双子の妹にTS転生した邪悪概念 (アライ)
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双子

幼少期数話やってから本編に入ります


 世の中には一卵性双生児という言葉が有る。

 

 同じゲノムDNA配列を持つ赤ちゃん達の事であり、いわゆるお互いそっくりの双子ちゃんの事を表している。それはまさに生命の輪廻における遺伝というものを体現した様な存在であり、指紋みたいな後天的に生成される特徴以外はほぼ丸っ切り一緒のままに産まれてくる。

 

 もちろん双子という存在において一卵性では無い場合も有るが、まず世間一般で双子と聞けば、一番にそっくりさんを脳内に浮かべる人が多いだろう。恋愛ものからミステリーまで、お互い似た者同士の双子は大活躍すると相場が決まっているのだ。創作等では、やはりそういった題材がよく用いられる以上、印象も残りやすい。

 双子の入れ替わりというものは、それはもう使いふるされたネタに違いないだろう。

 

 

 さて、ここで一つの疑問が浮かんでくる。

 もし入れ替わった双子の存在を当事者以外見抜ける者が居なかったとしたら、果たしてどうなってしまうのだろうか。

 

「パパ、ママ。私はどっち?」

「えっとだな……」

「そうねぇ……」

 

 目の前で繰り広げられるは、クイズ番組でキャスト達が最終問題を前にした時かの様な緊張感。

 そんな雰囲気を主に発しているのは、幼女である。歳は五歳。一度笑えば、老若男女構わず誰もがつられて笑顔になってしまいそうな──そんなどうしようもない愛おしさを内包している可愛い幼女だ。

 

 しかし、その表情はムッとしていた。

 

愛梨(あいり)、かな」

「愛梨ちゃん、だよね?」

 

 その要因や、とてもシンプルなものである。

 

 

「うわああああん! 酷いよ、また間違えられた!」

「ああっ、嘘?! 優愛(ゆあ)ちゃんだったの?!」

「ご、ごめんな。パパ、ちょっと疲れが溜まってるみたいで……」

 

 親としての威厳を守る為に、運命の50:50(フィフティー・フィフティー)に臨んだ両親。

 しかし、結果は惨憺たるものだった。これで四連敗である。

 

 記録は最大で五連敗までいってるので、ここまで来れば最多を更新するのも夢では無い。

 

「つ、次はちゃんと当てるから、な?」

「もう一回だけ、チャンスを……ね?」

「そう言って、また間違えるんだあ! うわああん……!」

 

 こういった時はどうすればいいのか、今しがた名前を間違えられた双子の()()()()である私には、未だにパターンが構築化されていない。

 とはいえ子供的にはどれが正解なのか、全く見当が付かないわけではないが。

 

「ゆー姉、元気だして? パパとママが私達を見分けられないのはいつもの事だから」

「ぐぁっ」

「ウッ」

「愛梨はそれでいいの?! 自分のなまえを、ちゃんと呼んでくれないの……私はとってもかなしいのに……!?」

「それは……もちろん、わ、わたしだってぇ……」

 

 とりあえずここは一緒になって泣いておこう。

 そう決めた、五歳の夏である。

 

「うぅ、ぐすっ……」

「うわああああああああん!」

「ゆ、優愛……! お、落ち着いて……」

「愛梨ちゃん……」

 

 このところだいぶ手慣れてきた泣き真似をもって、双子の姉と一緒になってみた。

 

 すまない。お父さん、お母さん。

 私はそうやって少なくない罪悪感を持ちながら、()の自分の齢にも満たない年若い夫婦へと心の中で謝った。

 

 

 

 

 

 突然だが、私には前世の記憶というものがある。

 IT関連の中小企業で日々働いており、よくあるサラリーマンという存在だった。勤めていた会社は残業こそまあまあ有れどブラックというわけでは無く、しかしホワイトというわけでも無い。特筆すべき所が無い、本当に普通の所だった。

 歳は三十代前半で、未婚の男。これといった趣味も無く、タバコは吸わず、酒も飲み会といった付き合い以外ではほとんど飲まなかった。

 我ながらつまらない人間だったなとは思っている。

 

 そんな風に面白みの無い日常を、ただ惰性で繰り返していたある日の事。

 

 

 目を覚ませば、天井でゆるりと回るシーリングファンが見えた。普段慣れ親しんでいた自室には全く存在しないオブジェクトがお出迎えしてくれた事に、言いしれない気味の悪さを感じてしまう。

 一瞬で冷水を浴びせられた様な感覚に陥り、ここは何処なんだと身体を動かして情報収集を試みようとするが、しかし思い通りにいかない。

 酒を飲みすぎて記憶を失い未だに二日酔いが続いている──自分はそういったタイプでもないため、それは有り得ないだろう。となればこれは、いったい。

 

 そんな風に思案に耽っていれば、突然抗いがたい存在が襲ってきた。

 それは原始的な欲求とでも言おうか、途端に眠くて眠くて堪らなくなってきたのである。原因は多分、今この身が寝かされているベッドのせいだろう。

 

 全てがどうでもなってしまう位に寝心地は最高で、ずっとこのままでいたい気分になってしまう。

 そこそこ良い所のビジネスホテルでも、これ程までにふかふかでは無かった。いったいどんな最高級のベッドを使っているのだろうか。

 

 このままでは寝てしまうと思い、なんとか芽生えていた理性を総動員しながら、自分の置かれている状況を把握しようとした時。

 気が付いたら隣に、赤ちゃんが居た。

 

 困惑しながらも己のいる場所を探ってみれば、何となく揺り篭の中にいるという事が分かった。

 ベッドでは無く、揺り篭。そう、揺り篭だ。大の大人一人(ひとり)では、当然入り切るほど大きくはない小さな籠。そして、度々目に入っていた明らかに小さい自分の手。

 その時やっと自身が何者なのか、理解する事ができた。

 

 

 気が付いたら、赤ん坊になっていた。

 全くもって意味が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前の自分の身に何かがあって──直前の記憶は無いものの、恐らく死んでしまったのだろう──そのまま赤ん坊に転生したのだと、その後の自分は結論付けた。荒唐無稽な話ではあったが、現にこうして身体が小さくなっている以上、そう信じざるをえなかった。

 

 まあ碌でもない死に方をしたんだろうが、それを知る術は分からない。知りたいとも思わなかった。

 どうでも良いと思ってしまっているこの性分のせいなのだろう。毎日を惰性に過ごしていたツケが、やっと巡り巡って訪れたのだ。

 

「双子の姉妹だったよな……どっちが優愛で、どっちが愛梨だっけ……」

「う~ん……どっちだったかしら……」

「……これまずくないか? このまま入れ替わっちゃったりしたら、俺達でも分からなくなるぞ……」

「だ、大丈夫よ。ほくろの位置は違うから、一応判別はできるわ。服の上からじゃ無理だけど……」

 

 二人で喋り込んでいる両親と思われる存在を横目に、一人で考え込む。

 何を言っているかは、まだ理解できなかった。

 

 少し気になるものの、いずれ理解できる様になるだろうから、言語の壁はどうとでもなる。

 しかし、とても険しい別の壁がそこには存在した。

 

 なんと、性別が変わっていた。

 

 最初は全く気が付かなかったが、よくこの身を見てみれば、いつも付いていた筈のモノがどこにも無かった。探してもどこにも無いのだ。間違いなく、女の身だった。

 いわゆるTS(性転換)という超自然的な現象を受けてしまったのだろう。

 

 

 なんて事だ、どうしよう。

 いや、どうしようも無くないか。

 考えるの面倒くさいし、このまま普通に、普通の女の子のフリをしながら過ごしていこう。

 死にたくは無いけど、やっぱり程々に生きていたい。

 

 そんなこんなで、転生を知った初日。

 性転換した事に対して、脳の整理はすぐに終わった。

 

 前世の歳を下回る者達を、お父さんお母さんと呼ぶのは結構な違和感が有ったが、呼び続けていればそういうものだと慣れてしまったのだ。なんたる邪悪。

 

 我ながら早すぎるとは思う。

 

 

 

 

 

 そんな在りし日から、数年の時が経ったある日のこと。

 時期はもうすぐ小学校へと入学する頃だ。

 

「愛梨ぃ……どうして私達、パパとママに分かってもらえないんだろうね……」

 

 血縁上、我が姉にあたる優愛──自分はゆー姉と呼んでいる──が話しかけてきた。

 きっかけは、両親に名前を間違えられた事が原因だろう。

 

 生まれてからすぐ自我が芽生えていた変な自分とは違い、ゆー姉の感覚は普通の女の子だ。

 そんな事もあって、他者を認識し妹であるこの自分を名前で呼んでくれるようになった時は、それはもう嬉しかった覚えがある。

 というか、めちゃくちゃ可愛い。最近になって分かってきたが、今世の両親は相当な美形らしく、その恩恵を存分に受けた我が姉は至上の存在かと思ってしまう程に可愛かった。

 控えめにいって、生きる意味を実感させてくれた。何というか、言いしれない程の安らぎをこの身に与えてくれるのだ。

 この笑顔をずっと守っていきたい。

 う~ん、やっぱりお姉ちゃんは最高だね。

 

 ああ^~腐った心が浄化されていくんじゃ^~

 

 まあ容姿が瓜二つなので、こう言えばナルシスト的な感じになってしまうのだが……。

 そこは気にしない事にした。

 

「多分、私達がとてもそっくりだからだとおもう……」

「やっぱり、そうなのかな……」

 

 恍惚にも近い感情は一旦おいといて。ここは愛しの姉の言葉へと耳を傾けよう。

 それ以外の選択肢は無い。

 

 

 前述した通り、姉がゆー姉こと優愛で、妹が私こと愛梨。そんな双子の姉妹である自分達は、とても容姿が似ていた。

 体格はもちろん、声も当然の事ながら一緒で、どんな子かと会いに来た親族達をとことん困らせたものである。

 

 そしてそれは、実の両親も例外では無かった。

 

 

「えっと……愛梨?」

 

 この身に名付けられた娘の名前を、どことなく自信なさげに呼ぶ声。

 その声の主を見て、何だかとても残念な気持ちになった。

 

「あ、うん。愛梨であってるよ……いもうとのほうです」

「ウッ」

 

 悲しい目をしながら、この生における母親に対して返事をすれば、彼女はいつもの様にダメージを受けていた。どうやら今回も姉妹の見分けが付いていなかったようだ。

 猫を被るのは心苦しい話ではあるが、これに関しては判別できない方が悪いと思っているので、慰めはしない。

 

「それで、お母さんどうしたの?」

「もうそろそろ三時でしょ? それでお茶しようかな~って」

 

 どうやら用件はおやつの事だった。

 食べる事はこの身になってから何故か好きになったので、断る理由も無い。

 

 是非美味しく頂戴する事にしよう。お菓子大好き。

 

「優愛はもう食べ始めちゃってるわよ~」

「は~い。……って、え?」

 

 いつもの様に返事をしようとして。少しだけ引っかかった事があった。

 ゆー姉が先にいる事が分かってるなら、一時的にだが姉妹の判別なんて造作もないはず。

 なのに、どうしてそこまで自信が無かったのか。

 

 そこまで考えて、気が付いてしまった。

 

 

 

 ……あっ、これはもしかして。

 先に呼んだほう()の名前が分からなかったのでは無いだろうか、と。

 

 普通なら「優愛、おやつよ~」の所を「おやつの時間よ~」みたいな感じで、無難に省略して呼んだとか。言いがかりにも近い憶測だが、このお母さんには前科がある。というか、今朝も同じような事をしていた。すぐにバレて、姉妹一緒に二人して泣いてみたのは記憶に新しい。

