陰の実力者が転生した件 (柔らかいもち)
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一話

 いくらかWeb版を参考にしてます。転スラ完結後からスタート。


 僕の名前はシド・カゲノー。代々騎士を輩出するカゲノー男爵家の長男。家族はダンディーなハゲ親父、特に特徴のない母さん、二つ年上の姉さんの四人家族。

 

 僕はそんな田舎貴族の期待の天才児……などではなく、平凡な一般貴族だ。ラノベで言うなら主人公には「何故平民如きがこの学園にいるんだ……」と陰口を叩き、ヒロインには「きょ、今日もうちゅくしすぎるぅ……!」と見惚れ、ライバルキャラには「あの方が学園で最強と言われている……!?」と勝手に怯える典型的なモブ貴族だ。

 

 しかーし! それは世を忍ぶ仮の姿。本当の姿は別にある。

 

 僕の正体は『シャドウ』。陰に潜み、陰を狩る者。魔人ディアボロスを崇拝する『ディアボロス教団』に対抗する組織、『シャドウガーデン』の首領。功績も実力も決して世間には知られることのない『陰の実力者』。

 

 そういう設定で遊んでいるただの転生者だ。

 

 きっかけは何だったか覚えてないけど、僕は『陰の実力者』に憧れた。主人公でもラスボスでもなく、物語に陰ながら介入して実力を見せつけていくクールでカッコいい存在。僕はそんな『陰の実力者』に憧れ、そうなりたいと思った。

 

 仮○ライダーやプリ○ュアに憧れる子供達なら似たような道は通っただろう。彼等彼女等と違うのは僕の憧れは一時的なものではなく、心の奥底で燃え続け、いつまでも絶えることなく僕を突き動かしたことだろう。

 

 武術のような強くなるために必要なことは全力で習得した。頭の悪い『陰の実力者』なんてダサいので勉強も手を抜かなかった。そして実力は隠し続けて、日常生活では学力テストもスポーツテストも至って平凡で目立たない、人畜無害なモブAであり続けた。

 

 しかしある日、現実と向き合う日が来てしまった。こんなことをしていても無駄なのだと。

 

 空手、柔道、剣道、総合格闘技……これ等を全て極めたとしても物語の世界にいた『陰の実力者』にはなれない。某国と個人で平和条約を結べる地上最強の男にも届かないだろう。僕にできるのはせいぜいチンピラ数人をボコれるくらい。銃を持った軍人に囲まれたらおしまいだし、もし何とかなったとしても自然災害や病気、超至近距離の核爆発には勝てないだろう。

 

 そんなんじゃないのだ、僕が憧れた『陰の実力者』は。いや、重い病気を患っているのに他の追随を許さないくらい強いタイプの『陰の実力者』も大好きだけど、憧れの存在に至りたいなら僕は人間の限界を越えなければならない。

 

 そのために必要なのは極められた知能や肉体じゃない、もっと別の非現実的な力だ。魔力、オーラ、チャクラ、呼び方は何でもいい。未知なる力を取り入れる必要があった。魔力が存在しないことを証明した人はいないけど、あることを証明した人だっていない。きっとない可能性の方が高いだろう。

 

 だけど、正気では僕の目指した力は手に入らなかった。なら狂気の先に行くまでだろう。

 

 修行は困難を極めた。当然だ、そんなものを習得する方法は誰も知らないのだから。正解なんてありはしない。それでも僕は暗闇の中を、自分が信じた道を、ただ突き進んだ。

 

 結論として魔力はあった。こうして僕が異世界に転生しているのが証拠だ。恐らく異世界に来る直前に見つけた魔力を利用して転生したのだろう。森で服を脱ぎ捨て全裸になることで森羅万象を感じ、大木に頭を打ち続けることで物理的に雑念を排除し、かつ脳に刺激を与えることが魔力を知覚する条件だったのだ。もし地球で発表していれば表彰ものだろう。目立つから絶対にやらなかっただろうけど。

 

 魔力を手に入れた僕は修行と研究を始めた。強さに妥協した『陰の実力者』に価値はないからだ。

 

 ここで僕は再び自分が目指している『陰の実力者』への道のりがどれだけ困難なのかを認識することになる。

 

 この世界は『陰の実力者』ではなく主人公になりかねない要素が非常に多いのだ。“八星魔王(オクタグラム)”って呼ばれてるから魔王が複数いるのはわかったけど、主人公ポジションである勇者も複数いるのだ。しかも勇者の方が数は多い。

 

 自称勇者や一本しかない聖剣に選ばれる勇者だけだったらまだマシだったのに、“勇者の卵”とかいう代物が素質のある――特定の精霊に愛されている――者に宿り、厳しい修行を経て孵化して勇者が生まれるパターンがあるのだ。自分にないとわかった時は滅茶苦茶安心したのを覚えている。姉さんにはあったけど。まさか姉さんが主人公だった? ……ありかもしれない。毎日「ふぇぇ、お姉ちゃん強いよぉ……」と言いながら家の訓練でボコられまくったかいがあった。

 

 話が逸れた。次に“覚醒”だ。人間は身体を本当に限界まで鍛えると“仙人”や“聖人”になる。魔物は一定の条件を満たしてから人間を殺しまくれば“覚醒”するらしいけど。どうして魔物だけにレベルアップシステムがあるのだろうか?

 

 ここでも思わぬ落とし穴があった。限界まで鍛えるという答えがあるのはいいけど、果たしてどれだけの人が自分の限界を知っているだろうか。強くなっていってもまだ成長の余地や伸びしろが残っていただけと思う人の方が多いだろう。

 

 おかげであと少しで自分が覚醒してないと思い込んだまま圧倒的力で敵を薙ぎ倒す勘違い最強主人公になるところだった。自分の力を把握できていないなんて『陰の実力者』失格だ。あえて一つ下の次元に留まっておいて格上を倒すとかならいいんだけどね。

 

 最後に『スキル』だ。僕は転生する時に魔力のことを強く考えていたからか『魔力操作』や『魔力感知』というエクストラスキルを手に入れた。他にも色々あるけど、僕は求め続けていた魔力、もとい魔素を十分に活かせる装備を作るために自在に姿を変えられて、魔素をエネルギー源として生きている故に魔素の量で強弱が変わるスライムに目を付けたのだ。

 

 理想の装備、スライムボディースーツは完成した。その時に『粘性物支配(スライムドミニオン)』とかいうエクストラスキルを手に入れてしまったのだ。まるで世界が僕に18禁スライムプレイ大好き変態主人公になれと言ってきた気分になって、とりあえず僕は世界に中指を突き立てた。スキルに罪はないから使ってるけど。『粘性物支配(スライムドミニオン)』を使ったスライムは新種に進化して強くなるし、色も自由に変えられるし、使用者の意図を汲んでサポートしてくれるから使わない理由がないんだよね。あ、超どうでもいいけど『粘性物支配(スライムドミニオン)』を使ったスライムは雌になるっぽい。

 

 愚痴りまくったけど今度は良かったことを挙げよう。

 

 この世界は日本人を含めた異世界人が多くいるけど、そのほとんどが転移者だ。偶然だったり召喚魔法だったりと違いはあるけど、元の世界の肉体を持ったままやって来るのだ。逆に異世界からの転生者は滅多にいない。理由は魂だけで世界を渡ろうとすれば魂が分解されるから。記憶がなくなるのは当たり前で、正気を保っていれば奇跡レベル。僕が調べた限り、異世界から転生したのは最強と呼ばれている大魔王だけだ。

 

 だがしかし、僕が喜んだのはここではない。異世界人が例外なく強力な力を手に入れることと、この世界の住人が異世界人に比べると格段に弱いことだ。

 

 僕は転生してこの世界の人間になったから「異世界人だから強くて当然」という印象を持たれないのだ。異世界人というだけでモブになれなくなり、実力を完璧に隠す『陰の実力者』には絶対になれなかった。この事実を知った時には思わず踊り狂ったくらいだ。

 

 おまけに異世界人は強力な力を振りかざしてイキり散らす輩が多い。唐突に大金を手に入れた人の性格が激変するのと同じ理屈だろう。そんな彼等のおかげで僕は『陰の実力者』として活躍できる場を沢山与えてもらえた。反応もいいからクセになる。

 

 次に良かったのはこの世界の仕組みだ。

 

 エクストラスキルまでなら適当に修行しているだけで一つくらいなら手に入る。ただし、それ以上のユニークスキルなどを獲得するのに必要なのは強靭な意志である。そんなものをこの世界に来た時点で無条件に獲得できる異世界人が特別視される理由もわかるね。

 

 僕も転生した時にユニークスキルを獲得していた。そこに生涯途絶えることのない『陰の実力者』への憧れと覚醒が合わさることによって、僕のユニークスキルは究極能力(アルティメットスキル)無貌之王(アンノウン)』に進化した。

 

 このスキルに攻撃的な権能は全然ない。だけど、僕は失望するどころか超喜んだ。この能力は僕が目指す『陰の実力者』になるのに必須と言っても過言ではなかった。

 

 龍の玉を集める某漫画に出てくるスカウターや竜の王を退治する某RPGのステータスのように、この世界にも相手の強さを見極める手段が存在する。『解析鑑定』による相手の種族や魔素量の分析がそうだ。

 

 究極能力(アルティメットスキル)を手に入れたからこそわかるけど、ユニークスキルでは究極並の『解析鑑定』を妨害することは不可能と言っていい。仮に誤魔化せたとしても、五感の鋭い獣人や魂の輝きを見通す悪魔などに出くわせば正体がバレる。正体も力量も丸分かりの『陰の実力者』……笑える。

 

 究極能力(アルティメットスキル)無貌之王(アンノウン)』は僕から発信される情報全てを偽れる。例えで出した五感や魂の輝きに加えて、戦い方や歩き方のクセ、血流や体温や筋肉の収縮に至る全てを誤魔化せる。

 

 これのおかげで何故か口元だけ見えたり、瞳がやたらと輝いたりする『陰の実力者』ムーブがはかどった。近い内に地味な青年に変装して闘技大会に出場する予定である。

 

 あ、それと遊び仲間ができたことも収穫だろう。『陰の実力者』の設定を知っている者がいるのは大事だ。『陰の実力者』が何のために戦っているのかを誰も知らなければ深みが出ないし、戦う理由がしょうもないと格好がつかない。だから『陰の実力者』の配下Aをやってもらう遊び仲間を見つけたのだ。

 

 前世から最高の『陰の実力者』を妄想し続けてきた僕にとって、数千、数万パターンの『陰の実力者』設定からこの世界の英雄譚を組み合わせた最適解を導き出すなど造作もない。

 

・目的は魔人ディアボロスの復活の阻止

・三人の勇者によって倒されたディアボロスは、死の間際に呪いをかけた

・呪いを受けた勇者の子孫はディアボロスが復活した際に手駒にしやすくするため、身体に異常が起きるようになっている

・強大過ぎる故に依り代として狙われているのが原初の悪魔、竜種、覚醒勇者、覚醒魔王の因子を持つ大魔王、リムル=テンペストである

・ディアボロス教団が我々『シャドウガーデン』の敵である

 

 ざっくり言うとこんな感じだ。

 

 いやー、最初に配下になった女エルフのアルファが『人類の生存圏を侵略した大魔王を討つのでしょう?』とか言い出したから大魔王を狙わないようにする設定を盛り込むことになってしまった。

 

 だってさ、魔王を倒すのは勇者じゃん? 『陰の実力者』は裏ボスを倒さないといけないのだ。それにこの世界の魔王っていい人っぽいし、倒したらただの悪者だ。勇者が弱くて魔王がコテコテの悪役だったら喜んで殺しに行ったけど。悪いね大魔王、君は『陰の実力者』的にアウト・オブ・眼中なんだ。覚醒勇者も覚醒魔王も咄嗟の思い付きで口にしたけど、第二形態とかあるでしょ、多分。

 

 そんな感じで『シャドウガーデン』と『ディアボロス教団』が誕生した。皆律儀に設定やシチュエーションを合わせてくれるし、僕の思い付きにもいいリアクションをくれるし、希望通りの敵も用意してくれるから中々やめられない。ディアボロス教団に所属する設定を受け入れてくれた盗賊に身を堕とした奇特な異世界人なんてどこで見つけたんだろう?

 

 でも二年前、彼女達と遊べなくなった。勇者が全員女性だったとか、ディアボロス教団は世界中にいるから我々も世界に散って妨害活動にあたるとか、資金と人材集めをするとか言ってたけど、多分ディアボロス教団がいないことに気付いたんだろう。こんな茶番に付き合っていられるか、私は自由になるぞ、と。

 

 少し悲しくなりながらも、僕は彼女達を送り出した。僕が教えた地球の道具や物語で荒稼ぎしていると知った時には失望したけど、補佐を残してくれたり読めないけどカッコいい古代文字で連絡をくれたりするから許してる。

 

 それに『陰の実力者』の物語が始まるのはここからだ。僕はそろそろイングラシア学園都市に行く。魔王が正体を隠して通っていたという噂もある学園……間違いなく何かが起きるだろう。興奮が止まらない。

 

 ……そういえば紅茶を気軽に飲むために頼んだティーバックできた? って聞いたら何故か恥ずかしそうにお尻を見せられたんだけど、あれは何だったんだろう?

 




 シド・カゲノー
 主人公。魔力を手に入れた今、ひたすら陰の実力者の道を進むだけと思っているが、世界最強と呼ばれている魔王より強くないと陰の実力者と言えるのかと考えて接触してしまえば雌堕ちさせてしまう可能性があるため、まだ18禁主人公の魔の手からは逃れられていない。性欲があるのかは不明。


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二話

 自分は転スラ完結後から始めましたが、これを参考に誰かが転スラのもっと前から陰の実力者になりたくてとのクロスオーバーを書くことを願ってます。


「毎回夜遅くに集まってもらってごめんな。とりあえず皆揃ったし、始めるとしよう」

 

 草木も眠る丑三つ時。世界最大規模の超近未来的な幻想都市である魔国連邦(テンペスト)の自分の名前にされた首都(リムル)にある大会議室で、俺は集まってくれた仲間達を労いながら会議を始めた。

 

 世界を揺るがす天魔大戦から早二十年近くもの年月が過ぎた。覇権を握った俺を恨む連中や小国同士の小競り合い程度なら頻繫に起きても即座に鎮圧できていたのだが、十五年くらい前から洒落にならない事態が発生している。

 

 この世界には実話をもとにした英雄譚やおとぎ話が多く存在している。俺の運命の人だったシズさんが主人公の『爆炎の支配者』、今は皇帝になったけど若い頃は華々しい活躍(笑)をしたマサユキの『閃光の勇者』、英雄譚どころか教科書にされた俺の軌跡なんかがそうだ。

 

 その中の一つにヤバい話があった。それが『魔人ディアボロスと三人の勇者』である。

 

 最初に読み終わった時の感想は「ありがちな話だなぁ……ただの魔人と勇者を名乗った三人組だと思えば微笑ましいけど」だった。だって仲間に覚醒勇者や覚醒魔王よりヤバい連中がゴロゴロいるんだぞ? 平和ボケ丸出しの感想が出てもおかしくないと言い訳したい。

 

 だけど、ディアボロス教団の存在を知ってから詳しく調べ直した結果、異世界から来た魔人と時代が違えば最強を名乗れた三人の死闘で、ディアボロスの依り代に限界が来なければ勇者側が敗北していたと判明し、飲んでいた紅茶を思いっきり噴き出したのは未だに覚えている。当時から生きている人達によればディアボロスの強さは最低でもギィ……俺が現れるまで最強の名をほしいままにしていた魔王並らしい。

