鈴科先輩の話 (ヌンチャクッパス)
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一話

単純に私が初めて物を書くというのと、原作キャラとの絡みがないという理由で薄い内容になってると思う

許して


 

 

 

「なンだァ? ありャ?」

 

午後4時ごろ、学校から帰宅中の彼の目に映っているのは黒い半球だった。

 

遠目で見ても明らかに巨大なことがわかるそれは、まだ明るい時間帯であるにも関わらず周囲の人間には全く認識されていないようだった。しかし彼はそれを知っていた。正確には黒い半球そのものではなくそれが纏う暗く重い気配をだ、それは彼の視界にだけ映る異形のものたちと同質のものだった。

 

拳大のものから大型トラックほどの大きさのものまで様々だが、特に害を及ぼすこともなく、仮に近づいてきても振り払えば簡単に消え去る異形にあまり興味は無かった。しかし鬱陶しいことに変わりはないため、正体を知りたいと思っていた。また、退屈凌ぎと言う意味でも彼にあの半球を無視すると言う選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

半球のもとに着くとそこには四台の車と4人の黒服の男たちがいた

 

 

(4人程度なら一台で済むハズだが、車が明らかに多い。あの4人は運転手で中に他のヤツらがいると見てイイか)

 

 

そんなことを考えつつも特に気負うこともなく足を踏み出した。

 

半球に触れる直前、黒服の1人が慌てた様子で彼を止めに入った。

 

 

「き、君? こんなところに何のようかな?」

 

 

黒服と半球が関係していることを確信している彼は太々しく返す

 

 

「用がなきャ街を歩くこともできないンですかァ〜?」

 

「いや、そう言うわけではないんだがこんなただの更地に来る理由が気になったんだよ」

 

 

そう、ここは去年火災が起き建物が解体され更地になっている場所であった

恐らく黒服もこんなところに学生が1人で来ている時点で薄々気づいているのだろうが、それでも煙に巻こうとするので彼は核心を突く

 

 

「そンなのこの黒いのしかねェだろ」

 

「君、やはり帳が見えるんだね。でもここは危ないから、これは見なかったことにして帰りなさい」

 

 

忠告が耳に入ることはなかった

彼は今、柄にも無く興奮していた。たった15年と少しではあるが人生最大と言っても過言ではないほどだった

 

 

 

鈴科百合子は己の特異性を自覚していた。

白い髪に赤い眼と言う特徴的すぎる容姿すらどうでもよくなるほど目と頭が良かった。いや、良すぎた。普通の人間ならコンピュータを使うような計算すら一瞬でできてしまう情報処理能力と容量を持つ脳は彼の人生から熱を奪った。

 

学生の本分たる勉学は言わずもがな、テストでは一問も落としたことはなかった。では運動はどうかと言われるとこちらも、全ての物体の運動を知り尽くしたかのような圧倒的な空間認識能力による未来予知じみたスポーツ勘に彼の素の身体能力も相まって負けなしだった。

 

彼は全力を尽くすことが出来る何かが欲しかった。敗北の悔しさを知りたかった。それを打倒する喜びを知りたかった。

 

遠くから半球を見ている時はまだ心の中ではその存在を信じていなかった、しかし黒服の反応から確信した。この先に己が求めるものがあると。この先に人の命など容易く奪いうるものがあることは直感的に理解していたが迷いはなかった。彼は雑音を無視して飛び込んだ。

 

 


 

 

とある一級術師

 

 

       こんなはずじゃなかった

 

 

自分がこんなことを考えるとはつゆ程も思っていなかった。こんな台詞を吐くのは力もないのに調子に乗って先を見ずに動くようなヤツだけだと思っていた。

 

 

 

 

今回の任務は特級相当。一年前までこの地には国内最大級のリゾートホテルがあったが大火災が発生し、三桁以上の死傷者が出た。ホテルの内部構造上の問題、利益優先主義に基づく経営や杜撰な防火管理体制など色々あったようだがそこは問題ではない。常識だが呪霊とは呪力量、つまり負の感情の大きさが大きいほど強くなる。今回の場合は『火災』という要因が呪力量を跳ね上げた。

 

火災は交通事故などとは違い、事が起きてから死亡するまでの時間が長い。それは被害者がより長い時間恐怖を感じることを意味する。被害者の多さと相まって呪霊の強さは想像を絶するだろう

 

上層部も危険性を正しく認識しているのだろう。一級・準一級合わせ10人もの術師が派遣されることになった。更に俺の術式は水を生成し操るというもの。他にも土を操る術式持ちなど炎に強い者が多い。万年人手不足の呪術界で質や相性の良い術師をこれだけ集めたことからも上の本気度が窺える

 

相手は特級、誰も油断などしていなかった。現状に理由を求めたなら、ただ、理不尽というものは只人ではどうすることもできないからこそ理不尽と呼ばれるのだ、という答えしか返ってこないだろう

 

 

 

 

初めは順調だった。2メートル程の燃える人型の呪霊から放たれる炎は特級らしく凄まじい威力を発揮し俺の水を全て蒸発させんとする勢いだったが、もとより厳しい戦いになることはわかっていた。こちらも一級のプライドがある、主体的に前衛に位置どり隙あらば術式を叩き込んだ

 

確実に敵は弱っていた。しかし戦線の崩壊は一瞬だった。唐突だが、火災での第一の死因は火傷だ。では二番目は?それは一酸化炭素中毒である

 

俺たちが戦っているのは自然現象では無く呪霊だ。発生原因が火災である以上、人間を窒息させるような能力も持っているはずで屋外だからなどという常識は通用しない。もちろん事前に予想はしていた、しかしそんな能力を使う素振りはなかった。そう、ヤツは追い詰められている振りをして俺たちを引きつけ、必殺の間合いに入った瞬間力を使ったのだ。

 

その後ヤツは倒れ臥す俺たちをいたぶった。それは明確な悪意だった。本来なら一撃で全員を消し炭に出来る力を持ちながら、一度俺たちに倒せると希望をもたせ、一瞬で刈り取る。

 

意思を持つ呪霊の話など聞いた事がなかった。十数年前に五条家である子供が産まれてから呪霊の質と量が増えたというのは有名な話だが呪霊が意思を持つのは別の話だ。これからの呪霊被害はより陰湿で凄惨なものになるだろう

 

もう皆生き絶えた、今だってほら、一番近くにいた俺を最後に残したのは

 

『仲間が死んだのはオマエが勇足で飛び出したからだ』

 

って、そういうことなんだろ?

 

俺はこの苦しみが少しでも早く終わる事を願って目を閉じた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

帳とやらに飛び込んだ瞬間、爆炎の中彼は理解した。異形共の正体と自身の新たな可能性を

 

朧げながらもすでに使い方を理解し始めた力で全体の状況を把握する

 

(あの馬鹿デケェエネルギーの塊の周囲に10人。生存者は1人ってかァ?)

 

空気の流れから人数を割り出し、心臓の鼓動で生死を確認する。目視できない炎の中の状況を把握できてることに違和感はなかった

 

物理法則を無視した直線軌道で弾丸のように飛び出す。9人もの命を奪ったであろうあの火炎も己の脅威にはなり得ない事は分かっていた

 

正直そこに転がっている男の命などどうでも良かったが、黒服を無視して飛び込んできてしまったため状況が分からない。そのため男を生かすことに決め、ひとまず炎人を蹴り飛ばし距離をつくる

 

 

「オイ オッサン 起きてんだろ?」

 

「え? 君は… え?」

 

「状況は?」

 

 

男はいきなり子供が来たことに驚いている様子だったが、すぐに切り替え話し始める。朦朧とした意識の中では彼の学ランと呪術高専の制服は区別できなかったらしいが、そんなこと彼には知る由もない

 

 

「意思を持ってる! 油断させてから窒息させてくるぞ! 既に9人やられた!」

 

 

男の説明は炎人の危険性を端的に説明した最適なものだったが呪霊を知らない彼は(コイツらは意思がねェのが普通なのか)程度の感想しか抱かなかった。ともかく忠告に従い自身の周囲に酸素分子大の穴を開けた膜を展開し突貫する。

 

炎人の熱は全て反射し、掴み始めた負のエネルギーを乗せた拳を放つ。膜内の酸素濃度に注意していればダメージを受けることはなかった。

 

(ルールを理解し、最適解を模索し、実行する。結局なンも変わンねェか)

 

それは彼が今までやってきたことと変わりはなかった。だが、新たな世界に抱いた高揚は幻想だった……と言い切るのはまだ早かった

 

いきなり意識が途切れかける、呼吸困難に陥っていた。原因は一酸化炭素、酸素の分子量32に対し二酸化炭素の分子量は40、一酸化炭素の分子量は28。これは間違いなく『屋外』という状況から一酸化炭素中毒の可能性を排除した彼の、呪いに関する知識不足と判断ミスだった

 

突風を起こし周囲の空気を無理やり入れ替えると共に緊急離脱する。彼程の膜大な呪力での身体強化があれば一撃で行動不能になることはなかったようだ

 

 

「だが、酸素がなきャ力を発揮できねェのはテメェも同じなンだろォ?」

 

 

彼は距離を取りつつ空気の壁で炎人を包囲し内部の酸素を全て消費させようとした。炎人もこちらの狙いを察したのか酸素が足りなくなる前に大火力で壁をブチ抜こうとしたが熱量の反射の前になす術なく力を失っていった

 

危ない場面もあったが終わってみれば呆気なかった。今回の反省を活かすなら反射膜を、分子量などで選別する物理的な物から悪意あるものや有害なものを弾く呪術的な物にすることあたりか

 

自分が望んでいたほど心踊る物ではなかったが、未知への期待が消失したわけでもない

 

彼は初めて味わう不思議な感覚を確かに面白いと感じていた

 

 

 



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二話


百合子は投薬実験も受けてないし、日常的に能力を使って自重を軽減したりもしてないので身体は小さくありません

185㎝くらいはあります(ななみんくらい)

性格もそこまで破滅的ではありません
外見や異常な頭脳のせいで小中学校の時はハブられたりすることもありましたが、裏では女子に人気だったりそこまで孤独ではなかったようです

まぁ絶対能力者進化計画がなければああはならなかったよね



 

 

数日後、白髪赤眼の少年、鈴科百合子は人形と戯れていた。そう、様々な動物の見た目をした人形たちは明らかに殺意を持って少年に襲い掛かり、少年は気怠そうにしながらも容赦無く人形を叩き潰していたがこれは誰が何と言おうと戯れ……のはず

 

 

「で? 夜蛾っつったか? なンで推薦で来たオレがわざわざお人形遊びなンかしなきャいけねェンですかァ?」

 

「推薦入試というヤツだな」

 

「上手いこと言ったつもりか? クソが」

 

『呪術師に悔いのない死などない』

 

「あァ?」

 

「その上で、君は何故呪術師を目指す?」

 

「知らねェなァ」

 

「……君に呪術師の才能はない。悪いことは言わない、引き返すなら今だ」

 

 

夜蛾の言うことは正しい。呪術師としては死への覚悟や、力を自分の為に使うようなある種の自分勝手な部分が無ければやっていけないだろう。しかし今回は相手が悪かった

 

 

「まさか意思だか覚悟なンか確かめるつもりだったンかァ?」

 

「……」

 

 

その瞬間夜蛾に言いようもない圧力が襲いかかる。呪力…では無い、覇気とでも言おうか、全てが自身の思い通りになる事を疑っていない様な傲慢な、頂点に立つ者の気迫

 

 

「そォゆゥのは雑魚共の戯言なンだよ テメェはコンビニ行くのにも覚悟が必要なンですかァ?」

 

「……」

 

 

夜蛾は悩んでいた。普通なら新しい力を手に入れたガキの妄言だと斬り捨てるだろう。しかし、一級術師を含む10人のチームを壊滅させる力を持つ特級呪霊を、呪力を自覚したばかりの少年が祓ったということから考えられる可能性は二つ。言葉とは裏腹にこの少年が初めて触れる術式を把握し使いこなす冷静さと頭脳を持つか、何も考えずに力を振るうだけで特級呪霊を祓うほどの埒外の力を保持しているか。実際は両方であるのだが

 

 

「つまり君は…絶対に死なないから何も問題はないと…そう言いたいわけか?」

 

「他にどォ聞こえたんだよ」

 

「…分かった 鈴科、呪術高専へようこそ、歓迎しよう」

 

 

 

ー一ー一ーーーー一ー一ー一ー一ー一

 

 

 

私が呪術高専に入学して一年が経ったある日、教室に新しい机が増えていた。高専での初めての同級生に心が躍った。少し遅れて教室に入ってきたアイツは細身の長身に白い髪と赤い瞳、儚げな(後にひっくり返る評価)イケメンだった。そりゃ内心大興奮よ、ここは普通の学校では無いけどこれから二人での学校生活が始まるって考えたら色々期待しちゃうのは仕方ないでしょ?ニヤけそうになる顔を必死で抑え、平静を装いつつ笑顔で自己紹介をする。まぁアイツの性格を知った今の私に言わせれば、無駄な努力を…と言う言葉しか出てこないが

 

 

「私、庵歌姫! 三級、貴方は?」

 

 

いつもは先生との訓練で私は常に学ぶ側だから、彼には呪術師の先輩としていろんな事を教えてあげたい、そしてあわよくば距離を縮めたい…なんて、そんな妄想を膨らませる私に次の一言は衝撃的すぎた

 

 

「鈴科百合子 特級」

 

「へ?」

 

 

いや、マジで、うん…… 先輩ヅラする前に知れてよかった。ここはポジティブに考えよう。相手の方が実力があるなら逆に教えて貰う立場から距離を縮められれば…って、入って来たばかりの同級生に教えを乞うのは抵抗がないわけではないが

 

そんな私の諸々の目論みは一月経つ頃には完全に潰えていた

 

 

 

 

〜体術〜

 

 

「きゃっ」

 

「オマエはなンかこう…… 無駄が多いンだよ」

 

 

これは体術の訓練中、片手で私を投げ飛ばしたアイツが放ったセリフである。本人も別に私を貶すつもりはないのだろうが、かける言葉が見つからないのだろう。気を遣われているのが丸わかりだ。実力差が同級生として教え合う領域を超えていた

 

でもアイツが先生や先輩と組み手をするのを見るのは結構好きだ。身体能力や呪力強化でゴリ押すのでもなく、だからと言って何か型があるようにも見えない。

 

型にハマらず常に最適な行動を取るアイツの動きは、単純でありながら自然の摂理を映し出す数式のように美しかった

 

 

 

 

〜一般教養〜

 

 

私はかなり真面目な人間だと思う。呪術関連だけではなく一般教養も真面目にこなして来た。まぁ高専と言う特殊な環境では遊ぶ友達も居ないし他にやる事が無かっただけとも言えるが……とにかくコレならアイツに教えられることもあるだろう。

