キコ族の少女 (SANO)
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第1話「ようこそ○○○へ」

 何の前触れもなく、ムアッと吐き気を催すほどの異臭が嗅覚を直撃したことで、俺は半ば強制的に目を覚ました。

 条件反射的に匂いの原因を探そうとして、昨日の夜に失敗してしまった煮物になる筈だった残骸がフラッシュバックのように思い出すが……

 

 

「……?」

 

 

 その煮物は放置せずに処分したことを思い出してホッと安堵する。

 しかし、現在進行形であり予想以上の強烈な臭いは覚醒したばかりの意識を再び眠りにつかせようとする。

 夢の世界に旅立ちそうになる意識を慌てて首を振ることで引き戻し、その強烈過ぎる臭いの原因を探そうと覚醒直後のボヤける視界を手で擦ることで修正し、周囲に目を配って……唖然とした。

 

 目の前にはゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ……

 自分がいる場所(様々な書物の山)を含めて、たまにテレビで見るゴミ屋敷が可愛く見えるほどのゴミの山が、視界いっぱいに広がっていた。

 明らかに自分の知らない場所である景色に、座っていた状態から少しでも高いところからと立ち上がって確認しようとしたとき、チクッと髪の毛が引っ張られる痛みを感じた。

 たぶん、髪が何かに引っかかったのかと思い髪の毛に触れたとき、ある違和感を覚える。

 

 髪が、長い?

 自慢ではないが、俺は髪の毛が耳に掛かる前にいつも切っていためにすごく短い。

 仕事の関係もあるのだが、それでなくても長いと乾かすの面倒だし、目に入るのは勘弁して欲しかった。

 そして、セットだ何だというのがないので時間や金が掛からない!!

 市販で売っているバリカンには、長さを決めて切れる道具がついているので、少し伸びたなと思えば自分で手軽に切ることが出来る。

 そうすれば、かかるお金はバリカン使用による電気代のみで、美容院に行って切ってもらうより断然安上がりなのだ!!

 

 というわけで今現在、眼前まで持ってきた腰まであるような黒髪を俺は不思議な物を見るような目で見ている。……と

 

 

「誰かいるのか?」

「!?」

 

 

 髪の毛に意識を集中した為に、落ち着いた感じの男性の声にビクリと肩を揺らしつつも、慌てて視線を向ける。

 すると、ゴミの丘に足をかけて此方を見下ろしている今の俺と同じくらい長い髪の毛を後ろで一つに束ねた髭面の男がいた。

 

 あれ?どこかで見たような顔だな?

 

 ロンゲの髭面なんて最近では見ないような風貌の男なんて会った事などない。

 なのに何処で見たことのあるような既視感を男に対して抱き、思わず首を傾げる。

 すると、男は俺の様子を暫く眺めた後、思わぬ一言を発した。

 

 

「……捨て子か」

「……ぇ?」

 

 

 捨て子?

 誰が?―――俺?

 

 ちょっと待て、俺は今年で20歳になった成人男性だぞ!?

 身長だって自慢じゃないが180はあるんだ。どう考えったて捨て“子”になんて見えないはずだ!

 あまりにもズレた評価に思わず否定の言葉を出そうとして……今日、何度目になる違和感に感じた。周囲にではなく自分の身体から……

 先ほど髪の毛を触る際には動きが小さかったから気づかなかったのだが、いつものより動きづらいのだ。

 体験したことはないが、あえて言葉にすれば体が縮んでしまっているような感覚だ。

 そんな状況を決定付けるかのように、咄嗟に男へと伸ばした手の長さや、大きさが見慣れた俺の体とは似ても似つかない小さく可愛らしいものとなっていた。

 

 あまりのもな状況に叫び出したくなるのを必死に耐え、現状の確認とこれからを考えるように頭を働かせる。

 自分の記憶を辿って、こんな状況になった原因を探るが、先の煮物の件を除いて、ここ最近の記憶がボヤけて思い出せない。

 自分の記憶が当てならないとなると、今の状況を何とかするには……

 

 

「……あ、あの!」

「あん?」

 

 

 目の前の男に聞くしかない。

 今出した声が、少女の声のように聞こえたことで更に増大した自分の中の衝動を自分の心臓部分を手で押さえる事で宥めつ、男から情報を引き出すために言葉を続ける。

 

 

「こっ……ここは、どこなんですか?」

「流星街……つっても分からねぇか」

「……」

 

 

 分からない?

 とんでもない、自分の趣味のせいで理解したくないことまで理解してしまった。

 

 俺の趣味は読書である。

 といっても本格的なものではなくライトノベル系が中心で「感性や知識を云々」を抜きにした気楽なものだ。

 当然ながら紙媒体ものだけでなく、ネット内にあるものも読んでいる。

 そして、最近とある漫画のきっかけで「二次創作」というものに興味を持ち始めていたところであった。

 そして、今の現状が俺が好んで読んできたあるジャンルの序章の部分と酷似していた。

 

 

「転生・憑依系」

 

 

 場所や人によって呼び方は様々だが、登場人物が様々な理由で現在の記憶や知識を持ったまま他人に乗り移ったり、第二の人生を歩むというジャンルと似ているのだ。

 目の前の男が言った「流星街」という地名……仮説だと思いながらも間違いないだろうと俺の頭は判断している。

 つまり、ここは漫画「ハンター×ハンター」の世界で、俺は転生……もしくは憑依の類を体験している。

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 小鳥達の囀り……ではなくカラスに似た鳥の不気味な鳴き声を目覚ましに、俺は目を覚ました。

 まだ寝ていたいと駄々をこねる体を無理やり起こして、聞こえている鳥の鳴き声により半ば諦めつつも自分の状況を確認する。

 目線を自分の体へ向けると、男物のTシャツを着ているだけの幼女の体。

 

 

「……はぁ」

 

 

 思わず溜息が漏れた。

 夢であって欲しかったが、俺は「ハンター×ハンター」の世界(もしくは似た世界)に転生or憑依をしてしまったらしい……年端もいかぬ少女の体という最悪な条件で……。

 さらに、俺は良かったと思うが、人によっては多分最悪な事象が一つ。

 

 

「おう、起きてるか?」

「あっ、おはようございます。ノブナガさん」

 

 

 俺がこの世界に来て一番最初に会った人物である髭面の男、彼の名前はノブナガ=ハザマ。そう幻影旅団No1の“あの”ノブナガである。

 最初は俺をそのまま放って置くつもりだったそうだが、心の変化があって俺を拾ってくれたのだ。

 あのまま放置されていた場合、彼の言葉を要約すれば「私にひどいことするつもりでしょう!エロ同人誌みたいに!!」だったらしい。

 教えてくれた話を今思い出しても、背筋がヒヤリとする。

 

 そんな危機から救ってくれたノブナガの心を動かした変化というのは、俺の体から出ている靄のようなもののせいである。

 “念”……だと思う……というか、この世界ではそれしかないはずだ。

 

 今の自分は体格的に6歳くらいだろうか?

 現実であれば小学1年生になるかならないかの歳で念を習得しているとなれば、興味をもたれるのも納得できる。

 最初は、なんで念なんて覚えてるの!?とか思ってはいたが……よく考えると、今の年代を聞いてない為になんともいえないが、外の様子からして将来だろう。

 必ずキメラアントの脅威がこの世界に降りかかる。

 幸いと言うべきか結末付近までの記憶は頭の中にある。正確にはネテロの遺言の所までの記憶がある。

 キメラアントによるバイオハザードは、近隣諸国は当然ながら流星街も一時的とはいえ侵される以上、最低でも師団長クラスの実力を持っていなければ“死”または、やつらのお仲間に……なんてことになりかねない。

 脅威が去るまで隠れるか、逃げ続ければいいという選択肢もあるが、その為の準備そのものが年齢的、または金銭的に難しい。

 

 そう考えると、念を習得しているという今の状況は大変ありがたい。

 ノブナガに拾ってもらえなかっただろうし……

 

 

「昨日も言っただろう、敬語は止めろ」

「あ、すみま―――ごめん」

「ほれ、これ着て出かける準備しろ」

「?……わぷっ!?」

 

 

 無愛想な会話の後に、突然投げて寄越された布を受け取りきれず、顔面に直撃してそのまま押し倒された。

 この体の小ささに慣れてないので、つい男の頃の感覚で体を動かしてしまって昨日も似たような行動を何度かしてしまっている。

 今の体の不便さに何度目かの不満を感じながら、そこから脱出して布―――衣服を確認すると、子供用の白いTシャツと黒いズボン、それと全身を覆い隠せる……フード付きのオーバーコート?

 

 

「お前の容姿は少し目立つからな、外に出るときは隠してろ」

「あ、はい……じゃなくて、うん」

 

 

 この家には鏡がないから、今の容姿を見ていないが、そんなに目立つのだろうか?

 確かに現在の髪の毛は綺麗だなとは思うから、それが目立っているのかもしれない。

 そんな自己解釈をしつつ、その場で借りていたシャツを脱いでTシャツなどに袖を通していく。 

 

 ちなみに目が覚めたとき、俺はボロイ布切れ一枚を身体に巻いただけの状態だった。

 そんな状態なら、捨て子とか思われても仕方ないない。いや、それ以前にあんな所に子供が一人でいる時点で完全に捨て子だな。

 

 思考の海へ意識を漂わせつつも、身体だけは渡された服を着ていき、そんな俺をノブナガはその場で待っている。

 ……まあ、性別が反転したとはいえ男の感性のままなので別に気にしてないけど。

 というか、彼が幼女に欲情するような性癖の持ち主とは思えない。そもそも恋愛とかそういう類をする人には見え……これはさすがに失礼か?

 

 あっ、そうだ。

 目が覚めたときに着ていたのは布切れ一枚といったけど、下着は下だけだけどちゃんとつけていたから、別にノーパンじゃないよ……ん?誰に言い訳してるんだ俺?

 

 とにかく、長い髪の毛ごとオーバーコートを羽織り、フードを被って準備は完了。

 今になって気づいたが。着替えている途中何度も女になっている自分の体が目に入るが特に動揺などを起こすことがない自分に、逆に少し驚いた。

 まあ、これから長い付き合いになる体だし、これは別に悪いことじゃないだろう。

 

 

「よし、いくぞ」

「うん」

 

 

 そういって歩き出すノブナガの後を、小走りについていく。

 歩幅が違うので、そうでもしないと置いてかれてしまうからだ。

 懸命に後をついていきながら、ふと気付く。

 

 ……あれ?どこ行くか俺聞いてないんだけど?

 

 

 

**********

 

 

 

 自分の後を必死についてくる少女の気配を後ろで感じながら、気持ち歩幅を縮めつつノブナガは昨日の出来事を思い返す。

 

 気まぐれで立ち寄った場所で見つけた、捨て子の少女。

 いつもの彼であればそのまま置いていくところを、彼女から漂っている”あるモノ”を見てつい拾ってしまった。

 

”念”、”オーラ”

 

 自分の生活の中で、あるのが当たり前になったモノが彼女を包み込んでいた。

 少女の見た目は6歳といったところで、今はフードで隠れてしまっているが腰まである綺麗な黒髪。

 そして、光に当たるとダイヤのような淡い輝きを放つ右目という人体収集家にとっては手に入れてみたい特徴を除けば、どこにでもいそうな子供。

 しかし、彼の後を小走りで懸命についてくる少女が纏うオーラは、一切の揺らぎもなく静寂を保っている。

 

 年齢と念の錬度があまりにも不釣合い。

 こんな面白そうなガキが、どこぞの収集家の奴等の愛玩具となって終わるのは面白くない。

 

 

 ダメ元で言ってみるか……

 

 

 歩幅をまた縮めつつ、ノブナガはある人物を思い浮かべた。



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第2話「入団面接?」

 到着した流星街にある廃墟ビルの中で、俺はノブナガの影に隠れるようにしながら、ダラダラと冷や汗が流れ出ているのを背中で感じていた。

 

 

「へえ、その子が昨日拾ったとか言ってた女の子?」

「そうだ」

 

 

 肯定の返事をするノブナガの声を聞きつつ、俺と同じ目線になるように腰を落とす―――茶髪のなんというか出るとこが出すぎている女性―――パクノダ。

 顔は……うん。最初の頃の顔じゃなくて、美人に描かれ始めた後半の顔だ。

 いや、そんなことはどうでもよくて……今、注意すべきことは彼女の念能力である。

 

 もしも、彼女に記憶を見られたら?

 現在「私は記憶喪失で、気がついたらあそこにいました」という設定でノブナガと会話しており、ここに来るまでの道中に何か思い出すかもという前置きで、漫画では描かれなかった世界のことを聞いていた。

 そんな中で「今は何年ですか?」と聞いたところ「1995年だ」と答えが返ってきている。

 

 確か、2000年から物語がスタートするはずだから、今持っている知識は俺というイレギュラーな存在により変わるかもしれない可能性を考慮しても、知られては困る情報が満載だ。

 

 ゴンと彼の仲間は物語の最重要人物であり、特にクラピカに関しては幻影旅団とは深い関わりがある。

 そこを俺を記憶を使って変に改変されると、対キメラアント戦の流れが大きく変わってしまう。

 良い方向へかもしれないが、同じくらいに悪い方向へかもしれない。

 最悪、キメラアントの勢力基盤が安定してしまう状況になったら終わりである。

 

 ということで、パクノダから距離を取るためノブナガの体を盾にするようにして間違っても触れられないようにする。

 まあ、それだけが理由ではなく。

 他の団員……シャルナークやらマチ、フェンクスにフランクリン……初期メンバーの半分以上が、何故かここに集結しており、その視線すべてが俺へと注がれているため死角になるノブナガの後ろへ隠れるしかないのだ。

 ただ視線を向けられているだけなのに、重量のある何かが体全体を包み込んでいるような感覚。

 

 

「がはははっ、嫌われたなパク」

「……私ってそんなに怖いからしら?」

 

 

 いえ、貴女という人が怖いのではなくて貴女の念能力が怖いのです。

 ということで、ノブナガの庇護下に居る以上は、接点が多そうなので今後のために変な誤解をされてはと、首を左右に振って一応は否定しておく。

 それに結構好きなキャラだし……団員想いな所とか、非情になりきれない人間らしさとか、犯罪者だけどね。

 

 子供らしい行動による俺の否定に、パクノダが幾分か顔を和らげる。

 そして俺に近寄ることを諦めて、小さく手を振ってきたので、恥ずかしいが振り返した。

 やっと一息つけそうかと、思った瞬間。その声が響いた。

 

 

「珍しいな。お前が子供を拾ってくるなんて」

 

 

 後ろから聞こえたその声に、手を振っていた俺は一瞬で凍りついたかのように動けなくなった。

 そう、まさに蛇に睨まれた蛙のような……

 

 

「おっ、団長」

 

 

 嬉々とした声を上げつつノブナガが体ごと向きを変えた為に、引き摺られるかのように俺も声の主のほうへと体を向きが変わり、彼の台詞どおりの人物が俺の眼前へと現れた。

 

 こ、これが団長のクロロ!!

 オールバックにした黒髪と、額に十字架の刺青があるイケメンだ。

 前世(?)での女友達が大好きなキャラだと言っていたが……うん、実物を見て納得できる。確か現実にいたらアイツが惚れそうだ。

 そんな彼が、俺に品定めするような視線を遠慮なく送ってくる。

 

 ―――はっきり言って、死にそうです。

 

 キルアの言う通り、この人の視線を直には受けたくないです。

 顔が整っているイケメンだから、なおさらヤバいし怖いです。誰か助けて……。

 

 

「ん?こいつ……キコ族か?」

「キコ族?」

 

 

 団長の呟きを聞き取ったマチが疑問の声をあげた。

 フリーズ状態の俺にも聞こえたので、意外と余裕があったのか心の中で首を傾げる。

 

 そんな部族あったっけ?クルタ族ならクラピカの部族だと思うけど……キコ?

 いや、存在はしてるけど紹介されてなかっただけかもしれない。

 

 

「ヨークシンを中心に遊牧民生活をしていた少数部族で、町の開発と共に部族は消滅したはずだが……」

 

 

 そういって、俺に近づいてくるとゆっくりと俺へ手を伸ばしてくる。

 ただ、手を伸ばしているだけなのにクロロからは異様なほどのプレッシャーというか圧力が俺へと圧し掛かってきて、無意識に目を瞑り、最初から掴んでいたノブナガのズボンを破けるほどにしがみ付くと、体を硬くさせる。

 幻覚と分かっているはずなのに俺を軽く握りつぶせるほど巨大に感じる彼に、意識が飛びそうになり、目端から涙が溜まっていくのが感じられる。

 

 

「怖がるな。別に取って食うわけじゃない」

 

 そういうと指先で俺の顎持ち上げて、恐怖で固まりつつも恐る恐る目を開いた俺の顔を覗き込んだ。

 その際、フードが外れてしまい今まで隠れていた顔が全員の視線にさらされることなり、より一層体を硬くさせることなる。

 

 

「……間違いないな。”ダイヤの瞳”と呼ばれる右目に、闇に溶けるような黒髪。キコ族の特徴だ」

 

 

 顎から手を離すと、今度は露になった俺の頭を軽く押し撫でる。

 少々乱暴な感じがするが、逆にそれが少し気持ちよくて、硬くなっていた体が少しほぐれると共にノブナガが出かける際に言っていた「目立つ」の意味が理解できて、少し顔が綻ぶ。

 まあ、それも次の会話を聞くまでの短い間だったが

 

 

「で?ノブナガはこいつをここに連れてきて、どうするつもりだ?」

「団長、今すぐにじゃねぇがこいつを入団させねぇか?」

 

 

 ……Why?

 俺を幻影旅団へ入団させる?……待って待って待って!!何その死亡フラグ!!

 というか、ちょっと念が使えるかも程度のガキを入団させるなんて何考えてるの!?あ、自分で言って少し傷ついた。

 

 

「……理由は?」

「こいつは育てれば絶対強くなるね」

「根拠は?」

「……勘」

 

 

 やめてー!!勘で俺の将来を決めないで!!

 助けてくれたのは嬉しいけど、それとこれとは別だから!!

 

 

「おい」

「ひゃいっ!?」

「強くなりたいか?」

「ぁ……ぅ……」

 

 

 撫でていた手で俺の顔を自分の方へと向かせたクロロからの突然の質問に、俺は変な声をあげつつ何を言っているのか理解できなかった。

 更に、やっと開放された視線の重圧が再び襲ってきて、ただでさえ緊張で混乱している思考が更にヒドイ事になっていく。

 それでも、答えないと危険と言う脅迫概念に圧されるように無意識に聞かれた内容を考える。

 

 強くなりたいか?

 当然だ。キメラアントに殺されたくないから、強くなりたい。

 でも、なぜ俺の意見を聞く?

 俺の意思確認?そんな馬鹿な

 じゃあ、何で俺の意見を聞くの?

 俺の意思確認?……まさか、ありえない

 じゃあ―――――――

 

 

「どうなんだ?」

「っ!……つ、強くなりたいです!」

 

 

 グルグルとループしていた思考がクロロの一言で、即決されると同時に、俺の口から決定された内容が悲鳴のような声で響く。

 

 

「……ノブナガ、言ったからには責任もて」

「!!、悪りぃな団長」

 

 

 あ、あれ?

 もしかして、俺の一言で入団が決定?ちょっ、嘘だろう!?

 ……あ、目の前が……

 

 このビルに到着してからの重圧やストレス&入団という強烈な一撃で俺は意識が薄れ、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

**********

 

 

 

 時折、夢の中で「これは夢だ」と自覚できるときがある。

 結構なスピードで走る車の後部座席で、外の景色と窓に映る自分の……少女の顔を見ながら「今がそうだな」と思った。

 

 そんな俺を乗せた車はしばらく走り続けた後に街の光を背にして、ある場所で停車した。

 

地下鉄のプラットホームへと続く階段

 

 都心では見慣れたものだが、入り口に「立ち入り禁止」と書かれたプレートがあるだけで、それは別の何かに見えた。

 その風景に少し萎縮していると、俺のすぐ脇にあったドアが開き外の魚が腐ったような悪臭と、肌を刺すような寒さが俺を襲った。

 

 

「―――、着いたわよ」

 

 

 ノイズのかかった声を聞いて無意識に相手の顔を確認しようとするが、ピンボケした写真を見ているように霞んでいて相手がどんな顔か分からない。

 服装と声から妙齢の女性とは分かるが、それまでである。

 「誰?」と聞こうと口を開くよりも早く、体が勝手に動き車から降りた。

 

 

「こっちよ」

 

 

 そう言って歩き出す相手の後を追って、またもや勝手に歩き始める自分の体。

 突然の事態にパニックを起こしそうになるが、これは夢の中だということを再確認して安堵すると共に、事の成り行きに身を任せてみようと抵抗を諦めた。

 

 俺の妨害などあってないようなものだったので、少しも変わらず体は勝手に動き続けていき、階段の手前まで移動すると先頭を歩いていた女性が振り返った。

 すると、いつの間に手にしていたのか小さな鞄を俺へと差し出す。

 

 俺(の体)は、一言も声を出さずに鞄を受け取ると進入禁止のロープを躊躇なく潜り階段を下っていく。

 

 不気味な風の音と、闇に溶けていく自身の体に、自然を身震いをしてしまう。

 しかし、俺のそんな状況を無視して階段を下りていく体はどんどんと闇へと飲み込まれていき……。

 古いブラウン管のテレビの電源を切ったときに聞こえる”ブツン”という音と共に意識が途切れた。



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第3話「スタート地点」

 入団騒ぎ?の翌日。

 ノブナガ指導の下、俺の修行をする事が決まった。

 入団については、皆が認める実力になるまでは補欠ということとなり、認められた後はクロロの許可を経て、晴れて?正式な団員となる……という段取りが決定された。

 まあ、念の系統が分からないド素人を入団はさせるわけないよな。

 

 あと、キコ族についてシャル―――呼び捨てでいいということで呼び捨て―――が電脳ページで調べてくれたのだけれど……

 

・ヨークシンを中心に遊牧民生活をしていた部族。

・”ダイヤの瞳”という特殊な瞳と、闇のように黒い髪という身体的特徴をもつ。

・十年前に最後の集落が確認されて以来、存在の確認が出来ていない。

・姿を隠すのに長けていた。

 

 と、クロロの言った内容を除くと全く分からないというレベル。

 いや、一般的な方法では分からないということが分かったと言えるかもしれないか。ハンター専用のサイトで探せばまだそれなりに情報があるかもしれないけど、さすがにそこまでしてもらうと気が引ける。

 というか、自分で稼いだ金で調べるようにって言われた。

 

 また、補欠とはいえ幻影旅団の構成員の一人となった為に、今までは記憶喪失で「おい」とか「お前」で通っていた名無しの俺に”ユイ”という名前が付けられた。

 はい拍手~!

 

 ちなみに命名者は拾い主のノブナガ。

 と言うことだから、フルネームはユイ=ハザマでいいのだろうかと皆に聞いたら、一瞬の沈黙の後に大爆笑された。

 え?いや、なんで笑うの?別に可笑しな事なんて言ってないと思うのだけど?

 

 疑問に思いつつも、俺を認識・識別する名前が決まったので修行開始前に流星街のお偉いさんへ挨拶に行くことになった。

 漫画では、生活様式や文化などが詳しく語られなかったので「転生・憑依者の特権!」みたいに思ったりしながら、ノブナガの後をついて行く。

 まあ、通った道が特別だったのかゴミばかりで、人や建築物を見ることはなかったが……

 

 

「―――ってことだから、こいつは俺達の保護下で生活する」

「分かった。その子を我々の仲間として受入れよう」

 

 

 バイオパニック映画に出てくるような防護服に身を包んだ数人の人間……たぶん街の代表者が、ノブナガの説明を受けて俺を流星街の仲間として迎え入れてくれた。

 特に受け入れの儀式とか、書類にサインとかの手続きは一切なく、少し身構えていた俺としては拍子抜けするほどの簡単さである。

 そんな内心を1ミリも外に出すことなく、オーバーコートに身を包みフードを目深に被った姿のままの俺はペコリと頭を下げる事で、受け入れてくれた感謝の意を示す。

 礼儀としてフードを取ろうとしたのだが、ノブナガに「取らなくていい」と言われており、相手の顔を分からずに仲間として受け入れてもいいのだろうかとも思ってしまうが、原作では何でも受け入れるとか言っていたし、問題はないのだろう。

 

 何はともあれ、これで俺は「流星街」の住民となると同時に、「幻影旅団」の庇護下に入ることが周知された。

 本来であれば、俺ぐらいの年齢の子供は“街”の施設で同世代の子等との生活が待っている。

 だが、旅団の庇護を受けていることと、ノブナガとの修行がある為に、俺は少し特殊な立ち位置らしい。

 

 そういえば、分かっている人が多いかもしれないが、流星街の人間は外にいる人達と一部を除き全く同じ人だ。

 違うのは、彼らの異常なまでの仲間意識。

 漫画で紹介されていた”あの事件”がいい例である。

 

 その意識構築の要因の一つとなっているのが、彼らの生活が密着していることにある。

 子供の生活内容を聞いただけでも、小さい子の面倒を年長者が率先して行なうし、何をするにしても皆と行動を共にする。

 あとは、ここに来る道中でも色々とノブナガが説明しくれたが、大雑把過ぎて詳しくは伝えられない。

 まあ、簡単に言ってしまえば

 

「俺のモノは皆のモノ、皆のモノは皆のモノ」

 

 ……間違ってはいないけど、合ってるとは言いがたいな……

 う~ん、何かいい言葉がないかな…………

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「おい、聞いてんのか?」

 

 

ゴンッ

 

 

「痛ッ」

 

 

 先日のことで、つい物思いに耽っていた俺の脳天を、ノブナガは刀の鞘で小突いた。

 ここって、意外と痛いんだよ。それも鞘の先端で小突かれたから余計に痛い。

 突然の激痛に、若干涙目になりながら弁解する。

 

 

「き、聞いてるよ」

「じゃあ、さっきまで俺が何を説明してたか言ってみろ?」

「えと…」

 

 

ゴンッ

 

 

「~~っ!!」

 

 

 さっきより強力な小突き……いやそんな生易しいレベルじゃない打撃が俺の脳天に直撃した。

 そのせいで涙が零れそうになるのを意地でも耐える。

 

 

「次は本気で小突くぞ」

「……わ、わかった…」

 

 

 ズキズキと鈍い痛みを耐えながら、搾り出すように声を出す。

 これ以上の鉄拳(?)は命に関わる。

 

 

「お前は覚えが良いんだから、ちゃんと集中すればすぐ終わるんだよ」

「……うん」

「最初からやり直すぞ。念ていうのはな――――」

 

 

 まあ、漫画からの知識と前世からの知識があるから、この歳にしてみれば覚えはいいだろうね。

 ということで、二度目の講義は痛い目に合いたくはないから真面目に受けて、本当に小一時間程で終了させることが出来た。

 ノブナガ自身が詳しい説明が得意ではなかった為に簡易的になったのも要因のひとつであるけれど

 

 んで、次は基本中の基本である四大行へと……いくわけなんだけど。

 

 何故か”纏”は目が覚めている時から出来ているし、キコ族の姿を隠すという特徴なのか”絶”も出来る。

 さすがに”練”はできなかったけど、これも一週間で出来るように……

 

 主人公陣には劣るものの、自分でも驚くほどの習得率にノブナガは、

 

 

「たまにいるんだよ。念との相性がいい奴がな」

 

 

 とのこと。ついでに

 

 

「やっぱ、俺の目に狂いはなかったな」

 

 

 と少し自慢げに呟いていたが、そこはスルーしておく。

 彼の台詞はともかく、俺自身が強くなりたいと願っているので、その相性の良さは大歓迎である。

 そして、”練”が使えるようになったということは……

 

 

「さて、応用を始める前に、お前の系統を調べるか」

 

 

 キターーーー!!

 

 さてさて、俺の系統は何かな?希望としては強化系とか具現化系かな。

 俺が求めているのは戦闘力だから、一番バランスのいい強化系が候補にあがるのは当然として、具現家系も習得に苦労するが、特殊武器を無手状態から作り出せるのがいい。キメラアント討伐隊のノヴが持ってる能力が便利すぎるから、それで惹かれているのかもしれないけどね。

 ワクワクした気持ちを醸し出しつつ、用意してもらった葉の乗ったコップを手で包み込むようにして……

 

 

「……葉っぱが回転してる」

「こりゃあ操作系だな。シャルと同じだってこった」

 

 

 ……マジっすか。

 操作系て愛用の道具がなくなると、戦力が大幅にダウンする系統だよな?

 

 

「今後はシャルの意見を交えて、鍛えていくか」

「うん」

 

 

 そうだ、何も能力だけにこだわらなくても基礎がちゃんと出来ていれば、それだけで十分に強くなれる。

 例えば、ビスケとか、ビスケとか、ビスケとか……巨漢女になるのだけは勘弁したいな。

 

 ちょっとした気分の問題故に気持ちをすぐさま切り替えて、基礎を固めることになった。

 四大行も一通り出来るようになっただけであって、熟練度なんてないに等しい。

 当然ながら、そんな状態で“発”―――念能力―――を開発しようとしても粗悪品ができたり、ヒソカが言う”メモリ”を無駄に消費してしまう。

 

 どんなモノでも基礎がダメなら全てがダメになってしまう。

 この世界に自分が居る理由や、これからの事が不明瞭である以上は、この世界で生きていくことを考えて、必要最低限の力をつけなくてはならない。

 それは訪れるであろうバイオハザードに対応する為であるが、それだけではなく純粋に生きていく為に必要だからである。

 

 俺が保有しているのは“男だった時の記憶”のみであり、憑依にしろ転生にしろ、この身体の記憶は一切もっていないのだ。

 それが意味する事は、自分の存在を世界に証明できないということである。

 憑依だとすれば、この年齢まで外の世界で生きていたと考えれられるので戸籍が存在しているかもしれないが、それだけをアテにすることは危険すぎるし、流星街へ“捨てられた”という事を加味すれば色々と覚悟しておかないといけない。

 

 中身が20歳の男とはいえ、そんな俺が生きていたのは一般的には戦争がない平和な日本であり、この無慈悲で死と隣り合わせの世界とは雲泥の差がある。

 生きている以上は、どんな世界であろうと精一杯生きてやる!!

 とか、一応は強がってみたり……はぁ



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第4話「○○が飛び出してきた!」

 自分の系統が分かってから、3ヶ月程の月日が流れた。

 場所は流星街から離れた亜熱帯地域の人里離れた場所。

 天に昇るほどの高い木々が鬱蒼としている中、その間を縫うように無駄の少ない動きで抜けつつ、俺は無我夢中で俺は走っていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 既に数十分ほど全速力で走っているせいで胸が締め付けられるように痛み、熱帯気候のため纏わりつくような熱気と体温の上昇によって汗が滝のように流れ出てくる。

 そして、その流れ出た汗は着用しているジャージに全て吸収され、全体の重さは代わらないのに厄介な錘となって俺の体力をガリガリと削っていく。

 

 このまま走るを止められたら、どんなに楽なことか……何度も頭を過ぎる欲求。

 でも、足を止めるわけにはいかない。

 

 なぜなら…

 

 

「ブモォォォォッ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 無意識に外見相応の悲鳴を上げながら更に速力を上げて逃げる俺を、グレイトスタンプだっけ?ゴンたちが受けたハンター二次試験に出てきた豚の大群が、進路上にある木々をなぎ倒しながら俺を追撃してくる。

 軽々と倒されていく木々は自分の数倍以上の太さを持つ木々という現象に、ブワッと背筋から別の冷たい汗が吹き出す。

 

 と言っても、それだけで俺がこうも必死に逃げるわけではない。

 もう一つで最大の理由。

 それは、俺の腰にある臭い袋にある。

 何の臭い袋かというと、こいつらのメスが繁殖期に放つフェロモンと似た匂いを放つ合成薬。

 

 チラリと後ろを確認する。

 迫ってくる奴等は全てオスで、目が血走っていたりして完全にイッてしまっており、全てのオスが鼻息は荒く一部の奴は下品な笑み(?)と涎を垂れ流しながら迫ってきている。

 

 死ぬ! こんなのに襲われたら、いろんな意味で死ぬ!!

 俺の貞操とか、俺の貞操とか、俺の貞操とかーーー!!

 

 

「の……ノブナガの、バカーーーーーーーーーッ!」

 

 

 何処かで俺を見ているであろう、こんな修行を思いついた人間の悪口を叫びながら、俺は更に走るスピードを上げた。

 だが、今はまだこっちのほうが速いのだが撒けるほどの速さは無い。何度かギアを上げて一気に撒こうかとも思ったが、密集している木々が障害物となって思ったように走れない。

 それに念を使って身体能力をあげて今の状態であるために、今だにオーラの総量に不安がある俺では失敗は「ガス欠→豚の餌食」という結果となることは目に見えている。

 

 何とかしないと……R18の展開が!!

 獣と○○○なんて、どんだけマニアックな内容だよ!

 誰も望んでない成人誌展開(マニアック)とか、読者が逃げちゃうだろうが!!

 

 メタな発言を……って、メタ?……そういえば原作でのこいつ等の弱点って!

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「ラスト一頭!!」

 

 そういって道中で回収した小石を数個、最後の一頭であるグレイトスタンプへ念で強化してから投げつける。

 さすがに仲間の犠牲の元、こちらの意図は理解している為に、1個2個3個と自慢の鼻を左右に振って弾いていくが、捌ききれずに、弱点である額に小石が直撃。

 直後、雷に打たれたかのように身体をビクリと痙攣させると、数歩ほど歩いた後に、地鳴りを響かせて巨体が地面へ倒れこんだ。

 

 原作で頭が弱点と言うのは分かったから、後は倒す方法として昔の維新志士が行った戦術で、逃げ続けて突出した敵を一人ずつ倒していくという戦術(?)を試した結果が“これ”である。

 

 すごいぜ幕末時代!!

 

 数秒、再び動き出さないか注意深く視線を送るが、ピクリとも動く気配がない。

 それを確認できた瞬間、やっと貞操の危機がある逃亡劇から開放された安堵と念の大量消費による疲労で、その場に立っていることができず空気の抜けていく風船のようにヘナヘナと座り込む。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 

 荒くなっている息を落ち着かせようとしながら自分の体を見ると、いつもは意識せずに出来る”纏”がうまくいかず、微かに残っているオーラが垂れ流し状態になっている。

 オーラがこれ以上消費されれば、この場で倒れてしまう。

 

 必死に”纏”もしくは”絶”を行おうとするも、極度の疲労から上手く集中が出来ず逆に無駄なオーラを消費してしまう。

 そのことで、さらに慌ててしまい余計に集中できなくなっていく。

 そんな悪循環を続けていると、知っている気配が背後に現れた。

 

 

「落ち着け、まずは深呼吸だ」

「ノブ、ナガ」

 

 

 気配の正体―――ノブナガが俺の背中へ手を置き、落ち着いた声で指示を出す。

 その声に軽くパニックになっていた俺はゆっくりと冷静さを取り戻し、深呼吸を開始する。

 

 

「そうだ。落ち着いたら、呼吸に合わせて自分の中でオーラを―――」

 

 

 ノブナガの普段聞くこと無いような優しい声の言われるがまま、自身のオーラを操作していく。

 最初が上手くいけば、後はいつもの復習と変わらない。故に、数分もすれば……

 

 

「どうだ。落ち着いたか?」

「……うん。まだダルい感じがするけど、もう平気」

 

 

 まだ全身が重い感じがするが、動く分にはもう問題ないくらいに回復できた。

 気絶の心配がなくなった俺は、次に火照っている体に我慢できず、修行用に手に入れたジャージの上だけを脱ぎTシャツだけになった。

 そして、携帯していたスポーツ飲料水をガブ飲みしたい欲求を抑えつつ、意識して少量ずつ飲みながら体内の水分を補給する。

 

 まだ、ブr…上の下着をつけるほどの大きさではないにしろ、絞れば水が出るのではと思うほどに濡れた服は、小さな小山を二つクッキリと映し出していた。

 とはいえ、ノブナガはそんな趣味ないし、俺も気にしてないので関係ないけどね。

 いや、この場合は俺に羞恥心がないだけか?

 そんなことを余裕の出来た思考の中でしつつ水分補給していると、頭上から注意する声が聞こえる。

 

 

「まったく。こいつ等を倒す方法はまあまあ良かったが、自分のオーラの総量を考えてやれ」

「ぅっ、ごめん」

「だが、今回のことで分かったことがあるな。分かるか?」

「……”流”が上手く出来なかった」

「そうだ」

 

 

 “周”、“隠”、“凝”、“堅”、“円”、“硬”を練度の違いはあれど一通りを出来るようになったものの、なぜか”流”が他と比べて上達速度が遅いのである。

 先の作戦も、逃げる時には足にオーラを集中させ、相手に石を投げる際には“周”で石を強化する関係で、足のオーラを手に、そして石へと“流”を行うのだが、迅速に出来ずに尚且つ無駄にオーラを動かしたりした関係で、予定していた以上の消費をしてしまっていたのだ。

 こうなると、ちょっと上達が悪いからで完結できる問題ではなくなった。

 

 

「”流”が出来る出来ないで、強ぇ奴との戦いで勝てる可能性が雲泥の差以上にある。少しずつ改善していこうかとも思ったが、今回のことで予想以上にできないことが分かったからな。明日からは”流”を中心にした修行に変えるぞ」

「……うん」

 

 

 これまで順調に上達していったせいで、これくらいの躓きは普通なのに予想以上にショックを受けている自分がいた。

 念との相性がいいとはいえ、自分の能力に過信しずぎてたのかもしれない。

 俺が倒したグレイトスタンプの一頭を持ち帰るようにしているノブナガを見ながら、小さく溜息が漏れた。

 

 

カサッ……

 

 

「!?」

 

 

 突然、俺の後ろで草が擦れる音が小さく聞こえた。

 まさか豚がまだ残っていたのかと素早く立ち上がると共に臨戦態勢を取り、音のしたほうへと神経を集中させる。

 相手は、そんな俺の行動に気づいたのかカサカサと草が動いているのは確認できるものの、姿を現そうとはしない。

 さっきの疲労も抜け切っていない現状での我慢対決は分が悪いと判断し、足にオーラを集中させると一気に音のした草むら辺りを飛び越え、その後方へと跳躍した。

 

 

「……あ、あれ?」

「フーーーッ」

 

 

 そして、音のしていた草むらにいたのは豚ではなくて……

 

 

「リス?いや、キツネ?」

 

 

 リスほどしかない大きさの、耳の尖った一見キツネにも見える動物が俺を見て威嚇していた。

 

 

「ユイ、お前何やってんだ?」

「あ、ノブナガ」

 

 

 俺の突然の行動に、木の棒に豚を吊るした物を肩に担いだ状態のノブナガが呆れた声で尋ねてくる。

 そういえば、ノブナガが近くに居たのに警戒も何もしていないのだが、危険するべきことではなかったということじゃないか。

 ちょっ。俺はなんて無駄な行動を……。

 勝手にシリアスぶって警戒していた自分に落ち込む俺を無視して、ノブナガは俺と対峙している生物へと目を向ける。

 

 

「なんだ。キツネリスの子供じゃねぇか」

「キツネリス?」

「俺も詳しいわけじゃねぇが、大人になっても体長30センチにもならねぇ小型の魔獣だ」

「魔獣!?こんなに小さいのに」

「まあ、そう分類されてるだけでそこまで危険な生物じゃねぇよ」

 

 

 俺たちが、話し合っている間もそのキツネリスは威嚇を続けている。

 ふと、ノブナガの説明で気になることを思い出す。

 

 

「ねえ、この子が子供だっていってたけど……親は?」

「……この状況で親が来ねぇってことは、死んだんだろうよ」

「……」

 

 

 自然界を、子供だけで生きていけるなんてことは極稀である。大抵は他の生物の餌食になるか、自分の食事を確保できずに餓死するかである。

 そう思うと、俺は自然とキツネリスへと歩を進めていた。

 ノブナガは俺の行動から、何をするのか分かっているのか黙って見ている。

 

 キツネリスは俺の行動に当然警戒し、さらに威嚇の声を上げると、それに同調するかのように全身の毛を逆立たせる。

 俺はそれ以上刺激しないようにその場で腰をかがめると、ゆっくりと手を伸ばした。

 

 

「おいで、怖くないから」

 

 

 魔獣ということは、それなりに知能があるはずだが、人間の言葉を完全に理解できるとは思わない。

 だから、声色で安心させようと優しく語りかける。

 しかし、依然として俺への威嚇を続けているので、危険な匂いをしないと分かってもらうために少し手を前へと差し出してみる。

 

 

「大丈夫。一緒に行こう」

「シャーッ」

「っ!」

 

 

 しかし、手を前に出しすぎてキツネリスの警戒線に触れたのか差し出した手へ、前足の爪が容赦なく食い込んだ。

 しかし子供で力不足だったためなのか、肉は裂けなかったものの指先に爪が食い込んで激痛が俺を襲った。

 でも、その痛みを表に出さないように、少し強引だが食い込んだまま手を引っ込めると共にキツネリスを引き寄せると優しく抱きしめた。

 強くも無く、でも弱すぎることもない程度の力で……

 

 だが、そんなことをすればキツネリスが暴れるのも当たり前であり、俺の胸の中で逃げようと力の限り暴れ続けた。

 何度も切り付けられた胸の部分の服は、無残に裂かれて少し露出した皮膚にも引っ掻き傷が数箇所出来る。

 それでも、俺は痛みに耐えてこの子が落ち着くのを待った。

 

 そして、その行動は数分で収束した。

 俺が危険な存在ではないと分かってくれたのか、暴れるのをやめて俺の目を見つめてきた後、自身の爪で傷ついた俺の胸にある傷を舐め始め、最後には喉を鳴らしながら俺の胸へと顔を押し付けてきた。

 

 

「あははっ、くすぐったいって」

「……まったく、何してんだか」

 

 

 キツネリスが大人しくなったのを見計らって、ノブナガは近づいてくると俺の頭に手を置き、グシャグシャと撫で上げる。

 でもそれが結構乱暴で、脳が揺さぶられ回復しきっていない体には若干キツイ。

 

 

「ちょっやめっ…」

「自分と似た境遇だからって助けてもいいが、ちゃんと面倒見ろよ」

「……うん」

 

 

 自分の考えていたことがズバリ言い当てられ、顔が赤くなる。

 親がいないと聞き、無性にこの子を助けたくて仕方なかった。俺の場合はノブナガに拾われ、押し付け的な部分もあるが生きる為の術を教えてもらっている。

 そんな比較的安定した人生を歩んでいる余裕からくる、安い同情と思う人もいるかもしれない。

 でも、だからと言って見捨ててもいいとは思わない。だから、俺は何の迷いも無く助けることを選んだ。

 

 それと、蛇足だけど。

 性別が変わったせいなのか、この子の表情に母性本能(?)が擽られたのも理由の一つだったり、なかったり……

 

 ……ん?

