TS転生 (名無しのボンベエ)
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「めぐちゃんすきー」
もし何かしらでデータが消えてしまったらちょっと悲しいんで、とりあえず終えた分だけ投げときます。
プロットもあるし飛ばし飛ばしで書いてたりもするんで、3、4ヶ月後ぐらいに82%くらいの確率で戻ってきます。
ストーカーを警察に突き出すこと4件。
大学でサークルをクラッシュすること3件。
それ以降は諦めて新しく入ろうとしなかったが、噂は広まり付いたあだ名は”ザ・デストロイ”。
痴漢被害はかなり。
告白も数え切れないほど。
これらは現18歳までの素晴らしい成績である。しかも現在進行系で増加中。
まずい、明らかにまずい。
前世合わせて今までにないほどの危殆に瀕している。
なにがまずいって、このままだと就職活動すらままならないことだ。
自慢ではないが、わたしは今まで所属してきた男女が共にするグループの殆どを木っ端微塵に潰してきた実績がある。
断言させてもらうが、もちろんそんな意志はなかった。
むしろ前世ではあまり楽しめなかった青春を満喫しようと思っていた。
しかしそうはならない理由があった。
わたしは顔が良すぎるのだ。
同じ日に生まれて今まで苦楽を共にしてきた幼馴染に『私は月をきれいだとは思わない。なぜなら生まれてすぐにあなたと出会ったから』と言われるほど、わたしの顔は美しい。
学年や学校規模で1番かわいいとか、そんなレベルを想像していた。
しかし神らしきナニカに願ったあの日に思っていた以上に、わたしの顔は美しく作られていた。
そんな常軌を逸した容姿を持つような女の子が身近にいたら、世の男の子は何を思うだろうか。
一目惚れするだろう。絶対にする。前世のわたしだったらしてるから。というか今でも鏡見て顔赤くなるから。
告白された回数は数知れず。それに比例して惚れた腫れた系人間関係のトラブルも増えていった。
中学時代はわたしの存在が原因で学校崩壊寸前までいったのだ。学級崩壊ではない。
そんなわたしが普通の会社等に所属したらどうなるかなんて火を見るより明らかである。
マジでどうしよう。
このままシェアハウスをしている幼馴染のお世話になるしかないのだろうか。
いいや駄目だ。これまでずっと支えられてきたのだ、これ以上年下の——今世では同い年だが、前世を合わせると圧倒的に年下である——幼馴染に迷惑を掛けるだなんて許されない。
一応収入はある。
ただ余りにも自分に働いているという意識がなさ過ぎて、なんとなく周りに負い目があるだけで。
あと幼馴染は働いているけどわたしは家で寝っ転がりながらネットをみてポテチを食べるという生活は本当に嫌だ。
ときは2017年。
他人と顔を合わせる必要がなく、家で出来て両親にも胸張って仕事と紹介できるもの。
前世のトラウマがあるからあまりキツすぎないことなら尚更良い。
そうだ。今こそ前世の知識を使うときだ。
うーん。ネットで活動・・・。
別に無理してお金を稼ぐ必要はないから、自分のペースで気長にやれるもの・・・・・・。
——あっ、vtuberになろう。
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仕事を終えいつもより多くの酒を飲んで寝床に入ったと思ったら、いつの間にか既に売却していたはずの実家の自室に突っ立っていた。
目の前には謎のヒトガタ。
可愛らしい顔つきの少女にも、シワシワで魔女のような老人にも、精悍な顔つきの青年のようにも思えるという不思議な印象があるそれに『次の生では何を望む?』と聞かれた。
わたしはその問いに『めっちゃ可愛い女の子になりたい!』と元気よく即答した。
酔っ払っていた。
それはもう、完全に。
そして現実味のない光景とアルコールに脳が浸されたときのフワフワとした気持ち良い感覚に思考が緩み、寝る直前に考えたことをそのまま答えた。
あのときわたしはお酒を飲みながらアイドルが歌って踊るテレビ番組を見ていた。
もちろん努力もあるのだろうが、容姿という武器を存分に使える人たちにわたしは嫉妬したのだろう。
”顔の良いやつは羨ましい”と思った。
それが願いという形になりするっと口から出た。
女性のアイドルだったから、性別もそっちで。
わたしは悪くない!
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「めぐちゃんすきー」
夢だと思ったら本当に生まれ変わっていた件についてwww事件から1年が経った。
現在は3歳。
幼稚園児になってしばらく経ち、流石に女の子としての生活にも慣れてきた。
まあこの年齢の男女は特筆するほどの差がないとも言えるけど。
ヒトガタ様に願ったわたしの顔がどれほどかはまだあまりわからない。
生まれたわたしの顔を見た両親が天使という名前で出生届を出そうとして周りに止められ考えを改めたという逸話があるらしいけど、それに関してはただわたしの両親が親バカであるだけな気もする。
それに乳児の子供はだいたい可愛いものだと思う。
わたしが感じた前世との違いは、女の子というのもあってかかわいいと言われる回数が他子より多いくらい。
というか危なっ。もうちょっとでわたしの名前が一ノ瀬エンジェルになるところだった。
キラキラネームに偏見を持っているつもりはないが、回避できるのならばしたいという考えも否定できないのだ。
「めぐちゃんめぐちゃん」
今は幼稚園でお絵かきの時間。
子どもたちが机に向かって思い思いの絵を描いている。
わたしが描いているのは千手観音菩薩坐像だ。
前世同様絵はあまり得意ではないし身体操作の感覚的にも思い通りにはできないが、流石に幼稚園児よりは上手い。
色塗りを子供らしくぐちゃぐちゃにしなければならないくらいだ。
「すきすきー」
はいはい、わたしも好きだよ。
わたしにひっつきながら描いてるこの子はヒナちゃん。
なんとこの女の子、わたしと生年月日が同じ。しかもとなりの家に住んでる。
1年前に引っ越してきた。
挨拶を交わしてから私たちは家族ぐるみの付き合いをしている。
出会ってからずっと一緒に遊んできたし、幼稚園のお昼寝もとなりでお風呂もたまに一緒に入る。
もしかしてこれ、幼馴染ってやつ?
前世ではいなかったしなんだか嬉しい。
「ヒナちゃん、何描いてるの?・・・えっ、わたし?」
ちょっ、かっ、かわいい!!
これくらいの年齢の子供はまじりっ気のない好意を正面から伝えてくるから、いくら子供といってもなんというか、照れる。
人に好意を伝えられることなど前世でも数年以上なかったのだ。
お礼とはいってはなんだけどこれからはヒナちゃんに何があっても味方でいるしもっと優しくしてあげようと思う。
「どうしたの、ヒナちゃん。わたしが何を描いているかって?ふふっ、何だと思う?」
この世界は前世とはちょっと違うため千手観音菩薩坐像自体はないが、ほとんど同じような存在はある。
でも流石に3歳児が知っているわけないか。
しょうがない、答えを−−−たわし!?いや、たわしじゃないよ!どう考えてもたわしには見えないよ!
このガキ!わたしが優しく接してるからって舐めやがって!
あーもう怒った!先生に聞くからな!先生が言い当てたら自分が間違っていたことを認めろよクソガキ!
先生、この絵何に見えます!?
「どうしたの?・・・あー、ぜ、前衛的なたわしだね!とってもよく描けていると思うよ!」
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「メグちゃん好き」
わたしも好きだよ。
6歳になった。
ヒナちゃんとはずっとクラスが同じ。
流石に運命を感じざるを得ない。
幼稚園ではとくに変わりのない日々を過ごしている。
怖い先生に怒られた田中くんを慰めてみたり。
一人で寂しそうに遊んでいる子を誘ってみたり。
先生が困っていたら子どもができる範囲で自然に助け舟を出してみたり。
なにかとわたしを優先しようとする男性の先生を子供らしい純粋な疑問を装ってそれは教育者として正しいのかと指摘してみたり。
ほとんど面倒を見ていたようなものだった気もする。
これに関してはもうしょうがない。
わたしは子どもが困っているのを放って遊んでいられるほど器用な人間ではないから。
どこか不自然なところはあったかもしれないが、それでも先生からの印象は少し賢くて周りをよく見ている子程度にできたはず。
そのせいかは分からないが、友達の男の子数人から告白された。
男女として意識しているかどうかも分からないとうな可愛らしいものだったが、どちらにせよわたしの答えは変わらないので丁寧にお断りさせてもらった。
純粋無垢な子どもの恋心を弄ぶような形になってしまって本当に申し訳ないと思う。
ただ田中くん、好きと伝える前にチューをせまるのは二度とやらないほうがいい。
話は変わるが、母親の影響で始めたピアノでちょっと大きな賞をとった。
思考が徐々に明瞭化していった2歳のとき、いつのまにか母に教えられながらやっていたのがピアノ。
わたし自身も新しい人生を楽しく生きるための趣味も欲しかったので、そのまま続けることにした。
泣くほど喜んでいたけど、子どもが自分と同じ習い事をするのってそんなに嬉しいのだろうか。
母の教えと独学で練習すること3年。
今まではギターで好きなバンドの曲をなんとなく弾いたことぐらいしか音楽に触れたことはなかった。
そのため新しいことに触れるワクワクと日に日に技術が上達していく感覚が楽しくて、幼稚園やヒナちゃんと遊ぶ以外の暇な時間はだいたい家にある母のアップライトピアノに向き合って練習していた。
小さな体でも弾けるような簡単な曲を教わることもあったが基本的には基礎や音感を重点的に鍛えられ、これ以上の専門的なことは無理だとピアノ教室に通うことを母に勧められたのが1年前。
わたしとしてもかなり前向きだったので、個人レッスンでみっちり鍛えてくれるようなところを希望した。
特別裕福な家庭ではないので余計な費用が掛かってしまうことが少し申し訳ないとは思うのだが、やるからには本気でやりたいし上手くなりたいので多少の金額は大目に見てもらう。
俗に言う”イヤイヤ期”等もなかったのだから、その代わりとでも思って欲しい。
そうして見つかったのが今の個人教室。
講師は少し年齢が高めの女性。短めの髪をワックスで後ろにバッチリ決め、常時眉間にシワが寄った厳しめの表情をしている。
その怖い見た目と裏腹にかなり筋の通った指導で、相手が子供だからと軽く見ずどんな練習をするときもその目的や効果をきちんと論理的に説明してくれるため、わたしの性に合っていた。
週二のレッスンで課せられる課題をどんどんクリアしていき、徐々に荒くなっていく先生の鼻息に季節の移り変わりを感じた頃。
ピアノ大会への出場を提案された。
ついに来たかと思った。
それと同時にどう断ろうかとも。
先日開催された発表会。
それに参加したわたしは思ったのだ。明らかにレベルが違うと。
ずっと家で練習していて自分の演奏を他人と比べたことなどなかったから気付かなかった。
そりゃそうかと今考えたら納得する。
例えば3歳の子どもと成人した大人が毎日同じ時間ピアノを練習して、どちらが先に一曲を聴けるレベルで弾けるようになるかを比べたとする。
前者は成長が著しい時期に聴覚や脳を刺激することで音感を養い記憶力や集中力も高めることができるという利点があるが、そもそもこの年齢は毎日ピアノに触れること自体が偉いというレベルである。
それに対して後者は視野の広さや自分に合った効率的な練習法を取り入れる頭脳そして安定した集中力があるが、絶対音感やリズム感等のピアノを弾く上で必要になる地盤がない。
後者が前者に練習時間を合わせるという条件だとしても後者が勝つ可能性のほうが圧倒的に高いだろう。
もちろん15年後にどちらが上手いか等を比べたらまた話が別になるが。
言いたいことから少しずれた気がするが、要するにわたしは両者のいいとこ取りをしているのだ。
わたしは聴覚や脳の発達が著しい時期に視野を広く持ち安定した高い集中力で効率的な練習をすることができて、しかも毎日数時間以上練習−−−もちろん最初は鍵盤が重くてろくに弾くことすらできなかったけど−−−ができるほどのモチベーションすらあった。
周囲と差が生まれてしまうのは当然のことだったと言えるだろう。
かねてからの先生の様子でなんとなく察してはいたがあえてこちらから追求はせず、しかし先日の発表会での決意に染まった表情をみてこの事態は予想ができていた。
もとからコンクールに出るつもりはなかった。
ただ新しい挑戦を楽しんでいただけで誰かと競争することに意味を見出せなかったというのもあるが、それは主な理由ではない。
想像するだけでもちょっときつい。
まだ小学生にもなっていない小さな子供が集まる大会に一人だけ混じっている成人した自分。
結果発表のとき泣き崩れる子供もいる中で、1位に名前を呼ばれた自分は表彰台で胸を張って笑うことができるのか。
できない。わたしにはできない。
あまりにも大人気なさすぎるだろう。
だから、この提案は断るつもりだった。
・・・つもりだったのだが。
両親の期待の視線に耐えられなかった。
いや、彼らは子どもの意思を尊重する常識的な人たちだ。決してわたしは強制されたわけではない。
しかし母のわたしを見つめる眼差しには——多分無意識だろうけど——期待の意味が込められていて。
わたしもこれが親孝行になるのならいいか、と自分の考えを曲げてしまった。
そうして出場した未就学児が集まるコンクールで予想通り金賞を勝ち取り。
案の定心が苦しくなったが、表彰式で並ぶわたしの姿に泣いて喜ぶ母を見て全部吹っ切れた。
そうだ、逆に考えればいい。
いっそ出続けてしまえばいい。そうすればきっとこの感情にも慣れる。
既にやってしまったのだから1回も10回も変わらない。
どうせそのうち本物の天才に負けるんだ、ちょっとくらいいいじゃないかと。
フェアじゃないとは思うが、それで母が喜ぶのなら仕方がない。
やるからには全力でやる。ただずるずると出続けるのは嫌だから、1回負けたらそれが引き際ということにしよう。
一応趣味の範疇でやりたいということは伝えているから、理解を示してくれるはず。
わたしにピアノの才能はない。
今勝てているのは多大なるアドバンテージがあるおかげだ。
実際に、実力派として知られていて何百人も生徒を見てきた先生もわたしに対して天才という言葉は使わない。
そういった美辞麗句を並べない現実的な人だからこそわたしは尊敬しているとも言えるが。
きっと何かが足りないのだろう。
0を1にするような、天才を天才たらしめるような何かが。
同じ凡人に負けるつもりはないが、そういう特別な人間がわたしに追いつく日はそう遠くないだろう。
ピアノの経験は全くありません。想像で適当に書いてます。
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「メグを撮らせて・・・!」
あるときこの体になってから何故か暇を我慢できなくなっていることに気が付いた。
何もできない時間や、退屈になるとどうしようもないほどの焦燥感と胸のざわめきに襲われてしまう。
だから小学校低学年のときは本当に酷かった。
本格的に学習指導が行われ始め、長時間拘束されるようになったから。
それに加えてわたしは下手にギフテッド等と間違われたりしないように、授業をしっかり受けているように見せなければいけなかった。
つまり毎日意味もなく机に向かわなければならなかったのだ。
1年を通して大体850時間。
1日約5時間。
最初はどうにかして楽しくできないかと試行錯誤していたが、結局無理だった。
足し算掛け算なんてアホらしくてやってられない。
そしてそんな空虚な時間をなんとか脳内ピアノでやり過ごすようになり——傍から見たら授業中ずっと上の空で、不真面目な子だと思われていた——毎日のようにちょっかいを出してくるクソガキどもをちぎっては投げちぎっては投げ続けて、やっと4年生になった。
3年間を耐えられた自分に最大限の称賛をおくりたいと同時に、まだ折り返し地点だという小学校の長さに嫌気が差している。
ちなみにコンクールに関しては順調。
年に2回ずつ同年代が出る全国大会に出ていて、通常の練習曲と並行しながら課題曲を仕上げていく感じ。
母が毎回引くほど泣いて喜んでくれるものだから(父は裏で泣いてる)、色々思うところはあったけれど出場している甲斐があったものだと思っている。
ちなみに4年生になったので小学生全学年が出る部門に、5年生になったら中学生以下が集まる部門に出場する予定だ。
なぜならそのほうが罪悪感が薄まるから。
家に帰ったらピアノとヒナちゃんに乾いた心を潤してもらう日々。
マジでやっててよかった。趣味は人生を豊かにするって本当だったんだ。
もうピアノなしでは生きていけない。これはわたしの精神安定剤だ。
毎日頬擦りしているし名前もつけた(ピノちゃん・32歳)。
ヒナちゃんにもとても助けられている。
クソ難しいクラシックを弾ききったときの達成感も病みつきになるほど気持ちの良いものだが、流行りのポップスを弾く楽しさもやはりピアノの醍醐味の一つだと思うのだ。
そういう曲を弾くと彼女がめちゃくちゃ喜んでくれるし、わたしの伴奏に合わせて一緒に歌ったりして過ごす時間もすごくいい。
やっぱり幼馴染って素晴らしい。
そんなことをピアノに向かいながらとりとめもなく考えていると、ふとベッドでわたしの枕に顔をうずめていたヒナちゃんがこちらを見ていることに気がついた。
今日は学校が始業式と連絡で午前帰りだったのため、特に友達との約束もなかったわたしたちは速攻帰宅して自室に直行。
いつもならばわたしはピアノ、ヒナちゃんはベッドで漫画を読んだり宿題をしたりで時間を潰すのだが、最近感情を表に出すことが少なくなってきた彼女が珍しくうろうろと少し様子がおかしかったので、なにかあったのかと気にしていたのだ。
ちなみにわたしの部屋はかなり殺風景。本棚にある漫画以外ほとんど生活に必要不可欠なものしかなく、年頃の女の子の部屋という意味では少し不相応かもしれない。
「どうしたの、ヒナ。なにか悩み事?いつものしよっか?」
彼女は身体的接触を伴う行為をすると落ち着く体質で、感情が乱れたときによくハグや膝枕をお願いされる。
彼女の家族ですらほとんど要求されたことがないらしく、わたしを信頼してくれていることがわかる。
とても嬉しいしわたしの密かな自慢の一つだ。
「違う。今日はお願いがある。・・・・・・膝枕はあとで」
わたしの言葉に彼女は決心したように立ち上がり、迷うように落ち着きがなかった瞳をこちらへ向けた。
ただその表情から不安の色は抜けきっていない。
「メグを撮らせて・・・!」
「いいよ!」
っは!あぶない、緊張しているためか上目遣いになっているヒナちゃんがかわいすぎて思わず了承してしまった。
例えどんなお願いだとしても彼女ならウェルカムであることは変わらないけど、とりあえずちゃんと話を聞かないとこのままでは意味がわからない。
「いいけど、まず詳しい話を聞いてもいい?」
即答はさすがに想定していなかったのか少し呆然としていたが、わたしの言葉にハッとしたように説明してくれた。
つまり、こういうことらしい。
わたしがピアノ弾いてる姿を撮ってネットに載せたい。
わたしが目立つのを嫌っていることは知っているから顔は隠していいし、撮影も編集も彼女が自分でやるからわたしは定期的に好きな曲を弾くだけでいいと。
まず最初に考えたのはこれを頼む理由。
将来的に有名になる動画投稿サイトはまだあまり日本では有名になっていないので、特に小学生にとってはお金を稼ぐものという認識もないだろう。
ならば金以外の理由があるのだろうと本人に聞いてみたら、気まずそうに視線をそらされた。
わかったことは2つ。
確かに目的があるということ。そしてそれはわたしには言えないということ。
見当もつかないが、ただ悪いことではないのだろうなと思う。
彼女は優しい子なのだ。
次にメリット。
過去にやった曲の復習の丁度いい機会になること。
責任を感じる必要がないこともいい。コンクールなどに比べたら全く気負わなくていい。
メリットかといえば怪しいが、わたしにほとんど負担がないことも挙げられる。
そしてデメリット。
ネットは誰でも見ることができるしコメントすることができる。そのためわたしの演奏に対して謂れのない中傷がくる可能性がある。
特にこの時代は法整備も大してされていないし。
それにわたしが同世代と比べて突出しているのは事実だが、胸を張って動画を投稿するレベルかと聞かれたら疑問が残るのだ。
わたしは自分の技術にも表現力にもまだまだ納得していない。
そういう意味では少し気が進まないといえるのかもしれない。
ただここではわたしが社会生活で学んだことを活かすことができる。
みたくないものはみなければいいのだ。
演奏に対して文句が来ても、そもそもネットを開かなければわたしの目には入らない。
知らなければわたしにとって来てないのと同じだ。
というかヒナちゃんにすべてを任せてわたしは演奏にだけ集中すればいいか。
ちょっと大人げない気もするが、聞いた感じ本人もその覚悟でこちらにお願いをしている。
そうと決まればデメリットはないも同然だ。
わたしは少し不安そうにこちらを見つめているひなちゃんに改めて満面の笑みで了承の返事をした。
え?もう新しいビデオカメラ買ってある?