 姉(か妹)の機嫌を損ねるのを恐れてそう言った、というのは中々にしっくりとくる理由付けだろう。

 

 

 ……アカン。

 まさかここまで重症化していたなんて。

 

 これは早急にどうにかしなければならない。

 この問題を放っておけば、きっと後々尾を引く事になるだろう。例えば、嫌われるのを恐れて姉妹の名前を呼んでくれなくなるとか。

 それはいけない。姉の笑顔を奪ってはならないのだ。

 

「お母さん、その前にちょっとおねがいがあるんだけど」

「なあに? ……愛梨」

 

 今、ちょっと言い淀んだな。

 しかしここで追及するのは止めておこう。

 

 後に続くは、とても大切な提案なのだから。

 

「お母さんがもってるヘアピン、ひとつ私にかして?」

「え? ……うん、分かったわ」

 

 娘の何が望みなのか、いまいち解せない。そんな顔をしながらお母さんが自室へと小物を取りに行き、少しした後戻ってきた。

 

 手に持っているのは、赤色のヘアピン。

 それを一つ、こちらに渡してきた。

 

「はい。それをどうするつもりなの?」

「こうするの」

「えっ」

 

 私はそれを空き地を統べるガキ大将の如く強引に拝借するや否や、流れる様に身につけた。

 自分から見て、ちょうど左眉の上の髪あたりに。

 

「きょうからおふろの時以外はこのヘアピンを身につけているから。これでお母さんも、お父さんも間違えないよね?」

 

 その日から私は、双子を判別できる様にヘアピンを常時身につけ始めた。

 特徴が無くて見分けが付かないのなら、特徴を作るのみ。

 実年齢にそぐわない子供らしい浅知恵だったが、しかしとても効果はあったようで。

 

 両親が、私達の名前を間違える事はかなり少なくなった。

 

 

 恐らく、これが私という個の原点なのだろう。

 



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変装術のはじまり

 それから時が経ち、私は小学校にあがる事になった。今更だが精神的にクるものが有る。

 何が悲しくて、小学生活を二度も繰り返さなければならないのか──なんて言うのは、あまりにも贅沢過ぎるだろうか。

 一緒に姉が入学してくれるという救いが有るのでやっていく気概は一応持っているのだが、それはそれとして無邪気な子供の真似をずっとし続けるのは辛い。

 同年代くらいの女の子って何で遊ぶのだろう。ゆー姉は絵本を読むのが好きなので私はいつもそれに付き添っているのだが、やはり多数派はお飯事(ままごと)とかだろうか。土日にソファーで横になってぐーたらしているお父さんのフリなら自信あります。

 ……まあ、そんな事したらドン引きされるからやらないけど。

 

 

 今日はそんな悲しい入学式の前日にあたる。

 

 小学校の場所は家からすぐ近くにある中学、その隣に位置している。距離的には子供の足でも十分も掛からない。つまり、行き帰りに時間がほとんど取られないのだ。

 朝起きる時間は遅くて良いのは最高だ。前世は少し遠くの所に通っていたため、始業時間に間に合わせるのに早起きをしなければならなかった。

 

 朝は、朝は……苦手なんだ……。

 寝る時間は勿論早くするとして、出来るだけ遅く起きたい。世間一般の小学生はだいたい六時半頃に起きるらしいのだが、最低でも私は七時までは寝るつもりだ。それ程までに朝はキツい。

 この性分は前世からの物で、生まれ変わっても無くならなかった。小学校の始業時間は八時過ぎ、出来ればもっとぐっすり寝ていたい。

 

 えっ?! 距離的に八時まで寝ていてもいいのか!!

 家が近いって素晴らしいね。最高や。

 よし、明日から八時まで寝ます!

 

「ダメよ、愛梨。朝ごはんはいつも通りいっしょに食べよう?」

 

 そんな事をお母さんに進言すれば、横で聞いていたゆー姉に止められた。

 お、お姉ちゃん──!

 

「そうよ。せっかく家族四人で過ごせる時間なんだから、一緒に食べた方が良いでしょ?」

「パパ、八時少し前には家を出ちゃうからなあ。愛梨と朝ごはん食べられないのは寂しいぞ」

 

 その後に、お母さんとお父さんが続く。

 

 そ、そうか。朝食は家族で一緒に食べるのが世間一般的には普通なのを忘れていた。

 長い間身寄りの無いまま社畜生活を繰り返していたせいで、そういった感覚が抜け落ちていたのだろう。

 現世の、このお父さんとお母さんはとても子煩悩らしく、私達姉妹はそれはもう沢山の愛情を注がれながら育てられてきた。休日は何よりも家族との時間を大切にしたいらしく、その意気や空いた時間を見つければいつも一緒に居てくれるほどだ。どこどこに行きたいと願えばすぐに家族旅行として連れて行ってくれるし、欲しい物が有れば快くプレゼントとして譲ってもくれた。

 勿論、子供が増長しない様に適度な躾も忘れない。まあ年若い女児がねだる物なんて大した物では無いのだが、それでも教育には必要不可欠なのだろう。私達を寝かしつけた後、こっそり起きて隙間からリビングを覗いてみれば、育児雑誌を熱心に読んでいる二人が居るのだから、子育てをした事が無い身でも分かる。

 

 未だ娘の名前をごくごく稀に間違える事以外は、まさに理想の両親だと言えるだろう。

 

 なんだこの家族……!

 ま、眩しい……まぶしすぎるッ!

 天国は、此処に在ったんやなって……。

 

「もう、愛梨はねぼすけなんだから……がっこうに入ったらちゃんと早寝早起きするんだよ?」

 

 家族の尊さをしみじみと思い入れれば、しょうがないなあといった風にゆー姉がよしよしと頭を撫でてきた。笑顔のままで。

 なんだこれ、初めての気分だ。とっても気持ちがいい。

 

「わ、分かったよゆー姉。早起きするからゆるして……!」

「分かればよろしい! 土日はいいけど、小学校始まったらちゃんと起きるんだよ?」

 

 妹の説得に成功し、ふふんと胸を張るお姉ちゃん。可愛い……じゃなかった。

 

 最近やっと気が付いたのだが、平日はともかく我が家の土日の朝は遅くなる事が多い。原因は主に私が九割、お父さんが一割といった所だ。休みの日はいつもガッツリ寝ているのでそれに他のみんなが合わせる、といった感じで朝食が遅れてしまうらしい。

 

 心よりお詫びし、明日から早起きに努める事にした。

 

 

 そして次の日。

 

「ええと……どちらが篠崎(しのざき)愛梨さんと優愛さん、でしたっけ?」

 

 小学校の先生に名前を間違えられて、私は心の中で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 古来より、双子ちゃんはお互いの区別を付ける為に別のクラスにされる事が多いとされてきたが、どうも今の時代は違うらしい。一家庭の理由だけで本来ランダムな要素に手を加えるのは望ましくはないだとか何とか。まさに無作為といった選出方法である。

 こういうのは運動や勉強も得意不得意が偏らないように不都合なく決められるのだと思っていたが、それはある程度学年が進んだ時にやるらしい。

 そりゃそうだ、入ってきたばかりの一年生はデータが無いんだから比べる物も比べられない。

 

 ああだこうだ言ったが、詰まるところ私達姉妹は同じクラスになった。

 ……あ~やばい!

 

 私は南極に住むクソザコ妹ペンギンの様に頭を抱えた。

 ただでさえ間違えられやすい姉妹なのに、第一印象がそっくりさんだと固定されてしまったら……もはや誰にも見分けが付かなくなってしまうのでは無いだろうか。

 まずい。これはまずい……! 

 

「そっか、優愛と愛梨は同じクラスになっちゃったのね~」

「うん、愛梨と一緒。嬉しいな~♪」

 

 お母さんと一緒になってゆー姉が喜び合っている。

 アァ……お姉ちゃん! やっぱりゆー姉は、最高だ──

 ……じゃなくって、このままだとマズイのだ。

 

「そろそろ着くわよ~。チャイルドシートはまだ外さないでね」

「はーい」

 

 初日の顔合わせ、私達姉妹はそれはもう注目の的となった。そっくりの双子という珍しさもさながら、子供ながらも存分に醸し出される至上の容姿は、やはりとても目立つらしい。沢山の人に囲まれてチヤホヤされる姉はすこぶる嬉しそうだった。

 

 姉の素晴らしさをもっと布教していきたい。願わくば、学校中をお姉ちゃんの信者にしたい。

 そんな風に脳内お花畑でいたのだろう。

 

『でもどっちがどっちかわかんねーな』

 

 名も知らぬ男児の言葉がクリティカルヒットしたのである。

 そしてその後、クラスをまとめる先生にも間違えられた。ひどい。

 

 全てが清らかな大天使であるのがゆー姉。外見こそ似れど、中身が邪悪なる存在であるのが私。まさに天と地ほども差があるのだ。今の私はゆー姉と同じ振る舞いをしているが、こんな性格である以上いずれ必ずボロが出てしまうだろう。

 そんな時に姉妹の区別が付かなかったら、私のせいでゆー姉に良からぬ風評が行ってしまう事間違いない。

 それは絶対に防がなければならない未来なのだ。

 

 なのに、こうやって混同されてしまうなんて。

 こんな事は、あってはならぬ……。

 

 

「おーい、愛梨~? もどってこ~い」

「はっ、ゆー姉の声がする……」

「ほら着いたわよ」

 

 己の辿る道に苦悩していれば、いつの間にか目的地へと辿り着いていた。

 

 家を出て、お母さんが運転する車に揺られながら数十分。

 そこに在るは、大型ショッピングモールである。

 

 いけないいけない。そういえば。今日はここに来る為に車を出してもらったのだった。

 

「ちゃんと手を繋いで」

「は~い」

 

 姉妹でお母さんを挟みながら、ショッピングモールを通り抜ける。

 しばらく歩けば、お目当ての物がずらりと並んでいた。

 

 服、服。そして大量の服。

 未だ春先なのだが、すでに夏用のカジュアルな物まで店頭には揃えられていた。随分とお早いことで。

 

「今日はここでお洋服買うからね~」

 

 今日の目的はただ一つ、小学校に着ていく服を買うだけだ。

 発起人はお母さんである。

 

 姉妹二人の見分けが付かないのならば、特徴的な服を買えばいいとの事。

 恐らく、私のいつも使用しているヘアピンを見て思いついたのだろう。入学した小学校に制服は無いので、私服を選びたい放題というわけだ。

 すご~いと褒め称えるゆー姉に、満面の笑みを浮かべながらドヤ顔をするお母さんであった。

 

「どれがいい?」

「う~ん、どうしようかな」

 

 前世では入る事すら叶わなかったジュニアブランドが跋扈する魔境。そこへと足を踏み入れるのは私であった。なんかとても緊張する。

 

「色んな種類があるね」

「ふふ。思いつかなかったら、ママが決めちゃうわよ?」

 

 楽しそうに辺りを見回す愛しい姉を横目に、私はとても逡巡していた。

 どうすればいいのか、まったく分からん。

 

 リーマン時代は社会人であるにも関わらずスーツ以外まともな服を持っていなかったので、服に対する一抹の知識すらも無いのだ。

 選べと言われても困る。

 

 所詮、小学生の着る服だから適当に選べば大丈夫──なんて事も考えていたのだが……。

 

 シンプルな色が映えるデニムパンツに、フリルの付いた可愛らしいスカッツ。ラグラン袖のワンピースや、フォーマルなゆるふわドレスと裏シャギー入りトレーナー。そして、その他諸々。

 それらは視界を埋め尽くす程に広がっていた。品揃えの良さや、圧巻とでも言おうか。

 

 名称や特徴が分からなかったので、値札に付いている物を読んだだけなのだが、なんとまあ凄く種類が多い。まるで呪文を唱えているかの様だ。初めて聞いたものばかりである。

 

 裏シャギー……? ヤギかジャギか知らないが、当たり前の様に業界用語が飛び交っていて私はもうヤバイと思う。

 

「愛梨はとても迷ってるみたいね。ゆっくり選んでいいわよ」

「私はこれにしようかな~」

 

 難解な言葉に頭を悩ませていれば、ゆー姉の声がした。

 彼女が指を差す先には、無地のスウェットワンピースなる物が存在している。

 

 ああ……これは、とっても──

 

 

 

 

 とってもいいですねぇ……!