 

やはりそんなに甘くはなかった。むしろ体術はアイツが何をしているのか理解できるだけ希望があったのだ。

 

 

高専では一般教養は補助監督さんや窓の人達が教えてくれることが多いが彼らにも自分の仕事があるので基本自習をすることになる。私は自分の数学のプリントを急いで終わらせてアイツの方を見る。

 

アイツは何らかの資料を読んでいるようだった。プリントに手をつけている様子は……無い!ほらやっぱり!アイツの見た目は、特に目つきは明らかに不良のそれで一般教養は苦手だと思っていたのだ。ゲームをしていないだけマシか、読んでるのは次の任務の書類だろうか、と考えながら手元を覗き込む

 

 

「英語? いや、違うわね」

 

「ドイツ語だ」

 

 

アイツが読んでいるのは海外の論文らしかった。何の冗談かと思った。呪術師の最高位である特級術師でありながら頭脳面も学生の域を超えているときたわけで、このチート生物がっ!とちょっとイラッときてしまったがプリントをちゃんとやっていないことには変わりない。ここは私がビシッと言ってやるのだ

 

 

「ちょっと 出された課題は終わ「そこ」…え?」

 

「間違ってンぞ」

 

「ど、どこよ?」

 

「底が1未満のときは大小が逆になるって教わらなかったンですかァ?」

 

「あっ」

 

 

単純なミスだった。いつもならする筈のない…そう、急いでさえいなければ、なんて自分のミスでもアイツのせいにしなければやってられなかった。結局数学以外もわからないところは全て聞いてしまった。座学は体術とは違い純粋な理論だからかアイツの説明はとても分かりやすかった。

 

思い描いていた形とはかけ離れているが、こう言うのも青春っぽくて良いなと、アイツの横顔を見ながら思った

 

 

 



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三話

ヤリ過ぎたかも知れない

だけど皆には思い出して欲しかったんだ

『優しい不良男子の手で弄ばれる真面目女子』

と言う概念を


 

 

〜彼の趣味〜

 

 

アイツが来てから寮の食堂には香ばしい香りが漂うようになった。何を考えているのかよく分からないアイツはコーヒーが大好物らしい。缶コーヒーを飲んでいる姿をよく見かけるし、休日の食堂ではいつものアイツからは想像もできない穏やかな表情で、何処からか取り寄せた豆を挽いている姿を見かけることもある。

 

いつも一緒にいる私とは違い、先輩たちからすればアイツは『目つきの悪い、しかもチョー強い後輩』な訳で、遠巻きに見られることが殆どだった。しかし、あの穏やかな表情を見た先輩たちから話しかけられることが増え、今では仲良くコーヒーを飲んでいる

 

何だかあの輪には入りにくくて、平日は私としか話さないだろうしとか

 

嫉妬…なんだろうか、私しか知らないアイツが紐解かれていくことへの

 

こう言う時にアイツは私を見つけ出し決まってこう言うのだ

 

 

「庵、飲ンでかねェのか?」

 

「……ミルクと砂糖はないの?」

 

 

ほんとにズルいと思う。コレがギャップというやつか。辞めてよ、意識しちゃうでしょ?

 

白い髪と黒いコーヒーと、いつの間にか目が離せなくなってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜呪力操作訓練〜

 

 

アイツの術式はエネルギーのベクトルを操作するというものらしかった。術式で膜を展開すれば敵の攻撃は全て弾かれ、自身の攻撃はエネルギーをロスすることなく常に最高率で叩き込むことができ、さらに術式で呪力というエネルギーを操作し、操作された呪力を使って呪術を効率よく回すというサイクルを作れば半永久的に規模、精度、燃費が向上し続けるというチート仕様。

 

そんな訳で呪力操作の練習をする時はアイツの力を借りると効率良くできるのではと常々思っていたのだが

 

 

「無理だっつってんだろォが」

 

 

の一点張り。効率を重視するアイツが自分の努力で身につけなければ〜なんていうタマではないことなど分かりきっていたので理由が気になってつい挑発してしまった

 

 

「まさか できないのかしら?」

 

「オマエ頼ンでる立場だよなァ?」

 

「それで? できるの? できないの?」

 

 

私がアイツの珍しい気遣いを踏み躙ってしまったと気づいた時にはもう遅かった

 

 

「ハァ 庵、オレがどォやって呪霊祓ってンのか知ってて言ってンだよな?」

 

「し、知らないけど」

 

「こォ 呪霊に触れンだよ」

 

 

そう言ってアイツは私の頭に手を置く、そして(あっ、ポンポンされてるみたいで良い)

なんて呑気な事を考えている私を絶望に叩き落とす一言を放った

 

 

「そンで中の呪力をかき混ぜると」

 

「混ぜると?」

 

「バァン!」

 

「きゃっ」

 

「って 吹っ飛ぶンだよ」

 

「……ち、ちなみに〜 それ人間にやるとどうなるの?」

 

「まず増幅した生体電流が全身の筋繊維と脳を焼き切った後、逆流した血液が血管をぶち抜くだろォな。特に足と心臓は派手にいくぜ、弁があるからなァ?」

 

「ひっ! あ、あ〜やっぱり自分の力で「でもやるンだろォ? トコトン付き合ってやるからよォ ガンバろォなァ?」

 

「いやぁ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 

なんてやり取りをしたものの訓練自体はとても平和だった。そう、訓練自体は。

 

 

「んぅ んっ!」

 

「身体全体も意識すンだよ」

 

 

呪力は腹で廻す、初心を思い出すためアイツは私のお腹に手を置いて微弱な呪力を流し続けた。いくら訓練とはいえ男性にお腹を触られ、あまつさえ刺激を与えられ続ける。しかも耳元で囁かれるおまけ付きだ。それが少なからず意識している相手ともなればもう気をやってしまいそうだった。まぁ好きでもない男にこんな事をされれば別の意味で気をやってしまうであろうことは想像に難くないのでそういう意味では私は幸運だったのだろう

 

 

「んっ んあっ‼︎ ハァ、ハァ」

 

「オイ 集中しろよ」

 

 

私の心の中は平和とはかけ離れていた。とにかく一度辞めさせなければ取り返しがつかないことになると思ったが、アイツは私が息を荒げているのはいつもと違う呪力の流し方をしているためだと考えたらしい。つまり凝り固まった身体をほぐす際に痛みを感じるようなものだと。私ってそんなに呪力操作が下手なのだろうか……予期せぬところでダメージを受けた。

 

状況は好転しない。いや、お腹を触られているのは恥ずかしいが今問題なのは呪力の方だ。私がかんじ…感じているのは微弱な刺激で焦らされているからだ。考えてみれば特級術師が三級術師の呪力操作を手伝うというのは大釜の水をコップに一滴だけ注ぐような繊細な作業だと言える。未だ私の身体が爆散していないのはこの男の気遣いのおかげという事、ぶっきらぼうに見えてとても気遣いの出来る男なのだ、信じてたわよ。そうだ、この際もっと強くヤッて貰えば良いのだ、そうしよう。流石に身体が弾け飛ぶほどの呪力は込めないだろう。

 

私はアホだ。この時はコレが最善策だと思ったのだ。反省してます

 

 

「んっ も、もっと‼︎ もっとシて‼︎」

 

「耐えられねェだろ? 無理すんな」

 

「いいから‼︎ めちゃくちゃにしていいから‼︎」

 

 

今思い返せばコレはもう誘っていると言っても過言ではないだろう。しかしかれこれ30分以上焦らされていた私は震える脚を必死に絡ませて、指先が白くなるほど強くアイツの胸元を握りしめてほぼ悲鳴のような声で懇願していた

 

するとアイツは私の後ろに回り込み両手をお腹と胸に回す

 

 

「な! なんでぇ⁉︎」

 

「テメェのクソ雑魚フィジカルじゃァ腹痛めかねねェからだよ」

 

 

どうやらこの男は私のお腹一点では耐えられないほどの呪力を身体全体の広い面積を使う事で注入しようとしているらしい。やはり私はアホだ。焦らされている状態から楽になろうとするなら方法は一つしかない。一度昇り詰めなければいけないのだ

 

先ほどとは比べ物にならない刺激が全身を襲う。数秒も持たなかった

 

 

 

 

い゛っ………ぁぁ…っぁ………あああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ…ひぐっ……うぅ」

 

「オイ 生きてっか?」

 

 

前言撤回だ。この男に気遣いなどかけらもない。あの後腰が抜けてしまった私は胡座をかいた男の胸に背を預け身体を休めていた。大量の汗をかいてしまったことが気になるがつい数分前に特大のやらかしをした私にもう恥ずかしいことはない

 

張り付いた髪を払うと、昼下がりの風が気持ちいい。……ん?風?

 

一つ重要な事を思い出した。ここは外だ。外、屋外である。一連の出来事が全て屋外で起きたものであるなど信じたくなかった。またもや前言撤回、まだ恥ずかしいことはあった。

 

 

「おォ〜 上手く行ったじゃねェか」

 

「イッ! ナニ言ってんのよ!」

 

「あ? 上手く呪力が廻ってるつってンだよ」

 

「た、確かに なんか楽かも」

 

 

楽なのは呪力操作が上手くなったからだ。決してスッキリしたからではない

 

 

「明日もやンぞ」

 

「やらない!」

 

 

外でなんて……クセになったらどうすんのよ

 

 

 




いきなり赤バーになるとは思わんかった


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四話

力関係に悩んだけど後輩たちはまだ未熟なので仕方ないね


 

 

 

「先輩? 歌姫センパイじゃなくて?」

 

「そう、もっと強い人が居るらしいよ」

 

「てか俺からすれば庵って誰だよ?ってカンジだったけどな。ねぇ歌姫」

 

「五条、夏油、それ本人の前で言うか普通?」

 

「いやでも、東京校っつったら鈴科百合子だろ。俺たち差し置いて最強名乗ってるらしいぜ、傑。ムカつかね?」

 

 

 

 

2005年、東京都立呪術高等専門学校の新一年生は3人だった。

 

五条家の奇跡の申し子、五条悟。術式を看破し、呪力を可視化する六眼と、五条家相伝の無下限術式の抱き合わせ。コイツが産まれてから日本の呪霊が強くなったとか、世界の均衡を崩したとか言われるヤベーやつである。

 

一般家庭出身で在りながら、世にも珍しい呪霊を操る術式を持つ夏油傑。コイツの呪霊操術は取り込めば階級の制限無く自由に呪霊を扱うことが出来るのだという。バッジを持ってなくても100レベに言う事を聞かせられるということか

 

紅一点の家入硝子。稀少な反転術式の使い手で、更にはその反転術式を他人に施せるという呪術界きっての超稀少なヒーラーである。唯一の癒し。

 

そんなこんなで今日は、九州で手がつけられず放置されていた一級以上の全ての呪霊を一月掛けて駆逐しに行った百合子が帰ってくる日なので後輩に紹介しようということになったのだ

 

呪力どころか全てのエネルギーを可視化し、後にも先にも一人しか使い手がいないであろう特異な術式を使い、術式の応用で反転術式もお手のものなアイツなら、後輩たち、特にこのクズ二人を"わからせて“くれるだろうという打算もある

 

ちなみに私はわからされた側だ… 先輩ヅラはするなという教訓が活かされることはなかった

 

(紅一点って何人から言うのかしら?百合子と私しか居ないから私も紅一点って言っていいのかしら?)

 

今からアイツがこのクズどもをわからせてくれると思えばこんなくだらない疑問が頭を駆け巡るくらいには心に余裕を持てた

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「イタイ!イタイ! やめて下さい!」

 

「何だよ、ただの雑魚じゃねえか」

 

 

五条が補助監督の関節をキメている。

え?何で? と、とにかく辞めさせなきゃ!

 

どうしてこうなった…

 

 

 

 

 

 

 

 

つい数分前のこと

 

百合子と補助監督さんが歩いてきた。アイツの両手には土産袋が握られている。アイツがお土産を買って来るなんてイメージはないが逆に一月も遠出して手ぶらで帰るのもおかしな話か

 

 

「百合子! おか「オマエが鈴科か?」…なさい」

 

 

私の言葉を遮った五条は典型的なヤンキーのようなセリフで補助監督さんに詰め寄る。女性だ。どうやら五条は補助監督さんのことを百合子だと勘違いしているようだ。まぁ百合子って女性的な名前だし初めての人は間違うわよね。彼女はビクビクと怯えているようだった。女性があの大男に詰め寄られるのは怖いだろうし誤解を解いてあげ……女性?は?

 

 

やめだ、誤解は解かない。

だってそうでしょ?あの女は百合子と二人で一か月掛けて九州を周っていたわけなんだから。うら…羨ましい。あんな女は大男に詰め寄られる恐怖をもっと味わえばいいのよ

 

 

こうしてあの状況ができたわけだ

 

 

流石にここまでやるとは思わなかった。このクズどもは元来の性格と硝子の反転術式のせいで遠慮という物を知らないのだ。そろそろ止めなければ。って言うか何で百合子は何もしないのよ。という私の非難の視線を感じたのか、それとも女の悲鳴を聞いてかようやくアイツが声を出す

 

 

「百合子さぁ〜ん! 助けて下さぁ〜い!」

 

(名前呼び⁉︎)

 

「は?」

 

「オレだ」

 

「は?」

 

「オレが鈴科百合子だっつってンだろ? 耳ついてねェンか」

 

 

ここでやっと意味を理解したのか五条は女を雑に放り投げる

 

 

「ぐへっ 何ですぐ助けてくれなかったんですかぁ〜⁉︎」

 

 

うわー 猫撫で声 あー いるわー こうゆー女 自分に自信があるタイプだ

かっるー 尻軽な雰囲気が滲み出てる こんな女百合子には絶対似合わないわ

 

 

「オマエいじめられンの好きなンだろ?」

 

「『それ』とこれとは話が別です!」

 

 

え?いじめられるって何よ⁉︎『それ』ってナニ⁉︎

嘘よ…嘘だと言って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌姫センパイ?」

 

「はっ! アイツらは?」

 

「グラウンドに行きましたよ」

 

 

私が絶望に打ちひしがれている間にアイツらは模擬戦をすることになったようだ。急いで追いかけるとグラウンドでは百合子と五条が向かい合っていた。夏油は今回は参加を見送るらしい

 

いけっ! 百合子! わからせてやれー!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ンで? ルールは?」

 

 

目の前にいるこの男-男であることはさっき知った-は何の気負いもなくそう問いかけてきた

 

 

「もちろん無制限でしょ」

 

 

俺のこの言葉にも動揺した素振りを見せない。俺の術式について少しでも知っていればこのルールで戦おうとは思わないはずだが、何か策があるのだろう

 

もちろん負けるつもりなどないが、コイツを見る前ほどの自信は無くなっていたし、油断するようなこともなかった。というのも

 

 

"視えない“のだ

 

 

特級の名を冠するに値する呪力量を備えていることは分かるが術式が分からない。術式を持たない者とは違う。持っていることはわかるがモヤがかかったように不鮮明な情報だけしか得られない。それはコイツの呪力操作の練度が六眼をも欺くほどのものであることを意味していた

 

 

「そっちからいいよ」

 

 

だが無下限の防御性能は本物だ。ここは先手を譲って術式で防御しつつ、何らかの方法でブチ抜かれた時のために身体強化も全開まで高める

 

 

 

 

 

その瞬間、世界が赫く染まった

 

 

コレは炎だ。でも明らかに広がる速度がおかしかった。炎を出す術式ではなく空間そのものを燃やす術式?それなら確かに無下限の内側、俺の体を直接燃やせると思い込んでも仕方がない。だが御三家の相伝はそんなに甘いものではない

 

炎の壁が消え去る。ヤツが目を見開く。動揺が伝わって来る。自身の必殺技が完封されてビビっているのだろう。脳に負荷を掛けすぎないように術式を解いて歩みを進める

 

 

「なんだよ、大したことね…ぇ……」

 

 

突然意識が持ってかれそうになる。そうだよ、術式はわかっても呪力操作の謎は解けてねぇだろ!油断してねぇっつったの誰だよ!

