「姉」になった「先輩」 (syuutoyoisyo)
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1話

 6時になると、もう太陽は地平線へ沈んてしまい、夜も半袖1枚では寒くなるであろうこの季節。私達は大型キャンサーを討伐することに成功し、31Aと30Gの12人で祝賀会を上げることにした。フレーバー通りにあるカフェを集合場所にして、前みたいに貸し切りにしてみんなで遊んだりするつもりだ。私はみんなよりも一足先にカフェに到着して、みんなが来るのをエスプレッソを飲みながら待っていた。今日の祝賀会では、どうやら蔵が遊びを持ってきてくれるそうで、少し楽しみにしていた。エスプレッソを一口すすると、31Aと30Gが途中で合流したのか、11人がそろってカフェに入ってきた。私はエスプレッソが入ったカップを机に置いて、みんなの方を向いた。すると、後ろから月歌が私の元へ走って私の方に向かってきた。机で勢いを止めたから机が少し揺れた。

 

「来たよ、ユイナせーんぱいっ」

「ああ、みんなも今日はありがとう。ジュースをもって、1つの場所に集まってくれないか」

 

 みんながジュースをもって私の元にやってくる。みんながどのジュースを飲むかをがやがやしながら話している。そんな祝賀会なら当たり前の事を遠くから見ることで体から力が抜けていくような気がした。部隊長としてしっかりしていなければならないという事から離れられて、何より、みんなが笑っているのを見るのが、一言で言うと、幸せだった。

 ジュースが置いてあったテーブルをぼーっと眺めていると、誰かが私の体を揺すってきた。はっとして、後ろを見ると、桐生が私を心配そうに見ていた。

 

「白河さん、大丈夫ですか…?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

「何か心配事でもありましたか?」

「いや、みんながこうやってワイワイしているのを見ていると、緊張がほぐれるな…」

「…ふふっ。いつもの白河さんですね」

「こんな時間がいつまでも続けばいいのにな…」

 

 桐生の目を横目で見ていると、月歌が私の方を見て、早く乾杯しろという眼差しをしていた。

 

「それじゃ、みんな。乾杯!!」

 

 グラスが頭の上でぶつかり合って、蛍光灯で光がジュースによって反射している。こうして、祝賀会が始まった。

 

 祝賀会が始まってしばらくして、みんなが語り合いたいことを言い出しつくしたとき、蔵が手をたたいた。みんなは蔵の方に注目すると、蔵はニヤニヤしながらテーブルの真ん中に穴の開いた箱を置いた。

 

「さて、ゲームといくかね」

 

 月歌は不思議そうに蔵を見ていた。

 

「蔵っちどうしたの。大抽選会でもするの?」

「まぁ、半分正解で半分不正解だよ。パーティーで盛り上がる遊びと言ったらこれってものがあるでしょ?」

「ああ、パイ投げか」

「ちゃうわ、バラエティー番組じゃないんだから、パイ投げまくって顔とか服とか汚れてパイを投げつくしたときの空虚感が恐ろしくてたまらないよ」

「じゃあ何するんだよ」

「パーティーで盛り上がるゲームと言ったら…『王様ゲーム』」

「おおっ! 蔵っちにしてはいいアイデアじゃん」

「『蔵っちにしては』は余計な一言だよ…」

「王様ゲームって…何?」

「まずくじを引いて、王様を決めて、王様は番号を指定してその番号を持っていた人に何でも指図することが出来ますの」

「何でもって、何でもええんか?」

「うむ。上下関係は一切ない」

 

「割り箸を6本用意して、綺麗に割って、1本は『王様』、残りの11本には番号を書く。その割り箸を箱の中に入れて…さ、引いておくれ」

 

 みんなは蔵に言われた通りにくじを引いていく。私は残った1本を引いた。

 

「全員で『王様だーれだ』って言ったら、王様になった人は名乗るんだよ。じゃあ…」

 

「「「王様だーれだ」」」

 

「わ、私よ…!」

 

 手を挙げたのは東城だった。

 

「つかさっちは何をしてもらうの?」

「してもらうって、王様が何番に~って言ってもいいの?」

「勿論。王様だからねぇ」

「つかささんは何をお願いするの?」

「東城、お願いだから、最初は優しめであってくれ…?」

「そうねぇ…このカフェ、コスプレ部屋があるの知ってるかしら」

「え⁉ そんな部屋あるの⁉ 何回も言ったことあるのに知らなかった!!」

「だから、『5番が可愛いコスプレをする』。どう?」

 

 私は6番だ…助かった。みんなは5番は誰なのかをワクワクして待っていた。しかし、誰も出てこない。私も少しばかりかドキドキして周りを見渡すと、隣にいた小笠原が静かに手を挙げた。

 

「わ、わたしが5番ですが…」

 