 

 小学一年生は特別な季節の始まり。とはいえまだまだ成長途中の子供に過ぎず、身の丈に合わない服を選ぼうものなら、着ているというより服に着られているといった印象の方が強くなってしまうだろう。

 

「優愛はこれを選んだの? いいわねぇ~」

 

 だから我がお姉ちゃんはこれを選んだ。

 素材の味を最大限に活かしながら、それでいて子供っぽさと可愛らしさを両立させた──そんな最高の服であるこのワンピースを……!

 

 なんたる慧眼、御見逸れしました……!

 う~ん、さすがお姉ちゃん。

 

「色は……これじゃなくてすこし抑えめな感じで」

「抑えた方がいい? 赤とかピンクとかじゃなくてもいいの?」

「うん。あまり目立つ色じゃないほうがいいかな。たぶん」

「優愛はこれが好き!って色は無いの?」

「どうなんだろ。よく分かんないけど、えらぶならこれかな」

 

 そう言って、ゆー姉が選んだのは灰色のワンピースだった。地味……というまでではないが、あまり目立たない色である。

 

 あれ、とても意外だ。

 お母さんが言う通り、もっと華やかな色にすると思っていた。

 ゆー姉はこういう色が好きなのか、私知りませんでした。

 

 ううむ。お姉ちゃんマイスターへの道は、まだまだ遠いな。

 

「じゃ、愛梨はどうする?」

 

 着ていく服は複数必要なのでこれで終わりというわけではないが、とりあえずゆー姉の一着は決まったから次はこっちの番という事なのだろう。

 

 ……どうしたものか。

 正直着れれば何でも良いといった思いだが、流石にそれは却下されてしまうだろう。となると、ある程度方向性を持っていたほうが望ましい。

 

 ……そうだ、ここに服を買いに来た理由を思い出すんだ。

 第一の目的は、姉妹それぞれの名前を第三者に間違えられない事。

 自分という個を、周りに知らしめる事。

 

 ならば、ゆー姉が選んだ服と別の類の物を選べばいい。

 

「これがいい!」

 

 私は確かな意思を以って、全く違う方向性の服を指差した。

 とってもフリフリで、いわゆるフリルと言われる物が付いたチュールのフレアドレス。

 

 ……途中で何を言っているのか分からなくなってきたが、一言で言えば派手な服だ。

 色も薄ピンク色で中々に目立つ事間違いないだろう。

 

「ふふ、愛梨はそういうのが好きなのね。じゃ、試着して見る?」

 

 用件も済んだので、母に連れられながら試着室へと向かった。

 

 果たしてその服は自分に似合う物なのか。

 ……いや、自分が好きかどうか、それすらも今の私には見当が付かない。

 

 が、どこか──

 ……どこか私の中で、逸るものが存在していたのは確かだった。

 

 

 それはこれまで体験してきたどんな具象にも当て嵌まらない、理解し難い感覚。

 その感覚が一体何なのかは未だ分からないけれども。

 

 

 

 何か、とても楽しい事が起こりそうな気がしてならなかった。

 

 

 今日という日を、私は忘れる事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構いっぱい買っちゃったわね」

「もう夕方だあ」

「そうね~。優愛、愛梨。ねえ疲れてない?」

「疲れてないよ!」

「元気いっぱいです」

「そう。それはよかったわ」

 

 ショッピングモールからの帰り道を、車に揺られながら思う。鳥の鳴き声がする信号の音響装置が、何とも耳に心地よい。

 

 今日は土曜日で、かつ入学式シーズン。親子連れの人も多く、お母さんは色々と大変そうだった。

 それに加えて、家に帰れば家事が始まる。これは中々にハードスケジュールだ。ここまで子の為に尽くしてくれるなんて、いやはや頭が上がりませんな。

 

 お母さん、今日の夜はぐっすり眠って休んでくだせえ……。

 ふぁぁ……。私もぐっすり寝るんで……。

 

 色々気の済むまで試着したから、何だか疲れてしまった。

 

「あ! 愛梨、あしたは早起きしないつもりだよ!」

「ゆ、ゆー姉……!」

「あらあら、本当は疲れてるじゃない。今日は早く寝るのよ」

「はい。いもうと、早くねます……」

「あ、車の中でねるつもりだ」

「うふふ、ちょっとだけしか眠れないわよ? それでもいいなら」

「寝ます……」

 

 ちょっとだけ、ちょっとだけ。

 そう思いながらも、気が付けば寝過ごしてしまっていた。

 

 そんな事を前世で度々経験してきた私は、染み付いた感覚に戸惑いながら──しかし必ず起こしてくれるだろう、確かな安心感を胸に懐きながらしばしの間眠りに耽るのであった。

 

 

 

 

 今日はとても楽しかった。

 まさか自分を着飾る事が、こんなにも楽しいだなんて──

 



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幻の属性:異性の幼馴染

幼馴染を入れてその子を姉の好きな人にするつもりだったんですが、どうあがいても双子である事がバレてしまうので、本格的に登場するのは高校からとなりました

環境次第ではフォントが崩れるかも


 服の違いで見分けを付けてもらう作戦は成功だった。

 初日で完全に似た者同士の双子ちゃんというイメージは結構強かったものの、服装の違いによる効果は着実に表れ始めた。

 

 おとなしめの服を着るのがゆー姉。

 派手な服を着るのが、邪悪なる私。

 

 まあどこからどこまでが派手というラインに入るのか基準は結構アバウトなのだが、それでも何となくで分かるという子は居るのだろう。ちゃんと名前を呼んでくれる子がお姉ちゃんに接してくれるのは、もう嬉しくて嬉しくて……。中々にセンスがいいな、褒めて進ぜよう。

 

 ……しかしまあ、まだ多くの人が私達姉妹の判別に手こずっているわけで。

 

 となれば、ここからは私の出番だろう。

 違いなんて物は外見以外にも沢山有る。それを声高に曝け出していけばいいのだ、別に難しい事では無い。

 例えば、お姉ちゃん大好き妹アピールを存分にするとか。

 毎日するとか。

 

 ──あっ、考えただけで幸せが溢れてきそう。

 なんて最高なんだ。

 もう耐えきれない。

 善は急げ。

 よし、明日から実践するとしようか。

 

 

 そんなこんなでゆー姉との小学校生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、二度目の小学生活ではゆー姉の事ばかり考えている。

 がしかし、完全にそれだけというわけでは無い。私にだって、友達の一人や二人は居る。

 というか女子に限るものの、クラスの子全員が友達だと思っている。

 

 成り行きでだが、私達姉妹が中心になって橋渡しをしている様な感じだ。

 この年頃の子達はみな直球勝負というか、裏表が無いというか、純真無垢で素晴らしい。好きな物はハッキリと好きだというし、嫌いな物は本能の様に断固として拒否する。その分かりやすさがとても助かるのだ。

 前世ではあまり群れるのが好きなタイプでは無かったが、こういう天真爛漫な子達に囲まれていると、悪くないどころかむしろ良いとまで思えてしまう。何というか、心が浄化されているのかもしれない。

 やっぱり人間の本質は、集団を作る事なんだって。

 

「ほ~ら、取ってみろよ!」

「私の鉛筆返して~!」

 

 ……まあ、あくまで女子の中だけの話なのだが。

 

「私のお気に入りなの~!」

「ほれほれ~」

 

 ゆー姉の筆記用具を勝手に盗ってこれ見よがしに振りかざす男子。そして何とか取り返そうとあたふたしている我がお姉ちゃん。ゆー姉のほうはなんと半泣きだ。

 見紛う事はない、めっちゃいじめられている。

 

 ちょっと男子~

 

「くやしかったらうばってみろよ、チビ~」

 

 ガキが……舐めてると潰すぞ……

 

 私は今すぐにでも、姉に仇なすこの罪深き存在に裁きの鉄槌を下したくなったが、しかしすんでの所で矛を収める事に成功した。危ない危ない、精神年齢がだいぶ退化してきている。

 ……まあ、この男児の気持ちも分からんでは無いのだ。

 

 いわゆる反動形成というヤツなのだろう。

 自らの心の中に有る受容し難い感覚を反対的な傾向で表現してしまうことを言い──簡単に表せばツンデレというものになる。

 恐らく、いやきっとこの男子はゆー姉の事が好きなのだ。小学一年生と言えばまだ己の心情が整理しきれていない頃。その好きという感覚を上手く表現出来ずに意地悪をしてしまっているのかもしれない。

 この現象は至って普通の事であり小学生の、特に男子は誰しもが一度は無意識の内にやってしまうものである。好きの反対は無関心という言葉がある通り、悪気が有ってちょっかいを出しているわけでは無いのだろう。

 んん、これが青春というヤツか。とても懐かしいモノの様に感じる。

 

「ひどいよ……! それは、それは……」

 

 しかし残念な事に、そのツンデレが実を結ぶ事はほぼゼロなわけで。

 

「その鉛筆は愛梨とお揃いの物なのに……!」

「あっ、おい……」

「……う、ううっ、うわあああああああん!!」

 

 度し難い悪逆たる蛮行により、ゆー姉の感情は決壊した。

 とめどなく溢れてくる涙、その美しさや霊峰に湧き出る清水が如く。私のハンカチでその全てを拭ってあげたい。そしてちょっと湿ったその布の感触を、乾き切るしばしの間まで私は楽しむのだ──

 

 ……じゃなかった。

 

 私は、どうすればいいのだろう。

 

「男子サイテー」

「ゆあちゃん泣かせたー」

 

 こういう時にどう動けばいいのか、今の私にはシミュレートされていない。いや……今までも同じ様な事はいくつか有ったのだが、こんなアウェーでいじめてくる奴は居なかったのだ。周りを見てみると、ほぼ全ての女子がいじめている男子の事を睨んでいる。

 あっ、ふーん。

 

 一説によればこんな時、先生に告げ口する歌が有るらしいので、それを歌えば良いのだろうか。

 歌の内容は、確かこんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 あ~~~~~~~~!

 ○くんが、○○ちゃんの事泣かした~~~~~!!

 い~~けないんだーいけないんだー

 せ~~んせいにいってやろー

 

 

 

 

 

 

 こほん。

 

 

 ……なんだこのメスガキ?!

 

 ダメだ、これは駄目だ却下だ。私のイメージと違いすぎる。

 私はお姉ちゃん大好きなので、当の本人をほっぽって元凶を煽るのは解釈違いなのである。良き妹でありたいのだ。

 

 となれば、一緒に泣くべきなのだろうか……?