 

身体強化を解除していないのは偶然か、それとも無意識下では警戒を解いていなかったのか。身体強化なしだったら一瞬で終わっていただろう

 

 

ドンッ‼︎

 

 

「ガッ!」

 

 

衝撃、途切れ掛けた意識でもアイツの脚が腹にめり込むのがわかった。グラウンド端の土手に突っ込む

 

 

「ゲホッ ゲホッ」

 

「ムカつくセンパイ完封してキモチ良くなっちまったンかァ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なンだよ、ただのアホじゃねェか」

 

  

カッチーン

 

 

まだ動ける、アイツの蹴りは身体強化じゃ説明できないほど重かったがまだ負けてねぇ

 

こんな気持ちは初めてだった。ここまで感情が昂ったことは今までなかった。傑との喧嘩とはまた違う、明確な格上に挑むのは初めてだった。

 

見下ろされることがこんなに腹立たしいとは思わなかった、絶対にヤツを這いつくばらせようと誓った。

 

とは言ったものの術式の謎は振り出しに戻った。意識が持ってかれそうになったのは恐らく窒息、となると最初の炎、そこで発生した二酸化炭素を俺の周囲に誘導した風か何か、さらに異常な威力の蹴り。少なくとも三種類の能力を使ったことになる。術式の複数持ち?聞いたことがない。傑なら擬似的に似たようなことができるだろうがアイツが呪霊を出してる様子は確認できなかった

 

相手の手札が読めない以上完全防御は諦めて攻撃を優先すべきだ

 

俺は再び呪力を整え飛び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ ハァ」

 

「悟、こっぴどくやられたね」

 

「腕出せ、治すから」

 

 

結局一度もアイツに攻撃を当てることができなかった。術式を解いていないのにも関わらず息ができなくなり、術式が維持できなくなった瞬間に瞬間移動じみた速さで蹴りをブチ込まれる。謎が増えるばかりである

 

 

「傑、俺全然最強じゃなかったわ」

 

「そうだね。私と二人がかりでも結果は変わらなかっただろう」

 

「そうよ! アンタ達は反省して、先輩を敬う気持ちを…イタッ!何すんのよ百合子!」

 

「テメェなンもしてねェだろ。その自信はどっからきた?」

 

「それで、センパイの術式は何なんですか?」

 

 

硝子が珍しく他人に興味を示した。俺は自分の力で解き明かしたいと思わないでもなかったが、気になっていたのは事実だ

 

 

「百合子の術式はベ…イタッ!何すんのよ百合子!」

 

「だからなンでオマエがそンな自信満々なンだよ…… 教えるつもりはねェぞ?」

 

「えー けちー」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

結局鈴科センパイの術式は教えて貰えなかった。クズ共は謎解きのように楽しんでいたが私は彼の戦闘を見る機会は少ないだろうし、そもそもこう言うのはすぐに答えが知りたくなってしまう質なのだ

 

少し心苦しいが他の人に聞いてしまおう

 

 

「炎を出す術式ですよね」

「電撃が…」「氷が…」「空中浮遊して…」

 

 

属性攻撃のオンパレードだな

だが皆この四種類の能力しか挙げないのだ。対象の意識を奪う力や瞬間移動などについて言及する者はいない。センパイが意図的に使う能力を制限していると言うことだろうか。つまり誰も彼の本当の術式を知らないことになる。だがそれはおかしい。本当に誰も知らないならあの時歌姫センパイを止める必要はなかったはずだ

 

 

 

 

 

あーコレはそう言うことだと思っていいのだろうか

 

 

 

 





アクセラレータは最初に地面を踏み鳴らしたりしてエネルギーを作らないといけないけど、百合子には呪力があるので自由度は高いです

百合子は負けず嫌いなので一発目は一度自分がやられかけた「炎+窒息」のコンボで行きました

オレは対処できたがテメェはどォかなァ?

って感じ

二発目以降は紫外線を使いました

酸素に紫外線を当てるとオゾンになるので

自動識別ができない五条が紫外線なんか気づけるハズ無いよなと言うことで納得してください

自動識別を会得すると効かなくなる

まぁその頃には百合子も新しい攻撃手段を開発してるだろうけど


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五話



『わんこ系後輩五条悟』

と言う概念


 

 

 

 

「どこまで続くのよ、この廊下」

 

「15kmくらい移動したかな」

 

 

古い洋館で任務に当たっていた冥冥1級術師と庵歌姫準1級術師はかれこれ30分ほど館内を彷徨っていた

 

 

「途中付けた印も見当たりませんね。百合子がいてくれれば一瞬だったのに…」

 

「それを言ってしまえば終いだよ。彼がいればそもそも私達はいらない」

 

「それもそうですね……では二手に別れましょう」

 

 

庵術師は二人が別々に不規則な動きを繰り返すことで呪霊の結界を抜け出し、外から叩く方針を提案した

 

 

「試してみよう」

 

 

という冥冥術師の言葉が最後まで放たれることはなかった。何故かというと

 

 

 

 

 

バキバキバキバキ……

 

 

 

「助けに来たよ〜 歌姫、泣いてる?」

 

「泣いてねぇよ‼︎ あと敬語‼︎」

 

 

五条家の至宝、五条悟が建物ごと結界を破壊したからである。歌姫は五条に助けられたことが気に食わないらしく文句を言おうとしたが

 

 

「五条‼︎ 私はね、助けてなんて…」

 

バグンッ!

 

「飲み込むなよ、後で取り込む。悟、弱い者イジメは良くないよ」

 

 

使役する呪霊に指示を出し、歌姫の背後に迫った洋館の呪霊を捕獲した呪霊操術使い、夏油傑に中断させられる。弱い者扱いされ更に機嫌を悪くする歌姫の表情は

 

 

「歌姫センパ〜イ。無事ですか〜?」

 

 

希少な反転術式の使い手であり、さしす組唯一の癒し、家入硝子の一言で綻ぶ。そんな賑やかなやり取りをする後輩らは、冥冥の冷静な一言で凍りつく

 

 

「君達、帳は?」

 

「「「あっ」」」

 

「降ろしてある」

 

「百合子!」

 

 

だが彼女の心配は杞憂に終わったようだ。現在最強の呪術師である鈴科百合子が後輩たちの暴走を予期し降ろした帳は呪術師として高い能力を持つ彼らをして、注意しなければ認識できないほど自然なものだった

 

 

「やっぱり百合子が来る必要なんかなかったって」

 

「今帳降ろし忘れてたヤツのセリフじゃねェな」

 

 

どうやら本来二人の救出を任せられたのは百合子だけであり、後輩たちはただの付き添いであったらしい。それでコレほど大暴れされた百合子はたまったものではないだろう。

 

自由が服を着て歩いているような五条という男は本来弟気質で、呪術師としての実力も自身より突出している百合子のことを最初の模擬戦以降兄のように慕っている様子だった。いつの間にか名前呼びになっているのがなつき具合を表している

 

 

「歌姫、ケガしてねェか?」

 

 

そんな最強術師様が真っ先に確認したのは歌姫の状態だった

 

 

「えぇ、無傷よ」

 

「そォか」

 

「鈴科君、私の心配はしてくれないのかな?」

 

 

冗談混じりに問いかけた冥冥の言葉に対する百合子の返答がその場の全員-本人以外-を驚愕させる

 

 

「歌姫の無事さえ分かりャあ、それでいいだろ」

 

「「「「え?」」」」

 

「ゆ、百合子? それって私さえ無事なら他はどうでもいいって……

 

 

頬を赤らめ、指をモジモジさせながら百合子の顔を見上げる歌姫の表情は緩みきっていた。完全に乙女のカオだった

 

 

「オマエが無事なら他の奴らがケガしてるハズがねェ。むしろその程度の呪霊にやられンなら呪術師は向いてねェだろ」

 

 

集合のうち最低値がボーダーを上回れば全ての要素がボーダーを上回っていることになる。だから真っ先に歌姫の状況を確認したと

 

つまりこの男はそう言いたかったのだ

 

 

「ギャハハハハハ‼︎」

「フ、フハハハハ‼︎」

 

 

五条は大爆笑。夏油は一瞬でも堪えようとしただけまだマシか

 

 

「「「……」」」

 

 

女性陣の視線は冷たい

 

 

「あーそう言う感じなんだね、鈴科君は」

 

 

百合子との関わりが少なかった冥冥は泣く子も黙る最強術師様の意外すぎる一面に呆然とし

 

 

「センパイ… それはないでしょ…」

 

 

歌姫から話は聞いていたが実際に百合子の唐変木さを初めて目の当たりにした硝子はドン引きし

 

 

「……」

 

 

歌姫は想い人の眼前であることなど忘れスペキャ顔を晒していた

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「百合子、何であんな薄い帳降ろしたの?」

 

「確かに、どーせ一般人(パンピー)には見えねーんだし意味ねーよな」

 

「あ? 対人で重宝すンだよ?」

 

「つまり、君と戦う呪詛師達は仲間が一人ずつ消える恐怖を味わうことになる訳か」

 

「そして連れ去られた先で先輩とタイマンさせられると… 私も練習しようかな」

 

 

増援が期待できないままで百合子と戦うという状況に一同が身震いする中硝子はある事に気づいた、いや気づいてしまった

 

 

「でもセンパイなら何人いても一撃なんだし意味なくないですか?」

 

「まァそォなンだが、クソつまンねェ仕事やらされンだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しは楽しまねェとなァ?」

 

 

そう言い残し百合子は歩き去っていった

 

 

「彼は加虐趣味があるようだね」

 

「庵先輩、苦労しますね」

 

「歌姫ガンバ〜」

 

「えーっと… ごめんなさい」

 

「いいわよ、遅かれ早かれ分かって… ってアンタ達! どう言う意味よ!」

 

 

 




短くてごめんね


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六話

 

 

「この中に『帳は自分で降ろすから』と補助監督を置き去りにした奴がいるな?」

 

「そして帳を忘れた…」

 

「名乗り出ろ」

 

 

現在東京校2年の3人は担任の夜蛾に説教をされていた

 

 

「でも帳は百合子が降ろしたんだし良くないですか⁉︎」

 

「悟だな」

 

バコッ‼︎

 

 

夜蛾の拳骨が五条を襲う

五条は術式を使わずその拳を受けた

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

教室

 

 

 

「悟、傑、この任務はオマエ達二人に行ってもらう。天元様のご指名だ」

 

「依頼は二つ。"星漿体“の少女の護衛と抹殺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少女の護衛と抹消?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後諸々の依頼内容の説明を受け二人が真っ先に考えたのは

 

 

 

"これ、百合子でよくね?“

 

 

 

である

 

 

「何故私たちなのでしょうか?」

 

「まー悔しいけど百合子の方が確実じゃね?」

 

 

そしてコイツらは思ったことを口に出してしまう人間である

 

 

「俺もそう思って一度鈴科に話を通してみたが『どうせオレはお呼びじャねェよ』と断られてしまってな」

 

「実際上に確認したら鈴科は外せと、そう言われた」

 

 

夜蛾は怪訝な顔をしていたが五条と夏油は思い当たる節があるようだった

 

 

「百合子、やっぱ上の連中となんかあったか」

 

「これが『自分の意思で』って言うヤツなのかもね」

 

「? まぁいい、心してかかれ‼︎」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

百合子が真剣な表情の夜蛾先生と何かを話しているのを見つけた

 

 

「どうせオレはお呼びじャねェよ」

 

 

百合子のその一言で会話は終わったようだが

今度はケータイを取り出し、誰かと通話を始めた

 

 

prrrr…

 

『…………』

 

「残念ながらオレはお呼びじャなかったらしいな」

 

『……………』

 

「そンなに気になンなら自分でどうにかすりャァいいだろ」

 

『…………』

 

「…わーったよ、面倒見てやる。咽び泣いて喜べ?」

 

ピッ

 

 

通話を終わらせた百合子がこちらを向く

目が合った

『夜蛾先生の真剣な表情』『直後の電話』『二度繰り返された《お呼びじャねェ》と言う表現』

ここから予想できるのは『夜蛾先生の頼み事を断ってその結果を電話で報告したが、電話相手の懇願で仕方なく了承した』と言う流れ

 

何故百合子は一度断ったのか。いつものようにただ面倒くさがっただけか、それとも百合子ですら手を焼くような大事が起こっているのか…

 

普通に考えれば前者だ。アイツの面倒臭がりはこれでもかと見てきたし、後者なら他の人間にはどうすることも出来ないから夜蛾先生はもっと食い下がるハズだ

 

でも何故か、もし後者だったらと言う不安が拭えない。今日呪霊に閉じ込められて-冥さんがいたとはいえ-あの時のことを思い出してしまってナーバスになっているのだろう。そこでまた、これではアイツに依存しているだけではないかとネガティブな思考に陥る

 

何か話さないといけないような気がして、でも何を話せばいいかわからなくて

 

 

「何の話してたの?」

 

 

結局どストレートになってしまった

 

 

「クソ女にガキのお守りやらされるだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエが気にする必要はねェよ」

 

 

何気ないその言葉を聞くだけで何も心配は要らないと確信できる。冷静に考えればコイツに対処できないと言うことはすなわち国家レベルの危機で、そんな事普通起きないのが当たり前なのだが…

 

私はこの声を聞くとやはり安心するのだ

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

彼はうまくやってくれただろうか

 

彼の推測によると天元の同化は必要不可欠なものではないと言う

 

ヤツが進化したとしてもヤツの結界が精神にも作用するものなら理性を保つことは可能だろうと

 

