褪せ人になった男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか (アーロニーロ)
しおりを挟む

プロローグ


ああ、神様。私が何をしたのでしょうか。


 

 

「なんっっだ、こりゃあ……」

 

 左手にスマホ、右手にコントローラーを装備してテレビ画面と睨めっこした俺は目の前の事実に困惑しながらそう呟くしかなかった。

 

 今俺がやろうとしているゲームの名前は『エルデンリング』。フロム・ソフトウェアが開発し、2022年3月ごろに発売されたオープンワールドのアクションRPG である。ディレクターは『ソウル』シリーズでもおなじみの宮崎英高氏が務め、発表時の段階から「フロム・ソフトウェア史上過去最大のプロジェクトになる」と発言しており、世界中のフロムファンやファンタジーファンから注目されていたこともあってソウルシリーズを知ってはいてもやったことはない俺ですら興味を持っていた。

 

 知った、というかやろうと思ったきっかけは5月ごろニコ○コの実況を見ていたこと。某投稿速度が異常なゆっくり実況者の配信を見たことがきっかけで一目惚れ。

 当時はプレステ4買って無かったこと、成績が色々とアレだったこともあってやるのに数ヶ月ほど間が空いた。何度ここでクソが、と思わされたか。長くも魅力的なオープニングを眺めていざやるぞと勇足で始めようとし、今に至るのだが、

 

「いや、マジで、えぇ……(困惑)」

 

 そのページに移動した俺は、思わずつぶやいていた。なんたって明らかに実況はおろか調べても見たことないような画面が表示されていたからだ。より具体的に言うと素性を選ぶ画面がおかしかった。

 

 素性とはいわゆるジョブである。放浪騎士を筆頭に剣士、勇者、盗賊に星見、預言者、侍、囚人、密使、挙げ句の果てに文字通り装備なしの素寒貧に至るまで。あらゆる選択がある。人によっては見た目込みでここでうん時間も費やすほどの造り込み。なのに、

 

「なんで三つしか選択肢ねぇんだよ」

 

 目の前の画面には、「魔術使い」「近接戦士」「祈祷使い」の三つのみである。ええ、嘘でしょ?やる前にアプデの情報を調べてもこんなのはなかったよ?というか、これがアップデート?笑わせんな改善どころか改悪ものまであるわ。ええ、これはないでしょと呟きつつも返品しようにも時間が経ちすぎた以上やるしかないのだ。取り敢えずは本来選ぶ予定に組み込んでいるであろう「魔術使い」を選ぶ。すると、

 

「いよいよもって壊れてんのか?これ」

 

 今度はどう言うわけか装備品を選ぶ画面になっていた。えぇ、嘘でしょ(本日二度目)?返却案件だろこんなの。まぁ、選べるんだったら選ぶけどさぁ。そう思いながらも俺は迷わずに(・・・・)手を動かした。

 

 今思えば、この段階で疑っていたのに止めなかったことを(・・・・・・・・・・・・・・・)疑うべきだった。こんなの絶対におかしい、と。やめておこう、と。そう思うべきだったのだ。

 

「ま、こんなもんでしょ」

 

 選んだ装備は当初、素性として選ぶ予定だった「囚人」そのものにした。というか、重さ的にこれ以上のが装備できなかった。まあ、杖は他のにしたけどね。そうして次の画面に進む。すると今度は魔術を選ぶ場面に進んだ。もう突っ込まんぞ。良い加減この状況になれた俺は現状は使えそうな魔術を選んで。次に現れたのはステータスの割り振り。神秘と信仰がないことに軽く目眩を起こしそうになったが、これも少し知力に寄っているのを除けば囚人のステータスと同じにした。決定を選択し、キャラクター設定を終了させる。

 

 画面が切り替わった。

 

 『*注意!この選択は決して変更できません。よろしいですか?』

 

 はいはいわかりましたよ。無駄な料金さえかからなければね。はいを選択。

 

 『本当に何も変更はできません。それでも続けますか?』

 

 だから、

 

「はい、っていってんだろうが!」

 

 苛立ち混じりにはいを選択。瞬間、俺諸共、俺が存在したであろう痕跡はこの世界から消えた。

 

 

「は?」

 

 目の前の光景を前に出てきた第一声はこれだった。いや待て、おかしい。俺は確かに家にいた、のになんで外にいる?というか夜だったよな?なんでこんなに明るいの?頭の中が困惑で満たされていく。視線だけを動かすように軽く周りを見渡す。街全体を覆うように築かれた壁と中世寄りの街並みがそこには広がっていた。ちょっと待って、脳みそがバグりそう。って、あ、ぶつかっちゃった。

 

「おい、気ぃつけろ」

 

「あぁ、申し訳あり…ま……せ、ん」

 

「あぁ?なんだその態度は!」

 

 何が気に食わなかったのかチンピラ然とした態度で怒鳴り散らしてくるが俺はそれが耳に入らない。俺とぶつかった男はなんの変哲もない普通の男だった。そう、

 

 耳が犬のようで、かつ耳が頭の上になければ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 は?どうゆこと?

 

 困惑のあまり煮え切らない謝罪になった上に上の空の俺に対して苛立っているのか胸ぐらを掴まれたがそれ以上に現実が追いつかない。つけ耳にしてはリアルすぎる。ソースは実家で飼い犬を飼っている俺。あ、今動いた。

 

 OK、落ち着け俺。取り敢えず落ち着かせるよう自分に言い聞かせ、周りを見渡す。

 

 余計に頭が痛くなった。

 

 え?なんでって?犬の他にも虎、猫、兎などなど多種多様な耳が確認できたから。と言うかエルフもいたなぁ今。

 

「おい」

 

 最近でも流行ってるかどうかは知らんが異世界転生を自分で味わうハメになったことに軽い現実逃避をしていると口元をひくつかせた男がいた。って、ああそう言えば喧嘩ふっかけられてんだった。

 

「へ?なんすか」

 

 少しすっとぼけながらそう答える。今思うと本当に舐めた態度だったなあと思うよ。すると、胸ぐらを掴む力が強まり、拳を振り上げた。え?

 

「……もう良いわお前」

 

 いやいや!!待て!チンピラさんが戦闘体制を取ってらっしゃる!ちょっと待て!他人に殴られるのって中学生以来なんですが!?ていうか周りは!?あ、目を逸らされた。他人事ですか、そうですか。そうこうしている間に目の前に拳が迫ってくる。あ、これ殴られるわ。痛くしないでね。そう思って目を閉じる。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開ける。すると、

 

「ンー、流石に見てられないかな」

 

 そこには槍を持った金髪の美少年がチンピラの腕に槍を引っ掛けて止めた姿がそこにはあった。ちっさ。え?待ってショタって言ってもおかしくないほどちっこいんだけど。ていうかどっかで見たことが、

 

「て、テメェは!」

 

「確かに彼の態度も悪かったね?だが、肩をぶつけられた程度で殴りかかるのはどうかと思うよ」

 

「〜〜ッ!」

 

 文字通り大人と子供ほどの体格差がそこにはあった。にも関わらずチンピラは美少年に反論することもできない。少しもしない間にチンピラはまるで逃げるかのようにその場を後にした。被害者であるはずの俺はそんなことを気にすることもできなかった。だってわかってしまったかもしれないからだこの世界がどこなのかを。

 

「大丈夫かい?」

 

「え?ああ!はい!おかげさまで!」

 

 うわ、はっず!めっちゃかくついた動きになったんだけど!ショタっ子は……目を丸くして、ああ、笑ってる。さもありなんと思いながら取り敢えず頭を下げる。

 

「昨日は飲み明かしたのかい?随分と惚けてるが……」

 

「はは、酒には弱いもんで」

 

 嘘です。強い方です。なんだったら友人たちとの飲み会で周りが酔い潰れてる中で一人無事でした、はい。

 

「なら今度から気をつけると良い」

 

 そう言うとショタっ子は俺に背を向けて去ろうとしていった。まあ、名前確認ができたら、間違えたらそれはそれでと打算ありきで再度俺は頭を下げた。

 

「ありがとう。……フィン・ディムナ(・・・・・・・・)

 

 二重の意味を込めて礼を言うとショタっ子、いやフィン(勇者)は軽く手を上げて去っていった。周りからの視線がフィンに対して注がれているのを見て俺はいそいそとその場を去り、路地裏に溶け込む。そして同時に確信した。あゝ、マジですか。よりにもよってここって

 

「ダンまちの世界かよォ……」

 

 

 ダンまち、正式名称は『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』という俺がラノベ系統にどっぷりとハマるきっかけとなったラノベである。

 

 世界観としては千年以上前の時代に後の『ダンジョン』と呼ばれる巨大な大穴から無限に産み出されるモンスターによって多くの人々が蹂躙されていく。しかし天界から神々が降臨し、『神の恩恵(ファルナ)』と呼ばれる様々な事象から経験値を得て能力を引き上げ、魔法やスキルといった能力を発現させることを可能とする力によって、人類がモンスターを退けていくようになり、神と眷族となった人間が『ファミリア』を組織し、多くのファミリアがオラリオに集い、世界の中心であり謎多き迷宮の攻略に日々挑み続けている。と言ったものだった。

 

 この世界のことは設定を何度も読み直す程度には好きだけど。来たいか?と聞かれたら断じて否と答える。なんでって?この世界さぁ、割とシビアなのよ、色々と。主人公に対しても割と過酷な運命をふっかけてくるし、主人公の登場しない暗黒期時代にいたっては容赦してあげて?って思う程度にはガンガン人が死にまくってた。

 

「いや、まぁ、リ○ロやオ○ロに比べればマシなのかぁ?」

 

 比較対象が死にゲークラスの世界と比較することでなんとかマシだと割り切って、近くにあった店のガラスで自身の全体像を確認する。……うん、これ。

 

「エルデンリングで設定した通りの装備じゃねぇかよぉ…」

 

 うめきながら目を伏せる。そして再度自身の姿を見る。タコのような頭の防具に少しヨレヨレした服装、腰に細めの剣と杖を、片手に白銀のバックラーを装備したこの姿。紛れなく転移前に設定した自身のアバターである。と言うかチンピラさんはよくこんな姿した人間に喧嘩ふっかけたなぁ。この格好した奴いたら普通は避けるよ?将来大物になるよ、いやマジで。

 頭の装備を外して顔も確認する。もしかしたら知らない顔が広がっているのでは?と思い、怖かったこともあって恐る恐るといった感じだったが、頭装備の下には見慣れた顔が広がっていて思わずホッと息を吐いてしまった。取り敢えずは一通り自身の身の回りは把握できた。後は、

 

「時系列、と身の振り方かなぁ」

 

 こんなもんかなぁ。正直なんで異世界転移したのかなんて神でもないんだから考えるだけ無駄であるためパス。故にこの二つ。時系列に関しては街の活気を見る限り少なくとも暗黒期を抜けてそこそこ経ってるのは確定であるのは間違いない。はい、解決。問題は…

 

「マジでどうしよう……」

 

 身の振り方である。文字通り神々が巣食うこの魔境でどう生きていくかに俺の人生はかかってくる。しくじることは出来ない。もし、もしだもし仮にあの未知や興奮が大好物な神々に自分が異世界から来たのだバレたら。

 

 そう想像した瞬間、未だかつてないほどの怖気が背筋から全身に広がっていくのを感じさせられた。

 

 怖い、怖すぎる。元いた世界でも古今東西、ありとあらゆる神話に悪い意味で神に目をつけられた人間の辿る末路がどういうものなのか。俺はよく知っている。ましてやこの世界の神はそういった娯楽のためならなんでもやるような連中に限りなく寄っている。となると一番必要なのは

 

「後ろ盾、だよなぁ」

 

 となると必然的に上位、あるいは善神が経営するファミリアに加入することが重要となる。欲を言えばロキかガネーシャあたりが望ましい。そうと決まれば、さぁ!俺の冒険はここからだ!

 

 〜1時間後〜

 

「お前のような輩は我がファミリアには相応しくはない!消えろ!」

 

「ハイ、ソウデスカ」

 

 本日、8度目の門前払いを喰らいました。





久々の投稿です。誤字脱字や感想を待ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、俺は……



序盤が一番書きにくい


 

 あれから10数件ほどファミリアを巡りました。情報とか聞いてまわりながらにしては良いんじゃね?って思う程度の件数は巡りましたよ。え?結果?HAHAHAHAHAHAHAHA!

 

 なんの!!成果も!!得られませんでしたぁぁぁぁぁ!!!

 

 思わずアメリカンに笑ってしまうレベルで門前払いを喰らいまくりましたよ!!ええ!わかってましたよ!と言うか気付きましたよ!思い出しましたよ!ロキ・ファミリアの連中に門前払い食らった段階でさぁ!考えてみれば人間、いやこの場合俺を含めたヒューマン族の連中は小人族並みに能力値が劣ってることに!だからって、俺を追っ払った後に悠々とエルフを引き入れてるんじゃねぇよ!嗚呼、腹立つ!あのエルフの「ふ、雑魚が」みたいなあの目ぇ!

 

「フーッ!フーッ!――――スーッ」

 

 よし落ち着け俺、色々と屈辱的だが流石に不審者扱いされるのはごめんだ。どっこいしょと、よし取り敢えず集めた情報を纏めるぞ。

 

 まず初めにこの時代は間違いなく原作スタートから3年前以内の世界だ、断言できる。アストレアの連中が壊滅して『疾風』が暴れ回って指名手配くらったのもあるが、それ以上にジャガ丸くん売ってる露店のおばちゃんから相手の露店に最近になってタケミカヅチ(・・・・・・)と呼ばれている神が入ったと言う情報が入ったからだ。設定読んでた俺が言うんだ間違いない。……多分、きっと、バタフライエフェクトさえ起こってなければ。

 

 時系列は大雑把だが概ねわかった。だけど現状で最もやばいのはファミリアに入れないってことだ。これでは後ろ盾の確保は愚か金が稼げない。これは幾ら何でも致命的すぎる。金稼ぐだけならバイトって考えもあるけど、この世界での俺には過去や経歴は存在しない。そんな人間を雇う酔狂な人間が世の中にいますか?いや、いない、絶対に。いても確実に裏がある。

 

 次にファミリア探しなんだが、こっちに関しては言うまでもなく惨敗である。初めの四軒くらいは頭装備を外して尋ねて突っぱねられましたよ。童顔なこの顔がいけないのかなぁって思ってその後は頭装備ありで尋ねた今度は武器まで向けられました。……まさか、面接なしどころか武器まで向けられるとは思いもしませんでしたよ。一応外して会話してもないな、みたいな顔した後に消えろって言われるしよぉ。

 

「これはちょっと、いや本気で想定外だったなぁ」

 

 少しこの世界で生きることを侮っていたと同時に慢心していたかもしれない。『自分は転生者なんだ』、『多少のご都合主義はあるだろう』って。忘れてたというか考えもしなかった。自分にとってここは現実となっているんだ、なんて。

 

 まあ、それでも面接なしはどうかと思うけどね!?

 

 さてと悩んでもしゃあない。それにいつまでも同じ場所にいても仕方ないし、そろそろ移動しないとね?

 

「悪いな、おっちゃん。店の真横なのに居座っちまって」

 

「……良いけど、大丈夫なのか?坊主」

 

「へーきへーき」

 

「そうか、まあ、なんかあったら話ぐらいには乗るからな?」

 

 やだこのおじさんめっちゃ親切。この世界に来て一番心安らいだ瞬間かもしれん。と言うかそっかー、坊主かー。

 

「そんなに幼く見えるかねぇ」

 

「ん?どうした?」

 

「んにゃ、なんでも。宿に困ったら頼むわ」

 

 今年で21歳なのに坊主扱いされて軽くショックを受けつつも、話しかけてきたのを適当にあしらい、その場を後にしようと振り返った瞬間。

 

「お?」

 

「痛っ」

 

 誰かとぶつかった。……今日は人とやたらぶつかるなぁ、そんな人混みでもないはずなのに。正面からぶつかって、当たった箇所から背丈は160センチ半ばくらいかな、などと思いつつ一言謝ろうと目を向けて……絶句した。

 

「す、すみません!ぶつかってしまって!」

 

 座り込むように倒れた状態からおどおどと謝る姿には先ほどのチンピラのような恐ろしさは感じられない。しかし、問題はその見た目にあった。処女雪を思わせる白髪と透き通るような赤目、俺より小さく兎を思わせるような体躯からは愛嬌すら感じられる。「えーっと?」とこちら心配そうに伺う声からまだ声変わりしてないことも考えられる。

 

「あー、悪いな。疲れてボーッとしてたわ。すまんな、立てるか?」

 

「えっ……あっ、はい、すみません…………」

 

 少年がおずおずとその手を取ると、取り敢えず力を込めて彼を引っ張り上げる。その手は豆の跡がいくつか出来てたが、力はお世辞にも強いとは言えず、体も見た目通り軽かった。というかマジかぁ、いやもう時系列はわかったわ。

 

「なぁ、お前の名前なんていうんだ?」

 

「え?えっと……」

 

 半ば確信しつつも名前を聞いてみた。流石にぶつかった初対面の相手が名前を聞いてきたことに戸惑いを隠せないのかかなり警戒した目でこっちを見てきた。ちょっと焦りすぎと興奮しすぎたな、と反省しつつ適当に誤魔化すことにした。

 

「そんな警戒すんなって。ここで出会ったのもなんかの縁だと思ってな?名前くらいは聞いときたいと思ったのよ」

 

「そ、そうですか?えっと――――ベル・クラネルって言います」

 

 

「そっかーよろしくなぁ、ベル」

 

 適当に返事しがら真っ先に思ったのはこんな即興で考えた言い訳を秒で信じるなんて、人が良過ぎない?だった。目の前の少年の善性を知っているがここまでチョロいと心配になってくるわ。そう思いながら改めて目の前の少年を見る。うん、見間違えるはずがない主人公様だわ。そしてこの反応からすると、

 

「お前もファミリア探しかい?」

 

「お前"も"ってことは、あなたも!?」

 

「ンマー、そんなとこ」

 

 やっぱりファミリアに入る前だな。服装、というか装備もあるがなにより俺の言葉に対しての反応がその証拠だ。ていうか……

 

「?」

 

 んー、かわいい。ショタコンの気は毛頭ないがさっきまでの小動物じみた申し訳なさからの、同類を見つけた時のパァっていう擬音が聞こえそうなくらい明るさのギャップが「あのー?」ん?

 

「お名前を教えてくれませんか……?」

 

 心底どうで良いことを考えていると、ベルがとてもおずおずとこちらの名前を聞いてきた。ああ、そう言えば名乗ってなかったなと思い名前を口にしようとした瞬間、口をつぐんだ。

 

 そうだ名前、名前だ。どうしたもんか。これからの展開を無視して馬鹿正直に答えるのも良いが、一応転生者なんていう特異的な身の上である以上そう言うわけにもいかんよなぁ。悩むそぶりを見せずに何か名前のヒントになりそうなものがないか周りを見渡す。そして、店先のキャンドルに目がつき、思いつく。

 

「『マナ』、『マナ・キャンベル』だ。気軽にマナ、でいいぞ」

 

「マナさんですね!よろしくお願いします!」

 

 自身の本名の名前と姓の始めから取った名前とキャンドルを参考にした性。安直にも程があるなと内心苦笑いしつつも、笑いながら手を差し出してきたベルと握手をする。うーん、眩しい。俺が失ったであろう輝きを目の前に心の目が眩んでいると、

 

「やあ、やあ、そこの二人」

 

 声がかけられた。……おいおい今日はイベント尽くしだな。振り返れば、黒い髪を白いリボンでツインテールにしている背丈が十歳ぐらいの女の子が立っていた。服装は胸元の開いたホールネックの白いワンピースに左二の腕から胸の下を通して体を巻き付けるように青いリボンを結んでいる。

 

 見た目は小学生、よくて中学生くらいの女の子なのだが……デカい。何がとは言わんがデカい、グラドル以上にデカい。溢れるのでは?って思ってしまうレベルで。ベルとお手々繋いで仲良く固まっていると。

 

「あー、んん……。実はボクは今ファミリアの勧誘のようなことをしていてね。ちょうど冒険者の構成員が欲しいなーなんて思ってだねぇ、その、うん、えーっと……」

 

 少しずつ自信がなくなっていってるのか言葉が萎んでいきながらこちらを勧誘してきた。俺たちと同様に断られまくってるせいかやたら原作にある明るさが形を顰めている。というか、神って一眼見ただけでも神だって理解することができんのね。まあ、返答に関しては、

 

「是非とも」

 

「い、いいんですか!?」

 

 YESに決まってる。俺、というかベルもだが。

 

「え?」

 

 めちゃくちゃ意外そうに一柱の神がこっちを見てくる。……なんでそんな顔すんの?小説でしか見たことないからそんな顔されるとすごい困るんだけど。

 

「寧ろ、行き詰まってて困ってたところだ。ありがたくその手を取らせて欲しい」

 

「ぼ、僕も同じくです!というか入らせてください!」

 

 片方は後頭部を描きながら少し気恥ずかしそうに、片方は明るく心の底から喜ぶように、そう答えた。俺たちの言葉に追いつかなかったのか少し惚けたかと思うとすぐに嬉しそうに、花が咲くように笑いながら手を差し出した。

 

「僕の名はヘスティアさ!君たちの名はなんでいうんだい?」

 

 そう朗らかに聞いてきた神に、ヘスティアにベルは少し泣き出しそうになりながら、

 

「ベル……ベル・クラネルです」

 

 そう返した。俺もヘスティアの明るさに触れて軽く笑みをこぼしながら返そうとした瞬間、あることを思い出して固まった。

 

 ヤベェ、どうやって神に偽名を名乗ろう。

 

 この世界の神は全知零能であり俺たち人間の嘘程度なら問答無用で見抜けてしまうのである。ちょっと待って、これはまずい。今このタイミングでヘスティアに嘘ついて疑問を持たれたら。いや、それならまだ良い。最悪、ファミリアに入れないという可能性すらある。それは本当にやめて欲しい。将来性もだが、それ以上にヘスティア以上の人格者ならぬ神格者は知らんのだ。正直に言うのがここでは最適解なのだろう。でも、転生者という身の上から偽名を名乗らざるを得ない。故に、

 

「……マナ・キャンベル、デス」

 

 取り敢えず腹括って少しカタコトになりながら偽名を名乗って自己紹介をする。……ヘスティアの顔を見るのが怖い。どうしよう、あんな明るく笑ってたのにめちゃくちゃ訝しんでたら。今後の展開次第で土下座を視野に入れながら恐る恐る顔を挙げると、

 

「そっか、マナくんとベルくんって言うんだね!よろしく頼むぜ、二人とも!」

 

 疑う素振りを見せずに笑っていながら手を伸ばしてきた。

 

 え?マジ?こんだけ?なんの反応もなし?

 

 えぇ…あまりにも肩透かしな結果なんだけど。身構えてた俺が馬鹿みたいじゃん。まあ、もしかしたら察してくれてて、訳ありだと受け入れてくれたのかもしれないしそれだったらよしってことで。取り敢えず手を取った。

 

 この出会いを俺は幾年もの月日が経っても忘れない。原作を間近で見れるからとか、ここなら安全だからとかではなく、陳腐かつコピペみたいな言い回しをするのであればこの日、俺は確かに『運命』とやらに出会えたのだから。

 

 

 『ファミリア』に誘われ、ヘスティアにベル共々手を引かれてしばらく歩く。途中で路地裏など入り組んだ場所を通るたびにしばらく迷いそうだななんて思っている間に足が止まる。

 

「着いたぜ!ここがボクの拠点さ!」

 

 そう言って着いた先は、教会(廃墟)だった。……うん、知ってたけど思ってた以上に廃墟してるなこの教会。相手が相手ならナニする気?って聞きたくなる程度には。ベルは……口を開けてますねぇ、まあ、そりゃこんな反応もしますよね。明るい時なら趣あるなぁ、で済んだけど今くらいからなおボロく見えるわな。

 

「あははは……、いやぁ申し訳ない」

 

 言葉通り、とても申し訳なさそうにこっちを見てくるヘスティア。それに対して俺は「問題ない」と言うと、ベルも「趣ありますね」と苦笑いしていった。そんな俺たちを連れて教会内部に入る。置かれた十字架らしきモノは砕けて半端な神聖さを放っている祭壇に近づき屈むと、ガコッという音共に床板が外れた。

 

「へ?」

 

「これはまた……」

 

 むふー、という声が聞こえそうなほど自慢気に胸を張るヘスティア。知っていたがこう秘密基地じみたことをされると少し胸が躍る。そんなことを思いながらヘスティアを筆頭に俺とベルは地下室に入っていった。






今日はここまでです。このままだともっと長くなりそうだったため終わり方が中途半端になりました。中々、話が進みませんが次回はステイタス回とダンジョン回となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恩恵


遅れましたあけましておめでとうございます。1日遅れですが今後ともよろしくお願いします。


 

 

 教会の地下、そういう言葉が出てきて何を想像する?俺はぶっちゃけて言うとジメジメした暗い所を想像する。だからヘスティアに地下に案内された時は少し辟易していた。だけど、決してそんな事は無かった。

 と言うか一式家具が揃い、人が生活できるだけの環境が整えられ、上の荒れようから考えるとごく普通と言える生活感溢れる部屋になっていた。そんな地下室でロリ巨乳と上裸の大学生。側から見れば完全に事案である。

 

 一応、弁明しておくが今からおっ始めるわけではない。言ってて悲しくなるが、現在進行形で俺の身体は清いままだ。上半身裸なのも『マナくん、上着を脱いでここにうつ伏せになってくれるかな?』って言われたからだからね?

 

 まあ、脱いだ理由についてだが、ダンまち読者であるものなら誰でもわかると思うが眷属になるに当たっての最重要事項である神の恩恵(ファルナ)を刻むためである。正直、興奮してないかと言われたら嘘になる。だってそうだろう?みんなの憧れである神からの能力付与を現実で授かれるなんて興奮しない方がおかしい。ワクワクしつつ待っていると、

 

「さて、針はーっと、あった、あった……よし。それじゃファルナを授けるよ」

 

 うつ伏せに寝た俺のお尻の辺りにヘスティアがそっと跨った。柔らかい。別の意味で興奮した。知人からとある部位の血の巡りを鈍らせるツボを教えてもらって良かった。うつ伏せの背中に水滴らしきものが落ちる。瞬間、淡くも決して眩しいとは感じないと不可思議な光が背中で弾けた。

 

「うおっ」

 

「お?びっくりしたかい?安心してくれよ〜マナくん。見た目が派手なだけだからね?」

 

 情けなくびっくりした俺をヘスティアが軽く宥める。少し恥ずかしかったが、それ以上にこの光から感じる神々しさに少し見惚れていた。いやー、改めて思うけどヘスティアってマジもんの神様なのね。あれ?光が収まってく。ってことは。

 

「終わりっすか?」

 

「そ、終わったぜマナくん。今日から君はボクの、いやボクたちの家族(ファミリア)の一員さ!」

 

 終わったことを悟って上半身を軽く起こし顔を後ろに向け、確認してみると、嬉しそうに笑いながらいつの間にか持っていた羊皮紙?らしきものをこちらに渡した。

 

 するとそこには!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv1

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【グリント・アーク】

・詠唱式【断ち切れ、輝きの斬波】

・単射型斬撃魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・速射魔法

・詠唱の変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行う際に魔力や体力の回復効率が上昇し、食事をすればステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 羊皮紙一面に所狭しと書かれた文字があった!

 

「いやー!まさか眷属第一号が魔法もスキルも三つも持ってる子だなんて!スキルも魔法のアシストがしっかりと出来てるし、バランスがとっても良い!大物になること間違いなしだよマナくん!」

 

「す、すごいです!初めはスキルはおろか魔法が発現することも滅多にないというのに!」

 

 それを見たベルくんとヘスティアは大興奮!そんな2人に悪いが俺は今はそれどころじゃない。とりあえず紙切れをもう一度眺めてみるが……うん、やっぱり変化なし。

 

「ヘスティア」

 

「ん?何だい?マナくん」

 

「何語っすか?これ」

 

「何語って……共通語(コイネー)、だけど?」

 

 そこまで聞いて俺は顔を手で覆って天を仰いだ。そんな俺を見てベルは首を傾げて、ヘスティアは「あ」っと言って何か察したような顔をした。はい、すみませんヘスティア様。ご察しの通りです。

 

「マナくん、まさか」

 

 わたくし、マエザワ・直哉(マナ・キャンベル)

 

「読めないのかい?共通語が」

 

 異世界語がわからんとです。

 

 

 失念してた。そりゃそうだわな、世界が違えば言葉も違うよな。色々と現実離れしたことが起きすぎて忘れてたわ。形的に多分ギリシャ系の言葉だと思うけど……。まあ、仮にギリシャ語だとしてもギリギリ英語ができる程度の能力しか持たん俺では読めんけどなあ。というか、

 

「いや……まあ…確かに共通語が読めないって子はいるけども……うぅん、まいったなぁ」

 

 本っっっっっっっ当にごめん、ヘスティア!いや、異世界語をこっちから前から出来るようにしとけって思うほうがよっぽど変なんだろうけども。まあそれでもヘスティアからすれば大の大人が文字読めないわ想定外だろうな。

 

「すまん、ヘスティア。迷惑かけるようで悪いが口頭で読んでくれないか?」

 

「いや、謝る必要は無いよ。田舎から出て来た子の中には文字が読めない子も居るし。これから少しずつ勉強していけば良いさ」

 

 何この人、女神?って女神だったな。原作読んでるだけでは知ることのできないヘスティアの懐の広さに戦慄していると、ヘスティアにもう一度背を向けるよう指示される。なぜ?と思いつつも素直に背を向けるとまた淡い光が発せられたがすぐに収まり、ヘスティアの手にまた羊皮紙が握られており、羊皮紙を再度渡してきた。話聞いてた?と思いながら再度目を通すと、

 

「は?」

 

 日本語がそこに書かれていた。え?なんで?なんでヘスティアが日本語を?もしかしてバレた?いくらヘスティアがチョロいとは言え神の目には全てお見通しだったりするのか?恐る恐るヘスティアの方を見る。すると胸を張っているヘスティアがいた。 

 

「ふふん、読めるだろう?黒髪に黒っぽい目をしてたから君はもしかして極東で生まれ育ったんじゃないのかなぁって思ったんだ」

 

「驚いた……。ああ、これなら読めるわ」

 

 あ、これバレてないな。て言うか極東って日本語あんのね。

 

「よく知ってたな極東の言葉なんて」

 

「おいおい忘れたのかい?マナくん。ボクは零能だが全知なんだぜ?下界の子供達の言葉なんて全部把握済みさ」

 

 それもそうですね。流石、神様というよりもヘスティアなのな。こうも簡単にこっちに対応してくれるなんてすごいありがたい。なんで今まで眷属できなかったの?あ、それと。

 

「ところでヘスティアよ」

 

「ん?なんだい?」

 

「この空欄はなんなんだ?」

 

「……ああ、初めて神の恩恵を刻んだからミスしちゃったんだ。特に意味はないから無視していいよ」

 

 ミスしちゃった、ねぇ。……まあ、今は自分のステイタスを見ますか。

 

 うんうん、なるほどね。魔法に関してはエルデンリングで設定した通りなのかよくわからん。実況者は祈祷タイプのキャラだったから魔術を使うシーンなんざ見たことないし、最後のに関しても詠唱の変化で能力も変化する?って言うのがある以上、設定通りとなるかわからないな。

 

 次はスキルだけど……なんて言うかヘスティアの言う通りバランスがいいなこのスキル構成。【万魔知覚】が魔法を強化して、【戦灰動作】で近接を強化するって感じか?内容を見るに【戦灰動作】はエルデンリングの戦技が使えるようになるのかな?まあ、だいぶ優遇されてるよなぁ、俺。え?【褪人肉体】?気が狂わなくなるって怖いね!んでだ、戦闘スタイル的に中距離でも近距離でもいけるなこれ。なんだったら両方使いこなしてオールラウンダーってのもありだ。

 

 こっちが色々と悩んでいるとベルにもファルナが刻まれたらしい。反応を見るに原作同様、スキルや魔法は無しかな?

 

「ベル君。一応言っておくけどマナくんが異常なだけでそれが普通なんだ。それにまだスキルとかを持ってないってことはこれから先伸びる可能性が高いってことなんぜ?だからしょげずに頑張ってくれ!」

 

「神様……わかりました、がんばります!」

 

 フォローも完璧かい。2人の会話を聞いてそんなことを考えた。ちなみに今日なのだが、遅くなってきたためこのままギルドに登録、と言うわけにいかず明日にするそうだ。来てくれたことで普通に歓迎会開いてくれるとか、泣きそう。

 

 歓迎パーティーをしてもらった訳だが、じゃが丸くんとか言うじゃが芋を潰して形を整えて衣をつけて揚げた食べ物が豪華な食べ物だったらしい。リアルにじゃが丸食べれるのは嬉しいけどこれ30ヴァリスくらいなの知ってるからね?貨幣価値がどの程度なのか気になっていると睡眠前に絵本を貰った。しかもルビありの。文字の読み取りを出来るように渡されたのだと気づいた時は恥ずかしい以上に申し訳なさが勝ったよ。因みに寝る場所は互いに決めてソファーにベル、ベッドにヘスティア、敷物敷いた床に俺となり就寝した。

 

 はずだった。

 

 

「いや〜、参ったなぁこれ」

 

 上体を起こして思わず俺はそう呟いてしまった。かけられた時計は12時を指している。普段はこの程度の時間まで起きるのは珍しくない。俺が真に困惑しているのは自身が普段から悩まされている眠気にあった。俺は眠気が常人よりかなり強い。昼寝と称して11時ごろに一度眠って起きたら16時なってたり、寝過ぎが理由で遅刻しかけるなんてザラだったくらいは。なのに、

 

「ぜっんぜん、眠くならねぇ」

 

 一向に眠くなる気配がない。目が冴えてるっていう訳ではない。むしろ眠ろうと思えば眠ることはできると確信できる。ただ、ひたすらに眠気が来ないのだ。そしてこうなった理由に身に覚えがある。

 

「スキルの【褪人肉体】だよなぁ…これ」

 

 多分というか絶対に確信できるほどには影響している。スキルの一文に睡眠の必要性の大幅軽減ってあったしなぁ。そこまで考えて起き上がると外に出た。そして虚空から剣を一振り持ち出した。剣欲しいなあって思ったら剣が出てきたことに軽く驚きながらもスキルだと割り切る。

 

 眠れない、というか眠る必要性がないとくればやることは単純、そう、鍛錬である。俺は陸上や柔道、ボクシングなどおさわり程度とは言えある程度の武術に心得はあっても剣術は一回もない。確かに原作でのベルくんも武器の心得はなかったが、こちとら文明の利器に甘えまくった一般人。多分だが体を動かせばベル君のほうがよく動けると思う。

 

 故に純粋に差がある以上、鍛えるのだ。寝る必要性がないのであれば最大限それを利用してやろうではないか。というわけなのだが、

 

 武器が、重い。

 

 こっち来てからずっと思ってたけど武器が重い。そりゃ鋭いとは言え元を辿れば鉄の塊。重くないはずがないわな。しかもこれに盾と杖でしょ?キッツイなぁ。まあ、先のことはあと考えるとして今は今のことをやってみようか。

 

 少し細めの武器の持ち手を剣道の構えのように両手で持ち試しに振り下ろしてみる。が、

 

「なんか……ええ?」

 

 これじゃない感がすごい。振ったこと一度もないけど明確になんか違う感が湧き出てくる。ま、まぁ想像以上に武器の扱いが下手くそだったのは置いといて次はスキルの仕様だな。確か、魔力を込めたら使えるんだっけ?……魔力の込め方がわからないんだけど。割と行き詰まりそうだけど大丈夫か?これ。あーでもないこーでもないと悩みながらも取り敢えずは集中してみる。

 

「お?なんだ?」

 

 体にナニカを感じられた。もしかしてこれが魔力か?感じ取ったナニカを武器に巡らせる。すると、誰に言われてもないのに体が知っているかのように自然と構えをとり始める。そして、

 

 斬ッ!

 

 そんな効果音がしそうなほど見事な踏み込みからの切り上げを放った。一瞬、俺が放ったことだと気づかずにいたがやがて俺が放ったことに気づくと、

 

「ヤッバ……」

 

 武器を握りしめる両手を見ながら思わず呆然と呟いてしまった。ヤバイ今のは完璧だった。武器のイロハはまるで知らない素人だけど今のは確信してそう言い切れるくらいに良かった。まいった、凄い楽しい。手に当てなくても胸がドキドキしてるのがわかる。

 

「ハハ!」

 

 笑みが自然と溢れるながら武器を振り続ける。斬り上げてからの振り下ろし。重心を低くしてから放つ回転斬りなど調子に乗って何度も何度も放ちまくった。すると、

 

「ぅ、ん?」

 

 視界が傾き始めた。踏ん張ろうにも足が酔っぱらった時みたいにおぼつかない。地面が起き上がって迫ってくる。目に映ったのはそれが最後だった。

 

〜30分後〜

 

「馬鹿なのか……俺は…」

 

 痛む体を立ち上げて真っ先に思ったのはこれだった。うん、調子に乗りすぎたわ。魔力の放ちすぎでおこるこの現象、恐らくだが精神疲弊(マインドダウン)だろう。戦技って結構魔力を喰うのね。知らなかったよ。

 

 でも、これで自分の鍛え方の方針は決まった。初めに何度か戦技を放つ。そして何回かしたら戦技をなぞるように武器を振るおう(・・・・・・・・・・・・・・・・)。魔力に上限がある以上、戦うたびに精神疲弊を引き起こしてちゃあ世話ないわ。だったら戦技を用いて武器の振るい方を知って何度も練習させることで体に染み付かせたほうがいいな。うん、そうしよう。

 

 このあと、滅茶苦茶武器を振るった。





ダンジョン回は明日になりました。

因みに主人公の装備は以下の通りです。

頭:【虜囚の鉄仮面】

胴体:【虜囚の服】

手:【裂け目の盾】

足や腰:【虜囚のズボン】、【虜囚の靴】

武器その1:【君主軍の直剣】

武器その2:【隕石の杖】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダンジョン


 思ったより時間がかかりましたが、投稿です。思っていた以上に多くの人に読んだ読んでいただけて作者はとても嬉しいです。後書きも本編です、ではどうぞ。

すんません、タイトル変更しました。理由は特にありません。


 

 

 あの後、一睡もせずに武器を振るおうとしたんだけどこちとら武器振るった歴が一日にも満たん。そんな奴が武器を振い続けるのは流石に無理があったわ。後、俺倒れて気絶しても体力と魔力が回復するのね。だけど初めてなのに3時間近く武器を振えたのはいいんじゃね?そんなこと考えながら体洗った後に残りの2時間を言語シートと絵本を並行した文字の習得に勤しみましたよ。

 

 まあ、初めの30分で嫌気がさしましたけどね!いやさ、英語のA〜Z的な奴はいけましたよ?なんか形は少し違えどαとか似てたのがあったしね。こちとら元は理系なのもあってαやらβやらは用途は違えど使う機会はいくらでもありましたから。だけど文字が絡むと一気に嫌気がさしてきましたよ。なんで濁点が加わると文字数が増えるんですかねぇ……。

 

 ……でも、どういう訳かスラスラと覚えることは出来たんだよなぁ。実際、絵本はある程度読めたし。なんでだ?少なくとも俺の学力はよくて中堅、あるいは中の下くらいなはずもしかして体が理由か?

