邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~ (末末)
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第1話 邪神の救いの手…後悔しないよな?

携帯からの執筆になります。頻度は基本遅くなります。感想は返したり、返さなかったり。


「君は僕と契約したという事だよ。ああ……あのポンコツ女神から、君は自由になったという事だね。僕が、君を助けたって事になるのだけど……それについては、気にしなくてもいいよ」 美貌の少年が、ニコリと微笑む。輝く様な金髪に白磁の肌。整った目鼻立ち。それ以上に目を引いたのは、深紅に染まる赤き瞳だ。

白を基調とした貴族風な服装を身に纏っている。少年がパァンと手を叩くと同時に、一人の男性が姿を現す。

執事然とした装いの男性。燃える様な真っ赤な髪の色と、その髪の間から短い角が覗いていた。高身長にがっしりとした体格。男性が手にしていた盆の上には二つのティーカップとティーポットが乗っていた。

男性は手早く丁寧にティーカップを少年と俺の前に配置し、丁寧に茶を注ぐ。

少年は、ゆっくりとした優雅な手付きでティーカップを掴み、促す様に俺を見る。慌ててカップを取り、啜る……紅茶に似た香りと味わいがほんわりと身に染みた。

「さてと、君の名前を聞いておこうかな。いや、前世の名前じゃないよ。異世界の転生後、つまり今後の名前だよ?……言えるかい?」 カップから口を離さず、上目遣いに聞いてくる少年……俺はカップを置き、何故かきっぱりと答えた。 「クレイドル。俺の名はクレイドル、です」

あっはっはっはっ、と少年は笑った。

「はっきりと!僕の前で、自分の名を名乗ったな!その名の意味はどうでもいい!今、君は僕の加護を受けた!今日をもって、君は僕の息子になった!」

畳み掛けるように、高笑いをする少年……邪神を前に、俺は何故クレイドルという名を名乗ったかは分からない。

だが、第二の人生が今、始まったという実感を痛いほど感じた……高笑いする美貌の少年、いや邪神に俺は質問をしなければならない。

「あの……加護、とは?」

邪神は未だ笑いを含みながら、答える。

「さあね。僕の加護がどういうものかは、ふふっ、分からないね」

ここで初めて、この邪神に対して微かな苛立ちを感じた。

 

「んふふっ……まあ、はっきり言える事は、ふふっ、君のこれからの人生は、波乱だね。波乱の混沌に舞う、ふふっ……人生を送る事に、なる、だろうね……ふっ、んふふっ!」

呆然と少年、いや、邪神を見る。ふと視線を感じた。邪神の執事?が俺を痛ましい目付きで見ていた。

執事と目が合うと、彼は静かに頭を下げた。

執事のその仕草から、何か謝罪めいたものを感じ、俺も頭を下げた……邪神は今だ笑っている。

 

あのポンコツ女神から救ってもらった、という感謝が急激に薄れていくのを、俺は強く実感していた。




とりあえず、こんなとこでしょうかね。縁があれば、また。


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第2話 転生の前に そして邪神とは

今だ笑っている邪神を、冷めた目で見る。

何がそこまで楽しいのやら……笑い終えるまで待つか。

「おかわりはいかがですか」執事さんが重低音ボイスで聞いてきたので、お願いした。

ほどよい温度のお茶が、心を穏やかにする。

「あ~落ち着いた……ええと、じゃあこれからの事を少し説明しようか。決めなければいけない事もあるしね~」

邪神が涙を拭いながら言う。涙が出るほど楽しかったのか。もしかして、俺の転生は娯楽の一環とでも思ってるのでは……いや、さすがにそれはないか。一応、神様なんだしな。

「最近、どうも楽しい事がなかったからね。いや、嬉しいよ。ふふっ、ふっ」

娯楽だった。そんなとこだろうな。一応、邪神なんだしな。

 

「ふう……さてと、転生にあたって、君はある意味生まれ変わる事になる。容姿は僕が送る世界に適用される様にするよ。あと、その世界の基本的な知識も送りこむからね。何も分からず右往左往するのは、嫌だろう?」

「それは……助かります。あの、容姿は人間の姿でお願いします」

「えっ?……ああ、君が言う人間ってのは、人族の事か……う~ん、他にも種族あるけど?僕がその気になったら新しい種族作れるけど?」

おおう……早口でまくし立ててきたな。というか、新しい種族作れるって、なんか怖い……。

 

「ええと、新しい種族、っていうのは?」

「興味ある?例えばねぇ、悪魔の力を持ちながら、人の心を──」

「うん。ダメです。止めてください」

誕生日おめでとう悪魔人間、じゃねえよ。

「え~ダメかい?……じゃあ2、3分しか戦えないけど、巨大化──」

「それもダメです。普通の人間、人族でお願いします」

あそこはかなり厳しいらしいからな。

「う~ん。まあ君がそうしてほしいなら、そうするよ……」

危なかった。言わなければ、何にされていたのか……最後に、いつでも変更できるし。みたいな事を呟いていた様な気がするが、気のせいと思っておこう……。

 

「よし。じゃあ、転生の準備してくるから、ちょっと待っててね~ああデルモア、その間、クレイドル君をもてなしてやって~」

重低音ボイスの執事さんの名前、デルモアさんというのか。

「軽食にしましょうか。新しいお茶に入れ替えます」

てきぱきと、手際よく準備をするデルモアさんに黙って頭を下げた。

 

軽食中、デルモアさんから色々と話をしながら、忠告を受けた。邪神についてだ。

曰く、「あるじ様の発言をあまり間に受けないように」

曰く、「言動がどうあれ、油断なさらないように」

そして最後に、「あるじ様はよくも悪くも純粋な方ですが、反省無き、享楽家です」

ええ……性質(たち)悪いな……。



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第3話 転生と転移完了 そして夕暮れ

第3話となります。少しづつ進めていきます。



「準備は整ったから、着いてきて~」

デルモアさんと歓談中、邪神が戻って来た。

こちらに向かって、手招きをする。デルモアさんに促され、邪神の元に向かう。てくてく歩く邪神のあとを追いながら、話をする。

「転生の準備はもう出来てるし、あとは種族の最終決定と~種族に応じての容姿の決定だね~」

「いや、種族は人族ですからね。人族で」

「え? 昆虫を元にした強化人間じゃなかったっけ? 普段は人間形態だけど──」

「いやダメです。人族で人族でお願いします」 さっきから微妙に心揺さぶってくるんだよ。この邪神は。そりゃあ俺だって言いたいよ、悪魔の力を手にしたが、人の心は失わなかった!だとか、 変!身!!とかな。でもアウトなんだよな。

「ところで、転生ってどうなるんですか?」

「ああ、二つのやり方があるんだよ~。まず一つ、赤ちゃんからのやり直し。この方法だと、自我が芽生えるまではただの赤ちゃんで~転生後の両親との絆やら、その周囲とのしがらみが出来ちゃうからね~面倒でしょ? そういうの、お奨めしないな~大体、お父さんは僕一人で充分!」

何故かグッと拳を握る邪神。なるほど、俺は父子家庭という訳だ。

「もう一つは~種族、容姿、年齢を決めてからの転生だね~こっちがお奨めだね。すぐに転生後の世界を生きる事が出来るからね~」

種族は人族! 容姿、年齢は……う~ん。

「さて、転生の間に着いた。中央の魔方陣見えるかい?」

いつの間にか、妙な部屋に着いていた。なかなかに広く、床、壁、天井は淡い青色の光りを放っている。邪神のいう魔方陣に目を向けると、銀色に輝く円形の魔方陣が明るく輝いていた……。

「最終決定としようかね~ええと、種族は面白みも無い人族で~容姿は……まあ君は僕の息子だからね……子は親に似て、自律人形(オートマター)は人に似るというからねえ~」

うん? 何か引っ掛かる言葉が聞こえた気がするが、好きにさせておくのがいいだろう……。

「よおし! 種族は人族! 容姿は僕寄り! 年齢は……前世の君の年齢より、多少引いておこうかなあ~ええと、前世の君の年齢、はと……うん、転生後の年齢、は……十七ってとこにしておこっか!この世界では十五から、成人って事になってるからねえ~」

なるほど。転生後の俺は十七才の成人男性か。

 

「さ~てと~転生場所は~うん、うん……」

邪神は、いつの間にか取り出した地図を広げながら、うんうん唸っている。邪神の背後から、デルモアさんが地図を覗きこんでいる。しかし身長差すごいな。邪神の身長が百四十センチくらいとして、デルモアさんは……二メートルはあるな。

身長差が大分ある主従をボンヤリ眺めていると邪神が声をあげた。

「よし、決めた! 城塞都市近くの村に転生だ。あそこは安全だからね~比較的」

何と、どこと比べて比較的なのだろうか……少々不安になるが、もう腹を決めるしか、ない。

「さ~てと我が子よ。ほら、魔方陣に乗って乗って」

促されるまま、銀に輝く魔方陣に乗る。邪神が微笑みを浮かべた。邪神らしからぬ優しい笑み。

妙に慈愛を感じる、優しい微笑み……。

 

「よし、今から君は新しい世界で、第二の人生を送る事になる。前世の記憶と知識は当然、引き継がれる。でもね、それらをひけらかすのは止めといた方がいいよ。変な事に巻き込まれかねないからね……いいかい、君以前に転生されて来た先人達が、この世界を発展させてきた歴史があるんだよ。でもね……まあ、いいや堅苦しい事は」

慈愛の笑みを浮かべながら、邪神が魔方陣を指差す。陣の輝きが少しづつ強くなる。邪神の笑みを見ると、再び感謝の気持ちが、湧いてきた。

ポンコツ女神に魂を消滅させられるところを救って貰った恩義があるんだよな……きちんと礼は言っておくべきだろう……。

 

「あの、色々とありがとうございました。第二の人生を、俺なりに──」

「あるじ様、この地図、百年以上前のものですが……」

デルモアさんの声が聞こえた。それに被さるように、邪神の声……。

「あ。まあ、いいんじゃない? 大丈夫だよ~」

魔方陣の輝きが眩しくなってきた──百年以上前の地図!? おい、ホントに大丈夫か!?

「邪神! おおぉぉおいっ、ホントに大丈夫なんだろうなあぁぁぁっっ!?」

んふっ、ふふふっ! だ、大丈夫、だよ~ふふふっ! 邪神の含み笑いが聞こえてくる……ああクソっ! 感謝の気持ち? 恩義!? 邪神め! 邪神がっ! 輝きが視界を完全に塞ぐ──浮遊感を感じたと同時に、意識が飛ぶ。その直前、邪神の声が微かに聞こえた──「良き旅と人生を!」

 

 

 

風が飄々と鳴いている。空を見上げると、夕暮れ。どこからともなく、鴉の鳴き声が聞こえてくる……ふむ、この世界にも鴉はいるのか。

俺はどうやら仰向けに倒れていたらしい。目に写るは夕暮れの空。体を起こすと、見えるのは廃墟。廃墟の村……邪神がっ!!




筆者は基本、情緒的にアレなので、感想等はほとんど無視するかもしれません。ご了承のほどを。


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第4話 前世の記憶と所持品を確認

ぼちぼちに更新していきます。ちなみに筆者は基本、飲酒しながら執筆しています。



夕暮れの 鴉鳴く空 月を待つ──クレイドル

いや、一句詠んでる場合じゃない。目の前の廃村をボンヤリ眺めていると、カタカタと何かが鳴る音か聞こえてきた。廃墟とはいえ、全ての家屋が朽ち果てている訳ではないだろうから、廃村を少し調査しようか……いや、その前に前世の記憶を整理しておくか……。

 

前世の名前は、皆上遼示(みなかみりょうじ)。年齢は二十五。

建設会社勤め。入社五年は営業だったのだが、とある事情により、事務に回された。俺が強面だというのだ。取引先は俺が来ると、自社は何か粗相でもしたのだろうか。だとか、あまりウチらをナメてもらったら困りますわ。という威圧をしに来たのではと思われていたのだそうだ。

まあ、自分の面相は充分、自覚している。高校の時のあだ名は、対策本部部長だったしな。

家族は四人。両親に妹。あと亀一匹。まあ、普通の一般家庭だ……俺が死んだあとは……まあいい。考えても仕方ない事だ……切り替えてこう。

さて、あらためて周囲を見回すとホントにただの廃村だ。何十年もの間放置されてたら、こうもなるかっていうくらいに荒れ果てている。朽ち果てた家屋、あちこちに生い茂る雑草、中央広場らしき場所の真ん中に、半ば崩れた噴水。当然、水なぞ涸れている。

 

肩掛けの大きめのバッグを掛けている事にいまさら気付いた。噴水近くの石造りのベンチに腰掛け、バッグの中を確認する。

ええと……小さな革袋が最初に目についた。その中を覗くと、硬貨が入っている。金貨十枚、銀貨十枚、銅貨十枚……確か、銅貨十枚で銀貨一枚で、銀貨十枚で、金貨一枚か。結構な大金持たせてくれたな。あとは、瓶詰めの液体が三本。ラベルを読むと、二本は治癒ポーション。もう一本は万能ポーション? なんかこれ、あまり表に出さない方がいいかもな。それと紙袋二つ。中身は干し肉と干し果物。携帯食ってやつか。

 

吸い口のある革袋。中身は水だな。バッグの奥にあるのは……おお、これ剣か。シンプルな作りの黒い鞘。頑丈な木枠と革で作られたやつだ。

ゆっくりと鞘から刃を抜く。刃渡り、約六十弱で柄は十五センチくらいか……全長、七十五センチ強ってとこか。ショートソードってやつかな?

今の自分の服装も確認する。どうということもない、普段着って感じだ。七分袖の少し厚めの上着に長ズボン。上下、濃い藍色。黒革のベルト。脛と爪先と踵部分が、金属製の黒革のブーツ。

この世界の普段着なんだろうか。ベルトには帯剣出来るように、金属製の枠が付いている。

「なるほど、こう……通す、のか」

あつらえたかの様にピッタリと剣が納まった。

 

空を見上げると、すでに日は暮れて、もう夜になろうとしていた。

今からこの場所を離れても、暗くなった道を歩くしかない。それは流石に嫌だ……しょうがない。まだマシな家屋を見つけて、夜を明かすしかないか……。



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第5話 深夜の決闘 廃墟の中心で覚悟を叫ぶ

屋根が残っている家屋を見つけ、踏みいる。やはり埃まみれだ。比較的、埃にまみれていない布を使って、床の埃を払う。何とか横になれるだけのスペースを作る事ができた……荷物を部屋の隅に置き、埃を払った場所に横たわる。剣を手放さないように抱え込む……睡魔はすぐに──。

 

カタカタ、カタカタカタ……風の鳴る音が遠くに聞こえる……いや、少しづつ近づいて来るような……いや、気のせいだろう……寝返りを打ち入り口にボンヤリと目にやると……ん?

 

骨が、立っていた。カタカタと音を鳴らしながら……カタカタ音は、上下の顎が打ち鳴らしている音だ。骨は片手に棍棒というべき、木の枝を持っている。

スケルトン、という奴だな……邪神に送り込まれた知識と前世の記憶からの判断……剣を抱え込み、スケルトン目掛けて駆け出す。

家屋内での戦いはマズイ。逃げ道が無いのは危険すぎる─できるだけ身を低くしながら、スケルトンの側面をすり抜ける様に駆け─ボゥオッ!!

怖っっわ! 風切り音ならぬ、風断ち音が頭部ギリギリで聞こえた。食らったらゲームオーバー間違いなしだろっ!!

何とか距離を取るべく、身を前方に投げ出す。

体勢を何とか立て直し、背後のスケルトンに向き合う……スケルトンはカタカタ鳴きながら、ゆっくりと振り返る─こいつ、手は速いが動き全体はゆっくりなのか……異世界知識、発動? 接近戦油断大敵。戦闘力、個体差あり─生前の戦闘力を引き継いでいる個体もいる……スケルトンは雑魚っていう認識改めるべしか。

 

初めての異世界での戦闘……なのだが、妙に落ち着いている自分に少々、驚いている。

ゆっくりと剣を抜くと、早くも手に馴染む感覚が、静かな高揚感をもたらしてくる。

鈍く輝く鋼をスケルトンに向ける……一歩、一歩とスケルトンが向かって来る。

剣を上段に構え─そういや、中学まで剣道やってたっけか……高校に剣道部がなかったので、結局、俺の剣道人生は中学で終わったのだ。

まあ、剣道は武術じゃないしな……一部の流派を除いてだろうが……スケルトンが、手にした棍棒をゆっくりと振り上げるような動きをする──それに合わせて一気に踏み込み、スケルトンの振り上げた両腕と頭部を薙ぎ払う──カキンッ! 二重の手応え……ガタンっという音と同時に、スケルトンがバラバラと崩れ落ちた。

肘から先の両腕と頭部と、それ以外の骨が目の前に散らばっている。

止めとして、スケルトンの頭骨を踏み砕く。

骨が砕ける感触が、達成感を感じさせた……。

 

はあ……終わってみれば、あっけないような気がする。なんだろうな、アドレナリンかなんかが出てたのか、戦闘中はかなり冷静に動く事が出来た……剣を鞘に納めて、周囲を見回す。時間は深夜過ぎってとこか?

ふと、バラバラに砕けたスケルトンを見下ろすと、何か光る物が見えた。それを拾い上げてみると……鈍い光りを放つ、握り拳より一回りは小さい水晶のような物だ──魔昌石。魔石。魔物、魔獣の体内にある、魔力が込められた石。使用方は多岐に渡る──おお、異世界知識、発動。

魔石、かあ……それなりの金額で売れるらしいな。それより、先ほどの戦闘の余韻がまだ残っているのか、まだ気持ちが多少、高揚している。

「少し、周囲を見回るか……」

スケルトンが一体とは限らないからな。少しでも安全性を確認しておきたい……。

 

結局、あのカタカタ音は何も聞こえず、あのスケルトン一体だけだったらしい。中央広場の噴水近くのベンチに腰掛け、しばしボンヤリとする。

深夜過ぎの夜更け。俺はこれから、この世界で生きていく実感が湧くのを、強く感じた──。

 

「俺は生きる!! 素晴らしき、第二の人生を生きる!! 邪神、御覧あれ! 俺は……生きる!」

 

戦いの余韻でテンションが──どうかしていた……。




ようやく、5話になりました。少しずつ、文字数も増やしていければと思います。


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第6話 ステータス! オ~プン!! (ベテラン芸人風に)

少しずつ、書き進んでいきます。いや、なかなか簡単では無いですな……。


何も起こらなかった。うん、何となくそういう世界だという事はわかっていたよ。まあ正直、期待半分ってとこだったけどな……さて、深夜のバトルを終え、噴水広場で妙な宣言をした後は、急激にテンションが下がり、そのまま廃屋に戻って寝た。速やかにやってきた眠気に抗う事なく、剣を抱いたまま、スャアと眠る事が出来た……。

目が覚めると、もう夜が明けていた……廃屋の出入口、窓から朝日が射し込んでいる。

どこからともなく、鳥のさえずりが聞こえてくる。もそもそと起き、バッグの中の携帯食。干し肉と干し果物をムチャムチャと噛みしめ、水で飲み下す……さてと、これからの生活はどうするかってとこだが……確か、城塞都市とやらの近くの村……いや、廃村か。今の現状では、城塞都市に向かうのが、ベストだろう──帝国領、城塞都市グランドヒル。都市というのは通称で、正確には城塞王国グランドヒル。移民を率いてきた男が、理性を持ったトロルとともに村を作り、街となり、そして王帝の支援を受け、一つの国を築き上げたという歴史がある──いや、これ以上の歴史の講義は、後からにしよう……。

今は、城塞都市に向かうのが、最優先事項だろうが……ここから徒歩で向かうには、少しばかり距離が遠すぎる。とりあえず街道を出て、通りすがりの馬車にでも会ったら、近くまで乗せてもらおうか……。

 

街道を歩いてすぐ、行商人一行に拾ってもらった。一行は、帝都領南に位置する、交易都市からの帰りだという。行商人の名は、メルデオさん。褐色の肌をした彫りの深い顔立ちで、いかにも壮健そうな人物だ。

三十の半ばで城塞都市に店を構え、今や中堅の商人として認められているという。雑貨屋を経営しており、冒険者用の道具も扱っているとの事。

「あの廃村で一泊したのかい……なかなかタフだな……しかもスケルトンを倒すなんてなあ」

「無我夢中でしたよ。もうどう戦ったかなんて覚えてません」

ゴトゴトと、のんびりとした歩調で馬車が行く。城塞都市までもうすぐなので、ゆったりとした速度なのだそうだ。

 

俺は御者を自分から勤めるメルデオさんの横に座り、話好きのメルデオさんから城塞都市の話を聞く。帝国領内の都市、つまり各国の治安はほぼ万全だという。酔っ払った女性が、フラフラしていると、衛兵に捕まり、女性の家に連行されるか、衛兵所の一泊部屋にお泊まりされる事になるという。それほどの治安だとの事だ。

ちなみに、スラム街などは無いそうだ……これって、相当に治安はいいだろう。

 

「身分証を持ってないっていうのなら、衛兵から仮の身分証を発行してもらう事になるなあ。発行には、銀貨三枚。どこかしらのギルドから身分証を発行されたら、仮身分証を返却すれば、銀貨二枚が返ってくるよ」

なるほどな。異世界知識を出すまでもなかったのはありがたい。

ゴトゴトゴトゴト、馬車が行く。メルデオさんと色々な話をしていると、城塞都市が見えてきた……おおお……すごいな、これは。TVで観た世界紀行とかで紹介された、中世の城郭の完全版って感じだ。そびえ立つ城壁。尖塔。行き交う人々のために開放された、広く巨大な鉄の門……思わず圧倒される。いや、凄い。またしても、異世界に来たのだと実感させられる。

「いや、これは想像以上です……田舎者には刺激が強いですね」

はえ~とばかりに、メルデオさんに告げる。

「まあなあ。私も初めて来たときには圧倒されたよ。でもまあ、住めば都と人はいうからねえ」

 

行商人のメルデオさんはほぼ顔パスで通れた。

俺はメルデオさんの口利きもあり、すんなり仮身分証を発行してもらえた。ありがてぇ事や。

ちなみに、持ち合わせがなかったら自分が立て替えておこうか? とまで言われた。

いや、大丈夫です。持ち合わせはあります。と断った。ええ人や。ありがてぇ。

今後、何かしら店を利用する時には、メルデオさんの店を利用しよう。

 

「冒険者ギルドで登録する事にします」

メルデオさんに告げると、何時でも店に来てくれていいよ。と言われた。これも何かの縁だからねと。メルデオさんから冒険者ギルドの場所を聞き、早速向かう事にする。とはいえ……俺のご面相が受け入れられるだろうか……。

 

 

前世の皆上遼示。その強面は、今や新しい『父親』の容姿に寄っているという事をクレイドルは知らない。

『子は親に、自動人形は人に似るという』

その邪神の言葉を忘れていた──金髪。白磁の様な色肌。漆黒の瞳。紅色の唇。それらの、整った目鼻立ち──今、現在のクレイドルの容姿は、そうなっていた。

 

 

冒険者ギルドの前に立つ。開け放たれた両開きの扉。おおう、これはあれだ。西部劇の酒場の入り口に似てる……。



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第7話 初級冒険者登録 獣人女性にトラウマ

冒険者ギルド……荒くれやらなにやらがたむろして、新入りに絡んでくるというのが定番だろうが、俺の強面っぷりを見ても絡んでくる、荒くれ野郎はいるだろうか……ようし、覚悟を決めて入場……そして沈黙。外まで聞こえてきた喧騒が、ピタリと止んだ。

何か、こう、常連ひしめくこじんまりとした居酒屋に、足を踏み入れてしまった感が強い……アウェイ感に気圧され、ゆっくりと後ろに下がり、外に出る…………。

 

「ちょっ、ちょっと! 待ってっ!」

掲示板らしきものの側に立っていた、受付嬢に捕まった。露出控えめ、暖色系のきっちりとした制服を着ている。というか、力強っ! 両肩をがっちりホールドされたまま、再びギルド内に連れ戻された。今気付いたが、この嬢、獣人だ。

「用が、あるのよね? 登録? 登録よね!?」

怖い。ギラついた眼が怖い。狼系か? というか牙を見せるのは止めていただきたい……。

「大丈夫! 直ぐ済むから! 優しくするから!」

ええ……俺、何されるの……囓られる!?

「落ち着きなさい。彼は怯えていますよ」

ギラついた眼。剥き出しの牙。俺を囓らんとする狼族の受付嬢の背後から、穏やかな声が聞こえてきた。

「ジェミア、とりあえずその手を離しなさい」

穏やかな声の持ち主は長身の女性……ゴツい。そして彼女もまた、獣人……獅子族?

凛々しい顔立ちの女性が、俺を穏やかな顔で見下ろしている。

 

「登録ですよね。さあ、こちらへどうぞ」

狼族の受付嬢の手をビシバシとはたき落とすと、俺の腕を捕み、奥に連れ込もうとする。

なんだこれ!? アグレッシブ過ぎないか獣人女性!? 穏やかな声と顔が、余計怖さを引きたたせている!

「何、騒いでやがる! ジェミア! リネエラ! そいつから離れろ!!」

階段の踊り場から、これまた大柄な壮年の男性が怒鳴った。はち切れんばかりのシャツから浮き上がるは、引き締まった豪快な筋肉。

「「ええ~」」

獣人二人が、同時に声を上げた。壮年男性が、しっしっとばかりに手を振る。

 

「すまねえな。普段は……あの二人、あんなんじゃあねぇんだが……んで、ここには何の用で来た?」

「まあ、冒険者登録をしに来たんですが……」

ギルドマスターの部屋で話を聞く事になった。質実剛健といった感じの部屋だ。

調度品は最低限の物しか置いてないらしい。頑丈一点張りの長テーブルを挟んでの会話。少し硬めのソファーが気持ちを落ち着かせる。テーブルの上にはティーポットとティーカップ二つ。

すすと茶を啜る。微かな苦味が気持ちを穏やかにする。ふう、と一息付く。

先ほどの獣人女性達の、いやにアグレッシブな行為を忘れさせてくれた。

 

「ふむ。まあ、それは構わねえよ。来る者拒まず。去る者追わずがギルドだからなあ。最近は新規の登録者が居なくてな……それで、あの受付嬢どもは、その……興奮、したんだろうなあ」

分厚い手のひらに包まれたカップが、全く見えない。スゲエ……いや、今はそんな事気にしている場合じゃない。

「自己紹介まだだったな。この城塞都市でギルドを任されてる、ダルガンデスだ。ダルガンでいい」

ギルドマスター、ダルガンさんが差し出してきた手を握る。おお、頼もしさを感じる握手だ。

「ほう。俺のなりを見て、握手にびびらねえとはな。大概は、びびるか、強く握り込んでくるがな」

ダルガンさんは、もう一度軽く握り、離してくれた。

「強く握ってきたら、どうするんです?」

シンプルに気になり、思わず聞いてしまった。

「そりゃあ、あれよ。挑んできたって事だからなあ。相手せんと失礼だわな」

ニヤリと笑うダルガンさん。豪傑肌な人だな。

 

「まあ、名前だけで充分だ。正直、身の上話ってのは、あまり根掘り葉掘り聞くもんじゃないしな……とはいえ、話せる事があるのなら多少は聞いておきたいんだが……まあ、無理は言わねえけどな」

ダルガンさんの目が、スッと細くなる。うお、威圧感がじわりと、漂ってきた……これは、話せる事は話すべきだろうな……とはいえ、邪神に転生させてもらったんすよ、ぶへへ。とか言える訳ないしなあ……何をどう話したものか……腹を決めて話した結果……。

 

我ながら驚いた。あること無いことのレベルじゃない。ほぼ、無いこと無いことの連続じゃないか。事実は廃村で一泊して、スケルトン倒した事だけじゃないか……邪神か、邪神の加護か。

ダルガンさんが唯一信じなかった事は、スケルトンを倒したの下りだった。

「いや、あの廃村は清められているから、アンデットなんか出ねえと聞いてるがなあ……」

武勇伝フカすなよ。と言わんばかりの目で見てくるダルガンさん……邪神だ! 邪神の仕業だ!



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幕間 城塞都市 ギルドマスター ダルガンデス

「うん?」

ダルガンデスは書類から目を上げた。階下の喧騒が、不意に止んだからだ。こういう場合は、お偉いさんが気まぐれで来た。名の通った高ランクの冒険者が来た──そんなとこだろうな……。

受付連中に任せりゃいい。面倒事なら、誰かしらが呼びに来るだろう……。

 

 

ダルガンデス。齢五十になる、元冒険者。中級Aランクまで到達し、上級まで到達するのは時間の問題という所での引退だった。時代が良くなかったと、人々はいう。ダルガンデス、三十代。油の乗った時期での引退理由は、後進の育成に関わりたいとの事からだった。ダルガンデスが手ずから鍛えた冒険者達の名が界隈で通る頃には、冒険者ギルド本部から、城塞都市の冒険者ギルドマスターの推薦を受けたのが、四十代の時。そして、現在に至る──。

 

書類に目を戻すと、喚き声が聞こえてきた。 「大丈夫! 直ぐ済むから! 優しくするから!」

なんだ? あの声は……ジェミアか。優しくするからって何だ? 荒くれ連中の喧騒も全く聞こえないし……何が起きてる?

「ちっ、なんだってんだ?」

はあ、とため息を吐きながら椅子から立ち上がると、巨体から開放された特注品の椅子が、ギィと鳴る。

扉からでて、柵から一階、受付カウンター前を見ると……揉めていた。受付嬢二人、ジェミアとリネエラ。その間に挟まれているのは……年齢十六、七くらいの男だった。

 

身なりは貴族の子弟には見えないが、若い受付嬢が、とち狂うのも分かるくらいの容姿だな。

特に目鼻立ちと、唇の形と色。陶器の様な白い肌……ありゃ、女が放って置かないだろう。しかし、金髪に黒目ってのは何か珍しいな……いや、見惚れている場合じゃねぇな、盛りのついた二人の獣人女どもから、助けてやらねぇと……リネエラがジェミアの腕を叩き落とし、男の腕を掴むと、奥に引きずり込もうとしていた。

「何、騒いでやがる! ジェミア! リネエラ! そいつから離れろ!!」

「「ええ~~」」

「そいつは、俺が話を聞く。兄ちゃん、上がって来な」

「彼に何をするつもりですかギルドマスター。奥様に言いつけますよ」

獅子族のリネエラが、ジト目で見上げてくる。

「女房に、何を、どう、言いつけるんだ。話を聞くだけだって言ったろうが……兄ちゃん、キリねぇから、早く上がって来い」

見目麗しの男が、獣人二人の隙をつき、脱兎の如く階段を駆け上がって来た。

なかなかの素早さだ。ジェミアが掴もうと手を伸ばすが、ギリギリで避けていた。

リネエラが、当たり前のように男の後を追って階段を上がって来ようとしたが、目で抑えた。

「茶は俺が用意する。てめえらは業務に戻れ」

「何かされそうになったら、大声を出して下さい。直ぐ駆けつけますから」

リネエラが、ぐっと拳を握り言った。

何かって何だよ。バカどもが……。

 

「新規登録な……うん、歓迎するぜ。軽く説明しとく、来る者拒まずがここの流儀だ。もちろん、犯罪者、指名手配、賞金首でもない限りって前提があるがな……仮の身分証を持ってんなら、一応身は潔白って事になるな」

「はい。ありがとうございます」

頭を下げる男に茶を勧める。そして、少しばかりのやり取りの後、少々聞いておきたい事があった。本来ならば、名前を聞いてそこで終わらせてもいいのだが、こいつに関しては、妙に気になるのだ。少しばかりの身の上話は聞いていた方がいいと判断した……。

 

「まあ、普通は名前だけで充分なんだ。正直、身の上話ってのは、あまり根掘り葉掘り聞くもんじゃない……とはいえ、話せる事があるのなら多少は聞いておきたいんだが……まあ、無理は言わねえけどな」

見目麗しの男……クレイドルは、少し考える素振りを見せた後、淡々と身の上話を語り始めた。

 

なかなかに興味深い話だった。住んでいた村は名無き村だという。土地に住まう精霊がかなり強力だったらしく、人が名を付ける事を許さなかったという。土地を治める領主も、代々従っているそうだ。

そしてある時期、土地の精霊が領主の夢枕に立ち、今まで加護を与えていたが、その土地はもう充分に育った。新しき土地に村を移せ──

領主は速断したそうだ。全面的に村の移送に協力するので、精霊に従ってくれないかと。

反対意見は出なかった。育った土地の管理をするための数家族を残し、それ以外の住民は新天地に移る事になった。その際、成人していたクレイドルは、外の世界を見て歩きたいと両親に訴えたと言う……結果、一人立ちを許され、最低限の所持品を持たされて旅立った──

 

なかなかに面白い話だった。まあ、信じるに値するだろう……よし、まあいいか。だが、この後の話はどうか、な。あの廃村で、スケルトンを倒したって話はなあ……。

「いや、あの廃村は清められているから、アンデットなんか出ねえと聞いてるがなあ……」

 

クレイドルは、何とも言えない顔で、俺を見つめてきた……。




ちなみにクレイドルの身体的なスペックは、177センチ。77キロのアスリート体型。両利き。て感じです。


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第8話 一ヶ月の初級訓練 受けない手はない

ダルガンさんの説明を聞く。初級訓練の期間は一ヶ月。週に銀貨一枚が支給され、衣食住はタダであり、各教官から身に付けたい技術を学ぶ事ができるという……いや、マジか。いうならば、専門学校のようなものじゃないか。一ヶ月を短いと思うかどうか、だが……。

 

「本来なら初級訓練ってのは、何人か希望者が集まってから、まとめてやるもんだが、今のとこおめえさんしかいねえ。ある意味、運がいいぜ」

「と、いいますと?」

「うん、それはなあ……」

ダルガンさん曰く、城塞都市という場所柄、様々なタイプの冒険者達が集まるそうで、前衛にしても、攻撃役。盾役。その両方勤める事の出来る冒険者。腕のいい斥候。優れた治癒士に、魔術士。剣の腕だけでなく、魔術にも優れた剣士。

「つまり、ここを拠点にしているベテラン連中は多いってこった。その質は、帝都にも引けはとらねえよ。これがどういう事かというとだな、そのベテラン連中に訓練教官を頼めるって事だ」

ニヤリと笑うダルガンさん。それでな、と言葉を続ける。

「要するに、だ。腕利き連中に鍛えてもらえるってこった。選り取りみどりだぜ」

「……でも、そのベテランの人達の時間を拘束する事になりませんかね」

「まあな。だが、教官代として多少の銭は出すし、それに断らせねえよ。俺が直接、冒険者としてのノウハウを教え込んだ奴等が何人もいるからよ」

おおう……何とも頼もしい言葉だ。それだと、一ヶ月で足りるだろうか? 冒険者としての自分の方向性を考える必要があるかもなあ……。

 

ギルドの訓練場から少し離れた場所にある宿舎に案内された。歴史を感じさせる堅牢な石造り。

「男女別で、造りは同じ。二棟ともに、十人の相部屋だ。おめえさん一人だから、かなり寂しくなるだろうな。とはいっても、後から新入りが来て、共同になるかもしれねえがな」

なるほどな。ここが、今日から俺の生活拠点になる訳か……衣食住付きってのが大きい。邪神から持たされた資金は充分とはいえ、やはり金を得られるのは、精神衛生的に嬉しい事だ……。

 

「じゃあ、決まりだな? 初級訓練を受けるってのは?」

「はい。よろしくお願いします」

「ベテラン連中、張り切ると思うぜ。新人が一向に来ない。もし来たら、是非とも初級訓練を受けさせてくれって言ってたからなあ……本当に運がいいぜ?」

ダルガンさんが嬉しそうに言った。

 

宿舎に案内され、荷物を置く。その後ギルド内に戻り、たむろしている冒険者の方々に紹介される運びになった。

喧騒がまたしても止んだ。だがそれは一瞬だった。軽い自己紹介のあとは、酒場に移動して、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎになった。解せぬ。

獣人受付嬢二人が両サイドに付き、こちらに杯を持って来る冒険者を牽制、もしくは威嚇するのは、止めていただきたかった。先輩方達との交流を邪魔しないでもらいたいのだが……。

 

もう自分とは何も関わりのない飲み会になる頃には、ダルガンさんに連れ出され、宿舎に送ってもらった。

「まあ、今日はゆっくりと休みな。訓練についての事は、明日詳しく説明するからよ」

ダルガンさんは手を振りながら、ギルド内に戻って行った。

荷物を置いたベッド側、小さなサイドテーブルと椅子と、三段の引き出しのタンス。こじんまりとした、私室という感じだ。

ベッドの間には、最小限の個人スペースを確保するかのように、仕切りが設置されている。

 

今日は色々あったもんだ。靴を脱ぎ、ベッドに横たわる。枕。シーツ。足元に畳まれている毛布は、使い込まれている様子だが、清潔感がある。

毎日、洗濯して取り換えているんだろう……。

目を閉じると、一気に睡魔がやって来た──

 

 

「やあ、パパだよ~まあまあ、色んな事があった日だったねえ~どう? この世界に慣れた?」

貴族らしい豪奢な部屋。だが、決して悪趣味ではない。銀縁の白いテーブルを挟んで、再び邪神と顔合わせ。

というか、パパ呼びは決定なのか……相変わらずの美貌。何故か浴衣姿。白を基調とした浴衣で、その柄は、赤と黒の金魚が散り散りに彩られている。朱色の帯が目を引いた。

襟元から覗く白磁の肌が、艶かしい……なんか腹立つな。コイツ……。

 

「いや、まあ……う~ん。これからってとこだと、思います」

「そ~だね~。今のとこ、大した事起こってないからねえ~でも、あの熊食いダルガンデスに気に入られたってのは、面白いかな~」

く、熊食い?! 何だ、その異名!

「城塞都市かあ~なかなかいいとこだとおもうよ~近々、姉上のお気に入りが来るから~その子と仲良くしてね~必ず、君の助けになるからね~」

くすくすと、楽しそうに笑い、邪神が言う。

「助けになる?……どういう人、ですか?」

邪神が、身を乗り出して来た。こちらの目を覗き込んでくる。凄絶な笑顔。同時に威圧感が漂ってきた……。

「その気になったら、神々に杖を向けられるほどの魔導士。公平にして混沌。自由にして秩序。んっふふっふ。脅かすつもりはないよ~まあ、その子は~きっと君を気に入るとおもうよ~さてと、今日はお休み……我が子よ」

邪神が、そっと頬を撫でてきた……。



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第9話 奪われたもの ベテラン達との交流前

 

 

目が覚めた。昨日のドンチャン騒ぎで杯を重ねなかった事が良かったのか、意外と早く目が覚めた。頭も重くない。

 

窓の外はまだ暗く、夜明けまでまだ時間はありそうだ。窓は木枠のガラス張りで、明け閉めが自由に出来るようになっている。透明度はそれほどでも無いが使用には何も問題無しなんだろうな。

 

昨日の飲み会で気付いた事は、ギルド内には酒場が併設されてない事だった。併設されているのは、喫茶店。提供されているのは、お茶と菓子。そして軽食。ダルガンさんがいうには、帝国領内の冒険者ギルドは全て、こうだとの事だ。飲み会は、ギルドに隣接する酒場で行った。

 

ベッドから降り、身を伸ばす。ミシミシ鳴る背中が気持ちいい。周囲を見回すと、入り口近くに洗面所があった。おお、前世とあまり変わらない石造り。というか、蛇口がある事に軽く感動してしまった。

下水設備も整っているのか。流石、都というところか……さて、顔でも洗うとしよう……。

 

「顔を! 顔を奪いやがった!!」

鏡を見た時、すぐには気付かなかった。何かおかしくないか? 何が写ってんの……? 鏡に写ったモノをぼんやりと見つめた……。

これ……邪神か!! 邪神の顔立ちだ! 邪神寄りの目鼻立ち。全くの違いは黒の瞳。

そういえば……『子は親に、自動人形は人に似るというからね~』とか言ってたな。あと、顔立ちを自分よりにするとかも言ってたような……。

 

馴染み深い強面が失われ、この世界の父親である、邪神の顔立ちにされてしまった……慣れるまで時間が必要だな……邪神め! 邪神が!!

 

「なんだおめえ、なんて仏頂面してやがる」

宿舎側に設けられた、こじんまりとした食堂。

長テーブルを挟んで、ダルガンさんと朝食をとっている。丸いパン、厚切りベーコンと半熟の目玉焼き。ジャガイモと玉葱のスープと、付け合わせの酢漬け野菜。

朝からなかなかのメニュー。美味い。パンは柔らかく、ベーコンもほどよく焼かれていて、端っこがいい具合に焦げている。スープも酢漬け野菜も、いい味をしている。無料だというのが悪い気がするほどだ。

やはり、美味しい食事は気持ちを和ませてくれる……邪神にされた仕打ちに対する憤りが、少しばかり落ち着いた……。

 

「いや、まあ、ちょっと嫌な夢見たもので」

夢でござる! って叫びたい……。

「ふ~ん。今日の予定だがな、おめえに冒険者としての心構えと、基本の知識を教える事の出来る奴に声を掛ける。心当たりは何人もいるからそれまでは、これに目を通しておけ」

ダルガンさんが、一冊の本を出してきた。冒険者ガイドブックとのタイトルが目を引く。パラパラとめくると絵図が目に入った。印刷技術も発展しているなあと思うのは、はっきりいって傲慢だ。思い上がってはいけない。

「それは教科書だ。基本中の基本が記されていてな、ベテランの中には、それに書き込みをみっちりとしている奴も珍しくねえんだ。そういうのは、後進の育成に大きく役立つ。いうなりゃあ、生存の知識になるんだよ。それと、冒険者クラスとランクの説明をざっとしておこうか……」

 

冒険者クラスは、下級、中級、上級に別れており、下級はABCDEF。中級はABCDE。上級にいたると、ランクは無いのだという事だ。

上級はもはやランク付けが出来ないほどの存在だという。そして、中級のCともなれば、ベテランと認められるとの事。

 

「初級訓練を終えるとだな、下級のEから始まるんだよ。特典はそれだけじゃねえ。中々のものだぜ……まあ、それは後からだな」

城塞都市の事を色々と話し、世間話をした。

「昼くらいには、訓練係を掴まえておくぜ。それまで、好きに過ごしな。教科書を読んでおくもよし、城塞都市を見物するもよし、だ……まあ何にせよ、昼までには訓練場に戻って来てりゃあいい」

朝食の後は自由行動か……う~ん、知り合いもいないし……と思ったが、商人のメルデオさんの事が思い浮かんだ。

何時でも訪ねて来てくれてもいい。とは言われたが、特に用もないのに店に行くというのもなあ……いや、冒険者用の雑貨を取り扱っているといってたな。今、俺が所持している道具は、最低限の物しかなかったはずだ。冷やかし、というのは悪いがメルデオさんの店を覗いてみようかな。

「少しばかり、そこら辺を見物する事にします。都会は初めてなので」

 

おお~風情あるなあ……昔の雰囲気を充分に残した観光地って感じだ。全面、石畳。舗装が良く行き届いてるし、清潔感もある。行き交う人達の表情も明るい。何より、子供が楽しそうに走り回っている……お、異世界知識発動──覇王公ミルゼリッツ曰く『子供が笑って暮らせる』国にこそ未来があるとの事。奴隷から将軍に成り上がり、王座を簒奪。そして、王から帝王にまで成った男が望んだ国造り──それが今日まで続いている……凄いな覇王公。

 

さてと、メルデオさんの店はどこだろうか……衛兵さんにでも聞いてみるか。メルデオ商会だっけか。



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第10話 メルデオ商会 まずは体力造り優先

 

「いや大丈夫です。場所分かりましたから大丈夫です。一人で大丈夫です。うん、大丈夫ですから」

女性衛兵に道を聞いたは良かったが、腕を掴まれ「城塞都市は初めてといったな? なら責任をもって案内しないといけない。それが衛兵の勤めだ。さあ来なさい」

グイグイと迫り来る衛兵を何とか振り切り、メルデオ商会のある大通りにたどり着いた。というかあの衛兵さんも狼系の獣人だったな。何、俺。獣人ホイホイなの?

 

広いな。まさしく商店街通りって感じだ。いいね。いい。広いが、人通りが多いので狭く感じるほどだ。買い物に行き交う人達の活気が、心地いい。ええと……あれか、大きな黒い看板に、銀文字でメルデオ商会と彫られている。

看板は顔というなら、なかなかいい顔だ。建物の大きさは奥行きを考えると、結構な大きさだ。

多分、二階もあるな。元建設会社勤めの目は節穴じゃない。詳しいんだ俺は。

「あれ。クレイドル君じゃないか」

振り返ると、メルデオさんだ。最初に出会った時より、よそ行きの上質感のある服を着ている。

「お久しぶりですって、いうほどじゃないですね。そういえばこの店の看板、いいですね」

「おおっ! 分かるかい。実はこの店を開く際にね、特にお金を掛けたんだよ。ずっと付き合っていく顔だからね。あの看板、ドワーフに特注で作ってもらったんだ。あと魔導士に頼んで、耐火性と頑丈性を上昇させて貰ったんだよ。いや~高くついたなあ~」

お、おおう……メルデオさんの予想外の看板愛に狼狽えてしまう(うろた)

「あの、旦那様。立ち話もなんですから」

背後に佇んでいた店員さんが、メルデオさんを促す。はっと我にかえったメルデオさんが、咳払い一つし、俺を奥に案内する。

 

 

「なるほど、冒険者ギルドの初級訓練を受ける事にしたんだね。ダルガンさんも最近は新人が来なくて、困ってたそうだから嬉しいんじゃないかな」

質素な白のティーカップを啜りながら、メルデオさんがいう。

「ダルガンさんがいうには、ベテラン連中が訓練教官を受け持ってくれると、いってました」

茶をゆっくり啜る。微かな酸味と甘い香りが、気持ちを穏やかにさせる。

「ほう。あそこのギルドは腕利きのベテラン揃いだからね。いい経験になるよ、きっと。そういえば、この店には何の用があるの?」

「ああ、その、冒険者用の雑貨を見に来たというより、衣服を買おうと思いまして」

「そういう事かい。肌着も服も用意されているけど、服は自前で用意しておきたいという事だね……よし、いいのを見繕ってあげるよ」

「いいんですか? 店長自ら?」

何故かノリノリのメルデオさんが、様々な服をおすすめしてくるのだが、途中から店員さん達が参加してきた。皆、女性。キャッキャと着せ替え人形の様に俺を扱ってきた……その過程は思い出したく無い。

 

結局、濃い朱色の上下服。七分袖に長ズボン。

黒の上下服。これは長袖。二つとも飾り気の無いシンプルな服。合計、銀貨三枚。結構おまけしてくれた。

「もちろん、初級冒険者用の道具も揃っているけど初級訓練を終えた時、卒業の特典に初級道具も進呈して貰えるよ。あと、ちょっとした装備もね。訓練を終えたなら、この店に来るといい。お祝いをさせてもらうよ」

「どういう訓練を受けるか、今もって決めていませんが、またお目にかかりましょう……お茶、ご馳走さまでした」

頭を下げ、荷物を抱えて店から出る。

 

「おう。丁度いい所に戻ってきたな」

受付で書類仕事をしていたダルガンさんが顔を上げる。というか、入り口正面カウンターにどっしり構えているダルガンさんを見たら、依頼客なり冒険者志望の人は、回り右するんじゃなかろうか……。

「おめえ今、なかなかに失礼な事考えてねえか?」

「いえ……ギルドの顔は頼もしいものだなと」

「ふん。まあいい。ついてきな……おい、ここ頼むぜ」

近くにいた職員さんにカウンターを任せ、立ち上がるダルガンさん。この人も獣人だが、男性だ。スーツ姿の、すらりとした体格の明るい毛並みの猫?族だ。

にこりと微笑み、軽く頭を下げてきた。明るい青の瞳をしている。イケメンならぬイケ猫って感じだ。

 

ダルガンさんの後を追い、訓練場にきた。荷物を宿舎に放り込んで、長テーブルにダルガンさんと向かい合って座る。

「一応、訓練内容何だがな、この稼業は体が基本だ。まずは体力造りを最優先にする。知識面の座学はその後って事にしときたいが……何か、希望はあるか?」

そうだな……知識については、異世界知識があるのだが、これに頼りきりってのは少し恐いな。自分が興味なかったら、発動しない感じなんだよな。ここは……。

「体力造りを優先します。戦闘訓練も受けられるなら、そっちも御願いしたいのですが」

「ふ~ん。まあまあ、覚悟は決まってんな。いいぜ。小難しい事は、仲間に任せりゃいいって奴等はいくらでもいるからよ」

ガハハと楽しそうに笑うダルガンさん。会話の選択肢、間違ってないよな……?

昼食はまだだったので、ダルガンさんと一緒にとる事になった。

 

メニューは、卵を落とした米粥。米がある事もそうだが、生卵が食べられる事に少し感動した。

おかずは、甘めのタレで炒められた鶏肉と野菜の炒めもの。

付け合わせには、酢漬け野菜。この酢漬け野菜は当たり前に付くらしい。家庭料理の定番だそうだ。

「おかわり、どうぞ」

何故か同席しているリネエラさん。空の器を俺の手から取り、今だ湯気を立てている鍋から粥を掬いとる。何も言っていないのに、卵を粥に落としながら塩をパラパラと振り、丁寧に粥を混ぜてくれた。

「俺も頼む」

「ご自分でどうぞ」

「……分かりすぎやしねぇか。おめえ」

なんやかやあり昼食を終えた。食事担当の職員さんは、喫茶室の亭主と同じらしい。その職員さんが食器を片付けていった。スキンヘッドの、ダルガンさんに負けず劣らずの体格をした人だ。

食事の礼をいうとニヤリと笑い、暇があったら喫茶室に来な。美味い茶を入れてやるよ、と言われた。

これからの訓練予定を改めて話し合おうとしたが、リネエラさんが居座ろうとする。それをダルガンさんが、仕事に戻れと追い払った。

チッ!! とリネエラさんが舌打ちをする。いやダメでしょ。



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幕間 集う冒険者達① 疾風ジャンベール

「うん? 新入り入って来たんですか?」

喫茶室に入って来た冒険者がカウンターに座る。宿に荷物を置き、こざっぱりとした姿に着替えてきた冒険者。伊達男といった雰囲気と装いをしている。

貴族風の、落ち着いた上品な衣服。顔立ちと佇まいも、気品ある容姿。丁寧に整えられた口髭と顎髭が、伊達男振りを現している。

男の通り名──‘’伊達なる疾風‘’ジャンベール。通称、疾風のジャン。中級Cランクのベテランで、二十代なかばの男。風属性の魔術持ちの剣士。

「ああ。ダルガンがいうには、なかなか面白そうなやつらしい。クレイドルって奴だが、会ってみな。驚くぜ」

ニヤリと、喫茶室の亭主マーカスさんが笑う。

ほう、とジャンベールは思った。ダルガンさんが、ああいう言い方をするのはなかなか無い事だと思い、フラりと訓練場に足を踏み入れる。

ああ……懐かしいな、この雰囲気。十代の頃に散々、鍛え上げられた事が嫌でも思い出されて来た……。

 

「走れっ!走れ走れ走れっ!!」

懐かしい声……熊食いダルガンデス。自分が若手の時もああだったな……。

「よし、三分休憩。息を整えろ」

地面にあぐらをかき、息を整えている新人らしき男を見る……。

 

十代後半といったところか。へばっている新人を見る……輝く様な金髪と整った目鼻立ち。唇の形と色は、妖艶に象られている……そして、白磁の様な肌色。しかし柔な感じはない。油断ならない強かな面構えをしている様に見えた。

 

「ううむ……」

思わず唸った。何か妙な気配を感じる。なんだろうな……暗黒神の信徒の感じとも違う……白磁の青年が、こちらを見上げて来た。

目が合う。青年はにこり、と微笑んだ。

「ええと……初めまして」

「ああ……初めまして、だな。俺はジャン。ジャンベールだ。疾風のジャン、と呼ばれている」

「俺は、クレイドルです。初級訓練を受け始めている最中、です」

「よし……三分。次は素振り、百だ……数えてるぞ」

ダルガンさんが、新人、クレイドルに素振り用の木剣を渡す。

「よお。久し振りだな、どこからの帰りだ?」

早速、素振りを始めた新人を横目に、ダルガンさんが聞いてくる。

「帝都からの帰りですよ。臨時パーティーで覇王の試練場に挑んだんですが、十階で降参しました」

「ふうん。臨時パーティーが悪かった訳じゃねえんだろ?」

「勿論。それなりに名の通った三人で組んだんですが……急に難易度が上がりましてね」

十階以降からの難易度。悪魔系がグループで出現する階層。万全な準備さえ備えておけば、どうこう出来る難易度ではなかった……単純な実力不足。思い知らされた……。

「まあ。あそこは十階が一区切りだからな。あと、五階だからといって無理しなくてよかったなあ……よし、百! 三分休憩。そのあと、また走り込みだ」

肩で息をしているクレイドルが頷き、大きく深呼吸をしている。

「ところでよ。おめえ、城塞都市に何か用事あるか?」

「いえ。しばらく休暇にしようと思ってるんですが、何か?」

「おめえ、訓練教官やらねえか。ちゃんと報酬は出すからよ?」

なるほどな。クレイドルの訓練……か。

「今のところ体力造りを優先しててな。そろそろ、戦闘訓練をやらせてえと思ってんだ」

「……分かりました。引き受けますよ。俺以外の奴らに声は掛けてます?」

「いや座学の方は誰かいい奴が来たら、任せてぇんだがな。誰かいい奴、こっちに戻ってこねえかな」

「うん? 彼以外の新人は居ないんですか?」

今更ながらに気付いた。そういえば、と……。

「そうなんだよ。クレイドル以外には……三分経過! クレイドル、走れ! そうなんだよ。奴以外の新人が来ねえんだよ。その分、マンツーマンで、鍛える事が出来るんだがな」

何か嬉しそうにいうダルガンさん。徹底的に新人を鍛える事が、嬉しいのだろう……。

 

昼食前。シャワーを終えたクレイドルと訓練場近くの宿舎の近く、長テーブルを挟んで座っている。ダルガンさんは、食事の用意を頼みに行った。水を飲んでいるクレイドルを、なんという事もなく見る……。

湯上がりの白磁の肌が、微かな桜色に染まっていた。その気は無い自分でさえ、思わずどきりとするほどの艶っぽさ……こいつ手強いな。

直感。歴戦の直感が、このクレイドルを警戒すべき男として認識させた……面白いな。うん。面白い。ふむ。いい後輩と知り合ったかもしれない……。

昼食。ダルガンさん、クレイドルと三人での食事……何故か、ジェミアが当たり前の様に給事担当みたいに側に控えている。

昼食の内容は、丸パンに鶏肉団子とキャベツのスープ。香辛料をまぶした鶏肉の炙り焼き。付け合わせは、玉葱の酢漬け。

相変わらず、新人訓練の食事はなかなかにいいものだ。美味く栄養ある食事こそが、新人には必要だ。美味い食事での士気上昇は馬鹿にならん。

よし、新人の訓練教官としての実績を積んでおいても、悪い事は無いだろう……。

「ダルガンさん、戦闘訓練の教官は任せて下さい。クレイドル、これからよろしくな」

クレイドルは頭を下げて言った。

「はい。これからよろしく、御願いします」

 

「クレイドル君、スープのおかわりをどうぞ」

ジェミアが、まだ少々残っている器にスープを注ぐ。

「おう。俺も頼む」

「ご自分でどうぞ」

「てめえら、ホント分かりやすいな」

ダルガンが顔をしかめた。



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第11話 本格的な体力訓練と戦闘訓練

修行や訓練パートはいらぬ! といった読者諸兄には不向きな話が続きます。
クヒャラララ(笑い声)


 

「剣がぶれない様に柄を押さえるんだ! 余計に疲れるぞ! あまり前のめりになるな! 倒れるぞ!」

ジャンベールが、クレイドルに叫ぶようにアドバイスをする。今、クレイドルの格好はいつもの訓練着ではない。

訓練着の上に、訓練用の、金属で補強された革鎧を装備していた。腰には同じく訓練用の剣。そして盾を担いでいる。

「姿勢を意識しろ! 上半身を起こせ! 顔を上げろ、前を見るんだ!!」

「はい!!」

勢いよく返事をするクレイドル。

「まだ余裕あるみたいだな。あと一分追加!」

ガシャガシャと音を立てながら、走り込みを続けるクレイドルを見ながら、ダルガンデスは微笑んでいた。

(これまた、キツイこった。だがよ、これからもうちっとキツくなるぜ)

 

「よし、走り込みは終わりだ。剣を抜いて盾を構えろ」

すうっと深呼吸一つ。クレイドルが構えた。

何の合図もなく、ジャンベールが手にした剣で打ち掛かる──。

 

盾から伝わる衝撃。まだ息が充分に整っていないが、何とか受け止めた……うおっ!

追撃が来た。体当たりだ。勢いよく押され踏ん張るが、それを利用された。横にまわりこんだジャンベールさんに足を払われ──。

「はい。死んだ」

ジャンベールさんの声に頭を上げる。仰向けに倒れた俺の喉元に、剣が突き付けられていた。

「ま、こんなとこだな。よし、昼飯までもう少しだ。クレイドル、シャワーでも浴びてこいや」

「……はい」

疲れた。いやホントに疲れた。標準装備?を身に付けての訓練は、ホントに疲れる。その後の戦闘訓練、一分も持たないのはまだまだ未熟なんだよなあ……努力だ、努力……。

 

「鉛はまだ入れてねえよな?」

「いや、一枚入れてます。荷物を持っての走り込みを早い段階でやらせるつもりですので」

 

訓練用の革鎧。鉛の板を三枚仕込む事が出来る様に細工がされている。鉛板一枚。約一・五キロ。最大四・五キロ。一荷物ほどの重量。

もちろん、訓練を受けている新人には伝えていない。ジャンベールの訓練は軍隊式。

もっとも、ジャンベールから言わせれば平坦な訓練場では少々、甘いとの事。起伏のある場所でこそ、この訓練は活きるというのが、元兵士のジャンベールの言い分だった。

 

シャワー後の昼食の時間。ダルガンさんとジャンさんとの、長テーブルを挟んでのいつもの時間。午後の予定を話し合いながらの会話。なかなかに充実した時間帯だ。

昼食のメニューは、たっぷりの豚肉と玉葱とジャガイモの汁物。そして、白米と酢漬けの青野菜。豚汁と飯のセットという感じか。飯と汁で充分な食事。

 

「今のとこ、座学を指導出来る奴がいねえからな。しばらくは、体力造りと戦闘訓練しかやる事はねえなあ。まあ、体力造りをしときな。体力はいくらあってもいいからなあ」

ダルガンさんがいい、ジャンベールさんが頷く。

「座学の方は、何があるんですか?」

「まあ、多岐にわたるけれど、基本が中心だな。基本中の基本を知っていれば、充分という感じだが……教え手次第だろうな」

ううむ……知識面でも、最低限の事は知っておいた方がいい、という事だな……。

 

食事時にジェミアさんとリネエラさんがいなかったのは、食事担当のマーカスさんとダルガンさんにきつく止められたからだという。

「てめえらの仕事じゃねえだろうが。自分らの仕事をしろ」

と言われての事だったという。マーカスさんとダルガンさんは、二人から─横暴だ。強権だ。奥様に言いつける。ハゲ。筋肉だるま。ムキムキ変態マッチョ野郎。少年趣味─

数々の暴言を浴びせられたとの事だ……酷くないか。

「あいつら、ちょっとおかしくなってるが気にするな。座学は今のところ気にしなくていい。先に渡した教科書に目を通しておけ。今のところはそれで充分としておきな」

 

宿舎に戻り、教科書に目を通す。異世界知識を使う気は無い。基本的な事はしっかりと身に馴染ませておきたいからな……昼後の休憩時間は有意義に使いたい。

再訓練は、昼食の一時間後。昼寝するには気が高ぶっている……基本が学べる教科書から、なるべく知識を吸収するとしよう。メモ、大事!

鉛筆に似た筆記用具があるならば、書き込みは大事! この鉛筆、先人の転生者の知識の賜物なんだろうなあ……感謝しかないな。

 

採取。採掘。初級向けの依頼は、大概が常設依頼との事。この依頼がなかなかに大事で、これらの依頼をコツコツこなす事が、ギルドと依頼者達の信頼に繋がるのだそうだ。

それと、怪我で無理ができない冒険者の仕事にもなるらしい。

常設依頼ではない採取、採掘依頼は少々難易度が上がるとの事。特別な場所でしか取れない、貴重な採取、採掘品を得るには危険な場所に行かないといけないからだ。

あとは討伐依頼。初級が単独でこなすのは危険な依頼なので、パーティーを組む事が前提になっている──他にも、依頼は多岐にわたる。まずは知識と戦闘技術を身に付けてからだ。焦りは禁物だ。

 

「キエェェエエ!!」

くらえっ! 一の太刀!! 好きにかかって来いと言われたので、好きにさせてもらう──。

当たり前のように避けられ、背後から肩をぶっ叩かれた。

「それはダメだろ。なんだ今の大振り」

マーカスさんに呆れられた。ダルガンさんに負けず劣らずの体格にもかかわらず、軽やかな体捌き。なんか、悔しい。

「現役時代は‘’精妙剣‘’だの言われてたからなあ。そんな大振り、通用しねえよ」

ダルガンさんが笑う。ジャンさんは苦笑していた。ぬう……マーカスさんの動きを思い出す。

特に速い動きでもなく、するりとすれ違う様な動きだった。

「なんです? さっきの動き。避ける様な動きじゃなかったですよね?」

「あ? 踊りだよ、踊り。剣も優れれば舞踏に似るってな。俺が学んだ流派の教えだよ」

ガハハと豪快に笑うマーカスさん。この豪快さとさっきの精妙な動きが、全く繋がらない。

むう……やはり悔しい……。

「もう一度お願いします」

「おう。来な」

ニヤリと笑い、剣を構えるマーカスさん。剣先を下段にダラリと下げた、構えとも見えない、妙な構え。

よし、少し小細工させてもらうぞ。俺は盾を拾い、構える。剣はなるべく見えない様に、背後に構えた。盾をマーカスさんに向け、少し身を沈める。そして、少しずつジリジリとマーカスさんに近づく……マーカスさんは不動。俺が間合いに入ってくるのを、待っているのだろう……おりゃっとばかりに盾を放り投げ、マーカスさんの足狙いで、姿勢低く駆け出す。マーカスさんが盾を弾く音が聞こえ─ない。

「ダメだなあ。それも」

マーカスさんの声が背後から聞こえた、と同時に衝撃を頭部に感じた──「まあ、狙いは悪くなかったがな」



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第12話 縁は繋がっていく

「今日一日は、休暇にしな。骨休めも大事だぜ」

朝食を一緒にとりながら、ダルガンさんが言った。ジャンさんも一緒だ。

朝食のメニューは、パンにベーコンエッグ。玉子は固めで頼み、ベーコンは少し強く焼いてもらった。スープは、鶏皮と玉葱のさっぱりとした味わい。付け合わせはいつもの野菜の酢漬け。朝食としては、なんの問題もない。

「城塞都市を色々回ってみな。それなりの観光名所があるからよ」

旺盛な食欲を見せながら、ダルガンさんがいう。

「良ければ、俺が案内してもいいが?」

ジャンさんが聞いてきた。そうだな、ここを拠点としているジャンさんに頼もうか。

「じゃあ、お願いしてもいいですか」

「紹介しておきたい場所も色々、あるからな」

 

朝食後、一休みして都市を案内してもらう事となった。城塞都市はその名の通り、全体的に質実剛健な造りとなっているものの、独特な歴史があるので、創成期の記念碑や、覇王公に関係する遺物が納められている博物館もあるという。

正直、そういう歴史を感じさせる場所や博物館は好物だ。前世で、茶器の展示会に入り浸った事もあるくらいだ。

 

ジェミアさんとリネエラさんの目を掻い潜り、ギルド内から出るのは、はっきりいって面倒だったが、そこはダルガンさんとマーカスさんに協力してもらった。

 

城塞都市の大通りをジャンさんと歩く。

「紹介しておきたい宿がある。中級宿なんだがな。他の宿に比べて、いいとこなんだ」

「なるほど、なんて店名なんですか?」

「オーガの拳亭って名前だよ……店名の由来はまあ、行けば分かる。ところで、見ておきたい所はどこかあるか?」

「そうですね~雑貨屋は、知り合いがいますので、武具屋を覗いて見たいですね」

 

鍛冶・スティールハンド 豪快な達筆の看板。

「俺が知る限りは、ここの品揃えは初心者から上級者まで、幅広く取り扱っている。品質確かな物が欲しいなら、ここに来たらいい。もっとも、安物は置いてないけどな。冷やかしでもしてみるか」

ジャンさんは何か嬉しそうに、店に足を踏み入れる。

 

おおう……右も左も、色々な武具。男子の心を騒がせるに充分な景色だ。両手持ちの剣。斧。鎚やら何やら、盾に鎧兜。細々とした武器。投擲用の短刀に手斧。そして、色々な種類の弓……いや、いかにもって感じの店だ。

 

「へえ、新人かい。久し振りだな。何か必要な、って……まだ早いか」

「まだ、訓練中ですからね。この店を利用するのは、訓練を終えてからですよ」

 

「おう。俺はストルムハンド。見ての通り、ドワーフだ。ジャンが言ったように、安物は置いてねえ。だがな、ここで買った品の修理。サイズの変更は、基本的に全て無料だ。そうでなくとも、格安でやってやるよ」

身長百五十センチくらいか。がっしりとした、頑健そのものといった体格。丸太のようなぶっとい腕。胸元まで伸びている整えられた髭は、銀細工が施された、二つの髭輪?で纏められている。

「初めまして、クレイドルといいます。今後ともよろしくお願いします」

「ほう……店員に、女を雇ってなくてよかったぜ」

わははは、と豪快に笑うと、顎髭が揺れた。

 

「この兜、なかなかいいですね」

首筋まで覆われている、鷲の顔を模したフェイスガードが付いた革の兜。兜の縁は、金属で補強されている。おお、重さもいいぐらいだ。

 

「それ気に入ったか? 被ってみな。こうやって後頭部のベルトを……よし、どうだ?」

おおう……これはいいな。フェイスガードを下ろしても、視界は少々狭くなるが問題なし。

慣れれば、どうという事も無くなるだろう。

フェイスガードを引き上げ、兜を脱ぐ。そして兜をまじまじと見る。これはいいものだ……買っちゃう?

「これ、いくらです?」

「おう。お買い上げか? そうだなあ……なかなかいい出来だからな、銀貨五枚ってところだが、まあ祝儀だ、銀三枚と銅五枚でいいぜ」

「買います」

即決。良いものは直ぐに入手しなければ、ならない。これはいいものだ。うむ。

「おいおい、即決か。いい買いっぷりだな」

「良いものは、直ぐに決めないといけないんですよ」

兜を撫で回しているクレイドルを、苦笑しながら暖かい目で見る、ジャンベールとストルムハンド。

釣りはいいですと銀貨四枚を渡そうとしたが、「そういうのは十年早い」と断られた。

 

「また、来な」

ストルムハンドさんに見送られ、店を出た。何かいい掘り出し物を見つけた気分になった。

「少し早いが、昼食にするか?」

「そうですね。どこかいいとこありますか?」

「ふむ……オーガの拳亭に行こうか。あそこの女将に、お前を紹介しておこう」

ジャンさんがいうには、オーガの拳亭は宿であるが、宿泊するにしないに関係なく、普通に食事を出してくれるのだという。

普通の宿は軽食のみで、食事をする時はどこかしらの食堂に行くらしい。

 

「オーガ亭の食事は、なかなかだぞ。マーカスさんの食事とも比べても、なんら遜色ない。人に紹介するに充分な店だ……まあ、女将はなかなかに、曲者だが」

オーガ亭と略したジャンさん。美味い食事と曲者の女将。マーカスさんの食事と比べても遜色ないか。ううむ、楽しみだ。

 

おう……曲者の女将か。うん、凄いな。マダムというより……マンダムって感じだ、な。

「あらあら、これはこれは、ずいぶん可愛い仔犬ちゃんを連れて来たわね~」

マーカスさんの食事どころか、体格すらも遜色ない……薄化粧のオネェだった。身長、肩幅、腕周り、拳。というか、大胸筋がね……打撃力を誇示しているんよ。フック、アッパーが得意ブローですといわんばかりの大胸筋が……。

 

「ミランダさん、こいつは新人のクレイドルです。数日前から、新人訓練を受けてます」

「ようやく新人ちゃん、来てくれたのね~」

しみじみといった感じでマンダム、いやマダムがいう。

格好も凄いな。肩出しの、黒を基調とした金色で彩られたチャイナドレスの様な服装。がっつり切れ上がったスリットから覗くは、逞しく引き締まったおみ足。蹴りも凄いだろうな……。

高く結い上げた艶のある黒髪。形のいい耳には、ルビー?のピアスが嵌められている……。

 

「少し早いですが、昼食出来ますかね?」

「大丈夫よ~ちょうどいい豚と鶏が入ってるのよ。野菜も新鮮な物揃ってるわよ~」

バチコン、と打撃力のあるウィンクを叩きつけてくる、マダムミランダ。

「ポークステーキとおまかせサラダ、それにスープ、お願い出来ますか……クレイドルはどうする?」

「あ、はい。同じのでお願いします」

「んふふ~ちょっとお時間もらうけど。いいわよ。パンでいいわよね~」

ミランダさんは踊るように、厨房へと戻っていった。

「ここは何を注文してもハズレはない。これだけで、いい食事どころだ。値段も安いしな」

いつの間にかテーブルに置かれていた水差しの水をコップに注ぎながら、ジャンさんがいう。

 

食事はジャンさんの言った通り、かなり美味しかった。いい焼き具合のステーキと、シンプルな具材のとろみのあるスープ。サラダは緑黄色揃ったバランス。これらで銅貨五枚は安いと思う。

デザートの、ウサギカットのリンゴに少々驚いたが。

 

 

 



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幕間 集う冒険者達② 教師レンケイン

まだまだ続く、訓練と修行パート。
排除も否定も多様性の一つ!! ウヒヒヒ(嘲笑)


 

明け方丁度に、城塞都市に到着できた。

久し振りの城塞都市が、明け方の陽光に照らされているのをのんびりと眺める。

城門で入国を待つ人々の顔に、多少の焦りはあれども、暗い顔は無い……帝国領内を行き交う人々の雰囲気は、どれも明るい。覇王公の威風が今だ活きている証なのだ。

さてと、並ぶか……人々の中に入り雑じる。

 

冒険者ギルドに足を踏み入れる。懐かしさを感じる喧騒。早くも自分に気付いた荒くれ連中が声をかけてくる。

「よう! 先生、お帰り!」「貴族院はどうだった?」「薬学、復習したいんだけど!」

なじみの人達に挨拶をする。ここだな。やっぱり僕の居場所はここだ。気のいい荒くれの人達。澄まし顔の貴族院の雰囲気とは違う。この喧騒こそが、僕の居場所だ。

 

深緑色のローブを纏った、藍色の毛並みをした青年。髪は肩のところで綺麗に切り整えられている。貴公子然とした柔和な顔立ち。

荒くれ集う場所には、少々似つかわしくない風貌ではあるが、何の違和感もなくギルド内に溶け込んでいる。

通称‘’教師‘’レンケイン。二十代前半の、理知的な雰囲気を持つ狐族の男。腕っぷしではなく、知識を武器とする冒険者。採取、採掘、魔物、魔獣の知識を武器として、中級のCランクに到達した、ある種の変わり者の冒険者。荒くれ連中から、敬意を払われるに充分な実力者だ。

 

「よう。久し振りだな、レンケイン」

ダルガンさんの声。この顔も久し振りだな……何だか機嫌が良さそうだ。

「何か、いい事でもありました?」

ニヤリと笑う、ダルガンさん。

「おう。久し振りに、新人が入ってなあ……くくく、なかなか面白い奴だぞ」

ふうん。ダルガンさんがこういう事を言うのは珍しいな……。

「今、訓練所でジャンとマーカスに鍛えられてるぜ。見学にいってみな」

職員が、ダルガンさんを呼ぶ声。おう、とダルガンさんが応え、のしのしと去って行った。

 

訓練所に行くのも久し振りだなと思い、足を運ぶ。

 

「キエエェェェエエ!!」

気合い、一閃。訓練用装備に身を堅め、フルフェイスの兜を被った男が、ジャンさんに打ちかかっていく─と見せかけ、左手に持っていた盾を投げつけた……あっさりと避けられ、すれ違い様に腹を打たれ、うずくまる。

「見え見えだ。今から盾を投げますよといわんばかりだったぞ。小細工ありきの攻撃はよせよ」

呆れて、ジャンベールがいう。

「チクショウ!……もう一度お願いします!」

若い声。十代後半って感じだ。剣を正面に構え、ジリジリとジャンベールに近付いていく。

ジャンベールが、前方に突き出す様に片手で剣を構えている─フルフェイスの男が、ずいっと前に出ると同時に、目の前に突き出されたジャンベールの剣を弾き、一気に間合いを詰め、斬りかかる。

ジャンベールはすうっと左足を引き、半身になると、くるりとフルフェイスの男と体を入れ換え、背後に回る。

「うおぐっ!?」

ジャンベールは背後に回り込むと同時に、フルフェイスの男の両肩をビシバシと叩いた。

「動きに無駄が多いんだよ。色々考えているのはいいが、上手く連携出来てねえんだ。だから、小手先技になるんだよ」

肩を押さえてうずくまる、フルフェイスの男にマーカスさんがいう。

 

「よし、昼飯準備してくるからな。シャワーでも浴びてこい。続きは午後だ、って……おう、レンケインか、久し振りじゃねえか。ここで飯食っていけや」

こちらに気付いたマーカスさんが声をかけてきた。

「はい。そうします」

マーカスさんが手を振り、厨房へ向かって行く。ジャンさんがにこやかに話しかけて来た。

「レンケイン、久し振りだな。貴族院はどうだった?」

「まあまあってとこかな。お澄まし貴族の子らって、知識欲が薄くてね。魔導院の依頼を受ければよかったよ……それより、彼が新入りかい?」

肩を擦りながらうずくまるフルフェイスの男を見る。

「ああ、なかなか鍛えがいのある奴だよ。クレイドル、紹介しておこう。俺と同期の中級Cランク‘’教師‘’レンケインだ」

フルフェイスの男は立ち上がり、兜を脱いで頭を下げた。

「初めまして、クレイドルです」

にこりと微笑む、新人……汗で濡れた金色の髪が、艶かしく額と頬に貼り付いている。

漆黒の瞳。整った目鼻立ちと薄紅の唇──思わず見惚れそうになったが、目を反らす。

「クレイドル、汗を流してこい」

ジャンの声に、クレイドルが頷き、去って行った。

「凄まじいね。あれは……」

クレイドルといったか。あの顔立ちは尋常ではない。人を狂わせるに足る顔立ち。あれを道具として使ったなら、どういう事になるのやら……まあ、大げさだな。うん……大げさだ。

 

「訓練所の食事、久し振りですね……美味い」

玉葱、じゃがいも、ニンジン、ベーコンのスープ。鶏ガラと野菜の出汁か。そして、鶏と玉葱炒め。美味い……付け合わせには、久し振りに見た酢漬け野菜。これだよ、これ。

「やっぱり、酢漬け野菜が無いと食事をした気になりませんねえ……」

「うん? 貴族院の食事は口に合わなかったのか?」

マーカスさんが聞いて来る。そうなんだよな。

「味はいいんです、上品で。でも、美味くはないんですよ。それに何より、酢漬け野菜が無い」

「それは、物足りないな」

ジャンさんが笑う。酢漬け野菜を食事前にまずは一口。それが、作法のようになってるからな。

「マーカスさん、スープのお代わりお願いします」

おうよ、とマーカスさんがクレイドル君の皿にスープを給仕する。たらふく食べるといい、新人君。僕らの時もああだったなあ……。

 

「で、クレイドルの座学担当を受けてくれるんだな?」

「ええ。喜んで」

即決。後進の育成は、ある意味義務だと思うからだ。

「やっと座学担当決まったかあ……ジェミアとリネエラがうるさくてな、体力バカになる前に座学をやれとな。何だったら自分達にやらせろってなあ……アイツらにクレイドル任せたら、何するかわからねえからな」

ダルガンさんの言葉に少し笑ってしまう。あの容姿だからな。女性陣がとち狂うのもわからないでもない……。

「頼むわ。ちゃんと銭は出すからよ……あの二人に目をつけられるだろうが、何とかなるだろ」

「……え?」

 

キエエェェェエエッ!!──クレイドル君の気合いが、遠くに聞こえた。



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第13話 都市巡り 名所と城と神殿

座学担当が、レンケインさんに決まった。

ダルガンさんから改めてレンケインさんの事を紹介された。

ここ城塞都市の冒険者ギルドで、レンケインさん以上の知識を持った人は居ないとの事だ。

これからの日々の訓練スケジュールを決める事になった。午前は座学。午後はいつもの様に体力造り、戦闘訓練と決まった。

午後を座学にすると、午前の戦闘訓練の疲れと、昼食後の倦怠感が座学の邪魔をする──というのがレンケインさんの考えだった。

 

なるほどな。言いたい事は分かる。昼食後の倦怠感。すなわち眠気。体調にもよるが、睡魔の強力さは尋常じゃないからな。

 

「わかりました。その日程でお願いします」

というか今一番気になるのは、ジェミアさんとリネエラさんが、遠目からこちらを見つめている事だ……。

 

これからの予定が決まった。午前、座学。午後はいつも通り、体力造りに戦闘訓練。

ジェミアさんとリネエラさんを、ダルガンさんが追っ払う。二人は追い払われる際、「フー!シャー!」と威嚇していた。いや、上司を威嚇するなよ……。

 

 

レンケインさんは、俺に教える座学をまとめる時間が欲しいといい、それを聞いたダルガンさんは、今日は休暇にしてやると言ってくれた……。

 

 

さて、休みを貰ったがどうするか……と思っていたら、ジャンさんが声をかけてくれた。

「名所巡りと、城でも見に行くか?」

おお、名所か。そして、城!! 遠目に見てもあの城の剛健さが気になっていたんだよなあ。

 

まずは、と案内された場所は石碑。この城塞都市の成り立ちが刻まれた石碑だ。

理知的なトロルと、移民を率いてきた男が覇王公の支援の元に築き上げた、この都市の歴史。

異世界知識として多少は知っていたものの、実際に石碑を目にするとでは、大分違うものだ。

 

そして城塞都市の城。絢爛さは一切無いが、威厳と剛壮さが、圧倒的な存在感を現している。

これは凄い。まさしく異世界の建築物だ。

 

何となく、ジャンさんに尋ねる。

「城塞都市に、神殿はあるんですか?」

「んん? あるぞ、神聖神の支殿に暗黒神の支殿がある」

ジャンさんがいうには、帝都領内の各都市にはこれらの支殿があるという事だ。

覇王公ミルゼリッツは神嫌いとして知られているが、人々の信仰自体は否定しなかったという。

狂信者では無い限りは……狂信者に対する覇王公の扱いは、相当に血生臭い事だった。押し込め焼き。荒野遺棄。晒し首街道、等……異世界知識が発動してしまった……知らない方がいいというか、知りたくなかった……邪神め! 邪神が!!

 

暗黒神の支殿が近かったので、案内してもらった。

暗黒神の支殿というだけあって、建物全体が黒を基調にしている。おおう……何だろうな、初めて来た気がしない。

支殿入り口の前にあるは花壇。黒薔薇が敷き詰められた花壇だ。

黒薔薇か。前世では見た事なかったからなあ。ある事はあったらしいが、実物を見た事が無くてもここの黒薔薇は、凄い。綺麗さよりも前に、凄味を感じる……ふと、気配を感じ立ち上がる。

いつの間にか、しゃがみ込んでいたらしい。

「あの……御兄弟の方ではありませんよね?」

一人の修道女、シスターが立っていた。獣人女性だ。艶のある黒い毛並みの狼族……何となく、後ろに下がる。

「ええと……御兄弟?」

「ああ、つまり同じ暗黒神の信徒ですかって事だ」

ジャンさんが俺の疑問に答えてくれた。

「ああ、いいえ。特に信心は持ち合わせてはいません」

うん。邪神に対しての信仰心は、無い。

 

「せっかく来たんだ。寄進をしていったら、いい」

「寄進ですか。しかし、いいんですか? 信心持ってませんが?」

「はい。大丈夫ですよ。寄進をしたからといって、信心に目覚める訳ではありませんし」

優しく微笑むシスター。まあ別にいいけど、賽銭箱でもあるのだろうか。

「クレイドル、あそこに売店があるだろ? 短剣と黒薔薇、黒ワインが売っているから、どれかを買って、花壇奥の祭壇に捧げればいいんだ」

「なるほど。じゃ、ちょっと行ってきます」

 

「シスター、なぜ彼に暗黒神の気配を感じたんです?」

「う~ん……ほんの一瞬なのですが、大いなる父君に関係する気配を感じたのです」

大いなる父君。信徒が、暗黒神の事を口にする際の独特な言い回し。

「ところで、彼はどういう?」

「ああ、冒険者ギルドの新人ですよ」

「それは、それは。随分久し振りではありませんか?」

「そうですね……一年ぶりってとこです。訓練中ですが、先が楽しみな奴ですよ」

楽しそうに笑うジャンベール。その横顔を見るシスターも、何か嬉しそうに微笑みを浮かべている。

 

神聖神の支殿は、ここから大分離れているとの事なので、またにしようとなった。

「ジャンさん、お腹空きました」

「そうだな……オーガ亭でもいいが、煮鍋亭という飯屋がある。鍋料理と煮物を中心に出す店でな。今の時間は空いているはずだ。そこに行こうか」

「おお、鍋ですか。いいですね」

「新鮮な鶏肉が売りでな、鳥刺しを出してくれるんだが、城塞都市ではそこの店だけなんだよ」

おお、鶏の刺身。先人転生者の知識か!?

「行きましょう、行きましょう」

 

伊達男が見目麗しい寵童を連れ、街を練り歩いている。という噂が広がっている事を二人が知るのは、少し後の事になる。




ベテラン冒険者はまだまだ、集まって来ます。
まだまだ続くよ! 修行、訓練パート!


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第14話 座学と投擲訓練

 

黒板を前に、レンケインさんがチョークで書き込みをしながら解説をする。

俺の手元には、わざわざレンケインさんが用意してくれた、プリント用紙ならぬ、簡単な説明用紙。簡易なものではあるが、レンケインさんの解説を聞きながらだと、とても分かりやすい。

 

「気を付けるべきは、箇所だ。花、葉、根。丁寧に採取する事が重要だ。丁寧に採取、採掘できるかどうかで、信頼度が大きく変わるし、何より報酬が段違いだからね!」

レンケインさんが、ぐっと拳を握る。

「初級冒険者はね。常設依頼を軽んじる事も珍しくないんだ。君はそうなってはいけないよ」

うん? レンケインさんが、妙に熱くなってきてないか……?

「ろくに採取、採掘も出来ない連中がね、一人前の面をする時があるんだよ! コツコツと、慎重に稼いでいる冒険者を馬鹿にする奴等がいるんだ。そういう手合い連中に限って! いざというときに、僕らのように、堅実に経験を積んでいる冒険者に、助力を求めてきたりするんだ! しかも上から目線でね! 助けさせてもいい、と言わんばかりにね……そういう時、僕は言うんだ」

すう、と息を吸い、レンケインさんが言う。

「知るか。失せろ……とね。人が培ってきた知識、技術を! 上から目線で求めてくるんだ! ふざけるな! 僕が培ってきた知識、技術は安っぽくない! 魔物、魔獣の効率的で、手際のいい解体法。学ぼうと思えば、いくらでも学べるのに!

その知識、技術が無いというならば、ある程度の敬意を持って、頼んでくればいいものを! そうすれば、僕は喜んで力を貸す! 知識、技術に敬意を持て!!」

 

「レンケイン、待て待て待て! 落ち着け! 座学の途中だ! 落ち着け!」

ダルガンさんが、レンケインさんを抑える。

ダルガンさんが座学に立ち会った理由が分かった。レンケインさんは冷静な学者肌だと何となく思ってたのだが違った。激情学者だった……。

ウルルル、と牙を見せ唸っているレンケインさん……落ち着くまで、少々待つか……。

 

「いや、すまなかったね。つい興奮してしまったよ」

静かにお茶を啜る、レンケインさん。

「貴族院での講義を依頼で受けたんだけど、本当つまらなくて。何の熱意も感じなくてね、彼らは単位さえ取得できれば、いいとしか……!」

「おいおい。落ち着け。クレイドル、こいつは久しぶりに教えがいのある新人が来て、喜んでんだ。つまらなかった貴族院の反動で、無駄に熱くなってんだよ」

ダルガンさんが茶を啜る。

レンケインさん、相当にストレスたまってたのか。溜め込んで、ぶちまけるタイプか……覚えておこう。

「お昼までまだ時間はある。もう少し続けようか」

「はい、お願いします。ああと、樹液採取の時の注意点をもう少し頼みます」

「あれかい。確かにね、難しいんだよねえ」

二人のやり取りを見ながら、ダルガンが微笑んだ。

 

昼食は、野菜たっぷりの米の雑炊。ベースは鶏汁。出汁がよく効いている。

付け合わせは、皮付きの鶏肉を、皮に焦げ目がつくほどに塩焼きにしたもの。そして、酢漬け野菜。

雑炊が、美味い。鶏皮はパリパリ。だが肉は柔らかく、ほどいい塩味。美味いとしか言えんね。

「お代わりどうぞ」

ジェミアさんに、まだ残っている器を取り上げられ、ドバドバ雑炊を注がれた。

いや、あんまり食べ過ぎると午後の訓練に支障が出るのですが……。

 

昼食後は昼寝だ。なかなかに頭を使い、疲れたからな。頭の疲労は体とは違うものだ……。

 

走り込みと戦闘訓練が一通り終わった後、何となく言った。

「投擲技術って学べますかね?」

んん? とマーカスさんとジャンさんが言った。

「投擲か。それなら、レンケインかな」

「ですね。大道芸の見世物で稼げるほどの、腕前ですから」

 

「まずは、武器の重量とバランスをはっきりと理解する事だね」

練習用の投擲武器。直刃の短刀。ダガーてやつか。刃渡り大体、二十センチくらいか。

レンケインさんは手慣れた様に、ダガーを手のひらでクルクル廻している。なんか意外な姿だ。

刃先を持ち、やっ、とばかりに打ち込み用の木偶人形にダガーを投げた──ガッ、とダガーが木偶人形の頭部真ん中に突き立った。

さらに続けて、両手に構えた二本のダガーを投げる──ガガッ、と木偶人形の胸部に突き立つ。

「ま、こんなとこかな。投擲武器がどんな形だろうと、さっき言ったように重量とバランスを理解すれば、大抵上手くいくよ。投擲の一番いいところは、仕留める事じゃない。相手の隙を作る事なんだ。戦闘中、意識してないところから不意に攻撃されたら、誰だって驚くからね」

 

レンケインさんは、さらに手斧の投擲を見せてくれた。放物線を描いて木偶人形に突き立つ手斧の迫力はなかなかのものだった……。

「そこら辺の石ころでもいいんだよ。投石は昔からの攻撃手段だからね」

 

ううむ。なるほどな。何にしろ、攻撃手段が多いのは悪い事じゃない。

「ご指導、お願いします」

改めて教えを乞う。レンケインさんは、嬉しそうに笑いながら言う。

「いいよ。僕にも戦闘訓練を手伝えるのは、嬉しいね」

 

夕暮れまで、ひたすら投擲訓練をした。興に乗ったレンケインさんが、俺の頭に林檎を乗せようとしたので、酷く嫌な予感がして訓練を切り上げた。

その時レンケインさんが、「大道芸でコレをやると、相当盛り上がるのになあ」といったのが怖かった……ウィリアム・テルは勘弁してもらいたい。






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幕間 集う冒険者達③ 猛血リ・ミルデア

まだまだ続きます。修業、訓練パート。
キキキ(鳴き声)


人々の賑わいが心地いい。里に帰っていた頃は里の静かさ、穏やかさに心休まっていたのだが、都市の賑やかさを体に浴びると、心が弾む……。

 

「ふふ」思わず、笑みが浮かぶ。

吸い込まれる様に、冒険者ギルドに足が向かう。

 

 

すっかり体に馴染んだ喧騒が、心地いい……うん? いつもの喧騒が、やや違う。なんだろうな……受かれた感じがする。何かいい事でもあったのだろうか?

カウンター正面にいたのは、青い瞳のしなやかな体付きの、猫族の受付嬢。サイミアだ。

「お久し振りですね。ミルデアさん、里はどうでした?」

「充分、骨休めできたよ。ところで、ギルド内の雰囲気がちょっと変だが、何かあったのか?」

「はい。久し振りに新人君が来たのですよ」

サイミアが嬉しそうにいう。何となく、頬が赤く染まっている様だ。

「ふむ。どんな奴だ?」

サイミアはクスクスと笑い、訓練所にいますから、行ってみるといいですよ。との事だった。

 

「武器に振り回されてるぞ。武器の重量とバランスを、もう少し確認しろ」

「おお、お……!」

訓練用の防具を身に付け、鷲の顔を模したフェイスガード付きの兜を被った男。

手にしている武器は、両手持ちの訓練用バトルアクスか。見る限り、何とか振れてはいるので、あとはバランスを取る事が出来れば……。

「上半身が泳いでるぞ。足腰を重視しながら身体全体を意識するんだ」

訓練を見ているのは、マーカスさんと、ジャンベールだ。

「おお……おっ!」

おっ。良くなってきたな。いいぞ。マーカスさんとジャンベールの教え方もいいが、本人の吸収もいいのだろう……。

 

「まあ、今日はこんなとこだろ。休憩にしようや。茶を入れて来る……おう、ミルデアか。久しぶりだな。新人紹介するぜ、クレイドル、来い」

マーカスさんが、バトルアクスを地面に置き、座り込んでいる男を呼んだ。

 

リ・ミルデアさん。リザード族、リザードマンってやつか。爬虫類の頭部から伸びる巻き角。大きな瞳に長いまつ毛。おお……紫がかった瞳が綺麗だな。あと、髪飾りならぬ角飾りが派手だ。

がっしりとした体格だが、出るとこ出て、引っ込んでいるとこは引っ込んでいる……グラマラス体形てやつだ……。

 

「少年、角飾りと首飾りが気になるか?」

おお、ハスキーボイス。渋いな……。

「え、ええ、はい」

「ふふん……この角飾りと首飾りはだな──」

 

二人のやり取りを見ていたジャンベール。

(長くなるぞ、リザードマンの飾り自慢は……)

いつの間にか、側にいたレンケイン。

「夕暮れまで、かかるでしょうねえ……あれ」

 

「そこで私は、乾坤一擲の覚悟で──」

身振り手振りで、飾りを得るための狩りの話しをする、ミルデアさん。なかなかに面白い。

十三の成人の儀式に、決められた獲物を狩るのだという。大人のある程度のフォローはあるが、一対一の闘いで仕留めるのだという。

命の危険がない限りは、大人が助けに入る事はないとの事。

失敗したとしても、成功するまで機会を与えられるそうだ。

 

ミルデアさんの話しは夕暮れ近くまで続き、さらに続こうかという頃に、ジャンさんとレンケインさんが止めに入って来た。

 

「うむ。やはり、ここの食事と酒はいい」

ミルデアさんは、エール大ジョッキをがぶりと呷った。

目の前の皿に盛られている料理は、充分に火の通った、焦げ目の付いたソーセージ。揚げたジャガイモには、ほどよく塩とスパイスが振られている。当然のようにある、玉葱の酢漬け野菜。

今ここは、オーガの拳亭。面子はジャンさん、レンケインさん、そしてミルデアさん。

珍しく冒険者の客はおらず、宿内は一般の泊まり客と、酒と食事の客が大半らしい。

 

やはり冒険者は目立つのか、客がチラチラとこちらを伺う様子を見せている。

「気にしなくてもいいわよ~。一般のお客さんが多いだけだから~。冒険者が珍しいのよ」

同席して来たミランダさんが言う。

「あとね~クレイドル君が気になってるのよ」

「はいい?」

なんだ? 俺、何かしたのか?

「うむ。リザード族の私から見ても、少年の顔立ちは、罪作りだからな」

ぶふぁっ! と、ジャンさんとレンケインさんが、酒を吹く。

ミルデアさんが、エール大ジョッキを頼み、ジャンさんとレンケインさんはワインを頼んだ。

俺は柑橘酒の炭酸割り。炭酸水あるんだな……。

追加料理は塩漬けの焼豚とベーコン青菜炒め。追加の玉葱の酢漬け。

飲めや食えやの宴会状態になった。

 

オーガ亭に宿を取っていたミルデアさんが、まだ話したい事があるからと腕を掴んできたが、ミランダさんが、やんわりと助けてくれた……。

なんか、獣人女性に対しての警戒感が増してきた気がする……邪神のせいだ。




対獣人フェロモン持ちかもしれませんな。
邪神の息子は。


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第15話 戦闘訓練と座学 そして魔術

体力造り、戦闘訓練、座学……ベテラン連中が揃っての新人訓練。ミルデアも訓練に加わってくれるのを承知してくれた。

座学はレンケインに任せれば充分……だが、もう一つ、クレイドルに経験させてやりたい事がある……。

「詰め込みすぎは、よくねえって事はわかっているがな……」

 

「魔術、関連ですね?」

レンケインが、茶を啜りながら言う。

「僕でも基本的なものは教えられると思いますが、専門じゃない。どうせ学ばせるなら、魔術に長けた人に頼んだ方がいいと思います」

「おめえの言う通りだ。せっかくだから、クレイドルの野郎には、ベテランを……いや、それ以上の奴に頼みたいんだよなあ……」

「心当たりはあるんですか?」

「おう。もちろんだ……ラーディスに頼みたいんだが、野郎、なかなか連絡つかねえんだよな」

レンケインが目を見張る。

「魔導卿……ダルガンさん、魔導卿と知り合いなのですか……」

「ああ。現役引退して、後輩連中を鍛えたいって事を考えるきっかけを示してくれたのが、ラーディスだったんだよ」

 

魔導卿ラーディス。帝都の宮廷魔術師。当代無双の‘’魔導士‘’逸話には事欠かない、上級冒険者──

 

「俺が、引退前の三十過ぎの時からの知り合いだから、そうだな……もう、十年以上も前か」

「魔導卿は、その頃にはもう魔導士だったのですか?」

「いや、まだだった。その時は、俺と同じ中級Aランクで、上級に上がって少しして、魔導士試験に合格したと聞いたな」

ダルガンは懐かしそうにいい、茶を啜る。

レンケインはお茶を入れ換えながら、ダルガンに訊ねた。

「魔導卿は、どういった人物ですか?」

「そうだな、真っ直ぐな奴だ。とはいえ、腹の底は読めない野郎だな……誰だったか、冷徹な激情家って、言ってたなあ」

「怒らせると、酷い事になりそうですね」

レンケインが、ダルガンの湯呑みに新しい茶を注ぐ、湯気とともに、ふわりと茶が薫り立つ。

「そりゃそうよ。‘’死ね‘’の一言で絶命させる事が出来る奴だからなあ」

ずずっ、と入れたての茶を美味そうに啜るダルガン。

「ええ……」

レンケインは、自分の顔が引きつるのを感じていた。

 

 

左右からの横薙ぎを、盾で何とか防ぐ。

腕が痺れるのを気にせず、反撃の一撃を──ミルデアさんの背中が一瞬見えた……尻尾に足を払われ、横倒しになる。そして首に突き付けられる訓練用の短槍。リザードマンが好む武器だそうだ。

「少年、私は言ったぞ? リザードマンの尻尾には警戒しろ、とな」

ミルデアさんが、バッシバッシと逞しい尻尾を振りながら言う。

「種族ではなく、魔物としてのリザードマンも同様な攻めをしてくる。尻尾を意識しないと、命取りになるぞ」

要するに、対リザードマンの戦闘時の選択支は多い、という事か……。

「それと、相手に背を向けなくても、尻尾は使えるからな。それだけ行動の選択が多い。リザードマンとの戦闘は、容易くない。奴らとは基本、集団戦になるからな」

 

「心しておきます。有難うございました」

兜を脱ぎ頭を下げる。ううむ、やはり戦闘訓練は幅広い……座学もそうだが、まだ時間が足りない気がする……訓練期間の延長できないだろうか。

「クレイドル、両手武器の訓練どうする?」

ジャンさんが聞いてくる……よし。ある程度、武器に習熟するのは悪くない。中途半端にならないように訓練しておくべきだ。

「やります。バトルアクスで」

 

「振り下ろしは、倒れた相手にやるものだ。まずは薙ぎ払え、腰を落として上半身の力を意識しろ!」

ジャンさんが言う。

「身体を流すな! 足腰と背中を意識しろ! そうすりゃ、武器に振り回されるこたあねぇ!」

マーカスさんが怒鳴る。

「少年! 肩、腕の連動も意識しろ! 足腰から上半身! そして肩、腕だ!」

ミルデアさんが叫ぶ。

三者三様の教えを聞きながら、バトルアクスを振るう。何だろうな。うるさく感じない。

一言一言を意識しながら、アドバイス通りに武器を振るう──これ、無心になれるな──

 

体力造りに戦闘訓練。午後の訓練を終えてシャワーを浴び、夕食待ち。

このぼんやりとした時間が、なかなかに休息になるんだよなあ……夕焼け雲が流れて行く空をボーと眺める。

異世界に来て、それほどの時間は立っていないが、早くもこの世界に馴染んでいる自分がいる。

とはいっても、この城塞都市しか知らない。

いや、ここ城塞都市についても、本当に知っている訳じゃない……アウトサイダー。そんな言葉が浮かんできた。

望郷の気持ちではなく……何だろうな。

この世界で生きる覚悟、意思が実感として湧いてくる自分の心を、素直に受け止める事が出来ないというか……いや。躊躇うな。右も左もわからない自分を助けてくれる人達がいる。恵まれているぞ、俺は。

生きる。この世界で、生きる。今だ目的は定まってはいない。だからどうした。

目的なんぞは、これから決めたらいいのだ。

感謝しよう。俺の回りの人達に。そして、邪神に……。

 

んっふふふっ 邪神の笑い声が─聞こえた気がした。

 

 

 

 

 




少しばかり、辛気くさくなってしまいましたが、これは筆者の流儀ではありません。


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第16話 野外実習 採取と採掘 晴れ時々 猪

 

「おう、クレイドル。レンケインが野外実習に連れ出したいって言ってんだが、受けるか?」

そういえば言ってたな。都市近辺を見回ってみないか、と。ここを拠点にして、早くも二週間になるか……都市内は色々、観て回ったけど外には出てないな……よし。

「はい、受けます」

「よし、レンケインに伝えておく。詳しくは奴と話しな」

 

 

揉めていた。レンケインさんがジェミアさんとリネエラさんと……俺のミスだ。掲示板に貼られている常設依頼をボケーと眺めていると、リネエラさんに声をかけられた。その際、レンケインさんと野外実習に行くと言ってしまった。

準備を終えてやって来たレンケインさんに、二人が詰め寄った。

─危険だ まだ訓練中だ 半人前を連れ回すな 未熟者だから死ぬ 二人きりで何を実習するつもりだ狐野郎─

 

レンケインさんは全く意に介さず、常設依頼を手早く三つ選び、猫族の受付、サイミアさんに手続きを頼み終えた……というか、罵声酷いな。

半人前で、未熟者だから死ぬって何だよ……あと、狐野郎って……。

 

レンケインさんと、雑談をしながら東門に向かう。門の側に、ミルデアさんがいた。

革張りの、頑丈そうな肩当て付きの胸当てと、籠手。素材は何だろうか。少なくとも金属製には見えない……。

金属で補強された小型の盾と、短槍。予備の武器を帯剣している。槍の穂先は少し幅広く、長め。穂先下に飾り羽が付いている。リザードマンらしい装いって感じだ。

 

「待たせたかい?」

「いいや。もう少し遅れるかと思った。意外と早く、あの二人を振り切れたな」

「ミルデアさんも一緒だと言えば、あんなに言われる事無かったんじゃないですか?」

あの二人は、戦闘向きではないレンケインさんと一緒という事で、心配の裏返しから、あんな罵声を浴びせたのでは……?

「いや、違うよ。単純に君を連れ出す事が気に食わなかったんだろうさ。それにミルデアが一緒だなんて言ったら、更に酷い事を言われていただろうねえ」

 

改めて、レンケインさんの装いを見る。

いつもの深緑色のローブ。手には杖、というより棒だ。持ち手に革紐が巻き付けられている、重量が感じられるような棒。肩掛けのバッグと、腰回りにはポーチ。

「まあ、これでも最低限の護身術は身に付けているからねえ」

はっはっはっ、と笑うレンケインさん。

見ると、ローブの下に板金を仕込んだ様な革鎧を身に付けている。

「何にせよ、最低限の技術と武装を身に付けているのは基本だという事だよ、少年」

はっはっはっ、と笑うミルデアさん。

頼もしい人達だな……。

 

東門から出て、馬車や人々が行き交う整備された街道沿いをしばらく歩く。雰囲気は明るい。

帝都領内の治安は、ほぼ万全というのが実感できる。

「さて、もう少し歩いてから、街道から外れよう。ほら、ここからでも森が見えるだろ? 採取、採掘先は、森の少し奥になるねえ」

レンケインさんが、手元の依頼書を確認しながら言う。声は明るい。

ミルデアさんは、どこを見るという事もなく自然に周囲を警戒している。何の隙も無い感じだ。

「昼前だから、奥に行けるねえ。よし、ミルデア頼むよ。上質の採取品が取れる可能性が高いからね」

「ふっふっふっ。任せろ。狐族とリザードマンの鼻の違いを見せてやるさ」

 

東門から出て、約一時間。

街道を外れ、森に入る。前世で森に入る経験あったっけか……ああ、中学の林間学校であったな。

遠くに近くに、鳥のさえずりを聞きながら、森の中を進む。先頭はミルデアさん。少し離れて後ろから、レンケインさんと俺。

「そういえば、俺の装備は本当にこれで良かったんですよね?」

今更ながら、訊ねる。訓練用の防具一式。兜は置いてきた。腰から下げているのは、邪神から贈られた、かのスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)。

「うん。大丈夫。採取採掘品は、僕の収集袋に納めるからね。いざという時の治癒ポーションも僕もミルデアも、常備してるから」

 

先を行くミルデアさんが、合図を出す。

「レンケイン、あそこだ。ほら」

ミルデアさんが指差す、その先……一見、ただの原っぱ。だが一角に草が生い茂っている。

「ん……さすがだね。ミルデア、いい香りだ」

ミルデアさんが指差す一角に、レンケインさんがウキウキと近付く。

「クレイドル君、来て。第一の採取目標、ルルギの葉群だ」

ルルギの葉─おう、異世界知識発動─解熱、痛み止めに効用有り─。

「十で一束を最低三束か……クレイドル君、こいつの採取のやり方を教えよう」

レンケインさんの現場講習……いやさすが、分かりやすい。手早く、三束三十のルルギの葉を回収したレンケインさん。

「必要以上の採取はよくないからね……クレイドル君、それは覚えておいてね。乱獲は後に繋がらないから」

 

第二の採取目標。アルドの実─酸味ある果肉には気付け効果。酔いざまし。種は砕いて様々な薬草と混ぜ合わせる事で、薬効を効果的にする事が出来る─か。

なるほど。常設依頼になるだけはあるが……。

「この依頼って、難易度としては簡単な方ですよね?」

「まあねえ。でもね、ここまで深く入って来る冒険者は、そうは居ないんだよ。大概は早く済ませるために、浅い所で済ませるんだよ」

「レンケイン、あそこの藪に向かおう。いい色のが生い茂っている」

ミルデアさんが指差す先。腰ほどの高さの、赤茶けた木々。所々、白い実が実っている。

あれが、アルドの実か。

「最低三十からか……うん、四十ってとこにしておくか。クレイドル君、初級者はね、根こそぎ採ろうとする人らがいるけど、それは誉められたものじゃないからね」

ひょいひょいと、白い実をもぎ取りながら教えてくれる。実を捻るように摘むのが、コツだそうだ。

乱獲。ダメ、絶対。ミルデアさんは、俺達が採取している間は、周囲を警戒している。

 

 

「奥の方がね、人手が入りにくい分だけ採取品の質はいいんだ。採掘も同じだよ」

「その分、少々危険だがな。といっても、ここら辺には、魔物、魔獣の類いが出る可能性は低いが」

「熊はいないけど猪はいるよ。その猪が……」

スンスン、とレンケインが鼻を鳴らす。

「出たね……ミルデア。あの猪、魔獣化しかかっているねえ……仕留めておこうか。魔獣化したら厄介だからね」

自分達から離れた場所。木の根元を激しくほじくっている猪の逆立つ毛並みは赤黒く、禍々しささえ感じる。

「仕留めておくかね……私が相手をする。レンケイン、補助頼むよ。少年、レンケインの背後に廻るんだ」

「任せてくれ。クレイドル君、僕の後ろに付いて、少し離れておくんだ……大丈夫、そう時間はかからないさ」

すうっと、ミルデアさんが息を吸うと……ピィィィ~と口笛を吹いた。高らかに鳴る口笛に、赤黒い毛並みの猪が、こちらに気付く……。

猪が、ミルデアさん目掛け、疾走して来る。ミルデアさんは短槍と盾を軽く構え、猪が向かって来るのを待ち受けている。ぶぅおおおっ! と猪の叫び声──ドオッン。衝撃音……猪が、ミルデアさんに体当たりをしようとした瞬間、土が大きく盛り上がり、猪を宙高くに跳ね上げた。

その後、地面に叩き付けられた猪に、ミルデアさんがあっさりと止めを刺した。

 

猪の血抜き、解体。それらは中々に刺激的な風景ではあったが、大きな経験となった……内臓はレンケインさんが土属性の魔術で、地中深くに埋めた……猪を突き上げた土柱もそうだが、魔術なんて初めて見た……猪の肉と皮は、ミルデアさんが運ぶ。今の季節、そう早くは傷まないとの事らしい。

「あとは採掘か。川沿いだったな」

スンスンと、鼻を鳴らしながらミルデアさんが進む。

 

少し進むと川辺に出た。さらさらと流れる浅瀬の川。周囲には大小様々な石。

「ここの川は微量に魔力が含まれていてね、多少でも魔力を感じ取れなければ、採掘が難しいんだよ」

レンケインさんが、手のひらを大地に向けながら川沿いに歩く。

 

「よし。ここだ……クレイドル君、今採掘するから、見てるように」

川辺にしゃがみこんだ、レンケインさんの手には折り畳み式の小さなピッケルが握られている。

「まずは、周囲の石ころをどかして……」

ザッザッと石ころを払い、剥き出しになった地面をピッケルで堀始める……やがて、握りこぶし大の石が顔を出した。水晶だ……。

「ほら、見て。半分、水晶化しているだろ? これは、言うなれば自然の魔石だよ。魔石の説明は以前したね?」

 

異世界知識では──魔昌石。魔石。魔物、魔獣の体内にある魔力が込められた石。使用方は多岐に渡る──それに加えたレンケインさんからの教えは、たまに自然環境から天然の魔石が採掘出来る事がある。その魔石に宿る魔力は、魔物や魔獣から得られる魔石よりも、純粋な魔力を持っているとの事だった。

 

「その通り。天然物は、なかなか見つかりにくくてねえ。まあ、採掘依頼は一つ見つかればよし、という事だからこれだけにしておこうか」

レンケインさん曰く、他にも採掘出来るだろうが、まだ充分に育った魔石は感じないから、次の機会にしておこうか、との事だ。

「よし……これで依頼は達成、てとこだな。予想外の獲物も得たし、引き上げるか?」

「だね、ミルデア。夕暮れまでには引き上げようか……クレイドル君、疲れたかい?」

「正直、少し疲れました。でも、いい経験させてもらいました」

「うむ。だが、油断するな。門をくぐって初めて、宿が見える。というからな」

ははは、とミルデアさんが豪気に笑う。

「よし、帰ろう。僕らの家に。品質のいい依頼品は充分に得た。報酬を楽しみにしよう」

 

レンケインさんとミルデアさんが、明るく笑った。

 



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第17話 頭蓋砕きと獣王

修行、訓練パートはきっちりやらないと、気がすまないのですよ、筆者は。
カッーカカカカッ(笑い声)


「こんにちわ~」

ギルドにやって来たのは、薄化粧、肩出しの派手目の衣服を纏った、巨漢……オーガの拳亭の、マダムミランダだった。

ギルド正面カウンター。その中央に陣取るはギルドマスター、ダルガンデス。

「おう……久し振りじゃねえか? ここに直々に来るのは、よ」

ミランダの巨駆から滲み出る威圧感は、並みではない。ギルド内の冒険者達を威圧するには、充分だ。邪魔になるな……。

「ほら、二階に行くぞ」

「はいは~い」

二人の巨漢が、ノシリノシリと階段を上がっていく……。

 

 

「クレイドル君にね。多少、体術教えておきたいのよ」

「ふうん。悪くねえがな……体格違いすぎるだろうが。クレイドルのためになるとは、思えねえが?」

茶を啜りながら、ダルガンが言う。

「まあ……そうなんだけどお。ただの喧嘩を教えるって事よりも、それなりの技術を教える事が出来るなら、教えておきたいじゃない?」

「そうだなあ……おめえもちゃんとした流派を修めているしなあ……ま、クレイドル次第だな。おめえから、体術訓練を受けるかどうかは、な」

「うん。とりあえず、聞いてみてくれる?」

 

「え……う~ん、嫌です」

「だとよ。帰ってくれ、ミランダ。残念だったな」

愕然とする、マダムミランダ。いや、体格差を考えていただきたい。身長、体重……身長はともかくさあ、体重がね、五十キロ以上差があるんだよ。異世界知識で見えたんだよ──ダメです。

「ね、ね、ちょっと待って、待って。うん、体格差をね、技術でカバーする事が出来るような技をね、教える事が出来ると思うのよ。覚えていて、損は無いと思うのよ~」

いや、その体格で言われてもなあ。説得力ねえです。しかし、体格差を技術でカバー出来るかあ……正直、心動くけどなあ。経験か……これも経験なのか……。

「分かりました、受けます。ただ、何時でも辞められる事が条件です」

これは言って置かなければ。

「うん、それでいいわ。うん」

ミランダさんが、微笑んでいる。

 

胴着姿のミランダさん。元は黒だったのだろうが、すっかり色が褪せ、灰色に近くなっている。帯もだ。襟元、裾は、ほつれている。

筋肉の邪魔になるので、袖はひきちぎったのだろうか?ノースリーブの元黒胴着……拳には、オープンフィンガーグローブなのだが、それも色褪せている……何年モノなんだろうか?

今気付いた。胴着の左側、胸元に‘’柔‘’の一文字……。

「剛、だろうが!!」

 

「クレイドル、ミランダの修めた流派はな、‘’柔心流‘’って流派だ。元は、力無き者が理不尽な暴力から、己の身ならず、他者を守るために編み出された、護身を基本とした武術なんだよ」

ダルガンさんが、説明してくれる。

「まあ……ミランダの体格を見て、合点がいく奴はいねえだろうがなあ。あとミランダは、冒険者時代は頭蓋砕きって、通り名で通っていたぜ」

頭蓋砕き……改めて、ミランダさんの体格を見る……この体格に、どうダメージを与える事が出来る?

そうだ、ただ一ヶ所。打撃を与える事が出来る場所……。

「ああ、クレイドル。そいつに金的、効かねえぞ。何でも腹筋使って、玉を腹ん中に引き上げちまうらしい」

「も~金的とか玉だとか、はしたないわねえ」

マジか。古武術か……金的、引き上げるって……俺の、たった一枚の与ダメージの持ちカードじゃなかったんですか!!

 

「さあ、クレイドル君。私を好きにしていいわよ~」

やや、前屈みになり、両腕を左右に大きく広げるミランダさん……。

好きにしていいって、使いどころ違うだろ……こんな時に聞きとうなかった!

はっきり言って、俺の格闘技知識なんてものは、漫画、小説、ゲーム、映画でしかない。そういえば、前世の家庭では『年末年始で男のどつき合い見たくない』という理由で、歌番組を観たっけなあ……俺の格闘技経験は、中学までの剣道に体育の授業での柔道。高校の時もそうだったなあ。

 

ヤケクソだ。やれる事をやってやる。見よう見まねの構え─両腕を頭より上に上げ、やや、前傾姿勢。片膝を少し上げ、トントンとリズムを刻む─見よう見まねのムエタイの構え。

ジリジリと距離を詰め─左のローキック。バチリとした感触。固いっ! 右っ! 同じく固いっ!

くそっ! やってやる! 好きにぶっ叩いてやらあっ!

 

左右のローキック。叩き下ろし、蹴り上げ、蹴りを叩き込む。

分厚い胴を叩く、叩く─叩く……叩く。

何だこれ。きりないな……どうする?

どうすればいい? どうすりゃ、ダメージを与えられる!?

「なかなか、悪くないわねえ、クレイドル君」

ぬうっと、ミランダさんが俺の襟首を掴んできた──今っ!! これだっ!

ミランダさんの手首を掴み、肘に手をかける。

同時に、腰を浮かせながら跳ぶ。左膝裏をミランダさんの後頭部、首筋に巻き付け固定する。

右膝を、ミランダさんの顔面、顎に向けて跳ね上げる──‘’獣の顎が、こう、獲物の首を挟み込むように‘’

獣王っ! ガコッ、と確かな手応え。抱えた腕を思い切り捻り……捻れない。

「う~ん。なかなか、効いたわよ~クラっときたわ~」

ミランダさんが言う……完了したよな、終了したよな! 何で立ってるのこの人。

「えいっ」

ミランダさんが俺を腕に抱えたまま、地面に振り下ろす。受け身、取れるか? 無理だな。無理……ぞ、く──鳥肌。受け身は、無理だなあ──

 

「あ~あ。やっぱり、無理だぜ」

「体格差、考えてないってのは……良くないですよ、ミランダさん」

「レンケイン、治癒を頼む」

「まあ、脳震盪ですね。一応、軽い打撲と擦り傷くらいですから、大した事はないですよ」

「無理に目覚めさせる事ねえやな。眠らせておけ」

シュン、と落ち込んでいるミランダ。

「なあ~にが、体術教える事が出来るだ。馬鹿が。体格差考えねえでよ……全く」

「いや、ね。あのね……」

「黙ってろ。クレイドルを宿舎に運ぶぞ」

 

クレイドルは、しばらくの間、オーガの拳亭に寄らなくなった。

「嫌な事をされたから」との事だった。

ミランダによる体術訓練を辞めたのは言うまでもない。



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第18話 猪鍋と討伐依頼

「クレイドルに、実戦経験をさせておこうと思うんですがね」

「うん? 藪から棒だな。何か手頃な依頼でもあるのか?」

ギルドマスター室に来た、ジャンベールが言う。

「オークが十匹程、出現したらしいんですがね。今、前衛連中、タイミング悪く出払っているんですよ」

「ふむ……確か、護衛が数件と、討伐遠征も数件出てたか……通りで少々、ギルド内が静かなんだな」

ふーん、と考えるダルガンデス。オーク十匹なあ……。

オークが十匹以上集まれば、何処からともなくオーガがやって来る。オーガに統率されたオークは、危険度が上がり、村を襲うのも時間の問題になる。

オーガの下にオークが集い、群れを成す。数十の群れにオーガが、更に合流する。

こうなっては、冒険者達だけでは、対処出来ない状況になる可能性も少なくない。衛兵や騎士団が出てくる事も充分有り得るのだ。はっきり言うと、そうなれば、ギルドの顔が潰れる。

 

「ふうん、面子はどうする?」

「俺とミルデア、レンケインです」

「よし、いいだろう。ちなみに依頼人は?」

「メルデオ商会です。南街道を少し離れた場所で休憩していたら、目撃したそうです」

オークか。初めての討伐には手頃、という訳では無いが……ベテラン連中の、訓練の成果を確認させるか……。

 

「討伐ですか」

昼食後、マーカスさんとお茶をしていると、ジャンさんがやって来た。

「ああ。南街道沿いでオークが、目撃されたんだ。目撃したのは、メルデオ商会の人達だ。数は十匹程だったそうだ」

確か、オークが集まれば集まる程、オーガが来る可能性が高くなるんだったか……。

「行きます」

「速決だな。オイ」

ワハハ、とマーカスさんが豪快に笑う。

「面子は、俺とミルデアにレンケインだ」

「まあ、オークは初の討伐には、少しばかり手強いが、その面子なら大丈夫だろ。それに、ベテラン連中に日頃、鍛えられているからな」

確かに、常日頃の成果を確認したい……。

装備はどうするか……スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を、予備の武器にして……バトルアクスをメインに、って待てよ? 訓練用のやつは、実戦に耐えられるだろうか……。

 

「大丈夫だ。刃が付いてないだけで、長さ、重量は本物と変わらねえよ。充分、振れるようになってるし、あとは実戦で試しな」

「クレイドル、武器選びは慎重にな、と言っても……片手武器、両手武器、それなりに使えるようになってるからな。好きなの使えばいいさ」

よし、二人のお墨付きを得た。あとは防具だけど……。

「防具は訓練用のやつでいいだろ。実戦でも充分、役立つようにしつらえているからな」

じゃあ、兜の実戦デビューだな。盾の実戦デビューは少し、待ってもらおうか。

 

オーク討伐に出向く事が決まり、ジャンさんがレンケインさんと、ミルデアさんを呼びに行く。

「昨日、お前らが持って来た猪肉あったろ? あれ仕込みが済んだからよ。夕飯に、鍋にして出してやるよ。あとは焼肉だな。鍋用の野菜をたっぷり、準備させてる最中だ。まあ、楽しみにしておきな」

マーカスさんが、夕食のメニューを告げる。おお、野菜たっぷりの猪鍋。そして焼肉。いいな……うん。

 

ジャンさん、ミルデアさんとレンケインさんが揃った。ジャンさん達が、準備した道具の再確認をする。

結局、俺は荷物を持つ事なく済んだ。治癒ポーションは自分達が持っている。収納袋等は用意しているから、戦う事だけ考えてればいい……これって、甘やかされているのでは?

 

南門から出て、街道沿いに歩く冒険者四人組。

門側に待機している、馴染みの衛兵さん達に軽く手を振り、何事もなく通り過ぎる。

ううむ。ベテランの振る舞い……渋いな。

 

南街道を雑談混じりに進む。様々な人達とすれ違う。旅人。同業者らしき人達。馬車に、行商人達。少しづつ、街道から外れる頃には、口数は少なくなっていく……そろそろ、戦場か。

 

「依頼書によると、ここら辺か……よし、少し見てくる」

「頼む。レンケイン、クレイドル、何時でも出られるよう、用意しておけ」

ミルデアさんが斥候に出ていった。手早いな。

兜を被り直し、フェイスガードを引き上げる。

何か、落ち着かない──実戦に向かう気分が、妙に気を逸らせているのだろうか──ぽん、と肩を叩かれた。

「クレイドル君、落ち着けよ。僕らがいる。頼れ。多少の無茶をしても、構わない。思い切り、やるといいさ」

教授レンケインさん。その落ち着いた口調に安心する。

深呼吸─一つ、二つ、ミルデアさんが戻って来た。

「オーク十二。オーガが一匹来ている……」

「オーガか。引くわけにはいかないな。俺がオーガを相手取る。ミルデア、クレイドルはオークの相手を。レンケイン、補助を頼む」

 

手早く、手慣れた指示。トン、とミルデアさんに肩を叩かれた。

「少し距離を取って、私の横に」

短く告げる、ミルデアさんに頷き、深呼吸、一つ。フェイスガードを引き下げる。

 

クレイドルの瞳が赤く瞬いたのを誰も知らない。クレイドル本人にも──

 

ジャウッッ─旋風一閃。ジャンベールが、突き出したレイピアを横薙ぎに、二度振るう。

ジャンベールのレイピアはやや幅広で、突きだけではなく、切断にも適した特注品。

風属性の旋風が、風刃となって三匹のオークを襲う。顔、首筋を切り裂かれ、うずくまり、倒れる。

強襲を受けた豚面の獣人連中が、騒ぎ出した。

一切気にする事無く、ジャンベールがオーガに向かって駆け出す。

ジャンベールの行く手を阻む動きを見せたオーク達の頭部や胴体に、石塊が叩き込まれていく。

レンケインの土属性の魔術。石塊の直撃を受けたオーク連中を、ミルデアが短槍で突き払い、小盾で殴り付けていく。

 

上手い連携だ。いや、さすが……流れるようなベテラン達の動きと連携──横薙ぎにバトルアクスを振る─しっかりとした手応え。刃が付いて無くとも、この重量。直撃したなら、ただでは済まないだろうな─オークの動き。遅い。油断もしないが、余計な緊張感も無い─足を薙ぎ払い、転倒させ、頭部に撃ち下ろす。中々の手応えと感触。血肉、骨が鳴る─いや、遅い。棍棒を高々と振り上げる、その動き。胴を薙ぎ払うに充分過ぎる──あと、何匹だ─んっふふふ──

 

短目の丸太。それを両手で振るオーガ。力任せではあるものの、攻撃のタイミング、距離の取り方。ただのオーガじゃないな……こいつ、ハイオーガに成りかけか……!

「ちっ」

上等だ……距離を取るために、大きくバックステップ。すう、と息を吸う……。

 

風は吹きすさび 飄と鳴る 鳴る風は刃となり

旋風として顕現する─旋風刃─

 

バシャリ、とオーガの周囲が鳴る。鋭い風切り音。オーガの身体が風の刃に切り裂かれ、血を吹き出す。ぐらりと揺らぐ、オーガの身体。致命傷にはならなかったか。オーガの殺気は衰えていない。ならば……背後から、気配。誰かが駆け寄って来る。

「屈んで!!」

クレイドルの声だと確認する前に、ほぼ横倒しに倒れ込む──バトルアクス。両手武器が勢いよくオーガの頭部に直撃した。オーガの身体が、ぐらりとよろめいた。

刃が付いていたら、これで決まったんだろうなと、ジャンベールは思った──だが、これで終わらなかった。

クレイドルは、短剣を手に持ったままオーガに飛び付き、その首筋に短剣を押し付ける。

クレイドルの体重を受けたオーガは、仰向けに倒れ込む。

クレイドルはオーガの首に体重をかけ、思い切り短剣を押し付け……引き切った。

 

くつくつ、と鍋が静かに鳴っている。猪肉と野菜を煮ている最中。側にある大皿には、たっぷりの追加の肉と野菜。焼肉は鍋の後だ。

「なるほどな。初討伐にしては、なかなかに激しいな……首を掻ききった、か」

マーカスは鍋の蓋を少し開け、中を確認する。

魔道具のコンロにかけられた鍋。火力を少し弱める。

「ええ。あんなやり方、教えてないんですけどね。オークに対しても充分、戦えていたそうですし……それにしても、両手武器をぶん投げるなんて、ねえ」

ジャンベールが嬉しそうにいう。

「なるほどなあ。やっぱり、面白い野郎だな」

鍋の火を弱くする。もう少し火を通して、野菜をゆっくり温めるか。そろそろ、焼肉のために七輪を用意しねえとな……。



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幕間 招待状無き客 深淵渡り

 

 

「うん?」

輝く金髪に赤い瞳の、白磁の肌をした美貌の少年が顔を上げる。

純白のテーブルクロスをかけた、金縁の漆黒のテーブルを前に茶を喫している。金の意匠が施された、漆黒のティーカップを、同じく漆黒の受け皿に置く。

「あるじ様」

魔族の執事、デルモアが呟く。美貌の少年の真正面、テーブルの向こう側──ぴしり、と空間に亀裂が入った──拡がった亀裂から、黒い人影が出現する。黒いのは、漆黒のローブを身に付けているからだ。フードから、金色の光が瞬く。

「招待状出してないんだけどなあ~」

あははは、と少女の様な声で笑う。

「神々の領域を、容易く行き来できるなんてね~さすが、深淵渡り。デルモア、お茶……じゃないね。黒ワイン出して上げて~あ、僕もワインにするよ」

「かしこまりました」

 

「何の用か、当てようか~? 姉上から、言伝てでも預かってきた~?」

ワイングラスを優美に揺らしながら、少年が笑う。妖艶な笑み。

「そう、大げさな用でもない。ただの嫌味の様なものだ」

グラスをくっ、と干す。黒ローブの男。

どうぞ、とデルモアがグラスにワインを注ぐ。

ローブの男が軽く、頭を下げる。

「‘’転生者‘’を、取り上げられたとの事でな。はっきり言って、言い掛かりみたいなものだな」

「姉上はねえ~腰が重いから。一歩遅ければ、彼の魂、消滅させられてたとこだったんだよ~」

「そう簡単に、深淵から現世(うつしよ)に影響を与える事が出来ない身なのにな」

 

「ああ、そうだ。君はこれからの予定は、何かあるかい?」

香草塩を軽く振った生ハムをつまみながら、少年が訊ねる。

「いや。しばらくはのんびりするつもりだが?」

薫製チーズを口に運びながら、ローブの男が答える。

「じゃ、さ。グランドヒルに行ってみなよ」

「城塞都市、か……」

フードの影から、金色の瞳が瞬く。

「んっふっふっふ……面白い出逢いが、あると思うよ~」

「邪神のいう、面白い事か……いいな。行ってみるさ」

かちん、とグラスを合わせる二人。

 

 

夜。深夜にはまだ時間はあるものの、道行く人もまばらな時間帯。酒の時間だ。酒場、食事処からは喧騒が聞こえる時間帯。

城塞都市の門。衛兵二人が、門の側に待機している。若手と古参の二人組。

門の周囲は篝火がいくつか焚かれ、中々の明るさで照らされている。

門から延びる街道沿いにも、同じように篝火がいくつか並べ立てられており、ある程度の先が見通せる様になっている。

どの都市、街もそうだが陽が暮れ、夜になれば基本、通行は許可されない。例外は、王族、貴族が公的な用で訪れた場合のみ。

そして、もう一つの例外は──

 

「うん……?」

若手の衛兵が、こちらに向かって来る黒い人影に気付いた。今、古参の衛兵は近くにいない。

他の衛兵に待機所に呼ばれている。

黒い。というより、漆黒のローブ姿の男……篝火の明かりが、妙に暗く感じる気がする。

黒いローブの男は、何のためらいもなく門に向かって来る。

「ち、ちょっといいか? 今、この時間は出入りは禁止だ。夜明けまで待ってくれないか?」

思わず、早口になる。

門から離れた所には、寝泊まりをするだけの、簡易の宿泊施設がある。無料。身分関係無く、泊まる事になる。これを嫌う身分の高い人等は時間を調整して、都市や街に向かう。

場所が空いてない場合は、当然、野営をする事になる。それでゴタゴタが起きる事もあるのだが、それを抑えるのも衛兵の仕事だ。

 

黒ローブの男が、懐に手を入れカードを出してきた。

銀で縁取られた黒いカードの中央には──

‘’☆ ラーディス・グレイオウル ☆‘’

名と姓の両端を銀の星印で囲まれ、同じく銀色で彫刻された名前……銀で縁取られた黒いカード。

 

「え、ええと……これは?」

「冒険者登録証だ」

見た事のないカード。今まで何度も冒険者登録証は見た事はあるが……これは? 偽造……?

「登録証を偽造したら、どういう罪になるか分かっているな?」

「う……」

心を、読まれた? いや、どうしたものか……?

「どしたあ? 揉め事かあ?」

のんびりとした声。古参の衛兵だ。

「あ、いえ……ええと、この、冒険者が」

しどろもどろになりながらも、安堵感とともに、古参の先輩に答える。

「んん?……おおっと、魔導卿かい。久し振りだな」

古参の先輩が、嬉しそうに言った。

「おお、マリオさん。まだ、引退は先送りですか」

「新米がよ、なかなか育たねえんだ。女房にも、引退急かされてんだがなあ」

わははは、と笑い会う二人を、ぽかんと眺めている若手。

 

「おい。このカード、ちゃんと覚えておけ。そうは見れねえぞ、このカードは上級冒険者のもんだ。この銀の部分はミスリル、カード部分は黒水晶で出来ている。俗な話になるがよ、金貨数百枚になるほどのもんだ」

「俗過ぎますよ、マリオさん」

再び、笑い会う二人。

「という訳だ。公用の王族、貴族以外のもう一つの例外ってやつだ……上級の特権の一つってやつだよ。場合によっては、王族以上のなあ」

マリオは、若手の肩を軽く叩いた。



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第19話 お願いと鍜冶屋と雑貨店

 

「ダルガンさん、少しお願いしたい事があるんですが」

「ううん? 娘達は紹介しねえぞ」

「ダルガンさん、結婚でき……していたんですか?」

「おめえ……今、なかなかに失礼な事、言おうとしてなかったか?」

正面受付カウンターで業務をこなしているダルガンに、相対するクレイドル。そのやり取りに吹き出す職員、冒険者達。

周囲に睨みを効かし、黙らせるダルガン。クレイドルを連れ、自室に向かう。

当たり前のように、気配を消して後を付いていくジェミア。二人は、気付かない。

 

「んで、頼みってのは何だ?」

てきぱきと、お茶の準備をするジェミアを横目で見ながら、ダルガンが訊ねる。

「訓練の事なんですが、もう一月、延長って出来ませんか?」

「もちろん、出来ますよ。何ならずっと訓練でいいと思いますよ?」

ジェミアが、クレイドルの前にティーカップを置きながら、にこやかに言った。

「まてこら。勝手にぬかすな……俺にも茶をよこせや」

しょうがない……といった感じで、ジェミアがダルガンの前に、ティーカップを置く。

「まったく……訓練延長したいってなら構わねえが、理由があるんなら、聞いときてえな?」

「本人がやりたいと言ってるんです!延長したらいいじゃないですか!それでもギルドマスターですか!!」

「いや、何で俺怒られてんだよ……何か理由があるのか?」

早口で捲し立てるジェミアに閉口しながら、ダルガンが再び、訊ねる。

「え……ええ、せっかくベテランの人達に教わってるんです。まだ、学べる事があると思いまして」

ジェミアの、妙な熱意に引いているクレイドルが答えた。

「ふ~ん……確かにな、連中から教わる機会てのは、なかなか無いからな。構わねえよ。正直、願ったりなんだよな」

何か嬉しそうに、ダルガンは茶を啜る。

「と、言うのもな、おめえ、魔術にちっと興味ねえか?」

「魔術……です、か」

ニヤリと笑うダルガンに、クレイドルが答えた。

 

「魔術ですか……僕も魔導院で基本を学んで、生活魔法、浄化、治癒に初級の土属性を身に付けたけど、専門とは言い難いからねえ。君に教えられるほどの技術は、無い」

レンケインさんに、キッパリと言われてしまった。曰く、魔術は専門家に学んだ方がいいとの事だった。ダルガンさんはそこの所を考えているから、魔術訓練は少し待った方がいいよ……との事だ。

そういえばダルガンさんから、心当たりと連絡ついたから楽しみにしてろって言われてたな。

まあ、ギルドマスターの言う通り、待とうか。

魔術訓練か……どういうものか、楽しみではあるな……。

 

「クレイドル、新しい装備を見たいと言っていたな。スティールハンドに行かないか?」

午後の訓練を終え、シャワー後、座学の復習をしていると、ジャンさんから声をかけられた。

そういえば、かのスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を予備の武器にして、本武器を何にしようかと、ジャンさんとミルデアさんと話しをしたんだっけか……。

「それとだな、先日に仕留めた、魔獣化しかけてた猪の毛皮。あれどうしたものかってミルデアが言ってたが、どうする?」

ジャンさんがいうには、あの毛皮はミルデアさんが綺麗に鞣し(なめ)終え、いかようにも使用できるとの事だった。装飾品用として売るも、装備品として加工するも、どうとでもなる品だという。

「装備品としての加工ですか。あの毛皮、どういう装備になるんですか?」

「う~ん。そうだな……俺が思い付くのは、マントに、鎧の繋ぎ目ってとこかな。あとは、防寒具としての装備には、悪くないってとこだなあ」

ジャンさんが、考えながら言う。今の季節は防寒を考えなくていいし……う~ん、鎧の繋ぎ目にマント、かあ……。

「ここで悩んでもしょうがない。スティールハンドに行って、アドバイスを貰えばいいさ」

「そう……ですね。スティールハンドに行きましょう。あ、ミルデアさんにも声を掛けてください」

 

鍜冶 スティールハンド 相変わらずの達筆の看板。

 

「なるほどねえ、旦那の言った通りさね。女の店員、雇ってなくて良かったよ!」

あっははは、と笑う。女性ドワーフ。豊かな髭には、旦那である、ストルムハンドさんとお揃いの銀色の髭輪。髪には、精緻な装飾が施された髪飾り。ストルムハンドさんは、商工会議に出席しており、留守だという。

「初めましてだねえ。私はスウィトフィン。ストルムハンドの女房さね。スウィンと呼んでくんな」

おお……この世界の女性ドワーフは、男性と見た目がほとんど変わらないのか……これぞって感じだな。ロリでは無いとこに、現実味を感じる。

 

「ふうん、魔獣化寸前の毛並みねえ……防寒具がいい使い道だけど、今の時季だと必要性は低いし……ふむ、これは売った方がいいね。防具としては、中途半端な使い道しかないよう。売るなら、装飾品扱っているとこがお勧めさね」

スウィトフィン、スウィンさんが言う。

売るとしたなら、メルデオさんのとこに持っていこうかな……。

「そうさね。メルデオ商会に持っていきな。あそこは大概な物は、買い取ってくれるからねえ」

あっはっはっ、と豪快に笑うスウィンさん。

 

結局、購入したのは片手武器としても扱える、投擲用の手斧。

盾の購入を考えたのだが、何故か、ジャンさんとミルデアさんに止められた。

 

という事でメルデオ商会。中々の賑わいだ。市民に冒険者や、身なりのいい裕福そうな人。

日用雑貨、衣服、装飾品、冒険者用の道具類。

前に来た時も思ったが、賑わってはいるけどうるさくは感じないんだよな。心地いい喧騒というか。

ジャンさんが毛皮を小脇に抱え、買い取り受付カウンターに向かっていく。ミルデアさんは真っ直ぐに、装飾品コーナーに行った。

そして、一人取り残される俺。さて、何を見るかな……服は前に買ったしな。冒険者用の道具でも見るか……いや日用雑貨、自前のコップでも見てみるか? いいな、自前の食器──陶器、木、金属……。

「あ、あのう」

うん? 声をかけられた。自分と……同年代、いや少し下くらいだろうか? 今の自分の年齢はたぶん、十七くらいだったか……?

それより下くらいの、少女がいた。十四、五くらいか。身なりから見るに、裕福な感じだ。丁寧にしつらえた薄青のドレス姿。派手ではない、落ち着いた意匠が施されているドレスだ。

薄化粧の可愛らしい顔立ち。明るい栗色の髪を一つの三つ編みのお下げにして、右肩から前方に垂らしている。

「何です?」

声を掛けると、モジモジしだした。何ぞ?

「ええ、と……前に、服をお買い求めに、来てらしてました、わよね?」

あ、思い出した。この娘、服を買いに来た時に他の従業員と一緒に、キャッキャと俺を着せかえ人形にした娘さんだ。いい思い出じゃない……。

「まあ、そうです……じゃあ」

面倒事を感じ、ここから離れるべく、日用品コーナーに向かう……向かえなかった。

がっしり、と腕を掴まれていた。強い。力が強い……! 何ぞ!?

「是非、お茶でも御一緒に……!」

ええ……怖っ。ここは穏便に済ませるべきだろうな。ここメルデオ商会には、これからもお世話になる予定だからな……。

 

結局、通りがかったメルデオさんに救われた。

彼女はメルデオさんの娘さんだった。普段は店の手伝いをしているのだが、俺が店に来たので、急ぎおめかしをして、一般客を装い近づいたのだという。

怖い……いや、止めて……。

 

「いやはや……申し訳ない。まさか、娘がここまで積極的になるとはね」

応接室には、ジャンさん、ミルデアさん、俺。

向かい側には、メルデオさんと、その娘のメジェナさん。

「……あの、本当にごめんなさい。つい……」

心底済まなさそうにいう、娘さん。いやあ、どうかな……。

「少年もよくないな、その御面相だからな」

静かに茶を啜る、ミルデアさん。

んっふっ、と吹き出しそうになるジャンさん。

ぽっ、と顔を赤らめるメジェナさん。

メルデオさんも笑いを堪えるように、カップに口を付ける。

 

俺、何も悪くないよな……毛皮はなかなかに高値で売れた。メルデオさんがいうには、装飾品として加工したなら、貴族に高値で売れるとの事だった。

 

「クレイドル君、何時でも来てくれ。大概の物は用意出来るからね」

「はい。改めて、色々見させて貰います」

「クレイドルさん! いいお菓子とお茶を出してくれるお店があるんです! ケーキが─むごごご!」

メルデオさんに、丁寧に口を抑えられるメジェナさん。

頭を下げ、店から離れる。さて、ここからどうするか……。

「一度、ギルドに戻るか。レンケインと毛皮の売却値を配分しないとな」

ミルデアさんがいう。

「よし戻るか。その後、オーガの拳亭にでも行くか?」

ジャンさんがいう。だが……。

「嫌です。他のとこにしませんか?」

「ああ、まだ根に持ってるのか……じゃあ、煮鍋亭か、鶏源亭(とりげん)かな」

「鶏源亭に行こう。あそこの鶏そばを久しぶりに食べたい」

ミルデアさんが楽しそうに言う。鶏そば! 心踊る響きだ。

ラーメンか、ラーメンなのか!!

 



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幕間 集う冒険者達④ 魔導卿ラーディス

修行、訓練パートはそろそろ、折り返し地点です。
ジャッジャッ(ふるいにかける音)


ゴッ─ギルド内に響く音。濃い灰色の杖がギルドの床を叩く。

金の縁取りがされた、漆黒のローブを身にまとった男が、ギルドに足を踏み入れて来た。

 

ギルド内の温度が、下がったような──もちろん、気のせいではあるのだろうが──

「魔導卿……」

喧騒静まる沈黙の中で、誰が言うともなく呟いた。職員達も、身動き一つしない──ギルド内の異様な空気を察したのか、奥の喫茶室からのそりと、喫茶室亭主のマーカスが姿を現す。

「おう。いったい何が……おお? ラーディスかよ。久しぶりだなあ。来いよ、一杯飲ませてやるよ」

ローブ姿の男が、フードを取り払う。

精悍さと気品さが合わさった、整った目鼻立ち。ローブと同じく、漆黒の豊かな髪を、丁寧に後ろに撫で付けている。

「マーカスさん、久しぶりですね」

よく通る声がギルド内に響く。同時に、何かに安堵したかのような、ほっとした雰囲気が流れ始めた。

 

「ダルガンがよ、やっとお前と連絡ついたって喜んでたぜ」

「新人、見てくれって事でしたが、魔術師志望なんですか?」

茶を美味しそうに啜る、ラーディス。

「いや、特にそういうわけじゃない。色々、学べる時に学びさせてえって事よ」

「ふ~ん……これ、新茶ですか。薫りが良い。うん、美味い」

「おう。昨日、仕入れたばかりでなあ……うちの連中も茶の入れ方、上手くなってるぞ」

しばし、二人で茶を啜る。

 

訓練所。ジャンベールとクレイドルが打ち合っている。なかなかの体捌きで、ジャンベールの攻撃を、上手く盾で捌いてるが……少しの間を置いての、ジャンベールの体当たりを受け、クレイドルの体が揺らぐ。ジャンベールが、体を入れ換えながら足払いをして、クレイドルを倒そうとしたが……踏ん張るクレイドル。

「ほう」

見学しているラーディスが呟く。

クレイドルは、片足飛びでジャンベールから距離を取った。仕切り直しだ。

「ジャンベール、代わろうか」

訓練用の短槍と盾のミルデアが、クレイドルの前に立つ。

「ふ~、ふっ……お願いします」

深呼吸一つ。クレイドルが盾と剣を構え直し、ミルデアに向き合う。

 

鷲の頭部を模した兜を被っている新人。

クレイドルといったか。中々の体幹をしている。

足払いを受けて踏ん張り、仕切り直しに持ち込んだ。普通なら、倒れてもおかしくなかった。

ふ~ん。訓練をつけている冒険者……疾風ジャンに、猛血ミルデアか。贅沢な新人だな。

 

ミルデアが背を向け……ああ、ダメだ。新人。

尻尾は来ないぞ。ほらな、背を向けた一瞬。短槍と盾の持ち手を入れ替え、お前の左側面から、短槍の薙ぎ払いが……直撃。

横倒しに倒れる新人、クレイドル……。

「そこまで」

思わず、言っていた。ふ~ん……なかなかに、面白そうな新人だな。なるほどな。ダルガンさんが面白がる理由が分かった気がする。

 

「魔導、卿……」

ジャンさんが、息を飲みながらいう……ミルデアさんは、身動き一つせずに立っている。

金縁の漆黒のローブ。濃い灰色の杖。

気品と精悍さを備えた、整った目鼻立ちの貴族風の男性……うん? 一瞬だが、その目が金色に瞬いた気がする。

ローブの男性が手を伸ばして来たので思わず、握る。ぐうっ、力強く引き起こされた。

引き起こされ、目が合う──漆黒の瞳が一瞬、金色に光った。

「初めまして、だな……私は、ラーディスだ」

にいっ、と形のいい唇がつり上がった。

 

邪神の言葉が唐突に思い浮かんだ──なんと言っていたか─‘’神々に杖を向けられるほどの魔導士。公平にして混沌。自由にして秩序‘’─

 

「魔術の基本は魔力制御だ。それが基本にして全てだ。君が、魔術師を望んでいない事は分かるが、クレイドル君。言っておく、望もうと何だろうが……魔力があるにこした事は、無い」

力。ラーディスさんの声には力がある。

「私が今、教えられる事は魔力制御に生活魔法に浄化……ああ、それと体術も少々ってとこか」

体術……う、頭が……。

「……レンケイン君、彼はどうした?」

「え~と、マダムミランダに体術訓練を受けた時、ちょっと痛い目に合わされて……」

体術と聞いて、思わず頭を抱えた俺に代わってレンケインさんが、説明する。

「馬鹿力で痛い目に合わされたか。柔心流の名が泣くな。クレイドル君、心配するな。アレよりは、マシに教える事が出来るからな」

「期待します……」

 

ラーディスさんの講義は午前中に決まった。

レンケインさんの授業との時間は半々となったのは、レンケインさん曰く、教えられる事は一通り教えたので、あとはおさらい程度にしようと言われ、それに賛同した。

ちなみに、レンケインさんもラーディスさんの講義を受ける事にしたそうだ。

「魔導卿から教えを受けられるなんて、そうは無いからね!」

興奮したレンケインさんの姿は、日頃からは想像つかないものだった……。

 

「まあ、今日の所は……そうだな、魔力制御のコツを少し、教えておこうか。手を出せ」

すっ、と手を出してくるラーディスさん。

釣られて手を出すと、ふわりと握られた。

「う、おおっ」

何かが……体の中に流れ込んで来た……何だ?

「ふ~ん。今まで魔力を感じた事が無かったんだな……クレイドル君。今感じているもの、それが魔力だ」

何だこれ。不快ではないんだけど……何か、ふわふわした気持ちになる……おおっ……。

「クレイドル君。この感覚を掴むイメージをしろ。ぐっ、と掴んでみろ」

ぐっ、と掴むイメージ……掴むというより、手の中で何とか包む……という、感じ、だ。

目眩を感じ、膝が落ちそうになる……。

「よし。いいぞ」

すっ、と手を離された。

「ふ~ん……今、目眩を感じたな? それは魔力枯渇の症状だ。ほんの少し魔力を流されて、こうなるという事は、ほとんど魔力が無いという事だ……ある意味、魔力の器が小さいから、拡げやすいって事だな」

ラーディスさんの言葉を継ぐように、レンケインさんがいう。

「つまり、魔力制御の訓練の際、魔力の許容量が少ない時は、魔力枯渇が起きやすいけれど、その分魔力の増加が、早まるって事だよ……そうですよね? ラーディスさん」

「その通り。今感じた、その感触は覚えておくんだ。クレイドル君。いずれ、私の手助けなくても、自分で魔力制御出来るようにしてやるさ」

微笑む、ラーディスさん。やる事が増えたな。

「体術訓練は、午後にするか」

ああ……体術……訓練もかあ……。



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第20話 魔力制御と体術訓練 魔導卿の異常性

 

目眩と疲労感……疲れた……椅子に座り込む。

深呼吸を一つ、二つ……ふう、と息を吐く。

「まあまあ、慣れてきたかね」

ラーディスさんが、煙管(きせる)に葉を詰めながらいう。ピン、と指を弾き、指先に火を灯し、煙管に火を着ける。

ふぅ~と、煙を吐くラーディスさん。香のような匂いが漂って来た。不快な香りではない。

煙管とは渋いな。木造りの朱色の煙管。吸い口と先端は、銀細工が施されている。ううむ……渋い。

「自力で魔力制御出来るには、もう少しだね」

レンケインさんがいう。ラーディスさんが煙管の吸殻を煙草盆に落とす……煙草盆。どこから出した? 時代劇で何度か見かけた、煙草盆。ラーディスさんは長椅子に腰掛け、のんびりと煙管をくゆらせている。

「そろそろ、昼か。体術訓練は飯のあとだな」

煙草盆に吸殻を落とすラーディスさん。

体術訓練、か……。

 

昼食。薄味の鶏と野菜の雑炊。付け合わせは、濃い味の鶏のそぼろと大根の煮物。そして野菜の酢漬け。

「マーカスさん、相変わらずいい飯を作りますね……美味い」

ラーディスさんが雑炊を啜りながら言う。

「ふふん。栄養を考えながら、献立を考えるのは楽じゃねえんだぜ」

鶏そぼろと大根の煮物……いや、これ美味い。

レンケインさん、ジャンさん、ミルデアさんが勢揃いしている中の食事。この面子って……なかなかに凄いのでは?

「ふむ。大根の味がいいな。鶏そぼろとの絡み具合が絶妙だ」

ミルデアさんが、瞬きをしながら言う。

「これは米ですね。米が合う」

「ああ、米だな。雑炊というのが何よりだ」

レンケインさん、ジャンさんも目を細めて、食事を楽しんでいる。 雑炊の薄味と煮物の濃い味のバランスがいい。

「おう。クレイドル、煮物のお代わりは、どうだ?」

「いただきます」

差し出した器に盛られる、今だ湯気立つそぼろと大根。

よし、午後の訓練を乗り切る気力を、補充する事にするぞ。体術訓練……か。

 

ざうっ、と足場が鳴り、訓練所の地面が散る。

どすん、と背中から落とされた──好きにかかって来たらいいと言われ、距離を取りつつタイミングを計り、ローキックを放ったが──ラーディスさんは前に進みながら、すれ違い様に俺の顎に手を添え、そのまま俺を地面に落とした。

いや、分からん。顎に手を添えられた瞬間は分かる。だがその後の、ふわりとした感覚──合気か! 合気なのか!?

「何をされたのか分からんだろうな。それが当たり前だ。まあ体で覚えるしかないが……とはいっても、分からないだろうな。まあ、好きにかかって来い」

すうっと息を吸って吐き、おりゃっ、と前蹴りをラーディスさんに叩き込む──蹴り足を、足首を捕まれ引かれた─まただ。喉元をふわりと抑えられ、そのまま地面に落とされた。

受け身を取ったが──腕を取られていた。

腕ひじき逆十字。シンプルな関節技。手首を捕まれ、腕を両足の間に挟まれている。

肘が完全に極められていた──みし、り。肘が鳴る。

「クレイドル君。骨折とか、脱臼の経験あるかね?」

「無い、です……」

「そうかね」

びじり、とも、ばじりとも……嫌な音が鳴る。折られた。間違いない、折られた。

ぐっ、ぐぐうっ!……うっぐっ……!

歯を食い縛る。悲鳴を上げたら心が折れる。

それは……何かの敗北を示してしまう……。

「折られた痛みを知ったなら、二度と折られないように、気を付ける事になるだろうな」

じっとりとした脂汗が顔に浮かぶのを感じる。痛い……いや痛い。単純に痛い……。

「その痛みを忘れるなよ。いい経験したなあ」

ラーディスさんがささやくように言う。レンケインさんが、足早に寄って来る。

「今、治癒をするからね……綺麗に折られているから治りは早いよ。でも、骨折の治癒はちょっと痛いんだよねえ」

折られた左腕に手をかざすレンケインさん。

温かい光が優しく、腕を包む……痛い。いや、痛い。何だこれ、折られた時より……痛い。

「いたたたたっ! いっ……たい!」

「まあねえ。骨折治癒は痛いんだよねえ」

レンケインさんが穏やかにいう。

「そんなものだ。回復には痛みが伴うのは基本だ」

ラーディスさんが、他人事のように言う。

いや……折った張本人が、ねえ……?

それから何度か挑んだ。突きや蹴りを捌かれ、体を入れ換えられ、投げられた。あとは変なツボだか点穴?を突かれた。

「ここを、こう圧さえられると、だな」

鳩尾付近を親指で、ぐっ、と圧され──

「十秒少し、息ができなくなる。そして声も出せなくなる」

鳩尾、喉に妙な圧迫感。うわ、なんだこれ──

「そして、この状態で、こう……」

襟首を掴まれ、一瞬で尻餅を着かされた。

「首を絞められる、とだな」

後ろから腕を回された──目の前が──

 

「目が覚めたかい。何秒もしないで、あっという間に絞め落とされたんだよ」

嬉しそうに言う、レンケインさん。何ぞ!?

「さっきの点穴だがな。息も出来ず、声も出せない。‘’無応‘’というやつだ。絞め技が効果的になる」

魔力訓練よりも、体術訓練の方がキツイ……。

「今日は、こんなとこでいいだろう」

ラーディスさんは長椅子に座り、またもどこからともなく、煙草盆を出して煙管を吸い始めた。

時間は夕暮れ前。夕食まで、まだ時間はある。

「まあまあ、筋はいいな。やる気もあるし、根性も悪くない。体術をある程度使えると、便利だからな」

ふぅ~と、美味そうに煙を吐く。

「魔力制御の方は、今のやり方を少し続けようか」

「お茶の用意をするよ。クレイドル君、シャワーでも浴びてくるといい」

レンケインさんの言葉に甘える事にした。

こん、とラーディスさんが煙草盆に吸殻を落とす。煙草盆、どこから出している?



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第21話 魔力制御と雨の中の燭台

 

 

朝食。半熟に頼んだ目玉焼き。強目に焼いてもらったソーセージ。チーズとパンに、玉葱と人参のスープ。いつもの酢漬け野菜は、白菜。

いい朝食だと思う。うん、美味い。

訓練所の食卓を囲むは、ダルガンさんにマーカスさん。それといつもの顔ぶれ、ジャンさんにレンケインさん、ミルデアさんだ。ラーディスさんはいない。

ラーディスさんは昨日の夕食後、宿に戻っていった。城塞都市での定宿、‘’トロルの戦鎚‘’

という名の宿らしい。凄い店名だ。

「おめえ、昨日、ラーディスに体術訓練でなかなかにやられたらしいな」

ダルガンさんが、酢漬け野菜をバリバリ噛みながら、聞いてきた。

「やられました。肘を折られたり、変なツボを突かれて、絞め落とされたりしました」

バリバリと白菜を噛み、答える。

「まあ、体術も一流だからな。オークやらコボルトやらを殴り殺したり、首へし折ったりしてたからなあ」

スープのお代わりを器に注ぎなから、マーカスさんがいう。

魔導士。単純にいうと、魔術師の上位者だそうだが……。

「ええと……ラーディスさん以外の、魔導士であんな人はいますかね?」

「いねえだろ。あいつとの付き合いは長いが、あんなのは、他に聞いたことねえやな」

ダルガンさんの言葉に、マーカスさんが頷く。

「オーガを、火と氷をまとわせた拳で殴り、燃やしたり、凍らせたりした話は、本当ですか?」

レンケインさんが、尋ねる。

「ん。本当だ。叩きまくって、燃え上がらせたのを俺は見た」

ダルガンさんが、茶を啜りながらいう。

「魔導卿ラーディスが異様な存在というのは、聞いてはいるが……尋常の人ではないのだな?」

ミルデアさんが、独り言のように呟く。

「上級冒険者。魔導士。帝都の宮廷魔術師。その肩書きだけで普通じゃねえからなあ……それと、深淵の──」

「ダルガンさん……それくらいで、いいでしょう」

ラーディスさんが、いつの間にか、ひっそりとテーブル近くに立っていた。

「む……そうだな。口が軽くなっちまった。済まん」

ダルガンさんが、ふぅっ、と息を吐く。

「ラーディス、飯は?」

マーカスさんが、空気を入れ換えるようにラーディスさんに尋ねた。

「食べてきました。茶を貰えませんかね」

おう、とマーカスさん。

「魔導卿、魔術師ギルドには顔を出したんですか?」

レンケインさんの質問に、ラーディスさんが茶を啜りながら答える。

「いいや。行ったら面倒事、頼まれるかもしれないからな」

酢漬け野菜をバリバリと噛むラーディスさん。

「魔導卿は、魔術師ギルドに所属してないのか?」

ミルデアさんが尋ねた。

「ん? ああ。魔導院卒業して、いつかは行こうと思ってたが、いつの間にかこの歳になっていた。今更、所属しても意味ないからな」

「一時期、相当にうるさかったんだろ? 所属しろって?」

ダルガンさんが茶を啜り、バリバリと白菜を摘まむ。

「ええ。中級のCに上がった頃くらいが、うるさかったですね。今もたまに、案内書が来ますが放っています」

「ギルドに所属しないのは、何か理由でも?」

ジャンさんの質問にラーディスさんが答えた。

「そうだな……あえていうなら‘’魔導士の塔‘’で、必要な物は事足りるからな」

 

お、異世界知識、発動─魔導士の塔。魔導士を筆頭に、有力かつ才能ある魔術師が集い、研究や実技を行い、切磋琢磨する場所。養成機関。同時に、危険な魔導具や呪物を保管、管理する場所。そして、魔導士試験場─なるほどな。ここに属していれば、魔術師ギルドに所属する必要は、特にないという事か……。

 

朝食後、レンケインさんの講義。要点を押さえながらの講義は、相変わらず分かりやすい。

たまに入るラーディスさんの捕捉。これもまた面白い。

午前の講義が終わり、休憩の後、魔力鍛練。

 

休憩中、茶を啜りながら談笑する三人。

ラーディスさんが、どこからともなく出した、砂糖をまぶした炒り豆を摘まみながらの談笑。

どこから出したのだろうか……炒り豆、美味い……。

 

「そういえば、レンケイン君。‘’雨の中の燭台‘’出来るか?」

「ああ……あれですか。恥ずかしながら……」

こりこりと、頬を掻く。

「ふむ。まあ簡単じゃないからな……後学のために、見せておこうか」

すっ、と立ち上がり、訓練所の真ん中に立つラーディスさん。

ドッドン──濃い灰色の杖を突き、右手を天にかざし、ひらりと振る。

それに釣られ、思わず空を見上げる……黒雲が空に浮かぶ。すん、と雨の匂い……マジか……。

サァッ、と雨が降る。ラーディスさんを中心に半径、二メートルほどの、局地的な雨。

ラーディスさんの手に、三本の蝋燭用の燭台。

「二人とも、見てろ」

燭台に立つ三本の蝋燭。それらに、ぼうっ、と火が着く……雨の中だよな……何で着く!?

「魔力制御の賜物だ。魔力続く限り、火は消えん。維持するのも魔力を消費するんだが、これもいい魔力制御の訓練になるんだ」

ううむ、とレンケインさんが唸る。

今だ降る雨。その中で、火が点る燭台を持つラーディスさん……魔導卿。

というか、ラーディスさんの漆黒のローブ。全く濡れてない様に見えるのは、気のせいか……?



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第22話 ダンジョン経験 適性検査

お気に入り──嬉しいものですな。
じわりと、更新していきます。
Ψ(`∀´)Ψケケケ(鳴き声)


 

ダンジョン。迷宮。地下遺跡等──冒険者にとっては、一攫千金の機会と場所……死と隣り合わせの名誉と財。

多くの、一攫千金狙いの冒険者達の命を飲み込んでいった場所──それが、地下迷宮。

死亡、全滅率はダンジョンの難易度次第ではあるが、それは目安でしかない。

安心安全なダンジョンなど無いのだ。最も条件次第だが。

ダンジョンに挑む際の最初のハードルは、閉所の恐怖。薄暗さ。何処からともなく聞こえてくる物音。正体不明の唸り声や叫び声……これに耐えられるようになるまでは、それなりの経験が必要となる。ベテラン冒険者の中にも、どうしても駄目だという者も一定数いる。彼らを笑う事は出来ない。こればかりは、適性を要するからだ。

 

「城塞都市近辺のダンジョンだったら……う~ん。初級でもとなると……ここ、ですかねえ」

城塞都市近辺の地図。各領主の治める土地や街や村落等が地図に記されている。ある種の機密に近い情報なのだが上級冒険者の要求とならば、提示するにやぶさかではなかった……。

受付嬢の猫族の獣人、サイミアが指差すは、静寂の祠と青葉の庭。比較的、初心者向けのダンジョンではあるが、静寂の祠は基本不死者。アンデッドが中心に出現するので、対不死者の準備をする事が、潜入の最低条件となっていた。

青葉の庭は、ダンジョン全体が草原と林になっていて、地上と何ら変わらぬ風景になっている。出現するのは、魔獣と昆虫が中心だ。

ダンジョンの不思議の一つだ。何故、草原や林なのかの理屈は、分からない。

 

「ふ~ん……難易度はどちらもそうは変わらないが……対不死者の経験を、早い内から味わわせておくか、な……」

「ちょ、ちょっとラーディスさん!クレイドル君は対不死者の準備が出来ているんですか!?」

サイミアが、青い瞳をパチクリさせる。

「いや。だが私が補強すれば大丈夫だろう。クレイドル君だけを潜らせる訳じゃない。先輩連中も、一緒だ」

「魔導卿、それは私達の事を言っているのかな?」

ミルデアが、近くにいた。

「もちろんだ。迷惑か?」

明るく、ラーディスがいう。爽やかな微笑み。

むう。正直、魔導卿は苦手だ。元々リザードマンは、魔術とは近くない種族だからな──。

「そう警戒するなよ。ええと、静寂の祠と青葉の庭……クレイドル君に体験させるには、どう思う、てとこだな」

ううむ……ジャンとレンケインの意見も聞かない、とな……。

「まあ、取り敢えずジャンとレンケインと話し合って、決めるさ」

「うむ。それに、クレイドル君とも話し合う事だな」

 

「ダンジョン、か。実戦も経験している事だしな……ダンジョン適性があるかどうか、早い内に確かめておいても、いいと思う」

ギルド内の喫茶室。ジャンベールとミルデアが茶を飲んでいる。ジャンベールは冷たい茶を、ミルデアは温めの茶。体質的というより、種族的に冷たいのは好まないのだ。

以前、鶏源亭(とりげんてい)で季節メニューの‘’冷やし辛ネギ鶏そば‘’を見かけ、しばしの葛藤の後、注文してしまった。

美味かった。辛ネギも辛さの中に旨味があり、冷たい出汁と辛味がそばによく絡んで、とても美味かった──食後、体温が急に下がり、明らかに体調悪く見えたのか、店員が熱い茶を持って来てくれた事がある──

 

「ミルデア、聞いているか?」

皿に盛られた、砂糖まぶしの薄焼き菓子と塩まぶしの薄焼き菓子。砂糖の薄焼きに手を伸ばすジャンベール。

「む。そうだな……魔導卿は、対不死者の補強をすると言っていた」

塩の薄焼きを手に取り、パリパリと口にする。

「青葉の庭は、魔獣と昆虫が中心だったな……適性検査なら、静寂の祠かな……不死者に対応出来るかどうかも、大事だからな」

茶を静かに啜る、ジャンベール。

「ふむ。私もいいと思う。あとはレンケインと少年とも、話し合うか……二人は?」

「ああ、スティールハンドに行くと、言ってたな」

 

ふん、と横薙ぎに両手持ちの武器を振るう。

片刃のバトルアクス。刃の反対側は短いピック状になっている。斬撃と打撃を兼ねた形状。

木偶人形が真ん中から、砕け折れた。

「おお、なかなか扱い上手いな。上出来だ」

「へ~え。体格に似合わず、上手く扱えてるねえ」

ドワーフの鍛冶職人ストルムハンドさんと、その奥さん、スウィトフィンさんがいう。

 

鍛冶・スティールハンド。

両手武器を見に来て、なかなかにいいバトルアクスを見せてもらったので、試し切りをさせてもらった。

「う~ん。これ、いいですねえ……」

全長約百三十センチ強。刃は三十センチ強ほどで、柄は約百センチ。実際の刃渡りは四十センチ近い──刃渡り、でかいな。反対側のピックもでかい……この得物を、楽に振れるようになっているとは……どうする? 買うか? 買っちゃう!?

「なかなかにいい出来だから、金貨五枚ってとこだな」

剛健な鋼造り。装飾は最低限。職人のこだわりの様な装飾が、さらりと施されている──。

「買います」

即決。いいと思ったものは、今決めねば……!

懐は良いのだ。先の討伐戦、採取、猪の毛皮の取り分。邪神から贈られた物──

「相変わらず、即決かい。いいっ買いっぷりだな」

わははは、あははは、とドワーフ夫婦が二人、髭を揺らして笑う。

気持ちの良い、買い物だった。ついで、とばかりにレンケインさんも投擲用の短刀を購入していた。

 

「クレイドル、次はダンジョンに出向こうと思っているんだがな。どう思う?」

ギルドに帰って早々、ジャンさんに聞かれた。

ダンジョン、か……この世界で、避けては通れない場所。経験するに越したことはない……。

「行きます」

即決。避けては通れないならば、踏み込むべきだ──

「ふむ」

いつの間にか、ラーディスさんが側に佇んでいた。

冷たい風が、ほんの一瞬、吹いた。



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第23話 静寂の祠 参る者無き墓地

城塞都市から、南東側。少し進むと荒野が見える。さらに進むと、荒廃した墓地がある。

崩壊した門。墓地を囲む朽ち果てた柵。かろうじて形を残す墓石。墓碑銘は、もう読めないほどに崩れ果てている。

建ち並ぶ無数の墓石群の、中央。まるで獣道の様になってしまった通路。なんとか道に見えるのは、参拝者が来るからでは無い。

ダンジョン化した霊廟──‘’静寂の祠‘’を目当ての冒険者や、浄霊、浄化の為に神徒がたまに訪れるからだ。

 

「ダンジョンとしては浅目でね。全五階層。二階まではスケルトン、アシャー、ダストスという、体持ちのアンデッドが出現するんだ」

異世界知識、発動─アシャー・遺灰の塊に障気が宿り、アンデッド化したもの。脆いが、傷を受けると麻痺を受ける事がある─ダストス・障気を受けた墓場の土が土人形になり、動き出したもの。石混じりの体は脆くはなく、やや力強い─

 

異世界知識プラス、レンケインさんの説明でそれらのアンデッドの事が、理解できた。

「あとの、アンデッドの説明は、二階の休憩室に到着してからにしようか」

「よし、少し待っててくれ。私が斥候に出る」

「ミルデア、頼む」

ジャンさんに、うむと答え、ミルデアさんは静かに、崩壊した門を潜って行った。

 

妙に、少し冷える。何だろうな、墓場から漂ってくる冷気……なのか?

羽織っているマントの襟を寄せ、フードを被る。

メルデオ商会で購入したマント。撥水性が高く手入れが簡単で、保温性も悪くないという事で購入したものだ。

メルデオさんのお嬢さんが、着せかえを企もうとしたので即刻、濃い灰色に決めた。

 

ミルデアさんが戻ってきた。報告によると、スケルトン二体が祠近くを、うろついているだけだと言う。

「よし、陽が明るい内に入るか。クレイドル、二人でスケルトンを始末しよう。ミルデア、レンケイン、周囲の警戒頼む」

ミルデアさん、レンケインさんが頷く。

よし、スケルトン相手なら、俺のスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)で事足りる。

「バトルアクス、使うまでもありません。スケルトンキラーで充分です」

「スケルトン、キラー?」

 

二体のスケルトンは素手。ジャンさんと、あっさり始末した。魔石もきっちりと回収した。

「少年、スケルトンキラーとは何だ?」

「クレイドル君。そのショートソード、何だって?」

「……気にしないで下さい」

フードを目深に被る。スケルトンキラーは、スケルトンキラーなのだ……。

 

階段を降り、静寂の祠に足を踏み入れる。思わず、声が出た。

「おお……」

なかなかに広い。思ったよりも暗くなく、薄明るい。さすがに奥までは見えない。柱が幾つも並び立ち、天井を支えている。左右の壁際、骨壺と遺灰壺が納められている棚が無数にある。

先頭を行くは、斥候担当のミルデアさん。少し離れて、ジャンさんと俺。その背後に、レンケインさん。

一階、広い霊廟。小部屋がある訳でもない。ただ広い空間。骨壺が納められている壁……先頭を行くミルデアさんが立ち止まり、腕を前方に指し示す……。

太い影三体。のそりのそり、と近づいて来る。

「ダストス、だな。なかなか力強いが動きは単純だ……クレイドル、一人でやってみるか?」

「……バトルアクス、使います」

ダストス。ずんぐりとした体型。やや幅広く、身長は高くない。少々、堅いんだっけか……。

よし……やってみるか。

ジャンさん、ミルデアさん、レンケインさんもいる。うん、頼りにしよう。

「行きます……!」

 

バトルアクスを肩担ぎにして、ずんぐり体型のアンデッドに向けて走る─先頭のダストス目掛けて、飛び掛かる─ダストスの顔を見た。

ぽかりと空いた、目と口の黒い空間。頭部目掛け─バトルアクスを、打ち降ろす─ざぶり─頭部から、胴体までを断ち砕く感触。

バトルアクスを横構えにして、二体目のダストスに向けて、薙ぎ払いを打ち込む─ざぶり─同じ感触。胴体を断ち砕く感触。

ぼああぁぁ~、と声を発する、三体目のダストス。

掴みかかる様な動きを見せるが─遅いな、遅い。

やはり、同じく胴を薙ぎ倒す。三体のダストスが、バラバラと土塊に戻る……。

「ふむ。まあ、この程度のアンデッドなら、少年でも、どうとでもなるか」

「うん。そうだねえ。体持ちの低級アンデッドならば、大丈夫だろうねえ」

「よし、悪くないな。魔石を回収して二階に降りるか」

ふうっ、と息を吐く。対アンデッドは、まあ初めてじゃないが……うん、あのダストス。正直いって気味悪かった。

あの灰色の体付きとずんぐりとした体型。ぽっかりと黒く空いた、目鼻立ち。

気味悪かったなアレ、慣れるのに少しかかるだろうな。

あとは、アシャーかあ……どうだろうなあ。

アンデッドは生きる者に対して、敵対心というか憎悪に似たものをぶつけて来るって、感じ何だよなあ……ううむ……。

 

広い広場。壁に居並ぶ骨壺と遺灰壺。そこから出現するアンデッド……理屈は無いんだろうな。

「気配は、もう感じない。二階に降りようか」

ミルデアさんの言葉に、ジャンさんが頷く。

レンケインさんは、自然体で後方の警戒をしている。

いや、さすが……ベテランの心強さってのは本当に凄いな。

「クレイドル、こっちだ」

ジャンさんの声。バトルアクスを担ぎ直し、後を追う。

霊体相手なら、どうなるだろうか……ラーディスさんが対霊の補強をしてくれた効果はどれ程のものか。まあ、疑う事はない。うん。




故・西村賢太さんの言葉。
「作風と心中する覚悟」凄く無いですか?
なかなか言えないでしょう、これ。


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第24話 静寂の祠 厄介な不死者と霊体

優しき人なるか ならば 子を返そうか
‘’赤輪車の伝承‘’

幽かに瞬く 導く火は 死体沈む沼地へと
‘’屍火の沼地‘’


静寂の祠、二階。一階と雰囲気は変わらず。

広場両側の壁際には、骨壺と遺灰壺。少し違うのは、広場のあちこちに小部屋がある事だ。

「ああ、礼拝室だね。もっとも今は、ただの小部屋だよ。昔は棺が安置されていたけれど、皆、撤去されてる」

「半々の確率で、アンデッドの巣窟になっている。いなければ、そこは安全地点だ」

レンケインさんとジャンさんの説明を受ける。

そういえば、異世界知識の発動は無かったな。発動の規則性が分からん。

今現在、一階を繋ぐ階段近くで、待機中。

斥候のミルデアさん待ちだが……少し、遅い気がする。

「妙な、雰囲気ですね」

スンスンと、鼻を鳴らすレンケインさん。獣人特有の嗅覚が効いたのか……。

「だ、な……静かすぎる」

チキ、とレイピアの鯉口を切るジャンさん。

 

「ちょっと面倒だ。炎渦車(えんかしゃ)がいる」

戻ってきたミルデアさんが、いかにも面倒そうにいい、ごきり、と首を鳴らし、ふんすっ、と鼻も鳴らす。

「二階で出現かあ、珍しいな……クレイドル君は後方に回して、ジャンさんとミルデアさんが前衛に立って、一気に潰すのがいいと思いますが」

レンケインさんの意見。まあ、陣立てには口を挟まないけど……俺が後衛なのは何ゆえ?

「他の気配は感じない。おそらく、炎渦車を始末したら、この階層は安全地帯になるだろう」

ミルデアさんがいう。ジャンさんが、しばし考える──。

「レンケインの意見、良しだな。クレイドル、俺達の後ろに付け。レンケイン、クレイドルの側についてやれ。補助を頼む」

頷くレンケインさん。ジャンさんとミルデアさんが、横並びになる。

「クレイドル君、僕の後ろに付いて。あと、フェイスガードはしっかり下げておいて。理由は後から話すから」

改めて、フェイスガードを引き下げる。ついでに、フードを目深に降ろす。

 

しばし進むと、ガラガラガラと音が聞こえてきた。同時に、熱気とともに明るさ──大袈裟にいうなら、キャンプファイヤーの様な炎の熱気と明るさ──。

ちらりと顔を上げ、熱気と明るさの元を見る。

うおおぉぉ──見なければよかった。

炎を纏った大きな車輪。体高二メートル近くはある車輪。

それだけならともかく─車輪の上に、半裸で、髪を振り乱す女性。下半身は炎の車輪。

炎の車輪がガラガラと、円を描きながら広場を回っている。

ジャアッ、とジャンさんがレイピアを振るい、旋風を送り込んだ。

強襲。渦巻く旋風に車輪の炎が散る。ミルデアさんが即座に駆け寄り、炎が消えた車輪に短槍を叩き付ける。

ぐらり、と車輪が傾く。ジャンさんが再び、旋風をまとわせたレイピアで突き、裂く。

半裸の女体が、もがきながら逃げ出そうとするも、ミルデアさんがそれを許さないかのように攻め立てる──唐突に、車輪が沈んだ。車輪が半分ほど地に沈む。レンケインさんの土魔術か。

がくん、と女の体が前のめりになった、瞬間。ミルデアさんが、槍の穂先を胸に突き立て、素早く引き抜く、と同時にジャンさんのレイピアから放たれた、疾風の刃が女の喉を深く切り裂いた。

女がグニャリと前のめりになり、ガダンと車輪ごと横倒しになった──。

女の体と車輪が、ボソボソと崩れさっていくのを、ぼんやりと見つめる。

速攻戦、だったな……連携、凄いな。さすがベテランやでぇ。

 

炎渦車、なかなかに厄介なアンデッドらしい。

本来なら、五階層で出現する事があるらしく、二階で出現するのは、珍しいとの事だ。

いや、それより何故、俺が後方に下がらなければいけなかったのか、知っておきたいが……。

レンケインさんは、炎渦車の灰塵をバサバサと漁っている。よく触れるな……。

「そういえば少年。何故君を背後に下がらせたか、説明しようか?」

「あ、はい。ぜひ良ければ」

「うむ。さっきの炎渦車だがな、あれは子供を拐うアンデッドだ。人里近くに出現しようものなら、土地を治める領主がすぐさま、討伐依頼、もしくは衛兵を出動させるほどだ」

干し果物を、口に放りこむミルデアさん。

「特に、見目麗しい子を好んで拐うそうだ」

ジャンさんの補足……。

「そういう事だ。少年を見たら、真っ先に向かって来たろうな」

ヒィッ……怖い……。

「そうなったら、君を守りながら戦う事になっただろうからね。それだと難易度が上がる」

炎渦車の残骸から回収した魔石を、嬉しそうに掲げながら、レンケインさんがいう。

火属性と土属性の魔石、二つ入手したと喜んでいた。なんだかなあ……。

 

アンデッドが居ない礼拝室で、しばしの休息。 回収した魔石を選り分けながら、軽食を取る。

干し果物、干し肉。レンケインさんが、小鍋で湯を沸かす。小型の魔道具コンロ。便利だな。

「少し温めがいいんだよ。温かい食事は気力を保つからね。特に野営はね」

沸く直前の鍋に、乾燥豆と野菜のスープを放り込むレンケインさん。基本的な野営食のやり方らしい。

木の小皿に、一口大のビスケット八枚。一人二枚。これも栄養食。薄甘い味。

干し果物、干し肉、ビスケットに乾燥スープ。

こういうのでいいのか。うん。悪くない。

木のカップによそわれた乾燥スープを、ゆっくりと啜る。乾燥スープとビスケット。皿とカップは、レンケインさんが人数分持ち込んだものだ。

それらはレンケインさん担当だといってたな。

 

「さてと、どうする? 五階踏破するか、それともキリの良いとこで、引き返すか?」

ジャンさんが、懐から懐中時計を確認しながらいう。おお、懐中時計なんて持っているのか。

ジャンさんらしいな……この時代、懐中時計あるのか……先人か、先人の転生者の仕業か!

「いい、時計ですね」

思わず言っていた。銀細工の品のいい感じの時計。渋いな。

「うん? これか。中級に上がった時、記念に買ったんだ。安くなかったがな」

「ふむ。霊体と今だ対峙していないからな。少年に対アンデッドを経験させるのが、今回の目的だからな。対霊体を経験させねば」

対霊体か……ここに来る前に、ラーディスさんに所持武器に、一時的な魔力属性を付与してもらったんだった。効き目は、約一日だそうだ。

術を使用出来ない俺とミルデアさんの武器に、単純な魔力属性を付与してくれた。

ジャンさんとレンケインさんは、術を行使できるからな。

「対霊体には、これで充分だ。普通にバッサリ斬ったり叩いたり、突いたり出来る」

とは、ラーディスさんの言葉。

「まだ時間は早いな。昼前といった所だ。夕暮れ前には、出る事を考えておこう」

懐中時計をしまうジャンさん。城塞都市を出たのが、夜明け丁度。いいくらいの時間だったのかな。

「礼拝室、片っ端から開いて霊体を引きずり出すというやり方もあるが、災禍車倒した影響で下級のアンデッドは、この階層ではしばらく出現しないぞ」

「もう少し休んで、三階に降りましょうか」

レンケインさんの発言に、頷くジャンさんとミルデアさん。

「俺も、大丈夫です」

「そうするか。各自、装備の再確認。急ぐ理由はないからな」

 

三階に到達。ここからは基本、体無きアンデッドの巣窟だそうだ。階層の造りは同じ。壁際の骨壺、遺灰壺。各所にある礼拝室。

「五階までの造りは同じなんですか?」

「変わらないね。ただ一つ違うのは、五階の奥に、礼拝室よりも一回りほど大きな部屋があるんだよ。ただそれだけ。強力なアンデッドなんか居ないんだよね」

体無きアンデッド、霊体かあ……水を叩いたような感触だと、ギルドの先輩達から聞いたな。

物理のみで倒すには、ひたすら斬り、叩き続ける。対策が無ければ、ただただ面倒──。

「霊体との戦い次第で、引き上げようと思うんだが、どう思う?」

ジャンさんが言う。この静寂の祠、大した回収品は見込めないとの事。各所の礼拝室も、他のダンジョンとは違い、たまに出現する宝箱も、確率がかなり低いとの事らしい。

「そう、ですね……あくまで今回の目的は、クレイドル君の経験のためですからね」

ベテラン三人組。俺の訓練に長々と付き合わせるのは、少々心苦しいんだよな……でもそれを言ったらどうなるか易々と想像はつく……ううむ。

「少なくとも、霊体戦は経験しておきたいと思います」

「確かに。本来の目的は、それだからな……少年、何か遠慮してないよな?」

うっ……勘長けているなミルデアさん……。

「いえ、違います。その、アンデッドが、少し苦手になりそうなので」

「まあ、いい。さっきも言ったが、夕暮れ前に出る事を考えて、さっさと済ませよう」

 

礼拝室を片っ端から開いてみようというミルデアさんの提案を、ジャンさんとレンケインさんがやんわりとたしなめた。

取り立てて、急がなくともいいというのが二人の意見だった。

そして、いつも通りというべきか、ミルデアさんが斥候に出向く。

 

ミルデアさんが戻ってきた……何か、妙にうきうきしてないか……?

「居たぞ! 珍しいのが! 屍鬼火だ!」

し、しきび? なにそれ、何か怖い!

ミルデアさんの背後から、ゆらりゆらりと、一抱えほどの火の玉が近付いてくる……。

「珍しいな、ここで出現するのか……」

ジャンさんが、驚きと呆れ半分の声を上げる。

「へ~え……ここで、かあ……」

レンケインさんも同様の声を上げる。

「何で、ミルデアさん喜んでいるんです?」

「あの火の玉、屍鬼火といってね、複数の属性持ちなんだ。つまり魔石を沢山落とす。場合によっては、宝石類もね」

「要するに、儲け話がやって来たって事で浮かれているんだ」

「少年、しっかり始末するんだ。君なら出来るからな」

むふう、と鼻息荒くミルデアさんが言う。

ゆらり、ゆうらりと近付いてくる屍鬼火。

何か、釈然としない……大丈夫だ。やれる。落ち着いて対処するんだ……ジャンさん達の声援を受け、ゆらゆら揺れる屍鬼火の前に立つ。

手にするはバトルアクス──よし……。



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第25話 静寂の祠 対スケルトン再び




 

屍鬼火を呆気なく蹴散らした。様子見のつもりで、バトルアクスで薙いだところ……バシャリと手応え。水を弾いた様な感触。それで、終わりだった。

バラバラと、複数の魔石がきらめきながら、地面に落ちた──ええ……拍子抜けというか何というか……背後のジャンさん達を振り返る。

「まあ、何事もなく済んでよかったな」

「ふむ。両手持ち武器で、距離が離れていたからな。厄介な攻撃を受けずに済んだか」

「そうですねえ。一瞬で勝負が着いてよかったですね。長引いたら厄介だった」

三人が、妙に不穏な会話をしている。何ぞ?

うわっ……くっさ! 何だこの臭い!? 屍鬼火のいた場所から臭うのは……腐敗臭、墓場の臭い?

「あの、厄介とは?」

「ああ。屍鬼火は、触れた相手に様々な状態異常を引き起こす、厄介なアンデッドなんだ」

「普通なら、ただの鬼火と一緒に出現するのだけど、今回は珍しく単体でやって来た。鬼火は大した事はないんだけど、屍鬼火と鬼火は、ほとんど見分けが付かないので、厄介なんだよ」

「まあ、上手くやったな。少年」

はっはっはっ、と笑う先輩達。解せぬ。

 

「浄化しておきましょう。魔石も回収して……おお? これは……宝石の原石ですね。屍鬼火らしい回収品ですねえ」

「ふむ。宝石も出たか。当たりだな」

魔石多数に宝石の原石。それって……どういう事に、なるんだろうか?

「魔石はともかく、宝石の原石は、中々な値段がつく可能性があるんだよ」

なるほどな。冒険者からしたら、中々の収入源になるのか。覚えておこう。

「ふむ。少し偵察しておこうか。皆、待機していてくれ」

「その前に、安全な礼拝室を探そう。クレイドル、一緒に来てくれ。ミルデア、レンケイン、周囲の警戒を頼む」

頷く、ミルデアさんとレンケインさん。

 

礼拝室で小休止となった。軽くビスケットと干し果物だけで済ませる。

うん。この程度でいいな。軽食が済むと、ミルデアさんが斥候に出掛けた。

レンケインさんは、回収した魔石と宝石の原石を改めて浄化した。

「浄化はねえ、便利だよ。何しろ‘’風呂要らず‘’っていわれるくらいだからねえ」

「浄化を使える奴がパーティ内にいると居ないとでは、だいぶ変わる。常時、身の回りを清潔にしていれば、それだけで体調不良が改善されるからな」

ううむ、確かに。前にレンケインさんにも言われたな。生活魔法、浄化の利便性について。

ラーディスさんから受けている、魔力制御がある程度出来るようになったら、改めてそれらの教えを受けるという話をしたな……。

いきなり礼拝室の扉が開かれた。ミルデアさんだ。

ビクッ、と体がすくむ。場所が場所だけに、そういうのは、止めていただきたい……。

「武装スケルトンだ。数、十体。指揮官クラスはいない。盾兵だ。隊列が整っている。前後、五体ずつだ」

「隊列か……兵士クラス、だな」

「ふうん……補助は任せて下さい。後衛の動きを阻みます」

「武装は、胴鎧に盾と剣だ。具足も、着けている」

レンケインさんとミルデアさんがいう。

「よし、殲滅だな。クレイドル、やろうか」

「武装スケルトンかあ。鎧に盾、具足装備ならば、なかなかに手強いだろうねえ」

「前衛、俺とクレイドル。中衛ミルデア、後衛は、レンケイン……補助を頼むぞ」

「任せて下さい」

むふう、と唸るレンケインさん。 おおう、頼もしいな。よし……スケルトンか。俺のスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)が、唸るだろう。

 

「手強いと言っただろうが! 盾捌きに気をつけろ!」

バトルアクスの薙ぎ払いを、盾で受け流されて、体が泳いだ。

おおう!? がっしりとした手応え─と同時にぐうっ─と受け流された。

地を蹴り、前のめりに逃げる。膝立ちになり、バトルアクスを横構えにして、武装スケルトンを見る。

すでに、数体の武装スケルトンがバラバラになって地に、散らばっている。しかし──。

カタカタと体を揺らし、盾を構えながら剣をくるりと回す、武装スケルトン。

こいつ、普通じゃないな……。

「クレイドル君。その武装スケルトン、手練れだ」

「他の連中は私達が引き受ける。その武装スケルトンは少年が……始末しろ」

バトルアクスを構え、盾持ちスケルトンを見るが、隙がない様に見える……バトルアクスを大きく振りかぶる。両手武器の構えとしては、よくはない……さて、盾持ちスケルトンは、どう反応するか──腰を落とし、身構える武装スケルトンが、じりじりと近付いてくる……よし……。

ずうっと、息を吸う。そして……おりゃっ。

 

両手武器の投擲。普通なら、やらない。

そもそも、主武器の投擲など考えない。それを躊躇わず、やった。アンデッドさえ驚くだろう。

飛んで来たバトルアクスを避ける事も、防ぐ事もなく、まともに直撃した。バトルアクスの直撃をくらった武装スケルトンは、そのまま崩れ落ちた……。

 

スケルトンキラーの鯉口をきったが……バトルアクスの直撃を受けた武装スケルトンは、崩れ落ちた。

周囲の武装スケルトンは皆、骸と化していた。

ふうっ、と息を吐く。武装スケルトン、強し。

スケルトンキラーの出番はなかったか……。

「こんなとこか? 今日の所は」

「そう……だな。対アンデッドは、充分だと思うが」

「予想以上に稼げましたから、ここら辺が潮時だと、思いますねえ」

三人がいうなら、ここらが退き時だろうな。うん、いい経験させて貰った……。

「帰りましょう。いい経験させて貰いました」

ふむ。とジャンさん達が頷く。

「よし、戻るか。丁度、夕暮れ近くだ」

「鶏源亭に行こう。鶏煮込みそばが、美味いんだ」

「本当に好きですねえ、鶏源亭」

あっはっは、と笑うジャンさん達。頼もしいなあ……鶏そば、美味いからな。ネギ多めがいいんだ。



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幕間 集う冒険者達⑤ 朱き風メイギス

コツリ、とギルド内に杖をついて入って来た(あか)いローブ姿の女性。ギルドのカウンター、真正面にいるダルガンデスに、物怖じせずに向かって行く。

書類仕事中のダルガンデスが顔を上げる。しばし、朱いローブの女と見つめ合う。

ギルド内の空気が、張りつめる──最初に口を開いたのは、朱いローブの女だった。

「ラーディス様が、来ていますよね?」

「おう。来てるぜ……朱き風のメイギス。面ぁ見せるのは、久しぶりだなあ」

朱いローブの女が、フードを取り払う。

深紅の豊かな髪。眉、長い睫毛、唇も、深紅。銀色の瞳が、妖しく瞬いている。美しさと、異相が両立した面立ち──切れ長の眼で、ダルガンデスを見つめる。

「おめえさんが、来るたぁ聞いてねえがなあ」

「私は、魔導士です」

ふふん、とダルガンデスが、笑う。

「んで、何の用だい?」

「ラーディス様が、ここに来ている。それだけで充分では?」

会話に、なっていない。

「ラーディスはよ、新人を鍛えてる最中だ。訓練所に行ってみな」

朱いローブの女の銀色の瞳が、ぎらと光る。

 

魔力制御。循環のイメージは何となく出来た。

行雲流水の如く……雲は行き川は流れるか。体内をゆっくりと静かに……巡る何か。なるほどな、これが魔力……うん……目眩と共に、意識が──

 

「あ。眼が覚めたかい」

レンケインさんが、顔を覗き込んでいた。

「魔力枯渇だな。少しづつ、魔力制御が長く続くようになってきてるな。ふむ……魔力の容量も確実に増えている──たわけ」

ラーディスさんが濃い灰色の杖を、ドンッと地面に打ち付ける。ビシリ、と何かが砕ける音がした。

妙な気配。上半身を起こし、ぼんやりと周囲を見回す。

深紅、いや朱いローブ姿の女性が立っていた。ちらりとローブの裏地が見えた。純白。妙な恐ろしさを感じた。何だろうな……。

 

朱いローブ。目鼻立ちの整った女性。深紅の豊かな髪、眉、長い睫毛に唇。美人ではあるが、異相……といった方がいい容貌。年齢は──二十歳くらいか?

美しさよりも、異相が目立つ女性。すらりとした、長身でバランスのいい体型。

黒灰色の杖を携えている……ちょっと、怖い感じだな。油断できないタイプだ……。

 

さっきの、ラーディスさんのやり取りは何だったんだろうか? 衝撃音のような音は……?

「メイギス、魔都からの帰りか?」

朱いローブ姿の女性は、ラーディスさんの質問に答える事なく──真っ直ぐに、俺の所に向かって来た。眼が……ヤバい。これはヤバい人だ。

「弟子、なの? ラーディス様の新しい弟子、なの?」

興奮気味の無表情。真っ直ぐな目付き。瞬く事の無い目──無表情。キマった目。ヤバい……!

「弟子じゃない。もう弟子は取らないと言っているだろうが。彼には魔力制御を教えているだけだ。落ち着け」

ラーディスさんの言葉に、朱いローブの女性が深呼吸をする。

「そう、ですか。そうですよね……ふふっ」

先ほどの興奮が一気に消え、ぽつり、と囁き笑う。何か嬉しそうだが……いや、怖いな。怖いぞ。

「ああ、こいつは私の弟子でメイギスという。ちなみに、さっきの衝撃音は、こいつが私を試すつもりで仕掛けてきたやつだ。気にするな」

師匠である、ラーディスさんに何を仕掛けたのかは、聞かなかった。怖いから。

「初めまして、メイギスです」

にこりと、手を差し出してくるメイギスさん。

ふわりとした感触……微笑みが、怖い。

 

先のダンジョン探索。静寂の祠での経験はいい経験になった。というか、実入りは中々のものだった。入手した土属性の魔石の半分は、レンケインさんの取り分となり、火属性の魔石はラーディスさんが買い取ってくれた。

宝石の原石は、メルデオさんの所に持ち込んだ所、相当な騒ぎになったそうだ。

 

「あの原石、想像以上の収入になったぞ。珍しいブラックルビーの原石だそうだ」

ジャンさんが言い、ミルデアさんが頷く。

あの原石、赤黒くて不気味だったが……そんなに珍しい物だったのか。

分け前の話を聞いて、驚いた。いや、小金持ちっていうレベルじゃなかった。少なくとも、持ち歩くような金額じゃなかったので、冒険者ギルドに口座を作る事になった。

まだ、正式な冒険者登録を済ませていないので、口座を作れるのだろうかと気になったが、大丈夫との事だった。

「将来設計の為に口座は必須です! 商人ギルドとは違い、利子は付きませんが鍛冶屋、雑貨店等での買い物時、口座からの払いをする事で、何かしらの特典が付きます! 店によって違いますが! 将来の為に、口座は必須です!!」

お、おう……ジェミアさんが、勢いよく早口で捲し立ててきた。

「冒険者登録は、関係ありません!口座を作って下さい!それで事足りますから!」

むふう、と詰め寄るように迫ってくるジェミアさん。おおう……それで、いいのか……。

ダルガンさんが頷くのが見えた。ジェミアさんの、将来設計の下りが強く響いたのが印象的だったな……何だったんだよ、あれ。

昼食後は、体術訓練だ。体術訓練……か。



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第26話 唐揚げと魔力制御

まだまだ続くよ!
訓練、修行パート!
Ψ(`∀´)Ψケケケ



 

 

前蹴り。当たらない。間合いを完全に見切られている。ローキック。左、右、当たらない。

蹴り足の長さを、把握されているのか──敢えて大振りの、総合格闘の選手が時々放つ、当たればよかろうパンチを、放った。無論、フェイントだ。避けられる事前提のパンチ。そして、タックル! 片足を捕らえた! そのまま─トンッ。

「あ~ダメだ」「隙だらけだ」

見学中の、マーカスさんとジャンさんの声と、後頭部への衝撃は、どっちが先だっただろうか──

「大した事ないね。ただ後頭部、手のひらで軽く叩かれただけだから」

治癒をしてくれるレンケインさんが言う。

それだけで、完全に失神したらしい。

「まあ、体捌きは、なかなか上達しているぞ」

長椅子に腰掛けながら、ラーディスさんが言う。

いつもの様に、煙管をくゆらせているラーディスさん。相変わらず、どこからともなく出した煙草盆。すぐ隣に、当たり前の様にメイギスさんが座っていた。何か眠そうな表情だ。何ぞ?

 

妙に釈然としないまま、体術訓練を終えた。

休憩の後は、盾と両手武器の訓練。明日は、休みになる。街に出るか。それとも午前か午後に、誰かに訓練をお願いしようか……。

「クレイドル、夕飯何かリクエストあるか?」

マーカスさんに尋ねられた。

リクエスト、かあ~。マーカスさんの食事に不満を感じた事は、一度も無い。美味しさと栄養バランスが良く調えられた食事だと、いつも思っている。

ん、そうだな……リクエストか。あ、そうだ。

「揚げ物は、出来ますか?」

「んん? そういや、揚げ物はやってなかったな。新人がそれなりにいるんだったら、揚げ物はやってたんだが、お前一人だしな。ふむ、鶏揚げでもやるかあ。ジャン達もいるしな。よし、久しぶりにやるか。まあ、楽しみにしてろ。鶏揚げなら、米だな」

おお。言ってみるもんだな。唐揚げに米か。前世を思い出す。チリソース掛け、ニンニク醤油ダレ等……単純に塩ダレもいいな。さて、この世界ではどういう事になるだろうか……うわ、楽しみだ。マーカスさん、期待します!

 

「少年、攻撃が単純すぎる」

バトルアクスの薙ぎ払いを、あっさりと小盾で弾きながら、受け流すミルデアさん。

どん、と胴を短槍で薙ぎ払ってきた。

ぐう、とうずくまる。盾の扱いが上手い。巧みといった方が、いいだろうか。

「こんなものだろう。悪くはないがな、もう少し、実戦を経験した方がいいかな」

実戦経験は、馬鹿にならないという事だな。ううむ、先は長いなあ……。

「よし、次は盾の訓練か。体力は大丈夫か?」

ヒュヒュッ、と愛用のレイピアを器用に、廻しながらジャンさんがいう。

いつ頃からか、ミルデアさんとジャンさんの武器は、真剣になっていた。何の、不満も無い。

「大丈夫です」

深呼吸、二つ。充分だ。盾を構え、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)をジャンさんに向ける。

「いい面構えだ……行くぞ」

独特のステップで、素早く近付いてくるジャンさん。

ヒュゥッと、レイピアが斜め上段から、振り下ろされて来た──

 

ショートソードでレイピアを弾き、踏み込むクレイドル。盾を前面に構え、体当たりを試みるもそれを読んでいたジャンベールが、一歩下がる。

ふうむ。やはり面白いな、前衛の訓練は。

「ふふん」

思わず、笑みが漏れる。新人の訓練が楽しいのだろうな。ミルデアもジャンベールもレンケイン君も、楽しんでいる。

ふう~、と煙管を吹かす。ふうわりと、煙が空に溶けていく……。

「ラーディス様。帝都には?」

メイギスの声。寄り添う様に横に座る、弟子。

「そうだな……もう三、四日したら戻るか。クレイドル君に、もう少し魔力制御を教えておきたい」

「……少し、妙な子ですね。あのクレイドル君は……私が魔力制御を、引き受けましょうか?」

「いや、すぐに帝都に戻るからな、俺が引き続き彼の魔力制御を訓練する……彼は普通じゃないぞ、その理由は……後から説明してやる」

銀色の瞳で、おのが師を見つめる朱色の女。

「普通……じゃない、ですか……ふふっ」

深紅の唇に笑みが浮かぶ。

 

戦闘訓練が終わった。ふう、と一息ついていると、ラーディスさんに浄化をかけられ、汗を落とされた。

「魔力制御に入ろうか。どうだ?」

夕食までは、まだまだ時間はある……よし、受けよう。唐揚げが俺の士気を上げている。唐揚げだけに!

 

昏倒。気付くと、ラーディスさんが目の前に。

「さて、もう一度だ。夕食まではまだまだ時間はあるぞ。はい、集中」

ラーディスさんが、魔力を流し込んでくる。

ずうっ、と体の中に圧力。この圧力に抵抗する事も、魔力制御の訓練になるそうだ。

この圧力を押し返しつつ、包み込むイメージを強く、持つ──



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第27話 港町ハルベルトリバー 鎚矛の大河亭

 

 

「城塞都市から、南西に港町がある。馬車で小一時間ほどの距離なんだが、行ってみないか?」

魔力制御の訓練を終えての、食事中。ジャンさんが聞いてきた。

「ハルベルトリバーか。少年、あそこの大河は見る価値あるぞ」

ザクバリ、と唐揚げを噛みながらミルデアさんがいう。豪快に食べるな……いや美味い、この鶏唐揚げ。下味を丁寧に付け、二度揚げしたとの事だ。タレは、控え目のニンニクソース。

付け合わせは、玉葱と大根のサラダ。汁物はニンジンとキャベツのスープ。そして、米。

いや、ホント美味い。恵まれてるな、俺は。

 

「ハルベルトリバー、か。あそこのダンジョン何といったか……さざ波の洞穴だっけか?」

食事を終えたラーディスさんが、茶を啜る。

「もう、一ヶ所、蠱虫の洞窟(こちゅうのどうくつ)ですね」

二杯目のスープを飲み終えたメイギスさん。

ラーディスさんとメイギスさん、かなり食べるんだよな。マーカスさん曰く、一流の魔術師は食う、相当に食う、との事だ。

 

「さざ波が水棲の魔獣系で、蠱虫が虫系でしたね」

レンケインさんが、上品に口を拭いながら言った。レンケインさんのカップに茶を注ぐ、マーカスさん。

「行くんだったら、魚介料理食ってきな。城塞都市じゃ、そうは味わえないぞ」

「何か、依頼が出ていたらついでに済ませてもいいな」

ジャンさんがいう。それを聞いたマーカスさんが、言った。

「依頼ってほどにはならないが、ちょっと頼みたい事がある。魚の干物を買ってきてくれないか。ちゃんと報酬は出すからよ」

魚の干物か。そういえば、ここ城塞都市で魚を食べてないな……前世、日本人としては魚を食べたい。鳥刺しは食べたが、やはり魚だ。

「その港町で、生魚食べられます?」

思わず、聞いていた……一瞬の沈黙。ふふっ、とメイギスさんが笑う。何ぞ?

「生魚が食べられる場所は少ない。帝都領ではハルベルトリバー、グレイオウル領、帝都……ぐらいかな。それ以外では暗黒都市ダーンシルヴァス、くらいだな」

ラーディスさんが、何か嬉しそうにいう。

「帝都の港区の食堂には、いい生魚料理を出す所がある。赤身魚、青魚、タコ、イカ、たっぷりの玉葱、大根の生野菜を乗せ、甘酢をかけ回した物が絶品だ」

おお……いいな。マリネか! 港町ハルベルトリバー、行くべしだな。

「嬉しそうだな、少年。私達リザードマンは、体質的に魚介類を普通に生で食えるが、やはり味気無い。生料理を試行錯誤している料理人も、少なからずいるんだ」

ミルデアさんの発言には、説得力があった。ワサビや生姜は、流通しているのだろうか?