 

 弛みきっていた意識を切り替えるのに十分な情報である。

 

 まず初めにどうして魔人ディアボロスを調べることになったのか? それは多くの人間がいる東の帝国や西方諸国、エルフが暮らす魔導王朝サリオン、獣人族(ライカンスロープ)有翼族(ハーピィ)龍人族(ドラゴニュート)天魔族(エンジェル)が住む獣王国ユーラザニア跡地からの急報がきっかけだった。

 

 内容は人間、エルフ、獣人の子供達の魔素がいきなり激増して暴走するというもの。症状としては不完全な方法で召喚された異世界の子供とほぼ同じであり、これだけなら何とかなった。俺なら友達の妖精女王(ラミリス)に微精霊を集めてもらって、そいつ等を凝縮して疑似上位精霊することで魔素を安定させられたし、『法則操作』クラスの魔素を操る技術を持つ者でも似たようなことはできる。

 

 最悪だったのは三つ。症状が召喚された子供と似ていることと、安定させられるのが上位精霊ではなく上位悪魔であったことと、症状が出た子供の容姿が醜悪になってしまうことだ。

 

 既に異世界に行く技術が確立されたことで、異世界人の召喚はより容易になった。それは不完全な召喚のハードルも下がることを意味しており、勝手に召喚した異世界の子供を症状が出た子供と偽られると手が出しにくくなる。世界中で禁じられている異世界人召喚を密かに実行しようとする連中にとって、この騒動は格好の免罪符を与えられた形になるだろう。

 

 召喚された異世界人も召喚主に利益を提示されたり親切にされたりすれば簡単に引き込まれるし、魔王は悪で魔物は格下みたいなイメージを持った輩が多いから保護も難しい。

 

 次に悪魔が対価なしに働くことはありえない。精神生命体である彼等は現世で活動するための肉体を求めており、魔素を大量に保持する子供なんか見つけたら嬉々として精神を破壊し、身体を乗っ取るだろう。精神での戦いなら最強の種族である悪魔に幼い子供が抵抗できるはずもない。

 

 俺が魔素の安定に精霊を選んだ理由がこれだ。これのせいで契約を受け入れる悪魔を見つけること、悪魔が子供に危害を加えないかを監視する手間などが増えて、大きく時間をロストすることになった。更にこのことがきっかけで症状が出た子供は<悪魔憑き>という蔑称で呼ばれ出してしまった。

 

 もう一つはある意味もっと酷い。見るからに腐った肉塊になった人を助けようと思う者は少ないのだ。助からないなら楽にしてやろうとする者はまだマシな方で、気色悪いから積極的に殺そうとする者や誰もいない場所に捨てに行く者が大勢いる。おかげで助けられるものも助けれない。

 

 子供達を助ける傍らで根本的な原因を探した結果、症状が現れる子供達の血が似通っていることが判明。それが『魔人ディアボロスと三人の勇者』に繋がる訳だ。

 

 ディアボロス教団の存在に気付いたのもこの頃だ。報告された数よりも<悪魔憑き>が少ないことに違和感を覚えて調べさせたら、金を払ってまで<悪魔憑き>を回収する連中がいた。

 

 ……<悪魔憑き>に関して最も重要なこと。それは強さだ。

 

 魔素を制御された<悪魔憑き>は“仙人”と“魔王種”、二つの強さに目覚めてしまう。幼い身体に限界まで負荷がかかることで“仙人”に、そこから十分な魔素を得た肉体が若干魔物のものに置き換わることで“魔王種”になってしまうのである。

 

八星魔王(オクタグラム)”の一角であるレオン・クロムウェルは勇者から魔王になったことで通常の覚醒魔王とは比べ物にならない力を持っている。俺がただの覚醒しかしてない時に軽く手合わせしたけど、本気で殺しに来てるだろお前って思うくらい強かった。そんな肉体に悪魔という対価があれば制御できる存在を入れる……この上ない手駒になるだろう。そこに勧誘された異世界人達も加わるから、無視できる勢力じゃなくなってきた。

 

 未だにディアボロス教団の中核も目的も判明していない。わかっているのは単純なディアボロスの復活じゃないこと、物語に登場する三人が純粋な勇者じゃないこと、依り代として俺を狙っていることくらいだ。

 

 だから今日の会議も教団について……ではなく、それ以上に警戒している組織についてである。

 

「今日の議題は『シャドウガーデン』についてだ。わかったことを遠慮なく報告してくれ」

 

 皆は俺を狙うディアボロス教団に怒りを燃やして警戒しているが、正直言って俺は『シャドウガーデン』の方を警戒している。

 

『シャドウガーデン』。全構成員が美人で胸と尻のラインが丸分かりのエロいスーツを着たゲフンゲフン――女性であり、ディアボロス教団と敵対している組織。

 

 単純に考えれば千年以上前から潜み、準備を重ねてきたディアボロス教団の方が警戒すべきなのだろう。だが、彼女達は僅か五年で教団に対抗できる力を身に付け、極一部しか知り得ないはずのディアボロスや<悪魔憑き>の真実を知り、教団が広めた俺の悪評にも惑わされていなかった。

 

もし教団が潰れた時、これ程の武力、情報収集力、成長力を持った組織が自分達に牙を剝かないと言えるだろうか? 大きな力を持っていれば使いたくなるのが生き物の性だ。

 

(何よりも怖いのが『シャドウガーデン』のボスだ。シエルさんでも予測ができないってどんだけだよ)

 

 教団の重要人物や目的は確かに明らかになっていない。しかし、何か大きなことをしようとすれば絶対にシエルが察知するし、そこから芋づる式に正体も目的も予測できてしまう。何ならわざと隙を見せて動きを制御することも可能だ。

 

 そんなシエルが分析すらできないのが『シャドウ』だ。正体不明、実力不明、思考不明、何もかもがわからない。単純な性別さえもだ。七陰と呼ばれる“聖人”クラスの幹部の指揮下にある『シャドウガーデン』の動きなら読めるのに、シャドウが指揮を執ると途端に予測不能になる。

 

 一度、二度なら偶然や奇跡で片付けられるだろう。だが、シエルの思考の裏をかくのは馬鹿にできることじゃない。厨二病の馬鹿が適当に考えた妄想が全部本当にあったくらいありえない。つまりシャドウはシエル並に智謀に優れていることになる。

 

 ……忘れてた。唯一シャドウについてわかっていることがあった。それはシャドウが異世界人であることだ。

 

 魔国連邦(テンペスト)に『シャドウガーデン』に所属していると思しき小説家と商人がいるのだが、彼女達が作り出す作品や商品はどう考えてもこの世界のものじゃない、どっからどう見ても地球のものである。

 

 悔しいのが滅茶苦茶需要が出ていることだ。ナツメという作家の小説は原作をパクっていると理解しているのに面白いアレンジがあるし、どっかで聞いたことのある名前に似たミツゴシ商会が提供する商品はどれも便利だったり俺が作ろうとしなかった品だった。……Tバックとかヒモパンとか男の俺じゃ提案するのも恥ずかしいし。

 

 この世界の住人じゃ思いつけないものの数々。シャドウは文才や商才にも恵まれている。やっていることはその才能でゴリ押ししているようなものだが。

 

 さて、長々と会議そっちのけで考え事をしていたように見えたかもしれないが、ちゃんと皆の声を聞いてるし話にも参加していた。だから出た意見をシエルとすり合わせて、伝えるべき結論を考えている。

 

「世界各地で存在が確認されていた『シャドウガーデン』とディアボロス教団だが、この半年ではイングラシア学園都市での活動が目立っている。特に滅多なことでは現れない『シャドウ』も短期間で何度も姿を見せている。このことを踏まえてイングラシア総合学園の生徒が魔国連邦(テンペスト)へ来るしばらくの間は警戒を怠らないように。以上、解散!」

『はっ!!』

 

 ……皆、俺が真面目な顔してピッチリスーツとかTバックについて考えてたなんて思わないんだろうなぁ。

 

《ご安心を。私が知っているので虫の知らせを装ってシュナとシオンに伝えておきました》

「リムル様、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 振り向くと満面の笑みを浮かべた鬼が二人。

 

 あっ、オワタ。

 




 リムル・テンペスト。
 殺人転生、略してさつてんをした主人公。シエルでも行動を読めないシャドウを警戒しているが、もし男だったら綺麗な女性にTバックを作らせたことに敬意を表するべきか、Tバックの作り方を知っていたことを軽蔑するべきか悩んでいる。ピッチリスーツがスライムであることをまだ知らない。

 魔人ディアボロス。
 もし「ボ」が「ブ」だったら黒い悪魔に積極的に殺されていたかもしれない。


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三話

 声優ネタがあります。


 学園での生活は実に素晴らしいものだった。僕が容疑者として拷問まで受けた王女誘拐事件、モブらしく第一回戦で絶対王者に無様に負けた武闘大会、『シャドウガーデン』を騙るフォロワーと魔王への反逆を掲げる“人類解放軍”を名乗るパリピ達によるテロ。どれも『陰の実力者』として満足いく活躍ができた。

 

 だというのに学園はまだまだ楽しいイベントを用意してくれていた。ごめんよ、つまらなかったら死んだふりして学園からいなくなったり、事故に見せかけて学園を更地にしてやろうなんて考えて。

 

 現在、学園と称される施設は三箇所存在する。僕が通っているイングラシア総合学園、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国という長過ぎる名前の国にあるNNU魔法科学究明学園、僕が現在進行形で向かっている魔国連邦(テンペスト)にあるテンペスト人材育成学園がそうだ。

 

 学園にはそれぞれ特徴があって、テンペスト人材育成学園では肉体と精神を鍛えて現場で即戦力になることを目的にした授業が受けられ、NNU魔法科学究明学園なら魔法と科学に対する本格的な研究が主に行われていて、イングラシア総合学園ならあらゆる分野の基礎に加えて貴族社会や経済活動を学ぶ感じだ。

 

 だからほぼ全ての人間がイングラシア総合学園で学んだことから自分のやりたいことや向き不向きを見つけ、テンペスト人材育成学園かNNU魔法科学究明学園に行くか、そのまま残って卒業するかを決めるのである。というか余程才能のある人じゃないと魔国連邦(テンペスト)とNNUの学園には入れないんだけどね。魔国連邦(テンペスト)の方なら余裕で入学できるけど、僕は才能のさの字もないモブだからイングラシア総合学園に通いそのまま卒業する予定だ。謎の新入生として剣でブイブイ言わせたかったが仕方ない。

 

 ではどうやったら向き不向きがわかるのか? それを調べるために僕は魔国連邦(テンペスト)行きの列車に乗っている訳だ。

 

 学園で冒険者や騎士になるための訓練をしているけれど、それはあくまでも訓練だ。いくら優秀な成績を収めていたとしても、本当の命のやり取りや死地に遭遇した途端にあっさり死ぬ人はゴロゴロいる。

 

 その問題を解決するために各学園を支援している大魔王リムルが提案したのがダンジョンと武闘大会だ。前者では魔物と、後者では亜人や人間と本気で戦うことの意味を身体で理解してもらい、結果から向き不向きを判断するらしい。

 

 安全装置があるらしいけど死にはしないだけで痛みも普通にあるし、いい結果を出せたら褒美がもらえるらしいから皆全力でやる。テンペスト人材育成学園の生徒も参加していて、彼等も酷い結果だと退学させられるらしいから必死で僕達を潰しに来る。復帰のチャンスもあるらしいから参加者の年齢はバラバラだ。

 

 ダンジョンと武闘大会……わかっているじゃないか魔王。流石は同じ世界から来た転生者。モブらしく負けるパターンはもうやったから、武闘大会では『陰の実力者』として活躍しよう。世界トップレベルの戦士も参加するらしいからね。ダンジョンは実物を見て決めよう。

 

 よし……現実逃避はここまでかな。

 

「ちょっとポチ! 私が話しかけてるんだからいい加減に返事をしなさいよ!」

 

 顎に手を当てて考え込んでいた僕に話しかけてきたのはアレクシア・ミドガル。イングラシア総合学園に留学してきたミドガル王国の王女で、白髪の髪を肩で切りそろえて、切れ長の赤い瞳が綺麗なクール系美少女だ。僕と同じ一回生だ。ちなみに学園は一回生から六回生までで分けられている。

 

「シド君、列車に乗ってからずっと黙ったままですが、もしかして体調が優れないのですか?」

 

 心配そうな顔をして僕の目を覗き込むのはローズ・オリアナ。こちらもオリアナ王国から留学してきた王女で、蜂蜜色の髪を優雅に巻いて、顔立ちは柔らかく、スタイルも一級品なとにかく美女だ。その実力と人望と美貌で学園の人気は凄まじく、二回生なのに生徒会長を務めているほどだ。それに文句が出ないんだからどんだけって話だ。

 

「あら、そうなの? もし気分が悪いならお姉ちゃんが膝枕くらいしてあげてもいいけど」

 

 僕の隣に座って膝を叩くのはクレア・カゲノー。モブを演じている僕と違って優秀な姉で、有名な騎士団にも勧誘されている。弟の僕が贔屓目なしに見てもスタイルのいい美人だと思う。

 

 おかしい。僕はモブらしくモブ友二人と一般車両のそこそこな個室に入っていたはずだ。どうしてソファーくらいふかふかの座席があって、自由に食べていい軽食とドリンクが備え付けられ、空調も完璧な十人は余裕で寛げそうな高級車両にいるんだ。

 

 僕は神秘的な月に照らされることがこの上なく似合う『陰の実力者』ルートを選んだはずだ。平凡なモブどもが乗る車両を選んだ。何故どこかしら異常を抱えている美少女達と同じ車両、ギラギラ鬱陶しく輝く太陽に照らされるハーレム主人公ルートに入っている? 誰がレールを切り替えたんだ。疑問は尽きない。

 

「飼い主の私の前だからって隠していたのかしら? 見上げた忠誠心のご褒美に私の膝を貸してあげるわよ」

 

 誰が飼い主だこの女。罰ゲームで告白したことで脅して僕を犬にしやがって。アレクシアは色々あって僕が『お前みたいな性悪女と付き合うくらいなら死んだ方がマシ』と両手の中指を立てて爽やかに言ったら、カッとなって斬り刻んできたキチガイでサイコパスでヒステリーだ。あれで学校に『死体のない殺人事件』とかいう七不思議ができたんだぞ。一時期は無差別通り魔殺人犯の容疑がかけられた女の膝に頭を預けるほど、僕の危機管理能力は死んでない。

 

「アレクシアさん、シド君は貴方のものではありませんよ。シド君はたゆまぬ努力と熱い想い、勇敢な心で私を助けてくれた素晴らしい青年です。だから私は彼にこっ、心をごにょごにょ……と、とりあえず、シド君は私の膝を使うべきだと思います!」

 

 ローズは何を言ってるんだろう。僕はモブだから勇敢じゃないし、いつの間にかシド君とか呼んでいるし、学園でも手を繋ごうとしてくる。今も対面にいたのにわざわざ僕の隣に座り直して、肩が触れ合うくらい距離を詰めている。息が耳に当たってくすぐったいから離れてほしい。宗教か何かにハマってたみたいだし、大丈夫なんだろうか?

