笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ (マーキ・ヘイト)
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第零章 始まり
プロローグ


皆さん、初めましてマーキ・ヘイトと申します。
新しい年の幕開けには、新しい物語を。
という訳で初投稿となりますが、どうぞ暖かい目で見守って頂けると幸いです。


 何処までも広がる冷たい闇。上下左右の区別が全く付かない。風の音すら聞こえない無音の世界。数秒いるだけでも息苦しく感じる。そんな場所に少年が一人座り込んでいた。周りは何も見えない筈なのに、少年の姿だけはハッキリと視認する事が出来る。しかし、何故だか“顔”だけは暗闇が覆っていた。

 

 

 改めて少年の周りを注視すると、そこに何者かが立っていた。全身真っ黒の存在。男なのか女なのか、そもそも人ですら判断する事が出来ない。“それ”は少年に何かする訳でも無く、只じっと見つめていた。

 

 やがて少年はゆっくりと顔を見上げる。恐らく口から発せられているであろう言葉は、静かに闇の中へと消えていく。

 

 だが、何故かは分からないが少年が何を言っているのか、聞き取る事が出来た。

 

 

 

 

 

 愛とは何か……。

 

 

 

 

   

 

 友情とは何か……。

 

 

 

 

   

 

 信頼とは何か……。

 

 

 

 

 考えれば考えるほど分からなくなっていく。

 

 

 

 それは疑念。答えの無い問い掛けであった。勿論、側にいる“それ”に話し掛けている訳では無い。自分自身に問い掛けている。次第に問い掛けは激しさを増していく。

 

 

 

 

 愛も友情も信頼も全てはまやかしだ。愛があるならなぜ戦争が起きる? 

 

 

 

 

 友情があるならなぜ虐めや差別が存在する? 

 

 

 

 

 信頼があるならなぜ裏切りがある?

 

 

 

 

 只のひねくれものなのだろうか。それとも深く考えすぎなのか……。

 

 

 

 

 分からない。分からない、分からない、分からない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない…………。

 

 

 

 

 繰り返される自問自答。見上げた顔を下ろし、両手で顔全体を覆う。そこには喜びや悲しみ、怒りなどの感情は見受けられない。そんな中で唯一、彼を側で見つめる“それ”は満面の笑みを浮かべていた。真っ黒な空間に真っ白な三日月状の物体が浮かび上がっているという奇妙な状態であった。

 

 やはり何かするつもりは無いらしく、笑顔のまま少年をじっと見つめ続けていた。

 

 そうしていると、やがて少年は覆っていた両手を力無くだらんと落とした。そして何かを悟ったかの様に立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 あ……そうか、愛とか友情とか信頼とかじゃないんだ。根本的に間違っていたんだ…………。

 

 

 

 

            そう、

 

 

 

      みんなが笑顔になればいいんだ……。

 

 

 

 

 そして少年は笑みを浮かべた。




こちらの作品では、なるべく毎日更新を心掛けたいと考えています。その度に感想や評価を皆さんから頂けると、作者のモチベーションアップに繋がります。

それではまた次回もお楽しみに!!


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第一章 魔王
出会い☆


一挙、二話連載!!
物語の第一章が今、始まる!!


 人間が治めるカルド王国、魔族が治めるヘラトス魔族国家、二つの国の中心に位置するグラフィス大森林。

 

 

 

 鬱蒼とした木々が光を遮り、一寸先は闇。葉のざわめきは人の悲鳴のように聞え、枝の一本一本が鋭利な刃物を思わせるほど尖っている。深くなればなるほど構造は複雑になっており、一度入ってしまえば二度と出られなくなってしまう。

 

 

 その事から誰一人として足を踏み入れる者はいない。そして、生きとし生ける者達は子供が決して近づかないように恐怖の戒めとしてこう呼んでいる。“迷いの森”と……。

 

 

 

 そんな迷いの森で一人の少女が無我夢中で走っていた。

 

 

 

 銀髪でショート、目はサファイアのような輝きを持ち、鼻、口と非常に整った顔立ちで将来は老若男女を問わず、多くの者を魅了するであろう。

 

 

 

 しかし、その少女には似つかわしくない角が生えていた。頭の左右それぞれにあり、取って付けた不自然さはなく、確実に作り物では無いことが見てとれる。

 

 

 

 少女は魔族と呼ばれる種族だ。魔族は多くの種族の中でも異質の存在であり、知性は乏しいが、魔法、力と共に屈指の実力を持ち合わせている。

 

 

 

 さらに、一握りではあるが知性に長けている上級魔族がおり、この少女はそれに分類される。

 

 

 

 だが、怪我を負っていた。肩から血を流し、傷口を手で押さえ、痛みを必死になって耐え、迷いの森で無我夢中で走っていた。

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 

 

 時々、後ろを気にしながら走るその姿から何かに追われていることは明白であった。

 

 

 

「おいおい、まてよ。逃げても無駄だぜ、諦めな」

 

 

 

 少女の後ろから歩くように追いかける男は、鈍く光る銀色の鎧を身につけ、左手に円形の盾、右手には血の付いた剣が握られていた。

 

 

 

 少女が走って逃げるのに対して、男は歩いて追いかける。どんどん距離が離れてもよいはずだがその様子は見られない。

 

 

 

 それは、大人と子供の基本的な身体能力の差である。いくら上位魔族とはいえまだ子供、限界はある。

 

 

 

 しかし、男が歩いて追いかける理由はそれだけではない。

 

 

 

「おっと、逃亡劇はここまでだぜ」

 

 

「!!」

 

 

 

 仲間がいた。少女が逃げる方向の木の影に先回りして潜んでいた。

 

 

 

「へへ、追い詰めたぜ~」

 

 

「おとなしく、俺らに殺されるんだな」

 

 

 

 後ろから追ってきた男、前で立ち塞がる男、挟み撃ちの形になった。

 

 

 

 二人の男を用心しながら後退りをした。しかし、二人に意識を集中させすぎて後ろの木の存在に気づかなかった。背中に木が当たり逃げ道がなくなってしまった。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 男達は不適な笑みを浮かべながら少女を取り囲むように立っている。

 

 

「どうして……」

 

 

「「あ?」」

 

 

「どうして殺そうとするんですか!!」

 

 

「「どうしてって……」」

 

 

 

 二人の男は互いに目をあわせる。

 

 

「そんなのお前が魔族だからに決まってんだろうが」

 

 

「えっ?」

 

 

「その頭から生えている角は間違いなく魔族である証拠、昔から魔族は殺されるべき害悪なんだよ」

 

 

「そんな、そんなのって」

 

 

 

 あたりまえの事のように言われ、少女は言い知れぬ絶望と無力感を感じて涙を流す。涙はその下に生えていた茸に落ち、衝撃で身を“プルン”と震わせて弾いた。

 

 

 

「それじゃあな、恨むんなら自分の一族を恨むんだな」

 

 

「悪は必ず滅びる運命なんだよ」

 

 

「(運命………そう、なのかもしれない。どんなに叫んでも、誰も助けには来てくれなかった。きっと僕は死ぬべき運命なんだ。)」

 

 

 

 男の一人が剣を振り上げる。少女はこれから来るであろう痛みに抵抗するかのように肩を強張らせ、瞼を強く閉じた。

 

 

 

「ヘーッドスライディーング!!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 真横から突如三人に突っ込んでくる人影。

 

 

 

「ぐえ!」「おぼっ!!」

 

 

 

 人影は男の一人に直撃し、もう一人の男を巻き込みながら約二メートル近く吹っ飛ばされた。

 

 

 

 少女は突然の出来事に驚きを隠せず、目が点になった。

 

 

 

「ようやく見つけました~♪」

 

 

 

 謎の人物はゆっくりと立ち上がり此方に近づいてくる。結局何も変わらない、二人の男から謎の人物になっただけだ。傍まで来ると手を伸ばしてきた。再び強く瞼を閉じる。

 

 そして謎の人物は、下に生えている茸を引き抜いた。

 

 

 

「ついに手に入れましたよ。幻の茸、たらふく茸!!!!」

 

 

「…………へ?」

 

 

 

***

 

 

 

「~~♪~~~~♪~~♪~~~~♪」

 

 

 男の陽気な鼻唄が森の奥深くから木霊していた。

 

 

 

「いや~、やはり焼きたての茸は絶品ですね」

 

 

 

 男は焚き火をし、手を加えて丁度いい長さにした枝の先に肉汁茸という、焼けば肉汁が溢れ出てくる茸を刺して焼いていた。

 

 

 

 普通なら、こんな迷いの森の奥深くで焚き火をしている時点で異常だが、男の姿はそれを通り越すほどの異様さだった。

 

 

 

 オーバーオールに腕と足の部分に綿を詰めたような膨らみのある服、頭には二本の触角のような物の先端に丸い飾りのついた帽子。そして顔は仮面で覆われており、それはいやらしく細みがかった目に甲殻を限界まで伸ばしたにやけた口、一言で表すとしたら“笑顔”だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 この異様な姿はまるで滑稽な動きをして人々を笑わせるピエロもとい、“道化師”を思わせる。

 

 

 

「う~ん、デリシャス♪」

 

 

 男は仮面を持ち上げ、誰にも見せないように顔を隠しながら焼いた茸を食べた。

 

 

「しかし……」

 

 

 男は食べ終わると静かに仮面を戻し、ため息をついた。

 

 

「最近茸ばかりで飽きてきましたね」

 

 

 迷いの森は基本、誰も足を踏み入れない場所のため食料は豊富だが、あるのは茸、よくて木の実ぐらいだ。そんなことは男の方もわかっている、わかっているが限界はある。

 

 

ガサッ

 

 

「んっ?」

 

 

 突如、草木が揺れ咄嗟に音のする方向へ視線をやると……。

 

 

「グルルルルルル」

 

 

「おお~これはこれは」

 

 

 そこにいたのは熊だった。全身黒い体毛で覆われ、四足歩行にも関わらず体長は約3メートルと普通の熊とは明らかに違っていた。

 

 

 つぶらな瞳でとても愛らしいが、仮面の男を認識したとたん眉間にシワを寄せ、愛らしいとはほど遠くなった。牙を剥き出しにし、威嚇し始める。動物の生存本能が告げたのだ、この男を殺して食え!!と。

 

 

「運がいいですね~今夜は熊鍋で決まりです」

 

 

 男はゆっくり腰をあげ、自信の愛用の武器を構えた。しかし、それは武器としては信じがたい代物だった。細い柄に小さな刃、全身が銀色に輝くそれは紛れもなくナイフだった。しかも、戦闘用ではなく、さっき使っていたであろう食事用のナイフだ。

 

 

「グルル」

 

 

 威嚇しながら距離を調整し始める。

 

 

「~~~~♪~~♪~~~~~~♪」

 

 

 男は鼻唄混じりにナイフを持った右手を上下に揺らしている。

 

 

 少しずつ右から回り込むように移動する熊。気にせずじっと前を見つめる男。

 

 

そしてついに男の後ろをとった瞬間……

 

 

「ガァァァ!!!」

 

 

 熊は勢いよく跳び掛かる。まずは突進で怯ませて、混乱してる男の片足を踏み潰し、利き手である右腕を爪で切り裂き、首もとを食いちぎり息の根を止めた。

 

 

 そう思っていたが、そんなことは決して起こり得ない。なぜなら、熊の眉間にナイフが突き刺さっているからだ。さっきのは雄叫びではなく悲鳴。瞳孔が開き、意識が遠退いていく……。最後に目にしたのはいやらしく笑う仮面だった。

 

 

 

***

 

 

 

 「ふぅー、熊鍋は最高でしたね」

 

 

 空になった鍋に積み重なった骨を前にしながらお腹を擦る。

 

 

「やはり、茸より肉ですね肉」

 

 

 そう言うと男は立ち上がり、さらに森の奥へと足を運ぶ。途中拾ったであろう木の枝を振り回しながら叫ぶ。

 

 

「お肉はねえが~お肉はねえが~」

 

 

 その時、木々の間で何かが揺れるのを男は見逃さなかった。

 

 

「おや~あれは……」

 

 

 男は目を凝らしながら揺れた対象物を確認する。それは茸。黄色とピンクに彩られ、何かの雫が当たったのか少し輝いていた。

 

 

「おお~あ、あれは!?」

 

 

 枝を放り投げ、脇目も振らず走り出した。茸より肉と言っていたのは何処へやら……。しかし、男が走るのは当然である。あの茸は、たらふく茸という食せばお腹の中から福で満たされる。まさに、幻の茸なのだ。三人の人影に気づかず走るが、そこは下り坂で急に走り出したため足が絡み合い、転がりながら茸に向かった。

 

 

「あら、あらら、あららら~!?」

 

 

 転がる……。

 

 

「あ~あ~あ~あ~」

 

 

 転がる……。

 

 

「目が回る~」

 

 

 転がり続ける。

 

 

「それならこのまま……」

 

 

 坂道が終わると同時に地面を強く蹴り、前に飛び出す。そしてそのまま茸、もとい三人の人影に……。

 

 

「ヘーッドスライディーング!!!」




如何だったでしょうか?
突如、少女の前に現れた謎の不審者。
果たしてどんな展開が待ち受けているのか!?
次回もお楽しみに!!
よろしければ、評価と感想の方もよろしくお願いします。


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別れ

ヒソカやシセロといい、道化師は強キャラってイメージがありますよね。
そんな訳で第三話、始まります。


 「素晴らしい~こんなにも早くに見つけられるなんて~」

 

 

 仮面の男は茸を持った手を高く上げてくるくると回転している。

 

 

 「…………」

 

 

 今の状況に理解が追い付かず、戸惑いを見せる少女に、ようやく仮面の男が気づいた。

 

 

 「ん~?あなたは誰ですか~?」

 

 

 「……えっ!?あ、えっと……ぼ、ぼくは…………」

 

 

 突然声を掛けられ動揺しつつも答えようとすると。

 

 

 「痛ってー、いったい何が起こったんだ?」

 

 

 「知らねーよ。いきなり横っ腹にぶつかってきたんだからよ」

 

 

 「ううっ……」

 

 

 先程の二人組が起き上がり戻って来る。少女は恐怖のあまり仮面の男の後ろに隠れ、顔半分だけで覗く。

 

 

 「んっ?おまえか!さっき俺達を突き飛ばしたのは」

 

 

 「いや~大変申し訳ありません。坂道でうっかり転んでしまって、そのまま転がり続けてしまいました」

 

 

 「謝ってすむ問題じゃねーだろー、まずその仮面を取って謝罪するのが礼儀ってものじゃないのか?」

 

 

 「それはできませんね~」

 

 

 「なんだと!?」

 

 

 「この仮面は私のアイデンティティーであり象徴でもあるのです。これを外してしまったら、私は私でなくなってしまうのです」

 

 

 仮面について熱く語るこの男に不気味さを感じた二人はさっさと会話を終わらせようと思った。

 

 

 

 「……まぁ今回はそこにいるガキを渡せば許してやるよ」

 

 

 「…………ううっ」

 

 

 少女は顔半分隠して仮面の男の服を強く握りしめる。

 

 

 「どうしてですか~?」

 

 

 「はぁ?頭いかれてんのか?そいつは魔族なんだよ。魔族は昔から害悪の対象として殺すのが常識なんだよ。」

 

 

 「しかも、見たところそいつは上級魔族、他の魔族よりも知性が高い分、今ここで殺さないと必ず俺達人間の障害となる」

 

 

 

 すると仮面の男は振り返り背丈に合わせるようにしゃがみ、少女の顔を見つめる。

 

 

 「…………」

 

 

 しばらく見つめると、仮面の男はしゃがみながら二人組の方に顔を向ける。

 

 

 「あなたたち、まさかこんないたいけな少女が害悪になると思っているのですか~?」

 

 

 予想外の返答に少し驚く二人だが淡々と答える。

 

 

 「たとえ、女だろうが魔族には変わりねーんだよ」「あの……」

 

 「それに女っていうことは大人になれば俺達男をたぶらかすことだって「あの……」っなんだよ!」

 

 

 大きな声に驚きながらも仮面の男の後ろからひょっこり顔を出す。

 

 

 「ぼ、僕……男です」

 

 

          時が止まった。

 

 

 もちろん比喩表現である。だが人間はあまりに信じがたい事を耳にすると、思考が一時停止する。

 

 

 「「「ええーーーーーー!!?」」」

 

 

 森に今までにない大声が木霊した。

 

 

 「おいおいうそだろ!?魔族は美男美女ばかりと聞いていたけど、まさかこんな……」

 

 

 「魔族ってのは本当に罪な生き物だぜ」

 

 

 「これがいわゆる男の娘ということでしょうか。いや~人生は驚きの連続ですね」

 

 

 少女は少年だった。その衝撃の事実に独り言を各々始める。

 

 

 「……って、そうじゃないだろ!女だろうが男だろうが関係ない魔族は殺すんだよ」

 

 

 「はっ!そ、そうだよな危ないところだった」

 

 

 「お前は仮面の変態を殺れ。俺はガキの方を殺る」

 

 

 「了解」

 

 

 じりじりと近づいてくる二人に恐怖で身を震わせる少年は仮面の男の服をギュっと掴む。その男の方はというと……。

 

 

 「ギャー、人殺し!!!」

 

 

 殺されると知ったのか騒ぎ立てる。

 

 

 「運の悪い自分を呪うんだな」

 

 

 「死ね」

 

 

 

 「隙あり♪」

 

 

 そう言うと懐に仕舞っておいた黄色い茸を取り出し笠の部分を叩いた。胞子が飛び散り、二人の男にかかる。

 

 

 「うわっ、なんだこれ!?」

 

 

 「ぺっぺ、なんか吸い込んじまった」

 

 

 「ふふふふふふふ」

 

 

 不適に笑う仮面の男。

 

 

 「てめぇなにしやがあ…………」

 

 

 「おい、どうし…………」

 

 

 寒さで凍るように固まっていく。最初に口、目、顔全体、手、足、そして体全体と強い痺れを味わう。

 

 

 「効果は抜群ですね~」

 

 

 「あの、何をしたんですか?」

 

 

 「この森原産の茸を使ったんですよ。痺れ茸という身から胞子までもが強力な痺れ作用を持つ恐ろしい代物です」

 

 

 「へ、へぇー……」

 

 

 そんな危険な茸を持っていてどうして本人は痺れないんだろうと疑問に思うが、助けてもらって聞くのは野暮である。

 

 

 「っ!があっ!」

 

 

 「ごっ!おご!」

 

 

 痺れているため目が閉じられず乾燥して涙が出ており、口も閉じられないのでよだれが溢れ出ている。

 

 

 「安心してください。昨日出くわした熊さんにもバッチリ効いていたので効果はお墨付きです」

 

 

 何を安心しろと言うんだ、と思う二人を放っておき、少年に手を差しのべる。

 

 

 「さあ、行きましょう。この森は迷いやすいので出口まで案内しますよ」

 

 

 「あ……ありがとうございます!」

 

 

 しっかりと手を繋ぐと仮面の男は鼻唄交じりで歩き始める。二人の男を置き去りにして……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「た、助けていただきありがとうございます」

 

 

 迷いの森から少し離れた原っぱ。近くには人の気配はなく、ただ広い大地が続いていた。

 

 

 「偶然ですよ~偶然。だからきにしないでくださ~い」

 

 

 少年にお礼を言われ、舞い上がる仮面の男。

 

 

 「そういえば、まだ聞いていませんでした。お名前はなんと言うんですか?」

 

 

 「おお~これは失礼しました。それでは…………コホン」

 

 

 咳払いをし息を整えると両手を拡げ顔の横にやり、小刻みに振る。

 

 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 

 

 決まった!と言わんばかりに自信満々に披露する仮面の男、エジタスに呆気に取られる。

 

 

 「あ、道楽の道化師とは私が考えた二つ名なんですよ~」

 

 「……えっ、あ、そうなんですね」

 

 

 「ところで、あなたのお名前をお聞かせください」

 

 

 「は、はい!僕の名前はサタニア・クラウ…………サタニアです」

 

 

 「サタニアさんですね。よろしくお願いしま~す」

 

 

 明るく自己紹介するエジタスに対して少し暗い雰囲気を見せる少年、サタニアはある疑問があった。

 

 

 「あの、エジタスさん」

 

 

 「なんですか?」

 

 

 「どうして、エジタスさんは僕を助けてくれたんですか?」

 

 

 「どうしてとは?」

 

 

 「僕は魔族です。さっきの二人組が言ってたように僕達魔族は人間にとって……害悪なんです」

 