ワサビは、欲しいなあ……。

「山葵がもう少し、生産出来ればいいんだが。グレイオウル領で香草として、試行錯誤中でね」

ワサビあった!! ラーディスさんの言葉に食い付いてしまう。抑えろ、抑えるんだっ!ワサビ欲を……くっ。

「ワサビ……というのは、高いんですか?」

「高いというより、あまり一般的じゃないな。一部の好事家と料理人が、執着しているという感じだ。私の父上が領の特産品にするべく、頑張っているがね」

 

ワサビについては、綺麗な水は必須だと思います。等の助言をしようかな、と思ったのだが、ラーディスさんのいうグレイオウル領は、名水で有名な観光名所だと聞いて、余計な事をいうのは止めた。いつかは、ワサビの生産地になって欲しいものだ……ちなみに、生姜は普通に出回っているそうだ。ふむ。

 

結局、明日はハルベルトリバーに向かう事になった。面子は俺、ジャンさん、ミルデアさんにレンケインさんだ。ラーディスさんとメイギスさんは、用があるからと、参加しなかった。

飯を作る相手が、いなくなるなあとマーカスさんが落ち込みそうになったが、ラーディスさんが食事を頼みますといい、気分が回復していた。

 

早朝、顔を洗い。身支度をする。相変わらず、自分の顔には納得いかない──邪神め!

朝食後に、ハルベルトリバーに出発する事になった。

パン、焦げ目の付いたソーセージ、半熟目玉焼きに、玉葱のスープ。酢漬け野菜は白菜。

文句の無い朝食。皆で食べる食事は、美味い。

 

ハルベルトリバーに向かう馬車の中。六人掛けの馬車の車中は、思ったより広い。余裕を持って造られているんだろうか。

馬車に乗るのは初めてなんだが、意外と悪くない。街道が舗装されているからだろうか。

それと馬車も、何かしらの改良がされているのだろうな……いや、快適といってもいい。

「あの」

同乗していた客に話し掛けられた。妙齢の淑女然とした、身なりのいい女性。お付きの人だろうか、同じく妙齢の女性が付いている。

「あの……ハルベルトリバーに向かっているのですか?」

おずおずとした感じで、話し掛けてきている。

「ああ……はい、そうです」

「あの……お見受けした、ところ」

ちらり、ジャンさん達の様子を、伺うような素振りを見せる、淑女さん。

「あなたも、冒険者なのですか?」

うん? 何だろうな、その質問。ジャンさん達の様子といえば──レンケインさんは本を読んでいるし、ミルデアさんは首飾りを磨いてる。

ジャンさんは、窓に寄りかかり寝ている。額を引っ付けて。首痛くなりますよ……。

「ええ、そうです。と言ってもまだ、見習いですが」

何故そんな事聞くのか? と思ったが、ああそうか。俺、普段着だ。メルデオさんとこで購入した。濃い朱色の上下だ。七部袖に長ズボン。

ジャンさん達は、防具を着込んでいる。それでそんな質問か。バトルアクスとスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)。武器と防具は、馬車の荷台に置いている。

「まあ……そう、ですの。お宿の方は、もう決まって?」

宿、か。中宿の……どこを取ると言ってたっけか?

「聞いてはいたのですが、ちょっと、忘れまして……」

鎚矛の大河亭(つちほこのたいがてい)だよ、クレイドル君。中宿だけどね、歴史が古い。城塞都市が街の頃から続く、老舗だよ」

レンケインさんが本から顔を上げ、答える。

「いい宿だ。伊達に老舗では無い。少年が興味を見せた、生魚の料理も幾つか、扱っていたはずだ」

磨いた首飾りを眺めながら、ミルデアさんがいう。黒い革ひもに括られた、手のひらに乗るくらいの、鱗状の物。

窓に、額を引っ付けたまま寝入っているジャンさんが、ふぐう、と鳴いた。

「あら、まぁまぁ、鎚矛亭へのお泊まりなのですか!?」

淑女さんが声を上げる。ビクッ、とジャンさんが肩を動かした。

 

淑女さんは、その鎚矛の大河亭のオーナーらしい。四人分の部屋を取る事は簡単だと言ってくれた──だけではなく。何と招待客として迎え入れてくれるという。いや、それはさすがに……。

「本当に、いいのですか?」

レンケインさんがいう。ええ、ええ。と淑女さんが微笑みながらいう。

「これもご縁というものですから是非とも」

早口で捲し立てる、淑女さん。俺をチラチラ見るのは、止めて頂きたい……。

「お言葉に、甘えておこうか少年。本当にいい宿だぞ、鎚矛の大河亭は」

お、おおう……ミルデアさんまで。

淑女さんの名前は、メイナーラさんとの事だ。結構早くに旦那さんを無くして以来、女手一つで子供を育てた人だそうだ。ご年齢は三十と少し、との事……ちなみに、これらの話はレンケインさんの会話術で、引き出されたものだ。

レンケインさんの話術、恐るべし……!

ちなみに、このやり取りの間、ジャンさんはずっと寝ていた。

 

「よっし……着いたか。首が凝ってるな」

首筋を揉みながら、ジャンさんがいう。あんな態勢で寝ていたら、そうだろうな。

「ジャン、鎚矛亭は取れたぞ」

ミルデアさんが、荷台から荷を下ろしながらいう。うん? という表情のジャンさんにレンケインさんが言い放つ。

「たまたま乗り合わせた、鎚矛の大河亭のオーナーが、クレイドル君に魅入られて、招待客として招いてくれたのですよ」

言い方ぁ! 誘惑したみたいに言わんといて!

 



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第28話 港町ハルベルトリバー さざ波の洞穴と半魚人

蟹よりも、エビが好きです。


 

取り合えず、鎚矛の大河亭に宿を取り荷物を置いた。その時に、ジャンさん達は防具を脱ぎ、普段着に着替えた。

ジャンさんは、いつも通りの伊達姿。橙色を基調とした貴族風の衣服。派手ではあるが、似合っている。傾奇者(かぶきもの)って雰囲気だ。

レンケインさんは、いつもの深緑色のローブ。

その下は普段着だろうという事は、音で分かる。

んで、ミルデアさんなんだが……黒のタンクトップに黒のショートパンツ。グラマー体型でムチムチしている。胸元すごいな……港町の人達の目の毒にならないだろうか。

ジャンさんとミルデアさんは、帯剣していて、レンケインさんは杖ならぬ、棒を突いている。

俺は、投擲兼近接の手斧を、腰の後ろに回している。

取り合えず、昼食まで港町を観て回る事に決まる。先ずは、港町の名前の元になったハルベルトリバーを観る事に決まった。

 

「うむ。いい水の香りだ。潮風もいい」

大河を前に、ミルデアさんが大きく背伸びをする。一瞬、胸が跳ねた。

ハルベルトリバー。レンケインさんの説明によると、淡水と海水が入り交じる汽水だそうだ。

汽水は、河口や湖に見受けられるが、これほどの規模は珍しいらしい。

「だから、大河の箇所によって採れる魚介類が違うんだそうだ。海の幸、川の幸が両方味わえるのは、ここハルベルトリバー以外には、そうは無いと思うよ」

ううむ。海の幸と川の幸、両方味わえるのは魅力的だ。しかし、大きく広いな。ハルベルトリバー。大河の名に恥じぬほどに。

何となく濁った河と思っていたのだが、意外とそうじゃないんだな。所々は多少の濁りは見えるが、全体的には、海の蒼と川の蒼、双方の色で別れているのが特徴的だ。

「あの濁った場所が、いい釣り場になっているみたいだな。大物狙いの釣り人が、漁師に頼んで釣り船を出してもらうそうだ」

ジャンさんがいう。ううむ。やはりこの世界にも釣りバカはいるのか……転生者ではないよな。社長と平社員とか……。

 

昼食後。ここ港町近くのダンジョン。さざ波の洞穴。 蠱虫の洞窟(こちゅうのどうくつ)いずれかに出向く事を決める。

どちらも油断はならないが、それほどの難易度ではないとの事だ。実入りの良さを考えれば、五分五分だそうだが……さざ波の洞穴の奥まで行けば謎の祭壇部屋があり、運が向けば宝箱が出現する可能性があるとの事。ううむ……そういえばダンジョンの宝箱、見た事ないな。

蠱虫の洞窟に関しては、虫系の魔物が出現。宝箱等のお宝は望めないとの事。ただ、質のいい虫素材が入手できる可能性があるらしい──。

「さざ波の洞穴は水棲系の魔物、魔獣。蠱虫の洞窟は虫系。手強さで言えば……まあ、どちらも変わりませんね」

「どちらにしろ、少年には初めての相手だろうからな。私としては、二つの経験をしてもらいたいな」

願ってもない。ジャンさん達と行動している今、経験出来る事はするべきだ──よし。

「いい機会なので、両ダンジョンを経験したいのですが」

俺の発言に、ふむ。と頷くミルデアさん。

「どっちのダンジョンも深い場所じゃない。往復で、数時間ほどで踏破出来る。この面子なら、大丈夫だろう……二人とも、どうだ?」

ジャンさんの発言に、ミルデアさんとレンケインさんが頷く。皆、賛成ならば問題はない。

「日のあるうちに、出向きましょう。近い所から順に」

レンケインさんの発言。よし、早速準備するぞ。とのジャンさんの声に俺達は部屋に戻った──。

 

まずは、近場のダンジョン。大河沿いを一時間足らず移動した場所にある、さざ波の洞穴。崖沿いを下り坂気味に降りた場所、大河近くにぽっかりと大きく開いた洞穴の入り口。潮の香りが、奥から漂って来る──。

「階層というより、奥までという感じだね。魔物、魔獣との遭遇次第だが、奥に到達するまでには一、二時間という感じかなあ」

と、レンケインさん。うむ、と頷くミルデアさん。

「さざ波の洞穴と蠱虫の洞窟、二つを踏破するなら、今日明日で済むな」

「急ぐような事じゃないですからね。滞在が延びても、いいじゃないんですか」

ジャンさんに俺はいう。急ぎの用なんかないからな──そういえば、メイナーラさんが騒いでたんだよな……ダンジョンに行く事について……。

 

「そんな……危険では? クレイドルさんは、まだ見習いなのでしょう!?」

俺の腕を取りながら、メイナーラさんがジャンさんに訴える。上品な顔立ちに、困惑と微かな怒りが見えていた。

「大丈夫です。実戦経験もしていますし、ちゃんと訓練をこなしていますから。そいつ、見かけ以上にタフですよ」

「でも……私どもの宿から死人を出すわけにはいきません!」

ジャンさんの説得に、涙を浮かべながら抗議するメイナーラさん。いや、なんで俺が死ぬ前提で話す? 腕を掴む手の力が、少しずつ強くなってくる……ちょっと、いい加減に──「痛っ!」

俺の腕を掴むメイナーラさんの腕を、ミルデアさんが、ビシリと叩き払った。

「では女将さん。行ってきます。夕方前には、戻ってきますから」

レンケインさんが、穏やかに言う。メイナーラさんの拘束から解き放たれると同時に、俺は宿から静かに出た。

「クレイドルさん! どうか、ご無事で!!」

涙ながらのメイナーラさんの大声。うわ……恥ずかしい……。

ふっ、ぶふっ……レンケインさんの笑い声。何が可笑しいか!

 

さざ波の洞穴、入り口。奥から漂って来る潮の香りからは、何の嫌悪感も感じない。

「もう少し奥まったなら、潮の匂いが強まるだろう。魔物が出現するのは、まだまだ先だ」

先導する、ミルデアさんが言う。

「足下に気を付けろ、少年。こういう自然の洞穴は、普通のダンジョンや迷宮と比べて足場がよくない。戦闘に入る事を、常に想定しながら足場の状況を意識しろ」

なるほど、な……平易な足場ではない。重心を把握しながら、慎重に歩む。

「山野とは、また違うからね。歩く先を確認しながら進むといいよ」

レンケインさんの歩みを見ると、何の苦もなく進んでいく。あの足取り、すごいな。

先頭を行くミルデアさんが止まった。屈み込んで何かを拾っている。

「ふむ。蟹だ」

ミルデアさんにつまみ上げられた蟹。赤茶色の手のひら大の蟹。なかなか可愛い感じの蟹だ。

ミルデアさんは、ひょいと口に放り込み、バリバリと食べた……前にリザードマンは体質的に生魚を食べるとか言ってたが……ええ……。

「少し、しょっぱいが……うん、悪くない」

ミルデアさんの喉が、ぐうっと波打つ。リザードマン、かあ……。

 

慎重に進む。足場にも慣れつつある。滑るかもしれないと思ったが、意外とそうでもない。

ブーツのおかげだろうな。金属部が多いが、軽量で静かなんだよな……素材は何だろうか?

ぴたり、と皆の動きが止まる。隊列の並びは、斥候を兼ねたミルデアさん。ミルデアさんから少し距離を取るジャンさん。その後ろから、俺とレンケインさん。レンケインさんは殿で、背後からの気配を探っている。

ミルデアさんが戻って来た。何かあったか?

 

 

「少し先、ちょっとした広場だ。サハギンどもが三匹。食事中だ……殺そう」

おおう……いきなり、ヘヴィだぜ……。

異世界知識発動──サハギン。半魚人とも。知能は高くないが、独自の生態系を確立している一種の亜人。単純な武器、道具を使用する。ある種族からは、忌み嫌われている──

 

 

ある種族から……うん。リザードマンか。



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第29話 港町ハルベルトリバー さざ波の洞穴 祭壇の主

 

 

 

「死ねっ!!」

気合一閃。短槍を、逆手に構えたミルデアさんがサハギンに向かって、槍を投げた。

まるで気付いていないサハギンの頭部に、槍が直撃する。そのまま横倒れになるサハギン。

即死だな、あれ……身を低くしながら、ミルデアさんが残りのサハギンに向かって駆け出す。

慌てて立ち上がろうとする一匹のサハギンをミルデアさんが、蹴り飛ばした。そして、もう一匹の、先端を尖らせただけの木の槍を掴み、何とか立ち上がるサハギンを、帯刀していた剣の抜き打ちで一瞬で仕留めた……この間、二、三秒ほどか……そして残るは一匹。

 

 

「少年を連れて、サハギンどもを殺しに行きたいのだが?」

斥候から戻ってきて早々、ミルデアさんが言い放つ。紫色の瞳がパチパチと瞬いた。

「三匹か。うん。クレイドルと二人で充分過ぎるな……よし、手早く済ませてくれ」

ジャンさんが、殺る気溢れるミルデアさんに言う。

むふぅ、と荒い鼻息のミルデアさん。

「奴等は殲滅しないとな。行くぞ少年」

鼻息荒く、のしのしと進んでいくミルデアさん。

慌てて、その後を追った。

 

 

「少年、生臭の鱗を始末しろ。こいつらは害獣だ。何匹殺してもいい」

おおう……何時にもまして、攻撃的だな。

ミルデアさんが蹴り飛ばした、サハギンは既に態勢を整え、こちらを威嚇している。

木の槍に木の盾。粗末な武装だが……。

「油断するなよ。体力的に多少人間よりは、強いぞ」

槍と盾を構えながら、ジリジリと近付いて来るサハギン。生臭の鱗、か……確かに強い潮の匂いがする。半歩下がり、ショートソードを構える。

サハギン、か……頭部は魚。カチカチと尖った歯を打ち鳴らしている。全体的に青白い体。中肉中背といった上背。手足にヒレが付いているな。

さて、どんなものだろうか──突いて来た。

遅い、盾で殴る─までもない─擦れ違い様に腹を裂き─背後に回り込み、その魚首を─はねた。

「よし。悪くない」

ミルデアが微笑む。

 

「済んだぞ。一匹残らず始末した」

満足げに笑うミルデアさん。その手には、サハギンから回収した魔石が、チャラチャラと鳴っている。

「水属性の魔石か。うん、浄化しておきましょう」

レンケインさんが、ミルデアさんから魔石を受けとる。

「サハギンはまだ出るかな?」

ジャンさんがいう。う~んとミルデアさん。

「分からん。あいつら、隙間からでも湧いて出るからな。まあ、すぐに湧く事はないだろう」

「よし。予定に変更はなしだ。奥に進もうか」

「祭壇前には、主がいる可能性が高いからね。警戒は怠らないようにしないと」

レンケインさんの発言に、皆が頷く。

 

サハギンの死体を脇に避け、そのまま進む。

心なしか、洞穴内の明かりが強くなっている様な気がする。進むほどに、明かりが強くなっていく……不思議だよな。普通の洞穴とは、違うという事か。

あそこか、光源の元は。前方にぽっかりと大穴が空いている。もう一つの洞穴の入口のような大穴。

「祭壇前は広場になっていて、さっき言ったように主、いうなれば、守護者の様な存在がいるんだ……それなりに手強いからね」

「クレイドル。今いう事じゃないが、腹をくくれ」

「大丈夫だ、私達がいる。連携を意識しろ」

ジャンさん達の言葉。深呼吸、一つ。よし、腹据えて進むべし……だ。

広場内部に歩を進める。先頭、ミルデアさんとジャンさんが横並び。その背後にレンケインさんと俺。

「おおう。これはこれは、何とも立派な……蟹か? それともエビ?」

「ははは、確かに立派だな」

ジャンさんとミルデアさんの、感心したかのような声。二人の背後から、そっと広場を覗く。

そこにいたのは……立派な、ヤシガニ! でかいって!

こちらを確認した立派なヤシガニが、シャアッとばかりに、ハサミを振り上げ威嚇してきた。



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第30話 さざ波の洞穴 祭壇の主と祭壇の石碑

 

 

体高、優に百センチ越え。幅は百四十センチは越えている……ハサミを広げると、二メートル越えるんじゃないか?!

ガチガチとハサミを鳴らしながら、ゆっくりと後ろに下がっていくヤシガニ。だが、その雰囲気に怯えは見えない。むしろ、戦意に満ちている──「よし、やるぞ。クレイドル、右に回れ。ミルデア、正面頼む。俺は左。レンケイン、補助頼む」

 

 

ジャンベールの指揮の元、速やかに動く三人。

流れるような動き。巨大ヤシガニは、周囲の動きに戸惑うように身じろぎする──ゴゴンッ、と打撃音。ヤシガニの頭上から降り注いだ、レンケインの土属性魔術。‘’石塊‘’

これが、戦闘開始の合図になった。

 

 

「クレイドル、背後は危険だから、回り込むなよ!」

ジャンさんの声。返事をする間もない。巨大ヤシガニの、振り払う様なハサミ。距離を取る。

「まともに盾で受けるな! 受け流せ!」

巨大ヤシガニの頭部を叩きながら、ミルデアさんが言う。苦戦──というより、有効な攻撃をいまいち見いだせない、といった感じだ。

甲殻を見る。細い隙間はあるんだが……そこにスケルトンキラーを突き込んで、いいものか?

「少年、隙間は突くな! 食い込んだら抜けなくなるぞ! 叩け!」

ミルデアさんの声。やはりな、斬るよりも叩くイメージで攻撃した方がいいのか。

ハサミに気をとられがちだが、こいつ小回りが意外ときくんだよな! ハサミの振り払いがなかなかに油断ならない──ジャウッ、と空を切り裂く音。ジャンさんの風属性の魔術。

「くっそ、硬い! 削るしか出来ない!」

ジャンさんの罵声。それに被さるように、レンケインさんの声。

「十秒、稼いでください!」

誰も、何故、どうしてとは聞かない。俺もだ。

「十秒だな。その後、猛血を使うぞ」

ここで異世界知識発動!──リザードマンの種族特性。‘’強血‘’ 一定時間の身体強化。状態異常に対しての強い耐性。体力増加。疲労回復上昇。副作用として、効果が切れた際には軽度の疲労に、見舞われる──なるほどな……だが、強血? ミルデアさんは猛血といっていたが……。

うおっと! ヤシガニのハサミが眼前に迫って来ていた。意外と速いな! バチン、と目の前でハサミが閉じる。ヤシガニのハサミの力って、野獣並みだと聞いている……レンケインさんの十秒で何が起こるのかは分からない。

だが、信頼しかないんだよなあ。予想外の事など、いくらでも起こるからな……「離れて!!」

レンケインさんの声。即座にヤシガニから離れる。石塊ならぬ‘’石槍‘’が降り注ぐ。大量の石槍を受け、ヤシガニが沈む。

瞬間──「かぁぁあっ!!」

ミルデアさんが叫ぶ。その体が、一回り大きくなっている。猛血の効果、なのか……。

「死ねぇ! 死ねっ死ねっ死ねぇ!!」

ミルデアさんが、ヤシガニを叩く叩く。刺す刺す、刺し続ける。

 

 

──風は鳴る 静かに 嘯々(しょうしょう)と 逆巻く風は やがては 旋風になりて 刃となり剣と化す 荒ぶる風 来たれ──

 

詠唱。シィッ、とジャンさんが剣を振るう。

キィン─と金属音に続いて、ガリガリと削れる音。

ズンッ、と重量のある何かが、落ちた──ハサミだ。ヤシガニの右腕が、バッサリと斬り落とされた。最初の金属音か。そして、いまだ鳴っている金属音──ヤシガニの体が、ズシンと沈む。腕に続いて、脚を削り落としたのか……ヤシガニの体が、右側に傾くように沈んだ……チャンスだ。

 

 

やはり、詠唱有りと無しでは、威力が大分に変わるな。ごっそり魔力を使ってしまったが、多少の目眩だけで済んだ。だが、それに見合う効果はあった。右腕、右脚を失ったエビ蟹を、どう始末着けるか──猛血状態のミルデアが、エビ蟹を狂った様に叩き、突き続けている。

まだか。しぶとい。エビ蟹のタフネスぶりは普通じゃない。頭部の半分は砕け、青黒い血を噴き出しながらも、ミルデアに咬み付こうとしている。うん? クレイドルが……盾を落とし、エビ蟹の左腕を駈け、背に上がる。ショートソードを逆手持ちにして──思いきり、背に突き込むのが見えた。

 

 

沈んだ左腕を踏み台に、ヤシガニの背に駈け上る。ヤシガニの体が沈んだ時、見えた。胴と頭の中間部分にヒビが入っていたのが……レンケインさんの‘’石塊‘’と‘’石槍‘’のおかげだろう。そこに、逆手に持ったスケルトンキラーを突き入れる……柄頭に力を込め柄を強く握り、両手で思いきり、押し込む──死ね!!

ブツリと突き抜ける感触。ぐうっと捩じ込むようにスケルトンキラーを捻る。

それと同時に、猛血状態のミルデアさんが、ヤシガニの頭部に短槍の一撃を、突き入れた──

 

ギッギギィ……ギッ……微かな断末魔。ヤシガニが、その巨体を地に沈める。

 

「ずいぶんに、タフでしたねえ……魔獣化した野性動物の耐久力は、尋常じゃないですね」

「同感だ。少し休憩しよう。久々に、魔力を多く使った」

レンケインさんが水を飲み、干し果物を口にする。ジャンさんは、静かに息を整えている。

一気に消費した、魔力の回復をしているのだろうか……猛血終了後のミルデアさんは、ボンヤリと宙を見つめている。

 

「魔石を回収しましょうか。それと、素材を剥ぎ取りましょう」

「おう。甲殻と鋏を回収するか。クレイドル、レンケインを手伝ってくれ」

今だボンヤリしているミルデアさんは、休ませておこうと、何となく決まった。

 

「うん。切れ目、関節の部分に刃先を沿わせながら、円を描くように切り取るんだ。甲殻と肉の間に刃を滑らせて……そうそう。ゆっくりとね」

「回収出来るのは、甲殻の一部に、鋏だな。肉はさすがに、食えないか」

「毒を含んでいる可能性も、あるらしいですからねえ。毒抜きしてまで、食べるほどの味では無いらしいですよ」

なるほどな。ヤシガニは食わないか。一部で食べられているらしいが──

 

 

祭壇部屋。ヤシガニを討伐した奥に進むと、祭壇の様な物と石碑が見えた。祭壇上には、何もない。石碑に刻まれた文字は、風化してまったく読めない。石碑自体も、形を辛うじて残している程度だ。

 

ジャンさん達が、石碑裏に回る。

「おっ。レンケイン、調べられるか?」

ジャンさんの声。ふむ、と頷き、レンケインさんが石碑裏にしゃがむ。

そこにあったのは、何の飾り気もない長方形の鉄製の箱。宝箱なのか……?

 

 

「ええと……罠の様子はない、ですね。このタイプの鍵なら……」

鉄製の箱をなで回し、色々な角度から確認したレンケインさん。鍵穴を調べた後、腰のポーチから、巻かれた布を取り出し、広げた。

様々な形をした、手のひらにすっぽり収まる道具が数種類──鉤爪状の棒。先端が尖った棒。他にも多数──。

「クレイドル君。これはね、解除ツールだよ。罠や鍵を解除するための物さ。そういえば使い方、教えてなかったね。今度、教えよう」

何か嬉しそうなレンケインさん。是非とも。

 

少し時間がかかるので、休憩していて下さいと言われた。ジャンさんが魔道具コンロで湯を沸かし始め、復活したミルデアさんが軽食の準備をし出す。いつものメニュー、と思いきや。

「あれ? その干し肉、豚じゃないですよね?」

「うん? ああ、これは魚だ。豚とはまた一味違うぞ」

色味が白っぽく、若干厚みがある。ミルデアさん曰く、これは冒険者用で一般的な物とは、多少違うのだそうだ。

ジャンさんが入れたのは、スープではなくお茶だった。これ……紅茶か。いい香りだな。

「ううむ……いい具合の温さだな。美味い」

ミルデアさんが目を細めながら、言う。

確かに、美味い。この紅茶は、温めが一番香り良く、味がいいそうだ。

「無事、解錠出来ましたよ」

レンケインさんが戻って来た。嬉しそうだ。

「中身は何だった?」

レンケインさんにカップを渡しながら、ジャンさんが聞く。ニヤリと微笑むレンケインさん。

「まあ、楽しみにしていて下さい」

「よし、さっさと食事を済ませよう」

どこか、ウキウキしながらミルデアさんが言った。

 

ギギッ、と箱が鳴る。小袋一つに、腕輪一つ。

そして、一振りの剣が、箱に収められていた。

「小袋の中身は宝石だよ。腕輪には何らかの魔力を感じるけど、効果は不明。剣も同様だね」

薄茶色の袋。銀細工が施された細目の腕輪。鮮やかな青色の鞘に収められたロングソード。

宝石袋はともかく、腕輪とロングソードは鑑定に出さないと、効果は分からないらしい。

効果不明の物を身に付けるのは、あまり感心しない行為だそうだ。

「ふむ。充分な稼ぎだと思うが?」

「だな、引き上げか」

「そう……ですね。もうやる事は皆済みましたから」

引き揚げる事が決まった。俺も充分だと思う。

「ジャンさん、今、時間は?」

「夕方まで、時間はあるな。宿に戻るころには夕食に間に合うだろう……よし、引き上げだ」

「ふむ。ええと、女将のメイナーラも少年の事を、心配しているだろうしな」

ふふっ……レンケインさんが吹き出す。

何が可笑しいか!




ヤシガニは、稀少種。保護対象の所もあるそうです。


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第31話 大河亭への帰還 飲めや食えや

 

 

ジャンさんの言った通り、夕方には宿に到着した。さすがベテランの感覚。

だが、帰還早々──「クレイドル様!」

宿の玄関で待機していたメイナーラさんが、飛び付く様に駆けて来た。淑女らしからぬ振舞いだ。ジャンさん達は、俺から距離を取った……ええ……。

「心配していたのですよ! 何も怪我は無いのですか? 大丈夫ですか!?」

涙目で、訴えるメイナーラさん。

ふふっ、ぶっ……聞こえているぞっ! レンケインさん! ハルベルトリバーを眺めるミルデアさん。 髭を丁寧な仕草で撫で付けているジャンさん。 知らんぷりしすぎじゃないですかね?

 

 

しがみつかんばかりのメイナーラさんをミルデアさんが、丁寧に引き剥がし、俺は拘束から解かれた。冷静さを、何とか取り戻したメイナーラさんが直ぐに食事を御用意します、と言ったが、ジャンさんが先に荷物を置いて、身仕度を整えてきますといってくれた。

 

 

部屋に戻る前に、レンケインさんが浄化で清めてくれた。少々気になっていた磯の匂いと、体の汚れが、綺麗に消えた。ホント便利だな……早く覚えないとな。

「さて、戦利品の整理をするか」

ジャンさんが、回収品を、布を広げた床の上に並べる。男性陣の三人部屋だ。ミルデアさんは一人部屋。四人部屋でいいとミルデアさんがいったが、メイナーラさんが難色を示したのだ。

 

「不思議なものだな。原石ではなく、加工された状態の宝石とは」

宝石を摘まみ上げながら、ミルデアさんが言った。宝石の大きさ、約五センチほど。結構大きい。それが、五つ。

「まあ、大きさで価値はあまり決まらないからねえ。それより、腕輪と剣は城塞都市で、鑑定を済ませるまでは放って置きましょうか」

レンケインさんが、腕輪を手のひらに乗せる。

「エビ蟹の鋏と甲殻は……スティールハンドに持ち込むか。装備を新調出来るかもな」

ジャンさんがいうには、これほどの鋏と甲殻は、加工でかなりの強度を発揮するらしく、武具に加工するのが普通との事だ。

ドアがノックされたので、俺が出る。

メイナーラさんだ。食事の準備をしていいかとの事。ジャンさんが、お願いしますと返答。

「承知しました……あの、クレイドル様? 何か食べたいもの等、有りませんか?」

妙に上目遣いをするのは、止めて欲しい……食べたい物、か……ああ、あれだ。

「その、生魚が食べたいのですが?」

マリネだ。ラーディスさんがいっていた。マリネ……。

「もちろん、ございます! いい魚が入っているのですよ! マリネにして、出させて頂きますわ!」

何か、滅茶苦茶に嬉しそうなんだが。何ぞ?

「他にも、魚介類の煮付け等、料理人に腕を振るわせますわ!!」

用意が出来たらお呼びいたします、と言い残し去っていった……。

「夕食は期待できるな。さすが少年だ」

ミルデアさんが、ポンッと肩を叩いてきた。

何ぞ?!

 

 

食卓。最初に目に入ってきたのは、大輪の花。

大皿に盛られ並べられた生魚。赤身と白身の刺身が、交互に花びらの様に並べられ、その上には生玉葱と、刻まれた香草が敷き詰められている。赤身と白身の花の中央には、山盛りの……生姜、か。

煮付け、といっていたな。大きな、鮮やかな赤い皮の魚。切り込みがされている煮魚。魚の周囲を白い長葱が囲み、甘めのタレが薫る。

絶対、美味いやつだコレ! そして白いスープ。貝とジャガイモを具にした物。刻んだキノコ類も入っているみたいだ。クラムチャウダーか?

後はパンとチーズ。おお、サラダは海藻とキャベツのサラダ。なるほどな、海の幸と川の幸が両方味わえる街かあ……よし、早速味わうとしようか。

 

美味い……いや、美味いな。新鮮なマリネ。赤身と白身の歯触りがそれぞれ違うんだよなあ。玉葱の歯触りと、香草の仄かな香りが美味さを引き立てる。マリネに、たっぷりとかけ回された酢と薄口のタレが、美味い……酢とタレの混じり具合が、なんとも言えない。

大きな魚の煮付け。レンケインさんが切り分けてくれた。

「骨が丁寧に取られているねえ。うん、さすがだよ」

「ふむ。普通なら骨を取りながらの食事になっても、おかしくないのだが、さすが老舗」

「さすが港町。新鮮で引き締まった、美味い魚だ」

三人とも、新鮮な魚介類に目を細め、舌鼓をうっている。前世、日本人の俺として、やはり魚介だな。クラムチャウダー風のスープを啜る──

あ~美味い。少しのトロミと濃い味。そして貝のぷりぷり具合……たまらない。美味い。

「あの、皆様方。お酒の方はいかがいたしましょう?」

メイナーラさんが、尋ねてきた。酒か……あるなら飲む。て感じだな。俺としては、酒より食事かなあ。

「ああ。そうですね、頼もうと思っていたのですが、料理が美味しくて、忘れてました」

レンケインさんが、ジャンさんとミルデアさんを見る。そして、俺も。

「お願いします」

レンケインさんの視線に、思わず言っていた。

「分かりましたわ! いいお酒を、各種取り寄せてありますので、何かお望みの物でもございますか?」

「果実酒ありますか? できれば炭酸も」

反射的に言ってしまった。

「そういえば、少年は果実酒の炭酸割をよく飲んでいるな」

「僕達は、酒の種類には、あまりこだわりは有りませんから、お任せします」

ミルデアさんとレンケインさんが言う。

何か、俺が酒にこだわりのある奴みたいな言い方、止めて?

「ええ。すぐに準備致しますわ!」

メイナーラさんは、俺をチラリと見て、弾む足取りで厨房へと向かって行った。

「この、海藻とキャベツのサラダ。いいぞ、海藻の歯触りと、キャベツのしゃきしゃき感が絶妙だ。塩ダレが、合っている」

我関せず、のようにジャンさんがサラダを、モシャモシャ食べている。

まあ、いい。煮付けを食べよう……細く刻んだ白葱とともに、白身を口に入れる──ふっくらと仕上がった、魚の身。甘めのタレが染み込んでいる。美味いな、うん美味い。いいな、港町。

 

 

皆様にお酒と追加の料理を運んだ後は、宴会のようになりました。冒険者の方々は、旺盛な食欲で料理を楽しんでいます。食事を楽しんでいる様で、何より。さざ波の洞穴での出来事を、狐族のレンケイン様が、身振り手振りを交えながら、楽しく話しています。

クレイドル様を見ると、追加のマリネをとても美味しそうに口に運びながら、果実酒の炭酸割をゆっくりと楽しんでいる様です……ほんのりと紅色に染まる目元が、何ともいえず艶やかで……そして、形のいい薄紅色の唇からは、とても眼が離せるものではありません……ああ、もう。冒険者稼業なんていう危険な仕事なんて、似合いませんわ!

ああ、クレイドル様……輝くような金色の髪。整ったお顔立ちに、白磁の肌。もう本当に……薄紅色の唇で、私に笑いかけないで下さいまし……。

いけませんわ……ああ……もう……。



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第32話 港町ハルベルトリバー 海水浴と蠱虫の洞窟

作品タイトル。ちょっと変えるかもしれません。
くそ長タイトルにはしないつもりですが。
Ψ(`∀´)Ψケケケ


 

 

まだ、陽が上がる前の早朝。仄かな薄暗さ。

宿の裏庭であぐらをかいて座る。周囲を見回すと、裏庭は結構広い。色とりどりの、多数の鉢植えと花壇。ベンチにテーブル。ふーん。花を眺めながら、お茶が楽しめるようになっているのか。

離れた場所に、いくつもの物干し台が並んでいる。そして、水場。そこには生活感がある──さて、陽が上がるまで、魔力制御の訓練といこう。今日の予定は、午前中は観光。昼食後に蠱虫の洞窟に出向く事になっている。

メイナーラさんと揉めないといいが──よし、集中──

 

行雲流水─自然を意識しろ。今まで君が体験した自然だ。そよ風。降りしきる雨─何でもいい。

水面照月─息を長く吸い、細く長く吐く─内側で魔力を意識しつつ、外側に放出──よし、巡って来たな──そのまま意識して維持しろ──

 

明るさを感じて、目を開ける。陽が眩しく庭を照らし始めていた。

朝陽に照らされながら、もう一度目を閉じ、魔力制御の締めにする──内側で練った魔力を、ゆっくりと放出──息を長く吸い、細く長く吐く──ふう~ふっ!

 

おおっと、軽い目眩。魔力枯渇ギリギリまで魔力制御が出来た。まあ、上出来だろう。

よし、朝食まで時間はあるな……大河を見に行こうか?

 

立ち上がり、背伸びをする。心地のいい倦怠感というべきか。魔力制御後の独特な感覚。

ラーディスさん曰く、その感覚を得たなら、魔力制御が上手くいった証だと言っていたっけか。腹が……減った。

 

宿が活気に溢れる時間まで、まだある。

大河を見て部屋に戻るか。その頃にはジャンさん達も起きているだろう。

 

朝陽に照らされる、ハルベルトリバー。陽光に照らされ輝く大河は、壮大かつ荘厳。

これだ。魔力制御に、必要な経験は。目に、心に焼き付けろ、何もかもを──深呼吸、二つ。大きく息を吸い、大きく吐く──よし。

陽が登り、周囲を照らす。戻るか……腹が減った。魔力制御の副作用みたいなものだろうか?

午後の蠱虫の洞窟攻略のために、鋭気を養おうか。

 

「クレイドル、だいぶ早いな」

タオルを肩掛けにしたジャンさんと、出会わせた。顔を洗ったばかりなのか、さっぱりとした表情だ。

「はい。魔力制御をしていたんです」

「なるほどな。それにはいい時間帯だったか」

うん、と頷くジャンさん。

「俺もだいぶ、怠っているなあ……魔力制御」

「もったいないですよ。風属性持ちなのに」

「だ、な……よし、久しぶりにやるかな」

 

宿に戻り、朝食をとる。炙った魚の干物に海藻と貝のスープ。パンに厚切りのチーズ。

文句のない朝食。当然のように酢漬け野菜。酢漬け野菜は海藻入り。港町らしいな。

「午前中の観光は、雑貨屋巡りでもいいな。マーカスさんから、干し魚を大量に買って来てくれと頼まれているしな」

「観光か。今の時期なら、まだ海水浴は出来るかな?」

ミルデアさんがいう。海水浴かあ。大河は海水浴に向いているのか?

「遊泳区域があるんだ。そこなら泳げるよ。浅瀬でね、石なんかほとんど無い砂地だから、安全に泳げるね」

レンケインさんがいう。ううむ……正直、泳ぎたい。

「ふむ。私も久し振りに泳ぐか」

ミルデアさんがいう。マジか。ムチムチボディを晒すのか……。

 

 

水着なら雑貨屋、という事で雑貨屋へ。レンケインさんがいうには、ハルベルトリバーは時季によって、海水浴客が多く訪れる、ちょっとした観光地になるそうだ。

今の時季は、シーズンから少々外れているので観光客は少ないらしい。

水着を選ぶ。こういうのは、シンプルな物でいいのだ。濃い灰色の七分丈の下着に、藍色の半袖の上着。そして木の皮で編まれたサンダル。

危うく、着せかえが始まりそうだったが……。

ミルデアさんは、紅色、というよりワインレッドの水着。ええ……胸元際どいハイレグか……。

これは動きやすいからいい、との事だが、風紀面は大丈夫なのだろうか?

 

遊泳区域に到着。なるほど砂浜だ。浅瀬とはいえ、腰から下ほどの深さはあるらしい。

横たわれるような、寝椅子がいくつも並んでいる。暑い時期には、パラソルも立つのだろうな。

更衣室に、シャワールームもあるのか……。

時季外れとはいえ、ちらほらと人はいる。観光客なのか、地元の人なのか判断は出来ない。

ジャンさんとレンケインさんは、寝椅子に横たわる。日光浴に興じるようだ。

「ふむ、それほど冷たくないな」

ミルデアさんが、ぱちゃりと、海水で肌を濡らす。すでにハイレグ姿。俺は寝椅子に上着を掛けて、準備運動をする。

バシャリ、とミルデアさんが海に飛び込む。

豪快だな、おい。あっという間に海中に沈み込んでいった。

「リザードマンは、泳ぎより潜水が上手いからな」

顔にタオルを被せた、ジャンさんがいう。

「午後まで、疲れを残さないで下さいよ。蠱虫の洞窟がありますからね」

読書をしながら、のんびりとレンケインさんがいう。

「分かりました。気を付けます」

おお、海水浴。前世でもそうそう行かなかったからなあ。よし、一泳ぎといくかあ。

 

 

「見られてますね」

「まあなあ、見られているな」

レンケインとジャンが、寝椅子からミルデアとクレイドルを見ている。

際どい水着姿のミルデア。微かに鱗がかった青白い肌。水に濡れて艶かしささえ浮かんでいる。

そのミルデアを、チラチラと見る海水浴客。

際どい水着に浮かび上がる、肉感的な体。仕方ないだろうな。だが、それよりも……。

上半身を海面から出し、濡れた金髪を撫で上げるクレイドル。引き締まった体付きの、濡れた白磁の肌が艶かしい……というより、もはや妖艶さをも醸し出している。

男女問わず魅了するクレイドルの容貌。チラ見どころではなく、凝視している男女もいる。

ジャン達は、クレイドルの容貌には慣れているが、そうでは無い連中には目の毒だろう……。

「クレイドル、ミルデア、もういいだろう。午後の行動に、差し支えるぞ」

 

「あのお……どこの宿に、泊まっているんですか?」

絡まれた。シャワーを浴び、更衣室から出た矢先に絡まれた。女性三人組。二十代くらいか?

若さ溢れる、OLさんて感じだな。モソモソモジモジしている……教えていいものか?

「ごめんなさい……実は、お忍びでこの町に来ているんです。だから、お姉さん達に教える事は出来ないんです……本当に、ごめんなさい」

何じゃこれは! 無いこと無いこと、発動しやがって!! 邪神か、邪神の加護か!

助かるといえば、助かるが……ううむ。

「え、そんな……あの、やんごとなきお方、なのですか?」

違う、違うぞ! お姉さん達! だが……こくり、と頷いていた。邪神の加護ぉ!

「そう……いう訳です。お声を掛けて頂いた事は……嬉しいのですが。少しばかり、訳ありでして……若、宿に戻りましょう」

明らかに、笑いを堪えているレンケインさんが援護に来てくれた。

すがり付かんばかりのお姉さん達を尻目に、レンケインさんが俺の肩を掴み、ジャンさん達の元に戻る。

 

案の定、部屋に戻るやいなや、皆に爆笑された。

まあ、いい。うん。笑え、笑えよ。というか、無いこと無いことの発動は、どうしようもないからなあ! 邪神め! 邪神が!!

 

さて、昼食。パンと厚切りのチーズ。魚のあら汁の具は、厚みある魚の身と、白葱にワカメ。充分に出汁の取れた塩味……いいなあ、港町の味。

そして、海藻入りの酢漬け野菜。美味い。

午後に向けての鋭気を充分に養えるほどの内容だ……食休み後、蠱虫の洞窟に出向く事が決まった。少し仮眠を取る事にするか……。

 

 

 

「昨日は……さざ波の洞穴……今日は、蠱虫の洞窟ですって!? 危険ですわ! クレイドル様に、何かあれば……私は、私は……!」

俺の腕を取り、嘆くメイナーラさん。やはり、揉めた。ふふっ、と笑うレンケインさん。どうやら、俺を必要以上に心配する、メイナーラさんの姿がツボらしい。

「大丈夫です。実戦経験もしていますし、ちゃんと訓練をこなしていますから。そいつ、見かけ以上にタフですよ」

さざ波の洞穴に出向く時と、同じ台詞をいうジャンさん。

「で、でも! 万一の事があれば……痛っ!」

ミルデアさんが、メイナーラさんの腕を叩き落とす。

「では、行ってきます。夕方までには戻ってきますから」

レンケインさんがいう。メイナーラさんの拘束から逃れた俺は、静かに宿を出た。

「クレイドル様! どうか、ご無事で! クレイドル様!」

涙ながらの、メイナーラさんの悲痛な声。

ぶっ……ふふっ。レンケインさんの笑い声。聞こえていますからね?

 

 

蠱虫の洞窟。港町から出て、約一時間と少しの場所。距離としては、さざ波の洞穴と変わらないが、港町を出ると草原が広がっている。

草原を移動すると山沿いに出る。その山沿いに移動すると、ぽっかりと広がった洞窟が見えた。その入り口周囲には、頑丈な柵が張り巡らせている。簡易的ではあるが、中々に頑丈そうな門で閉じられていた。

洞窟から這い出て来る、魔物、魔獣の類いを少しでも抑えるための門構えなのだろう。

「よし、入るかね」

ジャンさんがいう。ここに来るまでに、蠱虫の洞窟の事は聞いていた。名の通り、虫系の魔獣が出現する洞窟だ。宝箱は望めず。良質の昆虫素材が、見込めるというが……ジャンさん達に言っていないが、俺、虫苦手なんだよな……特に、バッタがなあ……。








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第33話 蠱虫の洞窟 対悪魔戦 鋏む 刺す 炙る

 

 

昆虫食を推薦する連中。何かに対しての逆張りとしか思えない。タンパク質が取りにくい時代ならともかく……そうでない、時代においては虫食う必要、無いだろうが! 気持ち悪いんだよ!!

 

まあ、いい……ともかく、洞窟に侵入する。意外と、湿気のようなものは感じない。何処からともなく、陽が射し込んでいるのでなかなか明るい。

土混じりの岩肌に触れてみる。ゴツゴツした感じと、しっとりとした感触。あと、苔があちこちに散見される。なるほど、虫が闊歩しているような環境だ。

「クレイドル君、岩肌に少し気を付けるんだ。ヘビ穴がある場合がある。ここはヘビ達の餌に、不自由しないからね」

レンケインさんの説明。なるほどな。

「ヘビは美味いからな。最初に頭を落として血を飲む。だが、人族はあまり真似しないほうがいいな。あとは皮を剥いで、生のまま食べる。人族は、火を通した方がいいだろう」

ミルデアさんの、唐突に始まったヘビ食講座。

リザードマン、ヘビ食うんだな……。

「虫、食べます?」

何となくの質問。蟹も生で食べるくらいだからな。

「虫なんか、食べないぞ。リザードマンを、何だと思っているんだ」

ええ……何か怒られた。

 

しばらく進むと、景色が変わってきた。

岩肌と苔は変わらないが、腰上ほどの草むらが見え始めてきた。

ここで少し、休憩。ミルデアさんが斥候に出掛けて行った。担いでいた、バトルアクスを置く。

今日は盾を置いてきた。あとの武器は、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)と投擲用の手斧。

「ここに出現する魔物、魔獣なんだけど、基本的に昆虫系だけどね、それを獲物とする魔獣も出現する可能性もあるんだ」

レンケインさんが、魔道コンロで湯を沸かしながら説明してくれる。生活魔法で水を出すんだよな、レンケインさん。

「昆虫系は毒、麻痺だとかの特殊効果持ちが少なからずいるのが、厄介なんだよな」

広げた布の上に、紅茶入りのカップを準備するジャンさん。

「毒性は強くないんだけどね。万一の備えはしているけど、油断しないでね」

レンケインさんがカップに湯を注ぐ。紅茶の柔らかい香りが立ち上る。

丁度、ミルデアさんが戻ってきた。温めの紅茶を、レンケインさんが渡す。

「妙な雰囲気だな。生き物の気配をほとんど感じない。虫の鳴き声もない」

紅茶を啜りながら、ミルデアさんがいう。微かな緊張感が感じられる……。

「レンケイン、生命探知……いや、魔力探知頼む」

「分かりました。範囲、十メートル内で試します」

紅茶を飲み干し、ジャンさんがいう。レンケインさんは、ゆっくりとカップをかたむける。

「少年、大物がいるかもしれないぞ。不自然な静けさは要警戒だからな」

ゴキリ、とミルデアさんが首を鳴らす。

 

 

静かな緊張感を孕みながら、慎重に進む。

先頭、ミルデアさん。その背後には、魔力探知をしながらのレンケインさん。

二人から少し距離を取り、ジャンさんと俺が進む。

基本、虫系の魔物は魔力を持たないが、ある特定の種類の魔物には、魔力持ちがいるという……最も、それは虫系に属さない魔物だというが……。

 

ミルデアさんが立ち止まり、レンケインさんが戻ってきた。

「ダークレッドスコーピオン、一匹。どうします?」

レンケインさんの顔に、今まで見た事の無い、凄みのある笑みが浮かんでいた。

「ふん……珍しいな、ここで悪魔系か。面白いな……」

ジャンさんの顔にも笑み。目が笑っていない。

殺気だな、間違いない。この気配……。

「殺そう。放っておいたら、同属を呼ぶぞ。ハルベルトリバーが、厄介な事になる」

戻ってきたミルデアさんが、いい放つ。

「同感です。始末しましょう……クレイドル君、君は──」

レンケインさんの声に、被せるように言う。仲間外れは嫌だからな。

「俺も行きますよ」

干し果物を口に含む。控え目な甘味が気持ちを落ち着かせる。うん、美味い。

「……いいだろう。だが一つ、条件がある……俺達のうち、誰かが逃げろと言ったら、逃げろ。いいな?」

殺気を隠さず、ジャンさんがいう。俺に向けてのものでは無い……ダークレッドスコーピオンとやらに向けてのものだろうな……。

「分かりました。誓います」

「誓うときたか。何に誓う?」

いい加減な事は聞かないぞ。という気迫が見えた……何に誓う、か……うん。

「今までの訓練に誓います。ジャンさん、レンケインさん、ミルデアさん。そして、マーカスさんとラーディスさんの訓練に誓います」

三人共に、俺の身を案じてくれている。はっきりと、分かる。

ですがね。俺は死にませんよ。一度、死んでいますから。もう、死なない──そういうものですよ、ジャンさん。

「いい顔してるぞ、少年! はっはははっ! そんな顔の奴はしぶといからなあ!」

バシバシ、と肩を叩いてくるミルデアさん。

「君を死なせたら、ジェミアとリネエラに殺されるよ……まあ、僕らに誓った以上は死ねないねえ、君は。ふっ、ふっふふっ!」

「おい。クレイドル、随分に重い誓いだぜ、それは……仕方ねえなあ。仲間外れには出来ねえし、まあいいや。とっとと始末するか、悪魔をよ」

おっと、異世界知識──ダークレッドスコーピオン。赤闇の兇殻。悪魔族。姿形は、赤黒い大蠍。知性を持ち、低級魔術、火属性を行使する。堅牢な甲殻は魔力耐性有り。魔力の源は尻尾──か。バトルアクス持ってきて、良かった。甲殻系の堅さは、あのヤシガニで経験しているからな。

 

「クレイドル。相手は、バトルアクス、打撃武器と相性が悪い。思いきり叩きつけろ。甲殻を砕くつもりでやれ」

「分かりました……蠍は、食べられますかね」

「エビとか蟹に、味は近いらしいけど……悪魔系だからね。止めておこうよ」

「大河亭で、エビと蟹料理を出して貰うか」

はっはっはっ、と笑い合う。いい意味で、緊張感が解れた。

「結構、食い意地張ってるよな。クレイドル」

ジャンさんが、呆れた様に笑った。

 

 

デカイな。前のヤシガニよりデカイ。

体高、尻尾含んで百五十以上はありそうだ。横幅は鋏を含め……百二十あるか。一番気になったのは、甲殻だな。ダークレッド、赤闇とはよく言ったものだ……というか、こいつ……俺を複眼で睨み付けているな─〈んふふっ悪魔はねぇ僕らの天敵だからねぇ目を付けられたねふふふっ〉─微かに聴こえた邪神の声。何だ今の、激励か?

「少し距離を取れ、出方を見る──」

ジャンさんの声と同時に、いきなり突っ掛かって来た蠍。俺に、一直線に。速っ!! でもな──単純なんだよ。いくら速くてもな!!

左の鋏が、横薙ぎに向かって来た。鋏目掛け、肩担ぎにしていた、バトルアクスを振り下ろす。

がつん。確かな手応え。上手く関節に食い込み、そのまま鋏を切断した。

ギギッ、ギィッ! 呻き声とともに、後退する赤闇の兇殻。

ジャアッ、風が鳴った。ジャンさんの風属性の魔術。疾風の刃が甲殻を刻むが、浅い。続けてレンケインさんの石塊が、多数撃ち込まれるが、少し、怯んだかどうか……そうか、魔力耐性持ちだったか。

「ちっ、やはり堅いですね……沈めてみますから、十秒下さい。沈めても、何秒持つか分かりませんが」

「頼む。クレイドル、そのまま右だ。俺は左。ミルデアは正面だ。尻尾に気を付けろ。火属性の発動は、体色の変化で分かる!」

ミルデアさんが、のしのしと、蠍の正面に向かう。

蠍が挟み込む動きを見せるも、ミルデアさんが、ガンッと鋏を叩いて防ぎ、続けて頭部を殴り付ける。二度、三度……尻尾の尾針が、ミルデアさんを刺そうとするが、盾で受け流し、打ち払う。さすがだな。

ギィィッ! 蠍の体が赤く染まる──「下がれっ!!」

ジャンさんの声と同時に、俺達は蠍から距離を取る。

バシュウッ、と蠍の体から高温の蒸気が沸き立つ。

熱っ! 直撃は避けたが、熱いっ!!

なるほどな。魔力を行使する時の、タイミングは理解出来た……「沈めます! 数秒、持つかどうかです!」

レンケインさんが、叫ぶ。赤黒の蠍が、ズズン、と地に沈む……よし、尻尾を始末する……!

「尻尾を落とします!!」

「正面は、任せろ少年! オオォオァァ!!」

ミルデアさんの猛血発動。そして、地面に沈み込む体を、力付くで這い出ようとする蠍。

その体に雷が一閃、直撃する。ジャンさんか……?

「ダメだ。限界以上の魔力を使った……あとは頼むぜ」

へたばったジャンさんが、力なく言う。

雷を食らいながらも、しぶとく這い出ようとする蠍の脚を、泥が捕らえた。泥は直ぐに固まり始め、石と化した。

「“石鎖”です……クレイドル君、持って五秒です、よ……」

荒い息の下、レンケインさんが言った。

無茶するよなあ──全く。猛血状態のミルデアさんが、蠍の右腕に槍を突き立て、地面に打ち込む。次いで、剣の抜き撃ちで蠍の顔面を切り裂いた。怯む蠍。後退しようにも、脚は拘束され、右腕も大地に捕らわれている──「やれ、少年!」

ミルデアさんに頷き返し、蠍に向かって走る。

 

タイミングを図り、バトルアクスを尻尾目掛け、投げつける──弾かれた。やはりな、知性があるんだよな。さっきの素早い動き、結構な反射行動を見せると思ったよ──背に駈け上がり、バトルアクスを弾いた尻尾を、抜き撃ちで切り落とす。

これで、魔力の行使は出来ないな。

スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を逆手に持ち……ここら辺りか。頭部と胴体の間の箇所に、思いきり、突き入れる。ブツリとした確かな、手応え。あのヤシガニに止めを差した時と、同じ感触……死ねっ!!

ほとんど同時に、ミルデアさんが蠍の頭部に、剣を突き入れた──ヤシガニの時と同じだな──クレイドルの瞳が、ほんの一瞬、赤く瞬いた。

 

 

赤闇の兇殻に向かって、駈けて行くクレイドル君……投げた。バトルアクスを。両手武器の投擲なんて、普通はしない。前にも、同じ事があったな……尻尾に弾かれたバトルアクスを気にする事なく、そのまま兇殻の背に駈け上がり──尻尾を斬り飛ばした。でかしたね、クレイドル君。

もう、そいつは魔術の行使は、出来ないよ。

ただの大蠍だねえ。おお、いい箇所を突いたね……あとは、ミルデアが止めを──うん? クレイドル君の瞳……。

 



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第34話 蟲虫の洞窟 悪魔素材の面倒さ 魔導卿に丸投げ

 

 

くたびれた。本当に疲れた。赤闇の兇殻を撃破後、レンケインさんが、素材の回収をしようと言った。一番動ける俺が、レンケインさんの指示の下、赤闇の兇殻から使える部位を剥ぎ取る。

「切り飛ばした、尾針は慎重に扱うように、一応、毒腺は残っているからね……甲殻は、背中の部分を剥ぎ取ろうか……関節に沿って、広く切るんだ……君が、断ち斬った鋏も回収しよう……ああ、魔石の回収もしないとね……」

ゼイゼイ、と息も絶え絶えのレンケインさん。 猛血後のミルデアさんは、例のごとく、ボンヤリと宙を見つめている。

ジャンさんは、何か心配になるほどの鈍い動きで、魔道コンロに火をつけようとしていたので、俺が引き受けた。取り付けられた拳大の魔石に魔力を流すだけだというが……。

初めてやってみたが、上手くいった。おお……妙に嬉しい。

「魔力操作、なかなか様になってるな。食事の用意をしよう。魔力回復には食事だ……」

ノロノロと地面に布を広げ、干し魚。干し果物を準備するジャンさん。

「紅茶ではなく、スープに、しましょう」

カップを並べ、乾燥スープを用意するレンケインさん。乾燥スープは、野菜とワカメ。港町の携帯食らしいな。

「干し魚は炙るか。味が、だいぶ変わるぞ」

ジャンさんが言う。少しは、魔力回復したらしい。

「お湯が沸きそうです。温めが、いいでしょうね」

レンケインさんも同様だ。乾燥スープに湯を注いでいく。ジャンさんが、干し魚を火で炙り始めた。

ミルデアさんは、まだボンヤリとしている。

もう少し、かかるだろうな……。

 

 

「悪魔素材は扱いづらいからね。瘴気を含んでいるから、まずそれを抜かないと、まともに加工出来ないんだよ」

レンケインさんが、赤闇の兇殻から剥ぎ取った甲殻を手に取りながら言う。

「魔導卿に瘴気抜きを頼もうか。回収した魔石を譲れば、引き受けてくれるだろう」

ジャンさんが、蠍から回収した魔石をかざしながら言う。

「悪魔の属性は、何だっけか?」

温めのスープを啜りながら、ミルデアさんがいう。

「基本的には混沌属性だねえ。魔導卿も、混沌属性持ちだから、悪魔素材を上手く取り扱ってくれると思うよ」

何気なく、レンケインさんが言ったが……。

「ええと、混沌属性……ラーディスさん、人間ですよね」

「多分ね。魔導卿は、常識の埒外(じょうしきのらちがい)の存在だからねえ。僕らでは計れないよ」

ええ……多分、て。

 

 

体力、魔力を回復したのち、少し早いが港町に戻る事にした。赤闇の兇殻を始末した事で、充分に実入りが見込めるとの事。悪魔素材はかなり珍しく、中々の値で売れるらしい。

その前に、瘴気を浄化すればさらに高値で捌けるとの事……回収素材は、鋏。尾針。甲殻と魔石だ。他の昆虫系が出現しないうちに、帰還すると決まった。以外と早く宿に戻れるな。

 

 

夕方前の、草原の独特な雰囲気。風が静かに吹き付けて来る……微かな潮の匂い。港町特有のものだろう。もう少しすれば、夕陽が大河を照らすだろう……。

 

 

大河亭に到着……やはり、いたか。

「クレイドル様! お怪我は有りませんか!?」

宿の玄関で待機していたメイラーナさんが、駆け寄って来た。涙声……人の目というのがあるだろうに……。

ぺたぺた、と体に触れてくるメイラーナさん。

「いや、大丈夫です。何の怪我も有りません。ジャンさん達と一緒でしたから大丈夫ですよ」

「どれほど……どれほど、私が心配していたか! クレイドル様!」

すがり付く様な、メイラーナさん。ダメだ。言葉では説得出来ないな、これ……。

「メイラーナさん。そんなに心配させてしまって本当に、申し訳ありません……でも、僕は冒険者の道を選んだのです……冒険者は、死と名誉と隣り合わせだといいます……だから僕は……」

またか! また発動しやがった! 無いこと無いことの発動!!

「クレイドル、様……うぅっうっ……何とも、因果なお仕事、ですね……うぅっ」

ハラハラ、と落涙するメイラーナさん。邪神め! 邪神がっ!!

未亡人、泣かせた報いは、高くつくんじゃあないかなあ! 邪神!!

 

ふふっ……ぶふっ。メイラーナさんの悲嘆が、レンケインさんの笑いのツボに、見事にはまってしまった。

 

メイラーナさんを振り切り、部屋に戻った。回収した素材と魔石を床に並べる。

赤闇の兇殻の鋏と甲殻。混沌属性の魔石。

「城塞都市に戻ってからだな、回収品を魔導卿に見て貰うのは」

ジャンさんがいう。混沌属性は扱いにくい、とはレンケインさんの言葉。

正直、余り近くに置いておきたい代物じゃないそうだ。

「ふむ。城塞都市に戻って、魔導卿に頼もう。こういう物は、専門家に任せればいいんだ」

ミルデアさんが、いう。ラーディスさんに丸投げ……。

 

 

メイラーナさんが、夕食の希望を聞きに来た。

ミルデアさんが食い気味に、海老と蟹を望んだ。

ちらちらと、俺の様子を伺うメイラーナさんに頷き、海老と蟹料理を頼んだ。ついでにマリネも頼む。あと、酒も。

「分かりました! 料理人達に、腕によりをかけさせます! お酒の方も、楽しみにしていて下さいまし!!」

おおう……だいぶに嬉しそうだな。料理人さん達、頑張って下さい……。

 

 

昨日と同じマリネ。赤身と白身の大輪の花。新鮮な魚はやはり、美味い。うむ。塩と香辛料を振った、小海老の素揚げ。ほぐした蟹と、ジャガイモと白菜のクラムチャウダー風のスープ。蟹の出汁が、ほどよく充分に効いている。そして、大振りの海老の炭火焼き。

贅沢な逸品。いい歯応え。じわりと、海老の味が口に広がっていく……微かな炭の薫りが、海老の味を引き立てる。美味いな、本当に美味い。

「クレイドル様、どうぞ」

メイラーナさんが、炭酸割りの果実酒を勧めてくる。果実酒の香りが、炭酸に乗って来た。

いい香りだ。一口啜る……甘さは控えめ、炭酸とともに、香りが口の中に広がる。

「港町は、いいですね。新鮮な魚介類がいつでも食べられる」

切り分けられた、海老の炭火焼きを口に運ぶ。

炭火の焼き物は、本当に素晴らしいな……。

 

「明日、城塞都市に戻るか」

ジャンさんが、冷えたエールを口に運びながら言った。

「うん。少年も充分に経験を、積めただろうしな。潮時だ、な」

マリネを口に運びながら、ミルデアさん。

「小海老の素揚げ、いいものですね。塩と香辛料のバランスがいい……戻りましょうか、拠点に。素揚げと酒の相性は何ともいいですねえ」

レンケインさんは、小海老の素揚げを摘まんでいる。

「え……そ、そんな。クレイドル様は、どうなのです? この宿に、飽きたのですか!? もう少しだけ、御逗留する訳には……!?」

こうなるか……でもなあ、メイラーナさん。

「飽きた訳じゃないですよ。逗留時期はあらかじめ、決めていたんですよ……お世話になりました」

はっきりという。自分の言葉でな……だ、が。

隣り合わせに座るメイラーナさんの手に、何故か手を重ねる、俺……うおぉい! こんな形で出るか! 邪神の加護! 邪神め!!

「ああ……クレイドル様。必ず、また必ず、戻って来て下さいましね!」

ぎゅっ、と手を握り返された……邪神が!!

 

早朝。朝食後、城塞都市に戻る準備を済ませて、馬車を待つ。

宿から出る時に、メイラーナさんと少々揉めたが、何とか出発する事ができた。というか、未亡人殺しとか言ったの誰だ!?



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第35話 城塞都市 魔導卿の最終指導

修行、訓練パートの一区切り。




 

冒険者ギルド内は、何も変わっていない。まあ当然か。何日も経っていないからな……。

「クレイドル君! 何をしていたんですか!」

ギルドに足を踏み入れて早々に、受付嬢のリネエラさんが、肩を怒らせ言い放ってきた。ええ……何で怒られるんだよ。

「港町ハルベルトリバーに、行ってたんですよ。聞いてたでしょう?」

「違いますよ! その事じゃあ、ありません!!」

なら何だよ……いや、心当たりある、か?

「宿主の未亡人を、口説いたらしいですね!? いやらしい! 私がいるというのに、未亡人なんて!」

未亡人を口説いた。だとか、私がいるというのに。というのは……納得いかないが……ああ、先行してギルドに戻っていた、ジャンさん達からの報告を曲解して聞いたんだな……入手した一部の素材を、スティールハンドに持ち込む役を引き受けて、宝石類をメルデオ商会に持ち込んだ。

メルデオさんからお茶をご馳走になりつつ、港町での出来事を話したんだ。

しまったな。ジャンさんからは、用が済んだら早く戻れ、と言われていたのを忘れていた……。

もしかして、こういう事になるのを予想して、早く戻るように言ったのか?

カウンター奥から、ジェミアさんが涙目で睨んでいるし、サイミアさんは能面みたいな顔付きで見つめてくる──未亡人口説いた、年増殺し、年上好き──先輩冒険者達が、ぼそぼそと囁いている。

いかん。これは訂正しないと……邪神の加護は発動しない!!

「違うんです。誤解なんですよ。俺は年増好きじゃありませんし、未亡人、口説いてなんかいません」

先輩達は、あからさまに疑惑の目付きで見てくる……何ぞ!?

「何が違うか、言ってみろ」

二階から降りてきた、ダルガンさんが言う。

ニヤリ、と笑みを浮かべている。分かってて、言っているな……。

「町から出る時、お世話になりました。と言ったら手を握られただけですよ」

半分のウソくらい、いいだろう……。

「本当かあ? おい」

「本当、です」

「まあ、いい。分かった……訓練場に戻りな」

先輩達とリネエラさん達の視線は、無視だ。

俺は、何も悪くない。何の、負い目も無い!!

 

 

「そんな事が……やっぱりな。散々だったな」

ジャンさんが苦笑混じりに言った。

「曲解されましたねえ。だから、早く戻るように言ったんですよ」

茶を啜りながら、レンケインさん。

「うむ。私達が話したのは、大河亭の女将に招かれ、世話になったという事。その女将が、少年に色目を使っていたというくらいだ」

色目て……それが原因で、リネエラさん達が曲解、妄想したのでは……?

レンケインさんが、お茶を入れてくれた。

茶を啜り、皿に盛られた、砂糖まぶしの薄焼きを摘まむ。歯触り良く、美味い。

「ハルベルトリバーは、どうだった?」

朱ローブのメイギスさんを従えた、金縁の漆黒のローブ、ラーディスさんだ。

 

 

ははははっ、と明るく笑うラーディスさん。

「いや、すまないな。くくくっ……仕方無いぞ、クレイドル君。その容貌では、なあ」

美味そうに、茶を啜るラーディスさん。

「で、悪魔素材の瘴気抜きをすればいいんだな? 構わんよ。まずは、素材を見せてくれ」

ジャンさんが地面に布を広げ、赤闇の兇殻から回収した甲殻と鋏、尾針を並べる。

「ふうん。赤黒の鋏の素材か……蠱虫の洞窟からか? だとしたら珍しいな。ダルガンさんに報告した方がいい。悪魔系の討伐は、ランクアップの対象になるからな」

興味深そうに、並べられた悪魔素材を見ながら、ラーディスさんが言う。

「よし、始めるか。メイギス、手伝え。俺がいいと言うまで、浄化し続けろ」

「分かりました」

にこり、と微笑むメイギスさん。

 

 

昼食前。メニューは野菜と鶏肉の雑炊。ジャガイモと豚肉の煮物に、チーズ。酢漬けの野菜。

メニューを伝えに来たマーカスさんに、頼まれていた大量の干し魚を渡す、ジャンさん。

喜んだマーカスさんは、夕食に干し魚を使った料理を出すといった。ううむ、楽しみだ。

「済んだぞ。瘴気は消したとはいえ、混沌属性は残るからな……それと、腕輪と剣の鑑定はメイギスが済ませた」

「腕輪は、単純に水耐性。青鞘の長剣は、水属性の剣でした」

微笑みながら、メイギスさんが言う。ラーディスさんが、ミルデアさんを見る。

「うん。リザードマンは基本的に魔術とは縁遠いが、水属性とは相性がいいからな。良ければ、ミルデアが使うのがいいと思うが?」

「む、私がか……ちょっと、見せてくれ」

メイギスさんが、ミルデアさんに剣を渡す。

青い鞘から、ゆっくりと抜き、刃を確認するミルデアさん。刃渡りは大体、八十センチ、柄を合わせると百センチはある様に見えた。身幅は七センチ強、て感じか? 幅広で切っ先長め。刀身は、透き通った青色。綺麗な剣だな……。

ううむ、と唸るミルデアさん。まじまじと、剣を眺めている。どうやら気に入った様に見える。

 

「少し魔力を込めて、振ってみるといい」

ラーディスさんの言葉に頷き、打ち込み用の木偶人形に向けて、剣を構えるミルデアさん。

すうっ、と上段に構え……そのまま、袈裟斬りに振り下ろす──水しぶきと同時に木偶人形が斜めに斬り落とされた。

「おおう……これはいいな。業物だ」

まじまじと、青の剣を眺めるミルデアさん。顔には、微笑みが浮かんでいる。

「ミルデア、良かったら使えよ」

「いいですねえ。ミルデアなら、巧く使いこなせると思いますよ」

ジャンさんとレンケインさんが、言った。

「ふむ。使わせてもらうか。これは、いい物だ」

機嫌良く、ミルデアさんが笑った。

 

 

さて、赤闇の兇殻の素材をどうするか、という事になった。

「さっきも言ったように、瘴気は完全に消したが、混沌属性は残っている。特性としては……魔力耐性と、ある程度の状態異常耐性だな。甲殻と鋏は、防具に加工出来るだろうな。尾針は治癒院にでも持ち込めば、いい治癒薬を作ってもらえる。それか、良い値で売れるだろう」

ゴンゴン、と甲殻を叩くラーディスさん。頑丈で軽量な胸当てや、籠手が造れるとの事だ。防具かあ……。

「魔導卿。お礼と言っては何ですが、混沌属性の魔石です。納めて下さい」

レンケインさんが、魔石をラーディスさんに差し出す。

「む……いいな、貰っておこう。混沌属性の魔石は、入手が面倒だからな」

魔石を陽にかざし、嬉しそうに笑った。

 

 

夕食。干し魚たっぷりの炊き込みご飯。他の具は細かく刻んだ、椎茸、青ネギ、ニンジン。

汁物は、鶏肉のつみれに白菜の具。酢漬け野菜に、香辛料を擦り込んで炙った、干し魚。

おお……炊き込みご飯か。この世界で食べられるとは。よし、いただきます。

 

「いきなりだが、私はあさってには帝都に戻る。そこで相談だが、明日一日とあさっての午前中、私にクレイドル君の指導時間をくれないか。魔力制御の最終指導を行いたい。生活魔法と浄化はある程度、出来ていると見た。だが魔力制御はもう少し、教えておきたい」

食事を終えたラーディスさんがいう。炊き込みご飯の大盛り二杯に、鶏肉のつみれ汁二杯……ずいぶん、食うなあ……魔導士というのは。

「まあ、それはクレイドル次第ですが?」

「僕は、構いませんよ。同じく、クレイドル君次第です」

ジャンさんとレンケインさんが答える。

「折角の機会だ。習っておくべきだな」

ミルデアさんが、青の剣を眺めながら言った。

 

魔力制御の最終指導か……よし、受けよう。

魔導士から直々に教えを受ける事など、そうはないだろうからな……。

「よろしく、お願いします」

ラーディスさんに頭を下げる。

 

「よし、いいだろう……取り合えずの、一区切りといくかね」

ラーディスさんが、嬉しそうに笑った。



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第36話 城塞都市 スパルタ指導 灰と隣り合わせの訓練

 

 

ラーディスさんの最終指導。受けた事を後悔する程のものだった……最初の課題、魔力をぶつけるからそれを押し返せ、という事だったのだが──「ああぁぁっ!! 熱いっっ!!」「熱くないっ! 押し返せっ!!」

 

 

いや、熱いだろう。と、訓練場にいる冒険者達は思った。クレイドルの正面。炎の壁が展開している。

赤き壁を、必死に自分の魔力で、押し返そうとしているが……非情にも、ジリジリと壁は進んで行く。

「もっと押し返せ! 壁を魔力で包囲するイメージを持て!! 気合いと根性、出せ!!」

いや、無茶だろう。と、冒険者達は思う。

「先人曰く、『気合いと根性など簡単なもの、気合いと根性を出せばいいだけ』との事だ!格言だろう!」

「おおぉぉお!!」

「即死しなければ、治癒出来るからな! 壁を包め!!」

「ああぁぁあっ!! 熱いっっ!!」

「熱くないっ!!」

いや、無茶苦茶だ。と、冒険者達は思った。

 

 

午前中の訓練が終了した……炎の壁を、何とか気合いと根性で押し包んだ、と思った瞬間に──気を失った。意識の回復後、昼食まで休憩となったので、シャワーを浴びに行く事にした。

俺が昏倒していた間、ラーディスさんはジェミアさん、リネエラさんに責められたそうだ。

──人でなし 加虐趣味 性倒錯者 魔術至上主義の異常者 黒ローブ野郎──等。

ラーディスさんは二人の抗議に対し、煙管の煙を吹き掛け、撃退したそうだ。黒ローブ野郎って……午後も、あるんだよな……。

 

 

シャワー後の休憩。そして昼食の時間。

パンとチーズに酢漬け野菜。一口大に切り整えられた干し魚とジャガイモ、白菜の煮物。ベーコンと青菜の野菜炒め。

うん、美味かった。午後に備えるに、充分な食事だったな。ラーディスさんとメイギスさんは、オーガの拳亭に行ったそうだ。拳亭か……う~ん。

「散々だったねえ。何とも、無茶な訓練だよ」

「ふむ。魔術師の訓練というのは、何とも過激なものなのだな」

レンケインさんとミルデアさんが、茶を啜りながら言う。

「いや、あれは異常だろう……だが、クレイドル。無茶なだけの効果はあると思うぞ」

ジャンさんが、焼き菓子を摘まむ。

確かに、昏倒から目覚めた後は、妙に心地良い倦怠感を感じた。魔力制御が上手くいった時の感触。

「キツかったですが……はっきりと、魔力の成長を実感できた、訓練でしたよ……」

午後の訓練に覚悟を決める。即死しなければ大丈夫との、ラーディスさんの言葉を信じよう…さあ、少し仮眠するか……。

 

 

 

「美味かった。さすが、オーガ亭」

紙のナプキンで口を拭うラーディス。

ほどよく焦げ目の付いた、照焼きのチキンステーキ。玉葱、キャベツ、ニンジンの野菜スープ。

パンと、厚めに切ったチーズ。きゅうりの酢漬け。

ラーディスは、チキンステーキを二枚。野菜スープを二杯。酢漬けを全部。同行しているメイギスもまた、同じように、食事を平らげている。

「皮のパリパリ具合と柔らかい部分が、何とも絶妙でした……」

メイギスは目を細めながら、炭酸水を口に含んだ。

「酢漬けも、良かった。砂糖少し入れたか」

黒ワインを呷るラーディス。

「あら、さすがね~酢漬けは、お店の顔だから、一番大事にしなければいけないのよ~」

「ふむ。なるほどな。実家の料理人も似たような事を、言っていたな」

「そういえば、今はクレイドル君を鍛えているんだってねえ~」

「ああ、今日と明日までな。そろそろ戻れと、帝都から言われていてな……なかなかに面白い奴だよ。クレイドル君は。そういえばお前、彼を無駄に痛い目に合わせたんだってな?」

「う……あれは~その……」

ミランダが、ラーディスから目を反らした。

 

 

午後の訓練。午前のものとは、少々変わったものだった。空の魔石に、魔力を込める訓練だという。

「魔力制御の一環だよ。君は属性持ちではないから、ただ単純な魔力を、空の魔石に込めるだけだ……まずは自分の魔力を認識。そして魔力を注ぐ……やってみろ」

すうっ、と息を吸い、魔石を手に取る──自分の魔力か──魔力を掴み認識、魔石に……うわ、キツいな、これ──耐えるよりも──

「息を、吸って、吐くようにすればいいのよ。気負ったら、ダメ。染み込ませるようにするの」

メイギスさんの声。息を吸って吐く、なるほどな、確かに気負い過ぎていた。

考えれば、自然な事だ。ラーディスさんも言っていたな──魔力は自由で公平。うん、そう考えれば、どうという事は──無い。

 

 

結果。魔力枯渇で昏倒。空の魔石に、充分な魔力を充填出来たと、実感した瞬間に……倒れた。

目を覚ますと、訓練場の長テーブルの上だった。

「目が覚めたか。まあまあ、やれたな。気付いただろうが、単純に魔力を放出するならば、それほど難しくない。一定の場所に集中して、魔力を行使するのは難易度が上がる……うむ。魔力制御の基本は、もう充分だな」

ラーディスさんが、魔石を掲げながら言う。

「ほら、君が持っていろ。君の魔力の結晶だ」

ニヤリ、と笑い魔石を渡して来るラーディスさん。慎んでそれを受け取る。

「まあ、今日の所はこんなものかな。明日の半日が最後だ」

微笑む、ラーディスさん。メイギスさんの笑みも、見えた。



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第37話 最終指導 魔導士の追体験

 

 

早朝。魔力制御を終えた頃に、ラーディスさんがやって来た。メイギスさんと一緒だ。

「ふむ、魔力制御を終えたばかりか。朝食後に、最終指導をするんだが、少々変わった訓練をする。まあ、シャワーでも浴びて来なさい」

 

 

朝食。少し焦げ目の付いた、半身の干し魚。

刻んだベーコン、玉葱、キャベツのスープ。丸パンとチーズ。半熟の目玉焼き。そして、酢漬け野菜。ご機嫌な朝食。

「今日の最終指導は、私の経験の追体験をしてもらう……と言っても、一部だがな」

朝の食卓が、静まり返る……魔導卿の追体験、かあ……〈いい経験になると思うよ~んふふっ魔導卿によろしくね~ふふっ〉……このタイミングで、邪神の言葉! 激励のつもりか?!

「経験の……追体験って、そんな事出来るのかよ」

ダルガンさんが、呆れたようにいった。

「出来ますよ。ただ、俺の消費も尋常じゃないですがね」

茶を美味そうに啜る、ラーディスさん。ジャンさん達もまた、困惑顔だ……。

「それをもって、俺からの訓練は終了だ」

ニイッ、と微笑むラーディスさん。その横で、メイギスさんが何か複雑な表情をしていた。

 

 

 

椅子に腰掛ける。前に立つラーディスさんが、俺の額に手を当ててくる。ひやり、とした感触。

「よし目を閉じろ……少々、刺激的かもしれないが、耐えろ……〈映像(ビジョン)〉」

頭に、何かが、流れ込んで……来た……。

 

 

 

巨人。三メートル……いや、それ以上。外見が異常だ……全身に灼熱の炎を纏い、黒焦げになったかの様な身体。歪にネジくれた両角が、焦げた頭部から生えている。

巨人は、目の前に立つ、ローブ姿の男を睨み付けていた……燃え盛る灼熱の目からは、怒り、憎悪、狂気の視線……左手はねじ切れんばかりに、折れ曲がり、青白い体液を滴れせている。胸元からも、同じく……右手に持つは、赤く輝く大剣。

「とうとう、一匹だな……ケリを着けるかね」

濃い藍色のローブ姿の男。そのローブは、あちこちが焦げ、血すら滲んでいた。

手には濃い灰色の杖を構えている……この人、ローブの色は違うがラーディスさんだ。

巨人の周囲には、黒焦げ、凍り砕かれた悪魔の死体が、数十ほど転がっている……。

ゴオオォォ、と巨人……悪魔が叫んだ、が……「遅いなあ」

 

─極獄の 氷雪 集いて 氷結の獄と化す 獄は魂砕くなり─

 

 

ラーディスさんの、朗々とした詠唱が響き──巨人の身体が、蒼白に凍り始める。

慟哭。悪魔が絶望の叫びを上げる。悪魔の絶望──死を自覚しながら、死に抗う慟哭──

だが……「魂、砕いてやる……魔界には戻させないからな」

頭部まで、蒼白に染まった悪魔は、もう動かない……ラーディスさんが、蒼く凍りついた悪魔の胴体に、灰色の杖を叩き付けた。

ガシャリ、とガラスが砕けた様な音。凍った悪魔の破片が、地面に散乱した──「素材と、魔石の回収が、面倒だな……」

杖に寄り掛かりながら、ラーディスさんがポツリと、呟いた──

 

 

場面が変わった……ダンジョン……いや、遺跡といった方がいいか。壁、床、天井にびっしりと、象形文字のようなものが、刻み付けられている。

やけに明るいのは、魔力で造られた光源が、バランス良くあちこちに配置されているからだ。

 

 

「なるほどな。奥に進むにつれ、魔力の揺らぎが強くなる」

濃い藍色のローブ姿。焦げ目も滲んだ血の跡も無い。ラーディスさんだ。

周囲を見回し、コンコン、と壁や床を叩く。

「少しずつ、結界を拡げながら進むしかないが……」

様々な色の、ローブ姿の魔術師達が、数人。

その前方に、戦士然とした冒険者達……うん?

先頭にいるのは、ダルガンさんか?

見るからに、重装備。胴鎧の上から、派手な陣羽織の様なものを、羽織っているが……明らかに、チェインメイルを仕込んでいるのが、分かる。

両手持ちのツーハンドソードを、肩に担いでいた。百八十センチ近いか……ダルガンさん、若く見えるな……これ、いつの映像何だろうか?

「ラーディス! お出でなすったぞ!! やっぱり、悪魔系だ!」

ダルガンさんの声。前衛がさっ、と横に広がり陣形を構えた。その中央に、ダルガンさん。

その背後に、ラーディスさん。他の魔術師達は後方に下がった。戦闘に向かない人達なんだろうか。

「耐性強化、耐魔力強化……五秒」

ラーディスさんの声。それに呼応したダルガンさんが叫ぶ。

「応!! てめえら、聞いたな?!」

他の前衛に言い聞かせる、ダルガンさん。

応!と答え、前衛達がそれぞれ武器を構えた。

奥の通路から、蠢く影が湧いたように現れ──「強化、終了しました。何時でも、どうぞ」

ニイッ、と笑うラーディスさん。それに答えるかのように、ダルガンさんが叫ぶ。

「蹴散らすぞ! ラーディス、頼む!」

「了解」

ダルガンさんが頷き、両手剣を肩構えにしたまま、直進して行く。

「おおおぉぉおぉぉっっ!!」

何の躊躇も無く、蠢く影の先頭に斬り込んで行くダルガンさん──

 

 

「ラーディス様。まだ、続けるのですか……?」

メイギスが問う。その顔には、困惑が浮かんでいる。

「まだだ、深淵を見せる。彼は無関係では無いからな……」

 

 

場面は色々と、変換し続けた。学生時代のラーディスさん。魔導院といってたか……教師らしき人に、他の生徒と共に叱られている姿。

自分の指を折り、それを後輩に治癒させているラーディスさん……「治癒の訓練は、これが手っ取り早い」といい放つ……前々から、こんな人だったんだな……遺跡。迷宮。地下道。知られざる土地を巡るラーディスさんの、様々な追体験。

鉱山跡地に住まう、黒鱗の竜。灼熱の火山口に住む、赤鱗の竜との出会い。

吹雪く大雪山を悠々と歩み行く、白鱗の竜。

蒼空を悠然と羽ばたく、青き鱗の竜。豊穣な大地に根差すかのように、泰然と横たわる黄鱗の竜──竜種との出会い。

自分の目で直接、見る事が出来るかどうか……。

 

 

場面が変わる……ここは……朧な風景。霧がかった景色。何もかもが朧気で、実感が湧かない。

いや、足元はしっかりとしているが……見渡す限り、曇天の荒野。周囲には何も無い。

何だろうな、この朧気で霧がかった風景は……?

 

朧な土地。霧がかった妙な風景。何だろうな、ここは──強い視線を感じた……振り返る間もなく引っ張られる感触。抗う事も出来ないほどの強さ──何ぞ!?

 

 

玉座に座る白い人影。その前に、いつの間にか、膝を付いていた──純白のドレスに身を包み、白いベールを顔に下ろしている女性。

ベール越しから届く視線。顔を上げるな……直感が、いう。

「ふむ。弟の子だな……つまりは、妾の甥という事だ」

頭に直接、響いて来る声。ただ、顔を伏せる。

「謁見は済んだ。弟と、ラーディスによろしゅう、伝えておけ……甥よ……ふふっふっ」

 

意識、が……「ああ、妾は深淵の女王。詳しくは、ラーディスに聞け……ふふふっ」

妖艶な笑い声を、最後に、意識……が……きついな……駄目だ……これ、は、恐怖、畏敬、畏怖 が……耐えられ、無い……深淵の、女王──



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第38話 次なる拠点 帝都領内のいずこか

 

絶叫。クレイドルの叫び声が、訓練場に響き渡る──弾かれた様に、クレイドルが椅子から転がり落ちた。そのまま地面に横たわり、身動き一つしない……「ふむ。ちと、刺激が強すぎたか」

 

「昼くらいには、目を覚ますだろう。全身、汗だくだ。浄化して、宿舎で休ませておくといい」

ラーディスの言葉に、ミルデアがクレイドルを担ぎ上げ、のしのしと宿舎に向かう。その後を、レンケインとメイギスが着いていく。

「ラーディス、あの〈映像〉とやら、何を見せたんだ? おめえの記憶の、追体験とか言ってたが」

運ばれて行くクレイドルを見ながら、ダルガンデスが聞く。

倒れた椅子を直し、腰掛けるラーディス。

「何を見たかは、分かりません。ほぼ、ランダムなので……ただ、深淵は見せましたが」

何処からともなく取り出した、煙草盆。煙管の準備をする。

「深淵、なあ……それで絶叫か……?」

「……深淵の女王と、謁見したかもしれませんね」

煙管に火をつけ、パッパッと吹かすラーディス。

「女王と謁見って……おい、ラーディス。覚悟しとけ、受付嬢三人組が凄え形相で、やって来るぞ」

ダルガンデスの言葉に、顔を上げるラーディス。

視線の先に、激昂した三人の獣人が砂塵を舞い上げながら、疾走してくる。

「止めて下さいよ」

「無理だな。まあ、諦めろや」

ラーディスの肩を、軽く叩き、ギルドに戻っていくダルガンデス。

煙管を吸い、大きく吹かす。煙が、宙を流れて行く。

 

 

 

「ヒッ……」

危うく、悲鳴を上げるところだった。

朱いローブのメイギスさんが枕元に立ち、俺を見下ろしていた……無言、無表情。フードの奥から、銀色の瞳が微かに覗く……何か言ってくれ。

「体調は、どうかしら?」

微かな微笑みを浮かべながら尋ねてくる、メイギスさん。

「少し、ダルいくらいですね。魔力制御を終えた後、という感じです」

ベッドから身を起こし、首を鳴らす。

「そろそろ、お昼だから、顔を洗うといいわ」

それだけ言うと、静かに宿舎から出ていった。

朝方に〈映像〉を受けて……そうか、その直後に気を失ったのか……よし、昼食だ。

 

 

昼食のメニュー。野菜たっぷりの鳥雑炊と、ほどよく焦げ目のついた、皮付き鶏肉の塩焼きと青菜の炒めもの。厚めに切ったチーズ、そして酢漬け。

やっぱり、ここの鳥料理は美味い。塩の効いた雑炊が、身に染みる……。

 

 

「君の体験した私の追体験の内容が、どういったものかは、私にも分からん。ただ、その内容は、胸にしまっておけ……いいな?」

茶を啜りながら、ラーディスさんがいう。

「……分かりました」

特に、深淵の女王の下りは……あれは、邪神がらみになるからなあ。

「クレイドル、お前が気を失ったあとの受付嬢三人組は、酷かったぞ……」

ジャンさん、曰く、ラーディスさんに対してへの罵詈雑言はそれはもう、酷かったらしい……。

 

 

ジャンさんが言うには、リネエラさん、ジェミアさん、サイミアさんの受付嬢三人組からは、かなりの罵詈雑言がぶちまけられたそうだ……。

 

──異常者 腐れ術者 死ね 路地裏気をつけろ 月夜の晩ばかりじゃない 異常加虐者 死ね 悪魔の生まれ変わり 性倒錯野郎 帝都の恥 死ね 陰険変態魔導士 くたばれ 呪われろ 魔術至上主義のイカれ野郎 死ね血を吐いて死ね──等。

 

おおう……酷いな、さすが受付嬢、酷い。というか、サイミアさん、女性だったんだな。いつもズボン姿だから分からなかった……何か、申し訳ない……。

ラーディスさんは、何ら気にする事なく、受付嬢三人組に煙管の煙を吹き付けて、撃退したそうだ。

 

 

お茶の時間。のんびりとした雰囲気。

さざ波の洞窟から回収した品の一つ、水属性の腕輪は、ラーディスさんが高値で買いとってくれた。

赤闇の甲殻素材で、俺の防具をスティールハンドで造ってもらう事に決まる。

「いいんですか?」

「もちろんだ。それくらいの装備を身に付けるに相応な実力は、充分あると俺達は見ている」

砂糖まぶしの焼き菓子を摘まみながら、ジャンさんが言う。この人、振る舞い上品だよな……。

「今日にでも、素材を持ち込んで体のサイズを、スティールハンドで合わせないか?」

温めのお茶を、旨そうに啜るミルデアさん。

「そうですね。ハルベルトリバーでの実入りは予想以上でしたから、僕は籠手を新しくします」

砂糖の焼き菓子を摘まむ、レンケインさん。

防具の新調か……楽しみだ。

 

 

「クレイドル君。帝都に来たら何時でも私を訪ねて来るといい。宮廷か、冒険者ギルドにいるからな。衛兵には、ちゃんと伝えておく」

「はい。必ず」

スティールハンドに行く前に、ラーディスさんとメイギスさんを見送る。

ジャンさん達は、先にスティールハンドに出向いた。自分一人で見送るつもりだったのだが、なぜか受付嬢三人組が、遠巻きにこちらを伺っている……仕事しろよ。ダルガンさんに怒られるぞ……。

「帝都行き、そろそろ出ま~す!」

御者が、客を呼んでいる。なかなか、大きな馬車だ。帝都行きに相応しい、立派で大きな馬車になるんだろう。

「ではな、クレイドル君。魔力制御は一日一回は、済ませろよ。魔力はいくらあっても、いいからな。それと、生活魔法と浄化もな」

ラーディスさんとメイギスさんが、背を向け去って行く。その背に、頭を下げた……。

「ああ……そうだ。クレイドル君」

ラーディスさんが戻って来た。何ぞ? 笑っている? そのまま、俺の顔を覗きこむ様に、耳元で囁いてきた……冷たい息。

「クレイドル……穏やかなる時も、安らかなる時もあるだろうが……基本、お前のこれからは、波瀾に満ちるだろう……生まれがそうさせる。転生者……邪神の子……〈映像〉で、女王と謁見させられただろう? お前は、深淵の女王とも多少の縁が繋がった。まあ、悪い事にはならないだろうが……邪神と深淵の女王の、悪運と強運の加護が、お前に、あらん事を……」

ラーディスさんが、すっ、と離れる。

「帝都に来たら顔を見せに来い。面白い連中を紹介してやろう……ではな!」

先程の、冷たい囁き声とは違う、快活な声。

「必ず、顔を見せます!」

改めて、ラーディスさんを見送った。

帝都か……必ず、近い内に。

 

ラーディスさんと別れ、スティールハンドに出向こうとした際に、受付嬢三人組に絡まれた。

──何を言われたのか 何かされたのか そうだったら正直に言った方がいい──面倒事、残していったなあ……ラーディスさん……。

 

 

スティールハンドに出向くのに、少し時間がかかった。執拗に絡んでくる受付嬢は、馬車乗り場にやって来たダルガンさんに、連行されていった。

サイミアさんは、首根っこを引っ掴まれて、ダラリと大人しくなっていた。猫族も、こうなるんだな……。

 

 

「うん? 妙に遅かったな。何かあったか?」

「ああ……それがですね……」

ミルデアさんに答える。無論、ラーディスさんの話の内容は、ある程度ぼかす。

 

「まったく、どうしようもないな」

苦笑の内に笑うジャンさん。ホント、しょうもないですよ。

「よし、やっと主役が来たかい。ここに来な、サイズ合わせをするよ」

ビシリ、とメジャーを伸ばすストルムハンドの奥さん、スウィトフィン。スウィンさんだ。

「素材からは、胸当てと籠手を造るに充分さね。ねぇ、アンタ?」

「おう充分だ。悪魔素材を扱うのは久し振りだなあ。障気抜きも、綺麗に出来ているしなあ。さすが、魔導卿だ」

夫妻は、何か浮き浮きしている。楽しそうだな……。

「さぁ、来な。サイズを測るよ」

ビシリ、とメジャーを伸ばすスウィンさん。

 

仕上がりは、五日ほどと決まった。障気抜きが綺麗に済んでいるので、その期間で仕上がるのだという。

料金は、ギルドから出るというので驚いた。

何でも、初級訓練の卒業祝いとして、武具いずれかが贈られるらしく、前祝いとの事らしい。

 

「五日か。それまで、どうする? 訓練と平行して、何か依頼でも受けるか?」

「それは、いいですね。ああ、僕はクレイドル君に解除ツールの使い方を指南します」

ジャンさんとレンケインさん。依頼に、解除ツールの使い方。何の不足も無い、喜んで受けたい。

「少年。ここでの訓練が済み、正式に冒険者となったらどうする? このまま、ここを拠点にするのもいいだろうが、他領へ出向いて見聞を広げるのを、勧めるが?」

「ああ。それなら、すぐに帝都ではなく、帝都領の何処かと、考えていますが」

ここから、一番近い帝都領は……グレイオウル領になるんだったか。ラーディスさんの実家があるとこだな。

「ふむ。まあ、直ぐに決める事じゃないな。もう夕飯の時間だ。夕飯がてら、オーガの拳亭に飲みに行こう」

ミルデアさんがいう。拳亭、か……まあ、いいか。

「マーカスさんに、夕食の準備はいいと伝えていますからね。オーガ亭に行きましょう」

 

 

久し振りの、オーガの拳亭。ミランダさんにされた仕打ちは、もう忘れた。というか、ラーディスさんにされた仕打ちの方が、だいぶ……つらかったからなあ。

まあ、人徳の違いだろう。ムキムキオネェと魔導卿との……うん? 仕打ちから考えたら……。

 

 

「あら~クレイドル君! お久ねえ~お姉さん、寂しかったわ~!」

赤を基調とした、深いスリットが入っている白縁の肩だしの服。相変わらずの格好。うん、通常運転らしいな。

「あ、はい。柑橘酒の炭酸割り下さい」

「何か……冷たくない?」

「揚げジャガイモと厚切りベーコン、鳥と青菜の炒めもの……ああと、エール二つ」

ジャンさんが、メニューを見ながら言う。

「僕は黒ワイン下さい。それとチーズ盛合せ、お願いします」

「私は特に……いや、野菜煮込みもだ」

「ねえ。みんな、何か妙に冷たくない?」



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第39話 帝都領 グレイオウルを目標に

 

 

「で、グレイオウル領に、行く事に決めたの?」

ウィスキーの炭酸割りを、グビリと呷るミランダさん。太い指で、スパイスの効いた揚げジャガイモを摘まみ、口に放る。

「直ぐに帝都に行くより、まずは他領を見たいと思いまして」

柑橘酒の炭酸割り、美味い。香りがいいんだよなあ。

「出発は、防具が出来上がり次第だな」

ジャンさんが、ウィスキーのショットグラスをチビり、と舐めるように飲む。渋いな。

ミランダさんが従業員に、炭酸割りのお代わりを頼んだ。店員さんがこちらをチラ見しながら、去っていった。何ぞ。

「訓練は、もう充分だと思うぞ。座学も基本は済んでいるのだろう? 解除ツールの使い方を、学ぶ時間を取ればいいのでは?」

ミルデアさんが、エールをがぶり、と呷り、さっそく店員にお代わりを頼んだ。

そして、二回目の野菜煮込みを口に運ぶ。

「うむ。やはり、ここの野菜煮込みはいいな」

ミルデアさんは、目を細目ながら煮込みを楽しんでいる。これ美味しいよな。

「すいません。塩豚と青菜炒め、お願いします。あと黒ワインも」

レンケインさんが、店員に注文する。というか皆、食うわ飲むわですごいな……。

 

 

柑橘酒炭酸割りをチビチビやりながら、料理を摘まむ。厚切りベーコン、美味い。程よい塩味が酒を進ませる。酒良ければ、つまみ良し……か。

「グレイオウル領は、どういう所ですか?」

ラーディスさんからは、あまり詳しくは聞いていなかった……ワサビを特産品にしようと、しているくらいだ。もっと詳しく、聞いておけば良かったなあ……。

 

 

「グレイオウル領はね~最初に言えるのは、水ね。あそこの水で作られたウィスキーは一級品よ~精霊の加護を受けた、大きな湖があってねえ~そこの魚介類も絶品なのよ~」

追加の料理。ソーセージとチーズの盛合せ、ねぎ塩鳥炒めに、ベーコンとトマト煮込み……。

ご馳走だな。もうちょっと、飲むか。

「柑橘酒炭酸割り、お願いします」

 

 

朝日が、宿舎に射し込んで来ている。ええと……しばし、ぼんやりと朝日を眺める。

オーガの拳亭で、少々、酒を過ごしたんだっけか。いい酒と美味い食事……うん、満足度は充分だった。さすが、ミランダさんの店。

もう少し、したら朝食の時間になる。顔を洗って、身支度を整えるか……あ、魔力制御、忘れた。

 

 

朝食。丸パンとチーズに、半熟の目玉焼き。刻んだ干し魚と、白菜と玉葱のスープ。酢漬け野菜。うん、いい朝食だ。

 

「取り合えずは……うん。近場のダンジョンを行き来しながら、実戦を重ねるか?」

ミルデアさんがいう。なるほどな、実戦大事という事だ……。

「構いません。解除ツールの訓練も、充分済ませたいですから、別に急いでいません」

まだ、時間はあるからな。急ぐ必要ないんだよなあ。

「青葉の庭に行くか。昆虫、植物、魔獣系が出現する草原……一見の価値あるぞ、あのダンジョンは」

ジャンさんがいう。前はアンデッドの巣窟、静寂の祠だっけか……次は、青葉の庭か。よし行くか。虫嫌いの克服にもなるだろう。

「はい、行きます」

即決。経験、大事……虫系かあ……うん。

「クレイドル、青葉の庭は妙な場所だぞ。まあ実際、その目で見ておけ。いい経験になる」

ミルデアさんが、いう。実戦の経験はいくら積んでも、いいからな……俺も、この世界に馴染んできたらしい。

「昼過ぎには出るか。レンケインとミルデアが準備している間、メルデオ商会に野営道具を買いに行こう」

ジャンさんがいう。そういえば、野営道具持って無かったな。

 

 

「ああ、いらっしゃい。今日は、何の御用かな?」

おお、入店早々、メルデオさんに挨拶された。

帳面片手に、商品棚を見回している。

前にも思ったが、執務室でどっしり構えているタイプじゃないんだな。客対応が好きなのだろう……。

 

「野営用ね。寝袋とテントが基本だね。ただね、商売気抜きにしても、それなりにお金は掛けて、損はないよ。四季問わず使える寝袋。同じく一人用のテント。少々値は張るけど、長く使えるし、快適性も悪くない。ここでケチると、後悔するよ。私の経験上からも、言える事だね」

なるほどな。メルデオさんの丁寧な説明。

「メルデオさんの言う通りだ。悪い事は言わない。お奨め品を聞いて決めればいいさ」

ジャンさんの意見。よし、さっそく見せて貰おうか、お奨め品を。

 

 

せっかくなので、奮発した。何、金はある。

通気性良く、軽い寝袋。頑丈で軽いテント。金貨十五枚のところ、十三枚にまけてもらった。

あとは、小物入れの獣革のポーチに、頑丈な作りの小銭入れ。計銀貨四枚。これは、割引なく払わせてもらった。

ついでに、小さめの魔道コンロも買おうとしたが、ジャンさんとメルデオさんに止められた。何ぞ?

応接室に通され、お茶をご馳走になった。

近い内に、見聞を広げるため、城塞都市を離れるという話をした。その時、なぜか同席していたメルデオさんの娘。メジェナさんも居たが、騒いで大変だった。

──もう二度と会えないのですか 何で出ていくのですか 私も付いて行きます!!──等。

「むごごご!」 騒ぎ出したメジェナさんの口を丁寧にふさぎ、黙らせるメルデオさん。

 

「城塞都市から出立する時は、顔を見せに来るといいよ。ささやかな、お祝いをするからね」

メルデオさんがいう。頭を下げ、商会を後にする。

 

 

ギルドに戻る頃には、丁度昼になっていた。

昼食は、鶏出汁が効いた野菜たっぷりの雑炊。ベーコンと玉葱の炒め物。チーズに酢漬け野菜。

午後からは、ダンジョンだというので、少々、軽めにしてくれたらしい。うん、美味い。

 

昼休み後に、青葉の庭に出発と決まった。野営の準備を終えたあとは、朝方に出来なかった、魔力制御をする事にした。

ジャンさん達は、少し昼寝でもといい、宿舎に 向かっていった。普通に使うんだな……。

 

 

昼過ぎ、夕方には少し早い時間。青葉の庭に向かうには、丁度いい時間だそうだ。

「距離としては、静寂の祠と変わらない。方角は、ここから真東だ。到着する頃には、夕方にはなっているかな?」

「ですね。馬車を使っても、到着時間はそう変わりませんからね。歩いて行きましょう」

ジャンさんとレンケインさんがいう。

「少年。あの場所は、階層は無く、ただ広い空間だ。行けば分かるが、本当に妙な場所だ」

ミルデアさんがいう。妙な場所か……。

異世界知識、発動無し……何だろうな、事前に発動してもいいだろうに。邪神め! 邪神が!!

 

 



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第40話 青葉の庭 深緑の群虫

 

 

 

東門から出て、小一時間。草原の中に直線の広い道。旅人や馬車が行き来している証のように、舗装された幅広い街道が、真っ直ぐ延びている。

その先には、山脈が南東に向かって、大きくそびえているのが、見える。

「クレイドル。あの山の麓には、エルフの里がある……ええと、何だっけか?」

「エルフ領マルヴェールト峡谷ですね。その近くには、マルヴェナの村があります。ワインの名産地と同時に、湖畔から取れる魚介類は、絶品ですよ」

ジャンさんとレンケインさんの会話。マルヴェナの村か、覚えておこう。エルフの里かあ。

「ワインはあまり好きではない私でも、あそこのワインは、美味いと思うぞ。塩をまぶした素揚げの小魚との相性は、抜群だ」

うむ、と頷くミルデアさん……いや、青葉の庭の話を聞きたいんですが……。

 

 

 

街道から逸れてしばし行くと、青葉の庭に到着。入り口というか、ぽっかりと大きく広がる穴……下りの階段が見える出入り口。周囲に、他の冒険者の姿は見えない。

「ここは、人気無いんだよ。実入りは、昆虫系の素材が中心でね。半端な稼ぎの割りに、危険度を考えれば、いまいち何だよねえ」

「うむ。昆虫系、魔獣系ともに、何らかの状態異常持ちが多いからな。それなりの対策をしてないとリスクが高めなのだよ」

レンケインさんとミルデアさんは、何の躊躇いもせず、すたすたと入って行く。

「直ぐに、魔物と鉢合わせする事は無いだろうからな、大丈夫だ」

ジャンさんに、肩を叩かれた。

 

青葉の庭。一見の価値あり──とは言っていたが、いやこれは──青葉の庭に入った先には、明るく照らされた、草原が広がっている。草原の端々には草むら。木々の茂み。何でダンジョンに、こんな自然があるのだろうか……。

「まあ、気にするな。こういうものだと、思うしかない」

周囲の気配を探りながら、ジャンさんがいう。

自然に、ミルデアさんとジャンさんが、前衛に立つ。その後ろに俺。レンケインさんは背後で、生物の気配を探っている……生命探知、だっけか。

 

 

「お、兎だ」

言い終わる前に、ミルデアさんが短刀を投擲した。兎の首に見事命中。即死──

「素早いな。おい」

ヒュウ、と口笛を吹くジャンさん。

「血抜きをしましょう。クレイドル君、捌き方を教えるよ」

お、おおう……本当に、手早いな。

「ここに切れ目を、入れて─少しづつ剥がしていくんだ。そして一気に、広げるように剥がす」

ビッビビッ─嫌に小気味いい音。手際よく兎の皮を綺麗に剥がし、血塗れの肉塊に浄化をかけるレンケインさん。

おお……血が浄化され、綺麗なピンク色になる、兎肉。浄化、便利だな。

「レンケイン、私が肉を捌こう。可食部は少ないが、骨からいい出汁が取れる。後で、兎肉のシチューといこうか」

ミルデアさんが肉を受け取り、内臓を引きずり出すと、手早く解体する。首を落とし、足を切り分けた。

レンケインさんが、生活魔法の土属性で穴を深目に掘り、そこに内臓を放り込んで、あっという間に埋めた。

「クレイドル君。可食しない部位は、深く埋めるんだ。獣や魔物が、掘り起こすと面倒な事になりかねないからね」

「食料の現地調達は、常に考えておいた方がいいぞ、少年」

「調味料は、最低、塩くらいは用意していればいい。塩は大事だからね。あと干し果物もね」

なるほどな。塩、干し果物、大事。

 

 

「ピックホッパーの群れを確認した。数は約二十ほど。ボスは居ないようだ。各自、散らばって蠢いている」

いつの間にか、斥候に出向いていたジャンさんが戻って来ていた。

ピックホッパー……異世界知識発動──昆虫系。最大全長八十センチ以上の、イナゴ。雑食。全身に短い棘を纏う。

獲物に飛び掛かり、食い付く。顎の力は侮れない。棘付きの外皮は堅牢。素材は外皮と魔石。魔石の属性は、土、風──

バッタか……よりにも寄って、苦手なバッタ。

「ボスが居なければ、各個撃破で数を減らして、殲滅すればいいな」

「僕の石礫を斉射後に、各個撃破という流れで、行きましょうか?」

「二十と少しか。レンケインの先制で、乱戦に持ち込むのがいいだろうな……少年、顔色よくないぞ?」

ジャンさん達が色々と作戦を立てているが、正直頭に入らない──バッタ死ね。イナゴ死ね。飛蝗は気化しろ──

「今更ながら言いますが、俺は虫が苦手です」

これは、言っておかねばな……虫は、殺さないと、な……ふふふっ。

「今言う事かよ……まあ、いい……虫嫌いを克服する機会だと思え、クレイドル」

ジャンさんが言う。もちろんだ……やってやる……できらぁっ!!

「ふむ。ジャンが中心。私と少年が、左と右でレンケインは、中陣の真ん中。それでいいか?」

「む。ミルデアの陣でいいだろう。クレイドル、ミルデア、固まれ。レンケイン、補助頼むぞ」

「了解しました。間合いに入り次第、石礫を放ちます」

「よし、聞いたな。少しづつ、近付くぞ」

 

好き勝手に蠢く、イナゴ連中が見えた──おぞましい。殺そう──一匹残らず殺す、べし!!



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第41話 クレイドル フルスロットル!

 

 

びよびよ、と蠢く、身体に棘を生やしたイナゴ連中。キモい。何でこうも、キモいのか……イナゴめ! イナゴが!!

「クレイドル、ちょっと待て──」

「少年。まだ──」

「クレイドル君、今は──」

ああ、気持ち悪い……顔付き、体、気持ち悪すぎだ──イナゴ! イナゴめ!!

「おおぉあっ!! キモいっ! 死ねっ! 死ねえぇぇっ!! 死ねっ!!」

イナゴの群れに飛び込む。今回は、バトルアクスは置いてきた。

持ってきたのは、盾とスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)。

盾で殴り、剣を叩きつけ、盾で払い、剣を撃ち下ろし、突き、切り払い、叩きつける、蹴り飛ばし、盾で打ち払い、殴り、切り裂き、叩き付ける──「死ねえっ! 死ねっ死ねっ!!」

腕に何かが刺さる感触。肩に、衝撃──知るかっ! 痛みなんか無い! 叩く、殴る、薙ぎ払う、斬り、突く──無駄に頑丈な、外皮の隙間に剣を突き込み、抉り抜く。

食い込んだスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を抜くため、イナゴの体を蹴る。

スケルトンキラーを抜き、にじり寄って来たイナゴの頭を盾でぶん殴り──横倒しに倒れたイナゴの頭を、踏み潰す──

 

 

 

ピックホッパーを見た瞬間……クレイドルが、キレた──「おおぉあっ!! キモいっ! 死ねっ! 死ねえぇぇっ!! 死ねっ!!」──

虫が苦手と言ってたが、腰が引けるのではなく、キレる方だったのか……荒ぶり、滅茶苦茶に暴れるクレイドル。

「ジャン、あれでは私達の声は届かない。放っておくしかないぞ」

「何時でも、手助け出来るように待機するしか、ないですね……しかし、凄い暴れっぷりですねえ……」

ミルデアとレンケインが、呆れたように言う。

確かにな。無理に割って入れば、巻き込まれるかもしれない──「死ねえっ! 死ねっ死ねっ!!」──乱戦乱撃、ピックホッパーの攻撃をものともせず、斬り払い、叩き、殴り倒し、イナゴを一匹、また一匹と殺していく。

群がる虫を跳ね散らし、叩き潰していくクレイドル……呆れたな、ただ一人で一匹残らず……潰すとは……。

 

 

周囲を見回す。イナゴの死骸が、散らばっている……うお、死んでもキモいな……なんか、もう面構えがキモいんだよ。のっぺりとした面がホントにキモい。イナゴ死ね。コオロギも死ね──昆虫食、拒絶しろ。根絶しろ。戦時中かよ……。

少々、疲れたな……待てよ、ジャンさん達は? どうしている?

 

 

「レンケイン、浄化してやれ……ちと、酷い有り様だ」

「クレイドル君、ちょっと動かないでね。浄化するから」

ええ~と、そんなにか。いやまあ、体液みたいのが散っていた気がしたが……うむう。

「ピックホッパーの素材は、あまり価値がないからな、魔石の回収で済ませよう。いや、量が多いな……」

ミルデアさんが、解体用のナイフを取り出し、魔石の回収を始める。

「少年、手伝ってくれ。ピックホッパーの、効率のいい解体の仕方を教えておこう……可食部は、足だが──」

「食べませんよ。リザードマンも食べないのでしょう? 食べませんよ」

冗談じゃない。食わないよ、食わない。伝統以外で虫食うのは、虫と同レベルだ。

「お、おう……じゃあ魔石の回収を済ませるか」

ミルデアさんが、少し引いている……許してくれ、昆虫食はアカンのよ。マジで、ダメ、絶対。

異世界知識発動! このタイミングで!

──ピックホッパーの可食部。足の大腿部。外殻を割り、中の筋肉部を切り取る。塩焼きが適しており、味は鶏肉に近い。炭火で焼く事で美味になる──美味になる、じゃねえよ!! 食わないからな!!

 

 

 

魔石の回収が済み、バラバラに散らばったピックホッパーの死骸を、脇に避ける。

焼いた方がいいらしいが、なかなか盛大に燃えるらしく、火の粉が飛んだなら、火事になりかねないとの事。生活魔法で穴を深目に掘り、そこに放り込む事にした。

 

「うん、そう。土を掻き出すというより、掘り進む事をイメージするんだ。うん、その調子」

レンケインさんの指導の元、穴を掘る。消費魔力は軽微。緩やかに、減少していく感じだ。

「よし、それくらいでいいだろう。あとは、風で死骸を穴に落とすんだ。吹き散らすのではなく、方向を考えて、風を吹かせるんだ」

ジャンさんがいう。積まれたピックホッパーの死骸を、直進する風をイメージして……。

 

 

「この先、森の手前、薔薇姫三体だ。サイズは少し大きめだな。回避するより、仕留めた方がいいだろう」

斥候に出向いていた、ミルデアさんが戻ってきた。

「ふむ。薔薇姫か……そうだな仕留めるか。素材も良いのが、回収出来るからな」

ジャンさんがいう。薔薇姫……植物系の魔物だろうな、っと異世界知識発動。いいタイミングだな──赤刃の薔薇。ローズエッジ。薔薇姫。植物系の魔物。根を這わせ移動する吸血性の魔物。

刃の様な花弁は鋭く、頑丈。それによって出血した獲物を優先的に襲う。素材は花弁と根──

 

 

「薔薇姫かあ。根は薬に、花弁は刃物に加工出来るんだよ。とくに花弁は、解体道具への加工に適しているんだよねえ」

「ふむ。確か、根は強壮剤、香水になるんだっけか」

レンケインさんとミルデアさんがいう。香水かあ、ちょっと興味あるな。前世ではたまに、寝る前に付けていたな。よく眠れるんだよなあ。

「よし、さっ、と片付けるか。なるべく、短期戦で仕留めたいな」

ジャンさんがいう。チラッと俺を見た。分かっています。暴走しませんよ……。

 

 

少し移動すると、広い森が間近に見えた。ここに来た時から、気になっていたんだ。深緑の森は、たぶん季節関係なく、深緑なのかもな……。

「いたぞ。見えるな、少年」

ミルデアさんが指差す先には……揺らぎながら蠢く、人間ほどの大きさの薔薇がいた。

身長は……百五十センチほど、花部分は五十センチくらいか。這う根っこがうねうね蠢き、気持ち悪いな……こっちに気付いていない様に見えるが……。

「よし、先制出来るな。レンケイン、石礫で驚かせてやれ。その後、俺が旋刃をぶつける。ミルデアとクレイドルは、そのまま強襲しろ……いいな?」

頷くミルデアさんと俺。投擲用の手斧を構え、握る。よし、何時でも用意は出来ている……。

「ゆっくり、近付きましょう。石礫程度は、何時でも放てます」

「うん。石礫と同時に、旋刃を放つからな」

 

一歩、また一歩と近付く……まだこちらに気付く様子もなく、薔薇姫連中は蠢き、揺れていた。

すうっ、とレンケインさんが息を吸うと同時に──大量の石礫が、散弾状に放たれた。

散弾の後を追う様に、複数の円月状の風の刃が薔薇姫達を襲う──



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第42話 青葉の庭 花園と蝶そして蟷螂

 

レンケインさんの石礫が、蠢く薔薇姫を撃ち叩き、ジャンさんの旋刃が薔薇姫を切り裂く──ミルデアさんが短槍を投げつけ、一体を貫いた。

それに遅れ、手斧を投げる──命中。

ミルデアさんが、手斧が突きたった薔薇姫を、抜き打ちで斬った。新調の青の剣だ。

水飛沫が舞い、薔薇姫の頭部がずり落ちる。

残った二体。一体を、俺が盾で殴り付け、袈裟斬りに斬り払う。

ほぼ同時に、ミルデアさんが、短槍で貫かれた薔薇姫に止めを刺した……短期決戦。十秒少しで決着。

短期戦だからといって、薔薇姫が弱いという訳では無く、もたつくと他の魔物や魔獣を呼び出すのだそうだ……異世界知識で教えてくれなかったな! 邪神め!!

 

「花弁は、なるべく縁に触れず、丁寧に引っ張るんだ。傷付けずに引き抜けば、なかなかの値で売れるよ」

レンケインさんは、花弁を指で摘まみ、引き抜く。道具を使うと傷みやすくなるそうだ。

ジャンさんとミルデアさんは、根を回収している。

「根の先端を、傷付けなければいいんだ」

ミルデアさんは、豪快に、根元を千切るようにむしっている。それでいいらしい。

 

 

素材の回収後、休憩となった。魔道コンロで湯の準備をする。広げた布の上に皿を並べ、干し果物とビスケット。スープではなく、お茶にする。

レンケインさんとジャンさんは、回収した素材の選別をしている。ミルデアさんは斥候に行った。

 

「花園近くまで行ってみたが、蝶がいた。かなり大きかったぞ。うん」

目を細めながら、温めの茶を啜るミルデアさん。

「蝶というと……幻痺の黒羽(げんひのくろは)か。なかなか厄介なのが出たな。俺は補助に回らないといけないか?」

ジャンさんが、補助に回る? どういう事だ?

おう、異世界知識発動──幻痺の黒羽。シャドウフライ。外敵に対して幻惑、麻痺性の鱗粉を撒き散らす。効果は、一時的なもの。単体ならば危険度は高くないが、他の魔物と出現した場合には、幻惑と麻痺の効果は危険なものとなる。素材は、羽根と触角──なるほどな。撒き散らす鱗粉対策に風属性で散らす、か……。

「鱗粉は確かに厄介ではあるが、ジャンの風属性で押し返せるからな。ジャン、頼めるか?」

「任せろ。俺とレンケインは補助、ミルデアとクレイドルが、黒羽を仕留めろ……意見は?」

「意見、というより、質問なんですが」

「うん? 構わんぞ。何だ?」

ミルデアさんが花園と言ったが、蝶以外に……。

「蝶以外の、魔物が出現する可能性は?」

「あるには、ある。だが、幻痺の黒羽は花園の主といってもいい存在だからな。外敵は……ああ、そういえば……ミルデア、黒羽以外には何の気配も無かったんだな?」

「ああ、そうだ。外敵が来るとすれば……蟷螂だ、な。そいつの出現も、視野に入れておこう。黒羽を始末すると、現れる可能性が高くなる」

花園は、ここの魔物、魔獣からは狩り場として見られているらしい。狩り場を、独占している主が居なくなれば……。

「いいとこ、気付いたな。よし、速やかに黒羽を始末。その後は、状況次第で行動を決めるか」

前衛、俺とミルデアさん。ジャンさんとレンケインさんは、補助に回る事になった。

「釘を刺すつもりは無いが、少年。暴走はするなよ」

と、ミルデアさん。蝶は大丈夫です。どっちかというと、蝶は好きですよ。と言うと引かれた。何ぞ?!

 

少し行くと、花園が見えてきた。庭園、とも言える。人の手が入っているはずも無いにも関わらず、妙に整っている。これが青葉の庭の由縁か。

花園の中央、ばさりばさりと羽ばたく大物が見えた──幻痺の黒羽。でっかいな……羽根を広げたなら、横幅百五十は越えている。全長は八十センチほど、か……滞空しながら、花の蜜を吸っている花園の主。こちらには、全く気付いていない。

主の余裕なのか……? 小声で、ジャンさんが囁くようにいう。

「先制だ。俺が風を起こしたら、かかれ。鱗粉を逆流させて、こちらには来ないようにする。口は閉じておけよ、クレイドル。鱗粉吸い込んだら、面倒な事になる」

頷き、鷲の兜のフェイスガードを引き下ろす。すうっと、ミルデアさんが息を整える。

「向こうが気付く前に手斧を投げろ。当たろうが外れようが、関係無い。どうあれ、先制が大事だからな」

なるほどな。先制大事……よし……死ねっ!!

スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)の柄に手をかけ、走る──「あ、おいっ!」「またかっ! 少年っ!」「鱗粉、吸わないように気をつけろっ! クレイドル君!」

呼び掛ける声。うん。分かりました。それより、目の前の虫けらを、殺さないと──死ねっ!!

手斧を投げ付ける。ふわりと、避けられた。

予想通り──スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を抜き撃ちで、斬りつける。

ざりっ、とした手応え。片羽根を切り裂く感触だった。

バランスを崩した蝶が地に落ちる。もがく蝶の頭部を、踏む──ぐじり、と気味の悪い感触。

本当に……虫は……気持ち悪い、ものな。

 

その後。叱られた──分かってはいるんだけどなあ……虫め、虫が!!

 

 

幻痺の黒羽の、素材を回収。片羽根と触角二つに、魔石。羽根と触角は、魔術の触媒になるそうだ。魔石の属性は、風。

 

「新しい主がやって来るまで、そう時間は無い。蟷螂が来るか、でなければ……」

「甲虫の可能性もありますね……どっちにしろ、強敵ですよ」

ジャンさんとレンケインさんが、俺を横目で見ながら言う──むむむ……。

 

 

ここで帰還する。という、選択肢。そして、新たにやって来る花園の主を、待ち受けて討伐する。という選択肢──ミルデアさんが、斥候から戻って来て、言った。

「蟷螂だ。花園の主が消えたのが、分かったんだろう。間もなく、来るぞ」

ジャンさんが少し考え、言った。

「よし……仕留めよう……クレイドル、今までのようにはいかないぞ。蟷螂は、ここの生態系のトップクラスだ。抑えて連携を取れ。いいな」

「分かりました……やります。ただ、少し後ろに下がってもいいですか? 冷静に状況を観たいんです……」

虫を見た瞬間、カッとならない方法は一つ、距離を取って、状況を観る事だろうから……。

「いいだろう。ひとまず、俺とミルデアが前に出る。レンケイン、クレイドルを抑えろ。戦闘が始まったら補助を。状況を観て、クレイドルを放せ……いいな、クレイドル。冷静になれ」

「分かりました。クレイドル君、僕の側から離れるな……いいかい、離れたら駄目だからね。蟷螂討伐は、死人が出てもおかしくないほど、難度が高いからね」

がっしりと、マントの裾を掴まれる。むむむ、仕方ない──何時でも、手斧を引き抜けるようにしておく。

蟷螂かあ……ここの世界でも、純粋な肉食なんだろうな──



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第43話 青葉の庭 鋼の四つ鎌

「おい、見ろよ、四つ鎌の特殊個体だ。珍しいもんだな」

「普通の蟷螂じゃないな……うん。大物だ」

ジャンさんとミルデアさんが、話し合う。

花園に向かって来る、全身赤銅色の大蟷螂。

うわ……大きいな。体高、優に百二十は越えているだろうし、四枚の鎌を広げれば、横幅百八十はあるか? 全長は四メートル以上はある……。

牙顎をガチガチと鳴らし、四つの鎌を振り上げて、周囲を威嚇している。

「クレイドル君、一人じゃあ無理だよ、あれは。いいね?」

今だ、マントの裾を掴んでいるレンケインさん。分かっていますよ……あれは、さすがに──おおっと、異世界知識発動──死の四つ腕。鋼の四つ鎌。デスサイス。四つの鎌のみならず、顎の力も尋常ではない。飛びかかり獲物を抑え、顎で捕らえて、鎌で斬り断つ。

複眼で周囲を見渡し、隙は見せない。素材は、ほぼ全部位──なるほどな、一財産できるほど、か……危険度に釣り合うかは、別の問題なのだろうな──

「見ての通り特殊個体だ。レンケイン、補助頼む。クレイドル、お前は遊撃に回れ。冷静にな」

「頼むぞ少年。あれは、普通の蟷螂じゃない。直接、鎌は受けるなよ。盾ごと斬り落とされるからな」

分かりました──と上の空で答え、四つ鎌をじっと観る……うん? あの腕、何か妙だな……。

「来るぞ。レンケイン頼む。ミルデア、正面から行くぞ」

レイピアを抜くジャンさん。ピィンッ、と刃が鳴る。

「私が右に回る。ジャン、左側頼む」

ミルデアさんが静かに移動する。それに合わせながら、ジャンさんが動く。蟷螂の視線が、左右にキョロキョロと動く──ああ、分かった。四つ腕の動き。左右別にだが、四つ腕を別々に動かす事が出来ないのだ──なら、その動きは直線的だろう。フェイントやらは出来ないのだ……この蟷螂は……。

そろそろ、裾を離してくれまいか? レンケインさん?

 

ギギィイッンッ──鋼と鋼が、交差する音。刹那の火花。ジャンさんの風属性と、四つ鎌が噛み合う音。

やっぱりな、左側の二つ腕が同時に、ジャンさんの風属性の攻撃を弾く。同じ動きしか出来ない。やはりな──ミルデアさんの、短槍がいつの間にか、四つ鎌の横腹に突き立っている。

ダメージは見えない──虫だから痛みは感じていないのだろうが、その動きにぎこちなさが見える。充分な隙が出来るだろう。

ジャッ、と青の剣を抜くミルデアさん。水滴る青の剣。それを蟷螂の足目掛け、振るう。

「ふふん……足、貰ったぞ」

ビシィッンッ──蟷螂の左足が二本切断され、その身が少し沈む──と同時に、大量の石礫が蟷螂に降り注いだ。レンケインさんの魔術。

「クレイドル君、分かっているね……行けっ!」

猟犬が如く、解き放たれる俺。蟷螂の背後に回るべく、大きく迂回する──落ち着け、俺。

蟷螂が、片目でぐるりと、こちらを見た──何の感情も伺えない嫌な目付き──

「よそ見は、いけねえな。蟷螂さんよ」

ジャンさんが、剣を掲げると同時に──パシィイン──蟷螂の背に、落雷一撃。

蟷螂の体が、一瞬、青い光に包まれた。

ギギッギィィィ! 蟷螂が鳴く。その背に飛び乗り、目指すは──その首。

逆手に持ったスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を、ジャンさんの雷撃に怯む、四つ鎌の頭部に押し込みながら、横薙ぎに力を込める……ガツリ、とした堅い手応え。ここから、思いきり横に、斬る──そのまま首を、跳ね斬った。

勝った……ドンッ、蟷螂の体が跳ね上がり、俺の体が宙に投げ出された。

昆虫特有の生命力。首を落とされたにも関わらず、ジダバタともがく四つ鎌。意識も何も、無いだろうに──蟷螂の背から転がり落ち、武器を構える俺。

「クレイドル、下がれ。放って置けば、直に動きは止まる」

レイピアを鞘に納めながら、ジャンさんがいう。

やがて、蟷螂の動きが止まり横倒しになる。その身は、もう動かない──

「素材を回収しましょうか……特殊個体ですからね、一財産になるでしょう」

気だるげに、レンケインさんがいう。

「少し、休ませてくれ……ミルデア、クレイドルと一緒に、素材回収を頼む」

ジャンさんが、地べたに座り込みながら、言った。二人とも、魔力を相当に使ったのだろう。

明らかに、疲労が見てとれた……御苦労様、です。

「うむ、任せろ。少年、こいつの素材は無駄に出来る部位は、ほとんど無いからな。特殊個体は特に、だ」

ミルデアさんが、嬉しそうにいう。素材回収のいい勉強になりそうだ……。



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第44話 青葉の庭 城塞都市への帰還

 

 

花園の攻略時点で、撤収と決まった。

花園の主、二体をその日一日で倒した事は中々に珍しい事らしい……ギルドへの報告は、ジャンさん達が請け負うとの事。特殊個体撃破は、貢献度上昇に大きく関わるとの事……なるほど。

青葉の庭から出た頃には、夕刻近くになっていた。今から城塞都市に戻るのは、しんどいという事で、青葉の庭の出入り口近くで夜営をして、明け方に城塞都市に帰還と決まった。

さっそく、夜営の準備をする。夜露を凌ぎながらの寝袋の使い方。テントの使い方等。

知識と実践は、別なのだな……まだまだ、学ぶ事は多い……雨は来ないというので、焚き火を中心に、明け方まで眠る事が出来ると、いう事だ。言葉に、甘えておこう……何か、あれば……スゥ。

 

 

明け方。爽やかな鳥のさえずりが、心地いい。

一番最後に目覚めたのは、俺だった。魔道コンロで沸かされたお湯が、クツクツ鳴っている。

ジャンさんが、敷いた布の上に並べた皿の上に干し果物とビスケット、そして炙った干し魚を置いている。

「スープは、ミルデアが戻ってからだ」

ミルデアさんは、周囲の見廻りに行っているそうだ。俺はバッグから、携帯用の小さな洗面器を取り出し、生活魔法で顔を洗うための水を満たす。うむ、便利だ。

 

ミルデアさんが戻って来た。何も、異常無しとの事。 レンケインさんがカップにスープを注いでくれる。いつもの乾燥豆と野菜のスープ。

食事中の会話は、とりとめのないものから、回収した素材の取り扱い、等──

やがて日が完全に明けた頃。食器を片付け、城塞都市に帰還する事になった。

素材の取り扱いは、土属性の魔石はレンケインさんが、幻痺の黒羽と鋼の四つ鎌の素材は全て売却という事に決まった。

蟷螂の素材は、いい武具の材料になるらしいが、ジャンさん達は特に武具を新調するつもりは無いそうだ。

これだけの素材なら、相当な実入りになるらしい。まあ、ジャンさん達に任せよう。金はいくらあってもいいのだ。

「城塞都市に戻るか。今から出れば、昼前には着くだろう」

あくび混じりに、ジャンさんがいう。よし……戻ろう。拠点に──

 

 

「ふうん……花園の主、黒羽と四つ腕仕留めたか。四つ腕は特殊個体か……前の、赤闇の蠍を仕留めた件といい、なかなかに貢献してくれてるな、しっかり覚えておくぜ」

ジャンベールを前に、ダルガンデスがいう。

「面子がいいんですよ。レンケインにミルデア……そして、クレイドル」

「相当に、無茶するらしいな。クレイドルは」

茶をゆったりと啜りながら、ダルガンデスがいう。

「あれは……何というか、冷静な無茶。て感じですかね。あと異常な虫嫌いです」

「ううん?……冷静な無茶は、分からねえでもねえが、虫嫌いってのは?」

「ああ……それはですね」

 

 

さて、暇だ。ジャンさんのいう通り、昼前に城塞都市に到着した。

ギルドに戻り荷物を置いた後、回収した素材をギルドに納めた。その時の買取り値は、手数料を引いても相当な値だった。

四人で分配しても、かなりの金額。その場で、ギルド口座に入金してもらう事になった。

その際、興奮したジェミアさんが掴みかからんばかりの勢いで迫って来たのが、怖かった。

リネエラさんが、丁寧にジェミアさんを引き剥がさなかったら、逃げていたかもしれない。

「将来設計は、大事ですから! 大事ですよ!!」

むふう、と鼻息荒く、再び迫って来たジェミアさんは、リネエラさんに引きずられて行った。

入金手続きは、サイミアさんに頼んだ。

「はい。手続きは終了です。入金証明書と、手帳をお返ししますね」

サイミアさんから、証明書とカード代わりになる手帳を受け取る。

手帳は本人の魔力を流さない限り、使用出来ない。暗証番号の代わりらしい。微量の魔力でもいいそうだ。帝国領内なら、何処でも使えるとの事。

「結構、貯まっていますねえ……ゆくゆくは、ここ城塞都市で住居を構える事をお勧めしますよ?」

うふふ、と笑うサイミアさん……目が、笑っていない。妙に、鼻息荒くないか?

 

昼食は……ギルドで食べよう。

 

「想像よりも相当に稼げたな。黒羽と四つ鎌の素材は、やはり高級品か」

ミルデアさんが、濃い目のタレがかかった茸と青菜炒めを口に運びながらいう。

いや、これ美味いな……うん、飯に合う。

「いい茸が手に入ってな。茸尽くしにしたんだよ。うん、我ながら良く出来たもんだ……」

マーカスさんがいう。茸と青菜の歯応えがバランスよく口に響く。そして、汁物は──

「むう……このトロミ、いいな。うむ、出汁が効いていて、美味い……」

ミルデアさんが、目を細めながらスープを啜る。出汁の効いた、トロミのあるスープの具材もまた、いい──豚肉、ニンジン、白菜、茸。

「米でよかったな。うん……美味い。さすがマーカス」

ダルガンさんのお墨付き。当然だな……うん。

茸と青菜炒め。野菜たっぷりのあんかけ豚汁に米。そして、いつもの酢漬け野菜は白菜だ。

ジャンさんとレンケインさんは、ただ無言であんかけ豚汁を楽しんでいる。

よし、ここは……「マーカスさん、米と汁のお代わりお願いします」

おう、とマーカスさんがお代わりをよそってくれた……これをだな……皿に盛られた米を、あんかけ豚汁に投入する。

スプーンで、米をゆっくりとかき混ぜる。この世界で、こういう行為がどう思われるのかは、分からないが……中華丼というやつだ。最も、少々具は足りないけどな。特に、ウズラの卵。

「いただきます」

中華丼(仮)をスプーンですくい、口に運ぶ。

おおう……悪くない、悪くないぞ。うん、中華丼だ、中華丼──「おい、クレイドル……何だ、それは」

マーカスさんの声。う、やはり良くない行為だった、か……?

「飯と菜を混ぜるかあ。なるほど、なかなか悪くねえ…どんぶり飯の上に菜を乗せる事も悪くねえか? 食器洗う手間も少なくなるし……」

ふむふむ、と一人合点をしながら、マーカスさんは、俺と同じ様にスープに米を投入し、啜り始めた。

「なるほどな……雑炊とはまた、違う感じだな……応用が、効きそうだな。この食い方は」

具材次第で、どんぶり飯を……量を、食うならば……腹持ちが……。

料理人モードになってしまったマーカスさんが、ぶつぶつと呟き始めた。

最早、自分がどうこうも、出来ない──

「ご馳走さまでした」

礼を言い、立ち上がる──今日の午後は、どうするか──さてと……ジャンさん達は、自由行動として、思い思いに去って行った。

夜に集まり、酒でも飲もうと決まっているが、さて夜までどうするか……ああ、そういえば、煙管だ。

ラーディスさんが言っていたな。魔力制御に役立つ、と。

ううむ。正直、煙管に興味あるんだよなあ……前世では、煙草には何の興味も無かったが、煙管かあ……よし、試してみるか。

となれば、メルデオさんとこか……大概のものは手に入るみたいだからな。



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第45話 赤闇の胸鎧と籠手 そして黒鷲 あと煙管

 

「おい、クレイドル。スティールハンドから伝言だ」

メルデオ商会に出向こうとした際、ダルガンさんに呼び止められた。

何でも、注文していた赤闇の凶殻素材の最終調整をしたいとの事だった。

「それと、鷲の兜を持ってきてくれとも、言ってたな」

「鷲の兜……分かりました。急ぎですかね?」

「いや。特にそういう感じでもなかったな。あそこは、夕暮れには店を閉めるから、それまでに行けばいいだろうな」

今は昼過ぎ。夕方までは時間はあるから……メルデオさんのとこから先にするか。調整にどれくらい時間が掛かるか、分からないしな。

 

 

「煙管かい、うん。いくつか揃えているよ。ただ、煙草葉の種類は、それほど無いけどね」

煙管を並べるメルデオさん。おう、色とりどりの煙管。基本の造りは木。煙通しの中間、羅宇。吸い口と、火をつける雁首だっけか? そこは金属製だ。

「一番、重要な部分は吸い口だそうだよ。そこが悪ければ、他が良くても二級品だそうだねえ」

なるほどな……吸い口、かあ……さて?

「まあ、そこらは気にしなくてもいいよ。うちに納めている職人は、一流の職人だからねえ」

メルデオさんがいうなら、確かだな……さて……。

「君には、これが似合うと思うが……どうかな」

おう……メルデオさんが差し出してきた煙管。

雁首、吸い口は黒く鈍い光を放ち、羅宇部分は、白木の頑丈な造りで蔦が彫り込まれている。

「雁首、吸い口は黒銀。羅宇部分は、白木造りで、中々に頑丈だよ。彫金、装飾ともに一流の職人造りさ」

メルデオさんはニコニコと、勧めてきた逸品を 眺めている……よし、ここまでに勧めてきたならば、間違いないだろう。

「じゃあ、それを。あと、煙草葉もいいのを見繕って下さい」

「相変わらず、いい買いっぷりだねえ。吸い方は知っているかい?」

「ええ、ラーディスさんに、教えてもらいました」

へえ~、とメルデオさん。あと、時代劇で。

「じゃあ、煙草葉と煙草盆込みで、銀貨三枚てとこだねえ」

代金を払い、煙管をまじまじと見る。おう、渋いな……派手さはないが、さりげない自己主張が、いいな……これ、永い付き合いになるだろうなあ……。

 

 

応接間にクレイドル君を通し、茶を飲みながら、世間話をする。青葉の庭での出来事を、身ぶり手振りで話しているが、中々に無茶をするものだなあ……。

クレイドル君が断りをいれ、早速煙管に葉を詰め、火をつける。生活魔法か……。

吸い口を、舌先でちろりと舐めて口に含むクレイドル君を見る──ぞくり、と背筋が粟立つ……ああ、ダメだ。これ以上見てはいけない──目を逸らす──彼は、魔性だ──形のいい薄紅色の唇。そこから覗いた舌先は、妖艶という言葉さえ、陳腐に過ぎる……まばゆいばかりの金髪に、異様に整った目鼻立ち。白磁の肌──娘には目の毒過ぎる──いや、全く。

ふうぅ~、と煙管を吹かす、クレイドル君。

「いいですね……煙草葉の味なんて分かりませんが、うん。いい味です」

「気に入ってもらって何よりだよ。その煙草葉、‘’深風(ふかかぜ)‘’といってね、まずは、この煙草葉が煙管の基本だというよ」

 

メルデオ商会から出た足で、そのままスティールハンドに向かった。

早速、防具の調整を始めた。胸当てに籠手。そして、兜……。

「いやね、赤闇の凶殻の素材が少々、余ってねえ。その余りで、鷲の兜を凶殻素材で強化しようと思ったんだよう」

ストルムハンドさんの奥さん、スウィンさんがいう。なるほど、兜の強化か。

「フェイスガードと、その周囲全部を張り替えだな。ちいっと、重くなるかもしれねえが、まあ誤差の範囲だな。頑丈さは、お墨付きだぜ」

ストルムハンドさんが、自信満々にいう。

「それと、余った素材を使うんだから、料金は要らねえよ」

「こういう、上質な素材なんて、そうそう扱えないからねえ」

あっはっはっ、と髭を揺らして豪快に笑うドワーフ夫婦。

 

「よっしゃ、調整終了。多少、余裕というか、遊びが出来ると思うが、軽快性を重視した造りになってるからな」

「兜の仕上がりは、明日の昼前には終らせておくよ。胸鎧と籠手は……三日後てとこだねえ」

「では、お願いします」

頭を下げる俺に、夫妻は豪快に笑って答えてくれた。

 

さて、用事は皆、済んだ……飲みの時間まではまだある。

う~ん。どうするか……オーガの拳亭には早いし、煮鍋亭は一人では入りにくい気がする……なら鶏源亭だ。うん。あそこの麺料理は、ラーメンに近い、というかその物だからな……鶏モツつけ麺、鶏塩そば、鶏辛そば、煮込みそば──等。

サイドメニューもあるんだよなあ……よし、さっぱりとした鶏そばで、小腹を満たすか……うん。

 

 

ねぎ多めの鶏そば。さっぱりとした味の、鶏源亭の基本のそば。するりと腹に入る味。

うん。美味かった……店に断りを入れ、煙管に深風を詰め、火をつけ……ふうっ、と吹かす。

入り口近くの席。外を行き交う人々がよく見える。いうなれば堅気の人達……冒険者稼業に比べれば、まっとうな人達だ。

煙管を吹かすと、煙がふわりと、宙に消えていく……。

 

「不味かったかなあ……クレイドル君を店先に案内したのは」

鶏源亭の亭主は、少々後悔していた。ここ、城塞都市に店を構えて、数年。評判は上々──常連客の、中堅冒険者のジャンベールさんとミルデアさんが連れて来た客──その顔立ちを見た瞬間、ぞくりとした……最初に目についたのは、唇だった。薄紅色の形のいい唇。そして、白磁の肌──そこ以外からは、目を伏せた。直視は危険だと、心が拒絶した。

そのクレイドル君は、度々この店に通って来てくれている──それはいい、いいのだが……客寄せのためにと、必ず店先に案内したのが、よくなかった──

あの方は今日は来ていないのですか? あの人はいつ来るのですか? 彼が来る日時は決まっているのかね?──明らかに、それなりの身分の人達が、ちょくちょくと、訪ねてくるようになったのだ。

その都度、冒険者稼業は気紛れですので──とやり過ごしていた。

売り上げは確実に上がっている。その理由は明らかだった──ううむ。クレイドル君が、来なくなったなら──考えたくないな……。

 

「ご馳走さまでした。代は置いときます」

煙管を吸い終えたクレイドルは、颯爽と去って行く。

「あ、ありがとう、ございます! ま、またのお越し、を!!」

誰が接客するかの暗闘を勝ち上がった、女性従業員が(結局は、厳正なる順番決めで決まった。ちなみに、男性従業員も加わった)、うっとりした顔立ちでいう。

「うん。また、来ますね」

振り返り、ニコリと微笑み、答えるクレイドル。茫然自失の従業員。

「は、はい……また、またのお越し、を」

この従業員。終生、クレイドルの笑みを忘れなかったという……。



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第46話 城塞都市 石壁の砦

 

 

鶏源亭から出る頃には、夕方過ぎになっていた。訓練所に戻ると、ジャンさん達も戻っていた。

「おう、戻ったか。まず、一服しな」

テーブルに着くと、マーカスさんがお茶を入れてくれた。

「飲みに行くんだろ? 俺も一緒させてもらうぜ」

すすっ、と茶を啜る。マーカスさん。

「場所は、オーガ亭でいいか? あそこにボトル入れているのを思い出した」

「ボトル? オウルリバーですか?」

「おう、十年物だがな。酒場じゃ、それくらいしか、揃えられないんだよな」

ジャンさんに答える、マーカスさん。

「ラーディスから、二十年物貰ったはいいが、あれはそう簡単には、開けられねえ」

「二十年物……直売所でも、予約制の代物か」

ううむ、とミルデアさんが唸る。酒好きだな……皆。

「そろそろ、行きますか。混む前にテーブル取っておきましょう」

レンケインさんが、腰を上げた。

「おう、先に行ってな。片付けてから、向かうぜ」

マーカスさんが、茶碗と焼き菓子の皿を片し始めた。

「俺も、一服して向かいますよ」

購入したばかりの煙草盆を出し、煙管に深風を詰める──ぽっ、と生活魔法で火をつけ、ゆったりと、吹かす……微かな苦味の中に確かな甘味。

ラーディスさんが、魔力制御に役立つといった意味が、分かる……ふうぅ~。うん、いい味だ。

「なんだ。おめえ、煙管なんか吹かしやがって。いい趣味してんな」

「生活魔法、なかなか使いこなしているね。煙管とは、また……」

マーカスさんとレンケインさんに言われた。

何ぞ?

 

 

オーガの拳亭。相変わらずの賑わい。この店のいい所は、誰でも受け入れる事だろうな。

泊まり客関係無く、料理と酒を、振る舞う。値も悪くない。賑わうのも当然だ……ミランダさんにやられた事は、忘れたが……。

 

 

「クレイドル君、ここ城塞都市には三つのダンジョンが有る。その内二つ、静寂の祠と青葉の庭は済んだ。あと一ヶ所、石壁の砦という場所があるんだ」

黒ワインを口に含みながら、レンケインさんがいう。

「そこは相当に古い場所でね。覇王公の時代からある砦だけど、今は」

くいっ、と黒ワインを呷り、続ける。

「武装スケルトンの巣窟なんだ。前に、説明したと思うけれど、武装スケルトンは、生前の戦闘能力を引き継いでいる。あそこの連中は、並の相手じゃない。昔の軍事拠点や、大戦があった場所に現れる武装スケルトンは、軍規を今だに覚えているんだ」

「要するにあれだ。軍規、連携が取れている奴等だ……手強いぞ。十人単位の、小隊並の強さを保っている」

レンケインさんに次いで、ジャンさんがいう。

「もうちっと補足してやるぜ。覇王公の時代からの戦闘能力を引き継いでいるんだ……つまり、歴戦の兵士の実力を保っているってこった」

マーカスさんが、楽しそうにいった。

 

 

「はいは~い、料理お待たせ~」

ミランダさんが、従業員を従えてやって来た。

豚肉と野菜煮込み。鶏のトマト煮込み。青菜のゴマ油炒め。香辛料まぶしの揚げジャガイモ。

「料理は、まだ来るからね~お酒の追加は、もうちょっと先にしましょうね~」

よいしょっ、とばかりにミランダさんが席に着いた。

「おい、ミランダ。俺のボトル出してくれや」

「わ~かっているわよ~。もう言いつけているわ~」

マーカスさんと、ミランダさんのやり取り。

 

煙管に葉を詰め、火をつける……酒が来るまでまだ、間がある。一服するには時間はあるからな。

「ああ~クレイドル君。なるべく、煙管控えてくれないかしら~」

店内禁煙てやつか……仕方ない。なら外で……。

「あ~違うの、違うの。ほら、回り見て」

ミランダさんが小声でいう。回り……?

周囲の客が、ささっ、と目線を逸らす様に顔を背ける……何ぞ?!

「まあ、仕方ないな少年。その唇は罪作りだからな」

青菜のゴマ油炒めを、モシャモシャ食べながらいうミルデアさん。この人、野菜好きなんだよな。

「むう……せっかく、火をつけたので、外で吸ってきます」

詰めた葉は、戻せないからな……邪神のせいだな。邪神め!!

 

 

オーガの拳亭の軒下、出入り口近くのベンチに腰掛け、行き交う人々を見るともなく、見る。

時間は夜になったばかり。夕闇の時間だ。

ぱっぱっ、と煙管を吹かす……苦味と甘さの爽やかさ──美味い、といってもいいんだろうな。

ぷかり、と煙を宙に浮かす。落ち着くな……。

 

ぼんやりと、軒先で煙管を吹かすクレイドル。

通りすがりの人々の内、何人かが、ちらりとクレイドルに目をやり、オーガの拳亭に入って行くのを、クレイドルは気付いていなかった……結果、オーガの拳亭が満員御礼になるのは、ある意味、必然だった。

 

「明日、石壁の砦に出向きたいんだがな? どう思う?」

ぐびり、とエールを呷るジャンさん。ちょっと酔いが回ってないか?

「あそこは、中級レベルの場所だ。地上一階、地下二階の場所だが、マーカスさんのいった通り、手強い。集団戦闘に長けている兵士達だよ」

「軍規が整った兵士は強い。証明されているからな。どうだ? 行って見ないか?」

レンケインさんとミルデアさんがいう。

集団戦闘……連携の取れた集団との戦闘に、慣れておく事も、大事だな……うむ。

「行きましょう。連携の取れた相手への、戦闘経験は積んでおきたいですからね」

経験、大事。柑橘酒炭酸割りが、美味い。

「よし……俺も参加させて貰おうか。久しぶりに、実戦経験させてもらうぜ」

クイッ、とウィスキーのショットグラスを呷るマーカスさん。

「ええ~私の台詞よ~それは~」

ミランダさんが、エールをがぶりと、呷る。

マーカスさん、ミランダさんともに酒のお代わりをする。

追加の料理が来た。ほどよく焦げ目の付いたソーセージとチーズの盛り合わせ。豚肉と根菜の煮物。塩鶏皮と白菜の炒め物……肉と野菜のバランス、いいな。酒が進むメニューだ。

炭酸割りを頼む。パリッとした皮のソーセージが、美味い。

「石壁の砦に行きましょう。戦闘経験はいくら積んでも、いいでしょうから」

俺も、少し酔いが回ったかな……? まあ、いい……うん、炭酸割り、美味い。

一服するかね……手早く煙管に葉を詰め、火をつけ、吸い口に唇を付ける。そして、ゆったりと吸う……。

「明日の昼過ぎに、しませんか。兜の強化を頼んでいるんですよ。その頃には、仕上がるらしいですので」

煙管に唇を付ける。吸い口の口触りが、なんともいえない感触……職人技の造りか……。

何か騒いでるが、どうという事もないだろう。

煙管を吹かし、炭酸割りを飲む。美味い料理に美味い酒。うん、いい時間だ……。



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第47話 石壁の砦 武装スケルトン隊

 

 

早朝、朝日に照らされる訓練所──三名の男が、朝日に照らされ車座になっていた。

魔力制御中の、ジャンベールとレンケイン、そしてクレイドル──

「まあ、こんなとこかな……朝日は充分、浴びれた……」

「夜明け前から、朝日が上るまでの時間が、いい時間帯ですからねえ」

立ち上がり、大きく伸びをしながらジャンベールがいう。コキコキ、と首を鳴らすレンケイン。

「いい具合の……倦怠感、ですね……」

ふああぁ、と大あくびをする、クレイドル。

「直に、朝食だ……もう一度、顔を洗うか」

う~ん、と心地良さそうに背を伸ばす、ジャンベール。

 

魔力制御は、一、二時間の集中が大事。数時間かける事は、非効率。明け方前と夜更けが、最も効率的──魔道卿、ラーディスの言葉だ。

 

朝食。カリカリのベーコンと半熟の目玉焼き。丸パンに、玉葱の鶏ガラスープといつもの酢漬け。うん。いいバランスの食事だ。

カリカリのベーコンと、半熟の目玉焼きの相性は抜群だな……スープ、美味い。

 

「石壁の砦には、昼過ぎに出るんだな?」

食後のお茶中。マーカスさんがいう。

「昼前に兜の補強が済むといってましたから、それを受け取ってから、出向きましょう」

煙草盆を引き寄せ、煙管に葉を詰める。

「少年、人前での煙管は気を付けろ。目に毒過ぎる」

温めの茶を、ゆったりと啜りながら、ミルデアさんがいう。むう……納得いかない。邪神のせいなのは間違いない……邪神めが!!

 

 

 

昼過ぎに石壁の砦に出向くという事になった。城塞都市から、北東寄り。北街道からその砦は見えるが、旅人は寄らないように勧告が出ている──その周囲は、危険地帯──武装スケルトンの巣窟として。

 

スティールハンドに到着。店に入るやいなや、スウィンさんの声が響く。

「おう! 待っていたよう!! さ、来な、兜は仕上がっているからねえ!!」

声、でかいな。何ぞ?

「ほら、兜が仕上がってねえ。再調整するから、被ってみな。ほらほら」

むむむ……強引じゃないか!?

 

 

調整が済んだ鷲の兜は、少しの余裕をもった仕上がりになっていた。フェイスガードを降ろしたなら、ぴったりと頭に合うような出来に仕上がっている。

いいな……さすがの出来だ……うん。

 

にやにやと、新調した鷲の兜を撫で回しているクレイドルを横目に、ストルムハンドがマーカスに、少し短めのバトルハンマーを渡す。

「ふむ……さすがの造りだな。初めて手にしたのに、馴染む」

「いい出来だろ? しっかし‘’精妙剣‘’に、ハンマー似合わねえな……いや、これが自然か……?」

「ほっとけや。石壁の砦に出向くんだ。打撃の方が、効率いいんだよ」

ボフッ、と空を潰すような音がなる。

「お前さんなら、相手が何であれ関係ないんじゃねえか?」

「まあな。たまにゃ、打撃武器も使わねえとな」

ボッボボッ、立て続けの風断ち音。片手で扱って鳴る音では無い。両手でも、どうだろうか。

‘’精妙剣‘’の名は伊達では無かった──

 

「よし、これ貰うぜ。あとは……バックラーもな」

直径、約三十センチの小盾。縁と、中央を中心に、上下左右を金属で補強されている。

「よし……ハンマーとバックラーで、銀貨八枚でいい」

「ほら、釣りは取っときな。盾を使うのは、久しぶりだが、まあ大丈夫だろ……クレイドル、もう兜を撫で回すのを、止めろ」

金貨を、ストルムハンドに指で弾き飛ばすマーカス。毎度、とばかりに受け取るストルムハンド。我に帰ったクレイドルが、黒鷲の兜を小脇に抱える。

「石壁の砦で竜骨スケルトンが出たら、素材を回収してくれ、高く買い取るからな」

「その可能性あるな……おう、覚えとくぜ。ほら、クレイドル、戻るぜ」

 

 

ギルドに戻ると、出発の用意を終えたジャンさん達が待っていた。俺の荷物も一緒だ。

「徒歩でもいいですが、馬車で近くまで行きませんか。陽が暮れる前には着いておいた方が、いいでしょうから」

「おう。そうするか、馬車代は俺が出す……といっても、大した額にはならねえがな」

ジャンさんと、マーカスさんの会話。石壁の砦は、徒歩で二時間足らずの場所。

馬車を使えば、一時間も掛からないそうだ。

「うむ、早い内がいいだろうな。夜にアンデットとやり合うのは、面倒だ」

「よし……行きましょうか。石壁の砦がどういう場所か、クレイドル君に説明する時間はあるでしょうからね」

ミルデアさんとレンケインさんが、荷を担ぐ。

 

ゆっくりと進む馬車。とはいえ徒歩より速い。目的地に近くに到着するまでに、石壁の砦の情報をレンケインさんから聞いた。

「前に聞いたかも知れないけどね、あそこは、覇王公時代からの砦だ。そこに巣くう武装スケルトンは、普通じゃないからね。精兵のスケルトンだ。連携、軍規が残った連中だからね」

「それと……戦闘練度も充分に、引き継いでいる。手強いぞ」

レンケインさんの言葉を継ぐ様に、ミルデアさんがいう。

「そろそろ、着くぜ。馬車を止めるぞ」

マーカスさんが、御者に合図を出した。

 

 

街道から見える砦。遠目に見ても、大きく頑丈そうな造り……その周辺に、武装した兵士達がたむろしている。何ぞ?

 

 

「うん……? あれは衛兵部隊か。珍しいな」

石壁の砦の城門近くに、衛兵達が野営の準備をしていた。

「こんなとこで野営の準備ですか……」

ジャンさんとレンケインさん。よし、とマーカスさんが衛兵隊に向かって行く。

「ちょっと、聞いてくるぜ。元々、こんな所にいる連中じゃねえからな」

のっしのし、とマーカスさんが、衛兵隊の下に向かって行く。

 

 

戻って来たマーカスさん曰く……。

衛兵隊は、集団戦闘訓練のために来たらしいが、武装スケルトンが思った以上に多く、どうしたものかと、悩んでいたらしい。

衛兵隊の数、二十名。小隊クラス。というか、衛兵隊の中に何時だったかの、メルデオ商会を教えてくれた、女性獣人がいた。狼族だったのか……。

「武装スケルトンの数四十。小隊、といってもいいな……あとな」

 

マーカスさんがいうには、武装スケルトン小隊には竜骨スケルトンが含まれているという──うお、異世界知識発動──竜骨スケルトン。スケルトンの最上位種の一つ。頑丈さでは、並みのスケルトンに比べ、別格。竜の骨が如く、頑丈との事から、“竜骨”の異名をとる。

頑丈さだけではなく、戦闘能力も別格。武装スケルトンの指揮官クラスである事が多く、中には騎士クラスの強さと指揮能力を持つ──

 

まあ、並みのスケルトンよりも強力って事か……スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)の出番だな!!



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第48話 竜骨の騎士 戦場の華

 

 

砦内にいる武装スケルトンの小隊。約四十……か。ふうん……二十の衛兵隊では、無理だろう。

衛兵の実力を舐めるわけでは無いが、数が多い。集団戦闘の訓練だというが、ちょっと相手が悪い。

マーカスさんの見立てでは、竜骨スケルトン二体が小隊を率いているとの事。ちらりと、砦内の覗いて見たが、竜骨スケルトンを確認した……。

完全武装のスケルトン。上下のフルプレートに両手剣──生前は、名のある騎士だったかも知れないな……それが二体。それぞれ、二十の小隊を率いているようだ。

手強いだろうな、これは……斥候はこれくらいでいいだろう。よし、マーカスさんの下に戻るか……。

 

 

 

「武装スケルトン小隊、四十。竜骨の騎士の指揮下……こりゃあ、キツいなあ」

ミルデアさんの報告を、衛兵隊の指揮官とともに聞く。石壁の砦の出入り口は、北と南。

前後両面から、自分達と衛兵隊小隊を、二手に分けての戦いに持ち込む──それが出来るかどうか……出来たとしても、こちらは五名──

ジャンさんに、クレイドルさん。ミルデアさんに俺。そして、マーカスさん。

「言っておくがよ、俺達は衛兵の実力を舐めているわけじゃねえ。だがな、対魔物に対してはどうなのかって、事だよ」

マーカスさんの言葉に、衛兵隊長が唸る。

 

 

「一気に殲滅ではなく、攻めと引きを交互に繰り返し、数を減らすのがいいと思いますが」

とは、レンケインさんの言葉。

「基本、武装スケルトンは引かない。特に竜骨に率いられた武装スケルトンは、軍規の下に行動しているからな……先に言った様に、前後に戦力を振り分け、数を減らしながら戦うのが、定法だと思うが?」

ミルデアさんの言う通り、少しずつ敵戦力を削るのが良いだろうけど……。

「ちょっといいですか? 指揮官を先に倒したなら、部隊はどうなります?」

沈黙……難しい顔で、俺を見るマーカスさん。

何ぞ? 俺、何か変な事、言っちゃいました?

「指揮官を先に、倒すだ? 正直、考えた事ねえが……」

ふむ、と考え込むマーカスさん。衛兵隊長が、俺に訊ねてくる。

「ええと……クレイドル、君だったな。何故そんな事を、考えた?」

三十、少しの壮年。がっしりと引き締まった体格。身に付けている鎧は、他の衛兵とは違う。

「……指揮官が倒されたら、その指揮下にいる連中はどうなるのかって事ですよ」

単純な疑問何だよな。指揮官不在のアンデッド部隊がどうなるかって事は……士気が下がるか、もしくは逆上するか……考え込む、マーカスさんと衛兵隊長さん。

数が問題何だよな。それを覆すとなると、士気の低下しか無いんだが……アンデッド相手に士気の低下を望めるかって事が、肝心なんだがなあ……うん、言い出した以上、俺が言わないといけないか……うん。

「一騎討ちを挑みますよ。指揮官に」

 

 

正気か。と皆、思った。竜骨の騎士に一騎討ちを挑む……聞いた事など、ない。

「ふはははっ! おめえ、正気か! いいぜ、挑んでみな! 駄目なら駄目で、やりようあるからなあ!!」

心底、おかしく笑うマーカス。呆れた様に、クレイドルを見るジャンベール達。だが、その顔には笑みが浮かんでいる……。

「無茶に過ぎる。竜骨の騎士と一騎討ちだなんて……聞いた事ないぞ」

衛兵隊長がいう。クレイドルに、メルデオ商会を教えた何時かの獣人が、いつの間にか近くにいて、クレイドルに捲し立てる。

「竜骨の騎士に、一騎討ちを挑むなんて! 正気ですか! 駄目ですよ!!」

クレイドルの両肩を鷲掴みにして、ガクガクと揺する。

「大、丈夫、です──危険、だと判断、したら逃げ、ますから──」

涙目でクレイドルを揺する女性衛兵を、ミルデアが丁寧に引き剥がす。

「まあ、やらせてみましょう。クレイドル君、まずいと思ったら逃げるんだよ」

「うむ。我々は騎士ではないからな。騎士の名誉など、どうでもいい」

レンケインとミルデアの言葉。

「それで……どうやって、喧嘩売る気だ?」

ジャンベールが、クレイドルに聞いた……。

 

 

うん……喧嘩を売るなら、少々格好つけようか。 武装スケルトン二十体に、近付く……スケルトン達は、即座に身構えた。一糸乱れない動きで、盾を構え剣を引き抜き、こちらの様子を伺っている……凄いな。アンデッドとなっても、その身に兵士としての心構えを残しているのか……ならば、期待出来る──息を吸い、口上を述べる。

 

「指揮官は、どちらにおられるか! 是非とも、お顔を拝見したい!!」

ざわり、と武装スケルトン達がざわめく。それも、少しの間。スケルトン達が、ざっ、と二つに別れ、中央に道が出来た。その間から、両手剣を肩担ぎにした、一回り大きな武装スケルトンがやって来た。全身鎧。あちこち錆び付いているが、頑丈さが見てとれる鎧。

肩担ぎの両手剣──バスタードソード。百二十センチは越えた剣──業物、だろうな……。

「騎士殿と、お見受けする! 下賎なる身なれど、是非とも一騎討ちを、挑みたい!!」

クルル、と全身鎧のスケルトンが唸る──

「覇王公の面前では無い事が、残念ではあるが! 戦場の華である一騎討ちは、必ずや覇王公の耳に聞こえるでしょう!! 勝敗、生死、何ぞや! ただ、剣を持って互いを証しだてん! いかに!!」

クレイドルの高らかな声が、砦内に響き渡った──〈あははははっ!無茶な事するなあ!さすが僕の息子だよ!んっふふふっ!〉

(うるさっ!何ぞ?!)

 

 

冒険者稼業は、ある意味極端な仕事だと聞いている。

一攫千金を狙い、無茶とも無謀とも言える依頼、もしくは身の丈に合わぬダンジョン等に挑み──死ぬ。あっさりと。

そうでなければ、華々しさとは無縁の依頼。採集、採掘、配達。地味で報酬額も低い依頼を、こつこつと手堅く、真面目に稼ぐ冒険者。

一攫千金の成功者を尻目に、地味に冒険者ギルドに貢献する者──そして、ここに無茶をする冒険者が、いる。黒鷲の兜を身に付けている若者。

正確には、まだ冒険者見習いだという。その見習いが、武装スケルトンを率いる竜骨の騎士に一騎討ちを挑むという……無茶にも程がある。

一緒に来ている、四人の先輩冒険者は止めようともしない……四人ともにベテラン。一人は、元冒険者の副ギルドマスター、“精妙剣”マーカス。あとの三人も、それぞれ通り名持ちだという。

黒鷲の兜の青年、クレイドル君がすたすたと、何の物怖じせず、武装スケルトンの小隊に近付き──口上を述べた。

「指揮官は、どちらにおられるか! 是非とも、お顔を拝見したい!!」

まるで芝居だ……いや、戦乱時代ならばこういう口上は、あったのだろうか……いや、そもそも連中に言葉が通じる、のか?

杞憂だった。クレイドル君の口上に、小隊が割れ、その中央から他の武装スケルトンとは、明らかに違うスケルトンが、後方から出向いてきた。

一回り以上は大きく、全身鎧に両手剣──髑髏の両眼が、鈍く銀色に光っている。

「覇王公の面前では無い事が、残念ではあるが! 戦場の華である一騎討ちは、必ずや覇王公の耳に聞こえるでしょう!! 勝敗、生死、何ぞや! ただ、剣を持って互いを証しだてん! いかに!!」

更なる口上に、全身鎧のスケルトンが剣を胸前に掲げ、軽く頭を下げると、剣を肩に担ぐ様に構えた──言葉、というより意思が伝わったのだろうか……「参る!!」

クレイドル君が叫び、剣を抜いた。



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第49話 死線の華 肚据えて越えるべし

 

 

「覇王公の面前では無い事が、残念ではあるが! 戦場の華である一騎討ちは、必ずや覇王公の耳に聞こえるでしょう!! 勝敗、生死、何ぞや! ただ、剣を持って互いを証しだてん! いかに!!」

 

クレイドルが、高らかに一騎討ちの口上を挙げる。大分芝居がった口上だが……それが、効いた。竜骨の騎士が動いたのだ……クレイドルの言葉ではなく、意思が伝わったのだろうな。

竜骨の騎士が、バスタードソードを肩構えにしてクレイドルに向き合った。

「参る!」クレイドルが剣を抜き、竜骨の騎士に向かって行く──全く、クレイドルの野郎。この“精妙剣”マーカスを、楽しませやがるなあ。

 

くくく、とマーカスが心底楽しそうに笑った。

 

示し会わせたかの様に、竜骨の騎士とクレイドルが向き合った──瞬間。

肩構えの剣を、袈裟斬りに撃ち込む騎士。斬撃を盾で受け流し、すれ違うように背後に回り込むクレイドル──騎士の後ろ蹴り。クレイドルの動きを想定しているかの様な蹴り。

クレイドルもまた、盾で蹴りを受ける。ふわりと、その体が浮く。即座に騎士が斬撃を放つ。

ギンッ、クレイドルの剣が、騎士の剣を宙で弾く──再び、向き合う騎士と冒険者。

竜骨の騎士が剣を上段に構える。クレイドルは腰を深く落とし、剣を下段に構えた──

 

 

「案外、早い決着になるだろうなあ」

ごりごり、と顎を掻くマーカス。うむ、と頷くミルデア。

「動きますよ。ほら……」

レンケインが、騎士と後輩を指指す。

「上段に対する、下段……どっちも五分五分、乾坤一擲の勝負ですかね」

ジャンベールが、他人事の様にいう。その顔には、のんびりとした笑みが浮かんでいる。

 

 

衛兵隊長エリック。今年で三十三。衛兵隊長ともなれば、小隊三十名を率いる立場。場合によっては騎士団に、もの申せる立場でもある。

城塞都市四つの門。その北門の警備を預かっている立場。

 

エリックは思う──三十名の内二十を連れ、集団戦闘訓練のために、石壁の砦に来たはよかったが……この体たらくだ。

読みが甘かったとしか言えない。さて、どうしたものかと思っていた矢先、冒険者達が来た。

そして、この状況だ──何も言えない。冒険者達の好きにさせる他はない。

もし駄目な場合は──クレイドル君と、竜骨の騎士の一度の撃ち合い。肝が、冷えた──肩構えからの斬撃を盾で上手く受け流し、クレイドル君が背後に回り込む、と同時に騎士の後ろ蹴り。

体が浮くほどの威力。続いての斬撃を、クレイドル君が、宙で弾いた──背後で、この無茶ともいえる竜骨の騎士との一騎討ちを観戦している部下達が、どよめく……いつの間にか、自分も手に汗を握っていた。隣に立つ、狼族の獣人の部下は、まるで祈るかの様に、胸の前で両手を組んでいる……涙目だ。

何時もの威勢無く、獣耳がペタリと垂れている。知り合い、なのか?

 

 

強い。あの斬撃、何度も受け流せない。腕がまだ少し、痺れている。そして、あの後ろ蹴り。

分かっていたと言わんばかりの、蹴り……長期戦は、圧倒的に不利だ。相手はアンデッド。体力、士気ともに、下がる事はないだろうな……となれば、うん。短期決戦しかない、な──竜骨の騎士が剣を上段に構える……俺と同じ考えのようだ。そうでなければ、面倒だと感じたか? ならば──

盾を前に出しながら、腰を深く落とす……右の剣を、背後に隠す様に下段構えにする──乾坤一擲の勝負……ぶるり、と体が震えた。武者震いてやつ、か……ああ、駄目だ。何か、愉しくなってきた──ふっふふっ、ふっ──

この時、クレイドルの瞳が赤く瞬いたのを、誰も見てない──竜骨の騎士以外は──

 

上段に構えた竜骨の騎士は、不動。盾を前に構えたクレイドルはジリジリ、と近付いていく。

互いの間合い──竜骨の騎士の方がリーチは有利。だが……更に身を低くしながら、近付くクレイドル──クレイドルが前構えにした盾が、竜骨の騎士目掛けて飛んだ……。

 

「おっ」マーカスが、声を上げる。次いでジャンベールが「ここで、そうするか……」と呟く。

 

 

竜骨の騎士に迫る、眼前の盾。その盾を、騎士が両断する。盾の持ち主と同時に両断する勢いで──両手剣が、半ばまで地面に食い込むほどの斬撃──両断した盾が、がらりと地に落ちた。

盾を囮にして、背後に回り込んだであろう剣士──竜骨の騎士の判断。蹴り、もしくは、地に食い込んだ剣を引き抜き際に、薙ぎ払う──どれも、間に合わなかった──竜骨の騎士は、振り返る間も無く、その頭部をはね飛ばされていた──

 

首を斬り飛ばされても直、立っていられるだろうか?

頭部を無くした竜骨の騎士は、まだ立っているが……ガシャリ、と糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。ガラン、と鎧とバスタードソードが転がる──静寂……。

 

身を翻し、マーカスさんの所に戻る。

竜骨の騎士の指揮下にあった、武装スケルトンがどう動くか。予想もつかないからな……。

 

こっちに駆けて来るクレイドル。指揮下にある連中がどう動くか、分からねえから──なあ!?

 

マーカスの目に異様な景色が飛び込んできた。マーカスだけでは無い。この場にいる、衛兵、冒険者達の目に……クレイドルが仕止めた、竜骨の騎士の指揮下にあった武装スケルトン全員が──崩れ落ちた。二十体全てが。

 

「よお、隊長さん……エリックといったな。残りは二十。俺らを合わせて、二十五。いい訓練相手になるんじゃねえか? 早くどうするか、決めた方がいいぜ」

マーカスの言葉に、少し考え、エリックが答える。

「残りの二十、我々が仕掛ける。マーカスさん、あなた達には、遊撃を頼みたい……どうです?」

「よし、構わねえよ。ただ、ここの地下は俺達が探索させて貰うから、な」

「ええ構いません。では、始めますか……全隊、半円陣! 正面から、撃ち込む! 肚括れ! 遊撃隊も、いるからな!!」

エリックの号令の下、二十の衛兵が即座に陣を構えた。早い──あっという間の動き。

 

なかなかやるな、隊長さん。衛兵連中は号令と同時に動き出し、陣を構えた。

衛兵隊の前に、残った二十の武装スケルトンが居並ぶ。盾を構え、剣を抜き、どっしりと腰を落とした構え。横広がりの横陣の構え。

その背後にいるのは、竜骨の騎士……まあ、ここから先は出たとこ勝負になるんだろうが──

 

「よし、俺達の役割は遊撃。せいぜい、相手を撹乱しようじゃねえか!」

マーカスの指示の下、ジャンベール達が頷き、マーカスを前面に一固まりになる。

遊撃隊。狙える箇所を突き、相手を撹乱し、隙あらば敵の中心を突く──隊の補佐であり、場合によっては、大将首を取る事もあり得る──だがその名誉は、冒険者には必要無い。

「かかれ! 相手はたかが、二十!! 押し込めえぇっ!!」

エリックの指揮と同時に、衛兵達が一糸乱れぬ動きで進む。

それを見た武装スケルトンが、竜骨の騎士の指揮の下、迎撃の構えを取る。

 

マーカス達が、静かに武装スケルトン小隊の背後に回り込み始めた──

 



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第50話 戦後処理 地下探索と司令官室

 

 

衛兵隊長エリックの指揮の下。衛兵二十名が、盾構えのまま、勢いよく武装スケルトンに突き進んで行く──盾と盾が激しくぶつかり合い、轟音を響かせた──拮抗状態に見える。互いに押し合いながら、一進一退という状況──

エリックが、ちらりと、武装スケルトン小隊の後方に目をやる。マーカス率いる四名が、静かに武装スケルトンの斜め後方に、気配を抑える様に待機している。エリックの指示を、待っている訳では無い。

強襲の機会を伺っているのだ──「押せっ、押し込めえ!!」

エリックが、叫ぶ。ギリリリ、と衛兵達が武装スケルトン隊を、押し込もうと踏ん張る──くそっ……やはり、アンデッド相手に持久戦はキツいな──さて、この拮抗状態をどうする、か……。

 

衛兵隊と、武装スケルトン隊が拮抗した戦いを見せるなか、マーカス達は戦況を冷静に見ていた。

「ふうむ……やはり手強いな。さすが、というべきか……」

マーカスが、ごりごりと顎を掻きながらいう。

「竜骨の騎士も、こちらには気付いていませんが……今、強襲を仕掛けるのは、早いと思います」

レンケインが冷静にいう。ふうむ、とミルデアが鼻を鳴らす。

「手助けするタイミングが、難しいな。衛兵隊の面子を、潰す事はしたくないからな」

「だな……かといって、恩を着せる様な真似は、したくないが……おい、クレイドル──」

マーカスが振り返る。クレイドルは、横倒しになった打ち込み用の木偶人形に腰掛け、煙管を吹かしていた。

鷲のフェイスガードを、ほんの少し引き上げ、煙管を咥えている。

微かに覗く、艶かしい薄紅色の唇。ぷかり、と煙が宙に溶けていき、人を落ち着かせる様な香りが漂う──「クレイドル、何か考えがあるか?」

ジャンベールの声に、ふう……と再び煙を吐きながら、クレイドルが言う。

「……俺達が動くタイミングは、衛兵隊が押された時でしょうね」

クレイドルが、ぱっぱっ、と煙管を吸う。

「恩を売る、という事では無いですけど、スケルトン側が衛兵隊を充分押し込めたと思えば、決着を急ぐと思いますが……」

「成る程、な……いいな。兵を誘い込み、後方から突く、か……」

兵士上がりのジャンベールが、髭を丁寧に整えながらいう。顔には、強い笑みが浮かんでいた。

「ふむ……見切りを、どうつけるかな……」

ミルデアも、にんまり、と楽しそうに笑う。

「僕は、何時でも補助が出来るよう準備しておきますよ」

レンケインが、バッグを漁りながらいう。

「全く……てめえら、何で笑ってんだよ。まあエリックには、ぎりぎりまで堪えてもらうかあ」

マーカスの顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

「少し下がるぞっ!! 体勢崩すなよっ! 踏ん張れっ!!」

エリックの号令下。衛兵隊が、踏ん張る──ゴンッゴゴンッ──衝撃が、ここまで響いてくる。

武装スケルトンは疲れも見せず、ただひたすらに盾で押してくる。圧力は、未だに衰えない──このまま押し込まれる前に、どうするか──その時、脳裏から消えていた連中の事が頭に浮かぶ、と同時に──五名の冒険者達が、武装スケルトン隊の背後から静かに近付いていくのが見えた──先頭にマーカス。その左右に冒険者達。

武装スケルトン隊の、後方の横合いからマーカス達が強襲をかける。武装スケルトンの陣が、揺らいだ──それを見逃す、衛兵隊ではない。

「今だ、押し込めえ! かかれ! 押せえっ!」

エリックの号令の下、衛兵隊が一気に押し込み始める。

 

ぐぐうぃっ、とした押し返す感触──というより、直感にも似た感覚。

押し返せる──今、このタイミングで……勝機だ。

自ら前衛に躍り出て、目に入った武装スケルトンの横面を盾で殴りつけ、剣で斬りつける。

「勝機だ! 何の遠慮も無い! 押して押して、押しまくれ!! 今代の兵の強さを、古代の兵に証明せよ!! 我らの実力、昔に劣らずとな!!」

 

衛兵隊長エリックが、高らかに叫びながら前衛で盾を掲げ、剣で武装スケルトン達を指し示す。

 

自ら前衛に立ち、武装スケルトンを相手取る衛兵隊長の姿に、奮い起たない衛兵は、いない──一気に押し込み始める衛兵達。たちまち、乱戦になる──狼族の衛兵が、乱戦の合間を掻い潜りながら、目的の相手を探す──いた。縦長の逆三角形のカイトシールド持ち。切っ先長めのロングソード。武装スケルトンよりも、一回りは大きい体格……間違いない竜骨の騎士だ──やるべき事はただ、一つ──狼族特有の、牙を剥き出しの狂暴な面付き……「ガアァァッ!!」狼族の特性──“月狂の牙(ルナティックエッジ)”──集中力、身体能力強化、状態異常耐性。持続時間は一分。これを短いとするかは、本人次第──最低限の正気を保ち、獲物を狩る戦士になる──

衛兵としては、余程の事が無い限りは発動しないが、今がその時──竜骨の騎士目掛けて、飛び蹴りを放つ。丁度、カイトシールドで防がせるように──案の定、その立派な盾で蹴りを防いだ、瞬間──盾を足場に、大きく跳躍する……竜骨の騎士の、頭上を捕った──「ガアァァッ!」

騎士の両肩に立ち、手に構えたロングソードを、竜骨の騎士の頭骨に突き立てた……。

 

 

「おう、あの姉ちゃん凄いな……あれが、“月狂の牙(ルナティックエッジ)”か」

ゴシャリ、と武装スケルトンの頭部を砕きながら、マーカスさんがいう。

幅広のレイピアを振るい、風と共にスケルトン連中を蹴散らすジャンさん。

「なかなかに、手強い。さすがに精兵だ」

スケルトンを、棒術で跳ね退けるレンケインさん。仰け反るスケルトンを、短槍の一突きで突き倒すミルデアさん……うん? 何かおかしいな。

俺が竜骨の騎士を、一騎討ちで倒した時は指揮下にある武装スケルトン連中は、即座に全滅したのに……何ぞ? 何か、条件が……?

 

「何だ? 指揮官、討たれただろうが。何でまだ──ふんっ!」

バゴッ、とバトルハンマーでスケルトンを砕くマーカスさん。

レンケインさんが、衛兵隊を巻き込まないように、石礫を散弾のように放つ。

ゴツゴツ、と武装スケルトンを怯ませる。大分に抑えているな……ダメージ度外視の行為だ。

怯んだ武装スケルトンを、ジャンさんとミルデアさんが、切り裂き、突き倒す。

武装スケルトン隊と衛兵隊のせめぎ合いも、決着が着きそうだ……俺の出る幕ないなあ。

にしても、竜骨の騎士が倒れたのに、今だ戦っている武装スケルトン連中……俺は現在、休憩中だ。先の一騎討ちの疲労が足に来ていたので、前に出る事を止められた。

今の俺に出来る事は、戦況を眺める事と煙管を吸う事だけだ……深風を、煙管に詰め、火をつける──指揮官が倒れたのに、何故、武装スケルトンはまだ戦っているのか?……自分の場合、一騎討ちで倒した瞬間、糸が切れた様に、皆崩れ落ちた……ああ、分かった。恐らく間違いない。その条件は──“一騎討ちで大将を討ち取る事”

すうっ、と煙管を吸い、ゆったりと煙を吐く。

 

 

「押せっ、押し込めえ!! 殲滅するぞっ!!」

エリックの号令一下。応!! と答え、衛兵達が一気に押し込み始め、次々と打ち倒していく……武装スケルトンの殲滅は、もう時間の問題だった。

 

 

戦後処理。レンケインさんが、怪我の深い衛兵を優先に、治癒を施している。

軽度の怪我は、傷口の浄化と軽治癒だけに留め、包帯と傷薬で済ませる。

軽治癒と浄化は俺が手伝った。何故か、いつの間にか軽い怪我は、癒す事が出来る様になっていた……何ぞ?

 

回収品はスケルトンの魔石と、竜骨の騎士の部位。スケルトン連中の武具はどうするか、という事だったが……。

「回収しても、二束三文だ。数打ちの生産品だからな。大量に持ち込んだら、いい顔されねえからなあ」

マーカスさんがいう。続けて、レンケインさんがいった。

「竜骨の騎士の装備。武具はね、帝国の紋章が刻まれている。それを回収して、持ち込むとあまりいい顔されないんだよねえ……」

確かにな。剣や鎧には帝国の紋章。王冠を戴いた、立派な角をした黒山羊の頭部が刻まれている。これは持ち込めないだろうな……。

 

「さて、エリックさんよ、あんたらこれからどうするんだ?」

「そうですね……皆の体力回復のため、一泊して撤収します」

マーカスさんとエリックさんの会話。

この後の探索は……地下一階、二階だったっけか。

「レンケインさん、地下一、二階はどうなっているんですか?」

「うん、確か……一階は食堂と物資倉庫。そして宿舎。砦に在中する、兵達の生活圏なんだよ。でも、地上にいた武装スケルトン達は殲滅出来たからね……ただ一番、気を付けるのは──」

レンケインさんの言葉を次ぐように、ジャンさんがいう。

「二階奥の司令官室。石壁の砦の、最高指揮官が待ち受けているだろうな……いうなれば、上級の竜骨の騎士だ」

「最高指揮官を仕留めて、ここの踏破は完了という事に、なるな」

ニイッ、とミルデアさんが牙を剥き出しに、笑う。踏破前提か……。

「おう。一休みして、地下二階に出向くか」

マーカスさんがいうと、レンケインさんが、さっと地面に布を広げる。

「食事にしましょう。湯を沸かします。クレイドル君、皿をお願いします」

「分かりました。干し果物と干し肉……乾燥豆と野菜のスープで、いいですかね?」

マーカスさんとジャンさんが座り込む。

ミルデアさんは、周囲の斥候に出向いていった……さて、最高指揮官の竜骨の騎士の実力はどんなものだろうか──まあ、休息大事だ。

煙管に葉を詰め、火をつける。すう、と一吸い……ぷかり、と宙に煙を吐く。

地下二階に、待ち受ける最高指揮官の騎士、か……。



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第51話 石壁の砦 最高指揮官の騎士

 

「やはり、地下に行きますか……」

「おう。折角だから──司令官の顔を、拝んでくるさ」

エリックさんとマーカスさんの会話。時刻は、日暮れ近くになっていた。

陽が落ちれば、アンデッドの時間──

「クレイドル君、ちょっと聞きたい事がある。いいかな?」

「……え、構いませんが、何か?」

「うん。君が、竜骨の騎士を倒した瞬間に、他の武装スケルトン連中は、即座に全滅した。だが、私の部下が竜骨の騎士を倒した時は、そうならなかった……何故か、分かるか?」

エリックさんが、尋ねてきた。まあ、ほぼ間違いないだろうから答えよう。

「多分、ですが……一騎討ちで、打ち倒したからだと思います」

一瞬の間を置いて、エリックさんが、大きく息を吐いた。

「ああ……戦乱の世では、一騎討ちは騎士の華とも云われていたっけ、か──」

妙に遠い目をしながら、エリックさんがため息混じりにいう。

「このクレイドルはよ、冷静に無茶をする野郎何だよ。竜骨の騎士に喧嘩売るなんて事、普通はしねえよ」

ワハハ、と豪快に笑うマーカスさん。

 

広場の端に、スケルトン達の遺骸と遺品が、一まとめになって片付けられている。ある種の敬意らしい。帝国に仕える者に、今も昔もないのだろう。

レンケインさん曰く、こういう場所を浄霊しても、あまり意味がないそうだ。

 

「さて出向くか。一階は、がら空きだろう。地上に出ていた連中は片付けたからな。本命は地下二階……上級騎士の指揮官、はっきりいって、並みじゃないからな」

「単純に剣技だけではなく、それなりの魔術を身に付けている可能性もあるからね」

マーカスさんと、レンケインさんがいう。

「難敵、だろうなあ……場合によっては猛血も使う必要が、あるかな」

ミルデアさんが、牙を見せて笑う。

「よし、行きますか。ミルデア、斥候頼む」

ジャンさんの指示に、うむ、と頷いたミルデアさんが、静かな足取りで歩み始める。

干し果物を一口含み、皆の後を追う──「クレイドル君!!」叫び声にも似た声が、響く。

何ぞ!? 振り向いた瞬間、両肩を捕まれた。この既視感(デジャブ)、何ぞ!?

狼族の衛兵さんだ……涙目!?

「クレイドル君、何故、わざわざ危険な事に身を投じるのですか!!」

ガクガク、と揺らしてくる衛兵さん。名も知らぬ人に何故、ここまで絡まれるのか──「もう少し、自分の体を大事にして下さい!!」

「大丈、夫です。分かっ、ていますから」

拘束された両肩を、いつの間にか戻った来ていたミルデアさんが、丁寧に引き剥がす。

「クレイドルは大丈夫だ。衛兵に心配されるようなタマでは、ない。心配無用」

ばっさりという、ミルデアさん。

むむむ、と唸る衛兵さん。名前を知らない人に、心配されてもなあ……。

「さっさと行くぞ、少年」

ミルデアさんに背を軽く叩かれた。衛兵さんに軽く頭を下げ、ミルデアさんの後を追う。

何か言いたげの衛兵さんは、見ない事にした。

獣耳が、へにゃりと垂れているのも、見ない事にした──何で、罪悪感を感じないといけないのか。

 

 

石壁の砦、地下一階。最初に目に入ったのは広い食堂。十人単位で、交互に食事を取る事が出来る程の広さ。

そして物資倉庫。今は空だが、かつては食糧や酒で満ちていたのだろう。

「やはり、何も無いな。皆、空っぽだ」

「司令官室の上級騎士以外の場所は、こんなものだろうな」

ミルデアさんとジャンさんが、周囲を警戒しながら、いう。兵士達の宿舎も空っぽ。地下一階には、見るべき所はない、という事。

となれば、残るは地下二階の、司令官室の上級騎士。

 

地下二階。広く、真っ直ぐに延びる廊下。奥に見えるは、大きく頑丈な扉。

マーカスさんが、ゴンゴン、とノックする──

ギキ、っと扉が開く……誰が開くともなく、開く扉。広めの事務室。内装は実にシンプル。その中央に見えるのは、重壮な机。机の向こう側に腰掛けるは、上級騎士の指揮官──敵意は、感じない。ただ、威厳と共に、強い意志が圧力となってこちらに、向かって来ていた……。

「司令官殿と、お見受けします。」

マーカスさんの言葉に、司令官が立ち上がる。

全身鎧、フルプレートメイルというやつだ……鎧中央に、帝国の紋章──王冠を戴いた黒山羊。

体格は、竜骨の騎士よりも一回り以上はある。

 

司令官は、壁に飾っている縦長のカイトシールドを取り、同じく飾られているロングソードを帯剣する。自然な振るまい。

まるで、他人が居ないかのような立ち振舞い。

司令官は、こちらに向かって来る──そのまま、俺達の横を通り過ぎて行く。

思わず、皆で顔を見合わせた──先を行く司令官が、こちらに顔を向け、くい、と頭部を傾ける。着いて来いといっているようだ……「マーカスさん」ジャンさんの声。おう、とマーカスさんが答える。

歩いて行く司令官の後を、俺達が追う。

 

 

地上に出た。先ほどまで、武装スケルトンとの戦闘が行われていた場所。その雰囲気は、もう無くなっている──

広場中央に、上級の竜骨の騎士。司令官──

それに向き合うは、マーカスさんを先頭に、俺達五名……五対一、てのは心情的には、なあ……どうなんだろうな……これは、甘い感情か?

司令官の態度は、実に堂々したものだ……まるで、『私は、構わん』と言わんばかりだ。

自然体な立ち方で、広場に佇んでいる。いつでも来い、と言わんばかりな姿。

 

「おう、クレイドル、ちょっとショートソード見せてくれ」

マーカスさんがいう。うん? 何ぞ? まあ、いいけど……。

「はい、どうぞ」

腰から引き抜き、鞘ごと渡す。マーカスさんが、剣を引き抜く──シィン、と音が鳴る。

「む……かなりの業物だな。いい重さだ──バランスも、いいな」

ヒュピイィン──マーカスさんが、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を、無造作に振った。きれいな、風鳴り音。

「ちょっと、借りるぞクレイドル。司令官相手なら、やはり剣だ」

「マーカスさん、一騎討ちを挑むつもりですか?」

レンケインさんが、いう。ジャンさんとミルデアさんは、互いに顔を見合わせた……。

「そのつもりだ──俺も、多少は派手な立ち回りをしたくなった……クレイドルみたいにな」

ニヤリ、と笑いかけてくるマーカスさん。

「御武運を」

マーカスさんの笑みに、返した──おうよ、とマーカスさんが答える。



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第52話 精妙剣 一閃の太刀

 

 

「名も知らぬ司令官殿。我が名は、マーカス。お見知りおきを……」

スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を引き抜き、晴眼に構える。マーカス。

相対する司令官は剣を抜き、盾と剣を胸元に構え、一礼する──騎士の返礼。アンデッドとなっても、騎士の流儀は忘れていないらしい。

覇王公の薫陶、今だ残れり──

 

「“精妙剣”……参る」

浅く腰を落とし、じり、と進むマーカス。

盾を、やや低く構え、剣を水平に横構えにする司令官。迎撃の構え、か……。じりり、と両名が、互いに回り込む様な動きを始める。

司令官、上級騎士の瞳が鈍い銀色に光る──

ボウッ、司令官が動いた。大きく踏み込み、盾構えのまま、マーカスに体当たりを仕掛ける司令官。

トンッ、と後ろに軽く跳躍し、司令官の盾撃(シールドバッシュ)を回避する、マーカス。

司令官の攻撃は、止まない。袈裟斬りからの横薙ぎ、突き、踏み込んでの盾撃、突き、左右の薙ぎ払い──対するマーカス。司令官の攻撃を、避け、受け流し、払い退け、弾く──無尽蔵の体力のアンデッドの攻撃を、どこまで防げるのだろうか。

再びの盾撃──「ふっ」マーカスの吐息とともに、横薙ぎに振られる剣──カツン──と乾いた音。

司令官の盾、カイトシールドが上下に切断される──司令官の判断は早かった。両断された盾を放り投げ、ロングソードを脇構えにして、マーカスに向かって突き進む。

司令官の、脇構えからの切り上げの斬撃──その斬撃を、晴眼の構えから迎え撃つマーカスの太刀捌き──下段の斬撃を、掬い上げる様に受け流し、ロングソードを宙に跳ね上げ──そのまま、返す刀で、司令官の頭部を斬り飛ばす──目にも止まらぬ、一閃。

 

 

ドシャリ、と司令官の体が崩れ落ち、ガラリと、剣と鎧が地面に転げ落ちる。

「久し振りに、しんどい思いしたなあ……」

顔に汗を滲ませながら、マーカスさんがいう。

表情は明るい。その顔には、達成感が浮かんでいた。

 

どよめきに似た、歓声が上がる。いつの間にか、衛兵達が見学していた。

 

「おう。クレイドル、剣を返すぜ……に、しても中々の逸品だな。大事にしな」

額の汗を拭うマーカスさん。晴々とした、笑顔だ。剣を受け取り際、ついでに浄化をかけた。

少し驚くマーカスさん。意表をついてしまったか……。

「いや……見事でした。さすが“精妙剣”」

衛兵隊長のエリックさんだ。

「気の抜けない相手だったぜ。上級騎士の司令官てのは……」

ふう、と息を吐くマーカスさん。

「もうそろそろ、夜になりますが、これからどうするんです?」

エリックさんに、マーカスさんが答える。

「まあ、そうだな。俺達もここで夜を明かすさ。ジャン、それでいいか?」

頷くジャンさん。レンケインさんが、いう。

「司令官室に、戻ってみませんか?」

「うん……? ああ、もしかしたら“箱”が出現しているかもしれないと?」

「ええ、そうです。司令官の討伐が条件で、何らかの“特典”が、有るかも知れません。確認しても、いいと思います」

ふうむ、とミルデアさんが頷く。

確か、ダンジョンでは、条件を満たす事で、“箱”……つまり、宝箱が出現する可能性があるという。

石壁の砦で宝箱が出現する可能性は、司令官の撃破が条件……なのかは、分からない。まあ、確認する価値はあるだろうな。

「よし、出向くか。“箱”が出現してるなら、回収しないとなあ」

マーカスさんが、のっしのしと地下の階段へ向かって行く。その背に、衛兵隊長のエリックさんが、お気を付けて、と声をかけた。

マーカスさんは振り返らず、ひらり、と手を振って答えた。

 

 

地下二階の、広い廊下の先。司令官室に到着した。半開きの扉を、慎重に短槍の穂先で、ゆっくりと押し開けるミルデアさん。

一分……ほどだろうか。安全を確認したミルデアさんが、先に部屋に入る。

「異常、無し。大丈夫だ」

ミルデアさんの、間延びした声が聞こえた。

俺達の緊張感が、和らいだ。よし、とマーカスさんが部屋に入って行く。

 

 

司令官室。改めて見回すと、中々に広い。

本棚。グラスが並べられた棚。重厚な机の後ろの壁には、中央大陸の地図が貼られている。

二百年は前の地図だ……地図だけでは無く、ここにある物全てが、年代物だろうな……。

司令官に相応しい、威厳ある内装。質実剛健を絵に描いた様な部屋……。

 

 

「む……“箱”が出てますね。一応、調べてみますよ」

レンケインさんが、宝箱を調べ始める。ボス部屋、ダンジョンの最奥の部屋。

そこに出現する宝箱には、罠の類いは仕掛けられては無いというのが、基本だそうだ──

「ん~大丈夫ですね。罠は無し。開きますよ」

ガシャリ、と“箱”を開く、レンケインさん。

 

“箱”は、少し大きめの小物入れ程度。両手で持つ事ができる大きさ。

「ええと……指貫のグローブに、少し重い皮袋……か。以上、ですね」

濃紺の指貫のグローブ。甲のところは、金属板で補強されている。レンケインさんが皮袋を広げると、金貨と銀貨が詰まっていた。

「ほう。何かのための軍資金かな……指貫のグローブか。見たところ、中々よさそうだな」

マーカスさんがいう。グローブを見た、ジャンさんが言った。

「それ、魔力を感じますね。鑑定に出したほうがいいでしょう」

鑑定。なるほどな。魔力を感じる武具や装飾品は、鑑定に出さないまま、身に付けるのはあまり良くないと聞いたな……。

「よし、戻るか。もう夜になってるだろうからな」

「夕食にしましょう。腹が減りました」

マーカスさんに、ミルデアさんがいう。

慌ただしい一日だったな。とにかく、いい経験が出来た……というか、今更ながら、竜骨の騎士に喧嘩売った事を思い出すと、ゾッとする。

何か、妙なテンションになってたんだろうな……我ながら、無茶に過ぎたか。そりゃあ、無駄に心配かけるわなあ……。

 

獣人の衛兵さんの、名前聞いとくかな──



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第53話 帰還 赤闇の胸鎧と籠手 仕上がり間近

 

 

早朝、石壁の砦。朝陽に照らされながら、クレイドルが魔力制御を行っていた──衛兵達は、砦の外で野営をしている。

砦内は広い。廃墟然とした、半壊した兵達の宿舎。馬無き馬房。荒れた鍛冶場。枯れた井戸。

中央広場は、ほぼ訓練場になっている。この広さなら、衛兵達も野営が出来るほどに広い。

衛兵隊長のエリックは、また野営の準備をし直すのは面倒だ。という事で、そのまま外で野営をする事にした──獣人の衛兵が、砦内で野営をするべきです! と頑なに主張したが、当然、却下された。

 

 

「おう、魔力制御は終ったか」

魔力制御を一通り終え、一息ついているクレイドルに、マーカスが声をかけた。

「はい。取り合えず、済みました」

軽い倦怠感を身に纏ったクレイドルが、マーカスに答えた。

白磁の肌が、うっすらと紅に染まり、汗が滲んでいる──その姿を見た瞬間。ぞくり、と身が震えた。

マーカスは目を逸らし、「朝飯の準備をするぞ」とぶっきらぼうに言った。

(とんでもねえな……受付嬢どもが、イカれるのも、無理ねえやな……)

こいつの容姿は、普通じゃない。まあ、直視しなけりゃ、いい事だ──簡単じゃねえが、な。

「起きろ、起きろ!! 朝飯にするぞ!」

バンバン、と手を叩き、ジャンベール達を起こすマーカス。

もぞもぞと、寝袋から身を起こすジャンベール達。

「マーカスさん、湯を沸かします」

「おう、頼むぜ」

クレイドルが、魔道コンロを準備する。マーカスは地面に布を広げ、食器を並べ始めた。

 

 

朝食は、乾燥豆と野菜のスープに、炙った干し肉。そして、干し果物。いつものメニューといってもいい。

朝食後、城塞都市に戻る事になった。昼前には着くだろうとの事だ。

様子を見に来た、衛兵隊長のエリックさん。暫く石壁の砦周辺を見廻り、折を見て城塞都市に戻るという──ついでに、獣人衛兵の名を聞く。

彼女の名は、ルジェナ。副隊長との事だ……そのルジェナさんが、エリックさんの側にいる……ええと、何ぞ?

「クレイドル君! 約束して下さい! 妙な無茶はしないと!!」

獣耳が、ピンッと立っている……ええ、そんな事、言われてもなあ……。

「約束、出来ませんよ……俺は、冒険者何ですから」

「約束、して下さい!」

牙を剥き出しにして迫って来る、ルジェナさん……これ、あれだ。「はい」と選択肢を選ばなければ、ループする奴だ…………?

「ルジェナさん……心配しないで下さい。俺は大丈夫です。必ず、また、城塞都市に戻って来ますから……大丈夫です」

そっ、とルジェナさんの手をとる……邪神の加護か! おおぃっ!! 無い事、無い事しやがってえぇぇっ!

マーカスさん達の視線が痛い。エリックさんが何とも言えない顔付きで、俺を見ている……違うんです、これは……何て言い訳は、通じないなこれは……ああ、ルジェナさんが、潤んだ瞳で俺を見つめている……何だ、この状況。邪神め! 邪神が!!

 

「少年、罪作りは大概にした方がいいな。まあ、意識はしていないだろうが、な」

「それが、余計に質悪い事もあるぞ。クレイドル君」

くそ。ミルデアさんとレンケインさんに、軽く説教された。邪神め!!

 

 

エリックさん達より先に、砦から出発する事になった。今回は中々の収穫だと、マーカスさんがいう。

一つ。一騎討ち含む、竜骨の騎士との戦い。

一つ。貴重な素材の、竜骨を回収出来た事。

 

あとは、俺に経験を積ませる事が出来た事だと言う──感謝だな。

女殺しに、磨きがかかったと言われた事は、聞かなかった事にした──邪神め!

 

エリックさんに別れを告げ、石壁の砦から出発する。当たり前のように、付いてこようとしたルジェナさんが、エリックさんに連れ戻された。

「決して、無茶は! 無茶は、無茶はしないで下さいね! クレイドル君!!」

エリックさんに引きずられながら、ルジェナさんが涙声で叫んでいた……ふっふふっ、レンケインさんの忍び笑い。聞こえてますからね!

