クラスで2番目に可愛いボーイッシュ幼馴染を、二泊三日の修学旅行で寝取って種付けセックス漬けにする話 (月見ハク)
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修学旅行編
幼馴染を寝取る力を手に入れた(一日目 金・昼)


 観光バスの車窓から、ぼーっと外を眺める。

 うだるような暑さで、歴史的な街並みが熱気で揺らめいて見えた。

 

 今日は、高校の修学旅行の初日。

 クラスメイトたちは、バスガイドさんの案内をすっかり無視して、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。

 どうせ恋バナか、恋バナに近い話で盛り上がっているのだろう。

 恋愛とは縁遠い俺には、関係のない話だ。

 

 ふと、隣の空席に誰かが座った。

 

「やっほー、ぼーやん何してんの?」

 

「アヤか。あー……外、見てた」

 

「外?」

 

 俺の視界に、茶髪のショートヘアがずいっと現れた。こっちの席に身を乗り出して、窓の外を見ている。

 白い半袖ブラウスがまぶしい。

 

「何もないじゃん」

 

 そう言って、アヤがこちらを向く。

 

「うっ……」

 

 至近距離で、真っ正面から見るアヤの可愛さに、変な声が出てしまう。

 

 南鳥アヤ。 

 茶髪のショートヘアが特徴的な、同じクラスの女子。

 そして、俺の小学校時代からの幼馴染だ。

 

 アヤはボーイッシュな外見通り、明るくサッパリした性格で男子からも女子からも人気がある。

 そのくせ、顔が整っている。

 比較的童顔だし、今はすっぴんなので「愛嬌のある可愛さ」にとどまっているが、化粧をしたら一気に「美人」に様変わりしてしまうだろう。

 

「ちょっとぼーやん、『うっ』て何よ、『うっ』て……」

 

 アヤが、馴れ馴れしく俺の肩をポテっと叩く。

 むっとした表情も、これまた可愛いらしい。

 この誰にでも人懐っこい感じが、アヤの数多ある魅力の一つだ。

 まあ、ここまでスキンシップが多いのは、男では幼馴染の俺と、もう一人くらいなのだが。

 

「あ、いやごめん……うわっと」

「わきゃっ」

 

 観光バスが急ブレーキで止まり、その拍子でアヤが俺にもたれかかってきた。

 どうやら観光名物の鹿が、道路に出てきてしまったらしい。運転手さんがそう説明している。

 

「アヤ、大丈夫?」

 

「うーん、ぼーやんゴメンね」

 

 アヤが俺から体を離す。

 信じられないほど柔らかい感触が、俺から離れていく。

 ブラウスの襟元はボタンが一つ外されていて、そこから服の中が見えそうだ。

 俺は、慌てて視線を逸らす。

 

 いつかクラスの男子が、「Dか…いやEはあるぞ」と囁き合っていたバスト。

 アヤの数多ある魅力の一つだ。

 

「そろそろ席戻ったら? 時田も心配するんじゃない?」

 

「あー……今日は、一緒に座ってないんだ」

 

 アヤは、どこか気まずそうな顔をする。

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 恋愛に疎い俺に、その表情の意味は分からない。

 だから、なんでもない返事をすることしかできない。

 

「うん……。じゃーね、ぼーやん」

 

 なんとなく物悲しい顔をして、アヤは自分の席に戻っていった。

 クラスの男子たちが、そんなアヤの後ろ姿を視線で追う。

 

 アヤは、昔から()()()()2()()()()()()()()()()だ。

 

 中学に上がり、男女の関係がよそよそしくなる年頃になっても、アヤは男子とも分け隔てなく接していた。

 彼女は、男子女子構わず自分の考えたあだ名を付けて呼ぶ。

 一歩間違えばイタい奴なのだが、そこにまったく嫌らしさや計算を感じないため、逆に好まれるという稀有な存在だ。

 ちなみに、俺の「ぼーやん」というあだ名も、アヤに「いつもぼーっとしてるから」という理由で名付けられた。

 それが次第に、「身長高くてぬぼーっとしてるから」「お坊さんみたいに悟って見えるから」といった属性まで追加されて、今ではクラス中が俺をぼーやんと呼んでいる。

 

 とまあ、そんなワケで、誰彼構わずフレンドリーに接するアヤに、クラスのほとんどのヤツが惹かれていた。

 じゃあなんで、そんな彼女がクラスで2番目なのかというと…。

 

「よ、ぼーやん…今さ、アヤと何話してたん?」

 

 隣の空席に、スポーツ刈りの陽気そうな男が座った。

 アヤの彼氏の、時田だ。

 アヤが、唯一あだ名で呼ばない男。

 

「別に……何してんのって聞かれただけだよ」

 

「んで、ぼーやんは何て答えたん?」

 

「外、見てたって」

 

「ぶはっ、お前…相変わらずぼーやんだよなぁ、うくく…」

 

 まったく何が面白いのか、時田は馬鹿にするように笑っている。

 

「アヤのとこに座んないの?」

 

「あー……ちっとな、ぼーやんだから話すけど、ここんとこさ、ちょっと俺ら上手くいってないんだ」

 

「へぇー……」

 

「いや、もっと興味持ってくれよっ!」

 

 時田は、笑いながらツッコミを入れてきた。

 悪く言えば軽くて、良く言えば裏表のない、さっぱりとした性格。

 アヤにはお似合いの彼氏だ。

 

 中学に上がってしばらくして、同じクラスだった時田はアヤに告白した。

 振られても振られても何度もトライし、三回目でようやくアヤは首を縦に振った。

 このとき、アヤは幼馴染の俺にあれこれ相談してきたけど、恋愛に疎い俺は、適当な返事しかしてやれなかった。

 

 アヤと時田は、喧嘩をしたり仲直りをして、今も仲睦まじく付き合い続けている。

 中学では名物カップルとして有名になり、一緒の高校に入ってからも、名物カップルとして名を馳せている。

 

 これが、アヤがクラスで2番目に可愛いと言われる理由だ。

 彼氏がいるアヤを、皆、おおっぴらに好きだとは言えない。

 だから、「確かにアヤは可愛いけど俺は別の子のほうが好みだな~」という予防線を張るのだ。

 

 でも、俺にとっては。

 

 小学校の時からずっと、クラスで一番可愛い女の子だった。

 

 

***

 

 

 観光名所だという大仏様の前で、俺は一人、ぼーっとしていた。

 本当は班行動なのだが、どうにも一人になりたくて、こっそり抜けてきたのだ。

 

「はぁ……」

 

 なんなのかよく分からない感情が、ため息となって出ていく。

 さっきから思い起こすのは、バスの中での、アヤの柔らかい感触と甘い匂い。

 

「いかんいかん」

 

 俺は両頬をパシンとはたいて、煩悩を退散させる。

 別に実家はお寺ではないのだが、ぼーやんぼーやんと呼ばれ続けたおかげで、なんとなくお坊さんのようなメンタリティになりつつある。

 

 

「ぼーやん?」

 

 耳をくすぐる猫のような声。

 振り返ると、アヤが立っていた。

 なんとなく所在なさげに、こちらを見つめている。

 

「アヤ……も、一人なの?」

 

「ああ、うん……ちょっとねー」

 

 根は真面目なアヤが、班行動を抜け出すなんて珍しい。

 

「どうした? なんかあったの?」

 

「あの、さ……ぼーやん、ちょっと相談乗って、くれるかな?」

 

 

***

 

 

 俺とアヤは、大仏様の裏手にある、人影の少ない場所にいた。

 二人して、ベンチに並んで腰掛ける。

 

「で、どうした? 時田となんかあった?」

 

「え、よく分かったね……」

 

 事前に時田から「うまくいっていない」と聞いていたからこそ、出てきた質問だ。

 普段の鈍感な俺なら、絶対に気づいていなかっただろう。

 現にアヤも、俺が気づくとは思ってなかったのか、目を見開いて驚いている。

 

 やがて、その長いまつ毛がそっと伏せられた。

 

「あのね……最近、時田が……なんていうか、強引なんだ」

 

「強引とは?」

 

「あー……なんていうか、え、エッチなこと、求めてくるといいますか……」

 

「…………」

 

 俺は、沈黙してしまった。

 なんでか分からないが、脳みそが上手く働かない。感情がまとまらず、頭がクラクラする。

 

 アヤは俺の沈黙に妙な安心感を覚えたのか、「ぼーやんだから話すんだけどさ」と言って、赤裸々なカップル事情を話し始めた。

 

 曰く、中学時代は恥ずかしくて、デートでもアヤは手をつなぐのが精いっぱいだったらしい。

 うん、これはアヤから聞いたことがある。

 

 曰く、高校に入ってからは、時田のお願いに根負けして、軽いキスと軽いハグはするようになったらしい。

 これは、初めて聞いた。

 

 曰く、最近は、ハグをしていると強く抱きしめてきて、キスをするともっと激しいキスを催促してくるらしい。

 

 …………。

 

 情報量が多すぎて、過激すぎて、俺の脳みそはパンク寸前だ。

 しかも、なぜか胸のあたりがギリギリと痛む。

 どうしてか、無性に腹が立つ。

 

「……アヤはその、イヤ……なのか?」

 

 辛うじて、そう聞けた。

 

「わかんない……時田のことはもちろん嫌いじゃないんだけど、そういうことしてくる時田はちょっと、こわい」

 

「そうなんだ」

 

 アヤは、意外にもウブな性格をしている。

 男とも平気でフレンドリーに接するが、いざ恋愛対象として見られたり、女として扱われたりすると、途端に茹でダコのようになってしまうのだ。

 

 最初に時田に告白された時も、顔を真っ赤にして両手でアワアワした挙げ句、その場から逃走した。

 二度目に告白された時なんて、「む、むり、むりむり、むりむりむり」と壊れたラジオのようになっていた。

 だから、三度目の時に、何も言わずにコクリと頷いたのを見て、俺は心底目を疑ったものだ。

 

 俺が「そうなんだ」以外の言葉を(つむ)げない様子を見てか、アヤは急に謝りだした。

 

「ごめんっ! ぼーやん、いきなりこんな話されても困るよね」

 

「え、いや、うん……」

 

「うん、ごめんごめん、でもなんかぼーやんに話したらスッキリしてきたよー、ありがとね!」

 

 絶対そんなことないだろうに、アヤは笑ってそう言った。

 遠慮なく人の懐に入ってくるように見えて、実は人の心に敏感で気にしい。

 これは、俺だけが知っているアヤの魅力の一つだ。

 

 俺がまたも黙ってしまったので、アヤは焦った様子で話を変えてきた。

 

「と、ところでさ、ぼーやんはその、気になる人とかいないの?」

 

 気になる人?

 アヤを抜いて気になる人は……特にいないな。

 

「いや、俺そういうの、よく分かんないんだよね……ていうか、俺が人と付き合うとか、想像できないっていうか――」

 

「もったいない!」

 

「はぇっ?」

 

 アヤが急に大きな声を出すものだから、俺もびっくりしてしまった。

 そんな俺にかまわず、アヤがずいっと距離を詰めてくる。

 大きな二重の目が、俺をじっと見つめた。

 

「もったいないよ、ぼーやん!」

 

「えっと、何が?」

 

 困惑する俺に、アヤが拳を握って断言した。

 

「ぼーやんは、もっとガツガツしたら絶対モテる!」

 

 モテ……る?

 俺が?

 お坊さんとか、女子と二人きりになっても絶対に変なことにならなそうだから「アンパイマン」とか言われてる、俺が?

 

「みんな、ぼーやんの良さを分かってないだけ!」

 

 アヤは、なぜか目に涙を浮かべていた。

 

 俺の良さ……を、アヤは分かってるってことか?

 

 なぜかその時、俺の心臓がドクンと跳ねた。

 徐々に、喜びに似た感情が体を満たしていく。

 俺は、何かにすがるように、アヤに返事をした。

 

「そう、なのかな」

 

 俺は、自分でも頬が紅潮していくのを感じていた。

 

 なんだこれ。

 なんでこんなに嬉しいんだ、俺。

 

「そうだよ、だから私、ぼーやんに好きな人できたら、めちゃくちゃサポートするから!」

 

 ガーンと、頭をハンマーで打たれたのかと思った。

 

 浮かれた気持ちが吹き飛び、一気に奈落の底に落とされたような感覚に襲われる。

 

 その後、アヤとは一言、二言会話をした気がする。

 「班に戻るね」と去っていく後ろ姿を見送った気がする。

 

 気づけば、俺は大仏様を見上げながら、ぼーっとしていた。

 

 俺は、悟った。

 自分の気持ちに気づくのが、遅かったことに。

 アヤを好きな気持ちに、ずっとフタをしていたことに。

 気づいてしまえば、俺は昔からびっくりするほどアヤに惚れていたことに。

 そして、今さらそれに気づいても、完全に手遅れだということに。

 

 それなのに。

 

 俺は今、アヤに恋い焦がれていた。

 アヤが欲しくて欲しくて、欲しくて欲しくてたまらない。

 

 俺は、一心不乱に大仏様に祈った。

 

「もうどうなってもいいから、俺にアヤをください……!」

 

『――叶えます』

 

 誰かの声が聞こえた気がして、目を開ける。

 気づけば漆黒の闇が広がっていた。

 そして、また誰かの声が響く。

 

『――叶えました』

 

 パッと視界が戻る。

 目の前には、温厚そうな大仏様が座っている。

 

 幻覚、幻聴?

 

 いや、違う。

 

 今のは多分、神様的な何かの声だ。

 なぜか、そうだという確信がある。

 

 神様は、「叶えた」と言った。

 でも別に、世界は何も変わってない。

 アヤが、急に俺に惚れた、なんてこともない。

 それもなぜか分かる。

 

 ただただ、()()()()()()

 

 なんというか、活力のようなものが止めどなく溢れてくる。

 どんなことでも、今の俺ならできる気がする。

 どんなことをしても、誰も俺の邪魔をすることができない。

 

 絶対に、アヤを手に入れることができる。

 

 そんな確信がみなぎっていた。

 



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幼馴染に無理やりキス責めした(一日目 金・夜)

 宿泊先は、京都のホテルだった。

 

 皆で夕飯を食べ、大浴場で汗を流す。

 そして俺は、女子の部屋にいた。

 

 ホテルは四人から八人くらいの部屋に分けられていて、和室タイプと洋室タイプがあった。

 俺の班は四人部屋の洋室タイプだ。

 部屋に戻ったところで、班の奴らが「女子部屋に行く」というので付いてきた。

 「え、ぼーやんも行くの!?」と驚かれたが。

 

 見回りの教師に見つからないよう、こっそりと廊下を歩く。

 

「お、おい、ぼーやん! そんな堂々と歩いてったら先生に見つかんぞ!」

 

 班の奴らが焦った声で囁いてくる。

 

「いや、見つかんないよ」

 

 俺にはなぜか、その確信があった。

 

 

 集合場所は、女子の八人部屋だった。

 和室タイプの部屋で、すでに布団が敷かれている。

 別の班の男子もいるようで、その中には時田の姿もあった。

 そしてもちろん、女子の中にはアヤがいた。

 

 アヤは俺を見るなり目を丸くしていたが、すぐにニッコリと笑った。

 異性との交流に積極的になった俺を、微笑ましく思っているのだろう。

 

 アヤは、紺色の半袖パーカーに、黒いシャカシャカジャージという格好だった。

 彼女らしい、ラフな寝間着だ。

 パーカーはゆったりサイズなのに、アヤのこんもりした胸のふくらみが、パーカーの生地を押し上げている。

 他の男子たちが、チラチラとその巨乳に視線を送っているのが分かった。

 時田も、その一人だった。

 

 

「たけのこたけのこニョッキッキ!」

 

 女子部屋でこっそり遊び始めて、二時間くらいが経った。

 トランプをしたり、怪談話をしたりして一通り盛り上がった後、始まったのがこの定番ゲームだ。

 

 なぜか先生の見回りも来る気配がなく、消灯時間も過ぎて長居するうちに、皆が妙なハイテンションになってきていた。

 

「1ニョッキ!」

「2ニョッキ!」

「3ニョッキ!」

 

 皆がタイミングを見計らって、合わせた手を頭上に持ち上げて叫ぶ。

 別の人とタイミングが被ってしまったら、そいつらの負け、というシンプルなゲームだ。

 敗者には、もちろん罰ゲームが用意されている。

 

「4ニョッキ!」

 

 アヤがそう叫んで、合わせた手を勢いよく持ち上げた。

 勢いでアヤのおっぱいが揺れ、一瞬、男たちの視線を引き付ける。

 さすがのアヤもその視線に気づいたのか、顔を朱くして、ゆっくりその手を胸のあたりまで下げた。

 

「はい、アヤと、ぼーやんの負け~」

 

 俺も、アヤと同じタイミングで手を上げていた。

 

「じゃあ、二人に罰ゲームね」

 

 進行役の女の子が、布団に置かれた紙切れから一枚を選ぶ。

 事前に全員から集めていた、罰ゲーム案だ。

 

「えーと……『三分間、二人っきりでにらめっこ』ってなにこれ?」

 

 やっぱり、俺の書いた紙が読まれた。そんな予感がしていたんだ。

 

「とりあえず……じゃあ、してきたら?」

 

 進行役の子が、俺とアヤを順繰りに見ながら、部屋の出口のほうを指差す。

 俺たちがいる寝室を出るとすぐ横に、洗面所がある。

 そこで勝手にしてこい、ということだ。

 

 本来なら、男女が――それも一方は目の前に彼氏がいるのに二人っきりになるなんて、と異論が出てもおかしくない。

 しかし。

 

「まあ、ぼーやんだしなぁ」

 

「ヘンなことになるわけないか」

 

 と、皆つまらなさそうに言うのみだ。

 

「んじゃ、行こっか」

 

 アヤも、「仕方ないなー」という表情を浮かべてはいるが、まったく警戒していない。

 いかに俺が、男として見られていないかが分かるというものだ。

 

 俺も、立ち上がってアヤの後ろ姿を追う。

 

 寝室のふすまを開け、玄関スペースに出る。

 アヤは壁のスイッチを押して洗面所の電気を付けると、ドアを開けた。

 「どうぞー」と目で促され、俺が先に中に入る。

 普通の、洋式の洗面所だ。

 

「さてさて、じゃあしよっか、にらめっこ」

 

 振り返ると、アヤがドアを後ろ手に閉めながら、いたずらっ子のような目で見てきた。

 

「するんだ、にらめっこ」

 

「罰ゲームだしね。言っとくけど、にらめっこは負けたことないから」

 

 アヤが、真剣な表情で俺の手が届くくらいの位置まで近づいてきた。

 こうして真っ正面に立つと、その身長差が分かる。

 二十センチメートル位は、アヤのほうが低そうだ。

 くいっと顎を上げて見上げるアヤと、見つめ合う。

 

「――あっぷっぷ!」

 

 掛け声とともに、アヤがほっぺたを掴んで白目を向いた。ベロも出している。いわゆる変顔というやつだ。

 まるで女子が男子にしていい顔じゃない。

 でも、そんな思いきりのいい所も、数多あるアヤの魅力の一つだ、と思う。

 それに、凄い変顔を披露しているのに、そんな様子が無性に可愛らしい。

 

 たっぷり十秒ほど睨み合ったあと、アヤが変顔を解いた。

 

「ぼーやん、さすが……強いね。眉一つ動かさないなんて」

 

「じゃあ俺も、変顔するね」

 

 そう言って、俺は鼻をつまみ上げ、口をおちょぼ口にして、アヤにならって白目を剥いた。

 ちょっと前の俺なら、考えられないくらいの思い切った変顔だ。

 今なら、もっと変な顔もできそうだ。

 俺はベロを出して、くいっと上に向けた。

  

「――ふぷっ」

 

 白目を剥いているので見えないが、アヤが笑いをこらえているのが分かる。

 十秒ほどして、俺も変顔を解く。

 見れば、アヤは唇を必死に引き結び、吹き出しそうになっていた。

 

「ふぅ、はぁぁ……危なかった、まさかぼーやんからそんな変顔が飛び出るなんて」

 

 アヤは「あはは」と笑った。

 この時点でにらめっこは俺の勝ちなのではと思ったが、どうやら今は試合のインターバル中らしい。

 

「じゃあ、次は私の番だね……あっぷっぷ!」

 

 掛け声と同時に、アヤが頬をぷくっとふくらませた。

 俺もつられて頬に空気を入れてふくらませる。

 

 十秒ほど睨み合ったあと、アヤの口から空気が抜けていき、スッと無表情になった。

 

「ねぇ、ぼーやん」

 

 アヤが、俺の目と鼻の先まで、顔を近づけてくる。

 

「さっき、おっぱい見てたでしょ」

 

「ぶはっ! ちょ、なに言って……」

 

 思わず吹き出してしまった。

 動揺したからではなく、その可愛さに。

 

「うひひ、勝ちもらい」

 

 イタズラ大成功、と言わんばかりのドヤ顔で、アヤはニマニマしている。

 

「あのな、なんてこと言うんだよアヤ」

 

「こんなのぼーやんにしか言わないし~」

 

 まるで俺のことを警戒していない顔だ。何があっても、俺だけは変なことにはならない――そう信じきっているのが分かる。

 

 さてと、茶番はこのくらいでいいか。

 

「そうだよ、見てた」

 

「へ?」

 

 俺の言葉に、アヤが間抜けな声を上げた。

 

「アヤのこと、ずっと見てた」

 

 一歩近づく。

 それだけで、俺の体がアヤの柔らかい胸に当たる。

 

 間の抜けた顔でポカンと見上げたままのアヤに、俺はキスをした。

 

「んっ……」

 

 アヤの半開きの唇を、半開きの唇で包む。

 チュッという軽い吸着音がして、そのしっとりとした触感が伝わってくる。

 顔を密着させたせいか、アヤの体やうなじからは、大浴場のボディーソープやシャンプーの匂いがした。

 少し汗をかいているのか、ほんのり甘い体臭も漂ってくる。

 俺の大好きな匂いだ。

 

 三秒ほどして、アヤはやっと体を震わせた。

 

 ゆっくり、唇を解放してやる。

 アヤは、キスをする前の間の抜けた表情のまま、固まっていた。

 少しだけ、目がうるんでいる。

 

「ぼーやん、なんで……?」

 

 アヤの目には、色っぽさや恋心みたいなものは、一切宿っていない。

 ただただ戸惑い、信じていた人に裏切られてショック、といった感情が滲んでいる。

 

 見つめ合う中、廊下のほうから声が響いてきた。

 

『アヤー、ぼーやーん、あと1分ー!』

 

 ああ、2分しか経ってなかったのか。

 

 残り1分。

 気持ちを伝えるのは、後でいいか。

 今は、アヤを貪りたい。

 

 俺はアヤの腰に片手を回して拘束すると、もう片方の手で顎を掴んだ。

 

「ちょっ、ぼーやん……んむっ! んんっ、いやっ、ちょっとまっ……んむぅぅっ、ん……んちゅっ」

 

 無理やり唇を重ね、必死に離れようとするアヤの顔を引き寄せ、またキスをした。

 引き結んだ唇の隙間をこじ開け、温かいアヤの口内に、舌を侵入させる。

 もぞもぞと俺の胸の中で暴れる体をぎゅうっと抱きしめれば、「あぅっ」と喉奥から悲鳴が漏れ、アヤの顎から力が抜けた。

 

「んちゅ、ぷぁっ……いやっ、ぼーやんやめて……冗談、きついよっ……」

 

 アヤの目には、涙がたまっていた。

 ちょっとした拍子に、頬をこぼれ落ちそうだ。

 

『あと30秒ー!』

 

 廊下からまた声が聞こえた。

 俺は、またアヤの唇に吸い付く。

 

「んやっ、んむ……んんっ――」

 

『27ー、26ー、25ー……』

 

 ご丁寧に、皆でカウントダウンを始めたらしい。

 

「ぷはっ、や、やだっ、もう、なんで……んちゅうっ、んぐぅっ……ちゅろっ、ちゅぁっ……」

 

『19ー、18ー、17ー……』

 

 強引にアヤの唇を押し開いて舌を滑り込ませるのを繰り返していたら、三度目からは、さしたる抵抗なく口内に到達できるようになった。

 アヤの吐息や微かな鼻息が、俺の顔をあたためる。

 口内で逃げ惑う舌に絡みつき、円を描くように舐める。

 

『14ー、13ー、12ー……』

 

 漏れそうになるアヤの唾液を吸い上げ、ついでに口内に残る唾液も舐め取る。

 舌を上下左右に躍らせ、まだ舐めていない場所を探す。

 上顎の内側のザラザラしたところを舌でなぞると、アヤは「うっ」と苦しそうな声を漏らし、肩をビクンと震わせた。

 

『ラスト10秒ー! はーちっ、なーなっ、ろーくっ……』

 

 カウントダウンの声が大きくなり、妙に盛り上がりを見せる。

 

 この頃にはもう、アヤの体からは力が抜け、諦めたように目を閉じていた。

 俺は、口内の蹂躙を止め、ゆっくり唇を離す。

 無防備に開かれたアヤの口から、涎れが一筋こぼれ落ちた。

 

『はい、しゅーりょーっ!』

 

 終わりの掛け声と同時に、アヤの体を解放する。

 

 アヤは濡れた睫毛をうっすら開けると、一歩、二歩、後ろに下がった。

 洗面所の扉を背に、息を整えている。

 その目は伏せられ、俺のほうを見ていない。

 

「アヤ、みんな不審がるから、戻ろう」

 

「ぼーやん、なんで……?」

 

 伏し目のまま、アヤが聞いてきた。

 その疑問には、今は答えない。

 

「先にいくね」

 

 俺が一歩近づくと、アヤはあからさまに肩をビクッと震わせた。

 小動物のように怯えきったアヤを無視して、俺はドアを開けて廊下に出る。

 

 寝室に戻ると、「あれ、アヤは?」と進行役の子が聞いてきた。

 俺は、「ちょっとお手洗いだってさ」と答えた。

 

 

 しばらくして、アヤが「ごめんごめんトイレ行ってた~」と言いながら戻ってきた。

 

「ねぇアヤ、どうだった、にらめっこ?」

 

 進行役の子が、興味深そうに聞いていた。

 しかし、その表情には期待めいたものは浮かんでいない。どうせ何も無かったんだろう、と決めつけている顔だ。

 

「ああ、うん、したよ、にらめっこ……」

 

 なんともいえない微妙な顔で、アヤは答えた。

 もちろんだが、さっきからアヤは一切俺を見ようとしない。

 

「あれ、アヤ泣いてる?」

 

 涙は拭き取られていたが、目が少し赤くなっている。

 時田を含め、皆の視線がアヤに集まった。

 

「いや、えと……ぼーやんが、笑かすから、それで……」

 

 涙が出るほど笑ってしまった、ということにしたらしい。

 

「え、ぼーやんってそんなにらめっこ強いの?」

「マジで、私もぼーやんとにらめっこしてみようかな」

 

 何やらアヤを除く女子たちが騒ぎ出した。

 

「え、あたしもしたい、ぼーやんと! 次あたしとしよーよ!」

「うわ、なんかそれエロくね?」

 

 男子も妙なところに食いついてきた。

 

「いやいや、ぼーやんは紳士なんで。そういうのやめてくれる?」

「なんでお前がフォローすんだよ」

「ぼーやんだったら狭い所で二人っきりでもいいなー。清潔感あるし、ぜっっったい、女子のイヤがることしなさそうってか守ってくれそう。まさに『安心マン』!」

「俺らもしねーし!」

「どうだか〜」

 

 アンパイマンに続き、安心マンか。

 つくづく女子たちから男として見られてないらしい。

 

「てかさ、アヤもむっちゃ強いよね、にらめっこ」

「え、アヤも強いの?」

 

 女子特有の話題の切り替えの矛先は、アヤだった。

 男子たちが、俺の話題以上の食いつきを見せる。

 

「変顔が凄いんだよ……ねー!」

「マジ? アヤの変顔!? 超見てぇ〜」

「時田見たことあんの?」

「ねーけど」

 

 一瞬だけ、場の温度が下がる。

 すかさず女子が、話題を戻す。

 

「そうそう、あたし最初爆笑しすぎてさー」

「ね、想像以上に変顔なんだよねー」

 

 皆、やけに盛り上がっている。

 なんというか、深夜のテンションだ。

 

 まだまだ、この雰囲気は続きそうだな。

 

「ごめん、眠いから戻るわ」

 

 俺は、ゆっくりと立ちがった。

 

「おー、ぼーやんにしては夜更かししたほうじゃん!」

「え、ぼーやんって早寝っ子なの?」

「いや知らんけど」

「俺ら、もうちょいいるわー」

「じゃねーおやすみ~」

「今度あたしらともしようね〜」

 

 横目で見れば、アヤは気まずそうに横を向いている。

 

 俺は騒がしい和室を後にし、ホテルの廊下に出た。

 すでに消灯しており、薄暗くなっている。

 

 歩きながら、考える。

 

 アヤに、無理やりキスをした。

 恋人同士がするような、激しいやつだ。

 それも強引に、何度も何度も。

 

 死ぬほど、興奮した。

 あの柔らかい体と、湿った唇の感触を思い出す。

 

 以前の俺だったら、仮にキスがしたくて仕方なくても、密室に二人きりになっても、絶対にしなかっただろう。

 アヤを傷つけてしまうのが恐い、自分が傷つくのが恐い――そういう理性が働いて、行動には移さなかったはずだ。

 それが、今は何の抵抗感もない。

 ずっと育んできたアヤとの関係性が、一気に崩れたかもしれないのに、微塵も動揺していない。

 

 なんでか、確信があるからだ。この行動は一つも間違っていないという確信が。

 

 多分、これは「神様」に授けられた力なのだろう。

 アヤ限定で、発揮される力。

 アヤを最短ルートで手に入れる方法が、なんとなく分かる。

 

 俺は自分の部屋に戻ると、アヤにメールをした。

 

『さっきは突然ごめん。アヤに大事な話がある。俺の部屋に一人で来て欲しい。307号室』

 

 普通、無理やりキスした男の部屋に、一人で来るなんてあり得ないだろう。

 でも、必ずアヤは来る。

 なぜかそれが分かってしまう。

 

 アヤはキスをされている時も、された後も、「どうして?」と聞いてきた。

 どうして、ぼーやんが?

 どうして、いつも優しかった幼馴染が?

 どうして、こんな酷いことを?

 どうして、どうして――。

 

 そんな疑問に、俺は答えなかった。

 

 ――答えを、知りたい。

 このままだと、ぼーやんとの幼馴染としての関係が崩れてしまうかもしれない。

 それは嫌だ。ぼーやんとは、これまで通り心の許せる友だちでいたい。

 きっと、あのキスには何か理由があったに違いない。

 もしかしたら……自分のことをずっと好きだったのかもしれない。

 大丈夫。

 「大事な話がある」っていうくらいだから、部屋に行っても酷いことはしないはず。

 そう信じたい。

 人の嫌がることをする人じゃない。

 少しすれば、同じ部屋の男子たちも戻ってくるだろうし。

 大丈夫。

 大丈夫。

 だって、ぼーやんだから。

 

 ――そんなアヤの思考が、今の俺には手に取るように分かる。分かってしまう。

 アヤは、人に嫌われるのが大の苦手だ。

 誰にも嫌われたくなくて、ついつい何でも受け入れてしまうところがある。

 アヤの数多ある魅力の一つであり、数多ある弱点の一つだ。

 

 ピコンとスマホが光り、アヤからのメールを受信した。

 

『今から行くね』

 



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理由を聞いてくる幼馴染を押し倒した(一日目 金・深夜)

 コンコンと、静かにドアがノックされた。

 

 開けると、アヤが立っていた。

 

「ごめん、抜け出させちゃって……さ、入って」

 

「……うん」

 

「大丈夫だった? その、他のみんなとか」

 

「うん、ちょっとユカリの部屋行くねって出てきたから、その、この後ユカリの部屋にも行かないと、変に思われちゃうから……」

 

 ユカリというのは、確かアヤの女友達だ。

 スマホを握りしめながら、暗にこの部屋に長居はできないと伝えてきた。

 まあ、当然だろう。

 いくらぼーやんといえど、無理やりキスされた相手とあっては、さすがに警戒もする。

 

「すぐ済むよ、そこ座って」

 

 俺がベッドに促すと、アヤは素直にそこに座った。

 俺は向かいのベッドに腰掛ける。ちょうど、手を伸ばせばギリギリ、アヤに届く距離だ。

 

「さっきは、ごめん。なんというか、感情が抑えられなくて。イヤ、だったよな?」

 

「イヤっていうか……びっくりした」

 

「うん、ごめん……」

 

 俺はアヤをまっすぐ見つめた。

 不意に俺と目が合ってしまい、アヤは気まずそうに目を逸らす。

 でも、俺が素直に謝ったせいか、さっきよりはアヤの緊張が緩んだ気がする。

 胸元で握りしめていたスマホも、今は持ったまま膝の上に置いている。

 

「ねぇ ぼーやん……どうしてあんなこと、したの?」

 

「それは、アヤの――」

 

 ――ことが好きだから。

 

 そう言おうとして、止めた。

 頭の中で警報が鳴ったからだ。

 今、気持ちを伝えてはダメだ。アヤに関してそれは正解じゃない。言ったらもう絶対にアヤは手に入らない。

 

 危なかった。

 神様がくれた力に感謝だ。

 

 代わりに、俺が今取るべき正解ルートは――。

 

「ぼーやん?」

 

「……じゃない」

 

「え?」

 

「ぼーやん、じゃない。リュウジだ、俺の名前……ちゃんとリュウジって呼べよ」

 

 俺はぐいっと手を伸ばし、アヤの腕を掴む。

 

「いたっ、ぼーやん痛い、から」

 

 アヤの目に怯えが浮かぶ。

 さっき洗面所で無理やりキスをしたときと同じか、それ以上に、俺を恐がっている。

 

 本来の俺だったら、アヤのこんな顔を見たらすぐに手を離して、土下座していたはずだ。

 なのに、今は何も感じない。

 いやむしろ、これこそがアヤを手に入れる唯一の方法だと確信している。

 

 俺はアヤの腕を、思いきり引っ張った。

 

「やっ、ちょっ――」

 

 こちらのベッドに引き込みながら、半回転させてシーツに押し倒す。

 ボフッという音とともに、アヤが仰向けに沈み、茶髪が淫らに広がった。

 アヤの手にあったはずのスマホが、枕元に放り出される。

 

「うっ……やだ……ぼーやん、冗談キツいって……」

 

 覆いかぶさろうとする俺に、アヤは両手を突き出して拒絶する。

 しかし、思ったほどの抵抗はない。

 

 俺はそのまま体重を掛けて、アヤの体を押し潰した。

 

「んんッ……くる、し……やだっ……」

 

 両太ももでアヤの太ももを挟み込み、下半身の動きを封じる。

 膝をアヤの股ぐらに押し込み、デリケートな場所を刺激すると、アヤが「んっ」と苦しそうな声を漏らした。

 もがこうにも、体を動かす隙間すら与えない。

 

 こうして包み込んでみると、アヤが意外にも小柄なのに驚く。

 違うな、俺が勝手にアヤを実物より大きく見ていただけだ。抱いてみればどうってことない、非力な女の子なんだ。

 

 俺はアヤのうなじに顔を埋めて、甘い匂いで鼻腔を満たす。汗と、体臭の香りだ。

 思えば小学校時代、初めてアヤの部屋に遊びに行ったときから、俺はこの匂いがずっと好きだった。

 

 アヤは俺がまたキスをすると思ったのだろう。

 両手で俺の頭や顔を押して、引き離そうとしている。

 

 俺は、ガラ空きになったアヤの胸元に、右手を移動させた。

 薄手のパーカー越しに、アヤの一番柔らかい部分――乳房を撫でる。

 ゴワゴワとしたブラジャーの感触の下に、確かな弾力があった。

 

「やぁっ、ちょ、どこ触って……あっ、やだってばっ」

 

 布越しに、手のひら全体で巨乳を揉んでみる。

 張りがあるのに、押し込んだらどこまでも潰れてしまいそうな柔らかさに戸惑う。

 アヤの、おっぱいだ。

 クラスの男子たちが常に目で追い、時田ですら直に触れたことはないだろう、アヤの乳房。

 

 俺も、中学でふくらみ始めた頃からずっと気になっていた。ずっと触りたいと思っていた。そんな煩悩を、ずっと封印していただけで。

 

 神様によってタガが外れた今なら、分かる。

 俺は、この胸を好き勝手に(もてあそ)んでみたかったんだ。

 誰よりも、時田よりも、俺はアヤに欲情し続けていた。

 

 右手をアヤの腹のほうに移動させる。

 パーカーの裾を掴むと、力任せに一気にめくり上げた。

 

「やあっ……!」

 

 アヤがいよいよ切羽詰まった悲鳴を上げる。

 ボロンと、白いブラジャーに包まれた豊乳があらわになった。そのボリュームに、目を奪われる。

 比較的大きな俺の手のひらでも、収まらないだろう大きさ。

 しかもブラジャーから今にも乳肉がこぼれそうになっていて、これでもだいぶ中身が圧縮されているのが分かる。

 

 二の腕も、肩も細身なのに、この胸は反則だ。

 いやらしすぎる。

 

 俺は、アヤの白い腹に手を這わせた。

 

「ひぅっ……あっ、いやぁ……」

 

 ビクンとアヤの体が震える。

 腹はすべすべしていて、少し汗で湿っていた。

 可愛らしいヘソの周りを撫でると、柔らかさの奥に腹筋の硬さを感じる。

 この腹筋で、豊満なバストを支えているのだろう。

 

 手のひらから伝わる、アヤの柔肌の感触。

 俺は今、アヤを半裸状態にして、素肌をいやらしく触っている。

 その事実に、股間がこれまでにないほど強張り、硬くなっていた。

 肉棒が、ちょうどアヤの腰あたりに当たっているのに気づく。そのまま腰に力を入れてググっと押し付けると、雄の本能が暴れ出しそうになった。

 

 俺は獣欲のなすがままに、右手を胸元へ這わせていく。

 ブラジャーごと乳房を鷲掴みにする。一度、二度と乱暴に揉み込むと、アヤが悲鳴を上げた。

 

「いたっ、んっ……やっ、ぼーやん、やめてぇっ……」

 

 その震える声が、さらに俺の脳を沸騰させる。

 俺は少し上体を起こし、アヤの上で四つん這いになり、魅惑的な上半身を見下ろす。

 アヤは何かを察知したのが、両腕で胸元を隠し、めくれ上がったパーカーを直そうとした。

 俺はその腕を掴むと、ブラジャーに手をかける。

 

「あっだめっ、だめだめっ……やだぁっ!」

 

 思いきりブラジャーを上にずらせば、白くて丸い乳房が、たぷんとまろび出た。

 

「いやっ、見ないでっ……」

 

 なおも手で隠そうとするので、その細い両手首を左手で掴んで持ち上げ、アヤの頭の上に押さえつける。

 やっと、目の前にアヤの乳房のすべてが現れた。

 お椀型の整った形の丸みは、崩れることなく上を向いている。言葉では言い表せないほどにエロい双乳の真ん中には、薄く縁取られた乳輪と、乳輪よりも濃いピンク色をした突起がツンと尖り立っていた。

 その乳首が、乳房全体が、アヤの荒い呼吸に合わせて上下に揺れている。

 

 俺はゴクリと生唾を飲み込む。

 アヤの体をもっと見てみたくて、上乳あたりまでめくれているパーカーを、ブラジャーと一緒にさらに上まで押し上げる。

 アヤの首や二の腕まで見えるほどめくり上げると、俺は露出した腋の下に顔を近づけた。

 滑らかなそこを、軽く舐めてみる。

 

「ひぁっ……ああんっ、やだよぉ……」

 

 つるんとした舌触りだ。アヤは体毛が薄い感じがしていたが、腋にもまだ生えていないのだろうか。

 甘くて、ほんの少し塩っぽい味がする。味覚が脳に美味しいと伝えてくる。

 俺はもっともっと味わいたくて、執拗に舐めた。

 

「ひっ、くぅっ……や、やめっ、やっ……」

 

 アヤが体をビクつかせて、くすぐったさと恥ずかしさに身悶えている。

 その反応をもっと見ていたいが、俺の肉欲がもっと下を味わえと急かしてくる。

 

 俺はアヤの汗を舐め取りながら、ゆっくり口元を移動させていく。すぐに唇が柔らかい弾力を感じる。アヤの上乳、大きな丸みの付け根だ。

 そこまで行くと、俺は一度顔を上げた。

 これから蹂躙する白い乳房の全体像を、目に焼き付けたかったからだ。

 

 右手で、乳房をすくい上げるように掴んでみる。

 おそろしく柔らかい。

 五本の指で両側から優しく揉むと、乳肉が真ん中に集まり、先端の乳首の位置がちょっとだけ高くなる。

 掴んだまま、軽く左右に振ってみると、たぷんたぷんと音が聞こえてきそうなほど揺れ、手に心地よい重量感が伝わってくる。手をパッと放しても、わずかな間ぷるんと揺れた。

 知らなかったアヤの体のすべての挙動を確かめたくて、夢中で柔乳をもてあそぶ。

 

「ぅ……ぃや……んっ、あっ……」

 

 アヤはもう、「やだ」も「やめて」も言わなくなっていた。

 ただただ、俺の手つきに耐え、いつのまにか涙を流している。

 その涙を見た瞬間、俺の中に電流のようなものが走った。

 もっと泣かせたい。

 もっと知らない表情を見たい。

 もっと鳴かせてみたい。

 

 これが嗜虐心というものだろうか。

 おそらく男だったら、奥底に持ち合わせているモノ。

 ただ、俺にとっては初めての欲求だった。

 

 俺は手のひら全体でふくらみを包むと、その豊満な乳房を揉み込んだ。

 

「やぁっ……」

 

 アヤが悲鳴を上げる。

 その声で、股間がさらに熱くなる。

 

 アヤのおっぱいが手のひらに吸着して、離れない感覚。中心のクニッとした突起の感触が楽しい。

 どこまでも潰してしまえそうな柔肉は、埋め込んだ指を跳ね返す弾力もあった。

 比較的大きい俺の手のひらでも、なお余りある巨乳をひたすらに揉む。手のひらの端、指の間から柔肉がこぼれ出る。

 手の中で、乳首がどんどん硬くなっていくのが分かる。

 少し手のひらを浮かせ、先端の実だけを捏ねるように撫でると、アヤがビクンと震えた。

 

「んぁっ……んっ、やっ……」

 

 これまでとは少し毛色の違う声だ。

 声色に、わずかな性感が混ざっている。

 

 俺は乳房を揉みながらも、人差し指でその突起をいじることにした。

 コリッと硬くなった乳首を、ぐるぐると捏ね回してみる。

 

「んんんっ……だめぇっ……」

 

 アヤが涙目でこちらを見て、懇願してきた。

 声を抑えられないほど、たまらない刺激らしい。

 だから、もっとイジメることにする。

 

 突起を乳脂肪の中に押し込み、またぷくっと浮上してくる様を楽しむ。

 乳房を揉みながら、人差し指で小刻みに弾く。

 人差し指と親指で挟み、キュッとつまんでみたり、ツマミをいじるようにこすったりする。

 

「んやぁ、あっ……んんっ……」

 

 何がアヤに効くのか、その悲鳴の感じで判別する。

 どうやら、つまんだ上で少し指の力を強めてこするのが、一番アヤを鳴かせることができるようだ。

 

 多少の満足感を得た俺は、いよいよ乳房を文字通り味わうことにした。

 手のひらに収めた半球体に、ゆっくり顔を近づける。

 左手で押さえつけているアヤの手首に、ぎゅっと力が入った。

 アヤも、これからされることを予感したのだろう。

 

「ひっく……ううっ、ぼーやん、おねがい、もうやめて……」

 

 俺は、アヤのお願いを初めて無視し、柔らかい乳房のふもとに舌をくっつけた。

 そのまま(いただき)に向かって、柔肉を抉りながられろぉんと舐め上げる。

 最後にコリッとした媚芯を舌で弾けば、一瞬遅れて、脳が沸騰しそうなほどの興奮を味わった。

 

 もう、自分を抑えられない。

 夢中で、ふわふわな舌触りの豊乳を舐める。

 下乳から乳首めがけて、何度も舐め上げ、乳豆に舌を這わす。

 乳輪にそって舌先で円を描き、仕上げに乳首を舐めると、アヤはひときわ鳴いた。

 

「やぁ、んっ……ぼーやん、いやだよぉ……あんっ、いやぁっ……」

 

 アヤのおっぱいは、少しの汗と、甘い体臭の味がした。

 もっと味わいたくて、美味しそうな乳豆に吸い付く。

 チュウと吸い上げれば、出るはずのない母乳の代わりに、何か甘いものが喉を通った気がした。

 

「んぅうっ、はんっ、やだぁっ……!」

 

 アヤの反応がいい。

 俺はさらに乳首を味わうことにする。

 唇で挟んで硬さを確かめ、口に含んで舌で転がす。

 口内で吸いながら転がし、ほんの軽く、甘噛みしてみる。

 

「いやぁっ! だめっ、噛まない、でぇ……」

 

 その声と表情に、さっきよりも快感が色濃く出ていたので、何度か甘噛みする。

 舐めるとコリッと硬いのに、噛んでみるとクニっとした柔らかい歯触りで、とてもデリケートな部分なのだと実感する。

 

 ひとしきり乳首を堪能したので、さらに乳房全体を口に含む。

 手で両側から乳肉を押し込み、「はあむ」と大口を開けて一気にほおばる。

 口内を埋め尽くした柔乳を、すべて飲み込む勢いで吸う。

 ジュゾ……と吸引音が頭の中に響き、口から放した瞬間にチュポンと音がした。

 ジュゾゾゾと吸い上げ、ジュポンッと放す。

 淫らな吹奏楽器を演奏するように、俺はアヤの胸を蹂躙した。

 

「ぃやっ……はぁっ、あんんッ、うっ、くうっ……ひぐっ……」

 

 アヤは泣きながら、感じていた。大部分を占めるのは恥ずかしさや戸惑い、恐怖や悲しみだろう。

 でも、わずかでも快感を与えている事実に、俺は興奮していた。

 

 ジュポンッ、チュポンッ、ジュルルルッという卑猥な音が、静まり返った室内に響く。

 何回か見たことのあるアダルトビデオでしか、聴いたことがない。

 決して、アヤの体から発せられていいような音ではない。

 そんな音を出している犯人が俺であることに、震えるような悦びを感じる。

 

 

 どれくらい経っただろうか。

 

 ベッドがわずかに震えた気がして、俺はアヤの乳房から顔を離した。

 枕元に投げ出されたアヤのスマホが、小刻みに振動している。

 少し顔を伸ばして見てみれば、「ユカリ」からの着信だった。

 

 さすがに、この電話を無視してアヤをねぶり続けるのはマズいだろう。

 この部屋の男たちも帰ってくる。

 何より、これ以上は()()()止めておいたほうがいいと、直感が叫んでいる。

 

 俺は上体を起こし、アヤの手首を解放した。

 

 アヤの白い上半身には、無数の赤い跡が付いている。

 ねぶっていた左の乳房だけが俺の唾液で艶めき、赤いキスマークで埋め尽くされていた。

 アヤの細い両手首にも、俺が掴んでいた手の跡が、くっきり赤く残っている。

 顔は涙に濡れ、紅潮していた。

 

 その赤みのどれもが、俺の蹂躙の証だった。

 

 俺は上半身に続き、アヤの下半身も自由にする。

 アヤの股に押し付けていた膝をどかすと、「ぁっ」というか細い声が聞こえた。

 膝が離れる瞬間、そこに湿り気があったような気がする。

 

 俺がベッドから降りると、アヤはひどく緩慢な動きで、ブラジャーの位置を戻し、めくれ上がったパーカーの裾を直した。

 さっきまで振動していたスマホを持とうとして、ポロリと落とす。

 ずっと俺に掴まれていたせいで、手首に力が戻らないようだ。

 俺は、対面のベッドに腰掛け、アヤが回復するのをじっと待つ。

 

 やがて、もう一度スマホが震えた。

 アヤは今度こそ落とさないように両手で持ちながら、耳に添える。

 

「……あ、ごめん…………うん、ちょっと、途中でトイレ寄ってて……うん、今から、行くね…………うん、あとで」

 

 スマホの明かりが消えても、アヤは動こうとしなかった。

 「はぁ……」とため息をこぼし、スマホを持つ手から力が抜ける。

 まだ、手首の痺れが抜けないようだ。

 ベッドに落ちた手のひらから、スマホがぽろりと落ちる。

 アヤは、どうしたらいいのか分からないのだろう。

 思考が混乱し、フリーズしているといったほうがいいかもしれない。

 

 少しでも動いたら、またぼーやんに襲われるのではないか。

 でも、一刻も早く、この部屋からは立ち去りたい。

 こわい。

 ぼーやんに、どう接したらいいのか分からない。

 まるで、別人だ。

 そんな、アヤの心情が痛いほど分かった。

「あー、ん゛んっ……もう、行っていいよ」

 

 喉が詰まって、うまく声がでない。

 喋って初めて、俺が今の今まで、ずっと無言でアヤを責め続けていたことに気づく。

「……いい、の?」

 アヤがそう聞いてきた。声が震えている。

 下を向いているので、どんな顔をしているのかは分からない。

 アヤはもう、「どうして?」とは聞かなかった。

 無言のまま、俺から距離を取るようにベッドの上を移動し、そのまま部屋の廊下に消えていく。

 その背中を見ていたら、無性に気持ちをぶつけたくなった。

 アヤが好きだ。

 欲しくて欲しくてたまらない。

 本当は、アヤを喜ばせたい。

 悲しませたくはない。

 でも、そんな気持ちとは裏腹に、アヤを襲っているときに感じた異常な興奮を思い出す。

 この行為こそが、今のアヤを手に入れるための最適解なのだという実感がある。

 警報も鳴り響いている。

 今ここで、気持ちを伝えてはいけないというアラートだ。

 結局、俺はアヤを無言で見送った。

 

 

 カチャリと音がして、アヤの気配が部屋から消える。

 俺は、アヤの残り香のするベッドに横になった。

 シーツの上に転がる、アヤのスマホを手に取る。

 

「そんなに慌ててたのか……」

 

 よほど焦っていたのだろう。

 よりにもよって、この部屋にスマホを忘れていくなんて。

 多分これも、神様が用意してくれたわずかな幸運なんだろう。

 

 アヤのスマホに触れてみる。

 もちろんロックされているので、ホーム画面から先に進むことはできない。

 

「大仏様かよ」

 

 待ち受け画像は、今日一緒に見上げた観光名所だった。

 時田とのカップル写真か、そうでなくても友だちとの写真かなんかだと思ってたのに。

 写真の位置的に、俺に声を掛ける直前に撮ったものだろう。

 そのふもとにいるはずの俺の後ろ姿は、もちろん写っていない。

 

「はぁ……」

 

 アヤのスマホをポケットにしまい、天井を向く。

 明日は確か、希望者ごとに分かれて、さまざまなアクティビティを体験する日だ。

 俺とアヤは、コムボートで川を下る「ラフティング」に参加する。

 「ぼーやん漕手は任せたよ!」と言ったアヤの笑顔がなつかしい。

 そういえば、時田も一緒に参加することになっていた気がする。

 俺にこんな目に遭わされて。

 アヤは参加するのだろうか?

 そんな疑問は、一瞬で消え去った。

 アヤは必ず参加する。

 俺はそこで、さらにアヤとの関係を深めることができる。

 神様の授けてくれた直感が、俺にそう断言していた。

 



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警戒する幼馴染を襲った(二日目 土・午後)

 修学旅行二日目。

 

 朝食を片付けると、希望者ごとに分かれてそれぞれのアクティビティに参加する。

 俺とアヤが参加するラフティングの場所は、ホテルから少し離れた川の上流だ。

 貸し切りのマイクロバスに乗り、現地へ向かう。

 

 車窓から、ぼーっと外を眺める。

 山道で、森しか見えない。

 相変わらずうだるような暑さだが、街並みの景色よりは涼しく感じる。

 

 ガタンと音がして、マイクロバスが跳ねた。

 昨日乗った観光バスと違い、よく揺れる。

 上り坂を走っているからか、エンジン音もうるさい。

 

 昨日のように、アヤが俺の隣に来ることはない。

 前のほうの席で、近くに座る体育教師の江藤と、何やら話し込んでいた。

 

 江藤先生は、確か40代後半の元ラガーマンで、いろいろな運動部の顧問を務めている。

 アヤの入っているバドミントン部の顧問も兼任していたはずだ。

 部活の相談ごとだろうか?

 

 アヤは江藤先生の顔を見ているのに対し、江藤先生の視線がゆらゆらと動いているのが妙に気になる。

 

「なぁ、ぼーやん……」

 

 隣の席から、気だるそうな声がした。

 アヤの彼氏の、時田だ。

 

 俺が体と首をピンと伸ばして前方を見ているのに対し、時田は座席に深く腰掛け、今にもずり落ちそうになっている。

 

「アヤがさ……」

 

「アヤがどうした?」

 

 俺は、すぐさま時田をのぞきこむ。

 

「アヤがさ、昨日からメール返してくれないんだ……既読もつかない」

 

 当然だ。

 アヤのスマホは、今も俺が持っている。

 そういえば、朝からポケットの中で振動していた。

 

「直接話せば?」

 

「いや、なんで無視すんのとか聞くの、気まずいじゃん」

 

 俺が「ふーん」と気のない返事をしても、時田は構わず話し続ける。

 

「ぼーやんさぁ、アヤから何か聞いてない?」

 

「何かって?」

 

「いやほら、アヤのことだから、ぼーやんには色々相談してんじゃないかなーと」

 

「何で俺?」

 

「いやほらだって、中学ん時にアヤの背中押してくれたのも、ぼーやんだし?」

 

 は……?

 

 いや、まてよ。

 確かに何度かアヤに相談されて、恋愛に疎い俺はどう返したらいいのか分かんなくて。

 「付き合ってみないと分からないんじゃない」とかなんとか、ありきたりなことを言った気はする。

 

「アヤさ、それで俺と付き合うことにしたんだって、前に言ってたんだよ。なんかそれって微妙だなーとか思ってたんだけどさ、今となっては……ぼーやんに感謝してるんだぜ、俺」

 

 そんなきっかけで、アヤは時田の告白をOKしたのか。

 もっと、深い理由があるのかと思ってた。

 

 まあ、きっかけはあくまできっかけだ。

 付き合っているうちに、時田の良さみたいなものに気づいて、だんだん好きになっていったのだろう。

 

「ってわけでさ、そんなぼーやんからも、アヤに言っといてくんない?」

 

「……なんて?」

 

「すげー大事にしてるからって」

 

 ガタンッとマイクロバスが大きく揺れた。

 

「……自分で言ったら? 俺から伝えても、なんでってなると思うよ」

 

「ああぁぁ、それもそうだな…………分かった! 今日の夜にアヤ呼び出して、なんとか仲直りするわ。俺からも待ち合わせ場所とかアヤにメールすっからさ、ぼーやんも、俺が仲直りしたがっているってことだけ伝えておいてくんないかな?」

 

 ……今までの俺だったら、「それも自分で伝えなよ」とか言っていただろう。

 それで早々に興味のない素振りを見せていたはずだ。

 関心ないフリを装い、聞きたくもない不快な情報をシャットアウトしていたんだ。

 これまでは。

 

 今は、時田のお願いを聞いたほうがいい、と神様に授けられた直感が言っている。

 もっと話を聞いて、もっと時田に喋らせたほうがいいと。

 

「……まあ、それくらいならいいよ」

 

「おお、サンキューな!」

 

 時田がスマホをいじりだした。

 すぐに、ポケットの中のアヤのスマホが震えた。

 

「ふぅ……送信完了。アヤ、スマホ見るかな?」

 

 時田が座席から顔を出し、前のほうを凝視している。

 

「くそっ、また江藤に捕まってやがる」

 

 時田が顔を引っ込めた。

 旅行中もスマホの所持は一応認められているが、なぜか食事のときや野外への持ち出しは禁止となっている。

 今スマホをいじっているのが見つかったら、即没収だ。

 

「江藤さ、たまに変な目で見てくるらしくてさ……アヤ、けっこうコワがってんだよ、マジで俺が守ってやんねーと……」

 

 そうなのか。

 

 俺は、もう一度体を伸ばして、アヤと江藤先生のほうを見た。

 言われてみれば、江藤先生は仏頂面でアヤと話しながらも、胸や腰をチラチラ見ているような気もする。

 これも、アヤに関して敏感になった今だから分かる。

 

「アイツ、あーやって隙だらけのクセしてさ、マジでガード固いんだぜ。この前なんて、押し倒そうとしたら本気で嫌がってさ……」

 

 時田が独り言のようにつぶやく。

 いくら時田でも、いつもなら幼馴染の俺に、こんな明け透けなことを言わないはずだ。

 神様が、時田の口をゆるくしているのだろうか。

 

「はーっ……アイツのおっぱい揉みて〜」

 

 間違いないな。

 これは神様の仕業だ。

 

 時田の言葉に、思わず指先がピクッと動いてしまった。

 手のひらに、昨夜の柔らかい感触がよみがえる。

 動揺を悟られないように、時田に返事をする。

 

「なんだよ、急に」

 

「いやさ、アイツの今日の服がヤバくてさ……白Tシャツ一枚って、ヤバいだろ」

 

 なぜかふてくされたように言う時田に、俺は聞いてみる。

 

「大事にするんじゃなかったの?」

 

「大事にはするよ。するけどさー、アイツどーしたらヤらせてくれんだろ……」

 

 マイクロバスのエンジン音がけっこううるさいのをいいことに、時田はかなり赤裸々な本音をこぼし出した。

 

「三組の山岸んとこもこの前ヤったっつっててよー、俺らなんて四年以上付き合ってんのに、まだチュー止まりだぜ? ぼーやんどう思う?」

 

「……ヤったとして、時田は責任取れんの?」

 

「ああ、むっちゃ大事にするって」

 

「一生?」

 

「あ? ぼーやんそういうアレ? 処女奪ったら結婚する的な? いやいや、重たすぎるだろぼーやん……重たい男は女にキモがられるぞ」

 

「そういうもんなのか」

 

 でもアヤに関しては、多分その限りではない。

 

「あーあ、ぼーやんはいいよなぁ~、こういう恋愛の悩みとかとはマジで無縁そうで」

 

 時田がぐーっと背伸びをする。

 

「そうだな」

 

 俺は時田のほうを見ずに、さっきと変わらない外の景色を眺めた。

 

 

***

 

 

 大きな岩が点在する狭い川岸で、俺たちは男性インストラクターさんの説明を聞いていた。

 集まった十四、五人の生徒たちは、皆どこかソワソワしながら耳を傾けている。

 アヤは俺から一番遠い位置、最前列に立っていた。

 

「――というわけで、帰りはそちらの更衣室で着替えて帰ってください」

 

 俺たちはホテルで水着に履き替え、その上にTシャツと、短パンかハーフパンツ姿で集まるよう指定されていた。

 川下りは必ずびしょ濡れになるので、終わったら更衣室で持参した下着と服に着替える。

 

 つまりは今、女子も、Tシャツ短パンの下は水着姿なのだ。

 

 アヤはプリントの入った白いTシャツに、ピンクの短パンを履いている。 

 白い健康的な足がまぶしい。

 相変わらず豊満な胸がTシャツを押し上げている。

 汗をかいているのか、生地が肌に張り付いて、水着の輪郭がうっすらと浮かび上がっていた。

 首の後ろで結ばれた水色の紐が、襟元から覗いている。

 多分、ホルター・ビキニというやつだ。

 昔、姉貴が同じような水着を見せつけてきた記憶がある。

 

 男子たちは、インストラクターさんの話を聞きつつも、女子たちのほうをチラチラと見ていた。

 俺の隣にいる時田も、アヤだけでなく、色んな女子の背中を物色している。

 

 江藤先生が防水仕様のデジカメで、レクチャーの様子を撮影していた。

 どうにも、アヤをレンズに収めている回数が多いような気がする。

 

「――じゃあ皆さん、今説明した通り、ライフジャケットを羽織ってください」

 

 上半身を覆う黄色いライフジャケットを着込んだことで、男子の視線はやっとアヤたちから剥がれた。

 

 

***

 

 

 パドルの漕ぎ方や掛け声の練習を終えた俺たちは、二班に分けられ、それぞれ八人乗りのボートに乗り込んだ。

 俺とアヤ、時田も同じボートだ。

 インストラクターさんが別のボートに乗り込んで先導する。

 うちのボートには、リバーガイドの資格を持っている江藤先生が乗り込み、司令官として声がけをするらしい。

 

 江藤先生に言われ、俺が一番最初にボートに乗り、先頭に座る。

 振り返ると、ボートに乗ろうとするアヤと一瞬目が合った。

 アヤはすぐに目を逸らしたが、その拍子に転びそうになる。

 

「おわっ」

 

 その手を掴んだのは、時田だった。

 

「アヤ、ほら」

 

 時田がアヤの腕を引っ張って、ボートに乗せる。

 

「うん、ありがと」

 

 アヤは、少し引きつったような笑顔を時田に向けた。

 さり気なく、時田の手から離れている。

 腕を掴まれた瞬間、アヤは昨晩俺に押さえ込まれたときと同じ、怯えた表情をしていた。

 

 

 

 

「イッチ、ニー! イッチ、ニー!」

 

 最後部に座る江藤先生の掛け声に合わせて、全員でパドルを漕ぐ。

 思った以上の急流で、方向を調整するのが難しい。

 水しぶきが飛び、Tシャツもハーフパンツもびしょ濡れだ。

 

「イッチ、ニー! イッチ、ニー! あ、避けろ!」

 

 流れの先に、大きめの岩が現れた。

 パドルを必死に漕いだが避けきれず、ボートの端が岩にぶつかる。

 

「うわっ」

「きゃあっ」

 

 悲鳴が聞こえて、とっさに後ろを振り向く。

 水面のほうへ傾きかけたボート。

 皆がヘリや隣の人にしがみつく中、アヤの体だけが、無防備に浮いていた。

 

 ――助けろ

 ……助ける!

 

 神様の直感が叫ぶのとほぼ同時、俺は()()()()()()川に飛び込む。

 

 驚くべきことに、俺のほうがアヤよりも先に着水していた。

 落ちてくるアヤの体を、水の中でキャッチする。

 

 アヤは、昔から泳ぐのが大の苦手だ。

 

 アヤの、数多ある欠点の一つ。

 カナヅチなことがではなく、泳げないのに、誘われるとプールでも川でも海でもホイホイ付いて行ってしまうところがだ。

 今回も、そういえばラフティングに誘ったのは時田だった。

 時田だってアヤが泳げないことは知っていただろうに。

 

 アヤもアヤで、「ライフジャケットがあるから大丈夫だよ!」とか適当なことを言っていた。

 

 その結果、アヤは今、俺の胸の中で「うぶっゔぇほっ」と水しぶきと格闘している。

 水流に逆らわずに浮いていると、態勢を立て直したボートが近づいてきた。

 

「掴まれ!」

 

 江藤先生が投げ込んだロープを掴み、ボートに体を引き寄せる。

 差し出されたパドルを掴みつつ、「ぼほやんっごべっ」と手足をバタつかせるアヤの両腋を持ち上げ、お尻を片手で押し上げ、足先をひょいとボートに投げ込んだ。

 

 ボートに上がると、アヤは隣に座る女子に肩を抱かれていた。

 確か、アヤの女友達のユカリだ。セミロングの黒髪が特徴的な、真面目そうな子。ここは任せておいて大丈夫だろう。

 

 アヤは咳き込みながら、涙や鼻水で顔中をぐしょぐしょにしている。

 

 小学校時代、プールで溺れかけたアヤを助けたときも、確かこんな感じだった。

 

 

***

 

 

 ホテルの部屋に戻ると、他には誰もいなかった。

 どうやら、ラフティング組が一番早く戻ってきたらしい。

 

 俺は部屋を出ると、迷うことなくアヤの友達・ユカリの部屋へ向かう。

 アヤの泊まる八人部屋のメンバーは、誰一人ラフティングにはいなかった。

 友達で一緒に参加していたのは、ユカリだけだ。

 

 部屋に一人でいるのがなんとなく心細いアヤは、ユカリの部屋に行く。

 神様の直感に頼らなくても、容易に想像がついた。

 

 廊下の先で、ちょうど部屋から出ていくユカリの姿があった。

 

 その後ろ姿を見送ったあと、俺はコンコンと部屋をノックする。

 

「はい」

 

 中からアヤの声が聞こえ、ドアが開かれる。

 

「え、ぼーやん……何?」

 

 アヤの顔がとたんに曇った。

 

「スマホ、返しにきた」

 

「……うん、返して」

 

「入ってもいい?」

 

「え、ユカリいるんだけど」

 

「今出てったの見たよ」

 

「……ジュース買いにいっただけ。すぐ戻ってくるもん」 

 

 ドア先で、もどかしいやり取りを続ける。

 もちろん、廊下に俺たちを目撃するような人影はないのだが。

 

「ユカリさんが戻ってくるまででいいから、話がしたい」

 

「……変なこと、しない?」

 

「すぐに戻ってくるんでしょ?」

 

 しない、とは言わない。

 

 アヤは、小さくため息をついた。

 

 スマホは普通に返してほしい。

 でも、昨日みたいに酷いことされるかもしれない。

 こわい。

 大丈夫、ユカリはすぐに戻ってくる。

 それに、ぼーやんに、お礼は言わないと……。

 

 そんな心情が、アヤの中で渦巻いているのが分かる。

 

「……ちょっとの間だけだよ」

 

 そう言って、アヤは俺を招き入れた。

 

 部屋は、俺のところと同じ洋室タイプだ。

 短い廊下を進むと、ベッドが四つ並んでいる。

 

 カチャリと、ドアが閉まる音がした。

 振り返ると、アヤはドアを背に立ったまま動かない。

 

 警戒心たっぷりの目で、俺を見ている。

 

 アヤは、黒い薄手の半袖パーカーと、グレーのハーフパンツ姿だった。

 さっき、ラフティングの後に着替えたままの格好だ。

 相変わらず、少年のような格好が好きなんだな。

 

「はい、スマホ。中は見てないから」

 

 俺はドアのほうまで引き返し、アヤにスマホを手渡した。

 

「あ、うん……」

 

 アヤはスマホを受け取ると、画面をタップし始めた。

 無言でスクロールをしている。

 

「そういえば、時田が今日の夜、アヤに話があるって言ってたよ」

 

「今、そのメール見てる」

 

「仲直りしたいんだって」

 

「そう書いてある」

 

「じゃあ、俺、戻るね」

 

「…………」

 

 アヤが無言で俺を睨む。

 

「ドア、開けないの?」

 

「……今日、助けてくれて、ありがと」

 

「アヤ、泳げないのにラフティングは、ちょっと無謀じゃない?」

 

 俺は、いつもの調子でアヤに笑いかける。 

 それにつられたのか、アヤもいつもの感じで顔を緩ませる。

 

「だってライフジャケットあるし、いざとなったらぼーやんが……」

 

「ぼーやんが?」

 

 ――助けてくれるし、か。

 

 アヤにとって俺は、どこまで行っても、頼りになる幼馴染だ。

 困ったときには助けてくれて、だらしなく甘えても許してくれる。そんな()()()()()

 

 なんとなく、不穏な空気を察知したのだろう。

 アヤはそれ以上何も言わず、ドアノブに手を掛けた。

 

 俺は、アヤがドアノブを回すよりも早く、距離を詰める。

 

「やだっ!」

 

 アヤが突き出してきた両手を掴み、開いてドアに押し付けた。

 

「ぃたいっ、ぼーやん……」

 

 昨晩のことが脳裏によみがえったのだろう。

 アヤは少し震えながら、下を向いている。

 

「アヤ、いつまでぼーやんて呼ぶの? 俺の名前……リュウジって呼んで欲しいっていったよね」

 

「ぼーやんは、ほーやんだもんっ……」

 

 アヤの声には、すでに涙が混じっていた。

 頑なに、俺が以前と変わらないぼーやんだと、言い張っている。

 自分にこんなヒドいことなんて絶対しない、ぼーやんだと。

 

 俺は、右手をアヤの左手から離すと、すかさず黒いパーカーの中に滑り込ませた。

 パーカーの下にもう一枚、インナーシャツを着ているようだ。

 それもめくってお腹に触れると、少し冷たかった。

 川に落ちたせいで、体の芯が冷えてしまったのだろう。

 

「だめだめっ、ぼーやんやめてっ……!」

 

 アヤが俺を涙目で見上げ、懇願するように首を振った。

 左手で、俺の右腕を必死に掴み、引き離そうとしている。

 

 俺はそんな抵抗を意に介さず、アヤのインナーシャツの下で手のひらを徘徊させる。

 滑らかな手触りのお腹を撫でながら上に移動させていくと、すぐに硬くて大きなブラジャーの感触に当たった。

 昨晩よりも、ゴワゴワとした生地のブラジャーだ。

 昨晩と同じように、ブラジャーの下側に親指をねじ込み、ぐいっと上にずらす。

 

「やぁっ、いやっ……もう、やだってばぁっ」

 

 アヤが左手で拳を作り、俺の腕や胸元をポコポコと殴ってくる。

 その間にも、右手でアヤの生おっぱいを揉む。

 相変わらずびっくりするほど柔らかくて、指に吸い付くようだ。

 昨晩と同じ要領で、親指と人差し指を使って、硬くなり始めた乳首をとつまむ。

 クニュっとした感触が気持ちいい。

 

「うっ、くぅ……ぁ……んっ……」

 

 ポコポコと殴っていたアヤの手が、グーのまま俺の胸元に押し付けられる。

 アヤは俺の愛撫に前かがみになりながらも、なんとか俺に倒れ込むまいと耐えていた。

 

 その時、ドアの向こう側でチャリンという音が聞こえた。

 

『ああもう』

 

 ドアの外からくぐもったユカリの声がした。

 どうやら、ドアを開けようとして鍵を落としてしまったらしい。

 これも、神様の授けてくれた幸運なのだろう。

 

 アヤが、もう一度俺を見上げた。

 

 ――ユカリが戻ってきたから、もう止めて。

 

 涙目の奥で、そう訴えている。

 

 俺は、軽く鼻から息を吐くと、左手でアヤの右手を掴んだまま廊下の奥へ歩き始めた。

 

「えっ、ちょ――」

 

 アヤの焦った声が聞こえる。

 俺は寝室に入ると、すぐ左側にあるドアを開ける。

 洗面所と便器、折り戸タイプの扉の向こうに狭い浴室があった。

 

 俺がアヤを浴室に引き込むのと、ユカリが部屋に入ってくるのは同時だった。

 急いで折り戸タイプの扉を閉める。

 

「ユカ――んぐっ」

 

 アヤがユカリを呼ぼうとしたので、手で口を塞ぐ。

 

「俺とアヤが風呂場でこんなことしてるの、ユカリにも時田にも知られちゃマズいんじゃない」

 

 早口でささやく。

 アヤは「時田」と言ったところでビクンと震えた。

 

 俺はアヤの両腋をひょいと持ち上げると、空の浴槽の中に降ろす。

 俺もその中に入り、シャワーのハンドルをひねる。

 

 サーッとシャワーから水が降ってきて、すぐにお湯に変わっていく。

 

 全身をびしょびしょに濡らしながら、アヤが俺を睨んだ。

 

「ぼーやんの、うそつき……!」

 

「うそ?」

 

「変なこと、しないって……!」

 

「しないなんて、一言も言ってないよ」

 

 俺は、体中をお湯で濡らしながら、アヤのハーフパンツに手を掛けた。

 

 




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名前を呼ばない幼馴染を浴室に連れ込んだ(二日目 土・夕方)

 ハーフパンツのウエスト部分を掴む俺の手を、アヤが両手で押さえる。

 俺とアヤは、頭からシャワーを浴びながら見つめ合っていた。

 お互いの服がどんどんお湯を含んで、重くなっていく。

 

「ぼーやん、変なことしないって、いったもんっ……!」

 ――だから、ぼーやんを部屋に入れたのに。 

 信じようって、思ったのに。

 あの時、飛び込んでくれたから。

 やっぱり、ぼーやんはぼーやんだって、思えたのに。

 もう一度、信じたのに。

 時田の名前を使って脅すなんて、卑怯だ。

 

 そんなところだろう。

 アヤの射抜くような視線からは、怒りや抗議の感情が伝わってくる。

「めずらしいな」

 驚きが口から出てしまった。

「は……?」

 アヤは言葉の意味が分からず戸惑いをにじませたが、それでも俺を果敢に睨みつけている。

 アヤは、滅多に怒らない。

 それが数多ある長所の一つであり、短所でもある。

 人と衝突するよりは、受け入れるか許してしまうのだ。

 人に嫌われたり、関係性が壊れたりするのを、何より恐れているから。

 だから、アヤがこんなに怒りをあらわにするなんて、本当にめずらしい。

 ここまで歪んだ表情は、俺も初めて見た。

 昨日までの俺だったら、アヤにこんな顔をされて、正気ではいられなかっただろう。

 でも今は。

 ――これでいい。

 神様から授かった直感が、そう断言した。

 アヤを手に入れるための階段を、何段も飛ばして上れたような気がした。

 半歩、距離を詰めて、体が触れるか触れないかまで近づく。

「ひ、ぅっ……」

 アヤが、引きつったような悲鳴を上げる。

 ありえないほど勃起した俺の股間が、アヤのお腹のあたりを押していたからだ。

 俺の履いている薄手のハーフパンツが濡れて、ピタリと下半身に張り付いている。だから余計に、肉棒の凶悪なフォルムを目立たせていた。

 アヤは一瞬その凶棒に目を奪われ、すぐに青ざめたような顔になる。 

 さっきまでの怒りは消え失せ、俺の胸あたりに視線をさまよわせていた。

 俺は、アヤのハーフパンツのウエスト部分を少し引っ張ると、わずかに出来た空間に右手を滑りこませる。

「ぼーやん、だめっ……」

 すぐに、アヤの履いている下着の感触に当たる。少しツルッとした手触りだ。

 その内側にも手を侵入させようと、ゴムの部分に指をねじ込み、アヤの左太ももの付け根をなぞるように布地を下ろしていく。

 ハーフパンツの中に手のひらが半分ほど入ったところで、そこから進まなくなった。

 アヤが、渾身の力で俺の右手を掴んでいたからだ。

 「だめ、だめっ」と小さく訴えながら、両手で引き抜こうとしている。

 そのとき、寝室のほうからユカリの声が響いた。

 

『アヤ~、シャワー?』

 俺はアヤの耳元に顔を近づけて、ささやく。

「ユカリに答えて、怪しまれる」

 アヤはビクッと体を震わせたあと、コクっとわずかにうなずいた。

 軽く息を吸って、大声を出す準備をする。

「うーんっ、冷えちゃったか、らっ……ぁっ」

 アヤの返事は、最後まで続かなかった。

 その意識がユカリに向いた隙に、右手をずいっとショーツの中に差し入れたからだ。

 手のひら全体で、アヤの太ももの付け根を撫でる。

「ひっ……やぁ……」

 親指で、腰の少し出っ張った骨の感触を味わう。

 人差し指と中指と薬指で、太ももの柔らかい肉感を揉む。

 小指の先が、アヤの一番大事な場所にあるふにっとした感触をとらえた。

 このまま十センチほど手のひらを左にスライドさせれば、アヤの秘所に到達する。

 アヤは小刻みに首を振り、「やめて」と訴えた。

 下唇を噛みながら、必死に俺の手を掴んでいる。

 大粒の涙を流しているのだろうが、シャワーで顔が濡れて分からない。

『ねぇ~洗面所使っていいー?』

 さっきよりも大きなユカリの声が聞こえてきた。

 どうやらもう洗面所の入り口にいるようだ。

「あっ、だめ……」

 アヤのその声は、シャワーの音でかき消えた。

『はいるね~』

 ユカリが入ってきた気配。

 折り戸のすりガラスの向こうに、おぼろげなシルエットが動いている。

 洗面台に向かって、何かをしているようだ。

 アヤは、意味もなく両手で口元を押さえている。

 すりガラスのほうを見て、俺の顔を見て、「どうするの!?」と目で訴えている。

 

 俺は、右手が解放されたので、遠慮なくアヤの局部に触れることにした。

 手を左にスライドさせて、少し下げた。

「あぅっ……!」、

 

 アヤの両手で押さえた口元から、悲鳴が漏れる。

 俺は、全身の毛が逆立つような興奮を覚えていた。

 手のひらに、サワサワとした茂みの感触が当たる。

 アヤの鼠径部は滑らかで柔らかく、真ん中あたりがこんもりしていた。

 ちょうど中指をあてがったところに、ムニュリとした割れ目の感触がある。

 さらに中指の先端を、下腹部の肉圧の隙間に埋め込んでいく。

「ひぁっ、んんっ……」

 そのまま指をくいっと鈎状(かぎじょう)に曲げると、濡れた粘膜の感触に包まれた。

「や……だ、そこっ……や、めっ……ぁっ……」 

 アヤの両手が、俺の胸元を押す。

 俺の体ごと、必死に押しのけようとしている。

 しかし、下腹部の刺激のせいで、ほとんど力をこめられないようだ。

 ヌルヌルした粘膜の中で、中指を前後に動かす。

 そのたびに、アヤは「あっ」とか「ふぅっ」とか悩ましい声を漏らして、俺の情欲を煽った。

 トンと、アヤが胸元に頭突きをしてきた。

 そのままググっとおでこをこすり付けている。

 俺の胸元に添えられた両手が、震えていた。

 

 間違いなく、アヤは感じている。

 それが伝わってくる。

 アヤはまだ快感と自覚していないようだが、抗いようのない刺激に、力みながら必死に耐えていた。

 俺の胸の中で、指で、アヤが気持ちよくなっている。

 その事実に、一瞬我を忘れそうになった。

 愛しさや征服欲みたいなものが溢れ、狂いそうになる。

 折り曲げた中指の先を、さらに粘膜の中に押し込んでいく。

 アヤの中は狭く、柔肉が指を圧迫してくる。それなのにヌルンとしていて、抵抗なく挿れることができた。

 

 「ひぅっ」とひときわ大きく鳴いたアヤが、ブルブルと震えだす。

 ワケの分からない恐怖と、こみ上げてくる性感に、耐えきれないようだ。

 

「んっ……く、ぁ……やっ……」

 アヤの気持ちいいところを探すように、膣の中で指をおどらせる。

 膣ヒダをかき分け、その穴に先があるのを確認する。

 シャワーのお湯の滴りとは別種の、ぬめりのある粘液が指をつたう。

 

 アヤのハーフパンツの中で、俺はアヤの膣を指で犯していた。

『ねぇーアヤさ~』

 すぐそこで、ユカリの声がした。

 俺は、胸元にあるアヤの後頭部に、顔を近づける。

「アヤ、答えて」

 アヤは、下を向いたまま軽く深呼吸をして、声を絞り出した。

「ん~……なにー?」

 その間も、俺はアヤの膣口を小刻みに刺激したり、濡れ肉の中にヌプリと指を差し込んだりする。

 アヤの口からも絶え間なく「ぁっ」「んっ」という切ない悲鳴がこぼれ続けた。

『さっきのぼーやんさー、カッコよかったね~』

「アヤ、答えて」

「ん……そう、だね~……」

 洗面所で、カタンと音がした。

 ユカリが洗面台での用事を終えたらしい。

 そのシルエットがゆっくりとこちらを向く。

『私もあんな幼馴染ほしいな~』

 ユカリの声が大きくなった。

 真っ正面に浴室を見て、声をかけてきている。

『私さっき、ちょっとうらやましい~って思ったもん』

 俺はアヤのハーフパンツから手を引っこ抜き、浴室の中にしゃがんだ。

 ユカリから、俺のシルエットが見えないように。

 気づかれないという確信はあるが、念のためだ。

 それに、もっと間近でアヤの大事なところを見たかったから。

 俺はしゃがむと同時に、アヤのハーフパンツを掴んで一気にずり下ろした。

「あ、やだっ!」

『え? やだって……なにそれ、別に取ったりしないよ~!』

 ユカリが、おかしそうに笑う。

「あ、ちがっ……そうじゃ、なくてっ……」

 アヤは、ユカリに応答しながら、下着を脱がそうとする俺の手を必死に押さえている。

 アヤの下着は真っ白で、ツルツルと柔らかいストレッチ素材だった。

 ウェストのゴム部分に薄いグレーのラインが入っている。

 とてもシンプルな下着だ。

 しかし、俺が手を入れて(いじ)ったせいか脱げかけていて、その姿がとんでもなくいやらしい。

 下にずれて、太ももの付け根が露出している。

 あと少し脱がせば、アヤの恥ずかしい部分が見えそうだ。。

 俺はアヤの抵抗をかいくぐり、下着に指をかける。

 アヤも両手で俺の指を引き剥がそうとしてきた。

『なんかさー、アヤってぼーやんのことも好きだったりする?』

「えっ、ううんっ……そんなことないっ!」

 アヤは弾かれたようにユカリのほうを向くと、必死に否定した。

 昨日までの俺だったら、多少はアヤの言葉に(こた)えていたのだろうか。

 しかし今は、まったく気にならない。

 アヤの拒絶や好意の否定など、手に入れるための通過点に過ぎないのだから。

 ユカリのおかげでアヤの抵抗が弱まったので、ひと思いに下着を脱がす。

「やぁっ……」

 アヤの手が追ってきたが、くるぶしまで下ろされたショーツに届くことはない。

 今度はアヤの両手が、性器を隠そうとしてきた。

 俺はその手を掴みつつ、はたきつつ、アヤの一番大事な部分をじっくり鑑賞することにした。

 体毛の薄いアヤでも、陰毛はあった。

 さっき弄ったときにサラサラした感触があったが、確かに産毛のような茂みがうっすらと生えている。

 その下には、ぷくっとした盛り上がり――綺麗な恥丘があった。

 恥丘からは、スッと一本筋が通っており、それが魅惑の三角地帯まで続いている。

 しばし見とれていると、すりガラスの向こうから、ユカリがすまなそうに声をかけてきた。

『……あーごめん、そんなに否定するとは……ごめんごめん、この話はなかったことに、ね』

 アヤは腰を引いて、太ももをぴったりと閉じ、俺の視姦から逃れようとする。

 俺は、また右手の中指をその肉圧の中に差し込み、アヤの膣口をいじる。

「んぅっ……」

 アヤの足腰の力が弱まる。

 俺は左手でアヤの太ももを掴み、その柔肉ごと外側へ押し開く。

 その間も、アヤの濡れ窟の中で指を動かし続けた。

 バランスを崩したアヤの背中が、浴室の壁に当たる。そのせいで、アヤの股間がわずかにこちらへ突き出された。

 そのままアヤの右太ももの内側に左手を差し入れ、尻肉を掴みながら持ち上げる。

 

「やだっ……」 

 

 アヤの右足が浮き上がった。

 壁に寄りかかって股を半開きにし、性器全体を俺に差し出すような淫らな格好になる。

 目の前に、アヤの女の入り口があった。

 

 鮮やかなピンク色のうるみ肉。

 肉奥からは、粘り気のある愛液が滴っている。

 

 舐めたい。

 味わいたい。

 俺は、ゆっくり顔を近づけていく。

 

 また、外からユカリの声がした。

 

『……あー私、何言っちゃってるんだろ……ごめんねシャワー中に、何か変だわ、私』

 ユカリがくるっと振り向いて、洗面所を出ていく気配がした。

「あ、まって、ユカリっ……」

 アヤの助けを求める声は、シャワーの音と浴室の扉に阻まれ、ユカリには聞こえない。

 

 俺は、目の前のヌルっとした粘膜のヒダを、親指で広げる。

 もう鼻先が付く距離だ。

「え、やだ……やだやだっ、そんなとこっ……」

 これから行われる愛撫の知識を、アヤは持っていないのだろう。

 それでも本能的に、それがどれほどの性感と刺激を与えてくるのかは、分かっているようだ。

 俺は、押し開いた秘口に、しゃぶりついた。

「やあぁっ、んぁっ……やだ、そこっ……んんんっ……!」

 アヤが震える手で、俺の頭を、顔を押してくる。

 しかしほとんどもう、力がこもっていない。

 俺は、夢中でアヤの膣をむさぼった。

 何重かのヒダを指や舌で開き、その内側を吸い、舐める。

 シャワーのお湯が混ざり、正直、味は分からない。

 でも、アヤの蜜壺から湧き出る愛液というだけで、俺の舌は「美味しい」と認識した。

「……は、んぅっ……あっあんっ、やめ、てぇっ……」

 アヤが立っているので、角度的に舌を挿入しきれないのがもどかしい。

 なんとか奥まで舌を届かせようと、濡れ壺に口を押し付ける。

 湿った陰毛が鼻先にあたってこそばゆい。

 膣奥に舌を差し込むのを中断した俺は、アヤの性器全体をれろぉんと舐めることにした。

「ひあぁっ、あんんっ」

 何度か舐め上げるうちに、舌の表面がコリッとした突起をとらえる。

 直感的に、アヤのひときわ弱い場所――クリトリスだと気づく。

 その小さな突起の包皮から、花芯が顔を出している。

 俺はその肉粒を、ゆっくり舐め始めた。

「ああんっ、だめっ、そこだめっ……いやぁっ、あぁっ、やめてよぉっ……」

 頭上から、アヤの切ない悲鳴が降ってくる。

 アヤの弱点――快感が集中する場所を探り当てたのが嬉しくて、つい激しく舐め回したくなった。次の瞬間。

 

 ――――。

 

 直感が、俺をたしなめる。

 どうやら神様は、アヤが一番感じる愛撫の仕方も教えてくれるらしい。

 

 俺は、確信のおもむくままに、クリトリスを軽く吸い込むように唇で覆った。

 舌先だけで優しく表面を舐め上げ、舌の裏で舐め下ろす。

 そのタイミングで軽く吸引すると、アヤは面白いように鳴いた。

 

「んっ、あぁっ……やだっ、やだぁ、あんっ……いやぁっ」

 

 優しく舐め上げ、舐め下ろし、軽く吸う。

 吸引を強くしたり、速度を上げたりせず、一定のテンポで愛撫を繰り返す。

 しつこく、執拗に。

「ひぅっ、あっ、ふ……ひぐっ……んぁっ、んぅぅっ……」

 アヤの口から、泣き声と喘ぎ声がまざったような悲鳴が上がる。

 じわじわとアヤの性感が高まっていくのを感じる。

 そして――。

 

「んうぅっ――――!」

 

 アヤの腰がガクガク震え、その振動が俺の顔に伝わる。

 俺の髪をぎゅうっと掴んだかと思うと、やがてフッと脱力した。

 アヤの体が俺のほうに倒れてきたので、とっさに起き上がって支える。

 ビクンビクンと震えながら、俺の胸に力なくしなだれる。

 その目は焦点が定まっておらず、どこかを彷徨(さまよ)っているようだ。

 アヤは、絶頂していた。

 

 俺は、そんなアヤを優しく抱きしめる。

 どのくらい、そうしていただろうか。

 アヤが俺の腕を掴み、体をわずかに離した。

 

 その顔は火照っていて、息も荒い。

 しかし意識はだいぶ戻ってきたようで、呼吸を整えようとしている。

 本来なら、こんな風に嫌がる相手をイかせるなんて不可能なのだろう。

 しかも、恋愛経験もなく、女心にも疎い童貞男ならなおさらだ。

 でも今の俺には、アヤにどう接して、どう触り、どう愛撫をすれば絶頂させられるのかが、手に取るように分かってしまう。

 どうすれば、アヤの心を侵食できるのかも。

 

 アヤは、自分の身に起きたことを処理できず、混乱しているようだ。

 それでも、なんとか言葉をしぼり出す。

「ぼーやん……もう、やめて……」

 その時、遠くでユカリの声がした。

『アヤー、呼ばれたからアヤたちの部屋行くねー、シャワー上がったらアヤも戻っておいでってさ~』

 玄関から叫んだのだろう。

 すぐに、カチャリとドアの閉まる音がした。

 

 アヤが、ゆっくりと俺を見上げる。

 その顔は、ひどく怯えていた。

 でも、俺には分かる。

 アヤが何に怯えているのか。

 体も心が塗り替えられてしまうような、強烈な快感。

 自分が自分でなくなってしまうような感覚。

 それに、アヤは恐怖している。

「おねがい、もう、ゆるして……」

 俺は、シャワーを止めた。

 アヤの体は、もう十分に温まっただろう。

 これ以上は、のぼせてしまうかもしれない。

 

 俺は、再びアヤの股ぐらに手を差し込んだ。

「あっ……!」

 アヤの目から、大粒の涙がこぼれる。

 相変わらず、アヤは泣き虫だ。

 アヤの数多ある短所の一つ。

 いや、今はそれも長所か。

 俺は、めいっぱい、時間をかけてアヤを泣かせることにした。

 



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いけない幼馴染を焦らした(二日目 土・夜)

 頭上から、アヤの切ない悲鳴が降ってくる。

 静かな浴室に、チュプ、チュプ……という淫靡な水音が響く。

 俺は、露出したアヤの下半身に手を差し入れ、指での愛撫を続けていた。

「ひっく……うぅっ、あっ、やっ……ぁっ、んうぅっ」

 アヤは黒いパーカーの袖で口を押さえながら、涙を流している。

 もう片方の手は、執拗に秘部を弄る俺の腕を、力なく押さえていた。 

 抵抗することも、拒絶することも、もうしない。

 ただただ、時間が過ぎるのを待つという感じだ。

 お湯を吸ったパーカーや、髪の先から水滴がポタポタと落ち、下半身に流れてくる。

 しかし降りそそぐ水流はもうないので、アヤの秘所から分泌される液体だけを、より感じることができた。

 とめどなく溢れる愛液の粘り気を、指の間で確かめる。

 さっき絶頂させて、気づいたことがある。

 

 アヤの体は、とても敏感だ。

 もともと感じやすい体質なのだろう。

 だからこそ、時田に触られたりすると過敏に体が反応し、思わず拒絶してしまうのだ。

 数多あるアヤの長所が、また一つ増えた。

 もちろん、誰にでも感じてしまうなんてことはないだろう。

 とはいえ誰にも――時田にも、そんなアヤの姿を見せるつもりはない。

 

「ぁっ……んっ、んっ、あぁっ……ふっ、ぐぅっ……あっ、あんんっ……」

 また性感が高まってきたのか、アヤの悲鳴に淫らなものが混じりだした。

 アヤの感情が流れこんでくる。

 

 ――ぼーやんに触られる場所が、あつい。

 頭がクラクラする。

 口から、勝手に変な声が出る。

 出したことのない声。

 もうイヤだ、こんなことされたくない。

 逃げたいのに、逃げられない。

 イヤなのに、体がジンジンして、逃げられない。

 私の体じゃ、ないみたい。

 ぼーやん、どうして……?

 そんなアヤの困惑が、俺の興奮をさらに昂らせる。

 

「感じてるアヤ、すごく可愛い……」

 嬉しさのあまり、つい口走ってしまった。

 今の俺は、まるで恋する乙女のような顔をしているだろう。

 喜色を浮かべ、「人生で一番興奮してます」という顔をしているに違いない。

 気色悪いだろうか。

 しかし、神様の直感からのアラートはなかった。

「んっ、やっ……」

 アヤはパーカーの袖で顔全体を隠した。

 恥ずかしさが伝わってくる。

 その顔が見たくて、俺はアヤの腕を掴んでどかした。

 潤んだ瞳と、目が合う。

 どこかトロンとしていて、妖艶な感じがした。

「そのまま俺の目見てて……目を、閉じないで」

「なんで……なんで、よぉ……」

 困惑と恥辱が混ざり合った顔だ。

 アヤの言葉は、俺に向けられたものじゃない。

 なんでこんなに体が反応してしまうのか、自問自答している感じだ。

 あと少しの愛撫で、アヤをまたイかせられる。

 ――だめだ。

 神様の直感が、そう告げた。

 俺は欲求を抑え込み、アヤの膣からゆっくり指を離す。

 「はぁ、はぁ」というアヤの吐息が響く。

 俺もいつのまにか、荒く呼吸をしていた。

「くしゅっ」

 アヤが、可愛いくしゃみをした。

 しまった。

 夏だし、シャワーで温めたからと油断していた。

 それにアヤは基礎体温が高くて、暑がりだから。

 でもそうだった、アヤは緊張すると途端に冷えて、お腹を壊したりする子だった

 めったに緊張する様子を見せない子だから、忘れていた。

 俺は、アヤの両腋に手を差し入れると、ひょいと持ち上げて浴槽から出した。

 濡れたパーカーが冷たい。

 俺も浴槽から出ると、浴室の扉を開け、洗面所の棚からバスタオルを取る。

「アヤ、体拭いたほうがいい。風邪ひいちゃうから」

 「え……?」とつぶやくアヤに、バスタオルを差し出す。

 しかし間の抜けた顔のまま、固まっていた。

 俺はアヤの目の前でしゃがむと、バスタオルで下半身の水滴を拭き取る。

 

「んっ、ちょっとっ……」

 膝、太ももの順番でテキパキ拭いていく。

 股下にバスタオルをあてがい、お尻をくるみながら下腹部の水分を取る。

「あっ、んんっ……」

 黒いパーカーの内側も濡れているのに気づき、お腹も拭く。

 バスタオルをパーカーの中に差し入れていくと、アヤの胸も冷えていた。

 さっき廊下でブラジャーをめくり上げたせいで、乳房が露出している。

 そのふくらみに沿ってタオルで撫でていくと、アヤが俺の腕を掴んだ。

「やめてっ、ぼーやん」

 アヤは俺の手からバスタオルを取ると、恥ずかしそうに下を向いた。

「自分で、拭けるから」

「……そうか。じゃあ俺、戻るから」

 俺は浴室にアヤを残し、廊下に出る。

 ふと、玄関戸棚の下に、アヤのスマホが落ちているのを見つけた。

 さっき浴室に引っ張ったときに落ちたのだろう。

 俺はスマホを拾い上げると、戸棚の上に置いた。

 ドアの外に出て、ホテルの廊下を歩く。

 びしょびしょに濡れたTシャツとハーフパンツ姿で、自分の部屋に向かう。

 

 途中、ランドリーコーナーに寄ってみる。

 一台しかない乾燥機に、「故障中」という紙が貼られていた。

 

 部屋に干しても、明日までに乾くか分からないな。

 そんなことを思いながら、俺は()()()()()()()人の姿のない廊下を歩いた。

***

 夕方。

 皆で食堂に集合しての夕食だ。

 班ごとで長テーブルに座り、学年全員が到着してから「いただきます」をする。

 他校の生徒も来ているらしく、学校ごとにエリアで区切られていた。

 俺は席に座りながら、アヤの班が座るだろうテーブルを見る。

 まだ誰も到着していないようだ。

 食堂の入り口に、ひときわ華やかな集団が見えた。

 アヤたちの班だ。

 アヤは、ホテルの浴衣を着ていた。

 よくある白地に薄い格子柄の浴衣と、茶羽織という格好だ。

 普通はゆったりとしたシルエットなのだが、アヤが着ると胸部のふくらみが目立つ。

 そのすっぴんでも整った顔と相まって、食堂中――特に男子の視線を一気に集めている。

 見れば、周りの女子も数人浴衣を着ていた。

 周りの視線に目もくれず、アヤは自分の席に付く。

 友達らと話す様子は、いたって普通だ。 

 ついさっきまで、執拗に愛撫を受けていたようには見えない。

「いただきます」

 皆がそろったので、うちの校も食事を開始する。

 ふと、俺の背後から、数人の男たちの声が聞こえてきた。

「――なあ、あの子やばくね? あの浴衣の子」

「あそこの茶髪の子だろ? すっげーおっぱい……てか可愛いくね」

「どこから来たんかなぁ、後で声かけてみる?」

 横目でチラリと後ろを見れば、ヤンキー……というほど物騒ではないが、ピアスの穴やカラフルな髪の毛が特徴的な男子たちが、アヤのほうを眺めていた。

 男子校の、陽キャグループといった感じだ。

「いやあの可愛さだったら、普通に彼氏いるくね?」

 確かに、あの浴衣姿は反則だ。

 普段のボーイッシュな格好や雰囲気からの落差がすさまじい。

 彼氏の時田も、アヤに見とれているようだ。さっきから箸が進んでいない。

「……さすがに修学旅行でナンパはねーべ」

 その言葉を最後に、陽キャグループの関心は別のテーマに移っていった。

 俺も、冷えた肉じゃがに箸をつける。

 

 

「南鳥お前、なんで浴衣着てるんだ?」

 引率の江藤先生が、大声を上げた。

 アヤの後ろに立ち、上から浴衣姿を眺めている。

 みんなも気になっていたのだろう。食堂の喧騒が一気に静まる。

「服、全部濡れちゃいまして……」

 アヤは自然な様子で振り返ると、立っている江藤先生を見上げた。

 テヘヘ……と恥ずかしがる感じで。

 周りの女子たちは、げんなりした表情で江藤先生を見つめていた。

 おそらく、いつも何かにつけてアヤに声をかけているのだろう。

 他にも浴衣を着ている女子がいるのに、アヤだけに話しかけるあたりに下心を感じる。

「ああ、お前盛大に川に飛び込んでたもんな」

 江藤先生が大声で笑う。

「わざとダイブしたわけじゃないですよ~!」

「まったく、ちゃんと替えまで用意しとけよ!」

 なぜか江藤先生は、叱り口調でアヤと話している。

 

 アヤに関して敏感になっている今なら分かる。

 江藤先生は、こういう態度でしかアヤと親しく話せないのだ。

 それは、明確な下心の裏返しで。

 威圧してマウントを取ることで、アヤを支配下に置きたいという欲求を感じる。 

 それに対して、アヤはいたって平然と、感じよく応対している。

 江藤先生の下心のにじんだアプローチにも、アヤは気づかない……フリをしている。

 アヤは、内心ではかなり江藤先生を恐がっている。

 恐怖というより、嫌悪感のほうが強いだろう。

 それでも部活の人間関係を壊したくない、周りの雰囲気を悪くしたくないから、天然で無邪気なフリをしているのだ。

 そういう心情が、手に取るように分かる。

「替え、ちゃんと用意したのに、それも濡れちゃいまして……」

「ほんとお前はぬけてんな!」

 そう言って、江藤先生はやっとアヤの背後から去っていった。

 アヤの替えの服をシャワーで濡らした犯人は俺だ。

 ランドリールームの乾燥機は壊れていたから、この短時間では乾かなかったのだろう。

 明日は学校指定の制服で移動する日なので、後は寝間着しか着るものがない。

 しかしアヤが昨日着ていた寝間着――紺色の半袖パーカーと黒いシャカシャカジャージは、汗とか俺の唾液とか、多分だがアヤの愛液にまみれてしまい、もう着たくないのだろう。

 俺は、さらに冷えてしまった肉じゃがに、ようやく箸をつける。

 アヤは、楽しそうに他の女子と話し始めた。

 上機嫌そうな表情。

 たまに垣間見せる、少年のような不敵な笑顔。

 いつもの明るいアヤだ。

 ……ほんのり顔が火照っている以外は。

 

 

 アヤは今、性感がかなり高まった状態だ。

 

 無理もない。

 アヤは、俺によって初めて絶頂を味わい、さらにもう一度……というところで、お預けを食らったような状態なのだ。

 「お預け状態」なんて本人は否定するだろうが、少なくともアヤの体は、期待した快感が得られずに欲求不満が高まっている。

 おまけに俺の言動は、昨日からアヤを翻弄させまくっていた。

 次から次に押し寄せる衝撃の展開に、アヤは今も平常心を取り戻せていない。

 つまり、ドキドキしっぱなしということだ。

 なんてことは、今の俺だから分かることだが。

 ――ダメだ。焦らせ。

 浴室で、アヤに二度目の絶頂を味わわせようとしたとき、直感がそう叫んだ。

 焦らして焦らして、その先に、アヤを手に入れるゴールがある。

 そういう確信があった。

***

 夜。

 俺はホテルの裏手にある駐車場にいた。

 十メートルほど先では、アヤと時田が向かい合って立っていた。

 俺はその様子を、車の陰からそっとうかがう。

 別に、アヤや時田の後をつけたわけではない。

 待ち合わせの時間も場所も知らない。

 ただ直感に従い、()()()()この場所に来たら、二人と出くわしたのだ。

 駐車場の街灯の下に、緊張した二人の横顔が浮かぶ。

 最初にアクションを起こしたのは時田だった。

「アヤ、あー……ごめん、なんつーか俺、焦ってたっつーか、あー……」

「うん、ちゃんと聞くよ」

 アヤは、時田の目をじっと見つめて微笑む。

 体のほうは今も収まらない昂りに戸惑っているようだが、表面上は落ち着いて見える。

「あのさ、俺、ちょっとさ、暴走したっつーか、アヤの嫌がること、しちゃったじゃん?」

「……うん、ビックリした」

「だよな~! ほんとゴメン、ほんっと、ゴメン!」

「ああうん、もう……大丈夫だから」

 時田に言われて、「ああそんなこともあった」という顔をしたのが分かった。

 昨日から俺にさんざん過激なことをされまくったせいで、時田に押し倒されそうになったことなど、すっかり忘れてしまっていたのだろう。

「アヤ~! ありがとう~!」

 時田がアヤに一歩近づく。

「……おおヨシヨシ、なんつって」

 アヤが、時田の頭を撫でた。

 まるで犬を愛でるような、冗談めかした仕草だ。

 しかし、どこかぎこちない。

「いつものアヤだ~」

 感極まってという感じで、時田がアヤにハグをした。

「ぁっ……」

 アヤが、悩ましげな声を漏らす。

 あまりの色っぽい声に、時田の表情が変わる。

 アヤの目をじっと見つめ、ゆっくり顔を近づけていく。

 そんな時田に対し、アヤは、無表情で目を閉じた。

「――っ」

 唇がそっと触れるだけの、軽いキス。 

 情欲をなんとか理性で制御したのか、時田がゆっくり唇を離した。

 しかし、時田の股間はガチガチに勃起している。

 抱き合っているアヤも、もちろんそれを感じていた。

 その硬さから逃げるように、アヤがそっと腰を引く。

 時田も、しばし遅れて体を離す。

「アヤ、俺……アヤのこと大事にするから」

「うん、ありがとう」

 

 なんとなく、もう一度キスをしたそうな時田に、アヤが切り出した。

「部屋のみんなが心配するから、そろそろ戻ろ?」

***

 二人は、ホテルの入り口で二言三言言葉を交わすと、先に時田が中に入っていった。

 少しして、アヤも中に入る。

 先生に出くわしたときに、カップルで抜け出したなんてことがバレるとマズいからだろう。

 俺は、少し距離を置いてアヤの後ろ姿を追った。

 アヤは部屋に向かう階段を上らず、一階にある自販機コーナーに寄るようだ。

 すでに消灯時間を過ぎているので、廊下は常夜灯の灯りしかない。

 明るい自販機の前で、アヤはぼーっと立っていた。

 飲み物を選んでいるという風ではない。

 アヤは、時田に対する自分の感情に、戸惑っていた。

 ――時田に会えば、この変なドキドキが収まると思ったのに。

 時田への思いで、忘れてしまうだろうと。

 でも、実際に会って、焦ってる時田を見て……。

 なんだか、モヤモヤした。

 こんなに落ち着きのない人だったっけ。

 こんなに……胸とか唇とか、見てくる人だったっけ。

 下心が見え見えの言葉を、かけてくる人だったっけ。

 ううん、でも……久しぶりのハグやキスは、すごく優しかった。

 大事にするって、言ってくれた。

 ――本当に?

 モヤモヤする。

 どうしちゃったんだろう、私。

 これまで時田と、どんな風に接してたっけ。

 いつも、どんな風に過ごしてたんだっけ。

 なんだか、気持ちがまとまらない。

 いまだに体がアツくて、お腹の奥がジンジンして。

 こみ上げてくるものが、ツラくて。

 ……ぼーやんは、感じてるって言ってた。

 今も、私は感じている?

 最低だ。

 やっぱり私……ダメダメなんだ。 

 

 アヤの中で渦巻く思いが、ダイレクトに伝わってくる。

 性感が高まっているからなのか、ゴールが近いせいなのか。

 今までよりも、はっきりとアヤの心情が読み取れた。

 

 小学校の時のように、妙なところで自分に自信がないアヤまで、顔をのぞかせている。

 数多あるアヤの短所の一つ。

 治ったと思ってたんだが。

 

 アヤは自販機を眺めながら、「ふぅ……」とため息をついた。

 

「あれ、キミ浴衣の子じゃん!」

「え……?」

 唐突に男の声がして、アヤが振り向く。

 そこには、ピアスの穴やカラフルな髪の毛が特徴的な男子が三人、ニヤニヤしながら立っていた。

 どうやら酔っ払っているようで、顔が赤い。

 助けるか。

 ――助けるな。

 神様の直感が、俺の足を止めた。

 どうやら、ここで助けるのは最適解ではないらしい。

 俺は、廊下の陰から様子をうかがう。

「もう消灯時間だけど、キミも抜け出してきたの?」

「なに、ジュース? 俺らが奢ってあげようか?」

 無遠慮に距離を詰めてくる男たちに、アヤはいつもの愛想笑いをする。

 それは、酔った彼らの興奮を高める効果しかなかったらしい。

 ひときわ大柄な男が、アヤへさらに近づいた。

「つーかさ、浴衣めっちゃ可愛いね……どこの子? これから俺らの部屋来ない?」

「おいおい、お前、さすがにふざけすぎ」

「あぁ? んだよ、チビってんじゃねーよ! せっかくこんな子捕まえたんだからよ、連れ込まなきゃ男じゃねーだろ」

 大柄な男はだいぶ酔っ払っているようだ。

 仲間の二人に悪態をつき、それを二人がたしなめている。

 不穏な空気に、アヤの顔も引きつっていた。

 さすがに助けるか。

 ――助けるな。

 またしても、神様の直感に止められる。

 一歩踏み出すのを、こらえる。

 

 するとアヤが、できるだけ男たちを刺激しないように言葉を発した。

「すみません、私頼まれて、ジュース買いに来てて……みんなが待ってるから戻りますね」

 男たちの間をすり抜けようとしたアヤに、大柄な男が立ちふさがる。

「いやいや、ジュース買ってないじゃん」

「ああ~……あの……財布、忘れちゃって」

「奢るよ」

 

 大柄の男が、低い声で言った。

 アヤの顔や体を、まるで獲物を見る肉食獣のような目で見ている。

「すいません、大丈夫です……」

 アヤが再び男たちの間をすり抜けようとする。

 すると大柄な男の手が伸びて、アヤの肩を掴んだ。

「やっ……」

「うおおっ!」

 大柄な男が、歓声を上げた。

 他の二人の男も、アヤを凝視している。

 男に掴まれた拍子で、アヤの浴衣がずれ、白い肩が露出していた。

 胸元もはだけてしまい、豊満な谷間がわずかに見えている。 

「え……まさかノーブラ?」

「マジ? マジでノーブラなん!?」

 二人の男が、一気に興奮しだした。

 もっと見ようと、アヤに近寄る。

「いや、はは……」

 アヤは引きつった笑みを浮かべたまま、急いで胸元を隠す。

 しかし、大柄な男の手が、アヤの肩から離れない。

「……もう、行きます」

「ちょっと待てって」

 大柄な男が、アヤのもう片方の肩にも手をかけた。

 助ける。

 ――助けるな。

 

 いや、もう我慢の限界だ。

 俺が廊下から飛び出そうとしたとき――。

「お前ら、どこの校だ!」

 江藤先生の大声が、廊下に響いた。

 どうやら見回り中だったらしい。

 江藤先生は、アヤと男たちを交互に睨んだあと、低い声で言った。

「お前らうちの生徒に何の用だ? そっちの先生に知らせんぞ!」

 大柄な男より、さらにガタイのいい江藤先生に凄まれ、さすがに彼らの酔いも覚めたようだ。

 男たちは「すみませーん」だの、「戻りますんでー」だの、無言で江藤先生を睨みつけるだのしながら、去っていった。

 自販機コーナーで、江藤先生が今度はアヤに叱りだした。

「南鳥お前こんな時間に何してんだ、消灯時間過ぎてるぞ! 深夜に出歩くなんて不良娘か?」 

「すみません。あの、ジュース買いたいなと、思って……もう戻ります」

「その前にちょっと教員部屋に来い」

 江藤先生は、アヤを連れ立って廊下を歩き出した。

 教員たちの泊まる部屋は、一階にある。

 ちょうど廊下の突き当たりの部屋に、二人は入っていった。

 俺も急いで廊下を走り、部屋の前に立つ。

 教員部屋は和室タイプの部屋で、引き戸がほんの少し開いていた。

 俺はそこから中をうかがう。

 廊下の奥のふすまが開いていて、そこにアヤの後ろ姿が見えた。

 江藤先生は、アヤのすぐそばに立っているようだ。

「あの、他の先生は……」

「ああ、この部屋は俺一人なんだ。悪いがそこのふすまを閉めてくれ」

 江藤先生が、さりげない風を装って指示をした。

 しかし、アヤは動かない。

 江藤先生が、ぶっきらぼうな感じで声をかける。

「お前、本当に今ノーブラなのか?」

 俺は、耳を疑った。

 多分、アヤもそうだ。

 およそ教師がかけていい言葉じゃない。

 

 江藤先生は、呆れたような口調で続けた。

「お前、そんな顔してけっこう遊んでるんだなぁ……俺見たんだぞ、昨日の夜、お前ぼーやんの部屋に行ったろ」

 かなり、マズい。

 昨夜の訪問がバレていることがじゃない。

 江藤先生の声に、アヤへの下心を隠す素振りが見えないことがだ。

 アヤの心情が伝わってくる。

 助けて。

 助けて。

 助けて。

 俺は、思わず引き戸に手をかける。

 

 ――助けるな。

 神様の直感が、またも俺の手を止めようとしてくる。

 

 

 俺は、初めて神様に逆らった。

 



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混乱する幼馴染を空き部屋に連れ込んだ(二日目 土・深夜)

 俺が教員部屋の引き戸を開けるのと、奥のふすまが閉じられるのは同時だった。

 パタンという乱暴な音だったので、閉めたのは江藤先生だろう。

 

 和室に続く廊下が暗くなり、ふすまからわずかな光が漏れている。

 アヤの気配は、まだすぐそこにある。

 ふすまを背に、微動だにしていない。

 

 廊下の先まで、三~四歩の距離だ。

 俺は、一歩足を進める。

 

 ふすまの向こうから、アヤの声が聞こえた。

 

「――あ、の……ドライヤーを、借りに」

 

 苦しい言い訳だ。

 ドライヤーなら他の女子に借りればいい。

 

「わざわざぼーやんの部屋にか?」

 

 カシャ――。

 

 ふすまの向こうから、カメラのシャッター音が聞こえた。

 あれは、江藤先生が持っている防水加工のデジカメの音だ。

 ラフティングの時に、何度もアヤを撮っていたから覚えている。

 

「あの、なんで撮ってるんですか……?」

 

 アヤの声が、わずかに震えた。

 怯えた内心を隠し、なるべくいつもと変わらないトーンで話そうとしている。

 

 カシャ――。

 

 もう一度、シャッター音が聞こえた。

 

 キーンと耳鳴りがする。 

 

 神様の直感が、頭の中で叫んでいる。

 

 ――助けるな。

 ――まだ早い。

 ――助けるな。

 

 俺は、かまわず一歩進む。

 

 その瞬間、頭の中に大量のイメージが流れ込んできた。

 直感というには鮮明すぎる映像。

 この先に起きるであろう、未来の記憶だ。

 

 ――江藤先生が、アヤに近づきながらデジカメを見せている。

 画面には、俺の部屋に入っていくアヤの写真。

 次に見せてきた()()には、太い手がそっとドアを開ける様子が映っている。

 江藤先生は俺の部屋のドアを開けて、中の様子を録音していたらしい。

 画面からは『ぅ……ぃや……んっ、あっ……』というアヤの悩ましげな声が聞こえてくる。

 江藤先生が、青ざめた顔のアヤを覗き込む。

 「お前、これは大問題だぞ? 確かもうすぐ試合だったよな」

 アヤの肩をポンと叩き、撫でた。

 危険を察知したアヤが、ふすまの取っ手に手を伸ばす。しかしその手を江藤先生が掴む。

 「お互い秘密ってことで、な?」

 「先生、冗談、キツいですよ~……」

 軽い言葉とは裏腹に体を震わせるアヤを、江藤先生が引っ張り込み――。

 

 

 ――俺はそこで、未来の映像をシャットアウトした。

 

 それでも、その後の展開は伝わってきた。

 

 アヤが襲われている現場に突入し、俺はその様子をスマホで撮る。

 呆気にとられる江藤先生をノックアウトしつつ、先生のデジカメをその場で破壊。

 俺はスマホを見せながら「もう二度とアヤに近づくな」と言って、アヤと立ち去る。

 泣きじゃくるアヤをとりあえず空き部屋に連れ込み、なぐさめる。

 襲われたショックで震えるアヤを優しく抱きしめると、アヤは「ぼーやんに触れられるのは嫌じゃない」ことに気づく。

 正確には、不安とパニックの反動からそう錯覚する。

 俺がゆっくりアヤを押し倒すと、彼女の体から力が抜けていく――。

 

 神様は、これが最も確実にアヤを手に入れる方法だと提示してくる。

 これこそが最適解だ。

 だからもう少し待て――と。

 

 なるほどな……。

 ――でも。

 

 

 俺は、ためらうことなく一歩を踏み出した。

 さらにもう一歩、二歩と踏み出し、ふすまの取っ手に手をかける。

 

 ――確かに俺は、「どうなってもいいからアヤをください」と神様に願った。

 でも、それは俺がどうなってもいいという意味で。

 

 アヤに、他の男が指一本でも触れるのを、もう許すつもりはない。

 

   

「あの、なんで撮ってるんですか……?」

 

 ふすまの向こうから、アヤの震える声がした。

 さっき聞いたのと、まったく同じ声色だ。

 どうやら、ここからがもう未来の記憶だったらしい。 

 

 カシャ――。

 

 シャッター音が鳴ったと同時。

 俺はふすまを思いきり開けた。

 

「わわっ」

 

 間の抜けた声とともに、アヤの後頭部が俺の胸に飛び込んでくる。

 アヤは相当逃げ出したかったのだろう。

 ふすまに寄っかかるように、体重を預けていたようだ。

 

「え、ぼーやん……!?」

 

 驚くアヤの全身をチェックする。

 江藤先生に何かされた形跡はない。

 少し胸元が緩んでいるのは、さっき大柄な男に掴まれたせいだろう。

 

「ぼーやんか、こんな時間に何の用だ!」

 

 江藤先生は焦りを滲ませつつも、すぐに叱り口調になった。

 「何も起こっていない」教員室に、いきなり生徒が飛び込んできたのだから当然だろう。

 

 俺は、江藤先生に微笑んだ。

 もちろん殴りかかったりもしない。

 先生は、まだ何もしていないのだから。

 

「先生、ちょっと失礼しますね」

 

 俺は笑みを浮かべたまま、スッと江藤先生に近寄る。

 

「お、おい……」

 

 戸惑う江藤先生の目をじっと見据えながら、俺は握手をするように、その手にあったデジカメを奪った。

 

「おまっ、コラ――」

 

 江藤先生の手がデジカメに伸びてきたので、俺は後ろに下がりながらメモリを確認する。

 この部屋で不安そうに立ちすくむ、浴衣のアヤの写真が二枚。

 ラフティングの時に撮ったのだろう、白いTシャツにピンクの短パン姿のアヤが数枚。

 その中には、アヤの胸や足を狙ってズームにした写真もあった。

 遡っていくと、バドミントン部の部活中に撮ったと思われる写真もチラホラとある。

 

 俺はデジカメを尻ポケットにしまいながら、江藤先生を見つめた。

 

「こういう写真は、教師としてかなりマズいんじゃないですか?」

 

「いや、違うぞぼーやん! それは記録用の――」

 

「俺とアヤ、もう行っていいですよね」

 

 江藤先生に微笑む。

 我ながら、にこやかな感じに笑えていると思う。

 

 アヤの肩をそっと抱き、部屋の廊下に出る。

 

「あ、おいっ、デジカメは――」

 

「お互い秘密ってことで、どうですか?」

 

 俺は、修学旅行中にアヤを部屋に連れ込んだことを。

 江藤先生は、アヤを盗撮していたことを。

 

「…………ああ、分かった」

 

 意外にも、江藤先生はそこで引き下がった。

 もっと、力づくでデジカメを奪いにくるかと思ったのに。

 

 もしそうなっていたら、俺は自分を抑えられなかっただろうけど。

 

 

***

 

 

 教員部屋を出た俺とアヤは、しばらく一階の自販機コーナーで過ごすことにした。

 いったんアヤを落ち着かせる必要があったからだ。

 実際には襲われていないとはいえ、相当な恐怖とストレスだっただろう。

 

 江藤先生が追ってくる気配はない。

 今日はもう、下手なことをしてこない気がする。

 

 そういえば、さっきから神様の直感を無視しっぱなしだった。

 進路を外れたときのカーナビのように、急いで軌道修正をしているのだろうか。

 

 アヤを手に入れられるという確信は、少しも揺らいでいない。

 

 

 俺は、自販機のボタンを押した。

 ガコンと音がして、飲み物が落ちてくる。

 

 自販機の取り出し口に手を伸ばそうとしたとき、アヤが声をかけてきた。

 

「ぼーやん……さっきは、あの……ありがと」

 

「ああ、たまたま教員部屋に入っていくとこ見かけてさ」

 

 振り向くと、アヤはベンチに座り、自販機の取り出し口をぼーっと見ていた。

 

「あんなコワいぼーやん、初めて見たかも……」

 

「見間違いじゃない?」

 

 自分では、なるべく穏便に接したつもりだったんだけどな。

 

「ううん、なんていうか、笑ってるのにスゴく威圧感があって、笑ってるから余計にコワくて……あの江藤先生が、ビビってたもん」

 

「そうなんだ……それは何というか、お見苦しいところを」

 

「ううん全然、なんかいい感じだっ……で、でした、よ……」

 

 アヤはだんだん慌てだし、しまいには俯いてしまった。

 誰を守るために、俺がそんな風になったのか。

 そこに思い至って、褒めるのが気恥ずかしくなったのだろう。

 

 俺は軽くため息をつくと、自販機の取り出し口に手を入れた。

 冷えたりんごジュースを取り出すと、アヤの目の前に差し出す。

 

「はい、俺の奢りな」

 

 少し冗談ぽい感じで渡す。

 この自販機のラインアップなら、アヤはこれ一択のはず。

 

 アヤは目を丸くしながら、りんごジュースを受け取った。

 

 

「ありがと、リュウジくん」

 

 

 また俯いてしまったので、アヤの表情が見えない。

 

 リュウジ、()()……か。

 懐かしい響きだ。

 小学校の時、同じクラスになって。

 家も近くて、親同士もすぐに仲良くなったから、俺たちは自然と一緒に帰ったり、互いの家に遊びに行ったりするようになった。

 名前で呼ばれていたのは、知り合って一日、二日くらいまでだったか。

 少なくとも一週間が経つ頃には、俺はぼーやんと呼ばれていた。

 思えばこの時に、俺とアヤの関係は「仲の良い幼馴染」に固定されてしまったような気がする。

 

 そして今、アヤはどんな気持ちで俺の名前を呼んだのだろう。

 

 アヤの心情が流れこんでくる。

 

 ……これは、めちゃくちゃだ。

 言葉にならない思いが渦巻いていて、うまく読み取れない。

 機嫌と不機嫌、不安と高揚、冷静と興奮がない混ぜになり、激しい上下を繰り返しているような。

 まさにパニック状態といった感じだった。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

 俺が歩き出すと、アヤも少し遅れて付いてきた。

 

 二階への階段を見上げ、立ち止まる。

 

「俺、先に行くわ。深夜に二人でいるとこ見られたら、さすがに面倒なことになるでしょ」

 

 見られたところで俺には何のマイナスもないのだが。

 一応、アヤの不安に配慮する。

 

「……アヤ?」

 

 アヤは下を向いて、動こうとしなかった。

 俯いているので、表情は見えない。

 胸のところを押さえて、少し苦しそうにしている。

 

 感情が流れ込んでくるが、やっぱりうまく読み取れない。 

 アヤも、なんで自分が立ち止まってしまったのか、分かっていないようだ。

 

 俺は、直感に耳を澄ましてみる。

 

 ――――。

 

 可能性は、低い。 

 神様の直感はそう言った。

 今日ここで、俺がアヤを手に入れられる確率だ。

 

 今焦らなくても、いずれ手に入る。

 直感はそうも告げている。

 だから、リスクを取る必要はないと。

 

 しかし俺はもう、これ以上アヤを誰かのモノにしておきたくない。

 さっきからもう、我慢の限界だ。

 

 それに、可能性がゼロでないなら、俺は迷いなく行動できる。

 今までは、ゼロしかなかったんだから。

 

 

 俺は、アヤの手を取った。

 冷たい手がビクンと震える。

 アヤは、俺の手をふりほどいた。

 

 でも、逃げようとしなかった。

 だからもう一度、アヤの手を握る。

 

「アヤ、来て」

 

「……ぼーやん?」

 

 アヤの手を掴んだまま、教員部屋とは反対方向の廊下へ歩き出す。

 

「え、なに? ちょっと、ぼーやんっ」

 

 アヤの戸惑う声を無視して、目的の部屋を目指す。

 一階の、廊下の奥の和室。

 そこが空き部屋で、一晩中誰も来ないことは、未来の記憶でもう知っている。

 

 和室の引き戸を開け、中に入る。

 廊下奥のふすまを開けると、八畳ほどの畳張りの寝室があった。教員室と同じタイプの部屋だ。

 窓の障子ごしに、外の駐車場の灯りが差し込んでいる。

 電気を付けなくても、アヤをじっくり見ることができそうだ。

 

「ぼーやん、手、いたいよ……はなして」

 

 アヤが、俯きながら言った。

 

「ふりほどいてもいいよ」

 

 俺は、アヤを抱き寄せる。

 

「やめてっ……」

 

 抵抗は、言葉だけだった。

 緊張しているのか、全身が強張っている。

 それなのに、アヤの体はどこもやわらかい。

 浴衣ごしに、ゴム毬のような胸の弾力が伝わってくる。

 ほっそりした背中を抱きしめ、押し潰された乳肉のムニとした感触を味わう。

 

 そういえば、こうしてアヤとしっかり抱き合ったのは初めてだ。

 けっこう身長差があるはずなのに、俺たちの体は互いの凸凹を埋め合うように、フィットした。

 

「ねぇ、どうして……?」

 

 アヤが、まるで助けを求めるように見てきた。

 

 ――気持ちを知りたい。

 答えを知りたい。

 お願いだから、教えて、ぼーやん……。

 

 そんな感情が伝わってくる。

 

 思いを、伝えるべきだろうか。

 少なくとも、アヤはそれを知りたがっている。

 俺が、こんなことをする理由を。

 俺も、思いを告げたい。

 一生を添い遂げたいと告白したい。

 

 伝えたら、どうなる?

 

 ――分からない。

 

 神様の直感でも、結末は読めないようだ。

 アヤの心が混沌としていて、どう転ぶか分からない。

 

 好きだ。

 結婚したい。 

 付き合って欲しい。

 ずっと一緒にいて欲しい。

 

 そんな言葉が浮かんでは、消えていく。

 

 俺は自然に浮かんだ言葉を口にした。

 

 

 

 

「アヤが、俺の好みど真ん中のせい」

 

 中途半端で、おそらくアヤの期待には応えていないだろう答え。

 でも、今はそれでいい気がした。

 

「なんだよ、それ……」

 

 アヤが、怒ったように目を逸らす。

 その瞳から、涙がこぼれる。

 

「でも、私……」

 

 ――時田と付き合っているから、か?

 

「付き合ってるとか、関係ないから」

 

「え?」

 

 俺は、ポカンとするアヤの半開きの口にキスをした。

 

「はっ、んっ……んむっ、んちゅっ、も……やだってばぁっ、んっ、んむっ……!」

 

 緊張ですっかり乾いてしまったアヤの唇を、唾液で濡らす。

 アヤは力なく唇を閉じようとしたが、すんなり俺の舌の侵入を許した。

 硬い歯列をひと舐めしてから、アヤの吐息で温かい口内で舌を躍らせる。

 「やだ」という言葉とは裏腹にアヤの体も、口も、さしたる抵抗をしてこない。

 

「あっ、あむっ……んちゅぅ、ちゅぁっ、んっ……はぁっ、んあっ……」

 

 昨夜、洗面所でキスをしたときより、アヤの口の中は温かかった。

 絡め取ったアヤの舌も、昨日より熱く感じる。

 ジュゾゾと音を立てて吸い込み、俺の口腔内でアヤの舌を舐め回す。

 

 アヤは、ビクビクと体を震わせ、脱力していく。

 

 俺はアヤの腰を引いて体重を支えつつ、膝を股ぐらに差し込み、一歩前に出る。

 バランスを崩したアヤの体を折りたたむように、畳に座らせ、寝かせていく。

 

 咄嗟に置いた座布団の上に、アヤの茶髪が広がる。

 

 アヤの舌の拘束をほどき、その滑らかな感触を舐め上げながら、口を離していく。

 整った顔立ちが、妖しく火照っていた。

 その目には、見たことのない熱がこもっている。

 

 それでも、まだ最後の最後で何かに抗っている。

 そんな顔だ。

 

「時田は、アヤにこんなことしない?」

 

「……時田は、しない」

 

 アヤはまっすぐに、俺を見た。

 

「時田、彼女を大事にしてくれそうだよね。アヤみたいな可愛い彼女だったら、なおさら」

 

「……うん……そう、だよ」

 

 アヤが、目を逸らした。

 

「時田のこと、好きなの?」

 

「…………うん」

 

 少しの間のあと、アヤはコクっと頷いた。

 

「じゃあなんで、こんなに濡れてるの?」

 

 俺は浴衣の裾の折り目に手を差し込み、太ももの内側を撫でながら、湿った三角地帯に触れる。

 下着が、ぐちょぐちょに濡れていた。

 布地に染み込んだ水分が、ふくれて溢れそうになっている。

 

「わっかんないよ……!」

 

 アヤが、小さく叫んだ。

 泣きながら、さらに続ける。

 

「わかんないんだよぉっ……ずっと、ずっとヘンなのっ! ぼーやんおかしいし、私もおかしくなっちゃいそうだし! ぼーやんとはずっと幼馴染だったのに、ヒドいことしてくるし、イヤなのに、絶対イヤなのに……なのに、どうしてそんなに守ってくれるの、なんで優しくするの!? どうして、どうしてよ……もう、私の中、ぐちゃぐちゃにしないでよ……!」

 

 せきを切ったように、アヤは感情を吐き出した。

 

「するよ、ぐちゃぐちゃに」

 

 俺は、アヤの頬をそっと撫でる。

 

「んぅっ……」

 

 それだけで、アヤは切ない悲鳴を上げた。

 

 アヤの感情が流れ込んでくる。

 

 ――頭がクラクラする。

 体がアツくて、欲しくてたまらない。

 このまま、ぼーやんに抱かれちゃうのかな。

 そんなのダメだ。

 そんなことになったら、時田と――。

 みんなとも、ぼーやんとも、いろいろ壊れる。

 壊したくない。

 壊れるのは、恐い。

 

 アヤの数多ある短所の一つ。

 人との関係性が壊れたりするのを、何より恐れている。

 それが、顔を覗かせていた。

 

 ――デジカメを見せろ。

 

 神様の直感が、俺にそう告げた。

 江藤先生が俺の部屋でこっそり録音した動画を見せろ。

 それでアヤの処女を奪え。

 今は「脅されて抱かれた」という逃げ道を用意してやれ。

 大丈夫、最終的には心も手に入るから。

 

 

 俺は、尻ポケットに入れていたデジカメを手に取ると、ぽいっと放り投げた。

 

 代わりに、唇に軽いキスをする。

 

「アヤ、俺はずっと好きだよ」

 

 俺との関係性だけは、一生壊れない。

 何があっても。

 それを伝える。

 

「卑怯だよ、ぼーやん……」

 

 アヤは静かに目を閉じた。

 

 俺は、ふたたびアヤにキスをする。

 互いの唾液でしっとりした唇を味わう。

 舌で何度かなぞると、従順に唇が開かれた。

  

 舌先をねじ込み、柔らかいアヤの舌を舐め回す。

 

 俺の求めに応えるように。 

 アヤの舌が、おずおずと絡みついてきた。

 



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ずっと好きだった幼馴染に種付けした(二日目 土・深夜)

 アヤの舌は、控えめだった。

 俺がぐるぐると舐め回すのに合わせて、ぎこちなく絡みついてくる。

 「んっ、んっ……」と喉奥から健気な声を出し、快楽に身を委ねるアヤがたまらなく可愛い。

 

 以前の俺だったら、アヤとキスをした時点で頭がスパークしていただろう。

 それが今は、アヤのほうから舌を絡ませてきている。

 

 

 こんなアヤの顔は、今まで見たことがなかった。

 

 小学校の時、同じクラスになって。

 その時のアヤは引っ込み思案で。

 でも、話してみると俺よりも明るくておしゃべりで。

 俺の家に遊びに来たときは、ふざけたり、一発芸を披露したり。

 動物のモノマネが面白くて、可愛いなと思って。

 もったいないと思った俺は、運動会の実行委員にアヤを誘ったんだ。

 

 そうしたら、みるみるアヤは人気者になった。

 でもみんなの期待に応えようと少し無理もしていて。

 俺に対してだけは、弱音を吐いたり涙を見せたりして。

 そんな幼馴染の関係に、俺はどこかで安心していた。

 本当はずっと好きだったのに。

 

 時田に告白されたときも。

 運動会の実行委員に誘ったときみたいに、ちょっと背中を押してあげるいつもの俺を演じて。

 本音では、引っ込み思案のアヤが男子と付き合うなんてこれっぽちも思ってなくて。 

 でも、アヤは告白を受け入れてしまった。

 俺は、自分の気持ちを必死にごまかして。

 アヤも、俺に対する態度は変わらなかったから。

 安心してしまったんだ。

 

 でも本当に欲しかったのは、そんな関係性じゃなかった。

 ずっと、アヤとこうしてキスをして、その先のつながりが欲しいと思っていたんだ。

 

 だから、もう絶対に離さない。

 時田にも、もう誰にも、アヤは渡さない。

 

 

 俺は、夢中でアヤの唇をむさぼった。

 

 一瞬、アヤの舌が我に返ったように離れていく。

 俺は逃がさないように、根本からアヤの舌を捕え、また絡ませる。

「んくっ……んっ、んれ……れる、れろぉ……」

 アヤの口内からこぼれる淫らな声が、チュプチュプという唾液の音と重なる。

 その淫らな声と水音が俺の耳を痺れさせた。

 アヤの高揚が、流れ込んでくる。

 どうして自分から舌を絡ませているのか、分かっていない感じだ。

 さんざん焦らしたせいで昂ってしまった体に、心が追いついていないのだろう。

「んちゅ……んじゅ、んれぉ……あっ、ん、んむっ……」

 アヤの柔らかい舌を、思いきり吸い上げる。

 開いてしまった口から、唾液がこぼれる。

 舌を吸い、口端からこぼれる雫を舐め取ると、甘いりんごジュースの味がした。

 濃厚でいやらしいキスをしながら、浴衣の胸元に手を差し入れる。

 ノーブラの素肌は、熱く火照っていた。

 手のひらでは収まりきらない豊満な乳房を掴み、揉む。

 ムニュとした柔らかい肉感の真ん中で、硬くなってる突起があった。

 指で乳首をクニクニと捏ねると、俺の口内でアヤの舌がビクリと震えた。

 柔乳を揉みながら、唇を離す。

 透明の糸が引く、アヤの半開きの口がたまらなくエロい。

 ――もう、終わり……?

 そんな、アヤの声が聞こえた。

 物足りないような、物欲しげな、アヤの思念が。

 神様の余計な計らいか、アヤの心がいつもよりはっきりと流れ込んできた。

 

 思わず唇にしゃぶりつきたくなる衝動を、ぐっと抑える。

 このままではキスだけで夜が明けてしまう。

 俺は、眼下のアヤの姿を眺める。

 浴衣は大胆にはだけ、滑らかな肩と胸の谷間があらわになっていた。

 白い太ももが露出し、隠された三角地帯に続いている。

「やっぱり、綺麗だ」

 思ったことを口走りながら、浴衣に手をかけた。

 アヤの手が、そっと重ねられる。

「だ、誰か来ちゃうよ……」

「誰も来ないよ」

 アヤは、少し怯えた様子を見せた。

 無理もない。

 修学旅行の空き部屋で、彼氏以外の男とこんなことをするなんて、非常識だ。身持ちの固いアヤにとっては特に。

 

 俺はアヤの正気を奪うために、太ももを撫でながら、再び湿地帯をいじることにした。

 濡れた下着越しに、プクリとふくらんだ恥丘を押し、割れ目に指を埋める。

「あっ……」

 アヤがビクンと震え、腰が浮く。

 その隙に浴衣の腰ひもをスルスルと解けば、ふわっと胸元が開いた。

 こぼれ落ちそうなほど大きな乳房がまろび出る。

 綺麗なお椀型の乳果実は、仰向けにも(かか)わらず、桃色の乳首がピンと上を向いていた。

 ふと、アヤが手で胸元を隠してくる。

 俺はアヤの耳元で囁いた。

「もっとアヤの可愛いおっぱい、見せて」

「うぅっ、むりっ……恥ずかしい」

 もう俺に二度も見られているのに、恥じらうところがアヤらしい。

 俺はアヤの腕を掴み、両側に開いた。

 抵抗はほとんどない。

 ほんのり汗ばんだ乳房が、外から入ってくる街灯の光に淡く照らされている。

 顔を赤らめて、横を向くアヤの顔が色っぽい。

 俺は、数時間ぶりにアヤのおっぱいを頬張った。

「あぁっ、んんっ……!」

 どこまでも柔らかくて、ぷるんとした弾力がある乳房を舐める。

 じゅるっじゅろろ……と唾液を震わせ淫らな音を出す。

 手で柔肉を掬いながら、集めた乳脂肪をしゃぶりあげる。汗ばむアヤの胸は、甘くてしょっぱい味がした。

「んんっ、ぼーやん……おっぱい、だめ、なのっ……あんっ」

 アヤの喘ぎ声が、耳を蕩かす。

 数時間前よりも、アヤは何倍も敏感になっているようだ。

「あっ、やぁんっ、あっあんっ……」

 

 直感に従い、横乳のふくらみを優しく撫でてみる。

 撫でながら、乳輪に舌を這わせ、突起に吸い付くとアヤはひときわ鳴いた。

 アヤの数多あるだろう性感帯の一つを見つけ、嬉しくなる。

 もっと鳴かせたくて、乳首を舌先でチロチロと抉ったり、指で摘んでこすったりした。

 

 いろんな方法でアヤの乳房の反応を探った後は、いよいよ下半身を攻めることにする。

 俺はアヤの股ぐらにあてがっていた手を動かし、湿って張り付いた下着をズラし始めた。

「あ、だめっ――んむっ……!」

 抵抗の言葉を唇で封じる。

「感じてるアヤ、すごい可愛い……もっと見せて」

 俺はアヤに見惚れるがままに、言葉を掛ける。

「いやっ、見ないで――んっ、んちゅっ、んあっ、あむっ……」

 すっかり蕩けきったアヤの唇を、口と舌でついばむ。

 そうやって我を忘れさせている隙に、アヤの下着を太ももの位置までずり下ろした。

 アヤの唇から離れ、キスを移動させていく。

 首すじに吸い付き、肩を舐め、乳房を舌で掬い上げ、ヘソに口付けをする。

 俺の体も、アヤの太ももの間に移動させていく。

 下腹にキスをすると、アヤは「ふっ、うっ」とくすぐったそうな声を上げ、腹筋が硬くなった。

 

 一旦顔を上げ、アヤの性器全体を視界におさめる。

 俺の胴体分、開かれた脚の付け根で、膣が濡れて艶めいていた。

 もっとはっきり見るために、アヤの太ももを持ち上げ開脚させる。

「あぁっ、だめ、そこっ……また……」

 ――舐めるの……?

 恐怖と期待が混じったような、アヤの声が聞こえた。

 アヤの脚は、少しだけ閉じようとする抵抗があったものの、力を込めればあっけなく180度に開かれた。

 淫唇がぱっくり開き、ピンク色の濡れた粘膜が、ヒクヒクとしている。俺は甘い蜜に誘われるように、舌を出して、花びらに顔を近づけていった。

 アヤが足を閉じ、頭を押さえてくる。

 太ももの弾力に挟まれ、心地いい圧迫感だ。

 俺は、差し出されたアヤの恥骨にしゃぶりついた。

「ひぁっ……あっ、あんっ、んんっ……はぁんっ」

 濡れる粘膜もろとも、アヤの愛液を吸い上げる。

 空気を含ませながらジュゾゾと音を立てて吸い、その振動で膣全体を震わせる。

 柔らかい茂みに鼻を埋め、アヤの体臭と女の匂いで鼻腔内を満たす。

 ジュルジュル……ピチャッ、ジュロロロ……ジュジュ。

 

 アヤの体からいやらしい水音が響く。

「あぁんっ……まって、ぼーやん、んっ、だめぇ……それだめっ……」

 アヤの切ない嬌声が、俺の嗜虐心に火をつける。

 死ぬほど気持ちよくさせて、訳がわからなくなるほどイかせたい。

 全部、何もかも忘れ去ってしまうくらいに。

 俺は、舌腹を性器に押し当てると、れろぉんと舐め上げた。確かアヤはこれに弱いはずだ。

 

「はぁっ、あん゛んっ……」

 アヤの腰が跳ねた。

 逃がさないように、尻肉を下から掬いあげるように掴んで、俺の口元に膣口を固定する。

 ピンク色の粘膜が、蜜で光っている。

 そのビラビラを舌先でねっとり舐めれば、アヤは面白いように喘いだ。

「やだっ、そこっ、ああんっ、あぁっ、だめだよぉっ、ひゃぁっ、あぁんっ……」

 アヤの膣内でまだ舐めていない場所を探し、味わう。

 寝ている体勢のおかげで、浴室で舐めた時よりも隅々まで舌が届く。

 

 左右の花びらを舌でかき分け、入り口に差し入れる。

 舌を限界まで伸ばし、奥の奥までねじ込む。

 舌先で感じるアヤの膣中(なか)は熱く、うねっていた。

 吸盤のように性器に張り付きながら、ジュルジュルと蜜液を吸い上げる。

「あっ、ん゛ん……あぁっ……」

 アヤが俺の髪の毛を掴んだ。

 コリっとしたクリトリスを舌先で刺激すると、アヤの手の力が強くなる。

 やはりここが、アヤの数多ある性感帯の中でも、特大の弱点らしい。

 張り詰めた肉粒に舌を押し当てると、そのまま左右に動かした。

 その瞬間、アヤの体がブルッと震え上がる。

 アヤの快感が流れ込んでくる。

 ――きもちいいの、やだ。

 こわい。

 おかしくなりそう。

 何も考えられない。

 我慢できない。

 また、アレがきちゃう――。

 

「ひあっ、あっ、だめっ、だめっ……ああぁんっ――――」

 アヤはビクビクと震え、全身を強張らせた。

 足先をピンと伸ばし、力んでいる。

 アヤは、絶頂に襲われていた。

 

 

 俺は、膣への愛撫を続ける。

 潤んだ果肉は、舌が触れるだけで蜜が染み出してくる。

 それをひたすらに舐めて、吸う。

「ぁ……っ……また、きちゃうっ……ああっ――――!」

 絶頂のさなかにあるアヤを、さらにイかせる。

 快感の上塗りをし、後戻りできない快楽の底へ、アヤを堕としていく。

 どのくらい、アヤに絶頂を味わわせていただろうか。

 アヤは軽い引きつけを起こしたように、不規則な呼吸をしていた。体は震えを通り越し、痙攣している。

 口からは「ぁ……ぁっ……」と蠱惑的な吐息をこぼしていた。

 そろそろ、いいだろう。

 神様の直感は、とっくに準備万端だと言っていた。

 いつ挿入しても大丈夫だと。

 しかしその声を無視して、俺はアヤをイかせ続けた。

 体を起こし、失神寸前のアヤを眺める。

 アヤは目をきゅっと閉じ、襲いくる快感に耐えていた。

 俺は素早くTシャツを脱ぎ捨てると、ハーフパンツと一緒にトランクスも下ろす。

 素肌が外気にさらされ、涼しい。全裸になった解放感で、不思議な心地だ。

 うっすら目を開けたアヤが、俺の体を見た。

 何か言いたそうだが、言葉が出ないようだ。

 アヤの感情が流れ込んでくる。

 ――気持ちよく、して……。

 それは、言葉にならない渇望だった。

 処女喪失の恐怖を上回るほどの。

 あまりにも妖艶な思念に触れ、理性が吹き飛びそうになる。

 アヤの体は、狂いそうなほどに俺を求めていた。

 しかしアヤの口からは、欲求とは裏腹な言葉が発せられた。

「ぼーやん、いれないで……むり、むりだよ……」

 アヤに残された自制心が、辛うじて言葉を紡いでいるようだ。

 しかし、体には力がまったく入っていない。

 俺は、自分の下半身に手を伸ばす。

 肉棒が、びっくりするほど硬く勃起し、脈打っていた。

 この二日間、溜めに溜めた欲望が、先走り液となってドクドクと漏れ出ている。

 

 アヤの膣中(なか)に、挿れる。

 ずっと好きだったアヤの、初めてを奪うんだ。

 

 俺は緊張しながら、肉棒をアヤの股にあてがう。

 亀頭の先端が、ぐちょぐちょに濡れた膣口に触れる。

 チュプ……と、粘膜同士が接触するような淫らな水音がした。 

 俺のペニスが、アヤの大事な場所を犯そうとしている。

 その事実だけで、射精しそうになる。

 でも、まだだ。

 出すなら、アヤの膣中(なか)だ。

 ゆっくりと腰を下ろしていく。

 亀頭が膣口に(うず)まる。

「あっ、だめぇっ……」

 アヤが小さい悲鳴を上げる。

 気持ち良すぎて、また射精しそうになった。

 アヤの膣中(なか)は窮屈で、熱い。

 ヌプ……と肉棒で膣肉をかき分けると、きゅうっと亀頭を締めてくる。

 締められるたび、腰が抜けそうなほどの射精感が沸き立つ。

 堪えていると、やがて膣肉がほぐれる。

 そしてまた数ミリ進む。

 それを繰り返す。

 やがてカリ首まで膣肉に埋まったところで、急に肉竿が吸い込まれていった。

 ヌルンと一気に挿入する感覚だ。

「ふっ……うぅっ、いっ…‥ぁ……いつっ……」

 アヤは顔を歪ませて、痛みに耐えた。

 アヤの膣中(なか)は狭くて、いつ処女膜を貫いたのかは分からなかった。

 それでも神様の直感に従い、一番痛くない挿れ方をしたはずだ。

 温かいアヤの膣中(なか)で、しばし動きを止める。 

 というか、止まらないとヤバい。

 気持ち良すぎる圧迫感に、すぐさま射精してしまいそうだったから。

 長く保ちそうにない。

 肉ヒダが、まるで別の生き物のように、俺の男根に絡みついてくる。

 絞り上げるようにうねって、精を吐き出させようとしてくる。

 これが、セックスなんだと実感した。

 体の内側でつながっているという、一体感。

 アヤは玉のような汗をかきながら、俺の肉棒の侵入に耐えていた。

 痛みと快感に、体を震わせている。

 

 そういえば、アヤはまだ全裸になっていない。

 だから、まとわりついている腰ひもを抜いて、放り投げる。

 浴衣を暴き、俺に貫かれている裸体をあますところなく露出させる。

 アヤの裸は、美しかった。

 おでこや首筋に張り付いた茶色い髪の毛も。

 俺の唾液で艶めく乳房も。

 なにもかもが。

 そんなアヤを自分のものにしたという征服感と充足感……それ以上にこみ上げてくる愛しさに、胸が張り裂けそうになる。

 俺はなるべく膣中(なか)の肉棒を動かさないよう、アヤにゆっくり覆いかぶさった。

 互いに湿った肌が、密着する。

「ぁっ、はぁっ……」

 アヤが、気持ちよさそうな声を漏らした。

 

 肌と肌が吸着していく。

 体で、アヤの柔らかい乳房を潰す。コリッとした乳首が胸板に当たって心地いい

 背中と肩の下に腕を差し入れ、そのまま後頭部を掴む。

 ヘビが獲物を締め上げるように、ゆっくりアヤを抱きしめていく。

 アヤの片手が、俺の肩にまわされた。

 何かに掴まっていないと耐えられないのだろう。

 もう片方の手は、後ろ手に座布団をギュッと掴んでいる。

 

 抱きしめる力をさらに強めると、俺とアヤの間には隙間がなくなった。

 つい膣中(なか)の肉棒を、さらに奥へと押し込んでしまう。

 トンと、亀頭の先端が奥に到達した気がした。

 俺の腰は、これ以上はもう進まない。

 俺の股間とアヤの性器がぎゅうとくっついている。

「あっ……ふっ、うぅっ……」

 アヤが、悩ましげにうめいた。

 もう、痛みは快感に塗り替えられてしまったようだ。

「アヤ、動くよ……」

 俺は、腰を少し引いた。

 ほんの数センチ動かしただけで、膣肉がぐねぐねと蠢動し、肉竿に絡みついてくる。

 

 やばい、これはやばい。

 気持ちが良すぎて、思いきり突きたくなる。

 腰を激しく動かして、快感を貪りたくなる。

 しかし、直感がそれをたしなめる。

 乱暴なセックスでは、アヤは手に入らないと。

 今回は、素直に従おう。

「はうっ……あっ、あん、やだ……うごかないでぇ……っ」

 強く抱きしめたまま、腰だけをゆっくり動かす。

 少し動かしただけで、俺の肉棒は爆発寸前だった。

 ヌチャ、ヌチャと、アヤの濡れ壺に肉棒を出し入れする。

 挿れるたびに肉竿に吸着し、引くたびに膣口が締め上げてくる。

 どうあっても精を吐き出させたいらしい。

 ヌチャ、ヌチャ、ヌチャ、と一定のリズムで抽送を繰り返す。

「あぁんっ……あん、あっ……あんっ……はぁ、んんっ、あ、あぁっ……」

 勝手に、腰の動きが強くなってしまう。

 俺の胸板で潰されている乳房が、少しずつ揺れ出す。

 たぷんたぷんと重量感が増し、俺たちの密着からこぼれ出ていきそうだ。

 股間が熱い。

 さすがに、もう限界だ。

 尻の内側から猛烈な射精感がせり上がってくる。

 出したい。

 アヤを――この女を孕ませたい……!

 俺とアヤ、互いに性感のボルテージが高まっていくのを感じる。

 「はぁっ、はぁっ」という切羽詰まった吐息が重なっていく。

 

 股間がブルッと震えた。

 尿道を熱いものが流れる感覚。

「アヤ、出すよ、膣中(なか)に、出すっ……!」

「ぁっ……だめ、だよっ、ナカはっ……赤ちゃん、できちゃうっ……!」

 その言葉で、堤防が決壊した。

 アヤの中で肉棒が膨れ上がる。

 ドクンと男根が跳ね、先端から大量の精液が発射されていく。

 ドビュッ、ドビュッとアヤの膣奥に注がれていく。

 気持ち良すぎて、視界がチカチカと明滅する。

 快感が全身を何度も貫き、脳が嬌声を上げている。

 

 俺は「ううぅっ」とうめきながら、何度もアヤの膣に腰を押し付けていた。

 アヤの膣中(なか)も、まるで精巣の中身を絞り出すようにぎゅうっと締め付けてくる。

 そのせいで、射精がいつまでも終わらない。

 

 アヤを見ると、彼女もまた絶頂していた。

 「あっ、あっ……」と喘ぎながら、俺の射精に反応している。

 アヤの感情が流れ込んでくる。

 ――まだ、出てる……。

 私、ぼーやんに……抱かれたんだ。

 ぼーやんに、好きって言われた。

 頭が、ぼーっとする。

 何も考えられない。

 もう、何も。

 ……自分が、自分じゃなくなってくみたい。

 塗り替えられたんだ、私、ぼーやんに……。

「……う……ひぐっ……うっ……」

 アヤは、大粒の涙を流していた。

 いろんな感情が抑えられなくなったらしい。

 相変わらずの、泣き虫だ。

 

「アヤ、好きだよ……俺に抱かれて泣いてるアヤ、すごく可愛い」

 頬を撫でると、アヤはビクンと体を震わせた。

「だめって、言ったのに……」

 

 膣中(なか)に出したことを言っているのだろう。

 

 直感に従い、膣奥に射精した。

 それが最善だという確信がある。

 

 もし、アヤが孕んだら。

 俺とアヤは幸せな家庭を築くだろう。

 直感が、そう断言している。

 

「アヤ、俺と結婚して欲しい」

「……なっ、へ!? む、むり、だから……!」

 アヤは、戸惑いながら俺を睨んだ。

 その顔があまりに色っぽくて。

 アヤの膣中(なか)で、俺の肉棒がどんどん硬くなっていく。

「あっ……え、うそ……また、おっきく……」

「アヤ、次はもう、手加減できないかも」

「え、まって――あんっ、あっ、まって! ああんっ!」

 俺は、腰を動かし始めた。さっきよりも強めに、アヤの体を揺らす。

 それに合わせて、乳房が前後に揺れる。

 ピコンッ――と、軽快な音が鳴った。

 

 アヤの頭のそばに、スマホが放り出されている。

 押し倒したときに、茶羽織のポケットから落ちたのだろう。

 アヤを揺らしながら、画面を見てみる。

 どうやら、アヤの班のグループチャットのようだ。

『アヤ戻らないのー』

『時田のとこかー?』

『あっつあつだね〜』

 

『明日くわしく聞かせろよ~』

 ピコンピコンと、立て続けにメッセージが流れていく。

 

 明日か。

 

 明日までに、何度アヤに証を刻むことができるだろう。

 

 俺はアヤに視線を戻し。

 「あっあっ」と喘ぐアヤの口に、食らいついた。

 

 






※上下巻で電子書籍化しました。
■上巻(修学旅行編+書き下ろし2万字)https://www.amazon.co.jp/dp/B0BMTXTFXR
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幼馴染の体に快楽を刻みこんだ(二日目 土・深夜)

 アヤの重量感のある乳房が、前後に揺れる。

 クラスの男子が、時田が、他校の男子が、江藤先生が目で追い、情欲の対象にしていた胸が。

 

 俺は正常位のまま、畳に手をついて四つん這いになり、腰だけで眼下のアヤを突いていた。

 視界の中を二つの乳毬が揺れ動き、先端の桃色が行ったり来たりする。

 

「あっ、ぼーやん……ま、まってっ、あっ、あぁんっ」 

 

 肉棒を出し入れするたびに、結合部からは愛液と白濁液が漏れ、畳に染みを作っていく。

 粘液のおかげでヌメりが増した膣内は、さっきよりもスムーズに出し入れができる。

 

 さっき射精したばかりだというのに。

 俺の肉棒が、早くアヤの膣奥に中出ししたいと脈打っている。

 

「はぁっ、あんっ、あぁっ……あうっ、んうぅっ……」

 

 アヤは、俺の腰の動きに合わせて悲鳴を上げた。

 強く揺すられるのが恐いのか、俺の腕を掴んだり、畳を手のひらで押さえたりして、体を固定しようとする。

 俺はそのタイミングを見計らってアヤを突き、不安定な前後運動の中に戻す。

 

 ズチュ、ズチョと、俺の股間とアヤの膣が淫靡な抽送音を作り出す。

 なすがままに揺すられアヤの手は宙をさまよい、快楽に身を(よじ)らせた。

 色んなポーズを取るアヤの姿を、全て目に焼き付ける。

 どれも初めて見るアヤだ。

 誰も見たことのない、アヤの淫らな姿。

 

「あうんっ、あぁっ、やあっ……んんんっっ……!」

 

 もっと見たくて、俺は何度もアヤを揺らす。

 アヤは襲いくる快感に耐えようと、両目をぎゅっと閉じている。

 そのせいで、余計に五感が快楽を増幅させているとも知らずに。

 

 腰で円を描くようにして、膣壁を(えぐ)るように突く。

 

 ――そこっ、だめ……!

 

 アヤの心の声を感じながら、弱い所を探す。

 どうやら、この角度、この挿れ方が、一番アヤを感じさせることができるらしい。

 じゃあ、合わせて最奥を突いてみたらどうだろうか。

 

「ひあぁっ、あんんん――!」

 

 アヤは腰を浮かせ、軽くイってしまった。

 

 ――それ、繰り返されたら……!

 

 なるほど。

 これを繰り返したらいいのか。

 

「ひぅっ、あっ、あんんっ、やあっ、ああんっ――!」

 

 また、軽くイった。

 もっと繰り返す。

 

 俺は、アヤに底なしの絶頂を味わわせていた。

 

 ――大事に犯せ。

 

 さっきから神様の直感が、そう告げてくる。

 優しく丁寧に、獣のように乱暴に、アヤを抱く。

 直感に言われるまでもなく、俺はそうしていた。

 

 アヤは何度か軽い絶頂を繰り返しながら、徐々に性感のボルテージが上がってきている。

 俺も、限界が近い。

 

 アヤをイかせるたびに、ぎゅうっと肉竿が締め付けられる。 

 圧迫感の強まった腟内で前後運動をするたび、肉ヒダが絡みついてしごいてくる。 

 もうずっと射精しているかのような感覚が、股間から伝わってきているのだ。

 肉棒が脈打ち、それと同時に心臓の鼓動が早鐘を打っている。

 

「アヤ、そろそろ、出すから……膣中(なか)に……!」

 

 アヤは薄目を開け、俺を見てきた。

 その瞳は快楽に(とろ)けている。

 唇は、「やだ」も「やめて」も(つむ)がない。

 その代わり。

 

 ――キス、して……。

 

 アヤの心の声に求められて。

 俺は、唇に吸い付いた。

 

「ちゅぱっ……んちゅっ……」

 

 アヤは唇を割いて入り込む俺の舌を、すんなり受け入れる。

 アヤの柔らかな舌が、俺の舌を優しく舐めてくる。

 互いの唇と唇の間で、舌が濃厚に絡み合う。

 

 アヤは、俺とのキスにハマってしまったらしい。

 時田のような、独りよがりな口付けではなく。

 アヤをただひたすらに気持ち良くさせる、俺とのキスに。

 

「んちゅっ……んっ、んんっ……ちゅあっ……」

 

 昨日まで、何も知らなかった無垢なアヤが。

 膣を犯し、体を揺するたびに女になっていく。

 

「あうっ、んぐっ……ひぅっ、んんぅうっ……」

 

 肉棒を押し込んで膣奥を突き上げると、アヤの口から悲鳴がこぼれる。カリ首でアヤの敏感な所を抉りながら引き抜くと、喉奥から喘ぎ声が出る。

 

 俺も、アヤの口内で「んっんっ」とくぐもった声を漏らす。

 だんだん互いの声が切羽詰まってきて、俺の射精感は限界を迎えた。

 

 俺は息を止め、尿道を這い上がってくる快感に耐える。

 射精を察知したアヤが、ぎゅうとしがみついてきた。

 

「んぅうううっ――――!」

 

 アヤの絶頂する声に、鼓膜が(しび)れる。

 一拍遅れて、俺の肉棒から大量の精液が発射された。

 

 ドビュッ、ドビュッと肉竿が跳ね、尿道から熱いものが流れ出ていく。

 体中がガクガクと震える。

 腰が浮き上がりそうな気持ちよさ。

 

 ――ぼーやんの、アツい。

 きもちいいが、とまらない――。

 

 アヤの快感が流れ込んでくる。

 声にならない絶頂感の中で、辛うじて言葉になったものが。

 ダイレクトに脳に響いてくる。

 

 アヤの性感とシンクロしてしまったのか、射精感がおさまらない。

 壊れた蛇口のようにずっと出続けているような感覚。

 快感が止まらない。

 気持ちいい以外、考えられない。

 

 ふわふわ浮いているような感覚。

 違う、これはアヤの感覚だ。

 まるでアヤと溶け合っているみたいだ――。

 

 

 その後しばらく、俺とアヤはイき続けた。

 

 

「はぁ……はぁ……ぁっ、んくっ……はぁ、はぁ……」

 

 アヤの、苦しそうな吐息が聞こえる。

 喘ぎ声を混じらせ、絶頂がゆるく続いているのが分かる。

 アヤと俺は強く密着しながら、同じ呼吸を繰り返していた。

 同じタイミングで胸部をふくらませ、吐く。

 心臓の鼓動も一致している気がする。

 不思議な一体感だ。

 

「はっ……んっ、ぼーやん……」

 

 アヤの切なげな声が、鼓膜を震わせる。

 顔がすぐ近くにあるから、吐息が耳にかかってくすぐったい。

 

「何、アヤ」

 

「これ、なに……?」

 

 アヤの吐息は、熱かった。

 襲ってくる快楽に怯えている。

 

「ぼーやんの、きもちいいのが、流れこんでくる、みたいで……うっ、んんっ……!」

 

 驚いた。

 これも神様のサービスなのだろうか。

 性感がシンクロしていたのは、どうやら俺だけではないようだ。

 俺の快楽がアヤに流れ込み、絶頂を上乗せしている。

 アヤに極上の快感を味わわせたことが、たまらなく嬉しい。

 

「アヤが感じてくれるのが、一番気持ちいい……やばい」

 

 つい口から本音がこぼれる。

 

「……うん」

 

 アヤの目から、涙がこぼれた。

 どうしようもない高揚感みたいなものが、アヤの心から伝わってくる。

 

 俺は、アヤの背中の下に手を差し入れ、ぎゅうっと抱きしめた。

 柔らかく火照った体に、愛しさを伝える。

 

 ふと、手の甲が畳の固さを感じる。

 そういえば、アヤを畳の上に寝かせたまま無理をさせていた。 

 座布団と浴衣が敷いてあるといっても、ずっとでは体もしんどくなるだろう。

 

「アヤ、起こすね」

 

「え……わっ!」

 

 俺はアヤを抱えながら、体を起こした。

 つながったまま胡座(あぐら)をかき、その上にアヤを(また)がらせる。

 互いに向かい合って座る、対面座位の格好だ。

 俺が上体を少し反らし、小柄なアヤと目の高さを合わせる。

 

 熱っぽいアヤの瞳に、見つめられる。

 多分俺も、同じような目をしているはずだ。

 

 どちらからともなく、軽いキスをした。

 チュッ、チュッとついばむような口づけ。

 やがて俺は、キスの位置を下ろしていく。

 首すじで軽く音を立て、白いデコルテを優しく舐める。

 肉感が一気に増していき、俺の顔は柔らかい胸の谷間に埋まった。

 

「ちょっと、ぼーやん……んっ、くすぐったいよぉ……」

 

 アヤの心臓の音に聞き入る。

 トクントクンと控えめに鳴る心音は、やはり俺と連動していた。

 股間に血流がみなぎり、肉棒に硬さが戻っていく。

 

 俺はアヤの重さを感じながら、腰を思いきり持ち上げた。

 

「ひゃうぅっ……!」

 

 突き上げた衝撃が、アヤの口から飛び出した。

 

「やっ、あっ……まだ、するの……?」

 

「もっと、感じてるアヤ見たい……見せて」

 

 俺はアヤの返事を待たずに、腰を突き上げ始めた。

 尻に力を入れ、腹筋を使い、腰をくねらせる。

 ズチョ、ズチョとすぐに淫らな水音が鳴り出す。

 

「うあっ……あっ……ひぅっ……」

 

 俺の突き上げに合わせ、アヤは体を(おど)らせた。

 慌てた様子でアヤが俺にしがみついてくる。

 勝手に浮いてしまう体を固定するために、俺に抱きつくことを選んだらしい。

 

 アヤの両腕が肩に回され、弾力のある胸がピタッと密着してくる。

 俺の肩にアゴを乗せ、必死に突き上げに耐えていた。

 

 体がくっついたおかげで、抽送がしやすくなる。

 俺はピストンを速く、小刻みなものに変えていく。

 ズチュズチュと、二人の下半身から粘液がかき混ざる音がする。

 

「あっ……あっ、あんっ、あっ、んっんっんっ……あぁああんっ……」

 

 アヤの喘ぎ声も小刻みになり、二オクターブほど高くなっていく。

 抽送音にパチュパチュ、という破裂音が混じりだす。

 突き上げでアヤの体が浮き、落ちてくる……そのときアヤのお尻と俺の股間が当たる音だ。

 

「あぁんっ、ぼーやん、とめてっ……んぁっ、あっあっあっあっ、あんんんっ――!」

 

 アヤは、俺に抱き付いたまま絶頂を迎えた。

 

 ――――ぼーやん……っ――

 

 アヤの心はもう、ほとんど言葉になっていない。

 快感の濁流に溺れ、心の中でも嬌声を上げ続けていた。

 

 

 そんなアヤの快楽が流れ込んできて。

 

 俺の獣欲が沸点を超える。

 アヤが上下に揺れるたび、すっかりうねりを増した膣内が俺の肉棒を掴んでくる。

 柔らかい肉ヒダがまとわりつき、俺のピストンに合わせて肉竿をしごいてくるのだ。

 それがあまりに気持ちよくて、腰を振るのが止まらない。

 (さかり)のついた猿――まるで獣のように俺は腰を突き上げ続けた。

 

「あぅっ、あぁん……だめっ、もう……あっ、また、きちゃっ……あああんっ――――!」

 

 アヤは、イキ癖がついてしまったかのように、絶頂し続けた。

 そのたびに、膣口から愛液があふれ、肉棒をぎゅうっと締め付けてくる。

 空っぽになったはずの精巣から、熱いものがせり上がってきた。

 肛門から背すじにかけてゾワゾワとした震えが走り、とんでもない絶頂の予感がする。

 

「ぁっ、んっはぁっ、あっあっ、んぅっあぁっ……」

 

 アヤは絶頂に身を震わせながら、なおも断続的に突き上げられて、吐息混じりに喘ぐことしかできないようだ。

 俺の首に回された腕は脱力し、突き上げのたびに一瞬グッと力み、また脱力するを繰り返している。

 密着した乳房が汗で滑って上下に揺れ、硬い突起が俺の胸板をいじる。それがくすぐったくて心地いい。

 ジュボジュボと、出し入れする膣口からは、愛液と白濁液がこぼれ出て、俺の股間を伝って流れていく。

 

 いよいよ射精感がみなぎる。

 俺はつき入れた瞬間、ぐちゅぐちゅと肉棒を深く埋め込み、絶頂さなかのアヤの膣奥を突いた。

 

「あぐっ……んんうぅっ――――!」

 

 アヤが深いところでイった。

 

 そのまま膣奥を押し上げると、膣内がぎゅうぎゅうと肉竿を掴み、激しい圧迫をかけてくる。

 肛門の奥から精巣が吸い上げられる感覚。

 俺は獣のような声を上げ、絶頂した。

 

 ドクンドクンと、精が吐き出される。

 おそらく分泌液はほとんどない。

 それなのに、特大の射精感に襲われていた。

 

 

 腰の上でアヤの体が、フッと重くなる。

 脱力し、体重を預けてきた。

 

「はぁー……はぁ……ひぅ……はぁー……」

 

 肩を上下させ、激しい吐息を漏らしている。 

 アヤの頬は赤く染まっていて、色濃い快楽をうかがわせた。

 

 柔らかくて、小柄な体を抱きしめる。

 

 アヤは、体力だけが取り柄だと、みんなによく自慢していた。

 学校で、アヤが疲れている姿なんて見たことがない。

 でも別に、アヤの数多ある魅力の一つ、ではない。

 

 たまに俺の部屋に遊びに来たときなんかは、「疲れた~」だの「ダルい~」だの、まるでオッサンのようにベッドを占領する。

 朝も、みんなに会うまではドヨンとした顔をしていることが多い。

 

 だから、手加減しようと思っていたのだが。

 

 さすがに初体験で、これはやりすぎだろう。

 神様の直感は、問題ないと言っている。

 直感のおかげで、アヤの負担にならないようなセックスはできていた。

 

 それにつけても、だ。

 普通だったら、とっくに失神していてもおかしくない気がする。

 アヤが意識を保っていられたのは、神様からの地味な計らいなのかもしれない。

 

「アヤ、平気……?」

 

 さんざん無茶苦茶にしておいて、「平気?」は我ながら酷いとは思う。 

 アヤは苦しげに肩を震わせながら、俺を睨んだ。

 

「……ぼーやんの、ばか……」

 

 その表情があまりに色っぽくて、俺の肉棒がまた緊張し始める。

 

 ――休ませろ。

 

 俺も、そう思う。

 直感に念押しされ、アヤが回復するのを待つことにする。

 

「少し、休んでような」

 

 俺は、まるで駄々っ子に向けるような眼差しをアヤに送り、背中をさする。

 アヤは「うぅ~……」と不満そうにうめいたが、大人しく俺の胸に顔を埋めた。

 アヤの頭にポンポンと手を乗せ、髪の流れにそって撫でる、

 

 そういえば……小学校時代、プールで溺れかけたアヤを助けたときも、こうしてずっと慰めていた気がする。

 

 俺は、アヤの呼吸が落ち着くまで、頭を撫で、頭のてっぺんにキスを振らせ、背中をさすり、優しく抱きしめた。

 アヤの胸の中に、ほうっと温かい感情が芽生えていくのを感じながら。

 

***

 

 下半身がつながったまま介抱していたので、アヤの乱れた呼吸はなかなかおさまらなかった。

 

 やっとアヤの体から震えがなくなったころ。

 俺は、多分数時間ぶりにアヤの膣中(なか)からペニスを抜いた。

 

「んんっ……」

 

 肉棒が膣口から抜けた瞬間、アヤが悩ましげな声を出す。

 理性が飛びそうになるからやめてほしい。

 

 アヤが俺の膝から降りる。

 「あっ」とよろけたので、肩を抱いた。

 

「シャワー、あるかな……」

 

 アヤが、上目遣いに聞いてくる。

 何でもエロく見えてしまうのは、事後だからだろう。

 

「廊下出たとこに、ユニットバスがあるよ」

 

「入ってきて、いい?」

 

「もちろん」

 

 お互い、汗や唾液や愛液で、体中ベトベトだ。

 股のあたりはとくにヒドい。

 

 アヤは、畳の上で丸まった下着に手を伸ばした。

 俺は、布団代わりにされてしわくちゃになった浴衣を拾い、整えながらアヤに手渡す。

 

「ありがと」

 

「ティッシュで拭くね」

 

「ううん大丈夫、流してきちゃうから」

 

 俺は和室のテーブルに置いてあるティッシュ箱を取り、とりあえずベトベトになった自分の股間を拭いた。

 その間に、アヤは子鹿のような足取りで浴室に向かう。

 

 おぼつかない様子なので、俺も急いでTシャツとハーフパンツを着て、後を追う。

 アヤはなんとか自力で浴室にたどり着いていた。

 ユニットバスのドアを開けた後ろ姿に、声を掛ける。

 

「飲み物買ってくるけど、何がいい?」

 

「りんごジュース……」

 

「また?」

 

「体から、全部抜けちゃったんだもん」

 

 その言葉が、妙に色っぽかった。

 ドクンと心臓が鳴る。

 

 ――翻弄されるな。

 

 神様の直感が、俺をたしなめる。

 

「……これ以上、りんごみたいに真っ赤になっても知らないよ」

 

 俺は平然と、からかうような口調で言った。

 

「なっ……!」

 

 アヤが、急いでユニットバスの鏡に向かう。

 

 俺はアヤがムキになって反論してくる前に、部屋を出た。

 

***

 

 暗い廊下を歩く。

 あの和室が暑すぎたのか、廊下はひんやりとしていた。

 

 やがて、明るい自販機コーナーに着く。

 スマホを見ると、深夜二時を過ぎていた。

 

 とりあえずベンチに座ると「ふぅ」とため息をつく。

 

 自販機のジー……という機械音が聞こえる。

 

 鼓動がどんどん速くなっていく。

 

「俺、アヤと……」

 

 顔が真っ赤になる。

 今ごろ実感が襲ってくる。

 

「やばい、俺、アヤと……セックス……」

 

 ずっと好きだった、幼馴染と。

 俺の好みドンピシャで、あんな可愛い女の子と。

 しかも修学旅行先で。

 時田っていう彼氏もいるのに。

 強引にキスして、押し倒して、おっぱいをねぶって、大事なところを舐めて、イかせて。

 何時間も絡み合って、挿入して、処女を奪って、中出しして。

 

 体が震える。

 歓喜や恍惚、怯えや恐れ、優越感やプレッシャー……いろんな感情が爆発し、頭が破裂しそうになる。

 

 ――落ち着け。

 

 スッと、思考が冷静になる。

 

 ――落ち着け。

 ――俺なら当然のことだ。

 ――翻弄されるな。

 

 直感が、俺の動揺を鎮める。

 

 そうだ、俺がアヤを抱くのは当たり前のこと。

 アヤに翻弄されたら終わりなんだ。

 

 アヤを抱いたことで、緊張と覚悟が緩んでしまった。 

 体を奪ったかもしれない。

 でもまだ、心は奪いきれていない。

 浮かれたらダメだ。

 油断したら、手に入らない。

 

 

 

 

 立ち上がり、自販機に近寄る。

 りんごジュースのボタンを押しかけて、止める。

 

 「ふぅ」と息を吐き。

 俺は、ミネラルウォーターを二本買った。



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強情な幼馴染の心を奪った(二日目 土・明け方)

 和室に戻ると、むっとするような熱気がこもっていた。

 クーラーも点けずに、何時間も男女が交わり合っていた熱と汗が、部屋に充満している。 

 

 ユニットバスからのシャワーの音を聞きながら、廊下を進む。

 

 寝室に入り、テーブルの上に置いてあるクーラーのリモコンを手に取ろうとして、止めた。

 代わりに障子の戸を引いて、窓を開ける。

 

 ふわっと、涼しい風が入ってくる。

 夏の京都はうんざりするほど暑苦しいが、深夜は少しマシだった。

 

 目の前に、駐車場の外灯が見える。

 ちょうど、数時間前にアヤと時田が挨拶のようなキスをしていた場所だ。

 

 まだ、アヤの心は時田に向いている。

 奥底では、「時田の彼女」という居場所を失うことに怯えている。

 

 付き合うときもなかなか踏み出せなかったアヤが、別れるなんて選択は難易度が高すぎる。

 何よりも、人との関係が壊れ、人に嫌われ、自分の足元が崩れてしまうことを恐れる彼女だ。

 

「……まったく無謀な挑戦だよな」

 

 思わずつぶやく。

 

 以前の俺だったら。

 自分の気持ちに気づいても、何もできず一人悶々としていただろう。

 

 でも今は、一切の迷いがない。

 アヤが今、俺にどんな気持ちを抱いていようが関係ない。

 時田に嫉妬もしないし、申し訳ないとも思わない。

 ただゴールに向かって淡々と、やるべきことをやるだけだ。

 

 

 シャワーの音が止む。

 

 ユニットバスのドアが開かれて、アヤのペタペタという足音が聞こえる。 

 窓から外を眺めている俺に近づくと、立ち止まった。

 

「電気、つけないの?」

 

 アヤの言葉に、ズルっとこけそうになる。

 

「……空き部屋に電気ついてたら不審でしょ。それもこんな深夜に」 

 

「あ、そっか、あはは……」

 

 そこでアヤのほうを向く。

 ゆるく浴衣を着ていて、胸元が少しのぞいている。

 髪は湿っていて、頬が朱く火照っていた。

 その姿はたいへんに色っぽいが……。

 

「アヤ、これ飲んで少し涼んでな」

 

 買ってきたミネラルウォーターを渡す。

 

「あ、う、うん……ありがと」

 

 アヤは俺と目を合わさず、ぎこちなく水を受け取った。

 何かをごまかすように、急いでキャップを外してゴクゴクと飲み始める。

 

 アヤの心情が伝わってくる。

 

 ――気まずい。

 恥ずかしい。恥ずかしい。

 私、ぼーやんと……エッチしちゃったんだ。

 ここで、さっき。

 どうしよう、あんなコトまで……。

 あ、ぼーやんが見てる。

 

 

 ……どうやら、アヤも今さら実感が襲ってきたらしい。

 俺がさっき自販機でパニック寸前になったように。

 アヤも自分の身に起きたことを、シャワーを浴びながら振り返ってしまったのだろう。

 

「俺もシャワー浴びてくるよ」

 

「お、おう……」

 

 立ち上がり、アヤの横を通り過ぎる。

 

「先、自分の部屋に戻っててもいいから」

 

「へ?」

 

 俺はアヤの反応を聞かずに、ユニットバスに入った。

 シャワーの取っ手を捻り、お湯を浴びる。

 体のベトベトが流れ落ちていく。

 

 ドアの外に聞き耳を立てることはしない。

 心配しなくても、アヤは部屋を出て行かない。

 神様の直感が、そう告げている。

 

 

 ユニットバスを出て寝室に行くと、アヤの後ろ姿があった。

 窓の正面に座り、外を眺めている。

 駐車場の外灯ではなく、どうやら空を見上げているようだ。

 

「アヤ、お待たせ」

 

 俺は平然とした感じで、アヤの隣に座る。

 

「……っ」

 

 アヤは下唇を噛んで、何か文句を言いたそうにしている。

 

 俺が、「部屋に戻らなかったんだ」なんて言って驚くと思っていたのだろう。

 だから、「ホテルの廊下が暗くて」とか「また絡まれたら嫌だし」なんて理由を用意していたはずだ。

 それなのに、すべてを見透かしたような俺の態度が、気に食わないのだ。

 まあ、すべて見透かしているのだが。

 

 アヤは、ムスッとしたまま口を開いた。

 

「りんごジュースって言ったのに」

 

 空になったペットボトルを見つめている。

 

「糖分ばっかり摂ると太ると思って。せっかくアヤはスタイルいいのに」

 

「なっ……んなことないし、私、ぽっちゃり系だって言われたこと、あるし……」

 

 それは胸だけだろう。

 抱いてみて実感したが、アヤは腕も細いし、腰もくびれている。

 お尻はまあ、安産型かもしれないが。

 アヤは大きい胸を隠すために、ゆったり目のシルエットの服を着ることが多い。

 そんなアヤをパッと見ただけの奴とかが、そんなことを言ったのだろう。

 

「誰に言われたの?」

 

「時田……」

 

 時田かよ。

 

 まあ、アヤの気を引こうとか、からかおうとか、そんな動機だとは思うが。

 あとは性的な話題につなげたかったとか。

 

「まあ、時田も冗談だと思うよ。気にする必要ないくらい、アヤは素敵だから」

 

「またそういうこと言う……ぼーやん、昨日からずっと変」

 

「ガツガツしたらモテるって言ったのは、アヤだよ」

 

 一昨日、大仏様のふもとのベンチで。

 あの時、俺がモテたい相手はアヤだけだと気づいてしまったんだ。

 

「それは、言ったけど、まさか……わ、私にくる、なんてさ……」

 

「アヤは自分の良さを分かってない。昔から、モテモテだったんだよ」

 

「え、そんなことっ――」

 

「ほら、近所の公民館の子とか親戚の男の子とかさ、アヤ姉ちゃんアヤ姉ちゃん~って」

 

「子どもにじゃん!」

 

 ひたすらに、アヤをいじりからかう。

 決して、気持ちの主導権を握らせない。

 アヤの一挙手一投足に翻弄されない。

 

 アヤの心の中で、俺に対する焦がれるような気持ちが膨らんでいくのが分かる。

 

 不機嫌そうにムッと眉を寄せたアヤが、またもつっかかってきた。

 

「……私、りんごみたいに真っ赤じゃないんだけど」

 

 そう言って、こちらに顔を向けた。

 さっきジュースを買いに行くときに掛けた言葉を、根に持っているようだ。

 外灯の光に照らされて、アヤの整った顔が艶めいている。

 

「ああ、白くて綺麗だよ、お月様みたいに」

 

「そ、れ……褒めてるの!?」

 

 アヤは「むぅ」と唸ると、また不機嫌そうに顔を背けた。

 

 以前の俺だったら、なんでアヤが不機嫌なのか気になって、どうしたら喜ぶか必死に考えて、ご機嫌を取ろうとしていたかもしれない。

 

 でも今は、アヤの感情が分かる。

 

 ――どうしてだろう、無性に腹が立つ。

 ぼーやんにムカムカするなんて、今までなかったのに。

 そんな自分がイヤだ。

 泣きたい。

 ぼーやんのばか。

 なんでさっき好きって言ったの?

 その先のことだって。

 なのにどうして、今はそんな風に平然としていられるの?

 体、目当て……?