 

 唇を噛みしめ苦しそうな表情を浮かべながら項垂れる。

 

 

 「そんなの困っている人がいたら助けるのは当たり前ですよ」

 

 

 「でも!!」

 

 

 エジタスの返答を否定し両手を握りしめる。強く握りすぎて、爪が押し当てられ血が滲み出る。

 

 

 「・・・・」

 

 

 無言のままサタニアに歩み寄る。

 

 

 「サタニアさん……」

 

 

 エジタスの優しく暖かい声。その声に反応するかのように顔を上げる。そして……。

 

 

 「うにゅ~」

 

 

 手で両頬を引っ張った。

 

 

 「な、なにふるんでふか!」

 

 

 上、下、左、右と動かした後、ぱっと手を離した。痛みを抑えるために頬を擦るサタニアに対してエジタスは語り始める。

 

 

 「サタニアさん笑顔ですよ。笑顔。泣いてる顔よりも笑ってる顔の方が楽しいですよ。ほら、笑って笑って」

 

 

 「エジタスさん」

 

 

 「……いいですか、この世には確かに生きてはいけない人がいるかもしれません。ですが、だからといって殺すのは間違っています。それはエゴですエゴの押し付けなのです。だからサタニアさん、生きていいんですよ。あなたの人生はあなただけのもの。分かりましたか」

 

 

 「……はい!!」

 

 

 頬の痛みはすっかり消えていた。エジタスの言葉に元気付けられたサタニアは笑顔を見せた。

 

 

 「そういえば、エジタスさんはどうして迷いの森にいたんですか?」

 

 

 ふとした疑問をサタニアが聞いた。

 

 

 「ん?あ~それはですね~実は私、気になった事や疑問に感じた事を確かめに行く旅をしているんですよ~」

 

 

 「気になった事?」

 

 

 「はい。例えばこの前は綺麗好きなゴブリンがいるという噂を聞き、ゴブリンが住んでいる里に行ってみたり。未来を視ることのできるお婆さんがいるという沼地に行ったこともあります。」

 

 

 「へぇー」

 

 

 「そして今回は迷いの森に生えているという幻の茸、たらふく茸を探しに来たのです」

 

 

 「それって僕の近くにあったあれですか?」

 

 

 「その通りです。食べればお腹の中から幸福で満たされると言われ、一つで遊んで暮らせるほどのお金が手に入れられるらしいのです。そして、その茸がこちらです!」

 

 

 「おおー」

 

 

 エジタスの掲げたたらふく茸を物珍しそうに見つめるサタニア。

 

 

 「そうだ!良ければ一緒に食べませんか?」

 

 

 「ええっ!?いいですいいです。そんな貴重な物を見るだけでも有り難いのにましてや食べるなんて……」

 

 

 「いいんですよ~どうせ食べるつもりでしたし、それに昔から言うでしょ、食事はみんなでした方が美味しいって」

 

 

 「で、でも……」

 

 

 「ほらほら、早く焼いて食べちゃいましょう」

 

 

 いつの間にか用意した薪に火をつけ、焼き始めるエジタスに見事に流されてしまうサタニア。

 

 

***

 

 

 「さぁ、焼き上がりましたよ」

 

 

 二つに分けた茸が狐色になって香ばしい香りを放つ。

 

 

 「本当にいいんですか?」

 

 

 「遠慮なんかしなくていいんですよ~茸は食べられるためにあるんですから」

 

 

 まだ食べることに抵抗があるサタニアだが、恩人であるエジタスに勧められたら食べる他ない。

 

 

 「それじゃあ、いただきまーす」

 

 

 「い、いただきます」

 

 

       パクッ

 

 

 「おいしい!!凄くおいしいです。こんなの今まで食べたことありません。ありがとうございますエジタスさん。……エジタスさん?」

 

 

 お礼を述べるサタニアの視線の先には何故か踞るエジタスがいた。

 

 

 「う、う、うますぎるーーー!!!今まで様々な茸を食べてきましたがここまでおいしい茸は初めてです。見た目良し、香り良し、そして味も良いとなると文句の付け所がありません。本当においしいですねサタニアさん」

 

 

 「はい!とても……おいしい……です」

 

 

 おいしい。その筈なのにこの気持ちはなんだろう。お腹の中から幸福で満たされるはずなのに今日の出来事が甦る。

 

 

 魔族は殺されるべき害悪なんだよ。

 

 

 恨むんなら自分の一族を恨むんだな。

 

 

 笑顔ですよ。笑顔。泣いてる顔よりも笑ってる顔の方が楽しいですよ。

 

 

 あなたの人生はあなただけのもの。分かりましたか。

 

 

 「う、うぅ……」

 

 

 涙が溢れ出る。悲しさと嬉しさが混じり合ってわけがわからなくなっていた。

 

 

 「ほら~サタニアさん。さっきも言ったでしょ笑顔ですよ笑顔。せっかくおいしいものを食べてるんですから笑いましょう」

 

 

 「……はい!」

 

 

 涙で目は腫れ、鼻も垂れて決して美しいとは言えないが先程よりも素晴らしい笑顔だった。

 

 

***

 

 

 「今日は何から何までありがとうございました」

 

 

 「何言ってるんですか、お礼を言うのはこちらの方ですよ」

 

 

 「え?」

 

 

 「何故なら私は今日、最高に素晴らしい笑顔の持ち主に出会えたからです」

 

 

 「そ、そんな僕なんか……」

 

 

 「謙遜しなくていいんですよ~。今まで出会った笑顔の中でも、一、二を争う可愛さでしたよ」

 

 

 「えっ……」

 

 

 突然の言葉に頬が赤く染まり、顔が熱くなる。

 

 

 「えっと、あの、そ、そうだ!エジタスさんはこれからどこに行くつもりなんですか?」

 

 

 「これからですか?ふふふ、実は今巷で噂になっている魔王様に会ってみようと思っているんです」

 

 

 「!」

 

 

 「魔族の頂点とされている魔王様。噂では隆起した筋肉の怪物だ。とか、または絶世の美女。とか、色々な予測が飛び交い気になってしまったのです」

 

 

 「……エジタスさんはどう思っているんですか」

 

 

 急に暗い表情を見せるサタニアが恐る恐る訪ねる。

 

 

 「私ですか?そうですね~。姿がどうであれ魔族を治める立場にいるのですからとても努力家な人じゃないでしょうか」

 

 

 「それってどういう……」

 

 

 「つまり、魔族と言えども心ある複雑な生き物です。それぞれに個性があり、それをまとめ上げるのは生半可な気持ちではできません。だからこそ、それを治める魔王様は努力家な人だと思ったのです」

 

 

 「エジタスさん……」

 

 

 さっきの暗い表情とは違い明るい表情になるサタニアに、エジタスは気づくことはなかった。

 

 

 「…………サタニア様ー!!!」

 

 

 遠くの方からサタニアを呼ぶ女性の声が響いてきた。

 

 

 「あ、クロウトだ」

 

 

 「どうやらお迎えが来たようですね~それでは私はこの辺で失礼させていただきます」

 

 

 「エジタスさん今日は本当にありがとうございました」

 

 

 「もう~だから言ってるでしょ。お礼を言うのは私の方ですよ。……ではサタニアさんまたいつか何処かでお会いしましょう」

 

 

 「はい!」

 

 

 サタニアを背に鼻唄交じりで歩き始めるエジタス。

 

 

 「~~~♪~~♪~~♪」

 

 

 エジタスの背中は次第に小さくなり、やがてその姿は見えなくなった。

 

 

 「また何処かで……」

 

 

 少し含み笑いを浮かべるサタニア。

 

 

 「サタニア様ーーー!!!」

 

 

 サタニアを呼ぶ声の主が目で認識できる距離まで近づいてきた。

 

 

 「クロウト」

 

 

 「こんなところにいましたか!心配したんですよ!」

 

 

 スラッとした高身長に長髪な青髪。瞳は緑色で燕尾服に身を包んでいた。

 

 

 「ごめんなさい……」

 

 

 「ここは人間のいる都市にも近いんですよ!何かあってからでは遅いんです。もう少しご自身の立場をわきまえてください。三代目魔王サタニア・クラウン・ヘラトス三世様!」

 

 

 「…………」

 

 

 心配をかけてしまい、申し訳ない気持ちで思わず俯いてしまうサタニア。そんな様子を見て短いため息を出すと優しく声をかける。

 

 

 「さあ、帰りましょう」

 

 

 「……うん!」

 

 

 差し出された手を握り、並んで歩く二人。

 

 

 「~~~♪~~♪~~~♪」

 

 

 「おや?ご機嫌ですね。何か良いことでもあったんですか?」

 

 

 「う~ん、実はね~」

 

 

 サタニアの鼻唄は迷いの森の奥深くまで木霊した。




いやー、可愛らしいヒロイン?でしたねー(すっとぼけ)
さて、次回は噂の魔王登場!?
次回もお楽しみに!!
評価・感想の方もよろしくお願いします。


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再会

年明けは何かと忙しいですが、何とか今日も書き上げる事が出来ました。


 ど~も皆さん。道楽の道化師エジタスです。本日私が来ているのがここ、魔王城なのです。

 

 

 エジタスが来ている魔王城は四つの柱からなる巨大な塀で守られるように禍々しい建物が中央に聳え立っていた。

 

 

 さ~て、早速行くとしましょう。   えっ、どうやって魔王様を見るつもりなのかって?そんなの簡単ですよ。まず、魔王軍の一般兵士として入隊します。そして功績をあげ、昇格して将軍まで上り詰めれば魔王様に謁見を申し出ることが出来ます。

 

 どうですか~この完璧な作戦は。軽く見積もって約二十年で達成することでしょう。よし、独り言はここまで今度こそ行くとしましょう。

 

 

 エジタスが魔王城の門まで来るとそこには五メートル以上はあるであろう二本の角を持つ牛型の魔族ミノタウロス。赤毛と青毛のそれぞれ二人。身の丈の半分以上ある斧を持ちながら門番として立っていた。

 

 

 「止まれ。ここから先は魔王様が住まう魔王城。見ず知らずの者を通すわけにはいかん」

 

 

 

 「貴様、ここに来た目的を言うのだ」

 

 

 互いの斧を門の前で交わらせ行く手を阻む。ミノタウロスの一人がエジタスに質問した。

 

 

 「いや~実は私、魔王軍に入隊したいと思っていまして」

 

 

 

 「なんだ、入隊希望者か。最近増えてきているな」

 

 

 

 「じゃあまず種族と名前を言え」

 

 

 交わらせた斧を元に戻し警戒を解いた。

 

 

 「それでは改めまして。ど~も初めまして道楽の道化師エジタスと申しま~す」

 

 

 クルリと一回転すると両手を拡げ顔の横にやり、小刻みに振った。

 

 

 「勝手に二つ名を名乗るな!二つ名を名乗ることができるのは魔王様の側近クラスの人達だけだ。……ん、エジタス?」

 

 

 

 「どうした?」

 

 

 青毛のミノタウロスが手を顎に当て、しばらく考えると赤毛のミノタウロスに耳打ちをする。

 

 

 「……まさか、そんなわけないだろ」

 

 

 

 「たが、特徴は一致している」

 

 

 

 「……よし、わかった。おいお前少し待っていろ」

 

 

 赤毛のミノタウロスがエジタスを指しながら待つように言うと門を開け、奥へと入っていった。

 

 

 「は~い、わっかりました」

 

 

 手を頭に当て、敬礼のポーズを取った。

 

 

 門の前ではエジタスと青毛のミノタウロスの二人だけ、静寂がその場を支配する。そんな静寂を破ったのはもちろんあの男だった。

 

 

 「ミノタウロスさんミノタウロスさん」

 

 

 

 「……なんだ?」

 

 

 青毛のミノタウロスはエジタスと会話するつもりはなかったがこのまま静寂が続くのは辛いと判断し、会話することにした。

 

 

 

 「ミノタウロスさんは先程いた赤毛のミノタウロスさんとは仲がよろしいんですね」

 

 

 

 「まあな、あいつとは子供の時からの親友だからな」

 

 

 

 「おおー!親友いいですよね~」

 

 

 

 「……分かるのか?」

 

 

 少し興味が沸いたのかエジタスに聞き返す。

 

 

 「そりゃ~もちろん!昔からの腐れ縁、そいつの良いところも悪いところも知っている。供に遊び、笑い合い、喧嘩もするけれど必ず仲直りする。そんな二人は今では互いに背中を預けられる戦友。俺の背中、お前に預けたぞ!く~かっこいいですね~」

 

 

 

 「そう!そうなんだよ。子供の時から一緒にいるからあいつの癖なんかもわかってるんだよ。そしてそれはあいつにも言える事だ。だから、俺の背中を預けられるのはあいつしかいない。お前、分かってるな~」

 

 

 青毛のミノタウロスは目を輝かせながら共感できた喜びに浸っていた。

 

 

 「信頼し合っているんですね~…………くだらない」

 

 

 

 「ん、なんか言ったか?」

 

 

 

 「いえ、な~んにも。それより、聞かせてくださいお二人のことを」

 

 

 

 「いいぞ、まず初めてあいつに会ったことなんだが……」

 

 

 こうして会話はどんどん弾んでいった。

 

 

***

 

 

 「そしたらあいつ「おれは牛よりも豚の方が好きだ」って言ったんだよ」

 

 

 

 「なんと!あの人が……以外ですね~」

 

 

 気がつけば二人は腰を下ろしながら会話していた。すると、門が開き赤毛のミノタウロスが戻ってきた。

 

 

 「おー戻ったか。で、どうだった?」

 

 

 青毛のミノタウロスは立ち上がり、赤毛のミノタウロスに聞く。

 

 

 「お前の思ったとおりだ」

 

 

 

 「じゃあやっぱり……」

 

 

 

 「ああ。おい、エジタス」

 

 

 

 「は~い、なんでしょうか?」

 

 

 

 「魔王様がお呼びだ。案内してやるついてこい」

 

 

 「おおー!それは本当ですか?ならばすぐに行きましょう。それでは青毛のミノタウロスさんまたお話聞かせてくださいね」

 

 

 エジタスがそう言うと開いている門の中へと入っていった。

 

 

 「なにを話していたんだ?」

 

 

 

 「んー、あー、ちょっとな」

 

 

 赤毛のミノタウロスの質問に苦笑いをしながら答える青毛のミノタウロス。

 

 

 魔王城の内装は外装と比べ大きく異なっていた。外装は禍々しくまさに魔王の城と呼ぶに相応しい。しかし内装はその逆、ほとんどが白色で形成されており赤色の地に黄色の装飾が施されたカーペットが敷かれていた。優美に光る壁掛けランプがよりいっそう輝かせる。

 

 

 そんな魔王城でエジタスと赤毛のミノタウロスは長い廊下を歩いていた。

 

 

 「(いや~まさか、こんなにも早く魔王様に会えるとは考えていた二十年計画が一日計画になってしまいました)」

 

 

 しばらく歩いていると一際目立つ両開きの豪華な扉が見えた。右と左に天使と悪魔を象ったレリーフが埋め込まれていた。

 

 

 「この先が魔王様のいる玉座の間だ。いいか、失礼のないようにするんだぞ」

 

 

 

 「は~いわかりました」

 

 

 

 「本当に分かっているのか……まあいいそれじゃあ俺は持ち場に戻るからな」

 

 

 

 「わざわざありがとうございました。青毛のミノタウロスさんによろしくお伝えくださ~い」

 

 

 赤毛のミノタウロスが見えなくなるまでエジタスは手を振り続けた。

 

 

 「さて、噂の魔王様がどんな方なのか確かめましょう」

 

 

 両扉を強く押した。すると、扉が独りでに開き始めた。

 

 

 「ど~も初めまして道楽の道化師エジタスと申しま~す」

 

 

 両腕をピンと伸ばし、万歳するかのようなポーズで入っていった。

 

 

 中に入るとそこはとても神秘的だった。薄く青い輝きを放ちながら部屋全体が優しい雰囲気に包まれていた。

 

 そんな部屋に四人の人影があった。この魔王城にいる時点で全員人間ではない。

 

 一人目は屈強な鎧を身に纏っておるが顔が骸骨だ。二人目はとても巨大だった。全身が銀色で身長は五メートル近くあるゴーレム。三人目は真っ黒な鎧にこれまた真っ黒な槍を持ち、顔は美しい白い鱗の龍だった。四人目は先程の三人とは違い、鎧などは着けておらず身長も平均的で執事などか着る燕尾服を着ているが矢印型の尻尾が生えていた。

 

 そしてそんな四人の真ん中に立派な玉座に座る者がいた。それは……。

 

 

 「あら?あらあら?あらあらあら?」

 

 

 エジタスが驚きの声をあげる。それもそのはずその玉座に座っていたのは……。

 

 

 「お久しぶりですねエジタスさん!」

 

 

 銀髪でショート、目はサファイアのような輝きを持ち、鼻、口と非常に整った顔立ち。誰もが少女と思うだろうが残念男だ。

 

 

 「サタニアさんではありませんか!また会えるなんて嬉しいですね~。ところでどうしてここに?」

 

 

 

 「へへへ、実は僕が現魔王、サタニア・クラウン・ヘラトス三世なんです」

 

 

 

 「なんと!サタニアさんが魔王だったなんて。私生まれてから今までの中で一番の驚きです!」

 

 

 衝撃の事実に驚きと喜びを見せるエジタス。

 

 

 「も~それならそうと言ってくださったらよかったのに~」

 

 

 

 「ごめんなさい。僕が魔王って知ったらエジタスさんがガッカリしちゃうと思って……」

 

 

 

 「な~に言ってるんですか。逆に納得できましたよ」

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 「サタニアさんのような方が魔王様だからこそ皆さん従っているんだと」

 

 

 「そ、そんな風にいっていただけるとありがたいです」

 

 

 突然の誉め言葉に顔が赤く染まり、顔を背けるサタニア。

 

 

 「そ、そうだエジタスさん」

 

 

 

 「はい、なんですか?」

 

 

 

 「実はお頼みしたい事があるんです」

 

 

 

 「おお~サタニアさんからの頼みごとなら、なんでもしちゃいますよ」

 

 

 

 「本当ですか!それなら四天王になりませんか?」

 

 

 

 「へ?」




登場人物が一気に増えましたね。
作者自身、今後彼らを忘れないか少し心配です。
それでは今回はここまで。
次回もお楽しみに!!
良ければ、感想や評価の方もお願いします。


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四天王

個人的になんですが、四天王という響き……凄く好きです!!
今日はそんな四天王の話。


 ど~も皆さん。道楽の道化師エジタスです。前回私は魔王様に会うために魔王城に行きました。するとそこで待っていたのは以前迷いの森で偶然会ったサタニアさんではありませんか。

 

 しかも、現魔王という驚きのオンパレードでした。さらにサタニアさんは私に四天王にならないかと誘ってきてくれたのです。その時どんなことがあったのかお話ししましょう。

 

 

***

 

 

 「なりません!!」

 

 

 大きな声が玉座の間に響く。サタニアがエジタスを四天王にならないかと誘うが真っ黒な鎧と槍をもった白い鱗の龍が即座に否定した。

 

 

 「魔王様。本日この男を招き入れたのは以前、迷いの森で助けてもらったお礼をしたいからということでした。しかし仲間に入れるのはまた別の話です。ましてや四天王だなんて、魔王様の側近になるも同然。いきなり見ず知らずの者が側近になれば混乱は免れません」

 

 

 「でも、シーラ……」

 

 

 「でも、ではありません!魔王様の為に言っているのです」

 

 

 シーラと呼ばれる白い鱗の龍の女性は頑なにサタニアの言葉を拒む。すると屈強な鎧を身につけた骸骨頭が口を開く。

 

 

 「シーラちゃん、いいじゃない。魔王ちゃんが決めたことなんだからそれに従うのが配下であるあたし達の役目じゃないの?」

 

 

 「アルシアさん、しかし……」

 

 

 男でもない。女でもない。なんとも言えない声を発するアルシアに対してさっきとは打って変わって弱気なシーラ。

 

 

 「なら多数決なんてどう?それなら納得できるんじゃない?」

 

 

 

 「……まあ、それなら」

 

 

 しぶしぶ受け入れるシーラ。

 

 

 「じゃあまず、四天王入りに反対の人」

 

 

 シーラと矢印型の尻尾の人が手を挙げた。

 

 

 「クロウト……」

 

 

 サタニアが矢印型の尻尾の人の名前を呼ぶ。

 