 

 

何やかやあり、無事、城塞都市に戻って来た。

徒歩で移動中、馬車とすれ違い、マーカスさんが御者と交渉し、城塞都市まで乗せてもらう事になり、以外と早く到着した。

都市に到着すると、マーカスさんは、昼飯の準備をすると言って、ギルド内に戻って行った。

残された俺達は、さてどうするか。という事になった。ミルデアさんは、宿に荷物を置き、一風呂浴びてくるとの事。

ジャンさんとレンケインさんは、メルデオ商会で物資の補給ついでに、入手した指貫のグローブの鑑定を頼んでくる。という……ならば俺は……。

「昼食まで、休憩してます」

特に疲れてはいないが、休める時に休む事にした。物資の補給と鑑定は、二人に任せよう。

「分かった。レンケイン、竜骨をスティールハンドに持ち込め。頼まれていたらしいからな」

レンケインさんが頷く。後で、金貨と銀貨が詰まった袋の分配も、やるだろう──眠たくなってきたな……「お二人とも、あとは任せます」

一言、断りを入れ、宿舎に向かう……。

 

 

ミルデアさんに起こされた。そろそろ、昼食の時間らしい。

胸元が開いた、茶色の半袖のシャツに同色の長ズボン。胸元から覗く首飾りが揺れている。

「どれくらい、寝てましたかね?」

「一、二時間程度だろうな。ジャン達も、戻って来ている。顔を洗ってこい」

ミルデアさんに、頬を撫でられた──

 

 

昼食は、中々に豪華だった。ポークステーキにポテトサラダ。丸パンに厚切りチーズ。鶏皮と白菜のスープ。いつもの酢漬け野菜。

塩ダレのかかったポークステーキが、美味い。

端々がよく焦げ、いい焼き加減だ。

付け合わせの、塩茹での青菜がいい味わいをしている。うん……これは、美味い。

 

 

昼食後、竜骨の買い取り額と、袋に詰められた硬貨の配分を済ませた。

その額。それぞれ、金二百枚に銀五枚──大金だ……マーカスさんは、いらないと言ったがジャンさんとレンケインさんが、そういう訳にはいかないと、分け前を押し付けた。

竜骨は、武具のみならず、魔道具の材料になるという。

「ああ、クレイドル君。ストルムハンドさんが、顔を見せてくれと言っていたよ。鎧の事だろうねえ」

と、レンケインさん。赤闇の鎧が仕上がったのかな……「分かりました。すぐにでも向かいます……ああと、あの指貫のグローブは何か分かりましたか?」

「うん。ジャンがいうには、メルデオ商会で、鑑定した結果。あのグローブは“指先の手甲”といって、指先が器用に動く物らしいよ……鍵空けやら、罠の解除の助けになるだろうね」

ただね。とレンケインさん。

「ああいう道具に頼ると、罠の解除の経験を積む事が出来ないんだよ。駄目だね、道具頼りは」

ふんす、とレンケインさんが胸を張る。

「僕は君に、解除ツールの使い方を充分に伝えたよ……だから、道具頼りはよくない」

うわ。レンケインさんが教師モードになった。

こうなったら、話が長くなるなあ──

 

 

解除ツールの講義を一通り、復習した。いや、復習させられた。

夕刻近くになって、ようやく解放された。

解除ツールかあ……スティールハンドに向かうか……。

 

「おう。来たか! 最終調整をするぞ!!」

「ほらほら! こっち来な!!」

ストルムハンド夫妻が、逞しい髭を揺らしながら、迫って来る。思わず、腰が引ける──胴、肩、腕、腰回り──ほぼ、全身を図られた。

よおし、よしと、夫妻が頷き合う。

「明日、だな。仕上がりは!」

「そうさね。調整も済んだし、立派に仕上げてやるよ!!」

あっはっはっは、と笑うストルムハンド夫妻。

髭が、豪快に揺れている。



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第54話 冒険者証更新 そして宴会

 

「クレイドル、冒険者証持って、俺の部屋に来い。再登録するからな」

朝食を終えた直後、ダルガンさんに言われた。

口元をナプキンで拭い、丁寧に畳むダルガンさん。この人、中々に所作が丁寧だよな。

「今までの、おめえの冒険者証てのは、仮扱いだったが、もう訓練期間は終ったものと見なす」

茶を啜るダルガンさん。仮の期間が終ったという事は……。

「ま。話の続きは部屋で、だな」

茶を飲み干し、立ち上がるダルガンさん。

「ふむ。少年が正式に、冒険者になるという事かな」

「だろうねえ……まあ、今までの働きからしたなら、Eランク……以上から始まってもおかしくないね」

初級冒険者のランクはFから始まるが、初級訓練を終えると、一つ上のEランクから始まるという事だ──正式の冒険者証を貰える、という事なのか。今まで、色んな経験させて貰ったなあ……。

 

 

ギルドマスター室に来るのは、いつぐらいだろうか。正面に座るのは、ギルドマスター、ダルガンデス。

飾り気の無い、質実剛健の部屋。いかにも、ダルガンさんらしい……。

 

「さて、クレイドル。おめえのランクだがな、Cランクから始まる事になった」

ええと? 確か、初級訓練を終えたなら、Eランクからの始まりからじゃなかったけ?

「言いてえ事は分かる。一つ飛びでCランクってのは、そうそう例はねえ。だがよ」

茶を啜りながら、ダルガンさんがいう。

「おめえの実力は、ジャン達の話を聞いて知っている。だから、この待遇だ。言っとくがよ、他の連中から、何の苦情も無かったんだぜ?」

意外、というか何というか……。

「冒険者証、寄越せ。正式に冒険者になれるからな」

ダルガンさんに、仮の冒険者証を渡す。

「いうまでもねえだろうが、はっきり自覚を持ちなよ……いいな、クレイドル」

威圧が届いて来た──「分かって、います」

ダルガンさんから目を逸らさず、はっきりと答える。

「ふふん、いい面構えだな。まあ、一ヶ月の訓練期間を、二ヶ月に延長てのは、そうは聞かねえからな。その分も含んでの事だぜ」

入れたての茶を啜るダルガンさん。というか、いつの間にか同席している、サイミアさん。

「クレイドル君。改めて、冒険者証の再登録を行いますね」

ニコリ、と笑うサイミアさん。簡素な手続きを手早く進める……結果、正式な冒険者証が出来上がった。

木製のカードとは違う、頑丈な木枠の、鉄製のカード。クレイドルの名と共に、片羽根の印が二つ、付いている──これは、どういう意味だろうか?

「その羽根の印は、初級訓練を受けたって証明だ。おめえは、二ヶ月の訓練を受けたから、羽根二つって事だ」

 

改めて、冒険者証を見る──刻印された名前の 左右に、羽根の印。名前の下に、初級・Cの刻印が刻まれている──おお……感慨深いな。

 

「今日は祝いの席を設けるからな。夜は開けとけ……それと、祝いの品も出るからな」

ソファから、のそりと立ち上がり背伸びをするダルガンさん。

「祝いの品ですか」

「まあ、楽しみにしてな。今日は宴会になるぜ」

ニヤリ、と笑うダルガンさん。

 

 

宿舎に戻ろうとしたら、マーカスさんに呼び止められ、喫茶室に行く事にした。

「まあ、俺の奢りだ。一杯やりな。干し果物のケーキも食え」

いい薫りだ……これ紅茶だな。砂糖は入れない。濃いめの味。のど越しに薫りが、上がって来る──美味いな。

干し果物のケーキはどうか。ケーキ自体は甘さ控えだが、干し果物が普通より甘い──微かに、ウィスキーの味がする──「ああ、これ。干し果物、ウィスキーに漬け込んだやつですか」

 

「おう、分かるか。ウィスキー漬けの干し果物は、甘味が強くなるんだよ。あとは薫り付けのためだ。だからその分、ケーキ自体の甘さは控え目にしてんだ」

嬉しそうに説明するマーカスさん。

 

なるほどな。ただの甘さ控えめのスウィーツなんぞとは、訳が違うという事だ。

甘さ控えめ食うくらいなら、食うな!

 

 

茶とケーキをご馳走になり、冒険者ギルドから出た……時刻は昼前。さて、どうするか、だが……ああ、スティールハンドに寄ってみるか。

胸鎧と籠手が、仕上がっているだろうな。

 

「よく来たなあ! もう、完成してるぜえ!!」

「さあ、来な! ほらほら!!」

相変わらずの圧。あっはっはっ、と笑い合うドワーフ夫妻。髭が、揺れている。

 

赤闇の胸鎧と籠手を、身に付ける。若干の余裕がある胸鎧。肩回り、脇、喉元をガードする造り。籠手はしっかりと、腕に張り付いているようだ……いいな、これは。うん、いいぞ。

「おう、姿見で見てみな!!」

ストルムハンドさんが、姿見を立てる。

おおう……赤闇というだけあって、赤と黒が混じりあった様な色合いをしている。

籠手も同じく……まあ、少々禍々しさも感じるけどな……。

だが、体にしっかりと馴染む気がする。何だろうな、この感覚は……邪神と深淵の女王の、縁なのかこれは?

「おおっ、いいねえ! 男振りが上がったよお!!」

「鎧のおかげだなあ!!」

わっはっはっ、と笑うドワーフ夫妻。何とも豪快な事だ。

 

 

ギルドに戻ると、昼食の準備が始まっていた。夜の宴会に備え、軽めにするという。

卵と青菜の雑炊。鶏肉と白菜炒め。当然、酢漬け野菜。それだけでも、充分なメニュー。鶏出汁の雑炊、美味い。

昼食を終え、のんびりとした茶の時間。

「クレイドル、冒険者証の更新したんだってな。ちょっと見せてくれないか?」

ジャンさんに、更新したてのカードを渡す。

「おお、二枚羽根……初めて見たな、こんなのは」

「初級訓練、二ヶ月の証明でしょうね」

「ある意味、箔が付くぞこれは」

ジャンさん達が、口々に言う。それほどのものなのか、二枚羽根の冒険者証は……。

 

夕方まで、時間はある……さて、と……ああ、そうだ。

「ジャンさん、ミルデアさん、少し稽古つけてくれませんか?」

「ほう? 私は、まあ構わんが」

「そういえば、近い内にグレイオウル領に行くんだよな……よし、餞別代わりに鍛えてやるよ」

「余り、無理はしないようにね、クレイドル君。宴会が待ってるからね」

ジャンさん達が、快く引き受けてくれた。よし、今までの集大成だ……。

 

ベンチに横たわるクレイドルを、横目で見るジャンベール達。

「油断ならない実力を付けているな。手加減が難しかったぞ。うん」

左腕を擦りながら、ミルデアがいう。

「突きの軌道読んで、捌きやがった。そうは出来ないぞ、あんな事は」

ジャンベールは手首を捻ったのか、しきりに揉んでいる。

「あの調子だと、対人戦も大丈夫でしょうね。二人とも、痛む場所を見せて下さい。治癒しますから」

すう、と寝息を立てているクレイドル。

呑気なものだと、ジャンベール達は思った。

 

 

夕暮れ間近、夕食は無し。宴会があるからだ。

マーカスさんがいうには、オーガの拳亭の離れの宴会場でやるという。貸し切りだそうだ。

シャワーを浴び、普段着に着替え待機する。ついでに、一服しておこうか……。

 

「おう、今日は招待客もいるからな。メルデオに、ストルムハンド夫妻。それぞれ、祝いの品を持ってくるぜ」

ダルガンさんがいう。大分、大袈裟じゃないかと思ったが……。

「何しろ、二枚羽の冒険者なんて、聞いた事ねえしな。並みの扱いはされねえよ」

マーカスさんの言葉。祝いの品というのが、気になる……何だろうか?

 

 

オーガの拳亭の離れ。貸し切りの宴会場。この場にいるのは、冒険者ギルドにいる人達。職員、冒険者問わず、皆が来ている様だ──総勢、三十人はいる。

宴会場は広い。いくつもあるテーブルに、適当に座る。

ジャンさん達にマーカスさん。気心しれた人達と一席付くのはいいが……リネエラさん、ジェミアさんに、サイミアさんまでもが、しれっと、同席している……何ぞ?

 

前置きなく、宴会が始まった。くだくだと、挨拶が始まる事は無かった。いつの間にか、飲めや、食えやの宴会。

続々と運ばれてくる料理──肉に野菜に、様々な料理だ。

ミランダさんが、厨房に忙しく指示を出しているのだろうか──酒も食事も、続々と運ばれて来る。ストルムハンド夫妻は、ガブガブとエールやら何やらを、飲み下している。

俺は、いつもの果実酒の炭酸割り。炭酸が、喉に抜けて行く──鶏の唐揚げとジャガイモの揚げ物には、塩と香辛料が程よく振られている。

それぞれ、美味い──たっぷりの肉と野菜の煮込みが、大鍋でくつくつと煮られている。

大鍋の中身、白菜と青菜が見えた。肉の種類は分からない。

鶏肉とも豚肉ともつかない、肉の塊──酒も食事も、続々と運ばれて来る。

皆は、思い思いに酒を楽しんでいた。大鍋からは、美味い匂いが漂ってくる──手元の椀に肉の塊と野菜を盛り、肉の塊にかぶりつく──美味い──熱いが、美味い──次いで、野菜を口に含む。当然、これも美味い──果実酒の炭酸割りで体を冷やすように、酒を呷る。うん、美味い……。

 

外に出て、ベンチに腰掛ける。煙草盆を出し、深風を煙管に詰め、火をつける……。

ふうっ、と煙を吐く。煙が、宙に溶け流れて行った……一時の、食休みだ。

 

うわはははっ、と豪快な笑い声が聞こえる。ストルムハンド夫妻の声だ──先輩冒険者達の声が聞こえてくる……「色目、使おうとしてんじゃねぇぞ! 田舎ブスがよぉっ!!」「ああっ!? 尻軽色狂いが、汚そうとしてんじゃねぇっ! 芋女がよぉ!!」

 

女性陣の取っ組み合いの気配は、無視する事にした。特に、俺の名が出た事には──

ふうっ、と煙管を吐く。落ち着くな……よし、宴会場に戻るか。飲み足りないし、食べ足りないからな……。

よし、今日は飲もうか……折角の宴だからな。

「ウィスキー、下さい。炭酸割りで」

 

 

赤ら顔のメルデオさんが、近付いてきた。結構酔っている感じだ。

「クレイドル君。君には結構、稼がせて貰ったんだよ……君が持ち込んで、くれたものはね、あれだ、他の商人連中に、自慢出来る程のものなんだよ!!」

おおう、なかなかに出来上がっているな。メルデオさん。

「グレイオウル領に、行くんだってね。紹介状を用意しているから、それを持って、カリエラ商会に行くといいよ。僕の兄妹分だからねえ」

酔いどれ状態ではあるが、言った事は確かだろう、という事はわかった……べろべろになっているが。

「グレイオウル領に出立する時には、僕の所に顔を見せてくれよ。紹介状渡すからね」

「はい、必ず行きます」

「おう。クレイドル、祝いの品を披露するから、来な」

ダルガンさんが言い、いつの間にか配置された、中央テーブルに向かう。何ぞ?

 

 

中央テーブルには、盾と布に包まれた物が置かれている。

盾は直径、約五十センチはあるだろうか。訓練用の盾と同じくらいの大きさ。手に取ると、いいバランスの重さ。妙に、手に馴染む。

中央から、上下左右に鋲が打たれている。縁は黒光りの金属製──ラウンドシールドってやつかな?

そして、もう一つの祝いの品。ダルガンさんが布をめくると、黒塗りの木箱が一つ。

開けてみな、というダルガンさんの声に、木箱を開ける……おお、これ、解除ツールか。

「盾は、スティールハンドから。解除ツールはジャン達の祝い品だ。あと、ギルドからの祝いは、新調した鎧と籠手だ」

そういえば、赤闇の装備一式の料金は、ギルド持ちと言っていたな……有難い事だ。感謝しかない……。

「よし、飲むぞ。酒も料理もまだまだくるからな」

バンバン、と肩を叩かれる。今日は、遅くなりそうだ……よし。たっぷり食べて、飲むか。



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第55話 旅立ち グレイオウル領へ

 

 

飲み過ぎの影響は、ほぼ無い。いつも通り、早朝に目が覚めた。

歯を磨き、顔を洗う──そういえば、メルデオさんに城塞都市から出る際には、顔を出してくれと言われていたな……魔力制御には、いい時間だ──魔力制御に慣れれば、早朝には目覚めると聞いていたが、その通りだな……。

 

陽が上がるには、まだ少し時間はある。よし──地面に座り込み、自分の魔力を認識して、その魔力が体内を巡る様に意識する──血が、全身に巡る感覚と同時に、魔力が体全体に流れる感覚──うん、いいぞ。

魔力を巡回させ、体の隅々に行き渡らせる──

 

 

朝食後、皆と茶の時間。これからの事を話す。

「出るのは、いつ頃だ?」

茶を啜るダルガンさんに、答える。

「昼過ぎには、出発するつもりです」

「その時間だと……夕方には、中継地の村に着くだろうね。そこで一泊して、翌朝出発になるだろうから、グレイオウル領に着くのは、夕方くらいだろうねえ」

カップに茶を注ぎ、こちらに差し出してくる。

頭を下げ、カップを手に取り啜る。いい塩梅の温さ……美味い。ほんのりとした薫りが、鼻に抜けて行く──

「グレイオウル領は、三分の一が湖になっている領地だ。特産品はウィスキーと果物の発泡酒だな」

カップを啜りながら、ミルデアさんがいう。

「あとは、湖から獲れる魚介類の料理だな。森の恵みも、なかなかのものだ」

ジャンさんが、焼き菓子をパリッ、と噛る。

「ミスリル鉱山も有名だね。それと、ダンジョンも二つあったっけか」

砂糖まぶしの炒り豆を、ポリポリ噛るレンケインさん。

昼まで、まだ時間はあった。挨拶回りをする事にします、と断りをいれ席を立つ。

 

 

メルデオ商会の応接室で、メルデオさんと向き合う。部屋に、良質の茶葉の薫りが仄かに漂う。

ゆっくりと、茶を啜る。美味しいな……。

「そうかい、昼過ぎにね。まあ、グレイオウル領は、だいたい一日少しの距離だからね。遠く離れる訳じゃないね……これが、約束の紹介状だよ。あと、祝いの品の、小型の魔道コンロだよ」

メルデオさんのサインとともに、商会印が押印された封筒を受け取る。おお、魔道コンロまで……微笑むメルデオさんに礼をいう。

 

「クレイドル様!!」

接客中の客を放って、メルデオさんの娘。メジェナさんが、すっ飛んで来る。

腹に思いきり、頭突きをかましてきた。ぐうっ、と思わず呻く──従業員と同じ服装なので、全く気付かなかった。

このまま抱き付こうとするメジェナさんを、ゆっくり引き剥がすメルデオさん。

「メジェナ、落ち着きなさい……クレイドル君。何か入り用なものがあれば、何でも言ってくれ」

肌着類は最近、新調したしな……ああ、そうだ、煙草葉と香水だ。

「深風の補充をお願いします。あと、薔薇姫の香水ありますか?」

「あります! 他にも、良い香水ありますよ!!」

メジェナさん、声でかいな。他の客が、何事かと注目してるんですが?

深風の補充と香水の合計、銀貨七枚となったが、メルデオさんは、餞別だといって受け取ってくれなかった。

商会から出る時に、メジェナさんにしがみつかれ、閉口した。

「クレイドル様、必ず、戻って来てくださいね!!」

「メジェナ、いい加減にしなさい……クレイドル君。君なら、何処に行っても大丈夫だろう。体にだけは、気をつけるんだよ」

涙目のメジェナさんを引き剥がしながら、メルデオさんがいう。

では、と頭を下げ、商会を後にした。

 

 

スティールハンドは、なかなかの賑わいだ。

顔馴染みの先輩達が、武具の修理や調整のために、従業員とやり取りをしている。

「おう。クレイドルじゃないか!!」

ストルムハンドさんの声。革手袋をエプロンのポケットに突っ込んでいる。

「昼過ぎには、グレイオウル領に出向く事になったので、挨拶をと」

「わざわざ、ありがとよ……ああ、そうだ。グレイオウル領にいる弟弟子に、紹介状書くから、ちっと待ちな。ブレイズハンドって店だ」

 

 

ストルムハンドさんの紹介状。グレイオウル領にいる弟弟子は、魔族だそうだ。中央大陸から海を越えた、北東に位置する大陸。

魔都の大陸──魔族の都──魔族は基本、大陸から出ないが、もちろん、例外はある。

そういった魔族は、同胞から変わり者と見られるらしい。

「ま、そんなとこだ。あまり褒めたかねえが、鍛冶師としての腕前は、俺と女房に勝るとも劣らずってとこだなあ」

わっははは、と豪快に笑う。スウィンさんに宜しく、と告げ、スティールハンドをあとにする。

ミランダさんのとこにも、行っておくか?……時刻は、まだ昼にもなっていないからな。

 

 

オーガの拳亭に、入っていく。時間が時間なので、だいぶ空いている……「すいません。ミランダさん、お願いしたいんですが」

店員さんに声をかける。ひゃっ、と年頃の女性店員が、一瞬固まる……ええと?

「ミランダさんを……」

「ひゃいっ! お、お待ち下さいっ!!」

ガクガクと、内股でぎこちなく奥に向かっていく店員さん……何か、妙な罪悪感を感じてしまう……何ぞ?

 

「あら~昨日言っていた通り、グレイオウル領に移動するのね~。もう聞いているかもしれないけれど、とにかく、お酒と魚介類の料理は、絶対に楽しむべきよ~あと、オウルレイクは見るべきよ~朝、夕、夜の湖は、なんともロマンチックだからねえ~」

ウットリとするおネエは、無視する事にする。

「では、失礼します。いずれ、また」

別れの挨拶を済ませ、オーガの拳亭を辞す。

「ま、グレイオウル領とは、簡単に行き来出来るからね~何時でも、戻ってらっしゃい」

バチリ、と圧のあるウィンクをするミランダさん。

うん。挨拶巡りは、こんなとこか……あ、受付嬢三人組は……ダルガンさんに任せよう。取りあえず、ギルドに戻るか。

 

 

 

昼食──豚肉、白菜、ジャガイモ、ニンジンの煮物──味付けは甘辛。これ、肉じゃがだ。

しらたきがあれば完璧なんだけどな──米に、あっさり味の玉葱と薄切りベーコンのスープと、青菜の酢漬け。うん、美味い。

肉じゃが定食て感じだな──マーカスさんの食事も、ある意味、食べ納めか……。

 

 

「おいおい、辛気臭い面するんじゃねえよ。ただ、グレイオウル領に移動するだけだぜ? その気になれば、すぐ戻って来れるからよ」

マーカスさんが笑う。まあ、そうなんだけど……城塞都市に、愛着はあるんだよなあ……。

 

 

馬車乗り場。各領地に行く馬車が多く、停留している。中々の喧騒が、心地いいな。

身分様々な人達──旅装姿。行商人。上質の衣服を纏った紳士淑女──裕福そうな人達が乗る馬車と、そうでない人達の馬車は、見ただけで分かる。さて、グレイオウル領行きは、と──

 

「クレイドル君。懐に余裕あるんだから、ちょっといい馬車、選んだ方がいいよ」

「移動の快適さは、相当変わるぞ。安馬車は、大げさにいうと、舌噛みそうになるからな」

見送りに来てくれている、レンケインさんとジャンさん。

ミルデアさん、マーカスさん、ダルガンさんは来ていない。三人は、受付嬢三人組の防波堤になっているはずだ。

リネエラさん達からは、罵声を浴びせられた──逃げるのか 私達を捨てるんですね 年増か年増がいいのか 卑怯者 責任取ってくれないんですか──無茶苦茶だった。涙目で喚くジェミアさんにリネエラさん。サイミアさんは、能面の表情でじっ、と俺を見つめていた。

俺、悪くないよな? 近々、グレイオウル領に行くと、前から言っていたけど?

ギルドから出ようとした矢先、リネエラさんが掴みかからんと、迫ってきたのをミルデアさんが押し止めた。

その時の罵声も酷かった──邪魔する気か鱗女め 私は獅子族だ 獣人の上に立つ者だ それを邪魔するか──ほんと、酷かった。それに対するミルデアさんも──黙れデカブツ猫 発情雌めが みっともない 恥をしれ恥を──うん……酷かった。

泥沼キャットファイトが始まる前に、そっ、とギルドから抜け出した。

 

 

「グレイオウル領行き、間もなく出ま~す」

一際大きな馬車の御者が、周囲を見回しながらいう。

「クレイドル、あの御者は知っている。メルデオ商会と昵懇にしている御者だ」

「うん。あの馬車はいいものだよ。お薦めだね」

ジャンさんとレンケインさんの進言。よし決めるか。

もたついていたら、リネエラさん達が、防波堤を突破してくるかもしれないからな。

 

 

二人お薦めの馬車に決めた。六人乗りの、二頭引きの馬車。何とも、立派なものだ……馬が顔を寄せてくる。その鼻面に触れた……ルルル、と静かな唸り声。

「お客さん、手荷物以外は荷台に乗せてくれ。もう、直に出発するからね」

バトルアクス、ラウンドシールドを荷台に乗せた。あとは、身に付ける。

“旅の間、防具はね、身に付けていた方がいいよ。いざという時のため、というより、重量に馴れるためだねえ”

レンケインさんの言葉が、胸に浮かぶ。

馬車に乗り込む前に、ジャンさんとレンケインさんに挨拶をする──「また、いつか」

おう、と答える二人。軽く頭を下げ、馬車に乗り込み、扉を閉める──座席に身を持たせかけ、目を閉じる。

(また、いつか……)クレイドルは、外を見る事はなかった。

 

(またな、クレイドル)

馬車に乗り込むクレイドルを見届けたジャンとレンケインは、振り返る事なく、ギルドに戻って行った。

 




これで、第一部、完。てとこです。
かといって、何が変わる事はないですが。今後ともヨロシク、お願いします──
Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第56話 グレイオウル領 揉める黒鷲

 

 

「いや。だから、その紹介状を……」

「紹介状は、ギルドマスター宛のものです。他人に渡す事は、出来ません。だいたい……冒険者証を偽造の疑いあり、とはどういう事です。偽造の罰則くらい、知っていますよ」

「だから、そういう冒険者証を見た事がないと……」

「城塞都市に、問い合わせたらいいでしょう! それが面倒なら、ここのギルドマスターに面通しさせて下さい!!」

 

面倒な事になった……顔を見せぬ、鷲を模した兜の冒険者が、身分証として差し出した、冒険者証。

カードも、名前とクラスの刻印も、異常無し──問題は、名前の左右に刻印された片羽。見た事が、無い──紹介状を預けて欲しいといっても、全く聞かない。ギルドマスターにのみ、渡すといって聞かない──どうしたものか……。

 

 

 

部屋を、激しくノックされた。んん? と書類から顔を上げる。

入りな、と声をかける。鼻息荒く、受付嬢が入ってきた……妙な予感がする。

「衛兵が、是非ともギルドマスターに来てもらいたいとの事だそうです」

面倒な事に、なりそうだねえ……全く。

「一服してから、行くよ。衛兵なんぞ、待たせときな」

煙草盆を引き寄せ、葉を詰めて火をつける。

朱色の煙管を咥え、ぱっぱっ、と吸い、ゆっくりと、煙を吐き出す──穏やかな薫りが、部屋に漂う。

 

グレイオウル領のギルドマスター。元中級Aクラスの、“熱砂の双剣”リンベル──

紫がかった長い黒髪を高く纏め上げている。髪の色と褐色の肌は、西国出身を証明していた。歳は、五十前。

真っ直ぐ通った鼻筋と、強い光りを宿す瞳は、断固たる意思を伺わせている。

 

衛兵と揉める、冒険者ねえ……紹介状持っているって事は、痛い腹探られるのが、嫌って訳じゃ無さそうだし……そろそろ陽も暮れるし、会ってみようじゃないか。

ふうっ、と煙を吐き、煙草盆に灰を落とす。

 

 

受付前で待っていた衛兵に声をかけ、早速門に向かう。話は道すがら聞く事にする。

「で、何を揉めてんだい?」

若い衛兵に訪ねる。古参は居なかったのかねえ……若いのは、融通利かないから……。

「冒険者証が、見た事無いものだったんです」

「見た事無い? どんな物だったんだい?」

見た事無い冒険者証? 見当つかないね。偽造の罪は、相当に重いよ……。

「それが……名前の左右に、片羽の刻印がされているんです。我々では、どうも判断がつかないんです……」

はあ、とため息一つ。舌打ちしたい気分を、グッ、と抑え、リンベルは衛兵にいう。

「片羽の刻印はね、初級訓練を修了したっていう証明何だよ」

それが、二つ。一ヶ月の訓練を、二ヶ月やったって事だろうねえ……出来の悪い、新人の訓練期間を延長する事も、無いではないけど……羽、二つねえ……。

 

 

門の前。問題の冒険者は、と……多分、あれだ。こちらに背を向け、岩に腰掛けて煙管を吸っている、濃い灰色のマントに黒い兜。

「奴が、そうかい?」

衛兵に尋ねる。はい、そうです、と妙に緊張感を含んだ声で答える──ふうん、変に緊張してるねえ──詰所の様子を見ると、皆、若い。古参が居ないと、こんなもんかね……。

「いいよ。私が話聞いてくるから、待ってな」

付いてこようとする衛兵を、手で制止する。

 

 

丸腰である事に、気付いた……帯剣して来れば良かったと、思ってしまう。

黒兜に近付く──隙が、無い──いや、何故そう思ったのか……ふ~、と黒兜が煙を吐く。

鼻が働いた。この香り、深風か……コン、と煙草盆に灰を落とす音。

黒兜が振り向く。鷲の頭部を模した、フェイスガード付きの兜──煙管を吸うために、フェイスガードが、ほんの少し引き上げられている──薄紅色の、形のいい唇が見えた。

ぞくり、と身が震え、鳥肌が立つ。こんな感覚は初めてだ……「ええと、何の用でしょう?」

黒兜、黒鷲の兜がいう。男とも女ともつかない声。いや、少年期から青年期に移行する際の、声音、といった方がいいか……?

 

「私は、ここグレイオウル領のギルドマスター、リンベルさ。それで、あんたは?」

「ああ、俺はクレイドルといいます。それと、これはダルガンさんの紹介状です」

封筒を渡して来る。ダルガンデスのサインとギルド印。間違いないだろう。

クレイドルの容姿に、見惚れそうになるのをこらえる。

「まあ、いいさ。ギルドに行くよ。そこで改めて話をしようじゃないか」

はい、分かりました。とクレイドル。

 

「ここからは、私が預かるからね。何か聞きたい事があるんなら、ギルドに来な……いいね?」

衛兵達に、宣言するリンベル。それに、異を唱える衛兵は、居なかった。

夕暮れを過ぎ、もう夜になろうとしている。夜になる前に、領内に入れて良かった。

 

「ギルドで話を聞く前に、宿を取ってきた方がいいね」

「中宿を取りたいんですが、いいとこありますかね?」

クレイドルの質問に、少し考え、リンベルが答える。

「そうさねえ……灰月亭がいいだろうねえ。一泊、銀貨一枚に銅貨二枚てとこだね。纏めて泊まるなら、多少の割り引きはあるよ」

なるほど、灰月亭か……そうと決まれば、宿を取らないとな──「すぐ、行きます。場所はどこです?」

「中央噴水広場の、東側の宿通りだ……満月の看板が、目印──」

「東側、宿通りですね。すぐ、取って来ます」

言うがいなや、クレイドルが脱兎の如く、駆け出して行った──

 

 

 

噴水広場の、東側の通りを歩く。すぐに看板が見えた──灰色の満月の看板。灰月亭。

飛び込むように、カウンターに向かう。

「宿を取りたいんです。一人部屋でお願いしたいんですが、大丈夫ですかね?」

「お、おう。一人部屋だね。一泊、銀貨一枚に銅貨二枚。食事は、朝、昼、夕、どちらか一食込み。追加料金で食事は出来る……どうだい?」

宿の亭主がいう。クレイドルは即座に決めた。

「決めます。一週間で、お願いします」

「一週間、か。なら、銀八枚に銅四枚だけど、銀貨八枚でいいよ。週区切りの宿泊なら、割り引きがあるんだ」

「よろしく、お願いします。俺は、クレイドルといいます」

クレイドルは、銀貨を支払う。

「部屋に案内させよう。ちょっと待ってくれ」

亭主がベルを鳴らすと、すぐ従業員が来た。

 

二階奥の一人部屋。まあまあのスペース。暖色系の壁紙なので、殺風景とは感じない。

家具はタンス、テーブル、椅子二脚。ベッド、その他──ドアの側には、従業員を呼ぶためのベルが備え付けられている。

従業員によると、一階奥にあるシャワーと風呂場は、基本いつでも使えるが、風呂場は深夜十二時まで、シャワーは二十四時間、使用可との事だ。

少ないと思ったが、従業員に心付け、チップとして、銅貨五枚を受け取ってもらった。

顔を赤くして、礼をいう従業員の少女。十三、四歳ぐらいだろうか?

「何か、御用が、あればその、何時でもベルを鳴らして、く、下さいね」

もじもじしながら言い終えると、どたどた、と慌てた様子で出ていった。何ぞ?

 

 

普段着の上から、マントを羽織る。剣は持たず、手斧を腰の後ろに差す。

窓の外を見ると、すでに夜になっていた。

(ちょっと、遅くなったか)

宿の亭主に、ちょっと出掛けますと声をかけ、ギルドに向かう。

外に出ると、少し肌寒く感じた。秋も終わりかけなんだろう──フードを深目に被る。

 

ギルドに入って早々に、ギルドマスターの部屋に通された。

武骨なテーブルを挟み、革張りのソファーにリンベルさんと相対する。リンベルさんの隣には、副ギルドマスターの、バルドルさん。

艶のある黒髪を丁寧に、後ろに撫で付けている。褐色の肌。彫りの深い顔立ち。中々の二枚目だ──体格は、ダルガンさんとマーカスさんにも劣らない──「紹介状は、読ませてもらいました。ジャンベール、レンケイン、ミルデア、通り名持ちのベテランに鍛えられ、さらには、かの魔導卿からも、指導を受けた事……ふうむ」

聞く者を落ち着かせるような、よく通る声。

「経歴も、中々のものですね。対悪魔、対アンデットも経験している。初級の一つ飛びで、Cランクから始まるのも、頷けます」

さっきから話しているのは、バルドルさん。

リンベルさんは、ぷかり、と朱色の煙管を吹かしている。吸い口、雁口は黒。羅宇部は朱色、漆塗りだろうか……高級そうだな。

「クレイドル君、疑うつもりは無いのですが、少し実力を見せてくれませんか?」

まあ、そうだろうな。紹介状に書いてある事を鵜呑みにしないのは、当然だ──

「分かりました。ただ、明日にしてくれませんか? 夕食がまだなので」

目を丸くして俺を見る、バルドルさん。

コン、と煙管の灰を煙草盆に落とす、リンベルさん。くっふふふ、と嬉しそうに笑う……何ぞ?

 

「どんな、試しかも分からないのに、二つ返事で受けるとはねえ。なるほど、ダルガンとマーカスが推薦するだけは、あるねえ」

あっははは、何とも楽しそうに笑う、リンベルさん。こほん、と咳払いをするバルドルさん。

「試しは、試合でよろしいですか? ギルドマスター」

「クレイドル、どうだい? 単純に、試合の方が他の連中に、分かりやすいだろうからねえ」

なるほどな、荒くれ連中には分かりやすいだろうな……。

「俺は構いません」

「分かったよ。適当な奴を、選んでやるよ……バルドル、職員呼んできな。改めて、クレイドルの、冒険者証の更新をするよ」

はい、と返事一つ。バルドルさんは部屋を出ていった。

「おっと、茶を入れなきゃねえ……酒の方がいいかい?」

「お任せ、します」

ニヤリ、と笑うリンベルさん。話せるねえ、と言いながら、キャビネットから酒瓶とグラス二つを取り出し、引き出しからは紙袋。

酒瓶のラベル、は……オウルリバー、一五年。これって結構、高いのでは? リンベルさんが紙袋を裂くと、ふわり、と香辛料の香りがした。

その中身は……湿り気を残した、赤茶色の干し肉のような物──ビーフジャーキーか!

目の前に置かれたグラスに、オウルリバーが注がれる。琥珀色。香りは、正にウィスキー。

「色んな飲み方があるがね、先ずはそのままがいいねえ。いい酒は、割らない方がいいのさ」

グラスに注いだ酒を、一息で半分飲むリンベルさん。

「喉ごしは柔らかいんだけど、胃から上がって来る香りが、なかなかに刺激的なんだよねえ」

はあ~、と息を吐くリンベルさん。続いて、俺もグラスに口をつけ、くぃっ、と半分を飲む──旨い。上がって来る香りが刺激となって、口に広がる──オウルリバー、いいな。リンベルさんが、ビーフジャーキーを摘まむ。

「やっぱり、美味いねえ。クレイドル、これはね、旅には向かない干し肉さ。普通の干し肉ほど保存は利かない、単純な酒のつまみさね」

つまみにしては、安くないけどね。とリンベルさん。俺もビーフジャーキーを噛る……ああ、これだ。何か懐かしい味。ちょっとばかり、湿っているのが美味いんだよな。塩も香辛料もほどよく効いている──酒が進むなあ。

 

 

何故か酒盛りをしている俺達を見て、職員を連れてきたバルドルさんに呆れられたのは、当然の事だった──



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幕間 城塞都市グランドヒル 冒険者ギルドの新人達

 

 

 

「おう、来たか。まあ座れや」

ダルガンデスがソファーに腰を降ろす。

ジャンベール、レンケイン、ミルデア。ダルガンデスに向かい合うように、座る。

「単刀直入に言うぞ。お前ら、今日からBクラスに昇格だ」

ジャンベール達が、顔を見合わせる。何か言い掛けたレンケインを、手で制止するダルガンデス。

「まずは、クレイドルをまあまあ、一端の冒険者に鍛えた事。それと悪魔系の討伐に、竜骨の騎士との戦闘……その他、諸々だ。文句ねえな?」

唸るミルデア。レンケインが、温くなった茶に手を伸ばす。

「無いですね。むしろ、いい切っ掛けになりました」

ジャンベールの言葉に、ダルガンデスが尋ねる。

「切っ掛け、てなあ何だ?」

ダルガンデスに、レンケインが答える。

「僕達三人で、改めてパーティーを組む事にしたんですよ」

すすっ、と茶を啜るレンケイン。

「うむ。最も、パーティー名はなかなか、決まらないがな」

「俺達は、それぞれ役割が違いますからねえ。どう決めたら、いいのか……」

ふふん、と笑うダルガンデス。

 

 

喫茶室。亭主のマーカスが、暇そうにカウンター内に腰掛けている。

「マーカスさん、しけた面しないで下さいよ。茶が不味くなりますよ」

ずずっと茶を啜る、冒険者達。ぱりぱり、と焼き菓子を摘まむ音。

「飯作る理由が、無くなったからなあ。寂しくなったぜ」

「何なら、私達にご飯作ってよ」

「やなこった。作りがいが、ねえんだよ。おめえらは塩味しか分からねえからなあ」

そりゃ、ひでえよ──喫茶室に集う冒険者連中が、笑う。

 

昼食後、マーカスがダルガンデスの下に訪ねて来た。

「おう。三人組はまだ休暇中か?」

「ああ、クレイドルが移動してから、使い物にならなくなったからな。しばらく休ませてやろうと思ってなあ」

受付嬢三人組。リネエラ、ジェミア、サイミアは、クレイドルが去ってから荒れた。

酒臭く、出勤してきたと思えば、他の職員に当たり散らす、冒険者や依頼主を冷淡にあしらうわで、苦情が来ていた。

結果、三人組に長期休暇を出した。頭を冷やせという意味を持たせて──まあ、それはいい。

 

「クレイドルが出ていってから、新人が集まって来てるな。妙な感じだ」

「今日で七人、冒険者志願の連中が来ている。まるで、示し合わせたようにな」

ダルガンデスが、茶を差し出す。おう、と受けとるマーカス。

「新人連中、ジャンベール達に預けるか?」

尋ねる、ダルガンデス。淹れたての茶を啜る、マーカス。

「ふん、悪くないな。まあまあ、美味い……新人で、初級訓練受ける奴等は何人だ?」

「七名中、三名。あとの四名は……英雄志望の力自慢だ。それぞれ、同郷組だ」

「馬鹿どもは好きにさせておこう。三人組は、ちっと役不足しれねえが、ジャン達に預けるか……ジャン達が受けたらな」

マーカスが茶を啜る。

「英雄志望は放っておけや。三人組を、鍛えた方が効率が良さそうだからな」

うむ。と頷くダルガンデス。

 

 

初級訓練は受けた方がいいよ、色々特典がつくからね──ギルド職員から言われた。

私達は、即決で受ける事にした。訓練期間は一ヶ月。衣食住無料。三食、ご飯を食べさせてもらえる上に、週に銀貨一枚が支給される。

その上、冒険者としての基礎知識を学べるし、戦闘訓練もしてくれるという──夢のような話。

にも関わらず、同じく冒険者志願の四人組は、初級訓練を受ける事を、拒否した。

そんな暇は無い。俺達は、すぐにでも名を売ってやる。初級訓練なんて、意味がない──そう言い放った。

根拠の無い自信としか思えなかった。それを聞いた受付の人は、ため息を吐くと、冒険者証の登録を始めた。

登録を終えた四人組は、意気揚々と、何の依頼を受けるかと、大声で話し合っている──四人組を見る、他の冒険者、先輩達の目は、哀れみと呆れを露にして、浮かれる新人達を見ていた──

 

 

前衛一人。一際体の大きいジョシュ。中古の盾に、頑丈な革鎧。古びてはいるけど、ちゃんと手入れのされたロングソード。

中衛は私、リーネ。治癒術の使い手の祖父から学んだ、治癒術と棒術に体術。祖父曰く、正統な治癒士は、棒術と体術も習うものだそうだ──骨折までは、癒せる自信はある。

後衛に位置するは、シェリナ。水属性の魔術師。両親共に水属性の魔術師。彼女は、短刀術にも長けている──

私達は、同じ村で育った幼馴染み……子供の頃から、ほとんど一緒だった。お互いに、次女、三男。このままだと、行く末は決まっている。

ある時、ジョシュが言った。どうせ、このまま村に居ても兄貴達に、こき使われるだけ。

だったら──冒険者になって、世界を見て回りたい、と──それを聞いた時、私とシェリナも思わず言っていた……「私も、そうよ」と。

 

それからは、早かった。ジョシュは、村の衛兵から剣を学び、私は祖父から受けている治癒術に加え、棒術と体術を再度、訓練してもらった。

元々、シェリナは両親から、短刀術と魔術の訓練を施されていた。

 

一年ほど経ち、ジョシュは衛兵から、基本を学んだと認められ、私は祖父から、あとは実践あるのみと言われた。シェリナは、基礎はもう充分だと、父親から言われたらしい──私達は、冒険者になると言って、村から出る事にした。

もちろん、反対もあった。ジョシュと私の両親は、冒険者何てものに、先は無い。大人しく、この村で生活していればいい──これに強く反論したのは、ジョシュだった。

俺は、兄貴達に顎でこき使われるのは、もううんざりだ。でかいだけが取り柄。大人しく、畑を耕していろだの何だのと、奴隷扱いはうんざりだ──温厚なジョシュの口から出たのは、かなり強い言葉だった。

ジョシュの二人の兄は、しどろもどろになった。奴隷扱い、という発言にだ。帝国領内での奴隷発言は、見過ごされるものではない。

そんなつもりでは、と言い訳しようとする兄達を無視し、ジョシュはきっぱりと両親に、頭を下げて、村から出ますと言った。

私の両親は、ため息を吐き、お前の人生だ、と言ってくれた──シェリナは、体だけには気を付けるように、とだけ言われたそうだ。

身の回りの、簡単な装備と多少の路銀を整えてもらい、私達は一番近い城塞都市に向かったのだ。

 

 

「よし。初級訓練を受ける三人組、来い。宿舎に案内するぞ」

マーカスさん……といったか。ごつい体付きの人。副ギルドマスターで、喫茶室の亭主でもあるそうだ。宿舎は当然、男女別。それぞれ、簡単な説明を受け、夕食まで時間はあるから、街を見て回るといいと言われた──今日から、見習いとしての日々が始まるんだ──うん、頑張ろう。

「ああ、お前らの食事は、今日から俺が作る。夕飯は、ちょっとばかり、豪勢にしてやるよ。楽しみにしてな」

マーカスさんが、ニヤリ、と笑う。

 

リーネをリーダーとした、三人組の運命が、クレイドルに繋がるのは、まだ先の話──

 




縁はどこで繋がるか、分かりませんからね。
縦か横か、どう繋がっていく事か──
Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第57話 グレイオウル領 紹介状巡り いざ試し合い

 

 

ボトルを二人で一本空け、もう一本出そうとしたリンベルさんを、バルドルさんが止めた。

「明日に差し支えますので、そのくらいで。明日の腕試しは、昼過ぎほどでよろしいですか?」

「構わないよ。クレイドル、それでいいかい?」

「構いません」

ふむ、とバルドルが頷く。クレイドルの顔を何となく、見る……最初に目に付いたのは、整った薄紅色の唇。酒が入ったからか、白磁の様な肌は、ほんのりと朱み(あか)を帯びている……こほん、咳払い一つ。

「では、明日昼過ぎに、ギルドにお越しください」

今日は御馳走様でした。と一礼して、クレイドルは部屋から、出ていった。

「お送りします!」

職員が慌てて、後を追っていった……ドアくらい閉めて行きなさい、とバルドルは呟き、ドアをきちんと閉めた。

 

「どう、見たね? あの二枚目……いや、二枚目なんて言葉は陳腐だねえ。空恐ろしいよ」

リンベルは、煙草盆を引き寄せ、煙管に葉を詰めて火種で火をつける。

「手強いでしょうね、彼は。紹介状にあった、冷静に無茶をする。という評価の意味が、何となく分かるような気がします……明日の腕試しは誰を当てますか?」

煙管を吹かしながら、宙を見るリンベル。

「そうだね……うん、私がやるよ」

ほう、とバルドルが目を開く。

「私がやろうと思ってましたが」

「ま、それも考えたがねえ、私がやるよ」

ふむ、と頷くバルドル。その顔に穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

「お、今帰りかい。少し遅いが、夕食にするかい?」

宿の亭主さんが声をかけてきた。カウンター席に座る。

「はい、お願いします。メニューは何です?」

「卵が残っているからな。ハムと目玉焼きに丸パンと、玉葱と鳥出汁のスープってとこだな。あと酢漬け野菜だ」

「それで頼みます。目玉焼きは、固めでお願いします」

「すぐに準備させるよ。そういえば、娘に心付け、ありがとな」

あの子、亭主さんの娘だったのか。

「そういや、名乗ってなかったな。僕の名前は、ラルフっていうんだ」

引き締まった細身の体。綺麗に整えられた、清潔感のある髪型。人好きのする、爽やかな顔付きと物腰をしている、四十前の男。

「これから、よろしくお願いします。ラルフさん」

こちらこそ、といい、ラルフがクレイドルの注文を厨房に告げる。

 

 

早朝に目が覚める。夜明け前……陽が上がるまでには時間はある。

うん、魔力制御にはいい時間だ──窓を開け、外気を取り入れる。ひんやりとした空気が、心地いい。

ベッドに胡座をかき、座禅の様に座る──深呼吸を、一つ、二つ。全身に魔力を循環させる……。

 

宿は、明るく賑やかだ。なかなかに繁昌しているらしい。早速、カウンターに座り、朝食を頼む。

卵を落とした米粥。刻んだ香草と、塩をまぶした素揚げの小エビに酢漬け野菜。

朝食は、こんなものだろうな、うん──小エビは、湖の恩恵なのだろう。

 

さて、昼まではまだ時間はある……そういえば、メルデオさんとストルムハンドさんから、紹介状をもらっていたんだよな。

「ラルフさん。ええと、カリエラ商会と鍛冶屋ブレイズハンドの、場所を知りたいのですが?」

「カリエラ商会は、噴水広場の西側、商店通りにあるよ。黒い看板に、銀色の店名だから、すぐ分かる。ブレイズハンドは、同じく西側の少し奥、燃える金槌の看板だよ」

西側、商店通りか。今日の試しが終わったら、街を見て回ろう……無事に済んだらな……。

「よかったら、街を娘に案内させようか?」

ラルフさんがいう……気持ちは嬉しいが、今日の試し合いがどうなるか、分からないからなあ。

「それは……明日頼みます。今日はどうなるか分からないので」

何かを感じ取ったのか、ラルフさんは頷き、言った。

「気を付けてな」

「はい。取り合えず、カリエラ商会とブレイズハンドに行って来ます」

 

 

中央噴水広場の西側か……やはり、少し冷えるな。フードを目深に被る。

さてと、メルデオさんの紹介状の、カリエラ商会に出向いて、挨拶を済ませておこうか。

 

商店通りを少し進んだら、すぐに大きな黒看板が見えた。達筆の銀文字で、カリエラ商会と記されている──この看板って、メルデオさんとこの看板に似ているな──

 

店に入り、店内を見回す。賑わっているなあ。

何となくだが、観光客が多い気がする。グレイオウル領は、観光地としても有名だったっけか。

「何か、お探しですか?」

青色のスーツ、というか店の制服を着た店員さんが話し掛けてきた。

「メルデオさんから、紹介状を預かっているんです」

紹介状を差し出す。店員さんが受け取り、少々お待ち下さい、と去って行く。

さて、少し店を見て回るか……。

 

「先輩からの紹介状だなんて、珍しいわね。どんな人?」

紹介状を広げながら、カリエラが店員に尋ねる。

「何と言っていいか、その……」

言い淀む店員を見上げるカリエラ。店員の顔は微かに、赤くなっていた。

「マーティ。何よ、美人さん?」

堅物が珍しい事だと、カリエラは思う。

「いえ……美人というか、その……取り合えず、お会いする事をお勧めします」

「ふうん。分かったわ。案内して差し上げて」

「分かりました!」

いつになく、興奮している店員は速やかに、応接室から出て行った……ドアも閉めずに。

 

品揃えは様々だ。生活雑貨から日用品。観光地らしく、梟の彫刻。小さな額縁に納められた絵画。湖畔や月夜の梟等々。少し欲しくなるな、こういうの──「お待たせしました。会長がお会いになります」

さっきの店員さんが、やって来た。妙に緊張しているのか、顔が少し赤い……何ぞ?

 

カリエラ商会の応接室。少しばかり派手に見えるが、悪趣味さは感じない。

吟味して、美術品で部屋を飾っている感じだ。メルデオさんとは、違った感性を持っているんだろうな──看板の趣味は同じだが。

 

「初めまして、カリエラと申します。先輩の紹介だなんて、珍しい事なので少しばかり、驚いているのです」

艶のある肩までの髪。薄化粧の整った顔立ち。カリエラ会長。二十代後半、て感じだな。すらりとした体付き。

芯の強そうな顔立ちだ。美人ではあるが、その前に、強かな雰囲気が先に立つ。遣り手の若社長て感じだ。

「メルデオさんから、探索で得た品はここに納めるといいと言われてましてね。それと、取り扱っている品物は、間違いないとも言われましたから」

出された茶を飲む。いいお茶だな……ここの特産品かな?

色々、話をした。グレイオウル領の特産品や湖の事。名物料理、ミスリル鉱山、ダンジョンの事等──「そろそろ、お暇します。まだ回らないといけない場所がありますので」

「もう、行かれますか……また、いらして下さいね」

ニコリ、と微笑むカリエラ。ではまた、と別れる……。

 

クレイドルさんを見送った後、しばらく動けなかった……フードを下げたその顔は、到底直視してはいけないものだった。先輩の紹介状に、〈顔を直視しないように、特に唇〉と記されていた。

何の事やらと、思ったが──正に、その忠告通りだった。男ですら、魅了する容貌。マーティが、ちょっとおかしくなるのも無理はない──怖いお人ですね……気を付けないと──クレイドルさんの顔立ちを思いだすと、ぶるり、と体が震えた。

 

 

時刻は丁度、昼。さて、どうするか。約束は昼過ぎ。

感覚として、約束の時間は、午後三時くらいだろうか。

時間の指定は、はっきりしてないからなあ……よし、ブレイズハンドに行くか。

ギルドには遅くても、夕方近くになる前に行けばいいだろう。宿に戻って、武具を身に付ける時間は、ある……うん。

 

ブレイズハンドの看板。金槌を握る手の周囲に炎が渦巻いている──まさに、ブレイズハンド。

店に入る。時間帯のせいなのか、客は少ない。棚やガラスケースに飾られている、様々な武具。

値段も、ピンキリだ。お手軽価格から、金貨数十枚クラスのものまで……スティールハンドとは少しばかり違うな。どちらかというと、初級者からベテランまで、幅広く扱っているという感じだ。

客も、明らかに冒険者の気配を纏っている。

カウンターに向かい、紹介状を差し出す。

「ストルムハンドさんの紹介状です。親方に、お願いします」

「……はい、分かりました。少々お待ちを」

カウンターに座っていた、見習いらしき少年が紹介状を受け取り、慌てて奥に引っ込んで行った……。

 

 

「うん? 兄弟子からの紹介状だと……ふうん」

立ったまま、ストルムハンドの紹介状を読む、ドルヴィス──魔族。尖った様に生える赤い短髪の間から、短い黒角が覗いている。

がっしりとした体格。肩、胴、背中、腕回りともに引き締まり、太い。歳は四十後半。

身長は百九十はあり、体重は百二、三十は越えているだろう──「赤闇の兇殻の素材を、加工したか……さすがだな、貴重素材だぞ」

兄弟子の、紹介状の最後には、〈面を直視するなよ。えらい事になるぞ〉の一文。

何だ、そりゃあ? まあ、いいか……せっかく紹介状を持って来たんだ。会ってみるか。

 

 

ガラスケース内に飾られている武器。幅広のブロードソード、反りのある片刃の剣、等。値札がついていない……いかにもな高級品だ。居並ぶ鎧も、値段関係無く、中々な物が揃っている……いいな、この品揃え。

 

「よう、俺はドルヴィス。クレイドルさんかい? 兄弟子からの紹介状何ぞ、初めてでなあ。ちっと驚いてんだ──」

振り返る、濃い灰色のマント姿。フードを下げ、こちらを見る──ああ、これは危ない。兄弟子のいう通りだ。

 

二枚目? 美貌? そんな言葉では、到底計れんだろうな、これは──鍛冶師の美意識は、芸術家の美意識と通じるものがあるという──鍛え上げた武具と、キャンバスに書き上げた美は、等しいとは、誰の言葉だったか──今、その意味が分かった。目の前の美──見るな。直視するな。耐えろ、耐えろ──「来な、部屋で話そうか」

 

応接室、というには殺風景な部屋。何の飾り気もない、最低限、必要な物しかない部屋。

小さなテーブル、向かい合うように配置された二脚の椅子。

「ストルムハンドさんの店とは、違ったやり方をしているみたいですね」

出された茶を啜りながら、クレイドルがいう……その口元に見惚れながら、ドルヴィスが答える。

「まあな。兄弟子は、客を選ぶやり方をしているが、俺のとこは初級、中級関係無い品揃えをしている……まあ、どのやり方が正しいか、という事は分からないがな」

ドルヴィスさんが、はっははは、と笑う。

似てるな、ストルムハンドさんと、奥さんのスウィンさんに──城塞都市での経験。各ダンジョンで入手した素材の話をした──少し遅くなったが、昼食を一緒にどうだ? と言われたが、ギルドに用があるので、と丁重に断った。

残念そうな顔付きのドルヴィスさんに、今度飲みましょうと答えた。

 

「フラれましたねえ」

少年が、沁々とドルヴィスに言った。

「やかましい。カウンターに戻れ」

ドルヴィスの叱責に、少年は笑いながら、仕事場に戻って行った。

 

 

足早に、灰月亭に戻るクレイドル。時間は、とうに昼過ぎの午後二時前……。

「クレイドル、昼食はどうする?」

「いえ、大丈夫です。また、少し出掛けます」

ラルフに手を振り、自分の部屋に戻るクレイドル。

 

手早く、赤闇の鎧と籠手を身に付け、ブーツに履き変える。バトルアクス、スケルトンキラー(鋼作りのショートソード)、手斧、ラウンドシールドは置いていく。肩掛けの鞄に、腰回りのポーチも。小銭入れは身に付ける。

身に付けるのは、それだけ。武器やらは、訓練用のものがあるだろう──よし、出向くか。

 

 

「少し、遅れましたかね……ギルドマスターと昼過ぎに約束していた、クレイドルです」

黒鷲の頭部を模した兜。濃い灰色のマントに、赤黒い胸鎧姿の男──ギルドマスターから聞いていた──「少し、お待ち下さい」受付嬢が、慌てながら二階に駆け上がって行った。

 

ぼんやりと、依頼掲示板を眺める──常設依頼の採取と採掘を除き、変わった採掘依頼──異世界知識発動──注意事項は、鉱石採掘の際、ロックリザードの巣窟近くに立ち入らない事。ロックリザードを攻撃しない事、等──ロックリザードは温厚で、人を恐れず好奇心旺盛。だが、戦闘能力は相当に強力。土属性の魔術は並の魔術師を凌駕し、近接戦闘は重量を使った体当たりに、強靭な顎の噛み付きに、尾の薙ぎ払い。

さらには、同族に呼び掛け、ロックリザードを増やす、という……なかなかに手強い、魔獣らしいな。好奇心旺盛というのが、気になるな──

 

「おうクレイドル、来たかい。いい頃合いだね。昼飯は?」

「いえ、腹は減ってません。このままで大丈夫ですよ」

 

ふふん、と笑うリンベル。バルドルが、笑みを浮かべる。

「早速、始めましょう。さて、訓練場に行きましょうか。皆、待ってますよ」

皆? どういう事だ? クレイドルは思った。先を行くリンベルとバルドルの後を追う……喧騒が早くも聞こえてきた──冒険者達が、訓練場を取り囲んでいる。まるで、闘技場だ──

 

「まあ、せっかく試し合いをするんだ。少々賑やかにやってもいいだろうさ」

リンベルさんが、周囲の冒険者達に手を振る。

それだけで場内が賑わう──凄いな、これは……。



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第58話 戦場剣 三分の密度

 

 

ギルドマスター、リンベル。ロングソードを両腰に下げている──訓練用だよな?

「あんた、得物は?」

「訓練用の武器を貸してもらおうと──それ、真剣ですか?」

「ダメかい? 何なら、訓練用にしようか?」

ニヤリと笑い、腰の剣を叩くリンベルさん。

なる程な、もう試しは始まっているのか──ならば……。

「構いませんよ。訓練用の武器を選ばせて下さい」

「……クレイドル君、こちらへ」

バルドルさんに、倉庫に案内される。

 

様々な武器があるが……バトルアクスは無いな。さて? 盾とショートソードか……いっその事──バスタードソードか、あれ。百三十センチ程の長さ。手に取ってみる。うん、二、三キロってとこか。二、三回振ってみる。まあ、こんなとこか……バトルアクスとは多少、手応えが違うが、まあ物は試しだ。

「クレイドル君、いつもの得物は、バスタードソードなのですか?」

「いいえ。いつもは盾とショートソード、バトルアクスです」

ウォームアップついでに、振る。横に払い。袈裟斬りに振り下ろす。下から突き上げる……うん、いい感じだな。よし、まあいいだろう。

「お待たせしました。行きましょうか」

 

慣れぬ武器を選択した、クレイドル君。ギルドマスターが、真剣を持ち出したというのに、態度一つ変えなかった。

紹介状にあった、“冷静に無茶”をするというのが、これか? ギルドマスターの最初の試し、真剣を使用する発言を、さらりと流した──面白いな、彼は。

ギルドマスターが気に入りそうな人材だ。さて、どういう試合になるか……。

 

リンベルに向き合うクレイドル。見物の冒険者達のざわめきが、訓練場に満ちている。

心地よい喧騒が、二人を包む──バルドルが、ギルドマスターと新入りの試合のルールを伝える──時間は三分。

倒れるか降参で決着。多少の負傷は自分が治癒する──ギルドマスターは真剣。新入りのクレイドルは、訓練用のバスタードソード。

不公平と思うかも知れないが、両名とも承知の上の事。だから、この試し合いは対等の勝負だ──バルドルの声に、見物客の冒険者達がざわめく。

「では、始めますか……始め!!」

すっ、と下がるバルドル。三分ですからね……と独り言のように言った。

 

改めて、リンベルさんの姿を見る──鋼で補強された紅の革鎧。肩、脇、首はしっかりと守られている。鉄鋲で補強された、肘まである革の籠手。

多分、現役時代の装備だな……良く手入れされているんだろうな……両剣も。

リンベルさんが、二剣を抜き構える。左手は前に付き出すように構え、右手は、一直線に天に構える。正面、頭上の構え……どんな攻撃か来るか分からない……まあ、いいか。分からない事は考える必要は、無い──

 

クレイドルは、バスタードソードを肩に担ぐ様に構える──肩構えの型。同時に、身を低くする──片膝が地面に付くほどに、前のめりになる。

リンベルとの距離は、五メートル程。互いに動かない。リンベルは構えたまま、じりじりと間合いを詰め始める──クレイドルは動かない。

見物の冒険者達は、声一つ上げない。リンベルとクレイドルの間に満ちる緊張感に、息を飲んでいる──ぐうっ、とさらに前屈みになるクレイドル。

 

クレイドルの取った前傾姿勢。リンベル、バルドルともに見覚えがあった──二十年も前、“戦場剣”と名の通った上級の冒険者が、魔物の集団暴走に対して、ただ一人で向かっていき、殲滅した時の事が思い起こされていた──リンベルとバルドルは思う。まさか、な……。

 

リンベルは眉をしかめる。極端に、身を低くするこの構えは、自分の構えとは、相性が悪い。幸い、クレイドルは全く動かない。

構えを変える隙があるか、どうか──半歩、引く……じりっ、とクレイドルが半歩詰めて来た。

ちっ、と胸の内で舌打ちをするリンベル。だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

ふうっ、と息を吐きリンベルが構えを変えた。

剣を交差して、中段よりやや下に構える──さあどうだね? まだその構えを続けるかい?

 

二剣の構え──マーカスさんから聞いたな。二剣の交差の構えは、全方位に対してのものだと。

肩構えの型は崩さない──ぐうっ、と地面すれすれの前傾姿勢をとる。

すうっ、とリンベルさんが構えそのままに、間を詰めて来た──地を這う様に、駆け出す。

リンベルさんが、二剣で挟み込む様に、剣を振り降ろして来る──二剣が交差する瞬間を狙い、少し下がり、バスタードソードを跳ね上げる──ギィッイン、鋼が擦れ合う音。リンベルさんが、ふわり、と後方に跳んだ。

 

攻撃を受けると同時に飛び上がり、バスタードソードの衝撃を逃がす──訓練用の武器とはいえ、重量は真剣と同じ。まともに受ければ、剣が折れてもおかしくない。現役時の剣ならば、逆に、叩き斬れるけどね──しかし、器用な真似するもんだ。肩構えから、剣を跳ね上げるなんてね、足腰しっかり鍛え上げてなきゃ、出来ない動きだよ──さて、次はあんたの番だよ──

 

再び、肩構えに戻る──さて、どうしたものか。下段の剣を、あんな形で防がれるとは思わなかった。避けるか、受け流される。いずれかと思った。マーカスさん曰く──二剣の防御手段は基本、二つ。捌く、受け流す、重い攻撃、真っ向から受けるのはマズイからな。とはいえ例外はあるがなあ──マーカスさん、例外がいましたよ。

 

 

動かない二人。ギルドマスターの顔には笑みが浮かんでいる。フェイスガードを下げているクレイドル君の表情は、見えない──まさか、三分過ぎるのを待っているのか……いや、違うな。

クレイドル君は、じりじりと間合いを詰め始めている。ギルドマスターは交差の構えのまま、微動だにしない。

 

クレイドルが、肩構えのまま大きく跳躍した。リンベル目掛け、バスタードソードを振り下ろす。

リンベルが、交差構えを解くと同時に、左足を後方に引き、半身になりながら、双剣でバスタードソードの横腹を挟み込み、捻る様に回す──クレイドルの手から、バスタードソードが勢いよく(・・・)離れ、宙を舞った──巻き払い上げ──二剣の熟達者の技だ。見物の冒険者達から、どよめきが起こる。

 

──いや凄えもん見た。 あんな事出来るんだな。 まだ現役でやれるよ。 さすが、“熱砂の双剣”──

 

冒険者達の称賛の声……だが、リンベルとバルドルの顔には、驚きが浮かんでいる。

(巻き払い上げを知っていた……!?)

クレイドルの手から、勢いよくバスタードソードが離れていったのは当然だ。剣を挟まれた瞬間に、自分から放り投げたのだ──リンベルが呆気に取られた隙に、クレイドルがマントの紐を緩めたのを、リンベルとバルドルは気付かなかった。

 

ガラン、バスタードソードが落ちる音に、リンベルが我に帰った瞬間、視界が防がれた。クレイドルがマントを放り投げたのだ。

一瞬の隙さえ見せなければ、そんな手は食わなかっただろう──反射的に、後ろに跳び下がる。

どん、と軽くない衝撃が腹を打った。マントがハラリと、地面に落ちた。

 

やられた。巻き払い上げを知っていたのかい。

どこかで見たんだね……“精妙剣”から習ったかい!? 油断も隙も無いねえ! だったら──

 

「三分、経過。それまで」

手元の懐中時計を見ながら、バルドルが告げる。静かだか、よく通る声が訓練場に響く。



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第59話 観光の約束 念願のワサビ

食事処、淡水の庭──ラルフさんに教えてもらった食事処。湖面を跳ねる魚の看板が、いい味出している。

ラルフさんがいうには、観光客向けではなく、地元民が通う老舗だという。

「観光客向けの店はね、全部がそうじゃないけど、値段高めで、味はそれなりってとこが多いんだよな」

 

ギルドでの試し合いが済み、宿に戻った。

リンベルさんとの試合は、三分経過の引き分けに終わった──それに対しては、物言いは付かなかった。

軽い自己紹介を、ギルド内の冒険者達と職員に伝えた──普通はそんな事しないんだろうが、城塞都市のギルドの紹介状持ちだという事で、そういう運びになったのだ。

今から飲みに行こうとなったが、断った。腹が、減っていたし、疲れていたからな──

 

宿に戻り、着替えると、ラルフさんにお勧めの食事処を尋ねた。その際、ラルフさんの娘さんが「街を案内しましょうか!?」と迫って来たが、「もう夕方だからね。明日、頼むよ」と、やんわりと断った。

「きっとですよ!」

むふう、と鼻息荒く言ってきた。ラルフさんが苦笑しながら、頭を下げる。

ラルフさんの娘さん。名をルーリエというそうだ。歳は十三、宿の看板娘だ。三つ編みの黒髪に、くりくりとした、大きな瞳に可愛らしい顔立ち。

「じゃあ、その淡水の庭に行って来ます」

「うん、決して損はないよ。オウルバスの塩煮、貝類のシチュー。これは、特にお勧めの一品だね」

オウルバスの塩煮。貝類のシチュー……覚えたぞ。

 

 

カウンター席に通され、水を出される──グレイオウル領の水は美味いと聞いていたな。

一口、飲む……聞いていた以上だな、これは。水の精霊の加護は伊達じゃないか……そうだ、注文だ。

「すいません、注文お願いします」

マントのフード、上げたままだった。フードを下げる。

注文を取りに来た店員さんに、早速、オウルバスの塩煮と貝類のシチューを、頼む……あと柑橘酒炭酸割りを……返事、なし。魔女?

「あ、ああはい! オウルバス塩煮と貝類のシチュー、に、柑橘酒炭酸割り、ですね!」

「……はい、お願いします」

 

 

塩と香辛料を混ぜ合わせた、魚の煮汁の煮込み。引き締まった身は崩れる事なく、食べごたえがあり美味かった。

オウルバスという名から、ブラックバスを想像したのだが、ヒラメっぽい形だった。半身だったが、なかなかの大きさで、充分食べごたえがあった。

貝類のシチューも、当然美味かった。まさしく具沢山のシチュー。色々な種類の貝。蜆、アサリ、ホタテに似た貝のシチュー。たっぷりの玉葱が一緒に煮込まれていた。

濃い味付けだが、それが貝類の味を引き立てていた。煮込まれていたが、玉葱の歯触りは残っていて、濃い味に爽やかさをもたらしていた。

貝類のほどよい歯ごたえと、玉葱の歯触りが良いバランスだった。酢漬け野菜も当然、出てきた。刻まれた香草がまぶされた白菜。酢と香草って合うんだな。

 

柑橘酒炭酸割り……美味い……何だこれ。

酒が名産品と聞いてはいたが、今まで飲んだ酒とは、全く違う。今まで飲んだ酒は馬の小便だ! とまではいかないが(その表現が嫌いだ)明らかに違う。酒もそうだけど、炭酸水もひと味違う。

他の酒が不味い訳じゃない。ここ、グレイオウル領の酒と水が、別格なのだろう……ぐっ、と飲み干す。ウィスキーも試すか。メニューを見る。

「すいません。オウルリバー──ストレートでお願いします。あと……川エビの塩揚げと貝の甘煮下さい」

オウルリバーは炭酸割りで頼もうと思ったが、ストレートにした。酒の肴メニューの、川エビの塩揚げと貝の甘煮が気になったので頼む。

 

ショットグラスにチェイサーの水。グラスをちびり、と飲む。するりと喉を流れて行く──間をおいて、胃から薫りが上がってきた。

ふう、と一息付く──凄いな、これは。単純に美味いとは言えない。ただ、凄い。

明日、醸造所で一本買ってこよう。チェイサーを飲む。

「お待ちどうさまでした! 川エビ塩揚げと貝甘煮です!」

さっきとは違う、店員さん。ちょっとソバカスの残っている女の子。可愛い系のショートカットの金髪。二十前くらいか。

「ああ、ありがとう。煙管、吸っていいですか?」

「どうぞ! 他にご注文ありますか?」

ニコニコ笑う、ソバカスショートカット。

「いや、もう大丈夫です」

肩掛けのバッグから煙草盆を取り出し、煙草を詰め、生活魔法で火をつける。

吸い口を咥え、ぱっ、と煙を吸い込み、ゆっくりと吐く──煙が、宙に流れて行く。

いつにもまして、美味い気がする。酒のお蔭だろうか──おっと、まずは貝の甘煮を一口。煮詰められた、小振りの貝の身。くにくにとした歯ごたえとともに、甘辛な味が口に広がる。

これ、酒が進むな。うん、いいぞ──ショットグラスをちびり、とやる。

続けて、小指大の川エビの塩揚げを摘まむ。さくりとした口触り。微かな肉の歯触り。

貝の甘煮、川エビの塩揚げといい──何ともたまらない肴じゃないか。

ショットグラスを空け、柑橘酒炭酸割りを頼む。

「はい! 直ぐにお持ちします!」

うん? 金髪ショートカットは、ずっと側にいたのか? 今更ながらに気付いた──

 

 

「ちょっと! 何張り付こうとしてるのよ! 順番でしょ!」

最初に、クレイドルの接客をした店員が喚く。

長い黒髪の、整った顔立ちの女性。落ち着いた雰囲気の二十半ばの美人。酔客のあしらいに長けたベテランの店員なのだが──初顔の客に、少々おかしくなっていた──

「いいじゃないですか! ベテランは、おじさん連中の相手をしていればいいんですよ! 年増らしくね!」

金髪ショートカットは、憎々しげに、黒髪美人に言い放った。

「この餓鬼! 色気づきやがって!」

金髪ショートカットに掴みかからんとする、黒髪美人。

「いい加減に、しろよ。客の、迷惑になる」

ドスの効いた、獣の唸り声にも似た声で、静かに告げる淡水の庭の店長──フィルダン。スキンヘッドの巨漢。筋骨逞しい浅黒い肌は歴戦の風貌を匂わせている。

「で、でも」

「でもも、なにもねえ。客は対等に相手しろい……まあ、お前らの気持ちも分からんでもないがな」

厨房越しに、離れたテーブルに座る初見の客を見る──酒の肴を摘まみながら、ゆったりと煙管を吹かしている客。

ありゃ何だ? あの容貌、女連中がおかしくなるのも無理ねえな……いや、男も同じかもな──

気をしっかり持たねえと、引きずり込まれてもおかしかねえ──「注文は、柑橘炭酸割りだな。俺が持っていく。お前らは、他の客を接客しろ」

二人の罵声を背に受けながら、フィルダンは注文の品を持ってクレイドルの元に向かう。

 

フィルダンさんに他に肴のお勧めありますかと聞いたならば、小魚の辛煮と山葵葉の刻み漬けとの事だった──ワサビ! 参ったな。すっかり失念していた!

「山葵葉の刻み漬け、お願いします! あとオウルリバーの炭酸割りを下さい」

「お、おう。先に言っとくが、葉を山葵に漬け込んだやつだから、中々に辛いぞ?」

「構いません」

待ってな、とフィルダンさんは厨房に戻って行く。ワサビか、ラルフさんの宿でも出すかな?

 

山葵葉の刻み漬け。塩ダレに漬けているんだな……葉のシャキシャキ具合がいい──うおぉぉ、来た。後頭部にツンと来た。これぞ、ワサビだ。塩ダレの味も、いい。

オウルリバー炭酸割りを飲む。おおお……炭酸が、ワサビの辛さを刺激する。山葵葉の刻み漬け、いいな。うん、美味い。やはり、ワサビはいいものだ……。

 

「よっぽど、気に入ったんだな……」

フィルダンは、厨房のカウンター越しに、山葵葉漬けを、速いペースで涙目になりながらパクついているクレイドルを、やや呆れながら見ている。しかし、山葵が真価を発揮するには、あるソースが必要と、グレイオウル伯の長男。ラーディスの若が言っていたな──醤油、とか言っていたか。

 

東国の調味料だとか。帝都で生産されてはいるが、まだ少ないとか。製造法をもっと広めるべきと言っていたな。あと……味噌というのもあるらしく、醤油と味噌が大量に生産出来るようになれば、間違いなくこの大陸の料理は変わる、と。

ちと、大袈裟に聞こえたが、魔導卿の言った事だから、嘘じゃねえだろう。

「生産量が増えたら、グレイオウルで流行らせる」

と宣言してたっけな……楽しみにしとくか。

 

そんな事を考えてたら、またクレイドルが山葵葉漬けと酒を頼んでいた。好きだねえ……。




基本、ワサビは醤油に混ぜる派です。
醤油皿がドロドロになるほど、美味しくなります。


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第60話 観光と新たな縁


デート回です。たまには、こんなのも。

Ψ(`∀´)Ψ


 

起きたのは、もう昼前。昨日は飲み過ぎたな……早朝の魔力制御忘れた。

今日の予定は……ああ、そうか。ルーリエちゃんに観光頼んでいたっけ。昼食後に頼もうか。

シャワーを浴びて……面倒だな「浄化」

本当便利だな。身体も服も、清潔を保てるからな。まあ、服と肌着を着替えるくらいはしておくか……顔くらいは洗いたいし、お湯を頼もう。早速、ベルを鳴らす。

 

ルーリエちゃんは、即座にやって来た。街の案内は昼食後にお願いすると言い、お湯を頼んだ。

「分かりました!」と、脱兎の如く、部屋から出ていった……。

 

灰月亭、中々の賑わい。カウンターに座る。昼食は魚のムニエルと貝と野菜のスープ、丸パン。そういえば、バターあるんだな。塩と香辛料の味付け、添え物はキャベツのサラダ。そして酢漬け野菜。うん、美味い。いい昼食だ。

カウンター越しに、ラルフさんに尋ねる。

「ルーリエちゃんに、街の観光を頼んでいたんですが、宿は大丈夫ですか?」

サービスのお茶を啜る。香草茶、いい香りだ。

「うん? 構わないよ。昼過ぎは暇になるし、君は信用できるから。この街での紹介状、三通も持って来る冒険者なんて、居ないからね」

おう、さすが宿の亭主。耳が早い。

「ギルドマスター、“熱砂の双剣”と、試合とはいえ引き分けに持ち込むなんてねえ。そんな冒険者、今まで聞いた事ないよ」

ははは、と明るく笑うラルフさん。

「まあ、街の案内はルーリエに任せるといいよ。戻ったら、僕の奥さんも紹介しておこう」

ラルフさんの奥さんが、厨房を取り仕切っているそうだ。夜限定のシチューが、絶品でねえ、と軽くのろけられた。

 

夕方前には戻って来ます、と告げ、ルーリエちゃんと宿から出る。

「まずは、湖です。何といってもオウルレイクを観ないと始まりません!!」

ドレスでおめかししたルーリエちゃんが、手を引いてくる。徒歩で行ける距離なのか?

「商店通り抜けたら、直ぐですよ。途中の露店も面白いんですよ!」

まるで心を読んだかのような、ルーリエちゃんの発言……まあ、いいか。お任せしよう。

 

商店通り。最初に来た時は目に入らなかったが、なるほど。幅広い通路のあちこちに、様々な露店が出ている──いい喧騒だ。

「手を離したら、ダメですよ! 迷子になりますよ!」

おおう。すっかり保護者だ。くい、と手を引かれた。ずんずん、と脇目も振らず商店通りを抜けて行くルーリエちゃん。さすが宿の看板娘──ん、あれは……「ルーリエちゃん、ちょっと待って!」

目に付いたのは、雑貨と食器を扱っている露店だ──木製の食器の中に見えた物は……。

「親父さん、これ下さい」

スカーフを巻いた、初老の黒髪の店主。うん、とばかりに、俺を見て、少し驚いた顔をする。

「ええと、それかい? まあ、そうだな銅貨六枚だな。ただの木の棒二本に高いと思うだろうが、見ての通り装飾が施されているし『強靭』の魔力付与がされているそうだ」

木製の二本の棒に、蔦が絡む装飾が成されている──箸、だ。

「買います。釣りは要りません」

銀貨一枚を渡す。おいおい、木の棒だぜ? という親父さんに、構いませんよ、と言って露店から離れる……おお、箸。箸だ。食生活が捗る!

何故、箸に装飾を施し『強靭』の魔力付与をしたのかは分からないが、これはマイ箸になるだろう! ルーリエちゃんに観光を頼んだのは、このためだったのだ。これが縁というものだろう。

箸を頭上に掲げる俺を、ルーリエちゃんが正気に戻し、再び手を引いて商店通りを抜ける──

 

 

目の前には大きな湖。陽光に照らされた水面が、輝いている──おお、広く壮大だな……ここからの恵みは、何にも換えがたいものだろうな。

「湖と土地には、精霊様の加護が授けられていて、湖と土地を汚す人達への罰は、すごく重いんだって」

ルーリエちゃん曰く、観光客だろうが王族や貴族、地元民だろうが、極刑に処されるそうだ……。

湖畔に、釣り針やらゴミを捨てた漁師が、その日の内に斬首されたこともあったらしい……そういえば、湖畔、湖面を衛兵が見廻っている……通りで騎乗した衛兵をちょくちょく見掛ける訳だ。

湖面の大型ボートにも、衛兵達が乗っているなあ……。

「ああ、そうだ。果樹園ついでに、醸造所にも行きたいんだけど?」

「果樹園? うん、いいよ。醸造所はそのあとでいい?」

果樹園の直売所にも興味あるし、何より醸造所だ。オウルリバーは買わねば。

湖は充分、堪能できた……早速、果樹園だ。

 

おお、広い。果物の香りが、漂ってくる──蜜蜂が、忙しなく行ったり来たりしている。

長閑だなあ……そういえば、直売所があるんだったな。ルーリエちゃんに聞いてみるか。

「うん、あるよ。果物も売っているし、果物を使ったお菓子も食べられるよ!」

なるほどな。地産消費という訳か。うん、面白そうだ。

「よし、ご馳走するよ。お菓子食べに行こうか」

「え。いいの!?」

「いいんだよ。案内のお礼だよ。お勧めがあったら教えて欲しいな」

「うん! お母さんも作れない、お菓子があるんだよ! それを食べようよ!!」

おおう……凄い勢いだ。目がキラキラ輝いている。お菓子は、女子供に強いな……。

 

果樹園、直売所の直ぐ側に店があった。時間が合ったのか、客は少ない。

二人掛けのテーブルに着く。んふふー、と笑うルーリエちゃん。いい笑顔だな……。

「好きなもの頼んでいいよ。俺も同じ物にするから」

うん、分かったといい、店員を呼ぶルーリエちゃん。

 

アップルパイらしき物に、林檎の砂糖漬けが乗ったビスケット。果肉が混ぜられたクリームが挟み込まれたケーキ──これで、銀一枚に銅六枚。

二人分でこれか。安い気がする。追加に、冷たい紅茶を頼んだ。

ニコニコと、機嫌良く微笑んでいるルーリエちゃん。唇の端に、クリーム。

それを指ですくい取る──ルーリエちゃんが、アワアワと、真っ赤になった……何ぞ?

 

醸造所に案内してもらい、オウルリバーを購入する。五年物を一本。初心者は、まず五年物で慣れた方がいいと、店長に言われた。

店長は、ドワーフだった。撫で付けられた茶色の髪と同色の、銀色の太い紐で纏められた、立派な三つ編みの顎髭。

髪飾りをしていないから、男性だろう──

 

見るべき場所は、だいたい済んだ。ルーリエちゃんに、夕方前に戻ると約束していたから、宿に戻ろうといった。むーむむ、と愚図ったが戻る事に了解してくれた、だが──「ルーリエちゃん、また今度、機会があったらデートしようか」

発動しやがった! 邪神が! 邪神め!!

目を見開き、たちまちの内に、真っ赤に染まるルーリエちゃん──おおぉぉいっ! 邪神!!

 

いつものカウンター席に座る。

「ルーリエが、かなりはしゃいでいたけど、何かあったのかい?」

「……果樹園でお菓子をご馳走したくらいですが……」

言える訳ないな。邪神の加護が発動して、無いこと無いことほざいた事なんて──くそっ。

「まあ、ルーリエはお菓子好きだからね。嬉しかったんだろうね」

「……追加料金で、夕食お願いします。何があります?」

「タイミングいいね。僕の奥さん自慢のシチューがあるよ。青菜と白菜に貝のシチューに、丸パン。厚切りチーズに、玉葱の酢漬けだね」

「美味しそうですね。お願いします」

「ああ、僕の奥さんが会いたがっていたからね。あとで紹介するよ」

 

店の奢りだよ。と言われ、香草酒とやらを勧められた。果実酒に、香草の茶葉を漬け混んだものだそうだ……まずは匂いを──うん、香草茶の香りと、微かな果実酒の香り。一口、飲む──おう、これ、いいな。うん、美味しい。果実と香草の風味が、旨く混ざっている。

「美味しいです」

「嬉しいね。ある意味隠れメニュー何だよ」

メニューに無いのは、量が少ない事。大瓶一つしかなく、仕込むのに少々時間がかかる事から知る人ぞ知る酒らしい。

「あら、珍しい。あんたが香草酒勧めるなんて」

厨房から出てきたのは、体格のいい、肝っ玉母さんと表現していい女性だった。くりっ、とした瞳は、ルーリエちゃんにそっくりだ。美人顔といってもいい顔立ち。紫がかった黒髪を、ショートカットにしている。歳はラルフさんと同年代っぽいな。

褐色の肌は、どことなくリンベルさんに雰囲気が似ている……西国出身何だろうか。

 

「へ~。リンベルが、言っていた通りだね。気をしっかり持たないと、見惚れてしまうね。私はナジェナ、リンベルと同郷でね。西国出だよ」

あっはっはっ、と豪快に笑う。

「妻はねえ、リンベルさんの紹介だったんだよ。その頃には宿を始めていたんだけど、厨房担当が居なくてねえ。リンベルさんから、料理上手の女性を紹介してもらったんだ。その人が、ナジェナ何だよ」

 

それから、のろけ同然の話を聞かされた。夫婦の危機的な話やら、宿の経営方針での話し合いだの──結局、のろけ話に終わったのだが……うん。香草酒は、美味い。

 



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幕間 グランドヒルの新人達①

ほのぼの、日常回という事です。




 

初級訓練。一週間も、そろそろ過ぎようとしている。私達は、ジャンベールさん、レンケインさん、ミルデアさんの、三人組に訓練を受けていた。三人ともに、中級Bランクとの事……かなりのベテランだそうだ。

三人からは、冒険者としての基本知識を習っている──午前は、座学。午後は、体力作りと戦闘訓練。本格的な知識と技術を学ぶ事は重要なのだと、レンケインさんから言われている。

「甘いな。遅い、脆い、単純過ぎる──それで盾役が勤まるか。図体だけでは勤まらないぞ……立て!」

リザードマンのミルデアさんが、倒れているジョシュの首に、短槍を突き付けている。

ジョシュが立ち上がり、足腰を踏ん張り、盾を構える。

「ふん。根性だけはあるみたいだな」

ガンッ、とミルデアさんの短槍の振り下ろしをジョシュが、踏ん張って耐える──

 

「治癒士だろうが魔術師だろうが、体力は重要だ。走れ走れ」

ジャンベールさんが、訓練場で私達をひたすらに走り込ませる。

私は、祖父から体術と棒術の手解きを受けていたから、それなりに体力には自信はあったけれど……それでも、ツラい。ましてや、シェリナは……。

よろよろ、とシェリナは走り続けている──

「いい根性だな。体力、気力あっての魔力というからな」

ジャンベールさんが、楽しそうにいう。

 

へとへとになった私達に、ジャンベールさんが、シャワーを浴びるように言った。

「美味い夕飯が、待っているぞ」

夕食──マーカスさんが作る食事は、本当に美味しい。村では到底、味わえぬ料理。

何しろ、三食に肉が付くのだ。鶏肉や豚肉が必ず食事に付く。柔らかい丸パンと、厚切りのチーズなんてものは初めてだったかもしれない。

「たっぷり食って、体を作れ。美味い飯は士気を上げる。やる気が出る……だから俺は美味い飯を、お前らに作ってやる。それが俺の仕事だ」

 

シャワーを浴びたあと、一休憩。その後、夕食の時間。

訓練場の食堂で、三人で日々の訓練の話をしている内に、マーカスさんが顔を出した。

「おう。もう飯の準備は済んでいるからな、直ぐに運ばせるぞ」

 

夕食は、豚肉と青菜の塩炒め。鶏皮のスープ。丸パンと厚切りチーズに、白菜の酢漬け。

充分過ぎるほどの食事。体作りをしろとの、マーカスさんの言葉は、骨身に染みた──だから、食べる。冒険者として生きるために食べる──ジョシュが、スープのお代わりをマーカスさんに頼んだ。シェリナは、パンとチーズを頼む。

「食べろ、食べろ。腹一杯食って、体を作れ」

負けじと、私はパンとスープのお代わりを頼んだ。

 

朝から、ギルド内が騒がしい。何だろうか? 喫茶室まで騒ぎが届いてきた。

「何か、あったんですか?」

「おお、ジョシュ。お前らと同期の、力自慢がいただろう? その連中が、三日戻って来てないんだよ」

先輩冒険者が教えてくれた。

「三日ですか……何か、依頼を受けていたんですかね?」

「いや。ただ、ダンジョンに潜ったらしいんだ。最後の足取りが、それなんだよ」

ダンジョン──初級なのに、か……。

「静寂の祠に出向いたらしい……不死者対策もろくに出来てないだろうにな」

馬鹿だよ。全く──首を振りながら、先輩は去って行った。

茶代を置き、温くなった茶を飲み干してリーネ達の元に戻る。

 

「聞いたか? ほら、俺達の同期の四人組……救助、というより遺体の収容が優先事項らしいけど、な……」

「う~ん。だからといって、ねえ?」

ジョシュとシェリナが言う──うん。これは、自分達に関わりの無いこと。

「私達には、関係無い事よ。助力を求められない限りは、放って置きましょう」

ため息混じりに言う、リーネ。頷く、ジョシュとシェリナ。

 

無謀と思い上がりの代償は、命──ジャンベールさん達から言われた言葉。

 

「今日一日は、休日にするからね。城塞都市を観光でもしたらいいよ」

レンケインさんが、訓練場の食堂に来た。

「座学はともかく、体力作りと戦闘訓練はなかなかにハードだからね。リラックスする事も、必要だよ」

三日連続の初級訓練後、四日めは休日と決められていたんだっけ。

「あの、レンケインさん……私達の同期の、四人組は、生存の可能性ってあります?」

シェリナが、おずおずと尋ねる──レンケインさんは、うん、と一つ頷くと、きっぱりと言った。

「まあ、十に一くらいかな。ましてや、初級。ろくに訓練受けてない、ただの力自慢じゃあね」

水入れから、コップに水を注ぎながら、レンケインさんが、答えた。

「捜索対象になるのは、大体、三日くらいが目安かなあ。とは言ってもね、名の通った冒険者パーティーだったら、四、五日。長くて一週間は、ダンジョンの探索をする場合も珍しく無いねえ」

レンケインさんが、鞄から紙袋を出し、ビリ、と裂いた。炒り豆?

「さ、どうぞ。砂糖の炒り豆美味しいよ」

砂糖まぶしの、炒り豆。初めて、見たかも……。

ジョシュ、シェリナも、まじまじと炒り豆を見つめる。砂糖って、高級品じゃあ……?

「うん? あのね、高い品じゃないよ。炒り豆も焼き菓子も、喫茶室で銅貨数枚で注文できるし、街の露店でも普通に買えるよ。さ、食べて」

炒り豆を、口に含み噛む──ぽり、とした感触とともに、甘さが舌に広がる──

「美味しい……」

ジョシュが感無量といった感じで呟き、シェリナは呆然としている。

私も、もう一口食べる──ああ、美味しい。

こういうのが、簡単に買える。やはり、都会は違う。村にいたら、少し大げさだけれども、終生味わえなかったかもしれない──

これもそうだけど、日々の食事にも恵まれているという事を、改めて沁々と感じた。衣食住に、訓練。本当に、私達は恵まれているんだな……。

「さっき言ったように、今日一日は休日だからね。好きに過ごすといい。昼には戻るんだよ。マーカスさんの料理、食べ損なうのは嫌だろ?」

レンケインさんが笑いながら、炒り豆を口に運ぶ。



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第61話 新たなパーティー “碧水の翼”

 

 

早朝に目が覚めた。窓を見ると、まだ薄暗い。

よし、魔力制御にいい時間だ。

窓を開くと、秋風が入り込んで来た……心地いいな。ベッドに胡座をかき、深呼吸二度──意識すると、直ぐに魔力が体内をゆっくりと巡っていく──いい感じだ。

 

陽が、窓から差し込んで来た。時間にして、一時間と少しか? ラーディスさん曰く──集中力は一、二時間が精々、それ以上は無駄。上手く魔力制御が出来るならば、それくらいの時間で充分──よし、充分だ。ベッドから降り、背伸びをする。微かな立ちくらみ。魔力制御が上手くいった証しだろう──お湯を頼んで、それから朝食にしよう。早速、ベルを鳴らす。

 

湯で顔を洗い、口をすすぐ。さて、今日の予定はどうするか──階下から、微かにざわめきが聞こえる。今日の朝食は何だろうか?

煙草盆を取り出し、一服する。葉煙草を詰め、生活魔法で火をつける──すう、と一吸い。ふう、と煙を吐く。煙が風に舞い、散っていく──

 

人気の少なくなった頃合い。いつものカウンター席に座る。

「ええと、今日の朝食は何です?」

「うん。鶏皮と青菜の胡麻油炒めと、丸パンにチーズ。あと酢漬け野菜だね」

「それで、お願いします」

いいメニューだな。うん、いいな。胡麻油、あるんだな。料理の幅が広がるぞ──

 

朝食を終えた後は、暇になる身……さて、どうするか。ギルドで依頼を受ける気分では、ないしな……カリエラ商会とブレイズハンドを冷やかしにでも行くかな……。

着替えて、街に出るとしよう。

昨日のルーリエちゃんの案内は、大まかな観光案内だった。

ぶらぶらと、街歩きでもするか……それとも、露店巡りでもしてみようか──

 

 

冷える秋風に、フードを下げる。けして顔を晒したくない訳じゃない。

何となく、中央噴水広場に足が向き、案内板を眺める。

 

東側が宿通りで、西側が商店通り、と……北側が住宅街で、食材を扱う店もあるのか──「ちょっと、あなた」──露店巡りも悪くないな、屋台がいくつかあったんだよな──「ねえ」──商会では見かけないような、品もある……うおっ!!

 

フードが勢いよく、後ろに引っ張られた。何ぞ!? 慌てて振り返ると、緑色のケープコートを羽織った女性が仁王立ちをしていた……知らない顔だ。俺と身長は、そう変わらない。

流線形の、藍色の鎧と籠手を身に付けている。革とも、魔物の素材とも分からないが、実用性と華美を両立させている様に見えた。

鎧の前面には、翼を広げた梟の装飾。籠手には、絡まる蔦の装飾……なかなかに凝ったものに見える──少女の面影をまだ残した、銀髪の美人さん。少しつり目気味、濃い青色の瞳。鼻と唇は、端正に整っている。

 

うん? 今気付いたが、耳の上部が尖っている……「エルフ?」「ちょっと違うわね」被せ気味に言ってきた美人さん。

「ハーフエルフなのよ。ああ、私はレンディアよ、ここの……まあ、いいわ。あなた、クレイドルね。一昨日のギルドマスターとの試合、見てたのよ」

あの試合観てたのか。もうやりたくないな。あんなのは……相当手加減していたろうな。

「あれね。手加減はしたけれど、手は抜かなかったと言ってたわよ」

くりくり、と髪をいじりながら言う銀髪の美人さん、いやレンディアさん。

「それで……何の用です?」

「ふむ。私達は、三人パーティなのだけど、もう一人前衛が欲しいと、思ってるのよ」

「それで……」「そうよ。今のパーティは前衛二人に後衛一人なのよ。私ともう一人は術者でもあるの、あと一人は斥候担当なのよ」

またしても被せ気味に、そして心を読む様に言ってきた。

「術者以外に、純粋な戦士が欲しいのよ。そうすれば、戦術の幅が広がるのよ」

なるほどな、スカウトか……パーティでの行動は充分、経験しているつもりだが──

「他の仲間にも紹介するから、そこで加入するかどうか、決めたらいいわよ」

何で、こうも心を読むような事を言うのか。

「昼に、引き合わせてくれませんか」

「ん……じゃあ、昼食ついでに顔を合わせるわよ……淡水の庭亭でもいいけど、商店通りの端に、“湖畔の庵亭”という店があるのよ。そこにしましょう。炭火焼きが絶品なのよ」

おおう、炭火焼きか。いいな、今から楽しみになってきた……。

「他の面子に、話してくるわ。昼近くになったら、ギルドに来るといいわよ」

さっ、と身を翻して広場から去って行った。

 

風の様な人だな……一人残された俺。さて、どうするか。昼食の約束をしたからな、屋台での買い食いは無しになった。

まあ、いい。何か、露店でいい掘り出し物が有るかもしれないな……マイ箸のように。

 

商店通りに並ぶ、多数の露店。賑わい良く、活気に満ちている。賑わいの中を、衛兵達が通りを行き来している。治安の良さが伺えた。

おおう。肉と野菜の串焼きの店がある……美味そうだ──いや、駄目だな。昼の炭火焼きが待っている。

うろついていると、箸を買った露店が目に入った。

何となく近付き、改めて雑多に置いている品物を見る。ほんと、雑貨て感じだな、まるで駄菓子屋みたいだな──好きな雰囲気だ。

「お。アンタ、箸を買っていった人だね」

スカーフ巻きの初老の人。長い間売れ残っていた箸を買った、俺の事を覚えていてくれた。

少し話をする。世間話から、商売の事。仕入れのルートや気苦労等──グレイオウル領での商売は、月に二週間らしい。明日には、すぐ近くのギルラド領に移動するそうだ。

「ギルラド領に行くなら、四季の庭園を見学するのを、お勧めするよ。あそこを観ないのは、損だね」

四季の庭園。覇王公、晩年の別荘だったという。覇王公の代から、現在まで続く庭園だそうだ。庭園を任されるのは、国から給金が出るほどの役職らしい。

なるほどな、ギルラド領の四季の庭園か。覚えておこう──「そういえば、煙草葉ありますか?」

「煙草かい? ああ、あるよ。ちょっと珍しくてね、西国の煙草なんだけど」

がさごそと足下の箱を探り、袋を取り出す親爺さん。

「私は煙草はやらないけどね、吸う時は濃い味だけど煙を吐く時には、爽やかな味わいと、香りになるらしいね。“西砂(さいさ)”というんだけど」

ほう、深風とは違った味わいか。買い、だな。

「二袋あるけど、まとめ買いするなら……銅八枚でいいよ」

「買います」

即決。いいと思ったのは、即買いに限る。釣りは取っておいて下さいと、銀一枚で払う。

「おう、相変わらす払いっぷりいいな」

少し話をした後、店から離れる。

「兄さん、縁が合ったらまた会おうや。帝国領内を廻ってるからな」

ではまた、と手を振って別れた。いずれ、また……。

昼近くには、ちょっと時間はあるが……冒険者ギルドでお茶でも飲みながら、時間潰すか。

 

ギルドの喫茶室。煙管を吸うので、端のテーブル席に着く。煙管の香りが、茶の香りの邪魔になると思ったからだ──それが杞憂だと言われるのは、後の事だった──煙草盆を置き、“西砂”を煙管に詰め、生活魔法で火をつける……すっ、と一吸い。

おお……確かに、濃厚な香りが口内に広がる。

ふうっ、と吐く……爽やかな香りが、口内に広がっていく。

美味いな。深風とは全く違う味わい……うん、いいな。深風もこの西砂も、個性ある味わい。

「あの、ご注文、き、決まりました、か?」

若い女性の店員さんが、何かもじもじしながら、用を聞きに来た……ええと、冷たい香草茶と塩の焼き菓子かな。

「香草茶を冷やしで。あと塩の焼き菓子お願いします」

「ひ、ひゃい! 少々、お待ち、ください!」

顔を真っ赤に染めた店員さんが、厨房に駆け込んで行った……何ぞ!?

 

喫茶室の亭主、ロザンナ。油断ならない鋭い顔付き、引き締まった立ち姿の女性。四十代前半といった所だろうか。紫混じりの黒髪は、西国生まれを示している。

ロザンナは、端の席に着き、煙管を吹かしている男──クレイドルを見る。

 

リンベルの言った通りだね。ありゃ、何だい?

二枚目なんて言葉では、到底片付けられる様な御面相じゃないよ、あれは──店の女連中が、いかれちまった……注文を取ってきた店員を叱咤して、我に帰らせたくらいだ。

誰が注文の品を持っていくかで、揉め始めたので、一喝して大人しくさせた──はあ、全く……「私が行くよ。あの客とは、ちっと話してみたいからねえ」

冷たい香草茶と塩焼き菓子を、盆に乗せ運ぶ。

直々に、客の接客なんて随分、久し振りだねえ……女連中の、背後からの罵声は無視する。

 

「お待ちどうさん」

不意の声。全く気付かなかった……コン、と煙草盆に灰を落とす。

「ありがとうございます」

エプロン姿の、眼光鋭い、引き締まった体の女性が立っていた。髪の色が、リンベルさんと似ているな……。

「あたしはロザンナ、ここの女将をやってんのさ。いい煙草盆だね。ちょいと、借りるよ」

向かいの席に座るロザンナさん。手前に煙草盆を引き、エプロンから煙管と煙草葉を取り出し、葉を詰める。

パチン、と指を鳴らし、煙管に火をつけた。

生活魔法だ……すうっと一口吸い、ぷかり、と美味そうに煙を吹いた。微かな甘い香りが、宙に漂う──「早く飲みな、温くなるよ」

香草茶の冷たさが、爽やかに喉を降りていく。

「あたしもね、あの試し合い観させてもらったけどね、いや中々に血が騒いだよ」

んっふっふ、と楽しそうに笑うロザンナさん。

「ロザンナさんは、元冒険者だったんですか?」

焼き菓子を食べる。塩がいい塩梅だ。

「ああ、そうだよ。十年前に、リンベルとバルドルでパーティ組んでたのさ。ギルド本部から、リンベルにグレイオウル領のギルドマスターにならないかと、打診があったのさ。それを切っ掛けに、あたしらも引退を決めたのさ」

ぷかり、と煙を吐くロザンナさん。

 

「あれ。ここに来てたの」

銀髪のハーフエルフ。レンディアさんだ。

背後に二人。一人は、長髪を丁寧に纏め上げている二枚目の、がっしりとした体格の男性。美丈夫といった雰囲気。衣服は上下ともに黒色。ブーツも黒。黒ずくめの男だ。ただ、肌の色は、血色の良さそうな肌色。

整った顔立ちは、貴族然とした雰囲気を醸し出している。目が合った。何か、驚いた顔をしている。何ぞ?

 

もう一人は、猫族の女性。というにはちと、若いかな……茶色の瞳。細身ですばしっこそうな体付き。明るい栗色の、短めの三つ編みを二つ、両肩から下げている。

男性とは、真逆の服装。赤、青、黄の多色。派手だ。キョトキョトと、落ち着きない……。

「あ、この人ね。えらく艶っぽくて、まともに顔見たら、えらい事になるって人は」

ビシリ、と俺を指差してきた。止めないか、人を指差すのは。

「止めろ。無礼だ」黒づくめの美丈夫が、指差す腕を下げさせる。

「ここに来ていたなら、話は早いわ。この二人が、パーティメンバーなのよ」

レンディアさんがいう。黒づくめの美丈夫が会釈をする。猫族の娘が、ニコニコしながら握手を求めてきたので、応じる。

「まあ、そういう事よ。自己紹介は、湖畔の庵亭でしましょうよ」

明るく笑う、レンディアさん。

「若い者同士、仲良くやんな」

んっふっふ、と笑う。ロザンナさん。

「私達のパーティ名はね、碧水の翼(へきすいのつばさ)というのよ」

レンディアさんがいう。

「ま、クレイドル君。湖畔の庵亭で話そう」

美丈夫さんが言った。

「炭焼きがねえ、ホントに美味しいのよ!」

猫族がはしゃぐ。賑やかなパーティになりそうだな……。

 

ロザンナは、笑みを浮かべて若手達を見ていた。



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第62話 精霊剣士と暗黒騎士と斥候

 

湖畔の庵亭。頑丈で武骨な造りが、いかにも老舗といった風情を見せている。

「こんにちは。個室、使いたいんだけど空いている?」

「おう、お嬢。相変わらず、元気そうで何よりだな……おっと、新顔だな」

建物と同じく武骨。といった感じの亭主が出迎えて来た。

「女給連中には、対応させられないなあ」

俺を見て、あっはっは、と笑う……何ぞ?

 

二階奥の個室に通された。豪華ではないが、こだわりの装いが、店の雰囲気を感じさせる。

質実剛健の造り。無駄な物は何もなく、最低限の装飾だが、それがこの部屋に合っていた。

優に、六人は掛ける事が出来る広い、テーブル席。個室だけはあるな……。

 

「ええと……今日のお勧めは、何があるの?」

「おう、いい形のハマ貝があるから、それの炭火焼きだな。あとはアサ貝の塩汁かな」

「うん。取り合えず、それと……あとは、ミズタコとエビのマリネをお願いよ」

「……そうだな。小エビの素揚げを」

「香辛料の白身煮もお願い!」

美丈夫と猫族が言う。おおう、楽しそうだな。

メニューを見ると……あった、これだ。

「山葵の葉漬けを、お願いします」

ワサビは大事。何にでも合う、いや合わせる。

 

それぞれ酒を頼む。いつもの果実酒炭酸割り。

レンディアさんはワイン。シェーミイさんは果実酒。グランさんは、黒ワイン──確か、黒ワインは──黒づくめの姿といい──

「グランさんは、ええと……暗黒神の信徒ですか?」

「やはり、分かるか。いかにも、大いなる父君の子だ」

微笑む美丈夫。品格あるな……。

 

「改めて自己紹介しようか……私はグラン。暗黒都市の騎士団に所属している、暗黒騎士だ。パーティー内での、私の役割は盾だ」

「固いなあ、グランさん。クレイドルさんが引くよ……私はシェーミイ、田舎出身の、斥候が取り柄の女の子だよ!」

グランさんとシェーミイさん、か……。

「改めて、挨拶します。俺は、クレイドル。接近戦が取り柄ですが、他に出来る事は……浄化と軽治癒に、生活魔法を少々、ていうとこですね」

「へぇ、生活魔法に浄化、軽治癒ね。城塞都市で、伊達にベテランに鍛えられた訳じゃないのね」

「ふむ。名有りのベテラン達に、鍛えられたという事は、ギルドマスターから聞いている」

 

酒が運ばれて来た。「まずは、一献」とグランさんの声に、乾杯をする。

シェーミイさんが、ぐうっ、と果実酒を半分飲み干す。おおう、飲むなあ……。

料理が、次々と運ばれて来た。炭火焼きの匂いが、身に染みる。最初にマリネが、目に付いた。

「すいません、ワサビを一皿貰えませんか?」

料理を運んで来た店員さんに、頼む。

 

炭火薫る中、タコとエビのマリネを取り皿に取る。追加のワサビを箸で摘まみ、タコの上に乗せ、一口……ツン、と来た。ワサビはいいものだ な。

「クレイドル君、それ箸か。珍しいな、遥か東国の物だと聞いているが?」

グランさんが尋ねてきた。うん? やはり、珍しいのかな。前世からしたなら、馴染みの道具何だよな……。

「露店で、珍しそうだから思わず買ってしまったんですよ」

「ほう……結構、扱いに慣れているみたいだね」

関心しながら、俺の箸扱いを興味深そうに見るグランさん。中央大陸では、たまに見られる物だという。

「使ってる人、初めてみた!」

何故か、シェーミイさんがはしゃぐ。

「ふん。器用に、掴むわねえ」

炭火焼きのハマ貝を、貝殻からむしり取るの見た、レンディアさんが感心したようにいう。

大ぶりの身、プリプリとした歯応え。美味い。ほくほく、と温かい身。

単純な塩味と、噛むとにじみ出す汁が、何とも言えず──美味い。

「ああ、改めて自己紹介するわよ。私はレンディア。風属性魔術と、水の精霊と契約しているので、精霊術を行使出来るのよ」

「基本は、私が盾で正面から魔物の攻撃を受け、レンディアが横合いから、相手を突く」

グラスに口を付け、残った黒ワインを飲み干すグランさん。

「剣なり、術なりで攻撃するんだけど、相手の数が多ければ、どうしても手数が足りなくなるのよ」

ハマ貝を手掴みに取り、素早く身を吸う、レンディアさん。あれが、本来の食べ方なのか?

 

「おう、お待ちどうさん。アサ貝の塩汁は、もうちっと待ちな」

小エビの素揚げと、香辛料の白身煮が運ばれて来た。おお、香辛料のいい香りがする。素揚げも良さそうだ。

亭主さんの名は、ロドリゴといい、南方出身だそうだ。ロドリゴさんに、追加の飲み物を注文する。

「すいません、山葵の葉漬けもお願いします」

何故か、誰も山葵の葉漬けを食べなかったので、俺一人で平らげていた……何ぞ?

「おおう。山葵好きかい? ご領主が喜ぶだろうなあ。山葵の葉漬け、追加な」

あっはっは、と妙に楽しそうに笑う、ロドリゴさん。

 

香辛料の白身煮を、取り皿に分けるシェーミイさん。ふわり、と香辛料の薫りが食卓に漂う。

「柔らかい身は、味が染みてておいしいんだよね~」

さっそく、白身をパクつくシェーミイさん。

負けじと、白身に手を伸ばす──おお、香辛料が混ざり合った、薄口の煮汁にひたされた白身。

煮汁が含まれた白身が、口の中でとろけるようだ……いや、美味い。さて、小エビの素揚げはどうだろうか。

 

アサ貝の塩汁は、さすがの逸品だった。レンディアさんがいっていたように、湖畔の庵亭自慢の汁物だ。貝以外の具は、一切無いのが、いい。

貝の出汁がたっぷりと出た、汁と貝の味わいはさすが、逸品と言われるに相応しい物だ。

小エビの素揚げ。味付けは無し。塩一粒とて振られていない──素材の味。微かな甘味がある。

これは、酒が進む……よし、飲もう。

 

「私はねえ、ショートボウと短剣を武器にしてるのよ。といっても、牽制が主なんだけどね」

パクパク、と小エビの素揚げを平らげながら、果実酒を飲むシェーミイさん。酒、強そうだな。

「斥候と罠探知が、私の仕事。戦闘は、二の次なの。牽制と、仕止められるなら、仕止める──そんな風にしてきたの」

「うむ。シェーミイには、罠の発見に解除。かなり助けられているからな。技術は間違いない」

グランさんが、グラスに口を付ける。

「んっふっふ。伊達に、“疾風の指”を祖父にもってないの……すいませーん、小エビの素揚げとハマ貝のバター炒め。あと、果実酒おかわりくーださい!」

食うし、飲むなあ……猫族だから、魚介類が好物なのだろう。

「まあ、そういう事よ。今までこのやり方でやって来たけど、手数を考えたら、純粋な戦士が必要なのよ」

ワインに、口を付けるレンディアさん。

「それでだな、連携の訓練を早速やりたいんだが……実戦で、試したい。どうだ?」

くっ、とワインを飲み干し、グランさんが言った。いきなりの実戦か。それぞれの戦い方は聞いた……頭の中で、何となくイメージしておこう。

「構いません。何か、手頃な討伐依頼でもあれば」

ふうん、とレンディアさん。楽しそうに微笑んでいる。

「すいませーん、果実酒炭酸割り、くーださい!」

「黒ワインの、おかわりを頼む」

「私は、オウルリバー炭酸割りを」

 

飲み過ぎないで欲しいのだが……。



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第63話 コボルト討伐 コボルトリーダーとの対峙

 

夜明け前。昨日は少々飲みすぎたが、酔いは残っていない……酒、強くなってるのか?

窓を開け、外気を入れる──少し冷たい風が心地いい。陽が出るまで、魔力制御といくか……。

 

ベッドに胡座をかく。深呼吸、一つ、二つ……鳩尾を中心に、魔力の感覚。おお、良いぞ……ジワジワと、体に充ちて、来た……。

 

窓から、朝陽が射し込んで来た。よし、ここまでにするか。軽い疲労感が、妙に心地いい。

煙管を吸う前に、水を頼むか──早速、ベルを鳴らす。

時間にして、五秒足らず……コココン、小刻みなノックと同時に、ドアが開いた。超スピードでやって来たのは、ルーリエちゃんだ。

「クレイドルさん、御用は何でしょうか!!」

「……あ~、お水頼めるかな」

「はい、直ぐに!!」

再び、超スピードで出ていくルーリエちゃん。

声、でけえな……まあ、一服するか。

レンディアさん達との合流は、朝食後。ギルドで合流し、何かしらの討伐依頼を受ける事に決まっていた。

煙管に火をつけ、深風を一服する。プカリ、と吹かす。さて……討伐依頼は、何になるか……。

「お待たせしました!!」

今回は、さすがに超スピードではなかった。水瓶と盆を運んでいるからな。

「うん、ありがとう。少ないけど、これ」

チップに、銅貨数枚を渡す。ルーリエちゃんは、遠慮がちに受け取ってくれた。

「今日の朝食は何かな?」

「え~とね、ハムと卵に丸パン、玉葱とキャベツのスープだよ。あと、ほうれん草の酢漬け」

なるほど、ご機嫌な朝食だ。

「もう少ししたら、食べに行くよ」

うん! じゃあ、あとでね!! と再び、超スピードで出ていった──ドアは閉めていこう、うん……運ばれた水瓶で盆を満たし、顔を洗う。

浄化で済ませばいいが、味気ないんだよな。たまには顔を洗ったり、風呂に入らないと、精神的に安らげないんだよなあ……。

 

階下の喧騒が少なくなったタイミングをみて、下に降り、いつものカウンター席に座る。

「やあ、お早う。ルーリエに、チップありがとうね。朝食、どうだい?」

「お願いします。卵は、半熟の目玉焼きで、ハムは少し強めに焼いて下さい」

ああ、分かったよ。と、注文に入るラルフさん。あいよー、とラルフさんの奥さん、ナジェナさんの声が厨房から聞こえた。

 

 

身仕度を整え、宿から出る。盾とスケルトンキラー(鋼造りのショートソード)と手斧。バトルアクスは置いてきた。

冒険者ギルドに到着。朝から、なかなかの賑わい。先輩達に色々声を掛けられながら、喫茶室に向かう。

 

レンディアさん達が、テーブルに付いているのが見えた。よう、とグランさんが手を挙げた。

皆、武装している。レンディアさんの装備は前に見たが、グランさんとシェーミイさんの武装は初めてだな……グランさんは、頑丈そうな漆黒の鎧と籠手、膝から爪先までのブーツ。交差する短剣が装飾された、黒いマント……暗黒騎士の装いか。

長方形の盾、カイトシールドと、ブロードソードが壁に立て掛けられている。

 

シェーミイさん。灰色の革鎧と金属で補強された革の籠手。毛皮のブーツ。腰には短剣。

ショートボウと矢筒は、壁に立て掛けられている。

「お茶飲んでいるといいよー。私が適当に依頼見つけるからねー」

シェーミイさんが、掲示板に向かって行った。

「遅れましたか。申し訳無い」

「いいえ、丁度いいくらいよ。まだ注文したお茶、来ていないもの」

明るく笑う、レンディアさん。

 

シェーミイさんが受けて来た依頼──コボルト討伐。確認された数は八体。しかし、これから増える可能性はある。そうなれば──コボルトリーダーが出現する可能性は高いそうだ──場所は、街道筋から離れた、林近く。

「丁度、手頃な相手だと思うよ。リーダーが出ていたら、油断ならないけどねー」

シェーミイさんが、明るい口調とは裏腹に、その顔には強かな笑みが浮かんでいる……。

 

「まあ、いいんじゃないの。コボルト討伐は初めてじゃないし、リーダーも手強いでしょうけど……まあ、何とかなるわよ」

「早速、出向くか。数が増えたら、面倒だ」

レンディアさんとグランさんがいう。

そうか。オークと同じ様に、コボルトも増えたら、そのリーダーも出てくる可能性も、あるんだったな。

ハイオーガに、コボルトリーダーか……ふん、面白いな。

 

領内から出て、街道から離れて一時間もしない内に、林が見えた。煙が、立っている──野営の気配。

「ちょっと、見てくるねー」

シェーミイさんが、静かに駈けて行った……速いな。

 

煙管を吸う暇もなく、シェーミイさんが戻って来た。

「コボルト十二体……リーダー来ているねー」

依頼とは違った状況。引き返して報告しても、依頼料は貰える──だが討伐すれば、依頼料に上乗せした報酬が、得られる。

ここの見切りが、中々に難しい事なのだろう。リーダーの資質が、問われる所──レンディアさんが言う──「やりましょうよ。何も怖れる事無いわよ。新しく連携を試す頃合いよ……いつも通り。中央、グラン。左右に、私とクレイドル。シェーミイ、背後で牽制……いいわね」

やはり、リーダーはレンディアさんか。

「クレイドル君。君には、遊撃を頼みたい。私は盾として相手の注意を引く。つまり……」

「好きにやれって事よー。牽制は、私に任せてー」

にひひ、と笑うシェーミイさん。頼もしいな。気負いも、油断も無い──いい、パーティと感じた。

よし、俺のやれる事をやろう……。

 

焚き火を囲み。ギャアギャア騒いでいる狗面連中。犬というより、狗だな。可愛さなぞ欠片もなく、毛は短く汚い。人より、背は低め。

ボロ革、ボロ布、辛うじて革鎧の形をしたもの──装備はまちまち。側には、錆びた槍、剣、荒削りの棍棒。縁が欠けている小盾が置かれている──

 

「焚き火を囲んでるのが、六体。少し離れたとこで、ごろ寝してるのが四体。あとの二体とリーダーは、奥の洞穴で、食事中」

黄色い実を付けた、胸までの高さの灌木に身を潜めて、コボルトを観察中。

「奥の洞穴は、どれくらい離れているの?」

「ん~とね、五十メートルくらいかな。もうちょい近付けば、焚き火を囲んでる連中を撃てるよ」

「一度に倒せるのは、何体だ?」

「三体かな。即死でなくとも、戦闘不能には出来るよ」

レンディアさん達の作戦会議……三体を戦闘不能。あとの三体を始末。さて、ごろ寝の四体が、騒ぎに気付き、向かって来る時間はどれくらいだろうか……?

「クレイドル君、どう見る?」

グランさんに声を掛けられ、我に帰る。

レンディアさん、シェーミイさんも俺を見ている。

「焚き火周りのコボルトを始末。ごろ寝しているコボルトが向かって来たら、始末。その頃には、奥のリーダーが向かって来ますかね?」

あくまでも、そういけばいいな。という楽観論だ。実戦は、そうは上手くいかないだろう。

「ふむ。焚き火周りのコボルト、ごろ寝のコボルトを始末か……レンディア、術を行使したら時間短縮になるな?」

「ええ……シェーミイ、射程距離に入ったら、焚き火のコボルト三体撃って。二体は私が溺れさせるわ。グランとクレイドルは、一体を始末。ごろ寝が来るかどうかは分からない。ま、焚き火連中を先に始末しましょうよ」

シェーミイさんとグランさんが頷く。直ぐに作戦が決まった……さすが、というか、溺れさせるて何だよ、おっかねえ……。

 

シェーミイさんを先頭に、静かに移動する。重装のグランさん、ほとんど物音立ててないな……重装移動に、馴れているのだろうか。

先頭を歩く、シェーミイさんが、足を止める。

膝立ちになり、矢筒から三本を抜き出し構えた。

「私が撃ったら、進んで~」

すうっ、とシェーミイさんが息を吸った──ビビッビィィン、弓の弦が鳴る──矢の三連射。凄いな。ほぼ、一息だぞ。

三体に命中。矢を受けたコボルトは、倒れて動かない。

同時に、レンディアさんが進む──来たれ水 息を包め──詠唱と同時に、二体のコボルトの頭部を、一塊の水球が、包んだ。ボゴリ、と息を吐き出し、倒れるコボルト。

何が起きたか分からず、慌てるコボルトに駆け寄り、抜き撃ちに仕留めた……ごろ寝しているコボルト連中は、起きない──「静かに、仕留めるわよ」

レンディアさんがいう。グランさんが、寝ているコボルトに近付き、今だ起きぬコボルトの首を踏み潰した。えげつないな……スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)で、コボルトの胸を突き、深く刺す……二体目のコボルトを踏み殺すグランさん。俺は、最後の一体を刺す……。

 

速攻戦──反撃を一切、させる間の無い、あっという間の決着。さて、あとはコボルトリーダーと取り巻き、二体……。

「グラン、前に。クレイドルと私は、グランの左右。シェーミイ、牽制頼むわよ」

 

陸で溺死させる……水の精霊術えげつないな。

あとは、リーダーと取り巻き二体。コボルトリーダーは、どんなもんだろうか。

 

「さすがに気付いたみたいねー。来るよ、リーダーと二体が」

獣耳を、ピンと立てたシェーミイさんがいう。

うん……? 微かな地響き──ゴアァァアッ!!

獣の咆哮──姿を見せたのは、並のコボルトとは、一線を画す巨体のコボルト。俺達を見下ろすほど背も高く、筋肉質の体付き。

一番、目に付いたのは──少々錆び付いているものの、頑丈そうな胸鎧と籠手。

手にしているのは、百センチ以上はある曲刀。

目が合った──気がした。違うな、コボルトとは明らかに違う。濁り無く、強い光を宿している。怒りと殺気だな……。

左右にいるコボルト二体も、並のコボルトと装備が違う。古びた革鎧、小盾にショートソード。親衛隊、といった感じか。

グルル……リーダーの唸り声。殺気宿す目で、こちらを睨みつけている──警戒しているらしく、直ぐには仕掛けてこない。

 

「グラン、リーダーの目眩まし、お願い。同時に、私とクレイドルが左右の二体を仕留めるわ。シェーミイ、牽制と補佐頼むわよ」

「レンディア、目眩ましは、長くは持たない。精々、三秒とみてくれ。暴れるだろうから、気を付けろ」

「分かったわ。クレイドル、左を頼むわよ」

チィッン──レンディアさんが、剣を抜く。抜いた剣は……日本刀か!? 反り浅く、切っ先長めの刀。刀身、八十センチくらいか? ううむ……日本刀か……。

「クレイドル、聞いてる?」「大丈夫です」

「レンディア、やるぞ──闇は集い 濃い霧は 光を閉ざす──黒霧(ダークフォグ)──」

グランさんの詠唱と同時に、コボルトリーダーの頭部を、黒く濃い霧が包んだ。

いきなり視界を防がれたリーダーが、頭を振り回しながら、後退する。

いいぞ、やり易くなった。リーダーの狼狽ぶりに、慌てるコボルト──一気に踏み込み、袈裟斬りに仕留める。

レンディアさんが、コボルトの首を跳ねたのが見えた……。

 

グオォァアッ!! 頭部を覆う黒霧を振り払ったリーダーが、曲刀を構える。

おお、様になっているな。戦い方を知っている構えだ──ズンズン、とグランさんが盾を構えながら、リーダー目掛けて突き進んで行く。

振り下ろされる曲刀を、真正面から受け止めたグランさんは、ビクともしない。

ブロードソードを突き出すが、リーダーが身を引いて避けた──ヒヒュッ、と二連射の矢がリーダーに向かう。リーダーは半身になり、避けた。

素早いな。いや、さすが──だがな、隙が出来てるぞ──左右から、俺とレンディアさんが挟み撃ちに出来る……すれ違い様に、俺が膝裏を切り裂くと、リーダーが、地面に片膝立ちになる。

それに合わせ、レンディアさんが喉元から首筋にかけて、切り裂いた……ごぼり、とコボルトリーダーの口から、大量の血が吐き出される──立ち上がろうとするコボルトリーダー。だが、片膝を切り裂かれているので、立てない。そのまま横倒しになり……動かなくなった。

 

 

「……昼近いわね。討伐証明と、魔石の回収は私とグランがやるわ。シェーミイとクレイドルは、洞穴の調査を頼むわよ」

「はいはーい。クレイドル、行くよー。ガラクタしかないだろうけど、掘り出し物有るかもよー」

シェーミイさんの明るい声に、緊張感が解れる……勝ったんだな。

「今、行きます」

フェイスガードを引き上げ、空を見る。快晴の風が、涼やかに頬に触れて行く──

 

 

 

 

 



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第64話 グレイオウル領への帰還 “碧水の翼”加入決定

 

十二体のコボルトの魔石、全て土属性。魔力量は、少量との事。リーダーの魔石は、火属性だそうだ。コボルトは土属性と聞いていたが……。

「基本はそうなのよ。リーダーってのは、特異体なので、属性が変わる事も珍しくないのよ」

 

コボルトリーダーから取り出した魔石。大きい。コボルトから取り出した魔石は、手のひらにすっぽり納まる大きさだが、リーダーの魔石は、鷲掴みする程に、大きい。

 

「リーダーの魔石、なかなかに上質な魔力よ。さすが、と言っておくわ。そういえば、洞穴からは何か、掘り出し物あった?」

掘り出し物、ねえ……錆び付いた武具に、鍋や釜に雑貨多数。行商人を襲って入手した物だろうか……ガラクタだな。

「何も。持って帰る様な物は有りませんでしたよ」

「……雑貨やらはともかく、武具は持ち帰りましょう。コボルトやオークが居着いて、身に着けたら厄介よ」

なるほどな、そういう考えもあるか。

 

「昼食作るよ~」

シェーミイさんが俺達を呼ぶ。俺が貸した魔道コンロにグランさんが火をつけ、湯を沸かしている。

乾燥豆と野菜のスープに炙り干し肉。仄かな塩味のビスケットに干し果物──文句無い、野営食だ。

 

「昼が済んだら戻るか。武具は適当な所に持ち込むか。二束三文でも、買い取ってくれるだろう。多少品が良ければ、中古品として出回るだろうな」

グランさんが、スープを啜りながらいう。

「鉄屑は、鍛冶屋に歓迎されるんだよ~。中古品は、お店次第かな」

干し肉を噛りながら、シェーミイさんがいう。

「夕方前には、戻れるだろう。依頼以上の事が果たせた。報酬は期待出来ると思う」

グランさんが、ビスケットを噛り、干し果物を口に含む。

 

煙草盆を出し、煙管に葉を詰める。パチリ、と火をつけ、一吸い──ふうっ、と吐く……少しの苦味。後から爽やかな香りが、口の中に広がって行く……旨いな。

 

 

 

グレイオウル領に着いたのは、夕方前。

回収した、錆び付いた武具の持ち込み先は、決めてあるという、グランさんとシェーミイさん。

ギルドに討伐証明を持ち込むのは、レンディアさんと俺の役割となった。

 

 

「コボルトの尻尾、十二。コボルトリーダーの尻尾……あとは魔石十三、ですね。リーダーの両目と、魔石は全て買取りですね」

受付嬢さんが、トレーに討伐証明と買取り品を綺麗に並べる。リーダーの両目は、錬金術の素材やら、魔術の触媒になるらしい……レンディアさんが、コボルトリーダーの両目を指で抉り取ったのは、なかなかに衝撃的だった……。

 

「買取り品は査定に回しますので、番号札を持って、お待ち下さい。」

「依頼報酬と、買取り金は別にお願いよ」

「分かりました」

レンディアさんに、頭を下げる受付嬢。というか、さっきからチラチラこっちを見るのは、何ぞ?

「ちょっと、時間かかるだろうから、お茶でも飲んでいましょうよ。グラン達も直に戻って来るでしょ」

 

端のテーブルについている二人。レンディアさんと……クレイドル、君だったな。姉曰く“ありゃ、油断ならないよ”と言ってたな。試合は、所用が合って見る事が出来なかったんだよなあ。

聞いた話だと、手に汗握る内容だったらしい──というより、クレイドル君の容姿……凄いなあれは……姉から聞いていた以上だ。女給連中が、使い物にならなくなった。叱咤して正気に戻したが、今度は誰が注文を持って行くかで、揉め始めた──「仕事を、しろ」

冷たい声が、厨房に響いたのをクレイドル達は知らない。

 

「お待ちどうさま」

風属性と水の精霊術との、親和性について身振り手振りで話す、レンディアさんに閉口している所に、注文の品が来た……レンディアさんの話は、うん。分からん、といったものだった……。

注文品は、グレイオウル特産の香草茶と、香草が練り込まれた、しっとりとした感じのクッキーだ。香草茶の香りがいいな……クッキー、美味しそうだ。

「初めまして、だね。俺はルバート。ロザンナの弟だ。宜しくな。暇な時は、ここを手伝っているんだ」

三十代前半くらいの、細い目をした、愛想のいい整った顔立ち。優男に見えるが、引き締まった体格からは、油断ならない雰囲気が覗いている……。

 

香草入りのクッキーは思った通り、しっとりとした口触り。微かな甘味が、いいな。控え目という訳じゃないのが、いい──うん、美味い。

香草茶にも微かな甘味。香りも味も良しだ。特産というだけはある……。

 

「回収した武具は、引き取って貰った。鍋やらは、鉄屑として鍛冶屋に引き渡した。まあ、二束三文とまではいかなかったが、それなりの値だったぞ」

「武具はねえ、錆落としのあとは、中古品として扱えるらしくて、中古品に回せるんだって」

 

戻って来たグランさんとシェーミイさんが、席に付き、茶を注文する。

「中古品を扱っている店があるんだ。そういう店は、初級の冒険者には重宝されるんだよ」

「面子だの何だので、中古品を嫌うのは良くないんだよねー」

「そういえば、クレイドル。私とシェーミイには、さん付けしなくていいわよ」

なるほどな、二人とは年は変わらない……グランさんは、二、三上っぽいからな。

「分かりました……レンディア、シェーミイ。それで、いいですね」

「いいわよ、それで。グランは年長だから。グランさん、でいいわよね」

「お……うむ」

畳み掛ける様な物言いに、渋々と頷くグランさん。二人は呼び捨てなんだが……。

 

依頼報酬、金貨一枚銀貨二枚が、跳ね上がった。金貨十二枚。

コボルトリーダーは、かなり厄介で、単体でも強力な上、放置するとコボルトが続々と集まり、軍勢並に膨れ上がるそうだ。その危険度から、この報酬。

「報酬を分ける前に、クレイドル。パーティー口座の事は知っているわよね?」

パーティー口座。パーティー共通の貯金だ。

食料等の消耗品等を購入したり、治癒院や神殿での治療。武具の補修や修理。それらに使用される──

 

「そ、知っているなら話は早いわ。入金は、報酬の大体、一、二割ってとこよ」

「私が、通帳を管理している。レンディアは、無頓着な所があるし、シェーミイは、大雑把に過ぎるからな」

「お金の事は、グランに任せてるのよー。どの依頼で、どれくらいの報酬得たか、しっかり記録してるのよー」

思い思いに、茶と菓子を楽しむ。レンディアが、茶と菓子のお代わりを頼んだ。

 

報酬等の分配は、丁度、金貨三枚と銀貨二枚。あとの端数、銀貨一枚と銅貨五枚を、パーティー口座に入金する事となった。

茶を終える頃には、もう陽が暮れていたので、夕食にする事になり──淡水の庭亭に、決まった。

「庭亭は、煮物とシチュー、スープが美味しいんだよねー!」

「湖畔亭とは、また違う品揃えなのもいいな」

シェーミイとグランさんがいう。

 

魚と貝の鍋。くつくつと煮たった鍋が美味しかった……魚介類と白菜。ぶつ切りの、太葱たっぷりの塩味の鍋。大根おろし乗せの、魚の甘味タレの照り焼き──照り焼きも、あるのかと思った。

先人だな。先人の影響に違いない──

 

飲んで食べて、飲みに入った頃──「じゃあ改めて、クレイドルの、“碧水の翼”加入決定ということで、乾杯」

レンディアが、ぐうっ、とオウルリバーの炭酸割りを呷りながら言った。

ぐびり、とシェーミイが果実酒を呷り、にひひ、と言葉を次いだ。

「まあ、色々やりましょうよー。ダンジョン探索もあるしねー。遠出する事もあるでしょうねー」

グランさんが、苦笑しながら黒ワインを口に含む。シェーミイが、酒の摘まみを注文する。

「すいませーん。貝の甘煮と、小魚の塩揚げくーださい。あと、果実酒炭酸割りも、お願いしまーす!」

「黒ワイン頼む。それと、貝とホウレン草のバター炒めもな」

おおう……飲むわ食べるわで、凄いな──

 

宿の話になった。俺は、灰月亭の一人部屋に宿を取っている事。レンディア達は、光翼亭という所に、宿を取っているそうだ。

「明日は休暇にしましょうか。グレイオウル領は、なかなかに広いわよ……湖に果樹園に川、観光地でもあるのよ」

「ここの湖は、帝国内の絶景の一つなんだ。ギルラド領の、四季の庭園に勝るとも劣らぬ、風景だ……オウルレイクは、何とも詩的だぞ」

黒ワインのグラスを傾けながら、グランさんがいう。

「んじゃ、明日はクレイドルの観光案内に、する?」

シェーミイが言ったが、大概には知っているんだよな……ああ、中古品を扱っている店を知りたいな。

「観光は大丈夫。中古品を扱っている店が知りたいんだけど」

観光は、灰月亭のルーリエちゃんに頼んだ方が、いい気がするしな。

「今日は解散にしましょうよ。また、明日」

レンディアが、いう。

「んじゃあ、解散ねー! 明日、ギルドで合流ねー!」

すっかり出来上がったシェーミイを、グランさんが抱え、宿に向かっていく。

じゃあ、明日ね。と手を振るレンディアに、手を振り返す。

 

時刻は、もう夜になっている。妙に人通りは、無い──酔い冷ましのために、一人、中央広場に立つ──酒に会っては歌うべし。友よ盃に注いでくれ──か……おお、俺も結構酔っているな。

気分がいい──空を見上げると、月が出ている。星はない──月は煌々として 孤独に地を照らし 行く先はただ荒野 月は孤独を照らすとも常に側に有り──言葉が、流れていく……特に、意味は無い……酔っているなあ……おお、倒れそうだ。まあ、いいか──力強い手で、支えられた。何ぞ……?

グランさんに、抱えられていた。

「いや……相当に、酔っていた様に……見えたのでな。気になって……」

「何で、泣いているんです」

グランは、涙を流していた。

 

酔っ払ったシェーミイを抱え、光翼亭に送り届けた。部屋に戻ろうと思ったが、クレイドル君の事が少し気になった。

何となく、中央広場に足を運んだ。灰月亭に行くなら、そこを通るだろうと思っての事だ……いた。

クレイドル君は、空を見上げていた。声を掛けようと近付くと──月は煌々として 孤独に地を照らし 行く先はただ荒野 月は孤独を照らすとも常に側に有り──クレイドル君の、切々とした声、歌い声が聞こえてきた。

月光に照らされる荒野の道。大いなる父君、暗黒神の教えにも似た……いや、違うな。

クレイドル君の、心からの歌だな。何故か、泣けてしまう──ぐらり、とクレイドル君の体が揺れ、倒れそうになる──急ぎ、抱える。

 

安らかに眠っているかの様な顔立ち──不味いな、これは……輝く金髪に整った顔立ち、薄紅色の唇に、白磁の肌──間近に見るのは、不味い。

すうっ、とクレイドル君が、目を開く──「何で、泣いているんです」

「分からない……あまり、私を、見るな」

グランは、ただ、涙を流していた──



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第65話 グランドヒルへの護衛依頼 ラザロの鑑定

 

目が覚めた。相変わらず、夜明け前。昨日は、少し飲みすぎた……頭が少し重い。

窓を開け、外気を入れる──重い頭に、涼しい風が心地いい。よし、魔力制御といくか……。

 

魔力制御後、シャワーを浴びた。朝早いせいか、誰もいなかった。シャワーも魔道具らしい。

風呂の湯も、魔道具で沸かし、保温しているそうだ……便利だな。シャワー室から出たと同時に、ルーリエちゃんが駆けて来た。

 

「今日の朝食は、ソーセージとポテトサラダに、玉葱とキャベツのスープだよ。あと、米粥」

「おお、いいね。食べるよ……卵付けて貰えるかな?」

「大丈夫!」

駆け出して行くルーリエちゃん。相変わらずの超スピードだな……。

 

「ご馳走さまでした。スープ、とても美味しかったです」

「ふっふっ、自慢じゃないが、奥さんの汁物はそこらの食堂とは、比べ物にはならないよ……そもそもね、僕が──」

しまった。ラルフさんの愛妻家スイッチを入れてしまった。長くなるぞ──

解放される迄に、三杯の茶が必要だった。奥さん自慢をするラルフさんの背中を、ルーリエちゃんが半眼で見つめていた……。

 

部屋に戻り、“深風”で一服する──苦味と甘味と爽やかさ。ふうっ、一息吐く。

窓の外に流れていく煙を見ながら、このあとの事を考える。ギルドでレンディア達と合流して、話をしようか……コン、と煙草盆に灰を落とす。

 

朝方のギルドは賑わっていた。割りのいい、依頼を早く受けるために、冒険者達が掲示板の前に、群れをなしている。

レンディア達は見当たらない。まあ、喫茶室に行くか……。

 

紅茶風のお茶と、干し果物を頼む。席は、店の端。煙管の匂いが、邪魔にならないようにだ。

「ああ、いたわね」

レンディアが来た。席に着き、早速、お茶を頼む……注文を受けた女性店員が、レンディアに対して、露骨に嫌な顔をしていた。何ぞ?

「商人ギルドから、護衛依頼が出ているのよ。受けるかどうかは、グランとシェーミイと相談してからね」

「護衛依頼は冒険者ギルドではなく、商人ギルド?」

「二通りあるのよ。商人の護衛は商人ギルド。それ以外、貴族や市民の護衛は、冒険者ギルド。まあ、厳密に決まっている訳じゃないけどね」

お茶と干し果物が運ばれて来た。ひょい、と干し果物を摘ままれた。素早いな。

「旅馴れた貴族なら、うるさくないのだけれど、そうでない貴族は、ちょっとうるさいのよ」

まあ。そういう、うるさい依頼主は、今後から依頼料が増加されるんだけどね──レンディアの言い分だ。

「おはよー。なあに、早いねー」

「お早う。何か、いい依頼あったか?」

シェーミイとグランさんが来た。

二人、席に着くと、茶と砂糖の焼き菓子を注文した。

運ばれて来た茶を啜り、レンディアが言う。

「商人ギルドからね、護衛依頼を頼まれたのよ。まだ受けてないけど、シェーミイとグランはどう思う? 報酬は、往復で金貨十枚と銀貨五枚よ」

「ふむ、往復で二日くらいか。宿代はどうなっている?」

「ああ、向こう持ちよ。あと、何かしらの襲撃や排除があれば、そのつど報酬追加だって」

「ふーん。悪くないけどねー。クレイドル、護衛依頼受けた事あるー?」

しゅっ、と干し果物を摘まむシェーミイ。速いな、おい。まあいいけど……。

「いや、ない……だから、ちょっと経験しておきたいな」

「ふむ。クレイドルの経験積みがてら、受けてもいいと思うが?」

「そうだねー、私は賛成だよー。所で、依頼主は誰ー?」

茶と砂糖の焼き菓子が運ばれて来た。

「うん? 雇い主はカリエラ商会よ。比較的、新しい商会だけれど、グレイオウル領でも、一、二を争うほどの、お店なのよ」

カリエラ商会の護衛、か。それで目的地はどこなのだろうか?

「レンディア、目的地はどこなんだ?」

「ああ、近いわよ。ハルベルトリバー経由で、グランドヒルよ」

グランさんの質問に、レンディアが答える。

グランドヒル? え、ここグレイオウル領に来て、何日もたっていないぞ。見られたら、絶対に、二度見されるよな?

もう、戻って来た? と二度見されるのが、眼に見えるんだが?

 

「出発は、明日の朝。大河を渡れば、半日早く着くのよ」

「さすが、カリエラ商会。馬車用の大船を仕立てるか」

「大船あまり揺れないから、いいんだよー」

 

茶を飲み、焼き菓子を摘まむ。休暇だからなのか、皆のんびりしている……待てよ、半日少しで着くのなら……泊まりにはならないよな?

 

「ちょっと聞きたいんだが、泊まりにはならないよな?」

「船ならば、昼頃に着くはずだ。休憩するくらいだろうな」

グランさんがいう。休憩かあ……。

「ハルベルトリバーはね、グレイオウルとは違った魚介類が楽しめるのよー」

海の幸と湖の幸が、両方楽しめるんだよな。

まあ、食堂は色々あるからな──

「そういえば、護衛対象は商会長のカリエラさんよ。何でも先輩筋にあたる、メルデオ商会長に会いに行くのも、用事の一つ何だって」

お茶のおかわりを頼み、砂糖の炒り豆を注文するレンディアさん。

「食事休憩するなら、多分、鎚矛の大河亭になるだろうねー」

「あそこのマリネと煮魚は、逸品と聞いている」

いかにも楽しみそうにいう、シェーミイとグランさん──

「ぶふっ!!」

茶を吹いてしまった。メイナーラさんの涙目と涙声が思い出される……。

 

 

「さて、商人ギルドに依頼の返事をしてくるわよ。その帰りに、昼食といきましょうよ」

「うむ……魚介類が続いたからな。鶏源亭に行かないか」

うん? グレイオウル領にも、鶏源亭があるのか……チェーン店?

「そーだねー。冬が来る前に、おろし鶏そば食べたい!」

「そうね。寒くなったら、つけそば終わるから、その前に食べておきましょうよ」

「私は、鶏皮山葵おろしそばが食べたいな」

グランドヒルにいた時には、冷たいそば食べなかったな。よし、試そうか。鶏皮山葵おろしとは何ぞ? ううむ、気になる……。

 

商人ギルドで依頼を受けた足で、カリエラ商会に出向いた。それを聞いたカリエラさんは、妙にテンションが上がり、宴会を開こうとしたが、レンディアが冷静に止めた。

カリエラさんの、“お嬢様が、直々に護衛を受けてくれるとは、何という光栄な事でしょう!”との発言は少し気になったが、まあ碧水の翼は、名の通ったパーティーらしいからな。

そういえば、三人が中級なのは知っているが、ランクは知らないな。後で聞いてみるか──

 

鶏源亭での食事中、それぞれのランクはDと聞いた。知り合ったのは、それぞれ中級に上がった頃だったという。何でも三人とも、ほとんど単独でそこまで上がったそうだ……何か凄いな。

鶏皮山葵おろしそばは、美味かった。ワサビを追加で頼み、ワサビの量が倍になったそばを、食べた。濃い鶏出汁が、何とも美味かった──

レンディアに、ほんとに山葵好きなのね、と呆れられた。美味いからね、仕方ないね。

ちなみにグランさんからは、やり過ぎじゃないか? と呆れられ、シェーミイからは、山葵臭いと言われた──ワサビが好きで、何が悪いか。

 

昼食後、中古品を扱う店に案内してもらった。古びた看板には、“ラザロ中古品店”と殴り書きがされている。

場所は、商店通りの路地裏の一軒家の商店。店の中は、多種多様の武具が飾られている。

意外というか、武具は値段と質ごとに、整然と並べられていて、雑多な感じは一切無い。

 

老舗らしい、渋くゴツいカウンターの向こうに座るのは、鶴の様に痩せた老人。読んでいた本から顔を上げた。

「ほう、久しぶりだな。お嬢には用の無い店だと思うがね?」

偏屈そうな顔に、微かに笑みが浮かんでいる。

レンディアとは、前々からの知り合いっぽいな……じろり、と老人が睨んできた。何ぞ?

「ラザロさん。彼はね、新入りなのよ」

「初めまして、クレイドルといいます。今後とも宜しくお願いします」

「ふん。その腰のショートソード、見せて見ろ」

ああ、そうか。スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を睨んでいたのか……腰から外し、ラザロさんに渡す。

すらりと鞘から抜くと、まじまじと抜き身を見つめる、ラザロさん──「ラザロさんね。“鑑定”持ちなのよ」

レンディアがいう。鑑定持ちか……なるほどな。そう聞くと、店の品が何か特別な物に見えてくる──「おい。これを何処で手に入れたかは、聞かんぞ……この剣には、先がある。ちょっと耳を貸せ」

ラザロさんが、カウンターから顔を寄せて来ると同時に俺の耳を引っ張る。何ぞ!?

「これは“呪物”だ。こんな物身に付けて平然としているお前さんが、何者かは知らんが、呪物という事は、仲間には秘密にしておけ」

「……効果は、何ですか?」

「知らん。鑑定したが、呪物という事しか見えんわ」

ええ……にべもない。それ、邪神から貰ったんですよ。ぶへへ。何て言える訳無いしな。

 

「先があるといったが、これは成長するぞ……ごくごく希にある……魔剣だな。これは」

なるほどな、ろくな物じゃなかったか……邪神か! 邪神め!!

「これは手放せんぞ。捨てようと思うても、無理じゃな」

鞘に納め、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を返してくれた。

「まあ、いいわ。精々、店を冷やかしていけ」

 

振り返ると、レンディアが微笑んでいた。

「ラザロさんに気に入られたようね。あんまり無い事なのよ」

「お嬢、そいつは曲者だぞ。上手く使ってみるんだな」

再び、本に目を戻すラザロさん。

 

「ラザロさん。これくーださい」

店内を巡っていたシェーミイが、全長二十センチほどの、小振りの直刀五本をカウンターに置いた……投げナイフだな。

「ああ、銀貨一枚だな」

ちら、と紐でまとめられた直刀を見て、ラザロさんが言った。一本、銅貨二枚か。

「ラザロさん、この“灯火の札”の持続時間は、どれぐらいだ?」

「ふむ。半日は持つな。買うなら、銅貨五枚だな」

シェーミイもグランさんも、直ぐに払った。安いんだろうな。

 

「あらあら、お嬢様。お久し振りですねえ」

店の奥から、老婦人といった感じの人が出てきた。ラザロさんと同年代らしい、愛嬌と上品さを備えた感じの人だ。

「ラーナさん、お元気そうで何よりですね」

「ええ、お陰様で。お父上からは、度々贈り物を頂いていますよ」

あっはっは、と笑い合うレンディアと老婦人。

ラザロさんは苦笑している。仲良いな三人とも。

 

「新しい仲間を紹介しておくわ。クレイドルよ。この人は、ラザロさんの奥さんで、ラーナさんよ」

「初めまして。クレイドルといいます」

まじまじと、ラーナさんに見詰められた……。

「はあ~、これは凄いわねえ。三十若かったら、おかしくなっていたかもねえ」

うふふ、と上品に笑うラーナさん……。

 

改めて、店内を見回す。整然と並ぶ武具に、その他の雑貨。中古品といえども、皆、丁寧に手入れがされているのが分かる。

なるほどな、持ち込まれた武具や、雑貨は鑑定の末、店に並ぶのか──

 

「親父さん、買い取り頼む」

一括りにまとめられた武具を、冒険者が持ち込んで来た。

「見せて見ろ……ふうん」

カウンターに広げられた武具に装飾品……一つ一つを、鑑定するラザロさん。

 

「お嬢様とお仲間様達に、お茶を差し上げたいと思います。どうぞ、奥に」

ラーナさんが、奥に案内してくれる。

「ラーナ。お嬢達を、もてなしてやってくれ」

持ち込まれた品を鑑定しながらの、ラザロさんの声が聞こえた。



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幕間 グランドヒルの新人達② 実戦訓練

 

 

「さて。お前らをそれなりに鍛えたつもりだ。リーネとシェリナは、走り込みでバテにくくなったし、ジョシュは剣と盾の使い方が、まあまあ様になってきた」

 

訓練場の食堂、朝食後のお茶の時間──マーカスさんの淹れてくれたお茶は、美味しい。味だけでなく、薫りも全部。

温くもなく、熱くもない。マーカスさん曰く、『茶によって、淹れかた変えられる様になって、やっと……半人前何だぜ』との事だ。

 

「ここに来た当初と違って、お前らはまあまあになったという事だ。それでだな」

すうっ、とお茶を啜るミルデアさん。

「丁度いい相手を選び、実戦訓練といくか」

「うん。いい頃合いだね。訓練の成果は、実戦で証明できるからね。採取と採掘の野外訓練は、その後にしようか」

ポリポリと、砂糖の炒り豆を口にする。レンケインさん。

「心配するな。俺が補佐する、といっても見届けるだけだからな」

ジャンさんが、茶のお代わりをマーカスさんに頼んだ。

「それで、どうする……? お前ら次第だぞ」

マーカスさんが、笑う。

 

やります、と答えたのはジョシュだった。

ジョシュは、ミルデアさんとジャンさんに鍛えられ、体付きもここに来た時より、少し大きくなっていた。

私もシェリナも、体力に自信がついている──けれど、実戦という言葉と意味に、体が震えた。

「ま、早い内に経験しておくべきだな……殺し合いをな」

ミルデアさんが、砂糖の炒り豆を口にする。ジョシュとシェリナの顔が、少し白くなった。

「手頃な依頼を受けてやるよ。オークやコボルトが、手頃だろうが……」

ジャンさんが、炒り豆に手を伸ばす。

 

昼前に、レンケインさんが依頼を受けたと報告に来た。ミルデアさんが、依頼書を見る──

「昆虫系……プレートアント(甲鎧蟻)か。数四、五体。ふうん、斥候といった所かな」

「さっさと、討伐しないと増えるな」

「増えたら面倒だ。街道に溢れたら、厄介だぞ。少ない内に討伐しないとな」

ミルデアさんとジャンさんが、依頼書を確認する。

「リーネ。最初の実戦にしては結構、厳しいかもね。蟻は堅いよ。シェリナの水属性も、蟻には通じにくい。攻撃ではなく、搦め手を考えないとね」

レンケインさんの助言──搦め手、とシェリナが呟いた。

「打撃だな。刃物は通りにくい、棒術に長けるリーネが叩き、ジョシュが隙を見て、甲殻の隙間を素早く攻撃するのが、いいかもな」

「蟻の弱点は、首と背中の中間。そこが心臓だね。そこを突けば、即死させられるよ……まあ、簡単じゃないだろうけどね」

ミルデアさんとレンケインさんが、助言をしてくれた。

 

「昼食前には出向くか。距離はここから、そう遠くない。依頼書によると、東側の街道から外れた林の近く。蟻の巣穴を発見する事が出来たら、報告してほしいとの事だ……まあ、プレートアントの斥候隊の始末が、最優先事項だな」

ジャンさんが、炒り豆を口に含んだ──

 

街道から外れた林の前に、蠢いている姿が見える──近付くにつれ、四体の巨大な蟻が蠢いているのが見えた。

「まだ、こっちに気付いてないな。どうする? 新人達」

ジャンさんが、声を潜めるように囁く。

改めて、蟻を見る──大きい。百センチは越えているだろうか。

正直、気持ち悪い。ガサリガサリと蠢きながら、触角を左右に動かしている巨大蟻──不安になり、思わずジャンさんを見る……「リーネ。リーダーはお前だろ? お前が仲間をまとめないでどうする?」

 

そう……か。うん、私がリーダーと決まっていたのだ──「シェリナ、四体足止めできる?」

「うん……やるわ。でも、三体が限度よ」

「充分よ。ジョシュ、シェリナが足止め出来たら、先頭の蟻を攻撃して引き付けて。私が、橫から叩くから。シェリナ、後方の三体を止めて」

「う、うん。任せて」

「先頭は、俺が叩き潰すよ。それから、一気に蹴散らそう」

頼もしい。うん……「行きましょ。でかくても蟻は、蟻よ」

「酸を吐かれる前に、近付いて叩け。こんなのに手こずるなよ……訓練の日々、思い出せ」

ジャンさんの声に、私達は頷いた。

 

地は 泥になり その上にあるもの 沈ませる──シェリナの詠唱。

大蟻が、後方の三体がズブリと泥に沈んだ。

ジョシュが、狼狽える先頭の蟻の頭部を、盾で殴り付けると同時に橫に回り込み、蟻の首を切り落とす──まず、一体。

残る三体。私は橫に回り込み、目の前の蟻を──棒で、思いきり叩く──ミシリ、とした手応え。

任せろ。とばかりに、ジョシュが叩き伏せられた蟻の首筋を、刺し貫く。レンケインさんから聞いていた急所だ──今だ泥から脱け出せない大蟻を、また一体、ジョシュが狙い済ました一撃で、急所を刺し貫き、仕止めた。

最後の一体を、シェリナの放った水の刃がまとわりつき、切り裂く──表面を浅く裂いただけだが、それでも効いた。

私は、横殴りに蟻の頭部を叩く。怯んだ蟻の頭部をジョシュが切り落とした──

 

ぺたり、とシェリナが地に座り込む、息が荒い。疲労というより、魔力の消費によるものだろう。

「たった二回の魔術行使で、なぜと思っているだろ?」

ジャンさんの質問に頷くシェリナ。まだ息が荒い。

「実戦の緊張感による、集中力の乱れ。そのせいで、魔力消費量が増えたんだ……ほら、食べろ」

ジャンさんが、シェリナに干し果物の入った紙袋を渡す。礼をいい受け取ると、早速、口に入れるシェリナ。

甘味が沁みたのだろう。ふう、とシェリナが一息ついた。

「よし、休憩してろ。巣穴の確認は俺がしてくる。ジョシュ、周囲の警戒を怠るなよ」

「は、はい。任せて下さい……お気を付けて」

ジャンさんは手を振って答え。あっという間に、林の奥へと去っていった……。

 

「今になって、震えてきたよ……」

震える手で、ロングソードの手入れをしようとしているジョシュを止める。

「危ないわよ。干し果物食べて」

ふう、と息を吐き、ジョシュが干し果物に手を伸ばす。

魔力不足から回復したシェリナが、呟く。

「私、杖持とうかしら。へたり込むのは、カッコ悪いし」

「支えの為にか? 杖は、魔術行使の補助に使う物じゃないのか?」

ジョシュの疑問に、シェリナが答える。

「うん。そうなんだけど、中位以上の魔術師じゃないと、あまり意味無いらしいの」

そういうものか、といい。ジョシュが水筒に手を伸ばす。

 

戻って来たジャンさん。蟻の巣穴が確認出来たので、これで依頼は完了との事だ。

撤収前に、倒した斥候の蟻四体から、魔石と素材の回収をする事になった。

「知識としては知っているだろうが、素材回収を見た事無いだろう? よく見てろ」

ジャンさんが、斥候蟻の死骸を引っくり返す。

 

グランドヒルに無事、帰還した。私達は、それなりに疲労していたけれど、妙に気持ちが昂っていた。

回収した素材は、土属性の魔石(魔力量小)に、触覚と牙顎──ジャンさん曰く、触覚は魔術の触媒。牙額は、矢じり等に使われるとの事。

依頼報酬と素材売却の収入は、皆、私達のものになるそうだ──いや。それは、という私達にジャンさんがいう。

「お前らが、体張って稼いだものだ。貰っておけ……あと、パーティー共通の貯金をしていたほうがいいな。受付けで聞けば、教えてくれるからな」

パーティー貯金。何かあった時に使う、共通の財産──うん。そこまで考えるのが、リーダーの役割なのだろう──「俺が、貯金係りになるよ」

ジョシュが、かって出た。うん、それでいいと思う。シェリナが頷いている。

「依頼達成の報告ついでに、素材売却の手続きをするからな。その時に、パーティー口座を作ればいい。ジョシュ、行こうか」

ジョシュとジャンさんが、受付けに向かっていった……「喫茶室で、待ってようか」

うん、とシェリナ。疲れているのか、ちょっと甘い物が欲しいのよね。

 

ジョシュが伝えてきた、諸々の報酬額。金貨六枚に銅貨八枚だという……金貨何て、見た事ない──怖くなって、全額パーティー口座に入れようとしたけれど、ジョシュが、きちんと分配して端数、もしくは任意の額を、口座に入金しようといったので、任せる事にした。

ギルドで作った通帳を私達に確認させ、「俺が預かるって事でいいんだな?」とジョシュがいった。私とシェリナは了解する。

 

改めて、パーティーを組む事が出来たんだな、と私達は思った──



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第66話 顕現体 “純銀の女神” ハルベルトリバー再び

 

 

 

決して悪趣味ではない、豪奢な部屋。邪神のいつもの客間……久し振りだな。

純白のテーブルクロスをかけた、金縁の漆黒のテーブルを挟んだ向かい側に、座っているのは……誰!?

気配は、邪神何だが……姿が全然違う!

銀色に近い、床まで届く純白のロングドレスの女性。ドレスと同色の、肘まである手袋をしている──それ以上に気になったのが、その顔。

目の部分しか空いていない、白磁のようにツルリとした仮面をしている。目から覗くは、赤い瞳だ──邪神の瞳と、輝く様な長い金髪は、やはり邪神か?

 

金の装飾が施されている、漆黒のティーカップを女性が口に含み、同じく漆黒の受け皿に置く。

ティーカップに口をつけた一瞬、口開いたな──ずっと、ガン見してくるんだが……何ぞ?

ふと気付くと、女性──いや、邪神の背後に、魔族のデルモアさんが控えていた。

「お久し振りです。デルモアさん……ええと」

「仰りたい事は、分かります……この方は、あるじ様でございます」

ええ……何でこんな姿をしているんだ? まだガン見されているんだが、何ぞ!?

「このお姿は、人界に顕現する時に取る、いわば顕現体でございます」

デルモアさんが、頭を下げた。邪神を、ちらりと見る──微笑んでいる様に見えた。

 

「なぜ、その姿で……?」

「分かりかねます……あるじ様の、なさいます事なので。お茶をどうぞ」

いつの間にか、目の前にティーカップと受け皿が置いてあった。

デルモアさんが、お茶を入れてくれる。

というか、顕現体の邪神の顔立ち……あれだ。

“その仮面を取って、皆に顔を見せておやり!!” のやつだ。

前世の名作映画。ドラマにも、なったやつだ──まあ、いい……なぜ、その姿で俺の前に現れたのだろうか?

 

デルモアさんが、すっ、と布に包まれた物を差し出して来た。

「あるじ様よりの贈り物です。どうぞ、お改めを」

む……布を開き、中を確認する──腕輪だ。

鈍く銀色に光る、何の飾りもない腕輪。何の効果があるにせよ、受け取らない選択肢は無いだろうな──「謹んで、頂戴します」

邪神が、微笑んだ様に──見えた……。

 

目が覚める。ええと……ここは、特別仕立ての馬車の中──ゆったりとした馬車の中で、橫になっていたみたいだ。馬車の中には、誰もいない。

微かな揺れ。潮の香りがする。窓からは日射しが射し込んでいる──身を起こし、一息吐く。

大船の上か……早朝に出発したから、時刻は昼頃になっているだろうか……。

 

馬車から出る。昼の日射しに照らされる大河がまぶしい。潮の香りが、何とも心地よく感じる。

ルルル……馬車に繋がれている二頭の馬が、顔を寄せて来た。鼻面を撫でてやり、首筋を軽く叩く。

ふんす、と吐く鼻息が少しくすぐったい。

 

「あ。起きた? もう少しで着くよー」

シェーミィが声をかけてきた。日射しにきらめく大河がまぶしいのか、目を細めている。

「着いたあとの予定は決まっているのか?」

「昼休憩のあと、グランドヒルに向かうんだって。水桶あるから、顔洗うといいよー」

シェーミィが指差す先に、水が張られた桶。

「顔洗ったら、先頭に来てねー」

にひひ、と笑い去っていった。よし、と水桶に向かおうとしたら、ごとり、と何かが懐から落ちた──布に包まれた……鈍い銀色の腕輪だ。

 

 

「ハルベルトリバー船着き場に、到着しまーす。揺れるので、お気をつけ下さーい!!」

船員が、乗客に触れ回っている。荷を抱え直す人達や、荷台の積み荷を改めて、積み直す人達。

カリエラ商会の御者さんが、着岸時に馬が驚かないように宥めているが、 二頭の馬は堂々として、ほとんど身動ぎ一つしない──他の馬車は、少し手間取っているな。

やたら足踏みをしている馬や、落ち着きなくキョロキョロしている馬。それに比べて──「えらく落ち着いていますね、この二頭」

 

引き締まった体格の、初老の御者さん。元兵士で厩係りだったという。名は、ネルソンさん、といったっけ。

「ええ。この二頭は、元軍馬だったんです。引退後は、カリエラ商会長に引き取られましてね。冗談で、私も雇ってくれませんかと頼んだら、私も引き取ってくれましたよ」

明るく笑うネルソンさん。二頭を撫でる手は優しい──

 

カリエラ商会の馬車は、最後に出た。何しろ大きいのだ。馬も馬車も──六人掛けの余裕ある空間で、荷台も広い。

馬も馬車も他のに比べて、一回り以上はあるので、最初に出たら船が揺れ、最悪他の馬が怯えてしまうそうだ──元軍馬の威圧感も、影響しているらしい……。

メルデオ商会との取り引き品は、グレイオウル領特産のミスリルと、銘酒オウルリバーの十年物の二ダース。そして香草二樽だそうだ……。

 

最後に着岸したカリエラ商会の馬車が、ようやく地に足を着ける。やっとか、と言わんばかりに二頭の馬が、足踏みをしている。

「会長。厩舎でこいつら、休ませておきます」

「ええ、お願い。昼休憩終わったら、グランドヒルに向かうからね」

了解しました、とネルソンさんが軍馬二頭を引いていく。

 

「昼食は……そうね、鎚矛の大河亭にしましょうか。そこの魚料理は、逸品なのよ」

うん。知っている──海草入りの酢漬け野菜。赤身と白身に、玉葱をたっぷりとまぶしたマリネ。煮魚の料理……帝都領内で、一、二を競う料理らしい。

 

「しっかり食べて、グランドヒルに行きましょう。ここの料理は、グレイオウルとは違った味わいがあるわ」

カリエラさんが、注文を取る──「クレイドル様!」

ああ、うん……予想はついていた。メイナーラさんが、すがり付かんばかりに迫って来た。

「グランドヒルから出るなら、せめて一言でも仰ってくれれば……!」

「申し訳ありません……でも、大丈夫です。頼りになる仲間がいます。メイナーラさん、どうか心配しないで下さい……」

くっ、とメイナーラさんの手を握る──あああっ! 邪神の加護が発動した!! 無い事無い事しやがって!!

 

涙ぐむメイナーラさんを、何とか説き伏せ(この時は自力。加護は発動せず)、食事を済ませた。その間中、メイナーラさんは俺の側を離れなかった──

 

「……年増殺しなの?」

食後、昼間から酒をかっくらっているシェーミィに言われた──違う! 違うんだ!! と主張しても、分かってもらえないんだろうな!!

「いや……メイナーラさんには、世話になった事があって──」

「なあ、クレイドル。女性問題には、気を付けろ……自分の容姿を、自覚するべきだぞ……」

グランさんが、ジト目で忠告してきた……何ぞ!?

カリエラさんとレンディアは、笑いを噛み殺している様な表情をしている──笑え、笑えよ!!

 

昼食後の休憩が終わり、さて出発だ──という所に、メイナーラさんが馬車乗り場に、駈けて来た──ええ……何だよ……。

「クレイドル様! いつでも戻って来ていいのですよ!!」

馬車乗り場で叫ぶメイナーラさん。カリエラさんとレンディアは、顔を伏せて震えている。

笑え、笑えよ!! グランさんとシェーミィのジト目を、強く感じた──

「メイナーラさん! お世話になりました!! また、いつか!!」

馬車に乗り際、半ばやけになりながら、メイナーラさんに声をかける……返事無し。

妙な予感を感じ、メイナーラさんを見ると……涙目で両手を合わせ、祈る様に俺を見ていた。

ええ……周囲の目があるんだけどなぁ!!

 

夕方少し過ぎ、グランドヒルに到着。厩舎に向かうネルソンさんと別れた。

「私は商人ギルドに行くけど、あなた達はどうする?」

「まあ、護衛だから着いて行ってもいいけど。四人も要らないわよね」

カリエラさんとレンディアの話。治安いいし、護衛必要としないと思うんだが。

「道中の護衛が主だからな。都市内は必要ないと思うが、二人付いてもいいだろうな」

グランさんの意見。俺が行こうか……。

「そういえば、冒険者ギルドに到着報告しとくー?」

シェーミィがいう。街から街に移動したなら、ギルドに任意で報告するんだっけか……正直、行きたく無──

「そうね。一応、報告しておきましょうよ。クレイドル行って来て」

無情にも、我らがリーダー、レンディア嬢が指令を出してきた。

 

商人ギルドには、レンディアとグランさんが着いて行く事となり、シェーミィはカリエラさんの定宿に、到着報告に向かって行った……行けばいいんだろ。何度見される事になるか……。



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第67話 城塞都市グランドヒル 顔馴染み諸々

 

 

 

直ぐに訪れる気にならないので、無駄に時間稼ぎするために、露店を覗いたり、ハムとチーズが挟まれた丸パンを買い食いしたりと、無駄な抵抗をしていたら、夜になりそうだったのでギルドに向かう事にした……行きたくねえなあ……。

 

 

ここには初めて来ました、という顔でギルドに入る──「なんだ? もう戻って来たのか?」

正面カウンターに鎮座している、“熊殺し”ダルガンデスさんが書類から顔を上げた。

うん、声大きいな。見知った先輩冒険者達に、二度見される──ほらな! こうなるんだよな!!

 

ここでは何だからな、とダルガンさんが言うと、他の職員に後を任せ、ギルドマスター室に向かう。

 

「なるほどな。護衛依頼で来た、と。そして街からの移動報告に来たんだな」

ダルガンさんが、書類に書き込み、サインする。

「そういう事です。ジャンさん達は元気ですか?」

「ああ、そういや、あの三人はパーティー結成したぞ……“鋼の風槍(てつのかざやり)”だったかな」

おお……中々に強力なパーティーになるだろうな。

「今は少し遠くのダンジョン、というか遺跡だな。そこに遠征中だ」

なるほど、ジャンさん達はここが拠点だから、あまり他所には移らないんだな。

ダルガンさんが、お茶を淹れてくれた。

「おめえが、城塞都市から離れた直ぐあとによ。新人が入って来たんだよ。七名だったかな。最も、その内四名は、何日もしない内に死んじまったがな」

ずす、と茶を啜るダルガンさん。眼に、微かな悲しみが浮かんだ。

「あとの三名は、おめえの様に初級訓練をジャン達から受けたから、そうそう無茶はしねえだろうな」

嬉しそうに笑うダルガンさん。将来有望なのだろうか……。

 

少し話したあと、ギルドからお暇した。受付嬢三人組に見つかると、面倒な事になるだろうからと、喫茶室の裏口から逃がして貰った──「クレイドル、またな」マーカスさんと少し顔を合わせ、ギルドから出た……。

 

カリエラさんの定宿で合流だと聞いていたので、早速向かう……何だっけか、“雄山羊と戦槌亭”か……宿通りの少し奥、上級宿らしい。

宿代と飲食費は、全てカリエラさん持ちだそうだ。さすがだな……。

もう夜か……遅れたかも知れないが、まあいいだろ。皆、宿で酒を飲んでいるだろうしな──夜風が心地好く、頬を撫でて行く──

 

「遅いー遅いよー」

すでに酔っ払っているシェーミィ。宿に着いてカリエラさんの名を出すと、奥の個室に通された。さすが上級宿。何か、飯店という感じだ。

「料理はお任せになっております。他に頼みたいものがあれば、好きに注文して下さい。お飲み物は、どうなさいますか?」

おおう……丁寧だな。さすが上級宿といったところか。

「果実酒の炭酸割りを、お願いします」

かしこまりました、と店員さんが下がって行った。きっちりとした制服姿。上品質の仕立てなのだろうな……。

 

「持ち込んだミスリルだけどね、想像以上に値打ち物だったわ。値が決まるまで、少し時間がかかるみたい」

カリエラさんが、オウルリバーの炭酸割りを口にする。

「オウルリバーと香草は、直ぐに値が決まったのだけれど、ミスリルの値段は簡単に決まらないみたいなのよ。二、三日待たないと、決まりそうにないわね」

何でも、上質なミスリルが少々変異していたらしく、白銀色のミスリルが青みを帯び──スカイライト(蒼天石)とやらに、変質しているそうだ──護衛依頼の延長を申し出てきたカリエラさんに対しては、誰も反対しなかった。

依頼報酬が跳ね上がったのも、理由の一つだったが。

「このまま、引き継いで護衛をお願い出来ます? 勿論、報酬は引き上げます……お嬢様?」

レンディアが、俺達を見回す──「ええ。引き続き、護衛をするわよ。皆も良いわね?」

否は無い。皆も頷く──カリエラさんが、安心したように息を吐いた。

「報酬は、期待していて頂戴。それと、ミスリルの値段が決まるまでは、自由行動にするわ」

ま、今日は前祝いといきましょうと、カリエラさんが店員を呼ぶ。

 

宴会を終える頃には、カリエラさんとシェーミィは、ベロベロになっていた。

カリエラさんが廻らぬ舌で、“堅実が基本とはいっても建前よ。そんなものは!”

完全に出来上がり、捲し立てるカリエラさん。

何時もの、芯が強く、強かな商人の姿は最早、無い。

思いもかけない、儲けが入って来る事への欲望で、ギラついた眼をした欲深な商人がここにいた……。

 

部屋はそれぞれ、一部屋ずつ取られていた。上級宿の一人部屋か……値段は、どれくらいするのだろう……ベロベロになったシェーミィとカリエラさんを、グランさんが担いで運んで行った。

 

早朝。カリエラさんと共に、食卓を囲む。

玉葱と白菜のスープ。鶏と白菜の炒め物に、丸パンにチーズと酢漬け野菜……うん、いい朝食だが──酒が残り、淀んだ目のカリエラさん。目が開ききっていない、シェーミィ──あんなにガブガブ飲むからだよ……。

 

ミスリルの値が付くまでは、自由行動にしようとの事になった。治安面は何の問題は無いが、万一、という事もある。

変質したミスリルの値は、並みじゃないらしい。そのため護衛は必要だと、レンディアが判断した。結果、勘の効くシェーミィと、臨機応変が効くグランさんとで、カリエラさんを護衛する事に決まった。カリエラさんは、ミスリルの事で、商工会議所に出向くそうだ。

 

「さて。二人になったけど、どうしましょうか?」

う~ん……観光って事は無いだろうな。俺よりも、城塞都市の事を知っているだろうし──「観光は必要ないわよ。大概の場所は知っているからね……そうねえ、適当に商店街を冷やかすか、何か適当に依頼でも受ける?」

商店街の冷やかしと、適当に依頼を受ける事は同列なのか……妙に、底がしれないな。

「カリエラさんの会議所での用は、長引くかな?」

「そうねえ……値が決まるまで二、三日かかりそうと言っていたし、今日明日では終わらないと思うわよ……冒険者ギルドに行きましょうよ。いい依頼有るかも知れないし、久し振りにギルドマスターに、顔を見せたいわ」

 

緑色のケープコートを翻し、冒険者ギルドに向かうレンディア。

クレイドルはその背を見ながら、高貴というのは、こんな感じなのかね。と思った──レンディアが、実際に高貴の出自だという事を知るのは、もう少し後の事になる。

 

「ねえ、何で私睨まれているの?」

リネエラさんとジェミアさんが、カウンター前に仁王立ちになり、レンディアを見つめている。

カウンター奥では、サイミアさんが、能面の表情でこちらを見つめていた……。

ダルガンさんがいないのが、マズい──睨み合うレンディアと、リネエラさんにジェミアさん──何だこの状況?

 

「何してんだ、お前ら?」

喫茶室から、エプロン姿のマーカスさんが出てきた。呆れた様な顔で、リネエラさんとジェミアさんを見る、マーカスさん。

「何もしてないわよ。ギルドに入ったら、これよ」

肩を竦めるレンディア。獣人受付嬢三人の威圧感に、全く動じていない。

「おお? 久し振りだな、お嬢。グレイオウル領からか?」

「そうなのよ。カリエラ商会の護衛でね」

フム、とマーカスさん。受付嬢三人を叱咤する──「さっさと業務に戻りな! 冒険者、威圧してんじゃねぇ!! ほれ、戻りな。仕事しろ」

「しかし、ですね……何処の馬の骨とも知らない女ですよ……! クレイドル君と一緒にいる理由が、分かりません!」

おう、食い付くねえ、リネエラさん。それにレンディアが、やれやれと答える──「あのね、クレイドルは、私のパーティーの一員なのよ」

肩を竦めながら、レンディアがいった。

 

ぐぬぬ、とリネエラさんが少し引いた。あとね、私とクレイドル二人のパーティーじゃないのよ。あと二人いるのよ──レンディアが、冷静に説明する──むう、とジェミアさんが渋々、といった感じで納得した様だ。

能面サイミアさんも、今は顔をしかめている。

まあ、説得完了でいいのかな?──いいんだよな……「年増好きじゃなかったのか……」

誰だ?! 聞いたぞ!!

 

 

マーカスさんに誘われ、喫茶室に来た。茶葉と焼き菓子の香りが、何とも心地いい──先ほどの、理不尽な絡みを忘れる事が出来る。

「ええとねえ……レーズンケーキのクリーム乗せに香草茶、下さい」

クリーム乗せと来たか。俺はシンプルに……。

「果実水と、塩炒り豆下さい」

「おう……ちっと待ちな」

注文を取ったマーカスさんが、厨房に引っ込んでいく──マーカスさんがいて、助かった──

 

「お茶が済んだら、何かいい依頼が無いか、見てみましょうか……」

すすっ、とレンディアが茶を啜る。先ほどの面倒事など無かったかのように、冷静な雰囲気のレンディア。

「採取、採掘……そんなとこか?」

塩炒り豆を含む。果実水の甘さが中和され、爽やかな後味が口に拡がる──うん、いいな。

 



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第68話 採掘と予想外の討伐戦

 

 

「へぇ。珍しい採掘依頼があるわよ」

レンディアが指差す依頼─ロックリザードの巣窟付近の採掘─との事。

「巣窟付近に近付くのは、危険なのでは?」

「巣に入らなければ、少し警戒されるだけで済むのよ。巣窟近くからは、質のいい鉄鉱石。運が良ければ、金や銀の鉱石も出る事があるのよ」

いうが早く、依頼書を剥がす。

「ほら、依頼内容見て」

ええと……鉱石の種類問わず。複数有れば良。

種類に応じて、報酬額の増加あり……基本報酬額は、銀貨五枚か。採掘依頼にしては、報酬いいんだろうが……。

結局、依頼を受ける事にした。依頼受領を受付に報告するレンディア。

またしても、リネエラさんとの睨み合いになりかけたが、感情と仕事の責任感とで、仕事への責任感が勝った様だ……ギリギリの所で。

奥で、能面状態のサイミアさんが、ジッとレンディアを見つめていたが──

 

城塞都市から東側。荒野と草原が半々の大地。

そこをしばらく進むと、小高い丘と林が見えた。丘の反対側が、採掘場所だそうだ。

「ロックリザードの巣穴は、すぐ分かるわよ。二、三匹ほど巣穴の近くをうろついているから」

なるほどな、その上で近付かなければいいんだな。

「採掘中、ロックリザードが近くをうろつくと思うけど、気にしないでいいわよ。ちょっかいかけたら、大変な事になるからね」

 

異世界知識では──人を恐れず、好奇心旺盛。戦闘力は並みじゃない、だったな。体高六十センチ強に、体長百二、三十センチだったか?

「もし、近付いてきたならどう対処すれば?」

「丁寧な無視よ。因みに、余計な手出しをして、年に十人ほど殺されているらしいわよ」

……一歩間違えれば、危険生物になり得るんだな。気を付けよう……。

 

丘に到着。早速、裏手に廻ると洞窟が見えた。

ぽっかりと、大きく開く入り口。大人が二、三人横並びになれるほどの、広さだ。

入り口近くに、二匹のロックリザード。ゴツゴツとした岩肌の、大型のトカゲといった感じか。

その内の一匹が、首を持たせ上げてこちらを見てきた。

「早速、警戒してきてないか……?」

「そうね、まあ大丈夫よ。それより、ほら、これ」

レンディアが差し出してきた物。貸出しの小型ピックだ。折り畳み式で中々に頑丈そうだな。

「巣穴周辺の、岩肌の多い所が狙い目よ。鉱石が出たら、すぐ分かるわよ。これだと思ったら、周囲を丁寧に削ぐように叩けば、鉱石は落ちるわよ」

 

早速、二手に別れ、巣穴周囲を探る……岩肌の多い場所、か。探り探り、岩肌を確認する──うん? 足下を見ると、小型のロックリザードがこっちを、つぶらな黒い瞳で見上げている。

子供……? いや、子供が近付いて来るのは、まずいんじゃないか!?

野性の動物の子供に、迂闊に近付いて大変な目に合う話は、よく聞いた──今の状況、大丈夫なのか? レンディアは、丁寧な無視。と言っていたな……まあ、大丈夫だろう。キィ、とロックリザードが鳴いた。

 

岩肌を丁寧に叩き続けると、一握りの岩が落ちた。拾い上げると──鈍い銀色の、石の塊だ。

はっきりいって、鉱石の違い何ぞ分からない。

取り合えず、ピックと同じく、貸し出された収納袋に納めておくか。

それからも、コツコツと岩肌を叩く。赤らんだ石の塊や、白みを帯びた石の塊──四つほどの鉱石? を入手した頃に、レンディアから声がかかった。

小粒な赤色の塊を、小型のロックリザードに放る。それに気付いたロックリザードが、ちょこちょこと近付いて来て赤色の塊を咥えると、ささっ、と去って行った。

「どう、何か集まった? 正直、私にも鉱石の事は分かんないのよ。変わった色の石の塊という事くらいしかね。土属性持ちなら、多少は分かるんでしょうけどね」

なるほどな……レンディアは六つの鉱石。俺は四つ。こんなもので、いいのかな──「クレイドル、ここから離れましょう。面倒なのが近付いて来たわよ」

面倒事か。何かは分からないが、離れるなら早い内だ──「引き付けて、始末するわよ」

引き付けるって、何ぞ? それはいいのだが……「相手は、何だ?」

鎧喰い(アーマイーター)よ。鎧喰いとは言うけど、鉱石や岩、何でも構わずよ。表に出てくるのは珍しいんだけどね」

鉱石や岩、何でも食べるという事は……ロックリザードの天敵か。

「それが来るのが、何故分かった?」

「水の精霊が教えてくれたのよ。鎧喰いは堅いけれど、大丈夫。水の精霊の力を借りて戦えば、どうとでもなるわよ」

あっはっはっ、笑うレンディア。軽い地響きが響いて来た……これか。結構、大きめだな──

 

キーキギィィー! とロックリザードの、鳴き声が背後から聞こえる。警戒の声か……? さて、どうする?

林の木々を押し倒しながら、出現した魔物とも魔獣ともつかないもの──黒光りする、鱗状の歪な肌。四肢から伸びる鉤爪。鈍く輝く瞳に、歯並びの悪い口。

貪欲な雰囲気が、全身から滲み出ている。大きさは、ロックリザードよりも一回り以上はある。

 

俺達の存在は予想外だったのだろう。面食らった感じで一瞬戸惑いを見せた──チイッン──レンディアが剣を抜く音。

「猛き水玉。叩き伏せよ」

言葉短き、詠唱とも言えない詠唱──無数の水玉が降り落ち、鎧喰いの背を叩いた。

一撃一撃の圧力が、どれほどの物かは分からないが、これほどの数の水玉を叩き込まれる鎧喰いは、身動きが取れないでいた──「クレイドル! ロックリザードの巣穴から、引き離すわよ!」

水玉を降らせながら、レンディアが移動する。鎧喰いが、首だけを廻しレンディアを見た。

水玉の雨が、不意に止む──巣穴から、引き離し……引き付けて、始末する──よし。

 

挑発するなら音だ……スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を抜き、盾を叩く。叩く、叩く、これでもかと、叩く──ふふふっ……いかん、笑ってしまった。

だが、挑発はしっかりと効いたらしい。水玉の圧力から解放された鎧喰いは、怒りを前面に押し出しながら、意外と素早い動きで迫って来ている。

地響きを立てながら、追って来る鎧喰い──さて、何処まで引っ張る?

 

林付近。鎧喰いに踏み荒らされ、ちょっとした広場の様になっている──ここだな、ここで始末するか……背後に迫っていた鎧喰いと、向き合う。お前も同じ考えか? 鎧喰い……でもな、忘れたか? 相手は俺一人じゃないんだよ……。

 

鎧喰いの頭部に、緑色の風が逆巻きながら刃となり墜ちて来て、突き立った──ぶつり、と骨肉を貫く音──「鈍いわよ。鎧喰い」

剣を引き抜きながら、頭部から舞い降りるレンディア。

だめ押しに、首筋に狙いを澄まし……突く。

ズッズズ、と深くまで差し込む──ビクッ、と脊髄反射。もう鎧喰いは、動かない。

レンディアは、刀を懐紙で拭い、鞘に収めた──

 

「精霊術と魔術の、魔力消費量の違いは?」

「ふん。簡単にいうと、精霊術は精霊の力が及ぶ範囲内ならば、まず消費しないのよ。だけど、精霊の範囲外となると、消費量が増大したり、効果が減少するのよ。それを補填するために魔力がある。という考え方になるのよ。まあ、精霊術士それぞれ、考え方があるのよ」

干し果物を口に含むレンディア。なるほど、精霊術と魔術の違いは、それなりにあるんだな。

「どちらが有利不利、という訳じゃないのか」

煙草盆を取り出し、煙管の準備をする。

 

「そうね……魔石以外には、鉤爪に……頭部を持ち込みましょうか」

人数が居れば、全身を持ち込む事もあるそうだが、二人では魔石はともかく、部位の一部で充分となった……運搬用の紐を使い、両前足を束ねる。

頭部は、俺が背中に、運搬用の紐に括り付け運ぶ事にした。

 

「戻りましょうか。昼過ぎには着けるでしょうね」

束ねた両前足を小脇に抱え、レンディアがいう。

鎧喰いの死体は、骨も残らずロックリザードが“再利用”するそうだ……エコだな。



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第69話 予想外の臨時収入 そしてパーティーの道理

 

城塞都市に向かう街道で、荷馬車に乗せて貰えた。鉱石類はともかく、鎧喰いの部位が地味に重く、運びにくかったので、荷馬車は助かった。

門近くで降ろしてもらい、礼を言って手間賃を渡す。

帰りついでだったから、いらねえよ。というのを、いや。冒険者としての、義理が立たないから──と言って、握らせた。銀貨二枚、必要経費というやつだ。

 

レンディアの言った通り、時刻は昼少し前に着いた。時間的には、ギルドが空く時間帯だ。

ギルドに荷を卸したいので、早速ギルドに向かう──リネエラさん達がいたら、また揉めそうだが……思わず、警戒してしまう。

「こんにちは。取り合えずの依頼報告をするわよ」

何の警戒もせず、ギルド内に踏み込むレンディア。幸いにも、カウンター前にいたのは受付嬢三人組では無かった。

正面カウンターにいたのは、馴染みのある男性職員。リストさんだ。勤続二十年以上の、真面目な公務員といった感じの人。

「クレイドルさん、お久し振り……というほどではないですね。では早速、依頼書と依頼品の提出をお願いします」

レンディアが依頼書を提出する。それを確認しながら、依頼品用のトレーを持ってくるよう、他の職員に指示を出した。

手早く効率良く、流れるような古参ならではの動き。さすが、ダルガンさんから『辞められたらどうなる事か』と評価されるだけはあるな……。

 

依頼品を提出したあとは、鎧喰いから回収した部位をギルド内の、買取り受付に持ち込む。鎧喰いの魔石は土属性で、自分達には、特に使い道が無いため、一緒に持ち込む事に決まった。

 

「んん? クレイドル、もう戻って──」

「違うんですよ。護衛依頼でたまたまです」

買取り受付にいた強面の職員。ベージュの長袖シャツを肘まで捲り上げている。灰色のベストに、灰色のズボンに黒のブーツ──伊達男風の装いをした、“革鞣し”ゴルディさんだ。

受付担当と同時に、解体所の責任者。粋な風体をした、五十代の男性。

解体をしても、一切の返り血を浴びず、服に一滴も血を滲ませない、精密な解体技術を持つ達人だ。

「ちょっと、見てもらいたい回収品があるんですよ」

俺が小脇に抱え、背中に括り付けている物を見たゴルディさんが、苦笑する。

「よし、預かるぜ……久々に見るな、鎧喰いはよ……おい、台車持ってこい!」

 

採掘依頼の鉱石と、回収した鎧喰いの素材の査定は、やはり時間がかかるらしいので、取り合えず喫茶室に行く事にした。

鎧喰いの素材はともかく、採掘した鉱石類は俺達から見たら、何か色の着いた石にしか、見えないのだ。

土属性持ちのレンケインさんなら、分かったんだろうな……。

 

「鎧喰いの査定は、そうかからないと思うけど、問題は鉱石ね。素人目には、分かんないわよ」

砂糖入りの豆茶を、ゆっくりと啜るレンディア。豆の風味と砂糖の甘味が、何ともいえないそうだ。

「レンディア、鉱石の査定は今日中に終わるかな?」

果実水の炭酸割りを飲む。この微かな甘味が良いのだ。

「う~ん、どうかな。依頼主の学者さん次第かな。依頼書見たでしょ? 変わった鉱石でもあったら、変に質問攻めに合うかもね」

うお……面倒事。としか思えんな。

「まあ、そこの所はギルドマスターの領分よ。私達が、あれこれ考える事じゃないわよ」

すいませーん、豆茶のお代わりお願いしまーす。 レンディアが店員を呼んだ。

少し、小腹が空いてきた……軽食なら、ここでも済ませる事が出来るが、ちゃんと腹を満たしたいんだよな……。

 

「レンディア様、受付までお越し下さーい!」

「クレイドル様ー、買取り受付にどうぞー!」

同時に、呼ばれた。レンディアがいう。

「買取り値は任せるわよ。適切に、ね」

パチリ、とウィンクをしてレンディアが去って行った。

鎧喰いの、適切な値段なんて知らんがな──異世界知識の発動無し! 魔女の婆さんか!!

 

「上手く仕止めたものだな……刺突か。急所を、一突き後……首筋に、止めの一突きか……文句の無い、仕止め方だな。お嬢がやったんだな?」

「ええ、そうです……刃筋で分かりますか」

解体所に呼ばれ、台に乗った鎧喰いの頭部を、再び見せられていた……何ぞ?

「ああ、お嬢の剣だと直ぐ分かった……そんな面すんな。確認したかっただけだ。悪かった」

空腹からの、微かな苛立ちが顔に出ていたらしい。まあ、反省はしないが……腹が、減った。

 

提出した依頼品。回収した鎧喰いの素材。やはり査定には、時間がかかるそうだ。

鎧喰いの素材は中々に珍しく、依頼品の鉱石は、種類の特定に時間がかかるらしい。

 

「鎧喰いの査定は、二時間ほど見てくれ。状態はいいから良い値が付くだろうよ。お嬢にもそう伝えておいてくれ。飯でも食って来な」

ゴルディさんは、解体作業に戻って行った。因みに、鎧喰いは食用には全く適さ無いそうだ。

 

「クレイドル、お腹空いたわ……何か食べに行きましょうよ」

レンディアの声が、やや険しい。俺と同じく、腹が減ったら、気が荒くなるらしい。

「同感だ。俺の知っている店は……鶏源亭に煮鍋亭、オーガの拳亭くらいかな」

正直、ミランダさんには会いたくない。知り合いからの二度見。あれは中々に恥ずかしいんだよ……。

 

「お嬢、久し振りね~! せっかくだから、奥個室にする? 二名様、奥個室にご案な……クレイドル君!?」

ああ、クソ。気付かれた。しかも、二度見の手本みたいな、ガッツリとした二度見!!

 

煮鍋亭にしようと、いったのだが『二人で鍋は寂しいわよ』と却下。鶏源亭は今の私達には、軽すぎる──他の店は、遠い。とにかくガッツリ腹になっている今は……レンディアは、ぱん、と手を叩き。

「ガッツリなら、オーガの拳亭よ! ニンニクソースのポークソテーに、スパイスたっぷりの揚げ鶏に揚げジャガイモ!」

昼過ぎ。夕方前の往来で、食欲の化身と化したハーフエルフが緑色の旋風となり、通りを駆け出して行った──

 

そして、今個室にいる訳だ。先ずは直ぐに出せる料理なりツマミを、頼んだ。

鶏皮と玉葱の辛煮。豚バラと青菜の炒めもの。そして、酒。同じ果実酒炭酸割りだ。互いに料理を、パクつく──うん、美味い。ツマミにも飯の当てにも、出来る。

「酒はこの一杯で済ませるわよ。食事を済ませたら、一旦ギルドに戻って話を聞くわよ」

「ああ。カリエラさん達は、宿に戻るかな?」

「そこら辺は言って無かったけど……私達が宿にいなかったら、冒険者ギルドに行くでしょ」

 

お……ニンニクの薫りだ。ニンニクソースのポークソテー来るか! 玉葱と大根のサラダもな!

「相変わらず、良い薫りよね。さっと食べて、ギルドに戻るわよ」

ざくり、とポークソテーを切り分け、口に運ぶレンディア。先程までの不機嫌さは、最早無い。

 

俺は、ベジファーストといこう。玉葱と大根のサラダの味付けは甘酢。酸味柔らかく、甘味抑え目の味。あっさり過ぎると少し思ったが、ポークソテー、ニンニクソースの濃い味と、実に合う。

サラダを食べ終え、改めてポークソテーを大振りの一口台に切り分け、口に運ぶ──柔らかい。

美味いな……端が焦げている脂身の、ぷにっとした感触が良い──なんのかんの言っても、この店は良い店だ……。

 

「カリエラちゃんの護衛で、戻ってきてたのね~」

金細工が施された、黒い長煙管を燻らせ、ミランダさんが沁々とした声でいう。普通の煙管の倍以上はないか?

「ミランダさん、カリエラさん知っているんですか?」

「五、六年前くらいだったかしらね~。メルデオさんとこに、下働きに来てたのよ~」

ふうぅぅ~、と豪快に煙を吐くミランダさん。

来た当時は、カリエラさん。接客も何も滅茶苦茶だったそうだ。帳簿付け、物品の買い入れ取引等、事務仕事ならほぼ、完璧だが──接客が、絶望的。客商売の基本中の基本を、教わったそうだ。

「そこのとこを、メルデオさんが辛抱強く、教えたらしいわよ~」

ぷかり、と煙を吐いた──誰にでも、下働き時代はあるものだな……。

 

 

先ずはギルドに──という事で到着。職員が俺達の姿を確認すると、直ぐにリストさんがやって来た。

「レンディアさん、回収してきた鉱石は依頼主が査定をするまで、少しかかるらしいですね」

やはり鉱石は、そうなるか。こちらとしては構わないんだが……。

「別に問題無しよ。後からでも報酬、受け取れるのよね?」

「もちろんです。城塞都市には護衛依頼で来ているのですよね。グレイオウル領に戻っても報酬は、振り込まれます。デメリットは、報酬の交渉が出来ないくらいですかね」

「ふん。問題無いわよ。じゃあ、それでお願いね。振込先は、グランの冒険者口座にして頂戴」

分かりました、とリストさんが書類を出す。

「ああ、クレイドルさん、ゴルディさんが買取り受付に顔を出してくれとの事です」

鎧喰いを頼んでいたな。レンディアに一声かけ、直ぐに向かう事にする。

 

「おう、来たか。早速だが、鎧喰いの頭部と前両足で、金貨十枚飛んで銅貨六枚だな。土属性の魔石が金貨三枚。計金貨十三に銅貨六だ」

うお。かなりの額だな……こんなものなのか?

まあ、これは任されているしな。

「構いませんよ。それで、お願いします」

「よし決まりだ。換金札渡すから、書類にサインしてくれ。上質のいい素材になるぞ、あれは」

何でも、鎧喰い装備というのがあるらしく、一式揃えて身に着けると、各種何らかの耐性が上昇するらしい。

換金札を受け取り、少し雑談後、ゴルディさんと別れた。

 

レンディアに換金札を渡すと、少し目を丸くした。

「へぇ、結構な額になったわね。今換金しておいて、シェーミイ達と分配しときましょ」

さっそく換金すべく、受付に向かうレンディア。パーティーで別行動していようと、依頼報酬はきちんと分配する。

それを道理としているんだな……いいパーティーだと、何となく思った。

 

 



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第70話 驚きの鑑定結果とは!!

 

 

すでに夜。上級宿“雄山羊と戦槌亭”に集う碧水の翼。カリエラさんが個室に、俺達を呼んだ。

 

防音の個室。客のプライベートを守る部屋。風属性持ちの、レンディアが確認済みだ……。

部屋に運ばれているのは、酒と軽食のみ。カリエラさんが、少し震える手で、ワイングラスをしっかりと掴み──ぐうっ、と一気に飲み干した。

ふうぅっ、と息を吐くと……一気に捲し立てる。

「あの変異したミスリル。スカイライト(蒼天石)何だけど、とんでもない値が付いたわ。なんか、もう商人辞めようか、なんて思うほどよ……」

グラスにワインを注ぐカリエラさん。落ち着いたのか、震えは止まっている。

遣り手のカリエラさんが、やる気を無くすほどの儲けってどれほどだと、いうのか。

「ちょっと、カリエラさん。自棄にならないで頂戴よ」

レンディアが、カリエラさんの背を擦る。

「ミスリルは確かに貴重だが、希少というほどでもないだろう?」

ゆるり、とグラスを傾けるグランさん。

ギンッ、と凄まじい目付きで、グランさんを睨むカリエラさん……殺気が出てますよ。

場の空気なぞ知らぬ、と言わんばかりに店員を呼ぶためのベルを鳴らす、シェーミイ。まあ、猫だからな……。

「まあ、食事よ食事。話を聞く時間はあるわよカリエラさん」

背を擦る、レンディアの言葉が沁みたのか、しくしくと泣き始めるカリエラさん……相当やられているな。

 

料理と酒が来た。肉に野菜、果実酒にワインにウィスキーの瓶。炭酸水に、氷──まあ、宴会だ。

変異したミスリルの値……カリエラさんがおかしくなるのも、無理なかった。

その値……金貨五万枚。ええと……一月、親子四人で金貨一、二枚あれば、多少の贅沢と貯えも出来るほどのもの。それが五万枚、か……。

 

「堅実に稼いでの五万枚と、いきなり入ってきた五万枚とでは、全然違うのよ!」

むふう、と鼻息荒く、ワインを一息に半分飲み干すカリエラさん。目が血走っている──

「堅実。慎重。誠意と謙虚。祖父の代からの教えなのよ! こんな急な実入りは、父とお祖父様の教えに反するわ!!」

がぶり、とワインを干すカリエラさん。飲むなあ……。

やれやれ、とばかりにレンディアと顔を合わせた。グランさんは、困ったようにカリエラさんを見る。

シェーミイは、氷たっぷりのグラスに果実酒を注いでいる。お前、ちょっと空気読め──

 

ぐだっているカリエラさんを、レンディアとグランさんが個室に運んで行った。

もう少し飲もう、という事になったので、シェーミイと二人で個室に残った。直にレンディアとグランさんも戻って来るだろう。

「会議室の中までは、私達護衛は入れなかったんだけどねー、中々の騒ぎになっていたのよー」

「ふむ。どんな面子が、来ていた?」

「そうねえ。商人ギルドのお偉さんに、鍛冶師が二人ね。メルデオ商会長は来なかったみたい」

果実酒を、ぐっ、と呷るシェーミイ。なるほどな……。

「カリエラさんの叫び声、というか雄叫びが聞こえたんで、部屋に入ろうとしたんだけど、グランに止められたのよねー」

雄叫びて……まあ、そうなるか。総額でそれだけの──待てよ? 総額?

「なあ、持ち込んだミスリル総額でだよな?」

「違うよ。 スカイライト(蒼天石)だっけ? それ一つで、金貨五万枚だよ」

グビリ、と杯を干すシェーミイ。

 

「他のミスリルと合わせて……六万何千枚だとかだったかなー。グレイオウル領のミスリルは質がいいんだって」

空けた杯に無造作に氷を入れ、果実酒を注ぐシェーミイ。ほんと自由だなこいつ……一つの塊が金貨五万枚か。

俺も叫びたくなった……まあ、いい。料理が冷めないうちに食べないとな。

バターで炒めた玉葱の上に乗せられた、ほどよく焦げ目の付いた厚みのあるポークソテー。きれいに切り分けられている。

取り皿に取り、さっそく口に運ぶ。塩味のソース。美味い。何だろうな、食堂とはやはり違うな。

シェーミイは、炙り鶏の野菜盛りを、パクついている。野菜食べるんだな、と何となく思った。

 

さっきから気になっていた、俵型の狐色の揚げ物──濃い色のソースがかかっている。もしかしたら……あ、これメンチカツだ。安物の肉臭さは無く、いい香りだ。油もいい、さすが上宿。

いつの間にか、ポークソテーは無くなっていた。玉葱も……猫族、玉葱大丈夫何だな。

「おい、待て。一人で食うな」

炙り鶏の野菜盛りを、平らげんとするシェーミイを止める。

「えー、また頼めばいいでしょ。カリエラさんの払いだし。あ、お酒頼まないと」

ベルを鳴らすシェーミイ。ほんと、自由だな、猫族は……。

 

「はー、もう大変だったわ。宥めるのに時間かかって」

オウルリバーをグラス半分に注ぎ、一気に呷るレンディア。おいおい、そんな飲み方でいいのかよ──はあ~、と強く息を吐くレンディア。

グランさんは、ワイングラスに黒ワインを注ぎ、上品な仕草でグラスを傾けた。

「カリエラさんは、明日、半日は起き上がれないだろう。相当荒れてたからな」

「金額が金額だから、今日明日で振り込まれる事にはならないわよ。あと二、三日は自由行動になるかもね」

レンディアが、オウルリバーを炭酸水で割る。

 

酒と、追加の料理が運び込まれた。肉、野菜様々。夜っぴての、宴会になるんだろうな……まあ、いい。よし、飲んで食べようか。

不意に、レンディアが向き合ってきた。普通の雰囲気ではない。何ぞ? と思い、レンディアに向き合う。

「クレイドル。今現在、あなたは初級のCランク。私達は中級のDランク。ゆくゆくは、あなたも中級にならないといけないのよ。だからね、あなたのランク上げのための、依頼を受けようと思ってるのよ……どう?」

どうも何も、そうするのが当然だろうな……。

「皆が、そう思っているなら受けるよ。いずれにしろ、クラスとランクは上げないと、自由に振る舞えないからな」

前から思ってたんだよな。中級に上がらないと、レンディア達と対等に依頼を受けられない事に。いずれ言おうと思っていたので、丁度いいタイミングだ。

「話が早いわね。いいわ、ランク上げの近道は、まず討伐に、簡単ではない、採取に採掘かしらね」

「何にしろ、カリエラさんはしばらく動けないだろう。一応、断りを入れるが、パーティーを組んでの行動は許可されると思う」

丁寧に、切り分けられた鶏の照り焼きと、付け合わせの温野菜を、取り皿に分けてくれるグランさん。

グラスに氷を入れ、オウルリバーを注ぐレンディア。ウィスキーのロックか。俺もそうするかな……。

 

 

目が覚めた。窓の外は仄かに明るくなっている──夜明け、少し前か。魔力制御にはベストな時間。

窓を開けて、外気を取り入れる。冬も近いか……よし、魔力制御の後に一服といこう。

 

魔力制御後の一服を終え、頼んだお湯で、顔と体を拭った。浄化だけだと、何か物足りないんだよな。とはいえ、シャワーや浴場は面倒だ。

少し覗いて見たが、シャワールームと浴場は、さすが上宿といってもいいほどの広さで、なかなかに凝った内装だった。一度は体験してもいいだろうな……グランさんを誘ってみるか。

 

一階の端のテーブル席に着く。朝食は皆で取る事に決めていた。まだ早いのか、客はまばら。

カウンター席は、皆空いている。厨房の喧騒が聞こえてくるが、それほど騒々しくない──「あの……お客様?」

制服姿の店員さんに声を掛けられた。ベージュ色の高級感のある、パンツスーツ姿の女性。二十歳ちょっとくらいか。清楚な雰囲気の美人さんだ。

「朝食には、少し早いのです、が……お茶ならば、ご提供出来ます。いかが、でしょう?」

確かにな。食事には早いか。他の客も、お茶を飲んでるな。だったら──「お茶を、お任せでお願いします」

「は、はい! 少々、お待ち、ください!!」

顔を真っ赤にした店員さんが、脱兎の如く駆けて行った。何ぞ?