 そんなワケないか。

 ぼーやんはそんな人じゃないし。

 シてる時も、ずっと大事に……。

 それなのに部屋に戻っていいとか言うし。

 茶化してばっかり、してくるし。

 さっきまではあんなに強引だったのに。

 

 

 アヤの思考が、ぐるぐると同じところを回っているようだ。

 

「アヤ、今何時か分かる?」

 

「は、え? えと……三時十一分、だけど」

 

 アヤは膝下に置いていたスマホをチラッと見た。

 俺がシャワーを浴びている間、あのグループチャットも見ただろう。

 なんて返信したのだろうか。

 まあ、どう返信しても問題ないのだが。 

 

「アヤ、俺の膝に来て」

 

 平然と、堂々と、ストレートに。

 それだけを伝える。

 

「へ!? ぁ……あう」

 

 俺はただ、アヤにそばに来て欲しいと伝えた。

 そこに一切の照れや動揺はない。

 拒否されることへの恐れもない。

 

 アヤの心がふわりと浮かび、焦がれるような感情がジワジワと広がっていくのを感じる。

 

「……うん」

 

 アヤはコクリと頷き、あぐらをかく俺の股の上にちょこんと座った。

 体育座りのような格好で、下を向いている。

 耳はりんごのように真っ赤だ。

 

 しばらく黙っていると、アヤが堪えきれなくなったように口を開いた。

 

「ぼーやん、なんで……好きだなんて言ったの?」

 

 アヤが、一歩踏み込んできた。

 もしかしたら自分の足元がガラガラと崩れてしまうかもしれない、そんな一歩を。

 アヤにとっては相当勇気のいることだ。

 

 だから、ここは俺も純粋な思いを、思いのたけを吐き出す場面なのかもしれない。

 でも、直感がそれを止める。

 パッションのおもむくままに、思いを告げてはいけない。

 

 冷静に。

 あふれる熱情は少しだけ混ぜて。

 アヤにだけ響く言葉を選ぶ。

 

 

「……アヤはさ、いっつも笑ってるけど、その分ストレスもたくさんあるだろ」

 

 まるで、アヤをかばい守るような口調で言う。

 

「え……?」

 

「一生懸命もいいけど、あんまり頑張りすぎると、いつか体壊すよ」

 

「なに、それ」

 

「俺が彼氏なら、アヤにそんな思いはさせないのに、と思ってさ」

 

 

 ……アヤは、黙りこくってしまった。

 

 感情が、流れ込んでくる。

 

 俺の言葉が、アヤの心のへこんだ部分を埋めていくのが分かる。

 幼馴染としてではなく、俺を、頼りたい一人の男として認識した。

 モヤモヤした思いが、ジワリとほどけたような感覚。

 同時に、時田と付き合っているという事実が目の前に立ちはだかって。

 苦しい葛藤が生まれ。

 それがせきを切ったような涙に変わり――。

 

「う……ひくっ、うぇ……んぐ……」

 

 アヤは、情けなく泣き出した。

 相変わらず、アヤは泣き虫だ。

 俺といる時だけは。

 

 

「アヤは、時田のことが好きなんだよね?」

 

「……うん」

 

 それは、条件反射のような返事だった。

 

「本当に?」

 

「……分かんない」

 

「分からない?」

 

「分からないよ、ぼーやんが、こういうことするから……!」

 

 俺は、アヤを優しく抱きしめていた。

 

「好きとか、いうし……」

 

「好きだよ」

 

 アヤの耳元で、低い声でつぶやく。

 まぎれもない事実だ。

 それをシンプルに伝える。

 

「けっ、ケッコンとか……」

 

「ああ、一生そばにいて欲しい」

 

 

 アヤが、俺の腕をきゅっと掴んだ。

 

 身持ちの固いアヤにとって、一番重く響く言葉だ。

 直感によると今が、それを言うベストタイミングだった。

 

 アヤの心が、俺に対する温かいものであふれた。

 それは熱情に変わり、血流のようにアヤの全身にめぐっていく。

 俺のせいで、アヤの心臓がバクバクと破裂しそうになっている。

 

「だから、今はムリだってば」

 

 ()()、か。

 

 アヤの心の奥底は、もう俺のほうに傾いた。

 だから、深追いはしない。

 

「アヤはそれでいいよ」

 

「……ぇ?」

 

 アヤが、小さく聞き返してきた。

 

「俺はもう、アヤを離すつもりないから」

 

 ぎゅうっと、アヤを強く抱きしめる。

 

「……もぉ、なんなんだよ~……!」

 

 アヤは苦しそうに俺の腕を抱きかかえ、体を小刻みに震わせる。

 

 そんなアヤがあまりに可愛くて。

 俺は、アヤの顎を掴み、こちらに向かせて口づけした。

 

「んんっ……んちゅっ……」

 

 アヤも、求めるように吸い付いてくる。

 最初は口内への侵入に戸惑うことしか出来なかったというのに。

 今ではむさぼるように、舌を入れてくる。

 

 アヤの心が、体に追いついていく。

 それが伝わってくる。

 

「アヤ、してもいい?」

 

「……さすがに、戻らないと」

 

 ――戻りたくない。

 おねがい。

 もっと、満たして。

 全部。全部。

 全部、塗り替えて。

 

 

 アヤの切羽詰まったような熱情に、俺の獣欲が燃え上がる。

 

 俺は、アヤの浴衣を開き、露出した肩に口づけた。

 

「あっ、んぁっ……」

 

 それだけで、アヤはビクンと震えた。

 俺は浴衣をさらに開き、白いふくらみを外気にさらす。

 そのまま浴衣を腰まで下ろし、アヤの上半身を剥いた。

 

 俺の股に置かれたアヤのお尻をぐいっと持ち上げ、膝立ちにさせる。

 アヤは支えを失って、障子窓の枠に両手を置いた。

 上裸で四つん這いになり、俺にお尻を突き出しているような格好だ。

 

 覆いかぶさるように、アヤの下半身に手を伸ばす。

 浴衣の裾に手のひらを差し入れ、柔らかい太ももの内側をなぞっていくと……濡れた秘所があった。

 アヤは下着を履いていない。

 

「アヤ、パンツは?」

 

「んっ……も、はけなく、なっちゃったからっ……」

 

 確かに自身の愛液でぐちょぐちょになった下着を履きたくはないだろう。

 

 俺は浴衣の裾をめくり上げる。

 丸くて白い、綺麗なお尻があらわれた。

 その割れ目からは、美味しそうな蜜液が滴っている。

 

 アヤは上も下もめくられ、腰に浴衣を巻いているような姿だ。

 あまりに淫らで、扇情的な格好に、俺の理性のタガが外れる。

 

 自分のハーフパンツをずり下ろし、ガチガチに硬直した肉棒を露出させる。

 それを蜜壺にあてがうと、入り口がキュッと咥えこんできた。

 

 このまま後ろから犯したい。

 

――やめとけ。

 

 神様の直感が、そう告げた。

 

 アヤの感情に意識を向ける。

 

 ――この体勢、恥ずかしい。

 お尻の穴、見ないで。

 恥ずかしい。

 この体勢、イヤだ。

 ぼーやんの顔見れないの、やだ。

 こわい。

 

 

 なるほど。

 どうやら初めての相手と後背位でするというのは、嫌なものらしい。

 神様の直感も、正常位にしとけ、とずいぶん細やかなアドバイスをしてくれている。

 ならば正常位一択だ。

 

「アヤ、恐がらせてゴメン。布団敷くから、そこでしよう」

 

「…………いい」

 

「ん?」

 

「このままで、いい……ぼーやんのしたいようにして、いいから」

 

 もう一度、アヤの感情を聴いてみる。

 

 ――こわい、けど。

 ぼーやんに、よろこんでほしい。

 さっきからずっと、私のための、エッチしてる。

 ぼーやんにも、気持ちよくなってほしい。

 それに、ぼーやんなら。

 こわくない。

 

 

 ……どうやら。

 神様の想定以上に、アヤは俺を信頼してくれているらしい。

 

 ――――問題ない。

 

 神様の直感が、一瞬で軌道修正した。 

 

「……じゃあ、このまま挿れるから、苦しかったら言って」

 

「う、うんっ……」

 

 俺とアヤは、少し緊張しながら確認し合った。

 そして。

 

「あっんんんっ……!」

 

 ズチュッと勢いのある音がしたかと思うと、パンッと小さい破裂音。

 アヤのお尻に、腰を打ち付けた音だ。

 

 一瞬にして肉棒が膣ヒダに絡め取られ、きゅうきゅうと絞られる。

 心が俺に傾いたからだろうか。

 今までで一番の締め付けだった。

 精巣が吸い上げられ、あまりの快感に脳が悲鳴を上げる。

 これは、すぐに射精してしまいそうだ。 

 

 俺は亀頭の先端まで引き抜くと、少し力を強めて、突き上げるように挿入した。

 バチュンッ――と大きな音がして、アヤの柔尻が波打つ。

 

「ひうぅっ!」

 

 四つん這いのアヤが、背中を仰け反らせた。

 重力で下に垂れた乳房が、勢いで大きく揺れる。

 

 俺は、乳房をもっと揺らすためだけに腰を振った。

 パチュンパチュンと、肉棒と愛液、尻と股間のぶつかる音が響く。

 水風船のようなおっぱいが、弾んで揺れて、そのボリュームを主張していた。

 

「あっあっあんっ、んあっ、あんっ……あっ、んぐっ――!」

 

 パンパンパンと、俺の抽送はスピードを増していく。

 自分の欲望を満たすためだけの、獣のようなセックスだ。

 俺のオスの本能が、ただただ目の前のメスを犯そうとしている。

 

「んぐっ、んっ、あぁっ……んんっあうぅっ――!」

 

 抽送の動作を、小刻みなものから大振りなものに変える。

 バッチュンッ、バッチュンッと、深く膣奥まで突く。

 そのたびに、腰を引っ張られるような感覚が襲ってくる。

 膣に肉棒が吸引されているようだ。

 

 気持ち良すぎて、腰が止まらない。

 アヤの体は、俺を単純な腰振り猿に変えてしまうようだ。

 

 アヤの茶髪が振り乱れ、汗が窓の外へと飛び散った。

 

 俺たちは大胆にも、窓を開け放して情事にふけっている。

 でも、誰にも見られることはないし、誰にも聞かれることもない。

 そう、神様がお膳立てしてくれている。

 それがなぜか分かる。 

 

「はぁんっ、ああっ、ああぁんっ、あっあっあっあっ、んんっあんっ、あうぅっ――!」

 

 アヤが、可愛い雄叫びのような声を発した。

 軽く絶頂している。

 

 感情が、快感が流れ込んでくる。

 

 ――苦しい。

 きもちいい。

 ぼーやん、きもちいい?

 きもち、よさそう……。

 よかった。 

 どうしよう。

 苦しくて、きもちいい。

 きもちいい。

 

 

 アヤの快楽が、俺の脳を痺れさせる。

 興奮が加速する。

 ただ情欲のままに、アヤの膣を肉棒で抉る。

 体が熱くて、全身が火だるまになったようだ。

 なのに股間の奥がさらに燃え上がり――。

 

「ぐっ、出る!」

 

「あ、だっ――」

 

 ――いい。

 きて。

 

 アヤの心の声に促されるように、俺の肉棒がビクンと跳ねた。

 滾るものが精巣から勢いよく流れ込み、快感を生み出しながら発射される。

 ドビュルッ、ドビュルッと、子宮に精液を注ぎ込む。

 膣奥を白濁液で塗りたくり、アヤのすべてを上書きする。

 

 まただ、また、射精感が止まらない……!

 

 多分、射精自体は終わっている。

 アヤの膣が、俺の肉棒を掴んで離さないのだ。

 膣肉がぎゅうぎゅうと絞り上げてきて、ずっと射精しているみたいな感覚を味わう。

 

 快感の奔流で、目の前が真っ白になった。

 アヤの輪郭を確かめるように、覆いかぶさる。

 汗でにじんだ胸を揉む。

 先端で張り詰めた蕾を摘めば、アヤの背中越しに震えを感じる。

 

 俺とアヤはふわふわとした一体感の中。

 

 空が白み始めるまで、快楽をむさぼり続けた。

 





短い修学旅行も最終日。
家に帰るまでが修学旅行です。

※上下巻で電子書籍化しました。
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幼馴染の家に誘われた(三日目 日・夕方)

 俺とアヤは、和室に敷いた布団の上で絡み合っていた。

 

「んぁっ……ぼーやん、あっ……きもちいいっ、うんっ、そこ……きもちいいよ……」

 

 薄いシーツを被り、正常位でつながっている。

 ゆっくりアヤの膣中(なか)に挿入して、リラックスして、たまに動かす。

 優しく、体をほぐすようなセックスだ。

 

 室内には、朝の光が淡く降り注いでいる。

 ちょっと前にスマホを確認したら、朝の五時だった。

 もう少し、この幸せを堪能したら、自分たちの部屋に戻るつもりだ。

 

 

 昨晩、アヤに後背位で中出しした後。

 

 俺たちは猛烈な脱力感と眠気に襲われて、二人で布団を敷いて、倒れ込んだ。

 アヤは「目覚まし、セットしなきゃ……」と言い残してまぶたを閉じた。

 

 俺も、スマホに手が届く前に寝落ちしそうだったので、神様に祈った。

 「目覚まし、お願いします」と。

 

 ――起きろ。

 

 直感に起こされ、スマホを見ると朝五時だった。

 二時間も眠れていないが、多少は体が回復している。

 

 隣を見ると、全裸のアヤが俺のほうを向いて寝息を立てていた。

 股間がムクムクと屹立(きつりつ)してしまうのは、仕方がないことだった。朝だし。

 

 そういうわけで、俺はアヤを優しいキスで起こし、そのまま自然と手足を絡ませ、まどろむようなセックスを始めたのだ。

 

 

「――アヤ、そろそろ、出していい?」

 

「うん、いいよ……朝だもんね……」

 

 アヤは目を閉じたまま、ニヘラと微笑んだ。

 なんで朝だといいのだろうか。

 

 どうやら、アヤはまだ寝ぼけている。

 無理もない。

 さすがに睡眠時間が足りなさ過ぎる。

 

 アヤは、睡眠をこよなく愛する子だ。

 今も一日八時間以上は寝るのだと、この前自慢していた。

 たったニ時間、それもハードな運動後の睡眠としては、不十分なのだ。

 

 だから、さっきからアヤがふわふわした感じなのか。 

 正直、反則級に可愛い。

 

「うっ、出る……!」

 

「んっ――」

 

 ほとんど腰を動かしていないのに、アヤのぬくもりと膣内の蠢動(しゅんどう)だけで射精してしまった。

 肉棒が脈打ち、この仮眠中に生産されたであろう精液を注ぎ込む。

 体がブルブルと震えるほど、気持ちいい。

 

「ぁっ――んっ、あっ……」

 

 アヤも、目を閉じたまま快楽に感じ入っていた。

 

「アヤ、愛してるよ」

 

「ん……」

 

 アヤが起きていたら、決して言わない言葉を掛ける。

 なぜか、直感がこの言葉を禁句にするのだ。

 アヤに言ってはいけないと。

 

 だから今、直感が止めなかったということは。

 寝ぼけまなこのアヤには、届いていないのだろう。

 

 俺は、愛する幼馴染にそっと唇を重ねた。

 

 

***

 

 

「ぼーやん、誰もいない?」

 

「うん、いないよ」

 

 俺は階段の踊り場で、二階の廊下をうかがっていた。

 一階から、アヤが心配そうに見上げている。

 

 まあ、堂々と上がっていっても誰にも見つかることはないのだが。

 気づかれることも、感づかれることもない。

 この三日間に起こったことは全て、俺とアヤだけの秘密になる。

 そう、直感が告げている。

 

「じゃあ、私先に行くから……ぼーやん、見張っててくれる?」

 

「ああ、ここで見てるよ」

 

 まあ、もし仮に誰かが部屋から出てきたら、俺が見張っていようが意味はないと思うのだが。

 

 アヤがタンタンタンと、階段を上がっていく。

 俺もその後ろ姿を途中まで追いかける。

 

 アヤはタッタッタと、二階の廊下を早足で駆けていく。

 自分の部屋の前にたどり着くと、こちらを見て軽く手を振った。

 俺も、軽く手を振り返す。

 

 アヤは、何かを確認したかのようにコクンと頷くと、部屋の中に入っていった。

 

 

 俺は、壁に寄りかかり。

 階段の中腹にズルズルと腰を下ろした。

 片手をおデコに当て、深いため息をつく。

 

「可愛すぎるだろ……」

 

 初めて恋に落ちた少年のように、心臓が高鳴って仕方がない。

 いや、実質初めて恋に落ちた少年のようなものなのだが。

 まさか昨日以上に、今日こんなに好きになっているなんて、誰が想像できるだろうか。

 手に入れた安心感で、気持ちのタガが外れたのだろう。

 

 ――落ち着け。

 

 直感が、俺の心を鎮めた。

 分かっている。

 翻弄されたら、上手くいかなくなるのは。

 分かってるから。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 

 無理だ。

 しばらく収まりそうにない。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 

 

 

 

 結局俺は、知り合いに「ぼーやん寝相悪すぎじゃね?」と肩を揺すられるまで、階段でうずくまっていた。

 

 

***

 

 

 朝食の時間、食堂にやってきたアヤは、それはもう眠そうだった。

 

 何度もお(はし)からご飯がこぼれ落ち、うとうとと船を漕いでいた。

 同じ班の女子たちは、そんなアヤの頭を肩に乗せたり、撫でたりしている。

 皆がニマニマしているのは、昨晩アヤが時田と一晩過ごしたと思っているのだろう。

 

「ぼーやん、大丈夫か?」

 

 俺も、マカロニサラダのマカロニを、さっきから掴めずにいた。

 

 眠気はもちろん、さっきから全身がダルい。

 一晩で五回も抱いたのだから、当然だろう。

 腰が痛くなったり、全身筋肉痛にならなかっただけマシか。

 

 

***

 

 

 その後は、部屋に戻って帰り支度をした。

 ベッドのシーツを畳んだり、なぜか増えてしまった荷物をバッグに詰め込んだり。

 同室の誰かがスマホで流行りの曲を流して、盛り上がったりしていた。

 

 俺は、そんな彼らに背を向けて、自分のベッドをぼーっと眺める。

 一昨日の夜、ここにアヤを押し倒して、初めて胸を揉んだんだ。

 

「ぼーやんも、セイッ!!」

 

 ルームメイトたちが、修学旅行最終日の変なテンションで声をかけてくる。

 曲のサビを一緒に歌わないといけないらしい。

 しかし俺はこの歌を知らないし。

 とてもじゃないけど彼らのほうに向き直れないほど、勃起していた。

 

 

 十時になったので、学校指定のワイシャツとズボンに着替え、一階にあるホテルの集会室に集合する。

 学年主任の先生が眠たくなるような挨拶をして。

 夏の修学旅行は終わりを迎えた。

 

 

 そのままホテルの玄関ロビーに行き、迎えの観光バスが来るまで待機する。

 

 みんなその場に荷物を置いて、談笑したり、ふざけ合ったりしていた。

 それを、江藤先生が大声で注意する。

 江藤先生は、何食わぬ顔で生徒たちを引率していた。

 昨日あったことが、まるで夢みたいだ。

 

 ただ、没収したデジカメは俺の尻ポケットに入っているし。

 江藤先生も、俺と目を合わせようとせず、アヤにも話しかけようとしなかった。

 

 アヤはといえば、荷物の間で体育座りをして、膝に顔をうずめている。

 ブラウスからのぞく白いうなじや二の腕に、つい目が行ってしまう。

 

 ――落ち着け。

 

 俺はアヤから目を逸らし、ロビーから伸びる廊下のほうへ行く。

 

 昨晩あんなに暗かった一階の廊下は、今は明るい陽光に照らされ、ホテルの従業員が忙しそうに歩き回っていた。

 

 自販機コーナーには、他校の生徒たちがたむろしている。

 昨日、アヤに絡んできた男子生徒の姿は見えない。

 

 階段を挟んで反対側の廊下、その先の和室に、従業員が入っていくのが見えた。

 朝、アヤと頑張って後片付けをしたから、迷惑はかかっていないと思う。

 

「ぼーやん、ぼーっとしてんなよ!」

 

 振り返ると、クラスメイトが玄関ドアから俺を呼んでいる。

 観光バスが到着したらしい。

 気づけば、ロビーに残っているのは俺だけだった。

 アヤの姿も見えない。

 

 俺も、急いでバスに向かった。

 

 

***

 

 

 バスがロータリーを半周する。

 車窓から見えるホテルの建物が、スライドしていく。

 

 そのときに、駐車場の横を通り過ぎた。

 ホテルの一階の部屋のうち、外灯の近くの部屋だけ窓が全開になっている。

 

「あ、閉め忘れた」

 

 あの窓のところで。

 俺はアヤに気持ちを伝えて、後ろからアヤを犯したんだ。

 

 車窓の景色がぐるぐると変わり、木々しか見えなくなったころ。

 俺のまぶたは重く閉じた。

 

 

 バスの中で、俺はひたすら眠りこけていた。

 

 途中、隣に座る時田が「昨日アヤと仲直りしたんだ」と報告してきた。

 

「ぼーやんのおかげだわ、あんがとなっ」

 

「あぁ……」

 

 俺は適当に相槌を返していた気がする。

 そうしたら、時田が「アヤは愛してるって言葉に弱いんだぜ」なんて言い出した。

 

「詳しく……」

 

 眠気に抗いながら声を絞り出すと、時田が得意気に笑う。

 

「ここぞって時に言うとさ、アイツすっごい照れ笑いするんだ」

 

 多分、それは苦笑いだ。

 

 アヤの中で、「愛してる」が軽薄な言葉にカテゴライズされているのを悟った。

 だから、神様の直感が禁句に指定したのだろう。

 

 俺は、謎が一つ解けたことに満足し、また眠りについた。

 

 

***

 

 

 京都駅に着くと、弁当が配られた。

 新幹線の中で食べていい、ということらしい。

 

 新幹線でも、俺は基本的に寝て過ごした。

 他の生徒たちも、けっこう眠っていたと思う。

 旅行疲れか、夜更かしのし過ぎか。

 セックス疲れは、さすがに俺とアヤだけだろう。

 

 

 

 

 トントンと誰かに肩を叩かれた気がして、目を覚ます。

 

 生徒たちが荷物を持って、車内の通路に並んでいた。

 どうやら地元のターミナル駅に着くらしい。

 

 俺も急いで荷物を持ち、列に並ぶ。

 

 列の前のほうに、アヤの茶色い後頭部が見えた。

 少し髪の毛が乱れているので、彼女も起きたばかりなのだろう。

 

 ターミナル駅に着くと、駅のエントランスに集合し、点呼を取って解散となった。

 「さぁ~帰るか~」と誰かがつぶやく。

 

 スマホを見ると、午後の二時。

 生徒の半分くらいは、思い思いに遊んでから帰るのだろう。

 駅構内のカフェに入っていく生徒もちらほらいる。

 

 アヤの姿を探すと、ちょうど時田が声を掛けているところだった。

 女友達たちが、アヤの背中を押している。

 これからデートにでも誘うのだろう。

 

 大荷物を持ったまま遊び歩くのって、けっこうシンドいと思うんだがな。

 

 すると、お腹がグーと鳴った。

 

 新幹線に乗る前に配られた弁当が、手付かずだ。

 家に帰って食べるか。

 

 俺は一直線に、地元行きのローカル線のホームへ向かった。

 

 

 電車に乗るとすぐに、まぶたが落ちてくる。

 でも不思議なもので、地元の駅が近くなると自然と目が覚めた。

 

 見慣れたホームに降りる。

 見慣れた改札を出て、見慣れた駅前広場に出る。

 

 見慣れた横断歩道の前で、立ち止まる。

 

 ここからいつもの日常に戻るはずなのに。

 まだ夢の中にいるような、ふわふわした感じが続いていた。

 

 

「ぼーやん?」

 

 耳をくすぐる猫のような声。

 振り返ると、アヤが立っていた。

 なんとなく所在なさげに、こちらを見つめている。

 

 俺は、一瞬で目が覚めた。

 

「アヤも、直帰したんだ」

 

「うん……ねっむくて」

 

 アヤの手には、弁当の袋がぶら下がっていた。

 

「一緒に食べようか」

 

 俺も、手つかずの弁当を見せる。

 

 二人で笑い合い、近所の公園に向かった。

 

 

***

 

 

 午後のうだるような日差しの中。

 

 俺とアヤは、家の近所の公園で、黙々と弁当を食べていた。

 一応、屋根のあるベンチに座っているが、かなり暑い。  

 これは長居はできそうもない。

 

 にも(かか)わらず、俺たちの食べるスピードは遅かった。

 

「アヤ、眠そうだね」

 

「そんなことないよー、バスでも新幹線でもたっぷり寝たもん」

 

「アヤ今日、箸からポロポロご飯落としてたよ」

 

「それ朝の話じゃんっ」

 

「あー朝か」

 

 こうやって気の抜けた話をしていると、修学旅行前に戻った気分になる。

 気を遣わない、幼馴染の関係に。

 

「……ぼーやんだって、マカロニ落としてたくせに」

 

 アヤが、ニヤリと微笑んだ。

 「見てたんだぜ」とでも言いたげな顔だ。

 それは不敵な少年のようで。

 瞳には、これまでとは違う熱っぽいものが宿っていて。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――翻弄されるな。

 

 神様の直感が、俺を(いさ)める。

 言われなくても、分かってるよ。

 

「マカロニは、滑りやすいからな」

 

 俺は、表情一つ変えずにつぶやいた。

 

「お米だって、つるつるだし……」

 

 アヤが、少しだけムスッとした顔になる。

 機嫌もだんだん悪くなっているようだ。

 

 アヤが、「あー暑いね」とか言いながら、髪の毛をうなじの方からかき上げる。

 汗がにじむ首すじが、目に飛び込んできた。

 色っぽすぎる。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――今はまだ。

 

「アヤは暑がりだからなー」

 

 俺は、またも素っ気ない顔でつぶやく。

 

「……ぼーやんだって汗だくじゃんか」

 

 アヤがさらにムスッとした感じで言った。

 

 

 

 

 弁当を食べ終わり。

 公園の自販機でそれぞれジュースを買い、出口へ向かう。

 

 公園を出たら、俺とアヤの家は真逆の方向だ。

 俺は、出口の前で立ち止まる。

 

「わわっ」

 

 アヤが驚いた声を発した。

 ムニッと、俺の背中にアヤの胸が当たる。

 俺の真後ろを歩いていたのだろうか。

 

 違う。

 

 無意識かもしれないが、アヤは今、自分から密着してきた。

 さっきからずっと、アヤは色仕掛け……というほどあからさまではないが、ぎこちなくアピールをしてきているのだ。

 

 アヤの心が流れ込んでくる。

 

 ――このまま帰りたくない。

 こんな関係、おかしいのに。

 どうしてだろう。

 今日はもっと一緒にいたい。

 ぼーやんのバカ。

 いったい何を考えてるの?

 私、朝からずっとヘンだ。

 私一人、ヘンになって。

 馬鹿みたい。

 なんだか、ムカムカする。

 

 

 振り向くと、眼下のアヤと目が合った。

 俺の目を不機嫌そうに、睨みつけている。

 

 ――家に誘え。

 

 やっと、直感の許可が降りた。

 

 今日は、姉も両親も、帰りは遅くなると言っていた。

 朝からずっと家に誘いたかったが、ずっと直感に止められていたのだ。

 

 俺は口を開く。

 

「アヤ、今日うちに――」

 

「――ぼーやんうち来る?」

 

 アヤの言葉のほうが、早かった。

 



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幼馴染の家で塗り潰した(三日目 日・夕方)

 見慣れたアヤの家の門扉を通る。

 遅い時間にアヤを送ったりするときに、家の前までは来ることはあるが。

 家の中に入ったのは、中学校二年生――アヤと時田が付き合う前が最後だ。

 

「お母さんただいまー、ぼーやん連れてきたよ~」

 

「あら、おかえり~」

 

 玄関に入ると、台所のほうからアヤのお母さんが顔を出した。

 

「ぼーやん久しぶりじゃない~!」

 

「お邪魔します」

 

 頭を下げて、上げる。

 目の前に、アヤのお母さんの顔があった。

 

「さあさあ上がって! ヒロトも挨拶しなさい~、あらぼーやん背のびたわね~!」

 

 アヤのお母さんは、アヤに似て美人で、おしゃべりだ。

 肩くらいで切りそろえた黒髪を(せわ)しなく揺らしながら、笑顔を振りまいている。

 少し無理をしているアヤと違い、根っから明るい性格だ。

 この人と並ぶと、アヤのほうが落ち着いて見えるから面白い。

 

「お母さん、ぼーやん困ってるでしょ」

 

「だって久しぶりなんだもん、うちに来るのなんて中学の卒業式以来よね!」

 

 高校に入ってからは、アヤの家にはお邪魔しなくなった。

 なんとなく、アヤにも時田にも悪い気がして。

 

「お、ぼーやんじゃん、ちっす」

 

 リビングから、ひょこっと男の子が顔を出した。

 アヤの弟のヒロト君だ。

 確か今年で中学二年生だったはず。

 ちょっとぶっきらぼうな感じだが、昔よく一緒に遊んでいた頃のような、人懐こい面影が残っている。

 

「ヒロト君、久しぶり。背、伸びたね」

 

「……ぼーやんほどじゃ、ねっすわ」

 

 確かに、高校に入ってから俺は二十センチくらい背が伸びた。

 ヒロト君が驚くのも無理はないだろう。

 

 靴を脱いで、玄関を上がる。

 リビングに通りかかると、ソファーに座るアヤのお父さんと目が合った。

 

「あ、お邪魔します」

 

 挨拶をすると、お父さんが「おおぉ~」とぎこちない挨拶を返してきた。

 アヤのお父さんは、強面のトレンディ俳優のような顔立ちをしている。

 頑固そうな見た目とは裏腹に、アヤに似て気にしいな性格で、大雑把なお母さんとは対照的だ。

 

「ぼーやん、ちょっと見ない間に背、伸びたな」

 

「はい、お陰様で」

 

「今日は泊まっていくのか?」

 

「え……」

 

 お父さんの一言に、俺は固まってしまう。

 

「ちょっとお父さん、泊まらないよ!」

 

 アヤが「何言ってんの!?」と、お父さんに抗議した。

 お父さんも、「ああそうか、もう高校生だもんな」などとマイペースにつぶやいている。

 

 アヤの家に最後に泊まったのは、確か小学六年生のときだったか。

 まあ、お父さんにしてみたら、俺はいまだにその頃のぼーやんなのだろう。

 

 お父さんが、「そういえば時田くんはまだ連れて来ないのか?」と、またもや燃料を投下した。

 アヤが「今はそれ関係ないじゃんっ!」と抗議し、お母さんが「この前ご挨拶に来たわよね~」とさらに燃料を投下する。

 

 俺はしばらく、南鳥家のやり取りを見守った。

 

 温かくて、微笑ましい家族だ。

 

「ゴメンぼーやん、先、上がってて」

 

 アヤに促されて、俺は賑やかなリビングを後にした。

 

 階段を上り、久しぶりのアヤの部屋に入る。

 ドアを開けた瞬間、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 

 暖色系の家具やカーペットに包まれた、アヤの部屋。

 机や本棚の位置は、以前と変わっていない。

 所々、無造作に物が置かれてはいるが、散らかっているようで散らかっていない。

 奔放に見えて、身持ちが固い――そんなアヤらしい部屋だ。

 

 本棚を見ると、アヤが最近ハマっているという漫画が、全巻ズラッと並んでいた。

 最近スパイアクションものが流行っているのだと、目を輝かせて言っていた気がする。

 顔に出やすいアヤにスパイは難しいんじゃない、と言ったら、あからさまにムッとしていた。

 

 つい「ふふっ」と思い出し笑いをしてしまう。

 

 小学校と中学校の卒業アルバムが並んでいる一角を見つけた。

 他にも、友人たちとの写真が収められているであろうアルバムが何冊かある。

 アヤの思い出コーナーなのだろう。

 

 アヤは、自分から写真を撮ろうとは言わない。

 人見知りだった頃の名残りで、そういうのがいまだに苦手なのだ。

 でも、気前がいいので誘われたら快く応じる。

 結果、アヤは自分の映る写真を大量にもらう。

 

 俺も、写真を撮るのも撮られるのも苦手だ。

 アヤとの写真なんて、それこそ卒業アルバムの中にしかないだろう。

 後は、小学校の頃、アヤのお父さんがパシャパシャ撮っていたカメラの中か。

 

 物思いにひたりながら、視線を動かしていくと。

 ふと、戸棚に見慣れない置物を見つけた。

 木でできたパンダと、その横にはガラスでできた半球状の置物……確かスノードームというヤツだ。

 

 間違いなく、時田からのプレゼントだろう。

 どちらもアヤの趣味ではないから。

 

 

 コンコンと、静かにドアがノックされた。

 

「ぼーやん開けて~お茶持ってきたからー」

 

 ドアを開けると、お盆にコップと麦茶の瓶を乗せたアヤが立っていた。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言ってアヤの手からお盆を受け取り、真ん中のローテーブルに置く。

 振り向くと、アヤはまだドアの前にいた。

 

 俺は、ゆっくりアヤに近づく。

 

 アヤは、下を向きながら口を開いた。

 

「あのね……今日お父さんが、みんなでご飯食べに行こうって。……来る?」

 

「うん、行きたいな。何時くらい?」

 

「多分、七時とかかな」

 

 あと、三時間くらいか。

 

 

 俺は、それまでアヤと談笑するつもりはない。

 最近ハマっている漫画の話をしたり、昔の卒業アルバムを広げて思い出話をしたりするつもりもない。

 戸棚にある謎の置物について聞くこともしない。

 

 

 アヤを、ただドアに追い詰める。

 

 ふんわりと、甘い体臭と汗の香りが漂ってきた。

 俺の大好きな匂いだ。

 

 そっと頬に手を添えると、アヤが上目遣いに俺を見てきた。

 

「……するの?」

 

「ああ」

 

 アヤの目が、潤んでいる。

 

 ここ家だよ、とか。

 下に親がいる、とか。

 そんな躊躇(ためら)いの言葉が、喉から出かかっているのが分かる。

 でも、アヤは口に出さない。

 

 言っても、意味がないから。

 

 結局、アヤは俺に抱かれる。

 そう、俺に刻み込まれてしまった。

 この二泊三日で。

 

 

 俺とアヤは、ゆっくり顔を近づけていく。

 

「んっ…んちゅっ、はっ……あっ、あんっ……んむっ、んちゅぁ……」

 

 アヤの色っぽい声が、俺の鼓膜と脳を痺れさせる。

 細い腕が伸びてきて、俺の首に巻きついた。

 俺は、アヤの体をドアに押し付けて、その柔らかさをむさぼる。

 冷房の効き始めた部屋は、まだまだ蒸し暑い。

 今朝、シーツの中で交わったときのような熱気を感じる。

 

「んぁっ……まって、ぼーやん、ベッドいこ……んっ、あぁんっ……」

 

 アヤのスカートをほんの少しめくり上げ、パンツ越しに秘部に触れる。

 汗と愛液が染み込み、ぐちょぐちょに濡れていた。

 

 ドア越しに、階下のリビングの音が聞こえてくる。

 家族みんなで、バラエティの特番を観ているようだ。

 お笑い芸人が盛大にツッコミを入れる声がする。

 

「ぼーやんっ、ここじゃ、こえ……が、あっいやっ……んんんっ」

 

「大丈夫だよ」

 

 大丈夫。

 誰も二階には上がってこない。

 そう直感が教えてくれる。

 

 俺は、アヤのパンツをずらし、ヌルヌルとした膣口を指の腹でなぞった。

 アヤの体がビクンと震え、切ない吐息が漏れる。

 

 もう、さすがに無理だ。

 興奮が収まらない。

 鼓動がどんどん速くなる。

 アヤを抱くこと以外、考えられない。

 

 俺は、急き立てられるようにアヤのパンツをずり下ろした。

 膝まで下げたところで、アヤの足を持ち上げ、片足をパンツから抜く。

 もう、これでいい。

 

 俺も急いでベルトを外し、ズボンとパンツを中途半端に下ろす。

 ガチガチに硬くなった肉棒が、恥ずかしげもなく飛び出した。

 

 今の俺は、完全に猿だ。

 アヤに惑わされ、魅せられ、夢中になっているただのオス。

 

 でももう、神様の直感は落ち着けとは言ってこない。

 今日一日、直感に従い、情動を(こら)えてきた甲斐があった。

 

 俺が今日、ずっとアヤを抱きたかったように。

 アヤも今日ずっと、無意識に俺を求めていた。

 

 おかげで公園では、痺れを切らしたアヤのほうから家に誘ってきた。

 そして今、この部屋でも。

 無意識に誘ってきたのはアヤだ。

 

「んっ、ぼーやん、キス、とめないでっ……」

 

 涙目で請われ、俺はアヤの唇に食らいつく。

 舌で唾液を交換し合い、絡ませ合う。

 ちゅぱ、ちゅむと、わざといやらしい音を出し合う。

 どちらがエッチなキスができるか勝負しているようだ。

 

 俺はアヤの膝裏に手を入れ、片足を持ち上げる。

 舌を絡ませながら少しかがみ、肉棒をスカートの中に潜り込ませる。

 亀頭の先で目当ての入り口を探りあてると、下から突き上げるように挿入した。

 

「んんっ、はあぁんっ……んちゅっ、んあっ……」

 

 ニュルンと膣中(なか)に入り込んだ肉竿に、熱い膣ヒダが絡みついてくる。

 腰を押し込めば、持ち上げているアヤの足の角度がどんどん開いていく。

 

 トン、と肉棒の先端が天井をノックした。

 その瞬間、膣奥が亀頭をきゅうっと絞ってくる。

 熱い膣ヒダがニュクニュクと動き、肉竿全体を甘く圧迫する。

 膣口がきゅうきゅうと竿の根本を締め付け、射精をねだってきた。 

 

 相変わらず、中毒になりそうな膣だ。

 

「ぐっ……アヤ、締め付け、すごいな……」

 

「んっ、ぼーやん、くるしい、の……?」

 

「ううん、すごく、きもちいい」

 

「なら、よかった…………あっ! ああぁんっ――!」

 

 俺は腰を突き上げた。

 すっかり俺の形に馴染んだそこに、激しく出し入れする。

 辛いだろうか?

 

 ――大丈夫だ。

 

 良かった。

 今のアヤは、激しいピストンにも性感を得ているようだ。

 

 パチュパチュと、水音が部屋に響く。

 アヤのもう片方の足も床から浮いてしまったので、太ももを掴み、体ごと持ち上げる。

 ちょうどアヤを抱っこするような体位だ。

 

「あっ、まって、あっ、ぼーやんっ、はげし……あんっ、あっあっ、あんんっ――!」

 

 肉棒がきゅうっと絞られる。

 アヤは、軽く絶頂していた。

 本当に、感じやすい子だ。

 ますます、誰にも触れさせたくない。

 

 アヤを抱っこしながら、背中をドアに押し付け、ひたすら腰を振る。

 いちいち締め上げてくる膣奥と膣口から、腰が抜けるような快感を味わわせられながら、必死に抽送を続ける。

 

 体の自由を完全に奪ったアヤを、何度も揺らす。

 一生どこかに監禁したい。

 そんな危ない衝動すらよぎる。

 

 一心不乱に腰を振り、アヤの膣内をむさぼる。

 股間を打ち付けるたびに、ドアがガタガタと鳴っている。

 ピストンの速度を、さらに上げていく。

 

「あっあっ、まって、んんっ、またきちゃうっ、あんっあっあっあっ……んうぅぅぅっ――――!」

 

 首に巻かれたアヤの腕に、ぎゅうっと力が込められた。

 アヤの絶頂が伝わってくる。

 肉棒の先端と根本がぎゅうっと締め付けられ、猛烈な射精感に襲われる。

 

「んぐ、出るっ――」

 

 俺はアヤの子宮めがけて射精した。

 

 ビュルルッと上向きに発射した精液が、そのまま膣奥深くに吸引されていく感覚。

 膣ヒダがクネクネと肉棒をしごき、残る全ての精を吐き出させようとしてくる。

 促されるままにビュル、ビュルと発射する。

 この絞り出される感覚が、腰が震えるほど気持ちがいい。

 

 アヤも、俺の後頭部をぐしゃっと掴み、天井を見上げてガクガク震えていた。

 アヤの心情が伝わってくるが、「きもちいい」に埋め尽くされてわけがわからない。

 

 お互い、感じ過ぎではないだろうか。

 

 俺もアヤも、朝からずっとヘンだ。

 なんだか、いろんなタガが外れてる気がする。

 

 修学旅行の熱が、まだ抜けていないのかもしれない。

 

 

 

 

 俺とアヤの呼吸が収まる頃、階下の音は別のテレビ番組に変わっていた。

 どうやらドラマの再放送らしい。

 男性俳優の、「愛してるよ」というセリフが聞こえ、少し笑ってしまった。

 

 そういえば、ヒロト君はこれも両親と一緒に見ているのだろうか。

 さぞや気まずい思いをしているに違いない。

 

 

「……ぼーやん、おりていい?」

 

「あ、ごめん」

 

 アヤをゆっくり抱っこから下ろしつつ、肉棒を抜く。

 

 アヤは俺の胸を借りて、なんとか立っていた。

 スカートの内側から、ポタポタと二人分の液体がこぼれ落ちる。

 

 スンスンと、アヤが鼻を動かす。

 俺の胸に顔を(うず)めて、匂いを嗅いでいるようだ。

 

「ぼーやん、汗くさい……」

 

「シャワー借りようかな」

 

「ううん、あとでいい」

 

「いいの?」

 

「いい、好きだから、この匂い」

 

 初めて言われた。

 

 アヤの心が伝わってくる。

 

 ――なんだか、落ち着く。

 ぼーやんの匂い。

 昔から、変わらない。

 いつも、安心をくれる匂い。

 でも今は、ドキドキして。

 ヘンな気分になる。

 やっぱり私、朝からヘンだ。

 この匂いに包まれてると、頭がぼーっとして。

 心地いいのに、不安になる。

 ここにいて、いいの?

 わからない。

 今は考えたくない。

 もっと。

 もっと包まれていたい。

 

 

 アヤは、まるで子犬のように鼻をヒクヒクさせていた。

 

 そんなアヤのせいで、俺の股間はまたも剛直を取り戻していく。

 

 移動中にたくさん寝たおかげで、体力は回復した。

 多分、アヤも同じだ。

 部屋にかかっている時計を見ると、まだ四時半だった。

 

 

 明日から、また学校が始まる。

 

 

 日常が、アヤを縛る常識が、戻ってくる。

 

 アヤの体も心も手に入れた、はずだ。

 後は、「時田の彼女」という現実を変えるのみ。

 でも俺は極力、手を出さない。

 そう、直感が指示してくる。

 

 俺も徹底的にやることはやるが、別れるかどうかを决めるのは結局アヤだ。

 

 時田と直接対決したり、アヤに別れるよう促したりしてもいいのだが、それを直感は許さない。

 「ぼーやんに奪われたから」「ぼーやんに言われたから」という理由を、アヤに与えてはいけない、と。

 

 誰かに背中を押されたからではなく。

 アヤが自分で考え、時田と別れるという選択をして、行動に移す。

 そうならないと、本当の意味でアヤは手に入らない。

 

 ――塗り潰せ。

 

 だから。

 学校にいても、俺のことが頭から離れなくなるくらい、アヤを塗り潰す。

 

 体を(とろ)かし、心をほぐす。

 心がほぐれて、もっと体が(とろ)ける。

 体が(とろ)けて、もっともっと心がほぐれる。

 

 それをひたすら繰り返せばいい。

 

「アヤ、ベッド行こう?」

 

「……うん」

 

 俺は、アヤの手を引いた。

 






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幼馴染に修学旅行最後の種付けをした(三日目 日・夕方)

 アヤの部屋に最後に泊まったのは、小学校六年生の夏だった。

 

 確か、アヤとヒロト君の三人で市民プールで遊んで。

 次の日から、アヤと俺の家族合同でキャンプに行くことになってて。

 

 プールの帰り、アヤたちを送ったついでに部屋に上がってくつろいでたら。

 

「ぼーやん泊まってけばいいじゃんっ!」

 

 そう、アヤが言い出したんだ。

 アヤの家族も、どうせ明日一緒にキャンプに行くんだからと、快く泊めてくれた。

 

 ベッドの隣に布団を敷いてもらって。

 でも結局二人して、布団の上に座って、他愛もない話をしていた気がする。

 

 ちょっと非日常感があって。

 ちょっぴり悪いことをしている気分にもなって。

 早く寝なさい、とお母さんに注意されても、二人とも興奮して眠れなかったっけ。

 

 この頃のアヤは、今よりも髪が短くて、刈り上げに近い髪型だった。

 服装も俺とほとんど変わらない、男の子みたいな格好で。

 この日も半袖のダボッとしたパーカーに、ハーフパンツ姿だった。

 

 でも、この頃には、アヤはもう何人かに告白されていたんだ。

 おっぱいもふくらみ始めていて、だからか、ダボッとした服をよく着るようになっていた。

 

 俺は、そんなアヤの変化に、どこかで気づいていた。

 今思えば、とっくに恋もしていた。

 

 でも俺は、何かが壊れるのが恐くて。

 一緒にいられなくなるんじゃないかと、不安になって。

 自分の気持ちにも、アヤの変化にも、気づいていない振りをしたんだ。

 いつしか、気づかない振りをしたことにも、フタをして。

 そうして、俺は「ぼーやん」になった。

 

 

 あれ、どうして俺は、この日を境に泊まらなくなったんだっけ。

 

 確か、けっこう夜遅くまで語り合ってて――。

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

「あ、ぼーやんおしっこ? 廊下暗いから気をつけろよ~出るよ~」

 

 アヤがお化けの真似をして脅かしてきて。

 

「そしたらおしっこ掛けてやる」

 

 今では考えられないような幼稚な返事をして。

 

「うわっ、きったな~」

 

 アヤも笑ったりして。

 

「じゃ」

 

「お~いってらっしゃーい」

 

 そんな気の抜けたやり取りをしていた。

 

 それでトイレから戻ってきたら。

 アヤが寝てた。

 

 布団に座りながら、上半身だけベッドに倒れ込むようにして。

 スースー寝息を立てていた。

 

 俺は、しばらくドアの前で動けなかった。

 

 アヤに、魅入ってしまったから。

 

 刈り上げから、白いうなじが覗いていて。

 首すじのラインが綺麗で。

 睫毛が長くて。

 寝ている姿が、なんだかエッチで。

 

 俺は、勃起してしまったんだ。

 

 二十三時を指す時計の針が、やけにカチコチうるさかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか俺、アヤに欲情したから、家に泊まるのをやめたのか。

 

 たかが、そんなことくらいで。

 

 淡い記憶に思いを馳せつつ、時計を見る。

 針は、四時三十一分を指していた。

 

 時間は、止まってくれない。

 

 この部屋でアヤをむさぼることができるのは、あと二時間くらいだ。

 

 それまでに、あと何度アヤを絶頂させられるだろうか。

 何度、アヤの心を俺でいっぱいにできるだろう。

 

 はやる気持ちが抑えられない。

 

 

「アヤ、ベッド行こう?」

 

「……うん」

 

 アヤの手を引っ張り、二人してベッドになだれ込む。

 

 しかしベッドの手前で、俺はアヤを押し倒してしまう。

 わずか数歩の距離なのに、我慢ができない。

 

 アヤは前かがみに倒れ、辛うじて両肘をベッドのマットレスに乗せる。

 床に膝をつき、俺のほうに尻を差し出すような格好だ。

 あの和室で、後ろから犯したときと重なる。

 あの日、トイレから戻って魅入った姿とも。

 

 俺は、背中からアヤに覆いかぶさった。

 

「あっ、ちょっと、ぼーやんっ……ベッドでって……」

 

 我ながら、どれだけ盛っているんだと思う。

 あと一歩、ベッドに乗っかる時間すら惜しい。

 

 アヤはベッドに両肘を付いているので、胸との間に空間がある。

 そこに後ろから手を回り込ませる。

 下からブラウスの中に侵入させ、ゴワっとした感触のブラジャーを揉む。

 中に詰まったおっぱいの弾力が、布越しに伝わってくる。

 

「あっんんっ、あっ……」

 

 ブラウスの内側でブラジャーを上にずらし、乳首を露出させる。

 手のひらで収まりきらない乳房を揉むと、柔らかさの中にコリッと硬くなった突起の感触を味わうことができた。

 

 アヤのブラウスの中は暑く、湿っていた。

 豊乳を掴む手が、汗で滑る。

 おかげでモキュモキュと、先端に向けて搾るように揉み込んでしまう。

 

「アヤの体、汗……すごいね」

 

「だって、ぼーやんがっ……」

 

「俺が?」

 

「んんっ、手、でっ……いっぱい、さわるから」

 

 汗の原因はそれだけではないと思うが。

 でも今のアヤは、胸を弄る俺の手のひらのことしか考えられないらしい。

 

 肉棒が、さらに硬さを増していく。

 早くアヤの性器に挿れたくて仕方がない。

 

 俺は、アヤのスカートをめくり上げ、白いお尻を外気にさらした。

 張りのある桃尻を両手で掴むと、ビクビクと脈動する男根をあてがう。

 

 俺もアヤも、下半身の一部しか露出していない。

 アヤのパンツも、膝のところで引っかかっている。

 もはや服を脱ぐのも、脱がすのも億劫だった。

 

 俺は、アヤの尻肉を開きながら、ゆっくり肉棒を埋め込んでいく。

 

「んぁっ、んっんううぅぅっ――!」

 

 ジュプジュプと水音を立て、肉竿の根本まで一気に突き入れる。

 その性感だけで、アヤはイった。

 構わず、俺は腰を打ち付け、激しいピストンを開始する。

 

「あっんっ、ぁっんあっ、んっくぅっ……ふぅっ、あっ、あ゛っあっ……んあぁっ――!」

 

 パァンッ、パァンッと股間を打ち付けて、アヤの柔尻を震わせる。

 そのたびにアヤの喘ぎ声も大きくなっていった。

 

 俺の抽送に合わせて、アヤの体が前後に揺れる。

 ブラウスの内側でまろび出た乳房が、タプンタプンと揺れているのが伝わってくる。

 

 二人の揺れ具合が噛み合っている気がする。 

 和室で犯したときとは違う。

 一方的に俺に揺すられるのではなく、アヤのほうも、快感をむさぼるように腰の動きを合わせてきていた。

 

「んっふっ、う……んっ……」

 

 気づけばアヤは、シーツをひしと掴みながら口元をベッドに埋めている。

 必死に声を抑え、声が漏れないように押さえつけているようだ。

 

「アヤ、顔上げないと、苦しいよ」

 

「んっあっ、だ、め……こえ、でちゃうっ……」

 

 どうやら自分の淫らな悲鳴が、階下の家族に聞こえてしまうことを恐れているようだ。

 まあ当然だろう。

 

 でも。

 階下に、この情事の音は聞こえない。

 あの人たちが気づくこともない。

 神様の直感が、そう告げている。

 

「アヤ、いくよ」

 

 俺は、抽送の速度を上げる。

 パンパンパンと、肌と肌で拍手をするような速さで突く。

 

「あっまって、ぼーやんっ……はぅっ、ああっんっ……あっあっ、あんっ、んっんんんっ……」

 

 小刻みなピストンの勢いに押し出されるように。

 絡みついてくるアヤの膣ヒダに絞り取られるように。

 こみ上げてきた濁流が、肉棒から発射された。

 

「ぐっ、うぁっ」

 

 ドビュ、ドビュ、ドビュと、快感を伴う射精が始まる。

 

「んくっ、ふぅっ……んううぅぅっ――――!」

 

 アヤもシーツに顔を埋め、くぐもった声で絶頂した。

 肉棒が跳ねて精を発射するのに合わせて、ビクビクと体を痙攣させている。

 

 まだだ。

 もっと。

 もっとアヤを塗り潰したい。

 

 ちゃんと声を聞きたい。

 イッている顔を見たい。

 

 俺は射精しっぱなしのまま、アヤの下腹に手を差し入れて腰を持ち上げ、トンと股間で押した。

 

「あぅっ」

 

 浮き上がったアヤの体が、前のめりにベッドに乗っかる。

 シーツの上で四つん這いになったアヤの肩を掴み、優しくひっくり返した。

 ぐるんと仰向けになり、その瞳が俺をとらえる。

 俺のなすがままにされるのを受け入れ、安心しきった顔だ。

 

 俺もベッドの上に乗っかり、力なく仰向けになったアヤの股の間に、下腹部を押し込む。

 俺とアヤは、正常位の格好でつながった。

 

 横長のベッドに対して垂直に倒れ込んでいるので、アヤの頭が壁に当たりそうだ。

 俺は位置を調整するために、アヤの背中に両手を差し入れ、体を浮かせる。

 ボフ、ボフと、何度かベッドの上を二人で跳ねながら九十度回転させ、アヤの後頭部を枕元に持っていく。

 

 俺は、わずかな休憩すら挟むことなく、腰を上下に振り出した。

 アヤの膣中(なか)に出し入れするうちに、肉棒に硬さが戻ってくる。

 

「んっ、はっ、はぁっ、んぁっ……あっ、はぅっ、あんっあっ……」

 

 アヤが淫らな嬌声を上げ始めた。

 気持ちよさそうに目をつぶり、時おり快感に顔を歪ませる。

 

 ジュボ、ジュボと、アヤの蜜壺に何度も肉棒をひたす。

 すっかり俺の形になった窮屈な膣中(なか)を、夢中で(えぐ)る。

 がに股に開かれた下半身に、杭打ちのようなピストンを繰り返す。

 木造りのベッドがギシ、ギシと激しく軋み、マットレスが跳ねる。

 アヤの太ももは浮き上がり、俺が腰を振り下ろすたびに、足先が宙をさまよった。

 

「あっあっ、ぼーやんだめっ、だめっ、あんっぼーやん、ぼーやんっあっ、んあっ、あぁっ……!」

 

 アヤの半開きになった口が、絶えず俺を呼ぶ。

 あまりの気持ちよさに助けを求めているようだった。

 その様子に、胸の奥が鷲掴みにされる。

 

 射精感が体中を駆け巡った。

 なのに、さっき発射したばかりなので実際の射精には至らない。

 男根をはち切れんばかりにしたまま、もどかしい抽送を続ける。

 

 うっすらと夕日が、窓から差し込んでいた。

 アヤの白いブラウスが、朱く染まっていく。

 周囲の陰影が濃くなっていく。

 

「ぐっ……アヤ、でるっ!」

 

「んっ……んっ……」

 

 アヤは返事をする余裕もなく、コクコクと頷くだけだった。

 

「ぐ、がっ……!」

 

 精巣ごとぶっ放つような、強烈な射精。

 極大の快感に、獣のような声が出てしまう。

 ドックン、ドックンと肉棒が脈打ち、頭がスパークするような快楽が襲ってくる。

 亀頭はもう、わずかな精しか吐き出さない。

 それなのに、これまでで一番の射精感を味わっていた。

 

 俺は痺れるような快感に耐えきれず、ドサッとアヤに倒れ込んだ。

 制服ごしに、アヤの柔らかさを感じる。

 

 アヤは「ぁ……ぁっ……」と声にならない喘ぎ声を発して、小刻みに震えていた。

 長い絶頂から抜け出せないらしい。

 俺と同じだ。

 

 アヤの胸元にそっと頭を乗せると、ドクドクドクと早鐘のような鼓動が聞こえてきた。

 汗に濡れたブラウスが、肌に張り付いている。

 アヤのうなじや胸元から、甘い匂いがする。

 

 俺はアヤの香りに包まれながら、静かに目を閉じた。

 

 どれくらい、染まってくれただろうか。

 

 もっと。

 もっと塗り潰したいが。

 今日はそろそろタイムリミットだろう。

 

 修学旅行が、終わっていく。

 熱に浮かされたような非日常がうすれて。

 日常が戻ってくる。

 

 

 茜色に染まるベッドの上で、俺とアヤは穏やかに抱き合っていた。

 まだ、お互い呼吸が荒い。

 柔らかい胸に顔を埋める俺を、アヤが優しく包み込む。

 アヤの手のひらが、俺の頭を撫でたり、背中をトントンと叩いてくる。

 犬が赤ちゃんをあやすような仕草だが、不思議と心地良い。

 思い出したように顔を上げ、微笑むアヤとキスをする。

 しあわせな時間だ。

 

 

 二人ともやっと、呼吸が落ち着いてきた。

 

 (なめ)らかなシーツを撫でてみる。

 アヤの匂いが染み付いたベッドは、小学校の頃から変わらない。

 木造りで、枕元に棚が付いている。

 その棚の内側に、一枚のシールが貼ってあった。

 

「あれ、これ……」

 

 端っこが破けた、古めかしいシールだ。

 三頭身のブタが兜を被り、刀を持ってポーズをきめている。

 「ブタ侍」だ。

 

 確か、小学校の頃に流行っていたスナック菓子のおまけシールだ。

 それが楽しみで、アヤと近所のスーパーで買っては、よくこの部屋で開けていた。

 「ブタ侍」の限定板キラキラシールを見つけたときは小躍りした記憶がある。

 

 そういえば。

 嬉し過ぎて、アヤがトイレに行っている間にここに貼っちゃったんだ。

 いったい何を考えていたんだろう、小学生の俺は。

 喜びを共有したかったのだろうか。

 いずれにせよ、独りよがりな行動だ。

 

 案の定、トイレから戻ってきたアヤはすごい怒って……。

 あれ、アヤは剥がすって言ってなかったっけ?

 

「アヤ、これ、貼ったままだったんだ」

 

 俺の視線を追ったアヤが、頭上の棚を見る。

 

「あーこれね……」

 

 アヤが「ふふ」と鼻で笑った。

 

「私が怒ったらぼーやん、すっごいションボリして帰ったでしょ?」

 

「そうだっけ」

 

 ああ、そうだった。

 後にも先にも アヤがあんなに怒ったのを初めて見て、それがショックで。

 

「でさ、ぼーやん帰ってから剥がそうと思ったんだけど……」

 

 アヤが、俺の頬に手を添えた。

 

「嬉しそうなぼーやんの顔思い出したらさ、なんか笑っちゃって……あんな嬉しそうなぼーやんの顔、初めて見たから」

 

 アヤが、俺の頬をムニっとつまむ。

 

 剥がさないで、くれていた。

 たったそれだけのことなのに。

 なんだか無性に嬉しい……やたら嬉しい。

 

「あひふぁほえ…………剥がさないでいてくれて」

 

 アヤが頬を引っ張るので、肝心の「ありがとね」が言えなかった。

 ぷふっとアヤが吹き出す。

 吹き出した笑顔のまま、楽しそうにシールを見た。

 

「私もさ、イヤなことあったり、イライラしているときとかね……これ見ると、怒りがスーって消えていくっていうか、ぼーやんの嬉しい顔としょんぼり顔を思い出して、笑っちゃうんだ」

 

 どうやら俺の出来心のイタズラは、アヤに長年にわたって鎮静効果を与え続けていたらしい。

 

「だから……ありがと」

 

 そう言って無邪気に微笑むアヤは、可愛くて。

 なぜだか色っぽくて、扇情的で。

 どこか挑戦的で。

 愛くるしくて。

 可愛くて。

 

 ――落ち着け。

 

 神様の直感が、俺を鎮静させる。

 

 いや、今くらいはアヤのぎこちない誘惑に溺れてもいいと思うのだが。

 どうやらこんな何気ないやり取りでも、心の主導権を渡すなということらしい。

 

「嬉しいよ。アヤの役に立ってたんだね」

 

 俺は平然と、恥ずかしげもなく、低い声で感謝を伝えた。

 ついでに微笑む。

 

「う、うん、ちょっぴりね……」

 

 アヤの目が、わずかに泳いだ。

 

 泳いだ後、熱っぽく俺を見つめてくる。

 キスを、欲しがっている顔だ。

 

 俺は求めに応じて、唇を落とす。

 どうやら直感はまた一つ、正解に導いてくれたようだ。

 

 チュ、チュとついばむようなキスを繰り返し、その接触面が広がってきた頃。

 

 ――来る。

 

 直感が警告を発した。

 

 ハッとして時計を見ると、六時。

 家族でレストランに行く時間には、まだ早い。

 でも俺は直感に従い、唇を離し、体を離す。

 アヤの体を拭いて、俺も体を拭く。

 お互いしわくちゃになった制服や下着を直して。

 ローテーブルに座ってお茶を飲み、ひと息つく。

 

 そのタイミングで、ドアがノックされた。

 

 ガチャリとドアが開き、アヤのお母さんが顔を覗かせる。

 

「あら、あなたたち電気も点けずに……」

 

 するとアヤがあからさまに慌て出した。

 

「あーちょっと盛り上がっちゃって、話にねっ!」

 

「あら~やっぱり今日泊まってく? なんちゃって」

 

「もーお母さんっ!」

 

 アヤが大声で抗議した。

 いくらなんでも慌てすぎだ。

 

「ふふっ、冗談冗談。あーそうそう、まだご飯行かないけど先にシャワー浴びたら? 外でいっぱい汗かいたでしょう? 制服も着替えなさいな、しわくちゃじゃない」

 

「あ、うん、そだね……」

 

 今度はモジモジとスカートの裾を伸ばし始めた。

 動揺が、思いきり伝わってくる。

 

 しかしアヤのお母さんは、ニコニコしながら行ってしまった。

 これっぽっちも怪しまれていない。

 そう直感が教えてくれる。

 

 アヤのお母さんは鈍感な人じゃない。

 本来なら、何かを勘づかないはずがない。

 これも神様のちょっとしたサービスなのだろうか。

 

 違うな。

 俺が、ぼーやんだからだ。

 悟りを開いたお坊さんのように、欲のなさそうな顔。

 絶対にヘンなことにはならないという安心感。

 この俺に対する謎の信頼感は、もはや神がかり的といえる。

 

 まあ実際、獣のような姿はアヤにしか見せていないのだが。

 

「じゃあ、私シャワー浴びてくるね」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 アヤがぎこちなく立ち上がり、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トントンと階段を上がってくる足音がして、目が覚めた。

 

 どうやらローテーブルに突っ伏して、眠ってしまっていたらしい。

 起きぬけで、頭がぼーっとする。

 

 ガチャリとドアが開き、さっぱりした様子のアヤが入ってきた。

 

「上がったよ、ぼーやんも浴びてきちゃいなよ」

 

 戻ってきたアヤは、オレンジ色の半袖パーカーを着ていた。

 下は黒のハーフパンツを履いている。

 相変わらず、男の子のような格好だ。

 大きくふくらんだ胸部と、整った美少女の顔がなければ。

 

 なんだか、股間がアツい。

 これはアレだ。

 起きたばっかりで無防備な心に、風呂上がりのアヤが現れたせいだ。

 

 ――落ち着け。

 

 アヤが鼻歌を歌いながら、バスタオルで髪の毛をくしゃくしゃと拭いている。

 姿見の前にあぐらをかいて座り、ドライヤーをコンセントに刺した。

 これから髪を乾かすらしい。

 アヤの日常を盗み見ているようで、なぜかいたたまれない気分になる。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 

 とっととこの空間を出よう。

 

「じゃあ、浴びてくるよ」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 アヤが姿見のほうを見ながら返事をした。

 

 

 俺はドアを開け、廊下に出て、ドアを閉める。

 

 そのままドアに寄りかかり。

 ズルズルと腰を下ろした。

 片手をおデコに当て、深いため息をつく。

 

 いってらっしゃい。

 いってらっしゃい――。

 

 アヤの何気ない言葉が、頭の中でリフレインする。

 

「反則だろ……」

 

 不意打ちだった。

 アヤにとっては無意識の、気の抜けた一言だ。

 「お~いってらっしゃーい」くらいの感じの。

 

 それなのに。

 

 アヤと一緒になりたいと願い。

 アヤの家に来て、家族というものを意識して。

 何度も中出しをして。

 おまけに俺は寝起きで。

 

 そんな今の俺には、特別な破壊力を持つ一言だった。

 

 ヤバい。

 今すぐ部屋に戻って押し倒したい。

 風呂上がりのアヤをぐちゃぐちゃに抱き潰したい。

 

 

 直感が「――落ち着け」を連呼してくる。

 

 

 あらためて、思う。

 惚れた女の子に翻弄されないというのは、本当に難しい。

 

 俺は、修学旅行のにらめっこでアヤが見せた変顔を思い出し、必死に衝動を抑える。

 あの変顔すら可愛く感じるから困る。

 

 ――落ち着け。

 ――落ち着け。

 ――今日はもうよせ。

 

 

 俺は、しばらくその場を動けなかった。

 

 



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不安がる幼馴染に修学旅行最後のキスをした(三日目 日・夜)

 十数回、深呼吸をしてから立ち上がる。

 

 階段を降りると、玄関横にあるトイレからアヤのお父さんが出てきた。

 

「あ、シャワー借ります」

 

 ペコリと頭を下げる。

 なんだか、やけに気まずい。

 さっきまでアヤを抱きまくっていたからだろう。

 

 なぜか、お父さんも俺を気まずそうに見てくる。

 

「あーぼーやん……」

 

「は、はい……」

 

 すごい見てくる。

 

「回転寿司とファミレス、どっちがいい?」

 

 なぜその二択なのかは分からない。

 分からないが、ここはファミレス一択だ。

 なんとなく、今のアヤはファミレスに行きたそうな気がする。

 

「ファミレスですかね」

 

「ぼーやんもか……」

 

 目を伏せて、がっかりした感じだ。

 多分、家族みんなにファミレスがいいと言われたのだろう。

 

 アヤのお父さんは、回転寿司が好きだ。

 いつか、この人と二人で行けたらと思う。

 

 

 洗面所に入ると、ドラム式の洗濯機が動いていた。

 前に家に来たときとは機種が違う。

 この数年の間に、買い替えたのだろう。

 

 洗濯機の中では、見慣れたアヤの服がゴトゴトと回っている。

 汗や、その他いろんな水分にまみれた衣服を、とにかく全部ぶっ込んだのだろう。 

 

 回転している衣類の中に、白いブラジャーが見えた気がした。

 一日目の夜、初めてアヤを押し倒したときに付けていた……。

 

「落ち着け、俺……」 

 

 俺は服を脱いで浴室に入ると、頭から冷水のシャワーを浴びた。

 

 

***

 

 

 みんなで、アヤのお父さんの車に乗り込む。

 

 お母さんが助手席に。

 後部座席に、アヤ、俺、ヒロト君の順番で座る。

 姉弟で隣同士は、やっぱり恥ずかしいらしい。

 

 向かうのは、アヤたちがよく家族で行くファミレスだ。

 アヤの家から車で十分くらいの近場にある。

 俺も、何度かこの家族と一緒に行ったことがあった。

 高校生になってからは、初めてだが。

 

 アヤは、風呂上がりと同じ格好だった。

 上はオレンジ色の半袖パーカーで、下は黒いハーフパンツだ。

 そんなアヤの腰や腕が、やたら密着している気がする。

 アヤと接している右半身が、異様に熱い。

 

 

 車が赤信号で止まる。

 

 アヤのお母さんが、左側の窓の外を見てつぶやいた。

 

「あら、あそこのお洋服屋さん潰れたのかしら」

 

 すると、アヤが俺のほうに身を乗り出した。

 

「え、どこ? あ、ほんとだ」

 

 目をこらして、お母さんの視線の先を追っている。

 

 そのとき。

 俺の手の甲に、アヤの手のひらが重ねられた。

 さりげない風を装って。

 

 汗ばんだ手のひらから、アヤの思考が伝わってくる。

 

 ――どうだぼーやん

 少しは意識しろ。

 

 

 いや、意識なら死ぬほどしているのだが。

 

 家族に囲まれた、父親の車の中というホームの空間で。

 ちょっとだけ気の大きくなったアヤが、仕掛けてきたようだ。

 

 あざとさは微塵も感じない。

 窓の外を見る横顔が、恥ずかしそうに引きつっていたから。

 自分から仕掛けておいて、もう後悔しているといった顔だ。

 

 完全に、感情がネタバレしている。

 可愛すぎる。

 

 ――落ち着け。

 

 

 分かっている。

 こんな子供だましの誘惑に翻弄されてはいけない。

 

 分かっているのだが。

 

 今の俺は、どアウェーだ。

 アヤの家族に囲まれ、少し緊張している。

 シャワーを浴びてさっぱりしたので、若干気も抜けてしまった。

 さっきの「いってらっしゃい」も、いまだに俺の心を熱くさせたままだ。

 

 その結果。

 俺は、真っ赤になっていた。

 

 

 青信号になり、車が走り出す。

 

 アヤが、席に戻りがてらにチラッと俺を見て、一瞬で目を逸らした。

 手のひらも、サッと離れる。

 アヤはそのまま、フイッと窓のほうを向いてしまった。

 

 

「あれ、ぼーやんめっちゃ汗かいてない?」

 

 左側にいるヒロト君が、見たままを素直に口にした。

 やめて欲しい。

 

「あー……シャワー浴びたばっかり、だからかな」

 

 するとアヤのお母さんが、バックミラーごしに俺を見た。

 

「あらのぼせちゃった? 顔も赤いわよ」

 

「そうかもです、ね……はい」

 

 アヤのお父さんも、バックミラーでチラッと俺を見る。

 

「冷房強くするか」

 

「ああいえ、おかまいなく……!」

 

 俺はしどろもどろだった。

 

 アヤはといえば、そっぽを向いて窓の外を見ている。

 密着している肩ごしに、アヤの心が流れ込んできた。

 

 ――ぼーやん、すごく動揺してる。

 なんでよ。

 いっつも平然としてるクセに。

 なんでこんなときだけ。

 ぼーやんのあんな顔。

 あんな顔……。

 私までドキドキしてどうする。

 何してんだろ。

 恥ずかしい。

 バカ。

 ぼーやんのバカ。

 

 

 俺は一体、どんな顔をしているのだろうか。

 

 ともあれ幸いなことに、今回は結果オーライらしい。

 アヤの焦がれるような思いが、どんどん高まっているのを感じる。

 

 ――――問題ない。

 

 神様の直感も、即座に軌道修正してくれた。

 

 

***

 

 

 大通り沿いにあるファミレスに到着する。

 二階建てで、一階部分が駐車場になっているタイプだ。

 

 外階段を上り、二階の入り口から入店する。

 みんなで、奥の窓際席に向かう

 俺は通路側に座り、正面の席にアヤが座った。

 

 適当な料理を頼み。

 適当で、温かい家族の会話に混じる。

 

 

 楽しいひとときを過ごしていると、アヤのポケットからスマホの振動音がした。

 

 アヤがスマホを取り出して、見る。

 その顔がほんの少しだけ曇った。

 

「――時田くん?」

 

 アヤのお母さんが、いつものことのように聞く。

 俺の右隣にいるお父さんが、頬をピクッと動かしたのが分かった。

 

「あー……うん」

 

 アヤは複雑な表情で、スマホを眺めている。

 

「姉ちゃん出たら?」

 

 ヒロト君が、ちょっとイライラした感じで言う。

 

 ブ―…ブ―…という振動音が響く中。

 俺は目の前のサラダうどんに箸を落とす。 

 以前の俺なら、モヤモヤしつつ「出たら?」とか言っていただろう。

 でも今は、サラダうどんの汁の濃さのほうが興味を引かれる。

 我ながら、「絶対に手に入れられる」という確信の効果がすごい。

 

 二十コールくらい鳴ったところで、お父さんが口を開いた。

 

「アヤ、外で話しといで」

 

 アヤは「うー……」と唸ってから、観念したように立ち上がった。

 

「うん……ちょっと行ってくる」

 

 

 アヤは、ファミレスの出口を出たところで話していた。

 外はもう薄暗いので、ここからではアヤがどんな表情をしているのかは分からない。

 

 五分くらいで、アヤは戻ってきた。

 

「時田くん、なんだって?」

 

 アヤのお母さんが、いつものことのように聞く。

 

「あー……明日お昼一緒に食べようって」

 

「へ~」

 

 お母さんは、特に気にも留めないという感じで返事をした。

 

 アヤは、さっきから俺のほうを見ていない。

 その目の前のコップが、空になっていた。

 

 俺は、いつものように立ち上がる。

 

「ドリンクバー行ってくるよ。アヤとヒロト君、何がいい?」

 

 このメンツで食事するときは、だいたい俺が率先してドリンクを取りに行く。

 

「俺、コーラで!」

 

 ヒロト君が、コーラのおかわりを頼んできた。

 差し出されたコップをヒロト君から受け取りながら、俺はアヤに顔を向ける。

 

「アヤは何飲む?」

 

 おまかせ、かな。

 

 昔からそう。

 アヤは、自販機やドリンクバーで飲み物を選ぶのが苦手だ。

 アヤの数多ある短所――とまでは言えないが、まあ変な性質だ。

 だから俺といるときは、だいたい「じゃあぼーやんのおまかせで!」と言ってくる。

 

 

「あ、私も行くよ」

 

 アヤがそう言って立ち上がる。

 

 俺は、少しだけ驚いた。

 

 

 

 

 ドリンクバーコーナーで、俺とアヤは並んで立っていた。

 二人して、ドリンクサーバーを眺めている。

 

 なんとなく、アヤとの距離が近い気がする。 

 アヤとドリンクバーに並ぶことが珍しいから、そう思うのかもしれないが。

 

「明日から、学校だね」

 

 アヤが、手の中でコップを回しながらつぶやいた。

 表情が、強張っているように見える。

 

「もう少ししたら、アヤの大好きな中間テストだな」

 

 俺は、からかうような口調で言う。

 

「うっ……てまだ先じゃんっ! 十月でしょ、中間テスト」

 

 アヤはムッとした顔になった。

 緊張は、ほんの少しほぐれたようだ、 

 

「そっか」

 

 俺は気の抜けた返事をする。

 

 

「ねぇ、ぼーやん……」

 

「ん?」

 

 アヤは、俺を見ていた。

 すがるような目で。

 まるで、道に迷った猫みたいな。

 

 

 ――私、どうしたらいい?

 

 

 アヤの心の声が、伝わってくる。

 

 もし、そう言われたら。

 俺は答えてしまうだろう。

 時田と別れて、俺と付き合ってくれと。

 

 でもアヤは、続きを言わなかった。

 思いを口にするのを、ためらっている。

 

 少しの沈黙。

 

 

「姉ちゃん、選ぶのどんだけ時間かかってんだよ」

 

 ヒロト君が声を掛けてきた。

 俺からコップを受け取ると、自分でコーラを入れて席に戻っていく。

 

「俺たちも戻ろうか」

 

「……うん」

 

「この中だったらアヤは――」

 

 なんとなく、今のアヤは炭酸水を求めているような気がする。

 

「いい、自分で選ぶから」

 

 アヤは悩んだ末に、りんごジュースをコップに注いだ。

 

 

---

 

 

 スマホの時計は、もう九時半を回っていた。

 

「そろそろお会計するか」

 

 アヤのお父さんが、みんなに帰るぞ宣言をする。

 

「あ、ぼーやん私、帰り送ってくよ」

 

 アヤが、少しだけ焦ったような声色で言った。

 

 アヤの心が伝わってくる。

 

 ――まって、ぼーやん。

 もう少し、あの公園で。

 話したり、とか。

 できたら。

 

 

 俺も、もっとアヤと一緒にいたいのが本音だ。

 しかし、もう夜も遅い。

 

 俺は、アヤのお父さんとお母さんがアヤをたしなめる前に、口を開いた。

 

「もう遅いから大丈夫だよ。すみません、僕の家まで送ってもらっていいですか?」

 

「おーもちろんそのつもりだよ、ぼーやんの家は近いしな」

 

 お父さんが、ホッとした顔で俺を見た。

 

 

 

 

 みんなで出口付近にたむろし、アヤのお母さんが会計を済ますのを待つ。

 

 アヤは、会計レジの隣にあるスナックコーナーを見ながら、ムスッとしていた。

 誰にも、気づかれないように。 

 平静を装いながら。

 

 俺は軽いため息をついて、みんなに声をかけた。

 

「すみません、ちょっとトイレ行ってくるんで。先に車行っててください」

 

「おお、分かった」

 

 お父さんが手を上げて、先にファミレスから出ていく。

 

 俺はペコっと頭を下げて、トイレに向かった。

 

 

 パシャパシャと顔を洗う。

 鏡を見ると、相変わらず間の抜けた顔と目が合った。

 

 我ながら、大それたことをしているな、と思う。

 なのに、やっぱり一抹の不安すら感じない。

 時田に関しては、何も問題ない。

 アヤとの将来だって。

 

 

 俺は、ハンカチで手と顔を拭いて、トイレを出た。

 

 お会計のところには、アヤたち家族の姿はもうない。

 

 出口に向かい、ガラスドアを押す。

 

 出たところに、アヤが立っていた。

 

 クリっとした二重が、じっと俺を見つめている。

 瞳はもう潤んでいた。

 相変わらず、アヤは泣き虫だ。

 

 俺は、あたりを見渡してみた。

 

 ここは、二階の階段の上だ。

 幸いなことに周囲の建物は高くない。

 だから、そこまでおしゃれじゃない夜景が見渡せた。

 修学旅行の最後を締めくくるには、なかなかのシチュエーションだと思う。

 

 

「ぼーやん……あのさ」

 

 アヤの心情が流れ込んできた。

 

 ――明日から、どうしよう。

 時田と、どうやって接すれば。

 何て話せば。

 何を。

 ぼーやんと、どうしたら。

 一緒に。

 

 

 俺は、アヤが何かを言う前に、その唇を塞いだ。

 

「んっ……! んっんむっ、ぁっ……ちょ、ぼーや、んんっ、んーーっ!」

 

 アヤの腰を引き寄せ、片手でその後頭部を固定する。

 小刻みに角度を変えて、何度も何度も吸い付く。

 柔らかい唇から、りんごジュースの香りを舐め取っていく。

 

「あっ、ぼーやん、誰かにっ……んむっ、んうぅぅっー……んっ、ちゅぱっ、ぁっんちゅ、んちゅっ……」

 

 誰も出口に来ないし、誰も階段を上がって来ない。

 ファミレスのお客も店員も、誰もこちらを見ない。

 誰一人、俺たちに気づかない。

 

「んちゅぁっ、んっ……ぼーやん、ぼーやんっ、んっちゅ、ちゅぅ……んれぉ、ちゅろっ……」

 

 アヤの甘い舌が、濃厚に絡みついてきた。

 舌で、互いの舌を愛撫する。

 顎をめいっぱい動かして、激しく求め合う。

 

 柔らかい。アヤの口の中は全部が柔らかい。

 時おり漏れる吐息が、心地いい。

 早く、全てを手に入れたい。 

 

 唾液を交換しながら、アヤの目尻にたまった涙を指ですくう。

 

 大丈夫。

 何も不安はない。

 俺が淡々と起こす行動の先に、ゴールがある。

 

「んんっ、んむぁっ、あっんちゅ、んちゅる、じゅるぁっんむっ、んっ、んっ……」

 

 焦ったように絡みついてくる舌を通して、アヤの不安な気持ちが流れこんでくる。

 

 ――こわい。

 このままここにいたい。

 ずっと、こうして。

 ぼーやんと。

 いかないで。

 おしえて。

 どうしたらいい?

 

 

 大丈夫だよ。

 大丈夫なんだ。

 

 そう言ってあげたい衝動を、直感が止める。

 

 ――不安にさせろ。

 

 神様の直感が、悪魔のように囁く。

 

 

 俺たちは直感のストップが掛かるまで、長い長いキスをしていた。

 

 

 





ひとまず修学旅行編は終了。次話から文化祭編です。

修学旅行編に、アヤ視点の書き下ろし(2万字)が収録された電子書籍(上巻)が配信中です。
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また、文化祭編+書き下ろし5万字が収録された下巻も好評配信中です。
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気になりましたらぜひ読んでみてください。


※Fantiaで続きを先行公開中+限定エピソード公開中です。
https://fantia.jp/posts/1425202


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文化祭編
幼馴染たちと遊園地で戯れた(十日目 日・午後)


文化祭編スタートです。


 市営バスの車窓から、ぼーっと外を眺めていた。

 残暑の熱気で、遠くに見える観覧車が揺らめいて見える。

 

 修学旅行が終わってから、一週間が経った。

 日曜日だというのに、俺はなぜか今、時田と一緒に遊園地行きのバスに乗っている。

 

「ぼーやん悪いな、付き合わせちゃって」

 

 時田がスポーツ刈りの頭をペコっと下げた。

 

「いや……それで、作戦会議って何?」

 

「ああ、まあすっげーシンプルな話なんだけど……」

 

「シンプルとは?」

 

「遊園地ではなるべくアヤと二人きりにして欲しいっていうか……最近、あんまアヤと話せてなくて……」

 

 まあ、そんなことだろうと思った。

 

 俺は今日、アヤと時田、それにアヤの女友達のユカリと四人で遊園地へ行く。

 

 

 

 

 修学旅行が終わり、学校生活が戻ってきて一週間。

 俺も、アヤとはあまり話せていない。

 週末にバドミントン部の大会があるとかで、アヤは朝と放課後の練習で忙しかったからだ。

 

 朝、教室で「ぼーやんおはよう」「ああ、おはよう」といつも通りの挨拶をする以外は、ほとんど接する機会はない。

 

 昼は、たまに時田がご飯に誘っていたようだが、それもここ数日は部活のミーティングがあるとかで断られているらしい。

 時田も、「最近のアヤは昼も捕まんね~」と嘆いていた。

 

 というわけで俺は、なるべくアヤには話しかけないようにしていた。

 彼女が、大会に真剣だったからだ。

 

 一昨日、たまたま廊下で出くわしたアヤに「大会頑張って」と言ったら、安心したように「ありがと」と微笑んでいた。

 その、少し不安そうな笑顔が可愛くて。

 思わず空き教室に連れ込んで押し倒したい衝動に駆られたけど、ぐっと堪えた。

 

 ――やめとけ。

 

 神様の直感にも止められたし。

 

 だから俺はこの一週間、アヤとの接触を我慢している。

 そうしてやっと昨日の土曜日、大会が終わった。

 

 

 

 

「……時田とアヤを二人きりにするのは分かったけど、アヤ、疲れてるんじゃない?」

 

「いや、アヤもすっげー乗り気だし、息抜きしたかったっぽいぜ」

 

 それは多分、無理してるだけだ。

 

 アヤは、人の頼みをなかなか断れない。

 嫌われたくなくて、誘われるとつい笑顔でOKしてしまうところがある。

 アヤの数多ある魅力の一つであり、数多ある欠点の一つだ。

 

「というか、何で俺が誘われたの?」

 

「いやさ、最初はユカリがチケット四枚当たったって言ってて、じゃあアヤ誘って行こうってなってさ。ほんで残り一枚どうするってなったら、ユカリが――」

 

 ぼーやんでいいんじゃない、と言ったらしい。

 

 そんなワケで、昨日いきなり時田から連絡があって。

 指定された待ち合わせ場所に行ったら時田が一人で待っていて。

 「作戦会議したいから」と、時田と二人で電車に乗って。

 今、時田と二人でバスに揺られている。

 

「飲み物とか、なるべくぼーやんとユカリで買いに行ってくんないか? あとは――」

 

「ああ」

 

 適当に返事を返しつつ、時田を見る。

 

 時田の顔に、うっすら焦りの色が浮かんでいた。

 なんというか……時田はもっと陽気で大雑把なヤツのはずだ。

 こんなことを、細かく俺に頼みこむような性格じゃない。

 

 それほど、アヤとの関係が上手くいっていないということか。

 まあ、その原因のほとんどは、俺が修学旅行でアヤを寝取ったせいなのだろうが。

 

「つーか、ユカリもぼーやんと話したがってたし――」

 

「ああ」

 

 適当に返事をする。

 

 

 それにしても。

 

 時田は、覚えているのだろうか。

 今日は、アヤと時田が初めてデートをした記念日だということを。

 

 本来なら、二人きりのデートとかに誘うものではないだろうか。

 アヤは、けっこう記念日とかにこだわるタイプだ。

 

 時田はもしかしたら、忘れているのかもしれない。

 焦っているせいか、もともと記念日とかには疎いのか。

 

 まあ、だからといって、俺もわざわざ教えるつもりはない。

 

 俺は窓のほうを向き、近づいてくる観覧車をぼーっと眺めた。

 

 

***

 

 

「アヤ! お待たせ!」

 

 時田が大声を上げる。

 

 遊園地の入場口には、すでにアヤとユカリが立っていた。

 

 振り向いたアヤに、目を奪われる。

 

 アヤは、薄手のニット素材でできたブルーのトップスに、白い短パン姿だった。

 サマーニットというやつだろう。確か姉貴が似たようなものを着ていた。

 袖が短くて、白い二の腕があらわになっている。

 

 案の定、時田はアヤに釘付けになっていた。

 まあ、釘付けになっているのは、そのニット素材をこんもり押し上げている豊満なバストにだが。

 

「アヤ、その服いいじゃん、すげー似合ってる……」

 

 時田が驚いたような口調で言った。

 

「ああうん、ありがと」

 

 恥ずかしそうにはにかむアヤに、またしても時田は目を奪われている。

 

 俺も、初めて見るアヤの格好に驚いていた。

 いつものボーイッシュな雰囲気が微塵もない。

 茶髪のショートカットも、今日は白い髪留めで前髪が横に流されて、オデコが見えている。

 すごく、女の子っぽい姿だった。

 

 

「揃ったし、行こっか~」

 

 ユカリが、アヤの頭を優しく撫でながら微笑む。

 その様子から、今日のコーディネートはユカリが関わっている気がした。

 

 ユカリは、アヤと仲のいい女友達の一人だ。

 セミロングの黒髪が特徴的で、いたって真面目そうな子。

 確か、修学旅行のラフティング体験も、一緒に参加していた。

 

 ラフティングの後、俺はユカリの泊まっている部屋の浴室に、アヤを連れ込んだ。

 その時のアヤの淫らな姿を思い出し、つい股間が熱くなる。

 

 ――落ち着け。

 

 分かってる。

 いくら俺でも、こんなところで(さか)ったりはしない。

 

 ふと、ユカリと目が合った。

 

「ぼーやん、今日はよろしくね~」

 

 ふんわり笑いかけてくるユカリに、俺も「よろしく」と適当に返事をした。

 

 

***

 

 

 遊園地では自然と、アヤと時田、俺とユカリのペアで行動するようになっていた。 

 

 アヤとは二言、三言、話せたくらいだ。

 俺が「大会お疲れ様」と言うと、アヤは「うん……」と少しだけ悲しそうな顔を浮かべた。 

 どうやら、大会は満足行く結果ではなかったらしい。

 俺は、それ以上聞くのを止めた。

 

 いくつかアトラクションを巡りつつ、混雑する園内を移動する。

 

「わたっ」

 

 後ろを歩くアヤから、変な声が聞こえた。

 見れば、俺の隣にいるユカリの肩に掴まっている。

 どうやら、前のめりに転びそうになったらしい。

 

 時田が思わず声をかける。

 

「アヤ、大丈夫か?」

 

「アヤ、大丈夫~?」

 

 ユカリも、心配そうにアヤを覗き込む。

 

 アヤは、ユカリの肩からパッと手を放し、「あはは」とごまかすように笑った。

 

「ごめん、ちょっと立ちくらみが……あぁ~~っ」

 

 大げさにオデコを押さえて、冗談ぽくユカリの背中にしなだれかかっている。

 

 その顔は、やっぱり疲れているように見えた。

 汗も、いつもよりかいている気がする。

 

 俺は、ふぅと鼻から息を吐いて三人に声をかけた。

 

「お腹すいたから、どっかで食べようか」

 

「え、まだ昼前じゃね?」

 

「いいよ、食べよう~」

 

 ユカリの賛同を得て、俺たちは食べれる所を探すことにした。

 

 

 

 

 昼前だというのに、園内の飲食店はどこも満席だった。

 仕方なく、屋外の休憩スペースへと向かう。

 パラソルの下に、テーブルとイスが設置されている場所だ。

 俺はイスに荷物を置くと、三人に声をかけた。

 

「食べ物とドリンク調達してくるよ。みんな何がいい?」

 

「サンキューぼーやん! 俺、テキトーでいいわ!」 

 

「アヤとユカリは?」

 

「あ、私も行く――」

 

 アヤが腰を浮かせる。

 するとユカリがアヤを手で制して、立ち上がった。

 

「アヤは時田くんと待ってて~」

 

 ユカリが、俺を見つめる。

 

「私とぼーやんで買ってくるよ」

 

 俺はユカリに背中を押されながら、その場を離れた。

 

 

 

 

 食べ物売り場は、どこも長蛇の列だ。

 仕方なく、ユカリと二人で最後尾に並ぶ。

 

「ごめんね、今日無理に誘っちゃって」

 

 隣に並ぶユカリが、話しかけてきた。

 

「ああうん、まあいいよ」

 

 俺は曖昧に返事をする。

 

「ぼーやんて、休みの日って何してるの?」

 

「うーん、テレビ観たり、散歩したりかな……」

 

 でもこれからは、休日を無駄にはできない。

 アヤと会うことになるだろうし、それ以外の日は、将来に向けての勉強もしないと。

 

「ふふ、なんかお爺ちゃんみたいだね」

 

「そうかな」

 

 案外、アヤとの老後も、今みたいに過ごしてるのかもな。

 

「でも、ぼーやんちょっと感じ変わったよね」

 

「そう?」

 

「うん、修学旅行でさ、アヤのこと助けたじゃない? あれとか……凄かったよ」

 

「そうかな」

 

 あの時、アヤが川に落ちて。

 俺は弾かれたように川に飛び込んだんだっけ。

 

 今思うと、あの時のアヤの涙や鼻水まみれの顔は、なかなかだった。

 俺はぷっと思い出し笑いをしそうになる。

 

「そうだよー、ちょっとした伝説になったんだから。ぼーやん伝説……私が広めたんだけどね」

 

「それは……どうも?」

 

「ぼーやんは、彼女とかいるの?」

 

「いないよ」

 

「じゃあ、好きな人とかいるの?」

 

「いるよ」

 

「それってアヤ?」

 

「うん」

 

 俺は、特にためらいなく答えた。

 直感のストップもない。

 ユカリは、「えぇっ」と素っ頓狂な声を上げた。

 

「即答かぁ。まあでも、やっぱりね~……ぼーやん、アヤばっかり見てるし」

 

「そうかな?」

 

 なるべく悟られないよう気をつけてはいたんだけど。

 修学旅行までは、それこそ自分の気持ちにまでフタをして。

 

「だってほら、私がどんな服着てるかとか、全然気になってないでしょ」

 

 そう言われて、俺はユカリを見る。

 ユカリは、白い半袖のブラウスっぽい服に、膝下丈のジーンズという格好だった。

 

「うん、ごめん」

 

「グサ―っ、そんな正直に言わなくても~」

 

 ユカリが、俺の肩をペシっと叩いた。

 

 我ながら、本当にアヤしか見ていないんだなと気づく。

 でも、別にそれでいい。

 

 俺はもう、アヤ以外を見るつもりはない。

 

 

***

 

 

 ユカリと食べ物を買って帰り、パラソルの下でしばし休む。

 

 午後になると、アヤも少し調子を取り戻したのか、時田やユカリと一緒にはしゃぎだした。

 ジェットコースターに乗り、お化け屋敷に入り、ゲームセンターで騒いだ。

 

 時田が次なる目的地へと、ズンズン歩みを進める。

 アヤがいつもより早歩きで、ついていく。

 

 その時。

 

「あれっ、お土産置いてきちゃった」

 

 ユカリが立ち止まった。

 いくつか手にぶら下げた紙袋を数えている。

 どうやら、そのうちの一つをどこかに忘れてきてしまったらしい。

 

「探しに戻ろう!」

 

 アヤが声を上げた。

 その顔は、使命感に燃える少年そのものだ。

 

 すると、ユカリが手で制した。

 

「ううん大丈夫、多分最後の店だから……急いで取ってくるからここで待っててくれる?」 

 

 ユカリが、アヤの肩をさする。

 まるで駄々っ子をなだめるような仕草だ。

 なんとなく、普段の二人のやり取りというか、関係性が見えて微笑ましい。

 

「うー……分かった、気をつけてね。何かあったらメールするんだよ」

 

 アヤが心配そうにユカリを見つめる。

 

「うん、じゃあちょっと行ってくる~」

 

 ユカリは緩慢(かんまん)な動きで走っていった。

 

 

 三人で、ユカリの帰りを待つ。

 

 アヤが「ふぅ」とため息をついた。

 かなり疲れている時の感じだ。

 

「アヤ、大丈夫?」

 

 俺が聞くと、すかさず時田が言葉を被せる。

 

「まだ落ち込んでんだろ? アヤ、悔しくて寝付けなかったって言ってたもんな、さっき」

 

 さっき……とは、俺とユカリが食べ物を買いに行っているときだろう。

 話題に困って、アヤに大会のことを根掘り葉掘り聞いている姿が想像できる。

 

 しかし。

 うちのバドミントン部は――というかアヤは、けっこう強かったはずだ。

 そんなアヤが、眠れなくなるほどボロ負けするなんて。

 

 それで、今日はけっこう朝早く集合した。

 アヤは、睡眠をこよなく愛する子だ。

 今も一日八時間以上は寝ると豪語するアヤとしては、睡眠が足りていないだろう。

 

「……ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」

 

 アヤは顔の前で片手を立てて、すまなそうな顔をした。

 この仕草は、小学校の頃から変わらない。

 俺以外の人といる時や、大勢でいる時なんかによく見せる。

 

「おー行ってら〜」

 

 時田が慣れた感じで返事をした。

 

 

 俺と時田で、アヤの背中を見送る。

 すると、時田がポツリとつぶやいた。

 

「アヤ、今日楽しんでたよな?」

 

「ああ、まあ、うん」

 

 楽しんでいたとは思うが。

 少し、アヤを引っ張り回しすぎだ。

 どこかで休ませてやらないと。

 

「この後さ、もっかいジェットコースター行かね?」

 

「そうだな」

 

 俺は適当に返事をする。

 

「よし、今日はアヤにとことん憂さ晴らしさせてやるか!」

 

 テンションの上がった時田が、ポケットに手を突っ込んだ。

 スマホで、アヤに陽気なスタンプでも送るのだろう。

 時田はいつも、アヤに他愛のない画像やスタンプを送っている。

 

「あれっ、あっれ!?」

 

 時田が慌てた声で、ポケットやリュックの中を探っている。

 どうやら、スマホが見当たらないらしい。

 

「あぁー……多分休憩したとこに置いてきたんだわ……」

 

「みんな戻ったら探しに行こうか?」

 

「いや、いいよ! すぐ戻ってくるから、みんなでここに居てくれ!」

 

 言いながら、時田は俊敏な動きで走り去った。

 

 

 俺は、ゆっくり鼻から息を吐く。

 示し合わせたように、俺は一人になった。

 この状況は、神様からの粋なプレゼントなのだろうか。 

 

 思った通り、歩いてくるアヤの姿が目に入った。

 

「あれ、みんなは?」

 

 アヤがキョトンとしている。

 

「あー……」

 

 ――連れ去れ。

 

 

 直感が俺に囁く。

 

「……はぐれたみたいだ。探しに行こう」

 

 俺はアヤの手を取り、スタスタと歩き出す。

 

「え、ちょっとぼーやん、はぐれたって……」

 

 仮にはぐれたとしても、元の場所から動かないほうがいいに決まっている。

 なかなか苦しい口実だ。

 

 でも、アヤはそれ以上言葉を続けなかった。

 俺の意図を、察したのだろう。

 

 

 俺はアヤの手を引っ張りながら、目的地へとゆっくり歩いた。

 ほどなくして、立ち止まる。

 

「観覧車……にいるの?」

 

 俺とアヤは、観覧車の前にいた。

 直感に従うと、この場所一択だったのだ。

 

「観覧車の上からなら、時田とユカリさんを探せるはず」

 

 俺は、本気だか冗談だか分からない声色で断言する。

 

「……ぶふっ、そんな、ワケないじゃんっ、あははっ……」

 

 アヤは思わずといった感じで吹き出した。

 どうやらツボに入ったらしく、涙目になって笑っている。

 さっきまでの、貼り付けたような笑顔じゃない。

 

 やっぱり、アヤの自然な笑顔は可愛い。

 

「じゃあ、確かめてみよう」

 

 俺はニッコリ笑って、アヤの手を引く。

 

「えぇっ!?」

 

 アヤは驚き半分、楽しさ半分といった顔をした。

 

 そのまま俺たちは、誰も並んでいない観覧車乗り場へ進んだ。

 

 



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眠れる幼馴染の頭を撫でた(十日目 日・夕方)

 アヤと手をつなぎながら、ゴンドラに乗り込む。

 俺とアヤが対面で座ると、係員がドアを閉めた。

 ゆっくりと、ゴンドラが浮かんでいく。

 

 窓には、「一周十五分です」と書かれたシールが貼られていた。

 

 アヤの手の、滑らかな感触を味わう。

 久々に、アヤに触れた。 

 ちょうど一週間前、ファミレスの入り口でキスをして以来だ。

 

 俺の心臓が激しく鳴っている。

 さっきまでぼーっと眺めていた世界が、嘘みたいにクリアになる。

 今はアヤの手触りや、匂いや、手首の脈や、呼吸までも敏感に感じ取れる。

 

 短パンから伸びる、アヤの白い太ももがまぶしい。

 視線を胸元に移動させると、ニット生地が大きな丸いふくらみを形作り、それがゆっくり上下していた。

 

 さらに視線を移動させると、少し汗ばむ首すじと、綺麗な顎のライン、プルンと弾けそうな唇が、俺の視線を次々に奪っていく。

 

 相変わらず整った顔立ちだ。

 比較的童顔だし、今日もすっぴんなので「愛嬌のある可愛さ」にとどまっているが、化粧をしたら一気に「美人」に様変わりしてしまうだろう。

 

 最高に柔らかいだろう唇から視線を移し、整った鼻筋をさかのぼっていく。

 

 クリっとした二重の瞳が…………閉じていた。

 

 アヤは窓の手すりに頭をもたれ、目を閉じていた。

 

 どうやら疲れが限界に達して、席に座るなり眠りこけてしまったようだ。

 

 

 ふと、握った手からアヤの心の声が伝わってきた。

 

 ――気まずい。

 寝たフリ、しちゃった。

 ぼーやん、えっちなこと、するのかな。

 するよね。

 あつい。

 汗いっぱいかいたから。

 くさいかも。

 恥ずかしい。

 あ、手に汗にじんできた。

 ぼーやん。

 もう、するのかな。

 どうしよう。

 心臓がうるさい。

 目、閉じなきゃ良かった……。

 

 

 アヤは狸寝入りだった。

 

 ――責めろ。

 

 神様の直感が、俺をたきつけてくる。

 

 俺も性欲やら愛欲やら、色んな欲求が爆発しそうだ。

 一週間、我慢した。

 股間も痛いくらい張り詰めている。

 

 俺がこれからするであろう行為が、イメージとなって流れ込んでくる。

 

 まずはキスをして、あの柔らかい舌を舐め取ろう。

 アヤの甘い匂いを、鼻いっぱいに吸い込もう。

 手のひらで収まらないくらい大きな胸を、ニット生地の上から優しく揉んで。

 そのまま手を下にスライドさせて、裾を掴んで一気にめくり上げて。

 サイズの大きなブラジャーも上にずらして。

 まろび出た白い乳房を手のひらで包んで、柔肉の中に指を埋めて。

 すでにコリッと硬くなっているはずの乳首を弾いて、摘んで、アヤの可愛い反応を楽しんで。

 もう片方の手で短パンのチャックを下ろしながら、パンツの中に手を差し入れて。

 きっとじんわり濡れているだろう湿地帯を撫で、指先をほんのり密壺に浸して。

 ゆっくり愛液をかき混ぜながら、ほぐれた膣中に分け入って。

 アヤのひときわ敏感な、あのザラザラした場所を指の腹でこすれば。

 俺の口内でアヤが喘ぎ声を漏らすはずだから、そのまま舌を絡ませ合って、絶頂に導いていこう。

 

 十五分しか無いから、アヤを一回イかせられるくらいか。

 

 ――焦らして後で犯せ。

 

 それもいいかもしれない。

 ここでイかせず焦らして、帰りに公園にでも連れ込んで。

 何度も絶頂させて。

 アヤの体を深夜まで貪り続けるのもいい。

 

 そうして、アヤに快楽を刻み込んで。

 もっともっと俺で塗り潰す。

 

 そんな衝動が、沸き上がる。

 

 

 

 

 でも。

 

 俺は、その衝動を……抑えた。

 

 何もせず、外を眺める。

 

 ――責めろ。

 ――責めろ。

 ――責めろ。

 

 直感が()きたててくる。

 

 ああ。

 分かってる。

 分かってるよ。

 俺だって我慢の限界だ。

 

 

 けど。

 アヤ今日、寝不足なんだ。

 

 多分、朝からずっと無理してる。

 大会で負けてヘコんで。

 睡眠不足で疲れも取れてなくて。

 時田やユカリに気を遣わせないよう、元気に振る舞って。

 

 だから。

 今くらいは、寝かせてやりたい。

 

 

 

 

 案の定。

 つないだアヤの手から、だんだん緊張が抜けていく。

 目を閉じたせいで、急激な眠気に襲われているのだろう。

 アヤの心の声も、静かになってきた。

 

 ――きもちいい。

 ここ。

 落ち着く。

 ぼーやんの手。

 匂い。

 やさしい。

 ……。

 ……ぼーやん。

 

「うん?」

 

 思わず、心の声に返事をしてしまった。

 

 ――おやすみ。

 

「ああ、おやすみ」

 

 アヤの頭を、そっと撫でる。

 

 そのまま、心の声は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 しばらくすると、ゴンドラが観覧車のてっぺんに到達する。

 夕暮れの街に、ポツポツと光が灯っていく。

 眠ったアヤの頭を撫でながら見るには、なかなかのシチュエーションといえる。

 

 アヤは、よほど疲れていたのだろう。

 いくら撫でても、うんともすんとも言わず、ただただ眠り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴンドラが、ゆっくり地上に降りてきた。

 

 もう一周したいところだが、係員が近づいてくる。

 

「アヤ、起きて。降りるよ?」

 

 俺はアヤの頬を優しく撫でた。

 

「……うん、いいよ……」

 

 アヤは目を閉じたまま、ニヘラと微笑んだ。

 

 どうやら、アヤはまだ寝ぼけている。

 無理もない。

 

 俺はアヤを抱きかかえるようにして支え、一緒にゴンドラを降りた。

 ふわふわしているアヤの手を引き、観覧車乗り場から出る。

 ベンチにでも座ってもう少し寝かせてあげたいが、どうやらタイムリミットだ。

 

 ――来る。

 

 俺はアヤからサッと離れた。

 

 

「アヤ、見つけた!」

 

 時田が向こうから駆けてくる。

 「どこ行ってたんだよ」と言う時田に、「みんなを探してたんだよ」と適当に返事をしておく。

 

 すると、アヤのスマホが小刻みに震えた。

 おそらく、ユカリからの着信だ。

 

 寝ぼけ(まなこ)のアヤが、スマホを落とさないように両手で持ちながら電話に出た。

 

「……あ、ユカリ? うん、ごめん…………うん、ちょっと、トイレ行ってて……うん、今から、行くね…………うん、待っててね……」

 

 

 

 

 三人で、最初の待ち合わせ場所に行くと、ユカリが待っていた。

 こちらを見るなり早足で近づいてきて、アヤを抱きしめる。

 

「あーやっぱり、アヤねむねむじゃないの~!」

 

「大丈夫……もうちょっと、遊べるよ?」

 

 アヤが、(まぶた)を半分閉じながらつぶやく。

 

 俺は軽くため息をついてから、ユカリと時田に言った。

 

「ちょっとお金掛かるけど、みんなでタクシー乗って帰ろうか」 

 

 

***

 

 

 遊園地の入り口に待機しているタクシーに、四人で乗り込む。

 

 後部座席に、アヤ、時田、ユカリの順番で座る。

 

 俺は助手席に座り、運転手さんに行き先を告げた。

 タクシーが進み出す。

 

 すぐに、ユカリが後ろから声を掛けてきた。 

 

「ねぇ、ほんとにウチら出さなくていいの?」

 

「ああ、俺とアヤの家は近いし、二人ともその途中で降ろすだけだから。それにさっきアヤの親に電話したら、全額出してくれるって」

 

「そっか、なんだか悪いな~……」

 

「俺からちゃんと、お礼言っておくよ」

 

 言いながら、チラと後部座席を見る。

 

 アヤは、窓枠に頭を預けていた。

 乗るなりコテンと眠ってしまったようだ。

 

 俺は前を向く。

 バックミラーは運転手さんのほうに向いているので、俺から後部座席の様子は見えない。

 

 背後で、ユカリが笑った。

 

「ふふ……アヤ、寝ちゃった。寝顔が子どもみたいなんだよね~」

 

「おい、アヤ起きちゃうだろ、寝かせてやんねーと」

 

 時田がすかさず注意をする。

 

 それからは、誰も声を発しなくなった。

 

 

 

 

 しばらくして、俺は後ろにそっと声をかける。

 アヤを起こさないように、静かな声で。

 

「ユカリさんの家って、こっち方面で合ってるよね?」

 

「うん、合ってるよ~、近くなったら言うね」

 

 ユカリも、小さな声で囁いた。

 

 チラと振り返ったとき。

 後部座席から俺のほうを見ているユカリと、時田に寄り添うアヤの姿が目に入った。

 

 おそらく、時田が寝ているアヤを抱き寄せたのだろう。

 アヤは頭を時田の肩に乗せていて、時田は窓の外を見ていた。

 

 時田の表情に、決意めいたものがにじんでいる。

 もっと大事にしよう、とか。

 エッチがしたい、とか思ってるのだろうか。

 

 俺は再び前を向き、運転手さんに言う。

 

「もう少ししたら道が二手に分かれるので、そこを右に行ってください」

 

 もう、後部座席は見ることはない。

 不思議と、後ろの様子に興味も湧かなかった。

 以前の俺だったら、気になって気になって仕方がなかっただろうに。

 

 

 

 

 やがて、見覚えのある街並みに入った。

 

「ねぇ遊園地、楽しかったね~」

 

 別れが近いからか、ユカリが静かに話しだした。

 

「ああ、アヤも楽しそうだったぜ……チケット、サンキューな」

 

 時田も囁き声で応答する。

 

「いえいえ~……遊園地デートは満喫できたかな?」

 

「おう、なにげに遊園地行くのって、初めてなんだよ俺ら」

 

「え、そうなんだ~」

 

 なにやら二人で、恋バナに花を咲かせ始めた。

 これまでどこに行ったとか、どんなことをしたとか、そんなことを話している。

 

「ちなみにさ、初デートってどこ行ったの?」

 

 ユカリが聞くと、時田は悩みだした。

 

「……あー、確か……水族館、だったかな。いっぱい行き過ぎて、ごっちゃになってんなー……」

 

 映画だ。

 

 アヤが時田の告白をOKして、その一週間後の今日。

 二人は映画を観に行った。

 

 アヤに初デートの感想を聞いたら、「ドキドキして内容全然頭に入らなかったよー……」と顔を赤らめたのを覚えている。

 「……でも、楽しかったよ」。

 そう言って笑うアヤが可愛くて。

 今思えば、俺はその瞬間に、自分の恋心にフタをしたんだ。

 

 

 時田は、今日がアヤとの初デート記念日だと、やはり気づいていない。

 多分、これまで記念日を祝うなんてしたこともない。

 まあ、男はそういうの覚えるのが苦手だと思うし。

 アヤも、自分から「記念日祝おうよ」なんて言うタイプではないし。

 

 でも、アヤは映画の半券を、今も大事に持っている。

 

 アヤはきっと、今日という日を待っていたんだ。

 無意識にだろうけど。

 だから、なるべく俺にも会わないようにして。

 何かを確かめようとしてたんだ。

 何年も付き合ってきた、時田との絆か何かを。

 それなのに。

 

 

「――時田くんて、文化祭の実行委員だっけ?」

 

「ああ、今年はうちら、二組と合同でお化け屋敷だから、二人とも手伝い頼むな」

 

 話題はいつの間にか、間近に迫った文化祭の話題になっていた。

 修学旅行が終わって、すぐに文化祭という結構なハードスケジュールだ。

 だからこの学年は、毎年、他の組と合同で出し物をする。

 

 確か開催日は、あれ……いつだっけ。

 

「文化祭って、再来週だっけ?」

 

 後ろの二人に聞いてみた。

 

「おいおいぼーやん、どんだけぼーっとしてんだよ。来週の金曜と土曜な。もう一週間もないんだぞ、しっかりしてくれ」

 

「ぼーやん、修学旅行前から他の学年とか準備始めてたよね……?」

 

 二人の呆れた声が、耳に痛い。

 

「明日から準備だから、お前らほんと頼むぜ……お化け屋敷は去年先輩たちがやった大道具が残ってるはずだから、それを再利用してさ――」

 

 時田が、文化祭準備の段取りを話し始めた。

 

 

 やがて、ユカリを家の前で降ろし、ちょっと走ってから時田も降ろす。

 

「じゃ、アヤを頼むな」

 

「ああ」

 

 時田との挨拶を終えて、タクシーが走り出す。

 

 

 少しして、俺は運転手さんに言った。

 

「ちょっと止まってもらえますか? 後ろに移動するんで」

 

 タクシーを止めてもらい、後部座席に乗り込む。

 

 窓枠に寄りかかっているアヤを、こちらに引き寄せた。

 脱力しきった柔らかい体を、ぎゅうと抱きしめる。

 

 すると、アヤの瞼がピクリと動いた。

 

「あれ……ぼーやんの、匂い……?」

 

「アヤ、おはよう。もうすぐ家に着くよ」

 

「そっか……よかったね……」

 

 薄目を開けて、ふんわりと微笑んでくる。

 寝起きのアヤは、相変わらず反則級に可愛い。

 

 俺は、吸い込まれるように唇を重ねた。

 

「んっ……ん、んふふっ……」

 

 アヤが、キスをしながら笑う。

 

「どうしたの?」

 

「んー? ふふっ……ぼーやん、えっちだなって……」

 

 アヤの手のひらが、俺の股間に触れていた。

 

 俺は堪えきれなくなり、アヤをシートに押し付けて、唇に吸い付いた。

 

「ぁっ、んっ、んむっ……んっ、ちゅぁっ、はぁ……んむっ、んっ……」

 

 まだ半分眠っているのか、アヤの唇は弱々しかった。

 簡単に俺の舌の侵入を許し、乱暴に口内を蹂躙されていく。

 

 アヤの舌を舌で捕まえ、ヌラヌラと舐め回す。

 滑らかな舌の感触を味わうたび、頭が痺れるような快感が走る。

 相変わらず、アヤとのキスは最高に気持ちがいい。

 

「あの、お客さん……」

 

 運転手さんが、声を掛けてきた。

 

「んちゅぅっ、ぷぁっ……すみません、行ってください」

 

 バックミラー越しに、運転手さんが目を丸くしていた。

 

 再びタクシーが走り出す。

 心なしか、速度がゆっくりになっている気がする。

 

 俺は、再びアヤの唇にむしゃぶりつく。

 密着した互いの間で手のひらを動かし、柔らかい胸を揉んだ。

 

「あっ、ぼーやんっ……ぁんっ、んむっんっ、んちゅぅっ、んっんっ……」

 

 汗で湿った弾力を揉みながら、アヤに喘ぐ暇すら与えない。

 俺の口の中で、アヤは何度も吐息を漏らし、切ない声を発した。

 

「アヤ、舌を出して」

 

「えっ? ……んぇ」

 

 やはり寝起きだからか。

 アヤは素直にベロを差し出した。

 小さくて、最高にいやらしい桃色の粘膜にしゃぶりつく。

 

「んぁっ、んゆっ、ん……んれぉ、ぁっ、んんんっ……」

 

 このままアヤの舌を飲み込んでしまおうかと思うほど、吸い上げる。

 たまらずアヤの喉奥から、くぐもった声が響いた。

 乳肉を掴む指にも、少し力が入ってしまう。

 

「んっ、あっ……」

 

 アヤから淫らな声が漏れた。

 汗が染み込んだせいなのか、俺の手が深く埋まっているせいなのか。

 サマーニットとブラジャー越しに、小さく硬い突起の感触があった。

 

 このまま服の中に手を差し込んで、生で愛撫したい。

 

 でも、もうすぐアヤの家に着く。

 それに、運転手さんにこれ以上アヤの淫らな声を、聞かせたくない。

 

 仕方がない。

 

 もう、落ち着こう。

 何だか今日は、我慢してばかりの気がする。 

 

 

 俺は、乳房を揉み込む手の力を、ゆっくり緩めていった。

 アヤの舌も、徐々にアヤの口内に返していく。

 隙間から唾液がごぼれないように、丁寧に吸い、舐め取りながら。

 

 だんだんと、大好きな感触が離れていく。

 互いの胸と胸の間に、空間ができていく。 

 名残惜しいように、唇だけは「ちゅっ、ちゅ、ちゅっ」と接触を繰り返していた。

 

 その音も、次第におさまっていく。

 

 あの角を曲がれば、もうアヤの家だ。

 

「アヤ、ぐっすり寝るんだよ」

 

「……寝れる、かな」

 

 俺に責められて、すっかりアヤは火照っている。

 寝ぼけているのに、興奮しているといった感じだ。

 

「大丈夫、アヤなら五秒で寝れる」

 

 俺はアヤの頭を撫でた。

 アヤは猫のように目を細め、気持ちよさそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、三秒で寝る……」 

 

 なんじゃそりゃ。

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 

 キッ――とブレーキ音がして、タクシーが止まった。

 見慣れたアヤの家の前だ。

 

 ドアが開き、アヤが降りていく。

 家の前で振り返り、弱々しく手を振ってくる。

 

 白い髪留めは外れかけ、前髪が元に戻っていた。

 そんなアヤを見送りながら。

 俺の心は、この上なく静かだった。

 

 

 ――あと一週間。

 

 

 さっきから神様の直感が、俺にそう告げてきている。

 

 一週間。

 アヤが完全に手に入るまでの時間らしい。

 

「出してください」

 

 運転手さんに告げる。

 ゆっくりと、タクシーが走り出す。

 

 この道を淡々と進んだ先。

 文化祭で。

 俺はアヤを、時田から完全に奪い取る。

 

 

 かつてないほどの強い確信が、俺を落ち着かせていた。

 



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幼馴染を美術準備室に閉じ込めた(十二日目 火・午後)

 机に座り、窓からぼーっと校庭を眺める。

 サッカー部員たちが朝から活発に練習をしていた。

 

 その中に、エースであるはずの時田の姿はない。

 朝から文化祭実行委員の打ち合わせがあるんだと、何度も嘆いていた。

 

 

「やっほーぼーやん、また外見てるの?」

 

「おはようアヤ。うん、外見てた」

 

「そ、そっか……」

 

 目の前に、茶髪のショートヘアの美少女が立っていた。

 白い半袖ブラウスがまぶしい。

 

「アヤ、もう体調は大丈夫なの?」

 

「あ、うん……多分、気圧のせい、かな」

 

 昨日の月曜日、アヤは学校を休んだ。

 一昨日の遊園地とか、その前日の大会の疲れがドッと出たのだろう。

 体力だけは自信があると豪語するアヤだけに、かなり心配した。

 

「気圧か、俺、感じたことないな」

 

「まあ、ぼーやんだもん、ね……」

 アヤは、窓のほうを向いてぎこちなく笑った。

 少し頬が赤らんでいる。

 教室で俺と目を合わすのが気まずいようだ。

 

 修学旅行以来、学校では挨拶くらいしかしていない。

 教室でこうやって会話するのは、ずいぶん久しぶりだ。

 

 急に、アヤが振り返った。

 どうやら女友達たちに呼ばれたらしい。

 アヤの横顔が、貼り付けたような明るい笑みに変わる。

 

「はいはい〜……じゃね、ぼーやん」

 

 アヤは軽やかに俺の視界から去っていった。

 教室の入り口近くで、女友達たちに「アヤ大会残念だったねー」とか「ドンマイだよ!」とか声を掛けられている。

 そんなアヤを、クラスの男子たちがチラチラ見ていた。

 

 

 昨日、アヤが休んだ日。

 大会でのアヤを撮った写真を、女子の一人がみんなに見せていた。

 本人が休みなのと、時田が実行委員でいないのをいいことに。

 

 男子たちも「おお~…」とか「あー結果どうだったん?」とか、さりげない風を装ってスマホを覗き込んでいた。

 俺のとこにもその女子がきて、悪気のなさそうな顔で「ぼーやんも見る?」と言うので、素直に頷いた。

 

 部員たちの集合写真と、試合中の様子が数枚。

 さすがにアヤだけをアップで撮ったものはなかった。

 あれば、削除するよう言っていただろう。

 

 アヤは、ピンクを基調としたTシャツに、黒の短パンという指定のユニフォームを着ていた。

 

 思わず、目を奪われる。

 ユニフォーム姿を見たことなかったし、ピンク色に身を包んだアヤを見るのも初めてだった。

 

 だからすごく新鮮で、可愛くて、意外なほど似合っていて、試合中の表情は格好良くて……なんというか、また一目惚れしてしまった。

 

 俺がぼーっと眺めていると、その女子は「ぼーやん眠いの? はい終わりねー」と言って去っていった。

 他の男子にも見せようとして、アヤと仲のいい女友達たちに「やめなよねー」とやんわり注意されていた。

 

 なんとなく。

 その空気が少し不穏な感じがして。

 ああこれが、アヤがむやみに刺激したくない人間関係なんだなと思った。

 

 

 そんな女友達たちにアヤは今、頭を撫でられたり、逆に撫で返したりしている。

 

 楽しそうに笑うアヤを横目で眺めていると、教室に時田が入ってきた。

 

「おいみんなー、ちょっと聞いてー!」

 

 サッカー部で培った通る声で、クラス中に号令を掛ける。

 時田は教卓まで行くと、アヤをチラリと見てから、真面目な顔になった。

 

「えーっと、文化祭の準備の話です。うちのクラスは二組とお化け屋敷だけど、今日から本格的な準備が始まります。みんな一人ずつに仕事を依頼してくから、お願いします。今日入れて、あと三日しかないから」

 

 時田が話しているうちに、クラスはスッと静かになる。

 席に着き始める生徒もいた。

 

 さすがのリーダーシップだ。

 多分、こういうところに、アヤも惹かれていたんだろう。

 

「江藤が……あー、文化祭準備を引っ張ってくれてた江藤先生が急に辞めちゃって、わりと実行委員もバタバタしてるんで、ここは一つ、みんなよろしくお願いします!」

 

 パチパチと、まばらな拍手が上がる。

 他の生徒も口々に「おっけー」とか「了解ー」とか返事をしていた。

 

 江藤先生――修学旅行でアヤと俺の情事を隠し録りし、それをネタにアヤを襲おうとしていた男は、修学旅行が終わってすぐに、自ら学校を去った。

 親の介護でという説明だったが、噂では他の女子生徒に手を出していたのがバレたらしい。

 

 俺が江藤先生のデジカメを没収したのも、辞めた理由の一つだろう。

 

 デジカメは、今も俺が厳重に保管している。

 多分、もう江藤先生がアヤに手を出すことはないだろう。

 でももし、アヤに近づいてきたら。

 その時は――。

 

 

「――じゃあ午後から準備始めるから、みんなよろしくなー!」

 

 時田はもう一度拍手を催促していた。

 

 クラスは、今日も平和だ。

 

 

***

 

 

 午前の授業が終わり、いよいよ文化祭の準備が始まった。

 時田のテキパキとした指示のもと、みんなで一丸となって動く。

 

 修学旅行のときにも感じた、独特の非日常感が漂い始める。

 

 俺は、お化け屋敷の看板の色塗り係を任命された。

 

「やべっ、絵の具切れそう……ぼーやん美術準備室から取ってきてくんない?」

 

 一緒に色塗り係をしていた男子に頼まれ、俺は立ち上がる。

 教室にアヤの姿はない。

 どうやら二組のほうで仕事をしているらしい。

 

 俺は廊下に出て、美術準備室に向かった。

 

 

 

 

 美術室の引き戸を開けると、中には誰もいない。

 でもなんとなく、アヤがいるような気がした。

 

 絵画やキャンバスの並ぶ美術室を通り抜け、奥にある美術準備室の扉を開ける。

 

「おおぅっ! って、ぼーやんか……びっくりした~」

 

 アヤが絵の具の箱を十箱ほど抱えて、立っていた。

 目を見開いて、俺を見上げている。

 

「あれ、アヤも絵の具取りに来たの?」

 

「あ、うん、私たちは壁塗り係だからね」

 

 アヤは、なぜか誇らしげな口調で言った。

 俺の横を通り抜けて、美術室のテーブルに絵の具の箱を置いていく。

 

「俺も手伝おうか?」

 

「ううん大丈夫。もうすぐ援軍が来るから」

 

「そっか」

 

「ぼーやんも絵の具?」

 

「ああ、俺は看板の色塗り係だからね」

 

 俺も、少し誇らしげな感じで言ってみる。

 

「うんうん、ぼーやん絵とか上手だもんね」

 

 アヤは、なぜか得意気に頷いている。

 まるで、若い才能を発掘したパトロンのような顔だ。

 

「アヤの絵も、独特な世界観あるよな」

 

「うーバカにすんなよ~っ」

 

 アヤはなかなかユニークな絵を描く。

 小学校の頃、俺の似顔絵を描いたと言って見せてくれたのは、ひょうたんに三本の毛が生えた不思議な生き物の絵だった。

 俺はそれを、大事に保管している。

 アヤが描いてくれた、最初で最後の似顔絵だったから。

 

 中学に上がっても、アヤの絵は独特なままだった。

 ある日、時田に「この絵はヤバいだろ~!」とからかわれたのをきっかけに、アヤの絵を見る機会はなくなった。

 バカにされ、かなり気にしていたのを覚えている。

 

 そういえば、俺もあの時はかなり時田にムカついた。

 あんなに可愛い絵はアヤにしか描けないのに、と。

 

 

「……俺はアヤの描く絵、好きだよ」

 

 低い声で、平然と伝える。

 

「あ……りがと……」

 

 アヤはうつむきながら、絵の具の箱を意味もなく並び替えていた。

 

 ――連れ込め。

 

 神様の直感が、俺に囁く。

 

 俺も、元からそのつもりだ。

 

 

「ごめんアヤ、ちょっと手伝ってくれない?」

 

 言いながら、美術準備室に入る。

 

「あ、うんいいよ」

 

 アヤも美術準備室に入ってきた。

 室内はカーテンが閉まっていて、薄暗い。

 絵の具独特の匂いが充満していた。

 

 とりあえず、文化祭用にたくさん用意されているという絵の具の箱を探す。

 アヤが俺の隣に来て、戸棚のほうを指さした。

 

「ぼーやんそこ、戸棚の下のダンボールにいっぱい入ってるよ」

 

 俺は、戸棚の前でしゃがみ、ダンボールから十箱ほど絵の具の箱を取り出す。

 

「アヤごめん、これ置いてきてくれない?」

 

「はいよー」

 

 アヤが絵の具の箱を抱えながら、扉へ向かう。

 

 俺は、手ぶらでその後ろを付いていく。

 アヤが美術準備室から出ていこうとする瞬間。

 俺は手を伸ばして扉を閉め、アヤの進路を塞いだ。

 

 アヤが、ピタッと立ち止まる。

 後ろから伸びてきた手に、目の前で扉を閉められたのだ。

 戸惑うか驚くかすると思ったが、アヤは無言だった。

 

「ハァ……」

 

 アヤから、小さなため息が漏れる。

 困ったなという感じだ。

 どうやら、俺の悪だくみは想定の範囲内だったらしい。

 

 アヤが絵の具の箱を抱えながら、ゆっくりこちらを振り向いた。

 少しムッとしている。

 

「私にだけ持たせたんか」

 

「ぜんぶ持つよ」

 

 言いながら、体が触れる距離まで近づく。

 

「ぼーやん、ここ、学校だからね……?」

 

 さとすような、説得するような口調だ。

 まるで、聞き分けのない子どもに言い聞かせるような声色。 

 アヤがお母さんになったら、こういう感じで子どもをたしなめるのだろうか。

 

「そうだね」

 

 俺は、アヤの頭を優しく撫でた。

 

「はぁ……」

 

 アヤがまた、ため息を漏らす。

 今度は、呆れたという感じだ。

 

 そんな態度とは裏腹に、アヤの頬はさっきから桃色に染まっている。

 ゆっくり手を伸ばし、触れてみる。

 俺の手よりも、ほんのり温かい。

 薄暗い部屋の中で、しばし見つめ合う。

 

 手のひらを通して、アヤの心が伝わってきた。

 

 ――キス、なら。

 いいのかな。

 キス、だけなら。

 ぼーやん、したそう。

 私、も。

 だけど。

 ……むり。

 むりむり。

 むりだ。

 学校、だから。

 もし見られたら。

 時田に。

 友達に。

 見られたら。

 知られたら。

 いろいろ壊れる。

 壊したくない。

 こわい。

 

 

 アヤは、唇をギュッと引き結んだ。

 修学旅行でもアヤの家でも、かなり大胆なことをしたはずなのに。

 学校だと、俺とキスをするのにも抵抗があるらしい。

 

 学校は、アヤにとって一番気を遣う場所だ。

 一番、怯えている場所と言ってもいい。

 

 もし俺とのことが知られて、友達との関係や、いろんな人間関係が壊れてしまうのが恐いのだろう。

 アヤの不安な心が、痛いほど伝わってくる。

 立っている場所が、ガラガラと崩れ落ちてしまうような恐怖だ。

 

「ぼーやん、出よ……?」

 

 アヤが、俺を見上げて言った。

 その表情は引きつっていて、今にも泣きそうだ。

 

 以前の俺だったら、アヤにこんな顔をされたらアタフタしていただろう。

 ごめん、と謝って扉を開けたはずだ。

 

 ――出るな。

 

 神様の直感が、俺に警告する。

 

「アヤ、もう少しここにいて」

 

「どうして?」

 

 俺はその問いには答えずに、ゆっくり顔を近づけた。

 両手を絵の具の箱で塞がれたアヤに、俺の接近を妨げるすべはない。

 アヤの瞳は不安げに揺れているが、顔をそらしたりはしなかった。

 

 互いの唇が重なる、その瞬間。

 

 美術室のほうからガララッと引き戸の開く音がした。

 数人の足音が入ってくる。

 俺とアヤは、鼻先が触れ合う距離でかたまった。

 

 

『――あれ、アヤはー?』

『おや、いないね~』

『アヤ、いるー?』

 

 アヤの女友達たちの声が、扉ごしに聞こえてくる。

 そういえばさっきアヤは、もうすぐ援軍が来ると言っていた。

 絵の具運搬を手伝いに来たのだろう。

 

 アヤを見ると、俺の胸のあたりに視線を泳がせて、硬直していた。

 顔から血の気が引いていっている。

 アヤがパニックになったり、頭が真っ白になったりしたときに、アヤはこういう感じになる。

 

 何食わぬ顔で出ていって、「ぼーやん手伝ってた」とでも言えば、何も怪しまれないだろうに。

 後ろめたい気持ちが、正常な思考を奪っているのだろうか。

 

 ――出すな。

 

 神様の直感が、ここに潜んで様子をうかがえと言っている。

 

 俺は、美術準備室の扉をそっと押さえた。



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怯える幼馴染を塗り替えた(十二日目 火・夕方)

 俺とアヤは、息を殺して扉の外の様子をうかがっていた。

 

 女友達たちの足音が、美術室の中を歩き回っている。

 

『お、絵の具ってこれじゃね?』

『運ぶ?』

『アヤどこいったー』

『トイレじゃない?』

『待つか』

 

 美術室のイスが床を移動する音がした。

 どうやらテーブルを囲んで座ることにしたらしい。

 

『なんか遊園地でダブルデートしたらしいよ』

『ん、誰が?』

『あーアヤたち』

『へー』

 

 日曜日に遊んだ件は、ダブルデートということになっているらしい。

 時田が広めたのだろうか。

 

『末永く爆発しててくれ~って思うよね』

『おしどりカップルよな~』

『時田って普通にいいヤツだもんね』

 

 どうやら、女子の間では時田はけっこう人気らしい。

 まあ、分かる。

 アヤと付き合う前には、何人かに告白されていたっぽいし。

 

 ふと、アヤの抱えている絵の具の箱が傾き、一箱落ちそうになっていた。

 俺はその箱を押さえて、重ね戻す。

 アヤはそれに気づかないほど、ひたすら硬直していた。

 

『時田この前、一年の子に告られたらしいよ』

『え、いつ?』

『あっさり振っちゃったらしいけど』

『そりゃねぇ~』

『アヤ、愛されてんなー』

『うらやましいわーぶっちゃけ』 

『ああいう一途な彼氏っていいよね~』

『それはねー、多分相手がアヤだからよ』

『え、そういうもん?』

『そういうもんじゃない?』

『まーアヤだしな』

『応援できちゃうんだよね』

 

 ふいに、会話が止まった。

 

『ぶっちゃけ時田と付き合ってなかったらさー』

『うん』

『うちら勝ち目なくね?』

『は? 何いきなり』

『ほら昔さ、バスケ部の林先輩もアヤ狙いだったって聞いたことあるでしょ』

『あーそれねー』

『時田と付き合ってなかったらさ、うちら今みたいにアヤと友達できてたんかな?』

 

 アヤの肩がビクッと震えた。

 俺は、絵の具の箱が落ちないように体で押さえる。

 

『……できてるっしょ。あの子、いい子だもん』

『それはまぁ、そうか』

『そうそう』

 

 女友達たちは、気を取り直すように声色を明るくしていく。

 

 一瞬だけ、不穏な感じだった。

 これが、アヤの恐れてる空気なのか。

 人一倍敏感なアヤはこれを、いつも怖がっているんだ。

 

 

 ふと、廊下のほうから大きな足音が近づいてきた。

 

『こらーサボりかー』

 

 時田の声だ。

 

『お、噂をすればの時田じゃん』

『江藤のマネ、似てなっ!』

 

 女友達たちの声のトーンが一オクターブほど上がった。

 

『あれ、アヤは?』

 

 時田の足音が、美術室の中を探し回る。

 

『さあ、トイ……お手洗いじゃない?』

『トイオテアライって何よ』

 

 アハハと笑う彼女たちは、妙に楽しそうだ。

 

『あ、時田ちょいちょい』

『ん?』

『ほい、アヤの置き土産』

 

 さっきアヤがテーブルに置いた絵の具の箱を、時田に見せているようだ。

 運んで、と言ってるように聞こえる。

 

『お前らなー』

 

 時田が呆れたような声で笑った。

 なんというか、すごく余裕を感じる。

 こっちも、時田の素なのだろう。

 

『うそうそ、一緒に運びましょ、リーダー』

『じゃあほら、せめて一人一個ずつ頼むわ、残り運ぶから』

『おお、さっすが男子』

『いや……誰でも持てるだろ、こんなん……』

 

 そんなやり取りをしながら、足音は廊下のほうへ消えていった。

 

 あたりに静けさが戻ってくる。

 

 アヤの、不規則な吐息が聞こえてきた。

 

 絵の具の箱をぎゅっと抱きしめ、小刻みに震えている。

 目尻の涙が、今にもこぼれ落ちそうだ。

 

 相変わらず、アヤは泣き虫だな。

 

 小学五年生の時、アヤと同じクラスになって。

 出会ったときの印象は、「自信がなさそうな子」だった。

 

 その前のクラスで、何があったのかを俺は知らない。

 アヤが話したがらなかったから。

 クラスでイジメみたいなことがあったんだろうな、とは思っているけど。

 

 それがトラウマになったのか。

 初めて会った頃のアヤは引っ込み思案で、人と話すときも挙動不審だった。

 

 

 今、目の前で震えているアヤは、あの頃の彼女だ。

 

 ほんのり密着している体から、アヤの心が流れ込んでくる。

 

 ――やっぱり私は。

 変わっちゃダメなんだ。

 変わったらダメだ。

 私が変わったら。

 壊れる。

 ぜんぶ壊れる。

 絶対嫌われる。

 絶対壊れる。

 苦しい。

 私は、ぼーやんと。

 ぼーやんと、なら。

 でも。

 壊れる。

 いや。

 いやだ。

 でも。

 

 

 アヤの心は、恐怖と混乱でグチャグチャになっていた。

 感情のコントロールができないのだろう。

 「ハァ、ハァ」と苦しそうに呼吸している。

 今にも過呼吸になって、倒れそうだ。

 

 ここまで取り乱すアヤは、初めて見る。

 以前の俺だったら、思考停止して取り乱していただろう。

 

 掛ける言葉、態度、どれ一つを間違えても、アヤ最大の地雷を踏み抜きそうだ。

 ここまで積み上げてきたアヤへのアプローチのすべてが、無駄になりかねない。

 そんな危うい状況。

 

 なのに、俺の心は不思議と落ち着いていた。

 神様の直感が、俺に確信をくれているからだろうか。

 

 それもあるが。

 

 アヤは、変わりたがっている。

 俺と。

 混沌とした心情の中に、わずかな希望が垣間見える。

 

 それだけで、俺はもう何も恐くなかった。

 以前は、どう転んでも可能性はゼロだったのだから。

 希望があるだけで、俺は無敵になれる。

 

 

 ――優しく抱きしめろ。

 

 神様の直感が、俺が今すべき最善のことを教えてくれる。

 

 俺は、アヤを包み込むように抱きしめた。

 

「やだっ……」

 

 アヤが小さく拒否した。

 

 

 ――低い声でゆっくりと。

 

「大丈夫だよ」

 

 アヤの耳元で、呟く。

 低い声で、ゆっくりと。

 

 

 ――背中をさすれ。

 

 アヤの湿った背中を、三回撫でる。

 背骨に沿って上から下へ、ゆっくり落ち着かせるように。

 フッと、アヤの口から空気が漏れた。

 ほんの少し、体の緊張がほぐれる。

 

 

 ――呼吸を合わせろ。

 

 アヤの不規則な呼吸に合わせて息を吸い、吐き、吸う。

 互いの胸の上下運動が重なる。

 そのまま、正常な呼吸に誘っていく。

 アヤの吐息が、だんだん落ち着いてきた。

 

 

 ――二度キスをしろ。

 

 アヤの唇に、ついばむようなキスを落とす。

 チュ、チュという小さい音が美術準備室に響いた。

 室内で反響して、また鼓膜に戻ってくる。

 心が鎮静していく。

 

 

 ――俺はずっと――。

 

「アヤ、俺はずっと好きだよ」

 

 直感が、この言葉を導き出した。

 

 俺との関係性だけは、一生壊れない。

 何があっても。

 その事実を、ただ伝える。

 

 さっきまで焦点の合っていなかったアヤの瞳が、じっと俺を見ていた。

 

「ずるいよ、ぼーやん……」

 

 

 ――もう一度キ――。

 

 俺は、直感が言うより早く、アヤにキスをした。

 

「んっ……」

 

 半開きの唇を、唇で押してみる。

 柔らかいアヤの唇が、ほんの少し押し返してきた。

 

 アヤの心が、伝わってくる。

 

 ――どうして。

 こんなに、落ち着くの。

 安心できるの。

 こんなの、知らない。

 分からない。

 こわい。

 また、ぼーやんに甘えてる。

 ぼーやんに包まれて。

 安心して。

 私は、ダメダメだ。

 ぼーやんは違う人といたほうが。

 もっと、幸せに。

 こわい。

 こんなダメダメな私じゃ。

 私が、たまたま幼馴染だったから。

 ぼーやんがいなくなったら。

 私は。

 

 

 俺がいなくなるとか、全部壊れるとか。

 そんな未来は、存在しないよ、アヤ。

 あるのは、今だけだ。

 俺といる、このときだけ。

 

 ――愛し――。

 

 直感が言葉を(つむ)ぐ前に、俺は口を開いた。

 

「俺がアヤの側にいる、それが、この先ずっと続くだけだよ」

 

「…………うん」

 

 

 多分、直感が導き出した言葉とは違う。

 でも今のアヤには、こっちのほうがいいような気がした。

 アヤを堕とすのではなく、救うための言葉だ。

 

 じんわりと。

 アヤの心に、暖かい火が灯っていくのが分かる。

 不安な気持ちが消えていく。

 罪悪感めいたものが、徐々に薄まっていく。

 

 ――ぼーやん、ありがとう。

 

 アヤは、その言葉を発する代わりに、俺の胸に頭突きをした。

 心地良さそうに、オデコをこすり付けてくる。

 

 

 俺は、胸元に埋まるアヤの頬に、そっと手を添えた。

 静かに、アヤが顔を上向かせる。

 その目は、まっすぐ俺を見ていた。

 

 自然と、唇が重なる。

 そこから、体中が密着していく。

 

「んっ……んちゅ、んっんっ、ちゅぁ、んっ、んぇろ、んちゅっんんっ」

 

 せきを切ったように、俺たちは舌を絡ませ合った。

 どうしようもなくアヤを抱きしめる。

 

 抱えていた絵の具の箱が、アヤの胸からこぼれ落ちた。

 箱から飛び出した絵の具たちが、床に散らばり転がる。

 

 アヤが自由になった両手を、俺の背中に回してきた。

 何かを求めるように、手のひらで撫でさすってくる。

 

 俺はアヤの滑らかな舌を舐め回しながら、片手をスカートの中に入れた。

 今日のアヤは、ふわふわとした生地の下着を履いている。

 布地をなぞってみると、下降するにつれて湿り気が増していく。

 

「ぁっ、んっ……」

 

 アヤが、口づけの隙間から可愛い声を漏らした。

 

 これ以上パンツが濡れると、後で気持ち悪いだろう。

 俺は早々に下着の内側へ、手を差し入れた。

 下腹部をなで、柔らかい恥丘をなぞり、湿地帯の中心へ指を這わせていく。

 温かい粘液で濡れぞぼる入り口に、中指をくの字にして埋めた。

 

「やっ、あぁんっ……」

 

 アヤが、驚くほど可愛い声で鳴いた。

 俺の耳元でそんな声を上げるものだから、体中の細胞が興奮し、股間に血流が集中してしまう。

 すでに勃起して痛いくらいなのに、早くアヤに挿入したいと脈打ち始める。

 

 愛液まみれの膣中(なか)を、クチュクチュと音を立ててかき混ぜる。

 柔らかい肉圧が、指をきゅっと締め付けてきた。 

 

「ぼーやんっ、あっ……そんな、ゆび、んんっ……」

 

 アヤの腰が震え、足がガクッと崩れる。

 バランスを失い、半歩後ろに下がった背中が扉に当たった。

 薄い扉がドンと大げさな音を響かせる。

 アヤは扉に背中を預けながら、必死に立っていた。

 

 俺の指が、アヤの自重でどんどん膣穴に飲み込まれる。

 あふれた愛液が、指をつたって手の甲まで滴る。

 俺は膣中(なか)で指の関節を曲げ、ゆっくり甘蜜をかき出し始めた。

 クチュ、クチュ、と淫らな水音が鳴るたび、アヤはか細い声で喘いだ。

 

「あっ、も……」

 

 足腰が限界になったのだろう。

 アヤは背中を扉にくっつけたまま、ズルズルとしゃがみ込んでしまった。

 

 俺も、指を膣に挿入させたまま、合わせるようにしゃがむ。

 アヤは両膝をクロスさせながら、ペタンと尻もちをついた。

 その太ももの肉圧に手を突っ込んだまま、指先で膣中(なか)を愛撫し続ける。

 

「ふっ……んっぁっ、くっ……んぅっ……」

 

 アヤはたまらず身をよじり、快楽を外に逃そうとしていた。

 手の甲を口にあて、必死に声を抑えている。

 

 そんな様子に、俺はゾクゾクするような興奮を覚えた。

 

 逃げ場なく追い詰められて。

 俺になすすべなく(いじ)られて。

 快感に悶え続けるアヤの姿は、まるで捕食される小動物のようで。

 俺の――オスの奥底にある獣欲を、これでもかと昂らせた。

 

 もっと、もっとアヤを犯したい。

 体も心も犯して、塗り替えて、塗り潰したい。

 

「アヤ、手、どけて?」

 

 力のない手首を掴み、ゆっくりどかす。

 アヤは「んっ」と口を閉じた。

 無駄な抵抗だ。

 指で、膣中の裏側にある盛り上がった部分をこすってみる。

 さっきから、ひときわ反応のいい場所だ。

 

「あっ……!」

 

 アヤはビクンと体を震わせ、切なげな嬌声を漏らす。

 半開きになった唇に、すかさずしゃぶりつく。

 ちゅくちゅくと咀嚼(そしゃく)するようにアヤの唇と舌を頬張りながら、時おり解放し、淫らな喘ぎ声を堪能する。

 

「あっ、あ、はんっ、あっ、んっんちゅぁっ、んっ……ぷぁっ、あ、やっ、あんっんんっ……!」

 

 アヤは悲鳴を上げながら、苦しそうに肩を上下させた。

 激しいキスの合間に、温かい吐息がこぼれる。

 そのたびに、アヤのブラウスの中に溜まった熱気が、襟元からふわっと漂ってくる。

 アヤの体臭と汗と、淫らな匂いが混ざった香りだ。 

 甘くてクラクラする、俺の大好きな匂いで鼻腔内を満たす。

 

 もっと、もっと気持ちよくさせたい。

 今、この時しか感じられなくなるくらい、快感で満たしたい。

 

 俺は左手で膣を愛撫しながら、右手をブラウスの中に差し入れた。

 布地をめくり、あらわになった水色のブラジャーを上にずらす。

 白い乳房がたぷんと揺れながらまろび出る。

 重量感のある下乳を持ち上げるように手のひらを広げ、丸いおっぱいをムニュと掴んだ。

 

「あっ、ん……」

 

 汗でヌルヌルする乳毬を揉む。

 大きな柔肉の真ん中に、ピンと立った突起を感じた。

 優しく揉み上げながら、人差し指で乳首をクニクニとこねる。

 

「あ、あんっ、おっぱいは、だめだよっ……」

 

 アヤは涙を流していた。

 身動きができないまま、体中の敏感なところを執拗に責められて、性感が極まってしまったのだろう。

 

 アヤの心が、流れ込んでくる。

 

 ――だめ。

 きもちいい。

 ぼーやんのさわるとこ。

 ぜんぶ。

 ぜんぶが熱くて。

 おかしくなる。

 あ、ぼーやんのゆび。

 だめ。

 ゆびが、中でうごいて。

 だめ。

 そこ。

 だめ――。

 

 

 ここか。

 

 アヤの心の反応を頼りに、もっと敏感なところをあれこれ探した。

 そして見つけた。

 膣道の側壁にある、ザラザラした場所。

 ここを小刻みに叩きながら、時おり(こす)る。

 

「あっんっ、ぁっあっ、そこっ、やっ、んっ、んうぅぅぅ――――!」

 

 ビクン、ビクンと大きく痙攣し、アヤは絶頂した。

 俺の腕をぎゅうっと掴み、快感に打ち震えている。

 

 アヤの心が、押し寄せてくる。

 

 ――どうして。

 おさまらない。

 また、きちゃう。

 きもちいいいの、きえない。

 きえない。

 やだ。

 また――。

 

 

「……ぁっ、だめ、っぼーやん……からだ、ヘン、なのっ……」

 

 イってる最中だというのに、さらなる絶頂の波が押し寄せてきているようだ。

 

「我慢しないで、イっていいよ」

 

 俺は余っていた親指の腹で、膣口近くにある小さな突起――クリトリスを探りあて、優しくこねた。

 

「んっ――あ、あっやだっ、あ゛んんっ――!」

 

 アヤが絶頂しながら、俺の肩に顔を埋めてきた。

 至近距離で発せられる喘ぎ声が、俺の鼓膜を痺れさせる。

 脳が(とろ)けてしまいそうだ。

 

 もっと聞きたくて、優しい愛撫を繰り返す。

 

「もっ……やめ、ぁっ……またっ、あっ……やぁっ、やだぁっ、あ゛あぁ、ぁ――っ……」

 

 アヤは甲高い声を上げて、痙攣しだした。

 かすれたような声色が、とんでもなくいやらしい。

 俺の胸の中で、アヤは絶頂を繰り返していた。

 

 俺に心を委ね、安心しきったせいだろう。

 

 アヤは、俺の与える全ての刺激に敏感だった。

 

 






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可愛い幼馴染と気まずくなった(十二日目 火・夕方)

気まずい=イチャラブです。


 ただただ快楽に溺れるアヤの姿に、俺も限界を迎える。

 

 俺は、アヤの体をゆっくり離すと、扉に寄り掛からせた。

 愛液まみれの左手を蜜壺から引き抜き、自分のズボンに手をかける。

 膝立ちの体勢で、ベルトをカチャカチャと外し、中のトランクスごとズボンをずり下げた。

 

 剛直した肉棒が、勢いよく飛び出す。

 下半身が一気に涼しくなったのに、股間だけが灼けるように熱い。

 ビク、ビクと脈動し、先端から先走り液が漏れ出て、亀頭を濡らしている。

 

 アヤは、なおも快感に揺蕩(たゆた)いながら、目の前のソレを見つめていた。

 そして。

 

 手を伸ばし、俺の肉竿を優しく包んだ。

 

「ちょっ、アヤ……!」

 

 思わず、身じろぐ。

 目の前の光景が理解できない。

 

 アヤが、俺の肉棒を掴んでいる。

 

 ビリッと背筋に電流が走った。

 アヤが手のひらで肉竿全体を撫でながら、親指で裏スジを(いじ)ってきたのだ。

 (なめ)らかな手の感触に優しく(さす)られ、ビリッ、ビリッと快感が貫く。

 

 甘く痺れる中、アヤの心が伝わってきた。

 

 ――ぼーやんの、かたい。

 ドクドクいってる。

 さわると、気持ちいいのかな。

 ぼーやんの顔。

 気持ちよさそう。

 これが、私の中に。

 入って。

 

 

 アヤが、ゆっくり膝立ちになり、俺の股間に近づいてくる。

 

 ――ユカリが、いってた。

 口ですると。

 男の人、気持ちいいって。

 ぼーやんも。

 なのかな。

 

 

 アヤが口を少し開けたかと思うと、んむっと亀頭に口付けた。

 

「うっ」

 

 あまりの快感に、股間が震えた。

 

 柔らかい唇が、裏スジに押し当てられる。 

 押し当てたまま、唇を閉じたり開いたりしている。

 「ちゅ」と軽く吸着された瞬間、精巣から射精感がこみ上げてくる。

 

 (なめ)らかで温かいものが、ヌルっと亀頭を這う。

 アヤが唇の隙間から舌先を出して、遠慮がちに舐めた。

 チロ、チロと、おっかなびっくり何かを確かめるように。

 

 信じられない光景に、俺の脳はスパークしっぱなしだった。

 アヤが膝立ちで、俺の肉棒を舐めている。

 フェラチオというやつだ。

 

 そのビジュアルだけで、もう射精しそうだ。

 絶対に、誰にも見せたことのない姿。

 妄想でしか、お目にかかれない痴態だ。

 

 ブラウスとブラジャーをめくられ、白い乳房をあらわにしながら、俺のペニスに舌を走らせている。

 お互い膝立ちなので、アヤは少し前傾姿勢だ。

 そのせいで、形のいい豊乳が重力で下向きに垂れていた。

 

 肉竿を握る手と、亀頭を舐める舌から、アヤの心情が伝わってくる。

 

 ――ぼーやんの、匂いがする。

 きゅんとする、匂い。

 こう、かな。

 ぼーやん、きもちいい?

 ここは、どうかな。

 ぼーやん、つらそう。

 かわいい。

 きもちいいんだ。

 よかった。

 

 

 アヤは、たまに俺の表情をうかがいながら、どうすれば俺が気持ちいいのか試行錯誤しているようだった。

 亀頭の先端を唇で挟み、「ちゅう」と吸ってくる。

 かと思えば、舌先でカリ首を抉るようにチロチロ舐めてくる。

 こそばゆくて、気持ちよくて、焦れったい口淫だ。

 

 俺は、もう限界だった。

 アヤがもたらす刺激、伝わってくる思いで、頭が沸騰しそうだ。

 

「ぐっ……!」

 

 強烈な射精感が押し寄せ、腰が砕けそうになる。

 もう膝で立っていられない。

 

 俺は、そのまま尻を落とし、正座のような体勢になった。

 すると、アヤの顔が覆いかぶさるように追いかけてくる。

 四つん這いで、前のめりに俺の股間に覆いかぶさってきた。

 ビンと屹立(きつりつ)した肉棒を、アヤの口が咥え込んだ。

 

「なっ……」 

 

 亀頭を、柔らかい粘膜に包まれる感覚。

 熱くて、ぬめっていて。

 軟体生物のような舌が亀頭に絡みつき、(ふち)をヌルリと一周した。

 そこがアヤの口内だと認識した瞬間、腰が浮きそうになる。

 

 たまらず、意識を視覚に集中する。

 眼下に、アヤの茶髪の後頭部が見える。

 その先に、めくれたブラウスと、汗のにじんだ背中が見えた。

 スカートの腰の部分がずれ、ライトブルーの下着のウエスト部分が覗いていた。

 

 アヤの舌が裏スジを上下に動き、性感に引き戻される。

 尻と太ももに力が入り、肛門がきゅっと締まる感覚。

 射精直前の感覚だ。

 

 追い打ちをかけるように、アヤの心情が粘膜を通して伝わってきた。

 

 ――ぼーやんの、ふくらんで。

 これ、知ってる。

 私の中のときと、同じ。

 出るんだ。

 いいよ、出して。

 いっぱい。

 きもちよくなって。

 

 

 出る。

 アヤの心に誘導されるように、精巣から熱いものが溢れ出す。

 ダメだ。

 もう。

 

「や、ば……出る!」

 

 その瞬間、電流が貫いた。

 

 すさまじい開放感と、快感。

 尻の奥から快感とともに熱いものがこみ上げ、発射される。

 ドビュ、ドビュとアヤの口内に精が吐き出されている。

 俺の精液が、アヤの口内を犯している。

 気持ちいい。 

 もっと出したい。

 

「んんっ……!」

 

 アヤがくぐもった声を上げた。

 ビクビクと肩を震わせている。

 気づけば、俺はアヤの肩を押さえてしまっていた。

 

 マズい。

 

 俺は、急いで手を放した。

 一拍遅れて、アヤの頭が少し上がる。

 

「んぇ、けほっ……」

 

 アヤが咳き込む。

 肉棒から口を離したようだ。

 その反動で、俺の肉棒が跳ねる。

 ビュッ、 ビュッとなおも白濁液が発射され、下を向いていたアヤの顔にかかった。

 

「ぁ、ちょっ、んっ……」

 

 アヤが戸惑いの声を上げる。

 仰け反るように顔を上げたアヤに、白いものが付着していた。

 

「ん゛んっ、けほっ……んっくっ、えほっ……」

 

 アヤは喉奥に引っかかったものを飲み込んでいた。

 苦しそうに、喉を鳴らす。

 咳き込んだせいで、口の端から精液が滴る。

 アヤは反射的に手を口元にあてるが、指の隙間から一滴、二滴、床にこぼれた。

 

 俺は、そんなアヤの淫靡な姿に、恍惚としていた。

 息が、苦しい。

 股間が熱いまま、快感がおさまらない。

 

 俺は、アヤの顔を穢した申し訳なさと背徳感、アヤに精液を飲ませた征服感で、混乱していた。

 アヤも、口元に手を当てたまま、目を背けている。

 

 お互い、肩で息をしていた。

 薄暗く湿った美術準備室に、二人分の荒い吐息が充満する。

 

 

 

 

 多分、五分くらいはそうしていた気がする。

 俺は、下半身丸出しの正座姿で。

 アヤは、胸を露出させて口元に手を当てた姿で。

 

 アヤの瞳が、揺れていた。

 頬が真っ赤に染まっている。

 冷静になって、自分がした行為を振り返ってしまったのだろう。

 「死ぬほど恥ずかしい」と顔に書いてある。

 

 俺も、なんだか気まずくて、言葉を発せずにいた。

 

 

 ふと、外から物音がした。

 何人かの足音が、美術室に入ってくる。 

 美術準備室に何かを取りにきたのだろう。

 

 俺とアヤは、同時に目を見合わせた。

 

 お互い弾かれたように、服を直し始める。

 

 一足先にパンツとズボンの位置を戻した俺は、美術準備室の中を見回す。

 戸棚の二段目に、ウェットティッシュの箱を見つけた。

 ジタバタと四つん這いで駆け寄り、その箱を取る。

 

「アヤ、こっち向いて」

 

 アヤに近づくと、ウェットティッシュで顔や顎や唇に付着した粘液を拭き取っていく。

 

「あ、ありがと」

 

「出よう」

 

 俺は次に、床に散乱する絵の具を集め、散らばった絵の具の箱に適当に詰めていく。

 

 まだこの部屋には、誰も入ってこない。

 そう、直感が告げている。

 なのに、妙に焦ってしまう。

 

 絵の具の箱を十箱ほど片手で抱え、立ち上がる。

 

 ドアノブに手をかけようとして、止めた。

 後ろを振り向くと、アヤが「ん?」という顔をしている。

 俺は、絵の具の箱を一箱掴むと、アヤに渡す。

 

「一個だけ、持ってくれる?」

 

「あ、うん……」

 

 アヤは、それを大事そうに抱えた。

 

 

 

 

 ガチャリと扉を開け、外に出る。

 美術室には、数人の生徒たちがいた。

 見たことのない顔だ。おそらく別の学年だろう。

 

 俺とアヤは、美術準備室に絵の具を取りにきました、と顔に貼り付けながら美術室を出た。

 

 

 お互い無言で、廊下を歩く。

 

 何人かの生徒とすれ違う。

 皆、文化祭の準備で忙しそうだ。

 

「ぼーやんごめん、トイレ寄るね」

 

「あ、うん……」

 

 アヤは絵の具の箱を抱きしめながら、女子トイレに消えていった。

 

 

 アヤを待ちながら、さっきの出来事を思い出す。

 夢でも見ていたような感覚だ。

 

 ――落ち着け。

 

 いや、落ち着いてはいる。

 ただ、ふわふわと浮いているような感じがするだけだ。

 

 あのアヤが、自分から。

 俺の股間に顔を埋めて――。

 

 マズい。

 射精したばかりなのに、もう下腹部が熱くなってしまう。

 

 ――慣れろ。

 

 それは無理だ。

 セックスするのとはまた違う。

 これまでは、俺のほうから襲っていたようなものだし。

 まさか、アヤからしてくれるなんて……。

 

 ――俺なら当然のことだ。

 ――翻弄されるな。

 

 

 そうだな。

 俺がアヤにフェラ……をされるのは、当たり前の、こと……。

 

 いや、落ち着け。

 時田と別れて、誰の目にも明らかに、俺がアヤと付き合うまでは。

 アヤに翻弄されたらダメなんだ。

 

 

「お待たせ……」

 

 アヤが廊下の床を見ながら戻ってきた。

 髪の先が少し濡れている。

 うがいをしたり、顔を洗ったりしたのだろう。

 

 気まずい空気が流れる。

 

 その理由は分かっている。

 俺がアヤの心を無理やりときほぐし、解放したから。

 アヤの心が、俺に身を委ねたから。

 お互いの障壁が消え去って、距離感が分からなくなっているんだ。

 

 

「なんか、ごめんな」

 

 つい、謝ってしまった。

 

「うん、ちょっと苦かった……」

 

「へ?」

 

「え? あ……」

 

 アヤの顔が、また真っ赤になる。

 いや、それも確かに申し訳ないが。

 今はそれで謝ったわけじゃないと、気づいたのだろう。

 

 ――慣れろ。

 ――慣れろ。

 ――慣れろ。

 

 

 無理だ。

 アヤの可愛さに、慣れる気がしない。

 

 

 もう一度抱きしめたい。

 今すぐキスをしたい。

 せめて手をつないで――。

 

 俺たちはいろんな欲求を抑えながら、何食わぬ顔で教室に戻った。



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幼馴染と軽口を叩きあった(十四日目 木・午後)

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新年もボーイッシュ幼馴染をよろしくお願いします…!




 あっという間に、文化祭前日になった。

 朝早く登校すると、学校中が活気に満ちている。

 もう授業はなく、生徒たちが朝から文化祭の準備に追われていた。

 

 うちのクラスも、二組と合同でやるお化け屋敷の設営で、てんてこ舞いだ。

 俺が任された看板作りは、もう終わっている。

 なので、二組に行って設営を手伝う。

 

「お、ぼーやん来たな! 早速そこの机を縦に並べてくれ」

 

 陣頭指揮をとる時田が、テキパキと指示を出してきた。

 

「分かった」

 

 俺は、指示通りに机を運ぶ。

 

 お化け屋敷は、ちょっとした迷路構造だ。

 机を二つ上に重ね、そこに板を張り付けて壁にする。

 所々にお化け役や仕掛け役が隠れるスペースがあり、前を通り過ぎるお客を脅かすというアトラクションだ。

 

 俺は配られた配置図を見ながら、その通りに机を置いていく。

 

 

「ふぅ」

 

 ゴール付近に、机を縦に三個ずつ二列置いて、さらにその上に机を三個ずつ二列重ねていく。

 けっこうな重労働だ。

 最後の一個を重ね終えたとき、ふわっと甘い匂いがした。

 

「やっほー、ぼーやん」

 

 茶髪のショートカットが、ひょこっと視界に入ってくる。

 

「アヤ、おはよう」

 

 俺は、機嫌の良さそうな幼馴染を見つめた。

 

「うん、おはよ」

 

 アヤは一瞬目を泳がせたが、すぐに見つめ返していた。

 「いかんいかん」という心の声が聞こえてきそうだ。

 学校で、俺から目を逸らすことをやめたらしい。

 

「アヤ、今日は体調大丈夫?」

 

「うん、元気だよ! 昨日、あんまり手伝えなかったから頑張ります!」

 

 アヤは昨日、学校を早退した。

 

 美術準備室で、アヤを何度も絶頂させたのが一昨日。

 無理をさせてしまったのか、アヤはその翌日――つまり昨日、文化祭の準備中に体調を崩し、保健室に行き、そのまま早退した。

 

 アヤは今週に入って、二日も体調を崩している。

 

 無理もない。

 大会、遊園地、文化祭の準備……と、ただでさえ忙しないのに、俺のせいで重大な選択を迫られている。目まぐるしいにもほどがある。

 時田との今後に、女友達との関係……不安やストレスも半端ないだろう。

 

 

「一日目は私、ここに隠れるんだよ」 

 

 アヤが楽しそうに話しかけてきた。

 心労は微塵も感じさせない。

 

「ここって……この机の下?」

 

「そうそう、ほら机を縦に並べたから、下がほら穴みたいになったでしょ? この中に寝っ転がって、獲物を待ちかまえるんだ」

 

「獲物が通ったらどうするの?」

 

「手をぐわっと伸ばして、足首をつかむ」

 

 アヤが目の前に腕を伸ばし、拳を握った。

 

「それは……ビックリしそうだね」

 

 俺だったら、小便チビる自信がある。

 

「ちゃんと加減しないとヤバいんだ。最悪転んじゃうかもしれないから」

 

 俺は肘を軽く曲げて、「ん」とアヤに目配せする。

 アヤは俺の腕めがけて、ぐわっと手を伸ばしてきた。

 がしりと力強くつかまれる。

 

「アヤ、これは強すぎ。お客さんコケちゃうよ」

 

「ありゃ、じゃあ……こんくらい?」

 

 今度はふんわりと腕をつかんできた。

 

「いや、それは優しすぎ」

 

「難しいもんだな~」

 

 俺とアヤは、いたって自然に触れ合った。

 まるで、仲の良い幼馴染のように。

 まわりの生徒たちからも、仲の良い幼馴染のように見えているだろう。

 

 一見すると、俺たちの距離感は修学旅行前と変わらない。

 

 でも、アヤが俺の腕から手を離すとき。

 指が、寂しそうにそっと腕を撫でてくる。

 俺も、名残惜しくてアヤをじっと見つめてしまう。

 

 とてもじゃないけど、仲の良い幼馴染になんか戻れない。

 

 

 ついついアヤと視線を交差させていると、時田が声を掛けてきた。

 

「アヤ! ちょっといいか?」

 

「あ、うん……じゃね、ぼーやん」

 

 時田は教室の出入口から、アヤを手招きしている。

 アヤは重い足取りで、彼氏のもとへ向かった。

 

「今日、昼ちょっと時間ある? けっこう大事な話がある」

 

「……いいよ、私も話あるんだ」

 

 一見すると、いつものカップル同士の会話に聞こえるだろう。

 でも、向かい合う二人の距離は、いつもより離れていた。

 

 

***

 

 

 お昼過ぎ。

 俺は廊下から、空き教室の中を覗いていた。

 教室の真ん中には、アヤと時田が向かい合って立っていた。

 

 別に、アヤや時田の後をつけたわけではない。

 待ち合わせの時間も場所も知らない。

 ただ直感に従い、たまたまこの場所に来たら、二人と出くわしたのだ。

 

 緊張に顔を強張らせるアヤに対し、時田はリラックスしていた。

 なんともいえない優しげな顔で、アヤを見つめている。

 

 最初に口を開いたのは、アヤだった。

 

「あのさ時田、私たち、さ……」

 

 アヤは、必死に言葉を探しているようだった。

 

 ――距離を置こう。

 ――このままじゃダメな気がする。

 ――ごめん。

 ――私、もう時田のこと。

 ――お互い離れたほうがいい。

 ――時田が悪いんじゃない。

 ――別れよう。

 

 渦巻く感情をうまく言葉にできず、口をパクパクさせている。

 手をギュッと握り込み、その拳が震えていた。

 

 やがて意を決して続きを告げようとしたとき、時田が言葉を被せてきた。

 

「アヤ、体はもう平気?」

 

 低くて、有無を言わさない声色だ。

 最近の、高くて焦ったような口調ではない。

 

「え、あ、うん」

 

「そっか……あのさ、もう無理しなくていいから」

 

「え?」

 

「辛かったんだろ? 大会でこっぴどく負けて、なのに遊園地なんて付き合わせちゃってさ。落ち込んで疲れてんのに、ちゃんと気にしてやれてなくてゴメン!」

 

 時田が、頭を下げた。

 その横顔には、心底申し訳ないという表情が浮かんでいる。

 

「なんか俺、最近焦ってたんだよな……だから、ほんとゴメン!」

 

 アヤが「いいよ」と言うまで、頭を上げない感じだ。

 しかしアヤは、何も言葉を発さなかった。

 

 しばらくして時田は、自分から顔を上げる。 

 その表情に、焦りめいたものはなかった。

 

「そんで、本題なんだけど……文化祭の後の後夜祭でさ、今年からベストカップル賞ってのやるらしいんだけど」

 

「う、ん……」

 

 アヤが、わずかに身を引いた。

 嫌な予感がしたのだろう。

 俺も、同じ感じがした。

 

「女子連中が声がけしまくってるみたいでさ、俺とアヤにめっちゃ票が入るらしい」

 

 アヤの心臓がドクンと跳ねたのが分かった。

 

 ベストカップル賞……うっすらそんな催しをやると聞いた気がする。

 確か、文化祭の二日間で投票箱が設置されて、後夜祭で発表されるんだっけ。

 

「んで、実行委員会としても、今年から始まるイベントだし準備しっかりしたいから、俺たちで内定しときたいんだってさ。アヤの友達の分だけでも、票むっちゃ集まるっぽいし」

 

 アヤは、呆然と立っていた。

 

 心情が伝わってくる。

 アヤは、視界がグラグラ揺れるほどにうろたえていた。

 

 女友達たちが動いている。

 実行委員の人たちも動いている。

 それを全部ひっくり返すのは、アヤにはハードルが高すぎる。

 

 いや、それだけで、今のアヤはこんなにうろたえないだろう。

 

 多分だが、小学校時代のトラウマが関係している。

 みんなの前で何かを発表されて、既成事実になって、それを覆さないといけなくて……アヤはすごく辛い思いをしたのかもしれない。

 

 時田はアヤの様子を気にもとめず、楽しげに話し続ける。

  

「なんかすげえサプライズ演出みたいなのも、もう準備進めちゃってんだって。俺とアヤ、なんか変装させられるんだってよ? 最初に『え、誰?』みたいに会場をざわつかせんだってさ」

 

 興奮気味に笑う時田とは対象的に、アヤは絶望的な顔をしていた。

 彼女の心に、黒くて重いものがずしりと覆いかぶさっていく。

 

 そんなアヤの動揺にやっと気づいたのか、時田は少し慌て出した。

 

「あ、ゴメン、勝手に話進んじゃってて困るよな。アヤは無理しなくていいよ、セリフとかパフォーマンスとかは俺がやるからさ、アヤは笑って隣に立っててくれれば……」

 

 アヤの体が、フラリと揺れる。

 前のめりで倒れそうになり、近くの机に手を置いた。

 

「うおっ、大丈夫!?」

 

 時田はとっさに手を伸ばし、アヤの二の腕をつかんだ。

 

「んっ……」

 

 アヤの口から、悩ましげな声が漏れる。

 無意識に、発してしまったのだろう。

 俺がキスをしたり体に触れたりするときに出す、いつもの切なげな声だ。

 時田も、誰も、聞いたことのない声。

 時田の理性を、容易に破壊する声だった。

 

「……アヤ、立ちくらみか?」

 

 時田は、アヤの二の腕をつかみながら、ゆっくり体を引き寄せた。

 顔を近づけて、キスを迫る。

 

 アヤはつかまれていないほうの手を、時田の眼前に突き出した。

 

「ちょ……時田ごめん」

 

「は? 何でよ」

 

 時田がアヤを覗き込みながら、さらに顔を近づけた。

 アヤは身をくねらせ、その唇から逃れようとする。

 

「待って時田、あのね……」

 

「修学旅行では、したじゃん」

 

 時田が、二の腕をつかんでいないほうの手で、アヤの腰を引き寄せた。

 

「やっ、ちょっと……あっ やだってば」

 

 抵抗を口にしながら、ほんのり混じるアヤの切ない声色に、時田はもう我慢できないという顔になる。

 その下半身は、ズボンがこんもりと膨らんでいた。

 

「なんで、ダメなん?」

 

 時田が、低い声で言う。

 

「聞いて時田、あのねっ――」

 

 

 俺は、もう我慢の限界だった。

 

 修学旅行の駐車場でのキスとは違う。

 アヤは明らかに嫌がって、拒絶している。

 いや今の俺は、アヤが嫌がっていなかったとしても、耐えられないのだろう。

 

 俺は、空き教室に突入すべく一歩を踏み出す。

 

 その時、キーンと耳鳴りがした。 

 

 ――行くな。

 ――動くな。

 ――邪魔するな。

 

 神様の直感が、頭の中で叫んでいる。

 

 頭の中に大量のイメージが流れ込んできた。

 直感というには鮮明すぎる映像。

 江藤先生からアヤを救い出したときと同じ。

 この先に起きるであろう、未来の記憶だ。

 

 ――時田がアヤを強引に引き寄せて、唇を重ねる。

 襲うような、前のめりなキスだ。

 力任せに抱きしめられたアヤは、なんとか時田を押し返す。

 そこではっきり自覚する。

 ぼーやん以外に、触れられたくないと。

 ぼーやんは、本気で嫌がったらやめてくれる。

 絶対、嫌がることをしないだろう。

 アヤは涙を流しながら、時田に告げる。

 「ごめん、別れて」と。

 そうして、教室を飛び出すアヤを俺は追いかけて――。

 

 

 神様は、これがアヤを手に入れる最短コースだと提示してくる。

 

 そうなのだろう。

 だが俺はもう、他の男がアヤに指一本でも触れるのを、許すつもりはない。

 

 俺はためらうことなく、空き教室のドアに手を掛けた。

 その時。

 

 ガタンッ――。

 

 何かが机にぶつかる音がした。

 見れば、時田が机にのけ反っている。

 

 アヤが、時田を突き飛ばしていた。

 

 

 ――――問題ない。

 

 神様の直感が、少し遅れて軌道修正する。

 このアヤの行動は、直感でも予測できなかった。 

 

 

「あ、時田ごめんっ……」

 

 アヤが両手を突き出した格好のまま、謝った。

 

「いや、俺も……がっつき過ぎたわ」

 

 時田も、我に返った様子で謝っていた。

 しかしその表情は、どこかムッとしている。

 

「……ううん、ほんとにごめん」

 

 アヤが真っ青な顔で、今度は頭を下げる。

 突き飛ばしてしまったことだけじゃなく、これまでや、これからについても謝っているように見えた。

 

 時田が、なだめるような口調で話しかける。

 

「あのさ……週末久々に、デートしよう?」

 

「え……?」

 

「ほら最近さ、俺らなんつーか、まともなデートしてなかったじゃん。そういうのもあんのかなって。まあ、フラストレーションつーか」

 

 アヤは無言だった。

 頭を下げ、茶髪が横顔を隠しているので、俺のほうからはどんな顔をしているのかが見えない。

 

「てかさ、そろそろ俺らが付き合った記念日じゃん?」

 

 それはもう、とっくに過ぎている。

 初デート記念日すらも。

 

「ごめん、いきなり誘ったもんな……都合とかあるだろうし。また後でメールするから」

 

 アヤは、ただコクリと頷いた。

 

「……俺、ちょっと実行委員のミーティングあるからさ、先行くわ」

 

「……うん」

 

 時田が、逃げるようにこちらに向かってくる。

 俺は、急いでドアから離れ、廊下の角まで走って隠れた。

 

 

 

 

 時田が去った後。

 廊下の陰で、アヤが出てくるのを待つ。

 

 三分ほど経っただろうか。

 アヤが空き教室の入り口に姿を見せた。

 そのまま廊下を向こうのほうへ歩いていき、突き当たりにある女子トイレに消えていく。

 

 

 俺もトイレの前まで行くと、再びアヤを待った。

 

 アヤは、大丈夫だろうか。

 多少克服できたと思ったトラウマが、大きくなって再び現れたのだ。

 人一倍気にしいで、臆病で、人間関係が壊れるのを恐れるアヤが……この状況で、時田に別れを告げられるのだろうか。

 

 一瞬だけ、心配する。

 

 しかし、一瞬だけだった。

 俺は、さっきの空き教室での光景を思い出す。

 直感の予想を超えて、時田を突き飛ばしたアヤの姿を。

 

 

 

 

「あれ、ぼーやん! どうしたの!?」

 

 アヤが、目を丸くして立っていた。

 

「ああ、文化祭準備のためにここ歩いてたら、トイレ入ってくアヤ見かけてさ」

 

「そう、なんだ」

 

 アヤは頬を赤らめた。

 トイレに入るのを見られたのが、恥ずかしいらしい。

 

 よく見ると、髪が少し濡れていた。

 目元も腫れている。

 けっこう泣いて……何度も顔を洗ったのだろう。

 胸が、ぎゅうと締め付けられる。

 

「大丈夫?」

 

 つい、聞いていた。

 今の俺は、さぞや「心配で仕方ない」という顔をしていることだろう。

 

 アヤはハッとして、すがるような目を向けてきた。

 揺れる瞳から、アヤの心が伝わってくる。

 

 ――ぼーやん。

 私は、ぼーやんと。

 でも、どうしよう。

 どうしたら。

 こわい。

 たすけて。

 

 ……ダメだ。

 だめ。

 ぼーやんに甘えちゃダメだ。

 私が、決めなきゃ。

 私が、決める――。

 

 

「うん? 大丈夫だよ?」

 

 アヤは、強がってみせた。

 明らかに、大丈夫じゃない顔だ。

 でも、アヤは自分で乗り越えようと決めた。

 

 力づくでアヤをかっさらうことは簡単だろう。

 俺が出ていって、強引にアヤを寝取ったことにしてもいい。

 そのほうが、アヤもきっと楽だ。

 

 でもアヤは、立ち向かうことを選んだ。

 自分の力で、俺の元へ来ると。

 

 なら俺は、そんなアヤを見守るだけだ。

 

 

「ああ、いつもの悩みの無さそうなアヤだったわ」

 

「なんだとっ!」

 

 俺たちは、仲の良い幼馴染のように軽口を叩きながら、教室に戻った。

 

 



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幼馴染をバイト先に迎えに行った(十四日目 木・夕方)

 夕方にもなると、お化け屋敷はだいぶ完成してきた。

 お化け役や仕掛け役のリハーサルも済んだ。

 

 教室内に張り詰めていた緊張感も、和らいできた。

 後は細部を直したりして、明日を迎えるだけだ。

 チラホラと、帰りだす生徒もいる。

 

「ふぅ」

 

 俺も、一息ついて床に座った。

 

 教室を見回して、アヤを探す。

 彼女は、廊下で電話をしていた。

 「それは大変だ」とか「うんいいよ」とか相槌を打っている。

 

 アヤは電話を終えると教室に戻り、いそいそと帰り支度を始めた。

 

 しばらくすると、俺のスマホも震え出す。

 ポケットから取り出すと、画面に『リョウジさん』と表示されていた。

 

 リョウジさんは、アヤのお父さんの弟――つまりアヤの叔父さんだ。俺の本名「リュウジ」と似ているので、昔から妙な親近感があった。

 料理人で、オシャレな中華レストランを営んでいる。

 俺も昔から何度も足を運んでいて、リョウジさんとは顔なじみだ。

 特製餃子が絶品で、何皿食べても飽きない。

 

 廊下に出て、通話ボタンを押す。

 

「リョウジさん、どうしたの?」

 

 すると、『ぼーやん悪いんだけどさー!』という軽快な声が響いた。

 リョウジさんは、アヤのお父さんとは正反対に陽気な人だ。

 

『今日バイトが来れなくなっちゃって、急遽アヤちゃんに助っ人頼んだんだよ~! 文化祭準備で忙しいのは分かってるんだけど、今日予約のお客さん結構入っちゃって――』

 

「ああ、アヤの迎えですね」

 

『ほんとゴメン! メシご馳走するからさ!』

 

「お安い御用ですよ。夕飯……お願いします」

 

 アヤは月に何度か、リョウジさんのお店を手伝っている。

 終わるのは二十二時を過ぎるので、アヤのお父さんが仕事で遅い日なんかは、たいてい俺が迎えにいく。

 

 リョウジさんは大声で『ぼーやんありがとな!』と叫び、電話を切った。

 大音量に耳が痛くなり、思わず目をつぶる。

 

 瞼を開けると、教室から出てきたアヤと目が合った。

 今からリョウジさんのお店に向かうのだろう。

 しばし、アヤと見つめ合う。

 

 まだ鼓膜が痺れている俺の様子に、アヤは「ふふっ」と微笑んだ。

 俺がリョウジさんと電話していたのを、アヤも知っているのだろう。

 

 一緒に行こうか――。

 

 そう言いかけたとき、横から声を掛けられた。

 

 

「ぼーやん、髪にゴミついてる」

 

 

「え?」

 

 見ると、すぐそばにユカリが立っていた。

 俺の頭に向かって手を伸ばしてくる。

 

(かが)んで」

 

 意識がアヤに向いていたせいか、ついユカリの言うままに屈んでしまった。

 

 ――屈むな。

 

 は?