 

 「申し訳ありませんサタニア様。あなた様がこの男をどれだけ慕っていようとも、私はどうしてもこの男は信用できません」

 

 

 「……」

 

 

 クロウトの言葉に黙ってしまうサタニア。

 

 

 「オッケー反対は二人ね。じゃあ続いて四天王入りに賛成の人」

 

 

 サタニア、アルシア、そしてゴーレムの三人が手を挙げた。

 

 

 「ちょっと待った!」

 

 

 シーラが声を荒らげる。

 

 

 「魔王様とアルシアさんが手を挙げるのはわかる。しかし、ゴルガ!なぜお前が手を挙げるんだ」

 

 

 ゴルガと呼ばれるゴーレムはどうやって声を出しているのか分からないが喋った。

 

 

 「オレハ、マオウサマノブカ。マオウサマノメイレイハゼッタイ」

 

 

 「そんな……」

 

 

 ゴルガの返答にガックリと膝を落とした。

 

 

 「……!!」

 

 

 キッとエジタスを睨み付ける。

 

 

 「?」

 

 

 

 「私は絶対に認めないからな!」

 

 

 そう言うと何処かへ行ってしまった。

 

 

 「あの~……」

 

 

 「ああごめんなさいね、あの子も悪気はないの。魔王ちゃんがあなたの話ばかりするから嫉妬しちゃってるのよ」

 

 

 「アルシア!」

 

 

 「もぉ~照れなくてもいいじゃない」

 

 

 手首を上下に動かし、興奮したサタニアを宥める。

 

 

 「サタニア様。そろそろエジタス様に説明をした方がよろしいかと思います」

 

 

 「あ、そうだね。……ごめんねクロウト、我が儘言っちゃって。」

 

 

 「いえ、確かに私は反対しましたが入ることが決定したのであらば、それを全力でサポートさせていただきます」

 

 

 「クロウト……ありがとう」

 

 

 クロウトがお辞儀をして、ポカーンとしているエジタスに残りの四人が視線を向ける。

 

 

 「待たせてしまってごめんなさいエジタスさん。これから、四天王について説明しますね」

 

 

 「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 

 「まず、魔王軍は基本的に階級制度なんです。下から下級兵士、中級兵士、上級兵士、小隊長、部隊長、軍隊長、将軍、そして四天王、魔王とこんな感じで形成されています。実は一年ほど前から四天王の席が一つ空いていて今はここにいるアルシアとゴルガ、さっき出て行ったシーラの三人しかいないんです。それで……」

 

 

 「成る程~それで私が……あれ?でもそちらにいる、確か……クロウトさんは?」

 

 

 「ああ、クロウトは少し特殊で僕の事を小さい頃から育ててくれた人なんです。だから階級制度の枠組みには入らないんですよ」

 

 

 「そういうことでしたか~」

 

 

 今でも小さいと思ったがすぐさま記憶から消し去った。

 

 

 「おや?でも、どうして私なんですか?」

 

 

 「え、えっとそれは……」

 

 

 「?」

 

 

 徐々に顔が赤く染まり、俯いてしまうサタニア。

 

 

 「代わりに私が説明します」

 

 

 一歩前へと踏み出して話始めるクロウト。

 

 

 「こう見えてサタニア様は百八十歳。魔王としては若すぎて信用できないと思う者が何人もいます。そんな人を四天王に入れることはできません。」

 

 

 「あたし達みたいに魔王ちゃんの側で働けば少しは信頼関係を強められるんだけどね~」

 

 

 アルシアはため息をつきながら片手を頬に添える。

 

 

 「そこで、エジタス様に白羽の矢が立ちました」

 

 

 「なぜ?」

 

 

 「以前、エジタス様は迷いの森でサタニア様を助けていただきました。魔族であると知っていながら助けてくれたその優しい心にサタニア様は確信したのです。四天王になるのはあなたしかいないと」

 

 

 「ですが、あれは偶然そうなっただけですよ~」

 

 

 「それでもです。今の世の中は魔族が虐げられています。エジタス様はそんな魔族の頂点に立つサタニア様に生きる希望の光を与えて下さりました。」

 

 

 「あれもただ、サタニアさんに笑顔になっていただきたかっただけで~……」

 

 

 「お願いします。どうか四天王の一人になってください。」

 

 

 「お、お願いします」

 

 

 「あたしからもお願いするわ」

 

 

 「タノム……」

 

 

 その場にいる四人全員が頭を下げて頼み込む。

 

 

 「……いいでしょう!そこまでされては、断る訳にはいきませんからね」

 

 

 「エジタスさん……ありがとうございます」

 

 

 「それでは、これからエジタス様のお部屋までご案内させていただきます。その後、エジタス様の歓迎会を開きますのでご出席の方よろしくお願いします」

 

 

 「おお~、部屋だけではなく歓迎会までしていただけるなんて本当にありがとうございます」

 

 

 「いえ、感謝を述べるのはこちらの方です。ではついてきてくださいご案内します」

 

 

 そう言うとクロウトは玉座の間の横の壁にある小さな扉までエジタスを連れていく。

 

 

 「エジタスさん!」

 

 

 「なんですか?」

 

 

 「また後でお会いしましょう」

 

 

 「はい!歓迎会、楽しみにしていますね」

 

 

***

 

 

 長い廊下を進むエジタスとクロウト。最初の廊下とは違い、床には緑色に黄色の装飾が施されたカーペットが敷かれていた。途中幾つかの扉を通りすぎると一つの扉の前で止まった。

 

 

 「こちらがエジタス様のお部屋になります」

 

 

 「おお~、ここがそうですか。クロウトさん、何から何までありがとうございます」

 

 

 「お気になさらず。サタニア様に希望の光を与えて下さったのですからこのくらい当然です」

 

 

 「そういえば、さっきも仰っていましたが希望の光とはどういうことですか?」

 

 

 エジタスが訪ねると少し口を閉ざしたが、覚悟を決めるかのように話始めた。

 

 

 「……サタニア様は心を閉ざしていました。先代が早くに亡くなられてしまったため、急遽三代目として着任されたのですが、それは多くの者を敵に回す結果になりました。先代と関係が深い魔族の皆様はサタニア様の着任に不満を抱き、度重なるひどい仕打ちや数々の嫌みを言うようになりました」

 

 

 「何処に行ってもそういうのがあるんですね~」

 

 

 「はい、その重圧に耐えられなくなったサタニア様は城を飛び出してしまったのです」

 

 

 「なるほど~そこで私と出会った訳ですか」

 

 

 「エジタス様に助けて頂いた後、サタニア様は私や四天王の皆様にその時あった出来事を楽しそうに話されました。本当に……あんなに明るいサタニア様を見たのは久しぶりでした。ですからサタニア様に笑顔……生きる希望の光を与えて下さったエジタス様には感謝しているのです」

 

 

 「いや~私はそんなつもりで「ですが」……?」

 

 

 急にクロウトの顔が険しくなった。

 

 

 「私はあなたのことを信用していません」

 

 

 声のトーンが低くなり、完全なる敵意を向けていた。

 

 

 「そもそも、鎧を着た二人に襲われたと聞きましたが、あの迷いの森にいる時点でおかしいんです。あそこは人間どころか魔族でさえ近づかない森、そんな場所に人間がいること事態不自然です」

 

 

 「何が……言いたいんですか?」

 

 

 「私はあなたと鎧の二人がグルなのではないかと疑っています」

 

 

 「……」

 

 

 沈黙が続く。エジタスがいったい何て答えるのだろうと、緊張が走り喉が渇き、唾を飲み込む。クロウトの額に汗が流れ落ちる。そしてついにエジタスが口を開いた。

 

 

 「もぉ~酷いですよクロウトさ~ん」

 

 

 「え?」

 

 

 「いくら私が仮面を被っている得体の知れない何かだとしてもそんなことしませんよ~。お~い、おいおいおい、お~い、おいおいおい」

 

 

 両手を顔に被せ泣く仕草をするエジタス。

 

 

 「…………」

 

 

 あまりの展開に呆然と眺めていたクロウトは即座に思考を切り替える。

 

 

 「申し訳ありませんエジタス様。少しばかり試させて頂きました、本当に四天王の器に相応しいかどうか……」

 

 

 「な~んだ、そうだったんですか。私てっきりクロウトさんに嫌われてしまったのかと」

 

 

 

 ケロッと立ち直るエジタス。

 

 

 

 「ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

 

 

 「いいんですよ~気にしないで下さい」

 

 

 「それでは、五時間後に歓迎会を開きますのでお時間になりましたらお迎えに上がらせて頂きます」

 

 

 「わかりました~ではまた後でお会いしましょう」

 

 

 クロウトがお辞儀をするとエジタスはそのまま、部屋へと入っていった。残ったクロウトは玉座の間まで戻ろうとするとボソッと呟いた。

 

 

 「喰えない男……」




何とも個性的な面々でしたね。
特にゴルガの喋り方は読みにくいかと思いますが、何卒ご了承下さい。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
評価・感想の方もよろしくお願いします。


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シーラ

今回、少し本格的な戦闘描写を描いてみたので、どうぞ楽しんで下さい。


 部屋の中は素晴らしいの一言だった。中央の壁には暖炉があり、その前に大きなソファー。左端には整えられた豪華なダブルベッドとその横に見事なドレッサー。小窓も付いておりそこに小さなテーブルと椅子が置かれていた。

 

 

 「ほほ~これはまた素晴らしいお部屋ですね~あとでサタニアさんとクロウトさんにお礼を言わなければ」

 

 

 ある程度見て回ると豪華なダブルベッドへとダイブした。

 

 

 「うわぁ~お、ベッドですよベッド。ここ最近野宿ばかりだったので嬉しいですね~しかもフカフカで最高です………………ん?」

 

 

 しばらくベッドで横になっていたが、何処からか何か聞こえてきた。正体を探すべく音の発生源に近づく。

 

 

 「………う……ま」

 

 

 先程より音が聞こえてくる。さらに近づく……。

 

 

 「ま……う………さ……ま……」

 

 

 さっきよりハッキリと聞こえ始めた。さらに近づく……。

 

 

 「まおうさま…………」

 

 

 どうやら女性の声のようだ。この声には聞き覚えがある。玉座の間で会ったシーラという白い鱗の龍だ。そのシーラの独り言が聞こえてくる。

 

 

 「魔王様、魔王様~ああ早く会いたい。でも、さっきあんな形で出ていっちゃったからな~」

 

 

 聞いてはいけないものを聞いてしまったエジタスだが、気になって壁に聞き耳を立てる。

 

 

 「というか、元はと言えばあのエジタスってやつのせいじゃないか!」

 

 

 「(私の話に移り変わりましたね……)」

 

 

 「だいたいアイツが魔王城まで来なければよかったんだ!そりゃあ……まぁ、魔王様を助けてくれたことには感謝してるけどさ………………!」

 

 

 突然声が聞こえなくなり、ドタドタという音が響いてきた。

 

 

           バン!

 

 

 「何奴!!」

 

 

 「おわぁ!?」

 

 

 勢いよく扉が開き、鎧に身を包んだシーラが乗り込んできた。あまりの大きな音に驚きの声をあげるエジタス。

 

 

 「なんだ貴様だったのか。一瞬気配がしたから敵かと思ったぞ、こんなところで何をしている?」

 

 

 「あ、いや~この度四天王に就任しまして、どうやらここが私のお部屋のようなのです」

 

 

 「そういうことか……って!私の隣ではないか!クロウトめ、後で文句言ってやる。ところで貴様、何か聞こえたか?」

 

 

 「いえ、何にも?」

 

 

 「……そうか。まあ、どっちでもいい。私はまだ貴様を認めた訳じゃないからな」

 

 

 「そんな~どうしたら認めてくださるんですか~」

 

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに目を見開く。

 

 

 「私についてこい」

 

 

 「?」

 

 

 シーラとエジタスは部屋を出て、歩き始める。

 

 

***

 

 

 「あの~何処まで行くんですか?」

 

 

 「こっちだ」

 

 

 しばらく歩いたが目的地も知らされてないため疲労が溜まる。

 

 

 「ここだ」

 

 

 それは大きな扉だった。門よりは少し小さいがそれでも城内にあるどの扉よりも大きかった。

 

 その扉を開けるとそこはだだっ広い部屋だった。いや、部屋というよりホールに近い。家具などは一切置かれておらず、あるのは多種多様の武器の数々が壁に飾られていた。

 

 

 「おお~ここは……」

 

 

 「ここは魔王軍の特別鍛練場だ。普通の鍛練場とは違い魔王様と四天王だけが使うのを許されている」

 

 

 「は~、とても頑丈そうですね」

 

 

 「当然だ。魔王様、四天王全員が暴れても傷一つ付かない様に設計されている」

 

 

 「すごいですね~……それでここでいったい何をするんですか?」

 

 

 その言葉にニヤリと不適な笑みを浮かべるシーラ。

 

 

 「貴様が本当に魔王様の側近、四天王に相応しいかどうか確かめてやる」

 

 

 そう言うとエジタスに背を向けて歩きだす。

 

 

 「?、相応しいかどうかならクロウトさんにしていただきましたよ」

 

 

 「ああ……アイツのは心。私が確かめるのは……」

 

 

 

 持っていたであろう槍を片手で回し、柄の部分を床に落とし、カァン!っと鳴らす。

 

 

 

 「力だ!!」

 

 

 発せられた一声は鍛練場全体に響き渡った。

 

 

 「力……ですか?」

 

 

 「ああ、四天王ってのは言わば魔王様の手足だ。その手足が弱かったら魔王様に示しがつかない。だから私と模擬戦をして実力を確かめてやる」

 

 

 「そんな~私、戦うのはあまり得意ではありませんよ~」

 

 

 「つべこべ言わず、さっさと武器を選べ」

 

 

 「わかりましたよ~」

 

 

 そう言うとエジタスは壁にある武器を取らずに自身のポケットに手を入れ、あるものを取り出す。

 

 

 「貴様……ふざけているのか……」

 

 

 それはナイフだった。しかも、ただのナイフではない。エジタス御用達の食事用のナイフだ。

 

 

 「ふざけてなんかいませんよ~私は常に真剣です」

 

 

 「……そうか……後悔するなよ!」

 

 

 消えた。いや、実際に消えた訳ではない。シーラは床を強く蹴り、一瞬で間合いを詰める。そして持っていた槍を突き出す。しかし、そこにエジタスの姿はなかった。

 

 

 「(いない!?…………上か!)」

 

 

 上を見上げるとそこにエジタスはいた。エジタスは咄嗟の判断でジャンプしていた。もし、左右に避けていたのならば凪ぎ払いで殺られていたであろう。もし、後ろへ避けていればそのまま突き殺されていたであろう。

 

 

 「(へぇー、判断能力はあるようだな。だけど、上に避けるのは悪手だ!)」

 

 

 すぐさま槍を突き上げる。上空にいるため逃げ場がない。

 

 

 「これで終いだ!」

 

 

 今度こそ当たるそう思っていたが突き刺さる前にエジタスの姿が消える。

 

 

 「(な!?消えただと!いったい何処に……)」

 

 

 辺りを見回すがいない。すると……

 

 

 「お~いシーラさ~ん。こっちですよ~」

 

 

 数十メートル離れた場所に立って手を振っていた。あの状況から一瞬であそこまで行ったことに疑問を抱くシーラ。

 

 

 「……少しはやるようだな。それならこちらも少しばかり力を使わせてもらう!」

 

 

 再び床を蹴り、間合いを詰める。しかし先程と違い、槍が紫色の光に包まれていた。

 

 

 「スキル“ヒュドラ”」

 

 

 シーラが唱えたそれは“スキル”と呼ばれるこの世界特有の、就いた職業のレベルに応じて取得できる技のことである。またレベルを上げていくごとにより強いスキルを取得できる。

 

 

 

 余談ではあるがシーラの職業は“ドラゴンスレイヤー”という龍を滅ぼすための職業である。種族が龍の者に対して二倍のダメージを与えられる。

 

 

 

 自身が龍であるがためその攻撃は常に倍加され他の職業よりずば抜けて強力だ。しかしその反面、同じドラゴンスレイヤーの攻撃を受ければダメージはさらにその倍、四倍になる。そのためシーラの職業は自身をも傷つける諸刃の剣なのだ。

 

 

 

 その中でシーラが唱えた“ヒュドラ”は九回もの突きを連続で放つことができる。さらにその攻撃には猛毒が付与され、少しでも傷つこうものなら即座にあの世行きだろう。

 

 

 そんな九連撃の攻撃がエジタスを襲う。

 

 

 「(今度こそ終わりにしてやる!)」

 

 

 シーラのスキルが当たる直前、またもエジタスの姿が消える。

 

 

 「な、なんだと……また消えた……」

 

 

 「お~いシーラさ~ん。こっちこっち~」

 

 

 声のする方を向くと同じように数十メートル離れた場所にエジタスは立っていた。

 

 

 「……そうかい、わかったよ。今日は特別大サービスだ。私の本気を少しだけ拝ませてやるよ」

 

 

 そう言うとシーラは背中のそれように開けた隙間から翼を広げ、空高く飛び上がった。そして手のひらを掲げる。すると無数の槍がシーラの足下に出現し天井を覆い尽くした。

 

 

 「これなら何処に避けようと無傷では済まない。今度こそ本当に終いだ!」

 

 

 「…………」

 

 

 無言でじっと見つめるエジタス。何も反応を示さないのにイラついたのか舌打ちをするシーラ。

 

 

 「死んじまいな! スキル“スコールスピア”」

 

 

 掲げていた手を振り下ろした。天井を覆い尽くしていた無数の槍が一斉に降り注ぐ。しかし三度、当たる直前でエジタスの姿が消える。

 

 

 「(消えた!だが、スコールスピアを避けるのは不可能だ)」

 

 

 「シーラさ~ん。ここですよ、ここ」

 

 

 「!」

 

 

 真後ろにいた。肩に手を置いて落ちないように覆い被さっていた。手に持っていたナイフが首元に添えられていた。

 

 

 「いくら食事用のナイフだろうとこうして密着させてれば十分凶器になりますよ」

 

 

 「…………そうかようやく分かった。こんな上空にピンポイントでさらに無傷で来る方法……貴様、空間魔法を使っているな」

 

 

 「ピンポンピンポン大正解~私他の魔法は全く使えないのですが唯一空間魔法だけが使えるんですよ~」

 

 

 魔法。それはスキルと同じようにこの世界特有のものである。ただし、スキルとは違い魔法には適正が存在する。それは生まれながらにして与えられる恩恵であり、努力ではどうすることもできない。子供の頃から使える者もいれば大人になっても使えない者もいる。また魔法には多くの種類があり、どれに適正があるかは運次第なのである。

 

 

 「しかし納得いかない点がある。空間魔法は本来、大きすぎたり重すぎる荷物等を運ぶための魔法の筈だ。生き物を運ぶだなんて聞いたことがない」

 

 

 魔法は大きく分けて二つ。攻撃系の魔法と非攻撃系の魔法だ。空間魔法は非攻撃系の魔法に分類される。

 

 

 「それは簡単ですよ。空間魔法を使用する前に転送する自分を道具だと思えばよいのです」

 

 

 「自分を道具だと!?確かに理屈ではそうだがいくら頭で考えたとしても心はそう簡単には変えることはできない……貴様いったい何者なんだ?」

 

 

 「最初に申し上げたはずですよ」

 

 

 「?」

 

 

 「私は“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 

 

 シーラは深い溜め息をついた。

 

 

 「まったく大した男だ貴様は。だが……」

 

 

 シーラの尻尾がエジタスの体を弾く。

 

 

 「へ?」

 

 

 振り落とされたエジタスの足を掴み、宙吊りの状態にする。

 

 

 「まだまだだな。最後まで油断してはいけないぞ」

 

 

 「うわぁぁぁ!?」

 

 

 「自分が優位に立てたからといって注意力を散漫にしないことだな」

 

 

 「わ、分かりましたから、降ろしてください」

 

 

 「いーや、駄目だ。貴様は私に少しとはいえ本気を出させた、しばらくはこのままだ」

 

 

 「そんな~……あ~頭に血が昇る」

 

 

 「ぷっ、ははははははは」

 

 

 シーラの笑い声が鍛練場内に響き渡る。こうしてシーラとエジタスの模擬戦はシーラの勝利で幕を閉じた。




自分は頭で絵を思い浮かべながら、それを字に起こすやり方なので伝わりにくいんじゃないかと心配です。
そこら辺の感じ方を感想に添えて頂けると助かります。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
感想や評価の方もよろしくお願いします。