確証は無いが彼の言葉にはある程度信用が置ける

 

なにせ彼は日本、いや世界で最も呪力を"掴んで“いると言っても過言ではない男だ。的外れと言うことはないだろうし、その人柄も無愛想な表情や荒い口調からは想像できないがとても律儀で誠実だ。適当を言っていることもないだろう

 

子供達を犠牲にしないためなら十分賭けられる証言だ

 

 

今は星漿体の護衛依頼が高専に入ったと聞いて彼に依頼を受けるよう頼んだところだ

 

 

prrrr…

 

来た

 

 

「鈴科君、どうだった?」

 

『残念ながらオレはお呼びじャなかったらしいな』

 

 

まぁ何となく分かっていた。彼は上層部に嫌われている

 

 

「でも君なら無理矢理ねじ込めただろう」

 

『そンなに気になンなら自分でどうにかすりャァいいだろ』

 

 

それは正しい。だがそれで研究を疎かにしては本末転倒だ

 

 

「頼む、お願いだ」

 

『…わーったよ、面倒見てやる。咽び泣いて喜べ?』

 

 

泣き落としみたいになって申し訳ない気持ちになるが彼なら許してくれるだろう

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ったく ドイツもコイツも…」

 

 

面倒臭くても頼まれたことはこなすのがこの男、今もインターネットで情報を探っていた

 

 

「まァそォだよなァ」

 

 

呪詛師御用達のダークウェブで見つけたのは

天内理子にかかった懸賞金3000万

 

しかし百合子はここであることに気づく

 

 

「やっぱほっといていいか」

 

 

 

 





・『自分の意思で』
・あの時のこと
・ウェブを見て気付いたこと

全然隠れてないから伏線ではないんだけど
なんか『後に繋がる』的な奴がやりたくなったんだ


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七話



どうせ百合子が天内護衛してても特にやることがないのでオリジナル過去話です

きっと最後に砂糖を吐き散らかすことでしょう


あのーまだ小説書き始めて日が浅いものでして間の取り方?的なのが分からんのです

だからあまりスピードを上げすぎずゆっくりじっくり読んで頂けるとより楽しめるかと




 

 

 

あの電話の後百合子がしたことと言えば休暇の申請だった。なんか厄介ごとに巻き込まれたんじゃないの?それでいいのか最強術師…

 

どうやら今日から三日ほど休むらしい。まぁアイツはなんだかんだで自分のことを疎かにしがちだから自主的に休んでくれるのはいい傾向とも言える

 

だが三日も休んで何をするのか

アイツの趣味と言えばコーヒーくらいしか無い。移動時間には本を読むこともあると聞いたことがあるがそれはアイツにとって休んでまでやることではないハズだ

 

無意識のうちにアイツのことばかり考え高専の敷地内をウロウロしていると見慣れた白が視界をよぎった

 

そちらへ行ってみると開けた場所に出た

広く青々とした芝生の中央に一本だけ聳え立つ大きな木、その根元にはテーブルとイスがあったが私の目を惹いたのはやはりと言うか地面に転がっている百合子だった

 

眠っているのだろうか。

コイツがここに来てから1分も経ってないだろうに、それほど疲れているのだろうか… とか、

なにげにコイツが眠っているのを見るのは初めてだな… とか、

風に揺れる白髪がとても絵になるな… とか色々考えているうちにこれまた無意識に、いつのまにか百合子の隣に寝そべっていた。触れてはいない。そうすると術式が発動して起こしてしまうだろうから

 

真夏であることを忘れてしまうような涼しいそよ風と暖かい木漏れ日が気持ちいい

 

夢の世界に旅立つのにそう時間はかからなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴科、はい」

 

「? コレ間違ってねェか?」

 

 

百合子は歌姫から渡された任務書に疑問を持った。と言うのも百合子に渡された任務書には3級との表記が

 

 

「あ、間違えた 貴方のはこっちね」

 

 

歌姫はそう言って焦った様子で1級のものと取り替える

どうやら自身と百合子の任務書を取り違えていたようだ

 

 

「ククッ 命拾いしたなァ」

 

「うぐっ わざわざ言わなくていいでしょ‼︎」

 

 

確かに歌姫が単独で1級任務に赴けば無事では済まないだろうがそれを口に出すことに躊躇いのない百合子は確かに性格が悪いのだろう

 

 

「ついてってやるよ」

 

「え?」

 

「どうせ同じ方向だろ」

 

「別にいいわよ」

 

「遠慮すンなって」

 

 

歌姫の任務は群馬、百合子の任務は新潟

呪術師最高位の百合子ならば1級任務であってもすぐにこなしてしまえるので気まぐれに他人の任務についていっても何も問題は無いのだが、人を心配するなんてこととは無縁なこの男に限って私を心配して… なんてことはあり得ないと歌姫は分かっていた。むしろ3級任務で心配されたならそれはそれでムカつくことは間違いない

 

 

「何が狙いなの?」

 

「ヒトの善意を蔑ろにするモンじゃねェよ クククッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツ、楽しんでいる

 

3級程度の呪霊に梃子摺る私をからかってやろうと言うことか。舐められたものだ

 

恐らく任務書を取り替える時の私の焦りを見抜いたのだ。そう、確かに私はコイツに間違って3級の書類を渡してしまったとき焦った…

 

1級任務を任されるコイツと3級止まりの私

 

実力的に仕方ないことなのだが彼我の差を思い出してしまい少し恥ずかしくなってしまったのだ。どうせコイツは私に興味なんかないだろうに…

 

だからと言うわけでもないのだがコイツが私をからかっていると分かったとき少し嬉しかった。どんな形であれコイツの視界に私が入ってることが

 

Mではない。ただもう末期なのかも知れないとは感じざるを得ない

 

え?何?もしかして私ってチョロい?

 

 

「私、自分の仕事が終わったら帰るからね。アンタにはついてかないわよ」

 

「逆について来るつもりだったンか?」

 

「っ! もう知らない‼︎」

 

 

つい言い返してしまったがそもそも私は1級の任務に同行できない

 

また恥をかいた

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

結局鈴科は宿に置いてきた

 

アイツ自身がどう思っているかは置いておいても、この程度で心配されるような女ではありたくなかったのだ

 

性格は悪いが本気で嫌がっていることはしないくらいの分別はあったらしい

 

 

 

 

 

この強がりを後悔するのは数分後のことだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遅い、あまりにも遅い。何かあったのか、それともただアイツが本当に3級に梃子摺るほど弱かったか… 日頃のポンコツ具合から後者の可能性を捨てきれないところが怖いところだ

 

恐らく相手は3級ではないのだろう

何となく分かっていたがもし本当に3級だった時アイツの意思を無視して付いていくのはどうなのかと思ってしまったのだ

 

オレが他人の評価を気にするとは…

実はかなりアイツのことを気に入っていたらしい

 

今回アイツの任務では呪霊の発生要因は台風とされていた。死者0、怪我人4という数字に騙されたのだろうが自然災害では人的被害そのものが問題なのではなく、人的被害が出るほどの規模であることが問題なのだ

 

どの程度の規模にせよ自然災害なら3級で収まるとは思えない。3級のアイツに自然災害の呪霊は馴染みがなかったか

 

オレは考えながらも飛び出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場は集落の裏の山を少し登ったところだったが気になることが一つ

 

土砂崩れの形跡があるのだ。書類にこのことは書いていなかった。集落とは離れた所で建物への被害はないからか、いやあり得ない。台風の時同時に起きた土砂崩れを無視するなんて普通ではない

 

もうおおよそ予想はできているが一応山の麓にいる補助監督に話を聞くことにする

 

 

「オイ、庵は?」

 

「帰りが遅いようでしたので応援を要請しています」

 

「なンでオレに声かけなかった?」

 

「特級術師の鈴科様の手を煩わせることではないかと」

 

「チッ クソが」

 

 

見え透いた嘘だ。コイツが上の回し者なのは分かりきっている。笑顔が隠しきれていない。ご丁寧に特級のところを強調したことからも術師として大成しなかった自分がオレを出し抜いているこの状況に酔っているのが丸分かりだ。すぐにでもコイツを潰したいと思ったが今は一秒が惜しいので無視して先に進む

 

 

 

 

 

 

帳に入った瞬間、暴風雨が発生した。呪霊の結界の中だ。さらに何らかの強制的な縛りが反射膜に弾かれるのを察知した

 

縛りの内容を解析しつつ庵を探そうとしたオレの元に現れたのは100m程の高さの雨雲から逆さ吊りになった人間の上半身が飛び出した形の呪霊だった

 

サイズはかなり大きく呪力量は並の特級より多い。初めて戦った炎人を含めてもオレが見た呪霊の中で最も強いことが分かる

 

さっき自然災害の呪霊は3級に収まらないと言ったが逆にこの規模の台風にしてはコイツは強すぎる

 

互いに竜巻を発生させ射出するが一瞬の拮抗の後オレの風は突き破られた

 

 

(並の呪霊なら今ので破裂してたンだがな)

 

 

オレの術式の性質上オレの手を離れた攻撃は呪力は乗っているもののただの物理攻撃になる。そこで風では分が悪いと思い土砂による質量攻撃に踏み切ろうとしたオレだったが縛りの解析結果によりそれはできなくなった。その内容は

 

『直接攻撃をしない代わりに結界の影響を遮断できないようにする』

 

というもの。結界の影響というのがこの暴風雨のことだとすると、今庵は呪力での強化ができない一般人と同じ状態でこの嵐の中、山を彷徨っていることになる

 

 

だが他者に強制的に課す縛りはかなりの実力差がいる。例えば『自分の指を一本折る代わりに相手を絶命させる』といった理不尽な内容の縛りが成立するほど実力差があれば、そもそも直接戦闘で擦り傷すら負わずに一瞬で殺せるだろう。だから対人戦ではまず取られない手法だ

 

人間の生存時間は猛熱・極寒など過酷な環境なら3時間と言われていることを考えれば庵が縛りに抵抗できなかったことで3時間の猶予が生まれたと言えるのだ

 

しかし土砂崩れなどに巻き込まれ生き埋めになれば生存時間は一気に3分程度に縮まるだろう

 

いまだに庵の位置が掴めない状況で不必要に地面を揺らすのはリスキーだと判断し、呪霊の除伐から庵の捜索に方針をシフトする

 

 

「オイ‼︎ 庵‼︎ どこだ‼︎」

 

 

柄にもなく大声で呼びかけるが返事はない。結界内に吹き乱れる呪力の中、アイツの残穢を決して見逃さないよう目を凝らす

 

ここで呪霊もオレの目的に気付いたのか反射膜への無駄な攻撃をやめ土砂崩れを誘発し始めた。その際オレに庵の位置を悟らせないようにランダムに複数箇所を攻撃したところからヤツの知能の高さが窺える

 

その時馴染み深い呪力と見慣れた赤い巫女服が視界をよぎる

 

駆け出したオレは間違いなく人生最高のスピードだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い、息が苦しい、怖い…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たすけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場に到着して数分もしないうちに大雨が降り始め、同時に呪力が使えなくなっていることに気づいた

 

異変に気づき一度戻ろうとした私だったがそこはすでに呪霊の結界の中であり道が分からなくなっていたため断念した。この結界が複数のブロックがランダムに位置を入れ替える物だと知ったのは後にアイツに教えられた時だった

 

長い間戻らなければ補助監督さんが応援を呼んでくれるだろうし、その時に真っ先に来るのはアイツであろうと思えば恐怖心も薄れた

 

ならば私がやるべきことは体力を温存すること。雨風を凌げる場所を探したが、ブロックが入れ替わる仕様により同じ場所を回り続けてしまっていたことには気づけなかった

 

 

 

 

 

 

 

山に入ってからもう何時間経ったか分からなかった。安全地帯はないと判断してからは木の根元で体を丸めていたがそれも限界だった

 

もちろん突然の土砂崩れに対応できるはずもなく土に埋もれた私の手足は可笑しな方向に曲がっていたが、寒さで感覚のなくなった状態では痛みもほとんど感じなかった

 

 

 

 

 

 

 

土の中って案外あったかいんだな…

 

もっと早く気づければよかった…

 

 

 

 

 

 

短い間だったけど2人での学校生活は楽しかったな…

 

夜蛾先生は呪術師に後悔のない死はないって言ってたけど、結構満足して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満足して………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無い!

 

 

 

 

まだ名前も呼べてないの!

好きなの!

もっといろんなこと知りたい!

抱き締めて欲しい!

 

その先だって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

死にたくない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死なせねェよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土の中から掘り出した庵はまさに瀕死の状態だった。雨風に体力を奪われ、両手足はグチャグチャに曲がり、巫女服は上半身も真っ赤に染まっていた。あと1分も持たないだろう

 

ここから命を繋ぐには反転術式しかない。それも圧倒的な呪力量による一瞬での完全回復

 

 

 

 

 

 

 

 

幼少からさまざまなことができたオレだが、できることが増える度、できるハズだったことの存在を意識せずにはいられなくなった。

 

目の前で交通事故を見た時、オレが走れば間に合ったハズだとお門違いな罪悪感に苛まれることがあった。そして心の底では失敗を恐れるようになった

 

今まで大きな失敗をせずにいられたのは、降りかかる困難がこの体にとって簡単に振り払うことができるものだったからという、つまり運が良かっただけの話なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今、かつて無い人生の大一番で他者への反転術式という初めての困難が降りかかった

 

できないことはないだろう。しかしあの特級の妨害の中、間に合わせることができるかと言われると不安が残った……

 

 

が、

 

 

 

 

 

「死にたく無ぃ!」

 

 

 

 

 

そんな不安は一瞬で消し飛んだ

 

 

 

 

「死なせねェよ」

 

 

 

 

10秒でヤツを消し、10秒で他者への反転術式を会得、10秒で完全回復

 

 

 

この黒い翼をもってすれば造作もないことだという確信だけがあった

 

 

 

ヤツの竜巻を一撃で粉砕し翼の乱打で完全にヤツを消滅させる

 

ここまで4秒

 

庵の元へ戻り反転術式を改めて解析し直すと、翼が白く変化した

 

ここまで12秒

 

白い翼とオレの腕で庵を包むといつの間にか庵の体には傷一つ無くなっていた

 

ここまで15秒

 

 

 

終わってみれば想定の半分の時間しかかからなかった。気づけば白い翼と空を覆う雨雲は無くなっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

庵を抱えて山を降りるとそこにはまだ補助監督が残っていた。オレの方を見てニヤニヤしていたがオレが抱えているのが死体ではないと気づくと途端に表情が恐怖で歪み腰を抜かしてしまった

 

 

「テメェに興味はねェよ。さっさと失せろ」

 

 

オレのその一言で補助監督は逃げるように車に乗り込み走り去って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…」