どれどれ・・・うわたっかい!こんなものどうやって・・・。親に借金!?
す、すごい、なんという行動力。わたしが断ったらどうするつもりだったんだ・・・。
もう撮りたいの?いいけど、最初は何を演奏してほしい?
誰でも知ってる曲かー。うーん・・・。
じゃあ、『魔王』とかいいんじゃない。
一連の作業を終えたあと、ニカニカ動画に投稿しようとしていた彼女に将来性を加味したらmytubeの方がいいよとアドバイスして。
わたしの日常に大体2週間に1回の動画撮影が加わった。
青春がしたい。
前世で灰色に近い時間を過ごしてきたわたしにはその思いが強く胸に刻まれている。
中学は青春の始まりだ。そして中学校には同じ小学校から進学する人が多数いる。
わざわざ小学校で音楽室のグランドピアノを舐め回す時間を削り、同性から恨みを買いやすいわたしの事情をどうにかしつつなるべく角が立たないような言動を心がけ、円滑な人間関係を築いてきた理由がここにあった。
青春がしたい。
とにかく青春がしたい。
異性とキャッキャウフフではなくて、純粋に同世代と海だ祭りだバーベキューだを楽しみたい。
わたしが中学生と一緒に楽しめるかはやってみないとわからないが、やらずに諦めるよりはいい。
だからここが正念場。
目の前には正門。中にはすぐ右側に体育館があり、そのまま正面に進んでいくと校舎にぶち当たる。
周りにはこれからの成長を見越してか背丈の合っていない真新しい制服に身を包み、期待と不安に胸を膨らませた男女がそれぞれの親とともに歩いている。
門の近くに植えてある大きな一本の木には満開の桜が咲いていて、花びらが舞い落ちる様は春の訪れを感じさせる。
そう、中学校の入学式の日だ。
正直に言って5万人規模の全国コンクール本戦の舞台に立ったときより緊張している。
そもそもコンクールでは緊張したことがないとも言えるが。
事前に配られた予定表によると、登校したら各自靴箱にある張り紙の通りにクラスへ行き、詳しく説明がなされたあとに体育館で式がある。
今日は早めに登校したから、説明が始まる前にクラスメイトと話す時間があるだろう。
ここだ。人間初対面の印象が一番大事だ。
ギャグとか奇をてらおうとしてはいけない。
無理に印象をプラスにしようとする必要もない。男女共にフラットに接し、マイナスな感情が生まれないように気をつけるだけでいい。
教室についたら近くの人と共感できるような内容の会話をしよう。緊張とか不安の共有だったり、先生に対する印象もいいかもしれない。
よしいい感じに計画がまとまってきた。
名付けて”友達100人作ろう作戦”。
うまくいかなかったら・・・まあ、なんとかなるさ!
これからのことを考えて高揚感に浸りながら、わたしはリア充への道に一歩足を踏み入れた!
「あ、あのっ!」
さあヒナちゃん行くぞ!我らの理想はすぐそこだ!
「あの!」
うん?わたしに話しかけてる?
校門に足を踏み入れたわたしたちの目の前に視界を遮るように出てきたのは男の子。
見に覚えのない顔立ちをしているから、多分他の小学校から進学してきたのだろう。
その顔は真っ赤に染まっている。
向こうから話しかけてきたくせに何度もわたしから目をそらしていて、緊張か何かでガチガチに固まっている様子。
ちょっと待てい(江戸っ子)。
あれ、この光景、どこかで・・・。
その瞬間起こる幾つものフラッシュバック。
幼稚園児でお手紙を渡してくる子、小学校で人気の少ない場所に呼び出されたとき、教室や廊下で大人数の前で不意に、その他多数。
数え切れない程やられてきたから雰囲気でわかる。わかってしまう。
この子、わたしに告白しようとしてる!
入学式で!初対面の人に!
「あの、僕君を見て——」
隣見ろ隣!お前の母ちゃん白目むいて驚いてるぞ!見た目からなんとなく想像できたけどお前普段あんまり自己主張しないタイプだろ!こんな時だけバカみたいな行動力発揮するな!
まずい、どんどん注目が集まっている。
ある程度は許容していたが、こんな事態が起きるなんて想定していなかった。
ど、どうすればこの状況を脱出できる——なんとか穏便に事をおさめる方法はないか。
探せ、状況を整理しろ!
今世の鍛錬によって鍛え上げられた前頭葉を余すことなく酷使して隠された道を見つけ出せ!
彼はもう決意が固まりそうな様子だし、わたしも彼を止めることはできない。
告白を本人が聞かないで止めるという行動はなるべくやりたくないし、かなり印象が悪いと思うから。
そんなことを実行したらわたしの”青春パーリーピーポー計画”が根本から崩れ去ってしまう。
つまり彼とわたし以外の第三者の協力が必要だ。
具体的に言うと時間などを理由にして彼を宥めてくれる、立場が上の人。
周りでわたしたちを好奇の目で見ている人たちは駄目だ。他人だから協力を頼むのは厳しい。
あ、田中くんと目があった。なんだか久しぶりに見た気がするな。
周りに教師らしき人物もいないから、可能性があるのは彼の母とわたしの母。
彼の母の様子は——だめだこりゃ。
息子の勇気に感動したのか涙を流しながらウンウンと頷いていた。
あんたこの状況で泣けるってよっぽどだぞ。息子は普段どんな様子だったんだ。逆に気になってきた。
残りは母!母さ——あれ!?いない、どこいった!?
さっきまで横にいたのに!
そしてすぐ気づかない内に群衆の中に紛れ込んでいたヒナちゃんを視界内から見つけ出し、アイコンタクトで何処かにいるだろう母に助けてと伝えるよう要請する。
わたしと彼女は一心同体と言っても過言ではない。
幼いときからずっと同じ時間を共有してきたから、彼女はわたしの考えを理解しているし視線だけで意思疎通ができる。
だから、その彼女が返事をしないで呆れたように——ほとんど表情は変わっていない——ある方向を見たから釣られるように視線を向けた。
そこには感激の涙を流しながらビデオカメラをこちらに向ける母の姿が!
そうだった、こういう人だった!
わたしの両親は娘の成長が感じられる出来事が起こるとすぐ喜ぶ。めちゃくちゃ喜ぶ。
初めて中学校の制服を着たときはやばかった。多分360度全方位から写真を撮られたと思う。
今回も娘が告白されるところ初めて見た!嬉しい!みたいな感じなんだろう。
さっきは彼を馬鹿にしたようなことを考えてごめんなさい、彼のお母さん!わたしも同類だったみたいです!
そうこう思考している内に目の前の死神は覚悟が決まったようで、その手に持った鎌を大きく振りかぶった。
待ってくれ、頼む、考え直してくれ!
わたしは断る選択肢しか持っていないし、こんな変な目立ち方はしたくないんだ!
喉まで出かかったその言葉は相手に伝わることなく。
「——一目惚れしました!付き合ってください!」
その鎌はわたしの首を刈りきった。
いい加減認めよう。
わたしはかわいい。とんでもなくかわいい。
しかも年々わたしの魅力は増してきている。
母こだわりロングの黒髪はいつもなぜか神々しい程に光り輝いているし、キリッとした大きな目にくっきり二重瞼やスッと高い鼻、理想的な輪郭など非の打ち所がない顔のパーツは配置すらも完璧で、黄金比を描いている。
おまけにめちゃくちゃいい匂いがするらしい。ヒナちゃん曰く脳にクるだとか。
あと声も良い。ヒナちゃん曰くベッドで聞くとすぐ寝れるらしい。
総評すると年相応の稚さを兼ね備えている顔面国宝どころじゃない超弩級の顔面世界遺産を持つ天使みたいな存在がわたしだ。
こんな意味わからない言葉で表現してしまうほど、わたしの見た目は秀でている。
前世合わせてもこれほど完成されている容姿を持つ人は見たことがない。
どんなにダサい眼鏡や服装をしてもわたしの魅力は抑えられないし、マスクをしてもなんかもう雰囲気が他とは違うからあんまり意味がない。
母が許さないだろうが、多分坊主にしても最新鋭のファッションとして受け入れられるだろう。
ピアノコンクールを連勝し始めたときはその容姿を含めて話題性抜群だと思ったであろうテレビ関係者による取材の申し込みが絶えなくてかなり苦労した。
それほど魅力的な女子が身近にいたら、健全な少年は何を思うのか。
わたしは痛いほどその気持ちがわかる。
わかるのだが、わたしに対して甘い言葉を吐いたり優遇しようとするのは勘弁してほしかった。
自分の見た目はかわいいし好きだ。
何を着ても似合うから着飾るのが楽しいし、自分に対して独占欲のようなものも持っていると思う。
だけど他人から褒められても何も感じない。
ピアノの演奏技術を褒められるのは嬉しい。自分で努力をして手に入れたものだから。
対して容姿はどうか。
前世の夢でヒトガタに酔っ払って適当に願ったら手に入れてしまった。
だから称賛されても、なんというか親が金持ちであることを褒められたときのようなモニョっとした気持ちになる。
それに、異性に優遇されると同性の批判を買ってしまう。
まだ小学生のときはよかった。
6年間を通じて異性に対して特に興味を持つ時期が来る前に、わたしの性格を同級生に馴染ませることができたから。
わたしを優遇してくる男の子とは1歩引いた場所から接するようにした。
上級生になって少しませた女の子と惚れた腫れたの争いになったときは、こちらに悪意がないことを伝えることと相手に誠実に対応することを心がけた。
善意に対して悪意を返すという行為は善良な精神の持ち主にとって案外難しいことなのだ。
他にもちょっとした異性関係の問題は何度か起きたが、みんながみんな恋愛に興味を持つ時期ではなかったし、わたしの味方もいたので事を穏便に済ませることができた。
頼りがいのある真面目な子、みたいな立ち位置を確立できていたと思う。
小学校までは。
あの日以降『入学式で告白したやつがいて、しかもその相手がめちゃくちゃかわいいらしい』という噂が学校中に広まった。
そして初っ端から崩れた”海だ!祭りだ!わっしょい!計画”の打開策と再案を教室で自分の椅子に座って練っていたわたしをたくさんの男子が見にきたということがあったらしい。
わたしは自分の考えに夢中で気づかなかったが。
他の女子たちにはどう思ったのだろうか。
たくさんの男子の注目を集めながら、それらに一瞥もしないで当たり前のように過ごしているわたしの姿をみて。
少なくともプラスの感情ではないことは確かである。
特に先輩方にとっては。
マイナスの印象をプラスにするのは難しい。
特にわたしの性格を周知させる時間がなかったから。
男子の視線を集め、わたしだけ明らかに扱われ方が違う日々に鬱憤が溜まっていたのだと思う。
それが如実に現れたのが2年生の10月、合唱コンクールのあと。
高めの身長の割に少し遅めの生理が始まり、一生この痛みと戦っていかなくてはいけないという事実に辟易していた。
胸もそれなりに大きくなって、かわいいと美しいを兼ね備え始めたわたしに向けられる露骨な性欲の視線にかなり危機感を抱いていた時期だった。
ことの顛末は以下の通り。
数ヶ月前から本番に向けて練習する校内合唱コンクール。
わたしは興味がなかったので伴奏には名乗り出ず、普通の女子生徒として歌っていた。
そうして迎えた本番の日、わたしたちのクラスの伴奏を担当していた女の子が体調不良で休むことになった。
わたしはそうとは知らず、朝担任に呼び出され「うちの曲、弾ける?」と聞かれ、特に疑問に思わず「まあ一応」と答えたら任されてしまった。
他にピアノをやっていた生徒もいないため、弾けるのに弾かないという選択をとることもできず、いい感じの断り方も見つからなかった。
そうしてわたしは完璧な演奏をして、伴奏部門で金賞をとった。
その子がその事実を知ったのはその日の夜だったらしい。
何ヶ月も本気で練習してきたのに本番に出ることすらできず、代わりに出たのは気に入らない子。しかも「こっちのほうが歌いやすい」と気配りができない男子に言われてしまう始末。
その子もちゃんと上手かった。小さい頃からやっているような基礎がしっかりした演奏技術の持ち主だった。
ただ、わたしのレベルが違かっただけで。
悔しかったんだと思う。
わたしがコンクールで最優秀賞をとりまくっていることは知っていたと思うけど、それでもその感情は生まれてしまった。
その女の子は泣き出してしまって、クラスの女の子たちの中で彼女を慰めようの会が発足した。
そうして始まったわたしに対しての愚痴大会。
カタルシス効果に近い。
不満やイヤイラ、悲しみ等のネガティブな感情を口に出すことで苦痛が緩和され、安心感を得られる現象のこと。
違うのは、その吐き出した気持ちに共感する人が多かったというところ。
みんなあいつのことをよく思っていない。あいつがわるいんだ。わたしの考えは正しいんだ。
そんな思考があったことだろう。
つまり、ある種の正義感を持ってしまった彼女たちの愚痴はヒートアップして。
言い換えれば、冷静さを欠いていた彼女たちの誰かが「あいつ、無視しない?」と言った。
それに周りがどう反応したかは現実が示している。
なぜわたしがこの事態に対して対策がとれなかったのかというと、その場に居なかったから。
コンクールの次の日から少し早めのインフルエンザにかかってしまって寝込んでいたのだ。
これら全ての情報はヒナちゃんが教えてくれて、自分なりに噛み砕いて経緯を考察した。
そして1週間後、わたしが登校したときにはわたしに対する風潮は学校中に広まっていて。
わたしを無視する女子たち、乗り気じゃないけど大きな流れに逆らうことはできない子たちと、わたしの味方をしようとする男子で学校規模の対立が起こっていた。
明らかに険悪な様子の男女。
わたしをいないもの扱いしてクスクス笑ってくる女子たち。
申し訳なさを滲み出しながら、それでも空気を読むことしかできない女の子。
「君を守ってみせる」と宣言する男子。
腕に包帯を巻き、眼帯をしてカッコつけてる田中くん。
間違いなくこの学校はめちゃくちゃになっていた。
個人的にわたしを嫌う分にはよかったのだが、こうなってしまうとただのいじめだ。
わたし自身は直接害はまだないし、中学生になんかされても・・・という感じでたいして気にならないが、ヒナちゃんは違う。無視はされていないけど、彼女はわたしの今の状況を気にしてくれているのか近づく人を全員威嚇して追い払ってしまうのだ。
巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っている。
正直いじめより彼女のことや青春できないことが確定してしまったことの方が苦しい。
そしてつい先日。
担任に呼ばれ、校長教頭相席の上でこれらの事について話をした。
彼らの顔には大事にしたくないという思いがありありと浮かんでいて。
とりあえず、これからわたしがすることと、来月の学校集会で時間を貰うことを了承してもらって、わたしも覚悟を決めた。
毎月のはじめに行われる学校集会が終わり、連絡事項で女子は全員残るように伝えられたあと。
ざわめく彼女たちのを尻目にわたしは先生からマイクを受け取り壇上に上がった。
たぶんわたしと先生方の様子をみて察した生徒もいるだろう。
ここで重要なのが普段と雰囲気を変えることである。
わたしはいつもなるべく笑顔で過ごしていたから、ここでは無表情で淡々しているイメージで。
威圧感を与えることで優位に事を進めることができる。
公式な場所で対話せざるをえない状況へ持っていくことが大切だ。
先生がいるから彼女たちにできるのは睨むことだけ。
手にはマイクだけを持ち、演台の前に立って発言する。
「まずは先生方、このような時間を割いていただきありがとうございます。早速本題に入らせていただきます。10月10日より、17時26分教室にて2年2組8番斎藤明日香によって『一ノ瀬廻の集団無視』が提案され、他同クラス女子十名が賛同したことでわたしへのいじめが発生しました。それから本日までの23日間にわたり行われたわたしとその周辺への行為を全て記録しましたので、その中からいくつか報告させていただきます」
明確な数字を記すことは結構効果的だ。
内容に現実味を持たせることができる。
多少間違っている箇所があったとしても言われた本人は本当だと思い込むだろうし。
ヒートアップした頭を冷やさせて、自分がやったことの重大さを理解させて、危機感を抱かせる必要がある。
「10月12日13時20分ごろ2階中央廊下にて3年5組3番勝山麻美 同組25番町田鈴花 同組27番望月由奈計3名は不特定多数の人間がいる場所で『一ノ瀬廻ってビッチらしいよ』『1回1000円で体売ってる』『淫乱バカ女』と吹聴し罵りました。名誉毀損罪と侮辱罪が成立します」
名前を呼んだ本人には視線をむけない。ただまっすぐ前を向き、無表情で淡々としゃべることだけを意識する。
法律の力は絶大だ。どちらも親告罪なので告訴しないと罪にはならないが、多分中学生はあんまり法律の知識はないだろうから、罪を犯したという事実だけが重く伸し掛かるだろう。
今日家帰ったらすぐにネットでそれらに関して調べまくると予想する。
わたしも前世でひどい言葉を口にしてしまったときはよく調べたものだ。
「10月18日5時45分ごろ教室にて、2年2組5番岡田由里 同組8番斎藤明日香 同組22番樋口海咲 同組24番保崎桜 同組31番山田結衣計5名はわたしのロッカーから数学の教科書を持ち出し、表紙を切り刻み油性ペンで『死ね』と書きました。窃盗罪と器物損壊罪に値します」
最初は無視して悪口言うぐらいだったのに、徐々にエスカレートして来たのだ。
いくら中学生だからってやりすぎだと思います。
ただ、ほとんど授業で使わない数学の教科書を選んだのはまだ少し理性があった証拠だと思う。
だからといってどうということはないが。
「10月23日12時10分ごろ、3階東階段前女子トイレにて2年1組5番江ヶ崎凛は2年2組7番黒井日奈に対して『あいつと話してるのお前だけだよ、舐めてんの?お前も標的にするけど』と言いました。脅し行動を強制させようとする行為は脅迫罪にあたります」
なるべく加害者以外の名前は挙げたくなかった。これらの情報は怖くて逆らえないけど罪悪感を感じているという人たちがわざわざわ個人ロインで教えてくれたものだから。
罪滅ぼしという意味もあるのだろうけど、個人的にそういう人たちに責任はないと思っているので、いたずらに名前を出してその人の人間関係が崩れてしまうという事態にはしたくなかった。
ヒナちゃんに関しては本当に申し訳ない。言っても離れてくれなかったし、あまりにも距離が近かったものだから、彼女にも敵意が向けられてしまった。
どうにかして直接被害がいかないようにしたが、距離は置かれてしまった。
本人は全く気にしていない様子だったけど。
名前を出した理由は、今後も手を出さないように威嚇しておく必要があったから。
精一杯甘やかすからちょっとだけ我慢してほしい。
「他にも、1年1組鈴木菜々 同年2組山崎芽郁 、加藤理子 同年4組佐々木梨絵 2年3組佐々木すみれ 2年5組加藤順子 3年1組左藤ひとみ、北川蘭、河原井りり 3年3組三鷹音色など省略させていただきますが、他にも心当たりがある人はいると思います」
そこで初めて視線を降ろして顔を見る。
正義感に駆られて特に酷い行為をしていた人たちはその正義自体を真っ向から否定され、冷静になったのか完全に俯いている。
その他の加担した人たちもみんないい感じに焦った表情だ。
ヒナちゃんは珍しくなにかを決意したような顔。
「集団で無視をするという行為は立派ないじめです。他人にそれを強制させようとするのならば強要罪になります。自分がなにをしたのか理解しましたか?わたしは録音も含めてこれらすべての情報をしかるべき機関に提出する準備があります。進学にも影響が出るでしょう。あなたたちがしたことを身近な人が知ったらどう思うか考えなかったのですか?」
散々追い詰められたあと、絶体絶命のところで救いの手を差し伸べられたら、例えそれが追い詰めた本人だとしても思わず掴んでしまうだろう。
時間を置いてから、少し優しげに声色を変えて話をはじめる。
「取引をしましょう」
明らかに今までと違う内容の言葉に、俯いていた人たちもパッと顔をあげた。
「わたしは進路を女子校に変更します。それまでの1年と4ヶ月を互いに干渉しないで過ごしましょう。卒業までわたしたちが何事もなく日々を送ることができたなら、すべての情報を記したノートと録音を廃棄します」
そんなものないけど。あるのは頭の中。
多分信じると思う。ネットでよく見るうまい嘘のつき方は真実まぜるとなんとやらだ。
その証拠に場がシーンとしている。誰一人身動きせず、布擦れの音すらしない。かなりの人数がいるのに、体育館は無人であるかのように静寂だ。
「沈黙は肯定と見なします。いいですね?」
こんなもので黙ってしまうなら最初からやらないでほしかった。こっちだって中学生を論破しているこの状況は結構苦しいのだ。
男子問題は結局解決してないけど、正直もう知らん。それに関してはわたしには責任がない。勝手に好きになられて勝手に恨まれていただけだ。
失恋したところを狙うとかどうとでもしてほしい。
一礼して壇上から降り、先生方に改めて感謝の言葉を発したあと足早に教室へ戻った。
しばらく時間が経って帰ってきた彼女たちは、何もなかったかのように普段どおりの笑顔でヒナちゃんと話すわたしを見て何を思ったのだろうか。
得体の知れないもの、理解ができないものという印象を与えられたのならバンザイである。
人間、そういう人には無理に逆らおうとしないものだ。