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アルシア

仕事……疲れた……でも、頑張って更新するぞ。


 ど~も皆さん。道楽の道化師エジタスです。今私は四天王の一人であるシーラさんに足を掴まれ、空中で宙吊りの状態です。頭に血が昇り意識が遠退いてきました。あ~このまま死んでしまうのだろうか…………。

 

 

 その時、鍛練場の扉が開く。

 

 

 「エジタス様、歓迎会の準備ができましたのでお迎えに……って何してるんですか!?」

 

 

 やって来たのはクロウトだった。入ると目に飛び込んで来たのは翼を広げ飛んでいるシーラとそれに掴まれて宙吊りになっているエジタスだ。あまりの出来事に声を荒げた。

 

 

 「よぉークロウト。丁度良いところに来てくれた。今終わったぞ」

 

 

 「終わったって……まさか戦闘していたんですか!?」

 

 

 「そう騒ぐな、戦闘と言っても実力を確かめるための模擬戦だ」

 

 

 「そういうことを言っているのではありません!事前に私を通してからにしてほしいと言ってるんです!だいたいシーラ様はいつもそうです。報告はしないし、適当だし、時間にもルーズで、もっと四天王としての自覚を……」

 

 

 「分かった分かった。それより歓迎会の準備が出来たんだって?よし行くぞエジタス!」

 

 

 「あ~」

 

 

 鍛練場を飛び去っていくシーラと宙吊りのまま連れていかれるエジタス。

 

 

 「あ、待ってください!まだ話は……」

 

 

***

 

 

 魔王城玉座の間。そこは最も神聖な場所として部外者の出入りを固く禁じている。そんな神聖な場所で紙飾りや風船が飾られていた。玉座の前には細長いテーブルに白いテーブルクロスが掛けられ、様々な料理の数々が並べられていた。天井には『エジタスさん魔王城へようこそ』と書かれた垂れ幕がとても目立っていた。

 

 

 テーブルには、縦に一脚ずつ、横に二脚ずつ、計六脚の背もたれが高く豪華な椅子が置かれていた。上座にあたる席にサタニア、横の席にアルシアとゴルガが並んで座っていた。

 

 

 「エジタスさんまだかな~」

 

 

 サタニアが椅子に座りながらエジタスが来るのを待っていた。足が床に届かないためバタバタさせている。

 

 

 「さっきクロウトちゃんが迎えに行ったからもうすぐの筈よ」

 

 

 「早く来ないかな~」

 

 

 サタニア達がエジタスが来るのを待っていると……。

 

 

 「とうちゃーく!!!」

 

 

 物凄い勢いで何かが飛び込んできて、いつの間にか空いていた横の席にシーラ、縦の席にぐったりしているエジタスがいた。

 

 

 突然のことに目が点になっていたが直ぐ様ぐったりしているエジタスに気がつく。

 

 

 「……うわぁぁぁ!!エジタスさんいったいどうしたんですか!?」

 

 

 「シーラちゃん……あなたまさか……」

 

 

 「ん?ああ、ちょっとエジタスと模擬戦をして結果足を掴んで宙吊りにしてそのまま飛んできたんだ」

 

 

 「ええーーー!!」

 

 

 「やっぱり……」

 

 

 シーラの言葉に驚きの声をあげるサタニアと予想していた出来事に呆れるアルシア。

 

 

 「そんな……エジタスさん、エジタスさん、大丈夫ですか?」

 

 

 心配して駆け寄り肩を揺らす。

 

 

 「ダメですよサタニアさん、そんな牛を丸ごと一頭飲み込んじゃ……」

 

 

 「幻覚まで見えてる!というかエジタスさんどんな幻覚見てるんですか!?」

 

 

 「サタニア様遅れて申し訳ありません!」

 

 

 息を切らしながらクロウトが到着した。

 

 

 「あ、クロウト!どうしようこのままだとエジタスさんが……」

 

 

 「…………ん、サタニアさんどうしたのですか?」

 

 

 肩を揺らされようやく意識を取り戻した。

 

 

 「エジタスさん!よかった……」

 

 

 「どうやら一命はとりとめたみたいですね。ですがシーラ様!」

 

 

 「お、おう」

 

 

 「次からは他の人に迷惑を掛けないようにお願いしますよ」

 

 

 「わ、悪かったよ」

 

 

 クロウトに叱られ少し落ち込むシーラ。

 

 

 「ごめんなさいエジタスさん。大丈夫ですか?」

 

 

 

 「……ええ!シーラさんと親睦を深められたので全然平気です」

 

 

 エジタスの言葉にホッと安心して胸を撫で下ろす。

 

 

 「それではサタニア様、そろそろ」

 

 

 「そうだね、皆席に着いて」

 

 

 サタニアの言葉に従いそれぞれ席に着く。

 

 

 「少しドタバタしてしまいましたが、これからエジタス様の歓迎会を開きます。皆様、お手元のお飲み物をお取りください」

 

 

 皆、お酒の入ったコップを手に取る。もちろんサタニアは未成年なのでジュースである。

 

 

 「では、サタニア様。開会のお言葉を」

 

 

 「うん、それじゃあエジタスさんの四天王の就任を祝しまして乾杯!」

 

 

 「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

***

 

 

 それからは飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。お酒に酔ったシーラがエジタスに脱ぐように強要したり……。

 

 

 「ほら、脱げよ。脱いじゃえよ~」

 

 

 「いや~、シーラさんのエッチ~」

 

 

 そのやり取りに対してアルシアが……。

 

 

 「それならあたしが脱ぐわ~」

 

 

 「なに言ってるんですか、アルシアさんが脱いでも骨じゃないですか~私が見たいのは裸なんですよ。は・だ・か」

 

 

 するとさらにそのやり取りに対して今度はクロウトが……。

 

 

 「じゃあ、私が脱ぐ」

 

 

 「「「え?」」」

 

 

 そう言うと燕尾服のボタンに手を掛ける。

 

 

 「わわわ、ちょっと待て!」

 

 

 「早まらないで下さ~い!」

 

 

 「ゴルガちゃん、クロウトちゃんを取り押さえて!」

 

 

 「ワカッタ……」

 

 

 ゴルガはクロウトを羽交い締めにした。

 

 

 「離せー、はなせー」

 

 

 なんとか逃れようと暴れるがびくともしない。

 

 

 「脱ぐったら脱ぐのー」

 

 

 「おいおい酔っぱらいすぎだろ」

 

 

 「クロウトちゃん不憫ね」

 

 

***

 

 

 その後何度か抵抗するが抜け出せず、そのまま疲れて寝てしまった。

 

 

 ゴルガとシーラが飲み比べをする中、一段落ついたエジタスが一息つくと……。

 

 

 「お疲れ様、今日は色々ごめんなさいねエジタスちゃん」

 

 

 「別に気にしなくていいんですよ~って、“ちゃん”?」

 

 

 「ああ、ごめんなさい。あたし、気に入った子にはちゃん付けで呼んじゃうのよ。嫌だったらすぐに止めるわ」

 

 

 「い~え、今まで“ちゃん”なんて呼ばれたことがなかったものですから、とても新鮮で嬉しいです」

 

 

 「そう?それならよかった。……エジタスちゃん、改めて言わせてもらうわ。本当に魔王ちゃんを助けてくれてありがとう」

 

 

 「そんなに畏まらないでください。何回も言ってますがあれは偶然だったんですよ」

 

 

 「それでもよ。魔王ちゃんね、優しいから詰め込みすぎていたの。若くして魔王への就任による後先の不安や、他の魔族からのひどい仕打ちや、嫌みに必死に耐えて、魔族の長だから一人で抱え込んで、誰にも相談しようとしなかった…………そしてあたし達も、苦しんでいる魔王ちゃんに気づいてあげることが出来なかった。魔王ちゃんの手足が聞いて呆れるわね。そしてある日、遂にその抑え込んでいた感情が爆発し出ていってしまった。もう戻ってこない、そう思っていた……けど戻ってきた。しかもあんなに明るくなって……。聞けばエジタスちゃん、あなたの話ばかりしていたわ」

 

 

 「いや~照れますね~」

 

 

 「一度は守ることが出来なかった。でも、だからこそ今度は必ずあたし達が守ろうって決めたの」

 

 

 「…………」

 

 

 しんみりとした空気が流れる。

 

 

 「ああーもうやめやめ、湿っぽい話はおしまい。もっと楽しい話をしましょう。エジタスちゃん何か聞いてみたいこととかな~い?」

 

 

 「そうですね~じゃあ一つよろしいですか?」

 

 

 「あら何かしら?」

 

 

 「アルシアさんって男ですか、女ですか?」

 

 

 「そうね。難しい問題ね。生まれたときから骸骨で、骨格的にも男と女の丁度中間らしくて性別は分からないのよね。でもそうね、敢えて決めるのであれば、あたしは男も女も超えた究極の生命体といったところかしら」

 

 

 「ほえ~、凄いですね」

 

 

 「他に何か聞きたいことはある?」

 

 

 「ええ、アルシアさんはサタニアさんや他の四天王の皆様のことをどう思っているのですか?」

 

 

 その質問をした途端、アルシアの表情が変わる。骸骨で分かりづらいが確かに先程より真剣な表情になった。

 

 

 「……あたし達魔族は基本、自己中心的で自分が最も大切よ。だけどこうやって席を囲んでお祝いをしたり、下らない話題で笑いあったりする。あたしは皆のことを家族のように愛しているわ」

 

 

 「成る程……………………吐き気がする」

 

 

 「あら、飲みすぎちゃった?」

 

 

 そう言ってエジタスの背中を擦ってくれるアルシア。

 

 

 「ええ…………まあ、そうですね…………本当に……気持ち悪い……」

 

 

 背中を擦られながら言ったその一言はいつもより低く感じた。

 

 

 ちなみにサタニアは歓迎会序盤にエジタス達の飲んでいるお酒を飲んでみたいと思い、黙って飲もうとしたところ匂いだけで酔っぱらいそのまま寝てしまっていた。




ハイグレ魔王。ヘンダーランドのジョマとマカオ。暗黒タマタマのローズ、ラベンダー、レモン。
個人的にクレヨンしんちゃんに出て来るオカマキャラが魅力的で大好きです。
そういう訳で今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
感想や評価の方もよろしくお願いします。


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ゴルガ

今回の話を読む前に、謝罪させて頂きます。
そしてどうか最後まで読み上げて下さい。


 ど~も皆さん。道楽の道化師エジタスです。先日は私の歓迎会が開かれ、無事正式に四天王に就任することが出来ました。本日はクロウトさんに魔王城の案内をしていただいています。

 

 

 「ここが食堂になります」

 

 

 そこはいくつもの細長いテーブルが並べられ、それぞれに椅子が置かれていた。奥では滅茶苦茶ゴツい緑色の肌をした魔族、オークが料理鍋をかき混ぜ食事の準備をしていた。

 

 

 「彼方にいるのは料理長です。他の方々からは“おばちゃん”食堂のおばちゃんと呼ばれています」

 

 

 「へぇ~……おばちゃ~ん!」

 

 

 エジタスが大きな声で呼ぶとそれに気づいたのかニッコリと笑い、手を振ってくれた。

 

 

 「お優しい方のようですね」

 

 

 「当然です。皆の“おばちゃん”ですので。さあ、次の場所をご案内します」

 

 

***

 

 

 魔王城中庭。花と木々に囲まれ、鳥や蝶、はたまた小動物まで暮らしている。さらに中央には噴水が置かれていた。何度か忘れそうになるがここは魔王城である。そんな中庭にクロウトとエジタスがいた。

 

 

 

 「これである程度の場所はご案内できました。何か質問等はございますでしょうか?」

 

 

 「いいえ、とても丁寧な説明で分かりやすかったですよ~」

 

 

 「ありがとうございます。それではこれで私は失礼します。定例会議や緊急時などになりましたらお呼び出しするのでそれまでご自由に」

 

 

 一礼するとクロウトはその場を去っていった。

 

 

 「さ~てこれからどうしましょうかね~」

 

 

 そう呟きながら中庭を歩いてるとその場に相応しくない巨大な岩があった。

 

 

 「もしやあれは……」

 

 

 巨大な岩の下まで走って近づく。すると、それは岩ではなく見覚えのある人物だった。

 

 

 「やっぱり、ゴルガさんでしたか~」

 

 

 ゴーレムであるゴルガはじっと動かず座っている。岩と勘違いした鳥や小動物達が、休憩場所として集まっていた。

 

 

 「…………エジタスカ」

 

 

 目は付いていないため、どうやって見ているのか分からないが、振り向いた首の位置からこちらを見ているのは確実だ。

 

 

 「ど~もゴルガさん。こんなところで何しているんですか?」

 

 

 「マオウサマノシジヲ、マッテイル」

 

 

 「サタニアさんのですか?」

 

 

 「マオウサマガヒツヨウトシテイルトキ、ソクザニウゴケルヨウニシテイル」

 

 

 「あ~……ですが、ここで何もせずじっとするのは暇じゃありませんか?」

 

 

 「モンダイナイ……」

 

 

 ゴルガは本物の岩のようにピクリとも動かない。

 

 

 「…………そ~れコチョコチョコチョ」

 

 

 「………………」

 

 

 脇腹を擽るも感覚がないのかまったく反応を示さない。

 

 

 「…………!」

 

 

 何か閃いたのか何処かへ走り去っていくエジタス。

 

 

 しばらくするとゴムボールを片手に戻ってきた。

 

 

 「クロウトさんから借りてきました。ゴルガさんキャッチボールをしましょう」

 

 

 「コトワル」

 

 

 「魔王様の為だとしてもですか?」

 

 

 「ナニ!」

 

 

 今まで動かなかったゴルガが大きく体を動かし、大きな声を発した。そのせいで、側にいた鳥や小動物は一目散に逃げていった。

 

 

 「いいですか、キャッチボールをあまく見てはいけません。これが、もしボールではなく砲丸だったらどうでしょう?」

 

 

 「…………」

 

 

 「大砲が壊れ、飛ばすためのものが無くなった時、その砲丸を飛ばせるのは自分の手だけです」

 

 

 「ダガ、ホウガンナンテオモイモノダレモモテナイ」

 

 

 「そこでゴルガさんの出番ですよ」

 

 

 「?」

 

 

 いまいち理解ができないゴルガにエジタスが説明する。

 

 

 「ゴルガさん、あなたはゴーレムです。ゴーレムは他の魔族よりも力があります。砲丸なんて軽く投げられるでしょう」

 

 

 「ナルホド、タシカニ……」

 

 

 「ですが……それをいきなりぶっつけ本番でできる保証は何処にもありません。そこで、まずはこのゴムボールで練習しようという訳です」

 

 

 「ソウイウコトカ、ヨシサッソクヤロウ」

 

 

 そう言うとエジタスと距離を取り始める。歩く度にドシンドシンという地響きがする。

 

 

 「ではいきますよ~それ~」

 

 

 エジタスがボールを投げると放物線を描くようにゴルガに向かって飛んでいく。

 

 

 取ろうと手を伸ばすが指が太すぎるためうまく掴むことが出来ず、ボールを落としてしまう。

 

 

 「ウオ、オ、オ…………ム、ムズカシイナ……」

 

 

 「ゴルガさ~ん、大丈夫ですよ。ゴルガさんは取る方ではなく投げる方なのでキャッチ出来なくても問題ありません」

 

 

 「ソウカ、ナラヨカッタ」

 

 

 「早くこっちにも投げてくださいよ~」

 

 

 「ヨ、ヨシデハイクゾ…………フン!!!」

 

 

             ブォン!!

 

 

 突然空気を切り裂くような音が鳴り響く。いったい何が起こったのか分からなかったエジタスだが、横をみるとはっきりした。地面にボールがめり込み、小さなクレーターが出来上がっていた。もし当たっていたらどうなっていたのだろう……想像するのも恐ろしい。

 

 

 「ンー、ナゲルノモムズカシイノダナ。コントロールガウマクイカナイ」

 

 

 「い、いや~で、でも威力は十分ありますし大丈夫なんじゃないですかね~」

 

 

 震えが止まらない。手と足が痙攣するのを止められない。

 

 

 「コンナノデハ、マオウサマノキタイニ、オコタエスルコトハデキナイ!」

 

 

 「ですから、威力の方は「エジタスセンセイ!」……へ?」

 

 

 先生と呼ばれ戸惑うエジタス。

 

 

 「モウイチド、オネガイシマス」

 

 

 「あ、はい……」

 

 

 エジタスはもうこれ以上考えるのを止めた。

 

 

***

 

 

 「センセイ、ホンジツハゴシドウシテイタダキ、アリガトウゴザイマス」

 

 

 魔王城中庭。そこはかつて美しい花や木々に囲まれ、鳥や蝶、小動物達が暮らす場所だったが、今ではいくつものクレーターに囲まれ、鳥や蝶、小動物達の姿はない。

 

 

 「い、いえ、お、お役に立ててう、嬉しいです……」

 

 

 特にエジタスの周りは酷かった。エジタスの立っている地面以外全て、削り取られており谷のような状態だった。

 

 

 「マタアシタモ、ゴシドウヨロシクオネガイシマス」

 

 

 ペコリと頭を下げるゴルガ。

 

 

 「い、いやそれは出来ませんね」

 

 

 「!、ナゼデショウカ……」

 

 

 気持ちを落ち着かせるため息を整えるエジタス。

 

 

 「いいですか、確かに練習すれば上手くなるでしょう。しかしそればかりではいけません。実際に戦うことで真の意味で上手くなったと言えるのです」

 

 

 「ナルホド!レンシュウバカリデハイケナイ。ジッサイニタタカウコト……センセイ、アリガトウゴザイマス」

 

 「いえいえ、分かっていただけて何よりです」

 

 

 その後、近くの村がクレーターだらけになったとかならなかったとか。

 

 

 「エジタス様、サタニア様がお呼び……キャーーー!!」

 

 

 中庭に入ってきたクロウトが、今までに聞いたことが無いほどの悲鳴をあげた。

 

 

 「クロウト、ドウシタンダ?」

 

 

 「クロウトさん?」

 

 

 「あ、あなた達…………何をしてくれてんですかーーー!!!」

 

 

 クロウトの怒鳴り声が響き渡る。

 

 

 「ここはサタニア様が大事にしている庭なんですよ!それをこんなにして……何考えてるんですか!」

 

 

 「スマナイ……オレノセイナンダ」

 

 

 「え?」

 

 

 まさかの言葉に驚きを隠せないエジタス。

 

 

 「どういうことでしょうか?」

 

 

 「オレハイツモ、マオウサマノシジヲマツトキ、タダジットシテイルダケダ。ソンナオレヲミカネテ、センセイ……エジタスハ、オレトイッショニ、キャッチボールヲシテクレタ」

 

 

 「ゴルガさん……」

 

 

 「ダカラ、ワルイノハウケタオレニアル。オコルナラオレヲオコッテクレ」

 

 

 「ダメですよゴルガさ~ん」

 

 

 「?」

 

 

 「本当に叱られるのは誘った私なのですから」

 

 

 「チガウ!ワルイノハオレ!」

 

 

 「い~え、私です」

 

 

 「オレ!」

 

 

 「私です!」

 

 

 「オレ!」

 

 

 「私です!」

 

 

 「お二人とも落ち着いてください!」

 

 

 二人の口論にクロウトが止めに入る。

 

 

 「安心してください。そんなことしませんよ」

 

 

 「え?」「エ?」

 

 

 「両方叱りますから!!!」

 

 

 その後二人は二時間叱られ、さらに中庭の修復作業をやらされることになった。

 

 

 「ウーム、ナカナカウマクササラナイ」

 

 

 「ゴルガ様!さっきも言いましたよね!苗木は刺すのではなく土を掛けて植えるんです!」

 

 

 「腕がパンパンですよ~」

 

 

 「エジタス様!サボらないでください!」

 

 

 「ひぇ~……」

 

 

 エジタスとゴルガが必死に修復作業をしていると……。

 

 

 「それとエジタスさん」

 

 

 「はい?」

 

 

 「サタニア様がエジタス様を呼んでいますので修復が終わり次第来てください」

 

 

 「ああ、わかりました」

 

 

 「ほら、手を動かしてください」

 

 

 「ひぇ~……」

 

 

 エジタスとゴルガの修復作業はしばらく続いた。

 