 姉の悲しみは、私の悲しみとも言える。実際、ゆー姉が悲しんでる姿を見ると胸が締め付けられる思いになるし。そう考えれば、自然と納得がいくというものだ。

 

 よし、決めた。

 ここは一緒になって泣こう。

 

 

 私は泣く準備をした。

 

「お、お姉ちゃんのこと、いじ……」

「先生に告げ口してきたよ」

 

 そうしようとすれば、いつの間にか職員室に先生を呼びに行っていた子がいたらしい。

 帰還の報告を私へと伝えたのだ。

 

 早いな。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆー姉をいじめた男子は帰りに開かれた学級会によって無事吊るされる事になった。

 昔からの伝統である『ごめんね』『いいよ(憤怒)』の返しと共に事態は収束したが、当の男子は女子から総スカンを食らってしまったのだ。

 

 愛しき存在であるお姉ちゃんをいじめた事は罪深いが、少々かわいそうではある。これからはきっと、彼は色々な事で目を付けられてしまうのだろう。小学校とは言えど、それはもう社会の縮図の始まり。集団とは時に残酷にまで個を排斥してしまうのだ。

 立場上、私ではどうすることもできない。

 

 一応そういった方面の感情へ理解はあるだけに、歯痒い気持ちではある。

 彼は犠牲になったのだ……。

 

「ゆー姉、ごめんね。私、お姉ちゃんがいじめられてるのに動けなくて……」

「ありがとう。愛梨はいつも私の事大切に思ってくれてるのは分かってるから、大丈夫だよ」

「お、お姉ちゃん……!」

「私がちゃんと、嫌な物はイヤってはっきり言わなかったのもわるいし」

 

 いざこざが有ったら、どんなに一方が悪くても強制的に何故か両成敗となる。

 そうなればなんて酷い仕打ちだと大半の学童が憤るだろうが、しかしそれが小学校の定め。社会の不条理を学ぶ機会として、ずっと昔から残されている風習なのだ。

 

 ゆー姉はこの歳にしてその理不尽さを存分に体験したのだろう、ああは言っているが未だ素敵なお顔には怒気を含んだ表情が残ったままである。

 うへへ、謝罪の意も兼ねて後でたくさんよしよししてあげよう。普段してくれる分のお返しだ。

 

「それにしても、どうして男子はいじめてくるんだろ」

「……どうしてだろ、分かんないね」

「私は何も悪いことしていないのに……」

 

 それを言われて、少しだけ昔の事が私の中で想起された。

 前世では無く、ゆー姉と一緒に幼稚園に居た頃の話である。

 

 とても可愛いお姉ちゃんは幼稚園の時でもよく男子にちょっかいをかけられていた。理由は多分、同じようなものだと思っている。

 相手に構ってもらいたいからいじめている──なんて、それこそ男にでもなってみないと理解できないこと。やはりというべきか、お姉ちゃんはなぜこうも自身の行動に干渉されるのか分かっていなかった。

 となれば、どうなるかは説明するまでもない。

 

『わたしにもうかかわらないで! キライなんだから!』

 

 そして男子は無事死亡した。

 まあ、そうなるな。

 

 幼稚園には比較的近くの家から通ってくる子が多い。私達の住む篠崎家の近くにも同じくらいの歳の子が居た。正直あまり覚えていないが、多分男の子だったはず。

 関わり方次第では私達姉妹の幼馴染と成り得る存在だったのだが、いつの間にか避けられるようになっていた。今となっては、存在すら不確かだ。

 まあ、ゆー姉にちょっかいを出して拒絶されてしまったのだろう。それが中々に効いてしまい、苦手意識を持ってしまった──そんな感じか。

 

 まさか異性の幼馴染が、現実でこんなにも成立しにくいとは思わなかった。

 家同士の付き合いでもあれば多少はマシになるのだろうが……。

 

 世知辛い世の中である。

 

「愛梨はどうして、私と違っていじめられてないの?」

「えっ……いや、いじめられてはいたんだけど……」

 

 ゆー姉にそう言われて、返答に窮した。

 私達はそっくりの双子の姉妹、当然私自身が標的にもなることがあるわけで。

 

 でも正直なところ、小さい子供のちょっかいなんて可愛らしいものだ。

 ばかーあほーまぬけーみたいなそんなどうでもいいことばかり。流石にこれに対して怒っていれば、通算の精神年齢によって後で泣きを見る事になる。

 ちびーみたいな身体的特徴を(あげつら)うものも有るが、これに関しては後で分からせが入るので問題ない。

 

 小学四年生から卒業するまで、女子の平均身長が男子のそれよりも上回る期間が有る。

 まあ中学に入ればまたすぐに抜かれるのだが、それまで女の子に見下ろされるというのは絶対に避けられない。

 

 今までいじめていた相手に身長を抜かされる気分はどうだ? 感想を述べよ!

 と未来に思いを馳せるだけで、私はお腹いっぱいになってしまうのだ。

 

「なんか、めんどくさくて……いつもほうっているの」

「……そっか。愛梨はおとななんだね」

 

 そうです、中身は大人の男なんです! 

 なんてとても言えない私は、良い方向に解釈してくれたお姉ちゃんに感謝しなければならないだろう。

 

「よし、私もがんばらなくっちゃ! だって、愛梨のおねえさんなんだもん!」

「ゆー姉……!」

「あねの私が弱気じゃ、大切ないもうとにしめし?がつかないもんね!」

 

 アァ……お、お姉ちゃん……!

 この不肖の妹を、大切だと言ってくれるなんて……!

 なんて……なんて、最高なんだろう……!

 

 心が、全てが浄化されていく──

 

「明日から私はかわるよ、愛梨! ……愛梨?」

「あぁ、お姉ちゃんは最高や……」

 

 ふにゃふにゃとしながら倒れ込んだ。お姉ちゃんの喋る言葉、それが透き通る様な風となって身に染み込んでいく。

 

 ああ……。

 

 β-エンドルフィン──そんな名前の脳内麻薬が、今ドバドバと私の中で放出されているに違いない。至高の陶酔感が、神経を甘く蝕んでいく。

 あまりにも身に余る幸せ、まさかこれ程までの幸福が今の世に存在したなんて。私は知らなかったよ……。

 

「ど、どうしたの愛梨っ! 起きてぇっ!?」

 

 愛しのお姉ちゃんの胸に抱かれながら、私は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間が流れる様に過ぎていった。

 

 義務教育、その九年間の内の六年が今にあたる。

 高校や大学よりも遥かに長い六年間、きっと簡単には過ぎないだろうと思っていたが、しかし時間の流れはとても早い様に感じた。楽しい時間はすぐに過ぎてしまうとよく言われているが、自分もそれに該当したのかもしれない。

 

 その間、勿論テストやら何やら色々と簡易的な試験が有ったが、流石にそこで躓く事は無かった。

 特にできる事を隠す理由も無かったので、ガッツリ点数は取りにいっている。

 

 そうそう影響はしないとは思うが、内申点を含む学業成績はできるだけ評価を上げておきたいのだ。

 こういうのは小さい頃からの習慣が物を言うと、前世でよーく学んできたのだから……。

 気付いて後悔した時にはもう遅いのだ。

 

 

 そんなこんなで出来るだけ最善を尽くしながら、学年を積み重ねる事早数年。

 

 小学五年生になったすぐ直後の頃である。

 

「ねぇ、愛梨。少し話が有るのだけれど……」

「なにお姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達、別の中学校にしない……?」

 

 そんなことを、ゆー姉から言われた。

 なんでぇ……?



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人知れずうつろう

「お姉ちゃん……!」

「や、別に愛梨の事が嫌いなわけじゃなくって……」

 

 お前と一緒の中学に行きたくない──言外にそんな事を言われた私の精神は、完膚なきまでに打ちのめされた。

 な、噓でしょう。まさか嫌われていたなんて、そんな、まさか──

 

 私はチョコアイスに付いているクランチの様に、いとも容易く崩れ落ちた。

 

「言い方間違っちゃったね。何というか、これは愛梨を思っての事なの」

「私を、思って……?」

「そうだよ」

 

 私と、ゆー姉が別の中学に行く。

 それが私の為になる事……?

 

 果たしてどういう意味なのか、理解の及ばない頭を何とかこねくり回して思考を続けてみるが、しかし解は全くと言っていい程得られなかった。どういう事なの……。

 

 分からん。

 さっぱり分からん!

 

 私は思考を放棄した。

 こんな時は現実逃避に限る。

 

「ほら。愛梨って私と違って、とっても頭いいでしょ?」

「えっ。……あ、それは……」

「ふふ、分かってるよ。それでね、愛梨はもっといい中学に行けるんじゃないかって」

 

 そう言って、ゆー姉はどこからともなくチラシを取り出した。

 えっと、これは……。

 

 文字がごちゃごちゃしていてすぐには分からなかったが、何やら中学校の名前が列挙されている。合格率、100ぱーせんと……?

 嬉しそうに右手でガッツポーズをする女の子も居る。

 

 紙面の隅を眺めていれば、これの大本であろう公的機関の名前が書いてあった。

 

「はいこれ。帰っている時にこれを配ってる人がいたんだ」

「塾……」

 

 ゆー姉から受け取ったのは塾のチラシだった。

 

 これを学校帰りに直接配布している人が居たのか、知らなかった。

 今日は色々有って帰る時間が遅れてしまったので、ちょうどすれ違う形となったのかもしれない。

 私が帰るときにはそんな人居なかったし。

 

 まあそれはそうとして、このチラシが示す意味はただ一つ。

 

 

 ……私が住んでいる地域の少し東に離れたところ。

 そこに一つの学校が存在している。中高一貫の共学で、いいとこの大学へ進む者達を毎年排出し続けている──いわゆる進学校というヤツだ。

 

 私がどうして知っているか。それは端的に言えば、そこはかとなく学校の先生にほのめかされていたからだ。建前で生きてきた経験から、彼等の言いたい事はすぐに分かってしまった。

 君ならばこの中学も視野に入るだろう。親御さんに伝えてみてはどうかな。

 確か、そんな話をされた様な気がする。

 

「別の中学、かぁ……」

 

 そう言って少しだけ考えてみる。

 私が今通っている小学校のすぐ近くには、そこ(進学校)とは別の中学校が位置している。いわば市立の隣接校であり、冠する名称も一緒である。それだけあって、卒業したほとんどの子供たちはその中学へと進む事になるだろう。

 

 私の友達も。

 そしてゆー姉も。

 

 

 

 

 ……ううむ。

 

「どう?」

 

 そんな私を少し心配そうに見つめるのはゆー姉である。

 かわいい。

 

 ……じゃなくって。

 ゆー姉が私の事を本心から考えてくれているのは確かだ。

 要するに、先を見据えろとの事なのだろう。

 進学校に行ってよく学び、いいとこへ行けという事らしい。

 

 学歴が今後の人生において、どれ程までに影響してくるか知らない私では無い。企業の種類や役職……いや、一番身に染みて分かるのはそこでの基本給だろうか。

 人がどんな人生を歩んできたか、それを知る方法として一番に学歴が用いられる。残酷な話だが、この時点でもう格付けがされているようなものだ。当然だろう、後から付いてくる人柄なんていくらでも偽れる。

 そうと分かれば、辛くて面倒な勉学にも意味が出てくるというもの。

 

 まあそれでも……いい所を出たとしても、ブラックこと外れくじを掴まされてしまう場合が有るかもしれない。大手〇〇会社の△△が社員にパワハラをした~やら、その社員が責め苦に耐え兼ねて自殺した~とか、そんな話は朝のニュースに事欠かなかった。

 せっかく厳しい受験戦争を生き抜いてきたのになんてツイてない奴だ、と当時の私もよく哀れんでいたものである。

 

 しかしそんな未来の可能性はあれど、確実に選択肢と視野は広がるのだ。使えるカードは多いほうがいいに決まっている。

 この社会において、今の私が女であるという点を省いても学歴が不必要と切り捨てる事は出来ない。

 