余談だが、後日連絡事項があったためある女子に声をかけた。
「ひ、ひえぇ!あ、悪魔ぁああぁ!」
いきなり角から現れたわたしに驚いたのか、腰を抜かして尻もちをつきみるからに青ざめてわなわなと震えて、そのまま後ずさって逃げていった。
いや、あの、連絡・・・。
えぇ・・・。
ちょっとやりすぎたのかもしれない。
修学旅行はヒナちゃんと2人で京都の街を食べ歩きして、いっぱい写真を撮った。
わたしの趣味の関係で彼女も無駄に寺や仏像の知識を持っていた。
特にこういう鑑賞系は、前知識があるのとないのとでは味わいが全然違う。
それでも女子中学生にとってこういうのはつまらないのだろうなと思っていたが、彼女の雰囲気はウキウキとしていたから結構楽しんでくれたと思う。
入学前に想像していたものとはだいぶ違う結果になってしまったが、これもまたいいものだ。後悔はしていない。
わたしが女子校に進学すると言ったとき、ヒナちゃんもそれに賛同した。
本人は爛々と目を輝かせていたから、無理してわたしの進路に合わせた訳ではないと思う。
幼馴染とまた同じ学校に通えるのは純粋に嬉しい。
ただその高校は募集人数がわずか10人にもみたない中高一貫校なので、めちゃくちゃ倍率が厳しかった。
私立で学費も高く、特待生制度を受けられるのは入試試験の上位3名。
わたしは問題ないが、ヒナちゃんは特待生となると結構厳しい。
だからがんばった。もとから要領の良い彼女に知識を詰め込み、ピアノの時間を毎日数時間削って勉強を教えた。
そのせいかわからないけど、12月にあったコンクールで初めて最上位賞をとれなかった。
大学生以下が出場できるこの大会で見事金賞を勝ち取ったのはなんとわたしの一つ下の女の子。
わたしを見てピアノを始めたと言っていた子だ。わたしが出るコンクールに毎回被せてきて、結果発表のときにはほとんどわたしの下に名前を載せられていた。
毎回泣きそうになって、けれどその涙を飲み込んで情熱に変えることができる強い子だという印象がある。
正直わたしが聞いてた中ではわたしより演奏が上手かった子はいなかったと思うんだけど、どうして負けてしまったんだろう。
天才からしか感じ取れないなにかがあったのかな。
「勝った!勝った!勝った!勝った!」
嬉しくてしょうがないという様子で何かを呟いている彼女。
表彰式という場を考慮して抑えようとはしているけど、どうしようもないくらいに心から喜びがこみ上げてきているみたい。
「待ちなさい!」
式が終わり、解散の合図があったあと。
敗者は去るのみと衣装から着替えて帰路についたわたしの前に廊下を塞ぐようにして現れたのは、まだドレス姿の彼女だった。
「アタシが勝ったわ!」
彼女の特徴的なツインテールがその溢れ出る感情を表現するかのようにふりふり揺れて、かすかに開く口から見える八重歯はその勝気な表情をさらに印象深くしている。
ドヤ顔だ。
腰に手を置き、これ以上ないほど胸を張ってドヤ顔を披露している。
あとわたしが言うのも何だけど、音楽は勝ち負けじゃないと思います。
わたしもそれに負けないくらいの笑顔で言葉を返す。
「うん、おめでとう。いい演奏だったよ」
返答が期待していたものじゃなかったのか、一度不思議そうな顔をしてまたドヤ顔で言い放つ。今度はゆっくり。
「アタシが、勝ったわ!」
「わかってるって、おめでとう」
同じ言葉を繰り返すわたしに表情を変えた彼女がおそるおそるといった感じで聞いてきた。
「悔しく、ないの?」
「そのうち誰かに負けるとは思ってたからね。一番可能性が高いのはキミだと思ってた」
最優秀賞が取れなかったからといって下手なわけではない。むしろわたしがいなかったら世代の覇者になっていた可能性もある。
天才は実在すると認識できた要因が彼女だ。
彼女はそれを聞いた瞬間後ろを向き、体を震わせてピョンピョンと何度も飛び上がった。
いきなりどうしたんだろう。
こちらに体の向きを戻したとき、わたしの目に入ったのはいつもの勝気な表情。
あ、ちょっと顔が赤い。
「ふん!アンタなんかに褒められても嬉しくないわ!次もアタシが勝つんだから、首を洗って待ってなさい!」
「いや——」
もうコンクールには出ないよ、という言葉が口を出る前に彼女は走り去ってしまった。
ドレス姿でよくあんなスピードで走れるな。
あ、転んだ。起き上がったらスキップで角を曲がって見えなくなってしまった。
いきなりの行動で呆然と見つめるしかなかった。
まあいいか。そのうち出場者名簿に名前がないことに気づくだろう。
先生、母、ヒナちゃんと合流したあと。
事前に話をしていた、これからはコンクールに出ないということを改めて宣言した。
母さんはわたしの出番のときから一人で全米分の涙を流していて、タオルを数枚駄目にしている。
ヒナちゃんはそれをみてちょっと呆れた表情をしている(無表情)。
先生はわたしがコンクール自体に興味がないこと、家族の喜ぶ表情がみたいから出ていたことを知っていたため、わたしの言葉に了承の返事をした。
そして珍しく相好を崩し、わたしの頭を撫でて「頑張ったね」と一段と柔らかい口調で言った。
普段は撫でる側に回っていたが、撫でられる側も悪くないと心が温まった瞬間だった。
2月にあった入学試験も終了し、無事2人とも特待生になったことを喜んだ。
そしそれから一週間、最後だからと思いきって告白してくる男子たちをちぎり続ける日々を送り、中学校の卒業式があった。
厳かな雰囲気で進む式のなか、滝のような涙を流している母を尻目に校長から卒業証書を受け取り、わたしの中学校生活は終わりを告げた。
中庭に広がる多くの生徒たち。
わたしはいじめ事件の主犯格というか、実行者たちに声を掛けた。
まわりに親もいるので少し言葉をぼかしてネタバラシ。
どの子もとてもおもしろい顔になっていた。
中学生最後の写真をヒナちゃんと一緒に撮り、顔を合わせて笑い合う(片方無表情)。
「他に用もないし、家に帰ってゆっくりしよっか」
「 うん」
正門の近くに植えてある一本桜の蕾はまだ膨らむ前といった状態。
入学当初の予定とは全く違う、しかも結構面倒くさいこともあったけど、ヒナちゃんと一緒にそれなりに楽しめた日々だったと思う。
3年間勉学に勤しんだ校舎に別れを告げて、門の外に足を踏み入れたそのとき。
大声ともにわたしたちの前方を遮るようにして一人の生徒が現れた。
「ちょっと待ってくれ!」
なんかデジャヴ。
その生徒はなんと田中くん。右手の包帯と眼帯によって抑制されていた力はどこにいってしまったのだろうか。
長かった髪も切ってスッキリしている。
こうみると彼は結構イケメンだ。
高校でラノベ主人公みたいな生活を送りそうな顔をしている。
「君と会えるのは最後かもしれないから、言わせてくれ!」
勇気あるなぁ、今すごい注目浴びてるだろうに。わたしは生徒たちに背を向けてるからなにも見えないけど。
「あのとき、力になれなくてごめん!——」
「——次は絶対守るから!好きです、俺と付き合ってください!」
頭を下げ手を伸ばし、祈るように目を瞑った。
わたしも頭を下げた。
「ごめんなさい」
そのまま呆然と立ち尽くす彼を避け、改めてヒナちゃんと帰路につく。
あれ、そういえば田中くんの名前ってなんだっけ?
その5日後、電車で痴漢された。
これで3回目。
中学3年生になってから、3回目である。
確かにはわたしは早熟ぎみだ。身長は166cmまで伸びたし、顔の完成度や体の成長的にも中学生には見えないだろう。
だが大学生にも見えない。しっかりと体には稚さが残っているから、せいぜい1つ上か2つ上と間違われるくらい。
つまり彼らは高校生以下であると分かっていながら痴漢をしてるわけだ。
無駄に行動力があるロリコンは断罪されるべきだと心の底から思う。
一緒にいたヒナちゃんに矛先が向かなくて本当に良かった。
無表情だけど、かなりかわいい見た目をしている彼女をそういう視線から守れるだけでこの見た目になった意味があるといえる。
こんな未成年に直接性欲を向ける人間がいるとは。
夜絶対に出歩かない、人目のないところに行かないなど思いつく限りの対策は徹底していたけど、見通しが甘かった。
それともわたしには反抗しなさそうな雰囲気でもあるのだろうか。
1回目は6月にあった。
たまたま満員に近い電車に乗ってしまって、やらかしたと思ったらすぐに尻に感じた違和感。
初めての経験に感じたのは恐怖というより強い不快感だった。
とりあえず言い逃れができないように一分間触らせ、冤罪に気をつけて駅員に突き出した。
2回目は11月。
大して混んでいないのにやけに近い人がいるなと思ったら、電車の揺れと合わせて何度も股間を押し付けてきた。
周りの協力で突き出した。
わたしは露出の多い格好が苦手なので、そういう服をほとんど着たことがない。だいたい極力体の線が出ないような服装だ。
私服でスカートを履いたこともないし、いつもマスクをしている。
インドア派なものだから、電車に乗る回数も少ない。
それでこれだ。勘弁してほしい、マジで。
めでたく3回目を迎えた昨日、わたしはある決断をした。
「こ、この髪を・・・?ほ、ほほ、本当に・・・?」
馴染みのある美容室でいつもの美容師さんにあるお願いをする。
「はい、ばっさりいっちゃってください!」
名付けてボーイッシュ作戦。
ヒナちゃんが提案してくれた。
人の雰囲気は髪型で決まる。
ロングの髪を短く切って、わたしの印象をかわいいからカッコいいに変えることが目的だ。
そうすれば多少は性欲の視線も少なくなると思う。
そう願いたい。マジで。
ちなみにその彼女は今日もここまでついてきて、先に髪を切り終えわたしを待っている。
「私が一生懸命育てた髪なのに・・・・・・そんなこと——そんなこと、できないぃ!」
わたしの髪だが。
この変なことを言っている女性は幼いときからずっとわたしの髪を切って貰っている人。多分ロリコン。
わたしにとってはいつもハアハアと荒い息で気持ち悪い笑みを浮かべているただの不審者だが、なんか賞とかとってる結構すごい人らしい。
わたしもその腕だけは信用している。
「ねえねえ、考え直さない?ねえ」
いつもめちゃくちゃ髪について褒められるし、本人のわたしよりこの髪に思い入れがあるのは知っていたからこの反応は予想できていた。
だから、今日はわたしにも作戦がある。
「わたしのこと、カットモデルにして良いですよ」
今まで何度も誘われたが断ってきた。
それは今日までの布石だと言っても過言ではない(過言)。
「・・・くっ、殺せ!」
はよやってくれ。
約1時間後、鏡にうつる自分の顔をみて感嘆した。
すっごいイケメン。
わたしは髪型についてあまり知らなかったため、とりあえず方針だけ伝えあとは色々注文しているヒナちゃんと美容師の腕に任せた。
切りながらずっと『うわ〜ん』『ひぃ〜』『むぅ~りぃ~』とか言ってたくせに、仕上がりはやっぱり完璧だ。
シミひとつない肌に整った顔、そして目にかかるぐらいの流した前髪と耳の上半分を隠すように整えられた横髪、少し刈り上げ気味のうしろ。
さっきまで天界から舞い降りた天使のようだったわたしは中性的でかっこいいという印象に変化した。
まごうことなき超イケメンだ。
ワックスでいろいろなセットが楽しめそうな自由度のある髪である。
歳の割にスタイルの良いこの体もあるため一目見て性別を判断することはできると思うが、女性的な美しさと男性的なカッコよさを兼ね備えた見た目。
めちゃくちゃ同性にモテそう。
「ほらみてヒナ、わたしこんなに変わっ——どうしたの、そんなの集めて」
ヒナちゃんが地面に落ちたわたしの長い髪を袋に入れていたから、思わず声を掛けた。
「家宝にするとか言い出しかねない人がいるから、この髪は私が責任をもって処理する」
彼女は無表情のまま至極当然といった風に言う。
いやいや、普段の行動が変態みたいだからって、そんなストーカーみたいなこと——いやすっごい目を逸してる!あ、下手くそな口笛まで吹き始めた!
明らかに図星をつかれたみたいな反応をしている不審者に何も言うことができず、わたしはこの美容室に通う頻度を少し下げようと心の中で決意した。
「ヒナ、言いたいことは分かったから、自分で持って帰って捨てるよ」
「いや、それには及ばない。大した負担でもないから、私がやる」
彼女の瞳から並々ならぬ意思が感じられ、そこまで言うならと彼女の言葉に了承と感謝の返事をする。
「そ、そう?じゃあ、お願いするね。ありがとね」
数分後すべての髪を集め終え、肩身が狭そうにしているストーカーモドキに少々お高い料金を払い、なぜか少しテンションが高いヒナちゃんとともに美容室を後にした。
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私、今日彼女と結婚します
ピピピピッ ピピピピッ
耳障りな音を鳴らすアラームを止める。
ベッドから起き上がり、薄暗い部屋のなかをフラフラと歩きカーテンを開ける。
窓の外には今にも雨が降り出しそうな曇り空が広がっていた。
それに視線を送らず、私は棚に置いてあるジップロックを手にとった。
中から取り出したのは光り輝く長い髪の束。
それに鼻を突っ込んで深呼吸をした。
すぅ~、はぁ。すぅ~〜、はぁ。すぅ~〜〜。
彼女の甘く穏やかな香りの成分が鼻を通って血管に入り、血液によって体の隅々まで運ばれる。私の体が、脳が、全てが彼女色に染められていく。
うん、今日も素晴らしい朝だ。
ダイニングの机の上には朝ご飯が置いてあった。
今日も出張で朝からいない母が早起きして作ってくれたんだろう。
ありがたい。今度時間があるとき私も作ろう。
海外赴任でろくに帰ってこない父。
仕事人間であまり家にいない母。
いつもバラバラだけど、私たちなりの形で上手く家族をやれていると思う。
ご飯を食べてシャワーを浴びる。出たら歯磨きをして、服を着る。
外出もできるけど、部屋で快適に過ごすこともできるような軽い格好。
今日は彼女の両親も朝からいないため、明日まで二人っきりだ。日用品は全て向こうにもあるから何も持たずに行ってもいい。
はやく彼女に会いたい。
その一心で素早く準備をした。
自分の家を出て、すぐ隣の家に玄関から合鍵を使って入る。
「お邪魔します」
あまりにも家に来るものだから、いちいち玄関で迎えるのは面倒だと合鍵をもらった。
いくら上手く家族をやれているといってもやっぱり一人は寂しい。
彼女の両親に家族のように受け入れられているのはとても嬉しいことだった。
私にとっては自分の家は寂しい場所で、彼女の家は暖かい場所になっていた。
彼女のお母さんは私の成長にも泣いて喜んでくれるし。
お父さんはプレゼントのセンスがちょっと変。
だけどそれが意外に役立ったりもするから面白い。
例えば、小学校3年生の誕生日に彼女は顔上半分を覆うことができるドクロのハーフマスクを贈られた(私は同じくドクロの形をした花瓶)。
明らかに年頃の女の子に贈るような物ではなかった。彼女もどう反応すればいいかわからなくて苦笑いするしかないという様子だった。
そしてその1年後。わたしが動画を撮影したいと言って、顔を隠すために部屋に飾られていたそのマスクが使われることになった。
その他にもどんなに奇抜なものが贈られてもどこかで活用されることがあるから不思議だ。
挨拶をしても返事が返ってこないとき、彼女は防音にリフォームされた自室にいる。
そろそろ新曲が完成しそうと言っていたから今日も朝早くから弾いてるのだろう。
靴を脱いで両足を揃える。廊下を真っ直ぐ進み、階段を上がると扉が見え彼女の部屋から漏れたピアノの音が聞こえる。
私はその扉を開けて部屋に入った。
部屋の中にはベッドとテレビ、ピアノとキーボード、私が編集に使っているパソコンとカメラ、彼女が最近買ったもの、そして漫画の棚がある。
まず深呼吸をした。
いい匂いだ。
彼女の香りが部屋中に染み付いている。
ここにいるだけで私の心がピョンピョンする。
彼女はピアノに集中しているので、とりあえず私は彼女の枕に顔をうつ伏せに、そして毛布で体を包んで再び深呼吸をした。
すぅ~、はぁ。すぅ~〜、はぁ。すぅ~〜〜。
数時間前までここで彼女が寝ていた。
温もりは既に消えているけど、その香りは健在。
彼女特有のとても甘い匂いが私の脳を震わせる。
うん、今日も最高の日だ。
——っは!危ない!夢中で堪能していたら結構時間が経ってしまった。
今日はやりたいことがあるんだ、早くしないとそのときが来てしまう。
こんなことをしている間も彼女は私に気づかず真剣な顔でピアノに向かっている。
カッコいい。好き。
私はパソコンの横に置いてあるカメラ3つと三脚を手にとった。
まず1つ目を彼女の体をだけを映すように配置する。2つ目は手元、そして全体。
全て長年のときによって追い求められた、彼女が一番美しく映る角度で撮っている。
彼女は毎回一曲を通して練習するから、その合間にハーフマスクを被せる。
これだけのことをしても彼女は私に気づかない。
彼女をピアノの天才だという人がいる。
確かにその実績は異常だ。6歳のときに初めてコンクールに出てから、15歳まで飛び級を含む全国規模のコンクールで最優秀賞を18回連続受賞。
天才以上の何かじゃないと成せないことをやっている。
だけど私はそうは思わない。彼女はピアノの天才ではない。
彼女は集中力の天才だ。
それと依存とも言えるほどのピアノへの執着心。
超集中といえばいいのか、超フロー状態といえばいいのか。
とにかく彼女そのような状態に意図的に入ることができる。
けれど自力で戻ることはできない。
ピアノと彼女だけの世界。
椅子から移動させるか、外部から強い刺激を与えない限りその世界からは戻ってこれない。
例えば、いまこの状態の彼女を放置してみるとする。
彼女は永遠と弾き続けるだろう。肉体の疲労を無視して、排泄物すら垂れ流しながら。
まるで現実に帰ることを拒否しているかのように。
これを心配した彼女の両親は制限を課した。といっても、当たり前のことだけど。
昼晩の食事のときは必ず
彼女が自分で守ることはできないから、実質私たちのルールになっている。
そしてピアノへの依存。
幼いころ彼女はピアノが好きだと言っていた。
その言葉も正しく彼女の感情を表していると思う。そうじゃないと、ここまで集中力が続くことはないはず。
ただそれだけではなかったと私は思う。
ピアノしかなかった。
彼女はいつも満たされない生活を送っていて、それを埋める何かを得られるのがピアノだけだった。
お人形さんが好きで、お人形さんみたいにかわいくて優しい彼女の事が大好きだった私はそれを幼いながらに理解していて。
彼女の宝石のような瞳にピアノしか映っていないことが恨めしくて。
私をみて、私だけを見てと幼い子供特有の独占欲を暴走させてしまった。
そんな私を彼女は子供らしからぬ困った子を見るような苦笑いの表情で構ってくれていたことを覚えている。
小学校に入ってからはその独占欲がなくなったというより、歪な形に変化してしまったけど。
とにかく彼女は集中力の天才だ。
狂気的なまでのそれがたまたまピアノだけに向けられているから才能があるように見えているだけ。
ただそこまで自由度があるものではない。
フローを使うことができるのは実質ピアノだけ。
それ以外との違いは、本当に心の底から好きであること。
そうでないとフロー状態に入ることはできないと彼女は考えている。
ベッドに座って毛布に包まりながら彼女の横顔を眺めていたら、いつのまにか数時間経ってしまった。
美しい横顔。
その美貌を表現するのに使う言葉が思いつかない。
ただ私がこれまでに見た誰よりも優れた容姿を持っていることはわかる。
かわいいけど、かっこいい。かっこいいけど、美しい。
同時に存在できないことを並立させているのが彼女だ。その見た目は顔上半分を隠していても損なわれない。
人類史上最も美しいフェイスラインとコメントで言われているくらい。
あの変態がやったのは癪だけど、短くした髪もとっても良く似合っている。
喋ると天使系、集中しているときはクール系に見える。結婚したい。
そんなことを考えている間に彼女が自分の理想の演奏をして曲を完成させるときが来た。
多分本人は知らないし全世界で私だけが気付いているけど、彼女は理想の演奏ができたときに少し恍惚とした表情で小さく震える。
私が予想するにこれはとても軽いオーガズム。
理想を再現したことによる達成感と快感が身を襲うのだろう。本人が気付かない程に小さな。
私はその姿を撮って全世界に配信している。とてもエッチだ。なんだか体の奥がキュンとしてきた。
数時間も前から待機していたのはこれを逃さないため。エッチな姿を撮りたい訳ではなくて、この動作をしたときが彼女が一番の演奏をした証拠だから。
機材を片付けて、そろそろ昼食の時間だからと彼女を戻すことにする。
彼女を戻すには、椅子から退かせるか強い刺激を与える必要がある。
頭や肩を叩いても気づかない。椅子から強制的に退かせるのは危険だから、必然的に強い刺激を与えなければならない。
強い刺激とは、痛みだったり。
彼女の両親はちょっと抓ったりしているらしいけど、そんな酷いことは私にはできない。
私には私のやり方がある。
私は次の曲の譜読みを始めようとしている彼女の後ろに回った。
脇の下から手を伸ばし、手のひらから少し溢れるくらいのおっぱいを鷲掴みにする!そして一瞬でその頂点を探し出し、人差し指で強く押す!ついでに後頭部に鼻を押しつけ、思いっきり息を吸い込む!フガフガ!