 

 直感が謎の警告を発する。

 しかしすでに、俺は膝を曲げていた。

 

「はい、取れたよ」

 

 ユカリが小さな木くずを見せてくる。

 準備の最中に付いたのだろう。

 

 急いでアヤのほうを見ると、ふいっと顔を背けるところだった。

 そのまま足早に廊下の向こうへ去っていく。

 

 アヤの背中に声をかけようとしたとき、ユカリが話しかけてきた。

 

「ぼーやん、このあと時間ある?」

 

「ないかな」

 

 適当に返事をして、再度声をかけようとする。

 

「アヤのことで、大事な話があるの」

 

「……アヤの?」

 

 思わずユカリのほうを向く。

 

「うん、ちょっとでいいから」

 

「……分かった。ちょっとなら」

 

 俺は教室に戻り、急いでカバンを取る。

 すでに帰り支度を済ましていたユカリと合流し、校舎の出口へ向かった。

 

 

***

 

 

 学校の一番近くにある喫茶店で、俺とユカリはテーブルを挟んで座っていた。

 

「で、アヤの話って何?」

 

 早速、最重要テーマについて聞く。

 

 ユカリはため息をついて、ガクッとうなだれた。

 セミロングの黒髪がふわりと揺れる。

 

「ホントにぼーやんって、アヤにしか興味ないよね」

 

「うん」

 

「私が二組にいるって、知ってた?」

 

「まあ、それくらいは」

 

 お化け屋敷の準備をしながら、アヤとユカリが話しているのを何度か見かけたことがある。

 

 ユカリは「はぁ」と息を吐きながら、上目遣いに俺を見た。

 

 

「ぼーやん、神様から不思議な力もらったでしょ」

 

 

 ユカリの言葉に、固まる。

 

 しかしその意味を考える前に、俺はなぜだか理解した。

 ユカリも、同じような力を授かっている。

 それが、伝わってくる。

 

 俺が理解したことも伝わったのだろう。ユカリは平然と話を続けた。

 

「修学旅行の帰りにさ、新幹線でぼーやん寝てたじゃない? あの時、私が起こしてあげたんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 確かにあの時、誰かにトントンと肩を叩かれた気がして目を覚ました。

 なんとなくアヤかと思っていたけど、ユカリだったのか。

 

「それでさ、そのときに願ったんだ」

 

「なんて?」

 

「…………ぼーやんを、私にくださいって。そしたら『叶えました』って声が聞こえて、なぜだかぼーやんも同じ力を授かってるって分かった」

 

「そっか」

 

 俺だけじゃなかったのか。

 神様はずいぶん大盤振る舞いをしているらしい。

 

「ぼーやん……じゃない、リュウジくん」

 

「なに?」

 

「私ぼーやんとエッチしたい。しよ?」

 

 ユカリは、まっすぐ俺を見てきた。

 

 俺は、少し考える。

 神様の直感が、ユカリに言わせているんだとしたら。

 こういうストレートに伝えてくる感じが、本来の俺のタイプなのだろうか。

 多分、リュウジという本名で呼ばれるのにも弱いのだろう。

 

 しかし今の俺には、少しも響かない。

 

「ごめん、無理」

 

 なんで? とか どういうこと? とかは聞かない。

 ただ、事実をそのまま伝える。

 

「じゃあ、デートして欲しい」

 

「無理」

 

「じゃあ、手とか……つないでみたい」

 

 ユカリがテーブルの上に両手を差し出し、握手を求めてきた。

 

「無理」

 

 「うっ」と言葉に詰まったユカリの目に、涙が浮かぶ。

 それも、直感の指示なのだろうか。

 いずれにせよ、俺の心が揺らぐことはない。

 

 

「……神様の力のこと、アヤに言ってもいい?」

 

 もうヤケクソだ、という感じを醸し出して、ユカリは食い下がってきた。

 

「言ってもいいけど……だから何? って話になると思うよ」

 

「…………だよねぇ」

 

 そう。

 この力は、言ってしまえば直感と運が良くなるだけだ。

 超能力では? なんて思われるような要素はどこにもない。 

 アヤに言ったところで、「ユカリどうした?」と心配されて終わりだろう。

 

 ユカリもそれを分かっているのか、再びうなだれてしまった。

 セミロングの黒髪も、くたびれて見える。

 

 と思ったら、また顔を上げて見つめてきた。

 今度は怯えたような顔を作り、ヒソヒソ声で話し出す。

 

「ねぇ、この神様って何者なんだろうね……ちょっとコワくない?」

 

「いや、特に」

 

 今のところ、この力には感謝しかない。

 

「私はコワいよ。もしかしたら悪魔的な何かかもって。アヤにも、悪い影響があるかも……。ねぇ、私たちで解明してみない? 私とぼーやんって、一種の共犯者みたいなもんだしさ」

 

 なんとなくだが、作戦を変更してきたのかな、と思う。

 正直、アヤ以外には鈍感なぼーやんのままなので、ユカリの真意は分からないが。

 

 ただ俺は、神様の正体なんてどうでもいい。

 たとえそれが仏様でも八百万の神でも、ユカリの言うような悪魔でも、女神や魔王だったとしても……かまわない。

 アヤを手に入れることができるなら。

 

 

 だから俺は、端的に答える。

 

「あんまり興味ないかな」

 

「はあぁぁぁ~、もーなんなの~……」

 

 ゴンという音がして、ユカリがテーブルに突っ伏した。

 まるで降参のポーズだ。

 ユカリの頼んだアイスティーが揺れ、俺のお冷の氷がカランと鳴る。 

 

「もういい?」

 

 俺はまだ冷たい水をぐいっと飲み干した。

 

「あ、待って! じゃあ文化祭、一緒に回って? 一日目、ちょっとの時間でいい……そしたらもう、ちょっかい、出さないから」

 

 最後のほうは、涙声だった。

 

「ごめん、む――」

 

 無理、と言おうとしたところで、直感が囁いた。

 

 ――受け入れろ。

 

 ユカリのお願いをきく。

 それがアヤを手に入れることにつながる。

 なら、淡々とそうするだけだ。

 

 

「……午前ならいいよ」

 

「え、いいの!?」

 

 ユカリが信じられないという顔をした。

 

 アヤは一日目の午前は、お化け屋敷の足首つかみ係で忙しい。

 その間くらいなら、少し時間を割いてもいいだろう。

 

 ユカリの狙いは分からない。

 でも、アヤを文化祭で手に入れられるという確信は、少しも揺らがない。

 嫌な予感も一切しない。

 つまり、ユカリがどう行動しようが、俺とアヤのゴールには何の影響もないということだ。

 

 多分、想いの強さが、俺とユカリじゃ全然違うんだろうなと思う。

 

 

「じゃあ行くね」

 

 用件が済んだので、立ち上がる。

 

「どこ行くの?」

 

「アヤのバイト先」

 

「あぁそう……」

 

 ユカリが、諦めたようにつぶやいた。

 

 

***

 

 

 リョウジさんのお店は、アヤの家から自転車で三十分のところにある。

 電車やバスを使うと一時間以上かかるので、自転車のほうが早い。

 

 アヤはお父さんが迎えに来れない日は、いつもいったん家に帰ってから、自転車に乗って店に向かう。

 

 俺が店の前に着いたとき、時間は十九時を回っていた。

 ぼーっとその外観を眺める。

 オシャレな照明が、店の看板を照らしている。

 店先の駐車場に、見慣れたアヤの自転車が置いてあった。

 

 入り口のドアを開けると、ふわっと餃子の匂いが漂う。

 この匂いを嗅ぐと、俺はすぐにお腹が減るようにできている。

 

 見渡すと、カウンターを合わせて二十席くらいの店内は満席だった。

 家族連れやカップルが、美味そうな料理に舌鼓をうっている。

 

 カウンターキッチンから、喜んだ猫のような声が響いた。

 

「おーいらっしゃい!」

 

 アヤがニコニコしながら、俺を見ている。

 

 その瞬間、モノクロだった視界が一気に色づいた。

 さっきまでぼんやり眺めていた世界が、嘘みたいにクリアになっていく。

 

「カウンターでいい?」

 

 アヤが料理を運びながら、聞いてきた。

 俺がコクリと頷くと、アヤは口角を上げ、アイコンタクトでカウンターのほうを指し示した。

 そのまま俺の横を通り抜け、家族連れのテーブルに料理を持っていく。

 かなり忙しそうだ。

 「チャーシュー麺です!」とアヤが笑いかけると、小さい子どもからも笑みがこぼれた。

 

 俺は一番端のカウンター席に座ると、「予約席」と書かれた紙を剥がす。

 アヤの字だ。

 所々丸っこくて丁寧な筆跡に、なんだか温かい気持ちになる。

 

 店内が見渡せる、いつもの席。

 馴れ親しんだイスの硬さに、嗅ぎ慣れた匂い。

 俺とアヤの、たくさんの思い出が詰まった店。

 

 

 この店とは、小学校からの付き合いだ。

 六年生になると、週末にアヤと一緒に自転車で来て、ランチを食べて帰るのがブームだった。

 

 そこそこの遠出をして、子どもだけでレストランで食事をする。

 俺たちには、ちょっとした冒険だった。

 お客さんが少なくなると、リョウジさんが特製デザートをご馳走してくれて、三人で取りとめのない話をする。

 

 「二人は、結婚式いつよ?」。

 リョウジさんがそう言ってからかい、俺とアヤは気まずい苦笑いを浮かべ合った。

 すぐに会話のテーマは変わり、帰る頃にはそんな一瞬の気まずさなんて忘れてしまう。

 少なくとも、アヤは。

 

 俺は、いつも忘れたフリをしていた。

 

 

 

 物思いにふけっていると、目の前に美味しそうなお冷が置かれる。

 

「ご注文は?」

 

 アヤが慣れた口調で聞いてきた。

 

 思わず、その姿に見惚れてしまう。

 

 アヤは厨房も手伝うので、長袖の白いコックコートを着て、下には黒いズボンを穿いている。

 コックコートは大きいサイズのようで、アヤは腕の袖の部分を何重にも折っていた。

 それなのに胸元は布地をこんもりと押し上げていて、アヤのバストを強調している。

 

 視線を上げると、いつもとは違う髪型が目に入る。

 ショートカットをかき上げて、後ろをゴムで結んでいて、整った目鼻立ちを際立たせていた。

 アヤの貴重なオールバック姿を見れるのは、この店だけだ。

 

 きっと俺はこれまでもこの店で、アヤに見惚れていたのだろう。

 子どもの頃から、ずっと。

 

「特製餃子二皿と、担々麺で」

 

 俺はメニューを見ることなく告げた。

 

「はいよー。オーダー、カウンター一番さんいつものー!」

 

 アヤが元気に声を上げる。

 キッチンで、リョウジさんが「あいよー!」と返事をした。

 

 

 料理を待つ間、さり気なくアヤの働く姿を眺める。

 キッチンの手伝いに接客にお会計に、大忙しだ。

 

 今も、金髪が特徴的な男のお客さんと、レジで何やら話し込んでいる。

 アヤの困ったような笑顔を見るに、多分軽いナンパだ。

 キッチンからリョウジさんが、「ありがとうございましたー!」と声を張り上げ、会話を強制終了させる。慣れたものだ。

 金髪の男は、中途半端な笑顔を貼り付けて店を出ていった。

 

 キッチンに戻ったアヤに、リョウジさんが小声で話しかける。

 

「どうした?」

「次いつ入るのって」

「そうか」

 

 その短いやり取りの後、リョウジさんが「四番さん豚チャーハンね!」と、アヤの目の前に料理を置く。

 「はーい!」と返事をしたアヤが、また忙しなく接客に戻っていく。

 別のお客さんが、「すみませーん」と声を上げ、アヤが「はーい!」と返事をする。

 

 話しかけるのはしばらくやめておこう。

 

 

***

 

 

 二十一時を過ぎると、客足も落ち着いてくる。

 アヤもときどき俺のほうに寄ってきて、二言三言会話をするくらいには余裕が出てきた。  

 

 特製餃子二皿と担々麺はとっくに平らげ、デザートの杏仁豆腐も食べ終わり、今は食後のアイスコーヒーを飲んでぼーっとしていた。

 あと一時間もすれば、アヤの帰宅時間だ。

 

 ふと、キッチンからリョウジさんに声を掛けられた。

 

「ぼーやん、ちょっと手伝ってくれるか?」

 

「あ、はい」

 

 

 俺はリョウジさんの後について、キッチンからお店の裏手に出た。

 たまにこうしてビール瓶や料理の材料を運ぶのを手伝う。

 

 しかし今回は、違う用事のようだ。

 リョウジさんはお店を回り込むように、店の入り口のほうへ向かっている。

 店先の駐車場が見えてきたあたりで、立ち止まった。

 

「ぼーやん、あいつ、アヤの知ってるヤツか?」

 

 リョウジさんの視線の先。

 駐車場近くの塀に寄り掛かる人影があった。

 

 さっきレジでアヤに話しかけていた、金髪の男。

 顔は若く、二十歳くらいだろうか。

 少なくとも俺は見たことない顔だ。

 

「俺は知らないですし、多分、アヤも」

 

「そうか」

 

 リョウジさんが、低い声で唸った。

 

 金髪の男はスマホを見るフリをしながら、チラチラと店の中を見ている。

 直感に頼らなくても、ピンときた。

 

「アヤの、ストーカーですか」

 

「まだ分かんねぇけどな。この前アヤちゃんがバイトに入った日から、毎日来るんだよアイツ」

 

「常連さん?」

 

「だと思ってたんだけどな。さっきアヤちゃんに、次いつ入んのかって聞いてたんだ。……クソ、せっかくアヤちゃん接客に慣れてきたってのに」

 

「そうですね」

 

 金髪の男はアヤに次のシフトを聞いて、その後、駐車場に(たたず)んでいるだけだ。

 でも俺もリョウジさんも、ストーカーだと確信していた。

 

 前にも一度、アヤはストーカーに遭ったことがある。

 中学三年生の時だ。

 近くに住む大学生が、一人で店に来ていたアヤに一目惚れをしたらしく、名前や学校について聞いてくるようになったらしい。

 しばらくすると、店の近くでアヤが来るのを待ち伏せするようになったという。

 

 学校では時田との名物カップルぶりは有名なので、変な輩が寄ってくることはない。

 しかし学校外では、たまにナンパされたり、こうして変なヤツに狙われたりすることがある。

 

 その大学生のストーカーは、リョウジさんが人知れず追い払ったらしい。

 だから、アヤはストーカーに狙われたことも、リョウジさんが対処したことも知らない。

 この頃、リョウジさんが俺によくアヤの迎えを頼むようになったので、理由を聞いたら教えてくれた。

 「騒ぎになったらアヤちゃんがビビっちまうからな」。

 そう言って笑うリョウジさんは頼もしくて格好よくて、なんでかちょっと悔しかった。

 

 

 ――話をしに行け。

 

 神様の直感が、そう告げてくる。

 

「リョウジさん、俺があの男と話してきますよ」

 

「いや、だめだめ。ぼーやんは店でアヤちゃんと待っててくれ。そのために今こうして呼んだんだ。俺が話してくる」

 

「リョウジさんが店先で話し始めたら、それこそ目立ってアヤが不安がります」

 

「確かにそうだけどさ」

 

 リョウジさんは、ストーカーの存在をアヤに知られたくない。

 実は人一倍臆病なアヤを、恐がらせたくないのだ。

 その気持ちは、俺も分かる。

 

「大丈夫なんで、任せてもらえますか? もしダメだったらリョウジさん呼ぶんで」

 

 リョウジさんの目を見据え、自信を持って伝える。

 リョウジさんが目を見開いて、俺を見た。

 直感のおかげで、妙な自信をみなぎらせる俺の態度に驚いているのだろう。

 

 普段だったら、俺なんかに任せないのだろうが――。

 

「……分かった、ぼーやん頼んでいいか? コイツは話通じねぇと思ったら、刺激しないように会話をしつつ、こっそり俺の携帯鳴らしてくれ」

 

 リョウジさんは、俺を頼った。

 ひそかに憧れ尊敬してきたリョウジさんに、男として認められた気がして嬉しくなる。

 これも、神様のちょっとした計らいなのだろうか。

 

「分かりました。アヤには、俺は外で待つことにしたって言っておいてもらえますか?」

「おお、くれぐれも気をつけてな。絶対に刺激すんなよ? すぐに警察呼ぶとか、ぶっ飛ばすぞとか言って脅すのもダメだ。逆上しかねないからな。できるだけ穏便に引き下がってもらうんだ、いいな?」

 

「はい、そうします」

 

 リョウジさんは、深く頷いた。

 

「まあ、ぼーやんの図体なら、襲ってくるとかはないだろうけどな」

 

 若干物騒なことを言い残し、リョウジさんはひとまず店の中に戻っていく。

 

 俺は、ゆっくり金髪の男に向かって歩き始める。

 

 ――刺激しろ。

 ――脅せ。

 ――逆上させろ。

 

 神様の直感が、物騒なことを囁いていた。



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幼馴染と自転車を引いて帰った(十四日目 木・夜)

 店の横を通り抜け、店先に出る。

 オシャレな照明が看板を照らしていて、その光が目の前の駐車場も明るくしていた。

 

 金髪の男はちょうどその光が途切れた先の、(へい)に腰掛けている。 

 覗き込むスマホのライトが、無表情な男の顔を浮かび上がらせていた。

 

 俺は、金髪の男に一歩近寄る。

 

 

 ここ最近、アヤを取り巻く世界は本当に目まぐるしいな、と思う。

 

 修学旅行では俺に寝取られ、他校の男子に絡まれ、江藤先生には襲われかけて。

 ベストカップル賞ときて、今度はストーカーときた。

 

 もしかしたら、これも神様が用意したシチュエーションなのだろうか。

 まあ、だから何だという話だ。

 俺は淡々と、アヤを手に入れるためにやるべきことをやるだけだ。

 

 俺は、金髪の男にもう一歩近寄る。

 

 

 淡々とやる……だけなのだが。

 

 キーンと耳鳴りがした。

 神様の直感が、大量のイメージを送り込んでくる。

 未来の記憶だ。

 

 

 ――金髪の男を、放置した未来。

 今日から数カ月後。

 学校帰りのアヤを、路地で待ち伏せする男の姿。

 その手には――。

 

 

 ――俺はそこで、未来の映像をシャットアウトした。

 

 

 ありえない。

 アヤがいったい何をしたというのか。

 何で、この男はアヤにこんな酷いことを……。

 

 腹の底から、激烈な怒りが全身に広がっていく。

 

 

 また、キーンと耳鳴りがした。

 神様の直感が念押しとばかりに、もう一つの未来の記憶を見せてくる。

 これから俺が、取るべき未来を――。

 

 

 ――金髪の男は、突然やってきた俺にギョッとする。

 俺は構わず声をかけた。

 「すみません、さっきから店の前で何してるんですか?」

 男は、俺が制服を着ているのを見ると、急に横柄な態度になる。

 「いや……人待ってんだけど」

 「中にいる子ですか?」

 「君には関係ないよね?」

 「いや、あるんですよ。迷惑なんです」

 そう言って、俺はスマホで男の写真をパシャパシャ撮る。

 「ストーカー行為で、警察に通報しますね。あなたの仕事場にも」

 「は!?」

 仕事場という言葉に、男はあからさまに動揺した。

 なんとなく大学生じゃない気がしたので、学校ではなく仕事場と言ってみた。

 そうしたらビンゴだった。

 「何でオマエにそんなこと、てか、さっきから何なんだよっ!」

 男が立ち上がる。

 身長は、俺よりも十センチくらい低い。鍛えているようだが、多分、大丈夫だろう。

 俺は男に近づき、圧をかけながら追い詰めていく。

 「ストーカーさん、これ以上アヤに付きまとうなら、多分俺、ただじゃおかないですよ」

 「ざけんなって、つーかただじゃおかないって何だよっ、こっちこそ脅迫で通報するぞ」

 そう言って男は、スマホでパシャっと俺を撮った。

 その瞬間、俺が男のスマホを奪い取る。

 「あ、おいっ!」

 スマホの中を見ると、さっき店内で隠し撮りしたのであろうアヤの写真が二枚。

 メニュー越しに遠くのアヤを撮ったものと、テーブルの下から撮ろうとしてタイミングが合わなかったのか去っていくアヤの背中の写真だ。どちらもブレていた。

 他にアヤの写真や、アヤの家の近所で撮られたような写真はない。

 おそらく、アヤのストーキングを始めて日が浅いのだろう。

 アヤに会うのも、おそらく今日が二度目だ。 

 俺のことも知らないということは、家まで付けたりはしていないってことだ。まだ。

 「てめ、返せよ! っざけんな、窃盗だぞ!」

 男が手を伸ばしてくる。

 俺はアヤの写真を男に見せる。

 「これ隠し撮りなんで、立派な犯罪ですよ」

 男の目が変わった。

 ポケットに手を突っ込み、取り出したのは家の鍵だった。

 刃物とかは用意していないようだ。まだ。

 男は鍵を握り、それで思いきり切りかかってきた。

 俺は肘を立て、ガードするふりをして男の攻撃を受ける。

 ジャッと音がして、俺の腕を鍵の先端が走っていく。

 鈍い痛み。

 でもそこまでの痛みじゃない。切られたところが朱く腫れて、うっすら血が出ていた。

 「これ、正当防衛なんで」

 そう言って、俺は男を掴み、駐車場のコンクリートに組み伏せた。

 「ぼーやんっ!」

 店の入り口から走ってくるアヤとリョウジさん。

 アヤは、顔を真っ青にしている。

 「警察呼んでください」

 俺は声を上げ、しばらくしてパトカーが来た。

 

 それから事情聴取を受けたりして、解放されたのは明け方。

 そのまま登校すると、学校なのにアヤが抱きついてくる。

 そしてしばらく、アヤは俺から離れなくなった。

 彼女は、かなりショックを受けているようだ。

 ストーカーにではない。

 俺が傷ついたのがショックで、恐くて。

 リョウジさんの店には行かなくなり、放課後は俺の家でセックス漬けの日々が始まる。

 アヤは俺を繋ぎ止めるように、セックスを求めてきた。

 一方で、時田とはあっさり別れた。

 ストーカー男と重ねてしまったのか、時田を過剰なまでに拒絶するようになって。

 同時に、俺がアヤをストーカーから守ったという話は、学校中で広まりだした。生徒たちの目の色が変わる。

 俺は、名実ともに、アヤと結ばれることができ――。

 

 

 ――俺はそこで、未来の映像をシャットアウトした。

 

 

 「ふぅ」と大きく息を吐く。

 鮮明なビジョンを見せてくれたおかげで、逆に頭が冷えてきた。

 

 確かに、これがアヤを手に入れる最短ルートに違いない。

 心も体も、アヤは俺のものになる。

 恐いくらいに。

 

 でも、却下だ。

 

 アヤにショックを受けさせてどうする。

 一生もののトラウマを植え付けて、俺に繋ぎ止めても意味がない。

 

 それに、リョウジさんの店で働けなくなるのもダメだ。

 この店は、俺とアヤの思い出が詰まった場所で。

 ここで楽しそうに働くアヤを見るのが、俺は大好きだ。

 

 

 するとまた、キーンと耳鳴りがした。

 

 どうやら別の未来を見せてくれるようだ。

 俺が、あまりに直感の言うことをきかないからか。

 直感が先回りして、妥協案を提示してくれるらしい――。

 

 

 ――俺は、金髪の男と話していた。

 「俺、あの子と付き合ってるんですよ」

 俺は、アヤの彼氏のフリをする。

 「は? 彼氏!?」

 「とりあえず、スマホの写真消してくれます?」

 「は、いや、何で?」

 「隠し撮りしてましたよね、通報しますよ?」

 俺は、男のスマホに向かって手を伸ばす。

 すると男がとっさにドンと押し返してきた。

 俺はそのまま勢いに任せて尻もちをつく。

 

 「ぼーやんっ!」

 店の入り口から、アヤが小走りで向かってくる。

 手には靴べらが握りしめられていた。

 ややあって、リョウジさんが焦ったように店から出てくる。

 どうやらアヤは、俺が尻もちをついたのを見て、反射的に飛び出してきてしまったようだ。

 アヤは俺の斜め後ろあたりで立ち止まると、男をキッと見据えた。

 「その……子に、何の用、ですか?」

 緊張のあまり、俺を「その子」呼ばわりしている。

 靴べらを握る両手が、ガクガクと震えていた。

 すると、金髪の男がうろたえ出す。

 「え、あ、いや、俺はアヤさんのアドレス聞ければって、え……?」

 「迷惑、ですっ……!」

 アヤが喉を絞り、できるだけ大きい声を出した。

 「ああ、いや、えーと、彼氏……さんって、マジですか?」

 男はショックを受けているようで、それを隠すようにヘラヘラと笑っている。

 「……付き合ってます、か、れしです……」

 アヤは俺の作戦を読み取ったようで、ぎこちなく話を合わせた。

 フリとはいえ、アヤに「彼氏」と言われて俺の心が跳ね上がる。

 男はヘラヘラした顔のまま、リョウジさんに肩を掴まれて遠くへ連れて行かれた。

 俺は、震えるアヤをそっと抱き寄せて――。

 

 

 ――俺は、未来の映像をシャットアウトした。

 

 

 確かに、これが一番穏便なルートだ。

 直感が提示する道すじの中では、かなりの遠回り。

 それでも一番アヤが傷つかないルートが、これなのだろう。

 

 だが俺は、震えながら靴べらを握るアヤの姿を思い出していた。

 引きつり、怯えきった彼女の顔を。

 

 そんな思いを、アヤにさせてどうする?

 

 

 

 

 俺は、金髪の男のすぐ側まで歩み寄る。

 気づいた男が、怪訝そうに顔を上げた。

 

「こんばんは。あの俺、あの子の幼馴染なんですけど」

 

 俺は男と向かい合うのではなく、男の隣に腰掛けた。

 (へい)が尻に食い込んで、ちょっと痛い。

 この男は、尻を痛めながら一時間以上ここで待っていたのだろうか。

 

「は? えっと、はい?」

 

 男が、戸惑ったように身を引いた。

 俺は穏やかな口調で話を続ける。

 

「あ、いや、あなたも一緒かなと」

 

「一緒って、何がすか……?」

 

 俺のあまりのフレンドリーな雰囲気に、男は少し怯えて敬語になった。

 この男は、わずか数秒の間にずいぶんとやり合った。

 だからどういう性格で、どういう反応をするのかが何となく分かる。

 

「あなたも、あの子のことが好きなんですよね?」

 

「は!? いや、俺はちょっと……アヤさんの知り合いっつーか」

 

 俺は、男の言葉を無視して続けた。

 

「でも、こうやって店先で待つのは、迷惑なのでやめたほうがいいですよ」

 

「いや、そんなんじゃなくて……てかアヤさんは、分かってくれると思うんで」

 

 アヤが何を分かるというのだろうか。

 俺は、男の言葉を無視して続けた。

 

「あの子には、ずっと付き合っている彼氏がいますよ。僕も、もう五年以上ずっと片思い中なんです」

 

「えっ、彼氏!? そうなんだ、そうか……」

 

 ふと店の中を見ると、アヤが窓越しにこちらをじっと見ていた。

 俺は、ニコッと笑って手を上げる。

 アヤは「ごめん待っててね」という顔をして、手を振ってきた。

 

 隣を見ると、金髪の男もアヤをじっと見つめていた。

 

「……でも、アヤさん、彼氏とうまくいってないんじゃ……だから、ほら、諦めたらそこで終わりって名言もあるじゃないすか……だからさ」

 

 何かにすがるような、そんな口調だ。

 まだ諦めたきれないらしい。

 俺は、男の言葉を無視して聞いてみた。

 

「あの子と、どこで出会ったんですか?」

 

「あ、はい、この店で……」

 

「どんなところに惹かれたんですか?」

 

「……ああ、あの、注文した時とか、お会計の時に凄く笑いかけてくれて……距離がすっごく近くて……近く、感じて」

 

「他の人には、どういう態度でした?」

 

「……いや、分かんない、すね」

 

 男は、一瞬考え込んだ。

 アヤが、この男以外にも同じように笑いかけて、誰にでも人懐っこい感じだと気づいたのだろう。

 

「さっき、お会計した時はどうでした? ちょっと困ってませんでしたか?」

 

「たしかに、ちょっと素っ気なかったようでは……あったけど」

 

「それで、あなたは少しショックを受けたんじゃないですか? 本当は、気づいちゃったんですよね。だからあなたは、ここで待つことにした」

 

「ショックっていうか、まあ、なんか……そうすね……」

 

 男は、まだ思考が混乱しているように見える。

 アヤに拒絶されて、アヤから何かを得たくて、でもアヤの気持ちや自分の気持ちにも薄っすら気づいて……無理なんだ、と理解する。

 まるで夢から醒めるように。

 

 この男は、アヤを知ってたかだか数週間、会うのは二度目だ。

 その程度なら、アヤの魅力なんてほんの少ししか分からない。

 夢中になる前に、まだ引き返せる。

 

 

 俺は、男に優しく話しかけた。

 

「じゃ、俺行きますね。あなたはもう、店に来ちゃダメですよ」

 

「え、ダメすか……?」

 

 ……ダメに、決まっている。

 彼女の痛みも分からない、想像できないようなヤツを。

 俺がこれ以上、近づけさせるわけがないだろう。

 

 もし近づいたら――。

 そうなる前に、早く俺から離れたほうがいい。

 

 俺の不穏な気配を感じ取ったのか、男は静かになった。

 それでいい。

 俺は軽く深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

「あと、そのスマホに入ってるあの子の写真、消してくださいね」

 

 俺は男に微笑む。

 我ながら、にこやかな感じに笑えていると思う。

 

 男は目を見開いて、俺を凝視していた。

 その顔は、恐怖に引きつっているようにも見える。

 「は? いや……」とか言いながら、慌ててスマホをいじりだす。

 急いで写真を消しているのだろう。

 それでいい。

 

 

 俺が手を振ると、男はペコリと頭を下げて去っていった。

 男のシルエットが豆粒くらいになるまで、その背中を見送る。

 

 直感が、あの男はもう現れないと告げていた。

 

 中学三年の時に、アヤがストーカーに狙われたと聞いて。

 俺なりに、対策法や護身術なんかをいろいろと調べた。

 警告をすると、八割の人はストーキングを止めるらしい。

 金髪の男が、残りの二割じゃなくて良かった。

 本当に。

 

 

「ふぅ……」

 

 俺はため息をついて、ゆっくり立ち上がる。

 お尻が痛い。

 

 店の中を見ると、アヤがまた俺をじっと見ていた。

 もう一度、手を上げてみる。

 アヤはほっとしたような顔で、「もう上がるね」と口パクをして奥のほうに消えていった。

 

 今日もアヤの身には、何も起きていない。

 それでいい。

 俺が、アヤの周りには何も起こさせない。

 

 

***

 

 

「や、お待たせー」

 

 制服姿のアヤが店から出てきた。

 

 リョウジさんは店の中から手を振っている。

 その顔には、「今度詳しく聞かせろよ」と書いてあった。

 俺はペコっと頭を下げて、アヤの自転車に近寄る。

 

「俺が引いていくよ。重いでしょ?」

 

「あ、うん、ありがと」

 

 いつもは何も言わずに、アヤの自転車を引いて歩き出すのだが。

 神様の直感が、いちいち言えと告げてくる。

 確かに、アヤの反応がいつもより良い。

 

 

 店からアヤの家までは、自転車で三十分、歩きだと一時間半かかる。

 でも俺が迎えに来たときはいつも、歩いて帰る。

 

 話しながらだとあっという間だし、それに……二人乗りした時に背中に当たる柔らかい感触に、俺の理性が持ちそうになかったから。

 

 でも今は。

 アヤとできるだけ長く、一緒の時間を過ごしたかった。

 

 

「さっきの人、知り合い?」

 

 アヤが、何気ない風を装って聞いてきた。

 金髪の男のことを言っているのだろう。

 

「いや、アヤ待ってる間に世間話してただけ。常連なんだって」

 

「そう、なんだ……」

 

 おかしい。

 アヤの歩くスピードが、少しだけ速い。

 

 アヤは本当に恐いとき、とにかくそこから離れようとする。

 最初は愛想笑いを浮かべ、次第に無表情になっていく。

 今のアヤは、無表情だった。

 

「何、話してたの?」

 

 アヤが前を見ながら、聞いてきた。

 怯えを隠すように、声に抑揚をつけずに。

 

 アヤは、気づいていたんだ。

 あの金髪の男が、待ち伏せしていたことを。

 それを、俺が追い払ったことも。

 

 ふと、直感が見せたあの光景を思い出した。

 靴べらを握りしめ、ガクガクと震えるアヤの姿を。

 思えば、いくらなんでも怯えすぎだった。

 

 おそらく、アヤは知っている。

 中学三年の頃に、自分がストーカーに狙われていたことを。

 いやもしかしたら、俺の知らないところで、他にも同じような目に遭っていたのかもしれない。

 

 

 アヤが、横目で不安げな視線を送ってきた。

 俺は、安心させるように話し始める。

 

「あーあの人は……」

 

 ――言うな。

 ――ショックを与えるな。

 ――匂わせるくらいがちょうどいい。

 

 神様の直感が、囁く。

 

 ストーカーのことを言うと、アヤがショックを受けてしまうという。

 さっきはショックを与えろと煽ってきたくせにと思うが、今こういう展開になったら、今度はなるべくショックを与えないほうが吉なのだろう。

 その上で、少し匂わせて、不安にさせろと。

 

 相変わらず、常に最善のルートを提示してくれるこの力には、頭が下がる。

 

 でも。

 

「アヤに一目惚れしたんだって。誰にでもフレンドリーに接しすぎると、付き纏われたりするかもだから、気をつけるんだよ」

 

「わたっ、し、か……」

 

 予感した通りだったのだろう。

 アヤはブルッと肩を震わせ、顔を引きつらせた。

 

 しかし、ここはきちんと伝える。

 

 俺が、アヤの身に降りかかる全てから守るつもりだが。

 だからといって危ない輩を量産させるつもりもない。

 アヤも多少は、自分がそういう危険を呼び込んでしまうということを自覚しないと。

 

 今、アヤは恐いだろう。

 

 でも、目の前で俺が傷つくよりは。

 靴べらを握りしめてストーカーに立ち向かうよりは。

 

 この程度であれば、今のアヤ――少しだけ強くなったアヤなら、受け止められる。

 そんな気がした。

 

「アヤ、大丈夫?」

 

「あ……え、えと……」

 

 アヤの顔が、戸惑いに染まる。

 泣きそうになり、下唇を噛んで堪えた。

 鼻からふっと息を吐き、すうっと口で息を吸う。

 顔を引き締め、俺を見た。

 

「ううん、気をつけるよ」

 

 ――ごめんね、ぼーやん。

 

 アヤが、そう続けようとした。

 でもアヤは、恐がりながらも必死に受け入れたのだ。

 俺に謝る必要なんて一切ない。

 だから、俺はアヤの言葉を遮る。

 

「――俺が彼氏だったら、こんな不安な目に遭わせないんだけど」

 

「へ?」

 

「そしたら、毎日店に来れるでしょ?」

 

「別に……今でも来れる、じゃん」

 

 アヤの引きつっていた顔が、モニュモニュと動き出した。

 頬も、ほんのり赤くなっている。

 

「アヤ、少しは自覚して」

 

「なにを?」

 

「アヤは自分の良さを分かってない。昔からモテモテなんだから」

 

「えうっ……あーはいはい、子どもにでしょ」

 

「いや、牧野さんとこのレオくんなんて、すぐアヤに走り寄ってくるし」

 

「犬じゃん!」

 

 ひたすらに、アヤをいじりからかう。

 アヤの心の中で、俺に対する温かい気持ちが膨らんでいくのが分かる。

 

 俺とアヤは、しばらく他愛ない軽口を叩きあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい笑いあっただろうか。

 いつの間にか俺たちは、肩を寄せ合って歩いていた。

 狭い路地を歩いているからだろうか。

 

 ふと、アヤが急に真面目な顔をした。

 

「ぼーやんだって……」

 

「ん? どうした急に?」

 

 アヤは、意を決した感じで口を開いた。

 

「いいって言う女の子、いるかもよ?」

 

「へぇー」

 

「興味なさすぎない!?」

 

 なぜだかアヤはムッとしている。

 触れている肩から、アヤの心が伝わってきた。

 

 ――ユカリとか。

 ユカリとか、ちょっといいって言ってたし。

 助けてくれそうとか。

 頼りになりそうって。

 そんなの。

 私が一番よく知ってる。

 ユカリよりも。

 誰よりも。

 私のほうが。

 

 

 この感情は、ヤキモチだろうか。

 

 俺が、ずっと時田に抱いていたのと同じ。

 それを、アヤが……ユカリに……俺に……。

 

 ――落ち着け。

 

 そうだな、落ち着こう。

 

 その時、アヤのスマホが振動した。

 

「あ、お母さんだ」

 

 アヤがポケットから取り出したスマホを見て、つぶやいた。

 帰りが遅くなったから、心配になったのだろう。

 

「はい、もしもし? ……うん、ぼーやん来てくれたから、うん……うん、そう、今ぼーやんと一緒、うん……そうだよ、だから――」

 

 ――私は、大丈夫。

 

「……ああ、うん、今はね…………商店街のとこ、歩いてる…………うん、もう少し、掛かるかな……うん、ファミレス寄るかも……うん、ぼーやん送ってくれるから……ああうん、お風呂温めといて、うん、ありがと、じゃ」

 

 アヤは電話を切ると、立ち止まった。

 

 商店街も、ファミレスも、三十分くらい前に通り過ぎている。

 今目の前には、アヤの家から歩いて三分の公園があった。

 

「あのさ、ぼーやん……」

 

 ――もっといっぱい。

 ぼーやんと話したい。

 もっと、一緒にいたい。

 

 

 俺も同じような気持ちだ。

 

「アヤ、公園寄っていこうか」

 

「うん……」

 

 そう言ってうつむくアヤは、まるで恋する女の子のようで。

 数多あるアヤの可愛い表情を、やすやすと更新してしまった。

 

 話すだけなんて。

 無理に決まってる。

 

 

 神様の粋な計らいだろうか。

 いつもはチラホラいるはずの人影が、今日は一つもなかった。

 

 

 






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幼馴染と快感に震えた(十四日目 木・深夜)

 公園で、俺とアヤは屋根付きのベンチに腰掛けていた。

 膝と膝が触れるか触れないかという距離で、お互い無言で公園内を眺める。

 人影はおらず、道路を歩く人もいない。

 ベンチは公園でも奥まった場所にあるので、公園の外から俺たちの様子は見えない。

 

 公園の時計の針は、二十三時半を指していた。

 

 俺は拳一つ分の距離を詰め、アヤに顔を寄せる。

 アヤも、無言でこちらを見つめ返してきた。

 

「……っ」

 

 音がしないほど、静かなキスをする。

 アヤの柔らかい唇をフニと押しつぶす。

 肩に手を回すと、アヤの全身がわずかに震えた。

 そのまま、自分の胸元に引き寄せる。

 互いの膝が当たり、そこから全身のほとんどが密着していく。

 残暑の湿った夜風が、アヤの甘い芳香を漂わせる。

 

 アヤの体を全身で感じる。

 ふと、さっきの金髪男の視線を思い出す。

 さり気なく、アヤの太ももを何度も見ていた。

 醜い、独占欲のような感情が湧き上がってくる。

 

 アヤの手が、俺の胸元にスッと触れた。

 「待って」という意思表示だ。

 俺は唇を離す。

 

「ぼーやんダメ……だよ。蚊に、刺されちゃうし……」

 

 この場で体を重ねることを意識したアヤの発言に、股間が熱くなる。 

 

「いないよ」

 

 アヤのスカートをめくり、露出した太ももを撫でる。

 滑らかな素肌が、少し汗ばんでいた。

 

「あっ、ん……いる、もん……、私、さっきも刺されたし」

 

 アヤがつぶやくように言った。

 至近距離で、アヤの吐息が俺の耳をくすぐる。

 

「どこ刺されたの?」

 

「それは……秘密だけど」

 

 少し恥ずかしそうに、顔をうつむかせるアヤが可愛い。

 

 アヤは、よく蚊に刺される。

 俺はその逆で、まったく蚊に刺されない。

 昔、「ぼーやんの分まで寄ってくるんだ、きっと!」と、理不尽に文句をぶつけられたこともある。

 

 しかし今、俺たちの回りには蚊の気配はない。

 蛾やコバエの姿もない。

 真夏が過ぎ、少しだけ気温が下がってきたからだろうか。

 

 いや、そんなワケはないか。

 きっとこれも、神様のサービスなのだろう。

 地味だが、かなり有り難い。

 

「アヤは蚊にもモテるからな」

 

 からかうように、アヤに囁く。

 アヤは唇を尖らせると、ムッとした表情で俺を見た。

 

「ぼーやんだって、刺されてるもん……」

 

「いや、俺は蚊に刺されにくい体質だから」

 

「ううん……ぼーやんは、刺されてるのに気づいてないだけ」

 

 少し驚く。

 いくら何でもそんな鈍感なワケがあるだろうか。

 俺は、半信半疑で返事をする。

 

「そう、なの?」

 

「そう、なんだよ……ほら、ここ」

 

 アヤが、俺の左肘を指でそっと撫でた。

 俺も、そこを見てみる。

 確かに、ぷくっと蚊に刺された痕があった。

 

 まったく気が付かなかった。

 これまでずっと、蚊に刺されない体質だと思っていたのに。

 どうやらアヤの言う通り、俺は蚊に刺されてるのにぼーっとしているぼーやんだったようだ。

 

 アヤが、俺よりも俺のことを知っていたのが、なんだか無性に嬉しい。

 

 驚きながらニヤついていると、アヤがふっと笑う。

 少し得意気で、微笑ましいものを見るような表情だ。

 「ホントにぼーやんはぼーやんだなぁ」とでも言いたげな顔に、俺はキスをした。

 

「んっ……んぅ、ん……ちゅ、ぁっ……」

 

 湿った唇の隙間に舌を差し入れ、温かい内側の粘膜を味わう。

 アヤも、遠慮がちに俺の舌をチロチロと舐めてきた。

 

 絡み合う舌を解き、一度唇を離す。

 

「え……」

 

 アヤが小さく声を漏らす。

 

 ――もっと。

 キスしてたい。

 

 アヤの心の声と、名残惜しそうな表情に、俺の理性が奪われかける。

 このまま覆いかぶさってもいいが、もう少し、アヤの可愛い反応を堪能したかったのだ。

 

「アヤ、こっちに来て」

 

 そう言って、アヤの腕を引く。

 一回立たせて、優しくエスコートしつつ、俺の広げた股の間にちょこんと座らせた。

 

 素直に俺の股に座ったアヤの、後頭部を眺める。

 膝に手を置き、少し背中を丸める体はやっぱり小柄だった。

 

 俺は、優しく抱きしめながら、アヤの胸元に手を滑り込ませる。

 両手でふんわりと豊乳を包み込むと、アヤが手を重ねてきた。

 

「ぼーやん、誰かに見られちゃう……」

 

「大丈夫、誰にも見られないから」

 

 俺は、確信を持ってアヤに答える。

 

「……そんなの、分かんないじゃん」

 

 言葉とは裏腹に、俺の手に重ねられたアヤの手のひらから、力が抜けていく。

 密着した体越しに、アヤの心情が伝わってくる。

 

 ――なんで。

 安心しちゃうんだろう。

 ぼーやんが大丈夫って言うと。

 いつも。

 私は。

 大丈夫なんだって。

 

 

 俺は両手に少し力を込めて、アヤの胸を揉み始めた。

 大きくて形のいい乳房の形を確かめるように。

 ブラジャーやブラウス越しでも分かる柔らかさを味わうように。

 ムニュ、ムニュと揉み込むにつれ、アヤが切なげな吐息を漏らし始める。

 

「んっ……ふ、うっ……んんっ……」

 

 アヤは口に手の甲を当てて、必死に声を抑えていた。

 すっかり真っ赤に染まった耳を、はむっと甘噛みしてみる。

 

「ひぁっ、あっ……みみ、そこっ」

 

 どうやら、アヤは耳も弱いらしい。

 数多あるだろうアヤの性感帯が、また一つ増えた。

 

 アヤは逃げるように顔を反らせ、身をくねらせる。

 しかし俺の両腕にしっかり拘束されているため、耳への愛撫から逃げることはできない。

 

「ぼーやんっ、あっ、みみは、ダメっ、ひっ、あんっ、あっ……うぅっ~……っ!」

 

 アヤの反応が可愛すぎて、思わず耳を(いじ)るのに夢中になってしまった。

 少しイジワルをし過ぎたか。

 アヤはプルプルと全身を震わせていた。

 

 俺は、アヤのブラウスをスカートから引き出し、開いた隙間に下から手を潜り込ませる。

 すでに汗でヌルヌルしているアヤのお腹を撫で、湿り気を含んだブラジャーを揉む。

 

「あっ、ん……」

 

 アヤが、ひときわ悩ましげな声で喘いだ。

 ブラウス越しに、忙しなくうごめく俺の手が浮き上がっている。

 アヤの乳房は、相変わらずの心地良い感触だった。

 少し力を込めるだけで、柔肉が俺の手の中で形を変える。

 それなのに、揉み込む指を跳ね返すような弾力も感じる。

 気を抜くと、何時間でも愛撫していたくなる。

 

「んっ、ぼーやん……ぁ、あんっ……」

 

 ブラジャー越しに、先端の突起が硬くなってきているのが分かった。

 アヤは無意識にか、俺の両太ももに手を置き、ギュッギュと力を入れてくる。

 挿入を催促されているようで、俺の獣欲が一気に奮い立つ。

 まったく、天然でこういうことをしてくるから困る。

 

「アヤ、挿れていい? もう我慢できない」

 

 アヤは、返事の代わりにコクリと頷いた。

 外だからか、アヤの反応が控えめだ。

 それでも、もう俺の肉棒を受け入れることに対しては一切の拒絶を感じない。

 

 一度立たせて、こちらを向いてもらう。

 アヤは恥ずかしそうに、俺の胸のあたりに視線を落としていた。

 

 スカートの中に手を差し入れ、下着を掴む。

 アヤは腰をピクンと震わせながら、俺の肩に両手を置いた。

 下着に引っ掛けた指を、ゆっくり下ろしていく。暗がりで見えにくいが、下着と秘部との間に一瞬糸が引いたように見えた。

 

 スカートの中から下りてきた水色の下着を、さらに下ろしていく。

 膝の当たりに到達すると、片足を上げてもらい下着から引き抜いた。

 

「来て、アヤ」

 

「う、うん……」

 

 アヤがゆっくり近づいてきて、ベンチに片膝を乗せる。

 もう片方の膝もベンチに乗せ、俺の股間を挟み込むような格好で膝立ちになった。

 俺の肩に手を置いて体を支えながら、ちょうどいい位置を探っているようだ。

 ふわふわと茶髪が揺れ、俺の鼻先をかすめる。

 (ほの)かに、リョウジさんの店の匂いがした。

 

 俺も、腰を浮かしてズボンとパンツをずり下ろす。

 硬く張り詰めた男根が、勢いよく跳ね出た。

 

 俺はアヤの腰を両手で掴むと、位置を調整する。

 薄暗くてよく見えないが、多分俺の亀頭の先に、アヤの入り口が来ているはずだ。

 

「アヤ、そのままゆっくり腰を下ろして」

 

「ん……こう?」

 

 下りてきたスカートの中で、肉棒の先端が、ヌチュリとした濡れ窟にキスをしたのが分かった。

 

「ぁっ」

 

 アヤが甘いため息を漏らす。

 

 そのままアヤの腰を下げていけば、肉竿が温かい粘膜にどんどん飲み込まれていく。

 

「あっ、んっ……く、ぅっ……!」

 

 柔らかい肉ヒダをかき分けながら、俺の肉棒がアヤの膣中(なか)を突き進む。

 やがて、アヤの尻が俺の股間に乗っかった。

 先端が、アヤの最奥に到達したのだろう。

 アヤは「ふぅーっ……」と長く息を吐き、体重を預けてきた。

 

 腹筋に力を入れて、少し突き上げてみる。

 

「あっんっ……あ、まって……い、ぁんっ……!」

 

 アヤが可愛らしい嬌声を上げた。

 同時に、膣奥が亀頭をキュンキュンと圧迫してくる。

 時間差で、膣口も肉棒の根本をぎゅっと締め付けてきた。

 たったワンストロークで、たまらない射精感に襲われる。

 

 俺は尻の筋肉だけでわずかに突き上げつつ、アヤの腰を掴み、ゆっくり前後にスライドさせた。

 

「やっ、あんっ、それっ……だめ、あっ……んぅぅっ……」

 

 アヤが切なげに、苦しげに喘ぎだす。

 下を向き、必死に快感に耐えている。

 

 股間の結合部が、ヌチャヌチャと淫らな水音を発する。

 俺たちの周囲は虫声がなく静かなせいか、やたらと淫音が響く気がした。

 

 アヤのオデコが、俺の肩にトンと当たる。

 「あっ」「うっ」という喉奥からの嬌声が、肩から骨に響いて俺の全身を震わせる。

 アヤは信じられないほど感じているようだ。

 悲鳴のようなアヤの心が伝わってくる。

 

 ――そこ、あたって。

 きもちいい。

 あたま、ヘンに。

 なっちゃう。

 だめ、そこ。

 こすれて。

 そんな。

 ゆっくり、されたら。

 やだ。

 あっ。

 きもちいい。

 やだ、また。

 

 

 ああ、ここか。

 

 俺は、股間の角度を調整して、アヤの一番気持ちいい体勢を探る。

 肉棒の根本――恥骨のあたりが、ちょうどアヤのクリトリスに触れ、前後に動かすたびにこすれているようだ。

 これが、アヤに尋常じゃない快感を与えている。

 

「あぅっ、う゛っ、うぅ……あぁっ、ん゛ぅぅっ――……!」

 

 アヤの喘ぎ声が、次第にくぐもった、うめき声のようなものに変貌していく。

 ヌチャ、ヌチャと規則的な前後運動を繰り返していると、アヤが静かに絶頂したのが分かった。

 きゅうきゅうと肉棒を締め上げてきて、俺の肩を掴む手が力む。

 

「んっん゛……あっ、あぁっ、ぼー……やん、ぼーやんっ……」

 

 アヤの切ない気持ちが伝わってくる。

 途方もない快感と一緒に、俺を夢中で求める情動も、泣きたくなるようなワケの分からない感情も、全部流れ込んでくる。

 

 その奔流の中に、ほんの少しの痛覚が混ざっているのに気が付いた。

 (ひざ)……?

 ああ、膝か。

 

 アヤは膝でベンチに乗り、俺に跨っている。

 いくら俺に体重を預けているといっても、木のベンチに膝が当たったまま、前後に揺すられているのだ。

 徐々に擦れて、このままでは腫れてしまう。

 

「アヤ、ここ痛いよね……膝、立てて」

 

 俺はアヤの両膝を横から撫でると、掴んで膝を立たせていく。

 アヤが後ろに仰け反っていくので、片手を腰に回り込ませる。

 もう片方の腕でアヤの太ももを抱えると、アヤも手を伸ばして俺の首にしがみついてきた。

 俺とアヤは繋がったまま、V字のような格好になる。

 角度のキツい対面座位だ。

 

「あっ、う゛……はぁんっ……」

 

 これまで聞いたことのないような淫らな声が、アヤの口から飛び出した。

 どうやら角度を変えたせいで、俺の肉棒が膣中(なか)の裏側――数多あるアヤの性感帯の一つを抉っているようだ。

 

 性感をそのまま言語化したような嬌声に、俺の射精感もいよいよ限界に近づく。

 

 もっと焦らしたくて、味わいたくて。

 俺はこの体勢のまま、しばらく静止する。

 

 アヤは、俺の肉棒が常にイイトコロに当っているせいか、止めているにも関わらずビクビクと痙攣していた。

 そのたびに膣中(なか)蠢動(しゅんどう)して、肉棒を刺激してくるから困る。

 

 少しして、アヤの呼吸と俺の呼吸が、少しだけ落ち着いてきた。

 俺は、言葉を投げかけてみる。

 

「アヤ、胸、見せて」

 

「んっ……はずかしい、よぉ……っ」

 

 もう俺に何度も見られているというのに、恥じらうところがアヤらしい。

 

「大丈夫、俺にしか、見えないから」

 

「それが、はずかしい、のっ……」

 

「アヤの可愛いおっぱい、見たいよ」

 

「……うん」

 

 ――ぼーやんの。

 おっぱい好きめ……。

 

 

 心の中で、軽く文句を言うアヤがたまらなく可愛い。

 

 俺は、片手でアヤが後ろに倒れないように支えながら、もう片方の手でブラウスのボタンを外していく。

 前を開くと、大きく膨らんだ黄色のブラジャーがあらわになる。

 うっすらとフリルで縁取られていて、真ん中に控えめなリボンが付いていた。

 俺はそのリボンめがけて口づけをする。

 両頬がむにゅうと豊満な谷間に包まれた。

 温かくて、柔らかくて、とんでもないいい匂いがする。

 

「んっ……あっ、ぼーやん……」

 

 頭上から、アヤの切ない声が降ってくる。

 

 俺は柔らかい谷間に顔を埋めながら背中に手を回して、ブラジャーのホックを外した。

 その瞬間、両頬を圧迫している巨乳がたゆんと震える。

 ゆるんだブラジャーをめくり上げると、白い生乳が姿をあらわした。

 片手で下乳を掴み、たぷたぷと上下に揺らすと、相変わらずの重量感だ。

 俺は一度谷間から顔を引き抜くと、美味しそうに実る乳房にむしゃぶりついた。

 

「あんんっ……!」

 

 滑らかな乳肉を頬張り、先端の乳首をしゃぶる。

 チュクチュクと口の中で転がし、吸い上げ、甘い何かで口内を満たす。

 チュパ、ジュル、クチュという淫靡な音を響かせ、アヤのおっぱいを味わう。

 

 同時に、抗いようのない射精欲に導かれるままに、腰を突き上げた。

 

「はあっ、あんっ、あっ、あっ……ぼーやん、はげし……あ゛んんっ、あっ……んんっ」

 

 乳肉の中に顔を埋め、口と舌を縦横無尽に動かす。

 肉棒でアヤの膣中(なか)(えぐ)るように、むさぼるように抽送を繰り返す。

 激しいピストンではない。

 アヤを極限まで気持ちよくするのにちょうどいい強度と角度とスピードで。

 アヤの性感が高まれば高まるほど、それを共有する俺の快感も増していく。

 多分、オスの自分ではたどり着けないような深いオーガズムに溺れる。

 

 アヤをひっしと抱きしめながら、いつしか俺も情けなく喘いでいた。

 体が揺れ、アヤが揺れ、揺れ続けるたびに快感の洪水が襲ってくる。

 気持ち良すぎて、意識が飛んでいってしまいそうだ。

 

 やがて、アヤが絶頂した。

 

「あん゛んっ――――!」

 

 同時に、とんでもない射精感が尻の奥から這い上ってくる。

 ヤバい、出る――!

 

「あぐっ……!」

 

 肉棒が爆発したような感覚。

 精巣ごと持っていかれそうな、激しい射精。

 ビュルル、ビュルルッと精が吐き出されていく。

 アヤの膣奥にとめどなく注がれていく。

 

 逆流した精液が愛液と混じり合い、股間を濡らしていく。

 それでも、射精している感覚が止まらない。

 ずっとずっと気持ちいい。

 アヤの体に包まれて、その温もりが心地いい。

 半端ない多幸感が、全身を満たしていく。

 

 この極上の快楽は、神様の直感のせいだろう。

 互いが互いに快感を流し合い、永久機関のように性感を高めてしまう。

 体を重ねれば重ねるほど、エスカレートしていく。

 これから何百、何千とセックスをする中で、一体どれほどの――。

 

 そんな恐れに似た思考は、またもやってきた快感の奔流の中にかき消える。

 

 

 俺とアヤは、終わる気配のない快感に震え続けた。

 



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幼馴染に告白された(十四日目 木・深夜)

 俺とアヤは、同じペースで小刻みに痙攣(けいれん)し、同じように荒い呼吸を繰り返していた。

 

 俺がアヤを何度も塗り潰していくように。

 俺もアヤに塗り潰されるような感じがする。

 

 いや、これはアヤの感覚かもしれない。

 

 ――きもちいい。

 きもちいい。

 ずっと。

 一緒がいい。

 

 互いの意識の境界線が無くなり、流れこんでくるものが、もはやどちらの感情なのか分からない。

 

「アヤっ……」

 

 俺は、アヤの意識を探すように名前を呼んだ。

 

「ぼーやん……」

 

 アヤの声が聞こえ、やっと自分の体の輪郭が掴めてくる。

 

「ぼーやん、まだ、ビクビクしてる……どうして……?」

 

 耳元でそう囁かれ、俺は射精感に襲われた。

 アヤの腰を引き寄せ、思いきり精液を注入する。

 

 ビクン、ビクンと、肉棒が快感をともに跳ねた。

 同時に、アヤの体が大きく震える。 

 

「はっ、うぅっ――!」

 

 アヤがまたも絶頂したのを感じながら、俺は精巣と尿道に残った精をすべて絞り出した。

 実態をほぼ伴わない、乾いた射精。

 それが尋常じゃなく気持ちいい。

 

 

 時間の感覚がない。

 どれくらい経っただろうか。

 

「はぁ、はぁっ……」

 

 どちらのものとも分からない熱い吐息が、あたりに響いていた。

 

 俺は、全身にほとばしる愛おしさを発散するように、アヤに口づけの雨を落とす。

 火照った頬、閉じた瞼、汗ばんだオデコ、濡れた唇、細い首すじ、綺麗な鎖骨、柔らかい乳房、ピンと尖り立った乳首……チュッ、チュッと何回、何十回ものキス音を響かせていく。

 

 終わったはずなのに、また始まりそうな気配が漂ってくる。

 性感が、止まらない。

 また、アヤを揺らしたい衝動に駆られる。

 

 その時、近くの外灯がチカチカと点滅した。

 

 ――やめておけ。

 

 神様の直感が警告を発した。

 

 俺は、ハッとしてアヤの柔肌から唇を離す。

 

 

 ……危なかった。

 

 このままでは、朝まで続けてしまうところだった。

 

 さすがに、タイムリミットだ。

 これ以上アヤを引き止めると、家族が心配してしまう。

 

 それにきっと、アヤは俺と話をしたがっている。

 

 

 俺は、いまだに意識をふわふわと漂わせているアヤの太ももに手を入れ、ゆっくり持ち上げた。

 ヌププ……と肉棒が膣ヒダを引っ掛けながら、抜けていく。

 それだけで快感が襲ってくるが、我慢だ。

 

 渾身の理性で繋がりを断つと、アヤをゆっくり下に降ろす。

 アヤはベンチから降りると、また俺の肩を掴みながら立ち上がった。

 その拍子に、アヤの太ももを液体がツーっと垂れ落ちる。

 

 俺は、ポケットからハンカチを取り出した。

 すると、アヤが震え声で囁いた。

 

「だい、じょぶ……ティッシュ、持ってる」

 

 アヤがスカートから、ポケットティッシュを取り出す。

 

「ぼーやん、あっち……向いてて」

 

 言われた通り、体を背ける。

 俺も、ティッシュをもらって局部を拭いた。

 全身に淡い快感の残滓(ざんし)を感じながら、なんとかパンツとズボンを穿く。

 そしてしばらく、点滅する外灯をぼーっと眺めて待つ。

 

 

「はい、いいよ」

 

 声のほうに体を向ければ、ブラウスを着直したアヤが立っていた。

 しかし、ところどころブラウスとスカートにシワが寄っていて、事後の雰囲気を漂わせている。

 髪の毛も少し乱れていて、なんというか……すごく色っぽい。

 

 いかんいかん。

 

 俺は脳内でほっぺたを引っ叩き、アヤをベンチの隣に座らせた。

 

 

 

 火照った体に、夜風が心地いい。

 

 濃厚に肌を重ね合った後だからか、さっきよりも、互いの距離が近い。

 できるだけお互いを感じたい、接触したい。

 そんな思いが交差する。

 

 俺は片手でアヤの手を握り、もう片方の手で頭を撫で……ようとして止めた。

 

「ごめん、髪……乱しちゃったね」

 

「大丈夫、すぐ……お風呂入るし」 

 

 アヤは宙に浮いたままの俺の手を見て、ぷっと笑った。

 

「いいよ、触って」

 

 本人の許可が降りたので、俺はアヤの頭を存分に撫でる。

 サラサラの茶髪を指で梳かしていると、アヤが頭をコテンと寄せてきた。 

 

「私ね……週末、時田とデートするんだ」

 

 アヤが、緊張しながらそう告げた。

 

「週末って、文化祭の後?」

 

 俺は、世間話をするような気軽な感じで答える。

 

「うん、文化祭の次の日……日曜日」

 

「へぇー」

 

「……もうちょい興味持てよー」

 

 わずかに口を尖らせたアヤから、ほんの少し緊張が抜けていく。

 

「デートはどこに行くの?」

 

「まだ、決めてない……みたい」

 

「そうなんだ」

 

「それで、ね……」

 

 アヤが、涙声になった。

 握った手も、震えている。

 次の言葉が紡げないようで、口がわずかに開閉していた。

 

 ギュッと力んだアヤの拳から、心情が伝わってくる。

 

 ――こわい。

 すごく。

 こわいけど。

 私。

 もう。

 ぼーやんに、こんなで

 もう、時田とは付き合えない。

 でも。

 やっぱり、こわい。

 私。

 なんでこんな。

 ダメダメなんだ。

 

 

 ぐらぐらと揺れ動くアヤの心を感じながら、俺は姉貴の言葉を思い出していた。

 

 ――女が別れを決意する時はね、もう散々男がやらかして愛想を尽かし切った後なのよ。

 

 姉貴なんて、他に気になる男ができたら今カレなんてどうでも良くなる……なんて豪語していたのだが。

 アヤは、ずいぶんと違うようだ。

 

 いや、そうじゃないな。

 

 アヤだって、時田にはもう見切りを付けている。

 トラウマも克服してきてて。

 別れる決心もついた。

 

 でも、心の奥底で。

 最後の最後に。

 恐くて仕方がないんだ。

 

 アヤは悪くないよ――。

 

 ――言うな。

 

 思わず言おうとして、直感に止められる。

 

 

 だから代わりに、アヤを抱きしめた。

 アヤの呼吸は、不規則だった。

 心臓が激しく脈打っているのを感じる。

 

 

 アヤ、悪いのは全部俺だから――。

 

 ――何も言うな。

 

 口から出かかって、またしても直感に止められる。

 

 

 ……分かっている。

 

 俺が、アヤに時田と別れる言い訳を与えて。

 俺に流されるままに別れて。

 俺に依存させてしまってはダメなんだ。

 

 そんなことはもう、アヤも分かっている。

 

 だから、言わない。

 

 俺はただ無言で、アヤを抱きしめた。

 アヤが、俺の腕をぎゅうと掴んでくる。

 

 焦がれるようなアヤの気持ちが、伝わってきた。

 

 ――どうしよう。

 どうしよう。

 私。

 こんなに。

 ぼーやんのこと。

 

 好き。

 

 好き。

 私。

 ぼーやんが。

 

 好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺のほうこそ、どうしよう。

 心の声で、アヤに告白されてしまった。

 

 正直、心臓が止まりそうだ。

 

 俺は、無言のまま、硬直してしまった。

 

「……」

 

「…………」

 

 

 しばらくして。

 俺の服で、アヤはゴシゴシと涙を拭き始めた。

 俺は、「いいよ」という意思を込めて、アヤの頭を撫でる。

 

 「ふぅ」とアヤが一呼吸置く。

 言葉を続けることにしたようだ。

 俺の胸元を見つめながら、口を開く。

 

「それで、デート……でね、言おうと思うんだ」

 

「なんて?」

 

「……別れよって」

 

 アヤは、ついにそれを口にした。

 

 

「そっか」

 

 俺は、アヤの額にキスをした。

 アヤは「うん……」と消え入るようにつぶやき、(まぶた)を閉じる。

 

 

「デート、楽しんでおいで」

 

「いや、別れ話するんだけど」

 

 おっと……。

 つい、いつものクセで言ってしまった。

 時田とデートすると聞いたときは、いつもこう言って送り出していたから。

 

 アヤは眉毛をハの字にして、困ったような顔を作った。

 かと思うと、からかうような表情で「ふふっ」と笑う。

 

 

 まだ、アヤは怯えている。

 

 別れ話を切り出したとして、時田が「別れたくない」と言いすがってきたら、それでもはっきり告げられるだろうか。

 もし女友達のことが、よぎってしまったら。

 過去のトラウマが、暴発したら。

 

 それに、文化祭ではベストカップル賞の発表が控えている。

 別れ話の前日に、それは酷過ぎるだろう。

 

 だがもちろん、アヤをそんな舞台に立たせるつもりはない。

 アヤは、別れると言葉にした。

 行動すると決めた。

 

 なら俺も、俺のやれることをやるだけだ。

 

 

 ひとり淡々と決意を固めていると、アヤが話しかけてきた。

 

「あのさ、ぼーやん」

 

「ん?」

 

「もうちょっと、だけ、こうしてたい……だめ?」

 

 吹っ切れたアヤは、俺に堂々と甘えることにしたらしい。

 

 アヤの後頭部が、俺の胸のあたりに寄りかかってくる。

 まるで座椅子にだらしなく座るように、無防備に体重を預けてきた。

 

 まだ別れ話もしていないというのに。

 アヤは肩の荷が降りたかのように、リラックスしている。

 ヘタしたら、このままスヤスヤと眠ってしまいそうだ。 

 

「アヤー、ここで寝るなよ」

 

「だってぼーやん、頭にしっくりくるんだもん」

 

「俺は枕じゃないぞー」

 

 いや、一生アヤの枕になるつもりではあるのだが。

 

「ふふっ」

 

 アヤは楽しそうに、後頭部をスリスリとこすりつけてきた。

 猫みたいな仕草だ。

 控えめに言って、可愛すぎる。

 

 正直、「もうお腹がいっぱいだーっ」と叫びたい。

 以前の俺からしたら、夢のような状況だろう。

 

 

 これ以上、アヤが手に入るなんてことがあるのだろうか?

 

 ――ある。

 

 直感が、そう断言した。

 

 俺は、文化祭でアヤを完全に手に入れる。

 誰の目にも明らかな形で。

 アヤを時田から奪い取る、決定的な何かが起きる。

 そんな揺るがぬ確信がある。

 

 

 いよいよ明日は、文化祭初日だ。

 

 ……いや、もう今日か。

 

 公園の時計の針が、午前一時を指していた。

 

 

 





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幼馴染と一緒に登校した(十五日目 金・朝)

 ――起きろ。

 

 直感が頭の警告を発し、俺はハッと目を覚ました。

 時計を見ると、朝六時前。

 頭をかきむしりながら、寝ぼけた頭を考える。

 

 昨日は、公園で深夜遅くまでアヤを抱いた。

 その後、アヤを家まで送って。

 俺も帰ってそのままベッドにダイブして、気を失った。

 

 今日は……そうだ、文化祭の初日だ。

 学校までは四十分くらいだから、二度寝しても十分間に合うが。

 

 ――迎えに行け。

 

 そうだな。

 アヤは最近疲れ気味の上に、昨日はバイトして、その後一時間半の道のりを一緒に歩いて、俺にさんざん揺らされて……。

 誰よりも睡眠を愛するアヤは、間違いなく寝坊する。

 アヤは今日、お化け屋敷の足首つかみ係なので、早く行ってセッティングやら準備やらをしないといけなかったはずだ。

 

 俺は、急いで登校準備を整えると、家を出た。

 

 

 

 

 ピンポーン――。

 

 アヤの家のインターホンを鳴らす。

 ガチャリとドアが開いて、アヤのお母さんが顔を出した。

 

「あら、ぼーやんおはよう。アヤ?」

 

「おはようございます、今日アヤ、早く行かないといけないんですよ」

 

「え、そうなの!? あの子、絶対まだ寝てるわよっ、ちょっと待っててね!」

 

 ガチャンとドアが閉まる。

 かすかにダッダッダッダッというアヤのお母さんが階段を走る音が、家の中から聞こえてきた。

 

 俺は、門扉から離れ、二階のアヤの部屋を見上げる。

 その窓の中から、アヤのお母さんの声がかすかに……いや、結構な音量で聞こえてきた。

 

『アヤ、起きて! ぼーやん来てるわよ! アヤ! …………そうよ、ぼーやん! あなた今日早く行かないといけないんじゃないの? …………そう、ぼーやんが迎えに来てくれたのよっ』

 

 俺はスマホを取り出して、アヤに電話を掛けてみる。

 一回目のコール音で、アヤが出た。

 

「アヤ、おはよう。起きれる?」

 

『うぅ……』

 

「今日、文化祭の準備あるって、言ってなかったっけ?」

 

『う゛ぅぅ……ぼぉやん゛……おはよ……ぅ……』

 

 アヤがかすれ声でうめいた。

 これは……アヤが一番眠いときの声だ。多分、電話を切った瞬間に三秒で寝る。

 俺はそんな確実な未来を予見し、ふっと笑ってしまった。

 

「アヤ、好きだよ。一緒に学校に行こう」

 

『………………う゛ん』

 

 

 やがて、電話の向こうからガサガサと音が聞こえた。

 アヤがのっそり起きて、支度を始めたのだろう。

 

『ぼーやん、下にいるの?』

 

 声を取り戻しつつあるアヤが聞いてきた。

 

「うん、道のところにいる」

 

 アヤの部屋のカーテンが、ほんの少しだけ開いた。

 

『ごめん、ちょっと待っててね』

 

「ああ、待ってるよ」

 

 カーテンの隙間から猿のヌイグルミが現れ、窓際にポンと置かれた。

 これを見て、待っていろということだろうか。

 

 俺はぼーっと猿のヌイグルミを眺めながら、アヤが出てくるのを待った。

 

 

 

 

 ガチャリとドアが開き、アヤが出てきた。

 

「ごめん、お待たせっ」

 

 アヤは、黒いTシャツを着ていた。

 胸元にピンクのおどろおどろしい文字で「Haunted house」とプリントされている。

 時田が発案した、有志のオリジナルTシャツだ。

 前に、時田がみんなからお金を集めていたっけ。希望者だけという話だったので、俺は買わなかった。

 

 それはいいとして……。

 

「アヤ、下もその格好で行くの?」

 

「ん? あっ……」

 

 アヤは、黒いハーフパンツを穿いていた。

 ついでに、青いベースボールキャップを被っている。

 実にボーイッシュ……というかパンクな格好だ。

 

 Tシャツを着た後、つい普段着のテンションで着替えてしまったのだろう。

 まだ少し、寝ぼけているらしい。

 

 アヤは「ごめん、ちょい待ってて!」と言い残し、家に戻っていった。

 

 

***

 

 

 俺とアヤは、朝の通学路を歩いていた。

 

 アヤは黒いTシャツに、学校指定の紺スカートという格好だ。もちろんキャップも被っていない。

 茶髪のショートカットが、眠そうに揺れている。

 

 俺はアヤの意識をつなぎ止めるために、言葉を掛ける。

 

「昨日、あの後すぐに寝れた?」

 

「あ……うん、シャワー浴びて、すぐ寝たよ」

 

 顔がほんのりと赤らみ、恥ずかしそうに斜め下を向いている。

 

「てことは、四時間ちょっとしか寝れなかったか。アヤにはちょっとキツいな」

 

「いやいや、もうバッチリ起きたっ」

 

「ほんとに大丈夫? さっきのアヤ、ゾンビみたいな声だったよ」

 

「ゾン……ビ……!? ゾンビ、なめんなよ~!」

 

 アヤは恥ずかしいのか、ごまかすように意味不明なことを叫んだ。

 そんないつも通りのアヤの調子に、俺はまた笑ってしまう。

 

 アヤとこうして一緒に登校するのは、いつぶりだろうか。

 

 確かアヤが時田と付き合い始めてから、俺たちはあまり一緒に登校しなくなった。

 アヤの部活の朝練が忙しくなったというのもあったが。

 俺のほうが、何となく遠慮してしまったんだ。

 そのくせ、たまに駅でアヤと出くわしたりすると、その日一日いいことが起きそうな気がしていたっけ。

 

 

「ぼーやんゴメン、コンビニ寄らせて!」

 

 朝ごはんを食べないで出てきたのだろう、アヤは眠そうに目を細めながら、適当なパンとジュースを買った。

 

「駅前の広場で食べる?」

 

「ううん、ここで食べちゃうからちょっと待ってて」

 

 そう言って、アヤはコンビニの前でパンの袋を開いた。

 

「広場なら座れるところもあるよ?」

 

「だって、駅前は誰かに会うかもしれないし」

 

「アヤが食いしん坊なのはみんな知ってるよ」

 

「そういう問題じゃなくて……あむっ」

 

 しばらく、はむはむとパンを頬張るアヤを待つ。

 ジュースをごくごくと飲み干し、ゴミ箱に捨て、また一緒に歩きだす。

 

 並んで歩いていると、ちょんっとアヤの手が触れた。つい当たってしまったのだろう、

 その瞬間、アヤの心情が伝わってくる。

 

(ぼーやんの手、当たっちゃった。

 う……ドキドキする。

 この、手で……)

 

 パッとアヤの手が離れていった。

 この手が、何なのだろう。

 

 アヤには、さんざん触っているというのに。

 それこそ、隅々まで。

 なのに……俺もなんだか恥ずかしい。ドキドキする。

 ここが日常の、通学路だからだろう。

 

 この通学路で、アヤと手を繋いで登校する日は来るのだろうか。

 

 ――来る。

 

 そうだな。

 もうすぐそんな日々がやってくる。

 だからそれまでは、我慢だ。

 誰かに見られてしまったら、アヤは気まずいだろう。

 

 

「ねぇぼーやん」

 

「ん?」

 

「私、食いしん坊じゃないよ」

 

 少しムッとした顔で、前を向いている。

 その様子が可愛くて、つい抱きしめたくなってしまう。

 これで恋人同士になったら、俺はアヤを抱きしめながら登校してしまうのではないだろうか。

 

 いかん。

 俺も寝不足だからか、つい思考がお花畑の方向にいってしまう。

 とりあえず、やや不機嫌な幼馴染をなだめることにする。

 

「知ってるよ」

 

 アヤはここ最近、急にケーキやお菓子を食べなくなった。

 そういえば、時田に「ぽっちゃり系」と言われたのを気にしていたっけ。

 

 その割に、さっき美味しそうにアンパン頬張ってたけど。

 そう言ってからかおうとして。

 

 ――やめとけ。

 

 神様の直感に注意された。

 アヤが、ほんの少し傷ついてしまうらしい。

 

 なら、代わりに――。

 

「……ただ、アヤってほんとに美味しそうに食べるよな、と思ってさ」

 

 俺は、アヤが食べている姿が好きだ。

 それを伝える。

 

「あ、りがと…………って、やっぱり食いしん坊ってことじゃん!」

 

 

 アヤと無駄話に花を咲かせていたら、あっという間に駅に着いた。

 ここから電車に乗って、一駅目で降りてちょっと歩けば、学校だ。

 

 そろそろ、同じ制服を着た生徒の姿もチラホラ見えてきた。

 アヤの口数は少なくなり、なんとなく緊張が伝わってくる。

 俺は、アヤに聞いてみた。

 

「こっからは別々に行こうか?」

 

「大丈夫でしょ」

 

 アヤはあっけらかんと答えた。

 涼しい顔をしようとしているが、顔が強張っている。

 

 

 だが、その不安は取り越し苦労だった。

 

「アヤおはよ~、お、ぼーやんもおはよう~!」

「アヤ~、ぼーやんも、いよいよ初日だねぇ~!」

「おぉ、ぼーやん早いじゃんっ!」

「おっす、ぼーやん、今日早いな」

 

 俺たちの姿を見かけたクラスメイトたちが、ニコニコ笑いながら声をかけてきた。

 そこには一切、俺たちを疑うような眼差しはない。

 

 「安心マン」とまで呼ばれる俺への謎の信頼感と、時田と「おしどりカップル」とまで呼ばれるアヤへの謎の安心感。

 幼馴染同士である俺とアヤが一緒に登校したところで、誰も、何も思わない。

 今は。

 

 俺たちは一気に賑やかな集団へと様変わりし、電車に乗り込んだ。

 アヤは女子たちと楽しそうに笑い、俺はぼーっと車窓の風景を眺める。

 

 いつもの日常だ。

 

 それが、この文化祭で終わる。

 

 一駅目で降り、学校への短い道のりを歩く。

 校門に着くと、「文化祭へようこそ」と書かれたアーチ状の看板が立っていた。

 その下をくぐり、生徒たちでざわめく中を校舎へ向かう。

 

 みんな、不思議な高揚感に浮足立っている。

 俺も、アヤも、朝からなんだかテンションが変だった。

 

 修学旅行と同じ。

 短い、非日常が始まる予感。

 

 

 お化け屋敷に様変わりした教室前に着くと、アヤたちは中に入っていった。

 俺は、今日は特に役割は割り振られていないので、ブラブラと時間を潰すことになる。

 

 ふと、教室に入りかけたショートカットの茶髪が立ち止まった。

 半歩後ろに下がると、俺のほうを向く。 

 

「じゃね」

 

「ああ、頑張って」

 

 アヤは軽く手を振って、教室に入っていった。

 

 

***

 

 

 文化祭初日は、平日の金曜日に開催される。

 だから、校内には一部の保護者や、小さい子ども連れ、近所のヒマな人以外は、うちの生徒しかいない。

 来場者がそこまで多くないので、どのお店も出し物も、和やかな雰囲気が漂っている。

 本番は、人でごった返す明日――文化祭二日目だ。

 

 そういうわけで、俺は朝からぶらぶらと校内を散歩し、ベンチに座ってぼーっとしたりと時間を潰していた。

 

 そこへ、セミロングの黒髪が特徴的な、真面目そうな女子が近づいてくる。

 

「ぼーやん、お待たせ」

 

 ユカリが、にこやかに笑って立っていた。

 

「お化け屋敷はもういいの?」

 

「うん、抜け出してきちゃった」

 

「そう」

 

「じゃあ、回ろ?」

 

「午前中だけな」

 

「はいはい、分かってるよ~」

 

 ユカリが軽い感じで言った。

 

 俺はゆっくり立ち上がると、ユカリの後ろについていく。

 

 スマホの時計を見ると、午前十時を回ったところだった。

 アヤの足首つかみ係が終わるまで、あと二時間くらいだ。

 

 だが俺は。

 ユカリといる時間はそんなに長くない気がしていた。

 

 



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幼馴染の持ち場に潜り込んだ(十五日目 金・午前)

 ユカリと、学校内をブラブラと歩く。

 校舎から正門までは、出店が立ち並び、焼きそばやたこ焼きの匂いが漂ってくる。

 

 ユカリがチラッと俺のほうへ振り向いた。

 

「ぼーやんは、お化け屋敷Tシャツ着ないの?」

 

「ああ、買わなかった」

 

 ユカリも、Tシャツは着ていない。

 

「分かるなぁ。私もああいうノリ、苦手なときある。ぼーやんも、でしょ?」

 

「いや別に」

 

「ふーん……」

 

 するとユカリが立ち止まり、俺のほうに向き直った。

 

「一応私はブラウスの下に着てるよ? 見てみる?」

 

 そう言って、ブラウスのボタンに手を掛ける。

 

「……いや、いいよ」

 

「そう」

 

 ユカリは前を向き、また歩き出した。

 俺もそれに続く。

 

 出店通りに差し掛かると、焼きそば屋の中から声が掛かった。

 

「ユカリ~、焼きそば食べてって~! あ、もしやデート中!?」

 

 ユカリと俺が焼きそば屋に近づくと、中にいた女子が俺を見て……「あぁ」とつぶやいた。

 

「なんだぼーやんかぁ。デートなワケないね」

 

「デートに見える?」

 

 ユカリが興味深げに、その女子に聞く。

 

「う~ん……ギリ見えない」

 

 結局ユカリは焼きそばを買わず、また出店通りをブラブラ歩き出した。

 その後も、何度か声を掛けられる。 

 

「あれ、ユカリとぼーやんとか、珍しい組み合わせだね~」

「お、ユカリ! ぼーやんと仲良かったんだー」

「ユカリ、ぼーやんあんまり連れ回さないようにね~」

 

 相変わらず、俺は安心マンらしい。

 たまたまお互い時間が空いて、タイミングが合って、ヒマだから一緒に回ることになった――そんな風にみんなには見えているのだろう。

 

 出店巡りが終わり、校舎に入る。

 下駄箱のところで、ユカリが俺に囁いてきた。

 

「ねぇ、気付いた? みんな私たちを見て、一瞬あれって顔したの」

 

「そうだっけ?」

 

「そうだよ。前だったらさ、ぼーやんが女の子と歩いてても、誰もあんな反応しなかったはずだよ?」

 

「そうかな」

 

「そうなんだよ。ぼーやん、雰囲気変わったから」

 

「そうなんだ」

 

 俺は、スタスタと歩き出す。

 ユカリも後ろを付いてきた。

 適当に廊下を歩く。

 

「まあ私たち、まだデートしてるカップルとは見られないみたいだけど」

 

「だろうね」

 

「私は、そういう目で見られてもいいんだけどな」

 

 ユカリが、隣で微笑んでいる気がする。

 多分、上目遣いで。

 

 テクテク歩いていると、廊下の突き当たりに『ベストカップル賞 投票はこちら!』と書かれた箱が置かれていた。

 思わず立ち止まり、中を覗いてみる。

 投票用紙が何十枚も入っていた。

 

 ユカリも一緒に中を覗く。

 

「ね、知ってる? ベストカップル賞に選ばれると、最後、キスするらしいよ」

 

「キス?」

 

「うん。みんなでキース、キースって煽るんだって。アヤと仲いい子達が話してるの聞いた」

 

「ふうん」

 

「……興味ないの?」

 

「あんまりないかな」

 

 アヤは、後夜祭には行かせないから。

 

「そう、なんだ……私はぼーやんとなら、みんなの前でもキスしたいな」

 

 ユカリが、投票箱の中を見ながら言った。

 俺は、とりあえず黙っておく。

 すると、ユカリが俺のほうを向いた。

 

「ねぇ、キスしてもいい?」

 

「よくないかな」

 

「ディープなやつは?」

 

「だめかな」

 

「だめか~」

 

 ユカリが軽い感じでつぶやいた。

 

 

 俺とユカリは一階の展示コーナーを適当に回り、二階に上がった。

 すると、ユカリが一歩俺の前に出て、スタスタと歩いて行く。

 占い館やカフェでひしめく教室棟ではなく、美術室や理科実験室のある別棟に向かうらしい。

 

 別棟は展示中心なので、教室棟よりは混んでいない。

 とはいえ、そこそこ人はいる。

 

 別棟の廊下を歩いていると、ふいに、ユカリが立ち止まった。

 俺のほうに向き直ると、ニコッと笑う。

 

「ありがとね、今日は付き合ってくれて」

 

「ああ、いいよ」

 

「まさか……浮気してくれるとは思わなかったよ」

 

「浮気はしないよ」

 

 俺が淡々と答えると、ユカリは「冗談冗談」と笑った。

 

 俺は、アヤ以外を見ないし、アヤ以外に心動かされることはない。

 多分、一生。

 

 とはいえ、今日ユカリのお願いを聞いたのは、直感が何も言わなかったから。

 だからこれは、アヤを手に入れる上で不正解ではないのだろう。

 

 それに――。

 

「ねぇ……どうして今日、付き合ってくれたの?」

 

 ユカリが聞いてくる。

 

「真剣だったから」

 

 少なくとも、神様に願いが届くくらいには。

 その重みは……俺が一番よく知っている。

 

 Tシャツを見せようとブラウスに手をかけた指が、震えていた。

 キスしていい? と聞いてきた目が、泳いでいた。

 神様の直感に従って、ガラにもないキャラを演じていたのだろう。

 

 いつの間にか、廊下はシンと静まり返っていた。

 

 さっきまで廊下で展示を見ていた人が、いない。

 廊下のベンチに座っていた人も、いなくなっている。

 

 廊下から、人が消え去った。

 多分、神様の――ユカリのほうの神様の計らいなのだろう。

 

「あー楽しかった」

 

 ユカリがスッキリした顔で言った。

 

 告白を、するのだろう。

 

「今、コイツ告白するんだろうなって思ったでしょ?」

 

 ユカリがからかうような口調で言った。

 

「うん、思った」

 

「ふふ、ぼーやんは分かりやすいからなー」

 

 それは多分、ユカリだからだ。

 ユカリがずっと好きな人を見続けてきたから。

 俺みたいに。

 

 

 ユカリが、フッと静かに笑った。

 おそらくこっちが、素の顔なのだろう。

 

「ありがとね……今日一度も、アヤの話、しないでくれて」

 

「ああ」

 

「私、リュウジくんのことが、好きです。ずっと前から、リュウジくんのことだけ見てました」

 

 静かな廊下に、声が響く。

 ユカリは、俺をまっすぐ見ていた。

 だから俺も、ユカリを見る。

 

「ありがとう。ごめん俺、ずっと好きな人がいるんだ」

 

「そうなんだ」

 

 ユカリは唇を震わせて、わずかに開いたり閉じたりしていた。

 いろんな言葉を付け足したいのだろう。

 

 でもユカリは、ゆっくりそれを飲み込んだ。

 

 

 少しの間があって、ユカリは手のひらで顔を扇ぎ始めた。

 

「はー、振られた振られた~」

 

 ユカリはごまかすようにニヘラと笑うと、また真面目な顔になる。

 

「ちゃんと、向き合ってくれて……ありがとう」

 

「ああ」

 

「さて、もうすぐ中間だし、私はもう勉強に専念するね! しばらくは勉強一筋だから!」

 

 ユカリは、そう言って笑いかけてきた。

 でもすぐ顔を曇らせて、下唇を噛んで俺を見る。

 

「……いや、違うか。新しく好きな人、頑張って探すよ」

 

「うん」

 

「それこそ神様にお願いしてみようかな~」

 

「うん」

 

「じゃあね、ぼーやん」

 

「うん」

 

 廊下に、人が増えてきた。

 その人ごみの中に、ユカリは歩いていく。

 

 俺も後ろを向き、反対方向へ歩き出した。

 

 

***

 

 

 お化け屋敷に行くと、教室の外には長蛇の列ができていた。

 中からは「きゃぁ」とか「うわぁっ」とか、お客さんの悲鳴が聞こえてくる。

 かなり盛況のようだ。

 

 確か、アヤの持ち場は出口のすぐ側だった。

 

 俺は人ごみをかき分け、出口から中に入る。

 そんな俺に、誰一人として注意を向けない。

 これも神様の力なのだろう。

 

 薄暗いお化け屋敷の中に入ると、向かって右手の暗幕の前に立つ。

 しゃがみこんで、下から暗幕をめくる。

 

「うわぁっ……って、ぼーやん!?」

 

 机の下、小さいほら穴のような空間に、アヤの顔があった。

 汗だくで、おデコに髪が張り付いている。

 

「俺も手伝うよ」

 

「へ?」

 

 俺はアヤのいる隣の机の下、狭いスペースに体を滑り込ませた。

 足から奥にねじ込んでいく。

 かなりギュウギュウで、なるほどこれは大変な持ち場だ。

 

「ちょっとぼーやん、どうしたの?」

 

 真っ暗な空間で、すぐ側からアヤの囁き声が聞こえる。

 お互い横になりながら、向かい合っているようだ。

 アヤの吐息が顔にかかる。

 汗だくになっているだろうアヤの、甘い匂いが充満している。

 

「アヤが寂しいかなと思って。暗くて狭いとこ、苦手だろ?」

 

「…………いいけど、ジャマしないでね」

 

 子どもをたしなめるような口調の中に、ほんのり喜びが混じっている気がした。

 

「どうやって脅かすの?」

 

「えっとね、あ、ちょっと待って、お客さん来た……!」

 

 アヤは少しだけ暗幕をめくった。

 真っ暗闇だった空間に、ほんの少し、外の赤い照明の光が入ってくる。

 うつ伏せの体勢でお客さんの様子をうかがう、アヤの真剣な横顔があった。

 

 近づいてくる足音は二つ。

 どうやら男女のカップルのようだ。今日は平日だから、大学生だろうか。

 「こわいよ、こわい……」と取り乱す彼女さんと、「もうすぐ出口だから」と頼もしくなだめる彼氏さん。

 その声が目の前に近づいてきたとき、アヤがバッと手を伸ばした。

 

「うわあぁっ!」

「きゃあああっ!」

 

 アヤがすぐに腕を引っ込め、暗幕を閉じる。

 

 カップルはそのままダダダッと走り、出口から出ていった。

 遠くから「いや急に足つかまれてさ」「なにそれコワすぎ……」という声が聞こえてくる。

 

 なるほど。

 これはビビるな。

 俺だったらその場で飛び上がってしまう自信がある。

 

「アヤ、手、踏まれないように気をつけてね」

 

「うん、気をつけてる」

 

 そう言ったアヤの吐息が、さっきより近い。

 

 手を引っ込めたとき、こっちに顔が近づいたのだろう。

 つい、アヤの頬に触りたくなる。

 しかし机の柱が邪魔をして、うまく手を伸ばせない。

 

『次の組、入れるぞー!』

 

 教室内に時田の声が響いた。

 

『いいぞー』『おっけー』という声があちこちから聞こえてくる。

 

 やがて、遠くのほうで野太い悲鳴が上がった。

 今度は、男性の三人組のようだ。

 

 

「ねぇ、ぼーやん」

 

 すぐ目の前で、アヤが囁いた。

 

「なに?」

 

「午前中……誰と回ってたの?」

 

 どうやら、ユカリと……誰か女の子と俺が並んで歩いている姿を、クラスの誰かに見られていたようだ。

 それが、どういうワケかここで足首つかみ係をしているアヤの耳にも入ったのだろう。

 

「ユカリと回ってたよ」

 

「そう、なんだ……」

 

 アヤが「ふぅっ」とため息をついた。

 

 お客さんの足音と大声が、近づいていくる。

 もうすぐ目の前を通るだろう。

 

 俺は、アヤに淡々と告げる。

 

「ユカリに告白された」

 

「ふぇっ?」

 

 アヤが素っ頓狂な声を発した。

 

 お客さんの足音が目の前で立ち止まる。

 「今なんか聞こえたぜ」「やべぇ」「カエルの鳴き声みたいだったよな」と、口々に戸惑いの声を上げている。

 アヤは多分、フリーズしている。

 代わりに、俺は腕をめいっぱい伸ばし、男の一人の足首を軽く掴んだ。

 

「うおぉぉいっ!」

 

 野太い絶叫とともに、男がその場で飛び跳ねた。

 俺は素早く手を引っ込める。

 男は地団駄を踏んで、床を蹴っている。

 「どうした!?」「くそっ、今つかまれたっ!」なんて言いながら、男たちが去っていく。

 

 危なかった。

 もしかしたら、アヤの手が踏まれていたかもしれない。

 

 ふぅと息を吐きながら、暗幕を下げる。

 

 すると、時田の声が教室内に響いた。

 

『アヤ―大丈夫かー?』

 

 俺は、いまだ固まったままだろうアヤに囁く。

 

「アヤ、返事して」

 

「あ、うん……大丈夫だよー! 踏まれてなーいっ!」

 

『オッケー、じゃあ次の組入れるぞー!』

 

 また、悲鳴が聞こえてくる。

 今度は小さい子どもを連れた親子らしい。

 さすがに子どもの足首を掴むのはマズいだろうか?

 

「アヤ、子ども連れの場合って……アヤ?」

 

 アヤの反応がない。

 

 なんとか腕を折り曲げて、アヤの肩に触れてみる。

 アヤの心が伝わってきた。

 

 ――ぼーやん。

 告白された。

 誰に?

 あ、ユカリか。

 ぼーやん、告白された。

 ぼーやんが。

 告白。

 なんて、返事したの?

 

 私は、まだ……伝えてない――。

 

 

 暗幕の中が暑いからだろうか、アヤの思考も朦朧としていた。

 

 アヤが、口を開く。

 

「断った……の?」

 

「断ったよ」

 

 アヤの口から、小さな吐息が漏れる。

 まるで、安堵するような。

 

 予想外だった。

 

 こんなあからさまにアヤへの好意を伝え、肌を重ねて。

 何度も中に出して。

 俺の、この重苦しい気持ちはイヤというほど伝わっているはずなのに。

 

 アヤがこんなに動揺するなんて、予想外だった。

 

 少し、苛立つ。

 アヤがここまで不安になるのは、俺たちの関係性が定まっていないからだ。彼氏と彼女でもない、ただの幼馴染でもない、友だちともいえない。

 しっかり立ってられる地盤がないから……アヤはグラグラした不安定な場所で、怯えているんだ。

 

 早く、アヤの居場所を、アヤが安心できる場所を作ろう。

 俺がどっか行くかもなんて思えないくらい、もっともっと塗り潰そう。

 

「アヤ……」

 

 手探りで、アヤの唇を見つける。

 指先でなぞると、アヤがちゅっと吸ってきた。

 

 この柔らかい唇にキスをしたいが、机の支柱が邪魔でこれ以上顔を寄せられない。

 

 仕方なく、俺はアヤの下半身に手を伸ばす。

 横向きに、こちらを向いて寝ているアヤのスカートは、すでに太ももの付け根までめくれていた。

 

 俺は内股のラインをなぞりながら、目当ての湿地帯を探り当てる。

 汗と、多分それだけじゃないもので濡れる布地を、そっと押す。

 湿り気のある、ふにっとした感触。

 

「ぁっ……」

 

 アヤが、か細い声で鳴いた。

 

 俺は、アヤの下着の表面に手を這わせながら、一度通り過ぎる。

 そして、お腹のほうからパンツの中に指をねじ込み、一気に手のひらを滑り込ませた。

 

「あっ……ぼー……やん、んっ……!」

 

 すんなりと、アヤの性器全体を手のひらの中に収める。

 ああ、だから神様の直感は今日、俺を早起きさせたのか。

 迎えに行かなかったら、アヤは今日ハーフパンツだった。

 ……地味だけど、ありがたい。こうしてアヤの敏感なところをむさぼれる。

 

 中指全体を、アヤの柔らかい割れ目に埋め込んでいく。

 その指先は、とめどない愛液で溢れる濡れ穴をとらえていた。

 中指をくの字に曲げ、膣肉の中へ挿入する。

 

「やっ……ぼーやんっ、んむっ、んっ……んみゅっ、んぁっ……」

 

 アヤの口から、可愛い嬌声が漏れ出す。

 静かにという意味を込めて、アヤの唇に当てた指に力を入れる。

 アヤのほうも俺の指に唇を押し当て、声を抑えようとした。それでも堪えきれないのか、次第に唇で挟み込んでくる。

 指をアヤの口で愛撫されているようで、くすぐったくて、気持ちがいい。

 暗闇で視界が遮断されているせいか、アヤの感触がより鮮明に感じられる。

 

 

 暗幕の外で、子ども連れの足音が止まった気がした。

 「パパ―、もう終わりかなぁ?」「もう出口だからな」「ぜんぜんこわくなかったねー」「お化けさんも加減してくれたんだよ」。

 

 親子の気配が、出口に消えていく。

 

『あと30分したら午後組と交代だ! それまで頑張ろー!』

 

 教室内に、時田の声が響いた気がする。

 

 

 暗幕の中。

 狭苦しい空間で、俺たちは互いの触感をむさぼりあっていた。

 

 



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屋上で決断した(十五日目 金・午後)

 暗幕で塞がれた机の下。

 その狭い空間の中に、俺とアヤの熱い吐息と、淫靡で甘い匂いがたちこめていた。

 

 愛撫し始めてから、どのくらいが経っただろうか。

 アヤの膣内は熱く、柔らかい肉ヒダが俺の指を求めるように圧迫してくる。

 

「んんっ……ふっ……ん゛んっ、ぁっ……う゛ぅ、うっぁっ……んぅっ――」

 

 アヤの体ビクッビクッと震えた。

 いや、もうさっきからずっと震え続けている気もする。

 アヤの膣肉がきゅうきゅうと俺の指を締め付け、吸い上げてきた。

 

「んっ、はぁっ……あっ、ぁっ……ん、はぁっ……う゛っ、んんんっ……」

 

 アヤの口や鼻から漏れる苦しそうな吐息が、俺の顔を温める。

 暗闇で視覚情報が遮断されているせいで、色っぽい喘ぎ声が俺の鼓膜を蕩けさせた。

 時おり中指を抜き、指の腹で膣口をなぞりながら張り詰めたクリトリスを撫でる。

 コリっとした可愛い突起を小刻みに刺激すると、またアヤが全身を震わせた。

 

 

『――次の組入れるぞー! これ終わったら午後交代なー!』

 

 時田の声が聞こえた気がした。

 かれこれ三十分ほど、俺はアヤをイかせ続けていたらしい。

 指どころか、手のひら全体がアヤの愛液にまみれている。

 

「アヤ……最後にもう一回、アヤのイってる声、聞かせて」

 

 俺はアヤの膣内に中指を埋め込みながら、親指でコリっと硬くなった肉粒も優しく捏ねる。

 二本の指を使い、内側と外側で、アヤの気持ちいいところを責めていく。

 

「ぁっ、まって、ぼーやん……もう、あっ、ん゛んっ、ぁっ、だめぇっ……あんっ、う゛っ……ふっ……んうぅぅっ――――!」

 

 アヤの腟内がきゅうきゅうきゅうと強く締め付けてくる。

 その柔らかい体が、グッと強張るのが分かった。

 やがてフッと脱力し、弛緩していく。

 しかしアヤの膣は、俺の指をゆるく圧迫し続けていた。

 

 暗幕の外を、もう何組目かの来場客が通り過ぎていくのが分かる。

 

 さっきからずっと、足首つかみ係は不在だ。

 それなのに、時田も、他の係の生徒たちも、誰も気にする様子がない。

 これも、神様の粋な計らいなのだろうか。

 まるで、世界から俺たちの存在が忘れ去られてしまったような気分だ。 

 

「アヤ、ごめん、夢中になった」

 

 少し、無理をさせてしまったかもしれない。

 とにかくアヤを塗り潰したくて、それだけしか考えられなくなった。

 

「……はぁっ、はぁっ……も、ぼーやんの、バカっ……」

 

 アヤは荒い呼吸を繰り返しながらも、なんとか言葉を発する。

 

「アヤ、俺……アヤしか、見てないから」

 

「…………うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、俺とアヤは暗幕の下から抜け出した。

 二人で、出口から堂々と出ていく。

 

 廊下に出ると、涼しい空気が火照った体を冷やす。

 俺もアヤも、汗だくだった。

 お化け屋敷の前には、まだ長蛇の列が並んでいる。

 しかし、その誰も、俺たちに視線を送ることはない。

 

 

 アヤは、手にポーチを持っていた。

 

「ちょっと、トイレ行くね」

 

 足首つかみ係は汗だくになるのが分かっていたので、あらかじめ替えの下着を持ってきていたらしい。

 

 

 俺は、女子トイレの前でアヤを待っていた。

 

「……お待たせ」

 

 アヤが出てくる。

 まだ、ほんのり頬が染まっている。さっきの余韻が残っているのだろうか。

 乱れていた茶髪はとかされ、スカートのシワも綺麗に整えられている。

 

 俺も、だいぶ汗は引いた。

 この後は、アヤとゆっくり文化祭を見て回る予定だ。

 

「屋上解放してるみたいだから、行ってみようか」

 

「うん、いいよ」

 

 屋上への階段を目指し、廊下を歩く。

 突き当たりに、ベストカップル賞の投票箱が設置されていた。

 ここは三階で、さっきユカリと回ったときには一階で見つけた。ご丁寧に、各階に一つ設置されているらしい。在校生しか投票しないのに、ずいぶんな力の入れようだ。

 

 アヤの足が投票箱の前で止まる。

 すると、女子たちが声を掛けてきた。

 

「お、アヤも休憩ー? アタシら吹奏楽見に行くけど、アヤも行く?」

「あら、ぼーやんも一緒じゃん、二人で回るの?」

「あー時田くん、午後は実行委員の雑用あるんだっけ」

 

 この子たちは確か別のクラスで、アヤのバドミントン部仲間だ。

 

「あ、うん……」

 

 歯切れ悪く、アヤが答える。

 

 すると女子の一人が、投票箱に近づいてニンマリ笑った。

 

「アタシら、アヤと時田に入れといたから、覚悟しろよ~!」

「アツアツなの頼むぜ~」

「なんか衣装とかも用意されてるらしいよ?」

 

 とても楽しそうに、盛り上がっている。

 一方のアヤは、目を見開いていた。

 

「え……衣装?」

 

「なんか赤ずきんちゃんの仮装するらしいじゃん。で、時田はオオカミ。アヤ、時田から聞いてないの?」

 

「うん……」

 

 アヤが無表情で頷く。

 

 俺は、そんなやり取りをぼーっと見ていた。

 アヤの赤ずきんの仮装は、ちょっと見てみたい気がする。まあアヤを食べてしまったのは俺だが。

 ……そんなくだらないことを思えるくらいには、心に余裕がある。

 以前の俺からしたら、考えられないな。

 

 

 バドミントン部仲間たちと別れた後も、アヤはしばらく投票箱を見ていた。

 

 しばらく待つか。

 

 俺は、階段横に設置されている自動販売機に近寄る。

 そういえば、アヤも俺も、何も口に含んでいない。喉がカラカラだ。

 

「アヤ、何飲む? (かかり)お疲れさまってことで奢るよ」

 

「うん、ありがと」

 

 アヤが、俺の隣に並んだ。

 俺は小銭を取り出し、自動販売機に入れる。

 

「アヤからどうぞ」

 

「私は……」

 

 アヤは、まっすぐりんごジュースに手を伸ばしかけ、引っ込めた。 

 

「飲み物、ぼーやんの選んだのが、飲みたいな」

 

「そっか」

 

 俺も、今のアヤはりんごジュースを飲みたいだろうな、と思っていた。

 だから迷わずそのボタンを押す。

 

 ガコンと落ちてきた、小さいサイズのペットボトルを手渡す。

 アヤは、「サンキュ」と言って、その場で飲み始めた。

 

 コクコクと、アヤの喉が(せわ)しなく動く。

 よほど喉が渇いていたのだろう、アヤは一気に飲み干した。

 

「ふぅ……じゃあ、行こっかぼーやん」

 

「ああ」

 

 俺もミネラルウォーターを買い、飲みながら階段を上がる。

 

 

 屋上の扉は、開いていた。

 扉の上には飾り付けがなされ、『憩いの休憩広場』と書かれた看板が掛かっている。

 

 屋上には、大勢の人がいた。

 広いスペースに簡易ベンチが設置され、その全てが埋まっている。

 一般の来場客はおらず、在校生の男女――カップルだらけだった。

 なるほど、ここはそういう場所らしい。

 確かに、ベンチや手すりのあたりに、ハートの飾り付けが多い気がする。

 

 一応、アヤに聞いてみた。

 

「場所、変える?」

 

「ん、別にここでいいよ。涼しいし」

 

 そう言って、アヤは手のひらで顔を扇いだ。

 

「ああ、アヤは暑がりだもんね」

 

「もう、誰のせいでっ……」

 

 少しムッとしたアヤが、俺を睨む。

 その顔には、まださっきの余韻が残っているように見えた。

 

「じゃあ、手すりのとこ行こうか」

 

「うん」

 

 手すりまで歩く間にも、アヤは色んな生徒に声を掛けられていた。

 さすが、男子からも女子からも人気がある子だ。

 みんな、隣にいる俺を見ても、眉一つ動かさない。

 俺への謎の信頼感も、相変わらず折り紙付きだ。

 

 二人で手すりの所まで行くと、近所の家々の屋根が見渡せた。

 そういえば、屋上に来たのは初めてかもしれない。

 眼下には、校門と立ち並ぶ出店が見下ろせた。

 ちょうどお昼休み時だからか、少し客足が増えてきたようだ。

 

 俺は、独り言のようにつぶやく。

 

「みんな忙しそうだな」

 

「ふふっ……ずいぶん他人事だね」

 

 アヤが可笑しそうに笑う。

 

「俺の出番は明日だからな」

 

「ぼーやんは一日中、照明係だっけ?」

 

「ああ。アヤは脅かし役なんだっけ」

 

「私はね、ゾンビだよ」

 

「……ゾンビ?」

 

「そ、ゾンビのメイクして、通路の陰に隠れて……お客さん来たらバッて飛び出して、あ゛あ゛あぁぁ……って言って近づいていくんだ」

 

 アヤが楽しそうに言った。

 

「それは、恐そうだ」

 

「やってあげようか?」

 

「いや、いいよ。明日の楽しみにしておく」

 

「そんな期待されると、プレッシャーだな……っ」

 

 どんなプレッシャーだよ、と笑いそうになってしまう。

 まあ、とびきりの変顔を披露できるアヤだ。

 明日もとびきりグロテスクな姿を見せてくれるのだろう。

 

 

 明日か。

 

 いよいよ明日は、文化祭の最終日だ。

 

 明日、俺はアヤを完全に奪う。

 多くの人の前で。

 多くの人に、見せつける形で。

 

 

「アヤ~~! やっほー!」

 

 眼下の出店のほうから、アヤの友達らしき子が手を振っている。

 アヤも、手を振って応えていた。

 

 

 この日常も、明日には変わる。

 

 ちょうど体育館のほうから、吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。

 おごそかというか、壮大な感じの、テレビで何度か聞いたことがある。

 確かオペラで有名なトゥーラン……なんとかという曲だ。

 

 学校中が、漏れてくる演奏に包まれる。

 こういうの、文化祭ぽいなと思う。

 

 俺は、体育館のほうを眺めながら考える。

 

 明日、あの中で後夜祭が開かれて、最後にベストカップル賞の発表がある。

 

 俺がやるべきことは二つあった。

 一つは、みんなにアヤと俺との関係を知らしめること。

 二つ目は、時田にアヤを諦めさせることだ。

 

 二つ目は、あまり難しくない。

 神様の直感が、そう告げている。

 

 でも一つ目のやり方については、いまだに決めあぐねている。

 

 俺は、この一週間ずっとその方法を考えていた。

 神様の直感も、いろんなシミュレーションを見せてくる。

 

 ――ベストカップル賞の壇上に上がり、時田の目の前でアヤにキスをする。

 

 これでアヤが確実に手に入るなら、全然できる。

 だがそれは、あまりいい方法じゃない。

 その瞬間は生徒たちもワーキャー騒ぎ、ドラマチックな感じになるだろうが、その後が修羅場だ。

 アヤの友だちや時田は、もちろん納得できるわけもない。

 面倒な事後処理が、アヤにも降り掛かってくる。

 

 

 ――壇上で時田に殴られて、俺が時田を組み伏せる。

 

 そんな未来の記憶も見た。

 だがこれも、後々の面倒さでは大差ない。

 それどころか、アヤにショックを与えてしまう。

 

 

 ――アヤをベストカップル賞には行かせず、俺が一人で壇上に上がり「アヤは俺が奪いました」と宣言する。

 

 これが今のところ、劇的かつ、確実にアヤとの関係を知らしめる方法だ。

 

 だがこの場合、アヤが壇上に飛び込んでくる可能性が高い。

 そうなると、やっぱりアヤの立場が危うくなる。

 どうにか、アヤを来させないようにしないと。

 

 

 みんなに、アヤと俺との関係を知らしめるのは簡単だ。

 しかし、アヤを傷つけない形でとなると、難易度が格段に上がる。

 

 神様の直感が、今も忙しなくシミュレーションをしているのが分かる。

 

 

 体育館のほうを眺めながら考え込んでいると、吹奏楽部の演奏が、穏やかな旋律に変わっているのに気づいた。

 

 ふと、俺の腕にアヤの肩が触れている。

 

 

「ねぇぼーやん」

 

 アヤが、俺のほうを向いた。

 俺も、アヤのほうに体を向ける。

 

「ん?」

 

「ちょっと(かが)んで、ゴミに髪ついてる」

 

 アヤが手を伸ばしてきたので、俺も膝を曲げる。

 

 ん? ゴミに髪?

 それを言うなら髪にゴミじゃ――。

 

 ――キス、したい。

 

 え?

 

「――んっ」

 

 アヤの、唇の感触。

 

 アヤの両手が、俺の頬をぎゅうっと押さえた。

 予想外のことに、脳がフリーズする。

 

 一瞬にして意識が、まだ見ぬ未来から今に引き戻された。

 

 アヤの唇が、求めるように俺の唇を押してくる。

 応じて開くと、アヤの舌が滑り込んできた。

 

「んっ……ん、んちゅ……んっ、んっ……」

 

 吹奏楽部の穏やかな演奏が続いている。

 

 俺たちは、屋上で、キスをしていた。

 

 そう、ここは屋上で。

 他にも、大勢の生徒たちがいる、屋上だ……!

 

 口内でアヤの舌を優しく押し返し、唇を離す。

 

 こんな公衆の面前でキスをしたら、学校中にすぐ噂が広まる。

 時田と付き合っているはずのアヤが、屋上で幼馴染の男とキスなんて、格好のスキャンダルだ。

 時田との関係、女友達たちとの関係、他にもいろいろ……崩れてしまう。

 それは、アヤが最も恐れていたことだ。

 

 アヤ、どうして――。

 

 そう言おうとして、止めた。

 アヤが、俺をまっすぐ見つめている。

 その表情には、覚悟だけがあった。

 

 だから、俺は確認する。

 

 

「もう、いいの?」

 

「うん、もういい」

 

 アヤは、柔らかく微笑んだ。 

 

 その瞬間、パァッと視界が開けた気がした。

 神様のシミュレーションが、音を立てて崩れ去っていく。

 

 視界の端で、生徒たちがこっちを見ているのが分かる。

 呆然としている者、口に手を当てて息を呑んでいる者、「え!?」と声に出して驚いている者。反応は様々だ。

 

 キーンと耳鳴りがする。

 この共鳴する感じ……なんとなく、ユカリが近くで見ているのが分かった。多分、屋上の入り口のところに……。

 

 しかし、アヤの心の声が俺の意識を塗り潰す。

 

 ――ぼーやん、キスしたい。

 ぼーやんと。

 もっと。

 

 

 アヤは、決めた。

 傷ついてもいい、それでも俺と一緒になると。

 そして今、行動した。

 神様の――俺の予想すら飛び越えて。

 

 なら、俺も遠慮はいらないな。

 

 俺は、アヤの頬に手を添えると、唇を押し付けた。

 引き寄せ、かき抱く。 

 アヤの小さい体を包み、溢れる気持ちを伝える。

 

「んちゅっ、んっ、ちゅぁっ……んぁっ、んっ、んっ、んれぉっ……」

 

 アヤの柔らかい舌を舌で絡め取り、口内に引き込み、吸い上げた。

 甘い唾液と一緒に、アヤの喉奥から淫らな音が発せられる。

 アヤの舌がヌルリと、俺の口内で絡みついてきた。

 じゅる、じゅるという互いの吸引音が響いて、脳が蕩けそうだ。 

 

 アヤが俺の首に手を回して、離さない。

 俺も、アヤの後頭部に手を回し、離れないようにする。

 

 ――ぼーやん、好き。

 

 好きだよ。

 

 大好き――。

 

 

 アヤの心情が、とめどなく流れ込んでくる。

 

 「え、うそ……」という声が遠くから聞こえた。

 多分だが、下の出店通りのほうから、何人かがこちらを見上げている。

 そんなことを気にしたのも一瞬だった。

 アヤの唇がわずかに動き、一気にそちらに意識が向く。

 演奏の音も、もう聞こえない。

 

「んっ、んっんっ……んちゅれぉっ、んぁっ……」

 

 膝を曲げていたはずが、いつの間にか俺は体を伸ばして立っていた。

 身長差があるせいで、アヤは背中を反らせて顎を真上に向けている。

 その上向いた口内に、舌を落とす。

 

「んん゛っ……」

 

 夢中でアヤの熱をむさぼり続ける。

 

 

 ――もんだ……ない。

 

 

 神様の直感が、何かを告げた気がする。 

 しかし、それはアヤの吐息と舌が絡まる音に遮られた。

 

 これが正解だろうが、不正解だろうが、どっちでもいい。

 

 俺とアヤは、もう決断したのだから。

 

 

 






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緊張する幼馴染を送り出した(十五日目 金・午後)

 どれくらい、唇を重ねているだろうか。

 複雑に絡み合う舌が、淫らな水音を立てている。

 

 俺は、アヤと屋上でキスをしていた。

 みんなの見ている前で。

 

 吹奏学部の演奏が終わったのだろう。

 体育館のほうから、うっすら拍手の音が聞こえてくる。

 

 俺とアヤは息を合わせたように、ゆっくり舌と舌を解き、密着した唇を離す。

 互いの舌に、名残惜しそうな銀糸が掛かる。

 

 体育館の拍手はまだ続いている。

 しかし、屋上の観衆たちから拍手が上がるはずもなく、誰もが呆然としていた。

 

 視界の端であたりを見る。

 こちらに向いているスマホはない。

 どうやら撮影した人はいなかったようだ。突然のことに、みんなビックリしているのだろう。

 

 別に、俺たちの関係が知られるのが嫌なわけじゃない。

 ただ、知らないところでアヤの写真が――それもキスをしている姿が出回るのは、たまらなく嫌だ。

 この前、大会でのアヤを撮った写真を、女子の一人に見せられた時のことを思い出す。

 あれは、なかなかに不快だった。

 

 俺は、目の前の幼馴染に視線を戻す。

 アヤは、真っ赤になって目を泳がせている。

 出会った当時の、人見知りだった頃の彼女がちょっぴり顔を覗かせていた。

 

 俺は、いつもと変わらない調子で声を掛けた。

 

「もうちょっと見て回ろうか?」

 

「……うん、そうだね」

 

 アヤは、ぎこちなく微笑んだ。

 内心の動揺が伝わってくる。

 でも、俺の調子に触発されたのか、アヤもいつもと変わらない表情を作った。

 

 ――大丈夫?

 

 そう言おうとして、止める。

 違うな。

 ここで掛けるべき言葉は。

 

「アヤ、大丈夫だから」

 

 俺は、確信を持って微笑んだ。

 

「うん、そうだね」

 

 アヤも、今度はふんわりと微笑む。

 自然体で、機嫌の良さそうないつもの笑顔だ。

 

 

 

 

 二人で、屋上の出口へ歩く。

 遠すぎず近すぎず、いつもの距離感で。

 屋上に来たときとは違って、さすがにアヤに話しかける人はいなかった。

 

 校舎の中に入り、階段を降りる。

 自販機のところまで来ると、後ろを付いてきていたアヤを振り返る。

 

 文化祭を回る前に、とりあえず。

 

「アヤ、何食べたい?」

 

 すると、アヤはぷっと吹き出し、呆れ顔を作った。

 

「さっそく食べ物か~? 食いしんぼーやんめ」

 

「いや、アヤもお腹すいたって顔してるよ」

 

 今日、アヤは朝にアンパンを一つ食べただけだ。足首つかみ係も、さぞやカロリーを消費したことだろう。

 

「うっ……ぼーやんに言われると、そんな気がしてきた……」

 

「焼きそばとたこ焼きでも食べようか」

 

「欲張りだねー」

 

「アヤがどっちも食べたいって顔してるから」

 

「……たこ焼きだけだし」

 

「じゃあ、先にたこ焼き屋から行こうか」

 

 

 

 

 二人で一階まで降りる。

 廊下の突き当たりにある投票箱で立ち止まることなく、俺たちは校舎の外に出た。

 

 校舎から正門までは出店が立ち並び、焼きそばやたこ焼きの匂いが漂ってくる。すごく美味しそうだ。

 

 来場客でごった返す中を、アヤと二人で歩く。

 たこ焼き屋まで来ると、行列の最後尾に並んだ。

 

 列で待っている間は、お互い無言だった。

 別に気まずくて、とかではない。

 話していれば楽しいし、会話がなくても別にいい。

 それが、俺とアヤの普通だった。 

 

 十五分ほど並んで、やっと順番が回ってくる。

 俺は指を一本立てた。

 

「たこ焼き一つ…………じゃなくて二つください」

 

 隣でアヤがじっとたこ焼きを凝視していたので、指を二本に変えた。

 

 

 8個入りのたこ焼きを二皿持って、出店通りを歩く。

 所々に設置されたベンチは、全て埋まっていた。

 

「アヤ、どっかそのへんの木陰にでも座ろうか? お化け屋敷の係、疲れたでしょ」

 

「ううん、大丈夫。木陰も人で埋まってるし、歩きたこ焼きしよっ!」

 

 

 

 

 結局俺たちは、正門の近くで立ちながら昼食にありつくことにした。

 

 アヤは、「はふはふ」と息を吐きながら、いいテンポでたこ焼きを口に運んでいる。

 

 ふと、アヤを見ている視線に気づいた。

 遊びに来た大学生だろうか、二人の男が、美味しそうにたこ焼きを頬張るアヤを興味深げに見ている。

 その視線はアヤの顔に向けられ、次にその胸元に吸い寄せられた。

 立ち止まって、何やらつぶやき合っている。

 おおかた、「可愛くね?」とか「胸デカくね?」とか言っているのだろう。

 アヤと一緒にいると、よくこういう場面に出くわす。

 以前の俺だったら、彼らが去るのを待っていただろう。

 

 俺は、自分の体格をフルに使って、アヤの姿を男たちから隠した。

 

「ん? どしたのぼーやん?」

 

 アヤが能天気そうな顔で見上げてくる。

 

「いや、ただの日除け」

 

「あ、ありがと…………ぷふっ、日除けぼーやんか」

 

「ああ、俺は日傘だよ」

 

「日ぼーやんか、んぷ、くくっ……」

 

 何かがツボにはまったらしいアヤが、堪えきれないように笑った。

 

 

 アヤは、順調にたこ焼きを口に放り込んでいく。

 次第に、その顔が緊張していくのが分かった。

 最後の一個を頬張る頃には、これから戦場に行く戦士のような顔つきになっていた。

 

「ぼーやんごめん、今日はもう、文化祭一緒に回れない」

 

「どうして?」

 

「この後、みんなに話してくるよ」

 

 みんなとは、アヤの女友達たちのことだろう。

 時田と別れることを、俺とのことを打ち明けるつもりだ。

 

「アヤの友達に、全部話すってこと?」

 

「うん」

 

 波風立てたり、気まずくなったりするのをあんなに恐れていたアヤが、覚悟を決めた。

 俺の胸が、心配で埋め尽くされる。

 

 ――俺も行くよ。

 ――アヤが話さなくていい。

 ――傷つくかもしれない。

 ――アヤがそんなことしなくていい。

 ――俺が、全部丸くおさめるから。

 

 いろんな言葉が、一瞬のうちに浮かんでくる。

 

 それを全部吐き出そうとして、止めた。

 

 アヤはもう、俺に流されるだけのアヤじゃない。

 自分から、俺と一緒になろうと決心したんだ。

 

 俺は口を開く代わりに、アヤの頬に手を添えた。

 

 少しだけ汗ばんだ頬を通して、アヤの心情が流れ込んでくる。

 

 ――私、嫌われるかも。

 みんなに。

 軽蔑されるかも。

 でも。

 私が。

 ちゃんと、言わなきゃ。

 私が。

 

 ぼーやん。

 私。

 

 

「アヤ、大丈夫だよ」

 

 俺は、いなくならない。

 俺が、アヤの地盤になる。

 今の地盤だって、壊させない。

 それを伝える。

 

 

 ――そうだね、ぼーやん。

 私は。

 大丈夫だ。

 

 

 アヤの心が、温かいもので満たされていくのを感じる。

 

 

「じゃあ、みんなのとこに行ってくるよ」

 

 吹っ切れたような笑顔のアヤが、俺の手に触れた。

 俺は、ずっとアヤの頬を撫でていたようだ。

 少し見渡せば、驚いたようにこちらを見ている生徒の姿があった。

 

 俺は、パッと手を離す。

 

「ああ、行っておいで」

 

 するとアヤはまた、ぷっと吹き出した。

 

「ぼーやんたこ焼き、一つも食べてないね」

 

「あ、忘れてた……あっひぅっ」

 

 口内が灼けるように熱い。

 火傷する。

 俺は「あふあふ」と口内から熱を逃した。

 

「あっ大丈夫!? ぼーやん猫舌なんだからゆっくり食べなきゃっ」

 

「そうだった、忘れてた……」

 

「まったく……食べるときにぼーっとしちゃダメ」

 

 アヤがお母さんのように注意してくる。

 これも、いつものやり取りだ。

 

「悪かったな、猫舌で」

 

 そして、ここでアヤに「猫舌ぼーやん~」とからかわれるのだ。

 

 しかしアヤは、少しだけ焦ったような顔になる。

 

「ううん、猫舌って、危険を察知できるらしいし……別に悪くないと思う」

 

 その口調は、俺を本当に励ますような声色だった。

 俺を見つめる目も、ただの幼馴染に向けるような眼差しではなくて……。

 

 ああ、変わったんだ。

 アヤの中で、俺の存在が。

 さっきから俺の側からなかなか去ろうとしない、この感じも。

 

 俺の胸の中に、熱い感情が湧き上がるのを感じる。

 

 

「じゃあ、行くからね」

 

「ああ」

 

「ぼーやん……待ってなくて、大丈夫だよ」

 

「バレたか」

 

「ずっと待ってるって、顔に書いてある」

 

 

 ――今日は帰ったほうがいい。

 

 直感が、そう告げる。

 

 このまま学校にいると、俺は時田に出くわしてしまうようだ。

 どうやら、時田と対峙するのは明日のほうがいいらしい。

 

「……分かった。今日はもう帰るよ。アヤもあんまり遅くなるなよ」

 

 以前の俺だったら、心配でずーっと正門前で待っていただろう。

 そんな自分を思い浮かべて、苦笑する。

 

 

 アヤが緊張した表情で、校舎のほうに歩きだした。

 徐々に、アヤの背中が人ごみに消えていく。

 その後ろ姿が、いつもより小さく見えて――。

 

 ――アヤ、大丈夫だよ。

 ――大好きだ。

 ――ずっと俺がいるから。

 

 いろんな言葉が、一瞬のうちに浮かんでくる。

 

 

「アヤ、いってらっしゃい」

 

 

 その全部を伝える。

 

 出店通りの来場客が、生徒たちが、一斉に俺を見た。

 思ったより、大きな声が出てしまったようだ。

 

 アヤも、俺を振り返る。

 恥ずかしそうな、困ったような顔で。

 

 人ごみをすり抜けて、アヤの心が伝わってきた。

 

 ――ぼーやん、め……。

 ここで、いってらっしゃいなんて。

 反則だ。

 

 ああもう。

 ぼーやんの、ばか。

 これ以上、好きになったら。

 私、どうなっちゃうんだ。

 

 ぼーやん。

 

 ありがとう。

 私はもう、頑張れるから

 いってくるよ――。

 

 

 アヤは胸の前で手をちょっとだけ振り、また歩きだした。

 こっちを見ていた人たちも、興味を失ったようにそれぞれの関心に移っていく。

 

 

 去っていくアヤは、少しだけ背すじが伸びているように見えた。

 

 アヤはもう、大丈夫だ。

 女友達たちとどうなるか、見届ける必要もないだろう。

 

 後は俺が、淡々とやるべきことをやるだけだ。

 

 

 俺は熱いたこ焼きをゆっくり食べ終えると、正門を出ずに、時田のもとへ向かった。

 

 



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幼馴染の彼氏と話した(十五日目 金・夕方)

 俺は、あてもなく校舎内を歩いていた。

 

 ――戻れ。

 ――今日は帰れ。

 

 神様の直感によると、俺は今日学校にいると絶対に時田と出くわすらしい。

 

 ――今日は会わないほうがいい。

 ――回れ右をして戻れ。

 

 なるほど。

 この廊下の先に時田がいるようだ。

 

 歩きながら、考える。

 直感によると、今、時田と会ってしまうとゴールから遠のくらしい。

 

 だが俺は、妙な違和感があった。

 神様の直感と目指すゴールは同じでも、通るルートが良くないような、あの感じだ。

 どうもボタンをかけ違えているような……。

 

 多分だが、屋上でアヤが直感の予測を飛び越えてきたのが発端になっている。そんな気がする。

 

 ……だが、いずれにせよ。

 アヤの心の負担を考えた場合。

 俺は時田と、今、対峙する必要があると思った。

 

 

 ガララ。

 

 目の前で扉が開き、そこから時田が出てきた。

 他のクラスの女子に囲まれている。

 どうやら実行委員のミーティングがあったようだ。

 

「およっ、ぼーやんじゃん」

 

 女子の一人が、俺に声を掛けた。

 それには返事をせず、まっすぐ時田を見据える。

 

「時田、今日時間ある? 少しでいい」

 

「ん、なんだぼーやん?」

 

 時田は、少しだけ緊張した面持ちで答えた。

 一方の俺は、できるだけ温和な顔を作る。

 

「アヤのことで、大事な話がある」

 

 周りの女子たちが、目を見張った。

 時田は唇をグッと引き結んでから、俺を睨んだ。

 

「……俺も、ぼーやんにちょっと話あったわ。お化け屋敷寄らないといけないから、その後でいいか? メールする」

 

「ああ、じゃあ後で」

 

 時田はふいっと顔を背けると、向こうへ歩いていく。

 俺も時田を背にして、校舎出口へ向かった。

 

 

***

 

 

 カキーンッと、爽快な音が響く。

 

 俺は、学校からほど近い場所にあるバッティングセンターで、時田を待っていた。

 ベンチに座り、バッターボックスに立つ人たちを眺める。

 

 小学校の頃、アヤに連れられて何度か来たことがある。

 アヤはソフトボールにハマっていて、よくここで練習をしていた。

 中学に入り、アヤはバッドを握ることはなくなったようだが。

 

 ――帰れ。

 

 さっきから直感が警告してくる。

 

 俺はスマホの時計を見た。

 十六時過ぎだ。

 本来だったら、実行委員の時田は忙しくて、こんな時間に抜け出すなんて難しいだろう。

 

 そんなことを思いながらぼーっと入り口を眺めていると、歩いてくる時田の姿が見えた。

 

「よお、ぼーやん」

 

「悪いな、忙しいのに」

 

「いや、いいよ。とりあえず打とうぜ」

 

「そうだな」

 

 時田が近くの自動販売機でコインを買った。

 俺もコインを買い、二人でバッターボックスに並ぶ。

 

 遠くのモニターに野球選手の姿が映し出され、振りかぶる。次の瞬間、ピッチングマシンから球が飛んできた。

 

「ぼーやんって、野球やったことあったっけ……かっ!」

 

 カキンと音がして、斜め前方にボールが飛んでいく。

 野球部でもないのに、見事なスイングだ。

 いろんな女子が時田に惚れるのも分かる。

 

「いや、やったことないな」

 

 俺の目の前を、豪速球が通り過ぎる。

 

 俺は、球技の類いが昔から苦手だ。

 昔アヤと来たときも、俺はバットに球を当てるのすら苦戦していた。

 

「まあ、ぼーやんだしな。俺も、超久しぶりだわ。アヤ、こういうとこ来たがらないから……なっ!」

 

 カキンと音がして、ボールが斜め横に飛んでいく。ファールだ。

 

「へえ、デートで来たことないのか」

 

 言いつつ、俺は思い出す。

 中学の時、アヤはめずらしく愚痴っていた。

 バッティングセンターに誘ったら、時田に「そんなとこ行ってもつまんねーだろ」と断られたのだと。

 

「デートはさ、基本アヤが行きたそうなとこに行くからな」 

 

「そうか」

 

「まあ、今週末もデートすんだけどさ、そん時は俺の行きたいとこに付き合ってもらうつもり。ラブホとか……なんつって」

 

「そうか」

 

 俺の気のない返事に、時田は少しだけイラッときたようだ。

 

「ぼーやん、明日さ……後夜祭でベストカップル賞ってあるだろ? あれ、俺とアヤが選ばれるらしい」

 

「そうか」

 

「最近あんま構ってやれなかったからさ、ちょっとしたサプライズっつーか、まあ……多分アヤ喜ぶんだわ」

 

 赤ずきんと狼の仮装のことだろうか。

 さっきから勝手に選ばれて困っているという口ぶりだが、実際は時田もかなり企画に関わっているようだ。

 

 というか、どうやら時田は俺とアヤが屋上でキスしたことを知らない。

 色んな人が見ていたから、てっきり時田の耳にも入ると思っていたんだが。

 これも、神様の仕業だろうか。

 

 そんなことをぼーっと考えていると、豪速球がまたしても俺の目の前を通過した。

 

「ぼーやん、せめてバットくらい振れよ」

 

「ああ、そうだな」

 

「……で、話ってなんだよ」

 

 一通り俺への牽制が済んだからか、時田が本題を聞いてきた。

 

 俺は、バットを振る。

 ボールが目の前を通り過ぎる。

 格好はつかないが、俺は淡々と言葉を告げた。

 

 

「アヤに、告白したよ」

 

「は?」

 

 目を見開いた時田が、向こうのバッターボックスから俺を見ていた。

 

「アヤと、付き合おうと思う」

 

 俺の目の前を、ボールが通過する。

 こちらを凝視している時田の背後でも、ボールが通り過ぎるのが見えた。

 

「いや、何言ってんのぼーやん、ないだろ……人の彼女だぞ」

 

 まったくだ。

 俺だったら殺意が湧くと思う。

 

 でも、俺は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「アヤと、別れて欲しい」

 

「はい?」

 

 時田の目に、怒りが宿る。

 

「別れるわけねーだろ、何年付き合ってると思ってんだよ! 人のもんに手ぇ出そうとすんじゃねーよ!」

 

 すごい剣幕だ。

 

 そうだよな。

 俺だったら、奪おうとする男が現れたら絶対に許さない。

 何と言われても、絶対に別れないだろう。

 例え、アヤの気持ちが離れてしまっていたとしても。

 

「てか、ユカリは? お前告られたんじゃねーの!?」

 

 時田は、それを知っているのか。

 どうやらユカリと時田は協力関係にあったようだ。

 

「断ったよ」

 

 バットを振る。

 ボールが通過した。

 

「いやいや、ユカリも可愛いだろ! 多分すっげーエロいぜアイツ」

 

「そうか」

 

「つーかお前、女に興味あったのかよ」

 

「アヤにだけ」

 

「はぁ!?」

 

 時田の後ろを、何個ものボールが通り過ぎている。

 

「いやお前はずっとアヤの幼馴染っつーか、保護者だろ、だから安心して任せてたのによ! だいたい俺とアヤが付き合うのプッシュしたのお前だろ!」

 

「そうだな。でもずっと好きだった。それに気づいたんだ」

 

 ごめんとは言わない。

 言い訳もしない。

 ただまっすぐ時田の目を見て、事実を言う。

 

「はぁ!? いつだよ?」

 

「修学旅行で」

 

「修学旅行って……まだ二週間前だぞ!」

 

 時田は必死に、俺を諦めさせる糸口を探しているように見える。

 

 しかし。

 どうして時田は、俺が告白したと言ったのに。

 「アヤはなんて返事したんだ」と聞かないのだろうか。

 

 決めるのは、アヤだろうに。

 今の時田には、それを考える余裕もないのだろうか。

 

 時田は、再びバットを振り始めた。

 カキンと音が鳴り、ボールが横に飛んでいく。ファールだ。

 

 時田が背中越しに、俺に話しかける。

 

「てか、どこが好きなんだよ」

 

 試すような口ぶりだ。

 男がマウントを取ろうとする時の。

 

「どこって言われてもな……」

 

 改めて問われると、迷う。

 

「……笑顔が可愛い」

 

 とりあえずそう答える。

 

「チッ、結局顔かよ。いやまあ、俺も超タイプだったし……いつもスッピンだから誰も気づかねーけどさ、化粧なんかしたら、すっげー化けんだぜアヤは」

 

 それは、知ってる。

 後は――。

 

「笑い声も可愛い」

 

「あー分かるわ……アヤさ、たまーにすっげーエロい声出すんだぜ」

 

 時田が得意げに言う。

 自分のほうがアヤのことを知っているんだ、アヤとはこんな所まで進んでいるんだと。

 

 俺が黙っていると、時田がさらに言葉を続けた。

 

「カラダだってよ……むっちゃ柔らけーし」

 

 それも知ってる。

 

「あ、エッチな意味じゃねーからな! そういう目で見んなよ、アヤはそういうの苦手なんだ」

 

 分かってる。

 でも俺はもう、アヤをそういう目でしか見れない。

 

「おいぼーやん、俺は内面とかの話してんだよ! ルックスばっかヤラシイ目で見てんじゃねーよ」

 

 内面か。

 それこそ数えきれないくらいある。

 

 俺はとりあえず一つ挙げてみる。

 

「いつも明るい」

 

「そりゃな。そう見えるかもだけど、アイツ……たまにめんどくせーとこあるぜ。意外に人見知りだしよ、断れねー性格だし。何でもかんでも受け入れんなって、俺もよく注意してんだ」 

 

 そうだな。

 アヤの数多ある短所の一つだ。

 周りが傷つかないように、誰にも嫌われないように、自分が傷つかないように……いつも笑ってる。

 

 人見知りのくせに、人懐っこい。

 カナヅチなのに、誘われるとプールでも川でも海でもホイホイ付いて行ってしまう。

 滅多に怒らない。

 平気で変顔ができるくらい、思いきりもいい。

 それなのに、誰よりも泣き虫だ。

 妙なところで自分に自信がないし。

 元気だけが取り柄と豪語するくせに、家では「疲れた~」とか「ダルい~」を連呼する。

 

 俺は、そんなアヤが大好きだ。

 

 

 黙っている俺に苛立ったのか、時田が強い口調で言った。

 

「なあぼーやん……勝負しようぜ」

 

「勝負?」

 

「三球勝負だ。ヒットの多いほうが勝ち。俺が勝ったら、アヤを諦めてくれ」

 

「は?」

 

「じゃあ俺から……なっ!」

 

 カキンと小気味いい音がして、ボールがピッチングマシンのあたりまで飛んでいく。ヒットだ。

 

 どうやら、俺が勝った場合の条件はないらしい。

 

 俺は、とりあえずバットを振った。

 目の前をボールが通り過ぎる。

 

 隣でガキンと鈍い音がして、時田の背後にボールが跳ねた。ファールだ。

 

 俺もバットを振る。

 またもや、空を切った。

 

 時田のほうからカキンと音がして、ボールは横に逸れた。ファールだ。

 

 これで次に俺がヒットを打てなかったら、俺の負けらしい。

 

 

 まったく。

 決めるのはアヤだろう。

 こんな勝負に何の意味もない。

 

 だが、できれば負けたくない。

 望む未来に、少しでも近づけるために。

 

 

 ――負けておけ。

 

 神様の直感が囁いた。

 俺の意思とは、真逆の言葉を。

 

 ――時田に勝たせておけ。

 ――油断させておけ。

 ――そのほうが大きなダメージを与えられる。

 

 大きな、ダメージ……?

 

 

「ぼーやん、ラスト勝負の一球だぞ! 正々堂々諦めろ!」

 

 時田が、プレッシャーを掛けてくる。

 俺は、ピッチングマシンから飛んでくるボールを見つめた。

 

 ――半歩前に出ろ。

 

 負けさせるために、神様が囁く。

 俺は前に出ず、とりあえずその場にとどまる。

 

 ――今だ、振れ。

 

 なるほど。

 なら、一か八か――。

 

 俺は神様の直感からわずかに遅れて、バットを振った。

 

 カキンッ――。

 

 自分の手元から爽快な音がした。

 打った感覚はない。

 しかし確かに俺のバットはボールを捕えて、大きく孤を描いて飛んでいった。

 

「うっそだろ……」

 

 俺もびっくりだ。

 時田が見上げる先で、俺の打ったボールが遠くのネットに吸い込まれた。多分、ホームランだ。

 

 

 しばし呆然としていた時田が、俺のほうを向く。

 時田は開き直ったような顔をして、言った。

 

「…………まあ、決めるのはアヤだ」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺も、そう思う。

 

 

 

 

 バッティングセンターを出て、去っていく時田の後ろ姿を見送る。

 

 これで、少しは時田も心の準備ができただろうか。

 アヤから別れを告げられても、多少は納得できるように。

 

 ――――。

 

 神様の直感が、急ピッチで軌道修正しているのが分かる。

 最適解から、少し逸れてしまったようだ。

 今回の俺の行動もまた、イレギュラーなものなのだろう。

 

 ……ここまで直感と噛み合わなかったのは、初めてかもしれない。

 

 この力は、いつだって最適解を示してくれる。

 アヤを手に入れるゴールへの、最短ルートだ。それは分かっている。

 

 だが、今回直感が導こうとしているルートは、アヤの心が考慮されていない。そんな予感がする。

 

 俺は、ほんの少しでも。

 アヤが傷つかないで済むなら、遠回りな道を選びたい。

 

 ――――。

 

 そんな俺の意思を知ってか知らずか。

 神様の直感は、ひたすら軌道修正をしていた。

 

 

***

 

 

 夕暮れ時。

 俺はアヤの家の前で、ぼーっと立っていた。

 

 道の向こうから、夕陽に照らされたアヤの姿が見えた。

 そのシルエットが、だんだん大きくなってくる。

 

「アヤ、おかえり」

 

 俺の目の前で立ち止まったアヤは、夕陽よりも真っ赤な顔をしていた。

 

「……待ってなくていいって言ったじゃん……っ」

 

「正門では待ってないよ」

 

 「そうだけどさ」と言って目を伏せるアヤは、どこか嬉しそうだ。

 

 

「……アヤ、大丈夫だった?」

 

「……うん、いっぱい、全部話して……みんな難しい顔してたけど、分かってくれた……と思う」

 

 アヤの表情を見れば分かる。

 きっと、女友達たちにいい顔はされなかった。

 それでも自分の気持ちを正直に話して、伝えたのだろう。

 

 思わず抱きしめようとしたとき、アヤが口を開いた。

 

「あのね、ぼーやん」

「ん?」

「明日私、後夜祭……出るね。出て、そこで、終わらせるから」

 アヤは、俺をまっすぐに見つめていた。

 その目には、覚悟が宿っていて――。

 その瞬間、キーンと耳鳴りがした。

 

 

 ――行かせるな。

 

 

 神様の直感が、イメージを送り込んでくる。

 これは、未来の記憶だ。

 ――俺は、舞台袖でアヤを見ていた。

 壇上には、赤ずきんの格好をしたアヤと、狼の耳と鼻を付けた時田。

 観衆からは「キースッ、キースッ」と煽るようなコールが響いている。

 アヤの女友達はみんな黙っていた。アヤが事前に俺とのことを打ち明けたからだろう。

 時田がアヤの肩を掴む。

 しかし、アヤは「ごめん」と言ってキスを拒んだ。

 「は、どゆこと!? ここでキスしねーと変だからっ!」

 「ごめん、もう……付き合えない」

 「はぁ?」

 時田の顔が、あからさまに曇る。

 「あの、ね――」

 「いや、とりあえずキスしとこう」

 すると、妙な空気を察した司会の生徒がマイクを握る。

 『おっとー! 赤ずきんのイヤイヤ焦らしかぁー!?』

 どっと湧く観衆たち。

 時田がアヤに顔を近づける。

 掴む指が、アヤの肩に食い込んだ。

 「やっ……!」

 アヤの声が、ぎりぎり歓声にかき消えない程度に響く。

 前列の観客には聞こえたのだろう、怪訝な顔を浮かべ始めている。

 時田も、慌てて手を離した。

 アヤは、真剣な顔で時田を見つめる。

 「……ごめんね、もう、別れよう」

 「クソ……!」

 時田も、うすうすは察していたのだろう。その場でしゃがみ込んでしまった。

 『おっとおっとー、まさか振られてしまったのかー!?』

 司会の生徒が顔に焦りを滲ませつつ、冗談ぽく盛り上げる。

 またしても、客席は笑い声に包まれた。不穏な空気を察した前列以外は。

 時田はなんとか立ち上がり、アヤに声を掛ける。

 「……後でちゃんと話そう。とりあえず戻んぞ」

 そう言ってアヤの手を掴み、舞台袖に引っ込んでくる――。

 俺は、流れ込んでくるイメージに、少しだけ吐き気を覚えた。

 しかし、なおも神様の直感は未来の記憶を送り込んでくる。

 ――舞台袖に引っ込んでくるアヤと時田。

 そこに、俺が待っていた。

 「……ぼーやん」

 時田が、すごく嫌そうな顔をした――。

 

 未来の記憶は、なおも続く。

 ――舞台袖で、俺は時田と向かい合う。

 「時田、俺、アヤを奪った」 

 アヤの前で、ごめんとは言わない。これ以上負い目を感じさせたくないから。

 「ふざけんなっ!」

 ドンッと大きな音。

 時田が、壁を殴っていた。

 目を血走らせて、俺に掴みかかってくる。

 「んだよそれっ! ぼーやんよおぉっ!」

 時田は俺をぶん殴ろうとして、堪えた。

 そんなことをしても無駄だと頭では分かっているのだろう。

 「つかなんなんだよっ! 俺が何したっつーんだ、ああ!? なんで今日なんだよ! 実行委員でどんだけ忙しかったと思ってんだよ! アヤのためにここまでしてやったのによぉっ!」

 時田が狼の耳と鼻を床に叩きつける。

 「マジふざけんなよぼーやんっ!」

 時田は、激昂していた。

 アヤに振られることは、もしかしたら心のどこかで分かっていたのだろう。

 でも今の時田は、それだけではなく。

 舞台上で恥をかかされ、メンツを潰されたから、ここまでキレている。

 「ちくしょう、許さねぇ……」

 取り乱す時田の様子を、アヤは黙って見ていた。

 泣き虫のアヤが、涙をこらえて。

 やがて、静かに口を開く。

 

 「ごめんね時田、私が……悪いんだ」

 

 そんなアヤを、時田は呆然と見つめる。

 その瞳は、いつかリョウジさんの店の前にいた、あのストーカー男に似ていて――。

 ――俺はそこで、未来の映像をシャットアウトした。

 

 俺はアヤを、こんな目に遭わせるつもりはない。

 私が悪いだなんて、言わせない。

 荒れた時田を見るアヤの顔は、苦しそうだった。

 

 ……絶対に、あんな顔をさせない。

 

 神様の直感も、俺がそう思うことは分かっているはずだ。だから今回は、()()()()()()()として見せてきたのだろう。

 

 最適解へ、俺を導くために……。

 

「――明日私、後夜祭……出るね。出て、そこで、終わらせるから」

 アヤが、さっきのセリフを繰り返した。

 違う。

 どうやら、ここからがもう未来の記憶だったらしい。

 

 俺は、アヤに微笑みながら頷いた。

「うん、分かったよ」

 そう返事をしておく。

 今ここでダメだと言っても、アヤは納得しないだろうから。

 

 アヤは俺の返事に、フッと安堵のため息をついた。

 ――後夜祭に行かせるな。

 ――絶対に。

 

 神様の直感が、俺に警告を発する。

 

 分かってる。

 これは、まったく同感だ。

 絶対に、アヤを後夜祭には行かせない。

 

 

 ――それでいい。

 

 

 キーンと耳鳴りがした。

 直感がまた、未来の記憶を送り込んでくる。

 今度は、最適解のほうだ。

 

 ――夕暮れの教室に、俺はいた。

 お化け屋敷が半分ほど片付けられている。

 窓の外、体育館のほうから軽快な音楽と歓声が聞こえてくる。

 他の生徒たちは、後夜祭に行ったのだろう。

 そんな寂しい教室で、俺は、アヤとキスをしていた。

 俺とアヤの吐息が混ざり合う。

 舌と舌が絡まり。

 アヤの乳房が上下に揺れる。

 激しい水音が教室内に響きわたる。

 俺とアヤは、互いを激しく求め合っていて。

 

 

 アヤは、幸せそうに笑っていた。

 

 

「ぼーやん、じゃあ……また明日ね」

 

 アヤの声で、現実に引き戻される。

 さっきと同じ、頬を赤らめた笑顔だ。

 

「うん、また明日」

 

「おやすみ、ぼーやん」

 

 まだ、夕方なんだけどな。

 睡眠をこよなく愛す、アヤらしい挨拶だ。

 

 苦笑しつつ、俺も言葉を返す。

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 名残惜しそうに家に入っていくアヤを見送る。

 と思ったら、アヤがドアからヒョコッと顔を出した。

 

「ぼーやん、風邪引くなよ」

 

「アヤもな。お腹出して寝るなよ」

 

「お腹は出してないよっ」

 

 他にどこを出すというのか。

 俺はまた、苦笑してしまう。

 

 

 今度こそ、ドアがガチャリと閉まった。

 しばらくして、二階のアヤの部屋に明かりが灯る。

 

 俺は、しばらくその窓を見上げていた。

 窓際には、今朝アヤが置いた猿のヌイグルミが置かれている。

 

 

「……大丈夫だから。絶対に」

 

 

 俺はヌイグルミに向かってつぶやいた。

 アヤに……自分に、言い聞かせるように。

 ポケットの中で、拳を強く握る。

 

 俺はふっと息を吐き、家路についた。

 



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幼馴染と誰もいない教室でキスをした(十六日目 土・夕方)

 文化祭最終日。

 俺は、朝早くに学校へ向かった。

 アヤの出番は午後からなので、今日は起こすことはしない。

 

 正門を入ると、すでに多くの生徒が準備に追われていた。

 校舎に入り、階段を上る。

 お化け屋敷会場となっている二組の教室に入ると、そこにもすでに多くの生徒がいた。

 

「おはよ~ぼーやん」

 

 さっそく知り合いの男子に声を掛けられる。

 その隣に、時田がいた。

 

 時田は俺にまっすぐ歩み寄ると、耳打ちをしてきた。

 

「ぼーやん、今日アヤと文化祭回るの禁止なマジで。俺今日、ずっと忙しいからさ」

 

 時田の様子を見るに、今日になっても俺とアヤとの屋上キスを知らないようだ。

 やはり、神様の仕業だろう。

 時田にはもっと衝撃的な光景を突きつけるのがいいと、直感が囁いている。

 

 俺は時田の顔から少し離れて、答える。

 

「ああ、俺今日、一日中照明係だから。アヤも出番は午後からで、午前中は友達と回るって言ってたよ」

 

「くそ、そうだった……! なんで俺、アヤとシフト被ってねーんだよ!」

 

 時田は午前も午後も仕事で引っ張りだこらしい。

 これも、神様の計らいだろうか。

 

 

 俺の照明係の仕事は、とても単純だ。

 机の上に立ち、暗幕の上から赤い懐中電灯でお客さんの足元を照らす。

 お客さんが迷わないように、ライトで先導するのだ。

 

 照明係のレクチャーを受けて、スタンバイをする。

 他の生徒たちも、徐々に緊張感をみなぎらせていく。

 フッと、教室の電気が消えた。

 

「じゃあ、お客さん入れるよ~!」

 

 入り口から、恐る恐る最初のお客さんが入ってきた。

 

 

***

 

 

 午前の仕事を、俺はつつがなくこなした。

 しばしの休憩時間に、朝コンビニで買ったおにぎりを頬張る。

 

 すると、教室の雰囲気がパアッと明るくなった。

 

 アヤが、女友達たちと入ってきたのだ。

 アヤと女友達たちとの距離感に、違和感は感じない。仲間外れにされていたりしないかと心配していたが、ひとまずはホッとした。

 

「あ、アヤ来たっ! うふふ、おめかしタイムだぞ~!」

 

 何人かの女子が、アヤのもとに集まる。

 どうやらアヤはこれからゾンビメイクをされるらしい。

 

 アヤも楽しそうに答えた。

 

「いひっ、めっちゃ恐くしちゃって」

 

 

 

 

 しばらくして。

 女子たちの集団から、アヤが姿を現した。

 

 その様相に、教室中がざわめく。

 

 アヤは、首から下に白い布をマントのように羽織っていた。

 その中は、黒いオリジナルTシャツと紺の制服スカートだ。

 

 そして、首から上はゾンビ……というよりも、アンデッドや吸血鬼のようなルックスだった。

 顔は白塗りで、目の周りはパンダのように黒く変色している。

 その目の端からは、赤い血が垂れている。

 口は裂け、まるで口裂け女だ。その裂けた口端からも赤い血が流れている。

 

 が、もともとの素材のせいか、そこまでのグロテスクさはない。

 

 メイクを担当した女子が、ドヤ顔で笑った。

 

「いいよ~アヤ、むっちゃキモい」

 

「うひょひょ」

 

 アヤが可愛い奇声を発する。

 

「ちょっと電気消してー!」

 

 メイク担当の女子が大声を上げた。

 

 フッと電気が消える。

 

 暗闇の中、パッと懐中電灯が点いた。

 アヤが、自分の顔を下から照らしている。

 そして――。

 

「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁ……!」

 

 アヤは白目を剥いて、近くにいた女子に襲いかかった。

 

「きゃあっ」

「いや、こっわ!」

「これマジもんだわっ!」

 

 女子も男子も阿鼻叫喚だ。

 

 うん、こわい。

 こんなのが真っ暗闇の中で突然現れたら、超こわい。

 

「どう、なかなかでしょ?」

 

 アヤが、満足そうに笑う。

 ニヒヒと笑うアヤも、やっぱりこわかった。

 

 

「じゃあ、いってみよー!」

 

 誰かの元気な掛け声で、午後の部がスタートした。

 

 みんなで、持ち場につく。

 雰囲気は、いつも通りだ。

 アヤへの態度も。

 俺への態度も。

 

 あんなに堂々と屋上でキスをして、広まっていないハズがないのに。

 いや、何人かは俺とアヤを交互にチラチラ見ている生徒もいた。

 でも文化祭のドタバタで、まだ完全に広まりきっていないのか。文化祭開催中はそれどころではないのか。

 

 いずれにせよ、俺とアヤにとっては都合のいい空気感だった。

 この噂の広がり具合も、神様の計らいなのだろうか。

 

「ぎゃあっ!」

 

 赤い照明と俺たちが照らす灯り以外は真っ暗闇のお化け屋敷に、大きな悲鳴が響き出す。

 

 アヤは、多くの来場客を恐怖のどん底に突き落としていた。

 そりゃそうだ。通路の陰からアレが急に現れたら、俺でも腰を抜かす。

 

 アヤは、小さい子どもが入ってくると、「大丈夫だよ、優しいゾンビだからね~」と言って、出口まで連れていっていた。

 出口に向かって、「じゃあねー」とアヤが手を振る。

 子どもも、おっかなびっくり手を振り返す。

 さすが、子どもにも好かれるアヤだ。ゾンビになってもその魅力は健在らしい。

 と思ったが……。

 

「やっぱりこわいよぉっ……」

 

 結局泣かしていた。

 

 

***

 

 

 パッと教室の電気が点く。

 

「みんなお疲れー!」

 

 いつの間にか現れた時田が声をかける。

 

 「うおおお!」と男子から歓声が上がり、教室中が拍手に包まれる。 

 お化け屋敷は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 

 あっという間に、文化祭最終日が終わった。

 

 みんなで、そそくさと後片付けを進める。

 一時間後には、後夜祭だ。

 誰もが達成感と解放感、後夜祭への期待に胸を膨らませていた。

 俺と、アヤを除いて。

 

 

 

 

 黙々と撤収作業を進める中、またも時田の声が響く。

 

「おーいそろそろ後夜祭だから、みんな行こうぜー、後片付けの残りは次の登校日でいいぞー!」

 

 教室中から、「助かった―!」「やっほー!」という声が上がる。

 

 生徒たちが湧き立つ中、時田が俺のそばにやって来た。

 

「ぼーやん悪い! 入り口の看板、倉庫に運んどいてくれないか? 俺もすぐ実行委員で行かなくちゃいけなくてさ」

 

 それこそ次の登校日でいいだろうに。

 俺がアヤと接触するのを、できるだけ防ごうとしているのだろう。

 

「いいよ」

 

「悪い、頼むな」

 

 

 俺は脚立を持って廊下に出ると、大きな看板を外す。

 「よっこらせ」と脇に抱えた。

 

 ゾロゾロと後夜祭に向かう生徒たちと反対方向の倉庫へ歩く。

 校舎裏にある倉庫に看板を置いて、スマホの時計を見る。

 まだ、後夜祭が始まるまで三十分以上あった。

 

「さて、戻るか」

 

 俺は、もと来た道を歩く。

 夕陽に染まる廊下を、ひたすら向かう。

 通り過ぎる教室に、もう生徒の姿はない。

 

 だが、お化け屋敷には、アヤがいる。

 そんな確信があった。

 

 二組の教室のドアを開ける。

 

 重なった机や備品があちこちに散らばる教室の中。

 窓を背に、夕暮れの逆光の中に、アヤはいた。

 

「アヤ、残ってたんだ」

 

「あ、うん……メイク落としてから行こうと、思って」

 

 アヤは、俺を待っていた。

 白塗りゾンビ姿のまま。

 

「アヤ、お疲れさま。今日は大活躍だったね」

 

「そうでしょ」

 

「ああ、すごく似合ってるよ、その格好」

 

 俺のからかうような言葉に、アヤはニッコリ笑った。

 

「ふふふっ……ぼーやん、そこにしゃがんで?」

 

「なに?」

 

 俺は、アヤの指差す場所――教室の真ん中あたりのスペースにあぐらをかいて座った。

 

 赤い夕陽の中から、アヤが近づいてくる。

 徐々に白塗りの顔が浮かび上がり、白目を剥いた。

 

「うわあ゛あ゛ぁぁぁ……ぁぁぁ、ぼーやんめええぇぇぇ……」

 

 アヤが不気味な奇声を発しながら、俺の肩を掴んだ。

 

 真っ暗闇じゃないからだろうか。

 それとも、汗で少しメイクが落ちているからか。

 

 正直、可愛い以外の感想がなかった。 

 目の前に、世界一可愛いゾンビがいる。

 

 俺は、手を伸ばし、ゾンビの頬に手を添えた。

 迫ってくるアヤに、そっと唇を近づける。

 

 すると、アヤが弾かれたように後ずさった。

 

「ちょっ、え、ダメダメ! せめてお化粧、お化粧落とすからっ」

 

「ああ、ごめん……つい。あまりに可愛いかったので」

 

「いやいや、ゾンビじゃんっ」

 

「アヤ、キスしようか」

 

「うっ……ん、いいよ……でも、化粧落とさないと……そこの濡れティッシュ取ってくれる?」

 

 俺は、そばにあった濡れティッシュを取ると、アヤを見た。

 

「俺が落とすよ。そこに座って?」

 

「あ、うん……ありがと。じゃあ、お願い」

 

 アヤは俺の前に体育座りでしゃがむと、目を閉じた。

 

 まるでキスをせがむような顔をしているアヤに、手を伸ばす。

 濡れティッシュをアヤのおデコに当てて、丁寧に白塗りを落としていく。

 

 まず、アヤの目から流れる血の涙を拭き取る。

 

 目の周りの黒いアイライナーとパウダーアイブロウを落としていくと、パッチリした二重まぶたが現れた。

 

 アヤの目の端と目元にだけ、黒い部分を少し残す。

 きっとマスカラをつけて、アイシャドウを塗ったら、こういう感じになるんだろう。

 

 白塗りを落としすぎないように、濡れティッシュを滑らせていく。

 

 口裂け女みたいになっていた口角のグロスを拭き取る。

 

 血のよだれは、きっちり落とす。

 

 唇の紅い色どりは、少しだけ残してみた。

 

 

「すごいな……」

 

 俺は、思わずつぶやいた。アヤには聞こえないくらいの小声で。

 

 そこには、美しくなった幼馴染がいた。

 整った目鼻立ちが強調されて、大人の色気を放っている。

 

 初めて見るアヤに、俺は見惚れていた。

 

 アヤは比較的童顔だし、いつもはすっぴんなので「愛嬌のある可愛さ」にとどまっているが、化粧をしたら一気に「美人」に様変わりしてしまう。

 そう、ずっと思っていた。

 でも今、目の前にいるアヤは、想像以上だった。

 

 

 すごく……綺麗だ。

 

 

「ぼーやん、取れた?」

 

 アヤが目を閉じたまま、いつもと変わらない調子で聞いてきた。

 

「取れたよ」

 

 俺は、嘘をついた。

 アヤが恥ずかしがって、メイクを落とすなんて言わないように。

 

「そっか、じゃあ……」

 

 アヤは、そこで言い淀んだ。

 キスしようか、と言おうとして、恥ずかしくなったのだろう。

 

 まったく。

 何度も大胆なことをしているのに。

 相変わらず、アヤはアヤだ。

 

 俺は、可愛い幼馴染に微笑みかける。

 

「アヤ、俺とキスしてほしい」

 

「うん、いいよ……」

 

 ゆっくり、唇が重なる。

 

「んっ……」

 

 グロスのせいか、いつもより潤んでいて柔らかい。

 そのぷるんとした弾力を少し舐めてみると、ほんの少し苦味があった。

 

「ちゅっ……んっ、ぼーやん、口紅、まだ残ってるよ……」

 

 アヤも気づいたようだ。

 

「……ごめん、でもこのままで」

 

「んむっ、んっ、ぼーやんっ、んぁっ……ん、んちゅ……」

 

 舌と舌が絡まり、溢れてくる唾液で、すぐにグロスの味は分からなくなった。

 アヤの両手が、俺の頬を掴む。

 口内で、舌先と舌先がなぞり合う。

 

「はぁ……んぅっ、ん、んっ……ちゅぁっ、んれ……れぉ……」

 

 アヤの甘い吐息が俺の頬に、鼻にかかる。

 呼吸も惜しむくらい、俺たちは唇をむさぼり合った。

 

 はたから見たら、白いマントを羽織ったゾンビに襲われているように見えるだろうか。

 いや、綺麗になった今のアヤなら、どっちかといえば化け物は俺のほうだ。

 さしずめ美人にキスをさせている野獣といったところだろう。

 

「んぁっ、ぼーやんっ……んむっんんっ、ふぁっ、あっ……んっ、んちゅ、ちゅぷっ、ちゅくっ……」

 

 教室が静かなせいで、舌の絡まり合う音がやけに響く。

 唾液の混ざる水音が、頭を甘く痺れさせる。

 密着しているのは口だけなのに、体中が火照って熱い。

 

 俺は、アヤのマントをめくると、その柔らかい二の腕をつかんだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 荒い吐息を漏らしながら、アヤが潤んだ目で見つめてくる。

 俺はその揺れる瞳を、見つめ返した。

 それだけで、伝わる。

 

 ――するの?

 

 アヤが、心で聞いてくる。

 

 俺は、夢中でアヤを抱き寄せた。

 

 






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幼馴染を快楽に溺れさせた(十六日目 土・夕方)

 誰もいない教室の真ん中で、俺はアヤの体温を胸の中に閉じ込めていた。

 柔らかくて温かい感触を、全身で味わう。

 ここからもう、逃したくない。

 

 昨日、時田と対峙したせいだろう。

 アヤを、独り占めしたくてたまらない。

 アヤの全てを犯して、めちゃくちゃにしたい。

 

「まって、ぼーやん……」

 

 アヤの声に、ハッと我に返る。

 

「うん?」

 

 俺は沸き上がる獣欲をひた隠して、優しく聞き返す。

 

「後夜祭、始まっちゃう、から……」

 

 アヤの声色の中に、本当は行きたくないという心が見え隠れする。

 

「大丈夫。まだ先だよ」

 

 あと十分くらいは、先だ。

 

「だからって……」

 

 ――ここ、学校だし。

 

 

 アヤはそう思うだけで、言葉には出さなかった。

 それが嬉しい。

 

「大丈夫。誰も来ない」

 

「そんなの、わかんない……よ」

 

 ――ぼーやんの心臓の音。

 落ち着く。

 好きな音。

 

 私も。

 ぼーやんと、したい。

 

 

 アヤの焦がれるような欲求が、密着する体全体から流れ込んでくる。

 

「分かるよアヤ。全部、分かるんだ」

 

「うそ」

 

 ――全部、なんて。

 でも。

 分かって。

 私の心、全部。

 伝わって。

 お願い、ぼーやんに。

 全部。

 

 

 アヤのとめどない思いが流れ込んでくる。

 

 ――後夜祭で。

 明日のデートで。

 時田と、別れて。

 別れて。

 その後。

 私、ぼーやんと、付き合える?

 ぼーやんは、大事だから。

 だから、簡単に付き合うのが、こわい。

 ぼーやんとも、別れることになったら。

 ううん、ぼーやんとはそんなことにならない。

 ならない、はず。

 高校生の恋愛で、終わるのはやだ。

 そうなるくらいなら。

 ずっと、このままでいい。

 ずっと、好きでいてくれて。

 ずっと、いつも近くで。

 だめ、そんなんじゃ。

 何も、変わらない。

 

 

 アヤの心は、ぐちゃぐちゃだった。

 

 俺と一緒になるって覚悟して。

 でも、大きな変化を目前に怯えてしまって。

 そんな自分に失望して。

 でも、また一歩を踏み出そうとしている。

 

 そんなアヤの心を全部、受け止める。

 

 大丈夫だ。

 今日、アヤは後夜祭に行かなくていい。

 時田のことも気にしなくていい。

 アヤが、屋上で飛び越えてきてくれたから。

 ここから先は、全部俺がなんとかする。

 なんとかできる、その確信がある。

 付き合ってからも。

 その先も。

 ずっと。

 アヤをもう、不安にはさせない。

 

 どうすればそれを、アヤに伝えられるだろう。

 

 

「アヤ」

 

 ――ううん。

 ぼーやん。

 何も、言わないで。

 このまま――。

 

 

「アヤがもし死ぬときは、俺がずっと、手を握ってるから」

 

 最期の時まで、俺はアヤのそばにいる。

 一秒だって孤独にさせない。

 ただ、それを伝える。

 

「ふぇ……?」

 

 アヤが、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 …………少し、未来の話過ぎただろうか。

 

 

 アヤは、小さく震えていた。

 泣いているのだろうか。

 俺の胸に顔を埋めているので判別できない。

 

 

「なんで」

 

「うん?」

 

「なんで、わかっちゃうんだよぉ……」

 

 アヤが顔を上げた。

 その目は、涙に濡れている。

 

 俺はアイシャドウが落ちないように、そっと涙を拭った。

 その指が、アヤの手のひらに包まれる。

 

 ――ぼーやん。

 ――。

 

 

 アヤから溢れ出した熱烈な情動が伝わる前に、俺は手を離した。

 これが流れ込んできたら俺も激情が爆発して、乱暴に抱いてしまいそうだったから。

 

 俺は、アヤが着ている「Haunted house」とプリントされた黒Tシャツをめくり上げた。

 たわわに実る二つのふくらみが現れる。

 そっと背中に手を回し、繊細なフリルに彩られたピンク色のブラジャーを、ゆっくり外す。

 目の前で、白い豊乳があらわになった。

 アヤの腋に両手を差し入れ、ひょいと持ち上げて膝立ちにさせる。

 豊満な乳房が、俺の視線の位置にくる。その真ん中には、桃色の可愛い突起がピンと勃っていた。

 

「あ、あの……ぼーやんっ……」

 

 少し見上げれば、恥ずかしそうなアヤの顔がある。

 俺はその潤んだ瞳を見つめながら、アヤの下乳の付け根に口づけをした。

 

「んぅっ……」

 

 ふくらみのスタート地点だというのに、舌先がアヤの柔肉の感触をとらえる。どこまでアヤの体は柔らかいのだろう。

 舌の腹を下乳のふもとにピタと当て、頂の乳首までれろんと舐め上げてみる。

 舌先が乳首を弾いた瞬間、アヤの体がビクンと震えた。

 

「あんっ……」

 

 アヤが可愛く鳴くのを眺めながら、もう一度下から上に舐め上げる。

 乳房の丘陵にそって舌を走らせると、ぷるんとした弾力が伝わってくる。感触のご褒美に悦んだ舌が、もっともっとと伸びていく。

 

「あっ、んんっ……」

 

 アヤの嬌声が鼓膜を痺れさせる。

 すでに勃起している股間が、さらに熱くなった。

 

 アヤの乳房は、重力で下乳のほうに柔肉が集まっている。

 それを舌ですくいながら一気に舐め上げ、舌全体で重量感を味わう。たゆんと舌を跳ね返すような弾力と、舌先が埋まりそうな柔らかさに脳がバグる。

 

「んっ、ひぅっ……」

 

 れろぉと乳房を下から上まで舐め上げた舌が、めくり上げたTシャツで止まる。

 それを何度も繰り返す。

 舌腹で、アヤの汗を舐め取りながら、その味を堪能する。アヤの甘い体臭が混じり、とにかく美味しい。

 舐め上げるときに通過する蕾が、クニとした舌触りから、コリっとした硬さに変わっていく。

 アヤの上体が逃げるように後ろに倒れそうになったので、背中と腰に手を回し、支える。

 そうやって拘束し、また舌を這わせた。

 

「あぅっ、うっ……んんっ、んぅっ……」

 

 アヤは俺の肩に両手を置き、必死に耐えていた。

 俺が舌で乳房を愛撫するたびに、アヤの背中が仰け反り、小さい手から震えが肩に伝わってくる。

 

 俺は、一度アヤの胸元から顔を離す。

 

 裸の上半身が、白い乳房が、俺の唾液と彼女自身の汗にまみれ、夕陽に艶めいていた。荒く息をしながら俺を見つめるアヤが、化粧も相まってすごく色っぽい。

 熱の宿ったその瞳は、俺が次に何をするのか、怯えているようにも……待っているようにも見えた。

 

 俺は、また舌を出して、わざとゆっくり乳房に顔を近づける。

 徐々に、アヤの桃色の乳首が視界の中で大きくなっていく。

 舌腹が、張り詰めた乳頭に触れた。

 

「んんっ……」

 

 舌を曲げて、硬く張り詰めた実をれろれろと舐める。

 

「んっ、はぁっ……」

 

 アヤが思いきり背中を仰け反らせた。舌先から、乳首が離れていく。俺はアヤの腰に回していた手をこちらに戻すと、下乳をすくうように掴む。わずかに力を入れると、むにゅと乳肉が中心に集まる。その頂点で尖り立った乳首に、再び舌を当てた。

 

「ぁっ、んんっ……!」

 

 アヤが目を閉じて、快感に震えた。

 乳頭を縁取る乳輪を、舌先で円を描くようになぞる。

 唇ではむと乳首を挟み、口に含む。そのまま舌で転がすと、不思議な甘味が口内に広がった。

 ちゅくちゅくと舌で唾液を塗りたくり、時おりじゅるっと吸い上げる。

 

「あんっ、ぁっ、だめっ……」

 

 俺はアヤの乳首を、夢中でしゃぶる。

 ジュジュ……ジュゾゾ……チュパという淫らな吸引音が頭に響く。

 アヤは恥ずかしいだろうに、それでも薄目の中の瞳は、しっかり俺に固定されていた。

 

「あっ、ん、ぼーやんっ……そこ、ばっかり……あっんぅ、す……わないでぇ……」

 

 アヤのせっぱ詰まった声が耳に心地いい。

 俺はアヤの願いどおり、口内から乳房を解放した。

 口から離れた乳首と俺の舌先に、細い糸がかかる。

 

 アヤの乳房を支えていた手を、ゆっくり下降させていく。

 膝立ちになっていたアヤのスカートの内側に手を入れ、パンツを下ろした。

 

「ぁっ……」

 

 アヤが小さい声を発し、すぐに唇を引き結ぶ。恥ずかしさと、俺を求める心が混ざりあった表情で、目を伏せる。綺麗な顔に浮かぶ複雑な表情が、めちゃくちゃ扇情的だ。

 

 太ももまでずり下ろしたパンツは、ブラジャーと同じピンク色だった。

 

「アヤ、立って」

 

「う、うん……」

 

 アヤが、ためらいがちに立ち上がる。

 俺は、太ももに引っかかったパンツを、ゆっくり下ろしていく。膝を通り、かかとまでいった所で、アヤが片足をわずかに浮かせた。

 

 俺は脱がしたパンツを脇に置くと、自分もあぐらをかいたままズボンと一緒に下着も脱ぎ、腰を浮かして膝下まで下ろす。

 股間の剛直が天井に向けてそそり立つ。

 

「アヤ、きて」

 

「えと……う、うん」

 

アヤが俺の両肩に手を乗せ、自身の体重を預けながら、俺のあぐらの上に足を開いて立ち、またぐ。

 

「ん……」

 

 アヤが中腰になり、そのまま腰を下ろしていく。

 その目は恥ずかしそうに、俺の胸あたりを見つめていた。

 だから俺がアヤの腰を両手で掴み、位置を調整しながらしゃがませていく。

 

 やがて俺の肉棒が、アヤのスカートの中に隠れた。

 次の瞬間、チュプと亀頭の先端が濡れた何かに触れた感触。

 すぐに、ヌププと……亀頭が温かい粘膜に包まれていく。

 

「あっ……」

 

 アヤのそこは相変わらず熱くて、柔らかくて、窮屈で……きゅうっと刺激してくる。

 俺は脳が痺れるような快感を味わいながら、ふーっと息を吐き、ゆっくりアヤの腰を下ろしていく。

 ニュルリと、肉竿が膣ヒダに飲み込まれた感覚がして、股間にアヤの柔尻が当たった。肉棒の根本まで、アヤの膣中(なか)に挿入したということだ。その証拠に、アヤの膣口が根本をきゅうきゅうと締め上げてくる。

 俺はもうそれだけで、ゾクゾクとした射精感に襲われた。

 

「んっ、あ、ぼーやんの……なかにっ……」

 

「うん、入ったよ」

 

 俺は、アヤの腰に両手を回すと、対面座位の体勢を固定した。

 腹筋と尻に力を入れ、あぐらをかいたままグッと腰を突き出す。

 

「ひぁんっ……!」

 

 アヤの小さい体が跳ね、乳房がたぷんと揺れた。

 もう一度、アヤの膣奥めがけて――突く。

 

「んっうぅっ……!」

 

 ヌチャという水音がして、アヤがまた跳ねた。

 また、突く。

 アヤが可愛い悲鳴を上げる。

 それを繰り返す。

 

 押し出すたびに、膣奥と膣口がきゅうっと肉棒を締め付けてきて、射精しそうになる。

 引き抜くときには、肉竿に柔らかい粘膜が絡みついて、精を吐き出させようとしてくる。

 その快楽に耐えながら、俺はアヤを突き上げ続ける。

 

「あんっ、あっ、ぼーやんっ、あっだめっ、んっ、ふっ、んうっ……あぁっ――!」

 

 俺の耳元で、アヤが淫らに喘ぐ。

 その度に甘い吐息が耳にかかり、ブルリと震えてしまう。

 

 ゆっくりとした抽送は、やがてヌチャ、ヌチャと断続的な水音を響かせながら、速度を上げていった。

 とめどなく押し寄せる快感に、視界がチカチカと明滅する。

 

「あっ、だめ、だめっ、声、出ちゃうっ、出ちゃうからぁっ……!」

 

 アヤが泣きそうな声で言う。

 でも、もう止められない。

 アヤの膣中(なか)に出し入れする快楽に、抗えない。

 内側で混ざり合うような幸福感を、終わらせたくない。

 

「大丈夫、声出しても、誰も聞こえない、からっ」

 

 思いきり突き上げる。

 

「あっんんっ――!」

 

 アヤが大きく跳ねる。

 この愛しい存在を逃したくなくて、彼女の背中を押さえて抱きしめる。俺のワイシャツに、アヤの胸がむにゅうと押し付けられる。

 汗でヌルヌルと滑る背中を撫で回すと、きめ細かい素肌が手のひらに吸い付いてくる。いつまでも触っていたい。

 

 突き上げるたびに、胸元の柔らかい感触が上下に移動する。今さらながら、上を脱いでいないことを後悔する。アヤの素肌を、肌で味わいたい。

 

 何度も激しく腰を押し出していると、アヤが俺の耳元で、「うっ」と呻いた。

 俺はピストンを一旦中断する。

 

「アヤ、この体勢、大丈夫? こうされるの、苦しくない?」

 

「はぁっ、はぁっ……うう、ん、だいじょうぶ……だから、ぼーやんのしたいように、して……?」

 

 ――ぼーやん。

 いつも、気遣ってくれて。

 ちゃんと、言ってくれる。

 だから、私は。

 信じられる。

 

 

 アヤの心が、温かい感情に満たされていくのを感じる。

 

 俺は、抽送を再開した。

 今度は、少し不規則に――突く。

 

「……ぁ……ぁっ……」

 

 間隔を置いて、ゆっくり膣奥へ突き入れる。

 

「ぁっ…………ぁっ……」

 

 俺が挿入するのに合わせて、アヤも嬌声を上げる。

 

「……ぁっ……んんっ――!」

 

 アヤは、さっきから何度も軽く絶頂していた。

 そのたびに、アヤの膣の一番奥が、精を吐き出させようと亀頭に吸い付いてくる。

 そろそろ、我慢の限界だ。

 

「アヤ、ちょっと、激しくするね」

 

「う、うんっ、いい、よっ……」

 

 アヤが乱れた呼吸の隙間に、なんとか言葉を発する。

 

 ズンッ――と膣奥を(えぐ)るように腰を突き出す。

 

「あうぅっ……!」

 

 ジュボ、ジュボと愛液をかき出す音を響かせ、俺は無心で腰を突き上げた。

 

「あっ、はぁっ、あっあっ、あんっ、だめっ、あっ、んっ、んんっ、やっ、あっ、あっ――」

 

 アヤの柔らかい体をかき抱きながら、腰だけをひたすら動かす。

 膣ヒダが肉棒に絡みつき、引っ掛かり、吸い付き、快感を与えてくる。

 腰の奥から這い上がってきた射精感を、もうせき止められない。

 

 出る。

 出る。

 膣中(なか)に――。

 

「アヤ、出すよ……! ぐっ、ううっ――!」

 

 強烈な快感に脳がスパークして、視界が真っ白に染まる。

 ビュク、ビュク、ビュクと大量の精液を、アヤの体の中に注いでいく。膣奥を精で塗り潰していく。

 体が浮き上がるような快感に、意識が遠のきそうになる。

 気持ちいい以外、考えられない――。

 

 

 ――きもち、いい。

 

 アヤの心が、流れこんでくる。

 

 

 ――ぼーやんの、出て、る……。

 どうして。

 こんなに、きもちいいの。

 しあわせで、いっぱいになる。

 きもちいい。

 ぼーやん、きもちいいよ。

 

 

 もう、精を吐き出したはずなのに。

 アヤの性感が流れ込んできて、快感が、止まらない。

 ずっと、永遠に、射精しているような――。

 

 

 ――。

 

 

 ――――。

 

 

「――……はぁっ、はぁっ――はぁ、はぁっ……」

 

 どっちとも分からない、吐息が激しい。

 

 ゆっくりと、お互いの体が弛緩していく。

 

 だらんと、アヤの体が力なくしなだれかかってきた。

 その柔らかい重みに、意識を集中させる。

 快楽の余韻に浸るように、ぎゅう、ぎゅうと抱きしめ合う。

 

「はぁ……んっ、く……はぁ、はぁ……」

 

 アヤは、なおも絶頂に襲われながら、息を整えようとしていた。

 

 化粧で綺麗になったアヤが、膣で俺のモノを咥えこみながら、その快感に耐えている。

 そんな光景を目の前にして、俺の情欲が収まるはずがなかった。

 

 アヤの膣中(なか)で、また硬さを取り戻していくのを感じる。

 

「んっ、ぼー……やん……」

 

 ――ぼーやんの。

 また、おおきく……。

 

 

 アヤの肩越しに、窓の外からは軽快な音楽が漏れてきていた。

 修学旅行の最終日、同室の誰かが流して盛り上がっていた、流行りの曲だ。

 後夜祭は、すでに始まっていたのだろう。

 

「……ぼーやん……?」

 

 ――まだ、するの?

 

 アヤは、激しい快感のせいで、外の音が聞こえていないようだ。

 それでいい。

 このまま、俺に溺れていればいい。

 

 俺は、トロンとした目で見つめてくる幼馴染に、唇を重ねる。

 

「んっ、んむっ……んぁっ、ん、ちゅ……ちゅぁっ、ちゅぷ……んぢゅ、ぢゅ……ぢゅる、んんぅ、んぅっ……」

 

 激しく唇を吸い合い、舌を舐め合い、唾液をかき混ぜ合う。

 

 俺もすぐに、外の音が聞こえなくなった。

 

 



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最後の選択をした(十六日目 土・夜)

 教室を照らす夕陽が、少し陰ってきた。

 

 俺たちは繋がったまま、ひたすら口内をむさぼり合う。

 アヤの小さくて柔らかい舌の裏を舐め、舌で捕まえて吸い、時々逃がす。その都度アヤは、「んぅっ」「ぁっ」と喉奥から可愛らしい音を発した。

 

 対面座位で結合した部分からは、さっき吐き出した精液とアヤの蜜汁が漏れ、股間を濡らしている。

 アヤの膣中(なか)で再び勃起した肉棒が、ビクビクと跳ねてしまう。

 またしても射精感がこみ上げてきて、そんな自分に驚く。でも、抑えられる気がしない。

 

 俺は絡まったアヤの舌をほどくと、一度顔を離した。

 

「……アヤ、上になって欲しい」

 

「ぇ、うえ……?」

 

 俺はアヤの腰を掴みながら、後ろに倒れる。

 頭が床にコンと当たり、背中に冷たさが広がる。床に仰向けになったせいで、制服に染み込んだ汗が背中に貼り付く。

 

 騎乗位の体勢で、アヤを見上げた。

 白いマントはもう脱げかけていて、黒いTシャツは首元までめくれている。露出した白い乳房は、下から見ると落ちてきそうなほどの肉感とボリュームがあった。

 夕暮れの紫と赤が入り混じった中に、アヤの火照った輪郭が浮かび上がっている。俺を見下ろす瞳には、戸惑いと……それ以上の熱が籠もっていた。

 

「あの……ぼーやんっ……」

 

 ――見られてる。

 うう、なんか……。

 すごく、恥ずかしい。

 このあと……どうすれば。

 私が、動くの……かな。

 どうやって、動けば。

 ぼーやんは、きもちいい……?