 

 そういえば、この状況って……某アニメ映画に似てるな……くそっ、メー○ェがあれば完璧だったのに!



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第5話「変態、現る」

 突然だけど、この間のキツネリスは私のペット……いや、相棒になりました。

 保護と言うのも変だが俺に馴れて欲しいと思っていたので、この結果は純粋に嬉しい事だ。

 まあ、予想以上にベッタリと懐いてくれて、若干だが反応に困ったりはするけれどね。あっ、ちなみにオス。

 

 当然(?)ながら、名前は『テト』である。

 くっそぉ、本当にメー○ェがあれば……念で再現するか?いやいやいや、それこそ能力の無駄遣い。馬鹿の考えはやめよう。

 というか、主人公と俺の容姿からしてぜんぜん似てないし、性格も段違いだ。

 

 そして、この件に関連した事件が旅団内で起きた。

 それは、数日後の団員召集についていった時であり、あえて名前をつけるとすれば

 

 『ノブナガ、強○疑惑事件』

 

 テトを落ち着かせるために抱きしめた際、彼の爪で怪我をした肌を見て、パクがノブナガが俺に対して修行と言ってヒドイ事をしているのではないかと、“面白半分で”疑惑を持ち出して大変なことになったらしい。

 必死に弁解するノブナガだけど、マチとパクは分かってて疑惑に満ちた瞳で見るわ、状況を理解して悪乗りしたウボォー達は笑い声と批難の声を浴びせたとか……ちなみに団長は傍観。

 

 この騒ぎは、マチと共に買い物から戻ってきた俺が、テトとの経緯を話すまで続いたとさ……

 意外(?)とノリがいい団員だなと思ったよ。

 それにしても、慌てていたノブナガ……意外と面白かったなぁ~

 

 っと、話が変な方向に行ってる。修正修正。

 前回、豚との戦闘で”流”の未熟さを痛感し、戻ってからは通常の修行を3割で残りを”流”の鍛錬に費やした。

 早く強くなりたいから、こんなところで止まりたくはないのだけど、

 

 

「アホか」

 

 

 というノブナガの言葉とゲンコツを一発もらい、考えを改めました。

 うん、焦りは禁物だよね………と言うか、仮にも女の子の頭をグーで殴るのはどうかと思う!!

 まあ今回からは、テトが慰めようと頬を舐めてたり擦り寄ってきたりして、癒されるので問題ない。

 

 ああ~、本当に癒される~。

 

 

「集中しろ」

 

 

ゴンッ

 

 

「~~~っ!!」

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 ”流”を中心にした修行を始めて半年程の月日が流れていった。

 その間に、旅団は”緋の目”を取ってきたり、見たことのある団員が入団したりと、だんだんと原作の状況に近くなってきた。

 “緋の目”については、何時の出来事か分からなかったし、分かった所で意見を言える立場ではない。

 そもそも現在の目的は原作の悲劇を回避する事ではなく、自身の命を守れる手段を手に入れる事である。

 旅団憎しの復讐鬼が誕生したことで、旅団の保護下にある俺も、クラピカの抹殺リストに登録されるかもしれないが、会わなければいいだけのことだし、偶然に出会ったとしたとしても旅団関係者だと判らなければ大丈夫なはずだ。

 撃退?あの能力相手に勝てる気がしない。

 というか、全系統の熟練度が100%になるとかチートすぎなのは原作を読んでいる時も思ったが、念の鍛錬をしている現在は改めてチートすぎることを実感している。ズルい。

 

 といった心配を心の片隅に残しつつ修行に明け暮れていたある日、ノブナガが久しぶりに皆の所へ向かうというので俺もついていくことになった。

 到着した早々すぐに何か話し合いを始めてしまったので、団員で無い俺はノブナガに一言断りを入れて、仮宿である廃ビルの屋上で”流”の鍛錬で時間つぶしをすることにした。

 

 別に聞いててもいいとは言われてるけど、物騒すぎて少し怖い。

 R15は当然で、当たり前のようにR18以上のグロテスクな話やブラック過ぎる話が出てくるから聞いて楽しいものじゃない。

 興味本位で聞いてた内容を思い出して、軽くゲンナリしつつ、指先の一つに”疑”をして、それを他の指先へ”流”を行うという鍛錬を両手同時に行っていく。

 ある程度の“慣らし”が終わったら、今度は小指から親指までの往復する速度をドンドンとあげていく。

 目標は1秒で1往復だ。

 

 テトは、黙々と鍛錬に励む俺を眺めながら日当たりのいい所で日向ぼっこ。

 傍目にはノンビリとした時間が過ぎていく中、ウトウトしていたテトが突然飛び起きると、下の階へと続く扉に向かって毛を逆立てながら威嚇を始めた。

 

 

「テト?」

 

 

 ここは仮とはいえ、旅団のアジト。

 今いる団員の殆ど――フェイタン等は例外――にはこんな警戒したりしないはず……となると侵入者?

 不可能だ。団員がほぼ全員集合しているビルの中に許可無く侵入すれば、誰かが必ず気づくはずなのに、下の階からは不穏な気配を感じない。

 それじゃあ、テトは何に対して警戒している?……まさか、幽r―――

 

 

「やあ、君がユイかい?」

「……っ!?」

 

 

 テトに倣って扉へ注意を向けていた俺の耳元で、背筋にゾクッと悪寒が走るような色声が響いた。

 警戒していながら何者かに後ろを取られたことに動揺しながらも、前に飛び出すようにして距離をとると共に、戦闘態勢をとりつつ相手の姿を確認するが、予想外の相手だったために驚きから動きが止まってしまう。

 

 金髪のオールバックにピエロを思わせる服装、そして気味の悪い笑みを貼り付けたイケメン顔。

 

 ひっ、ヒッ、ヒソカだーーーーー!!

 何しに来やがった!?というか、何でココにいるんだ!?

 

 

「そんなに怯えないでよ。そんな目を見てると虐めたくなるじゃないか?」

「ひぃっ……」

「何やってるんだ」

「の、ノブナガ!」

 

 

 舐めるような視線に悪寒が全身を駆け巡り、思わず両腕で身体を抱いて後ずさる。

 しかし、扉の方から聞きなれた声が聞こえ、心の中で数多の感謝を叫びながら脱兎のごとく声の主―――ノブナガの後ろへと避難する。

 テトは俺の肩に乗りながらも威嚇を継続中だが……尻尾が後ろ足の間に挟まれて、虚勢を張っているだけであるのがバレバレである。

 

 

「残念。嫌われちゃった」

「おめぇのオーラが気持ち悪ぃからだ」

 

 

 隠れても感じる舐めるような視線に悪寒と新たに加わった気持ち悪さから、自然と涙目になるものの、ノブナガに同意するため必死に首をコクコクと縦に揺らす。

 そんな俺から視線を外したヒソカは、ノブナガへ視線を変えつつ天気の話をするかのよな気楽さで会話を続ける。

 

 

「君が師匠してるって聞いたから、どんな子を育ててるのか気になっただけだよ?」

「嘘付け。てめぇ、ユイのことずっと前からつけてただろうが」

「はい!?」

 

 

 何それ!?

 俺ずっと前から目をつけられてたの!?

 驚きで、思わずヒソカへ視線を送ると、ノブナガを見ていた筈の視線と目がバチッと合ってしまい。

 

 

「美味しそうだ……」

「………」

「気ぃつけろ。アイツはなんでもいけるからな」

 

 

 さっ、最悪だーー!!

 何こいつ! 何こいつ!! 何こいつ!!!!

 

 幼女に欲情するなんて、変態にもほどがある!

 いや、原作ですでに分かってることだけどね!!

 でも、被害者側になってみて分かる、こいつの変態度合いと異質なオーラ!!

 

 

「今はまだ早いから、挨拶だけ」

「ふん。ユイに手ぇだしたら殺すぞ」

「怖い怖い」

 

 

 ドッとノブナガのオーラ量が増すと、ヒソカが放っていた纏わり付くようなドロっとした圧迫感が消えて、代わりに安心感を感じる暖かさが俺を包み込んだ。

 

 ぉぉぅ……惚れてもいいですかノブナガさん。

 アンタ格好良すぎです。

 

 ヒソカはそんなノブナガのオーラを、軽く手を広げて真正面から恍惚した表情で受け止める。

 

 ……こっちは変態すぎる。

 

 

「じゃあまたね。ユイ」

「~~~っ」

 

 

 舐めるような視線と背筋が凍るような声+αを最後に、ヒソカは普通に歩いて屋上から姿を消した。

 あの野郎、最後の最後で気持ち悪いオーラをぶつけていきやがって……

 ノブナガから出ていた安心感で気が緩み、”纏”しか行っていなかった俺はそのオーラに当てられて、ノブナガの裾を掴んでいないと立っていることが不可能になるほど、足が震え上がってしまった。

 場所的に巻き添えを食らったテトは、俺の服の中へ避難している……まあ、中でまだ唸ることで抵抗の意思を見せてはいるけれど、野生の本能には勝てなかったということだね。

 

 

「平気か?」

「……へ、平気」

 

 

 半年前の豚の件以来久しぶりに聞く優しい声に答えたいがために、ヤセ我慢して無事なように見せる。

 声が震えていたのはご愛嬌ということで……ぐっ、笑われた。

 

 苦笑するノブナガを見なかったことにして、俺はふと疑問に思ったことを口にする。

 というか、早く話題を変えないと気分が沈む。

 

 

「そういえば……なんで、屋上に?偶然じゃ、ないよね?」

「おっと、忘れるところだった」

「??」

「団長が次の仕事で、お前も同行するようにとさ」

「え? もう?」

 

 

 実は、前から仕事に参加して見ないかと誘われていたのでそんなに驚きはしないが、今頃なぜという疑問が沸く。

 それなりにという前文がつくレベルだが力を認めてもらえているが……もしかして、開発段階の能力団員の皆に見せているから、あれが判断材料になっているのだろうか?

 

 

「少し前なら、オメェの能力上達を優先させてたが”流”も上達してきたし、そろそろ空気にも慣れさせて方がいいと思ってな」

「空気……仕事の?」

「ああ。それと、念を使った戦闘の空気だな。当然だが、模擬戦と実戦は違う」

「……日時は?」

「マチが連絡する」

「んっ、分かった」

 

 

 初の実戦……だよね?

 皆に見せた能力からして、積極的な戦闘参加はしないかもしれないけど……近いうちに戦闘に対応できる能力を考えないと、戦術の幅が狭いままだと戦うのはもちろん逃げる際にも困ることになる。

 しかし、こんな俺がついていって邪魔にならないのだろうか?

 ヒソカに悪意(?)ある念を当てられれただけでこの体たらくだし……

 

 

「気にすんな。アイツがおかしいだけだ」

「……そだね」

 

 

 何気なく心を読まれたが、そこはスルーだ。

 念は精神の状態で力が上下するから、万全の状態で望まないとね。

 平常心、平常心。

 

 

「まだ俺は団長と話があるからな、終わるまで下にいる他の奴と話でもしてな」

「え?でも鍛錬中……」

「その震えてる足でか?」

「っ!?」

 

 

 気を緩めてしまったために、再び小さく震え始めていた足を両手で抑えると、無理やり震えを収める。

 バレているのは分かっていたが、改めて指摘されると若干顔が熱くなっていき、赤くなっているという自覚がさらに顔を熱くさせる原因になる。

 

 

「気にすんなっていっただろうが」

「ぅぅ~っ」

 

 

 ポンポンと軽く頭を叩かれると、そのまま「他の奴の所で待ってろよ」と言い残して下へと降りていった。

 屋上に残されたのは顔の赤い俺とテトのみ、もう平気になったのか服の中から顔を出すと、首をかしげて俺を見つめる。

 そんな仕草に、恥ずかしさはどこへやら……

 

 

「……この可愛いやつめ!」

 

 

 ワシャワシャとテトと戯れることで気分を紛らわした後、ノブナガの指示に従って下へ続く階段へと向かった。

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

「よおユイ、久しぶりだな」

「フランクリン!!」

 

 

 少なくない時間を過ごした旅団内で、一番親しいフランクリンを見つけて、俺は思わず彼の名前を叫びながら胸元へダイブした。

 テトは俺の行動を予測して、服の中から脱出すると俺の頭上へと避難を済ませている。

 弾丸のように突撃して自分の首に抱きついてきた俺を、彼は笑いながら受け止めると、大きな手で頭をテトを潰さないようにし避けつつ、撫でてくれながら話しかけてくる。

 

 

「お前、少しデカくなったんじゃないか?」

「分かる?最後に会った時から2センチも伸びたよ!!」

「ほう、そりゃあデカく感じるわけだ」

 

 

 傍から見れば、お爺ちゃんと孫の会話に聞こえなくも無い雰囲気に呆れた声でパクが乱入。

 

 

「貴女、本当にフランクリンの事好きね」

「あ、パクももちろん好きだよ」

「はいはい」

「本当だってば!」

「はいはい、信じてるわよ」

 

 

 ……俺の精神年齢が少し下がってように見えるけど、これは肉体に精神が引っ張られているだけだからね。

 決して原作キャラと仲が良くて、舞い上がってるわけじゃないからね!!

 脳内で、誰にしているのか分からない言い訳を並べていると、フランクリンの後ろにいたマチが俺に声をかける。

 

 

「ユイ。次の仕事の件、聞いた?」

「ついさっき、ノブナガから聞いたよ」

「私とシャルの班に入ってもらうから、そのつもりでね」

「……それじゃあ」

「サポート役だね」

 

 

 俺の能力を考えるとやっぱりそうなるのか……

 参謀役のシャルを補佐することになるのかな?

 

 

「まあ、今回はそんな難しいものじゃないから、実力試しにはちょうどいいね」

「ヤバくなったら俺が援護するし、安心しなって」

「ぅぃ~~っ」

 

 今だにフランクリンの首にぶら下がっている俺の頬をグニグニともて遊びながら、シャルが声をかけてくる。

 背中とお尻をフランクリンに支えられているので、首から手を離して拒絶する事も出来るが、別に不快じゃないし一種の触れ合いだと分かってるので、遊ばれたままの状態でシャルの言葉に応答する。

 

 

「うん。れも、てひるらけ、しふんてやってひる」

「ま、頑張れ」

 

 

 その後、他の団員とも軽く話をしたあと、俺はノブナガと一緒に現在の修行場所へと帰っていった。

 仕事が控えてるから、ちゃんとマチにはどこで修行しているか話をしてね。



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第6話「初仕事-1」

 ある街の郊外に建つ大きな建物。

 俺のような地球の知識を持っているものが見れば、“某人工国家の白い大統領官邸”を連想させるだろう外観のそれを見下ろせる位置―――丘の上に佇む5人の人影。

 当然その人影は旅団の皆と俺+αなわけで、シャル、マチ、ノブナガ、ウボォーギン、そして俺とテトという編成だ。

 

 出発前に邪魔にならないようにと、パクがポニーテールにしてくれた髪を何となく弄っていると、豪邸を眺めていたシャルが、時間になったのか俺に声を掛けてくる。

 

 

「それじゃあユイ、(やっこ)さんの戦力分析をよろしく」

「んっ、分かった」

 

 

 シャルの言葉を受けて、貴族とかで令嬢が男性からキスを受けるかのように右手を前に差し出し、俺は能力を開放した。

 すると、右手中指にあるシンプルな指輪の黒い宝石部分から風船が膨れるかのように、オーラの塊が生み出される。

 拳大まで大きくなった“それ”は、地面に向って垂れていき、途中で白蛇へと姿を変えた。

 そして、音もなく地面に着地すると俺の足元に擦り寄ってきて脚に纏わり付くと、赤い瞳を俺へと向けてくる。

 

 これが俺の念能力「体を持たぬ下僕達(インビジブルユニット)」である。

 

 ……そこ!!名前のセンスないとか、厨二病乙とか言うな!!これでも頑張って、自分的に満足のいく名前をつけたんだからな!!

 

 っと、名前の事は置いて能力についての話の続きだ。

 一連の流れで予測できた人がいるかもしれないが、“指輪”に記録した念獣のイメージをオーラを送ることで顕現させる。

 これ以上は追々説明するから、現状では秘密だ……「今は、これが精一杯(某怪盗風)」なんてな……そこ! 可哀相な子を見るような目で見るな!!

 

 とにかく、上記のような能力であり現在顕現している念獣の名前はハクタクという。

 

 

「ほう」

 

 

 以前に見せたときよりスムーズに顕現させる事が出来た為、ウボォーが僅かに感心した声を漏らした。

 自分の成長について好意的な反応が見れた事が嬉しくて、思わず緩みそうになった頬と集中力を慌てて引き締めると、念獣に指示を出す。

 

 

「―――行って」

 

 

 別に声に出さなくてもいいのだけど、まだ開発段階で完璧に使いこなせていないから、声に出すことで自分にも言い聞かせるように使う。

 ハクタクは俺の言葉を待っていたかのように、俺の脚から離れると水が地面へ吸い込まれるように消えていった。

 消えたハクタクの気配が地中を移動しているのを感じながら、右手のオーラを維持しつつ、右目に”凝”を行う。

 すると、右目に映る景色が、今まで見ていた景色から豪邸の門が見えるところまで接近している景色へ……地中から顔を少し出したハクタクの見ている景色へと変化する。

 これがハクタクに付加された能力の一つ「下僕達の目(リモートビジョン)」である。

 

 実はこの能力は、最初から意図して作ったのではなく偶然の産物である。

 最初、当初は奇襲用としてハクタクを生み出し、操作をしながら“円”や“凝”を出来るように修行していたときに深く考えず、目に“凝”をしたら見えるようになっていたのだ。

 自分が意図していない能力の付加については、キコ族に関係しているのかと思ったけど、未だに調べることが出来ないので考えるのは保留にしてある。

 

 

「表門には10……ううん、12人いる。全員が銃で武装している“一般人”で、能力者はいないかな」

「ふむふむ」

「次、裏門にいくね」

 

 

 表門の見張りの人数を確認できたあと、裏門へとハクタクを移動させる。

 ちなみに、ハクタクに“聴覚”はないが振動は探知できるので、振動を音へと変換して拾えるよう更なる開発と訓練を行っている最中だ。

 

 

「裏門には7人で、銃で武装……あっ、能力者が二人いる」

 

 

 一般的に垂れ流し状態のオーラを自分の体に留める”練”を維持している体格のいいスーツ姿の黒人男性と、ジーンズにTシャツのラフな格好の西洋系の女性が、周囲に視線を配りながら見張りとして立っている。

 

 

「……契約ハンターかな?」

「だろうね」

「次は建物内を見てみるね」

 

 

 ……二人の顔に見覚えがあったのだが、すぐに思い出せなかったので、モブキャラだろうと判断して放置。

 原作は恐ろしいほどの死亡率だから、おそらく間違いないだろう。

 早々に彼の正体についての疑問を頭の隅に追いやり、代わりにシャルから見せられていた豪邸の見取り図を頭の中で思い描きながら、ハクタクを操作して建物内部へと侵入する。

 こうして見張りの配置と人数、能力者の有無などを口頭でみんなに伝えていく。

 本来であれば、こんな面倒なことをしなくても団員の能力を考えれば正面突破でも十分仕事の完遂は可能なのだが、今回はクライアントからの仕事なのでそうはいかない。

 

 俺は、この世界に来るまでは幻影旅団は自由気ままに強奪や殺戮をしているだけの組織かと思っていた部分もあったのだが、短くない時間を彼等と共に過ごしているとそうではないことが分かった。

 組織というのは、運営する上で確実に資金を消費するものである。旅団の場合は娯楽費が7~8割を占めているのだが……。 

 そんな資金を旅団は強奪で補っているが、稀に利害が一致すると他の組織から仕事を請けることがあるのだ。

 依頼主からすれば、戸籍のない人間は実に便利な存在であろう。

 足がつくこともなく、実力は指名手配の等級から安心(?)できる。

 

 今回はそのケースというわけで、依頼内容は「建造物に傷はつけないで、豪邸内の金品すべてを破壊もしくは強奪して欲しい」とのこと。

 強奪した物は自由にしても良く、当然いくら死人を出しても構わない。

 

 一見して旨すぎる話のように感じるのだが、シャル曰く「こういうのはよくある話」だそうだ。

 裏の世界はまだ分からないが、実力のある組織を襲わせて資金と重要人物の排除を狙っているのだろうか?

 それとも、復讐とかケジメとか面子とか、そういった目に見えない部分の話なのだろうか?

 まあ、色々と考えたところで裏の世界なんて興味はないから、必要最低限の知識だけ保有できれば後はどうでもいいや。

 

 さて話を元に戻して、依頼内容からして普通に正面突破しての炙りだし殲滅という行動でもいいのだが、相手が金品をもって逃走する可能性が考えられる。

 なので、俺の能力を知っているクロロは「練習にはちょうどいいだろう」と俺にこの仕事へ参加するように指示を出したわけだ。

 

 

「保管庫……保管庫……保管庫……あ、あった。見取り図通りの地下一階で一番奥の部屋の前に見張りが2人いる。どっちも能力者だね」

 

 

 軍服のような迷彩服を纏った屈強な白人男性二人、両手を後ろに回して扉の左右に立っている。

 服装をスーツなどにすれば、テレビで見た頃あるボディガードとかSPとかの職種が凄く似合いそうだ。

 

 

「了解。ユイはその念獣をそのまま見張らせて動きがあったら連絡して」

「うん」

 

 

 ハクタクを自動操縦(オート)に変え、映している景色に変化があれば反応を出すように設定して、右目の”凝”を解いた。

 オーラの総量がまだまだ少ないので、無駄使いは極力しないようにしないと、有事の際にガス欠になって満足に動けませんでしたって事になりかねない。

 

 

「ユイの見た感じだと、あっちは事前に襲撃があることを予想してるね」

「大方、仕事頼んだ奴から情報が漏れたんだろうよ」

「警備してる人間は計72人で、内4人が能力者か……」

「ユイ、その4人の能力者はどの程度だか分かる?」

 

 

 最初の仕事が終わり、皆の話を一歩引いたところで聞いていた俺に、マチが話を振る。

 ハクタクを通して見た4人の能力者を思い出しながら、おおよその力を判断する。

 

 

「見ただけだと、保管庫を警備してる二人が強いかも……外の二人は……ちょっと微妙かな」

「となると、ノブナガとウボォーが囮になる案は難しいかもしれないね」

「だ-っ、面倒くせぇ! 物をぶっ壊すなとか無理だろうが!!」

「吠えない吠えない……そうだね。ユイに能力者同士の戦闘を見せるいい機会だから、このままいってみようか」

 

 

 結局、ノブナガとウボォーが正面玄関から殴り込みをして敵を引きつけつつ殲滅している間に、シャルとマチ、そして俺が保管庫へ行きお宝を確保という作戦でいくことになった。

 もしも能力者が正面の陽動に乗らず、警備をし続けてもシャルとマチが対処する予定だ。

 

 

「くれぐれも、家を壊さないようにね」

「ああ、分かってるよ」

 

 

 シャルの最終確認に、ウボォーが聞いているのか聞いていないのかの返事を返す。

 それに溜息一つすることで色々と自分を納得させたシャルは、俺とマチを連れて裏門に向かい大きく迂回しながら移動をはじめ、ノブナガたちは表門へゆっくりと歩を進めていった。

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

ドゴーーーーンッ

 

 言葉にすれば、そんな爆音が表門から響いた後、無数の銃声と人の叫び声が聞こえてきた。

 

 

「……家、壊してないよな?」

「さあ?」

「あの二人は……」

 

 

 シャルが額を手で押さえる姿を見てると、将来ハゲないか心配になる。参謀という役職は大変そうだ。

 と、右目に小さな違和感を感じた後、今まで見えていた景色からハクタクからの視界へと変化した。

 見えた風景は、見張っていた二人のうち一人が一言二言、話をしてから持ち場を離れて何処か……たぶん表に向かっていくのが映った。

 

 

「シャル!マチ!保管庫にいた二人のうち一人が持ち場を離れた!」

「現場慣れしていない素人か?」

「裏門の奴等も表に移動したし、チャンスだね」

「うん」

 

 

 ”絶”で気配を消しながら、俺達は裏門からお宝のある地下一階へと移動していく。

 移動をしている間にも、表門の方向から悲鳴と銃声が鳴り響いて、生死を賭けた分の悪すぎるギャンブルをしているの分かる。

 

 悲鳴が聞こえるたびに、人一人の命が消えているのだと思うだけ自然と体が震えを起こす。

 こんな世界に身をおいて、もうすぐ1年が経つ。

 前の世界―――前世では、戦争の記憶が風化し始めている日本で生きてきた純粋な日本人の俺であったら、醜態を晒しつつ確実に逃げ出していただろう。

 こうして一見して冷静でいられるのは、ノブナガとの修行のお陰か、はたまた感覚が麻痺し始めたのか。

 

 そんな思いを抱きながら移動していたのがいけなかったのか、すぐ近くから感じたオーラへの反応が数瞬遅れてしまった。

 

 

「っ―――!?」

「ユイ!!」

 

 

 数瞬前まで気配を感じなかった背後から伸びた腕で首を絞められ、身体を羽交い絞めにされてると、すぐに後ろへと引きずら……いや、何かに飲み込まれていく感覚。

 首を絞めている腕を両手で剥がそうとする事で僅かに出来た隙間を利用し、視界を後ろへと向けて状況を確認する。

 そうして視界の端に映ったものを見た瞬間、自分が何に飲まれていくのか理解した。

 

 壁に飲み込まれてる……!!



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第7話「初仕事-2」

 壁に飲みこまれていく体。

 作戦開始時から俺の服の中にいたテトは、捕まった時の衝撃に驚いて俺から離れた為に無事だが、俺が壁に飲み込まれるという現状を理解できず如何するべきかと右往左往している。

 その場にそのままいてくれと、願いながら俺は右手の薬指にある指輪からハクタクと同じ要領で別の念獣を呼び出す。

 指輪から顕現したのは一羽のカワセミで、名前は「ヒスイ」

 名前の通り翠色の(光の加減で水色になったりする)鳥で、川辺で「チーッ」と鳴く鳥である。

 自然豊かな場所は勿論、都心でも生息している場所があるので見たことがある人がいるかもしれない。

 ―――って、何を説明してるんだ俺は!?

 

 保管庫を監視していたハクタクを解除すると同時に、ヒスイを更に二体顕現させる……というか、これが現状で操作できる念獣の上限である。

 それ以上は操作が効かず、自動操縦にしても正常に動かない、更に無駄にオーラの消費量が多い。

 

 すでに身体の半分が壁へと飲み込まれている俺は、自分へのダメージを無視した攻撃を敢行すべく、その三体のヒスイを壁へと突撃させる。

 

 

「っ!!」

 

 

 弾丸のよう速度で激突し、生き物ならただではすまない行動は、俺の念獣であっても例外でない。

 まるで砲撃が間近で着弾したかのような衝撃と音を残して三匹全てが消滅してしまったが、その損失に相応しい穴を壁に開けることには成功した。

 当然ながら自分へのダメージを無視した攻撃により、左腕に激痛が走り思わず意識が希薄になるのを気合で現実に縫い留める。

 そして、壁が粉砕されたことにより飲み込まれていた体を露出させることに成功した。

 あわよくば、強引に俺を引き摺り込もうとしていた奴に手傷をと思ったが、俺の攻撃を察したのか寸前のところで拘束を解いて、距離をとられてしまった。

 

 とはいえ、当初の目的である壁を破壊しての脱出は成功しているので、後は力任せに壁から体を引き剥がすだけなのだが、咄嗟の攻撃で綺麗に破壊など出来るはずもなく。

 そういった部分諸共、無理に抜け出したため剥がれていないコンクリートに服が引っ張られ上着とズボンがビリビリと哀れな音をたてて破れ、下のインナーとハーフパンツだけの姿になり、さらに髪の毛も若干巻き込まれており、流石に引き千切れないので手刀で切る。

 

 場所が場所なら、強姦魔に襲われた幼女として写りそうな俺の姿の完成だ。

 なんて、馬鹿な考えが頭を掠めるもすぐに振り払い、さっと自分の体の状態を確認。

 

 ヒスイを突撃させた際の左腕にある爆傷と、脱出の際の擦り傷以外に目立った傷はない……よし、まだ戦える!

 すぐさまヒスイを3体、自分の周囲に展開させると共に、”堅”を行い臨戦態勢を整える。

 

 ヒスイを顕現させてから、この状況まで10秒。

 旅団の皆からすれば長い時間が過ぎているが……って、シャルとマチは?

 

 意識を分散できる程度に余裕が生まれたことで、いまさらになって感じた疑問からくる隙を狙い済ましたかのように、それは起きた。

 

 

「っ!?」

 

 

 腹部に何かが巻きつく感覚と同時に、そこを基点として身体が後ろへと大きく引かれた。

 こんな僅かな隙を狙われた事に驚きながら、腹部へ視線を移すと細い糸―――マチの念糸が、俺に腹に巻きついている。

 敵の攻撃でない事に安堵すると同時に、なんで俺を?と思ったのも束の間、後ろへ引っ張られた先にいたシャルに抱きとめられ、俺を脇へ抱えると保管庫へ一直線に走り出した。

 一瞬のタイムラグがあったものの、 テトも俺たちの後を追っている気配を感じる。

 

 この突然の事態に呆然としていた俺だったが、すぐに正気へ戻ると俺を抱えているシャルに憤りを隠せていないだろう口調で声を上げる。

 

 

「なんで!?」

 

 

 感情が先走った為に、様々な意味を含めた単純なこの言葉に、シャルも一言で返す。

 

 

「ユイじゃ勝てないよ」

「……っ!」

 

 

 その一言が沸騰していた思考を急速に冷却し、さらにズシンと体全体に重く圧し掛かる。

 ……分かってる。姿は見てないが相手と対峙したことで感じた相手の力量は偵察した時よりも強く、そして圧倒的で、力の差は歴然であると思った。

 でも、敵の一撃目を回避する事は出来た。ならば、やりようによっては……

 

 

「それに、気付いてないのかもしれないけど。今のユイは”纏”すらマトモに出来てない」

 

 

 え?と、自分の手を見ると所々に穴が開いているみたいにグニャグニャと不安定なオーラ、顕現させていたはずのヒスイも自動操縦(オート)の場合は、俺の移動に合わせて追随してくるはずのなのに、いない。

 さっき攻撃だけで動揺し、上手くオーラを操作できる精神状態ではなくなっている自分。

 ノブナガを師匠とした修行の成果すべてが無駄であると言われているようで、言いようのない悔しさが俺の心を支配した。

 

 結局、その後はマチが壁に隠れていた能力者を、シャルは保管庫を見張っていた能力者を短時間のうちに始末。

 ノブナガとウボォーも、多少の返り血による汚れを除いて建物を壊すことなく、警備していた人間をすべて片付けて、たぶん呼ばれている増援が来る前に金目の物を持って撤退した。

 その間、俺がしたことといえば周囲の警戒と強奪品を運搬する手伝いのみ。

 初の実戦ということを考慮しても、到底満足できるはずもない。

 それどころか、俺が壁から脱出するときに粉砕した壁が契約違反だと、依頼主からのクレームが来てシャルに余計な仕事をさせてしまった。

 

 初めてということで緊張していたのは確かだけど、約一年だ。

 約一年間、ノブナガの元で修行をしてきたのに、いざ実戦に参加してみれば……役に立つどころか契約違反を犯して皆の足を引っ張ってしまった。

 そんな自分の不甲斐なさに、怒りを通り越して恐怖した。

 

 俺はこのまま、一生役立たずなのではないのか?

 修行しても、強くなれないのではないか?

 

 そんな自己否定的な考えが普段なら浮かばないのに、今回の結果で不安定になっている俺の心が自然を浮かび上がらせていく。

 その襲い掛かってくる恐怖心から逃げるように、仕事から戻った俺は怪我の治療もせず、現在の旅団が使っている仮宿の一室に立て篭もった。

 そんなことをしても意味はないと、まだ残っていた冷静な自分が、今の俺を諭す。

 でも、自己否定の塊である俺は理解できない。理解しようとはしない。

 

 こんな役立たずは、捨てられるのではないか?

 フランクリンやマチ、シャル達が呆れて、冷たくなるのかもしれない。

 原作で見せた彼等の冷徹な目や態度が、自分に向けられる未来図が勝手に創造され、体の芯が冷水で浸されたように冷たくなっていく。

 

 ふと、誰かが部屋に近づいてくる気配がして、訓練の成果から反射的に神経を研ぎ澄ませることで、ドアの前まで来た時にノブナガだと分かった。

 ドアの前に立った彼は、数瞬だけ間を置いから声をかけてきた。

 

 

「入るぞ」

「……」

 

 

 最初から、俺の返事など期待していないのだろう。

 殆ど間をおかず、立て篭もっている部屋にノブナガが入ってくるのを、隅で膝を抱えて蹲っている俺は空気の動きで感じとれた。

 廃ビルであるため、鍵付きドアの意味を成さない扉は、錆びていたとしても抵抗なく開いたことだろう。

 

 

「何泣いてんだ」

「……」

 

 

 彼に言われて、初めて自分の目から涙が絶え間なく零れているのに気づく。

 道理で息苦しくて、景色が歪んで見えるわけだ。でも、拭き取る気力が沸かない。

 

 それ以降、何も言わなくなったノブナガ。

 声をかけてもピクリとも動かない俺を、どんな表情で彼は見ているのだろう。

 

 怒っているのだろうか?

 呆れているのだろうか?

 笑っているのだろうか?

 

 自分が推薦して育ててきた奴が、こんな体たらくを晒しているのだ。

 どちらにせよ、良い感情を抱いては居ないだろう。

 

 そう思うと、自己否定の塊である俺は更に悪いほうへと考えが向かっていき、恐怖からさらに身を硬くする。

 

 

ドカッ

 

 

 地面に散らばるゴミを足で払いのけ、乱暴な音を響かせてながら、俺の隣にノブナガは座り込んだ。

 隣に座られたことで、ビクリと体を震わせるが俺はそれ以上動かない。動けない。

 ノブナガも隣に座った以降、特に何をするわけでもなくただ無言で座り続けている。

 

 そんな静まり返った部屋。

 沈黙に耐え切れなくなった俺は、ポツリと掠れた声を漏らした。

 

 

「呆れてる、よね?」

「……」

 

 

 沈黙。

 それは俺の言葉を肯定しているようで、現在も流れ続けている涙の量が少し増えた気がした。

 泣いている声を聞かれて、さらに呆れられたくなくて必死に声を出さないようにする。

 

 前の俺だったら人前で泣くことはなかっただろう。

 もう殆ど残っていない冷静な俺が前世の自分を思い出しながら、そんな見解を述べる。

 

 

「何勘違いしてんのか知らねぇが、俺が何時”呆れた”って言った?」

「だって……だって、皆の足を引っ張ってばかりで……」

「そんなもん誰も気にしてねぇよ。それに、お前が上手く仕事が出来るとは思ってねぇ」

「―――っ」

 

 

 それは……期待されてないってことなの?

 ノブナガの言葉に、心が鋭利な物で抉られたような感覚を覚えて、腕の出血は止まっているのに貧血のような眩暈がして倒れそうになる。

 

 

「初めてで上手く出来る奴なんざぁ、そう簡単にいてたまるか」

「……ぇ?」

 

 

 思わず顔を上げると、俺を見ていたのかノブナガと目が合った。

 が、それも一瞬だけで、フンッと一息ついた後に前を向いて彼は言葉を続ける。

 

 

「仕事をする前に言ったはずだぞ、空気に慣れろって」

「……うん」

「今回の失敗は、数をこなして慣れるしかねぇんだ。だから、落ち込んでんじゃねぇよ」

「わぷっ!?」

 

 

 顔に叩きつけられたタオルで視界を塞がれため確認できなかったが、ノブナガが笑っていた気がした。

 

 

「それに、お前はまだ発展途上なんだ。これから強くなるのに、こんな所で立ち止まってるのか?」

「……ううん!!」

 

 

 突き放すような言葉の中から見え隠れする彼の優しさに、自己否定していた俺が消えていくのを感じる。

 何度目になるだろうか?