ふと視線を感じると、シェーミイがいた。

 

「また、女の人。オトしたの?」

ジト目のシェーミイ。何て事言いやがる!

「誤解だ!」

はいはい、と席に着くシェーミイ。昨日の大酒を、微塵も感じさせない雰囲気だ。

階段から、グランさんとレンディアが降りてくるのが見えた。カリエラさんの姿はない。

まだ、ダウン状態何だろうな……。



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第71話 特殊依頼 クレイドル フルスロットル!! 2nds

 

 

 

朝食が終わっても、カリエラさんは部屋から降りて来なかった。レンディアが、店員さんにカリエラさんの部屋に、さっぱりとしたスープとお茶を頼んでいた。

「さて。準備して、冒険者ギルドを覗いて見ましょうか。何か手頃な依頼があればいいけど」

「その頃には、カリエラさん起きてるかなー」

残ったお茶を飲み干し、席を立つ。

 

さて、武器だが……バトルアクスかな。盾は置いて置こう。肩掛けバッグよし、腰のポーチよし、だ。黒鷲の兜のフェイスガードを降ろし、ガンガンと叩く──景気付けというやつだ。

 

上宿には、一部の冒険者以外は、あまり泊まらない。懐に余裕のある人達の宿なのだ。冒険者とは、縁遠い人達から見たら、やはり冒険者は威圧感のある存在。なら、どうするか──部屋を離す。

冒険者達の朝の準備は、どうしても音が出る。早朝から武具の装着音や、準備はうるさい。そのための措置として、一般客とは離すのだ。

 

もう一つは、出入り口を分ける。武装状態の冒険者達が、出入り口をうろつくのは外聞が良くないので、専用の裏口や裏階段を使う。

それを厭う冒険者はいない。まあ、仕方ないな、で済ませる。荒くれ共の、最低限の気配りというやつだ。因みに、これらの気配りは、何も上宿に限った事ではない──さらにいうなら、この気配りも、冒険者の査定に影響されるそうだ。

 

一般客使用禁止の裏階段。一般客が使用出来るのは、緊急時のみ。

「じゃあ、カリエラさんの事、お願いね」

「畏まりました。どうかレンディア様も、皆様方も、お気を付けて」

白い制服姿の、背筋の伸びた初老の男性。灰色の髪を丁寧に撫で付けている。いい歳の取り方をしているな、と思わせる様な人だ。

「この人は、ここの支配人のカーディスさんよ。昔から世話になっている人なのよ」

カーディスさんが穏やかな笑みを浮かべ、頭を下げる……隙が無いな。ただ者じゃないんだろうな──じゃ、行って来るわ。ひらりと手を振り、レンディアが、階段を降りて行った。

カーディスさんと、フェイスガード越しに、一瞬目が合った……「御武運を」

 

冒険者ギルド前に到着すると、何やらざわめいている。何時もの喧騒とは少し様子が違う。

「ちょっと、様子見てくるねー」

シェーミイが、するりと人混みを抜けて行った。何かあったのか?

 

戻って来たシェーミイがいうには、ピックホッパーの大量繁殖が発生したらしく、その駆除のために、人員を募集しているとの事だ……あのイナゴか……。

何でも、ごくたまに、冬近くになると繁殖し、手当たり次第に食べられる物を食い尽くすそうだ──害獣と化したピックホッパーの駆除は、優先事項になるらしい。

「ふうん。この依頼、特殊依頼になるわよ。ランクアップには、丁度いいと思うわ……どう、思う?」

イナゴか……あのイナゴなあ。特殊依頼をこなすと、ギルドへの貢献度は上昇するらしいが、どんなものかなあ……虫かあ。

「数が問題だな。百は下らないぞ、繁殖期のピックホッパーは」

レンディアとグランさんがいう。う~ん、ここは正直に言っておくか……「俺は、虫嫌いなんだよ」

 

 

ふうん、とレンディア。レンディア達が俺を見る。いや、済まない。ほんと虫だけは──「もう、受けたわよ。こういう特殊依頼は、ランクアップの近道になるからね」

レンディアがいう……覚悟を決めないとなあ……。

「ピックホッパーの氾濫が直ぐにでも来る。森の中の虫けら共は、衛兵と森に詳しい連中に任せとけ。その他の連中は、森から抜けてきた虫共の始末だ」

ダルガンさんが、冒険者達に激を飛ばす。

「パーティーを組んでいる連中はそのまま。そうでない者達は一時の仲間を集え──部隊編制だ。群れなす魔物に対しては、それが最良のやり方だ。時間は無いぞ、急げ!!」

 

パーティーを組んでいる連中はともかく、普段はソロの人は大丈夫だろうか、と余計な心配をしてしまったが──結局、即席パーティーはほどなく決まり、一部の待機組以外は、意気揚々と出掛けて行った。

待機組は、予備戦力というより後方支援として、回復などを担うそうだ。

ギルドで用意された、治癒ポーションや清潔な包帯や毛布を準備していた。負傷者がいつ来てもいいように待機するのだという。

 

門から出ると、マーカスさんが冒険者達に指示を出していた。衛兵と共に、森に入る先行組。

森から抜けてきた、ピックホッパーを始末する待受組。待受組は、森近くの街道沿いで待ち伏せるとの事──他の衛兵達は、門の周囲で待機。

待受組を抜けて来るピックホッパーが、街に入らないように始末するためだそうだ。

いわば、三重の備え──「よう。“碧水の翼”には期待してるぜ。お嬢」

マーカスさんが、レンディアにいう。今気付いたが、マーカスさんは武装していた。

頑丈そうな革の籠手と胸当て。その下から、チェインメイルが覗いている。腰には、少し反りのある剣を引っ提げていた。

「門から先は、俺達が通さねえよ。背後は任せな」

ニヤリ、と微笑むマーカスさん。頼もしいな。

 

早速、街道沿いを移動する。先を行く冒険者達の中に、少し気になる三人組がいた。

先頭は、なかなかの体格をした少年? 背に中型の盾を背負っている。腰にはロングソード。

その後ろからは、杖をついたローブ姿の少女二人──前衛一人に、後方支援の術士二人だろうか?

「お、先行組が森に入って行ったな」

グランさんがいう。すでに街道沿い。森までそう距離は無い──誰がいう事もなく、冒険者達が立ち止まり、森を見つめる。同時に、即戦体勢を取り始めた。

 

森が、ざわめき始め──鳥が一斉に飛び去って行く……同時に、ピックホッパーが森から飛び出して来た──ああ、イナゴだ……ほんとに全く、気持ちの悪い。

虫は、誅滅しないとな……死ね───死ねぇっっ!!

 

バトルアクスを肩担ぎにしてピックホッパーの群れに突っ込む──殺さないとな、虫は!

バトルアクスを横凪ぎに払う。いい手応え。

手当たり次第に……払う、払う、振り上げ、叩き落とし、薙ぎ払う──虫滅!

ピックホッパーの体当たり。どういう事もないな……死ねっ!!

 

「ちょっと……あれは。虫嫌いって……ああ、そういう……事ね」

レンディア達は、クレイドルの狂乱を呆れた様に見ていた。他の冒険者達の──ああ、あれか。虫嫌いクレイドルってのは本当だったのか。

無茶にもほどがあるだろ──「クレイドルに遅れるな! 駆逐するぞ!!」

誰の声だったか。おう!! と冒険者達が跳ね回るピックホッパーを蹴散らすべく、進んで行く……「やれやれよ。私達も行きましょ。グラン、ピックホッパー散らして。シェーミイはいつも通り補佐。クレイドルは放って置きましょ。もちろん、目を離さないでね」

ピックホッパー相手に荒れ狂うクレイドルを、横目に見ながら、レンディアが冷静に指示を出す。

チイィッン──レンディアが剣を抜く。

 

来い。イナゴ。数多いな──上等だ、片端から潰してやる。虱潰しだ──「おおおあぁぁぁぁ!!」

振る払う叩く痛えな寄るなほら叩き落としてやる起きるなよほら踏み潰してやる嫌な感触だなまだ来るかさあ来いよ片っ端から潰してやるイナゴ共が──「あっははは!! 死ねぇ死ねぇ!!」

 

嬉々として、迫るイナゴの群れを叩き潰していくクレイドル。その高らかな笑い声は、邪神の声そっくりなのを、クレイドルは知らない。

 

 

数十のピックホッパーの骸。その三分の一は、クレイドルが始末したといっても過言ではなかった。ピックホッパーの骸を、街道からよける者。

森から抜けて来るピックホッパーを、警戒している者達に分かれていた。

ピックホッパーの魔石、食用可の大腿部の回収は、事が済んでからまとめてやる事になった。

 

 

そしてクレイドルは、レンディアから説教を受けていた──「申し訳ありませんでした。はい、虫だけは、本当に……いや、虫以外には、あんな事にはなりません」

「全く……止める間もなく、飛び出していくから、何事かと思ったわよ」

はあ、とため息混じりにレンディアがいう。

「ピックホッパーの攻撃を、完全に無視していたな……鎧が頑丈だからといってもな……」

「あんな、無茶、もう止めてよー」

グランとシェーミイにも、軽く説教をされるクレイドル。

 

 

「おーい、森は済んだぞ! 一掃は完了だ!!」

森の中から出てきた、衛兵が告げる。安堵の声が、冒険者達から上がった。

「直ぐ、魔石と大腿部の、回収に入ってくれ!!」

分かったと、冒険者達が衛兵に手を振る。

 

 

「さてと。私達も回収始めるわよ……クレイドル、出来るわよね?」

「……はい、大丈夫です」

クレイドルは、力なく答えた。



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幕間 グランドヒルの新人達③ 昇格機会

 

 

 

訓練も一区切り付いたと、ジャンベールさんが私達に告げ、ミルデアさんとレンケインさんと、三人で、城塞都市から少し離れた遺跡へ、探索に向かって行った。

 

 

「基本的な事は、一通り教えたからね。あとは、実践積めばいいよ」

「私達が帰り次第、ダンジョン探索をするかもしれないぞ」

レンケインさんとミルデアさんが言った。

「無茶や無理はするな。常駐依頼や、無理の無い討伐依頼を受けるんだ。ダルガンさんからは、無難な依頼なら受けられるよう、許可は貰っているからな」

ジャンベールさんが、くれぐれも、体には気を付けろよ。と言ってくれた。

 

 

それからは、慎重に依頼を選びながら、こなしていった。時にはジョシュが、先輩冒険者達から、割に合う合わない依頼の見分け方などを、教えてもらっている。

シェリナは、先輩魔術師から水属性以外の、魔術の知識を学んでいた。

 

「リーネさん、ちょっと治療を手伝ってくれませんか? 報酬はお支払いしますから」

受付嬢のサイミアさんに頼まれ、運ばれて来た冒険者達の治癒をした事も何度かあった。

自分達は、何か先輩冒険者達から目を掛けられているな、と思った──サイミアさんが言うには、初級訓練を真面目に受ける見習いは、可愛いものだという。ほんと、感謝しか無いわ……。

 

 

ある日、ギルドに衛兵がやって来た。急ぎの雰囲気──「ダルガンさん、ピックホッパーの大量発生の兆しがあった。御領主直々の依頼だ」

受付カウンター正面にいた、ギルドマスターが頷く。

「おう、承知した。報酬云々の話は、後だ。直ぐ人手を出すと、伝えてくれ」

「了解! では……!」

来たときと同じ様に、衛兵は去って行った。

さてと、とダルガンさんが立ち上がり、ギルド内にいる冒険者達に呼び掛ける──「ピックホッパーの氾濫が直ぐにでも来る。森の中の虫けら共は、衛兵と森に詳しい連中に任せとけ。その他の連中は、森から抜けてきた虫共の始末だ」

ダルガンさんが、冒険者達に激を飛ばす。

「パーティーを組んでいる連中はそのまま。そうでない者達は一時の仲間を集え──部隊編制だ。群れなす魔物に対しては、それが最良のやり方だ。時間は無いぞ、急げ!! 後方支援のために、待機組を何名かは残す。報酬は変わらないからな!!」

ダルガンさんの激励に、冒険者達が『応!!』と答える。

「ポーションと、清潔な包帯、布を用意しろ。毛布もな」

ダルガンさんの指示に、職員達が動き出す。素早い。やるべき事を分かっている動きだ──

 

 

ダルガンさんに、後方支援のために残らないかと言われたが、「私はリーダーですから」と断った──ダルガンさんは豪快に笑い、許してくれた。「前線での負傷者の手当ても、いい経験になるからなあ。まあ、無茶はするんじゃねえぞ」

一拍置いて、ダルガンさんが言った。

「昇格の機会だぜ……励みなよ」

ポン、と私の肩を叩き、悠々と去って行った。

「マーカス、おめえも備えとして、出ろ!!」

喫茶室に声を掛けるダルガンさん。大声。

「おお! 任せろ!!」

ダルガンさんに、負けず劣らずの大声。

 

「ピックホッパーの攻撃は、体当たりと噛みつき。たまに毒液を吐くそうだけど、これは気にしなくていいそうだね」

街道沿いを歩きながらジョシュがいう。色々、先輩達から話を聞いていたのだろう。

「水属性以外にも、他の属性を……少し感じる気がするわ」

シェリナが、杖をトントン、と地に付きながら言う。これも、先輩達の指導の賜物だろうか──私も、治癒術のさらに先が、何となく見えて来たような気がする。

 

 

 

現場近くに到着。先行している先輩達と衛兵達が、森に入って行くのが見えた。

先行組が森の中で戦い、抜けてきたピックホッパーを、私達が叩く作戦だ──「来るぞ!」

森がざわめき、小動物や鳥達が飛び出していく。そして──ピックホッパーが多数、飛び跳ねながら、街道に向かって来た。

(うわ……あんな、大きいんだ)

全身を短い棘に覆われたイナゴ。大きさが問題だ……七、八十センチ以上はある──「ジョシュ、支えて。私は横に付くから、シェリナ、補助お願い」

やるべき事は、皆分かっているから細かい事は──私達の横合いから、黒いマント、兜姿。斧を肩担ぎにした冒険者が、凄い勢いで突っ走って行く──「おおおあぁぁぁぁ!!」

ピックホッパーの群れに突っ込んで、肩担ぎの大きな斧を振るう──数匹のピックホッパーが、一瞬でバラバラに散らばっていく……「なに、あれ……」シェリナの呆れ声。

 

黒兜の人は、ピックホッパーに(たか)られながらも、何ら気にせず、ピックホッパーを叩き払い、潰していく。地に落ちたピックホッパーの頭を踏み潰し、蹴り飛ばす。

ピックホッパーの、体当たりに怯む事なく、叩き落とし薙ぎ払っていく──「あっははは!! 死ねぇ死ねぇ!!」

 

高らかに笑いながら、ピックホッパーの群れを蹴散らしていく、黒兜の人……「リーネ、俺達も続こう!」

ジョシュの声。他の冒険者達が、荒れ狂う黒兜の人を回避しながら、ピックホッパーに向かって行く。

「ジョシュ、進んで! シェリナ、ピックホッパーの動きを止めて! 黒兜の人には近付かないで!!」──近付けば、巻き込まれる──そう直感した。

 

 

嵐の様な時間が終わった。森の中の討伐も済んだようで、森への先行組もピックホッパーからの素材を回収して、戻って来るそうだ。

私達も、街道沿いで倒したピックホッパーから素材の回収を行う。

 

少し離れた所で、銀髪の女性が岩に腰掛けている黒兜の人に、説教をしているのが見えた。

銀髪の女性の耳は少し、尖っている……エルフ?

漆黒の鎧を纏った騎士と軽装の猫族が、黒兜の人に何か言っている──多分、それも説教だろうな……。

 

ほどよい疲労感を感じながら、私達はそのままギルドに戻った。ピックホッパーの数が数だけに、負傷者はいる。

私は、治癒が必要な人達の元に行く……「リーネさん、こっちお願いします」

サイミアさんに連れられた先、片足が折れ曲がった人が、毛布に横たわっていた──「骨折治癒は、痛いですよ」

「構わねえよ、初めてじゃねえからな。頼む……」

深呼吸一つ。折れた箇所に集中する──むう、と短い唸り声。

時間にして十秒足らず。骨折は、綺麗に治っていた。腫れもない──「ふう、ありがとな。しばらく安静にしてるよ」

安らかな顔で、冒険者がいう。どういたしまして、と周囲を見回す。

やはり、まだ怪我人はいる──よし。サイミアさんに、他の怪我人は居ませんか、と尋ねる。

単純な善意ではない。治癒の経験を積むためだ──「ここを頼みます。打撲傷が酷いです」

「いたた、油断した。全く……まともに胸に食らっちゃった」

胸元を開き、打撲痕を見せる冒険者。大きな内出血。このままだと痣が残るかも──「骨折治癒よりかは、痛くないと思いますよ」

「うん。お願い」

手のひらから伝う、暖かさが打撲傷を覆う──内出血が、少しずつ小さくなっていく。

「はあ……ありがと。楽になったわ」

「安静にしていて下さいね」

頷き、目を閉じる。冒険者──私の、仕事。やるべき事。治癒士としての生き方が、はっきりと見えてきた気がする。

魔力、気力が充実しているのを感じた──

 

「他に、怪我人居ませんか!」

リーネは、治癒士としての第一歩に踏み込んでいた。





評価少しずつでも、嬉しいものですな。あと感想も頂ければ。
Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第72話 城塞都市での昇級活動 トロル退治へ

 

 

 

ピックホッパー討伐を終え、“雄山羊と戦槌亭”に戻って来た。時刻は夕方近く。

身仕度を整え、夕食を取る事にした。シャワーを浴びるでもなく、浄化で済ませる。

カリエラさんが個室を取り、そこで夕食を兼ねた酒宴になった。

 

「あ~。一眠りしたら、さっぱりしたわ。ちょっと寝過ぎたかも」

カリエラさんが、大きく欠伸をする。結構、元気そうだ。

「今回の取り引き額だけど、合計金貨六万枚以上になったわ……まあ、特殊な稼ぎね。謙虚、堅実が本分のカリエラ商会からしたら、今回の稼ぎはイレギュラーよ」

むふう、とカリエラさんがいう。顔色も良くなっている。

「食事とお酒を、頼みましょう。今日は楽しんで」

シェーミイが早速、ベルを鳴らす。

 

 

帝都で、スカイライト(蒼天石)をオークションに出してはどうか? と商人ギルドから提案されたが、二人の鍛冶職人が反対したという。

要するに、オークションに出せば、値は上がるかもしれない。だが、落札者は名物として“飾り”にするだろうと。

スカイライト(蒼天石)を見せ物にするのは、鍛冶に生きる者としては、極めて残念な事だと──鍛冶職人はそう言ったという。

 

 

ここでカリエラさんは、確かにいい物を高く売るに越した事はない。帝都でのオークションに出せば、上手くいけば……倍以上になるかもしれない……だが、である。

「いいえ。この値でいいわ。元々、予想外の値が付いて、困っていたのよ。私の商売人としての矜持が──」

 

要するにボロ儲け、ダメ絶対! という事らしい。それと、二人の鍛冶職人の気持ちも、充分解したという。

極めて稀少な、スカイライト(蒼天石)。あれを使って武具を鍛え上げる事は、職人の名誉。

その気持ちをも組んだカリエラさんは、五万枚で手を打った。

買い取ったのは、商人ギルドと二人の鍛冶職人となった。いつか、スカイライト(蒼天石)を鍛え上げる事を、目標とすると二人の鍛冶職人は宣言したという。

それまで、商人ギルドが預かる事となったそうだ。

 

「それで、商人ギルドに何の得になるのー」

果実酒をがぶ飲みしながら、シェーミイがカリエラさんに尋ねる。

「それね。スカイライト(蒼天石)を、管理しているという事で一目置かれるのよ。まあ、箔が付くって事ね」

上品な仕草で、鶏団子のワイン煮込みを口に運ぶカリエラさん。

「それで、滞在は何時までにするの?」

鶏と根菜のシチューを口にするレンディア。

「そうねえ。額が額だしね。振り込みまでは、もう三日ほど掛かると思うわ」

優雅に、ワインを含むカリエラさん。

「それまでは、自由行動でいいわ。護衛は、気にしないで。ネルソンさんに頼むわ」

香草を振ったハムを摘まむカリエラさん。

 

元兵士のネルソンさん。何でも、カリエラさんの御者と護衛も、兼ねているそうだ。

言われてみれば、普通の佇まいじゃなかったんだよな、ネルソンさん。隙が無いというか……。

 

「ああ、ネルソンさんか。あの人なら護衛に適任だろうな」

グランさんが、ゆるりと黒ワインを傾ける。

「ネルソンさんねー。隙無いよね、あの人」

ぱくぱく、と料理を口に運ぶシェーミイ。鶏皮と白菜炒めを、一人で平らげるつもりだ。

「だから、一人で食うな」

皿を取り上げ、箸を付ける……うん美味い。シンプルな味付けだ。塩と油だけの味付けだろう。

上品な味付けだが、けして物足りない事は無い味付け──「また頼めばいいじゃないのー」

シェーミイの苦情は無視する。うむ、美味い。

 

料理の取り合いをするシェーミイとクレイドルを見て、カリエラの心は安らいでいた──

 

 

明くる日、冒険者ギルド内の喫茶室。レンディア達はその一角に集まっている。

端に座るのは、クレイドルが煙管の香りを気にしての事だ。最も、それは要らぬ気遣いなのだが……。

 

「今回の報酬の確認のため、ダルガンさんが御領主の元に出向いたそうよ。午後には、参加した冒険者達の報酬が決まると思うわ」

甘めの香草茶を啜るレンディア。

「こういう時に、ケチる様な御領主じゃないと思うぞ。グランドヒルの王もな」

グランさんが、砂糖菓子を摘まむ。

 

治める領内で何が起きたかを知るのは、王の責務。対処するのもだ──忘れがちだが、城塞都市は通称。公式には、城塞王都グランドヒル──帝国の一都市だ。

 

「私達もそうだけど、今回の特殊依頼。充分にギルドに貢献したと、見なされると思うわよ」

ぱり、と焼き菓子を含むレンディア。

「ふむ。俺達はともかく、クレイドルのランクには関わるだろうな……あの暴走も含めてな」

ちらり、と俺を見て、茶を啜るグランさん。うん、まあ、それとしてだ……。

「これから、俺のランク上げのために、どういう依頼をこなせばいいのかね?」

砂糖の炒り豆、美味い。苦めの茶と合う。

「そうねえ。依頼しだいよ……それか、ダンジョンの踏破をして、(ぬし)の討伐証明を持ち込むという手もあるけどね」

「主を討伐、つまりダンジョン踏破の証明になるからな」

レンディアとグランさんがいう。以前、ジャンさん達と倒した、巨大ヤシガニに赤闇の凶殻。それと、青葉の庭での鋼の四つ鎌が、主に相等するか……。

 

「城塞都市近くのダンジョンはー、何があったっけ?」

「俺が、ジャンさん達に連れていってもらったのは、静寂の祠と青葉の庭だな」

果実水を啜るシェーミイに答える。

「という事は、対アンデッドは経験済みか?」

ぱりり、と焼き菓子を口にするグランさん。

「はい。武装スケルトンに、霊体も相手にしました」

煙管に葉を詰め、生活魔法で火をつける──

「切りのいいとこで引き返したから、踏破まではしなかったですけどね」

ふう、と煙を吹く。炎渦車(えんかしゃ)だったか……あれは、気持ち悪かったな。鋼の四つ鎌もなあ……。

 

 

「ふん。中々に経験してるわよね。その二つ以外のダンジョンとなったら……近場では、石壁の砦何だけど──」

「ああ、そこも経験済みだ。マーカスさんも一緒でな、“精妙剣”を見せてもらったよ」

レンディア達に、石壁の砦での事を説明した。

「ふーん……まあ、何か依頼を見て、決めましょうか。正直、ランク上げをそんなに焦る必要は無いわよ」

温くなった茶を、一息に飲み干すレンディア。

「グラン、シェーミイ、依頼を確認してきて」

二人は茶と果実水を飲み干すと、早速、依頼掲示板に向かっていった。

俺も行こうとしたが、止められた。何でも──

「受付嬢三人組が、邪魔するわよ」

むう……解せぬ、とは言えないのが痛いとこ何だよな……邪神め!!

「ま、焦らない事よ。マーカスさん、注文お願いします!」

「おう。ちっと待ちな!」

レンディアがマーカスさんを呼ぶ。のしのしと、エプロン姿のマーカスさんが向かって来た。

この威圧感……何ぞ!?

 

グランさんとシェーミイが戻って来た。開口一番──「珍しい依頼があった。トロル討伐だ」

グランさんがいう。トロル? 確か──異世界知識発動──巨人族の末裔。ある程度の知性はあるが、理知的とは言えない。簡単な武器を扱い、獲物を解体し、火を通して食す程度の知恵はある。

貴重品、ガラクタ、関係無く、興味を持ったものを溜め込む癖がある。巨体に見合った腕力は、けして油断出来ない──ううん? 意外とまともな異世界知識だな……油断しないがな!

 

「場所は城塞都市の南東。マルパソの村。麦が名産の土地。これは領主からの依頼だ」

「なるべく、早めに受けて欲しいとの事だったよー。報酬は、金貨三十枚。トロルの溜め込んだ物は、好きにしていいとの事だよ」

トロル退治、か……反対する理由はないな。よし──「受けよう。いい経験になる」

はっきりと言う。トロルか、さて……。

 

「まあ。正直言うと、私達もトロル退治なんて初めてなのよ。知識としては知っているけどね」

運ばれて来た、茶を啜りながらレンディアがいう。

「よし、受けるか。早速、受注してくる」

グランさんが、受付に向かって行く。

「んふふー。トロル退治ねえ。領主様に、借りが作れるかもねー」

シェーミイが楽しそうにいう。お気楽に見えるが、色々考えているんだよな、シェーミイは。

 

 

「おう。色々考えすぎるな、クレイドル」

注文の品を持ってきたマーカスさんに声を掛けられた。茶と菓子をテーブルに並べるマーカスさん。丁寧な仕草だ。

「お嬢の様に、堂々としていればいいんだよ。なあ?」

レンディアは、ただ微笑んでいる。



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第73話 トロル討伐 そして予想外の縁

 

 

 

城塞都市の南東。マルパソの村。麦の名産地。 質のいい麦は各地に輸出され、帝国領内の三~四割を占めるという。収穫の時期になるとその周辺は、色付く麦穂が黄金に見える事から、“黄金街道”の名で親しまれている。

 

「おう、おめえらが受けてくれるか」

依頼受注の報告を、ダルガンさんにした。ここじゃなんだからと、ギルドマスター室に案内される……じりじりと、にじり寄ろうとしているリネエラさんの姿を横目に、さっさとダルガンさんのあとを追う。

──うちの仲間に、色目使うくらい暇なの?付き合いは、私達の方が長いんだけど? え? 個人的な感情で、冒険者の相手してるの? それ御法度じゃないんですか?──「ふふふ」「うふふ」

 

背後からリネエラさんとレンディアの、皮肉の応酬が聞こえてきたが、無視する。

「先に行ってましょーよ」

「レンディアに任せておこう」

先行するシェーミイ。グランさんに背を軽く押された。

 

「おう、座ってな。茶の用意するからよ」

少し堅めのソファ。これ、結構落ち着くんだよな。ふわふわのソファとは違った良さがある。

「トロル討伐依頼は、名義としては領主のウォーキンス子爵だが、実際の依頼者はその息子、ウォルキース卿だ。二十歳そこそこだが、なかなかに優秀だぞ」

ウォーキンス子爵は帝都に居るため、領内の政務は、息子のウォルキースが全権を持っているそうだ。村の意向を受け、トロル討伐の依頼を出したという……「衛兵は、動かさなかったんですか?」

「ああ、それな。衛兵は守備のために配置。討伐は冒険者の仕事、だと割り切っているそうだ。最も、依頼を受けてもらえなければ、陣頭指揮を取って、討伐に向かうと言ってたな」

カップをテーブルに並べるダルガンさん。

「随分、勇ましい人ですね」

カップを手に取り、啜る……美味い。やや温めの茶の香りが口の中に広がる。

「あそこは代々、武門の家系だからな。基本、血気盛んなんだよ」

 

領内の村、マルパソ。その近くの森にいつの間にか、トロルが住み着いていたのが確認されたのが二、三日前だという。

「村からの報告を受けたウォルキース卿が、直ぐに衛兵に村を守らせてな、そしてギルドに依頼を出したって訳だ」

静かに茶を啜るダルガンさん。

 

「あー、もう。疲れたわよ」

うんざりした様子のレンディアが部屋に入ってきた。苦笑する、グランさんとシェーミイ。

まあ、何があったか想像が付く……。

「リネエラどもに、絡まれたか。すまねえな」

ダルガンさんが、カップをレンディアに差し出す。ふう、とレンディアがカップを受け取る。

 

レンディアが来たことで、正式に依頼受注が成った。村との往復、約一日半。明日でるとして三日はかからないだろうな……。

「カリエラさんには、私が伝えておくわよ。余裕を持って日程を組んでいると思うから、多少時間を取っても、認めてくれるわよ」

美味しそうに茶を啜るレンディア。

「そうだ。ダルガンさん、トロル退治の経験あります?」

異世界知識を信用しない訳じゃないが、経験者の話を聞いてみたいのだ……。

「あるぜ、四回ほどだったかなあ。マーカスと他の連中で組んでな。ラーディスがいた時、あいつが止めで頭吹っ飛ばして、討伐証明バラバラにしたときゃ、面倒だったなあ」

茶を啜りながら、懐かしそうにいうダルガンさん。現役の時に、ラーディスさんと組んだ事があったのか……。

 

「ふうん、ダルガンさん、兄上と組んだ事あったんだ」

何気無い感じで、レンディアが言った……兄上?

「引退前は、よく組んだな。キメラ討伐、ドレイク討伐、古代遺跡の調査隊の護衛。ハイオーガ率いるオーガとオークの軍団とも、やり合ったなあ。あんときゃ、騎士団との合同だったな」

「兄上、自分からはあまり、冒険者活動の話しないからね」

 

え、レンディア。ラーディスさんの妹? マジか……。

「養女なのよ。私の名は、正式にはレンディア・グレイオウル。グレイオウル伯の次女ね」

「何だ? まだ言ってなかったのかよ」

茶を入れ換えながら、ダルガンさんがいう。

「隠すつもりはなかったのよ。変に畏まれても嫌だし」

通りで、妙な気品を感じてたんだよな。ラーディスさんの妹かあ。お嬢って、お嬢さまって事だったのか……。

「私達の時も、突然言われて驚いたのよー」

「しかも、グレイオウル領で聞かされてな。焦ったぞ」

あっはっは、と笑うシェーミイとグランさん。

 

トロル退治のコツを、ダルガンさんから教わる。

「デカさは大体、三メートルちょい、てとこか。周囲を囲むんだ。正面一ヶ所にまとまるのはダメだ。一気に蹴散らされるからな。的を絞らせない事だ。それと、意外に小回りが利くから、取り囲んだまま、動き続けろ」

茶を呷るダルガンさん。

「あとな、馬鹿力の割にスタミナが無い。周囲を囲むのは、スタミナを削る事に繋がるんだ──へたばったのを確認したら、一気に殺せ」

 

なるほどな。経験者語る、か。いや、ためになった……というか異世界知識、基本的な事しか教えてくれなかったな……何ぞ!?

 

ギルドから出ると昼過ぎだ。腹が、減った……。

「出発は、明日朝にしましょうか。朝食後、一休みして出発ね」

「ああ、構わない……昼を食いそびれたな」

「いいよー。それより、お腹空いたー、何か食べに行こうよー」

グランさんとシェーミイ。そうねえと、レンディア。

「煮鍋亭に行こう。煮物と、鍋が食べたい」

鍋は鶏か豚か。野菜たっぷりの鍋。煮物もいいんだよな……。

「ああ、いいわね。そろそろ冷えて来たし、よし……煮鍋亭にしましょうよ」

リーダーの決断だ。決定だな、煮鍋亭だ。

 

鍋は、鶏か豚かでシェーミイと軽くもめたが、両方取れば良いだろうと、グランさんの意見に従った。

その他に、鶏の白菜煮。葱たっぷりの豚角煮。

大根の煮付け──野菜の煮物が美味いんだよな煮鍋亭は。

 

鍋、煮物をたっぷりと堪能し、そして酒も楽しんだ──「ここまでにしときましょ。明日、朝食後に一休み。そのあとに、マルパソに向かいましょうよ」

煮鍋亭から出た頃には、すでに夕刻。

「明日まで、のんびりしましょうか」

レンディアの声。腹がふくれたシェーミイが、大きく欠伸をする。

「宿に戻ろう。一っ風呂浴びたい。浄化だけでは、物足りないからな」

グランさんがいう。上宿の浴室は華美でもなく、なかなかに凝った造りだったな……。

「いいですね。ゆったりと湯船に浸かる気持ち良さは、浄化とは違う……グランさん、行きましょう」

「お、おう……行く、か。うん」

ぎこちなく答えるグランさん。何ぞ?

 

 



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第74話 マルパソの村 トロルの洞窟

 

 

 

翌朝、食事後の休憩中。カリエラさんに、トロル討伐のため、マルパソ村に行くと報告。

「マルパソ? 久し振りに聞くわね……私もついていっていいかしら?」

一口大の、クリームの乗ったケーキを手に持ったカリエラさんが言った。

「いいといえば、いいのだけど……何か、用でもあるの?」

ティーカップを置く、レンディア。

「あそこね、私が店を構える前、メルデオ商会で見習いだった頃に、よく日用品や雑貨を卸しに行ってたのよ」

「なるほどねー、マルパソ村ってどんなとこ?」

シェーミイが果実水を啜る。

「人口、二千三百くらいだったかな。まあ、中規模の村ね。聞いてると思うけど、良質の麦が名産よ。あと、胡麻油の生産もしているわね。近くの森からは、質のいい薬草も採取されるらしいわ」

なるほどな、生産系の村なのか。

「なかなか賑わいのある村よ。場所的に、行商人や旅人が、行き交うのよ」

俺達のカップに、茶を注いでくれる、カリエラさん。シェーミイが、果実水の追加を頼んでいた。

「カリエラさんは、領主のウォーキンス子爵には会った事はあるのか?」

「ええ、二、三度ね。四十後半の、武人肌の人よ。ご子息のウォルキース卿にも挨拶した事あるわ。御父上に似た、武人気質の人ね」

グランさんに、カリエラさんが答える。

 

茶を飲み終え、宿から出る。支配人のカーディスさんに挨拶をする、カリエラさん。

「いってらっしゃいませ。どうか、お気を付けて」

頭を下げる、カーディスさん。カリエラさんにというより、レンディアに向けた感じだ……。

 

場所乗り場に向かうと、ネルソンさんが他の御者と談笑していた。こちらに気付くと、会釈をする。

「御免なさい、遅くなったわね」

「いいえ、構いません。今から向かうと、昼過ぎには着きますよ」

ん……早くないか? 何となく、そう思った。

俺の考えが伝わったのか、馬の首筋を撫でながら、ネルソンさんが言う。

「こいつらはタフでしてね。一昼夜駆けてもくたびれ無いんですよ。その気になれば、オークやコボルト程度、踏み潰して進みますよ」

 

何気に怖い事いうな。つまり、人を踏み殺せるって事だよな……さすが元軍馬。

俺のマントのフードを、はむはむと噛む馬達を、ネルソンさんが丁寧に引き離す。

 

 

マルパソ村まで向かう。結構、揺れないんだよな。馬車もいいんだろうが、ネルソンさんの手綱さばきも巧いのだろうな。

六人乗りの馬車内は、だいぶに余裕がある。グランさんが、御者をしているネルソンさんの隣に出ているからだ。警戒を兼ね、馬車の手綱さばきを勉強したいそうだ。

 

馬車の揺れに眠気を感じたのか、シェーミイは早々に寝入っている……自由だな。

「次いでに、胡麻油を仕入れるつもりよ。あと、あれば薬草もね」

グッ、と拳を握るカリエラさん。商魂逞しいな……さすがだ。

 

 

馬の休憩を兼ね、一休み。軽食を取る事になった。乾燥豆と野菜のスープに炙り干し肉に、ビスケット──文句の無い野営食。

生活魔法で出した水を桶に満たすと、がぶりと飲み始める軍馬二頭。

というか、俺が飲み水担当になってるな……まあ、いいけど。生活魔法の訓練になるからな。

「商会長、そろそろ」

ネルソンさんの合図。カリエラさんが、俺達に出発を告げる。

 

 

マルパソ村が見えてきた。ネルソンさんのいった通りだ。今だ時間は明るい。

村の前に待機している衛兵達に、レンディアがギルドの依頼書を見せる。

「お、トロル討伐かい。待ってたよ」

依頼書を確認し、レンディアに返す衛兵。

「村長のとこに案内したいんだが……いいかい?」

「ん。いいわよ。シェーミイ、宿を取って。男女別に、男三に女三よ」

「はいはーい」

レンディアの指示に、素早く宿に向かっていくシェーミイ……旅慣れているものだな……。

 

 

マルパソ村、村長ウィルギア。柔和な顔付きをした、六十代の老人。長年の野良仕事で鍛え上げられた体格は、がっしりとした頑健さに満ちている。褐色の肌には皺少なく、若く見える。

 

「お待ちしておりました。村長のウィルギアと申します」

テーブルを挟んでウィルギアさんと向かい合う。簡素なテーブルの上には、人数分のお茶。

ティーカップではなく、茶碗というのが渋い。

「お口に合いますか。まず、どうぞ」

「いただきます」

上品に茶碗を取り、ゆっくりと啜るレンディア。それに習い、俺達も茶碗に口をつける。

仄かな酸味。それが過ぎれば──柔らかな甘味が広がっていく──

「美味い」

それしか言えない。美味い、と。

「ありがとうございます。村で育てている薬草茶なんですよ」

嬉しそうにいうウィルギアさん。

 

 

「監視している衛兵がいうには、今のところ、トロルが森から出てくる気配は無いらしいのですが……」

「森が荒らされていますー?」

シェーミイの質問に、ウィルギアさんが渋い顔で頷く。

「はい。森の恵みが減りつつあります。獲物も獲りにくくなり、山菜や薬草等も同然です」

「獲物が減ったなら、村にも来るわね。牧畜やってなくて良かったわよ」

カリエラさんが、手土産に持って来たレーズンケーキを摘まむレンディア。

今、この場にカリエラさんはいない。ウィルギアさんに挨拶したあと、胡麻油と薬草を買い入れるべく、鼻息荒く出ていった。

 

「討伐は、明日早朝にするわよ。監視している衛兵さんに、トロルのねぐらに案内して欲しいんですけど」

「はい、話は通して置きます。それと、大したおもてなしはできませんが、夕食を差し上げたいのですが……どうでしょう?」

ウィルギアさんが、レンディアに尋ねる。

「ええ、ご馳走になります」

嬉しそうに微笑む、ウィルギアさん。

 

夕食は鍋。山菜、茸、鳥肉──森の恵み鍋だ。

くつくつと沸く鍋を囲んでいる。具を取り分けてくれるのは、ウィルギアさんの奥さんの、ケイナさんだ。

歳はウィルギアさんと同年代。ウィルギアさんと同じく、野良仕事で鍛えた、引き締まった体格に褐色の肌。

ウィルギアさんの様に、柔和な顔立ち。

「あらー。今、孫が居なくて良かったわー」

まじまじと、俺の顔を見るケイナさん。

あっはっは、と笑うウィルギアさん……何ぞ!?

 

野趣溢れる鍋は、旨かった。森の滋養たっぷりの味は、こういう時じゃないと味わえないだろうなあ……。

 

「当初は、若様。ウォルキース様が衛兵を率いて、トロル討伐に向かうとおっしゃったのですが、皆で止めたのです。万一の事があれば、帝都詰めの父上に申し訳が立たないと」

ウィルギアさんが、苦笑いでいう。

食事を終え、酒の時間だ。ケイナさんも側にいる。

「ウォルキース卿は、どういう人となり何ですか?」

グランさんが杯を干すと同時に、杯にシェーミイが酒を注ぐ。

「そう、ですね……真っ直ぐなお人ですかね。トロルが出たと聞いた時には、衛兵を率いて討伐すると息巻いて、なだめるのが大変でしたよ」

父上が留守の間は、自分が全権を受け持っている。何かあれば、直ぐ私に直訴するように──と領内に宣言したそうだ。

 

直情型かな? 悪く言えば単純。良く言えば……何だろうか?

「まあ。機会があれば、ウォルキース卿に挨拶できるかもね」

レンディアが、薬草茶を啜る。

 

夕食を終え宿に戻る。明日早朝に、監視役の衛兵と合流。トロルのねぐらを確認後、強襲と作戦が決まった。

 

 

朝食は、皆で取った。山菜中心のメニューはなかなか、爽やかな味わいだった。この村では、朝は山菜料理が基本だそうだ。

朝食後は監視役の衛兵と合流し、トロルのねぐらを確認しに行く事が決まっている。

 

「準備が済んだら、ウィルギアさんの家の前に集合よ」

さて、武器は──バトルアクスに、するか。

「クレイドル、私は護り中心に立ち回る。攻撃役は、君とレンディアに任せたい。レンディア、どうだ?」

「ええ、そうしましょう。シェーミイは、牽制と攪乱よ」

「はいはーい。りょーかい」

 

おお……皆、気合い入ってるな。

 

 

「みんな、気を付けてね。戦利品を楽しみにしてるわ!」

「お気を付けて……御武運を」

グッ、と拳を握るカリエラさんに、静かに頭を下げるネルソンさん。

二人に見送られ、ウィルギア村長の家に向かう。

 

ウィルギアさんの家の前。ウィルギアさんと衛兵がいた。

挨拶もそこそこに、レンディアがいう。

「早速だけれど、案内お願いよ」

結構、若い衛兵さんだな。歳は、俺のちょっと下? いや、俺いくつだっけか……一七、八だっけか?

「は、はい! では早速、向かい、ましょう!」

レンディアを見た衛兵さんが、顔を赤くする。次いで、俺を見て、ビクッ、と身をすくませた……何ぞ?

 

衛兵さんを先頭に、森を進む。グランさん、俺、レンディアの順。シェーミイは後方で警戒担当。

「この村、出身なのか?」

グランさんが、衛兵さんに話しかける。緊張を解すためだな。

「え、は、はい。親父が猟師でして、子供の頃からよく連れられて、手伝いをしました」

「通りで、慣れた感じしたわよ。まだ遠い?」

「もう少し、ですね。柵代わりなのか、倒木で囲いを作っているのですが、大したものではありません」

多分、縄張りのつもり何だろうな。少々の知恵は回るみたいだからな──

 

「倒木が見えて来ました。トロルのねぐらは、倒木を越えて、すぐです」

唇を舐める衛兵さん。緊張してるな……。

「分かったわ。一つお願い何だけど」

「は、はい!」

「私達がトロル退治するまで、待機してて貰えると嬉しいのだけれど」

「はい! 了解しました!」

 

ちょっと声大きいな。気付かれてなきゃいいが……。

 

衛兵さんは、倒木前で待機。俺達は倒木を乗り越え、少し進む──すぐに見えてきた。

洞窟。その前は、ちょっとした広場になっている。その中央には、大きな焚き火跡。

広場の端には、獲物の骨が積み重ねられている。

 

いつの間にか、戻って来たシェーミイが鼻を、スンスンと鳴らす。

「血生臭いなー。雑な解体すると、こんな匂いが残るんだよー」

顔をしかめるシェーミイ。

「どうやって引きずり出す? 洞窟内での立ち回りは無理だろう」

「まあ、任せて。風で引っ掻き回してみるから」

グランさんに答え、剣を抜くレンディア。

チイィン──いつもの澄んだ音色──

 

さあ、トロル。どんなもんだろうな……。



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第75話 トロルに対しては 馬鹿デカイ黒山羊を当てるべし



四匹の黒山羊は、ほら穴のトロルをバラバラに砕きました──いかづちの音鳴らす、たけき黒山羊。

獣神王国の、ものがたり──


 

 

 

洞窟入口前に立つレンディア──ピュウッヒュウッ、ピピュウッ──刃の風切り音。

やがて、風切り音が形を取り始める……。

渦巻く風が竜巻となり──

 

逆巻く烈風 進み散らし 撒き散らし 蹴散らし──進め

 

レンディアの、淡々とした詠唱が終わった瞬間──ゴオゥオォッッ──獣の咆哮じみた音と同時に、いつの間にか巨大化した竜巻が、砂や小石。枝葉を蹴散らし、洞窟内に飛び込んで行った。

あれだけの豪風にも、レンディアの髪もケープコートも、全く揺らいでなかった……。

 

「さて。待ちましょうよ」

レンディアが、干し果物を口にする。

ふんふふーん。シェーミイが鼻歌を歌いながら、いつでも放てる様に、二本矢をつがえる。

「どんな大物が来るやら」

グランさんが、ブロードソードを引き抜き、盾を一度叩いた。

 

──ずしん──

 

地響き、一つ。どこから? 言わずと知れた事だ──ぶおぉぁああっ!!

 

飛び出して来た巨体。腹の突き出た、いかにも頑丈で馬鹿力っぽい体付きだ。

ここに馬鹿デカイ黒山羊さんがいたら、一撃で粉砕されるんだろうがな。生憎ここにいるのは、冒険者だ。

ああ、そういえば。帝国の旗印は王冠を戴いた、大きな角を持った黒山羊の頭部だっけか……黒山羊に代わって、バラバラにするかあ!!

 

三メートルちょい、だっけか? 確かにデカイな。腰布一つだけではなく、仕止めた獲物の毛皮を身に纏っている。手には、粗削りの棍棒。

「グラン、中央。クレイドルと私は、左右。シェーミイ、牽制と攪乱ね」

手早い指示。応、と答える──「お先に」

バトルアクスを肩担ぎに走る。狙うは脛。

バトルアクスの刃の部分ではなく、その反対側。ピック状になっている打撃部分で、まずは一撃──ガンガン、とグランさんが盾を叩いた。

俺から、気を逸らせるためだろうな……有り難い──脛目掛け、一撃を思いきり振り抜く。

確かな手応え。トロルが前のめりになる──ヒヒュッ、矢音。トロルの胸元に二本の矢が突き立っていた。

ぶおぅぅう、とトロルが矢を振り払う。効いてないな、あれ──とはいえ、充分な隙が出来てるぜトロルさんよ……前のめりになった、トロルの頭部を叩く。これで止めにはならないだろうな。

なにしろ、タフだろうから──それでも、トロルがグラリと身を傾かせる。

ピュイィィン──レンディアの剣が、鳴る。

トロルの体が、風の刃で裂かれる。ダメージ目的ではない。スタミナを削ぐための攻撃──ダルガンさんの教え。周囲を囲み、的を散らせる。

 

グランさん、レンディア、俺。三方を囲んでいる。シェーミイは後方で、牽制の用意をしているだろう──ぶおおぉぉう! トロルが叫ぶ。

周囲をうろちょろする俺達が、目障り何だろうな。叫び声に苛立ちが混じっている。

ガアァン、とグランさんが盾を叩く。

「おい、こっちだ! 来いデカブツ!」

ガンガン、と盾を叩き続けるグランさん。

トロルが、棍棒を振り上げる。グランさんは、トロルを正面に見据え、腰を落とすと、カイトシールドをどっしりと構える──(父君よ盟友を護らせたまえ)──降り下ろされた棍棒を、正面から受け止めるグランさん。打撃音が鈍く響いた。

あれを受け止めるか……グランさんの体が、仄かに黒く輝いている。

暗黒神の加護か? グランさんが受け止めている今の状況、チャンスだな──ヒュッピイィン。

弓鳴り。棍棒を持つトロルの手首に、矢が二つ突き立っていた。

棍棒を取り落とす、トロル。その足首目掛け、思いきり、バトルアクスを薙ぎ払う。

刃の部分を、思いきり──ゴツン、鈍い手応えが伝わる。

足首を切断した──黒い血が跳ね散る。

たまらず、横倒しになるトロル。そりゃあ、片足首無くしたらなあ。まだ、終わらないぞ……バラバラになってないからな。

 

横倒しになるトロルに、氷の礫が降り注ぐ。レンディアの術だ……。

たちまち、トロルの上半身が凍てつき始める……今だな──「おおあぁぁっ!!」

凍てついた頭部に、思いきりバトルアクスを叩き降ろす。

ゴシャリ、と感触──トロルは、もう動かない。

 

 

「凄え……」

口に出ていた。冒険者何てものを、初めて間近に見た。遠巻きに見たトロルは、やはり衛兵で討伐するべきでは、と思っていたのだが……冒険者達は、あの巨体に怯む事無く、突き進んで行った。

十人編制で、一丸となって討伐すべし! と若君、ウォルキース卿が激励した時は、隊長と村長が、必死で止めた。

万一の事が合ったら、帝都詰めのウォーキンス子爵に申し訳立たないと止めたのだ──

 

レンディアさんを、初めて見た瞬間、驚いた。エルフは初めてだったから。聞いていた通りのエルフの美貌。

見惚れそうになったが──その隣にいた冒険者の顔を直視してしまった……あれは──輝くような金髪。整った、目鼻立ちに薄紅色の唇。

これはヤバイ。特に唇は、直視しては駄目なやつだ──

 

洞窟内から引きずり出したトロルを、囲むレンディアさん達。そこからの立ち回りは、凄いものだった。

周囲を囲み、トロルを翻弄しながらの戦い。それぞれが、自分の役割を充分に知っている、立ち回り──勉強になる。冒険者は荒くれ連中。そう聞いていたが、あの立ち回りを見る限り、とてもそうは見えない。

 

トロルの一撃を、真正面から受け止める黒騎士。

目にも止まらぬ速射で、トロルの手首を撃ち抜く猫族。

その直後、バトルアクスの一振りでトロルの足首を切断する、黒鷲の兜。

倒れたトロルに降り注ぐ、大量の氷の塊──レンディアさんの魔術──

横倒しになったトロルの体が、直ぐに凍りついていく──「おおあぁぁっ!!」黒鷲の兜、クレイドルさんが、凍り付いたトロルの頭部に、バトルアクスを叩き付けた──トロルの頭部が弾け散る。トロルは、もう動かない……。

 

マルパソ村出身の衛兵の名、アルドア。後に、衛兵仲間から、冒険者達のトロル退治の事を聞かれると、まず最初に話すのが──「エルフの美貌は、話には聞いてたけどな。それよりも──」

黒鷲の兜、クレイドルの容姿がいかに妖艶だったかと、言葉足らずにも話始めるのが、常となっていた。

 

 

頭部を粉砕されたトロルの死骸──「ええと、討伐証明は、歯か爪よね……まず、歯を集めましょうか。クレイドルと私でやるわ。爪は……うん、両手首を切り落としましょう。グラン、お願いね。魔石の回収は、最後にやりましょう。私とクレイドルでやるわ……シェーミイは、周囲の警戒お願いよ」

矢継ぎ早に指示を出すレンディア。グランが頷き、はいはーいとシェーミイが答える。

 

 

弾け散った頭部。討伐証明は、歯が基本──俺が頭部を叩き潰したせいで、歯が散々になったという──ごめんなさい、だ。

歯をいくつかと、両手首を回収。魔石は、土属性。トロル退治の証明は、これで終了──見届け人の衛兵さんもいる。村長に報告で、ひとまず終了だな。

一刻も早く、村長のウィルギアさんを安心させるために、レンディアが衛兵さんにトロル退治の報告を頼んだ。

 

 

「さてと、ねぐらを調べるとしましょうか。掘り出し物が、あるかもしれないしね」

レンディアがいう。そうか、トロルは興味があるものは、何でも溜め込む癖があるんだったな……。

 

 

洞窟に入る前、“闇明け”という、周囲から闇を払う術を、グランさんが使った。

暗がりが消え、普通に周りが目視出来る様になった。明るさとは違うんだな……。

洞窟内部は、それほど深くない。少し降りるくらいで、奥まで到達……獣臭いので、浄化を連続使用した。

奥はなかなかに広く、トロルが狩った獲物の皮が敷き詰められていて、寝床になっていた……こういう知恵はあるんだな。ここでも浄化を使用したが……ちょっと、神経質か?

 

「ガラクタばっかりと、思ったけど……こんなのどっから、見つけてきたんだろーねー」

寝床の端を探っていたシェーミイが、いう。

「何よ? 珍しい物でもあった?」

レンディアに、シェーミイが短剣を差し出す。

短剣というには、少し短く。短刀ほど短くはない。中途半端な長さの剣だ。レンディアが白い鞘から抜く──艶のある黒い刀身。

「これは、黒銀製だ。実用的な物では無い」

レンディアから剣を受け取った、グランさんがいう。確か、黒銀は他の鉱石と合わせる事で強度が大きく上がるんだっけか……逆にいえば、黒銀のみでは、グランさんのいった通り、実用に耐えられない脆さがあるそうだ。

 

「装飾用か、贈答品としてこういうのが作られる事があるんだが……これ、家紋だな」

グランさんが鞘を見る。金色の円の真ん中に、白い角笛の紋章。

「レンディア、この紋章に見覚えは?」

「う~ん。金円に角笛の紋章ねえ……父上と付き合いのある家の家紋は、大概知っているけど。これは知らないわよ」

「取り合えず回収して、村長さんに確認してもらおーよ」

 

この剣以外には、ガラクタばかり。さっさと撤収する事となった。






ぐわらぐわら、どどん、と感想あれば……。

Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第76話 改めて討伐報告 そして新たな縁

 

 

村に早く戻れそうだ。“碧水の翼(へきすいのつばさ)”は、相手が大物だと速攻戦に入るのは、ジャンさん達に似ているな──連携の取り方も、何となく似ている。作戦は速決で決まり、素早い行動。

ランク上げ、頑張らなければ……。

 

森を抜けると、村が見えてきた。何となく賑わっている雰囲気だ──村長が出迎えに来てくれているのだが……。

「ん? 村長の隣にいる、武装した人……もしかして?」

先頭を行く、シェーミイがいう。武装した人? どこか衛兵っぽくないが……。

「ウォルキース卿、なのか?」

訝しげにいうグランさん。領民思いの、熱血漢というイメージが付いているんだよな……ウォルキース卿には。

 

そのまま家に迎え入れられ、改めての討伐報告をする。

「これが、討伐証明の歯と爪です」

レンディアが、村長にトロルの部位証明を見せる。間近に見ると、なかなかでかいんだよな。重さも結構ある。

 

「おお……これが。しかし皆様方、怪我も無いようで何よりです」

ウィルギアさんが、優しく微笑む。

「むう。これが、トロルの……」

鎧を着込んだ偉丈夫が、まじまじとトロルの歯と爪を見つめている。

この人が、ウォルキース卿か。グランさんとはまた違ったタイプの、武人肌の人だな。

確か、歳は二十歳少しだっけか。武骨な雰囲気を持つ人だ。濃い金髪。逞しい顎に、なかなか立派なモミアゲ。ハンサムってやつだ……ハンサムにモミアゲは付き物だからな。

 

「君達がウォーキンス子爵。父上の領内の問題を解決してくれたのか……感謝する」

ウォルキース卿が頭を下げようとするのを、レンディアが止める。

「あ~、貴族がこういう場で頭を下げるのは、駄目よ」

「む、君は……?」

「私は、レンディア・グレイオウル。ロウディス伯の次女なのよ。初めまして、ウォルキース・ハウルメイス卿」

目を見開く、ウォルキース卿。村長も驚いている。

 

レンディアの父上のロウディス伯は、ウォーキンス子爵の、兄貴分に当たるという。領内経営を互いに補佐する関係──この立場は、かなり大きい意味を持つ。

互いの、後見人にも似た関係性になるのだ。どちらかに、不祥事有れば、即座に連座──そういう関係性。

“兄弟分。血よりも濃し”と言われる、帝国独特の貴族同士の繋がりだ。

 

「ロウディス伯と言えば暁の四伯……」

「あっあ~、駄目よ。それ以上は」

何か言いかけたウォルキース卿に、レンディアが口止めをする。貴族同士の、なにか何だろうな。

「む、済まない……それより、この村を守ってくれた事には、感謝したい。謝礼は──」

「それは必要ないわよ。ギルドから報酬出るから」

レンディアと、ウォルキース卿とのやり取りに、俺達は口を挟まない。貴族同士の交流だろうしな。

 

「ならば、私が出来る事は……村長、何かあるだろうか?」

「そうですな……レンディア様達を、御屋敷に招待なさってはいかがでしょう?」

村長が何気に、面倒そうな事を言った。悪気は無いんだろうが……。

 

依頼主のウォルキース卿と、村長ウィルギアさんに討伐依頼書にサインを貰う。これにて依頼完了──

「少し早いですが、お昼にしませんか?」

ウィルギアさんが、言った。

「ええ、頂きますわ」

にこり、と微笑むレンディア。お嬢様然としてるなあ……。

 

「レンディア嬢達、領を守ってくれた礼を改めてしたい。夕食には来てくれるのだな?」

「ええ、お招きに預かります」

ウォルキース卿に、レンディア嬢が答える。

公式の会食でもないので、畏まった服装や礼儀は無用、との事だったので、夕食に招かれる事になった。

 

次いで、という訳ではないが、カリエラさんとネルソンさんも招待された。

カリエラさんは、ウォルキース卿と商売の伝手が出来る可能性があると、息巻いていた。ネルソンさんは、畏れ多いと、断った……俺も断りたいよ。

 

ウォルキース卿は、夕食の準備を家人に指示するために、屋敷に急ぎ戻って行った。

「慌ただしい事ねえ……」

レンディアがいう。ぎこちなく、村長宅を飛び出して行ったウォルキース卿──何ぞ?

 

取り合えず、宿に戻り着替える。当然、その前に“浄化”だ──誰言うともなく、風呂が面倒だと言い出したので、自分を含めて皆を“浄化”した。

 

村長宅での昼食。村長の奥さん、ケイナさんが給仕をしてくれた。

「たくさんありますから、たっぷり食べて下さいね。酢漬け野菜、なかなかいい出来ですよ」

山菜と鶏肉たっぷりのシチューに、丸パン。酢漬け野菜。シンプルな料理だが、満足の品揃え──うん、美味い。

 

夕刻までの時間は充分ある。昼食後はウィルギアさんの家で、のんびりとお茶の時間──レンディアが、ウィルギアさんにトロルの歯と爪の一部を、贈呈した。

「まあ、何かの見世物になるかもね」

とは、レンディアの言い分。トロル退治の証明は、すでに済んでいる。

残りの歯と爪はギルドに納めればよし、だ──トロル素材は、練金術や魔術の触媒になるという。

「おお……記念に取って置きます」

嬉しそうに、ウィルギアさんがいう。

 

夕食前には、ウォルキース卿が迎えの馬車を寄越すと言っていた。まだ時間はあるな……。

 

「そんちょー、トロル退治の話、ききたーい」

「ききたーい」

ウィルギアさんの家に、子供達が集まって来た……何ぞ?

「トロル討伐の事を、村の連中に少し、話したのですが……」

申し訳なさそうにいうウィルギアさん。暗に、トロル退治の話を子供達に話して欲しい、と思っている風に見える。

なかなか、強かな村長さんだな──善意なんだろうが、正直面倒くさいが……これも縁というやつか。

 

「はいはーい。トロル退治の話、聞きたい人集まってー」

シェーミイが子供達を集める。村長宅の周囲の家々の子供達だろうか。十名と少し。親らしき人も数名いる。

集まった子供達に、手早く干し果物を配るシェーミイ。

「ちゃんと、皆に配ってねー。じゃあ、トロル退治の話、聞きたい人ー」

「「はーい!!」」と、子供達が良い返事をする。子供の扱い慣れているな……。

 

身振り手振りを交え、シェーミイがトロル戦を面白可笑しく、話す。

刺激的な部分は、多少脚色して──結果。面白可笑しく、かつ少々刺激的な内容で話は終わった。

 

村長ウィルギアさんとケイナさんが、礼を言ってきた。トロル退治の顛末は、しばらく語り草になるだろうと……最も、こちらに被害が出なかったからこその物語だ。

 

アルパソの村を見て回る。活気溢れる村だ。人口、二千三百人ほどで中規模か……前世はどうだったろうか?

まあ、ともかく。露店商も出ているし、商人や旅人が行き交っている。

市場の中を衛兵達が巡回しているが、それを見て身構える民達はいない。

つまり、衛兵が威張らず民の中に溶け込んでいるという事だろう……覇王公の威光が、今だ健在という事なのだろうな……。

 

レンディア達と商店街を、あちこち見て回る。

雑貨屋に、食べ物屋の屋台。賑わいは、小規模の街といった感じだ──うん。この賑わいは嫌いじゃない。

 

一回りしたところで、宿に戻る。迎えが来るまで、一休みしとくか……。






お気に入り等、ありがとうございます。
Ψ(`∀´)Ψキキキ


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第77話 ウォーキンス邸での夕食 そして後を引く大きな勘違い

 

 

あ、そうだ。宿に戻る前に──「レンディア、あの短剣。村長に見て貰おう」

 

「この家紋は、ギルラド子爵の家紋ですよ」

ウィルギアさんが、短剣をレンディアに渡す。

ギルラド領──確か、四季の庭園だっけか……スカーフ巻きの商人が、言ってたな──『ギルラド領の四季の庭園。あそこ行かなきゃ勿体無いよ』──と。

 

「白水晶の角笛を、初代が覇王公から拝領した物だそうで、同時に爵位も頂いたそうですな」

ウィルギアさんが、薬草茶を啜りながらいう。

「水晶の角笛から名を取って、姓を“クリスタホーン”としたそうですな」

「水晶の角笛。そんなもの、覇王公はどこから入手したのですかね?」

豆菓子を摘まむ、グランさん。

「冒険者時代に、入手したらしいですな。なかなかの値がついたそうですが、珍しいので取って置いたそうです」

「ふ~ん。そんなもの貰った初代の感動って、一入(ひとしお)だったでしょうねー」

ポリパリと豆菓子を摘まむ、シェーミイ。

 

歴史あるな……初代からだから、どれくれい続いているんだ。帝国成立って、三百年近く前だよな──歴史って重いな……。

 

それから、ウィルギアさんと色々な話をした。

この村の成り立ちから、ウォーキンス子爵の父上の話。やがては薬草園を大きくして、麦、胡麻油に並ぶ、名産品にしたいとの野望を聞かせてくれた……野望に年齢は関係無いのだな。

まあ、奥さんのケイナさんは、苦笑していたが。

 

「ギルラド領か、グレイオウル領の北側。帝都の少し南だったか」

「観光地として有名ね。一年中、観光客が行き交ってるわよ。兄上が言うには、マンドラゴラの生産地として、知る人ぞ知るみたいね」

「あれ、引き抜く時ってーとんでもない悲鳴上げるんでしょー? 下手したら、ショック死しかねないんでしょー」

おっかねえな、何だその植物。魔術、錬金術関連に、役に立つ植物だそうだが。

 

「自然の物は、そうらしいんだけどね。兄上が言うには、人の手で育てられた物は叫ばないそうなのよ。最も、多少は魔力落ちるそうだけど、誤差の範囲だそうよ」

なるほどな。マンドラゴラの種、根、花。魔術師と錬金術師にとっては、素材に良し触媒に良しの物だそうだ──宿に戻り、一休憩といくか。

 

部屋に戻り、しばらくダラダラとする。

ベッドに横たわり、グランさんとネルソンさんと無駄話をする。

グランさんの騎士見習い時代、ネルソンさんの新兵時代の話──酒は無くとも、盛り上がるものだな……グランさんとネルソンさんの話は、兵士あるあるになっていた。

俺は聞き役に、徹する事にする──ここに、酒でもあればなあ……。

 

 

「ウォルキース卿が、迎えの馬車を寄越して来たわよー」

ドンドドン、とドアを叩いてくるシェーミイ──うるせえな……。

グランさんも、眠たそうに目を瞬かせている。

「まあ、せっかくの貴族様のお誘いですから。ごゆっくり」

行く事の無い、ネルソンさんが気楽にいう。

「……留守を頼みます」

せめてもの皮肉だ。ネルソンさんは、静かに微笑んだ。

 

 

女性陣はすでに身支度を整えていた。とはいっても、飾り気はほとんどない。よそ行きの装いといった感じだ──

「さ、行きましょうか」

レンディアが先導し、迎えの馬車の元に向かうと……驚いた。

ウォルキース卿が直々に、御者をしていた。さすがに、レンディアも驚く。

「ウォルキース卿、駄目ですよ。子爵の御嫡男殿が、この様な事は……それに共も連れずに」

「なんの。我が家の初代は、どこの馬の骨とも知れぬ者です。それに、嫡男が、敬意を持って受け入れる方々に対しては、最大限の礼を持って答えねば、家名に傷付こうというものです」

はっはっは、と笑うウォルキース卿。ちょっと芝居がかっているが、豪快な人だ。

 

馬車に先に乗り込み、レンディアとカリエラさんの手を取るグランさん。おおう、紳士だな。

シェーミイは全く気にせず、ぼんやりとしている。俺も紳士じゃないしな──待てよ、グランさんは、馬車の扱いを習っていると聞いた。

ならば、俺も習うにこした事無いかな?

 

御者を勤めるウォルキース卿に、一言頼む。

「自分も、少し御者を知りたいのです。お隣で勉強させて貰いたいのですが……いけませんか?」

「うむ……私は乗馬には自信があるのだが、馬の扱いにも、色々長けているべきと思ってな、御者の見習いをしているのだよ」

「では、お隣で勉強させて貰います」

ひょい、とウォルキース卿の隣に乗り込む。

 

クレイドル君といったか──彼を見て、最初に思ったのは……何故、男装(だんそう)をしているのかと──いや、冒険者には色々と過去があるのだろう……それを聞くのは、粋ではない。

何か、特別な訳でもあるのだろうな……ま、それはそれだ。

今日もてなすのは、グレイオウル伯の次女、レンディア嬢とその仲間だ──そして男装の令嬢、クレイドル君──いやクレイドル嬢か……難しい所だ……客人を楽しみにしている、母上と妹の反応はどうなる事か。

 

濃灰色のマントのフードを降ろし、私の手綱捌きをまじまじと見つめてくる、クレイドル嬢──眩いばかりの金髪に白磁の肌。薄紅色の唇は……ああ、落ち着け。

直視するんじゃあない──真正面を見て、馬車を操るんだ。一、二、一、二、だ……。

 

屋敷が見えてきた。ハウルメイス邸──

真っ先に目に入って来たのは、大開きの頑丈そうな鉄の門。まるで城門だ……門の前で仁王立ちで腕を組んでいる、鎧姿の狼族……油断の無い、引き締まった雰囲気だ。

 

「若。言いたい事はありますが……まずは、御客人の案内が先ですね」

門を開くよう、門の側に控えている衛兵に告げる、狼族の男性。衛兵隊長なのかな? そういえば、控えていた衛兵とは鎧が違うな……。

 

ウォルキース卿がなかなかの手綱捌きを見せ、門をくぐり、屋敷入り口近くに着けた。

「ふむ。クレイドルじ、殿。到着だ」

「……ん? はい、なかなかの手綱捌きでした。いい勉強になりました」

きっちりと、屋敷玄関前に着けたウォルキース卿……というか、クレイドルじ、て何だ?

 

グランさんが、レンディアとカリエラさんの手を取り、馬車から降りるのをエスコートしていた。さすが騎士。あの紳士振りは多少見習った方がいいか?

ちなみに、シェーミイは馬車が停まった瞬間、飛び出した……ほんと猫だな。

 

「ようこそ、いらっしゃいました皆様方。トロル討伐の件、若様から聞いております……まあ、堅苦しい事は、奥様からお聞き下さい」

迎え入れてくれたのは、執事のルドラスさん。堅苦しさはあまり感じず、柔らかい雰囲気の人だな……五十代てとこだろうか。強靭、というイメージが浮かんだ。

「若。御説教の方は、後から、ラジェラ隊長から、ゆっくりと……」

にこり、と笑うルドラスさん。まあ、それはそうとして、と……。

「早速、御案内いたします。どうぞ」

丁寧に会釈し、先導するルドラスさん。

 

まずは、と応接室に通された。茶の準備を侍女さん達にしてもらう。てきぱきとした動き。

無駄なく効率的だが、マニュアル的な冷たさが無いのが、教養というやつなんだろうか……。

侍女さん達が、チラチラと俺に視線を送ってきたのが、気になったが……。

 

茶を飲みながら談笑する。シェーミイは遠慮無く、盆に盛られた茶菓子をぱくぱくと摘まんでいる。

 

「夕食の準備が整いました。どうぞ、食堂に。堅苦しい、貴族の礼は無用ですので。どうか、お気楽に」

ルドラスさんが、俺達を先導してくれる。

先頭を行くは、我らがリーダー、レンディア。貴族の出自だからな、最低限のマナーはわきまえているだろう……。

 

食堂広し……というほどではない。丁度の広さだ。互いの距離感が、遠くも近くも無い……上席には奥方。こちらから見た側、その右側には女性……というより、少女然とした人。娘かな。ウォルキース卿は、見当たらない……何ぞ?

「ええと……息子は、我が家の衛兵隊長に絞られているでしょうから、少し遅れると思いますわ」

奥方がいう。おおう。やはりか……まあ、仕方ない。ただ一人で、共も無く馬車を使って冒険者達を迎えたのだから……。

 

ほどよい大きさのテーブル。正面上座には女性。右側には、少女。左側は空席……多分、ウォルキース卿だろうな……俺達は、テーブルを挟んで向かい側に並んで座っている。

 

「公式の場所では無いですからね。貴族のマナーは、関係有りませんよ」

上座に座る、淑女……ウォーキンス子爵の奥方だろうな……艶のある黒髪を、高く結い上げている、穏やかな顔付きの淑女──清楚な美人、という感じだな。

隣の少女。貴族風というより、凛々しい感じだな……美人顔。ちょっと気になったのが──

 

(グランさん。あの()、剣術やってますかね?)

(分かるか。あと馬術も巧みだろうな)

 

「申し遅れました。私は、ウォーキンス・ハウルメイス子爵の妻、ルーエアと申します」

淑女然とした微笑み。おお、これぞ気品だな。

「……オルミア、と申します。今後とも、よろしく、お願いします」

頭を下げる、オルミアさん。何か赤くなってないか?

「あらあら、いつもと調子違うわね」

手の甲を口元に当て、楽しそうに笑うルーエア夫人。

顔を上げ、キッと母親を睨むオルミアさん。次いでとばかりに、俺を睨むオルミアさん……何ぞ?

 

少し早いですが、とルーエア夫人が食前酒を用意してくれた。

説教受けているウォルキース卿は長引くだろうとの事だ。

衛兵隊長ラジェラさん。執事ルドラスさん……二人の説教は、長いだろうな。

 

食前酒の他に、軽い前菜が追加されて来た……説教、やはり長いか……。

ルーエア夫人と談笑する。話好きなのか、色々と聞かせて貰った。嫁入りの話や、子供が出来た頃の話──等。

 

やがて、疲れた顔のウォルキース卿が、食堂にやって来た。

「あらあら、大分絞られたようね。まあ……ハウルメイス家の嫡男が、共も連れずに単身、馬車を使って出掛けるなんてねえ……」

「母上、もう充分です。これ以上は、もうどうか……」

 

「まあ、いいわ。私と父上の分までの説教は、もう済んだと見なすわ」

くつくつ、と笑うルーエア夫人。

「大分遅れたけど、改めて夕食にしましょう。いい山菜と猪肉が、ありますのよ」

ルーエア夫人が、侍女を呼ぶ。

山菜と猪鍋か。ううむ──貴族の家でも、野趣の趣があるな。

 

食後。ルーエア夫人達との会話は弾んだ。レンディアの冒険者話が中心で、“碧水の翼(へきすいのつばさ)”のあれこれ。

シェーミイの、おもしろ可笑しい身振り手振りの話に、ルーエア夫人達は楽しそうに笑ってい。

いや、さすがだな──シェーミイ。




まあ、評価。感想くれたなら、嬉しいですな。返すかどうかは気紛れですが。
Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第78話 黒銀の短剣始末 城塞都市への帰還

 

 

 

夕食後。酒の時間になった。カリエラさんとルーエア夫人が、商いの話をしている。胡麻油、薬草──それらの話が、微かに聞こえる。

 

「あなた──クレイドルといったわね」

オルミア、さんが話し掛けて来た。

何か……怒っている様な感じだが……何ぞ?

「……どうなさいました?」

極力、丁寧に受け答える──貴族に難癖つけられるのは、面倒だ。いざという時には、レンディアを頼りたい……。

「むむむ……」オルミア嬢は、何かもじもじとしている……。

「クレイドル殿。妹は、年が近い人との交流が少ないのだよ。だから君と仲良くなりたいのだ」

「お、お兄様っ!」

顔を赤らめ、兄のウォルキース卿を睨み、次いで俺を睨むオルミア嬢……理不尽だ。

 

「ああ、そういえば。ウォルキース卿、これに心当たり有りませんか?」

レンディアが例の短剣。ギルラド子爵の、家紋入りの短剣を取り出した。

「うん? これは、ギルラド子爵の家紋だな……ちょっと失礼」

短剣を受け取り、母親の元に行くウォルキース卿。

 

「オルミア嬢、ハウルメイス家ってー、ギルラド子爵と何か関係あるのー」

果実酒を啜る、シェーミイ。何か遠慮無いんだよな。まあ、らしいけどな──

「う、うん……父上と、ギルラド子爵の亡くなった御父上は、同期なの。その関係で、今も交流が続いているのよ」

 

早くに父親を亡くしたギルラド子爵に、ウォーキンス卿が、何くれと無く、面倒を見たそうだ。

ちなみに、そのギルラド子爵。十三の歳で、亡き父親が残した、ドワーフの名匠が鍛え上げた剣で、オーガの首を跳ね飛ばしたそうだ──当時はかなり話題になったらしい。

 

「あの短剣。ギルラド子爵が、友好の証しとして、ウォーキンス子爵に贈った物だと思うわよ」

家紋入りの品を贈るのは、親愛の証しだという。それが、何故トロルの縄張りにあったのか──「多分、運搬中に何かに襲われて、荷を放って逃げたんでしょうねー」

「ふむ。帝国内で、野盗の類いはまず出ないからな、オークかコボルトの群れに襲われたんだろうな」

シェーミイとグランさんがいう……そうならそうで、運搬依頼を引き受けた商人ギルドが、依頼主に報告するだろうに。

「黒銀の短剣が、届いたかどうかの問い合わせのやり取りは、あったそうなんですけど……」

オルミア嬢、いわく。荷物不明の賠償は、とうに済んだので仕方ないとの事で決着したそうだ。

その後、改めてギルラド子爵から、家紋入りの盃が贈られたらしい──そこに、行方不明の短剣が戻って来たのだ……奇縁だな。

 

「母上。これは、レンディア嬢達がトロルの寝床から回収してきた物です……」

ウォルキースが、母親のルーエアに白鞘の短剣を差し出す。

「……何の、縁でしょうねえ。ギルラド卿との親愛の証を、トロル討伐の依頼を引き受けた方々が、取り戻してくれるなんてね」

沁々と、白鞘の短剣に触れるルーエア。

「父上とギルラド卿には、私の方から連絡します」

「ええ……お願いね。レンディア嬢達には……義理が出来たわね」

ウォルキースが、頭を下げた──側で聞いていたカリエラは、静かに果実酒を啜る。

 

酒の時間は終わった。泊まっていきませんかとの誘いを、レンディアが丁重に断った。

夜とはいえ、それほど深くない。村に戻っても通してくれるだろう時間だ。

「お招き、有り難うございました。今日の所は、これで失礼させて頂きます」

レンディアが、貴族の所作で答える。

「いつか、夫が帝都から戻った際には、改めて御礼申し上げるわ……レンディア嬢、皆様方、有り難うございました……」

「これも仕事です。では奥様、またの機会に」

レンディアが、にこやかにいう。

 

帰りの馬車も、ウォルキース卿が御者を勤める事になった。無論、騎乗の護衛三人付き。

前方、ランタンを持った二人。後方、松明持ち一人──まあ当然だな。

あと、護衛の一人はオルミア嬢だ……何ぞ?

護衛に付くにあたって、ウォルキース卿と少し揉めたが、オルミア嬢が押し通した。ルーエア夫人は、笑って見ていた……。

 

ウォルキース卿の隣に座る。手綱捌きを見たいが、ちと暗い……ふと、空を見上げると──雲一つ無い夜空に、青みがかった月一つ。星は目立たない。

──ジンライムの様なお月さま──前世で好きだった歌の歌詞。それが、思い浮かんだ……。

 

「……いい月ですね」

隣に座るクレイドル嬢が、夜空を見上げながら呟いた……「お、おう、うむ……いい月だな」

クレイドル嬢の顔を見る──月明かりに照らされる彼女の、憂いを含んだ様な横顔は、私には到底、表現出来ない……。

 

それに、彼女の「いい月ですね」という言葉に、まともに答える事が出来なかった事が悔やまれる……気の利いた言葉一つ、出てこないとはな──教養不足。貴族の嫡子として、まさにそうだ。武門の家という事に、胡座をかいていたのか……クレイドル嬢には色々気付かされた。

 

このウォルキース。貴女の騎士足るべき男として、精進せねば!!

 

──この大きな勘違いが、後々まで尾を引く事を、誰も知らない──邪神は、腹を抱えて笑って見ていた……。

 

村に到着。夜という事もあり、本来なら色々質問される所だが、ウォルキース卿とオルミア嬢がいたので、衛兵には普通に通してもらえた。

それと、トロル討伐の冒険者だと知られていたので、顔パスでもあった。

 

村の入り口前で、馬車と護衛は待機。

ウォルキース卿とオルミア嬢が、宿の前まで送ってくれた。夜とはいえ、まだ人通りはある。

ウォルキース卿とオルミア嬢に気付いた村人が、丁寧に会釈してくる。

それに対して、ウォルキース卿は鷹揚(おおよう)に答える。後継として、認められているようだ……村人の親愛が見て取れる。いい領主になるだろうな……。

 

「カリエラ嬢。明日の行動予定はどうなっているのかお聞きしたいのだが……?」

「そうですね……胡麻油と薬草を取り引き出来たので、昼前には城塞都市に出立しようと思っています」

ウォルキース卿に、カリエラさんが答える。

カリエラさんが、レンディアを見る。頷くレンディア。

「ううむ……あまり時間に余裕は無いようですね」

オルミア嬢が、呻く様にいう……何ぞ?

「妹は、少々剣技に自信があるのですよ。我が家の衛兵と、手合わせはしているのだが、どうしても遠慮されるので、遠慮がない方達と手合わせがしたいのでしょう」

ウォルキース卿の説明。なるほどな。様は実践形式の訓練がしたかったのか……。

「申し訳ありません。あまり長居も出来ませんので」

レンディアが、ウォルキース卿とオルミア嬢に断りを入れる。

上手く断れた様だ……というか、オルミア嬢。睨むのは止めていただきたい。

 

「いずれ、また会う機会もあるでしょう。その時に、また」

レンディアが、貴族の礼でウォルキース卿とオルミア嬢に挨拶をする。

ウォルキース卿とオルミア嬢が、礼を返す。優雅だ……ためになるな。

シェーミイが、さっさと宿に入って行き、グランさんとカリエラさんが後に続く。

最後に、レンディアと俺が宿に戻ろうとした矢先、ウォルキース卿に呼び止められた──

 

早朝、全員で卓を囲む。皆、同じ食事だ。山菜の炒めものに、鶏肉と卵のスープにパン。何の文句もない朝食──「さてと。胡麻油、大樽二つに、薬草茶、中袋二つ……胡麻油は、領内に広めるだけの量が確保出来たわ」

カリエラさんいわく、改めてこの村と繋がりが出来たという……。

 

「……朝食後には出立するから、皆、準備を済ませておいてちょうだい」

カリエラさんが、俺達に告げる。

「そういえば、昨日。ウォルキース卿に何か言われていたわよね。何だったの?」

レンディアに問われた……ええと、そうだな。

「機会があれば、庭園を見に来ませんか……と言われたが?」

花が好きかどうか、聞かれたんだよな。まあ、花は嫌いじゃないから、好きですね、と答えたんだよな……それが何ぞ?

 

「……それは、貴族の口説き文句よ。女性に対して屋敷に来ませんか。というのは直接的過ぎるので、庭を見に来ませんかというのは……ふふっ、貴族の礼儀、なのよ……ふっ、ふふっ」

「……クレイドル、君は……その、レンディアのいうように、あれだ……ぐっ」

ぐぐっ、と明らかに笑いを堪えるグランさん。

「あー、なるほどねー。クレイドル、ウォルキース卿から、女と思われているのよー。まあ、仕方ないかもね、その顔だしー」

シェーミイが、山菜炒めをもしゃもしゃ食べながらいう。

 

 

………………男じゃあ、わしゃあ!!




もう少し、ペース上げたいのですがね、なかなか……アクセス、サンキュー。
Ψ(`∀´)Ψケケケ


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第79話 城塞都市 鉱石報酬とピックホッパー討伐報酬

 

 

 

村長夫妻と、子供達に見送られながら、マルパソの村から出立。道すがら、騎乗したウォルキース卿とオルミア嬢が、護衛として合流してきた。

御者のネルソンさんと、その横に座っているグランさんが、話相手になっている。

俺は昨夜の事があるので、馬車の中でフードを降ろし、狸寝入りだ──「ウォルキース卿に、女性に間違えられてるってねえ?……んふふっ」

シェーミイが、カリエラさんと昨夜の事を話している。猫め、ペラペラと!

 

昼近くになったので、昼食をとるかどうかネルソンさんが、カリエラさんに確認に来た。

「そうね……皆、お腹は空いてる?」

そうでも、ないんだよな……皆はどうだ?

 

結局、皆空腹ではないので、食事は城塞都市に戻ってからにしようという事になった。お茶をしながらの休憩に決まる──

休憩後、移動。城塞都市が見えてきた辺りで、ウォルキース卿とオルミア嬢と別れる。

さすがに、狸寝入りというわけにはいかないので、ウォルキース卿とオルミア嬢に挨拶をする。

 

「態々の護衛、ありがとうございました。もうここまで来れば、充分です」

深々と頭を下げるカリエラさん。俺達も頭を下げる……「いや、そう畏まらなくてもいい。助けてもらったのは、我らの方だからな」

さすが貴族の嫡子。威厳あるな……チラチラ、こっちを見る事さえなけりゃなあ……男じゃあ、わしゃあ!!

 

「また、近い内にお寄り下さい。ハウルメイス家は、あなた方に義理が出来ました……」

ウォルキース卿とオルミア嬢が、カリエラさんとレンディアに挨拶をする。

俺は一歩引いて、距離を取る。また妙な口説き文句をぶちかまされたら、たまったもんじゃないからな……フードを、深く下げる。

「こ、今度、来た時は……て、手合わせ、頼むからね!」

キッ、とした顔付きで、オルミア嬢がいう。顔が赤いですよ、とは言わない。言ったら面倒な事になるだろうからな……。

「庭園にも……案内しよう。クレイドル、殿」

ウォルキース卿が、何か決まり悪そうにいう……今、嬢といいかけたな!?

 

ウォルキース卿とオルミア嬢と別れた。時刻は昼少し過ぎ。城塞都市には早く着くだろう。

ウォルキース卿とオルミア嬢も、夕刻には屋敷に到着するだろうな……誤解を解くのを忘れたが、まあいいだろう……。

「行きましょうか。夕方前には、城塞都市に着くでしょうね」

カリエラさんがいい、レンディアが頷く。

それほど揺れる事もなく、馬車は静かに進んでいく。相変わらず、いい乗り心地だ……。

ゴトゴトと、静かに揺れる馬車。シェーミイはすでに寝入っている。

さて、俺も本格的に眠たくなってきた……。

 

 

静かに寝息を立てている、クレイドル君──女顔ってわけじゃないのにねえ……ウォルキース卿からは、そう見えたのかしら。輝く様な金髪に漆黒の瞳は、珍しいわ……整った目鼻立ちもそうだけど──特に唇。艶のある、薄紅色の唇。

この唇を見つめるのは──危ないわね。レンディア嬢も同じく言っていたわ……とはいえ、目を離すのは、ちょっと難しい──「駄目よ、カリエラさん。引き込まれるわよ」

レンディア嬢が、本を読みながらいう。

「直視したら駄目よ。大袈裟にいうなら、“傾国”よ、これは」

本から目を離し、レンディア嬢がいう。

 

“傾国の寵童”の逸話を思い出した。

お伽噺の一つ……妖艶な美貌を持つ、美童が国を割った話を思い出した。王と王妃で国を割りかけた話だ。結末は、呆気なかった。

黒付くめの男がやって来て、“傾国の寵童”を灰塵にした。その結果、国が割れる事を防げたという──「まあ、大袈裟だけどね……それより、城塞都市に戻ったらどうするの?」

「そうねえ、一泊してグレイオウル領に戻りましょうか……売却金の振込みも済んでいるでしょうから。まあ、急ぐ事はないわね」

 

冷静になったカリエラと、レンディアが話し合う。何であれ、グレイオウル領とカリエラ商会の利益に成れば、それで良し──カリエラはそう思った。

 

それにしても……クレイドル君の寝顔は、眼福よね。魅入られないように、気を付けないと……。

 

 

ぐら、と馬車が少し揺れた。その反動で目が覚めた──馬車が止まったと同時に、シェーミイが飛び出したのだろう。

グランさんが、女性陣をエスコートするために開いたままの扉の横に、立っている……騎士足るもの紳士であれ、か。

レンディア、カリエラさんから優美に手を取り、エスコートするグランさん──今、俺にも手を差し伸べようとしたな? グランさん?

 

カリエラさんのいう通り、夕刻前に到着。ネルソンさんは早速、厩舎に向かって行く。あとから夕食を一緒にすると約束した。

 

「カリエラさん、宿に戻る前に冒険者ギルドに寄って行くわ」

「ええ。私もメルデオ先輩に、顔合わせに行くわ。その後、商人ギルドね」

食事は宿ではなく、ミランダさんの“オーガの拳亭”に決まった。昼を取らなかった分、それなりに腹は減っている。美味い物を安く腹一杯となると、オーガの拳亭が第一候補だ。それに、あの店は気安く、気楽なんだよな。

「個室空いてたら、いいけどなー」

先導するシェーミイ。ネルソンさんも、気楽なオーガの拳亭での食事を、楽しみにしている様子だ。

 

シェーミイが、オーガの拳亭で人数分の個室を 取った。ネルソンさんがカリエラさんの護衛を引き受け、メルデオ商会に向かって行く。

「さ、冒険者ギルドに、帰還とトロル討伐の報告に行くわよ」

 

 

「おう、ご帰還かい。トロル討伐だったな……首尾は聞くまでもねえか」

トロルの討伐証明、歯と両手首をトレーに出すレンディア。

「よし……確かに確認したぜ。素材は買い取り受け付けに持っていく。レンディア、依頼書出せ」

依頼書の、ウィルギア村長とウォルキース卿のサインを確認したダルガンさんが頷き、サインする。

これにて、依頼完了だ──

「あと、ピックホッパー討伐の報酬と、鉱石採取の報酬もあるからな。ちょっと部屋に来な」

ダルガンさんが、のそりと立つ。

 

ピックホッパー討伐報酬。参加者一人辺り、金貨十枚。大盤振る舞い──というほどでは無いらしい。ピックホッパーを放っておいたら、村々に多大な損害を受ける。

速やかに、討伐出来た事に対しての対価としては、妥当な値だという。

領地を守るのに、ケチケチする領主は同僚、領民からどんな目で見られるか、という事らしい。

 

「鉱石採取の報酬だがな、金に銅。なかなかの良質な鉱石だそうだ……換算で、金貨二十に銀貨五枚だ……交渉する、か?」

「いいえ。これでいいわ」

「ふむ……よし、これで終了だ。書類手続きは済ませておく。ご苦労だったな。振込みは、パーティー名義でいいんだな」

 

受付嬢三人組が、早くもレンディアに絡んできたが、適当にいなすレンディア。

「クレイドルがハウルメイス領で、嫡子のウォルキース卿にね……」

含みを持たせた物言いで、受付嬢に言う。

むふう、と三人組が鼻息荒くレンディアに詰め寄る──嫌な感じだな……レンディア、何を言う気だ、おい……。

「ま、あれよ。ウォルキース卿が、クレイドルを女性だと勘違いしてるのよ。誤解を解く機会が無くてね」

言いやがった……よりにもよって、三人組に。

 

「女性、と間違えられ……うぐっ」

サイミアさんが、鼻を抑える……何ぞ!?

「それ、は……男装の麗人と勘違いされている、という事よね……!」

ジェミアさんが、やけに真面目な表情をしている。

「ロマンスよ……これは。劇に勝る、ロマンスになるわ!!」

リネエラさんが叫ぶ。獅子族の咆哮に、その場にいた冒険者達が、ビクリと身を竦ませる。

 

 

「何、騒いでやがる!?」

ダルガンさんが、二階から降りてくるのは必然だった……。



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第80話 グレイオウル領への帰還前 しばしの休息

 

カリエラさんへの振込みも、完了していた。あとはグレイオウル領に戻るだけ。

夕食後、宿に戻る事に。明日の帰りは、昼食後に出発との事。

皆で、“雄山羊と戦槌亭”に戻る。カリエラさんとネルソンは、正面から。

俺達、武装した冒険者は裏階段から。裏に回ると、係りなのか、宿の制服を着た従業員が案内してくれた。

 

支配人のカーディスさんが、出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。ご無事なようで、何よりでございます」

丁寧かつ上品に、挨拶をするカーディスさん。態々、裏階段に出迎えてくれたのか……。

「ん。なかなか刺激的だったわよ」

ひらり、と手を振って答える、レンディア。

やはりな、レンディアとカーディスさん。何か関係があるんだろう。昔から、世話になっていると言っていたしな……。

皆を浄化して身綺麗にはなっているが、やはり風呂に入りたい。

 

「一応、身綺麗にはしているけれども、やっぱりお風呂に入りたいのよ。用意できる?」

「もちろん。用意が済んだなら、直ぐにお呼びします。浴場はカリエラ様御一行の、貸しきりとさせていただきます」

おおう……貸しきりときたか。どういう関係なんだろう……。

優しく微笑む、カーディスさん。やはり、レンディアと何か関係あるんだろうな。

「ん。お願いね」

レンディアに、丁寧に頭を下げるカーディスさん。

 

そして、やって来た浴場……おお、改めて見ると、広いな……決して華美ではないが、地味ではない。いい具合の装飾。

体を洗い流し、広い湯船に身を浸ける──うおお~……やはり、風呂は良いな。

骨身に沁みるというやつだ。浄化では味わえない喜びだ──「現役時代、鍛練後の一番の楽しみは風呂でしたな」

ネルソンさんが、沁々という。戦なき世とはいえ、その身体には鍛練、対魔物、魔獣の実戦訓練で付いた古傷が刻まれている。いくさにん──というやつだ。

「楽な任務は無かったんでしょうね……」

グランさんが、顔を拭いながらいう。

 

「まあ、色々ありました。これが兵の仕事か? と思うような任を受けた事もありましたな」

ネルソンさんがいう。歴戦──なんだろうな……ううむ。

「いや……やはり、風呂ですね。浄化とは違う……生き返るとはこういう事ですね」

「ああ……正に。浄化だけでは、な」

 

男三人で、ゆっくりと湯船に浸かる──

女三人も、同じようなものだろう──

 

夜明け前に、目が覚める。窓を開けると、今だ陽は出ていない──陽の出、前だ。

魔力制御にいい時間。窓を開け、外気を取り入れる。少し冷たい風が窓から差し込んでくる……。

よし、いつもの魔力制御の時間だ……。

 

魔力制御後、煙管を燻らせながらぼんやりとする。朝食まで、まだ時間はあるな──

 

頃合いかと、身支度を整え下に降りる。いつもの、奥側のテーブル席。

着席しているのはネルソンさんだけだ。さすが元軍人、朝早いな……というか、他の面子遅くないか?

多分。騎士のグランさん、シェーミイとカリエラさん。最後にレンディアだろうな……。

 

「お早うございます。朝食にはまだ早いそうで、お茶しか出せないそうですよ」

「ええ。俺も注文しま──」

いつの間にか、従業員さんが横に来ていたので、お茶を適当に頼む。はい! 直ちに! と駆けて行った……「ご苦労しますな……」

ネルソンさんが、沁々と言った。うん、まあね──邪神だ! 邪神のせいだ!!

 

そういえばネルソンさん。最初は御者御用達の宿を取っていたが、カリエラさんのたっての要請で、“雄山羊と戦槌亭”に移ったそうだ。相当にごねたらしいが、渋々受け入れたらしい。

ネルソンさんと雑談をしながら、茶を飲む。

 

ようやく、皆が降りて来た。予想通りの流れだ。黒付くめのグランさんの後から、シェーミイとカリエラさん……レンディア、今だ来ず。

朝食には、まだ早いんだよな。皆と茶を飲みながら待つか……。

 

「今から、自由行動にします。夕食は、オーガの拳亭にしましょう。店に合流ね」

朝食を終えた時に、カリエラさんが言う。

冒険者ギルドに顔を出し、スティールハンドにも顔を出さないとな──いや、まずメルデオさんの所だ。この世界に来て、一番最初に知り合った人だからな。

 

 

メルデオ商会に、足を踏み入れる。おおう、相変わらずの賑わい。市民や冒険者達が、品を物色している。

さて、メルデオさんは──「クレイドルさん!」

胴に衝撃──何ぞ!? と思えば、メルデオさんの娘、メジェナさんだ。

ガシリ、としがみついてくるメジェナさん。グリグリと頭を擦り付けてくる──猫かな?

 

「うう~……クレイドルさん! クレイドルさん!!」

グリグリと頭を押し付けてくるメジェナさん。店内が、騒がしくなってくる──メルデオさん、早く戻って来てくれ!!

 

メルデオ商会の福会長、マルネさんが猫化したメジェナさんを、丁寧に引き剥がしてくれた。

「フウッ、シャアッ!!」

荒ぶる猫と化したメジェナさんを、小脇に抱えたマルネさんが、「少しお待ち下さい。直に会長は戻って来ます。応接室で、お待ちを」

猫族のマルネさんが、丁寧に言ってくれた。

灰色の毛並み。油断ない目付きと引き締まった体格は、何とも獣族らしい……パンツスーツ姿が、冒険者ギルドのサイミアさんと被る。

じたばたするメジェナさんを小脇に抱えたままのマルネさんは、一礼すると、応接室に案内してくれた。

 

応接室に通され、茶を出される。

「会長は、間もなく、来ます……何か御用があれば……」

もじもじとする、従業員さん……何ぞ?

「いえ……特には、ありません。用があれば呼びますので」

は、はひ! と顔を真っ赤にした従業員さんが出て行った……。

 

質素だが上品なカップに口を付ける──うん、ほどよい熱さだ。微かな甘みのある、紅茶っぽいな。

お茶を一杯飲まないうちに、メルデオさんがやって来た。人間性が戻ったメジェナさんも一緒だ。立ち上がり、礼をする。

「あ~、いいよいいよ。そんな他人行儀な」

手を振りながら、着席を促すメルデオさん。この気さくな感じ、心地良いな……。

 

「すいません。特に用という事は無いんです。戻って来たので、少し挨拶をしたかったんですよ」

「カリエラの護衛で、来ているんだろう? 聞いたよ、スカイライト(蒼天石)の値が、凄い事になったって。急用が出来て、商工会に同席出来なかったのが残念だったよ」

お茶を啜りながら、メルデオさんがいう。

「聞いたんだけど、トロル退治もしたんだって?」

「トロル退治?! そのお話、聞きたいです!!」

メジェナさんが、食いついて来た……確か、トロル退治は絵本にもなっていたよな──ちらりと、メルデオさんの顔を見る。

何か、嬉しそうな顔……シェーミイほど、上手く話せるかどうか──というか、いつの間にかマルネさんも来ていた。

邪神の加護が、発動するか?

 

発動しなかった──シェーミイほどではないが、トロル退治の顛末を、何とか話終えた──まあ、喜んでくれたようで、良かった……途中興奮したメジェナさんが、再び、猛き猫に成りかけたが、マルネさんが静めた──それと、トロルの寝床から、ギルラド卿がウォーキンス卿に送った短剣を回収して、ウォルキース卿に返還した事も伝えた。

「なるほど……そこの二家は、関係が深いからね。クレイドル君、君達はその二家になかなかの義理を作ったかも知れないよ」

「ウォーキンス子爵の奥方にも、似たような事を言われました」

マルネさんが、お茶を入れ換えてくれた。どうぞ、と俺達に勧めてくる。

「貴族に義理を作るのは、良し悪しだけど、帝国内においては、嫌な事にはならないだろうね」

淹れたての茶を啜りながら、メルデオさんがいう。

 

貴族というのは、しち面倒な存在だと思っていたが、帝国内ではそうでも無いのか──

「考えてみなよ。覇王公は奴隷上がりだよ。そこから将軍、さらには王座を簒奪。奴隷上がりの簒奪王。帝国の人間なら、皆知っているからね」

その臣下もまた、同様な経歴だそうだ……。

「貴族の義理を、厄介事と思わないでもいいという事ですかね?」

茶を啜る。まあ、帝国内の貴族は気安く、市民との距離が相当に近い事らしいからな……。

「まあ、そうだね。とはいえ、繋がりが出来たって事は、覚えていた方がいいよ」

……ううむ。まあレンディアもいるし、そういう事になったらなったで、頼るか──

 

「あ、あの! クレイドルさん、時間ありますか? 美味しいケーキとお茶を出してくれる、お店があるんですよ!!」

おおう……畳み込んでくるな。メジェナさん。今、時間は昼前。

集合時間は夕方……時間はあるが──メルデオさんは、微笑んでいる。

「夕方までは、大丈夫ですよ」

そう答えると、メルデオさんが笑った。

 

メジェナさんお薦めの茶店。落ち着いた雰囲気の、いい店だ──女性客が中心なのが気になったが。

メジェナさんのお任せで注文をした。チラチラと、こちらを伺う女性客の視線は無視する。

 

茶店から出たメジェナさんは、俺の手を繋ぎ、ご機嫌だ。うん──周囲の目が気になる。

 

メジェナさんと何とか別れ(ごねて大変だった)、メルデオ商会から離れた。

 

まだ、昼前か……ケーキセットを食べたばかりだからな。腹は減ってない。

レンディアとシェーミイは、冒険者ギルド。グランさんは、暗黒神の支殿に出向いている。

さて……俺は、どうするかな。



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幕間 グランドヒルの新人達④ 冒険者証更新

 

 

ジャンさん達は、まだ戻ってない。なんでも、遠方にある古代遺跡の、調査隊の護衛依頼を受けているそうだ。

今は昼食の時間。ダルガンさんと、マーカスさん。そして私達。賑やかな食卓は楽しい。

鶏肉と白菜の炒め物。豆とトマトのスープに丸パン。何時もの酢漬け野菜。今日は玉葱だ──豆の甘みと、トマトの酸味が出汁の効いたスープと合う……美味しい。

 

昼食後の一休み。お茶を飲みながら、ダルガンさん達との会話。色々と為になる……。

 

「後から初級訓練、受ける事は出来るんですか?」

ジョシュが、ダルガンさんに尋ねる。

「う~ん。そうだな、そいつらのやる気と性根次第だな」

「何らかの課題を出すな。例えば、基本の常設依頼か採取、採掘依頼を一週間続ける、とかな」

ダルガンさんとマーカスさんが答える。

「それで、嫌な顔したら……一発で、拒否だ」

ダルガンさんが、お茶を美味しそうに啜る。

なるほど。やっぱり厳しいんだな……。

 

 

「お前達も、なかなか様になってきたな。採取、採掘や、少数の討伐依頼をそつなくこなしている……ダルガン、そろそろいいんじゃないか?」

「よし……そうだな。リーネ、お前ら休憩済んだら、俺の部屋に来な」

お茶を飲み干し、ダルガンさんが席を立った。

 

「あの……何の話、でしょうか?」

シェリナが不安そうにいう。ジョシュも不安げだ……。

「まあ、悪い話じゃねえよ」

マーカスさんが、豪気に笑った。

 

休憩が終わり、早速、ダルガンさんの所に向かう事にする。

「おう。冒険者証、持ってけよ」

テーブルの上を片しながら、マーカスさんがいう。

 

 

ギルドマスターの部屋に案内してくれたのは、受付嬢のサイミアさん。青い瞳をした、しなやかな体付きの猫族の女性。スカートではなく、ズボン。

「皆さん、来た頃に比べて、だいぶ逞しくなりましたね」

優しく微笑む、サイミアさん。自分達では分からないけれど、そうなのかな?

「え、あ、はい! ありがとう、ございます!」

ジョシュが、顔を赤くする。

「何、照れてるのよ」

シェリナが、からかうように笑った。

 

「ギルドマスター、リーネさん達をお連れしました」

心地良い響きの、サイミアさんの声。

「おう、入れや」

威圧感と同時に、頼もしさを感じさせる、ダルガンさんの声。

 

ダルガンさんは、お茶の準備をしていた。

「まあ、座れ。マーカスほどじゃねえが、それなりの茶を淹れる事は、出来るぜ」

背を向けながら、ダルガンさんが言う。

さ、どうぞ、とサイミアさんに席を勧められ、少し堅めのソファに座る。このソファ、落ち着くのよね……。

 

「まあ、一服しながら聞きな」

ダルガンさんが、お茶を勧めてくる。砂糖まぶしの焼き菓子も一緒だ。

パリ、とダルガンさんが焼き菓子を含む。

それを見て、私達もお茶を手に取る。

「そのまま聞けや。おめえらが、初心者訓練を受けて、もう一ヶ月近い。少し早いが、今日から冒険者として登録だ。ジャン達の推薦もあるしな」

という事は、私達は今日をもって正式に、冒険者になったんだ……実感が、湧かない。

「まあ、そういう訳だ。おめえら、今日から初級のEランクって事だ」

初級訓練を達成したなら、Eから始まるのが通例と聞いていたけど……。

「今日から、冒険者としての第一歩だ……祝いがあるから夕方は空けとけ。あと、祝いの品があるからな」

ダルガンさんが、嬉しそうにいう……今日から正式な冒険者……うん、地に足付けないと。

 

サイミアさんが書類手続きを終え、改めて冒険者証を私達に渡してくれた……頑丈な木枠の鉄製のカード。名前、等級(初級・Eランク)が刻まれた冒険者証。名前の横に、羽根の印。初心者訓練を受けた、証明だそうだ──何だろうか、嬉しさと緊張が一緒になったような、妙な気持ちになってきた……でも、けして嫌な気分じゃない……。

 

シェリナとジョシュも、嬉しそうで恥ずかしそうな、妙な表情をしている。私もそうなのかな?

 

「ま、ジャン達から教えられた事を大事にな──無謀の代償は死──心しろよ」

ダルガンさんが、微笑みながら言う。

「……はい」

私達は、ダルガンさんの顔を見て、はっきりと答えた。

 

 

夕方までは自由行動となった。ダルガンさんの、『祝いの品は、楽しみにしてな』との言葉が嬉かった。お祝いは、“トロルの戦鎚”という、宿と食堂を兼ねる所でやるそうだ。

「そう言えば、宿舎以外でご飯食べた事、なかったよね」

シェリナがいう。そういえばそうだ。三食はいつもギルド内だっけ。

「俺は何度か、鶏源亭でそばを食べた事あるよ」

ジョシュがいう。鶏源亭って、城塞都市ではかなり有名なお店なのよね……というか。

「え。何で誘わなかったの?」

思わず、言っていた。先輩冒険者達から、城塞都市の美味しいお店を色々教えて貰っていた。 小腹を満たすなら鶏源亭よ、と。

 

「分かったよ、俺の奢りだ。鶏そばを食べに行くか」

ジョシュが、肩を竦める。

「んふふ~、楽しみね」

シェリナが嬉しそうにいう。まあ、私も楽しみ何だけど。

「今は、辛味葱鶏そばかなあ。ピリ辛で美味いんだ。辛味葱が美味くてな、辛さだけでなくて──」

普段、口数少ないジョシュが、いかにも美味しそうに、そばの説明を始めようとする。

「あ~、もういいから、早く行くわよ」

ジョシュの背を押す、シェリナ。

「分かったよ。押すなって」

大柄のジョシュが、シェリナに押され、進んで行く。

 

まあ、今は初の鶏源亭を楽しみにしましょうか。夕方のお祝い事も、楽しみね……。



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第81話 クレイドル昇格 グレイオウル領への帰還

 

 

スティールハンドに立ち寄り、近況報告。そのついでに、武具を見て貰った所──何の不具合も無いとの事だった──

「俺らが鍛えた武具だからなあ!!」

あっはっは、わははと、ストルムハンド夫妻が豪快に笑う。

「聞いてるぜ。トロル退治したんだって? 充分な功績になるぞ」

豪快に笑う、ストルムハンド夫妻。ずいぶんに楽しそうだな……何ぞ?

 

 

武具を磨いてもらい、世間話後、スティールハンドを後にし、荷物を置きに宿に戻る。

夕方まではまだ、時間あるな……皆はまだ戻って来ていない。ギルドに顔を出すか……。

 

相変わらずの喧騒が心地良いな。レンディアとシェーミイは、喫茶室に──「クレイドル君!!」

ガシリ、と背後から両肩を掴まれた。ミシリと肩が軋む。痛い。あと、声でけえな!

「クレイドル君、さあギルドマスターの所に行きましょう!!」

リネエラさんの大声と腕力で、耳と肩が痛い!

「さあ、さあ、さあ!!」

ちょっ……何て力だ! 獅子族!

 

「何の騒ぎかと、思ったら……まったく」

書類から顔を上げ、呆れ顔で俺達を見る、ダルガンさん。

「ほら、ほら!! ギルドマスター、あの件を!!」

「いいから、手ぇ離せ。あと落ち着け」

何とか、リネエラさんの拘束から脱け出し、ソファに座る。当たり前の様に、俺の隣に座ろうとするリネエラさん。

「おいおい、喫茶室にレンディア達が居ないか見て来い。いたら、呼んでこい」

グルルルと唸るリネエラさん。上司威嚇するなよ……。

しっしっ、とリネエラさんを部屋から追い出すダルガンさん。

舌打ちしながらも、部屋から出ていった……。

 

「まったく、しょうがねえな。茶を淹れるから、ちょっと待ちな」

相変わらず、座り心地の良いソファにもたれる……落ち着くな。

「気になるだろうから、言っておくぞ。本当なら、こういうのはパーティーで聞くもんなんだがな」

こちらに背を向けながら、話すダルガンさん。早くも、茶の薫りがしてきた──良い薫りだ。

 

「単刀直入にいうぞ。おめえ、今日から初級のBランクだ」

目を細めながら、ダルガンさんが茶を啜る。

「嬉しいですが……そういうのは、皆で聞きたかったですね」

「だろ? なのにあの馬鹿(リネエラ)、先走りやがって」

ゴツい指先で、砂糖まぶしの炒り豆を口に運ぶ、ダルガンさん。

「それとな、おめえらが取り返した短剣あるだろ。近い内に、ウォーキンス子爵とギルラド子爵から感謝状が来るだろうよ。それは、なかなかに無視出来ない箔だぜ。嫌な言い方だがよ、貴族との繋がりは馬鹿にできねえぞ。ここ帝都領ではよ」

ダルガンさんが茶を啜る。メルデオさんも、同じような事言っていたな──俺も茶を啜る。

 

「失礼します。レンディアさん達が、お越しです」

ノックと同時に、サイミアさんの声。落ち着いた爽やかな声だ。

「おう。入りな」

サイミアさんに促され、レンディア達が入ってきた。リネエラさんじゃないんだな……。

 

席に着いたレンディア達に、俺が初級のBランクに上がった事。取り返した短剣についての事を、ダルガンさんがレンディア達に話す。

「なるほどね。うん、良かったわよ」

レンディアが嬉しそうにいう。グランさんとシェーミイも嬉しそうだ。

 

「レンディア、お前達の貢献度も充分だ。まあ、急く必要はない」

ダルガンさんが茶を入れ替える。その間に、サイミアさんが俺の冒険者証を更新してくれた──

新しい冒険者証……両羽が刻印された、頑丈な木枠と、鉄製のカードは変わらないが、初級のBランクという所が変わっている。おお……初級のBか。

 

「おう、クレイドル。初級のBクラス以上からは、これからの登竜門だぜ。しっかりな」

ダルガンさんが、太い笑みを浮かべながら言った。

 

「そういえば、なにか祝い事でもあるの? そんな雰囲気だけどー」

ぽりぽりと、炒り豆を食べながらシェーミイがいう。

「おう。新入り連中に、正式な冒険者証を更新したんだよ。ちっと早いが、ジャン達の推薦もあるからな」

サイミアさんが、お茶を入れ替え、勧めてきた。

「クレイドル君の時のように、お祝いをするんですよ」

微笑みながら、お茶に口を付けるサイミアさん。

「そういう事だ。場所は、“トロルの戦鎚”にする。あそこは宴会場があるからな」

ダルガンさんが、炒り豆を摘まむ。

トロルの戦鎚って、ラーディスさんの定宿だっけか。凄い宿名だな……。

少し世間話をして、おいとまする。サイミアさんが、当たり前のように、横にピッタリと張り付いて来た……。

 

夕方も近いので、カリエラさん達と合流するべく、オーガの拳亭に向かう。

街のあちこちにある街灯に、衛兵達が灯をともして回っている。レンディアによると、あの街灯は魔道具だそうだ。

「あれね。明け方になると自動的に、ゆっくり消えるのよ」

凄いな。どういう仕組みだ……前世で、そんな仕組みの機械あったか?

 

「は~い。六名様、ご案内よ~。個室で良いわよね?」

ミランダさんが、力強いウィンクを飛ばしながら、言った。

六名が入っても充分な個室。内装は派手さもなく、地味でもない。良い雰囲気だ。

壁に絵画。夕陽の沈む湖を描いた物だ。

「これ、グレイオウル湖よ」

絵を見つめながら、レンディアがいう。

「芸術は、からっきしだが、良い絵だと思うぞ……うん」

まじまじと、絵を見るグランさん。

「私は、彫刻の方が好きかなー」

テーブルに着き、食事メニューを眺めるシェーミイ。うん、相変わらずのマイペース。

「これね。人物画の第一人者といわれた画家が描いた風景画なのよ。これ以外には、明け方の湖畔、月の湖畔、そしてこの夕陽の湖畔。合わせて“湖畔の三景”といわれる絵画なのよ……市場価格でいうと──」

「商会長、落ち着いて下さい」

むふう、と鼻息荒く説明するカリエラさんを、ネルソンさんが押し止める。

 

「ま、今日はたっぷり楽しみましょうか。それと、今までの護衛報酬だけどね──」

報酬が跳ね上がった。金貨十枚と銀貨五枚が、金貨四十枚、銀貨八枚……まじか。

「これぐらいは当たり前よ。言葉は悪いけど、あぶく銭は削らないとね」

ネルソンさんも、充分な手当てを貰う事になったそうだ。

 

シェーミイが、店員を呼ぶ鈴を鳴らした。

「さあ、たっぷり飲んで食べましょうか。好きな物頼んでちょうだい」

カリエラさんが、楽しそうに言う。

 

「へえ、初級のBランクにね。ここからという所と聞いているわ」

グビリ、とオウルリバー炭酸割りを呷るカリエラさん……ちょっと酔ってないか?

肉、野菜、揚げ物や煮物の料理が並ぶテーブル。料理には、それほど手を付けていない。

もっぱら酒が中心。食欲旺盛なのは、シェーミイとグランさんだ。

 

「明日にはグレイオウル領に戻るけど、それからどうするかよね?」

「うん。初級のAランクの条件を、グレイオウル領で果たせるか?」

レンディアに尋ねる。う~ん、とレンディアが考える。正直、今後ともレンディア達と行動を供にするには、中級になっておきたいんだが……まあ、焦るのは良くないな。

 

「焦る必要は無いわよ。グレイオウル領に戻って、依頼をこなし、ダンジョンなりを攻略しましょうよ」

食い付きぎみに、心を読んだような物言いでレンディアが言った。

まあ、そうだな。焦る必要はないな……うん──ちなみに、個室に飾られていた“湖畔の三景”の一つ、夕陽の湖畔はレプリカで、本物は三景揃って、帝都の美術館に収められているそうだ。

 

早朝。今だ外は暗い。もう少しすれば空は明るんでくるだろうな……よし、魔力制御の時間だ。

昨日、結構飲んだが、大して頭も体も重くない。まあ、魔力制御だ……。

 

宿の一階に降りる。朝食までの時間は、まだある。さてどうするか……それまでは、茶でも飲んでいようか……ネルソンさんが、最初に来るだろうな。

いつもの端のテーブル席。煙管をゆっくり吹かす。少し早すぎたのか、客はいない──いい雰囲気だな。

ふうぅぅ~、と煙管を吹かす。

 

しばらくして、皆が揃っての朝食。ベーコン、目玉焼きに丸パン、厚切りチーズ。玉葱と白菜のスープに酢漬け野菜……朝らしい食事だ。

「昼前までは自由行動にするわ。昼あと、グレイオウル領に帰りましょうか」

カリエラさんがいう。異議はない。充分、ここでの仕事は終えた──ジャンさん達に会いたかったな……。



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第82話 グレイオウル領の朝陽食堂

 

 

昼過ぎに城塞都市を出て、到着は夕方ちょっと過ぎ。早いな、さすがネルソンさんと二頭の軍馬。馬車も良い物らしいからな──

 

「さて、皆さん。お疲れ様でした」

カリエラさんが、頭を下げる。

「ええ、どういたしまして」

レンディアが、カリエラさんに答える。

場所は商会の応接室。副会長のマーティさんが淹れてくれた茶を啜る──美味い。いいお茶なんだろうな……「美味しいですね」

思わず、口に出していた。

「グレイオウルの特産品の一つ、香草茶よ。他国にも、出荷しているのよ」

レンディアが、茶を啜る。

「そういえば、レンディア嬢様。山葵の生産は順調なのですか?」

「ああ、あれね。今、新しい畑を開拓中よ。成長まで時間かかるから、まだまだらしいわよ」

カリエラさんとレンディアの話。なるほどな、ワサビ生産計画は、着々と進んでいるのか……。

「遅れたけど、依頼書にサインを頂戴」

「ええ。護衛依頼……完了、と」

レンディアが差し出した依頼書にサインをし、商会印を押すカリエラさん。

「マーティ、感謝状を書いて頂戴」

カリエラさんが、マーティさんにいう。カリエラさんより年下だが、なかなかに優秀な副会長らしい。切れ者らしい雰囲気と、きびきびとした動きが特徴的な、好青年といった感じだ。

 

「感状は大袈裟よ」

「いいえ、必要な事です。お嬢様」

断ろうとするレンディア。断固として感状を発行しようとするカリエラさん。

今、この場にはグランさんとシェーミイは居ない。二人とも、自由行動となっている。

「まあ、仕方ないわね。これもギルドへの貢献になるでしょうからね」

茶を啜るレンディア。嬉しそうに頷くカリエラさん。

感状はギルドに届くそうだ。それによって“碧水の翼”の格が上がる──うん、悪い事じゃない。ランク上げの助力になるだろうか……。

 

そろそろ、夕食の時間。お(いとま)しようとしたら、カリエラさんに止められた。良い所があります、是非に、と言われかけたが──「会長、仕事があります。夕食はその後で……」

直ぐに、マーティさんに阻まれた。私は会長よ! と強権を発動しようとしたが、駄目だった。

「仕事です。近くの食堂で、軽食を出前させますから」

キッ、とマーティさんを睨み付けるカリエラさんだったが、マーティさんはそれをスルー。

「今後とも、カリエラ商会をご贔屓のほどを」

丁寧に礼をする、マーティさん。

「ん。じゃあ、またね」

ひらり、と手を振るレンディア。何か言いたげなカリエラさんを尻目に、俺達は応接室を出た。

 

カリエラ商会から出たあと、グランさん達と合流。取り合えず、宿を取る事になった。

俺はいつもの灰月亭。レンディア達は定宿があるそうだが、グランさんは俺と同じ、灰月亭に移るそうだ……何ぞ?

 

「夕御飯はー、どこにするー?」

「う~ん……ああ、ちょっと値は張るけど、“闇夜の灰梟亭(あんやのはいふくろう)”に行きましょうよ。久し振りに、顔を出したいわ」

闇夜の灰梟亭? 聞いた事無いな……名前からして、高級そうだな。というか、グレイオウル家の成り立ちが、そのまま店名になってないか?

 

お、異世界知識発動──グレイオウル家初代。ラウディオは、覇王公が今だ王の時代の人。

斥候部隊の一員として任務を受けたが、ラウディオ曰く、斥候は少人数で行うもの。大勢では気付かれる怖れあり──と進言したが、聞き入れられなかった。

その結果、斥候部隊は敵軍に発見される。敵軍の情報を抱えた斥候部隊は、当然追撃される。

部隊は壊滅。ただ一人生き残ったラウディオは、情報を伝えるべく走ったが、夜の森に迷い混んでしまった……まごまごしていたら、追っ手が来る。かといって、夜の森を進むのは危険過ぎる──そう思っていた矢先、梟の鳴き声が聞こえた。

枝に止まる、灰色の梟。夜の森に浮かび上がって見えたそうだ。一声鳴き、悠々と飛んで行く灰色の梟の後を、思わず追ったラウディオ。

結果、森を抜ける事が出来た──その先に見えたのは本陣。冠を戴いた黒山羊の頭部の旗印が翻っている。

ミルゼリッツ陛下の本陣──ラウディオはすぐさま、駆け込んだという──おおう。初めて異世界知識に感心したかも知れない。

 

そして、闇夜の灰梟亭に到着。店構えからして、他の食堂とは一線を画している。

例えば、高級料亭とでも言おうか──玄関の左右に飾られるは、石灯籠に灯る明るい灯火。魔力によるものだな。やはりここ──老舗だな。

「さ、行きましょうよ」

スタスタと、軽く敷居を跨ぐレンディア。おい、大丈夫か……。

 

少々揉めたが、店に通して貰った。女将の狼狽振りは凄かった。連絡も無しに、グレイオウル家の次女が来たのだからな……。

レンディアの、というかグレイオウル伯の権威、凄いな……。

酒を中心に、色々な料理が出た。肉に野菜に煮物──うん。さすが老舗、美味かった。梟の、氷の彫刻には少々、驚かされたが。

 

夜。しかし、宿に戻るにはまだ早い時間だ。

「う~ん。何か、物足りない感じー」

シェーミイが、背伸びをしながらいう。

確かに。闇夜の灰梟亭の料理は、本当に美味しかったのだが、一品の量がちと、少なかったんだよな。

「私もだ。腹一杯食べるような店ではないからな」

次いで、グランさんも、シェーミイと同じ様な事を言った。

ああ、それだ。あと、“お上品”な味だったからな……。

「まあね。あそこには、私が顔を出したかっただけだから。冒険者向けのレストランじゃないからね」

あっさりと、レンディアがいう。

「あそこ行きましょうよ。ラザロさんの店の近くの、“朝陽食堂”」

「あ、いーねー。そこにしよー」

「いいな。うん、久し振りだ」

おう? 何か良さげな感じがするぞ。

 

早速、路地裏に移動する。あそこの雰囲気、老舗の飲み屋街て感じで、情緒あるんだよな……。

その朝陽食堂。夜から朝までの営業で、メニューは各種酒類と、豚、鶏、野菜と茸の各三定食のみ。だそうだが……。

 

「言えば、大概の物作ってくれるわよ」

「客層は色々な人達が、やって来るのよー」

なるほど、何か楽しそうだな。

「なかなか、面白い店だぞ。楽しみにしているといい」

グランさんが笑った。

 

 



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第83話 朝陽食堂の衝撃 前世との邂逅

 

 

商店街裏通りの一角に、小さめの食堂がある。二人掛けのテーブルが二つ。九人掛けのコノ字型のカウンター。

詰めて、十四人の小さな店。開店時間は、夜から早朝少しまで。外看板にはただ、“飯処(めしどころ)”の文字。誰が言うとも無く、 “朝陽食堂”と呼ばれている──この店の大将は、東国出身という以外、身の上は分かっていない。鍛え込まれ、引き締まった体に、穏和な顔付き。歳は、四十後半といった所だろう──

 

「こんばんはー、大将ー!」

ガラリ、と引き戸を開き、シェーミイが店に飛び込む。

「なんか、久し振りよね、大将」

「今晩は、大将。丁度、いい時間だな」

シェーミイに続いて、レンディア、グランさんと続く。

「今晩は」

店内の雰囲気は……前世でもよく通った、町食堂の雰囲気に似ている──妙な郷愁を感じた。

 

「おお、“碧水の翼(へきすいのつばさ)”の面々か……うん? 新入りか……今日は応援頼めないな」

苦笑する大将……何ぞ?

「この店ね。食事はメニュー表の定食三種何だけど、頼めば色々作ってくれるのよ。まあ、取り合えず、オウルリバーの炭酸割り頂戴」

「えーとね。果実酒炭酸割り!」

「黒ワインを、頼みます」

おおう、飲むなあ。俺は……よし。

「オウルリバー、ロックで」

「なかなか、いい飲み方知っているな。よし、少し待ってな」

大将は、にやりと笑い、奥に引っ込んでいった。

氷があるのは、魔道具があるって事か……こじんまりした店だが、いい店なんだろうな。

 

ガラリ、と戸が開く。

「邪魔するよ」

スルリ、と入ってきたのはラザロさんだった。

ピシリ、と戸が閉まる。いつの間にか席に着いたラザロさん。

「なんじゃ、お嬢。こういう店にも来るのかい」

「ここはグレイオウル領だもの。あちこち出向くわよ」

「お待ちどう。おや、ラザロさん。黒ワインで?」

酒を俺達の前に置きながら、大将がラザロさんにいう。

「うむ。それと、何か豚肉を使った摘まみを頼む」

「そうだね……豚バラと茸の炒め物はどうですか?」

「悪くないな。バター炒めにしてくれるか」

「あいよ」

再び、奥に引っ込む大将。バター炒めか、うん美味しそうだな。

「バター炒め何て、油っ濃くない?」

レンディアがいう。いやいやと、ラザロさん。

「年寄りはの、油を取らないとな」

黒ワインを口に含みながら、ラザロさんがいう。

「油取らないと、干からびるからねー」

果実酒炭酸割りを、がぶりと呷るシェーミイ。

吹き出しそうになるグランさん。

「やかましいわい。豚肉の油はの、体にいいんじゃよ」

ぐびり、と黒ワインを呷るラザロさん。

 

「今晩は」

ガラ、と戸が開く。入ってきたのは巨漢。ブレイズハンドの、ドルヴィスさんだった。

「おおう。お嬢達かよ……ん? クレイドルもパーティー入りしたのか?」

「ええ、そうよ。すでにいくつか、依頼をこなしているのよ」

ほう。とドルヴィスさん。

「大将、蜂蜜酒頼む。それと、鶏の野菜炒めと厚切りチーズを」

ドルヴィスさんが注文する。なるほどな、大概の注文が出来るというのは、こういう事か──俺達は、何を注文したらいいのか……。

 

「えーとね。小魚の唐揚げと鶏唐揚げ。果実酒炭酸割りお代わり!」

「あいよ。お嬢、オウルリバー炭酸割りな」

「ん。ありがと」

グラスの交換と同時に、大将がレンディアの前に、オウルリバー炭酸割りのグラスを置く。

先に頼んでいた、ソーセージと白菜の酢漬けを摘まむ。

楽しいな。この店。ラザロさんとドルヴィスさんが、何やら武具について話し合っている。

 

いい喧騒だな。夜が過ぎれば、さらに人が集うんだろうな。

ちびり、とオウルリバーのロックに口をつける。うん、ほどよく冷えた酒が美味い……。

 

 

「今晩は~。大将、鶏定とエールね。あと、大根の漬物、お願い」

水商売風の女性が入って来た。厚化粧ではなく、涼しげな薄化粧。高級店勤めな感じだ……。

あいよ、と大将が答える。

何か食事を頼もうかな……ううむ。腹は減ってはいないんだよな。

飲むなら、何か腹に入れた方がいいんだが、シェーミイとレンディアが、摘まみを頼んでいるんだよなあ。

さて、何を……ワサビの何かを、頼むか? 大概の注文は出来ると聞いていたからな。

 

「はいよ、鶏定食に大根の漬物ね」

飯、鶏肉野菜炒め、ニンジンとジャガイモの汁。大根の漬物……完璧な定食だ。

その側には、ジョッキのエール。水商売風の女性は、エールを手に取ると、ぐうっ、と呷り、一息つくと、鶏定食に手をつける。

大将は、その様子を穏やかな笑みで見つめている。

 

色々な客がやって来た。大概は、定食を食べ、軽く一杯飲んで帰っていった。

残っているのは、酒と食事を楽しむ人達だ。まあ、俺達もそうなんだが──

ラザロさんは、ちびちびと黒ワインを楽しみながら、ベーコンとチーズを摘まんでいる。

 

「大将、果実酒炭酸割り、お願いします。あと……ワサビ料理、何か出来ますか?」

「はいよ、果実酒炭酸割りね……って、山葵料理……うちは、その、山葵置いて無いんだ……」

店の雰囲気が、凍った。ええ……何だこの雰囲気。

「山葵料理は、出来ないって事なのね、大将……」

レンディアがいう。ワサビは、領内でもそれほど出回っていないと聞いていたからな……。

「まあ、残念ね。クレイドル、仕方ないわよ」

とは言ってもなあ……大概の料理が出来るのに、出来ない物があるというのは、キツいだろうなあ……大将、申し訳ない──

 

出来ない──理不尽な注文を、作りたくないといってはね除けた事は、何度かあるが、出来ないといった事は今までなかった。

山葵かあ。あれを好んで注文する客は、今まで無かったからなあ。参った……。

 

「果実酒炭酸割りをお願いします……それと、豚を使った汁物出来ますか?」

「あ、ああ。分かった。任せな」

我に帰った様に言い、厨房に戻る大将。何か、すいません……。

「出来ん、とはな。初めて聞いたわい」

黒ワインを、ちびり、とやるラザロさん。

「あんたは客じゃない。作りたくないねって、突っぱねるのは見た事あるけどな」

厚切りチーズを口に放り込むドルヴィスさん。

突っぱねる、か……なんかそういう所、ありそうだな、あの大将。

 

「ねえ、君。山葵好きなの?」

エールをワインに代えた、水商売風の女性が話しかけて来た。酔っているのか、顔が赤い。

綺麗な近所のお姉さんて感じの人だ。

「好きです。マリネと一緒に食べると、酒が進みますよ」

「マリネと一緒に、のう」

ラザロさんが、物珍しげに言う。

「はいよ、お待ち」

ゴトリと、目の前に置かれたどんぶり鉢──「おおう」

思わず、声が出た。これ、豚汁だな……ぶつ切りの一口大の豚肉、ジャガイモ、ニンジン、コンニャク……コンニャクあるのか!

一口、啜る──味噌か、これ!

ここは箸の出番だな。まずは、豚肉を一口。

美味い……下味充分。ジャガイモ、ニンジン、コンニャクともに、美味い。というか、味噌があるのに驚かされた──「美味しいです」

 

「そりゃ、良かった。あと、これは店のおごりだ」

差し出されたのは、果実酒炭酸割り。

「ありがとうございます」

 

「大将、俺にもその汁物くれないか」

ドルヴィスさんが、豚汁を覗きながらいう。

「人数分あるよ。食べる人?」

大将の言葉に、皆が声を挙げた。味噌美味いからね。味噌か……この店だけかな?



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第84話 グレイオウル領のダンジョン 黒壁回廊

 

 

朝陽食堂を出たのは、明け方近くになってからだった。大将達と話が弾み、酒食が進んだのだ。

酔ったラザロさんを、ドルヴィスさんが家に送り届けた後、また戻って来て、大将を苦笑させた。

水商売風のお姉さんは、いつの間にか俺の隣に座り、俺の腕をがっしりとホールドしてきた。

前世でいう、高級クラブで働いているとの事。いつかは独立し、帝都で店を構えるのが夢だそうだ……邪神の加護が発動して、やらかされてしまったが──何をしたのかは、言いたくない。

 

結果、嗚咽するお姉さん。大将達とレンディア達から妙な目で見られ、シェーミイからは、「まーた、女殺し」と言われた……邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!

「必ず……お店を構えるからね!!」

慟哭するお姉さん。うん……頑張って下さい。

今日は、朝の魔力制御は出来ないな……。

 

 

コココン! と小気味良いノック音。ルーリエちゃんだな──「どうぞ」

ルーリエちゃんが、超スピードでドアを開けると、早速注文を聞いてくる。

「お湯貰えるかな。あと、今日の朝食は?」

「えーとねえ。丸パンに、鶏皮とキャベツのスープに、ハムと目玉焼きだよ。あと、酢漬け野菜」

おう。ご機嫌な朝食だな──「うん。ありがとう。あとで行くよ」

出て行こうとするルーリエちゃんに、チップ、心付けを渡す。銅貨五枚──もじもじしながらも、礼をいい受けとるルーリエちゃん。

 

 

グランさんとの二人部屋。今、グランさんはいない。朝風呂に出向いている──誘われたが、俺は……面倒なので“浄化”で済ませた。

ルーリエちゃんに頼んだお湯で、体を拭うくらいかな。お湯が来るまで、煙管でも吸うか……。

 

このあとの予定は、冒険者ギルドの喫茶室で今後の話。俺の昇格についてだ。少しでも早く、中級になりたいんだよな。レンディア達に近付くためにも……。

 

テーブルを囲み、皆で朝食。ハムと目玉焼きは、強めに焼いてもらった。

「食事のあと、冒険者ギルドに向かいましょうか。手頃なのが無ければ……そうねえ、ダンジョンにでも行く?」

上品な仕草で、ハムを切り分けるレンディア。

「グレイオウル領のダンジョンは、二ヵ所だったか」

グランさんは、炭酸水に口をつける。

「“黒壁回廊”に“武人の錬武場”だっけー?」

酢漬け野菜を全て平らげんと、バリバリと口に運ぶシェーミイ。

“黒壁回廊”に“武人の錬武場”……。

「どんなダンジョン何だ?」

切り分けたハムの上に目玉焼きをのせ、一口に頬張る……うん、美味い。

「うん。“黒壁回廊”は難所ね。全十階で五階までは、大した事ないのよ。ただ、その下からは、悪魔の巣窟なのよ。上位の悪魔は、顕現しないらしいけどね」

「“武人の錬武場”は、普通のダンジョンではないと聞いているが?」

茶を啜りながら、グランさんが尋ねる。

「あそこね……出現する魔物が、特殊なのよ。確か、“うろつく鎧(リビングアーマー)”と兄上は言っていたわね」

 

うろつく鎧……なんか聞いた事あるな。

 

「兄上がいうには、アンデッドとゴーレムの中間……そういう、妙な魔物らしいわよ。武装スケルトンの様に、連携組んで向かって来るそうね」

「連携か……楽な相手ではないだろうな」

グランさんが、残ったパンを口に運ぶ。

「まあ、とにかく。冒険者ギルドに向かいましょうよー」

シェーミイが、果実水を呷った。

 

 

朝食が済み、冒険者ギルドに移動する……相変わらずの喧騒。すでに身に馴染んだものだ……。

気安く声を掛けられ、気安く答えるレンディア──ここでは貴族のお嬢様というより、ただの、“お嬢”何だな──

 

「んー、討伐系は無いねー。採取、採掘かー」

掲示板を眺めるシェーミイ。まあ、採取系でもいいんだが──

「シェーミイ、“ラミナ草の採取依頼”を受けましょうよ」

「ふむ、採取か。悪くないが……何か、理由があるのか?」

 

ラミナ草、か──異世界知識発動──錬金術、魔術の触媒に使用される。取り扱いに難あり、一部では劇薬指定にされている。

肌に触れても異常は無いが、何らかの形で体内に入ると、視神経の異常。麻痺。呼吸困難の症状が引き起こされる──こわっ。麻痺から呼吸困難て、死亡ルートじゃないか……。

 

「これはね、ついでなのよ。本命は“黒壁回廊”よ」

依頼書を確認しながら、レンディアがいう。

「ラミナ草はね、別名を“瘴気花”というそうなのよ。淀んだ空気の場所で、たまに見られると兄上から教わったのよ……特に、悪魔系が出現する場所にね」

「なるほどな。それで黒壁回廊か」

グランさんが、納得したように頷く。

「この面子なら、余程の相手でもない限り、何とかなるでしょうよ」

依頼書から顔を上げ、俺達を見るレンディア。

「悪魔系かー。結構前に、インプだっけ? あれの討伐以来だよねー」

「下級悪魔だが、火の矢とすばしっこさが面倒だったな……クレイドル、悪魔系とは?」

悪魔系……ああ、そういえば。

「一度。ハルベルトリバーの蠱虫の洞窟で、赤闇の凶殻をジャンさん達と仕留めましたね」

レンディア達が、ジッ、と見詰めてきた……何ぞ?

「通りで、その胸鎧と籠手と兜……赤闇の凶殻素材だな?」

「ええ、そうです。瘴気抜きは、ラーディスさんとメイギスさんにやってもらいました」

「赤闇の胸鎧かー。気持ち悪い色だよねー」

シェーミイが、まじまじと鎧を見詰めてくる……何ぞ?

 

黒壁回廊──グレイオウル領郊外、北西部。馬車で一時間半。何でも、悪魔系が出現する可能性が高いダンジョンには、その入口周囲に防御施設等を作るのだそうだ。

 

「ほら、見えてきたわよ。黒壁回廊、周囲の施設が」

レンディアが、馬車の窓から身を乗り出しながら叫んだ。

グランさんが、レンディアが馬車から落下しないように、ぐっ、とケープを引っ付かんでいる。

周囲の施設か……確かダンジョンの入口周囲を半円で囲むように、防御壁を築いているのだったか。それと衛兵の宿舎に、商店や酒食を提供する食堂等が揃っているそうだ。

窓から頭を出し、周囲の施設を見る……。

「ちょっとした、軍事拠点だな」

 

黒壁回廊監視拠点──最初に目に入ったのは、黒壁回廊入口を囲む防壁。そして、頑丈な鉄門。

おお……賑わっているな。冒険者ギルドの支部もある。武具も扱っている雑貨屋に、飲食店。宿もある……まるで小さな街。生活圏が出来上がっている。

 

「おお……お嬢かい。“碧水の翼”だったよな。うん? 新入りだな。一応、冒険者証見せてくれるか」

古参ぽい、中年の衛兵がいう。

冒険者証を見せる──「羽二つの初級のBかい……初めて見たな」

また揉めるかと思ったが、「お嬢、気を付けてな。あんたらもな」の一言で済んだ。

 

巡回中の衛兵達が、レンディアに気付き、声を掛けてくる。それに気安く、手を挙げ答えるレンディア。慕われているなあ……。

 

「まずは宿ね。衛兵の宿舎でもいいけど?」

レンディアがいう。

「うむ。そこで宿を借りられるなら、それでもいいが?」

「同部屋が、いいかなー。出発が楽だしねー」

シェーミイの発言に、皆が頷く。まあ、そうだよな……シャワー、湯船もあるそうだ。

「私が冒険者ギルドに、移動登録をしてくる。レンディアは宿を取ってくれ」

「分かったわ。あとで宿舎に来て。クレイドル、シェーミイ、行きましょう」

一旦、グランさんと別れ、俺達はレンディアに先導され、衛兵の宿舎に向かう。

 

「待機している衛兵は、どのくらいいる?」

「そうね。確か百人で、週ごとに入れ替えだそうよ」

百人の衛兵が、この拠点で有事に備えているんだな……。

「ダンジョン内から、悪魔が湧いてくるって事なのー?」

シェーミイの疑問。俺も同じ事を、思った。

「そうね。正確にいうと、ダンジョン入口前に、“魔城門(デモンズゲート)”というのが顕現するらしいのよ」

「そこから、悪魔が出てくる訳か……」

「兄上から、そう聞いてるわ。もっとも、無限にってわけじゃなく、限りがあるみたいで、先ずは下級悪魔、中級悪魔、上級……の順に表れるらしいわよ。ただ、それまでに表れた悪魔を全滅させたら、上級が出現するまで間が空くらしいのよ。その時に、“魔城門(デモンズゲート)”を破壊したなら、上級が出現する事は無いとの事よ」

なるほどな。門を破壊、か……。

「上級悪魔って、どれくらい手強いのかなー」

のんびりと、シェーミイが尋ねる。おお、気になるな……。

「兄上曰く、『強靭な信仰心を持つ者。尋常ではない、人間離れした戦闘能力を持つ者』が居なければ、討伐は無理、との事よ」

はえー、とシェーミイ。災害レベルといっていいのか……〈んふふっ、今から怖がらなくもいいよ~大丈夫だから~ふふっ〉

 

邪神の声。その声に、妙な安心感を感じてしまい、少し腹が立った──邪神め! 邪神が!



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第85話 黒壁回廊 行く先は地獄か

 

 

 

衛兵宿舎で宿の交渉。あっさりと決まった。

「四人部屋だな。空いてるよ」

宿舎の責任者。古参の、フィリップさんだ。五十代のベテラン。日に焼けた肌の、逞しい体付きがベテランという事を証明している様だ。

対悪魔戦も数度、経験しているらしい──「お嬢、態々言う事も無いが、体だけは気を付けてくれよ」

「ん、大丈夫。頼れる仲間がいるから。それにヤバくなったら逃げるわよ……ありがと」

フィリップさんに、ウィンクするレンディア。

「部屋は、入口一階のすぐ左だよ」

鼻先を掻きながら、フィリップさんがいう。なんか、照れているな。

 

 

四人部屋──広い。中央に、四人掛けのテーブル。部屋の端にクローゼット。寝台側には棚。

部屋の奥には、机と椅子。ペン立ても。中宿以上の部屋だろうな──

「ふむ……いい部屋だな」

グランさんが荷物を置き、窓を開ける。昼前の陽射しが部屋を照らす。

「私、こーこ!」

一番、陽当たりの良さそうなベッドに身を投げ出すシェーミイ。自由だな……。

清潔感が充分の部屋だ。清潔さを、重要視している国は強兵。という言葉を思い出した……。

 

「ま、取りあえずは昼食ね。着替えて食堂に行きましょうよ」

レンディアがいう。その前に……「浄化」

皆を身綺麗にする。

「下着まで変えなくて、助かるわー」

にひひ、と笑うシェーミイ。それは下ネタか? 自分、下ネタ嫌いなんすよ……。

「男女混成パーティーで、いちいち着替えがどうこうなんて、言わないわよ」

と、レンディア嬢。う、うむ、そうだなと答えるグランさん。

何か、色々あったのだろうな……。

 

昼食、宿舎の食堂──レンディアを特別扱いする事なく、衛兵達と同じ食事。

野菜たっぷりの雑炊に、鶏肉の野菜炒め。そして、酢漬け野菜。

充分に満足な食事。美味い食事は士気を上げるという事なのだろう……普通に、衛兵に混じって食事が出来るのは、レンディアがいるからだろうな。

「採取ついでに黒壁回廊に?」

「そうなのよ。今の面子なら、五階から下を見る事が出来ると思うのよ」

「確か、若は単独踏破していましたよね」

「そうなのよ。三度成したけど、上位の悪魔には出会ってないそうよ」

 

食休み中の、レンディアと衛兵達の会話。若、というのはラーディスさんの事だ。ダンジョンの単独踏破って……。

 

食堂から出て、探索の準備のため部屋に戻る。

「ダンジョンの単独踏破って、普通にあり得るのか?」

ふと、レンディアに尋ねる。まあ、答えは分かりきっているが……。

「まず、無いわね。大体、ギルドからは良く思われないのよ」

ケープを羽織り、首元のベルトを閉めるレンディア。ベルト中央に、梟の形をした銀色のブローチ。

「真似する馬鹿がねー、たまーにいるみたいよー」

毛皮のブーツを履き、ボスボスと床を踏むシェーミイ。いつぞや、ラザロさんの店で購入した投げナイフを、肩掛けにしたベルトに差し込んでいる。

「上級冒険者であり、“当代無双”とまで言われている魔導士の真似をするとはな……」

交差する短剣が装飾された、黒いマントを身に着けるグランさん。暗黒騎士の装い。暗黒騎士の装備品で、黒色ではないのは剣の刀身のみ。とまで言われている。

 

「さ、行きましょうか」

レンディアに先導され、宿舎から出る。いざ、黒壁回廊へ。

「皆、気を付けてな。お嬢を頼むぜ」

フィリップさんに見送られる。

「遅くならないうちに帰ってくるわよ」

フィリップさんに笑って手を振るレンディア。

 

 

黒壁回廊入口前。開かれた鉄門側に、衛兵の詰所。こちらを確認すると、衛兵が出てきた。

「お嬢か。久し振りだな」

ハスキーボイスの、大柄の女性衛兵──竜の顔付き……竜人? 体のサイズが明らかに違う。百七十はあるレンディアが見上げている。

 

お、異世界知識発動──竜人族(ドラグニア)。竜を崇拝している、竜神皇国を祖国とする 種族。国の成り立ちは、神話時代まで遡る事が出来るとの事。その真偽はともかく、竜の気脈が強い土地に建国されているのは確かだ。

 

種族の特性としては、他種族を圧する強靭な体と意思。環境の変化に強く、強固な意思の力による魔力耐性。それに肩を並べる種族は、獅子族と牛人族くらいと言われている。

竜の血脈を引いているという自負から来る誇りは、他種族から見れば傲慢と見られがちだが、実際は、やや内向的な性格で他種族との付き合いが苦手なだけである。その分、友人付き合いが出来れば背を任せるにたる種族──今回、長くないか。何ぞ?

 

「ん? 碧水の翼の新入りか?」

「そうなのよ。最近ね」

ふむ……と見詰めてくる、女性衛兵。

「そのフェイスガードを、上げてくれるか。お嬢と行動を共にする者の顔は、拝んでおきたい」

あ~、とレンディアがいい、グランさんとシェーミイが顔を見合わせる。

まあ、顔を見知っておくにこしたこと無いだろう。

黒鷲の兜を、取る──「む」と、一言唸った女性衛兵が、フラフラと近付いて来る……この状況、覚えがあるぞ!

直ぐに兜を被り、フェイスガードを引き下げる。

「むう……」

名残惜しげな声を上げ、動きを止める女性衛兵。わきわきと、指を動かしていたのが怖かったんだよ……。

「グリネア、もういいでしょ? クレイドルが怯えているわよ」

「……むむむ」

「何が、むむむよ。黒壁回廊の立ち入り申請をお願いよ」

 

立ち入り申請。警戒度の高いダンジョンには、詰所が設けられ、冒険者の出入りが管理されている。いつ、誰が、どのパーティーが入ったのか記録される。

黒壁回廊も、その一つ……悪魔の出現するダンジョンとして、警戒度が高く設定されているのだ。

 

「よし……碧水の翼パーティー四人。リーダーはレンディア……と」

落ち着きを取り戻したグリネアさんが、書類を整える。

レンディアが書類にサインをし、グリネアさんに確認する。

「私達以外に、入った人達はいる?」

「ああ……複数名はいたが、ほとんど戻っている。ただ、二日ほど、四人組のパーティーがまだ戻ってないな……初級ランクの、“猛き剣”だっけか」

初級クラスが、ダンジョンに潜って、二日戻っていない……それがどういう意味かは、習っている。初心者訓練、受けたのだろうか……。

 

「ふん。まあ、いいわ。取り合えず私達は五階下の探索をするつもりよ。対悪魔の経験を積んでおきたいしね」

「気を付けてな」

レンディアと竜人族グリネアの会話。消息不明の初級ランクの事は、きれいさっぱり消えているらしい……グリネアさん、未練がましく、俺をチラチラ見るのは止めていただきたい。フェイスガードは、引き上げないからな……。

 

鉄門を潜り、黒壁回廊の入口前。

「第一目標はラミナ草の採取。二束ね。それほど行かないうちに、採取できるわよ」

ふむ。依頼書のイラストを見るに、分かりやすい──白色の葉と花の色。花と根は無害。劇薬になるは、葉。丁寧に葉をつまみ、慎重に解体ツールのハサミで回収すればいい。

十枚一束を二つの二十枚。少し大目に三十枚の三束──回収は俺とレンディア。グランさんとシェーミイは、周囲の警戒。

そう決めて、黒壁回廊内に進む──「大した魔物は出ないと言ってたが、どんなのが出る?」

「本当に、大したことないのよ。大赤蜘蛛や大黒ネズミ、魔獣とも言えないのが出るくらいで、実入りは小さな魔石くらいなのよ。あと、黒ネズミの尻尾は触媒になるわよ。回廊の五階までは、ほぼ真っ直ぐで、小部屋がいくつかよ」

レンディアが、黒ネズミという度にグランさんが顔をしかめていた。

 

レンディアの言った通り、五階まで危険は感じなかった。大黒ネズミ、大赤蜘蛛のみ出現。しかも、ほとんど単体。多くても二、三匹。

しかし、黒壁回廊という割には、壁や通路は灰色──「黒壁回廊は、六階からと聞いてるわよ」

なるほどな。五階までは、前座か……。

「初級クラスのパーティーは、ずっとこの調子だと思って、奥まで進んだのだろうな……」

「うーん……入口前の衛兵さんや、ギルド支部から、忠告受けなかったのかなー」

グランさんとシェーミイ。受けてはいたんだろうが……。

 

魔石とネズミの尻尾を回収しつつ、先に進む──「さて、ここから先よ」

巨大な、鉄で補強された堅牢な木の扉。

「扉の先は、ちょっとした広場になっているのよ。私が兄上に連れて来られたのは、ここまでなのよ」

レンディアが、扉を押す。大した力を入れているように見えないが、巨大な扉が音もなく開いた──「さ、行きましょうか」

俺達は、広場に踏み込む……さて、ここから先は地獄かな?



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第86話 黒壁回廊 対悪魔の備え そして回収

 

 

「それほど疲れてもないけど、小休止にしましょうよ」

広場には誰もいない。結構広い。百メートル四方の、小型ホールという感じか。

広場奥に、六階へと降りる階段が、見える。あの下が地獄かな?

 

「クレイドルー、魔道コンロ出してー」

お茶の時間だな。シェーミイがバッグから、ビスケットに干し果物を取り出す。

 

「さて、さっきも言ったけれど、ここから先は未知数よ。兄上から聞いた話だと、六階以降はかなり広くなっているらしいのよ。え~と、通路横幅、十メートルほどで天井は見えず。少なくとも、通路に罠は見かけなかったが、油断禁物。それと、小部屋には魔物が潜んでいる可能性あり。入る際には、生命探知、魔力探知の使用を推奨との事、ね」

おお、ラーディスさん情報か。小部屋……確か、魔物が潜んでいる小部屋には、宝箱が安置されている可能性が有り。だったか──

「お湯沸いたよー、お茶にしよ~」

シェーミイが、ティーポットに茶葉を入れ、湯を、静かに注ぐ──雑な手並みに見えるが、意外と茶を入れるの、上手何だよな……。

 

「レンディア、六階に降りる前に大いなる父君に、加護を願いたい」

グランさんがいう。そうか、暗黒神の加護か。対悪魔には、かなり効果的だろうな……。

「ん、お願いよ。対悪魔に心強いわ」

任せてくれ、と嬉しそうにいうグランさん。

 

──この世に有らざるべき

憎悪を巻き散らす 世の敵に抗い撃退する力をお与え下さい

我と我らが友に 大いなる父君の加護を──

 

剣を胸元に掲げ、頭を垂れる俺達に向けての、グランさんの祈り。

体感は……うお、何だこれ。一瞬、体が痺れた──〈んふふっ。“兄上”の加護もしっくりきたみたいね~〉──邪神の声。何だ!? 兄上って!?

 

「よし……済んだ。大いなる父君は、私の頼みを聞き届けてくれた。実感は感じないだろうが、大丈夫だ」

グランさんが、剣を納める。

「さて。暗黒神の加護を得て、万全でしょうけど、実際に六階を見なければ分からないわね」

うむ、とグランさんが頷く。シェーミイが、いつも通り、斥候を引き受けた。

 

「ふん。準備万端ね。さあて……ここから先は、地獄かしらね」

ふふん、と鼻唄を歌う様に言いながら、レンディアが帯剣する。おう、様になっているな……。

「グランさん、暗黒神の加護はどれくらい続くんですか?」

単純な疑問。普通の身体強化は、一、二分程度らしいが、神の加護は?

「うん? 私が、大いなる父君に感謝を告げれば、そこで加護は終わる。急に途切れる事などないぞ……大いなる父君の慈悲は寛大だ。信仰有る無し関係無く──」

「もう、いいわ。さて……降りましょうか。地獄へ」

緑のケープを締め直すレンディア。

 

 

レンディアの言った様に、広い。ジャンさん達に連れられ、いくつかのダンジョンを巡ったが、どことも違う。

黒壁回廊とはよくいったものだな。黒一色──不思議なのは、見渡す限り黒なのに、暗く感じないという事。全体が、ほの暗く輝いているというか……「どうも、気に入らないな」

グランさんが、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「グラン、“闇明け”使ってみて」

レンディアの指示に、グランさんが頷き、宙に印を描き──手で払う仕草をした。トロルの洞窟の時より、少し手間を掛けているな……。

周囲の視界が、大きく開けた。

「なるほど、こうなるのね……」

感心したように、レンディアが頷く。はえ~と、周囲を見回すシェーミイ。

「少し強めにしてみたが、思ったより効果的だな……私を中心にして、約半径十メートルほどかな」

「どれくらい持つの?」

「うむ。私が、解除するまでだ。それと、“闇明け”使用中でも、他の術は行使出来る」

グランさんとレンディアの会話。

「なるほどね……グラン、シェーミイ、先行して。“闇明け”で開けたといっても、まだ前方は暗いわ。斥候はしないで、二人で前方を警戒。私とクレイドルは、後方を警戒するわ」

フェイスガードを引き上げ、深呼吸一つ。

さて、この先は、何が待ち受けているやら……邪神の含み笑いが、聞こえた気がした。

 

黒壁に、黒く広い通路。上が見えない天井。広いんだが……嫌な圧迫感があるな。

先を行く、グランさんとシェーミイ。シェーミイは、少し斜め後方。短弓に、矢を二本つがえている。

俺達との距離は、五メートルほど。

「このまま、真っ直ぐかな?」

「そうね、ただ広くなっただけらしいわよ……と」

レンディアが、立ち止まった。何ぞ?と前を見る──

 

 

この気配……若手の頃に、何度も経験したものだ──“嘆きの荒野”。アンデッドの巣窟。遥か昔、覇王公ミルゼリッツが多くの狂信者、奴隷商、腐敗した神聖教の司祭と神官を、処断し、その遺体を破棄した場所。

その遺体、数万とも数十万とも云われている。

覇王公の歴史の、血生臭い話の一つだ。

暗黒騎士団のみならず、神聖騎士団も若手の騎士と神官は必ず“嘆きの荒野”に向かい、対アンデッドの研修を受ける──それは、それとしてだ。

前方からの気配……四つ。ふむ、これは。

「シェーミイ、レンディア達に報告頼む。アンデッド、四体。私に任せてくれと、伝えてくれ」

シェーミイが、ん、と頷き、素早く音もなく、後方に下がって行く……呪縛の内に、この世に繋ぎ止められている遺体を、解放しないとな。

アンデッドの気配が強く漂ってきた……。

 

 

「アンデッド、四体だそうだよ……多分、初級のパーティーだねー」

口調とは裏腹に、しかめ面のシェーミイ。

「ん。ここは、グランに任せましょうよ」

「大いなる父君の加護、か……」

俺達は、カイトシールドを構え、ブロードソードを引き抜くグランさんの背を見る──

 

カチャリ、ジャリ、と引きずる音が聞こえてきた。腐敗臭は薄いが、アンデッド特有の瘴気が漂って来る……姿を現す、四体のアンデッド。

ボロボロの姿だ。安物の防具に、欠け刃のロングソード。四人共に、似たような姿。

確か、“猛き剣”とか言っていたらしいな──無謀の代償は命……か。

にじり寄ってくる、四体のアンデッド。腐敗は進んでいないので、顔立ちが分かる。

十代半ばか? まあいい……呪縛を、解こうか──魂、いずこかに行けども その体は今だ囚われの身 呪縛は速やかに解かれ その身は灰塵と化す 灰は灰に 塵は塵に 大地に還る時が来た──

 

「大いなる父君よ……どうか、かの者達にも慈悲の御心を」

グランの、暗黒神への祈り。涼しげな風が、回廊を吹き抜けて行った──

 

グランさんの祈り……“浄呪(ディスペル)”か。

暗黒騎士、神聖騎士と神官、司祭の技術だ。

アンデッドを浄呪する手段。強力なアンデッドほど、経験と信仰心が必要らしい。

 

グランさんの祈りとともに、爽やかな風が過ぎ去って行く。そして、ガシャリと金属音──“猛き剣”の成れの果てが、崩れ落ちた音だ……。

ボロボロの装備品からは、灰とも塵とも云えないものが溢れていた。

「はあ……さて、回収しましょうか」

レンディアがため息混じりに言った……冒険者証の回収か……。

 

四名の冒険者証を回収。四名共に初級のD。多分、初級者訓練は受けていない可能性高いな……。

「持ち物は、放って置きましょう。直に回廊に分解されるわよ。グラン、シェーミイ、先行お願いよ。部屋を見付けたら、止まって」

レンディアの指示で、二人は先を行く。

 

「六階からの小部屋は、調べるのか?」

五階までにも、いくつか小部屋はあったが、皆スルーしたんだよな。

レンディアいわく、大した物は無いだろうし、荷物は増やさない方がいいから、との事だった。

確かにな、基本、奥の方が良いものが出やすい傾向にあるというからな……。

「小部屋の隅にでも、ラミナ草が生えているかも知れないからね」

そうだった。ラミナ草採取が、第一目標だったな。

 

先行しているシェーミイが、こちらに手を振っているのが見えた。

「ふん。何か見付けたのかしらね」

急ぎ、シェーミイ達に合流する事となった。



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第87話 黒壁回廊 小部屋巡りとラミナ草採取

 

 

鉄枠で補強された変哲の無い扉。最も、不自然さを感じるほどに新しいが──

「生命探知と魔力探知をしたが、魔力探知にしか反応しなかった。反応は四だ。レンディア、再確認頼む」

「扉には、鍵も罠もなーし。中にいるのが何なのか、目安付けないとねー」

グランさんとシェーミイの意見。慎重になる事は悪くない──「ん」レンディアが、扉に手を置く。

「確かに。四つの魔力反応しかしないわよ……だったら、霊体系か魔法生物ね」

レンディアが、俺達を振り返る。顔に、入るでしょう? と書いてある。

「無論。宝箱の可能性有るんだよな?」

グランさんが、楽しそうにいう。暗黒騎士とはいえ、冒険者だな。

「じゃ、扉開けるよー。静かにねー」

シェーミイが、ポーチから茶色の布を出し、取っ手に巻き付け、ゆっくり捻る──微かな金属音一つしない──肩を押し付け、扉を開く。

最後まで、物音一つしなかった。さすがだな。

 

部屋は、学校の教室を一回りほど大きくした感じか。仄かに明るく、視界確保は充分だ。さて──あれは鬼火か? 仄かに、明るく輝く火の玉四つ……いや待てよ、確か屍鬼火だっけか? 鬼火と区別がつきにくいというのは……。

「鬼火、四つだな。屍鬼火だったら、独特の腐敗臭がする……私が散らそう」

声低く、グランさんがニヤリと笑う。

「ん。任せるわよ」

レンディアが、微笑む。

 

グランは、ブロードソードを引っ提げ、揺らめく鬼火の元へ歩んで行く。

ようやく、鬼火が気付いたが──遅かった。

間合いに入ったグランが、四つの鬼火に斬りかかり、一息で、二つの鬼火を斬った。

風に吹き散る煙りの様に、瞬く間に鬼火が散った。散る様を見もせず、グランは踏み込み、近くの鬼火に、カイトシールドを叩き突け、弾き飛ばす。霊体にも関わらず、肉体を持っているかの様に転がって行く鬼火。

残る鬼火が、急に膨れ上がり、倍以上の大きさに広がった。

今までの緩慢な動きからは、予想もつかない速い動きを見せ、グランを押し包む──瞬間、鬼火が弾け散った。

何事も無かったかの様に、グランは残った鬼火の元に向かって行く……。

 

 

「ふん。さすが暗黒騎士。低級アンデッド何て、物の数じゃないわね」

「油断する事は無いが、あの程度ではな」

レンディアとグランさんの会話。大いなる父君の加護は、伊達ではないという事か。

 

シェーミイは、いつの間にか出現していた小さめの宝箱を調べている。俺はその間、鬼火の落とした魔石を回収する……何属性なのかは、俺には良く分からん。

「罠解除、かんりょー」

シェーミイの声。レンディアとグランさんが、どれどれと、やって来た。

よいしょ、とシェーミイが宝箱を開ける。

 

宝箱は、変哲もない木箱。中に仕切りは無く、無造作に物が入っている。小袋二つに、瓶二つ。

「ふん。手を付けないで、ラザロさんのとこに持っていきましょうよ」

「はーい」

シェーミイが、回収袋に丁寧に納める。レンディアが、小部屋内を見回す。

「ラミナ草、見当たらないわね……ま、いいわ。まだ先はあるから」

伸びをするレンディア。剣を拭うグランさん。

「先に進もうか。まずは、第一目標だ」

対悪魔の経験を積むのもいいが、やはり依頼優先だ。

「そうね、クレイドル。さあ、行きましょうよ。焦る必要はないからね」

レンディアを先頭に、小部屋から出る。

 

 

再び、回廊を進む。最初に感じた圧迫感は、感じなくなっていた。先導は、グランさんとシェーミイ。間を置いて、レンディアと俺。

さて、今は六階。最下層は十階だっけか……。

「レンディア、ここを踏破するのか?」

改めて、尋ねる。ん~、とレンディア。

「いいえ。あくまで、ラミナ草の採取が目標よ」

再び、シェーミイがこちらに手を振っているのが見えた。また、小部屋だろうか?

 

回廊の左右の壁に扉。部屋二つ、か。

「レンディア、右の部屋だが、悪魔の気配だ。間違いない。とはいっても、小物の気配だ。恐らく、インプだろうな」

グランさんが、右の扉を見つめながら言う。ちなみに、左は反応無しの、空き部屋。シェーミイが、中を確認済みだそうだ。ラミナ草は無かったらしい。

 

「じゃあ、開けるよー。静かにねー」

さっきやった様に、茶色の布を取っ手巻き付け、扉を無音で開く……鬼火のいた小部屋と、同じ広さ。中にいるのは──お、異世界知識発動──小魔(デーモンインプ)。下級悪魔の代表格。悪魔としての驚異は低め。火矢の魔術と素早い動きが特徴。微々たる魔力耐性有り──シンプルな知識だな。それだけ危険性は低いという事か? まあ油断はしないが。

 

中にいたのは……粘土の様な肌色と、のっぺりとした質感の、百センチ足らずの小人ならぬ小鬼という感じの生物がいた。四体。尖った耳をした、にやけ面の猿という顔付きをしている──よし、殺そう……。

 

「あれ? クレイドル?」「おい、クレイドル?」「あー、クレイドル? ねえ?」

 

背を向けているインプを、背後から袈裟斬りに切り捨てる。その横にいたインプの首を、跳ね飛ばす──隙だらけだな、おい。悪魔は〈あっはははっ! こんな下っ端をいくら殺しても、“それ”は、中々成長しないだろうけどねえっ! んんっふふふっ!!〉殺せる時に殺せ、だ──残る二体。俺から距離を取り、手のひらに火、火球らしき物を乗せている──火矢か。

二体に矢が突き立つ。シェーミイの放った矢だ。上手いな、シェーミイ。

怯むインプの手から、火が消える。止めには、やはり──剣だ。

踏み込み、剣を振る。二体のインプが膝から崩れ落ちた……よし。インプ、殲滅。

 

「色々言いたいことあるけど……うん。クレイドル?」

レンディアの説教が始まるな……まあ、いい。うん──やれやれだぜ……。

 

「インプ、四体。即座に仕留められると確認したので飛び込んだ……という事ね? クレイドル」

はい、そうですとしか云えない……。

「シェーミイの補佐があったとはいえ、十秒足らずで四体を始末か……」

呆れとも、感心ともつかない感じのグランさん。

「ねー、インプだったからいいけど、あれ以上の悪魔にはさー、さすがにまずいよー?」

こっちは、完全に呆れているシェーミイ。

「今後、気を付けます……」

いかんなあ、いかん。我を忘れた訳じゃないんだけどなあ……反省だ……というか、邪神の声が聞こえていた気がする。何と言ってたっけか?

 

インプから魔石を回収。単純な魔力属性だそうだ。それから、インプの目は魔術の触媒、錬金術の素材になるとの事で、レンディアがくりぬいていた……。

そして、部屋の片隅にラミナ草がひっそりと、群生していた。白色の葉と花。実物は、清楚というか可憐な雰囲気をしている……実際は、えげつないが。

「みーけっ。結構生えてるねー、私が採取するよ」

「丁寧にね。葉の汁に気を付けてよ」

はいはーい、とシェーミイが解体ツールを取り出す。

さて、どれほど採取出来るかな。



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幕間 たまには昔の話をしようか

通算100話という事で、少しばかり変わった内容でお送りします。上手く言えないな……。
何か変。だと思うかも知れませんが、仕様(無表情)だと思って下さい。


Ψ(`∀´)Ψ ウヒヒ


 

 

あん? 今までの対悪魔戦で、一番しんどかった事か? おう、エールお代わりだ。温いやつな。

いいんだよ。俺らの年代はエールは温いもんなんだ。夏は別だがな。ああ、悪魔戦な……ええと、十年以上前だったな。ここ城塞都市の近くの北側、“トロルの見張り台”あるだろ? 今でこそ整備されて、観光地になってるが、十年前は柵で囲われている程度だったんだよ。

……“魔城門(デモンズゲート)”が顕現する時はよ、まず地上では見かけない下級悪魔がウロつき出すんだ。そうだ、小魔(デーモンインプ)だ。あいつらが現れるのが、魔城門が顕現する前触れ何だよ。

あいつらが厄介なのは、増えるのが早いんだよな。一匹が二匹、二匹が四匹ってな、倍々で増える。だから、速やかに始末する必要があるんだよ。おう、揚げジャガと炙り塩豚頼む。エールのお代わりな。

トロルの見張り台に、インプが出現したって、巡回中の衛兵から報告があったんだ。

普通なら即座に討伐依頼をギルドから出すんだが、当時のギルドマスターがよ、無駄に功名心が強くてな、インプ討伐に待ったをかけたんだよ。

 

「馬鹿な話よね~、本当に馬鹿よ……その時の私達もね」

ダルガンデスの注文を運んで来たミランダが、その隣によいしょと座り、店員に注文を頼む。

「オウルリバー、ロックね。あと、葱と青菜の胡麻油炒めね~」

まあなあ、俺達も馬鹿だったな。ギルドマスターに、勝手に動けば、追放処分にすると言われて腰が引けたんだよなあ。

昔の俺を殴りてぇよ、全く……魔城門の顕現の可能性は、領主、王に報告すべきなのに、それもやってなかったんだよな、あの馬鹿は。

うん? 何で当時のギルドマスターは動かなかったって? 言ったろ、功名心が強かったって。

「要はあれよ。顕現した魔城門を、自分の指揮の下、破壊したかったのよ。それで名声を得られると思ったのよね~」

馬鹿だぜ本当によ。その結果……まあ、いいやな。

そん時に、ラーディスが来たんだよ。いや? その時は、魔導卿何て通り名じゃ無かったな。まだ、魔導士じゃなかったしな。首狩りラーディスとは言われていたがな……首狩り? それは、まあ後だ。

ギルド内の雰囲気を感じとって、色々聞き回って、魔城門の顕現の可能性を知ってな、即座に王宮に出向いたんだよ。

そりゃあ、ギルドマスターは慌てたよ。勝手な事をするな、追放処分にするぞってなあ。

「今でも覚えているわ~、ラーディスの、「やってみろ、腑抜け」ってね~」

クスクス笑いながら、長煙管に煙草葉を詰めるミランダ。

 

そしたら、ギルドマスターがよ、下らん事言ったんだよな。

「たかが冒険者に、陛下が会う訳ないってね~。たかが、なんて、よりによってギルドマスターが言っていい事じゃないわよね~」

ふうっ、と煙管を吹かすミランダ。

それが会えたんだよな。ラーディスは、グレイオウル伯の息子で、陛下とは帝都で面識有り。って仲だからな。

「ラーディス、その頃から貴族との人脈あったからね~。オウルリバー、お代わりね。あと三色サラダに、ニンニクほうれん草炒めね~」

なんだおめえ、さっきっから野菜だけかよ。おう、オウルリバー炭酸割り頼む。あと、豚バラ玉葱炒めと、チーズ盛りな。

ああ、結局、王命ではなく国からの依頼って形で、“魔城門(デモンズゲート)”の破壊及び、悪魔の討伐依頼が来たんだよ。受けないって選択はねえわな。

「おう? 何だよ大勢集まって。何の話してんだ?」

「あら、マーカスいらっしゃい。ボトル出す?」

「ああ、頼む。ポテトサンド、平パンでな。それと、鶏生姜焼きもな」

ミランダが、店員に注文を頼む。

 

「“トロルの見張り台”での悪魔討伐戦? ずいぶん前の話だな。たまには昔の話をってやつか?」

オウルリバーのグラスに、氷を手掴みでガラガラと入れるマーカス。

たまにゃ、いいだろ。若手連中にせがまれてな。それで、支援要員以外は皆出払ってな、俺達は直ぐに現場に向かったよ。ギルドマスターが、自分が行くまで勝手は許さん、とか言ってたが、知った事かって感じだったなあ。

「実戦知らん奴に、何が出来るよ? てやつだな」

マーカスがポテトサンドを豪快に噛り、オウルリバーで飲み下す。

ふん。勝手は許さんと言われてもな。現場の空気を知らん奴に、どうこう言われたくねえわな。

うん? ああ、騎士団は領内の巡回の強化。魔城門が、他の地域に顕現しないとも限らないからな。

衛兵達は、万一のため城塞都市の警護。

前線は、俺達冒険者ってとこだ。ラーディス?

野郎はギルドに戻らず、城から直接、トロルの見張り台に出向いていたんだよ──

 

 

ち、と舌打ち。遅い、遅すぎた。インプの数、数十──いや、百はいるか。

「ラーディス、魔城門は顕現するか?」

顔見知りの、壮年の騎士が尋ねてくる。古参の風格を漂わせている、歴戦の騎士だ。

「間違いないですね……それより、街道の通行止めは、済んでいるんですか?」

「ああ、それは大丈夫だ。魔城門の顕現は、要注意事項だからな」

「俺は、ここで待機します。インプを殲滅しても、もう遅い……顕現しますよ、魔城門は。数が数です、討ち漏らしは出ると思って下さい。周囲の警戒をお願いします」

「む、任せろ」

壮年の騎士は、部下を引き連れて下がって行った。

 

魔術師ラーディス、中級Bランク。二十歳そこそこでの異例のBランク。冒険者にして宮廷魔術師。魔術師界隈では、“異才”との評判。

容姿端麗の貴公子然とした顔立ちだが、そこには、軟弱さは一切無い。切れ長の目には、武人にも似た強い眼差し。濃い藍色のローブの下は、濃い赤色の鎧。袖からは、ナックルガード付きの、鋼造りの籠手が覗いている。

 

ラーディスは、小高い丘。“トロルの見張り台”を、一人見上げていた。

 

丘の上は最早、インプの溜まり場に成り果てている──吹き飛ばせない事はないが──やろうと思えば出来るのだが、そうした所で意味は無い。

あれだけの大量のインプが湧いている以上、ほぼ確実に、悪魔に“トロルの見張り台”の場所は捕捉されているだろうしな……。

 

インプは尖兵であると同時に、魔城門を顕現させる道標と土台ともなる。魔城門の顕現場所は、人里近く。もしくは、悪魔系が出現するダンジョン付近に限られる。人目につかない様な場所に出る事はない。理由は、不明。

神々の目が行き届いているから──という説もあるが、本当の所は分からない。

 

「む」

“トロルの見張り台”に動きが見えた。インプの群れが、静止する──そして、何かに押し潰される様に次々と、血肉を撒き散らしていく……。

「顕現、か……魔城門(デモンズゲート)

ラーディスの端整な唇に、獰猛な笑みが浮かんだ──

 

 

急いで準備して、押っ取り刀で駆け付けるとよ、今まで見た事もねえ大きさの魔城門が、顕現してた。間違いなく、上級クラスも出張って来ると直感したな。ああ、そうだ、上級悪魔(グレーターデーモン)奈落の貴族(ヘルマスター)。中級クラスは奈落の尖兵(ピットギオン)、等だな……悪魔連中は面倒なんだよな。大小の魔力耐性持ちで、中には強力な無効化持ちもいる。

だから、対悪魔戦では、補助魔術を行使出来る奴が必要といっても、過言じゃねえんだ。おめえら、覚えておけよ。

「後から騎士団から聞いたんだが、俺達が来るまで、押し寄せて来るインプの群れを、ラーディスが蹴散らしてたんだよ。火と氷の矢を、雨の様に降らせてたそうだ」

ぐびり、とオウルリバーを飲み干すマーカス。

 

でだ、俺達が到着したらよ、ラーディスがインプどもを殲滅してたんだ。ん? おう、ラーディス一人でだ。マーカスが言った様にな……そこからが本番だったんだよなあ。

「私達が到着したら、ラーディスが戦闘の指揮はダルガンさん、お願いしますって、言ったのよね~。柑橘酒ロック、あと大根の酢漬けね」

店員に注文を頼むミランダ。

野菜ばっかだな。おう、オウルリバー炭酸割りお代わりな。ラーディスに言われた以上は、やらなきゃいけねえって思ったな。

「氷の追加頼む。あとベーコンサンド。平パンで、玉葱多目でな。まあ、ダルガンは以前にも集団戦闘の指揮を執った経験あったからな」

マーカスが店員に注文を頼んだ。

まあ、そのお陰でギルドマスターに睨まれたがなあ。今さらってとこだったが、な。

「ダルガンだけじゃないわよ。マーカス、ラーディス。私達は、特に睨まれていたわね~ええと、あと何人か、ね」

ミランダは懐かしそうに言い、ふうっ、と煙管を吹かす。煙が、ユラリと登って行く。

クセ者ばっかだったからなあ……おめえら、若手を悪くいうつもりはねえが、ちぃっと丸く収まってんだよな。勘違いすんなよ? 無茶しろって言ってんじゃねえからな?

まあ、それでもギルドがまとまってたのは、副ギルドマスターがしっかりしてたから何だよな。

うん? ああ、対悪魔戦な。インプは殲滅したならば、魔城門を破壊……って事にはならなかった。出来なかった、と言った方がいいか。奈落の尖兵(ピットギオン)がお出ましになってたんだよ。なかなかに、面倒な悪魔何だよな──

 

 

ピットギオン。奈落の尖兵の名で知られる、中位の悪魔。その姿は、腕の生えた、二足歩行の蝙蝠──顔は鰐に似ており、頭部には、捻れた角が二本。朱色の細身の体に、蛇の様な尻尾。濁った、感情の読めない目をしている──

 

大量のインプの死骸を、何ら気にする事なく、 ラーディスを見つめている──カアァァァア!

コールクライ。悪魔が同族を呼び出す、独特な叫び声。予備動作があるので、止める事は出来る。

が、ラーディスは敢えて止めない。

 

叫び続けるピットギオンの背後に、灰色の空間が広がり──新たなピットギオンが、四体出現した……「五体、か……」ラーディスは呟く。

同族を呼び出したピットギオンと、目が合う。

『五対一だ』とでも思っているのだろうか──「少ないな」

ラーディスの言葉を挑発と取ったか、ギィィアッ! ピットギオン達が、喚き声を上げる──

ラーディスが獰猛な笑みを浮かべ、ギリリ、と拳に力を込める。

袖から覗く、鋼造りの籠手に、炎と氷が宿った──

 

 

俺達が駆け付けた頃にはよ……何て言ったらいいんだ? まあ、あれだ大量のインプの死骸に、ピットギオンの死骸。それらを前に、何事もなかったかの様に佇むラーディスだ。

待たせたか? と言ったら、野郎。「今来たとこです」何て抜かしたんだよな。笑わせるぜ、全くよ。んで、「戦闘の指揮はダルガンさん、お願いします」と来た。まあ、やるわな。やるしかねえってのが本音だったがな。

「中級Aクラスの義務って事だからな」

マーカスが、ベーコンサンドを噛る。玉葱が、ざくりと鳴った。

野郎、わざとピットギオンを増やして、始末してたんだよ。何故か? ふん……あいつ、おかしいんだよ。

「ラーディスいわく、魔界から悪魔連中を早く引きずり出せば、それだけ魔城門を破壊しやすく出来る、との事だったな」

マーカスが、オウルリバーのロックを呷る。

要するに、上級悪魔を引きずり出せば、魔城門を徹底的に潰せるって算段だったんだよ。そのために、わざとピットギオンを“増殖”させて、魔城門の力を削いだんだよ。

「イカれているのよ。ラーディス……魔道卿はね。昔も今も」

んふふ、とミランダが笑い、煙管を大きく吹かす。

ふん。まあ、そっからは乱戦だったな。奈落の貴族(ヘルマスター)が率いる魔界の番犬(ヘルハウンド)、連中の魔術やら炎のブレスやらは、ラーディスを中心とした、魔術師達が防いでいてな。俺達は、そいつらを蹴散らし、魔城門の破壊に専念出来たんだよ。上級悪魔(グレーターデーモン)が出る前に、魔城門を破壊出来たのは、幸運だった。

それで、対悪魔戦は終了。素材の回収に結構な手間はかかったがな。それは後方支援の連中の仕事だった……幸い、死人は無かった。負傷者は出たがな。

まあ、これが俺達の、しんどかった経験談だ。もう一度言うが、対悪魔戦には補助魔術を忘れるなって事。神聖術、暗黒術を行使出来る面子がいれば、なお良しだ……今日のとこは、俺とマーカスの奢りだ。好きなだけ、飲んで食うといい。

「んふふ。少し、割引きしてあげるわ~。みんな、好きなだけ飲んで食べて~」

「しょうがねえなあ。オウルリバー、ボトル取るか」

マーカスが、ボトルを注文する──若手達が、わぁっと騒ぐのを、ダルガンデスは、優しく見る。この中から何人の若手が、大成する事になるだろうか。夢諦め、故郷に戻る事になるだろうか。でなければ……考えても、仕方ない事ではあるが。

 

俺も歳を取ったのかな……ふん。

オウルリバー炭酸割りを、口に含む。グラスは、まだ冷たかった。




UAアクセス、10000越え。地味な作品にも関わらず、御愛好ありがとうございます。
これからも、ジリジリと更新して行きます。評価、感想あれば遠慮なく──Ψ(`∀´)Ψヒヒヒ。


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第88話 黒壁回廊 奈落の貴族




 

 

 

インプのいた部屋で、回収したラミナ草は、丁度二十の二束となった。これで、依頼は完了。消息不明のパーティーの結末も見届けた……。

「依頼は完了して、“猛き剣”の末路を確認したわよ。ここで退いてもいいけど……」

黒壁回廊を、踏破するつもりは無い以上は、滞在する理由は無い……だが。

「まだ少し、進まないか? 対悪魔戦を、もう少し経験したい」

俺は、レンディアにいう。さっきの、インプ戦の手応えだけでは、対悪魔戦を経験したと言えないのでは……という気持ちがあるんだよなあ。

 

「ラミナ草、もう一束くらい採取してもいいと思うよー。あと、私達も対悪魔の経験少ないからねー」

シェーミィが、明るく言った。ふうむ、とグランが頷く。

「ふん。そうね、ラミナ草をもう一束。対悪魔戦の経験をもう少し……という事ね。それでいいわね?」

皆が、頷いた。対悪魔戦の経験は、いくら積んでもいい……クレイドルは、思った。

 

七階。相変わらず、黒壁回廊は代わり映えしない。部屋をいくつか覗く。そこに出現するのは、基本インプ。そして──魔界の番犬(ヘルハウンド)。濁った瞳をした、灰色の大型犬、と見える魔獣。口先から、炎がチラリ、と覗く。

「炎のブレスに気を付けて。シェーミィ、妨害頼むわよ。グラン、障壁お願いよ」

チィッイィン──とレンディアの剣が鳴る。

ウルルル、と二匹のヘルハウンドが唸りを上げる。

ヘルハウンドが炎を吐くタイミングで、シェーミィが矢を放ち、阻止した。ほぼ同時に、グランさんが対ブレスの障壁を張る……さて、万全の体勢だ。クレイドル、参る──

 

 

「耳と尻尾を回収よ。あと、魔石ね」

解体ツールを手早く操り、ヘルハウンドの耳と尻尾と、魔石を回収するレンディア。いつの間にか、出現していた宝箱を弄るシェーミィ。

俺とグランさんは、手持ち無沙汰でレンディア達を眺めている──仕事が済んだ前衛はこんなものだ。

「解除完了。大した事無かったよー」

ふう、と息を吐くシェーミィ。さて、宝箱の中身は──巻物二つに、小袋一つ。シェーミィが回収する。地上で鑑定しないとな……。

「さあて、まだ降りれる余裕はあるわよ。どう……?」

 

 

現在、八階。下層まで来ている。あと二階──レンディアは、それを問うている……。ここまで来て、消費はそれほど無い。体力、気力、共に充分。物資にも余裕はある……さて?

 

「ここの、最下層の主部屋(ボス部屋)はどうなるんだろうな?」

グランさんが、単純な疑問を口にした。五階以降は、下級の悪魔種が出現していた。

「そうね……確か、兄上が言うには、中級悪魔の奈落の尖兵(ピットギオン)が複数だったそうね。とはいえ、上級が顕現する可能性も有るかもしれないって、言っていたわよ」

上級か……確か、上級悪魔(グレーターデーモン)奈落の貴族(ヘルマスター)だっけか……よし、気合いを入れるか。

 

 

九階。最初の部屋で、鬼火二体とインプ四体のグループだった。レンディアが、即座にグランさんに鬼火の始末を指示。俺達は、インプを始末──インプ二体を、風を纏わせた刀で素早く仕止めるレンディア。残り二体の胸に、突き立つ矢──シェーミィの速射だ……踏み込み、剣を振る──戦闘後、宝箱は出現しなかった。

まあ、こんな事もあるか、と皆の気は楽だった。

そして、最下層の十階。黒壁回廊の雰囲気事態は変わらないが、最下層という事で、パーティー内の緊張感は高まっている……さて、主部屋(ボス部屋)の主は、何だろうか?

 

「小部屋は、無視するわよ。少しでも戦力を温存した方がいいわ」

レンディアがいう。それには、賛成だ。踏破を前に、万一の事が有るかもしれないからな……。

グランさんとシェーミィも、同意見だ。

「主部屋の手前に、噴水広場があると聞いているわよ。そこで休憩ね」

 

レンディアの言った通り、開けた場所に出た。

周囲十メートル以上の広さ。五階の広場よりは、大分狭いが、中央には噴水。

噴水の中央に柱。柱の左右に、悪魔の頭部を型どった彫像が二つ。口から、水が吐き出されている。

全体的に中世の彫刻っぽいな……。

 

「さ、休憩ね。噴水の水、飲めるそうよ。魔力回復の効果があるって、聞いたわ。その水でお茶にしましょうか」

「シェーミィ、お茶の準備頼む。水を汲んでくるよ」

シェーミィに魔道コンロを渡し、携帯鍋を手に、噴水へと向かう……間近で見ると、なかなかに芸術的だ。

グランさんは、主部屋に通ずる扉を見詰めている──大きい。五階の扉よりも大きく、芸術品を思わせる、彫刻が施されている──草花が、モチーフなのか? 不自然なほど、真新しい扉だ。

「気配を、感じない……妙な感じだ。気合いを入れないといけないな」

グランさんが、扉を睨み付けながら、唸るように呟いた──

 

お茶の時間だ。ビスケットと干し果物。軽く腹に収める程度。温めのお茶をゆっくりと、飲む。

扉の向こうは……地獄か、魔界か……?

 

ほんの少しの微睡みから、覚める。四人全員、同時の目覚め。

んん~、と猫の様に伸びをするシェーミィ。ケープを整え、刀を抜くレンディア──チィッン、と何時もの刃鳴り。

剣を抜き、盾を構えるグランさん。

俺は黒鷲の兜を被り、フェイスガードを引き下ろす。ガンガン、と何時もの景気付けに、兜を叩く──「準備、万端ね」

レンディアの声に、俺達は頷く。

「シェーミィ、いつでも射てる様に。グランは先頭。私は右側。クレイドルは左……生命探知、魔力探知に掛からないという事は、“魔城門(デモンズゲート)”が顕現する可能性があるという事よ。引き返すなら……今よ」

「ここまで来てー?」

矢筒から、三本引き抜き、器用につがえるシェーミィ。

「大いなる父君の加護を受けながら、尻込みするのは、親不幸というものだ」

きっぱりという、グランさん。

レンディアが、俺を見る──「この面子だ。大概の事は出来る気がする……どうだ?」

ふん。とレンディアが鼻を鳴らす。満更でもない笑みが、その端整な顔に浮かんだ。

「よし……行きましょうか。地獄だか、魔界へ」

「俺が、扉を開けるよ」

芸術品といってもいい扉に、手を掛ける──何の抵抗も、音も無く開いた。

 

空っぽの部屋。周囲、十メートル以上。先ほどの広場と変わらない広さ──数メートル先から、何かが沸き上がって来る。長方形の壁の様な物が……いや、壁じゃない。これは……門、だ。

極彩色の輝きに彩られた門。直感的に、これが“魔城門(デモンズゲート)”だと理解出来た。

縦橫、二、三メートルほどの門から出てきたのは、魔界の番犬(ヘルハウンド)三匹。そして──暗い赤色の、胸元が大きく開いた、スリットの入ったロングドレスを着た、長身の女性。

金属で補強された膝丈のブーツ。同じく、籠手。手には、三ツ又に別れた鞭──その鞭は、蛇だ。シャアッ、とこちらを威嚇している。

「ぬしら、が。門を開いたとてか?」

頭部に、巻角を生やした、緑ががった髪をした女性。爬虫類を思わせる、縦長の瞳。透き通る様な青白い肌の美貌……奈落の貴族(ヘルマスター)だろうか……?

 

「いいえ。知らないわ」

レンディアが、煽る様に肩を竦める。ピシリ、とロングドレスの女性のこめかみに、青筋が立った。おお……煽るなあ。

「意外と短気ねえ。腹芸の一つや二つ、出来ないのかしら、悪魔は」

空気が、凍った直後──パシィッン! 空が切り裂かれた。ヘルマスターが鞭を振るったのだ。戦闘の合図。

「野良犬は、私とシェーミィ。 グランとクレイドルは、ヘルマスターお願いよ」

「「応!!」」

グランさんが盾を構え、ヘルマスターに向き合う。俺は剣を抜きつつ、グランさんの背後に回る。

「……ほう、なかなかの美丈夫よの。さぞかしその魂、味わい深かろうな……ん?」

奈落の貴族(ヘルマスター)が、舌舐めずりをし、婬猥な気配を、グランさんにぶつけて来た。

だが──「生憎だが、私は面食いでな」

チラリと俺を見るグランさん……何ぞ!?

「……よかろ。ぬしらは私が相手しようぞ。番犬には、長耳と猫を食わせよう……やれ!!」

パァンッ! と蛇の鞭が鳴る──ヘルハウンドが、吠えると同時に、炎を吐くが……グランさんの張った、対ブレス障壁に阻まれ、散っていく。

「小細工を!!」

さらにキレるヘルマスターを尻目に、レンディア、シェーミィとヘルハウンドの戦闘が始まった。

 

ヘルハウンド三匹が、突進する──と同時に、三本の矢がほぼ同時に、三匹に突き立つ。

シェーミィの速射。致命打には足りないが、動きを止めるには充分な、一撃──ピュシィィンッ。風斬り音──レンディアが風を纏わせた刀を振るった。

ヘルハウンド達が体を切り刻まれ、血を撒き散らし、さらに風圧で押し返された──一匹が踏ん張り、ブレスを吐く予備動作を見せた瞬間、口内と右目それぞれに、矢が突き立った。

ギャウッと、喚くヘルハウンドの首を、レンディアが斬り落とした。

「ふん。タフね」

「速射はねー、どうしても威力落ちるから」

ググルゥゥ、と警戒する、ヘルハウンド二匹。その身からは、血が滴っている──「さて、決着着けるわよ」

レンディアのケープコートが、ふわりと、風を纏わせた。

「おー」

シェーミィが、矢をギリリと、強く引き絞る──

 

言霊は暗黒を形にし 暗き槍鋼となる──“黒槍刃(ダークエッジ)” グランの詠唱。

螺旋状の、漆黒の槍が三本顕現し、ヘルマスターに向かって、投げ槍の如く飛んで行くが……一つは消滅、二つめは蛇の鞭に弾かれ、三つめ、胴に命中するも、効いた様には見えない。

上級悪魔の魔力耐性、及び無効化能力だ──「無駄よ、無駄。その程度の魔力ではの」

豊満な胸を反らし、ゴミを払う仕草を見せるヘルマスター。

妖艶な笑みには、はっきりと侮蔑が浮かんでいる。

「ふむ。だろうな……ところで、二対一という事を忘れたか?」

ヘルマスターの表情が、訝しいものに変わる。

「もう一人は、ど──」

ヘルマスターが、身を捩る。本能か直感か──

蛇の鞭が斬り落とされ、地面に落ちた。

ヘルマスターが、後方宙返りで跳躍し、グラン達から距離を取る──

「ち、腕を狙ったんだが」

地面で蠢く蛇の鞭を、気味悪そうに見る、クレイドル。

「……何処にいた? 貴様?」

まじまじと、クレイドルを見詰めるヘルマスター。

「「傍にいたぞ」」

グランとクレイドルが、同時に言った。

 

ビキリ、ヘルマスターのこめかみに、太い青筋が浮かんだ。




通算100話記念で、少しくたびれてしまい、間が空いてしまいました……。


Ψ(`∀´)Ψウイィィヒヒヒッ(情緒不定)


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第89話 黒壁回廊 奈落の貴族始末 碧水の翼の帰還

 

 

「……何を、した」

ヘルマスターが、唸るようにいう。怒りを抑えているのだろう……今だ、青筋が立っている。

「彼の気配を消し去った。気配だけでなく、吐息の音。体臭。足音、全てをな」

暗黒術の、“不影(シャドウナン)”。短い時間、存在感を完全に消す。大きな動きをすると効果は消える。“不影(シャドウナン)”は、暗黒神の加護が発動している状況ならば、無詠唱で発動出来るが、連発は出来ない。

 

クレイドルは、グランがヘルマスターの気を引いている間、ゆっくりと近付き、腕を斬り落とすつもりだったが、ヘルマスターの直感的な回避で、蛇の鞭を切り落とすにとどまった──同時に、剣を振る動きで効果は消えた。

「こざかしや! 毛無し猿どもが!!」

両手のひらを、大きく振るヘルマスター。蒼白の炎が、ヘルマスターの頭上に浮き上がる。

グランさんが、盾を構え、腰を落とす。ヘルマスターの術を受け止めるつもりだろう──しかし、大丈夫か……「ガアァァアアッ!!」

ヘルマスターが叫ぶ。左腕、右肩に矢が突き立っている。蒼白の炎が消えていた。

にしし、とシェーミィの笑い声が聞こえた。術の行使を妨害したんだな。

今、勝機──〈んふふふっ、そいつを殺すんだ。いい事あるよ~〉──ここに来て、邪神の声。激励のつもりか!?

 

スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を、引きずる様に下段構えにし、喚くヘルマスターに向けて駆ける。

「下郎! 推参なり!!」

ギッ、とヘルマスターが、睨み付けて来た。推参なり、とは古風だな……んふっ、ふふふっ──よし、殺そう──ヘルマスターと、目が合った。爬虫類の瞳に驚きの色が浮かぶ……フェイスガード越しに見えるクレイドルの瞳は、赤く瞬いていた──「貴様!? 邪し──」

ヘルマスターを、深く袈裟斬りにする。確かな手応え。返す剣でヘルマスターの首をはねた──その首は、目を見開いたままだった。

 

「おー、お見事ー」

ぱっちぱっち、と間の抜けた拍手をするシェーミィ。さっきまでの緊張感が、ゆるりと解けていく……あっちも終わったか。

「ヘルマスターの術の妨害、上手かったな。さすがだ」

グランさんが、剣を収めながらいう。

「グラン達に、完全に気を取られていたからねー、私の事、全然眼に入ってなかったよー」

にひひ、と笑うシェーミィ。

 

ヘルハウンドから、魔石と耳と尾。ついでだからと、毛皮を回収するそうだ……毛皮を、シェーミィが鼻歌混じりに剥いでいる。なかなかに、刺激的な光景だ……。

「シェーミィ、それ済んだら、宝箱の確認お願いよ」

俺が斬り落としたヘルマスターの首を、無造作に素材回収袋に入れる、レンディア。

「クレイドル、ヘルマスターから、魔石を回収して」

おおう……確か、心臓より少し下の位置だったな。人と同じく二足歩行の悪魔から、魔石を取り出す作業は、なかなかに、ヘビィだぜ……。

 

主部屋(ボス部屋)に出る宝箱には、罠の類いは無いが、一応確認するのが定石となっているそうだ。

手早く、三匹のヘルハウンドの皮を剥いだシェーミィ。早いな……。

「猟師の家の生まれなんでねー。クレイドル、浄化してー」

血がうっすらと滲んでいる毛皮を、広げるシェーミィ。綺麗に剥いだものだな……「浄化」

うむ、上手く出来た。血生臭さも消える。

三枚の毛皮を重ね、くるくると巻き、革ひもで手早く束ねるシェーミィ。

「私の、回収袋に入れようか」

あーい、とシェーミィがグランさんに毛皮を渡す。素材回収袋って便利だ……ある程度の“収納空間”の魔力付与がされているんだよな……。

基本、冒険者ギルドからのレンタル。大、中、小あり、それぞれ一週間に金貨一枚、銀貨五枚、銅貨五枚、だっけか。

新人がよく言われるのは、素材回収袋は金を貯め次第、早く買った方がいい……と。

冒険者ギルド、商人ギルド、魔術師ギルドのみでの販売。ギルド加入者以外の購入は、基本出来ない。購入金額は、レンタル料金の約三倍。それを高いと見るかは、個人次第だ。

 

「んー、罠は無しねー。じゃ、開けるよー」

少し慎重な手付きで、シェーミィが宝箱を開けた──おお?

「髪飾りに、ネックレス。短刀……ね。魔力感じるわね。ラザロさんのとこに持っていくわよ」

まじまじとお宝を見詰めるレンディア。ラザロさんとこでの鑑定が楽しみだな……うん?

部屋中央に、いつの間にか魔方陣が出現していた。柔らかい、白い光を放っている──「帰還陣ね」

ダンジョン踏破後に、必ず発現する帰還陣。一階、出入口付近に転移する事が出来る。

理屈うんぬんは、分かっていない。そういうものなのらしい──「さて……帰りましょうか」

レンディアが、率先して帰還陣に向かう。

 

 

 

ゴ、ゴゴゴ、ゴウン──帰還陣に踏み行った先は、真っ暗な部屋だった。広さは分からない。

直ぐに、重量感のある音が響き、部屋に光が差し込んで来た。壁が動いているのか──ゴゴン……音が止み、目の前には、黒壁回廊の入口が見える。

入口付近には、数名の衛兵が待ち構えていた。剣呑な雰囲気では無い。皆、驚きを見せている。

「踏破、したわよ」

レンディアが、い並ぶ衛兵達に告げる。一拍の静寂。そして──大きな歓声。

碧水の翼が、黒壁回廊を踏破した事。レンディアが無事に帰還した事への、歓喜の声だろう。

黒壁回廊に入ったのが、昼すぎ。今は夕暮れ近くになっている。三、四時間ほどダンジョンで過ごしていたんだな……皆、無事で良かった。

 

衛兵達の歓声を背に、直ぐに冒険者ギルド支部に向かう。最初に報告するべき事があるからだ……。

 

「回収品があるわよ……これよ」

レンディアが、四枚の冒険者証を受付に提出した。受付嬢の顔が曇る。これが、何なのか分かったのだろう。

「明日には、捜索依頼が張り出される所でした……碧水の翼が、依頼を達成したと見なされるでしょう。ギルドマスターには、そう報告しておきます……ふう」

受付嬢が、切なそうにため息をつく。まあ、仕方ない事だ……これも仕事だろうからな──

「捜索依頼の書類は、もう作成されているんです。だから、依頼完了という事になります……いかがでしょう?」

「報酬が支払われ、私達の功績になるのなら構わないわ。皆、それでいいわよね?」

皆、頷く。うん、碧水の翼のためになるならば、それでいいのだ。

「はい。では、そのように手続きをします……ご苦労様でした」

深々と、頭を下げる受付嬢。

 

レンディアとグランさんが、魔物素材を買取りカウンターに持ち込んでいく。

宝箱から回収した物は、シェーミィが預かっていて、それらの品は、ラザロさんにまとめて鑑定してもらう事になっている。鑑定が楽しみだ。

さて。シェーミィと、喫茶室で茶でも飲んで、レンディア達を待っていようと話てた所、買取りカウンターから、女性の悲鳴が聞こえた──「生首ぃぃいっ~!!」

シェーミィと顔を見合わせる。お茶と茶菓子を運んできた店員も、何事?とカウンター側に目をやっている。

「あー、ヘルマスターの頭ね……」

「……あれ、素材になるのか?」

まあ、お茶を飲みながら、待っていようか……まだ、騒ぎになっているな。

 

「各種魔石、ヘルハウンドの毛皮、ヘルマスターの頭。占めて、金貨百二十枚に銀貨二十三枚、銅貨七枚ってとこね」

「なかなかの……大金だな」

レンディアの申告に、グランさんが呆れたように呟く。

「ちなみに、一番の高値はヘルマスターの頭だったわよ。あと、ヘルハウンドの毛皮ね」

「上手く剥げたし、クレイドルの浄化もあったからねー」

 

今は、場所を移して宿舎にいる。夕食の前に、収入の確認をする事になった。その後、一風呂浴びて、酒場で食事。

「配分は、一人当たり金貨三十枚、銀貨五枚で、端数の銀貨三枚と銅貨七枚を、パーティー貯金にしようと思うけど?」

「いいよー」

「うむ、問題ない。私が口座に振り込んでくる。自分の分け前を、口座に振り込みたいなら、ついでにやるが?」

何の問題ないな。グランさんが、担当しているんだったか。

 

それぞれ、金貨数枚と銀貨だけ取り、あとはそれぞれの口座に、となった──さて、風呂の時間だ。浄化だけじゃ、元日本人としては物足りない。

 

 

クレイドルの入浴が、ある騒動を引き起こし、結果クレイドルは、浴場使用禁止。個室のシャワー室のみ、深夜限定で使用可。という事が決まった。

 

「俺は悪くない。止めなかった仲間が悪い」

とは、本人の言い分だ。



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第90話 宿舎騒動と魔剣“魂食み(ソウルスレイヤー)

 

 

 

朝食後、ギルドに移動。朝食時もそうだったが、移動中も、すれ違う衛兵達の視線をチラチラ感じる……だが、無視だ。

「見られてるねー」

「それはそうよ。昨日が昨日だもの」

シェーミィに、レンディアが答える。

「迂闊だった。考えれば、分かる事だったのだが……」

グランさん、無念そうに言うのは、止めて頂きたい。妙な罪悪感が湧きそうだ。

昨日、何があったか? 簡単に言うと、浴場で騒ぎがあった。俺は悪くないが──

 

昨晩の事───

管理人室兼自室で、宿舎の責任者フィリップは、日誌をつけていた。最後に、レンディア嬢が率いる“碧水の翼”が“黒壁回廊”を踏破した。と、締めた。茶を啜り、ふう、と一息。

時間は、夜の八時少し。寝るにはまだ早いな……よし、一っ風呂浴びて、一杯やりに行くかな……浴場に行く準備をしていると、「うん?」何か、騒がしい気がする。

妙に思いながら外に出ると──

 

「それで……ろくに頭も体も乾かしていない、半裸の衛兵さん達に、一体何が起こったのかな?」

腰に手を当て、仁王立ちになっているフィリップ。目の前には、十数名の半裸の衛兵達。

浴場は広く、優に三十名以上は入る事が出来る。女性衛兵の浴場も、同じ広さ。基本、三交代制とはなっているが、厳密な規則では無い。

個室のシャワーで、済ませる者達もいる。

 

衣服を小脇に抱え、下半身にタオルを巻き、もじもじとしている若手連中……何だ、この状況は?