 

 

 アヤの困ったような、うかがうような心情が流れ込んでくる。

 

 俺は、アヤの腰に手を伸ばした。

 アヤの緊張を解きほぐすように、スカートの中のお尻を揉んでみる。

 

「ぁうっ……」

 

 柔らかい素肌の感触に、手のひらが喜ぶ。アヤのお尻は、指で揉み込むと柔らかく、瑞々しくて、それでいて張りがあった。

 むにむにと指を尻肉に埋めると、アヤは少し前のめりになって震えた。

 

「んっ、ぼーやん、くすぐったい……よっ……」

 

 アヤは手のひらで俺の下腹を押さえ、上体を支えている。

 大きく実った乳房が下を向き、その先端から汗の雫が落ちた。

 

 くすぐったそうに身を捩る姿に我慢できなくなり、俺は腰を突き上げた。

 

「ああっ、んっ……!」

 

 アヤのお尻を掴んで固定し、腹筋に力を入れて股間全体を持ち上げる。

 その小さい腰つきが、衝撃で跳ねた。

 アヤの腰が浮き上がり、膣口が肉棒の根本が露出する。

 重力に逆らえず、アヤの下半身が落ちてくる。

 俺はアヤのお尻が股間に当たるのと同時に、腰を突き出した。

 

「ああぁんっ……!」

 

 バチュッという音がして、またアヤの体が上に跳ねる。

 落ちてくる膣奥めがけて、また肉棒を突き出す。

 

「やぁっあんっ!」

 

 バチュッ、バチュッと、愛液まみれのお尻と股間がぶつかる音が響く。

 上下する膣に、肉棒が激しくしごかれる。

 下半身が熱く蕩けて、ゾワゾワとした快感に全身が震える。あまりの気持ちよさに、頭が溶けそうだ。

 

「あっやめっ、ぼーやんっ、はぁんっ、だめっ……も、とめっ……!」

 

 アヤは、なすすべなく浮上と落下を繰り返していた。

 たぷん、たぷんと大きなおっぱいが激しく揺れる。

 俺が腰を突き上げると柔尻が波打ち、衝撃がアヤの体を上に伝っていき、乳房を宙に浮かせる。重量感のある乳房が形を変えて揺れ動き、先端の乳首を目で追いきれない。

 

「あ゛っ、んっ……う゛っ、うぅっ、はぁっ、んぅっ……んんっ――」

 

 腰が、止まらない。

 股間で受け止めているはずのアヤが、軽く感じる。

 下半身に力がみなぎり、いくらでも突き上げることができそうだ。

 

 アヤの膣中(なか)の快感をもっと味わいたくなり、腰の動きを速くする。

 バチュッ、バチュッという音が、パンッ、パンッという乾いた音に変わっていく。

 腹筋がへこみ、腰を床にめりこませ、その反動を使って思いきり突く。

 

「あうっんんっ――!」

 

 アヤは前のめりに倒れ込んできそうになり、俺の胸と腹に手を置いて必死に体を支えた。

 

 グンと体をバネのようにして、突く。

 

「ああぁっ――!」

 

 アヤの体が後ろに反り返り、勢いで乳房が上に跳ねる。茶髪が夕陽に煌めいてふわっと広がった。そのままアヤの顎が天井を向き、綺麗な首すじが伸ばされる。

 

 衝撃で、アヤの肩から白いマントがハラリと落ちた。

 俺は、アヤの首元で止まったままの黒いTシャツにも手をかける。

 

「アヤ、脱いで」

 

 俺は抽送を止めずに、アヤに聞く。

 

「はっ、んぅっ、えっ、わかんなっ……んあっ、んうぅっ――」

 

 アヤは度重なる絶頂に襲われ、俺の言葉を受け止められない。

 俺はアヤを揺らしながら、黒いTシャツを上に脱がしていく。抵抗なくバンザイをしたアヤの腕からシャツを抜き取ると、そばに置く。

 

 アヤは全裸にスカートだけを穿いた姿で、俺の上に跨っていた。

 瞼をきつく閉じ、快感に耐えている。その目端には、涙が滲んでいた。

 

 もっと、アヤを感じさせたい。

 犯したい。

 味わい尽くしたい。

 

 獣のような欲望が、全身を支配する。

 俺は両手を伸ばして、アヤの胸元で縦横無尽に揺れる乳房を掴んだ。

 むにゅうと柔らかい弾力と、真ん中でコリと硬くなった乳首の感触を、手のひらで揉み込む。手に力を入れると柔乳の中に指が埋まり、その間から乳肉がこぼれ出た。

 突き上げによって、両手から汗でぬめった乳房が逃げ出そうとする。

 手のひらの中心で硬い突起が動いてくすぐったい。

 いつの間にかアヤの悲鳴は、「うっ」「ん゛ん」という呻くようなものに変わっていた。

 

 俺の腹の奥で、熱いものがこみ上げてくる。

 強烈な射精感に、全身がブルリと震えた。

 

 俺は、少しだけアヤの上体を押して、突き上げの角度を変える。

 アヤの気持ちのいいところを、肉棒で(えぐ)るような角度だ。

 後ろに倒れそうになったアヤが、乳房を(いじ)っている俺の腕をひしと掴む。

 

 俺は肉棒で孤を描くように、アヤの腟中(なか)(えぐ)った。

 カリ首で、アヤのクリトリスの裏側あたりの膣壁をゴリ、ゴリと(こす)るような感覚。

 瞬間、アヤの下腹部がビクンと痙攣した。

 

「あ゛ぅっ、ん゛んっ……やだっ、や……だっ、う゛っ、あ、そこっ、だめっだめっ、あぁっ、きもちっ、よすぎて……あっ、んくっ……んんんうぅぅぅっ――――!」

 

 アヤが、絶頂した。

 膣ヒダが肉棒をきゅうううっと締め付けてくる。

 搾り取られるような圧迫感と快感に、俺も脳内で嬌声を上げる。

 

 だめだ。

 出る――。

 

 絶頂でガクガクと震えるアヤを、下から突き上げた。

 

「っんはぁっ……」

 

 アヤの口から空気が漏れる。

 

 俺は何度も何度も膣中(なか)をうがち、肉棒をアヤの膣壁にこすりつけた。

 ドチュドチュという激しい音とともに愛液が溢れ出て、下腹部を濡らしていく。

 精巣から熱いものが濁流のように這い上がってくる。

 

「んぐっ……アヤ、出すよ、中に……!」

 

「いやぁっ…ああっ、はぅ、うっ…うぁっ、あっ、あっ、あっ、やああぁぁっ――――!」

 

 アヤが、ひときわ大きな声で喘いだ。

 膣中(なか)が激しくうねり、肉ヒダがぎゅうっと絡みつく。

 精液を搾り取ろうとしてくる膣圧に逆らえず、快感が尿道を上ってきた。

 そして――。

 

「ぐぅっ……!」

 

 肉棒がドクンと脈打った。

 ビュルッ、ビュルッと精液が発射され、精巣から膣奥まで一直線に吸い上げられる。

 さっきを上回る快感に、心臓が止まりそうだ。

 肉棒が精を送り出そうと何度も脈動し、そのたびに腰が浮くほど気持ちがいい。

 快感で体が震えて、ふわふわして、意識が飛びそうになる。

 

 

「ぼーやんっ……」

 

 俺の胸にアヤの手のひらが張り付いた。

 前のめりに体を支え、ビクン、ビクンと痙攣している。

 アヤの性感が流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやん、だめ。

 あたま、おかしく。

 きもち、よすぎて。

 あ、だめ。

 また、きちゃう。

 もう、だめ。

 これ以上は、わたし。

 こわれちゃう――。

 

「んんっ、んうぅっ――――!」

 

 アヤが、またイった。

 それと同時に、俺の全身にも快感の大波が襲ってくる。

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

 前立腺から脳天までを、絶頂が何度も往復する。

 全身で射精しているような、凄まじい快楽。

 それが絶え間なく何度も、何度も――。

 

 俺とアヤは、快楽の海に溺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……。

 

 ゆっくりと、意識が戻ってくる。

 どれくらい、正気を手放していたのか分からない。

 

 ――……ら……せ。

 

 神様の直感が、何かを告げている。

 

 

 ――揺らせ。

 

 

 その言葉を認識した瞬間、股間に血流が戻ってくる。

 ありえない。

 今、二度も射精したばかりだというのに。

 俺の肉棒は、アヤの膣中(なか)で勃起していた。

 

 ――揺らせ。

 

 腰が、勝手に動く。

 快楽を、むさぼるように。

 

 ――揺らせ。

 

 ああ、もっと揺らす。

 気持ちがいい。

 

 ドロドロに熱くなったアヤの膣中(なか)を、(えぐ)る。

 アヤの腰が、ビクンと震えた。

 

「……ぁ、だめ……ぼーやん……」

 

 腰を突き上げる。

 

「……あっ……いやっ……わたし、これ、だめっ……たえられない、よぉ、ぼーやんっ……」

 

 アヤの助けを求めるような声に、嗜虐心が湧き上がる。

 直感が俺を煽ってくる。

 

 ――感じさせろ。

 ――絶頂させろ。

 ――狂わせろ。

 ――もっと狂わせろ。

 

 ああ、何度もイかせてやる。

 

 

 ――それでいい。

 

 

 そのとき、キーンと耳鳴りがした。

 

 未来の……記憶だ。

 数十秒先の。

 

 ――廊下に、狼姿の時田が立っていた。

 アヤを、探しにきたのだろう。

 時田は教室の扉を開けて、目を見開いていた。

 

 その、目線の先。

 

 夕闇に染まる教室の真ん中で。

 俺の上に、アヤが跨っている。

 化粧を施された美少女の顔に、時田は一瞬見惚れた。

 「ぼーやんっ、あぁっ、ああっ……!」

 アヤの淫らな嬌声は廊下まで響き、その裸体が上下する。

 たわわな乳房が、激しく揺れる。

 初めて見るアヤの裸体に、時田の目が釘付けになる。

 「はげしっ、ぼーやん、はげしいよぉっ!」

 アヤが俺の頭にしがみつく。

 「好き、ぼーやん、好きっ……」

 アヤが、それを口にしていた。

 時田と別れるまでは口に出さないと決めていた、その言葉を。

 それほど、快楽に狂ってしまったのだろう。

 

 時田の息が、止まる。

 膝から崩れ落ちる。

 それでも視線をアヤから離せない。

 その股間だけは、無情にも大きく膨らんでいて。

 

 時田の目から、生気が失われた。

 

 やがて立ち上がった時田は、ゆらゆらと壁に手をつきながら、去っていく。

 次の日、アヤのスマホに時田からデートの断りのメールが届いた。

 

 しばらく学校を休んだ時田だったが、次の週には登校するようになる。

 やがて、時田は別の子と付き合い始めた。

 何度か時田に告白をしていた、一年の女子生徒だ。

 時田とその子がラブホに行くのを見た、と男子連中が噂した。

 ある日の放課後。

 廊下で、その子が他の女子たちに慰められていた。

 「あの人は、私のことを見てくれない」と、泣いていた――。

 

 

 俺はそこで、未来の記憶をシャットアウトした。

 

 

 ――もっと揺らせ。

 ――淫らな声を上げさせろ。

 ――もう来る。

 ――時田に見せつけろ。

 

 直感の声が、脳内にこだまする。

 

 

 そういうことか。

 

 

 すべては、ここに導こうとしていたんだ。

 俺とアヤのセックスを、俺に感じているアヤを、快感に溺れるアヤを、時田に見せつける。

 

 それも、より劇的な形で。

 時田に立てないほどのショックを与え、アヤを完全に諦めさせる。

 それが、直感の導く最適解。

 

 だから昨日、時田に会ってはいけなかった。

 バッティングセンターでの勝負も、負けさせようとしたんだ。

 そのほうが、時田が油断しているから。

 身構えないから。

 より大きなダメージを、与えられるから……。

 

 

 ポタッと、俺の胸に水滴が落ちてきた。

 

「……ぼー、やん……おねが……い……もう、ゆらさないでっ……」

 

 アヤが、泣いていた。

 快感に身悶えながら。

 もう少し揺らしたら、アヤは快楽に狂うのだろう。

 狂わせたい。

 見せつけたい。

 今見た、未来の記憶通りに。

 そんな暴力的な衝動が、奥底で沸き上がる。

 

 

 ふぅっと、息を吐く。

 

 

 

 

 俺は、選択することにした。

 

 

 

 

「アヤ……少し、休もうか」

 

 腰の動きを止める。

 

 涙で濡れるアヤの頬に手を添えると、コクっと頷いた。

 

 俺はゆっくり起き上がると、アヤを胸の中に包んだ。

 汗だくの小さな裸体が、苦しそうに上下している。

 

「ごめん、暴走した」

 

 俺は床でシワだらけになっていた白マントを掴むと、アヤに頭から被せた。

 

「俺の心臓の音、聴いてて」

 

 優しく抱きしめながら、言う。

 アヤは、マントの中でコクリと頷いた。

 

 

 俺はゆっくりと振り向き、来るはずの人影を待つ。

 

 やがて廊下側の窓越しに、狼のシルエットが現れた。

 時田だ。

 何かを探すように、狼の突き出た鼻がキョロキョロしている。

 

 上履きで歩くかすかな音が、廊下にこだました。

 アヤを抱きしめる力を少しだけ強め、心臓の音しか聞こえないようにする。

 

 やがて。

 扉の前まで来た時田が、立ち止まった。

 扉の窓に貼られた赤いセロファン越しに、狼の輪郭が浮かぶ。

 扉を開けなければ教室の中は見えない。息を潜めていれば、俺たちがいることにも気づかないだろう。

 

 ドクン、ドクン――。

 

 しんと静まり返った教室で、心臓の音だけがうるさい。

 アヤを不審がらせないよう平静を保ち、心拍数を抑える。

 

 

 ドクン、ドクン――。

 

 

 ドクン、ドクン――。

 

 

 ドクン、ドクン――。

 

 

 

 

 狼のシルエットが、横を向いた。

 

 時田をやりすごせたらしい。

 狼の影が、去っていく。

 

 

 俺はふうっと、また大きなため息をついた。

 

 

 時田に見せつけるのは、間違いなく最適解だった。

 後夜祭に行かせないことで、時田のストーカー化を防ぐ。

 その上で、完膚なきまでにアヤを諦めさせる。

 ……昨日までの俺だったら、迷わずこの最適解を選んだだろう。

 

 でも昨日、アヤが屋上で――みんなの前でキスをしてきて。

 女友達たちに、打ち明けに行って。

 別の選択肢が、生まれたんだ。

 

 

 俺は、マントにくるまったアヤを、もう一度抱きしめる。

 

 別に、時田に同情して、この選択をしたわけじゃない。

 ただ……。

 

 見せたくなかった。

 

 アヤの胸を、肌を。

 裸を。

 感じている顔を。

 化粧をして綺麗になった顔を。

 時田にも……誰にも。

 

 ただ、それだけだ。

 

 

 ――――。

 

 

 神様の直感が、軌道修正を始めた。

 最適解に代わる、新たなルートを導き出そうとしている。

 脳がぎゅるぎゅると回転し、再計算しているような感覚だ。

 

 昨日、時田に「アヤをもらう」宣言をしただけでは足りなかっただろうか。

 なら……。

 

 俺は、くるぶしのあたりに引っかかっているズボンに手を伸ばす。

 スマホを取り出すと、短い文面を打った。

 

 

『時田、アヤはそっちには行かない』

 

 

 送信ボタンを押す。

 

 これで、どうだろうか。

 

 

 

 

 ――――――問題ない。

 

 

 

 

 直感が、そう結論付ける。

 このルートが、正解になった。

 

 全身から、力が抜けていく。

 いつの間にか握り込んでいた拳を、ゆっくりと解く。

 

 俺は、深呼吸をした。

 

 

 教室の窓の外から、壮大な感じの音楽が聞こえてくる。

 昨日屋上で聞いた、あのクラシック曲だ。

 後夜祭で、吹奏楽部が演奏しているのだろう。

 

 

「ぼーやん、後夜祭、始まってる……」

 

 アヤが、マントの中から顔を出した。

 

「そうだね」

 

「行か、なきゃ……」

 

 アヤの表情が強張る。

 俺は、そんなアヤに微笑みかけた。

 

「もう、行かなくていい」

 

「え?」

 

「行かなくて、大丈夫だから」

 

 俺は、時田に送ったメールを見せる。

 

 アヤが、息を呑んだ。

 

 俺はさらに言葉を続ける。

 

「昨日、時田に会って、言ったから」

 

「……なん、て?」

 

「アヤと、別れて欲しいって」

 

 アヤが、固まった。

 心の声が、伝わってくる。

 

 ――ぼーやんの、ばか。

 私も、並び立つって決めたのに。

 ぼーやんと、一緒に。

 悪者になるって。

 なのに。

 ばか。

 ぼーやんのばか。

 

 

「ばか……ばかぼーやんっ、ばか、ばかっ……!」

 

 アヤが、俺の胸に頭突きをした。

 

「ああ、馬鹿だ」

 

 色んなことを気にして。

 直感にも何度か逆らって。

 遠まわりして。

 

「ばか、ばかあほっ、あほぼーやんっ! 私だって……!」

 

「ごめん」

 

「許さない」

 

 ――ううん、違う。

 ごめんは……私のほうだ。

 

 ぼーやん。

 

 ここまでしてくれて。

 ありがとう――。

 

 

 俺は、アヤの髪をゆっくり撫でた。

 

 遠まわりしたけど。

 最適解ではなかったかもしれないけど。

 俺とアヤは、これでいい。

 この道で、問題ない。

 

 

 いつの間にか、吹奏楽部の演奏が穏やかな旋律に変わっていた。

 俺は胸元のアヤに話しかける。

 

「アヤは、この曲好き?」

 

「……ちょっとだけ。吹奏楽部、楽しみにしてたのに。ぼーやんのせい……」

 

「ごめんね」

 

「……いいよ。ここで、聴けるから」

 

 アヤが、優しい声色で言った。

 

 俺は、アヤにもう一度微笑みかける。

 今度はアヤも、ふにゃりと微笑んだ。

 

 ゆっくりアヤに顔を近づける。

 アヤの瞼が、静かに閉じる。

 俺は、肩の荷が降りたような顔をしている幼馴染に、唇を重ねた。

 

「……ん……っ……んっ……」

 

 俺たちは、この日一番静かなキスをしていた。

 肌を密着させながら、アヤの体を後ろに倒す。

 

 アヤの背中が床につく前に、マントを敷く。

 床はけっこう冷たいから。

 

 俺は、繋がったままだったアヤの膣から、肉棒を引き抜いた。

 その性感に、アヤが「んっ」と反応する。

 膣口から愛液と白濁液が溢れ出し、マントを濡らした。

 

「アヤ、スカートも、脱がすね」

 

「う、うん‥…」

 

 相変わらず恥ずかしがる様子に苦笑しつつ、スカートに手をかける。

 サイドのジッパーを下げると、そのまま掴んで腰から引き抜いていく。

 

 アヤの、綺麗な性器があらわになった。

 愛液でぐっしょり濡れそぼる秘所に、つい見惚れてしまう。

 すると、アヤの両手が魅惑的な局部を隠した。

 

「……ぼーやんも、脱いで、よ……」

 

「ああ、うん」

 

 俺はとりあえず膝下に引っかかったままのズボンと下着を脱ぐ。

 ワイシャツのボタンを外して脱ぎ捨てると、中のインナーシャツも脱いだ。

 全身汗だくだったから、外気にさらされると少し寒い。

 

 生まれたままの姿で、アヤを見下ろす。

 白いマントの上に寝転がったアヤの裸は、美しかった。

 

 全裸のアヤが、手を伸ばしてくる。

 手のひらが、俺の火照った頬に添えられた。

 

「ぼーやん、きて」

 

 俺は、その手に誘われるように、アヤの体に覆いかぶさる。

 アヤの後頭部と床のあいだに手のひらを差し込み、即席の枕にする。

 そうして、アヤの耳元にキスをした。

 ブルリと震えたアヤを温めるように、体重を乗せていく。

 胸板でアヤの乳房がむにゅうと潰れ、コリと硬い突起を感じる。こそばゆくて心地いい。

 腹が、アヤの柔らかいお腹と密着する。

 太ももで、アヤの太ももを開いていく。

 股間がアヤの下腹部に合わさると、まるであるべき場所に還るように、肉棒が蜜壺に浸されていった。

 

「あっ、んんっ……」

 

 丁寧な挿入に、アヤが感じ入ったように喘ぐ。

 

 アヤの手が、俺の背中に回される。

 俺はアヤの揺れる瞳を見つめながら、正常位の体勢でゆっくりと腰を動かし始めた。

 

「ぁっ、んっ……あっ、ぼーやん……あっんっ……」

 

 チュプ、チュプと、小さい水音が下半身から響く。

 満たされていくような快感が、じんわりと全身に広がる。

 

 

 ピコンッ――と、軽快な音が鳴った。

 

 アヤの頭のそばに、いつの間にかスマホが放り出されている。

 画面が光り、女友達からのメッセージが流れていく。

 どうやら、仲良い者同士のグループチャットのようだ。

 

『アヤーどこー?』

『こないの~?』

『吹奏楽終わったぞ~』

『てか、ぼーやんといるってホント!?』

『え、マジで』

『時田がぼやいてた』

『おお、マジか……』

『ぼーやんがやりやがった』

『そゆことかい』

『なるほどね~』

『思いきったのぉ~』

 

『おっけ』

『こっちは任せとけー』

 

 

 そこまで見て、俺はほっと息をつく。

 

「……んっ……あっ、うぅっ……」

 

 俺は、頑張った幼馴染の髪を、もう一度撫でた。

 そのまま、半開きの唇にキスをする。

 

「んちゅっ、んっ……ぁ、あむっ、ん……ちゅ……ぁっ、あっ、ぼーやん……ぼーやんっ――」

 

 

 夕闇に沈む教室で。

 

 俺たちは一つの熱になった。

 

 



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幼馴染への愛してるを飲み込んだ(十六日目 土・深夜)

 夕陽が沈み、薄暗くなった教室で、俺とアヤは絡み合っていた。

 もう後夜祭の音は聞こえない。終わったのだろうか。時間の感覚がないから分からない。

 

「んっ……あっ……」

 

 アヤの息遣いが耳に心地いい。吐息は熱く、不規則だ。

 少し顔を離してみると、アヤの横顔を月明かりが照らしていた。そういえば、今日は満月だった。

 

 俺が股間をわずかに動かすだけで、アヤが可愛く鳴く。

 同時に温かい膣中(なか)がきゅっと肉棒を圧迫してくる。

 俺とアヤは繋がったまま、そのわずかな刺激に揺蕩(たゆた)っていた。

 肌と肌が密着して、溶け合っているみたいに気持ちがいい。

 

「ぁっ……ぼーやんっ……」

 

 アヤが、濡れた瞳で見つめてくる。

 もう何度目かの口づけの催促だ。

 俺は、視界いっぱいの美少女の顔に近づく。快感を逃がすような声が色っぽくて、それだけでゾクッとしてしまう。

 漏れ出た吐息が俺の頬をあたため、アヤの体内がいかに熱を帯びているのかが分かる。

 唇が触れそうな距離まで近づくと、アヤのほうからキスをしてきた。

 

「んっ、んむっ……んちゅ、ちゅぁ……ぁむ、んっ、んあっ……」

 

 もう何十回としている口づけ。なのに初めてのようにドキドキする。

 しっとりした弾力が伝わってくる。唇の隙間を舌先でちろと舐めると、すぐにアヤの舌が伸びてくる。柔らかくてヌメりの増した舌は、時おり俺の口内まで侵入してくる。

 俺は軽く吸い上げながら、口内で舌と舌を絡ませる。

 

「ちゅくっ、んちゅっ……んちゅろ、じゅる、んんっ……」

 

 

 アヤが両手を俺の後頭部に回して、ぎゅうっと抱きしめてきた。

 顔と顔が密着し、口内の吸着感が増す。舌を根本から舐め上げると、「んんっ」と、アヤの喉の奥で鳴いた。互いの唾液を口内でかき回し、あふれてアヤの口端からこぼれる。

 呼吸をしたそうな吐息を感じ、俺は複雑に絡み合った舌を解きながら、半開きのまま口を離していく。舌先と舌先の間に、銀糸がかかる。

 

「ふあっ、んっ……ぼーやん、いい、よ……」

 

 もう何度目かの、抽送のお願いだ。ひたすら快感を求めるような声色に、アヤの膣中(なか)で肉棒が硬くなる。

 

「動くね」

 

「ぅん……」

 

 アヤは辛うじて返事をした。

 俺は体の前面を押し当ててアヤの凹凸を潰しながら、腰を力ませて押し込む。

 

「んくっ……ふっ……」

 

 アヤが快楽に耐えようと両目をギュッと閉じた。

 俺は膣奥に押し当てた肉棒を、ゆっくり引いていく。行かないでと言わんばかりに肉ヒダがぎゅうぎゅうと締め付けてくる。その刺激に全身が震える。アヤの一番敏感な所をカリ首で引っ掛けながら抜いていった。

 そんなもどかしい抽送を、ゆったり繰り返す。

 

「はぁっ、あっ……ぼーやんっ、んぁっ……んぅっ……」

 

 アヤが喘ぎ声の中で、うわ言のように俺を呼ぶ。薄目を開けて、俺がいるかを確認する。そしてまた、快楽に襲われて目を閉じる。

 俺は、ここにいるよと瞼にキスをする。

 

 この表情を独占しているのが俺で、本当に良かった。

 そう思った瞬間、何度目かの射精感が押し寄せてきた。

 

 俺はアヤの細い体をぎゅっとかき抱き、今度は俺のほうからキスをした。

 唇を重ねながら、膣中(なか)の奥深くに肉棒を埋め込んでいく。ぬちゃっと粘っこい水音が響いた気がする。快感で思考が(とろ)けて、何も分からない。

 

「んんっ、んぁっ……ちゅぅっ、くちゅっ、ぁっ……ぼーやんっ、んむっ、んんんっ――」

 

 上と下で、アヤの粘膜をむさぼる。

 俺の舌の動きに合わせて、アヤの舌もヌルヌルと絡みついてくる。腰を動かすとアヤの舌がビクンと震えて、喉奥から嬌声が鳴る。快感を逃すような吐息がその隙間からこぼれ出る。

 きゅっと膣中が収縮し、俺の肉棒が快感を伝えてくる。

 アヤの膣内は狭いのに、何度も絶頂したせいかヌメりが増して容易に出し入れできる。熱い膣肉がうねりながら肉棒に掴んでくる。精巣ごと下半身が飲み込まれていくような感覚だ。

 

「んちゅっ、んんっ、んぁっ、あぁっ……んむっ、ぁっ、んちゅっ、ちゅっ、んむ……」

 

 呼吸混じりの喘ぎ声が、苦しげ音になる。快感を逃しきれないのだろう。アヤの絶頂が近い。

 俺も、もう限界だ。

 

 全身のほとんどを吸着させながら、腰だけを小刻みに動かす。

 ぐちゅぐちゅと音を立てながら膣肉をかき分ける。大きく腰を振っているわけではないのに、溶け合うような感覚が快感を増幅させていく。

 だめだ。

 肉棒が、股間が、腰が、全身が気持ちいい。

 ふわっと体が昇天しそうな快楽が押し寄せてきて、腰が震えた。

 

「ぐぅっ――!」

 

 喉奥からうめき声が出る。

 肉棒がぐんと跳ねて、ドクッドクッと精が吐き出されていく。

 その瞬間、膣奥がぎゅううっと亀頭に吸い付いてきた。

 ビリビリと痺れるような快感が走り、白い光が脳を染める。下腹部が力む。太ももがガクガクと震える。想像を絶する気持ちよさに、頭がおかしくなりそうだ。

 

「んんっ、んくっ、ぁっ、んんんんっ――――!」

 

 俺の口腔内で、アヤが絶頂した。震えながら、俺の体をぎゅうと抱きしめてくる。その全身から汗が吹き出し、体を硬直させていた。

 アヤの唇が絶頂から逃れるように、俺の口から離れる。しかしアヤの痙攣は止まらない。

 

「――ぷぁっ……ぁっ、んっぁっ、あっ、ぁっ、あっあっ、あんんんんっ――――!」

 

 アヤが歯を食いしばって再び絶頂した。

 密着したアヤの体が、ビクビクと振動する。

 膣内に愛液が溢れ、肉棒をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

 

「うぐっ……!」

 

 膣奥と膣口に肉竿を絞り上げられ、また射精した。

 横隔膜が激しく上下して、うまく呼吸ができない。苦しさと快感が同時に襲ってくる。

 ドクドクと精を流し込んでいる感覚が止まらない。

 実際には空っぽだからか、アヤの膣がもっともっとと強く搾りこんでくる。

 俺は、また意識を手放した。

 多分、アヤも。

 

 

 

 

 気づくと、俺はゆるやかな射精感の中にいた。

 意識を手放さないギリギリの快感が、ずっと続いている。

 

 アヤを見ると、「ぁっ、ぁっ」と喘ぎながら瞳はどこかを彷徨っていた。

 まだ絶頂が続いているようだ。

 

 やがて、アヤの体が弛緩していくのを感じた。

 同時に、激しい吐息が漏れ始める。

 

 「はぁっ、はぁっ」という荒い呼吸とともに、アヤの体が上下に動く。

 肌を重ねて一体になっているのに、少し動くとアヤの凹凸が認識できた。

 アヤの胸のふくらみや、真ん中の突起の感触が愛おしい。

 薄い肌を通して、心臓の音が直接伝わってくる。トクトクと小さく波打つそれは、アヤにとっては激しいものなのだろう。

 

 俺は、アヤを落ち着かせるように頭を撫でる。

 

「アヤ」

 

 優しく呼びかけてみる。

 何かを探すように泳いだ瞳が、俺を見つめた。

 安心させるように微笑み、ちゅっとキスをする。

 

 唇を離すと、ふんわりと微笑むアヤがいた。

 

「ぼーやん」

 

 甘く切ない声で、アヤがつぶやく。

 

 重なり合った肌を通して、アヤの心が流れ込んできた。

 

 ――ぼーやん、あったかい。

 やさしい。

 きもちいい。

 大好き。

 ずっと、このままでいたい。

 

 違う。

 私。

 ずっと、このままでいれるんだ。

 ずっと、ぼーやんと一緒に。

 

 

 アヤの心が、確信で満たされていくのが分かった。

 

「ぼーやん……」

 

 落ち着いた吐息を漏らす口が、静かに囁いた。

 

「なに?」

 

 俺も、小さく聞き返す。

 

 アヤは一度唇を結ぶと、俺の目をじっと見つめた。

 

 

「私も……手、握ってるから」

 

 

 包み込むような笑顔が、月明かりに照らされる。

 

 俺の心臓が、ドクンと脈打つ。

 それは、アヤの精一杯の返事だった。

 今できる、最高の。

 

 俺はつい溢れ出そうになる「愛してる」を飲み込んで、もう一度、幼馴染にキスをした。

 

 








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幼馴染にジュースを奢ってもらった(十七日目 日・朝~夜)

 震えるような寒さで、目が覚めた。

 瞼を開けると、教室の天井と蛍光灯。

 

 左腕に痺れを感じる。

 顔を向けると、アヤの寝顔が間近にあった。

 鼻先がアヤの鼻先に当たって心臓が高鳴る。

 アヤは俺の左腕を枕にして、すうすう寝息を立てていた。

 小さな吐息が、温かくて心地いい。

 

 ぼうっとする頭で、昨夜のことを思い出す。

 

 アヤを、敷いたマントの上に寝かせて。

 正常位で繋がって。

 時々キスをして、見つめ合って。

 二言三言、言葉を交わして。

 時間を掛けて、ゆっくり腰を動かして。

 アヤは何度かイって、俺も何度か果てて。

 吐き出す精は空っぽだったけど、そのせいか射精感が終わらなくて、ずっと気持ちよかった気がする。

 

 その後もずっと、俺たちは繋がりを解くことなく、抱きしめ合って。

 また口づけをして、頬にも、肩にも、指にもキスをして、他にもあちこち――。

 

「ん……」

 

 隣のアヤが小さくうめいた。

 頭を動かして、俺の肩のあたりに寄ってくる。

 アヤの裸体を包んでいるマントがするすると落ちて、滑らかな肩が露出した。

 

 俺はその肩にマントを掛け直す。

 

 そうだ、昨日は体中にキスをし合っているうちにお互い眠くなってきて。

 アヤがうとうとしていたから、マントを掛けて。

 俺も、その隣で意識を手放したんだ。

 

「へっくしっ」

 

 思わずくしゃみが出て、ブルリと震える。

 自分の体に目を向ければ、マントが辛うじて腰に掛かっているだけだった。

 

「さむっ……」

 

 俺はアヤを起こさないようにゆっくり腕を抜くと、体を起こした。

 

「いつつっ」

 

 ずっと床に寝ていたからか、背中や体の節々が痛い。

 腕枕をしていた左腕など、肘から下が痺れて感覚がない。

 

 俺は左肩を揉みほぐしながら、マントに包まれたアヤを眺める。

 絵画のように美しくて、可愛い寝姿だ。

 数多あるアヤの魅力が、また一つ増えた。

 

 俺はゆっくり立ち上がると、床に散らばった服を回収した。

 下着とズボンを穿き、アンダーシャツを着ると寒さがだいぶ和らいだ。

 

 スマホを見ると朝の四時半を過ぎたところだった。

 どうやら教室に戻ってくる生徒はいなかったらしい。

 これも、神様の計らいだろうか。

 

 そんなことを思いながら、教室の窓に近寄る。

 空が濃く青みがかっていて、校庭の向こうの家々がうっすら見えた。

 日の出が近いのだろう、遠くの地平が朝焼けでほんのり赤らんでいる。

 

 

「……んぅ、ぼーやん?」

 

 呼ばれて振り向くと、アヤが顔だけをこちらに向けていた。

 朝日もさしていないのに、まぶしそうに俺を眺めている。

 

「アヤ、おはよう」

 

「お゛はよぉ……まだ寝る……?」

 

「いや、そろそろ起きようか」

 

「んぅ……」

 

「アヤ、体は大丈夫?」

 

「んぅ……」

 

 どうやら、大丈夫らしい。

 

 アヤはその後十五分くらいかけて、マントから這い出てきた。

 

 

***

 

 

「ぼーやんごめん、濡れティッシュある?」

 

 アヤに言われて、昨日ゾンビメイクを落とした濡れティッシュの箱を見つける。

 床に座ったままマントで身をくるんだアヤに手渡すと、「あっち向いてて」と言われた。

 

 背後でモゾモゾと音がする。

 汗や愛液や、俺の唾液にまみれた体を拭いているのだろう。

 やがてスルスルと衣擦れの音がし始めた。

 

「いいよ」

 

 振り向くと、服を着たアヤがいた。

 黒いTシャツと紺の制服スカートには所々シワが寄り、髪の毛も寝癖が立っている。

 その姿がなんだか色っぽくて、俺は顔が熱くなるのを感じた。

 

 俺はごまかすように、教室の扉のほうを向く。

 

「トイレ行ってくるよ」

 

「あ、私も行く」

 

 

 

 

 トイレから出てきたアヤは、寝癖がほんの少し直っていた。

 

「お待たせ~」

 

 言いながら歩いてくるアヤは、まだ少し眠そうだ。

 俺はスマホを手に取り聞いてみた。

 

「アヤ、朝帰りのこと家になんて言おうか。うちは多分大丈夫だけど」

 

 アヤがトイレに行っている間、家にはメールをしておいた。文化祭の打ち上げが盛り上がり、友達の家で徹夜をしてしまったと。

 

「あー……協力を要請してみる……」

 

「協力って、友達に?」

 

「うん……」

 

 言いながらアヤはスマホをいじり始めた。心なしか緊張しているようだ。

 次第に、眉が困ったようにハの字になったり目を泳がせたりし始めた。昨日、女友達から届いたメッセージを読んでいるのだろう。

 やがて意を決したように指を滑らせる。

 

 すぐにピコンと音がした。

 

「あ、返事来た」

 

 アヤが急いでスマホを見つめる。

 

「…………みんな、昨日は泊まってたみたい。私も……一緒にいたってことにしてくれるって……」

 

 どうやらアヤの女友達たちも、誰かの家で一夜を明かしていたらしい。

 

「よかったね」

 

「うん……!」

 

 アヤは、笑顔で頷いた。その顔は本当に嬉しそうだ。

 

 ニコニコしていたアヤだったが「あっ」と何かに気づいたように俺を見た。

 

「ん?」

 

「ぼーやんごめん……あのさ、ぼーやんも一緒にいたってことにしてくれないかな……?」

 

「いいけど、なんで?」

 

 むしろ余計な誤解を生んでしまうと思うのだが。

 

「ぼーやんも一緒だったって言えば、うちの家族も少しは安心するだろうから……」

 

「なんだそれ……まあ、いいけど」

 

 相変わらず、アヤの家の俺への信頼感はどうなっているのか。

 

「ありがと、助かる……!」

 

 アヤが、またスマホをいじりはじめる。今度は家族向けにメールを打っているようだ。

 

 一段落したあたりで俺は声を掛けた。

 

「アヤ、ちょっと文化祭回ってから帰ろうか」

 

「いいねっ!」

 

 アヤが目を輝かせて微笑んだ。

 

 

 俺たちは、特にあてもなく校内を歩いた。

 誰もいない廊下に朝陽が差し込んでくる。

 それだけで空気が暖かくなっていく。

 

 眠気覚ましに適当な展示を見て回る。美術室に入ると、所狭しと色々な展示物が並んでいた。

 

「うわ、見てぼーやん、あれカッコよくない?」

 

 アヤが並んだ絵画の一つ――男の人がガッツポーズをしている謎の肖像画に近づいていく。

 まじまじと絵を見つめるアヤに、俺は言ってみる。

 

「アヤも、絵を描いてみたら?」

 

「……うん、そうしようかな」

 

「俺、アヤの絵好きだし」

 

「あ、りがと……じゃあ今度ぼーやん描いてあげるよ!」

 

 それは、本当に嬉しい。

 

 俺たちはその後も、どの絵が一番好きかを言い合ったりして美術展示を楽しんだ。

 

 

 

 

 一通り校舎を回った後、階段近くのベンチに座る。

 アヤは自販機の前に立って、飲み物を吟味していた。

 

「ふぅ……」

 

 俺は凝り固まった肩を回して、ついでに伸びをする。

 いつもの校舎の匂いに混じって、早朝の澄んだ空気が鼻を通り抜ける。

 いつもとは違う角度からさす太陽が、廊下を白く照らしていた。

 

 そんな光景をぼーっと見つめていると、目の前に茶髪のショートヘアがずいっと現れた。

 

「ほい、ぼーやんの」

 

 そう言ってアヤがミネラルウォーターを手渡してくる。

 黒いTシャツから伸びる白い二の腕がまぶしい。

 

「ああ、サンキュー」

 

「いいってことよ」

 

 アヤは炭酸水を美味しそうに飲んでいた。

 俺もミネラルウォーターのキャップを開ける。

 ちょうど水が飲みたいと思っていたんだ。

 

 ゴクリと一口飲むと、体が思った以上に水分を欲していたことに気づく。喉を鳴らし一気に飲み干した。

 今まで飲んだ水で一番美味しく感じる。

 

 多分、アヤが選んでくれたからだ。

 

 

***

 

 

 アヤの家の前に着く頃には、朝の七時を回っていた。

 

「じゃあねぼーやん、また連絡する」

 

「うん。お家の人に怒られたら俺に言って。一緒に謝りに行くから」

 

「ああうん……怒られるとは思うけど、多分大丈夫だよ」

 

「そっか」

 

「うん……」

 

 しばし、アヤと見つめ合う。

 おそらく考えていることは一緒だ。

 俺から口火を切る。

 

「……今日、時田と会うって話、どうなったの?」

 

「……結局、会おうって……メール来てた。話がある……話し合おうってさ」

 

「そっか」

 

「うん」

 

「俺も行こうか?」

 

「いやっ、大丈夫……だから。ちゃんと、伝えてくるよ」

 

「そっか。なら、待ってるよ」

 

「うん、待ってて」

 

「何かあったら、俺に連絡して」

 

「うん、連絡する」

 

「じゃあね、アヤ」

 

「おやす……じゃなかった、またね、ぼーやん……二度寝すんなよっ」

 

「アヤもな。ベッドで一休み、とか思っちゃダメだぞ。百パーセント寝るから」

 

「……寝ないし」

 

 どうやら一休みはするつもりだったらしい。

 

 俺は手を振る幼馴染に手を振り返し、家路についた。

 

 

***

 

 

 お昼が過ぎた頃。

 

 俺はあてもなく電車に乗り、あてもなくターミナル駅に来ていた。

 

 なんとなく水族館の前で立ち止まる。

 中学のとき「アヤが水族館デートではしゃいでいた」と、時田が自慢げに話していたのを思い出す。

 なんとなく、時田は今日ここにアヤを連れて来る気がしたのだ。

 

 入場口のほうを見ると、ちょうど落ち合っているアヤと時田が見えた。アヤは制服姿だ。

 ランチを避け、現地で会うことにしたらしい。

 お互い表情は暗い。

 

 時田は何事かを話しかけてアヤが小さく頷いた。二人で水族館の中へ入っていく。

 

 俺も急いでチケットを買い二人の後を尾ける。

 

 問題ない。

 そう直感で確信している。

 

 大丈夫だ。

 このデートでアヤは時田に別れを告げる。それ以外は何も起こらない。

 

 確信しては、いるのだが。

 気づけば勝手に足が動いていたのだ。

 

 

 案の定、アヤと時田の雰囲気は最悪だった。

 微妙に距離を置き、水槽を眺めて回っている。

 途中で二言三言、時田が何かを言う以外は、二人の顔が向き合うことはなかった。

 

 四十分ほどで水族館を出た二人は、繁華街のほうへ歩き出した。

 時田がスタスタと前を行き、アヤがその二歩後ろを歩く。

 

 奥まった路地に入ったところで、時田がアヤを振り返った。やけに真剣な顔をしている。

 俺はアヤの後方の曲がり角から覗いているからアヤの表情は見えない。

 見えないが、アヤの目が見開いているのは分かった。

 

 そこがラブホテルの前だったからだ。

 

 問題ない。

 そういう確信がある。

 

 確信は、あるのだが……。

 

 俺はいざという時に投げられるよう、満タンにしたミネラルウォーターのペットボトルを握りしめる。

 

 

 やがて、時田の口が何かを告げた。

 アヤは、首を横に振る。

 すると時田が、半歩アヤに近づこうとする。

 アヤは、素早く後ずさった。

 

 時田は戸惑ったような表情を浮かべると、ゆっくり息を吸って、吐いた。

 ごまかすように笑い、また二言三言アヤに告げる。その口が「ごめん」を形作るのが辛うじて分かった。

 

 少しして、時田が背中を見せて通りの向こうへ歩き出す。

 アヤも時田の後ろ姿を見送ることなく、こっちに振り返る。

 

 俺は急いで身を隠し、その場を後にした。

 

 

***

 

 

 アヤからメールが来たのは夜の九時を回った頃だった。

 スマホを見ると、短いメッセージが光っている。

 

『時田と、別れたよ』

 

『そっか』

 

 返事を打ち込み送信ボタンを押す。

 

 素っ気ないかもしれないが他にかける言葉はない。

 そしてこの話題も、これで終わりだ。

 

 しばらくすると画面が光り、アヤからのメッセージが表示される。

 

『ぼーやん、家で怒られなかった?』

 

 スマホを返信画面にして、指を滑らせる。

 

『俺ん家はまあ大丈夫だった。アヤは?』

 

『うちも、まあ大丈夫だったよ』

 

『登校日って、明後日だっけ?』

 

『確か、そう』

 

『じゃあ、明日はゆっくり休んで』

 

『ぼーやんもね』

 

『明後日、寝坊しないように』

 

『ぼーやんもね!』

 

 なんでもないやり取りを続ける。

 

 俺とアヤは、明日会ったりしない。

 多分、電話もメールもしないだろう。

 

 インターバル期間にしては短いかもしれないが、俺たちなりのケジメだ。

 

 

 しばらく他愛のないメールを続けていると、部屋の外から姉貴が「リュウジ風呂入れ~」と声を掛けてきた。

 

『風呂入ってくるよ。姉貴がうるさいから』

 

『じゃあ私もお風呂入って寝るね』

 

『うん、おやすみアヤ』

 

『おやすみ、ぼーやん』

 

 俺はスマホを机に置いた。イスに深くもたれかかり、ふぅと小さいため息をつく。

 

 机の上のアナログ時計がカチカチと小さい音を刻んでいる。

 

 

 俺はイスから上体を起こし、スマホに手を伸ばした。

 

 ――『アヤ、好きだよ』

 

 無性に伝えたくなり指を滑らせる。

 送信ボタンを押そうとして、止めた。

 今日別れたばかりのアヤに、さすがにゲンキンすぎるかと自重する。

 

 スマホを置いて、立ち上がる。

 風呂に入るべくドアに向かうと視界の端でスマホが光った。

 近寄って表示されたメッセージを見る。

 

 

『ぼーやん、大好きだよ』

 

 

 一瞬、時が止まる。

 アヤが、初めて気持ちを伝えてくれた。

 

 スマホを持つ手が震える。

 頭がカーっと熱くなる。

 胸がドキドキして、痛い。

 

 

 俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。

 

 






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【ユカリ視点】幼馴染に恋する人に恋をした(十八日目 月・午後)

次話はぼーやん視点に戻ります。


 私がアヤと仲良くなったのは、高校に入ってすぐだった。

 

 同じクラスになった当初は、この子とは仲良くなれないだろうな、と思った。

 アヤは明るくて元気で、誰からも好かれる子で……だから私とは住む世界が違うのだと。

 

 私は中学時代「勉強ばかりするマジメちゃん」だったから、そんな自分を変えようと高校デビューした。勉強もそこそこするけど、人付き合いも無難にこなす、親しみやすい女子高生。それが私の作り上げたキャラクターだった。

 

 だから、根っから人当たりのいいアヤとは、本質的には違うのだと。

 そう思った。

 でも、違った。

 

 アヤと知り合って、「ユカリン」というあだ名を付けられて。

 私がつい「ユカリでいいよ」と真顔で言ったとき、アヤはすごく気まずそうに謝ってくれた。

 その表情に、一瞬怯えが見て取れて。

 ああ、この子も私と同類なんだ、と直感的に分かった。

 何かが恐くて、自分を作っている子なんだと。

 根はマジメで、臆病な子なんだと思った。

 私と、同じように、

 

 だからか、私とアヤは不思議と気が合った。

 

 そうしてアヤと遊ぶうちに、幼馴染のぼーやんを紹介された。

 

 ぬぼーっとしていて、アヤのおじいちゃんみたいな人。

 それが私の第一印象だった。

 

 でも、なんとなくぼーやんを見ているうち、その印象は変わっていった。

 不器用で、嘘がつけなくて、優しくて、誠実な人。

 私は、自然と恋に落ちていた。

 

 そして、すぐに気づいた。

 ぼーやんの視線が、いつもアヤに向いていることに。

 アヤを気遣って幼馴染として接しながらも、本当は恋心を抱いていることに。

 私がぼーやんを見るのと同じ眼差しで、アヤを見つめていたから。

 

 でもどうやら、ぼーやんは自分の気持ちに気づいていないようだった。

 あんなに分かりやすいのに、クラスの誰も、アヤも、当の本人ですら、その恋に気づく人はいなかった。

 私を除いて。

 

 

「――なあ、ユカリ聞いてんの?」

 

 せっかく気持ちを整理していたのに、時田が口を挟んできた。

 

「聞いてるよ、アヤに振られたんでしょ~」

 

 私は今、ファストフード店で時田とテーブルを挟んで座っていた。せっかくの振替休日だというのに。

 

 時田がポテトを食べる手を止める。

 

「いや、振られたっつーか、一旦別れたっつーのかな……少し距離を置く、ていうか」

 

 この期に及んで時田は、そんなことを言う。

 話半分に聞いていたところによると、どうやら時田は昨日、アヤに「やり直せないか」と迫ったらしい。それで、何を思ったのかラブホテルに誘ったんだとか。馬鹿だ。

 で、結局、アヤに別れを切り出された。

 

「せっかく私がいろいろ協力したのに、水の泡だね~」

 

「いやちゃんと、ユカリのアドバイス取り入れて……頑張ったし……」

 

 私が助言したのは、アヤとちゃんと向き合って、彼女の意思を尊重して、誠実さを見せるということだ。

 それが何を勘違いしたのか、ベストカップル賞でサプライズをするとか、体の関係を求めるだとか、明後日の方向に突き進んでしまった。

 アヤの気持ちが離れているのに気づいて、焦ってしまったのだろう。

 その気持ちは、分からなくもないけど。

 

「ベストカップル賞、恥かかなくて良かったね~」

 

「……知らねーよ」

 

 アヤのクラスの女子たちが、実行委員会に掛け合ったらしい。

 組織票のヤラセだから、アヤたちの一位受賞は撤回して欲しいと。

 困った実行委員長が時田に聞くと、「それでいい」と了承したもんだから、二位のカップルが繰り上げ受賞して、狼と赤ずきんの仮装も引き継がれた。

 なんだかんだで、後夜祭はそれなりに盛り上がった。

 

 客席からは時田とアヤじゃないの? という声も上がったけど、わずかだった。

 屋上でぼーやんとアヤがキスしていた、仲良さそうに文化祭を回っていたという噂がけっこう広まっていたから。

 みんな、なんとなく恋模様の顛末を察していたのだろう。

 

「俺、もっかいアヤと、ちゃんと話し合ってみるわ……」

 

 ヤケクソ気味に言う時田が、滑稽に見える。

 もう絶対に無理だと、心の底では思っているくせに。

 まるで現実逃避だ。

 

 私はスマホを取り出すと、画面を時田に向けた。

 

「時田、これ観て」

 

 動画のスタートボタンを押す。

 

 そこには、学校の屋上でキスをするアヤとぼーやんが映っていた。

 アヤのほうから、求めているように見える。

 キスが終わり、二人は幸せそうに微笑み合う。

 

 時田が、画面を見ながら固まってしまった。

 

 まあ、無理もないか。

 

 文化祭初日、ぼーやんに振られた後。

 空気を吸いたくて屋上へ上って、私はこの光景に出くわした。

 

 驚いた。

 ショックだった。

 

 幸せそうな姿を見せつけられたからじゃない。

 アヤが、自分からキスをしていたから。

 臆病で、誰よりも人目を気にする、あのアヤが。

 

 

 ……これは、勝てる気がしないや。

 

 

 吹っ切れた。

 往生際悪く私の心にくすぶっていた感情が、やっと消え去った。

気づけば、スマホで撮影していた。

 

 

「……えぇ……なんだよこれぇ…………」

 

 困ったような、泣きそうな、そんな情けない声がした。

 時田が目を見開いて、顔を歪めている。

 でもやがて、その表情がフッとゆるんだ。

 

 ああ、悟っちゃったんだな。

 どうあがいても変えられない、圧倒的なものを見せられて。

 その気持ちは、痛いほど分かる。

 

 「はああぁぁぁ……」と、時田が大きなため息をついて、大げさに頭を抱えだした。

 

「俺、なんで振られたんだ。なんで、よりにもよってぼーやんなんかに……!」

 

 その声に、ぼーやんを見下すような感情が見え隠れして、腹が立つ。

 

「それを言語化するのを、時田が怠ったからでしょ」

 

 つい、素の口調になってしまった。

 時田が唖然とした顔で、私を見る。

 

「……ユカリ、なんで怒ってんの? お前そんなキャラだっけ……?」

 

「ぼーやん馬鹿にしたでしょ~」

 

「あ? ああ……そっか悪いな。お前もこっぴどく振られたってのに」

 

 その言い方に、また腹が立つ。

 

 私は時田とは違う。

 ちゃんとベストを尽くして、まっすぐ気持ちをぶつけて、そして、ちゃんと振られた。誠実に、振ってもらえた。

 時田とは、違う。

 

「……それで、時田はどうするの~? きっぱり諦められる?」

 

 試すような私の口調に、時田は神妙な顔をした。

 

「ああ……いや、まあ……なんか、これ無理な感じするわ。まあ……ぼーやんのほうが大事にしてやれるんだろうし……。俺もまあ、一年の子に告られたりしてるし」

 

 悲しげな作り笑いが、少し痛々しい。よく見れば目元が腫れている。

 

 辛いけど、今は受け止めたくない。

 納得できないけど、納得せざるをえない。

 諦めたくないけど、諦めるしかない。

 時田の軽い口調の中にそういう苦悩が見えて、私は不思議と腹が立たなかった。

 

「そっか~、ドンマイ」

 

「いや……軽くね!?」

 

 時田のツッコミに、私は自嘲するように微笑んだ。

 

 私も、時田と同じだ。

 

 ぼーやんは、違った。

 多分、時田とアヤがうまくいっていたとしても。

 神様の不思議な力がなかったとしても。

 幸せそうなキスを見せつけられたとしても。

 きっとぼーやんは、諦めなかった。

 

 

「登校日だりいわ~!」

 

 時田が大声で叫んだ。

 店員さんや他のお客さんが、一斉にこちらを向く。

 時田のこういう所を、私は一生好きにならないだろうな、と思う。

 

「ぼーやんと会うから~?」

 

「それもある。ぶん殴っちまうかも……」

 

 実際に、そんなことをする度胸はないくせに。

 精一杯の強がりだろう。

 

「アヤをよろしく頼む、くらい言ったほうがカッコつくんじゃない? 元彼氏として~」

 

「……言えるかよ、んなこと」

 

「そっか~、ドンマイ」

 

「…………」

 

 意気消沈する時田を眺めながら、私は二週間前の修学旅行を思い出していた。

 

 

 あの二泊三日の旅行で、私は一大決心をしていた。

 

 ぼーやんに、告白する。

 

 ぼーやんはアヤへの恋心に気づいていない。

今なら、チャンスがあるかもしれない。

 そう思って。

 

 でも、修学旅行でぼーやんは、豹変した。

 アヤの姿を視線で追う様子は、恋する男の人の目だった。

 川でアヤを助けたときのぼーやんの眼差しは、愛する人を見つめるものだった。

 

 そして、アヤも変わっていた。

 ぼーやんを見つめるその目が、ただの幼馴染に向けるものじゃなかった。

 熱を帯びて、戸惑いながら揺れていた。

 私は、その感情が何かを知っている。

 そんな二人の変化に気づいたのは、私だけ。

 私だけが、突きつけられてしまった。

 

 

 入り込む余地は、多分ない。

 

 それが、私の出した結論だった。

 

 

 修学旅行の最終日。

 新幹線が最寄りのターミナル駅に着いたというのに、ぼーやんは窓に頭をもたれて眠っていた。

 みんなが降りる支度をして、通路に並びだす。

 誰も彼も疲れているのだろう。ぼーやんを起こす人はいなかった。

 私は並びながら、ぼーやんに近寄る。

 

 気持ち良さそうに眠る、ぼーやんの横顔。

 

 見ていたら、お腹の奥からこみ上げてくる感情があった。

 自然と手が伸び、ぼーやんの肩に触れていた。

 

「ん……」

 

 ぼーやんが、小さくうめいた。

 

 いろいろあって、ぼーやんも疲れたのかな。

 昨日、寝れなかったのかな。

 どんな夢、見てるのかな。

 

 私のほうが先に、好きだったんだけどな。

 

 

 気持ちがあふれて、涙が出そうになる。

 この感情を、どう処理していいか分からない。

 

 諦められない。

 諦められたら、楽なのに。

 諦めたら、いつかきっと新しい恋が見つかる。

 諦めないと、この先苦しい毎日が待ってる。

 でも、諦められない。

 

 どうすればいい。

 どうすればこの感情を消せるの。

 

 私はぼーやんの肩に触れながら、一心不乱に願った。

 

 

「どうかこの人を、諦めさせてください」

 

 

『――叶えます』

 

 

 誰かの声が、聞こえた気がした。

 

 

 それから、私はぼーやんの好みが直感的に分かるようになった。

 好きな女の子の仕草、言葉遣い、服装、雰囲気、匂い。

 素の私に似ているものもあったし、違うものもあった。

 

 私は直感の声に従って、行動した。

 ときどき、自分を変えた。

 なのに、ぼーやんはそのすべてに見向きもしなかった。

 好みど真ん中だっていうのに。

 

 ぼーやんの意識は、いつだってアヤに向いていた。

 

 可能性を一つずつ潰していく作業はしんどかったけど、ゆっくり納得していく時間でもあった。

 

 

 私は、諦めたいと願った。

 時田は、諦めざるをえなかった。

 

 でも、ぼーやんは諦めなかった。

 きっと、アヤも。

 

 

***

 

 

 時田を置いて、私はファストフード店を出た。

 

 まだ昼過ぎなので、太陽の光がまぶしい。

 涼しい風が、私の前髪を揺らす。

 夏が、そろそろ終わる。

 

 十月になれば、中間テストだ。

 今から勉強を始めても、早すぎるなんてことはないだろう。

 

「さて、そろそろ勉強に専念するかな。しばらくは勉強一筋」

 

 素の口調で、一人つぶやく。

 今度は紛れもなく、私の本心だ。

 

 

 神様の声は、もう聞こえなかった。

 

 



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屋上で思いを告げた(十九日目 火・午後)

 朝、めずらしく自然に目が覚めた。

 むっくりと起き上がり、机の上のアナログ時計に手を伸ばす。

 目覚ましをオフにすると、ベッドから降りた。

 

 疲れが溜まっていたからだろう。

 昨日は一日中、爆睡していた。多分、アヤもだ。

 今日起きられるかも不安だったが、目覚ましよりも一時間くらい早く覚醒できた。

 

 窓を開けてみる。

 涼しい朝の風が、起きぬけの体に心地いい。

 

 

 神様の直感は、もう聞こえない。

 文化祭最終日の教室で、俺が決断したあの時から。

 もしかしたら、神様なんて最初からいないのかもしれない。そんな気さえしてしまう。

 ……今となっては分からない。

 

 顔を上げて、体を伸ばす。

 空は澄み渡っていた。今日は快晴だろう。

 

 不思議と、アヤとの未来に不安はなかった。

 確信が、体中に満ちている。

 

 

「リュウジ~、起きてんなら洗濯干すの手伝え~」

 

 俺が地平を見つめていると、窓の下から姉貴の声がした。

 庭先で早朝から洗濯物を干している。主に、姉貴の洗濯物を。

 

 俺はゆっくり階下へ降りていった。

 

 

***

 

 

 俺は、アヤの家の前にいた。

 あと三十分くらいで家を出ないと、遅刻する。

 

 俺はスマホを取り出し、メールを打つ。

 

『アヤ起きてる? 今日は登校日だよ』

 

 三分ほどして、アヤから返信が来た。

 

『おきてる』

 

 二階のアヤの部屋から、ドタドタと物音がした。

 飛び起きて、急いで支度をしているのだろう。

 また普段着で出てこないといいが。

 

 二十分ほどして、ガチャッとドアが勢いよく開いた。

 ついでに制服姿のアヤも飛び出してくる。

 俺の姿を見つけると、その頬が真っ赤に染まっていく。

 

「おは、よ……ぼーやん」

 

「おはよう、アヤ」

 

 いつものようにアヤに笑いかける……はずが、なぜだかぎこちない笑顔になってしまった。

 アヤの顔に、一昨晩のメールの文字が重なって見えるせいだ。

 

 

 いつもの幼馴染の距離で、いつもの通学路を歩く。

 アヤはソワソワした様子で、落ち着きがない。

 俺も、なんだか心臓の鼓動が激しい。

 お互い、無言で歩き続ける。

 

 いつもは会話がなくても気にならないはずが、今はなぜか気まずい。妙に意識してしまっているせいだろう。

 

 

 不意に、アヤが立ち止まった。

 

「……ごめん、コンビニ寄っていい?」

 

「いいけど、どうした?」

 

 きっと、朝ごはんを食べずに出てきてしまったのだろう。

 

「……朝ごはん食べるの忘れた」

 

 

 

 

 コンビニの外で待ちながら、店内のアヤを眺める。アンパンとジュースを買ったようだ。

 

「ぼーやんお待たせ!」

 

 コンビニを出てくるころには、いつものアヤが戻っていた。

 いつもの笑顔で、人懐っこそうに近づいてくる。

 ……俺たちの初々しい気恥ずかしさは、わずか十分足らずで終わったようだ。

 

 俺も、いつもの笑顔を返す。

 

「ここで食べてく?」

 

 するとアヤは、ちょっとだけ緊張した顔で言った。

 

「……ううん、駅前の広場で食べるよ。座れるし」

 

「そっか」

 

 

 

 

 広場のベンチに並んで座る。

 駅に吸い込まれていく人々の中には、うちの学校の生徒も混ざっている。

 そのうちの何人かが俺たちに気づいて、近づこうとして、ためらう。

 俺とアヤの屋上キスが、そこそこ広まっているのだろう。アヤが後夜祭に出なかったことで、噂に拍車をかけたはずだ。

 今日の通学路は、誰にも声を掛けられない気がする。

 

 ふぅっと、軽く息をつく。

 

 隣を見れば、アヤが美味しそうにアンパンを頬張っていた。

 アヤの数多ある魅力の一つだ。

 どうしていつも、こんなに楽しそうに食べるのだろう。

 

 俺の脳裏に、小学校時代の記憶が蘇る。

 アヤと知り合ってすぐの、給食の時間。

 給食は近くの机をくっつけて班を作るので、この頃アヤは俺と向かい合わせで食べていた。アヤは相変わらずニコニコしながら給食に舌鼓(したつづみ)をうっていたっけ。

 ふと、隣の班で男子たちがふざけ合っていた。ミニトマトを相手の皿に放って、押し付け合っている。

 なんとなく、イヤだなと思った。

 向かいに座るアヤも、そんな男子たちに視線を向けていて……ボソッとつぶやいたんだ。

 「トマト、かわいそう」と。

 本当に、心の底から残念がるように。

 俺は、なぜだかその横顔から目が離せなくて――。

 

 そうか。

 あのとき俺は、アヤに――。

 

 

「アヤ、好きだ。俺と付き合って欲しい」

 

 つい、口からこぼれていた。

 

 アヤが七口目を食べようと口を開けたまま、ピタッと固まる。

 俺のほうを向いて、目を見開く。

 なんで今? と思っているのだろう。

 俺にも分からない。できれば屋上とか、ロマンチックな場所でと思っていたのだが。

 気づいたら告白していた。

 

 アヤの顔が下を向く。

 その横顔が、真っ赤に染まっていく。

 口を閉じかけて、辛うじてアンパンを唇で挟む。

 

「……うん、よろひむ」

 

 アヤが、小さく返事をした。

 

 

***

 

 

 学校に着くと、いよいよ俺たちへの視線の数は多くなった。

 物珍しげな視線を向ける者、友達同士でヒソヒソ噂をする者、なんとも言えない複雑な表情を浮かべる者、さまざまだ。

 

 アヤは緊張しながらも、一生懸命前を見ていた。

 俺も、平然と振る舞う。

 

 二組の教室に着くと、すでに何人もの生徒が忙しなく片付けをしていた。

 

「ぼーやんっ、ちょっと机並べんの手伝って!」

「あーアヤだ! 一緒に飾り外そうよ」

 

 俺たちを取り巻く雰囲気は、いつも通りだった。

 

 教室内を軽く見渡してみる。

 時田の姿はない。

 生徒たちが話しているのによると、どうやら実行委員のほうで作業があるらしい。

 

 お化け屋敷の撤収作業に追われ、午前中は怒涛のごとく過ぎ去った。

 

 

 午後になると担任の先生が来て、大声を上げる。

 

「おーい今日は授業なしなー! 片付け終わったところから帰っていいぞー」

 

 聞けば、まだ片付けが終わっていないクラスや部活があるらしい。

 特に後夜祭の準備や本番に駆り出された生徒が多く、そのせいで撤収作業が遅れているのだとか。そんなわけで、学校全体で自習日にすることにしたという。

 

 

 俺は片付けが一段落すると、アヤにメールを送った。

 

『もし用事なかったら、一緒に帰ろうか』

 

 すぐに返信が来る。

 

『帰る! けどちょっと用事あるから正門で待ってて』

 

『俺も用事あるから、もしかしたらアヤに待っててもらうことになるかも』

 

『うん、待ってるよ』

 

 俺はスマホの画面を暗くすると、そこに映る冴えない顔の俺につぶやく。

 

「さて、ケジメつけないとな」

 

 

***

 

 

 俺は、校舎の中を彷徨っていた。

 実行委員がいつもミーティングをしていた一階の会議室をのぞき、各教室を回り、屋上にも上がってみる。

 もしかしたらと思い、図書室に向かった。

 

 図書室の扉を開けると、目当ての後ろ姿を見つける。

 時田が、窓側の自習机に座って勉強をしていた。

 

 他にも勉強熱心な生徒がチラホラ、テーブルや自習机に座っている。

 俺はその中を、一直線に時田のもとへ歩く。

 

 自習机の横に立つと、時田がハッと顔を上げる。

 

「……おぉ、ぼーやんか……何の用だよ」

 

 机の上の参考書は、一冊も開かれていなかった。

 

 俺はその場でしゃがみ、座っている時田と目線を合わせる。

 時田がふいっと目を逸らす。

 

「時田に伝えたいことがあって」

 

「なんだよ」

 

 時田をまっすぐ見て、言う。

 

「俺、アヤと付き合うことになった」

 

「…………あーはいはいっ、分かったよ……分かったからちょっと静かにしろ、ここ図書室なんだぞ」

 

 時田が焦ったようにささやく。

 落ち着きなく、目をキョロキョロさせている。

 まるで追い詰められた小動物のように見えた。

 

「ああ、すまん」

 

「…………そんだけか?」

 

「ああ、それだけ言いにきた」

 

「あっそ……はいはいっ、分かったよ」

 

「じゃあ、行くよ」

 

「あー……」

 

 時田が口を開いて、言葉を探している。

 チラチラと図書室内の様子をうかがうと、大声を発した。

 

「よろしく頼むわ!」

 

 けっこうな声量に、テーブル席に座る何人かがこっちを見たのが分かった。

 まるでポーズを決めるように、明後日の方向を見ている。

 

 俺は、時田にだけ聞こえるような声で言う。

 

「ああ、幸せにする」

 

 すると、時田も音量を下げた。

 

「くそっ、重いんだよお前は……」

 

 これで、この会話は終わりだ。

 俺はゆっくり立ち上がると、出口に向かって歩き出す。

 

 背後で、時田が机に突っ伏したのが分かった。

 

 

 図書室を出て、廊下を歩く。

 

 正直、時田にぶん殴られるくらいの覚悟はしていた。

 誰も見ていない所でなら、一発くらい受けても騒ぎにはならないと思ったから。

 でも時田は思いのほか穏やかな感じだった。

 多分、諦めたのだろう……完全に。

 

 ぼーっと歩きながら、考える。

 

 別に、時田の心を軽くするために会ったわけじゃない。

 対峙して、はっきり宣言して、決別させる。

 わずかでもアヤのストーカーになる可能性を潰すために。

 

 

 さっきの時田の表情を思い出す。

 

 ……俺だったら、諦めただろうか。

 俺が時田だったら……。

 アヤの気持ちが離れたとして。

 アヤを奪うと言われて。

 実際にアヤを奪われたら。

 もし仮に、アヤと時田の情事を見せつけられたとしたら。

 

 多分、それでも俺は諦めきれないだろう。

 

 

***

 

 

 下駄箱に向かうと、アヤと女友達たちが話しているのが見えた。

 俺は咄嗟に下駄箱の裏に身を隠す。

 

 彼女たちの雰囲気は和やかで、責められているような気配は感じない。

 ホッと胸をなでおろす。

 

「アヤ、気にすることないぞ。アタシらが守ってやっから」

「そうだぞ~、マブダチじゃん?」

「さんざん話し合ったべ?」

「そうそう、アヤはマジなんでしょ?」

 

「……うん、マジだよ」

 

 アヤのマジな声に、女友達たちから「きゃー」と小さい歓声が上がる。

 

「男前になったなーっ」

「ほんならアタシらは応援するのみよ」

「二組のヤツとか一年の陰口なんて気にすんなー、ひがみっつーか、やっかみだから」

「そうそう、私らはアヤの味方だし」

 

 なるほど、アヤに心無い言葉を掛ける生徒もいるのか。

 

「うん、ありがとう。私も……覚悟決めてるから」

 

「それ何回も聞いたわ」

「お、男前やな……」

「すごいよなぼーやん、アヤをこんな風にしちゃって」

「今思うと、むっちゃベストカップルじゃね!?」

「ねえねえ、そんなにぼーやん、いいの?」

 

「うん……いい」

 

 「ひゅ~」「あつ~い」と囃し立てるような声が上がる。

 

「え、いやっ、違くてっ……」

 

 あまり、俺が聞いてちゃいけない会話のようだ。

 

 俺は廊下を引き返しながら、アヤにメールを打つ。

 

『アヤ、屋上来れる? ゆっくりでいいよ』

 

 すると、すぐに返信が来た。

 

『おっけけ』

 

 あたふたしながらメールを打ったのだろう。

 その様子を想像して、俺はふっと笑ってしまった。

 

 

***

 

 

 屋上で待っていると、ギィっと重い扉が開く音がして、アヤがやってきた。

 

「ごめんぼーやん、お待たせ」

 

 走ってきたのだろう。少しだけ息が切れていた。

 

「ううん、大丈夫」

 

 アヤが上機嫌そうな笑顔を浮かべて、俺の元までやってくる。

 いつもの表情なのに、その瞳がいつもより優しく見えた。

 

「うわー……気持ちいいねぼーやん! むっちゃ晴れてるし」

 

「そうだね」

 

 涼しい風が吹き抜けて、自然と上がってしまう体温を調整してくれる。

 しばらく、近所の家々の屋根を二人で眺めた。

 

 アヤが遠くの風景に目を輝かせながら、口を開く。

 

「でも、よく屋上開いてるって知ってたね?」

 

「さっき校舎回ったときに見つけたんだ。片付けの後、閉め忘れたんだと思う」

 

「校舎回ってたの?」

 

「ああ……時田、探してて」

 

「……そう、なんだ」

 

 どうして時田を探していたのか、アヤはいちいち聞かない。

 俺が何をしに行ったのか、何を伝えたのか、察してくれたのだろう。

 

 胸の中に、愛おしさが湧き上がる。

 

 ――愛してる。

 ――結婚したい。 

 ――ずっと一緒にいて欲しい。

 

 そんな言葉が、次々に浮かぶ。

 

 今なら、伝えてもいいだろうか。

 今が、ベストなタイミングだろうか。

 なんて、伝えたらアヤの心に刺さるのだろう。

 付き合ったばかりで、呆れられないだろうか。

 変なプレッシャーを与えてしまわないだろうか。

 そういえば修学旅行でアヤの初めてを奪ったとき、俺はプロポーズして、「むりだから」と言われたっけ。

 また、拒否されたら。

 機嫌を損ねてしまったら。

 

 そんな思いが、とめどなく湧いてくる。

 

 俺は、そんな自分に苦笑する。

 

 ああ、直感のサポートがないと、こんなに不安なのか。

 

 俺は、アヤの横顔を見つめた。

 

 アヤは、いつもこんな不安の中で、決断してきたんだ。

 不安に押し潰されそうになりながら。

 それを頑張って飛び越えて。

 この、屋上で――。

 

 

 俺は、ゆっくり深呼吸をした。

 

 本当は、不安なんてどこにも存在しないんだ。

 

 体がスッと軽くなる。

 

 

「アヤ」

 

「うん?」

 

「俺、実はブロッコリーが嫌いなんだ」

 

「へ……?」

 

 アヤが俺のほうを向いて、目を丸くする。

 

「俺、けっこう嫉妬深いと思う」

 

 アヤの目を、じっと見つめる。

 俺の真剣な眼差しに、アヤも何かを感じ取ったのだろう。「うん」と頷き、最後まで話を聞くと態度で示してくれる。

 

「独占欲も……性欲も強いほうだ。毎日二回はアヤを抱きたい」

 

「う、うん……」

 

 アヤが気まずそうに、瞳だけを泳がせる。

 

「あと、本当は朝が苦手なんだ」

 

 そうなの!? と言わんばかりにアヤの目が見開く。

 毎朝、俺がどれだけ努力しているかは、今度話そう。

 

 ふぅっと息を吐く。

 

 俺の、面倒なところは全部明かした。

 多分、これから話し合っていくことになるだろう。

 だから――。

 

 

「俺と、結婚して欲しい」

 

 

 こちらを向くアヤのショートカットが、風にふわりと浮いた。

 

 普通だったら、高校生のプロポーズなんて、恋愛に浮かれた戯言に聞こえるのだろう。

 高校生が付き合い初めにこんな言葉を言ったら、引いてしまうのだろう。

 さっき時田に言われた通り、重いと。

 でも、アヤに限ってはそうじゃないんだ。

 

 

「えっと……今、すぐ……?」

 

 アヤが確かめるように言う。その目は、真剣だった。

 

「ううん、近い将来。一生幸せにする」

 

 

 付け足せ。

 

 

 頭の中に、直感の声が響いた気がした。

 違う、これは俺の声だ。

 

 そうだった。

 一生幸せにする、だけじゃ何の約束にもならないよな。

 

 俺は、確信に満ちた声で伝える。

 

「……そのための準備も進めてるから」

 

 この二週間、寝る間を惜しんでアヤの家族の説得方法や、家庭を養っていく方法を考え、準備をしてきた。

 

 

 アヤは揺れる瞳で、じっと俺を見つめている。

 戸惑っているようにも、泣きそうにも見えた。

 その表情から、思いは読み取れない。

 

 やがて、その小さい唇が薄く開いた。

 

「……私も、嫉妬深い……と思う。他の子に、髪とか触らせないで欲しい……」

 

「うん」

 

 俺は、優しく続きを促す。

 

「私の初恋は……リョウジ叔父さん」

 

 それは……知らなかった。

 後ほど詳しく聞こうと思う。

 

「本当は、笑いたくないときも、ある。笑ってても、笑えてないとき……ある。それを、全部分かって欲しいって、思っちゃう……」

 

「うん」

 

「わっ…………」

 

 ……わ?

 

 

「私も……ぼーやん幸せにする」

 

 

 アヤは、挑むように俺を見つめた。

 相変わらず、頬は真っ赤だ。

 多分、俺も。

 

「うん、ありがとう」

 

 俺は、アヤを優しく抱きしめた。

 アヤも、俺の腰に手を回してくる。

 体温が上昇していく。

 

 俺は、ハアァーっと肺からすべての息を吐いた。

 

「……ぼーやん?」

 

 俺は小さくて柔らかい体を、さらに強く抱きしめる。

 アヤの可愛さに、理性がもちそうにない。

 

 

「アヤ」

 

「う、うん?」

 

「襲っていい?」

 

「なっ、へ!? えと……今、すぐ?」

 

 アヤが、「まさかね」という口調で聞いてきた。

 だが、そのまさかだ。

 今度は近い将来じゃない。

 

「うん、今すぐアヤを抱きたい」

 

「……む、むり、だから……!」

 

「どうして?」

 

「ここ、屋上だしっ……! あっ、ちょっ……」

 

 俺はアヤのお尻に手を這わす。二日ぶりの弾力に、股間が剛直していく。

 

「……ごめん、アヤが可愛くて、我慢できないんだ」

 

「え、えと、それは嬉しい、んだけど……ここ、屋上だからね……」

 

 アヤが子どもをあやすような口調で言う。

 それすら、俺には艶めいて聞こえた。

 

「大丈夫、こっち来て」

 

「あっ、まって……」

 

 俺はアヤの手を引いて、屋上の建物裏に連れ込んだ。

 

 






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屋上で素直な幼馴染と快楽に溺れた(十九日目 火・午後)

 屋上の建物の裏はちょうど陰になっていて、ひんやりしていた。

 午後の屋上は直射日光が熱かったからちょうどいい。

 俺は建物の壁に背中を当てて寄りかかり、戸惑うアヤを抱きしめる。

 

「ぼーやん、人、来ちゃうよ……」

 

「……大丈夫。誰にも見つからない」

 

 俺は確信を込めて言う。

 ここは屋上の出入り口の真裏なので、誰かが来たら分かる。もし人が来ても、角度的にこの場所は見えづらい。

 それに屋上は文化祭実行委員の担当だ。さっき学校を回ったとき、実行委員は一階の会議室に揃っていた……時田を除いて。

 会議室には先生もいて総括のミーティングをしていたようだから、鍵の閉め忘れに気づいたとしても、次のチャイムまでは屋上に来ることはないだろう。

 

 頭の中で確信を補強していると、アヤが俺の胸元でため息をつく。

 

「……はぁ、なんでぼーやんが大丈夫って言うと、大丈夫な気がしてきちゃうんだろ……」

 

 アヤは、困ったなぁという顔で俺を見上げると、ゆっくり目を閉じた。

 

 「召し上がれ」と言わんばかりの無防備な表情が、たまらなく嬉しい。この顔は、俺だけのものだ。

 

 愛でるように、アヤの長い睫毛にキスをする。

 いつも涙を溜めている目端、しょっちゅう赤くなる頬、上機嫌そうな口端に口づけをしていく。アヤはそれを、気持ちよさそうに浴びていた。

 

「……ふふっ、なんかくすぐったいよ」

 

 そう言ってわずかに開いた唇に、俺はしゃぶりついた。アヤの微笑みの隙間に舌をねじ込ませる。

 

「んぅっ……んっ、んはっ、ぼーやんっ……んむっ、んっんっ、んちゅ、ぁっ……」

 

 すんなり俺の舌を受け入れたアヤの口内に、炭酸の刺激を感じる。アヤの小さい舌を舐め取るとレモンの風味があった。ここに来る前に、レモン炭酸水を飲んだのだろう。

 アヤの舌の裏側をれろ、れろとすくうように舐め上げ、口内で躍らせる。控えめに絡みついてくる舌をさらに舐め回し、口内の唾液ごと吸い上げる。

 

「んぁっ、んっく、ぁっ……」

 

 苦しそうな吐息が漏れ、俺の顔を温める。

 二日ぶりのアヤの唇。二日ぶりのアヤの舌。二日ぶりのアヤの反応を、夢中でむさぼる。気持ちがいい。愛しくてたまらない。このまま犯したい。

 

 俺はアヤの意識をキスに集中させながら、抱擁に押し潰された胸元に下から手を入れる。

 手のひらを限界まで広げ、アヤの大きな乳房をなんとか包む。互いの体温で熱くなった乳肉をぎゅうと掴めば、むにゅうと指が沈み込んでいく。薄いブラウスとゴワッとしたブラジャーの感触ごと、アヤの弾力を味わった。

 

「んくっ……ん゛んっ……」

 

 複雑に絡み合った舌の奥から、アヤのくぐもった音が漏れる。苦しそうな声だ。

 俺の激しいキスのせいか、胸への愛撫のせいかは分からない。苦痛ではなく快感を感じられるようにはしているつもりだが、正直、獣欲が先行して力加減を間違えているかもしれない。

 アヤの吐息まじりの嬌声が俺の鼓膜を震わせ、理性を奪っていく。

 

 もっとアヤが欲しくて、ブラウスのボタンを上から外す。最後のボタンを外すと、ブラウスを左右に開き、また抱き寄せる。

 ブラジャー越しにアヤの乳房が押し付けられ、俺の胸板との間でむにゅうと形を変えた。柔らかい感触が、さらに俺の理性を奪う。

 さっきからキスが止まらない。いくら苦しそうな声をあげようと、俺はアヤの唇を解放することなく、口内の隅々に舌を走らせた。

 

 ――トン、と。

 アヤの手のひらが俺の胸をたたく。

 

 ハッとして、俺は抱きしめる力を弱めた。

 密着していた体を解放し、絡み合った舌を解いていく。

 ゆっくり顔を離すと、涙目になったアヤが俺を見ていた。

 

「んっ、はぁっ……はぁっ……」

 

 アヤが、やっと空気を吸えたというように荒く呼吸を整える。

 俺も呼吸が苦しかったことに気づく。肩を上下させ、口で酸素を取り込みながら、アヤを見つめ返す。

 

「はぁっ……アヤ、ごめん……ちょっと、がっつきすぎた……」

 

 アヤを完全に手に入れたことが嬉しくて、つい暴走してしまった。二日間の我慢が爆発した。今までで一番、身勝手なキスだったかもしれない。

 俺は、アヤの二の腕を掴み、ゆっくり体から切り離した。

 壁に寄りかかりながら膝を曲げ、アヤと目線の高さを合わせる。

 

 アヤは、呼吸を整えながら俺を見つめる。

 

「……びっくりした」

 

「ごめん」

 

「……ううん、いいよ」

 

「え?」

 

 アヤが、ゆっくり両手を広げた。

 

 

「ぼーやん、きて」

 

 

 涙目のアヤが、優しく微笑む。

 

 暖かい風が吹き、アヤの開かれたブラウスがふわりと舞う。

 浮かんだ薄布越しに、向こうの青空が透けて見えた。

 

 すべてを包み込むようなアヤに、思わず見惚れてしまう。

 でも、一瞬だった。

 

 体を起こし、広げられた腕の中へアヤを迎えに行く。

 

 小さくて温かい体を、ぎゅっと抱きしめる。

 

 そのまま体の位置を入れ替えるようにステップを踏み、アヤを建物の壁に追い込む。

 アヤの背中を壁に当て、俺と壁とのわずかな空間に閉じ込める。

 アヤからは、屋上の手すりも、空も見えないはずだ。視界のすべてを俺が独占する。

 

「……もう、手加減できないかも」

 

「いいよ、ぼーやんの、好きでいい」

 

 挑発的な言葉とは裏腹に。

 その揺れる瞳には、焦がれるような欲求と、ほんの少しの怯えが混じっていた。

 

「めちゃくちゃに、するよ?」

 

「……うん、いいよ」

 

 その表情は挑発的で、扇情的で……思わず本能のままに蹂躙しそうになる。

 

 まったく。

 これが、魔性ってやつだろうか。

 アヤにこんな顔で、こんなことを言われたら、男なら全員狂ってしまうだろう。

 

 でも。

 溺れたら……翻弄されたら、ダメなんだろ?

 

 手を伸ばすと、アヤがきゅっと瞼を閉じる。

 俺が獣のように襲ってくると思ったのだろう。

 

 俺は本能を手懐けながら、アヤの頬を優しく撫でた。

 

「アヤ……可愛い。好きだよ」

 

 張り詰めていた頬が、ふっと緩んだ。

 アヤがゆっくり瞼を開ける。

 その目端から、涙がこぼれた。

 

「もう……ぼーやんめっ……」

 

 アヤが悔しそうに眉間にシワを寄せた。

 違う。

 これはアヤが嬉しいのを表に出せないときの顔だ。

 俺を睨んだまま、口を開く。

 

「……私だって、好きだし」

 

 理性を失った俺に好き勝手されるのを覚悟していたのだろう。緊張しきったアヤの体から、すーっと力が抜けていく。

 俺は、アヤの背中に手を回し、ブラジャーのホックを外す。

 密着している胸元が、たぷんと緩まる。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

「きもちよく、して?」

 

「ああ、そのつもりだよ」

 

 俺は露出した白い肩にキスをして、ブラジャーの紐を唇で挟む。

 紐を咥えて横に動かせば、ブラジャーとアヤの乳房との間に空間が生まれていく。

 (たゆ)んだブラジャーを手でまくり上げ、大きな双乳を露出させる。その動きだけでたぷんと揺れる乳房は、重力で垂れることなく張りを維持し、桃色の乳首はピンと尖り立っていた。

 

 相変わらず、むしゃぶりつきたくなる巨乳だ。

 明るい空の下で見ると、余計にその白さや滑らかさが分かる。俺は中指を下乳の中にむにっと埋め込むと、その柔らかさを味わいながら、乳首に向かってツーっとなで上げていく。

 最も柔らかいふくらみの先端に到達すると、クニと硬くなった突起をピンと弾いた。

 

「やんっ……」

 

 アヤが感じ入ったように鳴く。

 

「アヤの乳首、ピンと立ってる。俺の指で感じてるの、すごく可愛いよ」

 

 俺は、思ったことをすべて口にする。

 

 乳首を摘まみ、クリクリとひねる。親指の腹を乳頭に当て、優しく捏ねる。

 

「あ、んっ……もう、あっ……んぅ、んんんっ……」

 

 数多あるアヤの性感帯の一つを、アヤが一番感じる強さで、アヤが一番弱いタイミングで愛撫する。

 どうすればアヤを気持ちよくできるかが、手に取るように分かる。もう、知っている。

 

 焦れったい愛撫でアヤをいじめていると、細い両手が俺の腕を掴んだ。

 アヤが、俺を上目遣いで見つめる。

 

「……私だって、ぼーやんきもちよく、する」 

 

 言うやいなや、アヤが俺の制服のボタンに手をかけた。

 「ん」「あれ?」とつぶやきながら、男物の制服に悪戦苦闘しているアヤを見守る。

 無事、一番下のボタンを外すと、露出した俺の素肌に、アヤが顔を近づけてきた。

 

「んっ……ちゅっ、んちゅ……ん、んっ……」

 

 アヤが俺の胸板にキスをする。俺がいつもアヤにしているように、乳首のまわりを舐め、先端を口に含み、舌で転がしてくる。時おりつま先立ちになって、俺の鎖骨のあたりをペロンと舐めた。

 なんだかこそばゆくて、気持ちがいい。

 与えられる刺激よりも、健気に舌を這わせるアヤの様子に、ゾクゾクとした快感が這い上がってくる。

 

 必死に俺を気持ちよくしようとするアヤが、可愛い。

 できれば、このままアヤの愛撫に身を任せたい。

 だが、アヤのターンはこのへんで終わりだ。

 もう我慢ができない。

 

「アヤ、すっごく気持ちいいよ。ありがとう……おかげでもう、アヤが欲しくてたまらない」

 

 言いながら、俺はアヤのスカートの中に手を伸ばし、パンツの内側に手を差し込む。

 

「やっ、あんんっ……!」

 

 指先が膣口に触れただけで、アヤは嬌声を上げた。

 ジュクジュクと濡れるそこを軽く刺激してから、太ももに沿ってパンツを脱がしていく。

 腰を落としながらパンツを膝のあたりまで下ろすと、アヤが片足を上げた。その足首を掴み、引き抜いていく。

 脱げかけの下着が引っかかった右膝をゆっくり持ち上げ、片足立ちにさせる。

 するとスカートの下にある桃色の膣口が開いていき、俺の目の前であらわになった。

 

 俺はもう片方の手でベルトを外し、ズボンとトランクスを下ろすと、剛直した肉棒をアヤの蜜口にあてがった。

 

「んぁっ……」

 

 亀頭の先端が触れただけで、アヤが悲鳴を上げる。

 俺も一気に射精感が押し寄せてくる。

 先端が蜜壺に浸された瞬間、きゅうっと吸着感が襲ってきた。膣口が収縮し、俺の肉棒を飲み込もうとしているのを感じる。アヤの膣内は熱くて、外気で冷えた肉竿との温度差に体がブルっと震える。

 

「アヤ、挿れるよ?」

 

「うん、きて……いっぱい、きもちよくなって……」

 

 ドクンと胸が脈打つ。

 アヤの求めるような表情に、一瞬で理性が飛びそうになる。

 

 俺はゆっくりと腰を押し出し、肉棒を突き挿れていった。

 ニュクニュクと膣ヒダが肉棒に絡みついてくる。窮屈なのに貪欲に中へ中へと咥えこんでくる膣が気持ちよすぎて、足が震える。

 

「あっ、んうぅっ……!」

 

 素肌をさらした互いの胸が密着した瞬間、アヤが顔を上向かせ、嬌声をこぼした。

 肉棒の根本を、膣口が離さないとばかりに締め付ける。なのに、膣中(なか)が肉竿をぎゅうっと圧迫し、膣奥が亀頭をきゅんきゅんと刺激してくる。

 すぐにでも搾り取られそうだ。

 このまま挿入しているだけで、すぐに射精してしまうだろう。

 

 俺は一度腰を引き、膣奥に向かって突き上げた。

 ズチュッという水音がして、アヤの豊乳がたぷんと揺れる。

 

「ああぁっ……んっ、くぅ……あんんんっ……!」

 

 もう一度突くと、アヤが強く鳴いた。

 もし屋上に人がいたら、聞こえていただろう。

 

 俺は力を加減し、うかがうような抽送をしながらアヤに囁く。

 

「感じてるアヤ、すごく可愛いよ。この声も、誰にも聞かせたくない。声、抑えて?」

 

「むり、だよぉっ……あぁんっ、あっ……きもちいいが、とまんないのっ……」

 

 そう言って涙を流すアヤに、俺の獣欲が燃え上がるのを感じた。

 心臓がぎゅうっと締め付けられ、肉欲だか愛だかワケの分からない感情が爆発しそうになる。

 

「まったくっ……!」

 

 これじゃ、加減ができそうにない。

 

 俺は責め立てるように、抽送を強くする。

 ズチュ、ズチュと膣内をかき混ぜる音が響き出す。

 ヌルヌルとした膣肉にしごかれ、肉竿が快感に震える。それが竿の根本から睾丸へ、股間全体へと広がり、腰が熱い。性感が背筋を這い上り、脳を痺れさせる。

 

「やぁんっ、あっ、だめっ、そこっ……あんんんんっ――――!」

 

 アヤの全身が強張り、膣肉が収縮する。絶頂したのだろう。

 熱い膣ヒダがグニグニと肉棒を掴んできて、射精を促してきた。

 強烈な衝動に、腰を振るスピードが早くなる。

 

「アヤ、イった顔も、可愛い……もっと、もっとイかせるから」

 

「あっ、まって――」

 

 ズンと、肉棒を押し込む。

 

「んうぅっ――――!」

 

 アヤがまた絶頂する。

 

 俺は構うことなく、腰を振り続ける。

 強く密着し、胸板で乳房をつぶす。そのふくらみの中心にある突起の感触がくすぐったくて心地いい。

 アヤの背中を壁に押しつけながら、両足を持ち上げる。俺の突き上げと同時に、アヤの足先がジタバタと宙を蹴る。

 俺の股間とアヤの股がぶつかる音が、パンパンパンと鳴り響く。

 抱っこしたまま膣中(なか)を肉棒で(えぐ)っていると、アヤの手が俺の肩を掴み、首の後ろに回された。

 

「やぁっ、ぁっ、ぼーやんっ、はげしっ……ああんっ、あぁっ、んっ……だめっ、ぼーやん、あたま、おかしくっ……あっ、あっあっ、んんっ、やああぁぁぁっ――――!」

 

 アヤの手のひらが俺の後頭部をぎゅうっと掴んだ。

 その力に引き込まれ、俺はアヤの開いた唇に食らいつく。

 

「んんっ、んむっ、んむぁ、あんっ……んちゅっ、ちゅぁっちゅる、れお、んちゅぅ……」

 

 食いつきあった口内で、舌が激しく絡まり合う。

 ちゅくちゅくと粘膜の触れ合う音が頭に響いて、それ以外が聞こえない。

 

 グンッと腰を押し込む。

 アヤの体が跳ね、俺の胸との狭間で乳房が上下に動いた。

 

「んぐっ――」

 

 一つになった口内に、俺の喉奥からくぐもった音が漏れる。

 肉棒をぐぐっと埋め込ませながら、その先端に向かって精を押し出す。

 凄まじい快感。

 熱いものが、精巣から濁流となって流れ出ていく。

 猛烈な射精感で、(まぶた)の裏が白く明滅する。

 もう、出る――!

 

「ぐ、ううぅぅっ――」

 

 ビュルル、ビュルルッと精が吐き出された。

 電流のような快感が脳天を貫く。

 腰がガクガクと震え、立っていられない。

 股を開き持ち上げられているアヤに、体重を預ける。

 肉棒がしごかれ続けているような絶頂感。

 頭がおかしくなりそうだ。

 体が、熱い――。

 

「くっ……うぁっ……」

 

 終わらない絶頂に悶え、俺はしばらくビクビクと痙攣し続けた。

 

 

 気づけば、俺はアヤを駅弁の体勢のまま肩で息をしていた。

 少し、意識を手放していたらしい。

 いつの間にか、アヤの両手が俺の背中を撫でていた。

 

 射精の快感がいまだに続いている。

 アヤの手のひらが背中をさするたび、快感が体に染み込んでいくようだ。

 

 両手で掴んでいたアヤの尻肉を、片方だけ解放する。

 宙に浮いていたアヤの左足が、地面に着いた。

 しかしその足は弱々しく、俺が支えていないとへたり込んでしまいそうだ。

 

「……アヤ、大丈夫?」

 

 声を掛けると、アヤがうっすら目を開いた。

 トロンと(とろ)けきった瞳が、何かを探すように泳いでいる。

 どうやらまだ絶頂の中で揺蕩(たゆた)っているようだ。

 

「……んっ……ぼーやんの、あつい……まだ、びくびくって……ぁっ、んんっ……」

 

 俺はアヤと繋がったまま、アヤの意識が戻ってくるのを待つことにする。

 落ち着いたら、たくさん話そう。

 

「アヤ、大好きだよ」

 

 あふれる思いを、もうせき止める必要はない。

 

「ぼーやん、すき、だいすき…………どう、して……?」

 

 アヤがうわ言のように言葉を発する。

 

「え?」

 

「すき、とまんないの……」

 

 一瞬で、体が沸騰する。

 肉棒に血流がみなぎり、硬くなってしまう。

 ……これは、マズい。理性が獣欲に押し流されていく。

 

「アヤ、今日は、まだ一回目だから」

 

「えっ……ぁっ、ん……ぼーやんの、またおっきく――」

 

 ズンッ――と腰を突き上げる。

 

「ひっ、あぁんっ……!」

 

 アヤも俺もさっきの絶頂の余韻が残っている。それをさらに絶頂で上塗りする。

 腰が砕けそうなのに突き上げる動きが止まらない。アヤに俺の全てを受け入れられたことが、思った以上に俺のリミッターを解除してしまったようだ。

 

 バチュ、バチュと淫らな音が屋上に響く。

 俺は今いる場所も時間が経つのも忘れて、ただ夢中でアヤを犯し続けた。

 

 

 

 

 どれくらいそうしていたか、もう分からない。

 少し空気が肌寒くなってきた気がする。

 互いの吐息はまだ温かい。どうやら二回戦を終えて二人とも意識を手放していたようだ。

 

 そろそろ誰かが屋上の鍵を閉めにくるかもしれない。

 俺がアヤに声をかけようとした、その時。

 

 ギイィィッ――。

 

 建物の向こう側で、扉の開く音がした。

 

 複数の人の気配が、屋上に出てくる。

 

 俺は、息を潜めた。

 

 

「――うわっ、やっぱ閉め忘れてたかー」

「な、気づいて良かったわ」

 

 男子が二人、鍵を閉めに来たようだ。

 屋上の真ん中あたりまで行くと、一人が「うーん」と伸びをした。

 どうやら屋上を満喫してから帰ることにしたらしい。

 

「――なあ、アヤって時田と別れたらしいぜ」

「え、マジ!? マジか……!」

 

 不意に発せられた恋人の名前に、ドキッとする。

 声の感じからして、同じクラスか、同じ学年の男子たちだ。

 

「――ってことは今アヤってフリーなん? 俺、いってみようかなー」

 

 男子の一人が冗談だか本気だか分からない口調で言う。

 

「いや、もう彼氏いるらしいぞ」

「は?」

「屋上でキスしてたらしいぜ? 文化祭のとき」

「はぁ!? え、時田と?」

「いや、ぼーやんとだって」

「ぼーやん!? いやいや……見間違いじゃね?」

「俺も見てないから分からん」

「いやぜってー見間違いだろ、髪にくっついたゴミを取ってあげた……とかそんなんじゃねーの?」

「いや、アヤからディープキスしてたってよ」

 

 言いながら、その男子が笑う。

 もう一人の男子もつられて笑った。

 

「ないわー、ないない! 仮に付き合ったとしてさ、あのぼーやんと……アヤだぞ?」

「まあ、そうだよな」

「アヤはそういうことしねーから」

「いやまあ、そうよな……それにぼーやんだしな……」

 

 二人とも、無理に納得しようとしているような感じだ。

 

 俺はふぅっと息を吐くと、俺の肉棒が挿入されたままのアヤを見る。

 アヤは、まだ小さく喘いでいた。

 瞳は揺れ、焦点が定まっていない。

 おそらく男子たちの会話も聞こえていないだろう。

 

 

「――つーか、ぼーやんってマジなのか……?」

 

 男子の一人が、確認するように言った。

 

「……多分な」

 

 もう一人の男子も、真面目な口調で返す。

 

「…………マジかー、ぼーやんかぁ~……」

「……奪うか?」

「いや無理だろ……なんかしっくり来るっつーか、ぼーやんならまあ、アンパイっつーか」

「お前、誰目線だよ」

「……あの二人ならさ、ずっと縁側でお茶とか飲んでそうじゃね?」

「まあ、わかるわ。エッチなこととかしなさそう」

「だよなー……結婚するまでキスもしないぜ、きっと」

「手、つなぐのも苦労しそうよな」

「はあぁぁ……もったいねーよなー、ぼーやん……くっそー!」

「やっぱ奪う?」

「いや、人の彼女奪う趣味はねーよ」

 

 ずっと縁側でお茶か。

 それもいいな、と思う。

 結果的に俺は今こうしてアヤをぐちゃぐちゃに犯してしまっているが、別にそういうことをしなくたって……。

 ……いや、さすがに今の俺には、アヤを抱かないなんて選択肢はないな。

 

 俺が一人で考え込んでいると、男子たちの声色が軽くなった。

 

「じゃあさ、お前だったら誰と付き合いたい?」

「あー……そうなー、アヤ以外だったらエリカかなー」 

 

 確か、同じクラスの女子の名前だ。

 

「エリカな。確かに、圧倒的美人だよな」

「お前は?」

「俺はまあ……アヤ以外だったら、カナッペが一番可愛いかな」

「あー分かる なんかエロいよなー」

「でもカナッペって、時田に片想いしてるって聞いたことあんぜ?」

「げ、マジかよ……」

 

 

 もう、二人の口からアヤの名前は出なくなった。

 

 

 俺の胸元で「んっ」と可愛い声がした。

 

「ぼーやんの……またおっきくなってる?」

 

「うん、アヤが可愛いせい」

 

 俺は性懲りもなくまた腰を動かし始める。

 アヤの膣中の刺激で肉棒がさらに硬さを取り戻していく。

 

 さすがに立て続けに三回戦目はやりすぎだ。多分他の男からアヤの名前が出て、そういう対象として見られているのを目の当たりにして、醜い独占欲が燃え上がったのだと思う。

 

「んぅっ、あっ……まだ、するの……?」

 

「今度はゆっくり動くから、声、抑えててね」

 

「うん……いいよ」

 

 

 男子生徒が去った後も、俺たちはしばらく快楽をむさぼり合った。

 

 





電子書籍下巻の表紙イラストのシーンを回収しました。
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次話、文化祭編最終回です。


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恋人になった幼馴染と一緒に帰った(十九日目 火・夕方)

文化祭編、最終話です。


 アヤの頬が、朱く染まっていた。

 それが事後の余韻によるものなのか、屋上に差し込む夕陽のせいなのかは分からない。

 

 夕方まで体を重ねていた俺たちは、何度目かのチャイムでセックスを終えた。

 俺は、あれから三度アヤの膣中(なか)で果てた。

 アヤを何度イかせたのかは、途中から数えていない。

 

 

「もう、学校では……ダメだよ……」

 

 ブラウスの第二ボタンを留め終えたアヤが、俺を見つめた。その目に俺を非難するような色はない。代わりに、恥ずかしそうに瞳が揺れている。

 それはまるで、恋人に向けるようなもので……。

 

「帰ろうか」

 

 俺は再び愛欲がこみ上げてくる前に、自分に言い聞かせた。

 

 

 二人で、屋上の扉の前に立つ。

 

「ぼーやん、鍵、閉まってる」

 

「ああ、さっき実行委員の人が閉めてたよ」

 

「えぇ!? どう、しよっか……?」

 

 戸惑うアヤを尻目に、俺は鍵のツマミを回す。

 屋上の鍵は外側からなら開けることができる。アヤが屋上に上がってくる前に確認済みだ。

 

 扉を開けて、薄暗い校舎の中に入る。

 

「鍵、開けちゃった」

 

「あとで鍵、閉めにこないとな」

 

「ぼーやん、そういうとこ律儀だよねー」

 

 アヤもだろう。

 あからさまにホッとしてるし。

 

 明日、屋上に忘れ物をしたと言って鍵を借りに行こう。

 そんな作戦を固める頃には、俺たちはいつもの幼馴染の雰囲気に戻っていた。

 

 階段を降りて、三階の自販機に近寄る。

 ノンストップで交わり合ったおかげで、喉がカラカラだ。

 

「アヤ、ジュース飲む?」

 

「うん」

 

「アヤは……これ?」

 

 りんごジュースを指差す。

 多分、今のアヤはこれが飲みたいはずだ。

 

「うーん、気分的にはそうだけど、たまには柚子レモン飲んでみよーかな」

 

 アヤは、今まで飲んだことのないジュースを見つめていた。

 

「ぼーやんは……これでしょ?」

 

 アヤが炭酸水を指差す。

 確かにそれが飲みたいと思っていた。

 さっきアヤの口内をむさぼったとき、炭酸の刺激が甘かったから。

 

「ああ、まあ。……でも俺もアヤと同じの飲もうかな」

 

 そう言って、ポケットの中に手を突っ込む。

 

「……あ、小銭ないや」

 

「いいよいいよー、今回は私のおごりね…………ツケで」

 

「ツケなんだ」

 

「うん、ツケだよ。返してね」

 

 アヤはいたずらっ子のように笑った。

 

 

 ジュースを買い、他愛もない会話をしながら二階へ下りる。

 先に階段を下り終えると、柚子レモンのキャップを開けた。一口飲むと、ほんのりとした苦味とすっぱさ、遅れて甘みが口の中に広がる。

 アヤは好きじゃなさそうな味だ。

 

 

 ――振り返れ。

 

 

 へ?

 

 咄嗟に振り返ると、アヤが飛び込んできた。

 

「わきゃっ」

 

 前のめりに倒れ込むアヤを、胸に受け止める。

 階段を踏み外したらしい。

 

「大丈夫、立ちくらみ?」

 

「ごめん、柚子レモンに夢中になってた」

 

 アヤが片手を上げて、軽く謝る。

 

「そっか。気をつけてね」

 

 思った以上に、低い声が出る。

 

「うっ……ごめん」

 

 真剣な俺の様子に、アヤが気まずそうに頭を下げた。

 

 いけない。

 つい怒るような口調になってしまった。

 ここは、「ゾンビが襲って来たかと思ってビックリした」とでも言って、場を和ませるか。

 

 そう思って、やめる。

 

「……いいよ。俺がアヤを受け止めるから」

 

「わ、私もだし」

 

 アヤが頬を染めながら、唇を尖らせる。

 なぜそこで張り合うのか。

 

 ……マズいな。

 したばかりだからか。

 どうしても、空気が熱っぽくなってしまう。

 言葉が、甘いものになってしまう。

 したく、なってしまう。

 

 煩悩を振り払うように、柚子レモンを喉に流し込む。

 

「ぼーやん、一気飲みするとお腹こわすよ……?」

 

 アヤが子どもを心配するような口調で言った。

 

 

 一階に降りたところで、アヤがハッと立ち止まる。

 

「どうしたの?」

 

「パンツ、替えなきゃ……」

 

 アヤは気まずそうに唇を引き結ぶ。

 俺も気まずくなり、明後日のほうを向く。

 

「替え、あるの?」

 

「教室のロッカーに、置いてある…………だってぼーやんが所構わず襲ってくるからっ……」

 

「……それは、ゴメン」

 

 夕闇に沈む廊下で、俺たちは夕陽よりも真っ赤になった。

 

 

***

 

 

 すっかり日の沈んだ下駄箱で靴に履き替え、校舎を出る。

 正門を通り過ぎても、もう生徒の姿は見えなかった。

 

 駅までの道のりを歩く。

 いつもの通学路、いつもの幼馴染の距離感だ。

 でも俺たちの間に流れる空気は、朝よりも濃密になっている気がする。

 多分、恋人同士になったからだろう。

 

 そう思うだけで、胸がドキドキと高鳴る。

 

「あ、ぼーやん……じゃなかった、えと、リュウジ」

 

 慣れない様子で俺の名前を呼ぶアヤに、つい笑ってしまう。

 

「ぼーやんのままでいいよ」

 

「あ、そう?」

 

 良かった~、と顔に書いてあるのを見て、また笑ってしまう。

 

 今となっては、どうしてリュウジと呼んで欲しかったのか、もう分からない。

 多分、アヤの特別になりたかったからだ。

 でも、特別になった今、呼び方なんて些細なことのように思える。

 

「じゃあ、ぼー……リュウジ、じゃなかった、ぼーやんっ」

 

 アヤが少し混乱している。面白い。

 

「そういえば、どうして俺ってぼーやんなの? リュウジだったらもっとこう、リュウとか、もっと男らしいのが良かったかな」

 

 確か、ぼーっとしてるからぼーやんなんだっけ?

 

 見ると、アヤが少しだけ気まずそうに前を向いていた。

 

「あー、あのね、そのー……リュウジって、リョウジ叔父さんに名前似ててさ……で、ぼーっとしてるから、ぼーやんって呼んだら、みんなに広まっちゃって……ごめんね」

 

 それはいいのだが、前半聞き捨てならないことを口走ったような。

 

「リョウジ叔父さん……て、確かアヤの初恋なんだっけ? 詳しく聞きたいな」

 

「う……まあその、子どもの頃の話だよ。小学校四年生くらいまでかな、料理作ったり、お会計してる姿が、なんかかっこいいなーって昔から思ってて。まあ今思えば、憧れ……みたいなもんだから」

 

 だから心配しないで、という口調でアヤが取り繕う。

 

「それでさ、四年生のときに……男の子に告白されたり、とかして……あ、リョウジ叔父さんはそういう相手とは違うんだなーって………まあ、平たくいったら失恋ってやつ、だったのかな」

 

 それは……知らなかった。

 これまで話そうとしなかった過去を聞けて、単純に嬉しい。

 

「そうなんだ」

 

「うん、でね……五年生になってぼーやんに出会って、名前、リュウジって知って……なんだか名前で呼べなくて……咄嗟にあだ名、付けちゃったんだ」

 

「そうなのか」

 

「うん、そしたらさ……なんでぼーやんだけあだ名で呼ぶんだって言われて、他の子にもあだ名付けるように……なっちゃった」

 

 意外だった。

 アヤは最初から誰彼構わずあだ名を付ける子なのかと思っていたが、俺がきっかけだったのか。

 

「そっか。まあ、俺のことはアヤの呼びやすいように呼んでくれればいいよ。これからも」

 

 アヤはコクリと頷き、「……ありがとね」と小声でつぶやいた。

 

 

「……じゃ、これからはリューボーヤンで!」

 

 アヤがからかうような口調で言ってきた。

 

「じゃあ、アヤはアヤパンマンな。アンパン好きだし」

 

「マンじゃないしっ」

 

 そこか。

 

 俺はふうっと息を吐いた。

 

 多分、これからも俺はぼーやんなのだろう。

 子どもが生まれて、大人になって、年寄りになっても。

 多分、最期のときも。

 

 でも、それでいい。

 それで、問題ない。

 

 

「ん、くくっ……」

 

 今のやり取りのどこがおかしかったのか、アヤが笑いを堪えていた。

 その横顔に、つい見惚れてしまう。

 恋心や愛情を超える温かい気持ちが、体を満たしていく。

 

 涼しい風が、アヤのショートカットをさらさらと揺らす。

 夏が、もうすぐ終わる。

 秋が来て、冬が過ぎて、春になって、また夏が来る。

 

 アヤは、これからも俺の隣でこうやって、可笑しそうに笑っているのだろう。

 

 きっとどこへ行っても、二番目に可愛い女の子で。

 俺にとっては、一番のまま――。

 

 

 俺は、そう確信していた。

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

この文化祭編+書き下ろしを収録した電子書籍・下巻が好評配信中です。
上巻は2万字におよぶアヤ目線の夢デート回でしたが、下巻はなんと5万字のデート回です。書き下ろしの内容はこんな感じです。

・幼馴染とデートの約束をした(十九日目 火・夜)
・幼馴染と最高のデートをした(二十三日目 土・夕方)
・幼馴染とラブホテルのソファーでセックスをした(二十三日目 土・夜)
・幼馴染とお風呂でささやき合った(二十三日目 土・夜)
・幼馴染とベッドで何度も気持ちよくなった(二十三日目 土・夜)
・積極的な幼馴染にご奉仕された(二十三日目 土・深夜)
・幼馴染と手をつないで帰った(二十四日目 日・朝)

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引き続き、ボーイッシュ幼馴染をよろしくお願いいたします!


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恋人編
幼馴染とテスト勉強をした(二十五日目 月・夕方)


ボーイッシュ幼馴染第3巻が発売されました! 書き下ろしは積極的になったアヤとの海釣り・混浴温泉デート4万字です。引き続きweb版も更新していくのでよろしくお願いします!
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■FANZA
https://book.dmm.co.jp/detail/b126afrnc00937/


 終業のチャイムが鳴り、クラスメイトたちが帰り支度を始める。

 俺は机に座ったまま窓の外をぼーっと眺めていた。昨日もバイトだったから、今日は一日中眠かった。

 

 ブブッとズボンのポケットが振動する。スマホを取り出すと、アヤからのショートメッセージだった。

 

『放課後どうする? 今日もバイトだっけ?』

 

 アヤに屋上でプロポーズして、付き合い始めてから一週間が経つ。

 付き合いたてだが、俺たちは()()()()ほとんど触れ合っていない。キスやハグはおろか、手をつないだり一緒に昼食を過ごしたりなんてこともしていない。

 時田と別れてすぐに校内でイチャイチャし出したら反感を買ってしまうだろうし、アヤが尻軽なように思われるのもイヤだったからだ。

 

 ふと見ると、アヤは女友達たちと話しながらメールを送ってきたようだ。女子は器用だなと思う。

 俺はさっそくメールを打ち返す。

 

『テスト期間中だから今週はバイトない。放課後一緒に勉強しようか』

 

 返信を送るとアヤはスマホをチラリと見た。その横顔が少し微笑んでいるように見える。

 

『うん! どこにする? 図書室とか?』

 

 数秒でアヤからの返信が来る。

 

 図書室か……。

 

 俺は窓の外を見る。校庭ではサッカー部が練習を始めるところだった。しかし今週後半から中間試験が始まるとあって参加している部員は少ない。エースであるはずの時田の姿もない。時田も含めて、多くの生徒は図書室でテスト勉強に勤しんでいるのだ。

 

『図書室は混んでそうだからファミレスにでも行こうか?』

 

『OK』

 

『今日は一緒に帰ろうか』

 

 先週の俺は放課後になるとバイトに明け暮れていたし、それならとアヤもリョウジさんのお店に手伝いに行っていた。つまり放課後一緒に帰るのは一週間ぶりだ。

 

 返信が来ない。

 窓の外を見ている俺の後頭部に、アヤの視線が注がれている気がする。

 ややあって彼女から返信が来た。

 

『OK』

 

 短い返事の末尾にスタンプが貼り付けてあった。猿がウッキーウッキーと言いながら踊っているスタンプだ。

 プッと吹き出しそうになる。アヤが俺とのメールでスタンプを送ってくるのはかなり珍しい。久々に一緒に帰るとあってテンションが上がっているのだろう。俺も同じだ。

 

 

 

 

 校舎を出て、校門の前でアヤを待つ。中間試験が近いため帰宅する生徒が多い。

 その中を彼女が歩いてきた。

 

 アヤは俺の姿を見つけるとニコッと口角を上げる。しかしすぐに目を左に泳がせ、右に泳がせ、最後には斜め下を向いてしまった。頬が真っ赤に染まっている。

 確かに他の生徒たちの前で堂々と待ち合わせをするのは、けっこう恥ずかしいかもしれない。

 あと数歩の距離で、やっと彼女は顔を上げた。

 

「ぼーやんお待たせ……」

 

 口元は微笑んでいるのに、眉は困ったようにハの字で眉間にシワが寄っている。

 その表情が可笑しくてつい吹き出しそうになるが、抑える。俺もほんのり顔が赤くなっているのを自覚していたから。

 

「帰ろうか」

 

「うん……」

 

 俺たちはぎこちなく笑い合うと、そそくさと校門を出た。

 きっと傍からは、ウブなカップルに見えるのだろう。あの屋上にいた人でなければ、俺たちがキスをしているなんて到底信じられないかもしれない。ましてや、修学旅行で一晩中セックスしていたなんて……。

 

「――でさ、テスト終わったら釣りだからね!」

 

 隣を歩くアヤが俺を見上げていた。その瞳は期待に輝いている。

 中間試験が終わったら、彼女とは釣りデートに行こうと約束していた。アヤは昔から魚が好きだ。寿司好きのお父さんの影響だろう。だから彼女は生まれて初めての釣りをとても楽しみにしている。

 もう他の生徒の目が気にならないほど、ウキウキした様子だ。

 

「アヤは釣り行ったことないよね? 服とか道具とか揃ってるの?」

 

「お父さんがルアーとか買ってくれるんだ。……テストの点次第だけど」

 

「じゃあ頑張らないとな」

 

「ぼーやんもね」

 

 そう言ってアヤは片手の先をちょいちょいと上げ下げする。まるで縁日の金魚釣りの動作だ。彼女は海釣りに行きたがっているが、一度釣り堀や海釣り公園で慣らしたほうがいいだろう。俺も初心者だし。

 

 なんとなく、二人でぼーっと堤防に座って釣り糸を垂らす光景を想像する。お互い無言で波間を見つめている。そんな老後もいいな、と思う。

 

 

 気づけば、駅前のファミレスに着いていた。

 中に入るとうちの学校の生徒でごった返している。考えることは皆同じらしい。

 

「アヤ、俺の家――」

 

 言いかけて、止める。

 今日は夕方まで家には誰もいない。二人きりで部屋にいたら、絶対に襲ってしまう自信がある。多分一回じゃおさまらないので、勉強どころではなくなるだろう。

 

「ぼーやん、うち来る?」

 

「アヤの家?」

 

「うん、うちなら今日お母さんいるから……」

 

 アヤは頬を染めて下を向いていた。

 どうやら俺の考えは筒抜けだったらしい。

 

 

***

 

 

「あらぼーやん、いらっしゃい~」

 

 アヤのお母さんの元気な声が玄関先に響く。

 

「お邪魔します。テスト勉強しに来ました」

 

「それは助かるわ~、ぼーやんこの子にいろいろ教えてあげて」

 

「私だって教えるし」

 

 アヤがムッとして靴を脱いだ。

 俺も玄関を上がり、一緒に階段を上がる。

 

「あとで飲み物持っていくわね~」

 

お母さんの声を背中に受けながら、俺たちは二階廊下のつきあたり、アヤの部屋に入った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 アヤの部屋は、相変わらず甘い匂いがした。

 暖色系の家具やカーペットに包まれ、床には無造作に物が置かれている。散らかっているようで散らかっていない、アヤの部屋だ。

 三週間前、修学旅行の最終日に彼女を襲って何度も抱いた、あのときのまま。

 

 マズい。

 部屋のドアは開いたままだが、閉じた瞬間、俺はまた襲ってしまう気がする。このドアに彼女を押し付けて――。

 

「ぼーやん……」

 

 隣のアヤが、頬を染めて俺を見上げてくる。どうしてそんな切なそうな顔で見てくるのだろう。俺の理性を吹き飛ばす気だろうか。

 

 いや、今はダメだ。

 お母さんが飲み物持ってくるし。

 

 俺はゆっくり深呼吸をして、アヤに向き直った。

 

「アヤ、下のリビングにいこうか。ここだと……勉強なんてできる自信がない」

 

「う、うん、そうだね」

 

 アヤも気まずそうに返事をして、二人で部屋を出た。

 

 

 

 

 一階のリビングにあるローテーブルで、俺たちは勉強を開始した。

 絨毯の上に座布団を敷き、お互いテーブルを挟んで座る。

 アヤのお母さんは飲み物やオヤツを用意してくれたり、洗濯ものを畳んだり、夕飯の準備をしたりと動き回っていた。その適度な生活音が、逆に集中力を高めてくれる。

 

「じゃあ次、俺の番ね」

 

「受けて立つよ、ぼーやん」

 

 俺たちは黙々と勉強をするのではなく、テスト範囲から問題を出し合っていた。そのほうがお互い話せるし、楽しいし、覚えやすい気がする。

 俺はアヤに関する記憶力は異常なほどいいので、その特性を利用しようという算段だ。

 

「――はい、終了。アヤは五問中四問正解。俺の勝ちね」

 

「ぼーやんズルい、私は手加減したのに」

 

「実際のテストじゃ手加減もなにもないでしょ」

 

「う~……じゃあ今度は私ね。最高難度の問題をお見舞いするから」

 

 俺の背後から「ふふっ」というアヤのお母さんの吹き出す音が聞こえた。

 相変わらずねぇ、という声が聞こえてきそうだ。さぞや仲のいい幼馴染に見えていることだろう。少なくとも付き合いたてのカップルには見えない気がする。

 

 きっと俺たちは結婚してもこんな感じなのだろう。そうだといいな、と思う。

 

「アヤは頭いいのに焦るとケアレスミスが多くなるんだよ」

 

「分かってるもん」

 

「可能性を表す場合、canよりもmayのほうが自信なさげな意味合いになる」

 

「うんうん」

 

 アヤは負けず嫌いのわりに、人のアドバイスにはすぐに耳を傾ける。彼女の数多ある長所の一つだ。

 

「で、mightはmayの過去形って覚えると危険なんだ。mayよりもさらに自信がないってときにもmightを使うから」

 

 俺は参考書に書いてあるワンポイントアドバイスをそのまま伝える。

 

「なるほどね」

 

「だから例えば、I might go fishing with you(私はあなたと釣りに行けるかもしれません)は、どういう意味になる?」

 

 アヤに追加で問題を出す。

 彼女は少しムッとした後に、声を上げた。

 

「I can go fishing with you!(私はあなたと釣りに行けます!)」

 

「…………ああ、そうだね」

 

 俺を見つめるアヤの眼差しに、熱がこもっている。それは幼馴染に向けるものではなく恋人に向けるそれで――。

 思わず手を伸ばしそうになったとき、背後からお母さんの声が聞こえた。

 

「ちょっと買い物行ってくるわね~。ぼーやんも夕飯食べてく?」

 

 危ない。

 お母さんの存在を忘れてアヤに迫るところだった。お母さんの口調的に俺たちの空気を察知してというより、本当に思い出したように声を掛けた感じだ。

 

「あ、ぼーやん食べていきなよ」

 

 そう言うアヤの表情が幼馴染のものに戻っている。

 

「ごめん、今日は夜に姉貴の用事があるんだ」

 

 明日、姉貴はそこそこ大きなメイクの仕事があるとかで、その準備を手伝うように言われていた。

 

「そっか」

 

 アヤの少し残念そうな声色に、姉貴の手伝いなんて引き受けなければ良かったと後悔する。

 

 

「じゃあ行ってくるね~」

 

 お母さんが忙しなく出ていった。

 

 急に静かになったリビングに、俺とアヤの息遣いだけが聞こえる。

 

「ぼーやん、釣り……一緒に行きたいよ」

 

「うん、行こう」

 

 優しく微笑みかける。

 ついでに抱きしめたくなった。

 まったく、二人きりになるといつもこうだ。

 

 俺は邪念を振り払うように立ち上がる。

 

「飲み物入れてくるよ」

 

「あ、私が」

 

「いいよ、俺のほうがキッチン近いし」

 

 二人分のコップを持って冷蔵庫に向かう。

 キッチンでウーロン茶を注ぎながら、リビングのアヤを見る。

 

 アヤは膝を外側に崩したぺったんこ座りをしていた。女の子座りというやつだ。

 背後の窓から差し込む夕陽が彼女のブラウスと頬を朱く、妖しく染めている。本人はぼーっとしているだけなのだろうが、その表情がすごく色っぽい。

 

「無防備だな」

 

 小さくつぶやく。

 俺しかいないから、アヤはこんな気の抜けた顔ができるのだと分かっている。

 それでも、もし誰かにこんな顔を見られたらと思うと、独占欲や嫉妬心のようなものが沸々と湧き上がってしまう。

 存在しない相手に嫉妬するなんて、相変わらず俺はどうかしている。

 

 

「アヤ、少し休憩しようか」

 

 ローテーブルに戻り、コップを置く。

 

「ん、サンキューぼーやん」

 

 俺が対面に座ると、アヤは肘をつかんで「うーん」とストレッチをした。

 露出した白い二の腕に目を奪われる。伸びをして豊満なバストが張り、ブラウスを突き破りそうなほどに強調される。

 

「はぁ……」

 

 俺はため息をつき、テーブルの下で足を崩す。

 片足をゆっくり伸ばして、アヤの半開きになった太ももにそっと触れる。

 

「ちょっ、ぼーやん……くすぐったいよ……」

 

 アヤはわずかに震えたが、足を閉じようとはしなかった。

 足先をツーっと滑らせ、弾力のある太ももをさする。足の指先が柔らかさを伝えてきて、とっくに熱を帯びていた股間がさらに硬くなってくる。心拍数がどんどん上がっているのを感じる。

 

「んっ、ぁっ……ちょっとまって、ここリビン、グ」

 

 肉感の増していくアヤの内側へと、どんどん足先を進めていく。

 アヤは時おりビクっと震えながら、それでも俺のイタズラを止めようとはしなかった。

 

「あのさ、お母さん、帰ってきちゃうからっ……」

 

 大丈夫だ。

 駅前のスーパーに行ったのなら、あと三十分は帰ってこない。

 

「ぁっ……」

 

 ついに足の指がアヤのショーツに触れた。

 



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幼馴染を玄関に引き込んだ(二十五日目 月・夕方)

 アヤのショーツは湿り気があった。

 俺が太ももにちょっかいを出し始めてからなのか、その前からそうだったのかは分からない。

 

「んっ、ふっ……んうっ、ぼーやん……」

 

 アヤの悩ましげな吐息が俺を興奮させる。テーブルの下でショーツと素肌の境目をなぞると、そのたびに彼女はまぶたをきゅっと閉じた。

 両手で俺の足先を押さえてくるかと思ったが、彼女の腕はだらんと両端に垂れ下がったままだ。恥ずかしそうにしながらも、俺の痴漢行為を受け入れるアヤがたまらなく可愛い。

 俺は足の親指を彼女の股下にぐっと潜り込ませると、その爪先でピンと恥肉を弾いた。

 

「あっ、ん……」

 

 アヤの切なげな声がリビングに響く。

 いつ家族が帰ってくるとも知らない家の中で、テーブルの下で淫らなイタズラをしているシチュエーションに背徳感が湧き上がる。いけないことをしているようで、すごくドキドキする。多分アヤも同じだろう。

 

 驚くほど柔らかいアヤの恥丘を親指の先でフニ、フニと押し上げる。

 

「やっ、んんっ……んっ、あ、だめっ――」

 

 親指の先をひときわ柔らかい割れ目の中へ押し込む。

 

「んうぅっ……もう、そこ、だめだよっ……」

 

 アヤが懇願するように俺を見てくる。その上目遣いからは、止めてほしいのか、もっとして欲しいのかは読み取れない。おそらくどちらもだろう。

 

 ムニ、ムニと足先で膣口を押すたびに腰をヒクつかせる様子がたまらない。アヤのそこは湿り気が増し、ショーツの布地を越え、靴下越しにもぐっしょりと愛液で濡れているのが分かる。

 

「んんっ――」

 

 ついにアヤの両手が俺の足先を押さえた。でもその手のひらに力はこめられていない。力を入れられない、というのが正解か。

 

「もう……ばか、ぼーやんっ……」

 

 軽くイってしまったのが恥ずかしいのか、アヤは下を向いて目を閉じてしまった。

 

 そのとき、ガチャッとリビングの扉が開いた。

 振り向くと弟のヒロト君が目を丸くして立っている。

 

「あれ……ぼーやんじゃん、ちっす」

 

 俺はゆっくりアヤの湿地帯からゆっくり足を戻しながら、平然とした顔でヒロト君に挨拶した。

 

「ヒロト君おかえり」

 

「ただいまっす、テスト勉強?」

 

「うん、そうだよ」

 

「そっすか」

 

 ヒロト君はアヤのほうを見ようとせずに、くるっと振り向いて二階に上がっていった。

 

 ……ヒロト君は、俺とアヤのことを勘づいている気がする。今の態度から、なんとなくそんな気がした。

 直感からの警告が無かったということは、ヒロト君に知られても問題ないのだろう。むしろそっちのほうがプラスに働くということだ。

 

 アヤを見ると、下を向いたまま顔を真っ赤にしていた。感じている姿を弟に見られたのがたまらなく恥ずかしいのだろう。

 

「ごめんアヤ、つい我慢できなくて」

 

「……我慢、するんじゃなかったの?」

 

 アヤが非難するような視線を送ってくる。そんな視線にすら昂ぶってしまうのだから俺もいよいよ末期的だ。

 

 すると玄関の扉が開く音がしてお母さんが帰ってきた。リビングに入るなり、俺を睨みつけるアヤの姿を見て「あらケンカでもした? なんてね~」と愉快そうな声を上げて、キッチンに入っていった。

 

 俺はふぅとひと息つく。

 時計を見ると午後五時を回ったところだった。

 

「アヤ、俺そろそろ帰るね」

 

「うん、バイバイ」

 

 アヤが素っ気なくつぶやく。

 

「お母さん、俺そろそろ帰ります。お邪魔しました」

 

「あ、はいはい~、またねーぼーやん」

 

 お母さんの明るい声に見送られ、玄関で靴を履く。

 するとアヤも玄関に降りてサンダルを履き出した。

 

「私送るよ」

 

 バイバイと言った矢先に送ってくれるというアヤに、心が温かくなる。さすがに他人の玄関先で抱きしめるのはマズいのでぐっと堪えた。

 

 

 わずか五分の距離を二人並んで歩く。その間アヤは無言だった。

 彼女を夢中で抱いたあの公園の前を通り過ぎると、アヤがわずかに俯く。

 

 あっという間に家の前に着くと、アヤが立ち止まった。

 

「じゃあアヤ、また明日」

 

「じゃね、ぼーやん」

 

 アヤが軽く手を上げ、手のひらでバイバイのジェスチャーをする。その顔がなんだか寂しそうで、物欲しそうに見えた。

 

 俺は、再びため息をつく。

 

 まったく。

 別れ際にそんな顔をするなんて、反則だ。

 

 俺はアヤの腕をつかんで引っ張った。

 

「え、ぼーやん!?」

 

 門扉を通り、玄関の扉の鍵を開ける。

 開いた家の中へと、アヤを引き込む。

 

俺たちの背後で、玄関扉がバタンと閉まった。

 

 振り向いて、アヤを見つめる。

 薄暗い玄関なのに彼女の紅潮した顔がはっきり見えた。

 

「アヤ、やっぱり我慢できない」

 

 そのままアヤの体を引き寄せ、抱きしめる。

胸と腹と股間――体の前面でめいっぱいアヤの温もりを堪能する。

 

「ん、もうっ、なんでよぉ……」

 

「アヤがそんな可愛い顔するせい」

 

 戸惑うように揺れる瞳を見つめ、艶やかに湿った唇にキスをする。

 

「んっ、んちゅっ……ちゅぁ、ぁっ、あむっ……ぢゅぅっ……」

 

 唇と唇が触れた瞬間から激しく吸い付き合う。すぐに互いの舌が伸ばされ、結合部でくちゅくちゅと舐め合い、粘膜をむさぼり合う。アヤの柔らかい舌が美味しい。俺と同じように吸い付いてくる唇が愛おしい。互いの性感を高め合うように躍り合う舌の感触が気持ちいい。

 

「んゆっ、んっ、んっ……んぢゅる、ちゅっ、んんんっ……」

 

 静かな玄関に淫らな水音が反響する。その音が直接鼓膜を揺らし、頭がぼーっとしてくる。ねっとりとしたアヤの口づけに溶かされそうだ。

 

「んっ、ふぁっ……ぁっ、ぼーやん、お姉さん、帰ってきちゃうよ?」

 

――やだ、はなれたくない。

もっと、キスしてたい。

もっと、ぼーやんの、あったかいの。

 

 密着した体を通してアヤの心情が流れ込んでくる。

 いつもこれだ。

 言葉とは裏腹のアヤの欲求に、俺の理性はぶっ壊される。

 

 

 ――問題ない。

 

 

 脳内に声が響いた。

 久々に聞く、神様の直感。

 

 ああ、助かる。

 

「アヤ、大丈夫。姉貴はまだ帰ってこない」

 

「でも……ここ、玄関」

 

 ――大丈夫なら、よかった。

 ここでいいよ。

 今は、はなれたくない。

 ここで、しよ。

 

 アヤの心の声に、俺の肉棒が一気に硬直する。

 

「ごめん、アヤが欲しくて余裕ないんだ」

 

「えっ、んむっ、んんっ、はぁっ……んっ、……っ、……!」

 

 言葉すら、吐息すら塞ぐようにアヤの唇にむしゃぶりつく。

 温かい口内をより味わうために彼女の後頭部に手を回し、固定して舌を押し込む。

 足元でタタっと音が鳴る。俺の体に押されたアヤが一歩後ずさる。

 ドンと俺の手の甲が玄関扉に当たり、鈍い痛みが伝わる。そんなものには構わずアヤを押し潰しながら、手を彼女の脇腹に滑らせる。

 

「んっ……、ぁっ、……っ」

 

 アヤは俺との身長差のせいで顎を上向かせ、俺に口内をむさぼられていた。そのせいで背中を反らせ、俺の胸に乳房を押し当てる形になっている。柔らかくて大きな乳肉がむにゅうと形を変えて潰れている。その感触を直接堪能したくて、手のひらをアヤの脇腹からお腹、胸元へと差し入れていく。

 ブラウス越しに豊満なおっぱいを揉む。汗ばんでいるせいか、ブラウスとその中のブラジャー越しにクニっとした突起を手のひらに感じる。

 痛くないように力を加減し、乳房を撫でるように手を動かす。それなのに柔らかい乳肉が指に合わせて形を変え、指がどこまでも埋まっていきそうだ。

 脱がして生で揉みたいが、さすがにここではマズいだろう。

 

「アヤ、パンツ脱がすね」

 

「……うん」

 

 アヤがコクリとうなずく。その瞳は俺を急かしているようだった。

 豊乳を弄んでいた手を、そのまま下にずらしていく。ブラウス越しにお腹の感触を味わい、スカート越しに腰と太ももを撫でる。そのまま逆手にひるがえし、スカートをまくり上げる。あらわになったショーツをつかむと、ぐしょぐしょに濡れていた。

 

「アヤのここ、すごく濡れてる」

 

「んっ、ぼーやんが、えっちなんだもんっ……」

 

 可愛い憎まれ口に構うことなく、俺は片手でショーツをぐいっと下ろした。

 手のひらで太ももの付け根を撫でながら、下へ下へとずらしていく。プルンとアヤのお尻が震えたのが分かった。脱がしきったのだろう。

 そのまま膝のあたりまでショーツを下ろし、アヤの耳元で囁く。

 

「アヤ、片方の足上げて」

 

 俺はアヤから体を離して空間を作ると、おずおずと持ち上げられた片足をくいっと折り曲げながら持ち上げる。その足からサンダルが脱げ落ち、玄関の床に転がった。

 濡れたショーツからアヤの足先を引き抜くと、そのまま上がった片足を小脇に抱える。そうして秘所を開かせてピンク色の膣ビラをあらわにする。

 

 俺は一度アヤの後頭部を押さえていたほうの手を引き抜くと、ズボンとトランクスを下ろし、また元の位置に戻す。そうしないと激しいピストンでアヤの頭を玄関扉にゴンゴンとぶつけてしまうだろうから。

 

「挿れるよ」

 

「うん、いれて」

 

 泣きそうな声で発せられた言葉に、胸がドクンと跳ねる。

 アヤはもう正直だった。

 

 腰を落として、アヤの入り口に狙いを定める。

 外気にさらされ少し冷えた肉棒を、下から押し上げるように膣口に浸していく。

 ニュク、と亀頭が粘膜に包まれる感覚。とろみのある愛液が肉竿を濡らし、温かい膣肉の中へ迎え入れていく。

 挿入欲に抗えず、つい腰を突き上げる。

 

「んあぁっ――」

 

 ズチュという粘っこい水音とともに、アヤが甘い嬌声を上げる。

 股間がアヤの柔肌にぶつかり、小さくパンと鳴る。すぐ肉棒全体を膣肉がクニクニと圧迫し、絡みついてくる。

 

「ぐっ、アヤの膣中(なか)、すごい締め付けてくる。そんなに、欲しかった?」

 

 つい意地悪く聞いてしまう。そうでもしないと肉竿を熱しながら吸い上げてくる膣の刺激に、意識を持ってかれそうだった。

 

「んぅっ、ん……うん、ほしかった……」

 

 アヤが感極まったようにつぶやく。

 それを裏付けるように、膣口がきゅうきゅうと根本を絞ってくる。最高に気持ちのいい締め付けに脳が悲鳴を上げる。

 ダメだ。欲望に素直になったアヤに勝てる気がしない。

 

 俺は理性を獣欲に明け渡し、アヤをとことん犯すことにした。

 

 腰を下ろし、突く。

 

「ひぁっ、ああんっ――」

 

 ズチュッと、膣内をえぐる音が響く。途端に肉棒がしごかれ快感が背すじを貫く。

 また腰を突き上げる。

ズチュッ、ズチュッと断続的な音を鳴らしながら、アヤの体を上下に揺する。

 

「あぁっ、んぅっ、うっ……んぁ、あんっ、あっ……ぼーやんっ、そこっ、あっ、あたって……」

 

 角度的に亀頭がアヤの敏感な部分をこすっているのだろう。クリトリスのちょうど裏側。アヤの膣中(なか)の一番の性感帯だ。そこをえぐるように抽送する。

 

「あっ、やだっ、そこ……あんんっ、そこっ、だめ、だめっ……あっ、んうぅぅぅっ――!」

 

 ブルブルとアヤが体を震わせ、膣奥がきゅうっと亀頭の先端に吸い付く。そこを起点に快感がゾワゾワと全身を泡立てるように広がる。鳥肌が立つような気持ち良さに、震え上がってしまう。ガクガクと腰が砕けそうになるが、踏ん張って耐える。

 

「アヤ、もっと気持ちよくなって。イってる顔、可愛い。もっと見せて」

 

 耳元で囁くと、それだけでアヤは震えた。

 

 尻の筋肉を力ませ、突く。

 ズチュ、ズチュ、ズチュと抽送速度を上げる。今回は時間制限があるから早く射精してもいい。だから肉棒を膣穴でしごくように出し入れする。

 

「いやぁっ、あんっ、あっ、だめっ、おかし、くっ、なっちゃう、よぉっ……」

 

 悲痛な訴えは、俺の股間を熱くする効果しかない。

 圧迫の強まる膣中(なか)の刺激に耐えながら、ひたすらにアヤを犯す。彼女の体を支えるはずの片足はもう床についていない。股間でアヤの体重を支え、肉棒で膣奥を持ち上げる。

 

「で、る……アヤ、出すよ、膣中(なか)にっ……!」

 

「はぁんっ、あぁっ、んっくっ……う、うん、いいよっ、だして、ぼーやん」

 

 ぎゅううっと肉竿が圧迫される。同時に快感がスパークして目頭がチカチカと明滅する。

 アヤの膣内を好き勝手に弄んでいるはずが、逆に搾り取られているような感覚。頭の中をピンク色のもやが支配し、ふわふわと浮き上がるような射精感。

 無重力状態になった精巣から精液がピューッと吹き出て、そのまま尿道を駆け上がっていく。全身を弾けるような快感が襲う。

 

「んぐぅっ……!」

 

 ビュルル、ビュルルル――と流れるように射精した。

 壊れた蛇口のように精液が上向きに垂れ流されていく。膣奥がきゅうきゅうと吸い上げていく。亀頭がそのまま子宮に飲み込まれていくような感覚。

 

 だめだ、気持ちよすぎて、立っていられない。

 

 ゴンッと手の甲に衝撃が走る。アヤの体を玄関扉に押し付けながら、前のめりに倒れ込む。そのままへたりこまないよう、辛うじて足腰を力ませる。

 

「んうぅぅぅっ、んっ……んんんっ――――」

 

 アヤは目を閉じ、眉間にシワを寄せ、必死に絶頂に耐えていた。

 そのイキ顔を見ていると、さらに射精感が上塗りされる。もっと注ぎ込みたい。この愛おしい存在を俺で塗り潰して、いっぱいに満たしたい。

 

「ぐうぅ……!」

 

 最後のひと搾りのような精を放つと、電流のような快楽が脳を駆け巡った。

 

 

 一瞬のような、永遠のような射精感がおさまっていく。

 いつの間にか俺の体をぎゅうっと掻き抱いていたアヤの腕から、ふっと力が抜ける。彼女の口から「はあっ……」と快感を逃すような吐息が漏れ、体がズンと重くなった。

 

「おっと」

 

 糸が切れたように脱力したアヤと一緒に、玄関の床にへたり込む。

 気づけばお互い息を荒くしていた。

 

「はぁ、はぁっ、んっ、ぼーやん……」

 

 その声色だけで、キスを欲しているのだと分かる。それも蕩けるような濃厚なものを。

 

「んちゅっ……んんっんむっ、んっ……んゆっ、んんっちゅぅぅ……」

 

 全身が弛緩しているというのに、首から上だけは冗談のように熱い口づけを交わし合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じゃあ、戻るね」

 

「ああ、引き止めちゃって……ごめん」

 

 俺とアヤはしばらく唇をむさぼった後、ゆっくり体を起こし、持っていたポケットティッシュで彼女の下半身を拭き、服を直し、またゆっくり呼吸を整えた。外はすっかり暗くなっている。

 アヤのお母さんには「公園で話し込んじゃった」ということにするらしい。

 

 

 ガチャッと扉を開けると、目の前に姉貴が立っていた。

 

「げ、姉貴」

 

「おおっ、アヤちゃんじゃーん!」

 

 馴れ馴れしい声があたりに響く。

 姉貴はジャケットからインナー、ボトムまで黒一色のコーディネートで、黒髪ロングを後ろで縛っていた。メイクの仕事をしているからか、相変わらず独特の雰囲気を醸し出している。その少し垂れた両目が、しっかりとアヤに固定されていた。

 

「あ、お姉さん、お久しぶりです」

 

「んふ~、アヤちゃんにお姉ちゃんって呼ばれるとくすぐったいなぁ~」

 

 甘ったるい声が気色悪い。

 

「あの、今ぼーやんとちょっとアレしてて、もう帰るところです」

 

 しどろもどろのアヤが、ほぼネタバレをする。「アレ」を世間話か何かと思ってくれればいいが、姉貴は妙に勘が鋭いので油断できない。

 

「アヤ、送るよ」

 

 姉貴の口元がニマァを歪んだのを見て、俺は急いでアヤを玄関から押し出した。

 

「アヤちゃんまたおいでね~」

 

 含みのありそうな声を背中に受けながら、俺はアヤと並んで歩く。

 

「ふふ、お姉さん相変わらず面白いね」

 

「……ああ、相変わらずだよ」

 

 姉貴の視界から消えたくて、少し早歩きになってしまう。

 トトっとアヤが追い付いてきて、ぷっと笑った。

 

「ぼーやん私にお見送りされて、また見送ってる」

 

「まあ、そうだね」

 

 二人で来た道を、また二人で戻る。確かに滑稽だ。

 でも――。

 

「こんなアヤを、一人で歩かせたくないし」

 

 全身が火照り、頬はわずかに紅潮したままだ。

 茶髪も少しだけ乱れ、ブラウスにもシワが寄っていた。

 汗や性行為の残り香なのか、甘い匂いをふわりと漂よわせている。

 

 こんな、奮い立つような色気を放つアヤを一人にできるワケがない。

 

「こんな私って、どんな私よー」

 

 むうっと頬を膨らませながら、アヤが見上げてくる。その瞳は面白がっているように見える。ただ、俺の真意は理解していないようだ。いつものようにからかわれると思っているのだろう。

 今は、それでいい。

 自分の魅力に気づかないでほしい。

 

「すぐ迷子になっちゃいそうな?」

 

「子どもかっ」

 

 アヤが示し合わせたように笑う。

 

 彼女との時間はいつも過ぎるのが早い。一緒になったら少しは違うのだろうか。

 もう、アヤの家に着いてしまった。

 

「今度こそまた明日ね、ぼーやん」

 

「ああ……」

 

 アヤの家を見上げて、ふと思う。

 

「アヤの家族に挨拶したいな。あらためて、俺たちのこと」

 

「うぇっ!? あ……うん、そうだね……」

 

 アヤは結婚の挨拶を連想したのだろう。

 まあ、あながち間違ってはいない。

 

「アヤの家の人たち、認めてくれるかな」

 

 独り言のようにつぶやく。

 言葉に出したら、急にドキドキしてきた。アヤに告白したとき以上に。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

 アヤが俺の顔を覗き込んでくる。その目にはどこか俺を面白がるような、からかうような色が宿っていて――。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 満面の笑みを浮かべるアヤに、つい見惚れてしまう。

 

 ああ……そうだった。

 

 大丈夫に決まってるんだ。

 アヤがそう、言うのだから。

 

「ああ、分かってるよ」

 

 確信に満ちた声で返事をする。

 

「むぅ」

 

 アヤの眉間にシワが寄る。

 

「どうしたの?」

 

「めっずらしくぼーやんが弱気だから、せっかく励ましてあげたのに」

 

「うん、ありがとう」

 

「励まし損だわー」

 

 呆れたような顔をするアヤが面白い。

 

「アヤ、今度おじさんとおばさんに、声掛けておいてくれる? 一緒にご飯食べましょうって」

 

「お、おっけ……じゃあ、来週テスト終わってから、とか?」

 

 急に緊張しだすアヤがなんだか面白い。

 

「ああ、来週な」

 

 俺は手を上げて別れを告げると、来た道をゆっくり戻った。

 

 

 



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眠れる幼馴染に悪戯した(二十九日目 金・夕方)

 

 俺は教室から、窓の外をぼーっと見ていた。

 机の上には問題と答案用紙。中間テスト最終日、最後の科目だ。

 

「――はい、そこまで。各自答案を集めてー」

 

 先生の声に、静まり返っていた教室の緊張が一気にほぐれる。

 「終わった~」「お疲れー」といった声が上がる。皆、解放感に浸っているようだ。

 

「ふぅ……」

 

 俺も大きく息を吹いて、自分の答案用紙を前に回す。

 まあまあの出来だと思う。

 

 この一週間は、多分人生で一番勉強をした気がする。この中間テストはどうしても、いい点を取りたかった。

 来週、アヤの家族に挨拶に行くつもりだからだ。

 そこで付き合っていることを話そうと思っている。その時に、「恋愛にうつつを抜かして成績が落ちた」なんて知られたら説得力がなさすぎる。

 

 だから、昨晩も夜遅くまでテスト対策をしていた。

 姉貴からは「一夜漬けは効果ないって言うぞ」とか「あんま根を詰めすぎるとミスるぞ」と脅されたが、テスト期間中くらいは体力も保つだろうと思った。

 

 おかげで、今は視界が薄ぼんやりとするほどには眠い。

 

 無意識にアヤのほうを見る。

 教室の入り口近くの机で、彼女は椅子に背中をもたれて脱力していた。斜め下を見て放心状態といった感じだ。

 

 アヤも、この一週間はかなりテスト勉強に励んでいた。

 彼女の家で勉強会をした後も、家でずっと机に向かっていたに違いない。お互い示し合わせたわけではないけど、アヤも俺と同じで両親への挨拶を意識していたのだろう。

 後は、テストで良い点を取ったらお父さんに釣りグッズを買ってもらう約束をしたのも効いているのだろうが。

 

『アヤ、今日も一緒にかえ――』

 

 スマホでショートメッセージを送ろうとして指を止める。

 女友達たちがアヤの机の近くに集まってきていたからだ。

 

「アヤ~、祝勝会行こ~!」

「それを言うなら打ち上げっしょ!」

「スポッチ行こうよー」

「アヤ疲れたよ~、撫でて~」

 

 さっそく抱きつかれたり、もみくちゃにされたりしている。相変わらず人気者だ。

 アヤもまぶたを重そうにしながら「お~ヨシヨシ」と相手をしている。

 

「え、お前らもスポッチ行くの?」

「俺らも行くから一緒に行こうぜ!」

 

 あっという間に男子と女子のひとかたまりが形成される。どうやらクラスの半分くらいでスポッチに遊びに行くようだ。

 スポッチとは、駅前になるアミューズメント施設だ。屋内にゲームセンターやボーリング場、カラオケやローラースケートリンクまである。

 俺にはあまり縁のない場所だ。

 

「おーい、ぼーやんも行こうよ~!」

 

 にぎやかな一団から、女子の一人が声を掛けてくる。

 そちらを見ると、ちょうどこちらを見つめるアヤと目が合った。

 その瞳が「行く?」と問いかけている。

 

 なんとなくだが、俺が断ったらアヤも行かないと言い出す気がする。

 最近は、主に俺に関わることでバタバタしてしまい、アヤはあまり友達と遊べていない。彼女にとって友達との付き合いは大きい。

 

「……ああ、行こうかな」

 

「よっしゃ、じゃあ今からみんなで突撃しようぜ~!」

 

 女子がテンション高く声を上げた。

 

 アヤはもう他の友達と笑い合っている。その横顔が、なんだかさっきより楽しそうに見えた。

 

 席を立ちながら、教室を見渡す。

 時田の姿はもうなかった。窓の外ではサッカー部がもう練習を始めている。時田もそこに向かったのだろう。

 

 

***

 

 

 駅前に向かう生徒の一団、その少し後ろをぼーっと付いていく。

 涼しくなってきたとはいえ、午後の日差しは眠気を誘うには十分だ。道を歩きながら、気を抜けば寝てしまいそうだ。

 

 ふと、集団の最後尾にいる男子たちの会話が聞こえてくる。

 

「――時田、告られたってよ?」

「あ、バスケ部のマネージャーやってる子?」

「そうそう、前に告って振られてた子」

「OKしたん?」

「そこまでは聞いてねえわ」

「マジで別れたんだよな」

「ってことよな。バド部でもアヤに告るって言ってるヤツいるっぽいし」

「え、でもアヤって確か……」

 

 そこで男子たちがハッと押し黙る。

 後ろに俺がいるのに気づいたのだろう。その背中から気まずさが伝わっってくる。

 

 神様の計らいで、俺とアヤが屋上でキスしたことは必要以上には伝わっていないようだ。

 俺は、時田と付き合っていた頃のような名物カップルになるつもりはない。今のところは。

 騒ぎになってアヤを戸惑わせたくないし、尻軽だなんだと噂話を立てるヤツがいるかもしれない。

 友達付き合いや人目を気にするアヤに、余計なストレスを与えたくない。

 だが、知らずにアヤにアプローチをする男がいるなら、少し考えを改めないといけない。

 

 眠気のせいか、アヤのことばかりを考えてしまう。

 

 いや、それはいつものことか。

 

 

***

 

 

 大所帯でスポッチに行ったものの、結局は何人かずつのグループに別れ、バラバラに遊ぶことになる。

 アヤはいつもの仲良しグループと、早々にゲームセンターに消えていった。

 

 俺はといえば、男子たちに誘われて卓球やエアホッケー、ミニバスケットやらに興じた。

 そういえば、アヤ以外の誰かとこうして遊ぶのはずいぶん久しぶりだ。

 てっきりアヤとのことを聞かれたりするのかと思ったが、全然そんなことはなく普通にスポーツで汗を流し合う。

 

 まあ、聞きづらいよなと思う。

 あえて興味のない雰囲気を作ってくれている気もする。

 アヤ以外には鈍感ぼーやんな俺でも、うっすらとクラスメート達の気づかいを感じて、胸が温かくなった。

 

「ちょっと休んでくるわ」

 

「おーぼーやん、どっかで寝落ちすんなよー!」

 

 眠気や疲労が溜まっている上に、久々にセックス以外で激しく体を動かしたせいで、体がフラフラする。

屋内の熱気から逃れるように、俺は施設の最上階に向かった。

確か半屋外のフットサルコートや休憩所があったはずだ。

 

 

 エレベーターが最上階で開くと、涼しい外の空気が流れ込んできた。

 

 大きなフットサルコートと、屋根のついた休憩コーナーがある。大学生か社会人らしき男の人達が楽しそうにフットサルに興じていた。

 俺は休憩コーナーにいくつか設置されたベンチに座り、ぼーっと上を見る。まだ七時を回ったところなのに、空はもう暗かった。

 

 なんとなくスマホのメール画面を開く。

 するとちょうどアヤからメッセージが届いた。

 

『今どこにいる?』

 

 飾り気のない文面が、なんだか嬉しい。

 

『屋上にいるよ』

 

 送信ボタンを押すと、すぐにアヤから返信が来る。

 

『一人で?』

 

『一人だよ。アヤも休憩どう?』

 

『いく』

 

 

 五分もしないうちに、アヤはやってきた。

 エレベーターを出て、俺のいる休憩コーナーに歩いてくる。頬が少し上気しているのは、屋内が暑かったせいだろう。

 

「ぼーやんお待たせ~」

 

 長袖のブラウスの袖をまくり、手のひらでパタパタと顔を扇ぎながらアヤが歩み寄ってくる。

 ニコニコと上機嫌そうないつもの笑顔だ。いや、少し目元がトロンとしている気がする。相当に眠そうだ。

 

「アヤ、ポカリ飲む?」

 

「お、サンキュー」

 

 あらかじめ買っておいたペットボトルを渡す。

 アヤはそれを受け取りながら、俺の隣に腰掛けてきた。

 眠気で油断しているのか、いつもの幼馴染の距離ではなく、膝や太ももが当たる恋人の距離だ。全身の感覚器官が彼女を意識する。

 

「ぼーやん何してたの?」

 

 アヤがポカリを飲みながら聞いてくる。喉が乾いていたのだろう、一気に半分くらいを飲み干していた。

 

「男連中で適当に遊んでたよ。卓球とかバスケとか」

 

「卓球!? ぼーやんの卓球……くふっ、見たかったかも」

 

 アヤが楽しそうに笑う。

 確かに卓球なんてやったことなかったので、いつの間にか始まっていたトーナメント戦で俺は堂々のビリになった。アヤには結果は言わないでおこう。

 

「アヤは何してたの?」

 

「んー、カラオケしてたよ」

 

 カラオケか。

 アヤと一緒に行ったことはないな。というか俺はカラオケ自体、数えるほどしか行ったことがない。

 

「アヤって何歌うの?」

 

「ん? 何でも歌うよ。流行ってるやつとか昔のとか、いろいろ」

 

「そっか。俺も聞いてみたいな」

 

「ん、まあ……おいおいね」

 

 アヤは別に、カラオケが好きというわけではない。

 ただ友達に誘われれば行くし、一緒にも歌う。

 でも本当は、けっこう恥ずかしがっているのを俺は知っている。

 

「俺は……まともに歌えるのってブタ侍のテーマくらいかな」

 

「あ、懐かしい! 私もいまだに歌詞全部憶えてるよ、一時期ぼーやんそればっか歌ってたもんね~」

 

 小学校時代、アヤとの帰り道やアヤの家でしょっちゅう歌っていたのを思い出す。

 俺がさんざん口ずさむもんだから、アヤに「好きだねぇ」って呆れられたっけ。

 

 密着しているアヤの体が、少し重くなった。

 だんだんとこっちに寄りかかってきている気がする。柔らかい熱が伝わってくる。

 

「……そういえば、他のみんなは?」

 

「多分、まだカラオケ。大合唱してるんじゃないかな」

 

 なんとなく、その口調に気になるニュアンスがあった。

 

「ああ、男子たちも一緒だったの?」

 

「うん、途中で突入してきたよ。みんなはっちゃけ始めたから、トイレいく~って出てきちゃった」

 

 少しだけ気まずそうだ。

 

「そっか。じゃあ戻らなくていいよ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 アヤが可笑しそうに笑う。

 少し感情的になってしまった。さっきスポッチに向かう道すがらに男子たちの会話を聞いたせいだろうか。

 

 肩のあたりに、アヤの茶髪がコテンと寄りかかってきた。その後頭部を見つめる。

 顎を持ち上げてキスをしようかと思って、止める。

 アヤの頭がコクリコクリと船を漕ぎだしている。

 

 ああ、これは寝るな。

 

「アヤ、眠い? ここで少し寝ていいよ」

 

「……起こしてくれる?」

 

「明日までには起こすよ」

 

 冗談めかして言う。

 

「それじゃあ、私たち捕まっちゃう……」

 

 どうやらもう寝ぼけ始めているようだ。

 

 俺はアヤの肩に手を回すと、こちらへ倒した。一切の抵抗なく、アヤの頭が俺の太ももに乗っかってくる。その手が俺の太ももをつかみ、いわゆる膝枕の完成だ。

 

「ん、ぼーやんの足って……」

 

「なに?」

 

「ううん……おやすみ、ぼーやん……」

 

 俺の足が何なのだろう。気になる。

 しかしアヤはすうすうと寝息を立て始めていた。

 

「……おやすみ、アヤ」

 

 気持ちよさそうな横顔に触れ、その小さな頭に手を乗せる。

 さらさらのショートカットを撫でると、アヤの口元がわずかに微笑んだ気がする。

 俺は優しくアヤの頭を撫で続けることにした。

 

 

 

 

 時計を見ると、七時半を回っていた。

 

 俺はアヤをイイコイイコしながら、フットサルに興じる人たちの様子をぼーっと眺めていた。視界の中で、ボールが忙しなく行ったり来たりしている。まるで催眠術で揺れる五円玉のようだ。

 

 なのに、俺はまったく眠くならなかった。

 

「ん……」

 

 アヤがたまに小さくうめいて、俺の太ももをキュッとつかんでくるからだ。

 ほんのわずかな刺激なのに、股間に近いせいかゾクッとしてしまう。

 すっかり元気になってしまったアソコに、アヤの頭が近いのも悪い。眠気や疲労や、数日アヤを抱いていないせいで溜まった欲望器官が、臨戦態勢になってしまっている。

 

「はぁ……」

 

 大きなため息をつく。

 無防備な寝顔を見ていると、どうにも理性が吹き飛んでしまいそうになるから困る。

 長いまつ毛に触れる。逆さに孤を描いて閉じられたまぶたにも触れる。まったく起きる気配がない。

 

「呑気な寝顔だな」

 

 意地悪くつぶやいてみる。

 

 言葉とは裏腹に、その横顔に見惚れていた。

 整った顔立ち、少しピンク色に染まっている頬。寝ているのに微笑んでいるように見える口元。その全てが見慣れた幼馴染のものなのに、いまだに心が高鳴って見慣れない。

 とくにこの口唇がヤバい。どうしてこんなに惹きつけられてしまうのだろう。

 

 指先でなぞってみる。ふにっと柔らかい感触。少し乾いているようで、指腹を当てると内側の瑞々しさが伝わってくる。

 

「んっ……」

 

 アヤが俺の指腹に唇を押し付けてきた。ほんのり吸われ、それだけなのに全身が痺れる。

 どんな夢を見ているのだろうか。キスの夢だったら嬉しい。

 

 たまに震える唇の感触がたまらなくて、俺はそこに指を当て続けた。そのぷにぷにした弾力を味わうように、指を押し込みながら端まで撫でると、アヤの体がピクリと動く。その拍子に俺の太ももをつかんでいる細指に力が入るので、どんどん欲望のボルテージが上がってしまう。

 

 アヤの髪の毛を少しかき分け、その可愛い耳を露出させる。

 耳たぶをつまんでみると、ぷりんとした弾力があった。二本の指でこすり、その柔らかさを堪能する。そこから耳の外側を指でなぞっていく。耳たぶほどではないが柔らかい感触が続く。耳の付け根のあたりまで来ると、少し硬みが増す。

 指で孤を描くように、俺は何度もアヤの耳の外側をなぞった。柔らかいところから硬いところへ。こめかみのあたりをくすぐり、また柔らかいほうへなぞっていく。耳たぶをふにふにと揉み、たまに爪で弾く。

 

 しばらく耳へのイタズラに夢中になっていると、大勢の人の気配がした。

 男の人たちが休憩コーナーに歩いてくる。どうやらフットサルが終わったらしい。休憩コーナーの端に設置された自販機で飲み物を買い、その近くのベンチに腰を下ろしている。

 たまに、数メートル離れた俺たちのほうをチラチラ見てくる。彼らからは、さぞやイチャイチャしているカップルに見えるだろう。

 

「アヤ、ちょっとカバン開けるね」

 

 俺はベンチに置かれたアヤのカバンに手を伸ばし、ジップを開けて中に手を入れた。

 なるべく中身を見ないように目当てのものを探る。クリーム色のカーディアンを取り出すと、アヤのスカートの上に掛けた。

 寒くはないが、なんとなくアヤの素足を隠したかったから。

 

 男の人たちは俺たちに興味を失ったようで、輪になって盛り上がり始めた。次はいつ遊ぶか、みたいな話をしている。

 俺は彼らの話をぼーっと聞きながら、アヤの耳をツーっとなぞる。なんだかクセになってしまった。

 

 こめかみをすりすりと撫でたあと、今度は耳の内側を指で触れてみる。

 なめらかな凹凸を確かめるように、指でなぞっていく。もっと軟骨っぽい感触だと思っていたが、アヤの耳は内側も柔らかかった。

 もう片方の指で自分の耳を触ってみるが、アヤよりも硬い。耳の質感にはかなりの個人差があるらしい。

 

「んぅ……」

 

 アヤがわずかにうめく。その吐息の中に、熱っぽいものが含まれていた。

 耳の内側を優しくこするたび、俺の太ももをぎゅっとつかんでくる。

 

 どうやら、アヤは起きているらしい。

 

 いつから起きていたのかは分からない。

 もしかしたら、俺が耳を弄りだした頃からかもしれない。

 だが、フットサルの人たちが近くにいるからか、それとも単に気まずいのか、アヤは寝たフリをすることにしたようだ。

 

「ん、んっ……」

 

 口元に触れると、きゅっと唇が引き結ばれる。その硬くなった唇を撫でる。ぷくっとした輪郭に沿うように指を這わせ、グロスを塗るように何度も指腹でなぞる。

 

 ふと、その唇からアヤの心が流れ込んできた。

 

 ――もう。

 唇、何度も。

 やらしいさわり方、ばっかり。

 ぼーやん。

 キス、したいのかな。

 あとで、できるかな……。

 

 

 胸がドクンと波打つ。てっきりイタズラに腹を立てているかと思ったが、その心の声は優しくて、少し焦れったそうだ。

 

 俺は、胸の高鳴りをごまかすように、アヤの口端から火照った頬まで指を走らせプニプニと押してから、徐々に耳のほうまで移動させていく。

 

 ――あ、また耳だ。

 ぼーやん。

 耳は。

 だめだよ……。

 

 

 アヤは、耳がかなり弱い。

 耳の内側を指でなぞり、耳穴の縁をほじるように指先を動かすと、ビクッと震えた。今ごろアヤの脳内にはガサガサと耳穴付近を弄られる音が響いているだろう。舌で舐め回して水音を響かせたくなるが、さすがに自重する。

 ピク、ピクッと太ももを握ってくるアヤの指先に俺のほうも焦らされながら、耳へのイタズラを続けた。

 

 やがて、ブブッとアヤのカバンが震える。

 見てみればロック画面にメッセージが流れていた。

 

『アヤどこー? そろそろ解散するよー』

 

 スマホの時計を見ると八時手前だ。

 

 俺はアヤの耳から指を離すと、代わりに顔を近づける。

 

「アヤ起きて。みんな帰るって」

 

 耳元で囁くと、アヤの体がビクンと震えた。

 

「んうぅ~……」

 

 うめきながら、顔を下にする。

 ちょうど俺の両太ももの間に顔を埋めるような格好だ。股間が反応してしまうので勘弁してほしい。

 

「……おはよぅ、ぼーやん」

 

 いつもは何度声を掛けても起きようとしないアヤが、ゆっくり起き上がる。

 

「おはようアヤ。少しは寝れた?」

 

「うん…………少しね」

 

 アヤはベンチに座り、寝癖のついたほうではなく、耳をいじられたほうの髪を何度も手で直していた。

 



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幼馴染に仕返しされた(二十九日目 金・夜)

 休憩コーナーのベンチで、俺の勃起と……アヤの興奮が冷めるのを待つ。

 

「そろそろ行こうかアヤ、みんな待ってるっぽいし」

 

「う、うん……」

 

 立ち上がりエレベーターに向かう。開閉ボタンを押すとすぐに開いたので、先に乗り込む。

 下のボタンを押すために振り返ると、

 

「わたたっ」

 

 アヤの体がポスっと飛び込んできた。底なしに柔らかいものが俺との間でむにゅうと潰れる感覚があり、とっさに抱きしめてしまう。

 

「アヤ大丈夫、立ちくらみ?」

 

「う、ごめん、寝起きなもんで……」

 

「俺はベッドじゃないよ」

 

「…………ベッドかも」

 

 俺の胸元に埋まりながら、アヤが俺の腰に手を回してきた。唯一露出している耳が真っ赤になっている。これは、反則だ。

 エレベーターのドアが閉まる。

 俺たちは狭い密室の中で、抱き合ったまま静止していた。密着した体が熱を発し、頭がぼーっとする。眠気が限界突破しているせいか、下でクラスの皆が待っていることとか、ここがエレベーターの中だとかがどうでもよくなってくる。

 

「アヤ」

 

 囁きかけると、アヤがむくりと俺を見上げてきた。物欲しそうに揺れる瞳に吸い込まれそうになる。互いの唇の距離が近づく。

 

 ガタン――と足元が振動し、エレベーターが下降を始めた。どうやら一階に呼ばれたらしい。

 俺たちは、途中の階で停まるかもしれないことも考えられず、ただただ下に着くまで抱き合っていた。

 

 

「あ、アヤ来た~! プリクラ撮って帰ろ~」

 

 一階に下りると、アヤは女友達たちに連れ去られていった。男子の姿は見えないので、先に帰ったか、まだバスケに興じているのだろう。

 

 入り口近くでぼーっと待っていると、尻ポケットのスマホが震える。取り出すと姉貴からの着信だった。

 

『あ、リュウジ夜飯なんだけどさー……って今どこいんの? 外?』

 

 ゲームセンターの電子音がうるさかったのか、すぐに夜遊びがバレる。

 

「ああ、スポッチにいる」

 

『学校近くの?』

 

「うん」

 

『アヤちゃんもいる?』

 

「……ああ」

 

『ちょうどいいや、今車でちょうど近くだから乗っけてくよ』

 

「いや、いいよ」

 

『十分くらいで着くからスポッチ前で待ってな。んじゃ』

 

 一方的に着信が切れる。相変わらず強引な姉貴だ。

 ……でもまあ、今日のアヤはかなり眠そうだ。どこかに連れ込んで抱くなんて無理だし、なんなら電車で確実に寝る。そこからおぶって帰ってもいいが、それはアヤが嫌がりそうだ。

 久しぶりに長い二人きりの時間を味わいたかったけど、仕方がない。

 

 

「ぼーやんお待たせ~」

 

 ゲームセンターからアヤが帰還する。入り口で俺が待っているのが、さも当たり前のような様子だ。それが地味に嬉しい。

 

「アヤ、姉貴が仕事帰りらしくて車で拾ってくれるってさ」

 

「カエデさんが? ん、そっか……助かるね」

 

 一瞬寂しそうな顔になったのが、かなり嬉しい。

 

 アヤが女友達たちに事情を話しに行き、すぐに戻ってきた。

 「じゃーねー」と言う女友達たちにアヤが手を振り返している。そんな様子を眺めていると、入り口近くに見慣れた車が停まったのが見えた。姉貴だ。

 

 

「やっほ~アヤちゃん! 最近よく会うねぇ」

 

「あ、お姉さん……こんばんはっ!」

 

 今にも抱きつきそうな勢いで近づいてくる姉貴に、アヤが満面の笑みを送る。その横顔がほんの少し緊張しているのは、いつものことだ。

 俺たちと姉貴は年が離れているせいか、一緒に遊ぶことはほぼなかった。アヤと出会った頃にはすでに姉貴は美容学校に通っていて、たまにアヤの家族と一緒にご飯食べたりキャンプに行ったりする以外は、会う機会もほとんどない。

 だからか、アヤは姉貴に対してはいまだに少し遠慮がちだ。

 

「んじゃ帰るよ~」

 

 そう言って足早に車に向かう姉貴に二人で付いていく。

 アヤが小さい声でつぶやいた。

 

「お姉さん、今日もカッコいいね」

 

「そう?」

 

 姉貴はいつものように黒髪ロングを後ろで束ね、服も下から上まで黒一色のコーディネートだ。確かにオシャレだとは思うが。

 

 ふと、アヤの視線に熱っぽいものがこもっているのを感じた。

 姉貴の格好や雰囲気はどっちかというとシックな感じで、明るくボーイッシュなアヤとは正反対のような気もするが……どうやらアヤは姉貴に憧れのような感情を抱いているらしい。

 以前の鈍感ぼーやんだったら気づかなかっただろう。

 

 

「さ、乗って乗って~、助手席荷物いっぱいだから二人は後ろね」

 

 アヤと後部座席に乗り込むと、さっそく車が動き出す。このせっかちな性格は俺と正反対だ。

 

「そいや二人は付き合ってんだよね?」

 

 姉貴がいきなりぶっこんでくる。

 

「えっ!? あっ……はい。え、えとっ、どうして?」

 

 アヤがしどろもどろになりながら、姉貴に聞き返す。

 

「んふっ、二人見てりゃ分かるよ~、それにリュウジは昔からアヤちゃんにしか興味なかったし?」

 

「姉貴、運転に専念しなよ」

 

 隣で茹でダコのようになってしまったアヤに代わり、姉貴に注意する。

 そんな俺の文句を軽く受け流し、姉貴がなおも話しかけてくる。

 

「そうだリュウジ、もうテスト終わったんだよね、明日現場入れる?」

 

「ああうん、入れる」

 

 ここ最近、俺は姉貴のメイクの仕事を手伝っている。……と言っても雑用だが、早くお金を貯めたいのと、独立して稼げるようになるための準備だ。

 

「この前行った現場のディレクターさん、リュウジのこと褒めてたよ。スタミナあるね~って」

 

「はあ……」

 

 褒められているのかイマイチ分からないが、これは姉貴なりのアシストなのだろう。アヤの前で俺の株を上げようとしてくれている。

 チラッとアヤを見ると、俺と姉貴のやり取りをキョトンとした表情で見ていた。無表情を装っているが、これは……カッコいいとか頼もしいとか思ってくれている顔だ。

 俺はなんだか小っ恥ずかしくなり、窓のほうに顔を向けた。

 

 

「――え、じゃあお姉さんって、今そのモデルさんの専属なんですか!?」

 

「まあ専属っても、気まぐれにいつ切られるか分からんけどね~」

 

 アヤと姉貴が盛り上がっていた。

 なんだか、二人の会話が子守唄のように聞こえてくる。車の振動が揺りかごのようで、やけに眠気を誘われる。そのせいで、さっきから何度も頭が落ちかけていた。

 

「……ぼーやん、眠そう」

 

「リュウジ~、アヤちゃんの膝で寝かせてもらいなよぉ~?」

 

 からかうような姉貴の口調に苛立ち、声のほうに振り向く。姉貴に文句を言おうと思ったが、その前にアヤと目が合った。

 

「えっと……寝る?」

 

 アヤが白い太ももをポンポンとたたく。その恥ずかしそうな表情に、姉貴への苛立ちがすっと消える。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 俺は吸い込まれるようにアヤの膝に倒れ込んだ。

 顔の半分が柔らかい肉感に包まれる。スカート越しに太ももの温もりが伝わってくる。同時にアヤのどうしようもなく甘い匂いも漂ってきて脳が蕩けそうになる。

 これは、思った以上にヤバい。

 後頭部にふんわりとしたアヤのお腹の感触がある。柔らかくて温かくて、少し早い心臓の鼓動が伝わってきた。

 おまけに太ももに密着していないほうの顔にもほんのり熱を感じる。分かっている、頬のすぐ真上にアヤの大きなふくらみがあるからだ。呼吸に合わせて上下していて、深呼吸でもしようものなら俺の顔にその豊満な下乳が乗っかってくるだろう。

 シンプルに言って、天国のような場所だ。まぶたを閉じても、体が沸騰しているので一向に寝れる気がしない。

 

「うわぉ~カップルっぽいねぇ。くっそー、いいなリュウジ……」

 

 自分で煽っておいて、姉貴はなぜか俺に嫉妬してきた。姉貴の前で膝枕してもらうとかどんな罰ゲームと思ったが、これは確かにご褒美といっていい。

 

 信号に捕まったのか、車が減速して反動で少し揺れる。

 とっさに太ももをつかむとアヤの体がビクっと震えた。全身が強張り、頬の下でアヤの内股がきゅっと閉じられたのが分かる。こんな反応をされたら、ますます眠れない。

 

 閉じたまぶたの向こう側で、運転席から姉貴が覗き込んでくる気配がした。

 

「あら、もう寝ちゃった。くくっ、リュウジって寝顔はかわいいんだよね」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「あれ、アヤちゃん知らなかった?」

 

「うん、だいたい私のほうが後に起き……っ、るんで、よく家に起こしに来てもらったりとか……」

 

「そうなんだ~」

 

 アヤは、姉貴のイヤらしい誘導尋問をすんでのところでかわしていた。

 まあ、姉貴は妙に勘が鋭いので油断できないのだが。

 

 ポンと、アヤの手が俺の頭に置かれた。まるでごまかすように髪の毛をクシャクシャと撫でてくる。正直めちゃめちゃ気持ちがいい。これなら寝てしまいそうだ。

 

 そのとき、運転席のほうからププププッと小気味いい電子音が鳴った。

 

「あ、ゴメン! ちょいと電話でるね」

 

 直後、男の話し声が聞こえてきた。聞き覚えのあるディレクターさんの声だ。姉貴がハンズフリーにして仕事の話を始めている。

 

 これはいよいよ寝れそうだ。

 そう思ったとき、唇にピトッと何かが触れた。細い、アヤの指だ。

 俺の唇の弾力を確かめるようにチョンチョンと押したり、唇をベンベンと弾いたりしている。こそばゆくて、なぜか股間がうずく。

 

 ああ、なるほど。

 

 いくら姉貴に交際がバレたからといって、恥ずかしがりのアヤが人前で膝枕をするなんておかしいと思っていた。

 これはさっきの仕返しなんだ。

 

 アヤのタッチは、俺のそれよりもかなり控えめだった。唇のいろんなところをツンツンとつつくか、たまにフニっと指腹で押してくるくらいだ。全然やらしいさわり方ではない。なのに敏感な部位だからか、目をつぶっているからか、背すじがゾクゾクして股間がじんわり熱くなる。

 さっきアヤがあんなに反応していたのが分かった気がする。

 

 口の端がぐっと押され、一センチずつ頬のほうにズレていく。プニ、プニと頬を押して徐々に耳のほうへ。ビクッと震えそうになるくすぐったさはあるものの、そのさわり方がどこかコミカルで思わず笑ってしまいそうになる。

 アヤの指がどんどん冷たく感じてくる。俺の耳が頬よりも熱くなっているのだろう。

 指で耳たぶをつままれる。かと思ったら親指と人差し指で耳全体をぐにっとつまみ、ぐりぐりとこすってきた。その摩擦の音がシュワシュワと鼓膜に響く。耳をまんべんなくマッサージされているようで、こそばゆくて気持ちがいい。

 かと思えば指の先でチョイチョイとくすぐってくるので、思わずアヤの太ももに置いた手に力が入る。

 

「んっ」

 

 枕にしている太ももがビクンと跳ね、頭上から一オクターブ高い声が聞こえた。太ももへの刺激に、思わずびっくりしてしまったという感じだ。

 姉貴はまだハンズフリーで会話中なので、今の可愛い鳴き声は聞こえていないだろう。

 

 車が減速する。赤信号か何かだろう。

 ブレーキで車体がガクンと揺れるのに合わせて、もう一度太ももをぎゅっとつかんでみる。柔らかい肉感に指の腹を食い込ませる。

 

「ぁっ……ん」

 

 吐息のようなかすかな声。

 頬の下でまた内股がきゅっと締まる。

 アヤは性感をこらえるように、俺の耳をきゅうとつかんだ。それに合わせて俺も手のひらを力ませ、わずかに太ももの表面をスライドさせる。

 

「んっ、もぅっ……」

 

 囁くような悲鳴。その声はこちらに向けられているが、寝ている俺に文句を言うわけにもいかず困ったな、という感じの声だった。

 無抵抗で声を出せない状態のアヤに悪戯しているようで、興奮する。

 

 ガクンと揺れて、車が進み出す。

 それに合わせてまた一センチ、手のひらを動かす。さっきよりつかんでいる太ももが柔らかい。もうスカートとの境界線あたりまで手が上がってきていた。

 

「はぁっ……」

 

 心底困ったなぁ、というため息だった。震えるような吐息。性感に戸惑っている証拠だ。

 アヤの手が俺の髪の毛に埋まり、頭皮をギュウとつかんでくる。ちょうどいい力加減の指圧が気持ちいい。

 お返しとばかりに、俺も指を太ももの内側に食い込ませてむにっと揉んでみた。

 

「なんでよぉ……っ」

 

 蚊の鳴くような声。

 太ももの谷間に差し込んだ指が肉感で圧迫される。これ以上内側に入ってこないように必死に閉じているようだ。握った太ももがしっとりしてくる。汗をかいてきたのだろう。

 アヤはまだ俺が寝ていると思っているだろうか。

 そっと薄目を開けてアヤのほうを見上げようとするが、ボリュームのあるおっぱいの傘の下にいるので何も見えない。

 

 仕方がないので目を閉じると、ちょうど姉貴の電話が終わったようだった。

 

「アヤちゃんごめ~ん、ちょっとそこのコンビニ寄っていい? 一瞬ちょっとタバコ買ってくるね」

 

「え、タバコですか?」

 

 アヤがつとめて平静な感じで聞く。

 

「あ、私のじゃないよ~、明日の現場でヘビースモーカーの人の担当でさ、その人のが無くなったときの予備」

 

 車体がぐるーっと左折する感覚。それに乗じて、つい開いてしまった太ももの間に手のひらを滑り込ませた。指先が柔らかい湿り気に当たる。

 

「んじゃ、すぐ戻るね。アヤちゃんなんか飲み物いる?」

 

「あ、んっ……だいじょうぶ、です」

 

 バタンとドアが閉まり、車内は俺とアヤだけになった。

 俺はさらに手のひらをぐぐっと圧迫の内側に押し込み、濡れる布地を指先でつつく。

 

「やっ、んんっ、こらぁっ……」

 

 怒られてしまった。

 悪戯の仕返しとはいえ、さすがに文句を言われそうだ。

 

「ぼーやん」

 

 子どもを優しく叱るような口調で呼ばれる。

 俺は観念して真上を向き、目を開けた。

 

 暗い車内で、アヤと目が合う。

 俺はその瞬間、熱病に浮かされたように体が動かなくなった。

 

 巨乳でこんもりと膨れたブラウス。その頂から、アヤが俺を見下ろしている。

 その瞳が物欲しそうに俺を見つめていた。眉を八の字にして今にも泣き出しそうだ。

 

「……そんなことされたら、ほしくなっちゃうよ」

 

 非難でも文句でもない、懇願するような声。

 涙目に揺れる瞳が、どんどん近づいてくる。

 

「んっ、んむっ……、っ……、ちゅっ、ん……」

 

 上から口付けが降ってきた。

 ショートカットの髪の毛が目に入りそうになり、まぶたを閉じる。

 ついばまれるように唇を吸われ、その内側をペロッと舐められる。いつの間にかアヤに頭と顎を押さえられていて顔が動かせない。動かす気もないが。

 

「はぁっ……んむぅっ、ぁむっ、んっ……しかえしだ」

 

 少年のような声で言われた。

 おかしさと可愛さと気持ちよさで、脳がバグる。

 「んっ」と色っぽい声が聞こえ、柔らかい唇に口を塞がれる。温かい舌先が、ぬろ、ぬろと俺の唇を舐めてくる。唇の縁、輪郭をなぞるような動きに、思わず体が震える。

 

 ああ、確かに仕返しだ。

 

 俺はアヤのやりたいようにさせることにした。

 

 ちゅう、ちゅうっと唇が吸引される。一心に求めてくるアヤの温もりが、俺の心を満たしていく。

 

「んっ、ぼーやんっ……ちゅ、ちゅぁ……んりゅ、んちゅぅ……」

 

 ぬるっと舌が口内に入り込んでくる。俺の舌を見つけると、れろっと絡ませてきた。体に電流が走り、股間が火を吹きそうなほど熱くなる。

 

 やがて絡んでいた舌がゆっくりほどかれていき、唇が離れる。

 多分、姉貴が戻ってきたのだろう。

 

 ガチャとドアが開く音がして、ドサッと人が乗った振動で揺れる。

 

「ふー、お待たせお待たせ。グラム数聞くの忘れちゃってさ~」

 

「おかえりなさい」

 

 アヤがつとめて平静な声で返した。

 

 やがて車が走り出す。

 俺は目を閉じたまま、微動だにできなかった。

 今起きた夢心地のような出来事で、胸がいっぱいだったから。

 

 

 

 

「おーい、リュウジ~朝だぞー、コケコッコー」

 

 姉貴の適当な言葉に、俺はむくっと体を起こした。アヤの家に着いたらしい。

 アヤを見ると、うつむき加減で俺のほうを見ていた。そのやや上目遣いの視線が誘っているようで、心臓がドクンと跳ねる。

 

「んじゃあアヤちゃん、今度うちにご飯食べに来てね」

 

「はい、送ってくれてありがとう、お姉さん」

 

「いいのよぉ~」

 

 アヤの無邪気で庇護欲をそそる笑顔に、姉貴はノックアウトされたらしい。

 

「じゃね、ぼーやん……また」

 

「ああ、また来週な」

 

「来週……うん」

 

 確か明日の土曜日、アヤは部活の練習があったはずだ。

 日曜は家族の用事があると言っていたし、俺も一日中姉貴の手伝いだ。

 だから、また来週。

 

 だが、なんだかアヤは寂しそうに見えた。

 

 車のドアを開け、軽快な足取りで門扉の向こうに去っていく。こちらに軽く手を振り、アヤは家に入っていった。

 

 

「はあぁぁ……アヤちゃん可愛いわぁ~、あんな子が妹とか最高」

 

「そうだな」

 

 言いながら、俺も車のドアを開ける。

 

「ん? リュウジどこ行くの?」

 

「ちょっと歩いて帰るわ。頭冷やさないと」

 

「なにそれ? ……まあいいか、気をつけて帰ってきなよ」

 

 俺の顔は相当火照っているのだろう。姉貴も何かを察したらしく、大人しく俺を置いて車を発進させた。

 

 

「ふぅ……」

 

 暗い夜道を、一人歩く。

 少し肌寒いが、体中の熱を冷ますにはちょうどいい。

 

 今日一日のアヤの様子を思い返す。

 少しヘンだった。なんだか妙に、積極的だった気がする。

 

 それにさっきの去り際の顔。

 一緒にいたのに、寂しそうに微笑む顔。

 あの表情には心当たりがある。

 時田と付き合っているときに、何度かああいう顔をすることがあった。

 

 ……明日は午前中、姉貴の仕事だ。

 それが終わったら――。

 

「学校に寄ろう」

 

 チカチカと点滅する街灯を見ながら、つぶやく。

 

 前の俺だったら、気づかなかっただろう。

 気づいたとしても、気になりつつも来週まで待っていた気がする。

 でも、そういう躊躇が望まない未来に繋がることもあるのだと、直感に教えられた。

 

 俺はほんの些細な寂しさも、アヤに感じさせない。

 そう決めたんだ。

 

 俺は心をスッと落ち着かせ、いつものように家に帰った。

 



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不安そうな幼馴染をシャワー室に連れ込んだ(三十日目 土・夕方)

 アヤとスポッチに行った翌日、俺は朝から大忙しだった。

 

 早朝に起きて、姉貴の手伝いに行く。

 少しフォーマルな現場だったのでジーパンと白いワイシャツ、その上に黒いジャケットを着させられた。この現場のために姉貴が急遽借りてきてくれたものだ。

 

「うんまあ……こんなんでいいか」

 

 姉貴が微妙な表情で見てくる。

 ジャケットが似合わないのくらい俺も分かっている。

 

 

 休む間もなく現場の端から端まで走り回り、昼過ぎくらいに仕事が一段落した。

 

「リュウジ~お疲れ、もう上がっていいよ」

 

 「ふぅ」とため息をついて、スマホを取り出す。

 時刻は午後二時過ぎ。ここから学校までは一時間ちょっとだから、アヤの練習終わりに余裕で間に合う。

 

 ふと、アヤからメールがきているのに気がつく。

 

『ぼーやんごめん。来週お父さん出張でいない。挨拶は再来週かな』

 

 淡白なメールだった。

 何か気持ちを押し殺しているとき、アヤのメールはこういう文面になる。

 俺はもう一度、「ふぅ」とため息をついた。

 

 仕事の後片付けをしている姉貴に近寄る。

 

「姉貴、このジャケットって明日まで借りてて平気?」

 

 

***

 

 

 学校への道すがら、少し高めの和菓子屋に寄る。

 ガラスケースには、美味しそうなフルーツ大福が並んでいた。アヤが昔、おいしいおいしいと感激しながら食べていたのを思い出す。ほっぺたが落ちそうとは、まさにこの顔を言うのだなと思った記憶がある。

 俺はフルーツ大福の他に、いくつか和菓子を買って外に出た。

 

 

 寄り道をしたので、学校に着いたのは午後三時半を回ったところだった。とはいえ練習が終わるのは四時なので、まだ余裕はある。

 校庭に運動部の姿はない。サッカー部は練習日じゃないらしい。

 

 体育館に近寄ると、キュッキュッと体育館シューズが床をこする音が響いていた。部員たちの強めの掛け声も響いている。

 体育館の側面の扉が半開きになっていたので、そっと中を覗き込む。

 

 そこに、アヤの姿があった。

 

 彼女はピンクを基調としたTシャツに、黒の短パンという指定のユニフォームを着ていた。ダブルスの試合形式の練習らしく、もう一人の女子部員と連携して相手ペアと戦っている。その真剣な表情に、思わず目を奪われる。

 ポーンと宙に舞い上がったシャトルに向かって、アヤが跳ぶ。柔らかい体をしならせ、ラケットを振り抜いた。

 バシュンッ――と爽快な音が鳴り、相手ペアの隙間をシャトルが通過する。

 途端にアヤの表情が明るくなり、ペアの女の子と軽いハイタッチをした。そのフニャっとした笑顔はいつもの彼女で、さっきの固い表情とのギャップがすごい。

 予期せぬ魅力に当てられ、俺は小さいため息をこぼしてしまった。

 

「――アヤ先輩、やっべぇ……」

 

 すぐ近くから男子の声がする。

 どうやら俺が覗いている扉の向こう側に、男子部員たちが座っているようだった。俺は顔を引っ込めてその場でしゃがむ。

 扉に背中をもたれ、無人の校庭を眺めながら体育館内の会話に聞き耳を立てる。

 

「やべえよなぁ~。むっちゃかわいい……」

「サッカー部の時田先輩と別れたってマジかな」

「あ、それマジっぽいぜ。前に別のサッカー部の先輩が告ったらしい」

「え、いつ?」

「先週くらいじゃね。振られたっぽかった」

 

 ……それは初耳だ。

 なんて言って断ったのだろう。

 

「そいやー文化祭で、男とチューしてたって誰か言ってなかったっけ?」

「ああ、時田先輩とだろ?」

「いや別の人って聞いた気もする」

「今フリーなんかな?」

「さあ、知らん」

「俺、たまにアヤ先輩と話すんだけどさ、マジで癒し系」

「癒し系? もうちょい活発なイメージだけど」

「それ思い込みな。アヤ先輩ってああ見えてすっげーおしとやかなタイプだぜ」

「……分かる、多分時田先輩ともヤッてないんじゃね」

 

 別の男子部員も話に加わってきたようだ。

 いかがわしいことを話す男子特有の、低いトーンの声色になる。

 

「マジかー……抱いてみてーな~」

「お前それ先輩たちにぶっ殺されるぞ」

「じゃあ今のナシ。でもさー、アヤ先輩すっげーいい匂いしねぇ?」

「だな。つーかお前はどうせおっぱい目当てだろ?」

「いやそれお前だろ。……てかおっぱいだけじゃねーし」

「お前らマジでやめとけ、先輩たちに聞こえんぞ」

「フリーなんならさ、俺デート誘ってみよーかな……」

「いいけど今日はやめとけ」

「なんで?」

「今日、タクマが告るって言ってた」

「マジか、チャレンジャーだな。んじゃ失敗したら次俺いってみるわ」

 

 ピピピピッ――と大きな電子音が鳴り響く。どうやら試合交代のようだ。

 男子部員たちが立ち上がった気配がして、俺も扉から離れた。校舎に入り、階段を上り、自販機近くのベンチに腰掛ける。

 

「ふぅ……」

 

 考えてみれば、アヤは告白されること……好意を示されることに不慣れだ。

 多分、小学校の頃のトラウマが関係しているんだろう。中学で時田に告白された時も、それはもう大層なうろたえぶりだった。

 そうしてすぐに時田と付き合うことになって、名物カップルとして定着して。

 校外でたまにナンパされたり、ストーカーされたりする以外に、アヤへ表立って好意を示すやつはいなかった。だから不特定多数から好意を向けられるのに、免疫がない。

 

 神様の計らいか、俺とのキスや付き合っている事実があまり広まっていないせいで。

 その分、時田と別れたことのほうが独り歩きしてしまったせいで。

 この短い期間に、アヤは告白されたり、あからさまな好意の対象になってしまったのだろう。彼女を戸惑わせるには十分すぎる状況だ。

 

「……」

 

 誰もいない廊下を眺める。

 文化祭で、一晩教室で抱き潰した翌朝、アヤとこのベンチで飲み物を飲んだのを思い出す。

 あの時はまだ夏の暖かさがあった。でも今はもう秋の冷たい空気が混じっている。時間は刻一刻と変化する。

 俺は、傍らに置いた和菓子屋の紙袋をポンと叩いた。

 

 

 時計を見ると、四時を少し過ぎたころだった。

 二階の窓に近寄り、体育館の入口を見下ろす。

 

 女子部員や男子部員たちが出てきて、校庭を突っきって校門に向かっている。

 少しして、ユニフォーム姿のアヤが出てきた。

 すると誰かに呼び止められたように、体育館内を振り返る。その目が見開かれたのが分かった。後輩のタクマくんだろうか。少しうつむいたものの、すぐに顔を上げ、先に帰っていく女子部員たちに手を振っている。

 

 俺は身を翻して、階段を下りた、

 

 

 体育館の入口に向かうと、アヤが中に入ろうとするところだった。タクマくんは体育館の中で告白をするのだろう。

 

「アヤ」

 

 呼びかけると、彼女は弾かれたように振り向いた。首に巻かれた水色の汗拭きタオルがふわりと浮く。

 

「え、ぼーやん!? どうしたの?」

 

「練習終わったころかと思って。迎えに来たよ」

 

 アヤは目をまん丸くしたまま、俺の頭からつま先まで視線を往復させた。そして。

 

「ぶふっ、ぼーやん、その格好……っ」

 

 彼女が堪えきれないといった感じで吹き出した。

 ジャケット、そこまで似合わないだろうか。まあ自覚はあるので腹も立たない。

 