 この世界で暮らすようになってから感じる、漫画で知っている彼とは違う一面に、つい頬が緩んでしまう。

 

 

「何笑ってんだよ」

「いたたたたっ!」

 

 

 頭にゲンコツをねじ込まれて思わず悲鳴が上がるが、顔はニヤけたままだった。

 そして気づいたときには、さっきまで自分を支配していたあの感情が消えていて、変わりに”強くなって見せる”という意気込みが俺を支配していた。



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第8話「1997年……」

 初仕事に失敗して不貞腐れていた恥ずかしい過去を教訓に、俺は修行を続けた。

 

 ちなみに、あの後は皆に仕事とその他諸々で迷惑をかけてしまった事に対して、謝罪した。

 怪我の治療もせずに逃げたことに注意を受けたものの、特に怒られることはなく笑って許してくれたので、ノブナガに言われてても安心しきれなかった不安がスッキリとなくなった瞬間だった。

 

 その後の修行はと言うと、基礎練習を中心としており特に話をすることがないので、代わりとして初お披露目となった俺の念能力について少し話をしようと思う。

 

 

**********

 

 

 俺の念能力「体を持たぬ下僕達(インビジブルユニット)」は操作系・具現化系・放出系と、三つの系統の複合技である。

 似たような能力だと、ゲンスルーの「命の音(カウントダウン)」やレイザーの「14の悪魔」とかが、何度も登場してて印象に残っているかな。

 で、どちらも熟練者が使用していた事で察しがつくと思うが、1年ちょっと修行した俺の力量程度では使いこなすのは難しい。

 さらに、右目に少々特殊な能力がついている俺も例外なく、一つの系統……操作系しか極めることが出来ない事も難しさに拍車をかけている。

 まあ例外中の例外として、クラピカ―――と言うかクルタ族―――の”絶対時間(エンペラータイム)”が存在するが、あれを基準にしたら挫折すると自信を持って言えるだろう。

 

 では、なんで能力が使用できてるんだ?という疑問だが……理由はいくつかある。

 一つ目は、俺は放出系寄りの操作系であるため、有効距離が短いものの―――現在の実力では(ハクタク一匹限定で)1kmが限界―――一応は使えるという事。

 ただ放出系寄りであるがために、唯でさえ低い習得率の具現化系が更に低くなっているので、いくら念獣を作り出そうとしても陳腐な物が限界であり、とてもではないが実戦使用は出来ない。

 この問題を解決したのが二つ目となる理由であり、俺の右手にある指輪……原作を考えれば”絶対時間(エンペラータイム)”に匹敵するチートな代物である。

 

 外見上は、グリードアイランドで使用する指輪を思い浮かべてもらえればいい。

 そして、指輪の効果についてだが……実のところ、全て判明していない。

 というのも、こいつは出所不明のアクセサリーで、よく見ると外側に神字が彫られているのだが、製造年数が古いことに加えて乱雑に扱われていたのか大半を解読できず、二つの効果があるということが判っているだけである。

 そして、二つの効果うちの一つを使うことで、初めて俺の能力が使用可能になる。

 

 一応だが名前をつけてあって「主を助ける道具(サポーター)」……名前のセンスは何も言うなよ。

 指輪を媒介とすることによって、具現化系でない者でも具現化系の念能力を使用できるという、素晴しいチート効果である。

 ただ、一度でも使った指輪はそれ以降は、最初に具現化したモノしか具現化できなくなってしまう制限がある。

 さらに容量があるらしく、それを超えたものを具現化しようとすると壊れて、効果が無くなったただのボロい指輪になる……というかなった。

 そして、もう一つの能力と言うか呪い的な効果は、一度でも指に合わせてしまうと、壊れるか、人体から離れる(指を切断される等)といったことが無い限り外せなくなる事。

 それを知らずにはめた俺の人差し指、中指、薬指の三本に指輪がはまっているので確認済み。

 

 ちなみに、俺の指にたどり着くまでの経緯を簡単に説明すると……。

 

 団員がある骨董コレクターの家に盗みにいった。

   ↓

 面白い指輪を発見、有難く頂戴。

   ↓

 シャルが調べ、指輪の能力がおおよそ判明。

   ↓

 俺が能力開発に悩んでいると耳に入る。

   ↓

 開発の役に立ててごらんと、渡される。

   ↓

 まだ解析できないから身に付けるなと言われたものの、興味本位で……

   ↓

 取れなくなり、大慌て……

 

以上。

 

 物凄く反省してます!だから、その拳をしまってください!あっ、ちょっ、まっ……ぴゃっ!?

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 修行に明け暮れ気づいてみれば、この世界に来てから2年の月日が経った1997年―――

 原作開始年まで後3年までの年、現在の旅団全員がとある仮アジトに集結していた。

 

 今回も、俺は団員ではないもののノブナガの後についていって参加させてもらっている。

 前のように、参加せずに鍛錬をしててもいいのだけれど……

 

 

「み、見てる…」

「目ぇ合わせるな」

 

 

 某変態野郎が俺を視姦中につき中止して、ノブナガの背中に避難中。

 うぐっ、なんか視線が回り込んできてるのか悪寒がする……ええい、これ以上見るな!!妊娠するだろうが!!

 悪寒に耐えつつ視線を合わせないために他の団員へと視線を彷徨わせていると、ふと漫画やこれまでを合わせても初めて見る人間が二人いることに気づく。

 一人は、よく言えば体格のいい、悪く言えば太っている男。

 もう一人は、神父のような格好をした眼鏡の男。

 

 はて? 誰だ?

 

 

「あれは、4のガブと8のテイロだ」

「……ガブ?テイロ?」

 

 

 俺の心を読んだのか、ノブナガが二人の名前を教えてくれるが、やっぱり知ら……ん?4番と8番?

 8番は確か、シルバに殺されるはず。

 4番は……あれ?なんでヒソカがここにいるんだ?

 

 

「そういえば言ってなかったな」

「??」

「お前の例があったからかは知らねぇが、ガブが推薦してるんだよ。以前から顔を何度か出してたが、今回の仕事を見て入団させるかどうか決めるらしいぞ」

「……そうなんだ」

 

 

 これは、歴史が変化したと見るべきなのだろうか?

 でも、ヒソカが偽装入団した経緯について原作では、団員を殺して代わりとして入ったとした語られてないから、変化したと断言が出来ない。

 悪寒が治まった事も相まって、思わずヒソカを盗み見てみるも即効で気づかれて目を合わせてきた。

 そして、ニタリとした笑顔を俺に向けてくるため、サッとノブナガの背中へと退散。

 

 あっあの変態、マジで俺のこと狙ってるっぽい。

 団長目当てで旅団に入ろうとしてるくせに、他のやつに目移りしてるんじゃねぇよ!

 

 

「目ぇ合わせるなって言っただろうが…」

「ぅっ……ごめん」

 

 

 ヒソカの視線に犯された上に、ノブナガに怒られ意気消沈。

 でも、それはクロロが登場しヒソカの舐めるような視線が無くなったことでいくらか軽減された。

 

 

「皆、集まってるようだな……さっそくだが―――」

 

 

 グルリと周囲に見渡して、全員が揃っていることを確認したクロロは、今回の仕事の説明をさっそく始める。

 

 今回の仕事は、ある国の典型的な独裁者が、国民から搾取し続けて貯めに貯めた財産を頂くというもの。

 小国とはいえ一国のトップに対して強盗しようとしている事に驚くが、その独裁者は警戒心が異常に強いらしく国家予算を使用して、金庫を守るための軍隊を作って警備に当たらせている事にも驚かされる。

 これはナチスドイツの武装親衛隊みたいなやつですね?判ります。

 独裁者の私兵のようなもの故に、潤沢な資金と権力を利用した、特殊訓練を積んだ兵士や契約ハンターなど正規軍以上の戦力を保有しているらしい。

 

 

「――あと、お前等に紹介しておきたい奴が二人いる」

 

 

 一通り仕事の説明を終えた後そう言うと、クロロは俺とヒソカを一瞥する。

 

 

「え、っと……?」

「行って来い」

 

 

 どうすればいいのか困っているとノブナガに背を押されて、そのままの勢いでクロロの元へ移動する。

 その間、皆の視線が俺とヒソカ……特に俺へ集まり、緊張でキリキリしだす胃に少し顔を歪めつつも、なんとなくの流れでクロロの右手側に立つと、俺に合わせたのか左手側にヒソカが立った。

 そして、何の前触れもなく俺の頭にクロロの手が置かれ、思わずビクリと身体が震えた。

 

 

「こいつの事は知ってる奴が殆どだろうが、ノブナガが入団の推薦をしているユイだ」

「……っ」

 

 

 クロロが俺を紹介した瞬間、視線の重圧が俺を襲った。

 この世界に来たばかり―――昔の俺だったら、耐え切れずに気絶しているか逃げ出していただろうけど、伊達にノブナガの弟子をやってるわけではない。

 平然と……は無理でも、せめて普通に立っていられるように気持ちを奮い立たせて、視線の重圧に対抗する。

 

 

「……と、こんな風に度胸はそれなりだが、まだ発展途上でノブナガが育ててる最中だ」

「…………ぅぅ」

 

 

 予想してたけど、強がっているのバレてますやん。

 俺って、そういうの隠すの下手なのかな……

 

 

「そして、この男はガブが推薦しているヒソカだ……まあ、見たとおりの男だな」

「ヨロシク」

 

 

 多分、俺と同じような重圧にさらされているはずなのに、そよ風に吹かれているかのように平然と受け止めているヒソカ。

 これが、俺と旅団員(レベル)との差……

 一瞬、沈みそうになった気持ちはすぐに初仕事の後にノブナガが言った言葉を思い出して持ち直す。

 

 気落ちするな。

 これから……そう、これから強くなればいいんだ。

 ノブナガの為にも、自分の為にも・・・…



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第9話「リベンジ-1」

 紹介が終わったのを見計らって、俺はクロロから許可を貰ってから、元の位置―――ノブナガの元へと駆け足で戻った。

 何故かって?クロロが近くに居たので油断していたが、某ピエロが俺のつま先から頭頂部までを舐めるように眺めた後に舌なめずりをしたのを偶然(嬉しくない)目撃してしまったからである。

 一番の獲物であろうクロロが傍にいたから、眼中にないかと思って油断していただけに、言葉では言い表せないほどの悪寒が体を駆けずり回り、先ほどまでの実力云々の意気込みが吹き飛んでしまった。

 こっのっ!毎度毎度、人の感情を掻き乱しやがって!!この変態が!!

 

 クロロは、脱兎の如くノブナガの背に隠れる俺の行動を一瞥しただけで終わらせると、ヒソカを隣に置いたままで次の仕事についての話を進めるために口を開く……が、そこでマチがスッと手を上げて発言の許可を求めた。

 

 

「団長、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「ユイと……この男は参加させるの?」

 

 

 ヒソカの名前をあえて言わない事で嫌悪を表現するマチを見て、ああ~この時から警戒してたのか……とロクでもない事を思考の片隅で考える。

 ヒソカは、そんな対応に気にした風もな……いや、下半身の一部が盛り上がっているように……うん、俺は何も見ていない。見てないから判らない。俺の精神衛生面を考慮して、うん。

 

 

「ああ、そうだ。お前等に紹介させたのは、そのためだ」

「けどよ団長。ユイはともかく、そこの男について俺達は何にも知らないぜ」

「そんな奴と組むの、嫌ね」

 

 

 フィンクスとフェイタンが当人の前だというのも関わらず、マチ以上に嫌悪を示す。

 俺の意見なんて反映されることはないだろうが、しないよりはマシであるから、同意見だと言う意味を込めてコクコクとノブナガの影に隠れつつ何度も頷いておく。

 こうした反応は想定済みだったのだろう。推薦者であるガブは、眉間によった皺を指先でゆっくりと解しつつ、二人へヒソカの対応について一つの案を提示する。

 

 

「皆、そんな邪険にしないでくれ。今回は、俺とヒソカが組めばいいことだろう?」

「では、私もその班に加わろう」

 

 

 ガブの言葉に、黒い表紙の本を読んでいることで静観していたテイロが、本を閉じつつ名乗りを上げる。

 そして、突然加わる理由を問われる前に……

 

 

「今回の仕事は内容上、多数や個人で動いていては目的達成は困難だろう。故に少数―――そうだな三人一組での班行動が望ましい……そうではないかな?団長」

 

 

 ……と付け足した。

 クロロ自身も、ヒソカの扱いについて揉める事は分かっていたのだろう。

 「そうだ」と言葉短めに肯定して、アッサリと問題は解決した。

 

 新顔のヒソカが揉めるとなると、俺の時も揉めるのでは?と思うだろうが、奴とは違って俺の能力は旅団全員が知っている為に、後衛組になることは皆が理解している。

 そうなると、前衛組の大半は俺に対して殆ど関心がないので問題にはならず、後衛組も女性陣との交流が多いのでこちらも大きな問題にはならない。

 女性陣との仲については、ノブナガでは扱いきれないだろう女性的な部分を、マチやパクから面倒を見てもらっているからだ。

 特に、まだ赤飯を炊く必要がないが“そういう日”の対処法は、同性―――経験者から学ぶ必要性がある。

 流星街に義務教育なんてものはないし、あったとしても俺は旅団の保護下であり、修行に多くの時間を割いているので受けることなんて不可能。まあ精神が成人男性なので、小学生レベルの勉強をやり直す必要がなくなったことについては助かってはいるんだが……。

 こういった事情から俺に関連した班分けに問題は出ることは稀だろうし、特殊な状況ではないので、以下のような班分けが決定した。

 

 

第1班

フランクリン・ノブナガ・ウボォーギン

 

第2班

フィンクス・フェイタン・ボノレノフ

 

第3班

ガブ・ヒソカ・テイロ

 

第4班

シャルナーク・マチ・俺+テト

 

第5班

クロロ・コルトピ・パクノダ

 

 

 ガブとテイロの念能力かは不明だが、団長の話しぶりから運搬係のようだから“掃除機”や“風呂敷”のような感じなのだろう。

 というか、俺的には前回の一緒に行動したマチやシャルと同じ班ということが重要だ。これは、あの時の足手纏いがちゃんと成長したということを二人に見せることが出来るということだ。

 

 

「決行は明日の18時だ」

 

 

 クロロのこの言葉を最後に団員は思い思いに散っていき、クロロとノブナガ、シャルとマチ、そして俺が残った。

 テトはというと班分けを始めたくらいから飽きたらしく、現在は俺の腕の中でスヤスヤと寝息をたてている。

 この旅団の皆が居る中で寝られるとか、この子はある意味で豪胆なのかもしれない。

 

 居残ったのは理由だが、単純に保護者であるノブナガが帰らないから居るだけなので、俺に関しては特にないのだが……

 

 

「ユイ。ちょっと団長と話があるから、マチが使ってる宿で待ってろ」

「え?」

「……ユイ、行くよ」

「え?あっ、ちょっと待って!!」

 

 

 唐突に動き出した事態に反応が遅れ、その隙にスタスタと歩いていってしまうマチを慌てて追いながら、「?」が頭の上にいくつも浮かんでいく。

 

 団長と話……俺のこと、だよね?

 だけど、俺に聞かれちゃマズイ話とかって何だろう?……というかそんな気遣い、あの二人は絶対にしないと思うんだけれどなぁ……。

 あれ?それじゃあ、何だ?

 

 

 

**********

 

 

 

 歩き去っていくマチと、小走りでそれを追って行ったユイをしばらく眺めた後、ノブナガは団長とシャルへ顔を向けた。

 数秒だけ沈黙が場を支配したが、クロロはそれをすぐに壊す。

 

 

「出来はどうだ?」

「初仕事がいいバネになったんだろうな。そこらにいる奴相手なら、サシで勝てるほどになったぜ」

「だが、また前回のような状態にならないとも限らないだろう?」

 

 

 ノブナガのユイに対する高い評価を冷静に判断し、クロロは言葉を返す。

 シャルから聞いただけであり大まかな流れでしか知らないが、ユイが初仕事で自虐的思考に陥ったことは知っている。

 未だに引き摺っているようなら“破棄”が必要かとも思ったが、今までのやり取りや評価から問題はないだろうと判断できた。

 それ故に、クロロは将来ユイが旅団の一員としてやっていけるのか、今回の仕事で判断しようと考えてた。

 とは言っても、まだ仕事―――実戦は二度目であり、自身が言っていたように年齢上まだまだ成長の余地がある。

 要は一次試験のようなものであり、以前より成長しているか、状況対応のセンス等を確かめるつもりだ。

 ノブナガもそのことは十分承知しているため、ユイの評価を冷静に伝える。

 

 

「ねぇとは言い切れないが、それを考えて今回の班にしたんだろ?」

「確かに、俺とマチが一緒の班だと分かったときの張り切りようは、見てて微笑ましかったね」

 

 

 クロロはユイの性格を完全に把握してはいない。

 しかし、彼女のこれまでの言動からすれば、前回と同じ班にすれば似た様な反応をするのは予測できたし、彼女と深く交流している者達からすれば簡単に予想できた。

 事実、彼女は皆の期待(?)を裏切る事のない反応を示している。

 ふと、そのときのユイが思い出されて、三者三様ながらも同じ意味の笑みを全員が浮かべた。

 

 

「リベンジとでも考えてるんだろうよ。前回、お前とマチに迷惑をかけたのを悪いと思ってるみてぇだしな」

「気にしてないんだけどね。まあ、あの子の能力は使いようがあるし、思いが空回りしないように見張っておくよ」

「わりぃな」

 

 

 その後もユイの話が少し続き、結果としてノブナガが望んだ「入団を前提とした様子見」が継続されることとなった。

 彼らが話し合いをするほどまで話題となっているユイだが、別に主人公補正や希少種族だからという訳ではないし、本人が居ないので正直な意見を言ってしまえば、ここにいる三人は彼女に対して高度な戦闘力を求めては居ない。

 シャルが言ったように、求められているのは、彼女の念能力である「体を持たぬ下僕達(インビジブルユニット)」を使った行動の拡大である。

 

 いくら各団員が高レベルの戦闘力を保持していたとしても、それ以上の敵が現れるというのは稀にある。

 原作で例えれば、暗殺一家であるゾルディック家のシルバとゼノ相手に、クロロは依頼主を殺すという手段を持って自身の死をギリギリのところで回避している。

 これは、事前に察知できたが為に回避出来た事案では有るが、それ以外に関しては単純に純粋に運が良かったり、複数人で行動をしていた為に撃退や撤退等で事無きを得ている。

 とはいえ、毎回そういう幸運に恵まれるとは限らない。

 事前に、敵の規模が分かっていれば対処が容易になるし、危険を事前に回避することも可能だ。

 シャルが参謀役として、こうした状況に対応しているが、それとてタイムラグがあったりと限界があり、万全とは言い切れない。

 それに、一部の団員が強い相手と戦うことに喜びを感じていたりするので、限界点を更に下げる要因だったりしてるいる。

 

 

「この話はこれでいいだろう……ノブナガ、お前の用件は?」

「ああ、キコ族についてな」

「何かあったのか?」

「ユイのこと?」

 

 

 ノブナガの言葉に、クロロとシャルが疑問の声を上げる。

 

 

「ユイの事とは一概に言えねぇが……前回の仕事のときによ、左右の目の色が違う能力者を一人殺った」

「オッドアイということなら、そんなのは別段珍しいことじゃないよ」

 

 

 オッドアイとは「虹彩異色症」という症状を表す言葉の一つであり、犬や猫などに見られるが、人間でも症例は確認されている。

 また、可能性の一つではあるが念能力で変化する例(クルタ族など)もあるし、制約等でカラコンを入れているというのも否定できない。

 しかし、ノブナガはそれらの可能性はないと言い、その理由を話した。

 

 

「あいつの右目と同じだったからよ」

「同じ?」

「光に当たると、アイツの目は淡く光るだろ?」

「そだね。それが”ダイヤの瞳”って言われてる要因の一つだし」

「それとまったく同じだったんだよ。髪の方は茶髪だったが、染めてる可能性があるしよ」

 

 

 この言葉に、クロロとシャルは互いに考え込む仕草をしたまま動かなくなる。

 ノブナガはそんな二人の邪魔にならないように、口を開くことなく二人の答えを待ちつつも、自身が伝えた意見について再度考える。

 そして、最初に口を開いたのはシャルで、二人に指を三本立てた手を見せる。

 

 

「考えられる可能性は三つ。一つはたぶんノブナガが考えている通り、キコ族であること」

「ああ」

「もう一つはキコ族と同じ容姿のただの別人……そして、念能力の関係で瞳の色が変化“している”か“させている”かということ」

「いや、もう一つ可能性もあるな」

 

 

 クロロは、考えた姿勢のままシャルの言葉を訂正する。

 

 

「ここらじゃ“よく”ある、人体移植だ」

「ああ、それもあるね」

「人体移植?なんだそりゃ?」

「他人の臓器を自分へ移すことだよ」

 

 

 シャルは、首を傾げるノブナガに簡易的な説明で納得させた。

 事実、彼の説明は間違ってはいないが、そこにドナー当人の意思の有無で大きく意味合いが違ってくる。

 

 提供者の意思で、相手に自身の臓器を渡すことは表の世界でも普通に行われている。

 しかし、裏の世界では当人の意思に関係なく行われているのが常である。

 普通は機能不全となった臓器を健康な物へと変える“この手法”を、自分の容姿の向上のために利用する人間は裏には数多くいる。

 

 そして、その被害を一番に受けるのは少数部族である。

 彼等のほとんどが、その地域で生きるうえで身体的に何かしらのアドバンテージを持っていることが多い。

 こうして、力の無い部族は侵略され……売買の道具にされる。

 

 

「でも、一介の能力者がそれをする理由が無いよ?」

「だが、可能性があることは確かだ」

「どちらにせよ、ユイと同族の奴がいるかも知れねぇことか」

「ノブナガがユイを見つけた状況も、ちょっとおかしいし何かあるのかもね」

 

 

 こうした意見が出たりしたものの、結局分かったところで現在の自分たちには関係の無いことだということで、この話はこれで終了となった。

 ノブナガも気になってはいたが、特に何か考えがあって報告したわけでなかったので食い下がる事はなく、本人達的には何の収穫もない話をユイに話すことは無かった。



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第10話「リベンジ-2」

 決行の前日。

 俺は、シャルやマチと一緒に襲撃予定の建物―――宮殿が見える廃墟にいた。

 というか、某怪盗紳士が生まれた国にあるような煌びやかな宮殿と、それを囲むようにバラックが所狭しと建っている光景は、何と言うか前時代的テンプレな印象を俺に与えてくる。

 前世の日本では、病的なまでの平和主義・平等が横行していたから、余計にそう見えてしまうのかもしれないが……

 

 

「いやはや、典型的な独裁者のようで呆れちゃうね」

「行動が読みやすいから、そのほうが助かる」

 

 

 手を望遠鏡のようにして宮殿を見ているシャルの感想に、マチが適当なガラクタの上に座りながら素っ気無い相槌を打つ。

 俺も別段マゾではないし、簡単な仕事になるに越したことはないので、マチの言葉に多少の苦味を含めた笑みを浮かべて答えとする。

 

 

 「さて。ユイ、宜しく」

 「んっ、分かった」

 

 軽い雑談を済ませた後、シャルの言葉を受けて、ここにいる目的を果たす為に俺は右手を前に出した……。

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 決行当日。

 前日からいる廃墟に、先行偵察で既に到着してる俺達を含めた全ての旅団とヒソカが集合しており、前日に俺が偵察して集めた敵の情報をシャルが纏めて皆へ報告しているのを、俺はテトを頭に乗せたまま瓦礫の上に座って聞いている。

 普段のテトは肩に乗っていることが多いのだが、今の俺の格好がノブナガから貰ったフード付きコートを着ているために、肩には乗りづらいようで頭の上に鎮座している。

 ちょっと遠目からだと、頭に動物を乗せた薄汚れた“てるてる坊主”に見えることだろう。

 

 っと俺の服装は別に良くて、肝心のほうの情報だが、相手の念能力者が警戒している影響で詳しく調べることは出来なかった。

 とはいえ、警備体制から分かる事もあって、別口で偵察していた情報と合わせて相手の戦力は大隊規模であり、戦車やヘリはもちろん熟練の契約ハンターがいる贅沢な金庫守備隊であるということが改めて判明した。

 

 敵の数が、予想していた以上という事実が明らかになったものの、訓練された軍人ぐらいでは旅団の皆からすれば一般人とほぼ同然らしいので、油断でもしない限りは負傷することはないだろう。

 

 だから、注意するべきは少数の念能力者達のはずなんだけど……。

 俺が探れた情報から「常に二人一組で行動していて、それなりのオーラを纏っている者ばかり」との報告に対して、「特に問題ない」という一言で片付けられてしまった。

 思考すらも次元が違うのですね。分かります。

 

 結局、計画の変更無しで勧めることになった。

 そして…

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 正面玄関と警備兵が哀れ、ウボォーの”超破壊拳(ビッグバンインパクト)”で吹き飛ぶのを合図に、皆が一斉に行動を開始した。

 俺も例外なく、騒ぎから離れた地点から、シャルを先頭に城壁を飛び越える事で宮殿に潜入し管制室を目指す。

 目的はハクタクで調べ切れなかった宮殿内部の把握と、敵通信設備の掌握もしくは破壊。

 

 

「ユイ、何度も言うけど無理はしないこと。いいね?」

「うん」

 

 

 俺の後ろを走るマチと、本日5度目の確認事項を済ませる。

 どうやら、皆の目には俺がやる気を空回りさせているように見えるらしい。

 自分自身では空回りしている感じはしていないが気をつけなくては、自己分析軽視による空回りから前回の二の舞は心から勘弁願いたい。

 しかし、幸いというか制約のお陰で、頭に血が上って感情的な行動を取ることはないだろうから安心……っと、制約で思い出した。

 

 俺の「姿なき下僕(インビジブルユニット)」なのだが、三体目の念獣が希望するレベルまでに現段階では到達できないことが分かった。

 現段階と言うことから分かるだろうけど、修行を続けていればいずれは解消できるのだが、現在1997年でキメラアント事件が2001年。

 4年。ゴンやキルアのように主人公補正と十分な下地からくる急成長が見込めない以上、“たった”4年とみるべきでだ。

 それに、実のところ他の念獣も想定している力を十全に発揮できていない。

 だからこの際、制約をつけてしまおうという考えに至ったわけである。

 肝心の制約の内容なのだが、某復讐者のような一発で死んでしまうような重いモノは遠慮したい。

 だけど、発動までに手順を踏ませる方法の制約だと、ヒスイを使った速攻が取れなくなる。

 なので、重過ぎない程度で手順を踏まない制約として

 

 

『念獣が破壊された際に込められたオーラに比例した血液を失う』

 

 

 という制約を己に科した。

 幸いというか三体目の念獣によって“血液”関係の問題は解決できるし、ある意味では即死レベルで命を懸けてはいるものの運用を誤らなければ一発で死ぬようなモノではないし、消滅したときの制約のため戦闘開始の邪魔にならない。

 この制約のお陰で総オーラが目に見えて増加し、念獣とのリンクや操作等が格段に楽になった。

 今現在も20体以上のハクタクを顕現させて、同時に半自動操作とはいえ動かしているが、「少しツライかな?」という感覚があるだけで今までの俺と比べれば格段に楽だ。

 

 適宜念獣へ指示を出して探索を行いつつ、シャルの後を追っていると、ゾッとするような悪寒を全身で感じた。

 直後、数体のハクタクが何かに押しつぶされるという速攻情報を送ってきたのを最後に、一斉に消滅した事により制約からスッと血液が消えていく気持ち悪さと軽い眩暈が俺を襲った。

 

 

「……っ」

「ユイ?」

「大丈夫、平気」

 

 

 マチの言葉に頭を軽く抑えながらも問題ないと返事をしつつ、懐に忍ばせている白い錠剤タイプの造血剤を数個取り出し、口に放り込み飲み込む。

 非合法の薬ながら即効性があるので、ノブナガに借金(別に返さなくていいとは言われたが無視)して小瓶一つ分を購入し常備している。

 

 ほんのりと身体が熱を持ち始めながら、薬の副作用で若干腹痛を覚えるが、我慢できる程度なので無視して頭を回転させる。

 消滅したハクタクの全部が地面の中にいたということは、俺より上の能力者が”円”を使いそれに押しつぶされたか、相手の能力にやられたかの二択。

 

 どちらにせよ、相手の念能力者が動き出したという証拠。

 すぐさま、各班を追跡し続けるように自動操縦(オート)にしていたハクタクに、班に接触するように操作を組み込んでいく。

 併せて、能力の一つを開放し自分の腕に巻きついているハクタクに向かって声を出す。

 

 

「相手の能力者が動き出した。場所は東の―――」

 

 

 感のいい人は気づいたかもしれないが、ハクタクには2つの能力を付加してある。

 一つはもちろん

 

【土に潜れる事】

 

 それも念獣なので掘る等といった動作は必要ない。まあ、陸上の潜水艦のようなものだ汎用性は段違いで此方のほうが高いと自負できるけどね。

 そして、今回使用したのが二つ目の能力

 

【通信機能】

 

 受信と発信機能を持たせ、俺を中継して他のハクタクへと発信受信する。

 故に、俺の近くというか“ハクタクが存在できる距離まで”という条件があるが、俺の認めた相手にしか聞こえないから傍受させれることもなく、電話のように1対1ではなく無線のような1対多数の会話が出来る。

 俺の報告にすぐ答えを返したのはクロロで、全員の居場所から一番近い班へ現地に向かうように指示を出した。

 

 

「――それと、ユイ」

「何?」

「念獣での探索は中止だ。この通信だけに限定しろ」

「分かった」

 

 

 クロロの指示に従って班の数だけ残し、あとは全て回収する。

 そして、回収前に見た最後の情報を先頭にいるシャルへ伝えた。

 

 

「数個小隊が、こっちにきてる」

「了解」

 

 

 シャルの呑気な返事をした数秒後、数百メートル先のT字路から迷彩服を着た屈強な男たちが現れる。

 それなりの部隊なのか、俺たちを確認するとタイムラグなしで一人の男が指示を出すと、全員が即応して一斉射を開始した。

 幸い隠れられる壁の出っ張りがあるので、散り散りに近くの物陰へと飛び込む。

 

 

 「うわっ!?」

 

 

 しかし貧血の影響か、俺だけ一瞬ほど回避が遅れて一発の弾が至近距離を通過していき、思わず声を上げてしまった。

 念で強化されているとはいえ、ウボォーのように鋼の身体ではないので当たれば普通に怪我をしてしまう。

 先ほどの失血が未だに尾を引いている現状では、これ以上の失血は作戦行動へ影響がでる。

 

 危ない危ないと、心の中で安堵の声をあげつつ俺と同じように物陰に隠れた二人へと視線を送ると、後ろへと視線を向けたので背後へ意識を向ける。

 すると前からの銃撃音に掻き消されそうになりながらも、微かに複数の足音が向ってきているのが聞こえた。

 

 シャルは、俺を指差した後に正面にいる弾幕を張っている奴等を指した。

 何が言いたいのか理解できた俺は、頷きを返す事で了解の意思を示し、同時にヒスイを数体顕現させる。

 そして、未だに射撃を続ける前方の奴等に向けて放つと共に、地面を蹴って物陰から飛び出す。

 

 

「こ、子供!?」

「油断するな!!」

 

 

 シャルの後ろにいたために視認されていなかったのか、俺が姿を現したことで数人の若い兵士が動揺の声を上げて、即座に熟練の兵士から叱咤を受けたのが見える。

 だが、その一瞬の隙に開いた弾幕の隙間に自分とヒスイを捻じ込むと、陸上選手も真っ青の加速をもって彼等に肉薄する。

 

 

「なっ!?」

「がっ!?」

「ぎゃぁ!?」

「くそっ!!」

 

 

 俺とほぼ同時に到着したヒスイが、熟練の兵士の腕に突き刺さり射撃能力を殺ぎ、若い兵士二人には俺の飛び蹴りをモロに喰らい吹き飛ぶ。

 少女ではあり得ない身体能力に無事だった最後の兵士が汚い言葉を吐き捨てつつも、俺から距離をとりつつ腰にある拳銃の銃口を俺に向けてトリガーを……引こうとした。

 自意識過剰といわれるかもしれないが、一応“美”をつけていい容姿の俺を撃つのに抵抗があったのか、それを抜きにしても女子供を撃つことに抵抗があったのか、一瞬のタイムロスを作り出してしまった。

 故に、俺は悠々と射線上から離脱すると共に熟練兵を攻撃した後で待機状態になったヒスイと、新たに顕現させたヒスイを残りの兵士へと向けて放った。

 二体は、寸分の狂いもなく残った兵士の両腕を貫通し、トドメに俺の蹴りを腹部に受けて吹き飛び、壁に激突して沈黙した。

 

 

「まあ、こんなもんか」

 

 

 特に手が汚れているわけではないが、手の平を擦るように叩きながら周囲を見渡す。

 誰も死んでいないのは殺すという行為に抵抗があるためではなく、情報収集するために生かしたまま戦闘能力を奪っただけに過ぎない……と誰に対してか判らない言い訳を脳内で展開する。

 さて情報収集でもしようかと、負傷したことによる痛みで呻き声あげている彼等へ近づこうとした時、チリッと首筋に感じた違和感から反射的にその場を飛び退く。

 すると、先ほどまでいた場所にサバイバルナイフのようなものがコンクリート製の地面にも関わらず、軽い音と反して深々と突き刺さった。

  

 攻撃が飛んできたT字路に目線を向けると一つの人影。

 性別は男、黒縁の眼鏡を付けて、地面に寝ている兵士達と同じ迷彩服を着ているが、彼らと違って殺意が篭った大きなオーラをこちらへ向けている。

 

 ここにいる念能力者の顔を全部覚えているわけではないが、十中八九というか絶対に雇われた念能力者達の一人だ。

 単独行動しているのか? と疑問に思う前に、後ろから新たに二つの殺意の篭ったオーラを感じ3人だと判断を改めた。

 

 目の前の相手を警戒しつつ後ろへと軽く視線を向けると、俺が相手にした数以上の迷彩服姿の男達が地面に突っ伏している中で、シャルとマチがオーラを纏った同じ軍服姿の男二人と相対している。

 

 

「私は子供にしよう」

「俺、女な」

「ちょっ、俺が男かよ」

 

 

 目の前にいた眼鏡の男が俺を狙う宣言すると、残りの二人もそれぞれ狙う相手を宣言しあう。

 視線を戻すと、何時の間にか先ほど投げつけてきたナイフと同じものを逆手に持って、場慣れしているのか不敵な笑みを浮かべてはいるものの隙のない構えをとった。

 

 

「一人でやってみな」

「……う、うん」

 

 

 視線を向けないままでの気遣いが篭ったマチの言葉に、緊張した声で返す。

 俺の言葉を聞いて、気のせいだろうけど二人が笑みを浮かべた気がした。

 まあ、確認する前に二人とも相手とともにどこかに消えちゃったから、本当に気のせいかも知れないけど……

 

 

「さあ、始めようか」

 

 

 律儀に待っていたのだろうか?

 迂闊にもマチとの会話で警戒に穴が開いたのに攻めてこなかった眼鏡男は、二人だけになったかと思うと徐に懐からウイスキーボトルを取り出し、自身の後ろへと投げ捨てた。

 ボトルは物理法則に従い軽い放物線を描きながら落下し、地面にぶつかった衝撃で割れて中身を床一面に広げると、アルコールの臭いが鼻腔を刺激する。

 そして、衝撃の一言を発した。

 

 

「私はね。ロリコンというやつらしいんだよ」

「……は?」

 

 

 衝撃的な男の言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。

 が、俺に答えを求めたわけではないようで懐から更にボトルを取り出し、さっきと同じように投げ捨てる。

 

 

「別にそれを恥じている訳ではない。むしろ誇らしいと私は思っているがね」

「……」

「未熟故の成長を秘めた瑞々しい身体、澄んだ水のような綺麗なソプラノ、そして幼さゆえの鼻腔を刺激する甘い香り」

「……」

 

 

 器用に、持っているナイフで体を傷つけないようにしながら自身を抱きしめると、男は体を少し震わせる。

 そうして数秒の溜めを作った後、熱の篭った声を上げた。

 

 

「ああっ、想像しただけで堪らない!」

 

 

 そして俺に視線を向けて、何を想像したのか恍惚とした表情をする。

 ふいに、悶える眼鏡男の姿が“ある奴”にダブって見えた……そう、属性は違えど俺へ似たような視線を向けてくるヒソカって…………ぎゃーっ!この人、ロリコンの変態かよ!!

 

 ヒソカとの類似点を見つけてしまったが為に、条件反射的に後ずさってしまう。

 しかし、直ぐに相手は敵対する念能力者であるということを自身に言い聞かせて、その場に踏みとどまりつつ相手を睨みつける。

 そんな俺の反応をどう捕らえていたのか、悶えていた男が急に動きを止めると、ニタリと笑みを浮かべ、右手のナイフを順手に持ち直してから振り上げ―――

 

 

「さあ少女よ、私のコレクションの一つになってくれ!!」

 

 

 自身の欲望を叫びながら、地面向けてナイフを思い切り投げることで突き刺さらせると、ナイフ自体に仕掛けでもあったのか水溜まりとなっていたアルコールが発火しする。

 さらに純度の高いアルコールだったようで、4・5メートルはあるはずの天井にまで届く大きな炎が生み出され、それを背にした男の存在感がグッと増した気がして一瞬だけ気圧されてしまった。

 そんな俺のその隙を狙っていたのか……。

 

 

「ぅぁっ!?」

 

 

 ガクンと急に足元を固定されたような感覚に陥り、思わずバランスを崩しそうになる。

 慌てて足元を見るが、普通にコンクリートの廊下の上に足はあり、それ以外は何もない。

 どうして? と思うまもなく、自分が今“凝”を行っていないことに今更ながらに気付き、自分の迂闊さに腹が立った。

 

 相手が念能力者の場合は、”凝”を行うのは当たり前なのに相手の変態発言に気をとられ、”凝”をいつのまにか解除していたようだった。

 改めて”凝”を通して足元を見ると、男の影が背中からの炎により俺の足元まで延びていて、その影から黒い触手のようなものが俺の足に絡み付いていた。

 足を動かそうとしてもピクリともしない。

 

 制約でもつけて強化してあるのか、ただ単に俺よりレベルが高いか…

 後者のほうが可能性が高いが、両方という可能性もある。

 どちらにせよ、先手を打たれてしまったのは事実。

 

 腕だけで構えをとりつつ、これ以上相手に先手を打たれないように警戒を更に強めた。



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第11話「リベンジ-3」

 風を斬る音と共に喉に迫ってくるナイフを“周”で強化したヒスイを盾にして防ぐと、金属同士の衝突音と火花が目の前で起こった。

 本来であれば避けれる攻撃なのだが、足が固定されているために回避が不可能となり、必然的に防御をするしかない。

 

 

「っ……かはっ!?」

 

 

 しかし、いつもとは勝手が違う行動をしたために、目の前で散った火花が目に入るのを反射的に腕で守ってしまう。

 その為、相手のボディーブローが“堅”で強化してあるだけの腹部へと直撃し、激痛と吐き気から思わず身体を屈折させてしまい、無防備に晒した首筋に向ってロリコン野郎はナイフのグリップ部分を振り下ろして、俺の意識を一瞬だけ刈り取った。

 

 

「~~っ……こんのっ!」

「おっと」

 

 

 こみ上げてくる吐き気を抑えながら反撃として、腕をなぎ払うように振るいつつ、その勢いを利用してヒスイを撃ちだすも、寸前のところで回避され有効射程外へと逃げていく。

 こんなやり取りが今ので3回目を迎え、俺の体は悲鳴を上げていた。

 

 幸いと言うべきか、ロリコン野郎は俺を生きたまま手に入れたいようで、殺さず傷つけずな攻撃を繰り返してくるのみだ。

 しかし、それは逆に生殺しになっているということで、意識を刈り取るために放たれた急所への攻撃痕が青痣となって俺の体に刻まれている。

 

 

「君は思ったより頑丈なようだ」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 奴は手に持ったナイフをジャグラーのように弄びながら、余裕の表情と声で俺に話しかけてくるが、答える必要も余裕も無い俺は無言―――荒い呼吸―――で返す。

 俺の反応に、奴は溜息を一つ付くと手遊びをやめてから空いた手で自身の顔を隠し、ゆっくりと顔を左右に振りながら、沈痛な面持ちで芝居がかった言葉を続ける。

 

 

「私としては、これ以上は傷つけたくないんだ。最高の作品を自分の手で壊している現状は、とても、とても心が痛む……そろそろ諦めてくれないか?」

「はぁ……はぁ……こと、わる!」

「ふぅ……強情な君は素敵だが、現状では短所以外の何物でもない、よ!」

 

 

 拒絶の言葉に、深く息を吐き出したロリコン野郎は、言葉の勢いに乗って俺へと急接近してくる。

 

 

ガキンッ

 

 

 そんな4回目にして聞きなれてしまった金属同士の衝突音のような音が響き、俺の首はヒスイによって守られたことを確認する。

 ほぼ確信できてたけど、”周”で強化されているナイフ―――腹の部分だが―――も、それなりの量を注ぎ込んだヒスイでならガードできる。

 

 さすがに同じ攻撃を4回も受けているとなると。体勢の不利や火花を散らさずに防ぐ方法が分かったために、安全に攻撃を防ぐことで作り出した相手の隙に、俺はオーラ割合50ぐらいの右ストレートを奴の腹部へ叩きこもうとするが、奴が咄嗟にバックステップ…先ほどのヒスイによる追撃を警戒してか、少し斜めでの後退で俺の拳を回避してしまう。

 だが、そんなものは想定済みであり、“隠”で姿を消しつつ俺の頭上に待機させていたヒスイを、奴の心臓に向けて撃ち出した。

 

 

「ごはっ!?」

 

 

 俺の未熟ゆえか。相手の優秀者ゆえか。

 決まったと思った奇襲攻撃は、直前になって気づかれてしまい狙った場所へに当たる事はなかったが、奇襲だったことは事実であり、弾丸となったヒスイは男の腹部を貫通して、ずっと余裕ぶった奴の顔を初めて歪んだ。

 それでも奴はナイフを投擲するという反撃を行い、戻し損ねて伸ばしっぱなしになっていた俺の右腕に深く突き刺さった。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

 右腕から激痛で勢いよく腕を引き戻した反動で、後ろへと転びそうになるのを“たたらを踏みながら”も耐えた。

 さっきの攻撃で解除されたのか、俺は動脈がやられたのか猛烈な勢いで真っ赤に染まる右腕を押さえつつ、足元の影の触手が消えていることを確認する。

 次に、ロリコン野郎のほうへ視線を向けると、腹部から溢れ出る血液を片手で押さえながら苦悶の表情で俺を見ていた。

 仕留めきれなかった事は残念だが、浅くはない傷を負わせることが出来た。自分の右腕と引き換えとしてはリターンが少ないと思うが……。

 

 ふと。先ほどまで苦悶に満ちていた奴の表情が、いつの間にか狂気に満ちた笑みを浮かべているの気づいた。

 そして、

 

 

「ククッ……クハハハハッ!最高だ!本当に最高だよ君はぁ!!」

 

 

 狂ったような笑い声をあげながら、奴は先ほどまで傷口を押さえていた手を口へ持っていくと、手についた血を厭らしく舐めとる。

 それだけの動作なのに、俺は言い様のない悪寒に晒された。

 

 

「ああ~、久しぶりの血だ。反射的とはいえ傷つけてしまったんだ、もう手加減はしないよ」

 

 

 そんな言葉を証明するように、爆発的にロリコン野郎のオーラが増加すると、出血し続けていた腹部はオーラの増加に比例して出血量が減っていき最後には完全に止血された。

 

 オーラを集中して出血を止めた?