 

「起きたか?」

 

 

目を覚ますと目の前には鈴科が

 

 

「私、生きてる?」

 

「死にたくねェっつったのテメェだろうが」

 

「……っ、私、生きで、る゛……っ!」

 

 

気づけば鈴科の胸に飛び込み涙を流していた。叫びはしなかった。鈴科は私が泣き止むまでただただ抱き締めてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆ、百合子?」

 

「ン? なンだ?」

 

「えーっと… 名前、呼ばれるの…嫌じゃない?」

 

「あ? 別にかまわねェが」

 

 

女性的な名前だからもしかしたらコンプレックスがあるのかもと心配していたが杞憂だったようだ

 

 

「じゃあ百合子も、私のこと名前で呼んで?」

 

「なンで?」

 

「なんでもっ」

 

「ハァ… 歌姫」

 

「うんっ」

 

 

抱き締めて貰えて、名前で呼び合えて…

もう二つも叶っちゃった…

 

ほんとは勢いで好きって言いたいけど私はまだまだ弱いから、今は……

 

 

「ねぇ百合子」

 

「ン?」

 

「ありがとっ」

 

 

って、とびっきりの笑顔で

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た

 

思えば今のところ明確に『守るための戦い』をしたと言い切れるのはあの一回だけだ

 

結局白い翼はあれ以降一度も出たことがない。他者への反転術式は時間をかければできるがあの時ほどのスピードで完全回復とはいかないだろう

 

 

 

 

 

いつのまにか日が沈みかけていた

見慣れた紅白が腕に抱きついている

真夏と言えど夜は冷え込むもので、歌姫は寒そうに縮こまっている

 

 

「ハァ さみィなら起きろアホ」

 

 

そう言いながらも頭の下に腕を差し込み、コイツも膜に入るように調整しているオレはもう手遅れなほどコイツに染まっているらしい

 

もう少しだけこの寝顔を眺めてもバチは当たらないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと目の前には見慣れた赤い瞳が

 

 

「起きたか?」

 

「うん」

 

 

寝ぼけた頭で情報を整理する

この快適な寝心地は布団ではなくコイツの術式によるものらしい、つまり私は百合子に抱きしめられながら寝ていたと

 

 

 

 

 

恥っず‼︎

 

 

 

 

もしかして大して可愛くもない寝顔マジマジと見られてた?嘘よね……

 

そんな私の内心の絶望をよそに百合子がいきなり特大の爆弾を投げ込む

 

 

「オマエ明日なンかあるか?」

 

「いや、なんにもないけど…」

 

「じゃあどっか行きてェとこあるか?」

 

「へ?」

 

 

これはもしかしなくてもデートのお誘い⁉︎

なんで⁉︎いや確かに珍しい夢を見てコイツへの想いが溢れそうになっていたことは事実だけど‼︎

 

 

「どうなンだ?」

 

「えーっと、えーっとね」

 

 

唐突に想い人とのデートが舞い込んで来た女の気持ちを100字で答えよ

 

 

 





ハイ! 次回も2人の話です

もっとイチャイチャさせたい


ところで気づきましたか?

歌姫は最初百合子の術式が発動しないよう距離をとって眠りました

しかし

百合子寝る→歌姫寝る→歌姫くっ付く
→百合子起きる→歌姫起きる

つまり最初から百合子は歌姫を反射の対象外にしていたんですねぇ‼︎


ちなみに今回の呪霊は宿難の指をもっていました
2人のラブパワーの前にはなす術がなかったようですが


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八話


       百合子     五条達

1日目    七話      護衛任務開始
2日目    飛ばします   沖縄
3日目    八話      高専到着


百合子の2日目の話はまた後でやります




 

 

 

「皆、お疲れ様。高専の結界内だ」

 

「これで一安心じゃな‼︎」

 

 

この3日間でいろいろあった

呪詛師集団『Q』と戦い、黒井さんが拉致され、沖縄で観光して高専に帰って来た

 

結局鈴科先輩が何かをすることはなかったがもう理子ちゃんの懸賞金は取り下げられている。悟には苦労をかけてしまったが、黒井さんの拉致が私の気の緩みが原因であることを加味すればこの任務自体の難易度はそこまでのものではなかったと言える

 

黒井さんも無事に帰って来たし理子ちゃんに最後の思い出を作ることができたとポジティブに考えても良いほどだ

 

ただ… この少女を本当に天元様と同化させるべきか、迷いが生まれている。

 

もちろん同化できず進化した天元様が人類の敵となった場合、日本という国自体が危機に晒されることは十分承知している

 

本人は気丈に振る舞っているが、私はやはりこの同化というものが全のために個を犠牲にするような行為に思えてならない

 

私は、私達は、どうするべきな……

 

 

 

 

ズガァァン‼︎

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

なんだかんだ昼まで滞在してしまった。同化は日が落ちてからだが、懸賞金はもう取り下げられている。となればいつ襲撃されても不思議ではない

 

 

高専の森を走っていると異常を感じた

完全な呪力の空白領域があるのだ。

 

路肩の石にすら呪力が宿っているこの世界ではありえないそれはオレの約100m右を並走、いや徐々に近づいている。交差するのは五条達が居るあたり

 

木が遮蔽物になり肉眼では見えないが形からして人間だろう。術式によりオレの呪力や音が漏れることはないため相手はこちらに気づいていないようだ

 

ヤツが星漿体を視認し、周囲の警戒が疎かになった瞬間横から一撃で行動不能にする

 

 

 

 

ヤツの視界に入らないように斜め後ろに位置取り、直前で前に出る。この速度でいきなり正面に現れる敵に対処はできないはずだ

 

 

……

 

 

今回使うのは電撃。左手の掌底で胸を打ち、一撃で心臓を止める。情報を聞き出すとしても手足の腱を切ってから心肺蘇生をすれば間に合うだろう

 

 

………

 

 

今!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百合子の奇襲は完璧なタイミングだった

 

襲撃者が五条に狙いを定め、成功を確信し油断が生まれるその瞬間に放たれた一撃は、しかし敵を打ち倒すことはなかった

 

襲撃者は疾走の前傾姿勢から異次元の反応速度で仰け反り、百合子の神速の一撃を回避したのだ。額に小指が掠ったものの意識を奪うには至らない

 

 

(ハァ⁉︎ あそこから避けンのかよ。バケモンか‼︎)

 

 

どの口が…というツッコミをする客観性は百合子の中にはなかったがその思考が止まることもなかった

 

 

(だが呪力がねェのは事実。上に飛ばしてから撃ち抜く)

 

 

ズガァァン‼︎

 

 

百合子は地面を爆発させ、地面スレスレまで仰け反った襲撃者の背中を打ち上げる

この爆発音で五条達も2人の存在に気づいた

 

 

(もう身動き取れねェよなァ!)

 

 

百合子が蹴り上げ射出した石片が四方八方から襲撃者に襲いかかる。呪力がないと言うことは術式もないと言うことであり、呪術的な回避や迎撃ができないと言うこと。どれほど反射神経が優れていても空中であらゆる方向から同時着弾する石片を刀一本で捌ききることはできない

 

 

「チェックメイトだァ」

 

 

が、またもや予想を裏切られることとなる

 

 

ゴファァ‼︎

 

 

襲撃者は腕を横薙ぎに振るい、その風圧で弾かれるような突発的な空中機動を実現し回避したのだ

 

 

(オイオイ冗談じゃねェぞ)

 

 

百合子は内心の動揺を意識的に押し隠し星漿体を守る位置取りをする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、襲撃者-伏黒甚爾-も内心は驚愕に満ちていた

 

 

(なんだコイツ。隠密重視だったとは言え俺を抜き去るスピード、掠っただけで俺の意識が持ってかれそうになる程の電撃、地面の爆発と明らかに軌道が操作された石弾)

 

 

一見関係ない現象を天与呪縛の自身に確実にダメージを与える出力で、さらに連続的に起こす百合子の存在は甚爾の計画に入っていなかった

 

甚爾は今の一連の攻撃で自身が討ち取られていないことが偶然の産物であることを理解していた

 

自身の腕が鈍っていて、最警戒対象であるはずの五条に集中しきれていなかったからこそ認識外からの電撃に対応できた

 

空中では意識が朦朧としていたから迎撃を即座に諦めがむしゃらに避けたが、意識がはっきりしていて一瞬でも迎撃を考えていたら回避は間に合わなかっただろう

 

だから曖昧な意識を覚醒させる時間を稼ぐと言う意味で、百合子達の会話は渡りに船だった

 

 

「百合子! なんでここに?」

 

「星漿体の護衛しかねェだろ?」

 

「でも先輩は外されてたはずでは?」

 

「なンでオレがヤツらの指図を受けなきゃいけねェンだよ」

 

 

最初は護衛させたくない上層部としたくない百合子の考えが一致していたが、自分が参加したいと思った以上上層部の意向を気にする必要はないと言うのが百合子の主張である

 

 

「でもなんで今更来たんだよ」

 

「まさかあの男が来ることが分かってたんですか?」

 

 

そう、高専の結界に入れば護衛は終わり。まず安全であり襲撃などあり得ないと言うのが普通の思考であり、高専に到着してから助太刀に来るのは文字通り今更なのである

 

 

「懸賞金だ。制限時間が今日だっつうことは依頼者は同化の条件が満月の日だってことを知ってるハズだ。そしたら逆に午前で時間が切れンのは不自然だろ。だから本命は時間切れの後に来ると踏んだ」

 

「でもあくまでも推測だろ?」

 

「うっせェ。実際来たしテメェは油断して術式解いただろ。いいからテメェらはさっさと行けよ」

 

「…分かりました、ここは頼みます。行こう皆」

 

 

しかし天内と黒井はいきなり現れた百合子のことを信じられないようで

 

 

「すみませんが彼は?」

 

「大丈夫だよ。アイツ最強だから」

 

「アイツ怪我してるみたいだが本当に大丈夫なのか?」

 

「怪我?」

 

「ほら‼︎ 首に痣があるのじゃ‼︎」

 

「……お嬢様、アレは怪我ではありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4人が先に行った後、甚爾はもう少し会話を引き伸ばそうと試みる

 

 

「だからオマエは今日懸賞金が取り下げられるまで悠々と女遊びしてたってか?こんなヤツがいるなんてきいてねぇぞ」

 

「入念に準備した計画が一瞬で潰された気分はどォだ?」

 

「逆に奇襲を完全に躱された気分を聞きてぇな」

 

 

しかし百合子がこの挑発に乗ることはなかった。肉眼では追えないスピードで動かれても音や空気の揺らぎで対象を感知できる百合子にとってはそこまでの脅威ではなく、さらに呪力を伴わない純粋な物理攻撃は全て反射することができる

 

既に百合子の動揺は消えていた

 

 

「やせ我慢すンなよ。頭クラクラしちまってンだろ?」

 

 

だが甚爾の動揺は収まらない。最初の電撃がこちらにダメージを与えたと分かっているのなら止まらずに畳み掛ければよかったのだから

 

考えても分からないためそのまま疑問をぶつけてみる

 

 

「………それが事実だとしてどうして俺に時間を与える? そのまま畳み掛けりゃあいいだろ」

 

「もうテメェの底は見えてンだよ。だから遠慮せずに休め。お元気ンなったら遊ンでやる」

 

「…後悔すんなよ」

 

 

そのセリフを最後に戦闘が再開される

 

目にも留まらぬ速度で距離を詰める甚爾と鎌鼬を放ち近寄らせない百合子。はたから見れば百合子がただ周囲を破壊しているようにしか見えないだろうがその攻撃は確かに甚爾を押し返していた

 

 

(なんでこっちの位置がわかる? 目じゃ追えてねぇハズだ。呪力もない…なら)

 

 

呪力以外で位置を捕捉されていることを理解した甚爾は撹乱を諦め呪具の剣で強引に鎌鼬を突破する

 

多少の切り傷を負ったが戦闘には支障がないレベル。その果てに振るわれた刃は少なくとも百合子の腕を一本は切り落とそうかと言うものだったが…

 

 

ガギィィン‼︎

 

 

(っ‼︎ クソ硬え マジでなんの術式だよ)

 

「おいおい何個術式持ってんだよ。一個くらいわけてくんねぇかねぇ」

 

 

甚爾は生家で蔑まれた過去を思い出しつつ割と真剣にそう口にしたが百合子には関係のないことで

 

 

「足ンねェ頭で考えろ」

 

 

と一蹴される。しかし甚爾には奥の手があった

 

 

(『アレ』を使えば術式はどうにかなる。だがそう何度も近づかせてはくれねぇだろうな……確実に一撃で仕留める)

 

 

その奥の手とは

 

特級呪具「天逆鉾」

効果は発動中の術式強制解除

 

甚爾は天逆鉾の異質な呪力を少しでも隠す為大量の蠅頭をばら撒き、ほぼ防御を捨て最短距離で特攻を仕掛ける

 

 

ザクッ

 

 

左腕の大きな裂傷と引き換えに百合子の首に鉾を突き刺すことに成功する

 

 

(刺さった! このまま引きちぎ……)

 

 

ドン‼︎

 

 

しかし百合子の呪力放出により弾き飛ばされる。ここで甚爾は最後のチャンスを逃した

 

が、甚爾はまだそのことに気が付かない

 

 

(喉を潰した、術式も無効化できる。数分耐えれば勝ち……は?)

 

「なンだよ…いいもン持ってンじゃねェか」

 

 

百合子は普通に喋っていた。百合子にとっては当たり前のこと、彼は既に反転術式を会得している

 

だが甚爾にとっては想定外もいいところ。片腕を犠牲にした決死の一撃で、齎した結果は幾つあるかも分からない残機を一つ潰しただけ

 

 

「反転術式‼︎」

 

 

この時点でほぼ甚爾の勝ち筋は無くなっていたが完全に潰えた訳ではない。首を切り落とすことができれば流石に再生はしないだろう。左腕も戦闘には耐えないが致命傷という訳でもない。今度は勝負を焦らず慎重に行こうと算段をする

 

 

「簡単には殺させてくれねぇか」

 

「テメェを殺すのは簡単そォだがな」

 

「だが術式はコイツで無効化できる。術式頼りのオマエの底は見えた」

 

 

拭いきれない不安に蓋をするため半ば自身に言い聞かせるようにそう嘯く

 

 

「そォかそォか、その呪具がありゃあオレが弱体化すっからまだ勝てるなンて夢見ちまってンのかァ………」

 

 

 

 

「でもよォ」

 

 

 

 

「オレが弱くなったところで、別にテメェが強くなった訳じゃァねェだろォがよォ‼︎

 

 

 

 

甚爾の自信は『それ』を見た瞬間掻き消された。

 

異常に発達した五感により呪力を持たないにも関わらず呪いを認識できる甚爾であるが、恐らく『それ』は一般人ですら認識できたハズだ

 

 

(翼?)