 

「結構よ。シドの姉の私がちゃんと面倒を見るから」

 

 姉さんはマジで何でここにいる? 魔国連邦(テンペスト)からスカウトがあったのに蹴ったらしいじゃん。喜びで毛が生えた親父が知り合いの貴族にマウント取ってたのに、今じゃ毛根どころか肌も荒れて、つるつるてかてかのハゲがくすんだハゲになっているんだからね。

 

 今すぐにでも脱出したいが、もうモブ友二人が時速三百キロのこの列車よりも速く噂を広げているだろう。王女への罰ゲームの件も嘘で野グソをすると言った時も、誰にも聞かれてないのに次の日には学園中の噂にした奴等だ。間違いなくやる。僕も奴等が童貞ってことを広めてやろうか。

 

 まぁいい。ナンパするだけで全身打撲になったりストーカーとして通報される連中だ。魔国連邦(テンペスト)でもモブらしく似たような目に遭うだろう。

 

 そう結論を出した僕は思考放棄し、姉さんの膝を枕に目を閉じた。

 

 

 

「許せねえ……許せねえよシドの奴!」

「ええそうです! あることないこと言いふらすだけでは気が済みませんよ!」

 

 シドのモブ友、ヒョロ・ガリとジャガ・イモ。美少女三人に連れて行かれたシドに付いて行こうとして「邪魔」の一言で追い払われた二人は、個室でどうシドに報復するかを話し合っていた。

 

 とりあえずシドは姉の足をペロペロ舐めまわすのが大好きな変態という噂を流すことを決めた頃、二人のいる個室に誰かが入ってきた。

 

 黒い長髪、グルグル眼鏡とマスクで隠れているが、整った顔立ちをしているとわかる人物はニヤリと笑いながら声を出す。

 

「俺はサトルって言うんだが、ここは空いてるか?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 リムルは激怒した。必ず、このモブ面をしたラブコメ野郎を除かなければならぬと決意した。リムルには恋愛がわからぬ。リムルは、世界に『大賢者』と認められたほどの童貞である。

 

「どうしたの君? 僕が見てきた盗賊の中で一番強面だった人よりも怖い顔になってるよ」

「あぁ、悪いな。ついさっきまで読んでたナツメ先生の『走れよメロス』に感情移入し過ぎた」

「……そんなに面白いの?」

「面白いさ。こんなに分厚くて硬い本を握り潰してしまうくらい主人公がムカつく」

 

 ディアボロス教団と『シャドウガーデン』が何かをしでかすと予想して学園の生徒に紛れ込んだ俺だが、列車で同席した何度男だと説明しても気持ち悪い対応をしてきたノッポと坊主頭の貴族より、目の前の黒髪の地味男に怒りを燃やしていた。

 

 こいつの名前はシドと言って、今いるダンジョンの攻略をするチームの一人なのだが、俺やモブ貴族の所に来るまでは現在進行形で注目を集めている美少女チームと一緒にいたのだ。それだけでも十分腹立たしいのに、あろうことかシドは未練もなさそうにあっさりと俺達の所へ来たのだ。持つ者の余裕を見せられたみたいで俺の怒りのボルテージは膨れ上がった。

 

 醜い嫉妬だと言う者もいるだろう。だが待ってほしい。前世のナイスガイな俺より劣るとしか思えないモブ貴族が、美姫二人と綺麗な実の姉のハーレムを形成しているのだ。嫉妬しない男は聖人かホモの二択だろう。

 

 しかも! しかも、だ! どんな鈍感でも感付くような好意を向けられているというのに、この男は気付いていないのだ! というか路上でウンコ垂れ流した噂が発生したり、罰ゲームで告白したことがバレてたり、大会でズタボロになった男に接するまでなら優しい女性ですむかもだけどさ……あーんも旅館の同じ部屋に泊まることも混浴も嫌いな奴とする訳ねーだろ! どれだけ醜態を晒しても好意的に接されるんだから気付け! 俺は坊主頭のジャガとかいう貴族に使った食器を盗まれたり部屋を同室にされたり入浴中に侵入されたのに……。

 

 長々と語っていたが、私情で学生の今後を左右する試験を邪魔したりしないさ。例の美少女三人組はAランク冒険者程度の実力だからくっついているだけでいい成績になってしまう。そんなの羨ましい、もとい図々しい。キッチリ自分の実力で頑張ってもらおう。

 

 ……何故か俺達のチームの難易度がルナティックになっているな。ノッポと変態坊主頭が俺のことをチラチラ見ながらアピールだの女子にモテモテだの呟いていたが……事前説明を聞いてなかったのか? これで変わるのは六十階層以上の幹部達の加減具合だけだからな? 絶賛苦戦中でルナティックを選ぶんじゃなかったと泣き言を抜かしているが、道中の雑魚敵の強さは何も変わらないからな?

 

 あ、“死を齎す迷宮の意志(ダンジョン・ドミネーター)”が現れた。もう弱いどころか運も悪くて可哀想になってくる。Aランクオーバーの冒険者でもこいつ等に出くわせば余裕で死ぬ。しかもよりによって今日は――。

 

「ちくしょうっ、全然点数稼げてない……どうせリタイアするならあの小さい竜だけでも……あぁああああああべしっ!」

 

 一番活躍できてなかったシドがヤケクソ気味に突っ込んだ……リビングアーマーの剛腕に殴られて漫画みたいにきりもみ回転しながら鼻血を吹き出し、スケルトンの剣に背中をバッサリと斬られ、スライムに身体中穴だらけにされ、ゴーストの魔法で全身を細切れにされた挙句、トドメに竜から炎の息が放たれた。

 

 うん……リア充爆発四散しろと思ったけどさ、まさか塵も残らないとは。今日はミリムが餌やりと適度な運動を兼ねて特S級(ガイア)を解き放ったからな。とびきり甘く見てCランクの剣士が“竜種”と“魔王種”の群れに突っ込んだらこうなるのも当然か。というか断末魔が某世紀末のモブだったんだけど。

 

「ヒョロ君、今の魔物の攻撃で壁が壊れて隠し部屋が出現しました! 宝箱もありますよ!」

「よっしゃ! シドの尊い犠牲を無駄にしないためにすぐ開けるぞ!」

「シド君、どうか安らかに地獄に行ってください……中身は双剣です! 真っ黒な剣と青白い剣です!」

「双剣なら任せろ! 俺の二刀流による絶技を見せてやる……おっ、重いぃ……うおおおおっ、スターバーストストリーむぎゃああ!?」

「ヒョロくーん!?」

「まっ、まだまだぁ……俺には最終奥義、ジ・イクリプたわばっ!?」

 

 おっと、いつの間にかノッポも散っていた。おまけにリビングアーマーが俺の方に向かってきている。俺に成績は関係ないし、ここで脱落しておこう。

 

「サトルちゃん危なーいってれぼ!?」

 

 はっ、俺は何を!? 唇を突き出した変態の気色悪い面が見えたと思ったら、何故かそいつの“復活の腕輪”の痛覚遮断機能を解除してぶん殴っていた。彼の将来を潰してしまったかもしれないのになんだろう、リビングアーマーに汚い花火にされた彼を見て胸がスカッとしたし、未来のストーカー被害を減らせた気がする。

 

 さて……これからどうしよっかな。

 




 サトル(リムル・テンペスト)
 シドにさんざん言っているが、自分に好意を向ける女性が大量にいることを知らず、毎日のように美人な鬼や悪魔と風呂に入っているため、ブーメランを投げまくっている。

 ヒョロ・ガリ
 CV.松岡禎丞。声だけなら圧倒的主人公。日々カッコいい技をイメトレしているが、あくまでイメトレなので十六連撃も二十七連撃も使えない。ダンジョンの宝箱にあったエリュシなんとかやダークほにゃららも手に入らない。ダンジョンでも出会いはない。ファイアボルトという魔法が使えるけど、何故か巻き舌になる。

 ジャガ・イモ
 勝手に部屋の組み合わせを弄れるところは流石ストーカー気質の貴族と言ったところだが、彼は生きて帰れるのだろうか?


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四話

 人類解放軍というのはシドが人類解放同盟を間違って覚えているだけです。


 魔王のダンジョンを舐め腐って死ぬ。昨日、テンプレモブ貴族らしい散り方を演じられたが、僕は全然満足できていなかった。

 

(このダンジョン、『陰の実力者』として活躍できる場所じゃない……)

 

 僕は明らかに主人公な人物とチームになった。男装しても隠し切れない美貌、転生者の僕には違和感バリバリのサトルという名前、大概の国なら滅ぼせる魔物達を前にしても揺るがなかった余裕、ジャガのルパンダイブを迎撃した僕じゃなきゃ見逃しちゃう恐ろしく速い右ストレート。どう考えても目立つのを嫌う実は強者タイプの主人公だ。

 

 邪魔なモブが消えて実力を隠す必要がなくなったことで一気に攻略を進める主人公が苦戦する敵が出た時、死んだふりをして後を付けていた僕――『陰の実力者』が颯爽と登場して瞬殺する……みたいなシチュエーションが味わえると思っていたのに邪魔な要素が多過ぎた。

 

 ここのダンジョン、実況中継がされている。おっさん達がジョッキ片手に観戦する娯楽品と化しているのだ。今日も録画された映像が酒場で放送されている。それに本当に死ぬ訳じゃないから窮地を救っても盛り上がりに欠けるどころか「誰だあのカッコつけ」と笑い者にされる。肝心のサトルもこのダンジョンを攻略しないと路頭に迷うくらい追い詰められてもいなかったから、わざとらしくないように罠にはまって脱落してた。おまけに僕達の所に帰ってこない。

 

 “復活の腕輪”等の装置の生体反応を観測する機能を偽装してまで『陰の実力者』が登場する価値がない。本当にがっかりだ。

 

「くそぉ、予定通りなら俺の華麗な活躍に惚れた女の子達に今頃キャーキャー言われながら囲まれてたのに……全部魔王のせいだ。魔王のバカヤロー!」

「キスってレモンの味だと聞いていたのに、僕のキスは全身が弾け飛ぶような激痛と鉄の味がしたんですよ……魔王の仕業に違いありません。魔王のスカポンタン!」

「そこの二人、俺に付いてきてもらおう。特にジャガ・イモ男爵は覚悟をしておくことだな」

 

 ヒョロとガリが褐色肌の忍者鬼とその部下に囲まれる。ジャガなんか全身に食い込んだ糸で細切れにされるんじゃないかってくらい拘束されてる。てか血が止まってない? 助けを求める視線を二人から向けられたけど、僕は魔王への失望感でそれどころじゃない。

 

 魔国連邦(テンペスト)で魔王の悪口を言えば侮辱罪が成立する。どの国でも王族を侮辱すれば下手しなくても罪に問われて極刑とかにされるけどさ、魔王も同じことするってどうなん? 下手したら勇者が“魔王の間”とかじゃなくて留置所で冒険を終えるよ? 裁判所で証言台に立つ勇者とか見たくないよ。『陰の実力者』が弁護人席に座らないといけなくなるじゃん。

 

 あとダンジョンを娯楽施設にするって何? ダンジョンに入る前に学生割引とかあったけど金取られたんだけど。ヒョロじゃないけど浪漫がないよ。出会いを求めることもできないよ。

 

 それと今僕が歩いている街の造り。故郷の領地は中世ヨーロッパみたいな街並みだったのに、ここは何世代先を生きているんだろうか。魔王リムルが二十一世紀から来たと言われても驚かない。というか魔王のお膝元なんだから、魔王城とか今にも崩れそうな煉瓦の家とかあってよ。どうして異世界でビル群と忙しなく歩くスーツ姿のリーマンを見ないといけないんだ。景観を壊さないよう巧妙に隠されてるけど、イータが魔王直々に内緒で注文を受けたラブホも見える。……もしかしてサトルは魔王の子供だったのかな? 明らかに日本人の名前だし、ラブホの建築を依頼するような魔王なら性欲もあるだろう。魔王の後継を育てる『陰の実力者』……ありだ。

 

 リムル、僕は君に対する異世界のテンプレをわかっているねという発言を撤回したけど、その撤回を撤回しよう。君は素晴らしい魔王だ。

 

 ……そういえばガンマはどうやってこの街で稼いでるんだ? 僕が教えたのはドラ○もんの四次元ポケットの中身くらいなんだけど。ベータの作品だって原作を知っている人からすればつまらない出来栄えなのに。

 

 もしやダンジョンで稼いだ金を商売や小説で得たものと偽っているのでは? 僕の茶番なんかに費やした時間でこんなに稼げるんだよという当てつけなんじゃないだろうか。ありえるな、僕も見栄を張るために似たようなことをする自信がある。

 

 あっ、ガンマに借りたお金も返さないと。友達割で利息がないどころか返金の必要もないと言ってくれたけど、お金の貸し借りはちゃんと清算しないと友情を簡単に崩壊させる。友達じゃなくなるとミツゴシ商会の商品を友達価格にしてもらえない可能性がある。友達価格は夕方のスーパーの総菜もびっくりな十割引きだ、絶対に友達はやめないぞ。彼女はエルフで“聖人”だから寿命がないし、僕も魔力を残したくて色々試したせいか“聖魔人”という種族になって千年は余裕で生きられる。気長に返そう。

 

 もしお金を稼ぐなら身分と姿を偽装して冒険者になろうかな。「ぎゃはは、お前なんかが冒険者になれるかよ!」と絡んでくるモヒカンを一撃で倒したりしてもいいし、最終階層踏破者がいないここのダンジョンを攻略するのも悪くない。誰かに見られるなら『陰の実力者』は一人で活躍しないとね。

 

 つらつらと考え事をしていた僕の足が止まる。僕の目の前には見上げたら首が痛くなるほど大きい闘技場があった。

 

 僕の目的は武闘大会の登録だ。ただし、学生枠じゃなくて一般人も参加するガチンコの大会の方に登録する。僕は昨日のダンジョン攻略で教師から見込みなしの判定をもらったからそもそも参加ができない。だから別人に変装して参加する。

 

 この武闘大会で僕のやりたいことリストの中でも上位にランクインするアレを成し遂げるのだ。

 

「乗るしかない、このビッグウェーブに」

 

 僕の目的はズバリ――謎の実力者が大会に出場し「オイオイオイ死ぬわアイツ」「いや、アイツ強いぞ!?」「アイツはいったい何者なんだ!?」ってなるアレをやることだ!

 

 世界で最も注目を集めているのはこの大会だ。この大会は国一番の猛者を決めるなんてちゃちいもんじゃない、史上最強の勇者“閃光のマサユキ”、歴代最強の聖騎士団長、大魔王リムルが認めた“四天王”などが出場する正真正銘、世界最強を決める大会なのだ。

 

 化けるのはガンマに取り寄せてもらった資料にあったジミナ・セーネンという男だ。とにかく地味で頼りなさそうな顔をしており、僕の求める『舐められて当然の見るからに弱そうな感じ』という要望も満たしてある。道中で変装は済ませた。『無貌之王(アンノウン)』を使えば歩き方から雰囲気まで最弱クラスの見た目になるなんて朝飯前なのだ。

 

 さぁ、いざ行かん、闘技場の受付へ!