 いや、そんなことできるのか?

 

 

「いや、やはり手加減は続けよう。君は私の最高のコレクションになるのだから、完全に壊れてしまっては困る。そうじっくりとコーティングを施さないとだからね」

 

 

 そういって、一歩こっちに向けて歩を進める。

 たったそれだけで、ロリコン野郎からのプレッシャー……いや、もはや物理的な圧力が俺を押しつぶす。

 しかし、このまま奴の言うとおりコレクションの一つになるつもりは毛頭ない。

 

 潰れそうになる心を奮い立たせ、恐怖で震える足に活を入れ俺は対峙する。

 そんな俺の姿に、奴はさらに笑みを濃くする。

 

 

「そう、その顔だ!その心だ!君は今までのコレクションの中で、最高のものなるだろう!!」

「お前のコレクションに、なる気は……ない!」

「ああ、その瞳も堪らない!怯えさせてみたいよ!」

 

 

 そういうと一気に距離を詰めてくると同時に、ナイフを握ったままでストレートパンチを俺の胸にめがけて放ってくる。

 それに対して、攻撃にヒスイを盾にして受け止めてから反撃しようと、奴の強化された分のオーラを追加した“周”で強化したヒスイを召喚し、盾になるよう操作する。

 

 だが、拳に触れた瞬間。

 何の抵抗も無くヒスイは粉砕され、強烈なストレートパンチが俺の胸部へ直撃し、骨が軋む嫌な音を聞きつつ、受身を取れないまま大きく吹き飛ばされ、かなり離れていたはずの壁へと激突した。

 

 

「…かはっ!?」

 

 

 肺の中の空気が自分の意思を無視して吐き出された。

 受身は取れなかったが、幸いにも“流”の修練の成果を発揮され、ヒスイが破壊されたと同時に胸の辺りのオーラを増やして防御力を上げたために、骨にヒビがはいる“だけ”の軽傷で済んだが、衝撃のショックと制約の失血で意識が朦朧としてしまう。

 

 物理法則に従い地面へとずり落ちていく俺にロリコン野郎は再度接近し、落ちきる前に首を鷲掴みすると自分の目線と合わせる為に持ち上げる。

 当然、身長差から俺は宙に浮くことになり、自重により気管を絞められた息苦しさから首を掴んでいる手を動かせる左手で外そうとするも、朦朧とする意識下の行動ではビクともしない。

 

 やばい、奴に主導権を完璧に持っていかれた……!

 

 

「……ん?オッドアイかと思ったが、君は少し違うようだね」

「ぅ、ぁ……っ」

 

 

 勝利は確定したと判断したのか、ナイフで俺の服を裂きつつ無遠慮に体を観察していたロリコン野郎は、俺の右目が通常とは違うと気付き、良く見るためか手を近づけてくる。

 そんな行動が、男の時の俺が持つ“ある記憶”を呼び起こした。

 

 

 

 

 

 何度も蹴りられ、悲鳴すら上げることの出来ない俺……

 

 そんな俺を見て見ぬ振りをする母……

 

 俺を蹴るのに飽きたのか、俺を蹴っていた“生き物”は俺の胸倉を掴み同じ目線まで持ち上げた……

 

「―――ッ!!」

 

 その“生き物”の行動に母が悲鳴のような声を上げる……

 

 母の声を無視し、その“生き物”は、厭らしい笑みを浮かべ……

 

 俺の胸倉をつかんだまま、空いている手で俺の……俺の……俺の……

 

 

 

 

 

 バチンッと、頭の中で電気の爆ぜる音が響いた。

 

 

「あああああああああああああああっ!!」

 

 

 何処から出しているか、自分の耳が痛むほどの叫び声を上げながら俺は“硬”で強化した右足で、首を絞めていた男の腕を蹴り上げた。

 咄嗟に“堅”による防御をとったようだが、蹴りを食らった腕は有り得ない曲がり方をすると、俺への拘束を解いた。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 突然の反撃に、奴の反応が遅れたのを逃さず、俺は拘束から抜け出し左拳へ“硬”を移動させて左ストレートを男の腹部……傷がある場所へ自分へのダメージを無視して打ちこんだ。

 反動で肩から鈍い音がするとともに、左腕の感覚がなくなる。

 だが、今はそんなことよりも目の前で体を”く”の字にして苦しんでいる奴へと意識が向く。

 

 

―――コロセッ!コロセッ!コロセッ!

 

 

 頭の中で、憎しみの感情と共にそんな言葉が響き渡る。

 そんな感情と言葉を俺は受け入れて、無茶をしたために残り少なくなったオーラから更に搾り出しヒスイを何体か生み出すと連続して奴へと撃ちだす。

 

 

「甘く、見るなぁ!!」

 

 

 余裕がなくなっているのか、奴は荒い言葉を吐きながら向かってくるヒスイを打ち落とすためにナイフを構えるが、地面から飛び出てきたハクタクが両足首を貫いたことで体制を崩した。

 迎撃を免れたヒスイ達は胸―――心臓―――目掛けて縦一列に特攻し、連続攻撃のように自壊しつつも一点を攻撃しつづけて、最後には貫いた。

 

 ゴフッと大量の吐血後、奴は身体を硬直させたまま前のめりに倒れこむと、ピクリとも動かなくなった。

 それと同時に、俺の中にあった憎しみの感情が跡形もなく消え去り、糸が切れたかのようにペタンとその場に座り込んだ。

 前世を含めても初めての殺人を犯したが、極度の疲労と貧血が正負どちらの感情と思考を打ち消してしまっていて、今は何も感じることができない。

 ただ、相手を殺したという事実だけが俺の中にあった。

 

 ふと、奴の首筋に見たことのあるトランプが刺さっているのが見え、角度から放たれたと思われる方角へと視線を向けると、予想通りの人物―――

 

 

「やぁ」

 

 

 ヒソカが、トランプを両手で弄びながら近づいてくるのが見えた。

 いつもは近づいて欲しくない存在No1の男なのに、さっき殺した男と同種の存在なのに、良くも悪くも付き合いのある知人が……この世界での、俺の日常を構成する存在が傍にいるという安堵感が俺を包み込む。

 そんな安堵感から、今まで感じていなかった両腕の痛みや、失血による吐き気や眩暈等が俺を眠らせようとしてくる。

 抗えず、そのまま前のめりに倒れこむ俺を、いつのまに傍まで来たのかヒソカが片手で支えた。

 

 

「随分と手酷くヤられたねぇ」

 

 

 文字通り満身創痍な俺に、何が楽しいのかヒソカは気味の悪い笑みを浮かべながら話しかける。

 しかし、現在進行形で出血し続けていた右腕から、血がなくなっていく喪失感が消えていることから、一応は応急処置をしてくれたということだけは理解できた。

 色々と言いたい事があるが、朦朧としている状態で言い争う気力も沸かず、代わりに自分の思っている言葉がスルリと、しかしポツリポツリと零れた。

 

 

「ヒソカが……援護、して……くれなかった、ら、負けて、たか、も……しれない、ね」

「―――」

 

 

 たぶん、ハクタクの攻撃だけでは体制を崩しきるのも、ハクタクの迎撃阻止も、難しかっただろう。

 結局、まだ足手まといのままだということが酷く悔しかった。

 そんな思いと巡らせてたから、消えていったシャルとマチはどうなった気になった。

 有り得ないことだが、二人がやられることは無いにせよ。何処にいるのか知っておきたかった。

 

 

「二人なら宮殿の外だよ」

「そ、と……?」

 

 

 心でも読んだのか俺を近くの壁にもたれかけさせると、聞きたいことの答えを言ってきた。

 正直、話す事すら億劫なので助かるついでに、先の戦闘で落した造血剤の入った瓶へと視線を向ける。

 案の定、俺の要望を読み取ったヒソカは瓶を拾うと、数粒ほど取り出して、指で弾くようにして俺の口へと放り込んだ。

 

 ヒソカの説明によると、二人は相手の能力者によって宮殿の外へ一緒に移動させられたそうだ。

 そして速攻で始末したいいものの、相手の悪あがきによって直ぐに宮殿へ戻れなくなってしまう。

 中で俺一人という状況は危険だというシャルの判断から、一番近くにいた班からヒソカが見に来たということらしい。

 

 また、皆に迷惑をかけてしまった。

 悔しさがこみ上げて、疲労や貧血による霞んでいた視界に歪みが加わっていく。

 だが、

 

 

ブルブルブルッ

 

 

「はにゃっ!?」

 

 

 そんな俺を叱咤するように、ポケットからもしもと言うときに使うよう渡されていた携帯が震え、喉から変な声が出てしまう。

 俺の上げた突飛な声に、ヒソカは一瞬驚いた表情をするが、すぐに小さく笑い出した。

 そんな彼に一睨みしたあと携帯をとろうと手を……

 

 

「ぁ。手、使えない」

 

 

 先の戦闘で両腕が使えなくなっているのに気付き、どうにかして携帯を取ろうと四苦八苦していると

 

 

「取ってあげるよ」

「ぇ?」

 

 

 そういって、ヒソカの手がポケットへ…

 

 

「ひぁっ!? ちょっ、どこ、さわ……!」

「気にしない、気にしない」

「ぁっ、んっ、ひぃんっ!?」

 

 

 ロリコン野郎に服を切り刻まれてしまっているので、露出度が異様に高くなっているのでヒソカの変に冷たい手が脇腹や首筋、太腿を接触して、上げたくもない女の子らしい悲鳴を上げてしまう。

 てか、尻ポケットにある携帯をとるのに、意味ないなところ触ってんじゃねぇよ!!ノブナガに言いつけるぞ!コラッ!!

 

 

「あったあった」

「ハァ……ハァ……ハァ……あとで、おぼ、えて、ろよ……っ」

 

 

 即効性の増血剤で貧血から回復したとはいえ、重傷人であることに代わりのない俺はヒソカの“おさわり”で散々に弄ばれ、精神的疲労から床へと倒れこんだ。

 僅かな抵抗として、三流不良の捨て台詞を吐き出すもののヒソカに効くはずもなく、俺の携帯で皆と連絡を取り合っているのだった……。



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第12話「旅立ち」

 何の感じない真っ暗な世界……

 

 立っているのか、座っているのか……

 

 上下左右の感覚……

 

 暑さや寒さも……

 

 何も感じない真っ暗な世界……

 

 そんな中に俺は目を瞑り、耳を塞ぎ、体を丸め、ひたすら目が覚めるのを待った。

 これは、俺の夢……そう自覚できるが、自分の思い通りには出来ない夢。

 

 

―――ロシッ

 

 

「……っ」

 

 

 微かに聞こえた声のようなものに、俺の体が強張った。

 

 ”アレ”がきた…

 

 そう思い恐怖すると同時に、もう少しで目が覚めると小さく安堵する。

 が、すぐに気を引き締め”アレ”に備える。

 

 そして……

 

 

『痛い、痛い……身体が焼けるようだ』

『ああ、血が止まらない』

 

 

 聞き覚えのある二つの声が俺を取り囲むよう反響し包み込んでいく。

 

 一つは、初めて殺した男。

 一つは……

 

 

『ああ、憎い、憎たらしい……この親不孝者め!』

 

 

 前世での父親……いや、あの生き物は親ではない……あってなるものか……

 あいつは、あの汚物は……!!

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

バチッ

 

 そんな音が出そうなほど、勢いよく目を開く。

 ここ数日で見慣れた天井が目に入り、現実に帰ってこれたのだと自覚する。

 目が覚めた後は、普段ならノブナガと俺の二人分の朝食を作らなくてはならないのだが、今は両腕にはギプス、首と胸と足には包帯が巻かれていた。

 

 

「ははっ、どこの重傷人だよ」

 

 

 テレビの中でしか見たことのない自身の姿に、思わず苦笑してしまう。

 実際に重傷なのは分かっているので最初は大人しくしていたのが、ある程度まで傷が癒えてくると痛みの代わりに熱さとムズ痒いだけになり、休養にも飽きてしまったので暇が苦痛になってきていた。

 ならばと、念の修行をしようにも「許可するまで修行禁止」とノブナガから言い渡されており、出来ることは“絶”による回復促進くらい……。

 

 まあ、駄々をこねても怪我をしているという事実は変わる訳もない。

 それに、今日こそは”あの人”が来る前に汗で濡れた服を着替えようと、体を起こしてパジャマ代わりのTシャツに手を掛けたる……が、

 

 

「また、無理して着替えようとする」

「うっ」

 

 

 時既に遅し……呆れつつも若干の怒気が混じっている声が、俺の背後から響いた。

 それに対して、俺は油が切れた機械のようにギギギッと首を声のしたほうへ向けつつ、最後の抵抗として何度も使った良い訳を声の主へと伝える。

 

 

「きっ今日は、大丈夫……パクは、心配しすぎだよ」

 

 

 だが、今日もいつからいたのか仁王立ちで、俺の事をジト目で見つめるパクには今日も効果があるようには見えない。

 そして、いつもどおりの返答が彼女から返ってくる。

 

 

「あら、そう? じゃあ、身体に“聞いて”みましょうか」

「ゴメンナサイ。着替エヲ手伝ッテクダサイ」

 

 

 カタコトで返事をする俺に、何故か額に手を当てて溜息をつくパク。

 そんな呆れたような反応をされても、こちらも妙齢の女性に着替えを手伝ってもらうとか、恥かしい以外の何者でもないので小さな反抗心として、頬を軽く膨らませておく……あれ?これ、完全に子供じゃね?

 いや、深く考えるのはやめよう。なんとなく墓穴を掘るだけになりそうだ。

 何か別の事を……うん。現状の確認をしておこう。

 服を脱がされという現象を認識外へと追いやりつつ、自分の意識を内へと向ける。

 

 現在の俺は、先の戦闘で負った怪我を通称”BJ”と呼ばれる医師とそっくりな闇医者による外科処置を受けた後、近くのホテルで入院もどきのような生活を送っている。

 というのも、手ひどくやられた為に定期的な治療が必要で、そうなると流星街より近くにあるホテルのほうが何かと便利なためだ。

 当然ながら、大怪我をした人間―――それも年端もいかぬ少女という、面倒事臭がプンプンする人間―――を泊める事にホテル側は難色を示したものの、ノブナガによる拳と紙束を使ったOHANASIで快諾してくれたそうだ。(パク談)

 ……あれ?別に紙束だけでもよかったんじゃね?

 

 ともあれ、ホテルでの療養生活が始まったのだが、ノブナガは用事があると言ってパクに俺を預けると二週間ほど前に出て行ったきり、まだ戻ってきていない。

 俺を預ることになったパクなら何か知っているだろうと、聞いてみるも

 

 

「ノブナガ、どこいったのか知らない?」

「さあ? 私には分からないわね」

「そっか」

 

 

 収穫ゼロ。

 仕事以外は特に集まることが少ない旅団なのだから、これが普通といえば普通なのかもしれない。

 

 現状確認と言う名の現実逃避をしている間に、俺はパクの手によって綺麗にさせられると、最後の仕上げとして髪を梳かされていた。

 毎回、色々と羞恥心を刺激する時間ではあるが、この時間だけは不承不承ながら性転換も悪くないかなと思えたりする。

 前世では、物心ついたころからスポーツ刈りであったし、身支度は自分で整えないといけない家庭環境だったから、着替えは断りたいが髪を梳かしてもらうのは待ち望んでいたりしなくもない。

 否応なく惚けてしまっている俺の髪を、手馴れた手つきで整え終えたパクは、ルームサービスによって届けられていた朝食の載ったカートを持ってくる。

 

 

「ユイ。いつまでも惚けてないで、冷めないうちに食べましょう」

「あっ、うん」

 

 

 すっかり定位置になった席へつくと、一口サイズにカットされたトーストやオムレツ、ストローがついたオレンジジュース等が並べられ、トドメとばかりに先の割れたスプーンが置かれた。

 もう、諦めている事とはいえ配膳も人任せなので、色々と心にくるものがあるが、ここで無理してナイフとフォークを使ったところで結果は目に見えているので我慢するしかない。

 そんな幼児プレイによる羞恥に耐えつつも食べるものは食べて、食後の一服にミルクコーヒーを、これまたストローを使って飲みつつ、パクととりとめのない会話をしていると、何かを思い出したかのような表情をした彼女は一つのパンフレットを俺に手渡してきた。

 

 

「何これ?」

「貴女が、行きたいって話してた天空闘技場のパンフレットよ」

「あれ?私、パクに言ってたっけ?」

「ええ、貴女の髪を梳かしてる最中に聞いたら、答えてくれたわ」

「ちょっ、それって聞き出したって言うんじゃないの!?」

 

 

 サラリと怖いことを言うパクに抗議の声をあげつつも、俺の目はパンフレットに書かれている内容へと注がれていた。

 唐突に何を?と思うかもしれないが、何も出来ない日々の中で考え続けていたことだ。

 

 時期的にキルアはもういないはずで……ヒソカはいるかもしれないけど、既に(不本意だが)知人関係だから問題ないだろう。

 そこで多少なりとも金を稼いだ後に、200階以上に上がって俺に絶対的に足りない実戦経験をつんでいけば、前回や前々回のようなことにはならないんじゃないのか? と画策していた所だった。

 まあ、パクにバレた時点で画策もなにもあったものじゃないが……。

 

 問題点を挙げるとすれば、この案は俺の保護者であるノブナガから許可を取らないとならないし、出発する為も元手も手に入れなければならない(全てを頼るわけにはいかない)し、何より行動云々の前に怪我を治さないといけない。

 後は、子供の我侭で終わらないように、マチやシャルと言った交流があって連絡を取り合える団員に口添えしてもらえるよう、根回しをしておくことも必要だろう。

 パンフレットを用意してくれるということは、パクは行くことに対しては反対の立場ではないだろうから、彼女を基点に話をしていくとスムーズに事が運ぶはずだ。

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「―――そうだな。実戦が仕事のときだけってのは確かにアレだな」

「だから、行ってみようと思って」

「……分かった。行ってこい」

「ありがとう、ノブナガ!!」

「ぬあっ!? いきなり抱きついてくるんじゃねぇ!!」

「痛っ!?」

 

 

 根回しの効果があったのかは不明だが、これが三日前にノブナガと交わした会話の内容である。

 3ヶ月ほどの療養生活で左腕以外をほぼ完治させ、根回しを済ませた俺は、戻ってきたノブナガの説得へと乗り出した。

 最初は許してくれないだろうとから説得し続けなくてはと覚悟していたのだが、さっきの会話どおりすんなりと承諾してくれてちょっと拍子抜けしてしまうも、認めてくれたことは変わりない。

 嬉々として旅の準備をスタートさせ、年を越えた1998年1月上旬の今日、出発の日となった。

 

 ノブナガに貰ったフード付きコートを羽織り、パクが選んでくれた数点の服と、少量のお金、あと携帯電話を少し大きめのショルダーバックに入れ、肩にかける。

 そうして準備を整えた俺に、久しぶりの再開となるテトが俺めがけて突進してきたのを、抱きしめるように受け止めた。

 

 

「ただいま、テトッ!」

 

 

 前回の仕事の関係上、流星街の知り合いに預ってもらったのだが、俺が怪我をして近くのホテルでの療養生活に移ってしまったので約5ヶ月振りの再会である。

 その期間はテトを成長させるのに充分な時間であり、俺の記憶の中にあった姿より一回り大きくなった体に、孫と久しぶりに会った祖父母のような感情が込み上げてきた。

 テトも俺に飛びつくと、喉を鳴らしながら全身を俺にこすり付けてつつ、尻尾を千切れんばかりに振り回して嬉しさを体全部を使って表現する。

 

 そうして、久しぶりの再開を喜び合った後、テトを定位置である肩に乗せてから見送りに来てくれた人へと向き直る。

 見送ってくれるのは、ノブナガとマチとパクの三人。

 マチにいたっては、わざわざ見送りのためだけに流星街まで戻って来てくれて、嬉しさで少し涙ぐんでしまったのをバレないようにするのに苦労した。

 

 

「まあ、それなりに頑張ってこいや」

「うん」

「何かあったら無理せずに電話しな」

「分かった」

「気をつけてね」

「……ありがとう」

 

 

 漫画の中のキャラだけど、一緒に過ごし、色々と世話を焼いてくれて、気づけば親愛に似た感情が生まれていた。

 そんな彼らと長い間、離れて暮らすことに今更ながら悲しさが俺の胸を一杯にし、掠れてしまった声を皆が気づかないフリをしてくれたことに、感謝で更に胸が一杯になる。

 こうして俺は旅団の元を離れ、一人で外の世界へと足を向けて歩き出した。

 

 

 今回の旅について、天空闘技場へ向う以外に幾つかやっておきたいことがある。

 

 まず、ハンターになることが一つ。

 この世界に来て、結構な月日を過ごしていると自分と同族の存在が少しずつだが確実に気になり始めていた。

 本当に絶滅した種族なのだろうかとか、右目に関することとか、その他にも知りたいことが沢山ある。

 だが、一般的には絶滅したと認知されている種族を調べる以上は、身分不詳では色々とやり辛いし、必ず障害がでるだろうから、それを回避するためにもハンターになったほうが得である。

 最終目的は少し違えど、クラピカと同じ行動原理というわけだ。

 

 次に、神字についてある程度は学んでおきたい。

 自分の指にはまっているこの道具について詳しく知りたいし、できるのであれば、チートなこの指輪をもっとチートにしてみたいとも思っている。

 

 最後に、原作のキャラに会ってみたい。

 「テンプレ乙」とか言われそうだが、俺だって最初の頃は、主人公達周辺の死亡率の高さやストーリーに巻き込まれることを懸念して遠慮していた。

 だが、この漫画を好きな者として一目でもいいから彼等を見てみたい。

 というか、内容を知っている第287期ハンター試験を受験する気だから、拒んだとしても完全に接触を断つことは不可能だ。

 

 ひとまず、これらが今現在の目標というかやってみたいことである。

 

 

「でも、まずは闘技場でお金を稼がないとだよね」

 

 

 偽造パスポートを使用して、天空闘技場のある町へ飛行船で向いながら自分の懐の寂しさを思い出した。

 旅団の皆には実戦経験の補完という理由しか話していないが、俺の為に使ったお金をいくらか返そうと考えている。

 結局、頼ってしまった今回の旅の準備やパスポートの偽造等に掛かったお金や、未だに完治していない怪我の治療費とホテルの宿泊費etc……

 

 ざっと見積もっても数億は軽く超えている。

 そんなお金を、ポンと俺に使ってくれた皆には感謝していると共に申し訳ないと感じている。

 

 しかし、お金を返したからといって「はい、これでおしまい」という訳ではなく。

 まあ、今までお世話になったほんの少しの感謝みたいなものだ。

 

 あ、そうそう。

 偽造パスポートの名前の欄だけど……

 

「ユイ=ハザマ」

 

 である。

 ……だからなんだと言われると、それまでなんだけど報告をしなければという使命感のようなものがあったので、一応。



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第13話「ユイ=ハザマ、9歳です」

忘れたころに、こっそりと投稿する亀


 前世を含めても初めての飛行船利用ということもあり、離陸時の着席が解除されると俺は船内を散策―――いや、もう探検だな―――をすることにした。

 一番安い席を購入したために、VIPエリア等には行くことは出来なかったが、それを含めても初飛行船という高揚感をさらに高めるのには十分な要素が散りばめられており、数時間というフライト時間をあっという間に過ぎ去ってしまった。

 そして、周囲の状況に気づくのが遅れて「着陸するから席に座ってようね」と乗務員の女性にやんわりと注意を受けるという失態を犯してしまう。

 

 初体験とはいえ、子供のように……いや、外見相応だから自然体なのだろうが……いやいや、中身は二十代の男なのだから自制心と言うものを持つべきだった。

 しかし、言い訳をさせてもらうならば、この世界は色々と規格外なのだ。そう、例えば―――

 

 

 備え付けタラップを渡り、数時間ぶりの地面を踏みしめた俺は、周囲の景色よりも早く“ある物”を見て「おお~っ」と少し興奮気味な声をあげた。

 空港から、ずいぶんと遠くにあるはずの”天空闘技場”が見えたからである。

 前世で見たことのある一番高い建造物といえば日本の首都にある“某赤い電波塔”なのだが、あれとは比べようもない高さであるのが、ここからで十分に分かる。

 さらに、天空闘技場は名の通り闘技場であると共に、選手専用の部屋や様々な店舗が何百もあり、まさに桁違いな建物なのだ。

 というか、あれよりさらに高い建物が3つもあるのだから、この世界の規格外さを改めて実感する。

 まあ、前世の記憶持ちであり、魔獣であるテトを肩に乗せている俺も、この世界からすれば規格外の存在になるだろうが……。

 

 ともあれ、飛行機内と同じ失態を繰り返すわけにもいなかいので、自制心を働かせて周囲の人の流れに沿って空港内にある女子トイレへと入ると、誰もいないことを確認した後、鏡の前に立ってバックの中を漁り、少し大きめな髪留めを取り出す。

 一旦それを口に咥え、ストレートの黒髪をポニーテールにした後、それを捻って団子にして髪留めで止める。

 次に、前髪をいじって右目をさりげなく隠す。

 最後にフードを少し深めに被って……はい、完了。

 洗面台にお座りの恰好で俺を見ていたテトは、この行動の理由が分からないのか首を少し傾げる。

 

 自意識過剰かもしれないが皆(もちろん旅団の皆)に目立つ容姿といわれているから、飛行船内はともかくとして不特定多数の人間がいる街中では、あまり特異な外見を見せないようにしないと、例のロリコン野郎みたいな人間が近づいてくるとも限らない。

 この格好も目立つと言えば目立つのだろうが、別に姿を隠している参加者は沢山いるだろうから、素顔を晒すよりかは目立つことはないだろう……多分。

 

 「よし」と変装(?)した自分の姿を鏡で確認して、コートの中へテトを潜りこませると、天空闘技場までの定期便としてひっきりなしに出入りしているバスの一つへと乗り込んだ。

 

 目的地までの移動時間を考えて、バスの後部座席に座り、修行の一環として人間観察をすることにした。

 旅団に関わっている以上は賞金首《ブラックリスト》ハンターに狙われる可能性があるし、それを抜きにしてもコレクターに狙われるかもしれない。相手を見極める技能は必須だ。

 それをわかっているからか、シャルやパクから観察眼を含めた技能の初歩を習っているので経験値を積むためにも乗客相手に試すことにする。

 

 そして、空港から目的地に近づくにつれて観光客の中に”いかにも”な人間が混ざりはじめてきた。

 身体に傷を大量に持っている人間や、堂々と刀剣を持っている人間、前世ではギネスに乗りそうな巨漢の人間。

 

 ただ、なんというか……前世の俺だったら周りにいる観光客のように萎縮していたかもしれないが、旅団の皆や仕事で会った敵とかに見慣れてしまっているためか、一般人と同等程度にしか見えない。

 確かに、席に着くまでの動きや体から出ているオーラからして、それなりの力を持っているようだが俺としては違うのは服装と顔つきだけ……みたいな?

 

 たぶん、このバスに乗っている参加者で100階を越える人間はいないだろうなぁ……と勝手な予想を立てて、「ご愁傷様」と小さく合掌しておいた。

 そして、俺のコートの中にいるテトは可愛らしく前足を手招きするように動かして合掌の真似事をして、俺を萌え殺す。

 

 

 グハッ……

 なんという威力だ。

 一撃必殺ではないか……バタッ

 

 

 と、漫才のようなことを間に挟みつつ、問題なく天空競技場へ到着した俺を待っていたのは、参加希望者達が作る長蛇の列であった。

 夏と冬にある某祭典といい勝負の列に、思わず溜息が出てしまう。

 

 並ぶの面倒だなぁと思っていると、コートの下に隠れていたテトが突然俺の首元からヒョコと顔を出すと、クンクンと鼻を鳴らして”ある一点”に視線を向けると、それきり動かなくなった。

 

 

「ん?……あ~、そういうこと」

 

 

 テトの視線の先には、肉の焼ける匂いを辺りへと撒き散らすホットドックの出店。

 自分の願いに俺が気付いたと感じたテトは、俺の頬に顔を押し付けて甘える声を出しながら”おねだり”を開始。

 

 ぐっ、可愛すぎる。

 いやまあ、買ってあげてもいいのだが、そうするとただでさえ寂しい懐がさらに寂しくなる。

 しかし、俺の怪我等のせいで今まで構ってあげられなかったから、これくらいはして上げよう。

 それにどうせここで結構な額を稼ぐつもりだ。

 

 

 そんな意気込みと覚悟を持って出店に向ったが、それは見事に空振りに終わった。

 なぜなら……

 

 

「オジサン。一つください」

「あいよ! ケチャップとマスタードはどうする?」

「えと、この子に食べさせるので付けなくて大丈夫です」

「そんなら、その小せぇ奴用のを作ってやるぜ?」

「えと、お金そんなにないんで…」

「気にすんな、嬢ちゃんみてぇな可愛い子なら、このくらいサービスしてやるよ!」

「っ!? じょ、冗談はよしてください!」

「がはははっ、顔を赤くしちまってウブな嬢ちゃんだなぁ」

「だ、だから――!」

「ほれ、嬢ちゃんのと小せぇ奴用だ」

「ぅ~、ありがとう……いくらですか?」

「からかっちまった詫びだ、金はいらねぇよ」

「え、そんなの!」

 

 

 数回の押し問答の末、俺は後ろで待っているお客さんの視線に促されて、結局一つ分の金額で俺用とテト用のホットドックを手に入れることになった。

 

 ラッキーな出来事だと分かっているのだが、今だ心のどこかで男としての感性が残っている今は「かわいい」と評価されても微妙としか言いようがない。とはいえ、可愛いと言われて満更ではないと思っている自分もいるのだが……

 とにかく、得したことは確かなので心の中でオジサンに感謝の言葉をかけると、

 

 

「いただきます」

 

 

 列に並びながら俺とテトはホットドックを頬張り、予想以上に美味しさに顔を綻ばせた。

 ……若干、生暖かい視線を感じたが、気のせいだ……気のせいに違いない。

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

「天空闘技場へようこそ。こちらに必要事項を記入してください」

 

 

 待つこと1時間。

 ジッとしていることに飽きて寝てしまったテトを、服の中で抱きながら待っていた俺の順番がようやく回ってきた。

 営業スマイル3割、ムズ痒くなる笑顔7割な受付の人から渡された用紙を受け取った俺だが、ペンを持って固まってしまった。

 

 

 生年月日……どうしよう……?

 

 

 この記入欄を見るまで、自分の年齢についてなんて“ここ”に来てから考えたことが無かった。

 適当に書いてもいいのだけど、今後も書くことがあった場合も適当になってしまうから、決めてしまった方がいいかもしれない。

 

 じゃあ、いつにすればいいのか?

 そう聞かれると、何年がいいのか思い浮かばない。変に見栄を張って大人ぶっても外見年齢が変わるわけがないし、かといって低すぎるのも精神的にキツイものがある。

 

 

 うん。どうしよう?

 

 

 名前の欄など他の部分を埋めながら、頭では生年月日について思考を巡らせる。

 そして、自分が偽造パスポートを所持していることに気づいた。

 

 さっそく、バックの中からパスポートを取り出すと生年月日の欄を覗き込む。

 

 

 

“生年月日:1989年3月8日”

 

 

 

 ふむ。となると今は1998年だから、俺は“今年で9歳”ということになってるのか。

 

 ん? 確かゴン達は2000年の時点で12歳になってたはずだから……年下!?

 う~ん。出来れば年上か同い年がよかったなぁ……あの二人に年下扱いされたら、地味にヘコみそうだ。

 

 

「それでは中へどうぞ」

「ぁ、はい」

 

 

 自分の年齢に若干不満があるが、特に相手に伝えなければいいじゃんと思い直し、闘技場へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 一歩。会場へと足を踏み入れると、そこは熱気と興奮に包まれていた。

 

 いくつもあるリングの上で様々な人間が、己の力を発揮するために雄叫びを上げたり、勝利に歓喜したり、敗北し地面へキスをしている。

 前世では格闘技に興味はなかったが、この空気は悪くないなと思う。

 

 

「テト、もうちょっと中にいてね」

 

 

 コートの中で丸まっているテトにそう声をかけると、モゾモゾと体を動かして了承としての意味の身じろぎで返す。

 それを確認した俺は適当に近くのベンチへ腰掛け、呼ばれるまでの時間をここでの戦闘について考えることにする。

 

 当然のことだが、念獣の使用は200階まで使用しない。

 あと、攻撃に関しても一般人には念を纏った攻撃を控えること……以上二つを厳守することにした。

 

 理由は分かっていると思うけど、外見年齢が小学生低学年ぐらいの俺でも、念を使って攻撃すれば人なんて簡単に殺せてしまう。既に一人殺しているしね。

 さらに言ってしまえば、別に念を使わなくともここにいる殆どの人間なら、殺すことなど1~20分程あれば可能だ。やらないけどね。疲れるし、意味ないし。

 要は、伊達にノブナガの元で修行してきた経歴を持っているわけではない、と言うことである。

 

 それに、念での攻撃を一般人に与えてしまうと運がいい(悪い?)人間は覚醒してしまう恐れがある。

 適応されてしまい、それで悪事を行ったりされたら寝覚めが悪い。

 

 

 あと、もう一つ決めなければならないことがある。

 俺の右腕はほぼ完治しているものの、軽くだがまだ包帯を巻いていないといけない状態だ。

 ここで、右腕を使った攻撃でもして怪我が悪化したらこれまでの療養生活は泡と消えてしまうので、基本的には足技で進んでいこうと思う。

 

 念を使用しなくてはならない相手と遭遇しても、俺の念能力は別に手を使うものではないので問題無いしね。

 

 

『1670番、1700番の方、Hリングへどうぞ!!』

「あ、私だ」

 

 

 自分の番号が呼ばれ、指示されたHリングへと小走りで向かう。テトは器用に俺の体の中で、息を潜めている。

 そして、予想通りというか……場外がざわめき始めた。

 

 

「おい見ろよ。ガキだぜ」

「それも女じゃねぇか」

「おいおい、嬢ちゃん! ここは遊び場じゃねぇぞ!!」

「早くママのところに帰って、おっぱいでも吸ってな!!」

 

 

 下品な野次と、下品な笑い声が会場を包み込む。

 それは、俺の相手となる目の前の人物も例外ではなく。

 

 いかにもワルやってますと言っているような、無駄に貴金属をつけて装飾された皮のジャケットを着たチャラチャラ(死語)した格好の長身の男も相手が俺と見るや……

 

 

「おいおい、俺の相手はこんなガキンチョかよ」

「……」

「どうした? 今更怖くなってきたか? 逃げるんなら今のうちだぜ?」

「……」

 

 

 無言を貫く俺に、男は延々と安い挑発を繰り返す。

 それに同調するように、観客も声を上げて次々と言葉を投げつけてくる。

 

 

「兄ちゃん、運がいいな!」

「あんまりイジメるなよ、兄ちゃん!」

「そうそう、優しくしてあげろよ! お・に・い・ちゃん!!」

「きめぇ~!!」

 

 

 審判員の人間が、会場の雰囲気に思わず溜息を吐くのが見えた。

 俺もそれに釣られて小さく溜息を吐くが、どうやら相手の男の癇に障ったようで……

 

 

「……おい、嬢ちゃん。溜息とはいい度胸じゃねぇか」

「……」

「はんっ、その澄ました顔をすぐに崩してやるよ」

 

 

 といいながら目つきを鋭くし殺気を放ってくるが、残念ながら俺にとっては蚊に刺された程度で相手の強さがぜんぜん伝わってこない。

 そればかりか、自分の弱さを曝け出しているようで残念な感じになる。

 

 審判員は、会場が若干落ち着いたのを見計らってルールを説明し、開始の合図となる右手を上げる。

 そして……

 

 

「――それでは……始め!!」

「覚悟しな!!」

 

 

 合図と同時に、こちらへ突進してくる男。

 彼的には全速を出しているつもりなのだろうけど、こちとら数十倍も早い敵と戦っているから遅いことこの上ない。

 ステップを踏むようにトンッと軽く横へ飛ぶことで攻撃を回避しながら、足を引っ掛けて相手の転ばせる。

 

 

「どわぁ!?」

 

 

 男的に突然消えた俺と、急にバランスを崩した自分の体に情けない声を出して、受身を取れず盛大な音を出して地面と派手なキスをする。

 そんな男の脇に移動して、俺は某サッカー漫画の主人公のようにワザとらしく足を大きく後ろへ持っていくと

 

 

「バイバイ、おニイさん♪」

「まっ……っ!!」

 

 

 0円スマイルを浮かべつつ、男の腹部へ蹴りを叩き込んだ。

 俺の蹴りを何の構えもなく受け止めた男は、体を”く”の字に曲げてリングから場外へ、場外から観客のいるベンチへ吹っ飛んでいった。

 いきなり飛んできた選手に、観客が悲鳴を上げながら避難したり、スタッフが慌てて駆け寄っていく。

 少女が大の大人を何十メートルも吹き飛ばした場面を目撃した周囲の人間は、騒然とし異様な沈黙が場を支配した。

 

 ……まあ、若干野次を浴びせられたことで溜まったストレスを、発散するために予想以上の威力を放ってしまったが、腹に鉄板か何かを仕込んでいた手ごたえがあったから大丈夫だろう。

 けど、少し……

 

 

「……やり過ぎたかな?」

「……1700番」

「はい?」

「君、80階へ行きなさい」

「あっ、分かりました」

 

 

 まあ、死んでないから大丈夫か。

 

 

 あれ?キルアってゴンと一緒に来たとき100階以上の評価ここで出されたよな?

 ……いや、前回のも評価されてだっけ?



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第14話「互角×会場の熱気=ひゃっはーっ!」

 先の戦闘で獲得した賞金をジュースに換え、チビチビとテトと一緒に中身を減らしながらエレベーターに乗り80階を目指す。

 だが派手な勝利の仕方をしたのを含めて、やっぱり子供がいるのが珍しいのだろうか、半分以上の同乗者が俺に視線を向けていた。

 別に人前に立つと云々的な性格ではないものの、エレベーターという狭い箱の中で注がれる視線は全くの別物であり、恥ずかしく非常に居心地が悪い。

 

 例えれば、登校中に高齢者の人が困っているので何となく助けたら近隣の住民が見ていて、学校に連絡がいきクラスメイトの前で先生に褒められる小学生みたいな?