「ロディ、答えろ。何があった?」

若手のリーダー格。ロディ。引き締まった体付きではあるが、まだ伸び代はある、二十歳前の若手の有望株だ。

「は、教官殿……」

珍しいな。いつもの快活さが無い。

「貴様らしくもない。どうした?」

少しの沈黙──意を決したのか、ロディが声を上げる。

「はい! 教官殿。浴場にレンディア嬢のお仲間二人が、入って来たのであります!」

うん? それがどうしたと、フィリップは思った。確かに、“碧水の翼”は客人だが、レンディア嬢が、特別扱いはしないでといったので、普通に接するように、周知徹底させていたはずだ……。

「それで?」

「はい、それから──」

 

ロディの報告を聞いて、思わずこめかみを揉んだ。要するに、暗黒騎士のグラン殿と一緒に、浴場に来たクレイドルの容貌に、恐れをなした若手連中は混乱し、ロディが逃走の指示を出したという──

「彼は、その……魔性の容姿でした。あの顔、体を直視するのは危険だと判断し、皆に撤収の指示を、出しました」

何を馬鹿な。とは言えない、か……そういえば、クレイドルだっけな。初対面時、フェイスガードを、引き下げたままだった……。

「分かった。規制を掛けよう……レンディア嬢には、俺から伝えて置く」

「お願いします!」

ロディが、頭を下げる──結果。

 

クレイドルは、浴場の使用禁止。個室のシャワー室のみ、深夜限定で使用可──という事になった。

 

「まあねぇ。仕方ないわよ」

あっははは、と明るく笑うレンディア。にっししし、と笑うシェーミィ。

「私が早く気付いていれば、な……」

グランさんが、呟く……俺は、悪くない。うん──

 

ギルドの喫茶室。今日は、のんびりと過ごす事となった。

「さあて、明日にはグレイオウル領に戻ろうと思うわよ。皆、どう思う?」

レンディアが、ゆったりと茶を啜る。

「そうだな……今日一日は、休暇でもいいと思うが。どうだ?」

グランさんがいう。普段着は、相変わらずの上下黒付くめ。

「いいよー、急ぐ用事もないからねー」

シェーミィが、背伸びをしながらいう。

「うん、そうねえ。のんびり過ごしましょうか……」

レンディアが言った。ふうあああ、とシェーミィが大あくびをする。

俺も……眠たくなってきた。

 

せっかくギルドに来たのだから、一応、依頼掲示板を見てみる。

配達に、護衛。商人ギルドの依頼も混ざっているな……。

「ここの冒険者ギルドね、商人ギルドも兼ねているのよ」

レンディアが、横に並ぶ。何でも、大体の依頼が近くの森からの採取だという。冒険者が、猪なり、兎や野鳥を狩って、店に卸す事も普通に行われているそうだ。

「討伐依頼なんて、年に二、三回あるかどうかって聞いたわよ」

……だが、“魔城門(デモンズゲート)”が発生したなら、この長閑な場所が一転して、戦場になるのか……。

 

昼食まで、まだ時間はある。ここからは自由行動となった。

グランさんは武具を扱っている店。レンディアは雑貨屋へ。俺とシェーミィは、昼寝のため宿舎へ戻る。食事は拠点内の“灰色の羽毛亭”で取る事に決まった。

時間になったら、グランさんが迎えに来てくれるとの事だ。

「あー、眠い。意外と、疲れてるねー」

ふあああ、とシェーミィの大あくび。

「確かに……ヘルマスター戦は、少しくたびれた……」

あの緊張感は、かなりのものだった──うん? そういえば、邪神が何か言ってたな? 何だっけか?

 

 

「ふあ~、また、後でね~」

ふらつきながら、部屋に入るシェーミィ。俺も、後に続く……シェーミィはもう、陽当たりのいいベッドに身を埋め、丸まって寝ていた──ほんと、猫だな。

シェーミィは、すぴすぴ、と早くも寝息を立てている。

水差しに、生活魔法で水を補充し、コップに水を注いで一息に呷る──うん、美味い。

ラーディスさんから言われていたな。美味い水を造り出したかったら、美味い水を飲め、と……グレイオウル領の水は美味いからな。その影響なんだろう。

さて。時計を見るに、二、三時間は昼寝出来るな……休める時に休む──ゴドン。重みのある、落下音。んん? 何ぞ?

棚に収めていた、スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)が、棚から落ちていた……。

何故、落ちる? しっかり棚に収めて……これ……伸びていないか? 外見も変わっている、な……木枠の黒革造りの鞘は、黒光りの金属製に変化していた。

鞘から抜くと……うわ。二十センチ以上は長くなっている。刃先長く、幅も少し広がっていた。

ショートソードから、ロングソードに変化している……何で、こん──〈あっははは! 魔剣の成長条件満たしたんだよ~〉邪神の声が聞こえた──そういえば、ヘルマスター戦で邪神が言った言葉を思い出す──(そいつを殺せば、いい事あるよ~)と……これが、いい事か?……うわ、このタイミングで異世界知識発動──いや、これは、違う……。

 

呪物鑑定──スケルトンキラーから、成長。“魂食み(ソウルスレイヤー)”。対悪魔に対して効果大。悪魔系に属する魔物、魔獣を仕留める事で、活力を得られる。使い手(邪神の子)に対しては、悪影響無し。それ以外の使い手は、徐々に衰弱効果──呪物鑑定って何ぞ!?

 

後から、ラザロさんに聞いてみよう……呪物鑑定? 何なんだろうな……今は、昼寝だ昼寝。

魂食み(ソウルスレイヤー)”だっけか……? 今は、ただ眠い……枕に頭を埋める──んっふふふっ──邪神の笑い声が聞こえた……眠い、今は眠ろう……。




ストームブリンガー!!

Ψ(`∀´)Ψケケケ
ギュンギュンギュン!!


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幕間 グランドヒルの新人達⑤ 見聞を広めに

UA10000越え。お気に入り100越え。
地味な作品が、ここまでになるとは……これからも、キチンと更新していきます。今後ともよろしく──(SICARIO・DAYofTHESOLDADO)を観ながら。


Ψ(`∀´)Ψ サンキュー


 

 

ジャンさん達。“鋼の風槍(てつのかざやり)”が、調査隊護衛の依頼を終え、帰還して来た。結構長かったな……ジャンさんは今、ギルドマスター室に呼ばれている。

 

「よし……と。ご苦労さん。これは、むこうさんの感謝状と、追加報酬だ」

ダルガンデスが、金貨の入った袋をジャンベールに渡す。なかなかの重さに、ジャンが目を見張る。

「感謝状にも、一応目を通しておけ」

「……感謝状なんて、初めてですよ」

ダルガンから渡された感謝状に目を通しながら、ジャンがいう。

「ま、正しく感謝の気持ちだからな。紙切れなんて馬鹿にゃできねえよ」

目を通し終えたジャンが、ふう、とため息をつき、ダルガンに感謝状を返す。

「これは飾って置くぞ。“鋼の風槍(てつのかざやり)”、そしてギルドの箔と信頼に繋がる物だからな」

「まあ、そうなりますか。謹んで受けますよ」

「おう、そうしな……そういや、クレイドルだがな、野郎今、“碧水の翼(へきすいのつばさ)”に加入してるぞ」

「碧水の翼……魔導卿の妹、レンディア嬢がリーダーのパーティーでしたか」

「そうだ……碧水の翼も、感謝状貰ってるぞ。ウォーキンス子爵とギルラド子爵からだ」

ダルガンは、よっ、と立ち上がり、茶の準備に取りかかる。

「馴染んでいる感じでしたか?」

「野郎の性格だからな。馴染むのは、早かっただろうよ」

早くも茶の薫りが漂って来た。

「トロル討伐に加え、ねぐらから、ギルラド子爵がウォーキンス子爵に贈ったものの、行方知れずになってた、黒銀の短剣が見つかったらしくてな、それを返したそうだ……ま、飲め」

カップに、茶を注ぐ。 頂きます、とカップに口を付ける。

「初級のBに、昇格させたよ。Aランクになるのも、時間の問題だな」

美味そうに茶を啜る、ダルガン。

「そうですか……鍛えた甲斐がありましたよ」

ジャンは、目を細めて、嬉しそうに茶を啜る。

 

 

喫茶室でお茶を飲みながら、おしゃべりをしていると、レンケインさんがやって来た。

「リーネ達、何か久し振りだね」

いつもの深緑色のローブ姿ではなく、珍しく、普段着だ。淡い緑色の長袖のシャツ。

「レンケインさんの普段着姿、初めて見たかも」

シェリナがいう。レンケインさんは苦笑しながら言った。

「今回の依頼は、ちょっと疲れたんでね。しばらく僕らは、休暇だよ」

「確か、結構遠くにある、遺跡の調査と聞きましたけど?」

ジョシュが、焼き菓子を摘まむ。うん、と頷くレンケインさん。

「遺跡自体には、危険は無かったんだけどね。その道程が、少し危険だった。僕らの任務は調査隊の護衛だったんだ……すいません、注文お願いします」

レンケインさんが、店員さん呼ぶ。

 

それからしばらく話をしていると、ジャンさんとミルデアさんが来た。そして、皆で昼食を取る事となった。場所は宿舎。マーカスさんの料理だ。

 

「……これって、どういう料理何ですか?」

ジョシュが、呟く様にいう。私も、初めて見る料理……大きめのお茶碗。どんぶり、というらしい。そのどんぶりの上に、揚げた衣で覆われた肉と、野菜。玉葱に白菜。それらが、半熟ぽい煮玉子?で包まれている──「肉は、豚肉を揚げたやつだ。それに、炒めた玉葱と白菜を、半熟に煮た玉子で覆った物だ。肉と野菜の下は米だ。まあ、食べてみろ」

揚げた豚肉と、炒めた玉葱と白菜。それを半熟玉子で覆った? 想像つかない……でも、この匂いは、たまらない……付け合わせは、酢漬け野菜──キャベツだ。

 

とても、美味しかった。少しばかりがっつき過ぎたと思うけれど、一口、揚げた豚肉を口にした瞬間、揚げと野菜の歯触りに、甘めの味──皆、夢中になって、平らげた。

食後、マーカスさんが出してくれた温めのお茶が、口に残る油を洗い流してくれた……ふう。美味しかった……他所で、食べられるかな?

 

 

「マーカスさん、さっきの料理って、いつかクレイドルが言っていたやつですよね」

レンケインが、すっかり腹が膨れたリーネ達を見ながら言った。

「うん? ああ、料理名は……何て言ってたかな、ちと忘れた。だが、あの料理は洗い物が楽になるんだよ。一皿減る。次は、汁物を一品増やすかな」

すっかり満足して、だらりと寛いでいるリーネ達を見るマーカス。その顔に、笑みが浮かんでいた。

 

 

「聞いたぞ。初級のEランク、正式に冒険者になったらしいな……おめでとう」

ミルデアさんが、嬉しそうに言ってくれる。面と向かって言われると、やはり照れるわね……。

それから、色々話をした──そして、レンケインさんが、ここ城塞都市以外の土地を、知った方がいいんじゃないかと、言ったのだ。

確かに……ここ城塞都市の雰囲気に、充分慣れているのよね──周囲の街は、近い順に港町ハルベルトリバー。林業が盛んな、ミストウッズ。

 

「城塞都市から、一、二時間で行ける、そこら辺が妥当だろうな。他の街は、半日か一日がかりになる。馬車移動に慣れる意味でも、近場がお勧めだ」

ジャンさんが、砂糖まぶしの炒り豆を摘まむ。 どことなく、優雅なのよね。

ハルベルトリバーに、ミストウッズ……う~ん。まあ、話し合って決めよう。港町、興味あるなあ……淡水と海水が混じった大河。汽水?だっけ? 山村育ちとしては、大河や海は一度は見たいと思っていた。村では、川や小さな湖は何度も見たけど……。

「直に冬だ。今、ハルベルトリバーの大河沿いは、もう冬風吹いてないか?」

ミルデアさんが、お茶を啜りながら言った。

……ジョシュとシェリナが、顔をしかめた。今の時期、寒いんだ……私達の村も、冬はなかなかに冷え込むのよね……行き先は、もう決定かな。

 

 

「移動先は、ミストウッズですね。ミストウッズの事を、説明いたしましょうか?」

微笑む、狼族のジェミアさん。灰色の毛並みをした、可愛いお姉さんて感じの受付嬢だ。

この人と、獅子族のリネエラさん、猫族のサイミアさんは、ギルドの看板娘として有名だ。

「少しは聞きましたけど、改めてお願いします」

「では、こちらへ」

ジェミアさんは、他の職員さんに引き継ぎを頼むと、私達を仕切りのある場所に案内する。

 

 

今、私達は馬車で移動中。城塞都市からミストウッズまでは、約二時間。一時間移動したなら、三十分の休憩。実質、二時間半ちょっとだ。

(馬車移動の時はね、運賃ケチるのは良くないよ。特に長距離はね)レンケインさんの助言だ。

三人で、銀貨三枚の馬車。中クラスの馬車だそうだ。私達は、武装している。これも、レンケインさんの助言。武装状態での移動に慣れるためとの事だ。

六人乗りの馬車の中には、私達ともう一人。

先輩冒険者の、ええと……ランドさんだ。がっしりとした体格。ジョシュより身長は低いけど、体格は一回りは大きい。ジョシュは、何度か稽古を付けて貰っていたそうだ。

 

ランドさんはミストウッズの出身で、今回はたまの里帰りだそうだ。実家が、家具屋を経営しているとの事。

「あそこの依頼は、採取と討伐系が基本になるだろうな。採取はともかく、森の影響で魔獣化する獣の討伐の難易度は、ピンキリだ」

ランドさん曰く、年に一度、山の頂上に霧がかかる時期があり、その後に獣が魔獣化する可能性があるそうだ。

「ダンジョンは無いから、俺達冒険者からしたなら、余り美味しくない土地だと思われがちだが、そうでもない」

魔獣化した獣の肉は高く売れるし、毛皮も状態によっては、高く売れるとの事。

「活気のある、いい街だ。それなりに荒くれ連中がいるが、お前達だったら適当にあしらえるだろ。なあ、ジョシュ」

「もちろん」

にやり、と笑うジョシュ。

 

 

ミストウッズが──いや、山が見えてきた。頂上に濃い霧がかかった山。神秘的にさえ思える。

シェリナが、はあ、とため息を吐いた。

「青き鱗の竜が、訪ねて来る季節か」

ランドさんが、何か嬉しそうに言った。




続けてみるものですね。コンゴトモヨロシク。
Ψ(`∀´)Ψウィヒヒヒ


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第91話 グレイオウル領への帰還 呪物鑑定

 

 

 

衛兵達に見送られ、黒壁回廊監視拠点を、後にする。滞在したのは、二、三日ほどだったが、濃い日々だった気がする──消息を断った冒険者の、冒険者証の回収。ヘルマスター戦。浴場騒動に……スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)の成長。そして、呪物鑑定……専門家に聞く事にするか。

 

 

「ただいまー!」

シェーミィが、勢いよくギルド内に飛び込む。丁度、正面カウンターで副ギルドマスターの、バルドルさんが仕事をしていた。

「おかえりなさい。相変わらず元気ですね」

微笑むバルドルさん。ナイスミドルの渋い笑みだ。

「ただいま、バルドルさん。早速だけど、採取依頼の“ラミナ草”二束に、追加にもう一束よ」

依頼書と回収袋を、バルドルさんに差し出すレンディア。ふむ、と受け取るバルドルさん。

 

ラミナ草採取依頼は終了。品質も良く、追加の一束合わせて、報酬は、予定額プラス金貨一枚に銀貨三枚の、計金貨三枚に銀貨九枚という事となった。

同時に、黒壁回廊監視拠点からの、移動登録をする。

報酬配分は、先の黒壁回廊の収入があるので、パーティー口座に金貨三枚、銀貨一枚を入金する事となった──取り分は、一人銀貨二枚。

 

バルドルさんに別れを次げ、ギルドから出ると時刻は、まだ昼前。取り合えず、宿を取る事になった。俺とグランさんは、灰月亭。レンディア達は──「私達も、灰月亭にするわよ」との事。

「定宿も、いいとこだけどねー。同じ宿の方が便利なのよー」

にひひ、と笑うシェーミィ。 ま、それもそうだな……早速、灰月亭で宿を取る。男女別に二部屋。新しい生活が始まるな……。

 

一旦、定宿に預けている荷物を回収して、灰月亭に移るという、レンディア達。

早速、灰月亭で滞在手続きをする。一週間単位の手続きだ。

「ありがたいね。碧水の翼の定宿になるとはね。名誉だよ」

亭主のラルフさんが、嬉しそうに笑う。

側にいたルーリエちゃんが、むふう、と息を荒くする。

「クレイドルさん、またオウルレイクの果樹園に行きましょうね!?」

ラルフさんが、苦笑する。微笑ましい感じだ。

「うん。あそこのケーキ、美味しかったからね。近い内に行こうか」

これは、本気だ。砂糖とクリームの案配が、前世並みだったんだよな──あの味わい、転生者が関わっていた可能性が有り、と思ったのだ……。

うひひひ、と顔を赤らめ、ぐねぐねと身を捩るルーリエちゃん……うん、近い内にね。

 

レンディア達は、灰月亭に移る準備を手早く済ませている。グランさんは、暗黒神の支殿に出向いて行った──よし。ラザロさんに、呪物鑑定の事を聞こう……その前に、黒壁回廊で入手した品を鑑定してからだな。

 

ラザロ中古品店の扉をくぐる。ガラン、と鐘の音──「ラザロさん。黒壁回廊で、色々入手したのを鑑定して欲しいのよ」

レンディアが、黒壁回廊で入手した物をカウンターに出した。

巻物二つ。小袋三つ。瓶二つ。髪飾りにネックレスと短刀──「ふむ。少し、時間を貰うぞ」

 

小規模の“火炎球(ファイアボール)”の、巻物二つ。小袋三つには、小粒の金銀。瓶二つは、魔力回復ポーション。ここまでは、大した物では無かった……「ふむ。この三つは何処で手に入れた?」

髪飾り、ネックレス、短刀を見た時、ラザロさんが、興味深そうに言った。

「うん? 黒壁回廊の主部屋(ボス部屋)の宝箱からよ。ちなみに、相手はヘルマスターだったわよ」

レンディアの言葉に、ふむ、通りでの、と答えるラザロさん。

「先ずは、“翠月の髪飾り”。効果は、軽度の状態異常を無効化。状態異常の回復が早くなる、と出た」

翡翠色の石が嵌め込まれた、髪飾り。パーティー名に合ってるな。

「そして、首飾り。“風乗りの護符”。身のこなしが良くなり、風属性が少し、強化されるとの事じゃな」

薄い蒼色の、革のネックレス。風属性強化、か。レンディアにうってつけだな。こういう品は、主部屋に出現する魔物次第なのか? それとも、ダンジョン次第なのだろうか……。

「さてと、短刀じゃが……なかなかの逸品じゃな。“影身の刃(シャドウエッジ)”。効果は、抜いたら短時間、影の様な存在になるそうじゃ。まあ、気配を消すといった所じゃろ。猫娘には、うってつけの品じゃな」

なるほどな。いざとなれば、近接戦をすると言っていたシェーミィには、お似合いの品だな。

 

「ラザロさん、ありがとう。ええと、全部で十品の鑑定ね。これ、どうぞ」

レンディアが、金貨一枚を差し出す。鑑定料、一つに付き銀貨一枚。大分、破格だという。

「毎度あり、じゃな」

ラザロさんが、金貨を受け取る。

「道具の配分をしましょうよ。まあ、ほぼ決まっているけどね。ラザロさん、じゃあまたね」

レンディア達が、店から出ていった……俺の話は、ここからだ──「うん? どうした、何ぞ用か?」

「はい……少し、鑑定の事で聞きたい事があるんですよ」

 

 

ラザロさんと、朝陽食堂で待ち合わせ。朝陽食堂の開店時間は夜。少し早いが、店の近くで看板が出るのを待っている。

ラザロさんの店は、夕方まで。レンディア達には、特に言っていない。

灰月亭から、何気なく抜け出した感じだ──ぼんやり待っていると、大将が出て来た。店先に暖簾を掛け、看板に灯りを灯す……よし、行くか。ラザロさんを待たせたくないからな。

 

「今晩は」

暖簾をくぐり、店に入る。大将が、少し驚いた顔をする。

「いらっしゃい。今日は早いね」

優しい笑みを浮かべる大将。何か安心する。

「後から、ラザロさんが来ると思います。テーブル席に着いても、いいですか?」

「ああ、構わないよ。奥にどうぞ」

何かを察したのか、あまり声が響かない席に通された気がする。

「果実酒の炭酸割りと、酢漬け野菜下さい」

あいよ、と大将の返事。

さて、ラザロさんへの質問をまとめると、特定の物の鑑定は出来るのか、という事になるな……この場合は、呪物鑑定だ。

いつか、邪神から貰った銀色の腕輪。これにはまだ目を通していない。ラザロさんの前で呪物鑑定をして、その後、改めてラザロさんに鑑定して貰うつもりだ──「はい、お待ち」

大将が、炭酸割りと酢漬け野菜を持ってきた。

炭酸の弾ける音が、心地いい……。

 

「ふむ。一通りの鑑定技能を修めたばかりの頃は、鑑定が困難という事は充分あり得る」

ちびり、と黒ワインを口に含むラザロさん。

「それはまだまだ、技能が未熟という事であっての、特定の物しか鑑定出来んという事は無い」

なるほどな。鑑定技能を修めたなら、大概は鑑定をする事は出来るのか……。

「例外があるとするなら……そうじゃの、古代の魔道具や、神器などと伝えられている、強力な力を秘めた品々くらいかの」

ラザロさんは、黒ワインのお代わりを頼む。

「大将、炭酸割り、お願いします……それらの品を鑑定しようとしたなら、どうなるんです?」

「そういう、ある意味で曰く付きの品を鑑定する時はの、熟練の鑑定士数名で、慎重に時間をかけて鑑定するんじゃよ。品によっては、一週間、もしくは一月がかりの品もあったの」

豚肉と白菜炒めを口にするラザロさん。黒ワインと果実酒炭酸割りが運ばれてきた。

 

ふと気付くと、朝陽食堂は喧騒に包まれていた。これくらい賑やかな方が話しやすい……。

「ラザロさん、ここからが本題なんです」

炭酸割りで、唇を湿らせる。ラザロさんは、うん? と訝しげな顔をする。

「呪物鑑定が、出来るようになったみたいです」

ラザロさんが、ワイングラスに口を付けたまま固まった。まあ……こうなるか。

 

「はあ……一体何じゃお主は。あの魔剣といい……呪物鑑定じゃと? 疑る訳では無いが、証し立てる事は出来るか?」

黒ワインを呷るラザロさん。お代わりと、塩豚の炙りを頼む。俺は、いつぞや邪神から貰った、銀色の腕輪を出す──「む……」腕輪を見たラザロさんが、顔をしかめる。

「これを鑑定します。結果を言いますので、その後、ラザロさんの鑑定をお願いします」

「よし……よかろう」

 

 

“闇銀の月輪”──敵意有る魔力に対しての耐性大。反面、物理攻撃に対しての耐性低下──ふむ。クレイドルの鑑定結果と同じじゃな……。

確かに、呪物鑑定が出来とる。しかし、この男の場合、物理耐性低下の効果は、恐らく無効、もしくは反転して物理耐性強化になるかも知れんなあ。

 

「確かに、呪物鑑定出来とる。他の武具なり装飾品は試したかの?」

「はい、一応は。でもダメでしたね。呪物だけです」

バトルアクスに、赤闇の鎧で試したけど、うんともすんとも、何も分からなかった──ああ、そういえば。

「先のある魔剣ですが……成長しましたよ」

果実酒ロックを、ちびりと飲む。

「……明日、それを持って店に来い。改めて、鑑定させてくれ。金は取らん」

「分かりました……強力とは思いますが、ちょっと妙な効果、持ってますよ」

何故かひそひそ声になる、俺とラザロさん。

 

「あー! いたー!!」

ガラリ、と朝陽食堂の扉が勢い良く開き、シェーミィが飛び込んで来た。

後ろから、グランさんとレンディア。

「今晩は、大将」

「ああ、いらっしゃい」

「クレイドル、いつの間にか居なくなったと思ったら、ラザロさんと飲んでたのね」

「うむ。ひそひそ話を、しとった」

グビリ、と黒ワインを干すグランさん。

「皆、揃ったんだ。カウンターに移ったらどうだい」

大将が、カウンターを勧めてきた。

「儂は、もう一杯飲んだら引き上げるかの」

黒ワインを頼み、よいしょ、とカウンターの定位置に陣取るラザロさん。

「ラザロさん、今日は俺にご馳走させて下さい」

「うむ。お言葉に甘えさせて貰うわい」

レンディア達が、それぞれ注文を始める。

「大将。オウルリバー、ロックでお願いします」

「はいよ」

 

今日は、ためになったな……呪物鑑定、か。



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第92話 グレイオウル領での休暇

 

 

 

夜明け前に、目が覚めた。昨日は結構飲んだのだが、しんどくはない。少しばかり、喉が渇いているくらいだ……水差しとコップに、生活魔法で水を満たす──うん。美味く出来た。

グランさんは、まだ寝ている。起こさないように、タオルだけ持ち、部屋から出る。

 

裏庭に出る裏口から、厨房が見えた。

亭主のラルフさんと、女将のナジェナさん。住み込みの従業員数名が、快活に、忙しなく働いている。

ルーリエちゃんは見当たらない。この時間は、まだ早いんだろうな……静かに、裏庭に出る。

ベンチに座り、魔力制御を始める。深呼吸、三つ。空気が冷たい。もう直に冬だな……ジワジワと、みぞおちから魔力が全身に広がって行くのを、感じる……。

 

 

軽い倦怠感。充分に魔力制御が出来たという事だ……タオルを、生活魔法で濡らして絞る。

水気をある程度取ったら、それで体を拭う。冷たいな……もう冬も近いか。そして「浄化」。湯なり水なりで、体を拭うのは大事だ。その上で、浄化だ……さて、戻るか。もう、陽が上がり始めている。

 

 

部屋に戻ると、グランさんは起きていた。

「おお、早いな。魔力制御か?」

身支度を整えているグランさん。さすが騎士だな。朝が早い。

「お早うございます。さっき、終わったばかりですよ」

そういえば、暗黒騎士は魔力制御はするのだろうか?

「グランさん、魔力制御は?」

「うん? ああ、私達暗黒騎士は、大いなる父君への祈りが、魔力制御にもなっているんだ。魔術師の様に魔力制御をしたなら、信仰に迷いでもあるのかと心配されるよ」

なるほどな。そういうものか……夜、寝る前とか、休憩中にグランさんが祈っている姿、何度か見かけたな。

 

しばし、グランさんと談話中。ココココン、と独特の高速ノック音──「どう」どうぞと言いかけた瞬間には、ルーリエちゃんが超スピードで飛び込んで来た。驚いたグランさんが、ビクッとなった。

「何か、ご用有ります!?」

朝から元気だな。というか、俺だけを見ているのはどうかと、思う。

「そ、そうだな、浴室は使えるかな?」

グランさんが聞く。ルーリエちゃんが、ビクッとなる……グランさんに気付いて無かったのか。

「は、はい。もう沸いていると、思います」

「ルーリエちゃん、お茶を頼むよ」

バッ、とこちらを見て、うん、分かった! と超スピードで飛び出していく、ルーリエちゃん。

「私に気付いて無かったな、あの子……」

開けっ放しになっているドアを見つめながら、グランさんが呟いた……。

 

お茶が運ばれてきた。グランさんとの、一時のティータイムだ。ルーリエちゃんによると、朝食はあと一時間後くらいらしい。

「今日は、鶏肉の雑炊と鶏皮キャベツ炒めに、酢漬け野菜だよ」

「うん、分かった。これ、いつも少ないけど」

いつもの心付け。銅貨五枚。恥ずかしがりながらも受け取るルーリエちゃん。

「では、私からも」

グランさんも、ルーリエちゃんに心付けを渡す。

「ありがとうございます」

しっかりと、看板娘らしい挨拶をするルーリエちゃん。ちゃんとドアを閉め、出て行った……。

「私に対して、態度違わくないか?」

まあ、確かに……うん。

 

朝食まで、まだ時間はあるので一風呂浴びないか? とグランさんに誘われたが、宿舎騒動の事を思いだし、丁重に断った。少し残念そうだったのは、何ぞ?

 

 

“碧水の翼”、揃っての朝食だ。鶏肉雑炊は、薄めの塩味でするすると喉を通る。鶏皮キャベツ炒めの甘辛味に、とても合う……うん。美味い。

「今日一日は、休暇にしましょうよ。気付かないうちに、疲労は溜まっているものなのよ」

レンディアの発言。確かにな……のんびり過ごすのも、いいだろう。皆も、同意見だった。

「さてと、昨日、ラザロさんとこで鑑定して貰った品なんだけどね──」

鑑定品の配分。火炎球の巻物は、いざという時のため、俺とシェーミィが持つ事となった。

魔力回復ポーションは、レンディアとグランさんが持つ。

“翠月の髪飾り”と“風乗りの護符”はレンディアが身に付ける事に決まった。

能力的に、レンディアに打ってつけの装飾品だからな。

影身の刃(シャドウエッジ)”は当然、シェーミィが、身に付ける。

適材適所というやつだ。俺もグランさんも、何も文句は無い──小粒の金銀が詰まった袋は、あとで、カリエラ商会に持ち込み、その売却金は後から分けるという事になった。急ぎでも無い事だ。

 

さて、俺の今日の予定は一つ。成長したスケルトンキラー(元鋼造りのショートソード)をラザロさんに見せる事だ……他には、何だっけか?

 

今日の予定を、各自話し合う。取り合えず、夕食は皆で取る事に決めて、それまでは各自、自由行動となった。

レンディアは、冒険者ギルドでお茶をしながら、ぼんやりと過ごし、そのあと昼寝をするという。シェーミィは、半日寝て過ごすそうだ。グランさんは、暗黒神の支殿で過ごす、との事。

さて、俺はラザロさんの所に行くまで、どうするか……。

カリエラ商会と、ブレイズハンドに顔を見せるのも悪くないけど……ふむ。

「皆さん。お茶のお代わりは、どうですか?」

ルーリエちゃんが、俺達のテーブルにやって来た。

「うん。お願いよ」

レンディアが、微笑む……ああ、そうだ、果樹園の約束があったな。早い内に済ませておこうか……いつになるか分からないしな。

「ルーリエちゃん、昼あとに果樹園に行かないか? 今日は、時間あるんだけど」

ふひっ! とルーリエちゃんが反応する。

「はい、大丈夫です! お昼過ぎは、暇ですから!」

力強く、ルーリエちゃんがいう……おおう、目力強いな。ラザロさんの所には、そのあとに行くとしようか……んっふふふ~、とルーリエちゃんがスキップしながら、去って行った。

「……少女趣味」──シェーミィが、ぼそり、と呟く。

「違うからな。誤解するな」

何て事言いやがる。前世だと、事案だぞ! 果樹園の甘味を知らないだろう?!

 

「まあ、何にせよ。今日はのんびりしましょうよ。夕食時に集まればいいわよ」

今後の事は、夕食の時に話し合おうと決め、解散となった。

昼あとまで、どうするかな……。

 

ラザロさんの所に行くのを優先する事にした。レンディアが言うには、店は朝食後に開くとの事なので、早速向かう。その時レンディアに──「あれ? あなたの剣、そんなだった?」といわれ、まあ、後から説明すると答えた。

明らかに、変わってしまっているからな。鞘が金属製になって、刀身伸びてるし──だが、重さは変わらない……魔剣、か。

 

 

「ふうむ……明らかに、変化、というか成長したと言うたほうがよいかな。鑑定させてもらうぞ」

ラザロさんが、鞘から剣を抜き、まじまじと見つめる──今、店は一時閉店となっている。曰く付きの物を鑑定する時は、こうするそうだ。

「“魂食み(ソウルスレイヤー)”のう……悪魔系に対しての効果、大。悪魔系を始末する事で、活力を得られる……か。副作用は、衰弱と出た……まあ、お主なら、この副作用は現れんかもな。何となくじゃが」

おお、やはりか……ただ、邪神の下りは鑑定できなかったらしい。まあ、その方がいいかな。

「俺の方も、そういう内容でした」

剣を鞘に戻し、返してくるラザロさん。

「まあ、上手く使いこなす事じゃな。呪物に振り回されんよう、気を付けるがよい」

 

それから、少し呪物について話をして、礼を言って、ラザロさんの店を後にした。

 

 

昼にはまだ早いが、取り合えず宿に戻る事にする。

心地良い喧騒の中を通り抜け、部屋に戻り、剣を棚に納める。グランさんは、まだ戻っていない。

レンディア、シェーミィ共に、昼食はどうするんだろうな?

まあ、ここで昼食を取って、約束通りルーリエちゃんと果樹園だな……煙草盆を取りだし、一服の準備をする──“深風”かな……。



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第93話 武人の練武場 衛兵救助に向けて

 

 

 

昼食を取ったのは、俺とグランさんだけだった。シェーミィは宣言通り眠りこけ、冒険者ギルドから戻ったレンディアは、昼食を取らずに部屋に戻って行った。

「よほど、疲れているみたいだな」

苦笑を浮かべ、グランさんはパンをシチューに浸す。所作が、丁寧何だよな。グランさん……育ちがいいんだろう。

昼食のメニューは、鶏肉、白菜に玉葱のシチューに丸パン。そして酢漬け野菜。

うん。シンプルだが、なかなかに量は多く、そして、美味い。

美味い食事は、士気を上げる。兵も冒険者もそれは同じだ。

 

昼食後の、お茶休憩。グランさんと、とりとめもない会話。その際、ルーリエちゃんがそわそわと、テーブルの周囲をうろついている……ああ、そうだ。果樹園デートの約束だな。

「ルーリエちゃん、お父さんは何て?」

「大丈夫だよ! 夕方前に帰れば、いいんだって! 蜂蜜漬けの林檎パイを、食べに行こうよ!」

おお……ぐいぐい来るな。林檎パイか……美味しそうだな。グランさんは、他人事なので、笑っている。

 

 

蜂蜜漬けの林檎パイ──いや、美味かった。蜂蜜の甘さと、林檎の酸味がバランスよく、生地の歯触りも良かった。

これ……先の転生者のレシピじゃないか?

ルーリエちゃんは終始、楽しそうで何よりだった。オウルレイク近くを散歩して、宿に戻った。果樹園に来た理由の一つは、オウルレイクの風景を、しっかりと見る事だった。魔力制御の、勉強になると感じたからだ。

 

オウルレイク廻りを充分に堪能して、帰宿。丁度、夕方前に戻る事が出来た。例によって、ルーリエちゃんがごねたが。

宿に戻ると、グランさんが、テーブルでお茶を飲んでいた。

「ああ、お帰り。さっき、レンディアとシェーミィが起きてきて、浴場に行ったよ」

テーブルに付くと、グランさんにお茶を勧められる。

 

「夕食だけど、どこにしようか」

「そうねえ……まだ、行っていない所だと……」

レンディアに尋ねる。“淡水の庭”に“湖畔の庵亭”か。“鶏源亭”の支店もあったな……。

「色々あるけど……まあ、昨日も行ったけど、朝陽食堂にしましょうよ」

レンディアの鶴の一声。まあ、いいか。何を注文するか、楽しみ何だよな……酢漬け野菜以外に、糠漬け出すしな。東国出身と言っていたが、日本か……?

 

 

「あれ? メニュー増えた?」

レンディアが、壁に貼られたメニュー表を見て言った。

うん? 鶏定食に豚定食、茸と野菜定食の三種に、豚汁定食。限定十食とある……。

「限定十食とは、人気何ですか?」

思わず、大将に聞いていた。具沢山の豚汁だけで、おかずになるからなあ……。

「試しにやってみたら、なかなかの人気でね。特に米との組み合わせが、とてもいいんだよ」

ああ、確かにな。米と豚汁に漬け物。これで完成しているからな。うむ。

「ふ~ん。じゃ、豚汁定食、米でね」

レンディアが言う。グランさん、シェーミィも同じくだ。俺は、前世の経験があるからな……。

「鶏肉で、丼物出来ますか?」

焼き鳥丼というやつだ──「出来るよ」大将が、不敵に笑う。

ふむ……大将、恐らく──転生者だ。

「果実酒炭酸割りもお願いします。鶏肉丼に、焦がし葱もお願い出来ますか?」

「あいよ。焦がし葱ね」

にやりと笑う大将。決まりだな。俺と同じく、転生者(同郷)だ……恐らく、大将も気付いたかも知れないが、気にする必要は無いだろう。今は、焼き鳥丼を楽しみにしていよう……。

 

「え~、何それ!」

豚汁定食を食している最中の、シェーミィが言う。何と言われてもなあ……甘辛のタレがかかった、焦がし葱が乗った焼き鳥丼ですが? うん、美味い。付け合わせは、大根の糠漬け。

炭火焼きであれば、完璧だっただろうが、そこまではさすがに、求められない……美味いな。

箸が進む──「大将。美味しいです」

「おう。ありがとな……丼物のメニュー、増やすかなあ」

何か、嬉しそうに言う大将。次ぎは、豚丼かな……。

 

シェーミィは、ガツガツと焼き鳥丼を貪っている。よく食うよなあ……。

俺達は酒に移っている。レンディアは、オウルリバーの炭酸割り。グランさんは黒ワイン。

早く来たので、客は今だ俺達だけ……喧騒も悪くないが、いい空間だな。

「あと一つのダンジョン、“武人の練武場”だったな。そこに行く予定は?」

グランさんが、黒ワインを傾けながらレンディアに尋ねる。

「う~ん。どうかしらね。あそこは実入りはそこそこなんだけどね」

「どういう品が出るんだ?」

武人というくらいだから、武具関連かな?

「そうねえ……兄上と行った時は、武具ばっかりだったわよ。あと魔石は、単純な魔力属性だけだったわよ」

「レンディアはともかく、魔導卿からしたなら、武具は必要無いだろうな」

「いや、無骨な武具ばっかりで、全部ドルヴィスさんとこに持ち込んだわよ。魔石は、兄上の取り分になったわね」

ラーディスさんが言ってたな。魔力属性の魔石は、なかなか入手しにくいと。

「“武人の練武場”ねー……難易度としては、どんなものなのー?」

焼き鳥丼を完食し、口元に飯粒を付けたシェーミィがいう。ケフゥ、と小さなげっぷをした。

「そうねえ……中級って感じよ。全五階。二階までは盾兵。三階からは、両手武器に、槍兵も交じるわね。そこから下は、弓兵も加わるわよ。少しづつ人数も増えていくわね。五~十五くらいね」

「集団戦闘の経験が積めそうだな」

暗黒騎士のグランさんが、興味深そうにいう。

「うん。グレイオウルの衛兵達が、演習として、定期的に潜るわよ。たまに、帝都からも新兵が来るのよ」

レンディアが、シェーミィの口元を拭いながらいう。むー、とシェーミィが唸る。

 

ガラリ、と扉が開き、巨漢が入ってきた。ドルヴィスさんだ。

「今晩は大将。よう、お歴々」

「今晩は、ドルヴィスさん。今ちょっと、ドルヴィスさんの話をしてたわよ」

「あん? 悪口か? 大将、蜂蜜酒と鶏肉料理頼む」

「ううん。フラれてやけ酒して、泥酔した挙げ句、兄上に女性を紹介してくれと、泣きついた話を今からしようと、思っていたわよ」

大将が、ふふっ、と笑った。

「お嬢、その話は止めろ。離婚歴のある年増の女官長の事は、忘れたい」

苦々しく言う、ドルヴィスさん。蜂蜜酒を持ってきた大将が、笑いを噛み殺している。

 

「鶏とジャガイモの煮物お待ち」

「おお、煮物か。いいね……この太葱、美味そうだな」

ドルヴィスさんは、焦がし葱を見つめる。焼き鳥丼の葱だな。美味いですよそれ……。

「そういえば、“武人の練武場”で入手した武具を持ち込んだ事あったわね。あれの質ってどんなものだったっけ?」

レンディアの質問。煮物を、美味そうに口にするドルヴィスさん。太葱が、ざくりとなる。

「う~ん、確か、中級品てとこだったな。ラザロさんのとこに持ち込んでも、似たような値段になったろうな」

ぐい、と蜂蜜酒を干すドルヴィスさん。

店が、そろそろ騒がしくなってきた。うん、いい喧騒だ……あれ、いつかの水商売の女の人だ。男性と一緒だな。同伴出勤? 俺に気付いて、ウィンクをしてきた。

喧騒の中、しばらく酒食を楽しむ。ふと、ある事を思い付いた。

「大将、酢と味噌ありますよね?」

「うん? あるよ。どうした?」

「マリネの酢味噌和え、出来ますか?」

酢味噌和え。前世で、沖縄出張の時、居酒屋でマグロの酢味噌和えを何となく頼んだら。やたら、酒が進んだ経験があった──「酢味噌和えか……しばらく待ってくれないか。色々、試してみるよ」

大将が、面白そうに言った。おおう、楽しみだ。酢と味噌のバランスが、少し難しいかもしれないですよ、とアドバイスをした。

 

翌日、宿での朝食後。ゆっくりとした、お茶の時間。

「今日はどうする? まだ、休暇の続きか?」

上品な仕草で、ティーカップを摘まむグランさん。

「う~ん。そうねえ……取り合えず、冒険者ギルドに行ってからね。面白そうな依頼があれば受けて、でなければ“武人の練武場”にでも、出向こうかしらね」

武人の練武場に、興味あるんだよな。集団戦闘を、まだ学びたい……。

「取り合えず、冒険者ギルドに行ってからねー」

シェーミィが、明るく言った。

 

冒険者ギルド内には、大した依頼は無かったが──レンディアが、捨て置けない依頼が合った。

特殊依頼「衛兵救助。武人の練武場」 と。

「この依頼──」

「いいよー。受けようよ。ご領主に感謝されるかもねー」

にしし、と笑うシェーミィ。

「私は、構わない。“武人の練武場”を知りたいしな」

とグランさん。俺も両名に同意見だ……武器はバトルアクス、かな。

「準備が済み次第、出発だな。お嬢」

「ええ……行きましょうよ。シェーミィ、依頼を受けてきて。その後、準備用意」

レンディアが、不敵な笑みを浮かべた。




コンゴトモヨロシク。



Ψ(`∀´)Ψウィヒヒヒ


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第94話 武人の練武場 救助活動前のいざこざ

 

 

 

馬車で、二時間ほどの道のり。黒壁回廊よりも遠い。一時間の移動で、小休憩。実質の移動時間は、二時間半といった所だ──黒壁回廊監視拠点ほどではないが、それなりに、施設が整っているらしい──レンディアがいうには、要塞。といった雰囲気だそうだ。

 

「止まれ」馬車から降り、入り口に向かおうとすると、即座に止められた……おう、物々しいな。

レンディアではなく、グランさんが衛兵の相手をする──「ギルドからの依頼だ。衛兵の救助を受けた」

グランさんが、依頼状を衛兵に差し出す。

衛兵が依頼状を確認し、グランさんに返す。

「手数だが、詰所に行って、依頼状を見せてくれ。そうすれば、出入りは許可されるだろう」

ん。とグランさんが頷く。ピリピリとした雰囲気だな。

グランさんを先頭に、詰所に向かう。

「私が、前に出ない方がスムーズに進むのよ。余計に手間がかかりそうだからね」

レンディアが、囁くように言う。まあ、確かにな……。

「ギルドに依頼を出さなくても、衛兵が救助に出向けばいいんじゃないか?」

「う~ん。ここら辺は、依頼主に話を聞かないと分からないわよ……何となく、理由は分かるけどね」

なるほどな。何か訳ありか……。

 

 

「おっと。お嬢かい……久し振りだな。依頼を受けてくれたのかい」

詰所にいたのは、レンディアの顔馴染みの、古参の衛兵。名を、キールという。

「衛兵の救助と聞いていたけど、ギルドに依頼を出した理由は?」

「ああ……それな。要は、突っ張った若手に灸を据える意味でもあるんだよ……馬鹿馬鹿しいけどな」

吐き捨てるように、古参の衛兵さんが言った。

「古参連中が付いての、訓練だったんだがな。若手連中、それを嫌ってな。勝手に潜ったんだよ……馬鹿げてるだろ?」

「馬鹿げてるわね。全滅しているかもよ」

レンディアが、呆れた様に言う。

「だな……もしそうだとしても、身分証を回収して貰いたい。頼む」

悲痛な表情で、頭を下げるキールさん。

「ええ。分かったわよ……出来る事をやるわよ」

またしても、不敵な笑みを浮かべるレンディア。頼もしいな、この面構え。

要するに、身内に対しての事構えだという事なのだ。『お前ら、いざと言う時にはこういう事になるぞ』と。

 

「救助対象は五名。リーダーは、エルランって奴だ。それと、こちらからも救助部隊を出している。今から行けば、入り口近くで合流出来るはずだ」

「分かったわよ。宿を取り次第、直ぐ向かうわ」

レンディアが、振り返る。それでいい? という確認だ。

構わない、と俺達。宿を取るために、シェーミィが駆けていく。

 

荷を置き。早速、“武人の練武場”に向かう。すれ違う衛兵達の、顔は明るくない。

仲間がダンジョンに潜り、消息不明と来た。そりゃあ心配だよな……。

“武人の練武場”の入り口が見えてきた。

入り口には、十人ほどの衛兵。あの人達が、先行隊か──

 

「冒険者の手は借りない。帰れ」

おおう。いきなりの歓迎だな。気の強そうな、衛兵が食ってかかって来た。まだ少年の面影を残した、栗色の髪をした衛兵だ……歳は、十五、六といった所か?

「そう言われてもな……こっちも仕事だ。責任者は?」

グランさんが、大人の対応をする。

「お前達には関係無い事だ。帰れと言った!」

「そういう訳には、いかないんだよ。正式に依頼を受けたのでな……これが依頼状だ。責任者に──」

見せてくれ、とグランさんがいうより速く、衛兵は依頼状を引ったくり、破いて捨てた……ああ、こいつ。今、自分のした事の意味が分かってないな……。

 

「これは……冒険者ギルドへの妨害と見なされたぞ。今、お前ら衛兵達は冒険者ギルドに、敵対宣言をしたという事になった……」

グランさんが、栗色の髪をした衛兵を、じっ、と見つめる。

チ……キ、とレンディアが刀の鯉口を切る音。

シェーミィが、素早く短弓を下げ構え、矢筒に手を伸ばす。

俺はバトルアクスを、支えとして寄りかかる。

 

冒険者ギルドの依頼状──すなわち、冒険者ギルドを代表して依頼を受けましたよ。という証明書だ。危険度の低い採取、採掘だろうが、命懸けの討伐依頼だろうが、依頼状の価値と意味は等しい。初級訓練で教え込まれる事の一つ……。

それを、若き衛兵は踏みにじった。ギルドの面に、思いきり泥を塗る行為──流血沙汰には、ならないでくれよ……。

「う……」

若き衛兵が、後ずさる。恐らく、グランさんはかなり怒りを抑えているだろうな。それが、殺気めいた雰囲気に出ているのが、見てとれる──さて、どう収めるかな……。

 

「どうした? 何があった……お嬢、か。一体どうしたんです?」

駆け付けて来た、年配の衛兵。この場の雰囲気を見て、誰かが古参の衛兵さんに伝えたのか……。

「ふん。冒険者ギルドの、衛兵救助の依頼状を若手が破り捨てたのよ……それが、どういう事か分かるわよね」

レンディアが、若手の衛兵から目を逸らさずにいう。手は、いつの間にか刀の柄に掛かっている……。

「それは……くそっ! お嬢、引いてくれないか。これは、さすがに……」

「引けないわね。冒険者ギルドの顔に泥を塗られて、引けないわよ……この若手達は、ギルドに喧嘩を売ったのだもの。どうして、引けるの?」

若手連中が、明らかに怯えていた。依頼状を破った衛兵の顔から、血の気が引いている。

馬鹿だねえ……若気のいたり、では済まされない事なんだよなあ。全く……。

 

「……お嬢、頼む。矛を納めてくれ。こいつらは、子供何だ。きちんと躾をする……だから、どうか」

大の大人が、ガキのために頭を下げる、か……全く。

「レンディア、もういいだろ。もし、このガキ供がダンジョン内で、ちょっかいをかけてきたら、その時で考えればいい……今はとにかく、救助だ」

静かな殺気を放つレンディアに声をかける。いや……怖いな。

「……ま、いいわ。私達は今から潜るけど、あなた達はどうするのよ?」

何とか冷静さを取り戻したレンディアだが、声に冷たさが、今だ残っている──「彼らが、邪魔をしたなら、相応の手段に出ると言っておこう」

グランさんの声も、冷たい。まあなあ……。

「場合によっては、後ろから撃つよー」

にしし、と笑うシェーミィ。いや、目が笑っていないのだが……。

 

「……取り合えず、二手に別れて行動しようか」

若手の指揮を取る、古参の衛兵がいう。

“武人の練武場”は、円形に作られているらしい。半周後、広場があり、そこから下に降りる階段があるそうだ。最下層は、五階。

「信頼していいのよね? 邪魔したなら、相応の手段を取るわよ」

レンディアが呟く様にいう。やはり、根に持っているのだろうか……衛兵隊長が、頷く。

「うん、分かったわ……」

半周の通路。小部屋がいくつか。それを確認しながらの移動──「俺達は右回り。お嬢達は、左回りで頼む」

「ん。構わないわ……広場で合流、でいいのよね?」

「ああ、そうしよう。同時に動いた方が効率的だからな」

救助に向かう古参の衛兵さんが、若手の指揮を取ると決まった。良し、だな。

「手数だが、小部屋も確認してくれ……それと、中にいる“うろつく鎧(リビングアーマー)”を始末した際の、宝箱の回収は後にしてくれないか」

古参の衛兵さんの頼み。今は、衛兵救助が優先事項……当然だ。

「ん。分かったわよ……皆、行くわよ」

レンディアが先頭をきる。先ほどの、衛兵達とのいざこざは、とうに脳裏から消えているのだろうな──さすがだ。

グランさん、シェーミィが続く。俺は殿だ。

「……では」

古参の衛兵さんに頭を下げて、レンディアの後を追う。

ふう、と衛兵さんのため息が聞こえた……。



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第95話 武人の練武場 うろつく鎧(リビングアーマー)

 

 

 

入り口前で、改めて打ち合わせ。俺達が左回り。衛兵達が右回りで、各部屋を確認しながら移動。“うろつく鎧(リビングアーマー)”がいたら、なるべくは殲滅。

その際、宝箱が出現しても、回収は後回し──半周後の広場で合流後、下に降りる。若手連中を率いるのは、ブリッジスさんといって、訓練教官だそうだ。何度も武人の練武場に出入りしているベテラン。レンディアとラーディスさんとは、当然、顔見知りだ。

 

「では、行くか……若手連中の事は、任せておいてくれ、お嬢」

ちら、と若手連中を見て、ブリッジスさんが言う。

「ええ……じゃ、お先にどうぞ」

「……ちなみに言っておくが、あの若手連中は、潜るのも、実戦も初めてだ。不測の事態が起きる可能性が有る事を、念頭に入れて置いてくれ……」

ブリッジスさんの発言に、俺達は、顔をしかめた。

武人の練武場を経験した事が無いにも関わらず、若手連中は、ギルドを侮る発言をしたのか!?

「はあ……まあ、いいわよ。ブリッジスさん、お願いね。早く、救助に向かいましょうよ」

「ああ……先に行くぞ」

若手達を連れ、ブリッジスさんが武人の練武場に入っていく。何人かが、こちらに視線を向けたが、俺達は無視した……いや、まて。武人の練武場に、出向いた事が無い?……それ以前に、実戦経験が無い?……やれやれだ──何か、腹が立ってきたな。実戦経験が無い餓鬼どもが、食ってかかって来たのか……ああ、駄目だ。堪えきらないな、これは……。

 

「ふざけるな! ダンジョンに潜った事が無いならともかく、実戦経験が無い!? こんな連中、役に立つのか!! 馬鹿の救助と、ガキのお守りをさせようというのか? こんな依頼、馬鹿げている!! 冒険者ギルドを舐めているのか!?」

この際だ、言いたい事をいってやる。後のためにもな──冒険者ギルドには、それなりに思い入れがあるんだよ。ガキのお守りは、ギルドの仕事じゃあ無いんだよなあ……。

「クレイドル。落ち着いて……私達も同じ気持ちなのよ。馬鹿の尻拭いに、口先だけの若手連中の補佐……堪えましょうよ。古参の衛兵達と、グレイオウル伯の面子が、あるのよ……だから、落ち着いてね」

諭す様な、レンディアの口振り──うん……確かにな。俺がキレても、仕方ない事か。

だが……若手連中が、逆恨みの様に俺達の邪魔をしてきたならば──見過ごさないからな。というか、レンディアも口悪いな……馬鹿の尻拭いに、口先だけの若手か……。

 

 

左回りに廻りながら、部屋を確認しつつ移動。レンディアがいうには、各階六部屋。半周なので、左右に三部屋ずつ。その中に、“うろつく鎧(リビングアーマー)” がいる確率は、三分の一だそうだ。

「宝箱が残る時間は、半日程度だったな?」

「そうだねー、生き物の死体がダンジョンに吸収されるよりは、遅かったはずだよー」

グランさんとシェーミィの会話。確か、そう習ったな。生き物の死体、というのが少し不思議な所で、アンデッドなんかは普通に徘徊しているんだよな……ダンジョンの生態というか、仕組みはまだ解明されていないとか……。

 

「宝箱の中身は、あまり期待しない方がいいわよ。武具ばかりだから」

レンディアがいう。武具か。かさ張りそうだしな……。

「じゃ、扉開けるよー」

シェーミィが、いつものように全く音も立てず、扉を開く……一つ目の部屋だ。グランさんが、部屋を覗く。

「異常無し。空き部屋だ」

「ふん。じゃ、次行きましょうよ」

 

前方にグランさんとシェーミィ。その後方、少し距離を取り、俺とレンディア。

先行している、衛兵達の捜索は順調だろうか……等と考えながら、グランさん達の後を追う。

 

「む……シェーミィ、聞こえたか?」

「うん……お出ましね。レンディア達に伝えてくる」

シェーミィは、すっと静かに下がり、音も無く退いて行く……ガチ、ガチャリ、と鎧の擦れる音だ。聞き慣れた音といってもいい……。

グランは、ブロードソードを引き抜き、腰を沈める。カイトシールドをしっかりと構えた。

うろつく鎧(リビングアーマー)”か……話には聞いていたが、実戦は初めてだな。

グランの顔に、笑みが浮かんでいた。

 

 

シェーミィが告げる。うろつく鎧の出現。数、数体との事──「ん。クレイドル、グランの隣に付いて。私は中衛、シェーミィは後方支援ね」

「はいはーい」

シェーミィは、短弓に弓をつがえながら後方に廻る。俺は、直ぐにグランさんの元に。

「なるべく、鎧の隙間を狙うといいわよ」

レンディアに助言を受け、頷く。今の武器は、バトルアクスがメイン──叩き斬ってやるさ……。

 

 

うろつく鎧、数五体。レンディアの言っていた通り、盾兵だ。三体が前衛。そのやや後方に、二体が備えている。

慎重に、ジリジリと距離を詰めて来ている。私が、一人ではない事が分かっているのか、どうなのか──「グランさん、うろつく鎧の数、五体ですか」

私の隣に、頼れる仲間が来た。レンディアは中衛で、シェーミィは後方支援だな。いつも通りの布陣だ……うん。どうとでもなる。

「ああ、五体だ……油断するなよ、クレイドル」

「もちろんです……おおあぁっ!!」

バトルアクスを肩担ぎにしたクレイドルが、うろつく鎧に斬り込んで行く。

さあて、うろつく鎧の手並みを拝見といくか……。

 

 

ゴゴオォォン……地響きが、聞こえた。反対側の通路からだ。“碧水の翼”パーティーの進行先だ……「ブリッジス隊長、今のは……?」

若手の一人が聞いてくる。

「お前らが舐めていた、冒険者連中の戦闘音だろう……ほら、進め」

ブリッジスは、少しばかりうんざりしていた。若手連中の気持ちも分かる。身内の不始末は、自分達で解決したい。部外者に頼るのは、納得がいかない──だが、だがである。

今現在、ここの拠点にはベテランが少ない。まだ訓練中の、若手だけ……それが理由で、冒険者ギルドに救助依頼を頼んだのだ。

その結果。冒険者ギルドとの、いざこざが出来てしまった。若手の馬鹿な不始末のせいで、お嬢率いる、“碧水の翼”から、敵対認定を受けてしまった……依頼状を破り捨てる? ギルドに対してへの、宣戦布告に等しいぞ……くそったれめ。

 

「ブリッジス隊長。扉ですが──」

「開けて、中を確認しろ。うろつく鎧がいたら、殲滅だ」

「いや、しかし……」

しかし、何だ? 冒険者、お嬢達に絡んだ新兵見習いが怯んだ様にいう……「開けて、確かめろ……とっとと、やれ!」

まごまごとしている見習い。全く──腑抜けが。

見習いを押し退け、扉を開く……「異常、無し!!」

部屋は、空。ビクビクしやがって……気配も感じ取れないんだよな。こいつら。

それでよく、冒険者連中を軽く見られるものだな……「先に進むぞ!!」

腑抜け。という言葉を胸にしまい、ブリッジスは、若手連中を見る。ぎこちなく、ダンジョンを進む若手達を見ながら、ブリッジスはため息を吐いた……。

 

 

「三部屋目、異常無しだな。レンディア、先に進もうか」

「そうね。さっさと、広場に行きましょうよ」

結局、部屋にはうろつく鎧は出現しなかった。当然、宝箱も無し。

通路で出現したうろつく鎧から回収した、魔力属性の魔石が、今の所の実入りだな。

衛兵達も、そろそろ、一階層を半周終えただろうな。

「さっさと進もうよー。喉乾いたよー」

シェーミィが、広場での休憩を訴えてきた。まあ、確かにな……。

「じゃ、行きましょうか」

レンディアが、明るく言った。うん、先は短くないからな。さて……救助対象の連中は、どこにいるか、な……。




感想あれば、是非。


Ψ(`∀´)Ψウィ~ヒヒヒ。


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第96話 武人の練武場 乱戦突破 その後

 

 

 

広場に到着。まだ、ブリッジスさん達は来ていない。

「……遅いわよね。何かあったのかしら?」

小休憩中。さすがに、魔道コンロは使わない。干し果物と、生活魔法での水のみ。

「シェーミィ、ちょっと様子を見て来て」

「はいはーい」

シェーミィは、素早く反対側の通路に駈けていった──ふうん、と何かしら考えこむレンディア。

「ブリッジスさんは、頼れるベテランだけど、若手連中がねえ……」

「今は、シェーミィを待とう」

グランさんは、レンディアの言葉に頷き、干し果物を口に運ぶ。

 

ピューイィィ~、ピューイッ!

 

甲高い口笛。いや、シェーミィの指笛か……。

「緊急の合図だな。合流しよう」

水を飲み干し、立ち上がるグランさん。ケープコートを纏い、結び直すレンディア。

黒鷲の兜を被り直し、フェイスガードを引き下ろす。

良し……急いだ方がいいだろうな。

 

 

「退け、自分の身を守る事だけ考えろ!」

黒金(くろがね)の全身鎧。ラウンドシールドにロングソード。“うろつく鎧(リビングアーマー)”だ──来たれ 礫 かの者らを穿て──“散弾の石塊(ロックブラスト)

立て続けの打撃音が、廊下に鳴り響く。

拳大の石塊が、散弾となってうろつく鎧達を穿つ。

 

「ち……硬いな。負傷者を、さっきの部屋に運べ!」

先ほど確認した空き部屋に、避難するよう指示を出す。十人の若手。早くも負傷者が出た。

大した怪我じゃない。たかが、骨折だ──お嬢達と合流したなら、手当てを頼もう……馬鹿が怒らせてしまったが──「急げ! 他の連中は、俺の左右に着け!」

散弾の石塊は、魔法生物にはあまり通用している様には見えんな……やはり、直接打撃か。

うろつく鎧の数は、六体。今さらだが、やはり、一人前を連れてくりゃよかった──ガアァン! 向かい合っているうろつく鎧の後方から、打撃音が聞こえた──お嬢達か?!

 

 

ブリッジスさん率いる、若手部隊は明らかに混乱しかけていた──「急げ! 他の連中は、俺の左右に着け!」ブリッジスさんの声に、慌ただしい動きを見せる、若手部隊……。

「クレイドル、グラン! 仕掛けて!!」

レンディアの指示。バトルアクスを肩担ぎにして、後方の、うろつく鎧に飛び掛かる──その頭部に思いきり、バトルアクスを薙ぎ払う。

ガアァン! 背後からの、確かな一撃。うろつく鎧の頭部が吹き飛び。そのまま崩れ落ちた。

「鎧の隙間を狙って!」

レンディアの声。グランさんが、今だ振り返らぬうろつく鎧の首筋に、素早くブロードソードを突き立て、引き抜く。そして、カイトシールドを横殴りに叩き付けた──ガシャン! とその身を崩すうろつく鎧。

 

あと、二体──こちらに気が向いたうろつく鎧の頭部を、ブリッジスさんが斬り飛ばし、ブリッジスさんの左右にいた若手が、慌てた感じで残る一体に切り込むも、盾で払われ、ロングソードの柄頭で殴り倒された──(ちっ)──よくない……実戦、ダンジョン経験無し。よくないな──二人の若手を振り払った、うろつく鎧の、頭上からバトルアクスを、斬り下げる──

 

「お嬢、済まないが……若手連中の治癒を頼む」

「ん……良いわよ。クレイドル、軽傷はお願いよ。グランもね」

多少の打ち身、切り傷、ヒビくらいは治癒出来る自信は有るんだよな。レンケインさんが言っていたな──“治癒のコツはね、ここまでやれる、という気概だよ”と……ちと、若手連中に含むとこは有るが、まあいい。

 

「ブリッジスさん。酷な事いうわよ……若手連中は皆、引き揚げさせた方がいいわよ」

言外に、若手は役に立たないと言ったのだ。グランさんが、ため息を吐いた。

「一階で、この有り様よ。ダメよこれでは……ブリッジスさんと、私達で救助に向かった方がいいわよ」

む……と考え込む、ブリッジスさん。

「教官、俺達はまだやれますよ! 仲間を救助するのに──」

こいつ、ダンジョン入り口前で食ってかかって来た若手だ……骨折治療受けて、喚いていたっけか。骨折治療、痛いからな。

威勢のいい事だな。喉元過ぎれば、てやつか……。

「……大小の怪我治癒して貰って、お礼一つ言って無いわよねー、あなた達。誰達に治癒されたのかなー」

にしし、と笑うシェーミィ。目は笑っていない。シェーミィの皮肉に、場の騒ぎが止む……。

 

「早く決めないと、救助対象の命脈は短くなっていくわよ……」

レンディアの冷徹な言葉に、まだ考え込む、ブリッジスさん……。

「レンディア、俺達で行こう。時間がもったいない。あと四階層だよな、うろつく鎧の強さはここからも変わらず、装備だけが替わるんだったよな?」

「ん、そうよグラン。ただ装備が替わるという事は、向こうの連携も替わるわよ。それと、人数もね」

盾兵。両手武器兵。弓兵が出現するか……。

 

「グランさんの言う通り、時間がもったいない。“うろつく鎧(リビングアーマー)”の事は、何となく分かった……あいつら、“鈍い”」

「そうよ、鈍いのよ。頑丈で連携は取れているけど、武装スケルトンほどの機敏さは、ないのよ」

「いいから、先を進みましょうよー。埒開かないわよー」

シェーミィの声に俺達は頷く。元々、衛兵救助の依頼だしな。それだけ考えていればいいんだよな……若手連中の事なぞ、どうでもいいんだ。

「ブリッジスさん、若手連中は外に帰して。足手まといになるから」

きっぱりと言う、レンディア。冷徹な判断だが、まあ妥当だろうな……だが、教官のブリッジスさんの心境がなあ……。

 

 

「……分かった。こいつらは地上に帰す。だが、俺も連れて行ってくれるんだよな?」

ブリッジスさんの声。はあ、とため息を吐きながら、レンディアが答える。

「若手連中は、ちゃんとあなたの指示に従えるの? 後を追って来て邪魔になったなら、排除するわよ……」

淡々というレンディア。空気が冷たくなっている──ああ、面倒だ。

「もう、いいだろう。さっさと下に降りよう。 下らない問答は充分だ。依頼には入っていない事はやる必要はない。とっとと降りるぞ」

バトルアクスを担ぎ、先の広場に向かう。冒険者と衛兵のゴタゴタなんて、事が済んだ後でやればいいんだ……。

 

バトルアクスを担いで、広場に戻っていくクレイドル。それを追って行くシェーミィ。

依頼には入っていない事はやる必要はない。つまり、見習い連中の援護──正論だ。

「ブリッジスさん、若手連中の説得に時間かけないでね」

「……任せろ。お嬢、場合によっては、若手を排除すると言ってたが殺しはしないでくれ」

もちろんよ。と肩を竦めるレンディア。

 

二人のやりとりには、グランは口出しするつもりはなかった。依頼人と、パーティーリーダーのやり取りだからだ──(何としても、説得してもらわないとな)──さっきの戦い振りを見る限り、見習い連中は足手まといになる。

さっきの様に、救援をしながら進むのは時間の無駄になる……教官のブリッジスさんに、見習いを見捨てる選択肢は、絶対ないだろう。

 

待つ事数分──「待たせたな。よし、行こう」

若手連中が待機していた部屋から、ブリッジスが出てきた。

「クレイドルとシェーミィが待っているわよ」

緑のケープコートを翻し、レンディアが進んで行く。

その後を追う、グランとブリッジス。

「ブリッジスさん、見習い達は納得しましたか?」

「一応な。さっきの戦いで、半人前に出来る事は無いと思い知っただろ。と言ったよ」

グランと肩を並べて歩く、ブリッジスが言った。

「私は騎士だから、見習い達の気持ちは分かります。見習いの時期は、私もあんな感じだったかも知れません」

「互いに励まし合い、苦楽を共にして、同じ釜の飯食った仲ってのは、馬鹿に出来ないからな……」

「……分かります」

グランは、暗黒騎士団本部のある、王都ダーンシルヴァスを思い出していた。

 

 



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第97話 武人の練武場 二階での選択肢

 

 

 

広場で、レンディア達と合流……他の若手の姿はない。ブリッジスさんだけが、付いて来たか……うん。これでいい。しかし、あの若手連中はちゃんと、教官殿の言い付けを守るだろうか?

 

二階──聞いた通り、同じ造りだな……さて、どう、パーティーを分けるか。

「そうねえ、ブリッジスさんとグランは右回り。私とシェーミィ、クレイドルは左回りね」

「分かった。救助対象を発見したら、どうする?」

「回収して、三階へ続く広場に運びましょう。負傷していたなら、治癒して。私もグランもそれなりに出来るから」

「そのまま、広場で待機させるんだな?」

「ええ。部屋にいる“うろつく鎧”(リビングアーマー)は部屋から出て来ないし、通路にいるうろつく鎧は、殲滅したなら三日は湧かないだろうからね」

魔物の“再湧き(リスポーン)”は、三~四日だったな。それなら、救助した衛兵を待機させても危険は無いだろう。まあ、油断は禁物だが。

「了解だ」

頷く、ブリッジスさん。待機させる若手に分ける水と携帯食は、余裕あるからな。

「じゃ、行きましょうか……広場でね」

 

俺達は慎重に、左回りに進む。最初の部屋を、レンディアが魔力探知で探る。少しして、レンディアが首を振る。反応無し、との事──念のため、シェーミィが音もなく、部屋の中を確認──何も無しの、合図。

じゃあ、次だ。あとの部屋に何も無いと、いいがな……。

 

警戒しながら、私とブリッジスさんは、右回りに魔力探知をしながら進む──うろつく鎧は、不死者と魔法生物(アンデッドとゴーレム)の中間と聞いた。魔力探知には、引っ掛かるだろう──。

 

一階でやっておけば、もう少し時間短縮できただろうか……だが一応、警戒のため、部屋も確認するつもりだ。部屋に、救助対象が逃げ込んでいる可能性もあるからな……部屋の中で骸になっている可能性も有り得るので、何にせよ部屋の中は確認しないといけないが……最初の部屋……生命、魔力の反応無し。

「反応無し、です。一応、部屋内部の確認をしましょう」

「む。任せてくれ……」

扉を慎重な手つきでゆっくりと開き、中を伺うブリッジスさん……「よし、異常無し。先に進もうか」

「ええ、行きましょう。レンディア達も、先に進んでいるでしょうね」

「よし……慎重に進もうか」

グランを先頭に、二人は進んで行く──魔力探知を張りながら……「二つ目の部屋が近いです」

グランの言葉に、ブリッジスが身構える。

 

「シェーミィ! 後方の二体に、足止めをお願い!!」

レンディアの指示。「あいあーい!!」シェーミィが、短弓に矢をつがえ──二矢をギュウッ……と強く弦を引き絞り──強撃の二連射を放つ──ビビィッン!と、矢鳴り。

強撃が、後衛のうろつく鎧の二体を撃ち、後退させた。

俺は、前衛三体の真ん中を狙う──「おおう!!」構えた盾ごと、体を両断するつもりの、バトルアクスの薙ぎ払い──ガツン、一瞬の手応え……思いきり振り抜く。呆気なく、バラバラになるうろつく鎧。

左右のうろつく鎧が、俺目掛けて剣をほぼ同時に振り下ろしてきたが、前方に身を投げ出して避ける。

ガヂィィン!! うろつく鎧のロングソードが、床を叩く音。前衛をすり抜け、後方の二体に向けて駆ける──腰を落とし、迎え撃つ体勢を取る、うろつく鎧……それは、悪手何だよなあ。

 

ガガッガッ、二体のうろつく鎧の体に、再び矢が突き立った……グラリとよろめく、うろつく鎧目掛け──バトルアクスを袈裟斬りに叩き付け、横に薙ぎ払う。

激しい金属音が、通路に鳴り響く──道を、開けろ!!

背後で金属音──レンディアが、残る二体のうろつく鎧を仕止めたのだろう。

 

通路でのうろつく鎧の出現──言うなれば、“徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)”というやつだ。

うろつく鎧の落とした魔石を回収し、一息吐く……「あと、一部屋ね。急ぎましょうよ」

三つ目の部屋は、目と鼻の先。生命探知をしながら、先頭を進むレンディア。

「ん? シェーミィ、あの部屋の様子見て」

三つ目の部屋の手前で、レンディアが立ち止まる。シェーミィが、足音一つ立てずに扉の前に立ち、いつものやり方で、無音で扉を開ける──「ありゃ。二名、発見だねー」

壁に寄りかかっている、若手。鎧を脱ぎ、盾と剣を傍らに置いている。一人は、床に横たわっている──二人とも、眠っている様に見えるが、顔色は悪い──一人は、片腕から出血。血は止まっているが、治癒を必要としている事は、間違い無いだろう。

横たわっている若手は、ぱっと見、負傷している様には見えないが……さて、後三名か。

 

 

一名は、骨折に切り傷。一名は、打撲多数──レンディアが骨折を治癒し、俺が打撲、切り傷を治癒した。

骨折治癒の鈍痛に呻く声。打撲治癒に安息を上げる声……どっちにしろ、体力回復を待たなければならない──治癒後は、休息が必要だが……今は急ぎだ。

パン、パァン──レンディアが、意識定まらぬ二人の若手の頬を張る……だろうなあ。

 

「う……あ、あ?」

目を覚ますも、ぼんやりとした顔付きの若手達。そりゃそうなるな。

「これ、飲んで」

シェーミィが、小瓶を若手達に渡す。ぎこちない手付きで、受け取る。

「疲労回復ポーション。効き目早いよー」

「あ、ありがとうございます……」

ふう、と一息吐く若手二人。さて……あと三名は、どこかな……。

 

二人の衛兵見習い……若いわね。十五、六ってとこね。シェーミィの二つ下くらい? 見習いは何歳からだっけ?

二人の見習いを観察するレンディア──ここに二人を置いて行った事は、まあいい。怪我人を連れ回すのは危険だから。

怪我人が出た時点で、引き返さなかったのも、まあ……よくないが……腹が立つのは、応急手当もせず放置した事だ。

冒険者視点で見れば、仲間を見捨てる様なものだ──「チッ」レンディアが、腹立たしく舌打ちをする。

 

(あとの三人は下に行ったのか……気になるのは、目的は本当に訓練なのか?)

どうも、何か引っ掛かるんだよな。ベテラン抜きでの訓練何て、無謀にもほどがある──だから目的は……よし、鎌をかけてみるか。

「なぁ……ベテラン抜きでの訓練というのが、信じられないんだよ。本当の目的は何だ?」

壁に寄りかかっている若手の側にしゃがみ込み、質問する。顔が強張ったな……?

「それ、は……」

「……クレイドル、あとよあと。それよりあなた達、立って。治癒したから痛むとこ無いでしょ?」

急かすレンディア。戸惑いながらも立ち上がる若手達。

「今から、三階に続く広場に向かうよー。ブリッジスさんと合流だからねー」

若手達の顔色が、悪くなった。自分達の仕出かした事は、充分分かっているらしいな……?

 

広場で、ブリッジスさん達と合流。グランさんと二人だ……向こう側には居なかったか。

ブリッジスさんが、呆れたような顔で、こちらを見ていた。若手二人は顔を伏せている──まあ、この場はブリッジスさんに任せて、一休みといくか。

「ちょっと、聞きたい事がある……来い」

若手二人に、ブリッジスさんがいう。ベテランの凄みが滲んでいる、優しい声だ……怖っ。

 

ブリッジスさんがいうには、できるなら最下層の五階まで行きたいそうだ。だろうな……若手連中の救助が目的だからな。

「三階からは、うろつく鎧の連携が変わるわよ。両手武器に槍……数も増えるわよ。基本、十体一組になると思っていいわよ」

レンディアがいう……と、なると……ここから先は別行動では危険だろうな。

「三階以降からは、パーティーは分けない方がいいかもな。探索は、二度手間になると思うが、それが安全だと思う」

グランさんがいう。“碧水の翼(へきすいのつばさ)”にブリッジスさんが合流し、五人一組で、三階以降を廻るという事だ……。

 

さて。ブリッジスさんは、どの選択肢を選ぶだろうか? パーティーを組んで、三階に降りる。二名を回収して、あとは俺達に任せるか──「お嬢、二名を広場に残す。あとの三名を回収して地上に戻ろう」

ブリッジスさんがいう。碧水の翼に加わって、最下層まで行くという事か……。

「ええ、いいわよ……ブリッジスさん。見習い連中が、ベテラン抜きでダンジョンに入った理由は?」

む……とブリッジスさんが、眉をひそめた。

「……恥を晒す様だが、連中は小遣い稼ぎのために、ダンジョンに潜ったそうだ……」

「これって……衛兵隊の決まりからしたならば、違反よね?」

レンディアがいい、ブリッジスさんが頷く。

 

基本的に、衛兵隊はダンジョンには入らない。例外は訓練と、市民が入り込んでしまった場合の救助活動のみ──どちらにしろ、どんな理由であれ、回収品は無視する。理由は一つ──士気、統率に悪影響を及ぼすからだ。小遣い稼ぎの行動なぞ、あり得ない。それは衛兵の領分ではないからだ……。

「あとの三名。救助しても、罰則はあるのよね?」

「もちろんだ。なあなあで、済ませていい問題ではない……」

レンディアの言葉に、ブリッジスさんがきっぱりと答えた。

ふん、とレンディアが鼻を鳴らす。

「じゃ、降りましょうか。三階からは、本格的な戦場よ」

レンディアが先頭をきって、階段を下って行く──さて、どんな戦場があるだろうか……どっちにしろ、戦場は地獄だぜ……。




武人の練武場。長くなるかもしれないです。

( ´-ω-)y‐┛~~


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第98話 武人の練武場 三階 両手武器と槍衾

 

 

 

ブリッジスが、救助した二名の若手に、水と携帯食を持たせ(シェーミィが、余分に持っていた干し果物も渡す)、広場に待機させる。

「俺達が戻るまで、ここで待機だ……いいな?」

「……分かりました」

ブリッジスさんからの圧に、大人しくなっている若手二人。散々な目にあっただろうからな……もう、無茶はしないだろう。

「大人しく休んでいろ。治癒してもらったとはいえ、まだ体力は本調子になっていないだろうからな」

はい、と答える若手二人……あと三名は、どこまでいっただろうか?

 

「よし、おさらいね。三階からは、盾兵に加え、両手武器に槍兵が出るわよ。連携も、変わってくるわよ」

「強さ自体は変わらないんだが、前後の連携が、少し厄介だ。特に前衛と後衛の入れ換えが、厄介なんだよ」

三階に降りるにあたっての、レンディアとブリッジスさんの軽い講習。

「隙は無い、と思っていいわよ。だから、多少強引に隙を作るのよ……ブリッジスさん、グラン。魔術は躊躇わずに、行使して。私もそうするから」

了解、とブリッジスさんとグランさん。

 

こちらの編制を決める。グランさんが中央、その左右にブリッジスさんと俺。中衛レンディアに後衛シェーミィ──「ねえ、前に手にいれた“影身の刃(シャドウエッジ)”を試したいんだけどー?」

黒壁回廊で入手したあれか。確か、抜いたら短時間、影の様になり気配を消せるという効果の短刀だったか──「ん。隙あれば、使って。皆、やれる事は出し惜しみなく、やりましょうよ」

 

「三階に降りる前に、水の精霊に加護を頼むわよ。ちょっと待ってて」

レンディアが刀を掲げ、俺達の前に立つ──水面に広がる波は 優美に優しく流れる 涼やかな風に流れる波は庇護をもたらす──朗々と透き通るレンディアの声が、身に響く……おお、爽やかな寝起きといった感覚だ……。

 

「回復速度上昇、状態異常耐性、物理耐性が身に付いているわよ。最も、地上よりは効果は少しばかり減少してるけどね」

体が軽い。暗黒神の加護とはまた、違う感覚だな……よし、気合い入れて行くか。

 

三階に到着。変わりばえしない風景。武骨な石造りの床、壁、天井──これが、“武人の練武場”だ……。

「左回りに行きましょうよ。グラン、魔力探知しながら先行して」

「了解」

先を行くグランさん。少し距離を取って、ブリッジスさんと後を追う。

背後からは、レンディアとシェーミィ。何の心配も、無い──うん。

グランさんが、ぴたりと止まる……「魔力探知にかかった……来るぞ」

「数は?」

ブリッジスさんが、短く言う。グランさんが頷き、答えた。早くも、うろつく鎧の姿が見えてきた……「五体だな……中央、両手剣。左右、盾兵に後衛、槍兵二体か。ブリッジスさん、魔術の準備をして下さい。クレイドル、先制を頼めるか?」

「「了解」」俺とブリッジスさんが、答える。

 

「ありゃ。早くも、索敵したみたいねー」

シェーミィが声を潜めて言う……先を行くグラン達が、動きを止めた──“うろつく鎧(リビングアーマー)”の連携を、久し振りに見てみようかしらね……レンディアが、刀を抜く──チイィィンッン──いつもの、刃鳴り。

 

 

「おおっ……らあ!!」

前衛、中央の両手武器を構えていた“うろつく鎧”(リビングアーマー)がクレイドルに、大上段から斬り落とされる──体を両断され、崩れ落ちるうろつく鎧。

左右のうろつく鎧の前面に、土属性の魔術が展開される──腰の高さほどの、杭状の馬防柵──“石杭の防柵(ストーンドパイル)”──ブリッジスの、土属性の術。

盾兵のうろつく鎧に、石杭が突き立つ。ダメージ目当ての物ではない。痛覚、肉体の無い魔法生物に対しての、妨害目的の一手。

 

ガガッ──盾兵の左目、喉に矢が突き立つ。だが、少し浅かったのか倒れない。

止めを刺すべく、クレイドルが近付こうとした瞬間、うろつく鎧の後衛から、槍が突き出されて来た。

「おっと」グランが槍をカイトシールドで弾き、矢の突き立った盾兵の兜を、斬り跳ばした。

ほぼ同時に、残った盾兵をクレイドルが袈裟斬りに斬り落とした──後衛の槍兵二体が、一気に間を詰めて来る──そのうちの一体が、ガジャリ、と崩れ落ちた。

槍兵の残骸の側で、にしし、と笑うシェーミィが一瞬見えた。“影身の刃(シャドウエッジ)”の効果か……。

残りは、槍兵一体。怯む様子は無い──ピキィンッン──金属音が響き、槍兵が頭部、腰を切り離されて、崩れ落ちた……。

いつの間にか、レンディアが槍兵の背後に移動しており、刃を振るったのだ。

 

 

「初戦で、これか……中々にしんどいな」

ブリッジスさんが、やれやれと言う。

「まだ、数が少なかったから、こんなもので済んだのよ……」

レンディアがいう。盾兵、両手武器持ちはともかく、後衛の槍兵が厄介になると言っていた事が、実感出来た……。

「影身の刃、なかなかにいい武器よー」

にしし、と嬉しそうに笑うシェーミィ。おっかない武器だな……。

「さて……部屋廻りと行こうか」

「ここから下までは、さすがに見習い連中は行けないと思うが……とにかく、調べないとなあ」

グランさんと、ブリッジスさんが言う。確かにな、見習いが乗り越えられる様な場所とは、思えない。

さて……残り三名。ここで見つかるといいが……。

 

部屋廻り。周囲半円、三部屋で探知にかからない。一応、シェーミィなりブリッジスさんが、部屋を確認するも、異常無し。

「じゃあ、反対方向ね。グラン、ブリッジスさん、さっきの様に先行お願いね」

「了解だ」

グランさんと、ブリッジスさんが頷く。編制は同じ。中央グランさん。左右、俺とブリッジスさんに、中衛レンディアに後衛、シェーミィ──まあ、この二人は臨機応変だろうな。さっきの、盾兵と槍兵の様な、“徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)”タイプは、出現率は低いというが……どうだろうか? 油断は出来ないな……。

 

反対側を移動。グランさんの魔力探知とレンディアの生命探知には、まだ反応無し──一部屋目、何も無し。二部屋目で、生命反応無し。魔力探知に反応有りだそうだ。その数、六。つまり、六体のうろつく鎧──グランさんがレンディアを見る。

レンディアが、拳をぐっ、と突き出す──突入──の合図だ。グランさんが頷く。

「もしかしたら、若手の遺体があるかもしれないからね……」

「……そうだな」

レンディアの言葉に、頷くブリッジスさん。

レンディアが、シェーミィに扉を開かせる──相変わらずの無音。

短弓を構えながら、するりと部屋に入り込むシェーミィ。グランさんが、続いて入ったと同時に、ガシャアンッと金属音。シェーミィが、不意討ちをしたのだ──にひひ、とシェーミィの笑い声。

いやさすが……部屋に入ると、槍兵が倒れているのが見えた──盾兵四、槍兵一。

厄介な槍兵を減らしたか。グランさんが、どっしりと構えながら、前進する。俺とブリッジスさんは、そのやや左右後方を進む。

うろつく鎧の攻撃を引き付け、俺達の攻撃の機会を作る──盾役、つまり“タンク”の仕事の一つだ──前衛の盾兵二体が、グランさんに剣を叩き付けるもグランさんは、びくともしないどころか、逆に押し返す。騎士、凄いな……。

 

今が、好機──一番左側の盾兵に打ちかかる。盾を掲げ、バトルアクスを防ごうとするが──ガツン、と手応え。盾ごと腕を斬り落とし、刃の反対側のピック部分で、頭部を叩き潰す──目の端に、シェーミィが静かに進んで行くのが、一瞬見えた……狙いは、槍兵か。

とっとと終わらせて、救助活動開始しないとな。



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第99話 武人の練武場 四階 命懸けの演習

 

 

 

結局、若手は発見ならず。宝箱は出現したが、手を付けない事になった。価値のある物は出ないし、何よりもかさ張るのが面倒だという。回収品は、魔石のみとなった──「お嬢、宝箱の回収は、いいんだな?」「ん、構わないわ。救助優先よ」

ふう、とため息を吐くブリッジスさん。

 

四階に降りる、階段前広場に到着。小休止をする事になった。魔道コンロは使わず、水と干し果物。そして、ブリッジスさんが持ってきていた兵士用の携帯食。

「意外といけるんだよ。栄養も充分あるしな」

長いブロック状の携帯食──これ前世で見た事あるな。「栄養の友」みたいな名前のやつだ。

うん、不味くは無い。微かに果物と塩の味がする。まあ、食べる時に水分は必要だな……。

 

「久し振りに、携帯食食べたわね……さて、いよいよ四階に降りるけど、槍兵に加えて、弓兵も出現するでしょうね。グラン、盾でのカバー頼むわよ。私も、風の防御障壁を展開するわよ」

「分かった。盾役は任せてくれ」

「ん。シェーミィ、矢には矢よね……任せたわよ」

「はいはーい。最初に減らすからねー」

にひひ、と笑うシェーミィ。頼りになるんだよなあ、シェーミィは……。

「グランさんは盾役。レンディアは、矢避け。俺とブリッジスさん、シェーミィが攻撃役。そういう事でいいのか?」

俺はレンディアに確認する……。

「ん。そういう事ね。皆、どう?」

……満場一致。まあ、そうなるか。

 

 

四階。相も変わらずの、武骨な雰囲気。さて、ここからどうするか……? 降りた早々、先頭を行くグランさんが盾を構えた──ガンッ、何かを弾く音。ふんっ、とグランさんが鼻で笑う。

「レンディア、先制された。数……八体だ」

「ふん。構わないわよ。方針そのまま、クレイドル、ブリッジスさん、シェーミィ、いいわね?」

いいも何もない。やる事をやるだけだ──ブリッジスさんとシェーミィが、笑う。俺が斬り込み役だな……。

 

ガガッ──矢が当たる。鎧越しとはいえ響くな……前衛、盾兵四体に中衛、槍兵二体、後衛、弓兵二体──“徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)”のうろつく鎧か……上等だ。

近付いて来る、盾兵を迎え撃つ構えを、グランさんが見せる。腰を落とし、どっしりと構える──四体同時の攻撃を、受け止め、弾くグランさん。さすが、盾役。

グランさんが、真正面からうろつく鎧の攻撃を凌いでいる間に、俺とブリッジスさんが、左右に回り込む。こちらが数に劣る対集団戦は、囲まれないよう立ち回り、端から倒していく──ヒウッ、背後から、耳音に響く風切り音。俺の正面に立つ、盾兵の眼窩、兜に矢が突き立った。

グラリ、とよろめく盾兵に、バトルアクスを叩き付ける。崩れ落ちる盾兵。

その隣の盾兵に、グランさんが盾撃(シールドバッシュ)を強く叩き付け、弾き飛ばした。

ほぼ同時に、ブリッジスさんの剣が、右側の盾兵の喉元を貫いた。

前衛残り二体。槍兵が、盾兵と場所を入れ替えながら、突き進んで来た──ギギィィッン!、火花が散る勢いの、槍兵の突きをグランさんが受け流す。

そこに、後衛の弓兵の矢が飛んでくる──パアッンと弾かれる矢。レンディアの、矢避けの風か──お返しとばかりに、シェーミィの連射が後衛の弓兵に、立て続けに突き立つのが見えた。

俺は、槍兵の懐に飛び込みつつ、その胴を思いきり、薙ぎ払う。確かな手応え──先ずは、一体。

そのまま突き進み、後衛の弓兵を始末してやる……シェーミィの矢を受けた弓兵は、すでに崩れ落ちていた。残る一体が、矢をつがえ、俺を狙って来たが……近い。この距離では近すぎる。

ビィンッ──矢の風切り音を聞きながら、一歩踏み込み、バトルアクスを振るう……決着も間近だ。

 

 

「ブリッジスさん、先走った若手の事だけど、うろつく鎧の目を掻い潜って、進むだけの実力はある?」

「……いや、無いな。逃げるしか選択肢は無いだろうな」

レンディアの質問にはっきりと答える、ブリッジスさん。

「何か変なのよ。“徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)”との戦闘が多いのよ」

うん? と首を捻るブリッジスさん。

「一階から、ここ四階までワンダリングモンスターに連続して出会うというのは、大袈裟にいうと変なのよ」

確かにな、いくつかダンジョンの経験はあるが、こんな風に階層事にワンダリングモンスターと鉢合わせした事は、そうは無かった……何か理由でもあるのか……ああ、もしかして……?

「逃げ回っている、若手連中を探しているんじゃないのか?」

 

……沈黙。レンディアは、顎に手をあて考え込んでいる。グランさん、ブリッジスさんもふむ、と考えている。

シェーミィはマイペースに、干し果物を口にし、クピクピと水筒を口に含んでいる。

「あり得ない、とは言えないのがダンジョンの分からない所だな」

「……なるほどな、探し回っている、か。ダンジョン、迷宮の事は良く分からんが、そういう事も有り得るのか?」

グランさんとブリッジスさん。レンディアが、頷く。

「うろつく鎧が出ているという事は、まだ若手三人は生きていると考えてもいいと思うわよ……まあ、憶測でしかないけどね」

なるほどな。その若手三人を探すために、うろつく鎧連中が、“徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)”として徘徊しているという事か……?

「まあ、ともかく四階の捜索を続けましょうよ。先と同じ様に、皆で一緒に移動しましょう」

よし、と先に進む事になった。

 

 

四階を一周した結果、各部屋に若手は発見ならず。うろつく鎧も居なかった。と、なれば……五階層、か。

「さ、とっとと広場に向かいましょうよ。何にしろあと三名を見つけないとね……グラン、ブリッジスさん、クレイドル、先行して」

グランさんを先頭に、俺達は先に進む……さて、残る三名の状況はどんなものか……?

「あっと。五階に降りる前に言っておくわよ。五階は、今までの円状ではなく、主部屋(ボス部屋)まで、一直線に通路が伸びているのよ。通路左右に、部屋が三つずつ。これは変わらないわよ」

なるほどな。二手に別れずに進む事が出来るのか……そろそろ、うろつく鎧の数もさらに増えて来るかもな。多くて十五体と言ってたか……三倍差か。広場なら囲まれる危険があるが、通路なら立ち回り次第で、充分、太刀打ち出来るだろう……。

「やれやれだ……見習いどもには、命懸けの演習だな」

ブリッジスさんが、剣帯を締め直す。

「最下層に行く前に、休憩しましょうか。十体以上の集団が出てきても、おかしくないわよ」

 

五階に降りる、階段前広場でしばしの休憩。

「レンディア、踏破は考えているのか?」

少し気になったので、訊ねてみる。レンディアが、ちらりと俺を見て言った。

「……考えているわよ。兄上と来た時も踏破したけど、このパーティーで踏破したいのよ」

レンディアは、階段を見つめながら、独り言の様に呟いた……。

主部屋(ボス部屋)にいるのは、どんなのだ?」

「二メートル越えの黒金のうろつく鎧。兄上は鋼の騎士と呼んでいたわね。そして、三体の白いうろつく鎧だったわよ……並みのうろつく鎧よりも、手強いはずよ」

鋼の騎士、か。白いうろつく鎧は、精鋭てとこか……何か楽しみだな。

 

クレイドルの瞳が、赤く瞬いたのを誰も気付かなかった。



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第100話 武人の練武場 主部屋(ボス部屋)前広場

 

 

最下層五階。降りた先は、広場になっていた。その先は、レンディアの言った通り、一直線に通路が伸びていた──通路は、幅広くなっている様に見える。

グランさんが、念のためといい、闇を払う術、“闇明け”を使う。通路の端と、少し先の見通しが良くなった。

 

「私が生命探知をするから、グラン、魔力探知お願いよ。隊列は、前と同じよ」

中央グランさんに、左右は俺とブリッジスさん。中衛レンディアに後衛シェーミィ……ベストの配置だな。

「よし……レンディア、先行するぞ」

グランさんが剣を抜き、歩きだす。その少し後方から、俺とブリッジスさん。

 

道すがら、部屋を確認。二部屋は何の反応も無し。レンディアによると、次の部屋はまだ先らしい──ふと気になったので、レンディアに質問する。

「ダンジョンで安全な場所といったら、何処になる?」

うーん、とレンディアが少し考える。

「そうね。階段前広場は安全ね。あと空き部屋に、魔物を殲滅した部屋……部屋は、ここ以外のダンジョンでもそうだけどね」

「……主部屋(ボス部屋)前の広場は、どうだ?」

「そこは安全地帯よ……でも若手連中は、そこまでたどり着けるかしらねえ?」

レンディアが、皮肉な笑みを浮かべる。

「無理だな、それは。主部屋前まで行けないだろうよ」

ブリッジスさんが言う。まあ、確かにな……。

 

「レンディア、お出ましだ……数、十二だ」

先を行くグランさんが、カイトシールドを構える。ブリッジスさんが、剣を抜く──「よし、久し振りに身体強化を使うか……!」

ブリッジスさんの気迫が形になり、その身を覆う……俺はバトルアクスを肩に構えて、うろつく鎧を待つ……。

ガシャリ、ガチャ……擦れ合う金属音が微かに聞こえて来た──お出ましか、うろつく鎧……ふん。上等だ……人数は、倍以上の差があるが、まあ……問題無い。よし、やるか……。

 

「おおおぁぁあぁぁっっ!!」

盾兵だろうが、槍兵だろうが関係無い──前衛のうろつく鎧達に、身を投げ出す様に斬り込む。

まずは、中央のバスタードソード持ちのうろつく鎧を仕止める──受ける構えを見せたが、関係ない──武器ごと、薙ぎ払ってやる……確かな手応え。バスタードソードを砕き、そのままうろつく鎧を両断する──左右にいる四体の盾兵が斬りかかって来るが、俺と入れ替わる形でグランさんが真正面に立ち、四体の攻撃を防いだ……。

いや凄いなグランさん。前面百八十度、半円をカバー出来ているんじゃないか……?

 

ブリッジスが、向かって右側の盾兵の兜の隙間を貫き、横に払う──ギイィッンと金属音。盾兵の首を跳ね飛ばす。

前衛、盾兵と両手武器のうろつく鎧。中衛は槍兵だ……後衛の距離は、近い。

前衛五体に、中衛四体。後衛三体──計十二隊。ベテラン衛兵の目には、敵戦力が即座に見て取れていた……。

 

敵の内訳──前衛は、盾兵四体に両手武器持ち一体。中衛槍兵四体に、後衛弓兵三体──身体強化は、約一分持つ。それまでに、決着は付くだろう。この面子、お嬢率いる“碧水の翼”の実力は、伊達じゃない。

そして、新しく加入したクレイドルという男。なかなかに、無茶な戦い方をする様に見えるが……危なげない感じだ。

“冷静に無茶をする”、とでも言ったらいいか?

 

早くも、前衛を殲滅。残りは槍兵四体に弓兵三体──後方、一体の弓兵の喉元に、二本の矢が突き立ち、弓兵が崩れ落ちる。

槍兵が、一瞬下がる──「槍衾、来るぞ!」

ブリッジスさんの声が響く。ほぼ同時に、槍兵が槍を揃えて突き進んで来た──グランさんが腰を落とし、カイトシールドを構える。

(父君よ、我が盟友達を護らせたまえ)

グランさんの、暗黒神への祈りが微かに聞こえた──ガッギイィィン! ギギィィイッ!

凄まじい金属音が、通路に響く……マジか。一人で、四体の槍兵の突撃を止めた──カイトシールドを横に構え、横幅を広げて強引に受け止めた……盾役凄いな。これが、騎士の本領か……。

 

槍衾を食い止められた槍兵に、バトルアクスを掬い上げる様に、斬り上げる──槍を弾き、兜を跳ね飛ばす。

後方、残った一体の弓兵が崩れ落ちた。シェーミィが、“影身の刃(シャドウエッジ)”を使ったのか……こういう得物(武器)は、限定された空間で強みを発揮するんだろうな……おっかねえ……。

残りは、槍兵三体──背後から、一瞬の突風。レンディアか……。

ふわり、とレンディアが音も無く、槍兵の背後 に立つ──ヒュッ、ピイィィンッ──槍兵二体がバラリと崩れ落ちた。

今、決着を着けようか──最後の一体を、頭上から斬り下げる……確かな手応え……よし。

 

うろつく鎧、十二体はガラクタとなって通路に散らばっている。回収対象は、うろつく鎧が身に付けていた武具ではあるが、それらは回収しない。理由は、かさ張るばかりで対した価値は無いからだ。回収するのは、魔石のみ──

「さ、次の部屋に行くわよ。グラン、先行お願いよ」

「承知。クレイドル、ブリッジスさん、行こう」

いつもの陣構えで、通路を進む。今だ反応無しみたいだな……「ブリッジスさん、少し聞きたいんですが?」

「うん? 構わないぞ」

「なぜ、若手連中は下に下に向かったんですかね?」

単純な疑問だ。撤収するなら、さっさと上に戻るだろうに……。

「ああ、多分、うろつく鎧(リビングアーマー)に追いかけ回されて、パニックになって下に降りちまったんだろうな」

ふん、と吐き捨てるようにいった。

なるほどな。確か初級訓練中に、ダンジョン攻略の心構えの一つに、『一番マズイのが、パニックを起こし、方向が分からなくなる事』 だと教えられたな。若手連中もそうなってしまったんだろうな……そんなんで、よく潜ろうと思ったな。

 

残りの四部屋。異常無しだった。一応、中を確認するもただの空き部屋……となれば……。

「ふん。はっきりしたわね。残りの三人は、主部屋(ボス部屋)前の広場にいるのよ」

「……生きてりゃいいがな」

レンディアの発言に、ため息混じりにブリッジスさんが言う。

「もう少し進めば、主部屋前広場よ」

ここからは、レンディアが先導する事になった。

 

 

ここからでも、主部屋の巨大な扉が見えた……いや、扉というより門だな。見るからに頑丈な鉄城門。人の手で開けるのかと思うほどだ……。

「相変わらず、威圧感ある扉ね……ん、生命探知に反応ありよ。三人ね」

ふん、とレンディア。全く、とブリッジスさんが呟く。

やれやれ、やっとか。さぞ、ブリッジスさんに絞られるだろうな……。



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幕間 グランドヒルの新人達⑥ 森林街ミストウッズ



息抜き回。という事で。


( ´-ω-)y‐┛~~


 

 

 

森林街ミストウッズ。周囲のほとんどを、森林に囲まれた街。帝国領内に出回っている木材の五、六割は、ミストウッズからの物だ。他国からの評判も良く、輸出量も多い。

老舗の材木商が建ち並ぶ、木材通りの裏手には、木材の加工工場と保存倉庫が数多くある。

 

 

「商店通りも覗いて見るといい。質のいい工芸品も多くあるぞ」

先輩冒険者のランドさんが、私達を案内してくれている。

「ここに来る観光客や行商人は、よく工芸品を買っていくんだ。行商人は結構な数を仕入れて、他領に売り込みに行くらしいな」

木材通りを一通り案内してくれた後、商店通りを案内してくれた。

お店だけでなく、露店もある。シェリナは竜の瞳が彫られた、鉄で縁取られた木のネックレスを購入していた。

 

 

「昼時だな……よし、ご馳走させてくれ。美味い店がたくさんあるんだ」

ランドさんが、いう。もう、昼時なんだ。確かに……お腹空いたな……。

「土地柄、量も多くて濃い味だがな、冒険者の口に合うんだ。お勧めの店を紹介するよ」

「楽しみですね」

ランドさんの言葉に、ジョシュが嬉しそうにいう。シェリナは、さっき露店で買った竜の瞳のネックレスを、撫で回している。

「よし、こっちだ」

ランドさんを先頭に、私達はその背に付いて行く。

 

 

ランドさんに案内されたお店。食堂と、宿を兼ねた“竜鱗の欠片亭”。

中宿という事なので、ここに宿を取る事に、決めた。

「いい宿だぞ。食事も良いし、部屋も清潔だ」

ランドさんの、お墨付きの宿。

 

取り合えず、一週間の契約をする。三人で約金貨三枚だけど、中期滞在という事で、金貨二枚と銀貨五枚とに、おまけして貰った。うん、パーティー貯金から出そう。

 

大皿に盛られた猪肉と山菜の炒め物。それと、鶏と卵のスープに丸パン。

私達の前に取り皿。なるほど、取り皿に取ってから食べるのね。

「猪の肉は、香辛料とハーブで臭みが上手く抑えられている。完全に消すと、旨味も消えるんだと」

ランドさんが、説明しながら私達の取り皿に、取り箸で料理を分けてくれる。取り箸なんて、初めて見たかも。

「料理はまだ来るからな……よし、食おうか」

ランドさんに勧められ、早速猪肉を口にする。

うん。ほんの一瞬の臭み……でも、ハーブの香りが臭みを覆い隠す──美味しい。

肉を食べているという実感が、湧いて来る。じゃあ、山菜は……シャキッ、とした歯触り。

山菜に残っていた水気が爽やかに口に広がり、猪肉の微かな臭みが、消えた──ここの料理っていいな。故郷に引っ込んで居たままなら、味わえない経験ね……。

 

 

鶏と卵のスープを啜る──薄味。猪肉と山菜の炒め物の濃い味に、合う。うん……美味い。丸パンも合うなあ。

地元から出て、良かったんだろうな。リーネ、シェリナの顔も明るくなっているな……俺も、二人からそう見られているのだろうか?

新しい料理が来た……蒸かしたジャガイモの上に乗ってるのは、バターだろうか。いい匂いだな……。

 

 

蒸かしたジャガイモに、塩を振ってバターを乗せた物が出てきた。そして、胡麻の香りがする山菜の炒め物──うん。城塞都市の食事とは違う、美味しさがある。

何だろう……野趣の味わいという感じなのかなあ……リーネもジョシュも、満足そうに頬ばっている。美味しい物が、食べられるというだけでも、冒険者になって良かった……うん、今は食事を楽しもう。

 

お腹一杯になった、私達の前にお茶が来た。それを見たランドさんがいう。

「温めの香草茶だ。消化を助ける効果があるんだよ。ここら辺の飯屋は、食後にこの茶を出すんだ」

香草茶を口に含む……うん、温い。でも、美味しい。お腹に染み渡る感じが何ともいえず、心地いい……。

 

「で、今日はこれからどうすんだ? 宿も取ったようだし、まだだったら、冒険者ギルドで、移動登録しておくのを勧めるぞ」

お茶を啜りながら、ランドさんがいう。ああ、そうだ。拠点移動をした際には、任意で移動登録をした方がいいんだったわね。

「この後、行ってきます」

城塞都市から、森林街ミストウッズ……ね。

「俺は、四、五日ほどミストウッズで休暇を取る。何かあったら、ラドレア家具店に来い。何時でも相談に乗るからな」

ランドさんが笑って言った。頼もしいな、先輩冒険者というのは……。

「頼りに、させて貰います……先輩」

ジョシュが、頭を下げた。次いで、私達も。

「ふん。遠慮するな。それが、先達の役割だからな……いいか、頼れ。一人前になるまでは、先輩冒険者に頼れ。後進の育成は、ベテランの仕事の内なんだ。いつかは、お前らもそうなる日が来るだろうからな」

ランドさんが、香草茶を飲み干す。

 

 

ランドさんと別れて、ミストウッズの冒険者ギルドに来た。なかなかに、混んでいる。昼過ぎに混んでいるのは、珍しい気がする……まあ、急ぎじゃないし、いいか。

私達は、待合室でテーブルを囲み、人の流れをぼんやりと見つめている──「よう、見ない顔だな」

荒くれ──そのままの厳つい人が、席に着いた。

「見たとこ、初級訓練を最近卒業したって感じだなあ……違うかい?」

図星だ。改めて、厳つい人を見る──二十半ばといった感じの人だ。

警戒していたジョシュから、緊張感が解けるのが分かった……それで、席に着いた厳つい人に対して、私達の緊張も解けた。

 

厳つい人を交え、少しばかり話をする……なかなかに有意義な話が聞けた。

「ここ森林街の依頼は、大した事は無い様に思えるが、なかなかに曲者なんだよ。採取にしたって、周囲を警戒しなければ、危ないんだ」

厳つい先輩冒険者のいう事には、採取依頼が、討伐依頼に被る事も、珍しくないとの事だ。

「ここに来た時、山の頂きに、霧がかかっているのが見えたか?」

そういえば……ミストウッズに入る前に、霧がかかった山が見えたっけ。

「あれはな、青き鱗の竜が山の神の所に遊びに来ているんだ。いや、おとぎ話じゃねえよ。実際問題なんだ。森の獣が竜の影響を受けて、魔獣化する事があるんだよ。そこで、俺達冒険者の稼ぎ時になるんだ」

にいっ、と先輩が笑う。

 

「ジャックさーん、買い取りの査定済みましたー! 買い取りカウンターまでお越しくださーい!」

こっちに向かって、ギルド職員が手を振っている。やっとか、といいながら、ジャックと呼ばれた先輩冒険者が立ち上がる。

「ああ、そうだ。何かしら依頼を受けるなり、森に興味あるんだったら、森の明るいとこで行動しろよ。薄暗いとこは、危ないからな」

「はい、気を付けます」

ジョシュが、見送る様に立ち上がる。後ろ手に手を振り、去っていくジャックさん。

色々、学ばないとね。ランドさんも、先輩に頼れと言っていたし……やる事はたくさん、ある。

「リーネ、受付カウンター空いたよ。移動登録しましょ」

シェリナが立ち上がる。先に行ってるよ、とジョシュがカウンターに向かって行く。

さて、移動登録したあとは一旦、宿に戻るかな……。



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第101話 武人の練武場 黒の騎士と白の精鋭

ちと、短めで。


_φ(゚Д゚ )


 

 

 

「お嬢、治癒を頼む」

ため息混じりに、ブリッジスさんがレンディアに頭を下げる。

「頭を上げてブリッジスさん、頼まれるまでもないわよ……グラン、手伝って」

「了解……なかなかに酷いな」

広場に横たわる、三名の若手連中。頭部に血がこびりつき、荒い呼吸をしている者。

捻れた腕を押さえ、身動き一つしない者……ボロボロだな。見えないだけで、他の箇所にもダメージはあるだろう。

俺の軽治癒では、間に合わないだろうな……。

何が腹立つって、リーダー格の……ええと、何だっけか? エルランだっけか……ほぼ無傷らしく見えるのが、腹立つ。

歳は、十六、七って感じか。整った顔立ちの若手……腹立つな、うん。

 

「エルラン、後は地上に戻ってから──」

ブリッジスさんが、いうより早く、手が出ていた──ガツン。確かな手応えが拳に伝わる。

エルランの体が揺らぐ。倒れない様に襟首を掴み──殴る。殴る。叩き、殴る……。

「まあ……それくらいでいいだろ」

ブリッジスさんが、腕を押さえてきた……ふう、と息を吐く。

よくもまあ、のうのうとしていられるものだな……と思った時には──手が出ていた。

仲間を置き去りにし、挙げ句に最下層まで怪我人を引きずって来た。

これが、リーダーとしての行為か。小遣い稼ぎの果てがこれだ……何様のつもりだ、こいつは……その感情が、形となって出てしまった。

何の抵抗もせずに、俺に殴られるままになっていたのは、呆気に取られての事だっただろうな──端整な顔立ちが、腫れる。

「死人は出ていないが……くそったれめ。それでリーダーか。よくもまあ、仲間を置き去りに出来たものだな」

「クレイドル、せめて籠手を外して殴りなさいよ……」

ああ、そうか。籠手のままだった……まあ、いい。

 

さて……ここからが本番になる、のか?

「ここまで来た以上は、踏破するわよ。鋼の騎士に、取り巻きの白き精鋭を始末する……それで、いいわよね」

レンディアの声に、俺達は頷く。ブリッジスさんもだ。

「おい、ここで大人しくしてろよ。治癒して貰ったからといって、くだらない事を考えるな……いいな?」

ブリッジスさんが、若手連中に言う。青い顔で頷く、若手連中……俺が殴った若手、エルランは俯いている。

 

城の鉄城門にも似た、大きな扉を前にする俺達。グランさんが口を開く。

「レンディア、私達は水の精霊の加護を受けているが、大いなる父君の加護を受けたなら、どうなる?」

「う~ん……被る加護があれば、後から受けた方が優先されると思うわよ。じゃなければ、強い方が優先されると聞いているわよ」

ふむ、とグランさんが頷く。

「……では、大いなる父君に加護を頼もう。少しばかり、待っていてくれ」

グランさんは、剣を胸元に掲げて俺達に向き合う──大いなる父君 我と我が友に 寛大なる慈悲と加護をお与え下さい──低い声で祈祷の言葉を囁くグランさん。

シェーミィも、神妙な面持ちで顔を伏せている。気持ちは分かる……おお、力が体の隅々にじわりと染み渡る気がする……。

 

 

「さて、門を開くわよ……鋼の騎士と白の精鋭は、手強いわよ。騎士は私とクレイドル。精鋭は、グランにシェーミィ、ブリッジスさんお願いよ……いいわね?」

おう、とグランさん達が頷く。レンディアが、門にそっと触れる……音も無く、鉄城門がゆっくりと開いてゆく。

何ともいえない緊張感に、思わず笑みが浮かぶ──ふっふふっ……いかんな、何か楽しくなってきた──〈あっははは! 鋼の騎士はねえ、悪魔系に近いんだよお。始末したら、“魂食み(ソウルスレイヤー)”の糧になるだろうねえ~〉うるせっ!! 今言う事か!?

緊張感、無くすなあ……まあ、肩の力が抜けたと思えばいいか。やる事をやるだけだ。

俺とレンディアで、鋼の騎士を討つ──それだけ。たったそれだけの事だ……。

 

 

主部屋(ボス部屋)に、踏み込む──早速見えた、巨体。トロル並みの背丈の、甲冑姿の騎士が目に入った。大型のカイトシールドにハルバード……斬り、突き、引っ掛ける事の出来る武器だ。

さらに目に付いたのは、その目……モノアイ、いわば単眼。兜の隙間から覗く単眼が、じっと俺達を見つめている──ヴンッ、という感じでその単眼が青く光った──敵として認識したか……。

鋼の騎士の前には、白いうろつく鎧(リビングアーマー)が三体。二体は盾兵で中央の兵は、バスタードソードよりも長い、ツゥハンドソードを、肩構えにしている。

 

ガッシャ、と三体の白の精鋭が前に出る。

背後の鋼の騎士が、ゆっくりとハルバードを頭上に掲げ、振り下ろす──風鳴りと同時に、強い圧力が闘志となって、伝わって来た──ん?

鋼の騎士と、目が合った……この感じ、どこかで……ああ、思い出した。蠱虫の洞窟で相対した、あいつだ。赤闇の兇殻は、俺を睨み付けた直後、真っ先に向かって来た。

邪神、曰く──(悪魔は、僕たち神々を目の敵にしてるからね~。僕の息子たる君は、狙われやすくなるよ~)──との事だったな。

 

白の精鋭達が、速度を早め向かって来た。鋼の騎士は、不動。

「さて、戦闘開始よ。グラン、ブリッジスさん迎撃お願いよ。シェーミィ、牽制と隙あれば仕止めて。クレイドル、グランとブリッジスさんが迎え撃ったなら、鋼の騎士に向かうわよ」

承知、と俺達は応える。グランさんはいつもの様に、どっしりと構え、ブリッジスさんの雰囲気が変わった。身体強化を済ませたのだろう──よし、やるぞ……〈んっふふふ! 楽しくなりそうだよね~、こうも立て続けに、対悪魔戦が出来るなんてね~あっははは! “魂食み(ソウルスレイヤー)” は役に立つよ~ふふふっ!〉

パパ上!? うるさいんですが!?

 

ガシィン!! 早くも、前衛がぶつかった。

「むっ……レンディア、クレイドル! 行け!!」

グランさんの声。グランさんとブリッジスさんの横をすり抜け、俺達は鋼の騎士の元へと、駆け出す──待ってろよ、騎士殿。

鋼の騎士の、俺に対する圧がさらに強まるのを感じた。

 

フェイスガード内の、クレイドルの表情は獣めいていた……その瞳は、赤く輝いている。



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第102話 武人の練武場 黒の騎士と白の精鋭 始末

 

 

 

鋼の騎士殿、巨体の割りに、意外と速く動くわよね……トロルよりも厄介だわね──なぜか、クレイドルに対して敵意を持っている様に、見えるわよ……おっと──油断出来ないわね。真横に、鋼の騎士のハルバードが振り下ろされて、地面を叩く──“風舞い(ウィンド・ステップ)”で敏捷性を高めていなかったら、不味かったかも。

 

ゴオォンッ! 強い打撃音。鋼の騎士に目をやると、クレイドルが鋼の騎士の構えるカイトシールドを叩いていた……ガギイィィンッ! 再び叩く、クレイドル。

なぜ態々、堅牢な盾を叩いているのか……鋼の騎士が、クレイドル目掛けてハルバードを、袈裟斬りに振り下ろす。

クレイドルは避けながら、またもカイトシールドを叩く──ビギィィッン! さっきとは違った衝撃音。何をしているの? クレイドル……?

 

ドワーフの名工、ストルムハンドさんが鍛えたバトルアクス……さすがだな。

これほど、思いきりぶっ叩いているにも関わらず、バトルアクスには何の異常も感じない──鋼の騎士殿……その大きなカイトシールド、叩き割らせてもらうからな……!

 

振り下ろされて来るハルバードを、ギリギリで避けて、構えられたカイトシールドに、バトルアクスを思いきり叩き付ける──ビギィィッン! 確かな手応えが、全身に伝わる。

ふん……まだ分からないか? 鋼の騎士殿?

突き込まれるハルバードを避けながら、カイトシールドを叩く──何度繰り返しても、無駄だ……そう思っているな?

俺の攻撃を、盾で受けながらハルバードを振るっているが、二対一なのを忘れがちだな?

俺がお前を引き付けている間に、ほらレンディアが、詠唱を始めた……。

 

クレイドルが鋼の騎士を相手どっている間に、私はしっかりと詠唱をする……風は 入り込み その隙間を 押し広げる──鎧殻(がいかく)を 緩め軟化させよ──“物理耐性弱化(ウィークアーマー)

 

ほんの一瞬、鋼の騎士の体が揺らいだ。通った。物理耐性弱化が、通用したのだ──「クレイドル! 今、今よ!」

俺の意図に気付いてくれたレンディアが、叫ぶ。さすがリーダー。

「おおらぁ!!」──広がった、少しのひび割れ目掛け、大上段からバトルアクスを叩き付ける──。

 

白の精鋭達三体の、一糸乱れぬ同時攻撃──がっしりと受け止める……なるほどな、並みの“うろつく鎧(リビングアーマー)”とは一味違う……だが、並より鈍くないだけだ……ふん、と押し返す。

ググッ、と三体の白の精鋭と押し比べをする──勝機だな。

相手の注意を、完全に引き付ける事が出来た。シェーミィ、ブリッジスさんの出番だ──身体強化済みのブリッジスさんが、向かって右側の、白の精鋭の首筋に剣を深く突き刺し、横に薙ぎ払う……ゴチャリ、と兜が落ちると同時に、鎧も崩れ落ちた──左側の精鋭の背後に、いつの間にかシェーミィが立ち……ザギッザシッ、と白の精鋭の首筋に、“影身の刃(シャドウエッジ)”を突き刺していた。

ガシャリ、と崩れ落ちる白の精鋭……にしし、と笑うシェーミィが、影に溶けるように姿を消す。影身の刃、恐ろしいな……残るは一体、俺が相手だ。たかが一体の圧力、どうとでもないなあっ!

「むうっ!!」とグランが押し返す。

一瞬、トゥハンドソードを持つ白の精鋭が、仰け反る──その一瞬で、充分だった。盾撃(シールドバッシュ)でさらに押し込み、剣を振るう──トゥハンドソードごと、兜を斬り飛ばした。

 

バギイィィッン!! 強く激しい金属音が響く。

何事かと、白の精鋭達を始末したグラン達は、音の方向を見る……離れた所で、レンディアとクレイドルが鋼の騎士を相手どっていた─グラン達の目に入ったのは、鋼の騎士が手にしていた、巨大なカイトシールドの破片だった。

 

ハルバードの薙ぎ払いを、バトルアクスで受け流す──くそっ、バトルアクスを弾かれた!──水よ 沼地を ここに──レンディアの詠唱。

ガクン、と鋼の騎士の片足が浅く沈む。その足下に、小さな泥沼が出来ていた……それで、充分だレンディア……よし。

バトルアクスを放り、“魂食み(ソウルスレイヤー)”を抜き、片膝を付く鋼の騎士の背後に回り込み、その背に駆け上がる。

 

俺を背に乗せたな? もう、詰みだ……下がった頭部。首筋に、逆手に構えた魂食みを、突き通す──ガツン、と手応え。

魂食みを捻り、鋼の騎士の頭部を落とす──それと同時に、この身に満ちる活力……。

これか、魂食みの効果……悪魔系を始末した時に得られる活力……いや、待て……これは、度が過ぎる!

 

 

主部屋(ボス部屋)に出現する宝箱に、罠は無い──とはいえ、一応の確認をするのはセオリーとなっている。何があるのか分からないのが、ダンジョンだからだ。例外はあり得る──

 

鼻歌交じりに、頑丈な金属製の、大きめの宝箱を確認中のシェーミィを横目に、グランがレンディアに尋ねる。

「クレイドルは、どうしたんだ? 負傷している様には、見えないが?」

「ああ、酷く疲れたらしいのよ。あれだけ、無茶したんだから……まあ、少し休ませてあげましょうよ」

頷くグラン。あのカイトシールドを破壊するために、どれだけバトルアクスを振り抜いただろうか……レンディアの言う通り、しばらくそっとしておくのが良いだろう。

 

主部屋の片隅で、顔を伏せて体育座りをしているクレイドル。疲労は無い。むしろ──

 

気が、体が、昂っているな……これから、悪魔系倒す度にこうなるのか……いや、確証はないが悪魔の強さに比例して、得られる活力の量が決まる気がする……邪神が言っていたな、小魔(デーモンインプ)のような雑魚を殺しても、魔剣はなかなか成長しない、云々。

あれは、活力吸収の事も言っていたのではないのだろうか? 要検証って……とこだ……な。

 

クレイドルは、静かな眠りに沈んだ──

 

 

「おー、立派な剣だねー。これは、何だっけ? 面頬だっけ? あとはー、小袋三つだねー」

嬉々として、宝箱を漁るシェーミィ。剣をグランに渡し、面頬をレンディアに渡す。シェーミィは、小袋を地面で広げて、中身を確認する。

「うーん。一つは、宝石とかの詰め合わせにー、二つは、金貨と銀貨だねー」

「この面頬って、魔力感じるわね。ラザロさんに鑑定して貰うわよ」

眼下から口元、喉元までを覆う、牙を剥き出しにした狼を模した、黒い面頬。

「この剣、いい出来だな……」

現在使用している物よりも、少し長めで幅広。

刀身は、薄く灰色に輝いている──グランは剣を納める。

「これも、鑑定して貰うか……」

 

レンディア達の様子を、ブリッジスは微笑みながら見ている。

(これぞ、冒険者って雰囲気だな……)



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第103話 武人の練武場 救助依頼の達成

 

 

部屋の奥に、白く柔らかい光を放つ、魔方陣が出現していた──帰還陣か。

「お嬢、あれが帰還陣というやつか?」

「ん。そうよ。ちなみに、使用するまで消えないわよ」

「……なるほどな。そういう事なら──」

「そういう事よ。上の階に待機させている若手を、連れて来るといいわよ」

相変わらずの先読み会話で、ブリッジスさんと話すレンディア。

「よし……ちょっと行って来る。外で待たせている見習いを、中に入れるぞ」

ん。と頷くレンディア。ブリッジスさんは、早速、部屋から出ていった。

 

「クレイドル、調子はどうだ?」

心配そうに、グランさんが尋ねてくる。

「ええ、怪我も無いですし、少し眠れましたから」

ふむ、と頷きながら、グランさんが革袋を差し出してきた。中身は水ではなく、黒ワインだそうだ──「頂きます」

二口、貰う。気付けに良いそうだ。ダンジョンの中での酒……悪くないな。グランさんに礼をいい、革袋を返す。

「一日事に入れ換えないと、酸味が強くなるのが、欠点だがな。革袋の防腐処置も、酒にはあまり効果が無いんだ。手入れも、少し面倒だしな」

そう言って、革袋を口に含む、グランさん。暗黒騎士といえば黒ワインか……様になっているな。

 

少しして、ブリッジスさんが外で待機していた若手三人を、連れて来た──リーダー格のエルランだっけか?

俺を見て、びくり、と肩を竦める。ちょっと前に、お前をボコボコにした罪悪感なんて、無いからな……。

「お前ら、ここで待機していろ。お嬢、こいつらを見といてくれ。じゃ、行って来る」

再び、部屋から出ていくブリッジスさん。

さて、残された三人組は針のむしろだろうな。まあ……俺達が気を使う必要ないな。

鋼の騎士と白の精鋭が落とした魔石を、レンディアが回収している。シェーミィが、必要以上に持ち込んだ干し果物をエルラン達に配っている。

ぎこちなく、礼を言って受け取っている若手連中。干し果物は、多少の腹の足しになるし、渇きも抑えられるからな。でもなあ──親切心ではなく、在庫処分のつもりで配っているんだよな、あれ……もう少し、横になっておくか……。

 

思った通り、ブリッジスさんに連れて来られた三名は、部屋の片隅で縮こまっている。表情を見るに、自分達のやらかした事を、改めて思い返している様に見える……そうでなければ、ただの馬鹿どもだ。

クレイドルは横になっている。まだ万全ではないのだろうな……まあ、いい。ブリッジスさんが戻るまで、私達も休憩だな。

「シェーミィ、干し果物と干し肉を出して。ああ……クレイドルは眠らせて置きなさい。休憩よ、休憩」

黒ワインを一口含み、レンディアとシェーミィの元に行く。クレイドルは、今だ眠ったままだ。

 

「待たせたな」

ブリッジスさんが、二名の見習いを連れて戻って来た。大人しく待機していたようで、何よりだ……さて、そろそろ撤収だな。

「いえ、気にしないで。じゃ、撤収ね。グラン、クレイドル起こして」

「ああ」

 

地面に横たわるクレイドル──疲労しているとはいえ、よくここまでぐっすりと眠れるものだな。

「撤収だ。クレイドル、起きろ──」

う~ん、と寝返りをうつクレイドル。

寝顔を、直視してしまった……ぞくりと、鳥肌が立つ──輝く様な金髪に、白磁の肌。美しく整った目鼻立ち……何より、薄紅色の唇──美貌という例えでは足りない。妖艶? いや違う。言葉では、表現出来ない……その顔、唇に触れたくなるのを、何とか自制する──「クレイドル、撤収だ。起きろ」

少し強めに揺する。この顔を、いつまでも見る事は出来ない……「クレイドル、起きろ」

 

「ん……ああ、グランさん。どうしました」

う~ん。少しばかり、寝入っていた様だな……ふう……活力吸収の昂りも収まり、悪い気分ではない。というか、グランさんが顔を背けているのは、何ぞ?

「……撤収だ。五名全員の無事を確認出来たのでな」

「分かりました」

グランさん、何か顔が赤いな……何ぞ?

 

「さ、依頼完了よ。地上に戻りましょうか。ブリッジスさん、若手連中集めて」

レンディアが、ブリッジスさんに声を掛ける。

「さて……戻るか。お前ら、戻ったら覚悟しておけよ……」

ブリッジスさんが、若手連中に言う。まあなあ……とことん、絞られるだろうな。

 

 

ゴゴゴゥゥン──一階層、出入口近く。武人の練武場入ってすぐの空間の、壁が開いた。

そこから出てきたのは、五名の見習い連中に訓練教官のブリッジス──そして、レンディア嬢率いる、“碧水の翼(へきすいのつばさ)”の面々。

 

「若手救助次いでに、踏破してきたわよ……あと、踏破には若手連中は一切関わってないわよ」

武人の練武場の出入口に待機していた、衛兵達に、ひらりと手を振るレンディア。

「お嬢の言った通りだ。見習い連中は、何の役にも立っていない」

ブリッジスさんが、きっぱりと言う。

まあ、そうなんだよな。だが……それを一々言う事はないだろうに……まあ、これがブリッジスさんのやり方であり、衛兵達には衛兵なりのルールがあるのだろう。

 

「報酬は、キールから受け取ってくれ……見習い連中が一人も欠けなくて、安心した。気が楽になったよ。碧水の翼には、感謝しかない。ありがとよ」

沁々と、ブリッジスさんが言う。

「まあ、仕事よ仕事。若手連中も、いい経験したと思うわよ」

「まあな……もっとも、何日かは訓練がキツくなるだろうな」

ニヤリ、と笑うブリッジスさん。

 

早速、キールさんのところに出向く事になった。

「レンディア、報酬を受け取ったらどうする? 私としては、一泊して街に戻った方がいいと思うが?」

「ん~、そうねえ。もう夕方だし、宿舎に宿をお願いしようかしら」

黒壁回廊の時のように、宿舎を借りる事が出来るか? 黒壁回廊といえば、風呂の事を思い出した……。

 

 

「キールさん、依頼完了よ。若手連中に被害無し。全員、無事よ」

レンディアが、キールさんに伝える。ふう、とため息を吐く……「そうか。うん……お嬢、いや、碧水の翼はさすがと言っておくよ……」

「お願いがあるのだけれどね、一泊して街に戻りたいのよ。宿舎に空きがあったらなら、私達を泊めて欲しいのよ」

うん? とキールさん。何を言っているんだ? と言わんばかりの表情。

「態々、かしこまらないでもいいぞ、お嬢。四人部屋でいいか?」

「うん。お願いよ」

「直ぐに用意させる。ああ……報酬だな。ちょっと事務所まで来てくれ」

 

 

見習い連中の救助依頼の報酬──金貨二十枚。最悪、全滅していても身分証を回収すれば、報酬は変わらず──破格では? と思えるほどだ。

「ほら、金貨二十枚。お嬢、きちんと数えてくれ……全く、見習い連中の給料の、約十ヶ月分だぞ」

見習いの給与、月に金貨二枚に銀貨二枚との事だそうだ。これって中々の給与だよな?

まあ、いいか……報酬には、何の問題はない。

 

 

衛兵宿舎に移動。部屋は一階。黒壁回廊と同じか……一風呂浴びるのは、夕食後がいいかな。

「お腹空いたわね……クレイドル、浄化お願いよ。そのあと、外食にしましょうよ」

それに、決まった。ちゃんとした風呂なりシャワーは食事のあとかな。

さて、ここの食堂はどんなものだろうか。楽しみだ……荷物を置き、浄化を終えて普段着に着替えて外に繰り出す。

食堂の他に、雑貨屋兼武具店に、冒険者ギルドの出張所もあるんだよな……拠点として、領主から重要視されているという事なのだろうな。




感想あれば、是非。


Ψ(`∀´)Ψ ウィヒヒヒ 否定も多様性!!


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第104話 碧水の翼 街への帰還 休暇の予定



某ロボゲーで、執筆が滞っている人等が何人かいますねえ……音声のみ日本語対応とはいえ、半分おまこくですよね……箱ユーザーの気持ちなんて分からないのでしょうねえ……?(錯乱中)


(# ゜Д゜) 『コーホー』 ダークサイドの道筋──



 

 

拠点の食堂兼酒場。“盾と兜亭”──鶏肉と大根の煮物に、野菜たっぷりの雑炊。玉葱の酢漬け。衛兵向けなのか、濃い味付け。

日々、訓練に明け暮れる衛兵好みの味付けだろうな。当然、俺達冒険者の口にも合う──

 

食事を終え、あとは酒を楽しむ時間となった。

「明日、冒険者ギルドで今日の報告をするんだけど、そのあと少し休暇にしない?」

ワインを口に含むレンディア。休暇か……。

「うーん。そだねー、クレイドル加入してからは、なかなか忙しかったよねー」

鶏肉と青菜の炒めものを、ぱくぱく摘まみながら、シェーミィがいう。

加入前の、碧水の翼の活動は知らないが、そうなのか? まあ、ここ最近は、色々動き回った感はあるな。

「ふむ……休暇か。それなら、帝都の暗黒騎士団支部に戻って、直接報告をしなければならない事が、色々あるな……」

黒ワインを傾ける、グランさん。帝都か……いずれは、行くべき場所だな。

「ま、取りあえずは街に戻ってからよ。皆、休暇の予定を考えておいて」

レンディアは、ワインのお代わりを頼む。シェーミィは、果実酒炭酸割りと小魚の甘酢揚げを頼んだ。

「甘酢揚げ、美味しいんだよー」

にしし、と笑うシェーミィ。こいつの注文にハズレ無し、何だよな……それにしても、よく食べるな。猫族は皆、こうなのか?

 

 

もう、夜も更けてきたので宿舎に戻った。よし、一風呂……と思ったが、黒壁回廊の時の事を思い出し、止めた。

俺を風呂に誘いかけたグランさんが、「あ……そういえば、そうだったな……」

と、何か痛ましいものを見る目を向けてきた……深夜に、シャワーを浴びてやる。

 

グランさん、レンディア達も皆、風呂に行き、俺一人だけが残った……ふむ、一服して魔力制御といくか。

煙草盆を用意して、煙管に煙草葉を詰めて生活魔法で、火を着ける……すう、と一息吐く……。

うん、いい味だ──“西砂”。濃く爽やかな味わいと香り──ぷかりと吐いた煙が、開けた窓に流れて行く……お、月明かりだ。

こういう夜に、魔力制御は捗ると聞いていたな。よし……煙草盆に灰を落とし、片付ける。 さて、魔力制御の時間といくか……。

 

 

早朝、夜明け前。部屋に備え付けの洗面台で顔を洗う──レンディア達は、まだ寝ている。

朝食まで、まだまだ時間はあるな……よし、シャワー室は空いているだろう。昨夜は行けなかったからな。とっとと身体を洗い流そう──浄化はその後でいい。

 

朝食は昨日と同じ、“盾と兜亭”。宿舎で取ってもいいのだが。見習い連中の事もあるし、少し距離を取ろうとの事で、ここで朝食となった。

ベーコンと目玉焼きに丸パン。さっぱりとした味わいの、具沢山の野菜スープ。付け合わせは、ポテトサラダに酢漬け野菜。うん、シンプルな朝食だ。悪くない。

「昼過ぎには、街に戻りましょうか」

切り分けたベーコンを卵の黄身に付け、上品な仕草で口に含むレンディア。

「ふむ。休暇を取るのは、決定でいいのか?」

野菜スープに、分けた丸パンを浸しながらグランさんがいう。

「私は構わないよー、久しぶりに里帰りしたいしねー」

ベーコンと目玉焼きを一気に食べ終え、酢漬け野菜をつつくシェーミィ。ゆっくり食べなさい。

ん~、休暇なあ……であれば、帝都かな。帝都ミルゼリッツ──

「帝都には、いつか行かないと思っていたからな……うん、休暇なら俺は帝都に行くよ」

ふむ、とグランさん。にひひ、と笑うシェーミィ。

「私は……そうね、実家に戻るわ。久しぶりに、甥と姪っ子に会いたいわよ」

「魔導卿の、お子さんだっけか……確か、双子だったか?」

「ん、そうよ。男女だからあまり似てないけど、所々はね。あと、姉上の子も一人、ね」

グランさんに答えるレンディア。ラーディスさん、既婚者で子供二人いたのか……初めて聞いたな。

「一旦街に戻ってギルドに報告。それから改めて、今後の話し合い。それでいいわね?」

うん。何の問題も無しだ。

「じゃ、昼まで休憩ね。夕方までには、街に到着出来るように、各自準備をしておきましょうよ」

レンディアの締めの言葉で、話し合いは終わった。

 

 

朝食後、宿舎に戻り、ブリッジスさんとキールさんに、昼には出立する旨を告げる。

「そうか。世話になったな……改めて、礼をいう」

「御領主には、こっちからきちんと報告させて貰うからな。ありがとよ」

「何の、仕事よ仕事よ」

ブリッジスさん達に、ウィンクで返すレンディア。

せっかくだから、昼食を一緒にしないかとブリッジスさん。食堂だと落ち着いて食事が出来ないだろうから、外食にしないかと、キールさん。

そういう事ならと、レンディア。俺達も異論は無かった──

 

“剣と槍亭”へと来た。“盾と兜亭”の姉妹店だそうだ。

皆、同じメニューを取る事にした。鶏ガラで出汁を取った、鶏肉たっぷりの雑炊。青菜の胡麻油炒め。そして、酢漬け野菜。うん、いいな。

レンディアが、一杯だけならいいでしょと、ワインを頼んだ。

まあ、いいか、と苦笑するブリッジスさんとキールさん。

 

二人から、衛兵の話を、色々聞いた。十三歳から入団出来るが、本格的な訓練は体の出来る十五歳からだそうだ。それまでは、下っ端として使い走りらしい。要するに、雑用係だ。

「やる事は、沢山あるんだよ。掃除や片付けに、野菜の皮剥きやら、食器洗いとかな」

下働きというやつか。衛兵は軍隊だからな。

「武具の手入れや、馬の世話もだな。十五までの二年間での学びが、今後の衛兵生活を決めるんだよ」

分かります。とグランさんが頷く。

「騎士団でもそうでしたよ。懐かしいといえば懐かしいですね」

なるほどねー、とシェーミィ。当たり前の様に、二杯目の果実酒を頼もうとしてレンディアに止められた。

 

ブリッジスさんとキールさんが、態々馬車乗り場まで見送ってくれた。

「じゃあね。二人とも、体にだけは気を付けてね」

「ああ、お嬢達もな。たまには領地に顔を見せてくれ」

「衛兵連中の励みになるからな。それと、ラーディスの若に宜しくな」

ブリッジスさんとキールさん。馬車に乗り込みながら、手を振るレンディア。

「俺も、いい経験させて貰いました」

救助活動なんて無い方がいいんだろうが、こういう経験はためになるだろうな……。

「……正直、俺達ベテランは見習い連中の全滅を、覚悟していたんだよ」

キールさんが、声を潜めていう。ブリッジスさんが、苦笑を浮かべて肩を竦める。

馬車が出発の合図を出した。よし……戻るか。

「二人とも、お元気で」

おう、そっちもな。お嬢をよろしく、とブリッジスさん達。

いつか、二人に再会する時もあるかもな……。

 

遠ざかる馬車を見送りながら、キールがブリッジスに聞いた。

「あの顔見たか?」

「ああ……凄かったな」

二人の脳裏に、クレイドルの顔が浮かんでいた。優男、という訳では決して無く、妙な凄味のある容姿──輝く金髪に白磁の肌。整った目鼻立ち……特に、艶かしく濡れた様な薄紅色の唇……あれが、妖艶というものか──

「妙だったんだよ。ダンジョン内でずっと、フェイスガード下ろしてたからな」

はあ、とため息を吐くブリッジス。

「……まだ、鳥肌立ってやがる」

頭を振りながら、腕を擦るキール。ふうっ、と息を吐く。

「とんでもねえな、ありゃあ……」

ブリッジスが呟く。頷く、キール。

見えなくなった馬車を、目で追うベテラン衛兵二人──

 

 

レンディアの言った通り、ちょうど夕方までに街に到着した。真っ先に馬車から飛び出すシェーミィ。まだ停止してなかっただろうが……危ないな、おい。

「先ずは、ギルドに報告。シェーミィは、灰月亭に行って、ラルフさんに帰還の報告ね」

あいあーい、とシェーミィが駆けて行った。週単位の前払い契約なので、部屋はそのままだ。

 

「武人の練武場での救助依頼、終えて来たわよ」

レンディアが受付嬢に、キールさんの依頼達成のサインと、領主の仮印が押印された依頼書を渡す。受付嬢は緊張した面持ちで、依頼書を確認する……。

領主の仮印は、信頼の置ける各部署の人員に預けられるものだ。その信頼を損なったら?

結末は、一つ……死罪。場合によっては関係者も同様。家族すらもだ。

責任重大という訳だ……受付嬢が緊張するのも、当然だ。

「……確かに、確認致しました。ご苦労様でした」

頭を下げる受付嬢。ん。とレンディアが頷く。何か、肩の荷が降りた気がする……。

「ま、お茶にしましょうか。シェーミィも戻って来るでしょうよ。夕食は、朝陽食堂にしましょうよ」

おお、朝陽食堂か。うん、いいな……そういえば、大将にマリネの酢味噌和えを頼んでいたっけか……楽しみだな。

 

 

「こーんばんわー!」

シェーミィが、朝陽食堂の引き戸を開き、勢いよく店内に飛び込んだ。

「おう。いらっしゃい」

慣れたもので、大将が笑って出迎えてくれた。

少し早かったのか、店内には客は居ない。

「取りあえず、オウルリバー炭酸割りね」

レンディアが頼む。そして、それぞれ飲み物を頼んだ……食事は、まあその後になるかな。

「そういえば、クレイドル君。マリネの酢味噌和え、作ってみたんだ。試してくれないか?」

覚えてくれたのか……嬉しいな。

「はい、頂きます」

出された酢味噌和え。おお、酢の香りがいいな。早速、一口……美味いな。いや、お世辞無く美味い。酢と味噌の案配が、実にいいな……魚の口触りも、いい……でもな、大将。もう一味、足せるんだよ、これは。

 

「……うん、美味しいです。でも、あと一味足せますね。ニンニクの刻み切りか、薄切りの玉葱を足せば歯触りも良くなると思います」

「なるほどな、それか。マリネの歯触りだけではイマイチと思っていたんだ……改良してみるよ」

ニヤリ、と笑う大将。

「なーによー、二人でニヤニヤと。えーとねー、前の焼き鳥丼出来るー?」

「ああ、出来るよ」

大将の頼もしい言葉。じゃあ、お願いとシェーミィ。嬉しそうだな。

レンディアとグランさんは、豚汁定食を米で頼んだ……ん~俺はどうするかな。

うん。そうだな……「豚肉の丼物、玉葱と一緒にお願いします」

一瞬、驚いた大将だったが即座に答えた。

「ああ、いいよ。甘辛のタレは充分あるからね」

頷く大将……やはり決まりだな。

大将は、転生者、もしくは転移? 者だな。そして同郷──まあ、いい。今は食事を楽しもう。

 

「お邪魔するよ……何じゃ、早いなお嬢達」

ラザロさんが、やって来た。うん? と、俺を見る。

「お主が摘まんでいるのは、何じゃ?」

席に着きつつ聞いてくる。答えたのは大将だ。

「それかい。クレイドル君から教えて貰った、マリネの酢味噌和えだよ」

「ふうん? 酢味噌和えじゃと……試してみようか、一つもらおうか」

「はいよ。刻みニンニクと薄切り玉葱、どちらにします?」

大将は早速、試す様だ。ふうむ、とラザロさん。「玉葱にしとくかの。あと黒ワインをな」

あいよ。と大将。

 

甘辛のタレがいい案配にかけ回された、豚丼──うむ、美味い。豚肉の焼き加減が絶妙だ。少しの焦げ具合が、いいアクセントになってるんだ、これが……まだ歯応えを残している玉葱が、いい感じだ。さすが、大将。

「果実酒炭酸割り、お願いします」

多少の脂っぽさを、炭酸割りで流そう──

「うむ……大将、オウルリバー炭酸割り頼む。酢味噌和えもな。今度は、刻みニンニクでな」

あいよ、と大将。おう……ラザロさん、気に入ったみたいだな。

「炭酸割り、お待ち……酢味噌和え、酒のあてにぴったりらしいね」

「嬉しいですね。あと、他の食べ方もあるんですけど、また今度」

楽しみにしてるよ、と大将がニヤリ、と笑う。



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第105話 碧水の翼とクレイドルの昇格

 

 

「まあ、しばらく領内で、のんびりしましょうよ」

冒険者ギルド内。夕食後──喫茶室で、食休みのお茶を楽しむ。

 

茶を啜りながら、レンディアがいう。ここの所、忙しい感じだったからなあ……休暇の予定をどうするか、ゆっくり考える時間はある。

帝都に行く前に、ギルラド領に寄るのもいいか? 四季の庭園──だっけか。

箸を買った、巻きスカーフの行商人から聞いたな──『ギルラド領に行くのだったら、四季の庭園は行くべきだよ』──と。ふむ……帝都かギルラド領か──「グレイオウル領から、帝都とギルラド領、どっちが近いんだ?」

 

「う~ん、そうねえ。ここグレイオウル領からなら、ほぼ北上するだけだから帝都が近いわよ」

レンディアが、焼き菓子を摘まみながら答える。

「逆に、帝都からグレイオウル領に向かうなら、南下しつつ山を迂回してギルラド領近くを通過する街道がある。少し遠回りになるんだが、その街道が優先されるんだ」

グランさんが、レンディアのあとを次いで言う。

理由は兵站街道。覇王公時代から変わらぬ街道が理由になっている。

つまり、グレイオウル領からなら帝都はほぼ、直線距離。だが、帝都からグレイオウル領に向かうなら、ギルラド領を通過した方が速いらしい。

グランさん曰く、覇王公の戦略の一環で、南部方面に侵攻するための兵站が、整えられている名残だとの事だ。

「各都市の防備は完璧。帝都からの援軍が、多少遅れても問題は無い。逆に侵略するならば……速ければ速いほどいいとの考えらしいな」

その考えが現在も残っているのが、凄いな……覇王の威光、今だ消えずか。

 

 

早朝。陽はまだ上がっていない……魔力制御の時間にうってつけだ──宿の裏庭のベンチに胡座をかいて座る。目を閉じ、深呼吸を一つ、二つ……じわりと、胸の中心から魔力が体に広がって行く感覚……いいぞ──遠くに、鳥の鳴き声が聞こえる……。

 

部屋に戻ると、誰もいなかった。朝食にはまだ早い時間なので、シャワーか風呂だろうな。

よし、一服だ……“深風”か“西砂”、どっちにするか──ココココン! 独特のノック音。

ルーリエちゃんか。俺が裏庭から戻ったのに気付いたのかな?

「どう──」

バン! ルーリエちゃんが、一体現れた!

どうぞと言い終える間に、相変わらずの超スピードでルーリエちゃんが飛び込んで来た。

「なに──」

「あーと、お茶を頼めるかな」

ルーリエちゃんの、先行行動には先読みだ。

「ちょっと待っててね!」

またも、超スピードで飛び出して行ったルーリエちゃん……ドアは閉めようよ。

 

お茶を受け取り、礼を言って銅貨五枚をチップにと渡す。うへへ、と照れ笑いながら受けとるルーリエちゃん。一服は、お茶のあとだな……。

 

 

皆が集まり、朝食の時間となった。ベーコンエッグ、付け合わせの塩茹での野菜。玉葱のスープに丸パン。そして酢漬け野菜──文句の無い朝食だ。

「今日の予定は取りあえず……そうねえ。武人の練武場で手にいれた、剣と面頬の鑑定ね」

「休暇予定が入っているから、依頼は無し。それでいいな、レンディア?」

グランさんが、炭酸水のグラスを口に含む。

ん。と頷くレンディア。くうわぁぁ~、と大あくびをするシェーミィ。

今日は、時間は充分にある……さて、俺はどうしようか。

 

朝食後のお茶の時間。帝都の話を少しばかり聞く。とにかく広く、三日がかりでも観光を終える事が出来ないほどだという。

見るべき箇所は数多いが、先ずは帝都美術博物館だそうだ。レンディアがいうには、「まあ、博物館も一日では、とうてい廻りきれ無いけどね」

「港区もねー、見るとこ沢山あるよー。貿易船見学するといいよ。凄いから」

一番は新鮮な魚介類だけどねー、にひひと笑うシェーミィ。まあ、シェーミィらしいな。

 

「冒険者ギルドの人が来てるんだけど。案内していい?」

テーブルに、ルーリエちゃんが来た。ギルドから? 何ぞ?

「ん。私が話を聞くわ」

席を立つレンディア。こっちだよー、と案内していくルーリエちゃん。

何だろうな? と残った三人は、顔を見合わせる。

 

 

「リンベルさんが、ギルドに来てほしいとの事よ。大切な話があるので、“碧水の翼”で聞いてくれとの事よ」

席に着き、レンディアがルーリエちゃんにお茶のおかわりを頼む。

「大切な話、ね。まあ、悪い話じゃないよねー」

くぴくぴ、と果実水を飲むシェーミィ。

 

 

ギルドマスター室。二度目の来訪だ……前に来た時には気付かなかったが、壁には様々な武器が架けられている。

一際目立つのは、棚の中に納められた二振りのロングソード──朱色の鞘。やや、反り身の剣。

「クレイドル、あれが気になるかい?」

リンベルさんは、ぷかり、と朱色の煙管を吹かす。ふわりと、煙が窓を抜けて行く。

「ま、その話はまた今度だね。バルドル」

 

リンベルさんの隣に座る、副ギルドマスターのバルドルさんが頷き、レンディアに告げる。

「碧水の翼に、グレイオウル伯からの感謝状が届いています。衛兵救助の件についての事です。一兵損じなくの救助、感謝する──との事です。お改め下さい」

バルドルさんが、リーダーのレンディアに感謝状、つまり感状を差し出す。

ふん、とレンディアが感状を受けとり、目を通すとバルドルさんに返す。

「慎んで、感状をお受けします」

リンベルさんと、バルドルさんが頷く。

「この感状は、ギルドとあんたら、碧水の翼の箔付けになるからねえ。喜んで飾らせてもらうよ」

くくく、と笑い、煙管に煙草を詰めるリンベルさん。バルドルさんが、口を開く。

「これまでの功績につき、レンディア、グラン、シェーミィの三人は中級のCランクに昇格です。そして、クレイドル。あなたは初級のAランクに昇格です。四人とも、冒険者証明書を提出して下さい。今、ここで更新します」

おう。三人はベテランになったという事か。そして、俺は初級Aランクか……ジャンさん達に報告したい気分だな。

 

冒険者証明書の登録が済んだ。カード自体は変わらない。ランクが変わっただけだからな。

初級Aランクの二枚羽根。やはり、これも変わらないか。

「うん。何か実感湧かないよねー」

シェーミィが、証明書を陽にかざしながらいう。まあ、そうだよな。

級が上がらないと、カードも変わらないだろうしな。中級のカードは、銀縁で囲まれた白の札。ランクと名前が刻まれている。

 

「頑張りな。期待してるよ」

リンベルさんの激励の言葉を受け、冒険者ギルドを後にする。

「ふふっ、私達もとうとうベテランね。クレイドルも、近い内にそうなると思うわよ」

嬉しそうにいうレンディア。グランさんにシェーミィも、カードを見つめている。

冒険者として、一区切りという事何だろう。

次の拠点は、帝都になるのかな……。

 

「ラザロさんのとこで、鑑定を頼みに行くわよ。宝石の小袋はカリエラさんの所に持っていって、売却ね。それとお金の小袋は山分けね」

ふむ、とグランさんが頷く。

「まあ、昼食を食べてから今後の話をしましょうよ」

まずはラザロさんの店に出向き、剣と面頬の鑑定。宝石と金の小袋は、カリエラさんの店で、換金次第で山分け、という事になった。

 

 

「ふうむ……面頬は“黒牙の威風”と出たな。なかなかの逸品じゃな。獣、魔獣に対して優位になり、毒物耐性も有りじゃな」

獣、魔獣に特攻で耐毒か。いい防具だな。

「ふん。グランが使うといいわよ。真っ黒だし」

黒い面頬を持ち、満更でもなさそうに見つめるグランさん。括り紐も黒なんだな……。

「さて、この剣は……フム、無銘ではあるが、これもまたいい品じゃな」

剣を抜き、まじまじと見つめるラザロさん。

「衝撃属性に刺突強化。二属性持ちの名剣じゃな。良い物を拾ったの」

ほれ、とグランさんに渡す。受け取ったグランさんが、おお……と声を上げる。

「おー、似合ってるねー。グランが持ったらいいと思うよー」

「構わないわよ。グランが持つのがベストよ」

そういう事なら、と鞘に納めるグランさん。

「……鞘を黒く染めて貰うか」

薄灰色の鞘を見つめながら、グランさんが呟いた。

鑑定料銀貨二枚を払い、店を出る。グランさんは早速、ドルヴィスさんの店ブレイズハンドに、鞘染めの依頼をするために別行動となった。

「さて、次はカリエラさんの店に行きましょうか」

ああ、そうか。宝石の小袋があったな。

「お昼はどうするー?」

「カリエラさんの店で用を済ませたら、一旦宿に戻って、グランと合流して決めましょうよ」

 

初級Aランクか……まあ、色々あったな。昇格の早さは、こんなものなのだろうか? 少なくとも、仲間に恵まれているのは間違いない……。

 

「クレイドルー、宿に戻るよー」

シェーミィの声に、我を取り戻す。

「ああ、今行くよ」

空を見上げる。いい青空だ──冬の風が、頬を撫でて行った。




ここで一区切りの第二部、完。
てとこです。

これからもよろしくお願いします。

Ψ(`∀´)Ψ ヨロシクー


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第106話 帝都への道筋

 

 

早朝、夜明け後の魔力制御を終え、シャワー室に入る。温めの湯が心地いい──温度は、高中低の三段階。その中が、いい具合だ。

低は、夏に人気だそうだ……うん、いい感じだ。浄化とはまた違う、さっぱり感だな──温めの湯に、しばし打たれる事にする……。

 

シャワーを終え、部屋に戻る頃には、陽は上がっていた。レンディア達はまだ寝ている。今から寝直すのも、どうかな……。

下に降りて、一服しつつお茶でも頼もうか……ルーリエちゃん、起きているかな。

 

明け方の宿。客はまばら……厨房の喧騒が、心を落ち着かせる。奥の席に座り、煙草盆を出して煙管の準備をする──“深風”を詰め、生活魔法で火を灯す。大分、慣れたな……すうっ、と吸い、ふうっ、と吹く。うん、相変わらずのいい味わいだ。煙がゆうらりと、天井に立ち上って行く……。

 

陽光が宿の中に射し込んでくる頃には、客が席に着き始めた。そろそろ、朝食の時間だな……ルーリエちゃんが厨房から飛び出し、勢いよく階段を駆け上がって行くのが見えた……看板娘の超スピードに、客が何事? とばかりに見上げていた……というか、大概こんな調子だったのか……いや、ルーリエちゃん。俺はここだが?

 

皆が揃っての朝食。卵を落とした、ほどよく塩の効いた米粥。鶏肉と青菜の炒め物に酢漬け野菜──いい朝食だ。うん、腹持ち悪くないんだよな、米粥は。

「休暇に入るのは、もう二、三日というところね。皆、予定は決まっている?」

 

レンディアが、茶を啜りながらいう。

う~ん、俺は決まっている。帝都だ。ラーディスさんからは、何時でも訪ねて来いと言われていたしな……何より、帝都見学もしたい。

「まあ、皆決まっているようね。一週間ほど、のんびりしましょうよ」

「意外と、疲れが貯まっているのよねー。体も心もねー」

果実水炭酸割りを、くぴくぴと飲むシェーミィ。

「剣の鞘を染め終えるのに、一日半かかるとドルヴィスさんが言っていたからな。出立はそれくらいにしてもらえたら有り難い」

グランさんがいう。まあ、休暇は急ぎじゃないからな。

「ん。決まりね。今日と明日はのんびりと過ごしましょうよ」

「家族に、お土産買っていかないとねー」

にひひ、と笑うシェーミィ。何でも、弟二人に妹二人。祖父母と両親の家族だそうだ。どうりで、子供のあしらいが上手いわけだ。

「急ぎじゃないからね。明後日にでも出発出来れば、いいわよ」

 

予定は決まった。一週間ほどの休暇。レンディアは実家に戻り、シェーミィは里帰り。グランさんは、帝都の暗黒騎士団支部に詰める事になるという。

「報告書だけでは、伝えられない事も色々あるからな」

と、グランさん。暗黒騎士団支部か、神聖騎士団の支部もあるんだっけか。

「シェーミィ、家族へのお土産は帝都で買うのか?」

「そのつもりだよー。他所では見られない品物が、沢山あるからねー」

俺は帝都で何をするかな……まずは、ラーディスさんに挨拶だ。博物館も楽しみだな。

見所は沢山あるそうだから、ゆっくりと帝都観光といくか。

 

昼まで自由行動となった……さて、グレイオウル領滞在も明後日までか。よし、挨拶廻りかな。カリエラ商会にブレイズハンド、ラザロさんとは、朝陽食堂で挨拶するか。あと……そうだ、灰月亭のラルフさん達にもだな。ルーリエちゃんを誘って、オウルレイク廻りをするか……。

 

「へえ。明後日には、帝都に?」

カリエラさんに会う事が出来た。その背後には、マーティさんが控えている。顔が少し赤い。何ぞ?

「なら、紹介状を書くわ。メルデオ先輩と私の師匠なの。今は商会を息子さんに譲っているのだけれど、今は露店をやっているのよ」

何でも、帝都領内の商人ギルドに顔がきく人らしい。大物だな……。

「中央広場で、黒い看板に銀の文字でロディックの店と出ているわ」

黒看板に銀文字……流儀かな? 紹介状を受け取り、カリエラさんの元を辞す。

じゃあ、また。とカリエラさんと握手をする。

 

「あ、いらっしゃい!」

いつぞやの、店番の少年が威勢良く声を上げる。

「ドルヴィスさんをお願いしたいんだが。大丈夫かな?」

「ちょっと待っててな!」

少年が脱兎の如く、奥に駆け出して行った……他に客がいるんだが?

 

奥の席に通され、テーブルを挟んで、ドルヴィスさんと向かい合う。

「ふむ、帝都に行くのか……なら、紹介状を出すぜ。俺と、兄弟子のストルムハンドの系譜じゃねえが、多少関わり合いがある鍛冶師だ」

ちょっと待ちな、といい奥に引っ込んで行く。いつの間にか、お茶の用意がされていた。

 

「少しばかり、風変わりな人だが腕は確かだ。まあ、会って見れば分かる。“青葉の鋼”て店だ」

茶を啜るドルヴィスさん。少しばかり、帝都の話をする。夜に、朝陽食堂で飲む約束を取り付けてブレイズハンドから出た。

 

一旦宿に戻り、ラルフさんに明後日には帝都に向かう事を告げる。

「そうかい、“碧水の翼”が休暇ね……寂しくなるな」

「それでですね。明日、ルーリエちゃんと、オウルレイク廻りをしたいんですよ。大丈夫ですか?」

帝都に行けば、しばらくはグレイオウル領に戻って来れないだろうからな。

「ああ、構わないよ。ルーリエに伝えておくよ」

 

さて、昼まで時間はまだある……ふと思いつき、カリエラ商会に足を向ける。梟を模した、装飾品をいくつか取り扱っていたな……。

 

カリエラ商会で買い物を終え、灰月亭に戻る頃には、昼になっていた。品選び中は、何故かマーティさんがずっと側に付いていた。何ぞ?

昼食は、灰月亭で済ませる事となった。

「はい、お待ちどうさま。灰月亭特製シチューだよ」

ラルフさんの奥さん、ナジェナさんが料理を運んで来た。碧水の翼が、しばしの休暇を取ると聞いて、いつもより腕を奮ってくれたそうだ。

「おー、美味しそう!」

シェーミィが、嬉しそうに言う。獣耳がピコピコ動いている。

確かに、美味そうだ。微かに牛乳の匂いがする、鶏肉と根菜が煮込まれたシチューは何とも食べ応えがありそうだな。

「お待ちどうさま!」

ルーリエちゃんが、大皿に盛られた料理を運んで来た。おお、豚バラと青菜の炒め物か。胡麻油の香りが、食欲をそそるな……レンディアが取り皿を配り、シェーミィが料理をよそう。

丸パンに酢漬け野菜も来た。おお、何だか豪勢な昼食だ。

「シチューのお代わりはあるからね。たっぷり食べな」

ナジェナさんがいう。よし、まずは特製シチューからいくか。

 

 

シェーミィはシチューを三回平らげ、丸パン二つに酢漬け野菜のお代わりまでした。腹一杯食べたシェーミィの獣耳が、ペタリと垂れている。

ふぅー、と満足げに目を細めているシェーミィ。どこに入るのやら、と苦笑するグランさん。

「ご馳走さま。ルーリエちゃん、お茶をお願いね」

口許を上品に拭い、レンディアが茶を注文する。グランさんは炭酸水を注文した。

はい! とルーリエちゃんが厨房に駆けて行った。

 

お茶の時間が終わり、夕方まで一休みとなった。夕食は朝陽食堂だ。大将にも挨拶しておかないとな……腹一杯過ぎて、自力で歩けないシェーミィに肩を貸し、部屋に引きずって行くグランさんの背を見送りながら、茶を啜る。

「クレイドルさん、えーとねー。明日、お昼過ぎに時間あるんだけどー」

もじもじとしながら、ルーリエちゃんが言う。

「うん。オウルレイクに行こうか」

「わかった! 約束だよ!」

うひひ、と笑い厨房に戻って行くルーリエちゃん。

「……随分と、仲良くなっているわねえ」

レンディア、ジト目を止めろ。ルーリエちゃんは、妹みたいなものなんだよ。決して少女趣味じゃないからな!

 

 

夕方まで、のんびりと過ごす事にした。宿の裏庭で一服する──さて、グレイオウル領でやるべき事は特には無いか?……ドルヴィスさんの店でバトルアクスの手入れを頼んでおくかな。

他には思い付かない。よし、一眠りするか。

 

窓から差し込む夕陽。四人部屋を赤く染めている──レンディア達はいない。下に降りているんだろうな。しばしボンヤリする。

朝陽食堂には、まだ少し早いな。レンディア達は、お茶でもしているのだろう。

一服するか……煙草盆を取り出し、煙管に煙草を詰める──“深風”の気分だ。

深く吸い込み、ゆっくりと吐く──ふうわり、と煙が窓に流れていく。

 

一服終え、階下に降りる。いつもの席、宿の隅の四人席。灰月亭に来た当初、何となく着いた席が、碧水の翼の指定席になっていた。

そのテーブルに、レンディア達がいる──何だろうな? 俺の居場所はあそこだ。と感覚的に感じた。

「朝陽食堂が開くまで、まだ少し時間あるわね。今は、お茶の時間よ」

レンディアが、俺のカップに茶を注ぐ。入れ替えたばかりなのか、茶はまだ暖かった。

 

雑談を交え、帝都の話を聞く。なるほどな、色々とためになる──帝都騎士団、神聖騎士団と暗黒騎士団との、実戦形式の演習。

騎士団だけではなく、衛兵達もまた実戦形式の訓練に明け暮れているとの事だ。

家を継げない貴族や農家の次男以下は、大概が、衛兵や騎士を目指して集まるのだという。

要するに、一年中訓練に明け暮れる専業兵を、帝国は維持しているという事になる──これ、あれだ……兵農分離、てやつだ。兵としての訓練だけではなく、各領地の開発事業にも従事する事も、珍しくないという。

 

「半年持てば、顔付きが変わるんだよな。いっぱしの兵の顔になるんだ」

とは、グランさんの談。年中、鍛練か。凄いものだな……。

「少し早いけど、朝陽食堂に向かいましょうか……丼物、頼んでみようかな」

くぃっ、と茶を飲み干し、レンディアが席を立つ。

丼物か。今は、焼き鳥丼に豚丼だが、いずれは親子丼にカツ丼を、大将が思い出すだろうな。

同じく──転生者として。

「お腹すいたー。早く、朝陽食堂に行こうよー」

シェーミィがいう。昼に、あれほど食べたのにもう腹ペコか。猫族は皆、こうなのか?



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第107話 グレイオウル領での一時

 

「ふむ。帝都に行くのか」

くいっ、とオウルリバーの炭酸割りを口にするラザロさん。摘まみは、マリネの酢味噌和えの玉葱添えだ。

まだ早いので、朝陽食堂にいるのは俺達とラザロさんだけ。

「冒険者ギルドに、わしの同期の鑑定師がおる。ミラーという名じゃ。わしの名を出せば、少しは良くしてくれるじゃろう」

酢味噌和えを、何とも美味しそうに口にするラザロさん。気に入ったようで何よりだ。

焼き鳥丼を、貪るシェーミィ。豚丼を、物珍しそうに見つめ、微笑みながら口に運ぶレンディア。気に入った様だ。

グランさんは、豚バラ野菜炒め定食を頼んでいた。豚汁付き。パンではなく、米だ。

真面目な顔で、米だな……これは米だ。と呟いている。

「はいよ、クレイドル君お待ち」

俺が頼んだのは、チキンソテー。付け合わせの塩茹での野菜に、酢漬け野菜。米もパンもなし。

チキンの照り焼きお願いします、と注文したなら、「出来るよ」と、大将がニヤリと笑った。

 

表面の焦げ模様と甘辛のソースの香りが、何とも食欲をそそる──早速ナイフを通す。一瞬の弾力を感じるも、すんなりとナイフが通った。上手い焼き加減だな──うん、美味い。口の中に肉汁が広がる。いや、さすが大将。

「あー、何その料理! 大将ー、私も同じのお願い!」

焼き鳥丼をまだ平らげない内に、シェーミィが注文する。あいよ、と大将が苦笑する。

 

「よぉ、今晩は」

ドルヴィスさんが、やって来た。いらっしゃいとの大将の声に、ラザロさんの横に座る。

「好きだねえ、それ。まあ、分かるけどな。大将、蜂蜜酒と鶏野菜炒め頼むよ」

あいよ、と大将。

「メニュー、増えてるな……焼き鳥丼に豚丼に、マリネの酢味噌和えもか」

壁に掛けられているメニュー表を、改めて見たドルヴィスさんが言う。

 

追加のチキンソテーを、目を細めながらパクついているシェーミィ。すでに食事を終え、黒ワインを傾けているグランさん。

「私も、酢味噌和え頂戴。えーと、玉葱で。あと、果実酒炭酸割りね」

レンディアの注文に、あいよ、と大将。俺は……どうするかな?

 

オウルリバーのロックをちびちびやっていると、大将が話しかけてきた。

「前に、酢味噌和えに他の食べ方があるって言ってたね。帝都に行く前に教えてくれないか?」

確か、言ったな……まあ、あれだ。

「簡単なものなんですけどね。茶碗に、軽く米をよそったら、酢味噌和えを乗せ、その上から出し汁をざっ、とかけ回すんです」

「なるほどな……うん、美味そうだ。酒の〆によさそうだな」

うんうん、と頷く大将。酒の〆だと? ラザロさんとドルヴィスさんが、早くも食い付いた。

「ふむ。酒の〆のう……大将、あとでそれをもらおうか。黒ワインを頼む」

「酒の〆の酢味噌和えか。俺も、あとからもらうよ。エール頼む」

分かったよ。と言いながら、厨房に引っ込む大将。

 

「クレイドル君。酢味噌和えの出汁漬け、今試してみたが、美味いな。出汁は少し薄めの方がいいね」

早速試したか。酢味噌和え自体が濃いからな。

「出し汁じゃなくても、お茶でもいいと思います」

なるほどな、と大将。まあお湯でもいいけど。

結局、皆は酢味噌和えの出汁漬けで〆た。メニューに入る日も近いだろう……。

 

早朝、夜明け前。薄暗い部屋から、煙草盆とタオルを手に、静かに出る。

いつものように、酒場の裏手から裏庭に出る。

一服後に、魔力制御といくか……“西砂”の煙が夜明け前の空に溶けていく……。

 

魔力制御を終える頃には、すっかり陽は上がっていた。さて、顔を洗って部屋に戻るか。

 

レンディアとグランさんはすでに階下に降りていたが、シェーミィはまだ眠りこけていた。

ベッドに横たわり、う~くぅぅるる~、と喉を鳴らし、あくびをしながら体を伸ばす──「シェーミィ。おーい、朝だぞ」

「……うぅ~ん」

ベッドに腰掛け、てしてし、と顔を拭うシェーミィ。やっぱ、猫だな……降りてるぞ、と声をかけ部屋から出る。

 

朝食までは、まだ早く、お茶の時間だ。

「今日の朝食は、鶏皮野菜炒めと鶏肉の雑炊に酢漬け野菜だよ」

お茶を運んで来たルーリエちゃんが言う。何の不足も無い、朝食だ。

「ん、ありがと」レンディアが、銅貨五枚をチップとして渡す。

「ありがとうございます」

と看板娘が恭しく、一礼して厨房に戻って行った。

「……やはり、クレイドルとの態度違うな」

うん? グランさんを見るレンディア。何でもないから、気にしないでヨシ!

 

朝食を食べながら、今日の予定を話し合う。

グランさんは、ブレイズハンドに新しく得た剣の鞘染めを確認しにいくそうだ……俺はバトルアクスの手入れを頼むかな。武人の練武場で、激しく使ったからな。

「グランさん、俺も一緒に行きます」

ああ、とグランさん。レンディアとシェーミィは、ブラブラと散歩するそうだ。

昼に、灰月亭で合流して昼食と決まった。

「昼後は自由時間ね。夕食は……そうねえ」

「久しぶりに、“湖畔の庵亭”に行こーよ!」

おお、湖畔の庵亭か。炭火焼きと魚介類の店。

「いいな。そこにしよう、レンディア」

グランさんが、楽しそうに言う。

「ん。そうね。そうしましょうか」

よし、決まりだ。山葵の葉漬けも久しぶりだ……今から、楽しみだな。

 

「もう、塗りは終わってるよ。あとは乾かすだけだ。明日の朝には、乾ききるだろ」

「明日の、帝都への出発は昼後だから、その時に取りに来ます」

料金を尋ねるグランさんに、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、それは、とグランさん。ちょっとした押し問答の末、折れたのはグランさんだった。

 

「ドルヴィスさん、バトルアクス見てもらえませんか」

おう、と受け取ると、じっくりと眺める。

「兄弟子が、鍛え上げたやつだな……さすが業物だ。刃こぼれ、傷みも無し……ちいっと、柄が歪んでるが、ふん。一、二時間もあれば元に戻せる」

「じゃあ、お願いします」

ああ、任せな、とドルヴィスさん。少し帝都の話をして、ブレイズハンドをあとにする。

「昼近くまで、どこかで時間潰しませんか?」

「そうだな……飲食店街をぶらついてみるか、いい喫茶店あるかもな」

 

男二人、飲食店街をぶらつく。まだ早い時間なので、開いている店は少ない。

「お、看板が出てるな。あそこにしよう」

店先に早くもテーブルが並べられ、日除けのパラソルも広げられている。テラス席か、いいな。

 

「林檎茶のホットとクリームパイのセットを」

時間をかけず、手短に注文するグランさん。ふむ、朝食らしきメニューもあるな。ハムレタスサンド、ベーコンオニオンサンド等。出勤前に朝食をとるような店なんだな。テイクアウト有りか……さて。

「オレンジジュースと焼きチーズケーキのセットをお願いします」

「は、はい……御注文は、以上、でしょうか?」

ウェイトレスさんが、もじもじしながら尋ねてくる……何ぞ?

 

「こういう店、よく使うんですか?」

酸味寄りの、オレンジジュースが美味い。焼きチーズケーキの甘さと、良く合っている。

「たまにな。事務仕事を部屋に籠ってやり続けると、気が滅入るからな。重要書類以外を持って、外の食堂や喫茶店で、書類のチェックをする時があるんだ」

グランさんくらいになると、書類仕事もあるんだな。

「林檎茶はホットだな……香りがいい。うん」

騎士だけあって、所作が優雅だな。公式の場に出席する事も少なくないから、貴族としての立ち振舞いも学ばなければならないそうだからな……大変な仕事だよ。

「すいません。オレンジジュースのお代わりをお願いします」

さっきとは違うウェイトレスさんが、かなりの勢いでやって来た。

「私も、林檎茶のお代わりをホットで」

「はい! す、すぐに!」

じりじり、と後退りしながらウェイトレスさんが店内に戻っていく……何ぞ?

 

クレイドル達から、少し離れた四人掛けのテーブルに着いている。女性四人組、年頃は二十歳少しくらいか。クレイドル達にチラチラ目をやりながら、四人は注文の品にほとんど手を付けず、静かに話している──

 

「ね……あの奥の席の」

「うん、分かる……」

「この街の人なのかな?」「右側の黒ずくめの男の人、体格良いし格好いいよね……でも」

「うん、向かいに座っている(ひと)……凄く綺麗だよね──」

 

「よし……堪能した。行くか、クレイドル」

「はい。ここは俺が払います」

セット二つに、飲み物お代わりで銀貨二枚と銅貨四枚か。まあ、こんなものかね。

テーブルに銀貨三枚を置く。釣りはチップだ。

「ふむ、ご馳走になっておこう。まだ少し時間あるな……商店街通りでも歩くか」

「そうしましょう。レンディア達と鉢合わせするかもしれませんね」

 

去って行くクレイドル達の背を、呆然と見送る四人組。

「えっ……男?」誰ともなく、呟いた──

 

 

商店街通りを一回りする頃には、昼近くになっていた。ブレイズハンドに、バトルアクスを取りに行くためグランさんと別れた。

店内は、昼近くだからか客は一人もいない。

カウンター席で、いつもの少年が本を読んでいた。

「ああ、いらっしゃい」

にかっ、と白い歯を見せ、人懐こい笑みを浮かべる。差し入れにと、商店街通りの露店で買った干し果物入りの紙袋三つを渡す。お値段、銅貨六枚。

干し果物は市民にはオヤツ、お茶うけ。冒険者にとっては、水分とミネラル補給の必需品。

「おおー、ありがとう。クレイドルさんが来たら、中に通せって言われてんだ。案内するよ」

店番はいいのかな?

 

「親方、これクレイドルさんから差し入れ」

干し果物を受け取るドルヴィスさん。

「干し果物か。この稼業、いくらあってもいいからな。ありがとよ」

汗だくになるだろうからな、水分とミネラルは必須だろう。あと塩。

じゃあ! と少年が店番に戻って行った。

 

「柄はキッチリ戻しといたぜ。刃こぼれは欠片もなかったが、一応磨いておいた。試しに、打ち込み用の木偶人形、ぶっ叩いてみな」

ドルヴィスさんから、バトルアクスを受け取る。すでに身体に馴染んだ重さ。磨いたというだけあってか。刃が、陽光を照らしている──

 

バトルアクスを橫構えにし、すっ、と腰を落とすと同時に、やや下から木偶人形を斬り上げる──ガカッ──ん? この感触、今までの“断ち割る”とは違う……何というか、“断ち斬る”感触だ──ドザッ。

木偶人形の上半身が落ちた。おぉ~、といつの間にか見物していた職人達から、静かな歓声が起こった。

「お見事。随分、使いこなしているな……ほら、切り口見てみな」

ドルヴィスさんが、木偶人形の上半身を持ち上げ、切り口を見せてきたが……うん、分からん。

「まあ、分からないか……普通、こういう大刃、バトルアクスやグレートソードだのは斬るというより、重量で叩き割る事に特化しているんだがな」

ドルヴィスさんは、切り口を指でなぞる。

「普通は切り口は潰れたようになるんだが、これは見事断ち斬っている。業物を巧く使ってるな」

ニヤリと笑うドルヴィスさん。改めて、バトルアクスを眺める──今後ともよろしく、だな。

料金を尋ねると、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、そういう訳には、と俺。ちょっとした押し問答の末、折れたのは俺だった。職人気質だな……。

礼をいい、店を後にする。よし、灰月亭に戻るか……バトルアクスを肩掛けに歩く俺を気にする視線を感じるのは、気のせいだ。

 

灰月亭に入ると同時に、ルーリエちゃんが駆けて来た。ちょ……危ない! 武器、担いでるんだが?!

「お帰り! みんな、部屋に戻ってるよ!」

ガシリ、と俺の腕をホールドして、二階へと連行していくルーリエちゃん。

「危ない、危ないから!」

くっ……意外に力が強い! 一切の抵抗を許さないルーリエちゃんに、部屋に送り届けられた。

 

「もうそろそろ、お昼だから下りてきていいですよ!」

いうが否や、ルーリエちゃんは超スピードで駆けて行った。

「武器、仕舞いなさいよ。危ないわよ」

レンディアがいう。最もだ、全くな。

 

いつものテーブル席、水を運んで来たルーリエちゃんが、昼食メニューを教えてくれる。

「今日はね、ソーセージエッグに玉葱のスープ。厚切りチーズに丸パンだよ」

そして、酢漬け野菜か。いい昼食だな。

「ん。美味しそうね。一つは半熟でお願いよ」

はい、とルーリエちゃん。他に注文はないと分かると、ちょっと待っててね! と厨房に戻って行った。

 

昼食後のお茶の時間。夕食は“湖畔の庵亭”に集合と決まった。それまでは自由時間。

レンディアは、一旦実家に荷物や土産物を置いてくるそうだ。グランさんとシェーミィは、宿を引き払う準備をするとの事。

俺は、ルーリエちゃんとの約束を済ませてからだな……そういう事を考えていると、おめかしを終えたルーリエちゃんが、テーブル近くをうろうろしていた。

「ほら、クレイドル。お姫様来たわよ」

レンディアが、微笑みながらカップを口に含む。にへへへ、ルーリエちゃんが照れ笑う。

 

 

昼過ぎの、商店街通りの喧騒はそうでも無い。 いつぞやの、スカーフ巻きの露店を目で探したが、見当たらなかった。

ルーリエちゃんと手を繋ぎ、店を冷やかしながらのんびりと、オウルレイクを目指す。

そろそろ、本格的に寒くなるそうで、ルーリエちゃんはマフラーを巻いている。

俺も、フードをしっかり下ろす。気のせいか、息が白く見えた。

「ルーリエちゃん、寒くないか?」

「んふー、大丈夫!」

くっ、と軽く手を握られた。

 

オウルレイク果樹園の喫茶店で、デザートを楽しむ。今回は、ブリーベリーパイとアップルパイのハーフを二皿。ルーリエちゃん、お勧めだ。

お茶は同じ、林檎茶のホット。

とりとめも無い話。魔導院に興味がある事や、他の領も、よく見て回りたいとの事──冒険者の話をせがまれたので、少し話してあげた。

 

食事を終え、オウルレイクを一回り。ベンチに座り一息付く。ああ、そうだ……。

「えーとね。ルーリエちゃんにお礼を兼ねて、プレゼントがあるんだ」

ポーチから、小箱を取り出しルーリエちゃんに渡す。

「えっ……いいの?」

「うん。色々良くして貰ったからね。開けてみて」

おずおずと、箱を開けるルーリエちゃん。

中に入っているのは、黒銀に縁取られ、白真珠で彫刻された、枝に止まる梟のカメオのネックレス。カリエラ商会で購入した物だ。

「……ほんとに、貰っていいの……?」

「もちろん」

前もって、ラルフさんとナジェナさんには断りを入れているから、イインダヨ。

ほわ~、とカメオを見つめるルーリエちゃん。

「パパとママの前で、着けたらいいよ」

「うん! 自慢する、ありがとう!!」

どすっ、抱きついてきた。なかなかの衝撃。

 

宿にルーリエちゃんを送り、別れた(相当にごねられた)。

“湖畔の庵亭”には、少し遅れるかな……。



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幕間 グランドヒルの新人達⑦ ミストウッズでの依頼と“霧雨の風(ミストウィンド)

 

ミストウッズでの生活にも、そろそろ慣れてきた。

受ける依頼は、採取と採掘や、常設依頼が中心になっている。堅実に稼ぎ、日々の暮らしを安定出来ているかも、昇格対象になるのだと最近知り合った、ジャックさんに改めて教わった。

「まあ、初級訓練キッチリ受けた、おめえらには態々言う事もねえがな」

エールのジョッキを、テーブルに置くジャックさん。

 

今、私達は定宿、“竜鱗の欠片亭”の直ぐ隣の酒場、“青風館”で、ジャックさんのパーティーとの顔合わせがてら、ご馳走になっている。

パーティー名は、“霧雨の風(ミストウィンド)”。中級Cランクのジャックさんをリーダーとした四人パーティーだ。今は一時休暇中で、もう少ししたら、冒険者活動を再開するとの事。

 

「最近、新規の冒険者が加入して来たのですが、十一名中、初級訓練受けたのが、四名だけですからね……少し、先が思いやられます」

ワイングラスを傾ける、白いローブに身を包んだ二十歳少しの男性。栗色の髪色をした、気品ある顔立ち。神聖術士のフルースさん。

神聖属性と風属性の使い手だそうだ。

「ふん。ミストウッズ周辺から集まって来る、ある程度森に慣れた冒険者志望の連中は、森の中なら魔物、魔獣は怖くないと本気で思ってるからな」

ジャックさんが、エールのお代わりを頼む。

「それが、一番危険ですよね……?」

ジョシュが、エールをグビリと、飲む。

「そうだね。魔物、魔獣の事をおとぎ話だと思っているのさ。こんな言葉があるよ──猟師が魔獣を退治して終わる物語は、人間の書いたおとぎ話の中だけ──とね」

ワインを、くうっと飲み干し、ワインのお代わりと、ソーセージと山菜炒めを頼むフルースさん。

人間の書いたおとぎ話の中だけ……シェリナが呟き果実酒に口を付ける。

 

エールのお代わりを受け取ったジャックさんが、食べたい物があったら注文しろ、奢りには甘えとけと言ってくれた。ふむう……迷う。

「鹿の燻製炙りなんて、初めてだろう? 上手く香辛料使っていて美味しいよ。お勧めだね」

フルースさんが勧めてくる。なんか美味しそう。

「あとはあれだな、鹿肉ワイン煮込みだ。少し時間かかるが、一度食っておけ。今の時期が一番美味いからな」

ジャックさんのお勧めか……よし。

「じゃあ、その二つお願いします! 果実酒お代わりも!」

シェリナが言った。丁度、ワインと、ソーセージと山菜炒めを運んで来た店員さんに、ジャックさんが注文してくれた。

「すいません。エールのお代わりをお願いします」

ジョシュが注文する。私もついでに、果実酒炭酸割りをお願いした。

 

「いいぞ、好きなだけ食べて、飲め」

ジャックは、嬉しそうに杯を上げた。フルースは楽しそうに微笑んでいる。

 

 

チリィン──ベルを鳴らす。

少しもしない内に、従業員さんが来たのでお水を頼む。大きめの水差しは空っぽになっていた。

直ぐにお持ちしますといい、朝食まで時間はまだありますよ、と教えてくれた。

 

「さて」──壁時計を見ると、朝6時ちょっと。カーテンの隙間から見える外は、まだ暗い。

本格的に冬が始まるのだろうな。私達の村ほど、寒くならないといいけど──今日の予定は、どうするかな……少し、空気を入れ換えよう。

 

「お水をお持ちしました」

従業員さんが運んで来た水差しを見た時、喉の渇きを思い出した。礼をいい、水差しを受け取ると、チップとして銅貨三枚を渡す。

「まあ。いつもありがとうございます」

頭を下げ、部屋から出て行く従業員さん。まだ慣れないわね……たっぷりと、コップに水を注ぎ、一息に飲み干す──うん、美味しい。さて。顔を洗って来るかな。

戻って来たシェリナと、入れ違いに外に出る。

魔力制御を、今終えたばかりだそうだ。

「ジョシュと会った?」

「うん。裏庭で魔力制御するために、部屋から出たら廊下で会ったわ。一っ風呂浴びてくるって」

「長くない?」

思わず、笑ってしまった。村では、燃料の関係でお風呂なんか、週に一、二回も入らない。

お湯を絞った布で、体を拭うくらいだった。

「まあねえ。でも、私達も笑えないわよ」

シェリナも、クスクス笑う。まあ確かに。

城塞都市の訓練場で、毎日シャワーとお風呂が当たり前のように使える事に、驚いたのよね。

「顔を洗って来るわ。ジョシュが戻って来たら、朝食に行きましょう」

 

行商人。他領からの、材木買い付け商。そして、私達冒険者──ここの宿は、普通の旅人や観光客向けではない様に見える。朝から、商売の話が行き交っている感じだ。

 

「はい、お待ち。塩鶏蒸し焼きに山菜の胡麻和えと、玉葱のスープに丸パン。酢漬け野菜は、直ぐに持って来るからね。塩鶏は、骨に気を付けなよ」

体格のいい従業員さんが、一度に三人前を器用に運んで来た。朝から、なかなかのボリュームだけれど、食べられる気がする。

 

「よし。いただきます」

早速、ジョシュが塩鶏蒸し焼きにナイフを通す。ふわりと湯気が立ち、鶏と香辛料の薫りがテーブルに漂う──何ともいえない、薫りだ。

私も、蒸し焼きを切る──思った以上に柔らかく、ナイフがすっ、と入って行く。

さて、お味は──まず感じたのは、お肉の柔らかさと香辛料の薫り。甘味さえ感じる塩味。上品な味って、こんな感じなのかな?

 

「リーネ、蒸し焼きの中央に入っているこれ、香辛料の葉かな?」

ジョシュに言われて見れば……なにか入っている様に見えるけど、これ何だろう?

「ああ、それかい? それはね、兄さんのいう通り、香辛料の葉で、にんにくと生姜のすりおろしたやつを包んだ物だよ。匂い消しと、肉の風味を増すためのものさ。はい、酢漬け野菜お待ちね」

酢漬け野菜を運んで来た、先ほどの体格のいい従業員さんが教えてくれた。

所変われば、というけれど……料理も一味、違うんだな。

 

 

朝食後のお茶の時間を終えて、冒険者ギルドへ来た。リーネ達と話したように、いつもの採取か採掘。そして、常設依頼をいくつかこなそうかと思っていた所、声をかけられた。

「よお、ジョシュ」

ランドさんだった。帯剣し、首回りと肩まで防いでいる胸当てに、籠手。ラウンドシールドを肩掛けにしていた──武装状態。

「どうしたんです?」

我ながら、バカな台詞だ。何かしらの戦いに行くのだろうに──「なんだ? お前ら知り合いか?」

ジャックさんだ。まあ、知り合いというか……ランドさんが、説明を始めた。

 

聞いてみれば、何という事はない。ランドさんは、“霧雨の風(ミストウィンド)”のメンバーだった。

「基本、霧雨の風の活動拠点は、帝都だ。今は、休暇でミストウッズに来ていてな。メンバー一人以外、俺達三人の地元だ」──との事。

 

「まあ、そういう事だ……ジョシュ、お前達のパーティー、これから何か依頼を受ける予定はあるか?」

ランドさんが尋ねてきた。何だろうか?

「いえ、まだ決まっていませんが……何か?」

「うん……これから、護衛の任務を受ける予定があってな。人数が決まっているんだが、俺達は三人。最低でもあと二人必要なんだ。リーネに声をかけてみてくれないか?」

護衛の依頼か……初めてだな。でも、何にでも初めてはある。

「分かりました。待ってて下さい」

 

 

ジョシュが、ランドさんから持ってきた話に興味がわいたので早速、ジャックさんの所に向かった。

「お、来たか。まあ、座れ」

ジャックさん達は、ギルドの喫茶室にいた。フルースさんが、お茶を頼む。

「護衛と言ってもな、商人じゃねえ。(きこり)の護衛なんだよ」

ジャックさんが言うには、今の時期だと竜の影響を受けた森の獣が、魔獣化とまではいかなくても、狂暴になっている可能性が高いので、伐採作業が危険になる事があるのだそうだ──

「この依頼は、五人以上から何ですよ。だから、君達に声をかけたんです」

フルースさんが、皆にお茶を注ぎなからいう。

「どうだ? 報酬はなかなか良い。俺達も、お前達をフォローする。受けてみないか?」

ランドさんが、お茶を啜りながら聞いてきた。

うん。もう決まっている。ジョシュ、シェリナの顔を見る──「はい。よろしくお願いします」



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第108話 覇王の兵站街道 帝都ミルゼリッツへ

 

 

ふと、目が覚める──同居人達の寝息が微かに部屋に響いている。カーテンの隙間から、微かに外が見える──まだ、暗い。

眠気は無く、頭はスッキリとしている。昨日の事を思い出す──“湖畔の庵亭”で炭火焼き料理に魚介類料理、貝の汁物。そして、山葵の葉漬けをたっぷりと堪能した。

店仕舞いの時間になり、お暇しようとした所、誰が言ったか「朝陽食堂に行こう」という事になった。

 

飲めや食えやの朝陽食堂の中で、大将に明日から帝都に行くと告げたなら、帝都の食処を色々教えてくれた。

「……クレイドル君、帝都は広いよ。中央区に港区、君の好きそうな料理を出す店が、きっとある。楽しみにしてな」

大将から、お勧めの店を書いたメモを渡された。 その中の“新緑の庭”という店が気になった。

「大将、この新緑の庭という店は、どういう店なんですか?」

「ああ、菓子店だね。店頭販売もしているし、店の中でも食べられるんだけど……まあ、あれだ、男一人だと気まずい店って感じだね」

あ~分かる。だがね大将。俺はそういう店に居座る事が出来る男なのですよ。

「まあ、それはともかく、本当に美味しい。菓子もお茶も。その分、少しお高めだけどね。帝都に行くと、そこで必ずお茶を買うようにしているよ」

なるほど、覚えておこう。帝都第一日目は、食べ歩きになるかもな……。

 

「大将ー、果実酒炭酸割りお代わりに、ネギ焼鳥と鶏茸炒め、お願いー」

シェーミィが注文をする。まだ食うか。湖畔の庵亭で、散々飲み食いしておきながら──「大将、酢味噌和えの出し漬けを頼む」

「あっと、こっちにもな」

ラザロさんとドルヴィスさんだ。酢味噌和えの出し漬けは、〆に定着したのかな?

「あいよ。ちっと待っててな」

厨房に戻って行く大将。メモを見ながら、帝都の事を考える。

帝都廻りか……色々な縁が出来るかな。

 

 

さて、夜明けまでまだ時間はある。魔力制御の時間だ。タオルと煙草盆を手に部屋から出て、いつもの裏口に向かい、厨房の喧騒を背に裏庭に出る。

いつものベンチに胡座をかく。ふう、と一息。

冬風が、爽やかに流れていくのを感じる──静かに目を閉じ、深呼吸を一つ、二つ……いいぞ。

体の中心から、じわりと魔力が広がっていくのを感じる──魔力が五体隅々まで行き渡り、循環していくのを感じながらの深呼吸……不意に、沈み込む感じがした。ずぶり、と深みに踏み込んだような感触──沼。人を引きずり込む沼地。そのイメージが浮かんだ……魔力制御をしているだけなんだが!?

いや……こういう時こそ、冷静にならないとな……鼻で吸って口で吐く。一つ、二つ、深呼吸──よし、もう大丈夫だ……朝陽が昇るまで、時間はある。それまで、魔力制御の時間だ……。

 

 

直に冬という事もあって、やはり風は冷たい。

煙管の煙が、陽光に照らされながら空に溶けていく──出発は、昼あと。レンディアはそのまま残り、実家で過ごすとの事。シェーミィは、帝都経由で故郷の獣神王国に里帰り。グランさんは、帝都の暗黒騎士団支部で業務。俺は二、三日観光でもするかな──煙管を深く吸い込み、深く吐く。

ふわりと舞う白煙を、何となく目で追う──

 

「朝食が済んだなら、ギルドに行って移動登録してくるといいわよ」

炭酸水を含むレンディア。そういえば移動登録があったか。会えれば、ギルドマスターのリンベルさんに、挨拶しておきたいな。

「はいよ、お待たせ」

女将のナジェナさんが、食事を運んで来た。

ベーコンと青菜炒め、厚切りチーズに丸パン。玉葱のスープと酢漬け野菜。これぞ朝食。

「クレイドル、ルーリエに良い物ありがとね」

とナジェナさん。寝る時も身に着けていたそうだ。喜んでくれて、何よりだ。

 

朝食後の、お茶の時間。ルーリエちゃんが運んで来た。胸元には梟のカメオのネックレス。よう、似合っとる。

「ふん。そのカメオがクレイドルのプレゼントね。よく似合ってるわよ」

うへへへ、と顔を赤くしてグネグネと蠢くルーリエちゃん。

「梟かー、グレイオウル領の象徴よねー」

果実水をクピクピと飲む、シェーミィ。改めてカメオを見ると、それなりの値をしただけあるな。値段は言わんけど。

「クレイドル、荷造りは済んだのか?」

グランさんが、ルーリエちゃんからお茶のお代わりを貰いながら、尋ねてきた。

「冒険者ギルドに、顔を出したあとで済ませます。大した荷物はありませんから、直ぐ済みますよ」

「むう……お昼あとに、出発するんですよね」

ルーリエちゃんが拗ねだした。まあ仕方ない。こればかりは。

「グレイオウル領と帝都は近いから、戻ろうと思えば直ぐよ」

ルーリエちゃんを宥めるように、レンディアが言った。むむう、とルーリエちゃん。

「昼食はここで食べるよ。出発はそのあとだからね」

ルーリエちゃんに告げる。ここの食事も食べ納めになるな。

「……うん。分かった。楽しみにしててね!」

にこり、と微笑み、ルーリエちゃんは厨房に戻って行った。

「さてと、冒険者ギルドに行くか」

グランさんが、茶を飲み干し、席を立つ。

 

「はい、移動登録ですね……グレイオウル領から、帝都ミルゼリッツ……と」

登録は済んだ。さて、ギルドマスターのリンベルさんは、と……「おや、“碧水の翼”の面々が、何用だい?」

咥え煙草ならぬ、咥え煙管のリンベルさんが喫茶室から出てきた。

「皆の移動登録なのよ、リンベルさん」

俺達に付いてきていたレンディアが、答える。自分以外のパーティーメンバーが、帝都に移動するという事を、 リンベルさんに告げた。

「ふうん……なるほどね。出発はいつだい?」

「昼過ぎには、出るつもりですが」

リンベルさんに答える。ふむ、とリンベルさん。

「クレイドル、出る前に顔を見せな。帝都の冒険者ギルドに、紹介状書いといてやるよ」

おう。またしても紹介状か……縁は繋がるものだな。

 

昼食まで自由行動。グランさんはブレイズハンドに、剣を受け取りに行くそうだ。レンディアとシェーミィは、部屋でダラダラと過ごすらしい。

ふむ……俺はどうするかな? オウルレイクを見納めとして、その周囲をぶらつくというのも、悪くないな……あっと、酒造所に行くのを忘れていた。オウルリバー五年物を購入していたのだが、いつの間にか空になっていた……不思議な事に。

うむ。オウルリバーを買っていこう。

 

商店街通りをぶらつきながら、オウルレイクに出る。いつ見ても、荘厳だな……そういえば、湖の精霊と大地の精霊を祀る祠があると聞いたな。せっかくなので、お参りでもしようか……。

 

「供物? まあ、基本何でもいいんだが、普通は果物、酒。あとは菓子かな。供物料を払うって事もあるが、これは一般的じゃねえな。御領主が祭事の時に払うくらいだな」

なるほど。自分用も合わせて、オウルリバー五年物を三本購入。醸造所の親父さん曰く──「供物を捧げる時にゃ、管理人に一言言っときな。後から回収されるからよ」──との事だ。

 

果樹園に寄り、供物用の果物詰め合わせを購入。あとは自分用のブルーベリーパイを一切れ。

大地と湖の精霊の祠の場所を教えてもらい、早速向かう事にする。それぞれ反対方向だ。まずは近くの、大地の精霊の祠に向かう事にした。

 

ちょっとした林道を抜けると──そこに祠はあった。祠と云うにはこじんまりとした感じだと思ったが、なかなか立派だな。やや、小さめの社といった感じだ。その周囲は、岩が多目の石庭の様になっている。参拝者は、俺以外には誰もいない。祭壇には供物がいくつか……祭壇の前には、賽銭箱があった。先の転生者が教えたのだろうか? それとも、元々か?

まあ、いい。供物を捧げて、賽銭箱に銅貨三枚ほど。よし、せっかくだからここは……二礼二拍一礼、といこう。

 

参拝を済ませ管理人室に向かい、供物を捧げた事を伝えた。礼をいう管理人さん。お爺ちゃんといったくらいの年齢の人だ。少し世間話をして祠を後にする。さて、あとは湖の精霊の祠だな。ここから丁度、反対側の湖の向こう側。少し距離があるな。まあ時間はある、のんびり行くか……。

 

オウルレイクの南側。小川に沿って整備された舗道をしばし進むと、何人かとすれ違う。参拝の帰りだろうか。家族連れに、老夫婦っぽい雰囲気の人達等。会釈を返しながらしばらく進むと、見えてきた──湖の精霊の祠だ。

大地の精霊の祠と同じ様に、社然とした造り。祭壇に賽銭箱。祠周囲をぐるりと小川が囲んでいるのが、何とも云えない良い雰囲気だ。祭壇に供物を捧げ、賽銭箱に銅貨を三枚。

川のせせらぎの中、二礼二拍一礼で参拝を済ませる──「あの……少し、よろしいでしょうか?」声をかけられ振り返る。大地の精霊の祠の管理人さんと同じ服、というか制服を着た、清楚な感じの女性。二十歳少しくらいだろうか。何ぞ?

 

どうやら、二礼二拍一礼をする俺が気になったという。

「その礼をするのは、祭事に関わる人達なのですよ。何かしらの、精霊信仰をお持ちなのでしょうか?」

ええ……意外な事になったな。さて、どう流すか──「いえ、聞きかじりです。精霊信仰は持ち合わせていません。ただ、これが礼儀の一つだと教えられた事があったんですよ」

「そうなのですか。その事を教えた方は、精霊に関わるお仕事をなさっていたのでしょうね」

微笑む女性──すいません。適当です。

賽銭箱、二礼二拍一といい、やはり先の転生者が関わってるな。

お茶でも、との申し出を丁重に断り、祠をあとにする。宿に戻って荷造りだ。

 

 

「おかえり!」

飛びかかって来たルーリエちゃんを、何とかキャッチする。危ない。

「部屋に、お茶頼めるかな?」

「うん、分かった。あ、レンディアさんは出掛けていて、グランさんは戻ってるよ」

部屋には、グランさんとシェーミィか。二人は、荷造り終っているんだっけか。

昼まで時間はある。荷造りはお茶の後だ。

 

「よし、こんなものか」

洗濯済みの衣服類を一まとめにし、携帯食は全部処分する。干し果物は最近買った物以外は処分。持っていくのは、魔道コンロと食器類に、煙草盆と本数冊に衣類くらいだな。すべて、肩掛けバッグに整頓完了──防具を着ければ、何時でも出発出来る。

 

身支度を全て終えて、グランさん、シェーミィと帝都での行動を確認中、レンディアが戻って来た。

「出発準備は出来た? そろそろお昼だから、下に降りるわよ」

いつもの、緑のケープの下は防具ではなく、腰の所を銀細工が施されたベルトで締めた、黒を基調としたワンピースを着ていた。

「実家に戻ってたのか?」

「ん、そうよ。荷物は全部置いてきたのよ。先に降りてるわね」

ひらりと手を振り、レンディアは部屋から出ていった。

「よし、行くか」

グランさんは、新調した黒鞘の剣を帯剣し、以前の剣は背中に背負っている。

「いい宿だったねー、まあ、何時でも戻って来られるよー」

シェーミィが、部屋を見回し大きく伸びをする。

うん……良い宿だった。よし──「行きましょう。鍵は俺が返します」

頼む、とグランさん。シェーミィと部屋から出ていった。俺は改めて部屋を見回し、礼をする。

(お世話になりました)

少しくらい、感傷的になってもいいだろう……。

 

 

昼食の時間。ベーコンエッグにポテトサラダ。玉葱とキャベツのスープに丸パン。そして、酢漬け野菜。うん、いつもと変わらぬ昼食。

昼食後のお茶の時間。会話は、帝都周囲の領の話から、帝都付近のダンジョンの話。依頼の種類は、初級、中級、上級様々との事。

「単純に難易度の事よ。冒険者クラスとは違うのよ」

要するに、難易度はピンキリだという事だ。

 

お茶の時間も終わり、出発の時間だ。そういえばリンベルさんにギルドに寄るよう言われてたな。

「さあ、行きましょうか。夕方くらいには着くと思うわよ……クレイドル、リンベルさんから紹介状預かってるわよ。ほら、これ」

おお、紹介状だ。カリエラさん、ドルヴィスさんとの紹介状合わせて、三通目か……気のせいか、プレッシャー感じるな。

 

 

馬車乗り場。良い馬車を確保出来た。グレイオウル家お墨付きの一級馬車。料金はグレイオウル伯から出ているそうだ……恐縮だな。

「気にしなくていいわよ」

とレンディアが、ケラケラと笑う。そんなレンディアと一緒にいるのは、ルーリエちゃんだ。

「見送り、ありがとう。ルーリエちゃん、またな」

「うん……ネックレス、大事にするから……またね」

ルーリエちゃんと握手をする。ぐっ、と強めに握られた。

「お嬢。そろそろ」

御者さんが、レンディアに声をかける。ん、とレンディア。

「さーて、出発しよー。ルーリエちゃん、またね」

「ルーリエちゃん、世話になったな。ご両親によろしくな」

シェーミィとグランさんが、馬車に乗り込む。

「よし……じゃあ、またな。ルーリエちゃん」

「……ん。体に気をつけてね……じゃ、またね!」

「帝都で会いましょう。いい縁があると良いわね」

ルーリエちゃんとレンディアに手を振り、馬車に乗り込む──外は見ない。改めて黒鷲の兜を被り、フェイスガードを下ろす。

 

(しばしのお別れだ……帝都か。さて、どんな縁があるかな)

馬車は、静かに進み始めた──



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第109話 帝都ミルゼリッツ 新たな縁 自称“姉”

今回、ちと短目です。


_〆(。。)


 

 

帝都ミルゼリッツ、南門。高さ約十二メートル。横幅約六メートルの、頑木と鋼鉄で造られた、鉄城門──堅牢な石造りの城壁の高さは、約十五メートルにもなる。当然、他の東西北の門と城壁も、同じ造りになっている。

帝都の四方を、堅牢な城壁と城門。そして、幅十メートルに深さ三メートルの堀で囲んでいる。掘は、水路の働きもしている。

堀を挟んで街道と門を繋ぐのは、鉄城門と同じ材質で造られた、巨大な鉄橋。

幅十メートルに、長さ二十メートル。因みに、鉄橋の上げ下げと、城門を開く兵士は専用の役職に就いている、ある種のエリートであり、その責任は重い。

 

街道側、鉄橋を挟んで左右には衛兵の詰所がある。ちょっとした宿舎の様になっており、一つの詰所に、常に十名ほどが常駐している。

仮眠室、食料庫、キッチンにトイレ、シャワー室等の生活空間が整えられ、計二十名の衛兵が常に駐在している。

外壁、周囲約十キロの帝都ならではの、詰所の衛兵の多さ──そして、南門では衛兵達が、少しばかり困惑している状況になっていた。

 

詰所の近くで佇んでいる女性。衛兵達は、その女性に戸惑っていた。

冒険者ギルドの受付嬢だ──輝く様な金髪。美麗に整った目鼻立ちに、褐色の肌。何より耳目を引くのは、煌めく様な赤い瞳と薄紅色の唇。

十代後半になるかならぬかの年頃(に見える)──彼女は、姿勢良く背筋を伸ばし、東の方角をじっと見つめている──唇に、微かな笑みが浮かんでいるのを、誰も気付きはしない。

 

「彼女……いつからあそこに?」

少し離れた所で、衛兵二人が話をしていた。疑問を呈したのは、今だ、新入り然とした雰囲気の若手の衛兵だ。その疑問に答えたのは、歴戦の雰囲気をまとう、ベテランの衛兵だ。

「昼ちょっと過ぎくらいかな。いきなりやって来たんだよ。何用かと聞いたら、『弟を待ってます』だと」

「冒険者ギルドの仕事を、放ってですか?」

「いや、半日休暇を取ったと言ってたな」

弟を待つため、半日休暇を……はあ、とため息混じりの若手。

 

門を通る前に、帝都での用件と身分証確認をされている訪問者達から見ても、彼女は目立つ様で、チラチラと視線を彼女に送っている。

無論、詰所近くにいる彼女に声をかける者はいないし、彼女もまた、視線に気付いているかいないか、受け流している。

「はーい、確認が済んだなら、速やかに進んで下さーい。帝都の滞在が、心地良いものでありますようにー」

衛兵達が声高に、訪問者達に慣れた様子で声をかける。のんびりした口調ではあるが、視線は鋭く、訪問者達の様子を探っている──「あっ!」

受付嬢が不意に声を上げると、凄まじい勢いで駆け出して行った。

何事かと、衛兵達がざわめいた。

「止まらないでー、何でもないですから、落ち着いて進んで下さーい」

声を張り上げながら、訪問者達を誘導する衛兵達。

 

 

「そろそろ着くぞ」

グランさんの声に、目を覚ます。グレイオウル領を昼過ぎに出発して、三度の休憩を挟み、約三時間半で帝都に到着。兵站街道と云うだけあって、移動はかなりスムーズだった。

さらには、馬車も良い。それもそのはずで、グレイオウル家の専用馬車で、御者さんもグレイオウル家に仕えている人だ。馬車内は、夏は涼しく、冬は温かくなるような仕組み──涼温の風を発生させる魔法陣が、床に貼り付けられている。これは、ラーディスさんの開発した物で、魔道具として特許を取得しているそうだ──ふうぅ~あ~あ、と大あくびをしながらシェーミィも起き出した。

 

「クレイドル、外を見ろ。帝都南門が見えてきたぞ」

フェイスガードを引き上げ、開いた窓から外を見る……おおお、凄いな。前世のテレビで観た、中世から残る城郭や城壁とは、明らかに違う。この目で直接見ているからかもしれないが、いや……これは凄い。近くで見たら、さらに凄く感じるだろうな。さすが帝都。規模が違う……。

 

南門の前には、帝都への訪問者達が列をなしている。その少し前、馬車の停泊所に馬車が停まり、身に付けている物以外の荷を、荷台から降ろす。

時刻は夕方前。意外と早く到着した。兵站街道と馬車のお陰だろうな──間近に見る鉄城門と、堀を挟んで街道を繋ぐ鉄橋。凄いな……帝都の威風が、実感となって迫って来る様だ。

「うん?」

グランさんが南門を見る。つられて南門を見ると、並んでいる訪問者達に騒ぎが起こっている──何ぞ?