「姉貴の仕事で着なきゃいけなくて、借りたんだ」

 

「髪の毛もツンツンって、それ、セットしたの?」

 

「ああうん、ちょっと整えた」

 

「そう、なんだっ……」

 

 くっくと笑い、目端に涙まで溜めている。髪の毛をセットしたのも初めてなので、もちろん腹は立たない。

 

「……とりあえず行こうか」

 

「あ、えと……」

 

 アヤが体育館の中をチラと見る。

 俺は彼女の横を通り過ぎて、入口に立った。

 中にいた男子部員と目が合う。ギョッとした顔でこちらを見ている。彼が後輩のタクマくんか。

 俺はつとめてフレンドリーな笑みを浮かべる。

 

「ごめん、アヤに何か用事だった? これからちょっと用事あって」

 

 明るく声を掛けると、タクマくんは訝しげな顔で俺を睨む。

 

「……あーあれ、アヤ先輩の、彼氏さんとかすか?」

 

「うん」

 

 自然な態度で即答する。堂々と、でもけん制することなく。

 

「あ、そっすか……いや、俺のはたいした用事じゃないんで」

 

「そっか。……じゃ、アヤ行こうか」

 

 振り向くと、彼女は顔を真っ赤に染めていた。

 その細い腕をつかみ、歩き出す。

 

「うぇっ!?」

 

 カエルのような鳴き声を発するアヤを、校舎の中に引っ張った。

 下駄箱を通り過ぎ、隣接するもう一つの建物へと入る。

 

「あ、あれ、ぼーやん? 帰るんじゃないの?」

 

「アヤとしたい。だめ?」

 

「えぇっ、いやあのっ……ここ、学校」

 

 口調とは裏腹に少しも抵抗しない腕をつかんだまま、部室の並ぶ廊下を歩く。

 

「あ、あのほら、汗かいちゃったから、流さないとだしっ……」

 

「じゃあ、一緒にシャワー浴びよう」

 

「はぇっ!?」

 

 そう言って、シャワー室の前で立ち止まる。

 ドアを開けて、電気を点ける。今日は誰も使った形跡がない。

 俺はアヤの腕ではなく手のひらをつかんで、優しく中に招き入れた。

 

 靴を脱いで誘導する。

 アヤも俺に引っ張られながら、靴を脱いだ。焦ったせいか体育館シューズが転がる。俺はそれを拾って、棚に並んだカゴの一つに入れる。

 お互い服を着たまま、とりあえず個室の中へアヤを押し込んだ。

 

「ぼーやん、えと……だめだよっ」

 

「どうして?」

 

「だって……人、来るかもだし」

 

 今日、運動部で練習に来ているのはバドミントン部だけだ。そのほとんどが帰っていった。最後に残っていたタクマくんは、アヤと校舎に入ったときに校庭のほうに去っていくのが見えた。中間テストも終わり、先生も今日出勤しているのはわずかだ。校舎の最終施錠は六時。万が一誰かが入りにきても、個室を覗くようなヤツはいない。仮に覗かれても色々やりようはある。だから――。

 

「大丈夫だ。誰も来ないよ」

 

 確信を持ってそう断言すると、アヤは眉間にシワを寄せて俺を睨んだ。

 

「もうっ、また大丈夫って言う。ぼーやんにそう言われると、私っ……」

 

 大丈夫って思ってしまう、かな。

 

「アヤ、全部脱いで」

 

 俺は一歩近寄り、ユニフォームのシャツに手を掛けた。

 

「え……ぁっ、んむっ……!?」

 

 少し抵抗されそうだったので、開きかけた唇をキスで塞ぐ。

 シャツをめくると、下にぴちっとした黒いキャミソールを着ていた。その裾をつかみ、シャツと一緒にぐいっとめくり上げる。ボロンとこぼれ落ちそうなほど大きな豊乳があらわになる。そのままアヤにバンザイをさせて、キスを一瞬中断して頭から脱がせる。

 

「あん、もうっ、ちょっ……んんっ、んちゅっ、ぁっ、んむぅっ、んっんっ……」

 

 しゃぶりつくようなキスを再開し、白いブラジャーに手を掛けた。いつもよりかなりキツめで、中身がぎゅうぎゅうに詰め込まれている感じがする。

 昨日車の中で味わった生意気な舌をれろれろと舐め回しながら、ブラジャーのホックに触れる。パチっと外した瞬間、拘束を解かれた乳房がぶるんと揺れた。舌を絡ませながらブラジャーを脱がす。

 濃厚な口付けを止めることなく、アヤの黒い短パンに手を掛けて少し待つ。

 アヤの手が伸びてきたり、拒否したりする素振りはない。

 俺は唇を離すと、しゃがみながら黒い短パンを下にずらし、露出した水色のショーツと一緒に一気にずり下ろした。片方ずつ足を上げてもらって脱がし、アヤを全裸に剥く。

 

「はぁっ、はぁっ……ぼーやん、さむいよ……」

 

「ちょっと待ってて、俺も脱ぐから」

 

 俺は一度個室から出て、さっき体育館シューズを入れたカゴにアヤの衣服を丁寧に置く。急いで俺もジャケットやワイシャツ、ジーパン、靴下とトランクスとを脱ぎ、軽く畳みながらその上に重ねた。

 振り返って個室に入り、後ろ手にカーテンを閉める。

 

「うぅ~、ぼーやんっ……」

 

 アヤは全裸のまま、恥ずかしそうに両腕で乳房と性器を隠していた。

 上目遣いの涙目に、目を奪われる。あまりに男の獣欲や嗜虐心を煽る姿に、一瞬で股間がたぎる。

 

「ごめん、お湯出すから」

 

 蛇口をひねり、壁に固定されたシャワーヘッドから水流が流れ出る。一気に水温が上がり、温かい湯気が立ち込めた。その白煙に視界が曇る。

 

「アヤ、裸見せて」

 

 局部を隠す細腕を優しくつかみ、左右に開く。

 白いおっぱいと綺麗な秘部があらわになった。

 そういえば、明るい場所でアヤの裸体をまじまじ見るのは初めてかもしれない。いつも薄暗かったり、夕闇だったり、一部服を着たままだったりしたから。

 あらためて彼女の肢体をねぶり上げるように鑑賞する。なめらかな肩のライン、胸元に大きく実った二つの乳果実。その先端には淡い乳輪に縁取られたピンク色の蕾。視線を下ろすと引き締まったくびれがあり、そこからまた丸みのある腰付へと続く。

 可愛らしいヘソまわりのお腹は柔らかそうで、でもうっすらと腹筋が浮かび上がっている。さらに視線を下げると、ぷくっと膨らんだ恥丘に目を奪われ、すっと綺麗な一本筋の割れ目に見惚れる。太ももは肉感があり、同時に部活で鍛えた筋肉の存在も感じさせた。

 

 昔、クラスの男子にどんな体が好みか、と聞かれたことがある。その時は好みの体なんて分からなかったが、今は違う。アヤの体だけが俺の雄を夢中にさせる。

 

「綺麗だよ、アヤ」

 

 思わず感嘆を口にすると、アヤは「うぅ」とうめいてそっぽを向いてしまった。

 構わず、胸のふくらみに手を伸ばす。下乳の内側に手のひらを差し入れ、その心地よい重量感を味わう。驚くほど柔らかくて、ちょっと手のひらを動かすと面白いようにたぷんたぷんと揺れる。

 さっきの練習中、飛んだり跳ねても揺れていなかったのはキャミソールやキツいブラジャーで締め付けていたからだろう。アヤは昔から大きな胸を気にして、なるべく目立たないように努力している。そんな誰も味わうことができない乳房を、好き勝手に(いじ)ることができるのが俺だけだという事実に、独占欲が満たされる。

 

「アヤの乳首、ピンって立ってて可愛い」

 

「あっ、んっ……」

 

 ぷくりと膨らんでいる乳首を指腹で弾くと、アヤが切なげに鳴いた。コリと硬く尖った乳頭は、つまんでみるとぷにっとした弾力もある。思わずいじくり回したくなる。

 手を広げて、それでも覆いきれない乳房を揉む。柔らかい乳肉をマッサージするように。手のひらの真ん中で尖り立った突起をこね回すように。柔乳の中に指が沈み込み、つい揉み潰してしまいそうになる。そのたびに加減して、アヤに性感だけを送り届ける。

 

 どこまでも触っていたい乳房からなんとか手を離し、手のひらを下へ這わせていく。お腹に触れると、ふわふわした感触の下に硬い筋肉を感じた。力んでいるのかピクピクと震えている。

 手のひらをゆっくり滑らせ、湯気や汗で湿った下腹部へと指を侵入させていく。

 アヤの膣は濡れそぼっていた。

 

「やっ、あぁんっ……」

 

 指先で蜜液をすくうと、アヤが震えて喘いだ。悩ましげな声が個室内に響く。

 俺は体を密着させて彼女の火照った柔肌を堪能し、下腹部では指先を不規則に動かした。ピチャピチャと音を立てて、膣内の粘膜を刺激する。指全体を蜜壺に浸しながら、クニっと硬くなったクリトリスに触れた。可愛らしい肉粒を、指腹で円を描くようにゆっくり愛撫する。

 

「あっ、ぼーやんそれだめっ、あっあんっ……んっく、んぁっ、あっんんんっ――!」

 

 俺の耳元で、アヤがイった。

 彼女の柔らかい体がぎゅうっと収縮したように力み、ビクビクと痙攣して、やがてふっと脱力する。

 ゆっくり呼吸が整ってくるのを待ち、俺は口を開いた。

 

「アヤの感じてる姿、たまんない。こんなに濡らして、いやらしいね」

 

 意地悪く言葉で責めてみる。

 

「……うん」

 

 アヤがコクリとうなずいた。吐息混じりに熱い性感が伝わってくる。

 てっきり「だってぼーやんが」とか言われると思ったのに……アヤは素直に肯定した。

 全身にゾクゾクとした射精欲がこみ上げてくる。

 

「アヤ、挿れるよ」

 

 腰を曲げ、低い位置にあるアヤの膣口に肉棒の先端をあてがう。

 体をくの字にしたせいで、シャワーのお湯が肩口に掛かり、それが飛び散ってアヤの体を濡らす。

 

「まって、髪、濡れちゃう」

 

「あ、ごめん」

 

「ん、違くて……ぼーやんの髪の毛が」

 

「俺の髪?」

 

「……うん、あの、その髪型……カッコいいから」

 

「さっき笑ってたじゃん」

 

「ううん、カッコいいから……ジャケットも、すごく似合ってた」

 

「いや、それも笑ってたよね」

 

「違うもん……ぼーやんは背が高いから、ジャケットが似合うってずっと思ってたし」

 

 アヤが、信じてという目で俺を見つめてくる。その焦がれるような瞳から、本気なのが伝わってくる。そんな眼差しに射抜かれて、顔がカーっと熱くなってしまう。

 アヤが「あのね……」と言葉を続けた。

 

「さっきね、心の中でぼーやんって呼んだんだ……そしたら、本当にぼーやんが来て、すごくカッコいい服来てて、だから、つい笑っちゃって……」

 

「そっか」

 

 今日、あの格好で迎えに来てよかったと思う。

 

 俺はアヤの太ももの後ろに手を伸ばすと、そのまま彼女を持ち上げた。

 

「わっ……」

 

 驚き見開いたアヤの瞳が、ぐんぐん上がっていく。

 俺はアヤを抱っこしたまま、目線の数センチ上まで持ち上げた。

 

「ふふっ、高い」

 

 見上げると、アヤが優しげな表情で俺のおでこに手を伸ばしてきた。俺の張り付いた前髪を、彼女の指先にすくう。

 

「うん、これでよし……男前だよ、リュウジ」

 

 俺はもう耐えきれなかった。

 屹立(きつりつ)した肉棒の先端まで彼女の腰を下ろし、そのままズブズブと挿し込んでいく。

 

「あっ、んううぅぅぅ――っ」

 

 アヤが俺の肩、鎖骨のあたりに顔をくっつけながらうめく。

 ヌプヌプと肉棒が熱い膣内に飲み込まれていく。窮屈な膣肉をニュルリとかき分け、亀頭が最奥へと到達する。瞬間、肉竿がきゅうっと圧迫され、その蠢動に腰が震えた。

 

「動かすよ、アヤ」

 

「うん、うんっ……」

 

 アヤは余裕を一切失い、ただコクコクと首を振った。

 

 俺はアヤを持ち上げたまま尻をつかみ、わずかに持ち上げ、下ろす。

 

「あっ、はぁっ、んっんうぅっ……」

 

 ゆっくり上げ下げを繰り返すと、ヌチャ、ヌチャと淫らな水音がした。音と同時に肉棒を包み込んだ膣肉がきゅうきゅうと締め付けてきて、すさまじい快感が流れ込んでくる。彼女の体を支える足腰がガクガクと崩れそうになり、必死にふんばった。

 

「ぼーやん、キスっ……」

 

 アヤの柔らかい二の腕が首に巻き付いてきて、口内に小さい舌が滑りこんでくる。

 

「あんっ、んっちゅぅ、んれっ……れぇ、ちゅっ、ちゅく、ちゅろっ、んっあぁっ……」

 

 アヤの吐息と嬌声が鼓膜を震えさせる。かと思えば舌が絡んできて濃厚なキス音が脳内に響いてくる。気持ちよすぎて頭が蕩けそうだ。

 彼女の性感の高まりに呼応するように、腰が勝手に動き出す。アヤを抱っこしながら上下にゆっさゆっさと揺らし、股間を突き上げ続ける。

 

「あっはあぁんっ、あっ、ぁっ、んちゅっ、んちゅろっ……んんっ、ぷぁっ、ああぁっ、あんっ……」

 

 ジュブジュブとアヤの膣中(なか)を犯す。愛液をかき出すように抽送し、膣壁をえぐるように肉棒を反らせる。股間が熱くてピストンが止まらない。どんどんスピードが上がっていく。 

 胸板に密着したアヤの乳房が押し潰されながら上下に揺れる。その乳圧とコリっとした突起の感触が気持ちいい。

 

「あっあっ、あんんっ、はぁっ、んっ、くぅっ……ああっ、ああぁぁっ――」

 

 間近で聞こえるアヤの切羽詰まった喘ぎ声が、特大の絶頂を予感させる。

 思わず尻がすぼみ、足に力が入る。精巣から熱いものが流れ出て尿道を這い上ってきた。

 

「ぐっ、アヤ……出すよ、膣奥(おく)にっ……!」

 

「うんっ、きて、ぼーやん……ぜんぶ、出してっ」

 

 その瞬間、快感のシャワーで頭が真っ白になった。

 ドビュル、ドビュルッと精が吐き出されていく。亀頭の先端に密着した膣奥がニュクニュクと動き、鈴口から精液を吸い上げてくる。

 

「ぐぅっ、うぅぅぅっ……!」

 

 思わず声が出る。気持ちよすぎて体中が震える。

 アヤの背中にしがみつき、ぎゅうっと抱き締める。その胎内に精子を注ぎ込む。ドクンと肉棒が跳ねるたびに抱き締める力を強めて、絞り出すように射精した。

 

「んうぅぅっ、んぁっ、ぁっ、んんんんっ――――」

 

 アヤの手が背中にまわり、ぎゅうっとつねってきた。短い爪が背中の肉にめり込み、心地よい痛みが広がる。彼女の力んだ太ももが俺の腰を挟み、その膝裏が俺の尻を圧迫する。アヤは全身で俺にしがみついていた。

 腟内の締め付けが強くなり、肉竿が勝手にしごかれる。

 

「うくっ、アヤの膣中(なか)、すごいっ……」

 

「やだっ、まだ……離れないでっ、んんっ、はぁっ、このままで、もっと、ずっとっ……」

 

 きゅうううっと膣肉が収縮し、鈴口が吸引される。精巣に残っていた精が強制的に吸い出され、ビュクッビュクッと発射されていく。

 

「あぐっ、う、アヤ……うっ……」

 

 ドクドクドクと肉棒が脈打つ。強烈な射精感で背すじを快感が這い上がる。全身を恍惚感が襲い、ふわふわと浮くような感覚。ピンク色のもやが脳内を気持ちよさで満たしていく。何も考えられない。

 

「ぁっ、ぼーやんっ……んうぅっ――、んっ、あっ――、――っ、んっ――」

 

 アヤはもう声を上げずに絶頂に震えていた。

 俺の肉棒が勝手に跳ねるたびに、快感に体を強張らせている。そんな彼女が愛おしくて小さい体を包み込むように抱き締める。

 

 その瞬間、足がガクついた。

 下半身が溶けてしまったような感覚になり、腰から床に崩れ落ちる。バチャッと音がして尻に鈍い痛みが走る。お湯で濡れた床に尻もちをついてしまったようだ。

 膝を立てて座り、そこにアヤが(また)がるような格好になる。

 

「んうぅっ――」

 

 落下した際に肉棒が膣奥を押し上げたのだろう。アヤはまたも絶頂に悶えていた。俺の肩に顎を乗せ、吐息混じりの嬌声をこぼし続けている。

 

「はぁっ、んっ……ぼーやん、の……まだ、かたくてっ……んぁっ――」

 

 もう多分、全部射精()した。

 なのにまるで肉竿全体に媚薬でも塗り込まれたみたいに、勃起し続けている。

 

「俺にも、よく分かんない。アヤの膣中(なか)が気持ちよすぎて、おさまらないんだ」

 

「ぼーやんも、イってる、の……?」

 

「ああ、気持ちいいのが止まんない」

 

「ふふっ……」

 

 アヤが嬉しそうに微笑む。その中になぜか得意げな含みがあった。

 俺は舌を伸ばして、小生意気なアヤの耳をペロリと舐める。

 

「やんっ、みみ、またっ……」

 

 はむっと口で挟んで、甘噛みしてみる。

 

「ひぁっ、あんっ……みみ、だめなのっ、ひぅっ、んんんっ……」

 

 アヤの耳がすごく柔らかい。湯気でほぐれたのか、性感で火照ったせいか、真っ赤な耳はふにゃふにゃになっていた。

 耳の内側をベロベロと舐め回す。柔らかい凸凹の中、裏側、そして穴の中にも舌をねじ込み、ジュロジュロと唾液混じりの卑猥な水音をアヤの鼓膜に響かせる。

 

「もう……んっ、やぁんっ……あっ、やめぇっ、ひゃっ、あんんっ――」

 

 耳を責めながら、繋がったままの肉棒を突き上げると彼女はまたも淫らな嬌声を上げた。

アヤの耳に悪戯しながら、たまに股間を動かしていじめる。

 

「ぼーやんめっ……しかえしだ」

 

 途中から、彼女も俺の耳を吸ってきた。くすぐったさを上回る気持ち良さで背中がブルっと震えてしまう。なるほどこの責めは、中々にキツい。

 

 そうして俺たちはしばらく、お互いに悪戯し合ったり、キスしたりして絶頂がおさまるのを待った。

 



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幼馴染とあの日の夜景の中でキスをした(三十日目・土 夜)

 どれくらい経ったのか、体感では分からない。

 

 長い長い快楽から戻ってきた俺たちは、ゆっくり立ち上がり、とりあえずお互いにシャワーを浴びた。アヤの体を手で洗っていると、また始まってしまいそうな予感がしたので手早く済ます。

 

 個室を出て、タオルが無いことに気づく。

 

「私の使っていいよ」

 

 アヤが水色の汗拭きタオルを差し出してくる。それを受け取り、まず彼女の体を拭い、その後で自分の体を拭く。

 

 ジーパンを穿き、シャツを着終えるころには、もうアヤは元のユニフォーム姿だった。ニコニコしながら俺のジャケットを持ち、広げている。

 

「はい、ぼーやん」

 

 着させてくれるのだろう。新婚の奥さんが夫にスーツを着せるときのような仕草だ。めちゃめちゃ嬉しいが、少し恥ずかしい。

 

 中腰になってジャケットに袖を通すと、アヤが服のシワを伸ばしてきた。

 

「よしっ……うん、いいねっ、やっぱり似合ってるよ」

 

「姉貴には微妙な顔されたけどね」

 

「私は好きだよ、その格好」

 

「俺もアヤのユニフォーム姿好きだよ。ピンクがすごく似合ってる」

 

「えっ、あ……ありがと……」

 

 照れて口元を結ぶアヤが可愛らしい。

 思わず二回戦を始めたくなってしまい、ぐっと堪える。今日はこの後、大切な用事がある。

 

 棚に置かれた和菓子屋の紙袋を見つめると、アヤもその視線を追ってきた。

 

「そういえば、ぼーやんこれなに?」

 

「フルーツ大福。アヤへのお土産」

 

「え、嘘!? ありがとうっ、私すっごくお腹すいちゃって……」

 

 つい食い意地を張ってしまったアヤが、また唇を引き結ぶ。

 そんな幼馴染の頭を撫でながら、俺は大事なことを告げた。

 

「アヤだけじゃなくて、お父さんやお母さん、ヒロト君へのお土産も買ったんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。できれば今日、挨拶に行きたい」

 

 アヤの目が見開き、固まる。

 

 

 彼女の心には、いつも不安な気持ちがあった。彼女自身も気づけないほどの、奥底の不安。

 今の俺ならその原因が分かる。

 

 アヤは確かなものがずっと欲しかったんだ。

 

 時田と付き合っているときも、不安定な感覚をずっと抱いていた。いつか足場が崩れてしまうんじゃないか、いつか全てが終わってしまうんじゃないかと怯えて。

 アヤはそんな子だ。

 

 俺に迫られて、トラウマを克服して、しっかり付き合い始めて、彼女の心は満たされたと思う。

 でも好意を向けられたりして、俺たちの関係が不安定な気がして、ほんの少し不安を抱いたんだろう。それは今のアヤなら我慢できるくらいの、些細なストレスだ。

 

 俺はそんなわずかな心の穴すら塗り潰さないと、もう気が済まない。それもとにかく早く。

 

 だからこうして、アヤを激しく求めた。全身で底なしの愛情を伝えた。

 でもこれだけじゃ足りない。

 もう一つ、もっと確かなもの。

 

 

「アヤの家族に、俺たちの結婚を認めてもらおうと思って」

 

「けっ……」

 

「悪いんだけど、家に都合を聞いてみてもらえない?」

 

 まるでいつものことように、気軽な感じで聞く。

 多分、出張前の土曜日だから、お父さんも空いているはずだ。

 

「あ、うん……聞いてみるね」

 

 アヤも気軽な感じで答え、スマホをいじりだす。

 でもその声がわずかに震えていた。眉間には深いシワが刻まれている。

 

 これは、アヤが嬉しいけどそれを表に出せないときにする表情だ。

 

 俺は彼女の正解を引き当てたことに、心の中でほっと胸を撫で下ろした。

 

 

***

 

 

「じゃあぼーやん、また後でね」

 

「うん、また後で」

 

 家に入っていく幼馴染を見送る。

 俺は一旦、アヤと解散することにした。この後、いつものファミレスで合流する手はずだ。

見送りついでに彼女の家の車で一緒に向かっても良かったのだが、これから勝負という時に、なんだか画的にマヌケな感じがしたから。

 それに、南鳥家の車内はアウェーだ。雰囲気に呑まれるワケにはいかない。

 

 

 自分の家に戻ると、自転車に乗ってファミレスに向かう。

 ファミレスまでは車で十分、自転車だと二十分くらいの距離だ。ちょうどいいタイミングで合流できるだろう。

 

 幹線道路沿いの道を走る。

 時刻はもう七時前。今日は例年より冷えるらしく、頬に当たる秋の空気の中にほんのり冬の気配を感じた。なのに、体が妙に興奮して熱い。

 すっかり暗くなった秋空を、スーツ量販店や大型リサイクルセンターのネオンが煌々と照らしている。その並びに、目当てのファミレスの看板が見えてきた。

 

 自転車を降りて、二階にある入口に向かう。

 こういう挨拶はもっとかしこまった店のほうが良かったのかもしれないが、なんとなく、アヤたちにとっても俺にとっても馴染みのここがいいような気がした。

 修学旅行最終日、この階段の上で彼女とキスをしたのを思い出す。

 

 ファミレスの中に入ると、アヤたちは奥の窓際――いつもの場所に座っていた。

 近づくと、ヒロト君の手が上がる。

 

「お、ぼーやんこっちこっち!」

 

 ヒロト君は制服を着ていた。

 お父さんとお母さんも、いつもより少しだけフォーマルな格好をしている。

 

 アヤは、ニット素材でできたブルーのトップスにジーパン姿で、上に白い薄手のカーディガンを羽織っていた。

 茶髪のショートカットは、葉っぱをかたどったエメラルドグリーンの髪留めで前髪が横に流されて、オデコが見えている。

 すごく、女の子っぽい姿だった。

 

 思わず見惚れていると、アヤが恥ずかしそうに髪留めに触れながら席を立った。

 

「奥、いいよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 アヤに促されるまま、テーブル奥の席に座る。

 正面には相変わらず強面のトレンディ俳優のような顔をしたお父さんがいた。その隣にはお母さんとヒロト君が座っている。

 俺の隣にアヤが腰を下ろすと、コップを差し出してきた。

 

「炭酸水で良かった?」

 

「うん、ありがとう」

 

 ちょうど飲みたいと思っていたところだ。アヤの目の前のコップにも炭酸水が注がれている。その半分以上が減っているのを見て、少し緊張がほぐれる。俺も同じ気分だ。

 

 ゴクゴクと炭酸水で喉を潤す。

 空になったコップをテーブルに置くと、アヤの家族たちを見た。

 

「これ、お土産です。仕事の帰りに和菓子屋さんがあったので」

 

 そう言って紙袋を渡す。

 

「お、おお……ありがとうぼーやん」

 

 渋い顔でお父さんが受け取る。なぜかその表情が怒っているように見えてしまう。

 いや、お父さんはもともとこういう顔だった。

 

 お父さんが胸に抱えたままの紙袋を、お母さんが覗き込む。

 

「あらっ、みんなの分もちゃんと買ってくれたのね。気が利くじゃない~」

 

 お茶目なトーンでお母さんが笑う。明るい雰囲気を振りまき、俺たちの緊張をほぐそうとしているのが分かる。すごくありがたい。

 アヤのお母さんは意外に甘いのが苦手で、反対にお父さんとヒロト君は甘党だ。好みのものを買ったつもりだが、口に合うだろうか。

 

 お母さんが和やかにしてくれた空気が再び緊張する前に、俺は口を開いた。

 

「今日は、アヤ……さんのことで大事な、お伝えしたいことがあって」

 

「はい」

 

 お母さんが笑顔のままうなずく。

 その予定調和な感じから、俺がこれから伝える内容をもう知っているのだなと察する。多分、事前にアヤが言ってくれたのだろう。

 

「アヤと、先々週から正式にお付き合いさせてもらってます。俺も彼女も真剣で……俺は、将来はアヤと結婚したいと思っています」

 

 直球で伝える。

 全身が熱くて頭がぼーっとするが、なんとか言いたいことを言えた。

 

 お母さんの目が見開いた。笑みが深くなり、目がうるうるしている。アヤが泣き虫なのはお母さんに似たのだなと、どうでもいいことを考える。

 

「結婚、マジか……」

 

 ヒロト君が思わずつぶやく。

 結婚の二文字はさすがにアヤも口に出していなかったようだ。

 

 お母さんが、微動だにしないお父さんのほうをチラッと見る。それに促されるようにお父さんが口を開いた。

 

「ああ、そうか…………うん、ありがとう」

 

 それだけだった。

 抑揚のない口調なので、いまいちその真意が読み取れない。俺はお父さんの目を見つめ、お父さんは俺の胸元あたりを所在無さげに見つめていた。

 するとお母さんがお父さんの二の腕を軽くたたいた。

 

「お父さん、さっきは『ぼーやんなら大歓迎だ』なんて言ってたのよ、ね?」

 

「ああ、いや……面と向かって言われると、ちょっとな」

 

 そういえばお父さんはアヤに似て、見かけによらず繊細で気にしいな性格だった。

 ふっと鼻でため息をつくと、初めて俺の目を見据える。

 

「ぼーやん、よろしくな」

 

 お父さんが口角を上げた。多分、微笑んでくれたのだろう。

 俺は涙が出そうになり、唇を噛んだ。

 「アヤをよろしく」ではなく、同じ家族としてよろしくと言ってくれたから。

 

「よろしく、お願いします」

 

 俺もぎこちない笑顔で返事を絞り出す。

 ずっと、心の底でこの家族の一員になりたいと思っていた。

 いろいろな感情がこみ上げ、テーブルの下で拳を握る。

 

 ふと、拳が温かいものに包まれた。

 アヤの手のぬくもりで、いよいよ俺は泣き出しそうになる。

 

「ぼーやん、煮込みハンバーグ食べるか?」

 

 お父さんがねぎらうように聞いてきた。

 子どもの頃、アヤたちと来たときに一度だけ頼んだことがあるメニューだ。少し高かったので、それ以降は遠慮して安めの料理を頼むようにしていた。

 きっと、あの時の俺はとても美味しそうに食べていたのだろう。

 反則的なお父さんの優しさで、目端の涙がこぼれそうになる。

 

 今日は勝負のつもりで来たのだが。

 やっぱり、アヤの家は俺にとってアウェーらしい。

 

 

 

 

 儀式のようなやり取りが終わると、俺たちはいつもの和やかな食事を始めた。

 

 お父さんが空気を読まずに「デートはしたのか」とか「いつから好きだったんだ」とか聞いてきて、アヤに文句を言われていた。

 それでも、時田の話題を出さないだけ、かなり気を遣ってくれているのだろう。

 お母さんが嬉しそうに相槌を打ち、ヒロト君はなんだか恥ずかしそうにしていた。

 

「てか、ぼーやん今日、キマってるっすね」

 

「ああ、そういう格好は初めて見たな」

 

 やっと場の空気に馴染んできたのか、ヒロト君が俺のジャケット姿をいじってくる。ノンアルコールビールで顔を赤らめたお父さんも、それに乗っかってきた。

 

「ええっ、似合ってるじゃない! ぼーやんはこういう格好のほうが似合うのよ~!」

 

「私もそう思う」

 

 お母さんとアヤが俺をフォローしてくれる。

 女性陣の思わぬ反撃に遭い、気まずそうにする男性陣の様子が微笑ましい。

 

「これ、借り物なんです」

 

「そうか、いや俺もいいと思うぞ。うん、こういう時はそれでいい」

 

 お父さんが取り繕うように小さくうなずいた。

 

「ありがとうございます」

 

 そういえば、さっきから俺はお礼しか言っていない気がする。

 

 本当に、ありがたい。

 いくらすぐではないとはいえ結婚の意思まで伝えたのだから、この先のことを聞かれたり、家庭を持つことの覚悟を問われたりするかと思っていたのだが。

 お父さんもお母さんも、そしてヒロト君も、安心しきっているように見える。やはり俺への謎の信頼感は無限大らしい。もちろんその信頼には応えるつもりだ。

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば十時を回っていた。

 

「そろそろお会計するか」

 

 アヤのお父さんが、いつもように帰るぞ宣言をする。

 

 俺たちは席を立ち、出口へと向かった。

 みんなで出口付近にたむろし、アヤのお母さんが会計を済ますのを待つ。

 アヤは、会計レジの隣にあるスナックコーナーを見ながらニコニコしていた。

 俺はそんな彼女を眺めながら、みんなに声をかけた。

 

「すみません、ちょっとトイレ行ってくるんで。先に車行っててください」

 

「おお、分かった」

 

 お父さんが手を上げて、先にファミレスから出ていく。

 俺はペコっと頭を下げて、トイレに向かった。

 炭酸水を五杯もおかわりしたせいで、膀胱が悲鳴を上げ始めていたのだ。

 

 

 パシャパシャと顔を洗う。

 鏡を見ると、脱力しきった顔と目が合った。

 

 我ながら、だいそれたことをしているなと思う。

 いきなり結婚宣言までして――さすがに何度も中出しセックスをしていますなんて言えなかったが、近いうちに別の形でそれを伝えることにはなるだろうな、とは思っている。

 その時が、もう一勝負だろう。

 でも、何も問題ない。そういう確信がある。

 

 

 俺はハンカチで手と顔を拭いて、トイレを出た。

 

 お会計のところには、アヤたち家族の姿はもうない。

 出口に向かい、ガラスドアを押す。

 出たところに、幼馴染が立っていた。

 

「アヤ、お待たせ」

 

「うん」

 

 クリっとした二重が、柔らかく孤を描く。

 

 二階の階段の上だから、並んで夜景を見渡す。

 暗い秋空をネオンの光が照らしている。

 アヤと手を繋いで見るには、なかなかの景色だと思う。

 

「アヤ、その髪留めすごく可愛いよ。すごく似合ってる」

 

「へへっ……ありがとよ」

 

 照れすぎたのか、アヤの口調が若干おかしい。

 

 俺は、ネオン色に染まる彼女の頬にそっと触れた。

 アヤがふんわりと笑い、目を閉じる。

 

「――っ」

 

 唇が触れ合うだけのキス。

 それだけで十分だった。

 

 もう俺たちの間に言葉はいらない。

 でも、それじゃだめだ。

 何度でも伝えないといけない言葉もある。

 

「アヤ、俺はどこにもいかないから……もう何も不安はない、大丈夫だよ」

 

 修学旅行最後の日、この場所で言えなかった言葉をやっと言えた。

 

 アヤが優しく微笑んで、握った手に力をこめてくる。

 

「そうだね」

 

 そうして俺たちはまた唇を重ねた。

 

 誰かが出口に来るかもしれないし、階段を上がってくるかもしれない。

 ファミレスのお客や店員に見られているかもしれない。

 そうだとして、もう何も問題はない。

 

 俺は、世界で一番可愛い恋人をぎゅっと抱き締めた。

 

 





恋人編、まだ続きます。


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【アヤ視点】恋人になった幼馴染の幸せを祈った(三十一日目 土)

「アヤ、着替えてから寝なさいね」

 

「うん……」

 

 ファミレスから家に帰ってきて階段を上がる間際、お母さんに釘をさされる。案の定、自分の部屋に入った瞬間にベッドに吸い寄せられそうになって……踏ん張った。

 白い薄手のカーディガンは、親友のカナッペに選んでもらったものだ。シワくちゃにならないようにしないと。

 

 カーディガンをハンガーに掛けて、そのままベッドに倒れ込んだ。ぼふっと体が埋まり跳ねる。なんだか、まだ体がふわふわする。

 

「ぼーやんめ」

 

 むっと尖らせた唇に触れてみる。ファミレスの外階段でしたキスの感触が、まだ頭から離れない。ちょっとカサついたぼーやんの唇のせいで、私はいつも心臓が弾けそうになる。口づけをするたびに、初めてのキスみたいに固まってしまう。

 

 今日のぼーやんはジャケットを着ていた。背が高いからああいう格好が似合うと思っていたから予想とおり……ううん、予想よりも……。

 

「ふあ~ぁ」

 

 また胸がきゅうっとしてきたので、あくびをして体を落ち着かせる。思えば修学旅行からぼーやんにはドキドキさせられっぱなしだ。強引なのに、心を見透かされたみたいに気遣ってくれる。二人のときはすごく男っぽいのに、ふんわりした笑顔が昔と変わらないから困る。

 

 お腹の奥があつい。

 眠たいのに、全然寝れない。それもこれも、ぼーやんが……。

 

「けっこん……」

 

 隣で、ウチの家族に挨拶していた横顔を思い出す。ほっぺたがほんのり赤くて、思わず触った手は冷たかった。ものすごく緊張しているのが伝わってきて……それが嬉しかった。

 煮込みハンバーグをフゥフゥ言いながら食べる姿が可愛くて。

 

「ふわぁ~あぁぁ」

 

 無理やり空あくびをする。

 ダメだ。寝られる気がしない。いつの間にか朝になってそう。

 明日もぼーやんはバイトだから会えるのは月曜日だ。

 どうしよう、早く明後日になってほしい。

 

 ……こういうときは、ぼーやんシールだ。

 

 重い体をズリズリと這わせて、ヘッドボードに貼られたブタのシールに手を伸ばす。最近は毎日こすっているから、もう原型がわからないほどボロボロになってしまった。

 

「もう昔とは違うんだね」

 

 私たちは、ただの幼馴染から恋人になったんだ。

 

 不思議と不安はない。昨日までは些細なモヤモヤがあったはずだけど、今日、ぼーやんが学校に来て、いっぱい、抱かれて……ウチの親に挨拶してくれて、帰りにお父さんが「ぼーやんはいい顔してるよな!」なんてよく分からない褒め言葉を言って、みんなで笑う頃には、私の心はすっかり軽くなっていた。

 

 いつもそうだ。ぼーやんは私を不安ごと包み込んで、いつの間にか温かい気持ちに変えてくれる。だから、これからもきっと私は。

 

「ふぁっ……ぁぁぁ、だめだこりゃ」

 

 体の熱が冷めない。ぼーやんに会いたい。

 明日は朝早いって言ってたけど、おやすみ、くらいならいいよね。いいかな。

 

 枕元に転がっていたスマホに手を伸ばす。暗い画面に、眉間にシワを寄せた私の顔が映ってハッとする。

 

「…………私、求めてばっかだ」

 

 

 ピコンと画面が光り、ショートメッセージが表示される。

 送り主は――カナッペだった。

 

『アヤ~ごめん明日ヒマ? フユミが告られたからウチに集まれ~! おやつ持参で』

 

 簡単に返事をして、重い体を起こす。

 私はパジャマに着替えることにした。

 

 

***

 

 

 みんながカナッペの家に集合したのはお昼すぎだった。

 

「――んでフユミ~、告白の返事はしたん?」

 

「一応、OKって返事はしたよ……メールで」

 

「アヤに続いてフユミもかよ~」

 

 カナッペがフユミにしなだれかかる。いつもの黒のスウェットの上下だ。なのにスラっとした体つきをくねらせるカナッペは、どこか色っぽい。クセのない黒髪のロングヘアーを、今日は無造作に結んでいる。長い首すじが綺麗で、多分こういうのが男子は好きなんだろうな、と私でも分かる。

 

 ぼーやんも、こういう感じが好きだったりするのかな。

 

 カナッペは中学からの付き合いで、中学から私の密かな憧れだ。私も少しはカナッペみたいに――。

 

「お~いアヤ、聞いてたぁ?」

 

「へあっ、ごめん考えごとしてた」

 

「またぼーやんか」

 

「うっ……」

 

 否定できない。

 

「ほんとごめんっ」

 

 ジト目でこちらを見据えるカナッペとフユミがため息をつく。

 

「週明けにフユミがスポッチでデートすっから、私らも付いていくことになったんよ。お互いこっ恥ずかしいからって」

 

「あ、うん、行く行く」

 

「よしよし。そんでアヤはぼーやん連れてこれるかい?」

 

「えぇっ!?」

 

「フユミたちもさ、先輩カップルがいたほうが何かといいじゃん? まあ、アヤが良ければだけどさ」

 

 なんとなく、カナッペが私たちをアシストしようとしてくれているのが分かる。私がぼーやんと付き合いたいってみんなに言ったときも、真っ先に味方してくれたのがカナッペだ。

 

「行けたらいいなと……思う」

 

「よぉしっ、じゃあ明日ぼーやん誘いなね」

 

「うん、誘ってみる」

 

 多分、ぼーやんは断らない。むしろ喜んでくれそうな気がする。

 それにしても、ぼーやんとゲームセンターでデートか……。

 

「アヤ~、またぼーやん状態か~い?」

 

「ぼ、ぼーやん状態ってなんだよ~」

 

「んー、ぼーやんみたいにぼ~っと考え事してる状態」

 

「う~ごめん、昨日いろいろあって、疲れちゃって……」

 

「へえぇ~どうせぼーやん絡みでしょ? 今日は詳しく聞かせろよ」

 

「う……」

 

 結局その後、根掘り葉掘り聞かれるうちに私はカナッペの家に泊まることになった。フユミと一緒に帰ろうとしたら、カナッペに抱きつかれてお願いされたのだ。

 カナッペの家族は仕事で留守にすることが多く、今日も家に誰もいなくて一人じゃ寂しいからと。

 

「――まあぶっちゃけさ、今後のアリバイ作りってやつだよ」

 

 出前のパスタを食べながら、カナッペがニヤリと笑う。

 

「なにそれ?」

 

「ほらさ、もし今後ぼーやんと外泊したくなったときさ、私の家に泊まってたってことにできるじゃん? こういう前例作っとけばアヤん家も不自然に思わないだろうし」

 

「あ、え……それは、サンキュ」

 

 顔が熱い。カナッペのニヤニヤ顔がどんどん濃くなっていく。

 

「カナッペ、私先にお風呂入るね」

 

「おおいいよ、家主が許可する。そのゆるんだ顔を鏡で見ておいで~」

 

 お風呂の鏡で見た私の顔は、確かにふにゃふにゃになっているように見えた。これは……恋する女の子の顔だ。ぼーやんといるとき、いつもこんな顔をしているのだと思うと恥ずかしい。

 

「でも、ぼーやんだって……」

 

 すごく求めてくるときの、あの苦しそうなぼーやんの顔を思い出す。

 一緒に登校するときのお日さまのような優しい笑顔。たまに真剣に考え事をしているときのキリッとした目元。からかってくるときの、あの不敵な口元。

 その全部に、いつもドキドキしてしまう。

 

「うぅ~……」

 

 私はシャワーをぬるま湯にして頭から掛けた。

 

 

 

 

「カナッペ出たよ~、お風呂ありがとね」

 

「ほーい、じゃあ私も入ってくるかな。お、似合ってんじゃん私のパジャマ。ああ、ドライアーとかもろもろそこにあるから」

 

「うん、ありがと」

 

 ニコッと笑い、カナッペは部屋を出ていった。

 

 ドライアーで髪を乾かしていると、修学旅行の最終日にぼーやんが家に来たときのことを思い出す。あの蒸し暑い部屋で、赤い夕日の中で、私は何度もぼーやんに抱かれた。

 私も、どうしようもなくぼーやんを求めて……。

 

「頭、あつい」

 

 髪を乾かし終えたときには、額に汗が浮かんできていた。

 

 出前に付いてきた麦茶のペットボトルを持ち、部屋の窓を開ける。サンダルを履いてベランダに出ると、肌寒さに体が震えた。

 

 見上げれば、まん丸に近い月が夜空を照らしている。すっかり秋の感じがする。

 

「もう、夏が終わったんだな~……」

 

 ぼーやんのせいで、この夏は、この一カ月はあっという間だった。なのに修学旅行の思い出がすごく遠く感じる。

 

「そっか、ちょうど一カ月経ったんだ」

 

「何から一カ月だって~?」

 

 カナッペがいつの間にか隣に立っていた。

 

「カナッペお風呂早くない?」

 

「普通でしょ。アヤがぼーっとし過ぎなんだよ」

 

 言われてスマホを見れば、確かにもう三十分以上は経っていた。

 

「なんか私、だめだめだぁ……」

 

「またそーやってアヤはすぐマイナスモードになる」

 

「だってさぁ……いろいろ、こわくて」

 

「まあ、分からんでもない。ぼーやんってすごい尽くしてくれそうだし、今にして思えばアヤにゾッコンだよね。ありゃ~よくできた彼氏になるよ。釣り合い取れないかもって思っても仕方ない」

 

「……そこまで言ってないし」

 

 図星だ。カナッペの言うとおり、私なんかがぼーやんの彼女でいいのかなって思ってしまう。

 いつもぼーやんにもらってばかりで、私もちゃんとぼーやんにあげれてるのかな。

 きっと余計な考えなのだろうけど、それでも勝手に浮かんできてしまう。そんな自分が、あんまり好きじゃない。

 

「まあ、頑張りな。ぼーやんだってすごい頑張ってるよあれは」

 

「……分かってるもん」

 

「はぁ……ホントはさ、アヤはそのままで十分ぼーやんにラブを与えてるんだぜって言いたいんだけど、それじゃ納得しないんだろ~? だったらもっと頑張ってみ?」

 

「おう、そうするし」

 

「はいはいヨシヨシ、アヤはいい子だね~」

 

 カナッペがゴシゴシと頭を撫でてくる。だから私もお返しする。

 

「カナッペもいい子いい子、いい子だよ~」

 

「はぁん……もっと撫でて~」

 

 カナッペが頭をこすりつけてくる。艶々の黒髪を撫でていると、なんだか泣けてきた。

 

「ほんとに、ありがとね……カナッペ。私、勇気出してみんなに伝えてよかった」

 

「そっかそっか~、おセンチなアヤも可愛いぞ~」

 

 涙をこらえてカナッペを撫でていると、彼女の視線が私のスマホに向いているのに気づいた。猫のような細目で私をチラっと見て、またスマホに視線を戻す。

 

「私のスマホがどうかした?」

 

「ん~いや……アヤの待ち受け、最近ずっと大仏だよなーと思って」

 

「ああ、これね」

 

 待ち受け画面には、修学旅行初日に撮った大仏様が映っていた。あの日、大仏様のふもとで私はぼーやんに相談に乗ってもらった。おかげで、少しスッキリしたのを憶えている。

 

 そうしたら珍しくぼーやんが悩み始めて、なんとかしなきゃと必死に励ましたりしたっけ。

 

「アヤにしては地味……と言ったら大仏に失礼か。なに、何かの願掛け?」

 

「まあ、そんなもんかな」

 

 あのときは、ぼーやんがなかなか元気にならなくて、でも班のメンバーから戻ってこいって連絡があって……モヤモヤした気持ちでぼーやんと別れた。

 その去り際、ぼーやんは自分も落ち込んでるくせに「良くなるといいね」って言ってくれたんだ。

 

 だから私も。

 大仏様に祈ったんだ。

 

 

「ぼーやんに幸あれ」

 

 

 それから、私は大仏様を待ち受けに設定した。幼馴染としてのささやかな願掛けのつもりだった。

 

 でも、ぼーやんと結ばれて。

 自分の気持ちを自覚して。

 付き合うことになって。

 もうこの待ち受けは、変えられなくなった。

 

 

「――んでさ、そのお願いごとは叶ったん?」

 

 カナッペが興味あるんだかないんだか分からない口調で聞いてくる。

 

「どうだろ、叶ったのかな……だったらいいな」

 

 私は大仏様の柔らかそうなほっぺたをそっと撫でた。

 





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幼馴染とゲームに夢中になった(三十二日目 月・夕方)

お久しぶりです。今話から連載を再開していきます。
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 いつもの通学路を一人で歩く。

 向こうから車がやってきて、俺は道の真ん中あたりを歩いていることに気づいた。最近はアヤと一緒だったから、体の左側が少しさびしい。

 

 一昨日、アヤの家族に「恋人として」挨拶をした。将来は結婚を考えていることも伝えた。誰かに認められると、途端に現実感が増すから不思議だ。これが公認の仲というやつなのだろうか。

 

 アヤは昨日女友達の家に泊まり、今日はそのまま登校してくるらしい。

 俺はいつもよりも少し早足で学校へと向かった。

 

 

「やっ、ぼーやんおはよー」

 

 席に座ると、猫の鳴くような声が聞こえた。

 

「ああ、おはよう、アヤ」

 

 上機嫌そうな彼女が、女友達の輪から抜け出して近づいてくる。少し肌寒くなってきたからか、今日のアヤは長袖のブラウスにベージュのカーディガンを羽織っていた。やっぱり彼女には柔らかい色が似合う。

 

「ぼ、ぼーやん今日は早いね」

 

にこやかな笑顔が少しぎこちない。公認の仲になって妙に意識しているのは俺だけではないようだ。

 

「アヤこそ早いね。寝たまま運んでもらったの?」

 

 からかってアヤの緊張をほぐしてみる。

 

「ちゃんと起きたしっ」

 

 むぅっと唇を尖らせたアヤだったが、すぐに口元がほころぶ。ふっと笑って優しく見つめてくるので、俺もつい笑い返した。

 

「秋服、似合ってるよ。一昨日の服装もすごく似合ってた」

 

「ふぇ……!? あ、ありがとさん……」

 

 アヤが唇を引き結んで眉間にシワを寄せる。頬を赤らめて目をそらす彼女を、クラスの男子がチラチラと見ている気がした。

 

 しくじった。こんな顔、クラスの誰にも見せたくないのに。

 

 アヤもそんな視線に気づいているのか、耳まで真っ赤になっていく。

 また冗談でも言って和ませたほうがいいかもしれない。そう思ったとき、アヤが胸の前で片手を握りしめた。

 

「あのさ、ぼーやん……今日、スポッチ行かない?」

 

「いいけど、どうしたの?」

 

「ぅ……あの、友達がね、告白されて……で、お試しデートをすることになったんだけど、二人だけだと恥ずかしいから私たちも付いていくことになって、でさ……」

 

 恥ずかしいことを懸命に伝えようとしているのだろう。アヤは握った片手で胸を押し潰し、その豊満な谷間が強調されている。俺は「うん」と優しくうなずいて続きを促す。

 

「付き合ってるカップルが一緒のほうが二人も緊張しないって言うから……ぼーやんにも、来てほしい」

 

 まだ生徒の数が少ないので、アヤの声はよく響いた。

 気づけば教室内がシンと静まり返っている。まるで告白されているようだ。

 

「……もういいの?」

 

 アヤの目を見つめて聞く。屋上でしたのと同じ、ただの確認だ。

 

「うん……いい」

 

 きっと世間的にはありふれた心の傷で、彼女にとってはとてつもなく重いトラウマ。

 それを振り切って、好奇や悪意の眼差しにさらされるのを覚悟の上で、アヤがまた踏み越えてきた。

 だから俺も、全身で迎え入れる。

 

「じゃあ行くよ。アヤと付き合ってるわけだし」

 

 当たり前というふうに言い放つ。

 

「う、うん、よろしくね」

 

 アヤは今にも泣き出すんじゃないかと思うほど瞳を潤ませていた。

 

「あとまあ、アヤの保護者だしね」

 

「いやそれ私のほうっ……ではないかぁ」

 

 ふっとアヤの肩が下がる。いつもの幼馴染のやり取りで緊張から解放されたようだ。

 

 するとアヤの女友達の一人が近づいてきた。活発そうで黒髪のストレートロングが特徴的な、名前は確か――カナッペだ。アヤがいつもそう呼んでいるのを、なんとなく憶えている。

 

「じゃあアヤとぼーやんは決まりね~! あと私らのほうでテキトーにメンツ集めとくからっ」

 

 カナッペがアヤの肩をさすりながら女友達の輪に連れ戻していく。なんとなく、アヤが大事にされているのが分かった。彼女たちの支えがあったから、アヤはここまで強くなれたのかもしれない。

 俺はアヤの大切な友達たちに秘かに感謝した。

 

 

***

 

 

 駅前に向かう生徒の一団、その少し後ろを俺はアヤと歩いていた。

 

 先頭集団はカナッペ率いる女友達たちと男子が数人、キラキラとした雰囲気で楽しげに笑っている。まさに陽キャの集まりといった感じだ。俺は多分、彼らの会話には半分も付いていけないだろう。

 その最後尾には二組の男子とアヤの友達のカップルがいて、俺たちをチラチラと見ていた。

 

「どうしたの?」

 

 俺は二組の男子に聞いてみる。

 

「あ~いや……二人ってマジで付き合ってたんだな、と思ってさ」

 

 言葉に悪気は感じない。本当に半信半疑だったのだろう。

 

「ちゃんと付き合ってるよね~。ね、アヤ?」

 

 アヤの友達が楽しげに笑いかけてくる。

 

「うん、そうだよ」

 

 アヤも平然とした感じで答えているが、にこやかな表情が少し引きつっている。

 すると二組の男子がさらに話しかけきた。

 

「なんかぼーやん達を見てると親近感湧くわ……微笑ましいっていうか」

「あ、分かる気がずる。なんだか安心するよね」

「そうそう、二人して縁側でお茶飲んでそうっつーか、平和っていうの?」

 

 前にも思ったが、どうも俺とアヤは熟年夫婦……いや老年夫婦のように周囲からは見えるらしい。もしくはウブな小学生カップルか。

 アヤからいろいろ事情を聞いているかもしれない友達はともかく、二組の男子のほうは俺たちが手すら繋いでいないと思っているようだ。屋上でキスをしたことは広まっているはずなのに、多分俺やアヤの雰囲気がそう思わせてしまうのだろう。

 きっと誰も、俺たちが学校で何度も交わり合っているなんて予想だにしないはずだ。

 

 アヤを見ると、前を歩く二人がいつの間にか手をつないでいるのを凝視していた。

 

「ぼーやん、私たちも手、つないどく?」

 

 アヤが前を見ながら、ダンスを誘うように手のひらだけを差し出してくる。余裕そうな横顔だが、これはアヤが無理をしている時の表情だ。

 

「別に今じゃなくてもいいよ」

 

「うん、そっか」

 

 安心したようにふっと息を吐くアヤを、前の二人が横目で眺めているのが分かった。微笑ましい生き物でも見るような視線だ。

 アヤとは手をつなぐどころじゃない過激なことをしまくっているのだが、こういう時にいちいち恥じらうから面白い。本当に、大事にしなきゃいけない子なのだと思い知らされる。

 

 

 

 

「んじゃ~私らはテキトーに遊んでるから、カップルたちは散っちゃって~」

 

 スポッチに着くなり、カナッペが手のひらをヒラヒラさせて俺たちを遠くに行かせた。多分、彼女なりに気を利かせてくれているのだろう。

 

「テキトーにって……もう」

 

 アヤが呆れているが、その顔は少し嬉しそうだ。俺も、アヤとはゲーセンデートをしたことが無かったからこういう機会は嬉しい。この前スポッチに来た時は、結局二人で遊びらしい遊びができなかったし。

 

「アヤ、何して遊ぼうか?」

 

「ぶふっ」

 

 アヤがいきなり吹き出した。

 

「アヤ?」

 

「うふふっ、ごめんぼーやん、なんか子どものころ思い出しちゃって」

 

「子どもって、小学生のとき?」

 

「そうそうっ……知り合ったばかりのころさ、ぼーやんが放課後毎日そうやって誘ってくれたよね」

 

 ああ、そうだった。出会ったころのアヤは今よりずっと元気がなくて、ほっとけなかったんだ。授業が終わったらすぐに家に帰ってしまうから、そこから遊びに連れ出すかアヤの部屋で遊んで、とにかく彼女を笑顔にさせることに使命感をおぼえていた気がする。

 今思えば、結局俺がアヤと居たかっただけなんだけど。

 

「……じゃあ、二人でやりたいことを言い合って交互にやっていこうか」

 

「いいね! じゃあぼーやん先でいいよ」

 

「そうだな……じゃあアレは?」

 

 俺はおどろおどろしいゾンビのイラストが描かれたゲーム機を指さした。

 

「お、ガンシューティング? いいねぇ、やろやろ!」

 

 アヤが目を輝かせる。彼女は意外にこういう遊びが好きだったりする。別にスプラッタやアクションゲーム全般が好きというわけではないのが、アヤの好みの難しいところだ。

 

 

 暗い箱型のゲーム機の中に入る。並んで座り、硬貨を投入すると箱内いっぱいに大音量でゲームタイトルがコールされた。

 

「あれ、武器の切り替えってどこ押せばいいんだろ」

 

 アヤが特殊な形のガンコントローラーを構えたまま、手元を覗き込む。

 

「ここじゃない?」

 

 そう言ってアヤの細い指に触れ、切り替えボタンに誘う。

 

「あ、これか」

 

「そう。で、多分こうやって構えるのが一番やりやすいと思う」

 

 アヤの手を包みながら、負担なく銃撃ができるよう指を配置していく。ついでに肘を持ち上げ腕が痛くならないようなポージングにする。よし、多分完璧だ。

 そんな俺のレクチャーに、アヤは「ありがと」と小声でつぶやいた。

 

「……ぼーやん、このゲームやったことあるの?」

 

「いや、初めて。というかこれ触るのも初めてだよ」

 

 そう言って自分のガンコントローラーを握って見せる。

 

「初めて同士か……うん、頑張ろうね」

 

 アヤも銃を構えてうなずいた。その顔に緊張が走る。

 

 

 ゲームが始まる。怪しげな洋館に潜入した二人の捜査官の前に、次々とゾンビが現れ襲ってくるという内容だ。最初は楽勝だなと思ったのも束の間、ゾンビの大群に出くわしたり、八メートルはあろうかという怪物が降ってきたりと、手に汗握る展開だった。

 

「ぼーやんそっちの斧持ってるヤツ頼んだ!」

 

「あ、アヤそっち来てるよ」

 

「了解っ、うわっ、んなあぁぁ~」

 

 アヤのほうから猫の悲鳴のようなものが聞こえた。見れば彼女のステータスバーが真っ赤に染まっている。どうやら道半ばで倒れたらしい。

 なんて気を取られている間に、俺のほうも飛んできた斧の餌食になった。画面に「You're Dead」の血文字が浮かぶ。

 

「やられちゃったね。次はアヤのやりたいことしようか」

 

「……終われない」

 

「え?」

 

「このままじゃ終われないよぼーやん、コンティニューしよう」

 

 いつの間にかカーディガンとブラウスを腕まくりしたアヤが、硬貨を投入している。

 

「いいけど、いいの?」

 

「うん、私はプリクラさえ撮れればそれでいい」

 

 プリクラ? 

写真を撮られるのが苦手なアヤにしては意外な提案だ。

 

「始まるよぼーやん、こっちのことは気にしなくていいから、自分のほうだけを見てて」

 

「ああ、分かった」

 

 と言いつつ、アヤのフォローもするつもりだ。なぜならアヤも俺のほうをちょくちょく手助けしてくるから。

 

 結局俺たちは互いが互いのフォローをし合いながら、ラスボスまでたどり着いた。どうやら協力プレイこそこのゲームの正攻法だったらしい。あれからコンティニューを三回しただけでここまで来られたのは、けっこう凄いのではと思う。

 

「ぼーやん、ついにここまで来たよ」

 

「そうだね」

 

「倒せたらパーティーしようね」

 

「そうだね」

 

 興奮して変なテンションになっているアヤが面白い。かくいう俺も、妙な高揚感に包まれていた。

 そして――。

 

「やったぁー! 勝ったねぼーやん!」

 

 アヤの肩がこちらに寄りかかってくる。

 

「ああ、俺たち無敵かもな」

 

 修羅場をくぐりお互いの腕が磨かれたのもあったのだろう。結局コンティニューを一回しただけで、見事ラスボスを打ち倒すことができた。達成感がハンパない。本当にアヤと昔遊んでいたときみたいだ。

 

 

「無敵カップルのお二人さ~ん、おめでと~!」

 

 真横からカナッペの声がして体がビクッと震える。見ればカナッペだけじゃなく、女友達たちや男子やら全員が俺たちを外から覗いていた。

 

「カナッペ!? いつから見てたの?」

 

 アヤが両腕で銃を抱え込んで隠した。

 

「ん~? パーティーしよーぜっ! のあたりから」

 

「いや、なんか夢中になっちゃって……って、もしかしてもう帰る時間!?」

 

 アヤが驚いてスマホを見る。どうやら俺たちは二時間以上、この箱の中にいたようだ。どおりで座っているお尻が痛いわけだ。

 

「そろそろ帰ろうか~なんて話してたとこなんだけどさ、もしかしてアヤたち、ずっとこれやってたの?」

 

「……うん、やってた」

 

「うはっ、ムードっ、うくくっ……いやでも、アヤたちはそんな感じがいいと思うよ……うっくくっ……」

 

 せっかくのデートなのに子どもみたいにゲームに夢中になっておまけに全クリまでしてムードないわ、とでも言いたいのだろう。

 少し離れたところから、二組の男子カップルが微笑ましい生き物でも見るように俺たちを眺めている。

 

「カナッペ、馬鹿にしてるでしょ~」

 

「してないしてないっ、それに私たちも見入っちゃったもん。すごいね二人、息ピッタリだったよ」

 

「ふふ、まあね」

 

 得意げなアヤが可愛い。目を細めたカナッペもきっと同じことを思っているのだろう。

 

「そんでアヤたちどーする? 私らこれからプリ撮って解散すっけど」

 

「あ……私はぼーやんと撮るよ」

 

「あ~そーいや言ってたもんねアヤ。んじゃー、三十分後に入り口集合でどう?」

 

「うん、また後でね」

 

 カナッペが手のひらを見せ、アヤも手のひらを見せ返す。

 去っていく集団を見送り視線を画面に戻すと、主人公の捜査官たちが村の美女たちにキスをされていた。祝賀パーティーの一幕のようだ。

 

「アヤ、そろそろプリクラ行く?」

 

 満足気にエンディングを眺めるアヤに聞く。

 

「ううん、もうちょっと見てたいな」

 

 俺も同感だ。

 アヤの肩に手を回し、優しくこちらに引き寄せる。ゲームに熱中したせいか彼女の体は火照っていた。胸元にコテンとぶつけてきた頭も温かい。

 

「ねえぼーやん」

 

「ん?」

 

「ぼーやんも、ご褒美いる?」

 

「いる」

 

 俺は即答した。

 

 胸元のアヤがもぞもぞと動き、俺の頬に顔を近づけてくる。

 

「助かったよ、相棒」

 

 男前なセリフに反して艶っぽいアヤの声が、吐息と一緒に耳をくすぐる。

 

「んっ……」

 

 音のしない、唇を優しく押し当てるキスだ。しっとりとした弾力に頬が痺れる。

 俺もお返しとばかりに、少し汗ばんだアヤのおでこに唇を落とした。

 

「助かったよ、捜査官」

 

 その瞬間目をキュッとつむったアヤが、やがてゆっくりまぶたを開き、見上げてくる。この物欲しそうな上目遣いは反則だ。

 白熱したせいで俺もアヤもかなり汗をかいている。暗い空間に、いつも俺を興奮させる匂いが立ちこめ、頭がクラクラしてくる。

 このままでは、ここで襲ってしまいそうだ。それはさすがに目立ちすぎるだろう。

 

「アヤ、プリクラ行こうか」

 

「あ、う、うん……そうだね」

 

 二人でゲーム機から出る。箱内は相当温度が上がっていたようで、外はかなり涼しく感じた。サウナから出たときのように、火照った体がどんどん冷めていく。でも、それは外側だけだ。

 

 俺はアヤの耳に顔を寄せる。

 

「アヤ、替えの下着持ってる?」

 

「えっ……」

 

 アヤがビクッと震えて硬直する。

 さすがにイヤらし過ぎるセリフだなと自分でも思う。でも多分、今のアヤは引いたりしない気がした。

 

「…………うん」

 

 彼女がうつむきながら小さくうなずく

 俺はすぐにアヤの手を取ると、早足でプリクラコーナーへと向かった。

 





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幼馴染をプリクラ機の中で何度もイかせた(三十二日目 月・夕方)

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 十数台のプリクラ機が立ち並ぶエリアを、アヤの手を引いて歩く。迷路のようなプリクラコーナーにカナッペたちの姿は見えない。

 エリアの曲がり角に差し掛かると、空いている機体を見つけた。

「あそこにしようか」

 アヤは無言でコクリとうなずく。恥ずかしくて機体を確認する余裕もないのだろう、ずっと下を向いたままだ。一度、緊張を解いたほうがいい気がする。

 俺は機体の前で立ち止まると、彼女に顔を向けた。

「アヤ、この中にもゾンビがいる気がする」

 大真面目な口調でつぶやいてみる。

「……ふふ、なにそれ」

 アヤの瞳が前髪の中から現れ、呆れたように笑った。

「とりあえず見てみようか」

 俺は彼女の手をぎゅっと握り、撮影ブースの中に引き込んだ。

 

「……いないし」

「とりあえずプリクラ撮ろう。アヤ、操作任せていい?」

「はぁ……もーなんだよさっきから。ゾンビ倒しすぎてヘンになっちゃった?」

「そうかも。アヤを襲いたくてたまらないし」

「なんじゃそりゃ……いいけど、噛まないでね」

 あしらうように言うものの、アヤは楽しそうにタッチパネルを操作している。どうやらリラックスしてくれたようだ。

「はい、準備できたよ。私たちは加工しなくていいよね?」

 加工……とはなんだろう。目が大きくなったり、肌が白くなったりするアレのことだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にかカウントダウンが始まっていた。

『いくよ~、サン、ニー、イチ――』

 カシャ。

 前面のディスプレイには無表情で直立する俺と、胸元でささやかなピースサインをするアヤが映っていた。こうして見るとやっぱりアヤは美少女だなと思う。ぎこちない笑顔なのに、普通に見惚れてしまう。

「ぼーやん、ぼーっとしてるなぁ……ほら、二枚目くるよ」

「え、まだあるの?」

 カシャ。

 ディスプレイには、前方を指さすアヤと、マヌケな顔をした俺が見つめ合っている画像が映っていた。

「あちゃあ~……ほら、次で最後だよ」

「アヤ、俺プリクラよく分かんないんだけど、なんかポーズとかってあるの?」

「んん~、私もあんまり詳しくないんだけど、こうやって手のひらを裏返しにして顔の前に出すのが流行ってるかな。小顔に見えるんだよ」

 アヤには必要ないのでは、と思いつつ彼女の真似をして片手の甲を前に突き出す。

 カシャ。

 ディスプレイには、開いた指先を顎にくっつけて微笑むアヤがいた。うん、確かに可愛い。

 そしてその隣には――。

「ぼーやん、なんか有名人の婚約発表みたい」

 真剣な眼差しで、指輪を見せているようなポーズの俺がいた。

「……これで終了?」

「うん、お疲れ」

 アヤはまた楽しげにタッチパネルを操作し始める。「実は操作するの初めてなんだ」と言いながら、タッチペンを動かしている。やがてそのペン先が止まる。

 一枚目に撮った写真に何かを書こうとして、ためらっているようだ。少しだけ思案顔になり、「いいや」と言って次の画面に送る。

「私たちにデコは似合わないし、はい、終了。後は外で待ってればすぐ出て――んっ」

 振り向いたアヤに、俺はキスをした。

 少し突発的だったから、狙いが外れて唇の端をついばむような形になる。だから今度は顎をつまみ、狙いを定めて唇を重ねる。

「んっ、んぁっ……」

 ほぐれきった唇がすぐに開く。舌を伸ばすとすぐにアヤの舌が迎えにくる。

「あっ、んっ……んぇ……」

 クチュクチュと唾液をかき混ぜる過激なキスだ。火照ったアヤの舌がねっとりと絡みついてきて、アヤもずっと欲しかったのだと分かる。

「ぁっ……んぅっ、――っ、んぁ……」

 彼女の喉奥から艶っぽい音が聞こえだす。口内を通じて脳に伝わってくる甘い響きに、股間が熱くなる。背中に手を回してぎゅっと抱きしめれば、胸元の柔らかいふくらみが押し潰されて気持ちがいい。アヤのお腹のあたりに硬くなった肉棒をぐいぐいと押し当て、情欲をこれでもかと伝える。

 熱い口内をさんざんに舐め回してから、舌を引き抜いた。

「んっ……ぼーやん、誰か来たらっ……」

 アヤがお決まりの言葉を言う。そして多分、彼女もこのあと俺が言う言葉をもう予想できているのだろう。だからこれは、ただの確認事項だ。

「大丈夫。誰にも気づかれないから」

 俺の直感がそう言っている。多分この情事が終わるまで、誰もこの機体には近づいてこない。なぜだかそれが分かる。

「でもっ、カナッペたちと、待ち合わせ……」

「アヤを一回イかせるくらいの時間はあるよ」

「えっ……んっ、んむっ……」

 もう一度唇を塞ぐ。二十秒前のキスよりも、アヤの舌が柔らかい気がする。このまま舐め回したらドロドロに溶けてしまいそうだ。甘くて熱くて、美味しい舌を夢中でむさぼる。

 

「ぁっ、んっ……んうぅっ……ふ、ぅっ……」

 口端から漏れる切なげな吐息がいやらしくて可愛い。この性感をこらえるような声を聞いていると、もっと喘がせたくなってしまうから困る。

 俺は左手でアヤの背中を支えながら、右手を胸元へと差し入れた。アヤの脇腹あたりからカーディガンの布地を押し上げるように手のひらを這わせる。互いの体で潰れている乳圧の隙間に到達すると、そのまま五指でふくらみを揉む。

「はぁっ……んむぅっ……んっ、んっ……ぁあんっ……」

 揉まれた快感で声を上げようとした口を、食べるように塞ぐ。それでもこらえきれずに、俺の口内で喘ぎ声を響かせた。

 カーディガンとブラウス、その下のブラジャー越しの乳房だが、しっかりとその弾力が伝わってくるから不思議だ。これまでさんざん触れてきたからか、可愛い乳首の場所さえもなんとなく分かってしまう。アヤの体を隅々まで知り尽くしているという感覚が嬉しい。

 ここだろうと目星を付けた場所を人差し指で押すと、ほんのり硬い感触があった。

「アヤ、乳首立ってるのが服越しにも分かる。すごくえっちだね」

「あっ、ん……ぼーやんだって、かたいよっ」

「そうだね。俺はいつだってアヤに欲情してるから」

「あんっ、ぁっ……わ、私も、ぼーやんの……」

 ――ほしいって思っちゃう。

 密着する体から伝わってくるアヤの心情に脳が痺れる。見れば伏し目がちな長い睫毛から、物欲しそうな視線がのぞいていた。その瞳の中に俺の顔が映っている。

 再び唇を近づけ、ほんの数センチの距離をゆっくり埋めていく。

「んっ……ぁっ……」

 今度は優しいキスだ。いたわるように唇を舐め合い、舌を結んでいく。アヤの体からふんわりと力が抜けていくのが分かる。布越しに突起を弄っていた右手を、その弛緩した際にできた空間をつたって下半身へとおろしていく。

 ザラザラしたスカートの布地をめくり上げ、太ももの付け根に手のひらをピタリと当てる。なめらかなパンツの感触と、手に吸い付くような太ももの肉感をぎゅっとつかむ。

「あんっ……」

 下腹部への愛撫に気づいたアヤが淫らな悲鳴を上げる。

手のひらをスライドさせて、より柔らかみのある湿った部分に滑らせていくと、一度お腹のほうへ移動させてから、一気に下着の中へと手のひらを侵入させた。

「あぅっ、ぁっ、ぼーやんっ……あぁっ……」

 恐ろしく柔らかい一本筋に沿って中指を食い込ませると、指の両側からトロっとした愛液が漏れ出す。秘部を覆う手のひら全体がぬるま湯に浸される感覚。アヤはもうずいぶん前から濡れていたのだろう。

「アヤ、我慢しなくていいから。俺の指で気持ちよくなって」

「あぅんっ、んんっ……あっ、私、だめ、もうっ……だめだよぉ……」

 すっかり割れ目に埋まった中指の先をクイと曲げ、第一関節を蜜肉の中へと挿入する。その瞬間、指先が熱を感じる。温かい圧迫感に第二関節に飲み込まれ、その最中に人差し指も挿入した。

 二本の指でヌロっとした狭い膣肉をかき分け、ちょうどお腹の内側のところ――アヤの敏感な場所を指腹で撫でる。

「あっ、あっ、ぼーやん、そこだめっ、んぁっ、んっんんうぅっ――――!」

 きゅうっと腟肉の圧迫が強まり、指を締め付けてくる。抱きしめているアヤの体が力み、ビクビクと震える。キスできる距離にある美少女顔が快感に耐えるように歪む。間近で見るアヤのイキ顔がたまらない。

 しがみついていた細腕から力が抜け、濡れた股ぐらの位置が下がる。そのせいで二本の指がさらに膣道をかき分けてしまう。

「あぅっ、ぅっ……んんんっ――――はあっ、ぁっ……」

 アヤは息をつくヒマもなく二度目の絶頂に襲われた。なんとか引き結んでいた唇が開かれ、甘い吐息と嬌声が上がる。クラクラするような色気だ。薄目の奥が潤み、瞳の焦点が合っていないのもたまらなくエロい。

 もっと、もっと俺の胸の中でイかせたい。

「アヤ、もっとイって。その可愛い顔がもっと見たい」

 二本の指を深く挿入したまま、親指でぷにっとした恥丘を挟み込むようにして指の股の部分をクリトリスに押し当てる。すでに包皮が剥けてコリっとした肉粒の感触を味わいながら、二本の指で膣中をえぐる。

「やぁっ、んっ……やめっ、あんっ、もうイってる、イってるからっ……」

 震えながら小声で懇願するアヤが可愛い。ジュブ、ジュブという淫靡な水音が下腹部から聞こえてくる。愛液をかき出すように指での抽送をしながら、指の股で優しくクリトリスを連打する。

「あぁっ、んぅっ、それだめ、ぼーやん、それだめぇっ」

 瞳に溜まった涙がついに決壊し、目端から流れ落ちる。相変わらずアヤは泣き虫で、そそる泣き顔だ。理性のブレーキが壊れ、もっといじめたくなってしまう。

 指で激しくピストンをしたい衝動を抑え、一定のリズムで丁寧に愛撫を続ける。これが一番アヤを感じさせ、乱れさせるのだと知っているから。

「あぁっ、んっんっ……あっ、んうぅっ……ふぁっ、んんぅぅっ――!」

 膣口がきゅうきゅうと指の付け根を締め付けてくる。またアヤをイかせた。でも愛撫を止めない。ガクガクと全身を震わせる彼女に、さらに絶頂を迎えさせたい。

「ぁあっ……ぼーやん、もういっぱい……あっ、あんっ……いっぱいイったよっ……」

「まだだよ。もう一回イって」

「だめっ、たすけ、てっ……あっ、あっ……やめ――――んむっ」

 淫らに半開きになった口内へ舌を差し込む。下の口と同様に上の口もたっぷりかき混ぜていく。愛液のピチャピチャという音と、口内で響くクチュクチュという音が頭の中を蕩けさせる。

 敏感になった舌が、アヤの舌の熱や感触を伝えてきて背筋に電流が走る。それはアヤも同じようで、時おり舌がビクンと跳ねて痺れたように動かなくなった。

「んぁっ、んっ、んくっ……ちゅぁっ、んゅっ、んっんっんっ……」

 喉奥から鳴る喘ぎ声が切羽詰まった高い音に変わっていく。そして――。

「んんううぅぅぅっ――――」

 アヤが繋がった口内の中で、俺の腕の中で果てた。

 体からふっと力が抜けたので、膣中から指を引き抜き、両手でアヤを抱きしめて支える。

 涙を流し、全身の毛穴から発汗し、股下を蜜液でぐちゃぐちゃに濡らしたアヤが、俺に全体重を預けて快感に溺れている。

 荒い呼吸で上下する柔らかい体を抱きしめながら、俺はあふれそうになる愛情や情欲や独占欲に身を委ねていた。

 険しい呼吸音が静かになってきたころ、俺はアヤの耳元に囁いた。

「アヤ、大丈夫? もうすぐ待ち合わせ時間だから、そろそろ行こうか」

「……んぅ」

 俺の胸に埋まっていたアヤのおでこが離れていく。

「……ぼーやんは、いいの?」

「え?」

「まだ、かたいよ。……なんかつらそう」

 アヤが指先で、いまだに勃起してテントを張っている俺の先端に触れた。不意打ち気味に触れられ腰が引ける。

「今日はアヤの可愛い姿見られて満足だから。それにもう待ち合わせ時間だよ」

「少しなら、しようか?」

 アヤが、本当に心配といった純粋な顔で見上げてくる。「しようか」が手なのか口なのか、それとも本番のことを指しているのかいまいち分からないが、とにかく今日はやめておこう。

 さすがにカナッペたちが探しにきてしまう。そう直感が囁く。

 それにアヤの膣中に挿れたら、スポッチが閉店するまで止まらない自信がある。無防備な最愛の彼女を目の前にしながら、俺は自制心をフル稼働させた。

「死ぬほどしたいけど我慢するよ。その代わり、今度たっぷり犯してもいい?」

 物騒な言葉を可愛い耳元に囁く。

「え……」

「次のときは我慢できなくて、めちゃくちゃにしちゃうと思う」

 少しいじわるく言ってみる。

 固まってしまったアヤを見つめていると、やがてコクリとうなずいた。

「う……ん、いいよ……」

 せっかく朱が引いてきたアヤの頬が、また真っ赤に染まっていく。

 アヤを好き放題に犯す確約を取れただけで、今日はよしとしておこう。

「じゃあ、下着替えてくるね」

 アヤが俺の胸を押し、体を離す。その手のひらから彼女の心情が伝わってくる。

 ――まただ。

 ――また、私ばっかり気持ちよくしてもらって。

 ――私、ばっかり。

 それは切ないような苦しいような感情だった。

 



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幼馴染と二人だけの写真を撮った(三十二日目 月・夕方)

 トイレの前でアヤを待ちながら、さっきのアヤの心の声を思い出す。

 

 私ばっかり――もらっている。そんなところだろう。

 まったく……人の気も知らないで。

 俺がどれだけアヤに救われているか。どれほどのものをもらっているのか、アヤは分からないのだろう。まったく無用な心配だ。

 

 ふと、プリクラコーナーで仲良さげにしているカップルの姿が目に入る。その隣のクレーンゲームで別の男女が肩を寄せ合い笑っていた。誰も彼もが幸せそうだ。

 

 でも、きっと付き合うというのはこういう些細なすれ違いの連続なのだろう。どちらかが負い目を感じたり逆に足りないと感じて、それを埋めようとしたり、分かってもらおうとしたりして、空回りして……だんだんお互いの心の溝が深くなっていくんだろうな。

 

 なんとなく、そういう未来も予想できる。これまで直感の力で何度も未来をシミュレートしてきたおかげで、些細なすれ違いから雪だるまのように膨れ上がっていくいろんな未来が分かるようになった。

 

 だからこそ、今アヤの心に浮かんだ不安もすぐに取り除こうと思う。

 「俺も同じくらいアヤにはもらっている」と言葉で伝えたところで、頭では分かっても心は不安なままだろう。言葉だけでなく、仕草や行動でこれでもかと分からせる必要があるだろう。

 

 そんなことをぼーっと考えていると、トイレからアヤが出てきた。

 いつもの上機嫌な表情を、少し恥ずかしそうにしながら歩いてくる。

 

「あの……お待たせ」

 

 アヤが抱きしめられそうな距離で止まる。幼馴染ではない、恋人の距離感で。

 本当に次から次に悩みが尽きない恋人だ。片っ端から塗り潰したくなる。

 

 俺はアヤの茶髪の上に手を置いた。

 

「ぼーやん……?」

 

 少しだけ無遠慮に頭を撫で回してみる。いつかこの幼馴染の中を自己肯定感で満たしてあふれるくらいの幸せを味わわせたいと思う。

 

「ちょっと、なんだよぉ……」

 

 アヤは困ったように眉間にシワを寄せながらも、俺のヨシヨシを振り払おうとはしない。

 

「アヤ、待ち合わせ場所に行く前に、クレーンゲームに寄ってもいい?」

 

「いいけど、めずらしいね」

 

 確かに俺はクレーンゲームには興味もなければ、やったこともない。

 

「ちょっと欲しいものがあるんだ」

 

 

 二人でクレーンゲームを覗き込む。さっきアヤを待っているときに、カップルたちが楽しげに遊んでいた台だ。その中に、見覚えのある猿のヌイグルミが見えた。

 あれは文化祭の初日。朝、家に迎えに行ったとき、アヤが窓枠にポンと置いたヌイグルミと同じものだ。台の中にいる猿はリボンを付けているから、おそらくアヤの持っている猿とカップルなのだろう。

 

「あ、あれ私が持ってるやつだ。女の子バージョンもいたんだね」

 

「そう、俺もアレが欲しくてさ」

 

 硬貨を入れて、さっきのカップルの見よう見まねで方向ボタンを押す。一発勝負だ。でも、取れる気がする。アヤを一生手に入れるためなら、直感が味方してくれるはずだから。

 

「お、すごい!」

 

 アヤが感嘆の声を上げる。クレーンは見事ヌイグルミのタグを引っ掛け、取り出し口へと運んでくれた。

 落ちてきた猿の女の子を拾う。

 

「アヤ、これ記念日のプレゼント。受け取って」

 

 ヌイグルミを差し出すと、アヤは目を丸くした。

 

「へ……? えと……」

 

 修学旅行二日目、俺とアヤは初めて結ばれた。今日がその一カ月記念日だ。

 アヤが今日、一緒にプリクラを撮りたがった理由。さっき一枚目の写真に何かを――おそらく記念日だと書こうとしてためらったのだろう。

 アヤは記念日をすごく大事にする。でも時田と付き合っているときは大事にしてもがっかりすることが多かったはずだ。

 だから俺は、どんな些細な記念日でも祝おうと決めている。

 

「今日は、初めてアヤが受け入れてくれて、気持ちが通じ合った日だから」

 

「あ……」

 

 ――ぼーやん、も?

 

 アヤの驚きと、喜びに満ちた心情が伝わってくる。

 

「アヤを抱くことができて……俺にとっては特別な日なんだ」

 

「わ、私も……大事な日だよ。ちょっと、ぼーやん強引だったけど」

 

「それはごめん」

 

「ううん、強引だけど、ずっと優しかったし……プレゼント、ありがとう」

 

 アヤが猿のヌイグルミをぎゅうっと抱きしめる。

 

「お礼を言うのは俺のほうだよ。アヤが側にいてくれるおかげで俺は毎日楽しいし、頑張れる。いつもありがとう。助かってるよ」

 

「私のほうこそっ……いつも、もらってばかり」

 

「じゃあお互いさまってことで。ほら、アヤのサポートがあったからラスボスだって倒せたわけだし」

 

 片手で銃の形を作ってみせる。

 それでもアヤは納得がいかないようで、唇をきゅっと引き結んでいた。

 今日の彼女への分からせはこのくらいでいいだろう。こうやって毎日毎日、実感させていけばいい。

 それにそろそろ引き上げないと、焦がれるように見つめてくるアヤに我慢できなくなってこの場でキスをしてしまいそうだ。

 

 俺は入り口に向かって歩きだした。アヤがその後ろを付いてくる。

 

「それに、今日はもう一つの記念日だしね」

 

「え?」

 

「アヤが初めて川で溺れた記念日」

 

 少し冗談めかして言ってみる。

 

「な、なあっ!?」

 

 アヤが素っ頓狂な声を上げる。修学旅行二日目、ラフティング体験でアヤはボートから落ちて溺れた。助け上げたときの、あの涙や鼻水まみれの顔は今でも頻繁に思い出す。

 

「なんだよそれー!」

 

 アヤが俺の隣に追いついてきた。不満げにこちらを睨む。ムッとした顔も可愛いのだが、それを言っては余計に怒らせてしまうだろう。

 

「プールと海では溺れたことがあったから、これで水場はコンプリートだね」

 

「次の夏までには泳げるようになるしっ」

 

 夏か。

 夏場の海デートはしたことないから楽しみだ。アヤの水着姿も、そういえばスクール水着以外は見たことがない。

 誰にも、見せたくないな。プライベートビーチって個人で借りれるのだろうか。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

 アヤが俺のシャツの裾をつまんでいた。

 

「特訓、してほしいです」

 

「……ああ、もちろん」

 

 どうやら、俺は何度もアヤの水着姿を堪能できるらしい。

 

 

 

 

「あ、アヤたち来た! おーい遅いぞ~!」

 

 カナッペたちが入り口のところで手を振っていた。

 

「ごめん~っ」

 

 アヤがタタっと走り出す。

 合流した俺たちはスポッチを出て、入り口のところでまたダベりだした。カナッペたち陽キャたちが、これからカラオケに行くかファミレスに行くかで話し合っている。

 俺はもちろん真っ直ぐ家に帰るつもりだ。

 

 背後にあるスポッチの明るい照明が、俺の影をぐーっと伸ばしていた。そこに俺のよりはやや短い影が近づいてくる。

 

「ぼーやん、ほら見て」

 

 アヤがスマホの画面を見せてきた。そこにはさっき撮ったプリクラが映っている。

 

「すごいね、スマホに転送できるんだ」

 

「後でぼーやんにも送ってあげるね」

 

 それは嬉しい。アヤがイヤでなければ待ち受けにしてもいい。

 

「アヤは待ち受けにでもするの?」

 

「うーんどうしよっかな、私ちょっと表情微妙だし……ぼーやんは面白いんだけど」

 

 一人婚約発表のような俺を見て、アヤがくくっと笑う。

 ふと、顔を上げたアヤが何かに気づいたように目を見開いた。

 

「ごめんぼーやんっ、そのまま動かないでね」

 

「え?」

 

 言われたとおりに直立不動を維持していると、アヤが俺から一歩離れたり近づいたりし始める。やがて斜め一歩前あたりで立ち止まると、ちょっとだけ肘を上げた。

 

「ぼーやんそのままだよ」

 

 スマホを胸元に持ち、パシャっと写真を撮る。画面を確認して「よし」とつぶやいた。

 

「私待ち受けこれにするよ」

 

 アヤが嬉しそうにスマホを見せてくる。

 そこには俺の長い影とアヤの影が並んでいた。アヤの手がちょうど俺の背中を撫でているように見える。

 

「……手を繋いでるとかじゃなくていいんだ」

 

「ふふふ、ぼーやん頑張れよって、私が励ましてるみたいじゃない?」

 

 アヤが満足げだから、別にいいか。

 

「後で俺にも送ってくれる?」

 

「いいよ!」

 

 アヤが画面に指を走らせ、待ち受け設定をしている。その一瞬、今の彼女の待ち受け画面が見えた。修学旅行で見た、あの大仏だ。

 

「アヤ、まだそれ待ち受けにしてたんだ」

 

「そうだよ。お気に入り」

 

「変えちゃっていいの?」

 

「うん、なんか叶ったっぽいから」

 

「そうなんだ」

 

 願掛けか何かをしていたのだろうか。

 確かにこの大仏の力は絶大だ。

 

 ブブ――と俺のポケットが振動する。スマホに通知があったらしい。取り出すとアヤからさっきの写真が送られてきていた。

 なんだか、二つの影が笑っているように見える。

 

 俺は生まれて初めて待ち受け画面を設定した。

 

 




まだ続きます。


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遠くの幼馴染に会いに行った(四十一日目 水・昼)

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 教室の窓から、ぼーっと外を眺める。

 すっかり秋めいてきた校庭の風景が、少し色あせて見えた。

 

「あー出欠の前に、南鳥のことなんだが」

 

 黒板のほうに視線を移すと、担任の先生が神妙な顔を作っていた。

 

「南鳥のお祖父さんが倒れた件でな、来週まで休むそうだ。今朝、親御さんから連絡があった」

 

「え、長くない!?」

 

 クラスの誰かが声を上げる。

 

「南鳥の田舎は遠いからな、まーそういうわけだ。みんな色々とサポートしてやれな」

 

「わかってるよ~」

 

 アヤの親友のカナッペが、クセのない黒髪のロングヘアーをかき上げながら返事をする。

 

「そうかー、じゃあ出席なー」

 

 気怠げな先生の声が響き、俺はまた校庭のほうを眺めた。

 

 今日は水曜日。アヤは週明けからもう三日間、学校を休んでいる。

 月曜の朝、彼女からメールがあったときは驚いた。お祖父さんが倒れたことよりも、その余裕のなさそうな文面に。

 

『田舎のおじいちゃん倒れた。家族でしばらく帰省するね』

 

 アヤはお祖父ちゃん子だ。小学生のときからよく、田舎でお祖父ちゃんに遊んでもらった話を聞いていた。昔はよく川遊びに連れて行ってもらっていたらしい。

 彼女が川で溺れて以来、誘われなくなったようだが。

 

 俺は先生のやる気のない出欠確認を聞き流しながら、こっそりスマホを覗き見る。

 

『おじいちゃん治った。お医者さんに止められてるのにこっそりあんこ餅食べて、それで体調崩してたみたい』

 

 今朝、アヤから届いたメールだ。

 昨日までは『おじいちゃん死んじゃったらどうしよう』と切羽詰まったメールを送ってきていたので、大事に至らなくて俺も安心した。

 

 とはいえ退院まではもう少し掛かるため、今週いっぱいはこっちに帰って来ずに、家族総出で身の回りの世話をしたり、田舎の家の整理をしたりするらしい。

 

 

「――やん、おい、ぼーやん!」

 

 不意に後ろの席の男子に肩を叩かれた。

 

「え?」

 

「六十五ページ読めってさ、てかぼーやん教科書すら開いてねーじゃん」

 

 クラス中がどっと笑う。「ぼーっとしてんなよ~」と、いつの間にか黒板の前に立っていた現代文の先生に注意される。

 

「あ、すいません」

 

 俺は慌てて教科書を取り出した。

 つい今まで担任が出欠を取っていたと思ったんだが……さすがにぼーっとし過ぎたようだ。

 

 どうも、アヤがいないと毎日に張り合いがない。こんなにアヤの気配を感じない日々は始めてかもしれない。

 毎日メールはしているが、やはり物理的に遠い場所にいるというのは、必要以上に距離を感じさせる。

 

 彼女の声を聞きたいが、俺たちはいつも、示し合わせたように電話をしない。

 電話をすると、すぐに会いたくなってしまうから。

 

 教科書を読み終えた俺は、一人苦笑した。

 

「……まったく、どんだけだよ」

 

 アヤがいないだけで世界がこんなにも色あせて見えるなんて。

 我ながら重症だなと、俺はもう一度苦笑した。

 

 

***

 

 

 昼休みになっても、俺は窓の外をぼーっと眺めていた。

 大会が近いからか、短い時間を利用してサッカー部が練習をしている。その中に、エースのはずの時田の姿はない。

 

「――おい、おいぼーやん!」

 

 いつの間にか隣の席に座っていた時田が、俺の肩を小突いた。

 

「……時田か、どうした?」

 

「さっきから呼んでんだろ」

 

「ごめん、気づかなかった。なに?」

 

 時田は大きなため息をつくと、神妙な表情になって顔を近づけてきた。回りに聞かれたくない話題なのだろうか。

 

「俺さ、一年の子と付き合ってるから」

 

「バスケ部のマネージャーの子だっけ」

 

「もう知ってんのかよ」

 

 俺も特に興味はなかったが、先々週に部活終わりのアヤを迎えに行ったとき、体育館で一年の男子たちが噂しているのを聞いた。

 

「そんでまあ、俺らそういう関係になったから」

 

 何かを誇示するような、威嚇するような口調だ。なんとなくだが……エッチをしたということだろうか。

 

「そうか」

 

「そんだけかよっ!」

 

 他にどんな反応をすればいいのか、いまいち分からない。

 

「あー……おめでとう?」

 

 時田は諦めたように再びため息をついた。

 

「ったく、お前ってほんとぼーやんだよなぁ……マジで気抜けるわ。でもまあ、そういうことだから」

 

 時田はもう一度俺の肩を小突くと、教室から走り去っていった。サッカー部の練習に合流するのだろう。

 

 いったい、何の報告だったのだろう。時田なりのケジメというやつなのだろうか。正直、今の俺ではそれを推察することはできないし、正直そこまで興味もない。

 

「お、ぼーやん空いた、お~い」

 

 教室の出入り口付近からカナッペが声を掛けてきた。今日はやけに色んな人に話しかけられる日だ。

 

 カナッペに「なに?」という顔を向けると、彼女の親指がクイクイと教室の外を差した。

 

「お昼、一緒に食べん?」

 

 

 

 

 カナッペに連れて来られたのは美術室だった。テーブルには、他にもアヤの女友だちが二人座っている。

 名前は……フユミと、もう一人の名前が分からない。後でアヤに聞いておこう。

 

「――でさ、アヤのことなんだけど」

 

 対面に座ったカナッペが、コンビニのパンを頬張りながら身を乗り出してくる。彼女も、あまり人に聞かれたくない話をしたいようだ。

 

「アヤが、どうしたの?」

 

「最近、めっちゃ可愛くなったじゃん?」

 

「ん? ……まあ、そうだね」

 

 曖昧に答える。

正直アヤは最初からクラスで一番可愛いと思うが、そんなことを言うと「ちゃんと見てんのか」と怒られそうなのでやめておく。

 

「ぼーやん今、前からだけどって思っただろぉ~」

 

 カナッペの隣に座るフユミがニヤニヤしながら見つめてくる。俺をからかうような空気が流れるが、カナッペは真面目な顔を崩さなかった。

 

「アヤをさ、守ってやってね」

 

 その声のトーンに、俺の中の直感がざわつく。

 

「……詳しく聞かせてくれない?」

 

 すると俺の隣に座る……名前は忘れたが金髪ポニーテールの子がスマホを差し出してきた。

 

「これ見て」

 

 画面を覗くと、今流行ってるらしいショート動画の投稿サイトが表示されていた。

 

『可愛い女の子にモノマネ頼んでみた』

 

 そうテロップが貼られた動画には、何人かの女子に「モノマネしてください」と頼む様子が映っていた。その最後に出てきた茶髪の美少女に、俺の心臓がドクンと跳ねる。

 

 「先輩、モノマネおなしゃーす!」といきなり呼び止められたアヤが、戸惑いがちに愛想笑いをしていた。

 

 画面の中のアヤは、口元で握った両手をぱあっと開き「プシャアアァァ」と奇声を発する。「それなんすか?」という男子の声に、「エイリアンだよ~」とノリ良く応じていた。

 

『パイセンまじウケるww天使www』

 

 そんなテロップが一瞬表示され、動画は終わった。

 

 コメント欄を見ると『確かに天使』『めっちゃかわいい』『おっぱい最高』など見たくもない言葉が数え切れないほど並んでいた。

 

 心がすっと冷たくなる。この感覚には覚えがある……怒りだ。

 動画は最初からアヤの胸が映り込むような……覗き込むような画角だった。白い長袖ブラウスを肘まで折り曲げた格好をしているから、撮影されたのは肌寒くなった最近だろう。

 

「これさ、絶対最初っからアヤ狙いだよ」

 

 カナッペがドスの利いた低い声でつぶやいた。

 

「最初から?」

 

「うん、多分一年の奴らだと思うんだけどさ、最近多いんだよ」

 

「多いって、アヤに声を掛ける男子がってこと?」

 

「そうそう、時田が他の子と付き合い出したじゃん? だから後釜狙ったり、こうやってあの子にヘンなことする奴が増えてきてんだ、多分」

 

「そっか」

 

「制服とかで学校特定されっからさ、あの子が危ない目に遭わないかって私ら心配してんだわ」

 

 すると対角線上に座るフユミが、テーブルの上で拳を握った。

 

「あの子……いっつも明るく振る舞ってるけど、案外弱いところあるからさ」

 

「それにけっこう隙だらけだしな」

 

 隣に座る金髪の子が付け加えてくる。

 

 分かっている。アヤはずっと時田と有名カップルだったお陰で、今まで他の男子にアプローチされるなんてことはほぼ無かった。

 そのせいか、誰からも親しまれやすい雰囲気も相まって変な奴に漬け込まれやすい。

 

 俺はカナッペやフユミ、金髪の子に顔を向けた。

 

「教えてくれてありがとう。後は俺がケリをつけるよ」

 

 そう言って立ち上がる。「ケリ?」と不思議顔を浮かべているフユミの隣で、カナッペは泣きそうな顔で俺を見つめていた。

 

「ぼーやん、アヤをよろしくね」

 

「うん」

 

 カナッペに微笑み、俺は美術室を後にした。

 

 廊下を歩きながら、俺はカナッペたちの顔を思い出す。アヤのことが好きで、心から心配している様子だった。

 アヤは、いい友だちに囲まれているようだ。

 

 

 

 

 直感に導かれるまま向かったのは部室棟だった。

 

 両側に並んだドアの中に、男子バドミントン部の文字を見つける。中からは数人の男子の声が聞こえる。

 俺は迷いなくドアを開けた。

 

「あ、誰っすか?」

「先輩?」

「あれ、ぼーやん先輩じゃね?」

「こんちっす~」

 

 四人の男子がダラダラとテーブルを囲んで、昼ごはんを食べていた。

 俺はその四人の中に、目的の声の主を見つける。

 

 そこそこガタイが良く、耳にピアスの穴が空いている少し不良っぽい雰囲気の男子だ。バドミントン部には見かけない顔なので、他の部活なのだろう。それなのに足をテーブルに乗っけているあたり、彼らのリーダー的なポジションなのかもしれない。

 

 まあ、どんな奴だろうが関係ない。

 

 俺は無言でテーブルを回り込むと、静かに彼の対面に腰掛けた。

 

「え、なんか用っすか?」

 

「アヤを撮った動画、消してくれる? 君が撮ったのは分かってるんだけど」

 

 単刀直入に言う。

 

「はっ? アヤ先輩の動画っすか? なんで?」

 

 その声色はまさに、動画の中でアヤに馴れ馴れしく話し掛けていたのと同じだった。

 

「無断で撮影して投稿したら、下手すれば犯罪だよ」

 

 俺は努めて優しげなトーンで言う。

 

「ぼーやん先輩……だっけ? 関係なくね?」

 

 俺たちの緊迫した雰囲気に、他の男子たちが黙り込む。たかが動画を撮ったくらいでと思っているのかもしれない。

 でも俺には分かった。この不良っぽい男子は、アヤに変な気を持っている。恋か執着か、もしくは性欲か、そのどれかだろう。

 

 直感が囁く。

 彼をほうっておくと、いつかアヤに嫌なことが起きると。

 

 俺はふっと息を吐き、目の前の男子を見つめた。

 

「俺、アヤと付き合っているんだ。だから彼女に無断で撮影した動画は消してくれないかな」

 

「ああ……そういうことっすか。ってかマジなん?」

 

 不良っぽい男子はテーブルから足を下ろすと、訝しむような視線をよこしてきた。俺の発言を疑っているのだろうか。

 

 俺はそのやり取りには乗っからず、子どもを諭すように話す。

 

「これ、学校に告発したら問題になると思うよ。君の親にも話すことになるだろうし、消さないなら警察に相談しようと思ってる」

 

「はあっ? 大げさじゃね? ってかさ、俺らが撮ったって証拠でもあんの?」

 

 ここまで感情的に突っかかってくるのは、もしかしたら本気でアヤに気があるのかもしれない。思いきりガンを飛ばしてくるが、いつか相対したストーカー男の薄気味悪さに比べればどうってことない。

 

「話が通じないなら、学校に報告してくるよ」

 

「ちょっと待ってくださいよ、ぼーやん先輩。じゃあさ、俺と腕相撲して勝ったらってのはどうっすか?」

 

 不良っぽい男子がテーブルに肘を乗っける。

 

 腕相撲で勝負することと、動画を消すことと何の関係があるのだろうか。

 

 俺はテーブルを回り込んで不良っぽい男子の側まで行くと、その場にしゃがんで彼と目線を合わせた。

 

「……なんだよ」

 

 俺はなるべく不穏な感じにならないように、温和な感じで微笑みながら彼の胸ポケットからスマホを引っこ抜く。

 

「あ、おいっ」

 

 彼が俺の手から奪い返そうと両手でスマホをつかむ。ピシッとスマホから変な音が鳴る。

 

「このまま壊れてもいいんだけどさ」

 

 つい本音をつぶやいてしまう。不良っぽい男子は目を見開いたが、他の男子はポカンとしているようだ。

 良かった。どうやら聞こえたのは彼だけらしい。アヤの彼氏として、あまり暴力的な人間だとは思われたくないし、暴力沙汰は絶対に起こしたくない。

 

 しばらく両手でスマホを引っ張っていた彼だが、やがて根負けしたのか疲れたのか、ゆっくり手を離した。

 

「……消すんで、返してもらっていいっすか?」

 

「ありがとね」

 

 

 目の前でスマホの画面をいじってもらい、投稿サイトから動画を削除し、スマホの中からも消してもらった。

 ついでに他の男子たちのスマホも見せてもらい、共有されていた動画も削除させる。

 

 ――問題ない。

 

 他に動画データも隠し撮り写真も存在しないと、直感が教えてくれた。

 

 四人に軽く挨拶をしてから、俺は部室を出る。

 

「ほんと、くだらないな」

 

 アヤのいない世界は、本当にくだらないことが多い。

 以前の俺なら、あの修学旅行で大仏様に祈るまでは、こんなふうに思うことなんてなかった。アヤとの、あの明るくまぶしい世界を知ってしまったから……。

 

 ブブ――とポケットの中でスマホが震える。

 

 取り出すと、ちょうどアヤからのショートメールが届いたところだった。

 

『やほ、ぼーやん元気?』

 

 俺は素早く返信を打つ。

 

『元気だよ。そっちは?』

 

『お休み気分だよ』

 

 良かった。お祖父さんが回復したことで、アヤはすっかり元気になったようだ。

 

『学校復帰したら、多分いっぱい課題が出るよ』

 

『うげ』

 

『事前に先生に言って、メールで送ろうか?』

 

『助かる』

 

 きっと今、アヤはスマホの前でころころと表情を変えているのだろう。

 

 俺はふふっと笑いながら、部室棟の廊下の壁に寄りかかった。もう少しやり取りをしたくて、取り留めのない質問を打つ。

 

『そっちは楽しい?』

 

 少し間があってから、ピコンと返信が表示される。

 

『明日、プールに行く』

 

『プール? この季節にやってるの?』

 

『屋内遊園地みたいなとこがある。車でちょっと行ったとこ』

 

『家族で行くの?』

 

『ヒロトとイトコと』

 

 弟のヒロト君と、イトコ……従兄?

 

『従兄?』

 

『うん、ハルくん』

 

 ハルくん……は、確かアヤの四つか五つ上の大学生で、アヤが高校を受験するときにわざわざ家庭教師に来てくれていた人、だったはずだ。話には何度か聞いたことはあるが、俺は会ったことはない。

 

『ハルくんは、免許持ってるの?』

 

『うん、ハルくんの車で行く』

 

『アヤ、泳げるの?』

 

 少し間があく。「泳げるし」とでも打とうとしているのだろうか。

 ややあって、返信メールが来る。

 

『泳げないかも』

 

 かもではなく、アヤはまだ泳げない。だからこの前、今度の夏は俺がつきっきりで練習に付き合うと約束したばかりだ。

 俺は素早く返信を打つ。

 

『じゃあ教えに行くよ』

 

『どういうこと』

 

『今からそっちに行っていい?』

 

『いや週明けには帰るし』

 

『会いたいから行くよ』

 

 アヤからの返信がピタリと止む。

 直感に頼らなくても分かる。彼女はきっと、俺以外の――ハルくんとプールに行くことになったから、メールを送ってきたんだ。

 

 それだけじゃない。きっと、アヤも俺と同じで。

 どうしようもなく会いたくなった。

 

 一分くらいして、スマホが光る。

 

『だめだよ学校』

 

 その返信に、なぜか俺はクスリと笑ってしまう。なんだかスマホの前でアヤが葛藤しているような気がして。

 

 俺が『それでも行くよ』と打っていると、またアヤからメールが届いた。

 

『ちがった』

 

 もう一度、メールが届く。

 

『うれしい』

 

 

 俺はアヤに住所を送るよう返信をすると、姉貴に電話をした。

 

「リュウジどうした?」

「今からアヤの田舎に行くよ」

「はっ? アンタ学校は」

「ごめん、どうしても行きたいんだ。悪いんだけど姉貴からも学校に連絡してほしい」

「リュウジ……マジ?」

「うん、本気」

「いつ帰ってくる?」

「とりあえず週末には」

「じゃあこっちのバイトには間に合うな」

「いいの?」

「だめだっつっても行くんでしょ?」

「そのつもり」

「じゃあ止めてもムダだ、ムダムダ」

「一度家に帰って荷物まとめるよ」

「ああじゃあ、台所に貰いもんの菓子があるから土産に持っていきな」

「うん、悪い」

「アヤちゃんによろしくね」

 

 俺は電話を切ると、職員室に直行して先生に早退する旨を伝えた。そのまま急いで家に帰り、簡単に荷物をまとめ、家を出る。

 

 

 俺が新幹線に乗り込んだのは、まだ六時限目が始まったころだった。

 

 



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幼馴染と一緒に挨拶をした(四十一日目 水・夕方)

 新幹線の車窓から、外の景色をぼーっと眺める。

 

 都会のビル群はすぐに山や木々や畑に変わり、駅に近づくと無機質な建物が増えていく。

 何の変哲もない風景が、どうしようもなく眠気を誘う。

 

 アヤの田舎の最寄り駅までは三時間以上ある。

 

 俺は、高速で通り過ぎる色あせた景色から目を逸らし、しばらくまぶたを閉じることにした。

 

 

『――、次は、――、お降りの際は――』

 

 聞き覚えのある駅名がアナウンスされ、目を開ける。

 どうやら三時間以上熟睡していたらしい。窓の外はもう夕暮れに染まっている。

 

 俺は一瞬で到着してしまった目的地で、新幹線を降りた。

 

 

 

 

 新幹線の改札を出ると、広々としたターミナル駅だった。確か、ここからさらにローカル線に乗り換え、一時間ほどでアヤの田舎の最寄り駅に着く。

 

 ローカル線の改札口を探していると、遠くのほうにあるバスロータリーに視線が吸い寄せられた。

 

 ロータリーのベンチに、茶髪でショートカットの美少女が座っている。

 アヤが、眉間にシワを寄せ手元のスマホとにらめっこをしていた。

 

 俺は彼女に手が届くか届かないかの距離まで近づき、声を掛ける。

 

「アヤ、迎えに来てくれたんだ」

 

「わ、びっくりしたっ」

 

 肩をビクリと震わせたアヤが、目を見開いて俺を見上げた。

 

「ぼーやん、駅着いたらメールしてって言ったじゃん」

 

「そうだっけ」

 

「メールしたよ」

 

 ポケットからスマホを取り出して見ると、確かにアヤからメールが来ていた。

 

「ごめん、新幹線乗ってる間、ずっと寝てたんだ」

 

 アヤは見開いた目をさらに大きくして、すぐにぷっと吹き出した。

 

「あいっかわらず、寝ぼーやんだなぁ」

 

 彼女が立ち上がり、手の届く距離まで近づく。いつもの幼馴染の距離だ。

 

 アヤは紺色の無地のフードパーカーに、黒いハーフパンツというラフな格好だった。パーカーの袖を肘までまくり、白い細腕を見せている。

 

 少しサイズの大きいパーカーを着ているせいか、上から見ると襟元から鎖骨が覗きそうだ。そして相変わらず豊満な胸元が、パーカーを押し上げている。

 

 本当に、いつ見ても抱きしめたくなる体だ。

 それに。

 

「……ぼーやん、まだ寝ぼけてるー?」

 

 ぼーっと見つめているとアヤが訝しげな視線を送ってくる。その表情が、なんだか前より大人びて見えた。ぷるんとした唇も、艶めいている気がする。

 

 ――最近、めっちゃ可愛くなったじゃん?

 

 さっきカナッペに言われた言葉を思い出す。

 

「本当だな」

 

「へ、なにが?」

 

 数日会わなかったから気づけたのか、この数日でそうなったのかは分からない。でも――。

 

「アヤが可愛いなと思って」

 

 口から本音が漏れた。

 

「うっ……」

 

 アヤが俺を見上げながら固まる。相変わらず、こういう時の返しにはまだ慣れていないらしい。

 

 ――唇を褒めろ。

 

 久々に直感から強めの指令が下る。

 

「唇、軽く塗ってるの? 知らない色だけど、アヤにすごく似合ってるよ」

 

「……ぁ、ありがと」

 

 アヤがやっと表情を崩し、照れるように笑う。

 

 久々に会ったからか、俺もなんだか照れ臭い。溢れそうな思いが渋滞を起こし、結果無言になってしまうような……そんな感じだ。

 

 俺は思わず美味しそうな唇に手を伸ばした。

 するとアヤが気まずそうにうつむき、目線だけを横に動かす。

 

 その視線をたどると、ロータリーにアヤのお父さんの車が停まっていた。

 

 俺は仕方なく再会のキスをあきらめる。

 

「アヤのお父さん、待たせちゃ悪いね」

 

「あ、うん、ヒロトもついてきちゃって」

 

 見れば、確かに助手席に弟のヒロト君も座っていた。

 

 

 

 

「やぁぼーやん、遠かっただろ?」

 

「寝てたんであっという間でした。お父さん、わざわざ迎えありがとうございます」

 

「おぉっ? あ、まあお父さんか」

 

 アヤのお父さんが照れくさそうに笑う。お父さんに会うのは、この前ファミレスでアヤとの結婚宣言をした以来だ。

 

「ぼーやん、ちっす」

 

「ヒロト君も、わざわざありがとね」

 

「いや、ヒマだったんで」

 

「ヒロトは留守番してていいって言ったのに」

 

 後部座席の隣に座るアヤが、不服そうにつぶやく。

 

「いや姉ちゃん俺が急かさなかったら、今頃まだ洗面所で鏡とにらめっこしてたっしょ」

 

「……うるさい」

 

 どうやらアヤは迎えに来るために気合を入れてくいたらしい。

 なんというか……すごく嬉しい。

 

「ぼーやん、こっからお祖父ちゃん家まで一時間以上掛かるから、寝てていいよ」

 

 まだ少しムスッとしているアヤが、二の腕に優しく触れてくる。

 

「もう眠気は無いな。それよりいろいろ聞かせてよ、俺も学校のこととか話したいし」

 

「うん、そだねっ」

 

 アヤが満面の笑みを浮かべたと同時、車が動き出した。

 

 

***

 

 

 車の中、俺とアヤの会話は尽きなかった。

 別に二人なら無言の時間も苦ではないのだが、ここ数日の隙間を埋めるように俺たちは話に花を咲かせ続けた。

 

「あ、ほら見て、あの川で昔よくお祖父ちゃんと遊んだんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 アヤが窓から外を指差す。ほとんど沈みかけた夕陽に照らされて、大きな川が煌めいて見える。

 

「あそこに神社あるでしょ? 夏になると盛大なお祭りやってね、県外からもたくさん見物しに来るんだよ」

 

 山の麓に鳥居が立っていて、鬱蒼と茂る木々の中に本殿が見えた。そこだけ異世界かのような、神秘的な感じだ。

 

 アヤの田舎は山あいの平地にある。集落一帯は森に囲まれ、面積のほとんどが畑だ。そこにポツポツと等間隔で大きな家が立っている。田舎と聞けば誰もが思い浮かべる、絵に描いたような田舎という感じだった。

 

 そんな言ってしまえばつまらないだろう風景なのに、楽しそうなガイドをするアヤを見ていると、すごく素敵で刺激的な場所に思えてくるから不思議だ。

 

「お、もう着くね。あの赤っぽい屋根の建物がお祖父ちゃん家だよ」

 

「大きいね」

 

 

 車から降りると、その家はさらに大きく見えた。

 

 昔ながらの日本家屋を改築したような作りで、普通の家の三軒分くらいはある。おまけに小学校の校庭くらいはありそうな敷地には、自家菜園やら物置やらが並んでいる。余ったスペースでも余裕でキャッチボールができそうだ。

 

「お祖父ちゃん、ここに一人で住んでるんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 少し寂しそうなアヤの後ろ姿を追い、開いたままの横開きの扉をくぐる。土間というのだろうか、玄関スペースは車が一台入りそうなくらい広かった。

 

「お邪魔します」

 

「ああぼーやん、いらっしゃい」

 

 土間と地続きになっている台所から、アヤのお母さんが出てくる。

 

「すみません、突然押しかけちゃって」

 

「ふふ、びっくりしたけど、ぼーやんなら全然いいわよ」

 

 相変わらず、俺の謎の信頼感は健在らしい。

 

「それにこの子も、どうしてもぼーやんに来てほしいってさっき大騒ぎだったしね」

 

 お母さんがアヤにニコニコ顔を向ける。

 

「大騒ぎはしてないし」

 

「そうだっけ~?」

 

 その楽しげな様子に、アヤがため息をつく。相変わらず明るいお母さんだ。

 

「さ、ぼーやん上がって。もうすぐ宴会だよ」

 

 気を取り直したらしいアヤが俺の背中を押す。

 

「宴会?」

 

 靴を脱いで玄関に上がってすぐの畳張りの大広間には、ローテブル三つ縦に並べられていた。その上にはもう、いくつか料理が乗っている。

 

「お祖父ちゃんはまだ入院中なんだけどね、先に快気祝いだっていって親戚中が集まってくるんだ」

 

「それは、すごいね」

 

「うちの親戚、みんな元気なんだよね。……さ、こっちこっち」

 

 アヤに連れられて大広間を突っ切ると、襖で区切られた六畳間があった。

 

「ここがぼーやんの寝る部屋ね。あ、そこに荷物置いちゃって」

 

「アヤたちは?」

 

「私らは二階なんだ」

 

「そっか」

 

「ふふ、夜中に一階に一人だけだからって、トイレ我慢しておしっこチビらないようにね」

 

 アヤがからかうように笑う。

 自分のホームだからか、それともホームを俺に案内するのが楽しいのか、彼女はいつもよりテンションが高かった。

 

 小学校の頃、アヤの家に初めて泊まりにいったときを思い出す。あのときも、彼女は得意気に家の中を案内して回っていたっけ。

 

「あのさ、ぼーやん」

 

「ん?」

 

「お祖母ちゃんに、一緒に挨拶しよ」

 

「ああ、そうだね」

 

 アヤが見つめるもう一つの和室には、立派な仏壇が置いてあった。綺麗な壮年の女性が、写真の中から朗らかな笑顔を向けている。

 

 線香の落ち着く匂いが漂う部屋で、二人並んで座る。仏壇に手を合わせながら、俺は「しばらくお世話になります」と心の中で挨拶をした。

 

「……お祖母ちゃんはね、私が小さいころにいなくなっちゃったんだ」

 

「そうなんだ」

 

「うん、お祖父ちゃんは、それからずっと一人なの」

 

「そっか」

 

「今もね……お祖父ちゃん、よくお祖母ちゃんの惚気話するんだよ」

 

「確かに、綺麗な人だもんね」

 

「そうかな」

 

 アヤが自分のことのように、嬉しそうに笑う。

 

「うん、目元がアヤに似てる」

 

「そ、そうかな……」

 

 自分のこととなると、相変わらず照れるから面白い。

 

 ふと、家の外に車が停まる気配がした。

 バタンと車のドアを閉める音が聞こえると、アヤが立ち上がる。

 

「お、ハルくん戻ってきたのかな」

 

「ハルくん……」

 

「あ、ぼーやん会うの初めてだっけ? 従兄のハルくんだよ」

 

 アヤと一緒に大広間に戻り、窓から外を見る。ちょうど広い庭を歩いてくる男と目が合った。

 

「ハルくんお帰り~、手伝う?」

 

「いや、いいよー」

 

 両手にビール缶の入ったビニールを持ったその人は、一言でいうとイケメンというやつだった。

 

 アヤと同じく茶髪の髪はうねり、肩まで届きそうだ。均整の取れた顔立ちで、おしゃれだが品のあるメガネを掛けている。

 一見するとチャラくも見えるが、服装や雰囲気はどこか整っており誠実そうにも感じる。

 

 アヤが大広間の窓を開けると、ハルくんが縁側にドサリと荷物を置いた。

 

「やぁいらっしゃい、ぼーやんくん……で合ってる?」

 

「はい、初めまして。お邪魔してます」

 

「アヤちゃんから聞いてるよー、ゆっくりくつろいでね……って僕の家じゃないんだけど」

 

「ありがとうございます」

 

 俺が軽くお辞儀をすると、メガネの奥の二重がニッコリと弧を描いた。

 

 間近で見ると、けっこう筋肉もある。背は……俺よりも少し低いくらいだろうか。

 

「アヤちゃん、おばさんいる?」

 

「いるよ、呼んでくる?」

 

「うん、お願い。頼まれたものこれでいいか、見てほしいから」

 

「おっけー」

 

 台所に去っていくアヤの後ろ姿を、ハルくんは優しげに見つめていた。その視線には、従妹に向ける以上の何かがこもっているような気がする。

 

「えっと、ぼーやん君はアヤちゃんの恋人、で合ってる?」

 

「はい、恋人です」

 

「そっかそっか、それはお世話になってるねー。アヤちゃん、学校では楽しくやってる?」

 

「はい、いつも楽しそうです」

 

「そりゃ良かった。アヤちゃん、ああ見えて繊細な子だからさ」

 

「そうですね」

 

「じゃあ、これからも末永くよろしく……ってことでいいのかな?」

 

 ハルくんが手を差し出し握手を求めてきたので、それに応じる。

 

「はい、仲良くしたいです」

 

 スポーツでもやっているのだろう、握られた手がけっこう力強い。

 

「…………うん、ぼーやん君いいね。すごく肝がすわってる」

 

「そうなんですか?」

 

「そうだよ。普通はこういうとき少しは緊張する」

 

 なんとなく……ハルくんにけん制されている気がする。

 

 普通だったらイケメンの、それもアヤに気がありそうな従兄が現れたら、もっと警戒したり焦ったりする場面なのだろう。

 

 だが俺は、さっきから「アヤの親戚はみんな顔が整ってるんだな」程度の感想しか湧いていない。

 

 なぜなら。

 直感が、何の警告も発してこないから。

 

 ハルくんはアヤを不幸にしたり、アヤと俺の未来を邪魔したりする存在にはなりえない。

 そういう確信がある。

 

「よかった」

 

「ん? ああ……僕こう見えて話しやすいでしょ? 普通は緊張するもんね」

 

 どうやらハルくんは、自身の人当たりが俺の緊張を解きほぐしていると思っているようだ。

 

 どことなく不敵な笑みを浮かべるハルくんに、俺も笑顔を返す。

 

「はい、優しそうな人でよかったです」

 

 実際に会うまでは正直不安もあったけど。

 会ってみて、問題ないという確信が得られて本当によかった。

 だったら今後も付き合っていく親戚として仲良くしたいと思う。

 

「ふふ、さぁぼーやん君も手伝ってくれる? まだ車にいっぱい積んであるんだ」

 

 車を近くで見てほしそうな感じが伝わってくる。確かに黒くて大きいスポーツタイプの車はおしゃれでかっこいい。SUVというやつだろう、値段も高そうだ。

 

「はい、車すごいですね」

 

 俺は素直な気持ちで返事をすると、縁側に置いてあるサンダルを履いて車に向かった。

 




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タイトルは「クラスで2番目に可愛いボーイッシュ幼馴染を、幸せセックス漬けにして最高の未来を誓い合った話」です。
この恋人編(第49話~63話)に書き下ろしエピソードを5話追加しました。

二人の濃厚に深まる恋模様を、ぜひお楽しみください!


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幼馴染と物置で秘密のキスをした(四十一日目 水・夜)

「おいぼーやんっ、日本酒飲めるか?」

 

「いえ、お酒は飲めないです」

 

「お祝いのときくらいいいだろぉ?」

 

「ちょっとー(まさ)おじさん、ぼーやん困ってる!」

 

「うはぁっ、アヤちゃんが嫁さんっぽいな!」

 

 対面に座る昌おじさん……と呼ばれた中年の男が、愉快そうに笑う。俺の隣でアヤが、口を真一文字に結んで酔っ払いをくっと睨みつけていた。

 まるで威嚇する子猫のようで可愛らしい。

 

 俺とアヤは、なぜかテーブルのど真ん中に並んで座らされていた。

 

 十数人集まったアヤの親戚たちにさっきから質問攻めにされたり、絡まれたりしている。

 

「みんな、元気な人ばかりだね」

 

「うるさくてごめんね。集まるといっつもこうなんだ」

 

 面々を見渡すと、奥さんと思われる人を除くと見事に男だらけだった。子どもはヒロト君以外では小学生の子が一人、中学生くらいの子が一人で、彼らも男の子だ。

 子どもの中では、どうやらハルくんが最年長らしい。

 

 アヤが昔からボーイッシュな感じで、昔から俺の姉貴に憧れを抱いていたのは、こうして男に囲まれてきたからなのだろうな、と思う。

 

「あ、ぼーやんお茶飲むでしょ? 持ってくるね」

 

「うん、ありがとう」

 

「かーっ! アヤちゃんがいい嫁してらぁっ」

 

 アヤはそんな冷やかしを無視して、さっさと台所に引っ込んだ。その後ろ姿が、なんとなく上機嫌なのは錯覚ではないだろう。

 

 アヤを挟んで向こうに座っていたヒロト君が、昌おじさんにぼそっとつぶやく。

 

「そういうの、セクハラって言うらしいよ」

 

「ヒロトおめぇ、言うじゃねぇか……気ぃつけるわ」

 

 アヤの親戚は明るい人たちのようだ。

 

「ねーぼーやん、対戦しよーよ」

 

 小学校高学年くらいの男の子が、俺の肩をトントンと叩いた。見れば手に携帯ゲーム機らしきものを持っている。しかし俺は最近のゲームにはとんと疎い。

 

「ごめん、俺それやったことないんだ。教えてくれる?」

 

「えーめんどい。ハルくんとやってくるわ」

 

 そう言うと男の子は、テーブルを挟んで対角線上に座るハルくんのところへ走って行った。

 

「そいやぁハルキは就職決まったんだっけか?」

 

 昌おじさんが隣に座るハルくんに絡みだす。ハルくんの名前はハルキと言うらしい。

 

「それ前にも聞いたよね。先月内定もらったよ」

 

 ハルくんがうんざりするように答える。

 

「おおそうだった! あのーあれだろ、大企業の……すげーよなぁ、ハルキは昔っから器用だったもんなぁ」

 

「昌おじさんこそ、相手見つかったの?」

 

「俺はあれだよっ、ハルキと違って一途だからよ、お前みたいに女とっかえひっかえはできねえんだ」

 

「それ人聞き悪いな、僕だって付き合ったら一途だよ」

 

 ハルくんは昌おじさんに受け答えしつつ、男の子との対戦に興じていた。本当に器用らしい。男の子が「また負けたー」と叫んでいる。

 

「で、ハルキは今の彼女さんとはどうなんだ、あ?」

 

 そう聞かれたハルくんが、台所のほうに視線を向ける。ちょうどアヤが戻ってきたところだった。

 

「ぼーやんお待たせ、デザートも持ってきたよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 俺が皿を受け取ると、アヤも隣に座る。

 

「――別れたよ、先々月」

 

 ハルくんがアヤを見つめながら答えた。その視線には熱っぽいものが込められている……気がする。

 

 アヤは目をパチクリさせているが、特に何かを感じた様子はない。

 多分、ハルくんの思いに気づいているのは俺だけだ。

 

「どうせ振られたんだろぉ? まあ飲め飲め。顔が良くて高学歴で大企業に内定決まってるハルキでも、振られることがあるんだなぁ」

 

「男と女なんてそんなもんだよ。好き同士でも将来のビジョンがすれ違ったりして、うまく行かないことが往々にしてあるんだ。大人になるとね」

 

「うっせぇからとりあえず飲め」

 

 昌おじさんに肩を組まれたハルくんのグラスに、日本酒が注がれていく。

 

「そいで、ぼーやんはどうなんだ? アヤちゃんと結婚すんのか?」

 

 昌おじさんから急なキラーパスが飛んできた。隣でアヤが「ほぇ!?」と面白い鳴き声を上げる。

 

「はい、結婚します」

 

 俺は当然のように即答した。

 

 「おおおお~」と他の親戚の人たちがざわめく。

 昌おじさんはアヤのお父さんとお母さんを睨み、最後に俺を睨んだ。

 

「本気か? 将来のこととかちゃんと考えてんのか? ガキの恋愛が通じると思ったら大間違いだぞ……大人になるとな」

 

「はい、ちゃんと考えてますし、アヤさんとは不自由ない暮らしを送るつもりです」

 

「……そうか、おおそうかっ!」

 

 昌おじさんは一転して満面の笑みを浮かべると、日本酒の瓶を取ろうとしてから、慌てて近くにあったオレンジジュースのペットボトルをつかんだ。

 

「まあ飲め!」

 

「はい、いただきます」

 

 空のグラスを差し出すと、並々とジュースが注がれていく。

 

「はははっ、いい男つかまえたなぁ、アヤちゃん!」

 

 昌おじさんが楽しそうに笑う。横目でアヤを見ると、顔を真っ赤にしてうつむき、「うん」と頷いたのが分かった。

 

 ふと、対角線上から視線を感じる。ハルくんが、唖然とした様子でアヤを見ていた。

 

 

 しばらくすると、アヤは恥ずかしくなったのか台所に引っ込んだまま帰ってこなくなった。

 

 そして、俺の隣には昌おじさんが座っている。

 

「ぼーやん、ほんとに、ほんとにありがとぉなぁ」

 

「はぁ……」

 

「俺らがこんなんだからよぉ、アヤちゃんあんな可愛いのに昔っから男の子みたいでよ、貰い手がいないんじゃないかって俺、心配してたんだよ」

 

「大丈夫です。俺、アヤのこと男の子っぽいなんて思ったことないんで」

 

 多分、出会った瞬間からずっと。

 俺の中で唯一の女の子だった。

 

「そうか…………ほんとありがとうな」

 

 お猪口を見つめる昌おじさんの目には、涙を浮かんでいた。

 

 いい人たちだな、と思う。

 この人たちにアヤはずっと愛されてきたんだと思うと、俺もなんだか心が熱くなってくる。

 

 この人たちと仲良くなりたい。

 彼らがアヤの親戚だから、そう思うのかもしれないが。

 

 うっかり俺までもらい泣きしそうになっていると、男の子が台所に向かって叫んだ。

 

「アヤ姉ちゃん、花火しよー!」

 

 すると笑顔を浮かべたアヤが顔を出す。

 

「いいよー、やろやろ!」

 

 

***

 

 

 暗闇の中に、ぼうっと虹色の火が灯る。

 その灯りに照らされて、楽しそうなアヤの顔が浮かんだ。

 

「えーアヤ姉ちゃん、いきなりそれいくん!?」

 

「え、ダメだった?」

 

「それ最後にみんなでやったほうが綺麗なんよー」

 

 アヤと男の子、それと中学生の子とヒロト君の四人が、輪になって手持ち花火に興じていた。火薬の煙が立ち昇り、俺が座る縁側まで流れてくる。

 

 男の子が花火を持ちながら腕をぐるぐると回す。

 

「見てアヤ姉ちゃん、火の輪くぐり! くぐって!」

 

「いやムリムリっ」

 

「じゃーアヤ姉ちゃんも花火で何か描いてよ」

 

「えー?」

 

 アヤはうんと手を伸ばして上のほうでくるくると小さい円を描くと、スッと一直線に下ろした。光の残像が丸と線を形作る。

 

「……バス停?」

 

「はずれ。これはね、ぼー……」

 

「ぼ?」

 

「棒人間だよー」

 

 

 そんな微笑ましいやり取りに混ざらず、俺は縁側から眺めていた。

 

「今アヤちゃん、絶対ぼーやんって言おうとしたよねぇ?」

 

 隣に座るハルくんが覗いてくる。

 

「さあ……」

 

 すっかり日本酒で酔っ払ってしまったハルくんに、さっきからずっと絡まれている。おかげで花火に混ざれない。

 

「アヤちゃん、ほんと可愛いんだよなぁ」

 

 さっきから何度も聞いたセリフだ。俺は心の中で何度目かの同意をしながら、続きを待つ。

 

「昔はさぁ、すっごい僕に懐いてさ……本当の妹みたいに思ってたんだ」

 

「そうなんですか」

 

「うん……でもさ、アヤちゃん可愛いからさぁ……あ、アヤちゃんが中学生のときカテキョしたんだけどね」

 

「はぁ」

 

「その頃さ、アヤちゃん彼氏できてたじゃない? ほらなんか、あの軽そうなヤツ」

 

 時田のことか。

 

「あんなヤツにアヤちゃん任せられないな~、なんて思ったわけだよ」

 

 それは俺も同意見だ。

 

「どうせいつか別れるだろって思っててさぁ、そしたら……僕がもらうのもアリかな~なんて、僕だったらしっかり守ってやれるのに~なんて思ったりしててさ……あ、漠然とね?」

 

 さっきの視線といい、この管巻きといい、漠然とって感じはしないのだがツッコむのは止めておこう。

 

「そこへ来てのぼーやん君の登場なわけよ」

 

「はぁ……」

 

「動じないっていうか、落ち着いてるっていうか……君は大人だよねぇ」

 

 ハルくんからそう見えるのだとしたら、それは直感のおかげなのだろう。

 

 絶対にアヤを手に入れられる。二人で幸せになれる。その確信がなかったら、もっと焦って、アタフタしていただろうし。

 

「はぁ~……にしてもほんと、アヤちゃん可愛くなったよねぇ」

 

「そうですね」

 

「うらやましい」

 

「はい?」

 

「……でも、頼んだよぉ」

 

 消え入るような声でつぶやいたかと思うと、ハルくんはそのまま下を向いて眠ってしまった。

 

 この人も、アヤのことを大事に思っているのは変わらない気がする。最後の言葉はアヤの兄として、俺のことを認めてくれたと受け取っていいのだろうか。

 いずれにせよ、この泥酔ぶりだと明日には忘れていそうだ。

 

 ため息をつき、アヤのほうを眺める。

 

 ちょうど花火の締めくくり、噴水花火の威力が弱まってきているところだった。夜空に向かって噴出する火花がどんどん小さくなり、やがて消える。

 

 フッと……あたりに暗闇と静寂が戻った。

 

 俺は立ち上がり、アヤがいるであろう場所へと歩き出す。家の中に向かう三人の男の子たちとすれ違い、すぐに彼女の姿が見えてきた。

 アヤが水の張ったバケツを二個、両手に持とうとしている。

 

「手伝うよ」

 

「あ、うん……ありがと」

 

 暗闇の中で、アヤが微笑んだのが分かった。

 

 

 家の裏手にある流し台に水を捨てつつ、用意したビニール袋に花火を捨てていく。アヤに言われたとおりにバケツの中を軽くすすいで洗う。

 

「バケツはこっちね」

 

 そう言うアヤに付いていくと、さらに奥まったところに物置があった。物置の入り口にある豆電球を付ける。

 仄かな光が、かろうじてアヤの姿を照らした。

 

「ほい、バケツちょうだい」

 

 アヤが物置にバケツを仕舞っている間、俺はあたりの風景を眺めた。夜闇の中にうっすら畑が続いていて、そのずっと奥に近くの山々のシルエットが見える。

 

「五月になるとホタルも飛ぶんだよ」

 

 いつの間にかアヤが隣に立っていた。彼女の肩と俺の二の腕がくっつく、恋人の距離だ。

 

「俺、ホタルって見たことないんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん……俺、田舎っていう田舎がないからさ」

 

「そっか、じゃあまた来ようね……五月に」

 

「そうだね」

 

 気づけばあたり一面、虫の声の大合唱に囲まれていた。趣深さとかはなく、うるさいほどの音量だ。なのに不思議と落ち着く。漂う木々の匂いも虫の声も、懐かしい感じがする。まるでここが自分の田舎になったような感覚だ。

 

 きっと、アヤがいるからなのだろう。

 

「俺、ここ好きだよ」

 

「気に入るの早いね」

 

 アヤがぷっと吹き出した。

 

「みんないい人たちだし、自然も豊かだし、アヤの田舎だし」

 

「そっか」

 

 ――キス、したいな。

 ぼーやんと……ぎゅってしたい。

 

 

 触れ合う肩を通して、アヤの心が流れ込んできた。

 ちょうど俺も同じことを思っていたところだ。

 

「アヤ、キスしていい?」

 

「えっ、あ……でも、近所の人に見られるかも」

 

「大丈夫。暗くて誰にも見えないよ」

 

「あの子たち、来るかも」

 

 親戚の男の子たちのことだろうか。

 

「さっき家の中に入っていったよ」

 

 ここまでアヤがためらうのは、きっと今キスをしたら、それだけでは済まない気がしているからだろう。俺も同感だ。

 

「ていうか俺……もう我慢できない。さっきの、ロータリーで会ったときからずっと我慢してた」

 

 アヤの顎をつかみ、上を向かせる。豆電球の光で艶めく唇に、ゆっくり唇を押し当てる。

 

「ぁっ……んっ、ん……ちゅぅ、んっ……ん……」

 

 お互い唇を突き出すようなキスをして、体を密着させる。久しぶりのアヤの感触と柔らかさに、全身が発火するのを感じた。

 薄く塗られたリップグロスを舌で舐め取る。ぷるんと震えた唇にもう一度吸い付く。

 彼女の甘い匂い、胸元の柔らかいふくらみ、火照った体温を堪能する。

 

「ちょっと、そんな匂い嗅がないでよぉ」

 

「アヤの匂い、落ち着くんだ。すごくいい匂いだ」

 

「……私も、ぼーやんの匂い好き。……あの、さ」

 

「ん?」

 

「会いたかった」

 

「……うん、俺も」

 

「ぼーやんと、花火したかったな」

 

「今度は二人でしようよ」

 

「約束だぞ」

 

「ああ、大仏様に誓うよ」

 

「ふふ……それはいい考えかも」

 

 以外にも、アヤは俺の冗談に乗ってきた。

 

 柔らかい体をぎゅうっと抱きしめる。彼女のパーカーの隙間から甘い匂いが立ち込め、脳を蕩けさせていく。すでに股間は剛直し、彼女の下腹部あたりに押し当てられていた。

 

 今度はアヤの頬を手のひらで包み、顔全体を当てるようにキスをする。

 

「んんっ……はぁっ、んっ……ちゅぁ、んッ……んぁっ……」

 

 ――どうしよう。

 もっと……ほしくなる。

 会えたのに。

 会えるだけで、よかったはずなのに。

 もっと。

 もっと、ぼーやんがほしいよ。

 

 アヤの心の声に、俺の理性がいよいよ飛びかける。

 

 すでに俺の舌がアヤの唇をこじ開け、彼女の熱くなった口内をむさぼっていた。舌と舌が絡まり、息が止まるほどに気持ちがいい。

 

 虫の声はもう聞こえない。粘膜と粘膜が絡み合うちゅくちゅくという水音だけが、互いの脳内で響いていた。

 

「はぁっ、んっ……ぼーやん、……っ、ぁっ、んぅっ……んっ、んんっ……」

 

 アヤのしっとりとした唇が、今にも溶けそうな舌が美味しい。互いの顔を温める吐息がどんどん速く、小刻みなものになっていく。唾液を混ぜ合うじゅる、じゅるという水音が心地いい。

 

 こらえきれず彼女のパーカーをめくり、ごわっとした手触りのブラジャーごと乳房を少し揉む。

 

「んっ、ああぁっ……ッ」

 

 悩ましげな喘ぎ声が、あたりに響いた。

 

「あっ、まって、声でちゃ……ん、あぁんっ」

 

 ――なんで。

 ぼーやんの手、触られるだけで。

 電気が走ったみたいに。

 体、ゾクゾクって……。

 やだ、聞かれちゃったら。

 恥ずかしいよ。

 

「んぁっ、まって……ぼーやん、おねが……なんか、おかしいのっ……」

 

 彼女の声に悲痛なものが混ざり始めたので、俺はパーカーの中から手を引き抜く。

 

 俺も、変だ。

 心臓がバクバクで、呼吸が苦しい。

 快感で自制心が蒸発してしまいそうだ。

 

 これ以上は本当に、我慢ができなくなる。

 

「ごめんアヤ、俺も……なんかやばい」

 

「はぁ、はぁっ……はぁ、うん……ごめん、ね」

 

 しばらく会っていなかったせいなのか。

 心の距離がまた近づいたからなのか。

 それとも神様の直感の仕業なのかは分からない。

 

 とにかくアヤとの触れ合いのすべてが気持ち良すぎて、正気じゃいられなくなる。

 

 俺は息を整えながら、アヤの髪を撫でた。とにかく何か話してクールダウンしないと、また襲ってしまいそうだ。

 

「明日、みんなでプール行くんだっけ?」

 

「……うん、ぼーやんも行くよね?」

 

「行くよ。アヤを泳げるようにするって約束したし」

 

「うん……ありがとね」

 

「俺のいない所で、アヤが水着姿になるなんて嫌だし」

 

 本当は誰にも見せたくはないのだけど。

 

「……ぼーやんはエッチだなぁ」

 

「そうだよ。アヤ限定だけど」

 

「もう、そういうこと言うから……」

 

 ――私も、ほしくなっちゃう。

 ぼーやんのばか。

 

「なに?」

 

「ううん、ぼーやんのばかって思っただけ」

 

「そうなんだ」

 

 だいぶ、鼓動が落ち着いてきた。

 そろそろ戻らないと、家の人たちが心配してしまうだろう。

 

「……ねぇぼーやん」

 

「ん?」

 

「プールでさ……二人きりになれるとき、あったらいいね」

 

「…………そうだね」

 

「うん……」

 

 まいったな。

 明日、水着姿のアヤを見てしまったら衝動を抑えられる自信がない。

 異常なほどアヤに欲情してしまう自分が、ときどき恐ろしくなる。

 

「そろそろ戻ろうか」

 

「うん」

 

「アヤが迷子になったかもって誰か探しに来るかも」

 

 (たか)ぶる獣欲をごまかすために、彼女を軽くからかってみる。

 

「なるわけないじゃん、お祖父ちゃん家で」

 

「でも子どものころ遊園地で迷子になってたよね」

 

 小学六年の夏休み、二人で近くの遊園地に行ったときのことを思い出す。

 

「あれはっ……ぼーやんがハグレたんだよ。だから探しに行ったの」

 

「俺、トイレの前でずっと待ってたんだけど」

 

「少しは動いたでしょ。いなかったもん」

 

「そうだっけ」

 

 昔話をしていると、あの頃の……純粋な幼馴染同士に戻ったような気分になってくる。下半身の熱も落ち着いてきた。

 

「そうだよっ、私が見つけてあげたときさ、ぼーやん『寂しかった~』って顔してたし」

 

 観覧車の前で、ポツンと立っているアヤを見つけたときのことを思い出す。

 キョロキョロとあたりを見渡していた彼女の肩を叩くと、すぐに振り返って。

 

 「もう、一人でどっか行かないでよぉ」

 

 目に涙を浮かべながら、笑ったんだ。

 その安心しきった笑顔に、なぜか胸が苦しくなり、俺まで泣きたくなったのを憶えている。

 

 今ならはっきり分かる。

 あのときにはもう、アヤをたまらなく好きで、どうしようもなく欲情していたんだ。

 

 最初から俺にとってアヤは、純粋な幼馴染なんかじゃなかった。

 

「――さ、家に戻ろうか」

 

「ああうん……もー、ぼーやんと話してるとすぐ時間過ぎちゃうんだよなぁ」

 

「夏だったらいっぱい蚊に刺されてただろうね、主にアヤが」

 

「ぼーやんだって刺されるし」

 

「とりあえず、はい」

 

 俺はアヤに手のひらを差し出す。

 

「え、なに?」

 

「アヤが迷子にならないように、手をつなごうと思って」

 

「だから私じゃないってば」

 

 アヤの手がそっと重なり、同時に握り合う。

 

「ほら、玄関まで連れて行ってあげる」

 

「いやそれ私の役目だし」

 

 俺たちは笑い合うと、玄関まで手をつないで歩いた。

 



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幼馴染の水着に見惚れた(四十二日目 木・昼)

 目覚めると、もう朝の十時を過ぎていた。

 (ふすま)を開け、片付けられた大広間を通り、人の気配のする奥の部屋へと向かう。

 

 襖を開けると、目の前にアヤがいた。

 

「あ、おはよーぼーやん、今起こしに行こうと思ってたんだよ」

 

「ごめん、寝坊した」

 

「ううん、大丈夫だよ。昨日遅くまで大広間の片付け手伝ってもらったし。あ、今朝ごはん持ってくるね。そこ座って待ってて」

 

 六畳間はローテーブルや棚やテレビが置かれていて、普段はこの部屋で食事をしたりくつろいでいるのだと分かる。

 

 座布団に座ると、向かいに座っているハルくんが声を掛けてきた。

 

「ぼーやん君も遅起きだね」

 

「おはようございます」

 

 ハルくんが一足先に朝食を食べている。

 結局あの後、酔い潰れたハルくんは実家に帰れるわけもなく、大広間に敷かれた布団で寝落ちした。

 

「ねぇ、昨日の夜は悪かったね。僕、ずっとぼーやん君に絡んでたってアヤちゃんから聞いたよ。正直何を話したかは覚えてないんだけどさ」

 

 案の定、昨日の縁側での独白は忘れてしまっているらしい。

 まあ、実は従妹のことがずっと気になっていた、なんて現彼氏に知られたくもないだろう。

 

「たいした話はしなかったので、大丈夫ですよ」

 

「そうか……ならよかった」

 

 すると襖が開き、お盆を持ったアヤが入ってくる。

 

「はい、朝ごはんだよー」

 

 今日のアヤはオレンジ色の無地のニットにジーンズという格好だった。スウェットは襟元が広がっていて、下に着ている白いTシャツが露出している。

 いつものように腕まくりをしていて、お盆を持った細腕に血管が浮かんでいた。

 

「ごめん、ありがとう。何か手伝うよ」

 

「いいっていいって、ぼーやんは一応お客さんなんだし」

 

「押しかけだけどね」

 

「ふふ、そだね。はい、召し上がれ~……ってほとんどお母さんが作ったんだけど」

 

「てことは、アヤも作ったの?」

 

「まあ、うん……味噌汁をちょこちょこっとね」

 

「いただきます」

 

 俺は真っ先に味噌汁に口を付ける。

 

「……美味しいよ」

 

「え、そう?」

 

「うん、ダシが効いてて優しい味がする」

 

「そっか……」

 

 照れくさそうに微笑むアヤに見惚れていると、向かいのほうから小さいため息が聞こえた。

 ハルくんがニコニコしながらこちらを眺めている。

 まあまあ気まずいだろうに、ハルくんは茶化すこともなく、ただただ俺たちの新婚さんっぽいやり取りを見守っていてくれた。

 

「あ、ハルくん、そろそろ準備したほうがいいかな?」

 

 アヤが思い出したように声を上げる。

 

「そうだね。平日とはいえプールまで一時間以上掛かるし、道路が混みだしたら厄介だ」

 

「じゃあヒロトにも言ってくる。あ、ぼーやんはゆっくり食べてていいからね」

 

 アヤが早足で部屋を出ていく。階段を上るトントンという音が家中に響いた。二階に行ったらしい。

 

「アヤちゃんを元気づけようとしてプールに誘ったんだけどさ」

 

 目玉焼きを頬張っていると、おもむろにハルくんが話しだした。

 

「多分、ぼーやん君が来なければプールには行かなかったと思うな」

 

「元気づけるって……落ち込んでたんですか?」

 

「アヤちゃんは祖父ちゃん大好きだからね。倒れてからずっと暗かったんだよ。快復してからも口数少なかったんだけど……ぼーやん君が来るってなったら、急に元気になってさ」

 

 ――うらやましい。

 

 なぜか、昨晩縁側でハルくんがつぶやいた言葉を思い出す。

 

 妙な間が流れ始めたので、俺は話題を戻すことにした。

 

「そういえば俺、水着持ってきてないです」

 

「ああ、僕もアヤちゃんもみんなレンタル水着を借りるつもりだよ」

 

「なら良かったです」

 

 不意にアヤの水着姿を想像してしまい、股間がドクドクと脈打つ。

 

 俺はほのかに甘みのある味噌汁をすすり、心を落ち着かせた。

 

 

***

 

 

 俺たちを乗せた車が、高速道路を走る。

 ハルくんの運転する車の助手席にヒロト君が乗り、アヤと俺は後部座席にいた。

 

 車内にはハルくんが用意したのだという流行りの音楽が流れている。時おりアヤが口ずさむのを見ると、彼女用にセレクトしたのだろうなと思う。

 

「ずいぶん遠いんだね」

 

 隣のアヤに話しかけると、彼女が機嫌良さそうに微笑む。

 

「これでも田舎じゃ近いほうだよ」

 

「アヤも初めて行くんだよね?」

 

「うん、なかなか行く機会もなかったし」

 

 すると助手席に座るヒロト君が振り向いた。

 

「いや姉ちゃん機会があっても行かなかったろ。泳げねえし」

 

「今日っ……泳げるようになるよ」

 

 アヤが悔しそうに俺を見る。

 

「大丈夫だよ。丁寧に教えるから」

 

「……お願いします」

 

 不安そうな幼馴染に、俺はもう一度大丈夫だよという顔を作って微笑む。

 

 ふと視線を感じて前を向くと、バックミラー越しにハルくんと目が合った。

 

 もし俺が来なくて、アヤがプールを断らなかったとしたら、ハルくんが彼女を教えるつもりだったのだろうか。

 そんなことをぼーっと考えていると、運転席から明るい声が響いた。

 

「さ、そろそろ着くよ。高速降りたらすぐだから」

 

 

***

 

 

 プールは、想像していたよりも数倍大きなアミューズメント施設だった。

 完全屋内で一年中営業しており、中にはウォータースライダーや流れるプール、海辺を模した人工ビーチなんかもある。

 

 施設に入ると、さすがにオフシーズンの平日だけあってお客さんはまばらだ。人が少ないのはありがたい。

 

 俺たちはひとまずレンタル水着コーナーに向かうことにした。

 

 適当に海パンを選んでいると、女性用水着コーナーに行ったはずのアヤが俺のそばにやってくる。

 

「ぼーやん、あのさ」

 

「どうしたの?」

 

「青と白だったら、どっちがいいと思う?」

 

 これは……間違いなく水着の色を選んでほしいということだろう。

 恥ずかしいだろうに、平然とした顔を作ろうとしているアヤが可愛らしい。

 

「青がアヤには似合うと思う」

 

「青、か……」

 

 なぜか眉間にシワを寄せ、考え込むような素振りを見せる。やがて「ん」と喉を鳴らし、覚悟を決めたように戻っていくアヤに、俺は首を傾げた。

 

 

 その謎は、すぐに解けた。

 

 

「お待たせ……ヘン、じゃないかな……っ」

 

 更衣室から出てきたアヤに、俺も、そしてハルくんも硬直していた。

 

「すごくいいと思うよ」

 

 それ以外の言葉をひねり出せない。

 

 アヤは、上下が分かれたビキニタイプの水着を着ていた。露出している肌面積が多く、おっぱいと下腹部の一部を覆い隠す以外は、白い二つの果実も、綺麗な肩や二の腕も、くびれた腰もおへそも、肉感的でいてスラッとした脚も、余すところなくさらけ出している。

 

 布地は青というより水色で、腰のところに申し訳程度のフリルが付いていた。

 下着はエロいが、水着はそんな雰囲気にはならないと聞いたことがあるが、全然そんなことはない。恥ずかしそうにお腹のあたりで腕をつかんでいるせいで、二の腕に挟まれた豊乳がさらに強調されている。

 

「白のほうはもっと、控えめだったんだけどさ……」

 

 アヤが顔を真っ赤にして言い訳をする。

 

 エロい。

 普段ボーイッシュな格好の多いせいか、ギャップが半端ない。

 とんでもなくエッチなのだが、それが伝わってしまったらアヤはいよいよ更衣室に引っ込んでしまう気がする。

 

「アヤによく似合ってるよ。行こう」

 

 俺がプールへの通路のほうを向くと、ハルくんとヒロト君もプールのほうへ顔を向けていた。俺もハルくんも、そして意外なことにヒロト君も、なんでもないという顔を作って歩き出す。

 

 プールが近づくにつれ、俺の斜め後ろを歩くアヤがどんどん距離を縮めてくる。

 ふよん、と柔らかい感触を二の腕に感じ、すぐに離れる。チラリと横目で見ると、アヤが唇を引き結んでいた。

 

 生まれて初めて露出度の高い水着を着て、すごく恥ずかしいのだろう。でも俺が青だと言ったから、アヤなりに勇気を出して。

 

 ふと、小学校六年生の夏、アヤと市民プールに行ったときを思い出す。

 あのとき彼女はスクール水着姿だったが、それでももう二つの丸みが水着を押し上げるように主張していて。

 年上の中学生だか高校生だかがアヤを見てニヤニヤしていた。俺はそんな男たちの視線が無性に嫌で、急いで浮き輪を膨らませて彼女に被せたんだ。

 

 アヤの体を誰にも見せたくない。

 

 心がすうっと冷たくなっていく。

 プールに出るころには、俺の中から彼女への下心は消えていた。アヤをできるだけ周囲の視線から隠し、片時も側から離れない。そう決めていた。

 

「おお~っ、すっごいねー!」

 

 俺の重い決意とは裏腹に、アヤが明るい声を発した。

 

 見れば、恥ずかしげだったさっきまでの彼女はどこへやら、少年のように目を輝かせてウォータースライダーを見つめていた。

 

「ぼーやん、あれ滑ってみようよ」

 

「楽しそうだね」

 

「だってこんな遊園地みたいなプール初めてだし、興奮するでしょ!」

 

 確かに、まるで遊園地だ。

 人工ビーチは海そのもので、定期的に大波が発生する仕掛けらしい。

 奥のほうにあるウォータースライダーに行くためには、迷路のように張り巡らされた流れるプールに掛かる橋をいくつか越えないとたどり着けない作りだ。

 

「アヤ、こういうの好きだもんね」

 

「ぼーやん今、子どもみたいって思ったでしょ」

 

 ムッとするアヤはまさに拗ねた子どもみたいに見える。そんな様子につい笑ってしまう。

 

「思ってないよ」

 

「うそだー」

 

 眉をハの字にしてジトっと睨んでくるが、内心のウキウキが隠しきれていない。

 

 アヤはひとたび楽しもうと決めると、全身全霊で楽しみだす。

 そんな太陽のような彼女に当てられ、いつしか回りにいる人まで心の底から笑顔になってしまう。

 彼女の数多ある魅力の一つだ。

 

「さ、行くよ」

 

 少年探検隊のリーダーのような顔をしたアヤが、俺の腕をつかんで引っ張る。

 

 次第につかまれた腕に彼女の腕が絡みついてきた。

 心臓がドクンと跳ねてアヤを見ると、その瞳はウォータースライダーだけを見ている。本人としては引っ張りやすいように無意識で腕を組んだのだろう。

 こういう、たまに天然な魔性を発揮してくるから困る。

 

「アヤ、あんまり焦って転ばないようにね」

 

「そのときはぼーやん任せた」

 

 気持ちがはやりすぎて自分の足下すら他人任せなアヤが面白い。

 まあ、俺が隣にいる限り万に一つも転ぶことなんてないのだが。

 

 思わずふっと笑ってしまうが、彼女はそれすら気づかない。

 

 俺は腕から伝わる温かい体温を感じながら。

 太陽のような幼馴染を独占している喜びを噛みしめた。

 







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微笑む幼馴染に欲情した(四十二日目 木・午後)

 俺たちはウォータースライダー乗り場のてっぺんにいた。

 

 高い所から広い屋内プールを見渡すと、人工ビーチにはそこそこ人がいるものの、流れるプールにはほとんど人影がない。

 

「やっぱり今日空いてるね」

 

「そ、だね……」

 

 アヤは俺の言葉に上の空で、ウォータースライダーを流されていく人を凝視していた。体は緊張して強ばっているのに、顔はワクワクして口元がゆるんでいる。

 

 そういえば、アヤはウォータースライダーを滑るのは初めてのはずだ。

 

「二人乗りの浮き輪もあるみたいだけど、あれに乗ろうか」

 

「うん、そだね」

 

 アヤの体から緊張が抜けていくのが分かる。

 

ウォータースライダー乗り場にも並んでいる人は少なく、すぐに俺たちの順番が回ってきた。

 

「ぼ、ぼーやん、落ちないようにね」

 

「アヤもね」

 

 楕円形のボート浮き輪に寝そべった俺の股の間に、アヤが腰を下ろし、背筋をピンと伸ばしている。間近で見ると、彼女の白い背中と水色の水着のコントラストがエロい。綺麗な背骨のラインを思わずなぞりたくなり、我慢する。

 

「――じゃあしっかり掴まっててくださいね~、押しまーす」

 

 係員の掛け声に、アヤがボートの両側のひしっとつかむ。まるで両脇に大きな荷物を抱えているように見えて面白い。

 

「――せーのっ」

 

 その声とともに、俺たちの乗ったボートが水流の中を落ちていった。

 

「あわっ、わわわ……!」

 

 予想以上の急角度で落下した俺たちは、そのまま猛スピードで流れていく。アヤは早々にボートから手を放し、両手でバンザイをして俺に寄っかかってきた。

 

「ひゃ~あぁぁぁ~」

 

 アヤが恐いのか楽しんでいるのかよく分からない声を発する。その間抜けな悲鳴に笑ってしまう。

 

 立て続けに急カーブが出現し、体が右、左へと振られる。

 

「うわっ、うわぁっ」

 

 そのたびにアヤが面白い声を上げる。満面の笑みを浮かべる彼女の顔に、大量の水しぶきが降ってくる。

 

「わぶっ」

 

 開いた口の中に大量の水が入っただろうに、それすら楽しそうだ。

 

 螺旋トンネルの中をぐるぐると回転した俺たちは、最後の急傾斜にさしかかる。

 

「うわ、きた」

 

 アヤがもう一度バンザイをして、ボートが一直線に落下した。体が浮き上がり、ゾワッとした感覚が襲う。

 

「わああぁぁ~っ!」

 

 高いトーンの楽しげな悲鳴が可愛い。

 なんて思っている間に、俺たちはウォータースライダーを滑り降りた。

 最後にザバンと浅いプールに着水し、二人そろってボートから投げ出される。

 

「あばっ」

 

 俺の胸の中で、アヤが水面から顔を出した。

 両手で顔の水をぬぐうと、すぐに笑顔を復活させる。

 

「ね、もっかいやろ!」

 

「そうだね」

 

 彼女の今まで聞いたことのない愉快な声を堪能できるこのアトラクションは、俺も大歓迎だ。

 

 右脇にボートを抱えると、左手をアヤに引っ張られた。彼女はおでこにベタッと貼り付いた前髪を直すこともなく、小走りで階段を駆け上がっていく。

 

 その後ろ姿を見ていると、小学校時代に近所の雑木林を探索したときを思い出す。草むらをかき分けてずんずん進むアヤに引っ張られ、小さい背中に付いていったっけ。

 

 やっぱり、元気なアヤも可愛いなと思う。最近はあまりはっちゃけた姿を見ていなかったから、素直に嬉しい。

 

 不意にアヤが階段で立ち止まり、こちらを振り向いた。段差で身長差が埋まり、ちょうど目の前に豊満なバストがくる。

 

「どうしたの?」

 

 水着に押し込まれて窮屈そうなおっぱいから目を逸らし、見上げる。妖艶に微笑むアヤと目が合い、呼吸が止まる。

 

「ぼーやん、髪の毛ベチャってなってるよ。直したげる」

 

 伸びてきた手に抗えるはずもなく、俺の前髪がかき上げられる。彼女の細い指が頭皮をなぞって気持ちがいい。

 

「ふふ、いいじゃん。かっこいいぞ、リュウジ」

 

 不意打ちで名前を呼ばれて心臓が跳ねる。顔が、体中が赤面してしまう。

 テンションが高くなっているせいか、アヤが無意識に反則技を使ってきて困る。

 

「……アヤも前髪直してあげるよ」

 

「あ、うん……」

 

 動揺する心を隠し、お返しとばかりに彼女のおでこに手を伸ばす。

 濡れた前髪をすくい、ゆっくり持ち上げ、優しく後ろへ撫で付けていく。

 

「……っ」

 

 現れた美少女に言葉を失う。

 そうだった。おでこを広げたアヤはもともとの整った顔立ちが際立って、オールバックにしたことで大人っぽさが増して、とんでもない色気を放つ美人顔に変貌してしまうんだ。

 

 仕返しのつもりが返り討ちに合い、いよいよ俺は彼女に見惚れてしまった。

 

「さ、早くいこ」

 

 再び左腕を引っ張られる。前を向いたアヤの頬がほんのり赤くなっていた。

 

 

 

 

 てっぺんに着くと、アヤが声を上げた。

 

「ヒロトたちも来たんだ」

 

 彼女の見つめる先には、順番待ちをしているハルくんとヒロト君がいた。

 

「アヤちゃんたちはもう滑ったんだね。楽しかった?」

 

 にこやかに笑うハルくんはメガネを外していて、濡れてもいないのにすでにオールバックだった。もともと目鼻立ちがくっきりしているので、まるでモデルのような顔立ちだ。

 おそらく今このプールで一番のイケメンはハルくんだろう。

 

 アヤの家系はおでこを出すと魅力が引き立つんだなと妙に感心していると、彼女が無邪気に笑った。

 

「めっちゃ楽しかったよ! 二人のボート押してあげるね」

 

「え、いや僕らはボートじゃなくても」

 

「姉ちゃん、はしゃぎすぎだろ……」

 

 

 「うおおぉぉ」と野太い声を発しながら落ちていくボートを見送り、俺たちも水流の中を滑り落ちる。

 

 アヤはウォータースライダーにすっかり夢中になったようで、その後三回ほど滑っては上り、滑っては上りを繰り返した。

 

 

 六回目に着水したとき、アヤが浅いプールでしゃがんだまま動かなくなった。

 

「大丈夫? 疲れた?」

 

「あ、ぼーやん……っ」

 

 気まずそうに俺を見上げたまま、胸元を手で隠している。

 

「ちょ、ちょっと水着ずれちゃって」

 

 どうやら着水の衝撃で水着が少し脱げてしまったらしい。

 俺は水中の光景を見たい衝動を抑えながら、遠くに視線を逸らす。

 

「ここに立ってるから」

 

 そう言って、水着を直すアヤを周囲の視線から隠す。

 

「ありがと……サイズ、ちょっと合わないみたいで」

 

 さっき階段で間近に見た光景が脳裏に浮かぶ。多分だが、水着のほうが小さいのだろうなと思った。

 

「一回休憩しようか。小腹も減ったし」

 

「うん、あ、ホットドッグ屋さん行かない?」

 

 水着の中に胸を収納したのだろうアヤが、立ち上がって遠くの屋台を指さす。

 

 俺は、立ち上がった拍子にぼよんと揺れたおっぱいから目を逸らし、ホットドック屋に意識を集中させた。

 

 

***

 

 

 一人更衣室に戻り、財布を取り出す。

 

「……ふぅ」

 

 心を落ち着かせるために大きなため息をつく。

 

「まいったな」

 

 会えない日々があったからか、昨日あの物置でお預けを食らった状態になったからか、それともアヤのビキニ姿が新鮮で刺激的すぎるからか、どうもアヤをそういう目で見てしまう自分がいる。

 

 もちろんアヤに対して欲情するのは当たり前なのだが、所構わずというのは避けたい。楽しくデートしている最中、常にイヤらしい妄想を掻き立てている彼氏がいたら彼女も迷惑だろう。

 

 俺は両頬をパチンと叩くと、プールに戻った。

 

 通路を進むと、プール独特の生暖かい風が流れてくる。通路を出てアヤが待っているはずのホットドッグ屋へと視線を移す。

 

 アヤが、見知らぬ男二人に挟まれていた。

 

 体がカッと熱くなり、足が勝手に走り出す。

 

 そんな中、頭は冷静に男たちを分析していた。

 髪の毛を黄色と赤色の蛍光色に染めた、チャラそうな二人組。黄色髪はサングラスを掛けた筋肉質の男で、赤色髪はスマホを取り付けた棒を持った小太りの男だ。

 配信者、というやつだろうか。ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、アヤに何やら話し掛けている。

 

 まったく、たった三分離れただけでこれだ。

 

 一方のアヤはといえば、案の定ぎこちない愛想笑いを浮かべて困っていた。

 どこか人懐っこい雰囲気を放ち、人に嫌われるのが苦手で誰にでも笑顔を見せてしまう彼女の悪い癖だ。

 

「――俺ら登録者二十万人なんだけど、観たことない?」

「オフシーズンのプールにも美女はいるのかって企画でさ」

「むっちゃカワイイね、一人?」

「水着すっげー似合ってるじゃん」

「どこから来たの?」

 

 近づくにつれて男たちの大声が聞こえてくる。ほとんどタチの悪いナンパと変わらない。よく見れば男たちは無遠慮にアヤの全身を舐め回すように見ていた。

 思わず拳に力がこもる。

 

「いや、あの、人と来てて……」

 

 アヤが手首を揉むフリをして、さり気なく胸元を両腕で隠した。

 

 ――なんか、こわい。

この人たちの目、気持ち悪い。

 ……ぼーやん。

 

 

 アヤの心の声が、生暖かい空気を通して伝わってくる。

 

 あと数歩で彼女のもとへ届くという瞬間、アヤの後ろに背の高い男が立った。ハルくんだ。

 

「君たち彼女に何の用?」

 

 ハルくんが男たちに笑いかける。

 

「あれ、お邪魔でした?」

「え、なに彼氏さん?」

 

 薄ら笑いを浮かべた男たちの問いに、ハルくんが一瞬口を引き結び、意を決したように開く。

 

「そうだよ、この子の彼――」

 

 その言葉を、俺はアヤと男たちの間に滑り込むことで遮った。

 

「俺の彼女になにか用ですか?」

 

 思った以上に低い声が出る。

 

「うぉ、そっち?」

「え、アンタが彼氏さん?」

 

 見上げてきた黄色頭のサングラスの奥の一重を見つめる。温和な表情を浮かべようとして、うまくいかない。多分、今俺は眉間にシワを寄せて男を睨みつけている。

 

「これ、録ってる?」

 

 アヤを向いていたスマホを指さそうとして、気づけばつかんでしまっていた。

 

「い、いやまだ録ってはないっすよ」

「企画説明してたとこで……」

 

 いつの間にか、ヘラついていたはずの男たちの表情が強ばっている。

 

 ――問題ない。

 

 神様の直感が、録画ボタンは押されていないと囁く。

 俺はふぅっとため息をついた。

 

「すいませんが、デート中なのでよそを当たってください」

 

 軽く会釈をするつもりが、赤色髪の男に顔を近づけていた。

 

 黄色髪が何かを言いかけるが、俺としては用件が済んだので、振り向いてアヤの手を握る。

 

「行こうか」

 

 彼女に微笑みかけるつもりが、顔が強ばったままだ。

 

 驚いて目を見開く彼女の手を引っ張り、俺はホットドッグ屋とは反対方向へ歩き出す。

握ったアヤの手のひらには汗がしっとりと滲んでいた。

 

 

 

 

「――ぼーやんっ、あのさ」

 

 俺の後ろを付いてきていたアヤが、焦ったような声を出す。

 

「ん?」

 

「怒って、るの……?」

 

 怯えたように震える声に、ハッとする。思わず振り向いてアヤの頬に手を添えた。

 

「怒ってないよ」

 

「……うそ」

 

「ほんとだよ」

 

「あの……ごめんね」

 

 アヤが泣きそうな顔で謝ってきた。

 いったい彼女が何を謝るというのだろうか。アヤは何も悪くない。別にあのナンパ配信者たちだって、彼女に害を加えたわけでもない。

 直感だって、特に警告を発さなかった。

 

 だからこの怒りは、俺自身への怒りだ。

 彼女を一人にしてしまった俺への。

 他の男にアヤがイヤらしい目で見られたことに対して、嫉妬と独占欲を爆発させた自分への呆れだ。

 

「ううん、アヤはなにも悪くないよ。強いて言えば、悪いのは俺かな」

 

「え?」

 

「ほら、ここで浮き輪借りようか」

 

「浮き輪?」

 

 そこは浮き輪をレンタルできる屋台だった。大小色とりどり並ぶ浮き輪の中から、大人二人がすっぽり入りそうな黄色い浮き輪を手に取る。

 

 店員にお金を払うと、そのままアヤに頭からすっぽり被せた。

 

「わっ……」

 

 斜めに被せた浮き輪が、アヤの胸元もお腹も下腹部も、体のほとんどを覆い隠す。

 

「これで誰にもアヤの体を見られなくて済む」

 

「え、あ、ありがと?」

 

「ううん、俺が誰にも見せたくないだけ」

 

 彼女の耳元で、独占欲むき出しの言葉を吐く。

 

 もう絶対に彼女の側を離れない。

 アヤが嫌がっても、鬱陶しがっても、絶対に。

 そんな身勝手な思いも言外に伝える。

 

「うん、ありがと……」

 

 それなのにアヤは、嬉しそうに微笑んだ。

 

 ドクンと心臓が脈打つ。

 浮き輪がなかったら思わず抱きしめていただろう。

 

「――ホットドッグ食べたら、泳ぎの練習しようか」

 

「うん!」

 

 アヤの笑顔が濃くなる。その目端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 直感に頼らなくても分かる。

 アヤのあふれるような幸せな気持ちが、その笑顔から伝わってくる。

 

 

 まいったな。

 

 楽しいデート中なのに、もうこの情欲を抑えられる気がしない。

 

 

 俺たちは屋台でホットドッグを頬張ると、軽く食休みをしてから、アヤの泳ぎの練習のためにほとんど人影のない流れるプールへと向かった。

 



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幼馴染を浮き輪の中で何度もイかせた(四十二日目 木・午後)

 流れるプールで、俺とアヤは向かい合って手をつないでいた。

 彼女の胸が半分隠れるほどの浅い場所だ。それなのに顔を強ばらせ、水の中にいるだけで緊張している。

 

「こわい?」

 

「ううん……平気だし」

 

 ちっとも平気そうじゃない様子に苦笑する。

 

「じゃあまずは、ゆっくりついてきて」

 

「……はい」

 

 小さな両手をつかみながら、後ろに下がる。

 アヤは引っ張られながらも、バタ足で水を蹴ってついてきた。

 

 しばらくして立ち止まると、アヤが胸元に飛び込んできて両肩につかまる。

 彼女の体をふんわり受け止めつつ、とりあえず褒めた。

 

「速いね」

 

 鼻先がくっつく距離で、アヤが得意げに口角を上げる。

 

「これでもバタ足は得意分野なんだ」

 

 おでこを出したアヤの不敵な笑みが、妙に色っぽくてドキリとする。

 

 バタ足は泳ぎの基礎であって分野ではないと思うが、ツッコむのはやめておく。

 

 次の練習に進もうと思ったところで、施設内にアナウンスが響いた。

 

『――まもなくビーチエリアでビッグウェーブタイムです。南国の海さながらの大波をお楽しみください。なお、小さいお子さまをお連れの場合は――』

 

 もともと人影の少ない流れるプールから、そのほとんどが人工ビーチへと移動していく。人のいないほうが練習にも……アヤを堪能するのにも好都合だ。

 

「ぼーやん大波だって! 私たちも行く?」

 

「アヤがもう少し泳げるようになったらね」

 

「浮き輪があれば大丈夫だよ」

 

「昔、浮き輪からすっぽり抜けて沈みそうになったの忘れた?」

 

「うっ……そうだね」

 

「じゃあ、そろそろ一人で泳いでみようか」

 

「う、うん……あんま離れないでね」

 

「離れないよ」

 

 俺は十メートルほど後ろに下がり、手を広げる。

 

 アヤは意を決したように手を前に突き出すと、そのまま水面にダイブしてバタ足を始めた。顔を水につけてクロールのストロークを始める。

 

 だがすぐに両手をジタバタとさせ、その場で沈みそうになった。急いで駆け寄り、アヤの体を支えて浮かせる。

 

「うぇっ、えほっ……けほっ」

 

「もうちょっとだったね」

 

「うん、ごべっ……ん」

 

 どうやら鼻と口で水を吸い込んでしまったらしい。相変わらずのカナヅチだ。

 

 何回か時田や女友達とプールに行ったことはあるらしいが、泳ぎの練習に付き合ってもらったという話は聞いたことがない。

 

 アヤの性格的に、面倒に思われるのが恐くて言い出せなかったのだろう。おかげで彼女は水泳の授業のときも、ほとんどビート板でバタ足の練習をするだけだと聞く。

 

 もし俺が小学校時代から練習に付き合っていれば、今頃は上手に泳げるようになっていたのだろうか。

 

 それは分からないが、少なくとも今の俺は彼女の願いを叶えることができる。

 

「アヤ、ちょっとした魔法かけるね」

 

「魔法?」

 

「そう。すぐに泳げるようになるよ」

 

 アヤの泳ぎを間近で見て、泳げない原因はすぐに分かった。顔を水に付けた瞬間、まるで怯えた猫のように体を丸めてしまうのだ。そのせいで重心が崩れて沈んでしまう。

 

 そしてその原因は、子どものころのトラウマにある。

 

 さっきアヤが溺れかけたとき、グチャグチャになった感情が流れこんできた。無意識の中に眠っている恐怖の断片だ。

 

 ――こわい。

 暗い。苦しい。

 何も見えない。誰もいない。

 一人はこわい。

 手が、届かない。

 

 それは暗い水中をどこまでも沈んでいくイメージだった。足下が虚空に吸い込まれ、上下左右が分からなくなる感覚。

 

 おそらく昔、お祖父ちゃんとの川遊びで溺れたときの記憶なのだろう。アヤ自身ですらほとんど覚えていない、原初のトラウマだ。

 

 アヤが妙に自分に自信がなかったり、孤独や孤立を異常に恐がったりするのも、元を辿ればこのトラウマのせいなのかもしれない。

 

 立っている場所がガラガラと崩れ、底のない暗闇へ落ちてしまうような不安。それがアヤの心の奥底に刻み込まれているんだ。

 

 だから今ここで、そのトラウマを全部塗り替えようと思う。

 

 ――ゆっくり浮かせ。

 

 直感が、最適な指示を送ってくる。

 

「アヤ、あっち向いて」

 

「え、うん……」

 

 彼女に後ろを向いてもらい、両肩をそっと引いて俺に寄りかからせる。ゆっくり後ろに下がっていけば、アヤの胸が水面から浮上し、両足が浮かぶ。

 

「そのまま仰向けに浮かんでみて。俺が抱いてるから、安心して体を伸ばしていいよ」

 

「うん」

 

 アヤは素直に体から力を抜き、仰向けのまま水に浮かんだ。

 

「ほら、こうしていれば沈まない」

 

「うん、ほんとだ……」

 

 彼女が完全にリラックスするのをゆっくり待つ。

 

 

 やがて、アヤは小さなため息を漏らした。

 

「どう? 今はちっとも恐くないでしょ」

 

「うん、なんか……ちゃんと浮かんだの初めてかも。……クラゲになった気分」

 

 胸板に当たる彼女の後頭部から、心の声が伝わってくる。

 

 ――きもちいいな。

 不思議。

 ちっともこわくない。

 きっと。

 ぼーやんの、魔法のおかげ。

 

 アヤの心がどんどん落ち着いていく。彼女が感じているふわふわとした浮遊感が俺の中にも伝わってくる。

 

 ああ、確かにこれは気持ちいい。

 

 さっきまで人工ビーチのほうから響いていた大波の音とお客さんの歓声が、今はもう聞こえない。

 

 二人だけの世界で、クラゲになって漂っているみたいだ。

 

 

 ――――。

 ――――。

 

 直感がいくつかのセリフをつぶやいていた。

 次に俺が掛けるべき言葉たちなのだろう。

 

 だが俺は直感の囁きをあえて無視した。

 何を言うべきかは、もう分かっている。

 

 

「アヤは、もう大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

 アヤはもう沈まない。

 何も見失わない。

 伸ばした手は俺が必ず取る。

 不安なんてどこにも存在しない。

 

 それを伝えるのに、たくさんの言葉はもういらない。

 

「きっともう、泳げるよ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ、やってみる」

 

 アヤがゆっくりと上体を起こし、水底に立つ。俺はそのまま後ろに下がり、十五メートルほど距離を取った。

 

「いくねぼーやん」

 

「うん、おいで」

 

 アヤがすーっと水面に滑り込むと、軽くバタ足をしながらクロールのフォームで手を回す。

 

 今まで一番静かな泳ぎで、アヤは俺の胸の中に飛び込んできた。

 

「ぷぁっ、泳げたっ……!」

 

 まるで初めて二本足で立った赤ちゃんみたいに、アヤは驚きと喜びの混じった表情を浮かべている。

 

「おめでとう」

 

「うん、ありがとうっ……」

 

 アヤはいよいよ本格的に抱きついてきた。細腕を俺の首に回し、柔らかい胸を、体をぎゅうっと押し付けてくる。

 

 「ぐす」と鼻をすする音が聞こえた。強く抱きつくことでごまかそうとしているようだが、アヤが肩を震わせて泣いていた。

 

 俺はそんな震えごと包み込むように、彼女の体を抱きしめ返した。

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 密着した肌と肌が熱を発し、プールの中にいるのに体が火照ってくる。

 

 遠くでザブンという大波の音と、波に飲まれる人々のはしゃぐ声が聞こえた。

 

「ねぇ、ぼーやん」

 

 泣き止んだのだろうアヤが、今度は甘えるように耳元で囁いてきた。

 

「ん?」

 

「二人きり、なれたね」

 

 甘ったるい声が鼓膜を痺れさせる。脳みそを蕩かすような色っぽい声色だ。心臓の早鐘を打ち、海パンの中で股間が硬くなっていく。

 

「そうだね」

 

 平静を装って返事をすると、アヤの顔が俺の真正面に移動してくる。

 妖艶に細められたまぶたの奥に、潤んで熱っぽい瞳が見えた。誘惑するような美人顔が、微笑みながら近づいてくる。

 

「……んっ、ちゅ……ぅ、ん……んっ……」

 

 アヤがしめった唇を押し付けてきた。ちろ、ちろと愛おしそうに俺の唇を舐め、再び唇を重ねてくる。

 ぬめった感触の舌が唇をこじ開けようとしてきたので、素直に口を開く。小さくて温かい舌が入り込んできて、口内で俺の舌腹を舐めた。ゾクゾクとした快感が背筋に走る。

 屋外で、人のいるところでアヤのほうからキスをしてきたのは、あの屋上以来だ。その事実に、全身が燃え上がるように血が沸き立つ。

 

 しかし彼女の舌は絡まることなく、ゆっくりと俺の口内から抜かれていく。癒着していた唇が離れ、温かい吐息が外気に薄まる。

 鼻先の位置に戻った美人顔はイタズラが成功した少女のように、はにかんでいた。

 

「ぼーやん、大好き」

 

 まるで生まれて初めて告白をしたみたいに、アヤは頬を染めていた。恥ずかしそうに目を潤ませながら、それでも俺を一直線に見つめてくる。

 

 奥底のトラウマが消え去ったせいか、周りに人がいないからか、それとも彼女も俺と同じように昨日から焦らされた状態だったからかは分からない。

 

 分からないが、心から素直になったアヤの破壊力がやばい。

 

 下半身でくすぶっていた欲望がグツグツと沸き立つ。

 とうに抑えの効かなくなっていた理性が、完全に消失した。

 

 ゆっくりとアヤに手を伸ばす。

 

 そのとき、遠くから人の近づいてくる気配がした。

 どうやら大波イベントが終わり、流れるプールに人が戻ってきたようだ。

 

「……わ、私、もっかい泳いでみるね」

 

 人が来て照れ臭くなったのか、アヤが俺から離れていく。ザブザブと二十メートルほど進み、振り返る。

 

「いくね!」

 

 元気よく声を上げると、またすーっと泳ぎ始めた。今度は少し激しいストロークで、けっこうなスピードを出している。持ち前の運動神経で、もうコツをつかんだらしい。

 

 十メートルほど近づいたところで、ふとアヤの動きが止まった。

 

「……ぼーやん、あのっ」

 

 水面から首から上だけを出し、眉間にシワを寄せている。

 

「どうしたの?」

 

「あの、水着がね……」

 

「ああ、ちょっと待ってて」

 

 激しく泳いだ拍子に、またも水着がズレてしまったらしい。

 

 俺はプールサイドに置いておいた大きな浮き輪をつかむと、アヤに駆け寄って上から被せた。これで、ちょうど彼女の胸元は周囲から見えないはずだ。

 

「あ、ありがと」

 

「またズレたの?」

 

「うん……あの、紐が」

 

「紐?」

 

「紐、ほどけちゃったみたい……」

 

 見れば、彼女のビキニの首の後ろと背中の後ろの紐のうち、首のほうがほどけていた。だらんと前のほうにめくれた水着を、アヤが両腕で押さえている。

 

「ごめんぼーやん、結んでくれる?」

 

「いいよ」

 

 俺は一度水中に潜ると、下から浮き輪の穴を目指して浮上した。

 恥ずかしそうに両腕をクロスさせている彼女の肩に、そっと手を乗せる。

 

「うぅ……お願いね」

 

「でも、後でいい?」

 

「へ?」

 

 俺はアヤの肩のラインをゆっくり撫でてから、背中の紐をスルリと引っ張った。

 

「ちょ、えっ……ぼーやん、なにしてっ……」

 

「挑発するアヤが悪い」

 

 耳元で意地悪く囁くと、彼女が「ひぅ」と小さい悲鳴を上げた。

 

 水色の紐がハラリとほどけ、白くて細い背中があらわになる。

 

「やっ、まって、まってぼーやんっ……ここ、プールだからっ……」

 

「うん、だからじっとしてて。動いたらバレちゃうから」

 

 恥ずかしさに体をすくめるアヤの背中に、ちゅうとキスをする。

 

「あぅっ……」

 

 さらに丸まった彼女の右肩あたりに、もう一度吸い付く。ビクンと体を震わせる様子が愛おしい。

 強く吸って反応をもっと堪能したいが、さすがに跡が付くのはマズいだろう。

 

「ぼーやん、ぁっ、やめっ……人に、見られちゃう」

 

「浮き輪に隠れて見えないよ。声も、もう少し抑えて」

 

 アヤの背中に体をピタリとくっつける。海パンを押し上げている剛直が彼女の腰に当たり、それだけでギチギチと硬さを増す。

 

「あっ、ん……ッ」

 

 周りからはカップルがイチャついているように見えるだろうか。流れるプールにはまばらに人がいるものの、不思議と視線は感じない。

 

 公園でアヤを抱いたときを思い出す。

 これも神様の直感の仕業、なのだろうか。アヤのビキニの紐がほどけたのも、神秘的なイタズラにしか思えない。

 

 ならここで彼女を犯すのは、二人の未来にとってプラスになるということだ。

 ただ。

 

「アヤ、本当に嫌だったら言って……やめるから」

 

 低い声で耳元に囁きかけると、「んぅっ」と彼女が身を縮こまらせた。耳に意識が向いた隙に、アヤの胸元に腕を回し、少しゆるんだ両腕の内側に手のひらを忍び込ませる。

 むにゅう、と両手で覆いきれない巨乳を鷲掴んだ。

 

「や、んんッ……」

 

 ――恥ずかしい。

 ばか。

 ぼーやんのばか。

 そんなふうに聞くの、ずるい。

 

 火照った体を通してアヤの心が流れ込んでくる。それは恥ずかしさと焦れったさの混じった情動だった。

 

「も、ばかぁっ……」

 

「静かに。周りに気づかれるから」

 

 たしなめるようにアヤの柔らかい乳房を揉む。

 

「んっ……やぁッ」

 

 すでにめくれかけていた水着をどかしながら、生のおっぱいを揉み込む。水の中なのに柔肉に埋まった指が温かい。

 手のひらと五指で捏ねるように揉み回し、彼女の弾力と体温を味わいながら、柔乳の中心でコリと硬くなっている乳首を指先で弾く。

 

「はぁッ、ぁぁんっ……」

 

 アヤは必死に声を抑えながらも、切なげな嬌声を漏らす。

 

「んぁっ……ふっ、ぅ……んん……ッ」

 

 好き勝手に乳房を弄ぶ俺の手を、アヤは振りほどこうとはしない。代わりに両手で自分の口を押さえ、エッチな声が漏れるのを防いだ。

 

 胸元がガラ空きになったおかげで愛撫がしやすくなる。

 下乳を両手に乗せてたぷたぷと揺らせば、水中の浮力のせいかいつもの重量感がなく、水風船のように軽い。

 下から強めに揺らしてみると、おっぱいが水面に跳ねてパシャパシャと音を鳴らした。

 

「やぁっ、もう……ぁっ、んうぅっ」

 

 今度は指先で乳首をいじる。なめらかだがポツポツとした触り心地の乳輪を指腹で撫で回し、時おり先端の突起をピンと弾く。

 そのたびに小さな背中がビクッと震え、可愛い悲鳴が聞こえた。

 

「ぼーやんっ、あっ……そこばっか、だめぇっ……」

 

 執拗な乳首への愛撫に、アヤが悩ましげな声で抗議する。

 

「じゃあ、こっちは?」

 

 左手をフルに使って乳首をいじめながら、右手を下腹部へと滑らせていく。

 

「ぁっ、まってっ……」

 

 アヤが小さい声でつぶやいたのと、右手が下の水着の中に入り込むのは同時だった。

 むちっとした内股をかき分け、中指を恥肉の割れ目に食い込ませながら降下させる。潜り込んだ秘所の中は、ぬるぬるとした愛液にまみれていた。

 

「あっ、んううぅぅっ……!」

 

 指先で膣内をかき混ぜると、アヤは押さえた口元からくぐもった喘ぎ声を漏らした。

 

 アヤの蜜壺に中指の第二関節まで浸していく。熱い粘膜と愛液で冷え切った指が温められて気持ちがいい。

 

「やめっ、ぁっ……やめ、うぅッ……あっ、はぁッ、ん……んんんっ」

 

 乳首と膣を執拗に責めていると、次第にアヤの嬌声が甘いものに変わっていく。彼女の腕からは力が抜け、もはや手のひらを申し訳程度に口元へあてがうだけで精一杯だった。

 

「アヤの感じてる声、可愛い」

 

 耳元を吐息で溶かすように囁く。

 

「あんっ……あッ、やだっ……聞こえちゃう、よぉっ……」

 

「水着も、すごく色っぽくてエッチだよ」

 

「そんなことっ……あぁんッ、あっ、んっ……」

 

 ――言わないで。

 恥ずかしい。

 恥ずかしい、のに。

 ぼーやんの指、さっきから。

 気持ちいいとこばっかり。

 背中、ぼーやんの体かたくて。

 熱いのが、ずっと腰に当たってて。

 触れるとこ、全部気持ちよくて。

 頭、おかしくなりそう。

 

 小刻みに震える背中を通して、アヤの性感が流れ込んできた。

 

「ぐっ……」

 

 全身がガタガタと震え、痺れるような快感。

 それを今彼女に与えてるのが自分の愛撫だということが、たまらなく嬉しい。

 

「アヤ、イっていいよ」

 

 膣から指を抜き、ビキニのパンツの紐を引っ張る。激しく泳いだせいか、はたまた神様の直感の仕業なのか、固く結んでいるはずの紐は簡単にほどけた。

 

「えっ、うそっ……」

 

 片側の紐が外れてしまい、パンツの布地が大胆にめくれる。ついに下半身もプールの中にさらしてしまったアヤが、泣きそうな声を漏らす。

 

 あらわになった秘所に再び右手をあてがうと、彼女の手が力なく重なってきた。乳首をコロコロと転がしている左手にも、小さな手が添えられる。

 

 少しでも襲いくる快感を緩めようという無意識の動作なのだろう。絶頂が近い証拠だ。

 

 アヤのキツくて熱い膣内へ、中指を挿入する。

 

「はあぁッ、あんっ……うぅ、ぁっ……あ、だめ、だめぇっ……」

 

 くの字に曲げた指の先端で、少しザラついた膣壁――彼女のナカで一番感じやすい場所をトントンと刺激する。

 

「あ、くぅっ……あッ、あっ……!」

 

 甲高い嬌声を上げ、アヤの腰が引く。

 

 俺は少し中腰になり、今にも海パンを突き破りそうな肉棒を彼女の尻肉の間に埋め込んだ。柔らかくも張りのある桃尻が肉竿を圧迫して気持ちがいい。

 

 肉棒をぐりぐりと押し込み、膣内の性感帯を刺激し、乳首をピンピンと弾いていると、アヤの体がビクンと震えた。

 

「んっくっ、ふ、うぅっ……んんんんんっ――――ッッ」

 

 彼女の体がぐぐっと強ばり、痙攣し、腰が抜けて力を失っていく。アヤが強烈な絶頂に襲われた証拠だ。

 

「はぁっ、はぁ……ぁッ、ん……はぁっ、はぁッ……」

 

 アヤは浮き輪にしなだれかかるようにして、絶頂に震えていた。

 

「イってるアヤ、すごく可愛い。もっと見せて」

 

「え……ぁっ……」

 

 俺は絶頂で蕩けきった膣内で再び指を動かし、性感帯を小刻みに刺激する。

 

「はぁッ、あっあんっ……や、あぁっ、イってる、よぉっ……あっ、んうううぅぅぅっ――――ッッ」

 

 乳首をきゅっと摘むと、アヤはまた激しく絶頂した。

 

 逃れられない浮き輪の中。

 狭い空間で、俺は全裸のアヤをほぐすように隅々まで撫で回し、何度もイかせた。

 

 

 

 

 気づけば、アヤは浮き輪にしがみついて肩を上下させていた。

 

 人目も気にせずアヤを夢中でイかせ続けた気がする。何回絶頂したのかは、途中から覚えていない。

 

 そのとき、アナウンスが響いた。

 

『――まもなくビーチエリアでビッグウェーブタイムです。南国の海さながらの大波をお楽しみください。なお――』

 

 さっき大波タイムが終わったと思ったのだが。

 一時間に一回のイベントのはずだから、俺はアヤをそのくらいの時間、イかせ続けたことになる。

 

「アヤ、大丈夫? ごめん、夢中になりすぎた」

 

 すると彼女は浮き輪にしがみついたまま、ゆっくりこちらをふりむいた。

 

「はぁ……はぁッ……ぼーやんの、ばか」

 

 まだ絶頂の余韻が続いているのか、アヤは体を小刻みに震わせ、苦しそうに甘い吐息を漏らしている。

 その瞳は涙をたたえ、頬は真っ赤に染まっていた。

 かき上げていたはずの髪の毛は前に下がり、おでこや頬に張り付いている。

 

 ゴクリと、生唾を飲み込む。

 

 全身から色気を放つアヤに、体中がゾクゾクと奮い立つ。

 股間は今にも破裂しそうなほど勃起している。

 

「……なみ」

 

 アヤが何かをつぶやく。

 

「え?」

 

「大波いこ……ぼーやん」

 

 それは懇願するような声色だった。

 

「水着の紐、むすんで」

 

 体ごと振り向いたアヤが、俺の胸に飛び込んできた。力の抜けきった腕が胸板に添えられる。まるで興奮した雄犬をなだめているような感じだ。

 

「大波いこ、ね?」

 

「ごめん、無理かも」

 

 腕の中に閉じ込めるように、裸のアヤを抱きしめる。

 

「んっ……ッ」

 

「アヤを抱かないと収まらないと思う」

 

 ――塗り潰せ。

 

「だ、だめだよ……ここじゃ……」

 

「大丈夫、こっちに来て」

 

 俺はアヤを拘束しながら、水底をトンと蹴った。

 二人の体がふわりと浮かび、浮き輪ごと後ろに進んでいく。

 

「ま、まってっ……どこ、いくの?」

 

「人のいないところ」

 

 ――塗り潰せ。

 ――塗り潰せ。

 

 さっきから直感の声が脳内に反響している。ここまで強い要請は久々だ。

 

 分かってる。

 トラウマを快感で塗り潰せってことだろう?