 

 そんなこんなで机に向かい合っているとベル君がはじめに起床してた。ベルくんはこっち見て驚いてたけど、俺もびっくりなんだけど。まだ午前4時くらいだよ?え?畑仕事で早起きが基本だった?そう……。

 

 取り敢えずは朝飯でも作ろうかと冷蔵庫らしきものを漁ったけどすっからかん。あんま期待してなかったとはいえ今日は朝飯なしかぁ……。少し残念に思いつつも、『早く起きれたらボクも起こしてくれないかい?折角だから君達の門出を見届けたいんだ』と言ってたヘスティアを叩き起こして、少し早めだがホームを抜け、『気をつけてねー!』と言って手を振ってくるヘスティアに軽く手を振りかえしてギルドへと向かった。

 

 道中で昨日のチンピラ+α(足を生やした特殊な財布)に喧嘩をふっかけられたが、鍛錬で学んだ体の動かし方を利用して適度に殴t……ではなく説得したら数千ヴァリスほどお金を落としていった。というかベルくんも初めこそ驚いてたけど結構対処がうまかったな。うち1,000ヴァリスでヘスティアに遠回しに指摘された服を新調した後にベルの案内の元、『冒険者ギルド』と言う組織の施設『万神殿(パルテオン)』と言う所に到着した。

 

「でっか」

 

 ギルドを見て真っ先に浮かんだ言葉はこれだった。荘厳というかなんというか、歴史の冊子で読んだ建物によく似ていた。カウンターらしき場所に近づく。すると、

 

「ようこそギルドへ、どのようなご用件でしょうか?」

 

 美しい笑み貼り付けてこちらに挨拶してくる受付嬢がいた。というかエイナ・チュールだった。ヘスティアほどじゃないにせよ顔がいい。体はヘスティア以上だな。下世話なことを考えて、ふとベルの方を見ると少し顔が赤い。……俺も多少は緊張してるけどこれは俺が話したほうが早そうだな。そう思いながらこちらもニコリと笑う。

 

「はい、今回は神の恩恵を刻んだので冒険者の登録のために伺わせていただきました」

 

「わかりました。確認しますが、両名ともに新規の冒険者の登録でお間違いありませんね?」

 

「ええ、その通りです」

 

 内心、面のいい女と話せていることに胸をドキドキと高鳴らせていながらも噛まずに説明できたことにガッツポーズする。すると俺とベルに一枚ずつ羊皮紙を手渡される。エイナ曰く、この書類に名前や年齢、アドバイザーの要望などを書いて欲しいとのこと。おっとこれは、

 

「ベル。記入を頼む」

 

「え?…って、ああ!そう言えばマナさんは共通語が……」

 

「本当にすまん」

 

 共通語の習得は確かに速いが、ある程度読めてもいまだに書けない俺からすると生年月日や名前を書くのすら一苦労なのだ。故に色々と申し訳ないが、ベルに書いてもらっている。一通り俺の言葉とベルの記入が終わるとエイナから明日に担当者が決まるため今日はこのまま帰っていいとのこと。やる事ないから他の受付嬢に潜っていいのかと聞くと一層までだったらダンジョンに潜っていいとのこと。じゃあ、

 

「潜ってみますか」

 

「はい!」

 

 

「「はいやってまいりました、ダンジョーン!」」

 

 2人仲良くそう叫んだ。いやぁ、もっと暗いもんだと思ったけど思いの外明るいのね。目の前に広がるのは薄青色の壁面と天井。そんな光景が坂道や十字路などとなって視界を埋め尽くす光景を前にそんなことを思っていた。興奮もあるがそれ以上に疑問がある。それは、

 

 果たして俺にモンスターを殺せるのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、という点にある。

 

 この世界にとってモンスターは一千年以上前からドンパチやってる不倶戴天の敵。話も通じず、ただひたすらに人に害することしかできない生き物。そういう認識だ。

 

 しかし、俺は異世界人。そう言った見聞がない以上どうしてもそういう認識ができない。なんだったら人里に降りた獣とモンスターの差がよくわからない。そしてそんな俺が生きてた世界では少しでも生き物の流血沙汰が起こればやれ「虐待だ」だの「生命を冒涜している」などの言葉が出るほどだった。

 

 はいそれでは問題です。そんな世界で生き物を殺したらどうなりますか?答え、サイコパス扱い。故に俺は動物を、虫を除いて手にかけた機会が一度もない。というか『肉と血が詰まった相手を殺す』なんて考えただけでもゾッとする。

 

 よくラノベとかで転生した奴が問題なくモンスターを殺せるな。こういうことで悩んだことってないのかなぁ。そんなことを考えてる間に、

 

 バキッ、ペキキキキ

 

 そんな音が壁から聞こえてきた。目線をやると壁から全身緑っぽいモンスターが生まれてきた(・・・・・・)

 

 ……『ダンジョンは生きている』そんな言葉が頭を過った。この言葉は原作読んでて知ってたけどいざ、目の当たりにすると、なんというか言葉が出ない。命の誕生を目の当たりにするのは何気に初だな。初めてがモンスターってなんか嫌だけど。そんなことを思ってると、生まれたばかりの異種型竿役ランキングがオークくんと並んでる『ゴブリン』がこちらに向かってきた。取り敢えずはまあ、

 

「やりますか」

 

 右手に持った『君主軍の直剣』を両手で構え、スキルを発動させた時と同じように重心を低くして踏み込んで突撃。スキル有りよりも練度は低いが踏み込みと距離を詰めたと同時に剣を全力で切り上げた。

 

『ゴ、ブゥゥ』

 

 口から血を吐きながらそう倒れゆくゴブリンは少ししてピクリとも動かなくなると同時に黒い霧となって消えた。グロ耐性の低い者であれば血の気が全力で引くか吐き散らかしてたであろう光景を見て俺は――――何も感じなかった。

 

 ……あれ?なんだこれ?もっとこうさ、なんかグロくてやだなぁ、くらいは思うと思ったんだけどマジでなんも思わない。それこそ路傍の石を蹴ったくらいの感覚だわ。なんていうか拍子抜けだなぁ、まあ問題ないことに越したことはないんだけどさ。あ、それはそうとやるべきことをやらないとね。消えた場所に近づくと、

 

「マナさん、これが……」

 

「ああ、魔石らしいな」

 

 親指ほどの大きさの紫紺色の石が転がっていた。思ってたよりも小さいな。そんなことを考えていると今度は曲がり角から4、5体ほどゴブリンと犬顔のモンスターのコボルトが現れた。うち一体のゴブリンがこっちに気づいて向かってきた。

 

「ベル。お前もやってみたら?」

 

「え?」

 

「一体だけでもさ?ほら、相手さんもこっちに向かってきてるし」

 

 指差してそういうとベルは覚悟を決めたように支給品であるナイフを構え、駆け出した。そんなベルに向けてゴブリンがカウンターのように攻撃を決めようとしたが、それよりも早くベルのナイフが胸を貫き黒い霧となった。

 

 ……うん、俺より早いな。武器が軽量級の短剣っていうのもあるんだろうけどそれ以上に出だしが俺よりも早い。足に才能があるって言ってたのはマジだったな。いまいちピンとこなかったけど目にするとなるほどなぁってなるな。ていうか、

 

「ベル?」

 

 なんであいつピクリとも動かねぇの?自分の手を見て固まってるベルに声をかける。しかし、反応なし。なんかあったかと近づこうとすると体を震わせて、ダンジョンの外へと向かっていった。

 

「へ?」

 

 は?なんで?モンスター殺した罪悪感……じゃあねぇよな。顔がニヤニヤしてたし。って、ああそういえばベルってダンジョンに入って初日にゴブリン倒せたことに喜んでそのまま帰ったんだっけ?……なんつーか、お茶目というか間抜けというか。ハーッとため息を吐くと足音が聞こえる。目を向けるとそこには先ほどの団体様がこちらに向かってきた。数もちょうどいいし、

 

「魔法の試し撃ちでもするか」

 

 そう思い詠唱しようとした瞬間……羞恥心が湧いた。当然であるマエザワ・直哉、御年21歳。厨二病を発病せずに大学生を迎えた俺にとって公衆の面前で魔法を詠唱。……うん、世が世ならのたうち回るレベルの羞恥プレイだな。って、

 

「痛ぁ!」

 

 コボルトに胴体をぶっ叩かれた。思ってたよりも痛かった。その後、追撃と言わんばかりに残りの数体のモンスターにタコ殴りにされる。

 

「ちょ、痛っ、やめ、ヤメロー!」

 

 跳ね除けるとその場から退避する。呑気に考えてる場合じゃあねぇな。虚空から取り出した【隕石の杖】を左手に持ち、先端をコボルトに向ける。そして、

 

「【駆けろ(センター)】、【アヴァニム】!」

 

 杖から放たれた蒼く輝く魔力の礫は的確にコボルトの顔を捉え、コボルトの顔だけに留まらず腕と胸を巻き込んで爆散した。おおー、自分が魔法を放ったという事実にいささか現実感が感じられないけど、そっか、俺って魔法を使ったんだ。ボコボコにされたことも忘れて沸々と湧き出る興奮を、――――俺は咄嗟に押さえ込んだ。

 

 危ねぇ、危ねぇ……危うく今日の深夜帯で起こった、というか起こしてしまった戦技事件(俺命名)と同じことをやらかすとだった。というかあくまでもお試しとして潜ってるんだ。今回は魔法の試し撃ちと魔力の上限、実戦形式で戦う体験のみに留めよう。じゃあ、次はこの魔法だな。たたらを踏んでいるうちの一体に杖を向けて詠唱する。

 

「【疾れ(ヴェーガ)】、【アヴァニム】」

 

 すると槍のように細く長い蒼の魔弾が先ほどの数倍以上の速度で飛んでいった。哀れゴブリンは反応することもできずに頭をぶち抜かれた。

 

 てか、はっやいなぁ!少しズレた状態で放って、ヤベってなったけどすぐに軌道修正したことから多分追尾性能もあるんだろうな。でも、それ以上に速度に驚かされたわ。目で追うのが精一杯だったよ?しかもさっきより消費は少なかったし。多分だけど上層だったらこの魔法一つで無双できるんじゃね?じゃあ、次はこれ。最後の一体に杖を向ける。ヤケクソ気味にこっちに向かってくるが、こっちの攻撃の方が早い。

 

「【拡大しろ(グランドゥ)】、【アヴァニム】」

 

 【駆けろ(センター)】の数倍以上の大きさを誇る魔弾が最後のコボルトを消し飛ばした(・・・・・・)。字面で理解してたとは言え威力が思ってた以上に高い。消し飛ばしてもまだ余裕があった辺り、オーバーキルにも程がある。消費魔力も考えると上層じゃあ、使えんことはないけど頻度は少ないだろうな。

 

 で、ここまでの検証から【アヴァニム】系の魔法で一番使い勝手がいいのは【疾れ(ヴェーガ)】だな。理由は単純、速度もあるがそれよりも他の2つだと魔石ごと相手を吹き飛ばしちゃうんだもの。多分、中層域ならまだしも上層の敵だとみんなこうなると思う。これじゃあ、収益もあったもんじゃない。他の魔法を試すべく()を探して歩いていると、

 

「お、見っけた」

 

 一体だけだが、蜥蜴のようなモンスター『ダンジョンリザード』と出会した。1メートル近いトカゲを前にミズトカゲっぽいなぁ、なんて思いつつ詠唱する。

 

「【断ち切れ、輝きの斬波】、【グリント・アーク】」

 

 杖から魔法が射出、哀れモンスターが爆散!……とはならず杖が光るだけで何も出ませんでした。

 

「は?ってうおぉぉ!!」

 

 あっぶねぇ!呆けているといつのまにか飛びかかってきたダンジョンリザードが大口開けて飛んできてたやがった!咄嗟に剣を前に出してなきゃ顔を丸齧りされてたぞ!なんで!?なんで魔法発動しねぇの!?って、ああもう邪魔!

 

 噛み付かれた剣を全力で横に振り払い、ダンジョンリザードが真っ二つにする。すると、魔石を残して消えた。魔石を拾い、思考する。なんで発動しなかったんだ?いや、発動"は"してた。その証拠に杖は光ってたし、魔力も体から減った感覚はあった。となると、必要なのは特定のモーションだったか?次は何もない場所で再度詠唱する。

 

「【断ち切れ、輝きの斬波】、【グリント・アーク】」

 

 ……やっぱり、杖が光るだけか。試しに杖を突き出してみる。何も起きない。じゃあ、振るう?横に振ってみる。すると、

 

「うおっ」

 

 数メートル以上の蒼く輝く大きな弧を描く斬撃が振るった形に沿うように射出された。そっか、振るえばよかったのか。というかこの魔法はさっきの【アヴァニム】系とは違って『点』じゃなくて『面』に広がる辺り、多対一に向いてるのかもしれないな。

 

 実際、その後に5体ほど現れたモンスターに対して試しに放ってみたけど一気に殲滅できた。そしてわかったことなのだが範囲が広い分なのか追尾性はなかった。残った一体に顔を向ける。さて、最後の試し打ちとしますか。

 

「【停滞の剣よ、我が敵を貫け】、【エクラズ・ワールト】」

 

 杖が先ほどよりも強く光る。同時に頭上に先ほどよりも濃い蒼い色をした魔力の塊が浮遊していた。初めは浮遊しているだけだったが、時間差で敵に向かい飛ぶ輝剣となって着弾。他の魔法と違って当たったら爆散するのねこれ。跡形もなくなった敵に対してそんな感想が湧いてきた。多分、感覚的に他の魔法と違って溜めることも出来るし、溜めれば威力も上がると思う。

 

 さて、取り敢えずざっとわかったことは消費魔力量と威力だな。

 

 消費魔力の多さ順だと、【拡大アヴァニム】≧【エクラズ】>【グリント】>【駆けるアヴァニム】>【疾れアヴァニム】の順かな?

 

 威力も似たようなもんで【拡大アヴァニム】=【エクラズ】>【グリント】>【駆けるアヴァニム】>【疾れアヴァニム】って感じかな?ただ、【エクラズ】はタメ次第では【拡大アヴァニム】を上回る可能性もあるって感じかな?

 

 一通り得た結果に満足しているとベルくんと接触。なんでも、あの後ヘスティアに帰ってきたことを指摘されて俺がいないことに気づいて急いで戻ってきたらしい。謝ってきたけどこちらとしても魔法を試す機会が多かったし、半日ぶりとはいえ1人の時間を味わえたから笑いながら受け流した。

 

 この後なのだがせっかくだということで2人でダンジョンを探索。我ながら有意義な1日を過ごせたと思いました、まる





 〜こそこそダンジョン小話〜

 ボクが2人を笑顔で見送った後に手を下ろすと。顔に影が差し込む。理由はマナ・キャンベル、偽名を名乗る彼にあった。

 そんな彼からはどういう訳か嘘を見抜くことが出来なかった。

 だが自身が司るのは炉、すなわち家庭を司っている身として自分の子の嘘を見抜くのは簡単だった。けれど、ボクの顔が陰る理由はそこではなかった。

 名前に関しては名乗りたくない理由なんて人によって様々だ。少なくとも彼からは悪意は感じず、ただ、バレてほしくないという意志を感じた。ならば、心を開いて名乗ってくれるのを待てばいいだけなのだから。

「なんだよ、なんなんだよこれ……」

 手に握られているのは一枚の羊皮紙。彼が読めないと言っていた共通語で書かれたステイタスを記載したものだった。そこに自身の血を一滴だけ垂らす。すると、じわりと文字が浮き出てくる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

黄金原理(エルデンリング)
・常時発動型
・早熟する。
・レベルが上昇につき全ステイタスに対しての補正効果の上昇。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 破格の効果だった。多分、過去、現在全てのオラリアを見渡しても見つからないであろう、成長補正型のスキル。他のろくでなし共な知ればオモチャにされること間違いなしだろう。しかし、この後に記載されたものはこのスキルがちゃちに思えるほど壮絶な効果だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・勝利を勝ち取るまでこのスキルは所有者を生かし続ける。
・死亡時に強制的な時間の逆行。
・神の意思、神威からの逸脱。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 一介の下界の子供が持つにはあまりにも大それたスキルだった。神威からの逸脱や時間の逆行も大概だが、それ以上にこのスキルはある種の不死であることを指す。『死』。それはかつての『賢者』の不死の法を除けば、万物が味わう絶対の事象。それはボクら神々ですら一度しか味わうことのできないものである。例外として、下界で打たれた神殺しの武器で殺されることを除けばの話だが。

 ナニカが彼の後ろあるいは内側で蠢いている。そんな気がしてやまない。というか、こんなスキルが発現した以上それは確定だ。

「負けてなるものか……」

 ボクはおてつきなのかもしれない。けれど血を、恩恵を刻んだ以上彼はボクの子供だ。誰にも渡してなるものか。顔も正体も見えないナニカに牽制しつつ、そう誓った。

 *ちなみにこの後ヘスティアはバイトを遅刻しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常と平穏と困惑


今回は日常回です。前の話と比べると少し退屈かもしれませんが、読んでいただければ幸いです。お気に入りが100に突入しました。みなさんありがとうございます。


 

「疲れたぁ〜」

 

「大変でしたねぇ、マナさん」

 

「ベルもお疲れさん」

 

 一度だけ昼を食べに外に出たのを除けば空が暗くなるまでダンジョンを探索した俺とベル。ベルと合流してからちょくちょくドロップアイテムが手に入るようになった。おかしいよね、ベルってこの時はまだ発展アビリティを取得してないのにやたらドロップアイテムが手に入るの。俺の時は全然落ちないのに。

 

 ま、まあ、俺のクズ運は兎も角として初日から5000ヴァリスほど稼げたことに今は喜ぼうか。換金の際にベルが声出しかけてたが咄嗟に肘を打ち込んで黙らせた。因みに内数千ヴァリスはベルの装備費用として持ってかれ、帰りに食材を買ったこともあって朝のカツアゲを含めて残金は3500ヴァリスほどになった。

 

 しかしまあ、

 

「整備系の道具をタダでくれるとはなぁ」

 

「ありがたいです。あの受付の人――――エイナさんには頭が上がりませんよ」

 

 そう。本来であれば金がかかるはずの武器の整備道具をなんと無料でもらえた。流石に俺やベルは呆気に取られたし、咄嗟に断ったが向こうが受け取ってくださいと笑顔で言ったこともあって受け取ったけどなんか裏があるんじゃないかと疑ったくらいだ。

 

「でも、僕は武器の整備の仕方なんてわからないんですが……どうしましょうか」

 

 ベルがそう呟くのを俺は気づいた。ああ、だったら。

 

「帰ったら武器を貸しな、俺が整備しちゃる」

 

「えぇ!?いいんですか!?というか出来るんですか!?」

 

「まぁな」

 

「凄いなぁ……本当に何でもできますね。武器の整備なんていつ覚えたんですか?」

 

「あ?そんなの……」

 

 そこまで話して口が止まった。あれ?俺、何で武器の整備が出来るなんて言ったんだ?というか何でやり方を知ってるんだ?武器を握ったことはおろか見たのだって今日が初めてなのに……。何だこれ?何なんだこの記憶は?出た言葉から身に覚えのない技術が頭をよぎったことに頭を抑える。

 

「マナさん?」

 

「え……?あ、ああ、親父が商人でな。その時に仕入れた武器の整備を手伝った時に覚えたんだ」

 

 固まった俺を見て困惑するベルに対して俺は咄嗟に嘘を吐く。納得するベルを見て俺はさん付けせずにマナでいいと告げる。頭の中から見に覚えのない記憶に対する疑問点が消えていくのを知らないまま。

 

 

「おかえり〜!」

 

 帰るとヘスティアがいの一番に突撃してきた。

 

「うおッ!」

 

 突然、俺の胸目掛けて飛び込んできたことに驚きつつも咄嗟に抱き止める。驚きは直ぐに安心感に変わり、軽く抱きしめ返した。瞬間、ヘスティアの双丘が俺の腹あたりで大きく形を変えた。

 

 ……ヤバい、咄嗟に意識を頭に持ってかなかったらやばかった。というか今は体が固まった、ですんでるけど疲れてなきゃ色んなところが固まってた。役得だけど取り敢えず、次からはベルにドアを開けさせよう。そう誓いながらヘスティアをゆっくりと下す。

 

「ただいま、ヘスティア」

 

「神様、ただいま帰りました!」

 

「おう!2人共、おかえりぃ!」

 

 満面の笑みで俺たちの言葉を返したヘスティアを見て俺もベルも思わず頬が緩んだ。なんて言うか不思議だ。普段の俺なら初対面の相手にならかなり礼儀を見せるか、警戒するかの二つなのにどうしてかヘスティア相手だと気が抜ける。帰り道でベルに指摘されたけどタメ口なのがいい証拠だ。

 

 ベルが今日の収入を聞いて驚くヘスティアを見て、『ああ、俺は家帰ってきたんだなぁ』って気持ちが凄いんだよなぁ、なんて思いを馳せる。まあ、それはさて置き。

 

「すまんヘスティア。キッチンどこだ?」

 

「ん?どうしたんだい、マナくん?」

 

 キッチンの場所聞いたらどうしてな聞かれたら。……いや、そんなの。

 

「夕飯作るからに決まってるんだが?」

 

 他に何をすると思ったの?そんな疑問を浮かべなら2人を見ると、どうしてか2人とも驚いていた。

 

 ……あれぇ〜?今朝といい、武器の整備の時といい驚かれること多いけど、もしかして俺ってそんなに頼りにならない?ヘスティアは俺の表情で色々と察したのか、直ぐに弁明してきた。

 

「ち、違うからなマナくん!単純に料理作ってくれることに驚いただけだからな!?ああ、後、キッチンはあっちだぜ?」

 

「え?……って!そういう意味で驚いたんじゃないんですからね!?武器の整備といいやれることが多くてビックリしてるだけだからね!?」

 

「お、おう……そうか」

 

 勢いの強さに俺はのけぞりそうになりながらヘスティアに指さされた方に向かって今日買った食材を持っていく。調味料やフライパンなどの調理器具が見えたりと思ってた以上にこのホームが充実していることに驚きつつ、久々に他の人間と机を囲むこともあって簡単に作れる料理を少し多めに作って食事開始。……割と好評だったのは少し照れ臭かったです。

 

「いやぁ、ごちそうさまマナくん」

 

「美味しかったですよ、やっぱり料理もご両親のところで?」

 

「ん?いや、俺は年齢的にも成人だろ?だから、親元離れて一人暮らしする期間がそこそこあったから料理作んのは慣れてんのよ。まあ、それよりもだ。ヘスティア、ステイタスの更新を頼む」

 

「ああ、成程。って、へ?……あ、ああ!勿論だとも!」

 

 食事を終えてヘスティアにステイタスの更新頼むとヘスティアは少し呆けてから思い出したかのように戸棚から針をとりに行った。……忘れてやがったな、アイツ。ベルも俺も苦笑いをしていると数分しないうちにヘスティアは戻ってきた。

 

「じゃあ、どっちから更新する?」

 

「ベルからで頼む」

 

「よっしゃ来た!ベルくん背中を向けな!」

 

「は、はい!」

 

 ベルは服を脱いで先程まで座っていたソファの上でうつ伏せになる。そこにヘスティアは自身の血を垂らしてステイタスを更新し始める。終わったのか、ヘスティアはベルの背中から退いていつの間にか手に握っていた羊皮紙を手渡す。ウキウキしながらベルは受け取ったが、少し微妙そうな顔をしていた。

 

 あー、確か成長補正スキル無しだとステイタスの伸びってかなり微々たるもんなんだったけか?それでも半日は今回ダンジョンにいた以上、それなりに伸びてるはずなんだがなぁ。ヘスティアがこっちを手招きしてる。ああ、そういえば次は俺かぁ。そう考えながら俺は上半身裸になるとベルと同じくソファの上でうつ伏せになった。背中に水滴らしきものが落ちる。慣れない感覚に少し驚いているとヘスティアの手が止まった。ん?どうした。

 

「マナくん」

 

「?はい」

 

「君は今日、何したんだい?」

 

 そんなことを言いながらヘスティアは俺の体からどいて羊皮紙を手渡す。俺はそれを受け取るとステイタスを見る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv1

 

力:I0 → I99

耐久:I0 → I43

器用:I0 → H147

敏捷:I0 → I54

魔力:I0 → H180

 

《魔法》

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【グリント・アーク】

・詠唱式【断ち切れ、輝きの斬波】

・単射型斬撃魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・速射魔法

・詠唱の変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行えば際に魔力や体力の回復効率が上昇し、食事をすればステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 うっわ、トータル500オーバーってめっちゃ伸びたな。いや、ヘスティアの反応的にベルくんと同様に成長補正型のスキルを持ってたのは普通に予想できたし夜にやってたことも考えれば寧ろ妥当か?で、何したかだよな。

 

「普通に(夜起きて一日武器を振ってたこと以外は)ダンジョン潜ってただけだぞ?」

 

 取り敢えずは要所を隠して言葉にする。何一つ嘘は言ってないからバレない、筈。ああ、でもダメかもしれない。だって、ヘスティアがめっちゃ訝しげにこっち見てくるもの。あ、ため息を吐いた。

 

「わかった。でも、本当に無茶だけはしないでくれよ。これはベルくんにも言えることだが、ボクはダンジョンに潜れない以上、眷属である君たちがいつの間にか死んでいるなんてことがあるかも知れない。それは嫌なんだ」

 

「ヘスティア…」

 

「神様…」

 

「頼むよ。ボクを一人にしないでくれ」

 

 空気がしんみりとしている。……割と浅慮というか短慮だったな俺。考えてもみればヘスティアほど優しい神がいないことは知っていた。つまり、裏を返せばヘスティア以上に自身の眷属を想っている神はいないってことだ。無理をすればそれ相応に心配することなんて予想できたろうに。

 

「すまんヘスティア。だが、誓って言えるが無茶はしてない、だからそんな顔はしないでくれよ」

 

 流石に申し訳なくなりすぎて頭を下げた。俺の言葉に嘘偽りが感じられなかったのか、軽くため息を吐くと「しょうがないなぁ」と言って頭を撫でてきた。……母さんに撫でられたことはあっても他人には初めてだな。案外安心するもんだ、頭から離れた手を感じた俺はそんなことを考えながら俺は頭を上げる。ヘスティアは楽しそうに嬉しそうに笑いながらベルの方にも近づいて頭を撫でていた。微笑ましいなぁ、なんて思いながら一日が終わった。

 

 

「まあ、別に鍛錬止めるって言ったわけではないんですけどね!?」

 

 はい、私、マエザワ・直哉。現在0時半の廃教会外にて昨日と同様に剣片手に武器の振るう練習をしようとしています。それをやる前に反省会。今日は一通りダンジョンに潜ってみてわかったこと、というかわかってたことなのだが、スキル無しだと案外思った通りに体が動かないというか予想通りの結果が出ない。

 

「やっぱり、武器を振ったことが無いってのがデカいなぁ……」

 

 こればかりはひたすら鍛錬あるのみって感じだ。で、まあ次に魔法だ。これなんだが詠唱が思ったよりも難しいのだ。唱える分には問題ないのだ。詠唱内容も覚えてるしね?でも、早く唱えようとすればするほど魔力が御しにくくなるのだ。

 

 これが問題でモンスターはゲームみたいにターン制でもなければこっちの都合に合わせて待ってもくれない。だから詠唱中でもガンガン攻撃してくる。正直、今日ベルがいなかったらかなり攻撃されてたかもしれん。

 

 まあ、でも比較的早く唱えることは出来たよ?早口言葉は得意だったし。その後に調子に乗りまくって移動しながら詠唱、いわゆる並行詠唱を決めようとしたら普通に暴発しかけたけどね?

 

 一通り魔法を使ってみて思ったけど。……その、なんていうか命しかりレフィーヤしかりリヴェリアしかり作品で並行詠唱してる奴とか高速で詠唱してる奴とか作中でポンポンいたけどあれって本当に高等技術だったのね。こっちも鍛錬あるのみってことなんだろうけどどうしたもんかな。

 

「魔法をブッパする……のはダメだよなぁ」

 

 そんなことした日にはヘスティア・ファミリアにそれ相応の罰則が降る。零細ファミリアで収入も安定していない状態でそんなことやれば原作が始まる前に原作が終わりかねない。取り敢えず、

 

「潜るか」

 

 行きますか、ダンジョンに。

 

 

「夜でも明るさは変わらないのか此処は」

 

 特に警護らしいものもなかったこともあって、侵入は割と容易だった。今回ダンジョンに侵入(はいっ)たのは詠唱の練習もあったが、それ以上に新しい魔法を試すことにもあった。そう発現したのだ新しい魔法が。これには俺もヘスティアも驚いた。しかもヘスティア曰く俺のスキルの都合で魔法だったら覚えずに消すっていう選択肢をせずとも保管できることもわかっているため、お試しということで新しい魔法をスロットに入れたのだ。壁からひび割れるような音が聞こえてくる。……いやぁ、本当に此処(ダンジョン)はいいなあ。

 

「的に事欠かない」

 

 現れたゴブリンを相手にそう呟いた。では、早速。

 

「【照らせ】、【ルーチェ】」

 

 杖を掲げながらそう詠唱する。すると杖の先から小さな灯りが現れる。淡い光はヘスティアの恩恵の更新を思い出させた。炸裂するタイプの魔法である可能性を視野に入れ、念のため離れて様子を見る。が、

 

「ゴブ?」

 

 何も起きない。え?これだけ?もしかして詠唱の通りただ灯りを出して周りを照らすだけの魔法?そんなのあり?ほら、ゴブリンくんだって困惑してんじゃん。ええ……

 

「しょうもな。【疾れ(ヴェーガ)】、【アヴァニム】」

 

「ゴブウゥ!?」

 

 取り敢えず魔法を射出してゴブリンを倒す。落ちた魔石とドロップアイテムを拾って。使い所に迷う魔法を明日ヘスティアに変更してもらおうと決心しようとした時、ふとある使い道を思いついた。

 

 そう、攻撃性能も何もないならこの魔法を使って魔法の詠唱の練習をすればいいんじゃないかと。これなら誰にも迷惑がかからないし、明るいことで文句を言われたら、廃教会の中でなら灯りを外に漏らすことなく練習することができる。

 

 そうと決まればと急いで俺はダンジョンを後に、【ルーチェ】を用いて並行詠唱の練習と武器の鍛錬を開始した。ちなみにステイタスが伸びた影響か武器を振るう時間が長くなってた。





個人的に二日に一度のペースがベストかなぁ、って思いつつある今日この頃。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教師、講師、疑問視



 今回も日常?回です。次回は戦闘回なので極力頑張りますのでお楽しみにしてください。


 

 

 あの後、ひたすら詠唱しながら動く練習をし続けていた。結果的に言うと手早く詠唱しても魔力暴発を起こすことはなかったし、効果はかなり削がれるが歩きながらだと問題なく詠唱できるようになった。だけど個人的に成功した理由は詠唱の短さと消費する魔力量の少なさにあったからでは?と思わされる。慢心こそ出来ないけど、それでも確かに進歩してる感覚はあるから今後もこの練習法は続けていくつまりだ。

 

 後、武器を振った感想なんだけどステイタスが影響していたせいなのか昨日よりも長く、そして力強く振るえた。こっちに関しては気がした、ではなく確信できる程度には差があった。

 

 そんなこんなで一通りすべきことを済ませた後に魔法とスキルを乱発しまくって一度精神疲弊を引き起こさせた。そうして無理矢理意識を落とすことでスキルを発動させて体を疲労など諸々を回復させる。んで起きてすぐに体を洗い流し、軽く勉強して今に至る。

 

 昨日の食材の残りで朝食作りながら思わされるけど本当に睡魔が襲ってこないっていい。こちとら睡魔に襲われ続けた人生であったこともあってすごい新鮮だわ。

 

「ほい、出来たぞー」

 

 出来上がった朝食をベルに頼んで机に並べさせる。こういうくだりも家族間でやったのは割と前だったこともあって懐かしく感じる。そんなことを考えながら和気藹々と食事を済ませ、昨日と同様にヘスティアに見送られながらダンジョンに向かおうとして――――ベルに止められた。え、何事?と思いながら振り返ると。

 

「マナ、今日はアドバイザーと顔合わせる日だからダンジョンに行く前にギルドに行かないと」

 

「え?…って、ああ」

 

 そう言えばそんなこともあったな。ベルに言われるまですっかり頭から抜け落ちてたわ。取り敢えずダンジョンでモンスターを屠ることばっか考えてたなぁ、俺。ガハハハハ!

 

 ……あれ?俺ってこんなに血生臭いこと考えてる脳筋だったっけ?思考が完全に蛮族のそれなんですが。自分が見事なまでにオラリオ、といか冒険者色に染まりつつあることに少しショックを受けながらもギルドへと足を運んだ。

 

 

 はい、ではやってまいりました万神殿。で、今日ここで自分の担当のアドバイザーが決まる訳なのだが、……正直かなり不安だ。取り敢えずは俺の文を問題なく読むことが出来る人、いわゆる日本語――――というか極東の言葉でも問題ない人っていう人を要望に入れたんだ。だけど説明が上手い人とは一言も書いてなかったんだよなぁ。

 

 ベルの場合はエイナで確定だけど俺はわからないからなぁ…。どうしよう無駄に面倒くさい奴だったら。

 

「嫌だなぁ」

 

 具体的にはエイナの次に人気とか言うエルフとかだったら。理知的な分、引く可能性が高いんだよ。え?なんで嫌かって?原作読めばわかるけど面が良くても高飛車すぎて言動と性格がアレな奴なの。だから苦手なのよ。だったら男がいいなぁ、基本的に同性であるため話しやすいし。そんなことを願いながらカウンターに着くと個室に案内される。……ベルと一緒に。

 

「え?」

 

「あー、すまん。どういうことだ?」

 

 流石の事態にベルも困惑していた。そりゃそうだ昨日の説明では冒険者登録を行った新米冒険者には専属アドバイザーが着き、そのアドバイザーは一人につき一人だって言ってたんだ。なのに、蓋を開けたら二人仲良く同じ部屋なのだ。混乱するなという方が無理だろうに。取り敢えず受付嬢に説明を求めると笑顔で対応されながら

 

「詳しい話はアドバイザーの方からしますので……」

 

 と言われて個室を戸を開けていた。えぇ……そんなのあり?いや、そりゃあアドバイザーだって講師みたいなもんだから二人同時に掛け持ちすることだってあるかもしれないけど大丈夫?負担がデカくない?二人っつったって両方とも新人よ?片方がベテランならともかくさぁ。教えることは山ほどあるよ?

 

 開けた先には誰もおらず取り敢えずという形で二人仲良く座って待つ。暫くしないうちにノックと共に扉が開く。するとそこにはやはりというか。

 

「本日からお二人のアドバイザーを務めることになりました、エイナ・チュールです。今日から宜しくお願いします」

 

 笑顔を浮かべるエイナ・チュールがそこにはいた。机に冊子を置いて俺とベルくんが座っている状態の対面の形で座り顔を合わせる。…うん、まぁベルくんと案内されてた段階で予想はしてたけどね。でもさぁ、

 

「アンタの能力を疑うわけじゃないがその、なんだ…大丈夫か?」

 

 確か原作でも一人くらいなら大丈夫ってくらい仕事任されてなかったっけ?そんな疑問を抱いていたこともあり、口にして質問してみると少しキョトンとした顔をしたかと思うとすぐに笑顔に戻った。

 

「元々はクラネル氏のみを担当する予定だったのですが、その…申し上げにくいのですが、私以外に極東の言葉を書くことのできる人間がおらず」

 

「ああ、なるほど」

 

 俺のせいでしたか。本当に申し訳ないなぁ、こっち来て言葉の面でどんだけ迷惑かけてんのよ俺。

 

 ……でも、なんだろうエイナの反応から、っていうより言葉から俺の持つ『猜疑心レーダー(被害妄想)』がそれだけじゃあないって訴える程度には歯切れが悪く感じるんだけど。そこまで考えてふとある考えに至る。

 

 ……なぁ、もしかしてベルだけじゃなくて俺も賭けの対象にされてね?、と。

 

 その考えが浮かんだ瞬間、あり得ると思ってしまった。だっておかしいよな。こんだけいるアドバイザーの中からエイナ以外極東の言葉が使えないって。うーん、参ったなぁ。俺の被害妄想で済めばいいけど一度疑ってしまうとこの考えが湧いてしまう。エイナとは上手くやれるとは思うけど、ギルドと上手くやっていける気がしねぇなぁ。

 

 ところでその広辞苑ばりの分厚い冊子はなんなの?今日やる分じゃあないよな?数冊あるからそうじゃないと思うんだけど。そしてそんな淡い希望は軽く打ち砕かれた。

 

「では、手始めに(・・・・)これを覚えていきましょう。大丈夫、出来うる限りわかりやすく説明しますから」

 

 数冊あった分厚い冊子を開きながら天使の笑みを浮かべるエイナ・チュール。常であれば見惚れて顔を赤くしながら顔を逸らすくらいはしてたんだろうけど、今この瞬間には死刑宣告喰らったようにしか感じられない。別に勉強は嫌いって訳じゃないよ?でもさ、何事にも限度ってもんがあるだろう?ほら、ベルくんだって顔が蒼くなってるじゃん。

 

「俺…共通語を使えないんですが…」

 

 思わず敬語を使ってしまうレベルで動揺してしまったが、文字を読めないことを改めて伝える。すると、

 

「安心してください。そんなキャンベル氏のためにこちらを用意しております」

 

 もう一度ニッコリ笑って足元からもう2冊の冊子を取り出す。……まさかまさかの倍プッシュである。言語が不理解なら諦めてくれるかなぁって思ったけどとんでもない。藪蛇にも程があったわ。ベルくんから送られてくる哀れみの目線が痛いよ。

 

「では、始めましょう」

 

 この日、俺はこの世界に来て一番の苦痛を味わうこととなった。

 

 

「はい、では今日はこの辺りで。お二人ともお疲れ様でした」

 

「「アリガトウゴザイマシタ」」

 

「明日、今日やったことを復習しますのでお忘れないようお願いします」

 

「「ワカリマシタ」」

 

 何やらとんでもないことを言われた気がするが、今はそれどころではない。時計を見る。確かこっち来たのが朝の7時くらいで今がえっと12時くらいだから……ハハ、5時間ぶっ通しで勉強してたのね、俺というか俺達。

 

 ていうか、あ゛あ゛!キッツかったぁ!ここまで勉強したのは受験以来だぞ!?何がキツイかって量や時間もそうだけど、教え方が今まで受けてきた講師の中で一番上手いのがなおキツさを煽るんだよ!適当に受け流そうにもしっかりと構成を考えてるんだっていうのが分かるからそんな不誠実な真似が出来ねぇんだ!共通語教えるとか完全にアドバイザーの管轄外そうだったもん!

 

 明日からこれが続くのかぁ、なんて思いながら一度視線を上に上げる。その後に冊子をまとめるエイナを見ていると視線に気づいたのかこちらを見てきた。申し訳なさそうに反応してるけど余計な手間かけさせてるのはこっちである以上、そんな反応はしないでほしい。

 

「ありがとうございました、えっと……」

 

「エイナ、でいいですよクラネル氏」

 

 少し、頭を整えていると先にベルが立ち上がり礼を告げて去ろうとするがなんと呼ぶか迷っていた。そんなベルを見て微笑みながらそう告げるエイナ。こうもあっさりと懐に入り込むとはしかもハーフとは言えエルフなのに……これは人気が高い訳ですわ。まあ、それはさておき。

 

「え……わかりましたエイナさん。後、僕もベルで大丈夫です」

 

「ああ、俺も同じくマナで」

 

 流石にキャンベル氏は無いな。固すぎて肩が凝りそうだわ。というかベルも同じだったらしく俺と同じ反応をしていた。

 

「わかった、よろしくね。ベルくんとマナさん」

 

 そんな俺たちを見て崩していいとわかったのか固さが見えなくなっていた。癖なのか年下にはくん付けで年上にはさん付けなのねエイナって。時間的にも昼時なこともあって二人で個室から出ようとすると、

 

「ああ、二人とも待ってほしい」

 

 エイナに呼び止められた。俺もベルも何事かと思い振り返る。

 

「今回の勉強を通してわかってほしいんだけど、断じて二人をいびるつもりで教えてた訳じゃ無いの」

 

 ……何を言ってるんだこの女は。

 

「そ、そんなこと分かってますよ、エイナさん!」

 

「ベルと同じくだ。厳しくされただけでいびられてるって思うほど餓鬼じゃねぇよ」

 

 むしろ共通語をわかりやすく要所要所を押さえて最低限の文法を教えて、後はただひたすらに単語を教えていくところとか多少、力技なところもあったけどわかりやすかったよ?俺たちの反応から少しホッとしたような態度を取ると再度顔を引き締めて話し始める。

 

「『冒険者は冒険してはいけない』っていうことを忘れないでほしい」

 

 諭すように矛盾したことを告げるエイナ。

 

 確かに言ってることは矛盾している。具体的には少し前の俺なら何言ってんだコイツって思う程度には。だが、ここまで教えられたから言っている意味はよくわかる。慢心、決死、どんな理由であれダンジョンで無茶や無謀を犯した者の末路は悲惨だということを教え込まれたから。そんな様子を見てきたからなのかエイナの言葉の重さは路頭で忠告してくるおばちゃんの言葉とは桁が違っていた。

 

「これを頭に入れて絶対に死なないように気をつけてください。……お願いします。……見送った相手が死体で届くのは…見たく、無いんです」

 

「エイナさん……わかりました。絶対に忘れません」

 

 エイナが俯きながらそう言うとベルは顔つきを改めてそう返し、俺は手を軽く振って返す。……本当に重さが違う。『言葉の重み』とかそういう言葉があるけどこういうのを指すんだなぁって思わされるほどには。

 

 まあ、にしてもさ。

 

「死なないように気をつけてください、ねぇ」

 

「ん?マナ?」

 

「いやぁ、なんでも」

 

 まさかこんなことをマジ顔、かつ本気で言われる日が来るとは、人生何が起こるかわかんないねぇ。そんなことを個室をギルドを出てから改めて思わされる。そんな時ふとあることが頭をよぎった。それは、

 

 果たして俺が死んだら2人はどんな反応をするのか、というものだった。

 

 やっぱり泣くのだろうか?……うん少し考えたけど泣いてくれるだろうなぁ、2人とも。だってとっても優しいもん。こんな見ず知らずの浮浪者じみた格好してた俺に良くしてくれたくらいだ。ヘスティアもベルもきっと最後まで俺のことを覚えていてくれると思う。

 

 ……じゃあ、俺は?俺はどっちかが死んだら泣けるのか?……動揺はする、絶対に。だって、どちらも神の意思が介入しようがない世界の主軸であるのだから原作がどうなるんだろうって思わされる。それで混乱する。どうしよう、どうしようって。

 

 だけどそれだけだ。多分暫くヘコむこともある。でも、しばらくしたらきっと問題なく過ごしてる。涙は流すことなく、だ。…あれ?変だなぁ、俺ってこんなキャラだったっけ?『失う』っていうことを普段、といか転生前の一般ピープルな俺ならもっと怖がるどころか狂乱してもおかしく無いほどビビリなはずなのにどうしてか全然怖くない。いやでも所詮は対岸の火事で二次元である以上は問題にならない……のか?違う、違う違う違う。そうじゃない。俺じゃない。俺はそうじゃない。こういう考えは俺じゃない。俺はそんなんじゃない。この体も声も性格も全て同じなんだから。……いやでも転生したこの身は本当に俺のモノなのか(・・・・・・・)

 

 あ、ヤバイ、俺って

 

「本当に俺なのか?」

 

 ズブズブとズブズブと思考が俺を飲み込んでいく。足掻こうとしても泥沼のように纏わりついて離れない。俺が飲み込まれていく、そんな感覚に襲われていく。が、

 

「うん、保留でいいな」

 

 取り敢えず、この一件は流すか明日の自分にぶん投げることにした。そんなこと考えても自分が自分であるなんて肉体的にも心理的にも証明できないし、考えたらキリがない以上はどうしようもないしね。『我思う故に我あり』という私以外私じゃないのの精神で行こう。さてと、シリアスなことはここまで。じゃあ。

 

「どこで食べる?」

 

「じゃあ、あの露店で食べましょう!」

 

「お、いいねぇ」

 

 昼飯何食べるか、なんて他愛のない話をしながらさっき浮かんだ重い話を流していった。後、明日テストすることを思い出して二人とも悶えました。






 主人公の予想通り、主人公も賭けの対象にされてます。理由は顔が苦労を刻んでないからとのこと。次回は少し時間が飛びます。流石に一日一日を1話ずつ書いてたら書きたいのも書けないので


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白視

 今回は少し長めです。今更ですが、UAが1万、お気に入り200越えありがとうございます。


 

「ブモオオォォォォォォ!!」

 

 比喩表現なしに大気が震えるほどの咆哮が薄暗い穴倉に響き渡る。方向の主は目測だけでも3メートル近くの巨大な雄牛だった。常人が一度見れば失禁してしまいそうなほど絶望的なこの状況。そんな状況を目の前にした男は

 

(あゝ、神よ。一体全体私が何をしたと言うのですか……)

 

 ……掠れた死んだ魚の目をして現実逃避をした。

 

 まぁ、我ながら人生で一体どのような悪行を行えばこのような不運に苛まれるのか。こうなるに至ったのには理由があり、それを説明するには少し前に遡る。

 

 

 世は大迷宮時代。

 人々はモンスターが生まれ落ちる混沌の坩堝に富と栄誉を見出した。

 人々は神々にファルナと言う神の恩恵を授かり眷属となって迷宮に足を踏み入れた。

 数多のモンスター、数多の危険、ソレを乗り越えた先に存在する確かな富と栄誉。

 人々は迷宮に夢を求める!