 

 

 

 ……全然絡まれたりしなかった。問題を起こせば大会の出場権の永久剝奪に加えて魔国連邦(テンペスト)の滞在を拒否され、起こした問題が大きすぎると犯罪奴隷にされたり、見世物にされている泣いた人面樹と同じ状態にされるからだ。

 

 おかげで「ちょっと貴方、やめときなさい。そんなんじゃ死ぬよ」と忠告してきた強気な女剣士もちょっと反論したら素直に謝って何も言わなくなったし、「家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」とか言いそうなガラの悪いプロレスラーみたいな大男もちゃんと順番待ちをしてるし、ヤジを飛ばしそうな荒くれ者達も黙り込んで整列している。これじゃ『誰もが侮る雑魚、しかし一部の人間が彼の異常に感付いた!?』を成し遂げられない。

 

 僕の中で魔王の株が再び下がったものの、予選のバトルロイヤルで残った三人の内二人が相討ちになったことで運良く勝ち上がった雑魚を演じたことで、観客席にいた騎士や冒険者に「何か不正をしたんじゃないのか?」「ふん、一生の運を使い果たして掴んだような勝利だ。次はない」「まぐれだろ? “四天王”かマサユキ様と当たればすぐに化けの皮が剥がれるさ」といったコメントを貰えたので魔王とマサユキの株が上昇した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 今日は武闘大会。俺が一年で楽しみにしているイベントの一つだ。

 

 主催で魔王の俺がいるのは闘技場の貴賓席だ。同盟を結んでいるガゼルやルミナスは当然、姿を見せないことで有名なエルメシアやその母親のシルビア、他にも暇な魔王連中がいる。来賓の方々も半分は普通の態度だけど、正体に感付いてしまった人達はフリードリンクを貰っては零すを繰り返すほど緊張している。

 

 心の中で彼等を応援しつつ、出場メンバーと試合の組み合わせが表示されているスクリーンに目を向ける。

 

 第一試合 “閃光の勇者”マサユキVS“常勝金龍”ゴルドー・キンメッキ

 第二試合 ガビル?VS“武神”ベアトリクス

 第三試合 ヒナタ・サカグチVSアンネローゼ・フシアナス

 第四試合 ゴブタVSジミナ・セーネン

 

 うん、色々とツッコみどころがあるな。

 

 ゴブタは俺も完璧に忘れてたけど“四天王”の一人だから参加は半ば強制として……マサユキはどうしている? 第一回の武闘大会で真の優勝者とか言われてるから調子に乗ったのか? ……ないな、周りの勢いに流されたとかならともかく。多分貴賓席でニコニコ微笑んでいるチャイナ服の美人さんか、内なるもう一人の自分に無理矢理参加させられたんだろう。参加者紹介の時、限界を超えて盛り上がる観客と反比例するように目が死んでいったもん。

 

 次にガビル? ……ハテナマークがあるからもう正体バレてんじゃねーか! 竜覆面(ドラゴンマスク)も変装のつもりか!? 『帝国が以前戦争を仕掛けてきた時にガビルを吾輩に間違えられたであろう? それを参考にするのだよ、クアーハッハッハ!』とか高笑いしてたけど、お前使えなくなった偽名が“ドラゴンマスク”だったの覚えてねーのか! 

 

 そしてヒナタさん、貴方は何故参加しているんでしょうか? もしかして優勝者に与えられる俺に可能な限り願いを叶えてもらえる権利を狙ってるのか? ダンジョン攻略の賞金もミョルマイル君に無理矢理払わせるくらい貪欲だもんな。俺のことが好きで手段を選ばないクロエやシオンはウエディングドレスの撮影で手を打ったのに、なんでお前がそんなことするんだ。俺の信頼を返せぇー! ……睨まれた。一も二もなく謝る。

 

 第一試合はマサユキが勝った。ゴルドー・キンメッキは勝てない相手との試合は絶対に棄権することから皮肉で“不敗神話”と呼ばれ、本人は“常勝金龍”を自称しており、今回の試合も棄権するだろうと予測されていたのだが、

 

『あらゆる凡人どもの節穴な目を欺けようと俺は騙されんぞ。俺には見える……お前のバトルパワーはたったの5。バトルパワー4300の俺には到底敵わない雑魚なんだよぉ! “閃光”の二つ名は今日から俺のものだぁあああ!』

 

 そう叫んでゴルドーは負けた。偶然窪みに躓いて頭を強打し、手からすっぽ抜けた剣が尻に突き刺さったのだ。退場する際に観客からボロクソに貶されてたけどゴルドー、お前は何も間違っちゃいなかったよ。お前の発言にマサユキは蒼褪めてたし、首筋の冷や汗もとんでもないことになってた。マジで運が悪かっただけだ。闘技場を出たら謎の美女に知らなくていい恐怖を教えられるだろうけど、本当に運が悪かったと思って頑張ってくれ。

 

 第二試合の勝者はガビル? だ。エルフのベアトリクスさんは強かった。“聖人”に覚醒してたし剣技も中々、覚醒魔王になったばかりの俺になら割と余裕で勝ててたと思う。“武神”の二つ名に偽りはなかった。ただ単に相手が悪かった。振り下ろした剣の側面を叩いて折るなんて真似されたらそりゃ心折れるよね。涙目になって降参を宣言した姿は哀愁を誘ったし、余程のことじゃなければ願いを聞いてあげよう。

 

 第三試合はヒナタの勝利。アンネローゼさんも一般人から見れば弱くはなかったんだけどね、覚醒もしてないならヒナタの相手にならないよ。貴方をライバルとしてどうのこうのと一方的に話しかけている間に接近したヒナタに腹パンされて一発K.O。剣を抜かせることもできず、自分が吐いたゲロに沈んだ。ヒナタさん、口上くらい聞いてあげようよ……。

 

 今から始まるのが本日最後の試合だ。これまでの試合の結果はシエルさんに予測させるまでもなく俺の予想通りだった。この試合も余程のことがない限りはゴブタが勝つだろう。合法の賭けもゴブタの方がオッズが低いけど、俺はゴブタに賭けている。

 

『さぁ――ッ、これより第四試合が始まりますッ! ゴブタVSジミナ・セーネン! 顔面偏差値が低い者同士、強さだけが自分の誇れる唯一のもの! 負けられない戦いだー!』

 

 負けるかもしんないなゴブタ。実況のソーカのアナウンスに心を抉られて瀕死だ。膝が小刻みに震えているし、頬を瞳から零れる熱い何かで濡らしている。

 

 ま、まぁ大丈夫だろう。ゴブタの魔素量はAランクオーバー。対するジミナ・セーネンはギリCランクだ。予選も目立たなかったことで他の選手が勝手に脱落していって突破できたらしいし、証拠に見てわかる技量(レベル)もゴブタが圧倒的に上だ。もし切り札(ランガ)を召喚したら説教レベルの力量差である。メンタルくらいで負けやしない。

 

『それでは、試合開始ッ!!』

 

 ゴブタが腰に佩いた剣を引き抜き、ジミナに駆け寄ろうとして――その前で転んで動かなくなったのは、ソーカの合図があってすぐのことだった。

 




 シド・カゲノー
『陰の実力者』的に魔力の方がカッコいいという理由で魔力と霊力を半分ずつ保とうとした結果、“聖魔人”という特殊な種族になった男。かっこいいのでありと思っている。魔王を護衛する“十二守護王”より強い“四天王”と当たることを期待していたが、“四天王”の特徴に該当する鬼人も悪魔も狼人間もいなくてがっかりしている。"十二守護王"と“四天王"が兼業されていると知らないし、瞬殺したホブゴブリンが”四天王”だと気付いてない。”四天王”と紹介されなかったゴブタは泣いていい。

 リムル・テンペスト
 街にどうしてもラブホを建てたかった童貞。童貞特有の性交への過剰な憧れが彼にラブホを建てさせた。どんな建物も一晩で立てるという幻の巨匠に依頼をしたのは、一晩のうちに建てばバレないのではと考えたから。もちろんバレて怒られた。ハートマークや城の如き外見に惹かれた異世界人がよく利用するとかしないとか。

 ヒョロ・ガリ
 厳重注意で解放された。

 ジャガ・イモ
 犯罪奴隷としてダンジョンで働くことになった。学園は退学。余罪が掘り出した芋のようにゴロゴロ出てきたのもそうだが、一番重い罪は魔王への猥褻行為だったらしい。


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五話

 少し卑猥な描写があります。苦手な方はご注意ください。
 マサユキの幸運ならこうなると作者は思ってます。


 出オチのモブを強者にしかわからない速度で瞬殺。謎の実力者の滑り出しとしては上出来だろう。道中にあった賭けのオッズを見てみたら、残った四人で僕はぶっちぎりの大穴だった。いいね、まだ僕に誰も期待していない。

 

 上機嫌な僕の前に誰かが立ち塞がる。ヒョロだった。必死の形相をしていたからパッと見じゃわからなかった。

 

「おいシド、いい話があるんだけど聞かないか? 聞くんだな? よーし聞くといい。俺は賭けで絶対に当たる方法を編み出した。バトルデータからデータを取って集計して、確率をもとにベットするんだ。理由はわざわざ言わないが、俺には金がない。元金を倍にして返すからミツゴシ銀行の借金の連帯保証人になってくれないか? な? 悪い話じゃないだろ? サインさせたらトンズラしようなんて考えてないからサインしようぜ」

 

 何も言ってないのにベラベラ喋ってくる。僕は賭けに詳しくないが、データを取るとか言って『多分強い』『多分弱い』『わかんない』とだけ書かれたメモから求められる確率は当てにならないと思う。

 

 ヒョロ、君はローズの宗教勧誘法かアレクシアの強引さを見習うといい。人の手を取って自然に胸に押し付けたり、当人の意思を無視して書類に勝手にサインするんだ。彼女達並の美貌と権力があって初めて許される真似だけどね。

 

「おい、待て、待てってば! ミツゴシ商会の買い物をリボ払いしまくってたら金額がヤバいことになってたんだ! 一生のお願いだからサインして! 今度は絶対に儲かるから! 置いていくなシド、俺を置いて行くなぁあああああ!」

 

 ウンコしてくると言って離れた席に戻ろうとする僕に縋りつくヒョロ。まるでこの世に存在してはいけない生き物のようなしつこさだ。しかし、どこからともなく現れたサングラスをかけた黒スーツのお姉さん達に連れて行かれる。抵抗しようとしたみたいだが、怒っているっぽいお姉さんに首トンをされてあっさりと意識を刈り取られていた。僕はお姉さんに手を振られたので振り返しておく。

 

 ジャガに続いてヒョロも退学かな。ヒョロは借金、ジャガは犯罪、どっちもモブ貴族らしくショボい終わり方だ。さよなら二人とも、君達と過ごした日々は僕にとってプラスにもマイナスにもならない平凡なものだったよ。

 

 心中で友との別れを済ませた僕はゴージャスな扉の前に立つ。強化ガラスで他の観客席と隔離されたこの場所は貴賓席だ。昔はこんな感じじゃなかったんだけど、各国のVIPの一般人に聞かれたらヤバい話や威圧感のある姿のせいで楽しめなかった観客が多かったらしくて、こんな部屋みたいになったそうだ。

 

 姉さんに無理矢理チケットを渡されなければ、僕みたいなモブとは縁のない場所だ。直前まで来たけどウンコが止まらないくらい腹を壊したことにして帰ろう。帰ってイメトレでもしよう。

 

「もしそんな真似をしてたら無理矢理ズボンを下ろして座薬を朝昼晩入れまくるわよ」

 

 姉さんに捕まって引き摺りこまれてしまった。まるで僕の心を読んだかのような発言だった。姉さんは読心系の能力(スキル)でも手に入れたのかな?

 

「そんな訳ないでしょ。アンタの顔を見ればわかるのよ」

 

 扉を開けるまで僕の顔は見えないはずだからその理屈はおかしい。でも反論したら鷲掴みにして持ち上げられている僕の首に力が入るかもしれない。生殺与奪の権を握られている僕は姉さんに従うしかないのだ。

 

「シド君、お帰りなさい。お腹の具合はどうですか?」

「心配いりませんよローズ先輩。ポチは拾い食いの癖があるのでいつものことです。死にはしません」

 

 ローズとアレクシアから笑顔で迎えられる。とりあえず悪意しかない笑みを向けてきやがったアレクシアには『魔力感知』すら欺く彼女にしか見えない中指を立てておく。以前のように衝動的に僕を斬り殺そうと剣を抜きかけるも、猫を被っていることはバレたくないのか笑顔で堪えた。代わりに僕の足をヒールで踏ん付ける。

 

 ローズは反応に困る。同じ言語を使っているのか疑わしくなるくらい話が頻繁に通じなくなるのだ。僕が何かするだけで長い話をしてくる。この貴賓席に来た時も話を振ってきたので適当に合わせていたら、何故か彼女の父親に紹介された。二人の会話は「お前の決断に国民は納得しないだろう。それでも父親として、茨の道を行くお前の幸福を祈ろう」「お父様、ありがとうございます!」みたいな感じで終始意味がわからなかった。

 

茨の道って何? 娘に注意するなら変質者に襲われそうな夜道とかじゃないの? ローズは強いから注意する必要ないかもだけど。……この人達とは距離を置こうかな。宗教とかを否定するつもりはないけど、温度差があるときつい。

 

 まぁいいや。あと一時間もすれば本日最後の学生の部が始まる。そしたら三人ともいなくなるだろう。それまでは彼女達の会話を聞き流しながら、次の対戦相手との戦い方のパターンをイメトレしておこう。

 

 

 

 大会は姉さんが優勝した。お祝いとしてファミレスでお子様ランチを頼んだ。僕はオムライスのトッピングを自分の鼻からすることになった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ゴブタ……そんなにソーカの言葉がショックだったのか。大丈夫、お前には強さ以外にいいところはいっぱいあるよ。例えば……シエルさん、考えておいて。

 

《解。マスターの求める回答は見つかりませんでした》

 

 シエルさんがダウングレートしただと!? 馬鹿な、ゴブタはそんなに欠点だらけの野郎なのか!

 

 冗談はさておき、ゴブタとジミナの戦いで何があったのか。特別なことは何もない、ジミナが手刀でゴブタの顎を打ち抜いただけだ。ただし、百万倍クラスの『思考加速』を持ってないと捉えられず、もしゴブタの首に当たっていればゴブタの首と胴が泣き別れになっていた速度による、と付くが。

 

 観客達はジミナに運だのまぐれだの言っていたが、逆だから。マサユキとジミナにかける言葉を間違えているからね、君達。マサユキが運やまぐれで、ジミナが実力だから。

 

 ゴブタに油断があったのも否定はしないけどね。アイツも百万倍クラスの『思考加速』を所持している。それなのに負けたってことは、相手を舐めて『思考加速』を使わなかったか、油断してたから『思考加速』を使っても身体が反応しなかったのかの二択だ。

 

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす。ゴブタも初っ端からランガを召喚して全力で挑めばよかったのだ。まったく……弛んでいる。これはハクロウに頼んで修行を増やしてもらわないとな!

 

《ランガを呼べばお仕置きをするとゴブタに『念話』で言いつけたのはマスターでは?》

 

 し、知らんしそんなこと。百歩譲ってそれが事実だとしても、ゴブタは戦いのプロだろう。相手がいくら巧妙に実力を隠していたとはいえ、隠していたこと自体を見抜けないならまだまだだよ。俺なんかいっつも用心して保険も用意して勝負に挑んでるからね!