よ、読みづらい…。
何度も目を通した作者自身でも、ゴルガのカタカナ表記は読みづらく感じてしまう……。
最後まで読み上げた読者の皆様には、感謝しかございません。これからもこの作品をよろしくお願いします。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ、感想や評価の方もよろしくお願いします。


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サタニア・クラウン・ヘラトス三世

気が付いたら12時越えてた……。
楽しみに待っていた方々を不安にさせて申し訳ございませんでした。


 歓迎会から三日たった今日。紙飾りや風船で彩られていた玉座の間はすっかり片付けられ、元の神秘的な部屋に戻っていた。

 

 

 そんな玉座の間に、サタニアとエジタスの二人だけがいる。

 

 

 「エジタスさんごめんなさい、急に呼びつけたりして」

 

 

 「そんな、こちらこそ遅れてしまいすみません。中庭の修復に時間が掛かりまして……」

 

 

 「え、中庭がどうかしたの?」

 

 

 「いえ、何でもありません」

 

 

 「そ、そうですか」

 

 

 いつもと違いハッキリとした態度に少し違和感を感じるサタニアだが気のせいだと判断して話始める。

 

 

 「それで呼び出した訳なんですが、エジタスさんに、まだ四天王の主な仕事内容を伝えていないなと気がついて……」

 

 

 「成る程、確かにまだ四天王の意味しか聞いていませんでしたね」

 

 

 「はい、だから今回はそのことについて説明しようと思って呼び出したのですが……ご迷惑だったでしょうか?」

 

 

 「とんでもない、むしろ今聞けてとてもラッキーでした」

 

 

 「そうですか良かった……では、説明しますね。四天王は主に敵からの防衛、現魔王の守護が任されています。この内容はお聞きになりましたか?」

 

 

 「はい、以前シーラさんに少し」

 

 

 模擬戦の時の魔王の手足という話を思い出す。

 

 

 「これは他の兵士にも言えることです。そして、ここからが四天王だけのお仕事なんですが………エジタスさんはこの魔王城の外観を覚えていますか?」

 

 

 「ええ、とても印象深かったので……」

 

 

 魔王城は四つの柱からなる巨大な塀で守られるように禍々しい建物が中央に聳えている。

 

 

 「そう、その四つの柱をそれぞれ守るのが四天王の主な仕事なんです」

 

 

 「どういうことですか?」

 

 

 「実はあの四つの柱は中央の建物、つまりこの魔王城を保護して侵入者を防ぐ結界を張るための柱なんです」

 

 

 「なんと!そんな意味があったのですか……あれ、でも私が来たときはそんな結界ありませんでしたね」

 

 

 「そこが問題なんです。結界は四天王全員が居なくては張ることは出来ません」

 

 

 「そういうことでしたか、確かにあの時は三人しか居なかったですからね」

 

 

 「はい、ですがエジタスさんが四天王に入ってくれたおかげで再び結界を張ることが出来るんです!」

 

 

 「なるほど~四天王とは重大な役目を持っているのですね~。そういえば四天王になったはいいのですが、何か登録などしなくてもよろしいのですか?」

 

 

 ふとした疑問に答えを求めるエジタス。

 

 

 「そこは安心してください。この前の歓迎会にあったあの垂れ幕、覚えていますか?」

 

 

 「もちろんですよ~『エジタスさん魔王城へようこそ』と私の名前が書いてあってとても嬉しかったのですから」

 

 

 「実はあの垂れ幕には特殊な魔法が掛かっていて、書かれた名前の人が四天王として認識される仕組みなんです」

 

 

 「ほほ~あの歓迎会がそんな大切なこととは……」

 

 

 「……まぁ、本当は書くだけでよかったんだけど、エジタスさんと一緒にお祝いしたかっただけなんだよね…………」

 

 

 「ん、サタニアさん何か言いましたか?」

 

 

 「い、いえ何でもありません!」

 

 

 小さく呟いたサタニアの言葉はエジタスの耳には届かなかった。赤く染まった顔がバレないように隠そうとする。

 

 

 「そうですか~?…………まぁいいです。取り敢えずその結界が破られないようにするのが四天王の仕事でよろしいのですか?」

 

 

 「は、はい。結界は四天王の一人でも亡くなってしまうと破られてしまいます。だから、危なくなったら僕を見捨てでも逃げてください」

 

 

 「…………それは出来ない相談ですね~」

 

 

 「どうしてですか!?」

 

 

 「サタニアさん……私はこの三日間魔王城で過ごしてみて分かったことがあります。シーラさんやアルシアさん、ゴルガさんそしてクロウトさん。皆さん種族はバラバラですが共通する物が一つあります。それは…………」

 

 

 エジタスの言葉に緊張が走る。

 

 

 「サタニアさんあなたを一番に考えているということです」

 

 

 「…………え?」

 

 

 「シーラさんもアルシアさんもゴルガさんもクロウトさんも、皆さん話をするときはいつもサタニアさんのことばかり話していましたよ。私は思いました。自分の事より他の人の事を想う事こそが本当の愛なのだと……」

 

 

 「エジタスさん……」

 

 

 「四天王になったからには、他の皆さんにも負けないぐらい私もサタニアさんの事を想いましょう!だからこそ、自分の身が危なくなったとしても逃げません。サタニアさんを最後までお守りします」

 

 

 「そ、そんな、ぼ、僕の事を想うだなんて…………あのエジタスさん」

 

 

 「なんですか?」

 

 

 「エジタスさんの事を“エジタス”って呼び捨てにしてもいいですか?」

 

 

 「もちろんですとも~その方がより親密な関係になって親睦も深まること間違いないでしょう!」

 

 

 「ありがとう、エジタス!」

 

 

 喜びに浸っていると扉の方から何か聞こえてきた。

 

 

 

 おい、押すなよ。

 

 

 押してないですよ、というかもっと離れてください。

 

 

 こらこら、喧嘩しないの。

 

 

 ヨクミエナイ、モウスコシマエヘ。

 

 

 おい、押すなって!

 

 

 ちょっとこのままじゃ……

 

 

 ゴルガちゃん、ストップストップ!

 

 

 「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

 

 ヒソヒソ声が聞こえてきたと思ったら扉が開き、シーラとアルシアとクロウトが雪崩れ込んできた。後ろにはゴルガが呆然としながら立っていた。

 

 

 「ちょっ、みんな!?」

 

 

 「おやおや、皆さんお揃いで何してるんですか?」

 

 

 「あ~あ、バレちゃたわね」

 

 

 「貴様が押すから……」

 

 

 「私ではありません!ゴルガ様が……」

 

 

 「ヨクミエナカッタカラ……」

 

 

 「もぉ~こんなことで喧嘩しないの」

 

 

 「そんなことより、いつから見てたの!?」

 

 

 まさか見られているとは思っていなかったサタニアが、普段よりも興奮しながら尋ねる。

 

 

 「そりゃあ……最初からよ」

 

 

 「え……今までの全部?」

 

 

 「ああ。魔王様もあんな顔するんだな」

 

 

 「!!!」

 

 

 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤にそまる。

 

 

 「それにしてもエジタスちゃん。あなたやるわね」

 

 

 「何がですか?」

 

 

 「あんなにも堂々と守ります宣言されたら、あたし達だって負けてられないじゃない」

 

 

 「貴様だけに魔王様は守らせん!」

 

 

 「まぁ、少しは見直しましたよ」

 

 

 「ヤハリ、センセイハイダイデス」

 

 

 いまいち理解していないゴルガを他所にその光景を見ていたサタニアが柔らかい笑顔をしながらエジタス以外の四人に呼び掛ける。

 

 

 「みんな!」

 

 

 その言葉に答えるようにシーラとアルシア、ゴルガにクロウトの四人はサタニアの前に集まりエジタスに呼び掛ける。

 

 

 「エジタス」

 

 

 「エジタスちゃん」

 

 

 「エジタス様」

 

 

 「センセイ」

 

 

 そして最後にサタニアがエジタスに呼び掛ける。

 

 

 「エジタス。改めまして……」

 

 

 サタニアの言葉に合わせて全員がエジタスに言う。

 

 

 「「「「「魔王城へようこそ!!!!!」」」」」

 

 

 「はい、これからお世話になります!」

 

 

 「「「「「「あははははははは」」」」」」

 

 

 その場にいる全員が笑いだし、後にこう語られている。あの禍々しい魔王城から想像もつかないほどの優しい笑い声が聞こえてきたと…………だが信じる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間だけが住む国、カルド王国。カルド城のある一室で、青いローブを着た男二人と純白のドレスに身を包んだ女が円を囲っていた。そしてドレスを着た女が口を開く。

 

 

 「それではこれより異世界からの転移を開始します」




これにて第一章は終わりとなります。
次回から第二章となります。
明日は遅れない様に頑張ります。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ、ぜひ感想や評価の方もよろしくお願いします。


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第二章 勇者
転移


今回から第二章の始まりです。


 私の名前は佐藤 真緒。須々木第一高等学校在学、二年B組出席番号13番の女子高校生。小さい頃に父が母とは別の女性を作り、私と母を置いて出ていってしまった。母は女手ひとつで私を育ててくれた。しかし、そんな母も私が中学に上がる時に過労で倒れてそのまま亡くなってしまった。

 

 

 その時のショックで、今まで明るい性格だった私は内気で暗い性格になり、人と話すことを極力避けるようになった。親戚のおばさんに預けられたが、厄介者の私には余所余所しい態度だった。こんな暗い性格のせいで中学では虐めの対象として目をつけられた。そんな生活が嫌で、高校は地元からかなり離れた場所を受験した。結果は見事合格、ここから私の新しい人生が始まる。

 

 

 そして私は今現在……虐められています。

 

 

 「うわ、最悪。何であんたがここにいるの?」

 

 

 「テンション駄々下がりなんですけどー」

 

 

 私は家にいる時間を短くするため、放課後に机の上突っ伏して寝ていると、同じクラスの笹沼 愛子と石田 舞子、クラスでは人気の二人が入ってきて早々罵声を浴びせてきた。

 

 

 「あんたさー、マジ気持ち悪いんだよ」

 

 

 「ほんと、暗いし地味だしそれになんなのその髪型?今時おさげとか昭和かよ」

 

 

 そう、私の髪型はおさげなのだ。亡くなった母がいつもしている髪型で母の事を忘れないためにしている。それと同じで母が愛用していた黒縁の眼鏡を掛けている。もちろんレンズは外しているが。

 

 

 「あ、でも昭和ってあんたにピッタリじゃん」

 

 

 「確かに、そのおさげは口髭の代わりですか?ねぇ、“泥棒”」

 

 

 “泥棒”これが私のあだ名だ。だがこれに関しては私が全面的に悪い。そうあれは入学式が終わった数日後の出来事だ。

 

 

***

 

 

 私が廊下を歩いていると…………。

 

 

           ポトッ

 

 

 「あ……」

 

 

 前を歩いていた二人組の女子の一人のポケットから財布が落ちた。私は落ちた財布を素早く拾い、その子に届けようとした。だけど…………。

 

 

 

 「えっ……と……あ……の……そ……」

 

 

 極力話すのを避けるようにしていたせいで、何て声を掛ければいいか分からなくなっていた。財布を持った右手を突き出しながら中腰になってその二人の女子生徒の後ろをつけていく形になってしまった。

 

 

 「そしたらさー……ん、あんた誰?」

 

 

 すると二人の内、一人の女子が後ろにいる私に気がついた。

 

 

 「え……あ……そ……の……」

 

 

 「何のようなの?」

 

 

 「あ……こ……」

 

 

 「ハッキリしなさいよ!」

 

 

 「う……ご……め……ん」

 

 

 あまりに話せなかった私に苛立ちを覚える。

 

 

 「あれ、それ愛子の財布じゃん」

 

 

 「あ、ホントだ!」

 

 

 愛子、そうこの二人こそがクラスで人気者の愛子と舞子だったんです。

 

 

 「あんたまさか…………盗んだの!?」

 

 

 「え……あ……ち……」

 

 

 「言い訳すんじゃねぇよ」

 

 

 「人の物を盗むとかサイテー」

 

 

 「ち……が……う」

 

 

 やっとの想いで絞り出すことの出来た声だったが……。

 

 

 「何が違うんだよ!!」

 

 

 「あんな怪しい行動して盗む以外に何があるって言うんだよ!」

 

 

 「そ……れ……は………………」

 

 

 言えなかった。まさか落としたやつを拾って届けようとしたけどうまく話しかけられなかった、なんて言ったら学校中で笑い者にされる。この時、私は自分の判断を後悔した。

 

 

 「ほらやっぱり言えない、図星だからだ」

 

 

 「ほんっとサイテー。言い訳じゃ飽きたらず嘘までつくなんて……この“泥棒”!」

 

 

 「泥棒、泥棒、泥棒」

 

 

 「………………」

 

 

 何も言えなかった。自身の不甲斐なさに吐き気がする。すると、奥の方から非常に整った顔を持ったイケメンが歩いてきた。

 

 

 「君達いったいどうしたんだい?何かお困り事かな」

 

 

 「あ、聖一さん。聞いてくださいよ」

 

 

 如月 聖一と呼ばれるこの男子生徒は学校でナンバーワンを誇る人だ。勉強やスポーツに音楽に書道、将棋に囲碁、チェスにはたまた算盤まで全てにおいてナンバーワンに拘る。髪の色は金髪だがそれは母親が外国人らしく地毛だそうだ。またその金髪がとても似合っている。染めたような不自然さはなくルックスをさらに際立たせていた。そのため女の子からはいつもモテモテだ。私?私は恋をするほどの心の余裕がない。

 

 

 「この人が愛子の財布を盗んだんですよ」

 

 

 「私は返してくれればよかったんですが…………『これは私の物だ私の手に入った時点で私の物なんだ』って……」

 

 

 愛子は悲劇のヒロインのように泣く演技をし始める。もぉ、女優にでもなればいいんじゃないかという位上手かった。というか、嘘をつくのがサイテーなんじゃないのか?これ程までに自分の言葉に責任を持たない人を見たのは初めてだ。

 

 

 「そんな……今の話は本当かい?」

 

 

 私に向き直り聞いてきた。今度こそ誤解であることを証明しようと口を開く。

 

 

 「そ……の……あ……の……そ……れ……は……」

 

 

 私は自分の人見知りを呪った。人と話すことを極力避けるようにしたとはいえ、ここまで言語能力が落ちるのだろうか……。

 

 

 「本当ですよ、だってこれは明らかに真実を言われて動揺している人の反応です」

 

 

 さっきまで泣いていた筈の愛子がケロッとした顔で私に指摘した。……ほんと、女優になれるよあんたは……。

 

 

 「…………そうだな、残念だが先生を呼ぶしかないようだね。そこの君」

 

 

 「は、はい!」

 

 

 舞子は聖一に呼ばれたことに嬉しさを感じた。

 

 

 「悪いが先生を呼んできてくれないか?」

 

 

 「はい!分かりました」

 

 

 そう言って舞子は職員室の方へと走っていった。

 

 

 「君にどんな事情があるのかは知らない。でも、人の物を盗むのは犯罪だぞ!」

 

 

 「え……あ……そ……の……ごめんなさい…………」

 

 

 ごめんなさい。言いたかった言葉ではない。思い通りに喋ることが出来ず、謝る言葉しか出ない。

 

 

 それからはよく覚えていない。舞子が先生を引き連れ戻ってくると、先生達からも一目置かれている聖一や、愛子と舞子の証言により、私は黒だと判断された。結果、保護者であるおばさんが呼び出され職員会議まで発展したが若気の至りということで許された。……表向きは。本当は自分の学校から泥棒が出たなんてイメージダウンになってしまうのを恐れたからだと私は知っている。だが、誰が流したのか私が愛子の財布を盗んだことが学校中に知れ渡った。次の日から私は虐められるようになった。

 

 

 「おい、何でこんなところに犯罪者がいるんだ?」

 

 

 「ホントだ、牢屋から脱獄してきたのか?」

 

 

 「何とか言ったらどうなんだ?なぁ、“泥棒”」

 

 

 こうして私のあだ名は“泥棒”になった。

 

 

***

 

 

 「…………おい、おい!聞いてんのかよ!?」

 

 

 「無視すんなよ!」

 

 

 どうやら、過去の出来事に浸っていたら呼び掛けられていることに気づかなかったようだ。

 

 

 「お前、盗るのは得意なのに受け取るのは下手なんだな」

 

 

 「あは、それな」

 

 

 「……………………」

 

 

 「そこは笑うところだろうが!!」

 

 

             ガゴン!

 

 

 椅子を蹴っ飛ばされ私は床に這いつくばるような絵面になった。

 

 

 「…………笑えよ」

 

 

 「そうだ笑え」

 

 

 「笑えって言ってんだろ!」

 

 

 笑うことを強要してくる二人。私はそれに黙って従うしかない。

 

 

 「…………は……はは……ははは」

 

 

 「うわ、こいつ虐められてんのに笑ってやがるよ」

 

 

 「気色悪!」

 

 

 もう涙すら出ない。出るのは自分の情けなさとこの乾いた笑いだけだ。

 

 

 「さっきの大きな音は何だ?」

 

 

 「聖一さん」

 

 

 椅子が倒れた音に気づいて入ってきた聖一。

 

 

 「いやそれが佐藤さんが椅子で遊んでて……私達は止めたんですけど聞く耳を持たなくて……」

 

 

 「結果、椅子が倒れてしまった訳です」

 

 

 「…………まったく、いい加減にしてくれないか佐藤さん」

 

 

 聖一は愛子と舞子の言うことを信じた。

 

 

 「君もいい歳だろ。そういう子供っぽいところは直すべきだと思うよ」

 

 

 「…………すみません」

 

 

 また謝ってしまった。惨めだ。床に這いつくばりながら謝罪する姿は何と滑稽なものだろうか…………私の事を信じてくれる人はいない。

 

 

 「ほら、もう遅い。君達も帰りなさい」

 

 

 「「はぁーい」」

 

 

 「佐藤さんは後で僕と一緒に職員室に来てもらうよ」

 

 

 「………………はい」

 

 

 二人は私の顔を見ると鼻で笑い、出ていこうとドアに手を掛けた愛子。しかし……。

 

 

 「あ、あれ?」

 

 

 「どうしたの?」

 

 

 「ドアが開かないの」

 

 

 「まさかそんな貸してみて」

 

 

 舞子は愛子のようにドアに手を掛けるが……。

 

 

 「君達、いったい何をやってるんだ!?」

 

 

 「いえ、ドアが開かないんですけど…………」

 

 

 「何?ちょっと貸してみて」

 

 

 聖一も同じように開けようと試みるが結果は同じだった。

 

 

 「鍵でも掛けられちゃったのかな?」

 

 

 「いや、それはない。なぜなら鍵は僕が持っているからだ」

 

 

 そう言うと聖一はポケットから鍵を取り出した。

 

 

 「しかもこのドアには鍵を掛けた形跡がない」

 

 

 「じゃあいったい…………」

 

 

 その時、教室一面に模様が写し出された。

 

 

 「な、なんなの!?」

 

 

 「分からないわよ!」

 

 

 「二人とも僕から離れないで!」

 

 

 「…………」

 

 

 私のことは完全に忘れ去られていた。すると、写し出された模様が輝き始めた。

 

 

 「な、何?」

 

 

 輝きは一層強くなっていく。

 

 

 「きゃあああ」

 

 

 「いやあああ」

 

 

 「うわあああ」

 

 

 「……………」

 

 

 その日……笹沼 愛子、石田 舞子、如月 聖一。そして佐藤 真緒の四人は須々木第一高等学校、二年B組から忽然と姿を消した。




……フィクションだと分かっていても、やっぱり虐めの描写は書いても読んでも胸糞が悪くなります。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
もし面白ければ、感謝や評価の方もよろしくお願いします。


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異世界

転移と転生、似ている様で全く異なるジャンルなんですよね。
因みに自分は転移の方が個人的に好きです。


 魔王城特別会議室。それは魔王と四天王と一部の魔族のみが出席を許される重要な施設である。円形型の机に六つの椅子が均等に置かれている。

 

 

 その会議室に魔王であるサタニアとクロウト、そして四天王全員が揃っていた。しかし、いつもの雰囲気と違いとても重々しい。

 

 

 「なぁ、その話は本当なのか?」

 

 

 重々しい空気の中シーラが口を開く。

 

 

 「間違いありません。確かな筋からの情報です」

 

 

 「“勇者”ねぇ…………」

 

 

 “勇者”という単語を呟くアルシア。

 

 