 

 ……なーんて、前置きは置いといてね。アドバイザーがついてから、かれこれ20日ほど経ちました。エイナの教える量はキツイんだけど、それ以上にわかりやすいわ。おかげでキツイけどなんとか耐えられるし、わかりやすいから知識がするすると頭に入っていく。これで教え方が壊滅的だったら諦めてたかもしれん……。で、現在のステイタスはこんな感じ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv1

 

力:S907

耐久:B769

器用:SS1096

敏捷:A856

魔力:SSS1101

 

《魔法》

【マジックシールド】

・詠唱式【盾となるは、我が身に巡る奔流】

・防御魔法

 

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・速射魔法

・詠唱の変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行うと魔力や体力の回復効率が上昇し、食事を行うとにステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 いやぁ、壮観ですねぇ!ご覧くださいこのステイタス!器用と魔力が限界突破しているではありませんか!しかも、魔法に関してもあれから増えましたし、力のステイタスもまだ伸びるんだろうから成長の余地があって嬉しい!

 

 はいじゃあいいとこ見るの終了ね。次はダメなところ見ようか。やっぱりというか見てわかるけどそれ以外が残念なことになってるなぁ、特に耐久。敏捷は走り込みとかで伸ばすように努力してるからSに突入してる。

 

 ……でも、耐久に関しては痛いのが嫌だから自傷行為も出来ないし、ベルくんと一緒だから下の階層にまで潜りにくいってのもあるけどそれ以上に1人の状態でモンスターの攻撃をわざと受けるっていう選択肢は以前、甘く見てたオークの攻撃喰らってみてかなり効いたのを覚えてるから取りにくいのよ。だから耐久の伸ばし方がわからないから伸びにくい。

 

 後はまあ、理由がありましてね。その……バレちゃったんだよね、寝ずに特訓してることがヘスティアに。

 

 特訓開始して1週間くらい経ったときなんだけどさぁ、ここ最近、というか俺が来てから物音が多くなったらしくて寝たふりして張り込んでたらしいのよ。で、まあ後はご想像の通り。あん時のヘスティアはマジで怖かったなぁ……。怒髪天つくってああ言うのを言うんだなって思い知らされたよ。

 

 で、交渉の末に二日に一度は寝るように言われた結果、こうなった。個人的には全体的にもう少し伸びても良かったと思うんだけどね。

 

 他に言うことがあるとすればさっきも言ったけど魔法もいくつか増えた。【マジックウェポン】、【センチュール・ドリヨン】、【クリスタル・ロウ】、【マジックシールド】の4つ。それじゃあ、説明開始。

 

 まず初めに【クリスタル・ロウ】なんだが、その…なんと言いますか、役立たずもいいとこだったんだよね…。どう言う魔法かと言われたら(実物を見たことはないが)弾丸サイズの魔力の欠片を飛ばすって言うのなんだけどね?で、なんと言っても威力がショボい。具体的にはオークの体を貫けず、ゴブリンとかでようやく程度なのよ。そのくせ詠唱は長く、消費魔力は多いっていうね。

 

 次に【センチュール・ドリヨン】なんだが、こっちは使えないことはないけど他のが便利すぎて霞むって感じだった。効果は対象に向かって飛ぶ、三つの魔力弾を放つってもん。威力もタメ次第ではかなり高くなるんだけども、詠唱の量的に見合ってるかって言われたら首を傾げるレベルだったため没。

 

 最後は面倒だし似てるのもあるから一気に評価すると【マジックウェポン】と【マジックシールド】は詠唱も短く、他人に付与することのできるエンチャントタイプの魔法。ただ、相手に向けて攻撃、あるいは触れてから1分以内に解けるってのが難点。それ以外はかなり使い勝手がいいのもあって使ってる。

 

 以上、魔法の総評でしたー。え?今何してるかって?まあ、それは。

 

「ねぇマナ、折角だし下の階層に行ってみない?」

 

 モンスターを倒し終わり、転がった魔石を拾い集めていると、ベルが唐突にそんな風に口からでた言葉を聞いてました。取り敢えず、下の階層行くかどうかね?んー、っと。

 

「いいんじゃね?5層までなら」

 

 個人的には賛成。あれから俺のステイタスも上層でやっていくには十分過ぎるほど伸びてきてるし、あんま上から目線な言い方になるから言いたくはないけど俺の付き添いがありなら行けんじゃね?っていう考えもある。

 

 なんで5層かって言うと今いる階層が3階層なんだけど出現するのは3種類のみで『ゴブリン』『コボルト』『ダンジョンリザード』となっている。それより下に行くとウォーシャドウとか出てくるし、ベルくんが問題なく行動できることもあることもあって5層まで。……それにその下を行けば初心者殺しで有名なキラーアントも出てくるから俺の戦い方の都合上でベルくんを上手く守りながら立ち回るのはかなりめんどくさいってのもあんだけども。さて、

 

「行ってみますか」

 

「うんっ!」

 

 魔石を持った手でぱぁーっと嬉しそうな笑みを浮かべたベルに苦笑を浮かべる。流石に問題ないと思うが後でエイナにはキレられるなぁと思うんだがどうにもベルの意見に反対する気になれない。まぁ仕方ないよね、ベル君の笑顔は素敵なんだし。

 

 少し時を飛ばして。

 

 宣言通り、五階層まで下りてきた。初めは悩んだけど四階層のモンスターも即死させちゃって今までの一階層から三階層と変わらないこともあっていけると判断し、ベルと共にここまで来た。来てすぐにウォーシャドウが出た時は驚いたけどこちらも問題なく対処出来た。そろそろ2人でここまで潜るのもありだな、と思っているとあることに気がつく。

 

「なんか嫌にモンスターが少ないな……」 

 

「そう…ですよね」

 

 普段と比べてびっくりするくらいモンスターがいない。普段であればそれこそ小石が道端で見つかるレベルで会うのに。今では伽藍伽藍だ。それにさっきのウォーシャドウもなんかに逃げてるような気がしたし……。そう考えると、ズシ……ズシ……と重い足音が聞こえてくる。それもかなり重量感のあるものだ。つまりは大型のモンスターだ。それを理解した瞬間、

 

「ベル、今すぐに逃げるぞ」

 

「え?」

 

 すぐさま撤退を宣言した。何故ならこの階層には大型のモンスターは存在しない。いたらベルを守り切れる自身はない。もし仮にいたとするならば考えられる理由は2つ、一つはダンジョンがイレギュラーを起こして現れた。二つ目は、

 

「フーッ、フーッ」

 

 下の階層から上がってきたということ。どうやら今回は後者のようだな。頭の上から聞こえてくる鼻息からそう察した俺は顔を上げる。現れたのは身長3mはありそうな牛頭人体の怪物だった。其れはギリシャ神話にて語られ、数多のゲームや創作に登場しては中ボスとして君臨するモンスターとして知られ、『ダンまち』において主人公(ベル・クラネル)を語る際には決して欠かせない存在、

 

「ブオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 ミノタウロスだった。咆哮(ハウル)を聞いた瞬間理解した。あ、これ絶対勝てない、と思わせるほどの生物としての差を。荒い鼻息を吐きながら血塗れの左手を舐めて苛立ったように右手の武骨な岩を削り出したかのような斧を振るって壁に叩き付けた。

 

 ……あれれ?おかしいな。かなりの距離が離れていたと言うのにその衝撃は床や壁を通じて此方まで届いたんだけど。心臓が胸ではなく耳元にあるのではないかと錯覚するほど大きく鳴り響いてるのを自覚する。あかんやつだこれ。

 

「ベル……逃げるぞ」

 

 溢れ出そうな震えを抑えながら興奮させないように声を抑えてベルに告げる。が、一向に返答が来ない。何事かと思い、目を向ける。

 

 ――――そこには歯の根は合わず、ガチガチと大きな音を立てて、脚は震え、完全に青褪めて硬直しているベルくんがいた。

 

 アカン、ベルが完全にビビってる。それこそ逃げるって考えが浮かばないレベルで。え?逃げるの無理じゃね?どうする。ベルを見捨てるなんて考えは論外としてだ。抱えて逃げる?…いや無理だ。人1人抱える分なら問題ないけど、抱えて逃げて撒ける相手じゃあない。追いつかれて2人仲良くミンチになってお終いだ。

 

 となるとだ、考えられる手は一つだけだ。

 

 ……ええ、マジで?やるしか…ないのか?他に案がないことを悟ると腹を括って大きく息を吸って吐く。

 

「逃げろ」

 

「ぇ」

 

「いいからっ……」

 

 後ろに指を指して逃げるように告げる。ハハ、手がヤバいくらい震えてる。大丈夫かなぁ、俺。ベルくん頼むから困惑してる暇があるんなら逃げてくれよ。正直、原作を信じてベルくんと共に逃げるのもありだよ?でも、この様子だとベルが逃げてたミノタウロスじゃなさそうだから、といか今から工夫して逃げても捕まって速攻で汚ねぇミンチが出来上がりそうだし。って、あ、ヤバ。

 

「【拡大しろ(グランドゥ)】、【アヴァニム】!」

 

 いつの間にかベルくん目掛けて伸びてた手に向けて魔法を放つ。結果、

 

「ブモォォォォ!?」

 

 指が一本吹き飛んでた。それを見て俺は少しだけ安心した。傷が付くってことは、血が流れるってことは戦うことができるってことだから。それに今のは杖を使ってない。杖を使えばさらにいい一撃を浴びせられる。その事実が少しだけ自分を落ち着かせた。そしてそれはベルにも影響を及ぼしていたのか。

 

「〜〜ッッッ!!」

 

 背を向けて指示通り逃げ出していた。よかった、なんでか泣きそうだったのは気になるが、この際それはおいといて。

 

「これで自由に動ける、のかな?」

 

 ミノタウロスは……おお、よかった、指吹っ飛ばされたからか狙い通り俺にヘイトを向けてる。剣を抜き、盾を構えて出方を見る。

 

 ――――瞬間、ミノタウロスの石斧を振り下ろされた。

 

 想像以上の速さに咄嗟に盾を用いて受けずになんとか受けながそうとする。が、

 

「〜〜ツッ!」

 

 タイミングもあって受け流しきれない。腕が軋む音が確かに聞こえた。指先が問題なく動いていることから折れてはいない。すぐさま離れながら振り下ろされた場所を見る。絶句した。そこには爆弾でも炸裂したのではないかと疑いたくなるような破壊痕があった。嘘だろ?ここまで強いのかミノタウロスって。

 

 どうする。これからを度外視すればもう何発かは流しきれる。でも、それは避けたい。となるとやることは一つヒットアンドアウェイの要領で魔法を打って離れてを繰り返す。よし、これでいこう。作戦を決めて下がろうとした瞬間、ドンと背中に何かが当たる感覚がした。何事かと思い振り返るとそこにはダンジョンの壁があった。

 

「は?」

 

 一瞬、この事実を理解することを頭が拒んだ。だって当たり前だ。この状況を言うならば、俺は地理を把握しきれずに自分から移動範囲を狭めたことになるのだから。そしてこの一瞬を見逃すほど目の前の野生は優しくなかった。再度大ぶりの振り下ろしが炸裂する。さっきよりワンテンポ遅れて横に飛んだ瞬間、目の前を白い光が包み込んだ。

 

 

『ねぇ、おとうさん』

 

『ん?どうした直哉』

 

 あそこは白い部屋だった。清潔感があふれ、部屋からは消毒液のような匂いが漂っていた。今(ぼく)はともだちをかばって指を切っちゃったおとうさんのお見舞いにきていた。

 

『痛かった?その傷』

 

『おう!メッチャ痛かったな!一昨年、車に轢かれた時くらいな!』

 

『……どれくらいだったの』

 

 一昨年に信号を無視して車に撥ねられたことを引き合いに出してケラケラと笑うおとうさんの言葉を無視して問い詰める。すると少しだけ考えるそぶりを見せ、話し始める。

 

『目の前がピカッて光ったくらいかなぁ?』

 

『……なにそれ』

 

『いいか、直哉?人って痛いっ!て思いすぎるとな、目の前が白く『もういい』ってあらら帰っちゃうの?』

 

 少し気になったこともあったけど心配して損した。少し高い横に引く扉に手をかけ、止まった。……はて?ぼく()は今まで、一体何をしていたのだろう(・・・・・・・・・・)。その考えと共に水の中から浮かび上がる時に似た感覚に襲われた。

 

 

「ブオォォォォォォォォ!!」

 

「ッ!」

 

 ミノタウロスの叫び声と共に思い出したかのように再度横へ飛んだ。馬鹿か!馬鹿なのか俺は!?なんであんな昔のことを今になって思い出してた!今は昔のことなんてどうでもいい、そう思いながら虚空から杖を取り出し受け止める。が、

 

 カラン、カラン

 

 軽い音共に杖が落ちる音が聞こえた。……待て、どういうことだ杖を受け取り損ねたことなんて一度もないぞ。杖が落ちた方に目を向け、今度こそ俺は頭が真っ白になった。ああ、そりゃあ受けとれんわな、だって――――俺の手は肘から先がなかったのだから。

 

「ーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!」

 

 膝をついた俺の口から声にならない叫び声が漏れ出した。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!!!!

 

 頭の中はただそれだけで満たされていた。今まで味わってきた痛みを超えた熱が、喪失感が俺を襲っていた。足音が消える。どういうことか目を上に向ける。痛みを無視してその場から飛び退いた。

 

  ドゴオォォォォ!

 

 飛び退く前の場所にミノタウロスの両足が突き刺さっていた。あと少し遅かったら……。そう思うと痛み以外にも寒気が襲ってきた。なんとか立ちあがり、痛みでどうにかなりそうなのを無視しながら詠唱し魔法を放つ。が、

 

「クッッッソがぁ!!」

 

 先ほどとは違いミノタウロスの肌を焦がす程度だった。普段の火力が出ない。魔力を込められてないからか、詠唱が下手くそなのかは知らない。少なくとも傷が理由なのは確かだ。そんなことを考えながら必死になって逃げる。何度も躓きそうになりながらも這いつくばるように恥も何もかもかなぐり捨てて。そしてついに、

 

「は、ハは、ハハ……」

 

 俺は袋小路に辿り着いた。そのあまりの事実に渇いた笑みが溢れた。そうこうしている間に威圧感も到着した。目を向けるとミノタウロスが姿勢を低くしている。あれは――突進の構えだろう。

 

「上等だ」

 

 一周回って開き直った俺は向き直り、詠唱する。それと同時にまるで高速を走る車のような速度でミノタウロスが向かってくる。到着と同時に俺の魔法も完成する。魔法は的確にミノタウロスの目から頭蓋へと貫き、ミノタウロスは俺の腹の真ん中にちょうど突き刺さった。

 

 この日、俺は生まれて初めて内臓が潰れる音を聞いた。そして死んだ。

 

 

 なにもかもが暗い世界の中に消えていく。

 

 目も、口も、耳も、体も、心も、自我も、自意識も、自己も、何もかも。薄暗い深海のような底へと沈むように消えていく。

 

 なにもわからないまま、伝わらないまま、それはあたりを見回す。

 暗い、その上でなにもない部屋だ。天井と壁の境目もわからず、部屋の広さにあたりをつけることもできない漆黒に包まれた世界。

 

 ふと、その常闇の世界に意味が生まれた。

 

 意識にとって正面にあたる場所にないはずの消えたはずの自意識が向けられる。そこには

 

 

 

 誰もが見惚れることを確信してしまうほど美しい三つの重なり合う黄金の円環が存在していた。

 

 

 ないはずの目が開く。

 

「は?」

 

 目の前にダンジョンが広がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死んでも勝つじゃなくて、勝つまで勝つ


おお、みんなこんだけ見てくれてんですね。すげぇ、嬉しいです。後、今日は九千文字書きましたのでよろしくお願いします。


「は?」

 

 目の前にダンジョンが広がる。その事実に俺は唖然としていた。ありえない。確かに俺は死んだ。死んだことなんて一度もないけど断言できる。俺は死んだんだ。

 

「うっ、…オゲェェェェェ!」

 

 その事実を思い出して、思わず腹の中のものを全部ぶちまけた時、

 

 自身が両手を地につけ、突っ伏して吐き散らした(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことに気づいた(・・・・・・・)

 

 ある、無くなったはずの俺の左手が。肘から先もしっかりと。じゃあ、あれは夢だった?……いやあり得ない。断言できる。内臓が全部潰れ、骨が砕けていく感覚を味わったし聞き届けてから逝ったのを覚えてる。じゃあ、なにか?今まで起こったこと無かったことになったってことか?そんな時間でも巻き戻らない限り(・・・・・・・・・・・・)あり…得る…わ……け…が。その瞬間、ある可能性が頭をよぎった。

 

「まさか……」

 

 それを主軸に思考を展開する前に頭の上から降ってくる石斧のギロチンを回避した。あっぶねぇ!忘れてた!もっぺん死ぬとこだった!というか今の攻撃方法。さっき見たのと同じだったぞ!ってのとはやっぱり。

 

「よりにもよって『死に戻り』かよっ……」

 

 擬似的な未来視、臨死体験。この二つが組み合わさった能力なんてそれ以外全く思い浮かばない。

 

 ……いや、マジでふざけんなよ!俺はナツキ・ス○ルじゃねえんだぞ!?いや、この場合はフロムの主人公か!?あの連中もある意味で死に戻りしてるしさぁ!

 

 つまりこういうこと?エルデンリングのアバターがこの体には混じったから俺も死に戻りできるようになりましたと?いや、助かったけどよりにもよって死に戻り!?数あるチートの中でも玄人向けのもんを寄越すんじゃねぇよ!!いや待てそれよりも、だ。

 

「マジでどうすんの?この状況……」

 

 戦っても勝ち目はまずない。となると、考えられる手は一つだけ。

 

「逃げよ」

 

 逃げの一手である。曲がり角を見つけては曲がって、見つけては曲がって、見つけては曲がる。後ろからミノタウロスの咆哮が聞こえ、足音も聞こえた。あの時戦って確信したが、あのミノ公は直線は早いけど曲がり角になると減速の幅が大きい。腕を失って錯乱してたけど、冷静に考えれば今の俺の敏捷なら十二分に逃げ切れる。

 

 え?情けなくはないのかって?いや、ほら、生き残れば俺の勝ちっていうか……。現にほら、

 

「四層への階段へ到着っと」

 

 階層のマップもある程度は覚えてたし逃げ道を見つけることができた。ミノタウロス?見当たらないな。撒けたのかな?そう思いながら階段に向かって行こうとして誰かとぶつかり、すぐにグチャっというトマトが床に落ちた音を大きくしたような音が響いた。目線を向ける。そこには石でできた棍棒を持ったミノタウロスがいた。

 

「……誰だよ、もぉ」

 

 石斧じゃないから別個体なんだろうけどさぁ。で?俺にぶつかった挙句ミンチになったアンラッキーな奴は?目を向ける。――――なんてことはない血に染まった処女雪のような白髪と赤い目をした少年(ベル・クラネル)が真っ二つになってただけだった。

 

「――――――――」

 

 今日で何度目かわからない衝撃に襲われる。は?なんで?なんで、ベルがここにいるの?というか、なんで死んでる?あり得ない。だってベルは神の意思すら振り払うことのできるゼウスの残した最後の英雄(ラストヒーロー)なんだ。【剣姫】もフレイアもヘスティアもみんながみんな愛してやまない絶対のヒーローなんだ。だから、こんな所でくたばるはずがない。仮にくたばったら……一体全体誰がコイツの代わりを……。

 

 ミノタウロスの存在を忘れて惚けていた俺は上からの攻撃に気づくことなく。振り下ろしが直撃する。あまりの力に地面や壁に数回ほどバウンドする。通常であれば即死する、はずだった。

 

「ぉ、ぁ、ゴボ、ボ」

 

 虜囚の鉄仮面もあって一撃で死ぬことはなかった。が、自身の血で溺れていた。痺れるような甘い痛みが体を支配する。息を吸うたびに口の中に口からか頭からかわからないが生じる血が流れ込んでくる。痛い、痛いのに甘い、甘いのに辛い、辛いから苦しい、誰か、誰か。

 

 自殺しようにも力が入らず、無限に続くのではないかと錯覚する痛みの中で救いを求める。すると、再度体に強い力が降り注ぐ。ああ、やっと終わってくれた。そんなことを考えて俺はまた死んだ。

 

 

「……リスポーン地点はここなのね」

 

 目を開けるとそこには指を失ったミノタウロスとダンジョンが広がっていた。死に戻りするとわかってたからか、痛みに慣れてきたからなのか、死んだことが衝撃的だったのかは知らないけどだいぶ落ち着ける。さてと、

 

「どうしたものかねぇ……」

 

 逃げも無意味ときた。いや流石にもう一回タイミングをずらせばいいのではないかと思うけど。多分、何回やってもベル君と途中で出くわすと思うんだよね、何故かは知らんけど。そしてそんな俺に取れる選択肢は二つだけ。

 

 一つ目は必死こいて時間稼ぎ。

 

 今回のミノタウロス事件のことの発端であるロキ・ファミリアの連中が来るまで戦い続ける。逃げてもベルくんと鉢合う可能性が高い以上は持久戦に持ち込んでひたすらロキんとこの連中が来るまで戦い続けること。実際これが一番安牌だろうね。まあ、欠点としては体力の総量が圧倒的に上なミノタウロス相手に持久戦はそこそこ自殺行為なのよね。

 

 で、二つ目は全てを諦めてひたすら殺され続ける。

 

 一番この世界で起きてはならないことはベル君が死ぬことである。勝ち目の薄い戦いをやって辛い思いを続けるくらいなら(路傍の石)は諦めを享受して死に続けることで死に慣れればいい。なあに、そのうちスキル君も諦めてくれるだろうさ。ベル君も今回のことを教訓に学んでさらに成長という名の飛躍を遂げるだろうさ。でも、死に慣れるまで相当辛いんだよなぁ。どうしよう。

 

 そこまで考えてミノタウロスに目線を向ける。怒り心頭といった感じだが、何やら警戒してこっちの様子を見ている。……ん?いや待てよ。もう一つあったなぁ。そこまで考えた時に石斧が頭目掛けて振り下ろされた。

 

 瞬間、ミノタウロスの手首が半ばまで断たれた(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ブモォォ!?」

 

 棒立ちの人間を殺すべく振り下ろしたにも関わらず石斧に感触はなくその上、自身が出血したことに困惑したように呻く。やったことは簡単だった。振り下ろしのタイミングで伸び切った手首をカウンターの要領で切りつけた。ただそれだけだった。そしてそんなことをやってのけた肝心の本人は、

 

(かった)!?え?直撃したよね?なのにこの程度?ミノタウロスってこんなに硬かったのかぁ……知らなかった」

 

 ミノタウロスの想定外の硬さに驚いていた。表情豊かなのは結構だけど、なんであんなに驚いてんの?こっちからすれば驚かれるほうが心外なんだが?だって、落ち着いて見れば攻撃のパターンはオークに似てるし、しかも2度も死に直結した攻撃なんだよ?見切れないほうがおかしいって。って、ああ、そう言えば三つ目の方法だったよね。

 

 三つ目、死に戻りを用いてお前(ミノタウロス)を殺す最適解を導き出す。

 

 魔法も通じるし攻撃して伸び切った関節や筋肉なら斬ることができるとわかった以上、文字通り死力を尽くせば無理な話ではない。それにこれなら俺は辛くないし、経験値も溜まってウッハウハ。もしかしたらランクアップできるかもしれん。というか、あの牛公に2度も殺され挙げ句の果てにベル君も死なせておいてキレてないかと言われた断じて否である。

 

「個人的にこんなセリフをマジで吐く日がくるとは思いもしなかったなぁ……」

 

 ヘラヘラと笑いながら虚空から杖を取り出し、頭に被ってた鉄仮面を外す。目の前にいる敵を見据えて表情を消した俺の口には腹の底からでた本音が漏れる。

 

「ぶっ殺してやるよ」

 

 この日、俺は生まれて初めて殺しを決意した。

 

 

 さて、そう凄んだみたものの。

 

「どう戦ったもんかねぇ……」

 

 戦術の組み立てに迷走していた。

 

 ……いやね?ほら、苛立ち混じりにカッコつけてあんなこと言ってけどさ?相手は確実に俺よりも格上なのよ。適当に魔法撃っておけば勝てるほどやわではないだろうしね?というか短文詠唱が多いとは言え、前衛がいない以上は下手に詠唱(歌え)ないんだよなぁ。え?並行詠唱?……出来はしますが機動力に難ありなのと肝心の威力がお粗末なんです、はい。

 

 まあ、相手が警戒している今なら試せることもあるしね。取り敢えずは

 

「【盾となるは、我が身に巡る奔流】、【マジックシールド】」

 

 様子見と行きますか。魔法名を唱えた瞬間、盾を起点に全身覆うように淡く蒼い光が俺を包み込んだ。新しく手に入れた魔法の中で唯一の防御魔法を展開する。結構頑丈なこともあってかなり重宝している。

 

「よっしゃ、来いや」

 

 剣と盾を構える。そんな俺目掛けてミノタウロスは大ぶりの横薙ぎを見舞った。横薙ぎは吸い込まれるように俺の胃があるであろう部分に直撃し、俺の身体は紙のように飛んでいった。切れ味は他の自然武器と違って良いほうだが、所詮は石斧断ち切ることはできない。しかし断ち切れなくていい。ミノタウロスの膂力が加われば内側から俺を潰すことはできるのだから。だが、

 

「それはあくまでも生身だったら、の話なんだ……ゲホッ」

 

 俺は無傷だった。フハハハ!どうだ見たか!これがマジックシールドじゃあ!見た目もあってどっちかって言うと魔法の盾(マジックシールド)って言うよりも魔法の鎧(マジックアーマー)だが……この際どうでもいいな!オークの群れにリンチにされても魔法が解けるまでの間は無傷なレベルで硬いのさ!……まあ、鎧と同じで攻撃は防げても衝撃は完全に防げないのが欠点だよね。

 

 これだったら一分間はお前の攻撃をしのげる……って、ホゲェェェェェェェェェ!?ヒビ入ってるぅ!え?嘘でしょ?1発でこれ?もっともつと思ったのに……。え、ちょっと待て。原作のベルくんってオッタル直々の剣術と生来の攻撃力を複合した攻撃を貰いまくった後にあんだけ動き回って勝った……ってこと!?えぇ……(困惑)。ちょっと意味わかんないですね。

 

 でも、一撃でこれってことは少なくとも7、8撃喰らえば砕けるよなぁ…これ。まあ、1分間にそんな馬鹿みたいに攻撃は喰らわないとは思うけど。というか、

 

「それももう見た」

 

 横薙ぎの大振りを体勢を低くすることで回避する。そして魔法(アヴァニム)を顔目掛けて放つ。が、

 

「んー。それはお前もだったかぁ」

 

 着弾寸前に顔の前に手を挟み込んで防いだ。手のひらはズタボロだが致命傷とはほど遠い。さっき自身の指を飛ばしたからか、俺の放った魔法に対してやたら警戒している。互いに攻めないでいると痺れを切らしたのか相手側から詰め寄り都合四度の嵐のような攻撃を放ってきた。一撃目の横薙ぎを回避し、二撃目のかち上げを盾でいなす、三撃目の振り下ろしを刃先に沿わせるように受け流し、四撃目を回避しきれず体で受けた。

 

 ……ちょっと待てやっぱり変だぞ。吹き飛ばされ魔法にヒビが入りながらも思うことはたった一つ、コイツ明らかに強くね?ということだけだった。確かにレベル一つ違うだけで格の差はでるのだろう。それは命がレベル2の時にレベル3のアマゾネス相手に挑んだシーンでよく知ってる。ベルのように第一級冒険者から技を習ったわけでもないから技の面でも劣るのかも知れない。

 

 でも、何もしてこなかったかと言われたらそんな訳断じてない。確かに痛いのは嫌だからと被弾は避けてきたよ?それ故に【戦灰動作】を使って盾のパリィの練習やシルバーバックやオークとか大型のモンスターの攻撃の受け方の練習を欠かしたことはなかった。それに総合的なステイタスならベルよりも上の筈……マジでなんで?

 

 でもまあ、

 

「今はんなこと考えてる暇ねぇなぁ!……って、あ」

 

 防御魔法が体から解けるように消えていった。時間切れ、それを悟るとすぐに距離をとって詠唱を開始する。が、

 

「【盾となるは、我が身を……】ォゴォォァ!?」

 

 それよりも早くミノタウロスは石斧を地面に叩きつけ、ゴルフの用に振るった。結果、大量の礫が俺目掛けて殺到した。一つ一つの礫が恩恵で強化された俺の目から見ても高速で飛んでくる。詠唱もあって避けきれず、何個か撃ち落とす。が、防御をすり抜けた一つが喉を直撃する。詠唱を続けようにも喉を潰されヒュー、ヒューという掠れた声しか出ず、詠唱が出来ない。行き場を失った魔力は俺の中で荒れ狂い、そして、

 

「――――――――ッッッ!!」

 

 炸裂、いわゆる魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こした。喉から体からありとあらゆる場所から生じる痛みと途切れ途切れの意識の中で最後に目にしたのは巨大な石斧が連続で振り下ろされるところだった。

 

 

 目を開けるとそこには指を失ったミノタウロスとダンジョンが広がっていた。……フフ、フフフフ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフ!!

 

「上等じゃあ!牛公!!こうなりゃいくらでも付き合ってやんよぉ!人間様を舐めんなぁ!このモンスター風情がぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒り狂うふりをしながらも頭の中は冷静になる俺。……本当だよ?冷静だからね?そんなアホなことを考えている間に先ほどの四連続の攻撃が繰り出される。

 

 しかし、一度見て味わった攻撃。今回は攻撃を全ていなし、避ける事に成功した。大振りの攻撃放った後だからか体勢が崩れた為、その場で脱力。そして倒れ込む寸前で踵から踏み込み、爆発的な推進力と共に地を這い、足の腱目掛けて二連続で剣撃を見舞って切断して機動力を奪う事に成功した。安心はせずにすぐさま後ろに回り込んで詠唱を開始する。

 

「【停滞の剣よ、我が敵を貫け!】、【エクラズ・ワールト】!」

 

 詠唱を聞いてミノタウロスは振り返り駆け寄ろうとするも腱を切られた影響で動けず倒れ込んだ。それが功を奏したのか魔法は頭ではなく手に着弾し―――炸裂。腕が根元から千切れた。

 

「ブモォォォォォォォォ!?」

 

 初めて聞いたミノタウロスの痛哭に俺は。

 

「チィッッッ!」

 

 舌打ちをした。当たり前だ、だって仕留めたって思ってたから。なのに結果は腕一本だけ。不満に思わないほうがおかしい。だから、

 

「次で仕留めてやるよ」

 

 蹲るミノタウロス目掛けて真正面から突っ込んだ。言葉や気持ちの裏側に昂りがあったのか、驕りが生まれたのかは知らない。だがすぐにこの行動は悪手であったと身を持って味わう。

 

(なんだあれは?)

 

 違和感があった。蹲り方が妙だった。痛ければ痛む場所を抑えるのは当たり前だ。なのに、手は地面を握りしめるように置かれ、足も力強く踏み込まれているかのよう。…おい、これどっかで見たぞ。まさか、

 

突撃(チャージ)か!」

 

 気づいた時には遅かった。咄嗟に踏みとどまるものいい的にしかならず、衝突。上にかちあげられた。

 

「ガッ……」 

 

 口から血と空気が一気に漏れ出る。腕が一本無くなり威力は削がれたか、生きてはいる。それでもミノタウロスの突撃、無事で済むはずもなく。俺は指一本動かすこともできなくなった。ああ…クソ、俺の馬鹿野郎。一度見た攻撃だろうが。そんな悪態をついている間にミノタウロスは石斧を振り上げて俺を見下ろしていた。

 

 次は要注意だな。そんなことを思いながら死を待っていると、急にミノタウロスの動きが止まった。うん?なんだ?何を見ている?目線的に腰の部分か?急な停止に困惑しているとミノタウロスは俺のことを持ち上げて大口を開き、口の中へ俺を放り投げた。抵抗らしい抵抗もできぬまま、俺はミノタウロスの歯にすり潰されていく。それでも俺の頭の中には『腰』、『停止』の二つの言葉が占めていた。そうして俺はまた死んだ。

 

 

 目を開けるとそこにはいい加減見飽きてきた指を失ったミノタウロスとダンジョンが広がっていた。さて、あれはなんだったのか。先ほどの起こったミノタウロスの不可解な行動に頭を回しつつ、攻撃を往なしていく。

 

 あいつ(ミノタウロス)が興味を示すものなんて微塵も思い浮かばない。腰にあるものなんてそれこそ鞘と袋しかな…い…のに。いや待てまさかそんなことある?仮に事実だとしたらロキ・ファミリアのやらかしたことは(・・・・・・・・・・・・・・・・・)かなりヤバいぞ(・・・・・・・・)

 

 だけどこの考えが事実なら俺はこのループでこいつを仕留めることができる。そう思うと笑みが溢れる。虚空から虜囚の鉄仮面を取り出し、被ると武器を片手にミノタウロスへと挑んだ。

 

 

 そのモンスター(ミノタウロス)に名前はなかった。ワタシはただ迷宮から生まれた一山いくらかのモンスターのはずだった。ただ、特筆すべき点があるとすれば知性があったということだ。

 

 ワタシが生まれてすぐに始めたことは暴れることはなく観察することだった。戦いを基本的に死ぬことを避けるために同胞に全てを任せ同胞を狩るものたちの動きを見続け、そして真似た。

 

 真似るのに難儀はしたが自身も戦う機会があったこと技はそれなりの形になっていった。生来の膂力と真似た剣術を合わせることで『彼』は同胞の中で最も強い存在になった。嗤いが止まらなかった、少しでも頭を使えばいいのに滑稽極まりなかった。そしていつものようにワタシ達を狩る人間を蹴散らす。

 

 筈だった。

 

 ワタシは必死になって逃げた。なんだあれはなんなんだあれは!あんな連中がいるなんて聞いてない!咄嗟に群れを散会させて囮にしなければすぐに死んでいた!逃げて逃げて逃げた先に普段見慣れたニンゲンがそこにはいた。片方は震えを隠しもせず、もう片方は気丈に振る舞ってるが怯えてるのがよくわかった。

 

 そうだこれがニンゲンだ、ワタシ達に怯え、恐れ戦くさっきのが間違えただけだったんだ。コイツらで遊ぼう。そう思って手を伸ばしたら黒いほうに指を飛ばされた。玩具の分際でなんてことをするのだ、と頭の中で怒りが湧き出るのと同時に自身の指を飛ばした他のニンゲンが使う『唄』に警戒した。だって、恐れるのはそれだけなのだから。それさえ気をつければいつものように遊べる。そう、ワタシは断じて狩られる側ではない。恐怖を抱く側ではないのだから。

 

 そう思っていた。

 

 まただ、コイツもなのか!?目の前のニンゲンは怯えがあったにも関わらずいきなり様子が変わり怯えが微塵も見えなくなっていた。そこからは全てが一気に変わっていった。幾多もの同胞とニンゲンを屠ってきたワタシの振るう武器が技が当たらない。なのにニンゲンの攻撃と『唄』だけは的確に当たる。戦いにくいったらない。まるで未来を見てるか、ワタシの戦い方にあった戦い方をしているかのようだ。

 

 だめだ耐えられない。こんな奴に苦戦している事実に耐えられない。ああ、そうだあの手でいこう。そう考えたワタシはあえて『唄』を喰らいうつ伏せになった。それを好機と見たのか突っ込んでくるニンゲン目掛けて突撃をかました。布切れのように軽々と飛んでいくニンゲンを見てなんと間抜けなのかとせせら笑った。そしてここまで屈辱を与えたことへの怒りを込めてトドメを刺そうとした瞬間、ふと腰のあたりから紫紺の石が確認できた。

 

 それを見た瞬間、ワタシは歓喜した。ああ、ああ!あの石だ!食べれば強くなれるあの石だ!逃げてる途中で食べると強くなれることを知ったんだ!そうかニンゲンが持ってたのか!なんと素晴らしい発見なのだろうか。ワタシはニンゲンを掴み、念入りに力を込める。手からポキやバキっといった音が響く。それを確認した後、大きく口を開き放り込んだ。石と共にワタシの血肉とするためにいずれあの一団にも復讐するために。ワタシは口に力を入れて噛み締めようとした瞬間、

 

 ワタシの意識は無くなり、2度と目を覚ますことはなかった。

 

 

ほれ()かひ(勝ち)

 

 頭が上から消し飛んですぐに黒い煙になったミノタウロスを見届けた俺は口と体から生じる痛みの中でそう呟いた。予想通り見てたのは魔石だった。ということはアイツ強化種だったのね。逃げてる途中で魔石でも食べたのかな?……まあ、仮にそうだったらロキの所の連中マジでやらかしもいいとこだよね。よかったわベルくんと一緒に逃げないで確実にベルくんがミンチになってた。

 

 え?どうやって勝ったかって?……まあ、戦ってるというか死んでるうちに気づいたんだけどあの牛野郎って異端児(ゼノス)ほどじゃないにせよどうやら知性があったっぽいんだよね。戦い方もやたら人間臭かったし、まず間違いないと思う。だから戦い方のパターンも読みやすかったし、こっちが手の内知ってますよ的な感じで立ち回れば焦って突撃してくるのも知ってた。

 

 突撃する場所も胴体部分なのもよくわかってたから予めマジックシールド展開しておいて防げばノーダメ。あとは魔石をちらつかせて大口開かせたら詠唱をやめて待機させ、最大まで魔力を貯めた【エクラズ・ワールト】放ってゲームセット。

 

 にしても、あ゛ぁぁぁぁぁ!!つっかれたぁ!アイツ最後の最後で握りしめやがって!ポーションが全部オシャカになったじゃねぇか!動けないわけじゃないけどキツイんだよ!……取り敢えずは動くか。悪態つくのもそのあとでいいな。そう思いながら立ちあがろうとした瞬間、

 

 ズシ……ズシ……と重く、聞き慣れてしまった足音が聞こえてくる。

 

 ……いや待て、嘘だろ?現れたのは身長3mはありそうな牛頭人体の怪物のミノタウロスだった。……うん、知ってた。知ってたけど受け入れたくなかったよ、この現実を。それより

 

ははえぇほ(立たねえと)……」

 

 力を込めて立ちあがろうと上体を起こそうとした瞬間、肘から崩れ落ちて仰向けになった。……ヤバい、これさっきミノタウロスに握りしめられたからじゃあない。この慣れ親しんでしまった虚脱感、精神疲弊だ。身体中の激痛が曖昧になり、意識が薄れていく。

 

 マジィ?次はコイツを視野に入れながら戦わないといけないの?あんまりな事実に泣きそうだが取り敢えずは次に向けて作戦を立てないと。ミノタウロスの足音を聞きながらそこまで考えようとして、幻覚が見え始めた。

 

 ……いやねぇわ。幻覚にしてももっと良いのを見ようよ。

 

 なんでミノタウロスの上半身がビームで消し飛ぶ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)幻覚なんだよ。

 

 あたしゃ、知ってんだからな。実は現実でのミノタウロスは俺の頭目掛けて武器振り下ろそうとしてるんだろ?世界がこんなに俺に対して優しいわけがないだろうが、良い加減にしろ。って、おーおー、次は美女の夢ってか?いや美女って言うには少し幼く感じるけどエルフって……俺エルフ好きだったっけ?