「じゃあ、小笠原ちゃんがコスプレ決定だね」

「ま、待ってください…絶対ですか…? 別のことに変更できませんか…⁉」

「ダメだよそういうルールだからさ」

「ふぇぇ…」

「緋雨っちの可愛いコスプレは、あたしが選んであげるよ」

「い、いいですっ!! 桐生さんに頼みますよっ!!」

「では、わたくしが着替えを手伝ってきますね」

 

 そういって、桐生は小笠原の腕を静かに握ってコスプレ室に連れて行こうとした。小笠原は顔を赤くして、桐生と一緒に向かった。桐生は平然を装っているように見えるが、私には、桐生が小笠原のコスプレを楽しみにしているように見えた。

 

 しばらくして待っていると、桐生だけが部屋から出てきた。準備が整ったのだろう。

 

「準備が整いました」

「では、見せてもらおう」

「ロリータ衣装じゃなくても、小笠原さんなら何を着ても可愛いですわ」

「では、どうぞっ!!」

 

 桐生はドアを一気に開けた。私たちは小笠原のコスプレ姿を見ようとして体を前のめりにした。そこにはランドセルを背負って、黄色い帽子をかぶった、小学生の姿をした小笠原がいた。

 

「緋雨っち可愛い!!」

「なっ…!! 可愛すぎて、このあたくしが直視できませんわ!!」

「ふむ…可愛いぞ、小笠原」

「タマもあれと同じ衣装着るか?」

「い、嫌です!! 船長のコスプレならいいんですが!!」

「コスプレじゃなくともお前は元船長だったけどな」

 

 私は小学生になった小笠原をじっと見ていた。なんだこの気持ち…守ってやりたい、撫でたいというこの感情…これが『尊い』という気持ちなのだろうか…そんなことを思っていると、小笠原は私の方を見て静かに質問してきた。

 

「し、白河さんはどう思いますか」

「え、あ、ああ、とても可愛らしくて守ってやりたいって思ったぞ」

「そ、そうですか…」

「1発目からこれは凄いねぇ…もう一回する?」

「するする!!」

 

 月歌は体を前にして、蔵に継続の意を示した。自分が何かをやらされる側に回るなんてことは考えていなさそうだ。蔵は他の人の意見を聞かずに割り箸を全員から回収して、また箱の中に入れた。

 

「シャッフル完了。引いておくれ」

 

 次も私は全員が引くのを待って、最後の1本を引いた。私はその1本を引いて少しずつ確認していくと、この割り箸には「5」と書かれていた。王様では無いことだけは分かった。

 

「じゃあ、いくよー。せーの」

 

「「「王様だーれだ」」」

 

「あたいだよ」

「うわ、ここで蔵っちかよ!?」

「何だか月歌と同じぐらい、やべー事要求してきそうな気がするな…」

「そうだねぇ…先輩と後輩の集まりだから、こういうのはいいかもしれないね」

「何かしら…」

「『明日が終わるまで、2番が5番の妹になる。』どう?」

 

 まず、「5番」という言葉が出てきた瞬間、心臓が跳ね上がった。そして、蔵の言ったことが理解出来ずに、静かに考えた。えーっと…明日…1日中…2番が…5番…つまり私の妹に…なる…つまり…だから…

 

「2番、あたしだけど」

 

 あたしは重い頭を声がした方向に向けた。見た先には手を挙げて、「2」と書かれている割り箸を持った月歌がいた。

ということは…明日…1日中…2番…つまり月歌が…5番…つまり私の…妹に…なる。えーと、だから…

 

「5番は誰?」

 

 蔵の問いかけが私には聞こえなかった。何が起こっているのかよく分からない。月歌が私の…何になるんだっけ…

 

 妹…?月歌が私の妹になる?え、え、え、あぁ、あ

 

「ご、5番は私なのだが!?」

「じゃあ、今から明日が終わるまで、月歌が白河ちゃんの妹になるって事で決まりだね」

「お、おう…あたしがユイナ先輩の妹に…」

「え、え、あ、ちょ、ちょっと待ってくれ、どういう事だ一体!?」

「どういう事って、そういう事だよ」

「しっかり説明してくれ!」

「説明も何も、白河ちゃんは月歌の姉になりきるって事だよ」

「え、そ、そういう事なのか? ま、待て心の準備が…!」

「ほらほら、王様のいう事は絶対なんだからさ」

「うう…なんでこんなことに…」

 

 月歌になんて言ってあげたらいいのか…私が混乱していた時、月歌が私のそばに来て肩をたたいた。私はその方に静かに顔を向けた。

 