 

《マスターは私がいなければゴブタにも勝てない素人のはずですが……》

 

 シエルさん、お前はどっちの味方だ! ま、まさか、ゴブタなんかに寝取られて俺の脳を破壊するつもりなんじゃ……。

 

《私は生涯マスター一筋です。世界が敵になろうとマスターの味方です。今回は賭けで負けた鬱憤を部下で発散するなんていう醜態を見たくないので小言を漏らしただけです》

 

 ぐうの音もでない正論だ。シエルの言葉で俺の思考はようやく切り替わる。

 

 残りの試合は明日だ。通常通りなら決勝以外の試合は一日で終わらせるけど、今日は学生の試合もあるからな。明日の午前中に二試合、午後に決勝戦と三位決定戦を行う。

 

 優勝候補はぶっちぎりでガビル(?)だ。魔素量が絶対とは言わないけど戦闘で有利なことには変わりない。身体も頑強だし、戦闘技術も超一流、所有する究極能力(アルティメットスキル)も反則級の性能だ。

 

 次点でヒナタ。天魔大戦で究極能力(アルティメットスキル)と新しい装備を手に入れ、更に何がきっかけだったのかは不明だけど勇者に覚醒した。定期的にヴェルドラに勝負を挑みに行き、ハンデありなら何度か勝っている。優勝の可能性はちゃんとある。何をお願いするのかわからないけど、頑張ってほしい。

 

 三番手にジミナ。速度だけ見たら旧魔王にも勝てるけど、技術は俺の目から見てもお粗末だ。能力(スキル)や魔法もあるこの世界は速度だけで勝ち抜けるほど甘くない。魔素量も俺なら無理矢理調べることも可能だが、間違いなくバレるのでやらない。ジミナは陰湿そうだからな……覗き魔王とか言いふらされそう。

 

 論外はマサユキ。対戦相手の正体を知ってるから直前に適当な言い訳して棄権するかと思ってたら、もう棄権の連絡が来た。理由は体調不良。携帯電話から聞こえたマサユキの声は精魂尽き果てた感じだった。ついでに肉がぶつかるような音と嬌声が聞こえ、貴賓席からマサユキの恋人の美人さんがいなくなってた。携帯電話の位置を調べるとラブホだった。舞台で凛と佇む姿がカッコ良くて惚れ直したんだって……ブルって突っ立ってるだけでラブホにお持ち帰りか。ははっ、死ねばいいのに。

 

 というかシドも俺の前でいちゃついてやがった! ウンコしてくるなんて下品なセリフをどうして言えるんだ? それでも笑顔を向けられるんだから恵まれすぎだろう! というかローズの父親に運命の人とか紹介されてるんだからもう告白されてるも同然だろ! なんで真顔と生返事!? 意味もなく王族に中指を立てて処刑されたらいいのに。

 

 ローズさん、君のお父さんを助けたの誰か覚えてる? 俺だよ? ディアボロス教団に気付いて各国を調査して、乗っ取られかけてたオリアナ王国を救ったのは俺だからね。ロリコンの誹りを受けかねないから俺に惚れろとは言わないけど、ぽっと出のモブ貴族じゃなくて、幼い君を救ってくれたスタイリッシュ盗賊スレイヤーさんとかいうダサい奴と結ばれてほしい。

 

 あっ、学生の部の時間が始まって空いたシドの隣にナツメ先生が座った。シドの奴、過剰に胸元が開いた服から覗く、エルフらしからぬ巨乳が形成する谷間を特等席から眺めてやがる……腕に胸を押し付けられただとぉ!? ちくしょう、ナツメ先生が腹黒ビッチとわかっていても色仕掛けされたい。だって男の子だもん。

 

 やっぱりゴブタをいじりに行こう。モテない男同士、醜い傷の舐め合いをしようじゃないか、ハッハッハ! あ、シュナ、ジュースおかわり。それと今日の入浴剤はリラックスできるやつにしといて。

 

 

 

「ゴブタァ! ダンジョンでお前のコレクションのリボルバー使って六分の一を当てるまで終われないロシアンルーレットするぞ!」

「そこはかとなく八つ当たりの匂いがするっすよリムル様!?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 幸福の絶頂。そう称しても過言ではないほど人気作家のナツメを演じるベータは幸福感に包まれていた。

 

 この場に来た時、彼女の腸はマグマの如く煮えくり返っていた。シャドウ様に告白された上に誘拐された際に救い出された女と、シャドウ様に命懸けで庇われた女。そんな二人が当然のような顔をしてシャドウ様の隣を陣取り、あまつさえアレクシアはペットのように扱い、ローズは婚約者として父親に紹介していた。ミツゴシ商会でも数少ない魔素をインクに変換する万年筆をつい圧し折ってしまった。

 

 しかし、シャドウ様の隣を独占し、胸元に熱い視線を向けられたベータから怒りは消え去った。自身の女としての魅力が敬愛する主の関心を買ったのだ! これほど嬉しいことはない。常に胸に隠しているメモ帳を抜き取り、谷間により深く主の腕を挟み込む。

 

 ただ一つ、ベータには気がかりなことがあった。

 

(シャドウ様、どうして貴方を差し置いて最強の称号を掲げている大魔王のもとへ来たのですか? ディアボロス教団がいなければ敗北の泥の味を存分に覚えさせていただろう相手に、何をしようというのですか?)

 

 どうか自分にだけでも教えてほしい。ベータの瞬きのふりをした暗号にシャドウ様は――。

 




 シド・カゲノー
 ベータの胸の谷間に挟まったメモ帳を見て女ならこういうのができていいなー、と考え、瞬きは小説の書き過ぎでドライアイになったのかな? あとじっと見つめられるとつい多く瞬きしちゃうな、と思ってた。

 リムル・テンペスト
 お前が言うなブーメランを相変わらず投げている。自分が童貞を卒業しようとするのを邪魔している一番の敵が相棒だと気付いていない。多くの友人知人に内装と機能とサービスにこだわったラブホを堪能された挙句、リピーターになられる。
 ねぇ、今どんな気持ち? ねぇねぇ、今どんな気持ち?

 マサユキ
 ただ棄権するだけでも「マッサユキ! マッサユキ!」と言われるのに、よりによって楽園に逃げ出した男。運だけで生きている。

 ヒョロ・ガリ
 シドに縋りつく前、借金取りに「ないよ、金ないよ!」と言って逃げた男。シドに失礼な態度を取り続けて『シャドウガーデン』に恨まれてた。借金を理由にどんな目に遭うのかは誰もわからない。

 ジャガ・イモ
 ダンジョンに素材を集めに来た『シャドウガーデン』の構成員に魔物ごと殺される。こいつも『シャドウガーデン』に恨まれてた。


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六話

『陰の実力者になりたくて!』の五巻を読む前に五話を書いていたんですが、リボ払いが出てきてびっくりしました。


《ヒナタ選手、入場まで残り五分となりましたので準備をお願いします》

(そろそろか)

 

 武闘大会の本選まで勝ち残った選手に与えられる控室で精神統一を行っていた聖騎士団長、ヒナタ・サカグチはゆっくりと目を開けた。備え付けの姿見でおかしな所がないかをひとしきり確認すると少しだけ水を飲み、傍に置いていた剣を掴むと部屋を出て舞台へ続く薄暗い通路の前で待機する。

 

(やっぱり決勝にはヴェル……ガビルが出場したわね。マサユキのことだから十中八九棄権すると思っていたけれど、数パーセントくらいは初代様が出しゃばってくる可能性はあったのに。そう上手くはいかないわね)

 

 初代というのはマサユキの魂に宿るもう一つの人格のことを指しており、その正体は“始まりの魔王”ギィ・クリムゾンと互角に戦った“始まりの勇者”ルドラである。ルドラの強さは大雑把で三下じみた性格からは考えられないほど理不尽であり、マサユキの肉体であっても“竜種”くらいなら普通に捻じ伏せられるほどである。

 

 代わりに肉体の主導権を握っていられる時間は極僅かであり、戦いでもすれば筋肉痛や“魂痛”といった回復魔法の通用しない恐ろしい痛みに蝕まれて動けなくなってしまう。それが嫌で滅多なことがなければマサユキはルドラに頼ることはないのだ。

 

 ちなみにヒナタはマサユキの欠場する理由を知った時は即座に股座の物を斬り落とそうと思ったのだが、精が付くように食べさせられた牡蠣に当たっており、更に本人をよく観察してみたら動けない一番の原因が“魂痛”であるとわかったため、彼女の中の初代はドスケベになり、評価は半分を切った。

 

(第一回戦でマサユキとガビルが当たっていれば初代様は出ていたかしら? もしそうなっていれば私の優勝は間違いなかった。だってマサユキは絶対に欠場することになるから)

 

 強いて警戒するなら“武神”ベアトリクスかしらね――そんなことを考えるヒナタの意識にこれから戦うジミナのことはなかった。ヒナタにとってジミナは才能に胡坐をかいて弱者を嬲って楽しむ愚か者に過ぎず、その程度の輩に負けない自負が彼女にはあった。

 

 故に彼女は待ち時間を潰すために先日行われた学生の部を思い返す。

 

(気持ちが強い方が勝つなんて言えばジミナに負けたゴブタのアイツ(リムル)への忠誠心が弱いことになるから断言はしないけど、関係ないって言いきれないのがこの世界だ)

 

 学生の大会はクレア・カゲノーが優勝した。観客の大部分は全学園で最も強いと噂されるローズ・オリアナが優勝候補だと思っており、ヒナタのような実力者達も決勝の舞台で向かい合う二人を比べてローズの方が強いと判断を下した。実際、試合は終始ローズが有利に進めていた。しかし、ローズが追い詰めたクレアに何か言った次の瞬間、クレアが謎の力に目覚めて逆転勝利を収めたのだ。

 

 ヒナタはハッキリ理解していた。剣を突き付けたローズが「クレアさん……いいえ、お義姉さんと呼ばせてもらいます! お義姉さん、シド君を私に下さい!」と叫んだのを。それに対して「誰がやるかシドにたかる悪い蟲にっ!!」と口汚く罵ったクレアが勇者に覚醒したことも。優勝したら告白しようと考えていたらしいローズが自分の物は指に嵌め、渡す方は懐に入れていたダンジョンでの稼ぎを全て費やして購入した婚約指輪が両方砕け散った彼女が控室でしくしくと泣いていたのも。

 

(私に似ているのはクレア・カゲノーだが、応援したくなったのはローズ・オリアナの方だったな)

 

 今では割り切ったとはいえ完全に黒歴史になったことだが、ヒナタは愛する母親のために父親を殺している。そのため超えたらいけない一線を反復横跳びしそうなクレアの家族愛や思考回路を理解出来る。共感できる部分が多い方の味方をしたくなるのが人間だろう。

 

 だが、ヒナタはローズを応援していた。何故なら――ヒナタが武闘大会に参加したのは恋愛絡みなのだから!

 

 極一部の友人以外から尋ねられれば全力で否定する自信しかないけれど、ヒナタはリムルに惚れている。敵を作り出しては恨み、憎み、断罪することで不幸な現実から目を逸らし、自分の行いを正当化していたヒナタ。そんな彼女に二度も殺されかけておきながら笑って赦し、張りつめて張り裂けそうだった心にゆとりを与えた底抜けのお人好しがリムルだった。

 

 自分以外の女がリムルの傍にいると苛立ち、頼ると喜んでくれる姿を見ると嬉しさを感じる。それでも今までしてきた自分のツンツンした態度を思い出すと羞恥やプライドのせいでどうしても素直になれない。そうこうしている間もシュナやシオンは恋愛弱者(ヒナタ)を置いてどんどん先へ進み、勇者(クロエ)に至っては事あるごとに接吻(キス)抱擁(ハグ)をして既成事実を作りかねない勢いだ。リムルも満更でもなさそうである。

 

 このままじゃいけない。でも何かきっかけがないと動けない。悩みに悩んでいたヒナタは武闘大会の賞品を見て『これだ!!』と天啓を受けた。

 

(優勝したら『私にとって一番大切な人にあげたいから』とか言ってペアの指輪を作らせる。デザインもアイツと一緒に考える。完成したらすぐにでも渡す……これしかない! これならいくら鈍感なアイツでも私の気持ちを知るでしょうし、何より私が恥ずかしくない!)

 

 うん、イケる。『数奇之王(フォルトゥーナ)』の計算でも成功確率は超高い。究極能力(アルティメットスキル)を恋愛シミュレーションに使うほどポンコツと化していたヒナタだったが、ふと気が付いた。

 

(これ……ローズ・オリアナと同じことをやってないかしら)

 

 優秀な頭脳を持つが故に気が付いてしまった。公衆の面前で告白しようとしていないだけで、やっていることはローズのパクリだと。優勝したら告白なんてどんだけベタなフラグだと思ってんだと。もう五十代近くのいい歳したおばさ……女が、思春期真っ盛りな十代半ばの女子高生と同じ発想をしたのだと……気付いてしまった。

 

 我に返ってみればいい案でも何でもない、どこの少女漫画に影響されたんだと叫びたくなる計画だ。

 

 羞恥のままにベッドで布団に包まれて転げ回りたい衝動に駆られる。しかし、冷静になった意識がそれを許さない。既に待機時間は消えており、ヒナタは舞台の上でジミナと向かい合っていた。何故か舞台にはリストバンドらしき物が落ちていた。

 

『お~っと、ヒナタ選手の顔が真っ赤になっている――!! ジミナ選手の挑戦的な発言に怒り心頭といった様子だ――!!』

 

 ごめんなさいソーカさん、私は何を言われたの? あとなんでリストバンドが転がっているの? 反射的に訪ねそうになってしまった口は唇を嚙むことで閉じた。その仕草が怒りを堪えているように見えたらしく、観客はより一層盛り上がり、ヒナタへの声援とジミナへの罵倒で凄いことになっている。

 

 僅かばかりの申し訳なさをジミナに抱きつつもヒナタは真意の長剣(トゥルース)を抜いた。

 

(リムルの馬鹿ッ、どうして選手からの要求があればマイクを貸すなんてルールを設けたの! ええそうね、その方が試合が盛り上がるからでしょうね! というか、そんなルールを設けたのはマサユキがゴズールを言いくるめるためにマイクを借りたことが原因じゃなかったかしら? ……ふふっ、マサユキを一週間くらい鍛えてあげましょうか)

 

 ジミナの強さの秘密は圧倒的な速さを活かしたゴリ押しだ。戦闘は自分の得意なことの押し付け合い。だからこそジミナの戦い方は間違っていないし、技術が拙くても勝ちを重ねてこられたのだろう。

 

 速度で勝る敵に対するヒナタの戦法はカウンターだ。待ち構えていれば敵はこちらに近付かざるを得ない。方向がわかっていれば迎え撃てる。相手の速度によって回避は難しくなり、威力も跳ねあがる。それがヒナタにはできる。

 

 試合前に考えていたのに彼女はそうしなかった。何かに思いっきり力をぶつけて羞恥を発散したかった。つまり、ジミナ程度なら自分から攻めても問題ないと判断した。それだけの力量差があると侮っていた。

 

 その傲りの代償は手痛い形で返される。

 

「ハアアアァッ!!」

 

 気合とともに繰り出された剣がジミナの胴を薙ぎ――ジミナの姿が搔き消えた。

 

「……残像だ」

 

 背後からそんな声が聞こえて即座に振り返った瞬間。ヒナタの膝は地面についており、彼女はジミナに見下されていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 常に私は正しいみたいな顔をしているヒナタを見て僕は確信していた。この人はプライドの高い正義馬鹿生真面目女騎士だと!