 

 山吹色の髪の色をしたエルフの女性が顔を青くしながらこちらを見てく「大丈夫ですか!?」と叫ぶのを眺めながら、ふとベルはどうなったんだろうと考え、俺の意識は途絶えた。





強化種ミノタウロスvs 主人公!ファイッ

勝者:主人公
戦果:魔石、ミノタウロスの角、魔法の並行詠唱の完全習得、戦いにおける柔軟性の獲得

強化種と言っても魔石食ったのはひとつだけだったのもあって強さはランクアップしたってほど上がらなかったが、ランクアップする寸前程度には上がってました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目が覚めるたなら〜♪


一日に2話とか投稿してる人ってどうなってんの、と思いながらの投稿です。




 

        暗い、昏い、闇い

 

 全てが微睡の中に溺れてしまうほどに、全てを忘れ去ってしまうほどに。

 

        暗い、昏い、闇い

 

 闇の中ですら跪き、祈りたくなるような三つの円環を描く黄金が瞬くように1人の褪せ人を見下ろして光り続ける。俺は知っているここは夢の中であることを。いつも見る夢だ眠ればいつも見て、いつも感じて、いつも忘れそうになってしまう。そんな夢だ。なのにどうしてか今日は違った。

 

   おお、褪せ人よ、褪せ人に至りし者よ

 

   死してなお死にきれぬ、不死なる者よ

 

   遠い地にて失われた祝福が、汝を呼んだ

 

       幾たびも死に続けよ

 

       幾たびも滅び続けよ

 

       幾たびも戦い続けよ

 

   与えし祝福は汝を勝利へと導き続けよう

 

    汝はこの異郷の地にて足掻き続けよ

 

    ■■■■■■■へと至るその日まで

 

 声が聞こえる。俺を送りつけたものである何者かが俺をナニカを命じる。それを聞き届け、俺の意識が浮上を開始した。

   

 

 目が覚めると俺は謎の組織に飲まされた薬によって体を小さくされていた!……なんてことはなく目覚めたら天蓋付きベッドで寝かされていた。「知らない天井だ……」とか言ってみたいが、

 

「何だったんだ……あの夢…」

 

 あんなエルデンリングのパッケージみてーな夢を寝るたびに見させられ、挙句忘れそうになるから辟易してはしていた。だけど今回は少しおかしかった。あんな荘厳な声を俺は一度も聞いたことがない。誰だ?1番あり得るとしたら俺をこっちに送り込んだ奴?でも、何で今になって急に。あーでもないこーでもないと考えるが

 

 ……うん、辞めだ。あんな超常現象じみた夢に頭回しても頭が痛くなるだけだ。似たような現象が起きた時改めて考えよう。

 

 今は取り敢えずここまでに至ったことを思い出そう。現状を見るに多分あの時戦ったミノタウロスは無事に倒していて、最後に見たビームは幻覚ではなかったと、そして気絶した俺を運び込んだって感じかな?

 

 ……一瞬、ミノタウロスとの戦いは夢でしたっていう夢オチも浮かんだけどそれだけは本当にやめてほしい。身体中が少し軋む感覚があるから多分違うとは思う。というか思いたい。

 

 で、次に装備品。虚空から持っている装備類全てを取り出す。【君主軍の直剣】よし。【隕石の杖】よし。【虜囚の鉄仮面】よし。【裂け目の盾】よし。【青布の胴衣】……おっふ、ぶっ壊れてる。どうしよう、これ。エイナからの貰い物なんだけど(・・・・・・・・・・・・・・)。まあ、制作者探して同じの買えばいい、のか?さて、装備品確認したし現状はだいたい分かったが。

 

「ここは何処だ……と言うか何だこの格好は」

 

 ここ本当に何処だ。だけど私は誰?的なことはないから最悪ではないな。格好に関してもやたら清潔なうえに肌触りもいいのに変わってるしあれだけ血に濡れていた体や装備品も綺麗になってる。……おい大丈夫か?ステイタス見られてねぇよな?

 

 ま、まあ、取り敢えず我らがヘスティア・ファミリアのホームでないことは確かだな。うちに天蓋つきのベッドもなければベッドの布団はこんなにふかふかでもない。一応、俺が家事のイロハを仕込んだヘスティアが常に掃除しているから汚いわけではないが、こんな清潔感あふれる部屋なんてあるわけもない。

 

 じゃあ、ギルド?それはない。初期に配布される装備を見ればわかるのだが、普通に質が悪い。ベルのナイフとか確かに武器として使えるが、一日に数度は整備しなければならないほど。おまけに上層の最下層に住まうオークやシルバーバックには文字通り歯が立たない程度には切れ味が悪い。つまりはギルドの連中が冒険者相手に金を割くことがあまりないのだ。もっと言うなら基本的に命は自己負担な冒険者――――しかも金のなさそうな新人(ニューピー)にそんな処置がされるとは思えない。

 

 じゃあ、何の関係もない通りすがりの誰かのファミリアのホーム?それもない。というか絶対ない。そもそも割と排他的と言うか他人に興味なしか蹴落とす対象としか見ない冒険者が金かけてまで怪我の処置をしてくれるとは思えない。例外はあるがそれは本当に一握りの連中だけ、むしろ気絶している間に身包み剝ごうとする連中だっているくらいなんだから。あ、情報元(ソース)は俺ね?そんな冒険者共に博愛の心を望むだけ無駄である。

 

 となると、考えられるのは一つだけ。助けたのは今回の騒動を引き起こした張本人だろう。それも外聞を気にするタイプの。考えが頭に浮かぶと同時にドアをノックする音が聞こえてくる。……さて突然ですがここで問題です。今回のミノタウロスを上層に追いやった騒動の元凶であり、挙げ句の果てに俺が複数回死なせやがったきっかけを作りやがったクソボケファミリアはどーこだ?

 

「失礼する。……ああ、目が覚めたか。調子はどうだ?と聞くのは少し失礼か?」

 

 答え、ロキ・ファミリア。

 

 

 ドアが開いて入ってきたのは眉目秀麗とか容姿端麗とかそう言う言葉がよく似合うエルフの麗人の女性。面の良さだけ見ればオラリオでたまにすれ違う女神と同じかそれ以上だ。

 

「意識が戻って何よりだ」

 

「え、ええ、こちらこそ助けていただきありがとうございます」

 

 過去現在を見渡して神を含めてもなお1番と言える絶世の美女が微笑む。そしてそんな微笑みと共に案じてくるエルフに思わず吃る俺。うーん顔がいい。俺がもう少し若くて愚かだったらそのまま告白して振られて、気味悪がられてたね。……言ってて悲しくなるがそれよりも今は。

 

「あー、申し訳ない。精神疲弊でぶっ倒れたところまでは覚えてるんですが、その先がまあ何と言うか覚えてなくてですね」

 

 精神疲弊の影響か女性耐性の無さが原因か少し曖昧な言い回しで現状を聞く俺。ヤバい、何もないはずなのに泣きそうだ。こんなことなら彼女でも作るべきだったか?いや、作らないんじゃなくて作れないだけだったんだけどね?

 

 ……誰に言い訳してるんだ俺は。俺のコミュ能力の欠如に嘆いている間にエルフのいやハイエルフ(・・・・・)の麗人――――【九魔姫(ナインヘル)】ことリヴェリア・リヨス・アールヴは口元に手をやり考えるそぶりをしながら尋ねてきた。

 

「覚えてないのか?」

 

「一応、魔石食ってたミノタウロス倒した後におかわりで来たミノタウロスをお宅のエルフっ子の魔法が消し飛ばしたまでは覚えてます」

 

 もう一度思い出そうとして記憶を探ってみてもやはり同じ記憶が蘇る。まあ、割とうろ覚えなんだけどね。一応は記憶に食い違いがないか教えてくれるとありがたいんだが。

 

「ふむ……どうやらこちらで把握していることと相違は…いや、ちょっと待て。ミノタウロスは魔石を喰っていたのか?」

 

 そんなことを思っている間にリヴェリアは特に違う点はないと告げてくる。魔石食ってたのは流石に想定外っぽかったけど。そうかミノタウロスとの戦いは夢じゃななかったか……。

 

 よかった、あの戦闘で得た経験も全て夢じゃなかったんだね。ありがとうミノタウロス。お前のおかげで並行詠唱の練度や戦い方の柔軟性を学べた。改めてありがとうと言わせてほしいミノタウロスよ。お前は得がたい強敵(クズ)だった。

 

 って、ミノタウロスと言えば。

 

「他に被害者が出てはいませんでしたか?」

 

 ベルくんは無事なのか?2度目のループで運命の修正力かわかんないけどベルくんがミノタウロスに追いかけ回されているのを覚えてる。……その世界線でベルくんが死んだことも。正直なところ俺の勝利は二の次でいい。多少の原作崩壊も受け入れられる。だが、『ベル・クラネルの死亡』。これだけは何が何でも避けなければならない。それこそ俺が文字通り命を捨てでも、だ。

 

 死ぬことを視野に入れながらベルのことは話題に挙げず、やんわりと死傷者について聞いてみる。すると、少し悩むそぶりを見せ始める。早くしろ変に焦らすな。

 

「すまないがそう言った報告は聞いていないな。今回の騒動に置いて、被害者はお前一人だけだったと言う話だ」

 

 ……嘘は、言ってない、のか?少し訝しんだがこちらの目をしっかりと見てくるハイエルフを見て、別に神々のように嘘を見抜く力は持ってはいないが嘘は言ってないだろうと確信する。というかリヴェリアという女の性質から自己保身の嘘はつかないだろうしね。ふむふむ、となると最大の懸念点はこれでなくなったわけだ。後気になるとするなら、

 

「聞きたいことが二つほどあるのですが、よろしいですか?」

 

「構わない」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。一つ目はここは何処で二つ目は俺はギルド側に現状どういう認識をされているのか、ですね」

 

 この二つくらいだろうか。

 

 一つ目に関しては起きた直後から気になってはいた。助けてくれた連中には想像がついていたが、いまいち治療を行ってくれたのはロキ・ファミリアかディアンケヒトなどの医療系のファミリアなのかは想像できない。一応、俺は治療なしでも時間をおけば治るが相手側はそれを知らないだろうし、仮に治療を受けていたのだとしたらどの程度の出費なのか気になる。

 

 二つ目に関しては少し考えてから気になりはしてた。これで――――多分ないとは思うが――――隠蔽するためにギルドに報告してないとすれば俺は死んだことにされる可能性が高い。最悪、ギルドから冒険者としてやっている俺の名前が消されたら流石に嫌だ。というか、そこまで手間はかからないがもう一段登録からやり直すことになるのが目に見える。ヘスティアやベルのことも頭に浮かんだが、神の恩恵がきれてない以上は死んでないとヘスティアもわかるから問題ないか。

 

 で?どうなのそこんとこ。目を丸くしながらこちらを見てくるリヴェリアにそう問い詰める。……何でそんなに驚くのよ。返答はすぐに返ってきた。まずここは何処なのか。

 

「言うのが遅れてしまったな。ここは【ロキ・ファミリア】のホームだ」

 

 何でも【ロキ・ファミリア】も明らかに駆け出し冒険者にレベル2でも苦戦どころか戦闘を避けるべきミノタウロスをぶつけてしまった事を謝罪する意味も込めて【ロキ・ファミリア】本拠へ護送し、治療を行ったとのこと。治療に関しても初めに見つけた時と比べて軽症になってた理由を聞かれたためスキルが理由だと言ったら納得してた。

 

 ほうほう、ロキ・ファミリアの本拠地ね。予想の一つには入ってたからすぐに納得はできた。原作見てて思うけど予想候補の一つのだったディアンケヒト・ファミリアって本当に人助ける気ある?って聞きたくなる程度には結構難易度高いクエストとか商品の金額が高かったりと守銭奴な所があるからね。まあ、商売だからしょうがないって言ったらそこまでなんだけどさ。

 

 で、次は。

 

「ギルド側に君のことは報告してある。受付嬢の1人に同胞の知人の娘がいたのでそちらに報告させてもらった。……何やら顔が青くなってたが、知り合いなのか?」

 

 報告済みね、なるほど。というか同胞の知人の娘となると。

 

「エイナって名前ですか?」

 

「ああ、そうだ。その反応だとやはり知り合いだったか」

 

「まあ、アドバイザーですね」

 

「なるほど」

 

 ああ、やっぱりエイナだったのね。顔色変えてくれる程度には心配しててくれたのは素直に嬉しいことだな。……となると明日が怖いな。確実に説教されるのが目に見えてる。仮にも俺年上なのに。

 

「聞きたいことは以上だろうか」

 

「大丈夫、と言いたいとこですが、どれぐらいの間気絶していたのでしょうか?」

 

 まあ、少なくともあんな怪我をしてたし一日は寝込んでたな。とか思っていると

 

「数時間程度だな」

 

 ファッ!?数時間!?えぇ……。あの怪我おってから数時間で目を覚ますって……。冒険者ってバケモンかなんかなの?

 

「他に聞きたいことはあるだろうか」

 

「い、いえ、ありません」

 

 色々と驚かされたけど、あと気になったことと言えばステイタスのこととかかな?でもまあ、神聖文字読めるのってごく一部の人間しかいない。それにこっちに被害を被っておいてステイタス見るほど恥知らずではないでしょうし、読めるであろう気高いというか高飛車でプライドの高いエルフ様がそういうことするとは思えないし聞かなくてもいいよね。

 

 そんなこんなでこっちの気になってたことを説明してくれると、この後のことを丁寧に説明してくれた。今回の一件で死者を出しかけたことに関しての詫びとして【ロキ・ファミリア】側が既に謝罪金などの手配をしているらしい。数十万程度かなー?とか思っているとその10倍の数百万ヴァリスを支払うと言った。

 

 ええ……俺、もしくは俺たちが一日に稼ぐ収入の100倍以上なんですが、それは。確かにお宅って普通に一度の冒険で数千万とか稼ぐのは知ってるけど、今回の遠征でお宅の家計って火の車では?とか思ったが、貰えるもんは貰っておこうと思いそのまま言いたいことを抑えた。それはそうと

 

「取り敢えず戻ってもいいですか?」

 

「その怪我だ。もう少し休んでもいいんだぞ?」

 

「ああ、いえ自分が無事なこと報告と今日一緒に潜ってた同僚の安否を確認したいので」

 

 確かに目の前にいるリヴェリアからは被害者がゼロという言葉を聞けた。その言葉に嘘はないんだろうよ。でも、流石に自分の目で見ないと信用しきれないし念のために、ね?

 

「ああ、そう言う事か……お前の着ていた装備品を持ってくる。少し待っていてくれ」

 

「ああ、大丈夫ですよ。もう回収しましたので(・・・・・・・・・・)

 

「……今さっき目を覚ましたのではないのか?」

 

「スキルのおかげで私物だったら壊れてても何処にあっても回収可能なんですよ」

 

 こんなふうにね。と言いながら虚空から杖と剣を取り出すと目を見開き驚きながら「便利だな……」と言った。その後に「金銭も入るのか?」と聞かれたため無生物なら基本は全ていけると言うと「少し待っていろ」と言ってその場を去った。多分だけど謝罪金を取りに行ったのかな?装備品の件といい全部下っ端にやらせりゃいいのに律儀な人だなぁ、なんて思いながらベッドの上で待つ。ぶっちゃけ今この場で謝罪金を渡してくれるのは素直にありがたかった。

 

 何故なら原作でもヘスティアとロキの不仲は有名だからだ。そんなこともあって俺がヘスティア・ファミリアに所属しているというだけで「ドチビに頭下げんの嫌や」とか言って謝罪金を払うのやめる可能性もある。流石の俺も数百万の金銭貰えなくなるってのは嫌だしね。そんなことを考えていると5分もしないうちにでかい袋を持って戻ってきた。

 

 大量の金貨が詰まった袋を持って歩くハイエルフ。……うん、字面にするとビックリするくらい似合わないな。

 

「受け取ってくれ」

 

「ああ、ご丁寧にどうも……って、おお、思ったよりも重いな」

 

 ベッドから降りて渡された袋をもらう。が、思ったよりも重くて驚かされる。受け取った袋を虚空に仕舞い込むとリヴェリアがこっちを見ていることに気がつく。

 

「……どうかしましたか?」

 

「ああ、いや。改めて見ると本当に便利なスキルだと思ってな」

 

 ああ、そういうことね。確かに便利だよなこのスキル。でもね、

 

「案外融通効かないですよ?」

 

「ほう、と言うと?」

 

「自分のもんしか収納できないんですよ」

 

 そうそこがこのスキルの最大の欠点なのだ。この間とか試しにベルくんのナイフを収納しようとしても無理だった。ここまでならまだよかったのだが、ベルくんが倒したモンスターの魔石すら収納できないときた。ヘスティアに何でできないのか聞いてみたのだが、曰くこのスキルは自分のものだと思い込んだものしか収納できないず、他人が持っているものと認識したものは決して収納できないとのこと。一応、お前のものは俺のもの的なジャイアニズムな考えだったらいけるらしい。

 

 まあ、貰えるもんは貰ったしこのまま帰るか。そう思い帰ろうとすると、

 

「そうだ、すまないが帰る前にフィンと少し話をしてもらえるか?」

 

「え?まあ、良いですが……」

 

「そうか。ついてきてくれ」

 

 扉を開けると俺をロキ・ファミリアの団長であるフィンのところに案内する。正直このまま帰りたいが、助けてもらうのが二度目とあって帰ろうにも帰りにくいため取り敢えず着いていくことにした。歩いてて思うけど本当に広いなロキ・ファミリアの本拠地。確か『黄昏の館』だったか?掃除とかどうしてんだろう。

 

 そして、リヴェリアさん。うーんやっぱり綺麗だ。あまり話さないから無愛想とか取られそうだけどそうは全く思わずむしろ気品すら感じられる。仮に俺が同じことやったら……うん、「何だこいつ」とか思われて反感買うだけだな。気品とか何処で手に入るのかとかくだらないことで頭を回し、この沈黙を誤魔化していると。

 

「ここだ、少し待っていてくれ」

 

 団長室に到着した。改めて思うけど個人個人に部屋があるのいいなぁ。

 

「フィン、例の被害者を連れてきた」

 

 部屋をノックして声をかけている。

 

「入って良いよ」

 

 中から落ち着いた子供の声が聞こえてくる。知らなかったら驚愕の一つや二つはしてたんだらうけど、一応原作を知っている身としてはあまり驚かない。扉を開けるとそこには。

 

「目が覚めたんだね、無事でなによりだ」

 

 転生直後を合わせて俺を二度助けた恩人、フィン・ディムナがそこにはいた。





読んでくださりありがとうございます。お気に入り20000がUAが300突破しました。今後ともよろしくお願いします。

【青布の胴布】
とある鍛冶師の作成した青布の主体とした防具
見た目だけでなく防御面にも優れていながら比較的軽い
身なりに無頓着な褪せ人に対して、心配した1人のハーフエルフの送った代物


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対話と失光


数日置いたらびっくりするくらい増えてたのでとても嬉しいです。今後ともこれらを支えに頑張りたいと思います!今回はキリが良いと言うこともあって普段よりちょっと短めです。


 

 

 金髪に碧眼の王子様風のショタで年齢はおっさんという一部の貴腐人かショタコンどもが狂喜乱舞しそうな設定をお持ちのフィン・ディムナが執務室と思われる部屋のデスクに座って微笑みを浮かべている。

 

「この度は助けていただきありがとうございます」

 

 形はどうあれ助けて貰ったのは事実なため俺は深く頭を下げる。

 

「頭を上げてくれ。君にそのような怪我を合わせたのはミノタウロスなのだろうが、元を辿れば僕らが原因だからね」

 

 うーん、この。俺の謝罪に対して誰が聞いても100点満点の返答を出しやがって。頭を上げて顔を見ると微笑みを浮かべているのはこっちを安心させるためかな?手慣れてるというか何というか。

 

「自己紹介からいこうか。僕の名前はフィン、フィン・ディムナだ。一応この都市(オラリオ)では【勇者(ブレイバー)】と呼ばれている。よろしく」

 

 オラリオどころか世界からでは?とか疑問に思いつつも、こちらも笑いながら名前を名乗る。

 

「ハハ…マナ・キャンベルといいます。身内とかにはマナと呼ばれてるのでディムナさんもマナでお願いします」

 

「そうかい?ならこっちもフィンでいいとも」

 

「そうさせて貰います」

 

「立ちながらじゃあなんだ。ソファーにかけてくれ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 指定されたソファーに腰をかける。おお、すごいなこのソファー。今まで座ってきたどのソファーよりも柔らかいけど変に柔らかすぎず、語彙力なくて申し訳なると思うくらいすごく座りやすい。座るとリヴェリアさんにコーヒーと紅茶どっちがいいかとか聞かれた。流石に断ろうとしたけど、遠慮するなと言われて取り敢えずコーヒーとだけ答えたら団長室から出て行った。

 

 ……あの人本当に誇り高い(面倒臭い)ことで有名なエルフ?一週間前に肩ぶつかったからとかいう理由で人様の顔面にエルボーかましてきた(エルフ)と天と地の差があるくらい優しいんだけど。もしかしてハイエルフってあれがデフォなの?そりゃあ慕われますわ。というか、

 

「随分と仰々しいですね。一応言っておきますが、俺が所属してるのは発足して間もない零細ファミリアですよ?」

 

「そして同時にこちらの引き起こした問題に巻き込まれた被害者でもあるね。しかもこちらの問題の片付けの手助けをしてくれたとなればそれ相応に迎え入れるのも当然のことだよ」

 

 俺に対する歓待に流石に疑問を覚えたため口にするとそれらしいことを言って流された。

 

 言い分としては大いに理解できるけど……ああ、まいったなぁ、頼むからもっと気楽な場所で気楽に対応してくれよ。こんなガチな対応されると緊張しすぎて体がガッチガチなのよ。飯食うところだって変に高いところより安くて気軽に食べれるところが好きなよ俺。

 

 って言いたい。言いたいけどここまでの歓待をしてくれる人にそんなこと言えますか?少なくとも俺には無理です。というかニコニコしながらこっちを見んなや。原作でのお前を知ってる身としては胡散臭くてしょうがないんだよ。流石に居た堪れないから呼び出された理由を聞く。

 

「あのー。それで呼び出された事に関してなんですが……」

 

「ん?ああ、それならリヴェリアがコーヒーを持ってくるからその時に話そう」

 

 ……頼むリヴェリアさん早く帰ってきてくれ。居た堪れないっていうのもある。そしてこれは二度も助けて貰った人間が思うセリフじゃあないということは重々承知しているつもりだ。だけど、それ以上にこいつの見透かそうとしてくる目が心底気持ち悪いと思わざるを得ない。

 

 仮に俺の何かを見透かそうとしているなら隠し切れる自信は微塵も湧かない。戦略とかの純粋な読み合いで全知零能な神の予想すら上回れる人物相手に腹芸はマジ無理です。

 

 目の前の人物って素の頭脳が天才的なのにそれを数十年間磨きまくった奴だからね?対して俺は平々凡々な頭脳なのに対して磨かなかった。仮に言い合いになっても秒で負ける自信がある。一体勝つために何度もループする必要があるのよ。沈黙が苦しくなってきた頃に

 

「失礼します」

 

 扉越しに声が聞こえてきた。よっしゃ来たぁ!声的にリヴェリアさんじゃあないのは確かだけど今この瞬間はめちゃくちゃありがたい!フィンが許可を出すと扉が開き二つのコーヒーを置いたトレイを持った山吹色の髪をしたエルフが現れた。っていうか、

 

「この声……あんたか?俺を助けてくれたのは」

 

「えっと……よく分かりましたね?」

 

「まあ何となくだったが…その節はどうも。あ、マナ・キャンベルっていいます。マナでいいです」

 

「レフィーヤ・ウィルディスです。家名の方だと長いので私もレフィーヤで結構ですよ」

 

 まさかまさかの配膳相手は恩人様でした。それにこの顔に声は間違いない。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】のレフィーヤ・ウィリディスじゃねぇか!あゝ、何でダンまちの外伝版であるソードオラトリアの準主人公様とも俺は関わってるんですかねぇ……。それにしても、

 

「あのー、リヴェリアさんはどちらに」

 

 どうしてレフィーヤがここに?

 

「流石にリヴェリア様に配膳をさせるわけにはいかないので。それに面識のある者がやるべきだと思い私がやる事になりました」

 

 背景にむふー、とかいう文字が見えそうなくらい誇らしげに胸を張るレフィーヤ。ああ、なるほどね。確かにエルフからすればハイエルフであるリヴェリアが給仕の真似事なんてやらせるはずがないわな。というかデカいな。妹より年下なのに。妹が見たら発狂しそうだな。

 

 なんて思いながら渡されたコーヒーを口に含み緊張した気を落ち着かせる。あ、美味しい。よし少し余裕ができたな。じゃあ、

 

「ところでフィンさん。俺が呼び出された理由を教えてくれませんか」

 

 聞くこと聞いてちゃっちゃと帰りますか。しかし、態々呼び出してまで聞きたいことって何だ?口封じ?いやいや、こちとら謝罪金を貰ったか以上はしっかりと黙っとくつもりだから大丈夫だよ?

 

「ああ、呼び出した件についてだね。単純に個人的なことだからそんな気にしなくていいし、答えたくないなら答えないでいい」

 

 個人的なこと?ますます意味がわからん。俺とフィンに接点なんてほとんどない。それこそあの日チンピラに絡まれた時に助けてくれたことくらいだ。そんな記憶なんて哀れな奴がいたな、ですぐに忘れるだろうし一体なんのようだ。

 

「装備品を見た。だから君があの日絡まれてた青年なのは理解出来る。その上で聞かせてほしい」

 

「?まあ、はい」

 

君は本当にあの日あった青年なのかい(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 ……ますます持って意味がわからん。覚えてた事にも十分驚きだが、それ以上にフィンの言いたいことが脈絡を得ない。何が言いたいんだ。まあ、でも。

 

「はい、その通りですが……」

 

 それ以外答えようがない。フィンがこちらの瞳を覗き込むように見てくる。俺はそれを困惑しながら見つめ返すことしかできない。時間が数秒か数分かどの程度経ったのかわからない。それでもしばらく見つめあっていたことはわかる。するとフィンがフッと笑って目を閉じた。

 

「こんな質問の為に引き留めてしまってすまないね。答えてくれたことに礼を言おう。レフィーヤ、彼を門前まで送って行ってくれ」

 

「は、はい!分かりました!」

 

 元気に返事してるレフィーヤには悪いが断ろうとする。が、考えてみればこんなだだっ広いホームに駆り出されても道に迷いやすい俺では迷子になること間違いなしだった為お言葉に甘えさせて貰った。道中、胸のでかいアマゾネスとすれ違ったらめちゃくちゃ嫌そうな顔され、褐色好きな俺が思わず凹んでいるとレフィーヤが慌てながら慰めてくれたことを除けば問題なく送り届けてもらえました。

 

「そんじゃまぁ、ありがとうございました」

 

「あの、本当にこちらの不手際で怪我を負わせてしまって……」

 

「いいですって。怪我も治して貰ったんですから」

 

 最後まで頭を下げてくるなんて……本当に出来た子やでぇ、レフィーヤは。手を振って別れを告げるとそのままギルドへと向かった。初めはヘスティアの元に行こうと考えたが、ヘスティアに今回のことはまだ伝わってないだろうし後でいいと判断して後回しにした。

 

 気絶していたせいか太陽も頂点に至っていて死にかけておきながら考えるのもあれだが、少しだけ小腹が空いてきた。報告終わったらベルと飯でも食うかと思っているとギルドに到着した。すると、

 

「エイナさん大好きー!」

 

 ギルド内から知った声が知った名前に対して告白しているところだった。おーおー好き勝手しなさるッ。思わずウルージさん化してしまうが大体の時系列を理解する。というか、

 

「どんだけ逃げてたんだベル……」

 

 アイツめちゃくちゃ足速いのな。足が速いの知ってたけど、ミノタウロスと戦った身としてはベルのステイタスに見合わぬ足の速さになんか補正でも受けてんじゃねぇのかと疑いたくなるよ。まあ、無事なら何よりだけどさぁ。

 

「よっす、ベルくん」

 

「ああ、すいません……ってマナ!?」

 

 後ろから声をかけるとベルは驚いたようにこっちを見てくる。まあ、超強敵なやつの殿を任せた相手が無傷で戻ってきたら誰でもビビるわな。俺でもビビるもん。

 

「大丈夫!?」

 

「ご覧の通り。…まあ、死にかけはしたけど」

 

 そう言うとベルの顔が真っ青になった。おー、赤くなったり青くなったりと忙しないなぁベルは。そんなことを考えていると背後から誰かが俺の肩を軽く叩いてくる。誰だ、ベルを弄くり回す遊びの邪魔をするのは。そう思いながら振り返る。

 

 ――――そこには見惚れてしまうほど美しい笑みを浮かべるエイナがいた。

 

 どうしよう。すごい綺麗だよ?すごい綺麗なのにどうしてか手が震えるんだけど。プレッシャーがミノタウロス並みなんだけど。『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』なんて言葉がよぎる程度には怖いんだけど。

 

「マナさん」

 

「あ、はい。何でしょうかエイナさん」

 

 思わず姿勢を正して、敬語になってしまう。やばいどうしようめっちゃ怖い。何だったらミノタウロスより怖い。

 

「リヴェリア様から聞きました。貴方がミノタウロスに挑んだということを」

 

「え?あ、はい」

 

「そして、私は悟りました。まっっっっったく、私の講義を聞いてないということにね!」

 

「待て、エイナ!これには深ーい訳が……」

 

「問答無用です!」

 

 そこまで言うとエイナは俺の手を引っ張って個人用のルームに連れて行こうとする。ちょ!ちょっと待て!

 

「いや、ほら!この後、ダンジョンに潜らなきゃ「この後、ガネーシャ・ファミリアが他にミノタウロスがいないか確認する為にレベル1未満の冒険者の上層の立ち入りを禁止のお触書きが来てきます。なので今日いっぱいは潜れませんよ」……えぇっと」

 

 まさかまさかの言い切る前に先読みして発言を叩き潰す。最後の手段でベルに助けを求める。あ、合掌してる。全てを諦め脱力するとエイナの力は強まって俺は個人ルームへ。

 

 この日、俺の1日と頭の中全てが勉強で埋め尽くされた。





〜ロキ・ファミリアでの一幕〜

「ティオネさん。どうしたんですか、今日は」

「どうしたって……何がよ、レフィーヤ」

「いや何がも何も。どうしてお客さんにあんな反応してたんですか?普段ならもっと……」

「……別に何でもないわよ」

 少しぶっきらぼうに言いながら私は早歩きになってレフィーヤから距離をとった。後ろから声が聞こえてくるけど気にせず自室に入った。

「気に食わないわね……」

 レフィーヤが困惑するのも無理はない。私も初めはこっちの不手際で起こったことに申し訳なく思っていたし、顔合わせた時は謝るくらいはしようと思ってた。

 だけどその考えはあの男の顔を見て変わってしまった。

 別に単純に強そうとか弱そうとかそういう実力に問題があってあんな態度をとったわけじゃあない。そのあたりはクソ狼(ベート)とは違うのだから。思い出すのはあの時すれ違った男の顔。取り分け目であった。私はそれを見たことがある。

 ――――戦い方を収めた人間ならばわかるが『技術』はあくまでもモンスターを除いて諌める為に存在している。そしてその技術が他者の命を奪うことはまずない。そこを超えたものは『技術』ではなく『暴力』となるのだから。

 だが、いるのだ。ごく稀に『暴力』と『技術』の境目が存在しない人間が。

「久々に昔の記憶が蘇ったわ」

 かつて荒れてた頃(カーリーのとこにいた時)に見てきた中でも取り分け危ない奴らの持つあの感覚……。アルガナのような戦闘狂や血に酔った気狂いとはまるで違う。ただ淡々と相手を殺し、それでも尚何も思うことの出来ない者たちが放つ特有の虚無感を……!

「オラリオに来てまた見る日が来るなんてね……」

 明日、レフィーヤが相手をどう思ってるかは知らないけど一声かけといた方がいいわね。そう思いながら遠征の疲れを取る為に私は眠りについた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無理解と否定


一応言っておきますが、作者はヘスティアもベルも大好きですからね?今日は少し長めです。


 

 あの後、夜が夕暮れになるまでエイナの説教という名の勉強会が開催された。ミノタウロスを倒したことを伝えて問題ないと言ったのだが、挑んだこと自体が間違いだったと言われ、さらに説教の時間が増えた。適当に流してたけど涙目になりながら怒ってたあたり本気で心配してたのね。

 

 で、一通りエイナは言いたいことを言い終えた後に俺のことを解放してくれた。このままダンジョンに行こうにも封鎖されてるし、流石に説教続きで疲れたためホームにベルと一緒に帰ろうとしている。

 

「で、エイナ相手にあんなこと叫んでたと。俺が大変だった時に何やってんだ、この色情魔め」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「おいおい、待て待て冗談だ。真に受けんな」

 

 揶揄いつつも俺が殿を務めた後に何があったのかをベルに聞いてみた。曰く、俺と別れた後にばったりと別のミノタウロスと出会ってしまい、恐怖のままに逃げ出した。だけど、めちゃくちゃに走り回ったせいでダンジョンの隅に追い詰められてしまって恐怖から俺が囮になって逃げた事も一瞬頭から吹き飛んでしまい、もうダメだと諦めかけたタイミングで【剣姫】ことアイズ・ヴァレンシュタインが颯爽と現れてミノタウロスを細切れにしてしまったとのこと。

 

 で、後は原作通り。若干のマッチポンプ感が否めないところもあるが、途轍もなく美しく可憐な姿にベルは女性に対する免疫のなさと、心の昂りのあまりにミノタウロスの血に濡れたことも忘れて逃げ出してしまったと。

 

「よく恐怖で忘れなかったな俺のこと」

 

「忘れるわけないですよ……」

 

 相違点があるとするならば、逃げ出した後にギルドに駆け込んでエイナや他の冒険者にベルが俺を助けて欲しいと頭を下げてたことくらいだろうか。見捨てないと確信していたとはいえ優しいなぁ、ベルくんは。まあ、でも。

 

「全っ然助けてくんなかったろ」

 

「……はい」

 

 俯きながら申し訳なさそうに肯定するベル。流石に掘り返しすぎたなと思い、申し訳なさを誤魔化すために頭を撫でる。

 

「一応言わせてもらうがベルを責める気は毛頭ないぞ?恐怖で我を忘れずに周りに助けを求めてた行動は最適解だったからな」

 

 寧ろ、俺なら恐怖やらで舌が回らなかった可能性があったまである。俺がそう言うとポツリポツリと話し始める。なんでも助けを求めたはいいものの、周りから返ってきたのは失笑が同情のどちらかでそれでも話しかけても無理だと言ってくれる者もいれば、最悪無視されることもあったらしい。

 

 しかもベルの証言もあって「もう死んでんじゃね?」的な感じで現場はエイナも含めてお通夜ムード。それでもとベルがダンジョンに突っ込もうとしたがダンジョン封鎖のお触書きが来て入ることすらできなくなった。

 

 何とか頼み込んでも入れず、体についた血を流してエイナに慰められてるところにリヴェリアが登場。リヴェリアが無事であることと後で本人にギルドに寄らせることを伝えられ、一安心といったことらしい。一応、迎えに行くべきか悩んだが、入れ違いになるのもあれだったためその場に残り、エイナから誰に助けられたのか問われて【剣姫】のことを聞いたタイミングで俺が現れたと言うことらしい。

 

 ……正直、ここまで聞いて思ったことは。あの薄情で有名な冒険者連中がベルの話聞いてお通夜ムードになったこともびっくりだが、ベルの無鉄砲振りにもびっくりだわ。あのまま来ても無駄死にだったよ?俺もお前も。

 

「あんま気にすんなよ?こうして生きてんだし」

 

「でも……」

 

「でももだってもねぇよ。そういう職業なんだと思って割り切れ」

 

 今回を通して改めて思わされたけどこの世界は思ってたよりも簡単に命が散っていく。そこに主役も脇役も関係なしに。実際、5、6度死んだり1度死なせたりを繰り返した身としてそれを良く味合わされた。故にベルはそんなに気にしなくてもいい。例え明日俺が死んでもそれは仕方ないことなのだから。それにダンジョン様だって「手加減してくれ」って言ったところでしてはくれないだろうしね。

 

「それより【剣姫】ってどんな感じだった?」

 

 流石にこの陰鬱とした空気がうざったく思い、話題を変える。ベルはもっと明るく溌剌としつつ透明な感じな普段通りがいい。そんな気持ちを込めてベルに聞いてみる。すると【剣姫】を思い出したのか顔が少し明るくなり始める。うんうん、それでいいんだよそれで。

 

 ……にしても、あの責任感の強くて引きずりやすいベルが一瞬で明るくなるなんて、本当に【剣姫】のことが好きなんだな。

 

 恋愛なんぞしたこともないから気持ちは微塵もわからないが、微笑ましく思いながらベルが【剣姫】について語り始めるのを眺める。……だが、微笑ましく思えたのは初めの数分だけ。5分くらい経ってから「あれ、おかしいな止まらないぞ?」と思い始め、【剣姫】についてはや10分。いまだに【剣姫】語りが止まる気配が見られない。

 

「それでヴァレンシュタインさんはとっても格好良くて綺麗だったんだ!」

 

「ウン、ソウダネ」

 

 しかも話のバリエーションが微妙に違うあたりベルくんの気遣いが感じられて「それもう聞いた」とか言って話を区切ることができない。て言うか好きすぎだろ【剣姫】のこと。恋は盲目とはよく言ったもので見た感じベルはまだまだ語りたらなさそうだ。

 

 こうも真っ直ぐに人を好きになれるのは羨ましいが。でもなぁ、今のあいつってロキ・ファミリアの面々のおかげで【剣鬼】よりも【剣姫】よりだけど未だに強さにしか興味なかったような……。いずれにせよ何にせよだ。

 

「高嶺の花もいいところだな」

 

「うっ……」

 

 しかも見上げすぎて逆に見下ろしたような体勢になるくらい。ベルも自覚があったのか胸を押さえながらうめいている。まあ、仮に原作を知らずともどう足掻いても向こうの認識でのベルは良くても路傍の石だからなぁ……。まあ、ソードオラトリアでは『可愛い白兎』っていう認識だったから路傍の石って訳じゃあないんだろうけどさ。

 

「ま、駆け出しなんだ今後頑張ってけばいいんじゃね?俺も手伝うぜ?」

 

「マナ…ありがとう!因みにどうすればこっちを見てくれるかなぁ?」

 

「ンマー、取り敢えずは強くなれ。そしたら自然と見てくれるさ」

 

 やっぱりそうかなぁ、と言いながら肩を落としつつもベルの目はキラキラと輝いていた。いやぁ、青春ですなぁ。若いっていい。我ながらジジイ臭いと思うけど俺にもこんな時期があったような……いや、一個も無かったわ、クソが。自分の灰色の春に腹を立てつつもあることを思い出した。

 

「ああ、そうだベル。【剣姫】のことはヘスティアに話さないほうがいいぞ」

 

「え?何で?」

 

「何でってそりゃあ……」

 

 ヘスティアはお前のことが好きだからだよ、なんて気軽に言えればそれで終わりだったのだろうが流石に言う度胸が俺にはない。…鈍さは時に人を苛立たせる。だけど個人的にはベルの鈍さはある種の美点でもあるように思えるから不思議だよなぁ。まあ、適当に理由でもつけとくかと言葉を続ける。

 

「ヘスティアってロキのこと嫌いだし」

 

「え゛」

 

「あれ?知らなかった?神々の間では割と有名よ?」

 

 びっくりして普段出さないような声を出してるベルに申し訳ないが割と事実だからどうしようもない。トムとジェリーの仲良く喧嘩する部分から仲良くを取っ払ったみたいな関係だもんな、あの2人。

 

 で、ベルは……。おーおー、顔が青い。流石にミノタウロスの時ほどじゃあないけど。まあ、好きな人の所属するファミリアの主神と自分の所属するファミリアの主神の仲が最悪と言われたらこうもなるわな。

 

「ま、助けて貰ったくらいは言ってもいいんじゃね?恋をするにしても隠し通せばいいだけ。ほら言うだろ?『バレなきゃ犯罪じゃあない』って」

 

「それは犯罪者の考え方だよ!?……でもそっかー隠し通すしか、ないのかぁ」

 

 俺の言葉に反応しつつも最後は肩を落としながら納得したようにそう呟く。すると突然ベルが振り返った。目線の先はバベルの頂上。……ああ、もうそんな時期か。

 

「また例の視線か?」

 

「うん……ねぇ、本当にマナは何も感じないの?」

 

「何もないところから視線感じたら帰る時もう少し慎重に帰るわ。ベルのほうこそ本当に気のせいじゃねぇのか?」

 

「違うよ。なんて言うか値踏みされてるような感じがして……」

 

 値踏みねぇ……。まあ、あながち間違ってないあたりベルの勘も鋭いなぁ。にしてもあの色ボケ女神、もう少し遠慮ってもんを知らんのかねぇ。ベルはここ最近ずっと反応しっぱなしだぞ?無遠慮にも程がないか。……いや遠慮するなら他人ならぬ他神の眷属をNTRんか。

 

「ま、今んとこ実害がないなら保留でいいんじゃね?」

 

「そう…ですね」

 

「それよりも着いたぜ」

 

 日も沈み始め薄暗くなってくる中で廃教会の前に到着する。そして廃教会の前では「おかえりー」と言いながら胸を揺らして大手を振るう我らがヘスティアがそこにはいた。

 

 

「やけに疲れてるが今日2人ともなんかあったのかい?」

 

 俺たちの顔を見たヘスティアが第一声に放った言葉がこれだった。俺たちがわかりやすいのかそれともヘスティアが鋭いだけなのかはよくわからんが1発で見抜くのは凄いな。

 

「まぁ、今日は色々ありましたから……」

 

「?」

 

「わかりやすく言うとミノタウロスと追いかけっこしたんだよ」

 

 さっきの忠告もあってから煮え切らない様子で答えるベルにヘスティアが首を傾げていたため俺が大雑把に今日あったことを説明した。

 

「なんだって!?おいおい!ミノタウロスってたしか中層域のモンスターじゃなかったか!?どこか怪我はなかったかい!?」

 

「心配するレベルで攻撃喰らってたらとっくにくだばってるから問題ねぇよ」

 

 俺は4、5回死んだ後に半殺しにされましたけどね。まぁ、結果的に買った上に怪我は全部無料で治療してくれたしミノタウロスも倒せたから問題ないな。するとヘスティアはホッとしたように肩から力が抜けていくのがわかる。

 

「良かったぁ。2人に(・・・)何かあったらボクはとてもじゃないけど耐えらんないよ……」

 

「神様…」

 

「……」

 

 ヘスティアの目からうっすらと涙が見える。それを見た瞬間、少しだけ胸が痛んだ。

 

 まただ、またこの感覚だ。何でだ?何でエイナとかは流せたのにヘスティアのはこうも胸が痛む。俺がヘスティアのことを好いてるから?嫌ない。会ってそんなに経ってないのに好きになれるほど俺は青くもないし、言っちゃあ何だが性格はともかく好みではない。ヘスティアは俺のことをもっと無慈悲に扱ってくれてもいいんだけどなぁ。死んでも蘇る俺に心配は不要なんだし。

 

「ヘスティア。更新を頼む」

 

 取り敢えず今はステイタスの更新と洒落込みますか。実のところを言うと今日の更新が割と楽しみだったりする。ミノタウロスを倒してる以上は確実にランクアップしてるだろうからね。ベルが地下室から出ていく。10日ほど前からなのだがヘスティアが更新の際は自分と一対一でするようにと言われてからこうなった。

 

 お、更新が終わったぽいな。さぁて、更新された俺のステイタスは。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv1

 

力:SS1057

耐久:A851

器用:SSS1195

敏捷:S922

魔力:SSS1305

 

《魔法》

【マジックシールド】

・詠唱式【盾となるは、我が身に巡る奔流】

・防御魔法

 

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・速射魔法

・詠唱の変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行うと魔力や体力の回復効率が上昇し、食事を行うとにステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 耐久以外が全部S以上……最高ですねぇ!耐久は前々から低かったこともあるからS行かなかったのは納得できるけど敏捷に関しては突破するとは思えなかったから少し驚いてる。まあ、あんだけ動き回れば上がるか。

 

「トータル600上昇かぁ……めちゃくちゃ上がったね」

 

「まぁ、ミノタウロスと戦って勝ったからな。割と妥当では?」

 

「……怪我しなかったんじゃあないのかい?」

 

「ベルと逃げるのもありだったが、それだとどっちも殺される可能性が高かったから」

 

 そこまで言うと頭痛がしたかのように頭に手をやる。色々と心中は察するところがあるけどあのまま逃げても確実にもう一体のミノタウロスと衝突して殺されてたからスルーしてほしい。で、だ。

 

「ヘスティア。俺ってランクアップ出来る?」

 

 半ば確信したようにヘスティアに問い詰める。すると、

 

いいや。出来ないよ(・・・・・・・・・)

 

 ヘスティアは否定を持って俺の問いに答えた。その言葉に俺の頭は一瞬、理解を拒んだ。だって当たり前だ。文字通りの死闘だった。幾度も命を取りこぼした。なのにランクアップ出来ない?