「月歌…?」

「ユ、ユイナ…お姉ちゃん…?」

「⁉⁉⁉」

「ユイナお姉ちゃん…うあああ!! 今のはなかった事にしてーっ!!」

「わ、分かった! 今のは見なかったことにするっ!! 蔵っ! 命令の変更を求めたいのだが!?」

「ダメ」

「何故だ⁉」

「だって、『王様ゲーム』だからさ。王様の命令は絶対、変更なんてできないよ」

「ううっ、ダメか…」

 

 私は命令を変えることを諦めて、月歌の方を向いて、肩を掴んだ。

 

「月歌…」

「ユイナ先輩…あたし達、今相当やべー状況なんじゃ…」

「ああ、マズい状況だ…しかしな、月歌…」

「ユイナ先輩…?」

「乗り越えるしかなさそうだ、この状況を…!」

「…そっか…」

 

 月歌は頭を掻きながら、私の顔を微笑みながら、口を開けた。

 

「じゃあ、今日からよろしく、ユイナ『お姉ちゃん』」

「あーっ!! あーっ!! どうしてお前はそんなに適応能力が高いのだ⁉」

「だって、王様ゲームだもん。王様の命令は絶対だし」

「そんな理由か⁉だとしても、きゅ、急に『先輩』から『お姉ちゃん』に変える後輩がいるものか!!」

「あたしがいる」

「…!!」

 

(なんてやつだ…こんな短時間で私は月歌の、お姉ちゃんになってもいいのだろうか…?そもそもなんでこの場面で、すぐに口調を変えることが出来るんだ⁉おかしい!! おかしいだろっ!!)

 

「さっきからすごく動揺してるよ、大丈夫?」

 

(するするする!! 急にお前が『先輩』呼びから『お姉ちゃん』呼びしたからだ!! 動揺しないわけにはいかないだろ!!)

 

「よ、よし、私は…今日から…お前の…」

「…」

「あれ、もなにゃん、どうしたの?」

「…我には、2人が姉妹のように見える」

「え?どうして?」

「…金髪だからだ」

「…蔵…金髪で姉妹だとは限らないだろ…」

「あたいも、月城ちゃんの冗談は久しぶりに聞いたよ…」

「でも、2人が姉と妹はお似合いだと思いますの」

「どうしてそう思う、菅原?」

「だって、いつも一緒にいるからですわ」

「なっ…!!」

「確かに、白河さんは最近茅森さんと一緒におられますね」

「気のせい…じゃないか?」

「む…茅森さんが羨ましい…わたくしは、白河さんとこういう関係になるために長い時間をかけたというのに…!!」

「みゃーさん、たまたまだよ、あたしはユッキーといることの方が多いからさ」

「お黙りっ!!」

「わっ⁉あのみゃーさんが怒った⁉」

「蔵さん、今あなたは王様ではないですか。1つ提案があります」

「何だい?」

「このわたくしも妹になりたいのですが…」

「桐生⁉何を言ってるんだお前は⁉」

「うーん。それはダメだねぇ」

「えっ⁉どうしてです?」

「ややこしくなるから、色々と」

「そんな…白河さんの妹になりたかったです…」

「お前は、私にどういう感情を抱いているんだ…?」

「まぁ、とりあえず、自分ら2人は姉妹になるっちゅうことやんな」

「そんな簡単に理解しないでくれ…」

 

 私は自分の両手でこめかみを挟んだ。少しぐったりして、顔を少しだけ横に向けて自分の軍人手帳で今は何時だろうかと確認してみた。20時30分。もうすぐこの祝賀会も終わりにしなければならない。

 

「おっと、もうこんな時間だ。みんな、今日もありがとう」

「また祝賀会を開けるといいですね…で、その…このコスプレはもう脱いでもいいですか?」

「えー!! いつもの緋雨っちに戻っちゃうじゃん!!」

「いつもの私に戻してください!!」

「よし、宿舎に戻ろう」

 

 私たちは机の上を片付けて、宿舎に戻ることにした。今日も楽しかった…いつもは部隊長として、どうすれば人類の復興へつなげることが出来るか、今日は何をすべきだろうかと悩んだりする日々だったが、今日のように、何も考えずにただ楽しむ日々が続けばいいのにな…と遠くの景色を見ながら、知らない誰かに願った。そのためにも早くキャンサーを倒して平和な日々を取り戻さないとなと改めて誓った。

 

 宿舎に帰って、風呂に入って今日の祝賀会のことに耽ふけながらカフェを出ていくと、私の体は誰かに引っ張られたかのように少し仰け反った。びっくりして反射的に後ろを見ると、私のスカートを掴んでいる月歌がいた。

 

「どうした月歌? 何か相談事でもあるのか?」

「…」

「…? そんなに重要なことでもあったのか…?」

「…ユイナお姉ちゃん…」

「⁉」

「…あたしを負ぶって宿舎に連れてって」

 

 私は月歌を見ながら硬直した————



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