 直感に言われなくても、そうするつもりだ。

 

 

 俺たちは浮き輪とともに、迷路のようなプールの奥へと流れていった。

 




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幼馴染をトンネルの中で塗り潰した(四十二日目 木・夕方)

 アヤをぎゅうっと抱きながら、水底を蹴ったり歩いたりしながら流れるプールを進む。

 彼女の体をぴたりと密着させ、どこにも逃げないように常に浮かせ続ける。

 

「あそこ、人来なそうだよ」

 

 目線で示した先には、トンネルがあった。入り組んだ迷路のようになっている流れるプールには、ウォータースライダーに向かうためのアーチ状の橋が掛かっている。このトンネルもその一つだ。

 

 トンネル自体はそんなに長くないものの途中でカーブになっていて、そこなら入口からも出口からも死角になりそうだった。

 

「ぼーやん、ほんとに……?」

 

 胸元のアヤが涙目で見上げてくる。声も震えて今にも泣きそうだ。

 ぴたりと触れ合う肌から、彼女の波打つ鼓動と揺れる心情が伝わってくる。

 

 ――だめ、だよ。

 こんな、プールでなんて。

 だめだよって言わなきゃ。

 なのに言葉、出ない。

 ぼーやん、つらそう。

 そんなに、ほしいのかな。

 私だって。

 でも。

 あのトンネルに入ったら。

 私、たくさんえっちなことされる。

 また、いっぱい気持ちいいこと。

 こまる……。

 なのに、もうちょっとこうやって。

 ぼーやんと浮かんでたい。

 

 

 俺は直感に導かれるように、その橋の下に入った。

 

 トンネルの中は外より少し薄暗いくらいで、死角であるカーブのところに来てもアヤの恥ずかしそうな表情がはっきり見えた。

 

 俺は全裸の彼女を抱きしめながら、二人を囲んでいた浮き輪を持ち上げる。

 

「えっ……」

 

 戸惑うアヤを無視し、浮き輪をプールサイドに置く。さらに紐の外れたビキニのブラジャーをアヤの胸元から引き抜くと、浮き輪の上に置いた。

 

「これも取るね」

 

 彼女の下半身に手を伸ばし、片方の紐が外れて太ももに引っかかっていたビキニのパンツに触れる。

 

「ま、まって……人、来ちゃうよっ……」

 

「大丈夫。今は誰も来ないから」

 

 もう片方の紐も外し、ペロンと開いたパンツを引き抜きブラジャーの横に置く。

 

 全裸にされ、囲っていた浮き輪も取られたアヤが、ぎゅうっと肌を密着させてくる。俺の胸板との間で乳房が押し潰され、心地いい柔らかさが広がる。

 

「アヤの体、全部見せて」

 

 彼女を抱きしめながら両手を背中から腰へと移動させる。張りのある柔尻をつかむと、ぐっと体ごと持ち上げた。

 

「えっ……ひゃぁっ」

 

 アヤの下半身を水面から上げ、俺のみぞおちと彼女の股ぐらが密着する位置で抱っこをし直す。鼻先にアヤの下乳がふよんと当たり、むしゃぶりつきたくなる。抱えやすいように彼女を軽く跳ねさせると、目の前で白い乳房がたぷんと揺れた。

 

「ぼ、ぼーやんっ、高いよ……恥ずかしいっ」

 

「アヤの綺麗な体、よく見える。……舐めていい?」

 

 彼女の拒否が聞こえなかったので、おっぱいの谷間へ顔を埋め込む。

 

「あっ、んぅ……ッ」

 

 両頬が柔らかい乳房に挟まれる。ふわふわとした柔肉の圧迫が温かい。顔で乳肉をかき分け谷間の奥に鼻をくっつけ、独特のプールの匂いと甘いアヤの香りを堪能する。

 

「アヤ、すごくいい匂いするよ」

 

「んぅッ……そ、そんなとこで、しゃべらないでよぉっ……」

 

 彼女の匂いを堪能した俺は、横を向いておっぱいの内側に吸い付いた。れろ、れろと舌先で柔肉をえぐりながら、徐々にその先端を目指していく。

 

「んっ、ぁっ……んんッ……」

 

 上から降ってくるアヤの悩ましげな吐息を後頭部に感じながら、れろぉっと舐め進めていった舌先がコリとした突起に行き着く。すくい上げるように一舐めすると、彼女の体がビクンと震えた。

 

「あんんっ……」

 

「俺が舐めるところ見てて。おっぱい舐められてるアヤの顔、見てたいんだ」

 

 顔を上げ、涙ぐんだ彼女と目を合わせる。俺が懇願したからか、アヤは泣きそうになりながらも、必死にこちらを見下ろしていた。

 

 たわわに盛り上がった乳房越しに、恥ずかしそうなアヤの顔が見える。最高の眺めに股間がいきり立ってくる。もっともっとこの顔が見たい。

 

 舌をめいっぱい伸ばし、乳房の先端へゆっくり近づけていく。乳首ごと柔肉を舌に乗せると、れろぉんと思いきり舐め上げた。

 

「んう、ぅっ……」

 

 アヤが眉間にシワを寄せたまま、吐息混じりの震え声を発する。

 彼女の羞恥に染まる瞳を見つめながら、二度、三度と舌で乳首をすくい取る。

 

「はぁっ、あっ……やぁ、ん……」

 

 薄桃色の乳輪の外側に舌先を押し込み、乳房を震わせるように舐め上げる。れろ、れろと続けざまに舐め、乳輪と乳首を上下に揺らす。

 

「ぼーやん、これっ……」

 

 ――恥ずかしい。

 ぼーやんの舌、何度も。

 乳首、ばっかり。

 あ、また……。

 舐められるとジンジンして。

 あつい。

 

 

 俺の舌の上で跳ねる乳首から、アヤの性感が伝わってくる。

 全身がカッと熱くなり、昂ぶる本能のままに美味しそうな蕾に乳輪ごとしゃぶりついた。

 

「ぁあっ、はあぁっ……んん゛ッ」

 

 彼女の全身がビクビクと痙攣し、抱えているお尻と腰がぐっと強ばったのが分かった。散々焦らし、散々イかせたせいで感度がとんでもないことになっているのだろう。

 

「アヤの乳首、ほんのりプールの味がするね」

 

 口内でコリコリとした弾力の乳首を転がしながら、彼女を見上げる。たまに強く吸い上げると片目を閉じて性感に耐える様子がたまらない。

 

「ぁっ、そんなに吸っちゃ……あっ、あぁん――ッ」

 

 俺の両肩に置かれていた彼女の手に力がこめられる。肩をすくめブルブルと震えながらも、俺の顔を乳房から離そうと肩を押してくる。すると乳首への吸引が強まってしまい、その性感でアヤはまた震え、細腕から力が抜けていく。

 

「乳首でイってるアヤも可愛いよ」

 

「やぁっ……も、んうぅっ……んんっ――」

 

 舌腹で乳輪をゆっくり舐め回しながら焦らし、最後に乳首を吸い上げるとアヤは面白いように絶頂する。

 

 俺に高いところで抱きかかえられ、乳房に吸い付かれて逃げ場のない状態で、彼女はただ執拗に責めに耐えるしかなかった。

 

 アヤの柔らかい乳房にたっぷり唾液を塗りつけてから、俺はやっと口を離す。気がつけば彼女は前かがみになり、俺の頭頂部に顔を埋めて震えていた。

 

「アヤのおっぱい、柔らかくてすごく美味しかった」

 

 彼女の羞恥を煽るように言う。

 顔を上げると、彼女の吐息が頬を温めた。俺のお願いに律儀に応え、一生懸命に見開かれている瞳は度重なる絶頂でトロンとしている。そんな愛おしい彼女を覗き込みながら、首を伸ばしてキスをする。

 

「んっ……ん……っ、……ぁ、はぁ……」

 

 アヤの唇も舌も、熱を帯びて今にも溶けてしまいそうだ。吐息もさっきより熱い。

 

「アヤの体、もっと全部見せて」

 

 彼女を抱っこしたまま少し持ち上げてプールサイドに座らせた。プールサイドは結構な高さがあるので、俺の目線の位置にアヤの綺麗なヘソがくる。

 

「ぁ、みないで……」

 

 目に涙を浮かべて懇願してくるが、その体は弛緩(しかん)しきっており、両手で胸や下腹部を隠す力もないようだ。

 

「ここもちゃんと見せて……アヤの大事なところ」

 

 俺は水面に()かっている彼女の両膝をつかんで持ち上げた。後ろにコロンと倒れそうになったアヤが、慌てて片手で自分を支える。

 

 M字に開脚した体勢になり、彼女の濡れそぼる膣がぱっくりと開く。鮮やかなピンク色のびらびらと、ヒクヒクと収縮する魅惑的な入り口、剥けてピンと張り詰めたクリトリスが目の前であらわになる。

 

「んんっ……ぼーやん、やだぁっ……」

 

 いやらしい格好になったアヤに、思わず生唾を飲み込む。

 伏し目がちに頬を染める表情が、今まで見たことないほど色っぽい。後ろに倒れそうな姿勢なのに、胸元の豊乳はあんなに柔らかいのに左右に垂れることなく形を保っている。

可愛い乳首はピンと上向き、荒い吐息で上下していた。そのわずかな動きに目が釘付けになる。

 開いている下半身の淫穴はトロトロした蜜液があふれ、光の反射で(きら)めいて見えた。

 

 俺は花密に誘われる虫のように、蜜壺へと顔を近づけていく。

 

「だめ……っ」

 

 俺の魂胆を察知したアヤが、片手を伸ばしておでこを押してきた。前髪をくしゃりとつかまれ、撫でられているようで気持ちがいい。

 非力な抵抗に止まることなく、俺は舌先を彼女のぬかるみに(ひた)した。

 

「やあぁんっ……ッ」

 

 (なま)めかしい悲鳴がトンネル内に響いた。

 

 舌先で柔らかい膣ビラをめくり、下から上へとえぐっていく。舌で愛液をすくいながら舐め上げると、彼女が再び喘いだ。

 前髪をくしゃくしゃと撫でる彼女の手のひらから、性感による震えが伝わってくる。

 

「ぼーやん、そこっ……んあぁっ、あんッ……そんな、舐めちゃっ……」

 

 ――体中しびれて。

 たえられない。

 ぼーやんの舌、動いてる。

 気持ちいいとこ、いっぱい。

 アソコがきゅんきゅんして。

 おなかの奥、ムズムズする。

 あ、そこは……。

 そこ、だめっ。

 

 

「やあぁっ、ぁっ、ああぁッ……ん゛っくうぅぅっ――――ッッ」

 

 クリトリスを唇で挟んで吸うと、アヤはくぐもった声を上げて絶頂した。

 

 ぢゅぢゅっと音を立てながら愛液を吸引する。大量に分泌しているからか、彼女の膣はプールの味がしない。いつもの甘いアヤの味だ。

 

「もっと(とろ)けて、アヤ」

 

「はぁッ……ぁっ、ま、まってっ」

 

 弾力のある肉粒を唇で挟んだまま、軽く吸う。口内で真空状態を作り、吸引がずっと続いているような刺激を与える。こうするとアヤがもっと感じる気がした。

 

「ああぁぁっ――――んぁっ、く……ぅ、んッ、んうううぅぅぅっ――――ッッ」

 

 彼女の腰がビクン、ビクンと大きく跳ねる。全身が痙攣し、絶頂に襲われているようだ。俺は鼻で呼吸をしながら、クリトリスの吸引を続ける。

 

「ん゛んッ……ぁ、っ――、んぅっ……ふっ、あっ――――ッ」

 

 アヤは喘ぐこともできなくなり、喉からくぐもった音を出してイき続けた。膣口から愛液があふれ出し俺の顎を濡らす。しばらくクリトリスを吸い続けていると、俺の前髪を必死につかんでいた細腕から力が抜けた。

 

 ちゅぱっと音を立てて唇を離す。

 見上げればアヤは頬を涙で濡らし、半開きになった口から不規則な吐息を漏らしていた。

 

「……ぼー、やん……」

 

「アヤ」

 

「おねがい、もう……つらいよっ……」

 

 二人を包む生暖かい空気を通して、アヤの欲求が流れ込んでくる。

 

 ――おねがい、きて。

 もう……焦らさないで。

 おねがい。

 ぼーやんの、ほしい。

 おねがい。

 私のなか、満たして。

 

 

 心臓が、全身がドクンと脈打つ。

 

 はやる気持ちのままに、水中で海パンを脱ぐ。股間と肉棒が水にさらされるが、ドクドクと血流がみなぎっているせいでちっとも冷たくない。

 

 俺はアヤに手を伸ばし、すべすべで柔らかい二の腕を引っ張った。

 

 ふわりと上体を起こした彼女がこちらに倒れ込んでくる。

 アヤを再び抱きかかえて俺の肩にしがみつかせると、さっきよりも火照った柔肌が密着して気持ちがいい。

 

 彼女の腰を少し下ろすと、ガチガチに勃起した肉棒の先がヌチュとした膣口の感触をとらえた。

 

「挿れるよ」

 

「ぅ……っ……」

 

 アヤは亀頭の刺激に耐えきれないのか声を発することができず、なんとか小さく頷いた。

 

 ゆっくり彼女の腰を下げていく。

 水中ですっかり冷え切ったペニスが、ヌプヌプと温かい粘膜に飲み込まれていく。膣肉の圧迫が熱くて、発火しそうなほどに気持ちいい。

 

「やばい……アヤの中、すごくキツい」

 

「あっ、くぅッ……ん゛んんっ、は、あぁっ……ぼーやんの、かたいよぉっ……」

 

 耳元で鳴かれ、ゾワゾワと全身が震える。

 膣内がヌクヌクとうねり肉竿を絡みついてくる。亀頭が膣肉をかき分けながら進み、やがて奥に達する。

 

「ぐっ……アヤの奥まで、入ったよ」

 

「はぁっ、ん……くっ、ぁっ……う、うん、きて……る」

 

 肉棒がビクビクと痺れて何も考えられなくなる。

 あまりの刺激に動けないでいると、膣内が肉竿にぴったりとくっつき、癒着していく。俺の肉棒の形にアヤの膣中(なか)が馴染んだらしい。敏感な性感帯を全方位から愛撫されているような快感に、口からため息が漏れる。

 

 じっとしていても射精しそうだ。

 

「アヤ、動くね」

 

 彼女がコクコクと小刻みに頷いた。

 

柔らかい体をぎゅうっと抱きしめて密着を強める。駅弁体位のまま固定すると、腰だけを突き上げた。

 

「はあぁっ、ああぁぁんっ――――ッッ」

 

 ズチュと膣奥を突いた衝撃で、アヤが天井を向いて喘ぐ。扇情的な悲鳴が鼓膜に響き、脳を痺れさせる。雄の本能がほとばしり、腰が勝手に動いた。

 

「やあぁっ、あんっあっ、ああッ……んあっ、ん゛うぅぅぅっ――――ッ」

 

 ズチュ、ズチュと何度か股間を押し込んだだけで、アヤが絶頂した。

 その瞬間、肉棒の根元がきゅうっと締まり膣奥に亀頭を吸い上げられる。あまりの快感に尻穴がすぼまり、太ももが閉じそうになる。

 凄まじい性感と水の抵抗で激しいピストンが難しい。腰砕けになりそうな下半身を踏ん張らせ、さらに股間をぐりぐりと押し込む。

 

「はうぅっ、うッ……あぁっ、ああぁんっ……ぼーやん、ぼーやんっ……」

 

 求めるように俺を呼ぶ声が射精を煽ってくる。押し込むたびに肉棒が絞られ、そのたびにまぶたの裏が快感で明滅する。これ以上腰を動かすと絶頂で脳がショートしそうな予感がする。なのに気持ちよすぎて腰の動きが止まらない。

 

「はぁっ、はぁっ、アヤ、出る……もう出る……!」

 

「うん、きてっ……はあぁっ、ん゛んッ……きて、ぼーやんっ」

 

 獣のような激しい呼吸になる。心臓がバクバクと跳ねて苦しい。腹筋に力が入りすぎてつらい。肉棒が熱くぬめった粘膜にしごかれているようだ。腰の律動で周囲の水面がバシャバシャと波打つ。水中なのに腰も股間も燃えるように熱い。

 尻穴がきゅっと締まり、股間の奥からマグマのような濁流が押し寄せる。それを吸い上げるように膣中(なか)がニュルニュルとうねった。

 

「ぐぁっ、うっぐぅぅぅ……!」

 

 ビュルルルルルッ――と精液が噴出した。アヤの膣奥に精子を注ぎ込む恍惚感に襲われる。腰がガクガクと震え子種汁を押し出しているのか、膣中(なか)に吸引されているのか分からない。

 

「んっ……うぅっ、ぼーやんの、出て……る、いっぱい、びくびくって……」

 

「ぐっ、ぅ……止まんない、アヤの中、気持ちよすぎて」

 

「はぁッ、い、いいよ……ぜんぶ、出してっ……」

 

 その切ない声に股間がたぎる。

 精を吐き出し続ける肉棒をさらに押し込み、コリとした膣奥へ精汁を発射する。するとアヤの膣内がぐにぐにと肉竿に絡みつき、上へ上へとしごいてきた。

 

「うっ……ぐ」

 

 あまりの絶頂感と射精感に、腰が砕けて水の中にへたり込みそうになる。アヤが、自分から膣を締めてきているみたいだ。

 

 ビュー、ビューと射精している感じが止まらない。股間全体が気持ちよすぎて、尻奥が熱い。

 

 俺は気絶しそうなほどの絶頂を浴びながらも、太ももに力を入れて倒れ込むのを我慢する。

 

 ――ぼーやんの、あつい。

 あつくて、きもちよくて。

 体の中、ぼーやんでいっぱいで。

 すきが、とまんないよ。

 

 繋がった体から彼女の思いが流れ込んでくる。

 

 俺はアヤのすべてを埋め尽くした悦びに震えた。

 





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幼馴染にシャワー室で狂わされた(四十二日目 木・夕方)

 きゅんきゅんと肉棒を吸い上げる腟内の刺激が、徐々に弱まってくる。

 

 いつの間にか首に回されていたアヤの細腕は、まだビク、ビクと震えていた。耳元で吐息混じりの喘ぎ声を発している。

 

 その甘ったるい声を聞いていると、またも射精欲が湧いてくる。

 

 でも、そろそろ潮時だ。

 ビーチエリアでの大波タイムはとっくに終わったらしく、この奥まったトンネルにもやがて人が来てしまうだろう。

 

「……アヤ、平気?」

 

「んっ……ごめっ、ぁ……まだ、イってる、の……」

 

「じゃあもう少し、こうしてようか」

 

 抱っこしたまま彼女の頭を触れる。ショートカットに添って優しく撫でると、それだけでアヤは性感に震えた。

 

 しばらく髪の毛を撫でて落ち着くのを待つ。胸板に密着する乳房ごしに、彼女の鼓動がゆっくりになっていくのを感じる。

 

「もう、大丈夫……だと思う」

 

「立ってられそう?」

 

「うん……立てるよ」

 

 アヤをゆっくり水中に下ろす。さっきからずっと俺が抱えていたから、多分一時間以上ぶりに彼女は水底に足をつけた。

 

 やはり度重なる絶頂やセックスのせいか、アヤは流れるプールの水圧に耐えきれず俺にしなだれかかった。

 

「また抱っこしようか?」

 

「ごめん、足ガクガクしちゃって……でも平気」

 

 アヤは強気につぶやくと、ゆっくり俺から離れた。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

「水着の紐、結んでくれる?」

 

 

***

 

 

『――まもなくビーチエリアで、本日最後のビッグウェーブタイムです。南国の海さながらの大波をお楽しみください。なお――』

 

 流れるプールを歩いているとアナウンスが響いた。施設の時計を見ると午後四時を指している。

 

「待ち合わせ、五時だっけ?」

 

「うん、更衣室の前に集合だよ」

 

 アヤは浮き輪にしがみついてぷかぷか浮かんでおり、俺が浮き輪を引っ張っていた。

 彼女はしっかりとビキニを着て、髪の毛もオールバックに戻っている。

 

「最後に大波、行ってみようか」

 

「あ、行きたい……じゃあぼーやん船、面舵いっぱいで」

 

 アヤがニコリと微笑んだ。

 

「ぼーやんせん?」

 

「ふふ、そうぼーやん船、私が船長」

 

 アヤは片手で浮き輪にしがみつきながら、もう片方の手で敬礼のポーズをした。いたずらっぽい笑顔が面白い。

 

「いつでもアヤの乗り物になるよ」

 

「えっ、う、うん……」

 

 乗ると聞いてさっきの抱っこエッチを思い出したのか、恥ずかしそうに唇を引き結ぶアヤが可愛い。

 

 浮き輪を止め、彼女の頬に手を添える。

 

「んっ……」

 

 それだけでアヤは目を細め、ピクンと震えてしまう。泳ぎの練習をする前の、あの緊張した様子は微塵もない。

 

 このプールで、俺はアヤを塗り潰した。

 深いトラウマを快感で上書きした。

 アヤにとってプールは……水の中は、もう溺れた場所なんかじゃない。

俺に抱かれた場所として、心と体に刻まれたはずだ。

 

 これからプールに来るたびに、アヤは俺の執拗な愛撫を、俺とのセックスを思い出すだろう。彼女の中にまた自分を刻み込めたことに、雄の本能がゾクゾクしてくる。

 

「アヤ、おいで」

 

「え、あっ……」

 

 柔らかい体を抱き寄せる。

 

 すると冷たい肌の感触に少し驚いた。

 何時間も流れるプールにいた上に、激しい運動で体温が急上昇したせいで余計に冷えてしまったのだろう。

 シャワーで体を温めないと風邪を引いてしまうかもしれない。

 

「アヤ、大波行く前に――」

 

「ぼーやんシャワー浴びよ。体冷たい」

 

 先に、アヤが同じ言葉を告げた。俺の胸板に手のひらをペタペタくっつけ、心配そうな顔で見つめてくる。

 

「そうだね。でもアヤもシャワー浴びなよ、すごく冷えてる」

 

 俺もアヤの露出した肩に触れる。彼女は今初めて気づいたというように目を見開き、やがてコクリと頷いた。

 

「うん、私も浴びるから……ね」

 

 まるでお風呂を嫌がる子どもを諭すような口調だ。自分が浴びないと俺も浴びないとでも思っているのだろうか。

その様子が面白くて少し吹き出しそうになったが、アヤの顔はいたって真剣だ。本気で心配してくれているのだろう。

 

 

 流れるプールから久々に地面に上がる。ビーチエリアのほうからは大波に飲まれた人の歓声や悲鳴が響いている。

 

 俺たちがいる屋台付近には誰もいない。喉が渇いたので、屋台の近くにある自動販売機でミネラルウォーターを買った。

 

 一本目をアヤに渡す。

 

「喉渇いたよね」

 

「あ、うん、サンキュ~!」

 

 アヤは両手でペットボトルを受け取ると、キャップを開けてぐびぐびと飲み始めた。半分よりちょっと少ない程度を一気飲みすると、残りをこちらに差し出してくる。

 

「ほい、ぼーやん」

 

「……おう」

 

 俺も口を付けて、一気に飲み干した。カラカラの喉が潤い、全身が水分を欲していたのだと実感する。

 

 ナチュラルな間接キスに、なぜかドキドキしてしまったのは秘密だ。

 

「ぼーやんどうしたの?」

 

「なにが?」

 

「なんかぼーっとしてる」

 

「いつもだよ」

 

 こういうとき妙に勘が鋭いから困る。

 まったく、散々唇を重ねて、なんなら唾液だって何度も交換しているというのに、気を抜くとついアヤの天然の魔性にやられそうになる。

 

 でも、翻弄されてはダメだ。

 彼女の心を繋ぎ止めておくためには、俺が常に翻弄しなければならない。そう直感も言っている。

 

 俺はポーカーフェイスに徹しながら、シャワー室のある建物のほうへ歩き出した。

 

 

 シャワー室は、更衣室とかのある建物の中側と、プール側の両方から入れるようになっていた。もちろん男女に分かれている。

 

「じゃあ、後で」

 

「うん、ぼーやん長湯しないようにね」

 

 そう言ってニコッと笑うアヤが、なぜか寂しそうに見えた。

 俺はゆっくりため息をつく。

 

「なんでそんな顔するかな」

 

「え……?」

 

 キョトンとする彼女を、俺は男性用シャワー室に引っ張り込んだ。

 

 

「ちょ、ちょっとぼーやんっ」

 

 全部で五つくらいに仕切られたシャワー室には、他に利用している人はいない。ほとんどがビーチエリアに行ったから、俺がアヤを連れ込むところは見られていないし、当分人は来ないだろう。

 

 俺はアヤの細腕を引っ張り、真ん中のシャワーブースに入った。

 

「ぼーやん、ねぇってば」

 

「……もしアヤのほうが先にシャワーから上がって、そんな可愛い格好で待ってたら、また誰かに絡まれるかもしれないだろ? それ、耐えられないんだ」

 

 シャワーの取っ手をひねりお湯を出す。勢いよく出た温水が背中に当たって気持ちがいい。アヤを抱きしめると、お湯が俺の体をつたって彼女にも流れていく。

 

「んっ……だからってっ……」

 

「それに、ごめん……一回抱いただけじゃ我慢できそうにないんだ」

 

「でも……んっ、んむっ……ッ」

 

 何かを言い募ろうとしたアヤの口を唇で強引に塞ぐ。小さな後頭部をつかみ彼女の口内へ舌を押し込む。柔らかくぬめった舌に絡みつき、ぬろぬろと舐め回す。

 さっき間接キスでドキドキさせられた仕返しをするように、濃厚なキスをした。

 

「んっ、んんッ……ぷぁっ、ぅ……ぼーやん、だめっ……人が」

 

「大丈夫。人が来ても声を出さなければ気づかれない」

 

 そう、直感も言っている。だから大丈夫だ。

 

 アヤの背中を壁に押し付け、股の間に太ももを押し込んで逃げられないようにする。ビキニのブラジャーをつかんで上にめくり上げれば、たぷんっと白い艶乳が勢いよくまろび出た。

 

 すかさず右手で乳房を鷲掴みにして、お湯でしっとりと濡れた柔肉の感触を味わう。

 

「やぁんっ、も……だめ、だよぉっ……あっ、んぅぅッ」

 

 流れるプールでの愛撫とセックスで完全に(とろ)けきってしまったアヤの体は、乳房を揉まれただけで性感に震えた。

 彼女の警戒と不安をほぐすように柔乳を優しく揉み、尖り立っている乳首をつまんで捏ねる。

 

「あっあんっ、んんッ……もう、ぼーや……んむッ、ん、んっんぁっ……」

 

 抗議の声をディープキスで遮る。くちゅくちゅと唾液をかき混ぜ、火照った舌を俺の口内に引っ張りこんで舐め回す。

 

 ぢゅぢゅぢゅ―――と音を立てて唾液ごと吸引してから、彼女の舌をぱっと解放する。離れていく互いの舌に銀のアーチが掛かる。キスで(とろ)けきったアヤの顔がエロくてたまらない。

 

「ぷぁっ……はぁっ、はぁ……ぼーやん、そんなキス、だめっ……」

 

 五本の指を埋めている乳房から、彼女の心情が流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやんのキス、激しい。

 頭の中、かき混ぜられてるみたい。

 すごく強引なのに。

 手も、舌も、ぜんぶ優しくて。

 だから私、おかしくなっちゃうんだ。

 

 

 アヤは抗えない性感に襲われていた。

 

 それでいい。

 ずっと俺だけに狂ってしまえばいい。

 

「アヤ、壁のほうを向いて」

 

 肩をつかむと、彼女は求めるような……それでいて悔しそうな目で俺を見つめ、自分から背中を向けた。

 これから何をされるのか分かっているのだろう。アヤは頬を朱くしながらうつむいた。

 

「下、脱がすね」

 

 彼女の腰に手を伸ばし、ビキニのパンツを一気にずり下ろす。水色の布地の下から、白くて張りのある桃尻があらわれる。

 思いきりむしゃぶりつきたいが、いきり立った股間がもう限界だ。

 

 俺も海パンを膝下あたりまで下ろすと、ガチガチに硬くなったペニスを彼女の尻に押し当てた。

 

「んんっ……ぼーやんの、かたいよっ……つらい、の?」

 

「うん、アヤが可愛すぎて、もう破裂しそう」

 

「えっ、平気……?」

 

 本気で心配してくるアヤが愛おしい。

 

「アヤのここに挿れたら、おさまるから」

 

「はぁっ、ぁッ、あんっ……」

 

 彼女の内股に肉棒を差し入れ、ゆっくり尻割れをなぞり上げていく。濡れそぼる膣を通過させると亀頭が愛液にまみれる。

 

「んぅっ……あっ、それっ……」

 

 何度か膣口をニチャ、ニチャと肉棒でえぐるようにこすると、アヤはどんどん前のめりになり、壁に両手をついて腰を突き出す格好になった。

 

「ぁっ、あぁんっ……ぼーやん、ぁあッ……んんっ」

 

 差し出された鮮やかなピンク色の性器に、肉棒を何度もこすりつける。とろみの増した膣口にピチャピチャと先端を(ひた)すと、アヤが無意識にお尻を震わせた。まるで早く挿れてとせがんでいるようだ。

 

「アヤ、挿れるよ」

 

 ヒクヒクと収縮する膣口に肉棒をあてがい、腰を押し出す。ジュププ……と肉竿がアヤの膣内に埋まっていき、すぐにパンと股間とお尻が当たる音がした。

 

「ひぅっ、んううぅぅっ……ッ」

 

 膣奥を突かれた性感で、アヤが背中を弓なりに反らせた。

 きゅうっと膣口が根元を締めつけてきて、射精を促してくる。

 

「アヤの中、さっきよりキツいよ」

 

 ぐぐっと肉棒を押し込みながら、彼女の耳元で囁く。

 

「んんっ……わ、わかんない、よぉっ……」

 

 言いながらもきゅんきゅんと締め上げてくる膣内が気持ちいい。両手で柔らかい尻肉をつかんで固定すると、再び耳元で囁いた。

 

「もう、動くね」

 

「んんっ――――はあぁんっ……!」

 

 バチュンと腰を打ち据えた。重力で下を向いた乳房がぶるんと跳ね、アヤが顎を上向かせて喘いだ。

 

 腰を引き、突き出す。

 バチュン、バチュンッと股間がアヤの尻肉を震わせ、そのたびに肉棒を咥え込んだ膣中(なか)がぎゅうっと締まる。

 

 こみ上げてくる射精感に全身がカッと熱くなる。

 腰が勝手にピストンを開始し、パン、パンと小気味いい音を立て始める。

 

「あっ、あぁっ、ん……はぁッ、あぁんっ……あっ、あっあっ、んッ、あぁっ……」

 

 パンパンパンと抽送のペースが上がっていく。アヤの嬌声のトーンも甲高いものになり艶めかしさが増す。

 

 壁に手を当てて震える細腕、吐息混じりの喘ぎ声、快感に歪む表情がたまらない。

 めくれた水色のビキニ、俺に突かれるたびに前後に揺れる乳房、汗が滲んでしっとりとした白い背中がとてつもなくエロい。

 ピストンのたびに肉棒を離すまいと絡みついてくる膣内が気持ちよすぎる。

 

「ぐっ、アヤ……も、出るっ……!」

 

 俺の口から漏れる獣のような吐息、アヤのお尻を打ち据える音がシャワー室に充満する。

 

「あっ、ぁっ、あんっ……あっ、イ、イくっ……ぁ、イくっ、ん゛んッ……んくっ、あっ……んぁっ、あっあっあっあっ……!」

 

 パァン――ッと股間を打ち付けた瞬間、精巣から大量の精液が這い上ってきた。

 

「ぐあっ、んぐうぅぅぅ……!」

 

 ドビュルルルッとものすごい勢いで精が放たれていく。

 膣奥のさらに奥まで精子を発射しアヤの子宮に注ぎ込む。ビュルルッ、ビュルル――と連続で子種汁を押し出し、膣内を白濁液で満たす。

 全身がブルブルと震えるほどの絶頂に、頭が真っ白になる。こらえなければ獣のような雄叫びを発してしまいそうだ。

 

 ビュク、ビュクと肉棒が跳ねるたびに、射精の快感が襲ってくる。

 腟内が連動するように絞り上げてきて、勃起が一向に収まらない。

 

「はぁッ……ぁっ、ぼーやん、……っ、あっ――、はぁっ……んっ、――ッ」

 

 アヤは全身を痙攣させながら絶頂に悶えていた。細腕からは力が抜け、手のひらの摩擦だけで壁にしがみついている。ずるりと滑って前のめりに倒れてしまいそうで危ない。

 

 俺は彼女のお腹に手を回すと、上体を支えた。

 

「はぁっ……はぁっ……ぼーやん、ぁっ……まだ出てる、の……?」

 

「気持ちよすぎて、分かんない」

 

「わたし、も……きもちくてっ、あっ……んうぅっ――ッ」

 

 膣口がきゅうっと締まり、アヤはなおも絶頂した。

 

 おかしい。

 大量に射精したはずなのに、やはり勃起が収まらない。

 アヤの膣中(なか)でまだギチギチと剛直している。

 射精している感覚も止まらない。

 

 抱くたびに快感が増していく。アヤとのセックスが気持ちよくなっていく。タガが外れて抑えが効かなくなってしまう。これも神様の直感の副作用だろうか。

 

 いや、それだけじゃないな。

 とうとうアヤに、俺の心と体が狂わされてしまったのだろう。

 

「……まいったな」

 

 前のめりになって白い背中にキスをした。片手で彼女のお腹を支え、もう片方の手でこぼれ落ちそうな乳果実をたぷたぷと可愛がる。

 

「あっ……はぁッ、ん……」

 

 後背位でねっとりと結合したまま、俺はアヤを(とろ)かすように愛撫し続けた。



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幼馴染が安心する選択をした(四十二日目 木・夜)

 誰もいないシャワー室。

 アヤの膣奥に射精して絶頂して果てて、それなのに気持ちよさが終わらなくて、夢中で彼女をむさぼっていた。

 

 少しだけ勃起の収まってきた肉棒を挿入したまま、彼女の乳首をやんわり転がし、背中を背すじにそってゆっくり舐める。

 

「……ぼーやんっ、ぁっ……ぁんっ、ん……はあッ、ぁぁっ……」

 

 アヤの嬌声も控えめなものになり、シャワーの音にかき消されていく。

 

 ――犯し続けろ。

 

 ふいに直感が囁いた。

 

 次の瞬間、キーンと耳鳴りがして脳内にイメージが浮かんでくる。

 直感が見せてくれる、数分後の未来の記憶だ。

 

 ――シャワー室に、男が二人入ってくる。

 さっきアヤにナンパした黄色髪と赤髪の配信者だ。

 二人は俺たちの左隣とその左隣のシャワーブースに入る。

 

 それに気づいたアヤが、助けを求めるように振り返った。

 「ぼーやん、人きた……どうしようっ……」

 俺は優しく微笑み、彼女の耳元で囁く。

 「大丈夫。声を抑えていれば気づかれないよ」

 「んっ、でも……っ」

 「安心して。こうして静かに彼らが去るのを待っていよう」

 そう言いながらも、俺は再び硬くなってきた剛直をぐっとアヤの膣中(なか)で跳ねさせた。

 「やっ、んんッ……」

 アヤがとっさに片手で口を押さえる。

 「だめっ、ぼーやんうごいちゃ……んぁっ、ん゛んっ――ッ」

 俺は再び膣内に肉棒を出し入れする。

 膣奥を突くのではなく、カリ首の下側で彼女の腹の裏、一番敏感なところをこする動きだ。

 「あっ、だめぇっ……んんんっ、やっ、そこ、当たってっ……」

 声を抑えながら必死に懇願してくるアヤに、俺の嗜虐心がふつふつと燃え上がる。

 配信者たちに気づかれないという確信を持ちながらも、俺は近くに人がいるというスリルに震えた。

 そしてそれは、アヤも同じだった。

 「やだっ、やだ……おねがい、とまってっ」

 悲痛な声を上げながらも、膣口がぎゅうっと締まり、もっと欲しいとせがんでくる。

 アヤの中で、猛烈な恥ずかしさを極限状態から来る性感が上回っていくのが分かる。

 誰よりも人目を気にする彼女がこうまで乱れてしまうとは。

 お祖父さんが倒れたり、従兄の存在だったり、俺にさんざん焦らされたり、浮き輪の中でイかされてその後何度も抱かれたり、心の奥底にあったトラウマを塗り潰されたり……そういった積み重ねが、アヤを狂わせていくのが分かる。

 味わったことのない快感が、彼女の奥底を支配していく。

 「いやっ……あんっ、んんッ――、んっ……んんんっ――――ッッ」

 アヤが背中を反らして絶頂した。

 

 そのとき、隣のブースから男の声が聞こえてくる。

 シャワーを浴びながら配信者たちが会話を始めた。

 「なあ」

 「あん?」

 「さっきさ、すげえかわいい子いたよな?」

 「ああ、あの巨乳の子っしょ」

 「そう、水色ビキニの!」

 

 アヤの肩がビクっと震える。

 自分のことを言われていると気付いたのだろう。

 

 「撮れ高やばかったわ」

 「恥ずかしがってる感じが最高っつーかさ」

 「あんな子なかなかおらんて」

 「配信しちゃダメかな?」

 「さすがに無許可はいかんだろ。彼氏もキレてたし」

 「あーそうなー、顔もちょー好みだったのに彼氏連れかよ~」

 「お持ち帰りしたかったすね」

 「だな、あの子絶対エロいぜ」

 「いや処女でしょ」

 「お前分かってねーな、ああいう子が一番ヤラシイんだよ」

 

 アヤがぎゅっと目を閉じる。

 恥ずかしくて仕方がない、という強い心情が伝わってきた。

 それなのに俺の肉棒を咥え込んだ膣内はうねるように蠢動し、性感を与えてくる。

 あまりの気持ちよさに耐えきれず、俺は再び彼女の性感帯を裏筋でえぐった。

 「んんっ、んぁっ……ん゛んぅ、ぅっ……んうぅぅ――――ッッッ」

 全身をビクビクと痙攣させながら、アヤが再び絶頂する。

 

 「乱れさせてぇ~」

 「やっべー、勃ってきた」

 「おい、こんなん聞かれたら、あのヤバそうな彼氏にぶっ殺されんじゃないか?」

 「あー、あれは久々にビビった。でっけーって」

 「きっと独占欲ハンパないぜあれ」

 「あの子も苦労しそ~」

 「てかさ、明日も撮る?」

 「あー今日の動画だけじゃキツいもんな―」

 

 彼らは別の話題を話し始める。

 その隣で俺は何度もアヤを犯し、彼女は繰り返し絶頂し続けた。

 

 配信者たちが去った後、俺たちもシャワー室を出る。

 帰りの車の中、アヤは無言だった。

 無言で、俺の肩に頭を乗せていた。その手は俺の手のひらに絡まりぎゅっと握られている。

 助手席に座るヒロト君が寝息を立てる中、バックミラー越しにハルくんと目が合う。

 ハルくんは呆れた顔で、諦めるように目を伏せた。

 お祖父さんの家に戻っても彼女は無言だった。

 無言で、さっさと二階に上がってしまう。

 

 次の日、俺は下腹部の違和感で目が覚める。

 布団をめくると、アヤが俺の露出した股間に顔を埋めていた。

 「アヤ……?」

 「ん……おはよぉ、ぼーやん」

 「なに、してるの?」

 問いかけると、布団の中の彼女が妖艶な笑みを浮かべる。

 「今ね、この家誰もいないんだ。みんな病院行っちゃった」

 「そうなんだ」

 「だから、あの……昨日の続き、しよ?」

 恥ずかしそうに頬を染め、それでも快楽を求めるように勃起した肉棒にキスをしてくる。

 「ぼーやんは、いや……?」

 快楽に支配された瞳で、熱のこもった吐息を漏らしている。それはまるで発情したみたいで。

 「いやじゃないよ」

 そうして俺は、布団に潜って彼女を襲い――。

 

 

 俺はそこで、未来の記憶をシャットアウトした。

 

 これから堪能できるであろうアヤの淫らな姿を思い出し、ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 明日拝めるであろう発情した彼女の顔は、たまらなかった。

 

「……はぁ」

 

 俺はゆっくりため息をつくと、彼女の膣内から男根を引き抜いた。トプっと愛液にまみれた白濁液がこぼれ落ちる。

 

「ぼーやん……?」

 

「ごめん、暴走し過ぎた」

 

 彼女のお湯に濡れた後頭部にキスをする。

 

「ん……ううん、私も……っ」

 

 アヤが恥ずかしそうに、でも少しだけ安堵したように微笑んだ。

 

「人が来ないうちに出ようか」

 

「……うん、そうだね」

 

 海パンを穿き直し、アヤのめくれ上がった水着のブラジャーを元に戻し、太ももまで脱げていたビキニのパンツも直す。

 

 二人でシャワー室を出ると、遠くのビーチエリアに黄色と赤の頭が見えた。数分後には、こちらへ向かってくるのだろう。

 

 いったいどこからが、直感の誘導だったのだろう。

 

 いや、ほとんどの選択は俺自身の意思だったはずだ。

 

 でも最後の最後、直感はアヤを狂わせようとした。

 これまでさんざん直感を無視して、「アヤを完全に手に入れる」というゴールから遠回りをしたから、最短コースに戻そうとしたのかもしれない。

 ということは、いずれはあの発情した顔を見られるのだろうか。

 

 正直、見てみたかった。

 でも。

 

 ――『あの子絶対エロいぜ』

 ――『ああいう子が一番ヤラシイんだよ』

 ――『あの子も苦労しそ~』

 

 アヤに聞かせたくない言葉があったから。

 

 

「ふぅ……」

 

「ぼーやん、どうしたの?」

 

「いや、もったいないことしたかな、と思って」

 

「……あ、大波タイムのこと?」

 

「うん、そう」

 

 勘違いをしてくれた彼女の前髪を、そっとどける。

 その瞳には快楽の余韻が見えるものの、いつもの上機嫌な少年っぽいものだった。

 

「ふぅ」

 

 今度は安堵のため息をつく。

 

 直感は、いつも最短距離に導こうとする。

 でも、あのとき未来の記憶を見せてくれたのは、俺に選択させるためなのだろう。

 

 そんな気遣いのようなものを感じる。

 さんざん無視しまくっている俺の思考を、いい加減学んでくれたのかもしれない。

 

「――じゃあさ」

 

 アヤが背伸びをして、俺の前髪をひょいとどけた。

 

「また一緒に来よっ」

 

「そうだね」

 

 二人でふんわりと笑い合う。

 

 

「さて、そろそろ待ち合わせ時間かな?」

 

「ああ、そろそろ――」

 

 時計を見ようと施設のほうを向くと、遠くにいるヒロト君と目が合った。ポカンとした顔でこちらに視線を送っている。

 

「……」

 

 思わず無言で見つめ合う。どの時点から見られていたのか。男性用シャワー室から二人で出てきたところからだろうか。

 

 ――問題ない。

 

 直感が囁く。

 

 ……どうやら、ヒロト君に見られていても問題ないらしい。

 

 数秒、視線を交差させたあと、ヒロト君はゆっくり視線を逸らした。今にも口笛でも吹きそうな感じで「なんにも見てませんよ~」という顔を作っている。

 

 うん、これは大丈夫そうだ。

 

「あ、ヒロトだ、おーい!」

 

 少し遅れて気付いたアヤが、大声でヒロト君を呼んだ。

 

 

***

 

 

 更衣室で服に着替えて施設の外に出ると、あたりは夕暮れに包まれていた。

 広い駐車場が真っ赤に染まっている。

 

「うお、さっむっー」

 

 ヒロト君が思わず叫ぶ。

 

「もう秋だからね。冷えるから早く車に乗ろう」

 

 ハルくんが早足で車に向かい出した。

 

 屋内プールの中は常にほかほかと暖かかったから、外との温度差が(こた)える。

 

「アヤ、早く行こう」

 

 そう言って振り向くと、彼女のまぶたが半分ほど閉じていた。

 

「んー……うん……」

 

 アヤがぽけーっとした感じでうなずく。

 今日の彼女はオレンジ色の無地のニットにジーンズという格好だった。スウェットは襟元が広がっていて、下に着ている白いTシャツが露出している。なかなかに寒そうだ。

 

 俺は彼女の手を引くと、ハルくんの車まで小走りで向かった。

 

 

 

 

 高速道路を走る車内では、ヒロト君が気持ちよさそうな爆睡していた。

 アヤも、俺の隣で静かに寝息を立てている。未来の記憶とは違い、彼女の頭は窓のほうに傾いており、手も膝の上に置かれていた。

 

 相当に疲れていたのだろう。アヤは車に乗るなり眠りについてしまった。その疲れのほとんどは俺のせいだろう。

 改めて思うが、相当無茶をさせてしまった気がする。

 

 ぼーっと反省していると、バックミラー越しにハルくんと目が合った。

 

「アヤちゃん、よっぽど疲れたんだね」

 

 ハルくんが皮肉っぽく笑う。

 

「……ですね」

 

「多分、すごく楽しかったんだと思う」

 

「……だといいんですが」

 

「そうだよ。あんなに楽しそうに笑う姿、初めて見たしねー」

 

「そうなんですか」

 

「ふふ、それに今もほら、安心しきった顔して寝てるよ。ぼーやん君が隣にいるからだろうね」

 

「はあ」

 

 俺の気のない返事にくくくと笑ったハルくんが、一転して真面目な顔になる。

 

「アヤちゃんのこと、頼んだよ」

 

「え?」

 

「二人組にナンパされたときさ、ぼーやん君、すごい剣幕だったじゃん? 周りの目とかどうでもいいって感じでさ……僕までビビったよ」

 

「それは……すいません」

 

「おかげで、あきらめついたよ」

 

「……そうですか」

 

 俺の気のない返事に、ハルくんはニッコリ笑うと視線を前方に向けた。

 

 未来の記憶で見た、ハルくんの悲しそうな顔を思い出す。

 

 なんとなく、こっちの未来を選択して良かったと思えた。

 

 

***

 

 

 ぼーっと車窓を眺めているうちに、いつの間にかお祖父さんの家に到着していた。窓の外はもうすっかり夜だ。

 

「僕、ちょっとおばさんに買い物ないか聞いてくるね」

 

 そう言うと、ハルくんは一足先に車を降りて家に歩いていった。

 

「……俺も、二度寝してくるっす」

 

 ハルくんに起こされたヒロト君も、そそくさと車を降りていく。

 

 後部座席に、俺とアヤだけが残された。

 静かな車内、彼女の可愛い寝息の音だけが聞こえる。

 

 そっと頭を撫でるとアヤが「んぅ」と声を発して、まぶたをゆっくり開けた。

 

「おはよう、アヤ」

 

「…………ぼーやん? ん……おはよ」

 

 彼女は寝ぼけまなこで俺を凝視したあと、ふっと微笑んだ。

 

「疲れた?」

 

「うん……疲れた」

 

 そう言って目を閉じると、俺の肩にコテンと頭を乗せてくる。

 

「アヤ?」

 

 呼びかけると、彼女はふふっと嬉しそうに笑った。

 

「疲れたとき、ぼーやんがいてよかったぁ……」

 

 愛しさに、胸がきゅうっと締めつけられる。ほかほかと温かい感情が全身に広がっていく。

 

 再び寝息を立て始めたアヤの髪を、俺は優しく撫でた。

 






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【アヤ視点】寝ぼすけ幼馴染をキスで起こした(四十三日目 金・午前)

 朝起きたら、昨日の服のままだった。

 

「あ゛れ……」

 

 プールから出て、みんなでハルくんの車に乗って……そこからの記憶がない。

 

 とりあえず一階に下りようとして、ぼーやんが泊まっているのを思い出す。

 

「やばっ」

 

 お母さんがたたんでくれていた服に慌てて着替え、姿見で軽く髪を整える。もう目元にクマはないし、一昨日の朝より肌艶もいい気がする。

 

 きっとこれは、ぼーやん効果だ。

 

 

「お母さんおはよ~」

 

「あら、もう疲れは取れたの?」

 

 台所でお皿を洗っているお母さんが、目をパチクリとさせる。

 

「ん゛……もうばっちり」

 

「あらそう、じゃあもう起きるのね」

 

「うん、早起きは三文の徳って言うし」

 

「早起きってもう十時過ぎよ」

 

「……あれ、ぼーやんは?」

 

「ぼーやんはまだ寝てるわよ~、昨日また宴会始まっちゃってね、その付き合いやら後片付けやら手伝ってもらっちゃったのよ。あ、寝てるあなたを二階に運んでくれたのもぼーやんなんだから、後でお礼言っときなさいね」

 

「え、ぼーやんが?」

 

 二階まで…………重く、なかったかな。

 

 いやでもぼーやんは力持ちだし、プールでもずっと持ち上げられてたし……。

 

「あなた顔赤いわよ、もうちょっと休んだら?」

 

「う……大丈夫」

 

 どうしよう。

 ぼーやんの太い腕とか硬い体とかを思い出してしまう。抱っこされてるときのふわふわする感じとか、体中が覚えてる。

 

「私たちこれから病院行くけど、アヤはどうするの?」

 

「あ、おじいちゃんのお見舞いか」

 

 いつもは私も付いていくけど、今日はぼーやんがいる。一人でこの家に置いていったら、起きたとき寂しいだろうな。

 それに、私だって。

 

「私は――」

 

「姉ちゃんまだ疲れ残ってんだろ? 今日は家にいなよ」

 

 いつの間にか台所にいたヒロトがつまらなそうに提案してくる。

 

「あらそうなの? じゃあお留守番よろしくね。あ、ぼーやん起きたら朝ごはん用意してあげて、そこにラップしてあるから。昨日作ったお味噌汁も、もう一回温めるのよ」

 

「うん、分かった」

 

「こたつ布団も干してあるから、後で取り込んでおいてくれる?」

 

「こたつ?」

 

「そーよ、そろそろ寒くなってきたらかって、あなたがこたつ出したいって言ったんじゃない」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

 おじいちゃんが死んじゃうんじゃないかって恐くて、ずっと寒くて。

 平気だって分かっても体の芯が冷たくて。

 

 でも、ぼーやんが来てからはすっかり忘れてた。

 

 

 そそくさと用意を終えたお母さんに引っ張られるように、お父さんとヒロトが出て行った。

 

 しーんと家の中が静まり返る。

 時計を見るともう十一時。

 ぼーやんはまだ起きてこない。

 

「……よし」

 

 台所に戻り、お味噌汁の鍋に火をつける。今日の朝ごはんは焼き鮭と、昨日の宴会の残りらしいサラダだった。

 

「これじゃ、ぼーやん足りないよね」

 

 現に私は足りる気がしない。

 

「いっちょやるか……!」

 

 この前お母さんに教えてもらった出汁(だし)巻き卵を作るべく、卵と白だしを用意した。

 

 

 

 

「うん、まあまあかな」

 

 完成した出汁巻き卵をお皿に盛り付け、ちょちょいと直してスマホで撮る。

 今日の戦果をカナッペに送信し、六畳間のテーブルに置く。もう一度スマホを見ると、もう十二時前だった。

 

「そろそろ寝ぼーやん起こすか」

 

 出汁巻き卵、口に合うかな。

 ぼーやんなら、きっと美味しいって言ってくれる気がする。

 

 大広間を通り、ぼーやんが寝ている和室の前に立つ。

 (ふすま)の取っ手に触れて、軽く呼吸を整えた。この襖の向こうにぼーやんが寝ていると思うと、ちょっぴりドキドキする。

 

 もし今、襖が開いてぼーやんが現れたら、胸に手を当てて深呼吸している私と鉢合わせだ。

 でもきっとぼーやんは、いつもみたいに「おはよう」って笑ってくれるんだろうな。春のお陽さまみたいな顔で。

 

「……私はアホの子か」

 

 襖の前で一人ニヤニヤしている自分が恥ずかしい。

 

 ふうと息を吐いて、ゆっくり襖を開けた。

 

 薄暗い室内に、ほんのりと落ち着く香りがした。ぼーやんの匂いだ。

 私の、大好きな匂い。

 

「ぼーやん、おはよー……」

 

 こんもりふくらんだ布団に声を掛けてみても反応がない。まだすやすや寝てるみたいだ。

 

「朝ごはんだよ~」

 

 そっと近づいてみると、ぼーやんが横を向いて熟睡していた。

 大きな体がしっかり掛け布団の中に収まり、静かに上下している。人は寝ている間に何度も寝返りを打つっていうけど、ぼーやんは寝ているときも行儀がいい。

 

 こういうところがぼーやんっぽくて、ちょっと笑ってしまう。

 

「……寝相よくていいな」

 

 足音を立てないようにしながら、畳を滑るようにして近づく。

 テレビでよくやる寝起きドッキリってこんな感じなのかな。

 

 レポーターになったつもりで、ぼーやんの顔の近くに腰を下ろす。

 

「…………」

 

 気持ちよさそうな寝顔に、つい見入ってしまう。

 

 短い髪の毛は、長さも髪型も昔から全然変わらない。

 顔だってずっと一緒だ。おだやかで安心する顔。なのに鼻とか顎のラインとか、ほっぺたとかが前より凛々しく見える。

 近くで見ると、まつ毛だってけっこう長い。

 

「のどぼとけ……」

 

 くっきり尖った喉仏。

 私はぼーやんより背が低いから、見上げるといつも喉仏に目が行く。つい、じいっと見てしまう。

 

 ここからあの低い声が出るんだ。

 耳元で聞くと、お腹に響いてくるぼーやんの声が。

 

 昨日のプールで、お水をゴクゴク一気飲みしてるときも喉仏が激しく動いてた。

 思い出しただけで、心拍数が上がってしまう。

 私、ぼーやんの喉仏フェチなのかもしれない。

 

 いつもそうやってドキドキさせてくるくせに、なんの気なしに飲みかけのペットボトルを渡したら、珍しく照れてた。

 

 息ができないくらいの激しいキスをしてくるくせに。

 耳元ですごくいやらしいこと、言ってくるくせに。

 間接キスで、照れるなんて。

 

 反則だ。

 

「かわいいぼーやんめ」

 

 ぼーやんの横に、向かい合わせでごろんと寝転がってみる。

 肩が広くて体が大きくて、向こう側が見えない。

 

「大きな手」

 

 骨っぽい手が、布団に投げ出されている。こんなにゴツゴツしてるのに触れてくるときはいつも優しくて、そのたびに体の芯が熱くなる。

 この手のひらで、体中の気持ちいいところをまさぐられて。

 触れられたところがすぐにアツくなって、とろけそうで。

 もっとさわってほしいって思ってしまう。

 

 だめだ。

 お腹の奥がムズムズして、すごく切ない気分になってしまう。

 

「……寝癖立ってるし」

 

 ぼーやんの手から視線を逸らすと、彼の髪の毛がぴょんと跳ねていた。

 

 手を伸ばして、前髪にそっと指を入れてみる。

 ごわごわしてるのに、妙に手触りがいいぼーやんの髪。

 なんだか、大型犬を撫でているみたいでクセになる。

 

 

「……アヤ」

 

「ふぇっ?」

 

 ぼーやんがポツリとつぶやいた。

 

 寝言、かな。

 

 うん、やっぱり寝言だ。目開かない。

 

 寝てる……のに。

 

「なんで呼ぶんだよぉ……」

 

 心臓がドクドクうるさくて、部屋中に響いている気がする。

 体中が、ほかほか熱い。

 きっと私今、人に見せられない顔してる。

 

 おかしいな。

 どうして私、泣きそうなんだろう。 

 好きすぎて、涙が出そう。

 

「ぼーやん」

 

 お腹の奥が、アソコが……ジンジンする。

 ぼーやんがほしいって疼いてる。

 えっちなことしてるときみたいに。

 あの気持ちいい感覚に、鳥肌が立つ。

 優しくて溶けそうになる、ぼーやんとのキス。

 冷たいところと、温かいところのあるぼーやんの体。

 私の中を熱く満たしてくれる、ぼーやんの。

 ほしくて、たまらない。

 

 ぼーやんの唇に、吸い寄せられる。

 

「っ……」

 

 そっと、先端が触れ合うだけのキスをした。

 

 どうしよう、もっと。

 もっとしたくて。

 全然おさまらない。

 

 また昨日みたいに、ぼーやんに抱きしめられたい。

 全身で、ぼーやんを感じたい。

 

「ん……っ」

 

 今度は、唇を押し当てる。カサついたぼーやんの唇がやわらかい。

 

 もっとキス、したい。

 起きるまでずっと。

 だめ、かな。

 

 ぼーやんは強引なのに、いつも聞いてくれる。

 私は、いいのに。

 ぼーやんにされてイヤなことなんて、一つもないのに。

 それをちゃんと、伝えられてるのかな。

 

「私は、大丈夫だよ」

 

 ぼーやんが、いつも目で追ってくれるから。

 私だけに、優しい声で話しかけてくれるから。

 私を、泳げるようにしてくれたから。

 

 暗い水の底に沈んでいく記憶。

 いくら叫んで手を伸ばしても、誰にも気づかれない。

 そんな私を、引き上げてくれたから。

 手を伸ばさなくても、そこにいるって教えてくれたから。

 だから、大丈夫って思える。

 何をされてもいい。全部、幸せだから。

 

 ぼーやんも、そうならいいのに。

 私で、うんと気持ちよくなってくれたら。

 

「ぼーやん……んっ……ぁ」

 

 唇が潰れるくらい押し付けて、ぼーやんを吐息で温めた。

 私の熱が、伝わってほしい。

 

 ゆっくり顔を離して、寝顔を見つめる。

 胸がぎゅうって締めつけられる。

 

 いつもそうだ。

 この顔を見るたたびに安心して、つい口元がゆるんでしまう。なのにどうしようもなくドキドキするんだ。

 

 うまく呼吸ができない。

 視界が潤んで揺れてる。

 

 昨日プールでぼーやんの体を見たときから、一昨日物置でキスをしてから……ううん、迎えに行った駅で、ぼーやんが私を見つけてくれたときから。

 ほしくて、たまらないんだ。

 

「起きて……起きないと、たべちゃうよ」

 

「んう」

 

 ぼーやんのまぶたがピクっと震えた。

 大きな体がもぞもぞと動き出す。

 もうすぐぼーやんの目が覚める、感じがする。

 

 やばい。

 

 息、整えなきゃ。

 冷まさなきゃ。

 こんな顔、ぼーやんに見られたら。

 

 たべ……。

 たべちゃうってなんだ。

 

 落ち着け。

 私は出汁巻き卵だって作れた。

 出汁巻き卵、は今関係ない……!

 

 正座。

 とりあえず正座。

 

 体を起こして。

 ゆっくり息を吸う。

 

「ん、う……アヤ?」

 

「お、起きた? おはよう」

 

 なんでもないという声を作る。

 

「ああ、おはよ……」

 

 ふんわりと微笑んだぼーやんが、正座をしている私の膝にちゅうっとキスをした。

 

「あっ――」

 

 内股が震えて、つま先が外に広がる。正座がとろけて間抜けなアヒル座りになる。お尻が畳に落ちて、下半身がジワリと熱くなる。腰が砕けて、動けない。

 

 こんなの、反則だ。

 ぼーやんのばか。

 

「なんか、いい匂いする」

 

 私の膝にキスをしながら、ぼーやんがつぶやく。

 

「だ、出汁巻き卵……作ってみた」

 

「え、アヤが?」

 

 急に目が覚めたみたいに、ぼーやんが私を見上げた。新種の生き物を見つけたみたいな顔で、目を見開いている。

 

 む。

 

 私が、とはなんだ。

 

「そうだよー?」

 

 文句あんのか~? という文句をこめて寝ぼすけ幼馴染を見下ろす。

 

「それは、早く食べたいな」

 

 驚き顔が、ふわっとゆるんで優しい笑顔に変わった。

 

 あ。

 また反則だ。 

 そんな本当に嬉しそうな顔をされたら、もうだめだ。

 

 必死に視線を泳がす。

 カーテンの隙間から差し込む光が畳に白い線を描いていた。

 半開きの襖から、うっすら線香の匂いが漂っている。

 

 火照った体が秋の空気で肌寒い。

 ぼーやんの体温が、近い。

 

 なんとなく、私はこの瞬間を一生忘れないんだろうなと思った。

 

 こうやって忘れられない思い出が増えていくんだ。

 ぼーやんと、最期の時までずっと。

 こんなふうにドキドキしながら、でも安心しながら、ずっと一緒にいれるんだ。

 

 

「うん、味わって食べてね」

 

 私はぼーやんに、四回目のキスをした。

 



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幼馴染を縁側で震えさせた(四十三日目 金・昼)

 起きたら、アヤにキスをされた。

 

 彼女のしっとりと柔らかい唇が気持ちいい。愛しい感触に全身が奮い立ち、一瞬で覚醒する。

 

 朝からとんだご褒美だ。

 

 わずかに開いた唇の隙間に舌を当てると、火照った舌が迎え入れてくれた。舌先を絡ませ、舌腹を舐める。くちゅ、くちゅという淫らな水音で意識がクリアになり、すぐに性感で(とろ)けていく。

 

「んっ、ふ……ん……ぁ、ぇぁ……ん、く……んんっ……」

 

 彼女の吐息が熱い。起き抜けにしては過激なキスだ。

 このまま続けていたら、アヤを布団に引き込んでしまうだろう。他の人もいる家でそれはマズい。

 

 たっぷり舌を絡み合わせてから、やがて彼女の顔が離れていった。互いの舌に名残惜しそうな糸が引き、キスの濃厚さを物語る。

 

 じいっと見つめてくるアヤの表情に心臓を撃ち抜かれる。直感に頼るまでもなく、その顔には情欲がこもっていた。眉間にシワを寄せ、今にも泣きそうだ。

 

 発情しきった彼女の口元がニコッと笑う。

 

「……朝ごはん、食べよ」

 

「うん、そうだね」

 

 股間がガチガチに勃起し、鼓動はドクドクと早鐘を打つ。そんな布団の中の獣欲を抑えながら、俺はつとめて爽やかに返事をした。

 

 

 

 

「出汁巻き卵、すごくうまい……」

 

 アヤの作った出汁巻き卵は絶品だった。口に含んだ瞬間、ふんわりとした食感がしたかと思ったら甘い汁が広がり、口内が幸せで満たされる。

 

「んふふ、うまいか」

 

 ローテーブルの向かいに座るアヤが、してやったりという顔で微笑む。

 

「うまい……ふわふわしてて、でも味が染み込んでて、甘くて、とにかく美味しい以外に言葉が見つからない。……作ってくれてありがとう」

 

 さっきのキスの興奮が収まっていないからか、つい矢継ぎ早に思いを口にしてしまう。

 

「ぁ、ぅ……うん」

 

 俺らしくない饒舌さに面食らったのか、アヤは頬を赤らめぎこちなく頷いた。

 

 早々に出汁巻き卵を食べ終えてしまい、焼き鮭と一緒にご飯をかきこむ。一方のアヤはといえば、背筋をピンと伸ばして、全てのお皿にまんべんなく箸をつけている。

 活発なイメージとは裏腹に、彼女は食事のときすごく行儀がいい。こういうところがアヤっぽくて、ちょっと笑ってしまう。

 

 その食事姿に見とれていると、彼女がふっと見つめ返してきた。

 

「どうしたの?」

 

「……いや、家の中が妙に静かだなと思って」

 

「あー、うん……今日みんな病院行ってる」

 

「そうなんだ」

 

 つまり今、この広い家には俺とアヤしかいないということだ。

 さっき布団に引き込んでおけばよかったという思いがよぎるが、そうすると出汁巻き卵は冷めてしまっていただろう。だから、これで良かったのだ。

 

「お味噌汁、おかわりいる?」

 

「あ、うん、お願いできる?」

 

「あいよー」

 

 そう言って立ち上がったアヤの全身に目が惹きつけられる。

 今日の彼女は黄色いカーディガンのような長袖ニットに、黒っぽいデニムのショートパンツ姿だった。

 薄手のニット生地を押し上げている胸元は扇情的で、ショートパンツから無防備に伸びる太ももがまぶしい。

 

「そのニット、初めて見たかも」

 

「ああこれ、この前カナッペに選んでもらったんだ……どうかな?」

 

 アヤが片方の眉を上げ、恥ずかしそうにはにかむ。

 なんというか、女の子っぽい服だなと思った。でも彼女の優しくて元気な雰囲気に合っていて、ほんのり大人っぽくて。

 

「黄色、アヤに似合ってると思う。すごく可愛いし、俺は好きだよ」

 

「あ、ありがと……っ、朝慌てて着たから下とは合ってないんだけどね」

 

 両手でショートパンツをパンと叩くと、アヤは俺のお茶碗を持ってそそくさと台所へ引っ込んだ。

 

 

 三分ほどしてから、彼女が台所から戻ってくる。

 頬や耳の火照りは冷めたようだ。

 

「はい、どーぞー」

 

「ありがとう」

 

 お茶碗を受け取り、対面に座ったアヤを見るといつもの上機嫌そうな顔があった。

 

「ぼーやん、今日帰るんだっけ?」

 

「うん、明日のバイトは変更できなくて」

 

「そっか、うん……ほんとにありがとね」

 

「いいよ、俺がアヤに会いたくて勝手に押しかけたんだし」

 

「……うん、ありがとう」

 

「アヤたちはいつ頃帰るんだっけ?」

 

「私たちは明後日の朝だよ。だから次会うのは学校だねー」

 

 彼女が上機嫌そうな顔のまま目を逸らす。さっきから寂しい本音を隠せていない。

 俺も同じ気持ちだった。たった一日会えないだけだ。これまでも土日に会えないことだってあった。それなのに、どうしてこんなに離れがたいのだろう。

 

「久々だからって、緊張して教室の前でフリーズしないようにね」

 

 冗談めかして言うと、アヤもむうっと唇を尖らせた。

 

「そうなったらカナッペたちに迎えに来てってお願いするし」

 

 その役目はぜひ俺が引き受けたい。いや、彼女と二人で教室に入ったらそれこそ注目の的だ。アヤは顔を真っ赤にしてしまうだろう。

 

 俺たちは他愛ない冗談を言い合い、寂しさを薄めた。

 

 

 

 

「お皿、ここでいい? 洗うの手伝うよ」

 

 台所の流しでお皿を洗っているアヤに声を掛ける。腕まくりをしてスポンジでごしごし丸皿をこすっている姿は、なかなかにクるものがある。すごくいい。

 

「あ、ありがとー、お皿は私が洗うから大丈夫だよ」

 

「じゃあ何か手伝うことはある?」

 

「そしたらさ、六畳間のとこの庭にこたつ布団が干してあるから、取り込んでもらえる?」

 

「分かった」

 

「うん、ありがとね。テーブルは私が拭くから」

 

 ニコッと笑いかけてくるアヤに胸がきゅっと鷲掴みにされる。

 

 さっきから台所で新婚夫婦のようなやり取りをしているせいだ。

 否応なく、アヤとの甘酸っぱい新婚生活を連想してしまう。

 最高ではないだろうか。

 

 

 六畳間に戻り、窓をガラガラと開ける。

 お祖父さんの家は大広間に面しただだっ広い庭の他に、この六畳間に面した小さな庭もある。洗濯物はこちらに干しているようだ。

 

 縁側に出て、サンダルを履く。

 ブルリと体が震えた。秋の冷たい空気が肌を刺し、吐く息が白い。確かにこたつを出してもいい頃合いだろう。

 

 物干し竿からこたつ布団を下ろし、部屋に戻る。

 

「これ、こたつテーブルだったのか」

 

 ローテーブルの天板を外し、こたつ布団を掛けて天板を戻す。これで準備完了だ。

 

「あ、こたつセッティングしてくれたんだ、ありがとー」

 

 アヤがお盆にお茶を乗せてやってきた。こたつの上に置くと、布巾でテーブルを拭き始める。すごく……新妻っぽい。

 

 気を抜くといつまでも凝視してしまいそうだったので、お盆のほうに視線を移す。お皿の上にホカホカのたい焼きが二つ乗っていた。

 

「たい焼き美味しそうだね」

 

「うん、チンした」

 

 相変わらずあんこ好きだねとか、ご飯食べたばっかりでよく入るねとか、そういうデリカシーのなさそうな言葉は飲み込む。代わりに窓の外を指差した。

 

「縁側で食べようか?」

 

「いいね!」

 

 

 二人で縁側に腰掛け、たい焼きを頬張る。

 

「ん~、おいひい」

 

 アヤは両手でたい焼きを持ち、尻尾のほうから食べていた。楽しみを後に取っておくというより、いきなりあんこの多いほうから食べるのを遠慮しているといった感じだ。

 そういうところが彼女らしいなと思う。

 

 ふと、アヤの胸元に目が吸い寄せられる。

 黄色いニットの襟元は広く、俺の角度からは魅惑的な白い谷間がはっきり見えた。

 

「…………」

 

 本来は下に一枚着るタイプの服なのだろう。慌てて着たと言っていたから忘れてしまったのか、それとも家ではこんなふうに無防備な格好なのか。

 後者だとしたら、アヤとの同棲生活が思いやられる。俺は二十四時間、欲情しっぱなしなってしまうだろう。

 

 これは、目の毒だ。

 

「けっこう寒いね」

 

「ぼーやんTシャツ一枚だもんね~、あ、ちょっと待っててっ」

 

 俺に食べかけのたい焼きを渡すと、アヤは急いで部屋の中に入った。

 

 少しして、彼女が腕の中にはんてんを抱えて出てくる。中に綿が入っているもこもこした上着で、赤と青の二着だ。

 

「お祖父さんとお祖母さんの?」

 

「そ、お祖母ちゃんのは私がもらったんだ。はい、こっち着て」

 

 青いはんてんを受け取る。お線香の落ち着く香りが染み付いていた。

 

「いいの? これお祖父さんのでしょ」

 

「うん、いいんだ……多分、お祖父ちゃんも喜ぶと思うし」

 

「そうなんだ?」

 

 よく分からないが、お言葉に甘えて羽織ってみる。ふわりと綿で包まれた感じがして温かい。

 

 するとアヤがふふっと笑う。なんとなく、言うことが分かった。

 

「ぼーやん、おじいちゃんみたい」

 

「そういうアヤは……」

 

「おばあちゃんみたい?」

 

 先手を取ったとばかりにアヤが得意げな顔をする。

 

 でも俺は別の言葉が思い浮かんでいた。

 ぶかぶかの赤いはんてんに包まれた彼女は、小柄な体にオーバーサイズの上着を羽織ったみたいで、ショートパンツが隠れて白い太ももだけが露出していて。

 

「すごく可愛いよ」

 

「なんだそれっ……」

 

 アヤはまるで文句を言うようにつぶやくと、ごまかすようにたい焼きを頬張り始める。

 

 なんとなくだが、アヤのお祖父さんもこうやってお祖母さんを照れさせたんじゃないかと思った。

 

 彼女の肩に手を回し、引き寄せる。

 アヤは抵抗することなく、たい焼きを口にしながらコテンと寄りかかってきた。

 

 何か言葉を交わすでもなく、二人で庭の先――青い山々と白い秋空をぼーっと眺める。

 

 たい焼きを食べ終え、お茶を二口飲んだ頃、アヤがふっとため息をついた。

 

「縁側っていいねぇ」

 

 その年季の入った口調に、ついぷっと吹き出してしまう。

 

「むぅ……今おばあちゃんみたいって思ったでしょ」

 

「うん、ごめん」

 

「いいよ、ぼーやんのほうがおじいちゃんっぽいし」

 

「そうだね」

 

 少しムキになっている幼馴染の頭に、お詫びを兼ねて口づけをする。

 

「……おばあちゃんになっても、こうしてたいな」

 

 アヤが後頭部をぐりぐりと胸板に押し付けてきた。

 

「ずっとこうしていられるよ」

 

 当たり前のことを言う。俺たちは年寄りになっても、こうして縁側に並んで座っている。そういう確信があるんだと、彼女に伝える。

 

「きっと、そうだね」

 

 その声にもう不安の色は混じっていない。それが嬉しい。

 

「俺さ、アヤとこうして縁側でまったりするの、夢だったんだ」

 

「ふふ、ずいぶん……ぼーやんっぽい夢だね」

 

 おじいちゃんぽいとでも言おうとしたのだろう。慌てて言い換えたのが面白い。

 

 思えばアヤへの気持ちを自覚する前から、いつか一緒に縁側でお茶を飲みたいなと願っていた気がする。

 幼馴染として……恋人として、夫婦として。

 

「アヤ、叶えてくれてありがとう」

 

 微笑みかけると、彼女の顔がくしゃりと歪んだ。

 

「こちらこそだよぉ……」

 

 俺の胸元に顔をぐりぐりと埋めてくる。彼女の凹凸がくすぐったい。

 

 しばらくして気が済んだのか、ゆっくり体を起こし、今度は向かい合って見つめてきた。潤んだ瞳に誘われるように、唇を重ねる。

 

「……ん、ぁ……んっ、……ッ、はぁ、んっ……」

 

 あんこの甘さが残る唇を舐め、舌を舐め合う。漏れる吐息が白く、互いの頬を温める。空気の冷たさのおかげで、彼女の口内の熱さをより感じる。

 

 ぬろぬろと舌を舐め回すと、アヤの体がブルリと震えた。

 

「んあっ……ぁっ、はぁ……はぁ……、寒いね……震えちゃった」

 

 その震えは寒さのせいじゃないだろう。今、俺も感じている、相手を激しく求める体の叫びだ。

 

 ふに、とアヤの指が俺の唇に触れた。

 

「ねえ、こたつ入ろ」

 

 そう囁く声は鳥肌が立つほど妖艶で、見つめてくる瞳は熱く(とろ)けていた。

 



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発情した幼馴染とこたつの中で溶け合った(四十三日目 金・午後)

 六畳間で、俺とアヤは並んでこたつに入っていた。

 二人で足を入れるには少々狭く、必然的に肩や二の腕が触れ合う。縁側で並んで座ったときよりも近い、恋人の――セックスができる距離だ。

 

「おコタ、あったかいね」

 

 分厚いはんてんを羽織ってこたつに入っているからだろう、アヤの額にはうっすら汗がにじんでいた。

 

「それ、脱いだら?」

 

「そだね……ぼーやんも暑そうだよ」

 

 彼女の肩に手を掛けはんてんを脱がす。するとアヤもこちらを向き、俺のはんてんを脱がしてきた。

 

 俺の腕から袖を引き抜くとき、前のめりになった彼女の胸がふよんと二の腕に当たる。おそろしく柔らかい、おっぱいの感触だ。

 

 ごそごそ動いたからか、彼女の黄色いニットの胸元から甘い芳香が立ちのぼる。フェロモン、なのだろうか。花蜜のような香りで頭が(とろ)け、こたつの中で肉棒がいきり立つ。

 

「ぼーやんは、こたつも似合うね」

 

 いつものからかうような口調なのに、声のトーンが妙に色っぽい。彼女の手が俺の胸板をさする。きっと激しく脈打つ鼓動が伝わっているだろう。

 

「アヤも似合ってるよ」

 

 お返しに、彼女の肩のラインをなぞる。ニットの布地越しでも、彼女が発汗しているのが分かった。

 

「じゃあ私たち似たものふ……、ぅっ……」

 

 彼女が口ごもる。少しだけ口をパクパクとさせたあと、上目遣いで見つめてきた。

 

「似たもの夫婦、に……なるのかな」

 

 眉をハの字にして微笑む彼女が、すごく愛おしい。

 

「それはいいね」

 

 優しく微笑み返すと、アヤの唇がうっすら開き、何かを我慢するような浅い吐息を漏らした。

 彼女の決壊寸前の情欲が流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやん。

 ぼーやんと、したい。

 だめ、ここおうちだから。

 キスだけなら。

 やだ、もっとさわりたい。

 誰かきちゃうかも。

 もっとキスしたい。

 いっぱいさわってほしい。

 ぼーやんの汗のにおい。

 ドキドキする、アソコがジンジンする。

 抱いて……ほしい。

 私から、誘ってもいいの?

 

 

 昨日直感が見せてきた未来の記憶を思い出す。あのとき見た、発情しきった顔と今のアヤが重なる。

 そんな彼女の熱情に触れ、俺の理性が()つわけがなかった。

 

「……お茶のおかわり、いる?」

 

 アヤの、精一杯のおねだりだった。

 

「ううん、いらない」

 

 彼女の華奢な肩をつかみ、見つめ合う。

 鼻先が触れ合う距離で見つめ合えば、長いまつ毛がゆっくり閉じた。

 

 ちゅう、と最初から吸い付くようなキスをする。

 それだけでアヤの肩は小刻みに震え、喉奥から甘い吐息が漏れてきた。

 

「は……ぁっ、んッ……んゆ、ん……んっ、ふぁっ……あっ、んむっ……」

 

 アヤが求めるようにしゃぶりついてくる。小さい舌が差し込まれてきたので、口内に迎え入れてやる。必死に絡みついてくる舌を、舌先でエスコートするように一舐めしてピッタリとくっつけ合う。ぬるぬるした舌同士が癒着し、とろけてしまいそうだ。

 

 唇をむさぼり合いながら、薄いニットのボタンに手を掛ける。片手で外すのにまごついていると、柔らかな手のひらが重なった。アヤは自分からボタンを外し始める。

 

「あっ、はぁっ……ん」

 

 ニットが左右に開き、彼女の白い胸元とピンク色の可愛らしいブラジャーがあらわになる。鎖骨のラインに添って汗ばむ肌を撫で、ツーっと指先を下ろしていく。

 ブラジャーカップ越しにも分かる柔らかい乳房の側面をなぞってから、少し持ち上げるように手のひらで柔乳を包む。ふにゅ、と軽く揉めばしっとりとした弾力が伝わってくる。

 

「ん……ふっ、ぅ……あっ、んむっ……ふぁ、っ……んぅッ、ぁっ……んゅっ」

 

 アヤは性感に喘ぎながらも、唇を離そうとしない。キスの隙間から苦しそうな吐息が漏れ、口端から(よだ)れがこぼれる。

 

 右手で優しくおっぱいを揉みながら、左手で彼女の肩を撫でる。ブラ紐に指を差し込み、肩のラインに沿って外していく。

 

 するとアヤが俺の胸板をトンと押した。

 

「……ぼーやん、寝て」

 

「え?」

 

「私が、してあげる」

 

 熱のこもった視線に射抜かれ、後ろに倒れそうになる。両手を畳について上体を支えると、アヤが腰に乗っかってくる。アヒル座りで、まるで騎乗位のような体勢だ。ギチギチに勃起した股間が、彼女の柔らかい重みに圧迫されて気持ちがいい。

 

 アヤはいたずらっ子のように微笑むと、俺のTシャツをめくり上げた。汗ばんだ肌が外気に触れブルリと震える。

 

 彼女の手のひらが俺の胸板をなでる。

 

「ぼーやんの胸、広くて好き……ドキドキする」

 

 鎖骨の付け根あたりにちゅうっとキスをされ、ビクッと体が震えた。肌寒さとは違う性感による震えだ。ちゅ、ちゅと胸全体を吸われ、くすぐったさと快感が同時に襲ってくる。

 

 アヤは俺の乳首付近に顔を近づけると、先端をちょんちょんと捏ねてきた。

 

「ここ、先っぽ立ってて、かわいい」

 

 ちゅうぅと乳首を吸われ、体にわずかな電流が走る。腹筋に力が入り、ジワリと股間が痺れる。

 

「うっ」

 

 快感が思わず口から漏れる。するとアヤはふふっと満足気に微笑んだ。

 

 れろ、れろと乳首を舐め上げてくる。舌腹で唾液を塗り付けるような動きだ。美味しそうに乳首に吸い付き、俺をなんとか気持ちよくさせようとしている様子がたまらなく可愛い。

 

「ぼーやんの乳首、かたくなってきた……気持ちいい?」

 

「うん、すごく気持ちいいよ」

 

「ふふ、そっか」

 

 嬉しそうにはにかむアヤの頭を撫でると、さらにちゅう、ちゅうと吸い付いてきた。

 

 やがて彼女のキスが降下していく。

 

「腹筋……かたくて、かっこいい」

 

「くっ……」

 

 へその近くに強く吸われ、ふんばっていた腹筋から力が抜けそうになる。

 腹筋の割れ目に沿ってキスが下りていき、やがて下腹部に到達した。

 

 アヤの手が伸びてきて、俺の胸板をそっと押す。そのわずかな力に抗えず、俺は後ろに倒れた。後頭部に畳の感触が当たる。

 

 仰向けのまま見上げると、四つん這いで今にも覆いかぶさってきそうなアヤと目が合う。

 

「ぼーやん、舐めてほしい?」

 

 その瞳は物欲しげに潤み、頬は恥ずかしそうに赤らんでいた。

 黄色いニットは肩から落ち、片方のブラ紐は外れかけている。たわわに実ったおっぱいが、重力に引っ張られて落ちてきそうだ。

 

 アヤに押し倒され、求められている事実に肉棒がいきり立つ。

 

「うん、舐めて」

 

 もぞもぞと体を動かし、こたつから下半身を出す。

 

 アヤは俺の左太ももにまたいで座ると、ハーフパンツに手を掛けてきた。腰を浮かせて、脱がせやすいようにする。一緒に下ろされたトランクスから、肉棒が跳ねるように飛び出した。

 

 ビンと天井めがけてそそり立つペニスに、彼女が目を丸くする。

 

「すごく……立ってるね」

 

 アヤが両手で肉棒をつかんだ。温かい手のひらに包まれ、背中にゾクリと鳥肌が立つ。

 

「ぼーやんの、かたい」

 

「アヤがエロすぎる……せいだよ」

 

「そっか……」

 

 彼女がこちらを見つめながら、裏すじに唇を当てた。

 

「んぐっ」

 

 吸い付かれた刺激で腰が浮く。

 亀頭の裏をアヤの舌がちろ、ちろと這う。それだけでも射精感がこみ上げてくるのに、彼女は両手で肉竿を上下にしごき始める。

 股間が熱くなりアヤの手のひらとの温度差がなくなっていく。しかし亀頭を舐める舌はそれよりも熱く、舌が過ぎると付着した唾液で少し冷えた。

 

 敏感になったペニスへの刺激が多すぎて、脳みそがパンクしそうだ。

 

「ぐ、ぅっ……」

 

 アヤがれろぉと舌腹で舐め上げてくる。肉竿を下から上に舌が這い、亀頭の先でれろんと丸まる。

 ゾクゾクゾクと背中を性感が走り抜け、体が強ばる。こたつの中で足の指が開き、下半身を縮こませたくなるが、彼女が太ももに乗っているので膝を上げられない。

 

 そんな俺の葛藤に気づいたのか、アヤは体を伸ばして、俺の左足にまとわりつくようにうつ伏せになった。これで俺は何をされても、ただ足をピンと伸ばしているしかなくなる。

 

「ぼーやんの、先っぽから透明なの出てる……もっと、気持ちよくしてあげるね」

 

 俺の先走り汁を味見するように、アヤが舌を亀頭の先端に押し当ててくる。「ぇぁぇぁ」と吐息混じりに舌腹を回してから、あむっと口に含んだ。

 

「うぁっ」

 

 亀頭が温かい粘膜に包まれた快感に、背中が浮く。

 

「んっ……ふっ、ぅ……っ」

 

 アヤは亀頭をすっぽり口に収めると、さらに顔を下ろしていく。じゅぷぷ、と吸い上げながら肉竿の半分以上を咥え込んだ。

 彼女の鼻息で股間に温かい。

 

「んんッ……ぅ、ん゛ん……くっ、んぅ……っ」

 

 くぐもった音がアヤの喉奥で鳴る。

 やがて彼女は、咥えたままゆっくりと顔を上下し始めた。唾液混じりのじゅぶ、じゅぶという水音が聞こえてくる。

 

「ふぅっ……ん゛ッ、く……んぅっ、んっ、ん……んん゛っ、……っ」

 

 口と喉でしごかれ股間がドクドクと脈打つ。数度に一度、アヤは根元まで咥え込んだ。肉棒の先端が喉奥に当たる感覚に、ビクンと腰が震える。

 じゅぶっと吸い込まれながら、舌が裏すじを滑っていく。さらに抜くときにもじゅうっと吸い上げられ、最後に鈴口をちゅうぅっと吸われ先走り汁を吸引される。

 全方向から吸引される性感と、熱い口内の柔らかさが気持ちよすぎて、さっきから股間がガクガクと震え続けている。

 

 じゅぶ、じゅぶ……という規則的なフェラ音が響く。

 

 アヤが、俺の肉棒を根元までしゃぶっている。陰毛の中に鼻を埋めている。

 その光景だけでもう、頭がどうにかなりそうなほどの快感と背徳感がこみ上げてくる。

 

「ん、ふ……ぅっ、……んん゛っ、ふぅっ……んっ、んっ……んっ……」

 

 時おり苦しそうに片目を閉じて頬を歪ませた。一瞬口淫を止めるが、すぐに再開する。

 恥ずかしいのか俺のほうを見ようとはせずに、目を伏せて一心不乱にしゃぶり続けている。もう、どうすれば俺が気持ちよくなるのか彼女の中で答えは出ているのだろう。

 

 大好きなアヤに根元までしゃぶられ、射精を我慢できるはずもない。

 全身を射精感が貫き、下腹部の精巣に集約していく。

 

「ぐ、ぁ……アヤ、もう……出そうだ」

 

「んっ……」

 

 アヤは咥え込んだまま俺のほうをチラリと見た。そのまま喉奥に出していいという意思表示だ。

 でも、射精するなら彼女の膣中(なか)がいい。

 

「アヤ、もういいよ……ナカに出したいんだ」

 

 俺の悲痛な懇願に、彼女は肉棒をじゅうぅぅっと吸い上げ鈴口から精液を吸引しようとしてきた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 あまりの射精感に、全身が力む。その瞬間、アヤはちゅぱっと音を立てて亀頭から口を離した。

 

「もう、つらい……?」

 

 長いフェラチオで荒れた呼吸を整えながら、彼女が聞いてくる。

 

「ああ、早くアヤの奥に射精したい」

 

「うん、まってね」

 

 アヤは四つん這いの体勢になると、片手でショートパンツを脱ぎ始めた。その無理な姿勢で彼女の柔らかい腹筋にうっすら割れ目が浮かび上がる。外れかけたブラジャーが重力でずり落ち、美味しそうなピンク色の乳首が垣間見えた。

 その扇情的な光景にゴクリと生唾を飲み込む。

 

「ん、しょ……」

 

 ショートパンツと下着が脱げ、彼女の秘所があらわになる。内股は濡れてテカっており、蜜口からは愛液が滴っていた。

 

 アヤは再び俺の上で四つん這いになると、片手で男根をつかみ自身の入り口にあてがった。

 ヌチュと、亀頭がトロトロの腟内に包まれる。

 

「ふっ、んくっ……ぅ、うぅっ」

 

 鼻先がくっつきそうなくらい近づいてきたアヤの顔が、性感に歪む。頬にかかる茶髪の毛先から、汗か涙かの一滴(ひとしずく)がポタリと落ちる。「はぁっ」と甘い嬌声を漏らし、ぬるい吐息が顔中を温める。

 

 ジュプ、ジュププ……とさっきの口淫のような音とともに、肉竿がうねる膣内に飲み込まれていく。彼女の口内よりも熱い膣中はぐにぐにと蠢動(しゅんどう)し、肉棒を容赦なくしごいてくる。

 

「ぅっ、あッ……はぁっ、ん――ッ」

 

 至近距離で発せられた(つや)っぽい喘ぎ声が、鼓膜を痺れさせる。挿入の快感で悶えるアヤの顔を見せられたら、本能的に突きたくなってしまう。

 腰にぐっと力を入れてわずかに浮かすと、彼女はさらに鳴いた。

 

「やあぁっ、んぁッ……は、ぁっ……だ、だめっ、うごかない、でぇ……」

 

「無理、アヤの膣中(なか)が気持ちよすぎて腰、勝手に動いちゃうよ」

 

「だめ、なのっ……私が、うごくから……私が気持ちよく、するから……ね?」

 

 まるで聞き分けの悪い子どもをたしなめるように、アヤが懇願してくる。

 

「わかった、動かないよ」

 

「んっ……ありが、と」

 

 彼女がゆっくりと上体を起こす。腟内の角度が変わってつらいのだろう、くぐもった嬌声を上げながらなんとか騎乗位の体勢になった。

 

「う、うごく……ね」

 

 アヤが俺の上にまたがりながら、腰を動かし始める。肉棒を絞り上げるような上下の動きだ。ズチュ、ズチュと彼女のうるんだ膣肉を穿つ音が聞こえ出す。

 

「あっ、はぁッ……あんっ、ぅ、くぅっ……んん゛ッ、あぁっ……あぁんッ」

 

 俺の股間に当たった反動で、腰の上下運動が勢いを増していく。ブラジャーカップの片方はめくれ、その上に乗った白い乳房がゆさ、ゆさと揺れる。桃色の乳首はピンと尖り立ち、上下運動に合わせて跳ねていた。

 

「ん゛っ、あっ……あんッ、ぁっ、んぅっ……うくっ、んっ、あぁっ、あんッ……」

 

 上下に揺れるアヤの体の中で、ブラジャーに包まれたもう片方の乳房が窮屈そうだ。

 手を伸ばし、まずは脱げかけのニットをつかむ。アヤも両手を差し出したので、腕からニットを引き抜く。

 

「アヤ、ブラジャーも外して」

 

「う、うんっ……」

 

 アヤが背中に手を回すと、たぷんっと乳房が揺れた。両手を差し出させ、ブラジャーを脱がして全裸にする。

 

「ぼーやんも……脱いで」

 

 彼女が寂しそうにお願いしてくる。

 アヤによって首の根元までめくられていたTシャツを脱ぐと、彼女が満足そうに見下ろしてきた。その妖艶な視線にゾクリとする。

 

「……んっ、あっ、あ……あんっ、んぅっ、あっ……あっ、あんッ」

 

 肉棒をしごく腰の動きが活発になり、バチュ、バチュと股間と尻が当たる音が響き出す。

 膣肉の圧迫が強まり、膣ヒダのうねりも激しくなる。膣口は根元から先端までも締め付けながら上下し、射精を促してくる。

 

「はあぁっんっ……」

 

 アヤが一際高い声で喘いだ。

 やや後ろに倒れそうな角度で上下したせいで、反り返った肉棒が彼女の一番弱いところ――お腹の裏側にある性感帯をえぐったようだ。

 

「はぁッ、ああぁっ……ん゛ぁっ、はあぁッ……あああぁぁぁっっ――ッ」

 

 アヤが背中を反らせながら絶頂した。なおも腟内の性感帯に肉棒をこすりつけながら、ビクン、ビクンと痙攣している。

 

 ぎゅううっと肉竿を締め上げられ、視界がチカチカした。あまりの気持ちよさに射精しているのかと錯覚するほどの快感だ。しかし下腹部の奥ではグツグツと欲望が煮えたぎっていて、射精の時を今か今かとうかがっている。

 この状態で射精したら、いったいどれほどの快楽に襲われるのだろう。

 

 かつてない絶頂の予感に怯えていると、アヤの体がフラリと傾き、こちらに倒れ込んできた。

 

 思わず両手で受け止めようとすると、彼女がぎゅっと手をつないでくる。手押し相撲をしているような格好でアヤを支えると、そのまま腰を揺らし始めた。

 

「ん……あぁっ、ふぅッ……んくっ、ん……ぁっ、や、あぁっ……」

 

 上下にではなく、前後にグラインドするような動きだ。根元が持っていかれそうな抽送に体がガクガクと震え、何も考えられなくなる。

 

 アヤも絶頂に溺れながら、さらに快楽をむさぼるように腰を揺らし続ける。あまりの快感に耐えきれないというように目を閉じ、目端から涙をこぼした。

 

 ――きもちよくて、くるいそう。

 イってるのに。

 もっとおっきいの、きちゃう。

 これ以上はだめ。

 なのに。

 腰、とまらない。

 

 

 アヤの性感が洪水となって流れ込んでくる。

 

 グチュ、グチュと腟内を肉棒がかき混ぜる音が響く。つないだ手にぎゅっと力が込められ、膣中が締まる。

 

「ぐぅっ……イく、もう……出るっ」

 

「うんいいよっ……あっ、ぁっ……ぼーやん、イってっ……」

 

 ――ぼーやんきて。

 私で、きもちよくなって。

 

「アヤも、イっていいよ」

 

「うん、あっ……イくっ、私も……あっ、あぁんッ、ぼーやんも、一緒に」

 

 ああ、一緒にイこう。

 

「い、いっしょに、イこっ」

 

 ――イく。

 きもちいいの。

 きちゃう。

 だめ。

 イっちゃう。

 

「あぁっ、あっ、あッ……イくっ、イく、あんっ……イクッ――」

 

「ぐあっ、うぐぅぅぅぅっ……!」

 

 ドビュルッドビュルッ――と精が噴射した。ビュルルルとすごい勢いで流れ出ていく。全身の熱が精巣に集まりドロドロした精液が押し出される。

 強烈な快感とともに尿道を駆け上がり、亀頭を膨らませて鈴口から発射された子種汁が、アヤの膣奥に注がれ子宮を犯す。

 

 目の前が真っ白になり、気持ちいいしか感じなくなる。

 射精の瞬間が永遠に続き、脳内で喘ぐことしかできない。

 

 ほんのり、手が痛い。ぎゅうと力んだアヤの指が手の甲に食い込んでいた。

 

「――っ、あっ――んうぅぅぅっ、うっ……ぼーやんの、出てる……あッ、だめっ、またイっちゃ……ぁっ、ん゛んんんっ――――ッッ」

 

 下を向き、絶頂に打ち震えている。

 

 次の瞬間、肉棒をぎゅうっと締め付けられ思考が飛ぶ。

 

「うっ、アヤ……ぐっうぅぅぅ……!」

 

 ドクッドクッと肉棒が跳ね、射精の快感に痺れる。精巣の中が空っぽになる感覚。腹筋と下腹部に力が入り、尻穴がすぼむ。太ももが硬くなり、足先がピンと伸びる。全身の筋肉を使って、アヤの最奥へと精子を注ぎ込んでいく。

 

 まるで昇天してしまうほどの気持ちよさだ。

 その何倍もの快楽を味わっているだろうアヤは、全身を強ばらせ、やがて脱力していく。

 

 絶頂に耐えきれなくなった彼女の体が、前のめりに傾く。

 べたんと倒れ込んでくるかと思いきや、アヤは俺の肩に両手をつき、ぎりぎりで体を支えた。

 

「はぁっ、ぁっ――はぁっ……はぁ……あっ、いやッ……んんうぅぅぅっ――ッ」

 

 耳元でアヤが絶頂する。

 

 膣が締まり、またも射精をねだってくる。うねうねと絡みついた膣ヒダが奥へ奥へとしごいでくる。強制的な快楽に、口から獣のようなため息が出た。

 

 彼女の柔らかい乳房が胸板に密着して気持ちがいい。全身が性感帯になったみたいに、アヤと触れるところ全てが気持ちいい。

 

「……っ、ぼーやん、あっ……きもちいい、よぉ……」

 

 ――ぼーやんの肩、つめたい。

 お腹、あつい。

 肌がこすれて、きもちいい。

 ぼーやんに触れてるとこぜんぶ、きもちいい。

 

 

 アヤと俺の思考が、性感が混ざり合って溶けていく。

 愛する人と密着しているだけで気持ちがいい。

 

「アヤ、愛してるよ」

 

 耳元で囁くと、膣奥がきゅうっと吸い付いてきた。

 

「わ、わたしも……愛してるの」

 

 ――ぼーやん、あいしてる。

 好きで。

 好きすぎて、つらいくらい。

 ずっと。

 ずっとこうしてて。

 

 

 アヤの震える頬に手を添え、半開きの唇を塞ぐ。

 

「んっ、ん……んちゅっ、んむっ……んッ、……っ、んぁ……ッ」

 

 互いの口内をかき混ぜるように舌を絡ませる。キスが気持ちよすぎて、彼女の後頭部を押さえつけて顔同士を吸着させる。

 

 この快楽を逃したくなくて、俺たちは全力で抱きしめ合った。

 







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幼馴染とすべてを感じ合った(四十三日目 金・夕方)

 時間の感覚がない。

 

 俺たちは繋がったまま何度もキスをして、何度もイっていた。二人とも全裸で汗だくだ。肌寒いはずなのに、お互いの火照りは冷めることなく熱いままだった。

 

「アヤ、水飲もうか」

 

「ん……みず?」

 

 胸元のアヤが顔を上げる。

 

「うん、喉渇いたでしょ」

 

「……うん、渇いた」

 

 部屋に掛かっている時計を見ると、もう午後の三時を過ぎている。

 どうやら俺たちはこの体勢のまま一時間ほどイき続けていたらしい。

 

「俺、持ってくるよ」

 

「ううん、ぼーやんはこのまま寝そべってて」

 

 アヤが「ふっ」と可愛い声を出して上体を起こす。俺の胸板に癒着していたおっぱいが剥がれていく。

 

 そのまま四つん這いの格好になり、いよいよ下半身を分離させる。

 肉棒はさすがに硬さを失っていた。それでも栓としての役割はこなしていたようで、彼女の中から引き抜かれると、膣口から白濁液がどぷっとこぼれた。

 

「あ、ティッシュ……」

 

 アヤが慌ててこたつの上にあるティッシュ箱に手を伸ばす。

 

「次、俺にも貸して」

 

「ううん、私が拭いてあげる……ぼーやんの」

 

 自身の股下を拭き終わった彼女は、ティッシュを何枚も使って俺の股間を綺麗にしてくれた。

 

 

「今日のアヤ、すごくエッチだった」

 

 まさか彼女のほうからこんなに積極的に求めてくるとは。

 あの直感の見せた未来ほどではないにしろ、それでも今のアヤは刺激が強すぎる。正直、精巣ごと搾り取られるかと思った。

 

「なっ……ま、まあ、うん……エッチ、かな」

 

「俺としては、アヤに迫られるのは嬉しいよ」

 

「……うん、そっか……っ」

 

「自分から舐めたり、挿入するアヤ……可愛いかったよ」

 

「……も、もう、あんまり言わないでよぉ」

 

 言われるうちに恥ずかしくなってきたのか、アヤはどんどん頬を染めていく。

 

 恥じらう彼女をもっと見ていたいが、あまりいじめると拗ねてしまいそうな気がする。話題を変えよう。

 

「そういえば、みんな何時頃帰ってくるのかな」

 

「あ、えっとね……多分五時くらい」

 

「そっか」

 

「そしたらぼーやん、帰る時間だね」

 

「そうだね」

 

 アヤの瞳が寂しそうに潤む。

 

「お水、持ってくるね」

 

 彼女は畳に丸まっていたニットを手に取ると、軽く羽織ってから台所に歩いていった。

 

 

 しばらくして、手にお水のペットボトルを握ったアヤが戻ってくる。

 そのエロ過ぎる格好に、こたつの中で肉棒がピクッと反応した。

 

 全裸の上に、黄色いニットだけを羽織っている。ボタンは留められているが一番上だけ外れていて、右肩が露出していた。白くて大きな谷間も、これでもかとあらわになっている。

 下半身はニットの裾がかろうじて秘部を隠しているが、白くて肉感的な太ももやその付け根は大胆に露出していて蠱惑的だ。

 胸元をよく見れば、薄い生地越しにふくらみの先端が浮き出ている。

 涙が渇いた跡の残る頬や目元、乱れて整いきれていない髪の毛、ほのかに上気した頬……とにかく今のアヤは全身の隅々までが扇情的だった。

 

 一時期、男子たちの間で盛り上がっていた「童貞を殺す格好」そのものだ。

 こういうことを無自覚にやってしまうから、参ってしまう。

 

 出しきってカラカラになったはずの股間に、血がみなぎってくる。

 

「……ほい、ぼーやんもどうぞ」

 

 アヤはペットボトルの半分くらいまで飲むと、俺に差し出してきた。

 

 なんとなく、反応を観察されている気がする。もしかしたら間接キスで俺が照れるのを期待しているのかもしれない。あくまで勘だが。

 

「水、口移しで飲ませてくれる?」

 

「へ?」

 

「だって仰向けのまま飲んだら、畳にこぼしちゃうでしょ」

 

「起きればいいじゃん……」

 

「寝ててって言ったのはアヤでしょ」

 

「いや、言ったけどさ」

 

「じゃあ、お願いね」

 

「……はぁ、ぼーやんはエッチだなぁ」

 

「そんな格好で煽ってくるアヤが悪い」

 

「あ、煽ってなんか……っ」

 

 見えそうで見えない彼女の股ぐらを凝視すると、慌てて裾を引っ張って隠すのが可愛い。裾を前に伸ばしたせいで、ぷるんと白いお尻が見えてしまっている。

 それに気づいたアヤは恥ずかしそうに畳に座り込んだ。

 

 なんというか……すべての挙動が可愛い。

 

「キスもできて一石二鳥だし、お願い」

 

 真面目な顔で言うと、彼女は小さいため息をついた。仕方ないな、という感じだ。

 

「畳、こぼさないようにね」

 

 そう念を押したアヤはペットボトルの水を口に含んで、コクと飲み込んだ。

 

「……ごめん、飲んじゃった」

 

「いいよ」

 

「ん」

 

 さっきより少ない量を口に含むと、そのまま無表情で顔を近づけてきた。

 

「っ……」

 

 唇が重なる。受け入れるために口を半開きにすると、彼女の唇がそれより狭く開き、冷たい水が口内に流れ込んできた。

 水分が渇いた喉を潤していく。アヤの口移しだからか、甘くて美味しい気がする。

 

 コク、コクと二度の嚥下で飲み干してしまった。彼女の舌に残った水分を舐め吸うと、ひんやりして気持ちがいい。

 

「……ん、ぁ……」

 

 そのまま舌を引っ張り込み、口内の喉に近いところで絡ませ合う。彼女の柔らかい舌が火照り出したころ、絡みをほどいた。

 

「水、美味しかったよ。ありがとう」

 

「…………もうちょっと、飲む?」

 

「飲む」

 

「ん」

 

 ほんのり頬を上気させたアヤが、ペットボトルに口を付けた。

 

 

 結局五回ほど口移しをしてもらい、五回ディープキスをした。

 

 ペットボトルをこたつの上に置いたアヤが、ブルッと震える。

 この寒い日に裸の上にニット一枚だ。さっき汗をかきまくったので、冷えてきたのだろう。

 

「アヤ、ここおいで」

 

 俺はこたつの中で横を向き、彼女の入れるスペースを作る。

 

「え……うん」

 

 アヤは遠慮がちにこたつの中へ足を入れつつ、俺と向かい合う形でごろんと寝転がった。伸ばした腕に彼女の頭が乗っかる。腕枕に収まったアヤと鼻先で見つめ合う。

 

「ぼーやん、あったかいね」

 

 彼女がもぞもぞとくっついてくる。鼻先が触れ合い、唇を尖らせればキスできる距離まで顔が近づく。

 

「俺はずっとこたつに入ってるから」

 

 彼女の腰のあたりまでこたつ布団を掛け、抱き寄せる。ニットの裾から手を入れて背中を撫でれば、柔肌が汗でひんやりしていた。

 

「ひぁっ……ぼーやんの手、あったかっ」

 

「こたつの中で温めておいたからね」

 

 背骨の硬さを確かめるように手のひらを這わせ、肩甲骨のあたりを軽く揉んでマッサージする。

 

「んっ……それ、きもちいい」

 

「こう?」

 

「あっ、そこそこ」

 

 背中側から肩をつかむように揉む。部活で鍛えているとはいえ、やはり彼女の巨乳は肩にそこそこの負荷を掛けているのだろう。

 

「は、ぁッ……」

 

 悩ましげな吐息にドキリとする。アヤは瞳をトロンとさせて、マッサージを満喫していた。抱いているときと同じ、気持ちよさそうな顔だ。

 

 正直、今すぐ抱きたい。

 アヤの魅惑的な格好やら口移しやら、こうして密着しているやらで、股間の剛直はすっかり復活していた。

 

 とはいえ、あと二時間もしないうちにアヤの家族が戻ってくる。

 今からセックスをし始めたら、いよいよ止まらない自信がある。

 

「ぼーやん、えっちなこと考えてる?」

 

「考えてる。けど大丈夫だよ、もうたっぷり抱いたし。これ以上アヤに無理をさせたくないしね」

 

 下腹部の興奮とは裏腹に、努めてクールな顔を作る。

 するとアヤがじっと目を合わせてきた。

 

「私は、考えてる」

 

「え?」

 

 思わず俺が目を見開いてしまったからだろう、彼女は気まずそうに目を伏せた。

 

「私だって、いっぱいしたいとき……ある」

 

 ――はなれたくない。

 帰ってほしくない。

 もっと、ぼーやんを感じてたい。

 だからもっと。

 はなれても感じていられるくらい。

 もっと、いっぱい。

 

 

 アヤのあふれそうな心情が流れ込んでくる。

 

 しかし熱情とは裏腹に、彼女は茶化すようにふっと笑った。

 

「なんちゃって」

 

 

 ごまかすように笑う彼女に心臓が、股間が奮い立つ。

 まったく……俺はどこまでアヤに狂ってしまうのだろう。

 

「アヤ、あっち向いてもらってもいい?」

 

「あっち?」

 

「そう、この体勢だと入れづらいんだ」

 

「え、ぁっ……」

 

 彼女の肩をつかんで、ぐるっと反対側を向かせる。俺の腕枕の上をアヤの頭が反対側を向いた。茶髪の後頭部に口を埋め、そっと囁く。

 

「膝、少し曲げて」

 

 彼女の柔らかいお尻に手を這わせ、太ももの付け根をぐっと折り曲げる。横に寝ながら膝をお腹に近づけていく感じだ。

 

「あ、あのさ……」

 

 股間を彼女のお尻にぴたっとくっつけ、腰の位置を下げながら肉棒でお尻の割れ目をなぞる。やがて亀頭の先がヌチュとした馴染みのある湿地帯をとらえた。

 

「入れるよ」

 

 アヤは返事をせず、ただコクリとうなずく。

 

 グッと腰を押し込み、内股の圧迫の中へ肉棒を差し込んでいく。横向きに寝て太ももを閉じているからか、膣口が狭い。しかし一度亀頭を蜜壺に浸すと、肉竿がヌプヌプと飲み込まれていく。

 

「うっ……はっ、あぁんッ――」

 

 こたつの中、俺は背面側位の体勢でアヤの膣中に挿入を果たした。

 

「くっ、アヤの中……さっきよりキツい」

 

「んぅっ……はぁッ、そ……うなの?」

 

「うん、すごく締め付けてきてるよ」

 

 体位のせいなのか、狭くなった膣内がぎゅうぎゅうと肉竿を圧迫してきた。相変わらず膣肉がうねって蠢動し、敏感な肉棒に容赦ない刺激を与えてくる。

 

 体勢的に激しいピストンは無理だが、膣内がぴったり肉竿に吸着しているせいか、わずかに腰を動かすだけで全身が震えるほど気持ちがいい。

 それはアヤも同じようだった。

 

「はぁっ、ぁっ……んうぅッ、あっ、あんっ……」

 

 彼女が助けを求めるように俺の腕にしがみつく。

 

「アヤの体、すごくえっちで可愛いよ」

 

 小さな後頭部にキスをし、囁く。頭蓋骨を振動させて脳に直接声を響かせると、彼女の体がブルリと震えた。

 

 腕枕をしていないほうの手をアヤの胸元へ回り込ませる。さっき背中のマッサージをする際にニットを下乳のあたりまでめくっていたので、難なく柔らかい生乳を揉むことができた。

 

「んっ、あぁんっ……」

 

 これまでの情事で全身が性感帯のようになっているアヤは、乳房をいじっただけでイってしまいそうだ。

 

 股間を小刻みに律動させながら、五本の指を使って柔乳を責める。手のひらにしっとり吸い付くおっぱいは、軽く揉むだけで心地よい弾力が返ってくる。ふわふわと包むように揉みながら、ピンと立った突起を指でいじる。

 

「あっ、はぁっ……んんッ、あぁんっ……」

 

「アヤのここもすごく敏感で可愛い。こんなに硬くして、乳首だけでイっちゃいそうだね」

 

「あっんんっ、ぁっ……だって、ぼーやんのゆび、だからっ……」

 

 ――ぼーやん、だから。

 触られるとこぜんぶ熱くなって。

 体が、ヘンになるんだ。

 

 

「俺もアヤに触ってると、気持ちよくておかしくなりそう」

 

 彼女の耳の後ろで囁き、はむと甘噛みする。

 

「ひぁっ、あッ……みみっ、だめ……っ、ん゛っ、ぁっ、あっ、あ゛ぁぁんっ――ッ」

 

 きゅうっと膣奥が締まり、アヤが絶頂した。

 

 もっと快楽に溺れさせたい。

 

 絶頂を上塗りしようと彼女の耳の裏を舐め上げ、ちゅうと吸い付く。汗で湿ってきた乳房をゆっくり揉み、触れるか触れないかのソフトタッチで乳首付近を愛撫する。

 

「あっ、はぁっ……ん、ぅ……あっ、ぼーやんっ……」

 

 ――そんな触りかた。

 だめ。

 やさしくて。

 体、ふわふわする。

 

 

 小刻みな抽送から、ゆったりとしたピストンに変えていく。甘い性感を与え続ける動きだ。

 

「ずっと気持ちいいままでいて」

 

 アヤの耳の内側で囁き、鼓膜を震わせ暗示を掛ける。

 

 体中を快感でドロドロにしたい。

 俺がいないときも体が疼いて仕方なくなるくらい。

 快楽漬けにして、心も体も俺で埋め尽くしたい。

 

「はぁっ、ぁっ……ん゛んっ、ん……あっ、ぼーやん、ヘン……なの」

 

「なにが?」

 

「んぅっ、あッ……きもちいいの、とまらなくてっ……」

 

 泣くのを我慢しているような声にゾクゾクする。

 

 さっき何度も射精したからか、強烈な射精衝動は上ってこない。ただ肉棒はアヤの膣内の快感で熱く痺れ、ゆるくイっているような感覚が続く。尻奥がきゅっと力んだままで、亀頭の先からわずかな精子が出続けているような気持ちよさだ。

 

 これがポリネシアンセックスというものだろうか。甘い絶頂とリラックスした状態が交互にやってきて、快感とともに多幸感が体中を満たしていく。

 まるで二人して快楽の温泉に浸かっているみたいだ。

 

「アヤ、イっていいよ」

 

 乳輪だけを指先でたっぷり撫で回してから、硬くなった乳首をピンと弾く。乳頭を優しく捏ね、クリクリと回す。

 

「んっ、やぁッ……ぁっ、んぅっ、んっ……んうぅっ――ッ」

 

 膣口が肉棒をきゅっと締め付けてくる。アヤは耳だけでなく、乳首でも絶頂した。

 

 ビク、ビクと震えて強ばっている体をほぐすように、腰をわずかに動かし、肉棒を使って彼女の膣内をマッサージする。

 

 アヤはイき続け俺も絶頂に溺れそうになっているのに、不思議と穏やかな時間が流れていく。

 

「はぁっ、ぁ……はぁッ、はぁ……はぁっ、んっ……ふ、ぅ……」

 

 乳房だけでなく彼女のいたるところを撫でる。色っぽいラインの肩や鎖骨、柔らかい二の腕、極上の圧迫感のある胸の谷間、それぞれ違う肌触りと凹凸を手のひらで味わっていく。

 なめらかなお腹をさすり、下腹部で止める。ちょうど俺の肉棒が挿入されているあたりを手のひらの熱でじんわり温める。

 

「あっ……んっ、はぁッ、ィ……く、ぼーやんっ、また……イっちゃ、ぅ、よぉ……っ」

 

 ――ぼーやんの手、あったかくて。

 お腹の奥、あつくて。

 中、しびれて。

 どうしよう。

 どうして、こんなに。

 感じるの。

 

「ふ……ぁっ、あぁっ、ん……イくっ、あッ、きちゃうっ……はぁッ、んっあぁぁっ……くうぅぅっっ――――ッッ」

 

 ビクビクビク――とアヤが痙攣した。手のひらで温めている下腹部を指先でトントンと刺激して、さらに絶頂を促し続ける

 

 腟肉がぬくぬくと蠢いて肉竿を圧迫してくる。膣奥がきゅんきゅんと亀頭に吸い付き、精をねだってくる。膣中で肉棒がぐぐっと硬くなり、射精直前のもどかしさに襲われる。

 

「今度はアヤが下になって」

 

「んん゛っ――」

 

 耳元で囁くと、それだけでアヤはイってしまう。

 彼女の首から腕を抜き、膣からも肉棒を引き抜く。畳の上で仰向けにすると、その淫らな姿に釘付けになった。

 

 目元は涙で潤み、焦点の定まらない瞳が宙空をさまよっている。前髪はおでこや頬に貼り付き、他の髪は乱れて畳に広がる。半開きの唇からは熱のこもった甘い吐息を漏らしている。

 

 肩のところまでめくれ上がった黄色いニットがたまらなくエロい。

 汗に濡れた裸体はところどころ紅潮していて、絶頂の余韻でかすかに震えていた。苦しそうな呼吸に合わせて上下するおっぱいの中心で、美味しそうな桃色の乳首がピンと天井を向いている。

 

「……ごめん、ちょっと加減できないかも」

 

 全身を獣のような衝動が支配する。

 ニットのボタンを外すことなく、彼女にバンザイをさせて脱がす。

 

 アヤに覆いかぶさろうとすると、ガタッと腰がこたつテーブルに当たった。低いこたつの中で腰を重ねるのは難しそうだ。

 

 彼女の体を抱きかかえながら、お互いの下半身をこたつから出す。

 今度こそアヤに覆いかぶさりながら、その太ももの間に腰を滑り込ませる。ドロドロに蕩けた膣口に亀頭をあてがい、腰を沈めた。

 肉棒を奥まで押し込むと蜜壺から愛液があふれ出し、股間をじんわりと冷やす。しかし密着した互いの体温ですぐにぬるくなっていく。

 

「動くね」

 

 火照った耳元に囁くと、アヤはただ体を震わせた。

 

 腰を引き、ゆっくり突く。ズチュッと淫らな水音が響き、彼女の乳房が揺れる。

 

「はあっ、ぁっ」

 

 アヤが吐息混じりに甲高い嬌声を上げた。

 杭打ちのようなピストンではなく、彼女のお腹の裏側――性感帯を亀頭でこするように出し入れする。

 アヤの肩と畳の間に手を差し入れ、柔らかい体を閉じ込めたまま突き上げる。

 

「んぁっ……ぁ゛、はぁんッ……」

 

 投げ出されていた彼女の細腕に力が入り、小さな手がぎゅっと握られた。

 

「アヤ、俺につかまってて」

 

 耳元で囁くと、アヤの腕がゆっくり俺の首に巻き付いてきた。ぎゅっとつかまっているというよりも、力無くしがみついているという感じだ。

 それでも互いの密着度合いが増し、汗でヌルヌルしたお腹同士がくっつき、俺の胸板で豊満な乳肉がむにゅうと潰れた。

 やはり正常位がセックスの自然な形なのだろう。全身のフィット感が半端ない。

 

 体の前面をこれでもかと密着させながら、腰だけをくねらせる。ズチュ、ズチュと肉棒で膣中をえぐり、快楽を注ぎ込む。ねっとり突き上げるような動きのまま、抽送のペースを早めていく。

 

「はぁっ、あっ、ん゛……ぁっ、あッ……あんっ、あっあっ、あ……あぁッ……」

 

 ズチュズチュと規則的な音に合わせて、アヤが高い声で喘ぐ。その可愛い悲鳴が鼓膜を痺れさせ、下半身を力ませていく。

 

 せきを切ったように股間が激しくうねる。バチュ、バチュと腰をくねらせ彼女の膣内を突く。下半身が波打つようなピストンだ。

 開脚したアヤの足が浮き、抽送のたびに宙空を蹴った。

 

「あぁっ、あッ、ん゛っぁ、は、あっ……あぅ、あっあっあっあっ……」

 

 彼女の手が俺の肩をせわしなく這う。汗で滑ってしがみつけないのだろう。快感で腕の力が抜けながらも、振り落とされないように必死にしがみついている。

 

「ぐ、ぅ……アヤ、出る……イくよ」

 

 耳元で囁くと、彼女のほうも俺の耳に口を寄せた。

 

「ぅ、ん……い、いっしょに、イこ」

 

 切ない声に全身が痺れる。強烈な射精感が下半身で渦巻く。

 

 アヤの顔を見つめると、求めるように唇が開いた。顔を当てるようにキスをし、彼女の火照った口内に舌を入れる。

 

「んむ……ちゅ、ぁっ、ぇぁ……ん、ふ……ぅ、じゅぅ……ぁ、ん゛っんっ……」

 

 速い抽送でアヤの膣中を犯しながらも、口内ではねっとりと舌を絡ませ合う。ねろ、ねろとゆっくり味わうように舐め合った。

 

 ブルリと腰が震え、精巣から尿道へと精が飛び出していく。

 

「んぐぅっ……う゛うぅぅっ……!」

 

 ドクドクドクッ――と肉棒が打ち震えた。喉奥からくぐもった音が出て、息が止まる。ビュクビュクと射精している感覚で全身が強ばる。足先がピンと伸び、痙攣する。

 最後の一滴を搾り出すように肉棒が震えると、彼女の背中が跳ねた。

 

「ん゛ぅっ、く……ん゛ん゛んんっっ――――ッッ」

 

 喉奥で喘ぎながらアヤが絶頂した。

 絡まった舌を通して彼女の性感が流れ込んでくるが、気持ちいいがぐちゃぐちゃに混ざり合っていて頭が真っ白になる。

 

 まるで炭酸を浴びているような快感の奔流がつま先から脳天までを貫き、キスを通じて相手に流れ込み、結合部を通じて戻ってくる。

 

 ぐるぐると循環し続ける快楽の洪水に溺れてしまいそうだ。

 

 消えかかりそうな意識の中、体からふっと力が抜けた。

 

 上体を支えていた腕がガクッと曲がり、アヤの体を押し潰す。

 

「は、ぁっ」

 

 俺の体重に潰され、彼女が苦しげな吐息を発する。

 

 体を持ち上げようとするが、全身を駆け巡る快感のせいで腕に力が入らない。

 

 すると俺の背中に回されていたアヤの手に、きゅっと力が込められた。

 

 ――このままで。

 

「このままが、いい」

 

 

 その言葉に甘えるように、全身から力が抜けていく。

 

 密着した胸が、心臓の鼓動を伝え合う。

 

 静かな六畳間で、鼓動の音が次第に重なっていく。

 

 荒い吐息が合わさっていく。

 

 

 これから会えない二日間を埋めるように、俺たちは互いを感じ合った。

 



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幼馴染と駅のホームで手を振り合った(四十三日目 金・夕方)

 俺たちはつながったまま、抱きしめる力を強めたり、たまにキスをしたりして絶頂が収まっていくのを待った。

 

 ふと窓から縁側のほうを見ると、陽射しの角度が変わっているのに気づく。空気に赤みが混じっているから、夕暮れが近いのだろう。

 

 ――来る。

 

 

 直感の警告が脳内に響く。

 もう少ししたらみんなが帰ってくる。

 

 俺は腕に力を入れてゆっくり上体を起こし、アヤを見つめた。

 

「そろそろシャワー浴びようか」

 

 すると彼女が少し驚いたように眉を上げる。

 

「え……一緒に?」

 

「……いいの?」

 

「あ、いや……えと、みんなが帰ってきたら……気まずい」

 

 それはそうだ。

 二人で仲良く風呂場から出たらお父さんやお母さんとばったり……なんてのはさすがに避けたい。

 

「そうだね。じゃあ別々に入ろうか」

 

「うん……別々にね」

 

 と言いつつ、お互い体を離そうとしない。この温もりと幸せな感触から離れたくない。そんな思いからも、時間稼ぎの会話だった。

 

 仕方ないな。俺から離さないと、二人でこのまま家族と挨拶することになってしまう。

 

「アヤが先に浴びておいで」

 

「うん……ささっと出るから」

 

「うたた寝しないようにね」

 

「しないし」

 

「じゃあ、抜くよ」

 

「……うん」

 

 腰を浮かせて、彼女の膣中から肉棒を引き抜く。

 

 お互い緩慢な動きで起き上がると、ティッシュで拭き合った。

 

 

「じゃあ、浴びてくるね」

 

「いってらっしゃい」

 

 アヤはさっきと同じ黄色いニット一枚の姿で、下着とショートパンツを抱えて六畳間を出ていった。

 

「さすがに冷えるな」

 

 俺も脱ぎ捨てた服に手を伸ばす。とりあえずトランクスを穿こうとしていると、襖の陰からアヤがひょっこり顔を出した。

 俺の間抜けな中腰姿を見たからか、彼女がこれから恥ずかしいことを言うからか、頬が朱く染まっている。

 

「……やっぱり、一緒に入る?」

 

「ああ入ろう」

 

 俺は間髪入れず即答した。

 

 

 二人でそそくさと風呂場に行き、シャワーの蛇口をひねる。シャワーヘッドを持ったアヤがこちらを振り向く。

 

「私が洗ってあげるよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 俺はまたしても即答する。

 

 アヤが俺の肩や胸にお湯を掛けながら、手のひらでこすってくる。温かいお湯で汗やベトつきが落ちていく爽快感と、彼女の優しい手の感触ですごく気持ちがいい。

 思わず吐息が漏れてしまうほどだ。

 

 ……マズい。

 全裸のアヤに体を撫でられているせいで、股間に血が集まってくる。

 

 あれだけ射精したのでさすがにギンギンに剛直するほどではないが、アヤが目を丸くするほどには勃起してしまった。

 

「ぼーやん……まだ、足りないの?」

 

 呆れるというよりも純粋に驚いたという顔をしている。

 

「ごめん。アヤの裸を見てたら体が勝手に」

 

「……時間、ないから」

 

 暗に、今日はもう性行為はできないと言われてしまう。当然だろう。

 ただ、そんな名残惜しそうな顔をするのはやめてほしい。

 

「分かってるよ。楽勝で我慢できるから」

 

「つらくない?」

 

 だからその心配そうな上目遣いもやめてほしい。

 俺はさっき縁側で眺めた山々を思い浮かべ、なんとか股間を落ち着かせる。

 

「大丈夫だよ」

 

 余裕の表情でニッコリ笑ってみせた。

 

 

 ……さすがに石鹸で陰毛を泡立てられ、肉棒を手のひらでしごかれるように洗われたときは、腰が抜けるかと思った。

 

 アヤは分かっててやっているのだろうか。若干の焦りを浮かべているのを見ると、わざとではなさそうだ。

 

「――はい、終わり! じゃあ私も洗うからちょっと待っててね……あ、先出ててもいいよー」

 

「いや、今度は俺が洗ってあげるよ」

 

「え……えっと、だめ……」

 

 アヤがシャワーヘッドごと自身の体を抱きしめる。

 

「どうして?」

 

「今触られたら私、ヘンな気分になっちゃうから」

 

「……それもそうだね」

 

 今さんざん俺を触ったくせに……と言おうとして、やめる。

 

 こんなに彼女に欲情して、襲って、欲情してしまうことを伝えているのに、どうも自分が放つ色気や煽るような言動には無頓着のようだ。

 まあ、それも俺に対してだけなのだろう。

 

 それは嬉しくもあるが、我慢しないといけない局面で我慢しないといけない俺の身にもなってほしい。

 

 そしてアヤの言うとおり、もし今ここで彼女がヘンな気分になってしまったら……俺は間違いなく我慢できない。

 

 そんなことを悶々と考えていると、下を向いたアヤがポツリとつぶやいた。

 

「帰ったら、また……しよ?」

 

 俺の胸板にそっと手を当ててくる仕草がたまらない。

 

 いよいよ襲いたくなったので、俺はアヤのおでこにキスをして、先に風呂場を出ることにした。

 

 

 脱衣所で、大きく深呼吸をする。

 

 さんざん彼女を抱いているのに、いまだに自分を抑えられなくなりそうで困る。まるで付き合いたてのカップルみたいだ。

 ……いや、日数的には付き合いたてだが。

 

 いつか、お互い欲情せずに楽しく洗いっこができる日が来るのだろうか。

 

 そんなことをぼーっと考えながら、俺はシワシワになったTシャツを被った。

 

 

***

 

 

 みんなが帰ってきたのは、ちょうどアヤが髪を乾かし終わったころだった。

 

「ぼーやん待たせたね、新幹線の駅まで送ってあげるよ」

 

 アヤのお父さんはそう言うと車のキーを掲げて見せた。渋いダンディな顔と相まって、トレンディ俳優みたいだ。

 

「ありがとうございます」

 

「あ、私も送るから、ちょっと待ってて!」

 

 そう叫んだアヤが、慌てて階段を上っていく。どうやら服を着替えるらしい。

 

「そういえばハルくんは?」

 

 聞いてみるとヒロト君がつまらなそうに答えた。

 

「なんか風邪引いたんだってさ」

 

「そうなんだ」

 

 なんとなく、ハルくんには最後に何かを言われると思っていたのだが。

 アヤのことを頼むよ、とかなんとか。

 

 彼に対して危機感のようなものは一切湧かないが、少し拍子抜けな感もある。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

 アヤが階段をダダダッと下りてきた。

 

 彼女は黄色いニットの下に白いTシャツを着ていた。下はショートパンツではなく七分丈のジーンズだ。

 

 さっきまでの大胆な露出は影を潜めたが、それでも。

 

「可愛い。そういう格好もすごく似合うね」

 

「へぁっ!? あ、ありがと……」

 

 お父さんの目の前なのも忘れ、つい甘いやり取りをしてしまった。

 

 

***

 

 

 車の中では、さっきの甘い空気をごまかすように、二人で幼馴染のような会話に終始した。

 

 来たときと同じようにアヤが外の風景をいちいち説明し、俺がそれに相槌を打つ。たまに冗談を言い合ったり、からかったりした。

 

「ところでプールは楽しかったかい? アヤ、泳ぎの練習に付き合ってもらったんだろう?」

 

 お父さんがために後部座席に話を振ってくる。

 

「ウォータースライダーが、楽しかったよ……」

 

 アヤが何かをごまかすように、小さくつぶやいた。きっと流れるプールやシャワー室での濃厚なセックスを思い出しているのだろう。

 

「アヤ、泳げるようになりました」

 

「おおぉっ、マジか!」

 

 お父さんが珍しく若者口調になった。心底驚いているのだろう。

 

「運動神経がいいんで、コツをつかんだら後はスイスイでした」

 

「そっか、そっか……ぼーやんは凄いなぁ」

 

 お父さんが感慨深げに前方の、遠くを見つめた。

 

 きっと、アヤが川で溺れたときのことを思い出しているのだろう。

 溺れたと聞いてお父さんも物凄く心配になったに違いない。一緒に海に行って、アヤが泳げなくてまた溺れたりして、ずっと気が気でなかったのだろう。

 

 バックミラー越しに、お父さんの顔がわずかに緩んでいるように見えた。

 安心したような、でも少し寂しいような、そんな複雑な心情が伝わってくる。

 多分俺も父親になったら、いつかこんな顔をする日が来るのだろうなと、なんとなく思った。

 

 

 

 

「じゃあ、お父さんは車で待ってるから」

 

「わざわざありがとうございました」

 

 お父さんにお礼を言うと、アヤと二人で駅の改札へ向かう。

 

 来たとき、彼女が座っていたベンチを通り過ぎる。ついさっき、ここでアヤと再開したような気がする。

 

 二泊三日の小旅行は濃密で、あっという間だった。

 

 だだっ広い駅の構内を新幹線の改札に向かって歩く。俺もアヤも無言だ。

 

 改札まで来ると、アヤが立ち止まった。

 

「じゃあね、ぼーやん」

 

 一生懸命、上機嫌な笑顔を作ろうとしている。

 

 そんな彼女に、俺はあらかじめ用意しておいた新幹線の切符を二枚差し出した。

 

「ごめん、ちょっとだけワガママに付き合ってくれない?」

 

「え……?」

 

「できればホームで見送ってほしいんだ」

 

「……なにそれ」

 

 アヤは呆れたように微笑むと、嬉しそうに切符を一枚手に取った。

 

 

 エスカレーターを上り、ホームに出る。

 

 夕陽が照らすホームには驚くほど人の影がない。

 

 軽快な音楽が鳴り、アナウンスが流れる。

 あと十分ほどで新幹線が来るらしい。

 

 アヤを見れば、ニットの長袖の中に手のひらを隠していた。いつもは袖をまくっているのに、今は指先だけをちょこんと覗かせている。

 秋の冷たい空気を通して、彼女の心情が伝わってきた。

 

 ――またすぐ、学校で会えるのに。

 寂しい。

 いってほしくない。

 あの縁側に、いっしょに。

 もどりたいな。

 

 

「ぼーやん、あの」

 

 ――どこにも、行かないでね。

 

 

 アヤが顔を上げ、少し泣きそうな顔をした。

 

 別れ際、いつも一瞬だけこういう顔をする。

 人一倍の寂しがり屋。

 彼女の数少ない短所で、俺にとっては数多ある魅力の一つだ。

 

「アヤ、俺はどこにも」

 

 ――行かないよ。

 そう言おうとして、やめる。

 アヤの強い思いが流れ込んできたからだ。

 

 

 ――ううん

 違う。

 ぼーやんに伝えたい言葉は、そうじゃない。

 

 

「私は、どこにもいかないから」

 

 ――だから安心して。

 大丈夫だよ、ぼーやん。

 

 

 温かい、確信めいた心が伝わってくる。

 

 そうだな。

 アヤも俺も大丈夫だ。これから、一生。

 

 

「うん、知ってるよ」

 

 優しく微笑み、同じように微笑んでいる彼女の唇にキスをする。

 

 アヤが別れ際を明るくしてくれた。次は俺の番だ。

 

「俺からもいい?」

 

「なに?」

 

「これ、まだ渡せてなかったから」

 

 俺はリュックのサイドポケットからベロア素材の小箱を取り出す。アヤに差し出しながら上下に開くと、中にはシルバーに輝く指輪があった。

 

「これ……」

 

「結婚……いや、婚約指輪かな。結婚指輪は二人で選ぼう」

 

 俺はもう一つのサイドポケットから同じ小箱を取り出し、中の指輪を自分の薬指にはめた。

 

 アヤはさっきとは別の意味で泣きそうな顔になっている。下唇を噛み、必死に堪えているようだ。

 

「……ありがとう」

 

 絞り出すようにつぶやき、涙目で見上げてくる。

 指輪に視線を落とし、もう一度俺を見つめてからわずかに唇を開いた。

 

「はめてもいい?」

 

 そよ風にもかき消されてしまいそうな声で、アヤが聞いてくる。

 

「いいよ」

 

 俺がはめるのは、結婚式までとっておこう。

 

 アヤはおずおずと小箱に手を伸ばし、大事そうに指輪を取る。

 

 バイトで溜めた金で買った特注のシルバーリングだ。

 サイズはぴったりなはず……なのだが、少し不安になっている自分が笑える。

 

 彼女の細い薬指に、指輪がおさまる。

 

 アヤは今にも泣きそうだ。

 

「……うれしい」

 

 か細い声でつぶやく。

 

「うれしいよ、ぼーやん」

 

 今度はしっかり言葉にした。

 涙ではなく、満面の笑みをこぼすことにしたようだ。

 

「よかった」

 

 本当に。

 

 別れ際は、全部幸せな思い出にする。

 一瞬だって寂しい思いをさせない。

 俺はそう決めている。これからもずっと、そうするつもりだ。

 

 

 ちょうど、新幹線の到着を告げるアナウンスが響く。

 すぐに白い流線型の車体がホームに滑り込んできた。

 

「じゃあ行くね」

 

「……う゛ん」

 

 ――だめ。

 こういうときに泣いたら。

 別れ際は楽しくしてあげたい。

 泣くのはぼーやんが行ってから。

 

 

 新幹線の狭い乗車口に入り、振り返る。

 目が合うと、アヤはにっこりと笑った。

 

 俺が手のひらを見せると、彼女も手を上げる。

 いつの間にか袖まくりをしていた白い細腕が、左右に振られた。

 

 この光景を、俺は一生忘れないだろう。

 

 ふとそんなことを思ったら、なぜだか泣きそうになった。

 

 いけない。この流れで俺が泣いたら元も子もない。

 

 口角を上げて微笑み返す。

 何も心配はいらないという、いつもの平然とした顔で。

 

 

 俺たちは家の前でバイバイする幼馴染のように、手を振り合った。

 

 

 

 

 新幹線の席に座り、外の景色をぼーっと眺める。

 

 無機質な建物群はすぐに、平凡な山々や畑に変わった。あと三時間もすれば、俺を取り巻く世界は日常に戻る。

 

 アヤがいないとき、俺の視界はいつも色あせている。

 

 なのに今は、この何の変哲もない夕暮れの風景が、不思議と輝いて見えた。

 

 

 



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幼馴染と教室で幸せな温もりに酔いしれた(四十六日目 月・午後)

 教室の窓から、校庭をふんわりと眺める。

 

 昨日雨が降ったせいで、そこかしこに水たまりができていた。登校してくる生徒たちが水たまりを避けながら歩いている。校庭全体が濡れているから、朝陽に反射して煌めいている。

 

 そんな悪条件でもサッカー部は一生懸命、朝練で汗を流していた。その中には時田の姿もある。校庭の隅で青い水筒を持っている女の子は、彼女だろうか。

 

 俺はスマホに視線を落とした。

 

 アヤと新幹線のホームで別れた後、お互いにメールをしていない。

 もう寂しくない、の暗黙の合図だ。

 

 確か今日の午後から復帰すると言っていたので、それを楽しみに待とうと思う。

 

 

 

 

「ぼーやん、少し時間ある?」

 

 昼休みに廊下を歩いていると、ユカリに呼び止められた。

 

「ああ、別にいいよ」

 

「……いいんだ」

 

 メガネ越しの瞳が驚いたように見開いていた。

 

 

「図書室、ね」

 

「問題ある?」

 

「ううん、ない」

 

 話があるというので、俺はユカリを図書室に連れてきた。

 

 テスト期間明けの図書室は、昼休みというのに閑散としている。俺たちは大きなテーブルを挟んで座っていた。

 図書室なのでお互いそこそこ小声で話す。

 

「あのさ、私ぼーやんに振られたじゃない」

 

「うん」

 

「それでまあ勉強に専念していたんだけど……端的に言えば、私にも相手ができました」

 

 ユカリが真面目な顔で見つめてくる。相手というのは恋人のことだろう。

 小柄な背筋を伸ばし、かしこまった雰囲気だ。

 

 こういう律儀な感じが、本来の彼女なのだろう。

 

「そうなんだ」

 

「うん、一応報告しなきゃと思って。ぼーやんと、アヤには」

 

 アヤにはもう話したの? とは聞かない。

 それは彼女たち二人の問題だ。

 

「そうなんだ」

 

「アヤは……ああ見えてすごく真面目な子だから、私に対して負い目みたいなものを感じてると思うんだ」

 

「そうだね」

 

 アヤは文化祭以降、ユカリのことを一切口にしなくなった。

 自分が負い目を感じているのもあるが、一番は俺に負い目を感じさせないためだろう。

 

「だから、もう気にしなくていいんだよって伝えられるのは、私としても喜ばしいんだ」

 

「それは、よかったね」

 

 心からそう思う。

 

「ぼーやんのおかげだよ」

 

「そっか」

 

「うん、私と……真面目でつまらない私と真剣に向き合って、真摯に振ってくれたから」

 

 ユカリがふっと笑う。

 目尻の下がった穏やかな笑顔だ。これも、彼女の本来の顔なのだろう。

 

「だから変われたんだ……アヤみたいに」

 

「アヤみたいに?」

 

「そう、強くなった」

 

「それは、そうかもね」

 

 確かにアヤは何度も、直感がびっくりするくらい飛び越えてきてくれた。

 

 でもそれを言うなら、俺のほうがアヤにもらってばっかりだ。

彼女を手に入れるために強くなって、いろんなことに気付かされて、モノクロだった視界が色づいて。

 

 世界が、広くなった。

 

 俺の返事が気に食わなかったのか、ユカリがさらに言い募る。

 

「そうなんだよ……自分を偽る必要なんてないって、ぼーやんが思わせてくれたの。だから、嘘のない私を好きに……なってくれる人が、できたりしてっ……」

 

 ユカリが恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その様子から、彼女が恋人さんをどれくらい好きかが伝わってくる。

 

「それは、よかったね」

 

 俺は多分、初めてユカリに笑いかけた。

 

「うん……ありがとう」

 

 ユカリもふんわりと笑う。

 

 しかしすぐに、彼女の顔は真剣なものに戻った。

 

「……ところでさ、ぼーやんはまだ直感の声って聞こえてたりする?」

 

「まあ、たまに」

 

 ユカリは握った手を口元に当て、「ふむ」とつぶやいた。何か思考を巡らせているようだ。

 

「私はね、聞こえなくなった」

 

「そうなんだ」

 

「私の推論を言ってもいい?」

 

「どうぞ」

 

「あの声は、もう一人の自分なんじゃないかな。心を偽って、抑え込んでいた情念とか本能に近い、何か……二重人格みたいな」

 

「そうかもね」

 

「それが何かのきっかけで……多分私はぼーやんに触発されて覚醒したんじゃないかと。超能力……というか潜在能力が目覚めるみたいな感じで。だとすれば説明も……無理やり付けられないこともない」

 

 ブツブツと自問自答をしていたユカリが、「非科学的すぎる」と言ってテーブルに突っ伏した。ゴンという音が静かな図書室に響く。

 

 好奇心旺盛というか、こういうことが気になって仕方ないという感じだ。もともとのユカリはこういう気質なのだろう。

 

「ぼーやんは、なんだと思う?」

 

 ユカリが上体を起こし、研究者のような顔で見つめてくる。

 

「さあ……なんでもいいかな」

 

 それは変わらない本心だ。

 直感の正体がもう一人の自分だろうが、超能力だろうが大仏さまだろうが俺にはどうでもいい

 

 アヤを完全に手に入れて、幸せにできればそれで。

 

「……ぼーやんはそうだったよね。ごめん、どうでもいいことをベラベラと……つい気になっちゃって」

 

「問題ないよ。それに」

 

「ん?」

 

「こっちのユカリのほうが、いいと思う」

 

 メガネの奥の瞳が、またも見開く。

 

「……ありがとう。私の、その……パートナーもっ、同じこと言ってくれた」

 

 ユカリが嬉しそうに笑う。セミロングの黒髪がふわりと揺れた。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

 

 俺は静かに立ち上がった。

 

「あーごめん、用事あったりした?」

 

「いや、そろそろアヤが来るって直感が言ってるんだ」

 

 

***

 

 

 教室に戻ると、アヤの親友のカナッペが近づいてきた。

 

「ぼーやん、そろそろアヤ着くってさ」

 

「そうなんだ」

 

「『恥ずかしいから迎えに来て~』ってメール来たから、『待ってるから一人で来い』って送っといたのよ。ということで、ぼーやん出迎えてあげたら? サプライズってやつ」

 

 ユカリと他の女友だち達がニヤニヤ笑っている。

 なるほど、驚いて照れるアヤを見て楽しもうという魂胆らしい。

 

「うん、もともとそのつもりだよ」

 

 俺は教室の入り口を見つめた。

 

 ――あと三十秒。

 

 直感が囁く。

 アヤとの距離を教えてくれるあたり、本当にカーナビみたいだ。

 

 ――あと十五秒。

 

 そろそろか。

 

 俺はゆっくりと入り口へ向かう。

 

 ――あと三秒。

 

 ふっと息を吐き、廊下に出る。

 

「うわっ、びっくりした……!」

 

 目の前に、驚き顔の美少女がいた。

 長袖のブラウスの上に、お祖父さんの家で着ていた黄色いニットを羽織っている。二日しか経っていないのに、すごく大人びたように見える。

 

「おかえり」

 

 優しく笑いかけ、幼馴染の茶髪を撫でる。

 

「ただいま」

 

 彼女も上機嫌そうに笑い、でも何かを要求するような目で見つめてきた。まるで飼い主を見つめる子犬のような、褒めてと言わんばかりの眼差しだ。

 

 不思議に思った瞬間、ふと複数の視線を感じた。

 気づけば廊下にいる生徒たち――だけじゃなく教室にいる大勢が、俺たちに注目している。

 

 そんな中でもアヤは笑顔で、背筋を伸ばして立っていた。

 

 なるほど、だから褒めてなのか。

 

 俺は彼女の頭を何度か撫で、ついでに頬に手を添えてみた。

 

「……ぅッ」

 

 アヤが笑顔のまま口を引き結ぶ。頬がじんわり汗ばんでいる。

 

 俺としてはこの流れで抱きしめたかったのだが、それは我慢する。さすがにアヤが恥ずかしさで倒れてしまう。

 

「アヤぁ~! 寂しかったぞぉ~!」

 

 カナッペが教室から出てきてアヤに抱きついた。他の女友だちも彼女を囲む。

 石のように動かなくなってしまったアヤに助け舟を出してくれたのだろう。

 

 もみくちゃにされる彼女を微笑ましく思いながら、俺は自分の席に戻った。

 

 

 予鈴がなると、アヤたちも教室に入ってくる。

 

「あ、次移動じゃん!」

 

 カナッペが声を上げる。次の授業は理科準備室で実験だ。

 

 俺やアヤをチラチラ見ていたクラスメイトたちも、そそくさと教室を出ていく。

 

 ゆったり教科書とノートを準備していると、いつの間にか人の姿はなくなっていた。

 多分これも、直感の粋な計らいなのだろう。

 

 なぜなら。

 

 

 タッタッタと廊下から軽快な音が響いてくる。聞き慣れた幼馴染の足音だ。

 

「あ、やっぱりまだいた」

 

 アヤが無人の教室に入ってくる。

 

「今行こうと思ってたところだよ」

 

「お昼寝ぼーやんしちゃってんのかと思った」

 

 言いながら隣までやって来る。座っている俺と比べると、立っているアヤのほうが少しだけ高い。

 ……のだが、今日は特に高く見える。表情が大人びてきたからか、彼女からなんとなく余裕が漂っているからか。

 

 そんなことを考えていると、アヤが教室のほうをチラと見た。

 

「あの、さ……ぼーやん」

 

「ん?」

 

「ありがと……こ、コンヤクユビワ」

 

 なぜかロボットのような口調になるアヤが面白い。頬を染めて、入り口のほうを横目で気にしている様子は相変わらず可愛い。

 

 大丈夫。この教室には当分誰も来ない。

 

「結婚指輪はもっと、ちゃんとしたのを選ぼう」

 

「う、ううん、これで十分……私の、宝物だよ」

 

「そっか」

 

 それは嬉しい。

 とはいえ結婚指輪はもっと奮発するつもりだが。

 

「駅で、もらってから……肌身離さず付けてる」

 

 アヤは瞳を潤ませながらブラウスのボタンを外し始める。第二ボタンが外れると、白い谷間が覗く。

 おもむろに中腰になると、豊満な谷間を見せつけてきた。

 

 ピンク色のブラジャーが目に飛び込んでくる。あの六畳間で抱いたときに付けていたのと同じ柄だ。

 

 その魅惑的な胸元に、細いシルバーネックレスにつながれた指輪がぶら下がっていた。

 

「チェーン、付けてくれたんだ」

 

 うちの学校は指輪やピアスが禁止されているので、指輪ケースにネックレスチェーンを入れておいたのだ。

 

「付けるに決まってるし……お風呂でも外してないよ」

 

「俺もずっと付けてる」

 

「見てもいい?」

 

 アヤが俺のワイシャツに手を伸ばし、第三ボタンまで外した。

 開いた胸元に彼女の細指が触れる。ネックレスをなぞり、指輪をつついてくる。

 

「ぼーやんは私のものって証みたい」

 

 アヤが嬉しそうにつぶやいた。

 

「……少しくすぐったいかな」

 

「あ、ごめん……」

 

 指がパッと離れる。

 

 俺は彼女の背中に手を回すと、ぐいっと引き寄せた。

 

「ひゃっ」

 

 アヤの開いた谷間に顔を埋め、指輪に唇を重ねる。両頬が柔らかい圧迫に包まれる。

 

「お返し」

 

「なに、それ……んっ、だめっ……り、理科準備室、行かなきゃ」

 

「そうだね」

 

「誰か、来ちゃうっ……」

 

「誰も来ないよ」

 

 あと十分くらいは誰も来ない。直感もそう言っている。

 

 俺は、思った以上に嬉しかったらしい。

 

 ――ぼーやんは私のものって証みたい。

 

 アヤの言葉が頭の中で反響している。

 彼女の体の一部になった指輪に、もう一度キスをした。

 

「あんっ、もぉ……ぼーやんえっち過ぎっ……んッ、ぁ……」

 

 真っ赤になった顔の火照りが引くまで、あと五分くらいは掛かる気がする。

 それまでは、こうしてごまかしていよう。

 

 ヒュウと冷たい風が吹いた。

 窓が開いているのだろう、昨日の雨の名残りで湿った空気が流れ込んでくる。

 これならすぐにクールダウンできそうだ。

 

「ヘンな気分、なっちゃうのっ……」

 

 アヤが泣きそうな声でつぶやき、首に手を回してきた。ぎゅうっと包むように抱きしめられる。ご褒美のハグ、だろうか。

 

 ……これは、クールダウンまで少し時間が掛かるかもしれない。

 

 俺もアヤの腰に手を回し、抱きしめ返す。

 

 

 昼下がり。

 誰もいない教室で。

 

 俺たちは幸せな温もりに酔いしれた。

 

 









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卒業編
幼馴染と一緒にバイトをした(六十五日目・土 午後)


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 路線バスの車窓から、ぼーっと外を眺める。

 朝の肌寒い空気で、過ぎていく街並みが透き通って見えた。

 

 今日は土曜日。

 アヤの田舎に行き、婚約指輪を渡してから二週間が経とうとしていた。

 

「んぅ」

 

 すぐ隣から可愛いうめき声が聞こえた。

 俺の胸板に寄りかかっていた茶色い頭が、ゆっくりと起き上がる。そのショートカットを軽く撫でながら声を掛ける。

 

「アヤ、おはよう」

 

「う゛ぅ……おはよ。……私、寝ちゃってた?」

 

「幸せそうにね。もうちょっと寝てたら?」

 

「……起きる。そろそろバイト先、着いちゃうし」

 

 アヤがこっちの席に身を乗り出して、窓の外を睨みつける。

 その目線の先に、彼女がバイトをしている結婚式場の屋根が見えた。

 

 リョウジ叔父さんの中華レストランにストーカーが現れて以来、アヤはお店の手伝いに行っていない。リョウジさんが「繁忙期じゃないから」と手伝いをお願いしなくなったからだ。

 彼女にまた危険が及ばないようにという配慮だろう。

 

 多分アヤもそれに気づいていて、最近はリョウジさんの店の話題を出さなくなった。

 まあ、彼女としては以前「初恋はリョウジさん」と明かしているので、俺に話すのが少し気まずかったりもするのだろう。

 

 でも俺が平日はずっと姉貴の現場でバイトをしているのを見て、「私もバイトしたいな」とこぼすことがあった。

 

 そんな彼女から「結婚式場でバイトしたい」と言われたときは少し驚いた。アヤは中華レストランの白いコックコート姿が様になっていたし、もうちょっとこう……体育会系というか、チャキチャキした感じのバイト先を選ぶと思っていたからだ。

 

「ぼーやん、メイク取れてない?」

 

 窓の外を見ていたアヤが不意にこちらを向いた。

 

「うっ……」

 

 真っ正面から見る彼女の可愛さに、変な声が出てしまう。

 

 比較的童顔だったはずの顔は、うっすらナチュラルメイクが施されているせいで整った目鼻立ちが強調されていた。式場スタッフとしての身だしなみらしい。

 

 本当にアヤは化粧で様変わりする。

 うっすらとしたメイクなのに、もともとの「愛嬌のある可愛さ」に「美人」が上塗りされてしまっていた。

 

「ちょっとぼーやん、『うっ』て何よ、『うっ』て……」

 

 アヤが馴れ馴れしく俺の肩をポテっと叩く。

 むっとした表情も、これまた可愛いらしい。

 バイト先でもさぞかし多くの男を惑わせてしまっているのではないかと、いらぬ心配をしてしまう。

 

「……メイクは取れてないよ。まあアヤはすっぴんくらいがちょうどいいとは思うけど」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 アヤが眉間にシワを寄せて不満げな顔を作る。

 

「化粧すると、アヤは美人になるから」

 

「うっ……」

 

 茶化すでもなく事実を淡々と伝えると、彼女の口から変な声が漏れた。

 

 

 バスを降りて、式場までの道を並んで歩く。高台への坂道を少し上ると、あたりの景色は閑静な住宅街から緑豊かな木々に移り変わる。

 

 ふと、前を歩くアヤが振り向いた。

 

「今日、お手伝い来てくれてありがとね」

 

「いいよ、ちょうど姉貴の現場も休みだったし」

 

 にっこり笑う彼女に、俺も笑みを返す。

 

 そしてつい、今日のアヤのコーディネートに見惚れてしまう。

 

 オーバーサイズの白い長袖のロングスウェットを膝上あたりまで伸びていて、その下に黒いタイトジーンズを穿いている、シンプルな装いだ。俺が着てちょうどいいくらいに大きなスウェットは、肩の位置が落ちているのに首元は締まっているから多分こういうデザインなのだろう。確かドロップショルダーと言うのだっけか。

 姉貴の現場で見たことがあるから、もしかしたら姉貴がアヤに勧めたのかもしれない。

 

 だからだろうか、ボーイッシュな雰囲気なのにすごくオシャレな感じがする。白と黒のシンプルな色使いが、彼女の健康的な魅力や……そこはかとない色気を引き立てている。

 相変わらずオーバーサイズでダボッとしているのに、胸元はこんもりと膨らみアヤの巨乳を隠せていない。

 

「助かるよ~、今日は式が三本も入ってるのに休む人が多くてさ」

 

 彼女の妙に楽しげな声に、意識を引き戻される。

 俺を見つめたまま、坂道を器用に後ろ向きで歩いている。高低差で目線の高さが合う。彼女が合わせているのかもしれない。

 

「そういうアヤだって今日は休日出勤でしょ」

 

 眉を上げ、言外にお人好しだねというメッセージを込める。

 

「うんまあ、でもみんな困ってたし……」

 

 俺は基本的に土日のバイトは入れていない。週末は彼女と過ごすと決めているからだ。

 それはアヤも同じなのだが、人手不足で困っているバイト仲間を放っておけなかったらしい。

 

 誰彼構わずフレンドリーで、悪く言えば人目を気にする八方美人。

 頼まれると、つい笑顔で応じてしまう。

 そんな面倒な性格も、俺から見れば数多ある魅力の一つだ。

 

「みんなの助けになるよう、俺も頑張ろうかな」

 

 彼女が一番喜ぶであろう言葉を選ぶ。案の定、太陽のような笑顔が返ってきた。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「分からないことあったら、なんでも聞いてね」

 

 得意げな笑みを浮かべるアヤが面白い。バイトを始めて一週間ちょっとなのに、もう先輩風を吹かせている。

 

「よろしく、アヤ先輩。新人としていろいろ教えてもらうよ」

 

「んふ、いいよ~新人ぼーやんくん……じゃなくて、シンボーくん」

 

 アヤが自分で命名したあだ名に「ふくくっ」と吹き出しそうになっている。相変わらず妙なところに笑いのツボがある子だ。

 でも、こんなに楽しそうに笑ってくれるなら、俺の名前なんていくらでもいじってもらっていい。

 

「じゃあそっちはアヤパイね」

 

「んなっ」

 

 小学生男子の下ネタのような命名にアヤがうろたえる。

 

「なにか変?」

 

「うっ……それ、あんまり人のいるところでは……」

 

「言わないよ」

 

 立ち止まり、彼女の頬にそっと手を添える。

 すると両眉を上げたアヤが、すぐにふんわりとした笑みを浮かべた。

 

「……知ってる」

 

 ――だって、ぼーやんだもんね。

 

 

 お陽さまのように温かい頬から、心の声が伝わる。

 丘を撫でるような風が吹き、彼女のショートカットの髪がさらさらと揺れた。

 

 どうしてこんなに心が温かくなるのだろう。

 ただ道端でくだらない、何の変哲もない会話をしているだけなのに。

 愛おしさと多幸感に体が満たされ、それなのに全然足りない。

 

「早く行こうか。このままだとアヤを押し倒したくなる」

 

「なっ、えぇっ……!?」

 

 スタスタと前を歩く俺に、アヤが慌てて付いてくる。

 どちらからともなく距離が近づき、肩や二の腕が当たってしまう。まるで互いの半身が磁石になったみたいだ。

 

 本来なら、今日は遊園地にでも行って、午後はいやというほど彼女を抱くつもりでいた。

 今こんなにアヤに欲情してしまって、果たして俺はバイト終わりまで我慢できるのだろうか。

 

 まあ、でも。

 アヤの働く姿をじっくり見られて、おまけに一緒に働ける機会なんてのもそうそうない。

 

 これはこれで、俺にとっては充実した一日になる気がする。

 結局は、そばにアヤがいればなんでもいい。

 

 

***

 

 

 自然に囲まれた式場は、かなり大きかった。チャペルや披露宴会場、宴会場にレストラン、広い中庭までが併設された大規模な複合施設らしい。

 

 その一角、スタッフエリアに入るとすでに多くの従業員が忙しなく準備に追われていた。

 

「じゃ、また後でね」

 

 女性従業員用のロッカールームに消えていくアヤを見送っていると、バイトのリーダーっぽい人に速攻で男性用ロッカールームに連行される。

 

 ロッカールームにはクリーニング済みの制服が何着も並んでいた。バイトも全員これを着用するらしい。

 

「君は……一番大きなサイズだね」

 

 用意された長袖のワイシャツを着て、黒いベストに袖を通す。腰に黒いサロンを装着すれば着替え完了だ。鏡の前で黒い蝶ネクタイを付けていると、リーダーっぽい人と鏡越しに目が合った。

 

「君は南鳥さんの彼氏さん?」

 

「はい」

 

 端的に答えると、彼の目が見開いた。

 その顔がアヤの従兄――ハルくんのものと重なり、ほんの少し緊張する。

 だが、リーダーっぽい人はすぐに表情をゆるめた。

 

「そっか。休日に悪いね~、助かるよ」

 

「いえ、どうも」

 

 てっきりけん制でもされるのかと思っていたから拍子抜けした。

 

 アヤが世の男を誰彼構わず魅了してしまうなんて考え過ぎ、とは思わない。彼女の魅力を一番知っているのは俺なのだから。

 決して油断はしない。過剰なくらいに警戒するのがちょうどいいだろう。

 

 

 

 

「じゃあぼーやん君、みんなに簡単な挨拶よろしく」

 

 現場の責任者っぽいおじさんに、いきなりあだ名で呼ばれドキリとする。事前にアヤが俺のことを紹介してくれていたのだろう。

 

「えっと、今日一日ですが精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

 

 一礼してから集まった式場スタッフたちを見回せば、その中に一際笑顔のアヤがいた。

 

 思わず息を呑む。

 

 彼女は他のスタッフと同じ、白い長袖ブラウスの上に黒いベストを着て、腰に黒いサロンを付けている。まるで高級レストランのホールスタッフのようなキリッとした出で立ちだが、薄い化粧で整えた今のアヤにはよく似合っていた。

 

 ショートカットを後ろで結び耳とうなじを露出させているが、やはりメイクのせいか可愛さよりも綺麗さ、いや格好よさが際立っている。

 

 多分、下着か肌着かで胸元のボリュームを押さえ込んでいるから、より美人顔のほうに目が行ってしまうのだろう。それでもなお、豊満な膨らみを隠しきれてはいないようだが。

 

 ぼーっとその姿を眺めていると、彼女が片方の眉だけを上げた。なにやら不敵な表情だ。

 

 あれは「がんばってね」……いや、あの顔は「がんばれよ?」だろうか。

 これから勝負でも仕掛けてきそうなアヤに、俺は吹き出しそうになってしまった。

 

 

 彼女の挑発的な表情のとおり、現場は戦場だった。

 

 指示されるままに式場内を歩き回り、披露宴会場でテーブルやイスをセッティングし、中庭にもテーブルを運び出す。想像以上の肉体労働だった。

 

 そうこうしているうちに、最初の式の来賓たちがやってくる。スタッフは人手が少なく基本的にはてんやわんやで、アヤとも何度かすれ違ったものの話しかける余裕などなかった。

 

 彼女と一緒に結婚式を眺めるのもいいなんて思っていたが、俺たちのような新米は基本的には会場のセッティングや披露宴の給仕が主な仕事なので、そんなロマンチックなひと時もない。

 

 運搬作業をし、会場内で来賓をテーブルに案内したり、飲み物を注いだりしているうちに午前も午後も過ぎていった。

 

 やっと一息つけたのは、二組目の中庭での立食パーティーだ。ウェディングドレス姿の花嫁とタキシードを着た花婿の周りに、大勢が集まっている。記念撮影が始まり、新郎新婦が恥ずかしそうに手の甲をカメラに向ける。

 

 そんな幸せそうな光景を、俺たちスタッフは離れて待機しながら眺めていた。もう少ししたら三組目の披露宴が始まるので、それまで束の間の休息だ。

 

 中庭を見回すと、少し離れたところにアヤがいた。彼女も新郎新婦に視線を送っている。仕事中なのでいつもより澄まし顔だが、口元はほころび、やんわりと目端を下げていた。

 

 その嬉しそうな顔をずっと眺めていたいが、ここは俺もアヤと同じものを見ることにする。

 

 すると秋の乾いた空気を通して、彼女の温かい気持ちが伝わってきた。

 肌寒い中庭にいるのに体の芯がポカポカする。

 不思議と、心の底から新郎新婦を祝福したくなってくる。

 

(おめでとう。幸せに)

 

 ふと俺の心と、アヤの心の声が重なった気がした。

 

 



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幼馴染をロッカールームに連れ込んだ(六十五日目・土 夜)

「ぼーやん君、一緒に三組目のアテンドお願いできる?」

 

 中庭で幸せな光景に浸っていると、バイトのリーダーっぽい人に呼ばれた。

 見渡せば他のスタッフも各々次の現場へ向かおうとしている。アヤを含めた数人はこの中庭に残るようだ。

 

「了解です」

 

 リーダーっぽい人の後に付いていくと、くいっと背中を引っ張られる。振り返るとアヤが立っていた。小走りで駆けてきたらしく、少しだけ息が上がっている。

 

「どうしたの?」

 

「ぼーやんこれ貰ってないでしょ、三組目の来賓者リスト」

 

 アヤは右手で俺のベストをつかみ、左手に来賓者の名前が書かれた紙を持っていた。

 

「ああ、助かる。ありがとう」

 

 頼れる先輩にお礼を言うと、彼女は満足そうに微笑む。どことなく得意げな表情なのが可愛い。

 

「ほい」

 

 リストを渡してくる左手に、ふと目が吸い寄せられる。

 

 薬指に、俺のあげた婚約指輪が光っていた。

 

 心臓がドクンと波打ち、熱いものが胸に込み上げてくる。

 

 なるほど、だから誰も俺にけん制してこなかったのか。

 おそらくバイトのときはいつも指にはめているのだろう。しっかり魔除けの機能を果たしてくれているらしい。

 てっきりバイト中は胸元に隠しているかと思っていたので、少し意外だ。

 

 リストを受け取りながら、そっと囁く。

 

「指輪、はめてくれてるんだ」

 

 アヤがピクリと肩を震わせ、自分の左手に視線を落とす。

 

「……ん」

 

 喉の奥でつぶやくと、上目遣いで見上げてきた。

 眉一つ動かさず、「当然でしょ」という顔をしている。

 

 バイト中――いや、学校以外で指輪をはめるのは彼女にとって当たり前なのだろう。

 アヤは誰より人目を気にするくせに、一度決めたら驚くほど大胆になったりする。きっと今は、気にする必要がないくらい彼女の中では日常になっているのだ。

 

 その事実が無性に嬉しくて、思わず抱きしめたくなってしまう。

 

 しかし、新郎新婦の集まりのほうから乾杯の声が上がると、アヤは「じゃね」とアイコンタクトをして給仕に行ってしまった。

 

 

 

「おーい、ぼーやん君」

 

「あ、すみません」

 

 リーダーっぽい人に呼ばれ我に返る。そういえばバイト中だった。

 

 制服の下からネックレスを引っ張り出すと、薬指に付け替えながら自分の仕事場へ向かう。俺も、彼女のバイト先だからと気を使わなくていいようだ。

 

 

 

 

 結局ほとんど休憩を挟めないまま、気づけば日が暮れていた。

 

 三組目の披露宴の後片付けをしていると、リーダーっぽい人が声を掛けてくる。

 

「ぼーやん君おつかれ~、もう上がっていいよ」

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、ほとんど片付いたしもう遅いしね。いや助かったよ~君みたいな子がいてくれるとほんと助かる」

 

「もしまた人手が足りなかったら言ってください」

 

「ほんとに!? じゃあまた助っ人してほしいときは南鳥さんづたいに連絡するかも」

 

「ええ、いいですよ」

 

 直接俺の連絡先を聞いてこないところに好感が持てる。

 よかった。この人はアヤの上司にしておいて問題はなさそうだ。

 

「いや~、ぼーやん君ってほんといい子だね」

 

「それは買いかぶりですよ」

 

 実際アヤのバイト先でなければ、いつでも手伝うなんて言わない。

 

 俺はリーダーっぽい人――もとい芝崎さんに頭を下げると、会場を後にした。

 

 

 すっかりスタッフの数もまばらになった式場内を歩いていると、廊下のベンチにアヤが座っていた。

 俺の姿を見つけると、上機嫌そうな顔で立ち上がる。

 

「あ、ぼーやん終わった?」

 

「上がっていいってさ。ごめん。けっこう待たせた?」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「そっか」

 

 多分、三十分以上はベンチで待っていた気がする。

 思いきり抱きしめたい衝動をこらえ、彼女の前で立ち止まる。

 

 アヤは腰元のサロンを外していた。だからか、その格好はオフィス街にいる女性社員を彷彿とさせる。

 長袖ブラウスに黒いベスト、そして膝下まで伸びるややタイトな黒スカートに、ヒールの高くない黒いパンプス。

 うっすらと化粧がかった顔を相まって、普段の彼女よりも大人びて見える。

 

 もし社会人になったら、仕事帰りの待ち合わせはこんな感じなのだろうか。

 

 そんな甘ったるい妄想をしていると、アヤが一歩近づいて顔を覗き込んでくる。

 

「疲れた? なんかぼーっとしてる」

 

「いや、バイト上がりのアヤは格別だなと思って」

 

「なんだそりゃ。お風呂上がりのジュースか」

 

 彼女は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった感じではにかむ。

 

 当然のように肩を並べ、互いの体が当たる距離のまま廊下を歩く。

 柔らかい二の腕が俺の肘に当たる。彼女も疲れているのか、それともバイトが終わった解放感か、いつもよりくっついてきている気がする。

 

 ふにふにと心地よい感触が伝わってきて、疲れた体がとりあえずアヤを抱きしめろと雑な司令を送ってくる。だが、さすがに彼女のバイト先でそれはマズいだろう。

 

 

 スタッフエリアに入っても、他のスタッフの姿はなかった。

 スマホを見ればもう夜の九時過ぎ。これからデートをするのはさすがに無理だ。

 

 また強引に外泊させるのもいいが――直感はそれでも問題ないとさっきから囁いているが、できれば家で休ませたい。

 戦場のように忙しかったせいで、アヤの顔に少しだけ疲れの色が見える。

 

 そんなことを考えていると、彼女が思い出したように立ち止まった。

 

「あ、ぼーやんサロン外して。クリーニングボックスに入れないといけないんだ」

 

 言いながら俺の腰に手を伸ばし、サロンをするすると解いていく。

 なんだか仕事帰りにスーツを脱がしてもらっている夫みたいだ。まるで新妻のような彼女の仕草に、つい股間が硬くなってしまう。

 

 アヤは俺の硬直を気にしない素振りでサロンを外すと、近くにあるビニールボックスへと歩いていった。

 

 戻ってきた彼女が立ち止まり、ふふと笑う。

 

「どうしたの?」

 

「なんかぼーやんの格好、サラリーマンみたい」

 

「そうかな」

 

 アヤが「そうだよ~」と言いながら肩をぶつけてきたので、また並んで歩き出す。

 すると彼女がまた楽しそうに微笑んだ。

 

「なんかいいね、こういうの。仕事帰りに待ち合わせしてさ、一緒に帰ってるみたいな」

 

「……そうかな?」

 

 「そうだよ」と、また肩をぶつけてくる。今度は当たったまま離れない。

 横顔を見ると、ニンマリと口角を上げていてすごく嬉しそうだ。毎回こういう顔を見られるなら、本気でこちらにバイト先を移したくなる。

 

 アヤが肩を密着させながら、独り言のようにつぶやく。

 

「ぼーやん今日すごくテキパキしてた」

 

 ――なんか、かっこよかった。

 

 

 触れる肩越しにアヤの心の声が流れ込む。

 不意打ちで彼女に褒められ、動揺しそうになる。

 顔がカッと赤くなるのを必死に抑え、なんとか平静を装った。

 

「アヤ先輩の仕事を見習ってただけだよ」

 

「んふ、私もけっこう頑張ってたでしょ?」

 

「うん、接客は丁寧だし、ずっといい笑顔だし……惚れ直したかも」

 

「かもかよ~」

 

 不服そうな口調の割に、嬉しそうに体を左右に揺らすアヤが可愛すぎる。

 もう周囲に人はいないので、抱きしめてもいいのではないだろうか。

 

 肩を抱き寄せようとしたとき、ふと彼女の体の揺れが止まった。

 

「でもさ、ほんとにぼーやんテキパキしてたよ」

 

 妙にしんみりとした口調で言う。

 

「そう?」

 

「うん、気がきく子だねって……先輩が言ってた」

 

「先輩?」

 

「すごく仕事のできる先輩なんだよ。ぼーやん君はぼーっとしてるようで、実際は周りをよく見てるねって、すごく褒めてた」

 

「へぇ」

 

 アヤの口ぶりからその先輩は女性の気がする。誰だろうか、バイト中は覚えることが多すぎてスタッフの顔や名前はリーダーの芝崎さんくらいしか記憶にない。

 

 気がきく、か。

 そう見えたのなら、きっと姉貴の現場で厳しく仕込まれているおかげだろう。後はここがアヤのバイト先だから、俺も必要以上に頑張った自覚がある。

 他のバイト先なら、そんな評価はもらえなかっただろう。

 

「……それに」

 

「ん?」

 

「優しそうに見えて実は男らしいところもありそう、だってさ」

 

「はぁ……そうかな」

 

 彼女が少し拗ねたような声色になったので、俺も微妙な返事をしておく。

 

 男らしいと他人に言われたのは初めてだ。

 まあそれもアヤにだけだと思うし、男というより獣と言ったほうが合っている気がする。

 

「先輩鋭いな~って思ったよ」

 

「それは、先輩の買いかぶりな気がするな」

 

 するとアヤがボスっと頭突きをしてきた。

 俺の胸元で拳を握り、悔しそうにつぶやく。

 

「ぼーやんは、自分の良さを分かってない」

 

 ――ぼーやんのいいところ。

 みんなが分かってくれて嬉しいのに。

 誰にも、知られたくない。

 

 

 ぐりぐりと押し付けられるおでこから、彼女の切ない思いが流れ込んでくる。

 

 ふと、修学旅行初日、大仏さまの前でアヤと話したときのことを思い出す。

 今まで自分の良さなんて、考えたこともなかった。でも彼女はずっと俺の良さ……を見つけてくれていたんだ。

 

 心臓がドクドクと脈打つ。

 喜びと愛おしさが体を満たしていく。

 

「……そう、なのかな」

 

「そうだよ」

 

 言いながら、アヤが俺の腹をつまんでくる。

 

「うおっ」

 

 思わず腹を引っ込めると、彼女がいたずらっぽく笑う。

 

「もうちょっとお肉つけてもいいのに」

 

 ――そしたらみんな……。

 

 

「ぶくぶく太ってもいいの?」

 

「全然いいよ、まるっとしてたほうが安心感ある……ほら、クマさんみたいな?」

 

「そっか」

 

 なんだこれ。

 顔中が熱い。

 アヤのささやかな嫉妬や独占欲が嬉しすぎる。

 

 つい喜びが態度に出そうになるが、そうしたらアヤは怒るだろう。

 俺は火照った顔を冷ますため、ちょうど近くにあった自動販売機へ向かう。

 

 ポケットから財布を出そうとすると、アヤが俺の手に触れた。

 

「待ってぼーやん、私がおごるよ。今日助けに来てくれたお礼」

 

「じゃあ先輩のお言葉に甘えようかな」

 

「ふふっ、シンボーくんお疲れさま」

 

 彼女は硬貨を入れると迷いなくボタンを押した。ガタンと、冷えたスポーツ飲料が落ちてくる。

 

「ほい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 ペットボトルのキャップを外しぐいっと飲む。温度の急上昇した体に、冷たい水分と甘みが沁みわたっていく。

 ゴクゴクと夢中で喉を鳴らしていると、ふと視線を感じた。

 

 アヤが、じいっとこちらを見つめている。

 その視線は俺の顔ではなく喉元あたりに注がれていた。瞳にはほんのり熱がこもっていて、なんだかこそばゆい。

 

「アヤ、買わないの?」

 

 半分ほどを一気飲みしてから聞いてみる。

 

「あ、うん……買う」

 

 ぎこちなく硬貨を入れる彼女の心を読もうとして、やめる。

 今、それを聞いてしまったらこの場で理性のタガが外れる、そんな予感がしたから。

 

 

 

 

 静まり返った廊下を二人無言で歩く。

 

 いつの間にか俺たちは手を握り合っていた。どちらから繋いだのかは覚えていない。

 

 やがて男性用ロッカールームのドアが見えてきた。

 

「アヤ、このまま手を繋いでたらロッカールームに連れ込むよ」

 

 これから抱くことを伝える。たとえ嫌がっても、もう手を離すつもりはない。

 

「……知ってる」

 

 ――だって、ぼーやんだもん。

 

 

 アヤが目を伏せながらつぶやく。

 長い睫毛に隠れそうな瞳が潤んでいる。頬は紅潮し、これから自分が何をされるのか十分に理解しているようだ。

 

 直感によると、しばらく誰もやってこない。

 

 俺はアヤの手を引きながら、ロッカールームに入った。

 



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仕掛けてきた幼馴染とロッカールームで交わった(六十五日目・土 夜)

 ロッカールームに入り、電気を点ける。

 

 パイプハンガーにクリーニング済みの制服が何着も掛かっていた。今日着ていた制服は、確か部屋の隅にあるビニールボックスに放り込んでおくんだっけか。

 

 バイトリーダーの芝崎さんに言われたことを思い出していると、ぎゅうと手を握られた。

 

「ぼーやん先に……着替える?」

 

 手を繋いだままのアヤが、おずおずと聞いてくる。

 

「ううん、今は早くアヤを抱きたい」

 

「そ、そっか……」

 

 瞳を潤ませ恥ずかしそうにうつむく彼女に、俺の股間がさらに硬くなる。

 

 アヤの肩を両手でつかむと、ステップを踏むようにして彼女の体をロッカーに押し付けた。加減したはずなのに、ガシャンとけっこう大きな音が響く。

 

 「ごめん」と謝ろうとして、アヤの体に妙に柔らかいことに気づく。全身から力が抜けきって少しも緊張していない。好きにしていいよ、と体の支配権を俺に委ねているようだ。

 

「ねぇ、ぼーやん」

 

 耳をくすぐるような甘い声で、アヤがつぶやいた。

 

「ん?」

 

「なんかさ……修学旅行、思い出さない?」

 

 顎を上向かせ、いたずらっ子のような目で見上げてくる。

 

 その表情が、初めて唇を奪ったときの彼女と重なった。

 修学旅行初日の夜。罰ゲームで俺とアヤだけ洗面所でにらめっこをすることになった。確かに時間帯も今ぐらいだったし、部屋の狭さもちょっと湿っぽい空気も似ている気がする。

 

 少し懐かしい。

 あの日も、俺は別行動をするアヤの姿をずっと目で追っていて、心の底では抱きしめたいと……手に入れたいとずっと思っていた。今日みたいに。

 

「……にらめっこでもしてみる?」

 

 俺もいたずらっぽい顔を作って微笑む。

 

「ふふ、いいよ」

 