あぁ、至高の感触だ。
ふわふわ、ふかふか、ぽよんぽよん。
ブラと服の上からといっても、その柔らかさを誤魔化すことはできない。
創業15年の老舗マシュマロ店。
どれどれ、とタプタプ軽く揺すると気持ちの良い重さを掌に感じる。
流石は世界最高と名高い超高級マシュマロだ。重量、形、感触、全てが緻密に計算され尽くしている。
うーん、星1億つ!
一生触っていたいおっぱい。
私はこのおっぱいを揉むために生まれてきたといっても過言ではない。
「——ひん!?な、何事!?」
素っ頓狂な声もかわいい。結婚しよう。
真剣だった表情は戸惑いに変わり、そして現在の状況を把握するとこちらを振り向き少し顔を赤くして私を責めるような顔を作った。
「も、もう!いつも痛くしていいって言ってるでしょ!」
あー知らない知らない。私は何も聞いていない。
何も悪いことはしていないけど、とりあえず最後に一揉みだけして手を離した。
彼女は名残惜しいように手を離す私に羞恥に染まった顔のまま困った子を見るような視線向けた。
そしてそれから惚けるほど甘く優しい表情に変わり。
「もう・・・ヒナ、おはよう」
私はこの表情の変化が大好きだ。
直前に彼女がどんな感情を持っていても、私と話すときはこの無償の愛が感じられるとろけるような甘さを持つ顔に変わる。
私だけに向けられる、私だけの特別な表情。
いつもとかわらない日常の幸せを噛み締めた。
「もうお昼」
12時。
1階に移動して、冷蔵庫の中身を物色する。
今日は二人でご飯を作る日。
「玉ねぎ、人参、じゃがいも、お肉・・・。うーん、カレーにする?」
最高だ。今日はやっぱり最高の日だ。
二人でキッチンに並んでカレー作るだなんて、まるで新婚ラブラブの夫婦みたい。
毎朝行ってきますのチューをしよう。
冷蔵庫で冷やしておいた少ないコーラを全てコップに入れて飲んでいる彼女に期待の視線を送った。
「うん?飲みたいの?ちょっとしか残ってないけど、これでいいなら」
私の意図を勘違いしたのか、そう言って飲みかけのコップを差し出してこようとする彼女。
その瞬間急速回転する脳。
視野が広がり、彼女の動きがとてもゆっくりに見えるようになった。
思わぬ幸運だ。
コーラはどうでもいいけど、そのコップの彼女が唇を付けた場所にはとても興味がある。
どうすればいい。どうにか不信感を与えずに間接キスをする方法はないか。
そうだ。彼女がよく言っていた、目的を達成するにはまず情報を整理しろという言葉に従おう。
目的はバレずに間接キッスをすること。
それを達成するには自然を装う必要がある。
自然を装うとは、普段と異なる行動をしないということ。
私は普段から彼女の飲み物を貰っていたし、それに対して言及することもされることもほとんどなかった。
つまりただ普通に感謝の言葉を口にしてコップを受け取ればいい。
ならば次はその受け取り方だ。
わざわざ左右にコップを持ち替えて飲み口を探すというのは少々変。
彼女の懐は海のように深いので間接キスがバレてもきっと何も思わないだろうけど、少しでも猜疑心や拒否感を抱かせる可能性のあることは極力したくない。
さっき胸を揉むことができたのは、昔からやり続けてきたのと彼女を起こすという大義名分があったから。今は何もない。
なので条件は受け取ってそのままダイレクトに口を付けられること。
状況を整理しよう。
彼女は左手に取っ手を持って飲んでいた。
そして今はその反対側を右手で掴んで、私が受け取りやすいように取っ手をこちらに向けて渡そうとしている。
あっ、優しい。好き・・・。
つまり、私が左手でその取っ手を持てば彼女と同じ形で同じ場所に口をつけることができる。
そして最後に自然に左手で受け取る方法。
やり方は2つある。
1つ目は右手に何かを持ち塞がった状態にして、物理的に左で受け取らざるを得ないようにすること。
考えてから思ったけど、彼女がコップを差し出してくれている今この状態から物を持つのは少し違和感がある。この案は却下。
2つ目は今の彼女に対して真正面を向いてる状態から、左半身だけ気付かれない程度に近づけること。
つまりよくダメ人間が主張する近い奴が取るべきだ理論。
喧嘩に発展してしまうこともあるこの理論だけど、今の状況はその真価を発揮する。
彼女は近い方に渡すべきと考えるのが普通。
しかも右手で彼女からみて右に渡すのは自然だし、そうすれば私も左手で受け取ることができる。
よし、これで決まりだ。
さっそく脳内に限りなく現実と近い空間を作り出し、幾度となく一連の動作をシミュレートする。
13年間私の中に蓄積された記憶によって再現された彼女は現実と同じ反応をしているだろう。
ここ数日で一番稼働している脳が導き出したその成功率は、驚異の99.8%。
もうバレないと決まったようなものだ。
安心できたらあとはシミュレーション通りに行動するだけ。
時間知覚がもとに戻り、ほぼ止まっていた彼女も再び動き出した。
それと同時に私はバレないように左半身を少し前に動かした。
数時間前にも感じられるけど、実際には数秒前にされた彼女の提案にうなずく。
そうすると、予想通り左手に向かってコップを差し出してくれた。
「はい」
うっひょ。
「ありがとう」
動揺しないように受け取り、そのまま顔の前に持っていく。
そして待望のその箇所に口を付け、コップを傾け——
「あっ、間接キス」
——!?
バ、バレ、バレバレバレ!?
思わず飲み口を含んだままの状態で動きが止まった。
何もできず固まっている私を他所に彼女は間接キスの場所に目を向けたあと、視線を合わせて。
「言葉にしちゃうと、ちょっと恥ずかしいね」
全く気にしていないという様子で微笑んだ。
セーフ!セーフ!セーーフ!
手を横に広げるジェスチャーを何度もする自分の姿が脳裏に浮かふ。
ふー、焦った焦った。まさか0.2%を当てるとは。
ただ失敗したときの反応は一応予想していた通り。
不快感を与えないことが分かったのだから、このまま続けても大丈夫。
彼女の言葉に小さくうなずいた。
それでは改めて。
コップを傾けると中身が口に流れ込んだ。
液体とともに口内で広がる彼女の成分。
あぁ、至福。
ただのコーラなはずなのに、今まで飲んだ飲み物の中で一番美味しく感じる。
「おいしい」
あなたの唇が。
「そう?よかった」
顔をほころばせる彼女。
本人に見られながらその魅惑的な唇を間接的に貪る私。
かなり興奮した。
気を取り直してカレーの準備に取り掛かる。
彼女は朝から水分をとっていなかったせいか、新しくお茶をコップに注いでいる。
そんなとき、ふと思いだしたように問いかけてきた。
「そういえば、今更だけどmytubeはどれくらい登録されてるの?」
結構前からやっているから数十万くらいはいってるんじゃないかな、と予想している彼女。
それに関して質問されるのは初めてだった。あまり興味がないことは知っていたから、私から話題に出すことも今までなかった。
最近カメラをかなり良いものに変えたし、それが目に入って偶々気になったから聞いた、みたいな経緯だと思う。
数十万どころじゃない。
アカウント名だって適当に『M・H』にしたし、どの動画も曲名と作曲家の名前ぐらいしか書いていないのに海外ですこぶるバズった。
彼女の演奏技術とマスクごときでは損なわれない美しさの賜物だ。聞いて驚け。
「670万」
聞いた瞬間目を見開き、ブフゥと吹き出す彼女。
口に含んでいたお茶と唾液が混ざった液体が正面にいた私に降りかかる。
顔を含めて全身が濡れるような軌道で飛んでくるそれがスローモーションに見えて。
私は万物に感謝して、祈るように目を瞑った。
お父様、お母様。彼女を産んでいただきありがとうございました。
お父さん、お母さん。私を彼女の幼馴染にしてくれてありがとう。
私、今日彼女と結婚します。
慌てて謝る彼女によって風呂に押し込められたあと。
今日という日の幸運を噛み締めながらシャワーを浴び、彼女の部屋着に着替えて——私のものもあるけど、気付かなかったで押し通すつもりだ——キッチンに戻ったら既に料理を殆ど終わらせていた。
途端に不機嫌になる私。
それをみてお茶の件で気を悪くしたと勘違いする彼女。
違う。私はただ包丁で切ってしまった傷口を舐めたりして欲しかっただけだ。
あと新婚ラブラブベロキスちゅっちゅをしたかっただけだ。
でも機嫌をとろうとするかのようにデロデロに甘やかしてくれたから良しとする。
ちなみにさっきのは聞かなかったことにしたらしい。私が(意味のない)嘘をつかないことは知っているから、一応信じているとは思う。
午後は部屋でゆっくりする。
どちらもインドア派だからあまり外には出ない。特に彼女はマスクと眼鏡をしていても注目を集めてしまうし。
彼女はベッドを背にしてカーペットの上に座り、ノートパソコンとキーボードを机の上に置いた。
私は彼女に足を開いてもらい、その間に座った。コツは少し体制を崩して首元におっぱいの感触が当たるように座ること。
彼女は意外と、特に異性に対してパーソナルスペースが広い。
けれどずっと昔から彼女に引っ付いていたからか私だけがその空間に入ることができる。
同性の幼馴染同士はこういうことするものだと信じ込ませているのもあるけど。
実際すると思っている。だってこんなにも素晴らしいのだから。
空いている手はお腹に置いてもらう。
こうしていると体がポカポカしてくるし、なんだか大事なところを弄られているみたいでちょっと興奮する。
暇なので、パソコンの画面を眺めることにした。
彼女は今作曲をしてるらしく、フローとまではいかないけど私など目に入らないかのように集中している。
痴漢された日に周辺機器も含めて買いに行った。今までほとんど使わないで貯めていたお小遣いをすべて使い切ったらしい。
ちなみに彼女が今付けている猫耳のヘッドホンは私が選んだ。かわいい。いっぱいちゅき。
なんだか最近何かに悩んでいる表情をしていたから、解決できるものが見つかってよかった。
何をやっているか全く理解できないためか、時折鳴らされるキーボードとマウスのカチカチ音が眠気を呼び。
彼女の甘い匂いと体の柔らかな感触、体温に包まれる感覚が心地よく、目を瞑り。
優しく髪を梳かすように撫でられたのを最後に私の意識は微睡みのなかへ落ちていった。
2年生の10月。
彼女は学校中のクソ女どもにいじめられた。
彼女はただ楽しい学校生活を送りたかっただけで、それには男女平等に仲良くする必要があった。
本人は演技をしていると言っているけど、元から世話焼き体質で自分では解決できない問題に困っている人がいるとつい助けてしまう彼女はよく異性に勘違いされて。
それが気に食わなかったのか、色目を使ってるだとかくだらない難癖をつけられた。
孤立したところをチャンスだと性欲を向けることしかしなかったクソ男どもも、勇気が出ないと言い訳して流れに逆らわなかった奴らも全員同罪だ。
そして迷惑をかけることしかできなかった私も。
彼女はいじめを全く気にしていなかった。
みんな本来はいい子だから、誠意を持って接すればいつか分かってくれるはずと変わらない笑顔で過ごしていた。
私は誰よりも優しい彼女が謂れのない中傷を受けて、理不尽を強いられていることが許せなかった。
けれど、どうにもできなくて。
対立をさらに加速させてしまい、結局私も標的になりかけたところを逆に助けてもらう始末。
悔しくて、情けなくて。
いつも助けられているのに、彼女の危機には何もできない自分の無力さに腹が立った。
一人演台の前に立つ彼女を見たあの日、改めて思った。
このままではいけない。
なんで私はこんなところに座っているんだ。
力になりたい。
彼女のとなりで笑いたい。
一人で立つことができる人だけど。
それでも彼女を支える柱になりたい。
目を覚ました私には毛布が掛かっていた。
窓の外は既に暗くなっていて、かなり長い時間眠っていたことがわかる。
毛布があるといってもまだ季節が移り変わりの時期だ。太陽が沈んで下がった室温に体がブルリと震える。
その動作で私が起きたことに気づいたのか彼女がすぐ真上から声を掛けてきた。
「おはよう。いっぱい寝たね」
すっと脳に入ってくる落ち着いたダウナー系ボイス。
そして優しく語りかけるような声色。
首をひねって見上げると、いつものとろけるような甘い笑みをこちらに向ける彼女と目が合った。
言葉では返さず、顔の向きを戻したあと後頭部をグリグリと胸に押し付けた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
そう言って私をギュッと抱きしめる。
ポンポンと優しく叩かれるお腹が気持ちいい。
しばらくそうしていたかったけど、ずっと同じ体制で私を待っていてくれた彼女に申し訳なくて終わりの言葉を告げた。
「ん、もう大丈夫」
一度彼女の腕をギュッと抱きしめ、それを最後に立ち上がった。
溶け合っていた私たちの体温が離れていく感覚に少し寂しさを感じる。
「そう?じゃあ、そろそろご飯食べよっか」
その提案に頷いた。
7時。
夜ご飯はカレーの残りとちょっとしたおかず。一緒に作れたから満足した。
お風呂を洗って、お湯が沸くまでリビングのソファに並んで座りテレビをみて時間を潰す。
色んな話をした。無言の時間も心地がいいけど、目を合わせて会話を楽しむのもまた良いと改めて感じた。
給湯器のメロディが鳴ると同時に立ち上がり、彼女の手を引っ張って洗面所に連れていく。
ポンポンと服を脱いでいって、私が全裸になっても少しそわそわした様子で動かない彼女に催促する。
「はやく」
それでも脱ごうとしないのを疑問に思っていると、それに答えるかのように胸の内を明かした。
「もう高校生にもなるし、一人ずつ入るべきなんじゃないかなって」
少し気まずそうな表情でそう言う彼女。
その内容を理解した途端、目の前が真っ暗になった。最高だったテンションは最低まで急落し、彩りに溢れていた素晴らしい世界が一気に色褪せて見えるようになった。
もうダメだ、おしまいだ。今日このときを楽しみにしてここ2時間を生きてきたのに。
「ご、ごめんね!やっぱり一緒に入ろっか!」
一気に肌年齢50歳くらい年取った私に驚いたのか、慌てて発言を撤回する彼女。
その瞬間、私の視界が明るくなった。テンションが再び最高潮まで急上昇し、100万もの色で世界がカラフルに彩られた。
世界はかくも美しい。
神様、いつもありがとう。私真面目に生きます。
「もう・・・。一緒に入るから、先に体を洗ってて」
調子のいい私をジト目で少し責めるように見る。
そういうわけにはいかない。
彼女の生脱ぎを見ないと1日が終わらない。
「嘘の可能性もあるから、ここでみてる」
そう言ってどっしりとその場に座りあぐらをかく。一瞬たりとも見逃さないようにその全身をくまなく観察する。
意地でも動かないという態度をとる私に諦めたのか、彼女は服を脱ぎ始めた。
まず腕を前にクロスして、体の線を隠すような大きめのパーカーの裾部分を掴み引っ張り上げた。
そうして顕になったのは眩いばかりに白く研ぎ澄まされた上半身。
母性を包む機能美のみを追求したスポブラの無地の黒が強調され、肌の色とのコントラストが酷く美しい。
そして眼を見張るべきはそのスタイルの良さ。
つい目を向けてしまう程美しいくびれに細長い手足、贅肉がほとんどない引き締まった肉体。それらが影響して胸も実際の数値より大きく見える。
彼女の胸は現在Cカップ。
その大きさで勝てる人はいるだろうけど、それらすべてを考慮したとき彼女より魅力的な人はいないだろう。
次にズボンの紐を解き、一気におろした。
現れたのは彼女が好んで着ているボクサーパンツ。ブラ同様無地の黒で、一切飾り気のない着心地のみを追求されたもの。
これもいいけど、もうちょっと可愛い下着も着てみてほしいとも思う。
見る人すべてを魅了するすらりと伸びた下半身。そして緩やかな曲線美を描く腰。
程よい肉付きの太ももに手をスリスリして顔を挟みたい。
靴下を脱いで顕になった御御足を隅々まで舐めさせてほしい。
総評すると四肢が伸びやかに発達したモデル体型で、出るとこも出た超えっちな体。
まだ成長途中の年齢で、それ相応の少女性と不相応な妖艶さを併せ持っている。
抗いがたい程の背徳的な魅力。正直むしゃぶりつきたい。
私は将来への期待で体が震えた。
そして最後にお楽しみの時間。
彼女はブラジャーに手を掛けた。
そのまま上にあげ、大切に隠されていた胸も付随して引っ張られもう少しでこぼれ落ちるというところで彼女の動きが止まった。
「あの、そんなに見られるとさすがに恥ずかしい・・・」
少し顔を赤らめてそう言う彼女。
あぁ、寸止めだなんて酷すぎる。
すぐ目の前にある至高の宝物が手に入らないと分かったときの絶望感といったら。
「うしろ向いてもいい?」
絶対ダメ。
「ダメ。隙を見て逃げる可能性がある。これは監視だから」
そう、これは監視だから。
彼女がちゃんと服を脱ぐかどうかしっかり見張らなければいけない。
だから、その一挙一動を見逃すまいと穴が空くほど見る。上から下まで舐め回すように見る。
逃げたりなんかしないのにと呟く彼女は覚悟を決めたのか、その動きを再開した。
顔は言わずもがな耳まで真っ赤にして、恥ずかしくてたまらないといった様子で顔を背ける彼女。
下着によって引っ張り上げられた胸の下部分が徐々に現れていく。
その様を固唾を呑んで視姦していると、ついにその時が来た。
ぷるんっ、と聞こえるはずのない音。
それは見事なお椀を描いていた。
それは重力の影響を受けていないかのように、美しい形を維持していた。
それは見るだけでその柔らかさを感じとることができた。
こんばんは!本日もいいお天気でしたね!