 

「冗談だろ?」

 

 無意識に声が震える。そんなことあって欲しくない。いや、あってはならない。あれでダメならどうやってランクアップすれば良い。何か?ゴライアスにでも挑めと?

 

「言い方が悪かったね。ランクアップは出来るよ」

 

 俺の変化に気づいたのかヘスティアはなんてこと無さそうにそう告げる。……待て。だったら尚更意味がわからん。ヘスティアよ、お前の言葉をそのままに受け取るなら。

 

「ランクアップさせる気がないと?」

 

「よくわかってるじゃないか」

 

 そうであって欲しくない、否定してほしいという願いを振り切ってヘスティアは俺の言葉を肯定した。はは、そうかそうか。ヘスティアは意図的に俺のステイタスのランクアップを拒んでいると。ハ、ハハ、ハハハハハハハハハハ!

 

「巫山戯んな」

 

 俺のものとは思えないほど底冷えした声が口から漏れ出る。あの時ミノタウロスに送った時以上の殺意が体から漏れ出ていくのを感じる。俺の意思を察知したのか虚空が揺らぎ始めて武器が現れる。体が臨戦体制を整える。しかし、

 

「巫山戯てるのはどっちだい」

 

 俺の殺意を超える激情が神威と共にヘスティアから漏れ出た。それを浴びた俺の殺意は鎮火していく。虚空の揺らぎがおさまり始める。ヘスティアの顔を見て遅まきながら怒り狂ってることを理解する。だが、

 

「何で怒ってるのかわかんないって顔だね」

 

 ヘスティアはそんな俺の心情を見透かしたかのように告げる。困惑する俺を見てヘスティアは更に言葉を続ける。

 

「尚更君をランクアップさせることは出来ない」

 

「何故だ。教えてくれ、言葉にしてくれ」

 

 言葉にせずとも伝わるだろ?みたいな行動をとるのは止めてくれ。わからんもんはわからないんだから。そんな俺の言葉にヘスティアは呆れたようにため息を吐いた。その様子を見てふとある事を思い出す。

 

「まさか無茶して欲しくないなんて言わないよな」

 

 え?これじゃないよね?こんな単純な理由で俺ランクアップ出来ないなんて言わないよね?そんな俺の願いも虚しくヘスティアは首を縦に振るう事で肯定する。

 

「意外って顔してるけどボクは炉の女神。寄る辺のない子供達の女神であるのがボクだ。そんなボクが自分の子供の傷つき苦しむ様を許容出来るとでも?」

 

 えぇ(困惑)、未来のベルとか結構無茶してるよ?そしてそんなベルを応援したくてヘスティアはナイフをヘファイストスに作成するよう頼んでた。これらからわかるけどヘスティアは過保護な女神ではないはずだ。なのに、なんで。

 

「君は帰ってから鏡を見たかい?」

 

「あ?」

 

「ひっどい、目をしてるよ」

 

 確かにロキ・ファミリアでも俺は鏡を見なかったけど目つきとランクアップに何の関係が……。そこまで考えてふとフィンの言葉が頭をよぎる。……いや、あれは関係ないはずだ。会って間もない人間が聞いてきた戯言のはずだ。

 

「では、問おう。マナ・キャンベル」

 

「……なんだよ」

 

「何故、強さを求める」

 

 ヘスティアから荘厳な気配が感じ取れる。おそらく本気で俺を見定めているのだろう。質問の意図が全くわからない。何で強くなりたいかって?そんなの決まってる。

 

「強くなりたいからだ」

 

「何のためにだい?」

 

 何のため?そんなの決まってる。俺は……俺は…。あれ?ちょっと待て。何でだ?何で強くなりたいんだ?ああ、そうだ。

 

「い、生きるためだ」

 

「生きるため?だったらランクアップする必要はない。上層でもそれなりに金を稼ぐことはできる。むしろレベルが上がっていける範囲が広がるほど君は死地に近づくわけだが」

 

 ヘスティアの言葉に反論の余地はなかった。事実そうだからだ。ヘスティアの言う通りランクアップすれば今以上に深く潜ることができる。それはつまり更なるリスクを背負うことになる。それではさっき挙げた『生きるため』という考えとは矛盾する。

 

「もうわかったろう?君には無いんだ、明確な目的が。金が欲しいとか名誉が欲しいとか英雄になりたいとかそういうのが」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と受け取るよ。君の成長が遅ければゆっくり学んでいくといいって言えたよ?でも君の成長は恐ろしく早い。それこそ学ぶ時間がないほどに。何かしらの精神的な支えが、目的がなければいつの日かボクの力(神の恩恵)が君を殺す日が来る。……それだけは嫌なんだ」

 

「……すまんヘスティア。少しホームを空ける」

 

「うん存分に悩んでくれ。君には時間も可能性もいっぱいあるんだから」

 

 その言葉を聞いた俺は人生初の家出をした。

 





「神様……」

 少ししてから入ってきたベルくんの顔はひどく心配そうだった。色々と申し訳ないしこんな時に笑うことしかできない自分に腹が立つ。

「なんだいって聞くのはあんまりな答えだね。うんわかるよマナくんのことだね」

「はい…」

 というかそれ以外にベルくんがこんな反応をさせる相手がいないしね。ベルくんにとっても彼はひどく重要な相手になのだから。

「ベルくんから見て今日のマナくんはどう写ったんだい」

「なんか……少しだけ怖かったです」

「うん、そうだね。今の(マナ・キャンベル)……いや、(マエザワ・直哉)はひどく危うい。それこそ自分の命が計算に入っていないほどに。これは一重にあのスキルの所為なんだろうけどね」

「スキル?」

「うん。でもこれは彼の口から言う必要があるものだ」

 多分だけど、彼は今日この日ボクが隠蔽したスキルに気づいた。そしてそれを何度も利用したからあんな目をしてたんだと思う。こんなこと言うのもなんだがあのスキルを使うこと自体は悪いことじゃあない。あれもまた彼の『力』なのだから。

「悩め。存分に悩むんだ。君たちはボクら不変である神々とは違っていくらでも変われる。悩んで転んで迷子になって――――そしてその果てに気づけばいいんだ」

 1人欠けたファミリアにボクの声が響く。危うくも優しい彼がどうなるのかはボクにもわからない。願わくば今日の会話が彼にとって実りあるものでありますように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢



思い切って書いてみましたが、続き書くのが難しくなりました。

後、しばらく更新速度が遅れます。と言っても2日に一回だったのが、3日或いは4日に一回のペースになるだけなので安心してください。では、よろしくお願いします。

サブタイトル変更しました


 

 あの後、衝動的にヘスティア・ファミリアのホームを出たわけですが、今残ってるのは羞恥心のみですよ。神々が子供のことを見透かしてくるのは知っていた。でも、ヘスティアでさえああも見透かしてくるとは思わなかった。

 

「これだから神々は嫌いなんだ……」

 

 ブツブツと半ば負け惜しみじみた発言をする俺に対して更に自己嫌悪を募らせる。一体全体何がダメなのかがわかんない。それでも考えろ。ヘスティアは何であそこまで怒った?傷ついて欲しくないとは言うが、冒険者なんて傷ついてなんぼな職業でしょうに。『目的』って何だ?それが無ければ強くなることも許されないのか?

 

 無理解が頭を支配する。疲れもあって頭の中が纏まらず思考が定まらない。苛つきが止まらない。頭を強く掻きむしる。ここまでの子供じみた行動を行なっていたことに我ながら何してんだろうと思うと意外と気持ちが沈んで熱を持った頭が冷えていき落ち着けた。

 

「無計画に飛び出すもんじゃあねぇな……」

 

 周りを見渡して、今更だけど日が沈んで辺りが暗くなり始めていることに気づいた。マジで今日寝泊まりするところどうしよう……。向こうじゃできるとこが少なかったけど宿屋って予約なしに泊まることって出来るのかなぁ。指で頭を叩いていると。

 

「ん?」

 

 奥の方から声が聞こえた。声的に少し焦っていることから絡まれてるのでないかと考えられる。

 

 多分、20日前の俺だったら気づくかことができなかったろうが、神の恩恵で強化された五感は容易く遠くの声を拾えた。興味は微塵もわかなかったが、心機一転の意味を込めて取り敢えず向かってみることにした。すると案の定。

 

「やめてちょうだい……」

 

「別に強要してるわけじゃねぇだろ?」

 

 女性の老人が少なくない数の冒険者に絡まれていた。……たまーにいるよな、ああいう冒険者。頼むから俺たちの品性まで疑われるからやめて欲しい。ま、何にせよ俺には関係ないことだな。その場を去ろうとすると婦人の声から焦りが見え始めた。……あんま良くはないんだろうけどさ。

 

 はぁ、とため息を吐きながら虚空から壊れた【青布の胴布】を取り出して青布部分をぐるぐると顔に巻くことで顔を隠し、冒険者の前に俺は躍り出た。

 

「あ?何だお前?」

 

 俺に気づいたのか。冒険者の頭らしき人間がこちらを見てくる。婦人もこちらを見てくる。怖いのはわかるが、見ている余裕があんなら今のうちに離れて欲しい。そんな事を思っている間に俺の後ろに数人ほど囲う。

 

 まあ、今は状況把握だな。えっと、敵さんが伏兵なしなら計4人ほど。3メートル前方に直剣装備のヒューマン、11時の方向にナイフ装備の狼人?犬人?で、6時の方向にナイフを持ったヒューマン、9時の方向に槍持ちの女、1時の方向にグローブ装備の小人族ね。

 

「くだらねぇ正義感に突き動かされたなら痛い目を「はい、1」ゴガッ」

 

 正面の相手に目掛けて長めのジャブを放って一時的に意識を奪う。突然の事態に全員固まったな。よしじゃあ次は。

 

「2」

 

 突然の事態に対処しきれてない11時方向にいるナイフ使いに加減ありの状態で放てる最大威力の蹴りを側頭部に叩き込み悲鳴も上げさせず意識を仕留める。うん、いい流れだ。

 

「て、テメェ!」

 

 お、ようやく動き出したな。1人だけっぽいけど。まあ、やることは変わらない。その場で脱力し、倒れ込む寸前で踵から踏み込むことで爆発的な推進力が発生。動いた槍使いの女と間合いを詰めると驚愕し、固まっているのがわかる。ま、こうなりゃ槍のアドバンテージも無いから振れんわな。で、アッパーが炸裂。うん、白眼確認ヨシ。

 

「3」

 

 念には念をと体勢を切り替えつつ体の回転を利用しながら膝をつき目覚めそうな正面にいた直剣使いのこめかみに手加減アリのフルスイングを叩き込んで今度こそ完全に眠らせる。で、最後は

 

「お前だけだな」

 

「ヒィッ!」

 

 お、完全にビビってるな。狙い通りとはいえ少し傷つくぞ?一応、婦人を襲われることが最大の懸念点だったけど問題なかったな。……まあ、そん時は手加減が消えただけなんだけどね。

 

「ま、待ってくれ!アンタの関係者だなんて知らなかったんだ!」

 

「ん?いや、この婦人とは初対面だぞ?」

 

「は、はぁ!?なら何でオイラ達を!」

 

「何でって……敢えて言うなら目に入ったから?」

 

 絶句する小人族の男。実際、俺の言葉に嘘はない。隣にいる婆さんのことは見捨てようとしたし、助けた理由も正義感に駆られたとかじゃなくて憂さ晴らしに近かった。まあ、我ながら何とも理不尽で情けない理由だな。

 

 それに少し前の俺だったら人殴るのも抵抗感があったのに今では問題なく殴れるあたりオラリオ色に染まってきたよなぁ。まあ、それはさておき。

 

「4」

 

 逃げようとしていた小人族の後ろに回り込んでチョークスリーパーをかけて首を圧迫。すると10秒もしないうちに泡を拭いて倒れた。ヨシ全滅だな。

 

「ご婦人、大丈夫ですか?」

 

 呆然とする婆さんに安心させるように微笑みを浮かべながら俺は話しかけた。

 

 

「ほらもっとお食べ。まだまだ若いんだから我慢は良くないわ」

 

「婆さんの言う通りだ。ほら皿出せ、盛ってやるから」

 

「ハハ……ご丁寧にどうも…」

 

 決して広いとは言えないが、下が花屋で出来ている二階建ての家で過ごす老夫婦と共に食事をする俺。我ながら意味の分からん状況だが、何でこうなったのか説明するには1時間くらい前に遡る必要がある。

 

 あの後、婆さんと一緒に近くの駐屯所らしき場所で陣取ってたガネーシャ・ファミリアの1人に襲われた事を報告。俺が説明した時は相手側に半信半疑念だったが、一般人の協力もあり無事説得完了。念ためにと現場に向かって気絶した連中を確保した。で、その後に宿屋でも探そうとしたら折角だし泊まって行けと言われて今に至る。

 

 初めこそ爺さんに警戒されていたが婆さんの説明のおかげで感謝されながら招かれた。因みになんでも花屋を営んでいるらしい。……なんというか可もなく不可もなくと言った普通の温かい家庭ってやつだな。

 

「にしても本当に強かったのよこの子」

 

「へぇ、そうなのかい。にしてはあんまり見た事ない子なんだが……」

 

「最近になってここに来たんです」

 

「ほぉ、そうかい。戦い方は誰から習ったんだい?」

 

「我流です」

 

 そう言うと爺さんも婆さんと感心したように頷いていた。……ああ、嫌だ嫌だ。また胸が痛くなる。頭の中で記憶が蘇る。老夫婦の優しさが今後歩むであろう人生全体の内の4分の1をお世話になった爺ちゃんと婆ちゃんを、父さんと母さんと妹と同じくらいの大切な人を思い出させる。やめろやめろこんなこと考えるなメシが不味くなる。思考を切り替えろ。

 

 ……そうだ俺の体について考えよう。ミノタウロスと戦って2、3回死んだ後からなんだが、いやに体が冴えている(・・・・・・・)

 

 例えばホームに帰って歯を磨いたときも歯ブラシ越しに歯の形がわかったり、服の繊維が肌越しで一つ一つ感じ取れたり、歩く時ですら足の小指から細かい筋肉、アキレス腱、ふくらはぎに膝、ふととももに至るまで踏み込むたびに筋肉の動き方が鮮明にわかるのだ。

 

 単純に言ってしまえばめちゃくちゃ体が敏感になってるというか、相手の動きも視線や腰の緊張感とかで見抜けたあたり認識能力が極限まで高まっているような感じがする。現に今持ってるスープをスプーンで掬うたびにスープの動きが感じられる。

 

 ……うん、強くなれるのは全然ウェルカムだけど明瞭すぎてちょっと気持ち悪いな。

 

「そう言えばどうしてあんなところにいたんだい?」

 

 ある程度気持ちが落ち着いてきたころに婆さんが俺に心配するように聞いてきた。

 

「まぁ、恥ずかしい話なんですがね。主神様と喧嘩してしまったんですわ。言い返せないくらい向こうが正しい事を知って我慢できなくなって、それで……」

 

 言葉にしてみればしてみるほど自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてくる。これじゃあ、不貞腐れて家から逃げ出したガキもいいところだ。俺もう20代なのに……。口から乾いた笑い声しか出ない。

 

 俺の様子にあまり深く聞くもんじゃないと判断したのかそれ以上は踏み込んではこなかった。招いてもらっている身でありながら気を使わせている事実に申し訳ないが今はその優しさが有り難かった。

 

 あの後はこれと言った会話もなく―――何か話そうとしたがコミュ障な俺には無理でした―――食べ終わっり洗い物を済まて風呂に入った。寝る時にベッド使うか?とか聞かれたが流石にそこまで世話になるわけにもいかないため、床で眠ることにした。今日は絶対に悪夢見るな、と嫌なことがあったためそんな事を確信しつつ俺は目を閉じるとしばらくして眠りについた。

 

 

 目を開ける。眠っていたはずなのに俺はいつのまにか椅子に座っていた。体が動かない。不快に思いつつも周りを見渡す。そして暗かったはずの周りが明るいことに気がつく。

 

『疲れているようだけど、大丈夫?』

 

 女の声が聞こえてくる。声のした方に目を向けるとそこには妹がいた。ああ、思い出した。そうだ、今日は久しぶりに実家に帰ったんだった。

 

『ああ、平気だぞ』

 

 こう言った後に名前を言おうとして――――言葉が出なかった。あれ?どうしてだ?どうして名前が思い出せない。妹の名前だぞ?それも10年以上共に過ごしてきた。なのに何で。

 

『ただいまーって、あれ?直哉帰ってきてたの?』

 

『ああ、本当だ。連絡くれれば一緒にメシでも行ったのに』

 

 後ろから扉が開く音と聞き慣れた2つの声が聞こえてくる。父さんと母さんの声だ。そう気づいて振り返り――――愕然とした。顔がないのだ。まるで大きなスプーンでくり抜かれ、抉られたように。それはクトゥルフ神話に出てくるニャルラトホテプのような無貌によく似ていた。

 

 違う、違う、違う違う違う違う違う違う!そんな顔じゃ無い!父さんと母さんの顔は………なんで?何で思い出せない!?

 

 これは夢だ!悪夢の類だ!

 不出来な俺にあれほど手を貸してくれた人達を俺が忘れるわけない!!

 俺はそんなんじゃない!俺はそんなんじゃない!俺がそんなのであってたまるか!

 覚めろ!覚めろ覚めろ覚めろ!!頼むから目よ覚めてくれ!

 

 必死になって目を覚ますように体に訴えかける。すると椅子をすり抜けて体が水底に沈んでいくような感覚に襲われる。水の中にいるように息ができない。溺れるような感覚を味わいながら体が浮上していき、そして。

 

 

「――――ッッ!!!!」

 

 意識が浮上する。布団をはね飛ばし、上体を引き起こそうとして――――失敗する。体が思うように動かず倒れ込んだこと、胸が高鳴り胸が高鳴っていること、額に流れる汗と急速に巡る血液。それら全てが不快感を増長させる。這う這うの体になりながら水場に向かい水を飲む。少しずつだが落ち着いてきた。

 

「クソが……」

 

 悪態が漏れてしまうレベルの不快な夢を見せられた俺は過去類をみないレベルで不愉快になっていた。すると誰かの気配を感じた。虚空からいつでも武器を取り出せるようにセットしつつ目線を向けると心配そうにこっちを見つめる老夫婦がいた。

 

 ……うん、なるほどね。大体わかったわ。多分だけど気持ちよく寝てたらいきなり下の方で小さく無い物音が発生した。その音に何事かと思って恐る恐る見てみれば明らかに尋常じゃあない俺がいたと。時計に目を向ける。時刻は午前の3時半、明らかに寝ていた人が起きる時間じゃないし、二度寝するにしても起きるのに苦労する時間だな。そこまで考えが至った俺は

 

「本っっっ当にすいませんでした!」

 

 速攻で土下座した。え?オラリオに来て初めてした土下座の感想?最高に申し訳なかったです。

 

〜1時間後〜

 

「すいませんお世話になりました」

 

 あれからだいぶ心配された上にドタバタしながらも荷物をまとめて外に出た。これ以上お世話になるわけにもいかないってのもあったが、それ以上にあんなことしておいて居座れるほど俺の面の皮は厚く無いし、なれなかった。

 

「また来ていいのよ?」

 

「そうだな。困ったらいつでもよるといい」

 

 うーん、この。老夫婦の優しさが俺のハートを掻き乱す。ここまでして貰った上に心配して貰えるとか心底嬉しいよ。まあ、それはさておきだ。

 

「私に何か聞きたいことでもありますか?」

 

 そう聞くと驚いたように老夫婦が目を見開いていた。驚いてるけど、昨日から俺越しに誰かを見ているのは丸わかりだったからね?すると婆さんの方からポツリポツリと話し始めた。

 

 何でもかなり前に俺よりも幼かったが冒険者を拾って世話をしたことがあったらしい。けど、その冒険者の関係者に店を荒らされて老夫婦は大激怒。拾った冒険者は何も悪く無いことは知ってたが責めなければやってられず『お前なんか拾うんじゃなかった』的なこと言ってしまいそれっきりらしい。

 

 老夫婦、花屋、幼い、冒険者。これら4つのワードが俺の灰色の頭の中を駆け巡りある答えに辿り着く。……うん。何だろうか、すっごい聞き覚えのあるストーリーなんだけど。これ多分だけど冒険者ってアイツだよね?

 

「その冒険者の名前は?」

 

「リリルカ・アーデと名乗っていました…」

 

 ですよねー!何でこう俺は先んじて原作キャラと関わるんですかねぇ!?思わずそう叫びたくなるが相手からしたら意味わかんない上に騒がしいだけだろうから必死に抑えた。で?リリについてだったよね。

 

「成程、リリルカですね……。それで?どうしたいのですか?」

 

「あの子に会ったら儂らに教えて欲しいんだ。そして伝えたいんだ。申し訳なかった、と」

 

 んー、そっかー。でも俺なんぞに頼まずとも半年以内に確実に会って話ができるから気長に待てばいいと思うよ?でもなぁ、こんだけお世話になっておいて無碍に扱うのもなぁ。うーん。……まぁいっか。

 

「わかりました。会えたら伝えておきます」

 

「重ね重ね申し訳ない……」

 

 頭を深々と下げる老夫婦を見て軽く手を振りながらその場を後にした。……5分程度歩いてから、何を目的に動いてるのか聞いときゃよかったと思ったのは割愛させてもらう。





主人公、SAN値チェックです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

他問自答


遅れました


 

 あれから色々と考えていたのだが、やはりヘスティアの言っていることが理解できなかった。それでも兎に角何もせず惰性のまま過ごすよりもダンジョンにでも行こうと思ったのだが、流石に朝の4時からギルドはやってない上にこんだけ注意力が散漫ではダンジョンで確実にしくじることが目に見えていたため素直に諦めた。

 

「はてさて、どうしたもんかなぁ……」

 

 座り込んで頭を掻きながらぼやく俺。さっきも思ってたけどヘスティアは何を思って俺のランクアップを先延ばしにしたんだ?考えられるのは嫌がらせとか陳腐なものばかりでどれもヘスティアという存在からは決して当てはまらないものばかり。

 

 こうなったらレベル無視して中層に突っ込むか?そんな考えが頭をよぎる。正直な話不可能では断じてない。こちとら不死身だから安全マージンを無視すれば何度だって挑むことができる。それに戦い方は相手の記憶には残らない以上は対策されないし、こっちの記憶は残るから俺は相手の対策がいくらでもできる。そんな相手からすればとんでも無いチートを持ってるのだから。

 

 ……いや、やっぱりこの考えは無しで。仮にゾンビアタックの要領でトライアンドエラーを繰り返していけばミノタウロスを討伐した時のようにいつかは十八階層とかに辿り着けるだろう。だが、現状でのステイタスはそろそろ頭打ちになりつつあるため成長量はかつてほどではないだろう。それにそれをやったら今度はステイタスの更新すらやってもらえなくなる可能性がある。故にこれは本当の最終手段だな。

 

 しかし参った。惰性に溺れながら過ごす事ははっきり言って好きだ。時間を無駄にしてる感覚がすごくたまらないから。でも、悩み抱えてる状況での惰性ほどキツイもんは中々無い。時間が嫌に長く感じる。うーん、そうだなぁ。……ああ、そうだ。

 

「酒でも飲むか」

 

 アルコールに溺れよう。

 

 我ながらダメ人間の見本市のような発想だ。はっきり言ってこんな朝っぱらから酒盛りなんぞめちゃくちゃ嫌だ。でも案外こういう時こそ現実逃避して見れば見えない景色も見えるもんだろうさ。正直な話、アルコールには強いけど酒は得意ではない。けどそれは炭酸が苦手なだけでワインとか日本酒とかだったらまぁ、きっと、多分いける。それに幸い金はたんまりあるしね。

 

「いざ行かん、酒屋へ」

 

 俺が朝っぱらから酒盛りするなんて昔の俺が見たらなんて言うかなぁ、なんて思いながら酒屋へ向かって行った。

 

 

「品揃えいいな……」

 

 店入った第一声はこれだった。朝一番に来たこともあってか品揃えがめちゃくちゃいい。エールとかビールとかの類もあるが日本酒(後から聞いたがここ(この世界)では極東酒というらしい)やワイン、梅酒などバリエーションもかなりのものだった。

 

「さて、何飲もうか」

 

 前にも言ったが俺は酒に強くてもあまり酒を嗜むことがない。周りにも勿体無いとか言われるがよっぽど疲れた時とか親戚の集まりや友人との飲み会の時、腹が立った(殺意に目覚めた)レベルでストレス溜めた時ぐらいにしか飲まないし、飲む気が湧かない。だからいざ酒屋に行って酒の種類並べられても何が美味いのか全くわからんのだ。

 

 取り敢えず、炭酸無理だからエールとビールは論外として普段飲んでる果実酒と梅酒とか?ああ、でも飲む機会の少ないウィスキーと焼酎あたりもありだな。うーん、久々に飲む以上は美味いの飲みたいし悩まされるなぁ。えっと俺の手持ちが今50,000ヴァリスだから正直この店にある酒は大体手が届くのよね。

 

 自身の稼ぎの良さに少し感謝していると『ソーマ』と書かれた酒が目に入る。……マジか、ソーマってあれだよな?今日の朝の老夫婦との会話に出てきたリリが所属してる【ソーマ・ファミリア】の主神ソーマが直々に作成した酒の失敗作(・・・)だったよな?ダンまちの世界にいる以上はいつか見ることができると思ってたけどまさか現物を拝めるとは。

 

 えーっと、値段は。……うっわ、40,000越えとか人生舐めてるだろ。しかも量も目測で大体、400mlのペットボトルくらいの大きさしかねぇし。他のは一升瓶サイズで1,000ヴァリス超えるくらいなのに。

 

「店主さん。これって本物?」

 

 店主を呼び出して本物かどうか問い詰める。俺は冒険者やっててベルとは違いやたら悪漢と出会す機会に恵まれてるからか戦闘面だけで無くある程度の会話での『技と駆け引き』を学んでいる。だから少しくらいは嘘を見抜くこともできなくはない。流石に贋作に40,000払うのは嫌だしね。

 

「おお、お目が高い!そうなんですよー、先週から仕入れたものなんですよー」

 

 店主らしき人がこれぞ愛想笑いといった笑みを浮かべながら本物であると告げる。……うん、胡散臭いけど嘘は言ってないな。

 

 んー、でも悩ましいところだ。値段と量的に全く釣り合ってない。だけど原作では酒好きで知られてるロキは兎も角としてハーフとは言え酒を飲むこと自体が少ないであろうエルフであるエイナですら絶賛していた。それにソーマはこの世界にしか存在しない超激レアな代物ときた。さてと、どうしますかねぇ。

 

 口に手を当て、考える素振りを見せる俺の判断はいかに!

 

〜10分後〜

 

「ありがとうございましたー」

 

 やれやれ、400mlのペットボトルの飲料水と同等の量しか含まれていない酒に40,000ヴァリス以上?haha!ご冗談を。あれ買うのって金に余裕のある富豪か、それとも余程のバカのどちらかだろうな。そんな奴が一体どこにいるってんだよ全く………。

 

 

 

 俺だ

 

 

 

 ……我ながら自分の行動に何やってんだとしか思えない。あの後、10分くらい悩んだんだけど欲望には勝てなかったよ……。この場合は余裕のある富豪とバカどっちに当てはまるんだろう……。後者かな?そうじゃ無いといいなぁ。

 

 あ、因みにだけど謝罪金には手をつけてないよ?これはロキ・ファミリアからヘスティア・ファミリアに対しての謝罪金であって俺個人に対してのじゃないからね。ちゃんと自分の手持ちで払いましたとも。大枚叩いたという後悔とか色々あるけど酒自体にあんま期待はしていない。

 

 だって、酒一本しかも通常の4分の1の大きさしかないんだよ?これに通常の酒の40倍の美味さが詰まってると思いますか?ビスケット・オ○バだって世界一うまいワインを飲んでせいぜい美味さは数倍とか言ってたんだ、絶対にない。あったら酒好き共が犯罪犯すのが目に見えてる。というか飛び抜けて美味いと思うほど俺は単純ではないし期待するつもりもない。

 

 だか、美味くないはずもない。

 

 一応、原作でも飲んだエイナや飲まずとも香りの面ではあの酒を飲んだことのなさそうなハイエルフとかいう高等種族のリヴェリアですら誉めていたのだ。しかも値段は俺の日に稼ぐ金額の2倍以上である。

 

 え?不味かったら?……取り敢えずは酒屋に向かって魔法をブッパした後に二度と商売やってけないように仕向けますね、死に戻り使ってでも。こっちの40,000って日本円で大体12、3万円くらいだよ?それくらいして当然。

 

 で、どうする?このままそこらで飲むか?いやでもそれはあんまりにも値段に釣り合ってないし、かと言って1人で飲むのもなぁ。

 

「あれぇ!?ソーマ仕入れてたんとちゃうん!?」

 

 飲み方について模索していると後ろから関西弁が聞こえてきた。従兄弟が大阪に住んでいたから聞く機会もあって割と懐かしく感じる。まさかオラリオで聞けるとはと思いながら振り返ると。【ロキ・ファミリア】の主神であるロキが店主に問い詰めていた。

 

「申し訳ありません、ロキ様。ソーマを仕入れたと言っても今回はお試しということもあって数が少なく先程売り切れてしまいまして……」

 

「えー!そんなの嫌や!ウチがあっちこっちで探し回ってよーやっとここにあるって聞きつけたのにー!」

 

 店先で騒ぐロキを見て思ったことは一つ。店主、クソ哀れ。

 

 俺も飲食店でバイトしてた時期があってクレーマーの対応に追われたこともあったからよく分かる。ああいうのが1番めんどくさいことを。頼むから無いもんは無いで納得してくれと何度思ったことか。おーっと、駄々こね始めたぞう。いいのか女神がそれで。しかもここ路上だぞ?

 

 あ、店主と目が合った。あからさまに助けてくれと目が訴えかけてくるけどどうしたものか。うーむ、助けてもなんの得もない。寧ろ、最後のソーマを買ったのが俺である以上面倒ごとが起きるのが目に見えている。でもなぁ、一応貸し借りなしとは言えロキのとこにはお世話になったし、見捨てるってのもなぁ。

 

「……ハァ」

 

 俺の口から口から面倒くさそうにため息が漏れでる。めちゃくちゃ話しかけたく無いけど。話してはみよう。それに1人で飲むのもなんだしって思ってたから丁度いいか。

 

「あのー女神様?」

 

「あ?」

 

 取り敢えずは腰を低くして声をかける。……おいおいコイツマジで女神?ヘスティアもぐうたらしてたけどまだ気品があったよ?そんな考えが浮かんできたが必死に抑えつつ本題に切り掛かった。

 

「良ければですけど、一緒に飲みません?ソーマ」

 

 そう言いながら袋からソーマを取り出すとロキはキョトンとした顔をした。次の瞬間、めちゃくちゃ嬉しそうに破顔しながら「呑むー!」と叫んでソーマを持った俺の手を包み込んだ。

 

 

「いやー、自分めっちゃええ奴やなぁ!」

 

「いえいえ、1人で飲むのも退屈だと思ってたところ見る目麗しい女神と酒を飲めるのですから寧ろこちらこそ礼を言いたいですよ」

 

「そないに誉めても何も出ないで〜」

 

 いやんいやんと体をくねらせながら照れくさそうに言うロキに苦笑いしつつも2つのおちょこ―――店主から感謝されながらもらった―――にソーマを並々と注ぎ込む。……驚いた本当に鼻に巡る香りが今まで飲んできたどの酒よりもいい。……うん、匂いは良し。で、問題は味だよな。原作を知ってるからソーマ・ファミリアの連中のあの薬中みたいな様を見てる身としては少し不安だ。二つのおちょこのうち一つをロキに渡す。

 

「「乾杯」」

 

 溢れないようおちょこを気をつけながらおちょこを当て、一口で飲む。

 

 そしてあまりの美味さに驚愕した。

 

「かー!相変わらず美味いわー!」

 

「これはまた……」

 

 いや、これはすごい。これは40,000の価値があるわ。感動のあまり咄嗟に口から美味いの言葉が出てこなかったもん。美味くて感動してるのもあるけどそれ以上に俺の体にも大いに原因がある。

 

 それは、スキルの影響からなのかそれとも純粋にこっちに来た弊害なのか分からないがどういう訳か俺の体は欲が薄くなってたのだ。

 

 元々、俺自身あれも欲しいこれも欲しいという事はなくとも人並みかそれ以下の欲はあるし、人間である以上三代欲求もしっかりと存在していた。

 

 しかし、今ではそれら全てが嫌に薄い。その上、欲も満たされにくくなっていた。食べ物を食べても美味いと思いにくくなって腹がいっぱいになった時の満足感が無く、寝て起きた時のスッキリとした感覚がないなど割と大変だったし混乱もした。

 

 しかしソーマを飲んだ瞬間、久々に満足感が生まれていた。これは本当に驚いた。しかもこれで失敗作というのだから信じられない。そりゃ本物飲んだ連中も薬中みたいになる訳だよと1人納得しつつ余韻を味わっていた。

 

「で?何が聞きたいん?」

 

「ん?と言いますと?」

 

「すっとボケんなや。ウチがソーマ探したとったタイミングでソーマ持って現れるなんてタイミング良すぎやろ」

 

 ああ、そういう事ね。ロキの言いたいことがわかったわ。多分、俺が打算的にロキより前にソーマを買い取っておいて、その後にソーマを買えなくて駄々こねてるロキに対してソーマ持って近づくことで会談にこじつけたと。……なんか俺随分と打算的な人間だと思われてね?だとしたら本気で心外なんだし、知ってて引き入れたロキもアホなのでは?んー、まあ話も合わせやすいしそれでいいか。

 

「そう思うなら何故、俺を自分のホームの個室に引き入れたのですか(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「んなもん、酒飲んで腹割って話すんやさかい、家で飲むのが当たり前やろ」

 

 うーん、この。微塵も警戒してないあたりマジで俺のこと脅威と思って無いなこれ。まあ、流石に窓側から2人、ドア越しに1人の気配を感じるあたり無防備ってわけじゃあなさそうだな。

 

「あと」

 

「ん?」

 

「自分が昔のアイズたんに似とったからやなぁ」

 

 ……おおっと、これはまた意外な評価。

 

「かの【剣姫】と似ているとは嬉しいですね」

 

「可愛さならダントツにアイズたんが上やで?当たり前やけども。……ウチが言わんでも自覚しとるやろ、自分も」

 

 ええ、自覚してますとも老夫婦の洗面台の鏡と睨めっこしたその時から。……いや、下手したらヘスティアに指摘されたその瞬間から自覚はしていても気づかないふりをしてたのかもしれないな。

 

「危うすぎる、下手したら昔のアイズたん以上に」

 

 俺の沈黙を肯定と受け取ったのかロキはあえて口に出して答えてくる。……ヘスティアと言いロキと言いどいつもこいつも気づいてるから言わんでもいいのに。神ってのはデリカシーが無くていけない。……まあそれでも口にしてみなきゃわかんないのも事実か。軽くため息を吐いて相談する事を決意して話し始めた。

 

「ロキ様。俺は――――」

 

 そこから一通り今に至るまでの過程を話した。悩んでること、目的を見出せないこと、主神の言葉が理解しきれないこと、そんな自分に苛立ちを覚えていることを。酒もあってすらすると出てきた。真剣な顔しているあたり、本気で聞いてくれてるのがわかる。

 

 そんな事を思っている間に言いたい事全てを言い終えた。ロキはおちょこを持つのをやめて口に手を当ててた。正直、めちゃくちゃ気になる。ヘスティアがランクアップを見送ってまでしたことの真意を今ロキの口から聞けるのだから。

 

「わからん」

 

 しかし、口から出てきた言葉はその一言だけだった。

 

「は?」

 

 思わず外行きの敬語を崩すレベルで驚愕する。……え?それだけ?あんだけばかすか酒飲んだせいでもしかしてロクな思考も回すことができなくなった?ドン引きしていると俺の様子に気づいたのか「ちゃうちゃう」と言って手を横に振りながら

 

「自分が何でそこまでしち面倒くさく考えとるのがわからん、って言いたいんよ」

 

 そう言ってきた。……すまん答え求めておいてあれなんだが、ロキの言いたいことが全くわからん。もう少し、詳しく説明してくれないか?首を傾げている俺を見てロキは軽くため息を吐くとおちょこに入ったソーマを飲む。

 

「あんなぁ。目的ってのは別に無くても生きていけるんよ」

 

 そしてヘスティアの言葉を全面的に否定し始めた。……えっと、どういう事?つまりヘスティアは嘘ついてたって事?それとも目の前の無乳(ロキ)が適当なこと言ってだけなの?どっち?個人的には付き合いが長いからヘスティアの言葉を信じたいけど。

 

「あの?どういうことですか?」

 

 首をフクロウのように傾げながら聞く俺を見て「言葉足らずやな」というと引き続き説明し始めた。

 

「要はな?破滅する奴はするししない奴はしない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。そこに目的が有ろうが無かろうがな。多分やけど自分とこの主神って別に自分に対して目的探させるために外出すの許可したわけやないんじゃないの?」

 

「ええ……」

 

 そんなのありぃ?いやまぁ確かに目的なんて一朝一夕で思いつくもんじゃ無くて人生かけて探す奴もいるくらいだしね。あん時言った『生きるため』も死にながら戦ってる俺が言うには矛盾しすぎてたから無しだろう。それじゃあ、一体

 

「何を気づかせたがってるのですか」

 

「それは自分で考えた方が良え。そこをウチが指摘して、仮に知れてたとしても本当の意味では知れなくなるで(・・・・・・・・・)?」

 

 矛盾した事を嫌に断言するじゃないの。となると振り出しだな。いやでも目的じゃ無いことを知れたことは一歩進んだって認識できるのか?