 ……分からない?まあ、いいさ。

 

 兎にも角にも、恥ずかしいという事は確かなのでフードを深く被りコートで体を隠して、気持ち視線から体を守るような姿勢を取る。

 そんな俺を思ってなのだろう。服の中でジッとしていたテトが急に外へ飛び出すと、俺の肩に乗り視線を向けてくる人に対して威嚇を始めてしまった。

 当然、テトの行動によって無関心だった人までこちらへ視線を向けてしまい、テト的には追い散らす行動が逆に注目を集めてしまう。

 

 

「テ、テト!」

 

 

 増えた視線に、慌ててテトをコートの中へと引き戻すも、時既に遅し……

 結局、80階に着くまでの数分間を俺は体を小さくすることで、他者の視線から耐え忍ぶことになった。

 そして目的の階に到着し、扉が半分程度開いたと同時に脱兎のごとくエレベーターから逃げ出したのは、言うまでもないことである。

 

 

「ぁ~ぅ~」

 

 

 80階に行くだけで、なんでこんなに疲れなきゃならないんだよ。

 

 エレベーターから結構離れた場所にある選手が待機する待合室の隅で、俺は項垂れながらも精神的疲労の回復に努めていた。

 先ほどよりは少ないとはいえ、周囲からは依然として視線を感じてはいるが疲労がピークなので、どうでもよくなっていた。幸か不幸かは別として……

 

 それに、今考えることは次の試合のことである。

 確か原作では無傷で勝利したゴン達は、その日のうちにもう一試合あったはずだから、同じく無傷で勝利した私も後一戦あると思った方がいい。

 次で勝てば、普通の宿に一泊する賞金は手に入る。

 手持ちがあるとはいえ、今後のことを考えると贅沢は極力しないほうがいい。それに100階まで行けば衣食住のうち二つを確保できるから、消費も減るだろうしね。

 

 いつの間にか戦闘以外のことを考えつつ数分くらい待っていると、俺の名前が呼ばれて指定された会場へ向かう。

 周囲のざわめきや回復に努めていたせいで、相手の名前を聞き逃したが……

 まあ、この階にいるレベルの人間なら大丈夫だろうと、ちょっと生意気なことを思いつつも、スタッフの指示に従って専用の入場口から会場へ入る。

 

 すると、1階で感じた熱気を軽く上回る歓声と熱気が俺を包み込んだ。

 だがそれも束の間、対戦相手を見た瞬間には俺の意識からシャットアウトされてしまった。

 

 

「ヒソカ!?」

「やあ」

 

 

 唖然としている俺に、笑いかける変態ピエロ。

 だが、笑っていても放ってくるオーラは初対面の時以上に容赦なく、思わず後ずさりしてしまう。

 テトは、野生の本能からか服の中から飛び出し、リングの外へと逃げ出してしまった。

 

 

「キミがここにいるって聞いたから、来ちゃった」

「~~っ」

「くっくっく。療養中だったそうだけど、鍛錬は欠かさなかったみたいだね」

「こっの……変態!」

「ん~っ、いいオーラを放つようになったじゃないか」

 

 

 殺意を込めてヒソカを睨みつけるも、全身で受け止めるようにポーズをとると恍惚した表情で俺に視線を送る。

 舐めるような、そして全部を見られているようなヒソカの視線と戦闘モードになった奴のマグナムが視界に入り、強烈な悪寒が全身を駆け巡り、自分の体を無意識に守るように抱きしめてしまう。

 

 

「……でも、まだ食べごろじゃない」

 

 

 そういうと、突然構えを取る。

 ヒソカの行動に一瞬驚くが、審査官が開始の合図を取ろうとしていたのに気付き、慌ててこちらも構えを取る。

 ヒソカが現れただけで周りの声が聞こえなくなるほど動揺した自分を叱咤しながら……

 

 

「始め!!」

 

 

 審査官の声を合図に、ヒソカに接近するため地面を蹴り飛ばす。

 対格差から来るリーチの差を少しでも埋めてしまわないと、一方的な展開になってしまうからだ。

 

 あと、これは自分勝手な覚悟だが念による身体強化のみで戦う。

 ヒソカは、まだハクタクとヒスイしか俺の能力を見たことないし知らない。

 それにここはルールなし殺し合いの場ではなく、審判もいて観客もいるルールありの闘技場なのだ。この状態で”三個目の念獣”を使い、対応される前に連続攻撃でポイントを奪えれば勝てる可能性がある。

 だが、能力に頼りきった戦闘で勝つのは今後のことを考えてあまりしたくない。

 

 ルール有の試合なら、純粋な戦闘を……そんな風に、ヒソカ的には強化系の思考で行動することにした。

 幸いと言うか、テトが離れてくれたお陰で、彼を気にせず全力で戦える。

 そんな俺の考えを感じ取ったのか、ヒソカは口を裂けんばかりに大きく歪めると、俺と同じように地面を蹴った。

 

 

 観客的には一瞬、俺達的には数瞬で詰まる攻撃範囲へ入る直前、俺は少し強めに地面を蹴って体を少し浮かせると、その勢いのままヒソカの顔を狙った右足の回し蹴りを放つ。

 当然その程の攻撃では顔の横に左腕を立てたガードをされるが、ガードされた右足を支点に体を回転させると、今度は左足の踵落としで脳天を狙う。

 

 しかし、ヒソカはこれをガードした腕を外側に大きく振ることで俺を振り飛ばして回避する。

 無理やり体を捻ることで地面に足をつかせブレーキをかけている俺に接近したヒソカは、右膝蹴りを俺の顎めがけ放ってくる。

 間一髪という感じで顎を持ち上げて、逃がし切れていない後ろへの勢いに乗ってバク転するように回避すると、そのままの勢いで蹴りを繰り出すも、ヒソカは余裕の表情で体を後ろへと傾けて回避する。

 

 距離を開けようと軽く後退するヒソカに追随すべく、蹴りを含めてバク転で宙に浮いていた足が地面につくと同時に、足に溜めたオーラを一気に吐き出し、ヒソカめがけて突撃。

 ただの突進であるため、体を傾けて回避しようとする彼の前で右足ブレーキをかけつつ体の向きを変え、殺しきれない速度を左足の後ろ回し蹴りへ上乗せした一撃を繰り出す。

 だがブレーキを掛けすぎたのか、その一撃は右手で軽々と受け止められ、そのまま自分の方へと引っ張ってくる。

 

 下手に足を地面へつけようと抵抗すればバランスを崩すと即断、拘束を解こうと右足で地面を蹴り上げて宙に浮いたまま、左足を掴んでいるヒソカの手を蹴り上げようとする。

 が、蹴る前に手を放されて蹴りが空振りに終わってしまい、無防備な状態で宙に浮くことになってしまった。

 

 もちろん、そんな状態を見逃してくれるはずもなく、即座にやってきた右ストレートを”堅”で強化した両足裏でどうにか受け止めるとともに、吹き飛ばされることを利用して一先ず距離をとった。

 それに対してヒソカは追撃はせず笑みを浮かべたまま見送ったので、危なげなく着地した俺も攻めようとはせずに小休止状態へと移行した。

 

 

「―――!!――!!」

 

 

 荒くなった息を整えようとする俺の耳に、進行役の人が興奮した声で何か言っているのが聞こえるが、言葉として届いてこない。

 自分の中から溢れ出る歓喜に体が震えて、それどころではないからだ。

 

 ヒソカは本気を出してないことは分かりきっていることであっても、戦い続ける事が出来たという事実は俺を歓喜で体を震わせるのに充分すぎる理由であった。

 自覚はないが、おそらく口元が大きく緩みきっていることだろう。

 

 ヒソカの強さは漫画で充分すぎるほど知っているが、相対している今は身をもって実感している。

 そんな奴に(手加減されてはいるものの)互角に渡り合っている。

 

 それが何よりも嬉しい。

 自分が強くなっていたのだと感じることが出来た。 

 もっと戦ってみたいと思えてくる。

 

 だが、我を忘れそうなほどの喜びも数秒で自重させる。

 ノブナガに耳にタコが出来るまで聞かされた「冷静じゃない奴から死んでいく」という言葉を思い出したからだ。

 

 油断すると溢れ出てしまう余計な感情は心の奥底へとしまいむと、深呼吸を数回して興奮している自分を落ち着ける。

 俺が冷静になるのを待っていたかのように、軽く構えを取ったヒソカが挑発するような手招きをする。

 

 その挑発に乗って、俺はヒソカに向かって体を弾丸のように突撃させる

 そして、体をかがめて飛び上がる体制を……フェイントにサイドステップでヒソカの右側へ移動すると、石畳同士の境目に蹴りを入れる。

 

 

ボコンッ

 

 

 そんな空気の音と共に、石畳が一枚浮かび上がると、蹴られた勢いのままにヒソカへと向かっていく。

 それを隠れ蓑しつつヒソカの近くで石畳を砕こうと後を追ったのだが、それよりも先にヒソカに砕かれてしまい、飛んでいる方向とは逆からの衝撃に砕けた石の破片は四方八方へと散らばった。

 

 

 くっ、ゴンの真似事はやっぱり無理があるか。

 

 

 心の中で舌打ちをしながら、左手で飛んでくる破片を弾きつつヒソカの姿を探すが、すぐに背筋が凍るような気配を感じ反射的に身をかがめる。

 と、さっきまで自分の頭があった場所にヒソカの足が風を斬りながら通り過ぎると、蹴りの余波が周りの破片を飛び散らした。

 

 想像以上の威力の蹴りに、受けた際のダメージを想像してしまい背中に冷や汗がドッと湧き出る。

 しかし、蹴り一つだけの攻撃で終わるような訳がなく、再び背筋が凍る感覚を感じると、反射的に体を屈めたときのバネを使って横へ飛び去る。

 直後、さっきまでいたところに踏みつけるように足が下りてきて石畳を轟音と共に踏み砕いた。

 

 無理な回避をしたため、バランスを崩した俺にその砕かれた石が襲い掛かり、悪手だと分かっていても腕でガードするしかない。

 自分から視界と腕を塞いでしまったものの、直ぐに“円”を発動させて周囲を探ると俺の背後に回ったヒソカが感じ取れた。

 

 

トッ……ン

 

 

「っ…!!」

 

 

 だが、俺が反応するよりも早く動いたヒソカの掌が俺の背中に優しく触れるように接触したかと思うと、その動作に似合わない衝撃が全身に襲い掛かった。

 受身の態勢を取れず、俺は場外……観客席の下にある壁へと激突した。

 幸いにも、とっさにオーラで全身を守ることが出来たので激しい音や衝撃の割には目立った外傷を受けることは無かったが……

 

 

「くっ……」

 

 

 内部は無事だったとは言えず、打ち所が悪かったのか眩暈がして足腰に力が入らない。

 四つん這いの状態から立ち上がろうと足掻く俺を、リング上からヒソカが見下ろしてくる。

 

 

「半年前に比べれば、格段に強くなったね」

 

 

 もう終わりだとでも言ううようなヒソカの物言いに、俺はまだ戦えるという意思表示を示すがために、何とか立ち上がる。

 10カウントが取れれる前にリングに戻れれば、まだ戦えると、

 

 

「次は、右腕が完治してからやろう」

 

 

 だが、そこまでが限界だった。

 プルプルと震えていた両足は自重に耐え切れずに膝から折れると、体は前のめりに倒れていき地面に倒れこむと同時に俺の意識も堕ちた。



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第15話「小休止」

「ふぅ……」

 

 

 ベットに倒れこむように身を投げると、一息ついたという安堵から溜息が漏れた。

 現在の時刻は日付が変わる10分前であり、すでに闘技場が静寂と暗闇に包まれている時間帯だ。

 

 再度、溜息をつこうとしたときにピリッと背中が微かに痛んだ。

 その痛みが、今日のヒソカ戦を嫌でも鮮明に思い出させる。

 

 

 

 ヒソカとの試合。

 最後に気絶してしまったが、それも十数秒だけのことで俺はすぐに目を覚ますことが出来た。

 ダメージを念である程度防げたのもあると思うが、たぶん手加減してくれたお陰なんだろう。念を使わない勝負に乗ってくれたし「まだ、食べごろじゃない」とも言っていたし……。

 あえて怪我と言えるものは、破片などによる打撲や掠り傷程度だけで、それだってコートやフードで隠れてて傍目には無傷だと言われても納得できる状態だ。

 この程度なら後一戦できるだろうから、今日中に100階へは無理でもファイトマネーでどこかの宿を取れる。

 出費を抑えられるなと安堵したのも束の間だった。

 

 程度はどうであれ、気絶したということで主催者側が「今日はもう休みなさい」と言ってきた。

 大丈夫だと力説しても、彼らには“やせ我慢をしている少女”としか映っていないらしく、全く相手にしてもらえない。

 

 となれば本日の収入はナシとなり、現在の所持金から宿を選ぶしかないのだが……恥ずかしい話、少々心もとないというか……最低ランクの宿ならまだしも、少し上のランクの宿となると微妙に足りないのだ。

 見栄と闘技場で稼げると思っていたために、ノブナガからは多く貰ってはいなかったのもあるのだが、観光地であり都会という条件が揃っていると、周辺の物価は当然のごとく上昇することを失念していたのが痛い。

 ホットドックを購入した際は出店金額だから少々割高でも気にはならなかったので、こういう状況になって初めて周辺の宿泊施設の料金を見て驚愕するという事態に陥っている。

 

 初めての一人旅に、ヒソカとの全力勝負、今は自覚していなくても疲労が蓄積しているはずで、安ホテル故の治安の悪さ十分な休息が取れるか怪しい。

 自分の迂闊さに闘技場の受付近くにあるベンチに座り落ち込んでいると、悪魔……もといピエロの囁きが耳元で聞こえてくる。

 

 

「言ってくれれば、貸してあげたのに」

「……」

 

 

 何時の間にか覆いかぶさるように俺の背後に立っていた変態に、蹴りを食らわせようとして避けられるという流れを挟んだ後、ピエロの囁きに俺の中にいる天使と悪魔がそれぞれの意見を述べる。

 

 

天使「借りましょう。少女一人での安宿なんて危険です」

悪魔「貸してくれるってんなら、借りちまえよ」

 

 

 …………。

 ……。

 ……あれ?

 ここは普通、理性と本能が争う流れじゃないの?

 借りましょう?否、変態に借りを作ったら危険だ。とかさ

 

 

天使「では、ちゃんとしたお風呂に入りたくないと?」

悪魔「フカフカのベットで疲れを取りつつ寝たいだろう?」

 

 

 ……おい。

 俺の中の天使と悪魔、少しおかしいだろう!?

 何故か天使と悪魔が欲望で、俺が理性としての立場に立つという変な脳内会議を繰り広げた結果。

 

 結局はフカフカのベットや、綺麗なお風呂という誘惑に負けて、宿泊代を借りることになった。

 そして一応は、と俺に金を貸した理由をヒソカに聞いてみると

 

 

「女の子が困ってたら、助けるのは当然じゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ!!!!!!!」

 

 と、レ○風に言ってみるテスト。

 

 まあ本音かどうか怪しいとはいえ、奴のお陰でこうしてランクの高いホテルに泊まることが出来るわけだから、少しだけ感謝しておく……本当に少しだけだからね!

 

 

 ……うん、何言ってんだろうな俺。

 今日は色々あって疲れているんだ。そうに違いない。

 そう自己完結すると、今日の疲れを明日に残さないよう寝るための準備を始める。

 

 コートを脱いで椅子に掛けると、纏めていた髪を下ろし腕の包帯を外して、替えの着替えとテトを抱えて浴室へ向う。

 まずは、バスタブにお湯を溜めながら脱いだ服を、備え付けの洗濯乾燥機に放り込んでスイッチを入れる。

 

 

「あっ、下着まで一緒に入れちゃった……ま、いっか」

 

 

 運転を始めた洗濯機の中で回転する服を確認した後に浴室に入ると、まずは動物としては珍しく頭からお湯を被っても嫌がらないテトにシャワーを当てて汚れを流していく。

 その後は、備え付けのボディソープで体を洗うのだが、これも嫌がりもせずに受け入れるので短時間で終わりシャワーで泡を流す。

 最後に、桶のようなものにお湯を溜めてテトの前に置くと、前足でお湯の温度を確かめてから溜めたお湯に入り、縁に頭を乗せて気持ちよさそうな顔をする。

 

 

「気持ち良い?」

 

 

 俺が声をかけると、ゆっくりと尻尾を左右に揺らして肯定する。

 そんな姿を見て、思わず笑みが漏れた。

 

 最初は、冗談半分で試した桶風呂を意外にも気にいったらしく。

 俺と一緒に入るときは必ず行い、ともすれば「まだか?」と逆にせがんでくる程だ。

 実際、猿とかが温泉などで寒さをしのいだり、トラが熱いときに湧き水を浴びるとかしてるのを見たことあるので魔獣であっても、その辺に違いはないのだろう。

 

 ふやけたテトの顔に癒された後は、自分もシャワーで汚れを落としてから、髪と体を洗うと溜めてあるお湯にゆっくりと体を沈める。

 パクやマチに言われて、髪の毛は洗った後にアップにしてお湯に触れないようにしてしておく。

 面倒なので最初は切ろうとしたのだが、猛烈に反対されて現在の腰まである長さに落ち着いている。

 

 

「ふう…」

 

 

 入浴して溜息が漏れてしまうのは、日本人だからなのだろうか?

 とか、どうでもいいことを考えながら手を目の前に持っていき眺める。

 

 修行や荒事をしているのにも係らず、キメ細かな白い肌がお湯を弾いて、玉状のお湯がスルスルと手から湯舟へと流れ落ちていく。

 

 この体になって数年、前世の記憶が薄くなり始めてきていた。

 ここでの生活が非常に濃いからというのもあるが、嫌な思い出しかない前世の記憶を忘れたがっているのかもしれないとも思っている。

 それに併せて、自分の中にある“男”が薄れていき、パクやマチからの指導による“女”が濃くなってきているのも感じてきてもいる。

 

 それでも、心の中で俺という一人称を使っている現状では“男”としての部分が勝ってはいるのだが……。

 記憶の方も忘れる前にと、ノートに漫画で得たこの世界の情報や未来の出来事を書き出してある。

 平仮名、片仮名、漢字と、ただでさえ解読の難しい日本語で書いている上に、俺にしか判らない略し方で書いてあるから盗み見られても、短時間で内容を理解するのは難しいだろう。

 とはいっても、書き出し始めた時点で結構忘れていることがあって虫食い的なものになってしまっているので情報としての価値がどれほどなのか怪しいところだ。

 

 それに、ハンター試験の時に主人公達と会うという事以外は、本編の流れに乗るつもりはない。

 ハンター試験を受けるのなら内容は分かっているほうが断然楽だし、原作通りなら一人の失格者以外は全員合格が確定しているのだから……あれ?キルアが失格になったのって確か……

 

 

「……ふぁ」

 

 

 やはり疲れがあったのだろう、お湯の温かさによる心地よさも併せて、瞼が重くなってきた。

 このまま思考に耽っていると寝てしまい、お風呂で溺死しかけそうになるとか笑えない状況になりそうだ。

 

 

「……寝よ」

 

 

 まだ意識があるうちに、お風呂から上がるとしよう。

 せっかくフカフカのベットがあるのだから、寝るならそっちで寝たいしね。

 俺と同じく、眠そうにしていたテトを掬い上げると浴室から出た。もちろん出る際には湯舟の栓を抜いて、お湯を抜いておくことは忘れない。

 

 せっかく温まったのだから冷やさないように濡れた髪と体をさっさと拭き取り、ドライヤーで拭き取りきれなかった湿り気を乾かしていく。

 その間にテトは体を震わせて、ある程度水気を飛ばすとタオルの上でゴロゴロと転がりながら体を拭いていく。

 

 その可愛い姿に萌え死にしそうなりながらも俺は髪を乾かし終えて、未だに体を転がし続けるテトにドライヤーを当てて手伝ってやる。

 ちょっと熱かったのか風を当てた瞬間、少し飛びずさるが適当な距離を置くと、まだ湿っている箇所に風当たるようにポーズを変えながら風を受け続けた。

 

 備え付けのガウンを着て、下の部分を引きずりつつも部屋に戻った俺は、冷蔵庫にあった水をテトと共に飲んだ後、携帯のアラームをセットして布団に潜り込む。

 修行中では味わうことの無かった待望の柔らかく軽い毛布に疲れも合わさり、入って直ぐに瞼が重くなる。

 

 ふと、布団の上にテトが体を丸くして眠りについているのが見えて、俺は少し驚きの声を上げた。

 

 昔は、一緒に布団の中へ入り込んで眠っていたのだが……大人になったということだろうか?

 

 

「……まあ。テトは、オス、だから……ね」

 

 

 ちょっと寂しい気を感じながら、これが子供の成長を見守る親の気持ちかな?

 と思い、軽く体を撫でてやってから俺は体をベットへと鎮めると静かに眠りについた。



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第16話「油断大敵、時既に遅し」

次は、連休中を目指してます。


Q.ユイ=ハザマ選手をご存知ですか?

 

観客A「えっと、蹴り一つで勝ちを取り続けている選手だろ?」

観客B「知ってるさ、最近はあの子のお陰で稼がせてもらっているからな」

観客C「あっ! フードで顔を隠している女の子でしょ!?」

観客D「“蹴りのユイ”のことだろ? いつもフードで身体隠してる不思議ちゃん」

観客E「ああ~、耳の長い小動物をいつも連れてる女の子か」

観客F?「ハァハァ。ユイたん可愛いよ、ユイたん……ゥッ」

観客?「♥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾゾゾッ

 

 

「……っ!?」

 

 

 何の前触れもなく氷を押し付けられたかのような悪寒が全身を駆け巡り、反射的に身体を抱きしめて周囲へと視線を向けて原因を探った。

 しかし、部屋の中には日向ぼっこをしているテトが居るだけで誰の姿も気配もない。

 

 

「……最近、悪寒を感じることが多くなったのは気のせいかな?」

 

 

 天空闘技場についてから、二週間になろうとしている。

 俺はヒソカ戦を除いた全ての試合に蹴り一つで勝利し、現在190階クラスに到達していた。

 所持金も、ほぼ文無しから9桁台まで増えている。

 

 前世では一生見ることは無かった金額を初めて見たときは、皆が俺の金を狙っているのではないかという被害妄想に襲われて、通帳を一日中持ち歩いていたりしたのは良い思い出だ。

 

 

『……ユイ? どうかした?』

「あ、ううん。なんでもないよマチ」

 

 

 物思いに耽りそうになった時に携帯から聞こえてくるマチの心配そうな声がして、慌てて現実へ意識を戻すと自然に笑みを零しながら答えた。

 流星街を出てから2,3日に一度という割合で、俺はマチへ定時報告……と言う名の長電話をしている。

 

 旅団の連絡役でもある彼女へ現状を伝えるという建前を作って置きつつ、前世と比べて内容の濃い一日を毎日送っているので、誰かに話したくて仕方ないのが本音だったり……。

 だから俺が一方的に話して、時折マチが相槌を打つというスタイルになってしまっているが、マチも楽しそうに聞いている(と思いたい)ので現状では変えようとは思っていない。

 

 そして現状の報告を何度も脱線しつつ終えた俺は、直ぐに電話を切るのもツマラナイとパッと思いついた質問をして話を続けることにした。

 

 

「そういえば、最近ノブナガはどうしてる?」

『ノブナガ?……そうだね。ユイが居なくて毎日泣いてるよ』

「…………は?」

『てめぇ、マチ!嘘をユイに教えてんじゃねぇよ!!』

 

 

 予想外の答えに思わず固まってしまっている間に、電話の向こう側から突然ノブナガの怒声が聞こえたかと思うと、ドタバタと慌しい音が聞こえてくる。

 こちらから声を掛けても聞こえないだろうし、騒ぎが終わるのを苦笑いしながら待っていると、誰かが電話を取ったかのような雑音の後に予想外の声が聞こえてきた。

 

 

『久しぶりだな、ユイ』

「フランクリン!?」

 

 

 俺の好きなりょ(以下略)の声に、思わずベットに座っていた身体が弾んだ。

 約半年ぶりの声は、いつもと変わらなくて懐かしさで顔が綻ぶ。

 

 

『悪いな、お前の見送りにいけなくて』

「ううん、大丈夫だよ。それよりも珍しいね、皆が集まってるなんて」

 

 

 先ほどの騒ぎから“凝”を耳にして聞き耳をたてていたのだが、ノブナガの怒声の合間に微かに知っている声が聞こえてくる。

 

 

『ああ、ちょっかいかけてくる奴等に挨拶しに行くところだからな』

「そうなんだ。気をつけてね? 無駄な心配かもしれないけど……」

 

 

 挨拶が何の隠語なのかを知りつつも無事を願う言葉を掛けるが、一人でそこらのマフィアなら潰せるほどの実力を持った皆が怪我やそれ以上の事になるなんて微塵も思っていない。

 俺の言葉から、そんな内心を汲み取ったのだろうフランクリンは軽く笑い声を上げた。

 

 

『お前も、大丈夫だと思うが無理はするなよ。見た目“だけは”良いんだからな』

「何言ってるの。見た目“だけは”じゃなくて“も”だよ」

『……フッ』

「あっ!今、笑ったでしょ!?」

『さぁな?』

「ううん、絶対に笑ったよ!」

 

 

 軽いジョークを含ませた話を笑いながら言葉を交わしていると『代わって』とマチの声が聞こえて、しばらくすると何事もなかったかのような彼女声が聞こえた。

 

 

『急に離れて悪かったね』

「えと、お疲れ様?」

 

 

 騒ぎの切欠が切欠なために、なんと声を掛けいいのか分からないから、当たり障りのない労いの言葉をかけるだけに留めておく。

 

 そして次回の電話する日時を決めた後、別れの言葉を告げて俺は携帯の“切”ボタンを押した。

 すると、電話が終わるのを待っていたのか、テトは電話を切るのとほぼ同時に俺の肩に飛び乗ってきて顔を摺り寄せてくる。

 

 

「もう、この愛い奴めっ…………さて、負けに行きますか」

 

 

 テトの頭を軽く撫でてから立ち上がり、近くにかけてあった着慣れたコートを身に纏う。

 今の時点でも莫大と言って良いほどの所持金だが、返金分やキコ族調査による出費を考えると後一桁ほど多いほうが良いだろう。

 とはいっても、180~190の階を数回往復すれば直ぐに溜まる額だから、そこまで大変なことではない。

 

 

「問題があるとすれば、どうやって負けることかな?」

 

 

 そんな事を思いながら、俺はテトを肩に乗せたまま部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 100階を越えると、選手の数が一気に減る。

 理由は単純、ここまで上がれる人間が少ないからだ。

 上ってこようとしても余程の実力ではないと、原作でキルアが言っていたような燻っている連中に蹴落とされてしまう。

 そして、そういう輩は対戦相手とギリギリまで接触しないようにするか、事前工作の為に接触してるかの二極に分かれること多い。

 そのため、控え室に行くと誰もいなかったり、腹に黒いモノを抱えた対戦相手が一人という状況がずっと続いていた……まあ、どちらであっても試合結果に代わりがないのは言うまでもない。

 今回は、こちらを待ち受けているのか人の気配を感じ取りつつも、何気ない動作で控え室に入ると俺の対戦相手がベンチに座っていた。

 

 俺が入室するのに併せて立ち上がった相手は、微笑みを浮かべつつ自己紹介とともに握手を求めてきた。

 

 

「対戦相手のカストロだ。よろしく」

「……えと、ユイです」

 

 

 入った瞬間に気付いていたが、原作キャラの登場だ。

 だが残念(?)なことに、モブであることや、旅団関係で既に耐性が付いたために驚いたり興奮せずに握手へ応じつつ挨拶を返す。

 逆に、相手が俺のような子供(それも外見年齢一桁の少女)であっても、対等な相手として闘志を燃え上がらせているカストロが新鮮で、少し呆気に取られてしまう。

 

 俺が闘技場で相手にしてきたヒソカ以外の相手は、俺が勝ち続けているというのに“子供”や“女”という理由だけで侮って“蹴り一発”を食らい退場するという哀れな末路を描いていただけに、一人の対戦相手として相対するカストロに対して多少なりとも好感を持ちつつ興味が沸いた。

 

 

「……私を、子供扱いしないんですか?」

「当然だろう? 君のこれまでの戦いぶりを見れば子供だと侮った瞬間に、痛い目に遭うからね」

「私が今まで相手にした人は、子供だと侮っていましたよ?」

「それは、彼らが弱いからさ」

 

 

 おお~っ、久しぶりに正常(?)な思考の持ち主に会えた。

 

 今までの相手のような奴等に負けるのは癪だなぁと思っていたので、良い意味で予想を裏切ってくれた対戦相手に笑みが自然と漏れた。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 カストロは目の前で、自分の言葉に歳相応の笑みを浮かべて喜んでいる彼女を見ていると、今までの戦歴が嘘なのではないかと思えて仕方なかった。

 おそらくだが、彼女の言う侮った者達の中には戦歴等から警戒をしていた者もいただろう。

 だが……

 

 顔を含めた全身をフードとコートの中に隠してはいるものの、全体的に線が細くて華奢だというのが動きから分かる。

 対話をするために顔を上げた際に見えた顔も、前髪が目――特に右目の大部分が隠れているために、肌の白さと相まって儚いイメージを相手に与えてしまう。

 そんなお姫様を守るために、彼女の肩に乗っているキツネのような小動物がこちらを険しい表情で睨んでいるも、それが儚さに拍車をかけてしまっていることに小さな騎士《ナイト》は気付いていないのだろう。

 

 確かに外見だけを見ると、このような場所には似つかない容姿だろう。

 だが、彼女はヒソカと言う奇術師との対戦を除いて、全ての試合を蹴り一発だけで勝ち続けている。

 

 対戦相手は弱い者ばかりだったとはいえ、100階まで辿り付ける程度の実力を持った者たちを瞬殺する少女。

 その隠された実力を見てみたいと思う武人としての感情がある反面、見る前に勝たなくてはという恐怖に似た感情がカストロの心中で渦巻いていた。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

「お互いベストを尽くして、悔いのない試合をしよう」

「はい」

 

 

 爛々と闘志を燃やしと、さわやかな笑顔を置いて片方の出場ゲートへ移動するために背を向けて歩いていくカストロに、俺は「ベストを尽くして負けますよ」と意地悪な台詞を小声で零す。

 そして、武道家などに見られる強者を求めるような視線から解放されたたために「はふぅ」と小さく肺に溜まった空気を吐き出した。

 

 ヒソカが多少なりとも期待していた人物だ。

 天狗になって言わせて貰えれば、修行次第で以前の仕事で殺った変態ロリコン野郎と良い勝負が出来るぐらいになるだろう。

 

 自分で、その芽を摘んでしまうのが少し残念だけどね。

 まあ、俺には関係のないことだし。それよりも、どうやって上手く負けるか考えるとしましょうか。

 

 そう思っていた俺の思惑は、この試合で大きく狂うことになってしまった。

 

 

 

 

 

 それは、一瞬の出来事であった。

 開始と同時に“何とか拳法(名前を忘れた)”の構えから接近してくるカストロに、それなりの構えで迎え撃つ俺。

 

 本気の攻撃であろう殺意に似た意思が宿ったカストロの拳が腹に向けて放たれ、それに対して俺は体を傾けることで紙一重で避けようとした。

 

 だが、ここでカストロに対して少なからず油断していた俺に思わぬ事態を飛び込んでくる。

 

 まっすぐに放たれていた拳が、急に腕全体の薙ぎ払い攻撃に変わったのだ。

 反応するのに一瞬ほど遅れてしまったがために、回避の手段がなくなり防御をしようかと腕を動かそうとした時、ある考えが閃いた。

 

 

 いや、このまま攻撃を受けてKOされたフリをすればいいじゃん!

 

 

 念での防御をしていない状態で攻撃を受けると痛いからと、威力を殺すためにバックステップしようと下半身に力をかけて、衝撃に備える。

 そう、衝撃に“だけ”備えたのだ。

 

 

ふにゅっ

 

 

「ひゃんっ!?」

「!?」

 

 

 衝撃を抑えるために、上半身を後ろへ反らしたの災いした。

 ……えと、その……カストロの手が俺の……その、なんだ……俺のむ、胸を鷲掴みしたのだ。

 

 身体が成長期に入っている現在、敏感になってしまっている“そこ”を刺激されて反射的に喉から声が漏れてしまい、カストロも予想外の結果だったのか鷲掴みしたままの状態で固る。

 そして時が止まったかのようなに動きを止まった俺達だが、あろうことか感触を確かめるかのように揉まれた事で、俺の時間が急速に動き出した。

 

 

「~~~~っ」

「はっ!?いや、その、すまなー――ぶはっ!?」

『決まったーっ! またしてもユイ選手、蹴り一発で勝利を手にしました!!』



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第17話「いざ“逝かん”、200階へ」

 「はぁ…」と吐き出す息は熱を帯びていて、自分の体が予想以上に火照っていることを現していた。

 190階に上がった時に割り当てられた部屋で、そう自分自身を分析しながら俺はテトをお腹の上で抱いてベットに仰向けに寝ている。

 

 今日中にこの部屋を出て200階で登録手続きをしなくてはいけないのだが、精神的なものとは別に肉体的な疲労から直ぐに行動に移す気が起きない。

 幸い、今はお昼を過ぎたばかりで時間は充分残されているから、少しぐらいノンビリしていても大丈夫だろう。

 

 

「なぁ、テト。やっぱり今の俺って女なんだな。って、改めて実感したよ」

 

 

 テトに語り掛けるているような独り言は部屋の中に溶けてしまい何者の耳にも届くことはなく、形式的に問われたテトは言われた意味が理解できず、お腹の上で首を傾げるだけで答えが返ってくることはない。

 

 前世の男であった時なんて、状況や相手にもよるが胸を触られても何の感情も抱くことはなかった。

 この世界に来てからは、男の感性で行動していた――着替えやトイレ、食事など――そんな俺を見かねたマチやパクから最低限(彼女等談)の“女性のイロハ”を教えられたが、所詮は外見だけで中身まで変わることない……と思っていた。

 

 だが、実際は原作キャラとして知っていても所詮は赤の他人であるカストロに胸を触られただけで、脳が沸騰したかのような羞恥心に襲われ、反射的に相手を蹴り飛ばしていた。

 そして、敏感だった場所を力強く掴まれたせいで痛みがでているのにも関わらず、痛気持ちいとかいう恐ろしい感覚を味わう羽目になっている。

 お陰で、熱にうなされるように思考はボヤけるわ、身体は火照ってしまうわ、初恋を思い出させるような切なさが俺を苦しめていた。

 

 

「あぁ、もぅ…………賞金稼ぎができなくなったのも、こんな状態になったのも、全部皆カストロのせいだ」

 

 

 八つ当たりな暴言を吐くと、何故かテトが同意するかのように首を立てに振った。

 その反応に笑みが自然と零れたことで落ちていた気分が浮上し、シャワーでも浴びて気分を落ち着けようと思い無理に元気ぶりながら身体を起こす。

 こういうのをアニマルセラピーとでも言うのだろうか? 

 

 そんな、別の事を考える余裕が生まれたのも束の間、

 

 

「ぁっ……んっ」

 

 

 持ち上がった気分を蹴落とすかのように、身体と服の擦れに過敏に反応して喉の置くから自然と声が漏れた。

 男の頃に色々とお世話になった“アレ”のような艶のある声と同じような……。

 

 というか、胸の異常がヤバイってレベルではない。

 ギリギリのプライドから成長を無視してキャミソールで凌いでいたが、そんな僅かに残る男のプライドを捨ててでも本格的にブラジャー装着を考えないと危険かもしれない。

 

 主に、自分自身を(いろんな意味の)脅威から守るためとして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~っ、やっと落ち着いた」

 

 

 頭から水を被り続けること十数分。

 やっと正常になった心身に安堵の溜息をつきつつ、タオル一枚を身体に巻いただけの格好でベットに腰を下ろす。

 ふと、胸に目を向けると掴まれたせいか赤い痕が幾筋が出ていて、幼女で自分の体ではなければ、ちょっと官能的な光景に少しだけ……

 

 

「……アホらし」

 

 

 まだ燻っていた劣情を頭を振って追い出すと、素早く髪を乾かしつつ身支度を整える。

 

 金稼ぎは出来なくなったが何もここでしか稼げないわけじゃないし、天空闘技場での主目的は戦闘経験値を溜めることであるとノブナガ達に説明してあるので、本来の目的を戻っただけだとポジティブに考えることにする。

 

 

「テト、行くよ」

 

 

 日向で転寝《うたたね》しているテトを呼び定位置の肩へ乗せると、俺は少しだけだが世話になった部屋を後にした。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

 

 

「ようこそ200階クラスへ、―――」

 

 

 天空闘技場の入り口で感じた視線を受付のお姉さんから受けつつ、視線から逃れるように背後から感じる気配を探ってみる。

 

 感じる気配は三つ。

 場所と人数からして、ゴン達の会った新人キラーの三人組だろうか?

 

 しかし、時期的に少し無理があるような気がする。

 ただ、感じ取れるオーラ量から三人同時に襲われても軽く返り討ちに出来るレベルという点から、“洗礼”を受けて間もない三人なのかもしれない。

 

 

「―――登録を行ないますか?」

「あっ、はい」

 

 

 後方に意識を移していたために、いつの間にか始まっていた説明の中の声を拾いつつ差し出された用紙を受け取る。

 軽く内容を確認すると、原作と同じ様式をした参戦申込書だ。

 

 

 ん~、療養生活の期間を含めると少し肩慣らしが必要かな?

 

 

 後ろの奴等が新人キラーだとすれば、丁度いい運動にもなるし……

 

 

「……いつでも、で」

「はい、承りました。それでは、こちらがユイ様の部屋の鍵となっております」

「ありがとうございます」

 

 

 差し出された鍵を受け取ろうと手を出すのだが、何の前触れもなく受付のお姉さんは顔を少し赤くして何か言いづらそうに「えっと……」「そのですね……」と途切れ途切れの言葉を漏らして鍵を渡そうとしない。

 だが、すぐに意を決したかのように小さく深呼吸すると、俺の目を見つめてから

 

 

「あ、あの! 握手してもらってもいいかな!?」

「……へ?」

「本当は特定の選手を贔屓にしちゃいけないんですけど、80階で初めて見た時からファンになっちゃって……」

「えと……その……」

「ダメ、でしょうか?」

 

 

 鍵を両手で握りしめつつ、可愛く首を傾げてお願いしているように見えるが、俺からすれば部屋の鍵を人質……もとい物質にしての要求に見えてしまう。

 これを、受付のお姉さんが意識してなのか無意識なのか微妙に気になるところだ。

 とはいえ、相手からは悪い感じを受けないし、野生の勘とでもいうのか悪意に敏感なテトも特に警戒していない相手からであれば、握手程度で喜んで対応しよう。ただし、ヒソ---変態とロリコン! お前らは駄目だ!!

 

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「きゃあーっ、ありがとう!」

 

 

 受け取るために出した手を握手用に変えると、受付のお姉さんは興奮した顔で俺の手を握って上下に振りまくる。

 怖くなるくらい興奮している様子に少し腰が引けてしまうも、数秒だけ我慢すれば済むのだと自分に言い聞かせて耐え忍ぶ。

 しかし、こういう状況で俺が抱く希望といううのは容易に踏み砕かれる事が多いというのを、最近になって学習してきた。

 案の定、興奮するお姉さんの後ろから複数の声が---俺的には悪魔の声---聞こえてくる。

 

 

「あーっ、ズルイ!何、貴女だけ握手してもらってるのよ!」

「そうよ、そうよ!私達だって我慢してたのに!!」

「受付の時間帯はクジで決めたんだから、文句ないでしょう?」

 

 

 軽い口論をしているのに、彼女等の視線は握手している手に向けられている。

 所謂“羨望の眼差し”と呼ばれる彼女等の視線は、なぜか旅団の皆から受ける重量のある視線と同レベルで冷や汗が背中からタラタラと流れる。

 こういう状態になった場合は、一つの行動しか取れないと俺は理解している。それは……

 

 

「え、えと……私でよければ、構いませんから……」

「本当ですか!?」

「やったーッ!」

 

 

 ハッハッハッ。人間、諦めが肝心だよね!