 それならば。

 

「私、お父さんとお母さんに話してくる」

 

 ゆー姉から塾のチラシを貰って、両親へと話を付ける事にした。

 

 実を言うと、愛しい姉と離れ離れになるのは辛い。

 めっちゃくっちゃ辛い。

 お姉ちゃんによって浄化された心が、また腐り始めてしまう。

 

 が、こうしてお姉ちゃん本人からも勧められている以上、そうも言えないだろう。

 期待してくれているのだ、この不肖の妹に。

 となれば、世界の破壊を防ぐ為に応えてあげるが世の情けというもの。

 

「そっか、良かった」

 

 そう言えば、ゆー姉は少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 私の願いはすぐに両親に聞き入れられる事となった。

 進学先となる中学は私立。学費と塾の費用で結構なお値段になる筈なのに、割りと即決だった。

 私の心配を察したのか、お金の心配はしなくていいからね、という言葉と共に。

 

 ……少し気になったのだが、父さんは一体何の仕事をしているのだろうか。家族として長い間一緒に居ながら、知らされた事は無かった。まあ、大抵の子供にとって仕事の話なんて退屈な物になってしまうだろうから、気を遣ってそうなるのは別におかしな話では無い。

 でも、この羽振りの良さからそこそこの地位にいるのは間違いなさそうだが……。この若さでポンと簡単に出せるものなのか、私は結構心配である。

 

「うん、お母さんも賛成。でも、ここから塾までちょっと遠いわねえ」

「駅の近くとはいえ、子供の足だけではだいぶ掛かりそうだ」

「よしっ。じゃ、私が送迎するわ!」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 は、早い……。

 トントン拍子で事が進んでいく。

 

 チラシに載っていた塾は家からは遠く、また夜遅くまで続く事も有り、安全性を考慮してお母さんが送迎してくれる事になったらしい。それも毎回。

 が、ガソリン代は大丈夫なのですか……?

 

 私はとても心配になった。

 

「お腹も空くだろうし、お弁当作ってあげるわね~」

「愛梨、こっそり買い食いしちゃダメだぞ~」

 

 そしてお弁当まで……?!

 まさに至れり尽くせりじゃないか……!

 

 私としては別に腹が膨れたら何でもいいのだが、両親はそれでは気が済まないらしい。

 成長期はもっと栄養価が有る物を食べて欲しいとか。

 お弁当作るだけでも相当な時間が掛かるのに、それを(いと)う様子は全く無い。

 

 前世では米を炊くのにも億劫になっていた時期が有るので、私は心底驚いた。

 子供の為に、そこまでしてくれるだなんて──

 

 

 とても、あったかい。

 

「ありがとう。お父さん、お母さん。私必ず合格して見せるね」

 

 お父さんもお母さんも……そして、ゆー姉も。

 私にたくさん期待してくれているのだ。

 

 その期待に応えずして、何の意味が有るというのか。

 

「ふふ、愛梨は自信家ね」

「勢いにのまれない様にな」

 

 チラシに載っていた名も知らぬ女学生の様に両手でガッツポーズをしてみれば、二人が苦笑いしていた。

 自信家かー……。

 まあ、気負わずに行けって事なのだろう。そう言われると、逆に意識してしまうのが人の性というものだが……。

 

 まま大丈夫でしょ、一応は前世で大学を出た身だ。

 中学受験なんて簡単簡単~

 

 この妹、今までと同じ様にパパっと事を済ませてしまいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に考えていた時期が、私にもありました。

 

 塾に入ってしばらくした頃の話だ。

 

 

 私は少しだけ、

 少しだけ、困っていた。

 

「難しいなコレ」

 

 中学受験、割りと難しい。

 こうしてもう一度受けてみると、抜けている所が多々ある事に気が付いてしまう。

 

 特に社会の科目がキツい。前世は理系に進んで地理を選択したが故に、歴史が完全に虫食い状態になっていた。小学校で学んだまま、そこで終わってしまっている。

 鎌倉幕府の成立年、もう1192年じゃないってマジ?

 完全にいい国じゃないよこれ。

 

 塾の授業で纏めたノートを流し見て、思わずため息を吐いた。

 生き証人のいない歴史は、流動性があってなんとも難しい。

 

「頑張ってるね、愛梨」

「あ、ゆー姉」

「休憩も必要だよ? ほら、愛梨が好きなの」

「──え。……あっ、ありがとうお姉ちゃん」

 

 突然愛の告白を受けたのかと若干焦ったが、どうやら違うようだった。

 目の前に差し出されるは、湯気が立っている暖かそうなココアが入ったマグカップ。

 私が好きな飲み物である。

 

 疲れた身に染み入る親しみ深い味で、前世でも好んで飲んでいた。

 スプーンで軽く撫でる様にしてかき混ぜながら、カカオの風味を楽しむ──そんな時間が、何よりの楽しみだった。

 

 

 

「あったかいなあ……」

 

 落ち着ける空間が、好きだ。

 心の休まる場所が、大好きだ。

 

 

 至福の時。私は何もかも忘れて、空虚な世界へと想いを馳せる。

 意思という個を捨てそこへと旅立てば、自分が自分で無くなるような──そんな感覚がいつも襲ってくるのである。

 言い表せば、かの偉人が述べた唯ぼんやりとした不安。それに一番近いものだろうか。

 でも、それと違って形容し難い期待の様な思いも含まれている。

 

 あまりにも複雑怪奇。単一の言葉だけでは表せない、雁字搦めになった感情だ。

 

 その思いを何となく胸に抱きながら──私は一体、何者なんだろうかと。

 そう、心へ問いかけるのだ。

 

 私はまだ、それを紐解く事はできていない。

 

「温まった?」

「うん。おいしい……」

 

 身体の芯から温まる様な揺らめく熱によって、私の思考は現実へと引き戻される。

 やはり良い飲み物である。

 

 最近、通学路の近くに有名なコーヒーチェーン店が店舗を構え始めた。

 そのお店にある大人気のメニューに、とろけるホイップクリームを添えたカスタム可能なココアが有るらしい。

 若者受けも良いとの事なので、いつか連れと一緒に行ってみたいものだ。

 

「あまり受験期間中に言うことじゃないかもしれないけど、息抜きも大切だよ」

「息抜き、かぁ……」

「愛梨は何か、趣味とか無いの?」

 

 趣味、か。

 前世の時ならば何も無いというつまらない回答が続いたのだろうが、しかし今の自分は違う。

 

 初めて心の底から楽しいと思えた趣味が、私には存在するのだ。

 

「私の趣味は、ファッション……着飾ることが好きなの」

「お洋服を着るのが好きなの?」

「うん」

 

 ゆー姉の問い掛けに対して、確かな意志を持って答える。

 

 初めは姉妹の区別が付くようにただ何となく着始めただけの物だった。

 でも、何度も習慣的にそれを繰り返している間……私は知ってしまった。

 

 鏡に映る磨き上げられた自分の姿を──

 

 

 恐らく、前の私は自らの姿に自信が無かった故に服への興味がゼロに等しかったのだろう。

 しかし今は、違う。

 

「いつからか、おしゃれをするのが好きになっちゃったの」

 

 ひとつ覗いてみれば、とても奥深い世界が待ち受けていた。

 どの様に自分を美しく見せるか──それはただの見栄に過ぎないのに、並々ならぬ情熱がそこには注がれていた。

 

 服なんて寒さと暑さを凌げればそれで良い。

 そんな格言にも近い私の意地は、瞬く間に塗り替えられる事となったのだ。

 

 優れたとはとても言えないだろう、自身の直感で適当に選んだ服を着てみれば、もう全てが変わっていた。

 果たして目の前に居るのは誰なのだろうか。

 鏡を前にしてそう思えてしまう程に、私という個が移り変わっていった。

 

 突き動かされるようにして一度気取ったポーズをしてみれば、舞台に佇む俳優みたいに目まぐるしく姿が変化していく。

 その時、私は最高に楽しい趣味を知ってしまったのだろう。

 余りにも依存性の高いそれは、劇薬にも近しい存在で。

 

 

 これ以来、私はおしゃれをするのにハマっている。

 

「そうなんだ。愛梨って服の好みが結構多いからそんな気はしてたよ」

「ゆー姉……!」

 

 私の事をよく見てくれている──!

 

 それを聞いた私は、自分でも分かる程に気を良くしていた。

 身近な人が自分という存在をよく知ってくれていること、それが思いの外とても幸せで。

 

 私はいつの間にか、朝まで隠し通すつもりだった白い箱を引き出しから取り出していた。

 ここから始まるは、ちょっと背伸びをしたファッションショーだ。

 

「んん? なあにそれ?」

「ふふん。見て驚かないでよ、ゆー姉」

「え、ええ……」

「じゃじゃ~ん!」

 

 大層な梱包を外してみれば、中から顔を出したのは黒くて伸縮性の有りそうな布地。

 薄く、それでいてよくフィットしそうなフットウェア。

 

 いわゆる黒タイツという奴だ。

 

「長い靴下だね……」

「これを明日から着ていきます!」

「えっ?!」

 

 ゆー姉が黒タイツを見て、大層驚いていた。

 これはお母さんに頼み込んで、こっそり買ってもらった一品である。

 

 実はもっと前から目を付けていたのだが、少々早すぎるかと思って中々踏ん切りが付かなかった物。

 だが小学五年生となればもう高学年なので、そろそろ良いだろうという事で冒険してみた。

 

「か、過激なんだね愛梨は……」

「そうかな? 結構着ている女の子は多いって聞いたんだけど」

「そうなんだ……なんかちょっと透けてるね……」

 

 試しに履いてみれば、ゆー姉の率直なる意見が投下された。

 女性の足を美しく見せるタイツ、それの少し透ける版だ。

 

 機能性に優れているわけでも無いのに、どうしてわざわざ透けさせる必要が有るのか。

 そんな問いが投げかけられれば、私の答えはたったひとつ。

 

 

 何か変な気持ちになるからだ──

 

「へぇ……愛梨ってそういうのが好きなんだ。そうなんだ……」

「……! ご、誤解しないでゆー姉ぇ! 私は、変態では……!」

 

 そんな事を心の中で思っていれば顔に出ていたのか、ゆー姉が苦笑いしていた。アカン、間違いなく誤解されている。

 

 ち、違うの。

 私は、変態ではありません──

 

「いや、凄いなって思ったんだよ?」

「……え?」

「愛梨はそういった服を難なく着こなせるから、凄いなって。とても似合ってるよ」

 

 ゆー姉はそう言うと、少しだけ恥ずかしそうにしながら私の足を見つめていた。

 愛しのお姉ちゃんからそうストレートに言われるとこっちまで恥ずかしくなってしまう……!

 

 なんなんだ、この時間。

 

「私はあんまりそういうの似合わないからなあ」

「えっ、そうなの? 私とお姉ちゃんはそっくりなんだから、私が似合うのなら……」

「ううん、これは気持ちの問題なの」

 

 ゆー姉はそういって、私の勧誘を断った。気持ちの、問題かぁ。

 くぅ……お姉ちゃんをファッションの世界へと引きずり込もうと思ったのに、失敗してしまった。

 お姉ちゃんなら色んな服が似合うと思うのになあ……でも、無理強いはいけないか。

 

 私の矜持として、おしゃれは内面と外面が揃ってこそ、という物がある。

 前世が三十路のおっさんだった私としては、キャピキャピ(死語)とした今どきの女子を演じるのは中々に厳しい。厳しいし、精神的なダメージも偶に負ってしまう。

 

 が、ゆー姉は純粋で綺麗な年頃の女の子。私では難しい役も何のそのであろう。

 

 それだけあって、ゆー姉が興味を持ってくれたら──なんて、私は未練がましく思ってしまうのだ。

 気が向いたら、いつでも言ってねお姉ちゃん!