 

「しかし、自分ほんまに主神に恵まれたなぁ。中々無いでそこまでつき添える神は」

 

「はは……ありがとうございます」

 

「ホンマやなぁ。……さ、今日はもう帰りや」

 

「ありがとうございました。ああ、ソーマはそのまま持っていってください」

 

「お、あんがとさん。最後にウチからアドバイスや。頑張りぃ、そして楽しみな人生を心ゆくまで」

 

 取り敢えずはここまでにしてあとで思考を纏めるか。手元にあったおちょこを架空に仕舞い込んで席を立つ。酒に関しても十分味わい尽くしたからロキに譲った。なんやかんや曖昧な答えになったけど相談に乗ってくれたし、最後の最後で女神らしい一面も見ることができたから無駄ではなかった。

 

 ロキに一度頭を下げて礼を言うとその場を後にした。






少し雑かなぁって思いながらの投稿でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな出会い


書きたいことが書けなないジレンマに駆られながら久々の投稿です。


 

 

 あれから何もせずオラリオを見て回った。久々だったここまで時間を無意味に消費し続けるのは。そしめ初めて知った。本当の意味で何もしないで時間のみが無意味に消えていくことがどれほど虚しいのかを。

 

「はぁ……」

 

 なーーんもわかんね。

 

 ヘスティアから問われて、挙句都市最大派閥の主神であるロキからヒントを得てなお何も、だ。多分、ロキの言葉からヘスティアは俺に目的を見つけさせるためにホームから抜け出したことを見過ごしたんじゃあ無いと思う。もしくはそうだけどそれだけじゃあないのか。実際、俺の生き方に目的が無い事を指摘してはいても目的を得る必要性は言ってはいたが、見つけるように強要はしてなかった。

 

 じゃあ、何を言いたかったんだあの二柱は。なんのために俺に悩むことを強いているのだ。

 

「『なんたる惰弱…なんたる脆弱…』ってか?模範解答のない問題ほど面倒くさいのはないな」

 

 ハハ、と口から渇いた笑みを漏らしつつ思わず言い訳がましいつぶやきも溢れる。酒に頼って、他人を頼って、他神を頼って、頼って頼って頼りまくって。そんなに手を借りて挙げ句の果てにこの様だ。

 

 ただでさえ20過ぎておきながら自分探ししてる段階で笑い話なのにここまで色んなもんに頼っておいて答え一つ見出せないんじゃあ笑い話にもなりゃしない。失笑ものいいとこである。すると街からいい匂いがし始めていた。

 

「ん?……ああ、もうそんな時間か」

 

 目線を空に向けると日が頂点あたりに位置していた。ロキのところで酒盛りしていた時から換算すると思ったよりも時間を食ってたのな俺。体の都合がスキルの都合なのか知らないけど腹は減らないし今日はいいか。上に向けてた目線を前に向けて曲がり角を曲がろうとしたら、曲がり角から誰かが現れた。以前の俺だったらぶつかってたろうが今の俺は体だけなら絶好調。問題なく避けられた。

 

「お?悪ぃな……って」

 

「こ、こちらこそすいません……って」

 

 するとそこにはよく知った顔、というか同じファミリアに所属しているベルがいた。

 

「マナ……」

 

 ああ、もうさぁ。こんだけ広いオラリオで出会すなんてどんな確率だよ。て言うかその顔止めろベル。ただでさえ気まずいってのに場の空気が悪くなる。内心そんなことを考えながら目線を逸らして後頭部を掻きむしってその場を後にしようとする。が、

 

「ま、待って!」

 

 どう言うわけかベルに引き留められた。なんかようかと口にせずとも察するようにわざと顰めっ面をしながら振り返る。すると、「うっ」っとしかし呻きながら一歩下がる。これでよし。そう思いながらもう一度その場から離れようとすると今度は腕を掴まれて引き留められる。

 

「……どうしたベル。珍しく頑固じゃないか」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

「で?俺を引き留めたんだ。なんのようなんだ?」

 

「えっと……そ、そうだ!一緒に昼ごはんでも「断る。飯はもう済ましてる」じゃ、じゃあ、えっと……」

 

 俺がベルの言葉を遮って断るとめちゃくちゃオドオドしながら俺を引き留める理由を考えていた。……なんでヘスティアといいベルといい、お人好し共は人1人放って置いてくれないのかなぁ。ハァっというここ最近で何度も漏れ出てくるため息が口から漏れる。

 

「小腹が空いた」

 

「え?」

 

「小腹が空いた。……その程度を満たすくらいだったらいいぞ」

 

 俺の言葉にベルはキョトンとする。そして意味を理解するとすぐに顔を明るくしながら「うん!」といいながら俺の隣に立った。こいつの性別が女だったら少しはときめけたのになぁ。なんて思いながら数ある飲食店に足を運んだ。

 

 

 ヘスティアやベルや俺は普段であれば飲食店に足を運ばない。それは純粋に金がもったいないというところもあるがそれ以上にヘスティアの「ご飯ってみんなで食べると美味しいよね!」という子供じみた微笑ましい持論にあった。故に、

 

「たまにはこうして料理専門の連中の作った食うのも悪くねぇな」

 

 テーブル席でベルと向かい合いながらそう言ってしまうこともあるのだ。この店を見つけたのは割と偶然だった。店先にある注文表に書いてある値段も手軽で種族問わずに出入りが見られたことあり、お試しにと入ってみた。ベルのほうを見る。あからさまにキョロキョロしてるし慣れてないのか?ま、安心させることくらいはしておくか。

 

「ベル、そんな固くなるな。別にこの店は誰でも来れる金のかかってない店だからな」

 

「マナ……。それっていつも通りの声で言わない方が良かったんじゃ……」

 

「あ」

 

「お待たせしました」

 

 やっちまったと思った矢先に顔をひくつかせた店員が注文していた料理を届けにきた。……うん、まあなんだ。凡ミスってことで気にしない方が良いな。今は目の前の料理に集中しよう。うん、そうしよう。目の前に置かれたサンドウィッチに手を伸ばして食べる。量は多いけど味はまぁまぁ。かもなく不可もなく値段は分相応だなぁ、と思いながら味わっていると。

 

「ねぇ、マナ」

 

 同じ料理を食べているベルの方から話しかけてきた。口の中のものを飲み込んで水を飲み干して答える。

 

「おう、なんだ?」

 

「昨日は神様と何があったの?」

 

 ……今日はやたらぐいぐいと詰めてくるな、ベル。普段、ホーム内とか食事とか眠る前とかダンジョンとか色んな場所で話しかけたりすることはあっても、深掘りしてきたりしないから珍しいっていうかなんていうか。でも、そうか。何があったのか、かぁ。

 

「あーっとだなぁ」

 

「マナ?」

 

 煮え切らない様子の俺を見てベルは首を傾げている。その姿はまんまウサギのそれだった。

 

「言いたくない?」

 

 言いたくないといゆーか、言いにくいとゆーか。単純にまとめると今の俺って主神(母親)の意見が気に食わなくてグレて家出した非行青年。贔屓目に言ってキツい。何がキツイって、今時の若造でもしなさそうなことを成人した人間がやってるのだ。100歩どころか1000歩譲って顔が良ければまだ絵になったろうが、中の下程度の人間がやるとキツさが増す。

 

 でも、言わないってのもなぁ。チラッと目線をベルに向ける。その顔にはありありと申し訳なさが確認できた。

 

「まぁ、なんだ。詳しく言うとだな」

 

 隠すことでもないと思って一通り話した。すると話を一通り聞いたベルはキョトンとした顔をしたかと思うとクスクスと笑い始めた。……笑われることは覚悟してたけどいざ笑われると腹が立つな。そんな考えが顔に出てたのかベルが慌てて弁明を始めた。

 

「ああ、違うんだマナ。可笑しくて笑ったんじゃないんだ。少し意外だったから」

 

「あ?意外?」

 

「普段のマナに抱いてたイメージと違ってたから……」

 

「イメージ?って言うと?」

 

「えっとね」

 

 そこからベルが俺に対する人物像を話し始めた。曰く、冷静沈着で強く、場を和ませることが得意な上に器用でなんでもこなせる万能人間に写ったらしい。とんだ過大評価でビックリだよ。え?聞いてみてどう思ったかって?……ええ、小っ恥ずかしいにも程がありましたよ。冷静沈着の段階で思わず二度聞きしたもん。

 

 あ゛ー、顔が熱い。照れ臭いったらありゃしない。手で覆ってるからわかる。今の俺の顔は間違いなく真っ赤だ。この場合って喜べば良いのかなぁ?よくわからんな。

 

「ねぇ、マナ」

 

「ん?なんだ?」

 

「今日はもうダンジョンに潜らないの?」

 

 顔を下に向けて自分落ち着かせているとベルから話を切り出し始めた。ああ、そうか。そういえばお互いにこっち来てからずっとダンジョンに夜遅くまで潜ってたもんな。いきなり潜らなくなったらそりゃ気になりもなるな。

 

「すまん今日はパスで。ここくる前に酒飲んでるのよ」

 

「そっか、お酒飲んでるならしょうがない……って、朝っぱらから酒盛りしてたの!?」

 

「いやぁ」

 

「えぇ……」

 

 俺の答えにドン引きしつつも顔から不安が消えていた。多分だけどさっきの問答で俺にこれといった問題は無さそうだと判断したのだろう。

 

「んじゃあ、俺はここで。エイナにもよろしく伝えといてくれ。あ、会計は別払いな」

 

「わかった」

 

 机に俺が食った分の費用を置いて立ち上がる。そしてそのまま去ろうとすると後ろから「ねぇ、マナ」と呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「なんだ、ベル」

 

「えっと、こんなこと言うのとても恥ずかしいんだけど……」

 

「さっきのセリフ以上のはねぇから安心して言え」

 

 と言うかアレ以上が存在しているのだとしたら逆に聞いてみたくなるくらいだ。そう告げると「そうかなぁ」といいながら笑い。朱いルビーのような目を真っ直ぐに向けて言った。

 

「僕はさ、家族がいないんだ」

 

「おう。らしいな」

 

「だから兄弟とかわかんないんだけど。もし、上に兄がいたんだったらマナみたいな人だったんじゃないかなぁって思ってて」

 

「――――――――」

 

 言葉が出なかった。だってそうだろう?確かに俺たちはファミリアだ。だけど本当の家族ではない赤の他人だ。しかも相手は主人公。そんな相手に一塊のモブですらない俺にそんなことを。俺の言葉が無いからか少し顔を赤くしながら何やら言ってるが耳に届かない。少しして落ち着いてからなんとか言葉を振り出す。

 

「お、おう。ありがとよ」

 

 これが限界だった。周りから見れば感動的な言葉やそれほど慕われてるんだな、で済む話なのだろう。だけど俺にとってベルの言葉はそれだけ衝撃的だったんだ。

 

「うん!ところでマナは今日どうするの?」

 

「え?あ、ああ。今日は防具を新調しようと思ってな。ミノタウロスとの戦いでぶっ壊れたからな。今日にはホームに戻る気だから安心しろよ」

 

「そっか。じゃあ、またね」

 

 そう言うベルを背に俺は店から去っていった。うん、わかったよ。ヘスティアが、あいつが言いたいことはよくわかった。ありがとよベル。お前のおかげでそれに気づけた。でもさ、無理なんだよヘスティア。俺は何度でも死ねるし何度だって傷つくことができる。でもそれだけは無理なんだ(・・・・・・・・・・)

 

 足取りが重い。それはかつて無いほどに。重い足取りのまま俺は【青布の胴布】を買った店へと足を運んだ。

 

 

「ここであってたよな?」

 

 今いるのは北と北西の間のメインストリートに挟まれた区画だ。路地裏深くということもあって家屋はごちゃごちゃと入り乱れ経路も細くジメジメしている。正直、初めてここ来た時は「えぇ…デート先ここって…」的な反応になったし、エイナも「あれー?」みたいな反応してたのをよく覚えている。

 

 こういう場所に限って冒険者の中でもダウナー系の所謂ならずもののような者が多いことを身をもって知っているのだが、ここらを根城にしているファミリアがあるからかほとんど見かけることはなかった。

 

 その名も【ゴブニュ・ファミリア】。

 

 通常の思い浮かぶようなダンジョンに潜って金を稼ぐような冒険者とは違い、武器などの生産系を生業としているファミリア。知名度こそヘスティアの知人ならぬ知神の営んでる【ヘファイストス・ファミリア】には一歩劣るが腕は何ら変わらないほど良いものであるとのことだ。

 

 しかも主神であるゴブニュも中々の神格者と数あるファミリアの中でもトップクラスにいいファミリアだと言える。まぁ、俺は鍛治関連に毛ほども興味なかったから立ち寄ることもなかったんだよなぁ。

 

「おじゃましまーす」

 

 そんなこと考えながら三つの槌が重なり合ったエンブレムの掘られたドアを開ける。ドアを開けた先にはあの日と変わらず薄暗くも炉の光で照らされた部屋の中で少なく無い人達が各々の仕事に取り掛かっていた。

 

「いらっしゃぁーい……って、あんた」

 

「ありゃ、覚えてましたか?」

 

「まぁ、こんな場所に女連れなんて珍しいからな」

 

 女連れとは人が聞きが悪いな、あってるけども。俺が来たことを察知したのか迎え入れてくれた人間の言葉に苦笑いしながらそう思った。記憶に残ってたのは素直に驚いたけどそんな認識されてたのね俺。

 

「で、何のようなんだい?」

 

「防具の修理、できなきゃ新調に」

 

「おいおい、確か防具買ったの10日前だったろ?」

 

「ハハ……ちょっとミノタウロスに鎧がべっこべこにされちゃいまして」

 

 頰を掻きながら苦笑いしている俺にマジかコイツとでも言いたげな目線を向けてくる。……まぁ、気持ちは分かる。仮に逆の立場で同じことされたら何すれば10日足らずで壊せるの?くらいは聞きたくなるし内容次第ではドン引きするもん。で、茶番はここまでとして本題に移ろうか。

 

この鎧って誰が作ったんですか?(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そう言いながら虚空から取り出した【青布の胴布】の残骸を取り出す。虚空から現れるところを見せられた相手はギョッとしてたがすぐに【青布の胴布】に目線を向けた。こんな質問したのにはちゃんと訳がある。

 

 本来、製作した武器や鎧などの物品には製作者の名前が刻まれるのだ。これが行われる理由は単純で名前を書くことで製作者自身の名前を覚えてもらうことにある。覚えて貰うことで得られる恩恵には利点しかない。

 

 覚えて貰えればもう一度買いたいという者が現れる。そうした際に製作者の物品に対して気に入れば顧客となる。顧客となった相手からは金を貰えるだけでなく、買った人物の口を起点に製作者自身の名前が広がることでさらに客を得る事が出来るようになるからだ。故に『名前を刻まない=覚えて貰うつもりがない』と受け取られても可笑しくはないため選ばれることも少なくなってしまうのだ。

 

 正直な話だが他の鎧でも良かった。しかし、見た目が良く性能面でも軽く、そして頑丈と扱いやすいなど魔法使いな俺でも使い勝手がいいと感じられたからこの鎧に拘っている。聞いた理由はこんなもんだ。

 

 聞いた相手は少し悩むそぶりを見せる。これでこいつがわからないんなら素直に諦める覚悟はある。すると少ししてから思い出したかのように左の掌に右手をポンと置いて話は始めた。

 

「そりゃあ、アイツ(・・・)の作った鎧だな。何でもいい加減自分の倉庫が圧迫してきたから取り敢えず出品したって言ってたな」

 

「え?じゃあ、これ死蔵してたやつなんですか?」

 

「おう。……ああ、一応言っとくが性能面の確認は予め行なってたからな?」

 

 ……マジか。その話を聞いて声や顔屋は出さなかったものの心底驚かされた。さっきも説明したけどこの鎧の性能はかなり良い。着心地もさることながら性能も見た目もどれをとっても他の鎧よりも良く、その上値段もかなりリーズナブル。だから店の人に頼ってでも探したのだ。

 

「もしかして人気過ぎたとか……」

 

「いや、ない。寧ろ無名に近いな。作るもんはいいんだが、あいつの気質や製作したもんを率先して出さないこともあってな?」

 

 ますます驚いた。こんだけの代物を作っておきながら無名なのか。しかし、気質に問題ありかぁ。……不安だ。でもそれ以上に扱いやすさの記憶が勝る。

 

「どこにいるんだ?」

 

「このまま真っ直ぐいって初めの曲がり角を右に曲がったところの1番手前だ。……さっきも言ったが気質に難ありだ。面倒になったら似た鎧を見繕ってやるから言いな」

 

「ありがとう」

 

 店番らしき人が思ったよりも親切で安心したわ。でもそっかー、二度推しするレベルかぁー。鬼が出るか蛇が出るかはわからんし会うだけ会ってみるか。

 

 指示通り真っ直ぐ進んで右に曲がり1番手前の扉につく。流石に突然開けるのは礼儀がなってないよな、と思い数回ノックする。が、反応無し。聞こえなかったのかと思い今度は先ほどよりも強くノックする。が、またも反応無し。

 

「すんませーん」

 

 今度はそこそこ大きな声を扉越しに送ってみる。……これもまた反応無し。いないのか?と思ったが店番さんの言葉的に席は外してないはず。ここまで確認したから開けていいよね?

 

「失礼します」

 

 扉を開ける。瞬間、熱気がこちらまで押し寄せてきた。焚き火にもよく似た炉の明るさと部屋中に飾られた武器が目に映る。そして部屋の中央に黙々と武器を打ち続ける男がいた。

 

 その男は白かった。だけどベルとは違って透明な白さではなくどこか霞んだ石灰のような色をしていた。頭は禿げていて、顔には剃ってないのか髭が目立ち、少しだけ一度見たことのあるゴブニュに似ていた。体つきは座ってはいるが俺よりも一回り大きい。大きいはずなのにそう思わせないほど体が薄く、槌を打つ手も本当に鍛治師なのか聞きたくなるほど細かった。それでも打ち続けてる武器を見る目からは何か狂気的で引き込まれそうなものを感じるほど力強かった。

 

 そして気づいた。無視していたのではなく声が届いてなかったのだと。出直すべきかと思い振り返ろうとすると槌の打つ音が消えた。熱されて赤くなっていた武器に目を向けると少しだけ不服そうな顔をする。そして武器の形を整えている時。

 

「何のようだ」

 

 こちらに声をかけてきた。その間もこちらに目もくれず武器の形を整え続ける。……気質に難ありってこういうことか。ぶっきらぼうな言葉もあって確かに人によっては近寄りがたいな。

 

「アンタに鎧を作って欲しいんだ」

 

 そう言うと一瞬だけ手が止まった。しかしすぐに行動を再開すると同時に笑い始めた。

 

「ハハ、ハハハハ……。儂の鎧に興味を持つなんて、随分と変わり種だな…。製作者名は書かなかったはずなんだが…」

 

「店番に聞いた」

 

「ああ…なるほどな」

 

「なぁ、アンタの名前なんて言うんだ?」

 

 想像の倍以上はこちらに興味を示してこないなことやこの空気に少し気まずさを感じたこともあって名前を皮切りに話を展開させてちゃっちゃと要件を済ませようとする。

 

「ヒューグ・ヴェルンド」

 

 すると相も変わらず武器作りの手を止めることなく名乗った。これが後の俺の専属の鍛治師になる偏屈ジジイであるヒューグとの出会いだった。





これ以上は長くなりすぎるのが目に見えるためここ迄です。
第18巻やばいですね!興奮しすぎて2日ほど読み明かしてしまいました!

ここで主人公のプロフィールです。

名前:マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

性別:男

年齢:22歳

身長:169〜170ほど(自己申告)

種族:ヒューマン

使用武器:直剣

ステイタス:魔法剣士型


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無名と無名



 新キャラのヒューグとの会話回です。


 

「そうか。ヒューグっていうのか」

 

 聞いてみた名前を何度も頭の中で反芻して検索する。……ダメだ、本編は愚か外伝やメモフレでも聞いたことがないほど一向にダンまちのキャラクターにヒューグという名前が掠ることはない。

 

「無作法で悪いがレベルは幾つだろうか」

 

「5だ」

 

「え、そ、そうか」

 

 念のためレベルを聞いてみたが思わぬ数字に驚かされたことを除けば先ほど同様記憶に擦りもしない。外伝や本編でもよく出る【ゴブニュ・ファミリア】所属で第1級のレベル保有者でありながら無名と、聞いたことがない方がおかしい要素が揃いまくってるのに、だ。ふと、俺と同じイレギュラーだはないのか?という考えが浮かんだ。

 

 しかし、冷静になって考えてみれば俺がいる世界線のダンまちは原作通りとは限らない上に小説でオラリオ内の人物全員が出てきたかと聞かれたら否である。故にイレギュラーの可能性は低いし、確認はしずらいが仮にイレギュラーであればある程度情報共有できる。

 

「さっきも言ったんだが、俺の防具を作り直す…」

 

 そこまで本題を言ってみて少しだけ欲が湧いてきた。言ってもいいか?言うだけならアリだよね?

 

「いや、俺の専属の鍛治師になってくれないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 するとヒューグの手がぴたりと止まって初めてこちらを見てきた。ここに来た俺の目的は防具の購入か新調であるのだが今さっき専属鍛治師の取得が湧いてきた。

 

 理由としてはコストの削減と武器や防具などの装備品の優遇のためだ。鍛治師は冒険者として生きていくにあたって不可欠な存在と言っても過言ではない。専属を持つ冒険者と持たない冒険者には多少なり差が生じるのも事実である。

 

 だが、正直な話この話は受け取ってもらえる自信はない。だって、俺から出せるヒューグに対してのメリットが皆無だからだ。これでヒューグのレベルが低かったら多少大言壮語並べ立てることで言いくるめることができたかもしれない。

 

 だが予想を裏切ってヒューグのレベルは5とぶっちゃけ何で無名なのか聞きたくなるレベルの有能マン。対して俺は無名の新人。しかもあってすぐに専属になるよう言ってくる無礼な奴。俺が逆の立場だったら「寝言は寝て言え」くらいは言うな確実に。じゃあなんでこの話題を出したのかって?そんなもんさっさと断ってもらってきっぱりと諦めをつけるためである。さあ、断られて辛辣な言葉ふっかけられる準備はできてるバッチ来い。ヒューグは口元に手を当てて考えるそぶりを止めて返答した。

 

「…いいぞ」

 

「ハハ、ですよねぇー……いまなんつった?」

 

 目線を下に向けて武器を研ぎ始めながら言ってきた言葉に思わず聞き返してしまった。聞き違えじゃなきゃ今あのオッサン「いいぞ」って言ってなかったか?

 

「…いいと言ったんだ」

 

 あ、聞き違えじゃないのね。いや待ていくら何でもおかしい。第1級冒険者様が二つ名もない無名の冒険者に武器を打ってくれる?……いくら何でも裏があるとしか思えない。俺の考えを察したのかヒューグら言葉を続けた。

 

「…儂は鍛治師だ。…鍛治師ならばひたすらに武器を打つ。…相手がいようがいまいが、渡す相手がろくでなしであっても儂らの仕事に変わりはない。…お前たちの武器を打つ、儂はただそれだけよ」

 

 ……取り敢えず目の前にいるヒューグの言葉を訳すと『儂はお前が新人だろうがそうでなかろうが武器を打つ』って感じか?ピクリとも表情筋があるあたり無愛想とはこいつのためにあるな。でも、相手に武器を打つということに差別がないという在り方に『気難しい気質』というよりもこういうのを『職人気質』というのではないかと思わされる。そしてそれ以上に降って湧いてきたとんだいい意味での大誤算に思わずニヤけてしまうほど嬉しい。

 

「…それにあんた…良い面構えにだ。…悩んではいるが、挑み、殺す者の顔だ。…そういう奴は嫌いじゃあない。…だからほら、さっさと武器を出せ」

 

 そう言うと研ぎ終わったのか手に持っていた武器を床に置き俺に向けて手を差し伸ばしてきた。じゃあ、お言葉に甘えてということで虚空から壊れた【青布の胴布】を差し出す。ヒューグは虚空から現れたことに特に突っ込むことはなく渡された【青布の胴布】を受け取る。

 

「…ほう、これまた派手に壊したな。…駆け出し用の防具はあまりつくらんがやわに作った覚えはないんだがなぁ。…傷跡やお前さんのレベル的にミノタウロスか?」

 

「そうだな、今レベル1だから苦労がいったよ。……直すのは無理か?」

 

「…レベル1なのかアンタ。…レベル2だと思ってたが大したもんだ。…直るか否か、か?…舐めるな半日もいらん。…それだけあればアンタのレベルにあったものに引き上げることができる」

 

 俺のレベルにあったものを作れる、か。レベルに見合わない過剰な強い武器は所有者を頭に乗らせて滅ぼしやすくするのを知ってるのかな?だとしたら顔や態度に見合わず結構所有者のことを考えてるな。そんなことを考えながら感心していると【青布の胴布】を床に置いて再び手をこちらに差し出してきた。

 

「…腰に刺したのも渡せ」

 

「え?そこまでしなくてもいいぞ」

 

「…その武器はよく整備されてるが使い込まれすぎだ。…もう数日も使ってたら完全にオシャカになってたぞ。…何かモンスターの、ミノタウロスのドロップアイテムはないか?…それを混ぜ込んで武器を強くできるぞ」

 

 いたせりつくれりだな。いやマジで。腰に刺してた【君主軍の直剣】と【ミノタウロスの角】を差し出しながらそう思わざるを得なかった。ヒューグは鞘から武器を引き出して見る。「ふむ」と一言言うとドロップアイテムと共にそれも床に置いて立ち上がると壁に立てかけられた武器の一つである片刃の直剣を渡してきた。

 

「…打ち直しは半日で終わる。…それまではこれを使え」

 

「マジでありがたい。ここまでやられると申し訳なさすら感じるぞ?言っとくが駆け出しな以上は10万単位の支払いは無理とは言わないけど速攻で払えと言うなら無理だからな?」

 

「…後払いで構わん。…金には困ってないし拘らない。…何なら初回だし無料にしてやるよ」

 

 ニヤリと初めて笑うところを見せながらそう言ってくるのを見て単純に口数が少ないだけでヒューグは案外感情があるのだと悟る。まあ、人間だから当たり前か。あ、そうだ。

 

「こっちもお願い出来ないか?流石に甘えすぎるのは良くないからこっちは無料じゃなくていい」

 

 そう言うと俺は虚空から【虜囚の鉄仮面】を取り出す。考えてみればこれはこっち来てからずっと被ってきた。使いにくいが愛着はある。武器みたいに気づかない間にぶっ壊れてましたはなんか嫌だ。そう思いながら差し出した【虜囚の鉄仮面】にヒューグは顔を顰め、

 

「寄越せ」

 

 機嫌が悪そうにそう言ってきた。いきなり不機嫌になったことに驚きながら【虜囚の鉄仮面】を差し出す。

 

「えっと…なんか不味かったか?」

 

「…不味い?不味いだと?…ああ、確かに不味いな。…そんな固さだけにしか目を向けてないクソみたいな鉄仮面は確かに不味いな。…視界も狭くなる上に呼吸もしにくくなるようなやつだ。…一丁前にミスリルなんぞ使ってるのがさらに苛立つ」

 

 少し早口に立ってるヒューグを見てマジギレしてることを察するのは容易だった。というかミスリル製だったのかアレ。確かにミノタウルスの攻撃喰らっても全然変形しないから不思議だなぁって思ってたけども。というかやっぱり使いにくいのねあの鉄仮面。ヒューグも言ってたけど被ると視界も狭まるし息苦しくなるのよアレ。

 

「…すまんな、冷静さを失ってた。…金はいらん。…兎にも角にもこの鉄仮面は打ち直す。…素材はいいんだ使いやすいのを作ってやる。…顔を出してくれないか?…サイズを測りたい」

 

「おお、わかった」

 

 そう言うと俺はヒューグに近寄って顔を突き出した。ヒューグの匂いは臭いのかと思ったが焚き火をした時によく嗅ぐ匂いによく似ていて不快ではなかった。どうやって測るのかなぁと身構えていると、ヒューグは立ち上がり顔を触り始めた。初めに頰を次に頭、顎と順番に両手でベタベタと触り続ける。しばらくして触るのをやめると座った。

 

「これでいいのか?」

 

「…ああ、充分測れた。…いきなり触ってすまなんだ」

 

「いいって。というか、アレだけで俺のサイズがわかんのか」

 

「…槌を握った年数は長いからな」

 

 ヒューグは謙遜してるが大したもんだと思う。触っただけでサイズを測れるなんて中々ないし、従兄弟の農家の婆ちゃんも野菜持っただけで規格外品かそうでないかを計っていたのによく似ていたから槌を握ってた年数は言葉の通り絶対に長い。

 

 嘘を疑うが言葉や態度からそういったものは見受けられないし、無料でやってもらえた時に騙されたのなら無料より怖いものはないということを実際に学べるいい機会だ。

 

「…取り敢えず出ていってくれ。…集中したい」

 

「ん、わかった。よろしく頼む」

 

 ヒューグに促されて俺は鍛冶場から出ていった。にしても今日は本当にいい出会いがあった。専属の鍛治師を手に入れたのだ。しかもレベル5の。昨日までの不運な出来事が嘘だったみたいにいいことがあったな。

 

 あ、そうだ。店番のおっちゃんに専属になってくれたことを言わねぇと。防具類を用意してくれるって言ってたし多分だけど店のカウンターで待っててくれてるよな。

 

「おっちゃん。ヒューグが武器を打ち直してくれるって……」

 

 そこまで言って言葉が止まった。だって目の前にロキ・ファミリアのに所属している三名がいたから。なんかカウンター辺りが騒がしいなーって思ってたらそう言うことなのね。俺の声に反応したのか3人が振り返る。

 

「あなたは……」

 

「いやぁ、【大切断(アマゾン)】に【怒蛇(ヨルムンガンド)】、【剣姫】がいるとは壮観ですなぁ」

 

 うーん、顔がいい。振り返ってきた3人を見て真っ先に思ったことはそれだった。特に【剣姫】はリヴェリアほどではないにせよ金髪碧眼で刺さる人でなくともとことん刺さりそうだ。これはベルでなくとも見惚れるし、そこに吊り橋効果が組み合わさったら一目惚れもするわな。

 

「え、アイズ知り合い?」

 

「馬鹿ティオナ忘れたの?ほら、私達から逃げまくったミノタウロスが原因で死にかけて運ばれてきた」

 

「ああ!顔見てなかったから知らなかった。あの時はごめんねー」

 

 【大切断】、ティオナ・ヒュリテは申し訳なさそうにしながら手を合わせて謝ってきた。対してティオネ・ヒュリテは……何だろうやっぱり目線に棘を感じるなぁ、俺なんかした?

 

「お陰様でこの通りですよ」

 

「えっと…ごめんなさい」

 

「謝ることはありませんよ。何とか倒せましたし、お陰でランクアップも出来そうだ」

 

「え…レベル幾つですか?」

 

「ん?1ですよ」

 

 目を見開く3人を見て適当に話しつけて帰ろうとしてあげた話題が失敗だったことを思い出す。まあ、どの道バレるからいいのか?でも、探られるのはなぁ。俺の考えをよそに俺の言葉に真っ先に食いついてきたのはやはりと言うか【剣姫】だった。

 

「本当、ですか?」

 

「事実だぞ?一応、レフィーヤってエルフが俺を運んだ時に近くに魔石とドロップアイテムがあったはずだから聞いてみろ」

 

 俺の話を聞いて少ししてから口元に手をやって考える素振りを見せ始める【剣姫】。よし沈黙したなと思い取り敢えずちゃっちゃと受付のおっちゃんに話をつけようとする。が、

 

「えー!凄いじゃん!」

 

「それが本当なら凄いわね」

 

「ハハ…ありがとうございます」

 

 今度はヒュリテ姉妹が絡んできた。頼むから勘弁してくれよ。確かに面のいい女に話しかけてもらえるのは素直に嬉しいよ?でもさぁ、お前らロキ・ファミリアじゃん。トラブルを引き寄せる天才ども。チラリと双子に目を向ける。片方は目を輝かせながらもう片方は少し興味なさ気にしていた。よし、ティオナと話をつければ終わりだな。

 

「ねぇねぇ!どうやって倒したのー!」

 

「えっと、省いて説明しますと隙作って俺を喰おうと大口開けた瞬間に魔法を叩き込みました」

 

「へぇー!そうなんだー!で、武器は何使ってんのー!わたしはね、大双刃(ウルガ)っていう武器を使ってんの!」

 

「えっと直剣ですね」

 

「うんうん。じゃあ魔法使うって言ってたけどどんな魔法使うのー?」

 

「それは秘密で」

 

「えー!?いいじゃん教えてよー!」

 

「えぇ……」

 

 こいつマジSITSUKEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE EEEEEEEEE!!頼むから雰囲気で察してくれよ!?もうこの話そろそろ切り終わらせたいんだよ!?探ってくるだけのやつならつっぱねられるせど天真爛漫なだけあって断りにくいし何より最大派閥なだけあって無碍に出来ないんだよ!一縷の望みをかけて姉の方に目を向ける。が、敢えなくそらされる。はい知ってた。腹を括れ俺。こうなったらとことん付き合うぞ。そう思いながら愛想笑いを浮かべていると。

 

「おい、【大切断】。そいつ俺に用があるからどいてくんねぇか?」

 

「えー?」

 

「えー?じゃねぇよ。俺もそいつと話をつけたいんだよ」

 

 店番のおっちゃんが俺とティオナの間に入り込み話を中断させた。思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが必死に抑え、心の内で感謝を述べる。

 

「で?どうだったんだ?」

 

「ヒューグさんは請け負ってくれました。ああ、後ダメ元で専属になってくれないか聞きました」

 

「ハハハハッ!そいつは無理だったろ?」

 

「いけました」

 

「え゛、マジで?」

 

 おーおー、めっちゃ驚いてるな。まぁ、わからんでもないけどな。俺だって断られる前提のダメ元で頼んでみたんだ。ヒューグをよく知る身内としては断られるって考えて当然だな。

 

「ねぇ、ヒューグって誰?」

 

 すると俺たちの会話にティオナ・ヒュリテが乱入してきた。やっぱりこの人本当にグイグイ来るな。

 

「ああ、ヒューグってのはうち(ゴブニュ・ファミリア)で唯一のレベル5の鍛治師だ」

 

「うえぇっ!?いたの!?第一級!」

 

「初めて、聞きました」

 

「よく今まで無名だったわね」

 

 おおっと、ほか二名も参加って振り出しに戻ったな。ダンまちの原作然り外伝然りアプリ然りで聞いたことなかったから半ば確定はしてたけどヒューグってやっぱり無名なのね。どうにでもなれの気持ちで俺も会話に参加することにした。

 

「いいなー。私の大双刃も打ってくんないかなぁ」

 

「いやー無理だと思うぞ?そもそもあいつは他人に対して興味が無さすぎる。正直なところ装備の打ち直しも奇跡的と言っても過言じゃないからな?」

 

「そうか?案外、職務にのめり込んでいるだけで結構こっちの話を聞いてくれたり、サービスとかもしてくれてだいぶいい人だったぞ?」

 

 実際、装備品の新調だけじゃなくて武器を打ち直してくれたり、代わりの武器を提供してくれたりとかなり破格の扱いを受けさせてくれてるから感謝しかねぇ。

 

「へぇ、じゃあ私は話だけでもしてみようかしら」

 

「えっと…じゃあ、私も」

 

「私もー!」

 

「そうかい……。まぁ、無駄だとは思うが行ってきな。部屋は真っ直ぐいって初めの曲がり角を右に曲がったところの1番手前だ」

 

 そう言いながら店番のおっちゃんは進行方向に指を指すとロキ・ファミリアの3人組はそちらへと向かっていった。よかった。思ってたよりも話を早く切り上げられた。今日はこの辺で帰るか。丁度、ヘスティアとの問題の答え合わせもしたいしね。

 

「なぁ、アンタ」

 

 すると、店番のおっちゃんに引き止められた。どうしたのかと思い振り返ると何やら真剣な顔でこちらを見ていた。

 

「どうかしましたか?」

 

 流石にヒューグの紹介や意図してたかは知らないけどロキ・ファミリアが誇る第1級冒険者である女傑3人組の相手をしてくれたこともあったのだ。流石に無視して帰ることは出来ない。

 

「ヒューグのこと、頼めないか?」

 

 ふむ、言いたいことがわからないな。

 

「と、言いますと?」

 

「さっきも言ったけどあいつは他人との繋がりに興味がなさすぎる。そしてそれは自分自身にすら該当している。あいつが最後にステイタスの更新したのっていつか知ってるか?」

 

 ステイタスの更新?そんなの普通は毎日やるもんじゃねぇの?じゃないと強くなれないし。まあ、でもこうやって聞いてくるくらいだしそれなりに長いことも考えると。

 

「……いえ、知りません。2ヶ月くらいですか?」

 

「いや、1年以上も前だ」

 

 おおっと、これまた想定以上の答えが帰ってきたぞう。ステイタスの更新とは言ってしまえば次のステップに進むためにあたって必要な心臓と同じくらい重要なものだ。それを1ヶ月前でも相当だってのに1年前とか正気の沙汰じゃあない。

 

「こんなこと他派閥の奴に言うことじゃないのはわかってる。だが、頼む。ヒューグとは話すだけでいいからその繋がりを切らないでくれッ」

 

 頭を下げてくるおっちゃんはどこまでも真剣だった。過去に何があったかは知らないけどここまで思われている辺り本気でヒューグのことを心配しているのだろう。

 

 でも、申し訳ないがその願いを聞き届けられる自信は存在しない。

 

 しかし、それを口にするわけにもいかず必死に笑いながら

 

「わかりました」

 

 こんな取り繕った言葉しか出せない自分が恨めしい。嬉しそうに「そうか」と言って笑うおっちゃんに対して申し訳なさしか湧かない。そんな気持ちを抱えながら俺は【ゴブニュ・ファミリア】を後にした。




・ヒューグの種族や年齢、ステイタス

名前:ヒューグ・ヴェルンド
二つ名:【妄執鍛治師(マッドスミス)
性別:男
年齢:63
種族:ドワーフ
最高到達階層:37階層

Lv5
 
力:B712
耐久:D651
器用:S966
敏捷:I93
魔力:I0

鍛治:E
耐火:G
神秘:H

《魔法》

《スキル》
妄執鍛錬(クランクゼィッニッヒ)
・睡眠に対して耐性を獲得
・食事を摂る必要を無効化する
・武器作成時に器用値が向上
・思いの丈で変動する

焔中身置(プラーミアチエーラ)
・炎に対して高い耐性を持つ
・炎を扱う際にステイタス上昇
・器用値が大幅高補正

 因みにですが。あの後、ヒューグに武器を打ってくれないかと頼みましたが3人仲良く無視されました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

褪せ人になった俺がダンジョンにいるのは間違っているだろうか



 久々にエルデンリングやったら雑魚敵に殺されかけましたので投稿です。やっぱりシリアスはなれないです。

 後申し訳ありません。クソ長引きましたことここに謝ります。


 

 

 あれから自分の導き出した答えが本当に正しいのか考え続けた。それこそ日が暮れるまでずっと。路上で考えまくってたのが不味かったのか途中で職質されたり、路地裏で考えてたら当たり屋にぶつかったりと面倒くさいことがあったことを除けばいくら考えても答えは同じものしか出てこなかった。

 

「腹ァ、くくりますか」

 

 嫌だけどいつまでも先送りするわけにもいかないため、今回でヘスティアから出された課題にけりをつけるべくホームに戻ることにした。正直なところめちゃくちゃ気が重い。こんなに緊張するのは初めてダンジョンに潜った時と同じかそれ以上だ。

 

 やきもきしている間に人気の無い路地裏深くに建っている、長い年月を経て廃墟と化した教会の前についた。たまに思うけど廃教会の中にある女神像って誰なんだろう?気を紛らわせるために適当なことを考えながら地下室への扉に手をかける。

 

 1日ぶりだったのにどこか懐かしく感じながらもいつものように階段を下っていく。そして部屋に着く。壁や天井には建物の歴史を感じさせる傷跡が多く見られ三人で暮らすには少々手狭な広さだったが、床にゴミは落ちていないなど清掃は行き届き、整理整頓もしっかりとされていた。

 

 なかでも目を引くのが家具で、古い地下室には不釣り合いな真新しい家具が部屋の所々に配置されている。

 

 そんな、古さと新しさが入り混じった部屋にある新調されたであろうソファーに彼女は座っていた。

 

「来たね。マナくん」

 

「ああ、来たよヘスティア」

 

 目線があってすぐにヘスティアはいつもの溌剌さは見当たらないが、迎え入れ俺が帰ってきたことを歓迎した。それに対して俺もいつものように返事をすることで返した。

 

「ベルはどうした?」

 

 ひとまず今ここにはいないもう1人の同居人について聞く。流石に今からする会話を個人的な意味合いで聞かれるわけにはいかない。隠れてるんだったら適当に追い出すことを考えていると。

 

「……さぁね。ベルくんなら女の子に誘われて食事でも行ってしまったさ」

 

 ぶすっとした顔でヘスティアはそう答えてきた。一瞬ポカンとした顔を浮かべてしまったが、それが嫉妬であると悟ると自然と笑みが溢れてきた。にしてもそうか、時系列はシル・フローヴァがベルに【豊穣の女主人】で食事していかないか聞いた今さっき出たくらいの時間か。

 

「なんだよう、笑うことないだろう?」

 

「いやぁ、あんまりにも神らしくないもんだからつい・な」

 

 俺の言葉を聞いてさらに不貞腐れるヘスティアを見て緊張が完全に解れた。意図していたのかそうでないのかは分からないが緊張してた身としてはだいぶ救われた。さてと、

 

「じゃあ、答え合わせと行こうか」

 

 無駄話はここらへんで終わりにしようか。俺の雰囲気を察したのかヘスティアの顔からも笑みが消える。はっきり言わせてもらうとこの考えは外れていて欲しい。だって、当たったら間違いなく俺はヘスティアの出した課題を遂行することが出来ないからだ。

 

 仮に当たっていたとする。当たっているのだとしたらヘスティアの言いたいことに対する必要性(・・・)は一から十まで理解できる。そしてそれは決して俺ではなし得ることがないということも。

 

「ヘスティア。お前が俺に課したのは目的の取得ではないな」

 

「うん」

 

「お前が俺に課したもの。それは――――自身の精神的な支柱を見つけること(・・・・・・・・・・・・・・・・)だろ?」

 

「――――ああ、当たりだマナくん。いやこの場合は直哉くんのほうがいいのか?」

 

 ああ、クソ、大当たりかよ。肯定するヘスティアの青みがかった瞳を見て思わず悪態が漏れてしまう。そんな俺を見ながらまるで諭すように語りかける。

 

「目的自体は生きていくに当たって必要かと言われたらそうでもない。確かに目的無き人生はさぞ退屈に映るのだろう。だけどそれだけだ。精神的な意味での支柱が無ければそうはいかない。多少は生きていくことは出来るよ?でも、支柱が無ければ人生における難題などに差し掛かった際にあっさりと自己などがあっさりと折れ、自分というもの見失い易くなるんだ」

 

「んなこと知ってんだよヘスティア」

 

「だったら」

 

「でも無理なんだ。俺にはそれが出来ないし作れない」

 

「なんでだい?教えておくれよ。話さずに理解しろ、出来ないことはないけど君の場合は複雑すぎて無理があるよ」

 

 まぁ、確かにそうだわな。言わずに分られなんて傲慢がすぎる。それにいまここで隠していても無駄だというのも事実だ。故に明かそう俺の持つ最大のトップシークレットを。

 

「俺が異世界人で、ここが俺にとっては作品の中だからだよ」

 

「……なんだって?」

 

 俺の口から出てきた言葉にヘスティアは本気で困惑していた。まあ、そりゃそうだよな。自分の眷属の口から『自分は異なる世界からきました』なんて出てきたら神でない俺でも困惑するわ。それでもこの行いは必要なのだ。ヘスティアを納得させるためにも。

 

「疑うんなら明かそうか?知り得ることであるならば、俺はなんでも答えよう。お前がかつて天界におけるオリュンポスにおいて十二の神の位相にいたことか?無限にモンスターを産み続ける地下世界とウラノスの間に結ばれた盟約のことか?」

 

 口をわずかに歪めながら下界に住まう人間であれば知り得ないはずの情報を明かしていく。いまだに明かしたのは二つだけだが、知り得る中でも最も効果的なことを言ったからからヘスティアの顔が驚愕に染る。

 

「――――それともこれから先の未来で起こるラストヒーローのことか?」

 

「……なるほど、どうやら君の言葉に嘘はないようだね」

 

 最後の最後で下界に降りて神の力(アルカナム)を封じられ全知無能になった神ですら知り得ない未来の情報を知っていることを仄めかすと観念したようにヘスティアは手を上に上げて降参したかのようなポーズを取ると上を向いて大きく息を吐いていた。

 

「えぇ……マジで?長いこと天界にいたから世界というものが複数個あるのは知ってたし、観測できるのも知ってたよ?でも、別世界から来た人間を見たのは生まれて初めてだよ」

 

「そりゃそうだろうよ。俺も見たことないし、もっと言うなら俺が観測した原作の中でも転生者らしき人物が現れることもなかった」

 

 実際そういう作品じゃあないしね、ダンまちって。あくまでも主人公であるベル・クラネルが降りかかる苦難を乗り越えていくという話だから。……そう言えば18巻そろそろ発売する頃だったけどどんな内容だったんだろう。そこは気掛かりだったな。ま、流石にフレイヤとの戦争遊戯(ウォーゲーム)なんだロキの手は借りたよね?……そうだよね?