5日ぶりですが貴方様もお変わりのないご様子で私も嬉しく思います!
さて話は変わりますがここで一句思いつきましたのでさっそく披露させていただきます!
おっぱいは 形が良いと エッチだね
『こんばんは!』と挨拶を返してくれるようにぴんと揺れた、そのさきっぽにある小さくて可愛らしい薄桜色の乳首も素晴らしい。
あっ、あぶない、鼻血が。
不意に感じたそれを根性で我慢して観察を続けていると、彼女は私の視線から逃すようにまろび出たおっぱいを腕で覆ってしまった。
左腕でムギュゥと音がなりそうなほど押しつぶされ変形しているお乳様に夢中になっていた私を他所に、いつのまにかパンツを脱いで全裸になった彼女が少しやけくそ気味に言う。
「ほら、はやく入るよ!」
こちらに背を向け風呂場の扉をがらりと開ける。
そのプリプリなおしりが私を誘うようにフリフリと揺れた。
互いの髪と体を洗いっこ。
これは13年続けてきた伝統行事だから今後も大切にしていかなくてはならない。
私は彼女のハリのある透き通るような柔肌を素手で壊れ物を扱うように洗った。
ふわふわもちもちエッチエチ。
最高級シルクのような漆黒の黒髪。
美しくサラサラのそれを傷付けるわけにはいかないから、全神経を注いだ。
まずブラッシングでついた汚れを落とし、そのあと髪全体にしっかりと水を行き渡らせたあと、マッサージのようにもみ洗いをして流す。
手で泡立てた少量のシャンプーを髪全体に馴染ませたあと、指のはらで頭皮ごと動かすようなイメージで洗う。決してゴシゴシはしないように。
それらをしっかりと流したら絞るように水気を切り、トリートメントを毛先からつけていく。
これでも髪を切って楽になった方だ。
自分の髪を洗うのが面倒だと言って適当に終わらせていた彼女もそこは喜んでいた。
そうだ、面倒が嫌いなら体で体を洗うのはどうだろうか。
時短にもなって一石二鳥だし、いける気がしてきた。今度提案してみよう。
次は私。
彼女の比較的大きな掌が全身を転がる感覚がくすぐったく、変な笑いが出そうになった。
シャンプーも上手い。
彼女の愛が伝わってくるような手使いで、とても心地いい。
シャンプーソムリエである私が言うのだから間違いない。
洗い終えたあとは湯船に浸かる。
浴槽は一人が足を伸ばせるくらいの余裕しかないから、まず身長が高い彼女が入る。
そしてその上に私が密着するようにして座った。
ざぷんと二人分の水位が上がり、湯船からお湯が少しこぼれた。
彼女の腕を掴みお腹の定位置へ持っていき、組んでもらう。
こうすればさらに密着度が増し、彼女の肌を全身で感じることができる。
直接触れ合えていることによる幸福感と、お湯に浸かったとき特有の体に溜まった疲れが滲み出るような気持ちよさについ「ふぅ」と声が溢れた。
同じくウットリしたような色っぽい声の彼女が耳元で問いかけてきた。
「幼馴染って本当にこういうことしてるの?」
他の同性の幼馴染がいる人も一緒にお風呂に入ったり洗いっこしているのか、ということだろう。
大半の人たちはやっていないと思うけど、している人たちも少数いると思う。ネットに書いてあった。
けれど彼女はそれらを見る暇があったらピアノを弾いているし、友達に聞くにも例の件でいなくなってしまったから機会がない。
彼女を騙しているという自覚はある。
それでもいずれ出来なくなってしまうというのなら、もう少しだけこの関係を楽しみたい。
「いる。キスの練習をしてる人たちもいるらしい」
それに彼女だって嫌がってはいない。
確かに私にとても甘いけど、嫌なことは嫌だと言う人であることはわかっている。前トイレについていこうとしたら断られたし。
倫理や常識を重んじる人でもあるから、それらに反する可能性のある行為をすることに少し抵抗があるのだろう。
疑う声が返ってくると想像していたのに返事が無かったので、少し起き上がって肩越しに振り返った。
すぐに目が合ったあと、その視線は徐々に下がり私の唇に置かれて。
体が温まって血行が良くなったのか、何かを想像したからなのかはわからない。
ただ確実に彼女の顔は赤く染まっていた。
冗談で言ったけど!
もしかして!
期待しちゃってもいいんですか!
「する?」
固まっている彼女に向けてんチュ~とキス待ち顔をする。
「し、しないよ!はい、この話もうおしまい!」
硬直から解けた彼女によって強制的に体の向きを戻され、動けないようにギュッと抱きしめられた。
ちょっと残念だけど、これも背中の感触が気持ちいいから良しとする。
そのあとは他愛もない話をしてのぼせる前に風呂から出た。
髪を綺麗に保つには風呂上がりのケアが一番大切。
日頃からそう言い聞かせているに関わらず適当に済ませようとする彼女の髪は私が担当する。
まず乾かしやすくするために、目の荒いくしでざっくりととかしていく。
次に大きめのタオルで頭を包み込み、優しくマッサージするように全体を拭く。毛先は挟み軽くポンポンと叩くようにして吸水させる。
こうするとキューティクルが閉じるので、それを保護するために洗い流さないトリートメントを毛先にしっかり馴染ませる。
最後にドライヤーで乾かし、ブラシで仕上げに絡まりをとる。
それが終わったら私のをやってもらう。
自分のものは適当にやるくせに、他人の髪は人一倍丁寧に扱う。
そういうところも好き。
思えば、私は彼女の見た目よりその内面の方が好きだと思う。
優しいところが好きだ。誰に対してもそうだけど、私を一番に扱ってくれるところが大好きだ。
物事をハッキリ言うところが好きだ。駄目なところは駄目だと指摘されるけど、どう直せばいいか一緒に考えてくれるし本気で私を想ってくれていることが伝わって心が暖かくなるから。
ギャップがあるところが好きだ。
例えば、勉強ができて性格も良いためなんでもできるのかと思いきや運動がてんで駄目。
普段体を動かす分には大丈夫だけど、力いっぱいボールを投げたらあらぬ方向に飛んでいくし、本気で走ろうとすると結構転ぶ。
本人は「記憶と実態の乖離」と言っていたけど、よくわからなかった。とりあえずかわいい。
また甘いものに目がない。
スイーツ食べ放題のお店とかに行くと、その細い体のどこに入っているのか大いに不思議に思うほどよく食べる。いっぱい食べる君が好き。
あと結構脇が甘かったりもする。
彼女は博識で、その知識を私に対して鼻高々に披露してくることがたまにある(例えば歴史とか。そういうとこもかわいい)。
けどそういうときに限って人物の名前が間違っていたりする。
それを指摘すると羞恥からか赤面して目を逸らしてしまうところも愛おしい。
ついでに絵が下手。
本当に下手。信じられないくらい下手。何描いてもタワシにしか見えない。
いくら言っても頑なに信じなくて、いつもドヤ顔で見せてくる姿が本当に愛らしい。
彼女は完璧ではない。
たしかに年齢の割に言動や考え方が成熟していて驚くほど容姿端麗だけど、マイナスに分類される要素も持っている。
自分の見た目の良さを理解していて、周りにはバレていないけどナルシスト気味だし。
私はそんなところも好きだけど。
周囲と趣味が合わなくて、ちょっとズレたことを言ってしまうときもあるし。
確かに仏像の中にもイケメンはいるのかもしれないけど、残念ながら普通の女子中学生はそれらに興味がない。そもそも彼女たちはテレビで有名なアイドルの話をしていた。
私はそんなところも好きだけど。
人の話を聞いていないこともある。
特に授業中はずっと上の空だから、勉強ができて性格が良いにも関わらず教師からの評判は悪かった。
ちなみにフロー状態のときと声が小さすぎて彼女の耳に届かなかった場合を除いて私が言葉を聞き返された経験は一度もない。これは密かな自慢の一つ。
短所ではないと思うけど、暗所恐怖症と閉所恐怖症。
それら自体に対して明確に恐怖ととれる感情を持ったことはないらしい。
けれど激しい不安感に襲われ冷や汗と動悸が止まらなくなり、どんどん呼吸をコントロールすることができなくなっていく。
1人でなければ症状は出ないから、そういう場所に行くときは必ず誰かがついていくようにしている。
閉所だからか車にも長時間乗れない。
かなり重度だと思う。
それらの原因は過去のトラウマからきていることが多いけど、本人は全く思い当たる節がないと言う。
私が覚えている記憶の中でも、出会ったときからそのような症状はあった。
つまりそれ以前か、生まれつき。
彼女は生まれてから私と伝説的で運命的で必然的な出逢いをする2歳までの記憶がない。気付いたら私の隣でピアノに触っていたらしい。
それ以降のことはかなり明確に覚えている記憶力の良い彼女に空白期間があるというのは異常だ。
彼女の両親に聞いても眉間に皺を寄せて教えてくれないから、何かがあったことは確かだと思う。
少し気にはなるけど、症状も段々良くなってきているし今の彼女が健康に過ごせているのだからそれでいい。
それはともかく。
大抵のことは一人でやれるけど、なんでもできるわけじゃない。
突出したピアノの腕や常軌を逸した美貌に比べて、その振る舞いや精神のあり方は間違いなく常人の部類だと思う。
甘やかされるだけじゃなくて、私にも支えることができる余地がある。
彼女のすべてに惹かれているけど、最後のひと押しはそこだった。
今の私の目標は一方的に頼っている今の状態から支え合える関係に変えること。
だから、貴方の為になることなら。
私はなんだって成し遂げてみせる。
22時。
彼女は既に眠たげな様子なので、今日も夜ふかしをしないで寝ることにした。
ストレッチをしたあと、二人で彼女のベッドに潜り込んだ。
寝返りをしない彼女は仰向けで寝る必要があるから、特に壁側の私が結構狭い思いをすることがある。
「壁が邪魔」と言って彼女を抱きしめながら寝ることもできているから私にとって支障はない。
けれど中学生になったばかりのとき、それを気にしてかそれとも別々にする時期だと思ったのか、私用の布団を用意してくれていたことがあった。
1度それで寝てみて思ったのはとても寂しいということ。
もちろん泊まらない日は自分の部屋で寝ているから1人には慣れている筈なのに、彼女と一緒となるとやけに心細さを感じた。
結局その後いくら言われてもベッドに潜り込む私に降参したのかその布団は用意されなくなり、それからはずっと押入れにしまってある。
すぐ私を遠ざけようとするのは彼女の悪い癖だ。
私も彼女も嫌がってないし、そもそも添い寝フレンドなるものが存在するくらいだから幼馴染で一緒に寝るのは全くおかしなことではない。
彼女は自身の偏見というか、どこで培ったかもわからない偏った常識に囚われているけど、私としてはちゃんと本心に従ってほしいと思う。
私は気付いている。
布団のときも先程のお風呂のときも、彼女は自分で提案しておきながら断ると少し安心した表情をしていたことを。
つまりきっと私と同じように今の関係がもう少し続くのを願っているということ。
他人からみたらちょっと面倒くさいと言われるような性格かもしれないけど、私はそんなところも好き。
人知れないツンデレ的要素に萌えている私に少し不思議そうな表情を向ける彼女。
大丈夫と返事をすると彼女は頷いて電気を消した。
私が泊まるときは電球の光をつけないため真っ暗になった部屋。
日中を電気の明るさの中で過ごしていた目はすぐにその暗闇になれることはできない。
だけど私はどんなところにいても匂いの流れを察知して彼女の動作を把握することができる。
はい、と差し出された左腕をギュッと抱きしめ、磁石のようにくっついて横になる。もう離さないぞ!
子供の頃からよく抱き着いたり膝枕だったりをしてもらっていたから、今でもこういうことは許してくれる。
幼い頃の私、マジグッジョブ。
シルク生地の長袖パジャマはつるつるすべすべで、その感触が掌に伝わった。
私は彼女の吸い付くような素肌の触り心地が一番好きだけど、今はまだ寒い時期なのでわがままを言っても仕方がない。
ちなみに夏は最高だ。
家の中では緩い格好をしている彼女。
頻繁に起こるブラチラや産毛一つ生えていない美味しそうな脇、健康的なエロスを感じさせる二の腕、つい手をスリスリしたくなる理想的なもっちり太もも。
それらすべてを見てよし、たまに触って良しのパラダイス。
そのおかげで私のチラ見技術は至高の域に達し、副産物として瞬間記憶能力を得た。
寒さで無意識に彼女からの距離が近くなる冬もいいけど、やっぱり夏が一番好きだ。
一枚の掛け布団を二人で共有して彼女は肩付近まで、私は鼻まで覆う。
枕は別だといっても仰向けで顔だけこちらに向ける彼女とは息がかかりそうなほど距離が近い。
少しずつ暗闇に慣れてきた私の視界に、大好きなとろけるような愛情に満ちた笑みをこちらに向ける姿が映る。
宝石のように輝く黒い瞳と見つめ合い。
一段と柔らかい声色の彼女と言葉を交わした。
「ヒナ、おやすみ」
「おやすみ」
彼女は満足そうに顔の向きを戻し、瞼を閉じた。
数分間、その横顔を眺め続け。
しっかり寝息をたて始めたのを見届けたあと。
彼女の腕をもう一度強く抱きしめ、とてつもない幸福感に包まれながら。
私も彼女と同じように目を瞑った。
寝れない。
それどころかギンギンに目が冴えていた。
よく考えたら今日既に5時間近く熟睡している。
そんな長時間わたしを抱え続けてくれていた彼女の優しさに改めて心震えつつ、それは全く眠くならないわけだと納得した。
真っ暗な場所でやれることもなく手持ち無沙汰でいると、つい今も抱きついている彼女のことが気になってしまう。
私がガサゴソと動いても全く目が覚める様子のない彼女。
私の視界に映るのは年相応に可愛げのある寝顔。
穏やかな寝息を立ていて深い眠りに入っていることがわかる。
起き上がり、体を上半身に近づける。
おそるおそる手を伸ばし、その吸い付くような柔らかさを持つ頬に触れた。
ひんやりとした感触のあとに気持ちの良い人肌の温かさが押し寄せてきた。
それから指ですべすべの頬をつつき擦ってみたり、むにーっと優しく摘んでみたり。
耳たぶを弾いてぷるぷるさせてみたり、縦ジワのない潤った唇をツーっと指でなぞってみたり。
無防備な姿を私に晒す彼女に思いつく限りの悪戯をする。
そして両手で頬を包み込み、揉むようにその感触を堪能しながら呼び掛ける。
「メグ」
ピクリとも反応せず、私がこれからしようとしてることも知らずにただ穏やかな寝息立て続けている。
胸に込み上げてくる罪悪感を無視して、しっかり寝ているかもう一度確認したあと。
私はそっと唇を重ねた。
駄目なことをしていると自覚しながらも、彼女と直接繋がる感覚に喜んでしまう自分の卑しさに嫌悪感を抱きながら。
「メグ、好きっ、大好きっ!」
彼女の名前と伝えられない愛の気持ちを口に出し。
何度も何度も、キスをした。
彼女の異常ともいえる集中力には明確な副作用があった。
それはとても眠りが深くなるという症状。
彼女はフローを使用した日は、一度寝ると翌日の朝まで夢から絶対に覚めることができない。
数時間やった日には6時間以上。12時間近くやった日には10時間以上。
耳元で大きな音を立てても、強くつねっても起きなかった。
危険だから二度とやらないけど、少しの間呼吸を止めさせても無反応だった。
もしかしたら刺されても何事もなく寝続けるかもしれない。
なんというか、最低限生命維持に必要な行為と肉体の反射行動だけは自動で行われている感じ。
寝返りもしないから、血が溜まったりしないように仰向けで寝ることを習慣づけた。
尿意や便意で起きることもできないから、容量の限界を迎えると勝手に出てしまう。
丁度いい水分補給の調節ができるようになるまではよくお漏らしをしていた。大も数回。
一緒に寝て朝起きたら彼女のおしっこで濡れていた、ということもめっきり無くなってしまって少し寂しい。
幼いころこれを心配になった両親に連れられ行った病院で彼女は精密検査を受け、わかったことがある。
浅い眠りのレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠が90分周期で入れ替わるというのが一般的な睡眠。
だけど彼女がフローを使用してピアノを弾いた日は、外からの刺激にも反応できない程とてつもなく深いノンレム睡眠が先に長時間連続して行われ、そのあと押し出された分のレム睡眠が行われている。
そうしないと超稼働で疲労した脳が回復しきれないのだろう、というのが医者の見解。
彼女に12時間という制限を設けたのは、半日以上あの状態で過ごすのはリスクがあると言われたから。
現状深い睡眠をとることで完全に回復できてるからいいが、これ以上はどうなるか分からない。というかそもそも休憩無しで長時間椅子に座り続けていること自体が体に悪い、と。
だから寝る前の入念なストレッチは欠かさず毎日行っている。
何をされるか分からないから、他人の目がある場所では寝ない。
彼女の寝顔を眺めることができるのは彼女が心の底から信用している人間、つまり私と家族だけ。
それはとても名誉なことだ。
だから絶対にその信頼を裏切ってはいけない。
はずだったのに。
最初は純粋な疑問からだった。
小学校低学年のとき彼女に一人部屋が与えられ、二人きりで寝るようになった。
大人の目がなくなり自由になった私は、普段から思っていたことを実行するようになった。
それは本当にどんなことをしても起きないのかということ。
もちろん寝ている人にいたずらをするのは良くないことだと理解していたから、せいぜい手を握るとか体を動かす等の可愛らしいもので、それも大体2週間に一度といった少ない頻度だった。
4年生になってそれがおかしな方向に変わり始めた。
そのとき私は既に思春期に入っていて、とうに自覚していた彼女への恋心に性への興味という制御しきれない感情が追加され、どうすればいいか分からず困惑していた。
そして初めての気持ちである筈なのに、どこか既視感があるという違和感。
その正体はすぐに見つかった。
クラスに何度止められても彼女にちょっかいを出し続ける最低な男子たちがいて、彼らが私と同じような視線を彼女に向けていたから。
優しい彼女は決して強くは言わなかったけど、しつこい彼らにかなり嫌な思いをしていたと思う。
私は信じられなかった。
そんな奴らと同類だなんて、信じたくなかった。
彼らと同じ醜い想いを持っていることを彼女に知られたらどんな反応するだろうか。
もし嫌悪感を抱かれてしまったら。
もし近寄らないでと言われてしまったら。
そんなの絶対に嫌だ。
彼女にだけは嫌われたくない。
もっと彼女と話したいし笑い合いたい。
あの大好きな笑みが向けられなくなる未来など到底受け入れられるものではなかった。
だからその気持ちを隠すようになった。
彼女のどんな些細な事にも反応して溢れ出てしまう感情に蓋をして、常に無表情でいるようにして。
そうして発散する術のない悶々とした思いを抱えているうちに。
元は起こす方法を探るという純粋に相手を思う行動だったものに、少しずつそういう意味が混じるようになった。
もちろん最初は我慢して横腹を擽ったりしていただけだった。
我慢して、我慢し続けて。
だけどそのうち、どんなことをしても彼女にはバレないという事実と溜まりに溜まった爆発寸前の欲望に負けてしまって。
あるとき、とうとう頬にちょんと触れるようなキスをしてしまった。
その瞬間体の奥がジンと熱くなる感覚と、今まで経験したことない程の幸せな感情で心が満たされた。
それらに病みつきになってしまい、何度も何度も同じことを繰り返している内に抱えていた鬱憤とした気持ちもスッキリどこかへ消え去っていた。
こうなってしまったら、もう駄目だった。
こっちの方向で彼女を起こす方法があるかもしれないと自分に言い聞かせて。
性的快感は反射なのか、実際に体は反応することがその言葉に信憑性を持たせてしまって。
過激化する行為を止められず、止めようともせず。
通常年齢が上がるにつれて理性と常識が育っていくはずなのに、私は学んだ性の知識と底知れない欲望に身を任せ毎晩のように彼女の肢体を蹂躪するようになった。
頬やおでこが中心だったキスは耳や唇に、そして舌を入れるようになり。