 

 バトルイベントに必ずと言っていいほど現れる存在。私の出した答えこそが常に正しいみたいな態度をしていて、その予想が外れるとわざわざ相手の前に現れて「私の予想を超えたからっていい気にならないことね……」と上から目線な発言をしてくるキャラクター。

 

 だから僕は選手共用の場所でスタンバってた。偶然を装ってすれ違い、「貴方の動きは見切ったわ。これは助言よ、棄権しなさい」「運よく勝てたからってつけあがらないことね。私を前の相手と同じだと思えば痛い目見るわよ」みたいなセリフをもらうために。

 

 でも来なかった。ちょっと予定が狂ったけど、試合前にこんなこともあろうかと用意しておいたリストバンドを外して、「先手は譲ってやろう」と挑発したら狙い通りに激高した。こういうキャラは沸点が低いと相場が決まってるのさ。

 

 ヒナタは強い。七陰で随一の戦闘能力を誇るデルタにも余裕で勝てるだろう。デルタは究極の脳筋だ。僕の大嫌いなフィジカルでぶん殴るスタイル、力こそパワーとか言い出す奴だ。野性の勘でフェイントとかに一切引っ掛からないけど、アイツもフェイントは全然できない。素直な攻撃しかできない相手に負けるほどヒナタは弱くない。

 

 だがそれも冷静であってこそ。喧嘩とは煽ってなんぼだが、同時に余裕をもってクールたれ。クールじゃなくなった強者は闘牛と変わらない。そんな奴の顎を刈り取るなんて七陰の皆からイカサマで金を巻き上げるより簡単だ。

 

「……何をしたのかしら?」

 

 険しい表情になりながら立ち上がったヒナタが尋ねてくる。

 

 単純に背後に回っただけと答えるのは簡単なんだけど……実は少しだけ『無貌之王(アンノウン)』を使っている。将来的には星を砕く力と光以上の速さを手に入れる予定の僕だけど、今はそこまでじゃない。

 

 だから喉元を指で示す。ふふふ、ヒナタは驚くだろう。僕を疑いながら首を撫でた手に伝わった感触に違和感を覚えて見てみたら、そこにはべったりと血が付いていたのだ。

 

 これぞ『陰の実力者』奥義! 『本気ならお前はもう死んでいる』アピール!

 

「ふ、ふふっ……ここまでコケにされたのは久しぶり。残念なお知らせだけどもう貴方に勝ち目はないわ。舐めた真似をしなければよかったのに、ご愁傷様」

 

 出たー! プライドを維持するためのテンプレ発言! だったら僕の返事も決まっている。

 

「……弱い奴ほどよく喋る。御託はいい、さっさとかかってこい、三下」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ヒナタは思い込みの激しさに並ぶ自分の悪癖、気の短さを自覚している。何とか平静を保って情報を引き出そうと会話を試みたものの、脆弱な堪忍袋の緒はあっさりと切れた。

 

  速度に頼り切った敵。なら頼みの綱である足を止めてしまえばいい。そう考えて今度は油断をせずに間合いを詰めていったのに、

 

(何の冗談なのよ……)

 

 服にかする。髪を斬る。持っていた剣で防御させる。あと一歩というところまで追い詰められるのに、ギリギリでしか反応できない凄まじい速度で振るわれる技術もクソもない剣に吹き飛ばされる。

 

(どうしてこんな奴が、今まで無名だったの!?)

 

 カウンターは試した。勝利を確信するほどのタイミングで成功した。だがしかし、完璧に間合いを見切られたことで失敗に終わった。あそこで終わらなかったのはただの幸運である。

 

 攻め続けているのはヒナタが優勢だからじゃない。自分が受けに回ってジミナが攻勢に出てしまえば終わると確信しているからこその攻撃。皮肉にも攻撃が今のヒナタにとって最大の防御なのだ。

 

 彼女にとって予想外なのは『数奇之王(フォルトゥーナ)』の演算の真骨頂――『未来予知』が使えないことだ。正確には使えるのだが、ジミナの攻撃は『未来予知』によって示されたものとは異なるタイミングや角度で繰り出される。だからヒナタは勘と経験から時折繰り出される攻撃を防いでいた。

 

 もしこれでジミナに技量が備わっていれば終わっていた――そんな幻想をヒナタは抱いていない。彼女はとっくに確信していたのだ。

 

 彼女はジミナに終始遊ばれており……ジミナの技量は遥か高みにあるのだと。

 

「遊びは終わりだ……枷を外させた礼に見せてやろう」

 

 ジミナがバックステップで距離を取る。それに追いつく余裕も彼の発言に憤る余力も、肩で息をするヒナタには残されていなかった。むしろ清々しい気持ちで剣を下げる。

 

「これが我が最強」

 

 構えを取るジミナと目が合う。伝わるかどうかなんて関係なかった。ただ感謝を伝えたかった。

 

「刮目せよ……」

 

 慢心に気付かせてくれて、武の頂を見せてくれてありがとう、と。

 

「奥義――残光の亜斗美吊苦(アトミック)

 

 ――訂正、ふざけんなモブ顔野郎。

 

 ダサすぎる名前の技に沈められることが避けられないと演算でわかってしまったヒナタ。気を失った彼女の顔はうつ伏せに倒れたため誰にも見られなかったが、悪夢でも見たかのように歪んでいた。

 




 シド・カゲノー
 生真面目女騎士にはこれだ! と最初は軽薄最強系を演じる予定だったが、「髪を斬ってくれてありがとう。丁度短くしたいと思ってたんだ。浮いた散髪代で食事でもどうかな?」や「弱い子ほどよく喋るよねぇ。できればベッドの上で喋ってほしいなぁ……あっ、もしかしてそっちも弱い?」みたいなセリフはイケメンじゃないと似合わず、今のジミナフェイスではミスマッチだと判断してやめた。残光の亜斗美吊苦(アトミック)は本作オリジナルで、素早く斬っているだけである。ネーミングセンスは0点。

 ヒナタ・サカグチ
無貌之王(アンノウン)』による妨害をモロに受けた。リムルの仲間になって数年のベニマルの技量がとんでもないことになっているので、前世から修行をしているシャドウの技量もとんでもない高さになっていると予想されたため、このような形で負けてもらった。もしかしたらリムルに慰められるかもしれない。

 マサユキ
 中にいるもう一人がハッスルしたせいで地獄を見る。


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七話

思考の切り替えに時間がかかりました。R18とノーマルの両立は大変です。


 暇な時にソウエイに頼んでジミナを調べてもらった。闘技場の名前を偽名で登録するのは別に違反じゃない。純粋に自分がどこまで強くなったか知りたいだけで目立ちたくない人もいるし、名前だけで相手が委縮してしまうから偽名を使う人もいる。ヒナタ、マサユキ、チョロゴンさんがいい例だ。それに顔を隠して偽名を使っていようが武闘大会で故意に殺害などをしようものなら一族郎党からエロ本の隠し場所、尻から何本毛が生えているかも丸裸にできるのであんまり意味はない。 

 

 調査の結果、ジミナ・セーネンは純粋な人間として実在していた。明らかに偽名なのに。でもスズーキとかタナーカとかサトーウとかいるからなぁ。ヒョロ・ガリの親はメチャ・ガリ男爵だし、ジャガ・イモの親はサツマ・イモ男爵だ。シドの親は何だったか……オトン・カゲノーだった気がする。

 

 とりあえず、ヒナタは覚醒もしてない凡人に負けたのだ。格下には舐めプするヒナタの悪い癖が出たなぁ。俺がシズさんの仇だと誤解してた時も『簒奪者(ウバウモノ)』の《対象外》だっただけで完全に侮って武器の性能だけで殺そうとしてきたし。『数奇之王(ファルトゥーナ)』で相手の力量をより完璧に読み解けるようになったこともこの悪癖に拍車をかけてるし。

 

《報告します。ジミナ・セーネンの魔素量はCランク程度であり、筋力や身体つき、足運びなどもそれ相応のものです。最後の技もただ速いだけの斬撃でした》

 

 ほら、シエルさんもこう言ってる。中学生が考えた当て字満載のダサい技でトドメを刺されるとか間抜けだな。まったくもー、ゴブタもヒナタも慢心に足元をすくわれっぱなしなんだから。

 

 ……ってんな訳あるかぁ! 途中からヒナタは明らかに本気になってた。グランベルに託された最強奥義まで大人気なく使ってた。なのに傷一つ付けられないとかおかしいだろう!?

 

 そもそもジミナの挙動は音速を超えてた。見る限り奴は普通の人間であり、大して鍛えられている訳じゃない。いくら闘気や魔法で身体を強化したとしても限度ってものがある。それにそれらの強化率は肉体の強度や魔素量に比例する。普通の人間が音速挙動なんてしたら即死だ。

 

 そしてジミナの技量は素人に毛が生えたレベルだが……まずそんな奴にヒナタが捌けない攻撃を繰り出せるはずがない。だけど身体に染み付いた足運びや癖は簡単に隠せないし、消すことはもっと無理だ。自転車に乗れるようになった奴が乗れなかった頃みたいな失敗をしなくなるようなもんで、もし幻術もなしにそんな真似をするなら骨格から別人に変える必要がある。

 

 確定だな、これは。

 

(ジミナは究極能力(アルティメットスキル)を所持している!)

 

 最低でも一つ、偽装・隠蔽に特化したものを。『絶対切断』や『無限牢獄』みたいな例外はあれど、ユニークレベルなら俺に通用しない。シエルさんが本気になれば上位の究極能力(アルティメットスキル)を持っていてもある程度は見抜ける。そのシエルさんが能力(スキル)の有無すら判別できないならそうとしか思えない。

 

 シエルさんを責める気はない。俺の相棒は万能でもできないことは少なからずあるし、彼女がいなければジミナに究極能力(アルティメットスキル)があると断定する自信は持てなかったからな。

 

 それにしても……何をやっても過大評価されるマサユキや能力(シエル)に頼り切りの俺とは正反対な奴だな。実力で戦ってるのに過小評価されまくりだ。貴賓席でジミナを賞賛しているのはナツメ先生くらいで、他の連中は試合内容を吟味するかヒナタと纏めてこき下ろすかだからね。

 

「ふっ、見ましたか、あの魔女が無様に地に伏せる姿。あれで人類の守護者を名乗っているのだから片腹痛い」

「所詮は身体で枢機卿に取り入って騎士団長になった女狐。化けの皮を剝げばどこの馬の骨ともわからぬ男に負ける女です。実に滑稽」

「どれ、声をかけに行きましょうか。この私が愛人にしてやると誘えば媚びを売ってでも頷くでしょう。あのジミナとやらを護衛に雇ってやれば首を縦に振る以外に選択肢はないでしょうな」

 

 うんうん、こいつ等みたいな感じで。何だっけ……イバルゾ・スカ侯爵、ゲデブハ・モキ伯爵、カマセ・ヌーイ伯爵だった気がする。

 

 こういう連中も無駄に金と権力があるからここに来るんだよな。どうしてあの衝撃で結界どころか会場そのものが震える戦いを見てヒナタやジミナを下に思えるんだろう? どちらもお前等を撫でるだけでミンチにできるだけの力を持っているんだぞ。ヒナタは論外だし、ジミナは金も名誉も功績も興味がなく、求めるのは強さのみって感じの奴だ。味方にできる訳がない。

 

 とりあえず兵士にこの名を体で表している不愉快な馬鹿どもを追い出すように指示する。ウンコウンコうるせえ学生も追い出したくなったけど我慢した。アホな貴族連中は必死に喚きだす。

 

「ふざけるな! 我々にこんな真似をしてタダで済むと思っておるのか!」

「所詮は魔物、ろくな先見の明もない害獣! やはり親玉である魔王諸共駆逐するべきだ!」

「であえい、我が最強の兵士達よ! この魔物に身の程をわからせてやるのだ!」

 

 うーん、何と言うか。久しぶりだな、これだけ現実が見えてない奴等。

 

 逆に何ができるんだ? 周辺の国と結託して俺の国と貿易中止でもするんだろうか? ぶっちゃけ俺達は一切困らない。どの国も経済の覇権を握る俺達と手を切ることは破滅だと理解している。まともな頭があれば敵対しようなんて思わないだろう。

 

 ていうか災厄級(カラミティ)でも滅びかける国の貴族の私兵如きが俺の部下に勝てると思ってんのか? 思ってたんだろうな。現に幹部でもないホブゴブリンに兵士を叩きのめされて蒼褪めている。その謎の自信はどっから湧いてくるんだろう?

 

「別に俺の耳に届かない場所でなら何を言っても構わない。でもな、ヒナタは俺の大切な友人だ。……目の前で友達を侮辱されて俺が許すと思ってんのか?」

 

 馬鹿貴族がいなくなったら心なしか部屋が明るくなり、空気まで清潔になった気がする。どいつもこいつも脂ぎったデブで、本当に貴族なのか疑わしいくらいマナーがなかったからね。アレクシア王女なんかくちゃくちゃと音を立てて食べる貴族を見ながら「養豚場に消えてくれないかしら」って呟いてたし。

 

 視線を舞台に戻すと、昼休憩を兼ねたエキシビジョンが始まっていた。タクトが率いる音楽隊が奏でる曲をBGMに様々な競技が行われる。人や魔物、大人も子供も関係なく競技を楽しんでいた。ドッジボールにミリムが出場してたけど相変わらずルールを把握していなかったようで、ボールをカッコ良く弾き飛ばして速攻で負けていた。

 

 魔法や能力(スキル)が入り乱れて派手になっていく地球のスポーツを観戦していたら、またウンコをしにトイレへ消えたシドと入れ替わるようにヒナタが戻ってきた。

 

「お疲れヒナタ。優勝できなくて残念だったな」

「慰める気があるならそれらしい顔をしなさい。お見舞いにも来なかったくせに」

「しょうがないだろ? 俺も立場があるから気軽に席を立ったりできないんだよ」

 

 どうだか、と言いながらヒナタは不機嫌そうになるけど本当のことだ。一人の選手に肩入れする訳にはいかない。それと顔は許してほしい、ヒナタには苦汁を飲まされたことがあるから彼女が困っているとつい嬉しくなってしまうのだ。

 

「申し訳ないと思うならこの大会が終わった後、少し付き合いなさい。費用は全部貴方持ちよ」

「おいおい、俺は小遣い制なんだぞ。お前よりずっと使える金が少ないんだから勘弁してくれ」

「あら、臨時収入があるでしょう? 例えば……私の負けに賭けたポケットから覗いてる券とかね」

「えっ、ちゃんと『虚数空間』に入れたはず……はっ!?」

 

 マズイ、思いっきりブラフに引っかかった。ヒナタの笑みが恐ろしいことになってる。

 

 ちゃうんすよヒナタさん、誤解なんです! むしろジミナに賭けることでヒナタが勝てるようにゲンを担いだと言いますか……決してゴブタの試合の負けを大穴狙いで取り戻そうとか考えていた訳ではなくてですね!

 

 おっと、携帯にダンジョンで鍛え直されてるゴブタから着信が入った。携帯を使うのは緊急性が高い時だけと言いつけてるからこれは重要な要件! 一言断ってから出る。

 

「もしもし、どうしたゴブタ?」

『リムル様っすか!? なんかめっちゃ怖い人? モンスター? どっちかわかんないのがいるんすけど!?』

「うむ、それは大変だな! 今すぐ助けに行くぞ!」

『はぁはぁ、愛しのサトルたんの声が聞こえるぅぅ……僕に会いに来てくれるのかなサトルた――』

 

 速攻で電話を切った。ダンジョンにとんでもない悪霊(ストーカー)が発生してやがる。携帯越しなのにワンセグから這い出ようとする貞子並の執念(ガッツ)を感じたぞ。

 

 結局ヒナタを言いくるめることはできず、賭け金は全部ヒナタに没収されることになった。とほほ……。

 

(次の試合は荒れそうだな)

 

 ゴロゴロと雷の唸り声を孕む暗雲が広がる空を眺めながら、俺はただ最後の試合が始まるのを待った。え? 雨になれば魔法で雲を吹っ飛ばすんだろうって? ほっとけ、格好付けてないと泣きそうなんだよ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 やっぱり『無貌之王(アンノウン)』は強いね。時空間を爆発させたり魔法効果を激増させたりするみたいな戦闘力に直結する能力ではないけど、戦いでこれほど恐ろしい力はない。

 

 実力者同士の戦いは一ミリ、一秒の誤差が命取りだ。鍔迫り合いだって受け方をミスれば指や手首を斬り落とされかねないし、手首に衝撃が響く。ボクシングなんかでは意識外からの一撃はただのダメージ以上の効果を生んで、一撃でノックアウトさせたりする。攻撃のリズムや呼吸を崩されたらそれだけで弱くなる人だっているくらいだ。

 

 僕のスキルは正に戦士殺し。以前アルファ達が雇ったエキストラの中に『未来予測』や『未来予知』持ちの子がいたから実験してみたけど、彼女達のスキルは正しく発動しなかった。まっ、あれは周囲とか戦う相手の情報から最も確率の高い未来を示すだけだからね。言ってしまえばただの先読み。常に偽りの情報を流している僕には通用しない。

 

 それにしてもヒナタと戦えてよかった。彼女のおかげでこの大会の目的の七割は達成できたね。あとはどうやって締めるかが問題なんだよね。

 

 シンプルに行くなら優勝だけど、こういうのの閉会式は長引く。校長先生の話がめっちゃ長いのと同じだ。異世界初めての学園の入学式でも校長の話は三十分以上あったからね。長時間トイレを使ってたらいい加減姉さんあたりに不自然に思われそうだ。昨日と今日で何回ウンコしに行ってるんだろう?