 アヤは面白そうに俺を見つめると、「あっぷっぷ」と言って頬を膨らませた。

 

 突然の勝負開始に意表をつかれる。

 彼女は眉間にシワを寄せ、食いしん坊のリスのように頬をパンパンにしていた。ちょっとでも頬をつついたらぷしゅっと空気が飛び出してきそうだ。

 

 しかし、アヤのほっぺたはすぐにしぼんでいく。

 涙目で俺を見つめ、尖らせた唇から空気を逃している。やがて泣きそうな声でつぶやいた。

 

「私の負けだ」

 

「俺、まだ笑ってないよ?」

 

「無理……今、変顔できない」

 

 そう言って唇を噛んだのが色っぽくて、全身に熱がほとばしる。キスをしようと顔を近づけると、彼女がまた甘い声でささやく。

 

「次、ぼーやんの番だよ」

 

 誘惑するような声色に頭がぼーっとする。

 

「俺が勝ったら、ぐちゃぐちゃに犯してもいい?」

 

「……いいよ」

 

 頬を赤くしながら、上目遣いで見つめてくる。

 

 ……これは、茶番だ。

 ただ相手を焦らして限界まで欲情させるだけの無意味なやり取り。

 でもアヤがそれを仕掛けてきたことに、たまらなく興奮する。

 

 俺は以前見た彼女の変顔を思い出し、白目を剥いてみる。

 しかし至近距離でアヤに見つめられ、うまくできない。

 

 確かに、変顔なんて無理だ。

 そんな求めるような顔で見てくるなんて、反則だろう。

 

 俺はせめて頬を膨らませようと口から空気を取り込む。

 

 そのとき。

 唇の先に、アヤがキスをしてきた。

 

「ん……っ」

 

 ふにっとした柔らかさと、しっとりとした触感が伝わってくる。

 彼女はつま先立ちになり、両手で俺の頬をふんわり包んでいた。

 

「んっ……ふ、ぅっ……」

 

 可愛い吐息を漏らし、また唇を押し当ててくる。

 顔が密着しているせいか、アヤの襟元やうなじからほんのり甘い体臭が漂ってくる。俺の大好きな匂いだ、

 

 クラクラするほど気持ちのいいキスに溺れそうになったとき、ゆっくり唇が解放された。

 

 心臓がバクバクうるさい。

 甘い口づけで思考がフリーズし、言葉を紡げない。

 

「これは、私の勝ち……?」

 

 アヤが息を乱しながら聞いてきた。

 いつから相手を翻弄させたら勝ちというルールになったのだろうか。

 

 恥ずかしそうに潤んだ瞳が、「どうだぼーやん」と言っている気がした。

 

 なるほど。

 ここは彼女のバイト先で、ホームだ。おまけに今日は俺の先輩という立場。

 そうしてちょっとだけ気の大きくなったアヤが、仕掛けてきたのだろう。

 

 本当に、そういうところがたまらない。

 

「アヤ、分かってやってる? 手加減できなくなって、アヤをめいっぱい鳴かせて……誰かに聞こえちゃうかもしれないよ」

 

 口角を上げ、いじわるな口調でささやいてみる。

 

 ――大丈夫だ。

 ――鳴かせろ。

 

 間髪入れず神様の直感が口を挟んできた。

 

 分かっている。

 どんなにアヤが激しく喘いだところで、しばらくは誰も来ない。誰にも聞こえない。

 心の主導権を握るため、少し脅してみただけだ。

 

 なのにアヤは俺の目をまっすぐ見つめ、つぶやく。

 

「でも大丈夫、なんでしょ?」

 

 ――だって、ぼーやんだから。

 私がいやがること、絶対しない人。

 

 

 見透かすようなその瞳は、俺への信頼感に満ちていた。

 

 ……ダメだ。

 さすがに分が悪すぎる。

 愛おしすぎて心を持っていかれそうだ。

 

 でも。

 

 ――翻弄されるな。

 

 ああ、分かっている。

 

 彼女をずっと繋ぎ止めておくための絶対条件。

 このゲームにだけは、一生負けるつもりがない。

 

「今日のアヤ」

 

「ん?」

 

「すごく、かっこいいね」

 

「ぇ……?」

 

 ハッとしたように息を止めるアヤに、追い打ちをかける。

 

「なんかいつもと雰囲気が違う。頼もしくて、頼りたくなる」

 

 きっと彼女が今日、いやずっと前から言われたかっただろう言葉だ。

 

「えと、あ――」

 

 ありがとう、と言われる前に次を浴びせる。

 

「前よりすごく強くなったと思ったよ。いろんなことに挑戦するアヤを見て、惚れ直した」

 

 これは紛れもなく俺の本心で、そして今の彼女に一番響く言葉だ。

 アヤの顔が真っ赤に染まる。

 

「ぁう……そ、なんっ、きゅうに」

 

「さっきも来賓者のリスト渡してくれて助かったよ、ありがとう。……今日一日でたくさん勇気をもらった気がする」

 

「わ、私のほうが――」

 

「かっこいいアヤも、大好きだよ」

 

 そうして、ゆっくりとキスをする。

 

 アヤの体がビクッと震えた。

 触れた唇がさっきより熱い。

 

 顔を離すと、彼女の目端に涙が溜まっていた。

 

「あ、う……ぼーやん」

 

 ――ぼーやんのばか。

 なんできゅうに。

 うれしいこと、ばっかり。

 反則だ。

 もうだめ。

 胸、くるしい。

 泣きそう。

 泣いちゃだめ。

 ほしい。

 ぼーやんの、ぜんぶ――。

 

 

 熱い吐息を通してアヤの心情が流れ込んでくる。

 情欲の塊のようなものが押し寄せてきて脳が溺れそうだ。

 目の前で発情している彼女に、全身が獣のように昂ぶる。

 

「……アヤのこの格好も」

 

 こんもりと盛り上がった胸の付け根に中指を当て、ツーっとすくうようになぞり上げていく。

 厚手のベスト越しに乳房がぷるんと弾む。いつもより張りがあり、ぎゅうぎゅうに身が詰まっている感じだ。

 

「ぁっ、んっ……か、かっこいい?」

 

 アヤが息を乱しながら必死に微笑む。

 

「ああ」

 

「んっ……もっと、さわっていいよ……つよく」

 

「制服、シワになるよ?」

 

 中指の腹でふにふにとふくらみ押し込みながら聞く。

 

「ん、ぅッ……へいき、どうせクリーニング出さないと、だから……」

 

 アヤの両手が、俺の手を包み込む。

 ゆっくり俺の手のひらを開くと、自身の胸に押し当てた。

 今度はブラジャーの硬さも感じる。ぎゅっと掴んでみると熱い体温が伝わってきた。早く直に味わいたい。

 

「アヤ、自分でボタン外してみて?」

 

 彼女の第一ボタンに触れる。

 

「……うん」

 

 アヤは素直にうなずくと、まずベストの黒いボタンを上から外し始めた、最後のボタンを外すと、ベストが左右に開く。

 

 ぴしっとした白いブラウスは腰のあたりがゆるくなっており、胸元にかけてパツンパツンに張っていた。少し大きめのサイズを着ても、彼女の胸のボリュームをカバーできないようだ。

 

 アヤは首元からゆっくりボタンを外していく。恥ずかしいのか、視線は俺の胸元あたりに固定されている。

 

 ブラウスがどんどん開けていき、その下の白い素肌があらわになっていく。最後にブラウスの裾をスカートから引っ張り出すと、一番下のボタンを外した。

 

「開いて」

 

「うん」

 

 アヤはまるで捧げ物をするように、ブラウスを左右に開いて見せた。

 

 水色のシンプルなブラジャーがあらわになる。布面積が少しだけ多くスポーツブラに近い。伸縮性がありそうで、乳房を小さく見せたり、揺れを抑えたりするものなのだろう。

 

「きれいだよ。もっと見せて」

 

 彼女は二つの乳房が全部見えるように、大きくブラウスを開く。黒いベストが両肩からずり落ち、肘のあたりに引っかかる。

 アヤの華奢な肩、浮かんだ鎖骨、豊満な乳房、引き締まったお腹、きれなおヘソがあらわになる。肌寒いはずなのに彼女の素肌はうっすら汗ばんでいた。それがまた妖艶さを引き立たせている。

 

「ぼーやん……」

 

 次の指示がほしいとばかりに、アヤが見上げてくる。

 

「ブラジャーのホック、外して」

 

「……うん」

 

 彼女がブラウスの内側で両手を背中に回す。

 次の瞬間、乳房がたぷんと揺れて膨張した。ぎゅうぎゅうに押し込められていた柔肉が拘束を解かれ、本来のボリュームに戻ったのだろう。

 

「ブラジャー、めくり上げて」

 

「うん……」

 

 アヤはカップの下側をつかむと、くいっと持ち上げた。ほよんと双乳が揺れ、白い乳房と桃色の乳首がまろび出る。

 さすがに恥ずかしいのか、彼女は俺から目を逸らしてしまった。その表情が余計にエロい。

 

「じっくり味わいたいから、ちゃんと押さえててね」

 

「はい……」

 

 恥ずかしさのためか、アヤがつい丁寧な返事をする。それがちょっとおかしくて、たまらなく嗜虐心を煽ってくる。

 

 俺は中腰になって目線の高さを彼女の乳房に固定する。

 両手ですくい上げるように柔乳をつかむ。

 

「あっ」

 

 思わず後ろに下がったアヤの背中がロッカーに当たり、ガシャンと音がした。

 

「俺が舐めるとこ、ちゃんと見てて」

 

「うん……」

 

 俺が舌を出すと、彼女の視線がそこに注がれる。怯えとも期待ともつかない顔で見てくる。つい、いじめたくなってしまう。

 

 めいっぱい伸ばした舌を、下乳のふよふよした部分に当てる。れろぉと舐め上げれば、しょっぱい汗と乳房の甘い匂いがおいしい。

 

「あっ、ん……ぅ」

 

 アヤが可愛らしく喘ぐ。

 舌先をふんわりした柔肉に埋めながら、ゆっくり先端へと這わせる。ぷっくりふくらんだ乳首に吸い付きたい衝動を抑えながら、淡い乳輪を舐める。乳首に触れないように円を描くように舐め、彼女を焦らす。

 

「やぁっ……ふっ、ぁ……んんっ」

 

 手のひらを広げ、もう片方の乳房を包む。むにゅうと柔らかい感触を味わいながら、形が崩れないようにつかむ。ふにふにと揉みながら手首を使って軽く撫でれば、彼女の体がビクンと震えた。

 弾力が跳ね返ってこないぎりぎりの、アヤを一番気持ちよくさせる力加減だ。

 

「あッ……ぼーやんっ」

 

 ――それ、すき。

 ぼーやんの手、あったかい。

 包まれると安心する。

 きもちいい。

 もっと。

 

 

 彼女の気持ちよさそうな心の声に酔いながら、優しく揉み続ける。

 もう片方の乳房への愛撫も止めない。乳輪を何十周も舐め回し、唾液を塗りたくる。

 アヤの性感が高まってきたので、いよいよ舌先に可愛らしい乳首を乗せた。

 

「あっ……あんっ、ぁっ」

 

 尖り立った蕾を舌先の上でころころと転がすと、それに合わせて彼女の呼吸が小刻みなものに変わる。

 

「アヤのここ……こりこり硬くなってる。えっちな乳首だね……すごく可愛いよ」

 

「いやっ、ん……いわ、ないでぇ」

 

 ――ぐちゃぐちゃに、するって。

 手加減できないっていったくせに。

 ぼーやんの手も、指も。

 舌も。

 ずっとやさしくて。

 ぼーやんにかわいいっていわれると。

 体、電気走るみたいに。

 きもちいいの、こみあげてくる。

 

 

「……気持ちよさそうなアヤの顔、すごく可愛い。揉むのと舐めるの、どっちが好き?」

 

 舌で乳首を転がしながら、彼女の顔を覗き込む。アヤは恥ずかしそうに眉間にシワを寄せながら、それでも潤んだ瞳で見つめ返してきた。

 

「わか、んないっ……わかんない、よ」

 

 ――どっちも。

 ぼーやんのすることなら。

 ぜんぶ。

 ぜんぶきもちいい。

 

 

 あふれそうな性感が伝わってくる。

 

 俺は舌を丸めるようにして乳首の根元から先端までを舐め上げると、不意にしゃぶりついた。

 

「んぁっ、くっ……あぁぁんっ――」

 

 彼女が体を反らし、ガシャンと音がした。アヤの後頭部がロッカーに当たったのだろう。

 

「乳首でイったんだ……敏感なアヤも可愛くて好きだよ。もっといじめたくなる」

 

 言葉で責めてから、もう一度おっぱいにしゃぶりつく。

 

「はぁっ、ぁんっ……んんッ、ぁっ、だめ、またっ……」

 

 ジュルジュルとわざと卑猥な音を立て、口内で乳房を舐め回す。クニっとした乳首を唇で挟み、ちゅうっと吸い込む。口の中で真空状態を作り、乳首を引っ張るように吸い上げていく。

 激しくいやらしい音に反して、乳首は優しく吸い続ける。絶頂へと誘うしつこい責めだ。

 

「あぁっ、ぁッ、きちゃ、ぅ……あっ、んうぅっ――ッ」

 

 アヤがまた乳首でイった。

 優しく揉んでいたほうの乳房にぬめりが増し、彼女が汗を吹き出したのが分かる。

 

 胸元から顔を離すと、小刻みな呼吸に合わせておっぱいが上下していた。俺が吸っていた部分が少し赤らんでいる。はぁ、はぁと苦しげな吐息を漏らし、腰はガクガクと震えている。今にもへたりこんでしまいそうだ。

 

 もう我慢できない。

 

「アヤ、後ろを向いて」

 

「……う、ん」

 

 快感の余韻で頭が朦朧としているのだろう。アヤは視線を彷徨(さまよ)わせながらも素直にうなずく。

 ゆっくり背中を向き、そのままロッカーに手をついた。ガシャと音がして、彼女が前のめりになる。俺のほうにお尻を差し出すような格好だ。

 誘惑するつもりはなく、単純に体をロッカーに預けたかっただけだろう。だが俺の獣欲を一気に昂らせるには十分だった。

 

「背中、すごい汗かいてるね」

 

 張り付いたブラウス越しに背筋をつーっとなぞる。ブラジャーのホックは外れているので上から下になぞっても凹凸はない。しっとりと湿った生地がいやらしい。脱げかけのブラウスから露出した白い肩がエロい。片方のブラ紐がずり落ちているのがたまらない。

 

 何度か背筋をなぞってもアヤはビクンと体を反らせるだけで、後は苦しげな吐息を漏らしている。

 

「スカート、上げるよ」

 

 彼女の腰に手を伸ばし、スカートのファスナーを下げる。ゆるんで落ちそうになるスカートの裾をつかむと、めくりながら上げていく。

 

 膝の裏が見え、白くて綺麗な太ももがあらわになる。徐々に肉感が増していき、ぴったり閉じられた内股と、水色のパンツが露出した。

 持ち上げたスカートを彼女の腰のあたりで止める。突き出された可愛いお尻に目が釘付けになった。

 

 パンツはブラジャーと同色だが生地の感じが違う。色だけ合わせたのだろう。伸縮性のありそうな素材だ。汗で薄い布地がお尻の形に張り付いている。下のほうの割れ目は、別の水分によってぐっしょりと濡れていた。

 

 俺はまた中腰になりながら、太もものほうからパンツの中へ両手を侵入させる。ぎゅうっと桃尻を鷲掴みにすると、張りのある弾力が返ってきた。

 

「ひぁっ、やっ……」

 

 アヤが一際甲高い声で鳴いた。

 

 パンツの中でぎゅ、ぎゅと尻肉を揉み、撫で回す。汗でしっとりとしているのにすべすべした肌触りだ。彼女のきめ細かい肌の質感がたまらない。布地が俺の手の形に盛り上がり、もぞもぞとアヤのお尻を弄んでいる光景が最高にいやらしい。

 

「お尻、すごく柔らかい。ずっと触ってたい」

 

「もぉ、あっ……んッ、んぅっ……」

 

 てっきりバカだの文句を言われると思ったが、彼女はこんな痴漢じみた愛撫も受け入れていた。どこまでも俺の好きにさせてくれるらしい。

 スカートをめくり、パンツの下から手を突っ込んで揉みしだいている背徳感に興奮する。だが、これ以上揉み続けたら生地が伸びてしまいそうだ。それは後で悲しまれそうだ。

 

「パンツ、脱がすね」

 

 彼女の返事を待つことなく水色の下着をずり下ろすと、白いお尻のすべてがまろび出る。

 

「ぷるんとしてて可愛いよ」

 

「うぅっ……なんか、恥ずかしいよっ……」

 

 目の前でいやらしい丸みをもった桃尻に、ちゅうっと口づけする。

 

「ひゃぁっ」

 

 アヤがしゃっくりをしたみたいな甲高い声を出した。ガタッ、とロッカーが鳴る。初めて聞く喘ぎ声だが、すごく可愛くてもう一度聞きたくなる。

 俺はじゅうっと尻肉を吸い上げて赤いキスマークを刻んでから、同じところをれろんと舐め上げた。

 

「ひぁっ、んッ……そんなとこ、舐めないでっ」

 

 彼女の恥じらいを反映するように、お尻全体がほんのり朱みがかってくる。まるで熟れきった白桃みたいで、ついかぶりつきたくなってしまう。

 

 そういえば、アヤのお尻をこんなにマジマジと見たのは初めてかもしれない。彼女の恥ずかしい部分が集中する尻肉の谷間はぐっしょりと濡れ、ヒクヒクと収縮するピンク色の膣からは蜜液が(したた)っていた。

 

 この美味しそうな秘部にしゃぶりついて、口で気持ちよくさせたいが――。

 

「ぼーやん、あのっ」

 

 アヤがお尻を突き出した格好のまま、こちらに振り返る。その熱のこもった流し目にドクンと心臓が脈打った。

 

「おねがい、もう……」

 

 ――ぼーやん、もう。

 おかしくなりそう。

 はやく、きて。

 ぼーやんの、ほしいよ。

 

 彼女の潤んだ瞳から、どうしようもない思いが伝わってくる。

 

「ごめん、焦らしすぎたね」

 

 俺はすくっと立ち上がり、ズボンとトランクスを膝のあたりまで下ろした。火照った股間が外気で冷える。アヤの温もりが欲しくて、勃起したペニスの先端を濡れた尻割れの中に浸す。

 

「アヤのここ、ぐしょぐしょに濡れてる。俺の、そんなに欲しかった?」

 

 少し意地悪く聞いてみる。亀頭で膣口付近を上下にこするとクチュクチュと音がして、粘膜の感触がまとわりついてくる。それだけで射精したくなるほどの気持ちよさだ。

 

「あっ、ぁんっ……おねがい、もうきて……」

 

 こちらを振り向く横顔に、一筋の涙が流れる。快感と情愛に染まるアヤが見せる泣き顔に、俺はいつも獣欲が燃え盛ってしまう。

 

「挿れるよ」

 

 ちょっと腰を押し出すだけで、肉棒があるべき場所に帰るようにアヤの腟内へ埋め込まれていく。ヌプヌプと彼女の膣肉に飲まれていく快感は、何度味わっても恍惚としてしまう。

 

「あ゛ぁっ、んんっ……ッ」

 

 アヤの横顔が快楽に歪む。俺の挿入で悶える姿は、何度見てもたまらない。

 

 彼女は背を反らしているので、肉棒は腹奥をめがけて下へ下へと埋まっていく。ジュプと音がして挿入部分から愛液があふれ出た。肉竿が根元まで挿入しきった証拠だ。

 すると俺の形を確かめるように温かい膣内がきゅうっと締まり、吸着してくる。

 

「ぐっ……そんなに締めつけたら、もう出そうだ」

 

「はぁっ、ぁッ……わかんなっ、ぃ……ぼーやんので、いっぱいでっ……」

 

 ――ぼーやんのあつくて。

 私のなか、埋めつくされて。

 きもちよくて、どうにかなりそう。

 

 繋がりあったところから心情と快感が流れ込んでくる。

 あまりの気持ちよさに全身が震え、一瞬、もう射精してしまったのかと思った。

 

 衝動的に腰を振りたくなるが、止める。

 彼女の膣中(なか)で静止し、しばらくキュンキュンという収縮の快感を味わう。

 

 なぜか、今はこうしたほうが気持ちいいような気がした。俺もアヤもより性感が高まり、味わったことのない絶頂に導かれる。そんな予感がする。

 

「んぁっ……は、ぁッ……んうっ……」

 

 ――どう、して。

 ぼーやん、うごいてないのに。

 なか、締まって。

 ぼーやんのかたち、わかる。

 だめ。

 イっちゃいそう。

 

 きゅうっと肉竿全体に熱い膣内が吸着してくる。ヌクヌクと蠢動しながら膣肉がしがみついてくるみたいだ。もともと密着感のすごかったアヤの膣中が、さらにフィットしてくる感覚が、(とろ)けるほどに気持ちいい。

 下半身が抽送をしたくてガクガクと震える。

 

「動く、よ」

 

「ぅっ……ん」

 

 アヤはかろうじて小さくうなずく。

 

 彼女のお尻を両手でつかみ、ゆっくりと出し入れを開始する。

 

「はぁっ……んッ、あっ……」

 

 ヌプ、ヌプと緩やかなピストンに合わせ、アヤが甘い嬌声を上げる。彼女の尻肉の谷間にペニスが埋まり、引き抜かれる光景を堪能する。斜め下へ滑らせるように挿入し、裏スジで彼女のお腹の裏あたりにある弱点をこする。

 執拗にアヤの弱い所を刺激してから、最後に膣奥をグッと押し込む。それを繰り返す。

 

「うぁっ、あッ……それっ、あ゛ぁんっ……ッ」

 

 彼女が上を向いたり下を向いたりしながら官能的な悲鳴を漏らす。

 激しいピストンではないが、アヤに最高潮の性感を与える抽送だ。それに、彼女の膣内がうねるように絡みついてきて、俺のほうも快感で快感がやばい。

 

「あっ、あぁッ……んぁっ、ぼーやん……いっ、ぁッ……」

 

 薄暗いロッカールームに淫らな喘ぎ声が響く。

 ブラウスとベストが脱げかけ、露出した白い肩からブラ紐が落ちかけている。そのビジュアルが背徳的で、まるで仕事上がりのアヤを後ろから犯しているような気分だ。

 

「アヤのその声、すごく可愛い。もっと聞かせて?」

 

 興奮のままに彼女の背中に覆い被さり、胸元に手を回して乳房を揉む。重力で垂れる豊乳を手のひらに乗せ、たぷたぷと跳ねさせて重量感を楽しむ。

 その間も、じゅぶじゅぶと差し込むような抽送を続ける。

 

「ぁっ、イっちゃ、ぅ……だめっ、あッ……ぼーやんっ、わた、し……イっちゃうっ……」

 

 こちらを向いた泣き顔に、頭が沸騰しそうになる。

 

「俺もアヤの中、気持ちよすぎてもう限界だ」

 

「……うん」

 

 ――ぼーやん。

 いっしょに。

 

「アヤ、一緒にイこう」

 

 返事を待たず、腰の振りを大きくする。ジュブジュブと愛液をかき出すような抽送だ。

 

「はぁっ、あっ……ぼーやん、はげしっ……あぁんっ、あぁっ、んんッ……」

 

 バチュバチュと股間とお尻が当たる音が響き出す。気づけばロッカーがガシャガシャと大きく唸っていた。

 

 たわわな乳房が揺れて、手のひらからこぼれ出てしまいそうだ。だから少し力を入れて包む。下から上へ持ち上げるように揉み、先端の突起を指でいじる。

 

「アヤ、キスしよう」

 

 彼女の熱をすべて味わいたくて、片手で顎をつかんでこちらを向かせ、唇にしゃぶりつく。

 

「んぁっ、んっ……む、んぅっ、ん……んれ、ぁっ……んっ、んちゅ……」

 

 蕩けきった舌で舐め合う。アヤの口内は吐息さえ熱い。彼女の舌も狂ったように絡みついてきて、快感をむさぼりながらも俺を気持ちよくしようとしていた。

 

 興奮が、全身に滾る獣欲が止まらない。

 

 彼女をぐちゃぐちゃにしたくて、快感で乱したくて、腰の動きがさらに激しくなる。ジュブジュブと膣中(なか)を犯し、バチュバチュと股間を柔尻に叩きつける。

 雄としての快楽をむさぼるような、身勝手で乱暴な動きだ。

 

「ぐっ、アヤ……やばい、とまんない」

 

「はぁっ、あっ……う、うんっ、いいよ……ぼーやんの、すきでっ……」

 

 ――きもちいい。

 はげしいの、奥に響いて。

 ぼーやんが必死なの。

 すき。

 ぼーやんのすること。

 ぜんぶ、きもちいいよ。

 

 アヤの包み込むような思いが流れ込んでくる。

 同時に膣奥がキュンと亀頭に吸い付き、射精をねだるように膣口が根本を締めつけてくる。ゾクゾクと射精感が這い上がってきて、腰が勝手にスピードを上げる。

 

「やばい、もう出るっ……中に、出すよ」

 

「いい、よ……ぼーやん、きて……いっぱい、出してっ」

 

 アヤの切ないおねだりに、股間が発火する。

 腹筋がきゅうっと引き締まり、睾丸がせり上がってくる。グンと肉棒を膣奥に押し込むと、熱い精液が尿道を駆け抜け、射精が始まった。

 

「ぐっ、うぅぅぅっ……!」

 

 ドビュルッ、ドビュルッ――と勢いよく精液が噴き出る。強烈な快感が全身を貫く。亀頭が灼けるように熱い。目の前が真っ白になるほどの絶頂だ。子種汁がアヤの膣奥に放たれる。

 子宮に塗りたくりたくて、最奥で肉棒を跳ねさせ精液を絞り出す。

 

 その瞬間、彼女が大きく背中を反らした。

 

「あ゛ぁっ――――ッ ぅっ……ん゛うううぅぅぅっっ――――ッッッ」

 

 ロッカーにしがみつきながら、アヤは激しく絶頂していた。ガクガクと体中を痙攣させ、膣中(なか)がきゅうきゅうと締めつけてくる。

 気持ち良すぎて、壊れた蛇口みたいに射精が止まらない。

 

「アヤ、もっと」

 

 彼女の顎をつかみ、必死に快感を逃そうとしている口を塞ぐ。

 

「ぁっ……んむっ、んっんっ……んゅっ、ちゅっ……ぁ、んんッ……」

 

 再び溶け合うようなキスで快感を増幅させる。お互い絶頂しているのに、さらに大きな快楽がやってきそうだ。

 下半身がぐぐっと強張り、股間全体がブルリと震えた。

 

「んぐっ、ぁぁっ――――」

 

 肉棒がビクンと跳ね、瞬間、体が浮遊する。気絶しそうになり慌ててアヤの体を抱きしめると、洪水のような快感に襲われた。

 

「んぁッ……ん゛んんんんっ――――ッッ」

 

 キスをしたまま、アヤは再び絶頂した。彼女の喉奥からくぐもった声が上がる。火照った舌がビクと緊張し、固まったのを感じる。多分俺の舌も固まっているのだろう。

 

 俺たちは快感に気を失いそうなのを、必死に互いを密着させることで(こら)えた。

 

 

 

 

 ロッカールームに、アヤと俺の吐息が充満していた。

 

 肌寒い室内と、俺たちの熱の温度差で吐息が白い。ようやく俺の射精感と彼女の絶頂が収まってきたころ、また舌が絡まり始める。

 今度は絶頂の余韻を味わうようなキスだ。

 

「はぁ、ん……ちゅっ、ちゅぁ……ん、ぁ……ふぅっ、んっ……ん……」

 

 やがて示し合わせたように、複雑に絡んだ舌が解けていく。

 

 同時に、俺もアヤの膣から肉棒を引き抜いた。

 トプっと大量の白濁液と愛液があふれ、床にボタボタと落ちる。

 

「アヤ、平気?」

 

 ロッカーにしがみついたまま荒く息をしている彼女に、手を伸ばす。

 

 ――と、アヤはこちらに振り向き、そのまま俺の胸に飛び込んできた。

 

「……アヤ?」

 

 俺のワイシャツにしがみつく彼女を撫でて、呼吸が落ち着くのを待つ。

 

「ぼーやんの心臓、すごくドクドクいってる」

 

「ああ、アヤが良すぎたから、まだ気持ちいいのが止まらないんだ」

 

「……そっか」

 

 小さくつぶやいた彼女が、ずるずるとその場にしゃがみこむ。

 

「アヤ、大丈夫? 少し休もうか」

 

「ううん、ちがくて……ぼーやんまだ、足りないよね」

 

 俺の露出した股間の位置から、アヤが見上げてくる。

 

 心配するような、物欲しそうなその表情は、これまで見たことないくらい妖艶だった。

 



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幼馴染のご奉仕に翻弄されそうになった(六十五日目・土 夜)

 アヤは俺の返事を待たず、股間に手を差し伸べた。肉棒にそっと手のひらを添えられ、それだけで再び硬くなってしまう。

 彼女の言うとおり、俺の体は本当に足りなかったらしい。

 

 まあ、アヤ相手に足りるなんて一生ない気がするが。

 

「アヤ、いいの?」

 

「ぼーやんは、いや?」

 

「いやじゃない。してほしい」

 

「……うん」

 

 ――ぼーやん。

 一日二回は……したいっていってた。

 私も。

 もっと。

 いっぱい、きもちよくしてあげたい。

 きもちいいって、思ってほしい。

 

 肉竿を優しくつかむ手のひらから、彼女の心情が伝わってくる。

 

 十分、アヤは気持ちいい。毎度気絶しそうになるくらいだ。それに、別にセックスをしていなくても彼女がそばにいるだけで、脳みそを愛撫されているような心地になる。

 そういうことを、いつも伝えているつもりなのだが……まだ足りないらしい。

 

 どうすれば、この苦しいほどの熱をアヤに伝えられるのだろうか。

 

 ふわふわした心地で思いに耽っていると、彼女がほぅと小さい吐息を漏らした。

 準備が整った合図のような、まるで美味しいデザートを前にしたときのような、妖しい響きだ。

 

 アヤの美人顔が股間に近づき、ピンク色の舌を伸ばす。彼女の生温かい吐息に、股間がブルリと震える。

 

「んっ……」

 

 精液まみれの亀頭に、アヤの唇が吸い付いた。射精したばかりで敏感なペニスに、快感の電流が走る。

 

「うぅっ、ぐ……」

 

 あまりの刺激に口から情けない声が出てしまう。

 

 アヤは甘えてくる猫みたいに、亀頭を下から舐め上げてくる。そのたびにゾワリとした震えが股間から背筋へと這い上がる。彼女の柔らかくもざらっとした舌の感触が気持ちいい。

 裏スジに舌腹をめいっぱい押し当ててきて、そのままアヤは顔で円を描くように舐めた。

 

「それ、やばい」

 

「んれ、ぇぉ……ほれ、ひもひぃ?」

 

「ああ、アヤの舌、気持ちよすぎる」

 

 彼女は俺も見上げながら嬉しそうに微笑む。それがたまらなくエロくて、可愛くて、ますます肉棒が硬く張り詰めていく。

 

 俺が悦ぶ舐め方や加減を覚えたアヤは、肉竿の根本から先端に向かってゆっくり舐め上げ始めた。裏スジに差し掛かり、そこをねろり、ねろりと舐められるたび、肉棒がビクビクと跳ねてしまう。

 

「んっ……ぇ、んれ……はぁ、ぼーやんの、すごく硬い」

 

 アヤはうっとりするように肉棒を眺めると、今度は舌先を尖らせて尿道口をほじるように舐め、亀頭の根元のくぼみを丁寧になぞり始めた。付着した精液や愛液をすべて舐め取るような舌使いに、腰が抜けそうになる。

 恥ずかしそうに頬を染めながらも、一生懸命に舌を這わせる様子は健気で、つい抱きしめたくなってしまう。

 

 そんな熱情を感じ取ったのか、アヤは上目遣いで俺をチラリとうかがいながら、口を開けた。

 

「ぁ、ん……んぅ」

 

 肉棒が温かい口内へと飲み込まれていく。彼女は苦しげな吐息を漏らしながら、亀頭の根元、さらにその先まで咥え込んだ。

 

「ぐっ、ぅ……アヤの口の中、あったかい」

 

 柔らかい唇と舌、口内の粘膜で包み込まれ、腰がガクンと落ちるかと思った。アヤの口内は生温かく、それだけで射精してしまいそうな快感なのに、舌がうねりながら亀頭に絡みついてねっとりと舐め回してくる。

 かと思えば、ぢゅうっと吸引され尿道にかすかに残っていた精液が吸い出された。気が遠くなりそうな快感で、思わず目を閉じて口から恍惚の吐息が漏れてしまう。

 

「ん……ふっ、ん……んっ、ぢゅぅ……」

 

 アヤは咥えたまま、ゆっくり頭を前後に動かし始めた。彼女の唇が、粘膜が俺の肉棒をしごく。近づいたときには吐息で股間が温かく、引いたときには亀頭をじゅるりと吸い上げられて射精感がこみ上げる。

 お掃除ではなく、完全に次の射精を促すフェラだった。

 

「んっ、く……んっ、んくっ……ん、んっ……」

 

 彼女の咥え込みが深くなる。鼻先が俺の陰毛に埋まるほど根元まで咥え、ぢゅぢゅうと吸い上げながら離れていく。それだけでも昇天しそうなほどの快感なのに、前後の動きに合わせてアヤの舌が裏スジに唾液を塗りつけてくるので、全身がゾクゾクと震えてしまう。

 

 悦楽に身悶えていると、彼女の手のひらが俺の玉袋をふんわりと包んだ。

 

「うぁ……それ、やば……」

 

 いつの間にか外気で冷えていた玉袋が、アヤの温かい手に包まれ、ふよふよと揉まれる。彼女の口内と手のひらに愛撫され、肉棒がさらにむくっと大きくなった気がした。

 

「ん゛んッ……ん、ぅ……」

 

 ――ぼーやんの。

 びくびくって震えてる。

 これ、好きなんだ。

 かわいい。

 こうしたら、もっときもちいい?

 

 アヤが上目遣いでこちらの表情をうかがいながら、空いている手で輪っかを作り肉竿をしごき始めた。フェラの吸引も激しくなり、ズズズッと尿道をすすってくる。唾液混じりの粘っこい音が彼女の口から発せられていると思うと、たまらなく興奮する。

 前後の動きで胸元の乳房がたぷたぷと揺れてすごくエロい。

 

「うぁっ……ぐっ、アヤ」

 

 思わず、前後に振られるアヤの頭に触れる。

 

「んんっ、んぅ……ふっ、ぅ……んっ……」

 

 ――ぼーやん。

 きもちいい?

 

「気持ちいいよ、アヤ……もう出そう」

 

 必死にしゃぶってくる彼女の頭を優しく撫でる。

 

「んぅっ……」

 

 ――うれしい。

 ぼーやん。

 好き。

 ぼーやんのなら、ぜんぜん苦しくない。

 なんでもできる。

 ぼーやん。

 ずっと好きだよ。

 おねがい。

 伝わって。

 

 泣きそうな思いが、とめどなく流れ込んでくる。

 

 その瞬間、射精感で体がカッと熱くなった。

 

「ぐっ、出る……」

 

「んっ、ぅ……ふっ、んっ、んッ、んっんっ……」

 

 アヤに強く吸われ、唇と舌で絞り上げられて、飛び出るように精液が放たれる。

 

「ぐぅっ、う゛うぅぅぅっ……!」

 

 ビュク、ビュク、ビュクと白濁液を彼女の口内に発射した。喉奥まで届くような勢いだ。アヤは眉をしかめながら、くつくつと喉を動かして嚥下する。

 精液を飲みながら、さらに肉棒をじゅるっと吸い上げてくる。

 

「うぁっ……アヤ、そんな吸ったら」

 

 じゅるるるっと淫らな音とともに、尿道を思い切り吸引される。出す快感と吸われる快楽が同時に押し寄せ、思わず腰が引ける。なのに股間は彼女のフェラに吸い寄せられて、結果上半身だけが前のめりになってしまう。

 

 立っていられないほどの快感。膝がガクガク震えて崩れ落ちそうだ。もう言葉すら発することができない。まるで授乳のようにぢゅうぢゅうと吸われ、一滴残らず流れ出ていく。

 

 精巣ごと搾り取られるような口淫に、頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 気づけば、床に膝を付いていた。

 膝立ちの状態で、かろうじて倒れ込まなかったらしい。

 

 意識が飛ぶようなフェラチオだった。

 

 アヤは四つん這いのような体勢になりながら、萎んでしまったペニスをまだ口に含んでいた。いたわるように口内で舐め回している。死ぬほど気持ちいいが、再び勃起する気配はない。本当に搾り尽くされたようだ。

 

「アヤ……ありがとう。すごく気持ちよかった」

 

「……ぅ、ぷぁ……ん、そっか」

 

 股間から顔を離したアヤが、ふふっと満足げに笑う。

 

「最高だった。腰が抜けるかと思った」

 

「ふふ、ぼーやん大げさ」

 

 そう微笑みながら口元を指で拭う仕草が色っぽい。きっと化粧をしているせいだろう。

 

 いや、違うな。

 彼女は日に日に色気が増している。多分それは、俺のせいだ。

 

 ロッカーに入れておいたジャケットから濡れティッシュを取り出し、二人で拭き合う。事後の余韻と妙な恥ずかしさでお互い無言だ。でも気まずさはなく、むしろ優しく愛撫をし合っているような、愛おしい時間が流れる。

 

 

「……じゃあ、後でね」

 

 ブラウスの第一ボタンを開けたままのアヤが、ニコッと微笑みロッカールームを出ていった。

 

「………………はあぁ」

 

 大きなため息をついて、床に座り込む。

 

 やばかった。

 反則級の可愛さだった。

 

 ――翻弄されるな。

 

 直感が警告してくる。

 

「……分かってるよ」

 

 分かってる。

 

 でも、今だけは。

 彼女が着替え終わって廊下で合流するまでは。

 

 クラスで一番可愛い女の子と。

 ずっと好きだった幼馴染と溶け合えた奇跡を、素直に噛み締めたいと思った。

 

 



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月明かりの帰り道を二人で歩いた(六十五日目・土 夜)

 静まり返った廊下で待っていると、女子のロッカールームからアヤが出てきた。

 

「ごめん、お待たせー」

 

 彼女が申し訳なさそうに片手を上げる。

 

 確かに三十分ほど待った。濡れてしまった下着を替えただけではなく、どうやらメイクも直していたらしい。彼女のグロスやファンデーションが、来たときよりもほんの少し濃く塗られていた。

 

 ここからが、アヤにとってのデートなのだろう。ただ俺と帰るだけなのに、そう思ってくれることが素直に嬉しい。

 

「じゃあ帰ろうか」

 

 手を差し出すと、彼女は「うん」と軽くうなずいてから手を握ってきた。

 

「あのさ、中庭通って行かない?」

 

「中庭?」

 

「そう。この時間ならまだライトアップされてるはずなんだ」

 

 アヤが手を繋いだまま先を行くので、俺もそれに付いて歩き出した。

 

 

 

 

「これは幻想的だね」

 

 中庭は地面のいたるところに円球のライトが設置されていて、あたり一面を白く照らしていた。

 

「でしょ?」

 

 振り返ったアヤがどうだと言わんばかりに得意げな顔をする。

 

「ああ‥…すごく綺麗だよ」

 

 彼女のオーバーサイズの白い長袖スウェットが光を吸収し、浮かび上がっているように見えた。まるで無人の中庭にたたずむ妖精みたいだ。妖精にしてはボーイッシュだが。

 

「ふふ、これさー、いつかぼーやんに見せてあげたいなって思ってたんだ」

 

「うん、見れて良かったよ」

 

「感謝するんだぞ」

 

 アヤがまた先輩風を吹かす。片方の口角を上げて、今にもウインクでもしそうだ。

 

「ああ、この中庭をデザインした設計士さんにいつかお礼を言わなきゃね」

 

「そっちかよ~」

 

 手柄を横取りされたかのように眉間にシワを寄せる。でもその口調は楽しそうだ。俺も、こうして二人でイルミネーションを満喫できて楽しい。本当にデートみたいだ。

 

 フッと、あたりが暗闇に包まれる。

 

「あ、十時になっちゃった」

 

 闇の中からアヤの声がした。どうやら夜の十時で中庭のライトアップは終了らしい。

 

「さて、帰るかな~」

 

 サクサクと芝生を歩く音がして、トンと俺の胸に手が添えられた。明暗差にも慣れ、段々と胸元にいる彼女の輪郭が見えてくる。

 少しだけ切なそうな美少女が、俺を見上げていた。

 

「少し、ゆっくり帰ろうか」

 

 優しく髪の毛を撫でると、「そうだね」とアヤが寄りかかってきた。

 

 

 

 

 黒い木々の生い茂る坂道を、アヤと並んで下る。

 街灯はまばらだが、満月の明かりが道を明るく照らしていた。その中を、二人の影がゆっくり進む。

 

「そういえば、今度またお泊り会するよ」

 

 隣を歩くアヤが、前を見ながら言った。

 

「カナッペと?」

 

 俺はかろうじて憶えている彼女の親友の名前を挙げてみる。

 

「うん、カナッペと……あとユカリも」

 

「そうなんだ」

 

「うん……ユカリがね、メールくれたんだ」

 

 アヤの横顔には嬉しいような怯えるような……そんな感情が浮かんでいた。

 

 俺がユカリの告白を断って以来、多分、二人は言葉を交わしていない。きっとアヤは何度もユカリにメールをしようとしたのだろう。でも、ずっとためらっていた。

 そんな気がする。

 

 ユカリからメールが来て、二人がどんなやり取りをしたのかは詮索しない。それはあくまで二人の問題だ。

 

「そっか……良かったね」

 

 代わりに、俺はめいっぱい口角を上げて微笑みかけた。

 

「……うん!」

 

 やっと仲直りのできた少年のように、アヤが素直な笑顔を見せる。

 きっと二人はまた友だちに戻るのだろう。なんだかそれが自分のことのように嬉しい。

 

 坂道を下り丘の中腹に差し掛かると、木々が途切れ、一気に視界が開けた。

 

「あ、見てぼーやん!」

 

 彼女が顔を向けた先には、一面に光る夜景が広がっていた。

 住宅街の光が眼下を埋め尽くし、その街並みを月明かりが浮かび上がらせている。季節が冬に差し掛かり空気が澄んできたからか、光の一つ一つがはっきりとしていた。

 

「綺麗だね」

 

「うん、綺麗……」

 

 そのとき、さあっと冷たい風が吹いた。

 木々が揺れ、葉がカサカサと乾いた音を鳴らす。

 

 冷たい風が、露出した顔面に容赦なく吹きすさぶ。

 

 冷たい。

 冷たいけど、なんだか優しい――澄んだ匂いがした。

 きっとアヤが隣にいるからそう感じるのだろう。

 

 ――この空気、好き。

 優しい匂い。

 きっと、ぼーやんがいるからだ。

 

 触れる肩から、彼女の温かい気持ちが伝わってくる。

 アヤも同じことを感じていたようだ。なんとなく、そんな気がしていた。

 

 ――ぼーやん、今。

 私とおんなじこと思ってそう。

 

 彼女の心の声に、思わず吹き出しそうになる。

 言葉も視線も交わさずに、俺たちは同じ気持ちを共有していた。

 

 多分、この瞬間が幸せというやつなのだろう。

 

 ――こんなときが、続けばいいな。

 

 アヤが心の中で願う。

 

「続くよ」

 

 夜景に夢中になっている彼女に、俺は小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 バス停まで下りると、当然だが人の姿はなかった。

 もう夜の十一時過ぎ。時刻表を見ると、最終バスが来るまでしばらく掛かりそうだ。

 

 それまで何をしていようか。

 

 答えは、なんとなく分かっていた。

 

「ぼーやん、唇……寒い?」

 

 彼女のぎこちないお誘いに、また吹き出しそうになる。

 俺から言おうと思ったのに、先を越されてしまった。どうも、今日はアヤが有利な日らしい。

 

「ああ、そうだね」

 

 俺は彼女の目をじいっと見つめ、心にキスの準備をさせる。アヤの唇の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。

 

 うっすら桃色がかった頬に手を添えると、ひんやり冷たくて気持ちがいい。彼女の瞳が熱っぽく揺れている。ハッとするほど可愛い顔に、ゆっくり顔を近づけていく。

 

 鼻先が触れるほどに近づくと、彼女の白い吐息が温かい。

 

 あふれる思いを込めながら、鼻先同士をこすり合わせる。優しげに孤を描いたアヤの目元が、ゆっくり閉じる。俺も目を閉じ、唇に神経を集中させた。

 

 ふんわりと唇を重ねる。徐々にしっとりとした柔らかさが広がっていく。

 

 ついばむことも舌を入れることもない、ただ唇を合わせるだけのキス。それなのに脳みそが痺れるように気持ちがいい。愛おしさが唇を通して行ったり来たりするような、満たされるキスだ。

 

 ――私の心。

 伝わってる。

 

 俺も、自分の心が伝わっているのが分かった。

 

 唇は微動だにしていないのに、わずかな筋肉の動きだけで電気が走ったように気持ちがいい。ちょっとだけ唇を押し出してみると、それ以上の快感が全身に走った。

 

 お返しとばかりに、アヤが唇の先をちょっとだけ突き出す。互いを優しく愛撫するように、俺たちは密着した部分だけで思いを伝え合った。

 

 本当に、彼女といると驚きの連続だ。セックスよりも気持ちのいいキスがあるなんて知らなかった。

 

 きっとこれからも、俺はアヤにいろんなことを教えられるのだろう。

 

 

 溶け合うようなキスに溺れていると、まぶたの裏が明るくなった。

 

 目を開けると、彼女の頭越しにバスのヘッドライトが近づいてくる。アヤもそれに気づいたのか、ゆっくりと唇が離れていった。

 

「バス、来ちゃったね」

 

 彼女が背後に意識をやりながら残念そうにこぼす。

 

 同感だ。

 

「バス乗らないで、このまま歩いて帰ろうか」

 

「え……どのくらい掛かるかな」

 

「多分、三時間くらい?」

 

「三時間かー」

 

 まんざらでもなさそうに考え込む様子が嬉しい。

 

「大丈夫、背負っていくから」

 

「いや、でも疲れちゃうし……」

 

「アヤも足腰強くなるんじゃない?」

 

「私かいっ」

 

 彼女が軽妙なツッコミを入れたところで、バスが目の前で停車した。

 

 手を繋ぎ、開いたドアから乗り込む。

 

「最寄りのバス停からアヤの家までなら、おぶっていこうか?」

 

「いや、いいよ……重いし」

 

「それはないと思うけど」

 

 一番奥の席、彼女を窓側に座らせ、その隣に腰を下ろす。それを合図にバスが動き出した。

 

「昔さ、私がぼーやんおんぶしたの覚えてる?」

 

「そんなことあったっけ?」

 

「あったよー、なんかの罰ゲームで」

 

「じゃあ、今からバス停着くまで勝負しようか」

 

「いいね。んーじゃあ、にらめっこ……はちょっとアレだから、えと……あっち向いてホイは?」

 

 俺たち以外誰も乗っていないバス内に、アヤの楽しげな声が響く。バックミラー越しに運転手さんと目が合った気がして、二人で少し声を落とす。

 

「いいよ。俺が先行でいい?」

 

「どうぞ~」

 

「よし……あ、あれ式場の屋根じゃない?」

 

「え?」

 

 彼女が窓のほうを向いたので、俺はそちらに指を向けた。アヤの目線の先には住宅街の明かりしか見えない。

 

「はい、まず俺の一勝ね」

 

「なっ……ぼーやんズルっ子だ」

 

 彼女が不服そうに睨んでくる。

 今日はアヤに押されっぱなしなので、このくらいの反則は許してほしい。

 

「じゃあ次は私の番ね。……あ、見てまんまる!」

 

 アヤが俺の背後を指差す。

 

 まんまる……? 満月のことを言っているのだろうか。

 

「まんまるって、なんか可愛いね」

 

「引っかかってよ~……」

 

 口惜しそうに眉を寄せるアヤに、つい笑ってしまう。

 

 車窓の向こうに、きらびやかな夜景が流れていた。

 二人で眺めたら、さぞかしロマンチックだろう。

 

 でも俺たちは。

 バス停に着くまで、仲のいい幼馴染のようにひたすらあっち向いてホイをして過ごした。

 

 




まだ続きます。

ボーイッシュ幼馴染と海沿いラブホで汗だくえっちをしたり、健気なご奉仕をされたり、寝起きの囁き密着えっちをする音声作品がセール販売中です。
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【アヤ視点】大事な友だちと引っつき合った(七十二日目・土 午後)

第5巻が本日(11/24)から発売されました!!
今回は書籍版が10万字ほど追い越しています。いち早く二人の恋の結末を読みたい方はぜひご購入いただけると幸いです!
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 電車に乗って一駅。

 そこからちょっと歩いたところにカナッペの家がある。

 

 今日はカナッペと……ユカリの三人でお泊まりだ。

 

 指を伸ばしてインターホンを押す、ピンポーーンと間延びして聞こえるのは、私が少し緊張しているせいだろう。

 

「うー、さむ」

 

 玄関前に立っていると寒さが沁みる。もう十二月だから当たり前か。

 

 ガチャリとドアが開き、黒いスウェット姿のカナッペが顔を出した。

 

「あれ、アヤ早いじゃん」

 

「うん、なんか早く着いちゃった」

 

「おわー今日冷えるね。さ、上がって上がって~」

 

 そそくさと引っ込むカナッペに続き玄関に入る。

 

「お邪魔しまーす」

 

 玄関先に見慣れない靴があった。いや、この茶色いムートンブーツは前に何度か見たことがある。

 

「ユカリもけっこう前に来たんよ。二人揃って優等生かよ」

 

「う、マジか」

 

 心の準備が必要だからユカリより早く来ようと思ってたのに。

 でもそうだ。ユカリはいつも私より先に待ち合わせ場所にいる子だった。

 

 二階の一番奥、カナッペの部屋に入るとローテーブルのそばにユカリが座っていた。

 

「アヤ、久しぶり」

 

「うん、久しぶり」

 

 優しく笑いかけてきたユカリにつられて私も笑顔になる。思わず片手を上げ、胸元の何もない空間をつかんでしまった。

 

 ユカリがうかがうように顔を傾け、セミロングの黒髪がふわりと揺れた。文化祭以来、ユカリはメガネをしていたはずだけど、今日は掛けていない。

 

 いつもの、ユカリだ。

 高校に入ってすぐに仲良くなった人。

 周りの空気を読むのが上手くて、自然に気遣いができて。

 それなのに自分のペースをしっかり持っている。

 私と違ってスマートな立ち回りができるのに、話すペースとか雰囲気が妙に合う不思議な子。

 

 クラスが違うけど、バドミントン部ではいつも一緒だった。最近は、勉強が忙しいという理由で部活には顔を出していない。それはきっと半分本当で、半分嘘なんだろうなと思う。

 

「あ、あのさユカリ」

 

「ん?」

 

「はいはーい、積もる話は帰ってきてからね!」

 

 カナッペが私の肩をつかんで左右に揺らす。微笑むユカリの姿がぐわんぐわんとブレた。

 

「ぇえ、どっか行くの?」

 

 頭をシェイクされながら聞くと、カナッペがにやりと口角を上げた。

 

「近くにスパ銭できたからサウナ行こうってユカリと話してたんよ」

 

「サウナ……」

 

 最近流行っているというのは知ってるけど、行ったことはない。

 

「あ、でもタオルとか」

 

「大丈夫、全部レンタルだし。ウチのタオル持っていけば安く済む」

 

「私も汗流したくなっちゃって。カナちゃんタオル借りるね」

 

「オッケー」

 

 どうやら決定事項らしい。まあでも、二人が行きたいなら私に拒否する選択肢はない。

 

「うん、いいよ」

 

 私もにっこり笑った。

 

 

 オープンしたばかりのスーパー銭湯は、カナッペの家から徒歩十分くらいの距離にあるらしい。寒空の下、前を行くカナッペのスラリとした後ろ姿を眺めていると、隣を歩くユカリが声を掛けてきた。

 

「アヤ、そのオレンジのニット新しいやつ?」

 

 私の黒いダウンジャケットの中を覗き込み、興味深そうに目を輝かせている。好奇心のたっぷりこもった瞳で見つめられると、ついつい口が軽くなってしまう。

 

「うん、新しく買ってみた。モコモコしててあったかいよ~」

 

 それに可愛いな……と思って。

 

「ふふ、アヤこの色好きだもんねー。ぼーやんにはもう見せたの?」

 

「う、ううん、まだ……見せてない」

 

 ユカリの口からナチュラルにぼーやんの名前が出てドキリとする。なんか変な汗が出てきた。

 

「ぼーやんのことだから、すっごく似合ってるって言ってくれるんじゃない?」

 

「そう、かな。だと嬉しいけど……」

 

「あ~、ぼーやんってアヤの着る服全部かわいいって言ってそう」

 

 カナッペが振り向いて口角を上げる。これはからかってくるときの顔だ。

 ここは何でもない顔をして華麗にスルーだ。

 

「全部じゃないし」

 

 ……多分。

 いや、嘘ついた。

 ぼーやんは何でも褒めてくれる。それは昔からずっと。

 

「わぉ、アヤ顔真っ赤じゃん。照れすぎっしょ」

 

「いや照れてるとかじゃなくて……っ」

 

「ウソつけ~、こういうときは素直にデレとけ」

 

 だってユカリの前でデレるなんてできるわけない。

 

「カナッペ~、怒るよっ」

 

「え、マジ!? アヤが怒るとこ見れんの?」

 

 カナッペめ。

 すぐこうやって私とユカリの緊張をほぐそうとするんだ。

 そういう不器用で優しいところが大好きだ。

 私には、きっとできない。

 

「え、アヤって怒ったらどうなっちゃうの?」

 

「ユカリ~っ」

 

 ユカリが前と変わらない好奇心旺盛な顔で聞いてくる。

 

 やばい泣きそうだ。

でもここで泣いたら、ただの甘ったれだ。

 ユカリが差し伸べてくれた手を、ちゃんと握り返さなきゃ。

 

 ぼーやんを奪った私が、弱いままだったらダメだ。それはきっとユカリをがっかりさせるから。

 

「怒ると私、タチ悪いよ」

 

 ちょっと睨みを利かせてみる。

 するとユカリがぷっと吹き出した。

 

「えー例えばどんな感じ? アヤがネチネチ相手を責めるとことか想像できないんだけど」

 

「むっちゃ興味ある……今度私に怒ってみてよ。キレたら手が出たりすんの?」

 

 まるで珍獣を見るような目で、二人が楽しそうに聞いてくる。

 

「キレたら――」

 

 キレたら。

 

 ……怒ったことは、ある。

 

 修学旅行のとき、ぼーやんにいきなりキスをされて。

 たくさん、エッチなことされて。

 どうしてそんなことをするのか、分からなくて。

 知りたくて、無性に腹が立って。

 

「――むっちゃ聞く。質問攻め」

 

「なにそれ、ただの可愛いかよ」

 

 カナッペがふいっと前を向く。

 

「怒った相手はぼーやんと見た」

 

「へ……?」

 

 ユカリにいきなり見破られた。

 

「そうかー、アヤはぼーやんには怒ることあるんだー」

 

「え、いや……うん、ちょっと前ね」

 

「ふふ、時田のときはそんなことなかったのにね。ぼーやんにはそれだけ本気だってことだ」

 

 ユカリがにっこりと微笑んだ。

 

 ああ、そっか。

 私……ずっと前から。

 ぼーやんに本気だったんだ。

 

「……うん、本気だよ」

 

 だから、ちゃんとそれを口にする。

 

「はいはい二人とも、スパ銭ついたよ~」

 

 見れば、すごく大きな建物の前にいた。広い駐車場があり、千人くらいは入れそうな横長の二階建て。

 

「ありゃ、けっこう掛かっちゃったな。風邪ひく前に早く中入ろ」

 

 カナッペがスマホを見ながらぼやく。

 

 でも、それがカナッペのウソなんだって分かってる。

 本当はもっと早く着いたはずなのに、わざと遠回りしたんだ。

 私とユカリが、いっぱい話せるように。

 

「カナちゃんて、不器用な子なんだね」

 

 ユカリが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。

 

「本人には言っちゃダメだよ」

 

 私も小さい声でささやく。

 

 前を歩くカナッペのグリーンのジャケットが、なんだか優しく見えた。

 

 

 

 

「じゃあ私チケット買って受付してくるからロビーで待ってて。あ、使い捨て歯ブラシとかいらんよね?」

 

「うん、ありがとう」

 

 よし、と口角を上げたカナッペが発券機に向かって行った。

 

「カナちゃんて世話焼きなんだねぇ」

 

「だからつい甘えちゃうんだよね……情けなや」

 

 ユカリと二人でカナッペをしみじみ眺める。

 

「ふふ、カナちゃんもだいぶアヤに甘えてると思うよ? 私だって、そう」

 

 ユカリがほんの少し下を向いた。

 

「そんなことない――」

 

「ねぇアヤ、もう私に気を使わなくていいからね。私も初恋人、できたし……し、幸せ、なので」

 

 うつむきながら恥ずかしそうにする姿は、初めて見るユカリだった。

 

 なんでか私まで恥ずかしくなってくる。

 体が熱くて胸の奥がジンジンする。

 きっと、私もユカリと同じだからだ。

 だから分かる。

 

 ユカリも、本気なんだ。

 

 よかった。それならちゃんと言える。

 

「ユカリ」

 

「ん?」

 

「よかったね」

 

「うん、いろいろごめんね……アヤ」

 

「なんでユカリが謝るの~!」

 

「うん、変だね」

 

 そう言って笑うユカリを抱きしめたくなった。

 やばい、今度こそ泣きそうだ。

 

「おーい、積もる話は帰ってからだよ、私も混ぜろ」

 

 と言いつつ、私たちの話が終わるのを見計らっていたようにカナッペが声を掛けてくる。

 

「うん、カナッペも聞いて」

 

 私たちは妙に引っ付きあいながら大浴場に向かった。

 

 

 

「うぉ、ガラガラじゃん」

 

 脱衣所に入るなりカナッペが声を上げた。

 

 確かに広い空間に人っ子一人いない。百個以上ありそうなロッカーもほとんどが空いている。

 

「オープンしたばっかなのにラッキーだねー」

 

 ユカリが洗面台に近いロッカーに向かい、私たちもそれに続く。

 

「オフシーズンとか?」

 

 そう言ってカナッペを見上げると、少し釈然としない顔でつぶやいた。

 

「オープン割引が昨日までだったからかなぁ……にしても空き過ぎなんよね。まあ中途半端な時間だし、タイミング良かったのかな」

 

「ほら、さっさと入ろ」

 

 ユカリが私たちを急かすので、私もダウンジャケットのジッパーを下げる。

 ふわりと良い匂いがしたので横目で隣を見ると、カナッペがもう服を脱ぎ終わっていた。

 

 心の中でほわぁっとため息をつく。

 

 フェイスタオルで前を隠したカナッペの体は、見事な流線形だった。背が高くて手足がすっと長くて、モデルみたいだ。ロングの黒髪を上げて結ぶと、その首の長さも際立つ。

 綺麗で凛としていて、私のひそかな憧れだ。

 

「ほら、アヤも早くしなよ」

 

「え、先行ってていいよ」

 

「やだよ、みんなでサウナ入るんじゃん」

 

「あ、そか、ちょっと待ってね」

 

 カナッペが隅っこにある体脂肪計に向かうのを見て、私もそそくさと服を脱ぐ。

 ニットをめくり上げると、内側のこんもりとした空気が外に逃げた。来る途中、緊張しすぎてたくさん汗をかいてしまったので、ベトベトだ。早く洗い流したい。

 

 ガシャンとロッカーを閉じる音がして、隣でユカリが脱ぎ終えたのが分かった。

 

 つい、横目で見る。

 初雪みたいに白い体に、思わず見惚れてしまう。黒いセミロングを頭の上でお団子にしていてすごく可愛い。それに、ちょっと色っぽい雰囲気が出てきた気がする。

 お人形みたいに整っていて理知的な印象のある美少女顔。

 背は私と同じくらいだけど、顔が小さくて姿勢がいいから大人びて見える。

 お尻も小さくて、それなのにおっぱいがけっこうあって……。

 

 ぼーやんは、本当はこんな感じの子が好みなのかも。

 

 なんて何度か思ってしまったこともある。

 

 私はここぞとばかりに、さっきから気になっていたことを聞いてみた。

 

「ユカリ、今日はメガネじゃないの?」

 

「ああうん、今日は……ていうか、コンタクトに戻そうかなと思って」

 

「そうなんだ」

 

「うん、なんかね、そのままでいいって言ってくれて……彼が。で、私のそのままって何だろうって思って、メガネを掛けない私をそのままってことに決めたんだー」

 

 ふんわりと笑うユカリが、ドキッとするほど可愛い。

 きゅっと引き結んだ唇が艶めいていて、なんだかすごく色気がある。ドキドキする。

 

「だから積もる話は帰ってからだって~!」

 

 カナッペが眉間にシワを寄せてこちらに戻ってきた。

 

「あ、ごめん、私まだ途中だ。いやユカリが妙に色っぽくて」

 

「いろっ……えっ!?」

 

「そりゃ彼氏できたからだろ」

 

 動揺するユカリに対し、カナッペが事も無げに言う。

 

 私が全部脱ぎ終えるのを待ってから視線を戻したカナッペが、ぐにと私の頬を指で押し込んできた。

 

「アヤだって最近肌がつやっつやだしさー。もともとモッチモチなのに、どんだけ色っぽくなるつもりだー?」

 

「へっ、私……!?」

 

「ぼーやんも悩殺されてさぞかし大変だろうな~」

 

 カナッペが両手で頬を包み、ぎゅむっと潰してきた。挟まれたタコみたいになった私の顔を冷やかすように見つめてくる。

 

「はぉっ、はひふんほ~!」

 

「……くくっ、変な顔」

 

「ほらほら、早く入るんでしょ。はいカナちゃんタオル」

 

 ユカリが、私の顔をこねるために両手を離して落ちたカナッペのタオルを拾う。

 

「あんがと」

 

 なぜかムスッとしているカナッペと共に、私たちは大浴場に入った。

 



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【アヤ視点】水の中で大切な恋人に会いたくなった(七十二日目・土 午後)

「あ゛づいね……」

 

「アヤ大丈夫? 先に出てていいよ」

 

 向かいに座るユカリが身を乗り出してくる。灼熱の蒸し風呂なのに涼やかな顔のままだ。やっぱりユカリはすごい。

 

「うんごめん……カナッペも、私先に出るね」

 

「大丈夫? まだ五分じゃん」

 

「うん……私、のぼせやすいんだ……」

 

 ひのきで造られた扉を開けると、そこは天国だった。熱の塊状態の全身を浴場の空気が冷やしてくれる。

 

 誘われるように「水風呂」と書かれたお風呂に向かう。

 

「はぁっ……」

 

 全身がスーッと軽くなり、ふわっと浮くような感覚に包まれた。朦朧としていた思考がクリアになり、快感がジワリと体中に伝わっていく。

 

「きもちいい」

 

 首から上だけを出し、体を水に浮かせてみる。たぷたぷと海に揺蕩うクラゲになった気分……全身もふにゃふにゃだ。

 

 まるで、ぼーやんに抱かれているときみたいに。

 

「あれ……」

 

 また、のぼせてきた。

 

 冷まさなきゃ。

 

 ドプンと、水の中に沈んだ。

 

 おそるおそる目を開けてみる。目の前の水面に、浴場の照明がゆらゆら揺れている。口から漏れた気泡が水面に当たって弾ける。

 

 全然、こわくない。

 あのプールで、ぼーやんが全部消してくれたから。

 

 今、ぼーやん何してるかな。

 

 会いたいな。

 

 

 体が徐々に浮上していき、顔で水面の膜をやぶる。

 

 ゆっくり体を起こすと、水風呂のふちにカナッペが立っていた。

 

「アヤぁ~、お風呂で潜るの禁止! 小学生かっ」

 

「う、ごめん。冷ましたくて」

 

「あぁ、アヤは火照りやすいんだもんねぇ」

 

 カナッペがニヤニヤ笑いながら水風呂に入ってくる。底に立っても太ももの下くらいまでしか浸かっていない。長い脚線美がうらやましい。

 

「……私はのぼせやすいって言った」

 

「いひひっ、まあアヤは基礎体温高いもんな。さ、ユカリ出たら露天風呂いこ」

 

「ユカリは?」

 

「さぁ~あの調子じゃ、あと二十分は出てこないかもな」

 

「ユカリ、強いね……」

 

 サウナの扉を見ながらぼーっと水に浸かっていると、カナッペが妙な咳払いをした。

 

「あ゛~そんでさ、ぶっちゃけどうなの? ぼーやんはさ」

 

「え、ぼーやんはぼーやんだけど」

 

「いやほら、セックスの話」

 

「セッ――えぇ……」

 

 えっちな質問だった。

 

 カナッペを睨みつけると、意外にも真面目な視線で返してきた。

 すごく、知りたそうだ。

 

「いやあんまアヤとこういう話したことないじゃん、でもさ、やっぱ興味あるわけよ。ねぇアヤ~、ちょっとでいいからさ」

 

 甘えた調子の声だけど妙に真剣なカナッペに、つい気圧されてしまう。

 

「……言わなきゃダメ?」

 

「お願いっ、私とアヤの仲じゃん?」

 

「うぅ~……」

 

 カナッペ相手でも、こういう話は恥ずかしい。

 平気な子もいるけど私は無理だ。

 ぼーやんも勝手に話されたら嫌だろうし。

 

「とりあえずさ、セックスってどんな感じ? ぼーやんとのエッチってやっぱ凄いの?」

 

「ふぇ!?」

 

 いきなりドストレートな質問に変な声が出る。

 

 セックスという言葉に、勝手に記憶が蘇ってしまう。体に刻まれたぼーやんの熱、温もり、肌触り。私の中を埋め尽くす感覚。

 

 すごく気持ちよくて、満たされて。

 大事にされてるって実感できて――。

 

「はぁぁ~やっぱ凄いのかぁー……」

 

「いや何も言ってないしっ」

 

「顔見りゃ分かるよ~、アヤは素直な子だねぇ」

 

 カナッペがニヤリと口角を上げる。

 

「てかぼーやんの体も凄かったりするの?」

 

「か、えっ……」

 

 私の上を覆いつくす大きな体を思い出す。激しくて、優しくて、熱い身体。厚くて硬い胸板に潰されると苦しくて気持ちいい。太い腕で簡単に持ち上げられて、抱きしめられて、安心する。

 意外に細くて柔らかい指で、優しく撫でられて……。

 

「腹筋は、割れてる」

 

「やっぱ割れてんのか~っ、アヤはああいうがっしりしたの好きそうだもんなー」

 

 がっしりした人なら誰でもなんて思えない。

 ぼーやんだから、抱かれたいって思う。

 

「ねぇ、男の人のアレってどんなもん?」

 

「え」

 

 そこまで聞く……もの?

 

 ぼーやんの、は。

 

 かたくて……。

 

 あれ、私何を考えて。

 だめだ、頭も体もヘンだ。このくらいにしないと。

 

「やっぱさ、一人でするのとは違うもん? ぼーやんってうまいの? 指とアレとじゃ別次元?」

 

 答えていないのに矢継ぎ早に質問を重ねられて、うろたえてしまう。次々に記憶があふれてきて、頭が熱い。

 

「……そんなの、わかんなぃよ」

 

「アレで突かれるとさ、勝手に大きな声でちゃうもん?」

 

 ゆっくりだったり、激しかったり。ぼーやんのが中で動いて、そのたびに気持ちいいのが我慢できなくて。

 

 何も考えられなくなって。

 

「ふふ……アヤ、声でちゃうんだ」

 

 妙に惚けたような口調で言われ、恥ずかしさが限界を突破する。

 

「カナッペ、もういい……?」

 

 勘弁してよ~という目で見つめると、カナッペはキョトンとした顔で固まってしまった。そしてなぜか「はぁ」とつまらなそうにため息をつく。

 

 む。

 

「勝手に聞いてきたのカナッペでしょー!」

 

「あぁっ、ごめんごめん! 反応がウブウブでちょっと興奮し過ぎちゃったわ。う゛ぅ~冷えてきた、アヤもう水から上がるよ。水風呂は二分以上入ると風邪引くんだぞ」

 

 だからカナッペが質問攻めにしてきたんじゃん、と抗議したい気持ちをぐっとこらえる。

 

「私はまだまだ全然平気だけどカナッペは寒がりだもんね。隣のジャグジーいこ?」

 

「はいはーい、風邪引いたらぼーやんとエッチできなくなっちゃうもんね」

 

「……バカナッペ」

 

「うわひっど~、アホヤ」

 

 けらけらと笑うカナッペにため息をつきながら、一緒にジャグジーへ移動した。

 

 隣で「ジャグジー最高~」と声を上げる彼女を横目で見る。

 

 ……カナッペが、さっきからちょっと変だ。

 どうしたんだろう。

 

 たまに、本当にたまに、カナッペが変な絡み方をしてくることがある。私が心配して聞いてもはぐらかすから、理由はいつも分からない。

 それがちょっとだけ、寂しかったりする。

 

 結局いつもみたいに聞こうとしたとき、サウナルームの扉からユカリが出てきた。

 

「ごめんお待たせー、気持ちよすぎて長居しちゃったよー」

 

「ユカリ遅いぞ~、もうお湯で皮膚がふやけそうだわ。さっさと露天風呂いこーよ」

 

「あ、うん、ちょっと待ってね。整えてから」

 

 言いながらユカリが水風呂に体を沈め、ふい~と気持ちよさそうな声を発した。

 

「ぷっ……ユカリそれ、おっさんみたいだぞ」

 

「えぇ~いいじゃん女湯なんだし。って……あ~アヤも笑い過ぎー」

 

 口調は怒っているのに顔はとろとろになっているユカリが可笑しくて、私とカナッペは顔を見合わせて笑ってしまった。

 

 

 

 

「あ゛ぁ~、やっぱり露天が最高だよな~」

 

 三人並んでお湯に浸かっていると、タオルを頭に乗せたカナッペが面白いうなり声を上げた。

 

「にしても、土曜日なのに貸し切り状態だね。解放感がすごいよー」

 

 「よー……」と声が反響する。

 

 広い露天風呂には人が一人もいない。なんだか今なら何をしても許される気がする。小学生の頃だったら間違いなく平泳ぎを披露してたと思う。

 

「アヤ~、貸し切りだからって泳いだりすんなよ~」

 

「子どもじゃあるまいし」

 

「どうだかー、アヤは意外にお子ちゃまだからな~」

 

 カナッペと子どものようなやり取りをしていると、静かに目を閉じていたユカリがふぅとため息をついた。

 

「これも謎の力の仕業……? おかしい、まだ諦めきれないなんてことは……」

 

「ユカリ?」

 

 ユカリが何やらブツブツつぶやいている。

 

「ねぇアヤ、聞いてもいい?」

 

「う、うん、いいよ」

 

 唐突にこっちを向いて目を見開いた。

 なんだか今日はやけにいろいろ聞かれる日だ。もうそういう日なのだと覚悟を決めよう。

 

「ぼーやんの、どんなところが好き?」

 

 静かで、重い声色だった。

 優しい口調だけど、ユカリは真剣に聞いている。

 なぜか隣にいるカナッペも押し黙ってしまった。

 

 私はぼーやんの顔を思い浮かべる。

 どうしてか、さっきからぼーやんに会いたくて仕方がない。

 

 ぼーやんのことを考えるだけで、ドキドキする。

 いつも、ドキドキさせられる。

 私の前で、男らしくいようとしてくれる。

 頼りになるって思わせてくれる。頼ってくれる。

 守ってくれる。守りたいと思う。

 

 でも。

 それよりも。

 

「……落ち着く、ところかな」

 

 ポツリとつぶやくと、ユカリが少し驚いたような顔をした。

 

「へぇ、なんか意外……でもないか、ぼーやんってそういう人だもんね」

 

「うん、ずっとそう。なんにもしてなくても、一緒にいる時間がずっと続けばいいなーって思う」

 

「信頼できるってこと?」

 

「うん……ぼーやんはさ、絶対に私が嫌がることをしないから。傷つけないようにって、いつも考えてくれてるのが分かるんだ」

 

「あ~、アヤをすごく大切にしてるもんね、うんうん」

 

「……うん、それが伝わってくるから。だから、私も同じくらい伝えなきゃって思う」

 

「ふふ、アヤ……今めっちゃいい顔してるよ」

 

「へぁっ?」

 

 思わずユカリの瞳に映る自分を確認してしまう。小さいレンズ越しでも分かるくらい、顔が真っ赤だった。

 いやいや、温泉に浸かっているんだから当たり前だし。

 

「伝えるって、何を伝えたいの?」

 

 ユカリが優しく聞いてきた。

 

 ぼーやんに、伝えたいこと。

 まだ、ちゃんと伝えられてないこと。

 

「ぼーやんに、あったかい家族を作ってあげたい」

 

 初めて、言葉にした。

 言葉にできた。

 

 そうだ私ずっと。

 ぼーやんに、会ったときから――。

 

「おんもっ、アヤ~愛情深すぎ!」

 

 やけっぱちみたいにカナッペが叫んだ。

 

「お、重いかな?」

 

「重いよ~、おもおもでドン引きだわ」

 

 からかうようにカナッペが笑う。

 でもその顔が、少し悲しそうに見えた。

 

「カナッペ、どうしたの……?」

 

「へ、なにが?」

 

「なにがって、泣きそうな顔してるから」

 

「はっ? アヤじゃないんだから人のノロケ聞いて泣く趣味なんてないって~」

 

 カナッペが取り繕うように笑う。

 

 まったく。

 中学からの付き合いを舐めないでほしい。

 カナッペの口が妙に汚くなるときは、本当の気持ちを隠そうとしているときだ。

 

 私と同じ、不器用な子。

 

「大丈夫? 私、話聞くよ……温泉だし」

 

「あはは、裸の付き合いってやつ? 心も丸裸に~ってか」

 

「もう、じゃあ話さなくていいよ。はい、おいで」

 

 腕を広げて優しく笑いかける。

 こういうときは、お母さんモードに限る。

 

「あ、いやえっと……今その胸飛び込んだら私、ヤバいかも。ほらアヤのおっぱいふわふわだしさ、眠くなっちゃうわ~なんつって」

 

 カナッペがヘラヘラ笑ってごまかす。

 やっぱり変だ。

 

「カナッペ、いいからおいで」

 

 あれ。

なんでだろう、せっかく今日ずっと我慢してきたのに。

 ここに来て涙が出そう。

 

 あ、出た。

 

「ちょっとなんでアヤが泣くのよ! ……って近寄ってくんな~っ」

 

「だって、なんかカナッペ泣いてる気がするんだもん」

 

 びっくりするほど細い体をぎゅうと抱きしめる。

 

「ああもう、これだからアヤはっ……」

 

 私の腕の中で、カナッペの体が縮こまった。お湯に入ってるのにすごく冷たい。だから私が温める。

 

「アヤには心配かけたくないのよ……私の勝手なアレでさ、私なんかのために泣いちゃダメなんだよ……」

 

 ぼそぼそとつぶやくカナッペは、いまいち何を言っているのか分からない。

 

 でも、やるせない気持ちは伝わってくる。

 

「カナ、私なんかなんて言っちゃだめ。カナを悲しませるような人がいたら、私、すごい怒るから」

 

「アヤが、怒るの?」

 

「怒るよ。グーでふっ飛ばしてやる」

 

 安心させるようにカナッペの耳元でささやく。

 

 ぼーやんが、いつも私にしてくれるみたいに。

 

「なんでそこで男前なのよぉ」

 

 カナッペが笑いながら泣き出した。

 こんなに感情を表に出すカナッペを見たのは初めてかもしれない。

 

 もう遠慮しないことにしたのか、私の胸にぐりぐりと頭を突っ込んでくる。

 そんな可愛らしい親友を、優しく抱きしめた。

 

「よしよし」

 

 湿った黒髪をゆっくり撫でる。

 

 するとパシャンッと水音がした。見ればユカリがお湯に顔面を浸している。やがてぶくぶくと泡を立て、ぶはぁと顔を上げた。

 

「はぁ……人払いはこのためか。こっちにもフラグがあったなんて……またやられた」

 

「ユカリ?」

 

 ヤバい……ユカリの言動もヘンだ。

 

「みんな難儀な恋をしてたんだなー」

 

 そのつぶやきに、胸元で泣いていたカナッペが顔を上げた。

 

「ユカリ、言わないでよ?」

 

 キッと睨みつける目が据わっている。

 ユカリのほうは平然とした様子だ。

 

「言わないよ、吹っ切れたんでしょ?」

 

「完全に吹っ切れた」

 

「カナッペ、どういうこと?」

 

 私だけ置いてけぼりになっている気がする……。

 

「う゛~~~っ、アヤがさぁ」

 

「私?」

 

「アヤが……離れてくのが寂しいのっ」

 

「えぇっ……私、カナッペから離れたりしないよ」

 

「うん、もうそれでいい」

 

 カナッペが私の肩で涙をぬぐう。

 

「アヤ、ありがとね」

 

「ううん、いいよー」

 

 軽い感じで、気にしてないよという感じで返す。

 いつも、ぼーやんがしてくれるみたいに。

 

「アヤなら、最高の家族作ってあげられるよ。私が保証する」

 

「うん、ありがとう」

 

 ちょっと前の私だったら、こんなふうにカナッペを抱きしめられなかったかもしれない。深入りして、嫌われたらどうしようって。

 

 でも。

 本音でぶつかっても大丈夫だって、ぼーやんが教えてくれたから。

 

 

「二人ともそろそろ上がろっか~、アヤがのぼせる前に」

 

「だね、アヤはすぐ火照っちゃうから」

 

「もうそれでいいよ」

 

 結局、そのあとカナッペのわがままでユカリと二人でサウナに消えていき、私は内風呂でぷかぷか浮かびながら待ちぼうけを食らった。

 

 

 帰り道。

 ふとスマホを見ると、ぼーやんからショートメールが来ていた。

 

 私から送ろうと思ってたのに、本当にこういうところがぼーやんだ。

 

『大丈夫?』

 

 たったそれだけ。

 でも、ぼーやんがひそかに心配してくれていたのが伝わってくるから不思議だ。

 

『大丈夫だよ』

 

 私もそれだけ返す。

 それで、全部伝わる。

 そんな確信がある。

 

 スマホをポケットに押し込むと、カナッペにタックルしたり、ユカリに引っ付いたりして寒い道をゆっくり歩いた。

 



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幼馴染と懐かしい中学校を訪ねた(七十九日目・土 午後)

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 そよ風に顔を撫でられ、目を覚ます。

 

 天井には見慣れない蛍光灯。

 ここは……学校の保健室だ。

 

 どうやら俺は保健室のベッドで寝ていたらしい。

 窓が開いていて、外に桜の木が見える。そよ風に薄桃色の花びらが舞う。

 

 ……桜の花?

 

 いや今は十一月になったばっかり。まだ、秋のはずだ。

 

「ああ、いつものやつか」

 

 はたと、これが夢だということに気づく。

 修学旅行で大仏さまに祈ったあの日から、ほぼ毎日見る夢だ。

 

 直感が見せてくれる未来の記憶。何万通りも存在するシミュレーションの一つだ。

 

「ん……ぼーやん?」

 

 俺のお腹のあたりで茶色い頭がモゾモゾと動く。

 アヤが片目をこすりながらこっちを見つめていた。

 

 お見舞いに来てくれたのだろう。ベッド脇のイスに座りながら、いつの間にか俺のお腹を枕にして昼寝をしてしまったようだ。

 

「おはようアヤ」

 

「ん゛ぅぅ、こっちのセリフだし……おはようぼーやん」

 

 長袖ブレザーを着た彼女が体を起こす。

 白いブラウスは第二ボタンが外れていて、そのわずかな隙間から深い谷間が見えた。重力で下を向いた大きな乳房に、つい目が釘付けになる。

 

 春のそよ風に、ほんの少しだけ長くなった茶髪が揺れていた。

 

 寝起きだからか、ぱっちりとした二重の目元に涙が浮かんでいる。

 ふと目鼻立ちの整った美少女が、ふわりと微笑んだ。少し憂いを帯びた眼差しに心臓を射抜かれる。

 

 アヤは夢の中でも俺を見惚れさせるらしい。

 

「――ぼーやん」

 

「なに?」

 

「あのね……ぼーやんに、伝えなきゃいけないことがあって」

 

 その豊満な胸元の前で片手を握り、自信なさげに俺を見つめる。

 眉間にシワを寄せて何かを言おうと、決心を固めているようだ。

 やがて。

 

「あのさ――」

 

 

 

 

 ――パチリと、目が覚めた。

 

 視界いっぱいに青空が広がっている。透き通った秋の空だ。

 

 どうやら俺は公園のベンチに座りながら、昼寝をしてしまっていたらしい。

 

 水色よりは濃い青に、黄色い木の葉が舞う。十一月中旬で肌寒くなってきたとはいえ、昼はジャケットを着ているとけっこう汗ばむ。

 

「……そろそろ休憩終わりかな」

 

 今日は姉貴の手伝いで撮影現場に来ている。

 大きな公園の一部を貸し切り、モデルの人たちが冬の新作服を披露していた。

 

 ブブッとポケットの中でスマホが震える。

 取り出すと、アヤからのメールだった。

 

『ごめんヒロトの忘れ物届けることになった』

『待ち合わせ遅れるごめん』

 

 弟のヒロト君の中学校に届け物があるらしい。彼はサッカー部の練習に行っているはずだから、部活関連の忘れ物だろうか。

 立て続けに送られてきた文面から、彼女が相当焦っているのが分かって面白い。

 

 今日は久々にデートの日だ。

 

 俺もアヤも最近はバイトで忙しいので、まともに会えるのは土日のみ。

 ……なのだが、先々週は彼女のブライダルバイトを手伝い、先週も彼女がカナッペたちとのお泊り会だったので、まともなデートは久しぶりだ。

 

 セックスだって、彼女のバイト先の式場でして以来になる。

 

 だから今日は午前中にデートを楽しみ、午後はずっとアヤを抱き潰したかった。

 でも姉貴に朝から現場を手伝ってほしいと頼み込まれ、仕方なく午後からの待ち合わせになったのだ。

 

 俺はスマホに返信を打つ。

 

『ヒロト君の中学に届けるなら、そこを待ち合わせ場所にしよう』

 

 すぐに手元が震え、彼女の返事が表示される。

 

『中学つまんないよ?』

 

『いいよ。早く会いたいし』

 

 返信を送って、しばし待つ。

 なんとなく画面の向こうでアヤが顔を赤くしている気がする。

 

『ありがとう! ごめんね』

 

 短い返事の最後に、可愛らしいブタが申し訳なさそうに謝っているスタンプが付いていた。

 

 最近、彼女はよく「ごめん」と口にする。

 何か気負っているような感じがして、少し気がかりだった。

 

 無性にアヤを抱き締めたくなる。

 でも、今抱き締めたらそれだけでは済まないだろう。

 

「リュウジー休憩終わり! 次の撮影始まるから来て」

 

「ああ」

 

 姉貴が小走りで呼びに来る。

 

 俺は頭を仕事モードに切り替えて立ち上がった。

 

 

「はーい、いったん撮影終了です! お疲れさまでした!」

 

 撮影スタッフの掛け声で、現場の撤収作業が始まる。何人かのモデルがカメラマンと一緒にタブレットを覗き込み、写真の確認をしていた。

 

 俺は姉貴に許可をもらい、そそくさと帰り準備を始める。

 今から向かえば昼過ぎにはヒロト君の中学校に着くはずだ。

 

 スマホで行先のルート設定をしていると、視界にシュークリームが現れた。

 

「リュウジくんお疲れ、これいる?」

 

 見れば、モデルの一人が立っていた。白いアウタージャケットの中にハイネックの黒いニットを着ていて、下はブルーのデニムが伸びている。

 年は二十歳だと姉貴が言っていた気がする。黒髪ロングをオールバックにして、恐ろしく整った顔に濃いメイクをしているのにどこか幼げな印象がある。

 それは多分、楽しそうにニコニコと笑っているからだろう。

 

 確か名前は…………。

 

「千春だよ、覚えて」

 

「千春さんお疲れさまです。写真のチェックはいいんですか?」

 

「あーするする。でもリュウジくんが急いでそうだったからさ。これから彼女さんとデートとか?」

 

 千春さんが包装されたシュークリームを手のひらに乗せながら聞いてくる。

 

 彼女……アヤのことは姉貴にでも聞いたのだろう。

 最近よく現場で会うし、姉貴とは仲良さげに話しているのを見たこともある。

 

「はい、これからデートなんです」

 

「そっか~、いいなー青春」

 

 完成された美人顔が苦笑する。

 表情の変化が多くて、きっとこういう人懐っこいモデルさんが人気になるのだろうと思う。

 

「じゃあ失礼します」

 

「あ、待って、はいこれ」

 

 千春さんがぶら下げていたビニール袋からもう一つのシュークリームを取り出し、両手に乗せて差し出してくる。

 

「さっきコンビニで買い過ぎちゃってさ、こっちは彼女さんの分ね」

 

「いえ、悪いで――」

 

 

 ――受け取れ。

 

 

 不意に、直感が囁いた。

 

 意味が分からない。

 分からないが、このシュークリームをもらうことでアヤとの関係がより良い方向に進むということらしい。

 

「……いただきます」

 

 シュークリームを受け取ると、千春さんが「んふふ」と笑った。まるで悪戯に成功した子どものような笑みだ。

 

「私のことはシュークリームの人くらいに覚えといてくれればいいから」

 

「はぁ」

 

「でさ、別件なんだけど、リュウジくん私の専属になる気ない?」

 

「……はい?」

 

「あー正確にはカエデさん……リュウジくんのお姉さんに専属になってもらおうと思ってて、ついでに君もどうかなと」

 

「専属、ですか」

 

「専属って言っても君の場合はお姉さんのおまけ、雑用係、オールラウンダー要員って感じだから変に遠慮しなくていいよ。ほら、リュウジくん気が利くし、居てくれると現場がいい感じに回って助かるんだ。あ、これ他の子もみんな言ってるよ」

 

「はぁ」

 

 専属か。

 

 千春さんは若手の中でもかなり売れっ子のモデルだ。専属ともなれば収入も上がって、俺としてはありがたい。

 

 

 ――断るな。

 

 

 直感が、少し強めに進言してきた。

 きっと俺とアヤの未来にとって良い話なのだろう。

 

 でも、今より確実に忙しくなる。

 

「もちろんリュウジくんはまだ学生だしさ、ゆっくり考えてくれていいから」

 

「分かりました、じゃあ失礼します」

 

 俺はペコリと頭を下げ、公園をあとにした。

 

 

***

 

 

 最寄りのバス停で降りると、ヒロト君の通う中学校が見えてきた。

 

「懐かしいな」

 

 ここは俺とアヤの母校でもある。

 

 校門を入り校庭へ進むと、サッカー部らしき生徒たちが走り回っていた。

 

 校庭をぐるりと見回してみたがアヤの姿はない。

 スマホを見れば「ごめん少し遅れる!」とメールが来ていた。

 

 仕方がないのでサッカー部の練習風景を眺める。

 どうやら数人ずつのチームでコンパクトな模擬戦をしているらしく、何人かは校庭の隅に座って自分たちの順番を待っていた。

 

 その待機中の部員の中にヒロト君を見つけ、声を掛けようと近づく。

 

「――え、今日ヒロのねーちゃん来るの?」

 

 彼らは模擬戦を視線で追いながら、ちょうどアヤの話をしているようだった。

 

「うん、昨日出し忘れたやつ今日絶対持ってこいって先生に言われててさー」

「忘れたんか」

「忘れた」

「ヒロのねーちゃんて、アヤさんだっけ」

「そーだけど」

 

 ヒロト君の声色が低くなった。つまらなそうに模擬戦を睨んでいる。

 知り合いに姉の話題を出されるのは気まずいものだ。俺もその感覚はよく分かるので、ヒロト君に親近感が湧いてくる。

 

「アヤさんってさ、この前高校の文化祭でお化けやってたよな」

「ゾンビな」

「そうそうゾンビ、超ビビったわ。いきなり白目剥いて襲ってきてさ、あれヤバかった。めっちゃ気合入ってたよな」

「姉ちゃんに言っとくよ。すっげー喜ぶぞ」

「おお頼むわ。いやー、いいよな~アヤさん」

「は? なんでそーいう話になる」

「いやだってよ、ノリいいしすっげー可愛いし、おっ……落ち着いてる感じもあるし?」

 

 今、おっぱいと言おうとしたなこの子。

 

「いやマジそういう話勘弁……」

「なんでだよヒロ、超うらやましいって話じゃん」

「いや実の姉だぞ」

「あー俺もあんなねーちゃんほしー」

「今度遊びに行っていい?」

「いいけど姉ちゃん彼氏いるぞ」

 

 ヒロト君が淡々とした調子で言い放つ。

 

「はぁ……知ってるよ、サッカー部OBの時田さんだろ? 先輩から名物カップルだったって話聞いたし」

「あー俺も聞いたことある。高校でもずっと付き合ってんでしょ?」

「いや姉ちゃん別れたよ」

「えっ、じゃあアヤさん今フリー!?」

「あれ、でも今彼氏いるって」

「いるよ」

「マジか~」

 

 数人がオーバーなリアクションで天を仰ぐ。

 

「アヤさんの彼氏ってどんな人なん?」

「……いい人だよ」

「マジか」

「あと背が高い」

 

 ヒロト君の口調に熱がこもっていく。弟として余計な虫を追い払おうとしてくれているのだろう。

 

「マジかー、イケメン?」

「あー、まぁ――」

 

 ピピーッと笛の音が響き、雑談が終了した。

 

 ちょうどそのタイミングで俺のスマホが震える。

 

『ついたよー』

 

 すぐに校門のほうへ視線を移す。

 

 遠くからでも目を引く美少女が立っていた。

 

「おっ、あれアヤさんじゃね?」

「うわ……めっちゃ可愛い」

 

 俺と目が合うなり彼女はニコリと微笑み、片手を胸のあたりまで上げた。

 すぐに腕を下ろすと、小走りでやってくる。

 

 俺はそんなアヤに目を奪われてしまう。

 

 彼女は黒い長袖スウェットに青い膝丈のスカートという秋の装いだった。頭にはいつものベースボールキャップではなく、ベージュ色のキャップを被っている。

 

 スカートもキャップも初めて見るものだ。

 というか彼女のスカート姿なんて制服以外で見たことがない。最近買ったのだろうか。

 

「え、やば」

 

 部員の一人が声を漏らす。彼の視線はアヤの胸元に固定されていた。

 

 真っ白なスニーカーで軽快に地を踏むたびに、その豊満な胸元がゆさ、ゆさと揺れる。小さい黒バッグをたすき掛けにしているせいで、余計にその巨乳が強調されている。

 これは中学生男子には……というか俺にも目の毒だ。

 

 彼女は笑顔で俺のもとまで駆け寄ると、眉をハの字にする。

 

「ごめん、お待たせっ……」

 

 アヤが息を整えながら俺の腕に触れた。

 

「ううん、俺も三時間くらい前に来たところ」

 

「え、待ちすぎだし」

 

 くだらないジョークに、彼女が戸惑い半分、苦笑い半分といった顔を浮かべる。

 

「そのスカート可愛いね。青がすごく似合ってる」

 

「あ、うん……ありがとう。カナッペと、ユカリがね、すすめてくれたんだ」

 

 今度は恥ずかしさ半分、嬉しさ半分といった顔だ。

 

 本当にアヤは表情がころころ変わって面白い。

 もっと見たくなる。

 

「それに髪も切ったんだ。ちょっとだけすっきりしたね」

 

「うん……午前中、切ってきた」

 

 彼女が頬を染めて少しうつむく。キャップの下の茶髪がふわりと揺れる。

 

 アヤの髪が、昨日より一センチほど短い。ボリュームも少しだけ軽くなっている。

 

「リップも変えた? 色艶が先週と全然違う」

 

「うっ……変えてみた……ありがと」

 

 ついに彼女の顔がキャップのつばで隠れてしまった。

 

 俺の腕に触れる指先から、感情が流れこんでくる。

 

 ――ぼーやんめ。

 ぼーやんめ。

 なんで全部気づくの。

 いつもうれしいことばっかり言う。

 恥ずかしい。

 だめ、ぼーやんにちゃんと。

 見てほしい。

 ちゃんと、見てもらわなきゃ。

 

 

 アヤが顔を上げ、俺を見つめた。

 

「あのさ、ごめん……これ準備してたら、遅れちゃって」

 

 ――はずかしい。

 デートのためにおしゃれしてみたとか。

 それでこんなに遅れちゃうとか。

 私、アホの子みたいだ。

 でも、ぼーやんはきっと。

 

「ああ、すごく可愛いよ」

 

「うぅ……っ」

 

 アヤが眉にシワを寄せ、瞳を潤ませる。

 嬉しそうなのに、どこか悔しそうだ。

 

 本当に、どうしてこんなに可愛いのだろうか。

 

「あー……姉ちゃん」

 

 背後でヒロト君の申し訳なさそうな声が聞こえた。

 振り向くと、男子中学生たちが俺とアヤを呆然と見ている。

 

「あぇっ、ヒロトいたの!?」

 

 アヤも気まずそうな表情でひょこっと顔を出す。

 

 そうだった。

 彼女に夢中になりすぎてヒロト君たちのことをすっかり忘れていた。

 

「まぁ、ずっといたけど……持ってきてくれたの?」

 

「あーそうだった」

 

 アヤがバックの中をガサゴソと漁る。

 

「ほらこれ、進路希望」

 

「ん、サンキュ」

 

 妙な沈黙が流れる。

 

 それを打ち破ったのはヒロト君の隣にいた男の子だった。

 

「じゃあ俺らまだ練習あるんで!」

 

「あ、うんっ、頑張れ~」

 

 アヤのにこやかな笑顔に、彼らは「うぃっす」と言って走っていく。

 その横顔は一様に赤くなっているように見えた。

 

「んじゃな、ぼーやん」

 

 ヒロト君も無愛想に挨拶をして彼らの後を追った。

 

 

「……じゃあぼーやん、行く? 映画、次の回まだ間に合うっぽいけど」

 

 アヤが頬を火照らせたまま聞いてくる。

 

 今日は初めての映画デートだ。

 彼女がずっと観たいと言っていたCGアニメを観る予定だったのだが。

 

「アヤがよければ、もう少し学校見て行かない?」

 

「んふ、私も同じこと思ってた」

 

「じゃあ昔の担任とかに挨拶しに行こうか」

 

「いいね!」

 

 彼女が黒いスウェットを腕まくりする。

 なぜここで腕まくりと思ったが、張り切る姿が面白いのでツッコまなかった。

 

 

「失礼します。あの私たち卒業生の南鳥……あ、アンディー先生!」

 

 アヤが職員室に入るなり歓声を上げた。

 

「おぉ~南鳥か! お、君はぼーやんか、また背伸びたなぁ」

 

「お久しぶりです安藤先生」

 

 体が横に広い中年の先生が、温和な笑みを浮かべて入り口にやってくる。

 

 安藤先生は俺とアヤの中学一年生の時の担任で、その穏やかな人柄から生徒たちに人気だ。

 アヤは特に懐いていて、勝手にあだ名を付けて事あるごとに相談したり、授業の準備を手伝ったりしていた。

 

「二人とも大人になったなぁ~、というか南鳥は相変わらず元気だな」

 

「アンディー先生は変わらないですね」

 

「もうおっさんだからな。おっさんは数年でそう変わらんのよ」

 

 アヤと安藤先生が楽しそうに談笑している。

 彼女にとっては数少ない気楽に話せる男性教師なのだろう。

 

「そういや今日は何しに来たんだ?」

 

「弟の忘れ物届けに来たんです。あとアンディー先生にも会いにきました~」

 

 まるで中学生のような無邪気な笑顔を向ける。女子生徒が先生をからかうみたいな感じだ。

 ここまで気軽に接するアヤも珍しい。

 

「ああそりゃご苦労さん」

 

 安藤先生が照れ隠しなのか彼女の肩に手を置こうとして、止めた。

 

 さすがに大人になったアヤに触れるのをためらったのだろう。

 先生が思わず意識してしまうほど、彼女は中学時代から成長している。

 

「せっかく来たんだから学校内でも見ていったらどうだ」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいぞ、今日は俺と部活顧問の先生しかいないし。うん、俺の権限で許す」

 

「アンディー先生出世したんですね~。じゃあちょっと見学してきます」

 

「教室は鍵掛かってて入れないけどな。懐かしんでいけ」

 

「おーけーです。行こ、ぼーやん」

 

 アヤにジャケットの裾をつままれ職員室を出た。

 

 こういうとき、彼女の明るさや人懐っこさに感心する。

老若男女、誰からも好かれる。彼女の数多ある魅力の一つだ。

結局俺は先生と一言も話さなかった。

 

 一応「付き合ってるのか?」くらいは聞かれるかも思っていたのだが、先生からはそういう気配を一切感じなかった。

 

 俺たちが幼馴染だということは知られているので、高校に行ってもこいつら仲がいいな、くらいに思われたのだろう。

 

 きっと、外から見たら俺たちはそういうふうに見えるのだ。

 激しいセックスをしている仲だなんて、誰も思わないのだろう。

 

「アヤは安藤先生が好きなんだね」

 

 上機嫌に廊下を歩く彼女に聞いてみる。

 

「うん、すっごくいい先生なんだ」

 

「そんな感じがしたよ」

 

「んふふ、やきもち?」

 

 彼女が片眉を上げて不敵に微笑む。

 テンションが中学生に戻っているからだろう。それは恋人としてというより、仲のいい幼馴染として聞いているような感じがした。

 

「ああ、安藤先生に三日アヤを預けられるくらいには」

 

「全然やいてないじゃんっ」

 

 アヤが肩を当ててくる。

 いつもの幼馴染のやり取りだ。

 

 でも彼女は触れ合う肩を離そうとしなかった。

 次第に腕が密着し、手の甲がうかがうようにこすれ合う。

 俺たちはどちらからともなく、手をつないだ。

 

 細くて柔らかいアヤの手をぎゅっと握る。

 すると彼女も優しく握り返してきた。

 その温もりだけで、どれだけこうしたかったかが伝わってくる。

 

 俺たちは、特にあてもなく校内を歩いた。

 もう秋なので校舎の中も寒いかと思ったが、ちょうど午後の陽射しが廊下に差し込んでいるせいか、ふんわりと暖かい。

 

 こうして無人の校舎を歩いていると、文化祭の翌朝を思い出してしまう。

 誰もいない教室で一晩中アヤを抱き続けた、あのときを。

 

「あ、そっか。こっちの学校は自販機ないんだね」

 

 廊下の端、階段の手前で彼女がつぶやく。

 多分、俺と同じことを思い出しているのだろう。

 

 その証拠に、握った手のひらが汗ばんでいた。トクトクと脈が速くなっているのも感じる。

 アヤも今、俺の手のひらから同じことを感じ取っているはずだ。

 

「飲み物ならあるよ、二人分」

 

「あ、うん……私も持ってきた。二人分」

 

 俺たちは手をつなぎながら階段を上った。

 なんだか、二人で人の気配のない場所を探しているみたいだ。

 

 二階の廊下は一階よりも暖かかった。

 

 ふと、彼女のほうから甘い香りが漂ってくる。

 

 デートのために香水を付けてきてくれたのだろうか。

 一瞬そう思ったが、慣れ親しんだその匂いに思い直す。

 

 これは、アヤの香りだ。

 

 よく見れば黒いスウェットから伸びる首筋がほんのり汗ばんでいる。

 彼女とキスをしたり抱き締めたり、脱がしたりするときに香る、脳を蕩けさせるような甘い匂い。

 

 全身が……股間がじんわりと熱を帯びてくる。

 

「なんかさ、探検してるみたいだね私たち」

 

 アヤが廊下の先を見ながらつぶやいた。

 

「……あとちょっぴり、悪いことしてるみたい」

 

 その声がすごく色っぽくて、股間がさらに膨れ上がる。

 彼女にそんなつもりはないのかもしれないが、その声色や匂いには男を誘惑する成分が含まれていた。

 

 俺は彼女の手を強く握ると、廊下を早歩きで進みだす。

 

「え、ぼーやん? どこいくの」

 

 小さい手を引きながら、一つの扉の前で立ち止まる。

 

「アヤ、この教室覚えてる?」

 

「あ、一年二組」

 

 中学のとき、俺とアヤが同じクラスだったときの教室だ。

 

 俺は直感のおもむくまま扉に手を掛ける。

 横に引くと、すんなり開いた。

 

「あれ、教室鍵掛かってるって……」

 

「ここだけ閉め忘れてたみたいだね」

 

 これも神様の粋な計らいなのだろうか。

 しばらく人が来ないことも、直感で分かる。

 

「……入る、の?」

 

「入ろうか」

 

 アヤも、もうこの後の展開を予想しているのだろう。

 握った手のひらがピクリと震え、わずかに赤くなった顔が下を向く。

 

「……うん」

 

 彼女は恥ずかしそうに小さくうなずいた。

 



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誰も来ない教室で幼馴染をわからせた(七十九日目・土 午後)

 アヤと一緒に一年二組の教室に入る。

 

 俺は後ろ手に扉を閉めると、内側からカチャリと鍵を掛けた。

 

 その音に彼女の手のひらが再び震える。

 密室空間にしたことで、俺がこれから何をしようとしているのかを確信したのだろう。

 

「なっつかしいね~!」

 

 アヤが大きな声を上げ、俺の手を離した。

 そのわざとらしい声色に苦笑する。

 

 無理もない。

 

 これまでいろんな所で彼女を襲ってきたが、明るいうちから、しかも母校で、見知った先生がいつ見回りに来るか分からない状況となるとわけが違うのだろう。

 

 俺はまずアヤをリラックスさせることにした。

 

「懐かしい匂いだね」

 

「だよねっ、うちの学校とはまた違うっていうか……あー机もちっちゃいな~、やっぱ中一だね」

 

彼女が並んだ机の間をすり抜けていく。一つ一つ撫でながら、何かを探しているようだ。

 俺もアヤにならい、机をトントン叩きながらその後を追う。

 

「アヤならまだサイズぴったりなんじゃない?」

 

「いやさすがに背伸びたし……あ、ほらここ」

 

 彼女が窓際の、後ろから二番目の机を指差す。そこは確か。

 

「ぼーやんの席! ここだったよね?」

 

「アヤはその斜め前だったね」

 

「お、よく覚えてるじゃん」

 

 彼女に近づきながらその瞳を見つめる。

 

「ずっと見てたからね」

 

「そう、なんだ……恥ずかし」

 

 微笑みながら目を逸らすアヤに、やっと追いついた。

 

「……ぼーやんの、えっち」

 

 後一歩の距離まで近寄る。

 すると彼女がしまったという顔をした。

 

きっと中学のときに俺がずっと見ていたという発言に対して、照れ隠しで放った言葉だったのだろう。少しからかうニュアンスを混ぜて。

 

でも今の俺にとって、その言葉は興奮材料にしかならない。

 

「あ、あの、ちがくて……」

 

 彼女の黒いスウェット越しに、華奢な肩をつかむ。

 じんわりと温かい体温が伝わってくる。だいぶ火照っているようだ。

 

「アヤ」

 

 キスできる距離まで顔を近づける。

 

「ぼーやん、とはさ」

 

 アヤが目を逸らしたまま時間稼ぎのようにつぶやく。

 

「ん?」

 

「一年は一緒のクラスだったけど、その後は別々になっちゃったよね」

 

「……そうだね」

 

 彼女の言葉に、中学の頃を思い出す。

 

 中学二年から俺とアヤは少し疎遠になった。

 

 一年の終わりにアヤが時田に一度目の告白をされて。

 何度目かの告白を受けるころに二年生になって、クラスが分かれて。

 それでも帰りに話したり告白の相談に乗ったりしていたけど、前ほど年中一緒にいるなんてことはなくなって。

 

 別々のクラスになってしばらくして、アヤは時田と付き合い始めた。

 それからは俺のほうが遠慮して、会う頻度もだいぶ少なくなったんだ。

 

 でももし二年生もクラスが一緒だったら、アヤとの関係は変わっていたのだろうか。

 

「私さ、ちょっと寂しかったんだ……もう前みたいに遊んだりできなくなるのかなーって」

 

「そっか」

 

 彼女も同じ気持ちを抱いてくれていたらしい。

 

「でもさ、高校が一緒になって、クラスも同じになれて……嬉しかったな。そっからはずっとクラス一緒だね」

 

 逸らされていたアヤの視線が俺のところに戻ってくる。その瞳が、わずかに潤んでいた。

 

「だからね……これからも一緒がいいな」

 

 ふんわりと彼女が微笑む。

 それは幼馴染と恋人がない交ぜになったような顔だった。

 

「ずっと一緒だよ」

 

 俺も優しく微笑む。幼馴染と恋人を両方安心させるような笑顔で。

 

 どうやらアヤはここでセックスをするよりも、俺と昔話に花を咲かせたいようだ。彼女の表情からそれが伝わってくる。

 お膳立てをしたはずの直感も、それに異議を唱えてくる気配がない。

 

 正直、股間はアヤを抱きたくて爆発しそうだが、ここは彼女の望みを尊重しよう。

 

「老人ホームでも同じクラスになれるといいね」

 

 冗談めかして言う。

 

「いやクラスとかないでしょっ…………ないよね?」

 

 アヤがツッコみながらふっと胸を撫で下ろす。

 俺にもうその気がないことが伝わったのだろう。

 

 ピィッと笛の音が響いた。

 窓の外から男の子たちの掛け声が聞こえる。

 

「お、ヒロト君の出番だね」

 

「ほんとだ。ヒロトがんばれ~」

 

 到底外には聞こえない音量でアヤがエールを送った。

 

 カーテンを少し開き、二人並んで校庭を見つめる。

 ぼーっと眺めていると少し小腹がすいてきた。

 

「そうだ、今日現場でおやつもらったよ」

 俺はポシェットから袋詰めのお菓子を取り出す。

 

「あ、シュークリームだ!」

 

「探検におやつは付き物だしね。アヤの分もあるから」

 

「やった!」

 

彼女は嬉しそうにシュークリームを受け取ると袋をピリッと開けて、止まった。

 

「ここで食べていいのかな」

 

 アヤが不安そうな顔をする。

 奔放に見えて、こういう生真面目なところが彼女の魅力の一つだ。

 

「じゃあ二人だけの秘密ってことで」

 

「う……なんか悪いことしてる気がする」

 

 そう言いつつ、俺がシュークリームを食べ始めると彼女もはむはむと頬張り始めた。

 

「んん……ぁんまいねっ」

 

 花の咲いたような笑顔を浮かべる。

 

「お口に合ったようでなにより」

 

 美味しそうに食べるアヤを見ていると、実際以上に甘く感じるから不思議だ。

 

 ペロリとたいらげた彼女の口端には、ほんのりクリームが付いていた。それを拭うことなくぼうっと校庭を眺めている。

 

「アヤ、口にクリーム――」

 

 ふと、彼女の横顔が無表情になっていることに気づく。上機嫌そうでも不機嫌そうでもなく、まるで感情を悟られまいとしているような。

 

彼女のこんな顔は初めて見る。どうしたのだろう。

 

「ぼーやん、このシュークリームくれたのって」

 

「ん?」

 

「モデルさん……とか?」

 

「うん、そうだよ。ああ……彼女さんにもどうぞって、くれた」

 

「そっか。いい人だね」

 

「まあ、たまに現場で一緒になるくらいだからよく知らないけど」

 

「そうなんだ」

 

 アヤがこちらを向き、無表情のまま俺のつま先から頭までを見た。まるで何かを確かめるような視線だ。

 なんだか彼女の様子がおかしい。

 

「ぼーやんって、現場でよく気がきくって言われるでしょ」

 

「どうだろ。言われたことはあるけど」

 

「やるじゃん」

 

 アヤが猫パンチみたいに肩をトンと叩いてきた。

 そのままジャケットをきゅっとつかんで止まる。

 

「アヤ……?」

 

 彼女の指先からあふれそうな心情が流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやん、前とジャケット違う。

 髪型も、前より。

 似合ってて……やだな。

ぼーやんのかっこいいとこ、誰にも知られたくない。

だって。

ぼーやんは、私の……。

 

 

 ドクンと、心臓が脈打つ。

 これまでにない彼女の嫉妬に胸がどんどん熱くなる。

 

 アヤの中でやきもちと独占欲と、そんなふうに思ってしまう自身への嫌悪感がぐるぐると渦巻いているようだ。

 

 彼女が下唇を噛み、上目遣いで俺を見つめる。泣く少し手前の表情だ。

 

 ……まったく。

 

 せっかくさっき理性で抑えたっていうのに。

 

「アヤ、その顔反則だから」

 

「え?」

 

 彼女のベージュ色のキャップを取ると、眉をハの字にした戸惑い顔があった。アヤは帽子を被っていても外しても、どちらも可愛いんだなと実感する。

 

 俺は顔を寄せ、無防備に開いたままの唇に吸い付いた。

 

「ん……んッ……ま、まってぼーやんっ、んぅっ……む、んっ……」

 

 新しいリップでまろやかになった唇の感触を味わう。吐息を塞ぐように唇を密着させ、口端に付いたクリームを舐める。

 待ってと言いつつアヤの口元は拒絶する気配がなく、むしろ俺のキスに合わせて

唇を突き出してきた。

 クリーム味の甘い口づけを堪能する。

 

 最後にもう一度ペロリと唇を舐め、顔を離す。

 

 彼女の瞳は熱に浮かされたようにトロンとしていた。

 

「アヤ、もっと悪いことしようか」

 

 彼女の体を抱き締め、赤く染まった耳元にささやく。

 

「ここ、で……?」

 

「ここで」

 

 柔らかいお腹に硬くなった股間を押し当てる。

 

「だめ、だよ……先生きちゃう」

 

「大丈夫。鍵を掛けたし、廊下も静かだから誰か来たらすぐに分かる」

 

 俺たちの情事は誰にも見つからないと、直感が教えてくれている。

 

「でも誰かに……見られたら」

 

 ――ううん、ここでいい。

 ぼーやん、きて。

 おねがい。

 こわい。

 はなれないで。

 ぼーやんので、いっぱい。

 満たされたい。

 

 

 密着した体を通して、言葉とは裏腹な彼女の欲求が流れ込んでくる。

 

 なるほど。

 直感が俺にシュークリームをもらうよう言ってきたのは、このためだったのかもしれない。

 

 嫉妬なんて、する必要ないのに。

 俺の気持ちの重さをとことん体に刻みつけないと、彼女は安心できないようだ。

 

「アヤが悪いんだよ」

 

「わた、し?」

 

「アヤがこんなに可愛いせいで、いつも抑えが効かなくなる」

 

「えっ……あッ、ん……」

 

 唇で耳をくすぐりながらささやくと、アヤがブルリと震えた。

 

 さっきから俺の胸板に当たっているおっぱいを手のひらで包む。スウェットとブラジャー越しだというのに、ふくらみの真ん中で小さな突起が硬くなっているのが分かる。

 

 大きな胸をふよふよと揉んでいると、乳首の強張りとは反対に彼女の体がほぐれていくのを感じた。

 

「服、脱いで。このままだとシワになる」

 

 言いながら、軽い体を持ち上げて机の上に乗せる。

 俺の使っていた机にアヤがちょこんと腰を下ろしている姿は情欲をそそるものだった。はぁはぁと熱い吐息を漏らしながら俺を見上げる表情に、肉棒が硬くなる。

 

胸の谷間に食い込んでいたバッグを肩から下ろし、スウェットの裾に手を掛ける。

 すると彼女も恥ずかしそうに裾をつかんだ。

 

 俺はもう一度、真っ赤な耳に口を近づける。

 

「自分で脱ぐのと脱がされるの、どっちがいい?」

 

 いずれにせよ中学校の教室というシチュエーションでは恥ずかしい二択だろう。

 

 彼女の選択を待つあいだ、俺は下を攻めることにした。

 青いスカートの裾をふわりと持ち上げ、可愛い膝を露出させる。すかさず片手を膝小僧に置くと、そのまま太もものほうへと滑らせていく。

 

「あっ……んっ……」

 

 手のひらに吸い付く太ももの感触を味わいながら、白い柔肌をどんどん露出させる。

 普段着のスカートをめくっていくのは、制服とはまた違ったいやらしさがあった。

 手のひらが太ももの付け根に到達する。今にもパンツが見えそうというとき、アヤの手がスカートをつかんだ。

 

 片手でスウェットの裾をつかみ、もう片方の手でスカートを押さえる姿がとんでもなくエロい。

 

 中学校の教室でアヤに悪戯をしているという背徳的な状況に、ゾクゾクするほどの興奮を覚える。

 

「……自分で脱ぐ、から」

 

 アヤが瞳を潤ませながら目を伏せた。

 

 てっきり俺に脱がせてほしいと言うと思っていたのに、彼女はあえて恥ずかしいほうを選んだ。

 これも嫉妬のせいなのだろうか。だとしたら、いじらし過ぎる。

 

 俺がスカートから手を抜くと、アヤが両手でスウェットの裾を上げていく。

 ゆっくりと、黒い布地の下から白いお腹、綺麗なへそ、そして滑らかなくびれが現れる。

 

「ん……」

 

 オーバーサイズのはずなのに、スウェットがおっぱいのところで引っかかる。ぐいっとめくり上げると、ブラジャーに包まれた二つの乳毬がぼろんとまろび出た。

 肌着を身に付けず、下着の上に直接スウェットを着ていたようだ。

 

 スウェットが裏返しにならないよう俺も脱ぐのを手伝う。すぽっと引っ張り抜くと、白いブラジャー姿のアヤが現れた。

 脱いだ拍子で乱れた茶髪が色っぽい。

 

「スカートも自分で脱いで」

 

「……うん」

 

 素直にうなずくアヤが可愛い。

 

 腰のサイドファスナーを外し、お尻を片方ずつ浮かせながらスカートを脱いでいく。最後に俺が膝からス引っ張り下ろす。

 

 彼女はブラジャーと同じデザインの、白いパンツを穿いていた。今日のデートのために上下を揃えたのだと思うと胸と股間が熱くなる。

 

「下着、すごく可愛いよ。脱がすのがもったいないくらい」

 

「じゃあ……ぼーやん、脱がして」

 

 アヤが小声でつぶやく。

 

 何が「じゃあ」なのかは分からないが、ここは彼女の希望に従うことにする。

 

 ふんわりと包むように抱き寄せ、背中のホックを外す。

 それだけで拘束を解かれた豊乳がぷるんと揺れた。

 

 ふと、アヤがじいっと見つめているのに気づく。

 視線を合わせると、その潤んだ瞳から心情が流れ込んできた。

 

 ――恥ずかしい。

 きて。

 教室でなんて。

 私のこと、もっと。

 ほしいって思って。

 恥ずかしいよ。

 もっといっぱい、恥ずかしいこと。

 もっと。

ぼーやん、キス。

 

 

 恥ずかしさと物欲しさが混ざり合い、あふれそうだ。

さっきから妙に口数が少ないのに、その瞳は雄弁だった。

 

 顔を近づけると、アヤもそっと唇を尖らせる。

 

「んっ……んむっ、んゅ……ぇぁ、んッく、んぁ……」

 

 頭が蕩けるような激しいキスが始まった。熱い舌が絡み合い、くちゅくちゅと淫らな音が脳内に反響する。彼女が一生懸命に舌を動かし、俺を気持ちよくさせようとしてくる。

 こんなに積極的なディープキスは初めてかもしれない。

 

 頭がくらくらしそうな気持ちよさを感じながら、俺は彼女の両肩から緩くなったブラ紐を下ろし、ブラジャーを外した。

 

 なめらかな艶肌をソフトタッチしながらアヤの背中、二の腕、腰をなぞり、残った下着をつかむ。

 

 薄布が彼女のお尻の下、太ももを通過していく。

 俺は一度キスを中断すると、その場にしゃがみ込んで下着をアヤの足先から抜いていった。

 彼女の履いている白いスニーカーは脱がさない。そのほうがエロい気がする。

 

 ついにアヤは机の上で全裸になった。

 

 立ち上がってその肢体を見下ろす。

 内股を閉じ、腕を机に置き、白い乳房を突き出している姿はとびきり煽情的だ。見上げるその瞳はなおも物欲しそうに揺れていて、俺の理性を容易に破壊する。

 

「さっき部活の子たち、みんなアヤのこと見てたね」

 

 意地悪くささやきながら、両手で重量感のある下乳をたぷたぷと揺らす。

 

「ふ、ぅっ……んッ……」

 

 アヤはそれだけで片手で口元を押さえた。

 

「男の子たちに、このおっぱいを見られてたんだよ」

 

 指先ですくうように乳房を下から上へ撫でていく。尖り立った桃色の蕾をピンと弾けばアヤが「あんっ」と可愛い嬌声を漏らした。

 その声がもっと聞きたくて、何度も乳首を指で弾く。

 

「あっ、んッ……わかんな、ぃ……よぉ」

 

「アヤは自分の魅力に無自覚だったりするから、危なっかしいんだ。他の人に可愛い姿見られていると思うと、嫉妬に狂いそうになる」

 

 真っ赤な耳元でささやく。

 

 彼女の嫉妬への意趣返しだ。

 俺のほうがはるかに嫉妬深いのだと分からせる。

 

「わ、わたし、もっ……」

 

 アヤが張り合うように言葉を紡ごうとする。

 

「あの子たち、アヤが今教室でこんなエッチなことされてるって知ったらどう思うんだろうね」

 

 声に優越感をにじませてささやく。彼女の羞恥を煽る、いやらしい言葉責めだ。

 

「このおっぱいも、柔らかい体も、心も……全部俺だけのものだよ」

 

 俺は独占欲の塊なのだと伝える。

 俺のほうがアヤに執着しているのだと。

 それが彼女の不安な心を満たす一番の方法なのだと分かる。

 

「……ん、……もん」

 

 アヤがなにかをつぶやいた。

 

「……おっぱい、ぼーやんの……だもん」

 

 ――私の、全部。

 全部、ぼーやんに。

 だからぼーやんの好きに。

 いっぱい、好きにして。

 

 

 泣いているような、どこか怒っているような顔だ。

 どうして今日のアヤは、今まで見たことのない表情ばっかりするのだろう。

 

「どうしてそんなに煽るかな」

 

「ぇ……ぁッ、あぁんっ――」

 

 目の前の乳房に思いきりしゃぶりつく。

 鼻が柔肉の中に埋まるほど顔を押し付け、じゅるじゅると舐め回す。アヤのおっぱいは温かくていい匂いがする。

 

「あっ、ん……はぁっ、ぁッ……ぼーやん、そんなに吸っちゃっ……」

 

「俺専用なんでしょ?」

 

 柔らかい谷間から見上げると、彼女が困ったように眉間にシワを寄せた。この顔も初めて見る。

 

「あッ、はぁんっ――ッ」

 

 口を開けて淡い乳輪に被せる。口内でじゅううっと乳首を吸い上げればアヤが背中を仰け反らせた。

 後ろに倒れそうになり、片手を机につく。もう片方の手が俺のワックスで固めた髪をくしゃくしゃにしてくる。

 ちゅうちゅうと吸うたびに彼女の手にきゅっと力が入るので、強めにいい子いい子をされているようで心地がいい。

 

「あぁっ……ん、ぼーやんっ……ふっ、くぅッ……あっ、あぁんッ」

 

 耐え切れずに甘い声を漏らしてしまうアヤがたまらない。

 

 俺専用のお墨付きをもらったおっぱいを満遍なく舐め、胸全体に唾液を塗り付けていく。

乳輪の横のあたりを強く吸引する。上乳のふくらみに、乳房の側面に、谷間の内側に、柔乳の至るところにキスマークを付けていく。

 

 最後に乳首を舌で優しく転がしてからちゅううっと長く吸い上げると、アヤが俺の髪をぎゅっと握った。

 

「あっ、だめ、だめッ……んっ、んんんんっ――ッ」

 

 口内に含んだ柔乳越しに彼女の絶頂が伝わってくる。

 

「乳首でイっちゃったんだね。敏感なアヤ、すごく可愛いよ」

 

 汗のにじむおでこにキスをする。

 

「んっ……ッ」

 

 それだけでもアヤは軽くイってしまう。

 

 少し体を離すと、彼女の白いバストのあちこちに赤い印が刻まれていた。それが俺のモノだという証のようで、背筋にゾクゾクと快感が走る。

 

 キスマークを一つ一つなぞりながら下腹部に手を伸ばせば、アヤの秘所はもうぐっしょりと濡れていた。

 

 本当は彼女の下半身もじっくり味わいたかったのだが、この教室に長居をするわけにもいかない。

 

「アヤのここ、こんなに濡れてる。もう俺のがほしい?」

 

 熱く湿った蜜穴へ中指を沈めていく。

 

「んぁっ……ん、やぁっ……」

 

「いや?」

 

「んッ……ちが、くてっ……ゆび、いやなの……ぼーやんのが、いい……」

 

 またゾクゾクとしたものが全身を駆け巡る。

 アヤの口から言わせたい。もっと自分から求めてほしい。

 

「ちゃんと言って。じゃないと分からないよ」

 

 中指をさらに膣肉へと押し込み、彼女の敏感な場所をこする。

 

「んぅッ……ぼーやんの、ばかっ……いじわる」

 

 じゅぶじゅぶと水音を立て、中指を出し入れする。

アヤは震えながら、涙目で俺を見つめた。

 

「おねがっ……んッ、ぼーやんの……入れて」

 

「我慢できない?」

 

「もうできない、よぉ……」

 

 彼女の目から涙がこぼれる。

 切羽詰まったような懇願に、全身がカッと熱くなった。

 

 心臓がバクバクと跳ね、呼吸が激しくなっていく。

 俺は急かされるようにベルトを外すと、トランクスもろともズボンを下ろした。

 

 机の上で今にも後ろに倒れそうな彼女の背中に手を回し、支える。

 腰を近づけ、自然と開かれた内股の中心へと埋めていく。

 

「ひぁッ、ぁっ……あっ、んッ……あっ」

 

 ヌプリと肉棒を差し込むと、肉竿が熱い膣内に包まれる。ぐっと腰を突き出して一気に奥まで貫く。

 

「あぁぁんっ、んっ、あぁっ――ッ」

 

 挿入の快感だけでアヤが絶頂した。

 膣中にぎゅうっと肉棒をつかまれ、俺も射精しそうになる。一週間分の欲望を溜め込んだ精巣がぐつぐつと(たぎ)り始めた。

 

「アヤ、俺も我慢の限界なんだ。手加減できないかも」

 

「あっ、ん……いい、よっ……ぁッ、ぼーやんの、好きで」

 

「くそ……挿れてるだけでやばい」

 

 勝手に熱くなる精巣に追い立てられるように、俺は腰を振り始めた。

 ジュブジュブと肉竿が愛液をかき出す音が、教室内に響き始める。

 

「あっ、も……だめっ、あッ、あんっ……ぼーやん、だめっ」

 

「もう、イきそう?」

 

「ちがっ……あっ、あッ、ちがうのっ……も、イってるのっ……」

 

 どおりでずっと膣肉がうねって肉棒に絡みついてくるわけだ。

 膣中がまるで軟体動物になったみたいにグネグネと蠢動して、肉竿をきつく締め上げてくる。

 

「アヤの中、気持ちよすぎてやばい。もう出そうだ」

 

 激しいピストンではないのに、一突きするごとに肉棒がもっていかれそうだ。

 あまりの快感に足がガクガクする。それなのに腰の振りが止まらない。

 

「やぁっ、あっあっあっ、あぁんっ、あッ、またイくっ、イっちゃ、んッ……んうぅぅぅっ――――ッッ」

 

 きゅううっと膣内が収縮して締め付けてくる。

 腰が震えて前のめりに倒れそうだ。

 

 嫉妬心が性感の起爆剤になったのだろうか。彼女の具合の良さが異常だ。

 その強烈な快感が俺の中に流れ込んできて、頭がイかれそうになる。

 

 ピストンに合わせて、彼女のキスマークだらけの乳房が上下に揺れる。

 またゾクゾクとしたものがこみ上げてきて、尻の奥が燃えるように熱くなった。

 

「出、る……全部、出すよ。アヤの中に」

 

「いい、よっ……きて」

 

 ――わたし、ぼーやんのだから。

 

 瞬間、電流が走ったような快感が突き抜ける。

 ぎゅっと目をつぶり、まぶたの裏に閃光が走った。

 

「ぐっ、うぅぅぅっ……!」

 

 ドビュルルッ、ドビュルルッと精液があふれ出す。

 腰が抜けるような快楽とともに肉棒が何度も跳ねた。

 大量の子種汁が尿道を通り鈴口から放たれていく。

 

 俺はしばらくの間、震えながら射精し続けていた。

 

 

 

 

「――はぁッ、はぁッ、はぁッ……」

 

 自分が獣のような呼吸音を発しているのに気づく。

 一瞬のような、永遠のような射精感を味わった感覚だ。

 

 射精の余韻に溺れながらまぶたを開けると、涙で揺れる瞳と目が合った。

 

「ぁっ……は、ぁっ……いっぱい、出たね」

 

 アヤが快感にビクつきながら、それでもふんわりと微笑んだ。

 彼女の細腕が伸びてきて、頬を優しく撫でる。そのとき初めて俺の顔中が汗まみれなことに気づいた。

 

 温かいはずの教室内の空気が今はひんやりと感じる。

 でも股間の昂りはまだ続いていた。

 

「んっ……ぼーやんのまだ、あついよ……」

 

「ごめん、まだ収まらないみたい」

 

「え……きゃっ」

 

 俺は繋がったままアヤを抱き上げ、昔俺が使っていた椅子に座った。

 

 彼女が窓を背にした対面座位の格好になる。

 この位置ならカーテンが引いてあるから、校庭から俺たちの行為が見えることはないだろう。

 

「ぼーやんこれ、外から見えちゃうよっ……」

 

 アヤが焦った声を上げる。

 

「後ろカーテンだから、見えないよ」

 

 対面座位で密着した股間をぐんと突き上げる。

 

「ん゛んッ……でも、透けちゃうっ……あッ、んんっ――」

 

「大丈夫だよ。アヤのエッチな姿、絶対誰にも見せないから」

 

 ぐん、ともう一度腰を突き上げる。

 

「はあぁんッ――」

 

 俺の体との間に挟まっていた乳房がたぷんと揺れた。

 

 アヤの手が俺の肩に伸び、首に回される。

 互いの密着が強くなり距離の近くなった彼女の唇に、俺は思いきり吸い付いた。

 

「んぁっ、んッ……んむっ、んっんっ……んちゅっ、んれ、ぇぁっ……」

 

 口内で激しく舌を絡ませる。呼吸のために唇を離しても、舌だけは執拗に互いを舐め合っていた。

 彼女の粘膜から言葉にならない情動が流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやん、すき。

 きもちいい。

 はなさないで。

 もっとキス。

 キス、やめないで。

 ぼーやんの、あついのが。

 きもちよくて。

 なにも考えられない。

 ぜんぶきもちいい。

 もっと感じたい。

 ほしい。

 ぼーやんの、ぜんぶ。

 

 

 アヤの快感や思いが洪水のように流れ込んできて、気持ちよさと嬉しさで頭がおかしくなりそうだ。

 

「アヤ、俺も大好きだ。アヤの全部が気持ちいいよ」

 

 腰を動かしながら彼女の耳元にささやく。

 

「んぅッ――」

 

 首に巻かれた細腕にぎゅっと力が入り、膣内の締め付けが強まる。

 射精感のボルテージが上がりもう噴射しそうだ。

 

 ――奥に刻み込め。

 

 ドクンと体が跳ねる。

 直感の声に突き動かされるように、俺は彼女を抱えたまま立ち上がった。

 

「あ、えっ」

 

 突然宙に浮いた感覚がしたのか、アヤがひしとしがみついてくる。

 体の前面と股間が吸着し、抱っこしやすくなった。

 

 ――奥に塗りたくれ。

 ――快楽を植え付けろ。

 

 ドクン、ドクンと直感に本能を煽られる。

 

 彼女のお尻をつかみ、そこにめがけて腰を振り始める。出し入れの激しいものではなく、膣奥をぐっと押し込むようなピストンだ。

 

「あ゛ぁッ、あぁんっ……あぁっあっあっあっあッ、ん゛んっ……あぁぁぁっ――ッッ」

 

 アヤが俺の耳元で激しく喘いだ。同時に漏れる甘い吐息が鼓膜をくすぐる。

 

 ズチュ、ズチュと、重力で落ちてくる彼女を腰で浮かせるような抽送が続く。押し潰された柔乳の先端が、俺の胸板をこすって気持ちがいい。

 アヤがイくたびに膣内が肉棒を締め付け、結合部から愛液があふれ出た。

 彼女の両足は何度も宙を蹴り、片方の足先から白いスニーカーが今にも脱げそうだ。

 

 絶頂し続ける彼女の甲高い声に、猛烈な射精欲が押し寄せる。

 

「うっ、ぐぅ……!」

 

 ひときわ強い突き上げと同時に、先端から精液が吹き出した。

 ビュルル、ビュルルと膣奥に精を注ぎ込む。

 

 信じられないほどの快楽に足腰がブルブルと震え、アヤを抱っこしたまま窓のほうへ倒れそうになる。

 

 バンッ――と窓に手のひらを当て、彼女の背中がぶつかるのを防ぐ。

 

 なおもビュービューと止まらない射精の快感に抗えず、俺はアヤの背中を窓に押し付け吐精し続けた。

 



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もう幼馴染の距離には戻れなくなった(七十九日目・土 午後)

 いつの間にか、彼女を窓に押し付けたままその首元に顔を埋めていた。

 

 ふわりと、俺の頭が撫でられる。

 

「……ぼーやん、大丈夫?」

 

 まるで疲れた子どもをあやすような声色だ。自分もまだ絶頂で震えているというのに、俺を気遣う優しさが愛おしい。

 

「アヤは、平気?」

 

 いい匂いのする首筋を舐めながら聞く。

 

「んッ……うん、平気……だよ。ぼーやんの熱いのが、いっぱい出てるの……感じた」

 

「そっか。それは……嬉しいな」

 

 彼女のうなじから顔を上げ、火照りきった唇にキスをする。

 舌も口の中も、溶けそうなくらい熱い。

 

 甘いキスを終え、ゆっくりと体の密着を解いていく。

 

 ふと、アヤの右肩がカーテンからはみ出しているのに気づいた。

 その肩越し、広々とした校庭に走り回る部員たちが見える。

 

(ヒロト君……?)

 

 部員のたちの中で一人、ヒロト君がこちらに視線を向けていた。

 

 ……見られたか?

 

 ――問題ない。

 

 直感が即座にフォローしてくる。

 どうやら問題ないらしい。

 

 ヒロト君はふいと顔を背け、部員たちと同じようにボールを追いかけ始めた。

 

 

「アヤ、俺が拭くね」

 

 机の上に座った彼女へ声を掛ける。アヤは全裸で、結合部はいまだに繋がったままだ。

 

「あ、私もティッシュある……から、自分で拭くよ」

 

「いや、そのまま座ってて。俺が拭かないと床を汚しちゃいそうだから」

 

 俺はポシェットからポケットティッシュを取り出す。

 

「じゃあ、抜くね」

 

「うん……」

 

 数枚のティッシュを結合部に添えながら肉棒を引き抜く。

 ヌチュと音が鳴り、その刺激で彼女の口から切ない声が漏れた。

 

 膣口からあふれ出た愛液混じりの白濁液を、ティッシュで受け止める。

 

 その場でしゃがみ、鮮やかなピンク色の膣に顔を近づけた。

 

「うぅ……ぼーやん、そんなに見ないでっ……」

 

 彼女が恥ずかしそうに、開いていた股を閉じようとする。

 

「アヤ、足閉じないで。まだあふれると思うから」

 

 目の前で、彼女の綺麗な膣穴からまたも大量の子種汁が漏れ出てくる。

 我ながら大量の精液に心の中で苦笑してしまう。

 

「拭き終わったよ。体拭く用のウェットティッシュいる?」

 

「あ、それも私……あるから」

 

 アヤが久々に床に足を付け、近くの机に置いてあったバッグに手を伸ばした。

 

 改めて彼女の後ろ姿を眺める。

 全裸に白いスニーカー姿がかなりエロい。

 

「ぼーやんあの、あっち向いててくれる?」

 

 こちらをチラリと向いた横顔が、赤く染まっていた。

 

 

 

 

 自分の体を拭き終わり、窓の外の練習風景をぼーっと眺めていると背後でアヤの声がした。

 

「ごめん、服……とってくれるかな」

 

「ああ」

 

 彼女のほうに振り向き、すでにまとめて畳んでおいた下着と衣服を手渡す。

 

「ありがと」

 

「どういたしまし――」

 

 そのとき、廊下のほうから近づいてくる気配を感じた。

 

「アヤ、隠れて」

 

「へ?」

 

 俺は彼女を守るように抱き締めると、机と机の間にしゃがんだ。

 体育座りの股の間にアヤを挟み、俺の体で隠す。

 

「少し静かにしててね。多分安藤先生だと思う」

 

「え、うそ……」

 

 彼女が不安げにつぶやく。

 

 息をひそめているとパタパタと廊下を歩く足音が聞こえてきた。独特のスリッパ音がこの教室に近づいてくる。

 

 直感の警告はない。

 ということは、俺たちの存在に気づかれることはないということだ。

 

「大丈夫、気づかれないよ」

 

「……うん」

 

 アヤが自分の服を抱き締め、俺の胸の中で縮こまった。

 小さくなった体を両腕で包み込むと、彼女の緊張が伝わってくる。

 

 足音がこの教室の扉に差し掛かると、アヤはきゅっと目を閉じた。

 

 やがてスリッパの音がもう一つの扉を通過し、遠のいていく。

 

 先生は別の階に移動したのだろう。あたりに再び静寂が訪れた。

 

「アヤ、先生行ったよ。もうここへは来ないと思う」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、だから安心して。ちゃちゃっと服を着て、俺たちも行こう」

 

「うん」

 

 両腕の拘束を解いても、まだ彼女は縮こまっていた。

 肩で息をし、頬を染めている。まるで……興奮しているみたいに。

 

「ちょっとハラハラしたね。アヤ、立てる?」

 

「……うん、ドキドキして死んじゃうかと思った」

 

 アヤが服を抱えたまま俺のほうに向き直り、胸元にしなだれかかってきた。

 

「アヤ?」

 

「ねぇ、ぼーやん」

 

 ――まだ、する?

 

 その熱を帯びた瞳に、心臓がドクンと跳ねる。

 誘惑するような視線に心を射抜かれそうだ。

 

 

 ――狂わせろ。

 ――快楽に溺れさせろ。

 ――もっと過激に。

 

 

 直感がけたたましく命令してくる。

 

 キィン――と耳鳴りがして、目の前に妙な光景が映し出される。

 

 未来の記憶……じゃない。

 これは、直感が導こうとしている未来の風景だ。

 

 

 ――全裸のアヤを、俺は廊下で犯していた。

 見覚えのある、この中学校の廊下だ。

 壁に両手を付いたアヤを後ろから犯している。

 白いスニーカーを穿いた足下には、滴り落ちた愛液が水たまりを作っていた。

 「ぼーやんだめっ、人……きちゃう」

 彼女は涙を流し、でもズンと突き入れられて見開いた瞳が快楽に染まっている。

 「アヤ、このまま別の場所に行ってみようか」

 背徳的な愉悦に口元を歪ませた俺が、彼女の耳元でささやいて――。

 

 

 ――俺はそこで、直感のビジョンを打ち切った。

 

 なんだ、これ。

 

 まるで露出狂のようなプレイだ。

 完全に理性のタガが外れている。

 

 でも、アヤの誘惑に心を奪われていたら、きっと俺はこういう行為もしてしまうのだろう。

 正直、その実感はある。

 

 直感の提言はいつも正しい。

 

 考えてみたら、直感が勧めてくるのはいつも過激な行為だった。

 まるでそうまでしないと、彼女を完全には手に入れられないかのような。

 

 恋人になって、結婚の約束までして。

 でも直感の目指すゴールには、まだ何かが足りないのだろうか。

 

 今は分からない。

 分からないが。

 

「アヤ、そろそろ服着たほうがいい。風邪引いちゃうよ」

 

 少なくとも、快楽に狂い正気を失ったような彼女は見たくない。

 

「あ、うん……そうだよねっ、ごめん」

 

 アヤが恥ずかしそうに下を向いた。

 

 

 

 

「――ぼーやん、準備できたよ~」

 

「じゃあ行こうか」

 

 教室から出ると、廊下に西日が差し込んでいた。

 廊下の窓から秋の夕空が見える。

 

「……ちょっぴり寒いね」

 

「俺のジャケット羽織る?」

 

「ううん、そこまでじゃないよ」

 

 彼女の黒いスウェットと青いスカートを夕陽が照らす。

ベージュ色のキャップは来たときよりも目深に被っている。きっと顔の火照りを隠すためだろう。

 

「この後どうしようか? 映画は最後の回に間に合いそうだけど」

 

「あ、うん……その前にコンビニ寄っていいかな」

 

「いいけど、小腹でもすいた? 何か食べてから行こうか」

 

「いや、ちがくて……パンツを、ね」

 

「パンツ?」

 

「……パンツ、濡れ過ぎちゃってたから新しいの、買いたくて」

 

 アヤが目深に被ったキャップをさらに下げる。

 

「今日、替えは?」

 

「持ってきてないよ。だって、ここでするなんて……思わなかったし」

 

「ん? ていうかアヤ」

 

 まさか今、ノーパン……?

 

 

「あれ、姉ちゃんたちまだいたの」

 

 ちょうど校舎を出たところでヒロト君に出くわした。

 

「あ、ヒロト」

 

「ヒロト君こそサッカー部の練習は終わったの?」

 

「あーちょうど終わったとこ」

 

「そっか」

 

 校庭を正門のほうに歩き出すと、ヒロト君も俺の隣に付いてきた。どうやら見送りをしてくれるらしい。

 

「てかぼーやんたちずっと何してたの?」

 

「ん? ああ……教室を見て回ったりしてたよ。懐かしいなーって」

 

「ふーん、でも長くね?」

 

 ヒロト君がいつもの素っ気ない感じで聞いてくる。

 

「なんでヒロト付いてくんの」

 

「いや見送り……てか二人とも、髪の毛乱れてない?」

 

 アヤがうっと口ごもるのが分かった。

 

「今日は風が強いからかな」

 

「うんそうっ、今日木枯らし吹くってテレビで言ってたし……」

 

「ふーん。あ、じゃあ俺このへんで」

 

「うん、またねヒロト君」

 

「お~、ぼーやんもな」

 

 相変わらずぶっきらぼうな態度に苦笑する。

 でも昔からアヤや家族のことを気遣ういい子なのを俺は知っている。

 

 彼に手を振り、アヤと並んで正門まで歩く。

 

「ヒロトのやつ、意味わかんない」

 

 彼女が珍しく口を尖らせてプンプンしている。

 

 さっきまでの複雑で魅惑的な表情ではなく、いつもの幼馴染の顔だ。

 

 ――もっと、する?

 

 教室で、服を抱いたまま誘惑してきた姿を思い出す。

 あのときの彼女の瞳には、不安の色が混じっていた。

 まるで、自分の体で俺を引き留めようとするような。

 

「アヤ」

 

「ん?」

 

 キャップのつばから、上機嫌そうな顔が見上げてくる。

 

 こうやって表情をころころ変えるところが、アヤの数多ある魅力の一つだ。

 でも不安な顔だけは、彼女には似合わない。

 

「俺だってアヤのものだから。心も……体も全部」

 

 自分で言っていて少し恥ずかしいが、事実なのだから仕方がない。

 

「……全部?」

 

 アヤが聞き返してくる。その口調にからかうような雰囲気を感じ彼女を見れば、案の定いたずらっぽい顔で俺を見つめていた。

 

「ああ、過去も未来も来世も全部、アヤのものだよ」

 

 真剣な顔でアヤを見つめる。

 ここでムキになったり恥ずかしがったりしてはだめだ。些細なことでも彼女に翻弄されてはいけない。

 

「あ……うん、そっか……」

 

 反対にアヤが頬を染めてうつむく。

 そう、これでいい。

 

「私、ぼーやんゲットしちゃったのか」

 

 彼女がいつもの楽しそうな調子で言う。ひひっと笑う顔が可愛い。

 

「おめでとう。多分ウルトラレアモンスターだよ」

 

「だよね~ぼーやんみたいな子、見たことないもん」

 

「アヤみたいな子もね。ここまでゾンビになりきれる女の子は他にいないよ」

 

「それほどでもないけど……」

 

 からかったつもりだったのだが。

アヤはまんざらでもないという顔で照れ始めた。

 

「じゃあさ、ぼーやん召喚していい?」

 

「ランプの魔人みたいだね」

 

 楽しい。

 どうしてこんな他愛のない話が楽しいのだろう。

 

 アヤは立ち止まると、「んふ」と含み笑いをしてから正門に手をかざした。

 

 

 ――後ろに立て。

 

 

 は? なんだこの警告。

 

「来たれぼーやん」

 

 そのとき、ヒュゥッと突風が駆け抜けた。

 

 キャップが持っていかれそうになった彼女が慌てて頭を押さえる。

 一方がら空きになったスカートがふわりと浮かび。

 

「あわっ」

 

 めくれ上がった布地の下に、初雪のように白くて丸いお尻があった。

 

 俺は咄嗟にスカートを押さえ、後ろから彼女に密着する。

 振り向くと、校庭に残った何人かがこちらを見ていた。

 

 危なかった。

 直感の警告に従って後ろに立っていなかったら、アヤの生のお尻を彼らに目撃されていただろう。

 

「アヤ、気を付けてね。押さえるのは上じゃなくて下だよ」

 

「う……ごめん」

 

 ふぅと安堵のため息をつき、彼女の肩に両手を乗せる。

 ぴたりとくっついた背中を通して、火照った体温が伝わってきた。

 

「早くコンビニ行こう。新しいパンツ買わないと」

 

「……うん」

 

 彼女の耳が赤い。

 横顔を覗き込むとその瞳がゆらゆらと揺れていた。

 

 試しに華奢な肩を軽くつかんでみる。

 

「んッ……」

 

 アヤが切なげな声を漏らす。

 

 さっき風でめくれ上がったスカートの中。

 見えた彼女の白いお尻。

 その太ももの内側は、濡れていた。

 

「アヤ、このあと映画じゃなくて」

 

 耳たぶの裏に唇を寄せて、ささやく。

 

「あ、あのさぼーやん」

 

 俺の言葉を遮るように彼女が振り向いた。

 

「ん?」

 

「このあと、ホテルとか……いく?」

 

「行く」

 

 被せ気味に答える。

 

「えと、うん……即答なんだ」

 

「今のうちにたくさんアヤを抱いておきたいんだ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 正門を出ると、どちらからともなく体の距離が縮まっていく。

 二の腕がくっつき、彼女が細腕を絡ませ、なめらかな指と俺の指が複雑に交差する。

 

 どうやら今の俺たちでは、幼馴染の感じには戻れないらしい。

 

 

 俺たちは恋人以上の距離で、映画館とは反対方向へと歩いた。

 




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妖艶な幼馴染に図書室で我慢をした(九十二日目・金 午後)

 春風の心地よさで、まぶたを開ける。

 

 天井には保健室の蛍光灯。

 そして俺のお腹には、少しだけ髪の伸びたアヤの寝顔が乗っていた。

 

 またいつもの夢だ。

 最近よく直感が見せてくる、俺たちのゴール。

 

「ん……おはよぉ、ぼーやん」

 

 ふんわりと目覚めた彼女が起き上がる。

 

 今回の夢ではブレザーを着ておらず、ブラウスを袖までめくった姿だ。

 毎回ちょっとずつ内容が変わるのが面白い。

 それほど、俺たちの未来は常に変わり続けているのだろう。

 

 薄着をしているせいか、どうにも彼女の魅惑的なふくらみに目が固定される。

 最近、現実世界ではあまりエッチができておらず、欲求不満が溜まっているせいだろう。

 

「――あのねぼーやん、言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

 彼女は少しだけ言いづらそうに、俺の返事を待った。その瞳には不安の色が見える。

 

「なに?」

 

「あ、あのさ、私ね――」

 

 

 目の前に、アパートのドアがあった。

 

 これは。

 俺たちの、数年後の未来だ。

 

 数年後、俺とアヤはこのアパートで同棲している。これもたまに直感が見せてくるビジョンの一つ。ゴールの先にある、未来の一つだ。

 

 ドアを開けると、美味しそうなハンバーグの香りが漂ってくる。

 

「ただいま、アヤ」

 

「あ、おかえり~。今日は夕飯食べてく?」

 

 エプロンを付けたアヤが俺を出迎えた。

 今回の未来では、黒髪のロングヘア―を後ろで結んでいる。この髪型も大人の色気があっていいなと思う。これはこれですごく綺麗だ。

 

「ああごめん、またすぐ仕事行かなきゃ」

 

「今日も――――の現場?」

 

「そうだね」

 

「そっか、単位は大丈夫そ?」

 

「大丈夫、だと思う」

 

 俺は大学に通いながら姉貴の仕事を手伝っているらしい。

 なんとか二人分の生活費を稼ぎ、不自由ない暮らしを送れている。

 

「んふ、えらいぞぼーやん」

 

「アヤこそ、両立たいへんじゃない?」

 

「ぼーやんに比べたらヘノカッパだよ」

 

「ヘノカッパ? ああ屁の河童か」

 

「そう、カッパカッパ。さ、仕事間に合わなくなるよ、行った行った。――――の現場、時間に厳しいんでしょ?」

 

「まあ、うん」

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

「今日は日が変わるまでには帰れると思う」

 

「待ってる」

 

「無理しなくていいよ。先に寝てて」

 

「ううん……今日も待ちたい、ぼーやんのこと」

 

 そう言って、彼女が俺の胸の中にしなだれかかる。

 見つめてくる瞳には熱がこもっていて、濃密なセックスを欲しているのが伝わってきた。

 

「アヤ」

 

「起きて待ってるから。絶対、帰ってきてね」

 

「当たり前だろ」

 

 俺たちはいつものように、いってきますのキスをした。

 

 ふにっと柔らかいアヤの唇の感触に、つい玄関先で押し倒したくなってしまう。

 胸板に押し付けられた豊満な乳房が気持ちいい。

 夢の中なのに感覚までリアルだから困る。

 

「……いってらっしゃい、ぼーやん」

 

 アヤが満面の笑みを浮かべる。

 

「いってきます。愛してるよ」

 

 にっこりとした笑顔を張り付けたままのアヤを玄関に残し、外に出た。

 

 

 ――ピピピピッ、という電子音で目が覚める。

 

 枕元のスマホに手を伸ばし、アラームを止めた。

 

 のそりとベッドから起き上がり、窓を開ける。

 

 ヒュウ、と秋の寒い風が体温を奪っていく。

 スマホの画面には十一月終わりの日付が表示されていた。

 

「そろそろ、覚悟を決めないとな」

 

 独り言が、白い吐息となって朝の空に消えていく。

 

 直感の力を授かってから、何十回と未来の夢を見てきた。

 細かい部分は違うものの、いずれもあの保健室がゴールテープだ。

 その先の未来では、俺たちはアパートで仲睦まじく同棲している。それは変わらない。

 

 だけど、そこに至る道のりはピンキリだったりする。

 

 二人で別々の大学に進学したり、アヤは大学には行かず専業主婦をしていたり、逆にアヤだけが進学して俺のほうが昼夜仕事に明け暮れていたり。

 中にはお互い浪人し、仕事と子育てとセックスに耽る未来なんてものもあった。

 

 でも俺としては、できれば二人で大学に進学したいと考えている。

 

 それがアヤの両親や俺の姉貴のささやかな願いだったりするからだ。彼らは口に出さないが。

 

 俺たちの進学がうまくいかなくても、「早くに結婚したのだから仕方ない」なんて思ってくれるのだろう。

 俺は幸せな家庭を築けるならなんでもいいが、彼女は家族にも心から祝福されたいと思っているはずだ。

 

 だから、覚悟を決める。

 

 二人で最良の未来を勝ち取る。その方法は、直感の見せてくる夢で知っていた。

 

 これから当分勉強と仕事に専念する。ただそれだけだ。

 

 セックスを、せずに。

 

「……はぁ」

 

 思わずため息が出る。

 

 何十通り見てきた夢の中で、一つだけアヤと同じ大学に進学する未来があった。

 それがこの冬セックスを我慢して、受験勉強や仕事に集中するというルートだ。

 

 中学校に忘れ物を届けに行ったとき以来、俺たちはまともなデートをしていない。お互いバイト三昧だったからだ。

 

 かれこれ二週間、彼女を抱いていない。

 アヤは平気かもしれないが、一日二回抱きたいのが基本である俺にとってはかなりの拷問だ。

 

 そんな俺が、果たして何カ月も我慢できるのだろうか。

 

「いや、我慢しないと」

 

 ここからは一日一日が勝負だ。

 

 一度でもセックスをすると彼女への欲望が膨れ上がり、なし崩し的にセックス漬けの日々を送ってしまう。別に大学に行かなくても幸せな同棲生活を送れるのには変わりがないのだから、と。

 そういう未来をいくつも見てきた。

 

「リュウジ起きた~? もう仕事行っちゃうから朝ごはん適当に食べてって~」

 

 一階から姉貴の声がする。

 

 俺は両頬をバシンと叩いて渇を入れた。

 どうせ幸せになるなら、一番幸せな未来がいい。

 

 ぐっと背伸びをしてから、制服に着替え始めた。

 

 

***

 

 

 学校の最寄り駅で電車を降り、早足で歩く。

 

 ブブッとポケットが震えたのでスマホを取り出した。

 

『学校まにあいそ?』

 

 アヤからのメールだ。

 

『余裕だよ』

 

 早歩きから小走りになりつつ、返信を打つ。

 

 朝、考え事をしていたら支度が遅れてしまった。連日のバイト疲れもあるだろう。

 おかげで今日はアヤと一緒に登校ができなかった。

 最近では数少ない彼女との時間を、一つ失ってしまったのは不覚だ。

 

『寝ぼーやん。だから待つっていったのに』

 

『アヤまで全力疾走させられないよ』

 

『全然余裕じゃないじゃん!』

 

 何年かぶりに本気で走ったおかげか、始業十分前には学校にたどり着いた。

 

 スマホを見ると、二分置きくらいにアヤからスタンプが送られてきている。

 

 汗だくのブタが必死に走っているもの。

 リボンを付けたブタが「フレーフレー」と応援しているもの。

 そのブタが投げキッスを送っているもの。

 

「このブタ、レパートリー多いな」

 

 息を整えながら校舎に入る。

 

 階段を上っているとまたスタンプが送られてきた。

 ハートのクッションを持ったブタが、「はやくきて」と懇願している。

 

「はぁぁぁ……」

 

 思わず階段の踊り場でしゃがみ込んだ。

 

 このスタンプはどう見ても夜を誘っているものだ。でも彼女は早く学校にきて、くらいの認識で使ったのだろう。

 

 天然無自覚というか、下ネタに疎いのはアヤの数多ある魅力の一つなのだが、今の俺には不意打ちが過ぎる。

 朝の覚悟が、さっそく揺らぎそうだ。

 

 気を取り直して階段を上り、廊下を歩く。

 

 以前、直感が見せてきた過激なセックスを思い出す。

 中学校の廊下で全裸のアヤを後ろから犯す、あの未来だ。

 彼女に激しくピストンしながら、俺は愉悦に顔を歪めていた。

 自分の中には、ああいう本性も潜んでいるのだろう。

 

 だからこそ、今日からは特大の自制心が必要とされる。

 

 いったん深呼吸をして、俺は教室に入った。

 

「あ、ぼーやん間に合った!」

 

「……は?」

 

 入ってすぐの席に、手錠を付けたアヤが座っていた。

 

 白い長袖ブラウスを袖までめくり、銀の手錠をはめている。

 制服姿の美少女が両腕を拘束されている姿に、思わず見惚れてしまう。

 

「アヤ、ついに逮捕されたの?」

 

 放心しながらも、なんとか冗談を絞り出した俺を褒めてほしい。

 

「ついにってなんだよ~! これおもちゃだよ。なんか男子がハロウィーン用にドンキで買ってきたのを、みんなで順番に付けてたんだ」

 

 本人はこの背徳的なエロさにまったく気づいていないのだろう。そんな純粋無垢な彼女と手錠の組み合わせが、とんでもなくエロい。

 頬がほんのりと桃色に染まっていて、ちょっと興奮気味なのが煽情的すぎる。

 見てはいけない感じがするのに目が離せない。

 

 気付けばクラスの男子たちがチラチラと彼女を見ていた。中には惚けたような表情で堂々と凝視しているヤツもいる。

 

 俺は生まれて初めてクラスメイトに殺意が湧きそうになった。

 

「そろそろ外したら? もうホームルーム始まるよ」

 

「うん。あ……ぼーやんもちょっと付けてみる?」

 

 アヤがなぜか甘い声で聞いてくる。すごく付けてほしそうだ。

 その声色が妙に色っぽくて、俺は危うく勃起しそうになる。

 

「そのサイズだと俺の腕には無理だよ」

 

「あ、そっか……ぼーやんの太いもんね」

 

 手錠をはめながら、そんなふうに俺の腕を見つめないでほしい。

 

 いいタイミングでチャイムが鳴ってくれたので、心を落ち着かせながら席にたどり着く。

 

 もう少しで、アブノーマルな性癖に目覚めるところだ。

 いや……多分もう目覚めてしまった。

 

「はぁ……」

 

 窓の外に浮かぶ雲を数えて、心と股間を落ち着かせる。

 

 早くしないと決心が消え失せてしまう。

 

 なんとか鼓動が正常に戻ってきたので、彼女にメールを打った。

 

『アヤ放課後時間ある?』

 

 すぐさま返信が届く。

 

『今日はだいじょぶ』

 

『ちょっと大事な話ある』

 

『おけ』

 

 先生が入って来たので、俺は急いでスマホを鞄に閉まった。

 

 

***

 

 

 放課後、俺は図書室にいた。

 

 席は半分くらいが埋まっている。

 学校の期末テストが近いからか、下の学年の生徒たちも思い思いに自習をしているようだ。

 

 テーブル席に割と人の少ない一角を見つけ、荷物を置く。

 いい場所を確保できたので、教室に残っているはずのアヤを迎えに行こうと出口へと向かう。すると、なんとなく彼女のほうからやってくる気がした。

 

 図書室の扉が開き、やはりアヤが入ってくる。

 俺の姿を見つけると軽く手を振ってから近づいてきた。

 

「ぼーやん、図書室いたんだ」

 

「アヤ、よく俺がここにいるって分かったね」

 

「うん……なんとなく?」

 

 ちょっと得意げな顔が可愛い。

 つい彼女の手首に手錠のあとを探してしまうが、それは許してほしい。

 

「俺もなんとなくアヤが来そうだなと思ったよ」

 

「ふふ、そっか」

 

 お互いが通じ合っている気がして、心がじんわり温かくなる。

 本当に、俺たちは恋人同士なんだ。

 

「それ大学の資料? だからぼーやんお昼に進路指導室行ってたんだ」

 

 彼女がテーブルに広げられた資料を見つめる。

 貴重なアヤとのランチデート犠牲にして、俺は必要な資料を集めていた。

 

「そう、お互いの進学について話がしたくてさ」

 

「うん、私もそういう話したいと思ってたんだ」

 

 またもや以心伝心だったらしい。

 

 席に座ると、彼女も隣に腰を下ろす。

 資料を見ようと寄ってきたアヤの胸が、俺の二の腕に接近してくる。

 

 頬が触れ合うほど近くに寄ってきた彼女に、本題を切り出した。

 

「アヤ、俺たち受験まで勉強に専念しない?」

 

 図書室なので、彼女にだけ聞こえる音量でささやく。

 

「あ、うん……私もそろそろ追い込み必要かなって思ってた」

 

 アヤがうなずきながら志望校の赤本をめくる。俺と彼女が受けようとしている大学だ。

 

 本来追い込み時期としては遅いのだろうが、俺たちの志望校は難関大というわけではない。互いの実家からほど近い、そこそこの私立大だ。

 

 これまでも二人でけっこう勉強はしていた。

 付き合い始めてからは「そのせいで学力が落ちたんだ」と言われないために、むしろ学校の成績は上げている。

 今の俺たちの力で、十分に合格可能だ。追い込みを頑張ればだが。

 

「だから、それまではデートも控えたほうがいいと思ってる。もちろん、アヤを抱くのも」

 

「えっ…………あ、うん……なんか、分かる」

 

 アヤの耳が徐々に赤くなっていく。

 それだけで押し倒したい衝動が湧き上がってくるから困る。

 

「ごめん」

 

「いや、謝ることじゃ……ないし」

 

 彼女の白い太ももがきゅっと閉じられた。どことなくモジモジしている感じだ。

 

 ふぅと一息つく。

 多分、これでは説明が足りない。

 こういう大事なことはきちんと伝えなければだめだ。

 

「俺は、一日二回はアヤを抱きたい」

 

「ふぇ!? ……いっ、うん……知ってる、けど」

 

 アヤが変な声を上げ、ますます耳を赤くした。

 

「最近アヤとできなくて、正直つらかった」

 

 どう考えても図書室でしていい話ではないので、さらに彼女の耳元に近づいてささやく。

 

「んっ……うん、なんか……わかってたよ」

 

「でも一度でもしちゃうと俺、きっと止まれない。この冬の間中……それからもずっと、アヤを抱き続ける自信がある」

 

「そんな、自信……あっても」

 

 ――別に、困らないけど……。

 

 

 彼女の本音が股間に突き刺さる。

 

 一度ため息をついて煩悩を落ち着かせ、ゆっくり口を開く。

 

「だから、受験の合格発表までは我慢しようと思ったんだ……勝手でごめん」

 

「ぅッ……あ、あの、わかったからっ」

 

「ん?」

 

 アヤが眉間にくっとシワを寄せた。

 

「ちかいよぉ……」

 

 いつの間にか、俺は彼女の耳に口づけをするほど顔を寄せていた。

 

 アヤの細腕がスカートの内股あたりをつかんでいる。まるで何かを我慢しているような……。

 

「っ、ごめん」

 

 俺は慌てて顔を離した。

 テーブルの下で股間が膨れ上がり、ドクドクと熱くなっていく。

 

 しばらく黙っていると、「ふぅ」と呼吸を整えたらしいアヤがこちらを向いた。

 

「えっと……つまりケジメってことだよね」

 

「うん」

 

「合格発表、までなの? あの……試験の日とかじゃなくて」

 

 試験は今から約一カ月後の一月上旬。合格発表は約二カ月後の二月上旬だ。

 十一月末の今日から二カ月間、俺はアヤとセックスをしないことになる。

 はっきり言って地獄だ。でも。

 

「できればバイト……仕事も、今まで以上に頑張りたいんだ。進学がどうなるかで未来も変わってくるから、備えておきたい」

 

「そう、なんだ」

 

「俺の勝手でごめん」

 

「ううん、私のケジメでもあるから」

 

「そっか」

 

 ……ん?

 

 今の言い方だとアヤのほうも――。

 

「ぼーやん、あのさ」

 

「なに?」

 

「こうやって勉強するときは、会えるのかな……?」

 

 彼女が不安そうに聞いてくる。潤んだ瞳がまるで懇願しているようだ。

 ここが図書室でなければ迷わず抱き締めていただろう。

 

「もちろんだよ。俺もアヤに会いたいし、平日は放課後こうして勉強しようよ。その分、土日はフルで仕事入れようと思ってるけど」

 

「……体、大丈夫そ?」

 

 心配そうなアヤの表情に、心臓が高鳴る。

 真っ先に俺の体を気遣ってくれるのが素直に嬉しい。

 

「余裕だよ。卒業したらアヤと同棲したいし、結婚資金とか家庭を養うお金も貯めたいから」

 

「けっ……あ、う……そういうこと、さらっと言う……」

 

 顔を近づけていないのに、彼女の頬がどんどん染まっていく。

 俺も、我ながらずいぶんストレートな告白をしたと思う。

 

「じゃあ……さっそく勉強しようか」

 

「……うん、しよ」

 

 お互い顔を赤くしながら、俺たちはテーブルに向かった。

 

 

「――アヤの受験科目だったら、とりあえず過去問を押さえるのがいいんじゃないかな」

 

「うん、私もそんな気がする。あ、てか願書提出日いつだっけ」

 

「十二月……来月末だよ。大学のサイトから請求できるはず」

 

「じゃあ帰ったらサイト見てみる」

 

「間違えてハートのクッションとか買わないようにね」

 

「ぼーやんこそブタ侍のシールとか買っちゃだめだよ」

 

 真面目な話とくだらない冗談を交互に繰り返す。いつもの幼馴染の会話だ。

 

 二人並んで勉強したり他愛もない話をしたりする。

 やっていることは付き合う前とそう変わらないのに。

 

 ――あ……ぼーやんの肘。

 

 互いの肘が当たった瞬間、彼女の心の声が聞こえた。

 さっきから俺と体のどこかが触れるたび、アヤが肩だの二の腕だの心の中でつぶやいている。

 

 正直、平静を保つのに精いっぱいだ。

 

「とりあえずアヤの課題は英作文だけど、そこに集中するより単語とか文法を固めたほうがいいと思うよ」

 

「うん、だね。ぼーやんは長文読解がちょっと弱めだから、やっぱ過去問一択かな」

 

「だよな。ごめん赤本取ってくれる?」

 

「ほい」

 

 アヤが赤本を手渡そうとこちらに体を向ける。

 テーブルの下で彼女の膝が俺の太ももに当たった。

 

 ――あ。

 ぼーやんの足。

 あったかい。

 

 触れたところから、またもやアヤの心情が流れ込んでくる。

 

 こすれ合う肘、太ももをつついてくる彼女の膝にドキドキしてしまう。

 

 まるで付き合う前、俺たちがまだ普通の幼馴染だったときみたいだ。

 あの頃も、俺はアヤに肩を叩かれたりトンと小突かれたりした場所を、妙に意識していた。

 

 当分セックスはしない。そう決めたことで逆に過敏になってしまったのだろう。

 まるで片思いを募らせる初心な男子だ。

 

 図書室という禁断めいたシチュエーションなのも悪い。彼女の体温や息づかい、皮膚の柔らかさにいつもよりエロスを感じてしまう。

 

 そんなことを悶々と考えながら、真面目な話をなんとか続ける。

 

「単語と文法も、とりあえず過去問から間違いやすそうなの拾っていこうか」

 

「いいね」

 

 アヤがわずかに身を乗り出し、ショートの茶髪がふわりと揺れた。

 彼女がいつも使っているシャンプーの匂いと、その体から分泌される甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 やばいな。

 理性で抑え込もうとすればするほど、アヤへの情欲が湧き上がって仕方がない。

 過去問のページをなぞる彼女の細い指ですら妖艶だ。いや、それは前からだが。

 

「あ、ぼーやんこれ分かる? divine……ってどういう意味だっけ」

 

「確か『神聖な』とか『神の』って意味だったはず」

 

「んふ、じゃあdivineぼーやんって覚えるよ」

 

「なにそれ」

 

「最後にぼーやん付けたらなんでも覚えられる気がして」

 

 アヤが俺の横顔を見ながらくふふと笑う。

 

 ――ぼーやんの唇、乾いてる。

 キスしたら、カサカサするのかな。

 あ、喉仏ちょっと動いた。

 ぼーやんの喉仏……触りたいな。

 やばい。

 体の奥、ジンジンする。

 私もケジメつけなきゃなのに。

 ぼーやん。

 我慢、むずかしいよ。

 

 焦がれるような欲求が流れ込んでくる。

 どうやらアヤも俺と同じらしい。我慢すると決めたせいで逆に高まってしまったらしい。

 

 これは、ちょっとクールダウンしないと性欲が爆発しそうだ。。さすがに理性がもたない。

 

「……アヤ、のど渇かない?」

 

「あ、私自販機行ってくるよ」

 

「いいよ、俺買ってくる」

 

 とりあえずキンキンに冷えたアイスコーヒーを飲みたい。

 

「ううん、私トイレ行くからそのついでに買ってくる」

 

 ――どうしよう。

 今日、下着の替え持ってきてないのに。

 こんなに、濡れて。

 ぼーやんのばか。

 

「え……?」

 

 思わず体が硬直する。

 

 その隙に、彼女が立ち上がってしまった。

 

「ぼーやんはコーヒーでいいよね……うんと冷たいやつ」

 

「うん、冷たいのお願い」

 

「じゃ、ちょっと待ってて~」

 

 アヤがすたすたと出口へ歩いていく。

 その後ろ姿、スカートの内側でぐっしょりと濡れているだろう下半身に目が吸い寄せられる。

 

「はぁ……まいったな」

 

 俺は図書室の窓へと視線を移した。

 秋風に揺れる木々の枝葉を一つ一つ数えながら、股間の興奮が収まるのを待つ。

 

 これは今までの人生で、一番ハードな試練かもしれない。

 

 

 こうして俺の――俺たちの我慢の冬が始まった。

 



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幼馴染に図書室でイタズラをした・前編(百二日目・月 午後)

 解答用紙の記入欄を確認し、一息つく。

 

 今日は予備校主催の共通模試だ。

 会場の窓から外を見れば、冬枯れの木立が寒そうに枝を揺らしている。

 

「はい終了です。各自、解答用紙を裏返してください」

 

 今日は十二月初旬の日曜日。

 

 アヤと追い込みの勉強を始めてから……セックスを我慢すると決めてから、もう二週間が経っていた。

 

 

 廊下に出て、スマホを取り出す。

 すると画面が光り、別会場にいる彼女からのメールを受信した。

 

『ぼーやんこの後仕事だっけ?』

 

『仕事だよ。アヤも?』

 

『うん、結婚式が三件入ってる』

 

『じゃー明日図書室で見せ合いっこしよう』

 

 問題用紙に書き写した解答を見せ合い、お互いでダブルチェックをするのだ。

 

『ぼーやんのえっち』

 

 からかうようなメールとともに、スタンプが送られてくる。

 ブタがメガホンを持って「やらしいゾ~!」と叫んでいた。

 

 俺はくすっと笑いながら返信を打ち込む。

 

『えっちだよ。アヤ限定だけど』

 

 一分ほど待っているとスタンプだけが送られてきた。

 ブタが目を炎にして「お仕事頑張ってねっ!」と応援してくれている。

 

「このブタ、ほんとレパートリー多いな」

 

 つい笑ってしまう。

 最近ではこのブタがアヤに見えてくるから不思議だ。

 

 再び画面が光り、彼女からのメールを受信する。

 

『私も』

 

 ……ん?