手は胸を、そしてもっと大切な場所を触るようになり。
揉む、入れる、舐める、吸う、飲む、浴びる。
他にも思いつくことすべてをやるようになった。
大海原のように広い心と深い愛情でわたしを包み込んでくれる彼女もさすがにこれを許してくれるわけが無い。
分かっている。
私は彼女のことより自分の欲望を優先した。
彼女のことを好きだと言いながら相手のことを何も考えていない、自分勝手な人間だ。
分かっているのにやめられない。
それすらも不可抗力を装っているだけで本心はやめようとすらしていない。
結局私も彼女の美しい体にしか興味がない下劣な人間なのかもしれない。
mytubeもそうだった。
私は彼女に人気者になって欲しかった。
そこに顔を出す必要はなく、ただ私が彼女と認識できるものが有名になって欲しかった。
そして彼女を求める声で溢れかえったコメント欄を彼女の腕の中で流し読みして、彼女の生演奏を聞けるのは私だけ、彼女の隣にいられるのは私だけと優越感に浸ることで独占欲を満たしたかった。
お金はどうでもよかった。
私のすべては将来彼女の為に使うと決めているため、所持金という認識もない。
ただそういう醜い欲を満たしたかった。
そうやって彼女を消費しながら、それを知らない彼女の横でのうのうと普段通りの日常を送っているのがこの私だ。
それらの行為によって生まれる幸せな感情と信頼を裏切ることによる罪悪感が頭の中をグチャグチャにして、おかしくなってしまいそうだった。
彼女のことを含めて全て忘れてしまえたらどんなに楽かと考えたこともある。
だけどそんなのは嫌だ、彼女のいない人生なんて考えたくもないとすぐに思い直した。
例えば私に彼女がいない色々な世界線があって、色々な人生を送る道があったとして。
神にそれらすべての人生の終始を見せられ、1度だけ他の世界線の自分と入れ替わることができると言われたら。
それが億万長者になる道や、見るからに楽しい人生を送ることが確立されていたとしても、私は迷わず今のままを選択するだろう。
なぜなら彼女が隣に存在しているこの私が一番幸せだと断言できるから。
彼女がいるだけでどんなことでも楽しめるし、どんな困難だって乗り越えられる。
例え貧困に陥ったとしても辛くないから。
今までの人生における幸福度を調査できるとしたら私が世界一だろう。
彼女が笑いかけてくれるだけでそれほどの充実感と満足感を得られてしまうから、私は彼女のそばを離れられないし離れようとも思わない。
だから、私はこの行為を続けるのだろう。
彼女にバレるそのときまで。
どうなるかは考えたくもない。
例えどうなったとしても、全て自分の意志が弱いことが原因の自業自得だ。
潔くその断罪を受け入れよう。
だけど、もし。
例え1%の確率でも、醜いところも全て受け入れてくれる未来があるとしたら。
私は。
歯列をこじ開け口蓋をなぞり、唾液を流し込む。
数十秒口内を蹂躙したあと、満足した私は彼女のそれと絡み合わせていた舌を引き抜いた。
名残惜しいように舌と舌の間に引かれた唾液の糸がプツンと切れたとき、幾万回目のキスは終わりを告げた。
こくこくと私の唾液を飲み込む姿に興奮し罪悪感と背徳感で体が震えてしまう。
彼女もこうすると反応してすぐ
洗面所から持ってきた何枚ものタオルを裸になった彼女のお尻の下に重ねて敷く。
全ての準備を終えて彼女にもう一度触れるようなキスをしたあと。
本人はほとんど使用したことがない、穢れなきそこへ顔を近付けた。
事を終え最後に一度だけ彼女の指を借りたあと、後片付けをして元通りにした。
そして、元の位置で彼女の腕を抱きしめて。
爆発寸前の性的欲求が収まったことであらわになった彼女への純粋な愛の気持ちが嘘でないことを確かめながら、私も眠りについた。
カーテンの隙間からぽかぽかと暖かい陽の光が降り注ぐ。
優しく頭を撫でられる感覚に目が覚めると、すぐに息が掛かりそうなくらい近い距離にいる彼女と視線が合った。
先に起きて腕を抱きしめている私を待っていてくれたのだろうか。
ありがとう、愛してる。
それにしても、あぁ、幸せだ。
朝一緒に起きることは夜一緒に寝るのとはまた違った良さがある。
これだけで今日一日を最高のテンションでやっていけそうなほど気分が良い。
私が起きたことに気付いた彼女は目を細め、顔をほころばせる。
そしておはようと声をかけられた。
寝起きには彼女の声がキく。
耳触りの良い落ち着いた声が部屋に響き、私の鼓膜を震わせたとき大して働いていなかった脳が急覚醒。
そして彼女の言葉に返事をしようと思ったその瞬間、私は昨晩のことを思い出した。
あぁ、そうだ。
またやってしまったんだ。
優しく純粋な彼女を再び汚してしまった私を責める声が脳内で再生される。
最低だ、私って・・・。
一人、嫌いな人間がいる。
好きと伝えられない小心者で、彼女より自分のことを優先する自分勝手な裏切り者で卑怯者。
許されないことをしていると理解しながら未だに彼女の優しさに縋ろうとしている大馬鹿者。
この世界にいる誰よりも、その人間が反吐が出るほど嫌いだ。
いつもエッチなこと考えてる無表情系幼馴染に気付かないまま肉体を開発されちゃうTS主人公を書きたかった・・・。
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ヒナちゃんセラピー
ヒナちゃんと一緒に寝ると翌日体調が良くなる現象をヒナちゃんセラピーと名付けた。
具体的な効果は三つ。
1つ目、朝超スッキリ起きることができる。いつもなら目覚めてすぐは全然頭が回らなくて布団から起き上がることもできないのに。
2つ目、心做しかいつもより肌が潤っている気がする。わたしのもち肌が更に光り輝いているように見える。何故か彼女もいつもよりピカピカ光っているような気もする。
3つ目、体が軽い。フワフワ飛んでいけそう。
正直に言うと毎日一緒に寝たい。
ただそれは効果だけを求めているみたいに感じて気に入らないし、彼女にも家族がいて生活がある。
それに彼女は朝が弱いから毎日は流石に嫌と言うかもしれない。
だから決して口には出さない。
ちなみに何故かは分かっている。
この前『もしかして、寝てるとき何かしてくれてる?』と聞いてみたら『なぜバレた!?』と驚くように体がビクンッと震えたから。
そのときにやっと思い当たった。
多分、マッサージか何かをしてくれていたのだろうと。
きっと一日中椅子に座っていたりするわたしの体がのことが心配になって。
内緒にしていたのはわたしの心情を考慮してくれていたから。
確かにわたしは彼女だけにしてもらうのは申し訳ないと考えてしまうし。
だからわたしが気づかないように寝たあとの時間にやっていた。
いつからかはわからないが、わたしがヒナちゃんセラピー現象に気付き始めたのは2年前。
つまり2年以上。下手したら3年以上も、きっとたくさんの時間を使ってマッサージのことについて勉強してくれたのだろう。
その効能はどんどん効果を増していって、ついわたしが聞きたくなる程になってしまったのは誤算だったはず。
それに気付いたとき思わず泣きそうになってしまった。
彼女の善意の想いに気付かなかった自分を恥じつつ、その気遣いが無駄にならないようこれからもその優しさをありがたく受け取ることにした。
自分で聞いておきながら、わたしは焦った様子で何かを言おうとしているヒナちゃんを後ろから抱きしめみなまでいうなと止めた。
耳元で『いつもありがとうね。あんまり夜更ししすぎないで、自分の体のこともちゃんと気にしてあげてね』と囁きその会話を終わりにした。
というか改めて考えてもヒナちゃんが良い子すぎる。
いつもわたしのことを考えてくれているし。
相変わらず無表情ではあるけど、最近どんどん可愛くなってきているし。
もう天使だ。黒井エンジェル。
ただまあ、彼女に甘えすぎないようにしないと。
わたしもたまにマッサージとかして、彼女に優しさの還元をしていきたいと思っている。
それはともかく、入学準備期間中に分かったある事実がある。
わたし、金持ちだった!
ことの始まりは先日のヒナちゃんとの会話。
気付いたら撮影機材が新しくなっていて、それもなんかゴツくて高そうなやつだったから、もしかして結構儲かっているのかなと思い聞いてみた。
そうして答えられた驚愕の登録者数。
時期的にもピアノというコンテンツ的にもありえないような数字で、しかしヒナちゃんがこういうことで嘘をつくはずがないという確信もあり、ちょっと面倒になったわたしは一旦脇において後日詳しい話をした。
リビングでわたしとわたしの母、ヒナちゃんで話し合った結果分かった認識の違い。
まずわたしはピアノが弾けていればそれで満足だっため、mytube活動には全く興味なし。
従ってほとんど口出しせず、すべてひなちゃんと母に任せていた。
ヒナちゃんはそれを知っていたからわたしとの会話には出さず、母との連絡だけで終わらせていた。
わたしの母は毎日一緒にいるくらい仲がいいのだからもちろん話はしていると思って、お金の管理や代理で確定申告を提出していただけ。
決して親子で会話が少ないという訳ではない。
もちろん動画は随時確認していたらしいけど、その人気度の割にわたし本人が気にしている様子もなく、そういうことならと話はせず。
ピアノに関すること以外で物を要求されたこともほとんどなかったから、お金に関してわざわざ話題に出す機会もなかった。
こうした絶妙なすれ違いが原因でわたしにあまり情報が伝わることなく時が過ぎていった。
編集も撮影もアカウントの管理も全部やってるヒナちゃんが税金対策だとかで個人事業主になって、そのうち法人化していったことは知っていたがほとんど聞き流していた。
わたしがしたことといえばパートナーに誘われたとかで収益化した際にその取り分で争ったくらい。
具体的に言うとまずヒナちゃんにわたし9割彼女1割を提案された。
こちらとしては好きにピアノを弾いてるだけでなにもしていないという認識なので流石にそれは避けたかった。
だから対抗してわたし1割彼女9割という対案を主張した。
そのときはやけに彼女が頑固で、ならばわたしもと譲らなかったため見かねた私達の両親が介入し、結局折半ということで落ち着いた。
善良な母親が勝手に手をつけるなんてこともなく。
わたしの口座だけでも余裕で人生一回分過ごせる程の金額が貯まっていた。
まあだからといって何かが変わるわけでもない。
ヒナちゃんになにかしてほしいことはないかと聞いたが上目遣いでいつもありがとうと伝えられただけ。
可愛いすぎてヨシヨシとあ〜んをした。
グランドピアノとあるやりたいことに関係する事以外で欲しい物もない。
前者は買うなら最高級にしたいし、けれどこの年齢でそんなに大きなお金を動かすべきじゃないとも思っている。
後者は必ずやり遂げたいし、お金も結構かかってしまうことだが現状どうにもできない。気長にやっていくつもりだから今は関係ない。
ということで得意げに胸を張っているヒナちゃんには少し申し訳ないが、大人になるまでこのお金は封印ということにさせてもらう。
人生における憂いの一つが無くなったのはいい事だ。
前世で社会の歯車として働き、心が壊れそうになってしまった身としては本当に救われる。
ただなんだかヒナちゃんに養われているみたいでちょっとモニョる。
もちろん私がピアノをやっていなかったら稼げなかったということは理解している。
そしてその反対が言えることも。
だからそんなこと考えても意味がないと頭ではわかっているのに、感情がついていかない。
なんというか、横に立ちたいのだ。
上でも下でもなく、横に。
ヒナちゃんは最高の幼馴染で、わたしは色々なものをもらっている。
彼女のわたしを見つめる視線にはいつも愛が感じられて、心を暖かくしてくれて。
自分でも気付かない体の不調に彼女は気付いて、わざわざ夜中に起きてマッサージまでしてくれていて。
精神的にも肉体的にも支えられて、果てにはお金までも。
対してわたしは彼女に何かできているのだろうか。
今まで気付かなかったぐらいだから彼女にも入っているはずの大金には興味がないのだろう。
してほしいことや不満がないか聞いても『大丈夫』『幸せ』等の言葉しか返ってこない。
たまに日用品をお揃いにしたい、わたしが数回着ただけの服が欲しい、お下がりが欲しいという可愛らしいお願いを叶えるくらいしかできていない。
誕生日は二人で贈り物を交換するけど、それは当たり前だ。
こんなにもわたしの心を満たしてくれるのだから、わたしも彼女の心を満たしたい。
できることはすべてやってきたつもりになっていたから、どうすればいいのか今はまだ分からない。
本人の言葉も嘘ではないと思う。
けれどきっとまだ何かあるはず。
彼女の為にわたしができることを。
少しずつでもいいから探していこう。
話が終わり、初めてチャンネルを開いてみた。
どの動画も数百万以上、人気順にしてみると有名なクラシック曲は大体5千万以上、特に一番最初にあげた『魔王』は4億回再生されていた。
コメントは色々な言語で埋め尽くされている。魔王がバズって、海外で人気になったからこの登録者数になったのだろうか。
それらをスクロールしながらなんとなく眺めて、とりあえず全部見なかったことにした。
ヒナちゃんに目的は達成できたのかと聞いた。
頷きは返ってきたけど、それが何だったのかは教えてくれなかった。
ということはやはりお金が欲しかった訳ではない。それなら隠さず言うと思うし。
地位は確かにあるけど全く活用されていない。
名誉かな?でもそれにしてはチャンネルで自己主張がされていなかった。
結局分からず仕舞いで終わったけど、やっぱり悪いことではなかったと思うしなんかヒナちゃんがかわいいからそれでヨシ!
税金関係も詳しく知らないので適当です。
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勃っ
4月6日。
ブラウスを着てネクタイを首に回す。
もうあれから15年経っているというのに、体が覚えているのか慣れた手付きで締めることができた。
肌の色が見えないほど厚い黒タイツを履きその上にハーフパンツ、そして膝が隠れるくらいの丈のスカートを履く。
成長を見越して控えめな萌え袖になる大きさのブレザーを着てボタンを閉じたら完成。
目の前の鏡に映る自分の姿。
どちらかといえばメンズカットのショートでそれが似合ってしまう端麗な容姿。
第一印象は見たことがない程のイケメンだが、そう思ってしまった自分を責めてしまうぐらい他にも魅力がある。
吸い込まれてしまうような可愛さも眩しいような美しさも持っていて、中性的で背徳的な魅力に溢れている。
新入生は真新しい制服に包まれているのもあって着られている感があるのが普通だが、わたしにはその不自然が一切ない。
まさにこれはわたしの為だけに存在しているといっても過言ではないほどの着こなしだ。
どんな服を着てもわたしの場合はこうなってしまうけど。
問題がないことを確認して、うんと頷いた。
玄関の前でヒナちゃんと合流する。
時間的には余裕があるので、ゆっくりと安全な道を探しながら自転車を漕いでいく。
そう、高校の入学式だ。
私たちが通うのは中高一貫の女子校。
つまり人間関係が既に形成されている場所。
中学校ではうまくいかなかったが、青春をしたいという思いはまだある。
だからそこにどうにかして入り込まなければいけない。
もちろん同級生に異性がいないため、前回のような問題が起こる可能性は限りなく低いだろう。
そこに関してはあまり心配していない。
ならば何故こんなに緊張をしているのか。
言わずもがな、女子校という場所を知らないから。
わたしは男時代、小中高大全て共学だった。
もちろんのこと女子校の実態は知らないし、似ている体制であろう男子校のことすら知らない。
噂では女子が全員猿のように笑うと聞いたことがあるがそれも定かではない。
私たちが通う高校はいくら学費の高い私立とはいえお嬢様学校という訳ではない。
中学から子供を受験させるような意識の高い親がいてそれなりに裕福ではあると思うが、上級生を『お姉さま』と呼んだり『ごきげんよう』と挨拶するような人々が集まっている場所とは思えない。
ただそうだとしてもわたしが知っている共学とは違うから、その集団がどんな性質を持っているのか分からない。
別にこちらと無条件で好意的に接してほしいとかは望まないから、せめて人を大勢でいじめたりはしないような人たちであって欲しい。
登校しながら色々考えてしまうが、今後ろをついてきているヒナちゃんが昨日『絶対大丈夫』って言ってたから多分その通りなのだろう。
何故か彼女に保証されると心底安心してしまうのだ。
そうしてゆっくりと周りの景色を見ながら自転車を漕いでいたとき。
一本道で遠くに見えたときから少し気になっていた、心配になるほどフラフラしながら歩いていた女性が突然倒れた。
私たちが近づくのを待っていたかのように、私たちの目の前で。
——ッ!?ウッソだろ、おい!どうしてこう、入学式の日に——!
悪態をついてしまいそうになるが、放っておくわけにもいかないのですぐに自転車から飛び降りた。
支えがなくなったそれが倒れてガシャーン!と結構な音がしたが、気にすることなくその女性に近づく。
くっそ、わたしは救命の知識なんて持ってないぞ!こんなことになるならちゃんと中学で人の話を聞いておくべきだった!
つけていたマスクもブチブチと引きちぎるように外した。
「ヒナ!」
「うん」
彼女に周囲への協力を要請させ、それと同時に救命について詳しくスマホで調べてもらう。
ここは車も人もほとんど通らない場所らしく、周囲にいるのは私たちと同じ高校生が2人だけ。それも突然の状況に驚いて動きが止まっている。
もう絶対こんな道通らないからな!特に夜!
「救命の知識は?ないならあなたは救急車を呼んで。そこのあなたは周囲に協力を要請しながらAEDを探してきて」
彼女がスマホを弄りながら高校生たちに何かを言うのを尻目に倒れた女性の様子を観察する。
ちょっとお高そうな服を着てて、50歳くらい。
歩道で安全、偶然か重要な場所は打たないように段階的に倒れていたから多分怪我もない。
とりあえず肩をたたいて反応を確認。
「大丈夫ですか!もしもし!聞こえますか!」
全く反応がなし。
次は呼吸の確認でいいはず。多分胸を見て上下しているかどうか。
どれくらい見続けていいかわからないから、とりあえず10秒くらい。
あーこれ絶対動いてない、これ絶対呼吸してない!
顔付近に耳を当ててみても全然音が聞こえない!今世のわたしは耳が良いんだ!
次は胸骨圧迫!?わかんない、どうやるの!?ヒナちゃん助けて、ヒナちゃーん!
過去に聞いたことないぐらいの大声で周囲の家に協力を求めていた彼女に声をかける。 でも車もないからきっと無人だ。
すぐに近づいてきた彼女が調べてくれた情報を実際に場所を指しながら教えてくれる。
「場所はここ。両手を重ねて握る。肘を伸ばして垂直に、手の付け根に体重をかけて3分の1沈むまで圧迫。bpm120、30回」
彼女と一瞬目を合わせてイメージを共有する。こういうときに私たちの意思疎通力が役に立つ!
それ従って圧迫を開始する。
ここまで多分倒れてから40秒ぐらい。
ピアノで鍛えた正確なリズムで服の上から胸を押していく。ボゴォという感覚が手に伝わって本当に気持ち悪い。
しかも結構きつい。力も結構本気で心配になるくらい凹んでいるし、上半身の全体運動だから普段使ってない筋肉を使わなければいけない。
インドア派に胸骨圧迫やらすな!
「左手は額、右手の人差し指指と中指で顎先を上げる。そのまま左手で鼻をつまみ、空気が漏れないように息を吹き込む。胸が上がるまで1秒間、それを2回」
フンッ、フンッ!と鼻息を荒くしながら頑張っているわたしにその後どうすればいいかを教えてくれる。
そうだ、これだから彼女にはやらせたくなかった。
命が掛かっている場面で考えることではないのかもしれないが、わたしはそもそも彼女の方が大事なのだ。
だから相手が女性だとしても彼女のファーストキスは奪わせない!