 

 対戦者のガビルを倒して姿を消すのはありだ。誰もが認める強者を倒して「目的は達した……」とか言って忽然と姿を消す。その後は噂が噂を呼ぶ感じ。謎の実力者っぽい。でもなー、優勝すれば世界最強って言われてるリムルと対面できるのだ。表の世界最強と裏の世界最強にしかわからないコンタクト……カッコよくない?

 

 カッコいいといえば一つ、姉さんが厨二病を発症したかもしれない。昨日から「力が溢れてくるの……」「腕がっ……疼くっ……!」「闇の精霊が語り掛けてくる」って黒歴史間違いなしのセリフを連発していた。僕は僕が座る前にいた知らないおっさんの温もりが気になってしょうがなかったのでそれ以外の話は聞き流してた。

 

 そういやベータが七陰が皆集まったって言ってたけど、暇なのかな……まぁいっか。僕が布教した『陰の実力者』のカッコよさと素晴らしさ、しっかりと目に焼き付けるがいい!

 

 ふっ……決まった。イメトレは完璧だね。

 




 シド・カゲノー
 実はガビルの正体がヴェルドラだと見抜いている。

 リムル・テンペスト
 異世界にサトール・ミカーミという男がいて、そいつも童貞で複雑な気持ちになる……かもしれない。

 ジャガ・イモ
 ダンジョンで頑張ってる。しれっと学園に復活してるかもしれない。



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八話

 とある人に誤字報告されてたんですが、勘違いで一度削除しておりました。申し訳ありません。

 消費者側になろうかなって思っても素晴らしい作品と出会うたびに執筆意欲が出てしまう。


『皆さん、大変長らくお待たせいたしました! ただいまから武闘大会、決勝戦を始めますッ! 勝利の栄光を掴むのは果たしてどちらの選手なのか! 準決勝を不戦勝で勝ち上がったとはいえ、あの武神と恐れられるベアトリクスをたった一度の攻撃で降伏させた竜覆面(ドラゴンマスク)ガビルか、それとも闘士ゴブタや聖騎士団長ヒナタを圧倒したジミナなのか!?』

 

 いつも思うけど、ソーカって隠密とは思えないくらいアナウンスが上手いよな。盛り上がった会場を一言も発することなく手を挙げるだけで静かにするディアブロの統制力も異常だ。貴賓席とは別に設けられた解説席に座る実況と審判を務める二人を眺めながら俺はそんなことを考える。

 

 審判は普通なら選手と一緒に舞台にいるものだけど、無差別に強力な攻撃を撒き散らす輩もいるからな。ディアブロなら巻き込まれるようなヘマはしないが、今回はディアブロも死にかねない攻撃をできる奴が選手だからな。おまけに魔物の選手が勝つと贔屓を疑われることもあるから、審判は実況と一緒にいるのだ。

 

 決勝はソーカの快調なアナウンスが終わると始まる。俺は呑気に屈伸運動をするガビル(?)と対峙するジミナをよく観さ……つ?

 

『それでは、試合開――』

「偽りの時は終いだ……」

 

 ジミナの声は決して大きくなかった。にも関わらず、会場の多くの者の耳に届いた。

 

 間を置かず会場がどよめく。ジミナが顔に手を翳すと作りが完全に別物になった新たな顔と見覚えのある仮面が現れた。そして足元から溢れ出した黒い液体が螺旋を描きながらジミナを包み込んでいく。

 

「我が名はシャドウ……。陰に潜み、陰を狩る者……」

 

 もう闘技場にパッとしない見た目の男、ジミナはいなかった。代わりに凄まじい存在感を放つのは漆黒のロングコート姿のシャドウである。

 

 ……滅茶苦茶嫌な予感がした。具体的に言えば『シャドウガーデン』を見てからカッコいいから我も義賊ごっこがしたいと駄々をこね、秘密結社を酒の勢いで生み出してしまった俺を困らせたチョロゴンさんがとんでもないことをしでかしそうな――。

 

 強制的に放送と放映に割り込んで情報規制をしようとしたが、シャドウの方が一足早かった。

 

「力の化身よ……その偽りの名と覆面を捨てなくば、この場に立つ資格などないと知れ……」

 

 もうちょっと冷静だったらシャドウに「いやテメェも思いっきり正体と顔を『スキル』と仮面で隠してんだろーが!」とツッコんで事態を有耶無耶にできたかもしれない。しかし、シャドウの剣の振り方が明らかに頭部を真っ二つにするものだったのに覆面だけ斬れたり、それを見たローズが「まさか、貴方は……スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん?」と聞き捨てならないセリフを呟いたためその機会は失われた。

 

 そもそもあの世界最強で俺の盟友のチョロゴンさんがシャドウの変身を見た時点でノリノリにならないはずがないのである。

 

「クックック……クアーハッハッハ! よくぞ完璧な変装をした我の正体を見破った! よかろう、真の姿はちょっぴり大変なことになってリムルや姉上に叱られるからなれぬが、この姿で出せる全力で相手をしてやろうではないか!」

 

 そんなことを言いながらチョロゴンのガビル――もといヴェルドラは抑え込んでいた魔素を撒き散らした。ヴェルドラにとっては息をした程度の行動だがその破壊力は下手な攻撃魔法より大きく、闘技場に施されていた結界を薄氷を割るかのようにぶち壊した。俺が結界を張り直さなければ衝撃で闘技場の外にまで被害が及び、中にいる者はAランクオーバーでなければ命を落としていただろう。ヴェルドラとシャドウのいる舞台の魔素濃度はそれほど高い。

 

 そしていつの間にかスクリーンに映し出されている文字がヴェルドラVSシャドウに代わっていた。スクリーンは魔法で動いてるからヴェルドラならいくらでも介入できる。

 

(なんか地味に情けないことを呟いていたけど、どっちにしろお仕置きだからな、ヴェルドラ?)

 

 とりあえず試合は続けさせてやろうと考えつつ、俺はノリで大惨事を引き起こしかけたヴェルドラを睨みつけた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 やっぱり僕の睨んだ通り、ガビルの正体はヴェルドラだった。だって『陰の実力者』の相手に相応しい強敵を探した僕の記憶にドラゴン要素のあるガビルなんて人はいなかったのだ。ならもうヴェルドラしかいないだろう。今日も僕の脳みそは冴えわたっている。

 

 ヴェルドラ……いや、敬意を籠めてヴェルドラさんと呼ばせてもらおう。彼はスクリーンの文字を変えてくれた。それがどれほど重要なのか理解できない僕ではない。

 

この戦いは録画がされている。最初の内は戦いに釘付けになっているかもしれないけど、繰り返し見ていれば粗を探す連中が出てくる。そんな奴等に「こいつ等シャドウとヴェルドラじゃなくてジミナとガビルなんだぜ(笑)」と馬鹿にされでもしたら、もしこれから最高の『陰の実力者』ロールができたとしても、僕はスクリーンの文字がガビル?VSジミナであることが気になって夜も眠れなくなっていたと思う。

 

 おまけに大魔王リムルが結界を張ってくれた。流れ弾で一般市民を殺す『陰の実力者』とかカッコ悪いから手加減する必要があるかと思っていたけど、これで気兼ねなく全力が出せる。

 

 そんな訳で僕は開幕ブッパをしよう。

 

「アイ・アム・オールレンジアトミック」

 

 短距離全方位殲滅型奥義『アイ・アム・オールレンジアトミック』。解き放たれた青紫の魔力が結界内をそれ一色に染め上げる――。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 どうしよう、シャドウが予想以上に強い。

 

 戦いの火蓋はシャドウの核撃魔法:破滅の炎(ニュークリアフレイム)と似ているけど威力と性能が違い過ぎる攻撃によって落とされた。

 

 この魔法、霊子と魔素を半々ずつ含むというふざけてんのかと言いたくなる性能をしていた。一般的な結界は強度もあるが、魔素を通さないことによって魔法を防いでいる。だが霊子の方は結界では防げない。霊子同士をぶつけ合って相殺するしかないのである。そしてその霊子を操作できる者はこの世界に多くない。

 

 破滅の炎(ニュークリアフレイム)と思ってただの結界を張れば防げず、霊子を通さないようにしたとしても純粋な威力で結界が破壊される。割と全力で結界を維持してたのにミシッと軋んだ音がした時は超焦った。

 

 旧世代の魔王ならこれだけで勝てそうな攻撃だったがシャドウにとっては目くらましに過ぎなかったらしく、ヴェルドラが「効かぬわ!」と余裕ぶっているところに近接戦を仕掛けた。

 

 正直、ヴェルドラが苦戦するとは考えてもなかった。この世界で俺の次に魔素量(エネルギー)が多いのがヴェルドラだ。魔素が多ければそれだけ身体能力は上がるし頑丈になる。究極能力(アルティメットスキル)や大技も使いたい放題。加えて配下で近接戦最強格のゼギオンと殴り合える技量を持っている。

 

 なのにシャドウはヴェルドラを一方的に殴り続けている。被弾は精々コートや肌を掠る程度。ヴェルドラの腕を斬り落とせるだけの剣の腕前のくせして、剣を折られた瞬間によどみなく格闘戦に移行した。認めたくないけど剣を持っていた時より強い。

 

《マスター、ヴェルドラが勝っても負けてもシャドウの消耗は大きいと思われます。戦いが終われば即座に拘束するべきかと》

 

 シエルの提案を即座に否定することはできなかった。明確な敵対行動をされない限りは荒っぽいことをしないのが俺のスタンスだが、シャドウの能力はあまりにも見逃しがたい。“魂の回廊”がなければ判別不可能な偽装能力がどこまでできるか不明瞭な上、他にどんな切り札を隠しているのかもわからない。

 

 悩む俺の前で結界に亀裂が走る。シエルの推測ではシャドウが知覚できない一点特化型の砲撃を放ったとのこと。

 

 ……せめて目的か正体だけでもハッキリさせておこう。そう決意しながら俺は結界の維持に力を注いだ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 流石はヴェルドラさん、爪先から伸びたスライムソードで足を止められていたのに、僕の初見殺し奥義『アイ・アム・インビジブルアトミック』をイナバウアーで綺麗に避けた。腕を斬ってもすぐ生えてくるし千発以上ぶん殴ってるのにピンピンしている。繰り出される拳や蹴りは直撃すれば僕でも瀕死になるだろう。

 

 攻撃、防御、回避、技量、全て僕がこの世界で戦ってきた相手より上だ。総合力を比べたら確実に僕より上だろう。だからこそ彼に勝った時、『陰の実力者』の凄さは増すだろう。それにこの闘技場にはアルファ達がいるからダサい『陰の実力者』は見せられない。

 

 とりあえずこれからどうするか考えよう。

 

 選択肢その1。目的は果たした……みたいな意味深なことを言って逃げる。残念ながら却下。ヴェルドラさんを圧倒していたら採用したかもだが、端から見ても僕等の戦いは接戦だ。負け惜しみにしか思えない。

 

 選択肢その2。ヴェルドラさんから大技を喰らうフリをして逃亡。これは保留。「あんなもの避けられる訳がない」「当たれば絶対に死ぬ」「終わりだ……」ってなるような攻撃をされていながら生きていて、別の機会に決着をつけるのは僕的にはアリだ。でもこれはヴェルドラさん頼みだから保留。

 

 選択肢その3。ヴェルドラさんをぶちのめす。うん、やっぱりこれだね。

 

 徒手空拳じゃヴェルドラさんは殺せない。剣も油断している時ならともかく警戒している今は通用しない。だから使うのは奥義アトミックシリーズだ。

 

 これから使うのは『無貌之王(アンノウン)』との複合技。戦闘用じゃない『スキル』を工夫して必殺技を編み出すのがカッコいいと思って編み出したのだ。

 

 奥義『アイ・アム・アトミック』を感知できないようにしただけの『アイ・アム・インビジブルアトミック』と違い、この技は我ながら最高の出来栄えだと思ってる。理屈は僕自身よくわかってないけど、放てば防御も回避もできない必中必殺なのである。

 

 新たな剣を生成して突きの構えを取る。ヴェルドラさんは先程の経験からタイミングを計って避けようとしているが……無駄だ。

 

「アイ・アム――イレイザーアトミック」

 

 

 

 シャドウが技の名を唱えた瞬間、ヴェルドラの上半身は()()した。

 




 シャドウ
 イナバウアーが上半身を逸らす技のことだと思っている。”破滅の咆哮(ストームブラスト)”を使われていたのだが、『無貌之王(アンノウン)』のおかげで奇跡的に当たっていなかった。

 リムル
 試合に集中したいけど龍虎爪牙拳って爪なのか牙なのか拳なのかどれだってツッコミたくなる技名や、両手を組んだ手刀をダブルブラッディクロスと呼称しているのが聞こえて集中できない。一番気になっているのは切ない声で「スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……」と呟くローズ。

 作者
 原作でスライムは全身が脳で筋肉って説明があるのに、やたらと首や心臓を守ろうとする描写があるのが気になっている。元人間としての反射だろうか?