 受付のお姉さんsの圧力に、テトは俺の服の中へ既に避難済みで、俺は流されるがままに握手へ答え続けていったのだった。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 ユイが受付の女性に揉みくちゃにされる数時間前、闘技場の観客席にいた一人の男はリング上にいる少女に釘付けになっていた。

 自分より倍以上ある体を持った男を、一蹴りでリング外へ吹き飛ばすという異様な光景を作り出したから……

 

 男の周囲にいる観客であれば、その理由に当てはまっているだろう。

 しかし、男が心惹かれたのが少女の素顔だった。

 観客の殆どが、派手に吹き飛ばされる選手に目が行ったために気づいたものがいないだろうが、勢いよく蹴り飛ばしたためか目深に被っていたフードがはずれ、引き込まれてしまいそうな真っ黒な長髪に、可愛らしい顔を羞恥心からか朱に染め、淡い輝きを放つ右目を潤ませている。

 

 

「綺麗だ……」

 

 

 素早くフードを被りなおしたために一瞬だけしか目に出来なかったが、男の脳裏には絶対に消えない映像として残り続けた。

 そして、そそくさとリングから逃げるように去っていく少女を目で追いながら、男は携帯を操作して“彼”を呼び出した。

 1コール後に繋がった音がすると、男は相手の対応する声を聞くことなく口を開いた。

 

 

「私だ。仕事を頼みたい」



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第18話「出会い-1」

リアル優先からの、この投稿速度……も、申し訳ない。
諸事情により、ここから大規模改変となっています。


 人通りの多い歩道にある、若者に人気のオープンカフェ。

 そこで朝食を終えた俺は、食後の一服として紅茶を飲みつつ適当に買ったファッション誌を広げてセレブのマネ事をしていた。

 実際は、テーブルの上で食後の毛づくろいをしているテトの愛らしさをチラ見しているだけだが……。

 

 まあ、傍目にはお嬢様がペットと共に優雅な一時を満喫しているように……見えるわけがなく、フードコートで全身を隠した子供が小さなペット(もしくは魔獣)を連れている。という怪しさ満点という状況であるのだが、大半の人はこちらを一瞥することもなく通り過ぎていく。

 闘技場が近くにある以上、ガラのよろしくない連中が多く滞在しているのを知っている町民からすれば、あからさまに面倒事の雰囲気が漂う子供には関わらないようにするのが、ここで生活するうえで必須な処世術(スキル)なのだろう。

 元の世界であっても、嫌な感じのする面倒事へ好き好んで近づこうとするのは、余程のお人好しか、状況を理解できていない阿呆な人ぐらいだろう。

 そして、注目を集めていないといえども、こんなにも人目の多い場所で無防備に姿を晒し続けているのには、当然ながら訳があってのことだ。というか、意味なくやってればノブナガのゲンコツが脳天をへ直撃する……ここにはいないけどね。

 まあ、ノブナガの事は今は関係ないので置いておいて、ここにいる理由なのだが……

 

 

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 受付のお姉さん’sとの握手会後に貰えたキーを使って部屋へと到着した俺は、すぐに対戦日決定通知がテレビに映し出されているの気づいた。

 対戦日が明日となっていたのは予想通りだったのだが、対戦相手がギドやサダソ、ニールベルトといった原作に出てきた新人キラーではなくエミリアという選手の名前は予想外であった。

 

 受付で感じた気配が三つだったので新人キラーの三人だろうと予想してたために、思わず「誰……?」と首をひねりながら独り言がポロっと出てしまったのはフラグだったのかもしれない。

 そして、フラグが建ったと同時に回収するかのようなタイミングで噂の人物であるエミリアと名乗る女性からの電話があり、「試合前に、会わないか?」という旨のお誘いと、自身への興味を持たせるために〝前払い”として情報の一つを渡されたことで、相手からの申し出を受け入れることとなった。

 

 

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 ということで、不用心と思われるような現状の説明を回想風に思い出しつつも、張り巡らせた〝警戒網”の微調整をさりげなく行う。

 今の俺は情報弱者であり、後手に回ってしまうのは確実である。それでも会うことにしたのは、前払いとしてもらった情報が余りにも衝撃的だったからであり、有りえない事だったからだ。

 だからこそ真偽を確かめる為に、約束の時間よりも早く到着するのは当然として、部屋を出た時から50体ほどのハクタクを周囲へと散らして独自の警戒網を形成している。

 

 別に自慢をしたいわけではないが、ハクタクを使った警戒網にはそれなりの自信を持っている。

 壁や地面といった物理的な障害をすり抜ける事が出来、念獣は“隠”でそこいらにいる念能力者では容易に視認できないだろうし、通信機能を応用した集音能力から覗き見る事が難しい場所の様子も窺うことが可能だ。

 さすがに、カメラなどを使った遠方からのデジタル的な監視等を感知することは出来ないが、周囲に散らしている念獣からカメラの位置や向きを確認して予測をすることは可能だ。

 それに俺の警戒網を潜り抜けられたとしても、保険として野生の勘というべきテトの警戒網がある。

 もしも、これら全てを潜り抜けて俺達に何からしらのアクションを起こせる相手だとしたら、実力が違いすぎて対応なんて不可能だろうが、そんな強者であれば態々こちらを呼び出す必要性はな……

 

 っと、予定の時間より10分ほど早いが、こちらに近づいてくる“それっぽい人”を捉えた。

 

 見た目は20代前半と言ったところか?

 肩まであるストレートの茶髪、黒のパンツスーツに身を包み歩いてくる姿はビジネスウーマンのようで、“練”も垂れ流しと言うか周囲との際はないしで、通勤途中の一般人のように見える……が、それとなく周囲へと〝視線”を飛ばしている点で一般人ではないだろう……というか、監視に気づかれそうな予感がして安易に念獣を移動させづらく、相手の表情が確認できない。

 

 テトをチラリとみると耳を立てて周囲を探ってはいるようだが、リラックスした状態を変える様子はないようで、近づいてくる相手は彼の野性的な感性に危険信号を与える(感じさせる)タイプではないらしい。

 念の為に彼女ではなく周囲へと〝目”を走らせてみたが、俺の警戒網に引っかかるような存在は確認できない。

 事前の告知通りの単独ということなのだろう。もちろん、警戒は継続して行うが……。

 

 そうこうしているうちに視認できる距離まで近づいてきたので、その方向へ顔を向けると念獣を介して観た服装の女性が歩いてくるのが見え、ここで初めて相手の表情を確認することができた。

 整った顔立ちにブルーの切れ長な目、リムレスのメガネをかけた顔からは知的でクールな印象を受け、こちらの視線に気づいて微笑みを浮かべる表情から余裕が見てとれることで、最初の印象をよりハッキリとさせてくる。

 

 知的なお姉様好きの男が居たら、鼻の下を伸ばしてしまうだろうな。まあ俺の好みとは違うから問題ない(?)かな、というか団員ではパクがそのポジションにいるから見慣れた……いや、微妙に感じが違うから別種になるのか?

 

 

「ユイ=ハザマさんね?初めまして、昨日の電話の主で今日の対戦相手の、エミリア=サローニよ」

「初めまして、ユイ=ハザマです」

 

 

 非生産的な自問自答している間に近くまでやってきた彼女は、礼儀として本人確認を行いつつ自己紹介をしてきた。

 既に調べが付いているのだろうから正直に身元を明かし、相手が仕草で対面への着席を求めてきたので、椅子へ軽く手を向ける事で了承の意を示す。

 さすがにリラックスできる状態ではなくなったのだろう。テトは軽く体を伸ばしてから、私を護衛するかのように傍らに移動すると、その場にお座りをしてエミリアへと視線を込めつつも耳を小刻みに動かして周囲を警戒し始めた。

 そんな小さな護衛(ナイト)に、たぶん同じ意味の笑みをエミリアと共に浮かべつつも、こうして会談の席を設けた目的を果たすために気持ちを切り替えると、それに気づいたエミリアは笑みの意味を変えつつも、僅かに姿勢を正してこちらを見据える。

 

 

「さて。こうして私と会ってくれたと言う事は、一定の信用を得られたという事で良いかしら?」

「……ええ」

 

 

 正直にいえば信用云々よりも、“前払い”の出元をハッキリとさせたいから会う事にしたのだけれど、それを話すようなことはしない。

 だから、言葉遊びに入る前にこちらの本題へ入らせてもらう。変に言葉遊びを持ちかけられても応えられる応用力と舌を持ってないからね。

 

 

「貴方の目的は、何ですか?」

「随分と性急ね?まあ、貴女の気持ちは分からなくはないけれど」

「…………」

「そんな怖い顔しないで、貴女と接点を持ちたかった理由は二つあるわ」

「二つ?」

「そう、“警告”と“協力”よ」

「……っ」

 

 

 世間話をするかのようにスルリと出てきた“警告”と言う言葉に、身構えていたにも関わらずピクリと体が震えてしまった。

 幻影旅団の庇護下という十分に狙われる要素を持っているというのに、まるで心当たりがあるかのような反応をしてしまった自分を内心で罵倒しつつ、相手の言動に注視する。

 

 

「心当たりがあるようだけれど、たぶん別件よ」

「……?」

「これを見て。貴女の事を知っていた事と、警告という言葉の理由よ」

 

 

 テーブルに滑らせるようにして差し出された二枚の紙が、俺の目の前で止まる。

 一枚目は、文頭に「天空闘技場選手一覧」と書かれており、左側の帯にズラリと並んだ名前から俺の名前が選択されており、履歴書のように登録時に記入した名前等の個人情報、戦績と簡易的な戦闘スタイルと共に隠し撮りされた俺の写真が数枚掲載されている。

 そして二枚目は―――

 

 

「……捕獲依頼?」



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第19話「出会い-2」

「……………」

 

 

 目の前の紙を見て、俺は思考の海に沈んでしまっていた。

 

 差し出された二枚の紙の内、俺の情報が載っている一枚は理解できる。

 戦いにおいて相手を知るというのは重要な事なのだから、気分が良い訳ではないが根掘り葉掘り調べられてしまう事は理解できる。そして、当然ながら自身が特異な存在であることは理解しているので、シャル達から情報漏えいを防ぐ手段や対策を教えられている。

 掲載されている情報を見てみたが、名前……と年齢以外は全て出鱈目(俺自身も知らない)なので、この情報から俺の事を調べても確実に徒労に終わるだろう。

 

 分からないのが、依頼内容が書かれている一枚の方だ。

 保護ではなく捕獲という誘拐等を暗に認める依頼からして、マトモな依頼主ではないだろうし、これを掲載できるサイトもマトモではないだろう。

 ところが、捕獲依頼とあるのに注意事項として「生きたまま」という記述があることや、成功報酬が4億という法外な値段から俺を珍獣や希少種系として捉えているのは分かるのだが、依頼の詳細に対象がキコ族であるという記述がないのが分からない。

 幻影旅団の関係者として狙われているのかとも思ったが、皆とは流星街で別れて以来、電話以外で接点はないし、仮に盗聴されても俺の現状報告に関する話ばかりで旅団に繋がる話はしていない。

 横流しされるのを警戒しているかと思ったが、報酬を見れば「珍しい存在です」と言っているようなものなのだから意味がないと思う。

 なら何を以って、俺に対してこのような法外な懸賞金をかけたのか?

 

 そして、「ユイはキコ族である」という前払いの情報を渡してまで俺と接触し、更に狙われているという情報を提供してくる彼女―――エミリアの真意は何なのか?

 ちらりと彼女に視線を向けても、いつの間にか頼んでいた紅茶を楽しんでおり、完全に俺の反応待ちという姿勢とっているので、懸賞金目当てではないとは思う。てか、それが目当てなら警戒させるような今の行いはしないで、さっさと捕獲して渡ししまえばいいだけである。

 

 テトが初対面の相手に対する軽度な警戒を少し和らげているのを見るに、隠せるほどの達人ではない限り敵意や悪意がないはずだ。というか、それほどの実力があるなら云々……。

 狙われていることを教えてくれるという事は、俺を捕獲されると不利益になると思っているのだとして、エミリアは「ユイ」または「キコ族」から何かを得たいという事なのか、捕獲依頼を出している依頼主が利することを防ぎたいのかということになるが、情報不足の現状では全く分からない。

 ならば、相手も反応を待っているようだし、直球に聞いてみるのが一番だ。最初の会話で言葉遊びはしないような空気を作ったし、何となくこちらに好意的なようだし……。

 

 

「……目的は、何ですか?」

 

 

 俺の同じ言葉で違う意味の質問にエミリアは微笑みを浮かべ、「少し待って」と徐にメガネを外した。

 とっさに念能力の発動条件なのかと思って腰が浮きかけるが、そんな俺を気にした風もなく外したメガネをテーブルに置き、右手で右目を隠したかと思うと……

 

 

「……っ!?」

「目的は、同族保護よ」

 

 

 淡い輝きを放つ右目に気圧される俺を見ながら、エミリアはそう言った。

 右手の指先には蒼い色をしたコンタクトレンズが乗っていることから、原作でクラピカも使用していた目の色を変えるカラーコンタクトのようなもので、髪の毛なんて染めてしまえばいいだけだから瞳以上に容易に隠せるだろう。

 こちらから探さないと何も見つけられないと思っていた存在が、こんなにも早く、それも向こうの方から接触をしてくるという予想外な展開に、どう対応して良いのか分からずに固まってしまう。

 俺の反応は予想通りだったのだろう、騒がれる前にとでも言うかのように、エミリアはカラーコンタクトを再度装着しながら言葉を並べていく。

 

 

「同族だと気づいたのは、カストロ戦よ。あの攻撃を受けたせいで動揺したのでしょうけれど、攻撃の余波でフードが取れて私の位置からは貴女の瞳がよく見えたわ。一瞬とは言え貴女を注視していた人の何人かには確実に見られたでしょうね」

「……」

「だから貴女の事を調べつつ、人体関係のコレクター達がよく利用する裏サイトを巡っていたら……案の定、貴女に懸賞金が賭けられていた。せっかく見つけた同族を、こんなことで失いたくない。だから強引な手段を以って、こうして接触したのよ」

 

 

 前世も含めて、今まで「種族」の括りで命の危機に瀕したことがなかったせいか、希少種であることが露見してしまった場合の危険性を理解していたつもりで理解できていなかった。

 世界七大美色の“緋の目”を持つクルタ族の生き残りであるクラピカが、自身の部族名を明かさずとも民族衣装に身を包み行動していたのを知っていた故か、どこかで侮っていたのかもしれない。

 たった一度、顔を見られただけで動き出した裏の世界の怖さを今更ながら実感して、何かに縋って自己を保ちたかったのか、気が付けばテトを抱きかかえてしまっていた。

 そんな俺の行動を見たエミリアは数秒ほど瞑目すると、小さな頷きと共に何かを決意したような表情で俺を真正面から見据える。

 

 

 

**********

 

 

 

 

「火急―――急ぎの目的があって闘技場にいるのでは無ければ、私は貴女を雇いたいの。どうかしら?」

「……ふぇ?」

 

 

 エミリアの提案に、驚きすぎたのか間の抜けた返事を返すユイ。

 驚かれる事は予想していたものの、その予想以上の驚きっぷりを披露した彼女の姿に、エミリアは笑い出したい衝動を意思の力で押し留めるのに多大な労力を消費することになったが、そんな内心の騒ぎなどを表情からは微塵も感じさせずに、エミリアはユイを説得するために感情の揺れで開いた隙間から甘い言葉を流し込んでいく。

 とはいえ、悪意や敵意があってのことでは当然ないし、そんな意思があったとすればユイの相棒(ナイト)であるテトが即座に察知していたことだろう。

 

 エミリアはユイに対して、二つの目的があって接触したと言っていたが、実際は三つの目的があって接触をしており、なおかつ公開した二つの目的は、三つ目の目的を隠すための建前であり、達成するための過程に過ぎない。

 彼女の最終的な目的というのは、ユイという存在の“観察”である。

 

 実際のところ、エミリアがユイという存在を知ったのは、ユイが闘技場での初戦闘で80階を言い渡されてから乗ったエレベーター内であった。

 テトの行動に慌てる彼女を見て大半の者は「何で、こんな子供が?」と思ったのだろうが、エミリアは「手ごわい相手だ」と幾分か警戒したのだ。

 物心ついた時から両親を師匠として念を習得してきたエミリアにとって、自分より年下の子供が表面上は軽いパニックを起こしているというのに、”纏”は静かに乱れなく全身を流れているという異様さは十分に警戒するのに十分な理由になりえる。

 それに、エミリアが天空闘技場に来た理由は、今の実力がどこまで通用するのか力試しの為にという物であったので、自分より若いのに念が使えるユイの存在は、彼女の記憶に深く刻まれることになった。

 

 案の定。

 ユイは蹴り一つだけで連勝し続けるという戦績を叩きだし、素顔が分からないというゴシップ性も併せて、周囲からの注目を一気に集めることになった。

 当然ながらエミリアも注目する一人として稼がせて貰いつつ、蹴り一つだけとはいえユイの試合を見て研究をしていった(相手が弱すぎて、収穫が殆どなかったのだが……)。

 

 そして、ユイVSヒソカ戦の研究中に、偶然にもユイの正体を知ることになった。

 自分と“同じ”、子供であり同性なユイに、少なからず親近感を持っていたところに、追加として自分と同じ民族だという情報を手に入れ、戦闘技術を抜きにしても彼女への興味が一層強まった。

 以降は、自然と接触できるネタはない物かと探している最中に、ユイに懸賞金が賭けられていることを知り、一足早く200階へ達していた自分の対戦スケジュールを調整して、ユイの対戦相手として登録するチャンスを掴み。

 ようやく、出会えた。

 

 対面してみると、ユイという存在が少し不自然なところに気が付いた。

 年齢に見合わない念の熟練度は今更として、矯正されきれてない無防備さが見えるのに、時折見せる妙に冷たい雰囲気。

 そんなユイを知ってなお消えない知りたいという感情に、小さく混じった別の感情にエミリアはまだ気づかない。

 

 

「……分かりました。貴方の提案に、乗ります」

「よかった。じゃあ、これからよろしくね。ユイさ―――ユイ」

「よろしくお願いします。エミリア」



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第20話「腕試し-1」

原作の連載再開ばんじゃ~い!
その勢いに乗って、ちまちま書いてた続編を書きあげる!

しかし……一年ぶり……orz



 この世界―――裏の世界―――を甘く見て、コレクターに目を付けられてしまった。

 法外な懸賞金が掛けられている以上は、依頼主が撤回しない限りは追手は延々とやってくる事になるだろう。いや、金になる存在として名が売れてしまった以上は撤回されたとしても意味がないかもしれない。

 

 こうなると、200階へ達して資金稼ぎが出来なくなった天空闘技場に留まり続けるのは、常に襲撃を警戒しながら闘技場で念能力者と戦っていく事になり、それで得られるのが僅かな戦闘経験値と興味のない称号、そして目立つことで更に寄ってくるハンター。

 流星街の外でゴン達のような信用信頼できる仲間がいない単身である俺には、常時警戒しながらの生活なんて不可能だ。

 徐々に心身を慣らしていけば出来るようになるかもしれないが、そうなるまで襲撃者が待ってくるわけもなく、そう遠くないうちに奴らの餌食になるだろう。

 

 ならば一度、流星街へ戻ることも考えたが、何の成果も得られるず「懸賞金を掛けられたから逃げてきました」なんてノブナガに報告しようものなら、確実に見限られて捨てられる。彼は慈善で俺を保護しているわけではないのだから……。

 そうなると、最終的な結末は天空闘技場へ留まり続けていた場合とほとんど変わらない。

 

 身を隠すというのも、10歳にも満たない子供一人の逃避行など目立ちまくって仕方ないし、そういう事に関しての知識なんて無いから痕跡を辿られて終わりだ。

 ならばと金に物言わせたとしても、違法な手段と言うのは高額なのが常だ。現在の所持金が大量にあるとしても、直ぐに尽きるだろう。

 

 こういう状況であったために、エミリアの取引に応じるしかなかった。

 八方塞がりなのを自覚したと同時に、目の前に差し出される手……こういう結末までが彼女のシナリオなのかと思ったりするが、信頼は出来なくとも信用は出来る協力者を手に入れられた事は大きい。

 もちろん代償が発生しているが、それも無理難題ではなく、短い時間を我慢し感情を殺していれば良いだけのものだ。

 

 そんな取引があった翌日。

 天空闘技場のリングの上で、俺はエミリアと相対していた。

 

 理由は簡単で、互いの実力を測る為だ。

 俺からすれば、どの程度の者が自分を守ってくれるのか。

 エミリアからすれば、守る対象はどの程度、動けるのか。

 もちろん、不特定多数の観衆が見守る中での戦闘なのだから、手の内を見せないor見られても問題ない“ご挨拶”レベルではあるが、それでも分かることが多々あるので問題となる事はない。

 

 そういう事なので、対決までの猶予を使ってエミリアの事について調べてみた結果。

 能力を隠しているのか、本気を出すまでもない相手ばかりなのか―――確実に後者だろうけど―――数手ほど様子見をした後に、相手の勢いを利用した投げ飛ばしで場外……というテンプレ勝利を続けて、一直線に200階へと到達している。

 

 これでは、何も分からない。と同義である。

 初めて会った時の身のこなしからして、実力者であることは疑いようはないが、収穫ゼロとは思わなかった。

 というか、あの見た目で【15歳】はサバ読み過ぎ―――いや、この点には触れないで置くとしよう。

 

 

「今日は騎士様(テト)と一緒じゃないんだね?」

 

 

 俺が雑念を振り払うかのように軽く頭を振っていると、昨日のスーツ姿から動きやすいジャージ姿になっているエミリアは、テトの姿を探して僅かに視線が動かしながら訊ねてくる。

 その姿は「中学生です」と言われても納得でき、「女性はメイクや服で、印象をいくらでも変えられる」と、前世の男友達が言っていたことが間違っていなかったと思えた。

 さっきのサバ読み云々は訂正しないとだな。

 

 

「ええ。私の実力を知りたいとのことでしたので」

 

 

 感情を読ませないように口調や声質を注意しながら返答しつつ、いつもの格好をしている俺のコートの隙間から、何体ものハクタクがボトボトと落ちて足元を覆いつくす。

 見せつける目的でワザとらしい顕現の仕方をしたが、“隠”を使っているので一般人は当然として、実力のない念能力者には念獣は見えていないだろう。

 当然ながら、エミリアにはバッチリ見えているようで、「大量の白蛇を足元に纏わりつかせる9歳の女の子」というインパクトのある光景に、口を僅かに引きつらせた。

 

 

「な、なかなか凄い光景だね」

「驚いてもらえて、嬉しいです」

「……可愛くないよ。ユイちゃん」

「エミリアは可愛らしいですね」

 

 

 軽口による応酬を終えて、開始の構えを取った審判の動きに合わせて俺は軽く体を沈める。

 エミリアは、半歩ほど右足を引いて体を斜めにした、どこかで見たような構えをとる。

 近接タイプなのか、それとも構えはブラフで遠距離攻撃タイプなのだろうか?いや、カウンタータイプなのかしれない。

 戦闘経験がないから、どれが正しいのかわからない。ならば―――

 

 

「始め!」

 

 

 審判の声と同時に右手を胸の前で横一線に振るうと、その軌道上に沿って10体のヒスイを顕現させる。

 そして、すぐさま某ロボットアニメのパイロットが言っていた台詞を心の中で叫ぶ。

 

 

(行けよ!ファ○グ!)

 

 

 俺の命令(イメージ)を受信したヒスイは一直線に突撃を開始したかと思えば、途中で握っていた拳を開くかのように一斉に散開して多方面からエミリアへ襲い掛かる。

 相手の出方を調べる為の文字通りの“鉄砲玉”ではあるが、隙があれば追撃を駆けるつもりでハクタクを繰り出そうと構えさせた。

 しかし、次の瞬間に起きた結果に追撃を中止させる。

 

 襲い掛かったヒスイ10体が、同時に何かに斬られたかのように様々な角度から両断されて消失したのだ。

 破壊されるのは分かっていたので、それほど念を込めてなかったとはいえ、それなりの強度があるはずのヒスイが簡単に、それも同時に破壊された。

 隙あらば追撃を、と考えて相手の動きに注視していたのに動いた形跡はなく、強いて挙げれば彼女の髪の毛がフワリと風を受けたかのように……風?……まさか

 

 

「……カマイタチ」

「凄いわね。一発で看破されるとは思わなかった」

 

 

 無意識に零れた呟きを拾ったエミリアは、驚きの声を上げつつも何故か嬉しそうな表情で俺を眺める。

 何となく俺に対する評価が上がったような気がするが、前世では異能者を取り扱った娯楽作品なんていうのはごまんとあったから、変化があった箇所から何となくあたりをつけただけであって、観察眼系の良評価をされても困るんだが、そんなことを説明しても意味はないので黙っておく。

 

 それよりも、相手がどうやってヒスイを迎撃したのだろうか?

 

 キルアがオーラを電気へ“変化”させたように、オーラを風へと変化させているのか?

 周囲の大気を“操作”して、圧縮して展開させているのか?

 いや、単純にオーラを刃のようにして“放出”させているのかもしれない。

 

 

「じゃあ、攻守交替ね」

「……っ」

 

 

 その言葉と同時に、エミリアの姿は“消えた”。

 彼女のいた場所から粉塵が舞い上がっているのを視界の端に捉えつつ、注視していたのに見逃してしまった相手を補足するために、地面で蠢いていたハクタク達を全方位に向けて放つ。

 この子らには、範囲は50cmにも満たないが“円”が展開されているので……

 

「―――そこ!」

「っと」

 

 

 すぐさま反応のあった右後方へ向けて裏拳を放ちつつ、ヒスイ3体を顕現させて上・中・下の三方向から追撃を仕掛ける。

 俺が対応して反撃してきたことは予想外だったのか、若干の驚きが混じった声を上げつつも俺の拳を軽く往なし、三方向から迫ってくるヒスイを“カマイタチ”で両断すると、周囲へと放ったためにハクタクがいなくなった俺の足元に、台風レベルの風圧が襲い掛かってきた。

 裏拳という反撃方法によって体を軽く回転させていたために、足払いのように地面と離れ離れになった俺の体は独楽のように回転してしまい、相手に対して隙だらけの脇腹を晒してしまう。

 

 当然、隙を作り出したエミリアはチャンスを逃すはずもなく、密着するかのように一歩踏み込んできつつ俺の脇腹へ手を添えると、次の瞬間―――

 

 

「破っ」

「ぅ、がっ……!?」

 

 

 足を払われた際に感じた風圧の数倍もの圧力が脇腹へ襲い掛かり、浮いている現状では踏ん張ることも出来ず、こみ上げてきた嘔吐感による変声を上げつつ、場外へ向かって吹き飛ばされる。

 とはいえ、このまま素直に場外へと行くわけにはいかないので、吹き飛んでいく方向へ飛ばしたハクタクを操作して、タイミングよく俺の足へ絡みつかせると、地面へ潜り込ませることで引きずられた足を地へとつけて、二重のブレ―キによって場外に出る前に勢いを殺し切る。

 これと並行して、エミリアからの追撃を防ぐために、散らしていた他のハクタクを地面に潜り込ませて、そこから彼女に向けて飛び出すかのように攻撃を繰り出す。

 

 だが、足止め……あわよくばダメージを狙ったこの攻撃は、三度目となる“カマイタチ”によって両断されることで苦もなく防がれてしまい。無理やりブレーキを掛けたために、体勢が崩れたままの俺に向かって一直線に向かってくる。

 今回は真正面から向かってくるために見失うことがなかったが、だからと言って体勢が整えられていない俺にとっては、脅威であることは変わりなく。

 破壊される危険性を理解していながらも、速攻で作り出せる最大オーラを籠めたヒスイを連続で生み出し続けつつ俺の前面へ壁のように展開させて、防御の構えを取る。

 

 

「かっ……たい!?」

「くっ、ぅぅっ」

 

 

 案の定、エミリアの“カマイタチ”が俺のヒスイを両断するために襲い掛かり、数体が真っ二つにされてしまうものの、それなりのオーラを纏って防御の構えを取った10体を超えるヒスイを殲滅するには威力不足のようで、俺に攻撃が届かず。反撃として、生き残ったヒスイによる突撃攻撃を回避するために、斜め後方へ向けて退避していった。

 追いかけて態勢を立て直させる暇を与えないようにしたかったが、念獣の連続顕現と撃破による失血から、こちらが一時的な休息が必要な状況であり、諦めるしかない。

 袖口に仕込んでいた造血剤を口元を拭うフリをしながら飲み込みつつ、先ほどの攻撃の威力から耐えられる強度を持ったヒスイを三体顕現させて、エミリアの攻撃に備えた。

 



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第21話「腕試し-2」

現状の仕事環境なら、週一で更新でき……たらいいな


 造血剤を摂り、頬や額に汗で張り付いた髪の毛を払いながら、制約による失血ダメージが予想以上に大きい事に、俺は内心で大いに焦っていた。

 先ほどの戦闘だけで、それほどオーラを籠めていなかったとはいえ念獣を数十体も損失してしまっていた。塵も積もればではないが、それによってジワジワと俺の体への負荷が蓄積され、トドメの一押しとして最後の攻撃を防ぐ際に即席顕現とはいえ結構な量のオーラを籠めた念獣数体を同時に失ったのだ。

 耳障りなほど大きくなった心拍に、嫌な汗が顔や背中をジワリと濡らす。強力な造血剤によるドーピングがあるとはいえ、副作用からヘソの下あたりがジクジクと痛みだしてきている。

 思い返してみると、制約である血の代償を軽く見た軽率な戦闘行動だった。損失前提の戦闘スタイルは余程の事がない限りは捨てた方がいいだろう。自滅する恐れがあるし、何より薬代も非合法品ゆえに馬鹿にならない。

 

 幸いにも、今回はルールなしの殺し合いではなく、ルール有りのちょっと血生臭いスポーツ?だ。

 さらに、相手はエミリアで「ご挨拶」が目的の対戦だ、命という替えのない授業料を払う心配はない。

 

 

「クリーンヒット!3ポイント!!エミリア!」

 

 

 俺の思いを証明するかのように、観客の声に負けないような大声でレフリーが先ほどの戦闘結果を叫ぶ。

 加点が高いような気がするが、確か原作でもヒソカとゴンの対決では、危険だからと採点基準を下げるテクニカルジャッジで早期試合終了をしていたはずだ。

 しかし、今回の対戦に危険な部分などあるだろうか?ヒソカの【勝利=相手の死亡】のような危険行動をとるようなことを俺もエミリアもしていない。

 ……やはり、俺の外見年齢のせいだろうか。

 

 

【小学生低学年 VS 中学生】

 

 

 ……うん。これだけ見ると、早めに終わらせた方がいい試合に見える。レフリーの私情が混じってる気がするけどね。

 まあ、こうやってグダグダと思考を巡らせられるほどまで回復したとはいえ、長期戦はムリだから別に問題はない。それに採点基準が低いという事は、俺の攻撃も高い得点が与えられるということだ。

 

 

「休憩はもういいかな?」

「……待っててくれたんですね」

 

 

 ヒスイを顕現させて警戒はをしてはいたが、エミリアは攻める気配がなかったようだ。

 俺の呼吸が整うのを見計らったのように、声を掛けてくる。

 

 

「普段なら追撃はするけど、今回は“手合わせ”だからね」

「そうですか。それで評価は、どうです?」

「予想以上。正直に言うと、直ぐに終わらせるつもりで仕掛けたのに、仕留めきれなかった」

「……そんな気はしてました」

「そう?なら、次は―――」

 

 

 そんな言葉を残して、エミリアが消えた。

 先ほどもそうだが、目に“凝”を行いつつ彼女を注視しているのに見失うという状況は、俺に十分すぎるほどの焦りを与えている。俺の動体視力は未熟なのか、エミリアが速過ぎるのか、若しくは物理的に消えているのか、どちらにせよ見失うという事は、相手に奇襲するための準備を与えていることで、俺は必殺が込められた奇襲攻撃を十全な備えができないまま攻撃を受けなければならない。察知しようにも、素性を隠すためのコートとフードのせいで五感の一部を封じている縛りプレイという自業自得な状態。

 となると、俺の取れる手はレーダー用として“円”を発動しているヒスイを周囲に展開されるしかない。感覚的には、潜水艦を探す駆逐艦みたいなものだ。

 

 だが、ヒスイのレーダー網にエミリアがかかることはなく。代わりに、後ろでボコンッと最近聞いたことがある空気の音が耳に届いた。

 瞬時に、右目の“凝”を“切り替え”て、周囲に展開させているヒスイから後ろを警戒してる子と視界を共有し、後ろを向くことなく後方の状況を確認しつつ、全速力で前に向かって駆けだす。

 

 案の定、音の正体はリング状の石畳が剥がされた音であり、それに向かってエミリアが腕を振りかぶっているところであった。

 そして次の瞬間には、攻撃を受けた石畳がダメージに耐え切れずに砕け散ったのだが、更にそこから“風”を利用したのか四方八方へと散らばるはずの石の破片が、まるで俺向かって吸い込まれるかのように迫ってくる。

 

 音がしたと同時に走り出したとはいえ、向かってくる破片の方が速く、すぐ後ろまで迫ってきた。

 だが数舜の時を稼ぐことができたので、追撃に備えて顕現させていたヒスイ3体を俺と破片の間に移動させて、必要最低限の破片だけを粉砕させながら残りを回避していく。

 当然、破片を隠れ蓑として迫ってきたエミリアが一撃を与えんと、俺が回避した為ということで故意に生み出された隙を突くように拳を放ってきた。

 

 

「とっ―――」

「甘いよ。ユイちゃん!」

「……っ!」

 

 

 彼女の攻撃を往なしてからの反撃を目論んでいたが、エミリアの最初の攻撃は陽動であり、俺が合気道のように腕を払いのけても態勢を崩すことなく、逆に往なすことで生まれてしまった正真正銘の隙を突かれて肉薄されてしまう。

 身体能力はエミリアに分があるのは分かりきっているが、ここで下手に距離を取ろうとすれば先の戦闘の吹き飛ばされる原因になった衝撃波を伴った攻撃を受けてしまい、既に貧血と内臓ダメージでボロボロの体では耐え切れない。

 自爆覚悟で粉砕処理をしているヒスイをエミリアの死角から攻撃する手もあるが、彼女は俺を盾にするように立ち回っていたようで、粉砕処理を辞めてしまえば残りの破片が俺を襲ってくるだろう。一つ二つなら痛みを我慢できるだろうが、10、20、30……耐えきれるかもしれないが、確実にその後の行動がとれなくなる。

 

 走馬燈のように思考を高速回転させるも、それよりも早く、対策を取らせない為にエミリアは俺と肉薄したまま猛攻してきたために対応でいっぱいいっぱいになってしまう。後方からは豪雨のように破片が迫り、回避が出来なくなった為に大半を粉砕しなくてはならないので半自動操作とはいえ迎撃の為に思考が向けざるえず、前方からはエミリアからの猛攻によって打開策を考える暇もなくジリ貧となっていく。

 

 そして、ついに―――

 

 

「っ、きゃあっ!」

 

 

 捌ききれなくなった攻撃の衝撃によって、思わず漏れた悲鳴と共に態勢が大きく崩れるとともに打ち上げるような攻撃だったために、足が地面から離れてしまう。

 両腕が弾かれたために大きく広げてしまったために、これから来るであろうエミリアの攻撃を受け入れるかのような形になってしまった。

 そして、

 

 

「破っ!」

「まだ!!」

 

 

 諦めずに失血による被害などを無視したオーラを籠めるだけ籠めたヒスイを即席顕現して、俺の胸に向かって放たれている掌底の前に移動させる。

 ギリギリのタイミングで割り込ませることに成功し、エミリアの掌とヒスイが接触した瞬間に空気の爆発のようなものが起きて……壊れた。

 

 

「そ……んな……」

 

 

 エミリアの攻撃を受けて、ヒスイがガラスを砕いたかのように形を崩して、落伍した破片は光の粒子となって宙に溶けるように消えていく。これでエミリアにもダメージがあれば、慰めにもなるが彼女の手には怪我らしい外傷も、痺れなどの状態異常も与えられているようには見えない。

 

 

「く……そっ……」

 

 

 ヒソカにエミリア、勝ちたいと思う相手に勝つことは疎か、手傷を負わせることもできない自分の未熟さに涙が出そうになるも、それよりも制約による失血で視界がブラックアウトした。



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第22話「予想外の結果」

暑い……PCが……私の体が……溶ける


「……んっ」

 

 

 下腹部の鈍痛で目を覚ました俺は、徐々に開ける視界にテトの顔がドアップで映り込んだことによって思考がフリーズした。そんな俺を気絶でもしたとでも思ったのか、テトは猫パンチならぬキツネリスパンチを眉間に対して連続で打ち込んできた。

 一応は爪を立てないように気遣ってはいるものの、それでも微妙に痛いその攻撃に慌てて攻撃を止めるために両手でテトを捕まえようとして、左腕にチクリと痛みを感じたために咄嗟に右手だけで彼を捕まえて視界から退場してもらいつつ、視線を左腕に向ける。

 そこには、袖を巻くられた腕に点滴のチューブが刺さっており、自分の腕ながら不健康そうな青白い腕を、“青いなぁ”と間抜けな感想を抱きつつ眺めつづけていた。

 

 

コンコンッ

 

 

 寝起きから幾分か時間が経過しているのに、いまだに思考が霞みがかったままでボーっとしていたので、どれ程の時間が流れたかは分からないが、少し控えめなノックされたことで今更ながらに自分が病室で横になっているのに気づいた。

 そして、俺が眠ったままであると思っていたのだろう。俺の返事を待たずに開かれたドアから、ジーンズにTシャツというラフな格好のエミリアが入ってくると、俺が起きていることに気づいて驚きの表情をするも、すぐに安堵の表情を浮かべながら近づいてくる。

 

 

「おはよう。ユイちゃん」

「おはよう……ございます……?」

「起きたばかっかり?先生を呼んでおくね」

 

 

 慣れた仕草で、俺の頭上に合ったのだろうナースコールのボタンを押して、応答してきた看護師へと俺が起きたことを伝える。

 それから数分後には中年の医者らしき男性が、小さなカートと女性の看護師を携えて現れると、軽い診察と問診を行い始めたことで、ようやく思考がクリアになるとともに自分の現状が分かってきた。

 

 

 半ば自滅に近い形でエミリアに敗北した俺は、直後に緊急搬送されたらしい。

 当然のことである。制約によって“念獣が破壊された際に込められたオーラに比例した血液を失う”によって出血性ショックを発症して、早急に処置を施さなければ死んでいたという危険な状態であったのだから……。

 とはいえ、天空闘技場では対決による流血沙汰など日常茶飯事なので、“それなりの金額を払えば”適切な処置を受けることができるので、俺は事なきを得ている。

 ちなみに、選手登録の際の書類を(分かる範囲で)馬鹿正直に書いたことによって、血液型が違うことによる拒絶反応などのアレルギー反応は起こさずに済んだ事を後日知って、正直に書いておいてよかったと安堵することに……。

 

 こうした幸運と同時に、不運も起こった。

 

 まず、適切な処置を受けることができたとはいえ、1週間ほど昏睡状態に陥ってしまったそうだ。また、制約への対処法として違法に分類される造血剤を常用していたことによって、俺の体は想定していた以上にボロボロで軽度の中毒症状も発症しており、それの治療の必要性もあって数か月の入院を医者より言い渡されたことである。

 

 数週間前まで重傷者として治療をしていたのに、今度は重症者として入院……自分の不甲斐なさと、出費ばかりが嵩む現状に、ガクリと項垂れるしかない。

 しかし、いつまでも項垂れているわけにはいかない。マチへの定期連絡をしていないので、早急に行わないとならないし、エミリアとの契約を含めた今後の事も決めなければならないのだ。

 とりあえず、マチへの連絡は最優先事項だ。

 

 

『……なるほどね。それで連絡がなかったわけだ』

「うん。ごめん」

『別に無事ならいいよ。怪我の方も完治してたわけじゃないんだし、今回のでどっちも治しておきな』

「分かった。ありがとう、マチ」

『はいはい。起きたばかりなら、すぐに休みな』

「うん。またね、マチ」

『ん…』

 

 

 使っていた部屋から荷物を取り寄せて、個室であり使用可能ということで病室で携帯を使って、マチへと音信不通であった説明と謝罪を伝えた。

 もともと団員は個人行動が多くて連絡も必ず取れるわけではないという事から、俺の実力を知ってる彼女は無事であることは疑ってないようであり、あっさりと定期連絡は終える。ただ、マチには俺が賞金首になったことやエミリアの事を伝えていないから、こんな反応かもしれない。

 情報通のシャルから俺が賞金首になったことはバレているかもしれないものの、エミリアについては本当なら試合後に今後について話し合う予定だったのだが、今の今まで延びてしまっており、今日も俺が起き抜けという事を理由に、ちゃんとした話は明日という事で既に帰っている。

 テトは、俺が本調子ではないを分かっているのか定位置となっている肩ではなく、膝の上で丸くなって小さな寝息を立てている。俺を心配してずっと見守っていたというから、安心して眠っているのだろうから起こさないように優しく背中を撫でて「ありがとう」と感謝を心の中でつぶやく。

 

 

「重病人てぇのは、本当みてぇだな」

「!?……ノブナガ!?」

 

 

 テトを撫でていた所で、すぐ横から響いたことに全身を強張らせつつ視線を向けると、いつものサムライスタイルではなく、白いシャツに紺のスラックスという清潔感のある服装―――ロン毛に無精ひげでマイナスになってるけど―――をしたノブナガが来客用の丸椅子に座りながら、こちらを見ていた。

 

 いつの間に入ってきていたのか、そもそも彼が何故ここにいるのか?