 私はずっと待っている……!

 

「そうなんだ……」

「ふふ、そうなの。……あっ、もうこんな時間」

「ほんとだ」

「ごめんね、勉強の邪魔しちゃって」

 

 そんなこんなで気が付けば、もう夜の九時を過ぎていた。

 わあ、とっても早い。楽しい時間はすぐ過ぎるってよく言われるが、確かに本当だ。ゆー姉との時間は、勉強の時間と比べても倍以上早く過ぎているような気がする。

 

 子供はもう寝る時間だ。

 

「そんな事はないよゆー姉。私にとって、お姉ちゃんは全てだから──邪魔なんて事は絶対無い」

「えぇ……? そ、そうなの……」

「うん!」

 

 私は最上のラヴを以って、愛しのお姉ちゃんへとサムズアップをした。

 いえーい。

 

 お姉ちゃん大好き。

 

 

「……あ、明日も早いしそろそろ寝ようか」

 

 そう言えば、ゆー姉は何やら少し焦り出していた。

 どうしてだろう、分かりませんね。

 

 ……まあ、いいか考えても仕方はない。

 私も、そろそろ眠くなってきたし。

 

 眠りの支度をするとしよう。

 

 

 

「愛梨、ちゃんと寝る前に歯磨きするんだよ?」

「はーい。お姉ちゃんは?」

「もうしたよ」

「……そっか」

「どうしてそんなに残念そうなの……?」

 

 私は悲しみを存分に体現しながら、すごすごと洗面所へ向かうのであった。

 そりゃもう、言うまでも無い。

 

 

 

 あ、黒タイツ履いたままだ。

 

 

 

 

 

 

 



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元は水兵さんの服

もうちょっとで幼少期が終わって本編に入ります


 それから、小学校卒業までのあいだ。

 色々な出来事が時の流れに沿って過ぎて行った。

 

 運動会が有ったり、遠足が有ったり。

 避難訓練といった欠かせないものから、授業参観という恒例の行事まで。

 

 クラス替えは年度毎に有り、しかし必ず双子が同じクラスになるわけでも無い。

 ゆー姉と別クラスになってしまった時の授業参観は、それはもう大変そうだった。

 流石に姉妹一組だけを特別扱いする事は出来ず、授業参観はそのままクラス別で同時開催。廊下を忙しなく行ったり来たりするお母さんの姿は今でも記憶に新しい。

 

 

 そして、夏には例年通りプール開きが有ったが……。

 

 まさか着衣水泳をさせられるとは思わなかった。

 当然の事ながら、水に濡れるとめちゃくちゃ服が透けるので対策は必須。インナーは自由だったので、水着を中に着させて貰う事にした。これで透けても大丈夫。

 その効果や中々のもので、当日は水面に上がると同時に、どこからかがっかりとした様な声が聞こえてくる程だった。

 

 フッ……君たちの考えている事なんて手に取る様に分かるのだよ。

 新スクで我慢したまえ。

 

 

 まあ、そんなこんなで夏が過ぎ、秋にはミニ文化祭で演劇をして。

 冬休みが終わった後には、新春書き初め大会が開催され──

 

 

 そしてまた春がやってくる。

 

 これを五年と六年で計二回。

 実に小学校、というスケジュールだった。

 一度は体験した事がある雛形のソレは、数十年経っても変わらないのだろう。

 

 だけど、とても楽しい時間だった。

 童心に帰り、昔は誰しもが持っていた普遍的な感覚を思い出し、そしてそのまま浸り続ける──そんな事が出来る日常が有るなんて思いもしなかった。

 もし巡り合わせというモノが存在するならば、私は感謝しなければならないだろう。

 

 

 それで後は……う~ん。

 

 つかの間の長身を手に入れた後、同級生男子への分からせが入ったりしたぐらいだろうか。

 いや、別に変な事はしていないが、何となく向けられる視線が変わった様な気はした。

 

 やっぱり何度も思うが、体格の差は結構大きい。

 女子の方が比較的早く成長するので、大人びて見られるというか何というか。身長が伸びても女の子の友達はいつも通り付き合ってくれたが、男子のほうはそこそこ避けられてしまうようになってしまった。

 まあ気持ちは分かる。屈折した感情の理由付けに悩むのは、誰もが通る道なのだから。

 私は陰ながら応援しているぞ。

 

 ちなみに、小学六年時点で私とゆー姉の身長は全く同じであった。

 お互い背丈こそ伸びれど、なんか六年間ずっと一緒だった気がするのだが……。

 一卵性姉妹もここまで極まるとは思わなかった。

 

 しかし身長は同じでも、体重は……私のほうが少し重い。

 姉妹揃って外での運動はあまりしないので、となると妹の食事における摂取カロリーが多い事となる。

 

 だって、しょうがないだろう……。

 揚げ物がキツくない若い身体って最高なんだから……。

 お母さんが作ってくれる唐揚げ、いつもたくさん食べさせて貰っています。

 

 まあ、あんまり食べ過ぎるとウエストがきつくなってしまうので制限はしているのだが。

 おしゃれに目覚めた身としては、やはりこれからだという憶えはある。中学生になれば、ちょっと背伸びをしたコーデも難無く着られる様になるだろう。最終的に目指すは、おしゃれなスタイリストJKだ。

 

 道行く人の誰もが振り返る様な……そんなファッションを目指して邁進していこうと私は決めた。

 勿論、いい意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の寒さもだいぶ薄れてきた二月の半ば。

 もうちょっとすれば、六年通ってきた小学校も卒業だ。

 そんななか、当然受験の日がやってくるわけで。

 

「合格発表は今日の九時からね~。お母さん、ちょっとドキドキしてきた」

 

 昨日の金曜日、中学受験をしてきた。

 で、今日合格発表らしい。

 

 一日で結果が出るとはだいぶ早いな。

 あまり調べた事は無かったが、私立だと皆こんなものなのだろうか。

 

「現地に行かなくて良かったのか? 受験番号の張り出しが行われているみたいだが」

「ええと、それはですね……」

 

 そして今は、ちょっとの遅めの朝ごはん。

 お母さんが作ってくれた特製の卵焼きを頂きながら、私は家族団欒の時を過ごしていた。

 う~ん、やっぱり卵焼きにはケチャップが合うね。ふわとろさを引き立てるこのまろやかな甘みがたまらない。

 

「私知ってるよ? 朝早く起きたくなかったんでしょ~?」

「お、お姉ちゃん……! ち、ちが……」

 

 料理に舌鼓を打っていれば、横から我が姉による追及の手が迫ってきた。

 ちなみに、ゆー姉は卵焼きに醤油をかけるタイプである。

 同じ姉妹でも、好みの違いはこうやって明確に表れるものだ。

 

 ……いけないいけない。今はそんな話をしているのではなかった。

 

「ははは。愛梨らしいな!」

「ふふ、そうね。オンラインでも見れるらしいから、そこで確認しましょうか」

「あ、はい……」

 

 弁解しようとすれば、普通にスルーされた。くぅ、これは日頃の行いのせいですね……。

 まあ、事実なのだけれども。

 

 いつもの事ながら土日はガッツリ寝るというルーティンを組んでいるため、合格発表日である今日も早起きする気力が湧かなかった。

 

 うう……不甲斐ない妹ですみません……。

 

「もう少ししたら分かる事だが……どうだ、合格できそうか?」

「算数が難しかったけど、それ以外は大丈夫かな」

 

 容器と水量の問題。

 中学受験ではお馴染みのものだが、やたらと変な形の容器を使っているものだから計算に手間取ってしまった。

 牛乳を注ぐ女の様な手つきで奇怪な入れ物に水を入れるイラスト、それに若干気を取られたせいもあるが……まあ、言い訳はすまい。算数は普通に難しかった。

 

「塾の先生も、今年は難しい年だって言ってたわよー。でも、愛梨なら平気そうね」

「う、うん……」

 

 お母さん、それフラグです。

 ……なんて、私は少しだけ思ったが、すぐに気を取り直した。

 

 しっかり勉強したのだ、確かな手応えは自分の中で存在している。

 余程の事が無い限り、受かっているに違いないはずだ。心配なんて、する必要は一つも無い。

 

 私は優雅にサラダへと箸を伸ばした。

 そして、赤くまん丸に実ったトマトをひとつまみ。

 

 うん。甘みが有って、とても美味しい。

 夏野菜とよく言われるトマトだが、実態は違って気候の差から各県ごとに出荷時期が異なっている。このサラダに入っているトマトは……多分熊本産だろう。甘さのあるトマトが印象的である。

 

 

 あっ、これ塾でやったところだ。

 

 

 

 

 それから食事を終えて約一時間後。

 

「おっ、愛梨の受験番号載ってるぞ~!」

「やったわね!」

 

 オンラインの掲載サイトを通じて合否結果を覗いてみれば受かっていた。

 

 うむ。

 まあ大きなアドバンテージが有るのだ、流石にここで落ちてたら軽く死ねる。

 

 良かった。

 

「おめでとう~愛梨! 良かったね!」

「──! ゆ、ゆー姉……!」

 

 ただ静かに心の中で確かな喜びを噛み締めていれば、横からゆー姉がくっついてきた。

 

 ななな……なんという至福……!

 久しぶりに会った友達の女の子同士が、スキンシップで嬉しさを体現している時みたいな──そんな場面が脳裏に浮かんでくる。

 今の私は、肩に手を回されてゆー姉に抱き着かれている。

 

 なんだこれ。

 

 めっちゃ良い香りがする。

 どこか懐かしい様な雰囲気を纏っていて、それでいていつも慣れ親しんでいる様な……何とも形容し難い良いスメル。

 う~ん、これは──

 

 

 

 我が家のヘアフレグランスの香りだこれ。

 私も付けてた。

 

「うふふ、二人とも仲良いわね~」

「四月からは別の中学になるんだ……お父さん、ここまでべったりだとちょっと心配だぞ」

 

 我がお姉ちゃんにわちゃわちゃされる妹のず。

 両親からはとても仲睦まじく見えるらしい。いやあ、そんな……。

 

 でも、そうか。

 受かったからには勿論進学するわけで、春からはもう姉妹共々別の中学校になるのか。

 

 分かっていた事だけど、やっぱり……。

 

「お姉ちゃん……」

「ほら、愛梨。そんなしゅんとしないで」

 

 悪い。

 やっぱ辛ぇわ……。

 

「愛梨はたくさん勉強して受かったんだから、そんな悲しんでないで、もっと胸をはって?」

「……!」

 

 そんな嘆きが顔に出ていたのか、見かねたゆー姉が私の頭を撫でてきた。

 よしよしという効果音付きで。とても、心地が良い。

 

 

 あっ

 このままだと堕ちる──

 

「愛梨? もう……しっかりして?」

「──はっ?! ここは……」

 

 すんでの所で気付いた私は、現実へと引き戻された。

 ……いけないいけない、身に余る幸福で気絶しそうになった。

 

 いや、一瞬だけ気絶していたのかもしれない。

 分からないが、どうしてか頭の中がクリアになっている。

 

 

 私は何とか、頭の中を整理した。

 

「ふふ。とにかく、愛梨が合格できて良かった」

「……! お姉ちゃん、ありがとう……」

「いやあ良かった良かった。これで一安心だよ。……ところで、もう入学案内なるものがウェブで送られて来てるのだが」

「そうそう忘れていたわ」

 

 お父さんが、受信通知に有った一通のメールを開く。

 そこには色々な入学手続き要項が記載されていた。

 見ているだけで頭が痛くなりそうである。

 

 

「ううむ……」

 

 そんなメールを眺めてしばらくたった後、少しだけいかつい顔をしたお父さんが口を開いた。

 これは何か(子供が)やらかした時にする顔だ。

 

 え、また私なにかやっちゃいました……?