 

門の前に並んでいる、帝都の訪問者達を蹴散らす様に、俺の前に女性が飛び込んで来た──その女性が開口一番言い放った言葉は……「私が、姉です」

ニコリと笑う、女性。何とも純粋で、混じり気の無い笑顔……いや、怖いんですが?!

「ええ、と……」

戸惑う俺の腕を、ガシリと掴む女性。

「さあ、行きましょう。大丈夫です。お姉ちゃんに任せればいいのです」

グイグイと、引っ張る女性を改めて見る──ギルドの受付嬢!? 力強いな!!──誰かー! 男の人呼んでー! 誰か、男の人ー!!

 

「ちょっとー! 何!?」「おいっ! 何のつもりだ!?」

シェーミィとグランさんの抗議も何のその、受付嬢は俺の腕を掴み、グイグイと衛兵詰所に向かって行く──「弟です。このまま通ってもよろしいですよね」

疑問系ですらない、断固たる発言……いや、衛兵さん困ってるんですが?

「え、ええと……?」

若手らしい衛兵さんが、俺と受付嬢を交互に見て戸惑っていたところに、ベテランらしき衛兵さんが来た。

「まあ……ギルド関係者が直に連れて来たんだ。訳アリって事で、いいだろ。見たとこ冒険者だな? 冒険者証見せてくれ」

冒険者証を取り出し、提示する。

「……うん? 珍しいな。二枚羽根か。という事は、訓練期間二ヶ月だったのか」

「あ、はい」

「初級クラスのAランク、クレイドルか……うん、通用口に案内しよう。さ、着いてきな」

冒険者証を返してもらい、ベテランさんのあとに着いて行く。

 

開かれた城門のすぐ横手にある扉をノックする、ベテランさん。

扉に設置された小窓が開き、向こう側で待機していたであろう、衛兵が尋ねて来た。

「どうした?」

「冒険者ギルドの関係者だ。通してくれ」

おう、と向こう側の衛兵が答え、小窓を閉めた。

ガチャ、ガキン、と鍵を開ける音。すぐに扉が開く。

「よし、行こうか」

ベテランさんに促され、通用口を通る──並んでいる人達にすまなく思う。グランさんとシェーミィとは、冒険者ギルドで落ち合えばいいが、どう説明したものかな……。

「早速、冒険者ギルドに行きましょう! お姉ちゃんに任せればいいのです。リッグさん、有難うございました」

「ああ。こういうのは、頻繁にはやめてくれよ?」

「はい。では、失礼します」

リッグさんというのか、覚えておこう。というか、引っ張るのやめて!

 

引きずられる様に連れて行かれる、クレイドルを眺めるリッグ。

(顔ぐらい、確認しとけばよかったかな?)

鷲の頭部を模した黒い兜。フェイスガードを下ろしていたので顔は見えず。

(声からして、うちの若手連中くらいか?)

まあ、いいか、とリッグ。顔を合わせる機会はあるだろうさ──「帝都へようこそ。二枚羽根のクレイドル」




帝都到達を一応の区切りとして、近いうち、今までの登場人物のまとめ、おさらいをしようと思います。




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第110話 帝都の風景 縁は螺旋

 

 

 

「ふむ。紹介状ですか……どれ」

帝都の冒険者ギルド。ギルドマスター室にて、グレイオウル領のギルドマスター、リンベルからの紹介状を広げ見るギルドマスター、シュウヤ。

灰色のローブを身にまとった、細面の整った顔付きの男。落ち着いた雰囲気からは、威圧感のような物が漂っている。

年の頃、三十代前半。ギルドマスターにしては若いが、その実力と実績は、帝都の冒険者ギルドを統率するに相応しい力量を持っている。何より、彼は──魔導士だ。

 

「彼の事は……どう見ましたか?」

紹介状に目を通しながら、シュウヤは革張りのソファに座る副ギルドマスターに尋ねる。

「そう……ですね。妙な気配を感じました。大いなる父君の子弟、つまり姉弟(きょうだい)の様な気配を一瞬感じましたが……違いました」

副ギルドマスター、ライザ。朱色の髪。髪から覗く短い角が特徴的の、鋭い顔付きをした、二十代の魔族の女性。大いなる父君との言い回しから分かるように、暗黒神の信徒だ。

服飾のほぼ全てが、黒ずくめ──「ふうむ……部屋に通して下さい。直に合って話がしてみたいですね」

「そうする事を、お勧めします。ですが、自称“姉”が付いて来ますが」

姉? シュウヤの疑問に答えず、ライザが席を立つ。

 

「移動報告、終了です。帝都へようこそ」

報告終了後、受付嬢の挨拶もそこそこに、グランとシェーミィは、受付嬢に訊ねる。

「クレイドルという、冒険者が来ていたはずだが?」

「あっ、はい。今はギルドマスターと懇談中ですので、少しお待ち下さい」

ふうん、とグランとシェーミィ。喫茶室で待っているか──馬車から降りて、荷降ろしをしている最中、唐突に現れた受付嬢。自称、クレイドルの“姉”に戸惑う矢先、あっという間にクレイドルを連れ去られた。

クレイドルのバトルアクスとラウンドシールドを担ぎ、グランとシェーミィは喫茶室に向かった。

 

 

「紹介状は読ませて貰いました。城塞都市のダルガンデスさん。グレイオウル領のリンベルさん。名の通った二人からの紹介状。そうある事ではありません……ふむ」

鷲の頭部を模した兜。そのフェイスガードを引き下げたままのクレイドルを前に、シュウヤが改めて紹介状に目を通す──“碧水の翼(へきすいのつばさ)”所属。パーティーメンバーとしての功績とギルドへの貢献大。メンバーの昇級に助力……ここまでは、いい。

 

気になるのは、要注意事項だ──顔を直視しない事。特に唇──ふむ、とシュウヤ。

顔を見せろとは言わない。紹介状にあったように、フェイスガードを下げるなりの理由はあるだろうから──それより気になるのは、クレイドルの側に座っている受付嬢。ミザリアスだ……クレイドルにピタリと張り付いて、離れる気配を見せない──「ミザリアス君。貴女とクレイドル君とは、どういう関係なのですか──」

「姉弟です」

笑みを浮かべながら、食いぎみに言い放つミザリアス。フェイスガード越しではあるが、クレイドルが困惑したかの様に見えた。

「……分かりました。さて、クレイドル君。紹介状の内容を疑うつもりはありませんが、君の実力の“試し”をしたいのですが、どうです?」

 

 

なるほど、“試し”か……というか、ダルガンさんもリンベルさんも、俺の事をどう紹介してるんだ?

「試さなくても大丈夫です。姉である私が保証するから、大丈夫です」

早口説明やめて。というか大丈夫って何ぞ?

「やります。今日ですか?」

自称、“姉”の──ええと、ミザリアスさんだっけか。ギルドマスターを睨みつけるのやめて。

「ふむ。もう陽も暮れます。明日の朝、朝食後くらいにしましょうか」

「構いません……良い中宿を知りたいのですが」

ギルドマスターの隣に座っていた、副ギルドマスターのライザさんが、それならと言いかけた瞬間──「ならば、“黒山羊の蹄亭”がお勧めですよ。私──お姉ちゃんに任せて下さいね」

グイッ、と腕を取るミザリアスさん。力強いな!

「では、明日、朝食後に──ちょっと! 落ち着いてくれませんかね!?」

 

ミザリアスに引きずられていくクレイドルを、シュウヤとライザが見送る。

「なかなかに……賑やかになりそうですね」

ライザが、呟く。

「そうですね……“試し”の内容を、考えましょうか」

シュウヤの声にライザが頷く。まあ、ほとんど決まっているが……。

 

「お待たせしました……はあ」

ほんと、やれやれだ。自称、姉のミザリアスさんを振り切るのに一苦労だった。──姉として、責任を持たないといけないの! お姉ちゃんの事が、信用出来ないと?── 何かもう説得が、大変だった……結局は、中宿の“黒山羊の蹄亭”に宿を取るので、いつでも来てください──との事で離れる事が出来た……いや、ほんとに疲れた。

 

「まあ、茶を飲め……宿はどうする?」

とは、グランさん。う~ん、中宿を聞いているから、そこでいいかな──「ギルドで聞いたのですが、“黒山羊の蹄亭”を勧められました」

へえ~え、とシェーミィ。うむ、とグランさん。

「場所は知っている。結構な老舗だ」

「構わないよー」

お茶のお代わりを頼むグランさん。シェーミィが、砂糖の焼き菓子を追加注文した。

さて……一服するかな、って、ずっと兜着けたままだった。しかもフェイスガード下ろしたまま。ギルドマスター、副ギルドマスターを面前にして、ちと失礼だったな──

 

喫茶室の雰囲気が変わった事に、最初に気付いたのは亭主のアンドレだった。

端のテーブルに着いている三人組──まだ宿を取っていないのか、武装状態だ。それはいい。喫茶室とはいえ、冒険者ギルドの一画だ。他にも、武装状態の連中はいる。

漆黒の装備の暗黒騎士。軽装の猫族、おそらく斥候だろう──遅れてやって来た、黒鷲を模した兜を着けた男。兜もそうだが、鎧と籠手が気になった。赤と黒が入り交じった、禍々しい雰囲気すら感じる防具──(ただの魔獣素材じゃないだろうな……)

雰囲気が変わったのは、黒鷲の兜の男が煙草盆を出し、煙管の準備をしながら兜を脱いだ時だった──ざわり、と一瞬、喫茶室にざわめきが起きた。

その雰囲気を何ら気にせず、黒鷲の兜の男が煙管に火をつけ、ふうっ、と吹かす。男女問わずのため息が、喫茶室に拡がる……顔をさらけ出した、黒鷲の兜の男の容貌は──いや、あれはマズイだろ。従業員の女連中が固まっちまった……妖艶? 美麗? いいや、いや。そんな言葉では、現せない……「仕事しろ!」

激を飛ばし、女連中を正気に帰す。とはいえ、どれだけ持つものか……喫茶室の雰囲気も元に戻ったが、それでも三人組──黒鷲の兜の男に対しての視線は変わらない。

 

ひそひそと、何かしらを言い交わしている冒険者連中。まあ、仕方ないわな……あれだけの容貌だしな。

黒鷲の男が煙管を咥える度に、切ない吐息が漏れ聞こえる。

あれだ……輝く様な金髪に、白磁の色肌。薄紅色の濡れた様な唇──直視は、危険だ。直感が訴えてくる──直視するな──と……簡単じゃねえが。とはいえ、ふむ……何か、楽しくなりそうだな。

「ほら、注文入ってるだろ? 客を待たせるな」

従業員を急かす。まあ、一番気になるのは、喫茶室の出入口で三人組を見つめている、受付嬢のミザリアスなんだがな……何やってんだ。仕事あるだろうに……。

 

「そういえば、明日の朝食後に“試し”をする事になりました」

ふうっ、と煙を吐く。ふむ。試しか、とグランさんが呟く。

「朝食後ね。私達が見学する時間あるねー。そのあと、お土産を買う時間あるね」

「シェーミィ、出発はいつだ?」

お茶のお代わりを注ぎながら、グランさんが尋ねる。

「んー、明日のお昼過ぎくらいに快速船に乗るつもりだよー。私が、お土産買う時間は充分あるね」

なるほどな。俺の“試し”を見てあとの時間はある訳だ。試しが何になるかは、まだ分からないが……。

「宿はどうするんです?」

シェーミィは一泊だろうが、グランさんはどうするのか? 暗黒騎士団支部の宿舎があるだろうし……「ああ、私も宿を取る。支部に戻るのは、急ぎではないからな。シェーミィの見送りもしたいしな」

茶を啜るグランさん。気にしなくていいのにー、というシェーミィ。まあ、そういう訳にはいかないだろう。

喫茶室から出て、“黒山羊の蹄亭”に向かう事にする。

 

「黒山羊の蹄亭に案内します。さあ、どうぞ」

喫茶室から出たと同時に、ミザリアスさんが俺達の前に現れた。

ええと……といいよどむグランさんと、シェーミィ。

この人。俺の自称、“姉”何ですよ……。

「ミザリアスさん、お願いします」

……うん? ミザリアスさんが、ジト目で見つめてきた……あっ、もしかして……「お、お姉ちゃん、案内頼めるかな?」

「ええ、もちろん! さあ、こっちですよ! お仲間の方々も、どうぞ!」

分かりやすいな……だが、それが妙な威圧感を感じさせる。

鼻歌混じりに、機嫌良く先導するミザリアスさんに着いていく──(姉、と言ってたが……)(そういう事にしておいて下さい)(訳ありー?)

 

 

「さ、ここです。“黒山羊の蹄亭”は、創業二百五十年の老舗ですよ」

という事は……覇王公時代からあるという事になるな。前世でいう、老舗旅館といったとこか。

「明日、朝食後迎えに来ますから。今日はゆっくり休むんですよ!」

ミザリアスさんがニコリと笑い、グランさんとシェーミィに軽く会釈をして、ギルドに戻って行った──何か、疲れたな……。

 

早速、宿を取る。三人部屋。グランさんとシェーミィは一泊。俺は、今日は三人部屋で明日からは、取り合えず一週間の一人部屋という事で部屋を取った。料金は、グレイオウル領と同じだ。

食事は、朝昼夕いずれか一食は、宿代に含まれ、別料金で追加の食事──このシステムも同じだった。

部屋に荷物を置き、身支度を整えたあと、さてどうするか、となった。

「宿で夕食というのもいいが、せっかくの帝都だ。軽く案内がてら、夕食ついでに酒場に繰り出すか」

「さんせーい。色々良いとこあるよー」

本格的な帝都観光は明日以降だな──楽しみだ。



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第111話 帝都冒険者ギルド“試し”再び

 

 

起床──カーテンの間から見える夜明け前の外は、暗い。

本格的な冬が来るまで間もないだろう。部屋を見回すと、グランさんとシェーミィは、毛布を肩まで引き上げ、静かに寝息を立てている。

結構、冷えてきたからな──シェーミィは丸くなっている。まるっきり猫だな……二人を起こさぬ様に、タオル片手に静かに部屋から出て、共同の洗面所で顔を洗い、口をゆすぐ。

 

一階に降り、裏口から庭に出る。その際、厨房を覗いて見たが、早くも厨房は動いていた。泊まり客の眠りを邪魔をしないように、忙しなく働く様は、プロ意識を感じさせた──さて、魔力制御の時間だ。

 

魔力制御を終え、部屋に戻るとグランさんが起きており、シャワー室に行く準備を整えていた。

「お早う。魔力制御か? 相変わらず早いな」

グランさんに挨拶を返し、シェーミィを見る。毛布にくるまり、スピスピと寝息を立てていた。

「陽の出まで、まだ時間ありますよ。俺は、一服してます」

「ん。私は昨日の酒を、流しに行ってくる」

昨日は、結構飲んだからな。“剣と酒杯亭”だっけか──騎士、衛兵、冒険者御用達の酒場。良く覚えてないが、心地の良い喧騒ははっきりと覚えている。

グランさんが部屋から出て行き、入れ違いに宿の従業員がやって来た。

「お早うございます。朝食まではまだ時間はありますが、何か御用はありますでしょうか?」

二十歳もいっていない様な若い女性。御用か──「お茶を三人分、お願いします」

「はい、かしこまりまし……た。ええと、あの、直ぐにお持ちしま、す」

女性と目が合う。その顔が赤く染まった──何ぞ?

 

お茶が運ばれて来た頃に、シェーミィが目を覚ました。うぅ~んぁぁ~、と大あくびをするシェーミィ。

てしてし、と顔を拭って、顔洗ってくるねー、と寝ぼけ(まなこ)でタオル片手に部屋から出ていく。

入れ違いに、シャワーを浴びてさっぱりとしたグランさんが戻って来た。

「今日の予定は……朝食後の“試し”。そのあと、シェーミィの土産物購入の付き合い……というとこですかね」

「ふむ。そんなとこかな……そういえば、紹介状いくつか貰っていただろう? 紹介状巡りをした方がいいんじゃないか?」

茶を啜りながら、グランさんがいう。ああ、そうだった。観光よりも、まずは紹介状巡りだ。

「ま、何にせよ。“試し”のあとですよ。朝食を楽しみにしてましょう」

煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰める。今の気分は、“西砂”かな……。

パチリ、と煙草葉に生活魔法で火をつける──すうっ、と一息吸い、煙を口の中で転がし、一息で吐き出す。

 

シェーミィが顔を洗い、戻って来た頃にお茶の時間を再び楽しむ。地元への土産物を買うために、男手が必要というシェーミィに付き合う事が決まった。

家族が多いので、土産が多いのは仕方ない事だろうしな……快速船のチケットは既に取っているそうだ。

「クレイドルの、“試し”を見届ける時間は充分あるからねー」

俺の“試し”のあとに、土産物をまとめて買うつもりなのだろう……うん、まあいいが。

 

朝食──青菜の入った鶏そぼろ雑炊に、あっさりとした味付けの青菜炒め。そして、少し甘口の酢漬け野菜──“試し”を控えた身には、嬉しい朝食だ。

 

「よう」

声をかけられた。エプロン姿の、がっしりとした体格のリザード族の男性だ。手には、ティーセット。

「挨拶が遅れたな。この宿の亭主のリ・アルガドだ。この茶は、宿の奢りだ」

赤茶色の鱗肌。側頭部から伸びている茶色の巻き角の片方に、イヤリングの様な装飾品が下がっている。

装飾品が気になるが……確か、リザード族に、それについて尋ねたら長くなるんだったな。

あと、リ・と名乗っていたなら、もしかしてミルデアさんを知っているかもしれないな……またの機会に聞いておこうか。

「じゃ、ゆっくりしていきな」

アルガドさんは、厨房に戻って行った。

「せっかくの奢りだ。のんびり、茶を楽しもう……」

茶を啜るグランさんとシェーミィ……そろそろ、我が姉上が、迎えにくるだろうからな……。

 

茶の時間を終え、俺達は部屋に戻り、装備を整える。

“試し”は、ほぼ間違いなく戦闘だろう。荒くれ達への紹介は、その方が手っ取り早いからな──まあ、何だって構わないが。

“試し”の内容によっては、グランさんとシェーミィの助力を借りるつもりだ……グランさんとシェーミィも、了承してくれた。

武器は一応、持っていく。バトルアクスに“魂食み(ソウルスレイヤー)”。投擲用のハンドアクス──訓練用の武器を貸し出してくれるだろうが、取り合えずだ。ラウンドシールドは置いていこう。

黒鷲の兜を装着。フェイスガードを引き下ろし、ガツンとこめかみを叩く──癖になってるな、これ。

 

準備を整え、下に降りるとミザリアスさんが宿のカウンター前に陣取っていた。

「皆様、お早うございます──クレイドル、良く眠れた?」

ニコニコと、“姉”のミザリアスさんが尋ねてきた──「大丈夫。良く眠れたよ」

なるべく、親身な受け答えをする。

自称“姉”に対しては、そうした方がいいとの判断だ──「さあ、行きましょうか!」

ガッチリと手を繋がれ、引きずられる──ホント力強いな!

 

引きずられるままに、冒険者ギルドに到着。

「ギルドマスターに、弟を連れて来たと知らせて下さい」

今や、ガッチリと腕を組まれている俺。

──「弟?」「ミザリアスさん、弟いたのか?」「え、あいつ?」「妹、じゃなくて弟?」──冒険者達のざわめき。妹って言ったの、誰だ?

 

「ああ、来ましたか。“試し”の内容が決まりました……訓練場に行きましょうか。ライザ、四人を連れて来て下さい。クレイドル君のお連れもどうぞ」

ギルドマスターのシュウヤさんは、すぐにやって来た。受付カウンターを通り抜け、ギルドの裏手すぐの訓練場へ向かって行く。

帝都領内のギルドの造りは、何処も似たようなもの何だな……シュウヤさんの背を追って、訓練場に向かう。

 

 

「さて、クレイドル君。今から“試し”を行います。内容は、模擬戦です──」

「ギルドマスター、連れて来ました」

ライザの後ろには、四人組の冒険者達。皆、若い。クレイドルより二、三才ほど下だろう。

「クレイドル君、彼等は……ええと、パーティー名は、何でしたっけ?」

シュウヤはライザに尋ねる。一瞬、考える仕草をすると、ライザは思い出した様に答えた。

「“切り裂きの鋼(スティールオブスライシング)”です」

「ああ、そうでした。クレイドル君、彼等四人と模擬戦をしてもらえますか? ちなみに、彼等は初級のEランクに上がって間もないパーティーです……どうでしょう?」

つまり、一対四の模擬戦をしてみないか? とのシュウヤの提案だ。その顔には、微笑みが浮かんでいる。

 

「フェアでは無いと思うのなら、仲間二人と組んでも──」

「俺は構いません」

クレイドルが、はっきりと言った。ほう、とシュウヤが声を上げる。

「ふむ……彼等のパーティー構成は、前衛二人に中衛一人。そして後衛一人の、まあそこそこバランスの取れたパーティーです」

「……連携は、今一つみたいですが……」

シュウヤの言葉に重なる様な、ライザの呟き。

その呟きは、クレイドルの耳に微かに届いていた──

 

“切り裂きの鋼”のリーダー、シドは少しばかりいら立っていた。Dランクに上がるだけの経験はもう積んでいる(と自分達は思っている)にも関わらず、なかなか昇格させてくれない、と──ギルドマスターが言うには、冒険者の基本が今だになってないとの事だが、そんな事は無いというのが、パーティーの総意なのだ──

「初級訓練を受けていない。その結果が今の現状です。基本の依頼である、常設依頼も受けず、危なっかしい討伐依頼に、無茶なダンジョン探索……先輩達に、厄介をかけてますよね?」

そう言われると、何の反論も出来ない──(討伐依頼中に、先輩冒険者に手を貸してもらって何とか達成したり、無茶な探索中に助力してもらったりとかなり世話になっているが、いつか借りは返す、程度にしか思っていない)

 

「課題を出します。それに合格したならば、念願のDランクに昇格させましょう。しかし、課題をこなす事が出来なければ、初級訓練を一ヶ月受けてもらいます……どうです、やりますか?」

仲間達を振り返る、皆が頷く。

「やるよ。課題に、合格すればいいんだろ?」

「もちろん……課題は“試し”。模擬戦です」

模擬戦、と聞いたシド達は、微かな戸惑いを覚えた──

 

 

クレイドルは、目の前に並ぶ冒険者達を眺める。 男女比、二と二。それはどうでもいい。四人は、それぞれ模擬戦用の武具に変えている。

先頭に立つ若手は、両手持ちの剣を担いでいる。

その背後左右には、盾に短槍。盾に片手剣。後衛に、杖持ちのローブ姿──リーダーは、先頭の両手持ちだろうな……よし、仕止める順番は決まった。

 

「模擬戦用の武器に変えたいのですが」

クレイドルが、“魂食み”とバトルアクス。ハンドアクスをグランとシェーミィに預ける。

「構いませんよ。ライザ、クレイドル君を倉庫に案内を」

どうぞ、こちらへと、ライザがクレイドルを先導する。

「本当に、クレイドル君に加勢しなくてもいいのですか?」

シュウヤが、改めてグランとシェーミィに尋ねる──「クレイドルが構わないと言ったなら、大丈夫ですよ」

「そーだねー、まあ大丈夫だよー」

にひひひ、と笑うシェーミィ。余裕を見せるグランとシェーミィを見たシュウヤは、妙な感心を覚えた……。

 

「お待たせしました」

ライザに伴われ、クレイドルが戻って来た。両手に模擬戦用のロングソード二振り。防具はそのままだったが、一対四のハンデ内とすれば、問題は無い。

「さて、ルールですが、時間は三分。急所への直接の攻撃禁止、下級の術式の使用可、どちらかの降参か、私が止めるまで……それで構いませんか?」

構いません、とシド。頷くクレイドル。

「一対四、という事ですので……誰が、先鋒を──」

「一対四、まとめてでいいですよ。今日は、予定が色々あるので」

いつの間にか集まっていた冒険者達の間に、どよめきが起こった。

ブン、とクレイドルが両手に持ったロングソードを振る。

 

切り裂きの鋼(スティールオブスライシング)”達の顔に怒りが浮かぶ。舐められたと思ったのだろう──その様子を見た、シュウヤが微笑む。

「ライザ、時間を図って下さい。きりのいいところで、開始の合図を」

シュウヤの言葉に頷き、懐中時計を取り出すライザ。訓練場が静まりかえっている──秒針の音が聴こえる様な静けさ……「始め」

ライザの声が、訓練場に拡がった──

 

「よっしゃああぁっ!! かかっ──ぐっうぅ!?」

シドが、両手剣を高々と頭上に掲げ、気合いを放ったと同時に、クレイドルが剣を投げた。

その剣が、シドの鳩尾に直撃。まともにくらったシドが、うずくまる──「シド君、死亡。動かないように」

シュウヤが淡々と告げる。何か言おうとしたシドを手で制する。

現物していた冒険者達から、どよめきと歓声が上がる──「初手で剣を投げるかよ!」「面白いな、あの新入り!」「油断しすぎよ」「あと三人、頑張れよ!」──クレイドルは、投げた剣を爪先で引っかけて蹴り上げると、器用に掴む。

残る三人をちらりと見ると、何の構えもせずに歩を進める。

 

(あと三人……短槍に盾。ロングソードに盾……その後ろに術者。シュウヤさん、下級の術式の使用は可。と言ってたな。という事は)

頭の中で作戦をたてながらも、歩みを止めないクレイドル。あっという間に、短槍持ちに接近する。

 

「クソッ!」慌てた様に、クレイドルに突き込んできたが、腰が入っていないため軽くいなされ、体勢が崩れた。

そこに、クレイドルの足払い。堪えきれず、しりもちを着く。

その様子を見た、ロングソード持ちが我に返った様に、斬り込んで来る。クレイドルは、無造作に盾を二剣で殴り付け、蹴りを叩き込む。

立て続けの衝撃に、ロングソード持ちが仰向けに倒れる。「風は刃となりて──」

詠唱の声が聞こえた瞬間、クレイドルが一気に距離を詰め、再び剣を投げた。

「うぅっぐっ!!」

杖持ちローブ姿の胸部に、まともに命中。

「リア君、死亡。そこまでです……ふむ、あと二人」

涙目で、クレイドルとシュウヤを睨む少女。

クレイドルは少女に見向きもしない。投げた剣を回収せず、片方の剣を両手で握ると、やっと体勢を整えた二人に向き合う──「終わらせるか」

誰に聞かせるでもなく、呟くクレイドル。

 

「ふむ……連携がなっていませんね」

「初級訓練から、やり直し決定ですね」

呆れた様に呟く、シュウヤ。懐中時計から目を離さず、ライザが答える。

決着は、もう間もないだろう。シュウヤ、ライザ共に思っていた……。



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第112話 一時(ひととき)の別れと紹介状巡り

 

 

「お見事です。一対四で、あれだけあしらえるとは、伊達に二枚羽根ではありませんね。“碧水の翼(へきすいのつばさ)”のメンバーだけはあります」

切り裂きの鋼(スティールオブスライシング)”か……個人の力量はよく分からなかったが、連携が取れていないという事は、充分に見て取れた。

「試しは、合格という事でいいんですね?」

シュウヤさん、この人、どうも油断ならない雰囲気何だよな……少し距離を取る。

「ええ、もちろんです。帝都冒険者ギルドにようこそ。クレイドルさん」

副ギルドマスターの、ライザさんが云う。

引き締まった体付きと、鋭い顔付きをした美人さん。魔族特有の、こめかみから覗く短い角と朱色の髪が特徴的だ。この人もまた、油断出来ない雰囲気を持っている。

 

「さて、これからの予定は何かありますか?」

シュウヤさんが、尋ねて来た。

「里帰りするシェーミィに付き合って、商店街巡りですね。そのあとは……紹介状巡りです」

カリエラさん、ドルヴィスさんの紹介状をもらった以上は、挨拶に行かないとな。

「ふむ。休暇と聞きました。しばらくはのんびり過ごすといいでしょう。帝都観光は二、三日では済みませんからね」

微笑む、シュウヤさん……気になっていたんだが、名前からしてこの人……まあ、いい。いずれだ、いずれ。

「このまま宿に戻ってもいいですよね?」

グランさんが尋ねる。もちろん、とシュウヤさん。ちと、空気がピリついているな……さっきまでの、“試し”の雰囲気が今だ残っているのか?

 

「一旦、宿に戻って商店街巡りしよー。お土産物買わないとねー」

シェーミィが場の雰囲気関係なく発言する。ふわりと、場の空気が和む──「商店街巡りなら、私に任せて下さい! いいお土産を扱っているお店を、知っていますから!!」

いつの間にか、“姉”がピタリと張り付いて来た。

「……ミザリアス君。仕事を疎かにしないで下さい。まだ業務中ですよ」

呆れた様にいう、シュウヤさん。キッ、と睨みつけるミザリアスさん……ギルドマスターを睨むなよ。

ごねるミザリアスさんに、しばらく滞在する事だし、休日にでも案内して下さい。といって宥めた……少し時間かかったが。

 

昼まで充分ある。シェーミィは、土産品を扱っている店に心当りあるんだろうか?

「シェーミィ、まずは商店街巡りだな。あと露店広場にも、面白そうな店があるぞ」

グランさんのアドバイス。そういえば、カリエラさんから紹介状預かっていたっけか。まあ、紹介状巡りはいつでも出来るからな。

「うーん。まずは治癒院で、各種ポーションの詰め合わせ買おうかなー。私の村にも治癒士はいるけど、常備薬? はあるに越した事無いからねー」

と、シェーミィ。なるほど、ポーション類が揃っていると便利だからな。各家庭の常備薬という感じか。

「治癒院はこっちだ。案内しよう」

帝都に詳しい、グランさんが先導してくれる。はいはーい、とシェーミィが着いていく。

 

各種ポーションの詰め合わせ。傷の対応から滋養強壮。解毒、解熱薬等が揃っている。

お値段、銀貨六枚。こういうかさ張る物は、商人ギルドで配達を頼むそうだ。書類にサインをするシェーミィ。

「じゃ、商人ギルドに届けておいてねー」

治癒院から出て、向かう先は商店街通り。

シェーミィがいうには、手荷物としてすぐに渡せる、年の離れた弟妹達への玩具が、最優先だそうだ。

「じゃあ、改めて商店街通りと、露店広場を巡るか?」

「うん。行こー!」

グランさんの言葉に、シェーミィが楽しそうに答える。何かいい物でもあれば、俺も何か買おうかな──

 

商店街通りの様々な店を巡り、シェーミィが購入した物は、衣服に装飾品(両親と祖父母へ)。

絵本とパズルをいくつか。しっかりとした造りの木剣二振り(妹達と弟達に)。

「あとは、そうだねー。露店広場も覗いてみよーか」

「露店広場の猥雑さは、なかなかのものだ。何しろ、帝都観光スポットの一つに数えられているくらいだからな」

それほどのものか。楽しみだな──ちなみに、先ほどシェーミィが購入した土産品は、俺とグランさんが持っている。

 

露店広場──おお、この雑多な雰囲気。いいぞ、いいな。雑貨店や飯屋台が、一定の距離感を保ち居並んでいる。

猥雑さの中の秩序──好きな雰囲気だ。

む……黒看板が、見えた。“ロディックの店”と銀色の文字で彩られている。

カリエラさんから紹介状を貰った店──まあ、いい。紹介状巡りはあとだ……今は、シェーミィと一緒に土産品巡りだ。

「おおー、久し振りに見たよ! オルゴール!」

「お目が高いね、姉さん。金貨一枚ってとこだね」

年かさの、抜け目ない様に見える露店商がいう。露店商に対して、フフン、と鼻で笑うシェーミィ。

「露店だよー? 商品一つで、金貨で取り引きする露店なんてモグリだねー。ここの露店商の人達って、横の繋がりが強いから、あこぎなやり方したら弾かれるよー?」

にししし、と笑いながらシェーミィが云う。

値引き交渉の末、銀貨五枚の半値で取り引き終了。多分、値段交渉ありきで吹っ掛けたんだろう。店主も楽しそうだったからな。

 

ぐるりと露店広場を回る。シェーミィは、細々とした日用雑貨をいくつかと、レースで編まれたタペストリーを購入した。

「こんなものかなー。じゃあ、商人ギルドに行こー」

商人ギルドに、お土産の配達を頼むそうだ。帝都からシェーミィの村へだと、二、三日位で届くそうだ。結構、速いものだな。

 

「はい。治癒院からの荷は届いていますよ」

商人ギルドの配達受付カウンター。受付嬢の制服は、冒険者ギルドとは違うんだな。ここの制服は、女性職員もパンツスーツ姿で、寒色系か。

冒険者ギルドは暖色系で、女性職員は膝下丈のスカートスーツ姿なんだよな。

「じゃあー、こっちもお願いしまーす」

シェーミィの言葉に、グランさんと俺が、追加の荷物をカウンターに乗せる。

「重さを量りますので、少々お待ちくださいね」

受付嬢が、男性職員に声をかけ、荷物の回収を頼んだ。テキパキ丁寧に、台車に積む男性職員。

「量り終えたら、声をかけますので」

シェーミィに頭を下げ、番号札を渡す受付嬢。

基本的に、荷の大きさというより重量で配達料金が決まる仕組みになっているんだな……例外として、かなりの貴重品を運ぶ場合は、特別料金になるらしい。

 

番号を呼ばれるまで、少し時間はある。ギルド備え付けの時計を見ると、昼まではまだだ。

商人ギルドの依頼掲示板を眺める──ふーん。護衛依頼が、よく目に付くな。

あとは、引っ越しの手伝いに帝都近辺の領への配達。店の臨時雇い……か。

やはり、冒険者ギルドとは違って独特だな。

「シェーミィさーん。計算済みましたので、配達カウンターまでお越し下さーい!」

「はいはーい!」

シェーミィが番号札を持ち、カウンターに向かって行く──配達料金、計銀貨八枚だったそうだ。

 

「シェーミィ、宿を引き払う準備は済んでいるのか?」

「うん。身の回りの物を持ってくだけだねー」

宿に戻る途中の会話。昼過ぎの、快速船での里帰り。

「昼食はどうする?」

「うーん。快速船の中に食堂あるからねー。そこで済ませるよー」

食堂あるのか。快速船は、結構な大きさなのだろうか?

シェーミィは宿払いのあと、俺達と一服して港区に向かう事になった。

 

シェーミィとグランさんの宿払いの手続き。そして、俺の一人部屋の再契約。

「丁度、いい時間だねー。港区に行こうかー」

茶代をテーブルに置き、よいしょ、とシェーミィが立ち上がる。

「港区か……久し振りだな」

グランさんが笑みを浮かべる。港区は確か、漁港区。貿易区。居住区の三区画に別れているんだっけか。

「快速船は、貿易区から出てるんだよー」

シェーミィが弾んだ声で、明るくいう。故郷に戻れる嬉しさが、声と態度に出ている。

 

貿易区の喧騒は、思ったほどでは無かった。というのも、漁港区と貿易区が賑わうのは朝方だそうだ。

昼ともなると、騒がしいのは食事処くらいで、それ以外は比較的静からしい。

シェーミィを見送るため、快速船乗り場に向かう。

貿易船を見られると思ったが、主要な船は皆出ていた。中型船は造船所に上げられているそうだ。

「神皇港行き快速船、まもなく出まーす! チケットをお持ちの方、お急ぎ下さーい!!」

係員の声が、船乗り場に響く。

神皇国というのは、獣神王国と竜神皇国の事だ。二国共同使用の港を、“神皇港”と呼んでいるとの事。

 

「見送りは、ここまででいいよー。また、一週間後くらいにねー」

パタパタと、手を振りながらシェーミィが停泊している快速船に向かって行った……シェーミィが船に乗り込むまで、グランさんと共に見送る。

「グランさん。腹が減りました……」

なんだろうな。シェーミィを見送ったと同時に……腹が、減った。

「ああ、私もだ……そうだな、漁港区には、いい屋台が出ている。屋台飯といかないか?」

屋台飯か。いいな、うん。選択肢はかなりありそうだ。

「いいですね。何か、お勧めはありますか?」

「そうだな……本格的な海鮮料理は、食堂で食べた方がいい。屋台なら、肉と麺類。サンドイッチらへんかな」

グランさんが、屋台に視線を向ける。何店あるんだろうか? ただ、どの屋台もなかなかの盛況振りを見せているな。う~ん、悩むな。

 

フウッ、と海風が吹き付けて来た──なかなかに冷たい。そうか、直に冬入りか……となれば。

「グランさん、鶏源亭(とりげんてい)の屋台にしませんか?」

「そうだな。結構、冷えてきたし、暖まる物にするか」

グランさんと、鶏源亭の暖簾を潜る。店内は、立ち食いカウンターに、二人がけのテーブル二つ。

カウンターはL字型。詰めて七人てとこか。

昼過ぎなのか、客は少ない。カウンターに三名。テーブルは空いている──「急ぐのでも無いしな、テーブルに着くか」

「……い、いらっしゃいませ、注文決まりましたなら、お呼びくださいね」

水を運んできた店員さん。顔が赤いが……何ぞ?

「相変わらずだな」

苦笑するグランさん……何ぞ?

 

注文はすぐに決まった。冬限定の辛葱鶏そぼろそばだ。帝都での予定、暗黒騎士団の事等の雑談をしながら、注文を待つ。

「お、お待ちどうさま、でした」

それほど待たず、そばが運ばれて来た。さっきの店員さん。まだ顔が赤いが、風邪気味だろうか?

まあ、お大事に──さて、辛葱鶏そぼろそばだ。

鶏ガラと野菜の出汁がベースのスープ。やや縮れ麺。辛口に炒められた鶏そぼろ、その上には辛口で味付けられた、たっぷりの白髪葱──うん。旨そうだ。ここで、マイ箸の出番だ……よし、いただきます。

 

「なかなかの味だったな。もっと寒くなれば、売れるだろうな」

「鶏そぼろと葱の組合せ、よかったですよ。縮れ麺に葱が絡んで、いい食感でした」

いや、旨かった。これぞ屋台飯って感じもまたよかった。他にも、気になる屋台が色々あったな。

よし、また来よう。

 

宿に戻る頃には、陽が結構傾いていた。もう少しすれば、夕方になる。

グランさんが、一旦俺の部屋に置いていた荷物と武具を引き取る。このまま、騎士団支部に戻るそうだ。

さて、俺はどうするかな……紹介状巡りをするには、少し遅いか?

「クレイドル、紹介状巡りはどうするんだ? 陽が暮れるとなると、大概の店は閉まるぞ」

やはり、遅いか。でも急ぐようなものでもないしな……。

「そうですね……明日、まとめて店を訪ねますよ。そういえば、騎士団支部は遠いんですか?」

「いや、少し離れてはいるが、そう遠くはない。中央広場を抜けて、城に真っ直ぐ向かえば、左手に黒い建物が見える。そこが宿舎兼支部だ」

なるほどな、建物も黒いのか。

「いつでも顔を見せに来るといい。昼あとは、どちらかといえば、暇になるんだ」

ラーディスさんも、帝都に来たら顔を見せるよう言ってたな……近い内に顔を出すかな。

「はい、そうさせてもらいます」

グランさんを宿の外まで見送る。じゃあ、またな、と手を振り、グランさんがしっかりとした足取りで去って行く──しばし、その背を見送る。

(うわ、急に寂しくなったな……一人部屋かあ。城塞都市での、訓練期間中以来か?)

 

 

クレイドルはフードを上げ、空を仰ぐ。すでに夕暮れ──クレイドルは、これからの帝都での暮らしの事を、ぼんやりと考えた。



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第113話 姉の来訪と“黒牛亭(こくぎゅうてい)

日常回というやつです。

( ´-ω-)y‐┛~~


 

グランさんを見送ったあと、宿に戻る。夕食を取るには、まだ早い時間。

それに、港区で鶏源亭でそばを食べてから、それほど時間立っていないからな……よし、取りあえず、お茶にするか。

 

カウンターに座り、のんびりと茶を啜る。香草茶の甘苦さが、胃に良く沁みた──宿内の喧騒とは切り離されたかの様な、カウンターの雰囲気が心地良い。

酒を飲むには、感覚的にまだ早い。帝都に来たばかりだから、店を知らないしな……「クレイドル、だったな。夕食はどうする?」

亭主のリ・アルガドさんが、グラスを磨きながら聞いてきた。静かに落ち着いた声。

「そうですね……酒場に行きがてら、夕食にしようと思っているんですが、お勧めの店ありませんか?」

ふむ、とアルガドさん。茶のお代わりを注いでくれる。

 

「そうだな……まあ色々あるが、中央広場を東に行けば繁華街だ。“黒牛亭(こくぎゅうてい)”がお勧めだな。冒険者の行きつけの一つだ……正直言うと、俺の昔の仲間がやってる店だ」

磨いたグラスを見つめながら、アルガドさんがいう。黒牛亭、か。

「お勧めの料理は、野菜煮込みとシチューだ。これは絶品でな、俺には真似出来ない」

野菜煮込みに、シチューか……寒くなる時期にはもってこいな料理だな。うん、覚えておこう。

 

不意に、宿内がざわめいた。うん? とアルガドさんが、グラスから顔を上げて宿内を見る。背後から、妙な威圧感──思わず振り向くと……。

「クレイ! 何故、用が済んだら私の所に戻って来ないのですか!」

眉をひそめている、ミザリアスさんが立っていた。ええ……戻るも何も、というかクレイって。

「ミザリー嬢ちゃん、クレイ?ドルとはどんな関係だ?」

アルガドさんが、呆れた様に尋ねる。それにミザリアスさんが、ふんす、と鼻息荒く答える。

「姉弟です。姉なんですよ」

「……うん。そう、なのかい……ふむ」

アルガドさんが、俺とミザリアスさんを交互に見つめ、ポツリと言った──「まあ、似てるな」

「当然です、姉弟ですから!」

ドヤ顔で主張する、我が“姉”ミザリアスさん。

亭主のアルガドさんは、何とも言えない様な顔で、俺達を見ていた。

 

姉弟なあ……似ている、といえば似てるか?

輝くばかりの金色の髪に、薄紅色の濡れた様な艶かしい唇。だが、肌と瞳の色が全然違うんだよな。

ミザリアスの赤い瞳に、褐色の肌。クレイドルの漆黒の瞳に、白磁の様な艶肌……はっきりいってクレイドルの方が、人目を引くだろう。

目に毒過ぎるんだよ。クレイドルの容姿は……女にも男にも。

引き込まれないよう、気を張らないとな……。

 

当たり前の様に、俺の隣に座るミザリアスさん。果実水を注文すると、俺に向き合ってきた──よく見ると私服だ。ベージュのワイシャツの上から、朱色のロングパーカー。同じく朱色のズボンに、赤茶色のショートブーツ──妙に似合っているな。

「もう、夕御飯の時間だというのに、戻って来ないのだから心配したんですよ」

果実水を口に含む、ミザリアスさんがいった。

この状況、どうしたらいい? どうすりゃ、しのげる!?

 

「アルガドさんから、お勧めの酒場を教えてもらったんだ。だから夕食がてら、そこに行こうと思っていたんだよ」

出来るだけ、親身に受け答えをする。

「ふうん。アルガドさんのお勧めのお店って何処ですか?」

「……黒牛亭だよ。まず間違いないからと聞いたんだ」

「なるほど、うん。クレイもきっと気に入るお店だと思うわ」

ニコニコと微笑む、ミザリアスさん。

 

「お茶、ご馳走さまでした。早速、黒牛亭に行ってきます」

茶代を払おうとすると、お姉ちゃんが払うと、ミザリアスさんに止められた。

ご馳走になっておくか……よし、黒牛亭に──

ミザリアスさんに、腕を掴まれた。というか、組まれた。

「さあ、行きましょうか。同僚と何度か行った事があるけど、なかなかいい店ですよ!」

やっぱりな。こうなると思った。あまり遅くなるなよ、とのアルガドさんの声を背に、宿から出る。客の視線が結構恥ずかしいな……。

 

俺の体を引きずる様に、勝手知ったるとばかりに中央広場に早くも到着し、繁華街に向けて歩み続けるミザリアスさん。

その間も、どこでどういう生活、冒険者活動をしていたのかを、尋ねてくるミザリアスさん。

なるべく、丁寧に受け答えをする(はしょる部分はあったが)。

そうこうしている内に、黒牛亭に到着。逞しい角をした黒牛の頭部が描かれた看板が目印だ。

「さ、入りましょう。今日は私がご馳走するからね!」

腕を組んだまま、酒場に入るミザリアスさん。力強いな!

 

喧騒の中、ミザリアスさんが店員に声をかける。

「二名がけのテーブル空いています?」

一瞬、呆気にとられた店員さんが頷き、奥のテーブルに案内してくれた。

「二名様、奥に案内しまーす!!」

店員さんが、厨房に声をかける。酒場内が見渡せる、奥まったテーブル席。

冒険者の行きつけというだけあって、それらしい人達が酒食を楽しんでいるのが見えた──この喧騒に、妙な安心感を感じる。

 

「よお、ミザリーお嬢。男連れたあ、珍しいな」

太い声が、話しかけてきた──筋肉質の力士を思わせる男性。肥満体ではなく、硬太り体型の体付き。それよりも特徴的なのは、顔だ。

闘牛を思わせる様な獣じみた顔付きと、側頭部から伸びる、左右対称の巻角──牛人族だ。

 

お、異世界知識発動──牛人族(ミルスタス)。地母神の眷族の、農耕と牧畜を司る神を信仰する種族。

“大海”を挟んだ、中央大陸のやや北側にある大陸が牛人族の故郷。

性質は温厚篤実。義侠の精神を持つ(それが理由で、頑固さに通じる事も少なくない)。

強靭な肉体と精神力は、状態異常や精神異常に強い耐性を持つ。

生来の器用さは、木工細工や機織り物等に発揮され、金属加工に特化する、ドワーフとエルフとは対になる種族といえる。

 

冒険者としては、その体型と膂力(りょりょく)から前衛向きであり、盾役(タンク)打撃役(アタッカー)として優秀ではあるが、実の所、罠探知や解除にも優れている。

欠点としては、魔力的に他種族に劣るという事くらいだ(最も、ミルスタス族からは、そういうのは他種族に任せればいい。と考えている)──おお、久し振りの異世界知識。なるほどな、牛人族の事が少しばかり分かった。

 

「ええと、野菜煮込みに根菜シチューを二人前。それに、豚バラ青菜炒めと……焼き飯を三人前。お願いしますね」

ニコニコと、ミザリアスさんが注文する。

焼き飯? この世界にあるのか……炒飯とは違うんだよな……?

「……よし。相変わらず、良く食うもんだな。お連れさんは、大丈夫かい?」

注文を取りながら、牛人族の男性がいう。

「大丈夫ですよ、私も食べますから! あと、果実酒炭酸割りをお願いします。クレイは飲み物どうします?」

「ええと、お姉ちゃんと同じ物で……」

これが、無難だろうな──「お姉ちゃん?」

牛人族の男性が、俺とミザリアスさんを見る。

あ~、そうだよな。そう思うだろうな。ここは、あれだ……そういう事、で納得して下さい。

「まあ、いいやな。俺はルータス。ここの亭主だ。今後ともよろしくな」

ルータスさんが差し出してきた手を握る。

「クレイドルです。こちらこそ、よろしく」

「クレイドルな。すぐに酒を運ばせる。料理の方は、ちと待っててくれ」

じゃあな、とルータスさんが巨体を揺らし、厨房に去って行く。

厨房に注文を通す、ルータスさんの声が聞こえた。

 

「ここのお店、メニューは野菜中心なんですよ」

なるほど。さっとメニューを見ると、肉料理よりも、野菜炒めや野菜たっぷりの雑炊。煮込みに素揚げ、おひたし。お馴染みの、酢漬け野菜数種。こういう店、なんかいいな……。

「お酒、来たわよ。クレイ、乾杯しましょうか」

楽しそうに笑う、ミザリアスさん。姉かあ……これから、お世話になります。



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第114話 改めて紹介状巡り “ロディックの店”と“青葉の鋼(スティールオブリーブス)

 

 

 

ふと、目が覚める。多分、夜明け前だろう。魔力制御に慣れた身は、早朝前には目が覚める──ラーディスさんが言ってたな……眠気は、全くない。清々しいほどだ。

カーテンの隙間から見える外は、今だ暗い──昨日は、“黒牛亭(こくぎゅうてい)”で野菜料理と焼き飯を堪能したんだったな。

 

アルガドさんから聞いていた通り、野菜煮込みと根菜シチューは、旨かった……あと、焼き飯。

焼き飯の具材は、細かく刻んだベーコン、玉葱、人参。味付けは塩と香辛料と、何か……あっさりとしていながらも、決して薄くはない、絶妙な味付け。

「油の量と火の強弱が、ポイントなんだよ」

焼き飯のコツを、何となく聞いてみたところ、ルータスさんが、少し教えてくれた。

ふむふむ、とミザリアスさんがメモを取っていたのが印象的だった。それを見たルータスさんが、「具材は、出来るだけ細かく刻んだ方がいいな」

とアドバイスをした。作るつもりなんだろうな、ミザリアスさん──

 

さて、魔力制御の時間だ。そのあと冒険者ギルドに顔を出して、改めて紹介状巡りだ。急ぎって訳ではないが、早めに済ませておくべきだろう……そうだ、ラーディスさんにも顔を見せておこう。聞きたい事があるからな……よし、魔力制御といくか──

 

魔力制御を終え、裏庭から宿内に戻る。厨房で忙しなく働いている従業員さん達を、横目に見ながら部屋に戻る。

二度寝するには、目が冴えているので、煙管を一服する。お茶を頼むのはそのあとだな。

一人部屋が、やけに広く感じる……早く馴れないとな。カーテンを開き、換気のために窓を少し開ける。冷たい風が、一瞬吹き込んで来た。

煙草の煙が、風に散る──すうっ、と一吸い。口の中で煙を転がし、ふうぅっ、とゆっくり吐き出す。

しばし、ぼんやりする時間。一服終えたら、下に降りるかな……。

 

朝食には、少し早い時間。宿内にいる客もまばらだ。さて、朝食までお茶でも飲むか。

「すいません。お茶をお願いします」

少し離れた所で、こっちを凝視していた店員さんに声をかけた。

駆け出して来た店員さんに少し引きつつも、お茶を頼む。

「え、ええと……お茶、以外のご注文は、大丈夫でしょうか?」

「いや、お茶だけで充分ですよ……朝食の時間になったら、教えて下さい」

ひゃいっ、と店員さんが答え、パタパタと厨房に向かって行った……何ぞ?

 

思った通りだ……酔客のあしらいに手馴れている女連中がのぼせている……まあ、仕方ないな。クレイドルの容姿、あれはなかなかに怖いものだ。

「おい、しっかりしろ。他の客にだらしないとこ見せるんじゃあない。いいな?」

全く……俺が茶を運ぶか……。

ティーセットを、クレイドルに運ぶアルガドの背に店員達が非難めいた言葉を浴びせるが、アルガドはびくともしない。

 

「朝食まで時間はある。ゆっくりと茶を楽しんでてくれ」

アルガドさん直々に、お茶を運んで来た。そういえば聞きたい事があったな。

「ありがとうございます……アルガドさん、ミルデアという人、知ってますか?」

ふむ? とアルガドさん。

「ああ、知っている。同郷だ。リクネリ村というとこでな、獣神王国の領内だ」

「確かリザード族は名前の前に、出身地の一文字入れるんですよね?」

「そうだ。そうすれば、同族同士で縁が出来るからな。名乗らない者もいるが、そういう奴は訳ありとみて、追及しないのが暗黙ってやつだ」

なるほどな。話を聞くに、同族同士の繋がりを大事にする種族らしいな。

 

「さて、仕事に戻るとするか。朝食は、ベーコンエッグにポテトサラダ。丸パンにチーズ。酢漬け野菜だが、何か注文はあるか?」

「……そうですね。ベーコンは軽めに炒めて下さい。あと、卵は半熟でお願いします」

分かった、とアルガドさん。厨房へと戻って行った。

今日の予定は……まずは紹介状巡り。そのあと、ラーディスさんを訪ねてみようか。適度に温くなっている、茶を啜る。

 

ミザリアスさんがやって来たのは、朝食が運ばれて来る少し前だった。

奥のテーブルに座っている俺を直ぐに見つけ、正面に座った。

「私も朝食お願いします。ベーコンは軽めに炒めて下さい。卵は、半熟でお願いしますね」

俺の正面に座ったミザリアスさんが、店員さんに注文をする。

機嫌良さそうなミザリアスさんと、明るく楽しい朝食の時間だ──店員さんや、他の宿泊客の視線を感じるが、無視だ。

 

今日の予定を聞かれたので話す。まずは紹介状巡り──“ロディックの店”に“青葉の鋼”。紹介状は無いが、“新緑の庭”も覗いて見る事を話す。

そして、“魔導卿”ラーディスさんにも顔を見せる事も。

「ふうん。ラーディスさんと知り合いなのですか?」

食後の一服。アイスティーを飲みながら、ミザリアスさんがいう。うん? ラーディスさんを知っているのか?

「あ、うん。城塞都市での訓練期間中、世話になったんだよ」

へええ、とミザリアスさん。知り合いっぽいなこの感じ。

「ラーディスさんはね、私の後見人なの。冒険者ギルドで働く事が出来たのも、ラーディスさんの口添えがあったからなんですよ」

ふふ、と微笑むミザリアスさん──妙な縁で繋がったものだな……。

 

朝食を終え、ミザリアスさんはギルドに出勤していった。その際に、昼食を一緒に取る事を約束した(させられた)。

「約束しましたよ。お昼前にギルドに来て下さいね!」

ニコニコと、笑みを浮かべるミザリアスさんを見送る。これ、行かなかったら相当に面倒な事になるんだろうな……。

まあ、いい。切り替えていこう……さて、紹介状巡りだが、どちらを先にするか。ロディックの店か、青葉の鋼か。

露店広場が開く時間と青葉の鋼、鍛冶場兼武具店が開く時間は、いつぐらいだろうか?

菓子店の新緑の庭は、ラーディスさんに会いに行く前でいいだろう。手土産を持っていきたいからな。男一人では入りにくい店──朝陽食堂の大将がそう云っていたな……俺は、構わん。

 

取り合えず、宿から出る。風がかなり冷たくなっているな……マントのフードを被る……冬に備え、冬着やマフラーでも買っておこうか。

マントも、もう一つ買ってもいいかな。いや、本格的に寒くなる前に、コートの一つでも……。

ヒュウッ、と冷たく吹き付ける風に、思わず襟首を合わせた。

「冬、かあ~」ボソリ、と呟く。よし、露店広場に向かうとするか──

 

 

露店広場の熱気と喧騒は、寒さを忘れさせるものだった。朝早いというのに、この賑わい。

いや、早いからこそか。掘り出し物やお得な品を求めて、人々が集まるんだろうな──衛兵達の姿も、ちらほら見受けられる。

さて……ロディックの店は、と……確か、あそこら辺に……あった。黒い看板に、銀色の文字で“ロディックの店”、と。

 

遠目に店構えを見る……店主らしい老人が店先に座り、ゆったりと煙管を吹かしている。いつだったか、グレイオウル領で箸を買った店に雰囲気が似ている。

雑貨中心を扱っているように見えるが、さてどうだろうか……まあ、いい。

実際に近くで店を見なければ分からない。紹介状も渡さないとな──

 

「すいません……クレイドルという者です。不躾ですが、カリエラ商会から紹介状を預かっているんです。見てもらえますか?」

単刀直入。店先の老人をロディックだと見込んで、紹介状を差し出す。

要らぬ小細工は、無しだ……とはいえ、不躾過ぎたか?

 

 

ロディックは、煙管の煙を目で追いながら、市場を人の流れを見ていた。

──世の流れは、人の流れ。人の流れは、商いの流れ──御先祖の言葉。

ロディックの家は代々商家。遡れば、覇王公ミルゼリッツの、初代宰相リドックに繋がる家系。

ミルゼリッツが将軍位を得て領地を賜った際に、押し掛ける様にミルゼリッツの元に馳せ参じ、以来内政に大きく関わった。ミルゼリッツが王になった時に、宰相に任じられた。ミルゼリッツが冒険者時代からの付き合いだったそうだ。

 

そんな事をぼんやり考えていると、不意に話しかけられた。

うん?と見上げると、フードを被った人物。フードの影で口元しか見えないが……ロディックは息を飲んだ。

(女?……いや、女性の体つきではないが……)

見とれる、というよりも呆然とフードの人物を見つめてしまうロディック。

「すいません……クレイドルという者です。不躾ですが、カリエラ商会から紹介状を預かっているんです。見てもらえますか?」

男の声。静かに通るその声に、ロディックは何となく心が落ち着いた。

「ああ、カリエラからの紹介状か。ここでは何だから、奥に行こうか」

煙草盆に灰を落とし、煙管を片すロディック。

店員に店番を頼み、品物事に綺麗に整理されている荷棚の間を抜けて行く。

 

「お茶を淹れよう。少し待っててくれ」

ロディックさんに、椅子を勧められテーブルに着く。簡易台所に設置されている魔道コンロに火をつけ、手際よく茶の準備を始めるロディックさん。

結構なお歳と聞いていたが、シミ一つ無く、皺が少ない褐色の肌。背筋が伸びた堂々たる体つき。白髪を頭部に結い上げている。

果物のような薫りがしてきた。何のお茶だろうか?

「待たせたね。砂糖は入れない方がいいよ。充分甘いからね」

やはり、果物の薫りだ。いただきます、とまず一口……おお、林檎茶とも違う。柑橘類かな?

「美味しいですね。これは初めてです」

美味いな。何となく、高級品な気がする……。

目を細めて茶を啜るクレイドルを、嬉しそうに見やるロディック。

(おっと、いかん……見惚れるのは、危険だな)軽く咳払いをして、改めてクレイドルに尋ねるロディック。

「カリエラからの紹介状を、さっそく拝見しようか」

「はい。これです」

紹介状にはカリエラのサイン。確かに弟子の筆跡だ。そして商会印。ロディックは中を確認する。

 

(ふむ……)

紹介状には、カリエラ商会の近況報告。クレイドルの事が(したた)められていた。

特に目を引いたのが、スカイライト(蒼天石)が、カリエラ商会の採掘区分で発見された事だ。

(それはそれは……大した運だな)

金貨五万枚という値が付いた事も記されていた。

クレイドルが所属する“碧水の翼(へきすいのつばさ)”がトロル退治をして、ウォーキンス子爵とギルラド子爵から、感謝状を貰った事等。紹介状の最後には〈追伸・クレイドルの顔を注視しないように、特に唇〉と記されていた。

(まあ、確かにな。男女問わず、おかしくもなろうな)

相変わらず、美味そうに茶を啜るクレイドルを見て苦笑する。

 

「確かに、紹介状は受け取った。カリエラの近況も分かったしね。ありがとう」

もう一杯どうかね。とお代わりを注いでくれる。礼をいい、茶を啜る……美味い。

少しばかり、ロディックさんと世間話をする。十年ほど前に息子さんに店を譲り、今を露店をやっている事。たまには仕入れのため、他領に出向く事等──「レドック商会が、今の店名だよ。時間があれば覗いてみるといい。冒険者用の品も多数揃えているからね」

お茶の礼をいい。ロディックさんの店をあとにする。

露店をゆっくり眺めたかったが、早い内に紹介状巡りを終えたいので、次の場所。“青葉の鋼”へと急ぐ事にする……ミザリアスさんの約束に遅れるのが、少し怖いからな。

 

 

案内板を見ると、“青葉の鋼”は露店広場から北側。商店街通りを少し奥に進んだ所、か……。

しかし、風が冷たい。フードを目深に被り道を急ぐ。あ、レドック商会の看板だ。黒地に銀色の文字。ちょっと覗いて見たいが、今日は少し急ぎなので……。

 

交差した緑の葉が付いた枝。それが、“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”の看板だ。流れる様な文字で、店名が書かれている。

店名に入ると……何というか、スティールハンドともブレイズハンドとも違う、雰囲気だ。

棚や台に飾られている武具は、確かに武具店のそれ何だが……ああそうだ、内装だ。装飾品を扱っている様な店を思わせる雰囲気なんだ。

ふと、商品を見る。ブレイズハンドと同じように、初心者向けから上級者向けの商品が、ランク事に分けられ陳列されている。

“当店でお買い求めになった品の修理。サイズ調整は基本無料となります(一部例外ございます)”との注意書──なるほどな。スティールハンドとブレイズハンド両方のやり方を取り入れているのか……「何か、お探しですか?」

おっと店員さんか。若いな。まあ、今の俺が言うのも何だが……緑をモチーフにした感じの、キリッとした制服。顔立ちの整った、十代少しの若い男性、というか少年の店員さんだ。ふと、妙な予感がした……。

 

「ええと、ここの親方に紹介状を持って来たんです。渡してもらえますか」

ドルヴィスさんの紹介状を、店員さんに渡す。分かりましたと微笑み、奥に向かって行く。

店内を改めて見回すと、冒険者らしき人達が数名──冒険者の相手をする店員さん達は、皆十代の少年っぽい。冒険者はほとんど、女性。何ぞ?

 

「親方がお会いになります。どうぞこちらへ」 さっきの店員さんが戻って来た。先導する店員さんに着いていく。

鍛冶場の熱気に、鉄や鋼を打つ音。小気味いい音を立てながら革に鋲を打つ音──これぞ、鍛冶場という雰囲気だな……。

しばらく進むと、事務所の様な場所に通された。

どうぞ、と店員さんに椅子を勧められる。

「親方はすぐに来ます。それまで、お茶をどうぞ」

お茶と同時に、お茶請けを出してくれた店員さんは部屋から出ず、入り口近くで待機している。

 

「ご免なさい、待たせたわね……クレイドルといったわね。ドルヴィスの紹介状、読ませて貰ったわ。私は、ネエラミーナ。よろしくね」

やって来たのは、鍛冶師らしい革のエプロン姿のエルフ女性だ。

すらりとした体型だが、柔な感じはしない。特徴的な、ピンッと長く伸びた長耳。輝く様な銀髪の美麗な顔立ち──とはいえ。ハーフエルフの、レンディアの容姿を見慣れている身としては、「綺麗な人だな」という感想以外は、出てこない……。

「初めまして、改めて名乗ります。クレイドルといいます。お見知り置きを」

フードを上げて、顔を見せる……事務所に広がる沈黙と静寂。何ぞ?

 

「お、おおお……あぁぁっ……!」

ネエラミーナさんが、俺の顔を凝視しながら、両手を差し出してフラフラと近付いて来る。

……これと似たような状況あったな。素早く、フードを被り直す。

「あぁぁっ……」

ネエラミーナさんが、未練がましい唸り声を上げる。あああ、ではない。



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第115話 “深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”のコーヒー

しばし、日常回。

(´ー`)y-~~


 

 

 

青葉の鋼(スティールオブリーブス)”では、面倒な目に合った……俺の容姿に、少しばかり常軌を逸したネエラミーナさんが、なかなか帰してくれず、「冒険者なんて危険な仕事は辞めて、この工房で働くべきです!!」と店先で叫んだんだよな……涙声で。通行人の視線が、非常に痛かった。

それを何とか宥め、店から離れる事が出来た。近い内に、食事をしましょうとの約束を取り付けて……面倒事が増えた気がする。

昼前までまだ時間はあるが、早い内に冒険者ギルドに向かおう。ミザリアスさんを待たせたら、悪い……というか、怖いからな。

 

少し早いが冒険者ギルドに到着。受付を通り過ぎ、喫茶室に向かう。

ここの喫茶室、初めてだったな……煙管の煙が、他の客の邪魔にならない様、奥の席に着く。

──最も、この気遣いは杞憂だという事を、クレイドルは知らない──お茶を注文し、一服する……煙管の煙が、ゆったりと舞う。

「お待たせしました……ええと、他に注文は、無かったですよね?」

年頃の店員さんが、上目遣いに尋ねてくる……そうだなあ。

「塩の焼き菓子下さい」

帝国領内、どこで食べても違いのない味だと聞いている。

「は、はい! 少しお待ちくださいね!」

パタパタと、駆け戻って行く店員さん。何ぞ?

 

茶を飲み、焼き菓子を摘まんでいると、ミザリアスさんが来た。うん? もう昼前か?

「ギルドに来たのを、見かけたんですよ。少し早いですけどね」

果実水を注文し、テーブル正面に座りながら、ミザリアスさんがいう。ニコニコと機嫌がいい。

「お昼なんですが、いいお店があるんですよ。いつもは菓子類しか出さないのですが、昼にはランチを出す店なんです」

ふうん? 昼のみランチを出す店、か……そういう所は、なかなかに良さげだな。

「“深緑の庭”という店なんですけどね」

おお……ラーディスさんへの手土産を買って行こうと思っていた店か。タイミングがいいな。

そこでランチがてら、ラーディスさんへの差し入れを見繕うかな。

お茶をしながら、ミザリアスさんと世間話。青葉の鋼での出来事は、言わないでおいた。

さらなる面倒事が起きそうだからな……。

 

茶の時間を終え、そろそろ昼食の時間だとミザリアスさんが言い、立ち上がる。

喫茶室の払いはミザリアスさんがまとめて済ませた。

「深緑の庭に、行きましょう!」

がっしりと、俺の腕を取ったミザリアスさんが喫茶室を通り抜け、ギルドから出る。

「深緑の庭のランチは、なかなか良いものですよ」

足取りに迷い無く、中央広場を抜けるミザリアスさん。行き交う通行人の視線は無視だ。

繁華街に入り、黒牛亭を通り過ぎる──繁華街の喧騒が、ほとんど聞こえない奥まった場所に、“深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”はあった。

 

テラス席のある、白と緑を基調としたお洒落な雰囲気の店構え。雑多かつ猥雑な繁華街の中には、似合わぬ店だ。

「この通りを少し先に行けば、貴族や商人が住まいを構える通りに出るんですよ」

俺の腕をがっしりと組んだ、ミザリアスさんがいう。

なるほどな、この店の利用客は、大概そこの通りから来るのだろう。そんな雰囲気の店だ──

「さあ、入りましょう!」

ミザリアスさんに腕を引かれ、早速入店する。

 

奥まった、二人掛けのテーブルに案内された。フードを下ろし、ランチメニューを見る──ランチは二種類。日替わりらしい。

チキンソテーのグリーンソースがけ。根菜サラダと玉葱のスープに丸パン。

ポークソテーのガーリックソースがけ。葉野菜サラダと茸のスープに丸パン──そして、お茶とデザート付きか。ふむ、これで銀貨二枚。高いかお手頃かは食べてみないとな……。

 

「御注文はお決まり?」

エプロン姿の店員さんが水を運んで来つつ、注文を聞きに来た。

青葉の鋼(スティールオブリーブス)”のネエラミーナさんとは、違った雰囲気のエルフだ。

整った目鼻立ちに特徴的な耳。波打つ様な長い金髪を、高く結い上げている。

碧味がかった瞳と、長い睫毛が目を引く──「店長直々に接客なんて、嬉しいですね」

ミザリアスさんが嬉しそうにいう。知り合いなのか、この二人。ふと、店長さんと目が合った。

一瞬目を見開いたあと、ミザリアスさんに尋ねる。

「ええと……初めてのお客様だけれど、この人は?」

「弟なんですよ」

ふふん、と自慢気に答えるミザリアスさん。

そ、そうなの。と店長さんが答え、気を取り直したかの様に、改めて注文を尋ねてくる。そうだな……よし。

「ポークソテーを、お願いします」

「私も、それで」

少し待っててね、と店長さんがフランクに答え、去って行く。

 

甘めのタレに漬け置きした豚肉を、焼いたのだろう。充分味が染みている。焼き加減もいいな……うん。美味い。

ガーリックソースもほどよく効いていて、ほのかなニンニクの香りと風味が何ともいえないな。

薄味のドレッシングのサラダで、口の中をサッパリさせる。まろやかな味の茸のスープが優しく胃に沁みる……。

 

食後のデザートの時間……これ、コーヒーか。この世界に来て初めてだ。なんか懐かしい薫りだな。砂糖とクリームが一緒に出された。

俺は基本、砂糖だけ。まずは薫りを楽しみ、ゆっくりと啜る……久し振りなだけ、美味しく感じるな。少しばかり、郷愁の思いを感じる。

「コーヒー、気に入ったみたいね」

微笑む、ミザリアスさん。この世界でもコーヒーというのか。

 

ミザリアスさんによると、コーヒーはなかなかの高級品で、帝国領内では帝都と帝国領南側に位置する、交易都市でしか扱ってないそうだ。他領では、領主が個人的に購入するくらいらしい。

輸出元は南大陸にある、南都サウスウィンド。帝国領ではなく、南大陸を代表する独立国だそうだ。覇王公時代からの付き合いがある友好国との事──

 

コーヒーを堪能していると、先ほどの店長さんがデザートが運んで来た。

「今日のデザートは、クリーム乗せのパウンドケーキよ」

甘い香りが早くも漂って来た──「コーヒーのお代わりは?」

笑みを浮かべた店長さんが、尋ねてくる。

「あ、お願いします」

「コーヒーがお気に入りになったみたいですよ」

ミザリアスさんが、店長さんに告げる。まあ。といった感じで微笑む店長さん。

「それは良かったです。他のお茶と比べて、少しクセのある飲み物だから、あまり広まっていないのよ」

まあ、確かにな。前世でも、飲めない人いたからな。夜眠れなくなるという理由の人とか。

「ランチタイムに限り、お茶のお代わりは自由なので、お声をかけて下さいね」

優しい笑みを浮かべ、厨房に戻って行く店長さん。

 

さて、デザートだ。クリーム乗せのパウンドケーキ──果肉が混ぜ込まれたパウンドケーキの上に、クリームが乗っている……フォークで切り分けて、クリームと一緒に口に運ぶ──クリームの風味が、まず最初に来た。

これは香草か。ケーキ本体ではなく、クリームに香草を練り込んでいるんだな。ケーキの甘味とクリームの風味が、味わい深いな……デザートだけでも、食べに来るだけはある。うん、美味い。

 

支払いの段になると、思った通り、ミザリアスさんが、自分が払うと言い出して来た。

支払いで揉めるのは他の客の迷惑になるから、ミザリアスさんに譲った──お会計、きっちり銀貨四枚。そこらの定食屋の、二、三倍はした……まあ、正直。そこまでの価値はあると思う。

ああ、そうだ。ラーディスさんへの、手土産を買わないとな……。

 

販売カウンターで色々眺めた結果。ミザリアスさんの助言に従い、クッキーとお茶の詰め合わせを選んだ。

手土産には、間違いのない物だという。何でも、貴族への贈り物にも適しているそうだ……御値段、銀貨二枚。ラーディスさんへの手土産は、俺がちゃんと払う、払います──お土産用にと、店長が丁寧に包装してくれた。

店構えと同じ、白と緑を基調とした包装紙。捨てるのは勿体無いなと、何となく思った……。

 



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幕間 グランドヒルの新人達⑧ 合同依頼 “霧雨の風(ミストウィンド)

 

 

 

十人の(きこり)の先導の元、樵の仕事場に向かう。“霧雨の風(ミストウィンド)”は、樵の人達を囲む様に位置取り、私達は樵達の後方を進んでいる。

「樵の仕事場までもう少しだ。着いたなら、改めて打ち合わせをするからな」

パーティーリーダーの、ジャックさんに声をかけられた。

 

早朝の森。冬間近という事もあって、結構冷える。けれど、澄んだ空気は心地良い──木々の間から射し込んで来る朝陽が、森を照らし始めていた。ふと、私達の村は冬支度をしている時期だろうな、と思う──「よし。到着だ」

ジャックさんの声に、我に帰る。

着いた先は広場になっていて、大きめの小屋があった。樵の人達は小屋の扉を開けて、荷物を運び入れている。

「ジャックさん達も、余分な荷物を運び込んでくれ」

年長の樵さんが声をかけてきた。それに答えたジャックさんが、私達を促しながら小屋に向かって行く。

 

身の回りの物──装備、携帯食に水筒。それだけを持つ。

鎧、よし。剣、よし。盾、よし……きちんと確認する。戦闘が無いに越した事はないけれど、あるだろうなと、何となく思う。我ながら、少し心配性かな──ジョシュは思った。

 

小屋の前で、ジャックさんと樵達が、地図を前に話し合っている。二名の樵は、荷物番として小屋に残るみたいだ。

「伐採場所の確認と、順番を話し合っているんですよ」

フルースさんが教えてくれた。伐採作業にかかる時間はどのくらいか気になり、ついでに尋ねてみる。

「……そうだね。伐採場所と順番次第だけど。順調にいけば、夕方前には終わるだろうね。魔獣なり何なりが現れたなら、明日まで作業は持ち越しになる可能性はあるね。暗くなったら、山仕事は出来ないからね」

なるほどな。順調にいけば今日中に終わり、でなければ作業は明日に持ち越し、か……気になるのは、魔獣の種類何だけどな……。

 

「魔獣化しやすいのは、そうだね……熊、猪に鹿かな。遭遇しやすいのは、猪だろうね」

今の時期。ミストウッズの山に青き竜がやって来ている影響で、山の生物が魔獣化している可能性が、高まっているそうだ……。

熊、か。自分達の村近くの山には、猪と鹿はいたけど熊は居なかったっけ。

「ある程度の大きさがある獣が、そうなりやすいね。熊は奥まった場所に生息しているから、出るとしたなら……鹿か猪だろうね」

なるほどな。ちなみに、猪か鹿が出たなら狩る事も念頭に入れているそうだ。

 

「出発するぞ。集まってくれ!」

ジャックさんの声。新調した杖を手に、皆と合流する。

「そういえば、シェリナ達の村の近くには、山はあるのか?」

ランドさんが話しかけてきた。ジョシュと似たような装備だけど、中級だけあって、ジョシュよりも質が良さそうだ。

「あ、はい。少し行った所に、山がありましたけど、危険なので踏みいるのは浅い所まででした」

深い場所には猪等が出て危険なので、浅い場所で、山菜や茸。木の実を採取したんだった──村から離れて、結構時間が立っているのだけど早くも懐かしく感じる。

 

「ふうん。ここの山も、そんな感じだ。奥まで入るのは猟師くらいだな。奥まった所には、熊が出るのも珍しくないからな」

熊かあ……猟師が狩ってきた、猪や鹿は見た事はあるけれど、熊は話にしか聞いた事がないな。

「山の事は、狩人と樵に任せていればいい。俺達の仕事は、樵達の護衛。魔獣化した獣の撃退だ。それを忘れなければいい」

ランドさんがいう。魔獣化した獣……想像もつかないけれど、何故か不安は感じない。

先輩達に、甘える訳ではないけれど……うん。頼りにさせて貰おう。

 

 

「ランドとリーネ達は、樵達の邪魔にならない様、周囲に付け。俺とフルースは見回りに行く。ランド、頼んだぞ」

「任せろ。気を付けてな」

おうよ。とジャックさんとフルースさんが森の奥に入って行く。その背を見送りながら、そういえばと、ある事に気付いた。

「ジャックさん。武器を持ってなかった様に見えましたけど?」

ランドさんに尋ねる。ジャックさん、腰の後ろに短めの短剣を帯びているだけで、武器らしい武器は他には何も持っていない様だったけど……。

 

「うん?……ああ、ジャックか。あいつ、拳闘士だからな」

拳闘士? もしかして、体術だけで戦闘を……?

「考えている事は分かる。その通りだ。あいつが腕に着けていた籠手を見たろ?」

籠手……そういえば、かなり頑丈そうな、肘まで覆う籠手だっけ。

「あいつの特注品で、ナックル付きのガントレットだ。さすがに素手では、魔物やらを倒せないよ……まあ、例外はいるがな」

ランドさんは、それに、と付け加えるように言う。

「土属性の魔術持ちだ。ナックルガントレットでの体術と土属性。戦闘に関して心配は無いよ」

ベテランともなると、個性が強さに繋がる様な気がした。何か、感心というか凄さを感じる……。

 

「そろそろ伐採作業に入るから、護衛頼むよ。魔獣が現れたら合図してくれ」

年長の樵さんが告げてきた。よし、気合い入れよう。

「リーネ、ジョシュ、シェリナ、樵達から少し離れよう。周囲に目を光らせとけ。俺はお前達の背後に付く」

ランドさんの指示に従い、私達は互いに距離を取り、樵達の邪魔にならない様にそれぞれの位置に付く。

 

(ふうん……やるな)

リーネ達の動きを見て、ランドは感心する。ちゃんとした連携が取れている──初級訓練できちんと学んでいたという事もあるだろうが、それなりに場数を踏んでいるのだろうな……。

それぞれ距離を取り、樵達を半円状に囲む様に位置取りをしている。

(俺の位置を確認して、四方向を視野に入れているんだな……なかなかのものだ)

ランドは、煙草ケースから紙巻き煙草を取り出し、咥えた。パチリ、と生活魔法で火をつける……(さて、何事も無ければいいがな)

すうっと一吸い。ぷかりと、輪っか状の煙を吐き出す。

 

「落とすぞー!」

合図と共に、一本の木がゆっくりと倒れる。枝はすべて、枝打ち済み。

一気に木が倒れ込まない様に、固定した(くさび)で支えながら、木を引き倒す。

この作業が一番気を使うらしい。大木がゆっくりと倒れる様子は、なかなかに豪快なものだ──

「ここでの作業は、もう終わりだ。少し休憩して、次の場所だ」

年長の樵さんがいう。これまで伐採した木は、十本。あと十本で作業は終わりとの事。

護衛対象の樵達の割り当て区分が済めば、今日の作業は終了。木の回収は明日に持ち越し。

もちろん、明日も護衛依頼は続行となる──

 

「ランドさん。奥から何か、向かって来る感じがするんですけど」

杖を片手に、シェリナが近付いて来た。

うん? とランドさんが、紙巻き煙草を指で揉み消す。

シェリナのやって来た方角をじっ、と見据え──「リーネ、ジョシュ、シェリナ。魔獣だ」

私達に告げると、樵達に向かって指示を出す。

「親方、魔獣だ。皆を下げろ」

「……よし。皆下がれ、離れろ! ランドさん、頼むよ」

親方と呼ばれた年長の樵さんが、早速下がって行く……「お前達で相手取れ。多分、魔獣化した猪だ。背後は任せろ」

ランドさんが私達の後方に付く。よし、時間はない──「ジョシュ、盾役お願い。私はあなたの補佐に回るわ。シェリナは、後方で私達の補助を頼むわ」

二人に指示を出す──これでいいのだろうか? と疑問が湧く……「決めたならば迷うな。腹を括れ」

ランドさんの声──うん。私が堂々としてないとね。

 

獣臭とともにやって来たのは……赤黒い毛並みをした大柄の猪。牙は不自然なほどに、大きく鋭く延びている。あの牙に引っかけられたら、大事になる……村にいる時は、何度か狩られた猪を見た事はあるけれど、これは……もう野の獣じゃない。まさしく魔獣だ。こちらとの距離は、十メートル少しくらい。

警戒しているのか、荒い吐息を吐きながらじっと身構えている猪。

「ジョシュ、突進は真正面から受け止めたら危ないわ。シェリナ、攻撃よりも動きを止める事を最優先にお願い」

「分かった。出来るだけ、反らす様にする」

「任せて。なるべく、長く持たせるようにするわ」

ジョシュとシェリナの声を頼もしく感じる……よし、やるわよ。

 

盾を前に構え、地面に根を張る様に、どっしりと構えるジョシュ。緊張をほぐすように、深呼吸をするジョシュの息づかいが聞こえた。

大きな背中が頼もしく感じる──私は、ジョシュの少し斜め後方に位置をとる。

堅木造りの棍を軽く握り、私達の後方にいるシェリナに声をかける。

「隙を見て沈めて。長くなくていいから」

「……うん。機会があるなら、攻撃にも回るから」

緊張しているのか、少し声が固い。でも心配は、無い──「来るぞ」

ランドさんの声。猪が首を振り、前足で地面を掘る様な仕草をする──ジョシュが腰を落とし、剣を抜いた。

 

猪が突進してきた。巨体が、更に大きく見えた──「巨体の突進や大型の武器は、真正面から受けるな。反らすか弾くかにするんだ。その時、余分な力は要らない。例えるなら──」

牙が、迫って来た。ミルデアさんの言葉を思い出す──「撫でる様に、受け流すんだ」──ガツン、と盾に一瞬の衝撃……体を半身に反らし、突進を受け流す。同時に、猪の首に思いきり、剣を叩きつける──腰が入っていない、浅い一撃。

だが、受け流しからの剣の一撃は、猪の突進を遅らせるに充分な効果があった。

 

ジョシュが猪の突進を受けた瞬間、ゾッとしたけど、巧く受け流し、同時に剣での一撃。

浅かったみたいで、猪の動きは止まらなかったけれど充分だった──「シェリナ、お願い!」

私は、少し動きの鈍った猪の横側に回り込みながら、右前足に思いきり、棍を薙ぐ様に叩きつける。

いい手応え。猪が前のめりになるけど、倒れるまでには至らない──でも、これで充分。

 

地よ 泥となれ その地にあるもの 沈ませよ──シェリナの詠唱が背後から聞こえた。

猪の体が、半分ほど大地に沈む。もがく猪にジョシュが近付く──「斬るよりも突け。首に思いきりな」

ランドさんのアドバイス。ジョシュは盾を落とし、剣を両手で逆手に持つと──もがく猪の首に剣を突き立てた。ギッギギィイッ! 猪の断末魔。十秒もしない内に、猪は動かなくなった。

ふ~~、とジョシュが大きく息を吐く。私もシェリナも、ため息をついた。何とか、無事に終わった……。

「よくやったな。少し休んでろ」

咥え煙草のランドさんがやって来た。その顔を見て、改めて一仕事を終えた気がした。




伐採作業は、適当です。

_〆(。。)

感想あるなら、どぞ。

|д゚)チラッ


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第116話 魔導卿とギルバート君

お気に入りが、少しづつ増えていくのは嬉しいものですな。


( ゚∀゚)


 

深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”で、ミザリアスさんと別れた。自分もラーディスさんに会いに行くとごねたが、何とか説得した。

ならば、と。ミザリアスさんは夕食を一緒に取る事を条件に出したが、今日のところはラーディスさんに会った後の予定は分からない。と告げたら、ミザリアスさんはさらにごねようとしたが、帝都にいる間は、朝食は必ず一緒に。という事で、話を付けた──帝都に来て、早くも面倒事を抱えた気がするが……まあ、いい。切り替えていこう。

 

さて、ラーディスさんはいつでも訪ねてきていいと言っていたが、宮廷魔術師というのはエリート職と聞いている。一介の冒険者が、訪ねていいのだろうか……?

まあ、訪ねて会えなかったなら、手土産を衛兵さんに預ければいいか。クッキーとお茶の詰め合わせだから、それなりに日持ちするだろう。

城へは、中央広場を出て大通りに出ればいいそうだが……少し、遠い。馬車を使うか。

大きな街だと、馬車で移動する事も普通らしいからな。タクシー乗り場のように、馬車が数台停まっている場所があちこちにあるのだ。帝都にも、当然そういう場所がある。

 

移動する馬車の中から見る街の風景も、タクシーの中から見る風景と、それほど変わらない気がする。

他の馬車とすれ違いながら大通りを過ぎ、やがて城が見えてきた──でかい。遠目からでも、城の大きさが伺える。だが……何だろうな?

豪壮で豪華ではあるが、城塞都市の城ほど、頑丈というか堅固な造りには見えない。

帝都の城なら、もっと堅牢な造りだと思っていたんだが……お、異世界知識発動──城を設計建設したのは、鉄壁将と称されたヴォルガンド伯。

ヴォルガンド伯曰く「帝都の城を頑丈に造る必要無し。帝都を攻められた時点で、陛下はとうに都から落ち延びているだろう」との事。ならば、豪壮で豪華な造りにすべし──だそうだ……。

なるほどな。いち早く落ち延び、捲土重来を図るか……。

 

大通りを挟んだ城の前近くに、馬車の停留所があり、そこで降ろしてもらった。

深緑の庭からここまでで、銅貨六枚──タクシーでいうと、ワンメーターてとこだろうか。

停留所から城門までは少しの距離。大きく開け放された門は、さすがに堅牢そのものだ。

さて……ラーディスさんに会えるだろうか?

 

 

「さっき、ラーディスさんの部屋に案内した冒険者、どういう関係何だろうな?」

「分からん……聞くのも、何だしな。それより、あの顔は凄かった……」

「あの顔……まともに、見てしまったのよ……白い肌に、輝く様な金色の髪……濡れた様な薄紅色の唇……」

「しっかりしろ。戻ってこーい」

虚ろな表情で呟く、女性の衛兵に呼び掛ける他の衛兵達。

 

男女問わず魅了していった、クレイドルという名の訪問客──男女問わず惑わす様な容姿と雰囲気は、衛兵達から要注意人物として、記録される事になった。クレイドルはその事を当然知るよしも無い。

 

 

「久し振りだな。まあ、座ってくれ」

ラーディスさんが、にこやかに迎えてくれた。会えなかったならどうするか、というのは杞憂だった。

「これ、つまらないものですけど」

早速、深緑の庭で買ってきた手土産を渡す。

「深緑の庭か。安くなかっただろ」

嬉しそうに、白と緑色の箱に触れる。喜んでもらって何よりだ。

「ありがたく頂戴しよう。ちょっと待っててくれ。お茶の準備をしてもらおう」

ラーディスさんは箱を持って、奥に向かって行く。その背を眺めながら、室内を見回す。今いる場所は、リビングといった所か。

勧められ座った椅子。そしてテーブルは頑丈な造りだが、縁には細かな装飾が成されている。椅子の座り心地はかなりいい。

少し離れた場所に、草花模様が装飾された、アンティークっぽい棚と机。その反対側には、作業台の様な大きめの机。その上には、大小様々な道具箱らしき物が置いてある。

少し開け放たれた窓際には、黒薔薇が挿された一輪挿し。その横には、木に止まっている梟の彫刻品が飾られている。

 

きちんと整理整頓されている部屋──奥の方を見ると、廊下になっていて、突き当たりに一部屋。 左側には、手前に一部屋。右側は、さっきラーディスさんが入っていった場所。扉は無い。キッチンか何かだろうか。

その手前にも、一部屋見える。何となく、洗面所やトイレ等の場所だろうと思った。

そういえばラーディスさん、お茶の準備をしてもらおうと言ってたな……お手伝いさんでもいるのだろうか?

 

「待たせたな。もう少ししたら、お茶の準備が出来る。さて、冒険者ギルドにはもう顔を出しただろう? 何か聞きたい事があるんじゃないか?」

ラーディスさんが、ニヤリ、と笑う。

「自称、“姉”に会いました……あの人は、なんです?」

う~ん、とラーディスさん。椅子の背もたれに体を乗せながら、云う。

「ミザリアスか。そうだな……彼女は“神成人間(ゴッズマター)”といった所か。自律型のゴーレムといってもいいだろうな」

神成人間……? じゃあ普通の人間じゃないって事か……まてよ、だったら俺と同じ様に……?

「まあ、考えている事は分かる。だが似て非なる存在だ。君と彼女とではな……君は魂をこの世界で形にして、新たな人生を生きる事になった。彼女の場合は、魂から造られた存在だ。そのあと身体を造られ、今この世界で生きている」

ぎしり、とラーディスさんの背もたれが鳴る──

 

造られた魂?……何だろうな、微かな怒りを感じた。

「今、君が感じた感情。それは正しい。だがまあ、神々がやる事にいちいち目くじらを立ててもしょうがない……彼女を造ったのは、深淵の女王だ。そして、女王は邪神に彼女を任せた」

「それは、何故です?」

「深淵の女王はどんな形であれ、直接的に現世に関わる事は出来ないんだ。だから、彼女を現世に送るために邪神に任せたんだ」

何の為に、深淵の女王は彼女──“姉”を造ったんだ?

ラーディスさんが、俺の疑問を読んだように云う。

「ふん。転生か転移の真似事をしたかったんだろうな。下らない事だ」

ぎしり、と背もたれが鳴る──転生か転移の真似事……うん? 今、転移って言ったな。

「ラーディスさん、転移と聞こえましたが?」

「うん? ああ、そう言った。死んでこの世界に来る事を、転生。着の身着のまま来る事を、転移と云う」

やはり転移もあるんだな……ギルドマスターのシュウヤさんは、やはり?

「ちなみに、冒険者ギルドマスターも転移者だ」

も? と言ったな。他にも──

「まあ、いずれ紹介する事になるだろう。向こうも喜ぶはずだ……お茶の準備が出来たようだ」

奥の方を見るラーディスさん。それにつられ、奥に目を向けると──「スケルトン!?」

思わず口に出してしまう。ティーセットを手にした、執事然とした装いのスケルトンが、テーブルに向かって来る──そして、優雅な仕草でティーセットをテーブルに並べる。

 

「紹介しよう。ギルバート君だ」

「ギルバート君?!」

『お初にお目にかかります。ギルバートでございます。どうぞ、お見知りおきを』

丁重に礼をするスケルトン。いや、というか──「喋った?!」

「ああ、スケルトンは声帯が無いからな。話す事は出来ない。だから、声帯代わりの魔道具を身に付けているんだ」

「声帯代わりの魔道具?!」

「やはり話せないと、日常は不便だからな」

いや、そういう事か? これ、周囲はどう思っているのだろうか?

「皆、慣れているよ。魔導卿のとこのギルバート君、とな。ギルバート君、あとは私がやる。戻っていい」

俺の疑問に答えるように、ラーディスさんがなんでもないように云った。

『御用があれば、お呼び下さい。お客様、どうぞごゆっくり』

丁寧な一礼をしてギルバート君……さんが、奥に戻って行った。

 

「ギルバート君は、生前は高名な騎士の従者だったんだ。縁あって、私の元に来てくれてね、身の回りの世話をしてもらっている。騎士の従者だけあって、武勇にも優れていているんだ」

ティーカップにお茶を注ぎながら、ラーディスさんがギルバートさんの事を、説明してくれる。

はえ~、としか感想は出てこない。底知れないな、ラーディスさんは……。

 

ゆったりとした、お茶の時間。深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)の紅茶と、クッキー。うん、美味しい。紅茶と良く合う。高いだけあるな……。

「相変わらず、いい味だな……だが、もっといい飲み方があるんだ」

ラーディスさんが立ち上がり、棚に向かう。棚から取り出したのは、オウルリバーの瓶。

「五年物何だがな、こうして……二、三滴ほど、紅茶に垂らす」

紅茶に、ウィスキーを垂らす──ウィスキーの香りが、漂ってくる。

「まだ陽は明るいが、まあいいだろう。試してみるといい」

そういって、ラーディスさんは俺の紅茶にオウルリバーを垂らす。

紅茶の薫りに、ウィスキーの香りが混じる……さて、一口。

おおう……いいな、これ。うん、いい飲み方を教えてもらったな。

いや、まてよ……こんな飲み方しているキャラクターいたな。誰だったか? あのキャラも、魔術師だとか言われていたっけか?

 

「うん。美味しいですね」

ウィスキーイン紅茶を啜る。クッキーも合うものだな……。

「気にいったようで何よりだ」

ラーディスさんも紅茶を啜り、クッキーを摘まむ。いい時間だ……。

帝都周囲のダンジョンの話を色々。帝都の依頼傾向や冒険者達の情報。帝都内のお薦めの店等── そろそろ、いい時間だ。おいとまするか。

 

「いつでも来てくれ。あと、私が冒険者活動する時は、冒険者ギルドにいるからな。城に出向く前に、まずギルドに顔を出すといい」

城門まで、見送りに来てくれたラーディスさんと別れ、馬車の停留所に向かう。

さて、この後の予定はどうするか。

そろそろ夕方になろうとしているが、宿に帰るには早い時間帯だ……まあ、取り合えず中央広場に向かうか。

 

中央広場で降りて、何となく露店に向かう。

夕方前なので、店仕舞いをしている店が目立つ。ロディックさんの店を探すと、まだやっているみたいだ。

「まだ、時間は大丈夫ですか?」

店先で煙管をふかしているロディックさんに声をかける。

「おう、クレイドル君か。大丈夫だよ。何か欲しいものでもあるのかね?」

嬉しそうに答えてくれるロディックさん。

「そろそろ寒くなるので、マフラーとか、防寒の品が欲しいんですよ」

ふむ、とロディックさんが煙管の灰を落とし、商品棚に向かう。

 

ロディックさんの店で購入したのは、マフラーと手袋。マフラーは西国の品で、機具を使わない手織りの物。流砂をモチーフとした独特の柄。

手袋は、表面は革仕様だが中は羽毛仕立ての品。

どちらも保温性、通気に優れた逸品との事。二つで、銀貨四枚……安いと思う。

即金で購入を決めた事に、ロディックさんは少し驚いていたが──「いいと思った物は、すぐ決めないと次は無いと教わったんです」

そういうと、ううむとロディックさんが唸った。

 

「いつでも来るといい。歓迎するよ」

ロディックさんが微笑む。年の功……といってもいい、何ともいい笑顔だった。



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第117話 “囀ずり亭(ソングバード)”とギョウサイさん

 

 

 

ロディックさんと、しばし世間話。メルデオさんとカリエラさんの弟子時代の話等を、色々と聞いた。

露店の片付けを終えた店員さん達に、声をかけられたロディックさんと別れる。

「いつも、ここに露店を出しているから、いつでも遊びにおいで」

荷台状になった露店を、店員さん達が引いて行く。ロディックさんは、のんびりとした歩調でその後を追って行った。

 

周囲を見回すと、ほとんどの露店は引き上げの準備を終えている。やがてこの広場も静かになるのだろう……さて、時刻は夕方。夜にはまだ早い時間だ。夕食はどうするかな。

ギルドに戻ったら、ミザリアスさんに捕まるだろうし……嫌なわけでは無いが、人目が、まあ、少々、気になるんだよな。一旦、宿に戻るか……。

 

ロディックさんの露店で買った、マフラーと手袋を部屋に置き、カウンターに座った。

「よう。お帰り」

「ええ、ただいまです。取り合えず、お茶をもらえますか?」

「おう。ちょっと待ってな」

アルガドさんが、カウンター内のキッチンに向かう。宿内の喧騒が心地いい……。

利用客の大半は、商人ぽいな。商談のような会話が、たまに聞こえてくる。

普段着に見えるが、おそらく冒険者らしい一団も多い。それらの喧騒を背に聞きながら、お茶が来るのを待つ。

 

「お待ちどう」

アルガドさんが、ティーセットを出してくれた。二杯分ほどのティーポット。いや、カップに注がれている分を合わせると、三杯分か。香草茶の薫りが、気持ちを穏やかにする……美味い。冬風にさらされた身に心地よく沁みる。

「夕食はどうする? 今日は鯵の揚げ焼きに青菜炒め。玉葱のスープだ」

鯵! そうか、帝都は港がある。新鮮な魚介類を普通に仕入れる事が出来るんだよな。うん、決まりだ。

「それを、お願いします。茶を飲んでからでいいですか?」

「おう、構わないぞ。パンか米、選べるが?」

いや……米一択だろう。マイ箸、出番だ!

「米でお願いします」

「よし、分かった。少し待ってな」

食いぎみに、米を主張した俺に苦笑を浮かべる、アルガドさん。いや、仕方ないですよ。

元来、俺は米の国の人間ですからね──納豆は憎んでいるが……。

鯵の揚げ物に、米か……うん、いいぞ。活力が湧いて来るな。

 

久しぶりに食べた魚の揚げ物、いや美味かった。揚げ物と米の親和性は、最高だ。甘酢ソースのようなタレが、何とも合っていた……。

「すいません。炭酸水下さい」

口内に残る油分を炭酸で流すのだ。それで食事は終了となる。

 

 

「いい酒場教えてくれませんか?」

炭酸水を飲み終え、アルガドさんに尋ねる。

「そう、だな……色々あるが、黒牛亭の向かいにある、“囀ずり亭(ソングバード)”を勧めておくか」

名前からすると、鶏肉メインだろうか。

「色々な酒を置いていてな、酒好きには堪えられない店だ。つまみも豊富だし、店名から分かるように、鳥料理を中心に扱っている。お勧めの店の一つだ」

なるほど。焼き鳥とかあるだろうか……。

「今日はそこに行ってみます。ご馳走さまでした」

夕食代、銅貨四枚をカウンターに置く。安い。

「おう。あまり飲み過ぎるなよ」

アルガドさんに手を振り、宿から出る。そういえば、朝陽食堂の大将から貰った食べ歩きメモを、あとで再確認するか……。

 

 

 

陽はとうに暮れ、もう夜。夜風が冷たくなってきた。本格的な冬が来るのも、間近だろう……。

(寒くなると、あちこち痛む人が増えるだろうねえ……商売繁盛になる季節だね)

コツ、コツリと太めの杖を手に、夜の道を歩む男性。

灰色のローブを纏った、頭を綺麗に剃り上げた、五十代の初老の男性。少し陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていた。しかし足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている──男性は、盲人だ。

 

按摩と鍼灸の腕に長けた、冒険者中級Bクラスのベテラン。盲人というハンデをものともしない、腕利き。帝都で暮らす者ならば、知らない者はいないほど、名を知られている人物。

最も、市民からしたら、按摩と鍼灸の腕を良く知られている。今も、揉み治療を終えて、帰路についている途中だった。

(一杯やって、宿に戻るかねえ……うん?)

前方からやって来る、妙な気配。視覚が無い代わりに得た、様々な感覚に響いて来た気配は──(人、でもなく……“魔”でも無い……何やら、業を感じるねえ……)

チキ……無意識に、杖の鯉口を軽く抜いていた。杖は、仕込み杖だ。

 

 

(うん? あの人……盲人みたいだな)

頭を綺麗に剃り上げている、灰色のローブを纏った初老の男性が、両目を閉じて杖をついて歩いている。

中肉中背の、五十代に見える初老の男性。陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていたが、足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている。

(何の危なげもない、雰囲気だな……)

足取りもしっかりとしていて、困っている様子も見えない。

のんびりとした歩調で歩く。囀ずり亭まで少しだ。灰色のローブを纏う人とすれ違う──「こんばんわ」

 

すれ違い様に、声をかけられた。反射的に挨拶を返す──「はい。こんばんわ」

チキ……と仕込み杖を納める。

(さて……どんな人だろうかねえ? 足取りからは、囀ずり亭に向かっているようだが……ううむ?)

人とともつかぬ、魔でもない……奇妙な“気”を感じさせる人物とのすれ違い。

(……また会う気がするねえ。今日の所は、宿で一杯やるかね)

ふむ。と頷き、初老の男は足取り軽く宿に向かって行く。

 

囀ずり亭に足を運ぶ。居酒屋の喧騒が心地いい。カウンター席……うん、空いているな。

「いらっしゃい。お一人、ですか……?」

早速、店員さんが声をかけて来た。

「あ、はい。一人だけど……カウンター席空いていますか?」

「はい、空いています! こちらにどうぞ!」

頬を赤く染めた店員さんが、カウンターの端の席に案内してくれた。

「ご、ご注文決まったなら、声をかけて下さい!」

ざっとメニューに目を通す……まずは、果実酒炭酸割り。つまみには、鶏皮葱炒めが目に入った。

「まずは、果実酒炭酸割りと、鶏皮葱炒めをお願いします」

鳥料理や串焼き各種も目に入ったが、最初はこんなところだろう。

「は、はい! 少しお待ち下さいね!」

店員さんが、厨房に駆け込んで行った。何ぞ?

 

 

「うん。美味い」

思わず口に出していた。鶏皮は、湯通ししているようで余分な脂が落ちている。葱は太葱で、鶏皮と同じ様に、少しの焦げ目が付いている。

味付けはシンプルに塩のみ。鶏皮と葱の歯触りがいい──炭酸割りを干し、改めてメニューに目を通す。

さて……やはり串焼きがあるな。鳥刺しもいいな。よし、まずは串焼き五本盛りに鳥刺しといこうか。

酒は、と……うん? 吟醸酒がある……そうか、米がある世界だからな。だが、ちょっと他の酒よりお高いな。銀貨一枚か。日本酒はあまり飲まないが……よし、久しぶりに飲むか。

常温。冷酒。熱燗か──熱燗と思ったが、ここは冷酒だな。

串焼き五本盛りに鳥刺し。そして吟醸酒の冷酒を注文。注文を取りに来た女性は、さっきと同じ人だった。なんか、髪と襟元が少し乱れているんだが……何ぞ?

 

再度、注文を取りに来た女性店員が、誰がクレイドルを接客するかの(男性含む)水面下の戦いを制した事を、クレイドルは知らない。最も、知ったところでという話だが。

ちなみに、店員達が大将に叱責される事になるのは当然だった。

 

 

囀ずり亭(ソングバード)”を後にする。もう少し飲もうかと思ったが、あまり遅くなるのもよくないし、それに夕食後だったので、それほど食べられないと思ったからだ。

串焼き五本盛りは、つくね、葱焼き(いかだ)、鶏皮、玉葱、ハツ──といった内容だった。

大将曰く「盛りはお得。内容はその日の食材次第」との事。鳥刺しは文句無く新鮮で、生姜たっぷりの辛めのソースが、とても合っていた……充分に満足だ。次来る時は、夕食兼飲みといくか。

 

 

「おう、早かったな。囀ずり亭に行ったか?」

「ただいま。はい、軽く食事と酒を頼みました。吟醸酒の冷酒が美味しかったですね。串焼きも良かったですが、あと鳥刺し。なかなかに良かったです」

「吟醸酒に鳥刺しか。合うんだよな。鳥刺しを出すのは、帝都では囀ずり亭と鶏源亭以外は、無いからな」

なるほど。前世でも、しっかりした店でしか出さないイメージがあるんだよな。やはり、鶏源亭はチェーン店っぽいな。

「ああ……そういえば、お前が出ていって少しして、ミザリアス──“姉”が来ていたぞ」

ううん? ミザリアスさんが? 何の用だったのか。

 

「何の用だったんです?」

「いや、夕食を一緒に取るつもりだったらしいが……約束してたのか?」

夕食の約束……してないが。というか、約束したのは必ず朝食は一緒に取る、との決め事があるくらいだ。

「いえ、朝食を一緒にという約束事は、決まっていますけど……すいません、炭酸水下さい」

おう、ちょっと待ちな。とアルガドさん。

 

改めて話を聞くと、単純にミザリアスさんが暴走気味にやって来たという事だった……人騒がせな。

「参ったぞ。何処に行ったか聞かれたが、行き先は聞かなかったと答えたら、睨まれたしな」

苦笑しながら、グラスを研くアルガドさん。

ほんと、申し訳ない……そういえば、囀ずり亭に向かう途中に会った、盲人さんの事を尋ねて見るか……。

 

「杖をついた盲人か。ギョウサイさんだな。中級Bランクの凄腕だ。と同時に、按摩治療と鍼灸治療の名手だよ。帝都の有名人さ」

凄腕の冒険者。按摩と鍼灸の名人……座頭市かな?

道ですれ違った時、一瞬だが微かな殺気を感じたんだよなあ……。

「俺も腰をやりかけた時に世話になったよ。針治療が、あんなに効くとは思わなかった」

明るく笑うアルガドさん。按摩か……機会があれば、試してみるかな?



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第118話 猫とクレイドルと そしてドワーフ

 

 

 

う……うん?──目を覚ますと、馴染みのある応接室だ。邪神、つまり俺の父上の応接間。

純白のテーブルクロスがかけられた、漆黒のテーブル──その上に御座るは猫。純白の猫だ。

いや……耳と尻尾の先端は金色。瞳は赤色。という事は……?

「主様でございます」

テーブルの横に、執事のデルモアさんが立っていた。丁寧に、一礼をしてくれる……「ええと?」

「分かりかねます。何しろ、主様のする事なので……」

「にゃーん」

純白の猫が鳴く。にゃーんではない。

 

デルモアさんが、ティーセットを用意してくれている……その間に、猫となった我が父上を見る。

テーブルに横たわり、「うにぃ~いぃぃ」と鳴きながら、背を伸ばしている。

でかいな。優に百センチは越えているぞ……。

ふあ、と一息付くと、我が父はてしてしと毛繕いを始めている。

「うなんな」

父上が鳴く。うなんな、ではない。

 

お茶の準備を終えたデルモアさんに、お茶を淹れてもらう……うん、いい薫りだな。

渋みの中に、甘い味わいのお茶……これ、ただの一級品じゃないな。

多少残っていた眠気がすっかり消えた。

目の前の父上は、ミルクの入った器に顔を突っ込んでいる。猫化した邪神の扱いに慣れているんだな、デルモアさん……。

「主様からの、贈り物がございます。どうぞ、お確かめを」

デルモアさんが差し出してきたのは、茨の装飾が施されている、少し細長い箱。どれ、と箱を開けると……箱の中には、茨状の鎖に、鮮血の様な色のルビーが繋がっているネックレス……。

呪物鑑定、発!動!──くそっ! やっぱりか!

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”──鮮血石に触れ、「血と苦痛茨となれ」と唱えると、茨が外殻となり全身を包む。茨の外殻は、状態異常と物理に耐性を持つ。

外殻の発動中は、常時痛みを伴う出血状態となり、出血の量によって身体強化がもたらされる(長期使用は危険)。

解除には「血と苦痛は去った」と唱えればいい──

 

ろくでも無いな……出血量に応じて、身体強化って、つまり「痛えよぉ~!!」状態になるって事か?! 長期使用は危険て……そりゃそうだろ!

まあ、いい……ちょっと気になる事がある。

呪物鑑定出来たという事は、これ(・・)が呪物である事は確実なんだが、今までの呪物のように、デメリットが無効化、もしくは反転していない……うーん。こういうパターンもあるのか。

 

「お気に召した様で、何よりでございます。お茶のお代わりをどうぞ」

デルモアさんがお茶を入れ換えてくれた。うん、美味い。気持ちがだいぶ、落ち着いた。まあ、この呪物は気に召してないが──「にゃあう」

ミルクを飲み終えた父上が、俺の前でちょこんと座り、俺を見上げている。

にゃあう、ではない──

 

 

カーテンの隙間から差し込む陽射しに、目が覚めた──朝か。早朝の魔力制御できなかったな。

朝食後にするか……ミザリアスさんが朝食にやって来る前に、顔を洗っておくかな。例のネックレスは箱ごと、机の上に乗っていたが、あえて見ないようにした。

 

下に降り、奥の二人掛けのテーブルに座る。朝食までは、少し早いのでお茶を頼んだ。

さて、帝都の今後の予定はどうするかな……正直、帝都観光を中心にしたいんだよな。

帝都美術博物館に、港区の貿易船。皇妃の庭園……等。二、三日では回れないほどの観光スポットがあるんだよなあ。

冒険者ギルドの依頼も、疎かに出来ないしな(最低、一週間に一度は依頼を受けないと、ペナルティ有り)まあ、これはどうとでもなる。

適当な常設依頼をこなせばいいのだ(清掃、薪割り。近隣の農村での収穫の補助等)。茶を啜りながら、ぼんやりとしていると……ミザリアスさんがやって来た。

 

今日の朝食は、ソーセージに目玉焼き。付け合わせは、青菜の塩茹で。チーズと丸パンに、玉葱のスープに酢漬け野菜。

「ええと、目玉焼きは固めでお願いします」

「私も、それで」

ミザリアスさんも、同じ注文。テーブル向かいに座り、機嫌良さそうで何よりだ……うん。

「あいよ。姉弟仲良く、いい事だ」

アルガドさんの言葉に、んふふー、と微笑むミザリアスさん。

正直言うと、何処に地雷があるのか分からないんだよな……我が姉は。

「昨日の夜は、何処に行っていたんですか?」

微笑みながら、圧を持って聞いて来た。もう、地雷を踏んでいたらしい……。

 

囀ずり亭(ソングバードてい)”に行った事を正直に話す。隠すような事じゃないしな。

だから、微笑みながらの無言のジト目は、止めて頂きたい。

食事をしながら、帝都での行動を話す。しばらくは観光。その合間に、常設依頼をこなしたいとミザリアスさんに告げる。

「常設依頼は本来、新入りや低ランクの人達が優先される事は知ってますよね?」

そうなんだよな。常設依頼は新入りが経験を積むためと、危険なく堅実に収入を得るためのもの何だよな。

冒険者ギルドと、初級冒険者の信頼にも繋がる依頼だ。疎かにしていいものではないのだ。

だが、その常設依頼を鼻で笑う初級冒険者達もいるんだよな……。

 

「常設依頼を受ける初級者がいない。でなければ、怪我をした冒険者が休養を兼ねて受ける事も、珍しくないですよ?」

お茶を啜りながら、ミザリアスさんが云う。

宿代を稼げる程度に、受けられる常設依頼を受けながら、しばらく過ごす事にするかな……。

「お姉ちゃんに任せて下さい! 適当な常設依頼を見繕って上げますから!」

むふう、と鼻息荒く張り切るミザリアスさん。

 

後でギルドに顔を見せると約束して、ミザリアスさんと宿で別れた。

夕食の約束を言い出してきたが、これを受けると今後に響くと思い(束縛の可能性を感じた)、やんわりと断った。

むう、とミザリアスさんは不満げだったが、公私混同はよくないと、説得できた……姉弟とはいえ、受付嬢が冒険者の贔屓はよくないからな。

我が姉と別れたあとはどうするか……一旦部屋に戻り、魔力制御だな。

 

 

魔力制御を終え、一服。開け放した窓に、煙管の煙が吸い込まれる様に消えていく──さて、午後の予定はどうするか。まずはギルドに顔を出し次いでに、常設依頼を見てみるか。

そういえば、帝都の観光パンフレット的な物はあるかな?

 

「冒険者ギルドに行って来ます」

「おう。行ってらっしゃい」

クレイドルを見送るアルガド。灰色のマントのフードを深く被っている、いつもの装い。一つ違うのは、革手袋をしている事だ。

(本格的に寒くなるのは、来週くらいかな)

出入り口からは、少し冷たい風が吹き付けて来る。

アルガドは風を感じながら、出入り口用の、仕切りのカーテンを取り付ける準備をする事にした。

 

冒険者ギルドに到着。冒険者達が談笑している声が、あちこちから聞こえる。心地いい喧騒──よく考えたら、知り合いの冒険者居ないんだよな……少し寂しい。

気を取り直して、ギルド内を見回すと、ミザリアスさんは見当たらなかった。

何故かホッとする俺がいる……さて、と。まだ朝方だからか、様々な依頼が貼り出されている。

早速、常設依頼に目を通す……待てよ? ある依頼が、目に入った。

 

討伐依頼──西街道沿いの外れに、コボルト数体の目撃情報。詳しい数は不明。至急の討伐求む。

コボルトリーダーが出現していた場合は、再度ギルドに報告。その場合でも報酬の支払い有り。

報酬額──金貨四枚。

 

これだな。常設依頼はまた次だ。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を試すいい機会だ。依頼書を取り、早速受注を──「ねえ、ちょっと」

声に振り返る。そこに居たのは、ドワーフ……女性だ。年齢は……分からない。

栗色の髪と髭。髪には、花を型どった髪飾り。三つ編みにされた髭には、花柄の装飾がなされた髭輪。髪飾りをしているという事は、女性だ。

 

金属で補強された、頑丈そうな肩当てに、胸鎧と籠手。バックラーを肩担ぎにしている。腰に下げているのは、バトルハンマー……。

「そのコボルト討伐。一人で受けるつもり?」

ドワーフらしい頑健そうな体格。女性らしい愛嬌のある容姿をしている。

「まあ……そのつもりだが?」

ふーん、とドワーフ女性は、俺を見上げる。何ぞ?

「その依頼、あたしと組まない?」

うん? この人もソロなのか?

「今、あたしのパーティーは休暇中なのよ。皆それぞれ、地元に戻っていてね。あたしは帝都生まれ帝都育ちだから、家でのんびりしているのに、飽きたって訳よ」

なるほどな……さて、悪い話じゃないな。帝都で冒険者の知り合いが出来るのは、嬉しいからな。

「よし、組もう。俺は“碧水の翼(へきすいのつばさ)”所属でね。俺のとこも、休暇中なんだよ」

へーえ。碧水の翼、ね。とドワーフ女性。

「俺は、クレイドル。よろしくな」

「クレイドル、ね。あたしはリリン。リリン・ウィンターヒル。ウィンターヒルは、屋号。貴族の姓名じゃないからね」

確か、ドワーフは屋号があり、姓名とは別なんだっけか。

「分かった。討伐準備をしてくるから、少し待っててくれ」

はいよー、とリリン。速やかに、冒険者ギルドから出る。

(さて、コボルト討伐か……)

 

フードの影で、己の瞳が赤く瞬いたのをクレイドルは知らない。



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第119話 コボルト討伐と茨の外殻のえげつなさ

 

 

さっき出掛けたばかりのクレイドルが、足早に戻って来た。

声をかけるまもなく、階段を上がって行く。かなり急ぎの様だが……何かあったか?

少しして、部屋から下りてきたクレイドルは、武装していた。黒鷲の兜、黒灰色のマントに赤闇色の鎧と籠手。ラウンドシールドを肩担ぎにして、金属製の黒い鞘をしたロングソードを帯剣している。

「クレイドル、気を付けてな」

クレイドルは、こちらを見ると軽く手を振り、宿から出ていった。

ふむ。とアルガドは頷き、グラスを磨き始めた。

 

 

急ぎ、冒険者ギルドに戻ると、我が姉上が揉めていた──リリンと……。

「数体のコボルト討伐なら、リリンさん一人で大丈夫でしょう。一人で行って下さい。弟を巻き込まないで下さい」

「ちゃんとした数は不明って事は、こうしてる間にも増えている可能性はあるんだよ? コボルトリーダー出ない内に、討伐しなきゃダメでしょ!」

「そうなったらそうなったで、戻って来たらいいじゃないですか。報酬は貰えるのですよ!」

 

アカン。これを仲裁しなければいけないのか?

「姉さん。この依頼持ちかけたのは、俺なんだよ。リリンは頼りになりそうだと思ったから、頼んだんだ」

嘘である。依頼を決めたのは俺ではあるが、リリンは自分と組んだらどうかと提案してきて、俺がそれに乗ったのだ……睨まれた。キッとした目付きのミザリアスさんに睨まれた。

「……クレイは、常設依頼を受けると私に言ったわよね。なのに、何で危険な討伐依頼を?」

ジト目止めて。さて……どう切り抜けるか?

 

「姉さん、これは必要な事なんだよ。この帝都で、俺が冒険者だと認めてもらうには、体を張らないといけない……そう思ったんだ。だから、この討伐依頼を許可してくれないか」

邪神の加護、発動! 無い事無い事云う邪神の加護。通用してくれ!

「そこまでいうなら、もう私は止めないけど……リリンさん! くれぐれも気をつけて下さいね!」

「う、うん……」

姉の剣幕に圧されたリリンが、頷く……通用したか、邪神の加護──なるべく、昼食までには帰って来るようにと、釘を刺されたが。

まあ、いい。コボルト討伐といくか。リーダーが出てなければいいがな……。

 

コボルトの目撃情報は西街道。西門から出て、街道沿いを歩く。

昼前の街道は、のんびりとした雰囲気だ。旅人や、行商人や農夫の、馬車やら荷台とすれ違う。

いくら平和に見えても、魔物や魔獣は湧く。一つズレたなら、血が流れる状況になってもおかしく無いんだよな……。

 

「目撃情報は、ここからさらに西ってなってるわね……あの林まで行って見ましょうか?」

リリンが指し示す先には、林が広がっている。

「そうだな。人目に付く所には、集まらないだろう」

人目に付けば、直ぐに討伐隊が向かって来る。という事くらいには頭が回るんだよな。コボルトやオークは。

「よし、こちらから出向くか。場合によっては奇襲を考えておこう」

あいよ、とリリン。投擲用の、ハンドアクスの出番はあるか?

 

 

放物線を描き、ハンドアクスが飛ぶ──こちらに背を向けているコボルトの頭部に、ハンドアクスが食い込む。

ほぼ同時に、倒れるコボルトの横にいるコボルトの首筋に、リリンの短刀が突き立った。

コボルトの集団は八体。その内二体を、奇襲にて屠った──「あと、六体! 一気に仕留めるよ!」

リリンの声。“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を試すいい機会だ──茨のネックレスに触れ、「血と苦痛茨となれ」とささやくと……瞬時にネックレスから、茨が生み出され全身を覆い始める。

鎧、籠手、兜の隙間から、茨が浸食してきた……茨の棘が、身体に食い込み……痛ってえぇぇ! この痛み、親不知が虫歯になった時の痛みと同じだ! それが、全身に広がって……痛えぇぇっ!

 

鎧の間からは、血が滲み出ている! 出血状態ってこういう事か!!

〈あっははは! それ起動したんだねえ! 流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)は、成長するよ! んふふっ、君の血と敵の血でね!〉

いかにも楽しげな邪神の声。成長?! これが成長したら、どうなる?!

ああっ、クソッ! さっさとこの痛みから開放されるには、コボルト連中を始末しないとな!

「死ねぇっ!!」

 

 

「おっと!」

コボルトの突き出してきた短槍を、バックラーで弾きながら、その胸元にバトルハンマーを叩き付ける──グシャリ、と骨が砕け肉が潰れる感触──即死の手応え。

もう一体のコボルトが、錆びたロングソードを振り上げるが、リリンはその頭部に“盾撃(シールドバッシュ)”を叩き込み、そのまま流れるような動きで、バトルハンマーをコボルトの頭部に叩き付ける──頭蓋が砕け、脳が潰れる感触──即死の手応え。

ドワーフの膂力での、打撃武器の一撃。並みの魔物、魔獣では到底耐えきれる訳も無い。

 

「さて、クレイドルはどう──「死ねぇ!!」」

クレイドルの様子を見ようとしたところ、絶叫のような雄叫びが聞こえた。

あまりにも異質な風景。出血状態のクレイドルが、全身を血塗れにしながら、コボルトを蹂躙していた──「痛ってええぇああぁっ!!」

もはや、雄叫びではなく悲鳴に、聞こえる。血塗れのクレイドルの姿に、リリンは鳥肌が立った。

(コボルトにやられた?! いや、違う……身体から、血が滲み出ているんだ!)

 

出血状態のクレイドルは、ひたすらコボルトを斬り付けている。

動く度にその身体から血が迸り、地面を血で濡らす──もはや、本人の血なのかコボルトの返り血なのか分からないまでに、クレイドルの身体は血塗れになっていた。

最後の一体の首を跳ね、クレイドルは即座に、“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を、解除する。

「血と苦痛は去った……」

解除と同時に、茨は消えていく。そして傷も消えていった……地面に膝を付くクレイドル。

「クレイドル、大丈夫?!」

地に膝を付き、肩で息をするクレイドルに駆け寄るリリン。

 

(なかなかの、効果だが……消耗が、ちと激しいな……初っぱなから使う、代物じゃないな)

出血状態は解除されたが、血の匂いは残っている。今の自分の姿は、どうなっているんだろうか?

「クレイドル、大丈夫?!」

リリンの声。随分焦った感じだ。それもそのはず。今の俺の状態は、全身血塗れの上に、膝を付いている。

失血で、軽く目眩がしている……貧血状態か?

「大丈夫……じゃないな。少し休ませてくれ」

「わ、分かった。コボルトの討伐証明はあたしが取るから、休んでて!」

リリンの言葉に甘えておこう……まずは浄化だな。血生臭くてうんざりする。

二度の浄化で、身体から血生臭さが消えた。干し果物を出し、食べる。

(街に戻ったら、肉料理だな……)

 

 

街に到着。念の為、もう一度浄化を使う。リリンがいうには、もう血の匂いは無いとの事だが、念の為だ。

ミザリアスさん──我が姉は、勘強いからな……。

「肉料理と言えば、何処か心当たりの店は?」

「なら、あそこだね。“豚と鶏亭”、かなあ」

“豚と鶏亭”か。確か、朝陽食堂の大将のメモにも書かれていたな。

安価で豚肉と鶏肉が食べられる店。前世でいうところの、焼き肉屋といった所か。

「でも、店が開くのは夕方からだから、まずは昼食かな」

「だな。さて、どこで食べるか……」

リリンの言葉に頷く。宿でもいいが、食事処にしたいな。

「取りあえずは、討伐依頼の報告が先だ」

ミザリアスさんに拗ねられると厄介だ。昼までに戻れと言われているからな……。

 

ギルドでの討伐依頼の報告。コボルトの討伐証明は、左耳ではなく尻尾となった(リリンが、コボルトの頭部を弾き飛ばしたのが原因)。

「はい……確かに、確認いたしました。少々、お待ち下さいね」

コボルトの尾を、トレーに乗せた受付嬢が下がっていく。

今だ身体は重く、頭はぼんやりとしている……貧血の症状だろうか?

早く、食事がしたい……肉だ、俺の身体は血肉を求めている。血を補給しないと……受付前で、深々と椅子に腰掛ける。

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の扱い方を、ちゃんと考えないとな──何か、眠たくなってきた。

リリンが、受付と何やら会話をしているのが見えた。幸いにも、ミザリアスさんの姿は見えない──少し、眠るか……血が流れすぎたからな。それにしても、疲れた……。




ロリドワーフの初出っていつなんだろうか?


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第120話 叱られクレイドルと“豚と鶏亭”

 

 

今、俺達は叱られている。何も悪い事してないのに。コボルト討伐をきちんと終えたのに──何故、こうなったか。

リリンが口を滑らせたからだ。

 

ギルドに入った瞬間、ミザリアスさんが足早に近付いて来て、怪我は無いか、大丈夫か、と色々聞いてきた。ここまではよかったが……。

リリンが──「何の危なげもなかったよ。ただ、クレイドルが全身血塗れになってて、驚いたけど」

リリンの話を聞いた瞬間、ミザリアスさんの目がくわっ、と見開かれた。

「血塗れ?! クレイ、どういう事ですか?!」

そのまま、俺とリリンの腕を掴み、カウンターを通り過ぎて、ギルド奥の個室に向かったのだ。

 

そして説教のお時間。何も悪い事してないのになあ……。

一通り、説教が終わって、ほっとした束の間……“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”に気付いたミザリアスさんが、眉を潜めてじっと見つめてくる。

「それ……呪物ですよね」

ミザリアスさんも分かるのか?

「うん……そうだけど。役に立ったよ?」

邪神の加護、発動しろ! 今が、その時だ! 我が姉を説得してくれ!

「こんな! こんな物を身に付けるなんて、姉として許せません!」

なぜか激昂し、テーブルを乗り越えて掴みかかって来る姉。邪神の加護、発動せず! 肝心な時に発動しないな!

 

「リリン! 人を、人を呼んでくれ!」

慌てて、部屋から出ていくリリン。

俺を押し倒し、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)をむしり取ろうとするミザリアスさん。

そうはさせじと抵抗する俺──なんだ、この状況。

というか、重い! とても人の体重じゃない──“神成人間(ゴッズマター)”と、ラーディスさんは云ってたな。ミザリアスさんは、自律型のゴーレムと……誰かー! 男の人、呼んでー! 誰かー!

 

「何をやっているのですか……あなた方は」

リリンが連れて来たのは、ギルドマスターのシュウヤさんだった。

今の俺の状況は、腕ひしぎに入ろうとするミザリアスさんに対して、手首を片方の手でロックして耐えている最中だ。俺の腕を折ってでも、奪いとる気が満々だ。

こんな事させないで! とはミザリアスさんの言い分だが、ぜひとも止めていただきたい!

 

「二人とも、止めなさい……ミザリアス君、その手を離しなさい」

ちなみに、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)は、しっかりと手のひらに握り込んでいる。

呆れたように、シュウヤさんが言う。その後ろにはリリンが立っているのだが、うつむき、肩を震わせている……笑っているな?

俺をこんな目に合わせた元凶が! 顎髭が揺れているのが、腹立つ!

 

 

「ふむ……呪物、ですか。クレイドル君、呪物が身体から離れない、でなければ、何らかの状態異状を感じるという事は?」

「いえ、無いですね。全く」

流血と苦痛の茨の外殻を、弄びながら答える。まあ、茨の外殻は出血状態になるが……。

ふうん、とシュウヤさんがソファにもたれ掛かる。その隣に座るは、我が姉、ミザリアスさん。機嫌斜めな様子だ……。

 

今は個室から、ギルドマスター室に移動している。

騒動の原因を聞かれ、それが呪物の使用にあると云う事を、シュウヤさんに話した。

「極……稀に、呪物に適性を持つ人がいますが、クレイドル君もそうだとはね。ふむ……」

何か考える様に、目を閉じるシュウヤさん。

俺の横では、リリンがお茶請けに出されたクッキーをパクついている。元凶が!

 

「周囲に、何らかの悪影響を与えるような呪物は、身に付ける事を禁止します。そして、クレイドル君が呪物に適性を持っている事は、ここだけの話ですよ……他言無用。副ギルドマスターのライザには、私から話します」

うむう、とミザリアスさんは不満げだが、ギルドマスターの決定には、さすがに異議を唱えられないか……。

「はいはーい」

とリリンが、軽い返事をする。本当に大丈夫なんだろうな?!

 

シュウヤさんとの話し合いを終え、改めて受付に行き、コボルト討伐の報酬を貰い、リリンと報酬を山分けした。

少し遅くなったが、昼食をどこで取るかと話していると、ミザリアスさんがやって来た。

「クレイ、呪物の事は一旦置いておきます! でも、お姉ちゃんはまだ、認めていませんからね!」

ぷんすか、と怒る我が姉だが、俺の腕を折ろうとしていた雰囲気は、もう感じられない。

「今から昼食を取りに行くんだけど、ミザリアスさんも、一緒にどう?」

髭についている、クッキーの欠片をはたき落としながらリリンがのんきに云う。

 

ミザリアスさんは、もう昼は済ませたそうで、残念がっていたが、正直ホッとした。

呪物についての説教が始まったら、たまらないからな……。

しぶしぶ、といった感じでミザリアスさんが受付に戻って行った。

「リリン、夕食は“豚と鶏亭”で肉を食うから、昼は軽めにしないか?」

出血による脱力感は治まってはいるが、やはり血肉の補給は必要だ。たらふく肉を食わないと。

「そうだね~、じゃ、屋台通りに行こうか。馴染みの、いいお店があるんだよ」

屋台通りか。朝陽食堂の大将メモにも、いくつかおすすめの店があったな。

「屋台か。よし行こう」

 

 

屋台通りに入ると、食欲を刺激する香りに包まれた。広い道路に上手くスペースを使って、屋台が立ち並んでいる。

猥雑さはあるが、その中に秩序を感じる……この雰囲気あれだ。いい居酒屋にある、自治作用てやつだ。騒がしいが、客が乱れたり、荒れたりしない店。

屋台通りは、そんな雰囲気に満たされている。

テーブルに着き、食事をしている衛兵達もちらほらいるのも、自治作用に一役かっているのだろうな……。

「クレイドル、こっちこっち」

先を行くリリンに着いていくと、他の屋台と比べ、キッチンカーぽい、少しオシャレな感じの屋台があった。

外に出ているメニューを見る。野菜を中心にしたサンドイッチ各種か……ふむ。軽く食べるには、いい感じだな。

「マリーさん、ちょっと遅いけど大丈夫?」

リリンが、屋台の奥に声をかける。

「ああ、リリンちゃん。大丈夫よ~」

うん? 何か、聞いた事のある口調……奥から現れたのは……おネエさんだった。

 

艶のある茶色の髪を高く結い上げ、薄化粧にパッチリとした目と、長い睫毛のおネエさん。四十半ばくらいだろうか?

白の長袖のシャツを袖捲りにした、エプロン姿の引き締まった身体付きの、おネエさん……この世界のおネエは、皆こんな体しているのか?

「軽く食べたいんだけど、何がある?」

「ん~ん、そうねえ。サンドイッチなら出来るわよ。ハムにベーコン、チーズにレタスってとこね」

「じゃ、ベーコンチーズのサンドイッチ。果実水もお願い」

俺は……うん。ハム、チーズにレタスかな。早速、注文を……おっと、ギルドから兜付けっぱなしだったな。

「ハムチーズレタスをお願いします。あと炭酸水を」

兜を脱ぎ、注文をする……おネエと目が合った。 少しの沈黙。そして……。

「ち、ちょっと! リリン、この子何?! な、なんなの?!」

おネエは、慌てて襟を正し髪繕いをすると、奥に引っ込んで行った。注文、通ったよな……?

 

「あ~、そうか。あたしはドワーフだからそうでもないけど、同じ人族ならクレイドルの容姿は、目に毒よねえ」

うんうん、と納得したように一人頷くリリン。

いや、エルフにも、ちょっとおかしくなった人いるんだよ……“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”のネエラミーナさんとかな……。

 

屋台前の、テーブル席に着いた。ちゃんと注文は通っていたらしく、五、六分ほどで、注文したサンドイッチが来た。ハムチーズレタスのサンドイッチ。

この世界でいう平パン。まあ、食パンだ。それをトーストにして、具を挟んで斜めにカットして二つに分けたサンドイッチ。

ハムとレタスが、はみ出ていて食べごたえありそうだ。

ざくり、と口にすると、最初にバターの薫りがした……うん、何の文句も無いサンドイッチ。美味いな。

ハムとチーズ、レタスの歯触りがとても良い。ハムの焼き加減もよく、少量のマスタードの風味が、サンドイッチをいい味わいにしている……それはそうと、さっきから、マリーさんの視線を感じているのだが……。

 

「うん。いいくらいの腹具合になったわ」

果実水を飲み終えた、リリンが腹を叩きながらいう。

「ごちそうさま。おいしかったです」

「んふふ~、ありがと。お姉さん嬉しいわ」

バチリ、と力強いウィンクを放ってくるマリーさん。

「改めて紹介するね。この人はマリエンヌさん。皆、マリーて呼んでるよ」

「初めまして、クレイドルといいます」

「クレイドル君ね。これから、ヨロシクね~」

マリエンヌさんの、握手に応じる……がっしりとした感触。この人、やっている(・・・・・)人だな。

「はあ~、白磁みたいな綺麗な肌……スベスベしてて……悔しいっ」

手の甲をなで回されたあげく、つねられた。解せぬ。

 

「マリーさんね、夕方になると屋台たたんで、繁華街のお店開けるのよ」

「そ。“虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭”自分でいうのも何だけど、いいお店よ~」

すごい店名だな……虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭か。覚えておこう。

「……ちょっとむさ苦しいけどね……」

リリンの微かな呟きが聞こえた。

「もうお店の子達が、開店準備してる頃合いだから、行くわね」

俺達が、マリエンヌさんと話している間に、屋台は店員さん達に片付けられていた。マリエンヌさんを呼ぶ声。その声に答え、俺達にいう。

「いつでもいいから、お店に来てね~。サービスするわよ~」

バチリ、と力強いウィンクを放ち、マリエンヌさんはひらりと身を翻し、店員さん達と合流しに行った。

「リリン、マリエンヌさん、何か体術やっているんじゃないか?」

「うん、確か……“柔心流”って言ってたね」

やはりか。何となく、城塞都市のミランダさんと似た雰囲気してたんだよな。

 

一旦宿に戻り、荷物を置いて着替え、冒険者ギルド前で待ち合わせる事にした。リリンは、実家に戻るそうだ。

よし、焼肉の時間だ……。

 

“豚と鶏亭”の場所は意外にも、住宅街の側だった。煙の苦情が来にくいような場所にある。

「意外だな。繁華街にあると思ってたんだが」

「うん、普通はそうだよね。この店は、一般の人達に、安価で美味しいお肉を食べて貰いたいから、こんな場所にあるんだって。だから家族連れも多いよ」

老舗らしい立派な建物。広さを感じる造りだ。

看板が、良い。看板に描かれているのは、デフォルメされた豚と鶏が踊っている絵。

「今の時間だったら、混んでないよ。入ろうか」

リリンが、ウキウキと引き戸を開け、入って行く……おお、肉を焼く薫りが、煙りとともに迎えてくれる……失った血をたっぷり補給させて貰うとするか。



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第121話 “豚と鶏亭”での血肉の晩餐

うおォン回とか。





 

 

「二名様、ご案内しまーす!」

店の中は、二つに区切られている様に見えた。

入って左側と右側の客層が、何となく違う様な気がする──「気付いた? 左側が、冒険者や衛兵さん達、んで右側が一般の人達だよ」

なるほどな。衛兵はともかく、冒険者連中は基本、荒くれのイメージがどうしても付きまとうからな……区別されているのは、悪い事じゃない。

まあ、もし冒険者が暴れても、衛兵か同業者がすぐ抑えるだろうし。

 

少し奥の、左側の二人テーブルに案内された。店内を見回す。煙りが立ち込めているかと思ったが、そうでも無い。

天井、壁に排気口があり、そこにほとんどの煙が吸い込まれている。

換気も万全か。住宅街近くにあるだけあるな。

「さーて、取りあえずは、果実水と豚バラ皿と鶏皿にしようか?」

リリンの言葉に、メニューを見てみる。極めてシンプルなメニューだ。

肉は四種、豚バラと豚トロに鶏肉、鶏皮──お値段、各皿銅貨三枚。安い。

飲み物は、果実水。果実水炭酸割り。香草茶。炭酸水。酒は無し。野菜は酢漬け野菜のみ──いいな。

「ああ。それでいい」

リリンが、早速店員を呼ぶ。

 

「七輪置きまーす。ご注文の品、少しお待ち下さいね」

店員がテーブル中央に、炭火の七輪を置く。七輪の上には網。おお……前世でよく行っていた、焼肉屋を思い出すな。

「よお、リリン。来てくれたのかい」

果実水を運んできたドワーフ。リリンと同じ、栗色の髪と髭。

髪は丁寧に撫で付けられ、波打つ顎髭には、黒金の髭輪。髪飾りがないから、男だな。

「うん。肉がたらふく食べたいって人、連れてきたよ」

ほおう、とドワーフ男性。俺をまじまじと見ると、腹を揺らして笑った。

「すげえ顔立ちしてんな。女の従業員には、相手させられねえな」

わっはっは、と豪快に笑う。髭も揺れる。

「この人、ここの店長であたしの叔父さんなのよ」

「おう。リリンの叔父の、バルガン・ウィンターヒルだ。よろしくな」

差し出される手を握り、握手をする。心強い感触だ。

「たっぷり食べていきな。おまけしてやるよ」

豪快に笑いながら、バルガンさんは厨房に戻って行った。

 

「お待たせしました。こちら、豚バラ皿と鶏皿です。少し焦げ目が付くまで焼いて下さいね」

店員が、豚バラ皿と鶏皿を テーブルに運んできた。

一皿に、肉六枚が乗っている。一人なら、二、三皿で充分な量だ。

そして、トング。うん、いいな。本格的な焼肉屋だ。

「塩と香辛料で、充分味は付いているけど、物足りなかったら、タレを追加するといいよー」

ほう、まずは塩という事か。

リリンが、豚バラと鶏肉をトングで摘まみ、バランスよく網の上に乗せていく……ここは、リリンに任せよう。

 

焼けた端から、食っていく。リリンが次々と肉を乗せていき、ある程度焼けた端から食っていく。焼くの上手いんだよな。

「ほらこっち焼けてるよ。すいませーん、注文お願いしまーす」

パクパクと、肉を口に放り込むように食べるリリン。俺も負けじと、肉を食べる。そろそろ、味変えるかな……甘辛タレにさっぱりダレ、か。酢漬け野菜も頼むか。

「おう、注文は?」

バルガンさん、直々に注文を聞きに来た。

「えーとね。豚トロに鶏皮。あと、果実水お代わりね。クレイドルは?」

「甘辛タレとさっぱりダレ、お願いします。果実水炭酸割りと、酢漬けも」

「……おう以上だな。網も取り換えさせよう」

のっしのし、とバルガンさんが厨房に戻る。

 

「豚トロ、いいくらいだよ。鶏皮は、もうちょっとかなー」

ひょい、と俺の取り皿に、焼けた豚トロを乗せてくるリリン。

リリンの焼いてくれた、豚トロの焼き加減は何とも応えられないものだった。

脂が落ちる直前まで焼き、中心まで火が通った状態──ミディアムレア、という感じだ。

うん、美味い。リリンも、焼けた豚トロをパクついている。

鶏皮が焼ける匂いが、何とも待ち遠しい。

「鶏皮、お待たせねー。さっぱりダレがお勧めだよ」

丁度いい感じに焦げ目が付いた鶏皮を、リリンのアドバイス通りに、さっぱりダレにくぐらせて、口に運ぶ……おお、柑橘系のタレか。鶏の脂と柑橘の薫りが、混じった味わい……。

「美味いな。うん」

「だよねー。口直しに、さっぱりダレは必要だよ」

鶏皮をさっぱりダレに付け、口の中に放り込むように食べるリリン。いい、食いっぷりだな。

よし、まだまだ食える。残った果実水炭酸割りを、ぐっ、と干す。

「すいませーん。注文お願いしまーす」

店員さんが来るまで、白菜の酢漬けを摘まんでいよう……美味いな。やや甘めなのがいい。

 

 

「四名だが、大丈夫か?」

「はい。大丈夫ですよー、奥の席になりますけどいいですか?」

「ああ、構わないよ。お前達もそれでいいな?」

構いません! 若い声が答える。

「四名様、奥テーブルに、ご案内しまーす! こちらへどうぞー」

 

甘辛タレに付けた豚バラを堪能していると、隣の席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

黒ずくめの四人組──その内の一人。長い黒髪を結い上げている男性。グランさんだ。

こんな場所で合うとはな……今は、暗黒騎士団同士の食事会か何かだろうか?。

話しかけるのは、遠慮するのが大人ってものだ。

 

──「クレイドル、ほら豚トロ焼けたよ。鶏肉はもう少しだねー」

ひょい、といい具合に焼けた豚トロを、俺の取り皿に分けるリリン……。

豚トロを、さっぱりダレに付け、口に運ぶ。豚トロにも合うな。皮鶏を甘辛タレにつけたら、どうだろうか?

やはり、合う。リリンの焼き方もいいんだよな。

鶏肉の焦げ具合。豚トロの焼き加減。真似できないな、これは……それにしても、ここに果実酒炭酸割りの一杯か、米でもあれば……。

まあ、贅沢か。美味い肉に会っては、ただ焼いて食うべし、と昔の人も歌っていたしな。

 

「クレイドル、あと二皿くらいいく?」

「うん、そうだな……豚トロと鶏肉いこう。あと、飲み物か」

腹八分ってとこにしておこう。

「すいませーん。注文、お願いしまーす!」

「おーう、ちょっと待ちなー!」

バルガンさんの声が聞こえた。

 

 

肉が来るまで、果実水と酢漬け野菜を口にしている。今日は若手連中に、たまには焼肉を奢るのもいいと思い、“豚と鶏亭”に連れてきた。

たらふく肉を食べられるのは、ここが最良だからな──うん? 聞いた声が、隣から聞こえた。

隣席に目をやると、ドワーフと向かい合い、肉を口に運んでいるクレイドルの姿があった。

(早速、知り合いが出来たか……ふむ)

「七輪起きまーす。お肉は直ぐに来ますから、少しお待ち下さいね」

炭火の七輪が、テーブルを明るくし、炭火の薫りが食欲を駆り立てる。

「今日は、たっぷり食べるといい。たまには、肉尽くしといこうか」

はい!、と若手達が嬉しそうにいう。

 

「お待たせしました。豚バラに豚トロ、鶏肉を二皿ずつですね」

七輪を囲む様に並べられる、肉皿。早速トングを取り、肉をバランスよく網に配置する。

早く焼ける豚バラを中心にして、少し時間がかかる鶏肉は、端に配置する。

「焼けるまで、酢漬け野菜を食べていろ」

今日は、若手達の食欲に付き合ってやるか……。

 

 

「すいませーん。お会計お願いしまーす」

リリンが店員を呼ぶ。まだ食べられるが、腹八分にしておくか……いや、たらふく食えた。

この後は、宿に帰ってゆっくりと寝るだけだな。

 

「おう。銀貨三枚ってとこだな」

直ぐにやって来た、バルガンさんが云う。うん? いくら何でも安くないか?

「叔父さん、ちょっと安くない?」

「言ったろ。おまけしてやるって。今日のとこは、酢漬け野菜と飲み物は、俺の奢りだ」

あっはっは、笑うバルガンさん……う~ん、今日のところは、甘えておくか。

「うん。今日のところは、ご馳走になっておくね」

「おう。リリン、いつでも来な。クレイドルと言ったな? 今後とも、よろしくな!」

豪快に笑うバルガンさんに、こちらこそよろしくと、挨拶を交わす。

 

 

いや、いい店だったな──“豚と鶏亭”。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)との、相性がいい店だ……血肉の補給を、充分にさせて貰ったな。今後とも、お世話になりそうだ……。

血肉を満たした後は、休息だ。たっぷり睡眠を取る事にしよう。

「リリン。明日は、休暇にするつもりだ。血を回復したい……」

店から出て、リリンに告げる。

「うん。そだねー。ゆっくり休みなよ」

リリンの言葉に、甘える事にした。

 

リリンは、わざわざ俺の宿まで送ってくれた。

「あたしいつもは、ギルドの喫茶室にいるから、いつでも来るといいよー」

「ああ、分かった」

じゃーねー、と手を振りながら、リリンは街並みに姿を消して行った。方向からして、家に帰るのだろう。

さて……俺はどうするか。時間はまだ早いんだよな。宿で一杯軽く飲んで、眠るか。

 

 

夜明けとともに、目が覚めた……昨日、血を補給した事で体の調子がいい。やはり、肉だな。肉を食わないと。

窓を開け、外気を取り入れる──心地いい風だが、冷たい。そうか、冬物買わないとな。

よし、魔力制御の時間だ。その後は、朝食まで一服といくか……。



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第122話 “虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭”と暗黒騎士

 

 

魔力制御を終え、食堂へ。いつもの奥のテーブル席に着き、お茶を飲みながら一服中。朝食まで、まだ時間はある。

ぷかり、と煙管を吹かす……そろそろ、葉煙草を補充しないとな。あとで、ロディックさんの店に行ってみるか。

 

「クレイドル、朝食はどうする?」

お茶のお代わりを持ってきてくれた、アルガドさん。

「今日の朝食は何です?」

「炙り魚と青菜の雑炊。玉葱と大根のサラダにゆで卵だな。それと、酢漬け野菜だ」

おお、ゆで卵か。久し振りだな。

「それで、お願いします」

注文を終えた矢先、我が姉。ミザリアスさんが宿にやって来た。

 

お茶を飲みながら、ミザリアスさんとしばしの世間話。しばらくは依頼を受けず、帝都を観光する事を話す。

その際、帝都の案内書的な物はないかと聞いたところ──「あれ? どこかで貰いませんでしたか?」

と言われた。あるのか、案内書……。

「冒険者ギルドにも置いていますし、商人ギルドにもありますよ。もちろん、無償です」

ニコリ、と笑うミルザリスさん。

あとで、冒険者ギルドに寄るついでに、貰うか……。

「じゃ、お姉ちゃんはギルドに行ってきます。また、あとでね」

明るく手を振りながら、我が姉は去って行った。

う~ん。このあとの予定は、どうするかな……ロディックさんの露店で煙草葉を探し、ロディックさんの息子さんが継いだ店。レドック商会だっけか? そこに、冬物を見に行くか……。

 

 

「今まで、何の煙草葉を使っていたんだい?」

煙管片手に、ロディックさんが聞いてくる。

「“深風”に“西砂”ですね」

「ふうむ。なかなかにいい煙草葉だな。初心者向けでありながら、馴染んだなら手放せない葉だよ……さて、何があったかな。ちょっと待っててくれ」

屋台裏に潜り込むロディックさん。

まだ朝早いにも関わらず、露店広場は賑わっている。冬間近の空気も関係無い、と云わんばかりの熱気だ。

とはいっても、本格的な冬も間近。人々はそれなりに着込んでいる。

 

「よし、これだ。“月光”と“朝日”」

差し出された二つの紙袋。月光に朝日か。

「月光は、口当たりは少し辛めなんだが、吐き出す時は、爽やかな味わいになる。朝日はその逆だね。試してみるかい?」

「ええ、ぜひ」

用意してくれたテーブルに、持ち歩いている煙草盆と煙管を出し、月光と朝日を試す……。

 

「じゃあ、この二つ下さい」

新しい煙草葉を手に入れる。二つとも、なかなかにいい味わいだった。

大人の味……という感じで、好きな味だ。

「ありがとな。銀貨一枚に銅貨六枚だね」

一つ、銅貨八枚か。手頃だな。銀貨二枚を出し、ロディックさんから釣りを受け取る。それから、少しの世間話。

「レドック商会で、冬物を少し買おうと思っているんです」

「もう冬が近いからね。上着の一、二枚はあったほうがいい。帝都は北寄りで海沿いだから、北風が強いよ」

ロディックさんが、ぷかりと煙管を吹かす。

 

ロディックさんと別れ、露店広場が中央広場に出る。さて、どうするか。このまま、レドック商会に行くか、昼前に小腹を満たすか……いや、小腹を満たすには、まだ早い。

レドック商会に行ってみようか。厚着より、上着がいいな。

なら、コートだ。帝都の冬はなかなかに寒いらしいからな。

 

 

改めて、レドック商会の前に立つと、なかなかの店構え。外観から察するに、三階建てで、奥行きがある造りになっている様に見える。

一、二階は店だろうな。三階は、事務所らしい──店の前には、大きな黒い看板に銀文字で、レドック商会と記されている。

黒看板に銀文字は、流儀なのだろうな……よし、入るか──店内は、市民。冒険者。お供を連れた、着飾った貴族。様々な客層からは、独特の喧騒を感じる。

いいな、この雰囲気。さて……衣類コーナーはどこだ?

「何か、お探しですか?」

店内を見回していると、声をかけられた。二十歳半ばくらいの、清楚な感じの女性の店員さん。目が合うと、少し驚いた様な顔をした……何ぞ?

「冬物の衣服を、探しているんです」

なら、こちらへどうぞと案内される──いいコートがあればいいが……さて。

 

一瞬、女性服売場に案内されかけるハプニングが起きたが、紳士服売場に無事到着。

「気になる物があれば、お声がけ下さい」

仄かに顔を赤らめながら、下がっていく店員さん。

なるほどな、客と距離を取る店か。落ち着いて見て回る事が出来るな……まずは、上着から見てみるか。

パーカーにジャケット。ハーフコート、ロングコート、か。お手ごろ価格から、それなりのお値段がする物まで色々だな……ふむ。

色々あるが……無地の物は好きじゃない。といって、ワンポイントのロゴ付きもなあ。デザインは良いんだが、無地の物がほとんどだ。

 

それなりのお値段がする品を、見てみると──最低でも、銀貨クラス。金貨クラスもざらにある。品質は良さそうだな……っと。ワインレッド色をしたレザーのロングコート発見。無地ではあるが、なかなかいいな。

お値段、金貨二枚──普通に考えて、お高い部類に入るだろうが、色とデザインが気に入った。ちょっと保留しておこう。

他には……おう、これもいいな。レザーではないが、朱色のハーフコート。シックな花模様が綺麗だな……ううむ。金額は、金貨一枚に銀貨二枚か──よし、買うか。ここで決めないと、この品には巡り会えないだろうからな。

 

購入したのは、ワインレッドのロングコートと、シックな花模様柄のハーフコート。

支払いは、冒険者ギルドのカードで済ませた。口座の支払い額と、残高が記された領収書を受け取る。カード払いは、初めてだな。

便利ではあるが、ほどほどにしないとな……残高の多さに、少々驚いた。結構貯め込んでたものだな……。

「ご利用、ありがとうございます。またのお越しを、お待ちしています」

案内から、支払いまで世話になった店員さんに、頭を下げられた。

 

「ああ、いえ。こちらこそ、お世話になりました。頭を上げて下さい」

店員さんの手を取り、頭を上げさせる……邪神の加護、発動か! 油断ならんな!

「あ……あ、ありがとうございます!」

店員さんの目が潤んで、顔が真っ赤になっている……何故、お礼を?!

 

取り合えず宿に戻り、荷物を置く事にする。

冒険者ギルドで、帝都の案内パンフレットを貰い、それから……お昼にするか?

 

宿に戻ると、カウンターに黒ずくめの男がいた……シャツ。ベルト。ズボン。靴も。漆黒の髪を結い上げている──グランさんだ。

カウンター内で、グラスを磨いているアルガドさんが、俺に気付いた。

「グラン、待ち人が来たぜ」

アルガドさんの言葉に、グランさんがこちらを向き、笑みを浮かべて、手を上げる。

久し振り……というほどでも、無いか。“豚と鶏亭”で見かけたからな。

「荷物を置いてくるので、少し待ってて下さい」

 

「どうしたんです?」

何か急用でもあるのかと、訊ねてみる。

「いや、大した事ではない。夜にでも飲みに行かないかと思ってな」

お茶を啜る、グランさん。ふむ、飲みの誘いか。

「構いませんよ。ちょっと気になる店を聞いたので、そこに行ってみたいんですけど?」

虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭”だ。グランさんに、そう告げる。

「ああ、あの店か。いい店だが、少々クセがある店だ……いい店だぞ?」

うん? 妙に云い淀むな……まあ、いい店というなら、行ってみたいな。

夕方、ギルド前で待ち合わせという事で、グランさんと別れた。

 

「クレイドル、そろそろ昼食だが、どうする?」

おう、もうそんな時間か。よし、昼食後に冒険者ギルドに出向くとするか……。

「昼食は、何ですか?」

「ベーコンと目玉焼き。玉葱とキャベツのスープに、丸パンにチーズ。酢漬け野菜だな」

「それで、お願いします。ベーコンと目玉焼きは、固めで」

あいよ、とアルガドさん。ベーコンは、端々にちょいと焦げ目が付くくらいがいいんだよな……目玉焼きは、基本は固め派だ。

 

昼食を終えた後は、冒険者ギルドに出向くとするか……帝都の案内パンフレットを手に入れる事にしよう。

 

 

昼間のギルドは、少し閑散としている。朝方依頼を受けた冒険者が戻って来るのは、大抵昼過ぎから夕方。今の時間は、職員も暇な時間だろう。

「クレイドル君、依頼ですか?」

受付カウンターの奥から、書類を手にしたギルドマスターのシュウヤさんがやって来た。

「ああ、いえ。帝都の案内パンフレットを貰いに来たんですよ」

ふむ、なるほど、とシュウヤさん。カウンターに書類を置き、カウンターテーブル内から、一冊の冊子を取り出し、カウンターに置いた。

表紙に、『帝都観光案内』と書かれ、帝都城のイラストが描かれている。

「基本的な施設や、観光名所の紹介と説明。そして簡略な地図も載っています」

 

パラパラとめくり、軽く目を通す。結構な情報量がありそうだな。

「お勧めの観光名所ありますか?」

「ふむ。やはり、帝都美術博物館ですね。後は、皇妃の庭園もお勧めです」

帝都美術博物館か。グランさんからも勧められたな。二、三日でも回りきれないとか。

「分かりました。しばらくは、帝都観光を楽しみます」

「早く、帝都に慣れるといいですね」

シュウヤさんが微笑む。それから少し世間話。

帝都の、冒険者ギルドの依頼傾向や、名の知れた冒険者達の事など。

ミザリアス君は奥の資料室にいるが、呼ぼうか? と聞かれたが、用がありますので、とやんわり断り、ギルドから出た。

 

さて。約束の時間まで、まだ時間はある……宿に戻って、少し昼寝でもするか。

 

 

コンコン、とノックの音……ん、もう夕方か。

夕方に起こしてくれと、頼んでいたんだっけな。

「どうぞ」

声をかけると、従業員が入って来た。

「お目覚めですか。何かご入り用のものはありますか?」

そうだな。お湯を貰うかな……。

「お湯を下さい。それと、人が訪ねて来てますか?」

「いえ、誰もいらしていません。お湯は直ぐお持ちしますね」

一礼し、従業員さんが出ていく。さて、寝起きの一服といくか……。

 

「これ、少ないですけど」

お湯を持って来てくれた従業員さんに、チップを渡す。銅貨五枚……ルーリエちゃん思い出すな。

少々困った顔をしたが、受け取ってくれた。は、いいが、邪神の加護が地味に発動しやがった。

従業員さんの手を取り、銅貨を握らせる。そして、手を握りしめる……「あの……」

十代後半ほどの可愛い系の女性従業員。嬉しい様な、恥ずかしがっている様な、複雑な表情。

邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!

 

 

お湯で顔を洗い、下に降りる。さて、そろそろグランさんが来るだろうな。カウンター座り、炭酸水を頼む。

「おう、ちっと待ちな。店のもんに、チップありがとな……ちょっとおかしくなってたがな」

ニヤリと笑いながら、アルガドさんが炭酸水を出してきた。邪神です。邪神のせいなんです。

 

「遅かったか?」

グランさんが、隣に座る。炭酸水を飲み終えたと同時だった。

「いえ。待っていませんよ。もう行きますか?」

「ああ、ちょうどいい時間だ。行くか」

早速立ち上がるグランさん。よし、行こう。

虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭か。さてどんな店か……。



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第123話 鍛練は裏切らず そして王子様

 

 

繁華街を、グランさんと進む。黒牛亭、囀ずり亭(ソングバード)を通り過ぎる。

「言っておくが、いい店ではある。それは確かだ。さっきも云ったが、少々クセが強い店なんだ」

クセが強い店か……あのマリエンヌさんの店だというからな。さて、どんな店だろうか?

 

店に、到着──向かい合う虎と龍の大看板が、店先に掲げられている。

朱色を主にした店は、武術の道場然とした雰囲気を漂わせている。

「酒場ですよね?」

思わず、グランさんに尋ねる。店内から聞こえる喧騒は、道場稽古をしている様に聞こえるんだが……吩! 哈!(ふん はっ)とか聞こえてきそうだ。

「もちろんだ。云ったろ? クセがあると」

苦笑しながら、グランさんが云う。

「さ、入るか。基本、肉料理がメインで、揚げ物は一切無いからな」

揚げ物無し、か。何となく、店のコンセプトが分かった気がする……先を行くグランさんのあとを追う。

 

「二名だ。奥のテーブル席、空いているか?」

手慣れた感じで、グランさんが店員に告げる。

「はい、大丈夫ですよー。二名様、奥テーブルにご案内~」

女性の店員さんが、通してくれた……うん。色々ツッコミ所はあるが、今はスルーだ。

男性の店員さんに、奥テーブルに案内され、席に着く……スルーだ。

「まずは、一杯といったところだな」

メニューをめくるグランさん。さて、飲み物はどうするか……まあ、いつも通りに果実酒系だな。

料理メニューなんだが、グランさんのいった通り、肉メイン。それも、鶏肉中心だ。

鶏ささみの塩茹で甘辛ソースがけに始まり、ささみと青菜の炒めもの。ささみと根菜の煮込みなど──なるほどな、虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭は、“筋肉は裏切らない”。をコンセプトにしている店なんだな。

 

飲み物を先に注文する──うん。ツッコミ所は、店員の服装、そして体付きだ。

タンクトップ姿のムキムキマッチョ。スリムなマッチョ。 女性、男性問わずの筋肉質な店員さんが、店内を行き交っている……正直いって、むさ苦しい。そういえば、リリンもそう言ってたな。

「あら~、グランちゃん、お久し振りね~」

マリエンヌさんだ。グランさんと顔見知りなのか?

「今日は、友人を連れて来ているんですよ」

グランさんが、俺をマリエンヌさんに紹介する。いや、知っているからな……。

「知っているわよ~。んふふ、王子様~」

バチリ、とウィンクを飛ばして来るマリエンヌさん……王子様? 何ぞ?

 

果実酒をロック。ポテトサラダに、ベーコンサラダを頼む。グランさんは、オウルリバーの炭酸割りに、鶏むね肉野菜炒め。

「なかなかに、凄いとこだろ?」

グランさんの云う通り、想像以上の酒場だ。

店員皆、男女問わずタンクトップ姿の筋肉質。これ見よがしの腹筋が、普通じゃない……。

シックスパックどころではなく、いくつに割れているか、わからんくらいに割れている店員……正直、キモい。

だが口にはすまい。こういう人らの中には、かなり繊細な人もいるらしいからな……だが、思うだけならタダだ。

 

最初に運ばれてきた酒で乾杯をする。

「大いなる父君に」

「覇王公に」

互いに笑い、杯に口を付ける。運ばれてきたポテトサラダに箸を伸ばし、一口。こういうのでいいんだよ的な、シンプルな味……マヨネーズあるんだな。

「うん、美味いな。スパイスがよく効いている」

グランさんも気に入ったようだ。

「そういえば少し前に、“豚と鶏亭”にいたろ?」

ベーコンサラダを摘まみながら、グランさんが尋ねてくる。ああ、あの時か……。

「声をかけようかと思ったんですが、他の騎士団の人達と一緒だと見たので、声をかけませんでした」

カリカリではなく、サッと軽く炙ったベーコンを口に運ぶ。

たまには、柔らかなベーコンも悪くないな。野菜は、刻みキャベツと玉葱。

甘酢のドレッシングが、たっぷりとかけ回されている。シャキッとした歯触りが、気持ちいい。

「あの時一緒だったのは、騎士団の見習いでな、たまにはたらふく肉を食わせてやろうと思ったんだ」

グランさんが杯を干し、店員を呼ぶ。

 

鶏むね肉野菜炒めを運んで来た店員さんに、酒を頼む。果実酒炭酸割りと、オウルリバーのロック。

食事の追加はあとだな……まずは、鶏むね肉を摘まむ。しっとりとした歯触り。

味付けは多分、シンプルに塩と香辛料だろうな。肉も野菜も、ちゃんと味が付いている……塩と香辛料の味付け。

ふと思ったのは、油少な目に調理している感じがした。

「お酒、お待ちどうさま~」

マリエンヌさん事、マリーさんが直々に酒を運んで来た。

「ど~お、このお店気に入った~?」

力強いウィンクをしながら、マリーさんが問うて来た……まあ、正直に。

「まだ、分かりませんね」

きっぱりと云う。料理はいい感じだが、店の雰囲気に対しては、熱気に溢れている事以外には、いまいち分からん。

マッチョがむさ苦しい……そういったら、多分マリーさんは傷付くだろうな。

いや、そうでもないか。そこら辺は図太そうだしな。

 

「んふふ~、まあ人それぞれよね~。じゃ、ゆっくりしていってね。王子様」

だから、王子って何ぞ? 手を振り、去って行くマリエンヌさん。

「ふふん。気に入られたな」

旺盛な食欲を見せながら、グランさんがいう。

まったく、おネエと縁でもあるのか……ベーコンサラダを片付けてしまおう。追加の注文は何にするかね。

「豚と鶏亭で一緒にいたドワーフは?」

むね肉野菜炒めを平らげ、杯を口に運ぶグランさん。

「ああ、一時的に組んでいるんです。彼女のパーティーも休暇中で、彼女は暇なので俺に声をかけてきたんですよ」

果実酒炭酸割りを飲み終える。料理と一緒に、酒も頼むか。

「なるほどな。女性だったのか。ドワーフは、ぱっと見では分からんな」

グランさんが、店員を呼ぶ。パッツンボブカットの、タンクトップの店員さんがやって来る……。

 

パッツンボブカットのお姉さん(おネエさんでは無い)にも、王子と言われた。

「……ふふっ」

そして、グランさんに笑われた。何笑とんじゃ……まあ、いい。

店に入った時から気になっていたんだが、店の中に飾られている額縁……。

『健全たる肉体に頑健たる魂は宿る』

『剛よく柔を断ち柔よく剛を制す』

道場酒場かな? 掛け軸も気になるな。

「まずは、お酒と酢漬け野菜、お待ち~。お料理はちょっと、待っててね~」

マリエンヌさんが、酒と酢漬け野菜を運んで来た。

そういえば、マリエンヌさんに聞きたい事があったんだ。

「マリエンヌさん、ミランダさんって知ってます?」

あら。といった感じのマリエンヌさん。酒と酢漬け野菜をテーブルに置き、席に着く。

 

「もちろん。“柔心流”の姉弟子よ~」

ちょっとツッコミ所があるが、スルーしよう。姉さんの事、知っているの~? とマリエンヌさん。

城塞都市でお世話になった事、オーガの拳亭は、いい店だった事──「体術の稽古をつけてもらった時、地面に叩き付けられ、脳震盪で失神させられました」

オウルリバー炭酸割りを喉に流す。

炭酸の喉ごしと、オウルリバーの香りが何ともいえない美味さを感じさせる。

「ち、ちょっと、脳震盪って何? 何があったの!?」

マリエンヌさんに、脳震盪の経緯をかいつまんで話す。はあ~、とマリエンヌさんのため息。

「姉さんはね~、腕力が尋常じゃないからね~。災難だったわね」

やれやれ、といった感じでいう。獣王の下りは話さなかった。

 

ちょうど、料理が運ばれて来た。

手羽先と白菜煮込み。鶏つみれと、根菜のシチュー。鶏肉中心のメニューだ。

手羽先は、揚げがよかったな……手羽先を手に取り、身をそぐ様に食べる。

美味い。煮込まれた手羽先に、味が染み込んでいる。

取り皿に、骨を置く。いくらでも、食べられる味だ……「手羽先煮込みか。うん、いい味だ」

グランさんも気に入ったか。よし、シチューを味わおうか。

「食事を思う存分楽しんでね~王子様~」

厨房へと戻って行くマリエンヌさんの、王子様発言は無視だ。さて、シチューのお味は、と……美味い。

鶏ガラの出汁が染み込んだ鶏つみれに、根菜の歯触りと味わいが、シチューの味を引き立てる……。

「食事はこんな所か?」

紙ナプキンで、上品に口元を拭うグランさん。

「そうですね……あとは、もう少し飲みましょうか」

店を変える事も考えたが、面倒だな。

「そうするか。何か適当につまみを頼もう」

注文を頼むグランさん。 さて、何にしよう?

 

チーズ盛り合わせにトマトスライスと、無難なつまみ。グランさんは黒ワイン。俺は、オウルリバーのロック。

グランさんに近況を聞く。しばらく騎士団から離れていたので、書類仕事が多くて面倒らしい。

「それが済んだら、ある程度暇になるな」

黒ワインを口にするグランさん。

「冒険者活動は出来るんですか?」

チーズをつまむ。減塩か? 小癪な。不味くはないけど、ちと物足りないな。

「ん~、どうかな。見習いの面倒をみないといけないからな」

黒ワインを干すグランさん。“豚と鶏亭”の事といい、面倒見いいんだなグランさん。

 

休暇中は、帝都観光を中心に過ごすとグランさんに告げる。

「名所巡りか、見る所は多いからな。騎士団や兵士の訓練も見学してみるといい。なかなか見ごたえあるぞ」

実戦形式の訓練を行う際には、市民の見学が許されているそうだ。

 

「そろそろ、引き上げるか。明日は早いからな」

「いい時間ですね。行きましょうか」

ほろ酔いが、一番だ。よく眠れるからな。店員さんを呼び、会計を頼む。

 

「今日はありがとね~。また来てね、王子様」

バチリ、と力強いウィンクを放つ、マリエンヌさん。ふふっ、とグランさんの笑い声。

笑え、笑うがいいさ……何だ、王子様って。



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第124話 ムカデ討伐 クレイドル フルスロットル!!! 3rd

 

 

少し寝過ごしたか……外は白み始めている。とはいえ、魔力制御に遅すぎる事はない……そのあとに一服かな。

窓を開け、外気を取り入れる。冷気が、身を引き締めた──「よっし」

 

階下に降り、いつもの奥テーブル席に着く。朝食はそろそろだろうな……っと、我が姉、ミザリアスさんがやって来た。

「おはよう、クレイ」

ニコニコと機嫌良さそうで何よりだ。ミザリアスさんが、席に着くのを見たアルガドさんが来た。

「よう、お二人さん。朝食は?」

今日のメニューは、豚肉と豆のトマトシチューに丸パン。チーズと酢漬け野菜。との事。

おお、シチューか。寒くなってきたしな。早速注文する。

 

「今日は、少し忙しくなりそうですよ?」

ミザリアスさんは、器に残ったシチューを、割った丸パンで拭いながら言った。

いい食べ方だな。俺もそれに習う……忙しくなるとは?

甲殻ムカデ(メイルセンチピード)の、大量出現が報告されたんです」

うええ……マジか、ムカデかあ~。分類的には節足動物だったっけか? 討伐に駆り出されないよな?

「初級のCランク以上は、ギルドから声がかかりますよ。受ければ、昇格の機会に繋がりますからね?」

口元を紙ナプキンで拭いながら、ミザリアスさんが笑顔でいう。

あ、駄目だ。これ推薦される感じだ。

「中級に昇格出来る機会ですよ? 最近組んだリリンさんと行動すれば、危険は半減すると思いますよ?」

 

ミザリアスさんに、引きずられる様に冒険者ギルドに到着。ギルド内はかなり賑わっている。

──甲殻ムカデか。厄介だな──冬の風物詩とはいえ、面倒だ──色々聞こえてくる……ムカデ出現は、風物詩なのか?

ギルドマスターのシュウヤさんが、二階の踊場から冒険者達に告げる。

「すでに聞いているでしょうが、明け方前に衛兵から報告がありました。甲殻ムカデの群れが、湧いて出たと。速やかに討伐しなければいけません。初級のCランク以上は、是非参加して頂きたい。報酬は帝都から出ます」

おおう……冒険者達から、感嘆の声が上がる。高額な報酬が約束されたようなものだからな……くいくい、と袖を引かれ、振り返る。武装したリリンだ。

「行くよね?」

愛嬌を見せながら、聞いてくるリリン。う~ん……仕方ない。ミザリアスさんの手前もあるからな。

「ああ、装備を整えてくる。討伐申請を頼む」

はいはーい、とリリン。甲殻ムカデ(メイルセンチピード)ね……武器は、外殼を叩き潰しやすいバトルアクスだな。

 

武装を整え、“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を首に下げる。

使う機会が無いといいがな……はあ、ムカデかあ~。まあ、仕方ない。

「おう、クレイドル。気を付けてな」

「はい。昼食は、魚でお願いします」

フェイスガードを引き下ろし、アルガドさんに頼む。

「いい魚を仕入れておくぜ。楽しみにしてな」

アルガドさんに手を振り、宿から出る。

 

ギルド内は、冒険者達の熱気に溢れている。開け放した出入り口から流れてくる冷たい風を跳ね返すほどだ。

「監視中の衛兵からの報告によると、甲殻ムカデは帝都南の、丘の向こう側の林から湧いているとの事です」

シュウヤさんが踊場から、現状報告をする。

「数は多数。丘を越えられれば、街道に降りて来て付近の村、そして帝都間近まで迫って来るでしょう。その前に、殲滅して下さい。南門の周囲と、街道沿いには衛兵を配置するそうです。あなた達を通り抜けた甲殻ムカデは、衛兵に任せて下さい」

皆、真剣に耳を傾けている。シュウヤさんに口を挟む者はいない。

それだけ、信頼されているんだろうな。

 

初級のDランク含む以下は、ギルドで待機。後方支援だ。

副ギルドマスターのライザさんの指示を受け、職員と共に綺麗な布と回復ポーションの準備をしている。お、あの四人組……確か、“切り裂きの鋼(スティールオブスライシング)”だったか。 少々、ぎこちないが、他の初級冒険者達と忙しなく働いている。

 

 

「では、皆さん。くれぐれも気を付けて。無茶はしないように」

静かに通る声で、俺達に告げるシュウヤさん。

「帰ったら、宴会です」

シュウヤさんが、微笑みながら云う。

よおおっし! と誰かが叫び、それが広がる。やがて、皆がギルドから悠々と出ていく。その数、二十名ほど。

「クレイ」

ミザリアスさんに声をかけられた。機嫌良さそうに微笑んでいるが、圧を感じる……何ぞ?

「無茶は駄目ですよ……リリン、クレイの事お願いね」

ニコリと、リリンに圧をかける我が姉。リリンが引きつった笑みで、コクコクと頷いている。

 

 

他の冒険者達に混じり、南門を通り抜けて街道を移動する──「冒険者だな? 俺達衛兵は、ここで待機だ。抜けて来たムカデは、俺達に任せてくれ」

街道沿いに展開している衛兵が、先頭を行く冒険者に言った。

「あの人ね、あたし達のまとめ役のレイナルドさん。若手の有望株で中級のBランク、獅子族の凄腕よ」

大剣を背に下げた、重装姿。がっしりとした筋肉質の、猫科の猛獣のしなやかさが見て取れる肉体。

獅子族か……城塞都市のリネエラさんを思い出すな。

 

「了解した。背後は、頼む」

衛兵に目礼をする、レイナルドさん。何か、武人っぽいな。

レイナルドさんを先頭に進む俺達。

「誰か、丘向こうの斥候を、頼めないか?」

背後を振り向き、レイナルドさんが言う。速やかに、二名の冒険者が丘に向かって駆け出して行った──さすがだな。レイナルドさん、統率に優れているんだろうな……。

進むにつれ、冒険者達の緊張感が高まってきたのか、無口になっている。

 

斥候が、戻ってきた。手短にレイナルドさんに報告をする。

「今のところ、数は数十ってとこね。あんまり、進んでないわ。林の前でゴチャゴチャしてる感じね」

軽装の、狼族の女性が云う。次いで、同じく軽装の人族の男性が云った。

「魔術で、一まとめに数を減らすのも、有効だと思う……火属性以外でな」

ふうん、と考える素振りを見せる、レイナルドさん。

 

「火属性は、問題あるのか?」

隣にいるリリンに尋ねる。

「ん~、有効何だけどね、昆虫系は火が付くと暴れるのよ。近くに林があるなら、悪手なの」

なるほどな。ならば、火属性以外の魔術を行使しないといけないって事か……面倒くさいな。

虫相手に、色々考える必要あるか? しらみっ潰しにすればいいだろうが……面倒だ。

「ちょっと、クレイドル!?」

虫だろう? いちいち作戦立てなんか必要ないだろうが──叩き潰せばいいんだよ。

声が聞こえる。誰の声だ? どうでもいい──殺すしかない。虫は……しらみっ潰しだ!

 

丘向こうに降りて撃退する者と、丘の上で迎え撃つ者の二班に分け、撃退する事に決めた。

魔術師は後方に配置──火属性は、極力使用しない事。そう決めて、冒険者達に告げようとしたところ……「ちょっと、クレイドル!?」

うん!? バトルアクスを背負った冒険者が、勢いよく、丘に向かって行った。

その後ろから、ドワーフ。確か、リリンだったか……バトルハンマーを小脇に抱え、先走った冒険者を追って行く──「皆、丘に向かうぞ! 魔術師は後方に付け! 火属性は控えろよ!」

その指示だけで精一杯だった。先走って行った冒険者は誰だ!?

 

丘を目掛け、ザワザワと蠢きながら這い進んで来るや甲殻ムカデ(メイルセンチピード)──全長で、百四十センチほどか? 甲殻というだけあって、その身は金属質の様に見えなくもない。

そして、特徴的な頭部。強力そうな顎、その左右には鎌状の鋭い牙。

そして、普通のムカデと違うのは、蟷螂の様な両前足をしている事だ。鎌、というより鉤爪──「クレイドル、牙と鉤爪に気を付けて!!」

後方から、リリンのアドバイス。なるほどな……「分かった」

 

フェイスガードの中で、獰猛な笑みを浮かべるクレイドル。その瞳に、赤い光が宿っていた──

 

 

何を見せられているのか──目の前では、フェイスガードを下げた、鷲を模した兜と黒灰色のマントを身に着けた冒険者が、バトルアクスを振るっている。

バトルアクスが左右に薙ぎ払われる度、甲殻ムカデの体が弾け飛び、千切れて散っていく。

千切れ弾けた甲殻ムカデは、昆虫特有の生命力でもがいているが、ドワーフのリリンが、バトルハンマーで止めを刺している──「レイナルド、俺たちゃどうする?!」

声に、我に帰る──「二手に別れ、左右から挟撃だ!! 真ん中で暴れている、あれ(・・)には近付くな!!」

声をかけてきた冒険者が、おう! と答えると、仲間達の元に戻って行った……イレギュラーな事は起こりえる。

とはいえ……「はっははははっ!!」

高笑いをしながら、甲殻ムカデを散らしていく、黒鷲の兜の男。その補佐をする様に、動くリリン。

 

ふふっ、何故か笑ってしまった。ただ見ている訳にはいかないな──「ゴオオォオオゥッ!!」

獅子の咆哮(ウォークライ)が、周囲に轟く。

己と味方の士気を向上させ、少しばかりの身体強化を与える、種族特性の一つ。

その影響を受けた、冒険者達が歓声を上げる。

(よし、行くか)大剣を引っ下げ、甲殻ムカデの群れ目掛けて突き進む──レイナルドもまた、獅子族特有の獰猛な笑みを浮かべていた。

 

シィイャアッ! 奇妙な鳴き声を上げて向かって来る甲殻ムカデの頭部を、上段から斬り潰す。

昆虫特有のしぶとさで、直ぐには死なない──うっとうしい事、この上無い……ザワザワと這い寄って来る甲殻ムカデ。

上等だ。片っ端から潰してやる──「ゴオオォオオゥッ!!」

咆哮が聞こえた。同時に、さらに気が昂る……すうぅっ、と息を吐き、呼吸を整える。ワラワラと這い進んで来る甲殻ムカデに対しては嫌悪しか湧かない──(虱潰しだ)

「おおぉぉぉああぁっ! 死ねっ死ねっ、死ねぇぇ!!」

 

ああ~、滅茶苦茶よ。クレイドル……甲殻ムカデに噛み付かれようが、殴られようが止まらないなんて……かなり頑丈な鎧を身に着けているからって、ねえ?

おっと、半身が千切れた甲殻ムカデが転がって来た──「えいっ」

頭部を、ハンマーで叩き潰す。昆虫系の生命力のしぶとさ。ほんと、うんざりするわよ……。

「おおぉぉぉああぁっ! 死ねっ死ねっ、死ねぇぇ!!」

クレイドルの叫び声が、響く。まったく……狂戦士じゃないんだから。

甲殻ムカデの数が、目に見えて減っているのよね……他の冒険者達が、左右から挟撃しているのも、理由何だろうけど。

まあ、いいわ。あたしに出来る事は、クレイドルの補佐。

うん、それに専念するわよ──リリンは、鼻唄混じりに、もがく甲殻ムカデの頭部を踏み潰し、千切れかけで蠢く甲殻ムカデに、バトルハンマーを叩き付ける。

 

だいぶ、減ってきたな……よし、さっさと虱潰しに終わらせるか──流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)に触れ、呟く「血と苦痛、茨となれ」……数秒もかからず、鎧の隙間から茨が侵食し、ほぼ全身に茨が絡み付く……かあぁぁっ、痛ってえぇぇ──ビシャッ、と勢いよく、血飛沫が飛ぶ……「オオァアアァッ!」

 

全身から、血飛沫を撒き散らしながら荒れ狂うあれ(・・)──バトルアクスが振るわれる度に 甲殻ムカデ(メイルセンチピード)が千切れ、弾け、散っていく。甲殻ムカデの死体に、血飛沫が降り注ぐ……「アァァッガアァァッ!!」

 

最早、甲殻ムカデは数体を残すだけ──「リリン、だったな。あの……冒険者と組んでいるのか?」

「うん? そうだよ。一時的にだけどね」

レイナルドに話しかけられたリリンが、答える。

数体残った甲殻ムカデは、他の冒険者達に始末されていた。

全身血塗れの、黒灰のマント姿の冒険者はバトルアクスを支えにして、地面に片膝を着いている。

 

「クレイドルのとこに行ってくるね」

リリンが、小走りに駈けて行く。レイナルドは、その後ろ姿を見つめながら、軽くため息を吐いた。

(クレイドル……というのか。あとで話をしてみよう)



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第125話 黒山羊の蹄亭で昼食を そして再びの謁見

 

 

疲れた……疲労に加えて出血。そりゃあ疲れもするな。ポーチから、干し果物が入った紙袋を出し、干し果物を口に放り込む。甘さが体に染み渡る……それにしても、“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”。

解除すると、一瞬で傷と痛みは引くが、この血塗れ状態はそのままなのがな……。

「浄化」血生臭さと同時に、全身を覆う血が消える。よし、もう一度……。

 

「クレイドル、大丈夫?」

リリンが、明るく話しかけてきた。ふう、と一息付く。

「前よりは、慣れたみたいだ……といっても、少し休ませてくれ」

周囲を見回すと、甲殻ムカデ(メイルセンチピード)の素材と魔石の回収作業に、冒険者達が取りかかっている。

参加したいが、今の状況では無理だな。今だ疲労回復には時間がかかる──「クレイドル、休んでていいわよ。素材や魔石は、まとめてギルドに持ち込まれるから」

なるほど。均等に振り分けられるという事、か。

 

「クレイドル、だったな……少々、いいか?」

背後からの声に振り向く(それだけでも、少し難儀をした)。確か、獅子族のレイナルドさんといったな?……「すいません。今は、だいぶ疲れているんです……あとに、してくれませんか?」

「う~ん。今のクレイドルはあまり余裕ないですよ」

リリンの言葉に、レイナルドはクレイドルを見る……クレイドルは息荒く、肩を上下させ、疲労困憊といった雰囲気を見せている。

「む……すまんな。宴会の時にでも話そう。それと、回収作業は私達に任せておけ。リリンは、彼に付いててやるといい。では、あとでな」

またな、と笑いながら、クレイドル達にきびすを返し、去って行くレイナルド。

その背を見送りながら、クレイドルがいう。

「いかにも、リーダーって、雰囲気の人だな……」

「まーね。前にも言ったけど、回りからも若手の有望株って言われてるだけあるのよ。ベテランも一目置いてるよ」

なるほどな……そんな雰囲気をまとっていたな。

 

「あと、リリン。“血塗れ”と“暴走”の事は、姉さんには黙っててはくれまいか?」

「え? それは無理よ。むーり」

はあん? 無理って何ぞ!?

「だって、あたしが黙ってても、見られたでしょ? 他の冒険者達に。甲殻ムカデ(メイルセンチピード)を見た瞬間に暴走して、全身から血飛沫撒き散らしながら暴れてたの」

……おおう。そう、だった……そりゃ、そうだわな。

「そういう、種族って事に出来ないかな?」

「いや……無理でしょ。昆虫系を見たら暴走して、全身から血飛沫上げる種族って、何!?」

「……むむむ」

「むむむ、じゃないわよ……そうだ、干し肉持ってるけど食べる?」

リリンが、ポーチから紙袋を取り出し、中から干し肉を差し出してきたので、ありがたく受けとる。

塩気が効いていて、なかなかに美味い。魔道コンロで炙れば、さらに美味いだろうが、それは贅沢だな……ゆっくりと、干し肉を噛み締める。

また、血肉を回復しないとな……干し肉の塩気が身に染みる……。

 

 

甲殻ムカデの素材と魔石の回収が済んだと、報告を受けた。その頃には、足腰に力が入るようになり、自力で立てるほどには回復していた。

「クレイドル、大丈夫?」

リリンが支えてくれたが、まあ、自力で歩ける。

「ああ……大丈夫だ。さて、街に戻るか」

時刻は、昼になるかならぬかくらいの時間だ。

黒山羊の蹄亭で、昼食を取る事になっているんだよな……ああ、そうだ。魚料理を頼んでいたな。

 

「一旦、ギルドに戻るんだろうな?」

リリンに尋ねる。疲労の身だが、報告という事では、戻らないといけないだろうな──「ん? 特にそういう事はないよ? 討伐依頼を受けた冒険者は、ちゃんと記録されているから、治療とかが必要だったら、それを優先していいんだよ」

なるほどな……じゃあ、昼食を取って休む時間はあるな。

「街に着いたら、宿に戻るか……宴会まで、時間はあるだろうからな」

干し果物と干し肉で、ある程度の体力回復を得た。

「そだねー、戻ろっか……お姉ちゃんへ、どう話すか考えていた方がいいと思うよー」

う……そうだったな。

「なんだったら、リリンが説明してもいいぞ?」

「なんだったらって何!? 嫌だけど!?」

 

 

帝都に到着したのは、昼前だった。昼食には丁度いい時間だ。腹が……減った。

意気揚々と、賑やかに冒険者ギルドに向かって行く冒険者達。

軽傷者はいるが、大きな怪我をした人はいないらしい。いい事だ。

甲殻ムカデ(メイルセンチピード)の数は、五十ちょっと。回収品は、魔石と顎と鉤爪。そして触角。

顎と鉤爪は武具の素材に使い、触角は錬金術と、魔術の触媒になるそうだ。

「リリン、俺は宿に戻る。かなり腹が減っているし、何より疲れた。ミザリアスさんに、俺の事を聞かれたらそう伝えてくれ」

「うん。分かった」

リリンとギルド前で別れ、宿に戻る。魚料理、頼んでたな……。

 

 

「よう、クレイドル。怪我は無いか?」

「ええ、何とか」

グラスを磨いている手を止め、アルガドさんが尋ねてきた。

「昼は食べるんだろ?」

「はい。その前に、お湯を頼みます」

おう、とアルガドさん。さて、着替えてくるか。

 

ベッドに横たわりたいが、それをしたら眠ってしまうだろう……寝るのは、食事のあとだ。さて、着替えるか……。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”を外し、机の上に置かれている箱に納める──ドアがノックされる。

どうぞ、と声をかけると、従業員さんが、お湯を運んできてくれて来た。

前にも来た、十代後半の女性従業員さんだ……確か、前にもチップ渡したな。

「ありがとう。これ、取っておいて下さい」

銅貨五枚を渡す……もじもじしながらも、受け取ってくれた。

「ほ、他にご用があれば、いつでも、呼んで下さいね……」

顔を真っ赤に染めながら、去って行った……。

 

まあ、いい。浄化で身綺麗に出来るのだが、やはり、お湯で体を拭うなりするのは違うんだよな。

シャワーを浴びたいのだが、今はちょっと面倒だ……よし、魚料理が待っているぞ。煮付けだろうか? それとも焼きか、揚げか?

 

「おう、クレイドル。いい魚が手に入ったんでな、煮付けと刺身にしたぞ」

いつものカウンターに座るやいなや、アルガドさんがいった……煮付けに刺身、だと?

「米をお願いします。あと……刺身の種類は、何がありますか?」

冷静に、尋ねる──ワサビに醤油。それがあれば、大陸の食生活は変わるぞ!

「刺身は赤身魚と白身だな。マリネにしようかと思ったが、丁度醤油を仕入れたばかりだから、刺身にした。食べ応えあるぞ……そういや、ワサビって知っているか?」

「醤油と山葵あるんですか!?」

食いぎみに聞いてくるクレイドルに、若干引く、アルガド。

「お、おう。ワサビはグレイオウル領からの直送だ。醤油は、帝都で少数生産されている。港区の飲食店のほとんどで扱っているぞ」

最高だ。味噌もあるからな、醤油も当然か……。

 

「お待たせ、煮付けに刺身だ。それと、魚の吸い物に、ワカメの酢漬けだ」

大振りの魚。金目鯛っぽいな。身をほぐして、早速一口……締まった身が、口の中でほろっと崩れる。美味い……海の魚は、やはりいいものだ。

「一応、骨は取ってあるが気を付けろよ」

はい、と頷き、吸い物を啜る。具は、ワカメと剥き身の貝。優しく、身に染みる味。魚の出汁に、塩を少々といった味だ……「美味い」

クレイドルの呟きに、アルガドは嬉しそうに微笑む。

「大将、焼き二つに煮付け一つ、お願いしまーす!」

従業員の声。揚げの注文少な目だな……時間かかるからな、あれは。

「おう。焼き二、煮付け一だな。クレイドル、ゆっくりしてけ」

 

 

あ~、食ったなあ……山葵はともかく、醤油もあったのは嬉しかったな。

やっぱり、山葵には醤油だな、うむ。

夕方からは宴会か……あまり、気が乗らないな。 行かなかったら、ミザリアスさんが宿に来るだろうし、あとレイナルドさんが、話がしたいと言ってたな……まあ、少し眠ってから考えよう──クレイドルは、大きく伸びをすると、ベットに横たわった……やがて、深淵の闇に包まれる──

 

ふと、気付く。廊下敷きの、長い深紅の絨毯。レッドカーペットに片膝を付いていた──ここは……深淵の女王の、謁見の場。玉座の間だ……。

「久しいな。我が甥よ」

淫靡さと厳かさを備えた、透き通る様な声……聞き覚えあるぞ。この声は……。

「許す。面を上げ、顔を見せよ」

顔を上げ、女王を見る。床まで広がる、純白のドレス。レース模様の、二の腕まである純白の長手袋。

顔を覆う、純白のベールを被っている。

 

邪神を思わせる、輝くばかりの長い金髪が床まで垂れている……「この世界に、充分馴染んでおるか?」

「はい。おかげさまで」

ふふふっ、と女王の笑い声が、頭に響いて来る。

「それは、重畳。今日はのう、そなたに贈り物を与えようと思うてな」

いつの間にか、玉座の側に長身の女性が立っていた。肩が露出している、深紅のイブニングドレス姿──漆黒の髪から、短い角が覗き見える。魔族の女性だ。穏やかな顔付きの美人。

「陛下からの贈り物です」

囁く様な優しい声。柔和な笑みを浮かべながら、両手に持った大きな盆を運んできた。盆の上には布がかけられている。

「立ちやれ。布をめくるといいぞ」

女王の声に、立ち上がってしまう。

魔族の女性が、盆を差し出してきた……言われるがままに、盆の上にかけられた布をめくる……ううわ、何ぞこれは……盆の上に乗っているのは、メイスだ。

全長八十センチほどの、濃い夕陽の色をした戦槌。柄は黒檀製。螺旋状で滑りにくい造り。先端は鋭く、その周囲四方を、三角錐に囲まれている。

明らかに、禍々しい造りと雰囲気──呪物鑑定、発動──くそっ、やっばりか!

 

宵闇(トワイライト)”──混沌属性の手に、馴染む逸品。混沌属性を持つ者が振るえば、重量は半減する。

打撃の際に「宵闇(トワイライト)」と囁けば、対象に対して何らかの状態異常を与える──

 

「これほどの逸品。ありがとうございます」

そうとしか、言えないんだよなあ……。

「ふふふっ、喜んで貰えて何より。弟がの、そなたに色々と世話をしているのが、何やら羨ましくての……まあ、よいわ。いずれ、またの」

妖艶な声の響き。純白のベール向こうから、強い視線を感じながら、意識が途切れるのを、感じた……。



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幕間 グランドヒルの新人達⑨ 新人卒業

 

魔獣化した猪。改めて見ると、かなり大きい。

「取りあえず、血抜きだな。解体はミストウッズに戻ってからだ」

ランドさんが、(きこり)達に手伝ってもらい、血抜きの準備を始める。器用に猪を縛り上げ、木に吊るし、手早く喉を切り裂くと心臓を突いた……村で解体を見た事があるので、それほど驚きはなかった。

シェリナは、ちょっと嫌そうな顔をしているけど、ジョシュは興味深そうに見学している。

 

「よう。奥は異常無しだ。いたのは鹿や兎くらいだ……血抜きの最中か、姿から見るに、魔獣化してるな」

「ランド達で、仕止めたんですか?」

ジャックさんとフルースさんが戻って来た。

「いや、俺は少々アドバイスをしただけだ。仕止めたのは、リーネ達だ」

紙巻き煙草に火をつけながら、ランドさんがジャックさん達に告げる。

「ふむ、やるな。連携はどうだった?」

ジャックさんの質問に、ランドさんが答える。

「文句のない、動きだった。もう新人とは言えんな」

ぷかり、と煙草の煙を吹き出す、ランドさん。

……うん? ジャックさん達、何の話をしているんだろう?

 

「親方、作業の残りはあとどれだけ残っていますか?」

フルースさんが、樵達に声をかける。伐採作業はまだ終わってないんだっけ……。

「もう一ヶ所で終わりだな。夕方前には終わらせるさ」

樵達の親方さんが答える。ジャックさんが、私達に指示を出す。

「ランド、引き続き、樵達の警護を頼む。リーネ達の側に付いてやれ」

「おう、任せろ……親方、そろそろ昼食の時間じゃないか?」

ランドさんが、親方に尋ねる。ああ、そうだなと 親方。

「よし、昼飯だ。一旦、小屋に戻るぞ。昼飯の準備をしてるだろうからな」

親方の指示に、樵達が手早く道具をまとめ始める。

樵の食事、か……どんな料理だろうか?

 

山菜と茸たっぷりの雑炊と、炙った塩漬け肉。山菜と茸は、荷物番の人達が集めたそうだ。

現地調達の新鮮な具材。味付けは塩。野趣あふれる料理だ。付け合わせには、青菜の酢漬け野菜。

塩と酢が、肉体労働に合うそうだ……うん。確かに合う。塩と酢が、体に染みた……。

「リーネ達は引き続き、ランドと一緒に樵の警護。俺とフルースは、周囲を見回る」

「構わんよ。リーネ達も、それでいいか?」

ランドさんが私達を見る。もちろん、構わない。 シェリナとジョシュも、頷いている。

「はい。よろしくお願いします」

 

 

昼食後のお茶の時間が終わると、早速次の作業場所に移動する事になった。

樵達の先頭は、ランドさんとリーネ。最後尾は、私とジョシュ。

樵の話だと、あと二、三時間で夕方になるそうだ。冬なので、日暮れが早いんだな。

「魔獣化した猪もそうだけど、鹿もなかなか手強いって聞いたな」

ジョシュが言う。そういえば、村で聞いた話だと、基本臆病だけど個体によって、気性が違うとか。あとは、繁殖期の雄鹿は荒くなるそうだ。

「雄鹿の魔獣化は、結構問題になるって聞いたよ」

「何にせよ、気を付けないとね」

そういえば、鹿の繁殖期っていつなんだろうか……。

 

次の作業に着いた。樵達の護衛は、前と同じ位置取り。ランドさんも、それでいいと言ってくれた。

俺、リーネ、シェリナ、それぞれ三方向を監視。後方には、少し離れた所にランドさん。後方から、周囲全体を見渡している──ランドさんの紙巻き煙草の煙が、微かに漂って来る。

樵達の作業は、手際よく進んでいるようだ……このまま、何も無ければいいんだけど。

剣の鯉口を切り、いつでも抜ける様に準備をする。何か、予備の武器も持っていた方がいいかな……。

 

「ランドさん、何か近付いてきます!」

シェリナの報告。生命探知が出来るのか?