30回の圧迫が終わったあと指示通りに動いたわたしは覚悟を決めた。
さようなら、わたしのファーストキス。
何十年も一緒にいてくれてありがとう!
初めてはタバコの味でした。
関係しているのかはわからないけど、心停止するようなヤツが吸うな!
ピアノだって長時間演奏し続けるのは肉体的に辛いんだぞ!の精神でその一連の行動をあ繰り返し続けること数分。
彼女が変わろうと提案してきたが、それでは今まで頑張ってきた意味がない。
圧迫の質が落ちてきたら変わると約束して、そうはさせまいとわたしはもう根性で続けた。
そうしているうちにやっと先ほどの高校生がAEDを持って帰ってきた。
すぐに開けてヒナちゃんが指示に従う。
やっと集まってきたくせに救命を変わろうとすらしない人たちから女性だけを呼び、周りから見えないように囲ませる。
わたしは動作を続けながら、彼女は女性の服をぬがせ下着をギリギリまでずらしパッドを指定の位置に貼った。
もちろんお高そうなネックレスをとったあと。
”体には触れないでください”の合図で周りに呼びかける。
「離れて、女性はギリギリまで!」
ショックは必要と判断され、充電に数秒かかったあと彼女がショックボタンを押した。
ヒナちゃんがすごい、全く迷いがない・・・。
わたしは内心めちゃくちゃ焦っているというのに・・・。
全身の筋肉がピクリと痙攣したが、女性の様子はそのままだった。
わたしは再び胸骨圧迫を開始した。
だからインドア派にこれさせるな!確かにまだ質はそのまま出来てるけど、見た目よりほんとにキツいんだぞ!
特に離れて見ている男ども、美少女であるわたしがこんなに頑張っているんだから下心があってもいいから少しは変わるとか言え!写真を撮るな、動画も撮るな!
ヒナちゃんとは変わりたくないからわたしから言い出すことはできないんだぞ!
結局誰も交代を言い出すことはなく、2分後にもう一度AEDが起動してちょっとしたら救急車がきた。
わたしは救急員と交代して、新品の制服が汚れることも構わず疲労困憊の体を休めるために地面に倒れ込む。
そのわたしを尻目に全てを数えてた彼女が状況を説明、彼らにしっかり引き継いでからこちらへきて頭を撫でた。
「お疲れさま」
うーん、久しぶりの感覚。
ヒナちゃんに撫でられるのはいつぶりだろうか。
彼女に答えたいが、目を腕で覆ってそこから動かそうとするのも億劫な状態だから無理。
というか本当にすごかった。
表面上はいつも通りだけど動きは迅速、全て正しい行動を彼女はしてた。
わたし一人では何も出来なかったと思う。
彼女がいたからこそ安心してできたみたいなとこあるし。
いや本当に、ほとんどをわたしだけで終わらせられてよかった。
彼女が責任の大きいことをやって、あとで女性が亡くなってしまったとき自分のせいだと責めるような事態に陥って欲しくなかったから。
責任を負うのは大人だけでいい。
わたしも心だけはまだ大人のままでいるつもりだから。
数分後、やっと回復してきたわたしは立ち上がり彼女とともにその場を立ち去る。
背中についた汚れをパンパンと払ってくれる。優しい、ありがとう。
注目から避けるために、いつのまにかとっていたマスク・・・あれ?
ポケットに入っていたのは紐がちぎれて使い物にならないもの。
そ、そうだ、一刻を争う事態だったから適当にとっちゃったんだ。
まあいい、どうせつけてもつけてなくても大して変わらない。気持ちが少し楽になるからいつもは付けていただけだ。
そうして、飛び降りたまま放置していた自転車の方にいくと。
わたしのそれの車輪が凹んでいて、タイヤが回らなくなっていることに気付いた。
まだ買って数日しか経っていない新品だったのに。泣きそう。
ここから高校まではペダルを普通に漕いだぐらいのスピードで15分。けれど今は使えない。
走れば間に合うかもしれないが、壊れたそれを引きずりながらでは無理だ。
前輪が回らないから、少し持ち上げながらでないと動かない。
要するに普通に歩くより遅くなる。
入学式までのタイムリミット、残り30分。
つまり、遅刻確定な。
ああもう、今日は散々だ。
とりあえず学校のホームページから電話番号を調べて連絡。
遅れることとその詳細を説明したが、信じてくれたかは怪しい。その気持ちも分かるし。
後一緒の車で行っているであろう母親たちにも連絡。
私たちが大丈夫だったか心配してくれた。
ヒナちゃんの自転車は壊れていなかった為、先に行ってていいよと言ったら無言で頭を優しく叩かれた。
うーん。何を言いたいかはわかるんだけど、入学早々遅刻したやつというレッテルを貼られるのは結構きついと思うんだけどな。
特に私たち外部生は異物みたいなところあるし。まあ彼女がそう選択するならいいか。
今から急いでも仕方ないということでゆっくり話をしながら歩いた。
高校でわたしがやりたいこととか、やろうと思っていることか。
もう既に話していることではあるがそれでもいいだろう。
彼女は基本的に聞き専だけど、いつも目をキラキラさせているから楽しんでくれていると思う。
高校周辺に近づいたらちょっと歩く速度を早くする。
別に何も悪いことはしていないが、なんかそうしなければいけないという気持ちになった。
高校についたら元から指定されていた場所に自転車を置き、急いで体育館へ向かう。
先程までの衝撃で忘れていたが、流石に再び緊張してきた。
『入学式』と書かれた看板の横を通り、過去の生徒がとったであろう賞状やメダルなどが飾られている小部屋に入ると、少々厳しそうな眉間にシワを寄せた女性の先生がいた。
「遅い!どうして遅刻したの!」
事情を知らない様子のその先生。
校長らしき人の拡張された声が聞こえる館内を考慮しているのか、その声色は叱責しているようで控えめ。
それと事務員、例え嘘だと思ってもほうれんそうはしっかりしてくれ。
「倒れた人に救命処置を施していたら遅れました、すみません!」
ただ言い返しても何もいいことがないので、ここはしっかりと頭を下げる。
ひなちゃんもわたしの言葉を肯定するようにこくこくと頷いている。
「何バカなこと言ってるの!ほら、中でもう式始まってるから早く静かに入って!」
了解です!
ビシッと敬礼を決めるポーズをした。頭の中で。
急いで入り口に向かい、わたしが先導して扉に手をかけた。
どうか、どうか学年に大きな影響のある立場にいる子が良い子でありますように!
そう願って、わたしはその手を横に——横に、あれ?引けない・・・。
なんか引っかかって・・・んぎぎぎっ——
改めて両手で力いっぱい引いたその扉は、勢いよくスライドして。
バーン!と体育館中に響き渡るような爆音を奏でた。
見られている。
めちゃくちゃ見られている。
中央にたくさんいる新入生も、両端のわたしから見える場所にいる親御さんたちも、みんなわたしのことを見ている。
こちらに振り向いた人間は全員わたしの顔を確認した瞬間驚いた表情のまま停止した。
どういう感情なんだ。めちゃくちゃ怖いんだけど。
突然の出来事であることとわたしに注がれるたくさんの視線のせいで動くことができない為、わたしも扉を開け放った体勢のまま固まっている。
だれか動いてくれ!そうすればきっと皆も釣られるように戻るから!
けれどそのまま見つめ合い、わたしの頬を一粒の汗がたらーっと流れたとき。
『ほらほら、早く前を向きなさい。遅れてきた子も早く椅子に座りなさい』
校長先生らしき人のその声で、この異常な空気は元に戻った。
マジで良かった!ありがとう、仮校長先生!
これからどんなに中身の無い話をされてもわたしだけは最後まで聞きます!
そしてすみませんすみませんと周りに向けて頭を下げたあと、後ろにいるヒナちゃんに本当にごめんと声をかけようとして。
彼女がいないことに気付いた。
振り返ったわたしの視界に入ったのは先程の先生の怒ったような表情だけ。
そうして周りを見渡すと、指定された私たちのクラスの最後尾にちゃっかりと座っている彼女の姿が。
いつのまに!?いや本当に、いつのまに!?
わたしはずるいと追いかけた。
入学して1週間経った。
一つわかったことがある。
女子校、めちゃくちゃ距離が近い。
最初はあまり上手くいかないだろうなと思っていた。
入学式でちょっとやらかしてしまった上に、向こうからしたら転校生みたいな感じだろうしとっつきづらいのも分かる。
だから周りの人になるべく自分から話しかけて私たちの存在を受け入れてくれるように頑張ろうと思っていた。
取越苦労だった。
入学式での担任発表のあと、移動しているときからやけにチラチラと見られていたのは分かっていた。
そして教室につき担任に休憩を言い渡された瞬間、彼女たちは周りと目配せを交わしたあとこちらを振り向きキラリと瞳を怪しく光らせ、中学3年間で培ったであろう抜群のチームワークで隣同士だったわたしとヒナちゃんを囲い始めた。
そうして始まる私たちへの質問の嵐。
突然囲まれ驚いて、四方八方から次々と投げかけられる大量の質問に目を回した。
流石のわたしも全部同時に答えていくのは不可能なので、改めてヒナちゃんと各自一人ずつ対応することに。
『名前はなんですか?』
「一ノ瀬廻だよ、よろしくね』
『中学校は?』
「外道野中だったよ」
『共学?そこってどんなところだった?』
「愛と憎しみが入り乱れる戦場・・・かな」
『どうしてうちに進学してきたんですか?』
「色々あったんだよ・・・ほんとに」
『なんで遅刻したの?』
「登校中、とある事情で自転車が壊れちゃって。途中から歩いてきたんだ」
『背中汚れてるよ』
「そうなんだよね、来るとき地面に寝っ転がっちゃってさ」
『あの大きな音は?』
「体育館の扉が固くて力任せに開いちゃった。ビックリしたでしょ、本当にごめんね」
『二人の関係は?』
「ちっちゃい頃からの大切な幼馴染だよ」
『ショートが似合ってて超かっこいい!どこのヘアサロン?』
「ありがとう、ほんとに嬉しいよ。近所のコンロリっていうところ」
『ハーフ?』
「純日本人だよ」
『好きな食べ物は?』
「ぶどうとピーマン」
『好きなことは?』
「ピアノ!・・・あと仏像」
『なんか甘い匂いがするけど何かつけてんの?いやほんとうにこれ、なんだか癖になる・・・』
「なにもしてないよ。そんなに臭うかな、ちょっと心配になってきた・・・」
『いや全然嫌な匂いじゃないよ!むしろもっと嗅がせて!もっと近づいてもいい?大丈夫、絶対何もしないから!』
「そ、そう?えーっと、まだちょっと恥ずかしいかな?」
『あの、女の子同士の恋愛ってどう思いますか?』
「普通のことだと思うよ、わたしは全く偏見とか持ってない。・・・どうしたの、ヒナ。急に立ち上がったりして」
『可愛すぎでしょ、まじテンアゲ〜!』
「あ、ありがとう。て、てんあげ〜?」
『あたし今まで生きててよかった・・・!!あの、推してもいいですか?』
「推し・・・?い、いいけど」
『ちくわ大明——ちくわは好きですか?』
「ちくわ?好きだけど・・・どうして?」
『デュッ、デュフフ・・・。あの・・・あなたを初めて見た時・・・・・・なんていうか・・・・・・その・・・下品なんですが・・・デュフ・・・・・・勃っ——デュフォ!?』
最後の長い前髪で目が隠れた子の質問はギャルっぽい子に蹴られて途中で終わった。
心配になるような倒れ方だったけど、みんな平然としているからいつものことなのかもしれない。
答えていくうちにわたしは気付いた。このクラスの雰囲気がとてもいいことに。
誰も質問に横槍を入れようとしなかったし、横入りもしなかった。
そしてどう答えてもすごい盛り上がる。
結構濃い人たちもいたけど当たり前のように受け入れられている。
最後の目隠れっ子も蹴ったギャルっ子と普通に言い争ってるし、仲がいい友達とじゃれているといった感じだ。
というか普通に喋れるんかい。どうしてあんなオタク口調で危ないこと言おうとしたんだ。
中学時代のような険悪な雰囲気はどこにもない。
しかも何故かすごい好意的だし、これなら友達百人できて青春を楽しめるかもしれない。
とりあえず一人とロインを交換してクラスのグループ招待してもらった。
そしてどんどん増えていく友達の数。
中学校の人とは縁が切れていたから、元々はヒナちゃんと家族しかいなかった。それが見てみろ、もう30人近く増えている。
これはもう、友達100人も夢じゃない。
最高だ、女子校って。
それから一週間、授業を受けていった。
そして気づいたのが距離の近さ。
例えば、この学校には”抱きつき魔”なるものが多数存在しているらしい。
別に同性が好きとかそういう訳ではないらしいが、友達を見つけたらすぐに抱きつく。
そんな人種がクラスにもいた。
彼女は初日にわたしの匂いを嗅ごうとしていた子。
みんな共学のときの記憶と比べると距離が近いけど、彼女は特にそう。
朝登校したら挨拶代わりの抱擁、目があった人には大体抱きつく。
わたしも毎日のように要求されていたが最初は恥ずかしくて断っていた。
しかしあまりにも当たり前のように抱きしめ合う彼女たちを見て、ここに馴染むには価値観をアップデートする必要があると思った。
その次の日から彼女のお願いを承諾。
嬉しそうにわたしに抱きついて、胸に顔を埋めて深呼吸をされた。
数秒間の沈黙、そして徐々に荒くなっていく呼吸。強くなっていく腕の締付けとトントンと背中を叩いても反応がないことに違和感を持った。
それから強制的に離れさせて顕になった彼女の顔は、年頃の女の子がというか人としてしてはいけない表情になっていた。
彼女に『責任とってよね』と言われそれから毎休み抱きつかれるようになり、その様子に興味を持った他の女子たちの中にも続々と抱きしめ中毒の人が出てくる始末。
昔からヒナちゃんも『すごい』とは言っていたけど、わたしはどんな匂いがするんだ。
ここまでとなると怖くなってきた。
それはともかく、その日から彼女たちとの距離が飛躍的に縮まった。
抱きしめられるのはもちろん誰かと話すときは膝の上に乗られるようになったし、よく腕を組むようになった。
胸を揉まれたこともあったしキスをしてこようとする子もいた。
学校にいるときはずっと誰かと手を繋いでいると思う。
これで良いのかと少し思ったが、きっとこれが普通なのだろうと納得することにした。
ちょっと恐ろしい、女子校って。
「デュフッ・・・・・・柔らか・・・いい匂い・・・これは・・・・・・ぼっ——デュフォ!?」
「また変なこと言おうとしただろ、常識考えな〜」
「デュッ——ちっ、ちがう、母性って言おうとしたの!前回のはほんとに反省したんだから!・・・ほんとだって!信じてよ!」
ちなみに学校ではヒナちゃんとあまりそばにいなかった。何かをして忙しそうに歩き回っていた。
寂しかったけど、家での時間は特に変わらなかったからまだよかった。
そして、入学式から10日間目。つまり部活動説明会の日。
わたしは行動を開始した。
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イカれた仲間を紹介するぜ!