 

「ああ、なるほどね」

 

 俺の思考をよそにヘスティアは納得したかのように呟いた。俺が聞き返すよりも早く言葉は続く。

 

「いやに淡白でどこか冷めてる君が一体全体何を恐れてるのかわかったよ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……なんだ言ってみろよ」

 

「君――――失うことを心底怖がってるのか」

 

 ああ、クソが。

 

「見透かしてんじゃねぇよッ」

 

 大当たりだよちくしょう。青く透き通った目が俺を映し出す。苦渋に歪む俺の顔から全てを見透かしているかのように。

 

 わたくしマエザワ・直哉――――いや、前澤直哉は平凡な日常を歩んできた人間である。生まれてすぐに父の祖父母にあたる人物の家で人生の4分の1を過ごした後に父と父の祖父母との間に喧嘩があって引っ越したことを除けば、だ。

 

 交友関係は普通よりかなり少ない。高校の2年の時と大学生になってからは典型的なボッチを拗らせてたくらいだ。成績もお世辞にも言えずなんだったら大学3年の時に落単しすぎて留年が確定しかけたくらいだ。順風満帆とは言えず、そして満足している人生かと言えばもう少し刺激があってもいいかな?と思えるものだった。

 

 しかし生まれ直したいかと言われたら断じて否であると答える程度には幸せだった。少なからず友がいて、落単しすぎた時は一緒に単位取得の際に課題の手伝いをしてくれた。親にも散々迷惑をかけながらもいつだって俺のことを見捨てることはなかった。誕生日を迎えた時に友や両親が祝ってくれた時は心底嬉しかった。それでも

 

「別に俺は両親が恋しいとか友達に会いたいとかそういう気持ちは案外少ないんだ。いやまぁ、親孝行出来なかったっていうことや恩返しができなかったっていう点では少し寂しさはあったけども」

 

 案外、元の世界に関する関心は割と薄かった。一人暮らしの期間もそこそこ長かったし、この歳になって『パパ、ママ』と叫ぶつもりもない。友人に関しても生きてく上で新しく作ればいい。『さよならだけが人生だ』という言葉の通り人生がそういうもんだということを俺は知ってる。俺が真に恐れたのは。

 

 自身が世界に無理矢理呼び出された或いは引き摺り込まれた謂わば異邦人。

 

 知人は疎か下手をすると同種の存在さえいない。

 

 世界にたった独りで繋がりや俺が生きてきた証すらも失ったというという状況を想像して心の底からぞっとしたのだ。

 

 生き物でありながらこの世界に生きてきた証明はない……自分は一体何者なのか?敵なのか味方なのか?俺の目的は?立ち位置は?俺はどこへ行こうとしどこに行けば落ち着けるのか……!?ただ自分自身が力を与えられただけの偽りの存在でしかない事と少しずつ褪せていく自己は実感できた。

 

「そんなことを考えていた時に隣にいたのがお前ら(ヘスティア・ファミリア)だったよ」

 

 初めはただ原作においての重要人物であることを除けば何も感じなかった。そう初めは(・・・)、だ。ヘスティアとベルの優しさは少しずつ俺の心の内に入り込んできた。それを自覚した時さ、

 

「俺は少しだけ嬉しかったんだ。俺はここにいてもいいんだって肯定された気がしたからなぁ」

 

「当たり前だ!君は誰がなんと言おうとボクの子供だ!ここは君のホーム(帰るべき場所)なんだ!」

 

「……本当に嬉しいよ」

 

「だったら!「でもな?その優しさが俺を何よりも傷つけるんだよヘスティア」……どういう、ことだい?」

 

「ハハ、鈍いなぁヘスティアは。いや、わかってんだろ?――――もう一度知らない世界に飛ばされる可能性があるってことに」

 

 それを聞いた瞬間、ヘスティアは押し黙った。ああ、やっぱり気づいてたか。というか凡人の俺が気づいたんだ。神であるあいつ(ヘスティア)が気づかないはずがないわな。

 

 そう俺が真に恐れているのは繋がりがもう一度消失することだ。痛いのは上層における大型のモンスターや中層から来たミノタウロスのおかけでもう慣れた。なんだったら死ぬことだって来ることがわかれば怖くわない。

 

 でも、苦しくて辛いのは心底嫌なんだ。

 

「わかるか?ヘスティア。俺がその可能性が頭をよぎった時の気持ちを」

 

 あの時、自分が孤独で誰1人同胞がいないことを悟った時と同じくらいの恐怖が俺を襲った。それからだ。これらの感情に目を向けないようにするために俺が必死になって特訓を開始するようになったのは。自分が強くなっていく感覚と疲労と苦痛は少しだけだが恐怖を紛らわすことが出来た。それに当時それを理解した時には一瞬だけ死ぬことさえ視野に入れた時もあった。

 

 生きるということはたまに死ぬこと以上の苦痛を伴うことがあるのだから。まあ、今となっては死ぬことすらできないことを知った以上はこんな考えすらも無駄だってわかったけどね。

 

「それだけ辛いんだ。築いてきたものが一瞬にして無駄になっていくものを自覚することは。故に俺には作れない。支えであるものを作るのは」

 

 だからさ、ヘスティアよ。どうか頼む。

 

「無慈悲に道具のように扱ってくれよ…」

 

 そうすれば何一つとして期待せずに済むのだから。手を差し出しながらなんとか笑みを浮かべて俺はヘスティアに懇願した。自分がどんだけ身勝手ことを言ってるのかは理解してる。ヘスティアは優しい。ヘスティアほど自身の眷属に寄り添い、意志を尊重してくれる存在は現状俺は知らない。そんなヘスティアの優しさに漬け込んだ上での発言なのだ。

 

 身勝手極まりない上にヘスティアが傷つかことも視野に入れた頼みだ。我ながら最低な自覚はある。でももう嫌なんだ。あんだけ辛いのも苦しいのも。だから

 

「頼むよヘスティア……ッ」

 

 絞り出すように、手を差し出したまま、頭を下げて懇願する。怖くてヘスティアの顔は見れない。失望か、或いは憤怒なのか。いずれにせよなんにせよ少しだけでも俺のことを諦めてくれればいい。恐る恐る顔を上げる。

 

「――――」

 

 ヘスティアは唇を引き結んでいた。

 

 その表情は努めて無表情を作ろうとしているようでありながらも、眉根の間や目尻にかすかに無理が生じ、常の状態を保てていない。

 

 沈黙の時間が長く続く。

 

 あるいは永遠とも感じられる時間が、俺の中で焦燥感をじりじりと押しつけてくる。

 

 しかし、やがて、その時間も終わりを迎える。

 

「――直哉くん」

 

 優しく、慈愛に満ちた響きが、俺の名前を呼んでいた。ヘスティアの顔に浮かぶ表情を見て俺は。

 

「それでもボクは君に手を差し伸べ続けるよ」

 

 この懇願を聞き届けられてもらえなかったのだと否が応でも悟らされた。ひくひくと頬が動く。目頭が熱く発熱したかのように感じる。……ああ、クソ。さっきですらいっぱいいっぱいだったんだ。もう限界だ取り繕えない。

 

「直哉くん。知ってるかい?ボクはね眷属だったら誰でも良かったわけじゃあないんだ」

 

「……知ってるよ。ずっと疑問だった。なんで俺なんかを選んだのか・って」

 

「そっか。ならわかるだろう?だって――直哉くんが優しいからに決まってるじゃないか」

 

「買い被りすぎだ。お前もベルも俺のことを」

 

 俺は知ってる。俺はどうしようもないほどの自己中野郎だってことを。どこまで行っても打算的にしか動けない。好きだと宣っておきながらベルの生き死にの中にあったのはベルに対しての心配なんかじゃなくて俺は物語が進まないことを懸念していたのだ。そんな人間が優しいだって?甘い、甘すぎるよヘスティア。甘すぎて――――俺はその甘さに溺れてしまいそうだ。

 

「買い被りなんかじゃあない。ボクは知ってるよ。君がボク達の好みに合わせて料理を模索してくれたことを」

 

 やめろ。

 

「ボクは知ってるよ。効率云々抜かしておきながらベルくんと共に行動を共にしてベルくんの安全を考えていたことを」

 

 やめろ。

 

「ボクは知ってるよ。褒められたことじゃないが、ボクを見て嗤ってた人達に本気で怒ってたくれたことを」

 

 頼むから、やめてくれ。

 

「ボクは知ってるよ。少し前に髪留めが壊れた時にベルくんと一緒に髪留めを見つけ、――――そして君から腕輪をもらったことを」

 

「うるせぇ、黙れよ」

 

 気づけば俺はヘスティアを押し倒し、首元に両手をかけていた。すんでのところで手に力は込めなかった。俺の霞んだ黒い目とヘスティアの透き通るような蒼い目が合う。こんな状況になってもヘスティアは俺と向き合い続ける。

 

「それは嘘だ。これはただ他の誰かにその姿を重ねてたんだ。そんなもの重ねた別の誰かさんに優しくしていた様なもの同じだ」

 

「それでも君は選んだんだ。ボクらと共にあろうとすることを。家族であろうとすることを」

 

「家族?ハッ!笑わせんじゃねぇよ!血も繋がってない!本人の親の顔も知らない!ないない尽くしの俺らが家族だと!?寝言は寝て言えよ!」

 

 ヘスティアの言葉を聞いた俺は笑わせるなと必死に声を荒げながら嘲笑う。突き放すように、逃げるように。しかしそれでもヘスティアは諦めなかった。

 

「夫婦だって初めは他人同士なんだ。知らないことを知っていくうちにボクらは『家族』という存在に昇華していくんだ。……それにね?直哉くんは勘違いをしている」

 

「……勘違いだと?」

 

「何故、ボクら神々は眷属を家族とファミリアと呼ぶか知っているかい?」

 

 ……知らない。知るわけがない。そんなことダンまちには書いてなかったから。

 

「君の背にボクの眷属の証を刻んだ時に――ボクら君の背に何をした?」

 

 俺の背中に? ヘスティアは神の血を垂らした。一滴。更新の度に。

 

 …………まさか?

 

「気付いたかい? ボク達神々が人間(こども)に恩恵を刻んで眷属とした後、家族と呼ぶ理由を。血の繋がりが無い? そんな事は無いさ……だって、ボクはとっくに君に血を授けたんだから」

 

「は……ハハ。詭弁だ。そんなことそれにどうせ失われるものに何を見出せと言うんだ!」

 

 声が震える。ヘスティアの言葉を目を全てが俺を案じて俺を思ってくれていることなわかるから。でも受け入れてはいけない。だって俺は世界から消えてしまう可能性があるから。あんな思いをもう味わいたくないから。

 

「舐めるなよ直哉くん。ボクはこんなんでも神様だぜ?子供1人を運命から逃すことや次元を超えて会いにいくなんて簡単さ!――――そして何度でも言うんだ『ボクの眷属(家族)にならないか?』っね」

 

「ぁ」

 

 ヘスティアが俺を抱きしめる。押し倒す形になった俺を引き寄せるように。簡単に抗えるはずなのにどうしようもなく優しい抱擁に溺れそうになる。抜け出すなんて出来ない。目からボロボロと涙が溢れる。いい歳こいてギャン泣きなんて恥ずかしいって思う暇もないほど満たされていく。頭を撫でられる感覚がひどく心地よい。

 

「ねぇ、直哉くん。改めて問うよ?ボクの眷属(家族)にならないか?」

 

「……そんなもん」

 

 問:褪せ人になった俺がダンジョンにいるのは間違っているだろうか?

 

 答え:

 

「こっちから頼みたいくらいだ」

 

 案外間違っているもんじゃない。

 

 この日俺は本当の意味でヘスティアファミリアに所属する神ヘスティアの眷属のマエザワ・直哉(マナ・キャンベル)になった。





【ヘスティアの腕輪】
 かつて1人の褪せ人が送った金の意匠が凝らされた一品
 同僚である兎のような少年が贈るのであれば自分もと思い、必死になって考えた上で贈った代物
 炉の女神はそこに少年の優しさと願いが込められているように感じられた

【ヘスティアの恩恵】
 炉の女神が1人の褪せ人の背中刻んだもの
 炉の女神の眷属になるとはそれ即ち家族の1人となるということ
 この絆は絶つことができない
 例え世界から離されても煌々と瞬き、輝き続け、所有者を温め続ける


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

昇華



今回は早めにできましたので投稿です。タイトル通り器の昇華回です。

申し訳ありません。発現した魔法を追加します。


 

 ヘスティアの上から退くと同時にヘスティアの手が頭から退かれる。頭を撫でられる心地の良い感覚の余韻が少しずつ消えていく。そんな感覚とは裏腹に今俺の中で渦巻く感覚は――――『羞恥』それ以外になかった。

 

 だって、今までの俺の行動をまとめると二十代差し掛かり大人と呼ぶに相応しい見た目と年齢の男が一部分を除けば見た目が幼女な女の上に跨って頭を撫でられていたのだ。

 

 普通に事案、或いは特殊なプレイの真っ最中かなんかである。

 

 仮に第三者がその場に居合わせようもんなら良くて『あ(察し)、どうぞごゆっくり……』と言ってその場から去るか、悪ければ『憲兵さん(お巡りさん)この人です』と叫ばれてお縄につくかのどちらかである。そして俺が第三者だったら身内であろうと迷うことなく後者を選んでた。

 

 ベルがいなくて良かった……。そう思う以上に今の俺はヘスティアの顔が見れない。いやマジでこういう時ってどんな顔すればいいの?素知らぬ顔するには恥を重ねすぎたのよ。

 

「ヘスティア」

 

「ん?なんだい直哉くん」

 

 あ、もうマナ呼びじゃなくて直哉呼びで通すのね。取り敢えず名前を呼んだけどここからどうやって話を持っていけばいいのか全くわかんねぇよ。俺が押し黙っているとヘスティアは首を傾げながら聞いてきた。

 

「顔赤いよ?照れくさい?それとも嬉しいのかい?」

 

「……………否定はしない」

 

 チクショウ否定出来るわけねぇよ。本当に嬉しかったんだ。あいつ(ヘスティア)にとってはなんて事ない言葉だったんだろうけど殺されかけながらも真っ直ぐに俺を見てはっきりと言葉にしてくれたことが何よりも俺の心を響かせてくれたんだ。

 

 ……めっちゃ恥ずかしくて隠そうとしても顔がにやけちまうんだよ。

 

「ああ、もう。こんなこと言われるのは嫌だろうけどさ。君は本当に可愛いなぁ」

 

 顔を抑えながら顔を赤くする俺を見てヘスティアはフニャっと笑いながら俺の頭を撫で始めた。

 

 おい馬鹿ヤメロとりあえず離せ。振り解ける自信がねぇんだ離してくれよ。

 

 ああ、クソ。胸がすっごいバクバクいってる。緊張とかにめちゃくちゃ似てるけどそういうんじゃあないな、これ。もしかして、味わったことはないが、これが…恋、なのか?…………いや、ねぇな。

 

「そういえば直哉くんはこの世界を知ってるって言ってたよね?」

 

「え?あ、えっと、そうだな」

 

「ベルくんって今どこにいるんだい?」

 

 俺がアホな考えをしているとヘスティアにベルが今どこにいるのか聞かれる。……いや、何処にいるも何も。

 

「メシ食いに行ったんだろ?……ああもしかして場所の名前を知らないのか?名前は【豊穣の女主人】っていうんだ。作中でも中々うまい食事処だって紹介されてたぞ」

 

「場所は確かに知らなかったよ?でも、ベルくんが出てったのは21時頃だったんだ。少し遅くないかい?」

 

 ヘスティアの言葉に俺は時計に目を向ける。時刻は23時近くと俺とヘスティアが話し合ってから軽く1時間以上は経過していることを表していた。うち10分ほどはヘスティアに泣きついていたことを考えるとを思い出して再度顔が赤くなりそうになるが必死に堪える。時間が2時間ほど経過しているところを見ると確かに長い。だけど、

 

「うん。並んでるってオチじゃね?」

 

「原作では並んでたのかい?」

 

「いや、並んではいなかった。だが、原作ってのはあくまでも数ある世界線中の一つってだけだからなぁ。確実とは言えんのよ」

 

 例に挙げると『それは遥か彼方の静穏の夢』という暗黒期でいずれもLv7である【静寂】ことアルフィアや【暴食】ことザルドが【闇派閥(イヴィルス)】に付かず、ベルと共に生活していた世界線が存在している。

 

 その世界線の最たる特徴はオッタルがLv7でなかったり、確かかどうかはわからないがロキ・ファミリアの最古参であるフィンやリヴェリア、ガレスなどがLv6に至ってなかったり、その他の冒険者のLvが低いなどオラリオが全体的に弱体化しているところにある。

 

 こっち来てすぐの時はそんな心配もしていた時期はあった。だけどオッタルがLv7であったり【闇派閥(イヴィルス)】にやられた連中の慰霊碑の数がやたら多かったところを見るに限りなく原作に近いのではないかと考えられる。

 

 他にも原作では存在すら確認できなかったLv5であるヒューグ。本来であれば読み手側であるはずの俺がこっち(語り手)側にいるなど現状俺の原作知識というのは確実性があるというにはあまりにも曖昧なのだ。

 

「むむむむ、確かにそうかも知らないなぁ……。でもなんかベルくんにあったんだと思う」

 

「根拠は?」

 

ボク()の勘」

 

 自信満々に勘と言い切るヘスティアを見て俺は目を細めた。これは呆れからではなく可能性が浮かんだから目を細めた。ヘスティアの勘、というか神々の勘というのは原作でも語られていたがあまり当てにならない。

 

 しかし、ヘスティアの家族(ファミリア)絡みの勘となると話は変わってくる。

 

 ヘスティアが司る事象は不滅とされる【聖火】を筆頭に【炉】や【秩序】そして【家族】である。司る事象に関わることとなると話は変わってくる。実際、原作でもベルの発展アビリティである【幸運】やミノタウロスと戦闘になる前にそれらしい兆候を見せていた。そう考えると今のヘスティアの勘は当たってる可能性が高い。

 

「……わかった、取り敢えず【豊穣の女主人】に行ってくる」

 

 目元を拭いながら立ち上がる。俺としても原作主人公が死んでしまうのは不本意だ。……それにそんな打算的な考えを無視しても不甲斐ない俺のことを『兄』のようだと言ってくれたベル(家族)のことを見捨てたくはない。地下室の扉に手をかけ、外に出ようとする。すると、

 

「ちょっと待ってくれ直哉くん」

 

 ヘスティアに引き留められた。家族絡みで何かがあったのになんだろうかと振り返ると

 

「ランクアップ、しようか」

 

 ヘスティアが針を片手にニヤリと笑ってそう言ってきた。いや、でも、

 

「いいのか?」

 

 こんな俺なんかが。確かに改心というかヘスティアの言葉で自分を見つめ直すことはできたよ?でも、人はそう簡単には変わらないし、変わらない。根っこの部分ではどう考えてるのかなんて本人で案外わかんないもんだ。そんな意味合いを込めてそう聞き返す。

 

「今の君ならなんの問題もない。ボクはそう胸を張って答えられるよ」

 

 するとヘスティアは俺の考えに気付きながらも笑って返してきた。……心底、眷属冥利につきさせられるよ。全く。

 

「わかった。じゃあ頼む」

 

「おし、わかったとも!」

 

 服を脱いがながら俺はソファーの上に横になる。ヘスティアは俺の上に跨ると背中に血を一滴だけ垂らす。ここ20日間の間に20回同じことをされてきたのにランクアップするという事実に今回はひどく緊張させられる。特別光が強く輝いているなどこれといった変化は特に見られないまま

 

「――――おめでとう直哉くん。ランクアップだ」

 

 ランクアップが完了した。手渡される羊皮紙を受け取るとき少しだけ手が震えた。それでも問題なく受け取ってステイタスを確認する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv2

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【マジックシールド】

・詠唱式【盾となるは、我が身に巡る奔流】

・防御魔法

 

【エクラズ・ワールト】

・詠唱式【停滞の剣よ、我が敵を貫け】

・単射魔法

 

【アヴァニム】

・詠唱式【駆けろ(センター)

・連射魔法

・詠唱変化で能力が変動。

疾れ(ヴェーガ)】:速度強化

拡大しろ(グランドゥ)】:威力強化

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行えば際に魔力や体力の回復効率が上昇し、食事をすればステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 全ての基礎アビリティが0になっていた。それだけ見れば書き間違いかステイタスにバグが生じたかと勘違いするだろう。しかし、レベルに記載された数字が1から2に変わっている。それを見ただけで俺は確かにランクアップしたのだと実感させられた。

 

 胸がひどく熱い。ここまで強い達成感ってあっただろうか。文字通り死線を潜り抜け、努力してきた全てのことが今この瞬間報われたのだと実感できた。

 

「『力が湧いてくる…ッ』みたいなのを期待したかい?」

 

「それ以上にこの羊皮紙を見て涙を堪えるので精一杯だわ」

 

「そっか…。――――ここからは発現した魔法そして発展アビリティの話をしようか」

 

 出た、発展アビリティ。冒険者を始めて間もない頃にエイナから一通り説明を受けていて、簡単に言って仕舞えば基本アビリティから派生したもので冒険者がランクアップをした時のみ発現することのできるアビリティというもの。

 

 レベルが1であったころの俺であれば全く関係のない話だがLv2となった今、この話は大いに今の俺と関わってくる。

 

「発現したのは?」

 

「魔法は4つ。発展アビリティは【狩人】と【魔導】、【剣士】、そして【魔眼(・・)】だよ」

 

 ……え?今なんて言った?魔眼?なんだその

 

「厨二病御用達みたいな発展アビリティは……」

 

「あ、そっちにも厨二病はあんのね」

 

 思わず発現して来た発展アビリティに対して抱いた疑問が口から漏れ出た。正直言って魔法と両立して戦ってたから【剣士】は予想外だった。

 

 だけどそれ以外は想定内だ。『モンスターうん百体倒せるまで帰れません』的なことやってたから【狩人】は発現するとは思ってた。【魔導】に関しても夜な夜な並行詠唱の練習をしてたこともあって発現することは確実だ。

 

 だが、【魔眼】。テメェはなんだ。聞いたことも見たこともない発展アビリティに本気で戸惑いを隠せない。いや、ベルの【幸運】みたいな事例もあるくらいだしありえない話ではないのか?

 

「オラリオ来てまだ日は浅いけど聞いたこともないアビリティだ。未知数なだけあって内容もわからない。普通であればLv1の時にしか発現しない上に効力も強い【狩人】を選ぶべきなのだろう。――――だが、それでもボクは【魔眼】をおすすめするよ」

 

「……それは勘か?それとも」

 

 お前のいやお前ら神々特有の未知に対する好奇心故か?という意味を込めてヘスティアに目を向ける。ヘスティアの蒼い瞳を捉える。そこには我欲が見られず本気で(こっち)のことを案じているのが伺える。それを見て思わずため息を吐きながら無粋だったなと思った。

 

「わかった。【魔眼】にしよう」

 

「いいのかい?決めつけといてなんだけど。こういうのはアドバイザー君にも相談した方がいいんじゃあ……」

 

「俺のことを何よりも考えてくれているお前が決めたんだ。俺はそれに従おう。その結果、クソみたいなアビリティだったとしても俺は笑いながらそれを受け入れるよ」

 

「直哉くん……」

 

 嬉しそうに俺のことを呼んでるなぁ、おい。でもなヘスティアよ。猜疑心の強い俺がこんなふうに考えることが出来るようになったのはお前のおかげなんだぜ?だからもうちょっと胸を張ってくれよ。嬉しそうに俺の名前を呼んだヘスティアに対してそんなことを考えていると。

 

「わかったよ。ほら、背中を向けな!後悔すんなよ直哉くん!」

 

「バッチ来いだ。あ、そうだ。新しい魔法はアヴァニムを含めて全部変更。発現したものだけを全部セットしてくれ」

 

「了解!」

 

 ヘスティアに言われた通り再度ソファーに仰向けになると背中を向け、ながらいくつか注文しつつ再度更新する。また渡された羊皮紙には

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv2

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

魔眼:I

 

《魔法》

【カミエータ・アズール】

・単射魔法

・詠唱式【これは輝石の故郷とされる、遥かな星空、輝ける最奥の片割れなり。束ねるは星々の奔流、それにより生み出されしは極大の彗星。術者の命に従い空を駆ければ星を喰らい、地を駆ければ核を喰らえ。彗星から垣間見える源流は深淵にして恐怖、敵に与える恐怖は免れぬ破滅とならん。我が体を巡る翠玉の輝石の力よ今こそ放たれよ】

 

【グリッター・コメット】

・単射魔法

・詠唱式【これこそ、尾を生じる輝石の光なり。追従する魔力の彗星よ、我が敵を喰らいて走れ】

 

【アラウンド・シュヴェーアト】

・付与魔法

・詠唱式【永続不変の輝きよ、輝石の剣となって我が身を守って敵を穿て。この御佩刀(みはかせ)こそ、天下無双の剣軍である】

・ランクアップに応じて輝石剣の数が変動

 

【ロックブラスト】

・重力魔法

・詠唱式【浮かべ、紫紺の魔力を纏いし岩石よ】

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行えば際に魔力や体力の回復効率が上昇し、食事をすればステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 確かに発展アビリティが追加されていた。我ながらだいぶ早まった上に結構勇気のいる決断だったなと思うし、 新しい魔法が発現したこともめちゃくちゃ嬉しいがそれ以上に発展アビリティを獲得したことに喜びもあるがついにここまで来たなっていう達成感もある。そんな満足感に満たされなが一度目を閉じて目を見開く。すると、

 

 世界の見え方が変わった(・・・・・・・・・・・)。そんな気がした。

 

「どうかしたのかい?直哉くん」

 

 ヘスティアが心配そうにこっちを見てくる。その言葉を聞きながら確かめるようには目を擦って再度この部屋の景色を眺める。視界の色彩に変化はない。これは確実に言える。

 

 でも何かが違う。これも確実だ。……なんと言うか、絵を見た時に見方は同じなんだけどもう一度見てみると一回見た時に気づかなかった何かに気づいたような、そんな感覚だ。

 

 ヘスティアが俺の様子に心配そうな顔をしていると、何か訝しそうにこっちを見るとある変化に気づいて指摘した。

 

「直哉くん。今気づいたんだけど君の瞳の淵の部分が黄金に輝いている(・・・・・・・・)

 

「何?」

 

 ヘスティアの指摘に対して俺は急いで鏡を見た。瞼をめくって確認するとヘスティアの言う通り確かに俺の瞳の淵が黒から黄金に変わっていた。そして俺はこの黄金に既視感を抱いている。

 

 夢の中で煌々と輝く。闇の中ですら跪き、祈りたくなるような三つの円環を描く黄金によく似ていた。

 

「直哉くんすまない。少し早まったかもしれない」

 

 ヘスティアが申し訳なさそうな声で謝りながら頭を下げる。おいおい、なんて声と顔してんのよ。

 

「さっきも言ったけど選んだのはヘスティアかもだが、決めたのは俺だ。お前がそんな顔する哀れはねぇよ」

 

 俺が笑いながらそう答えると。そうだね、と暗い顔をやめて笑い飛ばして来た。そうだ。それでこそお前だ。それでこそ【炉の女神】で俺に家族であると言って来たヘスティアだ。暗い顔なんて似合わない。

 

「それじゃあベルを探してくるわ」

 

「じゃあ僕も探すよ」

 

「いや、俺1人で十分どころか十二分だから平気だから待ってろ。入れ違いになっても困るし」

 

 それに真夜中って言うのに相応しい時間なんだからヘスティアに捜索させるのは気が引けるしね。一応、原作を読んでる身としてはベルがどこにいるのか見当はついてるし、居なかったら別を探せばいい。恩恵ありきの冒険者ならばそれも簡単だ。あとランクアップした自分がどこまでできるのかも知りたい。

 

「わかった。多分大丈夫だと思うけど気をつけてくれ。帰ってくるまでボクも起きとくから」

 

「あい、わかった。あと、寝て待て」

 

「ああ、そうだ直哉くん」

 

「なんだ」

 

 地下室の扉に手をかけながら振り返ると優しく微笑むヘスティアがいて

 

「いってらっしゃい」

 

 そう言って来た。そんな言葉にポカンとしつつもすぐに笑って

 

「いってきます」

 

 そう答え、俺はベルを探しに外に出た。





次回はベルが大きく関わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

I need more power!


今回は一万字越えです、、。本来だともっと早くに投稿するつもりでしたが、どのあたりで区切るかで迷って遅れました。



 

 早速で悪いが皆は人探しをどう思う?

 

 俺はひどく面倒な物だと思っている。何故か?そんなの簡単だ。俺は人を筆頭に探し物の類がビックリするほど苦手だからだ。慣れ親しんだ近場はおろか最悪家の中での探し物ですら2時間3時間かかることすらある。ましてや来て20日程度の街中で人1人探すとなると面倒どころか1日を潰すまである。

 

 まぁ、なんだってこんな話題をあげたかっていうと。

 

「できれば【豊穣の女主人】にいてて欲しいなぁ」

 

 こういうことである。

 

 駆け足になりながら【豊穣の女主人】へと向かう俺。ベルの安否は心配だ。入れ違いになるのは手間もかかるし、まずないと思うが、最悪、腐れ狼(ベート・ローガ)の言葉を受けてやけになって原作以上に深く潜ってしまってダンジョンで気付いたらベルがのたれ死んでいたとかだったらスキルを発動させることも視野に入れる必要がある。

 

 少し悲観な考えを頭の中で巡らせながらも、俺は今の俺の体が、昇華した()の成長ぶりに心底驚いていた。

 

 この世界に来てまざまざと実感させられたことは神の恩恵は凄まじいということだ。

 

 刻んだ体は力を込めれば大岩を退かせたり、走れば文字通り風のように走ることができるようになる。実際、大の大人でないと倒せないはずのゴブリンを子供でも倒せるようになることも知っているし、エイナに不祥事や暴力沙汰にならないよう注意する時の例え話で挙げられていた。恩恵を刻んだ当初は成長していき強くなる肉体に何度も驚かされたこともある。

 

 だが、先ほど行った器の昇華、所謂ランクアップは次元が違った。今までのステイタスの向上はなんだったのかと聞きたくなるほど体が軽く、Lv1の頃では到底引き出せるはずのない速度を問題なく引き出し、そして大袈裟かもしれないが踏み込むたびにみなぎる力が体を突き破って溢れそうになるような錯覚すら感じる。

 

 これは器の成長の余地を無視してランクアップする人間もいるわけだよ。そんなことを考えていると5分もしないうちに【豊穣の女主人】に到着した。

 

 思った以上に早い到着にビックリしつつも躊躇なく扉を開ける。中はこれぞまさに酒場!といったような、絵に描いたような場所だった。

 

 そしてその中でもとりわけ特徴的なのは、【豊穣の女主人】の名に恥じぬ店員全員が女性で構成されているところだ。

 

 しかも全員美女揃いで種族はバラバラ。より取り見取りとはまさにこのことだ。……まあ、1人残らず冒険者で確認できるだけでも最低レベルが3以上だから手を出そうもんならボコボコにされるんだけどね。まあ、そんなことよりも今はベルの捜索だな。そんなことを考えていると、

 

「いらっしゃいませ」

 

 薄緑色の髪を持つエルフの女性店員がこちらに寄って来た。無表情で無愛想に見えるがそれを帳消しにするほどの面の良さ。間違いない俺の前世の推しの1人の【疾風】ことリュー・リオンご本人様だった。

 

 おおう、本当に顔がいい。だけど今は自分の視界の変化にビックリしてる。そっかー、【魔眼】を通して人を見ると世界ってこう見えるのかぁ。

 

「本当に興味深い」

 

「何が、興味深いのでしょうか?」

 

 俺の口から独り言が漏れ出ていた。声は小さかったはずなのだが、と思ったが考えてみれば【疾風】様はLv4。しかもランクアップがいつでもできるLv5よりの、だ。そりゃ小さな声も近くだったら簡単に拾えるわな。

 

 だからってそんな不審者を見る目は良くないだろう?

 

「いやいやなんでもありませんよ」

 

 無害であることを証明するために手を胸の前に出してにっこりと笑いながらそう答える。一度疑ったからか、そう簡単に警戒を解いてはくれなかった。

 

「……わかりました。では、お一人様ようですのでカウンター席にご案内させていただきます」

 

 しかし少しすると完全にではないが、接客するウェイターの態度に戻った。おおっと確かにここの料理の匂いは心を揺さぶられるほどいいけど今回はそのため(食べるため)に来たんじゃあないのよ。

 

「申し訳ない。今日は食べに来たんじゃなくて人探しに来たんです」

 

「人探し、ですか?」

 

「ええ、同じファミリアの仲間でね?こう白っぽい兎のような少年で名前をベルって言うんですが……見ませんでした?」

 

 首を傾げながら本題を切り出すと少し目を見開くリュー……うん長いからリオンにしよう。リオンがいた。少し悩むような素振りを見せた後、すぐに口を開いた。

 

「クラネルさんの知り合いですか?」

 

「ああ、あいつクラネルって呼ばれてるのね。……まぁ、そんなとこだ」

 

「クラネルさんでしたら足音から察するにバベルの方へ向かったと思います」

 

「ご親切にどうも」

 

 この際、足音だけで人の行先の方向を推測したことは無視する。どうやら原作通りになってるぽいな。個人的に探す目処がついたから楽でいい。

 

 俺は一言礼を言うと【豊穣の女主人】のオーナーであるミア・グランドに見つかることなくそのままバベルの下にあるダンジョンへと向かっていった。

 

 

 突然だが、夜の森林や海などと同じように夜のダンジョンは超危険だということを知っているだろうか。これは俺もこっち(ダンまちの世界)に来てからエイナ(アドバイザー)を通して知ったことだった。

 

 初めは『眉唾でしょw』、なんて思いながら夜間にダンジョンに潜ったことがあった。え?結果?めでたく数回ほど死にかけましたがなにか?

 

 なんでこうなったのか。ダンまちの原作にはない夜間帯のモンスターは強化される設定がある?いや違う。夜間帯のダンジョンはモンスターを多く排出する傾向にある?これも違う。

 

 理由は単純、冒険者の数にある。

 

 昼時になると至る所に冒険者を見つけることが出来る。しかし夜間にダンジョンに潜ろうとする輩はよっぽど切羽詰まってる奴を含めてもほとんどいない。そもそもこの世界に夜行性の生態を持つ人間はかなり少く、挙げてギリ狼人(ウェアウルフ)くらいだ。

 

 当然無茶して潜ることも可能だ。だけどそれは俺やフィンみたいに睡眠に対して耐性を持つ人間を除けば完全に自殺行為に等しい。仮に焦りに焦って夜間に行動しても一度ならまだしも連続で行動しようものなら睡眠時間を大幅に削られてバランスを崩し、ダンジョンで最悪の結末を迎える可能性があるからだ。

 

 まぁ、だからと言って数日前の俺はキラーアントの群れやオーク複数体を同時に相手だっても問題がなかった。ましてや今はランクアップしてLv2となった。

 

 そんな俺が今になって。

 

「6階層如きでしくじるわけないんだよなぁ」

 

 いやー、超楽だわ。外で走ってた時から体が強化されまくってることには気づいてたけど実際に戦ってみるとそれをさらに実感できるわ。ウォーシャドウとかニードルラビットがゴミのように吹き飛んでくよ。今の俺の気分は無双ゲーの主人公だ。このペースで進めるんだったら思ってたよりも早く見つかりそうだな。

 

〜1時間後〜

 

「全ッッッッ然見つかんねぇんだけど!」

 

 そう思っていた時期が私にもありました。あれー、おかしいなぁ。全然見つからないんだけど。思わずそうシャウトしながらその場で跪いてしまった。

 

 あれから6階層全域を走り回ってベルを探し回った。にも関わらず全然見つからない。

 

 ミイラ取りがミイラになって俺が迷ったか?そんなことが頭をよぎったが、それはない。マップに関しては毎日通い詰めたことや中層域や深層域と比べると小さいこともあって覚えている。故に通った場所もある程度は覚えられるから同じところをぐるぐると回ることもない。

 

 だったら入れ違い?それもない。いろんなところを巡って戦闘跡は見られた。だが、どう言うわけか入れ違いになったり、さっきまでいたと考えられる程度の時間である10分や20分前の跡と思うには時間が経ち過ぎていた。

 

 いよいよどこに行ったのかわからなくなる。その時、ふと下の階層に繋がる階段に目が入った。

 

 ………いや待て。それはない。というかあってはいけない。ただでさえ今いるところが上層域のモンスターの強さが上がる5層より下だと言うのに初心者殺しと呼ばれてるキラーアントが生息してる7階層に未だステイタスの足りてないベルがいる?