 

 私も……えっちだよ、という意味だろうか。

 

「はぁぁぁ」

 

 思わずその場でしゃがみ込む。

 

 あの図書室での約束以来、俺たちはセックスをしていない。キスも、しすぎると歯止めが効かなくなるので挨拶のような口づけにとどめている。

 

 放課後の勉強もできるだけ人目のある図書室やファミレスでする。どちらかの家なんて言語道断だ。絶対に押し倒してしまう自信がある。

 

 そんな欲求不満の状態で、最初は勉強なんて手が付かないだろうと思っていたが……ここまではなんとか我慢できている。

 

 むしろ合格発表が過ぎたら三日三晩アヤを抱き潰そうと心に決めてから、ニンジンをぶら下げられた馬のごとく勉強や仕事に邁進できた。

 

 二人でいるときも、セックスを連想する言動はお互い控えている。

 

 その反動なのだろう。メールではこうして性欲をかき立てるようなやり取りをすることが多くなった。

 

「……耐えられるのか、俺」

 

 リュックから冷え切ったミネラルウォーターを取り出し、ゴクゴクと飲み干す。

 

 全身にみなぎる熱を冷ましてから、俺は今日の現場へと向かった。

 

 

***

 

 

 郊外都市の駅前にリニューアルオープンしたホテルで、撮影が行われていた。

 

 併設されたカフェのテラス席で千春さんが紅茶を飲んでいる。

それを少し離れたところからカメラマンが撮っていた。

 

「おーい、誰かいけるか?」

 

「俺行きます」

 

 カメラマンの曖昧な指示に、俺は即座に立ち上がる。

 

 白いレフ板を持つと、千春さんに近づいてその頭上に掲げた。上からの光を透過させて彼女に降らせる。

 

 紅茶を持った千春さんが俺にウインクした。どうやら正解だったらしい。

 

 

「リュウジくんお疲れ」

 

「お疲れさまです」

 

 撮影に使ったティーセットを片づけていると、千春さんに声を掛けられた。

 

 今日の彼女はブラウン系のダウンコートにと、中に茶色いカットソーを着ている。冬のリゾート旅行を連想させる出で立ちで、姉貴がスタイリングしたものだ。

 

「クッキーいる? ホテルの人に貰ったんだけど余っちゃって。半分は食べたんだけど」

 

「いえ大丈夫です」

 

「てことは今日はデートじゃないんだね」

 

 いつの間にか俺は、アヤのためにお菓子を持って帰るキャラになっていたらしい。

 

「この前はシュークリームありがとうございます。彼女も喜んでました」

 

「ほんと? また買ってきてあげるね」

 

 異常に整った美人顔がくしゃりと笑う。

 

 ペコリと頭を下げてティーセットを持って行こうとすると、千春さんがなおも声を掛けてきた。

 

「リュウジくん、すごい成長したよね。周りが見えてるっていうか、意図を汲むのが上手いっていうか。こういうオールラウンダーがいると現場は助かるんだよ」

 

「いえ、全然です」

 

 俺はスタイリングの知識も撮影の現場経験も少ない雑用係だ。

 そんな俺がプロの人たちに認めてもらうには、誰よりも気配りを発揮する以外にない。

 

「彼女さんのおかげかな?」

 

「え?」

 

「ほら、リュウジくんって最初はもっとぼやーっとしてたからさ。優しいんだけど周りに興味ないみたいな? でも最近は……なんか一皮むけたって感じがするよ」

 

「ありがとうございます」

 

 だとするなら、間違いなくアヤのおかげだ。

 

 千春さんの言うとおり、以前の俺は幼馴染以外に興味を持つことがなかった。

 でもアヤと付き合い始めて、無味無臭だった世界が色づいて見えるようになって、いつからか周囲にも興味が持てるようになったんだ。

 

「リュウジくんは案外ディレクター向きなのかもね」

 

「ディレクター、ですか?」

 

「そ、雑誌とかウェブサイトの編集者さんみたいな人たちのこと。撮影スタッフをアサインしたり日程調整したり、撮影現場を決めたりするんだよ。リュウジくんそういうの得意そう」

 

「はぁ」

 

「今度、知り合いの編集者さんを紹介してあげようか?」

 

 千春さんが普段の調子でニコリと笑う。

 

 多分これは、チャンスの一つだ。

 でも妙に外堀を埋められている気がして、即答をためらってしまう。

 

 いや違うな。

 不意に知らない世界へ飛び込むことに、ビビっているだけだ。

 

「……ぜひ、よろしくお願いします」

 

「お、いいね。貪欲なの色っぽくていいよ」

 

「稼ぎたいので」

 

「彼女さんのため?」

 

「それが大きいですね」

 

「よしよし」

 

 千春さんが、まるで弟を褒める姉のような雰囲気でうなずく。

 スマホを取り出すと、ふと思い出したように俺を見上げた。

 

「あーそれとさ」

 

「はい?」

 

「二十四日って空いてる?」

 

 二十四日……クリスマスイブだ。

 まだアヤとの予定を決めていないが、できれば終日空けておきたい。

 

「すみません、予定があるんです」

 

「あ、大丈夫大丈夫、現場は午前中だけだから午後には彼女さんに時間使えるよ。テレビも入る大きい撮影だからさ、リュウジくんとカエデさんがいると助かるなと思って。ちなみにこれは正式な仕事の依頼です」

 

 千春さんの視線に真剣みが増す。相手を見定める、プロの目だ。

 

「……とりあえず姉――カエデは終日空いていると思います」

 

「リュウジ聞こえてるぞ~、勝手に決めつけんなー」

 

 いつの間にか姉貴が近くにいた。撮影に使った他の衣装を整えながら俺を睨む。

 

 千春さんがぷふっと吹き出した。

 

「あははっ……姉弟仲良しだな~。うん、カエデさんにはもうオーケー貰ってるんだけど」

 

「そうだったんですか」

 

「あはっ、はぁ……笑った。いいなぁ、私もリュウジくんみたいな弟がほしいよ」

 

 何がそんなにツボだったのか、千春さんが涙目になってなおも笑いをこらえている。

 

「で、リュウジくんはどう?」

 

 再び見据えられる。

 口元は笑いの余韻で緩んでいるのに、瞳は笑っていない。

 

 

 ――断るな。

 

 

 神様の直感が強めの警告をしてくる。

 

 どうやら千春さん関連の仕事は、俺とアヤの未来にとって重要なものらしい。

 

 だけど。

 

「この場では決められないので、後日返事するでもいいですか?」

 

「大きな仕事の依頼だよ?」

 

「それでも、すみません」

 

 アヤに相談しないで決めるのは、論外だ。

 俺も真剣な目で見つめ返すと、千春さんがふっと肩を下げた。

 

「いいよ。返事待ってるね」

 

「ありがとうございます」

 

「にしてもリュウジくんってほんと彼女さん思いだね~。うらやましい……私もリュウジくんみたいな彼氏がほしかったよ」

 

「はぁ」

 

 冗談めかした言葉に適当な返事をすると、すかさず姉貴が割り込んでくる。

 

「あーそれ錯覚だよ千春ちゃん。本物のリュウジは一日中ぼーっと庭の草を数えてるような生き物だから。千春ちゃんはもっとまともな彼氏を作るべきっ、せめて浮気しないヤツね」

 

「それ言わないでよ~……」

 

 千春さんががっくりと肩を落とす。

 以前に浮気で苦い思い出があるようだ。

 

「私、当分彼氏作るつもりないし」

 

 投げやりな千春さんに背を向け、俺は建物の中へと向かう。

 そろそろ手に持ったティーセットが重い。

 

「あ、リュウジくん、ちゃんと考えておいてね」

 

「はい、彼女に相談してみます」

 

 振り返り、精いっぱい愛想のいい顔を作る。

 

「それもだけど、専属にならないかって話も」

 

 千春さんがまっすぐ俺を見つめた。

 恥ずかしそうに長い黒髪をかき上げ、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

「はい、ちゃんと考えます」

 

 ほっとしたような彼女の瞳には、プロの厳しさが宿っていないように見えた。

 

 

***

 

 

 翌日。

 

 月曜日特有の気だるさに耐えながら授業をこなし、放課後を待つ。

 

 終業のチャイムが鳴ったと同時に、俺とアヤは図書室へと向かった。

 

「……で、ぼーやんどうだった?」

 

 隣に座る彼女が不安を隠そうともしない顔で聞いてくる。

 俺の二の腕をつかみ、いつもより頬を寄せてきた。

 

 反射的にキスをしてしまいそうになるのをぐっと堪え、問題用紙を差し出す。

 

「多分、合格圏内だと思う」

 

「うん、よし。さすがぼーやん」

 

「アヤは?」

 

「私も多分、大丈夫」

 

 彼女も問題用紙を差し出してくる。

 

「一応、お互いのを採点し直そうか」

 

「そだね」

 

 会場の外で配られていた模範解答の紙と見比べながら、アヤの解答をチェックしていく。丸っこくて、でも丁寧な筆跡が可愛らしい。

 

 テーブルの上の問題用紙とにらめっこをする彼女を、横目で見る。

 

 今日のアヤは、ブラウスの上にベージュのスクールカーディガンを着ていた。

 暑がりな彼女が長袖をめくっていないのを見ると、いよいよ冬の到来を感じる。

 

 小柄な体は背筋がピンと伸ばされ、上品な座り方のお手本のようだ。

 アヤは意外にも、すごく姿勢がいい。

 子どもの頃から席が後ろになりがちだった俺は、授業中いつも彼女の綺麗な後ろ姿を眺めていた。

 

 今は、どうしても胸のほうに目が行ってしまう。

 姿勢がいいので、その巨乳がカーディガンをこんもりと盛り上げているのだ。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

 俺は急いでテーブルに視線を戻す。

 

「大学、一緒に行けるといいね」

 

「アヤ、それ縁起の悪いフラグっぽいから言わないほうがいいよ」

 

「え゛っ……じゃあ明日のお昼はアンパン食べたいね」

 

 それでフラグを打ち消そうとしているアヤが面白い。

 

「俺も明日の昼はアンパンにするよ。一緒に食べよう」

 

「うんっ」

 

 彼女が元気よくうなずく。

 

 静かな図書室に猫の鳴くような声が響くが、それを咎めるような人はいない。

 

 今日の図書室は驚くほど人影がまばらだ。

 学校の期末テストが終わった時期だからだろう。俺たちの他には数人が自習机に向かっているのみだった。

 

 これは神様の粋な計らいだろうか。

 彼女に大事な話をするための。

 

「ぼーやん、最近仕事どう?」

 

 俺が口を開くより先に、アヤが話を振ってきた。

 

「まあまあだよ。昨日、ディレクター目指してみないって言われた」

 

「ディレクター?」

 

 彼女が不思議そうにこちらを向いた。

 

「なんか撮影場所決めたり、事前にいろいろ準備したり、こんな感じのビジュアルにしたりっていうのをまとめる仕事なんだってさ」

 

「へ~、でもうん、ぼーやんそういう準備とか得意だもんね。向いてると思うよ」

 

 アヤがなぜか得意げにうなずく。

 まるで、若い才能を発掘したスポーツ監督のような顔だ。

 

 でもそのふんわりとした笑顔は、お世辞とかではなく心の底からそう思っているという感じだった。

 

 彼女がこうやって信じてくれるから、俺は頑張れる。

 

 またもやキスをしたい衝動に襲われ、ぐっと我慢した。

 

「俺も向いてる気がする。現場にいるときも、アヤだったらあっちの木陰が映えるなとか、あの服装似合いそうとか、こっちの角度のほうがアヤは可愛いだろうなとか、いつも考えてるし」

 

「う、ぇ……そう、ですか」

 

 アヤが困ったカエルのような声を出す。

 照れているのが伝わってくる。自分が、俺の前で撮影に臨んでいる光景を思い浮かべてしまったのだろう。

 

 彼女は明るく社交的に見えて、人前に出るのがけっこう苦手だったりする。

 俺としては嬉しい短所だ。アヤの可愛さを、誰にも知ってほしくない。

 

 恥ずかしそうにうつむく姿に見惚れていると、彼女が不意につぶやいた。

 

「てかさ」

 

「ん?」

 

「それ言ってくれたのって、この前シュークリームくれたモデルさん……とか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「そうなんだ」

 

 アヤが問題用紙に向き直る。だがさっきよりもチェックのスピードが遅い。

 本当はシュークリームの人についてもっと聞きたいのが、なんとなく伝わってきた。

 

「千春さんていう姉貴の知り合いなんだ。年は確か……二十歳くらい、だったと思う」

 

「綺麗な人?」

 

「どうだろ……整った顔だとは思うけど」

 

「シュークリームが好きなのかな?」

 

「うーん、食の好みとかは分かんないや」

 

 さほど興味もない。

 

「そっか」

 

 アヤは淡々とチェックを進める。なんとなくその横顔が安心しているように見えた。

 

 さて、ここからが本題だ。

 

「それで、アヤに相談があるんだ」

 

「んーなに?」

 

「クリスマスイブの午前中、現場に出ないかって誘われてる」

 

 言いながら、彼女の横顔に注意を向ける。

 少しでも表情が曇ったら依頼を断るつもりで。

 

「それも、千春さんの仕事?」

 

「ああ、姉貴が先にお願いされてるから、俺はそのついでだと思うけど」

 

「そっか」

 

 アヤの横顔は上機嫌そうな、いつもの表情のままだ。

 

「でも俺としては、アヤとの時間を優先したいと思ってる」

 

 それだけは譲れない。

 

「……ふふ」

 

 彼女が口角を上げ、可笑しそうに微笑んだ。

 

「アヤ?」

 

「ぼーやんは律儀だなー。こんなふうに相談してくるってことは、ほんとはめっちゃ頼まれたんでしょ? しかも……相当大きな仕事とみた」

 

 アヤがまたも得意げな顔になる。

 

「……そうだね」

 

 すごいな。

 

 彼女は直感の力を持っていないはずなのに、全部お見通しらしい。

 確かに彼女の言うとおり、普通の仕事だったらアヤに相談するまでもなくその場で断っていただろう。

 

「私も実はその日さ、叔父さんにお店手伝えないかって聞かれてるんだ」

 

「俺仕事断るよ」

 

 叔父さんのレストラン、前のアヤのバイト先だ。

 以前、彼女がストーカー被害に遭いそうになった場所。

 できれば働いてほしくない。

 

 なら俺は仕事を断りアヤと終日デートをする。もしくは俺も彼女のバイト先に行って見守りたい。

 

「いやまってまってっ、バイトは一日だけだしさ、今回は他のバイトの子もいるみたいだから……ね、私もたまには叔父さん手伝いたいし」

 

 そう言いつつ、俺に仕事へ行ってもらおうという気遣いなのが分かる。

 こうなると、彼女はなかなか譲らないだろう。

 

 直感の警告はない。

 おそらく彼女がバイトに行っても、前のような危ない目には遭わないということだ。

 

「……迎えに行くよ」

 

「うん、ありがと」

 

 アヤが満足そうに微笑む。

 

 その笑顔を見ていたら、無性に彼女を襲いたくなった。

 

 チラリと図書室内を見回す。人影はまばらだが無人ではない。

 さすがにここで襲うのはまずいだろう。

 そもそもこの冬はセックスをしないと決めているのだし。

 

「ふぅ」

 

 自習机で勉強している男子生徒を眺め、心を落ち着かせる。

 

 すると太ももにゾクっと気持ちのいい感覚が走った。

 見れば、アヤのしなやかな手が乗っかっている。

 

「……どうしたの?」

 

「あ、あのさ、ぼーやん」

 

 さっきとは打って変わって気まずそうな顔をする彼女に、続きを促す。

 

「私も相談が、あるんだけど」

 

「なに?」

 

 アヤの手が俺の太ももをぎゅっとつかむ。痺れるような快感が股間に伝わり、肉棒が張り詰めていく。……勘弁してほしい。

 

「模試、終わったし……二人とも多分、合格圏内だよね」

 

「そうだね」

 

 テーブルの上をちらっと見る。お互いの解答をチェックした感じ、やはり問題はなさそうだ。

 

「だからあの、ちょっと早いけど……頑張ったご褒美といいますかっ」

 

 彼女の頬がみるみる赤く染まっていく。

 その先の言葉を想像した俺も、顔が赤くなっているはずだ。

 

「えっと……後ででいいから、キス、してほしい……」

 

「……キスだけでいいの?」

 

「あとハグ、とかも……」

 

 それだけかよ、とは思わない。

 

 なぜなら毎日、別れ際に軽いキスやハグはしている。

 だから今アヤが求めているのは、その先。

 もっと濃厚で、過激な。

 

 ――ぼーやん。

 私――。

 

 太ももに置かれた彼女の手から、あふれるような欲求が流れてくる。

 俺は慌ててそれをシャットアウトした。

 

 今、心の声でねだられたら抑えが利かなくなってしまう。

 

「はぁ……」

 

 俺は大きなため息をつくと、彼女の白い太ももに手を伸ばした。

 

「わっ……え!?」

 

 驚くアヤを無視して、なめらかな柔肌を撫でる。温かくて気持ちがいい。一カ月ぶりの彼女の感触だ。

 

「ちょっ、ぼーやん、人いるっ……」

 

「お返しだよ」

 

 さっきから俺の太ももにある彼女の手が、ピクリと震えるたびにそれを敏感に感じ取ってしまうのだ。

 

「あ、だめっ……」

 

 柔らかい太ももをぎゅっとつかむと、彼女がか細い声を上げた。

 

「挑発したのはアヤのほうだからね」

 

 すーっと手のひらを股の付け根のほうに滑らせていく。肉感と温かさが増し、ほんのりと湿り気もある。

 やがてツルリとした布地のパンツに差し掛かると、アヤが俺の腕を押さえてきた。

 だが、その力はひどく弱い。

 

「ぼーやん、だめだよっ……ここ、図書室」

 

「最後まではしないよ、アヤを気持ちよくするだけ」

 

「だめっ……」

 

 彼女の声がほとんど聞き取れないくらい小さくなる。

 

「うん、そうやって声を抑えててね」

 

 アヤの真っ赤になった耳元にささやく。

 

 スカートの中で太ももの付け根を揉み、パンツの布地を経由していったん下腹部まで手を進ませる。

 冷えた手が温められる心地良さを感じながら、布地の下へと手のひらを滑り込ませた。

 

「やっ……んッ」

 

 中指の先端が真っ先にフニとした感触の恥丘と、とろりと湿った割れ目をとらえる。

 

「アヤ、ここいつから濡れてたの?」

 

「んっ……ぅ、ぼーやん、だめだってば……」

 

 質問に答えないペナルティとばかりに秘唇を割り開く。その熱い粘膜に中指を埋め、ヌチュと粘り気のある蜜口に触れた。

 

「んぅッ……」

 

 アヤの体がビクンと震える。

 

 彼女は片手で俺の腕を力無くつかみ、もう片方の手はスカートの上から股を押さえていた。しかしそのどちらも、本気で嫌がっているような力加減ではない。

 ピンと伸びていたはずの背中は丸まり、顔を下に向けて必死に耐えている。

 

 そんな姿に、ますます俺の股間が熱くなっていく。

 

 今のところ直感の警告はない。

 再度、図書室内を見渡してみる。数人の生徒は自習に集中しており、こちらに視線を向ける気配はない。

 

「ぁ、ん……んっ……」

 

 アヤが俺にしか聞こえないくらいの声で鳴く。

 もっといじめたくなるが、さすがに周囲に気づかれてしまうだろう。

 だから指を押し込むことはせず、ぷくっと立っているクリトリスに触れることもせず、ただ蜜壺にあふれる愛液の水面を撫でるように指を動かす。

 

「んぅっ……ん、ぁ……ッ」

 

 アヤが感極まった吐息を漏らした。

 

 ふわりと彼女から甘い匂いが漂う。俺の心臓がバクバクと音を立ててうるさい。

 図書室のテーブルの下で、アヤが俺に悪戯されている。その背徳的なシチュエーションに興奮してしまう。

 

「ぼーやんっ……」

 

 彼女が俺に秘所を弄られながら、顔をこちらに向けた。

 茶色い前髪越しに上目遣いで見つめてくる瞳が、トロンと潤んでいる。

 半開きになった唇から甘い吐息を漏らし、俺の太ももを握った指に力を込めてくる。

 

 まるでもっと淫らな行為をねだっているみたいだ。

 

「アヤ、来て」

 

 俺は彼女のパンツの中から手を引き抜くと、二の腕をつかんで立たせた。

 








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幼馴染に図書室でイタズラをした・後編(百二日目・月 午後)

 アヤの腕をつかんで、図書室の本棚のほうへ歩く。

 

 彼女は頬を染めてうつむき、俺に引っ張られるままに付いてきた。

 

 図書室の入り口近くの本棚裏。

歴史資料が並ぶ一角は立ち寄る人がほとんどいない場所だ。

 

 少しだけ薄暗いその場所で、俺は彼女を本棚際に追い込んでいた。

 

「ご褒美、ここでいい?」

 

 優しく聞きつつも、体を密着させて逃げ道を奪う。

 胸板にふにゃりと柔らかいおっぱいの感触が当たる。何枚かの布地越しなのに、その柔らかさや弾力、体温までもが伝わってきた。

 久々の彼女の体を味わおうと、俺の全神経が敏感になっているのだろう。

 

「人、来ちゃうよ……」

 

 うつむいたままのアヤが小声でつぶやく。

 

「大丈夫だよ。誰も来ないから」

 

 直感もそう言っている。

 

 とはいえ、普段の彼女なら絶対に嫌がっただろう。人気のない場所ならともかく、同じ空間内に人がいる状態で淫らな行為をするなど、彼女には耐えられないはずだ。

 

 だが、アヤはコクリとうなずいた。

 

 我慢の限界なのだ。俺と同じように。

 

 彼女が顔を上げ、顎を上向ける。

 求めるように俺を見つめ、まぶたを閉じ、唇をわずかに開く。

 

 キスを待つ顔が、あまりに綺麗で色っぽい。

 思わず写真に撮って一生残したい衝動に駆られる。でも俺の情欲にそんな余裕はなかった。

 

「んっ……んちゅ……んっ、ぁ……」

 

 唇を重ねながらその隙間に舌を流し込む。

 すぐに彼女の舌に迎えられ、ねろりと絡まる。

 その瞬間、背筋にビリリと電流が走った。一カ月ぶりのディープキスに全身が昂る。

 

「んちゅっ……んんっ、む、ぁっ……んれ……んんんっ……」

 

 久々の舌の味を確かめるようにねっとりと舐め合う。

 周りに音が漏れないように唇を密着させ、互いの口の中だけでくちゅ、くちゅと淫らなキス音を立て合う。

 

「んくっ……んッ、ちゅぷっ……んちゅっ……んっ、ぇろ……」

 

 アヤの溶けそうなほどに柔らかい舌、熱い粘膜、甘く温かい吐息、そのどれもが濃密に伝わってくる。

 

 やんわりと触れ合う胸元に彼女の心臓の鼓動を感じた。

 トクトクと小さく脈打つ音が愛おしい。

 

 一分、二分……時間の感覚がおぼろげになるほど、俺たちは気持ちのいいキスに夢中になった。

 

 やがてどちらからともなく唇が離され、複雑に絡み合っていた舌が解かれていく。唇と唇の間でなおも舐め合ってから、ゆっくりと接着面を離す。

 

「ん……ぇろ、っ……」

 

 舌先を巻くように互いを一舐めして、やっとキスを終えた。

 

「はぁ」と大きな吐息が漏れる。肺が求めるように酸素を取り込む。

 どうやら俺たちは呼吸を忘れてキスに没頭していたようだ。

 

 はぁ、はぁと二人で肩を上下させる。この場所は肌寒いはずなのに体が火照って暑い。

 

 アヤが熱のこもった瞳で見上げてくるせいで、呼吸が全然落ち着かない。

 

「ご褒美……これで終わり?」

 

 彼女が求めるように聞いてくる。

 

 その瞬間、シャットアウトしていたはずのアヤの欲求が流れ込んできた。

 

 ――ぼーやん。

 好き。

 もっと感じたい。

 もっと気持ちいいこと。

 ぼーやんと、もっと――。

 

 ドクン、と体が震えた。

 全身の血が沸騰して獣欲がグツグツと煮えたぎってくる。

 

 ――問題ない。

 ――犯せ。

 

 追い打ちをかけるように、直感が悪魔の囁きを投げかけてきた。

 キーンと耳鳴りがして、脳内に未来の記憶が映し出される。

 

 ――図書室の本棚と本棚の間。

 この場所で、俺たちは熱い吐息を漏らして繋がっていた。

 アヤは立ったままスカートをめくられ、パンツを膝下まで下ろされ、向かい合った俺が小刻みに腰を振っている。

 対面立位の体勢で俺はアヤを犯し、抱き締め、上向いた口内に舌をねじ込んでいた。

 彼女の口から漏れ出てしまう嬌声を濃厚なキスで塞ぐ。

 二人とも目を閉じ、その表情は快楽に溺れるオスとメスのようで――。

 

 慌てて脳内の光景を打ち消す。

 

 これはまずい。

 直感に後押しされた本能に、体を乗っ取られそうだ。

 

 アヤも、驚くべきことにこの先の行為を望んでいるように見える。少なくとも心の底では。

 だとすると直感に逆らう理由がほぼ存在しない。

 

 俺はふぅと小さいため息をつくと、彼女の耳元にささやいた。

 

「ご褒美の続きしようか。アヤ、下を脱いで」

 

「え、でも……」

 

 彼女が不安げに見つめてくる。

 誰かに見つかる恐怖と快楽を求める心がせめぎ合っているようだ。

 きっと、ここで強引に迫ればさっきの光景どおりになるのだろう。

 

「大丈夫。……アヤを気持ちよくさせるだけって言ったでしょ?」

 

 俺は図書室の自習机のあるほうに背中を向けた。

 万が一にも彼女の姿が見えないよう壁を作り、安心させる。

 

「脱いで、アヤ」

 

 もう一度ささやくと、彼女の瞳に涙がにじんだ。

 下を向き、わずかに口を開く。

 

「しないよ、ね」

 

「しないよ」

 

 優しくささやく。

 するとアヤは前屈みになってスカートの中に両手を入れ、ゆっくりと下着を下ろし始めた。

 

 

 ――犯せ。

 ――快楽に狂わせろ。

 

 

 なおも言ってくる直感を無視する。

 

 今回ばかりは、直感をあてにできない。

 

 なぜなら、俺たちが幸せな同棲生活を送ることはもう確定事項だからだ。

 

 直感としては俺たちがこの冬セックスに狂おうが、そのせいで大学に進学できなかろうが、どうでもいいのだろう。

 どうせその未来には到達できるのだからと、今はアヤを快楽に溺れさせることを優先しているのだ。

 まるで彼女をセックスに狂わせないと、その未来すら危うくなるのだと言わんばかりに。

 

 でも俺は。

 

 一緒に大学へ進学もしたいという彼女の望みも叶えたいし、快楽に依存するアヤも見たくない。

 そこは譲れない。

 

「……脱いだよ」

 

 トン、と彼女が俺の胸板をおでこでつついてきた。

 脱いだはずのパンツは床にもアヤの両手にもない。早々にポケットへしまい込んでしまったらしい。

 

「見せて」

 

「え゛っ」

 

 彼女がにごった声を発した。

 

「ご褒美がほしいって言ったのは、アヤだよ」

 

「言ったけど、でも……あの……」

 

「アヤ、見せて」

 

 優しく、でも有無を言わさぬ低い声でささやく。

 

「うぅぅ……」

 

 彼女は眉間に今日一番の深いシワを浮かべるが、それでも拒否する素振りは見せずスカートの裾に手を伸ばした。

 スカートの両端をつまみ、ゆっくりと引き上げる。

 

 俺の視界の下のほうで、彼女のまっさらな局部があらわになる。

 

「これ、恥ずかしいよぉっ……」

 

「アヤ、すごくエッチだよ。スカートそのままにしてて」

 

 俺はその場で腰を下ろすと、彼女の股ぐらに視線を合わせる。

 綺麗な一本筋の割れ目からは、透明な愛液が漏れ出ていた。さっきテーブルの下で弄ったときよりもあふれている気がする。

 顔を近づけ、下腹部全体を視界に収める。

 

「あ、顔近づけちゃ、だめ……」

 

「ここ、さっきより濡れてるね」

 

「だって、こんなのっ……」

 

「うんと気持ちよくするから、じっとしててね」

 

「人、きちゃう」

 

「安心して。ここには絶対に来ないから」

 

 下から微笑みかけると、アヤは覚悟を決めたように目を閉じた。

 

 これまで何度も言ってきたせいだろう。

 彼女は俺の確信めいた言葉を、条件反射的に信じてしまうようになっていた。

 

 俺は舌をめいっぱい伸ばし、割れ目にピタリとくっつけた。

 

「んんっ……ッ」

 

 アヤの腰が引けて本棚に当たる。棚全体がわずかに振動し、並んだ歴史資料の一つが揺れた。

 

 俺は両手で彼女の腰をつかみ、逃げられないよう固定する。

 そうして今度は舌腹を割れ目にくっつけると同時にれろんと舐め上げた。

 

「ひぁっ……んっ、ふ、ぅっ……」

 

 急に視界が暗くなり、頭の上に布が被さってくる。

 彼女は早々にスカートから両手を離し、自身の口元を押さえたようだ。

 

 薄暗いスカートの中、俺は犬になったような気持ちでアヤの秘部を舐めた。

 

「んぅッ……ん……は、ぁっ、ぁッ……ん゛んん――ッ」

 

 少し舐めただけで彼女は軽くイったらしい。

 腰が可愛らしく震え、愛液がトロリと分泌される。

 

 スカート内にこもった彼女の香りに頭がクラクラする。

 甘い彼女の体臭がさらに濃密になったような……心が安らぎ、なのに股間を奮い立たせる女の匂いだ。

 アヤの愛液は無味無臭のはずなのに、脳が美味しいと変換してしまう。

 

「ぼーやんっ、これ……やぁ……」

 

 弱々しい悲鳴が頭上から降ってくる。

 

「嫌だったら止めるね」

 

 彼女にだけ聞こえる小声でつぶやく。

 

 アヤからは「いや」も「やめて」も返ってこなかった。

 返事を待たずに俺がまた舐め始めたせいかもしれない。

 

「ふ、ぅっ……ん゛ッ……ん゛っ……」

 

 俺の舌の動きに合わせて彼女がくぐもった声を漏らす。

 

 少し八つ当たりじみてるな、と心の中で自嘲する。

 

 これは、まだ受験前なのに無防備に誘惑してきた彼女へのお仕置きだ。

 まあ、アヤはこの冬に我慢をしないと大学進学が難しくなるという未来を知らないので、彼女にまったく非はないのだが。

 

 ふと、アヤにしてみたらここで俺に犯されるよりも恥ずかしい行為なのではと思い至る。

 

 そう考えた途端、さらに興奮がこみ上がってきた。

 

 縦筋を下から上にたどるように舐め、花弁をぱっくりと開く。

 鮮やかなピンク色をした膣内を舌先でえぐるように、ねっとりと舐め上げる。

 すると両手でつかんだ柔尻がきゅっと引き締まった。

 

「ん゛ぅうううっ……ッ」

 

 アヤが腰をビクビクと震わせる。

 彼女の絶頂が振動となって舌先に伝わってきた。

 

 膣内が収縮する感じがして、やがてアヤの足腰から力が抜けていく。

 

 俺はスカートの中から顔を出した。

 見上げると、蕩けきった表情の彼女と目が合う。

 瞳からは涙がこぼれ、両手で押さえた口元からは荒い吐息が漏れている。

 

 つかんでいた腰を離すと、彼女は本棚を背にしたままへたり込んだ。

 

「アヤ、大丈夫? ……ごめん、またやりすぎた」

 

 彼女はまだ口を押さえ、体を上下させている。絶頂が続いているのだろう。

 瞳は熱っぽく潤み、お尻を床に付けて膝を立てている。

 そのクロスさせた両膝の奥に、濡れそぼる割れ目が見えた。

 

 まるで獣に追い詰められた小動物のようで、嗜虐心を掻き立てられる。

 

 このままアヤに襲い掛かりたい衝動を必死にこらえ、俺は再び自習机のほうに背中を向けて壁を作った。

 

 少しして、彼女の呼吸も落ち着いてくる。

 

 へたり込んだまま顔を上げると、腕を伸ばして俺の腰をつかんできた。

 

「ぼーやん」

 

「アヤ?」

 

「ぼーやんもご褒美、ほしいよね……?」

 

 腰元から見上げてくる彼女と目が合う。その瞳は熱く蕩けていて、まだ絶頂の余韻に染まっていた。

 

「口でしたら、ぼーやんうれしい?」

 

 その誘惑するような声に、ドクンと心臓が跳ねる。

 

「ああ、すごく嬉しいよ」

 

「じゃあ……してあげるね」

 

 蠱惑的に微笑む彼女に、またも心を打ち抜かれる。こんなふうに彼女に迫られて、抗える男はこの世にいないだろう。

 

 本当に、驚きだ。

 

 誰よりも人目を気にするアヤが、まばらとはいえ人のいる空間でフェラをしてくれようとするなんて。

 

 直感の警告は……ない。

 

 俺は念のためチラリと後ろを見て、人の気配を確認する。

 

 その瞬間、アヤがハッと息を呑むのが分かった。

 

「……アヤ?」

 

「ごめん、ぼーやん……別の場所でも、いい?」

 

 その顔は、つい先ほどとは打って変わって羞恥に染まっていた。

 大胆なことをしようとした自分に、愕然としているようにも見える。

 

「人のいないとこ、いく?」

 

「うん……ぼーやん、知ってる?」

 

「知ってるよ」

 

 即答すると、アヤがぷっと吹き出した。

 

「なんで知ってるの?」

 

 彼女が呆れたように笑う。

 それはいつもの上機嫌そうな笑顔だった。

 

 なんとなく、アヤはこっちのほうがいいなと思う。

 

「アヤを抱ける場所はどこかなって、いつも探してるからだよ」

 

「うっ……なんじゃそりゃ……」

 

 茶髪のショートカットが恥ずかしそうに下を向いた。

 自分で聞いておいて返り討ちに合う彼女が面白い。

 

 俺はアヤに手を伸ばすと、ゆっくり立たせた。

 

 

***

 

 

 図書室を出て、廊下を歩いた突き当たり。

 

 階段裏のデッドスペースに俺とアヤはいた。

 普段からほとんど人が訪れることはなく、放課後ともなれば誰も近づかないような場所だ。

 俺たちのように、こっそり情事に耽るカップル以外は。

 

「ぼーやんの……すごく硬くなってる」

 

 勃起した俺の肉棒をつかみながら、アヤが目を丸くしている。

 

「アヤにそんなふうに触られたら……誰だってそうなるよ」

 

「ぼーやん以外に、しないし」

 

 その言葉に、彼女の手の中で肉棒がさらに強張る。

 

 ズボンを太ももまでずり下げた俺の前に、アヤが膝立ちをしていた。背筋をピンと伸ばし、俺の股間に鼻先をくっつけている。

 さっきから彼女が言葉を発するたびに、吐息がペニスを温めて気持ちがよすぎる。

 

「じゃあ、するね」

 

 ぺろん、と肉棒の裏筋を舐められる。

 

「くっ……」

 

 震えるような快感が背筋を走り抜ける。

アヤの舌がすごく温かい。ゾクゾクするような射精感がこみ上げ、長くはもたないだろうことを一瞬で悟る。

 焦らしに焦らされた肉棒に、この刺激は強烈過ぎる。

 

「ぼーやんの、ビクビクってしてる……かわいい」

 

 裏筋を下から上へ、まるでソフトクリームを舐めるように舌を這わされ、カリ首のあたりを舌先でちろちろと舐め取られる。

 

「また、おっきくなったね……んっ」

 

 腰をビクつかせる俺の反応を愛しむかのように、アヤは肉竿の真ん中あたりにキスをした。上目遣いで見上げてくる彼女が、色っぽくてたまらない。

 反り返った肉棒を根元かられろぉ、と舐め上げられ、やがて先端がアヤの口内へと収まっていく。

 

「ぐ、ぅ……それ、やばい」

 

 思わず腰が引けそうになる。そのくらい彼女の口内は気持ちがよかった。熱い粘膜が先端に密着してきて、舌が裏筋に添えられる。

 

 亀頭を覆っていた生暖かさが、徐々に竿までも包んでいく。裏筋に当たっている舌が左右に動き、やがて上下に波打つ。俺の快感のツボを押さえたような舌遣いに、肉棒の硬度がどんどん増していく。

 前にアヤのバイト先でしてもらったときよりも、さらに気持ちがいい。彼女が上達したのか、俺の肉棒が敏感になっているのか……多分両方だろう。

 

「ん……んっ……」

 

 やがてアヤが頭をわずかに振り始める。細くしなやかな指が根元を優しく握り、もう片方の手が睾丸をふにふにとマッサージする。

 舌が肉棒の裏側部分に密着したまま、上下に動く。

 股間を彼女の荒い吐息が温め、心地よさに脳が蕩けそうだ。

 

「んっ……ん……んっ……」

 

 一定のリズムでアヤの喉奥から発せられる声が可愛くて愛おしい。頑張って俺を気持ちよくさせようという思いが伝わってくる。

 

 やがて竿全体が引っ張られるような感覚が襲ってきた。彼女は口でしごくと同時に吸引しているようだ。ぬめぬめとした粘膜の動きと時おり吸われる快楽に、腰が砕けそうになる。

 

 ぐっと尻に力が入る。射精が近い合図だ。

 

「アヤ、もう出る」

 

「ん……らひて」

 

 上下の動きが速くなる。彼女の口元がじゅぽ、じゅぽと卑猥な音を立て始める。

 アヤが小刻みに頭を振り、俺の射精を煽ってくる。

 腰の奥から熱い塊がせり上がってきて、俺はあっという間に絶頂した。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 ビュルルッ、ビュルルッと鈴口から大量の精液が彼女の喉奥へと流れ出ていく。

 思わず目をつぶってしまうほどの快楽だ。射精に合わせてまぶたの裏が明滅し、体がガクガクと震える。

 目を開けると、彼女の口内に精を放っている事実に直面して再び絶頂した。

 

 

 

 

「……アヤ、全部飲んだの?」

 

 息も絶え絶えになりながら、眼下でたたずむ美少女に聞く。

 

「うん……すごい、いっぱい出たね……」

 

 アヤは喉をコク、コクと動かして、なんとか嚥下しているようだった。

 

 お互い荒い呼吸のまま、しばらく無言の時を過ごす。

 

「……ん、そろそろ行こっか」

 

 アヤがゆっくりと立ち上がる。

 

「ああ……というかアヤのフェラ、すごく気持ちよかったよ」

 

「そっか……よかった」

 

 心底嬉しそうに彼女が微笑む。

 ズボンの中へ収納した肉棒が再び熱くなり、アヤをこのまま犯したい衝動に襲われる。

 荒ぶる情欲を抑えていると、彼女が恥ずかしそうに聞いてきた。

 

「あの、トイレ寄ってもいいかな。下、スース―して……」

 

 今の彼女は下着を穿いていない。さすがに落ち着かないだろうし、うがいもしたいだろう。

 

「もちろん。あ……でも今日下着の替えは?」

 

「今日は……持ってきたから」

 

「……そっか」

 

 俺は、再びズボンの中で暴れそうになる肉棒を必死に鎮めた。

 

 

 

 

 一階の階段横にあるベンチに、二人並んで座る。

 

 俺たちはトイレを済ませた後、図書室に戻って帰り支度をし、一階の階段下の自販機で冷たいお茶を買い、なんだかまだ帰りたくなくてベンチで一休みすることにした。

 

 静かな廊下をぼーっと眺めていると、アヤが俺の肩に寄りかかってきた。

 

「ぼーやん……一人で抱えちゃだめだからね」

 

 彼女が膝の上で空のペットボトルをいじりながら、俺と同じように廊下を見つめる。

 

「……なんの話?」

 

「ん……なんとなく。ぼーやんって、いっつも一人で悩んでるイメージがあるから」

 

 やっぱりアヤは鋭い。

 俺が未来のことであれこれ悩んでいることを感じ取ったのだろう。

 

「アヤに言われたくないかも」

 

「私は、悩んでないし」

 

 その強がりに笑いそうになってしまう。

 彼女も俺とのことや千春さんのことであれこれ悩んでいるのを知っている。

 

「俺も悩んでないよ。淡々とやるべきことをやるだけだ」

 

「ふふ、それかっこいいね……ブタ侍の決めセリフだっけ。ぼーやん好きだったもんなー」

 

「……そうだっけ」

 

 不覚にも記憶がない。

 あんなに夢中になって観ていたアニメなのに。

 

 というか、ブタ侍のセリフだとしたらけっこう恥ずかしい。かなり得意げに言ってしまった気がする。

 肩ひじ張って、心の中で何度も自分に言い聞かせていた言葉がアニメのセリフだったとは。

 

 つい、苦笑してしまう。

 

「あ、ぼーやん恥ずかしくなったな」

 

 してやったりという彼女の顔が憎たらしくて可愛い。

 アヤはたまにこういう悪ガキのような顔をするからたまらない。

 

「ていうか、アヤもブタ侍観てたんだ」

 

 意外だ。

 小学校の頃、夢中になっていたのは俺だけで、彼女はいつも俺の話を「またブタ侍か~」と呆れ顔で聞いていたから。

 彼女のベッドにブタ侍シールを貼ったときも、それこそ烈火のごとく怒られたのに。

 

「……アヤ?」

 

 ふと、彼女がぼーっと何かを見ている。

 その視線を追うと、廊下の奥にある非常口だった。緑色の誘導灯がほんのりと光っている。

 

「なんかあの人ってさ、ぼーやんに似てるよね」

 

 あの人?

 

 ああ、誘導灯に描かれた緑の人か。非常口に向かって走っている姿は……確かに俺のシルエットに見えなくもない。

 

「なんか必死に逃げてる気がするな」

 

「ううん、あれは逃げてるんじゃなくて、こっちが出口だよーって先導してくれてるんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうでしょ。だって一人で逃げるつもりなら体の半分くらい隠れてるはずだもん」

 

 それだと分かりにくくて誘導灯の役割を果たさない気もするが。

 

「……私ね、避難訓練のたびにいっつも、この人ぼーやんみたいだなぁって思ってたんだ。あーこっちに行けば安心なんだなって」

 

 その横顔が少し寂しそうに見えた。

 

 私も一緒に行くから、一人で悩まないで、一緒に悩みたい……そう言いたいのが伝わってくる。直感の力を借りずとも、分かってしまう。

 

 もしこれが恋愛ドラマなら、ここで俺が悩みを赤裸々に語るシーンなのだろうか。

 二人の……俺が目指したい未来にはいろいろなハードルがあるのだと。

 

 全部洗いざらい吐露したら、きっとすっきりするだろう。

 多分アヤも安心する。

 

 でも、俺は彼女に明かすつもりはない。

 直感の力のことも、試練のことも、未来のことも。

 男の意地とかそんなものではなく、立ち止まりたくないから。

 

 立ち止まったり、迷ったりしている姿を、一瞬でも彼女に見せるわけにはいかないからだ。

 

 アヤを引っ張り、翻弄させ続ける。

 それが、彼女をずっと繋ぎ止めておくための絶対条件だ。

 だから絶対に、油断しない。

 

「確かに、ちょっと似てるかもね」

 

「ふふ……でしょ? それになんかぬぼーっとしてるし、あの人」

 

 からかうような口ぶりが小気味いい。

 

「アヤはあれに似てるよね」

 

 お返しとばかりに、俺は廊下の角を指差す。

 

「あれ? ……って消火器じゃんっ」

 

「赤いところとか」

 

「私赤くないし」

 

 ぷくっと膨らませた頬は確かに白い。今は。

 

「それに俺が怒り狂って燃えても、アヤならぷしゅーって鎮めてくれそうな気がする」

 

「……ぼーやんが怒ることってあるの?」

 

「あるよ」

 

 もし今アヤに手を出そうとするヤツがいたら、激怒を通り越して殺意が湧くだろう。

 あの教室で、手錠をはめた彼女を見ていた男子たちの顔を思い出す。

 

 怒りだけじゃない。行き場のない感情や欲望や焦りで、感情が爆発しそうになることがしょっちゅうある。

 

 でも、そういうときにいつも。

 彼女が俺の心をあるべき場所に落ち着かせてくれる。

 いつだって、一緒に幸せになる道を俺に示してくれる。だから冷静でいられるし、我慢もできる。

 

「じゃあさ、私たちいいコンビだね。火事のときに役立つ二人、みたいな」

 

 アヤが得意げに片方の眉を上げる。

 

「緑男と消火器女、みたいな?」

 

「いやそれだとホラー映画みたいじゃん……。んー、グリーンボーヤンとレッドアヤ……とか?」

 

 自分で言っていて少し恥ずかしそうなのが面白い。

 

 そういえば小学校の頃も、そんなふうに彼女が名前を付けていた気がする。

 近所の林を探検していたら、知らない防空壕を見つけて。

 すごく興奮したアヤが確か……。

 

「キャプテン・サウスバードだっけ?」

 

「え゛ぁっ」

 

 南鳥だからサウスバード。

 当時、覚えたての英語を得意げに披露していた姿は可愛かった。

 

「で、確か俺が……ジ・ドラゴン」

 

「ん゛ぅっ」

 

 リュウジだから、ジ・ドラゴン。

 これもアヤの命名だ。懐かしい。

 

「なかなかカッコいいよね。俺けっこう気に入ってたよ」

 

「言わないでぇ……」

 

 自分の黒歴史に顔を真っ赤にするアヤが、なんとも可愛い。

 

「本当に、アヤはずっと可愛いままだね」

 

「ふぇっ!?」

 

 つい、本音が漏れてしまった。

 

 幼馴染とは違う、でも恋人に向けるものとも少し違うような、不思議な愛おしさが胸に広がっていく。

 

 金魚みたいに口をパクパクさせるアヤを、俺はしばらく眺めていた。

 




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クリスマスイブに幼馴染のキスを浴びた・前編(百十八日目・水 夜)

 キラキラと明滅する巨大なクリスマスツリーを、俺はぼーっと見上げていた。

 

 吐いた息は白く、ダウンジャケットを着込んでいるのに冬の寒さが染みてくる。

 

 今日は十二月二十四日、クリスマスイブだ。

 

 イルミネーションが有名な屋外の商業施設で、俺は現場スタッフとして撮影に参加していた。お笑い芸人と何人かのモデルが、話題のデートスポットを生中継で紹介するテレビ特番だ。

 

 見知ったスタッフもいれば、見たこともない大型機材を担いだテレビのスタッフもいる。午前の中継が終わったからか、張り詰めていた空気が少し和らいでいる。

 

 俺はスマホを取り出し、アヤにメールを打った。

 

『撮影終わった。今から向かうね』

 

 彼女は今日、リョウジ叔父さんの中華レストランで臨時バイトだ。

 中華だからクリスマスとは関係ないのではと思ったが、意外に繁盛するらしく、今年は屋台を出してクリスマスチキンなるものを売るらしい。

 

 しばらく待ってみても、アヤからの返信はない。どうやら相当に忙しいようだ。

 

 図書室で彼女をイかせ、階段裏で口でしてもらってから、もう二週間が経つ。

 最後にアヤとセックスをしたのは、中学校に忘れ物を届けに行った日だからもう一カ月以上前のことだ。

 

 正直、日が経つにつれて慣れるかなとも思っていたが、全然そんなことはない。

 

 毎日彼女を見るたびにムラムラするし、見ていなくても彼女の姿を想像するだけで股間がいきり立ってしまう。

 

 階段裏でフェラをしてもらったときは、これで少しは収まってくれと祈ったがそんなことはなく、むしろそこからの日々は余計に彼女への情欲を募らせるばかりだった。

 

 街の看板やポスターのアイドルの写真がアヤに見えてしまうほどには、俺は欲求不満のただ中にいる。

 

「あ、リュウジくんお疲れ。ケーキ食べる?」

 

 商業施設のマネキンをぼんやり眺めていると、千春さんに声を掛けられた。

 

 ハイブランドの白いコートを着こなした千春さんが、やけにニコニコ顔を浮かべている。その両手には甘そうなカップケーキが乗っていた。

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

「あ、もう彼女さんのところに行く?」

 

「はい、そのつもりです」

 

「そっかそっか」

 

 千春さんが片手に持ったマフィンを口に運びながら、納得したようにうなずく。

 

「どっか行くの?」

 

「いえ、特には決めてないです」

 

「ふーん……あ、じゃあ定番だけどイルミネーションとかどう? リュウジくん家から電車でちょっと行ったところの駅前で、けっこう派手めなのやってたと思うよ」

 

「そうなんですか」

 

 ナチュラルに家の場所を知っているのが気になったが、そういえば千春さんは姉貴と仲が良かった。

 二個目のカップケーキを頬張りながら、千春さんが真面目な顔になる。

 

「ところでさ、専属のこと……そろそろ考えてくれたかな?」

 

 ……正直、まだ悩んでいた。

 

 千春さんは売れっ子だ。モデルとして活躍しているのに、テレビのバラエティにも精力的に出るほど貪欲だったりもする。

 

 専属になれば、間違いなく稼ぎも上がるし安定するだろう。

 アヤと二人、大学に行きながら家庭を築けるくらいには。

 

 でも、どうにも彼女の顔が浮かんでしまう。

 中学校の教室や図書室で見せた、あの不安そうな無表情を。

 

 

 ――断るな。

 

 

 直感が強めの警告を発する。

 

 分かってるよ。

 今、アヤが多少やきもちを妬いてしまうからといって、断っていい話でないことくらいは。

 いや、むしろ直感としては彼女がやきもちを妬いたほうが……。

 

 そのとき、キーンと耳鳴りがした。

 

 目の前に映像が映し出される。いつも直感が見せてくる、未来の記憶だ。

 

 

 ――見慣れたアパートの玄関。

 そこは数年後、俺たちが同棲している部屋だ。

「おかえり~。今日は夕飯食べてく?」

 茶髪のロングヘア―のアヤが俺を出迎えている。

「ああごめん、またすぐ現場行かなきゃ」

 玄関での立ち話。これもいつもの光景だ。

「アヤ、両立たいへんじゃない?」

「ぼーやんに比べたらヘノカッパだよ」

「ヘノカッパ? ああ屁の河童か」

「そう、カッパカッパ。さ、仕事間に合わなくなるよ、行った行った。今日も千春さんの現場なんでしょ?」

「うん」

「千春さんも倒れなきゃいいけど……じゃあ、頑張ってね」

「うん、今日は遅くならないと思う」

いつものように、いってきますのキスをする。

「……いってらっしゃい、ぼーやん」

「いってきます。愛してるよ」

 微笑むアヤを残し、玄関の扉が閉まっていく――。

 

 

 そこで、映像は終わった。

 

 なるほど。

 俺たちは千春さんのおかげで、数年後もささやかな同棲生活を送れていたのか。

 

 俺が迷っているから、しびれを切らした直感がクリアに見せてきたのだろう。

 

「リュウジくん?」

 

 いつの間にか近寄ってきていた千春さんが、俺の顔を覗き込む。

 

「ああ、すみません。ええと……返事はもう少し先でもいいですか?」

 

「どうして?」

 

 千春さんの瞳に冷たいものが宿った気がした。

 

「今、受験勉強の真っただ中なんです。将来を左右する話だと思うので、できれば合格発表の後だと助かります」

 

 まっすぐ千春さんを見つめると、その異常に整った顔がくしゃりと歪んだ。

 

「……ごめんね」

 

「え?」

 

「ごめん、カエデさんから受験のこと聞いてたのに、ついこっちの都合で言っちゃってたよ。早く返事がほしくて焦っちゃったみたい」

 

「はぁ」

 

「リュウジくん大人びてるけど学生だもんね! うん、そうだよ、そっちを優先させなきゃ」

 

「すみません」

 

「いやこっちこそだよ! ごめんね……あっ、ケーキいる?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 少しあたふたする千春さんに、ほっと胸を撫で下ろす。

 けっこう失礼な先延ばしをしたかと思ったが、怒ってはいないようだ。

 

「結果分かるのっていつ?」

 

「二月十二日です」

 

「お、じゃあそのときになったら速攻で返事貰ってもいい? 結果次第じゃアレかもだけど、こっちもプロとしてあまり待てないから」

 

「わかりました」

 

「二月十二かー、じゃあバレンタインデー……はマズいか。その前日に聞きに行くよ」

 

 聞きに……くる? 直接?

 

「リュウジーそろそろ行ったらー?」

 

 姉貴が衣装を回収しながら声を掛けてきた。

 

「すみません、俺そろそろ」

 

「ああそうだよねっ、引き留めちゃってごめん。彼女さんのバイト先の近くまで車で送ろうか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そっかそっか」

 

 ニコニコ顔をする千春さんに俺は頭を下げ、早足で現場を跡にした。

 

 

***

 

 

 スマホで話題のイルミネーションスポットを調べていると、あっという間に最寄り駅に着いた。

 

 ここから三十分ほど歩けばアヤのバイト先だ。

 

 時間はまだ午後と夕方の間。

 それなのに冬の空にはもう赤みが差し始めていた。

 

 寒さで手がかじかんできたので、店の近くにある自販機でホットココアを買う。

 両手で包み手のひらを温めていると、隣の自販機に若い大学生くらいの男二人組がやってきた。

 

「――なぁ、あの売り子の女の子、めっちゃ可愛くなかった?」

「あーあのサンタの子な。ヤバかったな」

 

 なんとなく気になり、横目で彼らを見る。

 二人とも銀紙の持ち手が付いたチキンを持っていた。

 

 やはり……アヤのことを言っているようだ。

 少し警戒しながら彼らの雑談に聞き耳を立てる。

 

「俺めっちゃタイプだわ」

「いやまあ、小柄で細くて巨乳で、おまけに可愛いって……いるんだなああいう子」

「それだけじゃなくてさ、調子乗ってもう一本買ったらめっちゃ笑ってお礼言ってくれたじゃん」

「あー確かにあの笑顔もヤバかった」

「元気っ娘っての? ヤバいはあれ……惚れたかも」

「次あの店行ったとき声かけてみる? 大学からも近いし」

「彼氏いんのかなぁ……」

「いるんじゃね? あんだけ可愛けりゃ……あーでも彼氏いたらイブにバイトするかな?」

「やば、可能性出てきたかも。ちょい今から作戦会議な」

「イブにする話じゃねーけどな……」

 

 男たちがチキンをかじりながら店とは反対方向へ去っていく。

 

「……ふぅ」

 

 思わずため息が漏れる。

 

 ちょっと警戒し過ぎだろうか。

 いや、やはりリョウジさんの店のバイトはもう行かせないほうがいい。

 

 そのとき、ポケットの中でスマホが振動した。

 取り出すとアヤからのメールが表示されている。

 

『ごめん上がる時間遅くなるかも』

 

 どうやら相当に繁盛しているらしい。

 その半分は彼女のせいでは、とくだらないことを考えてしまう。

 

 店に歩きながら、痛感する。

 

 最近、アヤの魅力がやばい。

 

 付き合い始めてからうっすらとは思っていた。

 だが、ここ最近は色気というか艶っぽさが増した気がする。

 普段はすっぴんなのに、ドキリとするほど綺麗に見える瞬間がある。

 

 この冬、俺との情事をずっと我慢しているせいだろうか。

 彼女も俺を見てムラムラしていてくれたら……そんな自分本位の願望さえ浮かんでしまう。

 

 俺がアヤに骨抜きだからそう見えてしまうのではとも思うが、以前、手錠をはめた彼女に注がれていた男子たちの視線は尋常ではなかった。

 

「急ぐか」

 

 自然と駆け足になる。

 

 だんだんとリョウジさんの店が見えてきた。

 相変わらずオシャレな照明が看板を照らしている。

 店先の駐車場に簡素な屋台が出ていて、そこに……美少女サンタがいた。

 

「あ、ぼーやん!」

 

 すぐに気づいたアヤが、屋台からひょこっと顔を出す。

 ついでに、集まっていた大学生らしきお客さんたちも一斉に俺を見た。

 

 屋台に近寄ると、彼女も他のバイトに売り子を代わってもらいこちらに来る。

 

「お仕事早かったね」

 

「うっ……」

 

 ふんわりと微笑むアヤに、思わず息をのんでしまった。

 

 彼女はいつもの白いコックコートに黒いダウンジャケットという姿だ。

 茶髪のショートカットを後ろで結び、その上に赤と白のサンタの帽子を被っている。

 サンタ要素はそこだけなのにいつもと全然違う感じがして、そのあまりの破壊力に俺は硬直してしまった。

 

「ちょっと、うっ……てなによー」

 

 アヤがいぶかしむように覗き込んでくる。

 サンタ帽子でそれをやられると可愛すぎて言葉を失う。

 前髪が帽子で隠れていて、彼女本来の整った目鼻立ちが強調されているから余計に見惚れてしまうのだろう。

 

「いや、ほっぺた冷たそうだなと思って」

 

「別に赤くなってないし」

 

 赤いとは言っていないのだが。

 

 アヤは、頬がすぐ赤くなってしまうのをよく気にする。彼女のコンプレックスの一つらしい。

 そんなの可愛い要素でしかないと思うが、それを言うときっと怒るので伝えたことはない。

 

「冷たそうって言ったんだよ、ほら」

 

 寒さでピンク色に染まった彼女の頬に、温めておいた手のひらを添える。

 お客さんたちの視線を感じるが無視だ。むしろ見せつける必要があるだろう。

 

「おわっ、ぼーやんの手あったか~」

 

 驚いて目を見開き、すぐに心地良さそうに顔をふにゃりとするアヤが面白い。

 本当にこの子は表情がころころと変わる。その顔が、今度は申し訳なさそうなものに変わった。

 

「ごめんね、まだちょっと上がれそうにないんだ」

 

「いいよ、待ってるから。というか売り子代ろうか? 外にずっといたんじゃ冷えるでしょ」

 

 お客さんたちから鋭い視線を感じるが、それも無視する。

 

「んふ、ぼーやんもこれ被りたいの?」

 

 アヤが自分のサンタ帽子を指差す。

 

「ああ、すごい被りたい」

 

「ぷふっ」

 

 俺が被っている姿を想像したのだろう。彼女が変な顔で吹き出す。

 でもすぐに、にっこりと笑った。

 

「ぼーやんありがと。でも、もうちょっとで完売だから、せっかくなら売り切りたいんだ。ぼーやんこそお店で待ってて」

 

「……わかった」

 

 渋々、お店の中へ向かう。

 まあアヤだけ交代することになったら、他のバイトの子にも悪いだろうし。

 

 仕方がないので、店の中から彼女に変な虫が寄り付かないよう見張ることにする。

 

「おーぼーやん、久しぶりだな!」

 

「久しぶりです」

 

 リョウジさんが厨房から大きな声を張り上げる。俺にニカッといい笑顔を送りつつも、フライパンを振っている。すごく忙しそうだ。

 

 挨拶もそこそこに、俺は自分が常連だったころにいつも座っていた特等席を探す。

 

「あー悪いな! 今日は確保できなかったんだ」

 

 リョウジさんがまたも叫んだ。

 

「俺も手伝いましょうか?」

 

「頼む! 食器洗ってくれ」

 

 俺は素早く更衣室に向かうと一番大きいコックコートに着替え、厨房へと向かった。

 

 

 

 

「――いやー助かったよ! ありがとなぼーやん」

 

「いえ、お客さんも来なくなりましたね」

 

「ああ、クリスマスだからな」

 

 店の時計を見ると、もう十九時を過ぎていた。

 

「屋台も盛況でしたね」

 

「だな。間違いなくアヤちゃんのおかげだわ」

 

 店先では、すでにチキンを売り切ったアヤたちが屋台の片づけを進めている。

 

「というか悪かったな。今日ぼーやんたちデートなんだろ?」

 

「知ってたんですか」

 

 付き合っていることはアヤの両親にしか伝えていないが、誰かから聞いたのだろうか。

 

「知るもなにも、ぼーやんたち見てたら分かるよ。今日だってアヤちゃん、ぼーやんが来るからって屋台の売り子に手を上げたんだぞ」

 

「え? それどういう……」

 

「まあ恋人の顔は一秒でも早く見たい、的なアレなんだろ。健気だよな」

 

「はぁ」

 

 だったら店の中にいたほうが、長い時間お互いを見られるのはと思うが。

 

「ぼーやんも顔が赤くなることがあるんだな」

 

「まあ、そうですね」

 

 からかうようなリョウジさんの言葉を適当にかわす。

 こういうところはアヤと性格が似ている。

 

「で、二人は結婚式いつよ?」

 

 またもからかうような言い方に、俺はつい笑ってしまいそうになった。

 

 小学生のころ、よくアヤの自転車でこの店に来て。

 リョウジさんに同じようにからかわれた。

 そのときは、俺と彼女は気まずい苦笑いを浮かべるだけだったが。

 

「落ち着いたら、挙げたいと思ってます」

 

「そうか」

 

 リョウジさんは驚くでもからかうでもなく、ただしみじみといった声で答えた。

 

「アヤちゃんのこと、頼むな」

 

「はい」

 

「いやすまん、ぼーやんに任せておけば大丈夫か。今日だってぼーやんが迎えに来れないんなら、俺も臨時バイトお願いするつもりなかったしな」

 

「そうなんですか」

 

「あ、そうだ、ちょいと待ってな!」

 

 大きい声で叫んだリョウジさんが、オーブンからチキンを二本取り出した。

 

「これ、クリスマスプレゼントな。包んでおくから後で二人で食べてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺はお礼を言うと、屋台の片づけを手伝うために外へ出た。

 

 

 

 

 スマホの時計が、二十時を示す。

 

 俺は店先で、アヤが出てくるのを待っていた。

 

 リョウジさんは早々に店を閉めることにしたらしく、バイトの子たちも次々に帰っていく。

 なんとなく駐車場にたたずむ俺に視線が注がれている気がするが、無視だ。

 

 カランと店の扉の鈴が鳴り、アヤが出てきた。

 

「ごめんごめんっ、お待たせ~!」

 

 黒いダウンジャケットの中に淡いオレンジ色のセーターを着込み、下はジーンズという格好だ。

 いつもの彼女らしい格好だが、その美少女顔にはほんのりと薄化粧が乗っている。

 塗ったばかりだろうリップが唇を潤わせていて、ハッとするほどの色気を漂わせていた。

 

 そして頭には、なぜかサンタの帽子を乗っけている。

 

「それ、まだ被ってたんだ」

 

「ふふ、クリスマスプレゼントだって」

 

「叔父さんから?」

 

「うん。あ、ぼーやんも後で被ってみる?」

 

「ああ、後でね」

 

 言いながら、二人で夜の道を歩き出す。

 

「ごめん、すっかり遅くなっちゃったね……」

 

「いいよ。俺も久しぶりにリョウジさんの顔見れたし、アヤのサンタコスプレも見れたし」

 

「こっ……」

 

 アヤがニワトリのような鳴き声を発する。

 

 すると不意に、彼女が腕を絡めてきた。

 俺の腕と体の間に手を滑り込ませ、ぎゅっとしがみつくような感じだ。

 必然的にアヤの豊満なふくらみが腕に当たり、凶悪な柔らかさが脳内を支配する。

 

「ぼ、ぼーやんは優しいな~」

 

 彼女が上ずった声で言う。これはすごく照れているときの声色だ。

 

 思えば、アヤから腕を組んできたのは初めてだ。

ふにゅんとした胸の感触も相まって、俺は不覚にも股間を昂らせてしまった。

 

 彼女を見れば、その瞳も恥ずかしげに足下を見ている。

 

 

 ――ホテルに連れ込め。

 ――抱き潰せ。

 

 

 この一カ月、何度も発せられてきた直感の声が響く。

 

「ふぅ……」

 

 俺はもう何十回と繰り返してきた深呼吸で衝動を落ち着かせると、その場で立ち止まった。

 

「ぼーやん?」

 

「アヤ、大事な話がある」

 

「ん……なに?」

 

 サンタ帽子を被ったアヤが、きょとんとした顔で見上げてくる。

 

 この不穏な切り出し方で、ちっとも不安そうな顔をしない彼女が愛おしい。すごく信頼されているのを実感する。

 

 もしかしたら少しの不安を感じても、それを俺に見せないように振る舞っているのかもしれない。

 

「俺、千春さんの専属スタッフにならないかって誘われてるんだ」

 

「……マジ?」

 

 それは驚くというより疑っているという感じの聞き方だった。

 

「マジだよ。姉貴にも先に声掛けてるんだって」

 

「マジ、なんだ……。それって多分、出世ってやつだよね」

 

「うん、そんな感じだと思う」

 

「やるじゃん……」

 

 彼女が組んだ腕をぎゅっと握ってきた。

 

 熱いくらいのアヤの体温から、大量の思いが流れ込んでくる。

 でも俺は、それをシャットアウトした。

 

 直感の力に頼らなくても分かる。

 今の彼女の心中では、嫉妬心と、そんな思いを抱いてしまう自分への嫌悪感がせめぎ合っているのだ。それが痛いほど伝わってくる。

 

 俺は、アヤの返事を待つ。

 渦巻く思いの果てに、彼女が下す決断を。

 

「私は、いいと思うよ」

 

 アヤがにっこりと笑った。

 

「どうしてそう思う?」

 

「だって大出世じゃん! 千春さんってすごい売れっ子だから、きっとたくさん仕事増えるよ。ファッションショーとかテレビとか。ぼーやん稼ぎたいって言ってたじゃん」

 

「そうだね」

 

「それにさ、ぼーやんの力を認めてくれたってことでしょ? 私そういう世界には全然詳しくないけど、多分こういうチャンスって滅多にないことだと思うしさ」

 

 アヤが爽やかな笑顔でまくしたてる。少し興奮気味な演技も混ぜている気がする。

 

 きっと彼女は、自分が嫌だと言ったら俺が断ってしまうのを分かっているのだろう。

 だから嫌な気持ちを微塵も見せずに、心から祝福しようとしてくれている。

 

 アヤは、本当に強くなった。

 

 だから俺も、もっと強くならないと。

 

「アヤ、ありがとう。そうやって背中を押してもらえると助かるよ」

 

「ふふっ、任せてよ。背中ならいくらでも押すし」

 

 きっと恩返しのつもりなのだろう。

 彼女は、俺に何度も背中を押してもらったと思っているから。

 実際に腹をくくって、勇気を出して壁を乗り越えたのはいつもアヤ自身なのに。

 

 ……俺も腹をくくろう。

 

 ここからは直感の力を頼れない。

 俺一人の力だけで未来を変える闘いに臨むことになる。

 

 でもアヤは、直感の力なんかなくてもここまで乗り越えてきたんだ。

 俺が出来なきゃ、格好がつかない。

 

「アヤ」

 

「ん?」

 

「俺、一日二回はアヤを抱きたい」

 

「わぇ!? ……し、知ってる……けど」

 

「前にさ、合格発表まではそういうことを控えようって言ったじゃない?」

 

「……うん。ケジメ……だよね?」

 

「試験が終わってからは、会える時間も少なくなると思う」

 

「ぇ……」

 

 彼女が小さくつぶやいた。

 俺の言っている意味がよく分からないという顔で、さらにつぶやく。

 

「どうして?」

 

「どうしても挑戦しないといけないことがあるんだ。そのためには、もっと仕事に時間を使う必要がある。平日も、放課後はほとんど会えなくなると思う。本当に自分勝手でごめん」

 

 自分で言っていても呆れてしまう。

 どこまで俺は、彼女を動揺させれば気が済むのだろう。

 

 アヤに惚れ抜いているなら彼女との時間も全力で確保するべきだ。一時的とはいえ仕事のほうを優先させるなんてありえない。

 普通だったら別れを切り出されてもおかしくない。

 

 でもきっと。

 これから俺がする挑戦は一筋縄ではいかない。

 

 アヤと甘い時間を過ごせば過ごすほど、俺は間違いなくその快楽に甘えてしまう。

 そんなに頑張らなくてもいい。運命に身を委ねていればこんなに幸せな未来が待っているのだからと……そうして挑戦を諦めてしまうだろう。

 

「それは、すごく大事なこと……?」

 

 二人の未来にとって何よりも大事なことだ。

 でもそんなことを言えば、アヤは無駄に気負ってしまうだろう。

 そして、少しがっかりさせてしまう気もする。

 

「うん、俺にとってとても大事なことなんだ」

 

「……なら、うん……平気だよ。私も、が……我慢するし」

 

「さっそく決心が揺らぎそうだよ」

 

「なんでよっ」

 

 彼女の口からこんなに可愛く我慢するなんて言われて、襲わずにいられる男がこの世界にどれほどいるのだろうか。

 

「アヤ、ありがとう」

 

 いろいろと聞かないでくれて。

 黙って背中を押してくれて。

 

「ううん、私ぼーやん信じてるし」

 

「合格発表過ぎたら、死ぬほど抱くから」

 

「死ぬほどは、ちょっと……でも、うん……お願いします……」

 

 恥ずかしそうに目を伏せる彼女を死ぬほど抱きたい。今すぐ。

 

 俺はもう何度目かになる深呼吸をして、ゆっくりと歩きだす。

 

 冬の空気は冷え切っていて、今にも雪が降りそうだ。

 空が透き通っていて、星がきらきらと瞬いている。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「このあと、どうしよっか?」

 

 そういえば、デートプランを決め切れていなかった。

 スマホの時計を見れば、いつの間にか二十時半だ。

 

「綺麗なところに行くつもりだよ」

 

 などと言いつつ、頭の中で今からでも間に合いそうなデートスポットを整理する。

 

「あ、ぼーやん決めてたんだ。イルミネーションとか?」

 

 イルミネーションか。

 そういえば千春さんが電車でちょっと行った駅前に、派手なイルミネーションがあると言っていた。

 

 ほんのりと期待のにじむアヤの顔を見る。

 なんとなく、千春さんの勧めた場所に行ってはいけないような気がした。

 

「……久々に、ゴージャスタウンに行ってみようか」

 

「あ、いいね!」

 

 アヤが花の咲いたような笑顔を浮かべる。

 

 俺たちは腕を組んだまま、駅とは反対方向へ歩いた。

 



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クリスマスイブに幼馴染のキスを浴びた・後編(百十八日目・水 夜)

 たどり着いたのは、お互いの家から歩いて三十分ほどのところにある高級住宅街。

 

 山林を切り開いたそこには豪華な家が立ち並び、俺とアヤは昔からゴージャスタウンと呼んでいた。

 

 そしてそこには。

 

「うっわぁー、キレイだねー!」

 

 目の前のイルミネーションに、アヤが楽しそうな声を上げる。

 

 並ぶ家の一つ一つにカラフルな電飾が飾られ、ピカピカと明滅していた。

 通りの向こうのほうまで七色のイルミネーションが続き、中にはサンタをかたどったものや観覧車型の電飾なんかもある。

 

 住宅街であるために大々的に取り上げられることもない、知る人ぞ知るイルミネーションスポットだ。

 

「前に一緒に来たのって、小六のときだっけ」

 

「うん、自転車で来たよね。なんか前より飾りつけが豪華になってる気がする」

 

 家同士の対抗意識がそうさせるのか、数年前に来たときよりどの家も飾りも電飾も派手になっていた。

 

 一応、普通の住宅街なので立ち止まって見学したりはできない。

 他にもカップルやデート中の車なんかもいるが、皆ゆっくり通り過ぎている。

 

 俺たちも彼らと同じように腕を組み、ゆったりと歩く。

 

「そうだ、冷たくなる前に食べようか」

 

 リュックから、さっきリョウジさんに貰ったチキンの袋を取り出す。一本を差し出すと、アヤが少し気まずそうな顔をした。

 

「あら、ぼーやんもかー」

 

 彼女もバッグからチキンの入った袋を取り出した。その一本を俺に差し出す。

 

「それどうしたの?」

 

「後でぼーやんと食べようと思って、買って取り置きしておいたんだ」

 

「じゃあ二本ずつ食べようか」

 

「そだね」

 

 二人でチキンを頬張りながら、光り輝くゴージャスタウンを歩く。

 そういえば前に来たときは、途中のコンビニで買ったホットドッグを食べながら歩いたっけ。

 

「なんか、懐かしいね」

 

 アヤが、どこか安心したようにつぶやいた。

 その横顔が七色の光に揺らめいていて、すごく幻想的だ。

 

「そうだね」

 

「んふ、ぼーやんの顔すごいことになってるよ」

 

 彼女が俺を見上げ、両眉をめいっぱい上げている。驚いてますよという顔芸だ。

 

「そっか、俺もか」

 

 今の俺の横顔はさぞ七色に輝いているのだろう。

 

「ふふふ……レインボーヤンマンめ」

 

「それ、前来たときも言ってたね」

 

「そうだっけ」

 

 アヤが嬉しそうに、組んだ腕にしがみついてきた。

 

「ねぇぼーやん、アレできたりする?」

 

「アレとは?」

 

「アレだよほら、腕でぐいーんって持ち上げるやつ」

 

「ああ、アレか」

 

 前にここへ来たときを思い出す。

 どういう話の流れでそうなったのかは忘れたが、アヤが珍しくお願いをしてきた。

 

 俺の二の腕につかまった彼女を、そのまま持ち上げる。

 そのときには背も伸びて力も付いていたから、できるはずだった。

 でもアヤが俺の二の腕につかまった感触が妙にくすぐったくて、結局彼女を数センチしか浮かせられなかった。

 

 でも今なら。

 

「じゃあつかまって」

 

「おす」

 

 俺が二の腕を曲げて力こぶを作ると、アヤが思いきりぶら下がった。

 ガクンと腕が下へと引っ張られるが、耐えられないほどじゃない。むしろ彼女の軽さに少し驚く。

 

「いくよ」

 

「ほい」

 

 腕を思いきり上げると、アヤの体が数十センチほど浮いた。

 彼女をぶら下げたまま歩き、調子に乗ってぐるりと回ってみる。

 

「おわっ、おぉぉっ……」

 

 彼女も部活で鍛えた筋肉で遠心力に逆らう。

 

 何度か回ったあと、ゆっくり地面に下ろした。

 

「どうだった?」

 

「うん……予想以上のライド感だったよ……!」

 

 彼女が心底楽しそうに笑うので、俺もつられて笑ってしまう。

 

「ぼーやん、ありがと」

 

「お安い御用だよ」

 

 アヤが屈託なく甘えてきてくれるのが嬉しい。

 

 だんだんと、俺への遠慮めいたものが薄れてきている気がする。それはとても喜ばしい変化だ。

 久しぶりにゴージャスタウンに来たからだろう。

 

 きっと今日の俺たちは。

 見慣れない街に行くよりも、懐かしい場所のほうがいい。

 すごく、そんな気がした。

 

 

 しばらく歩くと、イルミネーションがだんだんと少なくなっていく。

 

 ゴージャスタウンの終点が近い。

 チキンも二本とも食べ終わってしまった。

 

 でも確か、この道をまっすぐ行くと。

 

「アヤ、久々に小学校見に行ってみる?」

 

「え、この先だっけ!? うん、行く!」

 

 よかった。

 もうちょっとだけこの腕組みタイムを満喫できる。

 

 

 さらに二十分ほど歩き、俺たちは古びた正門前にいた。

 

「やっぱり入れないか」

 

「ぼーやん、不法侵入はさすがにだめだよ」

 

 どうせなら校庭や校舎の中を見て回りたかったが、門はきっちりと施錠されている。上から突破してもいいが、生真面目なアヤはきっとそれを嫌がる。

 それに夜の学校はそれ自体がホラーだ。

 相当に盛り上げないと、ムードもへったくれもないだろう。

 

 仕方ない……ここで渡すか。

 

「アヤ、俺からもクリスマスプレゼント」

 

「へ?」

 

 リュックから紺色の包みを取り出す。お店の人に頼んでプレゼント仕様にしてもらったものだ。

 

「あ、ありがとう……」

 

 まったく予想していなかったという顔だ。

 逆に、どうして付き合いたての彼氏がプレゼントをくれるという発想に至らないのかが不思議だ。

 

 きっと、これまでのクリスマスでは幼馴染として文房具を贈り合っていたから、今年もそんなもんだと思っていたのかもしれない。

 

 でも俺は、ずっとこうしてまともなプレゼントを贈りたかった。

 

「わぁっ、マフラーだ」

 

 アヤが包みから深緑色のカシミヤマフラーを取り出す。

 

「悩んだんだけどアヤには緑色が似合うと思って。巻いていい?」

 

「うん……」

 

 彼女からマフラーを受け取り、その細い首に巻いていく。

 少し恥ずかしそうに首を差し出すアヤが可愛い。

 

「ああ、やっぱり似合うね」

 

「そう?」

 

「うん、エレガントな感じがする」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 照れ笑いを浮かべる彼女を眺めながら、俺は全身の高揚を抑えられずにいた。

 

 緑色。アヤにすごく似合う色。それもあるが。

 

 ――グリーンボーヤン。

 

 この前学校で、アヤが俺に付けたあだ名を思い出す。非常口のあの緑の人を、彼女は俺に似ていると言っていた。

 だからこの緑色は、俺の色でもある。

 

 俺の色を身にまとわせ、アヤが誰の恋人なのかを知らしめたい。

 そんな欲望を我ながら気色悪いなと思はなくもないが、まあ言わなければバレないだろう。

 

「なんかぼーやんに包まれてるって感じする」

 

「……カシミヤ素材だからね」

 

「ありがとう……嬉しいよ、ぼーやん」

 

 彼女が目を細め、ふんわりと笑った。

 この笑顔を見られただけで、プレゼントを贈ってよかったなと思う。

 

 するとアヤもおもむろにバッグを漁り始めた。

 

「あのね、私からもクリスマスプレゼントがあるんだ」

 

 そう言ってベージュの包みを手渡してくる。

 

 受け取って中を見てみると、茶色い手袋が入っていた。手の甲側はブラウンカラーの布地で、手のひら側は黒いゴムのような素材でできている。

 

「かっこいい手袋だ。グローブみたいだね」

 

「うん。それ付けたままスマホいじれるやつ。ぼーやん外での撮影とか多いでしょ?」

 

 アヤが手のひらを差し出してきたので手袋を渡す。どうやら付けてくれるようだ。

 

「ほんとは赤と迷ったんだけどね、ぼーやんはこっちの色のが似合うかなと思って」

 

 言いながらアヤは器用に俺の手に手袋をはめた。

 ふわふわの温かい素材に包まれ、手が相当に冷えていたことに気づく。

 

「アヤ、これすごくあったかいよ……ありがとう。仕事で使うね」

 

「うんっ」

 

 俺の両手を眺め、彼女が満足そうに笑う。

 

 いよいよアヤを抱き締めたい衝動に抗えず、俺は彼女の両手をそっと握った。

 

「寒いでしょ。おいで」

 

 優しく引っ張れば、アヤは自分から俺の胸に飛び込んできた。

 柔らかくて温かい彼女の感触が、全身に広がる。

 

「ぼーやんの匂い」

 

 茶色い頭が俺の胸元をぐりぐりとこすってきた。

 

 そんな無邪気な仕草なのに、俺の股間がどうしても反応してしまう。

 アヤの甘い香りと柔らかいおっぱいの感触のせいなので、どうか許してほしい。

 

「ぼーやん、あのさ」

 

「なに?」

 

「キスも、だめだったりする? その……合格発表まで」

 

「それ我慢したら俺死んじゃうよ」

 

 俺の胸元で彼女がぷふっと吹き出した。

 大げさだなとか、死ぬとか簡単に言っちゃだめとか言われるだろうか。

 

「私も、死んじゃうかも」

 

 ドクンと心臓が跳ね上がる。

 素直に欲求を口にするアヤの破壊力が、相変わらず凄まじい。

 

「受験が終わったら、平日も放課後はほとんど会えなくなるけど……それでもアヤとキスはしたい。できれば毎日」

 

「うん……私も」

 

 だからそういう可愛い返事は勘弁してほしい。このままでは挑戦初日にして彼女を抱き潰してしまいそうだ。

 

 俺が悶々としていると、アヤがパッと頭を上げる。

 てっきり目端に涙が浮かんでいると思ったが、その顔は明るい笑顔そのものだった。

 

「ぼーやん、キスしていい? あの……私から」

 

「いいに決まってる」

 

 被せ気味に即答する。

 

「ふふ……じゃあ、抱っこして?」

 

「ああ」

 

 彼女を抱き締めたままひょいっと持ち上げた。

 俺より目線が高くなったアヤを見上げる。

 

「これでいい?」

 

「うん、ありがと」

 

 アヤが俺の頭に、サンタ帽子を乗せた。

 満点の星空をバックに、妖艶な笑みを浮かべている。

 ゆっくり目を細めながら、顔を近づけてくる。

 

 チュという軽い音がして、ぷるんとした感触が唇に触れた。

 その気持ちのいい温もりが、すぐに離れていく。

 

「ぼーやんの唇、チキンの味がする」

 

「そう?」

 

「うん、ほら」

 

 今度は彼女の舌先が、ペロっと俺の上唇を舐めた。

 

 次いでチュ、チュと今度は俺の鼻先、頬、おでこにキスをしてくる。

 

「アヤ?」

 

「ぼーやん、目閉じてて」

 

 艶っぽい声色にドキリとする。いつから彼女はこんなに色っぽい声を出すようになったのだろう。

 

 チュ、とまぶたに唇の感触があった。

 両眉、頭、耳、次から次へとアヤが口づけを降らせてくる。

 深いキスができない分、回数を重ねることにしたらしい。

 

 どれもこれもソフトなのに、求愛行動のようなキスに俺の腹奥がじわじわと燃え上がってくる。

 

「私、大丈夫だよ」

 

 目を開けると、さっきと変わらない満面の笑顔があった。

 

「私、大丈夫だから」

 

 千春さんの専属になることを言っているのだろう。

 俺を安心させようというその言葉に胸が締め付けられる。

 

「ああ、俺たちは大丈夫だ」

 

 絶対に。

 

「うん、知ってるよ」

 

 彼女の唇が俺の眉間に吸い付く。

 

 その後もアヤは、星の数ほどのキスを浴びせてきた。

 




次話、えちち解禁です。

第5巻が好評発売中です! いよいよ我慢の冬が明けたバレンタインデー、ぼーやんは重大な決断を下す。アヤも勇気を振り絞ってある行動に出て――。チョコより甘くて濃厚な一夜が始まる。
書籍版のほうでは、ウェブ版では掲載されない朝チュンえっちも収録されています。ぜひぜひご購入いただければ幸いです。

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幼馴染からほろ苦いバレンタインチョコをもらった・前編(百六十九日目・金 午後)

1月26日に最終巻となる第6巻が完全書き下ろしで発売されます! Amazonでの予約・購入はこちら→ https://www.amazon.co.jp/dp/B0CSNNBVCB/


 朝の冷たい空気で、目が覚めた。

 

 視界いっぱいに、見慣れた自分の部屋の天井がある。

 ベッドの上でぐっと伸びをして、いつものように窓に向かう。

 

 開けると、ひんやりとした風が吹き込んできて体が震える。

 

「さむっ……」

 

 スマホのトップ画面には『二月十三日』と、今日の日付が表示されていた。

 

 あのクリスマスの夜から、一カ月半。

 彼女と最後にセックスをしてから、もう三カ月が過ぎようとしていた。

 

 思えばあっという間だったな…………とは決していえない。

 

 大晦日も正月も俺は仕事漬けだったけど、なんとか初詣だけは参加できた。

 オレンジ色の振袖を着たアヤの姿は、いまだに脳裏に焼き付いている。あの衝撃は一生忘れないだろう。

 

 「レンタルなんだけど」とはにかみながら頬を染める彼女は、その場にいた参拝客たちの視線を集めていた。

 部活で鍛えた体幹と持ち前の姿勢の良さで、アヤは振袖を完璧に着こなしていて、それが凄まじい色気を醸し出していたのだ。

 

 着物を脱がして犯したい衝動を抑えるのに、すごく苦労したのを覚えている。

 

 相変わらずアヤを見るたびに抱きたくなったし、一緒にいるだけで襲いたくなった。

 自分で決めたこととはいえ、次々に湧き上がる煩悩を我慢するのはまるで拷問のようだった。

 

 

 一月の受験が終わると、俺はいよいよ平日も仕事に費やし始めた。

 

 おかげでアヤとの時間は朝の登校時と昼休み、後はメールでちょこちょことやり取りをするくらいだったと思う。

 

 

「ふぅ……」

 

 二月の冷え込んだ空を眺めながら深呼吸をする。

 

 吐く息はまだ白い。スマホの天気予報によれば今夜あたり雪が降るそうだ。

 

 長かった試練の日々も、もう終わりだ。

 

 昨日の夜、彼女と交わしたメールを見返す。

 

『受かったよ』

 

『俺も受かった』

 

 たった二通の短いやり取り。

 

 でも、それ以上の言葉はいらない。

 大事なことは会って伝え合う。それが俺たちの暗黙の了解だった。とはいえ。

 

「本当によかった」

 

 小さくつぶやく。

 

 あまりに嬉しくて、昨夜はこの短い文面を夜明けまで眺めていた。おかげで今日はだいぶ寝不足だ。

 

 二人一緒に大学へ進学する。

 直感が導くゴールの中で最良のものを、俺たちはつかみ取った。

 

 後は……俺の勝負だ。

 

「リュウジ~あんた学校は? って、さんむっ!」

 

 いつの間にか姉貴が部屋の入り口に立っていた。

 

「午前中は休む。千春さんに専属のこと話してくるよ」

 

「そっか今日だっけ、返事するの」

 

 姉貴がボサボサの黒髪をかき上げる。

 今日は珍しく仕事がないらしく、上下ともダボっとしたスウェットに身を包んでいる。この後も寝だめするつもりなのだろう。

 

「そろそろ着替えるから出てってよ」

 

「あいよー。あ、そうだこれあげる」

 

 姉貴が何かを放り投げてきた。

 受け取ると、透明な包み紙の洋菓子だった。ラベルには「ほくほくスイートポテト」と書かれている。

 

「なにこれ」

 

「仕事で地方行ったときに見つけてさ、ウマそうだったから二十個くらい買ったのよ。だから一個あげるわ。姉からのバレンタインチョコってことで」

 

「芋じゃん」

 

「あんたにピッタリじゃん」

 

 相変わらずこの姉はうっとおしい。

 

「ありがたくいただくよ」

 

「いやまあ、あげといてなんだけどさ、リュウジあんま甘いもの貰わないようにね。苦手でしょ、甘いの」

 

「じゃあスイートポテト寄こさないでよ」

 

「いらないんだったら誰かにあげな」

 

 姉貴はそう言い残すと、あくびをしながら部屋を出ていった。

 

 姉なりに、返事の件を心配してくれたのだろうか。

 いまいち行動原理が読めないから分からない。

 多分、直感の力をもってしても姉貴の心は読みきれないだろう。

 

 でもなんとなく、心が軽くなるから不思議だ。

 

 俺は制服に着替えると、家を出た。

 

 

 

 

 千春さんに指定された駅前ロータリーに着くと、ププッと小刻みなクラクションが鳴った。

 

 音のほうを見ると、黒くて車高の高いセダンタイプの車が停まっていた。あれはSUVというやつだろうか。何度かテレビで見かけたことがある。

 ドアウィンドウが下がり、黒いサングラスをした千春さんが手招きをした。

 

 まるで映画のワンシーンのようで、しばしぼーっとしてしまう。

 

 すると千春さんがサングラスを外し、焦ったように手招きを繰り返した。

 急いで車に走り寄り、促されて助手席に乗り込む。

 

「リュウジくん、全然気づいてくれないから焦っちゃったよ!」

 

「すみません」

 

「いいけどさ。ていうかリュウジくんの制服姿、初めて見るわ。ほんとに学生さんだったんだねー」

 

「まぁ」

 

「軽くドライブするけどいい? リュウジくんのその格好じゃお店に入るのも気まずいし。午後の授業に間に合えばいいんだよね?」

 

「はい、お手数かけます」

 

 売れっ子の芸能人と制服姿の学生がカフェにいるところなんかを見られたら、あらぬ疑いを呼んでしまうだろう。

 

「いいっていいって」

 

 千春さんは上機嫌そうにサングラスを頭に乗せ、車を発進させた。

 

 

 

 

 最初の信号待ちで、千春さんが後部座席から何かを取ろうとした。

 助手席にいる俺と距離が近くなり、独特のおしゃれな香水の匂いが鼻腔をつく。

 

 今日の千春さんは私服らしく、いつもよりラフな格好だった。

 白いジャケットに下はシンプルなジーンズ。ジャケットの中は黒いキャミソールで、胸元が大胆に開いている。

 

「あったあった。リュウジくん、お菓子あるよ?」

 

 千春さんは高級そうな洋菓子店の紙袋を持っていた。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「一応ほら、今日さ……いや今日じゃないか。まあ義理っていうか……」

 

「すいません、実は甘いもの苦手で」

 

 鈍感なふうを装って答える。

 

「え、そうなの初耳」

 

「千春さん、信号青です」

 

「おっと」

 

 千春さんは紙袋を後部座席に戻し、再び車を発進させた。

 

 現場で会うときと雰囲気が違う。かなりくだけた感じだ。若干慌てていて、整った容姿とのギャップがすごい。

 きっとこういう素のキャラクターが、多くの人を惹きつけるのだろう。

 

「この車いいでしょ」

 

 千春さんが得意げに自慢してきた。

 

「はい、思ったより大きいんですね」

 

「衣装とか道具とかいっぱい乗せられるしさ、モデルの子とかスタッフさんとかの送迎もできて便利なのよ」

 

 相変わらず仕事に対して貪欲な人だ。

 きっとこの人に付いていけば、俺もたくさんいい仕事に巡り合えるのだろう。

 

「リュウジくんさ」

 

「はい」

 

「最近、めちゃめちゃいろんな現場に入ってるんだって? この前知り合いの編集長さんに聞いたよ、リュウジくん仕事を教えてほしいって頼んだらしいじゃん」

 

「はい、とにかく稼ぎたいので」

 

「感心するけど、体は壊さないようにしないとダメだよ」

 

「いえ、多分今が一番無理をしないといけない時なんで」

 

「それって私の専属の話と関係あったりする?」

 

 千春さんがいきなり本題に切り込んできた。

 ウインカーを出し、車を路肩に停止させる。

 

 俺は小さく息を吐き、千春さん越しに窓の外へ視線を移す。

 

 見たこともない風景だ。

 いつの間にか、千春さんに見知らぬ街へ連れて来られていたらしい。

 

「返事をお待たせしてすみません。真剣に考えたんですが――」

 

 

 ――断るな。

 

 

 脳がグラつくほど、直感が強い警告を発してきた。

 

 

 ――断るな

 ――断るな。

 ――断るな。

 

 

 キーンと耳鳴りがして、大量のイメージが頭に流れ込んでくる。

 

 どれも、あのアパートの光景だった。

 何万通りもの未来の記憶。

 仕事に向かう俺を、笑顔で見送るアヤ。

 彼女の髪型やセリフはどれも微妙に違う。

 でもどの未来も、俺は千春さんの現場に向かおうとしていた。

 

 きっと直感の導こうとしている未来に、千春さんの専属を断るという選択肢は存在しないのだろう。

 

 

 ――断るな。

 ――今の関係を維持するだけでいい。

 ――運命を断ち切るな。

 

 

 かつてないほどの警告だ。

 無機質な直感の声に、焦りのようなものすら感じる。

 

「……リュウジくん?」

 

 ハッと意識が戻り、俺を見つめる千春さんと目が合う。その瞳が不安そうに揺れている。

 

 俺はもう一度小さく息を吐くと、用意していた言葉を告げた。

 

「すみません、専属の話は受けられません」

 

「どうして? 自分で言うのもなんだけど、こんなチャンス滅多にないよ。彼女さんのために稼ぎたいんじゃなかったの?」

 

「本当にすみません。でも、もう決めたんです」

 

 頭の中で、映像が一つずつ消えていく。

 広がっていた数多の未来がどんどん狭められていく。

 

 この演出はなかなか心に刺さる。

 

「お願い……考え直せない? 私、リュウジくんとならすごくいい仕事ができるって、初めて会ったときにピンと来たの。君の仕事ぶりを評価してるのはもちろんそうだけど、でも、それだけじゃなくてっ……」

 

 千春さんが身を乗り出して俺の肩をつかむ。

 もしシートベルトが無かったら、こちらに覆いかぶさってきそうな勢いだ。

 

「君なら裏切らないって……絶対大丈夫だって、そう思って」

 

 俺の眼前で、異常に整った顔がくしゃりと歪んでいる。その泣きそうな顔には見覚えがあった。

 ここ最近直感の見せてくる夢で、一度だけ千春さんが出てきたことがある。

 

 

 ――仕事の後、スタッフたちとの飲み会の席。

 そこで俺の隣に座った千春さんはすごく酔っぱらっていた。

 「リュウジくんはほんと奥さん一筋だよね」

 「はい」

 「すぐ即答するのがすごいよほんと……私もリュウジくんみたいな夫がいい」

 「はぁ」

 「ねぇ、リュウジくんは毎日いってきますのチューとかするの?」

 「しますね」

 「へーどんな感じ? ……ちょっと私ともしてみる?」

 「遠慮しときます」

 「キスしたら、何か変わるかもよ」

 「変わらないです」

 「あうっ、即答だ」

 テーブルに千春さんが突っ伏す。それを他のスタッフさんが「酔い過ぎですよ」「千春さん小悪魔だ~」とからかう。

 「もー冗談だってば……ごめんねリュウジくん」

 そう言って突っ伏したままの横顔が、くしゃりと歪んでいて――。

 

 

 ――今の、千春さんと同じ表情だった。

 

 うっすらと、好意めいたものには気づいていた。

 どうして千春さんが俺にそんな感情を寄せたのかは分からない。

 

 でもきっと、未来の俺はそれに気づきながら、生活のために専属を続けていたのだろう。

 千春さんからの遠回しなアプローチを、そのはるか手前で断り続けて。

 アヤを裏切らなければ何も問題ないと確信して。

 実際、どの未来でも千春さんと間違いを犯すような気配は微塵もなかった。

 

 だから、問題はないのだろう。

 でも。

 

「ねぇリュウジくん、どうして? 私たち、きっと仕事の相性ピッタリだよ……?」

 

 千春さんが声に涙をにじませる。

 

 どうして、か……。

 別に大した理由じゃない。

 

 

 アヤが、笑ってたから。

 

 

 クリスマスの夜に専属の話をしたときも、小学校の前で俺にキスの雨を降らせたときも。

 夢の中、保健室で目覚めたときも、アパートの玄関で俺を見送るときも。

 不安な気持ちを心の奥底に閉じ込めて。

 絶対に俺を心配させないように、それを隠して。

 どの未来でも、そういう満面の笑顔を俺に向けていたからだ。

 

 

 ――問題ない。

 ――それで幸せになれる。

 

 

 そうかもしれない。

 俺たちの幸せを脅かすようなものではないのかもしれない。

 幸せのバケツに垂らされた、ほんの一滴の黒ずみなのだろう。

 

 でも俺は、彼女のそんなささいな不安すら許せない。

 

 

 ――何も問題ない。

 ――むしろ。

 

 

 嫉妬が、アヤを繋ぎとめてくれる。

 

 そう言いたいんだろう?

 

 ほんのわずかな嫉妬と溺れるほどの快楽で狂わせる。それが直感の導く未来――アヤを一生繋ぎとめておくために不可欠な要素なのだろう。

 

 でも、そんなことをしなくたって俺は彼女を手に入れる。千春さんに頼らずとも、アヤと幸せな未来をつかみ取る。

 

 そのために、この冬は必死にあがいたんだ。

 

「千春さんの話は、とてもありがたいんです」

 

「ならどうして」

 

「千春さんにおんぶにだっこじゃ、将来的に彼女を支えていける男になれないと思ったんです。自分の力で道を切り開かないとだめだと思いました。すみません、これは俺の身勝手で幼稚なエゴなんです」

 

 事前に用意していた言葉をすらすらと告げた。

 本当のことを言っても、俺も千春さんも誰も得をしない。そう思ったから。

 

「だからリュウジくん、最近仕事を入れまくってたの? 学生のくせに、いっちょ前に人脈作ろうとしたりして」

 

「はい」

 

 必死に動いて、なんとか可能性は見えてきた。

 独立する編集者さんにいろいろ手伝ってほしいと声を掛けられている。

 

「大学に通いながらいい暮らししようなんて、普通は無理だよ」

 

「知ってます」

 

「私、専属蹴った腹いせにリュウジくんの邪魔するかも。ほらこの業界狭いし、売れっ子のパワーを使って悪評立てたりして」

 

「千春さんは、しませんよね」

 

 何度か現場を一緒にしただけでも、彼女がそんなことをする人間じゃないことくらいは分かる。

 

「……今、したくなったよ」

 

 千春さんが寂しげに目尻を下げた。

 その口元は悲しそうに微笑んでいる。いろいろなものを諦めた人の表情だ。

 

「あー……振られちゃった」

 

「すみません」

 

「まあ、専属になった後で辞められるよりはマシか。そしたらさすがに私も発狂する自信ある」

 

「はぁ」

 

 あえて素っ気なく返す。

 

「さてと、この後どうする? 駅まで送ろうか……あ、学校のほうがいい?」

 

「いえ、ここで降ります」

 

「え、ここって……学校からけっこう遠いんじゃない?」

 

「すみません、なんとなく歩きたい気分なので」

 

「そっか」

 

 妙な沈黙が流れる。

 そろそろ車を降りたほうがいいだろう。

 

「あのさ、リュウジくん」

 

「はい」

 

「気づいていると思うけど、私……一途な人が好きなんだ。別に本命がいてもいいし、私も相手作る気はもうないから……だからさ――」

 

「すみません俺、すごく鈍感で」

 

「え?」

 

「彼女一人にめいっぱいで、あんまりそういうの分からないんです」

 

 自分の中で最高に間抜けな顔を作り、笑いかける。

 

「君、ほんとに学生なの……?」

 

 千春さんが仕方なさそうに微笑んだ。

 

 多分、これで終わりだ。

 彼女の吹っ切れたような顔を見て、そう思う。

 

 次に現場で会ったとき、きっと千春さんはまた何食わぬ顔でお菓子を差し出してくるのだろう。

 

「じゃあ失礼します」

 

「うん、また現場でね」

 

「はい」

 

「あ、あれっ、サングラス……」

 

 千春さんが頭に乗っけたサングラスを探している。

 

「ああ、サングラスなら」

 

 そう言って彼女の頭を指差そうとしたとき。

 

 

 ――キスしたら、何か変わるかもよ

 

 

 夢で見た、千春さんの言葉がなぜか脳裏に浮かんだ。

 

 その瞬間、キーンと耳鳴りが鳴る。

 

 直感が流し込んでくるイメージ。これは……数秒後の記憶だ。

 

 

 ――いつの間にかシートベルトを外した千春さんが俺に抱きついてくる。

 咄嗟に跳ねのけようとした俺の体が、ガクンと後ろに倒れた。

 千春さんが座席を倒したらしい。

 一瞬たじろぐ俺の上に、彼女がすかさず覆いかぶさってくる。

 「ちは――」

 俺の唇に狙いを定めた千春さんの顔が近づいてきて、俺は咄嗟に顔を逸らす。

 「千春さん、離れてください」

 細い体を無理やり引き離すと、彼女はすでにジャケットを脱いでいた。

 「リュウジくん、私なら……いっぱい満足させてあげられるよ」

 黒いキャミソールをめくり上げ、手早く紫色のブラジャーを外している。

 驚くほど均整の取れた乳房がこぼれ出て、再び覆い被さりながら俺の胸元に密着させてきた。

 俺はシートベルトを外そうとするも、差込口が千春さんの手で塞がれている。

 すると彼女のもう片方の手が俺の股間に触れた。

 「すごいね。全然反応してない……でもいいよ、それくらいじゃないと私も張り合いないから」

 なおもまさぐろうとしてきた千春さんの体を引き離す。

 「いい加減にしてください」

 「きゃぁっ」

 両腕で彼女の体を持ち上げると、運転席のほうへ放った。

 急いでシートベルトを外して起き上がる。

 運転席で彼女はあられもない姿のまま、うずくまっていた。

 その瞳には涙をたたえ、俺を見つめながら肩で息をしている。

 「どういう、つもりですか」

 「ごめっ……ごめんねリュウジくん、私――」

 

 

 ――そこで俺は、未来の映像を切った。

 

 なんだこれは。

 これが数秒後に起こることなのか。

 

 もしかしたら寝不足のせいで反応が遅れたのかもしれないし、彼女がまさか襲ってくるとは思いもせず油断していたのかもしれない。シートがあんな簡単に倒れるなんて知らなかったし、シートベルトを外すのがあんなに手こずるのも知らなかった。

 

 でも、そんなのは言い訳にもならない。

 

 まったく。

 不意打ちとはいえ、数秒先の俺は迂闊過ぎるだろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 軽く深呼吸をして、現在の千春さんに意識を戻す。

 

 彼女は今にも俺のほうへ身を乗り出そうとしていた。その手がシートのレバーに伸びているのが分かる。

 

「千春さん、お菓子食べますか?」

 

「……へ?」

 

 彼女が前のめりの体勢で固まる。

 俺はポケットから包みを取り出すと、千春さんに差し出した。

 

「え…………スイートポテト?」

 

「はい、姉貴のお土産だそうです。俺甘いもの苦手なので、よかったら」

 

「あ、うん……ありがとう。なんか……ごめんなさい」

 

 毒気が抜けたように顔を緩ませた千春さんが、頭を下げる。

 

「じゃあね、リュウジくん。本当に一人で大丈夫?」

 

「はい、一人で大丈夫です」

 

 俺も千春さんに頭を下げ、車を降りた。

 

 

 

 

 ウインカーを二度点滅させて去っていく車を見送る。

 

 俺はさっき直感が見せてきた未来の記憶を思い出していた。

 運転席で涙を流し、必死に謝ってくる千春さんの姿を。

 

 やっぱり、彼女が俺にここまで固執した理由が分からない。

 

 もしかしたら、千春さんも直感の導く運命に囚われていたのかもしれない。

 ただアヤに嫉妬心を抱かせるための、役回りだったとしたら。

 

 ……そんな恐ろしい発想すら浮かんでしまう。

 

 もしそうなら、千春さんも解放されたほうがいい。

 

 車の見えなくなった道の先をぼーっと眺めながら、しばらくそんなことを思っていた。

 

 

 それにしても、ここはどこだろうか。

 

 スマホの地図アプリを表示してみると、見たことも聞いたこともない場所だった。

 

『ごめん、学校着くの遅れる』

 

『待ってる』

 

 アヤと短いメールのやり取りをして、俺はとりあえず最寄りのバス停に向かった。

 




この卒業編の最終回まで連日更新していきます。そして、その後を描いた第6巻が1月26日(金)に発売されます。こちらは完全書き下ろしで、webには掲載しない予定ですのでぜひ書籍でお楽しみいただければ幸いです。

※web掲載しない(できない)理由は活動報告に公開する予定です

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幼馴染からほろ苦いバレンタインチョコをもらった・後編(百六十九日目・金 夕方)

 バスと徒歩を駆使して、学校にたどり着いたのは終業時間が過ぎたころだった。

 

 変に格好つけずに最寄り駅まで送ってもらえばよかったと、ほんの少し後悔する。

 

 

 正門を入ると、ちょうど校舎から大勢の生徒が出てくるところだった。

 

「おー、ぼーやんじゃん!」

「なに、今登校? 寝坊し過ぎだろ」

 

 クラスメイトの男子たちが面白そうに近づいてくる。

 

「そいやぼーやんチョコ貰った? バレンタインデーのチョコ」

 

 バレンタインデーは明日だが、土曜日だ。

 だから金曜日の今日が実質そうなのだろう。

 

「ああ、姉貴にスイートポテト貰ったよ。あげちゃったけど」

 

「は、スイートポテト?」

「え、あげた!? 誰に?」

 

 何がそんなに面白いのか、男子たちが話に食いついてくる。

 

 

「おーいぼーやん、アヤが教室で待ってんぞ~」

 

 校舎のほうからカナッペが歩いてきた。

 するとなぜか男子たちが静かになる。

 

「あーそっか、お前南鳥がいたんだった」

「マジか~……いやそうだったわ……」

「お幸せに~」

「キスくらいしろよな」

 

 どうも彼らの中で、俺たちはキスもまだということになっているらしい。

 文化祭の屋上でのキスはあまり広まっていないのか、それとも記憶から忘れ去られているのか。

 いずれにしても、俺とアヤは純情でウブな二人に見えてしまうのだろう。

 

 

 俺は彼らに別れを告げ、校舎に向かう。

 

 途中、カナッペとすれ違いざまに腕を小突かれた。

 

「女を待たせる男はモテないぞ」

 

「そうだね」

 

 彼女の忠告を素直に受け取り、全力で校舎へと走った。

 

 俺だって待ちきれない。

 なぜなら今日は、待ちに待った約束の日。

 

 

 ――合格発表過ぎたら、死ぬほど抱くから。

 

 

 そう宣言した日だからだ。

 

 校舎に入り、廊下を駆けぬけ、階段を二段飛ばしで上る。

 

 再び廊下を走り、教室に飛び込んだ。

 

「アヤ、お待たせ」

 

 窓側の真ん中――俺の席に、美少女が座っていた。

 

 机に肘を立て、手のひらに小さな顎をちょこんと乗っけている。

 

 グレーのブレザーの下にはベージュのセーターを着ていて、ブレザーより少し濃い灰色のスカートからは、白くて艶めかしい脚が伸びている。

 

 窓の外を眺めていた彼女が、ゆっくりとこちらを向いた。

 

「ぼーやん、遅かったね」

 

 ドクンと心臓が高鳴る。

 

 ふんわりと微笑んだその顔は悪戯好きの少年のようで、妖艶な色気をたたえた魔女のようにも見えた。

 

「ごめん、ちょっと長引いた」

 

 アヤのもとへ、一歩二歩と近づく。

 

 不敵な笑みを浮かべる彼女に、また恋に落ちてしまったらしい。全身の血が沸騰しそうだ。

 

「大事な仕事の話だっけ」

 

「うん、後で話すよ。それよりも」

 

 キスしていい?

 

 そう口に出す前に、俺はアヤの唇を奪っていた。

 

「んッ……ん、ぁっ、ん……んっ……」

 

 瑞々しい唇を割り開き、舌を流し込む。

 甘酸っぱいリップの味を感じながら、彼女の舌を絡め取る。

 柔らかくて温かい口内を堪能し、最後にチュウっと音を立ててからキスを終えた。

 

「もぅ、ぼーやんはえっちだなぁ」

 

 ほのかに頬を染めるアヤを見ていると、再び獣欲が燃え盛ってくる。

 

「ごめん、我慢できなくて」

 

「うん、知ってる……」

 

 恥ずかしそうに目を伏せる彼女が可愛すぎて辛い。股間が信じられないほど勃起し、今にもズボンが張り裂けそうだ。

 

 アヤはおもむろに立ち上がると、俺の胸に身を寄せてきた。

 反射的に彼女を抱き締める。柔らかい感触に全身が歓喜の雄叫びを上げる。

 

 茶色いショートカットに顔を埋めれば、シャンプーと甘い香りが鼻腔を満たす。俺の大好きな、俺を狂わせる匂いだ。

 

「アヤ……いい?」

 

「うん、いいよ」

 

 彼女が俺の胸の中で、コクンとうなずいた。

 その温かい思いが流れ込んでくる。

 

 ――ぼーやんの、好きに。

 全部、好きにして。

 

 

 俺はもう、アヤから伝わる心情をシャットアウトしない。

 彼女の火照りきったおでこの熱が服越しに伝わってくる。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

「なにかしてほしいこと、ある?」

 

「え……」

 

「なんでも、いって」

 

 ――私も、してあげたい。

 ぼーやんをきもちよく。

 いっぱい、頑張ったねって。

 だからなんでも。

 私、全部叶えるから。

 

 

 あふれ出るアヤの気持ちに、全身がさらに昂っていく。

 

 俺の、したいこと。

 

 ついあの光景を思い浮かべてしまう。

 学校の廊下で全裸のアヤを犯す、あの変質的な情事を。

 

 ……だめだ。

 

 恥辱と快楽に溺れ、ある意味正気を失ってしまうアヤなんて見たくない。そう決めただろう。

 

 直感が何かを言ってくる前に、かぶりを振って発想を打ち消す。

 

 一人悶々としていると、彼女が俺の胸元に顔を埋めながらつぶやいた。

 

「ぼーやん、チョコ……食べる?」

 

「食べる」

 

 瞬間的に即答する。

 

 アヤがブレザーのポケットから小さい包み紙を取り出す。

 中には深緑色の四角いチョコレートが一個入っていた。

 

「はい、あーんして」

 

 まるで催眠術に掛かったように口を開くと、口内に甘さと苦みが広がる。

 

「これ、抹茶?」

 

「うん、パウダーかけた。砂糖も抑えめだよ。ぼーやん、甘いの苦手でしょ?」

 

「すごくおいしいよ。ありがとう」

 

「そっか、よかった」

 

 彼女が弾んだ声を出す。

 

 アヤから初めてもらう手作りの本命チョコは、苦味が強くて俺の好きな味だった。

 全身でその美味さを噛みしめていると、彼女が俺から半歩離れる。

 

「あの……まだ家にあるんだけど、チョコ……いっぱい」

 

「そうなんだ」

 

 彼女の頬は真っ赤に染まっていて、恥ずかしそうに視線を俺の胸あたりに固定していた。

 

「今から、食べに来る? 今日ね……誰もいないんだ、うち」

 

「行く」

 

 間髪入れずに即答する。

 するとアヤはふっと口角を上げた。

 

「ぼーやんて、こういうときすぐ返事するよね」

 

「アヤが、俺の好みど真ん中のせいだよ」

 

 彼女のりんごのような頬にそっと触れる。

 冷えた手のひらがふんわりと温められて気持ちがいい。

 

「ぅっ」

 

 アヤが一瞬、息を詰まらせた。

 揺れる瞳が俺を熱っぽく見つめる。窓から差し込む西日が彼女の髪を染めあげている。すごく綺麗だ。

 

「私も、ど真ん中……です」

 

 放課後の教室で、俺たちは付き合いたての恋人同士のように顔を赤くしていた。

 



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幼馴染の家で心も体も深く繋がり合った(百六十九日目・金 夕方)

 夕陽が照らす通学路を、俺たちは歩いていた。

 

 ヒュゥと冷たい風が吹く。天気予報では夕方から急激に気温が下がると言っていた。それなのに俺は体中が火照って仕方ない。

 

 きっとアヤもなのだろう。

 自然と当たる二の腕から熱い体温が伝わってくる。

 

 さっきから俺たちは無言だった。

 言葉を発した瞬間、その場で熱いキスを始めてしまいそうだったからだ。

 

 

 やがて見慣れた彼女の家が見えてくる。

 駐車場に車がないので、アヤの言うとおり家には誰もいないのだろう。

 

 その事実に、肉棒がジンジンと熱くなる。

 

 

 彼女の家に入ると、電気が点いていなかった。

 わずかに差し込む夕影 が、廊下や階段を(ほの)かに照らしている。

 

「お母さんとお父さん、今日から温泉旅行なんだ」

 

 アヤが数十分ぶりに口を開く。

 

「ヒロト君は?」

 

「友だちの家に泊まるって」

 

「そうなんだ。……お邪魔します」

 

 玄関を上がると、彼女が立ち止まった。

 

「先にチョコ、食べる?」

 

「……後でもいいの?」

 

「いいよ。……じゃあ、部屋……行く?」

 

「行く」

 

 彼女を先にして階段を上る。

 ひらひらと揺れるスカートやそこから伸びる肉感的な太ももに、目が吸い寄せられてしまう。

 

 彼女の部屋に入ると、修学旅行の最終日に来たときを思い出す。

 

 家具の配置や小物の種類は前とほとんど同じだ。でも前に来たときよりも、部屋が綺麗になっていた。以前は床に置かれていた小物類が棚に整理されている。

 

 今日、俺を呼ぼうと思って片づけたのだろうか。

 

 室内を見渡すと、白いローテーブルの下に見慣れない紺色のクッションがあった。

 彼女はそれを指差すと、気まずそうにつぶやく。

 

「それ、ぼーやんのだから」

 

 わざわざ俺のために専用のクッションを買ったらしい。

 

「ありがとう」

 

 クッションの上に座ると、アヤは俺の隣ではなくベッドに腰掛けた。

 

 膝の上に両手を置き、膝小僧をすり合わせてモジモジさせている。

 彼女が俺から目を逸らしているのは、きっと胡坐をかいた俺の股ぐらが盛大にテントを張っているからだろう。

 

「えっと、冷えるよね……きっと。暖房付けるね」

 

 アヤが枕元のリモコンに手を伸ばし、ピッと電源を入れる。

 そのとき少し開いた両膝の奥に、ピンク色の布地が見えた。今日はブラジャーも同じ色に揃えているのだろう。

 

「あのお茶……持ってくる?」

 

「ううん、今はいいかな。アヤは喉渇いてる?」

 

 ゆっくり立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろす。

 

 ギシとベッドが唸る。

 

「私も、今はいらないかな」

 

 静かな沈黙が流れる。

 

 暖房が効き始め、部屋の室温がどんどん上がっていく。

 

「アヤ」

 

「はいっ!」

 

 彼女が肩をビクンと震わせ、上ずった声を発した。まるで授業中に突然先生に指名されたときのようで面白い。

 

「俺のお願い、なんでも聞いてくれるんだよね?」

 

「……うん、聞くよ」

 

「どんなエッチなお願いでも?」

 

 わざと耳元に顔を寄せ、息を吹きかけながらささやく。

 

「んっ……うん、なんでもいって」

 

 ――ぼーやんの望みなら。

 なんでもききたい。

 すごいえっちなのでも。

 私、平気だから。

 

 

 彼女の覚悟めいた思いが流れ込んでくる。

 

 すごいえっちなの……か。

 きっとアヤは俺の獣のような願望を知ったらドン引きするだろうな、と心の中で苦笑する。

 

「じゃあ、とりあえずベッドの上で服を脱いでくれる?」

 

「うん……」

 

 彼女がベッドに乗っかり、ペタンと女の子座りをした。

 灰色のブレザーを両肩ずつ脱ぐと、次いでベージュのセーターを引っ張り上げる。畳むことなく床に落とすと、すぐにブラウスのボタンを外し始めた。

 

 はぁ、はぁという彼女の甘い息遣いが聞こえてくる。肩を上下させ、呼吸が荒い。アヤの恥ずかしさとじれったい欲求が伝わってくる。

 

 一番下のボタンを外し終えたところで、ブラウスを脱ごうとした彼女を止めた。

 

「待って、そのまま。ブラジャーを見せて」

 

 アヤが恥ずかしそうにブラウスを少し開く。期待どおりパンツと同じ桃色のブラジャーだった。手に余るほどの大きな双乳を、繊細なデザインの布地が包んでいる。

 手を伸ばし、その丸い輪郭になぞるようにそっと撫でるとアヤは「んっ」と切ない声を漏らした。

 

「スカートをめくって。パンツもよく見たい」

 

 彼女が俺から目を逸らして、スカートをめくり上げていく。やはり自分から肌を見せるのはアヤにとって相当な羞恥を伴うらしい。

 

 白い太ももがあらわになり、やがて彼女の湿地帯を守るピンク色のパンツが現れた。ブラジャーと同じデザインが凝らされ、少し引っ張っただけで破けそうだ。

 

「下着、すごく可愛いね。初めて見た」

 

「うん……買ったの、カナッペと」

 

「そうなんだ」

 

 照れるアヤが可愛い。今日、俺に抱かれるために買ったのだろう。正直脱がすのが惜しい。でも早く彼女の裸も見たい。

 

「次は、ブラウス着たままブラジャーだけ外して」

 

「え、着たまま……?」

 

「うん、そっちのほうがエロいから」

 

 コクンと彼女が従順にうなずく。

 ブラジャーは前開きだったらしく、アヤは顔を下に向けながらフロントホックを外した。

 

 大きな乳毬がたぷんと音がしそうなほどに揺れる。数センチほど開かれたブラウスの隙間に、垂れ下がったブラジャーの布地と彼女の白い生乳の谷間が見えた。

 思わず涎れが出そうになるくらい官能的な光景だ。

 

 もっと彼女の恥ずかしい姿を見たい。誰にも見せられないような背徳的な格好をさせたい。

 

「アヤ、両手出して」

 

「……うん」

 

 彼女はうらめしやでもするように、ゆらりと両腕を伸ばしてきた。好きにしてという意思が伝わってくる。

 

 俺は制服のストライプネクタイをするりと外し、アヤの細い両手首に巻き付け始めた。

 

「あの……ぼーやん」

 

 彼女が今日初めて不安そうな声を上げる。

 

「アヤを縛りたいんだ。いい?」

 

「うん……でも、ちょっとこわい」

 

「緩くするから……それでも嫌だったら言って」

 

「……うん」

 

 やんわりと縛り、きゅっと結ぶ。

 

 アヤは、俺の紺色のネクタイで拘束されていた。

 以前、彼女が手錠をはめていた姿を思い出す。あれ以来、ずっとこうしてアヤを縛ってみたかった。

 

 しばらくその背徳的な光景を堪能してから、俺はベッドの上を移動して彼女の背後に回った。ビクッと肩を震わせるアヤに、嗜虐心が沸々と湧いてくる。

 

 俺は今から、めいっぱいこの緊縛された美少女を犯すのだと思うと、股間が燃えるように熱くなる。

 

 アヤの背中にピタリとくっつくように抱き締める、眼下の魅惑的な谷間を覗き込む。豊満なおっぱいがブラウスをこんもりと押し上げ、その先端では二つのぷくりとした突起が布地越しに見て取れた。

 

 片手を這わせ、ブラウスの上から柔乳をむにゅうと包み込む。

 

「あっ……」

 

 それだけで彼女は感じ入った声を出す。耳が真っ赤に染まっていて可愛い。

俺は耳の内側に唇を付けながら、低い声でささやいた。

 

「久しぶりのアヤのおっぱい、すごく柔らかい。ずっと揉んでいたいくらいだ」

 

「あ、んっ……ぼーやんの手、あっ……」

 

「俺の手がどうしたの?」

 

 むにゅむにゅとブラウスごと柔乳を揉み込みながら聞く。

 

「んッ……なんか、すごくて……ひぁッ」

 

 指先で先端の突起を捏ねる。ブラウスの布地ごとこすると、彼女の背中がビクンと跳ねた。

 

「あぁっ……ん、ひぅっ……あっ、それっ、だめぇ……」

 

「乳首もすごく硬くなってる。ここ、ずっと触ってほしかった?」

 

「わかんなっ、ぃ……んうぅっ――ッ」

 

 二本の指で突起をきゅっと摘まむと、アヤは軽く背中を反らせた。

 ずっと我慢を重ねてきたせいか全身の感度が上がっている。かくいう俺も同じだ。彼女の腰に股間を擦り付けているだけで、気持ちよすぎて射精しそうになる。

 

「ブラウス越しに弄っただけでイっちゃったんだ。直接触ったらどうなっちゃうんだろうね」

 

 耳の中を舐めながら、鼓膜を震わせるようにささやく。純心な彼女にいやらしい言葉責めをしているという背徳感が半端ない。

 一方アヤのほうも、性感がどんどん高まっていっているのを感じる。

 

 俺はあえて先端を避け、ブラウスの上から乳輪のあたりをくるくると撫でた。

 

「ぁっ、ぼーやんっ……んんッ、あっ……」

 

 ――どうして。

 ぼーやん、そんなとこ……ばっかり。

 服の上からなのに、ジンジンする。

 もっとさわって。

 じれったい。

 ぼーやん。

 もっと。

 

「アヤ、直接触ってほしい?」

 

「んっ……え?」

 

 彼女が甘い吐息を漏らしながら戸惑う。

 

「触ってほしかったら、言って」

 

 耳奥にそう問いかけると、アヤはわずかにこちらに振り向いた。

 

「……おねがい、さわって」

 

 吐息混じりのおねだりに、胸が熱くなる。

 

「おっぱい、触るね」

 

 ブラウスの隙間に手をゆっくり差し込み、布地の中を這わせていく。手のひらの真ん中に硬い乳首の感触があり、そのままぎゅっと揉み込む。

 

「んッ、あぁっ……」

 

 アヤが悩ましげな吐息を発した。熱くて柔らかい生乳をぎゅ、ぎゅと揉む。手に吸い付いてくる柔肌の感触が心地いい。手のひらが歓喜に震えているようだ。

 指がどこまでも埋まっていくような柔らかさに、俺は初めて彼女の乳房を揉んだときのような感動を覚えていた。

 久しぶりに直で揉んだからか、こんなに大きかったのかと驚く。

 

「アヤのおっぱい、ふわふわ柔らかくて気持ちいい。手に張り付いてくるみたいでたまんないよ」

 

 彼女を昂らせるために耳元でささやき続ける。

 むぎゅ、むぎゅと少し力を込めれば柔らかい乳肉が指の間からこぼれ出た。

 

「おっぱい、汗でぬるぬるしてきたね。アヤの汗の匂い、甘くて好きだよ」

 

 湿ったうなじに鼻を埋め、花蜜と石鹸が混じったような彼女の香りで鼻腔を満たす。

 

「やっ……ん、だって……体、あつくてっ……」

 

 ――ぼーやんのさわり方。

 きもちいい。

 どうして、ぼーやんにさわられると。

 こんなに、安心するの。

 おねがい。

 もっとさわって。

 もっとほしいって思って。

 私の体で、気持ちよくなって。

 私の、ぜんぶで。

 もっと――。

 

 

 ギュッと、胸が締め付けられた。

 彼女の中から俺に愛撫をされる安堵と焦りと、嫉妬と緊張とが入り混じって流れ込んでくる。

 

 アヤが、こんなに必死になる必要なんて全然ないのに。

 

 俺は情動に突き動かされるように片手で乳房をつかむと、円を描くように揉みしだいた。

 もう片方の手で彼女の二の腕をなぞり、胸の前で縛られた手首をつかむ。

 

「俺に縛られて……胸触られて感じてるアヤ、すごくいやらしくて可愛い。こんな姿、絶対他の男に見せちゃだめだよ」

 

 以前、教室で手錠をはめたアヤに見惚れていた男子たちの視線を思い出す。

 

「あッ、んぅっ……見せ、ないもん」

 

「前におもちゃの手錠はめてたときさ、クラスの奴らがみんな……アヤのこと見てたんだよ。えっちな目で」

 

「ぇっ……」

 

 アヤが小さくうろたえる。

 そんなことは思いもよらなかったという反応だ。

 

 クラスの男子があのとき、自分をそんな目で見ていたなんて。

 俺がそんなささいなことに固執して、自分をこんなに責め立てているなんて。

 

 そう思っているのだろう。

 

 でも俺は、もっとアヤに分からせないといけない。

 

 俺は嫉妬深い独占欲の塊なんだと。

 他の誰かに目を向ける余裕なんてないくらい、アヤに狂っているのだと。

 だからアヤが俺のことで嫉妬する必要なんて、全然ないのだと。

 

 どうすれば、もっと伝わるだろうか。

 

「もし俺がブタ侍だったら、必殺剣でクラスの男全員の目を潰してたと思う」

 

 耳元で精一杯、暴力的な言葉を告げる。

 

「え……」

 

 彼女の時が再び止まった。

 

「必殺剣……?」

 

「ああ、全員消し飛ばすやつ」

 

 するとアヤが、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

「なに、それ……」

 

 ぷっと吹き出す手前のような反応だ。彼女の体から緊張が抜けていき、柔らかさが増すのを感じた。

 しっかり、伝わったのだろうか。

 

 まあいい。後は自分がどれだけ俺に求められているのかを、この体にイヤというほど刻み込む。

 

 嫉妬と快楽に依存させる必要なんてない。

 直感の想定していた未来から大きく外れた今、俺は俺だけの力でアヤを虜にする。

 

「アヤ、ここからはもう手加減できないかも」

 

 俺は指の隙間からはみ出ていた乳首を、指と指できゅうっと挟んだ。

 

「あッ……ん゛んんっ」

 

 油断していたのかアヤは大きく体をしならせ、後頭部を俺の肩にこすり付けてきた。

 弛緩していた空気が一気に熱を帯びる。

 

「ぁっ、んッ……ぼーやん、まっ……」

 

「もう、俺も我慢の限界だから」

 

 火照りと俺の吐息でほぐれた彼女の耳に、低い声を響かせる。

 そのまま舌を伸ばし耳の中で躍らせた。

 

「ひ、ぁっ……あッ、んんっ」

 

「乳首、こんなに硬くなってるのにつまむとクニって弾力があって……アヤみたいで可愛い」

 

 再び言葉責めをしながら、尖り立った蕾を指腹で押し込み捏ねる。

 

「はぁっ、ぁッ……そこっ、あっ……あぁんッ――」

 

 耐え切れないというようにガタガタと肩を震わせるのがたまらない。腕を縛られ、身をよじるのもままならないせいか、それがよりアヤの性感を高めているらしい。

 

「アヤ、こっちも見せて」

 

 乳房を揉んでいた手を下半身へと滑らせていく。アヒル座りをしている彼女の太ももをいやらしく撫でたあと、めくれたスカートの中へと侵入させる。

 手触りのいいパンツに触れ、ぐっしょりと濡れている割れ目を指でなぞった。

 

「あぁッ……んっ」

 

 俺の指から逃げるように彼女が腰を浮かす。

 その勢いを利用して、アヤの体をぐうっと前に倒した。

 

「あっ」

 

 彼女がベッドに膝をつく。上半身は手首を縛られているので両肘で支えるしかない。結果、シーツに突っ伏して腰だけを俺に突き出すような格好になる。

 

 目の前のスカートをめくり、白くて可愛いお尻とピンク色の下着をさらす。

 そっと布地に触れただけでアヤはビクンとお尻を震わせた。その敏感な反応に、獣欲がぐつぐつと沸き立つ。

 

「パンツ、脱がすよ」

 

 桃色の布地をつまみ、太ももの真ん中あたりまで下ろしていく。

 濡れそぼる陰唇がぱっくりと開いていた。両膝が左右に開く格好をしているせいだろう。鮮やかなピンク色の秘裂が求めるようにヒクついている。

 

 いつ見てもアヤの膣は綺麗で淫らだ。

 

「すごい。アヤのここ、ぐっしょり濡れてるね」

 

「んぅっ……だって、しょうがないじゃん……」

 

 ――ぼーやんに、抱いてほしくて。

 ぼーやんを感じたくて。

 好きが、あふれそうで。

 ずっと。

 したくて。

 不安で。

 今も、はやく。

 満たしてほしい。

 早く、いれて。

 

 

 彼女の切実な思いが伝わってくる。

 

 これならほぐす必要もなさそうだ。俺も、愛撫で焦らす余裕なんてもうない。

 

「おねがい、ぼーやん」

 

 彼女がうつ伏せになりながらつぶやく。

 こちらへ顔を向けると、懇願するように見つめてくる。

 

「もう……いれて」

 

 アヤが、自分からねだってきた。心ではなく直接、言葉で。

 

「ああ、挿れるよ」

 

 急き立てられるようにベルトを外し、ズボンとトランクスを下ろす。

 勢いよく飛び出た肉棒をつかみ、差し出されたお尻の割れ目をなぞる。

 

「ん、ぅッ……」

 

 

 ビクつく柔尻をもう片方の手でつかむと、ペニスの先端を愛液まみれの蜜口にあてがった。

 亀頭を蜜壺に浸した瞬間、きゅっと膣口が締まる。まるでもう離さないと言わんばかりの吸い付きだ。その刺激で肉棒から全身へと震えが走り、精巣が射精準備を始める。

 

 彼女の腰を引き寄せながら、股間をゆっくりと突き出す。俺はアヤに後背位の体勢で挿入した。熱い膣内にヌプリと肉棒が飲み込まれていく。

 

「あぁッ……んっ、うぅぅぅぅっ……ッッ」

 

 挿入の刺激だけでアヤは絶頂した。

 

「ぐっ、アヤの中……やばい。あったかくて、すごく気持ちいいよ」

 

「あッ、はぁっ……ぁッ、ぼーやんのっ……はいって、る……」

 

 ――お腹の奥、あつい。

 ぼーやんの。

 中で、びくびくって。

 うごいて。

 私のぜんぶ、満たして。

 きもちいいよ。

 ぼーやんも。

 もっともっと。

 きもちよくなって。

 

 

 ぎゅうっと膣内が締まり、目の前が真っ白になる。

 

 数カ月ぶりのアヤの膣中は想像を絶する気持ちよさだった。長い時間焦らされたせいか、膣内は初めて抱いたときのように狭くてキツい。それなのに膣内がうねって絡みつき、肉棒を奥へ奥へと引っ張り込んでくる。

 あまりの快感に脳の処理が追い付かず、意識が飛びそうになった。

 

 挿れているだけで腰がガクガクと震える。精巣がグツグツと煮えたぎり、腰を振れと命令してくる。

 

「動くよ」

 

「んんっ、んッ……あぁぁっ」

 

 小刻みに腰を動かすとアヤが可愛らしい嬌声を上げ、膣内の吸着が強くなる。

 ヌチュヌチュと淫らな水音が鳴り、結合部から愛液があふれ出す。

 

「だめだ、腰止まんない。アヤ、もっと激しくするから」

 

「う、うんっ、いいよ……ぼーやんの、好きに――」

 

 ドチュッ、と股間を柔尻に叩きつけた。

 

「ふ、んうぅぅっ……ッ」

 

 勢いで彼女の腰が弾かれお尻が上がる。離れていきそうになる尻肉を両手でつかみ、そこをめがけて思いきり突く。

 

「は、ぁあぁっ……あぁんッ」

 

 うつ伏せ状態のアヤが首を上げ、壁に向かって喘いだ。

 

 柔肉に指が食い込むほどにがっちりつかんだ彼女の艶尻に、ドチュドチュと杭打ちのようなピストンをする。

 

「あぁッ、おくっ……あたってっ、ああぁぁんっ――ッ」

 

 貫くような挿入に、彼女が悲鳴のような嬌声を上げた。

 

 俺にお尻を突き上げさせられ、背中を弓なりに反らして喘ぐアヤがエロ過ぎる。突くたびに顎を上向け、口から快楽を逃すように吐息を漏らしている。

 

 彼女のブラウスが背中にぴったりと張り付き、背中のしなやかな輪郭が透けていた。カーテン越しに差し込む西日が白い布地をオレンジ色に染め上げている。

 

 とんでもなく、煽情的な光景だ。

 

「ぐ……アヤ、もう出る。奥に出すよ」

 

「うんっ、出して……いいよっ、ぼーやん、きて……」

 

 その言葉に全身が痺れ上がった。

 腰が勝手に動き、奥に押し込むような深いピストンを始める。室内にパンッパンッと肌と肌の当たる音が響く。突き出されたお尻を揉み込みながら、俺は射精するためだけの身勝手な抽送を続けた。

 

「はぁッ、あぁんっ、あぁッ、ああっ……」

 

 甲高い悲鳴が俺の脳を蕩けさせる。もう彼女を犯し、孕ませることしか考えられない。

 小さい体に夢中で腰を振っていると、股間がカッと熱くなり強烈な射精感が込み上げてきた。

 

「アヤ、イくよ」

 

「んんっ……わたし、も、イっちゃっ……」

 

 腹筋にぐっと力が入り、尻奥から熱いものが押し寄せる。

 

「ぐっ、うぁっ……!」

 

 ドビュルルッ、ドビュルルッ――と大量の精液が噴き出した。股間全部が性感帯になったかのような感覚。ずっと溜め込んできたドロドロの種付け汁が流れ出ていく快楽に、意識が飛びかける。

 

 俺の射精の呼応するようにアヤの膣奥がきゅうっと収縮する。

 

「あぁッ……んんんんんっ――――ッッ」

 

 ぎゅうぎゅうと締まる膣内に肉竿を絞られ、再び精液が鈴口から放たれる。

 

「また、イ、くっ……!」

 

 アヤの膣中で肉棒が跳ね、ドビュ、ドビュと膣奥に精を注ぎ込んでいく。

 

 脳内がピンクのもやで覆われたような凄まじい快楽。精液を一滴残らず全身から絞り出すように、俺は彼女のお尻に股間を押し付け続けた。

 

 

 

 

「……はぁっ……はぁっ……はぁ……んっ――」

 

 肉棒を引き抜くと、アヤが小さく喘いだ。

 

 彼女はお尻を突き出した姿勢のまま、小刻みに震えている。まだ絶頂に襲われているらしい。

 膣口からトロリと大量の白濁液があふれ、白い太ももをつたっていく。

 

 俺は、まだ勃起しっぱなしの肉棒にため息をついた。

 

 まいったな。俺の体はまだアヤを犯し足りないらしい。

 

「ごめん。全然収まらない」

 

「ふ、ぇ……?」

 

 戸惑いの声を上げる彼女を、うつ伏せから仰向けへとひっくり返す。

 

「あ……」

 

 トロンとしたアヤの瞳と目が合った。

 汗に濡れた茶色いショートカットが枕元に乱れて広がる。

 ブラウスは大きくはだけ、豊満な二つの乳房がたぷんと揺れた。外れかけのブラジャーも左右に投げ出され、ものすごく淫靡だ。

 胸元に置かれた両手首は、俺のネクタイによって縛られている。

 

 スカートを腰までめくられた下半身は、その綺麗な一本筋の割れ目が無防備にさらけ出されていて、膣口からは今も愛液と白濁液がこぼれている。

 桃色の下着が太もものあたりで丸まって引っかかっていて、そんな淫らな有様なのに白いソックスは両足にしっかり履かれているのがたまらない。

 

 ゴクリと生唾を飲み込むほど、エッチな姿だ。

 

 剛直した肉棒がさらに熱く硬くなっていく。

 

 そのまま腰を寄せ、今度は正常位の体勢で彼女に挿入した。愛液やいろいろな液体でぬめりの増した膣内へ、すんなりと肉棒が埋まっていく。

 

「は、ぁあッ……ぼーやんっ……」

 

「アヤ、もう一回出すよ」

 

 言うなり、腰を振り始める。

 

「まってっ……まだ、イって――んっ、んむっ」

 

 彼女の言葉を唇で塞ぐ。半開きの口元にすんなり入った舌で、アヤのとろとろに蕩けた舌を絡め取る。

 

「んっちゅっ、んっ、ぁ……んれっ、ぇ……ぇぁ、んぅっ……」

 

 唾液をかき混ぜるような凶暴なキスだ。

 彼女の顔に顔を押し付けるように、ひたすら口内をむさぼる。小さい舌が健気に絡まってきて、俺の舌と溶け合っていく。

 口端から唾液が漏れるのも気にせず、ひらすらにアヤの舌と舐め合う。彼女の舌が美味しくて、彼女とのキスが気持ちよくて仕方ない。

 

「んくっ、んんッ……んっ、むぁっ……ぼーやん、んっ……もっと、して」

 

 切なげな彼女の瞳に射抜かれ、俺は再び唇にしゃぶりつく。

 

 バチュ、バチュと抽送を続けながら、アヤの小さい体に覆い被さってキスをむさぼる。再び射精感がこみ上げてくるのは時間の問題だった。腰をうねらせて小刻みなピストンに移行し、膣中で肉棒をしごいていく。

 

 さらに体重を掛けたら、彼女の胸元にある手首が挟まれて痛そうだ。

 俺はキスを中断してアヤの手首をつかむと、枕元に押し付けた。

 

 ブラウスがさらにめくれて、彼女の白い二の腕と腋があらわになる。

 

「縛られて俺に犯されてるアヤ、すごくエッチだよ」

 

 言いながら彼女の二の腕に吸い付いた。汗を吸い取るようにして赤いキスマークを刻む。

 

「あッ、んんっ」

 

 印を刻みながら二の腕を舐め、なめらかな腋の下へ顔を埋める。

 

「やぁっ、あっ……そこ、だめっ……んんんッ」

 

 腋の下のくぼみを舌先でえぐるように舐め、ちゅうっと吸い付く。さらに脇腹にも吸引のあとを付け、徐々に胸元のふくらみへと迫っていった。

 

「アヤ、おっぱい吸うね?」

 

 彼女の意識をそこに向けるためにあえて言う。

 

「うん、いいよ……」

 

 汗で湿った乳房にしゃぶりつく。口を大きく広げて柔肉を吸い上げ、舌で乳首を転がす。ちゅうちゅうと吸引しながら彼女の柔乳が伸び、口を離すとたぷんと揺れながら胸元へと戻っていく。

 

「あぁっ、ん……おっぱい、おいしい……?」

 

 優しく聞いてくるアヤが可愛くて仕方がない。

 

「美味しいよ。柔らかくてやみつきになりそうだ」

 

「そっか……んっ、はぁっ、んんッ……」

 

 片手で枕元の両手首を押さえつけたまま、もう片方の手で乳房をすくう。むにゅうと握り、集まった柔乳を舐め回す。

 乳輪を舌先でえぐり、敏感な乳首をれろ、れろと舐め弾く。軽く甘噛みすればクニュとした柔らかい弾力があり、その触感がたまらない。

 

「あぁんッ、あっ、あっ……んッ、ああぁっ……」

 

 アヤの嬌声が甲高く、激しいものになっていく。俺に両手を拘束され、乳房を舐られ、膣を小刻みに出し入れされて、性感が極まっているのだろう。

 

 さっきの絶頂がまだ収まっていない状態でここまで責められて、彼女はどれほどの快楽を刻み付けられているのだろうか。

 

 俺はさらにアヤを感じさせるために、彼女の裸を強く抱き締めた。胸板で乳房を押し潰し、お腹同士がくっつくほど密着させる。

 

「んうぅぅぅぅっ……ッ」

 

 股間の密着も強まったせいか、彼女が苦しげな声を上げて絶頂した。きゅうぅっと肉棒が膣肉に圧迫されて腰が震える。

 

「アヤ、またイったね。イってるときのアヤ、すごく可愛いくてたまんない。もっとイかせたくなる」

 

 細くて柔らかい体を強く抱き締めながら、すぐそばの彼女の耳元に思いをささやく。

 アヤを好きな気持ちが全身からあふれ出し、腰の動きがより速度を増していく。

 小刻みなピストンなのに下半身からパンパンパンと小気味のいい音が響き出した。

 

「アヤの中、気持ちいいよ。全部ひとり占めにしたい。ほんとは嫌というほど犯して、隅々まで犯しまくって、アヤの体も心も俺に縛り付けたい。全部、可愛いところも可愛くないところも、未来も全部、誰にも渡さない……全部俺のものだ」

 

 耳元で思いのたけをぶつける。切実な願望も汚い劣情もめいっぱい伝える。

 アヤの本音を引っ張り出すために。アヤが心を吐き出しやすくするために。

 えぐるような抽送を続けながら、彼女の中に刻み付ける。

 

「わたし、もっ……あッ、んっ……わたしも、同じ」

 

 彼女が喘ぎながらも、必死に言葉を紡ぐ。

 

「ぼーやんの全部、ほしい……わたしたくない、ずっと……わたしのぼーやんで、いて……」

 

 宙に浮かんでいた彼女の脚が、俺の腰を挟む。

 

 アヤの心が氷解していくのを感じる。

 

「だから、わたしだけっ……わたしのことだけ――」

 

 その言葉を、先に言わせるわけにはいかない。

 

「アヤ、ずっと俺のことだけ見てて」

 

 腰にしがみついていた彼女の脚がぎゅうっと巻き付いてきた。膣奥が肉棒に吸い付き、膣内の圧迫が強くなる。アヤが全身で俺を欲しがっているのを感じる。

 

「ぼーやんも……わたしだけ、見てっ……」

 

 彼女の目に涙が浮かび、こぼれ落ちた。

 

「ああ、一生アヤだけを見てるよ」

 

「わたしも、ぼーやんだけ……ずっと」

 

 もう、多分言葉はいらない。

 俺はアヤの両手首を縛っていたネクタイを解いた。

 

 彼女の細い腕が求めるように伸びてきて、俺の首に巻きつく。

 互いが互いにしがみつき、体同士が隙間なく密着する。

 

「ぼーやんと、こうしてるの……んッ、きもちいい、の……もう、離さないで」

 

「絶対に離さないよ」

 

 俺は腰をくねらせ、彼女の奥を深く突いた。

 

「ああぁっ、ん゛ッ……ぼーやんの、おくっ……」

 

 再び腰だけをくねらせて、これ以上ないくらいの奥深くに肉棒を押し込んでいく。

 亀頭を膣奥に押し付けながら、子宮口を突くように小刻みに腰を振る。

 

「あっ、うそっ……あ゛んっ、あっダメ、んッ……すごい、のっ、すごいの、きちゃうっ……」

 

「俺も、もうイく」

 

「あ゛ぁっ、イくっ……あッ、あっあっあっあッ、イく、イっちゃうっ、ぼーやんっ」

 

「いいよ、アヤ……一緒にイこう」

 

「あっだめっ、イっ、くッ……あ゛ぁっ、あッ、あっあっあっあッ……」

 

「アヤ、出る! ぐっ、ぁ――」

 

「あ゛っ……あああぁぁぁッ――ん゛んっ、んうぅぅぅぅっ――――ッッ」

 

 ビュルルルッ、ビュルルルッと精液があふれ出す。

 強烈な絶頂に襲われ声が出せない。代わりに脳内ではずっと喘ぎ声を発し続けている。

 彼女の胎内に種付け汁を注ぎ込んでいる感覚がたまらない。

 

 互いに強く抱き締め合ったまま、俺はアヤの膣奥に射精し続けた。

 

 

 

 

 どれくらい時が経ったのか、もう分からない。

 

 いつもそうだ。アヤを抱くと時間の感覚が消え失せてしまう。

 

 ふとカーテンのほうを見れば、外はもう真っ暗だった。

 

 電気をつけずにセックスを始めたせいで部屋の中は真っ暗だ。ただ俺の腕の中には確かな温もりがある。

 

 ふわりと、頬に柔らかい手のひらが添えられた。

 彼女も意識が戻ってきたのだろう。

 

「ぼーやん」

 

 すぐそばでささやかれた甘く可愛い声に、心が満たされていく。

 見えなくても彼女が今微笑んでいるのが分かる。

 

「なに、アヤ?」

 

「大好き……」

 

「俺もだよ。アヤ……大好きだ」

 

 自然と唇が重なる。

 

 俺たちは繋がったまま、気が済むまで舌を絡ませ合った。

 

 




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泣き虫な幼馴染の全部を受け止めた(百六十九日目・金 深夜)

 

 息を吸って、吐く。

 

 ぴったりと密着した彼女の胸が、同じタイミングで浮き沈みする。

 互いの呼吸が寸分違わず合い、まるで一つの生き物になったようだった。

 

 彼女の熱い体温が俺の中を巡り、肌と肉棒を通して彼女に還っていく。そんな一体感に、俺は味わったことがないほどの幸福を感じていた。

 

 やがて、互いの鼓動が落ち着いてくる。

 

「アヤ、このまま寝ちゃってもいいよ」

 

 すぐそばにある耳元にささやく。

 

「ぼーやん……ねむいんでしょ」

 

 さっそく見破られた。

 彼女の温かい体を抱いていると、どうにも眠気が襲ってきてしまう。この心地いい柔らかさも悪い。

 

「アヤが眠そうだなと思って」

 

「ううん……起きる。シャワー浴びたいし、あと……夕飯食べよ? 私、作るから」

 

「食べる」

 

 俺は食い気味に即答した。

 

 

 のそのそと起き上がり、アヤの手を引いて起こす。

 

 真っ暗な部屋の中、枕元に用意してあったウェットティッシュや普通のティッシュでお互いの体を拭き合い、脱ぎ捨てていたパンツとズボンを穿いた。

 

 手を繋ぎながら二人で部屋を出て、薄暗い廊下を歩く。

 

「なんか、昔ぼーやんがウチ泊まりに来たときみたい」

 

 確かに小学生の頃、アヤの家にお泊まりしたときもこうして夜、暗い廊下をトイレまで歩いた記憶がある。

 でもそのときは。

 

「こうやって二人で、手を繋いで歩くのは初めてじゃない? どっちかっていうと昔林を探検したときみたいだなと思ったよ」

 

「あ、確かに」

 

 ちょっと楽しそうな話す彼女の手を引き、階段を降りる。

 玄関を通り過ぎ、暗い廊下を進み、洗面所にたどり着いた。

 

 壁をなぞりながら明かりのスイッチを入れると、振り向く。

 

「うっ……」

 

「え、なに?」

 

 思わず唸ってしまった俺に、アヤがびっくりした声を上げる。背後をチラリと見ているので、お化けか何かだと思ったのだろうか。

 

 正直、お化けがいても目に入らなかっただろう。

 それほど俺の視線は、彼女の煽情的な格好に釘付けになっていた。

 

 全裸に、白いブラウス一枚。

 胸元は第二ボタンまで外され、汗に濡れた首筋や胸の谷間が見えている。張り付いたブラウスが体の輪郭を際立たせ、二つのふくらみの頂には突起が透けている。

 ブラウスの裾からは白い太ももが伸び、デリケートゾーンが見えそうで見えない。

 

 さっきまで隅々まで裸を堪能していたというのに、この中途半端に隠された姿も息をのむほどエロいから困る。

 

「……ごめん、アヤの格好が可愛すぎて見惚れてた」

 

「う……なんじゃそりゃ」

 

 言いながら彼女がタックルしてくる。体を寄せれば俺から露出部分を隠せると思ったのだろう。

 

 やばい。立て続けに二回も射精したのにもう勃起しそうだ。

 

「……シャワー、アヤも一緒に浴びる?」

 

「うん……あ、やっぱだめっ。服、洗濯しなきゃだし……ぼーやんのも」

 

「そっか」

 

「それに……一緒に入ったら出てこれなくなりそうだし」

 

 その瞬間、風呂場でアヤを後背位で犯しまくる光景が思い浮かんだ。

 確かに一緒に入ったが最後、朝まで抱き潰してしまう気がする。

 

「さ、ぼーやん先入った入った。洗うから制服とかシャツとか脱いで」

 

 彼女に促されてワイシャツや肌着、ズボンやトランクスを脱ぐ。

 全裸になり、服を彼女に手渡す。

 

 俺の股間から恥ずかしそうに目を逸らすアヤを襲いたくなったが、ぐっと堪えて風呂場に入った。

 

 

 ざっとシャワーで汗を洗い流して五分くらいで出ると、バスタオルを体に巻いた彼女がいた。

 

「あ、ぼーやん早いね。はいこれタオル」

 

「ありがとう」

 

 なんとなく彼女が俺の裸を凝視しているような気がして、妙に恥ずかしい。

 

「パジャマそこに置いてあるから」

 

「うん、ありがとう」

 

「じゃあ私もささっと浴びてくるね。リビングで待ってて」

 

「ああ、分かった。暖房付けておくよ」

 

 バスタオルを脱ぎ捨て風呂場へ入っていくアヤの白い後ろ姿を見送り、俺は用意されたパジャマを手に取る。

 

 上下緑色のスウェットだった。てっきりお父さんかヒロト君のパジャマを借りるものと思っていたが、考えていれば二人とも俺とはサイズが合わない。

 だから、これもアヤが俺のために買ってくれたものだろう。

 

 俺は体を拭くとスウェットに袖を通し、リビングへと向かった。

 

 

***

 

 

 リビングのソファーから、ぼーっと窓の外を眺める。

 

 カーテンの隙間からは地上に降り注ぐ粉雪が見える。いつの間にか雪が降り始めていたようだ。

 

 静かなアヤの家に、遠くでシャワーの音だけが響いている。

 

 緑のスウェットはほのかに柔軟剤の香りがした。彼女と同じ匂いだ。

 

 その落ち着く香りに身を委ねていると、シャワーの音が止んだ。

 

 しばらく待っていると、トタトタと彼女が歩いてくる音が聞こえてくる。

 

「ぼーやんお待たせ~」

 

「うっ……」

 

 湯上がりのアヤに、魂を打ち抜かれる。

 彼女は白いモコモコしたパーカーに、下は薄い生地の水色ジャージ姿だった。ショートの茶髪はハーフアップで結ばれており、白いうなじが見えている。

 

 なんてことないラフな格好なのだが、お湯で火照った頬や漂うシャンプーの香り、うっすらと湿った髪の毛がなんとも色っぽくて、俺の股間がまた直立しそうになる。

 

「ぼーやん、また『うっ』て言った」

 

 唇を尖らせる仕草も、見惚れるほど可愛い。

 きっと体も心もリラックスしているせいで、無防備に色気を醸し出してしまっているのだろう。

 

「ああごめん、またアヤに見惚れちゃってたわ」

 

「私もぼーやんに見惚れちゃうことあるよ? たくさん」

 

 からかわれたお返し、という口調だ。

 俺は事実を言ったのだが、どうもアヤは真に受けていないっぽい。

 

「お腹すいたし一緒に何か作ろうか? 外は雪降ってるから出前も難しそうだし」

 

「え、雪!? おわっ……ほんとだ」

 

 彼女がドタドタと前を横切り、カーテンを勢いよく開けた。

 

「このぶんだと、明日は積もりそうだね」

 

「あ、じゃあ雪合戦しようよ!」

 

 アヤが少年のような顔で振り向く。

 

「いいよ。俺負けないから」

 

「私もなかなかのもんだよ? 負けても恨まないでね」

 

 不敵な笑みを浮かべるアヤと明日の約束をしたところで、お腹がぐぅと鳴ってしまった。

 

「あ、ごめんごめんっ、お腹すいたよね。ハンバーグでいい?」

 

「ハンバーグ、もしかしてアヤが作ってくれるの?」

 

「うん……練習したんだ。前にぼーやん、私が作ってる夢見たって言ってたでしょ、その……一緒に暮らしてる夢だったって。だから練習した、食べてっ」

 

「もちろん食べる」

 

「んふ、いい返事だね」

 

 そう言うとアヤはまた俺の前を横切り、上機嫌にキッチンへと向かった。

 

 

 

 

「……で、どう? お味のほうは」

 

 ソファーの隣に座ったアヤが、緊張した面持ちで覗き込んでくる。

 

「こんなにうまいハンバーグ初めて食べたかも」

 

「お、そっか! よかったぁ~……最初ヒロトに食べさせたときは『姉ちゃんこれ味しねー』ってめっちゃ文句言われたんだよ」

 

「このチョコも、めちゃめちゃ美味しいよ」

 

「ふふ……まごころいっぱい詰めたからね」

 

 皿の上に二十個ほど乗っかったチョコをつまみに、ハンバーグを頬張る。

 

 ふとリビングの時計を見る。もう日付が変わる頃だった。

 俺たちはいったい何時間、情事に(ふけ)っていたのだろうか。

 

 アヤを見れば、満足そうにハンバーグを口に運んでいる。その両眉がふっと上がった。これは彼女がささやかなイタズラをひらめいたときの顔だ。

 

「そーだぼーやん、ビールでも飲もっか」

 

 いひひ、と笑う顔が可愛い。確かになかなかの悪だくみだ。

 まあ、彼女も本気ではないだろうけど。

 

「いや、アヤお酒弱いよね。シャンパン一口くらいしか飲め……」

 

 しまった。これは未来の記憶で見た彼女だった。

 

「ぼーやん、私お酒まだ飲んだことないよ……」

 

「予想だよ。アヤは多分、お酒飲んだらすぐ赤くなっちゃうなと思って」

 

「赤くならないし」

 

「どうかな」

 

「ならないし」

 

 ぷくっと膨れる桃色の頬が可愛い。

 

 二人で深夜に他愛ない話をして、彼女の手作り料理を食べていると、本当に同棲しているような気分になる。

 

「ぼーやん」

 

「ん?」

 

「なんか私たち、一緒に住んでるみたいだね」

 

「多分、同棲し始めたらこういう毎日が続くんだと思うよ」

 

 ささいなことに笑い合える日々がずっと続くんだ。だから、何も恐れる必要はない。

 

「そっか……楽しみだな」

 

 彼女がふんわりと微笑む。さっきの思いをぶつけ合うようなセックスを経て、すごく素直になった気がする。

 

 俺はハンバーグのお皿をテーブルに置いて、アヤに向き直った。

 

「アヤ、大事な話がある」

 

「ん、なに?」

 

 この切り出し方で、まったく警戒せずにハンバーグを頬張る姿が愛おしい。

 

「専属の話、断ったよ」

 

 ゴクン、と彼女が口の中のものを飲み込んだ。

 

「えっ、えと……どうして?」

 

 アヤを不安にさせたくないから。嫉妬を抱いたまま過ごしてほしくないから。嫉妬の反動で快楽に依存する姿なんて見たくないから。

 

 そんなことを言ったら、きっと彼女は責任を感じてしまうだろう。だから用意していた言葉を告げる。

 

「千春さんに頼ってたら、自分の力で稼げる男になれないと思って。そう思って、専属にならなくても二人で十分な暮らしができるように、別の……もっといい仕事先を探してたんだ」

 

 あんなに忙しい日々を過ごさなくてもいいように。

 アヤとできるだけ多くの時間を過ごせるように。

 少しでも寂しいって思わせないように。

 不安なんて、微塵も感じさせないほどそばに寄り添うために。

 

「で、いい感じのところが見つかりそうだよ」

 

「……そう、なんだ」

 

 アヤは、無表情だった。

 でもその顔がだんだんと赤みを帯びていく。下唇を噛み、目端に涙を浮かべ始める。

 

「アヤ……?」

 

 トスン、と彼女の頭が俺の胸に飛び込んできた。

 

「ぼーやん……ありがとね」

 

 涙を押し殺した声でアヤがつぶやく。

 

 これはマズいな。いろいろと勘付かれている気がする。

 

「なにが? 別にお礼を言われるようなことじゃないよ」

 

 とりあえずシラを切ってみる。

 

「……ぼーやんのばか」

 

 ついに俺のスウェットに顔を埋めてしまった。

 

 震える頭を撫でていると、アヤが少しだけ顔を浮かせる。

 

「私もね……ばかなんだ」

 

「そうなの?」

 

 彼女が何かを言いかけて、止める。喉に詰まった思いを必死に吐き出そうとしているようだ。

 

 俺は静かに、アヤが口を開くのを待つ。

 

 

「私、ね……千春さんに、嫉妬してたんだ」

 

 その言葉がフタをしていたのだろう。(せき)を切ったように、彼女が話し出す。

 

「ぼーやんは絶対にそんなことないって、分かってるのに。なのにすごく不安で……こわくて、絶対、ぼーやんはそんなことないのに。いつも私を見てくれてるのに」

 

 アヤが鼻をすする。涙混じりの声が震えている。

 

「それなのに、ぼーやんが千春さんの話するたびに、嫌だなって……仕事にも、行ってほしくないなって、思っちゃって……ごめんね。私、ぼーやんをちょっとでも疑うなんて、どうかしてるって思ってるのに、なのに……気持ちがあふれて止まらなくて」

 

 ガクガクと震えだす肩をそっと包む。全部吐き出していいんだと、抱き締めることで伝える。

 

「こんな気持ち、ぼーやんに知られたくない。こんな汚い感情、知られちゃったら……愛想つかされちゃうかもって思ったら……こわくて、どうしようもなくて……だからせめて気づかれないようにって、笑顔で送り出してあげようって、思ってて」

 

 ぐちゃぐちゃな思いを、アヤが一つ一つ言葉にしていく。

 

「だから我慢しようって……我慢したらきっと、ぼーやんと幸せになれるからって……そう思ったんだけど、ごめんね。私、アホな子だから……こんな気持ちも、ぼーやんに知ってほしいって、さっき……お風呂でね、思っちゃたんだ」

 

 彼女の手が、俺のスウェットを握る。まるで叱られることに怯える子どものようだ。

 

「おねがいぼーやん、私のこと、嫌いにならないでっ……ずっと、好きでいて。私、こんなだけど、頑張って……ぼーやんとずっと一緒にいたい。一緒に暮らして、結婚して、あったかい家庭作って……それで、天国に行ってからも、一緒に……」

 

 そこからはもう、言葉になっていなかった。

 押し寄せる思いや涙がもう止まらないのだろう。

 

 どの未来でも、アヤは本音を心の奥に隠していた。

 それほど、汚い自分をさらけ出すのは覚悟のいることだったんだ。

 

 そんな彼女が、勇気を振り絞って本音を伝えてくれた。

 

 本当に、アヤはアホの子だ。

 最高に可愛くて、愛おしくて……こんな子を――。

 

「嫌いになんて、なるわけないだろ」

 

 彼女の肩がビクッと震える。

 

「俺がどれだけ昔からアヤのことだけ見てきたか、知ってる?」

 

「ご、ごべん、知らなくて……」

 

 まったく。俺の片思いの歴史を語って聞かせたら、三日三晩じゃ収まりそうにないっていうのに。

 

「俺はアヤの全部が好きなんだ。可愛いところもアホなところも全部。だから、こうやってアホな子の部分も見せてくれて、本当に嬉しい」

 

「ぞんなに、アホって言わないでよぉ……」

 

 本当に、この子は。

 

 ああそうか。

 この感情が。

 

「愛してるよ、アヤ」

 

「う゛ぇっ!? ……わ、私も」

 

 アヤが慌てて顔を上げた。

 顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。表情もくしゃっと歪んでいて、きっと他の人が見たら引いてしまうのだろう。

 

 こんなに可愛い泣き顔もないと思うのだが。

 

「私も、愛してる」

 

 アヤが眉間にぎゅっとシワを寄せた。びっくりするほどのしかめっ面。

 彼女が、一番嬉しいときの顔だ。

 

「俺もだよ」

 

 そう念押しして頭を撫でると、ついに彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。

 相変わらず、アヤは泣き虫だ。

 

 

 ――――。

 

 

 そのとき、最後のピースがカチリとはまった気がした。

 

 不確定だった未来があるべき場所に収まったような感覚。

 

 真っ暗闇だったビジョンに、一つ、二つと灯りがともっていく。

 

 どうやら、またアヤに助けられたらしい。

 

 彼女が恐怖を飛び越えて本音を明かしてくれたおかげで、二人の幸せな未来が拓けた。

 

 直感が、新しい未来を急ピッチでシミュレーションし始めている。

 

「アヤ、ありがとう」

 

 外では雪がしんしんと降っている。

 

 静かな家の中で、俺は泣きじゃくるアヤをずっと抱き締め続けた。

 

 




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幼馴染と甘く幸せな夜に身を委ねた(百六十九日目・金 深夜)

 時計を見ると、深夜一時を回っていた。

 

 アヤは俺の胸の中にずっと顔を埋めている。震えはとうに収まり、今はときどき鼻をすする音が聞こえてくるくらいだ。

 もしかしたら、もう眠ってしまったのかもしれない。

 

 ベッドに運ぶか。

 そう思っていたら、彼女がモゾモゾと動き出した。

 

「ごめん、ぼーやん。……顔洗ってくるね」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

「うん、いってくる」

 

 アヤが体を起こし洗面所へと歩いていく。

 

 ずっと抱き締めていたからだろう。急に温もりの消えた胸元が寒い。俺はリビングの暖房を二度上げた。

 

 

 しばらくすると鼻を赤くしたアヤが戻ってきた。

 その顔はすっきりとしていて、上機嫌そうないつもの表情を浮かべている。

 

「ぼーやん、もう眠たい?」

 

「アヤこそもう眠たいんじゃない?」

 

「私はまだ平気だし」

 

 言いながらソファーにぼふっと腰を落とす。そのままぴたっと体を寄せてきた。二の腕に彼女のおっぱいの感触が当たる。

 ……どうやら白いパーカーの下はブラジャーを付けていないようだ。

 

「じゃあ今夜はオールしようか」

 

「んふ、ぼーやん悪い子だ~」

 

 そう言って俺の肩に顎を乗っけてきた。むにゅうと二の腕が柔らかい谷間に挟まれ、トロンとした二重の瞳が上目遣いで見つめてくる。

 

「うっ……」

 

 なんだこの可愛さは。

 きっとこの家がアヤのホームで、たくさん泣いてリラックスしきって、本音を吐き出し素直になれて、眠気も相まっているからだろう。いつになく彼女が甘えてくる。

 

「あ、またぼーやん『うっ』って言った~。……見惚れちゃった? なんちゃって」

 

 語尾にハートマークが付いてそうな声色だ。

 

「うぅっ……」

 

 これが、素のアヤなのだろうか。

 凄まじい破壊力に、果たして俺は同棲生活で理性がもつのかと不安になる。

 

「あ、映画でも観る? ぼーやんと一緒に観たいのがあってね」

 

 幼い感じの口調が可愛いらしい。まるで小学校時代に戻ったみたいだ。

 これは相当に眠いのだろう。思えばアヤとこんな深夜まで起きていたのは初めてだし、寝るのが大好きな彼女はオールするのも初めてのことだろう。

 

 心底俺に気を許したんだなという嬉しさと、その無防備さが妙にエロくて襲いたい気持ちが心の中でせめぎ合う。

 

 そんな俺の葛藤など気にも留めず、アヤはテレビを付けて動画配信サービスに画面を切り替えていた。

 

 

 テレビの中では、CGの小さい男の子が猫の女の子に手を引かれてジャングルを進んでいた。

 

 てっきりアヤのことだからゾンビものでも観たいのかと思いきや、選んだのは子ども向けのファミリー映画だった。

 

 彼女はソファーのクッションを抱いて、食い入るように画面を見つめている。でもこの映画は確か。

 

「これって、アヤは観たことあるやつじゃない?」

 

 そう、以前何度か感想を聞いたことのある彼女のお気に入り映画だ。

 だから中学校に忘れ物を届けに行った日、本当だったらこの映画の続編を観に行く予定だった。ラブホに直行したせいで、あの日は結局観に行けなかったが。

 

「そーだよ。でもぼーやん、これ実は観たことないでしょ」

 

「……バレてたか」

 

 当時、アヤが続編を観たがっているのを知っていた。だから俺はさも前作を履修済みかのような顔をして、彼女を続編の鑑賞に誘ったのだ。

 

「うん、わかってたよ」

 

「そっか、ごめん」

 

「ううん……ぼーやんありがと」

 

 彼女の頭がトンと俺の二の腕に寄りかかってくる。思わずキスをしたくなったが、それでは鑑賞の邪魔になってしまう。

 

 また悶々としていると、映画はちょうどクライマックスを迎えるところだった。

 

 今まで猫の女の子に引っ張られるばかりだった男の子が、心を奮い立たせて女の子を守り、虚勢を張ってリードしている。「ぼくが守るよ」と健気に言う姿には胸が熱くなった。設定では確か5歳くらいなのに、とても勇気のある少年だ。

 

 ふと、隣からグスっと鼻をすする音が聞こえた。

 見ればアヤが画面を見つめながら泣いている。相変わらず泣き虫だなと思いつつ、とても泣くようなシーンにも見えない。

 

「アヤ、大丈夫?」

 

「うん、なんか……涙出ちゃって」

 

 そのまま映画は終わり、エンドロールが流れ出す。

 

 彼女はティッシュ箱から大量の紙を取り出し、涙や鼻を拭いていた。

 

「面白かったね。でもまさかアヤがこんなに泣くとは」

 

「私もこの映画で泣いたの初めて」

 

「そうなの?」

 

「うん……私もよく分かんないんだけどさ、なんかあの子たちが頑張っているの見てたら、頑張ってるな、かわいいなって思って……そしたらなんだか涙出てきちゃった」

 

「そうなんだ」

 

「ぼーやんと一緒に観れたからかな」

 

「俺?」

 

 するとアヤが俺の胸にしなだれかかってきた。俺の心臓の鼓動を聞くように、胸板に耳を当てている。

 

「私ね、ここで一緒に映画観たこと、きっと一生忘れないよ」

 

「俺もだよ」

 

「なんか……家族っていいね。私、ぼーやん好きだな……この気持ち、忘れたくない」

 

 眠気のせいなのか彼女の言葉はふわふわしている。でも、どれも思いの詰まった意味のある言葉だった。

 

 時計を見るともう深夜の三時。

 アヤはもう寝息のような呼吸をしている。

 

「ぼーやん、明日雪合戦しようね……」

 

 まるで寝言のようなつぶやきだ。そろそろ眠気が限界なのだろう。

 

「アヤ、ベッドで寝ようか。ここだと風邪引くよ」

 

 小さい子どものようにしがみつきながら、彼女が俺のスウェットの上から胸板にキスをした。

 

「……ベッドで、寝るだけ?」

 

 駄々をこねるような、誘惑するようなつぶやきに股間が反応してしまう。というか、甘えモードの彼女にさっきから正直勃起しっぱなしだ。

 

「そんなこと言うと襲うよ」

 

「一日二回って言ったくせに」

 

「もう日付変わってるから、リセットされた」

 

「ぼーやんのえっち」

 

 今までで一番甘い声でアヤがささやく。

 

「そうだよ。さっきからアヤとしたくてたまらないんだ」

 

「うん…………もう一回、しよ?」

 

 耳と頬を真っ赤にしておねだりする彼女に、俺の肉棒が限界まで膨張する。

 

 アヤを抱き締めながら横抱きにし、そのまま立ち上がる。すると彼女が胸の中でぎゅっとしがみついてきた。

 

 初めてのお姫様抱っこだが、密着してきているせいか小さい体はほとんど重さを感じない。俺がそんなの感じる余裕もないくらい興奮しているせいもあるだろう。

 

 アヤを抱えてリビングを出る。寒くて暗い階段を上がり、廊下を歩き、彼女の部屋に入る。

 

 

 暖房を付けっぱなしだったアヤの部屋は、暑さがこもっていた。これなら今すぐ全裸になっても平気そうだ。

 

 彼女をそっと床に下ろす。そのまま頬に手を添えると、アヤもじっとこちらを見つめているのが分かる。暗闇の中で顔を寄せると自然と唇が重なり、舌が絡まる。

 

「んっ、んむっ……ぁ、ん……んちゅっ、じゅるっ……れぇ、ぇぁ……」

 

 静かな部屋にくちゅくちゅとキス音が響く。求め合う舌の感触がたまらなく気持ちいい。室内の暖かさも相まって頭がぼうっとしてくる。

 

 俺は上のスウェットを脱いで床に落とした。火照った体が外気に触れて涼しい。

 

「アヤも脱いで」

 

「うん……あっ、んッ……」

 

 彼女がパーカーの裾を持ち上げるのと同時に、その中に手を入れて柔らかくて大きなおっぱいをつかむ。先端の突起はもう硬く尖り立っていた。

 

「アヤの乳首、すごく硬くなってる」

 

「だってっ……んんッ」

 

 パーカーを持つ手がヘソのあたりで止まったので、俺も脱がすのを手伝う。バンザイをさせるようにして服を引っ張り抜き、それも床に落とす。

 

 再びキスをしながら抱き締め、上裸の生肌をこすり付け合う。少し汗ばんだ乳房が押し付けられて心地いい。

 

 ジャージの中に手を入れながら下ろしていく。あらわになった下着の内側へ手のひらを滑り込ませると、アソコがぐっしょりと濡れていた。

 

「ここ、ぐしょぐしょだ。いつから濡れてたの?」

 

「んぅッ……わ、かんないっ……ずっとかも」

 

「ずっとこんなにしてたんだ。エッチなアヤもすごく可愛いよ」

 

「んッ、あっ……あんっ……ん、はぁっ、あっ、あッ……」

 

 パンツをずり下ろしながら濡れそぼる割れ目に指を埋める。絡みついてくる蜜液をかき混ぜるように愛撫すると、アヤが腰をガクガクと震わせて絶頂した。

 

「んうぅぅぅっ……んッ、く……んっ、んむっ……んちゅぅ、ぢゅるっ、んんッ」

 

 快楽に悶える口をキスで塞ぎ、下と上から快感を与え続ける。抱き締める彼女の体は眠気と火照りでゆるみきっていて、どこまでも柔らかい。

 

 熱い体にキスの雨を降らせながら腰を下ろす。アヤのジャージとパンツをくるぶしまで脱がし、全裸にする。

 

 立ち上がると彼女が俺の股間に触れた。トランクスは洗濯機の中なので、スウェットズボンの下には何も穿いていない。布地越しに手のひらで肉棒の輪郭を確かめられ、思わず股間が震えた。

 

「私も、脱がすね」

 

 全裸のアヤがしゃがみ込み、ズボンをおそるおそるといった感じで下ろしてきた。途中、ガチガチに勃起したペニスが布地に引っ掛かる。彼女は一瞬戸惑うも、ズボンを手前に引っ張ることで肉棒を解放した。

 

「あ……さっきより、おっきい……?」

 

 アヤの熱いため息が股間に掛かり、こそばゆさと快感がせり上がってくる。

 立ち上がった彼女にすかさずキスをし、顎、首筋、肩へと舌を這わせていく。

 

「あっ、あんッ……んっ、ぼーやん……ベッド、いこ……?」

 

「そうだね」

 

 この場でアヤを犯したいという衝動と、ベッドで激しく交わりたいという欲望に葛藤しながら、彼女の体をゆっくり押していく。

 

 俺たちはもつれ合いながらベッドに倒れ込むと、互いの体を激しく求めるように手や足を絡ませた。

 

「やばい、アヤの体……すごく気持ちいい」

 

 快楽を求めるように肌をこすり合わせる。太ももが触れ合い、柔らかい乳房と俺の胸板が密着し、互いの手がマッサージするように愛撫し合う。快楽をむさぼるように唇を吸い合い、相手を気持ちよくさせようと舌が躍り合う。

 

 素直な気持ちを伝え合ったからなのか、アヤと接触するところが全部気持ちよかった。

 

「わたしも、あっ……きもちいい、よっ……ねぇ、も……いい?」

 

「ああ、俺もアヤに挿れたくてたまらない」

 

「うん……あッ、わたし、が……入れたいな」

 

 この上なく興奮する申し出だ。

 

「それ、すごく嬉しい」

 

「ん……じゃあ、寝てて」

 

 促されて仰向けになると、彼女は緩慢な動きで俺の腰にまたがった。反り返る肉棒をつかむと、自身の股ぐらにあてがう。

 

「ぼーやんの、すごく……硬くなってる」

 

「ああ」

 

 返事をする余裕がない。正直アヤに握られているだけで射精しそうだ。

 

「じゃあ、入れるね……んっ、ぅう、ぁっ……」

 

 ヌプリと彼女の膣口を押し開く感触があった。亀頭が熱い粘膜に包まれ、肉竿がきゅうっと圧迫される。

 

「ぅうぅっ……んッ、んんんぅっ……ッ」

 

 ズチュと膣が根元まで飲み込む音がして、腰にアヤの体重が乗っかる。彼女の名器がうねり、肉棒に絡みついてくる。その自らの締め付けによりアヤは軽くイったようだった。

 震えながら俺のお腹あたりに両手を置いてくる。

 

「あぅっ、ん……わたし、動くから……ぼーやん動いちゃ、だめだよ」

 

「ああ、わかった」

 

「んっ……は、ぁッ……んんッ、ふっ、あ……あっ……」

 

 アヤが切なげな嬌声を漏らしながら腰を前後に動かし始めた。ギシ、ギシとベッドが微かにきしみ出す。

 

「んッ、やっ……あぁっ、あっ……ん、きもちいいっ、あっ……ぼーやんの、きもちいいよっ……」

 

「俺も、すごく気持ちいいよ。もう出そうだ」

 

「うんっ、あッ……奥、届いてっ……んっ、あぁっ……また、イっちゃうっ……」

 

 ギシギシと、徐々に彼女の動きが速くなってくる。自分がどうすれば気持ちいいのか、どう動けば俺が気持ちよくなるのかを分かっているようだ。

 

 俺にまたがり騎乗位で腰を振るアヤが艶めかしくて可愛くて、たまらない。上下に動いているわけではないのに、彼女の胸元では豊満な乳房がたぷたぷと揺れている。

 俺は誘われるように両手を伸ばし、その揺れ動く乳毬をむにゅうとつかんだ。

 

「あっ、だめっ、おっぱい……んぁッ、あんっ……乳首、だめだよぉっ、あっ、あぁんっ」

 

 下からすくい上げるように乳房を揉み、乳首をつまんでくりくりと捏ねる。すると膣内の締め付けが強くなり、精巣から熱いものがこみ上げてきた。

 

「乳首で感じてるアヤ、可愛い。この体勢だと全部丸見えだね」

 

「あっ、だめぇっ……ん、あッ、止まんな……い、ぁっ、あっあっあっ、ふぁぁっ、あぁッ……んんんんんっ――ッ」

 

 軽く羞恥を煽ると、彼女は全身を強張らせて絶頂した。荒く呼吸をしながらも、俺がまだイってないからか、アヤは懸命に腰を動かし続ける。

 その健気な姿に、強烈な射精感がせり上がってきた。

 

「ぐっ、俺も……出る」

 

「あっ、んぅっ、イって……わたしの中で、出して……いっぱいっ……」

 

 その瞬間、電流が全身を駆け抜けた。足の指をぐっと握り、全身を力ませる。

 

「うっ、ああぁぁっ……!」

 

 腰が勝手に跳ねてアヤの膣奥を突いた。同時に尻奥から大量のマグマが立ち上り、彼女の中へと放出されていく。目の前が真っ白に染まり昇天してしまいそうな射精だ。

 ドビュッ、ドビュッと肉棒が脈打ち精液を吐き出す。その小刻みな突き上げに、彼女の膣中がぎゅうっと締まった。

 

「んうっ、ぼーやんのっ、びくびくってっ……んんっ、ぁあッ、ぁぁあああっ――――ッッ」

 

 俺の腰のあたりをアヤが必死につかむ。ビクビクと体を痙攣させて強烈な絶頂に襲われているようだ。膣奥が先端に吸い付き、膣口が根元を締め付け、精巣から根こそぎ種付け汁を搾り取っていく。

 

 やがて彼女は繋がったままこちらへ倒れ込んできた。ベタンと重なった肌は汗ばんでいて熱い。俺の体温より数度は火照っているようだ。

 

「はぁっ……ぁッ、はぁっ……ぼーやん」

 

「なに、アヤ」

 

 返事をして、俺も息が上がっているのに気付く。彼女の柔らかい乳房からトクトクと激しい心音が伝わってくるが、俺の鼓動も同じくらい脈打っているのかもしれない。

 

「ぼーやん、好き……大好き」

 

「俺も大好きだよ」

 

「頭、ヘンになっちゃうくらい、好きなの……ぁっ、ん……ずっと、入れてて」

 

「ああ、ずっとこうしてるよ」

 

 彼女のボサボサになった髪を優しく撫でると、その瞳がゆっくりと閉じていくのが分かった。

 

「ぼーやん、キス……して」

 

「ああ」

 

 ふんわりと唇を重ねる。膣内がきゅっと締まり、やんわりとした快感が全身に広がる。

 

 何度かキスをついばんでいると、アヤの唇が徐々に反応しなくなってきた。

 

「おやすみ、アヤ」

 

「……ん、っ」

 

 最後にちょっとだけ唇を尖らせて、彼女は眠りに落ちていった。

 

 俺の肩に乗っかるアヤの頭がわずかに重くなっていく。俺も全身がシーツに沈み込みそうだ。快感の余韻と脱力感が心地いい。

 

 俺たちは繋がり合い、全身を密着させたまま深い眠りに身を委ねた。

 




次話、この卒業編の最終話です。


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卒業式で二人だけの未来をつかみ取った(百九十七日目・金 午後)

 暖かな春の陽気が気持ちいい朝。

 

 生暖かい空気を切って、俺は全力疾走していた。

 

 開きっぱなしのスマホの画面には、アヤからの「急いで~!」という短いメッセージが表示されたままだ。

 

 彼女の家に泊まったバレンタインデーから早三週間。

 

 今日は学校の卒業式だった。

 

 そんな記念すべき日に、俺は絶賛遅刻中だ。

 

 連日連夜仕事を入れまくり、昨日もベッドで明け方まで資料を読み込んでいたら見事に寝坊してしまった。

 もうアヤに「寝ぼーやん」とからかわれても反論できない。

 

 

 正門を通り過ぎ、いつもの校舎ではなく卒業式会場である体育館へと走る。

 

 中に入ると、すでに卒業証書の授与式が始まっていた。俺より出席番号の前の生徒たちが、次々に証書をもらっている。

 

 俺は急いで舞台袖へ駆け込み、ギリギリ列に割り込んだ。

 

 息を落ち着ける間もなく、名前を呼ばれる。

 

「はいっ!」

 

 自分でも驚くほどの大声を張り上げ、校長先生の前に進む。

 証書を受け取って振り向くと、整列した生徒たちの中にアヤを見つけた。

 

 思わず笑いそうになる。

 

 彼女は大粒の涙を流して泣いていた。自分のハンカチはもう使い物にならなくなってしまったのか、隣の女子生徒からハンカチを借りている。

 

 それなのに俺と目が合った瞬間、顔に満面の笑みを浮かべた。号泣しながら満面の笑みを浮かべるという器用な表情に、また笑いそうになる。

 

『寝ぼーやん』

 

 彼女の唇が、そう口パクをした。からかうような表情を浮かべているのを見て、ああこれは一生ネタにされるやつだなと覚悟を決める。

 

 アヤはふっと顔を緩めると、ふんわりと微笑む。

 

『おめでとう』

 

 そう口を動かすのが分かった。

 

 彼女の優しい笑顔がまぶしすぎて、頭がぼーっとしてくる。

 

 少しフラフラになりながら舞台を降り、卒業生の列に混じる。

 

「あれ……」

 

 おかしい。アヤが可愛すぎたにしても、こんなに体がふらつくのは変だ。

 

 やばいと思ったときには、グラリと視界が反転していた。

 

「ぼーやん!」

 

 誰かの叫び声が聞こえる。

 

 ああこれは、あれだ。

 

 寝不足や過労といった言葉が脳裏をよぎる中、俺の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちのいい風に頬を撫でられ、目を覚ます。

 

 天井には見慣れない蛍光灯。

 

 ここは……学校の保健室だ。

 

 どうやら俺は保健室のベッドで寝ていたらしい。

 窓が開いていて、外に大きな桜の木が見える。そよ風に薄桃色の花びらが舞う。

 

「ああ、そっか。やっとたどり着いたんだ」

 

 以前、何度も見ていたゴールの夢。

 それとまったく同じ光景が視界に広がっていた。

 

 ということはアヤも。

 

「ん……ぼーやん?」

 

 俺のお腹のあたりで茶色い頭がモゾモゾと動く。

 彼女が片目をこすりながらこっちを見つめていた。

 

「おはようアヤ」

 

「ん゛ぅぅ、こっちのセリフだし……おはようぼーやん」

 

 長袖の灰色ブレザーを着た彼女が少しだけ体を起こす。

 ブレザーのボタンが全て消失しているのを見るに、きっとカナッペや後輩たちに奪われたのだろう。

 

 白いブラウスは第二ボタンが外れていて、そのわずかな隙間から深い谷間が見えた。起き上がりかけで重力によって下を向いた大きな胸に、目が釘付けになる。これも夢と同じだ。

 

 春のそよ風に、アヤの綺麗な前髪が揺れていた。

 

 ぱっちりとした二重の目元に涙が浮かんでいる。よほど卒業式で泣いたのだろう、頬には涙のあとがくっきり残っていた。

 

「ぼーやん急に倒れたからびっくりしちゃったよ。心臓が口から飛び出るかと思った」

 

「ああ、そうか……心配かけちゃってごめん」

 

「すっごく心配したんだよ。で、慌てて駆け寄ったらさ、ぼーやんスース―寝息立ててるんだもん。心配と安心の大洪水だったよ」

 

「ほんとごめん」

 

「みんなで運んだんだから……後で一緒にお礼言いに行かなきゃ」

 

「それは、ほんとごめん」

 

「……仕事?」

 

 アヤがうかがうように見つめてくる。

 

「うん、立ち上げに加わってる会社の資料読み込んでた」

 

「そうなんだ」

 

「ああ、でもこれからはかなり時間の余裕ができると思う」

 

 そのために頑張ってきた。多分、どの未来の俺よりも。

 

「そうなんだ……すごいね、ぼーやんは」

 

「全部、アヤが可愛いおかげだよ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 彼女が呆れたように微笑む。

 

 でも本当に、そうなんだ。

 

「アヤ、春からは一緒に暮らそう」

 

「……うん」

 

「駅と実家に近いほうがいいよね。マンションとかどう?」

 

 もう、あのアパートで暮らしている光景を夢に見ることはない。それどころか、直感は今も忙しなくシミュレーションをし続けている。

 

 あのバレンタインの夜以来、未来はずっと不確定なままだ。それは同時に無限の可能性が存在するということでもある。

 

「マンションって、ぼーやん気が早すぎじゃない?」

 

「春から同棲と考えるとかなり遅いほうだよ」

 

 忙し過ぎて、新居探しに手が回らなかったことが悔やまれる。

 まあ別に、焦らなくていいだろう。大学に通いながらでもじっくり探せばいい。

 

「あーやっぱそうなんだ……実はさ、私もちょこちょこお家見たりしてるんだ」

 

「へえ、どんなとこ?」

 

「うーん、まあ……そこそこ広いとこ」

 

「広いとこ? 1LDKとか」

 

「えっと、もうちょっと広いほうがいいかも……」

 

「え?」

 

 ふわりと春風が吹き込んできて、彼女のブレザーをはためかせた。

 

 

「ぼーやん」

 

「なに?」

 

「あのね……ぼーやんに、伝えたいことがあるんだ」

 

 妙にかしこまったアヤの表情は、春の陽光のように穏やかだった。

 

 これまで夢で見てきた言いづらそうな、おっかなびっくりな様子は微塵もない。むしろサプライズプレゼントを渡すときのように、うずうずしているといった感じだ。

 

「あのさ」

 

「赤ちゃん、きてくれたんだね」

 

 出鼻をくじかれた彼女が目を丸くする。しかしすぐにふんわりと微笑んだ。

 

「うん、きてくれたよ」

 

「そっか……ありがとう」

 

 目頭が熱くなり、視界がにじむ。

 閉じた口の中で、下唇が震える。

 

 彼女を修学旅行で抱いたあの時から、心の準備はできていたはずなのに。

 体の内側が、痺れるような喜びに満たされていく。

 

 どうやら、彼女を完全に手に入れる永遠の絆ができたらしい。

 

 アヤの手を優しく握ると、細い指がぎゅっと握り返してくる。彼女の顔はこれまで見たどの夢よりも幸せそうだ。

 

 

 ――これが、俺たちのゴールだよ。

 

 

 そう直感に話しかける。

 

 神様の力は、いつだって俺たちを幸せに導こうとしてくれた。

 

 あの千春さんの車の中でのビジョンだって……俺に見せなければアヤの嫉妬を募らせる、直感にとっては最良の結末へ繋がったはずなのに。

 

 この未来に、俺たちの可能性に、賭けてくれたのだろうか。

 

 ゆっくり目を閉じて、祈る。

 

 ここからは俺たちが未来を作るから。

 もういいよ、ありがとう。

 

 

 ――問題ない。

 

 

 相変わらず無機質な返事が、脳内に響いた。

 

 

 ――、――、――、――。

 

 

 頭の中に幾千幾万のビジョンが浮かんでくる。

 未来の記憶の一つ一つが枝分かれし、さらに広がっていく。可能性たちはやがて、まばゆい光となって目の前を覆い尽くし――消えていった。

 

 最後の最後に、俺たちなら大丈夫だと言ってくれた気がする。

 

 

 すーっと視界が晴れ、保健室の光景が戻ってくる。

 

 そこには少しだけ眉間にシワを寄せるアヤがいた。

 

「ぼーやん大丈夫? まだぼーっとする?」

 

「ごめん、ちょっと幸せを噛み締めてた」

 

「そっか……うん、私も」

 

 彼女の前髪がふわりと浮かぶ。窓から舞い込んできたピンクの花びらがその茶色い頭にちょこんと乗った。

 

「そうだアヤ。俺からも大事な話があるんだけど」

 

「なあに?」

 

 まるで包み込むような笑顔に、ドクンと胸が高鳴る。彼女はもう母性に目覚めてしまったのだろうか。

 

 ……いや、アヤは昔からこんな感じだったな。

 

「ちょっと外に行こうか」

 

 ゴールテープは切った。ここからは二人だけの、未知の未来だ。

 それなのに不思議と不安が湧いてこない。俺とアヤなら大丈夫だ。その確信がある。

 

 俺はぼーっと外の桜の木を見つめた。

 

 

 

 

 春の、少し強めの風に桜の花びらが舞い散る。

 

 校舎裏、ちょうど保健室の窓から見える桜の木の下に、俺とアヤは立っていた。

 

 風が吹くたびに彼女のスカートがめくれ上がりそうになり、片手でやんわりと布地を押さえている。とっとと用件を済ませたほうがいいだろう。

 

「アヤ、指輪ある?」

 

「え、うん」

 

 彼女が首元からチェーンに繋がれた指輪を取り出す。

 

「ちょっと貸して」

 

「うん」

 

 俺は指輪を受け取ると、チェーンを外した。

 

「アヤ、手出して」

 

「ほい」

 

 うらめしやでもするように、アヤは両手をゆらりと差し出してきた。

 

 ここまできて俺の行動の意図を察しないとは……妙に勘が鋭いわりに、こういうときは驚くほど鈍かったりする。

 それも彼女の数多ある魅力の一つだ。

 

 まあ、妊娠のことを俺に明かしたばかりだから、今はそちらに気が向いてしまっているのだろう。

 でも今だけは、俺のほうを見てほしい。

 

「じゃあ改めて」

 

「ん?」

 

「アヤ、俺と結婚してください」

 

 人生で一番真剣な顔を作ってプロポーズした。

 

 彼女の瞳が見開かれる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。

 

 でもすぐに、その頬がふにゃりと緩む。泣こうか笑おうか迷っている顔になり、結局どっちつかずの表情に落ち着く。

 

「……はい」

 

 アヤが右手だけを下ろした。

 

 差し出されたままの、左の薬指に婚約指輪をはめる。

 

「結婚指輪は、一緒に選ぼう」

 

「うん、そだね……」

 

 卒業式で大量の涙を流したはずなのに、アヤの目から透明な雫がこぼれ始める。

 

 そのときビュウっと突風が吹き抜けた。

 

「わわっ」

 

 俺は慌てて彼女に近寄り、腰を密着させてスカートがめくれるのを防いだ。アヤのほうも片手でお尻を押さえている。ギリギリセーフだ。

 

「危なかったね」

 

「ちゃんと押さえたし」

 

「そうだね」

 

 よくできましたと、彼女のショートカットを撫でる。乗っかってる花びらが三枚に増えていた。

 思わず笑いそうになると、アヤのほうがクスリと微笑んだ。

 

「ぼーやん、頭に桜ついてるよ」

 

「取ってくれる?」

 

「うん、頭下げて」

 

 彼女の伸ばしてきた手のひらに頬を包まれる。誘われるように頭を下げると、アヤが口づけをしてきた。

 

「ん……」

 

 唇を数秒重ねるだけの、優しいキスだ。

 

 柔らかい感触が離れ、目の前にあった美少女顔がストンと落ちた。つま先立ちをしていたらしい。

 

 俺は再びキスをしようと小さい顎をつまむ。顔を近づけると、彼女が少しだけ気まずそうに眉を寄せた。

 

「いや?」

 

「いや……じゃないんだけど、なんか……人がいっぱい」

 

 アヤがチラリと俺の背後を見る。

 

 振り向くと、いつの間にか多くの生徒たちが校舎裏に集まっていた。

 

 俺たちのただならぬ様子を察知した生徒が他の生徒を呼び、結果大勢が集まってしまったのだろう。気づけば校舎の窓からこっちを見下ろしている生徒もいた。

 

 何やらザワザワと騒いだり、キャーと歓声を上げたりする声が聞こえてくるが、どうでもいい。今の俺にはアヤしか目に入っていない。

 

「俺たちもう、卒業したんだし」

 

「まあ……そうだけど」

 

「もう、いいよね」

 

 優しく微笑みかけると、ふっと肩の荷が下りたように彼女も微笑んだ。

 コクリとうなずき、俺を見つめる。

 

「……うん、いいよ」

 

 小さい顎を上向かせる。

 最近買った新しいリップの味を確かめるように、俺は彼女に唇を重ねた。

 

「んっ……んちゅっ、ぁっ……ぼーやんっ、んむ……んんッ……」

 

 およそ公衆の面前でするには過激なキスだ。でも、アヤも舌を絡ませてくるのだから仕方がない。

 

 唇の密着に呼応するように、二人で抱き締め合う。

 お互いの隙間を温もりで埋め合うと、周りの声も風の音も、すっと聞こえなくなった。

 

 俺は、アヤを自分のものだと見せつけるように。

 アヤは、俺を自分のものだと見せつけるように。

 

 夢中でキスをし続けた。

 

 




ここまでお読みいただき本当に有り難うございます。卒業編、これで完結です。
そしてこの続きを描いた最終巻が【完全書き下ろし】でAmazonやFANZA他から発売されました!
最終巻の各話と簡単なあらすじはこんな感じです↓↓↓

・雪合戦と初めてのシックスナイン
 バレンタインで濃厚なえっちをした翌日、雪合戦をする二人。アヤの両親が今日も帰れないことを知った二人はもう一泊することに。「何をしてもいい」と言うアヤにぼーやんは理性が抑えきれなくなり…。

・【バイトの先輩視点】バイト先で一番可愛い女の子の話
 アヤがバイトする結婚式場の先輩は、ある日彼女が電話で彼氏と話しているのを聞いてしまい…。

・【アヤ視点】バイト先に迎えにきた恋人に我慢できなくなった
 アヤのバイト先に迎えに来るぼーやん。一昨日エッチしたばかりだというのに、アヤは我慢ができず…。

・煽ってくる彼女をバスの中でわからせた
 バイト先にアヤを迎えに行くぼーやん。帰り道、今までにないほど積極的な彼女に理性が決壊したぼーやんはバスの中で…。

・彼女の両親に大事な報告をした
 卒業式の翌日、起こしに来てくれたアヤとともに、彼女の実家へ報告に行く二人。お父さんに殴られる覚悟で報告をするぼーやんだったが…。

・新妻になった幼馴染と二人だけでディナーパーティーをした
 3年後。大学に通いつつ同棲生活を送る二人。久々に夫婦水入らずで近所を買い物デートをしていると、ふと懐かしいバッティングセンターの前でアヤが立ち止まり…。

・酔って素直になった彼女と深い絶頂に溺れた
 ささやかなディナーパーティー。お酒に酔ったアヤは積極的でエロくて可愛くて…そんな彼女を膝に乗せたぼーやんは、無防備な服の中に手を差し入れて…。

・彼女の実家に迎えに行った
 濃厚な時間はあっという間に過ぎ、二人はアヤの実家へと子どもを迎えに行く。事後の火照りを冷ますため、ぼーやんは思い出話をし始める。

・同窓会を彼女とこっそり抜け出した
 学校の同窓会に参加することになった二人。懐かしい面々と再会し、さっそく質問責めに。こっそり抜け出した二人はあの修学旅行の夜を思い出す。

・同窓会の帰り道に懐かしい未来を思い出した
 同窓会の帰り道。ぼーやんは見知らぬ路地で、いつか直感が見せてくれた「とあるヴィジョン」を思い出す。それはあったはずの未来だった。

・夢に見たホテルでイチャ甘な種付けをした
 同窓会の帰り、シティホテルに泊まる二人。初めて来た場所のはずなのにアヤは涙を流し始め…。

・エピローグ: 思い出の場所で神様に願った
 家族旅行で大仏さまのもとへ。アヤに「願い事は叶った?」と聞かれたぼーやんは…。


最終巻は後日譚的なお話でもあるので、基本的にWebには掲載しない予定です。ぜひ書籍版でお楽しみいただければ幸いです。
 ↓
【AmazonKindle】
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CSNNBVCB/
【FANZA】
https://t.co/2lXez5yoWk

ここまで続けることができたのは、応援していただいた皆さまのお陰です。本当にありがとうございます!
今後も、もし需要があればさらっと流してしまったお正月のエピソードや閑話などを不定期で掲載できればいいなと思っています。

またファンティアではIFストーリーを掲載予定です。さらに3月にはなんと紙書籍版の第2巻も発売予定です。
もしご興味があれば、チェックしていただけたら嬉しいです。


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