 あまりにもな事態に、パクパクと魚が餌を求めるかのように口を開閉するが言葉がそれに続かない。

 

 

「……ぁ痛っ!?」

「少し落ち着け、馬鹿が」

 

 

 壊れた俺にノブナガは、刀を竹刀袋のようなものに入れたソレで“壊れた機械を叩いて治す”かのように、俺の脳天を叩いて正気へと引き戻す。

 久しぶりに味わった脳天からの激痛に、点滴中という事もあり、片手で頭部を抑えながら両足をバタバタと動かすことで痛みを紛らわせようとする。

 そうして、痛みが落ち着いてきたころには混乱も収まり、落ち着いてノブナガへと対話の為に視線を向けることができるようになった。ちなみに、これだけの騒いだので膝の上にいたテトは起きてしまったものの、彼はノブナガがいることは既に気づいてたかのように、俺達を一瞥すると枕元に移動して二度寝を始めてしまった。

 

 

「……どうして、ノブナガがここにいるの?」

「おめぇからの定期連絡がなくなって、最後の連絡が天空闘技場(ここ)だったからな近くにいた俺が様子見にきたんだよ」

「それで、私が病院に運ばれているという情報を得た。って感じ?」

「そんなところだ」

 

 

 ノブナガはぶっきらぼうに説明を終えると、病室のアメニティを勝手に使用した飲み食いを始めた。

 これは、俺が心配で駆けつけてくれたと自惚れていいのだろうか……。あっ、マズイ。そうなのかもしれないと思ったら、表情筋が……

 

 

「なに笑ってんだ」

 

 

ゴンッ

 

 

「~~っ!?」

 

 

 何故に!?ちょっと笑っただけだよ!?

 二度目の攻撃によって、頭が凹んではいないかと叩かれた場所を気にしつつ、ノブナガが淹れてくれたお茶を受け取り口に含む。……あんまり美味しくない。

 

 結局、本当に様子を見に来ただけのようで、互いの近状報告を済ませると「特に死にそうってわけじゃねぇようだから」などと言いながら、俺の頭を一撫でしてさっさと帰ってしまった。

 

 

「もうちょっとぐらい、居てくれたっていいのに……」

 

 

 と、自然と言葉を零してみたところで現実は変わるわけもなく。

 俺の交友関係の小ささから、これ以上の来客はなく。その日はテトと何とはなしに戯れて終わった。

 

 ……あれ?なんか視界が……いや、別に、ボッチが、寂しいとかそういうのでは……うん。療養するんだから、来客なんて少ないに越したことはないよな!!……あっ、また視界が……



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第23話「第三の―――」

やばい、忙しくなってきた。
……夏休み?何それ?美味しいの?


 目が覚めてから翌日の朝…。

 ノブナガが食い散らかした状態を放置してしまっていたため、朝の検診に来た病院側の人に俺の仕業と誤認されてしまった。弁明しようにも、正規の手続きで来ていないノブナガは面会記録にも病院の監視カメラにも映っていないようで、子供の苦しまぎれの嘘として片付けられ、早朝から担当医の注意事項を聞かされるハメになった。

 それも……

 

 

「起きたばかりで、お腹が空いてたのは分かる。けど、お菓子ばっかりをこんなに沢山食べてしまうと、具合が悪くなっちゃうんだ」

「……はい」

「食べてはダメと言ってるんじゃなくて、ご飯をしっかり食べてからにしてほしい。分かってくれるかい?」

「……はい。すみませんでした」

「いや、良いんだよ。それより、本当にお腹とか痛くなってないんだね?」

「大丈夫です」

 

 

 外見年齢的に仕方ないとはいえ、担当医からの対子供用の言動で窘められるのは色々と来るものがある。見た感じでは前世の俺と同年代だから猶更だ。

 その後、朝食時にメニューにないであろうプリンが追加されているという追加ダメージを受けつつ、下手に残して間食をしているという疑いをかけられてたくないので、綺麗に完食した後はテトを撫でて瀕死になっている精神ダメージの回復を図る。病院側からの好意でテトの分の食事を用意してもらっており、ポッコリと膨らんだお腹を無謀に見せながら、俺のマッサージに幸せそうな表情でだらけている。

 

 

 エミリアが面会に訪れたのは、朝と昼の中間あたりの時間だった。昨日と同じ格好だが、デザインやアクセサリーが少し変わっているのが分かった。そして昨日は手ぶらだったのに、今日はシンプルなデザインのトートバックを肩にかけていて、対戦した時とは少し違った方面ながらも同じように中学生として見える。

 これは、初対面時は気合を入れて大人っぽくしていただけで、調べた通りの年齢という事なのだろうか?

 

 俺が、女性の年齢についてという口に出せない事を頭の中で考察している。と思われていることを知る由もないエミリアは、朝の挨拶をしながらベット脇にある丸椅子へと腰かけて、病人・怪我人に対しての定型文的な言葉をかけながらも、自分が持ってきたバックを漁り始める。

 

 

「調子はどうかな?」

「まあ……問題はないですね」

「そっか。なら……はいっ」

「……?」

 

 

 ここから始まるであろう軽い世間話的な会話の流れ的をすっ飛ばして、エミリアは俺の膝の上に四角い箱―――いや、液晶画面に複数のボタンというスタンダードな見た目をした携帯ゲーム機を置いた。ちなみに、色はピンクだったりする。

 こっちに来てからゲームなどの娯楽に触れる気概はなく、本はあっても成人雑誌などの見た目少女の俺が見るには問題があるものばかり……。

 というか、この世界で目覚めたばかりの頃はコッソリとノブナガの物を読んでいたりしてたのだが、パクに見つかってから全て処分されてしまい。なおかつ、俺の行動範囲内から徹底的に排除されしまった。

 

 そんなこんなで、修行や勉強に明け暮れていたために久しぶりに触れた娯楽に対して、どういう反応をすればいいのか困ってしまう。

 そんな俺の困惑を気にもせずに、バックからゲームのソフトらしきものを数本取り出して、

 

 

「入院が長くなるみたいだし、暇つぶしの道具があった方がいいでしょう?」

「えっと……ありがとうございます」

「あれ?ユイちゃん、ゲームしない子?」

「そう、ですね。初めてではないですけど……」

「それじゃあ、簡単なヤツからやってみようか」

 

 

 慣れた手つきで自分と俺のゲーム機に、マルチ対戦型のパズルゲームのソフトがセットすると、説明をする為だろう。ベット端に腰かけて肩が触れあってしまうほどの至近距離まで身を寄せてきた。

 勢いよく移動してきたために、エミリアの髪の毛がフワリと跳ねるともに甘い香りが隣からしてきて、ドキリと胸が高鳴り顔が熱い。

 

 

 おっ、おおおお、おち、落ち着け!

 前世の年齢を合わせれば、一回りも歳が離れた妹のような相手だし、今の俺は“女”だ。同性に対して、そんな邪な感情など……あっ、エミリアって化粧してなくてもまつ毛が……って、チッガーーウッ!!!

 

 

 旅団の皆とはまた違った。自由というかパーソナルエリアをガン無視した行動に、思考が乱れてしまっていたが、ゲーム画面にエミリアからのチャット機能を使ったメッセージが届いた瞬間。醒めた。

 

 

『監視されてる』

 

 

 自分でも驚くほどにスッと冷静になった俺は、自分の状況を改めに思い出し、愕然とした。

 

 目覚めてから、見知らぬ場所なのに念獣などを使っての周囲確認を怠っていたことから始まり、自分の容姿を隠さずに担当医らに見せていることなど、自分が狙われているという事を忘れているかのような行動の数々。

 昨日のノブナガが言った「重病人」というのは、その言葉通りではなく不用心さの事を比喩していたのかもしれない。

 

 すぐにハクタクを顕現させて状況把握を図りたいところだが、エミリアがゲームという隠れ蓑を使って伝えてきたという事は、隠しカメラなどがある可能性を考えての事だろう。

 ただ、昨日はノブナガが不法侵入していたのに、担当医の態度などに変化がなかったとなると監視の目は部屋の中にはないのかもしれない。

 とはいえ、用心に越したことはない。ゲームを進めつつ、自分もチャット機能を使って返事を送る。

 

 

『いつから』

『運び込まれてから』

『相手は』

『不明』

 

 

 あまり長い文を打ち込めないので時間がかかったが、おおよその状況が理解できた俺は、すぐさま危険が迫っているわけではないと分かり一先ずの安堵を得ることができた。

 

 俺を監視しているのはパパラッチどもで、いろいろと話題に富んだ俺をネタにしようと隙を淡々と狙っている中に、溶け込むようにして賞金首の俺を狙う裏の人間がいるらしいが、天空闘技場の医療施設という事で運ばれた選手に狼藉を働こうとする輩対策で警備がしっかりしているため安易に手を出せず、こちらも隙を伺っているとのこと。

 

 要するに、独り歩きなどの不用心な行動をしなければ、一応は退院までという期限つきの安全が確保できているということだ。一応とつけたのは、ノブナガが警備などの目をすり抜けて易々と俺に会いに来たからというのは言うまでもない事である。

 

 

「今のところは、治療に専念してて大丈夫だね」

「分かりました」

 

 

 監視の規模を把握できたのでハクタクを使って監視者の詳細を行いつつ、室内に“目”と“耳”がない事から声量を抑えながらエミリアと会話を続ける。

 ゲームをしているという隠れ蓑が必要なくなった為に、ベット端から丸椅子へと移動したことで近くに感じていた彼女の体温や息遣いが消え、少し残念に感じているのは心の奥底へと押し込んで厳重に封印し“黒歴史”としておく。

 

 旅団の皆の一歩踏みとどまった接し方に慣れていたために、それを踏み越えてきた接触に狼狽してしまったが、他者に心を揺り動かされる余裕は、今の俺にはない。

 それより一週間も遅れてしまったが、エミリアから聞きたいことがあるのだ。

 一人旅に出ている理由の一つである現在の自分の種族について、ハンターになってから本格的に調べようとしていた所に情報源が現れた。

 それも、俺に対して好意的に。

 この機会を逃す理由はない。

 

 用心のために、ハクタクを数体追加で部屋の周囲を監視させながら、居住まいを正してエミリアへと視線を向けると、俺の変化に気づいた彼女も気持ち表情に真剣さを映しながら俺と視線を合わせてくれる。

 

 

「聞きたいことがあります」

「その前に、一つだけ私の質問に答えてもらっても良い?」

「?……はい。どうぞ」

「キコ族について、どれくらいの事を知ってるの?」

 

 

 今から自分が聞きたいことを逆に聞かれたことで、思わず「へ?」と間抜けな返答をしてしまったが、エミリアはそれを笑う事はせずに、俺の返答を待つ姿勢を崩さない。

 ここで無駄に見栄を張ったり、隠し事をしたりしてもいい結果にはならないだろうことは分かるので、シャルから得た一般人レベルの事しか知らないことを伝えると、「やっぱり」と納得の表情をされてしまった。

 俺の言動は、知っている者からすれば無知であることを分かるほどに“分かりやすい”のだろうか?

 

 

「ユイちゃんが念獣を主体にした戦い方をしたから、もしやって思ったの」

「??」

 

 

 念能力というのは十人十色であって、それだけで俺が自分の種族について無知であるとされる理由が分からず、思わず首をかしげてしまう。

 そんな反応に、エミリアは近くにあったペンを掌に載せると注視するように言いながら、俺の方へ見やすいように差し出してくるので、反射的に“凝”で彼女の手を見ると、オーラが微かに集まり始めたと分かった次の瞬間、フワリとペンが宙に浮くと、プロペラのようにゆっくりとだが回転し始めた。

 すると、彼女の掌辺りから微かな風が俺の頬を撫でてくるので、やはりエミリアは対戦時に予測した通り“風”を使用する念能力であると確信する。

 ところで、これを見せられても俺としては無知であるという理由にはならないのだが……

 

 

「キコ族はね。先天的に、系統とは無関係に“自然”の一部を念能力として使えるの」

「え?」

「どうしてなのかは知らないけれど、現在のところは“先祖代々から自然崇拝を信仰してきた為”っていう仮説が一番人気かな」

「……」

「で、念が使える人は先天的に持っている力を派生させたり、強化したりするのが楽だし、ベストなんだけど……」

「私には、その様子が見えないと?」

「そうなんだよね。匂い的にはユイちゃんは水関係の能力がありそうなんだけど……」

 

 

 ドクンッ

 

 

 エミリアの発言に、心臓が大きく跳ねた。そして、無意識に自身の右手にある指輪を隠すかのように左手で覆う。

 ノブナガと能力開発の相談に乗ってくれたシャルにしか教えていない三つ目の念獣……いや、念獣と呼べるかも怪しいコレは、彼女の言う通り水に関係しているモノだ。そして俺の切り札であり、能力の基礎でもある。

 

 普通なら、出会って数日の相手に自身の弱点ともいえる能力を見せるべきではないのだろう。

 だが、彼女も持つ知識は俺の知りたかったモノで、ハンターにならなければ得られないと諦めていたモノだ。それが代償を支払えば、今、ここで、得られる。

 しかし、代償は自身の切り札であり弱点でもある念能力の開示。

 

 命を懸けてまで欲しいモノか?

 だが、この機会を逃して、はたして次回があるのか?

 

 

「ユイちゃん?」

「……見て、貰いたい、事が、あります」

 

 

 俺は、側にあった果物ナイフを手に取った。

 



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第24話「第三の念獣」

 “周”で少しだけ強化した果物ナイフを左手首に当てると、軽くスライドさせた。

 

 

「ユイちゃん!?」

 

 

 俺の思いつめた表情と今の行動から何を察したのか、エミリアが素早く俺の手からナイフを取り上げるとナースコールへと手を伸ばす。

 しかし、今ここで第三者を呼ばれると困るので彼女の腕をつかんで行動を阻止すると、不機嫌そうな表情で俺を睨んでくる。

 

 切る場所を間違えたな。

 「自分の体を切るなら手首」という変な思いあったためとはいえ、勘違いをしているであろう彼女へ自分がした行動の理由を教えるために、「落ち着いてください」と言いながら自分で切った箇所を見せるようにすると、自分が想定していた事態とは違うと思ってくれたのかエミリアは眉間に小さな皺を作りつつも、俺の言葉通りに傷口へと目を向けてくれた。

 それを見てから、少し切り過ぎてジクジクと痛む手首に意識を向けて俺は三つ目の念獣を操作する。

 

 

「これ……!?」

 

 

 強化したことで予定していたよりも深く切れた手首からは、滲むように血が溢れてきて手首を伝っていき、垂れると思われる所で映像の逆再生のように戻り始めて、そのまま重力に逆らって血のタワーを作った。静脈からの血であるが故に色合いは少し黒いものの、凝固せずに液体のままだ。

 

 

 これが三つ目の指輪を使って作り出した、“念獣”のような“血液”である。ちなみに名前は単純に「血」だ。

 

 

 事の始まりは、能力開発を始めた時だった。

 前世で見たり読んだりしていた創作物の中で、俺は子供のころから水を自由に扱うキャラクターに憧れがあった。汎用性や見た目、視認可能な身近なものを使うという点は、いろいろと自分のツボにハマったからだ。

 だからこそ、それが再現できる状況となったこの世界で、すぐさま作り出そうと奮闘し……躓いた。

 

 当然だ。実力は当然として、“水”を操るという状況に憧れていても“水”そのものに対して俺はそこまで思い入れも何もなかったのだから……。

 

 しかし、そんな俺に“指輪”というチート級装備が齎された後はトントン拍子に事が進む。

 具現化できるという事で、“水”よりも色々な意味で思い入れがある“血液”を作り出したことで、今のように限度があれど操作することが可能となる。

 そして自己強化のための制約を定めるにあたり、クラピカが行った鎖を常に具現化させて本物と誤認させるというアイデアを参考にして、自分の体内へ具現化した“血液”を混ぜ込んだ。

 

 今更ながらだが、ハクタクやヒスイといった念獣と“血”をリンクさせて『自分の中に存在している』という疑似的な状況を作り出し、距離の制約や操作感覚のタイムラグなどを無効化できるという副次効果があったりして驚いている。

 

 話を戻す。

 当然といえば当然だが、自分の血を飲んだりと吸血鬼紛いな行動をして作り出したとはいえ、具現化した血液は遺物であるのは変わりないのだから体が素直に受け入れるはずがなかった。

 だが、体調不良や意識混濁などノブナガやシャルに多大な迷惑を掛けつつも、徐々に体を慣らしていった結果が今の俺である。

 

 この念獣は制約の要としてだけではなく、単体でも使える能力があるのだが、それは使う時が来た時にでも話すとしよう。

 

 

「エミリアの言う通り、水関係の能力が使えます。種族の事は知りませんでしたが……」

「そっか……見せてくれて、ありがとう」

 

 

 役目を終えて傷口から体内へと戻っていく血を見ながら、エミリアは少し悲しそうな表情をしながらお礼を言う。はて?今のやり取りの中で悲しくなるような事など起きただろうか?

 感情の変化に思い当たることがないまま彼女を眺めつづけていると、視線に気づいたのか悲しい表情はフッと消え失せてると次に現れたのは笑顔だった……が、なぜだろう。少し怖い。

 

 

「ところでさ。これを見せてくれるのなら、別に手首を切らなくても指先に小さく刺し傷をつけるだけでもいいよね?」

「……えっと……」

 

 

 ああ、怒っているのを笑顔で隠しているのか。

 それが分かったと同時に、俺の頬は自分でも驚くほどに横へと引き伸ばされることになった。

 

 

 

 

 

「……つまりキコ族の人達は集落がなくなった後、散り散りになってしまったということですか?」

 

 

 頬を抓るという罰を受けた後、ヒリヒリと痛む頬を擦りながら俺はエミリアに対して種族の事についてアレコレと聞いてみた。

 さっそく自分の能力を見せた効果があったのかは別だが、俺の質問に対して彼女は丁寧に答えてくれたので色々と分かったのだが、彼女は博識ではないと前置きを通り答えられないことも多々あった。

 ならばと博識の者の紹介か、キコ族が住んでいる場所へお邪魔したいと提案したのだが、帰ってきた答えが上記の通りだ。

 

 

「そうだね。別の土地へと移った後は、そこに根を下ろして他の人と混じっていって……純血とでも言えばいいのかわからないけど、純粋なキコ族と呼べる人はもういないはずだよ」

「エミリアも?」

「ご先祖様が血を絶やさぬようにって色々と手を尽くしたみたいで、一応は直系らしいよ」

「そうなんですか」

「というか血が濃ければ濃いほど多くの特徴を受け継ぐから、見た感じユイちゃんの方がキコ族に近い存在なんだけど?」

「記憶がないので、何とも……」

 

 

 俺の頭を撫でながら黒髪の感触を楽しむエミリアから問いを、言葉を濁すことで言及を拒否する。

 とはいえ、話したいと思っても俺の記憶は前世の男時代のモノだけで何も知らないのだ。そもそも彼女の言う通りだとすれば、血を濃く受け継いでいるであろう俺を流星街に捨てるという行動が理解できない。

 いや、自身が転生したのか憑依したのか分かっていないのだから、捨てられたと判断してしまうの安直な考えだろう。ただ、憑依系だとして“この少女”が捨てられたのだとしたら、それなりの理由があるはずだ。

 

 

 やっぱり、出自などを含めて自分の種族の事について調べた方がいいな。

 

 

「お父さんなら何か知ってるかもしれないんだけど、常に世界をお母さんと一緒に飛び回ってるから……」

「いえ、色々と知ることが出来ました」

 

 

 エミリアの父親は先祖がキコ族だそうで、彼女の種族に関する知識はすべて彼から教えてもらった事ばかりだそうだ。さらに念についても母親も加えて二人からの英才教育を受けていたと気持ち自慢げに語ってくれた。

 とはいっても仕事関係で世界を一緒に飛び回る生活というものに嫌気がさしたエミリアは、また立ち寄った際に合流するという条件で天空闘技場のある此処で両親と別れて自由で気ままな一人生活を満喫していると話してくれた際に、彼女の行動力とそれを容認してしまう両親に呆れてしまったのは仕方ない事だと思う。

 

 その後はエミリアが様々な話をして俺がそれに適当な相槌や返答をするというガールズトーク(?)が続き、面会時間ギリギリで退室する際に「雇い主として雇用者の体調管理は必須だから、明日も来るね」という謎理論を展開して嵐のように帰っていった。

 花が咲いていたようにという表現するかは迷うが、楽し気な声が絶えなかった病室は途端に静かになり、いつも通りテトと二人だけになっただけだというのにテーマパークなどで迷子になった子供の時のような、言いようのない怖さと心細さが俺を襲い無意識にブルリと体が震える。

 

 たった数日の関係であるエミリアに対して少なからず依存しているかのような自分の状態を認めたくなくて、テトを抱きしめて布団の中へと閉じこもった。




病室内の話、区切る場所を間違えましたね。
申し訳ない。


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第25話「黒歴史の新たな1ページ」

 帰り際の言葉通りエミリアは翌日も訪れるだけではなく、ほぼ毎日のように来てくれて暇つぶしの為の本やゲームなどを定期的に持ってきてくれた。薬の後遺症を直すためとはいえ、別に生活に困るような自覚症状がないのにベットで寝ていなければならないというのは予想以上に苦痛であり、彼女の来訪と見舞いの品は本当にありがたかった。

 

 ただ、その為かノブナガは初日に顔を見せに来た以降は姿を見せに来ることはなく、さらに数年は会えないと覚悟していた中での再会だったので、余計に会えないことが寂しかった。

 エミリアが見舞いに来てくれている間は寂しさを忘れることができるが、彼女だって一日中は居られないので、他に友人知人と呼べる相手がいない俺は彼女が帰った後は一人きりとなる。

 暇つぶしの道具だって限度があるし、治療を長引か線たくないので過度な修行も行えない。

 

 そうなると、親交の深かったシャルやフランクリン、といった旅団の皆との会話などが恋しくなる。

 特に、この世界に来てから一番長く側にいたノブナガに対しては、前述したとおり変に顔を見てしまったが為に他の皆よりも強く恋しいと思ってしまう。

 先日の去り際に、撫でられた頭に残る感触から安堵と寂しさを感じさせるに至って、俺は気づいた。

 

 

 ああ、そういうことか。俺が男性メンバーに対して抱いてる“この感情”は“親愛”なんだ。

 その中でノブナガは、理想として父親像とは違っても、単なる気まぐれだっとしても、右も左も分からない俺を拾い育ててくれたから余計に……

 

 …………ぎゃあああああっ!ハズイッ、恥ずかしすぎる!!

 20歳を超えて、親―――父親の愛情に飢えていたとか気づきたくなかった。というか、なんで今更ながらに気づいた俺!?中学生時代に作られた黒歴史以上の、黒歴史だぞ!?

 うごごごごごっ……

 

 

「ユイちゃん?」

「……黒歴史を思い出しただけなので、気にしないでください」

「え?その歳で黒歴史?」

 

 

 気づきなくなかった感情に対して、頭を抱えてながらベットの上で悶絶していた俺を、少し可哀そうな子を見るような視線を送りながら荷物を纏めていたエミリアは、作業を一旦中断して椅子を二つ並べると、一つに腰掛けて一つを軽く叩きながら俺に着席を促す。

 その動作に対して少しだけ狼狽えはするものの、あまり時間をおかずに俺はベットから降りると彼女に背を向けて着席する。

 

 

「ああ、もう。やっぱりグチャグチャになってる」

「フードを被れば隠れてしまうので、別に―――」

「だ~めっ」

 

 

 間違っていないと思う反論を一言で潰された俺は、小さな溜息をつきつつ優しく髪に触れてくるエミリアの手に身を委ねた。

 こうなると座っているだけの俺は暇になるので、今の状況の言い訳をして自己保全に努めようと思う。

 

 こうなったのは、俺とエミリアの間で結ばれた契約に則した行動である。

 

 話は少し逸れるが、両親の了承があって実力も備えているとはいえ、中学生くらいの女の子が一人で街に住めるのかという疑問を俺は持っていた。

 だが、彼女は両親の伝手を利用して天空闘技場の近くに屋敷を構える資産家の世話になっているそうで、資金面についても、娘の相手をしてくれれば融通するという事で苦労はしていないという話を聞かされた。

 やはり、この世界でもコネと権力は強力だと思い知らされて、9歳で闘技場に潜って金を稼いでいた自分との格差に泣きそうになったり……。

 

 話を戻そう。

 契約内容は要約すれば、「ユイ=ハザマは、エミリア=サローニの庇護下に入り仕事のサポートを行う」ということになり、仕事というのは資産家の娘―――名前はクレアと言って、エミリアと同い年だそうだ―――の相手をすることだ。

 それで何故、俺が彼女に髪の毛をセットされるという状況になるのかというと、権力者の娘に会うのだから見咎められないように身嗜みを整える為であり、時折だがせがんでくるクレアの為に練習台。

 なんて、それらしいことを言っているが、彼女の表情を盗み見るに単純に俺という“可愛い女の子”を愛でて楽しんでいるようにしか見えない。

 

 ふと、自然と自己を可愛いと評価するナルシスト的な思考に、自分のことながらドン引きしてしまう。

 

 

「ほら、頭を動かさない」

「ぶふぅっ!?」

 

 

 ドン引きからの落ち込みで自然と俯いていた俺の頭を、エミリアは両頬を挟むようにして持ち上げるものだから、女の子が出してはダメなような変声が出てしまう。

 そんな変声を無視しつつ、彼女は俺の髪を綺麗なストレートへとセットし終えるとベットの上に置いてあったモノを手に取って

 

 

「はい。次はこれね」

 

 

 と、笑顔で差し出し……いや、問答無用で俺の膝の上に置いた。

 視線を下げれば、グレーのロングパーカーにデニムのショートパンツ、そして黒のソックスが目に飛び込んでくる。

 色々と言いたいことがあるが、ここで拒否しても契約をネタに結局は着ることになるのは分かっている。

 しかし、もう少し……

 

 

「もう少し、肌の露出を抑える服ってありませんか」

「これでもすごく減らしたんだよ。これ以上したら、普段と変わらないよ」

「いえ、それでいい―――」

「だ~めっ」

「……はい」

 

 

 さて、ここまでの流れで分かっているかと思う。

 今日を以て、4か月にも及ぶ長い入院生活を終えて俺は退院することになった。

 もちろん、左腕を含めての怪我も完治してるので、健康体そのものである。医者からは造血剤の常用はしないようにキツく言い渡されているが……まあ、状況次第かな?

 

 金銭面については一括で支払いは済んでいて、前回の怪我で発生した高額な請求金額と比べると、驚くほどに安かった……まあ、あっちは闇医者だから高いのは当然なんだろうけどね。

 で、費用はエミリア持ちで俺がこうしてオシャレ?をしているのは外にいるであろう、有象無象の輩を巻くためである。

 

 俺の顔をハッキリと見た事のある者は、旅団の元を離れて以降で考えるとエミリアは当然として、担当医と数名の看護師と極少数である。後はフードからチラリと見たことがある程度というものが殆どだろう。

 さらにコートを常に羽織っていたために、こうして女の子らしい格好をして印象をガラリと変えてしまうと、意外と普段の衣装とのギャップから同一人物と特定できないのだそうだ。

 

 エミリアも顔が知られてはいるが、俺と初めて対面した時の“キャリアウーマン”へと変身?を遂げているので、傍目からには姉妹……下手をすれば親k―――

 

 

「ユイちゃん。今、失礼なこと考えてないかな?」

「……気のせいでは?着替えるのでアッチを向いててください」

 

 

 女の勘というのは恐ろしい。

 不用意な発言はもとより、思考も注意せねばならないとは……。

 さて、時間がかかり過ぎると手伝うと言いかねないので、素早く着替えるとしよう。

 

 額にうっすらと掻いた冷や汗を拭ってから、俺は病衣へと手をかけた。

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 ガコンという音と共に動き始めたエレベーターの振動を感じつつ、俺は備え付けてある鏡の中にいる鏡に映る女の子を見つめる。

 少し大きいサイズのグレーのロングパーカーを身に着けているために、手は隣に居る“姉”と繋ぐために出ている左手以外は完全に隠れてしまっているし、膝上を隠すほど長い為に穿いているショートパンツが見えないことでワンピースを着ているような状態だ。

 そんなワンピース状態になっているロングパーカーから覗くほっそりとした足は黒いソックスのせいで色白さを大きなロングパーカーのせいで不安になるほどの細さが強調されてしまっている。

 そんな服に着られてるように見えるためにか、綺麗な黒髪の中にある顔は不機嫌そうに頬を膨らませている可愛らしい顔は、大人用の眼帯が右目を覆っているために痛々しく人の目に映ることだろう。

 

 そんな自己評価をくだしている間に、目的の階に到着したエレベーターは扉を開く。

 それを合図に、俺は“妹”としての演技は開始する……のだが

 

 

「予想外です」

「まあ、ああいう所で出待ちしてるような連中なんて、こんなものよ」

 

 

 “姉に手を引かれて眼帯をした妹が退院する”という俺達の様子に、場違いな雰囲気を放つ輩共は一瞥するだけで何も言ってこないし、近寄っても来ない。

 何名か訝しげに俺達をジッと見つめてくるが、俺が怯えるようにエミリアへと身を寄せる様子を見せると、バツが悪そうな顔をして視線を逸らす。

 そんなSAN値を削る演技をしている間に、手続きを終えたエミリアに手を引かれながら視界外へと逃れることに成功したのだった。

 念のためにハクタクを周囲へと展開させているのだが、誰一人として俺達を怪しんでいる様子が見られない。

 脱出作戦ということで何気に緊張していた分、あまりにも簡単に成功したので拍子抜けしてしまう。

 

 

「というか、私一人に対して執着しすぎなような気がするんですが」

「ユイちゃんは、外部と接触しないように徹底してたからね。小さなことでもスクープになるんだよ」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ」

 

 

 あからさま隠し方をすると、こういう目に合うという事か。外見からは小さな女の子であるという情報も、それに拍車をかけていそうである。

 そう考えると、エミリアのように適度に露出しつつ、今のような別の顔を持つというのは色々と便利そうである。

 

 

「それじゃあ、このままタクシーを拾って屋敷まで行こう」

「え?この格好で?」

「そう、この格好で」

「……」

「……」

 

 

 演技の為に繋いでいた手が、拘束用へと変化した瞬間であった。

 ハハッ、露出プレイとかレベル高すぎ……



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第26話「お気に入り登録」

 ノストラードファミリーとは?

 組頭の娘、ネオンの能力“未来予知”を顧客に有償で提供することで得た多額の活動資金で、片田舎にある小さな組から十老頭直系組に匹敵するまでに急成長した組織である。

 しかし、幻影旅団の団長クロロにネオンの能力が盗まれたことで、彼女の能力に依存することで得た地位だったために組織は崩壊していった。

 俺の記憶だと、クラピカが若頭となって“緋の目”集めをしていたような気がする。

 

 さて、何の前触れもなしのこの説明であるが、これにはちゃんとした理由がある。というか分かりやすすぎる前フリだから分かっていることだと思うが……。

 

 エミリアが世話になっている資産家というは表の顔で、本当の顔はノストラードファミリーなのである。

 マフィアとの繋がりを持ってるとか、エミリアの両親はいったい何者なんだ?という疑問があるが、今考えたところで意味がありそうにも思えないから横に置いて、これからの事へと目を向けよう。

 

 契約の際に、エミリアの庇護下に入るという一文があったのだが、彼女もまたノストラードファミリーの庇護下にいるために、半自動的に俺も彼らの庇護下に入ることになった。

 というか、エミリアはそれを狙って俺との契約の際に、庇護下云々の一文を入れたのだと入院中の雑談で教えてもらっていた。

 居候の身でそんな勝手が許されるのか?と思ったのだが、ネオンの相手をしていることで多少の事は目を瞑ってくれているとのことで、そういえばワガママ娘で周囲が苦労している場面があったなと原作の内容を思い浮かべて納得した。

 

 これによって、俺を狙うということはノストラードファミリーを敵に回すという図式が出来上がった。

 

 まあ、原作どおりに進んでいくと2000年9月にヨークシンシティで開催されるオークションを頂点として、組織の力は急降下して崩壊していくことになるだろう。

 となれば、今は1999年3月だから1年半という有効期限付きの庇護となるが、同時にマフィアが壊滅的な被害を受けるので俺を狙う輩は今よりもずっと少なくなっているだろう。

 もしくは、フェイタンが盗んできたグリードアイランドにでも修行を兼ねて逃げ込めばいいだろう。実際に、指名手配犯が逃げ込んでいるしね。

 

 

 といった感じの現状理解を終えたところで、エミリアが拾ったタクシーでノストラードファミリーが所有する屋敷へと向かっているのだが、屋敷に入る前にボディガードからの取り調べを受けることになっている。

 十数分ほどで、テレビでしか見たことのないような広い庭を有する豪邸の門の前まで到着し、車から降りたと同時にどこからか4匹のドーベルマンが現れて俺を取り囲んだ。

 そんな俺の状況からタクシーの運転手は何を感じ取ったのか、エミリアから料金を引っ手繰るように受け取ると、挨拶もそこそこに甲高いエンジン音を響かせながら逃げるように走り去っていった。

 

 

「……随分と可愛らしい歓迎ですね」

 

 

 名前は忘れたが、確か犬を使役する男の操作系能力者がボディガードの中にいたから、これは彼の仕業だろう。

 変装中はフードの中に隠れていたテトが、今は俺の足元でドーベルマン相手に全身の毛を逆立てながら威嚇し返しているのを眺めつつ、余裕のある風な台詞を吐いてみる。

 

 

「こいつらに囲まれて、そんな台詞を吐ける嬢ちゃんは少し可愛くないな」

 

 

 門を支える柱の陰に薄っすらと感じた気配が、急に濃くなるとともに額に豆のようなポッチをつけた顔の濃い長髪の男が、ラフな格好に似合った軽い口調で登場した。

 そして、彼の顔をトリガーとして俺の記憶から、ノブナガに首を撥ね飛ばされる彼の姿や、女に股間を踏まれて喜ぶ姿などが閃きのように浮かび上がった。

 

 

「ドMっぽい人」

「ブッ……」

「……言っておくが、俺にそんなケはないからな」

 

 

 蘇った記憶に乗せられてポロリと零れた独り言に、隣に居たエミリアは何のツボに入ったのか分からないが、口を押えて防ごうとしたものの間に合わずに吹き出した。

 一方、俺にドMと呼ばれた男は一瞬だけ唖然とした表情を浮かべたものの、子供の挑発と受け取ったのか大人の対応として少し引きつった笑みだが、一言注意を言ってから「ボスの元へ案内すると」傍に別のドーベルマンを従えてから屋敷に向けて歩き出した。

 

 さすがに失礼過ぎたので失言であったとして謝罪をしてから、未だに口を押えて何かに耐えているエミリアを促しつつ、足元で威嚇を続けているテトを抱き上げてから彼の後を追った。

 

 

「ダルツォルネだ」

「ユイ=ハザマです」

 

 

 エミリアからの口添えがあったからか、門でのやり取りによる結果なのか分からないが、屋敷へと通された俺は、そこでエミリアと別れて執務室のような場所に通されると、厳ついオッサンと侍女二人が出迎えてくれ、先の発言となった。

 目の前の厳ついオッサンの顔と名前を脳が理解した瞬間に、埋もれていた記憶が閃きのように浮かんでくるが、今度は意識して口を閉じることで門の時のような失言を抑え込むことに成功した。

 

 

「さて、早速だが眼帯を外してもらおうか」

「……分かりました」

「……ほう」

 

 

 抱えていたテトを足元へと置くと、右目を隠していた眼帯を外して“ダイヤの瞳”と呼ばれているキコ族の特徴の一つを目の前にいる三人へと晒した。

 ダルツォルネは感情のこもっていない溜息のような一言だけで済ませたものの、両脇に控えていた侍女の二人は大きく目を見開いたりして素直に驚きの感情を表した。

 

 

「確かに記録通りの特徴を有しているようだな」

「……」

「調べても天空闘技場以前の情報が出てこない事と関係はあるのか?」

「流星街で暮らしていたからだと、思います」

「流星街だと?」

 

 

 探るような視線を向けてくるダルツォルネに、俺は真正面から応えるように視線を投げ返す。

 嘘は言っていない。ただ幻影旅団の元で暮らしていたという真実を、語ってないだけである。

 俺の情報がない理由を聞いたのだから、それに対して簡潔に答えただけなのだ。どこも問題はないのだ。

 

 

「お前は―――」

「おっそーい!!」

「ひゃん!?」

 

 

 俺への更なる質問を投げようとしていたダルツォルネの言葉を遮るかのように、ドアが乱暴に開け放たれる音共にエミリアと同じ年齢ぐらいの少女の声が部屋中に響いた。

 人の気配を感じては居たものの、まさかノックもなしに入ってくるとは思わなかったので、思わず肩をビクつかせるとともに口から見た目相応の小さな悲鳴が零れてしまう。

 慌てて口を塞ぐも時すでに遅し、聞こえてしまったらしい侍女の二人から生暖かい視線を向けらてしまい、そこに含まれる感情を察して、頬が熱を持ったように熱くなるのが分かった。

 

 

「エミリアが連れてきた子、早く連れてきてよ!」

「ボス。まだ話を聞いてる最中で――――」

「あっ、この子がそうなの!?」

「……初めましt―――」

 

 

 ダルツォルネと会話をしつつも彼の返答を遮るかのように言葉を重ねながら俺へ近づいてくると、顔を見るためにしゃがみこんだ少女は、原作で見ていた顔より幾分か幼いが、ノストラードファミリーで組頭以上の重要人物ネオン=ノストラードだろうことが一目で分かった。

 

 先ほどの会話から、俺に対してそれなりの興味を持っているようなので、初対面の相手への基本として挨拶の為に頭を少し下げたところで横から迫ってきた手に、頭をホールドされてしまう。

 もちろん手の主は目の前にいるネオンであり、彼女は俺の頭を固定するとグイッと顔を近づけてきた。

 可愛らしい顔が目を輝かせながら、少し俺が前に顔を出せばキスできてしまう距離まで迫ってくるのだ。異性だ同性だなど関係なく、顔を真っ赤に染めてしまった俺は普通の反応だと言いたい。

 決して、ロリコンではないのだ。

 

 甘酸っぱい香りがするなとか、柔らかくてスベスベした手だなとか、まつ毛が凄い長いなとか……

 

 そう、そんな不埒な事は思ってはいないのだ。

 

 

「わー、きれーい。本当にダイヤみたいな輝き方をするのね」

「あ、あの……」

「髪の毛もすっごくキレイ。こういうのって漆黒っていうんだっけ?」

「……ぁぅ」

 

 

 右目をいろんな角度から見るために頭をシェイクされるかのように振られ、髪の毛を見るためにクルクルと独楽のように回転させられて、新しい玩具に夢中になる子供のように……あっ、名実ともに彼女は子供か。年相応な感じで、俺を振り回す彼女を止めてくれる者はいない。

 原作でのワガママぶりを知っている俺としては、変に抵抗して機嫌を損ねてしまったことで、庇護の話を取り消されては困るので抵抗らしい抵抗をすることが出来ない。

 俺を取り調べていたダルツォルネは、ひどく疲れた表情で何処かへと連絡を取っているようだし、横に控えていた侍女たちは巻き込まれないようにと、微妙に距離を取られてしまっている。

 

 結局、ネオンが一先ずの鑑賞終了ということで、区切りをつけてくれるまで俺は振り回され続け、終わったころにはグロッキー状態の俺は自力で立つことが出来ずに、その場で崩れ落ちるかのように座り込むことになった。

 

 

 ちなみに、ネオンの乱入前まで俺の足元にいたテトは俺を助けるためにネオンを攻撃しないようにと、部屋の外で待機してたスクワラの手によって、捕獲されていたらしい。

 事後に解放された彼は、グロッキー状態で座り込んでしまっている俺を元気づけようと、肩まで一息に上ってくると頬を必必なって舐めることで元気づけようとしてくれる。

 それで幾分か気分が上向きになってきたが、満足げな表情をしたネオンからの言葉で再び沈むことになった

 

 

「私、この子が気に入っちゃった」



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第27話「ユイとスクワラとエリザと……」

 途中でネオンの妨害があったものの、すぐに再開された取り調べから俺は何処かのスパイや殺し屋などの敵対者ではないことが証明された。

 旅団関係者であることを明かさないなら、俺はエミリアより弱いものの念が使える9歳の幼女に見えるだろう。 一人旅についても、エミリアから目的の一つであるキコ族を知る為にというのは伝わっているようだし、問題ないはずだ。

 ただし、これで「君の事は信用するよ」なんてことになるわけもなく。スクワラの支配下に三匹ものゴールデンレトリバーが俺を見張るかのように付き添っている。

 

 そう、彼らは俺を監視する役割を主人から仰せつかっているはずなのだが……

 取り調べから解放されて迎えに来るはずのエミリアを待っていたのだが、監視役のゴールデンレトリバーが俺をどこかで連れて行こうと服を咥えてきたことから始まる。

 

 この子らは普通の犬ではない。だから、この行動にも意味があって、例えば案内された先にでもエミリアたちいるのかもしれないと思い、連れて行かれるがまま歩いていき到着したのは屋敷の中庭であった。

 中庭には、放し飼いにされている他の犬達が思い思いに過ごしているだけで、エミリアの姿はもちろん誰一人としていない。

 ここで待てという事なのだろうか?と俺をここまで連れてきた子に訪ねてみようと振り返った瞬間、彼がタイミングよく俺にとびかかってきたところを目にしたのだった。

 

 

「君たち、おr―――私の監視役でしょう?」

 

 

 俺を仰向けに押し倒し、顔を執拗に舐めてくる監視役の一匹である赤銅色のゴールデンレトリバーに問いかけるも、返ってきたのは撫でてくれと言わんばかりの押し付けてきた頭による、頭突き。地味に痛い。

 この子に限らず、他の様々な犬種の子も近寄ってくると俺に向かってボディタックスを仕掛けたり、ロープを咥えた頭を押し付けて遊ぼうアピールをしたりと、何故か異様なほど友好的に迫ってくる。

 

 いや、何となくだが、心当たりがあるのだ。

 俺が犬の集団に埋もれているのに相棒であるテトが何の行動も起こしていないことが、その思いを更に強くしている。

 そんな彼は、監視役のもう一匹の綺麗なクリーム色のゴールデンレトリバーと会話をしているかのように、互いにお座り状態で向かい合っているのだ。

 

 テトの普段を見ていると忘れそうになるが、彼も分類上は魔獣である。

 この世界の魔獣は人間の言葉を操れる獣のことで、テトは子供だから話すことはないが俺の言葉をキチンと理解しており、他の動物ともコミュニケーションをとっているような行動をすることを見たこともあるのだ。

 となれば、彼から犬達に向かって俺についての何かしらを吹き込んだかもしれないのが、それも現在進行形で……。

 

 そう解釈をすれば、今の状況も理解できなくはない。

 大方、俺が危険な存在ではないとテトは犬達に伝えているのだろう。

 それがどうして俺を大勢で囲みもみくちゃにすることへと繋がるのかは理解できないのだが、一体テトは彼らに俺の事をどう説明したのだろうか?