「距離は分かるか? 大体でいい」

紙巻き煙草を指で揉み消し、携帯灰皿に入れる。

シェリナが、杖を掲げた──「五十、メートルも無いと思います!」

大体の距離を測る事が出来る……初級訓練をしっかりと受けた証拠だ。

「リーネ、皆をまとめろ。俺が後ろについている」

リーネが頷き、手早く仲間達に指示を出す。

「親方、作業中止だ! 魔獣の可能性がある!」

親方は、即座に作業中止の合図を出し、樵達と後方に下がって行った。

普通の獣なら、人の気配を感じると距離を取る。こちらに向かって来るという事は……。

 

草藪を抜けて来たのは……立派な角を持った、雄の鹿だ。角と体毛は黒ずみ、真っ赤な瞳をしている。一目見て、魔獣化していると分かった。

大きい……体格はともかく、足が長い分だけ猪よりも大きく感じる。

「角と蹄に気を付けろ! 素早さは猪以上だと思え! 直進だけでなく、横の動きにも気を付けろよ!」

ランドさんのアドバイス。鹿は、明らかに私達を邪魔な存在だと認識しているようだ……ジョシュが、ゆっくりと剣を抜き、盾を構える。

「シェリナ、ゆっくりと後ろに回って。猪と同じ様に、補佐をお願い……ジョシュ、落ち着いてね」

シェリナとジョシュが頷く。二人とも、私がいうまでもなく落ち着いている……うん、やれる。私は、ジョシュの少し後方に位置を取る。

魔獣化した雄鹿は、ガッガッ、と地面を蹴る動きを見せている。猪と同じ様に、こちらに突進して来るのだろうか……。

 

ケエェェ~ン、と一鳴きした雄鹿が突っ込んで来た。

頭を下げ、角をジョシュに向けて突っ込んで来る雄鹿に対したジョシュは……「ふうんっ!!」

気合いと同時に、雄鹿の頭部を横殴りに盾で跳ね上げた。

その首筋に、剣を抜き打ちに斬り上げるジョシュだったが……少し浅い。首筋を斬り裂かれた鹿は、ジョシュから距離を取った。

でもね──「氷結よ、礫となり、穿て!」

シェリナの術が形を取り、拳大の氷の礫が鹿の体を撃つ──多数の氷の礫を撃ち込まれた鹿が、叫び、怯んだ。

今!──怯む鹿の元に駆け寄り、棍を打ち込む。頭部、首筋、足……確かな手応え。鹿が、膝をついた。

それを見たジョシュが、即座に駆け寄り、その首にロングソードを振り下ろす──鹿の首が切り離され、宙を舞う。

魔獣化した、鹿の討伐完了だ……。

 

リーネ達の戦いを見届けたランド。煙草ケースから紙巻き煙草を取り出す。

(連携が上手くなっているな)

パチン、と指をならし、生活魔法で煙草に火をつける。仕止めたばかりの鹿を、珍しげに見ているリーネ達。

(もう、新人とはいえないな……)

ふぅ~う、と煙を吐くランド。

「親方、こっちは済んだ。作業を始めていいぞ」

おう、と親方が答え、樵達に合図を出している。

「リーネ、ジャック達が戻ったら、鹿を運ぶぞ」

上手く頭を落としたものだな。角は高価で売れるんだよな……煙草の煙が、宙に溶けていく。

 

 

「異常無し。手持ちぶさただったんでな、兎を二羽ほど狩った……おお、鹿を仕止めたか」

「完全に魔獣化していますね」

フルースは死体の側にしゃがみ込み、興味深そうに触れている。

「ジャックさんよ、そろそろ作業はおわるぞ……っと、こりゃまた大物だな」

親方が、倒れている鹿を見て驚く。

「親方、鹿も血抜きをしたいので、人手を貸してくれませんか?」

「おう、構わねえよ。手の空いた奴らがいるから、そいつらを使ってくれ」

 

 

伐採作業は夕方前には終了した。少し休憩して、街に戻るそうだ。

鹿と、ジャックさんが狩った兎の血抜きも済んでいる。木に吊るされた猪と鹿を、樵達が物珍しそうに眺めている。

「魔獣化した動物を見るのは初めてじゃねえが、改めて見ると凄いな」

紙巻き煙草をくゆらせながら、親方が言う。

「熊じゃなくてよかったぜ、魔獣化した熊はなかなか厄介だし、山を相当に荒らすからな」

ジャックさんは、干し果物を口に運んでいる。

 

伐採した木はそのまま放置。明日、もう一度来て回収するそうだ。護衛依頼は、明日まで。

「よし、撤収といくか。お前ら、猪と鹿を運べ」

「助かる。肉は半分分けるよ」

ありがとよ、と親方。樵達が、早速猪と鹿を荷台へと運んでいく。ジャックさんが私達を見る。

「リーネ、ランドから聞いたが、なかなかの戦いぶりだったそうだな。もう、お前らの事を新人とはいえねえな」

何か、嬉しそうにジャックさんが言った。

「常設依頼も、結構こなしていると聞いた。あれを嫌がる新人多いんだよな。受付嬢が、感謝してたぞ」

ランドさんが言う。常設依頼は、宿代や食事代を、確実に稼げるから受けているのよね……三、四件の依頼を皆で受けたり、個別に受けたりと地道に稼いでいるだけなんだけど、どうやらギルドからは、良く思われているみたいだ……。

 

撤収準備が終わり、俺達は馬車に乗り込む。

俺達三人とランドさんだ。外を見ると、日は暮れかかっている。誰も怪我は無くてよかった……。

「街に戻ったら、猟師に頼んで、猪と鹿を解体してもらうんだが、肉と皮は渡していいか?」

リーネに尋ねるランドさん。リーネが俺達に目を向ける。俺もシェリナも頷く。

「そういう事でいいな。猪の牙と鹿の角、あと魔石は俺達の取り分だ」

「牙と角は、何に使えるんですか?」

シェリナが、ランドさんに尋ねる。

「基本は、錬金術と魔術の触媒だ。鹿の角はいい薬になる。あとは、加工して調度品にする場合もあるな」

なるほど。高値で売れるのかな……?

 

 

街に到着後、猟師に解体を頼むため、ジャックさんは人手を借りて、猪と鹿を猟師の所に運んで行った。

「さて、僕らは一足先に冒険者ギルドに戻っていようか。夕食はジャックが戻ってからですね」

フルースさんは、飄々した雰囲気でギルドに足を運ぶ。

「ジャックが戻るまで、茶でも飲んで待ってよう」

ランドさんとフルースさんに先導される様に、私達は着いていく。

 

ギルド内の喫茶室は、それほどの喧騒は無かった。もう夕方だから、他の冒険者達は夕食か酒場に繰り出しているのだろう。

砂糖まぶしの炒り豆を摘まみながら、明日の護衛について話を聞く。

「まあ、今日とそう変わらないよ。伐採した木を運ぶだけだから、早く済むだろうね。最も、魔獣化した獣が出現しなかったらですが」

香草茶を、ゆっくりと啜るフルースさん。

 

明日は、何事も無く済めばいいけど……炒り豆に手を伸ばし、口に入れる。

優しい甘さが、じんわりと身に染みた。



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第126話 不本意な異名と姉の心配(説教)

 

 

宴会場所は、“囀ずり亭(ソングバード)”に決まった。“虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭”という意見も出たが、大部分の意見で拒否された。

ギルドマスターの、手短な音頭を終えたあとは、飲めや食えやの宴会となった。

 

「リリン、クレイドルは来てないのか?」

ジョッキ片手に、レイナルドがリリンに尋ねる。

リリンは、生姜醤油で味付けられた手羽先揚げを口に運んでいる。骨の置き皿に、手羽先の骨が積まれていた。

「クレイドルは、かなり疲れたのでゆっくり休みたいと言ってたわ。そりゃあ、あんだけ暴れたんだものねー」

手羽先揚げを充分に味わったのか、リリンは豚串盛りに手を伸ばす。

レイナルドも、思わず豚串に手を伸ばし、口に運ぶ。噛み締めると、じわりと油が滲む……味付けは塩のみ。

美味いな。歯応えも充分だ……いや、今はクレイドルの事だ。

 

「リリン、クレイドルはなぜ来ていないんですか?」

クレイドルの姉。ミザリアスさんがやって来た。うわ、とリリンは思った。

やっぱりそうだよね。聞かれるよねー。

「ええとね、クレイドルは今回の討伐戦で、相当に疲れたみたい。だから、ゆっくりと休息取りたいっていたのよ」

ふうむ? と考え込むミザリアスさん。いや、そこは流しましょうよ。

疲れているんだから、放って置くべきじゃないの?

「その……ミザリアスさん。クレイドルとは、何か、ああと、関係があるのか?」

レイナルドさんが、妙にぎこちなくミザリアスさんに尋ねる。

「関係ですか? クレイは私の弟なんですよ。よく似ていると言われるんですよ」

うふふ、と笑うミザリアスさん……まあ、似てるといえば似ている、かなあ……。

「すいませーん。エールのお代わり下さーい。あと、鶏煮込みと……チキンサラダもお願いしまーす」

 

弟……だったのか。フェイスガードを下げていたので、顔を見れなかったな。

ミザリアスさんが、他のテーブルに移動したので、リリンに尋ねてみる。

「そんなに似ているのか? ミザリアスさんとクレイドルは?」

変わらずの旺盛な食欲を見せている、リリン。

鶏煮込みはすでに平らげ、チキンサラダに取りかかっている。

「う~ん。髪の色と、鼻とかは似てるけど、肌と瞳の色は違うね」

ほとんど一息でエールを飲み干し、チキンサラダを食べ終えるリリン。

「気になるな。ミザリアスさんと似ているというのは……ああ、注文を頼む。蜂蜜酒(ミード)と、串盛り十本」

「あまり、見ない方がいいと思うよ? あ、エールのお代わりと、もも串十本につくねスープね」

「……見ない方がいいとは?」

どういう意味だろうか?

「凄い顔をしてるのよ。あたしはドワーフだからそうでもないけど、他の種族が見たらどうかな?」

「……凄い、顔?」

運ばれて来た蜂蜜酒を手に取る。リリンの話が気になり、口をつける気にならない……。

「うん、凄いのよ。人族の娘さんが見たら、おかしくなるね、あれは」

運ばれて来たエールを、がぼり、と喉に流し込むリリン。

(おかしくなるとは……何だ!?)

蜂蜜酒に口をつける。優しい甘さが喉を潤す。次は、炭酸割りを頼もう……凄い、顔なあ。

 

 

──あの暴れ回っていた……クレイドル、来てないのか?──リリンから聞いたが、疲れたので休むとか言ってたそうだ──ミザリアスさんの弟って言ってたわね──誰か、顔見た?──ずっとフェイスガード下げてたからな──血塗れで、暴走していたよな?──

冒険者達は口々に、クレイドルの事を言い合う。

そして── “血飛沫クレイドル”やら“血塗れ特攻クレイドル”等の、本人が知ったら眉をひそめるような異名が付いてしまった事を、クレイドルはまだ知らない。

 

ちなみに、クレイドルと組んでいたリリンに、冒険者達が血塗れと暴走の事を尋ねた際。

「ああいう、種族じゃないの?」

とのリリンの発言に──「そんな種族、聞いた事ないぞ!?」

と冒険者達が突っ込んだのは、当然だった。

 

 

目が、覚めた……どれぐらい眠っていたのだろう。卓上ランプに火を灯し、カーテンを開く。

すっかり夜だが、星明かりで夜空が仄かに明るい──何となく、机の上を見ると……ああ、あれか。深淵の女王から下賜(かし)されたメイス……“宵闇(トワイライト)”が白い布の上に横たわっていた。

確かこれ、呪物鑑定した時に副作用というか、デメリットは無かったんだよな。

今度、この事をラーディスさんに、聞いてみるか……。

 

さて、今の時間は夜八時前……確か、宿に戻ったのが昼少し前だったから、七時間は眠っていたのか……さて、シャワーを浴びて、少し遅い夕食でも取るかな……背伸びをし、ドアに向かおうとしたら、ノックされた。何ぞ?

「どうぞ」

開いたドアから、いつもの従業員さんが顔を見せてきた……「どうしました?」

聞いてみると、ミザリアスさんがやって来たらしい。

マジか……ともかく、顔を合わせないといけないだろうなあ。直ぐ行きますと返事をする。

 

いつもの奥の席に、ミザリアスさんが座っているのだが、テーブルの上には紙袋がいくつか……ミザリアスさんの正面の席に着く。うん? 紙袋から、何か食欲をそそる薫りがするんだが?

「夕食まだなんでしょう? 囀ずり亭(ソングバード)から、料理を持ち込んで来たんですよ」

微笑みながら言う、ミザリアスさん。

ええ……それ、いいのか? アルガドさんを見る。

「持ち込み料貰っているからな。構わんよ」

苦笑しながら、アルガドさんがいう。ミザリアスさんが取り皿を頼んだ。

 

運ばれて来た取り皿に、紙袋の中身を広げるミザリアスさん。

鶏の串焼きに手羽先。鶏むね肉と青菜の炒めものに、鶏もも一枚揚げ……宴会場所は、囀ずり亭(ソングバード)か。

わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがたく頂戴するとしよう。

「炭酸水下さい。あと、酢漬け野菜もお願いします」

ミザリアスさんは、果実酒炭酸割りを頼んだ。

あいよ、とアルガドさん。

 

まずは手羽先だ。まだ暖かいな……揚げたてもいいが、少し時間がたっているのもいい。

美味いな。皮の少しの歯応えと、肉の柔らかさが合っている。下味がしっかりと付いているのがいい。

「沢山ありますから、たくさん食べてね……血を流して、疲れているんでしょう?」

ウフフ、とジト目で微笑む、我が姉……流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)を使ったのが、バレてる……そのジト目微笑み、ほんと止めてほしい。

「……甲殻ムカデ(メイルセンチピード)相手に、大暴れしたそうですね……鶏むね肉と青菜の炒めもの、美味しいですよ」

甲殻ムカデへの暴走もバレてるか……ミザリアスさんが取り分けてくれた、鶏むね肉と青菜の炒めものを、口に運ぶ。

うん……むね肉は、生姜醤油で味付けしているのか。生姜の香りがいい。

むね肉の、弾力ある歯応えと青菜のしっとり具合が、とてもいい。米が欲しくなるな……。

 

ミザリアスさんが持ち込んで来た料理を全て、平らげた。自分では分からないくらい、腹が減っていたのか……油っぽかったが、しつこくない味わいだった。いい油を使っているんだろうな。

少し飲むか……「果実酒炭酸割り、お願いします」「私も同じのを」

ミザリアスさん、宴会では飲まなかったのかな?

 

「さて、クレイ。お姉ちゃんは、くれぐれも無茶はしないように、云いましたよね?」

ああ……お説教だ。仕方無い、甘んじて受けよう。正確には、ムカデは昆虫じゃないんだが、暴走したのは仕方無いとこあるんだよな……ムカデ、気持ち悪いから。

「聞いています? クレイ?」

果実酒炭酸割りを、くうっ、と呷るミザリアスさん……ちょっと待ってくれ。酒の入った説教になるのか!?

 

「うん、ちゃんと聞いてるよ。心配かけてごめん」

邪神の加護は、だんまりだ。己の態度で反省を示せってか……いや、違うな。肝心な時に発動しないだけだ。

ミザリアスさんが、お代わりを頼んでいる隙に、炭酸割りを飲む──アルガドさんに止められるまで、我が姉の説教は続いた……明日は、夜明け前に起床出来るだろうか?

 

 

窓から射し込む朝陽で、目が覚める……やっぱり、少し寝過ごしたか。カーテンを開き、窓を半分ほど開ける。

コップに、水差しから水を注ぎ、一息に飲み干す。

時計を見ると、六時半ちょっと。朝食まで少し時間はあるな……起き抜けの一服といくか。

最近、ロディックさんとこで買った煙草葉……よし、これだ、“朝日”にしよう。

口当たりは爽やかで吐き出す時は、辛口だっけか。

 

煙草盆を引き寄せ、煙管に“朝日”を詰めて、生活魔法で火をつけて吸い込む──新鮮な空気を吸い込んだような、清々しさ。これが爽やかさという事か……口の中で爽やかさを味わい、ふうっ、と煙を吐き出す。辛味と苦味が、舌先に残る感じだ……悪くないな。うん、いいな。癖になる味わいって、こういう事か……。

 

共通の洗面場で顔を洗い、口をゆすぐ。浄化を使い、身綺麗にして下に降りると、すでにミザリアスさんが、いつもの奥のテーブル席に着いていた。

「おはよう。姉さん」

ミザリアスさんの向かい正面に座る。

「んふふ。おはよう、クレイ。今日は私が早かったですね」

朝からご機嫌で何よりだ。さて、今日の朝食は何だろうか?

「もう頼んでいますよ。今日の朝食は、ハムエッグに丸パン。ゆで玉子とキャベツのスープです」

「いいですね」

ハムエッグは固めがよかったが、まあいいか。

ゆで玉子は、半熟でも固めでもいいんだよな。

「ハムエッグは固めに注文しましたよ。ゆで玉子は半熟で頼みました」

微笑むミザリアスさん。さすが、我が姉……今日の予定は、どうするかな。

 

「ギルドで、昨日の報酬を受け取りに来るといいですよ。参加者、一人辺り金貨十枚が帝都から出ます。あと、冒険者ギルドから銀貨五枚が出ますよ」

なかなかの大盤振る舞いに思えるが、こんなもの何だろうか。いつかのピックホッパーの時も、これくらいの報酬があったかな?

取り合えず、今日の最初の予定は冒険者ギルドで報酬を受け取る事だな。そのあとは……帝都観光でもするか。



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第127話 皇妃の庭園と冬の花

 

 

朝食を終え、お茶の時間。ミザリアスさんに、今日の予定を聞かれる。

「報酬を受け取ったあとは……そうだね、帝都観光でもしようかな」

香草茶を啜る……ほんの少し、香辛料の薫りがする。冬向けに、体が暖まるように淹れたんだな。悪くない。

「帝都観光なら、お姉ちゃんが案内しますよ!」

妙に嬉しそうにいう、ミザリアスさん……いや、仕事は?

「有給休暇を取ればいいんです! 仕事なんていつでも出来ます!」

いや、アカンて。公私混同はダメでしょうに……。

結局、宿から引きずり出される様に、冒険者ギルドに向かった。

 

「駄目ですよ」

ミザリアスさんは、ギルドに入るやいなや、受付カウンター正面で書類仕事をしているギルドマスターのシュウヤさんに、有給休暇の申請を申し入れたのだが、当然の如く許可されなかった。

「弟が、帝都観光をしたいと言っているんですよ!?」

あくまで、食らいつくミザリアスさん。おお、もう……周囲の視線が、痛い。

「公私混同です。休みの日にでも案内すればいいでしょう。今は、甲殻ムカデ(メイルセンチピード)討伐の後始末の件で忙しいのは、知っているでしょう」

 

シュウヤさんによると、魔物討伐は冒険者の仕事。異常発生の原因を探るのは、宮廷魔術師と騎士。そして、衛兵の仕事だそうだ。

冒険者ギルドは、宮廷魔術師達と連携を取り、データをまとめ、今までの資料と照らし合わせ、予防と対応策を話し合う。

今、職員達はその作業で多忙との事──そりゃあ、弟の帝都観光に付き合うなんて事は駄目だわな。

「姉さん、今は仕事が大事だよ。観光は一人で大丈夫だから」

俺の言葉に、うむう、と呻くミザリアスさん。

ギリギリで、職務への責任感が勝ったようだ……昼食の約束をされたが。

 

「討伐達成の報酬ですが、帝都からは、金貨十枚。ギルドからは、銀貨五枚が支払われます。現金でお受け取りになりますか?」

対応してくれたのは、狼族の受付嬢だ……城塞都市のジェミアさんを思い出すな。

「ええと、金貨十枚はギルド口座にお願いします。銀貨五枚はこの場で貰います」

「かしこまりました。冒険者証をお預かりします。少々、お待ちください」

受付嬢に冒険者証を渡す……というか、この受付嬢、全然顔を上げないな。何ぞ?

 

「あの、クレイドル君……危険ね」

さっきまで、クレイドルの相手をしていた受付嬢が、ため息混じりに言った。

正面から、あの顔を見るのは危険だと、獣の本能が訴えて来たのだ。

その結果、顔を直視せずに対応する事になった……失礼な対応だとは重々承知だったが、あの顔を直視するのは、理性がおかしくなりそうだと思っての対応だった……。

 

「よく、耐えられましたね。サミア先輩」

後輩達から声をかけられた。なかなかに難しかったけどね……。

「あなた達も、直視しちゃ駄目よ。あれ(・・)を」

サミアと呼ばれた、二十代後半の受付嬢は、ほう、とため息を吐いた。ちらっとだが、クレイドルの(あれ)を直視してしまったのだ。

白磁の様に綺麗な白い肌に、濡れた様な形の良い紅色の唇。そこから覗く白い歯……ああ、駄目。忘れないと──夫と娘の顔を思い出し、耐える。

「サミア先輩、大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」

「う……今日は忙しいからね。ちょっと暑くなったみたい」

開け放している、ギルドの出入り口から入って来る冬の風が、今は心地よく感じた。

 

報酬の手続きを終え、ギルドからでる。ミザリアスさんに、ほぼ強引に連れ出されたので、普段着一つしか身に付けていないから、かなり寒い。

宿に戻り、改めて着替えないと、どこにも行けやしない。戻ったら、香辛料入りの香草茶を頼もう……。

宿に入ったと同時に、宿内の喧騒が、一瞬静まる。いつもフードを深く被っているクレイドルは、今はその顔を普通に晒している。

それを見た客は、驚くか見とれているが、クレイドルはそれに気付かず、カウンターまで進み、席に着く。

「ただいま」

「おう……寒くないか?」

普段着一つのクレイドルを見たアルガドが、思わず言った。

「上着を羽織る間もなく、宿から引きずり出されましたからね。香草茶下さい」

あいよ、とアルガド。顔には、苦笑が浮かんでいる。

 

ふう、生き返る……香辛料の効いた香草茶、暖まるな。冬の飲み物って感じだ。

さて、帝都観光だけど……どこからにするか?

観光地巡りの、タクシーならぬ馬車とかあるだろうか?

「アルガドさん、お勧めの観光場所ってありますから?」

「お勧めなあ……まあ、色々あるが、騎士団の訓練は、なかなかに見応えがあるぞ」

グラスを磨きながら、アルガドさんがいう。騎士団の訓練か……グランさんにも勧められたな。

「香草茶のお代わりをお願いします」

あいよ、とアルガドさん。訓練見学か、興味はあるな。

ギルドマスターのシュウヤさんもお勧めしてくれた、帝都美術博物館に皇妃の庭園……まあ、時間はある。ゆっくりと廻るさ。

 

 

一旦部屋に戻り、着替える。といっても、最近買ったワインレッドのレザーコートと、ロディックさんの露店で買った、革の手袋に流砂柄のマフラーを身に着けるだけだ。

さて、出掛けるか。ミザリアスさんとは、昼頃に宿で待ち合わせとなっているから……観光名所は、一つか二つ見る事ができればいいか。

階下に降りると、朝食後なので宿内の喧騒は、だいぶ収まっていた。

「アルガドさん、少し出掛けます」

「おう。気をつけてな」

アルガドさんの言葉に頷き、宿から出る。

冬の青空に雲が広がり、清々しい空気が満ちている気がする……観光日和だな。

流砂柄のマフラーを、鼻から下に巻き付ける。長めなので、首回りに巻きながら、胸元に垂らす。

垂らした部分を、ロングコートで覆い、コートのボタンを止める──よし、顔半分を冬風からしのげる様にした。手袋をはめる──おお、暖かいな。

まずは、皇妃の庭園からかな。近くの馬車乗り場は、どこだっけか……。

 

 

乗り合い馬車を使い、城の城門近く、馬車の停留場で降ろしてもらった。

御者がいうには、皇妃の庭園には城門から、見学申請をして連れて行ってもらうとの事だそうだ。

なるほど。皇妃の庭園は、一般に開放されているとはいえ、城の範囲内だから、衛兵達の目が常時光っているらしい。それは当然だな。

早速城門に向かい、皇妃の庭園見学の申請を頼む事にする──おお、異世界知識発動──皇妃の庭園。ミルゼリッツの正室、メリエーナが手ずから造り上げた庭園。長年かけて育てた庭は、特定日にのみ一般に開放され、多くの帝都民に今も愛される場所となった。庭園の中央にある、東屋はメリエーナとミルゼリッツのお気に入りの語らい場であり、後にメリエーナの、臨終の場所となった──ふむ、なかなかにロマンチックだな。

 

 

「皇妃の庭園の、見学申請──ですね。ここに、サインをお願いします。あ、あと入園料として銅貨三枚を、お願いします、ね」

顔を赤らめ、妙にぎこちなく手続きをする女性の衛兵さん。慣れていないのだろうか……?

「申請は、これで終了です。何か、ご質問はありますか?」

特には、ないんだが……見学の終了時間が気になるかな。

「庭園見学の終了時間は、夕方までです。それまで、ゆっくりと庭園を楽しんで下さい」

分かりました、と頭を下げて庭園へと向かう。

開け放しになっている門を潜ると、目の先に見えたのは、色とりどりの花。

目を引いたのは、水辺近くに咲いている、白の花弁の花……水仙か?

一番目を引くのは、道沿いに並んでいる椿だ……赤、白、淡いピンク色等。

他に様々な花があるが、椿に惹かれる……椿の並木道を、ゆっくりと歩く。

 

そういえば、この世界には俺が知っている水仙や椿以外にも、花や草木はあるんだよな。俺は花に詳しい訳じゃないが……まあ、そこらの事は、考えても仕方無いか。

この世界でどう生きるかだ。うん……〈そうだよ~、んふふっ。古人曰く、今を生きる! だよ~〉このタイミングで慰めか!? 父上!?

全く……前世の価値観や記憶が、今だ消えていないのは良し悪しなのか?

いいや、それが転生者の定めなんだろうな。そうでなければ、俺自身の意味が無い……違いますかね? 父上?

〈それは君次第だよ。我が息子よ……〉

邪神の声が、遠くに聞こえた……。

 

 

椿の並木道を抜けると、噴水広場に出た。冬だからなのか、人はまばらで噴水周囲のベンチに腰掛けている人はいない。

案内板を見ると、花壇広場が近く、さらには屋台があるみたいだな……次は花壇広場だ。

人はまばらだなんだが、カップルが目立つ。皇妃の庭園は、デートスポットなのか?

 

花壇広場までの道のり。綺麗に整えられた芝生の上を、明るい色の野鳥がたったかと駆けている。

芝生の向こう側は、まだ紅葉が残っている林になっていて、間から林道が見える。紅葉の時期っていつだっけか?

ピィィ~、とどこからか、鳥の鳴き声。

のどかだな……冬の庭園の雰囲気は、寒々しいと思っていたが、そんな事は無いな。人こそ少ないが、意外と野鳥が多い。目の前を、芝生で駆けていた野鳥と同じ鳥が横切って行った。

 

 

花壇広場行く前に、屋台で一息付くか。屋台というより、キッチンカーの様な、お洒落な造り。

看板に注意書──『飲食はテーブルでのみお楽しみ下さい』との事。

庭園で、ゴミ箱見かけなかった理由がこれだな。

さて、メニューは何がある? 基本は、サンドイッチとホットドッグ。具材は、ハムにベーコンに、ソーセージ。サイドメニューは、チキンサラダにポテトサラダ。チーズ乗せトマトスライス、か……よし、決まりだ。

 

玉葱たっぷりのソーセージのホットドッグ。飲み物は炭酸水。

ほどよく焼けた、下味の付いたソーセージと、玉葱の歯触りが何ともいえない味わいだ……うん、美味い。

炭酸水が、心地よく喉を通って行く。

小腹を満たしたあとは、煙管を使いたかったが、持ってきていない。

冬の花も、独特な風情があるんだな……花壇広場を見学して、庭園中央の東屋を見に行くか。

覇王公の正室、メリエーナ皇妃の臨終の場所に参るのも、いいな……。



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第128話 冬の訓練風景と暗黒騎士

少し短めで。

(゚∈゚ )
クルッポー。


 

 

 

暗黒騎士団の訓練風景を、交差する二つの短剣が刺繍された、黒いマントを羽織った男が黙って見ていた。

シャツ、ベルト、ズボン、靴──上下全て黒。おそらく、肌着も。

艶のある黒髪を結い上げている、黒ずくめの男だった。艶のいい肌だけが、黒色ではなかった。

歳の頃は、二十代前半。がっしりとした体格をした、精悍な顔付きの美男。美丈夫といった雰囲気の男だ。

「……甘い」

騎士団の訓練を見ながら、美丈夫がぽつりと、呟いた。

 

今、訓練をしているのは、見習い連中だった。訓練教官が、発破をかけてはいるが、どうも真剣さが足りないように感じる……「甘い」

再び、呟いた。

「まあ、そういうな。基本訓練を修了したばかりの連中だからな。少し大目に見てやれ」

黒ずくめの美丈夫が振り返る。同じく、黒ずくめの男が立っていた。

この男は、美丈夫よりも大柄で、厳つい顔付きをしているが、妙に愛嬌のある男だ。美丈夫の同期。

「ああ、ルドガーか……分かってはいるんだがな」

「そろそろ、昼飯の時間だ。少し早いが、たまには外で食わないか?」

ルドガーと呼ばれた男が、懐中時計を見ながら、言った。

「そうだな……“馬上の人(ホースメン)”にしないか? 長らく、顔を出せてないからな」

馬上の人(ホースメン)”──退役した、帝都騎士団副団長が開いた店で、騎士と衛兵、御用達の大衆食堂。

「おう、構わないぞ。お前が長く帝都を開けていたから、大将心配していたぞ」

「それは悪い事したな。よし、行くか。久し振りに、大将に顔を見せないとな」

男二人連れだって、帝都の街並みに移動する。

 

 

「だいぶ、寒くなってきたな……故郷のダーンシルヴァスほどじゃないが、寒い事は寒い」

はあ、と掌に息を吐きつけるルドガー。

ダーンシルヴァス──正式名、ダーンシルヴァス神王国。通称、暗黒都市。

中央大陸の北西に位置する、ミルゼリッツ帝国と同等の領土を持つ大国だ。

「弟から、黒ワインと手紙が送られて来たんだがな、ダーンシルヴァスには、もう雪が降っているんだと」

「そうか。もう、そんな時期になっているんだな」

ルドガーに先導されながら、店に入る美丈夫。

 

賑やかな店内は、身分関係無く賑わっている。心地いい喧騒──「二人だが、席は空いているか?」

ルドガーが店員に尋ねる。

「はい。大丈夫ですよ。奥にどうぞー」

十代少しの少女が、物怖じせずに、明るく案内をする。

「まずは、黒ワイン二つ」

はーい、と少女が明るく答える。

「おい、ルドガー、昼から飲むのか」

「一杯だけだよ。それより、ランチでいいんだよな?」

昼のランチ。鶏肉と根菜のシチューに、海鮮サラダ。丸パンに酢漬け野菜。

「構わんよ。この時期のシチューは、たまらないからな。チーズも頼もう」

ルドガーが、黒ワインを運んで来た店員にランチと、厚切りチーズを注文した。

 

「そういや、グラン。“碧水の翼”だったか……いつ冒険者活動を再開するんだ?」

ルドガーが、ワインを口に運ぶ。

「……そうだな。一週間の休暇だから、あと三、四日といったところかな」

グランがグラスを傾ける。ふうん、とルドガー。

「見習い連中だがな、実戦訓練をさせようとの声があるんだ」

「実戦訓練? 私としては、賛成できないな」

さっき見た、見習い連中の訓練風景を思い出すグラン。

「いや、さっきの連中じゃない。ある程度様になっている連中をだ。もちろん、サポートはつくさ」

ふうん、とグラン。ワインに口をつける。

 

「場所は、“覇王の訓練場”を予定しているらしい。碧水の翼で、潜った事はあるか?」

ルドガーが、ワインを干す。

「半年ほど前だったか、一度な。一階から三階までは、大した事はなかったが、四階からは急にキツくなり、撤収した」

ワインを飲み干し、グラスを置くグラン。なるほどな、と頷くルドガー。

「ランチ、お待たせしましたー! ごゆっくりどーぞー!」

快活な少女の声とともに、ランチがテーブルに乗せられる。

暗黒騎士二人は、シチューの薫りに顔を綻ばせた。

 

 

昼食後のお茶の時間。冬定番の、香辛料入りの香草茶を啜る、グランとルドガー。

「“覇王の訓練場”の事なんだが、決定なのか?」

「ほぼ決定といっても、いいだろうな。暗黒騎士団本部から通達が来ていた」

本部からの通達か……となれば、本決定だな。グランが呟く様にいう。

「それと、ヴァルモア副団長が来るそうだ」

ルドガーがポットに手を伸ばし、香草茶のお代わりを、グランと自分のカップに注ぐ。

 

暗黒騎士団副団長、ヴァルモア・ダルヴァイル。三十代の若手──ダーンシルヴァス神王国三公の家系の一つ、ダルヴァイル家の出──最も、副団長という地位は、家系や血筋で得られるものでは無い──「副団長が、直々にか」

香草茶を啜り、ふう、と息を吐くグラン。

「帝都支部の様子を見に来るのか、それとも他の用事があるのかは、分からんがな」

ルドガーは、ゆっくりと茶を啜る。

「まあ、確かにな……覇王の訓練場の事に、関係あるのかな?」

「どうかな……もしそうだとしたら、サポート役として、お前に声がかかってもおかしくないぞ。帝都支部で、冒険者活動をしているのは、お前だけだからな」

ルドガーの発言に、グランは眉をひそめた。

「む……そうなったら、なったで私にも心当たりはある。碧水の翼のメンバーがな」

グランの脳裏に、帝都にいるパーティーの一員の顔が浮かんだ。

「まあ、実戦訓練が決まったら、具体的に話が来るだろうな……心の準備をしておけよ」

ルドガーの言葉に、グランは笑みを浮かべる。

 

 

ルドガーとグランは、見習い連中の今後を話し合いながら、訓練場に向かう──ふと、グランが立ち止まる。

「ん? どうした?」

「前を歩いている、金髪の奴いるだろう?」

グランが前方を指差す。その先に目をやる、ルドガー。

輝く様な金髪をした、ワインレッドのレザーコートを着込んだ人物──後方からでも、整った体格と姿勢が見てとれた。

「ああ、知り合いか?」

「碧水の翼の、四人目のメンバーだ」

ふうん、とルドガー。その背を見ながら、グランに尋ねる。

「……あいつ、大いなる父君の……俺達の兄弟では、ないよな?」

訝しげにいうルドガー。グランは苦笑しながら答える。

「ああ、違う。私も最初はそう感じた。いい機会だ、紹介しておこう」

金髪の人物に、近付いて行くグランのあとを、急ぎ追うルドガー。

 

 

「クレイドル」

声をかけられ、立ち止まる。グランさんだ。グランさんと同じ様に、黒ずくめの人物と一緒だ──この人も、暗黒騎士だな。妙な物を見る目で、俺を見ているんだが? 何ぞ?

「これから昼食か?」

「いえ、もう済みました」

ミザリアスさんに連れられて、二度目の、“深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”での昼食だった。

今回のランチは、塩と油のみで味付けした、刻み唐辛子とガーリックチップが具のパスタ。塩茹でしたハムと水菜のサラダに、大根の酢漬け──シンプルで、上品な味付けの満足な昼食だった。

 

「ああ、同僚を紹介しておこうか。同期のエドガーだ」

グランさんの横にいるのは、厳つい顔付きではあるが、何か愛嬌を感じさせる雰囲気の人だ。

体格は、グランさんより一回りほど大きい。

「クレイドルといいます。初めまして」

手袋を脱ぎ、手を差し出す。意外にも、柔らかく握り返してきた。

「おう。エドガーだ、よろしくな」

明るい微笑みに、愛嬌と人懐っこさが見えた。

 

その顔を見た時に、白磁の様な肌をしているな、と最初に思った。

輝く様な金髪と、整った目鼻立ちに漆黒の瞳──鼻元から下は、流砂の様な柄のマフラーで口元を覆っているので、顔の全体はよく分からないが、女が放っておかない顔立ちをしているだろうと、何となく感じた……いかんな、気を抜いたら見惚れそうだ。

 

「じゃあ、またな……っと、もしかしたら近い内に、ちょっと声をかけるかもしれない。何の用かはまだ言えないが、覚えておいてくれ」

何の用かは言えない、か……想像もつかないが。まあ、覚えておこう。

「分かりました。じゃ失礼します。ルドガーさんも」

「……あ、ああ。またな」

ぼんやりとしていたのか、ルドガーさんが慌てて挨拶を返してくる。

 

「凄いな、あのクレイドルて奴は……」

街の喧騒の中に溶け込んでいくクレイドルの背を見送りながら、ルドガーが呟く様に言った。

「まあな。あいつの容姿は、普通じゃない。顔半分隠れていたから、まだ直視出来たんだぞ」

グランが、街並みに姿を消したクレイドルを探す様な目で、言った。

「何か、怖いな……よし戻るか。何か、通達が来ているかもしれないからな」

「ルドガー、通達が来次第、覇王の訓練場に、直ぐに向かうのか?」

グランの質問に、どうかなとルドガー。

「いや。決まった後に、見習いの選別をしないとな」

「覇王の訓練場か……決まったら、私もサポートに付こう」

頼りにしてるぜ、とルドガー。微笑みながら、静かに頷くグラン。



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第129話 覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)と騎士見習い達

 

 

「明日、午後。“覇王の訓練場”での訓練許可が降りました。期間は約三日。騎士見習いを、二十名選抜して下さい。冒険者経験のあるグラン。そして、ルドガーと教官達がサポート役。いいですね?」

訓練教官達とグラン、ルドガーに説明をする、暗黒騎士団副団長ヴァルモア・ダルヴァイル。

すらりとした長身。引き締まり、鍛え込んだ体格が、漆黒の軍服の上から見てとれた。

男女問わず魅了する様な、艶やかさを感じさせる、眉目秀麗の面立ちではあるが──その内面は、苛烈である事を知る者は少なくない。

 

「教官達と、グランとルドガーは、あくまでサポート役です。極力、戦闘には手出しはしないように。いざという時の判断は、それぞれでお願いします。では、見習い達の選抜を……グラン、少し残って下さい」

教官達と、ルドガーが去って行く中、グランが残された。

 

「冒険者視点から、“覇王の訓練場”を見る必要があると思います。あなたの目に叶う冒険者がいたなら、同行して貰いたいのですが?」

艶やかな笑みを浮かべ、尋ねるヴァルモア。その色気は、自分には通用しませんよ。と思いながら、グランは答える。

「……そうですね。“碧水の翼”の一員何ですが、腕が立つ奴がいます。多少、(クセ)がある男ですが……」

グランの発言を聞いたヴァルモアが、にいっ、と嬉しそうに笑う。

「曲者、ですか……面白そうですね。是非、声をかけてみて下さい。もし同行してくれるならば、報酬は暗黒騎士団から出ると伝えて下さい」

「分かりました……では、失礼します」

一礼し、グランはヴァルモアの下を辞す。

(少し急になったが、明日の朝食後にでも、クレイドルを訪ねてみるか……)

 

 

 

朝食前の魔力制御──夜明け前の穏やかな時間。魔力制御にはいい時間だ……カーテンの隙間から吹き込んでくる冬の風が、心身を引き締める……まずは、深呼吸を一つ、二つ。

体の中心。心臓と鳩尾の間に意識を──じわりと、体の中心から、魔力が全身に広がっていく……。

 

 

朝食にはまだ早い、いつもの時間に奥のテーブル席に着く。宿内はまだ静かだ。

席に着いている人はまばら。それぞれ、茶を飲み、煙草をくゆらせている……のんびりとした時間。

もう少しすれば、朝食時の喧騒が訪れるだろう。

「……ええと、お茶をお願いします」

当然の様に、すぐ近くで待機している、十代後半ほどの、いつもの女性従業員に注文を頼む。

はい! と明るく答え、厨房へ駆けて行った。名前、聞いておくかな……。

 

「アルガドさん、今日の朝食は何です?」

「いい茸と山菜を仕入れたから、それのシチューとハムエッグだ。朝食はもう少し待ってな」

冬のシチューは、ほんと堪らないから楽しみだ。

「はい。直に姉も来るでしょうから」

あとでな、とアルガドさん。さっきの従業員も、厨房に入り、朝食の準備に入っている。

いつの間にか、テーブルにティーポットとカップが置かれていた。薫りからすると、香辛料入りのお茶だ。

カップにお茶を注ぎ、一口啜る……うん。体の中から温まる、心地いい感じが何とも堪らない。

ミザリアスさんが来るまで、お茶を楽しもう……。

 

ミザリアスさんと朝食。にこにこと機嫌良さそうに、茸と山菜のシチューを口に運んでいる。

美味いよな、このシチュー。鶏ガラで出汁を取った、トロミのあるシチューだ。茸と山菜の歯触りがいい。今日は、パンで正解だった。

軽く火を通したハムと、半熟の目玉焼きもいいし、付け合わせの茹でたジャガイモは、塩と香辛料で味付けされていて、これも美味い。

そして、いつもの酢漬け野菜は玉葱だ。

 

朝食後のお茶の時間が終わり、ミザリアスさんは冒険者ギルドに、出勤して行った……さて、今日の予定はどうするかな? 観光でもいいが、他にやっておきたい事は、あったっけか?

そういえば、ラザロさんの同期の鑑定師、ミラーさんと、顔合わせをしてないな……今から冒険者ギルドに行くか? その前に、炭酸水でも……。

ふと、宿の出入り口に目をやると、黒ずくめの男が見えた──グランさんだ。

 

「急な話何だが、今日の午後は空いているか?」

グランさんが、茶を啜りながら尋ねてきた。特に予定は入れていないが……。

「はい。予定は無いですが、何かあったんですか?」

「手短に言おう。“覇王の訓練場”は知っているな? そこで、今日の午後。騎士見習い連中の実践訓練を行う事に、決まった。そのサポートに協力して貰いたいんだ」

騎士見習いのサポート。冒険者視点が必要という事、か……?

「もちろん、私もサポートに付くし、他にも何名かいる。昨日紹介した、ルドガーも一緒だ」

「それで、騎士見習いの人数は決まっているんですか?」

グランさんのポットに茶を注ぎ、俺もお代わりをする。礼をいい、両手のひらでカップを包む、グランさん。

「二十名と決まった。十名ずつで、“覇王の訓練場”に入る事になっている」

グランさんは目を細めながら、ゆっくりと茶を啜る。

 

「日程は、どれくらいになるんですか?」

「そうだな……今日を入れて、三日は見ている。午前と午後に分けて、十名ずつが交代で入る事に決まった」

なるほどな。交代制で実戦訓練か……。

「騎士見習いの実力は、どの程度ですか?」

ここが肝心だ。いつかの、武人の練武場の若手の衛兵程度だと、少し不安だ。

「実力、か……隠しても仕方ない。いつかの若手の衛兵達と、どっこいだ」

グランさんは軽くため息を吐くと、カップの中身を飲み干した。おおう、不安的中……。

「見習い達に、暗黒神の加護や恩寵は付かないんですか?」

もう、一杯飲んでおこう。グランさんにポットを向けると、もう充分だ。という様に、手を振る。

「大いなる父君の加護が付くには、まだ未熟なんだ。まずは、己の力で困難を乗りきれ、というのが教えの最初にあるから、未だ実戦を経験していない見習い達には、加護や恩寵は与えられない」

 

グランさんの言っている事は、なかなかに厳しいが、云われてみれば納得はいく。己を守れないで、人が守れるか──という事なのだろう。

この世界での騎士の本分は、“守護”という事か……。

少し、騎士団の話をする。騎士団と帝都民の距離を、少しでも縮めるための行事があるそうだ。

帝都騎士団、神聖騎士団、暗黒騎士団、三つの騎士団の実戦形式の、合同演習の見学。

各騎士団を代表しての、トーナメント形式で行われる試合。

「まあ、お祭りみたいなものだな」

とは、グランさんの言葉。屋台だとかが出店されて、大層賑わうとの事。

 

「分かりました。その話、受けます」

いつかの、武人の錬武場みたいにならないといいけどな……しっかり統制取れているのだろうか。

「ああと、この事は冒険者ギルドに話を通さなくてもいいんですか?」

「その事なら、心配はない。副団長から話は通っている。報酬は、暗黒騎士団から出る事になっているな。それと、倒した魔物や魔獣の素材と魔石、そして宝箱の回収は出来ない事になっているからな」

ギルドの問題はないか。回収の件も構わない……まあ、俺に出来る事をしっかり果たそう。

「助かる。昼食後に迎えを寄越そう。なるべく、宿に居てくれると有り難い……じゃあ、あとでな」

宿の外まで、グランさんを見送る。さてと、昼まで一眠りしておこうか……その前に、アルガドさんに三日ほど宿を留守にすると、伝えておこう。

 

 

コン、ココン……控え目なノックの音に、目を覚ます。もう、昼か──よし。

どうぞ、と声をかけると、いつもの従業員さんが顔を出す。

「そろそろ、昼食です」

「分かりました。これ、取っておいて下さい」

銅貨五枚を心付けとして渡す──ああ、そうだ。名前を聞いておかないとな。

「あの……よければ、名前を教えてくれませんか?」

ひゃいっ?! と、一瞬固まる従業員さん……。

「ええ、あの……レイナ、といいます」

うん、レイナさんだな。覚えたぞ。

「これからも、よろしくお願いします。レイナさん」

顔を赤らめ、ふわあ~と妙な鳴き声を上げるレイナさん。何ぞ?

 

昼食はシンプルに、貝と山菜の雑炊。刻んだベーコンとキャベツのサラダ。そして、青菜の酢漬け。

カリカリに焼いたベーコンがいい味を出している、文句のない昼食──のんびりしたいところだが、昼食後には迎えを寄越すとグランさんが言っていたな……昼食代をテーブルに置き、部屋に戻る。

 

いい機会だ。深淵の女王から下賜された、“宵闇(トワイライト)”を試そうか……回復ポーションと携帯食の用意に、武装は整っている。“覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)”への準備は、すべてヨシ!──迎えが来たら呼んで下さいとレイナさんに頼んでいるからな……もう少し、眠っていよう。

 

 

馬車にゴトゴトと揺られている内に、目はすっかり覚めた。

迎えに来てくれたのは、グランさんだけでなく、ルドガーさんも一緒だった。二人ともに、漆黒の鎧姿。

「少し気になったんですが、見習い達も黒い鎧何ですか?」

ふとした疑問だ。その疑問に、グランさんが答えてくれた。

「いや、正式に騎士の資格を得て、一端と認められて初めて、漆黒の装備が支給される」

グランさんの言葉に、ルドガーさんが沁々といった感じでいった。

「二年ほどで、芽が出なけりゃ退団勧告で、一年の猶予を貰えるんだが、それで駄目なら退団だ」

「やっぱり、楽じゃないですね……」

騎士の門を潜るのはやはり簡単じゃないか。守護者の看板背負う訳だしな……。

「若い内に見切りをつける事も、簡単じゃないだろうがな……」

窓の外を見ながら、ルドガーさんが呟く様にいった。

 

「そろそろ、騎士団支部に着くぞ。一度、副団長に顔見せだ。兜は脱いでおけよ」

ああ、そうだった。ずっと兜着けたままだ。体の一部みたいになってるな……フェイスガードを引き上げて、兜を脱ぐ……ルドガーさんと目が合った。

「うおっ……」

ルドガーさんが、驚いた顔で絶句した……何ぞ?

「ああ、そうか。うっかりしてた。私はある程度慣れているから、大丈夫だが」

あっはっはっ、と笑うグランさん。

俺から顔を背けるルドガーさん。耳が赤くなっているんだが……。



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第130話 覇王の訓練場 実戦の現実

 

 

騎士団の訓練場から、少し離れた場所にあるプレハブ設計の様な建物……というか、小屋だ。

前世でいうならば、工事現場の仮設事務所といった雰囲気の場所だ……仮設事務所内にいたのは、暗黒騎士団副団長ヴァルモア・ダルヴァイル。

漆黒の軍服の上から見てとれる、鍛え込んだ、引き締まった体格。

そして、男女問わず魅了する様な、艶やかな眉目秀麗の面立ち──直感的に感じる……何か、怖いなこの人。

副団長のヴァルモアさん以外に、お付きの騎士が二人。軍服ではなく、漆黒の鎧姿。

 

「初めまして、暗黒騎士団副団長のヴァルモア・ダルヴァイルといいます。三日の間、よろしくお願いします。細かな事は、グランとルドガーから改めて説明があります。疑問や質問は、二人に尋ねて下さい」

穏やかな笑みを浮かべながら、手を差し出して来るヴァルモア副団長。その手を握ると──冷たい。

手が冷たい人は、心が暖かいと聞いた事があるが……どうかな?

ヴァルモア副団長の佇まい、というか雰囲気からは、そういう感じはしない……この人は、警戒対象だな。

俺を見る目が、油断ならない感じがするんだよな……よし、顔見せは済んだ。

兜を被り、フェイスガードを下げる──ううむ、と妙に名残惜しそうに、ヴァルモア副団長が呻く……何が、ううむか。

 

「おう、クレイドル、副団長に挨拶は済んだようだな」

仮設事務所から出た所で、ルドガーさんに話しかけられた。厳つい顔に浮かぶ、愛嬌のある笑顔。

「はい……ええと、ヴァルモア副団長ですが、怖い人ですね」

ひゅう、とルドガーさんが口笛混じりにいう。

「ああ、怖いお人だぜ。見かけにごまかされなかったようで何よりだ……まあ、いい。見習い達への、グランの訓示もそろそろ終わるだろうからな。訓練場に行くか……」

ルドガーさんの表情に、厳しさが浮かんだ。

 

「私から言える事は以上だ。いいか、実戦の怖さを、お前らは今日知る事になる……私達の助けを期待するなよ?」

静まり返る騎士見習い達──ふん、とグランは腹の内で呆れた。

真剣さが……どうも、見えないな。この二十名の騎士見習いから、どれだけ残るものか……。

「グラン、クレイドルだ。副団長との話は済んだそうだ」

ルドガーの声に振り返る。フェイスガードを降ろしたクレイドルが側に立っていた。

見習い達に、クレイドルを紹介しておこうかと考えたが、止めた。

冒険者視点で、実戦を見てもらう必要があると説明をしているからな……私とクレイドルが、前に出る状況にならないといいが……。

 

「よし、出発だ。皆、馬車に乗れ」

ルドガーさんの指示で、二十名の見習い達が続々と乗り込んでいく。

「私達も行くか。馬車の中で、教官達と軽く打ち合わせだ」

グランさんとルドガーさん。俺の三人と、訓練教官二名の馬車は同じだ。

先を行く、見習い達の乗り込んだ馬車に追随する様に、馬車が動き始める。

覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)は、帝都から近いんですか?」

「西門から、馬車で一時間少しくらいかな。大分近いぞ」

教官が答えてくれた。三十代壮年の、がっしりとした体格の人。サイモンと名乗った。

「難易度としては……全十階の、中級ダンジョンだ。造りはそう複雑でもなく、罠の類いも危険な仕掛けは、少ないそうだ」

もう一人の教官が云った。名はイアン。細身だが引き締まった体付きの、三十代の人。好対照の二人だ。

「軽く打ち合わせといこうか……といっても、クレイドルに我々の見習い達の扱い方を、説明するだけだが」

グランさんが、俺達を見回して云った。

 

覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)”。その出入り口は、柵に囲まれている。

衛兵の詰所があり、出入りをチェックされる事になっているそうだ……それだけ、重要地点という事か。

覇王の訓練場ね……どんなものだろうかな?

グランさん達の話によると、一階から四階までは荒削りの、石造りのダンジョン。そこから下は、研磨された石造りのダンジョンだという。

なぜそんな造りになっているかは、今現在でもよく分かっていない──ダンジョンは、大概そんな造りになっているらしいからな……まあ、それはいい。打ち合わせの内容は、単純な事だった。

 

「よし、そろそろ到着だ。もう一度おさらいしておこうか……見習い二十名を五名一組の四つずつに分け、四小隊、A~D隊とする。今日はA隊B隊を午前午後と交互に実戦訓練。C隊D隊の訓練は明日。今日一日は、自主訓練の指示を出しておく……まあ、こんな所か」

ルドガーさんの言葉に、皆頷く。特に質問はない。

馬車から見える外は、いたって静かな感じだ。街道沿いの街路樹が、冬の風に揺れている。

冬の景色に溶け込む様な、行き交う馬車や荷車。旅人達。警備中の衛兵達。

(……平和だな)胸の内で呟く。

「おう、見えてきたぞ。覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)だ」

ルドガーさんが、窓を開けて顔を出す。フェイスガードを引き上げ、外を見る──出入り口は頑丈そうな門が降り、その周囲は聞いていた通り、柵で囲まれている。

衛兵の詰め所が見え、その周囲に衛兵達が待機していた。何となく、武人の錬武場を思い出した。

 

先行している見習い達の馬車が立ち止まり、衛兵達とやり取りをしている。

許可が下りたのか、開いた門を馬車が潜り抜けて行く。

「よし。次は俺達の番だな」

ルドガーさんが、手続きのための書類を出す。

さて、覇王の訓練場か……どうなるかな? 見習い達はどれだけやれるだろうか……。

「昨日まで、帝都騎士団が見習い連中の実戦訓練に来ていたが、犠牲が出たそうだ。三名死亡だとよ……」

衛兵とのやり取りを終えたルドガーさんが、ため息混じりに云う。

 

門を潜り抜け、兵舎に向かう。先行していた、見習い連中を乗せた馬車はすでに厩舎に着いていて、馬車乗り場で駐車状態。馬達は厩舎で休んでいるのだろう。

「俺達も向かうぞ」

教官が御者に指示を出す。了解! と威勢よく、返事をくれた。

馬車内は、少々暗くなっていたからな……。

「兵舎に荷を置いたら、少し休憩だ。その後、覇王の訓練場に向かう。見習い連中の編制を、頼む」

ルドガーさんが教官達に云う。任せろ、と教官。すぐさま、見習いの下に駆けて行った。

「犠牲が出ない事を、大いなる父君に祈れないのが……ツラいとこだな」

グランさんが、ため息混じり言った。大いなる父君の加護か……正直に言うと、信じている神の加護を得られる事に、少しばかり羨ましさを感じるんだよな。

あれ(邪神の加護)は、信用出来ないし……そもそも、邪神の加護って何だ?

 

兵舎に宿を取り、見習い連中と合流する。ここから、覇王の訓練場に向かう事になった。

現場に着いたならば、即座に戦闘という事もありえる──その習いで、すぐさま訓練場に向かう事に決まった。

「行こう。サイモンはA隊の指揮を頼む。イアンとグランはB隊と共に地上待機だ……俺とクレイドルは、A隊の後方から補佐する」

ルドガーさんの指示に、了解したとサイモンさん達。早速、見習い達を取りまとめ始める。

「見習い達の背後を俺達が補佐。状況に応じて前に出る……その流れだ」

グランさんが云った。俺は黙って頷く。

 

 

「よし……計十三名だな。気をつけてな」

覇王の訓練場前で、衛兵に立ち入りを告げる。十名の見習い達と教官に俺達。あとの十名は、兵舎で待機だ。

見習い達の様子を見る──何か、落ち着きが無い様に見えるんだが……。

「グランさん。わざわざ言うまでもない事何ですが、見習い連中……」

「言いたい事は分かる。少しばかり、気が逸っているな」

気が逸っている、か……危うい気がする。一つ気になっていた事を聞いてみる。

「対魔物、魔獣の戦闘訓練は、やった事はあるんですか?」

「いや。実戦を兼ねて、今日が初だ。資料を通して、座学で学ばせてはいるがな」

グランさんは、渋い顔で云った。なるほどな……なかなかキツイ事になりそうだ。ぶっつけ本番で実戦をする訳だからな……。

 

 

「準備は完了だ。行こう」

ルドガーさんが、俺達に声をかけてきた。見習い達を見ると、今だ落ち着きが無い……。

俺達の出番、かなり早いかもな。余計な被害が出なければいいが。



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第131話 覇王の訓練場 隣り合わせの現実

 

 

 

「下がれ! 無事な奴は、負傷者を後方に運べ!!」

がっしりとした体格の教官、サイモン──が叫ぶ。

ちっ、思わず舌打ちをする。見習い達が、倒れた仲間を担ぎ、引き摺りながら後方に退いて行く──「俺達が始末する! A隊を後方に下げろ!!」

背後から、ルドガーの声。サイモンはA隊の指揮を取るため、速やかに下がる。すれ違うルドガーに頷くと、A隊の下に向かった。

 

血の匂いが、意識をはっきりとさせ、気持ちを高揚させる──サイモンに頷き返し、コボルトの群れに突き進む。

数、十と少し……「大いなる父君よ。盾となり刃となりて、あなたへの信仰とします……」

犬頭にカイトシールドを叩き付け、横にいるコボルトを袈裟斬りにする。

不意に、横合いから黒灰色の何かが飛び込んで来た──クレイドルだ。

クレイドルは、カイトシールドを叩き付けたコボルトを蹴り飛ばし、その首を踏み潰すと同時に、次のコボルト目掛け、濃い夕陽の色をした戦鎚(メイス)を振り下ろす。コボルトの頭部が弾け散る──無茶な戦い方をするものだな、とルドガーは思った。知らずの内に、笑みを浮かべる。

 

コボルトの数──十二……いや、二体殺したから十。その前に、ルドガーさんが一体殺ったから九体か。

コボルトと会敵したA隊の動揺は、かなり激しかった。

コボルトは馬鹿では無い。A隊の動揺を見て取り、強襲をかけてきた。

先頭の二人は剣を抜く間もなく、コボルトから痛打をくらい、ダウン。それを見た教官のサイモンさんが、即撤退を決め、A隊に指示を出した。見切りの早さは、さすがだった。

「クレイドル、コボルトを押し返すぞ」

ルドガーさんは、俺の返事を待たず、コボルト達に駆けて行く……見習い連中、大丈夫だろうか?

 

コボルト達を、全て始末した矢先──グオォォ!

通路奥から、怒号の様な雄叫びが聞こえた。

「クレイドル、今の雄叫びは心当たりあるか……?」

奥に視線を向けたまま、ルドガーさんが尋ねて来た……心当たりは、一つ。

「多分、コボルトリーダーです。戦った事は?」

「いや、話に聞いた事があるくらいだ……お前は?」

碧水の翼(へきすいのつばさ)”の加入直後で、戦ったんだっけな……ルドガーさんと二人で、やれるか?

「碧水の翼で、仕止めた事があります。タフで素早い相手で、腕力もコボルトとは比べ物になりませんね」

「……なるほど。補助の魔術が必要か。それは任せてくれ」

ルドガーさんの言葉に頷く。グランさんは、コボルトリーダーの視界を暗黒属性で、短時間奪っていたな……ズン、と通路に響く足音。

 

姿を見せたのは、並のコボルトとは一線を画す、筋肉質の巨体のコボルト。俺達を見下ろすほど背が高い。優に百八十は越えているな。

目に付いたのは──少々錆び付いている胸当てと籠手。手にしている武器は、サイス。両手持ちの大鎌だ……この通路で、そんな武器を充分に振るえるか? 狗面(いぬづら)が……。

──闇は集いて 黒き刃となり 心身を刻む──

ルドガーさんの詠唱と同時に、コボルトリーダーに漆黒の刃が複数襲いかかる。

コボルトリーダーの全身から血飛沫が舞うが、致命傷には浅い──だが、それで充分だ。

グウゥゥッ!と呻く、コボルトリーダー。術とルドガーさんに気をとられ、俺の事が見えていないな?

宵闇(トワイライト)”──打撃の際に「宵闇(トワイライト)」と囁く事で、対象に対して何らかの状態異常を与える──を試してみるか。我が“深淵の女王”から下賜された逸品を……。

フェイスガードの奥。クレイドルの瞳が赤く瞬いた。

 

──宵闇(トワイライト)──囁きながら、コボルトリーダーの横腹に宵闇を叩き付け、通り過ぎる……ズンッ、重量のある物音に振り返る。コボルトリーダーが、地に片膝をついていた──どうなった?

後方にいる、ルドガーさんと目が合った。ルドガーさんは一つ頷き、剣を片手にコボルトリーダー目掛けて、勢いよく駆け出す。

 

まずは、様子見を兼ねて先制攻撃を仕掛けるとするか……少しの集中。

──闇は集いて 黒き刃となり 心身を刻む──

手のひらサイズの、回転する黒い三日月状の刃。その数、十。

本来なら、小型サイズの群れをなす魔獣や魔物に対して使用する暗黒属性の術。

だが、コボルトリーダーの体格と武装状態。防具に遮られ、かすり傷程度だ。

(まあ……目眩ましだ。この程度の威力で充分だ……なあ、クレイドル?)

 

怒りに曇ったコボルトリーダーの側面を、クレイドルが通り抜け様、妙な色の戦鎚(メイス)でコボルトリーダーの腹を殴りつけて行った──胴体への一撃。それが痛打とはいかないだろうが……何か、妙だ。

腹を撃たれたコボルトリーダーが、グラリと上体を揺らすと地に膝をつき、眠気を振り払う様に、頭をしきりに振っている。クレイドルを見ると、目が合った……クレイドルが頷く──勝機だな。

片膝をつくコボルトリーダー。取り落としたサイスを拾い上げる前に、ルドガーがサイスを踏みつけ、コボルトリーダーの頭部を剣で断ち割る。

コボルトリーダーは頭部から血肉を撒き散らし、もう動かない……。

 

ふうっ、と一息吐き、ルドガーは周囲を見回す。 コボルトの死体十二に、コボルトリーダーの死体。

(済んだか……)しばし、ぼんやりとするルドガー。見習い連中の様子が気になる……死人が出ていない事は、大いなる父君の計らいで分かるが、問題は……A隊連中の心だ。

「ルドガーさん、敵の気配はもう感じません。戻りませんか?」

静かで、落ち着いたクレイドルの声。

クレイドルを見ると、フェイスガードを引き上げていた──白磁色の肌。端正な目鼻立ちに、吸い込まれる様な漆黒の瞳。濡れた様な艶やかな薄紅色の唇……目に毒過ぎる。

んんっ! と咳払い。俺を魅了するな、クレイドル……「よし、戻るぞ。見習い達の様子を見たい」

クレイドルの容姿を脳裏から振り払い、負傷した見習い達の事を考える……鍛え直す必要があるな……。

 

「ルドガー、クレイドル、退こう。A隊連中の治癒が最優先だ。急ごう」

グランさんが、声をかけてきた。魔物の気配は感じない今、撤収といこうか。

「よし……戻るか。クレイドル、行くぞ」

「分かりました。殿(しんがり)は任せて下さい……まあ、魔物の気配は感じませんけど」

フェイスガードを引き下げ、ルドガーさんに声をかける……ルドガーさんの様子がおかしいが……まあいい。

「ルドガー、来てくれ。治癒の人手が必要だ」

サイモンさんが呼び掛けて来る。俺も治癒の手伝いは出来るが、軽治癒くらいなので助けになるかどうか……まあ、やれる事をやろう。

 

無事、地上に帰還。負傷者の治癒は済んだが、少々手間取ったそうだ。理由は単純。見習い達の信仰心がまだ未熟だからとの事。

グランさん曰く「大いなる父君の加護を得ていない者に対してへの癒しは、効果がなかなか発揮されにくい」だそうだ……暗黒神、結構厳しいな。

「初日でこれか……幸先が良いとは言えないな」

ルドガーさんが、苦い顔でため息混じりに云う。

先行したA隊は、見るからに疲労していた。肉体的というより、精神の方だろうな。

「ルドガー、少しばかり早いが、B隊と交替しよう」

引き締まった体格の教官、イアンさんがやって来て云った。

「……そうだな。午前と午後に分ける予定だったが、前倒しでやるか。状況次第だが、午後も潜らせよう」

「よし、私が指揮を取る。ルドガーはグランと交代……クレイドル、引き続き補佐を頼めるか?」

「大丈夫です。何の問題もありません」

頼む、とイアンさん。しかし、見習い達はツイてないな。コボルトの群れにいきなり出くわすなんて……いや、逆か?

コボルトリーダーが統率していたら、あの程度の被害では済まなかっただろうからな。

もしかしたら、暗黒神の加護が働いた可能性もあり得るな……だとしたら、俺の父上(邪神)よりもだいぶマシだ。

 

〈ひどいなあ。僕もちゃんと君を見守っているよ~。まあ、暗黒神(兄上)ほど細かい加護は与えられないけどね~〉

 

うん!? クスクス笑いに混じって何か、聞こえたな?



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第132話 覇王の訓練場 大いなる父君の現実

見習い=隊。隊=見習いです。念のため。


_〆(。。)


 

 

 

後続のB隊と、先行のA隊。教官のサイモンさんとイアンさん、そして、ルドガーさんとグランさんが交代する。

「クレイドル、疲労は?」

「大丈夫です……一つ聞きたいんですが、いいですか?」

グランさん、というより暗黒神の信徒に尋ねたいんだよな。改めての確認だ。

「む、言ってみろ」

「見習い達に、暗黒神の加護は与えられないんですよね。ならば、魔物やらに対しての弱体化を祈れませんか?」

 

ふーん、と考え込むグランさん。近くにいたイアンさんが云う。

「敵性存在へ対しての、弱体化の祈りか……冒険者らしい考えだな。グラン、どう思う?」

「ふむ。正直、分からないな。クレイドル、なぜそんな事を思い付いた?」

イアンさんの疑問に、グランさんが答え、次いで俺に尋ねてきた。

「そう、ですね……コボルトの群れを始末した後に、コボルトリーダーが来た事が気になったんですよ」

それが?、とイアンさん。グランさんは、なるほどな、と頷くと云った。

「つまり、群れを統率するコボルトリーダーが不在で、後からやって来たのは、大いなる父君の何らかの気配りではなかったか? と言いたいのか?」

グランさんの発言に、イアンさんが目を見張る。

「ええ。そうです……暗黒神、大いなる父君がいくら厳しくても、我が子を見殺しにしないのでは?……まあ、俺の勝手な思い込みですが」

厳しさと優しさは、両立すると思うんだよな……ううむ、とグランさんとイアンさんが考え込む。

 

一時間ほどの小休止。イアンさんの指示の下、後続のB隊が、覇王の訓練場の入り口前で待機──その顔には、覇気といったものは見受けられない……仕方ないよな。戻って来た見習い仲間の沈み具合を見たら、士気も激減して当然だ。

先行組のA隊は、サイモンさんに兵舎へと連れていかれた。

大きなお世話だが、心のケアは大丈夫だろうか?

 

「少し、計画変更しよう。俺が見習い達を連れ、二人が後方から補佐をするやり方を、少し変えよう。二人には斥候を頼みたいが、どうだ?」

イアンさんの提案。グランさんと、顔を見合わせる。

「構わない。クレイドル?」

「俺も構いません」

イアンさんが、ふう、と一息吐く。

「頼む。クレイドル、さっき言っていた大いなる父君への祈り。魔物に対しての、弱体化の願いをしてみようと思う……ものは試しだ」

 

イアンさんが地に跪き、漆黒の短剣を鞘ごとベルトから抜き、地に置く。

「イアン、これを使え」

グランさんが革袋を渡す。あれ、黒ワインだな……礼をいい、受け取るイアンさん。黒ワインを地に注ぎ、祈りの姿勢に入る。

「クレイドル、少し下がっていよう……見習い達、静かにしてろよ」

下がりながら、見習い達に忠告する。

 

──我らが 大いなる父君 あなたの息子が改めてお願い申し上げます 未熟なる子息達に ほんの少しの守護をお与え下されれば これに優る事はありません どうか慈悲をお与え下さい──

 

イアンさんの祈りの言葉が、朗々と周囲に響く。

祈りの言葉とともに、空気が晴れやかな気配を纏う──心が落ち着くな……この祈り、聞き届けられるだろうか?

 

〈ふむ……油断ならぬ父上(邪神)を持ち、気苦労が絶えぬであろうな。我が甥よ……今の祈りで、多少なりともの“偶然(守護)”があるかもしれぬな……いつか会おう我が甥よ……〉

 

威厳ある、重厚な声が頭に響いた……誰の、何の声だ!? 暗黒神……か?

イアンさんが立ち上がっていた。顔が上気している。短剣をベルトに差し込むと、興奮した声で叫ぶように云った。

「大いなる父君の声が聞こえた! 健闘せよと、我が子らの奮闘を見届けるとの仰せだ!!」

イアンさんが、沈んでいるB隊に向け、演説めいた訓示を叫ぶ。

訓示を受けたB隊の顔に、明るさが差し込んだ──大いなる父君。暗黒神の加護を受ける事ができたと、思ったのだろうな。

 

俺の聞いた声と、イアンさんの聞いた声は別のものだったのか……?

まあ、何にしろ士気が上がったのはいい事だが……それにしても、俺には何人の伯母や伯父がいるんだろうか?

うんざりする時が来るかもな……全く。

 

「グラン、クレイドル、先行してくれ。俺達は少し距離を取る」

「分かった。クレイドル、行こうか」

イアンさんと見習い達を後に、覇王の訓練場の入り口を潜る──「気を付けろよ」とイアンさんの声。後ろ手に手を振るグランさん。

さて、暗黒神への祈りが通じた今、どんな形で“偶然(守護)”が起こるのだろうな?

 

覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)”、再びだ。

グランさんから聞いた話だと、一階から四階までは、荒削りの石造りのダンジョンだったな。

ぼんやりと、仄かな灯りに照らされる、荒削りで武骨な石造りの床を、慎重に進む──「グランさん、暗黒神には兄弟神がいるんですか?」

異世界知識が発動しなかったのが、少し不思議だったので、グランさんに尋ねてみる……まさか、禁忌(タブー)な事だから、発動しなかったとか無いよな……無いか。

知りたくない知識をぶちかましてきた事があったからな。

 

「大いなる父君の兄弟神? ああ、魔神と邪神を加え、三柱神と言われている……それと、もう一柱。深淵の女王がいるんだが、こちらはあまり語られないな」

暗黒神、魔神、邪神で三柱の兄弟神か。それに加えて深淵の女王、か……。

「なぜ、深淵の女王は語られていないんです?」

う~ん、とグランさん。語れないか、語りたくないのか……。

「まあ、知っておいて損はないだろう。三柱神は何らかの形で、この現世に力を及ぼす事が出来る。場合によっては、人の姿を纏い顕現する事もある……だが、深淵の女王はどんな形ででも、直接力を及ぼす事が出来ないらしいんだ」

ふ~ん。何かしらの制約があるのだろうな……。

「クレイドル、あまり深淵の女王の事は深掘りしない方がいい。よく分かっていない存在だからな」

なるほどな──深淵の女王は、あまり触れない方がいいんだろうな……深淵の女王と謁見した事あるんですよ、ブヘヘ。とか冗談でも言えないな。

 

「ん……クレイドル、止まれ。生命探知に、引っ掛かった。少し距離があるので、数は分からないが」

手を上げ、立ち止まるグランさん。数が分かり次第、後方のイアンさんに伝える事になるだろう……。

宵闇(トワイライト)”を引き抜き、盾を構えて静かに待つ。やって来るのは魔物か魔獣か、虫は勘弁してもらいたいが……何にせよ、その時は、その時だ。

グランさんは、手を上げたまま前方の通路をただ見つめている……。

「クレイドル、数は八。種類は不明。アンデッドではない……多分、魔物だ」

「退きましょう。イアンさん達に報告して、見習い連中の出番にしましょう」

魔獣の種類までは分からないが、ここは見習い達に、経験を積ませるいい機会になるだろうな。

「よし……退くか。見習い達のいい経験になるだろうな。戻るぞ」

早速、イアンさんの下に戻る事になった。静かに移動する──

 

「B隊を前に出そう。二人はいつでも出られる様に、待機していてくれ。見習い達の実戦経験が優先だが、いざという時には……頼む」

イアンさんの言葉に俺達は頷く。さて、獲物は何だろうか?

イアンさんの指揮の下に、B隊が慎重に進んで行く……気負う様子はない。先行組の体験を聞いたのだろうな。

その表情からは余裕は伺えない。

引き締まった顔付き……実戦に赴く戦士の顔に見えるが……実際に戦闘が始まったなら、どうなるだろうか?

ふう、とため息を吐いてしまう──「あまり、気にするな。私達のやるべき事をやるだけだ」

俺のため息を聞いたグランさんが、穏やかに云った。

 

俺達は少し距離を取り、イアンさんの後に付いていく。

イアンさんの指揮の下、慎重な足取りで進むB隊。五名編成の、前衛三名に後衛二名か……。

「グランさん。見習い達は、暗黒属性の術は使えるんですか?」

五名全員が、皆戦士というのはバランス良くないだろう。一人か二人は、何らかの術士がいないとな。

「いや。見習い達は暗黒属性、というより、まだ信仰心が育っていないからな。術を使える様になるのは、まだ先だろう」

 

やはりそうか。信仰が足りないので、暗黒神の加護を得られないという話だったからな……グランさんが続けて云う。

「騎士としての実力がついたとしても、信仰心が未熟なら、暗黒騎士団に正式に入団する事は叶わないという事だ」

「なるほど……騎士の実力と、信徒としての信仰心を両立する必要があるという事ですか」

やっぱり簡単じゃないんだな。暗黒騎士への道のりは。

「そうだ。それならそれで、他国の騎士団という選択もあるが、ダーンシルヴァス神王国出身なら、国籍を移す必要があるけどな」

「そこまでして、その選択をする人はいますかね?」

国籍変更してまで、騎士になりたい人なんていそうも無い気がするが。

「う~ん、少し考えにくいな。そもそも、騎士は護国の象徴という部分があるからな。もしいても、あまりいい目で見られないと思うぞ」

まあ、確かに。国の守護者(ガーディアン)としての存在だからな。騎士の道は、やはりハードルが高い……。



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幕間 グランドヒルの新パーティー

 

 

(きこり)達の護衛依頼は、つつがなく終わった。二日目は、魔獣化した動物も出ず、猪や熊等の、少し危険な動物にも出くわす事もなかった。

荷台に乗せた、伐採した木々を加工場に送った時点で、依頼完了となった。

「助かったぜ。ありがとな」

親方が、私達に礼を云う。なあに、依頼を終わらせただけさ、と答えるジャックさん。

 

「冒険者ギルドに報告に行きますか。昼食は、その後ですね」

親方と話しているジャックさんを横目に、フルースさんが云った。

「ジャック! 先に冒険者ギルドに行ってるぞ!」

ランドさんが、ジャックさんに声をかける。おう、と答えるジャックさん。

時間は、お昼前といった感じ。昼食は何になるかな……いつもの“青風館”だろうか?

 

「俺達が卸した肉が入っているだろうからな。青風館に行こうか。新鮮な猪と鹿の肉がたっぷりあるぞ」

ランドさんが嬉しげに云う。新鮮な肉……鍋にでもするのかな?

煮物も良いな。肉と野菜たっぷりの煮込みや、シチューもいいし──うん。楽しみだ……。

「ジャックが戻るまで、冒険者ギルドでお茶でも飲んでのんびりしましょうか」

フルースさんが、穏やかに云う。

ふう、とシェリナが一息吐く。ジョシュがのんびりとした口調で、云った。

「フルースさん、俺達は一度宿に戻って荷を置きます。一風呂浴びてから、合流しますよ」

風呂好きのジョシュが、云った。フルースさんが微笑む。

「ええ、構いませんよ。急ぐ事も無いですからね」

 

私達は荷物を置き、冒険者ギルドに戻る事にした。お風呂に行くジョシュに、あまり長風呂しないようにと声をかける。

「ああ、シャワーだけで済ませるよ。浴室を使うのは、夜にするつもりだ」

お風呂用の手桶片手に、ジョシュが云う。

「先に行ってるからね」

シェリナの声に頷きながら、ジョシュはシャワー室に向かって行く。

ホントに、お風呂好きなのねえ……まあ、気持ちは分かるけどね。私も、昼食後にお風呂に行こう。

 

冒険者ギルドの喫茶室。ジャックさん達は、のんびりとお茶を楽しんでいた。

「おう、戻ったか。ギルドへの報告は済んでるぜ」

ジャックさんが、ティーカップ片手に私達に告げる。

「報酬は、中々のものだったぞ。魔獣化した鹿の角と猪の牙に魔石。それらに、受けた依頼の報酬を足して、計一人辺り。金貨四枚に銀貨二枚だ……まあ、こんなものだろうな」

ジャックさんが目を細めながら、お茶を啜る。

思った以上の報酬。本当に、貰っていいのだろうか?

「ああ、それと。お前達の冒険者ランクも上がったぞ……今日から、Dランクだ。あとから、改めてギルドマスターから通達があるだろうよ」

ジャックさんの言葉。Dランクに昇格……ランクアップの事は、考えていなかった……。

「さあ、座って。ジョシュが来るまで、お茶の時間といきましょう」

優しげな笑みを浮かべながら、フルースさんが云う。

ランドさんの、店員を呼ぶ声がぼんやりと聞こえた……初級のDランクか……。

 

「初級のDランク……」

シェリナは立ったまま、呆然として呟く……。

「おい、席に着けよ。少し落ち着け、お茶の時間だ」

苦笑混じりの、ランドさんの声が優しい。

店員さんが、お茶と砂糖まぶしの炒り豆と焼き菓子を持ってきた。

「Dランクからは、依頼の幅が広がってやり易くなるぞ」

ジャックさんが、塩味の焼き菓子を摘まみながら云う。私もつられて、焼き菓子を手に取る。

「討伐依頼も、難易度が低ければ大概のものは受けられますよ」

お茶をカップに注いでくれる、フルースさん。

礼をいい、カップに口をつける……温かいお茶が気持ちを落ち着かせる。

ふう、とシェリナのため息。私と同じように、落ち着いたかな?

 

遅れてやって来たジョシュに、初級Dランクに昇格した事を告げると──シェリナと同じ様に、呆然とした様子で固まってしまった。その様子を微笑ましく見るジャックさん達。

私は、ジョシュにお茶を勧めて、落ち着くように云った。お茶を啜るジョシュと私達に、ジャックさん達が今後の事をアドバイスしてくれた。

まず、パーティー名を決めた方がいいとの事だ。

 

「パーティー名ってのは、言ってみりゃあ看板だ。各地を移動する時に、冒険者ギルドに報告するだろ? その時に、少し融通を効かせて貰える事があるんだよ」

「つまり、依頼にもよりますが、このパーティーになら任せても大丈夫、と認識されるんですよ」

ジャックさんとフルースさんのアドバイス……う~ん。正直、思ってもみなかったな。パーティー名、パーティー名ねえ……後で、シェリナとジョシュと話し合わないといけないわね……。

「まあ、パーティー名については充分に話し合うんだな……昼飯にしよう。昇格記念の祝いだ。俺達の奢りで、たっぷり食え」

ジャックさんが席を立つと、豪快に云った。フルースさん、ランドさんも何か嬉しそうに微笑んでいる……私達は、いい先輩と知り合ったみたいだ。

 

少し遅い昼食は青風館だ。予め予約を取っていたようで、奥の席に通された。

「猪鍋が先で、鹿肉の焼肉はその後ですね」

フルースさんが云う。猪鍋に、鹿の焼肉か……滋養に良さそうだ。

「何より、新鮮だからな。ほぼ狩り立ての肉だ。感謝の思いを込めて、じっくり味わうとしよう」

ランドさんが、沁々と云った……そうよねえ。生き物の命を、我が身にするんだもの……。

昇格のお祝いの様な雰囲気の中、なかなかに豪勢な昼食になった──猪鍋に鹿の焼肉、山菜と茸の炒め物。山の幸をたっぷりと味わう事ができた。

 

 

ジャックさん達にお礼をいい、宿に戻った。私とシェリナは、ひとまずお風呂。パーティー名を三人で話し合うのは、その後と決まった。

「パーティー名かあ……じゃ、後でな」

ジョシュは部屋に戻って行った。

さて、お風呂でさっぱりしたら、何かいい名でも思い浮かぶかも……。

 

「パーティー名かあ……」

正直、考えた事なかったな。村の名前から取るっていうのは、何か違うしな……。

そういえば、城塞都市で先輩冒険者達と話した時、あまり大げさなパーティー名は呆れられると言ってたっけ……う~ん。リーネとシェリナが戻ってからだな──ジョシュは棚から剣を取り出し、鞘から抜いた。明かりにかざし、じっと見つめる……刃こぼれは、無し。さっき布で拭ったので曇りも無い──

「パーティー名かあ……」

ジョシュは剣を見つめながら、一人呟く。

 

さっぱりとしたお風呂上がり。シェリナと二人で、ジョシュの部屋を訪れる……ジョシュは直ぐに出てきた。

「ああ、下に降りるか?」

ジョシュの声に頷く。喧騒の中の方が、話しやすい事もあるからね……まあ、そんなに深い話でも無いけれど。

早速、下に降りる。宿の喧騒に慣れたものだと思う……私達も、冒険者生活に馴染んだものね。

テーブルに着き、蜂蜜酒(ミード)を頼む。ちょっとお高めだけれど、今回は稼げたから少しはいいでしょう。

 

「パーティー名、何だけど……何か思い付いた?」

リーネが言った。う~ん、と唸るジョシュ。お風呂でさっぱりとしたら、何かいいパーティー名が思い浮かぶと思ったけど、駄目だった。

さて、どうしようかな? 村の名前からパーティーの名前を取るというのは、嫌だし……。

「すいません。ソーセージとチーズお願いします」

ジョシュが、店員さんに注文をする。

のんびりしてるわねえ……まあ、私もリーネも似た様なものだけど。

パーティー名ねえ……ちびり、と蜂蜜酒を啜る。うん、美味しい。さっぱりとした味わいが、優しく喉を潤す。

「前衛、中衛、後衛とバランス取れているよね、私達。そこからパーティー名を考えたのだけれど……どうも思い浮かばないのよねえ」

リーネが首を傾げる。全然思い浮かばないのは、私もジョシュも同じ……正直、急ぐ様な事でもないと思うのだけどね。蜂蜜酒のお代わりを頼もうかな。

 

シェリナの、蜂蜜酒を注文する声に我に返る。パーティー名を考えている内に、ボンヤリしてたみたい……「うん? 雪が降っているみたいだな」

ジョシュが、宿の出入り口を見ながら言った。

つられて、私も出入り口を見る。確かに、チラホラと雪が舞う様に降っている……雪かあ。

「私達の村も、降っているかな」

チビチビと、蜂蜜酒を啜りながらシェリナが言う。

「そういえば、なんだっけ? 村でよく見かけた、春先になると咲く、白い花」

ジョシュが、唐突に花の事を言った。ああ、あの白い花は、確か……。

「ええと、待雪草(スノードロップ)だったかな?」

チーズに手を伸ばしながら、シェリナが言った。 そう、待雪草。下向きに咲く白い花。あれ好きなのよね……よし、決まった。

「パーティー名、決まったわ。うん」

私の宣言に、二人が顔を見合せ、私を見る。

待雪草(スノードロップス)にしない?」

「スノードロップス、か……うん、悪くないと思う」

ジョシュが、頷きながら言う。シェリナは蜂蜜酒をくいっと呷ると言った。

「うん。いいと思うよ」

「よし、決まりね。明日、ギルドに申請するわ。ジャックさん達にも報告ね」

うんうん、と頷くジョシュとシェリナ。

「改めて、待雪草(スノードロップス)として、乾杯しましょうか」

ジョシュが店員を呼ぶ。パーティー名が決まった事で、冒険者として、本格的な始まりの様な気がした。



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第133話 覇王の訓練場 偶然(守護)は続かず

 

 

 

「よし! 押し込め!!」

イアンさんの号令に、B隊が一気にオークの群れに突撃する。

群れとはいっても、もはや四体だけだ……勝ちだな。始末が付くのはもう直ぐだ。

 

始末したオークの数、八体。イアンさんは指揮を取るだけで、直接戦闘には関わっていない。

B隊のみで、数に少し優るオークを倒した。負傷者は出たが軽傷だ。

軽い打撲程度ならば、俺の軽治癒で充分だと思ったので、経験を兼ねて任せてもらった……それにしても、暗黒神の偶然(守護)が早くも発動したのには、少々驚いた。

B隊がオークと出くわした際、先頭を進む数体のオークが驚き、武器を取り落とした。

それを見たイアンさんが、B隊に先制攻撃の指示を出し、そこから乱戦に持ち込んで、オークの殲滅を果たした。

 

「よし、幸先は悪くないな……大いなる父君よ、偶然(守護)に感謝します」

イアンさんが、暗黒神に簡易な祈りを捧げる中、グランさんの指示で、B隊がオークの死体を通路の端に片付けている。死体は腐敗前に、ダンジョンに吸収されるんだっけか……。

「よし、もう済んだ。他に痛む所は?」

オークの死体の片付けを横目に、腕に打撲傷を負った、見習いの治療を終える。

「あ、いえ。もう大丈夫です……ありがとうございました」

礼をいい、立ち上がる見習い。年の頃は、十五、六くらいか……ふむ。打撲傷ならば、よほど酷くない限り軽治癒で充分だな。

一礼し、仲間の下に戻って行く見習い。その背を見ながら、グランさんに言われた事を思い出す。

負傷者の治癒をする時は顔を出すな、との事だった……解せぬ。

 

「B隊に、もう一戦させるか、地上で待機中のA隊と入れ替えるか、どうする?」

グランさんがイアンさんに尋ねる。B隊の様子を見ると、そわそわと少し落ち着きが無い。先の勝利の余韻が今だ残っているみたいだが……さて、イアンさんの判断はどうだ?

「ふむ……よし、入れ替えだな。大いなる父君の守護を得られている内に、自信を取り戻させよう。今のままだとA隊連中の気持ちが折れかねない」

「それでいいと思う。早速、サイモンに伝えてこよう」

イアンさんの判断に賛成したグランさんが、訓練場の出入り口に向かって行く。

「クレイドル、治癒の礼を言う。まだ見習い達には、大いなる父君の治癒は早いからな」

ふう、とため息混じりに、イアンさんが礼を言った。

「俺の経験にもなりますからね。軽傷ならば、治癒できる事が分かりましたよ」

なるほどな、とイアンさん。治癒術のコツは、単純な事──癒す──という強い意思を持つ事だとは、“魔導卿”ラーディスさんの教えだ。

 

イアンさんとの雑談中、サイモンさんとルドガーさんが、A隊を連れてやって来た。

A隊の様子は、今は落ち着いている感じだ。グランさんから、何らかの激励でも受けたのだろうか?

「……微かだが、大いなる父君の守護を感じるな……グランの言った通りだ。よし、入れ替えだな。連中に自信を取り戻させよう」

ルドガーさんが、サイモンさんに云う。

イアンさんが、見習い達に引き上げを告げている。少々、不服そうだが引き上げに同意するだろう。

やがて、イアンさんがB隊を連れ、出入り口に向かって行った。

 

「クレイドル、疲れて無いか?」

グランさんと交代したルドガーさんが、話しかけてきた。

先のコボルトリーダーとの一戦は大した事なかったしな──「いや、大丈夫ですよ」

ふうむ、とルドガーさん。今日は、半日は潜っているつもりだからな……。

「冒険者てのは、タフだな……頭が下がるよ。正直、ダンジョンには長く止まれないんだよな」

体力面ではなく、精神面の疲労がツラいそうだ……俺は平気だが、冒険者の中にも、精神面で長く耐えられない人もいるんだよな。

「ルドガー、クレイドル。引き継ぎは終わった。二人、斥候を頼めるか?」

サイモンさんがやって来て云った。頷いて答える。

「取り合えず……一階奥、二階へ続く広場まで行く事にしよう。時間的に、戦闘が出来るのは、あと二度ほどかな」

ルドガーさんが、サイモンさんに云う。そういえば、まだ一階何だよな……何かもどかしいな。

碧水の翼(へきすいのつばさ)”なら、もう少し速やかに行動出来たろうな、という思いがあるだけだ……比べても仕方ない事だけどな。

 

「よし、行くか。生命探知は、任せてくれ」

剣を抜き、盾を構えるルドガーさん。俺は静かに、“宵闇(トワイライト)”と盾を構える。

「はい。お願いします」

おう、と頷き、ルドガーさんが先を行く。気を付けてな、とサイモンさんの声が聞こえた。

ルドガーさんの少し後ろ側に付き、廊下を進む……さて、コボルトにオークときて、次の相手は何だろうな? 虫じゃなかったらいいんだが……。

左への曲がり角直前で、ルドガーさんが立ち止まり、待ての合図を出してきた。

「……生命探知に反応ありだ。多分、魔獣だな……数は、三体。向かって来ている」

魔獣か。まだ一階だから、それほど強力なものは出ないだろうが、油断はできないな……。

「戻りましょう。見習い達に、早めに腹を括らせる必要ありますよ」

「そうだな。よし、戻るか。さて、どんなやつが来るかな」

俺とルドガーさんは、速やかにここから離れる。微かに、獣の臭いを感じた気がした……。

 

サイモンさんに報告。サイモンさんは、相手を迎え撃つのではなく、こちらから攻める事に決めた。

「よし、前衛三、後衛二の隊列だ。日頃の訓練を思い出せ。前後の入れ替えを意識しろ。相手の数が少ないとはいえ、油断するな……隊列を組み次第、進め」

サイモンさんの指揮の下、A隊が速やかに隊列を組み、慎重に進み始める。

「ルドガー、クレイドル、俺と見習い達の背後に付いててくれ」

了解、と俺達。さて、お相手は何だ?

 

A隊が曲がり角に近付く前に、その“お相手”が姿を現した……カエルだ。見た目、赤茶色の肌をした大きなカエル。全長……八十センチはあるだろうか?

ただのでかいカエルであるはずもなく、水掻きの付いた手からは鉤爪が伸び、肌はよく見たら、レンガの様な質感……刃物は通りにくそうだな。

大いなる父君の偶然(守護)は、どう働くだろうか?

「なかなかに面倒な相手だな。見た目通り堅いぞ」

あのカエルの事を知っているらしい、ルドガーさんが呟く様に云った。

 

「一対多で当たれ! 爪に気を付けろ! 斬るよりも、突け! 突いたら直ぐに引き抜け、抜けなくなるぞ。そうなったら、剣を手放して下がれ!」

サイモンさんの指示の下、A隊がレンガ色のでかいカエルに向かって行く。

先頭にいるカエルが、A隊に気付いていない様に、ゲッゲゲッ、とあらぬ方向を向いて野太い鳴き声を上げる……隙だらけだ。

先頭を行くA隊の一人が、カエルの首目掛け、剣を突き刺し、引き抜く。

グゲッ! と声を上げるカエル。致命傷になっていなかったのか、血を吐きながら後方に下がって行く──「押し込め! 体の表面では無く、下側の柔らかい部分を攻めろ! 一体を一人で対応するな!」

サイモンさんが、A隊に指示を出す。今の状況ならば、カエル一体に二人がかりで相手取るのが正しいだろうな。

速やかな始末……それで見習い達の心が安定すればいいがな。

 

連携は取れている様に見えたが……ううむ、歯がゆいな。数の利を上手く使えず、連携が取れていない。

三体のカエルを、捌ききれないのが見て取れる。サイモンさんも渋い顔をしているだろうな……。

押し包んで一気に攻め込み、潰す事が出来るだろうに……「もどかしいな」

ルドガーさんが、舌打ち混じりに呟く。

同感だが、要請がない以上、自分達が出る事は出来ない。

「押されてるぞ……面倒な相手だが、強力な魔獣という訳では、無いんだがな……」

またもや舌打ち混じりに呟くルドガーさん。あのカエルは初めて見たが、確かに面倒そうな相手だな。うん? 最初に一撃を食らったカエル、いつの間にか居なくなってないか?

「ルドガーさん、最初に一撃を食らったカエル、居なくなってませんか?」

「……だな。待てよ。少しマズイかもな」

二体のカエルに、てこずっているA隊を睨むように見つめながら、ルドガーさんが云う。

「サイモン! ブルフロッグが仲間を引き連れて来るぞ!」

ルドガーさんが剣を抜き、臨戦態勢を取る。ブルフロッグというのか、あのカエル。仲間を呼ぶ? ホントに面倒だな。

俺も“宵闇(トワイライト)”を構える。

 

ゲゲッゲッゲッゲゲゲッッ──ざっと見るに、十体は越えているか? カエル、ブルフロッグの群れ。増えるの早いな……A隊は、はっきりと怯えを見せている。

やれやれだ──「ルドガー、クレイドル、手を貸してくれ」

サイモンさんの要請。と同時に、サイモンさんがA隊を後方に下がらせる。

サイモンさんは、腰が引けている若手の前に出ると、ブルフロッグの群れに手をかざす。

コロリ、とブルフロッグが数体倒れる。暗黒術を使ったのか、魔力の流れを感じた。倒れたブルフロッグを乗り越え、サイモンさんが剣を振るう。

ルドガーさんが、ブルフロッグの群れに斬り込んでいく。瞬く間に、ブルフロッグ数体が切り裂かれ、血を撒き散らしていく。

俺も血生臭さの中に乗り込み、宵闇(トワイライト)を振るう。“囁き”は必要ないな──

ブルフロッグの頭部を叩き潰す。しっかりとした手応え。

剣よりも戦鎚(メイス)が有効か。鉤爪を振りかざして迫って来たブルフロッグの頭部を、盾で横殴りにして、戦鎚を頭部に振り下ろす。

ぐしゃり、とした感触──悪くないな。周囲を見回すと、ブルフロッグも数体ほどになっていた。

 

 

「ここまでだな……サイモン、引き上げにしないか」

「……そうだな。大いなる父君の偶然(守護)も消えた事だしな」

サイモンさんが、疲労しているA隊に目をやりながら、ルドガーさんの言葉に頷く……見習い達に自信が付くのは、いつになる事か……。

サイモンさんとルドガーさんが、二人揃ってため息を付いた。



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第134話 覇王の訓練場 歴戦の兵士

覇王の訓練場は、少し長くなります。

(゚∈゚ )クルッポ


 

 

 

午前組十名の、今日の実戦訓練は終了となった。

「死者、重傷者無し……しかし、結果としては……」

「いまいちだな。決して良いとは言えんな」

サイモンさんとイアンさんが話し合う。部外者の俺から見ても、見習い連中の練度は良くなかった……いや、練度以前に“実戦”に対する心構えが出来てなかったと言った方がいいだろうか?

「兵舎に戻るか。昼食後、午後組を指揮しないとな」

ルドガーさんの声に、皆頷く。

グランさんは一足先に、見習い連中を連れ、覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)から地上に戻って行った。

 

昼少し過ぎの訓練場周辺は明るい雰囲気で、衛兵や市民達が行き交っている。

露店がいくつか出ていて、日曜雑貨や食事を提供している店や、武具を取り扱っている店もあり、一つの拠点として機能している様だ。

そういえば、同業(冒険者)らしき人らは見かけないな──「覇王の訓練場への、冒険者の立ち入りは制限されているんですか?」

隣を行く、サイモンさんが答えてくれた。

「ああ、騎士団と衛兵の訓練期間中は、制限されているんだ」

なるほどな、道理で。そもそも、覇王の訓練場の難易度的には、中級クラス以上と認定されているから、そうは来ないだろうな……。

「昼食を済ませて、小休止。午後も引き続き、A隊B隊を訓練場に降ろそう……指揮はまず、俺が取る」

イアンさんが云った。午後も、引き続きで訓練か……さて、どうなるかな?

 

昼食は、皆と同じ兵舎で取る事にした。酒場を兼ねた食堂もあるが、ちょっとした交流のためと金がかからないからだ。

定食、二種──鶏肉野菜炒めと豚肉野菜煮込み。それに玉葱のスープに酢漬け野菜だ。このメニューだと……米だな。

 

「明日、明後日とまだ二日ある。見習いを鍛える時間は充分にあると思うが?」

「それはそうだが……カエルの件で、だいぶ落ち込んでいるぞ」

サイモンさんとイアンさんの会話。

確かにな……ブルフロッグ戦を終えた後、見習い達の顔色は酷いものだった。

少し離れた席で、食事をしている見習い達を見ると、午前組の十名達は、浮かない顔で食事をしている。

そんな午前組を、午後組の十名は心配そうに見ていた──「ふん……午後組は、どうなる事か」

ルドガーさんは、豚肉野菜煮込みを平らげ、水を口に運ぶ。

「少々、発破をかけないといけないかもな」

ちぎったパンを、煮込み汁に浸すグランさん。そう食べるか……美味そうだな。

俺は、食事の〆に酢漬け野菜(大根)を摘まむ。うん美味い……ポリポリとした歯触りが心地いい。

 

「午後も同じ様に、実戦訓練をさせるんですか?」

サイモンさん達に尋ねる。隊を二つに分け、それぞれ敵に当たらせる──それが騎士団のやり方なのだろうが……。

「勿論。同じ条件での訓練だ」

「だが、今のままでは少々厳しいな」

サイモンさんの言葉に、ルドガーさんが云う。

「そろそろ、見習い達に仕度をさせよう」

グランさんが、席を立つ。よし、とルドガーさん達も準備に取りかかる。俺も仕度をするか……。

 

 

「グラン、食事中には聞けなかったが、クレイドルのあの容姿……」

サイモンが、フェイスガードを引き下げているクレイドルを眺めながら、グランに尋ねた。

美貌──という言葉ではとても表現出来ないほどの容姿……輝く金髪に綺麗に整った目鼻立ち。

漆黒の瞳に……濡れた様な紅い唇。そこから覗く、白い歯──人間離れした美貌……「まあ、言いたい事は分かる。私はある程度、慣れているが。副団長とは、また違ったタイプだな……私が言える事は、あの顔をまともに見るな、という事だ」

グランは、ぼんやりとクレイドルを眺める。なるほどな、とサイモンが呟く……。

 

覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)”の出入り口前には、イアンとルドガー。二人から、少し離れた所でクレイドルが待機している。

やがて、イアンに指揮されたA隊が、イアンを先頭に、覇王の訓練場に潜って行く。

その直ぐ後ろから、ルドガーとクレイドルが付いて行った──「よし、地上待機のB隊に合流するか」

サイモンの言葉に、ああ、と答えるグラン。

(少し、地上待機組を激励するかな……)

グランは、所在なさげに佇む、B隊を見て思った。

 

 

今日、二度目の覇王の訓練場。

コボルト、コボルトリーダー。ブルフロッグ──コボルトとブルフロッグはともかく、コボルトリーダーは一階層で出現するには、強力だ……出現する魔物、魔獣の種類はどうなっているのか……。

「ルドガー、クレイドル、斥候を頼む」

イアンさんの言葉に頷き、ルドガーさんが進む。俺は少し距離を取り、その背を追う。

 

「ルドガーさん、覇王の訓練場に出現する魔物、魔獣の種類は決まっているんですか?」

肩越しに、ちらと俺を見ると、ルドガーさんが云う。

「そうだな……一階から三階までは、それほど強力な魔物や魔獣は出ない。少なくとも、難易度の高い討伐依頼の対象になるほどの魔物等は出ない……」

だが、とルドガーさん。

「正直、コボルトリーダーが現れた時は、マズイと思ったがな」

コボルトリーダーがコボルトを率いていたなら、見習い達に死人が出てもおかしくなかっだろうな……あれは、それだけの魔物だ。

ルドガーさんと二人で始末出来たのは、やはり暗黒神の“偶然(守護)”の賜物だろうな。

 

しばらく通路を進む。ブルフロッグと戦闘をした地点を過ぎる──今だ、ルドガーさんの生命探知に、何もかからず。

「止まれ」

ルドガーさんの合図。何かに耳を澄ます様に、首を傾げている……俺を見て、手招きをする。静かに移動し、ルドガーさんの横に立った。

「耳を澄ませろ……聞こえるか?」

じっ、と耳を澄ませると、微かに金属音が聞こえる──武装した、何か。コボルトやオークでも無い気がする……もしかして?

「武装スケルトンだ。六体以上は、いるだろうな。イアンに報告だ。見習いではキツイ相手だ」

さすが暗黒騎士、不死者(アンデッド)は分かるか……。

「武装スケルトンの経験は?」

ルドガーさんが尋ねてきた。

「あります。指揮官クラスとも、やり合いました」

城塞都市の“石壁の砦”での経験がある。生前の戦闘能力に加え、“覇王公”への忠義を残している、武装スケルトンと指揮官クラスの武装スケルトン……決して楽な相手ではない。

ルドガーさんの言う通り、見習いでは手に負えない可能性がある。

「よし……なら話は早いな。取り急ぎ、イアンに報告だ」

はい、と頷き、足早にイアンさんとC隊の下に戻る事にした。

 

「イアン、武装スケルトンが向かって来ている。数七体ほど。指揮官クラスはいないと思う。見習い達では、荷が重いぞ」

グランさんの言葉に、イアンさんが少し考える……「よし、A隊はここで待機させる。俺達で相手をしよう」

即決する、イアンさん。ここらの判断は見習いたいものだな。

「A隊は待機。俺達の戦いを、しっかりと見ろ。いいな!」

イアンさんが、A隊に言い聞かせる。はい!と返事をするA隊。

さて……武装スケルトンか。なかなかに手強いんだよな。宵闇(トワイライト)を抜き、強く握る──クレイドルの瞳が、フェイスガード越しに赤く瞬いた。

 

武装スケルトンの事を報告後、イアンさんに尋ねる。暗黒神の加護の事についてだ──「暗黒神の加護を、祈れませんか?」

午前の様に“偶然(守護)”の事だ。守護を得る事が出来れば、見習い達でも──「無理、だな」

ルドガーさんが云った。続けて、イアンさんが云う。

「大いなる父君の守護は、一日に一度だけだ。俺達は前にそれを祈り、受け入れられた……甘える事は出来んな」

う~ん。なるほどな。分かる気がする……神の加護はそうそう受けられないだろうからな。

兄上(暗黒神)は、お堅いからなあ~。僕に加護を願ったらどうだい? まあ、何がどうなるか分からな〉父上、今度またお願いしますね──ちぇっ、と小さな舌打ちが遠くに聞こえた。

 

「クレイドル?」

心配そうなルドガーさんの声が聞こえた。

「……何でもありません。俺とルドガーさんが先鋒でいいんですか?」

「ああ、頼む。俺は補助にまわるが、それでいいか?」

イアンさんが、俺とルドガーさんに云う。頼む、とルドガーさん。俺は頷きで返す……武装スケルトンか、戦闘経験を積むのにうってつけの相手何だよな。

金属が、規則正しく聞こえてきた。軍隊の行進……脳裏に浮かんだのは、それだった。間違いない、武装スケルトンだ。

 

現れた武装スケルトン、その数八体。鎧、籠手に盾と剣──多少錆び付いているものの、帝国兵の標準装備だ。

俺達を視認したと同時に、盾と剣を構え、臨戦体勢に入る武装スケルトン。

生前の戦闘技術、兵士としての規律そのままに、整列する武装スケルトン。

帝国兵と戦う事と同じだ……指揮官はいない様だが、油断はならない。

「よし、俺達で始末するぞ、いいな」

ルドガーさんが云う。はい、と頷く。

何の問題も無い……“宵闇(トワイライト)”がある。スケルトンに対しては、打撃戦が有効だ……何の問題も無いな。

ザッ、と武装スケルトンが隊列を整えた。前衛四、後衛三。集団戦闘を熟知した、歴戦の動き。

手強いだろうな……だからこそ、いい経験になる。

 



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第135話 覇王の訓練場 武装スケルトンと流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)

 

 

 

武装スケルトン──生前の戦闘技術を引き継いでいる、特殊なアンデッド。

強さは地域事に少し異なるが、いずれにしろ手強い事には変わらない。歩兵、槍兵、弓兵。さらに魔術兵。

兵士や騎士だけとは限らず、名のある剣士や戦士も武装スケルトンとなる可能性もある。

古戦場が危険区域と見なされるのは、武装スケルトンが昼夜を問わず、出現する可能性が高いからだ。

特に、帝国兵の武装スケルトンは、生前の精強さと強かさも引き継いでおり、さらに強力な存在と知られている。武装スケルトンの上位版として、竜骨スケルトンという種がいるが、これは輪にかけて強力である──

 

 

ガアァン! 真正面から、盾に撃ち付けられた衝撃に踏ん張る。横合いから迫って来る武装スケルトンから距離を取るため、後方に跳び下がる。

連携が上手いな……A隊は、武装スケルトンの戦い方をちゃんと見ているだろうか? 多くを学べるぞ……くそっ、それにしても手強いな。

「オオオォォアッッ!!」

咆哮にも似た、叫び声──クレイドルだ……。

ちらと、目をやると信じられないものが目に入った。全身血塗れで、血飛沫を上げながら、戦鎚(メイス)を振るっているクレイドルの姿が。

バグンッ! クレイドルのメイスで頭骨を砕かれた武装スケルトンが、崩れ落ちる。

(何が起きたが分からんが……凄まじいな……よし、踏ん張り所だ)

ルドガーは、不敵な笑みを浮かべる。

 

武装スケルトンに対して、弱体化の補助魔術を使おうとしたのが、ミスだった。アンデッド特有の魔力耐性に阻まれ、なかなか術が通りにくい。

ルドガーとクレイドルを強化する術を選択すればよかったか……?

いや、余計な事は考えるな。心を落ち着かせろ。深呼吸一つ、集中だ……。

──暗黒は常に傍らにあり 暗黒からもたらされる刃はその身を廻る──

黒き刃の旋回(ターンオブダークエッジ)」イアンの詠唱と同時に、ルドガーとクレイドルの周囲に、旋回する手のひら大の黒い刃が張り巡らされた。

武装スケルトンに対してではなく、ルドガーとクレイドルに向けての暗黒術……敵と味方に対してへの効果が違う術。敵に対しては、その身を黒い刃で包み込み裂傷を与え、味方に対しては、刃の防護障壁になる術だ。

イアンは、この術をルドガー達に使用した……よし、上手くいった──「オオオォォアッッ!!」

悲鳴にも似た雄叫びが聞こえた──クレイドルか……?

クレイドルに目をやると、信じられないものが目に入った……全身血塗れで、血飛沫を上げながら、メイスを振るうクレイドルの姿。

何が、どうなって、そんな姿になっている!?

 

対武装スケルトンの経験はあるが、ここの武装スケルトンは、なかなかに手強い。

連携が上手く、一対多に持ち込もうとしてくるため、ルドガーさんと分断しようと仕掛けてくる。決着を早く着けないと、まずいかもな……仕方ない、これ(・・)を使うか……。

首元に手をやり、首にかけられたこれ(・・)に指先で触れる。チクリとした感触。

──“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”──

「血と苦痛茨となれ」

茨が、瞬時に身体中に広がり、体内に食い込み始める。神経を抉られる、相変わらずの苦痛……くっそ!

 

「オオオォォアッッ!!」

バシャッ! クレイドルの鎧の隙間から、血飛沫が散る。

苦痛に対する怒りをぶつける様に、メイスを振るうクレイドル。

バグンッ! メイスで頭骨を砕かれた武装スケルトンが、崩れ落ちる。

クレイドルの異常さを察した武装スケルトン三体が、クレイドルを囲む。 前方と左右に一体ずつ。

少し警戒をしつつ、ジリ、とにじり寄る武装スケルトン──クレイドルはその動きを気にもせず、左側に位置する武装スケルトンに突っかかって行く。

突き出された剣を無造作に盾で払い、武装スケルトンの胴を蹴りつけた。

蹴られた武装スケルトンが、後方に仰向けになり、倒れ込む。止めは刺さない。少しでも数を減らすための行動だからだ。始末は後でも出来る。

 

これで二体一……まだ有利な状況ではない。武装スケルトン二体が、斬り込んで来る。

同時にではない。斬り込んで来る先頭の武装スケルトンより、ほんの少し下がった所で、刺突の構えを取りながら進んで来る、武装スケルトン。

時間差をつけての攻撃のためだ。

クレイドルが先頭の攻撃を避けるなり、受けるなりすれば、後方の武装スケルトンが、即座に剣を突き込んで来るだろう。

左右、後ろ、どちらに避けようが、盾で受けようが、関係無い備え──だが、クレイドルは避ける、受けるの選択肢は取らなかった。

 

クレイドルは前に出た。今にも、斬撃を撃ち込もうとしている武装スケルトンに、身を投げ出す様な勢いで、盾撃(シールドバッシュ)を叩き付けた。弾き飛ばす感触を感じた瞬間には、その後方の武装スケルトンに向かう──武装スケルトンの鋭い剣の突きを腹に受けながらも、クレイドルの勢いは止まらず、メイスを武装スケルトンの頭部に振り下ろす。

グシャリ、とした感触。これで、始末は済んだ。

 

腹への一突きは鎧に阻まれ、大した事は無い。後は、もそもそと蠢く武装スケルトン二体の始末だ──バシャッ、とクレイドルの体から血飛沫が散り、苦痛に顔をしかめる。

(あと……何体だ?)

出血で少し朦朧とする。武装スケルトンを殲滅するまでは、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)を解除するつもりは無い──クレイドルは、自分の周囲を旋回する、手のひら大の黒い刃に、気付いていない。

 

 

「……血と苦痛は、去った……」

ルドガーさん達が、最後の武装スケルトンを始末するのを見届けた後、解除。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)の言い訳は……どうするか?

壁に寄りかかり、息を整える……。甲殻ムカデ(メイルセンチピード)の時よりは、使用時間は短かったので、あの時ほど疲労感は無いが……。

 

壁から離れ、「浄化」を使う。解除したら、傷痕はすぐ消えるが、血塗れなままなのが欠点だな。

もう一度、「浄化」……よし、血生臭さは消えた な……ふと気付くと、ルドガーさんとイアンさんが、何とも言えない複雑な表情で近付いて来る。

さて言い訳は、と……正直に言おうか?

「クレイドル、さっきのあれ(・・)なんだが……何かしらの、“呪物”の効果か?」

グランさんが、見習い達に聞こえない様に、小声で尋ねてくる。イアンさんは、ちらりと後ろを見た。

 

「分かりますか……ええ、そうです。ただ、周囲には何ら悪影響は与えません」

首元から、流血と苦痛の茨の外殻を取り出して見せる……二人とも、引いているな……。

茨状の鎖に、鮮血の様な色の七角形?のルビーが繋がっているネックレス……鎖も刺々しく、宝石の色もなあ……「周囲に影響は、ありません」

大事な事なので、二回言っておく。

「ああ、分かった……に、してもだ。血飛沫を上げながら、暴れるとはな」

首を振りながら、呆れた様に云うイアンさん。

「体は大丈夫か? 結構な出血の様に見えたぞ……?」

心配そうに尋ねてくるルドガーさんに答える。

「少し……だるいくらいですが、大丈夫です。初めてではないですから。それと、“呪物”の事は、あまり口外しないで下さい」

分かった、と答えたルドガーさんとイアンさんは、奇妙なものを見る目で俺を見た……何ぞ?

 

 

引き続き、訓練場を進む。ルドガーさんと俺は、斥候として先頭を行く。

その後からは、イアンさんに率いられるA隊。

のっけから武装スケルトンと鉢合わせしたのは、C隊にとっての不運だったとは、ルドガーさんとイアンさんの言い分だった。

確かに。武装スケルトンをA隊が相手取ったならば、死人が出てもおかしくない。

「少なくとも、見習い達に一戦は経験させないとな」

とは、グランさんとイアンさんの共通意見だ。

それはそうだ。訓練のため、潜った意味が無いだろうしな……だが、出現する魔物、魔獣の種類が、見習い達が戦える程度の相手が出現する様に、安定していない気がするんだよな……この不安定な難易度は、覇王の訓練場の独特のものなのだろうか。

 

「そろそろ、二階に降りる階段広場に着く頃だが……生命探知にも、魔力探知にもかからないな……二階に降りるのは、少し危険な気がする」

ルドガーさんが、前方を意識しながら云う。

一階から三階までは、強力な相手は出現しないと聞いてはいるが……武装スケルトン、コボルトリーダー。見習いには荷が重い相手が出現しているからな……待てよ、ちょっと気になってた事があったな。

「ルドガーさん。各部屋への探知はしてないんですか?」

「うん? ああ、通路にのみ集中しているからな。部屋は……そうか、なるほどな」

うんうん、と一人頷くルドガーさん。

「イアン達の所に戻ろう。少し計画変更だ」

くるり、と(きびす)を返すルドガーさん。

速やかに、その後を追う。

 

 

「イアン、少し計画を変えよう。ここまでに、部屋を幾つかスルーしていた。探知は通路にのみ絞っていたが、出入り口に引き返しつつ、探知の範囲を部屋まで広げよう」

「……よし、分かった。最低でも一戦は出来るだろうし、何だったら、今日は見習い達に、実戦の雰囲気を感じさせた事で良し、としよう」

ルドガーさんとイアンさんの話し合いは、すんなりと決まった。

イアンさんが、A隊の下へ向かう。決まった事を伝えるのだろう。

「部屋での一戦か。通路より狭い分、見習い達には多少、気を使う事になりそうだな」

ルドガーさんの言葉に、俺は頷いた。



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第136話 覇王の訓練場 見習い達の死線

 

 

 

来た道を戻りながら、覇王の訓練場一階の各部屋を探知する事に決まった。

ダンジョン内の一部屋の大きさは、今までの経験からして大体、小さくて範囲五、六メートル。少し大きくて七、八メートルくらいだったな。

高さは、三メートルはあったか? ダンジョンによって違うのだろうが……覇王の訓練場は、どうか?

 

慎重に進む、ルドガーさんと俺。一つ、部屋を過ぎる。ここ一階にある部屋は、五つ。

一つ過ぎたのであと四つ……ルドガーさんが、二つ目の部屋の前で止まる。

「クレイドル、生命探知に、四体かかった。イアンに伝えてくれ」

頷き、静かにイアンさんとA隊の所に戻る。

 

扉を確かめると、鍵は掛かっていない……蹴破ってからの先制攻撃という事に決まった。

ルドガーさんが蹴り開け、A隊を先頭にイアンさんが指揮官として続く。

俺とルドガーさんは、その補助。それは変わらない……ルドガーさんが静かに扉の側に立つ。

ドアの正面には、A隊。

その背後に立つイアンさんは、ルドガーさんの合図(扉を蹴り破る)を待っている。

俺はイアンさん達の背後、最後尾に付く。俺とルドガーさんが立ち入るのは、いざという時と決まっている……見習い達が、死地に踏み入るまでは静観する事になっていた。死人が出ない様にするだけだが……どうなるかな?

ルドガーさんが、イアンさんを見て頷く……と同時に扉を蹴り破る。

 

蹴破られたドア越しに見えたのは、前屈みに立つ二足歩行のトカゲ、というより恐竜の様に見えた……確か、ラプトルだっけか?

それを一回りほど小さくした魔獣。極彩色の肌。裂けるように開いた口から覗く、短く鋭い牙に、鉤爪の着いた短い腕。筋肉質の脚にも、鋭い蹴爪。太めの尻尾……見習いの手に余る魔獣じゃないか?

 

レッサードレイク(下位亜竜)四! 広がれ! 囲まれるなよ!!」

イアンさんの指示に、A隊が素早く横隊を組む。

あのラプトル、レッサードレイクというのか。体高八十センチ、体長二メートルいかないくらいか……なかなかの迫力だが、見習い達はどう対処する?

 

いきなり扉を蹴り破られたレッサードレイク達の反応はなかなか良かった──全く気配に気付いていなかったらしく、飛び上がるほどに驚いていた。一撃喰らわせるには、充分な時間だ……。

レッサードレイク(下位亜竜)四! 広がれ! 囲まれるなよ!!」

イアンの指示に、素早く反応して横隊を組むA隊。まあまあの動きだ……さて、どう先手を取る?

すぐ横にいるクレイドルに目を向けると、片手に投擲用のハンドアクスを握っている。臨戦態勢は整っているか……何時でも剣を抜ける様に、俺も鯉口を切る。

 

A隊の一人が、身を投げ出す様にレッサードレイクに斬りつけた。首に一撃を喰らったレッサードレイクは甲高い声を上げ、後ろに下がる。

傷は浅い様で、すぐに体勢を整えるのが見えた。

「囲まれるなよ! 一対多で当たれ!」

イアンさんの指示がちゃんと耳に入っているようで、A隊は連携を取れた動きをしている……とはいえ、少し危なっかしい感じだな。

だが……ルドガーさんが動かないならば、俺が出る必要もないという事だ。

レッサードレイクは機敏さに優れているので、それぞれA隊を囲む動きを見せている。

A隊も、囲まれないように互いに距離を取りながら、動き続けている。

 

見習い、レッサードレイクともに、互いを牽制をしながら、攻め手に欠けている動きをしている……もどかしい。

ハンドアクスを握る手に力が入る──イアンさんもルドガーさんも動かないならば、差し出がましい事は出来ない。

この、膠着状態を崩す一手があれば……。

「ううむ」

「クレイドル、手出しはまだ無用だ……気持ちは分かるがな」

もどかしさが、声に出てたらしい。

ルドガーさんが、A隊とレッサードレイクから目を離さず、話しかけてきた。

 

「分かっています。しかし……膠着状態が続けば、不利になるのは……」

「ああ、見習い達だ。先制攻撃が上手くいかなかったのが、よくなかったな……」

ため息混じりに、ルドガーさんが云う。俺もルドガーさんも、A隊とレッサードレイクから目を離さない。

不測の事態は、充分起こりうるからな……だが、一番、落ち着かないのはイアンさんだろう。

 

心を鬼に──レッサードレイクとにらみ合いを続けるA隊の少し後方で、イアンは剣の柄に手をかけ、その様子を見ていた。

膠着状態──どちらかが一手踏み込めば、この膠着状態は崩れる。良くも悪くも、だが……「ふう」

小さなため息。A隊を無事(無傷)に帰還させるのは簡単だ。

連中を下がらせ、自分とルドガー、クレイドルでレッサードレイクを始末すればいい。難しくはない……それでは見習い達に“死線”を潜らせる事は出来ない。

教官てのは簡単じゃあないな。見習い達に死線を潜らせて、生きて還さなければならない。

 

「何、ダラダラしている! たかがトカゲだろうが、始末しろ!!」

剣を抜き、A隊に檄を飛ばす。

A隊が俺を振り返らず、「応!」と力強く答えた──良し、いいぞ……「やれ!」

A隊が喚声を上げ、半ば自棄になった様にレッサードレイクに突きかかっていく──良し。

背後のルドガーとクレイドルを見る。二人が頷いた。すでに臨戦態勢だ。

頼む、との思いを込めて頷き返す。ルドガーは、力強い笑みを浮かべている。

クレイドルの表情はフェイスガードで見えないが、笑みを浮かべているのが、雰囲気で分かった。

 

「大いなる父君は、常にお前らを見ているぞ! トカゲごときに、怯える姿を見せたいのか! 突き倒せ、大いなる父君の名の下に!!」

イアンの号令の下、A隊の突撃にレッサードレイクが慌てふためく。

ギッギイィィッ! と喚き声を上げ、囲みを崩すレッサードレイク。

乱戦──一対多に持ち込んでいるかも分からない状態になった。

 

見習いの一人が、レッサードレイクに押し倒された。レッサードレイクは、鋭い牙を噛み鳴らし、見習いの首に食い付こうとしている。

盾は、レッサードレイクに押し倒された時に手放してしまっていた──手にしているのは、ただ一振りの剣。

首筋を狙い噛み付いてくるレッサードレイクを、剣で防いでいるが──駄目だ。限界が、近い……ギッギイィッ! レッサードレイクが仰け反る──その首に、手斧が突き立っていた。

今だ──仰け反るレッサードレイクの首を、下から薙ぎ払い切り裂く──確かな手応え。

血が振りかかる前に、横に転がる。ドサリ、とレッサードレイクが倒れる音。

盾を拾い上げ、立ち上がる。残り三体のレッサードレイクは、仲間が取り囲みながら攻め立てている……体に異常は感じない。剣を握り締め、盾を拾い、仲間に合流するべく駆ける──手斧を投げてくれたのは、誰だろう?

 

「余計な手出しでしたかね?」

レッサードレイクに押し倒された見習い。あのままだと首を喰い千切られただろう。

他の見習い達は、ようやく囲んだレッサードレイクから、手を離す事が出来ない──そう思った瞬間には、ハンドアクスを投擲していた。

首筋に、見事命中。致命的なダメージではないだろうが、充分な隙を作る事が出来るほどの効果はあったはずだ──見習いは、仰け反るレッサードレイクの首を上手く切り裂く事が出来た。これで、決まりだな。

「いや、あの見習いに代わって礼を言う。あのままだと、殺されてたろうな」

ふう、と息を吐くルドガーさん。教官として、そう簡単に手助けは出来ない苦衷があるんだろう……。

 

レッサードレイクを取り囲んだA隊が勢いづき、一気に攻め立てる。

クレイドルのハンドアクスに助けられた見習いも加わっている──レッサードレイク三体。見習い五人の状況。これで勝てなければ……どうかしている。

「さっさと始末しろ! 押し包んで潰せ!」

イアンの号令の下、A隊が一気にレッサードレイクに攻勢をかける。

喚き声を上げ、抵抗するレッサードレイクに構わず攻め立てるA隊。

多少の引っ掻きなど気にせずに、剣を振るい、盾を打ち付けるA隊。確実に、一体ずつレッサードレイクを仕留めていく──「よし、終わりだな」

ルドガーさんが言い終わるとともに、最後の一体を、先ほど手を貸した見習いが仕留め、戦闘終了となった。

 

 

部屋の片隅に、両腕で一抱えほどの、鉄枠の付いた木箱が出現していた──宝箱だ。

見習いの補佐という今回の依頼では、ダンジョン内での魔物魔獣の素材、魔石は回収しないよう、取り決めがあるので宝箱も無視だ。浅い階層だから、大した物はないだろうしな。

「クレイドル、治癒に手を貸してくれ」

ルドガーさんの声。見習い達は、皆手傷を負っているが、軽傷だ。ぱっと見、骨折だとか重度の打撲は見当たらない。

「直ぐ始めます」

さて。治癒の経験値稼ぎといくか──



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第137話 覇王の訓練場 見習い達の運不運

 

 

 

見習い達の治療も終わり。地上に戻る事になった。

何かしらの達成感を得たと感じているのか、A隊の顔は明るい。

イアンさんに先導され、出入り口に向かうA隊。俺とルドガーさんはその殿を務める。追ってくる魔物、魔獣等は居ないが、油断はならないからな。

「ま、今回はこんなとこかな」

ルドガーさんが、A隊を眺めながら云う。

 

覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)で感じたのは、出現する魔物や魔獣は、規則性が良く分からないという事だ。

コボルトリーダーに武装スケルトン。そしてレッサードレイク(下位亜竜)……一階から出現するには、かなり手強い相手。帝都騎士団の見習いから死人が出たのも頷ける。

帝都騎士団の見習いの実力は分からないが、今回、暗黒騎士団の見習いは運が良かったのかもしれないな……もしかして、暗黒神(大いなる父君)の加護が働いたのか?

 

 

無事、地上に帰還。昼下がりの陽射しが目に染みた。

深呼吸をして、外気を体に取り入れる。冬の空気が心を引き締め、頭を冴えさせる──地上待機のB隊は、心構えが出来ているだろうか?

グランさんとサイモンさん。そして地上のB隊が見えた。

引き継ぎ後、B隊がダンジョンに潜る事になっている……さて、彼らに運不運がどう働くだろうな?

「クレイドル、体調は大丈夫なのか?」

ルドガーさんが話しかけてきた。妙に心配をかけてしまったか?

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の事があるからな……これを発動したあの状態(・・・・)は、見た目最悪だっただろうし。

 

「さっきまで怠さはありましたけど、もう平気です」

手のひらを数度握り締める。疲労感は無い。慣れたという事か?

「タフだな……全く。頭が下がるよ」

半ば呆れながら、ルドガーさんが感心したように云う。

イアンさんと引き継ぎが済んだサイモンさんと、グランさんがB隊を連れてやって来る。

さて、今日最後の一働きか。午前午後のダンジョンだが、不思議と疲労は無い。

邪神(父上)の加護か?……違うな。うん。

 

「サイモン、先に降りていてくれ」

グランさんがサイモンさんに云う。おう、と答えたサイモンさんが、B隊を先導して覇王の訓練場に降りて行った。

「クレイドル、ルドガーとイアンから……色々と聞いた。ご苦労だったな。後は──」

「うん? 潜りますよ。疲れはないですから」

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の事か。色々聞いたってのは……グランさんとサイモンさんにも、あの血塗れ姿を見せる事になるかもな……正直、嫌だが。

「……そう言うと思った。頭が下がるな」

ルドガーさんと同じ事を云うグランさん。その顔には、不適な笑みが浮かんでいる。

「俺は大丈夫です。“碧水の翼”の一員ですからね」

フェイスガードを引き上げ、兜を脱ぐ。少々暑くなっていたからな……冬の外気に顔を晒す──火照った顔に、冬の空気が心地いい。

 

午前午後と、立て続けに覇王の訓練場に潜るクレイドル。その疲労はどれほどのものだろうと思ったが、話を聞く限り大した事は無いように思えた……。流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)の事は、直に目にしないと何とも言えない──クレイドルはフェイスガードを引き上げ、兜を脱いでいた──その横顔を見てしまう……輝く様な金色の髪が、昼下がりの陽射しに照り映えている。白磁色の肌は、冬の外気で透き通る様な白さを見せていた。

紅い唇は、妖しく濡れている……駄目だ。見惚れている場合では無い。

妖艶──という言葉ですら表現出来ない容姿から、眼を逸らす。

多少慣れているとは言え、眼を逸らすのも一苦労だな。全く……。

 

再びクレイドルを見やると、黒鷲の兜を被り、フェイスガードを降ろしていた。ううむ……もう少し、顔を眺めたかったが……「B隊は、どうなりますかね?」

ガンガン、と黒鷲の兜を叩きながらクレイドルが云った。クレイドルの癖だ。

「ふむ……大いなる父君の采配次第だろうな」

「でしょうね。さて……運不運が、どう転ぶか」

運不運、か……と、グランは小さく呟いた。

 

 

サイモンさんと、B隊はすでに覇王の訓練場に降りている。

これからどうなるかな、だな……まあ、何とかなるだろう。楽天的な気持ちが湧いて来る。

訓練場に降りると、B隊を率いるサイモンさんが、早速斥候を指示してきた。

「グラン、クレイドル、斥候を頼む。通路に、魔物魔獣が出現するには、まだ時間があるだろうから、部屋を中心に索敵してくれ」

サイモンさんの言葉に、グランさんが頷く。そうか。部屋の中を索敵する事に決まっていたのだったな。

さて……どれほどの魔物、魔獣が引っ掛かるだろうか? 見習い達の手に負える程度の魔物、魔獣が出現すればいいが……それは、やはり運不運だな。

 

少し先を行くグランさんが立ち止まり、待ての合図を出した。

探る様な視線を、手前の部屋に向けている……グランさんが、静かに近付いて来た。

「クレイドル、不死族(アンデッド)だ。数四体、恐らく霊体だ」

霊体か……城塞都市の“静寂の祠”で経験したな。あの時は、ラーディスさんから対不死の魔術を施されたんだったな。

ふと、“宵闇(トワイライト)”に眼をやる。ラーディスさんから受けた講義を思い出す……。

 

『霊体には基本、通常の武器は通じにくい。霧を払うように、ひたすら武器を振って散らすしかない。だが、それは効率が悪い。効率が良いのは、何らかの手段で武器に一時的な魔力を付与。もしくは、神聖術か暗黒術の加護を一時的に受ける事だ』

ラーディスさんは、講義でそう云っていたな……。

『まあ、何らかの魔力付与がされた武器を用いれば、充分通じるがな』

 

「サイモン達の所に戻るか」

グランさんの言葉に頷く。霊体に対して、見習い達の攻撃は通じるだろうか?

暗黒神(大いなる父君)の采配が、どう表れるかだな……。

待機中のサイモンさん達。B隊は落ち着いている様に見える。だが、相手が霊体だと知ったならば、どういう反応をするだろうか……?

「サイモン、手前の部屋に魔力反応、霊体四だ」

「……霊体か。見習い達には荷が思いかも知れないが、取り合えず当たらせてみるか」

ニヤリと笑うサイモンさん。グランさんも似たような表情をしている。

悪い大人だな……二人とも。信仰心不足の、見習い達の攻撃が霊体に通じない事を知っているだろうに。

「よし。見習い達に霊体(お化け)を見せてやろうか」

悪い顔でサイモンさんが云った。グランさんも笑っている。悪い大人だよな……二人とも。

クレイドルの顔にも、“悪い笑み”が浮かんでいた──全く……。

 

グランさんが、部屋の扉を蹴り開けたと同時に、サイモンさん率いるB隊が部屋に踏み込んだ。

部屋の中にいたのは、ふわりと漂う半透明の布の様な物──顔の部分には、三つの暗い穴が浮かび上がっている。下級の不死族(アンデッド)

ゴーストだ……死んだ人間の雑念を元にした、低級のアンデッド。物理攻撃が、通じにくい存在。

見習い達が、相手をする事が出来るだろうか?

キイィィィ~アァァァ~! 乱入者達に気付いたゴーストは金切り声を上げた──恐怖(フィアー)だ。

先制攻撃は、失敗した──B隊は、金切り声を直に受け、恐怖でしゃがみこんだ。狂乱状態にならないだけでも、マシか……。

恐怖心に囚われ、身動きの取れないB隊の前に出て、宵闇(トワイライト)を引き抜き様、ゴーストに叩き付ける。

ばしゃっ、と水を叩く音と同時に、霊体が弾け散った。

グランさんとサイモンさんが、手早く残りのゴーストを始末していた──さすが暗黒騎士。

ふむ……見習い達には、霊体はまだ早いという訳か。見習い達は、よろよろと立ち上がるが、まだゴーストの恐怖から抜け出せない様で、顔色が悪い……「よし。お前達並べ」

サイモンさんがB隊を整列させると、その前に立ち、手をかざして浄呪(ディスペル)の祈りを唱える。

 

「グランさん、浄呪はああいう使い方も出来るんですか?」

「ああ、アンデッドから受けた精神的負荷を、取り除く事が出来るんだ。重篤な状態なら神官の出番だが、恐怖程度なら私達暗黒騎士でも対応出来る」

サイモンさんの、浄呪の祈りが終わると同時に、B隊を包み込む様に暗黒の霧がふわりと漂い、やがて消えた。

見習い達の顔色が明らかに良くなり、ほっとしたような表情になっている。

 

「すぐに移動だ。最低でも一度の戦闘をしない限り、地上には戻らないからな」

サイモンさんの言葉に、B隊が返事をする。

「サイモン、引き続き斥候をする。先に出てるぞ。クレイドル、行こう」

すぐに、グランさんの後を追う。気を付けてな。とサイモンさん。

さて、お次はどんな魔物魔獣、不死族(アンデッド)が出る事やら……。



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第138話 覇王の訓練場 見習い達の一区切り

少々、改稿中。ちっと更新遅れるかもしれません。


(゚∈゚ ) くるるる


 

 

 

俺とグランさんは、再びの斥候を努めている。視界は充分。通路全体を仄かな灯りが照らしている。不思議な仕組みだよな……だが、場所によっては完全な闇に閉ざされる所もあるらしい。

いわゆる、“闇の場所(ダークゾーン)”というやつだ。後は方向感覚を狂わせる“回転床(ターンフロア)”──等。

今の所、そういう場所にお目にかかった事は無いが、いずれ経験する事になるだろう……。

「よし……生命探知にかかった。数二」

通路右側の一室に視線を向けるグランさん。

「サイモンさんに報告してきます」

頼む、とグランさん。俺も生命、魔力探知が出来るようになっておいた方がいいかな……。

 

後方で待機する、サイモンさんに報告をする……生命探知にかかったという事は不死族(アンデッド)ではないだろう。どんな魔物や魔獣がいる事か……。

「分かった。前と同じ様に強襲だな」

早速、B隊を引き連れてグランさんに合流するサイモンさん達。

扉の前で待機しているグランさんに、合図と同時に、扉を蹴り開けるようハンドサインを送るサイモンさん。

ハンドサインか……騎士団は、やはり軍隊だと思わせる仕草だな──扉を蹴り開けると同時に、突入と決まり、サイモンさんがB隊に説明し、扉近くに待機させた。見習い達の顔に、明らかな緊張感が浮かんでいる──サイモンさんが、グランさんに合図を送った。

 

ガアァン、とグランさんが扉を蹴り開ける。一瞬戸惑うB隊──「突入しろ、グズグズするな!」

サイモンさんの叱咤に、B隊が部屋に飛び込んだ。

部屋に居たのは、レッサードレイク(下位亜竜)が二体。見習い達とは五対二……負けようが無い、とは言えないのが怖いとこだな。

部屋に突入したB隊は、初見のレッサードレイク目掛け、がむしゃらに突き進んで行く。

サイモンさんは、何の指示もしない。

レッサードレイクに対しては、囲まれない様にするのがセオリーらしいが、その指示もしなかった。

 

サイモンさんは、ただ黙ってB隊を見ている──B隊は、ひたすらに武器を振ってレッサードレイクに抵抗している。泥仕合──そういう流れになっていた。五対二で、この有り様だ……サイモンさんが口出ししない理由が、何となく分かった気がする。

「囲んで始末しろ!」

サイモンさんが、B隊に指示を出す。ぎこちないながらもレッサードレイクを囲むB隊。

その動きを見たレッサードレイク二体は、背中合わせになった……そういう知恵は回るんだな。さすが群れで行動する魔獣だ。何となく、腰の後ろからハンドアクスを取り出す。

 

五対二。戦力として倍以上……ではあるが、強襲は失敗。レッサードレイクを間近で見た見習い達は、腰が引けてしまっていた。サイモンの表情は、苦虫を噛み潰した様になっていた。

サイモンの指示にも、鈍い動きを見せていた……ふう、と胸の内でため息を吐いてしまう。

レッサードレイクが、背中合わせに動き始めた。自分達が、囲まれようとしていると理解しての動きだ。

(簡単にはいかないだろうな……)

だが、極力手だしはしない。何せ五対二。倍以上の戦力だ。自分達でどうにかしないとな……。

ふと、クレイドルを見ると、ハンドアクスを手にしていた。

 

 

見習い達の、負傷の手当てを手伝う。見習い達は、暗黒神(大いなる父君)への信仰心がまだ足りず、グランさんとサイモンさんの治癒の効果が、イマイチ良くないからだ──「籠手を外すぞ」

レッサードレイクに噛みつかれ、ボロボロになっている籠手を、ゆっくりと引き抜く。

う……と小さく呻く見習い。ズタズタになっている肌着の袖を引き裂いて、改めて傷口を見る。

レッサードレイクの噛み跡がくっきり残っているが、それほど深くなく、出血はもう止まっている。

 

ふむ……見習いの腕を少し押さえる。

くぅ……と見習いが呻いた。打撲と裂傷。折れてはいないだろうが、ヒビは入っているみたいだな……よし。

「少し痛むだろうが、耐えてくれ」

意識を集中する──暖かな感触が、手のひらを包む。よし、この暖かさが治癒の根本だ。見習いの腕に手をかざす。

はぁ、と見習いがため息を吐く。多少の痛みは再生の証しだ……よし。打撲と裂傷、ヒビは治癒出来た。時間にして、十秒ちょっとか。

「よし、済んだ。痛みは少し残るかもしれないが、直に治まるだろう」

フェイスガードを引き上げ、治癒跡をきちんと確認する……打撲、裂傷跡も綺麗に消えている。我ながら、良く出来たな。うん……いい経験を積めた。

 

「あ、あの……あ、ありがとうございまし、た」

ぎこちなく礼を云う見習いの顔を見る。年の頃は一五、六歳くらいか?

顔立ちに、まだ幼さが残っている年頃の少年だ。若いな……何故か顔が赤い。まあ、いい。

治癒は終えた。まだ進むか、それとも撤収するか……俺はどちらでも構わないのだが。フェイスガードを引き下げる。

「グランさん、こっちは済みました。これからどうします?」

 

クレイドルは、負傷者の治癒をする時は顔を見せないほうがいい。というグランの言葉を、さっぱりと忘れていた……。

 

 

B隊が一戦した事で、ノルマ達成を果たしたと、サイモンさん達が判断した。

「よし……今日はこんな所だな。隊をまとめて、帰還しよう」

サイモンさんが、小休止中の見習い達を見回しながら云った。

覇王の訓練場に入ったのが昼下がりだから、もう夕方前にはなっているか? 少し、腹が減ったな……。

「休憩は終わりだ。皆、立て。地上に戻るぞ!」

パンパン、と手を叩きながらサイモンさんがB隊を立たせる。

 

B隊は、無事に帰還。成果は霊体(お化け)との遭遇に、レッサードレイク(下位亜竜)との戦闘。

まあ、こんな所か……あと二日もある。今日はゆっくりと見習い達を休ませてやろう。

「サイモン。見習い達を連れて、先に出てくれ。私とクレイドルが殿をする」

「よし、頼む……お前ら聞いてたな。そろそろ夕飯の時間だ。戻るぞ」

B隊を先導する。さて、戻ったらルドガー達と明日の計画を考えるかな……背後はグランとクレイドルに任せれば安心だ。

 

 

日暮れまではもう少しあるみたいだ。まだ昼下がりの気配が残っている。夕食まで、時間はあるだろうな。

「皆、無事か?」

地上に帰還すると、ルドガーさんとイアンさんが出迎えてくれた。

「ああ、無事だ。見習い連中はいい経験しただろう」

苦笑混じりに、サイモンさんが答える。グランさんは微笑みを浮かべている。

「よし、お前らは兵舎に戻って風呂でも入れ。その頃には、夕飯の時間だ」

サイモンさんの指示に、B隊は兵舎に戻って行く。足取りは重くない。

何かしらの達成感を得たのだろう……俺が治癒を受け持った見習いが、チラチラと視線を送ってきていたが、何ぞ?

 

「俺達も戻るか」

ふう、と肩の力を抜いた様に云うサイモンさん。

見習い達を指揮するのも、それなりの気苦労があるんだろうな。コキコキと首を鳴らす。

「ご苦労だったな……夕食後にでも、今日の見習い達の事を話そう。それを参考に、明日の計画を立てよう。待機中のC隊とD隊をどう動かすか、話し合った方がいいな」

イアンさんが云い、サイモンさんが頷く。

「そうしよう。私にも異論は無い」

グランさんが云った。ルドガーさんも頷く。暗黒騎士同士の話し合いが始まっている。

兜を脱ぎ、冬の気配を肌で感じる──雪が降りそうだな……。

初日は終了。明日は待機中の十名の実戦訓練か。今日の様な感じになるか、それとも……。

 

「クレイドル、兵舎に戻ろうか。夕食まで、のんびりしていよう」

グランさんの声に振り返る。

煙管も吸いたいしな……露店で、軽食というのも良いかもしれない。まずは、着替えだな。

「はい、戻ってお茶でも飲みましょう」

グランさんと共に、兵舎に足を運ぶ。

ほう、と息を吐く──白い吐息が空に溶けていった。もう、本格的に冬入りかな……。

「ダーンシルヴァス程では無いが、寒くなってきたな」

グランさんの息も白くなっていた。ダーンシルヴァスか、通称暗黒都市だっけか。大陸の北西に位置する、帝国領と並ぶ程の大国と習ったな。

「ダーンシルヴァスにも、行ってみたいですね」

「レンディアとシェーミィが戻ってきたら、行ってみるか。帝都とはまた違った趣があるぞ」

グランさんが、何か懐かしそうに云った。



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第139話 覇王の訓練場 二日目 汝らに覚悟有りや?

集団戦の描写、ごちゃっとして面倒ですな。

(゚∈゚ )クルッポー。ポーポーポポー。


 

 

 

夕食の時間。食堂に集まっているのは、見習い達に教官達。サイモンとイアンは、見習い達と共にのテーブルに着いている。

補佐役のグラン、ルドガー。そして雇われの冒険者たるクレイドルは、別テーブル。あえて見習い達との距離を取るためだ。

適度な距離感を保つ事で、自分達に頼らない様に親交から遠ざかる事が理由だ。

 

「おい、どうした」──あの顔……何て表現したらいいだろうな──「お~い。スラン?」──美貌だとか……ああ、いや。そんなものじゃないな──「ねえ、調子悪いの?」──あの金髪に肌の色と……唇。 あれ(・・)を直視──「おい、スラン!」

うん? 仲間の声に、我に帰る。

「あ、ああ。大丈夫だ」

温くなったシチューに、スプーンを潜らせる。今日のシチューはジャガイモとニンジンに、鶏肉のシチュー。

温くなっても、食堂の食事は美味い──でもそんな事は、どうでもよくなっている……俺を治癒してくれた、冒険者のクレイドル、さんだっけか。

輝く様な金髪に、吸い込まれる様な漆黒の瞳……そして、紅く濡れた様な唇に白い歯……俺は、それらを決して忘れないだろう。

「おい、ぼんやりするなよ。しゃっきりしろよ」

背を叩かれた。ふう、と息を吐き頭を振り、何とか現実に戻った──仲間達の喧騒が耳に通り、その輪に加わる。

明日はどうなるだろうかと、スランは思った──

 

 

「サイモン達と話したんだが、明日からは、午前午後でA~D隊の実戦訓練と決まった」

ルドガーさんが云う。一日毎で交替という事ではなくなったのか。

「ふむ。その方が効率的かな」

納得した様に、グランさんが頷く。空いた日は自主訓練という事だったが、連日の実戦訓練になるという訳か……見習い達は大変だな。

「クレイドル、疲労は無いのか? 明日は休んでも構わないぞ?」

グランさんに聞かれた。ルドガーさんが頷いている。疲れか……。

「いや、大丈夫です。明日も、今日と同じ様に補佐します」

タフだな、と二人が苦笑した。

 

夕食も終わり、後は自由時間となった。サイモンさんは見習い達に、飲酒と許可無く帝都に戻る事は禁止、就寝時間を守るようにとだけ告げ、見習い達を解散させた。

「さて、ここからは大人の時間だ」

イアンさんが俺達を見て云った。ルドガーさんが続けて云う。

「飲みに行こう。ここの酒場は、いい蜂蜜酒(ミード)を出す」

「よし、行こうか」

グランさん達が立ち上がる。一日の締めくくりは酒だな。いい摘まみもあるといいな。

 

 

「黒ワインを二つと蜂蜜酒三つ。それと、山菜の煮込みとソーセージ盛り合わせを頼む」

サイモンさんの追加注文に、明るく答える店員。店はなかなかの活気だ。やはり、冒険者っぽい人は見当たらない──客は衛兵が中心だ。

グラスに残った蜂蜜酒を飲み干し、チーズに手を伸ばす。

帝都が近いから、ある程度の魚介類も扱っているみたいだな……改めてメニューに目を通す。

魚、貝、イカ……ああ、マリネあるじゃないか。

「すいませーん。白身魚とイカのマリネお願いしまーす」

はーい、と店員さんの明るい返事。

「本当にマリネ好きだな」

苦笑するグランさん。まあ、仕方ない。前世が前世だからな。日本人は、魚だ。あ、ワサビ多めと注文するのを忘れた。

「生魚、なあ……まあ店に出る以上、鮮度は確かだろうがな」

黒ワインを口に運ぶルドガーさん。生魚は少し苦手っぽいな。

「煮物と揚げ物は好きなんだがな。生魚は少し苦手だ」

黒ワインを干す、サイモンさん。煮魚もいいですよね。

 

「山菜の煮込みと、ソーセージ盛り合わせ、お待たせしました。お酒も直ぐに来ますよ~」

猫族の女性店員さんが、料理を運んで来た。山菜煮込みとソーセージ盛り。

いいな。酒のあてに文句無い摘まみだ。

「お酒、お待ちどうさまで~す」

黒ワインと蜂蜜酒が運ばれて来た。蜂蜜酒、なかなかいいんだよな……山菜煮込みもいい薫りだ。

山菜煮込みに箸を伸ばし、自分の取り皿に取り分ける。

「相変わらず、器用に使うものだな」

俺の箸使いを見たグランさんが、感心したように云う。

味が染みている山菜美味いな。シャキシャキ感と、しっとり具合のバランスがいい。白菜の歯触りに似た山菜。うん、美味い。

 

「あと二日の実戦訓練で、見習い達に死線を潜らせたい──となれば、死人が出る可能性は、ある……」

サイモンさんが云い、グランさん達を見る。ふむ、とグランさんが頷く。

「多少の無理をさせる……程度でいいだろう」

ルドガーさんが云う。イアンさんが、そうだなと答えた。

死線を潜らせる──か。死地を乗り越える事で心身を鍛える……そういう事だな。これ、何と云ったっけか?

ええと……“修羅場に踏み込む腹積もりが出来たなら、その死地に踏み込むべし。生きるも死ぬも、そのあと。何ら問題は無し。腹据えて進むべし”だったか……なかなかにヘビィな教えだな。

これ、何だっけか? 前世で、好きな作家の本の内容だったな……。

「死地を前にして、覚悟を決め、ただ腹据えて踏む込むべし……と云う言葉がありますよ」

蜂蜜酒を手に取り、チビリと飲む。

「死地を前にして、ただ踏み込む……腹据えて進め、か」

サイモンさんが、グラスに口を付ける。

 

 

早朝に目が覚めた。カーテンの隙間から見える外は、今だ暗い。

陽が登る前に目が覚めたのは、習性だ……魔力制御の時間。兵舎で宛がわれのは、四人部屋。

起きているのは、俺一人。グランさん達は毛布を頭まで被って寝ている──安らかな寝息が、微かに聞こえる。

三名を起こさない様に、タオルと煙草盆を持って静かに部屋から出て、兵舎の裏庭に向かう。

 

裏庭には、ベンチが幾つか。花壇もある。冬の花がゆらゆらと揺れている。

ベンチに浅く腰掛け、魔力を意識しながら、深呼吸一つ、二つ──鳩尾から魔力が身体に拡がっていく。

頭、指先、爪先までに魔力が拡がっていく感覚──今日は良い感じだな……冬の空気をゆっくりと吸い、静かに吐く……。

 

 

朝食の時間。ソーセージにスクランブルエッグ。玉葱のスープとパン。

いつもの酢漬け野菜。うん、何一つ文句無い朝食だ。

「一日で、見習い達の実戦訓練を済ませる訳だから、一部隊の訓練は一時間ずつ、四時間と見て……夕方前くらいには、終了になるか」

別テーブルで見習い達と食事をしている、サイモンさんとイアンさんを見ながら、ルドガーさんが云った。

「そうだな。だが、何があるか分からない。予定通りにいかないと思った方がいいぞ」

グランさんがお茶を啜る。一時間ずつか……妥当な時間かな。

 

 

「二日目だが、予定を少しばかり変更する」

見習い達に、サイモンさんとイアンさんが予定を告げている。

一日事に、覇王の訓練場に交替で潜る予定を、午前と午後に分けて、A~D隊の訓練を行うと説明していた。

つまり、一日の内で見習い達全員の実戦訓練という訳だ。

「見習い達の負担は、まあちと増えるかな?」

「そうだろうな。多少の無理はさせてもいいと、私は思っている」

グランさんはルドガーさんに答えると、俺をちらり、と見た。

「そのために、私達がいるんだ。だろ?」

「はい。今日からは、見習い達の救援はギリギリまで待ちます」

俺の答えに、グランさんがニヤリと、笑う。

 

 

覇王の訓練場前。A隊にB隊が並んでいる。

「よし、A隊準備いいな? ルドガー、クレイドル、斥候を頼む」

サイモンさんの指示。俺とルドガーさんは頷き、先行して覇王の訓練場に移動する。

覇王の訓練場に入る前、暗黒神(大いなる父君)へ加護は頼まないのですか? との質問に、サイモンさんはきっぱりと、「この二日間は、よほどの事が無い限り、大いなる父君へ甘えるつもりは無い」との事だった。

「気を付けてな」

サイモンさんの声を背に、俺とルドガーさんは、覇王の訓練場に潜る。

 

覇王の訓練場は、単純な建造となっている。L字型の造りで、基本は直線。曲がり角は左右どちらか。丁字路や十字路は少ないという──俺とルドガーさんは慎重に、仄かな灯りの中を進む。

先頭を行くルドガーさんが立ち止まり、前方を指差す。

「何かを探知しましたか?」

ルドガーさんに近付き、尋ねる。頷くルドガーさん。

「ああ、数五体。恐らくは、コボルトかオークだろうな」

「サイモンさんに、報告します」

頼む、との言葉を背にサイモンさん達の下へ向かう。どちらにせよ、見習い達にはうってつけの相手であればいいが……。

 

サイモンさんに指揮された見習い達──A隊が横列を組み……目の前のオーク五体を待ち受ける構えを取り、ジリジリと進む。

オークは隊列も何も無い。ただ五体で群れているだけだ──指揮官が居ないと、こんなものか。

グワッグワと、錆び付いた武器を構えながら、A隊を威圧しているオーク達。

見るからに、腰が引けている。オーガの一体でもいれば、こうはなっていないだろうにな……。

「突き進め! 豚面を殲滅しろ!!」

サイモンさんの激に、A隊がオーク達に突撃していく。

 

A隊は、オーク達を苦もなく殲滅。幸先は悪くない。オーク数体なら、どうという事も無いと、A隊は証明して見せた。

休憩を取らずに、そのまま進む事になった。

俺とルドガーさんは、再び斥候の任務につく。

「部屋の探知は、後回しですか」

「ああ、B隊に残しておこう」

通路での、魔物魔獣の遭遇率(エンカウント)はそれほど高くないが、会うときは会う。

「引き続き斥候を続けよう。クレイドル、行こうか」

ルドガーさんに頷き、その背を追う。

何となく、こんなものか? と思う。暗黒神(大いなる父君)は優しくも、厳しいと聞いている。今だ信仰心、未熟な見習い達に対しての度量はいかほどのものか──〈我が加護を得られるかは、覚悟次第であろうな。我に対しての信仰心は、死地に踏み込む覚悟あってこそよ〉──うん!? 今の声……暗黒神か!

ルドガーさんとサイモンさんが、立ち止まる。やはり、今の声聞こえたか……覚悟、か。ルドガーさんが呟いた。



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幕間 待雪草(スノードロップス)のこれから

 

 

 

ジャックさん達、“霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)”と“竜鱗の欠片亭”で夕食。相変わらず、ここの鶏と山菜煮込みは美味しい。

「冒険者証の更新は済んだろ?」

エールのジョッキに口を付けるジャックさん。

「はい、おかげさまで」

「頭下げる必要はないよ。それだけの実力が身に付いていたって事だ」

何か嬉しそうに云い、オウルリバーを口にするランドさん。フルースさんが、店員を呼ぶ。

 

「俺達は、実家に顔を見せて明日にでも拠点に戻るが、お前達はどうする?」

厚切りのベーコンを、口の中に放り込む様に食べるジャックさん……豪快ね。

「一旦、城塞都市に戻るか、他の領地に行くか、少し話しましたけど」

私は果実酒を干す。次は炭酸割り頼もうかな。

「リーネが云ったように、一度城塞都市に戻って、それから帝都に向かう事も考えています」

ジョシュがエールをグビリと干し、厚切りベーコンにフォークを伸ばす。

 

「帝都かあ。かなり華やかな場所だと聞いていますけど、どうなんですか?」

「そうですね……華やかで整備されていて、かなり広い所です。驚きますよ」

シェリナの質問にフルースさんが答え、皿に残った厚切りベーコンを食べ終えると、料理と飲み物の追加を店員に注文する。

私とシェリナは果実酒炭酸割りを、ジョシュはエールのお代わりを頼んだ。

「全て観光するのに、一週間以上はかかると言っても、大袈裟じゃないからな」

ジャックさんは、ジョッキを一気に呷り、飲み干す。

 

「揚げじゃがと、鶏と茸の炒めもの、お待ちどうさま~。飲み物は直ぐにお持ちしますね~」

追加の料理を店員が運んで来た。香辛料と塩で下味が付けられた揚げじゃがも、良い香りを上げている。鶏と茸の炒めものも美味しそうだ。

「ジャックさん達、“霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)”の拠点はどこなんですか?」

「ああ、俺達の拠点は帝都だ。前にも云ったかもしれないが、ここミストウッズは、俺達の地元でな、休暇で戻って来てたんだよ」

ジョシュの質問に、ジャックさんが答える。

「飲み物、お待ちどうさまでした~」

運ばれて来た飲み物を、フルースさんが各々に配ってくれた。

 

「パーティーメンバーに、帝都が地元の奴がいてな、そろそろ合流するつもりだ。今頃、暇を持て余しているだろうな……」

ジャックさんがエールをがぶり、と飲み干す。

「そうですね。そろそろ彼女と合流しますか」

フルースさんが、黒ワインを上品な仕草で口に運ぶ。

四人目のメンバーがいたんだ。果実酒炭酸割りを口に運ぶ。炭酸の刺激が、喉を震わせる……うん、美味しい。飲みすぎないように気を付けないとね。

「あいつの事だ、だれか気の合いそうな奴を見付けて、一時的に組んだりしてるかもな」

揚げじゃがを口に運び、エールを飲むランドさん。

何とも美味しそうな顔を見せる。揚げじゃが、炭酸に合いますよね。

 

「その人、どういう人何ですか?」

エール片手に、フォークで揚げじゃがを取るジョシュ。

「ドワーフだ。物理的な戦闘力なら、俺達よりも上だ。だが、一番に彼女が頼りになるのは、ドワーフ特有の指先の器用さだな」

「ダンジョン内の、宝箱や罠。鍵の解除はあいつ頼みなんだよ」

ランドさんとジャックさんの話。ドワーフか……城塞都市で、何人か見かけたわね。

スティールハンドという鍛冶屋の店主さんとその奥さんからは、正式に冒険者証を登録してもらった時に、私達はお祝いしてもらったっけ……。

「俺達は、明日にでも城塞都市を経由して、帝都に向かうつもりだ。お前達も一緒にどうだ?」

ジャックさんが、そう声をかけてきた。

 

 

早朝。私とシェリナは、洗面所に向かった。途中でジョシュとすれ違う。

「おはよう。俺はシャワーを浴びてくるよ」

「朝食後は、ジャックさん達と合流だから、長湯しないでよ」

シェリナの言葉に、分かってるよと答えるジョシュ。

城塞都市を経由して、帝都に向かうというジャックさん達と同行する事に決まった。

私達は、一旦城塞都市に戻り、それから帝都に行くかどうかを、改めて話し合う事に決まった。

この宿、“竜鱗の欠片亭”とお別れね。後で挨拶をしないと……良い宿だったなあ。

 

朝食を終えて、竜鱗の欠片亭の女将さんに、別れの挨拶をする──「機会があれば、何時でも寄ってね」

明るく別れる……そうね、またいつか。

「城塞都市に出向く方、そろそろ出発しま~す。お急ぎ下さ~い」

御者の声が、馬車乗り場に響く。

「よう。待たせたか?」

ジャックさんの声。その後ろには、ランドさんとフルースさん。

「いいえ。今集まった所です」

六人乗りの馬車を、ジャックさん達は予約してくれた。

充分な余裕の広さを持った馬車での移動は、心地好いものになるだろうな……。

早速乗り込んだ馬車の床から、暖かい空気がふわりと、浮かんで来た様な気がした。

 

「暖かいですね……どうなっているんです?」

ジョシュが、誰に聞くともなく云った。

「ああ、床をよく見てください」

フルースさんが、微笑みを浮かべる。

云われた通り床を見ると、仄かな光を浮かべる円形の、図面の様なものが貼り付けられている。

「魔法陣、ですよね?」

シェリナが、ボソリと呟く。へー、これが。魔法陣……細かい文字や紋様が、刻まれているわね。

「ええ、“魔導卿”の開発した冷温陣です。とても便利な代物ですよ」

フルースさんが云った事に、シェリナが反応する。

「“魔導卿”って……上級冒険者のラーディス・グレイオウルですよね!?」

普段の大人しい雰囲気が一変し、はしゃいだ声を上げるシェリナ。

「ずいぶん食い付くな……まあ、仕方ねえか。“魔導卿”といやあ、魔術師の憧れみたいなものだからな」

くっくっくっ、とジャックさんが笑う。

 

「二十代で魔導士試験に合格するなんて、後にも先にも無いって言われるほどの、天才……いえ、異才と言われているのですよ、“魔導卿”は──」

興奮しながら、その“魔導卿”の数々の逸話を話続けるシェリナ──あ、これ、止まらないわね。

ジャックさん達は、苦笑を浮かべ、肩を竦めるだけ。話したいだけ話させておこう──そんな雰囲気だ。

「“魔導卿”の凄い所はね──」

魔導卿の逸話を、さらに話し続けるシェリナ。それ、本当?としか思えない様な逸話を、馬車が休憩のため止まるまで、シェリナは興奮した面持ちで語り続けた。

 

 

「おお、城塞都市が見えてきたぞ」

ジャックさんが窓を開け、身を乗り出す。久し振りの城塞都市だ。

会いたい人や、また行きたいお店が思い浮かぶ。

城塞都市での思い出に浸っている内に、馬車乗り場に到着した。

馬車から各々荷物を下ろす。私達の荷物は、それほど多く無い。食器に着替え。携帯食にポーション類に雑貨くらい。野営用品、買っておかないとね。

 

城塞都市の広く大きな鉄城門も久し振りだ。城門前で、他の冒険者や旅人、行商人に交じってジャックさん達と共に列に並ぶ。

「ジョシュ、お前らは城塞都市に留まるのか?」

「あ、はい。挨拶したい人達がいるので、二、三日は城塞都市で過ごします。ジャックさん達は?」

昇格の報告も兼ねて、久し振りにジャンベールさん達に会いたいんだよな。

「俺達はここで一泊して、明日にでも、帝都に向かう予定だ。帝都で待機している仲間と合流してやらないとな」

そういえば、帝都の仲間の話をしていたな。

 

「ジョシュ、お前達“待雪草(スノードロップス)”は、罠や鍵の解除は誰が担当なんだ?」

ランドさんが尋ねてきた……そういえば、決めてないな……。

「一応、初級訓練で基本は教えてもらったんですが、誰とは決めていませんね……」

ふむ、とランドさん。試す機会があれば、やってみたいんだが、俺達三人の中で、シェリナが向いている気がするんだよな。

「そういうのが得意な奴を、仲間に迎えるのも手だぞ」

ジャックさんが云う。なるほどな……そういう事も考えた方が、いいのか。

「種族的に言えば……前にも言ったドワーフ。猫族に狐族、あとは……ハーフランナー、か」

「ジャック、ハーフランナーは……まあいい」

うん? 何か二人とも口ごもっているけど、何だ?

「まあとにかく、器用な奴を加えるって選択肢をリーネ達と話し合ってみな」

そうジャックさんが、話を締めくくった。ハーフランナーて何だ?

 

 

城塞都市の冒険者ギルドに到着。あー何か、落ち着くな。冒険者の基本を学んだ、思い出深い場所って感じ。

「よう、霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)。久し振りじゃねえか」

ダルガンさんと、ジャックさん達のやり取り。この強面も久し振りだね。

「うん? リーネ達も一緒か。おめえらも元気そうで何よりだ」

「お久し振りです、ダルガンさん」

リーネが頭を下げた。私達も釣られて頭を下げる。

ジャックさん達に続いて、私達も移動報告をする。森林街ミストウッズから、城塞都市グランドヒルへ、と……。

 

「おう、リーネ達もパーティー名決めたか……待雪草(スノードロップス)か。まあ悪くねえな。おまけに、初級のDに昇格か。これからも頑張りな」

嬉しそうに笑うダルガンさん。

「ありがとうございます。しばらく留まって、帝都に向かうつもりです」

ダルガンさんとジャックさん達と少し雑談。

ジャックさん達は宿を取るため、ギルドから出ていった。そうだ、私達も宿を取らないと。

「ダルガンさん、中宿のお薦めありますか?」

「中宿か……そうだな、オーガの拳亭がここから近いな。食事もなかなかいい。お薦めだ」

オーガの拳亭、か。何度か見かけたわね。ジョシュとシェリナを見ると、二人が頷いた。

「分かりました。今から行ってきます」

おう、またな、とダルガンさん。

 

「昼食には、少し早いけどどうする?」

「オーガの拳亭で食べようよ。食事もいいみたいだし」

ジョシュとシェリナが云う。そうね、まず宿を取ってから考えようか。

巨大な握り拳が描かれた、看板の宿──オーガの拳亭に着いた。

「さ、入りましょう」

リーネを先頭に、“待雪草(スノードロップス)”がのんびりとした歩調で入店する。

 

野太い歓迎の挨拶共に出迎えてくれたのは、肩出し、スリットの入った派手なドレスを纏った──薄化粧の、“巨漢”。

後に、ジョシュに「雌のオーガだと思った」と言わせた。

宿の女将──マダム・ミランダだった。



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第140話 覇王の訓練場 出現の法則と対大物

 

 

 

〈我が加護を得られるかは、覚悟次第であろうな。我に対しての信仰心は、死地に踏み込む覚悟あってこそよ〉──暗黒神(大いなる父君)の声が、はっきりと聞こえた。

「サイモン、聞こえたな?」

「ああ、はっきりと聞こえた……」

背後のA隊を見ると、特に変わった様子は見受けられない……やはり、言葉を聞くにはまだ早いか……。

ふと、クレイドルを見ると、フェイスガードを引き上げて宙を見上げている……クレイドルにも聞こえたらしいな。

 

サイモンさん、ルドガーさんにも当然聞こえただろうが、A隊はどうかな?

背後を振り返り、A隊の様子を見るが……特に、どうという事もない様だ。

声は聞こえなかったか……一息吐き、フェイスガードを下げる。さて、何を持って覚悟と見なされるだろうか……?

「クレイドル、引き続き斥候だ。行こう」

暗黒神(大いなる父君)の事には触れず、ルドガーさんが云った。

「よし、行きましょう」

ガンガン、と兜を叩く──やはり癖になってるな。これ。

「それ、癖か?」

妙な物を見るような目付きで、俺を見たルドガーさんが先を行く。俺は静かに、その背を追った。

 

直線の通路──もう、すでに見慣れた風景だ。

先頭を行くルドガーさんの生命探知には、今だ何の気配もかかっていない様だ。だが……。

「ルドガーさん。静か過ぎませんか?」

物音がしない、という事ではなく。感覚というか直感として、そう感じた……いつだったか、不自然な静けさは要警戒だと教わったな……。

「だな……少し慎重に進もう。生命探知を少し強めにする」

ルドガーさんが、剣の鯉口を切った。

 

もう少しで曲がり角、という所でルドガーさんが立ち止まり、止まれ、のハンドサインを出した。

やがて──ず、ずし、ずん──重量を引きずる様な音が微かに聞こえた。

「大物が来る……サイモンの所に戻ろう」

ルドガーさんが、先に行くよう促してきた。頷き、足早にサイモンさん達の所に戻る。

 

「サイモン、大物だ。恐らく魔獣系で、数は一体だろう」

ルドガーさんの報告に、眉をひそめるサイモンさん。

「まだ一階だぞ。ここ(覇王の訓練場)はどうなっているんだろうな……」

ため息と共に、サイモンさんが云う。

 

〈んっふふ~ここ(覇王の訓練場)はね~立ち入る者の強さに応じて、出現する種類が決まるんだよ~勿論、上限はあるけどね~お友達と頑張ってね~〉

「はあ!?」

いきなりの、邪神(親父)のアドバイス……もっと先に教えろ!! 先に聞かされていたら、それとなくグランさん達に、告げれたものを!邪神が! 邪神め!!

「クレイドル!?」

ルドガーさんが、いきなりの俺の声に振り返る。サイモンさんも同様だ。

「……後で説明します。今は、目の前の相手に集中しましょう」

出来るだけ、冷静に告げる。はあ、とため息を吐く……。

 

「サイモン、見習い達を下げた方がいい。俺達三人で、大物を仕止めよう」

「よし。分かった……クレイドル、いいな?」

ルドガーさんとサイモンさんの言葉に頷く。

A隊に、下がれとサイモンさんが叫んでいる──そして、ずん。ずしん──と大物が曲がり角から体を表した……ああ、これ何て言ったっけ?

獅子と山羊の頭。獅子の上半身に、山羊の下半身。尾は大蛇──「キメラか……こんな所で」

舌打ち混じりに、ルドガーさんが云った。

体高百五十センチ近く、体長は三メートルはあるだろうな……大蛇の尾を入れると、三メートルは越えるだろう。こちらとの距離は十メートルほど。警戒しているのか、ジッとこちらを睨み付けている。

 

「ルドガーさん。暗黒神(大いなる父君)に加護を願うんですか?」

「……いや、大いなる父君は、死地に踏み込む覚悟あっての信仰心と仰せられた。ならば、覚悟を見届けて頂こう……クレイドルには悪いが」

ああ、暗黒神の加護を受けた時の、諸々の強化が得られない事を謝っているのか……。

「構いませんよ。付き合います」

「全く、頭が下がるよ。冒険者というのは、皆こうなのか?」

いつの間にか戻って来ていたサイモンさんが、苦笑混じりに云った。

キメラは、まだ警戒状態だ。一対三の状況だからといって、退く事は無いだろう……。

 

「キメラの特長は、大蛇と山羊頭それぞれ、毒と火のブレス(吐息)を使う。頻度は高く無いらしいが、油断は出来ない。大蛇の毒牙に山羊の頭突きと蹄、獅子の噛み付きに体当たりと、前足の爪に注意というとこか……座学で学んだだけだがな」

サイモンさんが、落ち着いた様に云う。

「いい経験になりそうだ……こっちから仕掛けるか?」

今だ、こちらを警戒しているキメラを見つめながら、ルドガーさんが云った。その顔に微笑みが浮かんでいる。頼もしいな、暗黒騎士……。

「ルドガー、仕掛けよう。この後の、B隊の訓練もあるからな」

「だな……手早く終わらせよう。俺が獅子を叩く。サイモン、山羊を頼む。クレイドルは──」

「撹乱しつつ、背後に回り込んで、隙を見て大蛇を叩きます」

よし、任せたと、ルドガーさん。毒ブレスなんぞ吐かせるか。“宵闇(トワイライト)”を引き抜き、軽く握り込む──

 

ルドガーさん、サイモンさんが少し距離を取りながら、横並びになり進む。俺はその背後を、二人の歩調に合わせながら進む。

キメラとの距離が縮まっていく。こちらから見て、左が山羊頭。右が獅子頭──キメラは身を沈め、飛びかかる気配を見せる。大蛇が、シャアッとこちらを威嚇する──ルドガーさんとサイモンさんが、一気に詰め寄る様にキメラに肉薄する。

キメラが、一瞬怯んだ。飛びかかるタイミングを逃したのだ。

サイモンさんとルドガーさんがほぼ同時に、山羊と獅子の正面に立った。

俺はキメラの側面から、大蛇を意識しながら背後に回り込む。

 

グウゥゥゥアァァ~!! キメラの咆哮と共に、戦闘が始まった。

キメラの側面を通りすがりに、宵闇(トワイライト)で軽く叩く。気をそらす程度の一撃。

宵闇(トワイライト)とは唱えない。あれは、魔力を大分消費する。使えて二回くらいだ。ここぞという時に使いたい。よし、このまま背後を取り、大蛇の注意を引こう──

 

グウッア!?──クレイドルに横腹を叩かれ、山羊頭が首を回し、通りすぎて行った何者かを見ようとする──ほんの一瞬の隙。

剣を、こめかみ目掛け振り下ろす。首筋には少し遠い──ガァン!

ち、振り向いたか。振り下ろした剣は、山羊の角に当たった。もう少し踏み込んでいたなら、砕く事が出来たか?

砕く事こそ出来なかったが、ひびを入れる事は出来た……もう一撃入れるか?

こちらを睨み付ける山羊。さて、仕切り直しだな──サイモンの顔に、強い笑みが浮かんでいた。

 

上手いな、クレイドル。キメラが俺達に気を取られている隙に、横を通り抜けて行った。

通り抜けざまに軽く一撃を加え、俺達から気をそらした。そのお陰で──獅子の片目を潰せた。

首を裂くつもりだったが、踏み込みが浅かった。いや、すぐに気を取り直したキメラを誉めるか?

顔の半分を血で染め、残った片目に憎悪を宿し、牙を剥き出しに俺を睨み付けている獅子。

さて、これからだな──ルドガーは、自分が微笑んでいる事を知らない。

 

背後を取る事は出来た。今、大蛇から見下ろされている状況だ。シイィ、と赤い舌を出しながら、感情の見えない瞳で俺を見つめている。

警戒すべき事は、三つ──大蛇の毒ブレス。毒牙の噛み付き。山羊の下半身の蹄の蹴り。

毒ブレスの威力がどの程度かは分からないが、俺が身に付けている赤闇の胸鎧と籠手には、魔力と状態異常耐性が備わっていると、ラーディスさんから聞いている──よし……覚悟の決め時だ。

毒ブレスと毒牙は無視しよう。赤闇の装備が防いでくれると覚悟を決める。

山羊の下半身の蹴りだけを、警戒するとしようか……盾をしっかりと構える。

ジリ、と少しずつキメラに近付く。ルドガーさんとサイモンさんが、どうキメラと向かい合っているのかは、ここでは分からないが……大蛇の始末は俺の仕事だ。

シイィィ~、と大蛇が俺を見下ろしてきた──上等だ、クソ蛇が──にいっ、と微笑むクレイドルの瞳が、赤く瞬いた。




感想あれば是非。

(゚∈゚ )チュッヂュヂュッ!


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第141話 覇王の訓練場 大物食い(ジャイアントキリング)

 

 

 

キメラ──獅子と山羊の頭に、大蛇の尾。獅子の上半身に山羊の下半身。炎と毒の吐息(ブレス)を有す。蝙蝠の翼を持つ有翼種もいる、大型の魔獣。

森林の奧や荒野等が棲息地。基本的に人里で見る事はまずない。とはいえ、極希に人里近くに寄ってくる可能性はある。そうなれば、即座に領主が討伐隊を組み、付近の住民は避難する事になる。

冒険者ギルドで討伐依頼が出たなら、最優先事項となるほどの脅威といっても過言ではない──と、異世界知識が発動した。こんなのがダンジョンに現れるとはな……“覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)”、優しくないな。しかし、入る人間の強さに応じて魔物、魔獣の強さが決まるなんて、誰も分かってなかったのか……?

 

そんな大物と向かい合う、俺達三人。

サイモンさんが山羊に、ルドガーさんが獅子に、そして俺が大蛇に向き合っている──ゆらゆらと、その身を揺らしながら大蛇が俺の様子を伺っている……感情の見えない蛇の瞳。その視線を、真正面からしっかりと受けてやる。

さて、どうするか。大蛇までは距離が遠い。俺の手にする戦槌(メイス)、“宵闇(トワイライト)”では、向こうから来ない限り、届かない。

大蛇も馬鹿ではないだろうからな、むやみに噛み付いては来ないだろう……ならばやる事は──

 

山羊頭が、ズウゥゥ、と息を吸い込む。吐息(ブレス)の予兆──あえて、待つ。

ブレスを吐いた直後のキメラは、多少なりとも弱体化する……どこまで本当か分からないが、試す価値はある。

大いなる父君よ、ご覧あれ……あなたの加護は我に有り──山羊頭、さあ来い!

山羊の頭が仰け反り──ガアッ、と頭を前に付きだした。

炎の吐息。一と抱えほどの火球が、向かって来た──ゴシャアッ! カイトシールドで、火球を弾き散らす。 なるほど……こういう感じか。

熱より衝撃が強く、すでに熱気は消えている。爆発系のブレスか──さて、ブレスは凌いだぞ?

ルドガーの視線を感じ、横目で見る。

 

獅子が吠え、前足を振り下ろして来た──ギィンッ! 鋭い爪をカイトシールドで防ぐ。なかなかの衝撃が、盾から腕に伝う……反撃のタイミングが無いほどの衝撃だ。

先ほど、山羊頭が炎の吐息を吐き出し、それをサイモンが盾で弾いたのを、横目で確認した──ブレス後は、多少弱体化するというのは、本当だろうか?

頭部、というか部位事に、体力等は別なのか気になるな──グウゥゥル……唸る獅子頭。切り裂いた片目からの出血は収まっている。

前足の一撃を防がれた事で警戒しているのか、それともブレス後の弱体化というのは、本当だったのか……何にせよ、攻め時だ。

クレイドルの事も気になるからな……ちらりと、サイモンを見る。

一瞬、目が合った─今が、攻め時と。

 

ゴシャアッ、と爆裂音がここまで聞こえてきた。微かな熱気が、流れてくる──山羊頭のブレスをサイモンさんが受けたのだろう……それとほぼ同時に、ギィンッ! と打撃音。これは、獅子と向かい合うルドガーさんだろうな──大蛇が俺から視線を外し、前方、山羊と獅子の方向に目を向けた。

本能的な動き──「やはり獣だな」

腰の後ろに指している、ハンドアクスを素早く取り出し、大蛇目掛けて投擲する──

 

シィッヤアァァァッッ!! 大蛇が、突如甲高い金切り声を上げた。

大きく身を捩りながら、荒れ狂っている。後頭部から見える物──ハンドアクス。クレイドルが常に身に付けている物だ。それを頭部に食い込ませた大蛇が、血を撒き散らしながら荒れた。

山羊と獅子が、明らかに戸惑った動きを見せる。大蛇が司令塔か?──今だ。

サイモンと歩調を合わせ、一気に片を付ける。

クレイドル、大蛇は頼んだ──獅子の頭部に、剣を振り下ろす。血飛沫が上がるが、少し浅いか?よろめくキメラ。まあいい、決着まで時間の問題だ──大いなる父君、ご覧あれ。

 

バギィンッ! 山羊の片角を砕いた。

ギィエェェ~!! 山羊が悲鳴を上げる。弱体化しているかどうかは分からないが大蛇が怯んだと同時に、山羊と獅子までもが戸惑った。

ザシッ! ルドガーが、獅子の眉間に一撃を加えるのが横目で見えた。

多少よろめくキメラ。絶命には至らないか。

さすが大物、しぶとくタフだ。だが──時間の問題だ。

ルドガーにクレイドルがいる。俺達で充分だ。

大いなる父君の加護も感じるしな……このキメラをあなたに捧げます──

 

命中。投擲したハンドアクスは、綺麗な放物線を描き、しっかりと大蛇の後頭部付近に食い込んだ。

さすがに仕止めきれなかったものの、かなりのダメージを与えた様に見えた──同時に、キメラが妙な動き、というか雰囲気を見せた。

混乱というほどではないが、明らかに戸惑いの雰囲気を見せている──今、勝機だな。

横合いからキメラに近付き、その背にしがみ付いて登る。大蛇と目が合った──その瞬間、フシィィッ! と薄い青色の吐息(ブレス)を浴びせられた。

これが、毒ブレスか。ツン、と臭う刺激臭に包まれる──それだけだ。

何の不調も感じない。さすが赤闇の鎧。状態異常耐性は並みじゃない……目を見張る様に、こちらを見る大蛇。毒が効かなかった事くらいは分かるのか?

ジャァァッ! 口を大きく開き、直接毒を注ぐべく、噛み付こうとしてくる大蛇……「宵闇(トワイライト)」小さく囁き、大蛇の横っ面を 戦槌(メイス)でぶん殴る。

ブシィッ! 顎が砕け、牙が弾け散る感触。大蛇の頭部が、ゆらゆらと蠢く──その頭部に、止めの一撃を振り下ろす。

肉と骨が砕け、押しつぶれる感触が、戦槌から腕に伝わる。

大蛇は、ぺしゃりとその身を沈ませる──宵闇の効果は分からなかった。

 

大蛇の始末は済んだ──さて、あとはキメラ本体だ。

ルドガーさんとサイモンさんは、キメラを相手取っている。俺はキメラの体を移動しながら、その頭頂部に向かう。

キメラは、ルドガーさんとサイモンさんに全神経を向けているので、俺がその背をゆっくりと移動しているのに、気付いていない……俺を背に乗せた時点でおしまいだ。

獅子の頭と山羊の頭の接合部──その近くに立ち、戦槌を振り上げ、接合部目掛けて思いきり叩き付ける。

肉を潰し、骨にまで到達する感触が、しっかりと伝わって来た──がくん、とキメラの体勢が前のめりに崩れた。

おっと、キメラの背から飛び降りる。ルドガーさんとサイモンさんが、剣を振るうのが見えた。

もう、決着だな──血の臭いが漂ってきた。

 

 

「今日は、こんな所にしておくか。B隊の事もあるからな」

キメラの死体を横目に、サイモンさんが云う。

「ああ、引き上げだな……待てよ。クレイドル、後で説明する事があると言っていたな?」

ルドガーさんが、訝しげな表情で尋ねてきた。

やはり、あの件か──〈んっふふ~ここ(覇王の訓練場)はね~立ち入る者の強さに応じて、出現する種類が決まるんだよ~勿論、上限はあるけどね~お友達と頑張ってね~〉──覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)に出現する魔物、魔獣の種類は出入りする者の強さに応じて決まるという事……「あくまで、俺の推測ですよ? グランさんとイアンさんにも聞いて貰いたいので、地上に戻ってから話します」

ルドガーさんとサイモンさんが、顔を見合わせる。

「……分かった。推測だろうが、聞いておいていた方がいい気がしてきた」

ルドガーさんが言い、サイモンさんが頷く。

なかなか、衝撃的な話になると思うぞ~。だが、信じてもらえるかどうか……〈んふふ、大丈夫だよ~〉うるさいな!

 

 

地上に帰還。A隊を下げ、グランさんとイアンさん。そしてルドガーさんにサイモンさん。四人を前に、俺の推測を話した。

(邪神の云う事なのでどこまで本当か……まあ、信頼していない訳じゃないが)

沈黙……まあ、そうなるか。そう容易く信じられる事じゃないだろうからな。

「立ち入った者の強さに応じて、出現する魔物魔獣の種類が、決まるか……」

グランさんが考え込む。ふうむ、とイアンさん。

「通りでな、妙だと思った。一階で出現する魔物魔獣のバランスがよく分からなかったからな」

サイモンさんが云う。ルドガーさんが、やれやれと首を振る。

「クレイドルの推測は、充分考えるに値すると思うが?」

グランさんが、皆を見回しながら云う。

「……だな。一考すべき事項だ。試すべき事柄だと思う。B隊で、少し試してみるか」

サイモンさんが云う。グランさん達が頷く。

試す……かあ、見習い達だけを行かせるという訳ではないだろうけどな。

さて、どうなる事か……。



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第142話 覇王の訓練場 出現パターンの検証開始

 

 

B隊を率いたイアンさんが戻って来た。どこか嬉しそうだ。

「クレイドルの推測、合っていたぞ」

俺達を見て、ニヤリと不適な笑みを浮かべるイアンさん。

イアンさんが云うには、出現した魔物はコボルトにオーク。それらよりは多少手強い、プレートアント(甲鎧蟻)だったという──プレートアント(甲鎧蟻)と聞いて、思わず肩を震わせた。 それに気付いたグランさんが、フフッと軽く笑った。何が可笑しいか。

「俺も潜ったんだ。オーガかコボルトリーダーくらいは出てきても、よかっただろうに」

少々不満げに、イアンさんが云った。恐らく、出現する種類は、見習い達の人数。というか、強さの平均に合わせたんだろうな……。

「後何度か試そう。充分検証をしたら、報告書を提出する事になるだろうな」

グランさんが云った。確かに、とルドガーさん達が頷く。

「昼食後、C隊D隊を潜らせながら、引き続き検証といこう」

サイモンさんが云う。よし、と皆が頷いた。

 

昼食を取るために、一旦兵舎に帰還。

その後、覇王の訓練場にC隊D隊を潜らせる。C隊の引率役は、サイモンさん。

見習い達には、検証の事は知らせないという事に決まった。

「知った所で、どういうと言う事じゃないからな──何にせよ、検証の後だ」

との事だ。まあ、こんなものだろう。

ただ見習い達は、同行する教官が一人になった事に、少々戸惑いを見せていた(後から知ったが、俺も教官と思われていた)。

「よし、C隊行くぞ。気合い入れろ」

サイモンを先頭に、見習い達が潜って行く──検証は時間が掛かるだろうな。

 

「やはり大した事ない。コボルト数体にレイヴス(墓場カラス)数匹。そんな程度だ。 オーガもコボルトリーダーも顔を見せない」

C隊と共に戻って来たサイモンさんが、やれやれとばかりに云う。

レイヴス(墓場カラス)何ていうのは初めて聞いたが、サイモンさんの言いぶりでは、脅威のある存在じゃないのだろう。

「なるほどな、推測通りか……引き続き、もう少し続けよう」

ルドガーさんの言葉に皆が頷く。だが、皆に云っておきたい事があった……。

「ええと、三日目何ですが……少し思い付いた事があるんです──」

ちょっと前から考えていた事を、皆に話す。

 

沈黙──皆が、強い笑みを浮かべ、暗黒騎士の気が、強く周囲に満ちる。

「三日目の訓練は中止だな……見習い達に、明日一日の休暇を与えよう」

サイモンさんの言葉に、ルドガーさんが頷く。

「いいな。さてどうなる事か……くくっ」

イアンさんが、嬉しそうに含み笑いをする。

「なかなかな事を思い付いたな……キツくなりそうだ。全く」

グランさんが、やれやれとばかりに俺を見る。笑ってますよ? グランさん。

俺が云った事は、単純な事だ──「俺達五名で、覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)に潜ったならば、どうなるでしょう?」

皆が、顔を見合わせる。まあ、そうなるか。立ち入った者の強さで、魔物魔獣の種類(強さ)が決まる──そこに、自分達だけが入ったならどうなるか?

「クレイドルの言いたい事は分かった……よし、試す価値は大いにある。それは、明日にでも始めよう──だがその前に、D隊の訓練を終えるか」

グランさんが云い、D隊の元に向かって行く。

 

グランさんが率いていたD隊が、帰還してきた。

「ふん、やはり大した事なかったな。出現したのは、コボルトに、低級のグール(食屍鬼)程度だった。見習い達で、充分に相手する事が出来た」

グランさんの報告に、サイモンさん達が頷く。

「決定的と言ってもいいな……立ち入る面子に応じて、強さが決まるというのは……明日、クレイドルの言う様に、俺達だけで覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)に挑んでみるか……」

ルドガーさんが、俺達を見回す──「やろう」

イアンさんが云った。にいっ、と笑みを浮かべている。

他の面々も、同じ様な笑みを浮かべているだろう。そして、俺も──

「よし、明日は見習い連中は休暇。そして、俺達の時間という事だな」

サイモンさんの言葉に、俺達は頷く。

地上に帰還後、イアンさんが見習い達に、三日目は休みと言い渡し、帝都に戻る事と飲酒は禁止。それ以外は自由行動。のんびりするも、自主訓練するも自由と告げた。

 

夕食。俺達は兵舎ではなく、外の食堂兼居酒屋で夕食を取りながら、一杯やる事にした。

前に来た所と同じ、蜂蜜酒(ミード)の美味い店。俺に気付いた猫族の女性店員さんが、ウィンクしながら小さく手を振ってきた。

「蜂蜜酒三つに、黒ワインを二つ。あと、ベーコンと青菜炒めに、ハムサンドを五つ」

ルドガーさんが、流れるように注文をする。

はーい。お飲物から、すぐお持ちしま~す、と店員が手早く注文を書き取り、さっ、と厨房に向かって行った。

「さて、軽く明日の打ち合わせといくか」

サイモンさんが、水の入ったグラスに口を付ける。

「覇王の訓練場は、全十階層。通路や部屋に罠が仕掛けられているのは、五階からと聞いている」

「悪魔系が出現するのは、八階からだったか」

グランさんの発言に、イアンさんが続ける。悪魔系か──“魂食み(ソウルスレイヤー)”持ってこれば良かったか?

ぼんやり、考えていると飲み物が運ばれて来た。

「お酒、お待たせしました~料理もすぐお運びしますね~」

猫族の女性店員さんだ。ウィンクをして、ウフフと笑いかけてきた。

「全く、モテやがるな」

去っていく店員さんを横目で見ながら、ルドガーさんが笑い、黒ワインに手を伸ばす。

 

おう、ハムサンド美味い。ほどよく焦げ目の付いた厚切りのハムが、たっぷりの玉葱と一緒に挟まれている。ハムの塩気と玉葱の爽やかさが何とも堪らない──蜂蜜酒をグビリとやる。

「一応、三階を目処にしようと思っているんだがな。どう思う?」

黒ワイン片手に、ベーコンと青菜炒めを摘まみながら、グランさんが云う。

「そうだな……だが、潜ってみないと分からん。入る者の“強さ”に応じて出現する種類が変わるというのは、怖いな」

グビリ、と蜂蜜酒を呷るイアンさん。

まあな、とグランさんが黒ワインを干す。どうなるかは潜ってみないと分からない、か……ふむ。

「すいません。注文お願いしまーす」

ハムサンドを平らげ、口元を拭う。何を注文するかな……蜂蜜酒に揚げじゃが。鶏と山菜煮込みだな。うむ。

 

「俺達が潜る事で、どういう相手が出現するか分からない以上、考えても始まらない。明日は明日だ……今日は飲もう。深酒しない程度にな」

杯を掲げ、サイモンさんが云う。ニヤリと、皆が微笑む── 「乾杯」杯を掲げ、呟く。

 

 

三日目の朝。見習い達に見送られながら、ルドガーさんとグランさんを先頭に、覇王の訓練場に潜る俺達。さて……どうなるかな? 通路の雰囲気は、今までと変わらない。

先頭を行くのは、ルドガーさんとイアンさん。その後ろには、グランさんとサイモンさん。そして殿は俺。三段構えの隊列。

周囲を警戒しながらも、足早に進む。

各部屋は無視すると決まっている。ただ進むだけ。少なくとも、三階まで。

今だ、会敵は無し──一階に入ったばかりだからな。今回の検証は、なかなかに疲れるだろう…。

 

二階に降りる階段の、手前の広場まで進んで来たが、ここまで魔物や魔獣には出会わなかった。

二階からが、本番という事か──「よし、小休止だ」

サイモンさんが云う。広場に腰を下ろし、各々携帯食を出す。

魔道コンロと乾燥スープがあればなあ……それらがあれば、暖かい食事が取れたのだが、今は干し果物に、干し肉とチーズが休憩中の食事だ。

多少の雑談後、腰を上げて二階に降りる。さあて、どんな魔物や魔獣が現れるかな──ルドガーさんとイアンさんを先頭に、階段を降りる。

 

二階も変わらない景色。石造りの武骨な回廊に、俺達の足音と微かな鎧の金属音が響く──先頭を行く、ルドガーさんとサイモンさんが立ち止まり、止まれ、のハンドサインを出す。少しして、イアンさんがこちらに来た。

「ヤバイな。早速の大物が来た」

言葉とは裏腹に、顔が笑っている──ズズン──ここまで聞こえてくる重量音。キメラ以上の大物か……想像も出来ないが。ルドガーさんが戻って来た。顔が笑っている。

ファイアドレイク(火竜)だ」

獰猛な笑みを浮かべながら、楽しそうに告げるルドガーさん。



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第143話 覇王の訓練場 暗黒騎士四人と戦士一人

覇王の訓練場編も、直に終わります。

(゚∈゚ )ホーホーホホー……ホー。


 

 

「来るぞ……ルドガー、グラン正面を頼む。俺とイアンは、側面に回る。クレイドルは──」

「側面から回り込んで、背後に位置取ります」

よし、とサイモンさんが頷く。ルドガーさんとグランさんが、カイトシールドを構え、どっしりと腰を落とす。

 

「大いなる父君よ、今、我々には貴方の加護が必要です──兄弟を、友を、敵意と害意から守る力をお与え下さい──貴方の息子として、お願い申し上げます──“暗黒騎士の守護(ガーディアンオブダークネス)”」

ルドガーさんの、朗々とした詠唱が静かに、清らかに響いた。

涼やかな風が、俺達の周囲を過ぎて行く……暗黒神(大いなる父君)の加護だ──ズズ、ズシン……ズン──重量のある足音が近付いてくる。そして、微かな熱気。

回廊奥から姿を見せたのは──巨大な爬虫類、否、レッサードレイク(下位亜竜)の一回り以上の巨体をしている、亜竜だった。

体高は二メートル近く、体長は尻尾を入れ四メートルはあるだろう。

全身筋肉質の赤い肌に、太く鋭い両前足と後ろ足の爪。鋭い牙が生え揃った口からは、小さな炎が、チロリと噴き出している──巨体の火竜、ファイアドレイクだ。

 

「火吹き亜竜か……ふん。どれ程のものかな?」

正面に立つグランさんが、手にするロングソードをくるりと、弄ぶ。

すでに、暗黒神(大いなる父君)の加護を受けている──ファイアドレイクが、ゴオゥッと大きく息を吸う音が聞こえた──「皆、俺達の背後に付け!!」

ルドガーさんの声と共に、俺とサイモンさん達がルドガーさんとグランさんの背後で、固まる。

ルドガーさん達が、カイトシールドをしっかりと構えた。

熱気が、俺達の横を吹き抜けて行く。火竜の吐息(ブレス)だ。キメラのものとは比べ物にならないだろう──暗黒神(大いなる父君)の加護と、暗黒騎士の守護が無ければ、到底耐えられない程の熱気。不意に、熱気が止んだ。

炎の匂いが、周囲に残った──「反撃だ!!」

グランさんの掛け声と同時に、俺達は動く。自慢の吐息は防がれたぞ? 今度はこちらの番──ラウンド(ツゥ)だ。

 

グウアァァァッアッッ!! ファイアドレイクが叫んだ。自慢のブレスが、完全に防がれた事に対する怒りだろうか──隙があるぜ? ファイアドレイクさんよ?

ルドガーさん達の鉄壁の守りの次は、俺達の番だ……サイモンさんとイアンさんが、側面に位置取るため、即座に動き出す。

俺はサイモンさんと共に、左側に移動しつつファイアドレイクの背後に回る。

首をぐるりと回し、周囲を確認するファイアドレイク。自分の状況が分かったのか、低く威圧的に喉を鳴らす──そして、正面に立つルドガーさんとグランさんを睨み付ける。

 

ファイアドレイクの巨駆が、のそりと動く。太い尻尾がずるりと、大地を這う。

グウゥゥ……ファイアドレイクが、静かに唸りながら、周囲を見回す──膠着状態になるのは良くないな……そう思った矢先、サイモンさんとイアンさんが側面から斬り込んで行く。

不意を突かれた形になったファイアドレイクが、叫ぶ。

ファイアドレイクの横腹が、サイモンさん達に切り裂かれていくが──浅い。外皮がなかなかに強靭らしい。

俺はイアンさんと共に、ファイアドレイクの側面から背後に回り込み、その背後近くに立つ。

 

前方と側面から攻められる、ファイアドレイク。背後に回った俺には、今だ気が付いていないが、時間の問題だろう……背に飛び乗り、“宵闇(トワイライト)”の一撃を食らわせるのは、まだ早い……あれは、そう易々と使えない。

使えて、二回程だ。魔力の消費が尋常では無い──いや、消費を惜しんでいる場合じゃないな……よし、使える時に使おう。そのタイミングが重要だ。

さて──ファイアドレイクの太く長い尾が、ずるりと這っている。どうするか?

「黒き鋼の刃、形を成せ“黒き旋風(ダークネスエッジ)”!」

ルドガーさんの詠唱と共に、複数の黒き刃がファイアドレイクの身を包む──ファイアドレイクの表皮が切り刻まれ、血を撒き散らす──ダメージ目的ではなく、撹乱するための術だ。

グワァァオ! とファイアドレイクが喚き散らした。

 

黒き刃に体を切り裂かれたファイアドレイクが、ドシドシと、ルドガーさん達に向かって行く──単純だな。

だが、油断は出来ない。サイモンさんとイアンさんが、さっきより一歩踏み込み、荒れ狂うファイアドレイクの側面を、さらに斬り裂いていく。

皮を深く斬り裂き、肉まで到達したのだろう。出血が多くなっていく──ゴオアァァァッ!! ファイアドレイクが叫ぶ。苦痛と怒りの怒声が、響いた──グルン、とファイアドレイクがその身を大きく回転させる。

仕切り直しのためだろうか? サイモンさんとイアンさんが、跳躍しつつ下がる。俺の目の前に、太い尻尾が迫って来た──半円を描いて迫る尻尾を前に、丸太みたいだなと呑気に思う……ラウンドシールドを構え、その尾を受けると同時に後方に跳び、少しでも衝撃を殺す──その次いでに──「宵闇(トワイライト)」……と小さく囁きながら、戦鎚(メイス)を尾に叩き付けた。

 

ドゥンッ──衝撃音と同時に、クレイドルがファイアドレイクの尻尾に弾き飛ばされたが、同時に、戦鎚を尾に叩き付けるのがはっきりと見えた──ただでは済ませないという事か。

クレイドルは、壁まで転がっていく──大したダメージは無いだろう。

尾に叩き付けられる時に、後方に跳び下がったのが見えたからな……クレイドルならば、大丈夫だろう──「グラン! 来るぞ!」

ルドガーの声。クレイドルの事は、頭から追い払う──あいつなら、大丈夫だ……牙を剥き出しにしながら、血塗れのファイアドレイクが俺達を睨み付けて来た──ゴオォォォウワアァァッッ!!

悲鳴にも似た、怒号……最終決戦(ラストラウンド)だな──「よし……決着の時だ」

正面に戻って来ていたサイモンが静かに云い、俺達が頷く。

 

尻尾の一撃は重かったが、少しばかり身を引いたので、直撃は避けられた──少々腕に響いた程度。さすがストルムハンド製のラウンドシールドだ──さて、大蜥蜴にどんな状態異常が現れるかも気になるな。とにかく、グランさん達に合流するか……。

真正面に、グランさんとルドガーさん。やや左右にサイモンさんとイアンさんが、ファイアドレイクの首筋を挟み込む様に、位置している……ファイアドレイクは、俺の事は視野に入っていないようだが──さて?

 

 

向かい合ったファイアドレイクの異変に最初に気付いたのは、グランだった──

目の焦点が合っていない? 爬虫類の瞳からは何の感情も伺えないが、妙に瞳が濁った様に見えるのだ。

さらに、体が微かに揺れている──多少の傷を負っているが、致命的な一撃は今まで無かったはずだ……クレイドルが何かしたな?

「一気に決めるぞ!!」

ルドガー達に、檄を飛ばす。応!とルドガー達が応える。クレイドルは今だ後方にいる……さて、挟み撃ちといくか。

 

ガアッ! と噛みついてこようとするファイアドレイクの顎を避け際に、首筋を斬り裂く──硬い。なかなかに強靭だな。

ファイアドレイクが、前足で掴みかかってくるのを、イアンが盾で受け流しつつ、前足を剣で叩き落とすのを横目で見る──ファイアドレイク、やはりタフだな……待てよ、何かファイアドレイクの様子が変だな?

微妙にふらつき、出血量が増えていないか? それほど深く斬られていないはずだが……「一気に決めるぞ!!」

グランの檄が聞こえた。ファイアドレイクの異変に気付いたか──「応!」と応える。サイモンとイアンも檄に応えた。

 

グランさん達が、勝負を決めるべく剣を振るい始めた。前方、側面からとファイアドレイクを攻め立てる──瞬く間に、その身を鮮血に染める、ファイアドレイク。床に血溜まりが出来る程の出血だ──これが、状態異常効果か?

常時出血状態……だとしたら、えげつないな。まあいい、やる事が決まった──ファイアドレイクの尾に駆け上がって、背に乗る。そして、頭を叩く。

よし、やるぞ──クレイドルは、素早く駆け出すとファイアドレイクの尾に跳躍した。

 

ルドガーは、ファイアドレイクの身体に、明らかな異常が見えているのに気付いていた──おびただしい出血量。

剣で斬り裂いているとはいえ、これほどまでか? と思うほどの出血……すでにファイアドレイクはまともに立って居られないほどに弱っている。ただ生存本能だけで戦っている状態──止めを、と皆に指示しようとした矢先、ファイアドレイクの頭部付近に立っているクレイドルに気付く。

クレイドルは、戦鎚(メイス)を大きく振りかぶり──「宵闇(トワイライト)!」と叫ぶと同時に、ファイアドレイクの頭部に叩き付けた。



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第144話 覇王の訓練場 火竜討伐とステーキ

 

 

通路に横たわるファイアドレイク(火竜)の死体を、“浄化”で清める──無論、埋葬のためでは無い。素材回収を許可されたので、血抜きをするためだ──回収部位は、後ろ足の大爪と尻尾に、両目に魔石だ。

ルドガーさんが回収許可を出したのは、「素材や 宝箱(チェスト)を見習い達の前で回収すると、小遣い稼ぎに無断でダンジョンに潜るかもしれないからな」との事で、見習い達が居ない今なら、構わないそうだ。

「私が、瞳と魔石を回収しよう」

常備持ち歩いている、解体道具を慣れた手付きで取り出すグランさん。

なら、俺は──大爪と尻尾を、回収するか。初級訓練終了時に、お祝いで貰った解体道具を出す。

いい道具何だよな、これ──後ろ足の指の間に鋭い刃を通し、根本まで斬り裂く。そして大爪を根本から斬り離す。取り合えず計八本。重量はなかなかのものだ。後は尻尾。間接部を手触りで確認しながら、根本からしっかりと切断出来た──ふうっ、と一息吐く。

 

「なるほどな……解体なんて初めてみたが、なかなかにえげつないな」

俺とグランさんの作業を見ていた、ルドガーさん達が云う。まあ、だろうな……だが、猟師の解体作業とあまり、変わらないんだよなあ。

「よし、済んだぞ。瞳と魔石だ」

それらを差し出して来るグランさん。素材回収袋を広げ、中に入れて貰い、手早く大爪と尻尾も袋に納める──もう少し余裕はあるが、これくらいにしておこう……。

 

ファイアドレイクの死体から離れて、小休止。

もう一、二戦して検証を続けるか、地上に帰還するかと話し合う。

「二階で、早々にファイアドレイク(火竜)だからな……これ以上となると、想像は付かない」

サイモンさんが云う。確かにな……現時点において、皆はほとんど無傷。多少の傷は癒し終えている──検証は一、二度では終わらないだろう。

今後何度か、繰り返すのが妥当だろうな──「クレイドル、冒険者としての意見を聞きたいんだが……どう思う?」

サイモンさんが尋ねて来た──「冒険者として云うならば、帰還ですね」

きっぱりと云う。ファイアドレイクというリスクを乗り越えたならば、帰還してもいいだろう──と云うのが、冒険者としての考えだ。

さらに云うなら、死んだら終わり──そこまでは云わなかったが。

 

「そうだな。取り合えずの検証はここまでにして、戻ろう。検証の機会はまだある」

イアンさんが云った。皆が頷き、帰還となる。

「覇王の訓練場の、魔物魔獣の出現条件について、取り合えず報告書を書かないとな」

グランさんが云う。兵舎に戻り、夕食後に報告書について話し合う事に決まった。

 

 

──見習い達と共に夕食。今日のメニューは、ステーキにトマトサラダ。玉葱のスープに丸パンと、青菜の酢漬け野菜。

手のひらより少しばかり大きめのステーキがメインだ。厚みも四、五センチはある。 ご馳走(ステーキ)を前に、見習い達がどよめく。

料理長が、見習い達から離れたテーブルに座っている俺達をチラリと見て、見習い達に云った。

「今日は、いい牛肉(・・)が入ったから特別だ。しっかり味わって食えよ?」

はいっ! と見習い達が元気に返事をする。料理長はもう一度俺達を見ると、苦笑しながら厨房に戻って行った──「さて、頂くか。いい牛肉(・・)を」

ルドガーさんが、早速ナイフとフォークを牛肉のステーキに刺す──

 

──少し前。兵舎に戻り、身支度を終えるとルドガーさんの案内で、厨房に案内してもらった。

今から料理を始めるという料理長に、ファイアドレイクの肉を調理出来ないか? と尋ねた。

「ドレイクの肉ね……大層美味いと聞いた事はあるが、なぜそんな事を?」

恰幅のいい、人の良さそうな五十代ほどの料理長が、少し驚いた様に云う。

「尻尾を持ってきたんです。夕食に使えませんかね?」

何!? と料理長に、ざわめく厨房。

「コルバンさん、覇王の訓練場でファイアドレイクを仕留めたんだよ。その後、尻尾を回収したんだ」

「よ、よし。こっちの台に出してくれ」

料理長の名は、コルバンさんと云うのか。覚えておこう。尻尾の入った素材回収袋の口を開き、指定された台の上に、ずるりと置く。なかなかの重さ。改めて見ると、結構長いな──「剥いだ皮は、返して下さい」

 

クレイドルの言葉に、うんうんと上の空で答えながら、コルバンはファイアドレイクの尻尾を指で押しながら云う。

「いい肉質だ。よし……ステーキだな」

ニヤリ、と深い笑みを浮かべ、コルバンが楽しそうに云った。

 

見習い達には、ドレイクの肉は牛肉という事にして振る舞った。魔獣の肉だと知れると、面倒な事になるとの判断からだ。

「牛肉の上位版、て所だな」

とは、コルバンさんの言葉だ。ファイアドレイクの皮は、どう使えるかな……?