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九話

 お久しぶり。一人暮らしって大変だね。
 陰実のムフフな小説のための小説を書くか悩み中。


 究極能力(アルティメットスキル)無貌之王(アンノウン)』。所有者であるシドはこのスキルを『陰の実力者』ムーブをするのに超便利なもの程度にしか思っていないが故に、彼はこのスキルの真髄をこれっぽっちも理解していなかった。

 

 このスキルの力はあらゆる『情報子』への干渉と改変。シドは感覚的に『無貌之王(アンノウン)』を使うことで自身から発生するあらゆる要素の『情報子』を僅かに変化させて正体が周囲からはあやふやになってしまうようにしていたが、極めた先にあるのが『情報子』の自在改変である。

 

 自分の放つ攻撃は天を裂き地を砕く威力に、向かってくる攻撃は初級魔法にも劣るものに変化させる。生誕したばかりの赤子を天下無双の剛力を発揮できる身体にさせたり、伝説に残るような英雄をそこらの子供にも負けるほどに弱くすることも可能。強化も弱体化も他の追随を許さないほどに強力であり、心核(ココロ)と記憶以外なら他人に完全に成り代わることもできる。

 

 恐ろしいのは究極能力(アルティメットスキル)を持っていようが防げないことである。本来『情報子』とは『停止世界』――時間が止まった世界で動ける資格を得た者が初めて認識するものだ。なにせ、全ての細胞が『情報子』に置き換わらなければ止まった世界では動けないのだから。『情報子』を認識していない者は『無貌之王(アンノウン)』に抵抗することは絶対に不可能なのである。

 

 シドの『アイ・アム・イレイザーアトミック』はこのスキルの理不尽さの一端を象徴する技だ。時空間を無視してタイムラグなしで動く『情報子』で構成された『アイ・アム・アトミック』を放つ。直線上のものを全て破壊し、避ける猶予は刹那ほどもなく、『情報子』に触れた箇所は『停止世界』で動けないものと同じように崩壊する。

 

 時間を事前に止める以外、この技を避ける手段は――ない。

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 天災級(カタストロフ)の代名詞である『竜種』の一体、ヴェルドラの人化した下半身が膝を折る……その光景はベータの視界に映っていなかった。彼女の目を離さないのは()()()()()()()()()()()までを円形にくりぬかれた様に失って倒れ伏す魔王リムルと縋りついて声を張り上げるヒナタの姿だった。

 

 ベータだけではない。怪物達の戦いの余波を防いでいた結界が消えたことで拡散しそうになった魔素で死にかけた観客達、隣や前に座っていた人が消し飛んだ貴賓席の重鎮、会場を警備する魔物達の誰もが息をすることも忘れてそこに視線が釘付けになっていた。

 

「馬鹿っ、この馬鹿……どうして私を庇ったの!? 貴方が死んだら意味がないでしょう! そこの兵士、シュナとディアブロ、それとシオンを呼びなさい! そしてシャドウを追うのは幹部や魔王に任せるように! 急げっ!!」

『了解!』

 

 ヒナタの怒号を皮切りにとてつもない混乱と緊張に包まれる貴賓席。リムルの部下や関わりのある者は殺意と焦りを露わにし、それ以外の者達は怯える中、ベータは誰よりも顔の色を失っていた。

 

(先日の瞬きを装った暗号、シャドウ様の返答は『何もせず見届けろ』……まさか、こういうことだったのですか!?)

 

 ベータの所属する『シャドウガーデン』の目的は魔人ディアボロスの復活の阻止、およびディアボロスの完璧な抹殺。そのために彼女達は『ディアボロス教団』の妨害と壊滅を目指して活動してきた。それが最も現実的であり、彼女達の限界だったからだ。

 

 しかし、彼女達と隔絶した叡智と力を持つシャドウは全く違う先を見ていたのだ。デメリットが数え切れないほど存在し、『七陰』しかいなかった初期の会議で否決されてから一度も挙げられなかった計画――魔王リムルの殺害を。

 

 確かにリムルを殺すことはディアボロス復活のこれ以上ない妨害だ。リムルほどの存在が再び現れるのにどれほどの年月がかかるかなんて想像もつかない。だが、実行するには困難が過ぎた。

 

 シャドウを除いたガーデンの総力では精々手傷を負わせるのが限界で『竜種』を殺すことはできない。それを考えれば『天魔大戦』で『竜種』二体を相手取りながら勝利を掴んだというリムルの殺害など天地がひっくり返っても不可能なものだった。特に諜報を担当するゼータがヴェルドラとリムル、どちらかが生きていれば蘇生可能という情報を拾ってきてから最早考える時間が無駄とすら思っていたのだ。

 

 世界への影響も大きい。多くの人材を育てられる学園、流通の時代を変えた魔導列車や飛行船のような交通網、物資の生産量と物価の安さ……全員が多少の差はあれど利益を与えられる今の体制はリムルの存在によって維持されている。彼がいなくなれば経済の覇権を握るために多くの血が流れることになる。

 

 仮に殺せたとしよう。それからは八星魔王(オクタグラム)やリムルの配下に追われ続ける日々の始まりだ。捕まれば死んだ方がマシと思うような仕打ちを受けることは想像に難くない。

 

(それでもシャドウ様はやり遂げた……)

 

 舞台の上で倒れているヴェルドラの下半身が再生する様子はない。リムルもだ。

 

 爪を立てた二の腕から血が流れる。ベータは己に怒りを燃やしていた。最初から最後まで敬愛する主について行けなかった弱い自分に。それ以上に許せなかった。主の命令を言い訳に殺意に満ちる魔物達に怯えて逃亡したシャドウの援護もできず動けないままでいる自分が。

 

(もう『シャドウガーデン』を名乗ることも烏滸がましい私ですが、せめて祈らせてくださいシャドウ様)

 

 どうかご無事で。その言葉は音になることなくベータの内に消えていった。

 

 ――その時、ひっそりと動き出すものがいることにベータは気付けなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「やっべー。つい大魔王まで殺しちゃった」

 

 ヴェルドラさんに勝った僕は全力ダッシュで闘技場どころか魔国連邦(テンペスト)を脱出し、今も開拓が進んでいなくて危険な魔物も結構いる山の中を走っていた。

 

 戦いの結果には僕も驚いているのだ。《アイ・アム・インビジブルアトミック》を開発できたことにはしゃいで撃ちまくってた時に偶然編み出した技で『竜種』どころか大魔王が死ぬとかこの僕でも読めなかったね。

 

 というかリムルには失望したよ。世界最強を名乗っているくせにどうしてバトル漫画のモブみたいに流れ弾で死んでるんだ。いつか沢山の人がいる所でデルタとゼータの喧嘩みたいなド派手な戦闘が起きたら死んだふりしてシャドウに変装、からの乱入でかっこよく勝利を搔っ攫おうという計画が二番煎じになるじゃないか。

 

 それにリムルが手を抜いて強い結界を張ってなかったから観客も何人か殺っちゃった。今頃闘技場でシャドウは謎の実力者ではなく謎の犯罪者扱いされてるかもしれない。『陰の実力者(シャドウ)』の評判が悪くなったら今日の僕の頑張りは骨折り損のくたびれ儲けだ。

 

「指名手配されて手配書が作られる『陰の実力者』……まいっか。正体がバレてないならアリかな」

 

 ポジティブに考えよう。シャドウは世界最強の魔王を『竜種』のついでに倒せる強者と世間に認識されることになる。闘技場は『竜種』と魔王の死で持ちきりで、ウンコに行ったきり戻ってこないモブや巻き添えになった有象無象のことなんて気にも留めないだろう。

 

 うん、そう考えるとそうなってる気がしてきた。頑張ったしそこら辺の魔国連邦(テンペスト)に繋がる管を流れる温泉をちょっと拝借して、適当な穴に流し込んで浸かって寝よう。そのためにそろそろ変装を、ってあれ?

 

 なんか世界が白黒になった。空を自由に飛び回っている鳥、不規則に揺らめきながら落ちていた木の葉、僕の全力ダッシュで巻き上げられた砂煙、色んな物が不自然な状態で停止してる。

 

 僕はこの光景に見覚えがあった。究極能力(アルティメットスキル)を手に入れてから何度か体験している。

 

「誰かが時を止めた?」

 

 時間停止。有名なので言えば背後霊じみてるのにガンガン前に出て殴り合う幽霊の漫画に登場する悪のカリスマの能力かな。

 

 とりあえずシャドウの姿を解かずにカッコいいセリフを呟く。僕は心の中で研究開発担当のイータに感謝した。時間が止まった世界で動くとスライムスーツが粉々になって毎回全裸になってたからね。『視界に映るものが白黒になるのは光子も止まっているから』『マスターのスライムは神器級(ゴッズ)でも上位の頑丈さなのに細胞の結合が解ける』『虎の子の究極の金属(ヒヒイロカネ)……これをスライムに吸収させたら』とかブツブツ言ってる姿が不気味で、止まった世界でもスライムスーツが機能するようにお願いしてから完成するまで研究室に一切近付かなかったけど期待に応えてくれて満足だ。

 

(おっといけない。時間が止まっているのを無駄にするのは馬鹿のすることだね)

 

 今までは覗きに行くかスタイリッシュに股間を隠しながら『そして時は動き出す』くらいしか言えなかったけど、シャドウの姿で剣も使える。なら温めていた決めポーズとキメ台詞をお披露目するべきだろう。

 

「(いつか僕も時間を止めれるようになって『時よ、止まれ』とかやりたい)……やれやれだ」

 

 つらつらとそんなことを考えながら剣を抜いて振るう――目の前の空間に出現した大魔王が振り下ろした剣とかち合った。

 

 ……? なんか殺したはずの大魔王が現れた。 

 




 作者。
 シドは物事を深く考えずその場で思うがままに動くし、陰の実力者になること以外はどうでもいい何かに分けて切り捨ててるので、一般人を巻き込んでもまぁ仕方ないかで済ませると思ってる。原作3巻とか下手したらアルファ達の努力を無にしてたし。

 シャドウ。
 相変わらず行き当たりばったり。自分のスキルがステイタスを好きに弄れるチートだと毛ほども気付いてない。
 シャドウは うっかり 魔王を殺してしまった!
 シャドウは逃げ出した!
 しかし回り込まれてしまった!

 リムル。
 魔王からは逃げられない!

 七陰。
 置いて行かれたことに悲しみながらミツゴシ紹介がこれから起きる可能性大の世界規模の混乱を抑える話し合いをしようと各々が考えているが、ディアボロスをわざと復活させてシャドウに世界を支配させて、自分は世界の敵になって消えようとしていた金豹族の少女は自殺しそうなくらい憔悴している。


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十話

 いい作品を沢山読んで創作意欲が湧き過ぎてあれもこれも書きたくなって逆に書けなくなってました。


 ギリギリだった。

 

 本当に刹那よりも短く、シエルの倍率数十億の『思考加速』を使って尚僅かしか引き延ばせないほど一瞬、俺はシャドウがあの技……唇の動きを信じるなら『アイ・アム・イレイザーアドミック』を放つよりも先に時間を止めた。

 

 ダサい名前に反して恐ろしい技だ。ただの攻撃なら身体を粉々にされた所で俺は復活できる。しかし、あの技は俺を構成している『情報子』を塗りつぶそうとしていた。世界最強の神智核(マナス)であるシエルすら『情報子』の自在な操作は俺の魂の中でしかできない。それを攻撃として使ってくる奴なんて予想できるか!

 

 あれは俺だったから死ななかったが、仲間や他の魔王では耐えられないし対策も練れない。俺はヴェルドラとお互いにバックアップを取っているが、それも修復に時間がかかるレベルの破損を受けているためヴェルドラの復活はしばらくできない。シャドウに弱みを見せないために外見は元の状態に戻してあるものの、使える魔素(エネルギー)には大きく制限がかけられている。HPの上限値を削り取られたような感じだ。

 

 シャドウは殺さなければならない奴だ。俺とヴェルドラの不死性を理解した同時撃破を実行する度胸、目的のためなら他人も巻き込む冷酷さ、シエルでも見極められない力、どれを取っても見逃せない。

 

 現に転移した俺の攻撃をシャドウは事もなげに受け止めた。クソが、時間が止まった世界で転移できるのは『瞬間移動』とシエルがいる俺だけだぞ。もう自分達が『情報子』になって動き回っているのだから予兆も何もない。なのに何故これを予想できる!?

 

「――そこだ」

「くっ!?」

 

 奇襲が失敗した俺はシャドウとの斬り合いを開始したが、ハッキリ言って押されている。初めての『魔王達の宴(ワルプルギス)』でミリムとやった時ぐらいに。今もシャドウが顔に向かって突き出した剣を躱しきれず頬を斬られる。

 

 停止世界での戦いはどれだけ上手く身体を動かせるか、どれだけ相手のエネルギーを削れるかが勝敗を分ける。前者は動ける者は全員『情報子』になるため身体能力に差は一切なくなるからであり、後者は停止世界で動いているだけでもエネルギーを消費していき、足りなくなれば動けなくなるからだ。

 

 停止世界で『情報子』になって動く感覚はスライムの俺にとって慣れたもの。なにせ細胞の全てが脳であり筋肉である。思考と身体の動きに一切のラグがなくなる停止世界での活動は俺にとって普段と変わりがない。エネルギーだって世界トップ。停止世界でも使える『スキル』が盛りだくさん。負ける要素がなかった。

 

 なのに今はそのアドバンテージが潰されている。

 

(『未来予測』を欺くってなんだよ本当に――)

《マスター、後ろに!》

「――くそっ!」

 

 シャドウの横薙ぎを防ぎながら懐に潜りこんで”虚無の一撃(イマジナリーブロウ)”を叩きこもうとした俺はシエルの警告に慌てて後ろに跳ぶ。距離を取って胸に手を当てると服が横一文字に破れていた。

 

 ぶっちぎりで厄介なのがシエルすら欺くシャドウの偽装能力が停止世界でも使えたこと。『未来予測』も『万能感知』も役に立たず、シエルがあらゆる可能性を導き出してから対処しなければならなくなり後手に回ることを余儀なくされていた。

 

 あの『アイ・アム・イレイザーアトミック』を使わせないために時間を止めたけど失敗だったか? さっきから俺の攻撃は当たらず一方的に削られている。削られるエネルギー量がやたら多いのも痛い。止まった世界の維持は止める瞬間に比べればエネルギー消費は少ないが今の俺にはそれすらキツイ。

 

(過去に戻っても俺のダメージはそのまま残るし、使えるエネルギーじゃあのふざけた技を喰らう前に到底戻れない。……結局シャドウを倒すしかないんだよなぁ!)

 

 諦めることは微塵も考えずに剣を振るい続けるリムル。それでも勝利の天秤は彼とは逆方向へゆっくりと傾いていく――。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 勝ったな、風呂入って来る。

 

 いやー、いきなり大魔王に襲われた時は「やっべ、これマジやっべ」って思ったよ。偶々剣振り回してなかったらバッサリいかれてたし、傷も全回復してるし、武器だけじゃなく手足からも掠りでもしたらヤバそうな気配するし。おまけに時間停止の影響でアトミックシリーズもほとんどが使えなくなるしで。

 

 でも忘れてた。大魔王の正体はめっちゃ強いけどスライムだ。そして僕はスライム限定で超有利になれる『スキル』を持ってる。

 

 そう、エクストラスキル『粘性物支配(スライムドミニオン)』! 実はこれ、支配したスライムを強化したり武器や防具にする以外の能力があるんだよね。『未来予測』『思考支配』『思念読破』『一撃必殺』、あとは与えるダメージの増加……ただしスライム限定!

 

 ダメージ増加はスライム相手じゃ素の攻撃でオーバーキルだし、プルプル震えるだけのスライムに『未来予測』とか使わないし、『思考支配』しようが『思念読破』しようがプルプルしか思ってないし、『一撃必殺』を使ったら自分の使ってるスライム諸共木っ端微塵に弾け飛ぶから意味ないと思ってた。

 

 ごめんよ、今までイプシロンの偽乳爆発スイッチって思ってて! 

 

 テンションが爆上がりだ。世界最強と呼ばれる存在を手玉に取れるって超『陰の実力者』っぽい。できれば誰かに見てもらってシャドウがリムルより強いってことを道行く人に声をかけるレベルで言いふらしてほしいけど、余計な観客がいない場所での決着も悪くない。

 

 よっしゃー、このまま大魔王ぶっ殺しちゃうぜー!

 




 シド。
 対リムルに関して最もいい組み合わせの『スキル』を手に入れていた男。マサユキ以上の豪運を素で持っている疑惑が浮上中。

 リムル。
 強すぎチート大魔王。あからさまにリムルよりキャラを作ろうとしたら萎えてしまうため作者はとても苦労させられる。





 他作品同士の最強論議は争いしか生みません。全王とボボボーボ・ボーボボ、ユーハバッハとでんじゃらすじーさん、悲鳴嶼行冥と坂田銀時のどっちが強いかを聞くようなものです。


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