 

 

「どうなってんだ、こりゃあ?」

 

 

 中庭の出入り口から男の驚く声が聞こえて、犬達に視界を塞がれる中で隙間から相手を確認すれば、この子たちの主人であるスクワラであるのが分かった。

 

 

「わぷっ……あの……助けてくれると、大変……ありがたいの、ですが……」

 

 

 時間が経つごとに、俺の視界が犬で覆われていく中で、どうにか救援要請を出すことに成功する。

 いや、冗談抜きで助けてほしい。

 9歳児の体なんて大型犬に囲まれれば簡単に埋まってしまう。犬に溺れて窒息しかけてるとか冗談でも笑えない状況だ。

 

 

「は?まさか、そこにいるのは嬢ちゃんか!?」

「……ん~っ」

 

 

 これ以上、下手に口を開けると毛やら何やらが入りそうなので、どうにかして右手を空に向かって精一杯伸ばすことで自己主張をしておく。

 傍目から見たら、犬の塊から伸びる幼女の腕とかホラーに見えそうであるが、当事者である俺には助かるのならどうでもいいことだ。

 

 幸いにも、すぐに状況を理解してくれたスクワラが犬達に“命令”することで俺はようやく新鮮な草の匂いのする空気を吸い込むことができた。

 ただ、髪はボサボサで、服は大いに乱れ、顔は犬の涎まみれと……第三者に見つかったら、駆け寄ってくるスクワラに冤罪がかかりそうな感じである。

 

 

「おい。大丈夫か」

「ん……何、とか……」

 

 

 さすがに自分の犬達のしでかしたことだからか、グッタリしている俺を抱き起すしてくれると、涎塗れになっている顔を手持ちのハンカチを拭ってくれる。

 顔を拭われるのは予想していたよりも恥ずかしくて、それを誤魔化すように手ぐしで適当に髪の毛を整えて、乱れた服は軽く汚れを払い落としてから直す。

 ――――こんなもんかな?

 

 

「はぁ。報告通りだな」

「?」

「ちょっと後ろ向け」

 

 

 スクワラは懐からシュシュのような物を取り出すと、適当に直した俺の髪の毛を手慣れた手つきで整え直すとシュシュを使ってサイド結びみたいな感じにセットしてくれた。

 片方に髪の毛が寄っているセットはしたことがないので、何となく気になってチョイチョイと触りつつ視界の端に映る淡いピンクのシュシュを見て、ふと思う。

 

 

「なんで、こんなの持ってるんですか」

「偶然だよ」

「……そうですか」

「お前、また変な誤解してるだろう」

「いえいえ、女装趣味があったんなんて思ってませんよ」

「誤解してるじゃねぇか!!」

 

 

 凄い良い人だ。

 初対面時に思い出した映像が衝撃的すぎたのか、自分でもビックリするほど揶揄う言動をとってしまうのだが、それを彼は軽く咎めはするもののノッてくれてコントのようなやり取りをしてくれる。

 

 なんというか、彼は接しやすいのかもしれない。

 旅団の皆が親戚の叔父叔母みたいなのだとすると、彼は近所の面倒見のいいお兄さんのような感じがするのだ。

 だから、つい軽口がでてしまうし、顔を触られても嫌悪感を全く感じることがなかった。

 

 ふと、スクワラがノブナガにダブって見えて心がモヤッとする。

 二人は似てるところなど何一つないというのに、ノブナガと一緒に生活していた時にした馬鹿話と雰囲気が似ていたからかもしれない。

 こんな小さなことで昔を思い出すとか、ホームシックなのだろうか……。

 

 

「……」

「おい。本当に大丈夫か?」

「……あっ、はい。大丈夫です」

「……ったく、ちょっと付き合え」

「え?きゃっ!?」

 

 

 ちょっと懐かしい気持ちに浸っていたら、何を思ったのかスクワラは俺を小脇に抱えると、数匹の犬へ合図を送ると、俺を抱えたまま何処かに向かって歩き始めた。

 テトは先ほど話をするようにしていたクリーム色のゴールデンレトリバーの頭の上に飛び乗って、俺達の後についてくるところを見ると、スクワラから悪意があるわけではないのだろう。

 

 とはいえ、俺はエミリアを待っているので勝手に何処かに行ってしまうのはマズイ気がする。

 中庭も、待ち合わせ場所から離れている場所だったから余計に心配だ。

 

 

「あの。エミリアを待ってるので、あまり遠くには―――」

「今、使いを送ったから問題ねぇよ。用が済んだら送ってやるから、付き合え」

 

 

 と言いつつ、脇に抱えて目的地へとドンドン進んでいる以上は、拒否権なんてない気がする。

 半ば強制的に二つ返事を俺の口から出させた彼は、たぶん使用人用だろう小さな厨房へと入っていく。

 すると、中には着物姿の女性がお茶の準備をしている最中であり、俺達の入室に気づいた彼女は男性が幼女を小脇に抱えているという状況に、驚いたかのように目を見開きながらも状況説明を要求してきた。

 

 

「スクワラ?……この子は確か……」

「エリザ、悪いが菓子とか貰えねぇか」

「もう……」

 

 

 今ので伝わったのか、彼女が戸棚に向かって行くを見届けると、スクワラは俺を近くにあった簡易的なテーブルの前にある椅子に座らせてから、先ほどのエリザと呼ばれた女性が用意していたお茶を勝手に使うと、俺の前にカップを置いた。

 色や香りからたぶん紅茶だろうが、ハチミツが入っているのか独特の甘い匂いが混じっていて、自然と頬が緩んだ。

 

 

「気に入ってくれたみたいね」

 

 

 紅茶の香りを楽しんでいるところに、エリザが横からショートケーキが置いた。

 さらに、ちゃっかりと俺の膝上に座って存在感を見せていたテト用にと、クッキーを数枚載せた皿を脇に用意してくれる。

 そうして気がつけば、俺を挟むように左右にスクワラとエリザが席について、俺と同じようなお茶セットを目の前に置いている。

 

 どうやら、俺は彼らのお茶会に招待されたよう。




忙しくなってきたので、次回以降は隔週投稿か完全不定期投稿になるかもです。
さすがに、年刊や月刊にはならないですが……ホントウダヨ


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第28話「ユイとスクワラとエリザと……2」

 虹色の瞳を持つ掛人が幼子をつれて

 貴方の住み処へと戻ってくるだろう

 幼子には住み処の一部を与えるといい

 貴方を死神の鎌から守ってくれるから

 

 

 

 

 ユイが退出した後の執務室で、ダルツォルネは自身の情報が書かれた紙に“一つだけ”ある詩を無言で見つめていた。

 

 本来であればボディガードである彼が占ってもらうことなどないのだが、先日ネオンを狙った襲撃者達を撃退する際に少なくない人員を失ってしまったことを原因として、特別に実行されたのだ。

 というのも、失った人員の補充できるほどの信用と実力の両方が揃った人材など簡単に見繕えるはずもなく、かといって今週末にはネオンが楽しみにしているオークションが始まるので、早急に準備を整えなければならないといいう短すぎる期限付きである。

 一度、護衛不足を理由にして予定のキャンセルを進言したのだが、少なくない物損と多大な精神疲労だけが残るだけに終わった。

 その後、組頭であるライト=ノストラードも説得に失敗した為に、「こうなれば……」とネオンの占いを利用して状況の改善を図ることになった。

 

 ほぼ未来予知と言って問題ない精度を持っているネオンの占いだが、ピンポイントで占う事は出来ないためダルツォルネはあまり期待をしてはいなかった。結果が見るまでは……

 

 詩が一つだけということは今週までの命という事になり、状況からしてオークションでの護衛中に死ぬという事が予想できた。

 そうして考えると、先ほどエミリアが連れてきた少女が、ダルツォルネの命を救う重要人物ということになる。

 

 以前より、少女の保護をエミリアより要望されていたので身辺調査を行ったのだが、“自称”流星街出身という言い分が正しいかのように、偽名であろうユイ=ハザマと名乗る少女には社会的存在証明できるものが一切なかった。

 こんな人材は犯罪にはうってつけだ。となれば他の組からの刺客かと思ったが、偽造パスポートの入手経路や金の流れからマフィアの痕跡はなかったし、そもそも侵入方法がお粗末すぎるし占いの内容からしてノストラードファミリーに敵対的な存在とは思えない。

 

 最終的にダルツォルネ自ら取り調べを行ったが、嘘は言わないものの全てを語らず、かと思えば年相応な言動をとるというチグハグな人物像が分かっただけで、“クロ”か“シロ”の判断をつけられるものではなかった。

 念のためスクワラにオークションの日まで監視と世話の指示を出したが、ほぼポーズのようなもので、ネオンのお気に入り宣言が出た以上は手元に置いておくほかない。

 

 

「占いの結果とはいえ、あんな年端も行かぬガキが俺の命を救うことになるのか……冗談でも笑えんな」

 

 

 自身の現状に一笑いしたダルツォルネは、取り調べの為に止めていた仕事を再開すべくペンを手に取った。

 

 

 

**********

 

 

 

 テトはケーキとクッキーへ鼻を近づけてヒクヒクとさせたかと思うと、俺を一瞥してから美味しそうにクッキーを頬張り始めた。

 こういう時の彼の嗅覚は信用できるので、俺も出されたショートケーキを一口サイズしてからパクリと……。

 

 

「……美味しいっ」

 

 

 そういえば、ここ最近は薬を抜くためだとか何とかで病院食や果物しか食べていなかったから、久しぶりの御菓子というか糖分増し増しのスイーツだ。

 この体になってから甘い物が異様に美味しく感じられるから、意識してても顔がフニャっとふやけてしまうし、フォークがケーキと口の間を忙しなく行きかうのを止められない。

 

 

「そんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるわ」

「うん。すごく美味しい!」

「お代わりは、必要?」

「欲しい!」

 

 

 ふやけたのは顔だけでなく頭も相当にふやけているのだろうか、エルザとの会話で気を付けていた言葉遣いが崩壊し、お代わりの提案に対して脊髄反射で言葉が出てきてしまう。

 これでは見た目相応な子供だ。ダルツォルネとの対話から侮られないよう言動に注意していたいというに、これでは台無しだ。

 紅茶を飲んで口の中や頭に広がっていた甘さをリセットして、落ち着かなけれ……あっ、二個目はチーズケーキだ!

 

 

「はい。そこの子にもお代わりを用意したわ」

「ありがとうっ」

 

 

 空になった皿に残っている欠片を舐めとっていたテトは、追加で出てきた追加のクッキーに尻尾が千切れんばかりに左右に高速で振りながらクッキーへと突撃していく。

 俺の前にもチーズケーキが置かれると、食べようとする前に顔にクリームでもついてしまったのか、エルザがナプキンで俺の口周りを拭いてくれる。

 

 

「まるで別人だな」

「??」

 

 

 大人しくエルザに世話をしてもらっていると、スクワラが小さな笑い声と共に俺を見ながら呟いていたので、意味が分からず穏やかな顔でこちらを見ている彼を眺めていたのだが、拭いづらかったのだろうかエルザに顔の向きを強制的に修正させられる。

 なんか、最近の俺ってこういう事されるのが多くなってる気がする。

 

 それよりも、顔を拭われることで結果的にお預け状態だったので「よし」というエリザの言葉と同時に、出されていたチーズケーキへ挑みかかる方が重要である。

 食べられる内に食べておくとは、野生に身を置くものとしては常識である。野生ってなんだ?

 

 そうして、エリザにお世話されながら食欲に従って飲み食いすること十数分……

 

 

「……ごちそうさまでした」

「はい。お粗末様でした」

 

 

 冷静(?)さを取り戻したのは、4つ目のケーキを食べ終わったあたりであった。

 とはいえ、その後も1つケーキを平らげたので、ちゃんと冷静になっているのは今なのかもしれないが、できればもっと早く自分を取り戻したかった。

 

 

「……けふっ」

「ふふっ、たくさん食べたんだから仕方ないわね」

 

 

 まだ食べている人がいる前で行儀悪く″おくび”が出てしまったが、エルザは笑って許してくれ、スクワラは苦笑しながらも紅茶を口にしている。

 

 ケーキを夢中で頬張ったり、満腹だからと“おくび”を出したりと、色々とダメな部分を見せすぎてしまった。

 テーブルの上で仰向けになり、でっぷりと膨らんだお腹を見せながら満足げに居眠りをしているテトが羨ましいと同時に妬ましくも思える。

 

 

「えと……何か、私に話があったんでしょうか?」

 

 

 幼い子を見守るかのような慈愛の視線を二人から注がれている状況を動かすために、とりあえず俺をここ理由を聞いてみる。

 

 ついさっき思い出したのだが、スクワラとエルザは原作では恋人同士だったはずだ。

 そこで、犬と彼女を養うために転職を云々とスクワラが悩んでいたところを考えると、それなりに長い付き合いだっただろうから、そこから1年と少し前の現在なら既に恋人同士になっているはずだろう。

 となると、デートの時間に俺がお邪魔していることになる。そんな人の恋路を邪魔する最低野郎……じゃなくて最低女郎とはなりたくないので、さっさと要件を済ませてお暇するとしましょう。今更な気がするけどね。

 

 

「少しの間、嬢ちゃんは俺と一緒に行動してもらう」

「エミリアは?」

「アイツはアイツで仕事をしてもらうから、ずっと一緒にはいられない」

「分かりました」

 

 

 要は「信用できないから監視をつける」という事なのだろう。

 覚悟はもちろんしていたので驚きや動揺はない、そもそもノストラードファミリーに対して邪な考えを持って接近したわけではないのだから、当然といえば当然だ。

 問題があるとすれば、マチへの連絡はメールになってしまう事だろうか。せっかくの旅団の皆との会話を楽しめる時間だったのに……。

 

 

「私も一緒にいるから、男には聞けないことがあったら、言ってね」

「え?あっ、はい」

「ふふっ、何だか子供が出来たみたい」

 

 

 そういって嬉しそうに俺の頭を撫でるエルザの手付きは、旅団の中で特に良くしてもらっているフランクリンやマチなどが偶にしてくれる“良い子良い子”と似ていて、ようやく収まった脳内のふやけ具合が再発してフニャ~っと、はにかむ様に顔が崩れてしまう。

 

 

「何、この可愛い生き物っ」

「うひゃん!?」

 

 

 何かにツボったのかエルザが何やら独り言を呟くと、俺を抱き寄せて膝の上に座らせるとペットを愛でるかのように撫でまわし始めた。

 というか、脇腹とか弱いから触らないd――――

 

 

「こちょこちょ~」

「ひんっ!?ちょっ、やめ、あははははははっ」

「……女三人寄れば姦しい。っていうが、二人でも十分だな」

 

 

 スクワラが呑気に現状分析をしながら紅茶を飲んでいるが、暇そうにしているなら助けてくれ!

 エルザは、あんたの彼女だろうが!!―――あっ、待って!そこは卑怯―――――っ

 



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第29話「ユイとスクワラとエリザと……3」

「……す、スゲェな」

 

 

 スクワラの引きつったような声と唖然としているエルザを背後から感じつつ、俺は中庭にいる犬30匹(+テト)それぞれに1体ずつ宛がった30体(+テト用)のヒスイが低空飛行で犬から逃げる様を、自分視点の左目と各ヒスイの視界を映す右目の双方で確認していた。

 そして、自動操縦(オートパイロット)で逃げている為に捕まりそうになっている個体を、一時的に手動操縦(マニュアル)にして回避を行ってから戻したりなどの調整を行っている。

 傍目からは、60匹を超える犬と鳥が中庭を所狭しと走ったり飛び回っていたりしているサーカスより派手な状況として見えている事だろう。

 

 こんなことをしているのには、当然ながら訳がある。

 ケーキをお腹いっぱいに食べてしまった俺に、スクワラが「腹ごなしに」という誘い文句で中庭に誘ってきたことから始まる。

 さすがに先ほどあったことを体験して覚えているので、案の定というべきか構ってもらおうと津波のように迫ってきた犬達に対して、ヒスイを顕現させて犬達の眼前を横切らせるようにして飛ばせることで興味の対象を変更させることに成功させて“犬波”に呑み込まれるのを防いだ。

 

 しかし、ここで誤算が生じた。

 

 スクワラに調教されていた彼らは、こちらが想定した以上に速くて連携が取れていたのだ。

 なので、顕現させたヒスイが1体で自動操縦(オートパイロット)だったとはいえ1分もせずに捕獲されてしまう。注意を逸らす目的だったので極少量のオーラしか込めていなかった為に、捕らえられたと同時にガラスが砕けるようにして消えてしまった。

 

 自分の部下(犬)が相手の部下(念獣)を軽く倒して見せたことで、「俺の部下が優秀でごめんねぇ~」とでも言いたげなドヤ顔に、カチンと俺の頭の中で何かが着火した。

 「子供相手に大人げない」という俺の売り言葉に、「都合の悪いときだけ子供扱いして欲しいのか?」の買い言葉で返されて事で、エルザの主にスクワラに向けた呆れた視線と溜息を背景に軽い言い争いが起きた……というか、軽い挑発に乗せられてしまった。

 そんなことがあって、勝負という形で今現在の状況へとなったわけである。

 

 こちらの実力を測る目的だったことは、多数のヒスイから周囲に設置されているカメラや中庭を注視している人影などの視覚情報から分かった。

 とはいえ、複数の念獣を使役できることはエミリアとの対決の時に露見しているので、複数から多数に情報が変更される程度だろうし、これに関してはヒソカのように知られたところで問題にはならない。

 

 

 しかし、実力を測る為の相手が犬っころとは……。

 ふっふっ。俺が本気になれば犬っころ相手なんて、こんなもんよ!

 ヒソカを相手に―――

 

 

「ドヤ顔してなくても、その表情で何考えてるか分かるわよ」

「ひあっ!?」

 

 

 いつのまにか隣に移動して目線を合わせるように屈んだエルザが、こちらを覗き込みながら苦笑しつつ声をかけてきたので、思わず喉の奥から変な声が出てしまう。

 そして、俺の動揺が反映したのかヒスイたちの動きが鈍ったことで約半数が犬達に捕まり砕け散る。

 

 戦うためではなかったとはいえ自動操縦(オートパイロット)や視界共有などの能力を付与した為に少し多めにオーラを込めていたのが災いした。

 一度に半数が失われれば失血量はそれなりになるので、必然的に貧血からくる立ち眩みと軽い脱力感から崩れ落ちるように座り込んでしまい。同時に生き残っていたヒスイが霧散して、それらを追っていた犬達が驚いたり混乱したりと少し周囲が騒がしくなる。

 

 

「え?ちょっと、大丈夫!?」

「だ、大丈夫……です」

「嬢ちゃん!?」

 

 

 突然の俺の急変に、エルザが座っているのも苦しくて倒れそうになる俺の体を慌てて支えてくれながら、心配そうに声を掛けてくれる。

 大丈夫だと答えようとしても息苦しさから強がりにしか聞こえず、実際に冷や汗が出てきたりして時間経過と主に症状が重くなっていく。

 ポケットに入っている造血剤へと手を伸ばそうとするが、医師からの安易な使用は厳禁という言葉と、自分の弱点が知られることになるという事から躊躇してしまう。

 

 そんな葛藤している俺を、後ろから駆け寄ってきたスクワラが自然に抱きかかえると、いつの間に来たのかエルザと同じ格好をした女性が数人いて、そのうちの一人が先導するかのように俺達を案内し始めた。

 エルザの方にも似た格好の人が近づいて、「貴方はこっちよ」と別の場所へと案内されていくのが、スクワラに抱えられながらも通路に入るまで見えていた。

 

 そして、朦朧として抱えられるがままの俺の周囲はあれよあれよという間に変化していき……

 

 

「貧血持ちなら、最初からそう言ってくれ」

「すみません」

 

 

 一般サイズ―――幼女サイズの俺にとってはビックサイズ―――のベットに寝かされている俺は、隣で椅子に座って盛大な溜息をつくスクワラに謝罪していた。

 ちなみに、テトは俺がぶっ倒れることの多さに慣れたのか最初の時は心配そうにしていたが、今は枕横で丸くなりながら寝息を立てている……まあ、耳が立っているので完全に寝入ってはいないようだけどね。

 

 この部屋に運び込まれて、すぐに訪れた専属医師のような女性から貧血だと診断された俺は、とっさに「よく貧血になるんです」という設定を作り出して“念の制約”についての隠ぺいを図った。

 エミリアは俺の入院理由を「違法薬物の多用による副作用」だと思っているようなので、そこを理解しつつ“貧血”という設定を組み込むことは難しい事ではない。

 

 

「まだ少し、顔色が悪いな」

「……んっ」

 

 

 少し寒気を感じていた時にスクワラの温かい掌が額に置かれたので、程よい温かさに喉の奥から音が漏れる。

 

 ふと、スクワラが俺に触れる様子がノブナガの姿とダブって見えた。

 その幻覚を見て、この世界で生きていく事になった最初のうちは生活環境のすべてが激変したことに身も心も対応しきれなかったために、その不安定さが体調に影響されて週一で寝込む時期があり、ノブナガに少々乱暴ながらも看病をされていたことを思い出して、懐かしさに頬が少し緩んだ。

 

 

「……夕食まで時間があるから、寝てろ」

「分かりました」

 

 

 俺が思い出し笑いをしたことに何を感じたのか、スクワラは頭を軽く振ると俺に眠る様に言いながら頭を一撫でしてから手を離すと「ちゃんと寝ろよ」と釘を刺してから部屋を出て行った。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 他人がいなくなった自分とテトだけの部屋で、無意識に張っていた体の力を溜息と共に抜くと柔らかいベットに体が沈み込む様な心地よい感覚が全身を包み込んだ。

 それに合わせて少しボヤけていた思考が霞みがかっていくとともに瞼も重くなってくるが、眠る様に言われているので特に抵抗することなく睡魔へ身を委ねていく。

 

 

 そういえば、ネオンは別としてダルツォルネにスクワラ、あとエルザもだが俺に対して大小の違いは有れど好意的な接し方をしてくれていた気がする。

 エミリアと同じで特異な存在であり、子供だから囲い込もうとしているのだろうか……ぁぁ、ダメだ。睡魔に身を委ねた状態での考え事なんて、できる、わけが……



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第30話「おはようの一幕」

 翌日の早朝。

 日の出とともに目が覚めた俺は、枕もとで眠っているテトを起こさないように静かに起き上がると、自分の体をへと意識を向けた。

 昨日の貧血が原因である体調不良は、食事と睡眠を十分に摂れたことで体の奥にダルさが少し残っているものの、日常生活を送るのに何ら問題のないレベルまで回復できているようだ。

 

 そこで、軽い訓練も兼ねてヒスイを十体ほど即座に顕現させて部屋の中を飛び回らせてみる。

 

 

「よし、問題ないな」

 

 

 不具合なく部屋中を飛び回っているヒスイの存在を確認しつつ、幼女体型には大きすぎるベッドから飛び降りると、傍のテーブルに置いてあるカバンから適当に服を取り出して着替えるために、貸し与えられた白いワンピースタイプの寝間着を脱いで一糸まとわぬ姿へとなる。

 

 ……いや、別に露出狂とかじゃないよ?

 具合悪い時に、ショートとかのピッタリと張り付いて締め付けてくるような感じが嫌だったから穿いてないだけだよ?

 というか、全裸で寝るとかいう人がいるって聞いたことあるんだから、俺の行動は変ではないよ!

 

 誰にしているのか分からない言い訳を頭の中で並べたてつつ、カバンからシャツを取り出した瞬間。

 ガチャリとドアが開く音に条件反射的に、服を横に投げ捨てることで両手をフリーにしつつ音の発生元へ正面から向かい合おうように身構えてしまった……全裸のままでだ。

 

 

「「……」」

 

 

 ドアを開けた人物---スクワラ---としても、ドア向こうに全裸の幼女がいるとは予想していなかったのか、ドアノブを握ったまま固まっていた。

 とはいえ、彼の視線は俺のつま先から頭のてっぺんまでをマジマジと眺めていることは視線の動きと感じる視線から分かった。

 そこでやっと、俺は他人に裸を見られているという状況が理解する。

 

 裸自体はノブナガに見られたことは何度かあったが、それは見られてしまうという心の準備を済ませてからのものだ。

 今のようなラッキースケベ的な不意打ちは初めてのことで、理解した瞬間に顔が発火しそうなほどに熱くなっていき、対照的に体は凍り付くような寒さに晒されたかのようにプルプルと小刻みに震えていく。

 

 

「いや、その、嬢ちゃん……」

「でっ……でて」

「ででて?」

「出てけー!!」

「あぶねぇええ!?」

 

 

 両手を上にあげて“降参のポーズ”をとりつつ弁明の言葉を探すスクワラの行動が起爆剤となって、俺の感情が爆発した。

 突発的に部屋の中を飛び回っていたヒスイ全てを、スクワラ排除(物理)のための突撃命令を下す。

 

 しかし、運が良い事に少しずつ後ずさりしていた彼は紙一重でヒスイ達の攻撃を回避すると、扉を大急ぎで閉めることで簡易的な盾にするとともに必死さが伝わるような声で、俺に対して許しを請うてきた。

 

 

「待ってくれ。ノックもなしに入ったことは悪かった!」

「謝って済むなら、警察は要らない!!」

「うおぉおぉっ!?」

 

 

 屋敷の備品を壊してはダメだという、微かに残る理性からヒスイによる扉の破壊という選択肢を破棄した俺は、代案としてハクタクを三体ほど顕現させて扉をすり抜けさせることで向こう側にいるスクワラを捕縛しようとするが、彼はオーラで強化した手刀によってすべてが斬り倒してしまった。

 

 幸いにも、感情の勢いに任せた稚拙な念獣だったために制約による失血量は僅かであったが、軽い立ちくらみでバランスを崩してベットへと倒れこむととみに、高ぶっていた感情がシオシオと萎んでいく。

 

 ハクタクの襲撃以降、アクションがなくなったこと俺が落ち着いたと理解できたのだろう。今度はキチンとノックをして、入室の許可を得てから部屋へと入ってきた。

 ちなみに、俺は寝間着姿に逆戻りしている。

 

 

「本当に悪かったな。俺の不注意だった」

「いえ。こちらも驚いたとはいえ、攻撃してしまって、すみませんでした」

 

 

 俺のような子供に対しても、ちゃんと頭を下げて謝罪する彼の態度に好感を覚えつつ、ラブコメのようなラッキースケベに対しての容赦のない攻撃をしてしまったことを謝罪した。

 ああいうのは、爆発に巻き込まれてもアフロヘアになるだけで済むような補正空間であることが大半であって、この世界にはそんな都合のいい補正はないので、攻撃が通っていれば大ケガをさせてしまったかもしれないのだから……。

 

 少しの間、お互いに謝罪をし合うという日本人のような事を行った後、スクワラは早朝に俺のいる部屋へ来た目的を話してくれた。

 

 

「ネオンさんの、護衛ですか?」

「そうだ」

 

 

 オウム返しのように聞いた言葉を口に出した俺に、彼は茶化すことなく聞き間違いではないことを確認してくれた。

 とはいえ、聞いた言葉通りとなると当然の疑問が出てくるわけで……

 

 

「あの……昨日今日、来たばかりの私が重要人物の護衛っていうのは、問題ないんですか?」

「もちろん問題はあるが、ボス直々のご指名だからな諦めてくれ」

「ぇ~……」

「護衛といっても俺がほとんど対応するから、厳密には嬢ちゃんはボスの話し相手をしてくれるだけでいい」

「それって……」

「汚い言い方だが、居候の身ということで引き受けてくれ」

「別に嫌だというわけではないので、そんな言葉を引き合いに出さなくても手伝いますよ」

「そうか!!いやぁ、色々と悪いな!」

 

 

 異様に喜ぶ彼に若干の違和感を覚えつつも「詳しい話は朝食の後だ」ということで、寝間着のまま行くわけにもいかないので着替えるために部屋を出て行ってもらった後、外に人を待たせているということでTシャツにハーフパンツとラフすぎるかもしれないが、スピード重視ということで簡単に着替えて―――もちろん下着は着用してる!―――から、毛づくろいなどで身だしなみを整えたテトを肩に乗せてから朝食を摂るためにドアへと向かっていった。

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「……朝食を食べるはずだったと思うんだけどなぁ……」

「こら。頭を動かさないの!」

 

 

 朝食を食べようとしていたら、いつの間にか美容院に来ていた。何を言ってるいるのか云々……と、ネタとして多用されている例のセリフを脳内で呟きつつもエリザが手慣れた手つきで俺の髪の毛を整えていくのを、鏡越しに眺める。

 

 まあ、少し考えれば分かることだ。

 ここ最近は入院生活が続いていたために髪の毛を弄ることなんてほとんどしていなかったので、生前の寝癖などつきようがない短い髪であった時の要領で行動してしまっていた。

 退院の時も、エミリアが嬉々としてヘアセットをやってくれたので、数か月ほど“女”として髪の毛を整えるということをしていない。

 生活の一部分となるまで習慣化していなかったので、忘れてしまっていることとかが色々とありそうだ。

 所々に寝癖からピンッと跳ねていたりしていた俺の髪の毛を、ヘアアイロンを使って器用にキレイなストレートへと整えていくエリザの手際の良さはすごいので、時間のある時に教えてもらうとしよう。

 

 

「時間がないから、今回はこれくらいが限界ね」

「ありがとうございます」

「すごく綺麗な髪の毛なんだから、ちゃんと手入れをしないとダメよ。この後は忙しくなるから難しいけど、今度にでも時間を作って教えてあげるから!」

「は、はい……」

 

 

 ガシッと俺の両肩を掴み、鏡越しに俺を強い視線で射貫くエリザに、俺は上ずった返事をすることしかできなかった。

 

 そういえば、マチやパクも俺に“女性”としての身だしなみについて教える時に、似たような雰囲気を醸し出していしたような気がする。

 ……はっ!雰囲気が同じってことは、あの地獄のようなレクチャーを彼女も行うかもしれないってことか!?

 

 すごく逃げたい!超逃げたいんですけどーーー!!



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第31話「予期せぬ再会」

 朝食後。

 スクワラの言葉通り、ネオンの護衛として同行するための準備をすることになったが、俺は当然のように護衛計画に加わることはないので準備といっても、現在の服装を外用に変えるだけである。武装?前世も含めてリアルの銃なんて撃ったことも持ったこともない。

 

 さて確認だが、俺が所持している服は機能性重視で見栄えは絶望的である。

 パクから餞別として貰った服も、俺の性格を理解しているからか一人では絶対に着ることのない女の子らしいものではなく、落ち着いた色合いのレギンスにシャツの一式だけであり、オークション会場などのイベントに入場できる所謂“余所行き用”の服がない。

 となれば、ノストラード組から貸与なりするしかないのだが、そんな状況になれば動き出す人物を俺は三人も知っていて、なおかつ彼女等から逃げることなどできないことも知っていた。

 

 

 その結果……

 

 

「ん~、この格好だと綺麗な黒髪に合わないわね」

「ユイちゃんの肌は白くて綺麗なんのだから、もっと見せないとね!!」

「下着のラインが出ないように、こっちを……」

 

 

 もうやめて!!

 俺のライフはゼロよ!というか、マイナスだよ!!

 

 

――――――――――

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「……とりあえず、ご苦労さん」

「……ぁぃ」

 

 

 スクワラの適当感が溢れる労いの言葉に、椅子に座って白くなっている俺は力の抜けた返事を返すことしかできない。

 本当は寝転んでボロボロになった身体&精神ダメージを回復したいところなのだが、エミリア、ネオン、エリザからなる俺をコーディネートした女性陣がセットした髪や服を崩すわけにはいかないので、座った回復をするしかない。

 というか、今のセットされた状態を崩そうものなら、また“お人形さん”として全部を見られたり弄られたりされるのことは確実なのだから、せめて会場に到着するまでは状態維持を完璧にしておかなければならない。

 

 ちなみに俺を弄んだ彼女等は、自分達の着替えのためにスクワラに後を任せて席を外している。

 

 

「それにしても、女ってのは本当に化粧や衣装だけでここまで変われるもんなんだな」

 

 

 着飾った女性(幼女)を褒めることができる男の言葉に、脇にあった姿鏡に映る自分を見る。

 肩が隠れる程度の袖がある濃紺のショートラインドレスに、指輪を隠すための透ける模様?入りの黒いグローブ、右目を隠すための黒い眼帯。ついでに、疲労からくる気だるげな表情をする黒いストレートヘアの幼女。

 

 

「……場所が場所なら、厨二病乙とか言われそうですけどね」

「ん?」

「いえ、なんでも」

 

 

 この世界に“厨二”という俗語が存在するか分からないので、スクワラの疑問の声をする―しておく。

 自分から黒歴史を作るということは、俺はしないのだ。

 その後、餌付けなのかジュースやお菓子を貰って服を汚さない様に細心の注意を払いつつお腹の中へと収めていると、着飾った女性陣が部屋へとやってきた。

 

 俺のボギャブラリーの乏しさから、細かい説明はできないが、まあ三人ともよく似合っていた。

 エミリアとネオンは、某映画祭の赤い絨毯を歩く女優のようだったし、エリザは付き人ということで控えめな感じではあったが十分に綺麗で、スクワラが彼女を見て見惚れていたのが俺でも分かった。……リア充爆発しろ。

 

 

「それじゃあ、いこうか。ユイ!」

「……はい」

 

 

 花の咲くような笑顔で両手を広げるネオンに、若干引きつつも傍に寄って、案の定というか抱き上げられた俺は、自分がいる世界が“どういう場所”なのかを完全に忘れていた。

 実戦が試合形式を含めたとしても、数か月以上も行わず。習慣化した基礎の修行はラジオ体操のような感じへと変貌してしまい。バトル漫画でいう戦場の感覚なんてものは完全に風化した。

 

 それを俺は、会場に響き渡る銃声で強制的に自覚した。

 

 オークション進行中に黄色いバンダナを巻いたテロリストが銃をもって乱入したことで、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果てている。

 幸いというべきか、VIP扱いであったノストラードファミリーは一般客から離れた場所にいたために、一般人用の出入り口から乱入したテロリスト達が巻き起こす騒動に巻き込まれるまでに結構な時間的余裕を得ていた。

 

 当然、そんな宝石よりも貴重な時間を無為に過ごすほど、ネオンの護衛団の面々は無能であるはずもなく。

 ダルツォルネの指示のもと、予め確認していた脱出ルートを先行偵察に数名ほど派遣しつつ、ネオンとエミリアそして俺の三人を中心にして周囲を護衛が囲む典型的な防御陣形を摂りつつ出口へと向かい。外には通信機を使って、出口付近で待機させていた人員に周囲の安全確保を厳命していく。

 

 流れるように進んでいく事態に、ネオンの精神安定のために抱きヌイグルミとなっている俺は貸与されていたポーチに隠れていたテトを抱きしめる……フリをしつつ、ハクタクを10体ほどを自分を中心として周囲へと索敵のために放って確認をしていた。

 眼帯をしているために視界が塞がれていたので、会場についてからネオンやエミリアがオークションに夢中で若干放置気味だったこともあり、暇つぶしを兼ねて周囲を探検していたハクタクを周囲警戒へと流用しているので、おそらく誰も俺が念獣を捜査していることに気づいていないだろう。

 

 だからこそ、俺が誰よりも早く“ソレ”に気づけた。

 

 

「っ!!……壁から離れて!!」

「は?」

 

 

 懐かしい感じのオーラを探知した俺は、すぐにその大きな力がこちらに向かってきていることに気づいて、即座に警戒の言葉を怒鳴った。

 しかし、スクワラやダルツォルネなどの“それなりに”事情を知っている人以外は、俺を“ネオンお気に入りの玩具”として見ているのだろう。前者達が即座に反応したのに対して、後者の人たちの行動は鈍かった。

 それでも時間にして、1秒もあるかないかの差で動いたくれたので柔軟性のある人たちであるのだろうが、その1秒程度の差は生死を分けるには十分すぎるほどの差で……

 

 

「ぎゃっ!?」

「ごはっ!?」

「ぶg……」

 

 

 壁を“破砕”して俺たちの方へと殺到してきた“念弾”は、逃げ遅れた護衛の人たちを文字通り“消し飛ばし”ながら、護衛団の中心にいたネオンへと迫ってきた。

 ダルツォルネが自身を壁とすべく念弾とネオンの間に入ろうとするが、それよりも早く1秒以上の余裕があった俺が展開させた防御力重視のヒスイを某ロボットが装備しているシールドビットのように、必中コースの念弾だけを選択してぶつけていくことで無力化させていく。

 

 

「なっ!?」

「早く指示を!!」

 

 

 ダルツォルネは、自分が受けるはずだった攻撃がすべて無力化されていることに理解しきれていないのか、盾になるように構えたまま固まってしまっていたが、俺が声を荒げてると、押し倒すことでネオンを攻撃から守ろうとしていたエミリアとともにネオンを守りつつ、動き始めてくれる。正直、これ以上は念弾の嵐を防ぎ続けていける自信がない。

 それに、懐かしい感じのオーラを纏って、こんな攻撃をしてくる人物を俺は知っている。

 そして、予想通りの人物であれば、俺が勝てる見込みは……

 

 

「っ!?きゃあああっ!」

「ユイ!!」

 

 

 戦闘へ向けていた思考が少しズレた瞬間を狙いすましたかのように、今まで防いできた念弾に紛れて一回り強力な念弾が数発、俺を狙って放たれた。

 防御用のヒスイを対消滅目的で体当たりさせるも、減衰させることしかできず咄嗟に急所を手足でガードすることで攻撃を受け止めるが、衝撃で近くの壁へと吹き飛ばされてしまう。

 

 

「……やっぱり、お前だったか」

 

 

 自分の背後で破壊された壁の残骸が崩れ落ちる音に搔き消されてしまうほど小声だったが、確かに聞こえた懐かしい声は、いつもは暖かな声色をしているのに、今はとても冷たい。

 

 

「……フランクリン」

 

 

 いつも優しくて頼りになる大男は、背筋を凍らせるかのような冷たい視線と指先の銃口を、俺へと向けていた



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