 

「まあ、色々書いてはあったんだが……入学前に制服の採寸が必要だという事だな」

「……制服?」

「そう。セーラー服よ、愛梨」

 

 セーラー服。

 

 

 

 

 セーラー服?

 

 あの、古くから続く伝統的で由緒正しいとってもおしゃれな服の事か──

 

 そう、だった。学校指定の制服を着なければならない女学生は、大抵中学からセーラー服になる事を忘れていた。

 

「私はもう採寸済んでるけど、愛梨はまだだったね」

「愛梨のぶんは受験に合格してからするつもりだったからな~」

「そ、そうなの?」

「愛梨はその時、受験勉強の追い込みしてたからね~。優愛とは先週の土日に行ってきたわよ」

 

 なんということでしょう。

 

 先週の土日、受験も間近という事で、私はずっと家に籠もったまま参考書とにらめっこしていた。

 お母さんがゆー姉を連れてどこかに行っていたのは知っていたが、まさか制服の採寸をやっていたなんて。

 

 くぅ……お姉ちゃんのセーラー服すがた。

 

 私が、私がッ……!

 

 

 一番最初に……!

 

「顔に出てるわよ~」

「わ、私も連れて行って、欲しかった……!」

「流石に受験控えてる妹を連れ出すわけにはいかないよ……」

 

 一番最初に見たかった──

 そう心の中で咽び無いていれば、ゆー姉に呆れた顔をされた。

 

 でしょうね。

 

「制服の採寸は……今月末までか」

「ん~。もう今から行っちゃおうかしら。こういうのは早いほうがいいわね」

「学校の近くに直接服を取り扱っている所が有るらしいな。そこで見て貰う事にしよう」

 

 嘆く私を放って両親の間で話が進んでいく。

 あっ、今すぐに行くんですか。

 

 行く所が私立の学校故に、結構カツカツなスケジュールだ。

 

「午後からだと混みそうね~。もう出る準備しましょうか」

「そうだな、昼はその近くで外食する事にしよう」

「愛梨と優愛はそれでいい?」

「うん」

「はーい」

「よし。車を出す準備をしてくるよ」

 

 そう言って、家のガレージに向かうお父さん。

 

 なるほど、少し遠い場所なので昼ごはんも兼ねて家族総出で行くんですね。

 ふむふむ。ゆー姉も一緒と。

 

 という事は……!

 

 

 

 

 ゆー姉に私のセーラー服すがたお披露目できますねえ!

 

「制服着てる愛梨の姿、私も見たいなあ」

「──! お姉ちゃん……」

 

 そんな事を思っていれば、我が姉直々のご所望が下された。

 何という有難き幸せ……!

 

 もう、こうしては居られない。

 今からどうやって最高の自分を見せるか、脳内でシミュレーションを行わなければ……!

 

「見ててね、お姉ちゃん。この妹、やってみせます。絶対に成し遂げてみせます!」

「……あ、愛梨は気合入ってるんだね」

 

 傍からみれば、それはとても軽やかな足取りであっただろう。

 

 私はウキウキ気分のまま、外出用のダウンコートを取りに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにセーラー服をゆー姉の前で存分にお披露目した私は、陶然たる思いに身を包まれながら昇天した。

 天にも昇る心地とはこの事かと、私は決して忘れられないメモリーとして脳内に刻み込んだのだった。

 

 やっぱり、服は見てもらってこそナンボなんだなって……。



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卒業式のおはなし

 そして、三月の第三週。

 小学校の卒業式がやってきた。

 

「これでお別れだね」

「うう、寂しくなるなあ……」

「愛梨ちゃん、ほんとに別のとこ行っちゃうんだね……」

「私達、ズッ友だよ……!」

 

 卒業証書が入ったホルダーを手に持ちながら、仲が良かった女の子達と最後の挨拶をする。

 おお、まだ小学生の間でもズッ友という言葉が使われるのか。確か前世の私が中学生くらいの時に流行っていた言葉の様な気がするが……それでも、廃れずに残っているというのは何か感慨深いものがある。

 

「別に引っ越しするわけじゃないんだから、いつでも会えるよ」

「うう……だと良いんだけど……」

「だからね、元気だして?」

 

 別の中学に行く事になっても住んでいる所は変わらないのだから、会う分には困らないだろう。

 ……まあ、それはお互いの都合を何も考えないでの話なのだが。

 

 面と向かって顔を合わせるタイミングが無くなる以上、もし会うとなれば連絡を取る必要がある。高度な情報社会が発達した今では、その手間は極僅かなものだ。

 しかし、いざ連絡するとなると何となく遠慮してしまい……結局やめてしまう。そうなればもう、疎遠になるのは時間の問題だ。

 

 少し会わなくなっただけで、どう接していいのか分からなくなるのも割りと有る話。思いがけず旧友と街中で出会った時とかに、『元気にしてる?』といった社交辞令しか会話が繋がらない──私はそんな現象をよく知っているけど──ここで言うのは憚られた。

 

 だが、そういうものだろう。

 この子達は皆明るい子だ。私はもう置いといて、別の中学になってもたくさん他の友達を作って欲しい。

 口には出さないが、それが私の本心からの想いである。

 

「待って愛梨ちゃん……。わたし、言いたい事が……」

「あ、唯ち」

「おっ、これはもしかして……」

 

 そんな事を考えていれば、腰の前で合わせていた両手を突然優しく掴まれた。

 四年になってからできた友達の女の子、唯ちゃんである。四年になってから今に至るまでずっと同じクラスで、いつも良く話している人だ。

 

 ふわりとしたセミロングの髪が映える可愛い女の子で、そしてとても社交的な子である。当然の事ながらモテモテで、クラスの男どもも結構好意を向けているヤツは多かった。

 

 はて、唯ちゃんは一体どうしたんだろう。

 

「今ここでやっちゃうの、唯? ふーん」

「んん? どうしたの?」

「今唯はだな、アイちゃんに大切な用事が有って……」

「い、言わないで……わたしが、言うから」

「そう? じゃ、私達は影で見守っているから」

「お願い……」

 

 そうすると、その女の子を残して他の友達は校舎の脇へと駆けて行った。

 

 えっ、何が起こるんです?

 

「どうしたの?」

「えっと、その……あのね……」

「ん。いいよ、ゆっくりで」

 

 唯ちゃんは深く深呼吸をした後、ゆっくり話し始めた。

 

 

「ありがとう。その……知ってる通り、わたし前まではとっても引っ込み思案で……」

「うん」

「クラスの中でもあまり馴染めなくて、隅っこにいつも一人で居る様な暗い子だったの」

「……そう、だったかな?」

「言葉を濁さなくても大丈夫だよ。自分の事は、自分が一番分かっているから」

 

 唯ちゃんの話す言葉を以って、昔の事を想起してみる。

 んん、確かクラスの男子生徒にちょっかいをかけられている所を私が止めたんだったか。

 

 教科書を勝手に奪ったうえに、悔しかったら取り返して見ろよと豪語するかの者に対して、私の先生に言ってやろ攻撃が炸裂し──

 それ以来、男子の私に対する呼び名がチクリ魔になったのは記憶に新しい。

 

「でもね、あれから……わたし変われたの。愛梨ちゃんと友達になれて……」

「私と……?」

「愛梨ちゃんを通じて、たくさん他の友達もできた。わたし、とっても嬉しかったんだ……友達と、一緒に遊ぶのがこんなにも楽しい事だなんて……」

「そう、だったんだ」

 

 なるほど、私の何気ない行動がこの子を変えたのか。

 友達と一緒に遊ぶ事が心の底から楽しいと、そう思って貰える様になったのか。

 

 ふむ……。

 

 そう考えてみれば、私は何やら誇らしい気持ちになった。

 

 

 う~ん、友達はいいぞ。

 特に若い頃は、それはもう。

 

 歳を重ねるたびに、気の置けない友を作るのはとても難しくなる。くだらないプライドとか矜持だとか、色んな物が大人の世界には備わっているからだ。

 今あれこれ悩むよりも、友達に囲まれた楽しい毎日を送ったほうが良いに決まっている。

 

「全て愛梨ちゃんのおかげなの」

「そんな、大した事は……」

 

 絶対大した事やったと思っているに違いない。

 傍から見ればそう評価を下されるだろう、私は唯ちゃんの言葉を聞いて内心めっちゃにやけていた。

 

 いやあ、それほどでも。

 

「それで、わたし……隠してた事が有るの」

「隠していた、事?」

「うん。だけど、ずっと言って良いのか……わたし分からなくて」

「んん?」

「でも、愛梨ちゃんが卒業して……別の中学に行っちゃうって実感したら、わたし……」

 

 何やら思い詰めたような様子の唯ちゃん。

 

 大切な友達だったけど、まさかこれ程までに卒業する私の事を思ってくれるなんて。

 うぅ、最高だ。

 

 この上ない幸せ。TS妹、冥利に尽きるというものです……!

 

「迷惑かけちゃうかもしれないけど……もう、思いを抑えきれないの……」

 

 となれば、きっと後に続くのは私に対する感謝の言葉であろう。

 

 そう、感謝の言葉である。

 

 

 

 

 ふへへ……!

 

 普段は真面目で謙虚な子を演じているが、その本質やとても不遜なヤツ──それが今の私である。

 人並み外れた自己顕示欲を持っているし、一度褒められれば天高く雲を突き抜けて増長してしまう。

 図々しい人間であるのは分かっているのだが、どうにもこの性分は変えられない。

 

 だって人に称賛されるの、最高だもの。

 

「だから、ここで言っちゃうね……」

 

 唯ちゃんは、ありがとうの言葉を存分に拡張して私に伝えるつもりだ。

 

「私は愛梨ちゃんのことが──す……」

 

 いえ~い、ばっちこーい!

 私は母なる海の様な大らかさを以って、最大級の感謝を受け止める準備を整えた。

 

 

 

 ……ん?

 

「す、す、す……~っ!」

 

 す。

 

 そうしていれば途端に二の句が継げなくなってしまった唯ちゃん。

 一体、どうしたのだろう。

 

 様々な実体験から人の心情を読む事にそこそこの自負を持つ私だが、しかしいま目の前に居る女の子の気持ちを推し量る事はできなかった。

 深呼吸でもしているのだろうか。

 

「えっと……だいじょ」

「や、やっぱり無理ぃ~~~~~~~~~!」

「……!?」

 

 流石に心配になってきたので声をかけようとした私だったが、突然辺りに響いたのは嘆きにも近い悲鳴だった。

 肺に取り込んだ空気を存分に排出した唯ちゃん。

 

 普段の彼女からは考えられない奇行に思わず身構えたが、しかし──

 

 

 

「これからもお達者で~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

 唯ちゃんは何を思ったのか、校門の外へと全速力で走りだしてしまった。

 あっ、とても早い。追いつけねえ……!