 

 そんな考えはあり得ないと切り捨てつつも嫌な予感が頭をよぎったこともあって俺は7階層に足を運ぶ。

 

 ―――そして戦闘音が聞こえたことで予感が当たったことを悟った。

 

「マジかよ、クソッ!」

 

 急いで強化された聴覚を頼りに音のする方へと走る。音のする方へと向かうため曲がり角を曲がった瞬間、複数体のキラーアントに襲われた。

 

 俺は予め予測していたこともあって問題なくバックステップで回避しつつ腰に履いた片刃の直剣を居合の要領で抜剣と同時に斬り払う。片刃の直剣は豆腐でも切るかのようにすんなりとキラーアントの外殻を寸断し魔石も巻き込んだ。魔石を両断された。

 

 切れ味に驚く暇もなく次から次へとキラーアントが襲いかかる。恐らくと言うか間違いなく戦闘の中心にある奴が仕留め損なった。そしてキラーアントが最後っ屁にフェロモンをぶちまけてそれに寄ってきたのだろう。

 

「頼むから無事でいてくれよ……ッ」

 

 こんなことなら慣れた魔法でもセットしとくんだったと後悔しつつ、俺は全力で武器を振るって進み続けた。

 

 

「うああぁぁぁあああ!!」

 

 己の弱さを振り切るように駆けながら叫んだ。目の前には地べたを這いながら大顎を鳴らして向かってくる巨大な蟻がいる。

 

 虫嫌いであれば思わず失神、仮に虫嫌いでなくとも生理的嫌悪感を隠せない相手目掛けて踏み込み、突進。キラーアントによる大顎の攻撃を身を低くして潜り抜け敵の魔石がある胸に刃を突き立てる。灰となり消えたのを確認すると思わず疲労から座り込みたくなる。しかし、そんなことをする暇もなく次のキラーアントが襲いかかってきた。

 

「は、はっ……はぁっ……はぁ」

 

 ギリギリだった。誰もが見ればわかるような満身創痍。どうやって勝ったのか、いやそもそもどうやって今まで生き残れたのか思い出せない。だが荒い息を整える事もせずに次に襲いかかるキラーアントの攻撃を避けて外殻の隙間めがけて短剣を振り下ろす。

 

 キラーアント達とぶつかり合うベルを突き動かす衝動を作ったのはダンジョンに入る前の出来事は【豊穣の女主人】で起こった。

 

 そしてそこで起こった出来事に対して相応しい言葉があるとするならば『惨め』、『恥晒し』、『滑稽』、『哀れ』とかそんなんだろう。

 

 なんてことはない―――1人の女性(シル・フローヴァ)に誘われたことと主神であるヘスティアが恩恵を更新した時に少し微妙そう顔をしたことを除けば―――いつも通りの日常。腹を満たすためにたまには1人でと自費で飲食店に来ていた。

 

 そんな時だった。【ロキ・ファミリア】が、アイズ・ヴァレンシュタインが【豊饒の女主人】へと来店したのは。初めは大変驚き、そして歓喜しつつ浮かれた。

 

 何せ憧れながらもどうしようもなく惚れてしまった女性がすぐ近くに手の届くところまで来たのだ。恋をした男、ましてや今のベルは思春ど真ん中の14歳。浮かれない方がどうかしている。

 

 暫くの間はチラチラとアイズを盗み見しながら顔をだらしなく緩めることしか出来なかった。何せ話しかけようにも話題はなく、そして緊張のあまりそれどころではなかった。そんな時、ふとミノタウロスでの一件が頭をよぎった。ベルは自分が礼も言わずその場から立ち去ったことを思い出して謝ろうと思った。あわよくばお近づきになれたらなんて思ってもいた。

 

 だが、甘い妄想と考えはいとも容易く粉々に打ち砕かれることとなる。

 

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

 

 話の始まりの言葉はこれだった。声の主はベート・ローガ。戦いたかは知らずともベルはその狼人が第一級冒険者で【狂狼(ヴァナルガンド)】と呼ばれているとだけは知っていた。はじめはなんのことだろうと思い耳を傾け、

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎のことだよ!」

 

 そして次の瞬間には別の意味でベルの心から平静さが失われていた。そこからはまあ酷いものだった。罵倒に次ぐ罵倒、嘲に注ぐ嘲れが(狼人)の口から放たれ続け、それを聞いた周りはそれに合わせるかの如く笑いをこぼした。

 

 ―――惨めだった。悔しかった。泣いてしまいそうだった。

 

 笑い声が響くたびに心の中のナニカがガリガリと削られていくのがよくわかった。せめてもの救いは憧れであるアイズ・ヴァレンシュタインだけは笑わずにいてくれたことだろうか。息が荒なりそうなのを堪えつつも上手く呼吸ができない。そして、

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ベルの中の何かが千切れたのがわかった。その時にとれた行動は、限界を超えてからとれた行動はその場から立ち去ることしか出来なかった。

 

 何一つとして反論できなかった。実際そうだ。自分は何をしていた?さっきまで再会に浮かれ舞い上がってた。で、その前は?強くなりたいとか物語の英雄の中にいるようなようになりたいと思っていながらそれに対してどんな行動を?

 

 そう自問自答を繰り返していく度に自身の頬が熱く目からボロボロと涙がこぼれ落ちていくのがわかる。

 

 ただ自分の倒せるモンスターを安全に狩っていただけだ!そんなので強くなれる訳がない!そんな激情に駆られるままダンジョンに潜り、眼前のモンスターに当たり散らすかのようにひたすら武器を振るった。

 

 強くなりたい!気高くありたい!彼女(アイズ・ヴァレンシュタイン)のようにありたい!そう願う度に自分の体を前に前に突き動かす。

 

「このぉぉおおおおぉおぉ!!」

 

 目の前のモンスターからもぎ取った大きな爪を相手目掛けて突き立てると同時に漆黒の影―――ウォーシャドウが灰となって消える。周りを見渡しモンスターの影がないことがわかると自分が今どこにいるのかを察する。

 

「ろく、かい…そう…」

 

 叫び続けてたことか歯を食いしばりながら戦っていたからかはわからない。いずれにせよ自身の呂律が回らなかった。それでも立ち上がり歩き続ける。死の危険があるのは重々承知だ。それでも尚、今の自分にある感情はたった一つ。

 

「強く…なり、たいなぁ」

 

 ただそれだけだった。それだけのために歩み続ける。そんな時だった自身の視界に下りの階段が、7階層へと繋がる道が目に入ったのは。その時はその場から去ろうとした。7階層の危険性はアドバイザーであるエイナからは忠告として、同僚である兄貴分のマナからは戦ってみた感想として聞いていた。故にその場から離れようとした。

 

 ―――雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ

 

 しかし呪いのように耳にこびりついて止まない狼人の言葉がベルの足を止めた。目線を再度階段に向ける。理解はしている自身が何をしようとしているのかを。自覚はしている自身の行動次第では複数人の人を悲しませることを。

 

 それでも戻れない。今戻ってしまえば前のように周りに甘えてしまうのではないかと思ってしまったから。だから、

 

「強く、ならなきゃ」

 

 死地に踏み込んでしまった。零した呟きを残してモンスターを求めさ迷うように奥へ奥へと進んだ。で、後はご存知の通りだ。初心者殺しとして聞いていたキラーアントと出会して仕留め損なって大量に集まってきた。ただそれだけ。

 

「ぐうぅぅぅうぅ!」

 

 疲弊して動けなくなっていった体を数あるキラーアントのうちの一体が自分の体を吹き飛ばす。何体倒したかわからないけど戦わなきゃ。そう思って体に力を入れるも動かない。近づいてくる沢山の足音。前からも後ろからも意識を戻せば数えるのも億劫になる程いるキラーアント。

 

 完全に囲まれていた。詰みだ。その言葉が頭をよぎる。よっぽどの奇跡でも起こらない限り自分は死ぬのだと理解する。だったらせめて死ぬ直前くらいは誇れるような終わりが欲しい。そう思うと限界まで力を込めて立ち上がれた。モンスターに短剣を向けると強く握りしめた。

 

「僕は……強く……っ「はい、そこまで」

 

 自殺行為ともとれる突撃を実行しようとした自身の横を気軽な言葉が遮った。そしてそれと共に放たれた銀の閃光は自身が苦労していたはずのキラーアントを一振りで複数体を同時に絶命させていた。

 

「マ…ナ……?」

 

「おう、マナだ。絶賛家出中だった上についさっきまでヘスティアに論破されて凹んでたマナだ」

 

 目の前にいる男が誰なのか知ってる。だって紛れもない自身のファミリアなのだから。それを理解した瞬間、体から力が抜ける。倒れ込む自分を咄嗟に受け止めてそっと寝かせた。

 

「ちょいと待ってな」

 

「待っ……て…」

 

「安心しな。―――そんな時間はかかんねぇから」

 

 瞬間、自身の視界からマナが消え、それと同時にキラーアント達が弾けたように消滅していった。そして理解する。マナの行動に自分の目が追いついていないことに。それを知らされる度に自身の胸が酷く痛むのがわかる。

 

 眼前に迫るキラーアントが大口を開いて襲いかかるも、魔石目掛けて剣を突き立てたマナがそれを容易く防ぐ。参ったなぁ、とボヤきながら何かを思いついたような顔をすると詠唱を開始した。

 

「【永続不変の輝きよ、輝石の剣となって我が身を守って敵を穿て。この御佩刀(みはかせ)こそ、天下無双の剣軍である】、【アラウンド・シュヴェーアト】」

 

 詠唱が完了し、魔法名を唱えると同時に彼の周りに5本の蒼い剣が現れた。彼の持つ魔法の【エクラズ・ワールト】に似ていると思っているとマナが得意げそうな顔をしていた。

 

「新魔法のお披露目ってね。さあ、行け!剣よ!」

 

 そう言いながらキラーアントに指先を向けて叫ぶ。が、一向に飛ばすうんともすんとも言わないでその場を漂っていた。

 

「あれぇ!?動かないのぉ!?えぇ……そんなのないよ。魔力が全くの無駄だったじゃん。いや待てよ。確かエンチャントだったよなこれ」

 

「危……ない…ッ」

 

 一通り叫んだ後に何かに気付いたのかぶつぶつと考え込むマナめがけてキラーアント達が飛びかかる。咄嗟に叫ぶも間に合わないことはわからされる。ダメだ直撃する。そう思った瞬間、キラーアント達は5本の輝く剣達に両断された。

 

「ぇ」

 

「ああ、なるほどこう使うのね。ベル、聞こえてるか?今は寝とけ。目が覚めた頃には全て終わってる」

 

「待っ……て………」

 

 そう言うマナに手を伸ばそうにも力が入らず情けなくその場でポトリと落ちる。声を出そうにも掠れた声しか出せない。そうしている間に次々とキラーアント達が殺されていく。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインと出会う前に出会ってしまったもう一体のミノタウロスが頭をよぎりって理解する。また、自分は、どうしようもなく弱い僕は、彼に助けられるのだと。

 

 それを自覚したらもう無理だった。目からまた涙が溢れた。それしかできなかった。

 

 

「はい、これでラスト」

 

 自身の周りを旋回する5本の剣が最後のキラーアントを灰にかえる。いやー、ハズレ魔法使わせやがってクソがとか思ったり、どうやってベルを守りながら戦おうかと思ったけど使い方さえわかればめちゃくちゃ簡単だったな。

 

 そう思うほど今回使用した魔法は便利だった。純粋に相手目掛けて剣を射出することで攻撃に用いるもよし、剣を味方や自分の周りを囲うことで防御に使用するもよしと正に攻防一体。某スタイリッシュな鬼ぃちゃんが頭をよぎったがこの際気にせずにいようか。じゃあさてと

 

「ベル、無事ー?」

 

 ベルの容体はどんな感じかなぁ。そう思いながらベルの体に目を向ける。全身余すことなく血に塗れ特に脇腹や二の腕部分などは負傷してあるからか血が濃い。思ってたよりも重症だなと思い、虚空からポーションを取り出してベルの頭を軽く持ち上げてゆっくり飲ませる。

 

 一本が空になってもまだ体力が回復しきってない可能性も考慮して、もう一本飲ませる。なんでポーションをこんなに持ってるかと言うとそもそも俺自身がポーションをそんなに必要としていない。俺のスキルは文字通り寝てりゃ治るためにポーションはいらないし使う機会が少ないのだ。まあ、マジックポーションは使うけどね。そんなくだらないことを考えている間に

 

「はい完治」

 

 ベルくん完全復活。体力も一通り戻ったのか立ちあがろうとするベル。手を差し出すと問題なく掴んで立ち上がることができた。手を離して立てるのか確認する。うん、ふらついてもいないな。さてと、じゃあもうここに用はない。

 

「さっさとホームへ帰るぞ。ヘスティアが心配してる」

 

 そう言いながら俺はダンジョンの登りの階段目掛けて足を運び始めた。ベルもそれについてくるだろうと思った。が、

 

「……嫌です」

 

 ベルの口から出たのは拒絶だった。その言葉に俺は足を止めて振り返る。

 

「今なんて?」

 

 驚きつつも思わず聞き返す。聞き違えじゃなきゃ、今完全に拒絶されたよね?いや、別に断るのは珍しくないよ?でも、ヘスティア絡みで断ってきたのは何気に初じゃね?

 

「マナは先に戻ってくれ。僕は……」

 

「いや、今戦ってもただ無駄死にするだけだぞ?」

 

 俺を先に帰るように言うベルの言葉に俺は首を傾げながら無駄であることを宣告する。その言葉を聞いてベルは悔しそうに顔を下に向けた。それを見て俺はなんとなくだが、原作通りの展開を迎えたのだと察する。

 

 さて、どうしたものか。このまま帰るにしても、今のベルはかなり不安定だ。仮に激情のまま戦っても結果は丸わかり。良くて引退沙汰のケガを負うか、最悪死ぬ。となると取れる選択肢は一つだけだな。

 

「話せ」

 

「え?」

 

「キツイかもだが何があったか話せ。そうすりゃ少しはスッキリするだろ」

 

 詳しく話す。これに限る。完全に体験談だが、自身のうちで溜め込めば限度がある。だけど、誰かに話すことで共有したと言う意識が生まれ自分1人で抱え込むような感覚が無くなり、心が軽くなったように錯覚するのだ。

 

 ベルの目は危うい、だがそれ以上にテコでも帰らないのが良くわかる。手っ取り早くタコ殴りにして気絶させてから帰ると言う手段もあるがそれじゃあ根本的な解決にはならない。だからスッキリさせてある程度安定してからだったら戦わせることができる。

 

「でも、場所はどうするの?」

 

「ん?ああ、安心しろ今から作る」

 

「え?」

 

 ベルの困惑をよそに俺は周囲に旋回する剣を壁に向けて放ち、突き立てる。そして、

 

「【フラゴル(炸裂しろ)】」

 

 スペルキーを唱えた瞬間、派手に炸裂し大穴を開けた。ドン引きするベルをよそに開いた大穴に腰を下ろして手招きをする。ベルは恐る恐るといったような態度で座るとポツリポツリと話し始めた。

 

〜10分後〜

 

「そう言う、ことなんだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 ベルは俯きながらも一通り話し切った。いざ本人の口から聞いてみるとこれほど酷いことはないな。つーか、逃したのはロキのところの連中だし。もっと言って仕舞えば第一級と第二級が両手の数の倍近くいながらLv2ごときのミノ公と追いかけっこで負けると笑えないんだが。つーか、俺は死にかけたしこの辺りは原作と違うと思ってたんだけどなぁ。

 

「だから、僕……強くなりたいんだ」

 

「強く?へぇ、なんだって急に?」

 

「許せないんだ。嫌なんだ。何もしてないのに、何かを期待してた僕自身が……」

 

 何もしてない……ねぇ。まあ、確かにベルは基本的にダンジョンに潜った後に鍛錬とかをしたところは見たことがなかったしね。冒険の一つもせずに【剣姫】に追いつけるかななんて言ってたのを気にしてるのか。

 

 うん、メッチャいいじゃん。自分のダメなところを自覚してそれを率先して潰そうとしてるんだろ?ほんの数時間前の俺よりも遥かにいい。何せあの頃の俺は自覚しておきながら見ないふりしてたからなぁ。よし、そうと決まれば。

 

「手始めに朝までいってみようか」

 

「え……?」

 

 困惑を表情に浮かべたベル。まぁ、そりゃあ連れ戻しに来たよー、って言ってたはずの奴がじゃあこのまま残ろうかって言えばこうなるよなぁ。でも、ベルは今正に変わろうとしている真っ最中だ。そんなところに安全マージン働かせて戻らせるのは無粋ってもんでしょ。

 

「ま、死なない程度にな?まあ、俺がいる以上は死なせんけどな」

 

「マナ……」

 

 呟くように、嬉しそうに俺の名前を呼ぶベル。……うーん、可愛いけど男なんだよなぁ。性別変えらんないかなぁ。そんなことを考えている間にツノを生やした兎の見た目をしたニードルラビット、明らかに俺の身長くらいの大きさはある蝙蝠バッドバッド、先ほど飽きるほど倒してきたアリンコ、キラーアントが壁から生まれてきた。

 

 まるでこっちの意をくんでくれたかのように溢れてくるモンスター。それを見ながら俺は笑った。ベルもそんな俺を見て苦笑いを浮かべながら短剣を前に構えた。

 

「安心して進め」

 

「うん、背中は任せた」

 

 その言葉と共にベルはモンスターの群れに突っ込み、俺もベルの援護をすべく発動させた魔法をモンスターの群れに放った。

 

 ……そういえばヘスティアになんて言い訳しよう。取り敢えず今は目の前のことに集中することにした。






一方その頃ヘスティア
「遅いなぁ、直哉くんにベルくん……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイホーム


少し短めです。後、しばらく海外旅行に行ってきます。ペースが落ちるか最悪20日ほど投稿は出来ません。出来ればすぐに復帰しますので期待して待っていただければ幸いです。


 

 あれからひたすらにベルと共に行動を共にした。キラーアントを筆頭にインプやニードルラビット、果てはこちらの階層に上がってきた10階層あたりに巣食ってるはずのハードアーマードなども相手取ってた。意外なことにベルは対応能力が俺よりも高く初めこそ手こずってはいたが、すぐに相手の動きを見切れるようになっていた。

 

 そして戦いの終わりを告げたのはベルの根負けでも、モンスターがこれ以上現れなくなったわけでもなく。

 

「まさか短剣のほうが先に根を上げるとわなぁ」

 

「うぅ……申し訳、ありません」

 

 ベルの持つ駆け出し用の武器が壊れたことだった。ベルは俺に背負われながら申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「いや、謝んなよ。むしろよく今の武器が保ったほうだろうに」

 

 ハードアーマードの時とか外殻にぶち当たって刃こぼれしまくってたしね。あれで折れるのが秒読みになってたなぁ。それにあの武器で通用する階層は5〜6であってそれより下は腕がよっぽど優れていない限り確実に戦ってる最中にへし折れてる。

 

「あの、マナ?もう立てるから下ろしてくれてもいいよ?」

 

「怪我人がよう言うわ。いいから黙って背負われとけ」

 

 ベルくん?君の顔今半分が血で濡れてるからね?ポーションって傷は治してくれるけど汚れまでは落とせないんだよ?ほんと、鏡で見せてやりてぇよ。俺の言葉にベルは反論することなく体を預けると今度は聞いてくる。

 

「ねぇマナ……」

 

「ん?なんだ?」

 

「……僕、強くなれるかな」

 

 ……まあ、そりゃあ今日、いや昨日はあんなことがあったんだ。誰かに聞いてもらわなきゃ不安にもなるわな。でも、そんな弱気にならずとも案外今日のことを通してはっきり言える事はある。

 

「さぁな。そりゃ、お前次第だ」

 

 答えは『わからない』。そんなもんだ。

 

 これは原作の主人公だからとかじゃなくて俺から見たベル・クラネルという一個人に対しての意見だ。単純に肯定するのも一つの手なのだろう。だけどそう易々と出来るでしょって肯定すればいいってもんじゃあない。肯定してしまってベルから力が抜けて仕舞うのは俺としても望ましいことじゃないからね。

 

 まあ、そういう考えを抜きにしても。今回のベート・ローガの言葉との出会いを良い方向に進めるも悪い方向に進めるもアイツ(ベル・クラネル)次第。進んだ方向が正しくとも原作のように栄転するとも限らないし、逆に悪い方に進んだら栄転するかもしれない。未来の形なんて案外神様や原作というある種の未来を知ってる俺にだってわからないもんなのだから。そんな保証もないのに無責任になれるだろ、なんて言えない。まぁ、そんなことを考えている間に、

 

「着いたぞ、ベル」

 

 地上に続く階段に到着した。思ったよりも早く到着したなぁ。途中で襲ってきたモンスターも新しく習得した魔法(エンチャント)のおかげで難なく切り抜けられたから苦労はしなかった。……マジであの魔法便利だったな。しかもレベル次第で強くなんだろ?しばらくはあの魔法を重点的に練習するか。

 

「朝……」

 

「お、日の出かぁ。いいね」

 

 バベルの地下から這い上がるかの如く地上に出た俺とベルを出迎えたのは丁度日が登り始めて照らされつつある街並みだった。なんやかんや俺は一日中鍛錬することもあって夜明けを見る機会は何度もあった。でも、誰かと共に日の出を見るのは前の世界を含めても初なのかもなぁ。なるほど、案外悪くない。

 

 ああ、そうだ忘れてた。

 

「なぁ、ベル」

 

「なに?マナ」

 

「俺の本名はさ。マエザワ・直哉っていうんだ」

 

 俺は改めて自己紹介を行なった。ヘスティアとの対話で喜劇的であろうが、悲劇的であろうがどんな形であれ俺はこの世界で骨を埋めること決めた。だからせめて俺のことを知り、そして覚えていて欲しい。そう思ったから身内だけには本名を明かすことにした。

 

「マエザワ…直哉?」

 

「そ、極東出身でな。名前が直哉ね?」

 

「なんで、偽名なんか」

 

「ま、俺にも色々あんのよ。それはいつか話すさ」

 

 仮に今このタイミングで実は俺は異世界人でしたーなんて言っても信じられないだろうしね。……いや、ベルだったら案外信じるかもな。

 

 困惑する気配を背中越しに感じる。まあ、そりゃあ長くはないとはいえ1ヶ月近く生活を共にしてきた奴が偽名だったって聞いたら困惑もするわ。でも、初めて会った時は名前も本性ももしかしたらこの身体ですらも偽っていた。そんな俺にとってはある意味初めて本当の自分を明かしての自己紹介なんだ。大目に見てくれよ?

 

「なんて呼べばいいかなぁ」

 

「あー。外でだったら今まで通りでいいけど、ホームとかヘスティアとかのファミリアのメンバーみたいに関係ある奴のみは直哉って読んで欲しい」

 

「出来るかなぁ」

 

「無理ならいいぞ?」

 

「いや、頑張ってみる」

 

 そっか、と言いながら俺はホームに向けて足を運ぶ。我ながら無茶を言っている自覚はある。疲れたきってうまく脳が動いてないタイミングでいきなり本名は違ったことや呼び方はホームと外で分けて欲しいなんて言われたら困惑するし、俺なら場とタイミングを考えろやボケくらいは言う。

 

「ねぇ、マ…直哉」

 

「自分のペースでいいぞ」

 

「ありがとう。……あのさ、言うのが遅れてごめん。その…ミノタウロスから逃げたとき、置いていっちゃって……」

 

 ああ、何かと思ったらあの時のことね。

 

「いいよ別に。あん時逃げるように指示したのは他でもない俺だからな」

 

 気にする必要なんてどこにもない。なにせ逃してちょっとしてから『あれ?これもしかして原作でベルを追っかけてたミノタウロスじゃね?』とか考えた後にベルに押しつければよかったとか我ながらクズみたいなこと考えてたから。

 

 俺が問題ないと言っても背中から感じられる悔悟の念は治らない。まあ、責任感の強いベルのことだ。生きててラッキーとは思えないし、寧ろ気を使わせてるとでも思ってすらいそうだな。んー、そうだなぁ。

 

「よし、じゃあベル。これは契約だ」

 

「契約?」

 

「そ、ちょっとカッコつけた言い方だけどようは約束だ。――――この先、俺がどうしようもなくなった時があるかもしれない。その時は俺を助けてくれないか?」

 

 ま、もっともあのぶっ飛んだスキル(死に戻り)を持っていながらそんなことは無いと思うけどネ。仮にあのスキルありきでどうしようもないことがあったらそれこそいよいよ手のつけようのない世界規模のなにかが起こることだろうしな。

 

「――――うん、必ず助けるよ」

 

 ベルは言葉から感じられるほど決意を固めたように俺の言葉に助けると答えてくれた。……今まで全てを偽ってきた俺の起こるかもわからないSOSに対して迷うことなくYESと言いますか。多分というか間違いなくベルの言葉に嘘が見れないあたり、ほんとに優しいねぇ。

 

 俺は背負われてるベルの言葉にケタケタと笑いながらホームへと足を運んでいった。

 

 

 見慣れてきた少し崩れた教会が目に映る。そしてそんな教会の前で我らが主神、ヘスティアが蹲るような形で座り込んでいた。……って、おいおい。

 

「寝て待ってろとは言ったけど外で待てともいってないんだけどなぁ…」

 

 なんていうか色々と申し訳ないし、これならベルのことボコってでも、もっと早くに帰るんだったわ。さてと後ろからベルの「神様……」って呟きも聞こえてることだし心苦しいけど、起こしますか。

 

「ほら、ヘスティア。そんなとこで寝てたら風邪引くぞ」

 

「うぅん……」

 

 ヘスティアの体を揺すって起こそうとする。運ぶだけなら今のLv2の体なら問題はないだろうけど今背中に怪我してるベルもいる上に起きたら驚いて体を大きく動かす可能性が高い。そうしたら怪我すんのなんて目に見えてるしね。

 

 俺の独白をよそにヘスティアは顔を上げて目を擦って顔を上げる。寝起きだったからかすぐには俺たちに気づかなかったが、何度か瞬きをした後に何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「ただいま」

 

「ベル君!直哉君!」

 

「おっと」

 

 軽く言葉を告げると至近距離から出した速度とは思えないほど早く俺の胸に飛び込んできた。いきなりのことで少し体が揺らいだが、問題なく受け止めることは出来た。

 

 

「ベルくんに直哉くん何処に行ってたんだい!?心配したんだぞ!」

 

「あー、すまんヘスティア。ダンジョンに行ってた」

 

「はぁ!?」

 

「ま、詳しいことはベルに聞きな」

 

 俺はそう言うと背中に背負ったベルをゆっくりと下ろして話すように促す。ヘスティアとベルが見つめ合い、場に重い空気が流れる。俺はこの場では茶化すこともせずにただ成り行きを見守っている。原作に関わらずベルが口にする言葉を知っているから。

 

 ベルは俺の手を借りずに膝に力を入れながら立ち上がると決して目を逸らすことなく、

 

「神様……僕、強くなりたいです」

 

 そう告げた。その一言にどれほどの想いが込められているのかなんて俺にはわからない。それでもその言葉にはベルの並々ならない本心が込められていることがわかった。重さに関してもダンジョンの中であれだけ吠えたんだ、その宣言の重さなんて考えるまでもない。

 

 まあ、何にせよだ。

 

「――――お帰りなさい2人とも」

 

「ん、ただいま」

 

「はい、ただいま神様」

 

 ヘスティアの笑顔とベルの笑顔が見れただけでここまで頑張った甲斐というものがあるよ、本当に。

 

 二人の嬉しそうな顔を見た俺はすこしだけ微笑むことが出来た。

 

 

 あの後、血だらけのベルと多少は返り血で汚れた俺はそのままシャワー室に向かわせて血を洗い流した。そんな時、心情に余裕が出たからなのか改めて自分の体を見てみた。

 

 少し前の俺だったらビックリするような見事なシックスパック……とまでは行かないが四つまでははっきりとしていて残り二つは後もう少しではっきりと見えると言えるほど鍛えられていた自分を見て案外俺も前に進んでるんだなぁ、なんて思えた。

 

 俺はわりと余裕があったしそのままで通うと思って私服に着替えたのだが、流石に睡眠は取れと言われて無理矢理だが寝巻きに変えられた。すると、

 

「そうだ!折角だし三人で寝ないかい?」

 

 ヘスティアがそんな提案をしてきた。いやまあ、仲が良いのは大いに結構だし、寧ろウェルカムだよ?でもさ、

 

「ベットはそんなデカくないから無理じゃね?」

 

「うぐぅ」

 

 無粋なのは承知でヘスティアに流石にサイズ的に無理があることを告げるとぐうの名も出ないとはまさにこの事とでもいいたげな呻き声を上げた。しかし、意外なことにヘスティアの提案を肯定したのは

 

「いいですよ……じゃあ一緒に寝ましょうか」 

 

「お?」

 

「なぬぅっ!?普段は照れ臭がる君にしては珍しいじゃないか!?にしても……ウヘヘ、なんか照れ臭いねぇ」

 

 我らが主人公のベル・クラネルだった。まあ、知ってると思うがヘスティアの言う通りベルは本気で照れ屋だ。

 

 普段のヘスティアのコミュニケーションさ基本的にゼロ距離だ。実際、俺もヘスティアに「一緒に寝ないかい?」的な誘いを受けたことがある程度には。まあ、普通に断ったけどね?下世話な話になるが、その豊満な体付きもあってベルでなくとも少したじろぐだろう。

 

 そんなコミュニケーションに対してベルは普通だったら問題ないが抱きつかれたりすると面白いくらいに慌てふためく。そんなベルが珍しく照れることなく受け入れたのだ。ヘスティアも驚くのも無理はない。

 

 まぁ、単純に疲れてるだろうから多分半分寝ぼけてるだけなんだろうね。あ、ベットに倒れ込んだ。どんだけ疲れてんのよ、もう寝てんじゃん。

 

 さてと、俺はソファーで寝ますかね。そう思いながらソファーに向かおうとすると袖が引っかかった。誰かはもう予想がついていたが、ヘスティアがニヤニヤと笑いながら君も来なよと言いたげな目でこちらを見てきた。

 

 断ってもしつこく言ってくるのは目に見えていたこともあって俺は素直にベットに倒れ込み、ベル、ヘスティア、俺の順番で川の字で眠った。久々の川の字に照れ臭い感覚があったが、それ以上に暖かい感覚に包まれた。どうしてか夢は見なかった。

 

 え?ベルもいたけどヘスティアと寝た感想?……女神と寝たなんて字面だけならエロいのに、エロい感覚なんて微塵もなかったよ?…だけどめちゃくちゃ気持ちが良かったです、まる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

驚愕

すんません。前の話は消しました。理由は久々に確認してなんでこんなの投稿したんだろうってなったからです。大変申し訳ございませんでした。
今回の話は消した話の修正版だと思ってください。前半は似てますが後半は全く異なります。


しっかり休んで目覚めたらベッドで三人で並んで寝てたんだ。その睡眠はこっちに来て最高の眠りと言えるほどの安眠具合だったんだ。そんな中で目を覚まして目の前に女神の如くというか女神そのものなんだが、傾国レベルの美女がビックリするようなやつがいたらびっくりするわけでさ。

 

「いやー、まさか君がボクの顔を見て驚いてベッドから滑り落ちるなんてねぇ。朝からいいもの見せてもらったぜ?なぁ、ベルくん?」

 

「あ、あはは……」

 

「…うっせぇわ」

 

 ヘスティアに揶揄われ、ベルにはどういう顔すればいいのかわかんないみたいな顔しながら苦笑いされることに流石に羞恥心を抱きながら顔を逸らして床に座り込む俺。

 

 ……ええ、そうですよ。ヘスティアの言う通りですよ。でも、仕方ありませんかねぇ、だって目が覚めたら信じられないほど綺麗な顔が目の前に広がってたんだよ?童貞臭いって言われるかもだけど誰だってこうなるって。

 

 

 あの後行ったことはヘスティアにステイタスの更新をしてもらうことだった。理由としては流石にベルも俺も一晩使ってダンジョンで鍛えたのだから折角だしステイタスの更新をしてみないかというヘスティアの提案が理由だった。因みに俺のステイタスの上がり具合は以下の通り。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

マナ・キャンベル(マエザワ・直哉)

 

Lv2

 

力:I0→I21

耐久:I0→I14

器用:I0→I52

敏捷:I0→I34

魔力:I0→H109

 

魔眼:I

 

《魔法》

【カミエータ・アズール】

・単射魔法

・詠唱式【これは輝石の故郷とされる、遥かな星空、輝ける最奥の片割れなり。束ねるは星々の奔流、それにより生み出されしは極大の彗星。術者の命に従い空を駆ければ星を喰らい、地を駆ければ核を喰らえ。彗星から垣間見える源流は深淵にして恐怖、敵に与える恐怖は免れぬ破滅とならん。我が体を巡る翠玉の輝石の力よ今こそ放たれよ】

 

【グリッター・コメット】

・単射魔法

・詠唱式【これこそ、尾を生じる輝石の光なり。追従する魔力の彗星よ、我が敵を喰らいて走れ】

 

【アラウンド・シュヴェーアト】

・付与魔法

・詠唱式【永続不変の輝きよ、輝石の剣となって我が身を守って敵を穿て。この御佩刀(みはかせ)こそ、天下無双の剣軍である】

・ランクアップに応じて輝石剣の数が変動

 

【ロックブラスト】

・重力魔法

・詠唱式【浮かべ、紫紺の魔力を纏いし岩石よ】

 

《スキル》

【】

 

万魔知覚(パンデモニウム)

・常時発動型

・ランクアップにつき魔法のスロット数の上限突破。

・取得魔法の保管が可能。

・ステイタスに刻む魔法の選択が可能。

・魔法使用時に効果、威力の超過強化。

・魔力のステイタスに対して超過強化。

 

褪人肉体(スピリチュアルボディ)

・常時発動型

・自身の所有するあらゆる無生物を自身の空間へと自在に格納。

・食事や睡眠の必要性を大幅に軽減。

・睡眠を行えば際に魔力や体力の回復効率が上昇し、食事をすればステイタスに対して好影響を引き起こす。

・気が狂わなくなる。

 

戦灰動作(モーションアシスト)

・任意発動型

・魔力を消費することで熟練度に比例した技を最適解の形で放つことができる。

・器用のステイタスに対して高補正。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 トータルで200オーバー。うーん、時間に対して上がり具合が低いな。これがレベルが上がった弊害なのかねぇ、などと思いながら服をを着直す。

 

「そ、そんなに伸びてるんですか!? 僕のステイタスっ!」

 

「あぁ、今の君は恐ろしく成長する速度が早い、言っちゃえば成長期だ」

 

 俺が立ち直した後にヘスティアがベルのステイタスを更新を開始。その結果にベルが驚愕しヘスティアはその理由をなんとなくぼかすように説明していた。原作通りスキルに関しては伏せておく形になった。まあ、これに関しては嘘を弄するのが下手糞なベル君だから隠しておくのは原作を知っていようが知らないでいようが隠しておくのは賛成だし、当然だとは思う。

 

「これはボクの見解に過ぎないけど。直哉君もそうだが君にも才能があると思う」

 

 ヘスティアの言葉に隠す余裕がないのか口元がにやけさせるベル。まぁ才能があるなんて褒められれば、誰だって嬉しいもんだ。それも大切な人物(神物)なら尚更だ。なんだったら間違いなく俺も似たような反応はする。

 

 因みに何となしに察している俺の場合は神に対しても嘘をつけるからガンガン嘘をついて誤魔化してくれだと。ある意味では信頼されてるのはありがたいが、神相手に嘘をつける(・・・・・)のと隠し通せる(・・・・・)のは別だから少し不安だ。

 

「君はきっと強くなる。そして君自身も今よりも強くなりたいと望んでいる」

 

「はい」

 

 即応するベル。その返事には強い意志と覚悟が感じさせられた。

 

「……その君の意思は尊重する。応援も手伝いもする。力も貸そう」

 

 ヘスティアもその意志を感じ取ったのか、ベルと目を逸らすことなく言葉を続けていく。そして、

 

「だから約束して欲しい。もう無理はしないって……お願いだから、ボクを置いていかないでおくれ」

 

 慈愛と心配の混ざった顔でベルにそう頼んだ。一ファンとしてそしてそれ以上にヘスティア・ファミリアの眷属としてこの場面を誰よりも近くで見聞きすることができたという事実に俺はひどく満たされた。

 

「はい、無茶しません。強くなれるように頑張りますけど、絶対神様を置いていきません」

 

 そしてヘスティアの言葉に対して誓うようにそう宣言するベル。あぁ、最高だ。

 

「わかればよろしい。そして君もだぜ、直哉くん。以前も言ったけど無茶してボクを置いていくようなまねだけはしないでおくれよ?」

 

無問題(もーまんたい)だよ、ヘスティア。流石に今回の一件である程度はこりてる」

 

「ある程度?」

 

「言葉の綾だ。忘れてくれ」

 

 俺の言葉にジトっとした目線を送るヘスティアに俺は降参したように両手を上げ、そう告げる。そんな俺にヘスティアは軽くため息を吐き、ベルは「はは…」と渇いた笑みを浮かべる。

 

「あ、そうだ。ベル君、直哉君。今日から二、三日留守にするけど構わないかな?」

 

 いきなりのヘスティアの発言に俺もベルも目を丸くする。

 

「ん?」

 

「何処へ行くんです?神様」

 

「あぁ、ガネーシャがパーティーを開くそうでね。ちょっと行ってくるんだけど他にも用事を済ませてこようと思うんだ」

 

「ガネーシャ?あぁ」

 

 そこまで聞いて俺はなんとなくヘスティアのやりたいことを察した。

 

「まぁ、なんだ気をつけろよ?神々ってのは一癖も二癖もあるからな」

 

「ボクも神だからな、直哉くん?」

 

 ケケケ、という声が聞こえてきそうな声で俺がそう言うとヘスティアはオイコラ、とでもいいたげな顔でこっちを見てくる。そしてふとある事を思い出す。

 

「ああ、そうだ」

 

 そう言うと同時に俺は虚空に手を突っ込んで大きく膨らんだ袋を取り出し、ドシャっという音を袋から鳴らし机に置く。

 

「なんですかこれ?」

 

 ベルが不思議そうに袋を眺めながら聞いてくる。

 

「中に数百万ヴァリス入ってる。納めてくれ」

 

 その質問に答えるように俺は告げると。ベルとヘスティアが2人仲良く固まる。おーおー、見事に石みたいになったらぁと思い10秒ほど経過した。そして、

 

「「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」」

 

 教会が揺れたんじゃないかと錯覚するような馬鹿でかい声が地下室に響き渡る。なまじ少し狭い部屋なだけあって割と耳が痛い。

 

「うるっっさっ!」

 

「『うるさい』じゃないよ!どこで手に入れたんだそんな大金!?」

 

「どどどど、どうしましょう神様ぁ!もしかして直哉、ヘスティア・ファミリアの財布事情を気にしてやらかしたんじゃあ!?」

 

 ベルの言葉にありうるとでも言いたげな顔をすると同時にヘスティアの顔が青く染まるのがわかった。

 

「おい待て!やらかしたってなんだやらかしたって!」

 

「じゃあ、どこで手に入れたんだそんな大金!1日2日で稼ぐことが無理なのは明白だろう!?」

 

「ま、まさか自分を担保にかけて……」

 

「アホか、ロキ・ファミリアからの謝罪金じゃい!」

 

 あんまりにもあんまりなことを言ってくる2人に若干キレながら金の出所を告げる。

 

「え?」

 

「ロキだって?」

 

 すると2人は再度固まる。しかし先ほどとは違って意外な場所からの出所だったからか騒ぐことはなかった。そんな2人を見ながら俺は事情を全て説明していく。

 

「なるほどね…」

 

「わかってくれたか」

 

「死にかけた云々は流石に見逃せないけどね。まぁ君が危ない橋渡って手に入れた金じゃないことはわかったよ」

 

 ヘスティアの言葉にホッと息を吐く俺。流石に冤罪で2人から攻められるのはごめん被る。納得したからか今度こそヘスティアはガネーシャの元で行われるパーティへ向かおうと地下室から出ようとする。

 

「行ってらっしゃい神様」

 

「気をつけろよー」

 

「あぁ、期待して待っていてくれたまえよ。タッパーを持てるだけ持って行って料理をたっぷり持って帰ってくるからね」

 

 ヘスティアの言葉にパーティーで振る舞われる料理をタッパーに詰めて持って帰ってくるってのはちょっと良識的にくるなーと思う反面ぶっちゃけ神々が食べてる料理ってのは非常に興味がある。なまじ他人の作った料理を最近食ってないから尚更。

 

 因みに金に関しては俺が預かることになりました。まぁ、空間に収納するなんて言うスキル持ってたら下手に隠すよりもそっちの方が安心感があるよね。

 

 





少し短めですみません


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。