 

 

百合子の背後に付随するそれはそう呼ぶのが適切だろう。圧倒的な死の気配。超圧縮された呪力塊は見るもの全てに死を予感させる

 

 

ブゥン‼︎

 

 

甚爾は音速に迫る速さで振るわれた翼に難なく鉾を合わせるが

 

 

(なんで消えねぇ⁉︎)

 

 

天逆鉾の効果により無効化されるはずの翼は何事もなかったかのように甚爾を吹き飛ばした

 

 

「その呪具の効果は『術式の解除』であって『呪力の分解』じゃねェ‼︎」

 

 

百合子は追撃の手を緩めない。甚爾は怪我をした左手も使いどうにか押し留めようとするが踏ん張りきれず何度も吹き飛ばされる

 

 

「つまり莫大なエネルギーを伴う攻撃、エネルギーが永続的に供給される場合、もしくはその両方に対しては無力だァ‼︎」

 

 

1本の鉾に対し4本の翼。甚爾はついに衝撃に耐えきれず膝をついた

 

 

「まァ、猿に言っても分かンねェか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは禪院家では言われ慣れた言葉だった。しかし違っていたのはこの白髪の男が言ったと言う点。目の前にいるのはあの五条悟が最強だと断言した術師、間違いなく現代最強

 

否定したくなった、捩じ伏せてみたくなった

俺を否定した呪術界の頂点を

 

いつもの俺ならトンズラこいた

だがどうせ今から逃げ切ることはできない

ならば最後くらい自分を肯定してやってもいいんじゃないだろうか

 

そんな思いが俺を突き動かす。2秒あれば詰められる距離。翼は避ける、もしくは受け流す。まともにぶつかればさっきの焼き増しだ

 

鉾だけでは4本の翼に対処しきれない。呪いに耐性があるとは言え呪力を持たない自身がアレに触れることのリスクは承知していたが素手で受け流す。両腕がイカれた。鉾は口で咥える

 

もう直ぐ刃が届く

 

 

 

 

そこで俺の意識は途絶えた

 

 

 





終わらせ方分からない侍でござる


首を刺された瞬間キレる百合子であった
どうせ数日も経たずに治っちゃうのにね


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九話

五条は家柄とか本人の能力的に逆境に慣れてないと思うんです

あと善悪の判断は夏油を基準にしていたようですし

なんていうか意思力的なものが"幼い“イメージ

なのでこんな感じになってしまったが解釈違いかもしれない


 

 

 

 

高専最下層。薨星宮、参道。入口からエレベーターに乗って降りた所にあるこの場所が、黒井さんと天内が一緒に居られる最後の場所だ。ここから先は余所者の存在を許さない。だから黒井さんはここから先には行けないのだ

 

一緒に付いてきていた黒井さんはすぐに立ち止まり、涙を浮かべている。今まで一緒に過ごしてきた家族のような子にもう会えなくなることが哀しいのだろう

 

 

「理子様……私はここまでです。理子様……どうか……」

 

「黒井……黒井、大好きだよ……っ。ずっと……これからもずっと……っ」

 

「私も……っ!!大好きです……っ」

 

 

 涙を流しながら付いてくる天内を連れて、黒井さんから離れていった。時々後ろを振り返っている天内を見ながらもトンネルの中を歩き続けて少し、到着した。古い建物が円状に連なり、中央に巨大な縄に巻かれた大樹が立っている空間

 

 

「ここが…」

 

「天元様の膝下。国内主要結界の基底。薨星宮、本殿」

 

「階段を降りたら門をくぐって…」

 

 

傑が天内に説明している間俺は別のことが気になっていた

 

 

「…それか引き返して黒井さんと一緒に家に帰ろう」

 

 

この提案は既に2人で話し合っていたことで、気になるのはこの後だ

 

 

「私達は最強…とはまだ言えないけど、いずれ最強になる。理子ちゃんがどんな選択をしようと君の未来は私達が保障する」

 

「私は…もっと皆と…一緒にいたい。もっと皆と色んな所に行って、色んな物を見て…もっと‼︎」

 

「帰ろう、理子ちゃん」

 

「…うん‼︎」

 

 

この展開は予想できていた…だけど

 

 

「悟もいいね? …悟?」

 

「…傑、それでどうすんだ?」

 

「何がだい?」

 

「百合子だよ」

 

「あっ…」

 

「百合子って…さっきの白髪の…」

 

 

そう、俺達がまだ最強じゃない原因。天内の同化をやめるならアイツとぶつかるしかないが、2人がかりでも勝てるビジョンが浮かばない

 

 

「いや、そこまで思い詰める必要はないかもしれない。だって先輩は最初この任務に興味がなかったんだろ?」

 

 

確かにそうだ。何か他の用事があったのか、それともいつもの面倒臭がりか、どちらにせよ百合子にとって星漿体の『同化』はそこまで重要ではなかったハズ。しかし何らかの事情により星漿体の『護衛』に興味を持った

 

 

「そうだとしても百合子の前にノコノコ出てく訳にはいかねぇだろ。間違ってたら一発アウトだ」

 

 

天内が不安そうに見上げて来る。生きる希望を見出した直後に現実的じゃないなんて言われればそうなるか。傑もその視線に気がついたのだろう

 

 

「じゃあ黒井さんも連れて逃げよう。明日の朝まで逃げ切れば同化はなくなる」

 

「百合子は無駄なことしねぇし、同化がなくなったからっつって天内を殺したりはしない…十分現実的なんじゃねぇの」

 

「そうと決まれば時間との勝負だ。理子ちゃん、掴まって」

 

 

そう言って傑は天内を抱えて走り出す。トンネルを通過すると黒井さんが見えた。傑に抱えられた天内を見て驚いている

 

 

「理子様⁉︎ なんで⁉︎」

 

 

しかし今は一分一秒が惜しい。百合子が襲撃者に負けることはあり得ない。全てはあの男がどれだけ百合子を足止めしてくれるかにかかっている

 

 

「話は後だ‼︎ 掴まれ‼︎」

 

 

黒井さんは俺が抱えて走る

エレベーターを降りて外に出ると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よォ、夏油、何持ってンだ?」

 

 

終わった

 

百合子の足元には襲撃者の男。全身に裂傷を負い、両腕は青く変色するほどボロボロだが気絶しているだけでまだ生きているようだ。さっきも見たが恐らく天与呪縛のフィジカルギフテッド、生命力も並ではないらしい

 

 

「っ…先輩の方こそいつの間に髪を染めたんですか?」

 

 

だが今気になるのは男の容態より百合子の方。赤く染まった髪は百合子自身の血による物だろう。首の痣がないことからも首を斬られた後反転術式で治したと言うことが伺える

 

百合子が反転術式を使えるのは別段驚くことではなかったが、にわかには信じがたいのがあの男はどうにかして百合子に攻撃を通したと言う事実

 

 

「あァ、そりゃコイツのせェだな。術式を強制解除するらしい」

 

 

そんな俺の現実逃避を百合子は許してくれなかった

 

 

「ンなこたァどォでもいいンだよ、星漿体をどうすンのかって話だ」

 

 

逃げ切る方針を立てたにも関わらず一瞬で頓挫してしまった。ここはどうにか躱して……

 

 

「ふぅ……同化は中止しました。理子ちゃんはこのまま連れて行きます」

 

「おい‼︎ 傑‼︎」

 

 

傑は一度深呼吸をした後、そう啖呵を切った

 

 

「悟、今こそ自分の意思で決める時なんじゃないかな?」

 

 

 

 

それはつい先日の話

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「そもそもさぁ 帳ってそこまで必要?」

 

「別に一般人(パンピー)に見られたってよくねぇ?」

 

 

三人は教室で話していた─家入は五条のサングラスで遊んでいるだけだったが。かわいい─五条は帳の必要性に懐疑的なようだ

 

 

「駄目に決まってるだろ」

 

「呪霊の発生を抑制するのは人々の心の平穏だ」

 

 

それに対して夏油は帳の重要性を説く

 

 

「弱い奴等に気を遣うのは疲れるよ」

 

「"弱者生存”それがあるべき社会の姿さ」

「呪術は非術師を守るためにある」

 

「それ、正論?」

「俺、正論嫌いなんだよね」

 

 

雲行きが怪しくなってきた

只人には想像すらできないほど強大な力を持つ二人だがその力を得るに至った過程は違う

 

産まれた時から力を持ち周囲の人間が無条件にひれ伏すような環境で育った五条と、特異な術式を持つものの入学当初、つまり手持ちの呪霊が殆どいなかった頃は一人の学生でしかなかった夏油との間にはどうしようもなく巨大な壁があった

 

 

 

いつもなら危険を察知すれば撤退する家入であったが今回はもう一人の強大な力を持つ存在、百合子のことが気になっていた

 

 

「センパイに聞いてみれば?」

 

 

五条と夏油の脳内には同じ人物が浮かんでいた

 

もちろん歌姫ではない。コイツらの頭に歌姫に相談すると言う選択肢はなかった

 

哀れ歌姫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力を持つ人間の責任っつう話なら…… 確かにある。」

 

 

二人から先ほどの会話の内容を聞いた百合子が一言目に発したのがこれである

 

 

「はぁ? 結局百合子もポジショントークかよ」

 

「ほら悟、弱きを助け、強きをくじ「一個だ」…え?」

 

「責任っつう話なら… 一個だけある」

 

 

だが百合子の話はまだ終わっていなかったようだ

 

 

「自分の意思のみによって力を振るうことが絶対にして唯一の責任だ」

 

 

五条は目を丸くしていた。確かに力に理由や責任を求めるような人間から飛び出す発言としては意外だろう。だがそれは夏油にも言えること

 

 

「待ってください‼︎ それは責任ではない、ただの我儘だ‼︎」

 

「ちげェよ、正確には自分の決定を他人の意思に委ねねェことだ」

 

 

ここで自分の意思というものに対する認識の齟齬に気づいた二人

 

 

「力が強くなればその分与える影響もデカくなる。どうにかしてオレらの力を使いてェ連中は掃いて捨てるほど居ンだよ。

他人のために力を貸してやるのも悪くはねェがどンな結果になンのかは把握しとけ

間違っても老害共の言いなりにはなンなよ」

 

 

彼の言う老害とやらは誰のことなのか、とにかく憎んでいることだけは分かるような口振りだった

 

 

「でもその考え方は力を持たない者を守ることとは矛盾しませんよね」

 

「弱者生存が本当にオマエの意思ならな」

 

「それはどう言う…」

 

「五条もだ。弱ェヤツらに気ィ使う必要はねェが、死んでもいい弱ェヤツと死なせたくねェ弱ェヤツはちゃんと分けとけ」

 

 

 

 

 

「どンな選択をしようとテメェで選ンだンなら誰にも正否を問われる筋合いはねェ。邪魔するヤツらは全員黙らせろ。雑魚どもに踊らされるよりマシだろ…」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「悟、私は戦うよ」

 

「いいンか? 天元が同化できなきゃオマエの大好きな弱者どもが大量に死ンじまうぞ?」

 

 

そうだ、天元様が同化できず呪術界が停滞すれば一般人の被害も増える。それは傑の本意ではないハズだ

 

 

「どうでもいい…とは言いませんが、死なせたくない弱者がいるので、まぁこの子は十分強いですが。その後のことはおいおい考えます」

 

 

やめろよ、百合子と戦うのは現実的じゃねぇから急いでたんだろ

 

 

「どちらにしろコレは私が決めたことなので、あなたを黙らせてから行きます……たとえ一人でも」

 

 

一人って…なんでだよ…一人で成ったって意味ねぇだろ

 

 

「別にやらねぇなんて言ってねぇだろ」

 

「悟?」

 

「どうせ越えなきゃいけねぇんだ。それが早まっただけだ」

 

 

最強になるならこれは避けては通れない道。さっきまでは勝ち筋が見つからなかったが今は違う。どうにかしてあの呪具を奪えれば勝機が見出せる。アレには実際に百合子に傷を負わせた実績がある。天内と黒井さんを背に庇い二人で呪力を高める

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

「いいンじゃねェか?」

 

「「は?」」

 

「星漿体は連れてけよ。むしろテメェらが置いて来ンならオレが回収してた」

 

 

思わぬ百合子の発言に出鼻を挫かれる。確かに百合子は星漿体の同化自体には興味がないと言うのは予想の一つとしてあったが

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ先輩はなんで今回の任務を…」

 

「クソ女にガキのおもりやらされてンだよ」

 

 

百合子は本当に面倒臭そうにそう吐き捨てる。まさか百合子が自分の意思を曲げてまで誰かに力を貸すとは…

 

星漿体のことを知り得る程度には立場のある─つまり上の─人間が百合子を頼ったこと、そして百合子がそれを承諾したことは意外だった

 

しかし直後にそんなことがどうでもよくなるレベルの爆弾を落とされた

 

 

「つーか回収ってなんだよ。百合子は結局何がしたかったんだよ?」

 

「あくまで推測だが、そもそも天元に同化の必要性はねェ」

 

「はぁ⁉︎ どう言うことだよ‼︎」

 

 

これには俺を含め皆が驚愕した様子を見せたが生まれた時から星漿体として生きて来たのに無意味だったと言われた天内の胸中は察するに余りあるだろう

 

どうやら百合子の見立てでは、天元様の結界が精神にも作用するものであり、簡単に言うと"自分と自分以外“を区別することが出来れば自我を失うことはないだろうと言うことだった

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

黒井家は代々星漿体に仕えることになっていたようだがその役目もなくなった。しかし黒井さんと理子ちゃんはこれまで通り二人で暮らすことにしたようだ。星漿体という制度自体がなくなったことで理子ちゃんには呪術的な価値もなくなる。もう狙われることもないだろう

 

本人には伝えなかったがもう私たちが会うことはないだろう

 

あの子はこれまで通りの生活に戻る。いや、死ぬ為に生きていた頃よりもずっと鮮やかに色づいた世界だ

 

まごう事なきハッピーエンド。否定するつもりもないし否定されてはいけないものだが、私が居なくともこの結末が約束されていたという事実が重くのしかかった

 

 

 






別に前世の記憶が〜とか言うつもりはないけど絶対能力者進化計画と第三次世界大戦を経験したアクセラレータなら他人に委ねることはないだろうなと



五条も覚醒してない…

夏油はなんかナーバスになってる…

自分で書いといてなんだけどマジでどうしよ


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十話


高専って名前から5年制だと思ってたんだけどどうなんだろ
→4年制らしいですね

硝子って医師免許持ってるっぽかったけど3年で退学して医学部入ったのかな?
→高専卒業後にズルして2年で取ったらしいですね


 

 

先輩達が卒業した。庵先輩は京都に行くらしい。鈴科先輩はそのまま東京所属だが特級故に全国、もしくは海外を飛び回っているので会う機会も殆どなくなった

 

私と悟は単独で任務をこなすし、硝子はそもそも危険な任務で外に出ることはない

 

必然的に私たちは一人でいることが増えた

 

その夏は忙しかった、昨年頻発した災害の影響もあったのだろう、蛆のように呪霊が湧いた

 

 

祓う 取り込む その繰り返し

 

 

皆は知らない  呪霊の味

 

 

吐瀉物を処理した 雑巾を丸呑みしている様な

 

 

祓う

 

 

取り込む

 

 

 

誰のために?