 「はい、カルド王国で異世界からの勇者転移が行われました」

 

 

 「確か前回行われたのが二千年以上前でしたっけ?」

 

 

 「その通りですエジタス様。当時、人間達は魔族の進行を恐れその対抗手段として異世界から人間を持ってこようとしたのです」

 

 

 「どうやったらそんな発想に行き着くのかねー」

 

 

 シーラは呆れるようにため息をついた。

 

 

 「ん、持ってくる?それってまさか……」

 

 

 「そうです。エジタス様が得意な空間魔法の応用です」

 

 

 「ちょっと待てよ!空間魔法は物の類いしか運べないんじゃなかったのか?まぁ、例外はいるとして……」

 

 

 エジタスの方をチラッと見ると小さく手を振っていた。

 

 

 「それってつまり……」

 

 

 「カルド王国の人達は人間を道具として見ているという訳です」

 

 

 「そうか……」

 

 

 「でもまぁ、同情はしないわね」

 

 

 「ニンゲンニハ、ニンゲンノヤリカタガアル」

 

 

 「人間を道具だなんて、とんでもないですね~」

 

 

 お前が言うか?みたいな目線がエジタスに集まる。

 

 

 「オホン!いいですか?結果、異世界の人間は道具と認識され、持ってくることに成功しました。その人間は後に魔王であるサタニア・クラウン・ヘラトス“一世”。つまりサタニア様のお祖父様を打ち倒し魔族の進行を止めました。そして栄光を称え魔族と戦う勇気ある者、“勇者”と呼ばれるようになりました。それから人間達は自分達に危機が迫ったときは異世界の者を頼るようになったのです」

 

 

 「それが勇者転移……」

 

 

 「それで皆に聞きたいんだけど」

 

 

 今まで口を閉ざしていたサタニアが喋った。

 

 

 「この案件どうすべきだと思う?」

 

 

 「「「…………」」」

 

 

 沈黙────。だが、それも仕方がないことだ。前例が二千年以上前なのだから、その時の状況が描写された資料なども残ってはいない。

 

 

 「…………そんなのこっちから奇襲を仕掛ければいいじゃないか。あっちも転移したばっかで混乱しているはずだからな」

 

 

 「おバカね。そんなことしたら人間と魔族の全面戦争じゃない。せっかく均衡を保っていた魔王ちゃんの努力を無駄にする気?」

 

 

 「あっ!も、申し訳ありません……」

 

 

 魔族は人間よりも強い。それこそ全軍で攻め込めば数日で王国は陥落するであろう。しかし、そうしないのは現魔王であるサタニアが争いを好む性格ではない為、なるべく平和的な解決を模索している。更にその為、魔族達が人間を滅ぼさないように釘を刺している。

 

 

 「別に気にしてないよ。それより何か別の案を考えよう。武力意外で…………。せめて、勇者がどんな人か確かめられればいいんだけど」

 

 

 「仕方がないですね~」

 

 

 皆が頭を抱えながら悩んでいるときに、得意げな雰囲気を醸し出しながら立ち上がるエジタス。

 

 

 「エジタス?」

 

 

 「私がカルド王国まで偵察に向かいましょう」

 

 

 「「「「えっ!?」」」」

 

 

 エジタス以外の全員が驚きの声をあげる。

 

 

 「私なら空間魔法が使えますから、ここから一瞬で着けます。それに他の人達とは違い顔は知られていません」

 

 

 四天王は人間の間では有名な話であり、その名前と二つ名は深く知れ渡っている。だがエジタスは最近入ったばかりなので、二つ名どころか名前すら知られていない。

 

 

 「確かにエジタスちゃんが行けば安心だけど…………」

 

 

 「それに空間魔法ですぐに帰ってこられるしな」

 

 

 「センセイナラバ、ダイジョウブダ」

 

 

 「ではその作戦で……「ダメ!」

 

 

 サタニアから待ったの声があがる。

 

 

 「どうしてダメなんですか~サタニアさ~ん」

 

 

 「ダメだったらダメなの!!」

 

 

 頑なに首を縦に振ろうとしないサタニア。

 

 

 「他に何かいい作戦がありますか~?」

 

 

 「えっと、それは……」

 

 

 他にないかと聞かれた途端、何も言えなくなってしまった。

 

 

 「大丈夫ですよ」

 

 

 「え?」

 

 

 「偵察といっても王国内の噂程度を調べてくるだけですから、危なくなったら即座に空間魔法で帰ってきますよ」

 

 

 「ほんと…………?」

 

 

 「ええ、約束します」

 

 

 「…………わかった」

 

 

 「ありがとうございます。それでは準備してきますね」

 

 

 そう言って会議室を出ていった。

 

 

 「大丈夫か?」

 

 

 「今はエジタスちゃんを信じるしかないわ」

 

 

 「センセイナラ、キットヤッテクレル」

 

 

 「どうでしょうね…………」

 

 

 「エジタス…………」

 

 

***

 

 

 「それでは皆さん行ってきます」

 

 

 魔王城場外。リュックを背負い、敬礼のポーズを取るエジタス。側にはサタニア、クロウト、シーラにアルシアにゴルガ、さらに門番である赤毛と青毛二人のミノタウロスが揃っていた。

 

 

 「くれぐれもバレるんじゃないぞ」

 

 

 「エジタスちゃん、体には気を付けてね」

 

 

 「センセイ、ゴタッシャデ」

 

 

 「トラブルには巻き込まれないようお願いします」

 

 

 「エジタス殿、どうかご無事で」

 

 

 「青毛の奴と同じ意見です」

 

 

 「はい、皆さんお元気で~」

 

 

 一通り別れの挨拶を終えるとサタニアが一歩前へと踏み出した。

 

 

 「エジタス…………」

 

 

 「サタニアさん。大丈夫ですよ、会いたくなったら空間魔法ですぐに会いに行きますよ」

 

 

 「……うん!」

 

 

 

 強く頷くと素直に後ろへと下がった。

 

 「それでは行ってきます」

 

 

 一瞬で姿が消えた。こうしてエジタスはカルド王国へと向かった。

 

 

***

 

 

 

 

 

 カルド王国の城、カルド城の一室で青いローブを着た男性と純白のドレスを着た女性が円を囲って勇者転移を試みた。

 

 

 「やりました、成功です」

 

 

 「「おおー」」

 

 

 結果は見事成功し、円の真ん中には四人の人間が倒れていた。

 

 

 「ん……ここは……ちょっと舞子、起きなさいよ舞子!」

 

 

 「んー、あれ愛子?」

 

 

 気絶していた愛子が目を覚まし、隣で気を失っていた舞子を起こした。

 

 

 「え、いったいここどこ?」

 

 

 「分からない。だけど、周りの人を見ると日本人じゃないから日本じゃないかもしれない」

 

 

 「そんな…………は!聖一さん、聖一さん起きてください。」

 

 

 周りを見渡すと近くに聖一も気を失って倒れており、舞子は聖一を起こした。

 

 

 「う、うーん、ああ舞子さん。ここは何処なんだ?」

 

 

 

 「………………」

 

 

 ちなみに真緒はとっくに目覚めていたが他の三人からは無視されていた。

 

 

 「お目覚めになりましたでしょうか?」

 

 

 ドレスを着た女性が混乱している四人に話しかける。

 

 

 「あなたは?」

 

 

 「申し遅れました。私、カルド王国第一王女。シーリャ・アストラス・カルドと申します」

 

 

 「カルド王国?」

 

 

 状況が呑み込めていない四人に対してシーリャは説明に入る。

 

 

 「この度は皆様を異世界から“勇者”として呼び出させて頂きました。」

 

 

 「勇者ってまったく意味が分からないんですけど!」

 

 

 「落ち着いてください」

 

 

 「落ち着ける訳ないでしょ!急にこんな変なところに連れてこられて、勇者とか頭おかしいんじゃないの!?」

 

 

 「貴様!王女様に向かってなんて口の聞き方だ!!」

 

 

 「止めなさいあなた達!」

 

 

 シーリャが青いローブを着た二人の男達を宥める。

 

 

 「愛子さんと舞子さんも一旦落ち着いて、まずは話を聞こう。すみません、異世界からと言っていましたが、ここは僕達がいた世界とは別の世界という訳でしょうか?」

 

 

 聖一が興奮している愛子と舞子を宥めると気になった事を質問する。

 

 

 「そちらの殿方は意外と冷静でいらっしゃるようですね」

 

 

 だが、シーリャは知らない。この中で一番冷静なのは、突然の出来事には既に経験して慣れている“真緒”だということに……。

 

 

 「はい、こういう展開はよく読む本に書いてありますので」

 

 

 「あら、そんな本が異世界では存在するのですか?是非お話を聞きたいです」

 

 

 「王女様、そろそろ本題に……」

 

 

 「ああ、そうでしたね。実はこの世界では、私達人間の他に魔族と呼ばれる種族がいます。魔族はとても狂暴で見境なく人に襲いかかるのです」

 

 

 シーリャは魔族について大きく誇張する。

 

 

 「二千年以上前、魔族がこのカルド王国に進行してきた時、私達人間は神に祈りを捧げました。するとどうでしょう、異世界から勇者様がやって来たのです。勇者様は瞬く間に魔族の進行を止めて下さいました。しかし、現在になって再び魔族の進行が活発になり始めたのです。もう勇者様はおりません。そこで私達は祈りを捧げました。そして…………」

 

 

 「僕達が呼び出された……」

 

 

 「その通りです。お願いします、どうか皆様のお力をお貸しください!」

 

 

 シーリャと青いローブを着た二人の男達は深々と頭を下げた。

 

 

 「いやよ、そんな危ないこと出来るわけないじゃない!」

 

 

 「そうよ!早く家に帰してよ!」

 

 

 「それは出来ません……」

 

 

 「「はぁ!?」」

 

 

 「私達は祈りを捧げただけで、返す方法までは心得てはおりません。しかし、文献によれば魔族の王である魔王を倒せば、元の世界に帰れる筈です」

 

 

 嘘だ。真緒はシーリャが嘘をついていることを見抜いた。今まで人と話すのを極力避けてきたお蔭で、相手の表情を見るだけでその人が嘘ついているか分かるようになった。しかし、そんなのお構いなしに愛子と舞子は怒鳴り散らす。

 

 

 「ふざけんじゃないわよ!」

 

 

 「あんたそれでも王女なの!?」

 

 

 「貴様ら、黙って聞いていれば……「止めなさい!」しかし!」

 

 

 「王女様」

 

 

 青いローブの男達がキレそうになるのをシーリャが止めていると聖一が口を開いた。

 

 

 「二人のように完全否定するつもりはありませんが、僕達は戦闘すらしたことのない一般市民です。そんな僕達が役に立つのでしょうか?」

 

 

 最もな疑問だ。非戦闘員である自分達が参加しても足手まといにしかならない。けれどシーリャの表情は明るかった。

 

 

 「そこはご安心ください。異世界から呼び出された者は今この世界の者よりも数十倍近い力を手に入れております」

 

 

 「僕的にはそんな感じがありませんが……」

 

 

 「私も」

 

 

 「あたしも」

 

 

 「…………」

 

 

 聖一を含め四人とも力が溢れているようには感じない。

 

 

 「その点に関してはお任せください。私はその者のステータスを判別するスキル“鑑定”を持ち合わせております」

 

 

 「スキル?」

 

 

 「その点に関しては後ほどご説明させて頂きます。まずはそちらの殿方から見させていただきます。失礼ですがお名前は?」

 

 

 「如月 聖一です」

 

 

 「キサラギ セイイチ様。それではセイイチ様のステータスを調べさせていただきます。…………スキル“鑑定”」

 

 

 

 

キサラギ セイイチ Lv10

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 男

 

職業 勇者

 

 

HP 300/300

 

MP 180/180

 

 

STR 200

 

DEX 120

 

VIT 180

 

AGI 100

 

INT 160

 

MND 100

 

LUK 140

 

 

スキル

 

ワイルドスラッシュ パーフェクト

 

 

 

魔法

 

火属性魔法 水属性魔法 風属性魔法

 

 

称号

 

完璧を心掛ける者

 

 

 

 「す、凄いです!!全てのステータスが100越えで、さらに魔法が三つも扱えるなんて!!!」

 

 

 「そんなにですか?」

 

 

 いまいちこの世界の基準が理解できていない聖一。

 

 

 「そりゃそうですよ。普通の人でも30そこそこ、騎士団長クラスでも80ですからセイイチ様は騎士団長よりも強いということです!」

 

 

 「流石聖一さん!」

 

 

 「やっぱり凄い人は異世界行っても凄いですね」

 

 

 愛子と舞子が聖一を褒めまくる。

 

 

 「次、私のをおねがーい」

 

 

 「あ、あたしもあたしも」

 

 

 「分かりました。……スキル“鑑定”」

 

 

 二人のステータスが一気に判別される。

 

 

 

 

ササヌマ アイコ Lv8

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 女

 

職業 魔女

 

 

HP 240/240

 

MP 200/200

 

 

STR 120

 

DEX 160

 

VIT 100

 

AGI 130

 

INT 200

 

MND 160

 

LUK 140

 

 

スキル

 

魔力吸収 魔力解放

 

 

魔法

 

氷魔法

 

 

称号

 

冷血な眼差しの持ち主

 

 

 

 

イシダ マイコ Lv7

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 女

 

職業 聖女

 

 

HP 200/200

 

MP 230/230

 

 

STR 100

 

DEX 140

 

VIT 100

 

AGI 150

 

INT 180

 

MND 160

 

LUK 140

 

 

スキル

 

慈愛の精神 不屈の魂

 

 

魔法

 

土魔法 回復魔法

 

 

称号

 

慈愛の先導者

 

 

 

 

 「さ、最低でも100を越えるステータスを持っているなんて…………特にアイコ様の氷魔法はユニーク魔法と呼ばれるアイコ様だけの専用の魔法です」

 

 

 「え、まじで?ラッキー!」

 

 

 「いいなー、アイコだけ……」

 

 

 「マイコ様も回復魔法は世界でも数人しかいない貴重なものです」

 

 

 「ほんとー?やったー!」

 

 

 「では次はそちらの女性を……」

 

 

 「えっ、誰?」

 

 

 三人が真緒の方へと振り向く。

 

 

 「あ、あんたいたの?全然気づかなかったわ」

 

 

 「まじ、こんな状況で声を出さないとかウケるんですけど」

 

 

 こんな状況だからこそ動揺したりして声が出せない筈だろ。そう思う真緒だがそれすらも声に出せない。

 

 

 「それでは調べますよ」

 

 

 「え……あ……ちょっ……ま……」

 

 

 「スキル“鑑定”…………え?」

 

 

 

 

サトウ マオ Lv1

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 女

 

職業 勇者…………には程遠い

 

 

HP 10/10

 

MP 8/8

 

 

STR 10

 

DEX 8

 

VIT 20

 

AGI 15

 

INT 18

 

MND 16

 

LUK 3

 

 

スキル

 

なし

 

 

 

魔法

 

なし

 

 

称号

 

過去を引きずる者

 



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出会い(二回目)

 「これは……いったいどういうことなのでしょうか?」

 

 

 「私供も分かりかねます」

 

 

 異世界から来た筈の真緒のステータスが、とてもじゃないが信じがたく、シーリャ含め三人は困惑していた。

 

 

 「何々?どうしたの?あいつのステータスがどうかした?」

 

 

 愛子が戸惑っている三人に声を掛ける。

 

 

 「それが……マオ様のステータスが最高でも20しかありません」

 

 

 「あっはははは!!まじで!?」

 

 

 あまりの低さに笑いこける。

 

 

 「他に、他には何かないの?」

 

 

 「スキルや魔法なども一切ありません」

 

 

 「あっはははは!!」

 

 

 再び笑いこける愛子。必死に笑いをこらえる舞子が真緒に話しかける。

 

 

 「あんたって駄目な奴だと思ってたけど、異世界に来ても駄目なのねー」

 

 

 「……………」

 

 

 何も言えない。事実を突きつけられ落ち込みを隠せない。

 

 

 「粗悪品か…………でもまぁ、三人も勇者クラスがいるからいっか…………」

 

 

 小さく呟いたシーリャの言葉は真緒にだけ聞こえていた。

 

 

 「では皆さん、これからこの世界の事について説明させて頂きます」

 

 

 シーリャの言葉に四人は耳を傾ける。

 

 

 「まずこの世界には、大きく分けて二つの国が存在します。私達人間が治めるカルド王国。魔族が治めるヘラトス魔族国家。長らく人間と魔族の戦争は均衡を保っています。これも私達の努力の賜物でしょう。」

 

 

 真実を知らないとは何と恐ろしい事なのだろう……。シーリャは勘違いを加速させていく。

 

 

 「魔族には四天王と呼ばれる魔王の側近のような人達がいます。黒白のシーラ、両刀のアルシア、破壊兵器ゴルガ、そして狂乱の王子ヴァルベルト」

 

 

 当然のようにエジタスの名前は知られていなかった。

 

 

 「この四天王の上に君臨しているのが魔王、皆さんが倒すべき最終目標です」

 

 

 「質問いい?」

 

 

 「何ですか?」

 

 

 「その魔王ってどんなやつなの?」

 

 

 「それは不明です。しかし噂によると体長四、五メートルを越える巨大な魔族と聞いています」

 

 

 随分と誇張されたサタニアの情報である。

 

 

 「まじ!?おっかねー」

 

 

 「続いてスキルと魔法について説明します」

 

 

 「あ、それそれ。それ聞きたかったんだ。」

 

 

 「皆さんのステータスにも表示されていましたが、スキルとは、皆さんが今就いてる職業に応じて、取得できる技のことです。またレベルを上げていくごとに、より強いスキルを取得できます」

 

 

 「成る程、因みに王女様「シーリャ」……え?」

 

 

 「私のことは、シーリャとお呼びください、セイイチ様」

 

 

 「わかったよシーリャ。それで何だけど、途中で職業を変えることは出来るのかな?」

 

 

 「お役に立てず申し訳ありません。一度就いた職業は、どんなことがあろうとも変えることは不可能です」

 

 

 「……そうですか分かりました。」

 

 

 シーリャと呼び捨てにしたことで、それぞれ二人の女と二人の男から睨まれていたが、気づくことはなかった。

 

 

 「それでは気を取り直して、次は魔法について説明させて頂きます」

 

 

 「魔法ってあれでしょ、手から炎が出たりする……」

 

 

 「はい、魔法は大きく分けて二種類あります。攻撃系魔法と非攻撃系魔法です。攻撃系魔法は火、水、風、土、光、闇の六つに分かれます。魔法はスキルとは違い適正が存在します。それは、生まれながらにして与えられる恩恵であり、努力ではどうすることもできません。子供の頃から使える者もいれば、大人になっても使えない者もいるのです。また、魔法には多くの種類があり、どれに適正があるかは運次第なのです。一種類あれば儲けもの、二種類だったら奇跡、三種類は最早、英雄の領域です」

 

 

 「えー、じゃあ三種類ある聖一さんは、英雄っていうことですか?」

 

 

 「流石、聖一さん!」

 

 

 「止してくれ二人とも。英雄はなるものじゃない、周りの人から認められてなるものなんだ」

 

 

 かっこよく語っているがそれはつまり、周りから認められている聖一は、英雄であるという紛れもない証明であった。

 

 

 「でも待って、私の魔法は氷魔法になってるけど、さっきの説明に氷は入っていなかったよね」

 

 

 「はい、アイコ様のはユニーク魔法と呼ばれる、その人だけが扱える専用の魔法なのです」

 

 

 「そうだそうだ、そんなことさっき言ってた」

 

 

 「最後になりましたが、この世界の通貨をご説明させて頂きます」

 

 

 そう言うと、青いローブの男の一人が、シーリャに一枚の金色のコインを手渡す。

 

 

 「これがこの世界の通貨“カルドコイン”です。この国の他に、様々な町や村で使われています。価値の基準として下から銅、銀、金、白金、黒金になります。銅一枚で1k、銀一枚で1万k、金一枚だと100万kとなり、白金クラスになると一枚で1000万k、黒金一枚で1億kにもなります。それぞれの価値の差は銅一万枚で銀一枚、銀千枚で金一枚、金百枚で白銀一枚、白金十枚で黒金一枚と計算されています。…………ここまでで分からない人はいますか?」

 

 

 一人も挙手する者がいないところを見ると、一応全員理解は出来ているようだ。

 

 

 「それでは説明は以上になります。これから皆さんのお部屋を案内させて頂きます」

 