 

 そういえば彼女、100メートル走がとても早かった気がする。

 

 普段より運動不足である私は、その健脚ぶりを見てすぐに諦めた。

 

 

 

「なんだったんだろう……」

「ああやっぱり……。唯ち、恥ずかしがりやだから無理だったか……」

「でもしょうがないよ……だって、とっても勇気の要ることだもん」

 

 隅っこから事の一部始終を見守っていたのだろう、友人達がいつの間にか戻ってきていた。

 う~ん、分からん。彼女の言いたかった事、さっぱり分からん。

 

「唯ちゃんが言いかけた事、なんだったの? 知ってるそぶりだったけど」

「え、いやそれは……」

「えっと……うん」

 

 何やらワケありという様子だったので疑問を投げかけてみれば、皆言い淀んでしまった。

 

「ごめん。知ってるけど、私達の口からじゃ言えないんだ」

「唯ちが言わないとダメな事だからね~」

「んん……? そうなの?」

「そうだよ」

 

 他の人の口を借りてはいけないお話……なんだろう、私には皆目見当が付かない。

 そう言われるととても気になってしまうのだが……当本人が何処かへ消えてしまったのでどうしようもできない。

 

 

 

「まあ、私達が言えるのは……卒業してからも唯ちと連絡を取り続けてやってくれという話だけだ」

 

 う~ん、それだけじゃよく分からないが……。

 多分、話を入れておいた方が良い事だけは分かる。

 

 後で唯ちゃんの家に押しかけることにしよう。

 私は比較的インドア派では有るが、そこそこ行動力は高いのである。

 

 

 

 

 そんなこんなで、私の卒業式は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──いや、まだ終わっていない!

 終わっていないだろう──!

 

 大切な事を私は寸前で思い出した。

 

 そうだ、今日は卒業式。

 卒業式という事は、恒例のイベントが存在するのだ──!

 

 私は気力に満ちたその身体を、春の訪れを感じる空の下で存分に振るった。

 たくさんの父母達で敷き詰められた道をなんとか進んでいく。

 

 確か目的地は、私達のクラスとは別方向にある場所。校内を通ればショートカットになるが、混んでいるので通り抜けるのは難しい。大きく外周を回る様にして、約束の地を目指していく。距離にしてみれば、高学年の持久走にも近い長さだ。私はいつも後ろから数えたほうが早かったのであまり良い思い出は無い。

 

 ……とにかく。

 

 余りの過出力、翌日からはほぼ筋肉痛確定のコースを突き進んでいるが気にしない。今はただ、邁進するのみ。

 

 

 息せき切って人混みの中をかき分けていけば、やがて道が開けた。

 そこには確かに、我が愛しの存在が──

 

 

 

「写真撮影終わりました~」

「ぐあっ……!」

 

 私はその言葉を聞いて、地へと倒れ伏した。

 

「ちょ、ちょっと愛梨どうしたの?!」

「アッ、お姉ちゃん……」

「こんなに息を切らして……な、なにかあったの?」

 

 出迎えてくれたゆー姉を、私はなんとか見上げる。

 ちょうど日が昇る時間なだけあって、まるで後光が差している様に見えた。

 

 光の輪が、一緒に見える……。

 

「ゆー姉のクラスが写真撮影をしていると聞いて」

「うん……」

「はいチーズで、満面の笑みを浮かべたお姉ちゃんを是非拝見したいなと」

「ええ……そんな事だけで、ここまで走ってきたの?!」

「そしてあわよくば、お姉ちゃんと私のツーショットも撮って貰おうかと」

「多分同じクラスの人だけしか撮ってくれないから無理だよ……」

「ぐぅ……!」

 

 私は再度、地にその身を付けた。

 そうか、ダメなのか……。

 

 私達の小学校の卒業式、そこではクラスの生徒達のふれあいの過程を残す為に集合写真とは別の構図が撮影される事になっている。その為にプロのカメラマンをどこからともなく呼んでいるとかなんとか。

 とは言っても相手は小学生なので、そこまで難しいものは必要とはされないが。

 例えば、友達と一緒に肩を組んでピースをしている写真とか。笑い合っている写真だとか。

 

 そんな感じである。

 結構ゆるゆるだ、ちょっと無理強いしてもバレへんか……。

 

「そういうわけで、プロの人に私達のツーショットを撮って貰いたいと思った次第です」

「どういうわけなの……ダメだと思うけどなあ」

「そ、そんな……」

「私は……もうみんなと撮り終えちゃったし。愛梨のクラスはどうしたの?」

「私のクラスの撮影はもう終わったよ。なので、全速力で走ってきました……!」

「そ、そっか……」

 

 私のクラスはゆー姉のクラスと違い、だいぶ前の方で撮影が開始されていた。

 

 だから十分間に合うと思ったのだが……現実は厳しいらしい。

 

「愛梨はちゃんと写真撮ったの?」

「はい! 時間掛かったけど、みんなと撮りました! ……あ、男子は入ってないです……」

「ふふ。愛梨は人気者なんだね」

 

 ──ハッ。そうだった、いけないいけない。

 

 ゆー姉にそこまで言われて、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 ……かなり早計だった。

 

 もしまだ撮影が続いていれば、私は素知らぬ顔で乱入していただろう。

 ああは言っているが、お姉ちゃんも私と同じくらい……いや、それ以上の人気者だ。

 それ故に、沢山の時間を必要とされる。

 

 そんな中、写真を撮るだけならばいつでもできる妹がこっそり入ってきたら、一体どうなるだろうか。

 答えは──めっちゃ邪魔である。

 

 妹、反省しました……これからは心を入れ替えて生きていきます……。

 

 

「あっ、キミさっきの撮影の時に居たっけ? 見覚えの無い服着てるけど」

 

 そうやって心の中で強く自省していれば、彼方から声を掛けられた。

 女性の人だ。首から、レンズの幅がかなり広い一眼レフのカメラを引っ提げている。

 間違いなく、小学校に雇われたプロのカメラマンさんだ。

 

「いや違います。別のクラスの生徒でして……」

「そうなんだ! いや~良かった。お姉さん、もしかして撮影漏れがあったのかとヒヤヒヤしちゃったよ」

「私の所が終わったんで、お姉ちゃんに会いに来たんです」

「そうか、そうか~」

 

 一度家電量販店で撮影用のカメラを見たことがあるが、どれもリーマンの一ヶ月の給料を軽く超える値段で驚いた覚えがある。このお姉さんが引っ提げているそれは、何となくではあるがそれよりも更に高そうだ。

 きっと、いい写真が取れるんだろうなあ……。

 

「それにしても二人共似てるね~」

「双子の姉妹なんです。私が妹の愛梨で」

「姉の優愛です」

「ほうほう。服装は違うけど、こうして並ばれると見分けが付かなくなっちゃうなあ~」

 

 そう言うと、お姉さんはどうしてかじっとりとした目で私達を交互に眺めてきた。

 とても粘着質で正直少し気持ち悪かったのだが、何やら期待の念の様なものが込められている。

 

 これは、もしかして……。

 

「ふふーん、その目。何が言いたいのか、分かるよ~」

「……!」

「お姉さん、こっそり二人の事撮っちゃおうかな~?」

 

 思わず私は心の中でガッツポーズをした。

 

 やったぜ。

 ブラボー。

 最高だ。

 計画通り。

 ちょろいな。

 

 私は最大級の称賛を並べてお姉さんに答えた。

 流石に口には出していない。

 

「え、いやそんな。迷惑じゃ……」

「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。ちょっと撮るだけだからヘーキだよ」

「ゆー姉、一緒に撮って貰おう!」

「え、ええ? 良いのかな……」

「細かいセッティングとかは省かせて貰うけど、映りは最高だよ~。じゃ、はいチーズ!」

「……ひゃい!?」

 

 お姉さんがカメラを向けて来たので、ゆー姉と一緒に被写体になる事にした。

 肩を寄せて身をくっつけ合う。

 お互い身長も一緒なので、収まりはとても良いはずだ。

 

 ぱしゃりと無機質な音が連続的に鳴り響けば、何やら満足げな表情を引っ提げたお姉さんが顔を覗かせた。

 

「いいねえ、リテイク無しでここまで撮れるのはそうそう居ないよ」

「は、早すぎるよ……心の準備ができてなかったのに……」

「こういうのは自然体が良いんだよ~。ふふん、いい写真撮れちゃった」

「写真……写真は、いつ現像するのでしょうか……?!」

「そうだね~。他にも色々と作業が有るから数日後になるかな。一週間経てば確実に終わると思う。住所を書いた封筒を渡してくれれば送付するよ。フォトスタジオに来てくれれば、直接すぐに受け取れるけど……」

「すぐに行きます!」

「食い気味だね~。ほら、私の名刺だよ。週末の午後ならいつでも居るからね~」

 

 折角プロの方に撮って貰ったゆー姉とのツーショット。

 すぐに鑑賞しなければ妹がすたるというもの。

 

 現像したらすぐに取りに行かせて貰おう。

 

「あの、料金とかは……?」

「ホントは出張料とかが要るんだけど、今回はお姉さんのきまぐれだからね~。サービスだよ、サービス」

「あ、ありがとうございます」

 

 おお、なんて気前が良い人なんだろう。

 半ば強請った様なものなのに、費用無しで撮ってくれるなんて。

 

 かたじけなく存じます……!

 

 

「じゃ、もうそろそろお昼だし、お姉さんもお腹空いたからまたね~。君達ふたごちゃんは印象深いから来てくれればすぐに分かるよ~」

 

 そう言って、お姉さんは手を振りながら人混みへと紛れていった。

 

 

「嵐の様な人だったね……」

「よし、一週間経ったらすぐに行こう!」

「愛梨は元気だなあ」

 

 

 

 

 そんなこんなで、私の印象深い卒業式は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は外食にするかな。お父さん、この辺に美味しいうどん屋さん知ってるんだ」

 

 父さんが運転する車に揺られながら、私は少しだけぼーっとしていた。

 あれから校門の手前で待っていた両親に出迎えられ、今に至る。

 

 そうか、私。

 卒業しちゃったんだなあ……。

 

「春からは別の中学だね、愛梨」

「うう……泣けてきた」

 

 いつもは窮屈に感じるシートベルトも、今は全く気にならなかった。

 

 

 ここ数年は学年が繰り上がってもゆー姉とは違うクラスになっていたので、いつも一緒なワケでは無かったが、別にそれほど不自由では無く会おうと思えばいつでも会える環境ではあった。

 が、学校が違うとなると話は変わってくる。

 

「今生の別れとは、斯くも辛いものなのか……」

「いや、別に朝と夜いつでも会えるでしょ……」

 

 二十四時間お姉ちゃん成分を摂取しなければ私はどうなってしまうのか、想像に難くない。

 果たして耐えきれるのか、これからの数年間……!

 

「愛梨のこと心配だな。ちゃんとやっていけるのか?」

「そうねえ。ここまで優愛にべったりだと、離れ離れになった時不安だわ~」

「くぅ……自分の未来が、手に取る様に想像できる……!」

 

 そうか。早ければ高校卒業までしか、ゆー姉とは一緒に居られない。

 後、六年間である。

 

 長いようには思えるが、小学校での時間と同じだと考えれば……時が流れてしまうのはとても早く感じられてしまうだろう。

 

 いずれは確実に訪れる未来。

 耐性を、身に付けなければ……。

 

「頑張ります。この妹、演じるのは得意なんで」

「演じるってなんなの……?」

「ははは。よく分からんが、その意気だぞ」

「愛梨、頑張りなさい」

 

 

 私は宣言する。

 お姉ちゃんが居なくても生きていける様に……それが、私のこれからの課題だろう。

 

 そう、心の中で結論付けた。

 

 

 果たしてそれが本当にできるものなのかどうか。

 それは今の私にも分からない。




次から本編です。
一気に高校時代まで飛びます。


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