 

 

 

理子ちゃんを犠牲にしようとした盤星教徒のためか

 

術師の苦悩など知らずのうのうと生きている一般人のためか

 

 

 

ブレるな

 

全て知った上で人々を救う選択をしてきたはずだ

 

強者としての責任を…

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あ‼︎ 夏油さん‼︎ お疲れ様です‼︎」

 

 

休憩室にいる夏油に話しかけたのは灰原雄。術師としての在り方に悩んでいた夏油は底抜けに明るい、悪く言えば何も考えていなさそうな後輩に意見を聞こうと思った

 

 

「呪術師、やっていけそうか? 辛くないか?」

 

「そーですね、自分はあまり物事を深く考えない性質なので…でも自分にできることを精一杯頑張るのは気持ちがいいです」

 

「そうか……そうだな」

 

 

 

 

 

 

灰原が去った後も夏油はしばらく座り込んでいた

 

お前はまだ等級が低いから、単純で簡単な任務しかやったことがないからそんなことが言えるのだと、そう現実的に反論することはできた

 

だが今は底抜けに明るい後輩のまっすぐな言葉に心が絆されていくこの感覚をもう少し味わっていたいと思った

 

 

 

しかしそんな時間は長く続かなかった

 

 

「君が夏油君? どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

 

突如現れた高身長で金髪の女がそんな質問を投げ掛けてきたからだ。そんな女に対し夏油はもちろんいい気がしない

 

 

「どちら様ですか?」

 

「特級術師 九十九由基 って言えばわかるかな?」

 

 

その名前には夏油も聞き覚えがあるようで

 

 

「アナタがあの⁉︎」

 

「おっ、いいね、どのどの?」

 

「特級のくせに任務を全く受けず、海外をプラプラしてるろくでなしの…」

 

「私高専って嫌ーい」

 

 

初めてこの女の話を聞いた時、同じく特級術師であるが棘のある態度とは裏腹に人格者である先輩とは大違いだとその存在を疑ったものだ

 

 

「冗談、でも高専と方針が合わないのは本当。ここの人たちがやっているのは対症療法。私は原因療法がしたいの」

 

「原因療法?」

 

 

九十九の話によると呪霊とは人間から漏出した呪力が積み重なって形を成したものなので

①全人類から呪力をなくす

②全人類に呪力のコントロールを可能にさせる

このどちらかにより呪霊の発生しない世界をつくることができるということらしい

 

 

「①は結構いい線いくと思ったんだ。モデルケースも居たしね」

 

「モデルケース?」

 

「禪院甚爾」

 

 

九十九は続けて禪院甚爾の特異性を説く。世界でただ一人呪力が完全に0であること。呪力を捨て去ることで五感が強化され、逆に呪いに耐性を得たこと

 

 

「正に超人。よく勝てたね」

 

「戦ってませんけど」

 

「……あぁ、そうだったね」

 

 

この女、今の今まで百合子に星漿体の護衛を投げたことを忘れていたらしい。しかし夏油は甚爾の強さをしっかり認識していた。彼は唯一百合子に傷を負わせた人間である

 

その後も九十九の話は続いたがある一言が夏油の心を大きく揺さぶった

 

 

「全人類が術師になれば呪いは生まれない」

 

「……じゃあ非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか…」

 

 

それは日々積もりゆくのストレスの中で不意に口をついた言葉だった。冷静さを欠いていることを自覚していた夏油はすぐにその発言を取り消そうとするが

 

 

「夏油君 それは"アリ“だ」

 

 

九十九には思いのほか好感触だったようで。動揺する夏油を尻目に話を進めていこうとする

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ナシ“だ、アホか」

 

 

何者かがそれを遮る

 

現れたのは百合子。今日はたまたま高専に帰ってきていたようだ。今の話を聞いていた百合子にしてみればソレはあり得ない選択肢らしい

 

 

「先輩…」

 

「鈴科君か、奇遇だね。それでナシと言うのは?」

 

「テメェら何食って生きてンだよ。術師に農家が務まンのか?」

 

 

いつしか自身が口にした言葉だと夏油は思った。術師以外を全て排除すれば社会活動が立ち行かなくなる。当たり前のことだ、そもそも術師だけで社会が回るほどの数がいれば呪術界は人手不足になどなっていない

 

 

「別に今すぐ皆殺しにしようって訳じゃない。非術師を間引き続け生存戦略として適応してもらおうって話だよ。」

 

 

対して九十九の主張は段階的に殺せば社会が成り立たなくなる程人口が減ることはないと言うもの

 

 

「どォやって殺すンだよ。それで呪霊が大量発生するンじゃ意味ねェだろ」

 

 

非術師だけを狙い大量殺戮をするならば方法は呪殺以外ない。しかし非術師からしてみれば、突発的に発生する科学的に説明のつかない現象により、無差別に何万人もの人間が死に続けることになる。その恐怖は計り知れない

 

結局呪霊とは人間の負の感情から発生するものなので、そんな方法をとれば呪霊の質と量が異次元に増加し、数の少ない術師が先に全滅する結果に終わると言うのが百合子の主張

 

夏油は無意識に放った一言でここまで大きくなった議論についていけない様子だった

 

そもそも特級術師の基準は『単独で国家転覆ができるか否か』。自分達がその気になれば国を揺るがし得る存在だと言う意識が足りなかったのだ

 

 

「夏油、テメェが言い出したンだろ?どうしてェンだよ」

 

「私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪術は非術師を守るためにあると考えていた。でも最近私の中で非術師の価値が揺らいでいる

 

『弱者生存が本当にオマエの意思ならな』

 

「っ…‼︎」

 

見透かされていた。先輩には私がこの事で苦悩する未来が見えていた…いや、もしかしたら経験があるのかもしれない

 

そう、目の前で交通事故を見た時、私が走れば間に合ったハズだとお門違いな罪悪感に苛まれるような

 

3年前は、入学直後には弱者生存など考えていなかった

 

しかしできることが増える度、できるハズだったことの存在を意識せずにはいられなくなったということか

 

だからこそ『自分の意思で決める』というのは『何に関わるか』ではなく『何に関わらないか』を考える作業だと言える

 

これは手を伸ばせば届いてしまう私たちが自身の精神の安寧を保つために必要なこと

 

 

「先輩は非術師についてどう思いますか?」

 

「つーかテメェこそ何が気に入らねェンだよ」

 

「だって‼︎ 術師は日々命をかけて戦っているのに…」

 

「じゃあトラックドライバーも入れてやれよ。アイツら結構死ンでンぜ?」

 

 

先輩は業種や命の危険度による区別は適切ではないと語る。実際命をかけて戦っている術師より、まず呪霊に殺されることはない私たちの方が多くの任務をこなしている

 

現場での判断など実力のない者には命の危険が付きまとうと言うのは警察や消防も同じだと

 

 

「まァどォでもいいが自分の意思で決められンのは強ェうちだけだぞ」

 

 

これは警告だ。九十九さんの力がどれ程なのかは分からないが経験値と言う面から見れば私はこの中で最弱

 

非術師や他の術師に対してどのようなスタンスを取ってもいいが、あまり馬鹿なことをするようなら…

 

違うな、気に入らない行動を取るなら叩き潰すと言う意思表示だ

 

 

 

 

私は何も言うことが出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあね。これからは特級同士4人仲良くしよう」

 

「二度と来ンな」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ねぇ、七海」

 

「なんでしょう」

 

「俺って強いよね?」

 

 

唐突にそう問いかけてきたのは五条先輩。唯我独尊を地で行くこの人にしては珍しい質問

 

 

「認めたくはありませんが」

 

 

本当に認めたくない。自分勝手な人間性と手を付けられない力の取り合わせは最悪だ。だからこそ自信が無さげな様子が気になる

 

 

「そうだよね」

 

「何かありましたか?」

 

「何があったっつう訳じゃねぇんだけど…」

 

 

そこから先輩が話したことは簡単に纏めるとこうだ

 

夏油先輩は着実に力を蓄えているだろうにも関わらず、最近自分が成長していない。このままではいつまでたっても鈴科先輩には追いつけない

 

確かに夏油先輩の術式は呪霊を取り込むごとに自由に使える呪力が増えることを意味している。彼は地道にでも成長し続けるだろう

 

だが私が気になったのはそこではない。鈴科先輩についてだ

 

私は鈴科先輩と関わることは殆どなかった。あの五条先輩と夏油先輩が大人しく従う様子から悪の親玉みたいなものを想像していたことは否めない。とどのつまり藪蛇になることを恐れたのだ

 

しかし話してみれば粗野な態度とは裏腹にとても理知的な人だった印象がある。逆に言えばそれくらいしか知らないが

 

 

「そんなに強いのですか? あの人は」

 

 

一般の出でありながら最強として名高い鈴科先輩。炎や電撃などさまざまな術式のカラクリは度々話題に上がるが、強さのイメージとしては二人と同等程度だろうと思っていた

 

 

「亜音速移動がデフォ、でもカウンター狙いでつっ立ってると息できなくなるし、しかもとにかく硬い」

 

 

聞いたことがある内容とは全く違う。炎や電撃はあくまでも外向きの能力であると

 

 

「彼の術式は何なんですか?」

 

「分かんねぇ」

 

「は? 五条先輩には六眼が…」

 

「理屈は分かんねぇんだけど見えねぇんだよ」

 

 

術式の看破は五条家の六眼の主たる能力であるはず。実際私もこの人が居てくれたおかげで自身の術式に対する理解がしやすくなった

 

つまり鈴科百合子と言う男は、右も左も分からない呪術界に入ってすぐ誰にも頼ることなく自身の術式を掌握し、更に数年で六眼を欺く方法を確立させ、恐らく彼を利用しようとしたであろう上層部の策謀を全て退け呪術界の頂点に君臨していると…

 

 

 

本当に人間だろうか

 

そして本気でその領域に手を伸ばす五条先輩も、やはり私とは住む世界が違うのだと改めて実感する

 

 

「私これから任務なので」

 

「いってらー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五条先輩は、強いと思います」

 

「……そっか、あんがと」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

鈴科センパイが帰ってきた時は勉強を見てもらっている。仕事で解剖などをすることがあるので医大に行こうと思ったからだ

 

この人に出来ないことはないのだろうか。歌姫センパイと電話をすると必ずと言っていいほどこの人の話が出て来る。色々なエピソードを楽しそうに語るのだ

 

正直羨ましい。イケメンだし、金持ってるし、なんでも出来るし、面倒そうにしながらもなんだかんだお願い聞いてくれるし。優良物件どころの話ではない

 

呪術師やりながら色恋にうつつを抜かしている余裕はない。と言いたいところだが、教師になるらしい歌姫センパイと任務での怪我や死亡のリスクがない鈴科センパイにはその余裕がある

 

それに比べて私の同期は…まぁ術師は学生でも死亡リスクがあることを考えれば、いつのまにか同期が死んでるなんてことが起こらないだけ私は幸運なんだろう

 

歌姫センパイのことは好きだ。かわいいし、一般人に近い感性を持っているのもポイントが高い。だが普通に生きてるだけで鈴科センパイみたいな人とイイ感じになれるなんて、と妬ましく思ってしまう自分がいる

 

結婚とかするのだろうか。どちらにしろ二人はずっと仲がいいままだろう

 

私はどうだろうか。そう言えば最近アイツらと話していない。二人で話しているところを見かけることもない。別にアイツらと疎遠になったとして特に思うところはないだろうと思っていたが、センパイたちの様子を見ていると、せっかく出会ったのだからなんて考えてしまう

 

 

「センパイたちって仲良いですよね」

 

「なンだ、いきなり」

 

「羨ましいなぁって」

 

 

私は素直に打ち明けた。最近同期との関係が希薄になっていること。それを嫌だと思う自分がいること

 

 

「それをオレに言ってどォすンだよ」

 

「それは…その…」

 

 

確かにこんなことを言われてもしょうがないだろう。しかしこの人ならどうにかしてくれるのではないかと期待してしまうのも事実

 

 

「18歳児のお守りしろってかァ? 面倒くせェな」

 

 

センパイには何もメリットがない。何か私に提示できるものはないだろうか

 

 

「じゃ、じゃあ私の……!」

 

「期待はすンじゃねェぞ」

 

「……え?」

 

 

そう言い残してセンパイは去って行った。今のは善処します的な意味だろうか。余計なことを口走る前に了承してくれて助かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほら、なんだかんだお願い聞いてくれる。そうゆーのズルいと思います

 

 

 





あと1,2話で一旦終わらせようと思います

実は私

呪術廻戦…アニメ、8,9巻
とある…アニメ

の知識しかなくて


いつか呪術廻戦を読んでから出直そうと思ってます


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十一話


えーっとですね、久しぶりに会った友達がラノベ出しててですね…その
私もオリジナルを書いてみたくなってしましまして
設定とか考えてたらいつのまにか月日が過ぎ……ごめんなさい

間が空いたのでもしよければ十話を見返してみて

原作読んできました

このまま私が考える流れにすると術師側のワンサイドゲームになりそうで余り手が動かなかったのですが、きっと宿儺が圧倒的な呪力量と出力でカバーしてくれるでしょう

それはそれとして私がうまく動かせる範囲で特級呪霊が生えるかもしれませんが

今回は直哉君強化フラグや‼︎
関西の言葉むずかち〜



 

 

 

「どォすっかねェ…」

 

 

家入の要望を受け入れた百合子ではあるが、実のところ何もプランはなかった。安易に力を利用されないようにと安請け合いは避けて来たが、後輩の悩みを聞いてやるくらいの器量はあるつもりらしい

 

しかしそんな優しさを発揮したところで方法がないと言う事実は変わらない

 

立場上、他人に貸しを作りたくない百合子が気兼ねなく相談できる相手といえば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「18歳児のお守りって…硝子の頼みなら叶えてあげたいけど…」

 

「あァ、なンかねェか?」

 

 

百合子がウチに来た。相談された私は真剣に考えている風を装っていたが内心では歓喜が渦巻いていた。なにせあの百合子が頼ってくれたのだ

 

ほぼ全てのことを一人でこなせる百合子が人に頼るのは超レアケース

 

どうにかして期待に応えたいとは思うものの…

 

 

「正直アイツらの事はあまり知らないし……」

 

 

結局そこに帰着する。そもそもあの憎たらしい後輩たちは、京都への引越しを機に記憶の彼方に追いやりたいと思うほど…

 

 

 

割とガチで嫌いである

 

 

何がそんなに面白いのか、思い返せば出て来るのはニヤけ面ばかり、とにかくバカにされ続けた

 

アイツらの関心がもっぱら百合子に向かっていたのが唯一の救いだ。それがなければ私の胃と血管は無事ではなかったハズ

 

そんなアイツらに元気がないなんてなんの冗談かと思った

 

だからだろうか

 

 

「叩けば治ったりしないかしら…?」

 

 

なんて蔑ろに返してしまった

 

 

待って‼︎ 待って今のナシ‼︎

せっかく百合子が頼ってくれたのに適当な事言っちゃった‼︎

何かちゃんとした事言わなきゃ‼︎

えーっと‼︎ あー‼︎ んー‼︎

 

 

「アリだな」

 

「……え?」

 

 

百合子によるとあの二人─特に五条─は『最強』と言うものにこだわりがあるらしく、百合子に勝ち逃げされたのが我慢ならないのかも知れない、ということらしい

 

特級ともなると通常の任務では全く成長を感じる事ができないため、それもマイナス思考に拍車をかけているのだろう

 

 

「まァオレは最強なンざ興味ねェンだが、今のアイツらにくれてやるほど安くもねェな」

 

 

"今の“と言う事はアイツらには先があるのだろうか。百合子が真に最強を任せられるほど強くなる可能性が

 

百合子が存在する以上呪術師と言うモノの限界点があそこではない事は分かっていたが、アイツらもその領域に到達し得ると

 

翼の一振りで嵐を掻き消し、瀕死の人間を一瞬で完全再生する

 

アイツらもそんな事が出来るように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え⁉︎ なんか普通にヤダ‼︎

 

圧倒的な力が持つ未知や神秘への畏怖が一瞬で消し飛び、クソガキに拳銃を持たせるような違う意味での恐怖が広がる。ああ言うのは百合子が使うからこそ凄みが出るのだ

 

 

ねぇ百合子、考え直さない?