 

 シーリャは青いローブを着た二人の男達に目配せをすると、四人の前へと歩み寄る。

 

 

 「私について来てください。城の中は広いので、迷子になるおそれがありますので……」

 

 

 そう言うとシーリャは部屋を出ていく。それについていく四人だったが……。

 

 

 「マオ様。お待ちください」

 

 

 「え?」

 

 

 「マオ様のご案内は、我々がさせて頂きます」

 

 

 「え……あの……」

 

 

 声を掛けられている間に、シーリャと三人は歩いて行ってしまった。

 

 

 「こちらです」

 

 

 「あ……はい」

 

 

 二人はマオを連れて、シーリャ達とは逆の方向へと案内する。

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 沈黙が流れる。しばらく歩いたが、誰一人として喋ろうとしない。しかし、沈黙に耐え兼ね真緒は口を開いた。

 

 

 「あ……あの……」

 

 

 「黙って歩け……」

 

 

 「!…………はい」

 

 

 先程までの丁寧な口調とは裏腹に、とても攻撃的な言葉に再び口を閉ざしてしまう。

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 それからまたしばらく歩いていると、巨大な鉄格子の門が見えてきた。門の前には鎧を着た兵士が二人立っており、鉄格子は上がっていた。

 

 

 「さぁ、さっさと出ろ!」

 

 

 「え……あ、きゃあ!」

 

 

 いきなり背中を押され、城から追い出された。

 

 

 「あ……あの」

 

 

 「ほら、受けとれ」

 

 

 真緒が地面に倒れていると、目の前に小さな革袋が投げ捨てられた。中を確認すると、銀のカルドコインが五十枚入っていた。

 

 

 「それで数日は生きられるだろう。あとは勝手にしろ。門を閉めろ!」

 

 

 その瞬間、上がっていた鉄格子が降りてきて、完全に閉じた。

 

 

 「え、あの……これ……って……」

 

 

 「ん?何だお前まだいたのか?さっさと消えろ」

 

 

 「いや……だから……その」

 

 

 「ハッキリしない奴だな!何が言いたい!?」

 

 

 「ああ、そういうことか」

 

 

 青いローブの男の一人が、倒れている真緒に合わせてしゃがみ込み、鉄格子越しに言う。

 

 

 「お前はな、見捨てられたんだよ」

 

 

 「え?」

 

 

 「こっちも暇じゃないんでね、お荷物の世話なんて出来ないんだよ」

 

 

 「…………そんな」

 

 

 理解できなかった。勝手に連れてきて使えないと分かると、少しの手切れ金を渡して捨てるなんて……。青いローブを着た二人の男達は、絶望した私の顔を見ると鼻で笑い、その場を去っていった。追い出された私は、これからどうしていいか分からず、ふらふらと城下町の方へ歩いていった。

 

 

***

 

 

 「…………これからどうしよう」

 

 

 城下町に入ると、そこは活気に満ち溢れていた。色々な人の会話が聞こえてくるが、真緒には興味が無かった。路地裏の入口辺りに座っていると……。

 

 

             ポトッ

 

 

 「あ……」

 

 

 前を歩いていた男の人のポケットから、ナイフらしき物が落ちた。私は落ちたナイフを素早く拾い、その人に届けようとした。だけど…………。

 

 

 

 「えっ……と……あ……の……そ……」

 

 

 まただ。また声が上手く出せない。中腰になりながら、その男の人をつける形になってしまった。そして…………。

 

 

 「ん、どうしましたか?」

 

 

 「え……これ……は……ご……かいで……」

 

 

 また勘違いされる。異世界に来ても私は“泥棒”なのか……。そう思っていた。しかし……。

 

 

 「大丈夫ですよ。ゆっくり話してください」

 

 

 「え…………はい」

 

 

 初めてだ。いつもは「もっとハッキリ喋れ」などと言われていたのに、こんなにも優しい言葉をかけてもらったのは……。

 

 

 「…………これ……落とし……ましたよ」

 

 

 「え?」

 

 

 すると男は自分のポケットに手を突っ込み、探し始める。そしてないと分かると……。

 

 

 「お~!ありがとうございます!まさか拾って届けて下さるとは、感謝感激です」

 

 

 お礼を言われた。嬉しかった。これまで散々虐められてきた私だが、この感謝の言葉だけでもう思い残すことはない。

 

 

 「いや~本当にありがとうございます。よろしければ、お名前をお聞かせ願いませんか?」

 

 

 「えっ、あ、その……。さ、佐藤 真緒です」

 

 

 「マオさん!この度は本当にありがとうございます。私の名前は……」

 

 

 クルッと一回転すると手を顔の横にやり小刻みに振る。

 

 

 「“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 




少女の目の前に現れた謎の道化師。
あれ、こんな展開前に何処かで?
果たして彼女の運命は如何に!!?
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価・感想をよろしくお願いします。


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エジタスと真緒

感想でも述べた通り、実はこの作品は小説家になろうで既に完結しています。
その為、逸早く物語の展開を知りたい方はそちらを読んで貰っても構いませんが、このハーメルンではなろう時代とは異なる展開をお送りしたいと考えているので、このまま読み進めても充分楽しめると思います。
長く語りましたが、今回の話を始めさせて頂きます。


 ど~も皆さん。道楽の道化師エジタスです。今私はカルド王国に来ています。

 

 

 

 それにしても賑やかな場所ですね~行き交う人々が皆笑顔ですよ。そんなことを思いながら早速、勇者について情報を探ろうとすると、私の後を女の子がつけて来るではありませんか。

 

 

 まさか、私が四天王であることがバレた!?……と、思っていましたが話を聞くとどうやら、私が落としたナイフを拾って届けようとしたと言うではありませんか。私は感謝の言葉を述べ、彼女に名前を聞いたので、私も自分の名前を教えたのです。

 

 

***

 

 

 「…………エジタスさん?」

 

 

 「は~い、この度は私の落とし物を拾って届けて頂きありがとうございます」

 

 

 「……いえ、大した……ことは……していません」

 

 

 先程よりはハッキリ喋るようになったが、まだ慣れてはいない。

 

 

 「それでは……これで……失礼します」

 

 

 「…………」

 

 

 真緒は軽く会釈を済まし離れようとする。

 

 

 「ちょっと待ってください」

 

 

 咄嗟に真緒を呼び止めるエジタス。

 

 

 「え?」

 

 

 「拾ってくれた恩人が、そんな辛そうな顔をしているのにほっとくわけにはいきませ~ん」

 

 

 「いえ、私なら……大丈夫ですから」

 

 

 嘘だ。本当は、辛くて辛くて心が押し潰されそうだ。突然異世界に連れてこられ、挙げ句の果てに、使えないと判断され捨てられた。そんな状況で辛い顔をしない方が難しい。

 

 

 「拾っていただいたお礼……とは言いませんが、私に話してみませんか?マオさんの力になりましょう」

 

 

 「エジタスさん………………ここでは何ですから……向こうで……」

 

 

 そう言うと、マオとエジタスは人気のない場所に移った。近くにあった瓦礫の上に座り、しばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開き話始めた。

 

 

 「…………実は私、こことは別の異世界からやって来たんです」

 

 

 「何と!では、あなたが異世界からやって来た勇者さんなのですね」

 

 

 「!……信じてくれるんですか!?」

 

 

 「勿論ですよ何を疑うというんですか?」

 

 

 「…………」

 

 

 嬉しかった。自分の言葉を信じてくれる人がいると分かって、堪らなく嬉しくなった。

 

 

 「ここの世界に来る前、私虐められていたんです」

 

 

 真緒は語る。小さい頃父が他の女を作って出ていったこと。その後母が亡くなってしまったこと。それで暗く内気な性格になったこと。泥棒と誤解され虐められたこと。異世界に連れてこられ、ステータスの低さから見捨てられたこと。

 

 

 

 話している間エジタスは口出しなどはせず、黙って聴いていた。

 

 

 「……全部……私が悪いんです……私さえいなかったら…………」

 

 

 考え方まで暗くなり始めた。こんな辛い状況でも涙すら流れない。話終えると真緒は俯いてしまった。

 

 

 「マオさんマオさん」

 

 

 エジタスの声が聞こえる。母と同じくらい優しい声で呼び掛けられる。真緒が声のする方へと顔を向けると……。

 

 

 「ほい」

 

 

 手首を捻ったかと思うと、一瞬にして赤いボールを出現させる。空間魔法の本来の使い方である。

 

 

 「ほい、ほいほい、ほ~い」

 

 

 次々とボールを出現させてそれを手で回し始める。最後に巨大なバランスボールを出現させた。

 

 

 「とう!」

 

 

 ボールを回しながらバランスボールに乗るエジタス。

 

 

 「どうですか~?」

 

 

 「……え、あ、すごいです」

 

 

 感想を求められ、素直に答えた。

 

 

 だが、無茶しすぎたのか次第にバランスが取れなくなる。

 

 

 「おとと、おととと、おととととととと…………」

 

 

 完全にバランスを崩し、どんどん後ろへと下がっていき、瓦礫の山にぶつかり落ちてしまう。

 

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 「は~、何とか…………イテッ!」

 

 

 落ちるときに上に放り投げられたボールが、エジタスの頭に直撃した。

 

 

 「っっ……あはははははは」

 

 

 笑った。久しぶりに笑った。母が亡くなってから一度も笑ってなかった。しかし、こうしてまた笑うことが出来た。

 

 

 「やっと笑ってくれましたね」

 

 

 「えっ、あ、ご……ごめんなさい」

 

 

 「なに言ってるんですか。笑うのに許可なんか必要ありません!笑いたい時に笑えばいいのです。…………マオさん、あなたの人生は確かに不幸の連続かもしれません。でもそんな時だからこそ、笑ってください。落ち込んで見るよりも笑って見る方がその景色はきっと、良いものになっているはずですよ」

 

 

 「エジタスさん…………」

 

 

 嬉しい。こんなにも親身になって話を聞いてくれる人は初めてだ。その日ついに、枯れて流すことが出来なかった涙が流れた。

 

 

 「すみません……笑ってと言われたのに…………涙が止まらないんです」

 

 

 「いいですよ、好きなだけ泣いてください。その代わり、泣いて、泣いて、泣きまくったら、次はとびっきりの笑顔をお願いしますね」

 

 

 「はい!」

 

 

 「…………あ、そうだマオさん」

 

 

 「はい?」

 

 

 「修行しましょう!」

 

 

 「へぇ?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 「あの……エジタスさん。これはいったい……」

 

 

 真緒とエジタスは、カルド王国から少し離れた草原地帯に来ている。

 

 

 「いいですか、マオさんは王国から見捨てられたと言っていましたが、逆に考えれば自由を与えられたということです」

 

 

 「どういうことですか?」

 

 

 「普通、異世界から来た人が勝手な行動をしないように、目が届く範囲に置きたがるものです。そのためにほぼ軟禁状態の生活が続くでしょう。強いステータスともなれば尚更です。だから、早く自由になれたマオさんは運がいいですよ」

 

 

 「でも私、運なんて3しかないんですよ」

 

 

 「ステータスなんて鍛えればいくらでも変化しますよ」

 

 

 ステータス低さに不安を抱いていたが、エジタスの言葉で少し安心する。

 

 

 「まぁ、運なんかは変化しないですけどね」

 

 

 安心出来なかった。

 

 

 「さて、これからマオさんには、戦闘において大切なことをいくつか教えたいと思います」

 

 

 「で、でもなんで修行なんか?」

 

 

 「マオさんはこの世界のことをなにも知りません。今後を生き抜くことを考えても、戦えるようにする方がいいと判断しました」

 

 

 「どうしてそこまで……」

 

 

 「ナイフを拾っていただいたお礼ですよ。」

 

 

 「それだけで何で……」

 

 

 「では、お聞きします。マオさんあなたは、自分がいた世界に戻りたいと思っていますか?」

 

 

 「!」

 

 

 戻りたいか。そう聞かれた真緒は、すぐに頷くことが出来なかった。元より、自分がいた世界に帰る場所はない。

 

 

 「更に理由を付け加えるならそれが理由です。元の世界に帰る気がないのなら、この世界で生きていく為に修行しましょう」

 

 

 「…………はい!」

 

 

 覚悟を決めた目。元の世界との繋がりを断ち切り、この世界で生きていくことを決めた。

 

 

 「よろしい!これからは私のことを“師匠”と呼ぶように!」

 

 

 「はい!よろしくお願いします師匠!」

 

 

 「ほぉ~いい響きですね~。ではこれより修行を開始する。まず、この世界のことは城の方で聞きましたね」

 

 

 「はい、この世界には大きく分けて人間と魔族がいるってことですね」

 

 

 「その通り。基本的な知識は大丈夫そうですね。それではまず、戦闘において最も大切なことは何だと思いますか?」

 

 

 「…………死なないことですか?」

 

 

 真緒が答えると、人差し指を縦に立てて“チッチッチ”と動かす。

 

 

 「それは当たり前のことです。正解は、相手を見た目で判断しないことです」

 

 

 「どういう意味ですか?」

 

 

 「あれを見てください」

 

 

 そう言ったエジタスが指差す方向には可愛らしい兎がいた。

 

 

 「可愛いですね。あの兎がどうかしたんですか?」

 

 

 「あれは兎ではありません。“キラーフット”と呼ばれる魔物です」

 

 

 「魔物?」

 

 

 「魔物は魔族とは違い、どちらかと言うと動物に近い生き物なのです。そして彼方の方も見てください」

 

 

 エジタスはキラーフットに指差したまま、もう一つの手で反対側にいた猪を指差した。しかし、その猪は普通の猪とは違い、四本の牙が口から突き出ていた。

 

 

 「“ボアフォース”強力な突進と四本の牙が武器の魔物です。そして…………スキル“一触即発”」

 

 

 「クゥ!?」「フゴォ!?」

 

 

 突如、キラーフットとボアフォースが小さな悲鳴をあげたかと思うと、二匹は互いに睨み合い威嚇し始めた。

 

 

 「し、師匠、いったい何をしたんですか!?」

 

 

 「スキルを発動させたのですよ。私のスキル“一触即発”は対象となる生物を二名選び、強制的に緊迫した状態にして戦闘を引き起こさせる能力です」

 

 

 「スキルって確か就いた職業に応じて使える技ですよね?師匠の職業って…………」

 

 

 「私ですか?私の職業は“道化師”です。それより見てください。間もなく始まりますよ」

 

 

 二匹は威嚇しあいながら動かないが、今にも爆発して殺しあいが始まろうとしていた。

 

 

 「どちらが勝つと思いますか?」

 

 

 「え、それは……やっぱり猪の方じゃないですか?」

 

 

 

 「そうですか……では結果を見届けましょう」

 

 

 「フゴオオオオ!!」

 

 

 ついに爆発した。ボアフォースがキラーフットに向かって突進を繰り出す。しかし、それをヒラリと避けるとボアフォースの横腹に強烈な回し蹴りが叩き込まれる。

 

 

 「プギィィィ!!!」

 

 

 骨は折れ、しばらく悲鳴が響き渡るが次第に動かなくなった。

 

 

 「どうですか?」

 

 

 「師匠は、始めからこうなると分かっていたのですか?」

 

 

 「はい、もちろんです。ボアフォースの突進は強力ですが、直線しか動くことが出来ません。一方キラーフットは、俊敏に動ける体に強烈な足技を持っているので、勝利はほぼ確実だったでしょう」

 

 

 「す、凄い…………」

 

 

 「それで分かりましたかマオさん。見た目だけで判断すると油断が生まれ、下手をすれば殺されてしまいます」

 

 

 「はい、肝に命じます!」

 

 

 「よし、次はお待ちかねの武器について説明しましょう」

 

 

 真緒の修行はまだまだ続く。




挿し絵やなろうのURLは近日中にあらすじの欄に記載するので、少々お待ち頂けると幸いです。
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ、評価や感想の方もよろしくお願いします。


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過去への償い

予告通り、あらすじと第一章の出会いに、匿名(希望)さんによるエジタスの挿し絵を載せました。


 「この世界には多種多様の武器が存在します。今日は中でもよく使用される物を、三種類紹介しましょう」

 

 

 エジタスが指を鳴らすと空中に一本の剣が出現した。それを真緒が両手で受け止める。

 

 

 「それは鉄の剣という最も使われている武器です。剣は対象を斬りつける効果と刺すための機能を持っています。」

 

 

 「あ、凄い扱いやすいです」

 

 

 柄の部分を両手で握り、何度か振り下ろしている真緒。

 

 

 「はい、誰にでも扱える分、これといった長所も短所もないのが特徴です。さて、次はこちらです」

 

 

 再び指を鳴らすと空中に一本の槍が出現した。真緒は剣を手放し、両手で受け止める。

 

 

 「それは鉄の槍です。槍は剣とは違い、刺すことのみに特化した武器です。リーチが長く、相手と距離を取りながら戦えますが一度近寄られると対処するのは難しいでしょう」

 

 

 「これもいいですね」

 

 

 何度か槍で突く練習をした。

 

 

 「最後はこれです」

 

 

 三度目の指を鳴らすと空中に一本の斧が出現した。真緒はそれを両手で受け止める。

 

 

 「け、結構重いんですね」

 

 

 「当然です。斧は先程の二つとは異なり、打撃を主な攻撃とする武器なのです。もちろん、剣のように斬りつけることも出来ますよ」

 

 

 「これは…………ちょっと無理ですね」

 

 

 必至に持ち上げようとしたが重すぎて真緒には持つことは出来なかった。

 

 

 「さぁ、マオさんならこの三つの中からどれを選びますか?」

 

 

 綺麗に並べられた剣、槍、斧をしばらくの間見つめる。

 

 

 「私、これにします」

 

 

 手に取ったのは剣だった。

 

 

 「一番使いやすかったです」

 

 

 「そうですか~。それではこれから武器屋に行きましょう、好きな剣を一本買ってあげますよ」

 

 

 「ええ!?そ、そんな悪いです!」

 

 

 「いいんですよ~。弟子になったお祝いをさせてくださ~い」

 

 

 お祝いと言われてしまうと受け取らなければ失礼にあたってしまう。そう思った真緒は素直にもらうことにした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ここがこの国一番の武器屋です」

 

 

 「ここがですか…………?」

 

 

 ボロい。それが最初に見た時の感想だ。ここまで来る途中にいくつか武器屋らしき店があったがどれも丁寧に掃除されて綺麗だった。しかし、剣を買ってもらう手前文句など言える立場ではなかった。

 

 

 「それじゃあ、入りますよ」

 

 

 「は、はい!」

 

 

 店の中に入ると意外と整えられていた。いかにも高そうな武器は壁などに掛けられていた。奥の方に目をやるとそこには、カウンター越しに人相が悪く左目に傷がついている。店主がいた。

 

 

 「…………いらっしゃい」

 

 

 野太い声。声だけでどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか、素人の真緒でも分かった。

 

 

 「すみません、剣ってどこにありますか?」

 

 

 「…………そこの右端のところ。それで全部だ」

 

 

 「ありがとうございま~す。さぁ、マオさん、好きなやつを選んでください」

 

 

 「そんな……急に言われても」

 

 

 「心のままに選べばいいのですよ」

 

 

 「心のままに…………」

 

 

 じっくりと剣を眺める真緒。数はそれほど多くないがいくつか壁に掛けてあったり、立て掛けてある物もあった。

 

 

 「あ…………」

 

 

 一つの剣に目が止まった。いや、正確には目が奪われた。全身が白……純白で形成されており他の飾りなど一切付けられていないシンプルな剣があった。

 

 

 「綺麗…………」

 

 

 その剣に触れようとすると…………。

 

 

 「その剣に触れんじゃねぇ!!」

 

 

 「えっ!?あれ……私……」

 

 

 店主が怒鳴り付けると真緒は我へと帰る。

 

 

 「悪いな、急に怒鳴っちまって……。その剣には触れない方が身のためだ」

 

 

 「…………いったいこれは何なんですか?」

 

 

 「それはな、かつて異世界から来た勇者が使っていたとされる剣だ」

 

 

 「!」

 

 

 「だが、勇者は亡くなる直前。何を思ったか自分の剣に呪いを掛けちまった」

 

 

 「呪い?」

 

 

 呪いという単語に反応する真緒。

 

 

 「ああ、その剣に触れた者は自身の心の闇が溢れ出すらしい。その闇に打ち勝つことが出来れば初めて使うことが許される。しかし、打ち勝つことが出来なければ…………自身の闇に呑まれ廃人になっちまうのさ」