音楽については何一つ知りません。
全部想像で書いていくつもりです。
5p
「軽音楽部を作りたい?」
「はい」
生まれ変わり時間が経つにつれて、あることに確信を持つようになった。
それはわたしの頭の中に存在するある特定の事柄に関する前世の記憶が失われないようになっていること。
それはさまざまな記憶だった。
通った学校のことだったり、仲がよかった人のこと、両親のこと、好きな漫画のことなど。
その上忘れていたはずの記憶も思い出すことができる。
子供の頃にハマっていたゲームのこと、小学生のとき教室でおもらしをしたこと、忌々しい初恋のことなど。
それらすべてがいつまで経っても色褪せず、しかも数秒前にあったことのように鮮明に、まるで脳内で録画を流しているかように詳細を思い出すことができるのだ。
例えば幼い頃にやった一狩りいく感じのゲームの場合、生まれ変わって15年経った今でもわたしが狩ったモンスターの名前と見た目、ゲーム機の画面の映像やそのストーリー、後ろを流れる音楽に至るまで知らないこと以外は何もかもを完全に思い出すことができる。
どう考えてもおかしい。
わたしはそこまで深く考えないでやっていたし、そもそも大人になったときにはほとんどを忘れていた。
それなのに、生まれ変わった今は当時わたしがそのゲームに関して認識したであろうこと全てを思い出すことができる。
他のこともそうだった。
高校2年目の8月16日、いつのまにか好きになっていた人にわたしは告白をした。
初恋だったため勝手がわからず、とりあえず誰もいない教室へその人を呼び出した。
渋々とした様子でやってきた彼女はわたしの方を一瞥もせず、スマホを弄りながら至極つまらなそうにわたしの話を聞いていた。
もちろん即答で断られ、翌日その告白の録音がクラスのグループに投下されたことでわたしの最悪の初恋は幕を閉じた。
その一部始終を覚えているから、当然彼女の顔も当時の恋という感情もそのあとの相手に対する激しい嫌悪感も全て思い出すことができる。
このあとわたしは異性のことが苦手になった。
そして、両親のこと。
生まれたときから大学生に至るまで、全てとは言わないが大半のことを覚えている。
どんなことを話していたか、顔、体格、性格、口癖、それら全ての情報を明確に思い出せるから、まるで頭の中で前世の父と母が生きているように感じる。
それが当たり前だから、懐かしいという感覚すら沸かない。
そして、そんな愛しい家族を交通事故で亡くしたときのことも。
それは大学生のときだった。
長期休暇で実家に帰ってきていて、ベランダでバーベキュでもしようとわたしが提案し、3人で車に乗り少し遠くのスーパーへ買い出しに行った。
居眠り運転だった。
そのトラックの運転手は長時間労働で疲労が蓄積。限界を迎えた彼が一回船を漕いで、事故はその一瞬の間に起こった。
アクセルを強く踏まれたトラックがわたしたちの乗る車に横から突っ込み、上下左右が分からなくなるほどの衝撃と耳を劈く轟音でわたしは意識を失って。
次に目が覚めたとき、わたしに残っていたのは多額の慰謝料だけだった。
わたしはその全てを覚えている。
数秒前に起きたことのように、まるで映画のワンシーンのように、全てを明瞭に思い出すことができる。
トラックが横から迫ってくる恐怖、買い出しを提案してしまった自分への憎悪、立ち直れなくなるほどの深い絶望と喪失感、そういった色褪せない”生きた感情”が常にあるにも関わらず、家族と過ごした日常の記憶とその幸せな感情も思い浮かべることができるのだから頭がおかしくなってしまいそうだった。
わたしが家でピアノに熱中するようになったのは、外で車が目に入るとそれらがフラッシュバックしてしまうから。
ピアノだけの世界にいれば何もかもを忘れることができるから。
もちろん今は純粋に大好きで、記憶と気持ちの切り替えが得意になったから普通に楽しく過ごせているが、生まれ変わってすぐはただただ生きていることが辛かった。
何故忘れないのか。
わたしは無差別に思えるこれらにはある共通点があると思った。
それはわたしの人格形成に影響を与えた事柄に関する記憶であること。
教育機関はもちろんのこと幼いときにやるゲームも影響があると聞くし、初恋のあと恋愛はもう懲り懲りだと思い、家族の死だってそうだ。
他にも色々な記憶があるが、全てその前後で考え方が変わったりしていると思う。
何故かは分からない。
生まれ変わりの影響なのか、ヒトガタがそうしたのか。
忘れたままでいたかったものあるが、それ以上に大切な記憶が鮮明に残っていることに感謝したいという気持ちだけは事実だった。
そう、両親が亡くなって自暴自棄になっていたわたしが立ち直るきっかけとなってくれた、2つのバンドの記憶のことも。
両親が亡くなって数カ月後だった。
退院しもろもろを全て終わらせて、通っている大学がある付近に借りた一人暮らしの部屋に帰ってきていた。
何もする気になれなかったから大学は休学した。
カーテンを締めて電気も付けず、真っ暗な部屋で布団をかぶりただボーッとして。
思い出したようにゲームをして、それもつまらなくて数十分でやめて。
買い溜めたカップラーメンを食べるだけの日々だった。
いつか家族が亡くなることはわかっていた。
けれどこんなにも早く、しかも突然二人同時に。
その酷い孤独を時間が解決してくれることを求めてただ無気力に生きていたとき。
適当に眺めていたyoutubeのおすすめに、初めて見る曲が出てきた。
そんなに人気があった訳ではなかった。
登録者数は数万くらいで、これからが楽しみといった感じのインディーズバンド。
いつもなら全く興味を持たずスマホの画面をスワイプしていただろう。
実際にそのときもしようとしていた。
けれど偶然か運命か。わたしの指の動作はそれと認識されずタップしたことになりその曲の再生画面が開かれた。
面倒くさいと舌打ちしたわたしは閉じるボタンを押そうとして、そこで動きが止まった。
流れる音楽ではなかった。
彼らが心の底から楽しそうに演奏する様子に目を奪われたのだ。
MVなのだから、演技の可能性だってあっただろう。
けれどわたしにはそれが本物に見えた。
その日からわたしは少しずつ部屋から出るようになった。
朝早起きして散歩をするようになった。
隣人と挨拶をして、何ヶ月も使わなかった声帯が出した掠れた声に驚いた。
時間とお金だけはあったから、そのバンドのおっかけをするようになり。
色々な曲を聞くようになり、彼らの曲が他とは一線を画していることにも気が付いた。
そのうちもう一つ後に青春の代名詞と言われるようなバンドのファンにもなり。
復学したときも、就職で失敗したときも、そのあとブラックな職場で潰されそうになったときも。
彼らがいたからこそわたしは頑張ることができたのだ。
彼らが国民的人気を誇るバンドになっていくその様を、わたしは当然の結果だと後方で腕を組みながら見守っていた。
そういう経緯でわたしは救われた。
だからだろう。わたしは彼らの経歴や曲、そのMV、行ったライブのことなど、知らないこと以外の全てを覚えている。
わたしが軽音楽部を作ろうとしている理由にはこれともう一つのことが関係していた。
それは、この世界のこと。
この世界はおかしい。
見覚えのある地球という星に日本という国。
テレビに映るのは全く知らない大物芸人。
歴史に名を残した人物も知らない名前と顔。
それなのにこの世界は前世と全く同じ道を辿っている。
詳細はあまり覚えてないが、多分歴史の流れも変わらない。
いなくなった人の代わりをするように、違う名前と違う顔で全く同じ偉業を成す人間が絶対に現れる。
結果この時代は前世とほとんど同じものになっている。
意味が分からなかったが、実際にそうなっているのだから現実を受け入れるしかなかった。
ただ明確に違うこともある。
芸術等の創作分野では前世と同じものは作られていない。
文化的に同じような進化を経て、系統だったりジャンル的に同等のものは存在しているため、ゲーム性や物語性が酷似しているものはあるがそのデザイン等でデジャヴを感じることはほとんどなかった。
何故ほとんどなのかというと。
存在するのだ。代役のような人間ばかりの中で、前世通りの名前と顔で全く同じ人生を送る人が、極少数。
一人目はピアノをしているときに気付いた。
少しも耳馴染みのないクラシック曲ばかりの中に、ピアノに全く興味がなかったわたしでも聞いたことがあるものが数曲あったから。
知っている曲があるということにまず驚き、ネットでそれを調べてみると前世の音楽室で見たことがある『シューベルト』という名前と顔が出てきた。
それを知ったわたしは歓喜して、すぐに覚えている限りの名前を調べ尽くした。
結局存在していたのは3人だけ。
十数年前に人気だった歌手、わたしの好きな作品を描いていた漫画家、その時期は売れない芸人をやっていて後にお笑いグランプリを優勝する人。
わたしは何年も彼らを追っていた。
歌手は聞いたことがある曲を既に発表していて、漫画家は見覚えのある漫画を前世と同じ時期に連載し始め、芸人は同じ年の同じ日に開催されたグランプリで優勝した。
彼らに共通点など微塵もなかったから、きっとわたしが知らないだけで他にもいるのだろう。
運命のようなものが存在するのだと思った。
世界が異なっていたとしても、同じ人間は決まった運命に沿って全く同じ人生を歩む。
理屈抜きで、ただそうなっているのだろうとしか思えなかった。
そうしてわたしは希望を持った。
もしかしたら、わたしを救ってくれた彼らも存在するのかもしれない。
どんな確率かは分からないが、また現れて歌を聞かせてくれるかもしれない、と。
待って、待って、待ち続けて。
その名前が世に出ている筈の時期から、既に1年が経っていた。
当たり前のようにある前世の記憶がいつかなくなってしまう可能性。
そして彼らが存在しないという事実。
その2つを前に迷った。
思い出せなくなってしまったときの為にも、そして例え前世のことであったとしても彼らが存在した証拠を現実に音として残しておきたかった。
迷って、わたしは決断した。
再現しよう、彼らの歌を。
この知識はきっとその為にあるのだ。
これは自己満足だ。あと少しの使命感。
これが軽音楽部を作る理由。
もちろん高校生レベルの完成度にするつもりはないので、とりあえずここでは音楽というものを学ぶ場所にしようと思っている。
既に知識はあるが、知っているだけと実際に体験するのはかなり違いがあると思うから。
歌を完成させるのがいつになるかは分からない。
イメージが合うようなボーカルを見つけないといけないし、人生の目標として気長にやっていこうと思っている。
まず始めたのは部室の掃除だった。
幸運なことに数年前に廃部になったという軽音楽部は昔強豪だったらしく、専用の防音室があったのだ。
ホコリが溜まっていたその部屋をありがたく使わせて貰うことになった。
まず創部の条件である最低5人、つまりわたしを抜いて4人仲間を見つけるところから始めないとなーと考えながら掃除をしていた矢先にヒナちゃんの訪問。
彼女は女子生徒を3人連れていた。
次々と挨拶する彼女たちに戸惑っていると、わたしの横に並んだ彼女が目を合わせて『入部希望者、集めた』と言った。
まだ理解できなかったわたしに彼女は優しく細かく説明してくれた。
つまるところ、最近学校で彼女がそばに居なかったのは部員を探してくれていたから。
わたしがクラスのみんなと乳繰り合っている間に彼女はわたしの為に働いていたのだ。
わたしは泣きそうになった。
彼女をちゃんと見ていなかったことに深く反省して、感謝の言葉と『何でも言うこと聞く券』を20枚あげた。
そのあと集まってくれた彼女たちに同好会から始めなければいけないことと創部条件を説明してその日は解散。
まずはちょっと色々確かめてみようということで次の日から一週間、音楽スタジオを借りて誰でも知っているような曲を合わせてみた。
初めてだったというのに直ぐに聞けるレベルになったことに驚いた。
そして現状を把握したあと、わたしは計画を前倒しした。
お試し期間最終日、いつもなら時間ギリギリまでやっているところを早めに終わらせわたしは話を切り出した。
「そろそろわたしが軽音楽部を作ろうとした理由を話そうと思う」
もろもろの片付けをしていたみんながこちらに耳を傾けてくれる。
ヒナちゃんにはカメラを回してもらっている。みんな入ってくれそうな雰囲気を出しているので、その記録を撮ろうと思ったから。
こういうのを後で卒業するときに見てみると、結構感動する・・・と思う。
確かに計画は実行するが、その上で青春も楽しみたいと思っているのだ。
備え付けの機材が疎らにある部屋の中央に集まってもらって、わたしが家から持ってきたノートパソコンの画面を見せる。
開いたファイルにはそれなりの数の曲名が連ねられていて、その中の1つをクリック。
するとパソコンに繋げられたスピーカー
から歌が流れ始めた。
作り始めたのは1ヶ月前、つまり中学校を卒業してから。
再現すると決断した日から動き出し、すぐに必要な機材を全て買い揃えた。
今までに現金で貯めていたお小遣いがすっからかんになったが、ヒナちゃんのおかげで金持ちだったことを知ったのでそれはもうどうでもいい。
本当に大変な作業だった。
作曲のことなど全く知らなかったから、その知識を詰め込むことから始めて。
そのあとそれぞれの曲の全ての楽器音を耳コピならぬ脳コピしてMIDIキーボードで打ち込み、それでも分からなかったところはMVの映像、そしてライブのときの動きを思い出して音を判断した。
歌はとりあえずわたしの録音。
特徴を掴める程度に上手いが、やっぱりおっぱいデカ子改めサヤちんの歌声を聞いたあとだと残念なものに思える。
大好きなピアノも午前中しかやらず、ヒナちゃんと遊ぶ日以外の午後の時間を全てそれに費やした。
そして1ヶ月経ち、完成度でいうと大体95%程度のデモ音源をとりあえず10曲作ることができた。
これも全てありえないほどはっきりとした記憶があるからできたことだ。
2曲流したところで一度止める。
いきなり曲を流し始めたわたしに困惑した表情を向ける彼女たちに説明をする。
「昔から何故か頭の中で音楽がたくさん流れていたんだ。どこにも存在しない、わたしだけの歌が。これはそれらをどうにかデモ音源にしたやつ」
静かにわたしの話を聞いてくれている彼女たちに感謝をして続ける。
ちなみにヒナちゃんは大体知っている。
前世のことは墓まで持っていくつもりだから話していないが、歌に関しては昔ピアノで弾いたことがあったから。
今考えると結構危ないことをしていたと思う。
言い訳になってしまうが、あのときはそれくらい心の余裕がなかったのだ。
「わたしはわたしの中にしかないたくさんの歌を”生きた歌”として再現したかった。その為には音楽というものについて知る必要があった。だからその経験の場として、高校で軽音楽部を作ろうと思ったんだ」
彼女たち一人ひとりと目を合わせる。
「本当はもっと大人なってから本格的に手を掛けるつもりだったんだけど、集まってくれたみんながあまりにも上手かったから、これなら頭の中にだけある理想を実現できるかもしれないと思った」
この最高の機会を逃せない。
これは人生最大のお願いだ。
「だから、部活に入ってくれたらわたしのこの夢を手伝って欲しいんだ。自分勝手な話だということは分かってる。こんな内容だからみんなの音楽の方向性とかもあまり尊重できないし、部活漬けの高校生活になってしまうと思う。わたしから差し出せるものは経験ぐらいしかない」
そこでいったん言葉を切る。
そして姿勢を正して彼女たちに頭を下げた。
「もしそれでもいいなら、みんなの3年間をわたしにください!」
その体勢で目を瞑って、沈黙が部屋を支配してから十秒くらい経ったとき。
一人が近づいてくる足音がして、止まったかと思うと頭の上で爆音が響いた。
「顔を上げなさい!」
驚いて恐る恐る顔を上げると、目の前にいつも通り腕を組んだまま堂々としているサヤちんの姿。
「説明しなさい!それでわたしは目立てるの!」
驚きと緊張でバクバク鳴る心臓の音を隠しながら、しどろもどろに返答をする。
「うっ、うん・・・。元々レコーディングやMV撮影もしてyootubeに投稿しようかなって思ってたんだ。曲自体は最高のものだと自負してるから、私たちが完全に実力を出し切ることができれば絶対有名になれるよ」
当たり前だ。前世で国民的人気を誇ったバンドたちの曲なのだから、完璧に再現できなくても多少は人気が出る。
本当は音として手元に残せればいいと思ってたから、完成した音源はわたしが個人的に保存するだけのつもりだった。
けれど部活動としてやっていくならばそれっぽいこともしなくてはと思ったのだ。
「ならいいわ!」
彼女はそう言って元の位置に戻った。
「えっ?あっ、ありがとう・・・」
えぇ・・・。結構難しい決断のはずなのに、こんなにすぐ・・・どんだけ目立ちたいんだ。
即了承は流石に戸惑う。
いや、でも本当にありがたい。
他の子も替えが利くとはいえないが、一番大事なのは彼女の存在だった。
次に、いつも通りの彼女に少し呆れた表情を向けていたちびっ子改めこはるんが進み出た。
「私もいいですよ、元からやりたいこととかもありませんでしたし、ちょうど良いですし。それに、まだ一週間しか経っていませんけど、この5人でいる時間は結構楽しかったんですよ」
そう言ってわたしに微笑んでくれた。
「・・・ありがとう、本当に。わたしもとっても楽しかった」
いつもは結構辛辣な彼女の優しい言葉にちょっと涙が出そうになった。
そして彼女が戻ったあと、私たちの視線は自然と残り一人の場所に集まった。
そこにいる一匹狼っ子改めみゆりんは仏頂面でそっぽを向いていた。
かなり厳しそうだ。
そうだよな、そんな簡単にいくわけない。
惜しい。この年齢で、ましてや高校生という範囲ですら彼女よりベースが上手い人はいないかもしれないというレベルなのに。
もし断られたら・・・大学生以上狙うか?
いやでも、そこでも彼女のレベルはそんな簡単に見つからないだろう。
どうしようと考えている内に、彼女の顔を不思議そうに横から眺めていたこはるんが何かに納得したというふうに手をぽんと叩いた。
「これは・・・恥ずかしくて言えないという顔ですね。ならば私が代わりに言ってあげます。未夕は中学生のとき学外でバンドを組んでいましたが、その目つきの鋭さ、それと自他共に厳しいストイックな性格のせいか数ヶ月前に『ついていけない』『一緒にやるのが辛い』と言われて追い出されました。未夕はそれがトラウマで、ヒナさんに軽音楽部に誘われたときも同じことを繰り返してしまわないかとても心配でした。けれどまだ音楽をやりたいという思いもあり試しにやってみると、同等以上の実力を持っていて向上心もあり、とっつきにくい自分とも怖がらず普通に接してくれるという最高の仲間たちに出会いました。だから本当に嬉しいし、楽しい。そう言葉にしてみんなに伝えたい。けれどプライドが邪魔して言うことができないんですね。なんて可愛らし——あべしっ」
こはるんが彼女の内心を赤裸々に語っていくにつれてぷるぷると震えだし顔が赤く染まっていった彼女が遂に限界を迎え、こはるんの頭を引っ叩いた。
そうだった、彼女はツンデレだった!
うんうん、心に秘めた思いを知られるって恥ずかしいよね、わかるよ!
耳までりんごのように真っ赤にしてこはるんの話を遮った彼女は私たちが向ける温かい目に気付いて右往左往。
そしてキッという鋭い視線をわたしに向けてどしどしと近づいてきた。
今まではその鋭い目つきもあって常時不機嫌に見える彼女にいきなり近づかれるとちょっと怖かったんだけど、今はただ可愛いだけだ。
狼ではあるけど、その本質は人懐っこい狼犬だったらしい。
「う、上手くなれんのか・・・!」
至近距離、羞恥に震えた声で言う彼女に可愛い子を見る目を向けながら答える。
「うん。ストックが30曲ぐらいあるし、対応力という意味では経験を積める。あと文化祭でライブもするし、希望するなら許可とってストリートライブとかもしてみよう。だから場数も踏めると思う」
つい子供に言い聞かせるような声色になってしまったけど、本人は気にしていなさそうだった。
「ならいい!・・・あたしは帰る!」
わたしの言葉を聞くやいなやそういって自分の楽器を手に取り驚くほどの俊敏さで部屋を飛び出していった。
は、早い・・・!わたしでも捉えきれなかった・・・!
部屋に残った3人と顔を合わせる。
みんな同じ気持ちみたいだ。
みゆりん、かわいすぎる。
後日、放課後に集まり創部に関する提出用紙に名前を書いてもらった。
といっても同好会からになるけど。
部に昇格するには実績が必要らしい。
この学校の場合は文化祭でライブをして、後日実施される満足度アンケートで半数以上が『良かった』に○つけること。
若人よ青春を楽しめがモットーのこの学園特有の制度だろう。
ちょうど何も担当していなかった担任の先生が顧問をしてくれることになって、全ての必要事項を埋めたあと用紙を学校側に提出。
こうして後に伝説となる桜坂学園女子高等学校軽音楽部(同好会)が発足した。
イカれた仲間を紹介するぜ!
裏方!黒井日奈!1年1組!
事務!撮影!編集!何でもできるぞ!最初はギターをやってもらおうと思っていたけど、実力差と本人の希望でこうなったぞ!でもサブが必要になる可能性を考えて一応練習してもらう!いつも本当にありがとう!かわいいよ!かわいいなぁもう!かわいいすぎる!
『・・・・・・・・・』
『二人、距離近くないですか?』
『そう?普通だよ』
『頬がくっつきそうですけど・・・まあいいか』
キーボード歴1ヶ月!一ノ瀬廻!1年1組!
クラシックピアノ歴13年!音楽知識を詰められるだけ詰め込んだ頭でっかち!譜読みはめちゃくちゃ早いぞ!
『ピアノは得意だよ』
『クラシック・・・一ノ瀬廻・・・もしかしてあの有名な”天使の悪魔”ですか?』
『・・・なにそれ?』
『知らないんですか?説明すると、なんか10年前ぐらいからピアノのコンクールで最優秀賞を取り続けている子供がいるらしいんです。その子の見た目が天使のようにかわいくて、それでいて多数のライバルの心を無慈悲にボキボキとへし折るその悪魔のような所業から”天使の悪魔”とその子は名付けられたそうです。まあ、都市伝説みたいなものですね。それで、その子の名前が貴方と同じだったような気がして。多分気の所為ですね、ごめんなさい』
『・・・・・・い、いや・・・いいよ、うん・・・。そんな怖い話が・・・あるんだね・・・』
ドラム歴9年!朝比奈小春!1年4組!
身長143cm!ぱっつんボブカット!驚異のテンポキーム力!見た目からは全く想像できないほど力強い演奏をするぞ!あとちょっと腹黒い!ちょこちょこと後ろをついてくる雛鳥のような様子が受けて、お姉さま方(先輩)からマスコット感覚で可愛がられてるらしい!
『低身長をコンプレックスと言うやつがいるらしいですが、もうアホかと。良いですか、これは武器になるんです。例えば息してるだけで可愛いと褒められる動物ってどれくらいいると思いますか?猫と私くらいですよ』
ベース歴10年!織部未夕!1年4組!
6弦を自在に操る変態!金色に染めたショート、人を威圧するような鋭い目つき!まごうことなき一匹狼系女子!自分にも他人にも厳しい、ストイックの塊だ!でも意外と面倒見がよく年下から親しまれている人気者らしい!あと横髪を留めている手作り感満載の可愛くデコレーションされた花柄ヘアピンがチャームポイント!母が作ってくれたらしい!そしてツンデレ!属性過多!
『なんであたしがこんなこと・・・・・・』
『なんかぬかしてますけど、バンド誘われて内心めっちゃ喜んでます。——ひぃ!・・・あっ、ほら、耳が赤いです』
ギター歴7年!ボーカル!大山沙耶!1年6組!
ロングのポニーテール!どちらかいうとかっこいい雰囲気!おっぱいがでかい!ほんとにでかい!高校1年生とは思えない!よく腕組みをして胸を張っているからさらに強調されて見えるぞ!そして目立ちたがり屋!あと声がでかい!
『なんでもいいわ!わたしが目立つならね!』
『いや、昼ごはん何にするか聞いてるんですけど』
『なんでもいいわ!わたしが目立つならね!』
『じゃああの激辛ラーメンで』
『なんでも——・・・・・・・・・うどん』
よくこんな人材が集まったなと自分でも思う。ヒナちゃんが凄すぎる。
特にボーカルの彼女。彼女はすごい。
抜群の歌唱力と確かに努力が感じられるその技術、そして豊富な知識。
声量はもちろんのこと自由自在の声帯、下から上まで広い音域、そしてどんな声を出していてもピッチを外さないその安定感が素晴らしい。
どうしてこんなところにいるのかがわからなわからない。
既にどこかで囲われているべき人間で、今の時点でもそこらのプロより上手いだろう。
将来世界に届きうるような存在だ。
彼女の歌声は人の心を動かすことができる。
他の2人が眼を見張るほど上手いこともあるが、計画を変更した理由の大半は彼女の存在だ。
記憶の歌を再現するには彼らに匹敵するほどの飛び抜けた歌声を持った天才が必要だった。
幼いころからヒナちゃんと一緒に色んな歌を歌っていたからわたしも一般人を感心させられる程度には上手いが、それでは駄目だった。
もっと他人を熱狂させるような、芯まで響かせることができるような、そんな要素が必要だった。
こんな直ぐに見つかるだなんて、やはり神が再現しろと言っているのだろう。
ちょっとずつ買いています。気長にお待ちください。
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