 

 

夕食後は、いつもの居酒屋に移動。報告書についての、ちょっとした会議だ。

少し離れたテーブルを取って貰った。今の段階で、覇王の訓練場のルール(・・・)を他人に聞かれるのは、よくないとの判断からだ。

守秘する訳ではない。確証がある程度得られるまでは、他の騎士団や衛兵にはまだ聞かせられないからだ。

とはいえ、五人の男達の胸中は、『ほぼ確実だな』との考えである。

 

蜂蜜酒(ミード)と黒ワイン、お待ちどうさまで~す。お食事の方、すぐ来ますから~」

いつもの猫族の女性店員ではなく、少しそばかすの残る、赤毛のショートヘアーの娘さんだ。

顔を赤らめ、チラチラと俺に視線を送っていた……何ぞ?

 

「相変わらず、罪作りだな」

グランさんが俺を横目で見ながら、黒ワインに手を伸ばす。サイモンさんとイアンさんが苦笑を浮かべ、それぞれ蜂蜜酒と黒ワインを手に取る。

「俺も浮いた話、欲しいぜ全く」

ルドガーさんが、がぶりと黒ワインを喉に流し込んだ……解せぬ。

俺は蜂蜜酒を取り、一口啜る。独特の甘さと少しの酸味。うん、美味い──

 

報告書の内容を取りまとめる。それほど複雑ではなく、『入る者の強さで、出現する魔獣と魔物の強さが変化する可能性有り。今後も検証は必要』という方向で報告書をまとめる事に決まった。

もちろん、“俺の憶測”の件は除外して貰った。

 

料理が到着した。大振りの白身魚の塩煮、鶏と山菜の煮込みに、山葵葉の刻み漬け。

うむ、何とも堪らない注文だ。特に山葵の刻み漬けが──「これが、山葵葉の刻み漬けか……初めてだ」

サイモンさんが、奇妙な物を見るように呟く。

「一度は試してみたらどうです?」

そう勧めながら、箸を伸ばす。美味いんですって。

塩味のタレに漬け込まれた山葵葉は、相変わらずの旨みと刺激を与えてくれる……ツン、とした刺激が、鼻から後頭部に伝わる。これだよな、これ。

蜂蜜酒で刺激を流し込む。サイモンさんが刻み漬けにフォークを通し、口に運ぶ──すぅっ、と鼻で息を吸うと、蜂蜜酒に口を付ける。

「いや、これは……美味い、かも」

涙目になりながらも、きっぱりと云うサイモンさん。ルドガーさんは、サイモンさんを疑わしい目で見ている。

 

「さ、取り分けたぞ」

イアンさんが、それぞれの取り皿に白身魚の塩煮を分けて配ってくれた。白身からは、温かそうに湯気が立っている。

こちらも美味そうだ。イアンさんに礼を云い、早速口に運ぶ。何だろうな、塩味の中に甘味を少し感じる──美味い。

煮汁を充分に吸った白身は箸で摘まんでも崩れる事無く、歯応えを感じる。

「相変わらず、器用に箸を使うものだな」

優雅に塩煮を摘まみながら、グランさんが云う。

鶏と山菜の煮込みも美味い。鶏の柔らかさと山菜の歯触りが良い。酒に合う、さっぱりとした味付けだ。

 

追加の酒と摘まみを頼み、明日の予定を話す。

「計らずも四日目になったが、明日は朝食後に帝都に戻るか」

サイモンさんが云った。見習い達の実戦訓練も済み、覇王の訓練場のルール(・・・)もある程度分かった事で、引き時と決まった。

「お酒とお料理でーす」

猫族の女性店員だ。俺をチラリと見てウィンクをした。手際よくテーブルに酒と料理を並べ、俺に小さく手を振り、厨房に戻って行った──「どうしたら、女にモテるんだろうな……」

黒ワインのグラスを手に、ルドガーさんが遠い目をして呟く。酔っているなあルドガーさん……。

「優しかったら、いいんじゃないですか?」

適当に云い、揚げじゃがに手を伸ばす。塩と香辛料がしっかりと効いていて、美味いんだよな。

「利いた風な口をきくな!」

ルドガーさんが、黒ワインを一気に呷った。

ぐっふ、サイモンさんとイアンさんが酒を吹き出しかける。

グランさんは顔を伏せ、肩を震わせている──笑いを堪えているな?

 

ルドガーさん、その台詞はこんな時に使うものじゃあないですよ……。



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第145話 “碧水の翼”再起動(リブート)

 

 

朝食後、荷物をまとめて兵舎を出た。見習い達を先行させ、馬車で帝都に帰還する。帝都と覇王の訓練場は、距離にして一時間少し。

帝都から、三日と少し離れていたが、何か懐かしい気がする。軽く揺れる、六人乗りの馬車の中──妙に眠気を感じていると、グランさんが声を掛けてきた。

「そういえばクレイドル。お前の姉、ミザリアスさんに行き場所(・・・・)を告げて、留守にすると伝えていたか?」

そういえば──ぞ……く──眠気が、消えた。

 

 

帝都に到着。見習い達の馬車は、そのまま暗黒騎士団の兵舎に向かっていく。

教官のルドガーさん達は、副団長に直接、報告に行くそうだ……一先ず、俺は街中で馬車から降りた。

「後から、暗黒騎士団支部に呼ばれるかもしれないからな。なるべく、宿に待機していてくれ」

グランさんから、馬車内でそう云われた。

約、四日の留守か……“黒山羊の蹄亭”、アルガドさんの宿に戻ろう……何か妙な胸騒ぎがするんだよな。

 

「いらっ……おう、クレイドル。今帰りか」

グラスを研いている途中のアルガドさん。

「ええ、ただいま。荷物を置いてくるので、鍵をお願いします」

はいよ、と鍵を渡してくるアルガドさんに礼を云い、階段を上がる。

随分、長く家を空けていたような気分だ……それだけ、ここの宿に馴染んでいるという事か。

部屋に入ると、目に写るのは見慣れた風景。武器棚に掛けられた“魂食み(ソウルスレイヤー)”。

そして、武器棚の横に立て掛けられたバトルアクス。机にテーブル、きちん整えられた清潔なベッドにカーテン。何もかも変わってなく、安心する。

さて、着替えるか──帰ってきたんだ。

 

この沁々とした気持ちが、直ぐに打ち破られる事になるのを、クレイドルはまだ知らない──

 

 

「お茶をお願いします」

いつものカウンター席に座る。おお久しぶり。思わず撫で回してしまう。

「あいよ、お待ち」

コトリ、と湯気立つ大きめのティーカップ。香辛料入りの香草茶を啜る……はあ~、安心する味だな──「クレイ」──久しぶりに、実家のリビングでお茶を飲んでいるという感じだ──「クレイ」──もう一杯、頼むか。

「アルガドさん、もう一杯──」

「クレイドル」

アルガドさんが、グラスを研く手を止め、俺の背後を見つめていた……何ぞ?

その視線を追い、振り返る──ジト目の微笑みを浮かべた、我が姉。ミザリアスさんが立っていた。

 

カウンターから席を移して、一階食堂の端の席。ミザリアスさんと食事を取る、いつもの席だ──「クレイ? この四日間、何処に行っていたんです?」

果実水に口を付けながら、ミザリアスさんが尋ねてきた。

というか、ミザリアスさんは受付嬢姿なんだが、仕事を抜けて来たのか?

それを聞くとやぶ蛇になりそうので、聞かないでおこう。正直に、話す以外ないな。

「三日ほど前に、覇王の訓練場での暗黒騎士団の見習い達の訓練補佐を、依頼されたんだよ。それを受けたんだ」

うん。正直に話したぞ──香草茶を啜る。

 

「何故、それをお姉ちゃんに話さなかったのです? 私はそれほど、頼りにならない姉なのですか?」

頼りにならない、という部分はよく分からないが、ミザリアスさんからしたなら、一言云って貰いたかった──という事なのだろうな……そう考えたならば、まあ……うん。

「姉さん、ごめん。心配……かけたくなかったんだよ。姉さんが聞いたら、絶対に反対しただろう? だから、その……わざと云わなかったんだよ。心配かけて、本当に、ごめん……」

邪神の加護、発動せず! 脳をフル回転させ、無いこと無いことを口に出した! 我ながら、なんて台詞回しだ! これで、通じろ!

「なるほど……私に心配をかけたくなかったというのね。ふふ、当然よね。もう、本当に心配したんだから……」

やれやれ、とばかりにミザリアスさんは果実水を飲み干す……済んだか、この話し合いは──

「……覇王の訓練場から、帝都まで一時間少しよね? 手紙なりで、連絡出来たと思うのだけれど……?」

マジか!? 第二ラウンドか! どうするればいい? どうすりゃしのげる?

 

「あー! クレイドル、どーこ行ってたのよぉー!」

ドワーフの冒険者、リリン・ウィンターヒルがずかずかと、黒山羊の蹄亭に入って来た。

俺達のテーブル席にどかりと座り、エールと厚切りチーズを注文する。

いつの間にか、テーブル席近くに位置取っていた黒山羊の蹄亭の店員、レイナさんが注文を手早く受け付け、厨房に去って行く。

「まあ、いいわ……クレイドル、帝都から離れるなら、私に一言伝えてね」

じっ、と目を覗き込んで来るミザリアスさん。目を逸らさず、「はい」と、しっかりと答えた。

 

「エールと厚切りチーズ、お待たせしました。他に、ご注文ありますか?」

レイナさんの明るい声。明るい内から酒はな……まあ、たまにはいいか。

「果実酒炭酸割りと、ソーセージと卵焼きを頼めますか?」

「はい! 大丈夫ですよ!」

ハキハキと明るく答えるレイナさんが、頷く。

注文を受け、何とも嬉しそうに厨房に駆けて行くレイナさん。

「……ああいう娘が、好みなの?」

赤く輝くジト目で、レイナさんを見送るミザリアスさん。危険だな、これ……。

「違います」

きっぱりと云っておく。

 

朝っぱらから軽く飲み、少しばかり雑談してお開きとなった。

ミザリアスさんからは、帝都外に出るなら、必ずギルドに報告する様にと釘を刺され、リリンからも同様な忠告を受けた──部屋に戻るか。

時間は、昼前になっている……昼食は、いいかな。

今は、ゆっくりと眠りたい。覇王の訓練場での疲労を、しっかりと回復しとかないとな──ベッドに横たわり、ふう、と大きく息を吐く……直ぐに、意識が離れていった──

 

 

ココ、ココン……ノックの音に目が覚める。

「はい、大丈夫ですよ」

ベッドから起き、答える。開いたドアから、レイナさんが顔を出した。

「お休みのところ、すいません。グランさんという方がお越しです」

覇王の訓練場の件だな……よし。着替えは必要ない。一休みする前に浄化で小綺麗にしているからな……「直ぐに、行きます……これ、取っておいて下さい」

銅貨五枚を、レイナさんの手に滑らせる──ひゃっ、とレイナさんの声。

 

漆黒の髪を結い上げた、黒ずくめの男がカウンター席に座っている。グランさんだ。

その隣に座り、アルガドさんに炭酸水を頼んだ。

グランさんは、香辛料入りの香草茶を飲んでいる。香辛料の香りが漂って来た。

「ゆっくり休めたか?」

目を細めながら、香草茶を啜るグランさん。

「ええ、充分に……姉がらみで少し怖い事がありましたが」

「ほら、炭酸水だ……ミザリアスはなあ」

アルガドさんが苦笑しながら、炭酸水をカウンターに置く。

 

「騎士団支部に行けばいいんですか?」

炭酸水を喉に流す。いい刺激だ。

「ああ、それは大丈夫だ。私達で報告書をまとめて、副団長に提出したよ。近い内に他の騎士団と情報を共有する事になった」

二杯目の香草茶を啜るグランさん。

「それと、もう一週間過ぎようとしている。“碧水の翼”もそろそろ活動再開だろう」

くうっ、と香草茶を干すグランさん。そうか……そろそろ、か。

「今回の報酬だが、冒険者ギルドで受け取ってくれ……確か、金貨三十枚だ」

「多すぎませんか?」

二杯目の炭酸水を注文する。三日の約束で、金貨三十枚は多いよなあ。

あいよ、とアルガドさん。炭酸水を受け取る。

 

グランさんに、冒険者ギルドに付き合ってもらう。金貨三十枚は、俺一人の手に余る。

通帳係りのグランさんに頼んで、パーティー口座に入金してもらおう。

ギルド内の正面カウンターには、ギルドマスターのシュウヤさんが、書類仕事をしていた。テキパキと、手際が良いな。

 

俺とグランさんに気付いたシュウヤさんが、書類から顔を上げた。

「ああ、クレイドル君にグランさん。暗黒騎士団支部から話は聞いていますよ。部屋で話しましょう」

ギルドマスター室に案内するため、すい、と立ち上がるシュウヤさん。

副ギルドマスターの、魔族のライザさんに促され、シュウヤさんの後を追う俺達。さて、どんな話かな……。

 

「まずは、暗黒騎士団支部からの報酬、金貨三十枚。それとクレイドル君は昇格です。暗黒騎士団への貢献は、冒険者ギルドへの貢献と認めます……初級は卒業、今日をもって中級のEクラスです。冒険者証を出してください」

金貨の入った袋を、磨かれた応接テーブルに置くシュウヤさん。俺はライザさんに、冒険者証を差し出す。

「確かに、お預かりします。更新いたしますので、帰りにでもお受け取りください」

ライザさんが、側に控えていた職員に冒険者証を渡す──中級のEクラスか。

レンディア達に、少しずつ近付いたかな……。

「グランさん、報酬の内、金貨二十五枚をパーティー口座に入金しておきましょう」

俺一人の収入としていいような、額とは思えないからな──「いいのか?」とはグランさんの言葉。

「いいんです。手持ちに、金貨五枚あれば充分過ぎますよ」

「……分かった。後で手続きしよう」

 

ギルド内では、ミザリアスさんには会わなかった。まあいい……リリンも見当たらなかったな。

昼食まではまだ早いのだが、さてどうするか?

中途半端に時間が出来たな……「グランさんは、この後どうするんです?」

「今は公務中なんだ。用が済んだなら戻らなければならない……すまんな」

「いえ。気にしないで下さい。近い内に、“碧水の翼”が再活動と、覚えておきます」

うむ、と微笑むグランさん。じゃあ、と冒険者ギルド前で別れる。

さて……宿に戻って、少し昼寝でもするか。

昼食は、抜かしてもいいかな……。



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第146話 休暇の終わりと新たな動き

──川の流れに石ころ一つ放り込みゃ。沈むか流れてどこかに行くか。
でなけれゃ、流れを溢れさせるか──

マルザス・グルスの数え歌


 

 

 

冒険者ギルドには出向かず、部屋でゴロゴロと過ごす事にする。

リリンとミザリアスさんと、宿内で食事をして酒を飲むくらいだ。外に出るつもりは無い。

“再始動”まで、のんびりとしたいんだよな──何も考えず、だらだらとする時間も大事だと習ったんだよ。

“碧水の翼”の面子が集まるのは、いつになるかな……もうじきとはいえ──それぞれ、都合があるだろうしな──ちらりと、部屋に備え付けの時計を見る。

午後の一時少し、か……昼食は、どうするかな。

面倒だな。夕食まで眠るか──眠るのは、得意だからな…………すう、ふうと鼻で息をする。

うん、気持ちが落ち着く──ゆったりと枕に頭を沈め……意識が、ふわりと消えた。

 

コン、コココン──遠慮がちだが、ちゃんと部屋に響く音。

「はーい」

ふう、とベッドから起き上がる。時間は──午後の五時少し。そういえば、夕食前に起こしてくれと頼んでいたっけか。

カチャリ、とドアが開き、レイナさんが顔を見せて来た。

「夕食、少し前ですよ」

それだけを告げ、一礼すると去って行った。もうそんな時間か──大きく欠伸をする。夕食は、何だろうな──一応、浄化で体を清める。

夜にでも、一風呂浴びるか……妙にだらついている感じだが、今は休暇中という事でいいだろう──よし、食堂に行くか。

 

一階、いつもの端のテーブル席に付く、夕食目当ての宿泊客もちらほら見える。談笑していたり、お茶を飲んでいたりと、様々だ。ちょっと、一服するか──「レイナさん、煙草盆を貸してくれませんか。あと、香草茶を冷たいのでお願いします」

当然の様に、テーブル近くに待機していたレイナさんに注文をする。

前に、付きっきりでいいんですか? とアルガドさんに聞いたら、曰く──「忙しくない限りは、好きにさせとけ」との事だった。

 

「直ぐに、お持ちしますね!」

明るく応え、奥に戻って行くレイナさん。さて、そろそろミザリアスさんとリリンが、来る時間かな……煙草盆と香草茶が運ばれて来た。

レイナさんに礼を云い、早速煙管に煙草葉を詰め、生活魔法で火をつける──

“深風”だ。苦味と甘味を同時に味わえる、爽やかな香りの煙草。

ぷかり、と煙を吐く──微かな苦味と甘味と、爽やかな香りが吹き抜けて行く。

 

 

今日の夕食。鶏と根菜のシチューに、鶏の照り焼き。酢漬け野菜──パンか米の二択。うん、米だな。

「クレイと同じ物で。あと、目玉焼きを半熟でお願いしますね」

「あたしも、米でおねがーい。エールお代わりねー」

食事の時間が、だいぶ賑やかになった。ミザリアスさんとリリンと一緒に夕食を取る事が、ここ最近の習慣みたいになっていた。

 

「“碧水の翼”の活動も、直に始まるんでしょ?」

がぶり、とエールを飲み干しながらリリンが尋ねてくる。食後は、酒の時間だ。

「ああ、メンバーが集まるのを待っているんだよ」

果実酒炭酸割りを口に含む。うん、いい香りと味わいだ。

摘まみは、塩の炒り豆と香辛料をまぶした生ハム。

「あたしの仲間達も、直に帝都に戻って来るでしょうね。注文、お願いしまーす!」

リリンが、エールとオウルリバーをショットグラスで頼んだ。

「確か、リリンさん達のパーティー名は──“霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)”ですよね?」

優雅な手付きで、生ハムにフォークを刺すミザリアスさん。

霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)か……いいパーティー名だな……。

 

オウルリバー炭酸割りを、ぐびりとやる。炭酸割りは、チビチビやるものじゃない。炭酸の刺激と、オウルリバーの香りを楽しむものだ。

「クレイドルのパーティーは、いつくらいに戻って来るの?」

リリンは、オウルリバーをちびりと含むと、エールで一気に飲み下す。

ウィスキーのチェイサーに、水ではなくエールか。そういう飲み方、この世界にもあるんだな……まあ、ドワーフらしいな。

「休暇は一週間程度だから……明日か明後日には、合流出来るだろうな」

オウルリバー炭酸割りを飲み干し、塩の炒り豆に手を伸ばす。

 

 

早朝、夜明け前に目が覚めた。目覚めは悪くない……カーテンの隙間からは、明け方前の冬の空が覗き見えた。

魔力制御には、うってつけの時間──よし。顔を洗ったあと、裏庭で魔力制御といこうか……。

 

夜明け。裏庭のベンチに腰掛け、魔力制御を行っている。

裏庭が陽光に照らされると共に、魔力制御終了とする──一、二時間くらいはやったか?

軽い倦怠感を感じるが、頭はスッキリとしている……悪い気分じゃない。

煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰める。生活魔法で火をつけ、ゆっくりと吸い込み──ぽかり、と煙を吐く。

煙草の煙が、陽光の中をゆうらりと漂って行く。

今日の朝食は、何だろうか?

 

部屋に戻り、身支度を整える。朱色を基調とした服──いつ買ったっけか? この服……まあいい。

朝食の時間はレイナさんが知らせてくれるから、少しのんびりするとしようか……ごろり、とベッドに横たわる。

 

 

「私は茹で玉子を、半熟でお願いします」

朝食の時間。ミザリアスさんが丁度の時間にやって来た。

朝食のメニューは、鶏と葱の雑炊に玉葱の酢漬け。それにプラス一品で、茹で玉子。朝ならではの、シンプルなメニューだ。

「“碧水の翼”が再始動したなら、その後の行動はどうするか考えているんですか?」

茹で玉子の殻を、丁寧に剥きながらミザリアスさんが尋ねて来た。

今後の行動なあ……正直、分からん。

リーダーのレンディアとシェーミィが帰還して来ない限りは、分からん。

俺の茹で玉子を、ひょいと取り上げ殻を剥くミザリアスさん。

ペキ、パリと茹で玉子の殻が、テーブルに落ちる。

俺の茹で玉子は、固茹でだ──「はい」とツルツルの茹で玉子を差し出してくるミザリアスさん。

 

共に朝食を終え、ミザリアスさんは職場に戻って行った。

その際、「帝都から出るなら、必ずギルドに報告して下さいね」と、釘を刺してきた──

 

 

朝食後は、相変わらずだらだらと過ごす。少しの眠気を覚えつつ、ベッドの上で左右に反転しながら、だらりと過ごす──なかなかにいい時間だ。

怠惰に、のんべんだらりと過ごす時間──いずれやって来る、新しい流れに備えての時間だと、直感的に感じている。

……さて、“碧水の翼”の再始動も近いだろうな。

直感が囁いている──本格的に眠気がやって来た……毛布を首元まで引き上げ、身を縮ませて眠りの体勢に入る。

昼までは、ゆっくりと眠れるな──クレイドルは、夢を見る事も無い、深い眠りに沈み込んでいった…………。

 

 

コココ、コン──遠慮がちだが、よく通るノックの音。レイナさんか。部屋に備え付けの時計を見る。昼少し前といった時間か。

「どうぞ」

ノックに応えると、レイナさんがドアを開ける。

「レンディアと名乗る方が、お越しです」

来たか。眠気が消えた。“碧水の翼”再始動までもう少しだ──「すぐ行きます……ちょっと待って下さい」

銅貨五枚を、レイナさんに手渡す。

少しもじもじとしながらも、礼を云い受け取るレイナさん。

グレイオウル領の定宿、“灰月亭”のルーリエちゃんを思い出した。

「あ、ありがとうございます……」

頬を少し赤く染め、囁く様に礼を云うレイナさん。

 

一階に降りる。カウンター席に、見慣れた緑色のケープコートを羽織った女性が座っていた。

足元に、無造作に旅の荷が放り置かれている──銀色の髪が、コートの背に綺麗に流れている。

「アルガドさん、香辛料入りの茶を下さい。塩の炒り豆もお願いします」

おう、少し待ちな、とアルガドさん。

「香辛料入りのお茶は、この時季には何とも堪えられないわよね」

ふう、と茶に息を吹き掛けながら啜るレンディア。

 

 

レンディアは当然の様に、ここ“黒山羊の蹄亭”に宿を取った。取り合えず三泊。俺も、三泊で再更新した。

グランさんは直ぐに連絡が付くが、シェーミイがいつ戻るかは、少し分からない。猫だからな。

皆が揃ってからが、“碧水の翼”再始動だ。

荷物を部屋に置いたレンディアと合流。昼食は、ここで取る事にした。

久し振りに、黒山羊の蹄亭の食事を楽しみたいとの事だ。

それを聞いたアルガドさんが嬉しそうに微笑み、「腕によりをかけるからな」と云った。

 

「ねえ、あの店員さん何なの?」

小声で尋ねてくるレンディア。いつもの、端のテーブル席に着くと、当たり前の様に近くに待機するレイナさんの事だ。

「うん。まあ、そういう係り何だよ」

「係りって何の!?」

アルガドさんに呼ばれたレイナさんが、俺達に一礼すると厨房に向かって行った。

 

「おう、お待ちどうさん。豚と根菜の香辛料たっぷりシチューに、白身魚と赤身魚の炙り焼き。青菜と茸のバター炒めだ。そうは店に出ないぞ」

アルガドさん直々に、料理を運んで来てくれた。

「ゆっくりしていきな、お嬢」

アルガドさんは、厨房に戻って行った。

シチューの、食欲をそそる香辛料の薫りが、何とも言えない。

炙り焼きにされ、一口大に切り分けられた魚の炙り焼きも美味そうだ。

青菜と茸のバター炒めからは、バターの良い香りが漂って来ている──レイナさんが取り皿に、魚の炙り焼きと、青菜と茸のバター炒めを取り分けてくれた。

レンディアが、礼を云う。

 

「お飲み物の注文は、何かありますか?」

尋ねてくるレイナさんに、レンディアが果実酒炭酸割りを頼む。

昼から酒か、と思いながらも同じのを注文した。

少々、お待ちくださいとレイナさんが一礼し、厨房に戻って行く。

「アルガドさんの、心尽くしを楽しみましょうよ」

レンディアが、早速シチューに手を伸ばす。俺は、まず魚の炙り焼きかな──



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幕間 待雪草(スノードロップス)ハーフランナー(駆け足族)

 

 

 

「手先が器用な、斥候役の紹介な……ふむ」

冒険者ギルドマスターのダルガンさんに、斥候役について、直に尋ねてみた……。

今いる場所は、ギルドマスター室だ。折り入って相談があります、と云ったら部屋に通されたのだ。堅めのソファが、心地良い……。

同席しているのは、受付嬢のサイミアさんだ。猫族特有のしなやかな体付きと、青い瞳が印象的だ。

ダルガンさんは、厳つい顎先を、分厚い手で撫で回しながら思案顔をしている。

サイミアさんが入れたお茶に手を伸ばしながら、ダルガンさんが云う。

「まあ、ソロで活動している奴に心当たりはあるがな……ハーフランナー(駆け足族)て聞いた事あるか?」

私達も、お茶に手を伸ばす──ハーフランナー。 霧雨の風(ミスト・ウィンドウ)のジャックさん達から、少しだけ聞いた事はある……。

 

「今、腕利きのハーフランナーが城塞都市にいるんだが、あいつら腰が軽いから直ぐに余所に移るんだよ。話を通したいなら、今決めた方がいいぞ?」

ダルガンさんが、お茶を啜りながら云う。

シェリナとジョシュを見る。二人が頷く──決まりね。

「会わせてもらえませんか?」

はっきりと、ダルガンさんに云う。

うん、これで良いと直感的に思った……。

「よし、早速話を通す。サイミア、手配してくれ。リーネ、おめえ達は宿で待機していろ……っと、その前にハーフランナーがどういう種族か、教えておこうか……」

 

ダルガンさんから、ハーフランナー(駆け足族)の事を教えてもらった。

善意の種族であり、悪人のハーフランナーは居ないという事(多分)。

常に陽気で楽天的でお喋り。どんな時でも、前向きな種族。

勇気、という点においても信頼できる種族──そして、“落とし物をよく拾う”種族だという事。

「落とし物……ですか?」

ジョシュが、首を傾げながらダルガンさんに尋ねる。ふむ、とダルガンさん。

「例えばだ、何かしらの持ち物が見当たらねえ。さて、どこで落とした(・・・・)だろう? そういう時は、まずハーフランナーに尋ねるんだ。こういう道具、見なかったか? と」

お茶を啜るダルガンさん。続けて云う。

「十中八九、ハーフランナーはこう応える──「ああ、これの事?拾っておいてあげたよ。はいどうぞ」とな」

 

それって、あの……言い淀むシェリナに、ダルガンさんがきっぱりと云う。

「“落とし物をよく拾う”、善意の種族何だよ。それだけだ……いいな?」

ダルガンさんが、お茶を入れ換えるために席を立つ。

「斥候に、罠と鍵の解除の腕は、お墨付きの種族だ。ちなみに、ハーフランナーがパーティーにいると、不思議と財布は落とさない(・・・・・)らしいな」

トトトト……と、ダルガンさんがティーポットにお湯を注ぐ音が聞こえた。

 

 

ダルガンさんに、宿で待機している様に云われ、私達はオーガの拳亭に戻った。

お昼まで、まだ時間はあるのよね。オーガの拳亭の食事は美味しいし、値段も手頃。いい宿だと思うわ。

さて、紹介されたハーフランナー(駆け足族)が、どういう人か気になるのよね。

ダルガンさんの推薦という事なので、心配はしていないのだけど……何か、気になるのよねえ。

「すいません、サンドイッチ盛合せお願いします」

小腹が空いていたのか、ジョシュが注文をする。次いでに果実水も。

リーネは、果実水炭酸割りを頼んだ。

そうねえ……「炭酸水お願いしまーす」

明るい内から、お酒というのはちょっと抵抗あるからね。

 

大皿に盛られた、一口大に切り分けられたサンドイッチが運ばれて来た。

ハムチーズ、玉子焼きのサンドイッチに、ベーコンと玉葱のサンドイッチ。各種のサンドイッチを摘まむ──うん、小腹を満たすのにいい具合ね。

新しいパーティーメンバーか……何か楽しみでもあり、緊張もあるのよね。

ダルガンさんの紹介だから、間違いはないと思うけど──「え、これ君の? 駄目だよ、ちゃんと持っててないと。衛兵に届けるとこだったよ。大事なものだったら、きちんと管理してないと駄目だよ?」

不意に、騒がしさが巻き起こった。何だろう?

私達は顔を見合わせる。

「ああ! ミランダ、久し振りだねえ! いつぶりだろう? ちょっとした誤解と不運で、僕が留置所に入れられた時に、身元保証人になってくれた時以来かな?」

朗らかに、ペラペラ捲し立てる声にあちこちから笑いが起こる。

「はいはい、久し振りね。今日はどうしたの? 食事、泊まり?」

適当にあしらうミランダさんの声。もしかして、ダルガンさんの紹介の人って……?

 

「ううん。ダルガンさんからの紹介で、サイミアさんから、腕利きの斥候を必要としているパーティーがいるから、会ってみたらって云われてね。ここに来たんだよ」

「ふうん……で、そのパーティー名は?」

ミランダさんが、ちらりとこっちを見た。

「ええとねえ、何だったかな? 花か草の名前だったはずだよ。宵待草だったかな? それとも、竜涎花だったかな……?」

待雪草(スノードロップス)じゃなくて?」

ミランダさんが、答える。

「ああ、それだ。待雪草。寒いとこの出身かな? んで、そのパーティー来ている?」

朗らかによく通る声が、陽気に店に響く。

「ええ、お待ちかねよ。案内するわ」

 

 

「初めまして、ファルケン・スナッチフットだよ。スナッチフットというのは、家名でね。名字とは少し違うんだ。まあ、それはいいや。ファルでいいよ」

私達一人一人と握手しながら、人懐こく挨拶をするハーフランナー。

その姿は、栗色の髪と瞳をした少年だった。耳の先がやや尖っている。

身長は低めで、ドワーフほど。百五十センチくらいかな……見かけだけで言えば、同年代くらいの年齢に見えるのだけど──

「ハーフランナーはね、外見が変わりにくい種族なのよ。あなた達より、十は多く見ていた方がいいわ」

ミランダさんの言葉に、ファルケンさんがニコニコと頷く。

 

着ている衣服は、上下ともに柑橘色。茶色の革のベストを身に着けている。

少し大きめの、肩掛けバッグを斜め掛けにしていて、腰回りのベルトには、ポーチが複数掛けられている。

手にしているのは、先端に飾り付けがされた頑丈そうな杖。冒険者というよりは、旅人といった装いに見える。

よいしょっと、といった感じでテーブルに着くファルケンさん。

「ミランダさん、果実水炭酸割り下さい。あと、酢漬け野菜もお願いします」

はいはい、と注文を受るミランダさん。

 

ミランダさんが、私にそっと耳打ちしてきた──「会話のペースに巻き込まれない様にね。キリ無いわよ」──と。

確かに……ジョシュ達は、早くもファルケンさん──ファルの会話に引き込まれていた。

 

ハーフランナー(駆け足族)の故郷は、スプリンターヒルと云うんだ。周囲を小高い丘に囲まれた土地でね。ちょっと大きな街程度の、小さな国なんだ。ハーフランナーの御先祖が、竜とのなぞなぞ勝負に勝ってね、かなりの財宝を手に入れたそうなんだ──あ、果実水炭酸割りのお代わり下さい──それを元手に、土地を買ったんだ。それが、今のスプリンターヒルなんだよ」

へえ~、と話に聞き入るジョシュとシェリナ。

ファルは果実水炭酸割りで喉を潤し、サンドイッチ盛合せを口に運んでいる。

 

「今の話……本当ですか?」

疑う訳じゃないんだけど、若干の疑問が湧くのよねえ……注文を聞きに来た、ミランダさんに尋ねる。

「本当だとは思うわ。ただ、前に聞いた時は竜じゃなくて、炎の魔神だったけれど」

ミランダさん曰く──ホラ話はしないとは思うけれど、同じ話を聞く度に細部がコロコロ変わるので、今一つ信じきれないそうだ。

もうお昼にいい時間なので、昼食を頼む事にした──ついでに、ファルの長話を止めるためでもある。ハーフランナーがどういう種族が、何となく分かった気がする。

 

「はーい。お昼の注文、聞くわね~」

ミランダさんが云うには、今日のおすすめは、チキンソテーにポテトサラダ。丸パンに豆とトマトのスープだそうだ。うん、それに決まりかな。

皆、同じメニューにした。その方が早く出来上がるからね。

「城塞都市には、何時まで止まるか決めている?」

果実水炭酸割りを口に運び、ファルが尋ねてくる。そうねえ……挨拶したい人達がいるんだけど、まだ城塞都市に戻って居ないし……。

 

「明後日には、帝都に向かうつもりよ」

シェリナとジョシュとは、そう決めている。

「僕は構わないよ。リーダーの決定に従うさ」

ニコリ、と無邪気に笑いかけてくるファル。シェリナとジョシュが頷いた。

「は~い。お待ちどうさま~」

ミランダさんの声とともに、チキンソテーのソースが匂ってきた。



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第147話 碧水や 帝都の内に 猫を待つ

 

 

早朝、魔力制御を終えて部屋に戻る。

カーテン越しの陽光が、部屋に射し込んでいる──ゆらゆらと、外からの風にはためくカーテンの隙間から漏れる陽光が、何とも云えない風情を感じさせる……おっと、朝食に遅れると面倒な事になるな。顔を洗うべく、タオル片手に洗面所に向かう。

「浄化」で済ませてもいいんだが、やはり水でシャキッとした方が、気持ちいいんだよな──

 

少し早めに、一階に降りる。いつもの、端のテーブル席に着き、自前の煙草盆を前にして朝食の時間までゆっくりと煙管を楽しむ──うん、いい時間だ。

ぷかりと、宙に煙を浮かべながら、ぼんやりと過ごす時間は貴重だ。

直に朝食の時間──今日の朝食は、何かな……ふうっ、と煙管を吹く。

いつの間にか、レイナさんが近くに立っていた。

「おはようございます……朝食までは、まだ少しありますけど?」

「炭酸水を、お願いします」

思わず頼んだ。はい、少々お待ち下さいね、とレイナさんが明るく言い、厨房に戻って行った。

 

……そういえば、レンディアも同じ宿なんだよな。ミザリアスさんと一緒に、朝食を取る事になるのか?

レンディアの事をどう紹介すればいいんだろうか……“碧水の翼”のリーダーです──か?

いや、まてよ。確かミザリアスさんは、ラーディスさんを後見人として、冒険者ギルドに就職したと云っていたな。

だったら、レンディアとミザリアスさんは面識があるんじゃないか……?

まあ、いい。直に分かるさ……ゆったりと煙管を吹かす。

 

 

煙管を吸い終え、二杯目の炭酸水を注文した頃に、ミザリアスさんがやって来た。ニコニコと、機嫌良さげに向かいの席に座る。

「今日の朝食は、何です?」

レイナさんに尋ねる、ミザリアスさん。目が笑っていない……店員さんに、圧をかけるのはどうかと思いますよ、姉さん?

「今日は、鶏と青菜の雑炊に大根の酢漬け。それと茹で玉子です」

ミザリアスさんの圧に動じる事なく、きっぱりと云うレイナさん。

朝っぱらから、女の闘いは是非止めて頂きたいのだが……?

 

「あれ、ミザリアスさん? クレイドルも一緒なの?」

二階から降りてきたレンディアが、席に着く。適当に纏めた髪。今だ眠気が取れていない寝惚け顔──うん。年頃の女子が見せていい顔付きではないな。

着古した長袖を、肘まで捲り上げている。長ズボンにサンダル。とても、貴族の出身には見えない出で立ち──「レンディアさん、もう少し身嗜みを……」

呆れたように、ミザリアスさんが云う。

「いいわよ。今は冒険者だから……炭酸水と、朝食をお願いね」

あくび交じりにレンディアが、レイナさんに注文をする。

「じゃあ、俺達も朝食をお願いします」

「私の茹で玉子は、半熟でお願いしますね」

分かりました、とレイナさんが一礼して厨房に戻って行った。

 

うん? 今の会話からしたならば……やっぱり、レンディアとミザリアスさんは顔見知りか。

「二人は知り合い何ですか?」

改めて、ミザリアスさんに尋ねる。ミザリアスさんとレンディアが、顔を見合わせる。

「知り合いも何も、ミザリアスさんは一年ほど、グレイオウル家で働いた後、兄上が後見人になって帝都の冒険者ギルドの職員になったのよ」

そういえば、ラーディスさんがミザリアスさんの事を云っていたなあ……俺の心配は、杞憂だったか。まあ、良かった。

 

「朝食、お待ちどうさまで~す。酢漬け野菜と茹で玉子、直ぐにお持ちしますね~」

レイナさんが、三人分の朝食を危なげなく運んで来た。

雑炊の匂いが、何とも食欲をそそる。朝食にはベストな食事だ──「いただきます」

スプーンで雑炊をすくう。刻まれた鶏肉と青菜。少し崩れた米が、スプーンに乗る。すうっ、と一口に啜る──熱い。

だが美味い。これは、鶏出汁だな。

うん……うん、美味いぞ。あっさりとしながらも、充分な味わいが口内に広がる。食が進むな──この出汁は大概の汁物、麺類に合うだろう──美味い。

 

朝食後の食休み。お茶の時間だ。ミザリアスさんとレンディアも、ゆったりとお茶を楽しんでいる……ミザリアスさん、冒険者ギルドの仕事は大丈夫なのだろうか?

「レンディアさん、“碧水の翼”は、しばらく帝都で活動するのですか?」

香草茶を啜りながら、ミザリアスさんがレンディアに尋ねる。

「う~ん……メンバーが集まり次第で、決める事になるでしょうね」

今現在、帝都にいるメンバーは、俺にレンディアにグランさん。後はシェーミィ待ちだが……直ぐに帝都に来るかなあ?

「まあ、シェーミィ待ちね。それまではのんびりしてましょうよ」

香草茶を干しながら、レンディアが云った。

 

 

お茶の時間を終え、ミザリアスさんは冒険者ギルドに戻って行った。

その際、「帝都から出る時は、必ず私に報告して下さいね」と再び釘を刺して来た。

冒険者ギルドにではなく、自分にというのがミザリアスさんらしかった……。

「クレイドル、ミザリアスさんとはどういう関係なの? 親しい感じだったけど」

ああ、それな。

「……姉弟何だよ」

「ふうん? 似ている、と云えば似ているわね」

レンディアは、俺の髪と瞳を見ながら云った。うん。云いたい事は分かる。

 

今日の内に、シェーミィは帝都に来ないだろうとレンディアと話す。グランさんに、レンディアとの合流を報告しに行く事を引き受けた。

出来れば、昼か夕食を一緒に取ろうと伝えてくれとも云われた。

「もう一杯お茶を飲んでから、行くとするよ」

当然の様に、テーブル近くに待機しているレイナさんに、香辛料入りのお茶を頼む。

「私にもお願いよ」

レンディアの注文に分かりました、と一礼して厨房に向かって行くレイナさん。

「久し振りの帝都ね……クレイドル、色々見て回った?」

そうだな……観光スポットは、皇妃の庭園に行ったくらいか。

「皇妃の庭園には行ったな。椿の並木道が良かった」

「ああ、椿並木ね。うん、あそこは特に有名だからね」

観光スポット以外にも、色々と帝都の事について話す。観光や帝都周辺のダンジョン等について。

「お茶、お待たせしました」

新しいティーポットを運んで来た、レイナさん。

ティーポットからは、さわかやな香りが溢れて出ていた──

 

レンディアは、昼までのんびり過ごすと云い、部屋に戻って行った。

さて──暗黒騎士団支部に出向くとするか。

約束は取り付けていないが、会えるといいな……何だったら、伝言だけでも伝える事が出来ればいいか。

一旦部屋に戻り、身支度を整える──コートを着込み、マフラーで口許を覆って手袋を着ける──防寒対策をしっかりしておこう。

宿から出る際に、アルガドさんから声を掛けられた。

「おう、クレイドル。気を付けてな」

アルガドさんの声に、手を上げて答える。

 

宿から出ると、風の冷たさが身を覆って来た──おお、本格的な

冬到来だろうか?

いいな。冬好きの俺としては、何とも心踊る。ふうっ、とマフラー越しの息が白く漂う。

暗黒騎士団支部に向かうか……特に急ぎでもないが、馬車を使ってもいいな。宿の近くの馬車乗り場に向かうか……。

 

 

暗黒騎士団支部に到着。門は開放されていて、衛兵らしき人達は居ない。前来た時もこうだったな……門を通ると、すぐに受付所が見えた。早速中に入り、カウンターに向かう。雰囲気が、役所っぽいんだよな。

襟元が銀色で縁取られた、黒い制服を着た女性が書類仕事をしている。

「すいません。予定は入れていないのですが、騎士のグランさんとの面会をお願いしたいのですが」

声をかけると、すい、と書類から顔を上げる女性職員。

公務員ぽい雰囲気だな……職員は、まじまじと俺の顔を見つめてくる。

何ぞ?……ああ、マフラーか。顔をはっきりと見せないとな。

マフラーを引き下げて、改めて用件を告げる。

 

「騎士の──」

「……あ、ああはい。直ぐにお取り次ぎしますね! 少々お待ち下さい!」

ガタガタと椅子を鳴らしながら、職員さんが席を立ち、何処ともなく去って行った……マフラーを引き上げ、周囲を見回す。

ほう……と、熱っぽい吐息が聞こえた……何ぞ?

 

「訓練場にご案内しますね。どうぞこちらへ」

少し待っていると、カウンターで相手をしてくれた職員さんが案内してくれた……心なしか、少々衣服と髪形が乱れている気がするが……?

 

誰が訓練場に案内するか? 揉めに揉めた挙げ句に、「私が責任者よ」の一言で収めたのは、クレイドルを受け付けた職員だった(多少の取っ組み合いはあったが)。

 

 

喧騒が聞こえて来た。鉄と肉体がぶつかり合う音に雄叫び……おお、冒険者の訓練場を思い出すな。何とも心地いい喧騒だ。

「あ、あの。グランさんの元にご案内します。こちらへ、どうぞ」

顔を赤らめ、ぎこちなく云う職員さんの案内の元、訓練場を横切る。

やがて、グランさんの姿が見えた。全身を、漆黒の武装で固めた暗黒騎士の姿。

案内してくれた職員さんが、グランさんの元に駆け寄って行き、何かしら話をしている。

直ぐにグランさんが俺に気付き、軽く頷いて微笑む。

 

「レンディアが来たか。シェーミィは?」

「まだですねえ……まあ、猫ですから」

ふふん、と微笑むグランさん──俺達は騎士の訓練を眺めている。

ほぼ実戦形式の、ぶつかり稽古が続いていた。

生傷が絶えないだろうな、あの調子じゃなあ……これが、騎士の訓練なのか?

訓練場の周囲を見回すと、見物人が何人もいるのが見えた。

市民だけじゃなく、 冒険者(同業者)らしき連中も見えた──見た様な顔もいるな。

「荒っぽいだろ? 騎士とはいえ、基本は腕っぷし何だよ。まあ……それだけで収まらないのが宮仕えの面倒なとこ何だけどな」

グランさんがのんびりと云う。

怒号にも似た号令の元、二つに別れた騎士達がぶつかり合う。

 

「グランさん、昼か夕食に、食事を取らないかと、レンディアから言付かっているんですが?」

「昼は、帝都騎士団と神聖騎士団との懇談会があるんだよな。夕食なら時間は取れる。レンディアにそう伝えてくれ。宿に行けばいいな?」

グランさんの言葉に頷く。

夕食まで、のんびりとするか……「じゃあ、グランさん。夕方に」

「ああ。後でな……碧水の翼は、シェーミィ待ちだな」

「まあ、のんびりしましょうよ」

ふうあぁぁ~、と背伸びをする。

我ながら、シェーミィと変わらないな……全く。

グランさんが苦笑するのが、目の端に見えた。




感想あるならば、受けます。

(゚∈゚ )クルッポポー


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第148話 碧水の翼の晩餐と帝都の過ごし方

 

 

 

夕食は、“黒牛亭(こくぎゅうてい)”で取る事になった。

面子は、レンディアにグランさん。そして、ミザリアスさんにリリン。

ミザリアスさんとリリンは、俺と夕食を取るために宿に来たのだが、せっかくだからという事で、皆で黒牛亭にやって来た。

「おう、いらっしゃい。中々の面子だな」

牛人族(ミルスタス)のルータスさん、店の大将が出迎えてくれた。個室の方がいいだろ、という事で部屋に通された。

 

「リリン、久し振りね。“霧雨の風(ミストウィンド)”の面子は来てないの?」

「休暇中なのよ。まあ、明日にでも合流すると思うわ」

レンディアとリリンは、顔見知りだったのか。リリンは碧水の翼を知っていたしな。

注文を取りに店員が部屋にやって来た。まずは各々、飲み物を頼んだ。

さて、メニューを確認だ。食事と飲みを兼ねてだから、腹拵えが出来る物と摘まみか?

 

「青菜の焼き飯六人前に、豚と豆の煮込みをお願いしますね」

「あとねー、根菜の煮物に、チーズ盛り合わせね」

ミザリアスさんとリリンが、流れる様に注文をする。食事の注文は、この二人に任せていいか。

レンディアもグランさんも特に気にしていない様だしな……いや、待てよ。

「山葵葉の刻み漬けも、お願いします」

俺の注文に、レンディアとグランさんが、苦笑する。

「本当に好きなのね、山葵」

呆れた様に云うレンディア。グレイオウル領の特産品だろうに。

 

賑やかな夕食。個室とはいえ、店の雰囲気が充分に伝わってくる。うん、いい感じだ。

皆、よく食べて飲むよな。まあ、俺も食が進んでいるが……黒牛亭は、肉より野菜類がメインの店だから、次は……これを頼んでみよう。

大根と葱の塩煮と、ジャガイモのチーズ焼きだ──早速、ベルを鳴らす。

「は~い。少々、お待ち下さ~い」

店員の明るい声が、喧騒の中から響いて来た。ああ、山葵葉の刻み漬けをもう一度頼むか……。

 

ミザリアスさんが取り分けてくれたジャガイモのチーズ焼きを、早速口に運ぶ──む……うん。ホクホクと、美味い。

たっぷりのジャガイモの中には、刻まれたハムが入っていて、微かな塩味とともにジャガイモの風味が堪らなく美味い。

そして表面を彩る、焦げ目が付いた、糸を引くほどのたっぷりのチーズ。

果実酒炭酸割りで、さっ、と飲み下す──いや、美味いな。

レンディア達も、嬉しそうに目を細めながらチーズ焼きを楽しんでいる。

 

「大根と葱の塩煮と、山葵葉の刻み漬けお待ちどうさまで~す。お酒は直ぐに来ま~す」

おお、大根と葱の塩煮も美味そうだ。

葱は太葱で、少し焦げ目が付いている──煮汁に浸っている、大根と太葱を取り皿に取り、早速大根を口にする。

熱い。熱いが──美味い。口から湯気が漂うほどに熱いが、美味い。

充分に味が染みた大根は、とても堪らない味わいだ。一息付き、次は太葱を口に運ぶ。

少しの焦げ具合の風味と、葱のシャッキリとした歯応えと同時に、煮汁が口の中に広がる。

贅沢な美味さだよなあ……おっと、山葵葉の刻み漬けも食べないとな。

「まーた、山葵葉。本当に好きよねえ」

レンディアの声。グレイオウル領の特産品だろうに……がやがやと、賑やかになった。今日はゆったりと過ごそう……碧水の翼の晩餐だ。

 

 

早朝前に目が覚めた。すっかり、魔力制御の感覚が身に付いている。

昨日は飲みすぎたのか、多少頭が重い。まあ、大した事はない──そうだな……シャワーでも浴びて、魔力制御といくか。その後で、煙管で一服といこう──着替えを手に、部屋を出る。

冬の早朝。明け方前のシャワーは、さぞ気持ちいいだろうな。

これだけ早いと、他の客とかち合う事は無いだろう──シャワー室には、清潔な備え付けのタオルが揃っている。

毎日、クリーニングに出しているらしい。“タオルを使用後は、洗濯篭に入れて下さい”との注意書が見えた。

 

シャワーを浴びる──熱めの温度がいい感じだ。汗も疲れも、ざっ、と流していく感覚を充分に楽しめたので、シャワー室から出る。

備え付けのタオルでしっかりと体を拭き、新しい肌着を身に付け、普段着に着替える。

ついでに「浄化」も使う……さて、部屋に戻って魔力制御といくか──使用済みのタオルは、ちゃんと篭に入れる。

肌着と寝巻きは、後で洗濯を頼むか。浄化で済ませればいい事だが、洗い立ての洗濯物が恋しい時もあるんだよな。

もう少しで朝食だが、その前に魔力制御の時間だ。

よし、部屋に戻るか──

 

 

魔力制御を終え、一息付いているとノック音。

どうぞ、と答えるとレイナさんがドアを開く。

「直に朝食ですよ」

そろそろか。丁度いいタイミングだ──そういえば、お願いする事があったな。

「すぐ降ります。ええと、肌着と寝巻きの洗濯をお願いしたいのですが?」

一瞬固まる、レイナさん。料金いくらだったかな?

「あ、は、はい。お任せ下さい! 今篭を持って来ます!」

ぴゃっ、とレイナさんが姿を消したかと思ったら、篭を片手に抱え、すぐに戻って来た。

これをお願いします、と差し出された篭に肌着と寝巻きを入れる。代金は一篭計算で、銅貨三枚だそうだ。一篭には満たないけれど、構わない。

ちなみに、ベッドのシーツ、毛布、枕は無料で取り替え。中宿は皆そうらしい。

洗濯代に加え、チップを銅貨八枚。レイナさんに渡す。

わたわた、と慌てながら代金とチップを受け取るレイナさん。頭を下げ、洗濯篭を抱えながら去って行った。

 

一階食堂。泊まり客や、朝食目当ての客がちらほら見える。俺は、いつもの端のテーブル席に着く。

レイナさんは見当たらない──まさか、洗濯中か?

「よう、おはようさん。朝食はもう少し待ちな……ほら、煙草盆だ。炭酸水を出すか?」

アルガドさんが、わざわざ煙草盆を持って来てくれた。客の事見ているな……気遣いが嬉しい。

「ありがとうございます。炭酸水、お願いします」

「おう。朝食は、ベーコンエッグにキャベツのスープに丸パン。白菜の酢漬けだ」

「ベーコンは、柔らかめでお願いします。卵は固めで」

あいよ、とアルガドさん。こういう、細かい注文を聞いてくれるというのが、いい宿何だろうな……。

煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰め、指先で火をつける。生活魔法もだいぶ慣れたな……。

 

煙管を吹かしていると、レンディアが降りて来た。ミザリアスさんより早いな。

俺に気付き、テーブル席に着くレンディア。

顔を洗ったばかりで眠気がまだ取れていないのか、顔がしょぼくれている。

「おはよ。早いわね」

ふうぅぅ~あぁぁ~、とだらしない欠伸をしながら云うレンディア。服も、ヨレヨレの寝巻きだ。

「今日の朝食は、何だって?」

朝食のメニューを伝える。ふ~ん、とレンディア。悪くないわね、と呟く。

 

少しして、ミザリアスさんが朝食にやって来た。

「早いですわね、レンディアさん?」

「それはそうよ。同じ宿だもの」

ミザリアスさんの皮肉めいた言葉に、真っ向に答えるレンディア。

朝っぱらから、水面下のバトルは止めていただきたい。

アルガドさんがやって来た。

「よう、お二人さん。メニューは聞いたか?」

水を、レンディアとミザリアスさんの前に置く。

「聞いたわよ。ベーコンはカリカリに焼いてちょうだい。卵は、半熟でお願いよ」

「ええ。ベーコンは柔らかめで、卵は固めでお願いします」

おう、と答えるアルガドさん。ついでに、炭酸水のお代わりを頼んだ。

 

朝食後のお茶の時間。ミザリアスさんとレンディアと、お茶を飲みながら近況の話をする。

「特に、緊急性の強い依頼や難度の高い依頼は、今の所ありませんね。行商人が、オークやコボルトの少々の群れを見かけて、その討伐依頼があるくらいですね……まあ、初級クラスの依頼ですね」

香辛料入りのお茶を啜る、我が姉ミザリアスさん。

「ふ~ん。碧水の翼も今だ面子が揃っていないしね……といって暇なのは、嫌ね」

果実水炭酸割りを口にするレンディア。俺としては、シェーミィと合流するまではのんびり過ごしたいんだよな……一日、十時間ほど眠りたい。

「私はギルドに戻ります。クレイ、帝都から出る時は、必ず報告して下さいね?」

またしても、釘を刺された。返事は一つだ……。

「ああ、分かっているよ。姉さん」

にこり、と微笑むミザリアスさん。

 

 

「妙な姉弟、というかちょっと風変わりな姉よね」

果実水炭酸割りをぐっ、と呷るレンディア。

「まあな。俺もそう思うよ……ああ、昨日皆にいい忘れていたが、中級のEクラスになったよ」

「へえ! おめでとう。そこからDクラスまでは直ぐよ」

レンディアが、我が事のように喜んでくれた。嬉しいものだな。仲間が喜んでくれるというのは、うん。

 

祝杯をあげましょうと、明るい内から酒を注文しようとするレンディアを、やんわりと止めた。




面白い二次小説書ける人、ほんと凄い。

_〆(。。)


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第149話 碧水の翼 活動開始 そして久し振りの食事会

 

 

快速船は、貿易区に無事到着。待ち合わせの日にちには──一日ちょっと過ぎたけど、まあいいでしょ。

獣神王国と竜神皇国の、二国共同使用の港、“神皇港”まで見送りに来てくれた家族達。特に弟妹達に泣きながらしがみつかれ、宥めるのに苦労したなー。

ズボンとシャツが、ビシャビシャになったのは、寂しい様な、微笑ましい様な思いだけどね──ヒュウ──海風が冷たく吹き付けて来た。

 

広場の時計を見ると、昼時少し前。

昼食は、“黒山羊の蹄亭”でレンディア達と合流して、と思ったけど──鶏源亭(とりげんてい)の屋台が目に入った。外にまで、湯気が出ている。

「寒いから、温かいのをお腹に入れておくかなー」

屋台に足早に向かうシェーミィの脳裡から、碧水の翼の事はさっぱりと消えていた。

 

 

昼時、グランさんが訪ねてきた。シェーミィが来ているかの確認と、昼食を一緒に。と云う事だった。

ヨレヨレの寝巻きのまま、一階に降りて来ているレンディア。

さっき起きました、と言わんばかりの格好。乱れた銀髪を、無造作に結っている。

「……ええ、とレイナさん、炭酸水お願いよ」

「私は、香草茶をホットで頼む」

レンディアとグランさんの注文を受けたレイナさんが、はい、と一礼して厨房に向かった。

午前中に頼んだ洗濯物は、もう戻って来ている。丁寧にアイロンまでかけてくれていた(魔道具だそうだ)。

 

「シェーミィは、まだよ。まあ今日中には戻って来るでしょ……多分」

運ばれて来た炭酸水を手に取り、レンディアがレイナさんに礼を云う。

グランさんも香草茶を取り、レイナさんに一礼する。

「レイナ、厨房とホールを頼む」

アルガドさんの声。もう昼時だ。

忙しくなる時間帯。呼ばれたレイナさんが、俺達に頭を下げると厨房に戻って行った。

確か、今日の昼食メニューは──ソーセージと目玉焼き。丸パンに、玉葱のスープ。大根の酢漬け、と聞いたな。

「三人前、そのまま注文していいな?」

グランさんの言葉に、俺達は頷く。忙しい時に余計な注文はするべきじゃないからな。

 

昼食を終え、お茶の時間。昼の忙しなさはもうない。遅れて昼食を取っている客が少数いるだけ。

「グランさんは、宿はどうするんですか?」

香草茶を啜る。碧水の翼が再活動したなら、暗黒騎士団としてのグランさんは、どうするのだろうか?

「ああ、シェーミィが戻って来て、碧水の翼が活動したなら、冒険者活動に戻るつもりだ。公務は全て終わっているからな。いつでも、ここに宿を取るつもりだ」

なるほどな。後はシェーミィ次第という事か──「こーんにちはー!」

思った側から、シェーミィが宿に飛び込んで来た。

 

「ちょっと遅れたかなー。なかなか、家族と離れにくくてねー。あ、果実水お願いしまーす」

テーブル近くに待機しているレイナさんに、シェーミィが注文をする。

「昼は済ませたのか?」

炭酸水を啜りながら、シェーミィに尋ねる。

「うん、貿易区の鶏源亭の屋台で、辛葱つくねそば食べたから、大丈夫だよー」

辛葱つくねそば、だと?……そこに反応するグランさん。前に食べたのは、つくねではなく、鶏そぼろだっけか?

「鶏つくねは甘口でね。辛葱の辛さと、とても合うんだよ。その甘辛さの内に、麺を啜るのがおいしかったなあー」

シェーミィの感想に、むう、と腕組みをして唸るグランさん。この人、麺好きなのか。

 

「シェーミィ、冒険者ギルドに移動登録してきなさいな。私も一緒に行って、碧水の翼の再活動を伝えるわ」

はいはーいと、シェーミィ。何かテンション高いな……久し振りの合流に、気が昂っている様だ。

「シェーミィが戻ったならば、ふむ……私もこの宿に移る事にしよう。ああと……クレイドル、二人部屋でいいか? その方が安くすむからな」

妙に照れた様に云うグランさん。もちろんだ。

「ええ、構いませんよ」

何なら四人部屋でもいいが……?

「じゃあ、私とシェーミィの二人部屋ね。日数は……取り合えず、一週間という事にしましょうか?」

レンディアの言葉に、グランさんが答える。

「パーティー口座には、充分過ぎるほどの余裕がある。口座から宿代を出そう。レンディア、いいか?」

「ふん。構わないわよ。任せるわ」

レンディアの発言にグランさんが頷き、早速宿主のアルガドさんの元に出向く、グランさん。

 

部屋替えも済んだ。男女二名ずつ──四人部屋でも良かったのだが、値段は変わらないとの事で、二名ずつの二部屋となった。

棚に、武具と日常使いの道具を取り出した、肩掛けのバッグを納め、呪物を引き出しにしまう……意外と、俺の荷物多いな。

バトルアクスと、ラウンンドシールドに、“魂食み(ソウルスレイヤー)”と“宵闇(トワイライト)”──後は装飾品がいくつか。

“闇銀の月輪”に“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”。装飾品は、皆呪物何だよな……これらは、そっと閉まっておく……。

まあ、遅かれ早かれ、発覚するだろうが──「クレイドル、またよろしくな」

グランさんが、手を差し伸べてきた。ぐっ、と握る。

「はい。ようやく、“碧水の翼”の再開ですね」

互いに、ニヤリと微笑む。夕食は、久し振りに碧水の翼の面子で取る事になるだろうな──

 

 

黒山羊の蹄亭の一階。いつもの端の席に、碧水の翼の面々が久し振りに顔を合わせている。当たり前の様に、レイナさんが近くに待機している。

「ちょっと早いけど、夕食に行きましょうか」

身だしなみをきちんと整えたレンディアが云う。ヨレヨレの、寝巻き姿のハーフエルフはいない。

緑色のケープコートの下は、上質そうな水色のシャツが見えた。よそ行きかな?

「さて、何処にする?」

髪を結い上げた黒ずくめの男、グランさんが炭酸水を口にする。

「久し振りに、“囀ずり亭(ソングバード)”に行こーよ。鳥刺し食べたい!」

シェーミィの、両肩から下げている、明るい栗色の短めの三つ編み二つも、久し振りに見たな。服装は、相変わらずの派手な暖色系の服装。

 

「囀ずり亭ね……良いわね、久し振りよ。吟醸酒が美味しいのよね」

レンディアがにこやかに云う。煮込みもいけるんだよな。

「うん、いいな。囀ずり亭にしよう。今の時季の熱燗はいいぞ」

嬉しそうに云うグランさん。冬の熱燗か……堪らんな。

「いいわよ。囀ずり亭にしましょうか」

レンディアが、お茶代として銀貨一枚をテーブルに置く。

「ちょっと、多すぎます」

慌てた様に云うレイナさんに、レンディアが云った。

「いいの。お釣りは取っておいて、心づけよ」

気前良く、貴族然としているな。さすがレンディア。ちら、とレイナさんが俺を見る。

取っておいていいんやで……との意思を込めて、頷く。

 

 

「四名様、ご案内しま~す」

囀ずり亭に到着。早速、テーブル席に通された。

夕方になったばかりなので客は少ない。炭火の匂いもそれほど強くない。火を入れたばかりなのだろう。

「取り合えず、飲み物の注文だな。焼き物はもう少し後にしよう。すいません、注文お願いします」

俺の言葉に頷くレンディア達。さて摘まみは、何にするかな?

 

「え~とねえ。鶏そぼろ豆腐三人前と、鳥刺し二人前ね。あ、鳥刺しは生姜多目でね」

注文を受けにやって来た店員に、シェーミィがメニューを見ながら注文する。豆腐……?

豆腐あるのか! 塩もあるし、豆もある世界……作れるんだろうな。ただ、あまり出回らない感じなのか?

各々、飲み物の注文をする。豆腐か……他の店でも出すのかな……?

今度アルガドさんに聞いてみよう。

 

鶏そぼろ豆腐が、湯気を立たせながら大きく器に盛られている。

レンディアが、手早く取り皿に盛り付け、俺達の前に並べた。

「熱いうちに食べましょうか」

真っ先に、レンディアが鶏そぼろ豆腐にスプーンを通し、口に運ぶ。

「熱いうちがいいわね。うん。早く食べた方がいいわよ」

パクパクと、鶏そぼろ豆腐を口に運ぶ、レンディア。放っておくと、一人で食べかねないな──豆腐と鶏そぼろをすくい、口に入れる。

熱く、美味い。甘口の味付けが食欲をそそる。ぱらりと振られた青ネギが、いい歯触りだ──

 

「鳥刺しと、お飲み物お待たせしました~」

大皿に、円形に並べられた鳥刺し。真ん中には、山盛りのすりおろしの生姜──前世なら多少の警戒心を持っていたが、この世界なら万一があっても、まあ、何とかなるだろう。

「お~、鳥刺し久し振り~」

備え付けの小皿に生姜を取り、鳥刺しと一緒に運ばれて来た、甘口のタレ(恐らく甘口醤油)を小皿に満たすシェーミィ。

にしし、と笑いながら鳥刺しをフォークですくい上げ、生姜をたっぷりと付け、タレに潜らせると口の中に放り込む──う~ん、と目を細めながら、美味しそうに、もくもくと咀嚼するシェーミィ。

 

こういうのを見せられたら、食べない訳にはいくまい。

小皿にタレを満たし、生姜を箸ですくい取り手早く混ぜ、鳥刺しを二枚重ねに取り、小皿に潜らせる──箸の利点は、ここにある。素早く料理を掴み取る事に特化しているのだ(?)。

生姜が満ちた小皿に鳥刺しを浸し、口に運ぶ──うん、美味いな。

生姜の風味と甘口醤油の味わい、鳥刺しの歯触りが堪らない。いいな……。

 

 

“碧水の翼”揃っての、久し振りの食事は楽しかった。酒はそこそこで、食べる事が中心になったな。

串盛り合わせに、手羽先の塩揚げ皿盛り。最後に、〆の鶏雑炊──それぞれ、シェーミィが絶賛するだけはあった。

特に、手羽先揚げは人気ナンバーワンだそうだ。今回は塩だったが、他にはニンニクダレと、生姜ダレも人気だそうだ……まあ、次だな。次の機会にしよう。

 

夜遅くならない内に、“碧水の翼”は、揃って宿に戻った。明日から本格的に、活動開始だな──「結構早い時間に帰れたわね……明日の朝食後に、改めて活動の話し合いをしましょうか」

レンディアの言葉に頷く。

今日は解散となり、それぞれ部屋に戻った。

 

「少し早いが、今日は休むか」

壁掛け時計を見ながら、グランさんが云う。時間は、夜十時少し。早いといえば早いか。

「そう……ですね。明日から活動開始ですから、ゆっくり休みますか」

早速、寝巻きに着替える。これ、いつ買ったっけか? 帝都に来てから使うようになったんだよな。

「いい寝巻きだな。暖かそうだ」

毛布に潜り込みながら、グランさんが云った。すでに眠そうだ。

「良く眠れるんですよ……明かり消します」

ああ、お休みとグランさん。さて、消灯の時間だ。

 

 

次の日、早朝。不貞腐れるミザリアスの機嫌を取らなければならない事を、クレイドルは夢にも思っていない──



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第150話 緊急依頼 オーク討伐

 

 

 

「酷くないか? 仲間だよな?」

朝食後のお茶の時間。食堂にいる客も、まばらな時間帯だ。

「だってねえ。巻き込まれたら長くなりそうだもの」

香辛料入りのお茶を啜るレンディア。お茶から立ち上る湯気から、香辛料の薫りが漂って来る。

「分かって貰えたから、良かったじゃないか」

レイナさんに、お茶のお代わりを頼みながら云うグランさん。

今、シェーミィはこの場にはいない。一足先に、冒険者ギルドに出掛けている。

「……済んだ事だからいいですけどね」

カップを手に取る。少し温くなっているが、まあいい。

──事は一時間ほど前に、さかのぼる。

 

 

早朝。夜明け間近の内に魔力制御を終え、煙草盆と煙管を持ち、一階食堂に降りる。

いつもの、端のテーブル席。他の客はいない。少々早かったかな……食堂内はまだ薄暗い。明るくなるのは、もう少しだろう。はっきりと明るいのは、厨房くらいだ。

忙しなく働く店員達と、アルガドさん。朝食の薫りが、仄かに漂って来る。

声をかけるのは止めておこう。今が一番忙しい時だろうからな……煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰め、パチリと生活魔法で火をつける。

すう──と一息……口の中でゆっくりと味わい、ふぅぅ~、と吐く。

薄暗い宿の中に、白煙が香りとともに舞昇って行く……直に、レンディア達もやって来るだろう。

 

食堂内が明るくなってきた。夜明けと同時に、店員が明かりを灯している。

外と食堂内の明かりとで、いつもの雰囲気になる食堂内。

やがて、レンディア達も降りて来るだろう。さて、今日の朝食は何かな?

ゆったりと煙管を吹かしながら、朝食に思いを馳せていると──夜明けに来るとは、予想もしていなかった人がやって来た……我が姉、ミザリアスさんだ。

 

ここからが、長かった……俺の対面に座り込んだミザリアスさんは、赤きジト目の微笑みを浮かべながら、開口一番に云った。

「昨日、一緒に夕食を取ろうと思って、ここに来たんですよ?」

「久し振りに、“碧水の翼”が、揃ったんだ。だから皆で夕食を取る事になったんだよ」

駄目だな、この選択肢──だからどうした、で流されるかも知れん。

「ふうん……まあ、それはいいとして。もう少し、私を待てなかったのかなと思ったのですよ。せめて、行き先でもアルガドさんに告げておくとか?」

テーブル近くに待機しているレイナさんに、炭酸水二つを注文するミザリアスさん。

緊張を顔に浮かべたレイナさんが、畏まった感じで注文を受け、厨房に向かって行く。

朝食の時間だが、全く空腹を感じない──この場を何とか収めないとな。

 

「まあ、急だったからね。久し振りの合流で、皆気が急いていたんだよ。だから、少し早いけど夕食にする事になったんだ」

お待ちどうさまです。とレイナさんが炭酸水をテーブルに置き、すっ、と距離を取る。

「急……ですか。ふうん……」

炭酸水を、静かに口に運ぶミザリアスさん。何を考えているか全く分からん──俺も炭酸水を手に取り、呷る。

炭酸の刺激で、頭をよりハッキリとさせるのだ。

「私を待っていても、良かったのでは?」

嘘だろ。ループした……? 熱した鉄板の上で土下座しないといけないのか?!

 

「おはよ~、早いね。今日の朝食何?」

どすどすと、リリンがテーブルにやって来て、席に着いた。

リリンの明るさに毒気を抜かれたのか、ミザリアスさんが、ふう、と息を吐く。

「……まあ、これからは気を付けて下さいね?」

ニコリと微笑む、ミザリアスさん。

助かった……リリンに、今度一杯奢ろう。

「レイナさん、今日の朝食は何です?」

「え、あ、はい。ベーコンと目玉焼き。豆とトマトのスープに、丸パンと酢漬け野菜です」

ミザリアスさんに答えるレイナさん。

「ベーコンと目玉焼きは、固めでお願いします」

「私も、それで」

俺の注文に被さる様に云う、ミザリアスさん。

「あたしはそのままで、いいよ~」

呑気にリリンが云う。少々、お待ち下さいと云い、厨房に向かって行くレイナさん。

何とか、切り抜けたか……レンディア達はどうしているだろう?

ふと、食堂を見渡すと……違う席で、朝食取っていやがる! 覚えてろ──根に持つからな……!

 

 

朝食を終え、改めてレンディア達と合流する。

「俺個人の問題にしては、なかなかに重かったんだけどな?」

「ちゃんと、話し合いは済んだんでしょうに、今度から気を付けるわよ」

果実水炭酸割りを啜るレンディア。グランさんは、ただ苦笑している。

まあ、いい……さて、今日の活動はどうするのかな?

シェーミィが、ふらりと宿に戻って来た。何かいい依頼でもあったかな?

 

「レイナさん、果実水下さい」

席に着き、妙に真面目な口調で注文を頼むシェーミィ。それに何かを感じたのか、直ぐ厨房に向かうレイナさん。

俺達は顔を見合わせ、シェーミィから話を急かさない。

運ばれて来た果実水を、くうっ、と一息に半分飲み、云った。

「緊急依頼だって。街道近くに、オーク数十体が確認された見たいねー」

食堂内に響く様な声で、シェーミィは報告する。

ざわり……と食堂内の雰囲気が一変した。

 

食堂には、同業者(冒険者)らしき人達も、ちらほらと見受けられる。そして、行商人達も……。

頑丈そうな革鎧を着た、ベテラン風の冒険者が近付いて来た。

「確か、なのか?」

「うん。緊急依頼として、最優先事項になってたよー」

緊張感に満ちた冒険者に対し、明るく答えるシェーミィ。

ありがとよ、と手短に云いながら仲間の元に戻って行くベテランの冒険者。

にわかに、食堂が騒がしくなった。特に行商人風の人達が、忙しない雰囲気を見せている。

 

「ふん。冒険者ギルドに出向きましょうか……いい功績稼ぎになるでしょうからね」

何の気負いもなく、レンディアが云う。オーク数十体……とならば、それを指揮するオーガ。それに加えて──オーガの上位種、ハイオーガのお出ましかな……?

「お茶代を置いておくぞ」

グランさんが、銀貨四枚をテーブルに置く。多すぎます、とのレイナさんの声に、釣りは取っておいてくれと、グランさん。

「身支度整えて、合流しましょうか」

席を立つレンディア。はいはーい、とシェーミィ。

さて……オークとオーガなら経験はあるが、ハイオーガ、か。ただのオーガの上位種ではないとは聞いているな。まあ、いい。行けば分かるか……。

「クレイドル、身支度といくか」

席を立つグランさんの後に続く。レイナさんに、どうか、お気を付けて下さい、と声をかけられた。片手を上げ、応える。

 

 

手早く、漆黒の鎧を着込むグランさん。金属音をほとんど鳴らさず、滑らかな動きで装着する。

腰に帯びる剣は、前に武人の練武場で手に入れたやつだ──ラザロさんの鑑定で、衝撃属性に刺突強化。二属性持ちの名剣──わざわざ、鍛冶ブレイズハンドのドルヴィスさんに、鞘を黒く染めてもらったんだよな。

「その剣、武人の練武場で手に入れたやつですよね」

「ああ、初披露の時だと思ってな」

グランさんが鞘から剣を抜き、灯りにかざす。

切っ先鋭い、幅広の刀身は、薄く灰色に輝いている……魔力を感じとる事が出来た。

「よし、行こう」

剣を納め、カイトシールドを肩掛けにするグランさん。

「オーク狩りといきますか」

黒鷲の兜を被り、フェイスガードを下ろし、ガンガンと兜を叩く。

「もう、癖だな」

グランさんが苦笑する。気合い注入ですよ。気合い。灯りを消して、部屋から出る。

 

食堂でレンディア達と合流。自分達と同じ様に、身支度を整え終えた冒険者達が数組。

何人かの顔見知りと、軽く挨拶を交わす。

「おう、皆気を付けてな。無事戻ったら、一杯奢ってやるよ」

リザード族特有の、猛々しい笑みを浮かべながらアルガドさんが、俺達を激励してくれた。宿が、活気に溢れる。

 

 

他の冒険者連中と共に、冒険者ギルドに入る。もうすでに、ギルド内は熱気に溢れていた。

カウンター内にいたのは、我が姉ミザリアスさんだ。目が合うと、ニコリと微笑んだ……ジト目じゃないな。

ギルドマスターのシュウヤさんは、階段の踊り場に立ち、ギルド内を見渡している。

「すでに知っている人もいると思いますが、改めて、伝えます。緊急依頼が入りました。巡回中の衛兵が、西街道の外れに、多数のオークの群れを発見。その数、数十との事……オーガの姿は確認出来なかったとの事ですが、間違いなく現れているでしょう。二、三体はいると思って間違いない……そして、ハイオーガも」

ギルド内がざわめく。焦りや不安ではない。その逆。士気の昂りから来る、喧騒だ。

 

「すでに街道は封鎖済みになっていると、連絡がありました。今回の依頼は、初級のB以上はなるべく前線に出て下さい。ソロで行動している人は、なるべく即席でパーティーを組むか、先輩パーティーに志願して下さい。初級のB以下は、ギルド内で待機。職員達と、補助に回ってもらいます──レイナルドさん、皆のまとめ役をお願いしてもよろしいですか?」

シュウヤさんが、壁に寄りかかり話を聞いていた獅子族の冒険者──レイナルドさんに声をかけた。

背に大剣を担ぎ、がっしりと引き締まった筋肉質の体の上から、重装備を着込んでいる。

ベテランからも人望のある、中級Bランクの若手──皆の注目が集まる中、何の気負いも感じさせないまま、レイナルドさんが応えた。

「了解した」

きっぱりと頷き、応えるレイナルドさん。確か、前の甲殻ムカデ(メイルセンチピード)戦でも陣頭指揮を取っていたそうだな。

あの時は、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)を発動中に加え、“虫滅”の精神だったので、レイナルドさんの指揮はよく分からなかったが……。

 

「ふん。レイナルドの指揮ならば問題ないでしょう。まあ、私達なりにやるべき事をやるだけよ……いいわね?」

レンディアが、強かな笑みを浮かべながら俺達を見回す。

「ああ、やる事をやるだけだ」

グランさんの言葉に、俺達は笑う。

「では皆さん、準備が出来次第、現場に向かって下さい。レイナルドさん、後は頼みます」

シュウヤさんは踊り場から一階に降り、副ギルドマスターのライザさんと職員達に、指示を出している。

「さ、行きましょうか。いい場所を取らないとね」

レンディアが緑のケープコートを翻し、ギルドから出る。

ふと視線を感じ、振り返るとカウンター内のミザリアスさんと目が合った。

その赤い瞳が笑みを浮かべ、チラリと光っていた。

「クレイドル、行くよー」

シェーミィの明るい声に応え、ギルドから出た。

 

オークはともかく、オーガにハイオーガか……楽しくなりそうだな──クレイドルは首に掛けた、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)を無意識に撫でていた。



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第151話 オーク&オーガバトル

 

 

「レイナルド、オーク五十。それを半数の二十五に分け、それぞれがオーガの統率下だ」

レイナルドの指示を受け、斥候を引き受けた軽装の人族の冒険者が、報告をする。

次いで、同じく軽装の狼族の女性が云う。

「やっぱり、居たわよ……ハイオーガ」

斥候の報告を聞いた冒険者達が、溜め息を吐いた。

「……ふん。上等だ」

にいっ、と牙を見せ微笑む、レイナルド──獅子族特有の、獰猛な笑みだ。

 

 

封鎖された西街道沿いで、俺達は待機中。斥候の報告を聞いたレイナルドさんは、各パーティーのリーダーと何人かのベテランと共に、話し合いをしている。レンディアも呼ばれていた。

即席のパーティーを組んだ者同士。後輩を受け入れたベテラン達──それぞれが話し合いをしている。

短い間にも、連携の確認をしているのだろう。

 

「グランさん、ハイオーガとの経験は?」

「……いつだったかな。“碧水の翼”が駆け出しの頃、ばったり鉢合わせした事がある」

あるのか……無事だったから、今があるんだろうな。

「どうなったんです?」

「うん、こちらを一瞬見たが、その後無視された。バスタードソードを肩担ぎにして、チェインメイルの上にブレストプレートを着込んだハイオーガだった。充分距離があったから、無事に別れる事が出来たな」

「あの時は、かなり不意に鉢合わせしたからねー。レンディアが、直ぐ下がろうと、指示したんだよね」

グランさんに次いで、シェーミィが云った。

 

ふうん……そういう事があったのか──おおっと、異世界知識、発動──ハイオーガ。単純にオーガの上位種と言える存在ではない。オーガ、オークを従える、将と言うべき存在。

腕力、体力共にオーガを越え、その戦闘技術は騎士以上。恐れるべきは、オーガ以上の腕力と、戦闘技術と知識。まさしく、武人というべき存在。

一対一で打ち破る事は極めて難しい事ではあるが、それを成したならばまさしく英雄的行為と見なされるだろう。

最も、大概は愚かな結末に終わるが──なるほどな。一対多で当たるべく相手だという事が分かった。

 

「取り合えず、対オーク戦の作戦が決まったわよ」

レンディアが戻って来た。今回、前線に出ている冒険者は総勢三十五名。初級のBから中級のBランク──中級のBランクはレイナルドさんだけ。

即席パーティー以外のパーティーは、三組。

リリンの所属する、“霧雨の風(ミストウィンド)”。狼族の三兄妹、“疾風の牙(ゲイル・ファング)”。そして俺達、“碧水の翼”──疾風の牙は、霧雨の風と碧水の翼が四人組なのを見て、キリが良いからと初級Bランクの冒険者を一人、臨時のパーティーとして勧誘していた。

 

「作戦としては単純よ。左右の陣にパーティーを一組ずつ備え、その回りに冒険者達。中央は、レイナルド率いる冒険者達と、パーティーを一組。オーク隊に向き合ったなら、まず範囲系の攻撃魔術を一、二度。そして、集団戦に移行。なるべく、乱戦にはしない方がいいと言っていたわ」

作戦の説明を終え、レンディアが干し果物を口に放り込む。

 

集団戦闘の訓練を幾度も経験しているグランさんは、フムと頷く。特に問題は感じなかったか。

「私達は左陣。疾風の牙は右陣。霧雨の風は中央よ」

水筒に口を付ける、レンディア。気負いも緊張も無く、落ち着いている──リーダーはこうでないとな。

くうぅ~あぁぁ~、とシェーミィが大あくびをする。お前はもう少し、緊張感持った方がいいと思うが?

 

周囲の雰囲気が、変わり──静かな緊張感が満ち始めていた。

レイナルドさんが、俺達冒険者を見回しながら云った。

「……よし、頃合いだ。皆、行くか。“碧水の翼”は左陣を、“疾風の牙”は右陣をそれぞれ頼む。“霧雨の風”は俺に付いてくれ……皆、豚面はそれなりの統率は取れているだろうが、大した事はない。とっと殲滅して、オーガも始末しよう……気を抜くなよ!!」

応!! と冒険者達が応えた──さすがだな、将の気質というやつだ。

 

 

レイナルドを先頭に、オークの群れを目指し冒険者達が行進する。

その統率の下に進む冒険者達に、混乱は無い。先行していた斥候二人が、戻って来た。

斥候が云うには、こちらに気付いてはいるものの、それほど警戒をしていない様に見えたそうだ。という事は──数の利を確信しているのだろうな……甘いよな、うん。

「よし……少し急ぐか。強襲をかけるぞ」

報告を聞いたレイナルドが、足早に駆け出す。

それに続く冒険者達。平野に轟く足音──よし、“(いくさ)”だ。

 

一番最初に突っかかって行ったのは、レイナルドさんだった。慌てるオークの群れに飛び込んで、大剣を左右に振るう──ほぼ同時に、霧雨の風のパーティーから放たれた魔術が、オーク達を貫き、切り裂いた。

撒き散らされるオークの血肉。たちまちの内に、血が降り注ぐ──「押せえ!!」

レイナルドさんの、咆哮にも似た指示の下、俺達はやるべき事をやるべく動く。

レンディアの風属性の魔術が、渦を巻きながらオーク達の肉体を削り、切り裂いていく。

「今よ。出来る限りオークを、減らすわよ!」

レンディアが、叫ぶ。

 

血飛沫舞う中、碧水の翼と共に行動する冒険者達が、オーク達に斬り混んで行く──ヒュヒュッ、と弓鳴りの音。オーク二体が、胸元を貫かれて仰向けに倒れる。シェーミィの速射──にしし、と声が聞こえた。

錆び槍を向けて来るオークの横面を盾で殴り付け、その隣にいたオークの首を跳ねる。

返す剣で、盾で殴ったオークを袈裟斬りに仕留めた──すぐ隣を、緑色の風が吹き抜けて云った。 レンディアだ。

 

風に乗る様な動きで、オーク達の間を駆け抜けて行く──腕が、足が、斬り飛ばされ、腹が、首筋が、斬り裂かれ、血飛沫が舞う──数体のオークが、地に伏した。

致命傷を与えるよりも、戦闘不能に出来れば良し、というのがレンディアの考えだ。

いずれ他の冒険者に止めを刺されるか、失血死するだろう……。

 

周囲の喧騒をよそに、俺達“碧水の翼”の面々は、少し一息吐く。

「まあ、こんな所かしらね」

ふうっ、一息吐くレンディア。緑のケープコートには、返り血一つ無い。

「そろそろ、オーガ戦が見えてきたな」

グランさんがカイトシールドを構え、レンディアと入れ替わる様に、オークの群れに突き進んで行く──

腹を押さえ、地に横たわるオークの首を踏み砕き、切断された腕を押さえる、虫の息のオークの首を撥ね飛ばしながら、グランさんが進んでいく。

 

すっかり、引き腰になっているオークなど物の数ではないとばかりに、カイトシールドで殴り付け、例の初披露の剣を振るい──衝撃属性に刺突強化。二属性持ちの剣──独特の刃音を鳴らしながら、オーク達を斬り潰していくグラン。

斬られ、突かれたオークの体が四散していく。

暗黒騎士の威圧感を前面に押し出しながら、グランは突き進んで行く──その合間に矢音が鳴り、オーク達の体に、シェーミィの矢が突き立っていく。

致命的なものではなく、戦闘能力を奪うための一矢。それを立て続けに放つシェーミィ。

一矢絶命を狙うのは時間がかかる。集団戦において、素早く敵の戦闘能力を奪う事を重視しての、シェーミィの行動だ。

 

他の冒険者達と共に、次々とオークを始末していくグラン──ゴオァァァッ!!

オーガの咆哮。その咆哮には、怒りが満ちている。オークの統率者としての怒りだろうか。

獣皮を身にまとい、錆び付いたバトルアクスを両手に構えたオーガは、真っ直ぐにグランに向かって行く。

この黒ずくめの男が、中心なのだろうと直感したのだろう──

「ふむ。私の所に来るか。だがな──」

グランは、オーガに向けてニヤリと微笑む。

怒りに満ちた一撃を加えんと、バトルアクスを振るおうとするオーガの胸板と肩に、矢が突きたった。

ダメージ目当ての射撃では無い。注意を逸らすための二射──何の痛痒も感じさせない素振りで、オーガは矢が飛んで来た方向に、怒りの視線を向け、矢を払い落とす。

 

「集中力、無いな」

一歩踏み込み、オーガの腹を撫でる様に剣を潜らせる。獣皮が裂け、腹に刃が充分に潜りながら裂ける感触が、滑らかに腕に伝わって来る──衝撃属性に刺突強化。二属性持ちの剣──腹を裂いたその直後に、心地好い衝撃音が剣から腕に伝わって来た。

ドゥン──そのまま、剣を振り抜く。

グバアッ! オーガのうめき声と共に、ズシリと重量音。オーガが、地に膝まずく音だろう。

オークの様に、肉体を四散させないまでも充分な致命傷を与えたのが、見て分かった。

腹からは内臓が溢れ出て、口や鼻からは大量の血がドボリ、と溢れている。

「さよならだ」

オーガの首を斬り落とす。すぱん、と綺麗に切断する事が出来た。

 

おおぉぉぉっっ!、と上がる歓声を、グランは他人事の様に聞いていた。

「さて、レンディア達の所に戻るか」

剣を納め、何事も無かった様にオーガの死体に背を向けるグラン。

 

(いくさ)”は、まだ終わっていないのだ──




感想、評価あればどうぞ。

(゚∈゚ )ジャジャッ、ギュッ!!


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第152話 武人と騎士と戦士達

 

 

オーガの振り下ろす、ウォーハンマーの圧力を感じながら、すれ違い様にオーガの胴を薙ぎ払う──腹から脇腹までを、滑る様に斬り裂く感触が体に伝わる──鋭さの魔力付与が施された、レイナルド愛用のグレートソード。重量と同時に鋭さを帯びた大剣は、獅子族のレイナルドに相応しい逸品──ズシイィン……オーガの体が、大地に崩れ落ちた。

「ふう……っ」

グレートソードの血を払い落とし、一息吐くレイナルド。こめかみから、微かに血が滲んでいる。

オーガのウォーハンマーが、掠めていたのだ。

おおぉぉぉっ、と歓声が上がる。

オーガとの一騎討ちが、冒険者達の士気を上げている──だが、まだ大物が残っている……。

 

 

それは巨岩に見えた。横倒しの大木の上に、巨岩が置かれている。巨岩の側には、大きな盾が立て置かれていた。タワーシールド。

少し湾曲した、長方形のほぼ金属製の盾。縦幅百二十センチ以上、横幅八十センチはあるか──大きく、重く、頑丈。冒険者が持つような物ではない。かさばり、重いのは邪魔になるからだ──少々錆び付きが見られるものの、それが頑丈さには影響する事はないだろう。

その反対側には、剣の形をした鉄塊。

何とか剣に見えないでもないという代物。持ち手には、革がしっかりと巻き付けられている。

全長は、優に百五十センチは越えているだろう。幅は、三十センチはある──人に扱える様な代物ではない……巨岩が、のそりと立ち上がった。

 

オークもオーガも、皆打ち倒された。だが、歓声は上がっていない。

静寂が、緊張感と共に戦場に満ちていた。冒険者達の視線の先に、立ち上がった巨岩がいた。

巨岩は、ハイオーガだ──全身の岩めいた外見は、どこで手に入れたか、ちぐはぐに防具を身に着けているからだ。

肩当て、籠手、胴体、ブーツ。全て金属製──冒険者達は、ハイオーガの一挙手一投足に注視している。

でかい。オーガとは、明らかに一線を画す体格と身にまとう雰囲気。オーガ特有の獰猛さは見受けられない。

ただ、ただ武人の気配をその身から溢れさせていた。

 

魅入られたかのように、己を見つめる冒険者達を他所に、ハイオーガはタワーシールドを軽々と持ち、鉄塊を掴むと片手で振った。ゴウッ──風切り音が響く。静まり返る戦場を見渡すと、ふむ。といった風情で、のしりのしりと冒険者達に向かって来る。

誰も動かない、動けない──物質的な重量を感じさせるほどの威圧感に気圧され、立ち向かう事も逃げ出す事も出来ないのだ。

 

「いざ」

レイナルドがグレートソードを両手に構え、充分な距離を取りハイオーガの前に立った。ハイオーガの顔に笑みが浮かぶ。

「推参なり!」

そう言いたげな表情が、その顔に浮かんでいた。武人の笑み。

それに対して、レイナルドは硬い笑みを浮かべていた。

(改めて向かい合うと……凄まじいな)

獅子族以上の体格と、圧──気圧されるな。腰が引けたら、おしまいだ……気を張れ、気を抜くな……すう、はあ、と深呼吸一つ。

グレートソードを横構えにして、ハイオーガと距離を詰める。

ヒリつく様な緊張感が、うなじを逆撫でる──さて、どうするか……ジリ、とハイオーガに近付く。

 

ガイィン! ハイオーガが、タワーシールドを振った。いきなりの動きに、レイナルドが立ち止まる。

「ちっ。やはり気付くか」

何か嬉しそうに呟く冒険者が、いつの間にか近くにいた。フェイスガードを降ろした冒険者──クレイドルだ。

「小細工は通じないか……ふむ」

漆黒の装いをした冒険者。暗黒騎士──確か、グランといったか……碧水の翼の面々が、やって来た。

「勘が鋭いな。いやさすが」

グランはカイトシールドを構え、薄く灰色に輝く切っ先鋭い、幅広のロングソードを下段に構えている。

どこかのんびりとした口調で、闘志が感じられないが……。

 

「気付かれにくい角度で投げたんですがね」

クレイドルが、ちらりと遠くを見る。その視線を追うと──ハンドアクスが、地に転がっていた。クレイドルが投擲したのだろう……。

「レイナルドさん、あんなのと差しで戦うのは、無茶ですよ」

クレイドルが、ラウンドシールドを構え、剣を抜く。フェイスガードの中は見えないが、クレイドルの声は嬉しそうに弾んでいた。

「ああ、確かにな」

クレイドルの、静かに通る声に気持ちが落ち着く。良い意味で、緊張感が治まった。

改めて、ハイオーガを見る。どっしりとタワーシールドを構え、剣状の鉄塊を肩に乗せてこちらを見下ろしている。

「……よし、始めるか」

ハイオーガに、クレイドルに、グランに──そして自分にも言い聞かせる様に、云った。

中央は自分。左右にクレイドル、グラン。さて、やるか──

 

三人の冒険者と一体のハイオーガとの戦いは、凄まじい物だ。

三人で、半包囲状態に持ち込みながらも、ハイオーガはタワーシールドと剣状の鉄塊を振るい、三人の攻撃を跳ね返し、反撃をしている。

鉄塊を振るい、カイトシールドを構えるグランを押し返し、レイナルドのグレートソードを弾く。

横合いから迫るクレイドルを、蹴りで跳ね退ける。クレイドルはラウンドシールドで受けながら、後方に飛び退く。

明らかに、ハイオーガはこの場を楽しんでいる。

“良き敵、ござんなれ”──そう云っている様に見えた。

 

レイナルドの真正面からの斬り込みを、鉄塊で弾きながらタワーシールドで押し込んで行く。

それをグレートソードで受けながら、無理に踏ん張る事なく下がり、体勢を素早く整える。

にいっ、と牙が浮き上がる様な笑みを浮かべるハイオーガ。

余裕のあるその笑みを見ながら、レイナルドは勝てるのか? と思っていた。

三人共に、余裕は無い。ここぞ、という一撃を加えているものの、皆防がれ、弾かれている。

そして、ハイオーガの一撃は非常に重く、受け方を間違えれば戦闘不能になるほどの攻めだ──無尽蔵の体力と腕力を持つハイオーガ。長期戦になるほど不利になるのは、充分に分かっている──ここで退いて、冒険者達で一斉にかかる様に指示を出そうか? 魔術を惜し気無く使う様に指示を出そうか?──いや、駄目だ。

それをやれば、間違いなく死人が出る。こちらがなりふり構わない戦い方を選べば、ハイオーガもそうするだろう。

さて──ならば、俺達で始末を着けないとな。

一旦下がり、息を整える。こちらの意図を汲み、グランとクレイドルも下がる。

ハイオーガは、迫って来ない。小休止を認めてくれたのか──

 

「……少し、見苦しい所を見せます」

唐突に、クレイドルが云った。何の事だ……?

「血と苦痛、茨となれ……」

微かな囁きを、クレイドルが口にした──その瞬間──首元から、茨がクレイドルの全身に這い出し、その身を包み出した。同時に、クレイドルの体から血が滴り、迸った。

何だ? これは……グランを見る。グランがぼそりと呟く。

「ああ……これがか。クレイドル、あまり無茶するなよ」

 

この状況を思い出した。いつだったか、甲殻ムカデ(メイルセンチピード)戦の時だ。

全身血塗れになりながら、荒れ狂うクレイドルの姿。あの時の事を思い出す──ハイオーガに目をやると、同じくこの状況に戸惑っている様に見えた。

ぎりり、と歯を食い縛る音が聞こえた──クレイドルだ。唇の端から、血が垂れている。

苦痛に耐えるかの様なうめき声を上げ──ハイオーガに突撃して行く。止める間もないほどの速度 だ。

「俺達も行こう。二回戦だ」

ブンッ、と剣を振り、クレイドルの後を追うグラン。

「ああ。やろう」

深呼吸一つ。無茶するなよ、クレイドル。

 

 

どっしりと構えるハイオーガ。タワーシールドめがけ、飛び蹴りを放つ。ゴォン、と金属音。

びくともしない──分厚く、重く、並みの体格ならば、体を隠せるほどの大型の盾。まあ、ハイオーガは大柄なので、隠せないが──隠す必要もないだろう。

盾と剣の扱いの巧さは、尋常じゃないのが見てとれた。

オーガ以上の、腕力と体力に戦闘技術──真っ向勝負は、まず無理だ。

俺はタワーシールドを叩き、気を逸らす。ハイオーガへの攻撃は、グランさんとレイナルドさんに任せる……そして、三対一という事に、ハイオーガに意識を持たせる──この戦いの少し、前──

 

 

「シェーミィ、影身の刃(シャドウエッジ)持って来てる?」

オーガとオークを殲滅後の、一休み。残るはハイオーガだけ。

「うん。持ってるよー……ははあ、分かった」

レンディアに答え、にししと笑うシェーミィ。

「グラン、クレイドル、レイナルドさんと協力して、ハイオーガの注意を引いて」

俺とグランさんは、顔を見合わせ、ニヤリと笑う。なるほどな、影身の刃か……ふふん。

「平地だけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ。猫族の隠密性、馬鹿には出来ないよー」

レンディアの質問に、にしし、と笑うシェーミィ。

 

猫族の隠密性と、影身の刃の効果(・・・・・・・)──なるほどな。

「よし。クレイドル、急ごう」

「はい、急ぎましょうか。一騎討ち始めかねないですよ」

急ぎ、レイナルドさんに合流すべく、駆け出す。

「私は後から合流するよー」

シェーミィの明るい声を背後に、レイナルドさんの所に急ぎ、向かう──

 

 

魂食み(ソウルスレイヤー)”を、タワーシールドに叩き付ける。ガシィィン、火花が散った。

同時に、血飛沫がタワーシールドに飛び散る──(相変わらずの痛み……くっそ!)

八つ当たりの様に、ひたすら魂食みを振るう。

痛みが少しでも紛れる様に──「オアァァァッ!」

動く度に、血飛沫が舞い散る。

同時に、血を流せば流すほどに身体強化が成されるという事が、実感出来ている──さらに強く、剣を打ち込む、打ち続ける。

血飛沫の中、ひたすらに打ち込む。血溜まりが出来ているなあ……アァァァッ! 痛えなぁっ!

 

クレイドルが、タワーシールドを執拗に攻め続ける事に、少々の疑問を持ったが──「盾を引き付けているんだよ」

グランの声……ああ、なるほどな。分かりかけてきたぞ。

「よし、俺達のやるべき事をやるかね」

グランの言葉に、気が楽になった。

「そうだな……急ごう。あれ以上血を流させるのは、よくない」

グランとレイナルドの視線の先には、血塗れで荒れ狂うクレイドルの姿があった。

 

ガギッイィィンッ! 魂食みとタワーシールドが火花を散らし、血飛沫が舞い散る。

「オオァァアッ!」

苦痛と激昂の、悲鳴じみたクレイドルの雄叫びが響いていた。



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第153話 騎士と戦士の鋼と猫の牙

 

ガアァンッ──ギリリと刃を合わせる、鉄塊とグレートソード。

ぐうぅぅっ、とハイオーガと獅子族の剣が、押し合い圧し合いする中──「ふうっ!」

騎士の剣が、ハイオーガ目掛けて振り下ろされる。

ハイオーガは獅子族の剣を押し退け、騎士の剣を迎え撃った。

火花散る剣撃──騎士と獅子族の剣を凌ぎ、さて反撃といった瞬間に、タワーシールドへの衝撃。

ガアッアン! 血が迸り、タワーシールドだけでなくハイオーガの身体にまで血が、降り注ぐ。

血塗れの戦士が、執拗に盾を狙って来ている理由は、正面から攻めて来る二人から気を逸らすためだろうと、ハイオーガは直感的に気付いている。

 

──面白い。遠目には、力攻めの応酬にしか見えないだろうが、そうではない。二人は、剣を撃ち込む際、微妙に撃ち込む角度、速度を変えながら攻めて来ているのだ。最も、血塗れの戦士はただひたすらに、盾に撃ち込んで来ているだけだが──ハイオーガは、今の状況を言葉ではなく、思考で捉えていた。

騎士と獅子族の重い斬撃を弾き、受け流す。心地好い衝撃が、腕から身体に伝わって来る。良いぞ……来い!

ハイオーガの顔に、強烈な笑みが浮かんでいる。

 

この撃ち合い──いつまで続く?

弱音を吐くつもりは毛頭無いが、全く衰える事の無いハイオーガの腕力、体力。分かっていたつもりだったが、甘かった。

オーガとはまるで違う。ただ力任せの獰猛なオーガとは別種だ。技術がある。速さもだ──こんなのと、差しで戦おうとしていたのか。

グランとクレイドルが来ていなければ、どうなっていた事か。三対一のこの状況でさえ、勝ち筋が見えて来ない──ガリリッ、と金属が強く擦れる音。グランがカイトシールドで、ハイオーガの鉄塊の一撃をなんとか逸らした音だ。

微かに体勢を崩すグランを援護するために、ハイオーガに斬りかかる。

横合いから、薙ぎ払う一撃。手は抜けない──ギイィンッ! 上から押さえ付けられる様に、グレートソードを受け止められた。

 

ギリギリと、鋼と鉄塊が擦れ合い、不協和音が鳴る──「ぬっ……ううぅ!」

グレートソードを押し込むと、ハイオーガもまた、押し込んで来た。

みりみりと、己の筋肉が震えるのが分かった。さらに押し込む、それに答える様にハイオーガもまた押し込んで来た──こちらは両手。向こうは片手。信じられないほどの膂力だ。

 

面白い……っ! 獅子族とためを張れるほどの力を持つ種族は限られている。牛人族(ミルスタス)竜人族(ドラグニア)。そしてドワーフ──ハイオーガは、それ以上の膂力を持つというのか?!

面白いっ……!ぎいっ、と歯を食い縛る。ぶるり、と体が震えた。武者震いというやつだ。

血が滾り、むくむくと力が沸き上がって来る。

とことんやり合おうか、ハイオーガ……! 獅子が、牙を剥き出しに笑った──

 

「よし……終わりが近いな」

グランの呟きが、聞こえた──終わりが、近い?

ガアッン! クレイドルが、ハイオーガの構えるタワーシールドを叩く音が聞こえたと同時に、ガクンとハイオーガの左膝が崩れ落ち、地に膝を着く。

何が起きた? 微かに、笑い声が聞こえた気がした──にしし、と……。

 

ギリギリまで、よく気配を隠したものだ……全く猫族の隠密性ときたら、脱帽ものだな。

俺の仕事は二つ──ハイオーガの意識を俺達へ向けさせ、眼前の戦いに集中させる事。シェーミィの影になるよう立ち回る事──前者はともかく、後者はなかなかに気を使った。

いつ、どのタイミングでシェーミィが近付いて来るか、見当もつかなかったからだ……それで、馬鹿の一つ覚えでの、徹底的なタワーシールドへの攻撃。

ハイオーガは、好きにさせてやれとでも思ったか。それとも、二人から気を逸らすためだろうと思っていたか……まあ、もう済んだ事だ。シェーミィは猫族の隠密性と、“影身の刃(シャドウエッジ)”の効果──短時間、影の様な存在になり影に溶け込む──隠密性の重ねがけ。

影身の刃は、ハイオーガの膝裏を深く切り裂いただろうな。

シェーミィは、にししと笑うと、バックステップを数度繰返し、身を翻して凄まじい速度でレンディアの下に戻って行った。

 

グウゥゥッ! タワーシールドを支えに立ち上がろうとするハイオーガの、左手側面に回り込み……その肘を“魂食み(ソウルスレイヤー)”で両断する。

バヅンッ、と肉と骨を断つ感触。心地好いものではないな……グワァァン、とハイオーガの肘から下を付けたまま、タワーシールドが倒れた。

後は、グランさんとレイナルドさんに任せるか……“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”に触れながら、そのまま数歩下がり──「血と苦痛は、去った……」

流血と苦痛の茨の外殻を解除する。

少し長く使いすぎたせいか、体が重い……まあ、仕方無い。

一瞬で茨と苦痛が消え去り、後に残るは血塗れの俺──「浄化」

血塗れの体が、綺麗になる。もう一度だ……「浄化」……血生臭さが消えていればいいけどな。

ゴオォォオァァッ!! ハイオーガの雄叫びが聞こえた──後はグランさんとレイナルドさんが始末を付けるだろう……疲れたな。少し、休ませて貰うか──

 

地に左膝を着くハイオーガ。ほぼ同時に、タワーシールドを持つ左腕がクレイドルに切断されたのが、見えた。

目まぐるしい状況──ゴオォォオァァッ!! 苦痛なのか、怒りなのか、片腕を斬り落とされたハイオーガが咆哮を上げる。

鉄塊を支えに、何とか立ち上がるハイオーガ──グランが即座に動いた。

すれ違い様に、ハイオーガの胴体に剣を横薙ぎに叩き付ける。

ドンッ、と衝撃音──グランの一撃に、両膝を着き、ゴバリと血を吐くハイオーガ。

 

レイナルドが素早く駆け寄り、なおも立ち上がろうとするハイオーガの首目掛け、グレートソードを下段から振り上げ、その首を跳ね飛ばした──宙高く舞う、ハイオーガの首が陽光に照らされながら、地に転がり落ちる。

少しの間を置き、ハイオーガの体がズシリと倒れた──静寂。“(いくさ)”は終わったのだ。

 

「レイナルド、ハイオーガ討伐の証を示せよ」

剣を収めながら、グランが云う。

「あなたの、役割ですよ……レイナルドさん」

地に座り込み、疲労を隠そうともしないクレイドルが云う。

「クレイドル、黒ワインだ。気付けに良い」

「……ありがとうございます」

グランから水筒を受け取り、ゆっくりと飲むクレイドル。

その様子から、相当な疲労が見てとれた──ふう、と一息吐き、ハイオーガ討伐の証を手に取るレイナルド。

 

敬意を持ち、ハイオーガの首を掲げる。その顔には、武人然とした落ち着いた表情が浮かんでいた。

何の悔いなく、戦い抜いた果ての顔付き──レイナルドは、何か昔からの友を無くした様な気持ちになった──いや、気のせいだ……。

頭を振り、改めてハイオーガの首を掲げて、冒険者達に告げた。

 

(いくさ)は終わった! 犠牲は出ただろう、無傷の者がどれだけいるだろうか! だが、俺達の勝利だ! 皆、戻ろう! 傷を癒す時間は充分にある。戻るぞ!!」

高々と、ハイオーガの首を掲げてレイナルドが、冒険者達に告げる。

歓声──どよめく歓声が大地に響いた。昼近い陽光が、明るく戦場を照らす。

戦後処理は、時間がかかるだろう──それは、自分達が考える事ではないな、と前線に出張っていた冒険者達は思った。

戦後処理は待機組の仕事──それぞれの役割だ。前線組と待機組の、名誉と報酬は等しい。

 

 

「あの血塗れ、説明してもらうわよ。クレイドル?」

レンディアが、座り込んでいる俺を見下ろしながら云った。

その顔には、呆れとも慈悲とも言えない妙な表情が浮かんでいた。

「ああ……後でな、後で。今は、疲れているんだ……何しろ、血を、流しすぎたからな……」

ふっ、と気が抜ける。眠りたい……レンディア達がいるから大丈夫だ……後は、任せよう。

ふらりと、倒れ込む──がしり、と抱えられた。

グランさんだな……力強いその腕に身を持たせかけ、目を閉じる──休もう……その時間は、充分にある……。

 

「やれやれね。グラン、宿まで運んで」

慈悲の笑みを浮かべ、レンディアが云う。グランはクレイドルを丁寧に、肩担ぎにする。

「……宿に戻ろうよ。お腹すいたー」

ある意味、対ハイオーガ戦で最も気を使ったといってもいい、シェーミィがか細い声で云った。

ふふっ、とレンディアが笑う。

「そうねえ、何か美味しいものを作って貰いましょうか」

「いいな。アルガドさんなら、美味いものを出してくれるだろう。そういえば、戻ったら一杯奢ると言っていたな」

静かに眠るクレイドルを担ぎながら、グランが云う。

にひひ、楽しみーと、シェーミィが笑いながら先を行く。

クレイドルは、ただ静かに寝息を立てているだけだった……。



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第154話 何だかとても眠いんだ

 

 

階下から、賑やかな喧騒が聞こえて来る──戻った冒険者達は、約束通りアルガドさんから酒を振る舞われているのだろう。

グランさんに担がれ、部屋に戻ったらしいが、気を失う様に眠っていたらしく、全く覚えていない。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の使用による、疲労と倦怠感を感じながらも装備を解き、普段着に着替えるのは億劫だったが、何とか着替えた。寝巻きではなく、普段着だ。

 

ふう、と一息吐き、ベッドに腰掛ける。

ベッド近くのサイドテーブルに置いてある水差しを取る。

コップに注ぎ、ゆっくりと飲み干す──染み渡るな……コンコン、とノック音。レイナさんかな?

「どうぞー」声をかける──顔を覗かせたのは、グランさんだった。

 

「……体調はどうだ? 夕方には宴会だそうだが……出られそうか?」

部屋に入って来たグランさんが、向かいあう様に、ベッドに腰掛ける。

「いえ、宴会には出ません……ゆっくりと休むつもりです。下の騒ぎが一段落着いたら、アルガドさんに軽食を頼もうと思っています。その後は、たっぷり寝るつもりです」

無理はするなよと、グランさん。

宴会場は、貸し切りで虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭に決まったそうだ……道場酒場か。

今のコンディンションだと、ますます疲れそうだ。パスだな、パス。

 

「レンディア達には伝えておく。何か入り用なものはあるか?」

「……そうですね。お湯を頼んでもらえますか」

シャワーでも浴びたいが、しんどい。体を拭うくらいにしておこう。

「よし、分かった……まあ、ゆっくり休め」

手を振り、グランさんは下に降りて行った──さっきから、気になっている事があるんだよなあ……机の上に置いてある、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)……手に取り、よく見てみる──呪物鑑定、発!動!

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”──鮮血石に触れ、「血と苦痛茨となれ」と唱えると茨が外殻となり、全身を包む。茨の外殻は、状態異常と物理に耐性を持つ。

外殻の発動中は、常時痛みを伴う出血状態となり、出血の量によって身体強化がもたらされる(長期使用は危険)。

解除には「血と苦痛は去った」と唱えればいい──

能力追加──“ 最後に残る者(ラストマンスタンディング)”──相手取る敵が多いほど身体強化が増し、集中力も強化される。

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)LMS(ラストマンスタンディング)──とでも名付けるか……やっぱりな、成長の予感がしたんだよ。

良い効果なのだろうが、妙に嬉しくない。呪物は成長するものなのだろうか?

 

 

少しすると、レイナさんがお湯とタオル二枚を持ってやって来た。

礼を言って受け取り、いつも通りに銅貨五枚を心付けとして渡す。

「いつも、ありがとう、ございます」

ポッ、と顔を赤らめながらも、受け取ってくれた。

ついでに、昼過ぎくらいに起こしてくれる様、頼む。軽く食べた後に、ゆっくり休む事にするつもりだ。

 

たっぷりと湯を含ませたタオルで、顔と体を拭う。湯気立つほどの熱さが心地好い──良い気持ちだな……浄化とはまるで違う、心地好さ。

よし、充分だ──乾いたタオルで体を拭き、さっぱりとする。

たらいとタオルを部屋の端に置き、改めてベッドに横たわる。

昼過ぎまで、充分に眠る時間はあるな……毛布を引き上げ、目を閉じる。

すう、と一息吐くと、眠気はすぐにやって来た……眠ろう。

とにかく、疲労回復だ──それには睡眠が一番だ……夢を見る事も無い、暗い深い眠りの底に、クレイドルは沈んでいった。

 

 

アルガドの奢り酒を楽しんだ後、冒険者達はそれぞれの部屋に戻るか、冒険者ギルドへと足を運んでいった。

行商人達は、皆安心した表情を浮かべている。

討伐が済んだ事で、街道封鎖が解除された事が伝えられていたからだ。

夕方には、虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭での宴会が待っている。

ギルドの貸し切りで、食べ飲み放題。参加しない手は無いだろう。

 

「クレイドルの調子はどうだった?」

香辛料入りの茶を啜りながら、グランに尋ねるレンディア。

「かなり疲れている様子だったな。一眠りした後、軽く食事を済ませてから、ゆっくり休むと言っていた。宴会には出ないとも言ってたな」

「ふうん……分かったわ。昼までまだ時間あるけど……早めに昼食でも取る?」

レンディアが宿の時計を見る。つられて、グランとシェーミィも時計を見た。

「そーだねー。ここで済ませてもいいけど……何か食べに行かない?」

「そうだな。夕方の宴会でたらふく食べられるだろうから、軽く済ませるくらいがいいか?」

シェーミィとグランの言葉に、頷くレンディア。

「じゃ、屋台で済ませましょうか。露店通りでもいいし、港区に行くのも悪くないわね……お茶代置くわよ」

 

銀貨を置き、席を立つレンディアとグラン。シェーミィは、一足先に素早く宿から出ていった。

「いってらっしゃい」

レンディア達に、頭を下げるレイナ。

その言葉に答える様に、レンディアがひらりと手を振った。

 

 

レイナさんが起こしてくれた、昼過ぎ。

食堂に降りると人はまばらだった。

遅い昼食を取っている市民や、商人らしき人達──いつもの奥のテーブル席に着く。あくび混じりに、用意してくれていた煙草盆を引き寄せる。

煙管に“深風”を詰め、生活魔法で火をつける……すう、と一吸い──深風独特の、苦味と甘味が口の中に広がっていく。

ふう、とゆっくり煙を吐いた。爽やかな香りが心地好いな……。

 

当たり前の様に、テーブル近くに待機するレイナさんに炭酸水を注文し、何か軽く食事が出来ないか聞いた。

「そうですね……夕食の仕込みが始まっていますから、雑炊かスープ、簡単な物ならすぐに出せると思いますよ?」

との事だ……だったら、そうだな。

「雑炊をお願いします。酢漬け野菜も一緒に」

「はい! 少々お待ちくださいね!」

妙に嬉しそうに云うと、レイナさんは身をひるがえし、厨房へと駆けて行った……何ぞ?

ふう~、と煙管を吹かす。煙が、ふうわりと宙に溶けていく──

 

「おう。白身魚と青菜の雑炊お待ち。今日の酢漬け野菜は、玉葱だ」

アルガドさんが、遅い昼食を持って来てくれた。

「ずいぶん、疲れている感じだな。オーク狩りは、相当にしんどかったか?」

「はい……想像以上でしたよ。ハイオーガともやり合いました」

「ハイオーガが出たか……そりゃあ、大事(おおごと)だったな……随分てこずったろう?」

アルガドさんが、驚いた様に呟く。

「はい……あれは、尋常ではなかったですね。いい経験になりましたよ」

あの力強さ、速さ、戦闘技術──あれ以上の存在は、考えたくないな。

 

ハイオーガ戦を思い出しながら、雑炊に口を付ける──熱く、美味い。

鶏出汁が充分効いていて美味い。口の中でホロリと崩れていく白身魚と、煮込まれた青菜が何とも堪らない。

「……美味しいです」

アルガドさんに云う。弱った体に、染々と染みるなあ……うん、美味い。

「そうかい。ゆっくりと食べろ。酢漬け野菜もな」

嬉しそうに微笑むアルガドさんが、厨房に戻って行った。

酢漬けの玉葱を摘まむ。酢が、疲れた体に染み渡る──玉葱の歯触りが心地好い……。

 

雑炊と酢漬け野菜を平らげ、〆の炭酸水を飲み干す。良い具合に、腹八分に治まった。

さて、食後は再び睡眠だ──昼をとうに過ぎ、もう少しで陽が暮れるだろう。

皆が宴会中、俺は眠りの中だ。目覚めは、明日早朝になればいいかな──たっぷりと、眠らせて貰おう。

レイナさんとアルガドさんに礼を云い、部屋に戻る。

 

 

ベッドに横たわり、ふう、と一息吐く。毛布を引き上げ、目を閉じる──すぐに眠気がやって来る……深い眠りの中に入る前に、微かな声が響いて来た──〈混沌に身を沈めよ。我が甥よ……そなたの安らぎは、混沌の中にある……休め。混沌に身を委ねるがよい…… 〉

頭の中に、静かに響いて来る声──聞き覚えのあるこの声は──深淵の女王だ。

 

〈ゆるりと、休むがいい……〉

深淵の女王の声は、柔らかで優しく響いて来る──言葉に甘えておくか……今はただ、眠りたいだけ。再び、夢を見ないほどの深い眠りを──クレイドルの意識は、深淵に沈んでいった……。

 

 

「うん? クレイドルは……来ていないのか?」

蜂蜜酒(ミード)片手に、レイナルドが隣のテーブルのレンディア達に尋ねる。

「ああ、相当に疲れたらしい。ゆっくり休みたいと言っていたよ」

黒ワインを口に運ぶグラン。なるほどな、とレイナルドが頷き、蜂蜜酒をグビリと呷る。

「すいませーん! 鶏むね肉味噌焼きと、果実酒くーださい!」

シェーミィの注文に、はーい、と腹筋バキバキの店員が明るく応える。

「……クレイドルが気を引いてくれたから、かなり助かったが……あの血塗れは何だ?」

「あれね……後から説明してもらう事になってるのよ。まあ、何となく分かるけどね」

レイナルドの質問に、レンディアが答える。ふうむ……と唸るレイナルド。

 

「あれ? クレイドル、やっぱり来てないんだ」

エールのジョッキ片手に、リリンがレンディア達の席にやって来た。

花柄の装飾がなされた髭輪でまとめられている、三つ編みにされた栗色の髭が揺れている。

「まーた、血塗れになってたよね。よくあんなの使えるね」

ぐびり、とエールを流し込むように呷るリリン。

「……リリン? あんなのって何?」

果実酒を片手に、レンディアが尋ねる。

「あー……まだ聞いてないんだ。あれは、本人から直接聞いた方がいいよー」

リリンの言葉に、ふむ、と頷くレンディア達。

 

「鶏むね肉味噌焼きと果実酒、お待たせしました。他に注文ありましたらどうぞ!」

腹筋店員が、注文の品を運んできた。食欲をそそる、味噌の薫りがテーブルに広がる。

「そうねえ……鶏の根菜煮込みとチキンサラダに、ささみ照り焼きをそれぞれ、四人前。それと、果実酒炭酸割りお願いよ」

レンディアの注文の後、それぞれが酒の注文をする──

賑わう虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭。この賑わいは、明け方まで続くだろう。

 

 

ふと、目が覚める──暗い部屋の中、少し開け放した窓から仄かな灯りが射し込んでいる。

街灯の灯りか──街に並べられた街灯が消えるのは、朝陽が上ってから……という事は、まだ夜明け前か。

グランさんもまだ、戻っていない様だ。というか──ミザリアスさん? 部屋の隅にひっそりと佇むのは、止めて頂きたいのですけど?

「ええと……姉さん。お願いがあるんだけど?」

「何でも言って頂戴?」

枕元に椅子を運び、腰掛けながらミザリアスさんが微笑みを浮かべて云う。

聞いてくれるかなあ……?

眠気が再び寄って来る──ベッドに改めて横たわり、はっきりと云う。

 

「……何だかとても、眠いんだ。姉さん……また、後で」

ただ、深淵に沈む──夢見る事なき深い眠りがあるだけ。クレイドルは、深淵に沈んでいった。

「お休みなさい。クレイ……」

ミザリアスはクレイドルの手を握り、頬を優しく撫でた──




天使は迎えに来ません。



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幕間 待雪草(スノードロップス)と初ダンジョン

 

 

オーガの拳亭での朝食。宿内は喧騒に満ちている。こういう騒がしさにも、もう慣れっこだ──

今日の朝食は、ソーセージと、茹で玉子乗せキャベツサラダ。キャベツのスープに大根の酢漬け。

私とシェリナは、丸パン。ジョシュは、ライス(お米)。村を出てすぐの頃は、お米は高級品だと思い込んでいたのだけれど、そうでも無いと知ったのは、ここ城塞都市に来てからだった──知らなかった事ばかりね……ジョシュはライスが気に入ったらしく、食事はほぼライスだ。

 

「そういえば君らさ、ダンジョン経験はある?」

新メンバーの、ハーフランナー(駆け足族)のファルケン・スナッチフット──ファルが尋ねてきた。

「いや、まだだけど……?」

ジョシュが答え、いい感じに焼き目の付いたソーセージを噛る。パキリと、いい音が鳴る。

「そういえば、城塞都市付近のダンジョンって……確か、静寂の祠に青葉の庭に……ええと、後は石壁の砦だったっけ」

シェリナが、輪切りの茹で玉子が乗ったキャベツのサラダを摘まむ。柑橘のドレッシングが爽やかな味わいなのよね。

 

「ふうむ……だったら、ダンジョンを経験してみないかい? 危険ではあるよ。でも、あまり奥まで進まなければ大丈夫」

いつの間にか、朝食を平らげたファルが云う。

「ミランダさーん、果実水炭酸割りお願いしまーす!」

喧騒の中でも良く通る、ファルの明るい声。はいは~いとミランダさんの太い声が、伝わって来た。

「帝都へは急ぎじゃないなら、ここらでダンジョンを経験しておいて、損は無いと思うよ」

ファルの意見は、最もだった。これから冒険者を続けていくならば、ダンジョンは避けては通れないだろうしね──

 

「果実水炭酸割り、お待たせね~。何か他に注文ある~?」

ミランダさんがやって来た。ジョシュはライスのお代わりを頼み、食事の済んだ私とシェリナは、果実水を頼んだ。

「は~い。酢漬け野菜のお代わりも持って来るわね~」

太く力強いウィンクを放ち、厨房に戻って行くミランダさん──ダンジョンか……正直、まだ早いとは思ったけれど、ファルの加入もある事だしね……。

「手頃なダンジョンはあるの?」

「うん、さっき言ったけどね。浅い階層ならそれほど危険は少ないよ」

シェリナの質問に、ファルが明るく答えた。

「はい、注文の品お待たせね~」

ミランダさんが、果実水とジョシュのライスのお代わりと、酢漬け野菜を運んで来てくれた。

ジョシュは大根の酢漬けを口に運び、残ったソーセージと共に、湯気立つお代わりのライスを噛み締める様に食べ始める──何とも嬉しそうに食べる事ね……少し、放っておこう。

 

「初級向けのダンジョンは、何があるの?」

果実水を啜りながら、ファルに尋ねる。

「そうだねえ……静寂の祠に、青葉の庭何だけれど、静寂の祠は不死者(アンデッド)対策が出来てないと、難易度が上がるね。青葉の庭は昆虫系の魔物が中心かな。石壁の砦は、今の君らではちょっと無理だろうね」

果実水炭酸割りを啜りながら、ファルが云う。

不死者(アンデッド)対策──か。

「まあ、低級の不死者対策は難しくないよ。神聖神殿か暗黒神殿で、“祝福(ブレス)”を授けて貰えば、ある程度の対不死者への抵抗力と、物理効果が得られるんだ。効果は約一日ってとこかな。寄進がちょっと必要だけど」

云い終え、ぐっと果実水を飲み干すファル。

 

「そうねえ……早い内に対不死者の経験もしておくべきかもね。シェリナ、ジョシュ、どう思う?」

満腹になったジョシュが、果実水を頼み、云った。

「祝福を受けた場合……その、剣はどれくらい通じるんだ?」

「う~ん。種類によるかなあ。身体のある不死者なら、切り刻むなり砕くなりしたら、始末出来るよ。まあこの場合は、祝福はあまり必要無いんだけど。あ、果実水炭酸割りお代わりね──ええと、何だっけ?……ああ、霊体の場合は祝福無しだとまず無理だね。それか、何かしらの魔力付与がされた武器じゃないと物理攻撃は通らないよ」

なるほどな、と考え込むジョシュ──

少しして、飲み物を運んで来た店員に、礼を云うファルとジョシュ。

 

「不死者に……魔術は、通じるの?」

不安げに、シェリナがファルに尋ねる。

「うん、通じるよ。ええと、神聖属性に暗黒属性が特に有効で、後は火属性かな。風、水、土の属性もそれなりに有効だけどね……ああ、低級ならともかく、それ以上の不死者だと魔力に対しての抵抗力を持つから、生半可な術は通用しないよ」

くぴくぴと、果実水炭酸割りを美味しそうに飲むファル。ふむふむ、と頷くシェリナ。

取り合えず、魔術が通じるという事は強みになるわね……後は、昆虫系の魔獣が中心となる青葉の庭の事を聞こうかな。

 

 

話し合いの末、まずは青葉の庭に向かう事になった。

初のダンジョンに加え、初の対不死者を経験するよりも、まずはダンジョンに少しでも慣れた方がいいと、決まった──青葉の庭。昆虫系の魔獣、魔物が出現する場所だそうだ。

入った先には、明るく照らされた草原が広がっているらしい。

草原があり、その端々には草むらと木々の茂み──なぜダンジョンに、こんな自然があるのだろうと思わせる場所だという。実際目にして確かめないと、理解出来ないだろうとファルは云った。

 

「決まりね。早速、準備しましょう」

食事の追加料金に、銀貨一枚をテーブルに置く。パーティー貯金から出しておきましょう……ファルがパーティー加入した時に、貯金の事も了承してもらったのよね……ファル、曰く──「当たり前の事だよ?」と云われた。

各々部屋に戻り、準備出来次第、冒険者ギルド前で待機と決まった。

ちなみに部屋割りは、私とシェリナ、ジョシュとファルの二部屋という事になっている──そう時間もかからず、皆準備を終えてギルド前に集合する。まだ朝早く、ギルド内はそれほど騒がしくない。

 

「リーネ、ちょっと良いかい?」

ファルが、少し離れながら私を手招きした。ちらりと、シェリナとジョシュを見て、ファルの下に向かう。

うん? 何だろうか……陽気さは影を潜め、真剣な面持ちのファル。

「リーネ、君はリーダーだ。僕は君の決断に従うよ。でもね、冒険者として僕は君らの先輩だ。経験も多い……迷った時には、僕に意見を聞いてくれ。僕が危険だと思った時には、はっきりと君らに云う。その時は、僕の意見を最優先して欲しい……出来るかい?」

 

ファルが私の腕に手を触れ、きっぱりとした口調で告げる──明るく、陽気なハーフランナー(駆け足族)の表情は無く、経験豊かなベテラン冒険者の顔で、問いかけてきた──この質問の答えには、否は無い。

「もちろん。これからよろしく」

手を差し出す。ファルが微笑みながら手を握ってきた。

「うん。君は良いリーダーになるよ」

 

 

早速、青葉の庭に向かう事になった。方角は、城塞都市から真東。

途中まで馬車で向かおうかと話になったが、ファルが馬車を使っても、到着時間はそう変わらないから、歩いて行こうと云った。東門から、一時間ほどの近場だとの事。

「近場だから初心者向けとは云われているけど、それは奥まで進まなければ、という前提だからね。奥はなかなかに、危険なんだよ」

ファルの説明を受けながら、街道を進む。

まだ朝の雰囲気を充分に残した街道は、冬の陽射しを受けて朗らかな気配を見せている。

これからダンジョンに向かうというより、散歩でもしている様な心持ちになってくる──旅人や馬車が行き来している舗装された街道から、横合いに延びている、舗装されていない道の前で、ファルが立ち止まった。

 

「さて、ここから先が青葉の庭に通じる道だ。出現する魔物、魔獣は昆虫系に植物系。後は、普通に野性動物だけど、あまり気にしなくていいかな。宝箱だとかは期待しない方がいいね。それと罠もあまり心配しないでいいよ」

「分かったわ……シェリナ、ジョシュ、何かある?」

二人とも、首を横に振る。うん、私も特に無いわね。

 

「ファル、先導をお願いね」

「うん、任せてくれていいよ。そうだねえ、昼頃には戻る様に考えておこうか。もちろん、手ぶらじゃ帰りたくないから、それなりの回収品を得るつもりでね」

ファルは明るく云うと、飾り付けがされた頑丈そうな杖を振り上げながら、道を進んで行く。

「さて、行きましょうか」

ハーフランナー(駆け足族)のファルケン・スナッチフット──新しい仲間の背中が、何とも頼もしく見えた。

「明るい内に帰れるならいいなあ」

ジョシュがのんきに云った。緊張感も何もない言いぶり。

「……のんきねえ」

呆れたように云うシェリナ。その口調にも、のんびりしたものが漂っている──まあ、無駄に堅くなるよりもこの方が良いかもね。

これが、待雪草(スノードロップス)の持ち味になると思うわ。




待雪草(スノードロップス)編も、そろそろ本格的にしようと思っています。

(゚∈゚ )ピーピヨ


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第155話 昼下がりの宴会と呪物説明

 

 

ふと、目が覚める──何か、色々夢を見ていた様な気がするな……深淵の女王から声をかけられたり、ミザリアスさんが部屋に来ていたり──うん、はっきりしないな……夢だ夢。それでいいのだ。

倦怠感があるが、これは寝すぎたからだろう。疲労感ではない。

疲れは、睡眠によって回復しているのが実感出来ている。

 

今の時間は──部屋に備え付けの時計を見ると、昼過ぎになっている。

半日以上は眠っていたのか……グランさんはいない。昼食にでも行っているのだろうか?

きゅうぅぅ~、と腹が鳴った。ふふっ、と思わず笑ってしまう。

腹は減ってはいるみたいだが、まずは水分補給だ……ベッドから身を起こし、水差しを取ってコップに水を注ぎ、ゆっくりと飲み干す。

染みるな……もう一杯半、今度は一息に飲み干した。

 

気分も落ち着いた事だし、さてどうするか。顔を洗ってスッキリするか、煙管を一服やるか──もう少しばかり、ぼんやりするのもいいかな……眠気が来たら、もう一眠りするのも悪くない気がする──きゅくうぅ、俺の怠惰さに抗議するように、また腹が鳴った。

取り合えず浄化を済まし、タオル片手に洗面所へ向かう。

顔を洗ってさっぱりした後は、余り物でもいいから何か食べさせてもらうとするか──

 

 

部屋に戻ると、グランさんが戻っていた。

「クレイドル、ようやくお目覚めか。体調はどうだ?」

「少し怠いですけど、眠りすぎってとこですね。もう大丈夫です」

ふむ、とグランさんが頷き、続けて云った。

「オーク討伐の報酬が支払われたぞ。報酬は一人当たり、金貨十五枚に銀貨五枚と決まった。後は、回収した魔石の計算が済み次第、追加報酬を出すとの事だ」

金貨十五枚に銀貨五枚。それに加え、追加報酬ありか……相場としては、どうなんだろうな?

 

「まあ、悪くないだろう。あれだけの激戦だったからな……負傷者多数だったが、重傷者と死者は無し。上手く治まったものだよ」

グランさんに促され、部屋の中央のテーブルに着くと同時に、ドアがノックされた。

「ああ、私が出よう」

グランさんがドアを開けると、ちょっとしたレストランで見かける様な、カートワゴンを押しながら、レイナさんが部屋に入って来た。

「失礼しますね」

レイナさんがテーブルに、ワゴンで運んで来た料理と取り皿を乗せていく──皿々に盛られたベーコンに、チーズ。

スライスされた茹で玉子。たっぷりのポテトサラダに、塩茹でのブロッコリー。

青菜と玉葱の胡麻油炒めに、キャベツの酢漬け。そして皿に盛られた丸パン──おお……何か凄い事になったぞ?

 

「私も昼を食べ損ねていたんだ。せっかくだから、一緒に食べようと思ってな」

「構いませんよ。一人で食べるより、誰かと食べた方が美味いですからね」

うん、何か楽しくなってきたな……よし、どうせだったら──

「レイナさん、果実酒お願いします」

えい。まだ明るい時間だが、酒を頼んでしまえ。たまには良いだろう。

「ふむ、昼から飲むのか……珍しいな。私も黒ワインを頼む。ボトルでな。グラスを二つ」

「分かりました。すぐにお持ちしますね!」

レイナさんが、何か嬉しそうにカートワゴンと共に下がっていった。

 

「さて、遅い昼食を楽しみますか」

「ああ、のんびり食べるとするか……うん、ブロッコリーはいい塩具合だな。美味い」

ブロッコリーをフォークで摘まみ、目を細めるグランさん。

青菜と玉葱の胡麻油炒めに箸を伸ばす──うん、美味い。シャッキリとした歯触りと共に、胡麻油の薫りが口内に広がる。いい昼食だな……ベーコンにチーズ。茹で玉子にポテトサラダ──たっぷり味わう時間はある。

ベーコンに茹で玉子、ポテトサラダを取り皿に取る。チーズを摘まみながら、丸パンを口にする──うん。パンとチーズは合う……。

 

「失礼しまーす。果実酒と、黒ワインのボトルとグラス二つ、お持ちしましたー!」

部屋に入って来たレイナさんが、微笑みながらテーブルに注文の品を置く。

酒を前に、遅い昼食は終わった──ここからは、飲みの時間だ……まあ、たまにはいいか。

残った料理は、酒の摘まみにすればいい。よし、グランさんと差しでたっぷり飲むか──「ゆっくり飲みましょうか、グランさん」

「ああ」

ニコリ、と微笑みながらグランさんが杯を上げる。

「大いなる父君に」

武人(ハイオーガ)に」

カチリ、と杯を合わせ乾杯するグランとクレイドル──男同士の乾杯を、レイナは憧憬のまなざしで見ていた。

 

 

「ご用があれば、お呼び下さい」

頭を下げるレイナさんに、心付けを渡す。銀貨一枚──多すぎます、と辞退しようとするレイナさん。

俺とグランさんの分だからと云って、手のひらにねじ込む様に納めて貰った。

顔を赤く染めたレイナさんが、か細い声で礼をいい、カートワゴンを押しながら出て行った。

「相変わらずだな」

グランさんが、ワイングラスを掲げながら笑う……何ぞ?

 

 

料理を食べ終え、酒を飲んでいる頃にレンディアとシェーミィが、部屋にやって来た。

レンディアは、テーブルに重ねられた皿とワイングラスに、呆れた様に目をやる。

「昼過ぎの宴会ね……まあいいわ。オーク討伐の報酬だけれど、クレイドル、グランから聞いた?」

確か、金貨十五枚に銀貨五枚。追加報酬はまだ決まっていない……だったな。

「ああ、聞いてる」

「なら話は早いわね。報酬の受け取りは、追加報酬が決まってからという事にしたわよ。それでいい?」

グランさんと顔を見合わせ、頷く。構わんよ、とグランさん。

シェーミィが、皿に残ったチーズを素早く摘まみ取り、口に放り込んだ──

 

「それで、本題なのだけれど……」

レンディアが、俺のベッドに腰掛ける。シェーミィは、ドア近くの壁に背を持たせかけて立っている。部屋に近付く人間を気にしての事だろう。

俺とグランさんは、そのまま席に付いている。

二人部屋ではあるが、四人が入るには狭くないスペースだ……本題は、分かっている──“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の事だ。

きちんと説明はするべきだよな……どう入手したのかは……うん、その時はその時だ。

「血塗れの事だよな。ちょっと見てもらいたいものがある」

席を立ち、机に向かう。机に置かれている、茨の装飾が施されている細長い箱。箱を開け、茨状の鎖に、鮮血の様な色の宝石が繋がっているネックレス──“流血と苦痛の茨の外殻”を手に取り、レンディア達に見せる。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)……呪物だ」

 

ふうん。と、レンディアが興味深そうに流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)を見つめながら云った。

「手に取ってみていい?」

構わない、と云ってそのまま渡す。

茨状のネックレスに、血の色の様な宝石を見つめながら、顔色一つ変えず、手に取るレンディア──「ふうん……これは、周囲に何か影響与えるの?」

「いや、俺個人だけだ。効果発動中は、出血状態になって、身体強化と状態異常に対して耐性が付くんだ」

「なるほど、ね……その効果は、任意で発動出来て、いつでも止められるの?」

流血と苦痛の茨の外殻をまじまじと見つめながら、レンディアが尋ねてくる。

「ああ、いつでも止められる」

血を流せば流すほど効果が上がるだとか、最後に残る者(ラストマンスタンディング)──相手取る敵が多いほど身体強化が増し、集中力も強化される──の効果は、今言う必要はないだろう……ふむ、とレンディアが頷く。

 

「まあ、良いでしょう。呪物の話はこれで終わりよ。クレイドル、呪物の事を知っているのは他に誰がいるの?」

「ギルドマスターのシュウヤさんに、ミザリアスさん。あとリリンだな……もちろん、なるべく口外しないよう言い含められているけどな」

ギルドマスター直々の口止めだ。まず漏れる事は無いだろう……。

「なら、安心ね。返すわ、ちゃんと保管しておいてね……グラン、シェーミィ、口外無用よ」

レンディアの言葉に、二人がしっかりと頷く。

レンディアから、流血と苦痛の茨の外殻を受け取り、きちんと箱に戻す。

常時身に付けるものじゃないからな──

 

ひとまず解散という事となった。夜にまた合流して、報酬を受け取った後、今後の活動をどうするかの話し合いを改めてする事に決まった。

レンディアが部屋から出る時、ミザリアスさんに顔を見せた方がいいと、言い残していった──むむむ……。

「ミザリアスさんに顔は見せておいた方がいいだろうな。明け方、部屋に戻った時にミザリアスさんがお前の枕元に座っているのを見た時には、驚いたぞ……」

グランさんの言葉……ミザリアスさんが来ていたのは、夢じゃなかったか。

 




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( ´-ω-)y‐┛~~


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第156話 ダーンシルヴァス神王国とロングスウォード領

 

 

グランさんとの、遅い昼食と昼下がりの宴会が終わった後は、レンディア達と夕食を取りながら、今後の行動を決める事となった。

カートワゴンの片付けは、レイナさんを呼ぶまでもないと、グランさんが運んで行った──いいのかな?

夕食まで、まだ少々時間はあるな……腹も満たされ、酒も入っている……ふむ。

ベッドに横たわる。あれだけ眠ったからな、さすがに──意識はすぐに、離れていった。

 

「……まだ眠れるのか」

すう、と寝息を立てるクレイドルを、呆れた様に見るグラン。

部屋を出て、カートワゴンを階下に運ぼうとした所、見るからにベテランの女性従業員から、やんわりと注意された。

曰く──「そういう事は、お店の仕事です」と。面目ない事をしてしまったな……ワゴンを渡しながら、ついでに茶も注文した。そして部屋に戻ると、クレイドルがまた寝入っていた。

時計を見ると、午後四時少しか……ふむ、夕食までは時間はある。私も寝るか。

 

明け方まで飲んでいたので、ちゃんと寝ていないからな。それに昼過ぎにも飲んだし、少し寝て酒を抜くか……レンディアが、迎えに来ると云っていたしな。

ノックの音──そうか、茶を頼んでいたな。眠気覚ましにでもするか……。

「どうぞ」

失礼します、とドアが開く。先ほどのベテランの従業員。歳は、四十少しだろうか?……整った顔立と、所作からは気品さを感じる。

「お待たせしました」

軽く一礼し、テーブルにティーポットとカップを並べ置く。その時、ベテラン従業員がちらりと、ベッドに横たわるクレイドルに目をやる──固まってしまった。

すやりと眠るクレイドルの顔立ちを見た、ベテラン従業員が目を瞬かせ、硬直している。

 

釣られて、クレイドルを見る──輝く様な金髪に白磁の肌。異様に整った目鼻立ちと……妖艶に濡れた紅色の唇。

安らかな顔で眠るクレイドルの顔は、どういう表現もしようがないからな……多少慣れているとはいえ、私にしてもちと目の毒だ。

初めてクレイドルの顔を間近に直視した人には、なかなかに耐え難いかも知れない──よし。

「ああ、後は自分でやります」

ほとんど硬直している従業員に声をかけ、我に返らせる。

一瞬、ぴくりと体を震わせ、はあ、と熱っぽいたため息を吐き、我に返る従業員──顔が赤い。

「少ないですが、取っておいて下さい」

「……あ、どうも、ありがとうございます」

銅貨五枚を、心付けとして受け取ってもらう。その間も、チラチラとクレイドルの顔を見る従業員。まあ、仕方ない。

 

「他にご注文がありましたなら、いつでもお呼び下さい」

一礼し、部屋から出て行く従業員。最後まで、チラチラとクレイドルに視線を送っていた……。

さて、起こさないで放っておくか。レンディア達が来るまで寝かせておこう……さて、眠気覚ましに茶を──どうも、クレイドルが気になるな……。

ベッドに向かい、クレイドルを転がして、顔を壁際に向ける。全く起きる気配無く、ゴロリと体を向けた──これで、落ち着いて茶を飲む事が出来る。

 

今後の活動予定か……ふむ。クレイドルが、暗黒都市に行ってみたいと云っていたな。

しばらく、実家にも顔を見せていない事だし、騎士団本部にも、たまには顔を出さないとな──レンディアに提案してみるか……。

少し開いた窓から吹き込む風に、カーテンが揺れ、冬の風が部屋に入って来る──いい風だな。 茶を啜りながら、グランは故郷のダーンシルヴァス神王国に想いを馳せる……今の時季、雪はどれくらい降っているだろうか?

 

 

ココン、とノックの音。どうぞ、答えるとレンディアが入って来た。

「直に夕食よ……クレイドルは?」

「ああ、さっき目を覚まして顔を洗いに行ったよ」

ふむ、とレンディアが頷く。

外を見ると、夕暮れの時間が訪れていた。

茶を片付けてもらうために、従業員を呼ぶベルを鳴らす──すぐに、先ほどのベテランの従業員がやって来た。

「ティーポットを下げて下さい。ご馳走さま」

従業員に礼を云う。はい、と微笑みながら一礼するベテラン。

部屋から出ていく際に、チラっとクレイドルがさっきまで寝ていたベッドに、視線を向けていた。

 

「取り合えず降りましょうか。多分ミザリアスさんも来るでしょうね」

レンディアが云う。丁度、クレイドルもタオル片手に戻って来た。

 

 

食堂の、いつもの端のテーブル席。当然の様にレイナさんが近くに控えている。

夕食は、ここ“黒山羊の蹄亭”で取る事になった。

話し合いをするには、ここがどこより落ち着けるとの事だ。“碧水の翼”の定宿だしな。

「あら、皆さんお早いですね」

我が姉、ミザリアスさんがやって来た。ギルドの制服ではなく、普段着だ。

朱色を基調としたワンピースの上から、厚手の濃い茶色のハーフコートに、黒のブーツ──シックな装い。金髪と褐色の肌に、妙に合っている。

「上着をお預かりします」

レイナさんが、ミザリアスさんからコートを受け取り、壁際のハンガーにかける。

「ん。ありがとう」

礼をいい、俺の隣の席に着くミザリアスさん。

 

「さて、皆揃った事だし、食事を注文しようかしら。レイナさん、夕食のお勧めは?」

レンディアが云う。さて……今日は何があるだろうか……?

「そうですね……いい魚介類が入ったと云っていましたから、海鮮料理がお勧めですかね」

レイナさんが答える。

「じゃあ、海鮮料理を中心でお任せにするわよ」

レンディアが俺たちを見回す。否、は無く、皆頷く。食の好みが合うのは、何よりだ……うん。お任せか、楽しみだな。

アルガドさんの事だ、まず外れは無いだろう。

「先に、飲み物注文しよーよ」

シェーミィが酒を注文し、俺達も続く。

 

各自の酒が届くと同時に、料理の前の一品が届いた──平皿に盛られた、蛸と大根の煮付け。刻まれた生姜が、上に乗っている……。

「後の料理は、少しお時間かかるのでこれを摘まみながら、待っててくれとの事です」

酒を配りながら、レイナさんが云う。

「ふん。大丈夫よ」

レンディアが取り皿を分け、ミザリアスさんが手早く、蛸と大根の煮付けを各自の皿に均等に盛っていく。

杯を手に取ったレンディアが、「じゃ、乾杯ね」といい、杯を上げる。

 

蛸と大根の煮付けは美味かった……柔らかく煮えた蛸の歯応えと、トロリと中まで味が染み込んだ大根は、何とも堪らない味だった。

酒の摘まみにも、飯のおかずにも合う一品──また食べられるだろうか……?

 

蛸と大根の煮付けを食べ終え、酒のお代わりが来ると同時に、お任せの料理が運ばれて来た。

平皿に、大輪の花の様に並べられた赤身と白身魚のマリネ。

海老と大振りの貝の揚げ物と、小魚の素揚げ。

イカと貝の刺身と、魚のアラから取った出汁を使った〆のすまし汁──たっぷりと海の幸を楽しんだ。

これからが本題だ──まあ、大袈裟な事ではない。この後、どう活動するのかという事だ。

「ダーンシルヴァスに行かないか?」

グランさんが提案する。もしかして、前に俺が暗黒都市を見てみたいと云ったを、覚えていたのか?

ああ、そういえば、覇王の訓練場(グラウンドオブオーバーロード)で回収した、ファイアドレイク(火竜)の素材の事を思い出した。

後ろ足の大爪八本と尻尾から剥いだ皮に、両目に魔石。素材回収袋に入れっぱなしだったな……後で確認しよう。

「ダーンシルヴァスね……そうねえ、しばらく行っていないわね。シェーミィ、クレイドル、どう?」

「う~ん、今の時期は寒いからな~。ま、構わないよー。ダーンシルヴァスのホットワイン、寒い日には格別だからね~」

にしし、と笑い、果実酒を呷るシェーミィ。

「漆黒と黒銀の都、ダーンシルヴァス神王国……か。見応えあるだろうな。この眼で見てみたい」

グランさんが、俺をチラっと見た。何か驚いた様な顔だったな。

 

「ふん、決まりね。出発は……そうねえ。ミザリアスさん、先のオーク討伐の報酬はいつ決まるの?」

オウルリバーの炭酸割りに口を付け、レンディアが尋ねる。

確か報酬は、一人当たり、金貨十五枚に銀貨五枚と決まってたんだったか。後は、回収した魔石の計算が済み次第、追加報酬だったな──

「そうですねえ。魔石の数はともかく、質をちゃんと鑑定するのに、少々手間取っていますので、明後日まではかかると思いますよ」

追加で注文したチーズ盛り合わせを摘まみながら、ミザリアスさんが答える。

 

「明後日ね。まあ、急ぎという訳じゃないから、出発は明後日以降ね……ああと、ダーンシルヴァスに向かう前に、ロングスウォード領に寄りたいのだけど?」

「ふむ。ロングスウォード辺境伯とは、知り合いだったな」

レンディアの言葉に、グランさんが答えた。

「そうよ。辺境伯と、父上のロウディスは同期なのよ。その関係で、付き合いがあるのよ。しばらく顔を見せていないから、会いに行きたいのよ」

テーブル側に控えているレイナさんに、オウルリバーのボトルと、氷を頼むレンディア。

「果実酒お代わりね。それとソーセージ盛り合わせと、酢漬け野菜もお願いねー」

シェーミィの注文。グランさんも黒ワインを頼んだ。

よく食べて、よく飲む事だな──まあ、冒険者だからな。

「レイナさん、山葵葉の刻み漬けとオウルリバー炭酸割りをお願いします」

はーい、と明るく応え、厨房に向かって行くレイナさん。

 

ダーンシルヴァス神王国に、ロングスウォード辺境伯か……また、何か新しい縁が出来そうだな。

出発は明後日以降。ロングスウォード領を経由して、ダーンシルヴァス神王国に向かうという事に決まった。

「ロングスウォード領には、しばらく留まる事になるかもしれないわよ」

と、レンディアが云った……ロングスウォード領か、どんな所だろうな。



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第157話 ロングスウォード領へ向かう前準備

 

 

オーク討伐の報酬を受け取り次第、ロングスウォード領に向かう事に決まった。

ロングスウォード辺境伯──正式にはロングスウォード女伯との事。

ロングスウォード伯は初代が女性であり、それ以降は基本、女性が優先されているそうだ──とはいえ、優秀なら男性が継ぐのが当然となっているとの事。まあ、当たり前だな。

 

前世では、一部の連中が、女性議員を増やそう! と主張していたが、性別関係無く能力面が大事だからな。才覚無き者が席には座れないだろう。

性別で役職、立場は決まらんのだよ……まあ、いい。

この時代は、性別関係無い才覚と能力の時代だ。どんな立場にせよ、だ。

 

早朝、朝日が宿の裏庭を照らしている──魔力制御を終え、ベンチに腰掛け、朝日を浴びながらのんびりと煙管を吹かしている……いい時間だ。

ぷかりと、煙を吐く──煙草の煙が、朝日に照らされながら空に溶けていった……朝食は、何だろうかな?

 

 

部屋に戻ると、グランさんは居なかった。シャワーでも浴びに行ったかな?

素材回収袋から、ファイアドレイク(火竜)の素材を取り出し、テーブルに並べる──ふむ。腐敗一切無し。

不思議だよな、素材回収袋。早くに買っていて良かったな……ええと、後ろ足の大爪八本と、尻尾から剥いだ皮に、両目に魔石──爪と皮、魔石はともかく、両目の使い道はよく分からないが……錬金術と魔術の触媒にでもなるか?

まあ、後からレンディアに聞くか。

 

「おはよう。魔力制御は済んだのか?」

タオルを首にかけた、グランさんが戻って来た。シャワーでも浴びたのか、髪がまだ濡れている。

「はい、さっき戻ったばかりです」

テーブルに並べられたファイアドレイクの素材を、物珍しそうに見るグランさん。

ガシガシと、頭をタオルで拭きながら席に着く。

「改めて見ると、なかなか凄い。さすが亜竜種だな……」

グランさんの云う通り、大爪と皮は結構な迫力があるんだよな──「大爪は、短刀か短剣にでも、加工出来ますかね?」

大爪を手に取る。ずっしりとした感触。魔物素材としては、なかなかの物じゃないだろうか?

 

ファイアドレイクの素材を前に、色々話し合っていると、ノックも無くドアが開いた。

「起きてるー」

シェーミィだ。相変わらずの派手目な服。オレンジ色の上下。長袖に七分丈のズボンに薄い黄色のベスト姿。

「そろそろ、朝食よ」

シェーミィの後ろから、レンディアがやって来た。ヨレヨレの寝巻き。起きたばかりです、と言わんばかりの格好に、無造作に結った銀髪。

寝惚けた表情でもなく、はっきりとした口調が余計に、服装のだらしなさを強調していた──「ちゃんと着替えろよ……」

グランさんの呟きは、レンディアに届かない。

テーブルに並べられたファイアドレイクの素材を一瞥したレンディアは、「素材(それ)の事は、後で話しましょう」とだけ云った。

 

 

朝食の時間だ。いつもの席に着く。食堂は忙しない雰囲気だ──心地いい喧騒が食堂に満ちている。

いつもの席の側にレイナさんはいない。忙しい時間帯だからな……さて、今日の朝食は何だろうか?

「おはようございます。今日の朝食は、ハムと目玉焼きに丸パン。玉葱とキャベツのスープに青菜の酢漬けです」

従業員が、朝食のメニューを告げに来た。

レイナさんではなく、ベテランぽい四十くらいの従業員。気品さを感じさせる整った顔立と雰囲気を感じる女性──一瞬、目が合ったがすぐ目を逸らされた。

何ぞ? というか、耳とうなじが真っ赤になっているんだが?

「四人……いえ、五人分お願いよ」

レンディアが、宿の出入り口を見ながら云う。

微笑みを浮かべながら、ミザリアスさんがやって来るのが見えた。

 

 

「ロングスウォード領を経由して、ダーンシルヴァス神王国ですか……」

朝食後のお茶の時間。朝の忙しなさは無くなり、のんびりとした時間になっている。

ミザリアスさんは、ゆったりとお茶を楽しんでいるが──仕事の時間は大丈夫なのか?

「ええ、そうよ。明後日後には、向かうつもりよ」

香辛料入りの茶を啜りながら、レンディアが云う。

ふうん、とミザリアスさんが呟きながら、俺の方をチラリと見た。

何だろうな、厄介事の予感がした──

 

「今の時期の暗黒都市は、だいぶ冷えるのでは?」

皆のお茶のお代わりを注文し、ミザリアスさんが云う。テーブル側に控えていたのは、レイナさんではなく、さっきのベテランさん。

名は、ラーナさんというそうだ。レイナさんの叔母らしい……言われて見れば、どことなく面影あるな。

一切、俺の方を見ないのが気になるが……何ぞ?

「そうだな……まあ、帝都よりは寒くなっているだろうが、本格的な冬はもう少し先かな」

運ばれて来たお茶に礼を云いながら、グランさんが答える。

ふうん、と呟き茶を啜るミザリアスさん。本格的な冬か。帝都ではまだ雪は降っていないが、ダーンシルヴァスはどうなのだろうか?

 

出発は明後日、報酬を受け取り次第と改めて決まった。それまでは自由行動──さて、どうするか。買い足す物は何かあったか。挨拶する人は誰かいたか……ああ、そうだ。

ハイオーガ戦で使った、“魂食み(ソウルスレイヤー)”を鍛冶屋に見てもらおうか。

散々、頑丈なタワーシールドに叩き付けたので、ぱっと見では分からない刃こぼれや歪みが出来ているかも知れないからな……後で、グランさんに声をかけてみるか。

とはいえ、どこかいい鍛冶屋は……ああ、あそこだな。紹介状を書いて貰った、あの鍛冶屋──“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”、ネエラミーナさんの店……そこでいいか。グランさんと一緒なら、それほど厄介な事にはならないだろう……多分。

 

「取り合えず、お昼までは自由行動ね。昼には、一度宿に戻ってちょうだい。皆で昼食食べましょうよ」

レンディアが云い、お茶の時間が終わる。ミザリアスさんはギルドに戻って行った。

「グランさん、ちょっと鍛冶屋に行きたいんですけど、付き合って貰えませんか?」

「……そうだな。ハイオーガ戦で使った剣を見てもらうかな。かなり撃ち合いをしたから、気付かない歪みでもあるかもしれない」

俺とグランさんは、“青葉の鋼”に行く事になった。

レンディア曰く──「ネエラミーナさんの店ね。帝都で、三本の指に入る一流の鍛冶師よ……ちょっと変人だけど」

との事だ……うん、知っている。

レンディアは、特に予定無く街をブラつくそうだ。シェーミィは、昼までもう一眠りするとの事。

 

一度部屋に戻り、剣を取る……他に見てもらうものは、無いな。直接、攻撃は受けていないしな。

しかし、あのハイオーガ戦……改めて思い出すとなかなかに、ハードな闘いだった。一手間違うと、瞬殺されてもおかしくない程の闘い──グランさんとレイナルドさんは、よく真正面からやりあえたものだな……尊敬するよ、全く。

「鍛冶屋の後は、街でも散策するか。港区に行くのもいいな。貿易船はまだ見た事ないだろう?」

帯剣しながら、グランさんが云った。

貿易船か。前にシェーミィが一見の価値ありって云っていたな……。

「貿易船ですか……是非、見たいですね」

「凄いぞ。特に大型の船はな」

グランさんが、何とも楽しそうに少年の笑みを浮かべた。

 

 

“青葉の鋼”は露店広場の北側、商店街通りを少し奥に進んだ所にある。

レドック商会を、横目に通り過ぎる──ロングスウォード領に行く前に、何か補充する物があったかな?

交差する、緑の葉が付いた枝が描かれた、“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”の看板が見えた。

改めて見ると、エルフの店って感じがするな──よし、入るか。早く済むといいが。

 

 

店に入ると、グランさんが要件を告げた。剣の補修依頼──この店で購入した物ではないが、頼めるだろうか?と。

「ええ、構いません。武器をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

深緑をモチーフにした制服を身に付けた、十代少しの顔立ちの整った若い店員さん。確か、前に来た時に対応した人と、同じ人だな。

「ああ、これだ」

グランさんが剣を店員に渡し、それに続いて俺も渡す。

「……クレイドル、様でしたよね……?」

店員さんがまじまじと俺を見て、何かはにかむ様な物言いをした。何ぞ?

 

少々お待ち下さいと言われ、奥に通されてお茶を出された。

お茶を啜りながら、グランさんと雑談。ロングスウォード領の事や、冬場の暗黒都市の事等──「まあ、直に見た方がいいな。ダーンシルヴァスの冬景色は」

ふむ──暗黒都市の冬景色か……楽しみだな。

「待たせたかしら?」

雑談を続けていると、声がかけられた。

 

エプロンを身に付けた、鍛冶師姿のネエラミーナさんがやって来た。

すらりとした体型に、ピンッと長く伸びた長耳。輝く様な銀髪の、美麗な顔立ち。

エルフ特有の、威厳に満ちた美貌ではあるが……「クレイドル様、聞きましたわよ。オークとの戦いで……血塗れになりながらも──」

俺の隣に座り、手を握りながら、うぅっ、と涙ぐむネエラミーナさん……距離近いな。

あのハイオーガ戦、何か曲解されて伝わっているのだろうか?

思わず、グランさんを見る。

「いや……私は何も、特に聞いていないが?」

困惑の表情で、ささやく様に云うグランさん。

 

気を取り直したネエラミーナさん曰く、俺がオークやオーガの苛烈な攻撃を受け、血塗れになりながらも屈する事無く、戦い続けていた──と、いう風に、店に来た冒険者達から聞いたそうだ……ちょっと違うんだがなあ。何か、曲解してないか?

「……血塗れだったのは、そうなんだがなあ……」

ぽつりと呟くグランさん。その呟きは、ネエラミーナさんの耳には、届いていない。

 

ネエラミーナさんからは、怪我はどうだとか無茶をしないで下さい、冒険者稼業は止めて、私の元で働いて下さいませと、涙ながらの懇願を受けた──ネエラミーナさんに良く言い聞かせ、剣の補修依頼を、改めて受けてもらうまでなかなかに時間がかかった。

 

何とか、冷静さを取り戻したネエラミーナさんから、改めて俺とグランさんの剣を見てもらう事となった。

まずはグランさんの剣。鞘から引き抜き、剣をじっと見詰めるネエラミーナさん。口に、布を咥えている──刃に吐息がかかり、曇らない様にらしい。

剣を鞘に納め、ネエラミーナさんがグランさんに云う。

「手入れは必要ありませんよ。歪みも欠けもありませんし……観た所、衝撃属性に刺突強化の属性が付与された、業物ですね。大事になさって下さいね」

にこり、と微笑み、剣を納めてグランさんに返すネエラミーナさん。

ふむ。さすがだな……やはり鑑定眼を持っているか。

 

「さて、クレイドル様の剣を観させて頂きますね」

この“魂食み(ソウルスレイヤー)”を観てもらうのは少し気が引けたが、まあ観てもらうか──ネエラミーナさんが魂食みを手にすると、ぴくりと眉を動かした。

沈黙──口に布を加えたまま、魂食みを鞘からゆっくりと引き抜き、見詰め続けるネエラミーナさん。

「こちらも、手入れは必要ありませんね」

微笑み、丁寧に魂食みを鞘に納めると、俺の耳元でささやく様に云った。

「……魔剣は人を選びます……呪物なら、なおさらですよ。扱いを間違えない様にしませんと……クレイドル様」

魂食みを返しながら、そっと俺の手に触れるネエラミーナさん。その瞳が潤んでいた──

「……はい。分かりました」

きっぱりと答え、手を握り返す。やはり、分かるか……。

 

 

青葉の鋼(スティールオブリーブス)”を出る。ネエラミーナさんから、どういう剣の鑑定を受けたのか、グランさんは聞いてこなかった。

個人的な事だと判断したのだろう──さて、昼まで時間はあるが、どうするか?

「ふむ……昼まで時間は充分あるな。港区にでも行ってみるか? 貿易船が見られるかもな」

グランさんが云った。ああ、そうか。貿易船は一度は見たいと思っていたんだよな。

「よし、行きましょう」

何だか楽しくなってきたな。うん、貿易船か……。



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第158話 ロングスウォード領について

 

 

港区の貿易港に、陽に焼けた、逞しい体つきの労働者達の喧騒と熱気が、景気良く湧き上がっている。

停泊中の貿易船から、荷下ろしの真っ最中だ。

巨大な帆船、凄いな……離れた場所からでも大きさが見てとれる──

「久し振りに見たが、何とも豪装な船だな」

グランさんが、染々と云った。

木と鉄で頑丈に造られた、立派な帆船。

動力は風だけでは無く、魔石も使っているそうだ。

荒波を乗り越え切り開き、突き進んでいく事だろうな──荷台や荷馬車に、次々と乗せられ運ばれていく、大小様々の木箱や樽。

それらには、各地の貿易品や生活必需品等が詰め込まれているのだろう──中には、あまり表立って運べない物もあるかも知れないな……。

 

「よし、戻るか……潮風が冷える」

グランさんが、マントの襟を合わせる。マフラーを鼻まで覆い、コートを着込んでいる俺でも寒くなってきた。

「はい、宿に戻りましょう……鶏源亭の屋台が気になりますけど」

「ああ、私もだ」

 

昼前にもかかわらず、なかなかに繁盛している鶏源亭をチラリと見て、名残惜しそうに港区から立ち去る、クレイドルとグラン──

 

 

少し早めに宿に戻れた。ひとまず剣と荷物を部屋に置き、グランさんと二人、いつもの奥の席に座り、レンディア達を待つ。

香辛料入りの茶を、ゆっくりと啜る。

冷えた体に、暖かさが染み渡る様だ──港区からの帰り、露店で販売されていた干し魚と、海草と野菜の乾燥スープを購入する。

それに釣られたのか、グランさんは干した貝柱を購入した。

乾燥スープに入れるも良し、炙って食べるも良しの物だという──俺としては、スープに入れたいな。

干し魚は、どうとでも出来る。炙り焼きにしようが、細かくしてスープに入れようが、干し肉の様にそのまま噛る事も出来るのだ。

うん、いい買い物をした。レンディアとシェーミィが合流するまで、まだ時間はあるな。

 

香辛料入りの茶を啜りながら、グランさんと他愛ないお喋りをする──昼食前の準備で、調理場が忙しくなっているのが、見える。

今日の昼食は何だろう? 調理場で、魚が見えたが何の種類かまでは分からなかった……さて、レンディアは何処で食べるつもり何だろうかな?

 

 

身だしなみを整えたレンディアが、食堂に降りて来た。今日は、豊かな銀髪を高く結い上げている。

いつもの深緑色のケープコートの下は、厚手の白いワンピース。腰には緑色の細いベルトが巻かれている。どことなく、上品な装い──貴族の出自だけはあるな。

シェーミィが、少し遅れてやって来た。暖色系の装い。オレンジ色の上下に、ファー付きの茶色の毛皮の上着。相変わらず、派手目の装い──何となく、猫族らしいなと思った。

 

「う~ん。なかなか寒くなってきたね~」

席に着き、手の平を擦り合わせながら、いつの間にかテーブル近くに待機していたレイナさんに、香辛料入りの茶を頼むシェーミィとレンディア。

「今日は、どこに食べに行く~?」

シェーミィが云いながら、厨房を見ている。

魚の匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか? 鼻がスンスン、と動いている様に見えた……。

「そうねえ。たまにはちょっと贅沢な昼食にしようかしら?」

レンディアが、運ばれて来た香草茶を手に取りながら云う。

「……贅沢、か。ふむ、たまにはいいな」

茶を啜りながら、グランさんが云った。贅沢、か……しばしのお茶の時間。この時間もまた、贅沢かもしれないな。

「さあ、行きましょうよ」

レンディアが茶を飲み干し、席を立つ。銀貨一枚をテーブルに置いた。

「いつもありがとうございます」

レイナさんが頭を下げ、ちらりと俺を見た。俺は頷き返す。

 

 

深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”。繁華街の喧騒が、ほとんど聞こえない奥まった場所にある店。

確かに、たまの贅沢にはいい場所だ……前にミザリアスさんと来た時は、満足いく食事が出来たからな……。

テラス席のある、白と緑を基調としたお洒落な雰囲気の店構えは相変わらずだが、寒くなっているので、テラス席に着いている客はいない。

 

昼になったばかりなので、客はまばらだ。皆、女性。

「今日は。四名だけど席は空いてる?」

店に入り、レンディアが云った。

「あら、レンディア。久し振りね。いらっしゃいませ」

テーブルを片付け中の、エプロン姿の店員が振り返る──店長だった。

美しく整った目鼻立ちと、特徴的な高い耳。波打つ様な長い金髪を、高く結い上げている。

碧味がかった瞳と長い睫毛が目を引く、エルフの店長。

「奥の席にどうぞ」

微笑みながら云う、店長さん。目が合うと、笑みを浮かべたまま会釈してきた。

 

席に着くと、直ぐに店長さんがやって来た。

「今日のランチは、ピザ。サラダとスープ付きよ」

ピザ。この世界にあったのか……先人の転生者か転移者が広めたのか?

「ふうん……ピザの具材は何?」

「ベーコンにトマト、ピーマン。それと、エビとイカにアサリよ。生地は、厚めと薄めあるけれど、どちらにします?」

店長さんが云う。

ミックスピザにシーフードピザといった感じか。両方頼んだ方が、楽しめるだろうな──「レンディア、両方を二つずつ頼もう」

そうね、とレンディアが云い、二つずつを注文した。

生地の厚さは、それぞれ薄めと厚めを頼んだ……やはり、先人の教えがあったのかな?

グランさんとシェーミィからは、何も意見は無い。この注文でいいのだろう。

「あと、果実水炭酸割りを四つお願いね」

レンディアの追加注文に、明るく応える店長さん──店長さんの名前、聞いておかないとな……。

 

「ロングスウォード伯という人は、どういう人物だ?」

薄めの──クリスピータイプだっけか?──シーフードピザを、サクリと一口。うん、美味い。前世の物より、美味いな……。

生地にはトマトソースでは無く、ホワイトソース。野菜は玉葱だ。ホワイトソースと合うな。

「そうねえ……一言で云うと、武人ね。それと、正確にはロングスウォード辺境伯ね。ロングスウォード家は、ダーンシルヴァス神王国と、ミルゼリッツ帝国の国境を護る役割を担っていたのよ。まあ、今もだけどね」

レンディアは厚めの──アメリカンタイプか──ミックスピザを、ハフリと一口。チーズが波打つ様に伸び、トマトソースが、レンディアの口の端に付いている。ピザの醍醐味だな。

 

「武門の家だけあって、各種武術の道場が盛んな土地柄だな。領主が代々、武術を推奨しているんだ」

少しトロミのあるクリームスープを啜るグランさん。刻んだジャガイモとニンジンが入ったスープ。濃い目でまろやかなスープだ。

玉葱とピーマンのサラダを、真っ先に平らげたシェーミィが、シーフードピザを口に詰め込んでいる。

「一人で食うつもりか。おい」

皿を引き戻す。シーフードピザはもう、厚めと薄めそれぞれ、ニピースしか残っていない。

「むー」

もっくもっくと、片手にピザを持ちながら口を動かすシェーミィ。

 

代々、武術が盛んな所か……国境を見張り護る立場だから、自然と武力を持たざるを得ないんだろうな。それが今まで続いている、と……ふむ。

厚めのシーフードピザに手を伸ばす。うん、ふっくらとした生地もいいな。

 

「ルイネミーナさん、ミックスピザとシーフードピザ、薄めの生地を一枚ずつ追加ね。あと果実水炭酸割りを四つ、お代わりお願いよ」

レンディアが、よく通る声で追加注文をした。

「はーい。少しお時間頂きますねー」

厨房から、声が聞こえた……ルイネミーナ? 店長さんの名前……。

「レンディア、“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”のネエラミーナさんと店長さんは、姉妹か何かなのか?」

「ん、そうよ。確か、ネエラミーナさんが姉だったかしらね」

スープカップを両掌で抱え、ゆっくりと飲み干すレンディア。

何となく、容姿が似ていた気がしたんだよな。雰囲気は全然違うが──

 

 

贅沢な昼食を終え、食後のお茶をのんびりと味合う──ランチ時の、お代わり無料の香草茶とコーヒー。

まったりとした昼過ぎ。他の客達も茶を嗜みつつ焼き菓子などを摘まんでいる。

冬の昼下がり、か──コーヒーのお代わりを頼む。

コーヒーを頼んでいるのは俺だけだ。シェーミィはそんな苦いの、と言い放ち、レンディアとグランさんは、匂いが苦手だそうだ……苦いのがいいんだろうに、そしてこの薫りが分からないか。

ちなみに、砂糖とクリームも付いているが、俺は砂糖だけを少し多めに入れるだけ。

 

「さて、お暇しましょうか。ルイネミーナさん。ご馳走さまでした」

カップをソーサーに置き、ナプキンで口回りを上品に拭うレンディア。

「代はここに。釣りは取っておいて下さい」

グランさんが、金貨一枚をテーブルに置く。さすが高級店──前世のピザよりも美味かったし、何より前世のピザ、安くなかったからな。

デリバリーとテイクアウトとの値段の差ときたら……まあ店で食べれば、そうでも無かったが。

 

食事中も、今もチラチラと俺達に視線を送ってきている女性客達──冒険者が珍しいのだろうか?

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしていますね」

微笑むルイネミーナさん。やはり、エルフ。明るく美しい美貌だ。

月と太陽に例えられるだけはあるな──

 

 

深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)から出て、宿に戻る。

ロングスウォード領に向かうのは明日。

オーク討伐の報酬を受け取ってからだ。

夕食は、宿で取る事に決まった。

それまでは自由行動。補充する品があるなら、雑貨屋にでも行くか……だったら、補充ついでに露店商のロディックさんに、顔を出しておこう。そして、ラーディスさんだな……。




感想、評価あればどぞ。


(゚∈゚ ) チュチュッチュン


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第159話 帝都での飲み納め

夕食は皆で取る事に決まった。それまでは、別行動。

グランさんは、帝都から離れる事を騎士団支部に伝えに行くそうだ。

レンディアは補充品を確認後、雑貨屋に出かけると云った。

シェーミィは、夕食まで一眠りするとの事──夕食まで、充分に時間はある。

 

挨拶回りの時間はあるな──「レンディア、一緒に雑貨屋を回らないか? ちょっと顔を出したい人がいるんだ」

「うん? 構わないわよ。干し果物とお茶を補充しないとね。後はまあ店を見てからね」

ロディックさんの露店にまず向かって、その後に レドック商会かな?

「その後は、ラーディスさんに顔を見せるつもりだ」

「ふん。兄上に会いに行くのだったら、私も行くわよ。手土産でも持っていかないとね」

微笑むレンディア。手土産か……何がいいかな。

 

 

「今日は、ロディックさん」

店先で煙管を吹かしていたロディックさんに声をかける。

心地良い喧騒の露店広場。いつもの場所に、いつも通り露店を出している──黒い看板に、銀色の文字で“ロディックの店”。

「うん、いらっしゃい。これはこれは、お嬢も一緒だとはな」

愛想よく笑い、ぷかりと煙管の煙を吐き出すロディックさん。

 

「ふむ。ロングスウォード領を経由して、ダーンシルヴァスにね。向かうなら早い方がいいね」

煙管に煙草葉を詰めながら、ロディックさんが云う。

「大雪になる前に、明日には向かうつもりよ」

露店裏で、ロディックさんが手ずから淹れてくれた茶をご馳走になりながら、お喋りをする。

購入した品は、干し果物と香草茶に、塩と香辛料。魔道コンロ用の魔石。煙草葉はいいか。充分にあるからな──

「気を付けてな。帝都に戻ったら、また顔を見せておくれ」

優しく微笑み、煙管を吹かすロディックさん。

 

「兄上への手土産ねえ。う~ん、まあ適当に菓子やらお茶やらでいいと思うわよ」

そういえば前に、“深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”で菓子と茶の詰め合わせを手土産にした事があったな……ふむ。

「レンディア、ラーディスさんへの手土産は、深緑の庭の詰め合わせセットはどうだろう?」

ふうん、とレンディアが呟く。

「うん。悪くないわよ。そうねえ、クッキーと紅茶の詰め合わせか、コーヒーが良いかもね」

ラーディスさん、コーヒー好むのか──早速、深緑の庭に出向くか。

 

 

「あら、いらっしゃいませ。お買い物かしら?」

にこやかに微笑みながら迎えてくれる、ルイネミーナさん。

「ええ、兄上への手土産をね。明日にでも、ロングスウォード領に向かうから、その前に顔を出しておこうと思ったのよ」

「そうなんです。何かお勧めの品ありますか?」

ルイネミーナさんに尋ねる。そうねえ……とルイネミーナさん。土産用の品が並べられている販売カウンターへと案内される。

 

人気の品は、クッキー詰め合わせと紅茶かコーヒーのセット。そして、ハチミツのパウンドケーキか──よし決めた。

「手土産は、ハチミツのパウンドケーキと、紅茶とコーヒーのセットをお願いします」

「ん、それで良いと思うわよ。時間はまだあるから、お茶でもしていきましょうよ」

手土産はこれで良いそうだ……茶と甘いものを楽しむ時間はあるか。

「ご注文決まったら呼んでちょうだい。お土産の用意は、お茶の後にでもするから」

微笑み、厨房へ向かって行くルイネミーナさん。結い上げた金髪が揺れていた。さて、メニューを見る──「ケーキとお茶のセットが無難よ」

なるほどな。なら、何がいいかな……。

 

注文したのは、ハチミツのパウンドケーキとコーヒーセット。レンディアは、紅茶のセット。

ハチミツのパウンドケーキが美味しそう何だよな……「先に、紅茶とコーヒー、お待たせしました」

ルイネミーナさんが、直々に運んで来てくれた。

おお、コーヒーの薫りが何とも言えない──附属の砂糖とクリーム。

うん、たまには砂糖少々にクリームを少し、とやってみようか?

「いただきます」

優美な手付きで、紅茶のカップを手に取り、啜るレンディア。

俺は、砂糖とクリーム少々をコーヒーに入れ、ゆっくりかき混ぜる──ふうん……砂糖だけよりも、いい薫りだな。コーヒーを啜る。

いい味だ。クリーム入れただけでこうも変わるものか──甘味が引き立つ様な、まろやかな味わい。これでケーキを合わせたら、どうなる事か。

「ハチミツのパウンドケーキ、お待ちどうさまです」

 

運ばれて来たパウンドケーキを、フォークですくい取り、口に運ぶ──甘い。

ハチミツとパウンドケーキの甘さが、口に広がる。砂糖とクリームのコーヒーを口にすると、また違った甘さが広がる──その後に、コーヒー独特の苦さが交わって来た。

うん。ケーキとコーヒーの組み合わせというのは、実にいいな……。

はっきりと言える。“深緑の庭(ガーデンオブフォレストグリーン)”は良い店だ……ちとお高いが。

 

「はい、こちらお土産ね」

ルイネミーナさんが、お土産を持って来た。白と緑を基調とした手提げの紙袋。結構大きい。

ここは私が払うわよ、とレンディアの払いとなった。金貨一枚……茶とケーキのセットが二人分、銀貨四枚で、ラーディスさんへの手土産の、ハチミツのパウンドケーキと、紅茶とコーヒーのセットが計銀貨四枚、か……しめて、銀貨八枚。昼下がりに使う金額じゃないな。

「お釣りは、取っておいて」

「いつもありがとうございますね」

さらっと、釣りは取っておいてと言えるのもすごいな。銅貨じゃなく、銀貨だぞ。まあこれくらい言えなきゃ、高級店には来れないか……。

 

近くの馬車乗り場から、城へと向かう。馬車の中は、冷温陣がほどよく効いていて暖かい。軽く眠気を感じるな……。

 

 

ラーディスさんの妹であるレンディアが門番に声をかけると、誰何される事なく、顔パスで通る事が出来た。さすがグレイオウル家。

城内に入ると、さっと周囲を見回す──前見た様に、何とも豪壮かつ豪華だが……豪華絢爛さの中にも、武骨な雰囲気が漂っている。

先導して案内してくれている衛兵さんが、ドアをノックする。

「ラーディス様、レンディア様とクレイドル様が、お越しです」

一拍の間を置き、どうぞ、と返事がしてドアが開いた。

その声は、ええと確か……ラーディスさんの従者、スケルトンのギルバートさんだ。

 

「ふむ。レンディ、久し振りだな」

ラーディスさんが手土産を受け取り、ギルバートさんにお茶の用意を頼んだ。軽く頭を下げ、ギルバートさんが奥に向かった。

椅子を勧められる座る。前にも見た、頑丈な造りで、縁には細かな装飾が成されているテーブルだ。椅子の座り心地はかなりいい──

「明日には、ロングスウォード領に向かうのよ。だから、クレイドルと一緒に兄上に挨拶したかったのよ」

「ロングスウォード領か……私もしばらく顔を出していないな。ふむ。ロングスウォード伯に会うのだろう? なら、私も近い内に顔を出すと伝えておいてくれ」

分かったわよ、とレンディア。

 

ギルバートさんが、お茶の用意をしてくれ、ラーディスさんとお茶の時間だ。

暫しの歓談。ロングスウォード領と、領主の話。いかに武門の家かという事を聞いた。

なかなかの女傑らしい──「まあ、色々と騒がしい事になるだろうが……良い経験が出来るだろうな」

ハチミツのパウンドケーキを、美味しそうに口に運びながらラーディスさんが云った。

「美味いな……さ、一緒に食べよう。クッキーもある」

ギルバートさんが、クッキーとパウンドケーキをレンディアと俺の前にも出して来た。

「贅沢な時間だ。紅茶にコーヒーに、クッキーとパウンドケーキ……少しばかり、のんびり過ごそうか」

妙に嬉しそうに、ラーディスさんが笑う。

「うん。やっぱり美味しいわね」

パウンドケーキを口に運び、レンディアが澄まし顔で云う。

「雪が深くなる前に向かった方がいいな。いまの時期なら、大雪が降るまで、まだ間がある」

オウルリバーを垂らした紅茶を、美味しそうに啜りながら、ラーディスさんが云った。

 

 

宿に戻る頃には、いい時間になっていた。夕方までは少しばかり時間はある。さて、どうするかな……レイナさんに、夕食前に起こしてくれるよう頼み、部屋に戻る。少し眠るか……。

 

 

ふと、目が覚める。窓からは見える外は、薄暗くなっていた──感覚的に、夕方だろうか……?

こん、ここんと、ノックの音。どうぞ、と返事をするとレイナさんが顔を見せた。

「そろそろ、夕食です。グランさんは先に降りていますよ」

との事。二、三時間は眠れたかな……。

「ありがとう。今、降りるよ」

礼とともに、あくび混じりに応える。

うん、よく眠れたな。心身ともに、スッキリしている──

 

いつもの端のテーブル席。グランさんとレンディアが早くも席に着いていた。

「レイナさん、炭酸水お願いします」

寝起きの炭酸水は、気持ち良いからな……。

グランさんとレンディアが、追加の飲み物を注文する頃に、シェーミィも降りて来た。

「夕食、何か聞いた~」

くあぁ、とあくび混じりにシェーミィが云う。

丁度、飲み物の追加を持って来たレイナさんが答える。

「夕食は、鶏の根菜煮込みにエビとアサリのシチュー。白菜の酢漬けです。パンかライスを選べますよ」

「ふん、良いわね。私はパンでお願いよ」

早速、レンディアが注文を決める。

うん、いいメニューだ。シェーミィもパンで頼み、俺とグランさんは米で頼んだ。

「はい。ご注文承りました。少々お待ちくださいね!」

早速、厨房に向かって行くレイナさん。ふと厨房を見ると、煮込みの香りが漂ってきた様な気がした……鶏の根菜煮込みか。楽しみだな──

 

夕食後、軽く酒を飲みながら明日の予定を話し合う。残る帝都での用は、オーク討伐の報酬を受け取るだけだ。その後、ロングスウォード領に出発という事に決まった。

「朝は報酬受け取りで、ギルド内は混んでいると思うよー。だから昼くらいに行くのが、いいかなー」

シェーミィが、くぴりと果実酒を呷る。

「シェーミィの言う通りだ。報酬は逃げない」

くいっ、と黒ワインを干すグランさん。昼には報酬を受け取り、ロングスウォード領に出発か。

「昼に出発となると、到着はどれくらいになる?」

俺は酒は控え目にして、炭酸水をちびちびと飲む。

この後、酒場に移動するだろうからな。

 

「そうねえ、大雪が降る事も無いだろうし、昼に出たら夕方には着くと思うわよ」

果実酒を呷るレンディア。帝都とロングスウォード領、結構近いんだな。

国境の守りを任されている場所だけはある──兵站が整えられているんだろうな……。

「よし、飲みに行こうか。帝都での飲み納めとしよう」

グランさんが席を立ち、銀貨四枚を夕食代と酒代として置く……いや、多いと思うけどな。

「久し振りに、港区の“白波の鱗亭”に行こーよ。寒くなってきているし、鍋物で暖まりたいなー」

シェーミィが云った。白波の鱗亭……海鮮鍋かな?ふむ、いいな。

 

「良いわね。そこにしましょうか」

レンディアの一声──よし決まった。

冬の鍋か、楽しみだ。食材豊かな帝都の鍋物は、何があるだろうか?

白波の鱗亭への案内は、シェーミィがすると云い、宿から飛び出して行った。

そんなに楽しみか……おっと、宿主のアルガドさんに、行き先を告げておいた方がいいかな──直感。我が姉、ミザリアスさん対策だ……。



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第160話 いざ武門の地へ

少し、長くなりました。



_〆(。。)


 

 

 

シェーミィの案内で、白波の鱗亭に到着。

そこは、港区の食通り広場にあった。

食堂や露店がひしめき合う、猥雑さに満ちた場所、港特有の潮風の匂いがする様な気がした──うん。悪くない雰囲気だ。

炭火や油に、焼かれ炙られる食材の匂いが、そこかしこから漂って来て、夕食を済ませたばかりだというのに、食欲を刺激される──

「こっち、こっちー」

先を行くシェーミィが、手招きしてくる。

 

“白波の鱗亭”──店先に吊り下げられている鱗の形をした看板に、豪快な絵筆で白波が描かれている。

いかにも老舗といった雰囲気の店構え。がっしりとした、木造建築の店だ。

店内は、漁師や港で働く人足。海の男達で、賑わっている──海の匂いがするな……いい雰囲気だ。

「こーんばんわー!」

勢いよく店に飛び込んでいく、シェーミィ。さて、席は空いているか?

「おや、シェーミィかい。久し振りだねえ。碧水の翼でお越しかい……おっと」

大量の空き皿を乗せた盆を片手に持った、恰幅のいい、愛嬌のある顔立ちの、四十代ほどの女性が対応してくれた。女将さんだろうか……俺を見て、目を丸くしている。何ぞ?

 

「参ったね全く。あたしが十も若けりゃ、ぶっ倒れてたねえ」

あっはっは、と豪快に笑う女性。

「女将さん、彼はクレイドル。ちょっと前に加入したのよ。顔を覚えておいて」

「忘れるもんかね。夢に見ちまうよ」

レンディアの紹介に、またも豪快に笑いながら、奥のテーブルに案内してくれた。

「四名様、ご案内だよ!!」

 

メニューにさっと目を通す──海鮮物が中心か。焼きに揚げに、煮物に煮付け。マリネに刺身、生物もあるか……お、山葵の葉漬けに、もずく酢もあるのか。摘まみは決まりだな……。

「飲み物から聞こうかね」

先に酒を注文と決まった。最初は軽く果実酒にしておくか。

「果実酒二つに黒ワイン。オウルリバーの炭酸割りね。摘まみは、なんにすんだい?」

「山葵の葉漬けともずく酢をお願いします」

思わず、食いぎみに云ってしまっていた。仕方ないね。山葵の葉漬けともずく酢だもの。

 

「おや、山葵の葉漬けかい。クセになるらしいからね、あれは。もずく酢はなかなか人気あるよ」

「あと、生姜のすりおろしがあるなら、少し多めに、もずく酢に乗せて下さい」

生姜ね。構わないよ、と女将さん。

「相変わらずの、山葵好きねえ」

呆れた様に云うレンディア。グレイオウル領の特産品だろうに。

「夕食は取った事だし、海鮮鍋は後にしないか。今日はのんびりとやろう」

「そだねー、料理少しずつ摘まみながら、飲もーよ」

グランさんに同意するシェーミィ。うん、賛成だ。

 

「はいよ、飲み物と山葵の葉漬けに、もずく酢だよ。注文通り、生姜たっぷりだよ」

手際よく、品物をテーブルに並べる女将さん。

これこれ、山葵の葉漬けともずく酢。生姜の量もいい感じだ……いただくとしよう。

「イカと大根の煮物、赤身魚のマリネ。あとは……そうねえ、海鮮サラダもお願いよ」

レンディアの注文。何の文句も無いな。

「よし、乾杯といこうか……ロングスウォード伯に」

グランさんが、杯を掲げる。ロングスウォード伯に、と俺達も杯を掲げた。

 

酒も少し進んだ頃に、我が姉──ミザリアスさんがやって来たのが、奥の席からでも見えた。

膝丈の、朱色のレザーコートに同色のズボン。

厚手のシャツは、白地に赤の草花模様。なかなかに、派手だな──客が気圧されている様に見えるのは、気のせいだろうか?

「今晩は」

ミザリアスさんが、女将に挨拶をする。

「おや、ミザリーちゃんまで来たのかい」

「碧水の翼は来ていますか?」

あ、ミザリアスさんと目が合った──アルガドさんに、行き先を教えていて良かったな……。

「ああ、来ているよ。ほら、奥の席だよ」

ミザリアスさんが女将さんに礼を云い、こちらに向かって来た。

 

「おー、ミザリアスさん。まだ始まったばかりだよー」

シェーミィが云う。丁度料理が来たばかりで、酒のお代わりを頼んだ所だ。

ちなみに、山葵の葉漬けと生姜たっぷりのもずく酢はもう無い──俺がほとんど平らげた。

「今晩で、帝都での飲み納めですか。明日には、ロングスウォード領に向かうのでしたね」

コートを背もたれに掛けながら、ミザリアスさんが云い、オウルリバー炭酸割りを注文した。

「そうよ。少しばかりロングスウォード領で過ごして、ダーンシルヴァスに向かうのよ」

オウルリバー炭酸割りのお代わりを注文し、料理の取り皿を分けるレンディア。

取り皿に、イカと大根の煮物を上手く均等によそってくれる、ミザリアスさん。

 

平皿に広がる、大輪の赤身魚のマリネの上には、スライスされた大量の玉葱。マリネからは、酢の匂いが漂って来ている──酢をベースにしたソースがたっぷりかけ回されているらしい。

陶器のサラダボウルに盛られた海鮮サラダ。彩り豊かな海草と野菜の上から、とろみのあるソースがたっぷり──マリネと海鮮サラダは、各自取るように準備されている。

 

まずは、ミザリアスさんが取り分けてくれたイカと大根の煮物を……イカの皮をプツリと噛みきった瞬間、柔らかい身が口の中で解れていく──美味いぞ。

大根を箸で二つに割ると、湯気が上がる。熱いうちに食わねば……うん。熱く、充分味の染みた大根は、この季節には何とも堪らない。

「イカと大根、美味いな……うむ」

口から湯気を吐き出しながら、グランさんが云う。

シェーミィは、赤身魚のマリネをパクついている──やはり猫族。

レンディアは目を細めながら、優雅な仕草で煮物を口に運んでいる。気に入ったみたいだな──

「クレイ、野菜もたっぷり食べないと」

ミザリアスさんが、取り皿に海鮮サラダを多めに乗せてきた。

うん?……サラダから、微かにチーズの香りがする。粉チーズか何かがソースに混ぜられているのか──食欲が湧いてきたな。

 

「お酒の注文、お願いしまーす」

シェーミィが店員を呼ぶ。残ったマリネは俺が平らげた。レンディアもグランさんも、少ししか口にしなかった。

というより、生魚は俺とシェーミィの担当の様な扱いだ。

我が姉ミザリアスさんは、一切手を付けなかった……解せぬ。

「もう少し飲んだら、海鮮鍋を頼みましょうか」

レンディアが云う。海鮮鍋か……楽しみだな。

 

「女将さん、海鮮鍋の具は何がお勧めですか?」

酒を運んできた女将さんに、ミザリアスさんが尋ねる。

「そうだねえ……今日のお勧めは、エビに白身魚にアサリ……あとは、魚のつくねもお勧めさね。野菜は、白菜とニラがいいかねえ」

「うん。それで六人前お願いよ……味付けは、濃い目でね」

あいよ、と女将さんが厨房に戻って行った。

「さて、ゆっくりと飲み納めと行きましょうか」

レンディアが、杯を掲げる。

 

海鮮鍋をつつきながら、杯を傾ける。濃い目に味付けされた具は酒に合う……魚介の出汁をベースにした、味噌の鍋だ。

あっさりだと、醤油ベースだったのかな?

まあ、いい。美味い事にこした事は無いのだ。

「オーク討伐の報酬が決まりました。参加者には、前線組と後方支援組関係無く、金貨三十枚に銀貨五枚と決まりました。追加報酬は、魔石の売却額に加えて、帝都からも報奨金が出る事になったんですよ」

ミザリアスさんが云い、魚のつくねを口に運ぶ。はふり、と湯気が上がった。

「ふむ……なかなかの大盤振る舞いだな」

グランさんが、取り皿にエビと白菜を乗せながら云う。

「ハイオーガを、早期に始末出来たのが良かったのですよ。撃退が遅れれば、帝都領内でオークとの戦争が起きていた可能性も、有り得ましたからね」

ふふ、と微笑みながら、ミザリアスさんがオウルリバーロックを口にする。

 

口の中でほぐれる白身魚と、白菜の歯触りを楽しみながら、オウルリバー炭酸割りを呷る。

濃い味噌で煮込まれた具材には、炭酸割りが合う──鍋の具は、ほとんど無くなっているが、追加の具を何か頼むのだろうか?

「注文お願いします」

オウルリバー炭酸割りに、もう一度、山葵の葉漬けを頼む。

まーた山葵、とのシェーミィの声は聞き流す。

 

「鍋の〆は、雑炊とそば、どちらにしましょうか?」

ミザリアスさんが云った。具の追加より、〆にするのか……その方がいいかな。

「そうねえ……雑炊が良いかしらね。味噌雑炊といきましょうよ」

皆同意したので、レンディアが早速店員を呼ぶ。

「〆は雑炊ね。汁を少し足して暖め直すから、ちょいと待ってなね。飲み物はどうする?」

注文を取りにやって来た女将さんの言葉に、それぞれが飲み物を注文する。酒はここまでにしておこう。

オウルリバー炭酸割りをちびちびとやりながら、山葵の葉漬けを摘まむ。

 

 

宿に戻る頃には、深夜少し前になっていた。結構長く飲んだな……。

〆の味噌雑炊は、何とも堪えられないほどに美味かった。

魚介の出汁と味噌の相性の良さに、そこに米が混じれば──それは美味いに決まっている。

前世日本人である以上、味噌に米。そして海産物。こんな満足感は、そうそう無い。うむ。

さて……帝都での飲み納めは終わった。

明日、昼に冒険者ギルドに出向き、オーク討伐戦の報酬を受け取って、ロングスウォード領に向けて出発──しばし、帝都とはお別れだ。

 

「私は、シャワーを浴びてくる。クレイドルはどうする?」

身支度を整えながら、グランさんが聞いてきた。シャワーか……朝方にするかな。

「浄化で済ませておきますよ。シャワーは朝にでも浴びます」

魔力制御後に、シャワーといくか……朝、起きれたならな。

「む、そうか……先に休んでいるといい」

タオルと着替え片手に、グランさんが部屋から出ていった。

水差しからコップに水を注ぎ、一息に飲む──冷たい水が、酒で火照った体に染み渡る。

 

寝巻きに着替え、ベッドに横たわり冬用の毛布に潜り込むと、枕に頭を持たせかける。

新しく取り替えたシーツに、洗濯済みの毛布と枕カバーが心地いい。

心地良さに、思わず笑みがこぼれる。すぐに眠る事が出来そうだ……深呼吸を一つ、二つ──夢見る事無き深い眠りに、クレイドルは沈んでいった。

 

 

カーテンの隙間から射し込む明かりに、顔を照らされた──うん……朝、か。

ふう、と一息つき起き上がり、ベッドに腰掛ける。

テーブルを挟んだ向かい側のベッドは空だ。

毛布が丁寧に畳まれ、その上に枕が置いてある。

妙な几帳面さに、思わず笑ってしまう。

ふむ……相変わらずの早起きだな。魔力制御にでも行っているのだろうか。

ベッドから立ち上がり、水差しを手に取る。コップになみなみと水を注ぎ、ゆっくりと飲み干す──冷えた水が、体に染み渡る。

 

さて、今日の予定は、と身支度を整えていると──ドアが開いた。

「グランさん、おはようございます」

クレイドルが戻って来た。タオルを首にかけ、煙草盆を手に下げている──シャワーを浴びたばかりなのか、少し濡れた金髪が額にかかっていた。

白磁の肌は微かに紅く染まり、唇も濡れた様になっている。

この妖艶さは、直視出来ない……全く、目に毒過ぎるぞ。

「直に朝食の時間だな。先に降りているぞ」

一言告げ、ベッドに腰掛けてタオルで頭を拭いているクレイドルを横目に、部屋から出る。

朝から、妙に気力を使った……朝食は少し多めに取ろうか?

 

 

「報酬を受け取る以外の用事は、もう済んだという事ね」

レンディアが、香草茶を啜りながら云う。まあ、そうだな。

グランさんも、騎士団支部に挨拶も済ませ、レンディアも俺も、露店商のロディックさんとラーディスさんに挨拶を済ませている──シェーミィは、特に無いとの事だ。

アルガドさんとレイナさんには、旅支度を終えた後に、挨拶を交わした。

 

「おう。少しばかり、寂しくなるな……今の時季、ロングスウォード領は冷えるだろうからな、体には気を付けな」

にいっ、とリザード族特有の獰猛な笑みを見せ、明るく云うアルガドさん。

「……また、戻って来ますよね……?」

レイナさんが、ちょっと面倒だった。

今生の別れの様な雰囲気を見せながら、涙ながらに挨拶して来たのだ。

「当たり前です。帝都は、碧水の翼の拠点です……どこに行こうと、必ず帰ってくる場所何です。戻って来ますよ」

レイナさんの手を握る……久し振りに、邪神の加護が発動した! 無い事無い事ぬかしやがって!!

感極まった様に、潤んだ瞳で俺を見つめるレイナさん。

呆れ顔のアルガドさん──これは違うんです。

碧水の翼の面々が、どういう表情をしているか、容易に想像がつく……邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!

 

 

昼食は取らない事に決まった。ロングスウォード領で、たらふく食べようとシェーミィが提言したからだ。

何でもロングスウォード領には、安く、美味く、量のある店が、数多くあるのだと云う。

「まあ、土地柄ね。体力自慢の連中の胃袋を満足させる店が、軒を連ねっているのよ」

レンディアが云う。武門の領地ゆえか……?

 

昼の冒険者ギルド内は、落ち着いた雰囲気だ。

オーク討伐の報酬は、皆受け取ったのだろうか……。

正面カウンターで、ギルドマスターのシュウヤさんが書類仕事をしていた。

「今日は。報酬の受け取りに来たわよ」

レンディアが声をかけると、書類から顔を上げるシュウヤさん。

灰色のローブを身にまとった、細面の整った顔付きの男。落ち着いた雰囲気からは、わずかな威圧感が漂っている。

三十代半ばで、ギルドマスターになるだけの実力者──魔導士でもある。

「待っていましたよ」

シュウヤさんが、職員に──「報酬はこちらですよ」

ミザリアスさんが、四つの袋を乗せた平たい盆を持って、カウンター奥から向かって来た。

なかなか重そうな袋だな……。

「改めて報酬を伝えます。魔石の売却額と帝都からの報奨金を合わせ、計金貨三十枚に銀貨五枚となります」

シュウヤさんが、淡々と告げる。改めて報酬を聞くと、かなりの大金だ。

 

その場で、各々の口座に入金。ついでにパーティー口座にも入金した。大金、持ち歩けないからな。

さて、帝都でやるべき事は、全て終わった。今の時間は、昼少しを過ぎたところか……。

「さて、ギルドマスター、ミザリアスさん。お世話になりました」

ギルドの外で、シュウヤさんとミザリアスさんに、取り敢えずの別れの挨拶をするレンディア。

「ええ、お気をつけて……皆さん、またお会いしましょう」

シュウヤさんは微笑みながら、軽く目礼をする。

「クレイ……体にだけは気を付けるんですよ」

なかなかに距離を詰めて来る、我が姉ミザリアスさん。

俺の両肩、両腕をさするのは止めて頂きたい──ギルド前を行き交う人々の視線が刺さる。

何とか距離を取り、グランさんを盾にする事にした。

 

「じゃあ、ギルドマスター、ミザリアスさん、行ってくるわよ」

レンディアが改めて、シュウヤさんとミザリアスさんに挨拶をする。さて、出発の時だ──

当たり前の様に、俺達に付いてこようとしたミザリアスさんを、シュウヤさんがどうやってか拘束したのを横目に見つつ、俺達“碧水の翼”は馬車乗り場に向かう。

後ろから、俺を呼ぶ悲鳴じみたミザリアスさんの声が聞こえたので、急ぎ馬車乗り場を目指した。

 

「ロングスウォード領行きの馬車、間もなく出発しまーす。お急ぎくださーい!!」

複数の御者の声が、馬車乗り場に響く。ロングスウォード領行きは、四台ほどが待機している。

「ふん。あの馬車にしましょうよ」

レンディアが指差すのは、装飾もなく、武骨な感じのする、大型の馬車だ。馬は二頭引き。馬もまた、でかい。

「あれか……あの大きさだと、八人乗りか。馬も良さそうだな。私は構わない」

グランさんが賛同する。広いスペースがあるに越した事は無いからな。

「ああいう馬車って、ちょっーと値が張ると思うけど、快適なんだよねー」

うんうん、と頷くシェーミィ。

「そうしよう。懐は暖かいからな」

初級訓練の時、馬車で移動する時は、なるべきケチらないほうが良い、と習ったからな……それに、あの武骨な感じが気に入った。

 

武骨な八人乗りの馬車に決まった。ロングスウォード領まで、一人銀貨四枚。計金貨一枚に銀貨六枚──安くは無い。

馬車に似て、御者も武骨で無愛想な雰囲気だが、レンディアは気前よく金貨二枚を出し、釣りは取っておいてと渡した。その時、無愛想な御者はほんの少し微笑み、毎度、と言葉少なく礼を云った。

手荷物を荷台に乗せ、早速乗り込む。客は俺達だけ──おお、広いな。

「おー、ちゃんと暖まっているねー」

シェーミィが気持ち良さそうに目を細める。

馬車内は、冷温の魔方陣で良い案配に暖められている……ロングスウォード領に到着するまで、眠れそうだな。

早速馬車が動き出す。到着は夕方。早ければ、夕方前には着くそうだ。

 

 

ロングスウォード領。武門の地へ、いざ──



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