 

アイツらは元気がないくらいが丁度良いのよ

 

硝子ならもっと良い友達見つけられるハズよ

 

やっぱりほっときましょ? ね?

 

 

「まァ、助かった」

 

「ん"っ!」

 

「あ?」

 

「な、なんでもないわ」

 

 

変な声が出てしまった。たった一言の感謝が嬉しすぎて、やっぱりやめようなんて言えないではないか

 

 

「んっ」

 

 

支えを失った私はソファーに横たわる

 

 

「もう帰るの?」

 

「あァ、なンかあったか?」

 

「……なんでもない」

 

 

本当はもう少し一緒にいたい

 

せっかく京都に来たのだからゆっくりしていけば良いのに。なんならウチに泊まってくれても良い。いや、それならもっと高いホテルにでも泊まるか

 

 

「そォか、じゃあな」

 

 

今私があの背中に縋りつき、一言強請れば彼は言うことを聴いてくれるだろう。優しい彼はその程度のわがままなら許してくれる

 

そう分かっていても、もし気分を悪くしてしまったらなんて考えてしまうのだ

 

彼は立場上特定の誰かと添い遂げることが難しい。今の距離感ですら奇跡的と言えるだろう

 

 

 

 

 

結局私は何も言えず、しばらく百合子が出て行ったドアを眺めていた

 

 

 

────────────────

 

 

 

戦うと言うのは五条に対しては確かに有効な案だと考えられるが夏油の方はそこまで単純な問題ではないだろう

 

歌姫が何やら張り切っている様子だったのでそれとなくフォローしたが…まぁ『非術師皆殺しにするか悩んでるらしいぜ』なんて相談をアイツにするつもりはない

 

夏油の問題は自身の手が届く範囲に限界があることを受け入れられないその精神性だ

 

最後の手段として一度価値観を破壊してしまうことも視野に入れなければならないか。ほぼ博打だが方法がないわけではない

 

この方法は失敗すれば取り返しがつかない事になる。しかも成否はアイツらに委ねるしかない

 

ただこのままアイツらを放置していれば良くない事になるのは明白。やるしかないのだろう

 

 

 

 

ここまで真剣に物事を考えるのは久しぶりだとも思いつつ京都に来た目的を果たすため移動を始めた

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「伏黒甚爾にはガキがいンだろ? 寄越せ」

 

「知らんな」

 

「アァ? 知らねェこたァねェだろ。禪院(ここ)に売られることになってたハズだ」

 

 

百合子は禪院本家に来ていた。目的は伏黒恵の回収。無理矢理奪うことも可能だが、無用な軋轢を生まないためにも本家に許可を取ることにしたのだ

 

今は禪院家当主、禪院直毘人と交渉…いや、一方的に要望を突き付けていた

 

 

「甚爾に聞いたか……ヤツは?」

 

「……オレがヤった」

 

「ガッハッハ、そうか死んだか。あの怪物も最強の術師には勝てんかったか」

 

 

直毘人は嗤う。呪力を持たずして家の誰よりも強かった甚爾は禪院の思想的には認められないものであり、その甚爾が術師代表とも言える百合子に敗北したことがよほど嬉しいのだろう

 

 

「オレが負けるワケねェだろ。だから寄越せ」

 

「タダでとは行かんな」

 

 

目の上のたんこぶを排除してやったのだから礼として子供を寄越せと要求するが、それは結果的にそうなっただけのこと。直毘人からすればあの鈴科百合子に貸を作れるチャンスかもしれないのだ。当然そう易々と渡すつもりはない

 

 

「なンか勘違いしてンじゃねェか? テメェらはオレに指図出来るほど強かねェだろ」

 

「その時は貴様が呪詛師に認定されるだけだ」

 

 

百合子は言外に武力行使を仄めかすが直毘人は冷静に反論する

 

百合子ならば一つの証拠も残さず禪院を潰すことは能力的には可能。しかしそれをすれば単純に術師の全体数が減り、他に皺寄せが来る

 

コレは上層部にも言えることで、気に入らないが仕事自体はこなしているため無闇に潰すことができない組織の存在は、間接的に百合子の精神にダメージを与えられるある意味希少な存在だった

 

 

「いくらだ?」

 

「金はいらん。そうだな…」

 

 

しかしここで直毘人は黙り込み、何か思い悩んでいる様子だった

 

 

「さっさと決めろ」

 

「いや、───。コレでどうだ?」

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「また来い、いつでも歓迎するぞ」

 

「二度と来ねェよ」

 

 

アレが鈴科百合子。呪術界最強の男

 

あの悟君を差し置いての評価。甚爾君が負けたんが事実なら、間違いなくアッチ側の人間のハズ

 

強いのは分かる。ウチの爺さん等よりは確実に。でも甚爾君を初めて見た時の様な衝撃は全く感じへん

 

なんでや? まさか力に差がありすぎて正しく認識することすら出来へんとでも言うつもりか?

 

 

「なあ」

 

「……」

 

「無視すんなや」

 

「ハァ、なンだ」

 

 

強い者のことを理解できないのは弱い者の罪

甚爾君は誰にも理解されんまま死んだ

 

爺さん等が甚爾君を見た時の感覚がこんなモンやろか

絶対に認められへんわ

 

 

「甚爾君倒したの嘘やろ」

 

「…ア?」

 

「お前が甚爾君に勝てる訳あらへん。本当は悟君がやったんちゃうか?」

 

「嘘ついてどォすンだよ」

 

 

コイツが本物の強者ならそれを理解出来ひん俺は弱者。そうなれば俺はアッチに行けんくなる。コイツは偽物や証明せなあかん

 

 

「表出ろや、化けの皮剥がしたる」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「さっさと来い」

 

 

いきなり因縁を付けられた百合子の方に付き合ってやる義理はないが、禪院の術式を体感出来ると言うメリットはあった。彼は自身の知識欲の深さを理解していた

 

 

「…いてこましたるわ」

 

シュン…

 

 

初手から術式発動。百合子を認めていなくても、認めていないからこそ全力で沈めるつもりの様だ

 

直哉の術式は投射呪法。自らの視界を画角として1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージを予め頭の中で作り、それを実際に自身の体でトレースする術式

 

直哉は速度を上げるため百合子の周囲を旋回する

 

しかし

 

 

(なんやこの感触? 全く振り切れへん)

 

 

百合子はただ立って居るだけであり目が合った訳でもないが、直哉は常に位置を捕捉されている様な気味の悪さを感じていた

 

だがやることは一つ。一度目の接触で1秒の停止を強制し、二度目で仕留める

 

死角に回り込んだ瞬間仕掛ける……

 

 

「どこ見てンだァ?」

 

「…ッ‼︎」

 

ヴンッ

 

 

事は出来なかった。まさに飛び込もうとしたその時、測ったかの様に"背後から“声をかけられたからだ

 

それどころか驚愕のあまり術式を制御出来ず自身がフリーズする始末

 

全く視認出来なかった。幻覚を見せる類の術式で位置を誤認させたか、それとも純粋なスピードか

 

とにかくここでの1秒が致命的である事に変わりはない

 

 

(やばっ、…………………は?)

 

 

硬直は終了したが何処にも怪我はない。直哉は疑問に思いつつひとまず距離を取る

 

百合子は先程と変わらない位置で立っていた

 

 

「…なんでや? なんで何もせぇへんかった?」

 

 

この期に及んで相手のミスを考えるほど愚かではない。例え術式に攻撃力がなかったとしても拳を振りかぶることすらしていないのだ。明らかに見逃されている

 

 

「散々イキり散らかした結果が自爆ってンで構わねェなら、そォしてやったンだがなァ」

 

「ぐっ……ざけんなやクソが‼︎」

 

 

強さへの執着が人一倍強い直哉には耐え難い屈辱ではあるが百合子の力は認めざるを得なかった。先程のスピードは最速の術師と呼ばれる父でさえ捉える事は出来なかっただろう

 

だが認めたからと言って対処法が浮かんでくる訳ではない。直哉に出来るのはさらに疾くなる事だけ

 

術式が破綻しないギリギリまで変則的な動きを混ぜ眼前の男の知覚を振り切る

 

もっと、もっと疾く

 

 

(今──‼︎)

 

 

慣れない激しい挙動のため上手く調整できなかったが指先がどうにか百合子の肩を掠めた

 

 

(勝った‼︎)

 

 

あとは流れに任せて無防備な顔面に一撃喰らわせてやるだけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

額に指を添えられる。額に指を添えられる。額に指を添えられる。額に指を添えられる。額に指を……指、指、指……

 

 

「へ?」

 

 

間違いなく術式は発動したはず

 

 

「予め24fpsで動きを作り、トレースする。普通の人間が相手なら充分な速さだがァ……まァ、俺には効かねェな」

 

 

百合子はつまらなそうに術式の詳細を言い当てる。百歩譲って術式を看破したことは理解できる。この男にはそれほどの速さがあった

 

だが

 

 

「なんで…なんで"俺の動きに合わせられんねや‼︎”

 

 

そう。百合子は投射呪法を看破しフリーズを回避するだけでなく、直哉の動きを完全に予測して額に指を合わせ続けた

 

つまり24回殺すチャンスがあり、そして全て見逃したと言うこと

 

 

「物理法則を無視できる範囲に限界があンだろ?条件付きならクソガキの24手程度簡単に読める」

 

 

初対面の人間の行動を完璧にトレースする。一体どれほどの洞察力と分析力があればそんな芸当ができると言うのか

 

 

「そもそも人間の視認速度が60fps相当。術師非術師問わずだ。24で俺を振り切ろうなンざ舐められたモンだな」

 

 

人間の視界が60fps相当であるのは事実だが、それはあくまでもそれ以下のfpsだと違和感を感じる程度のものであり、一枚一枚を個別に認識できる訳ではない

 

しかし直哉は自身が一般人の知覚すら超えられないと言われている様に感じた

 

 

「どォしてそンなムキになってンのかは知らねェが……テメェはそこまで強かねェよ」

 

 

指から電流を流し直哉を昏倒させようとした百合子だが、ここで直毘人の言葉を思い出す

 

百合子は直哉の額に添えた指を開き、呆然とする直哉の頭を掴む

 

 

「せっかくだァ、微積の素晴らしさってのを教えてやろうじゃねェか」

 

 

百合子は直哉の頭を掴んだまま術式を発動。術式の応用で普段百合子が処理している情報量をそのまま直哉の脳に流し込む

 

毎秒24回情報処理を行う投射呪法では、常に周囲の状況を観測し連続的に情報を処理する百合子と同じタスクは熟せない

 

十秒もせずに直哉の意識は闇にしずんだ

 

 

──────────────────

 

 

 

『いや、ウチの直哉を観る。コレでどうだ?』

 

 

ここでの『観る』は術師としての能力を評価すると言う意味だろう。御三家なら金に興味がないのも当然か。だが、そもそも直哉とは誰なのかを百合子は知らない

 

 

『俺の息子だ。一応次期当主ということになってるが、自分の力を過信してる節がある』

 

 

御三家で自信家。五条を彷彿とさせるが流石にあのレベルのクソガキはそういないだろう。そう信じたいところだ

 

 

『託児所じゃねェンだがな』

 

『ん?』

 

『ハァ、コッチの話だ』

 

 

それにしても観るとはなんとも曖昧な表現だ。縛りとしての契約でなければ条件が曖昧でもなんら問題はないのだが後で約束を反故にされてはたまったものではない

 

そんな百合子の内心を汲み取ったのか直毘人が一言

 

 

『別に成果は求めておらん。見所なしと判断すればそれでもいい』

 

『ン? 随分と慎ましィじゃねェか』

 

 

直毘人の脳裏に浮かぶのは甚爾。今の禪院があるのは甚爾の気まぐれだと言うのは家の者の共通認識。もちろん誰一人として口には出さないが

 

仮に百合子が呪詛師認定されたとしても今までと何も変わらないだろう。無理に敵対すれば滅びるのは日本の方だからだ

 

触らぬ神になんとやら

 

筋を通してくれただけ感謝するべきだと、直毘人は思い直した

 

 

『で、直哉ってのはドコにいンだよ』

 

『今日はこの屋敷にいるハズ。因縁をつけてくる若い男がいたら、それが直哉だ』

 

 

 




イタチがサソリにナルトの説明をする時
「一番最初に突っかかってくる奴だ」
的な事言ってなかったっけ?あれ好き

>「もう帰るの?」
ここから百合子が帰ろうとする動作をした事が読み取れます

>支えを失った私はソファーに横たわる
さらにここからは百合子が帰ろうとした事で歌姫が倒れた事が読み取れます

つまりそう言う事です


60fpsの件は市販のテレビがそのくらいと言うだけで個人差はあると思います。余り気にしないで


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