 

 

 その口ぶりから既に何人もの人が廃人になったのを見たことがあると取れる。

 

 

 「…………何故、そんな危ない代物が立て掛けてあるんですか?」

 

 

 「実はな、俺のじい様のそのまたじい様のそのまたじい様の、そのまたじい様が勇者と知り合いだったらしくてな。亡くなった後の遺言状に、この剣をずっと店頭に並べておいてほしいと書かれてたんだ。その言葉に従い、代々その剣を並べているって訳さ…………まぁ、そのせいで呪われた剣を扱う店と認識されて商売上がったりだけどな」

 

 

 「そうだったんですか…………」

 

 

 「おう、だから悪いな嬢ちゃん。その剣には触らないようにしてくれ」

 

 

 「………………」

 

 

 しかし、しばらく見つめた後再び手を伸ばす真緒。

 

 

 「お、おい!聞いてなかったのか!?その剣に触れると…………」

 

 

 その先は言うことが出来なかった。何故なら、エジタスが割り込んで会話を途切れさせたからだ。

 

 

 「駄目ですよ。これから歴史的瞬間が訪れるかもしれないのですから邪魔をしては……」

 

 

 いつもの楽観的な口調とは違い、深みのある声で喋った。

 

 

 「…………」

 

 

 真緒はゆっくりと恐る恐る剣に触れた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「あれ?ここは…………」

 

 

 次の瞬間、辺りは真っ黒になり何も見えなくなってしまった。

 

 

 「し、師匠、どこですか?」

 

 

 呼べど返事はない。手当たり次第に動き回るが今自分が何処にいるのかさえ分からない。すると……。

 

 

 「あんたのせいだ」

 

 

 声が聞こえた。女の子の声だ。真緒はホッと一安心して声のした方を向く。そしてそこにいたのは…………。

 

 

 「…………私?」

 

 

 そう、真緒だった。正確には中学に上がる前の小学生の頃の真緒。

 

 

 「あんたのせいだ」

 

 

 「え?」

 

 

 「あんたのせいでママは死んじゃったんだ」

 

 

 「!!」

 

 

 強い衝撃が頭に響く。何かを思い出そうとしている。思い出してはいけない何かを…………。

 

 

 「あんたが我が儘言ったからママは死んじゃったんだ!」

 

 

 「!!!」

 

 

 記憶が甦る。

 

 

 クリスマスの前日、小学生の真緒は紙に何かを書いていた。

 

 

 「あら、何を書いているの真緒?」

 

 

 母が優しい声で聞いてくる。

 

 

 「サンタさんに欲しいプレゼントをお願いする手紙を書いてるの」

 

 

 「もうそんな時期か……。今年は何をお願いするの?」

 

 

 「えっとね……。今人気の携帯用ゲーム機!」

 

 

 「そんなのが欲しいの?」

 

 

 「すっごい人気でクラスの皆持ってるんだけど、あたしだけ持ってないからサンタさんにお願いしようと思って……」

 

 

 「そっか……。貰えるといいね」

 

 

 

 「うん!」

 

 

 幸せな光景、誰もが羨むそんな中、玄関でドアを叩く音がする。

 

 

 「おい開けろ!居るのは分かってるんだぞ!」

 

 

 「……っ、また来た」

 

 

 「ママ?」

 

 

 「大丈夫よ真緒。大丈夫だからちょっと待っててね」

 

 

 そう言うと母は玄関のドアを開ける。もちろんチェーンを付けて。

 

 

 「なんですか!お金ならもう払いましたよ!」

 

 

 「佐藤さん、あなたの前のご主人が作った借金はね、まだ元金の方が残っているんですよ。あなたが払ったのは利息の方だけなんですよ」

 

 

 父は女だけでは飽きたらず、借金まで作っていた。その時の保証人をあろうことか、母の印鑑を勝手に持ち出し記入したのだ。そのあと女と供に姿を眩ました。

 

 

 「…………いくらですか?」

 

 

 「五百万」

 

 

 「!」

 

 

 「別に払わなくてもいいんですよ。その時はあなたの娘さんを頂きますけどね」

 

 

 「娘に手を出さないで!!」

 

 

 「じゃあ払うもん払ってくださいよ」

 

 

 「…………」

 

 

 母は黙り混んだかと思うと懐から封筒を取り出した。

 

 

 「何だあるんじゃないですか」

 

 

 封筒を奪い取り中身を確認する。

 

 

 「二..四..六……十万ぽっちですか……まぁ今日はこれくらいで許してあげましょう。次来るときはキチンとお金を用意してくださいね」

 

 

 

 「…………はい」

 

 

 ドアが締まり、俯いたままの母を見かねて近寄る真緒。

 

 

 「ママ、大丈夫?」

 

 

 「…………ええ、大丈夫よ。それよりサンタさんからのプレゼント楽しみね」

 

 

 「うん!」

 

 

 その次の日、クリスマス。一日働きづめで寝る暇も無かった母は死んだ。私に寄り添うように倒れた母の手には人気の携帯用ゲーム機が入った箱が握られていた。この日から私はサンタを信じなくなった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 

 苦しい。胸が張り裂けそうになり、その場で膝をついた。

 

 

 「あんたのせいだ。あんたがママに我が儘言わなければ、ママは死なずに済んだ」

 

 

 「私の……私のせいで……」

 

 

 「あんたってほんと、最低だね」

 

 

 聞き覚えのある声。顔を見上げると愛子と舞子が立っていた。

 

 

 「あんた泥棒だけじゃなくて殺人までしてたとはね。この人殺し!」

 

 

 「人殺し!」

 

 

 「「人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し」」

 

 

 「私は……私は……」

 

 

 もうだめだ。罪悪感という重しに押し潰される。その時……。

 

 

 「マオさん」

 

 

 優しい声が聞こえる。先程の攻撃的な声とは違う、包み込むような声。

 

 

 「師匠…………」

 

 

 「マオさん、あなたはお母さんが死んだのは自分のせいだと思っているのですか?」

 

 

 「だって!実際そうなんです!私があのとき我が儘を言わなければきっと…………」

 

 

 「…………マオさん、人の生き死にで大事なのは幸せだったかどうかです。マオさんのお母さんはどうでしたか?」

 

 

 「そんなの幸せな訳が…………」

 

 

 ない。そう言おうとしたが最後の母の顔を思い出した。その顔はこれから起こるであろう娘の喜びを楽しみにして満面の笑みを浮かべていた。そんな母の人生を幸せな訳がないなどと言えなかった。いや、言いたくなかった。

 

 

 「真緒…………」

 

 

 懐かしい声。数年ぶりに聞く声は昔と何ら変わりなかった。そうそこにいたのは…………。

 

 

 「お母さん!!!」

 

 

 「真緒、元気にしてた?」

 

 

 「お母さん!私、私……」

 

 

 「真緒……あなたは何も悪くない」

 

 

 「でも私が我が儘言わなければ……」

 

 

 「何言ってるの、子供は我が儘を言うものよ。私はあなたが喜んでる姿が一番好きだった。親は子供の為なら何だって出来ちゃうんだから。」

 

 

 「お母さん…………」

 

 

 「私の人生は真緒、あなたが居てくれたおかげでとてもいい人生だったありがとう。…………でも、これからはあなた自身の人生を歩んで欲しいの。過去には囚われず我が儘に生きて欲しい。それがお母さんとの最後の約束、どう守れそう?」

 

 

 「……うん……私頑張るよ……お母さんに負けないくらい幸せな人生を歩んで見せる……」

 

 

 「その意気よ!さっすが私の娘だわ!」

 

 

 次第にお母さんの姿は薄れ消え始める。

 

 

 「もうそろそろお別れみたいね。真緒!異世界でもしっかりやるのよ」

 

 

 「お母さん!最後に聞きたいんだけど…………」

 

 

 「?」

 

 

 「お母さんは本物?それとも私が生み出した妄想?」

 

 

 「…………それを決めるのはあなた自身よ」

 

 

 「お母さん…………ありがとう」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「……お……おい……おい!嬢ちゃん大丈夫か!?」

 

 

 気がつくとそこは武器屋だった。あれからどのくらいの時間が経過したのか分からないが、今は考える余裕がない。

 

 

 「大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」

 

 

 「あ、いや大丈夫ならいいんだ」

 

 

 「そうだ、エジタスさん」

 

 

 「はい?」

 

 

 「ナイフ……持っていましたよね?」

 

 

 「ええ、ここにありますが……」

 

 

 そう言うとエジタスはポケットからナイフを取り出す。

 

 

 「良ければ貸していただけませんか?」

 

 

 「いいですけど……」

 

 

 「ありがとうございます」

 

 

 ナイフを受け取ると、真緒はおさげだった髪をほどいて一つにまとめあげ、一気に切り落としてショートヘアにした。

 

 

 「マオさん!?」

 

 

 「嬢ちゃん何してるだ!?」

 

 

 これはさすがにエジタスと店主に驚かれる。

 

 

 「エジタスさん。私決めました」

 

 

 そう言いながら真緒は黒縁の眼鏡を外す。

 

 

 「私もう悩みません。もっと自分に我が儘に生きていこうと思います」

 

 

 「…………どうやら私はとんでもない逸材を引き当ててしまったようです」

 

 

 エジタスは密かにスキル“鑑定”を発動させていた。

 

 

 

 

サトウ マオ Lv1

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 女

 

職業 目覚めし勇者

 

 

HP 800/800

 

MP 600/600

 

 

STR 450

 

DEX 400

 

VIT 350

 

AGI 600

 

INT 550

 

MND 500

 

LUK 800

 

 

スキル

 

鑑定 ロストブレイク 過去への断罪

 

 

 

魔法

 

光魔法

 

 

称号

 

過去を克服せし者




皆さんは印象深いクリスマスの思い出などありますか?
もし良ければ、感想にて教えて頂けるとありがたいです。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ、評価や感想の方もよろしくお願いします。


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純白の剣

主人公が覚醒する展開って良いですよね。
また、それによって若干見た目に変化が起こるのも一興です。


 「師匠!早く早くー!」

 

 

 「ちょ、ちょっと……待ってください……はぁ、はぁ」

 

 

 「もうー、遅いですよ。早く修行を再開しましょう!私はもっと強くなりたいんです。今のままでは満足できません!」

 

 

 今でも十分強いのでは?と思うエジタスだが、更に強くなった真緒も見てみたいと思っている。

 

 

 「(というか、性格変わりすぎじゃないですかね…………)」

 

 

 ついさっきまで暗く内気だった彼女が、嘘のように明るく活発な女の子になっていた。いくら強くなったとはいえ、性格まで変わるものなのだろうか?疑問に感じたエジタスは鑑定で真緒の事を調べる。すると称号の説明に気になる内容が記されていた。

 

 

 

 

 

称号 過去を克服せし者

 

 

過去を克服し、新しい人生に一歩踏み出した者に贈られる称号。

 

 

効果 レベルアップ時、全ステータスに極大補正。“性格変化”の可能性あり。

 

 

 

 

 

 「(……十中八九これが原因ですね)」

 

 

 真緒が明るく元気になったのを喜ぶべきなのだが、あそこまで性格が変わってしまうと、こちらもどう接していいのか戸惑ってしまう。

 

 

 「師匠ー!置いていきますよー!」

 

 

 「今行きますよ~」

 

 

 遠くの方で真緒の呼ぶ声が聞こえる中、彼女の腰に掛けられている純白の剣が輝いている。

 

 

 「(それにしても、まさかあの剣があんな能力を秘めていたとは驚きです)」

 

 

 エジタスは武器屋での出来事を思い出す。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「嬢ちゃんよかったのかい?バッサリ髪切っちまって……」

 

 

 「いいんです。これは私なりのけじめのつもりです」

 

 

 「そうか、嬢ちゃんがいいんならそれでいいけどよ」

 

 

 髪を切り落とし、眼鏡を外した真緒はどこか清々しい気持ちになっていた。

 

 

 「そういえば、マオさん。その剣を触っているのに何とも無さそうですね」

 

 

 「あ、本当だ……」

 

 

 「どうやら、その剣は嬢ちゃんの事を認めたらしい。それはもう呪われた剣なんかじゃない、嬢ちゃんだけが扱える聖なる剣、聖剣だ!」

 

 

 「私だけの聖剣…………」

 

 

 純白の剣をじっと眺める真緒。

 

 

 「マオさん。その剣を鑑定してみたらどうですか?そうすれば性能が分かりますよ」

 

 

 「え、でも私スキルなんて覚えてません」

 

 

 「いえ、今のマオさんならできるはずですよ。剣に認められたことで大幅に強くなっています。」

 

 

 「本当ですか!」

 

 

 「はい、それを調べたいと念じてみてください。そしてスキル“鑑定”と唱えるのです」

 

 

 「………………スキル“鑑定”!」

 

 

 

 

 呪聖剣 グラム・ソラス

 

 

 かつて勇者が愛用したとされる剣。その純白さから何者にも汚されない伝説の剣。しかし、勇者自身が掛けた呪いのせいで能力は禍々しい物へと変貌した。

 

 

 能力 相手の全ての補正効果を無効にする。斬りつけた相手のステータスからランダムに一つ奪う。重複可。同じ相手からは二度は奪えない。また、剣を鞘に納めた場合、奪ったステータスは元に戻る。

 

 

 

 

 

 「ふふ…………」

 

 

 奇しくも“泥棒”というあだ名に相応しい能力に笑みが零れる。

 

 

 「どうでしたか、使えそうですか?」

 

 

 「師匠……私この剣、気に入りました!この剣が欲しいです」

 

 

 「いいでしょう!店主さん。この剣はおいくらでしょうか?」

 

 

 「いくらも何もねぇ、やるよ」

 

 

 「え、でも……」

 

 

 「代々続いてきた勇者との約束を俺の代で終わらせられたんだ。これほど嬉しいことはねぇよ。その代わり、また何か武器が欲しくなったら真っ先に俺の店を訪ねてくれよな」

 

 

 「店主さん…………ありがとうございます!」

 

 

 真緒はお礼を述べると純白の剣を鞘へと仕舞った。

 

 

 「それじゃあ師匠。無事武器も手に入れられた事ですし、修行の方を再開しましょう!」

 

 

 そう言って店から飛び出した。

 

 

 「マオさん!?」

 

 

 「ほら、師匠。早く来てくださーい」

 

 

 エジタスが外に出ると既に真緒は遠くの方で手を振っていた。

 

 

 「マオさんちょっと待ってくださいよ~」

 

 

 そのまま追いかけるエジタス。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 エジタスと真緒が店を出たほぼ同時刻……。カルド城内部。与えられた自室で聖一が寛いでいると扉が叩かれる。

 

 

 「はい、どちら様ですか?」

 

 

 扉を開けるとそこには愛子と舞子の二人が立っていた。

 

 

 「聖一さん、やっほー」

 

 

 「遊びに来ちゃいました」

 

 

 「二人とも急にどうしたの、訓練の方は終わったの?」

 

 

 三人はこの世界での戦いに少しでも早く慣れるために、それぞれに指南役がつけられ、戦闘訓練を行っていた。

 

 

 「だってあの指南役の人弱いんだもん」

 

 

 「うんうん、拍子抜けって感じ。何か異世界も大したことないね」

 

 

 「ははは、それはあの人達が弱いんじゃなくて僕達が強すぎるんだよ」

 

 

 「そうだけどー。もう終わっちゃたから暇なんだよね。そうだ、これから三人で城下町の方に行かない?」

 

 

 「あ、それいいねー」

 

 

 「ちょっと待ってよ、行くにしてもまずは許可を貰わないと「よろしいですよ」……え?」

 

 

 愛子と舞子のうしろに隠れるようにシーリャがそこにいた。

 

 

 「シーリャ!どうしてここに……」

 

 

 「実はあたしたち、あのあと意気投合して仲良しになったんだよねー」

 

 

 「だから、許可は既に取っていたんですよ」

 

 

 「なんだそうだったのか。でも本当にいいのかいシーリャ。こんな簡単に外出を許して……」

 

 

 「はい、皆さんはもう王国の中で一番強いので、城の外に出ても大丈夫だと思います。それに早くこの国にも慣れてほしいというのもあります。ただ、一つだけお願いがあります」

 

 

 「何でしょうか?」

 

 

 「なるべく問題は起こさず穏便に済ますようにしてください」

 

 

 「分かりました、肝に命じます」

 

 

 「ほら、聖一さん。早く行きましょう」

 

 

 聖一の誓いを他所に愛子と舞子が手を引っ張っていく。

 

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あまり引っ張らないでくれ……」

 

 

 「お気をつけて」

 

 

 二人に引っ張られながら城下町の方へと向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「師匠ー、早く来てくださいよ」

 

 

 「そんなに慌てて走ると危ないですよ」

 

 

 真緒は十字路を下の方から真っ直ぐ通ろうとする。

 

 

 「舞子、聖一さん。こっちこっち!」

 

 

 「待ちなさいよー」

 

 

 「愛子さん、ちゃんと前を向かないと危ないよ」

 

 

 「へーきへーき」

 

 

 愛子は十字路を右の方から真っ直ぐ通ろうとする。

 

 

 「師匠」

 

 

 「舞子、聖一さん」

 

 

 「「早く行きましょうよ」」

 

 

 「マオさん!前、前!」「愛子!前!」

 

 

 「「え!?」」

 

 

 ドッシーン。そんなような擬音が聞こえるかのようにぶつかり、尻餅をついてしまった。

 

 

 「あ、ごめんなさい。お怪我はありません……か……!?」

 

 

 「いったーい、どこ見て歩いてるのよ!」

 

 

 「…………愛子さん?」

 

 

 「え、何であたしの名前知ってるのよ?」

 

 

 「あ、いやこれはその……」

 

 

 

 うっかり口を滑らしてしまい、後悔する。

 

 

 「……まさかあんた、真緒!?」

 

 

 「……ええ、そうです」

 

 

 「へぇー変わったわね。でもいくら見た目を変えてもあんたが“泥棒”という事実は変わらないけどね」

 

 

 「愛子、大丈夫?」

 

 

 すると舞子が合流する。

 

 

 「あ、舞子。見てみなよ目の前の女、あの真緒なんだってさ。マジ笑えるわ」

 

 

 「真緒?あんたまだこの国にいたんだ。使えない“泥棒”は、さっさと出ていけばいいのに…………」

 

 

 今までだったら、二人の弄りに堪えかねて負けてしまうことであろう。そう今までだったら…………。

 

 

 「失礼ですが私は泥棒じゃありません」

 

 

 「はぁ?」

 

 

 「今更遅いとは分かっていますが、あの時私は愛子さんの財布を盗んだのではなく、落ちたのを拾って届けようとしただけです」

 

 

 ようやく言えた。ずっと言えなかったことをこんなにもあっさり言うことが出来た。しかし…………。

 

 

 「何言ってるの?嘘つくとか最低じゃん」

 

 

 「しかも何その喋り……気持ち悪!」

 

 

 「なんと言われようと私は真実を述べただけです」

 

 

 「…………ちょっとあんた調子のってない?異世界に来たからって生意気なんだよ!」

 

 

 自分の思い通りにならなかったのが気に入らないため殴りかかる。だがしかし…………。

 

 

 「調子などのっていません。私はいつだって真剣です」

 

 

 異常な程の反射神経で体は動かさず首だけ傾けて攻撃を避ける。そして飛んできた拳の手首を右手で掴み、押さえつける。

 

 

 「あ……あ……あい」

 

 

 「愛子!?離しなさいよ……この!」

 

 

 続けて舞子が殴りかかるがその前に、真緒は右手で掴んでいた愛子を舞子にぶつけて吹き飛ばす。

 

 

 「きゃあ!」

 

 

 「……よくもやってくれたわね!もう手加減してやんないから!」

 

 

 すると一本の杖を取り出す愛子。

 

 

 「愛子!それはいくらなんでも不味いって…………」

 

 

 「うるさい!あんたは黙ってて!」

 

 

 舞子の忠告も聞かずに魔法を唱える。

 

 

 「くたばりなさい!“フリーズアロー”」

 

 

 愛子の周りに小さな氷の矢が生成され、真緒に向かって飛んでいくが、それを二本指で器用に取って二人の足下に投げ返す。

 

 

 「え……?」

 

 

 「嘘…………」

 

 

 「…………」

 

 

 真緒は無言のまま近づいてくる。

 

 

 「く、来んじゃねぇよ!」

 

 

 「あっちいってよ!」

 

 

 「二人ともどうかしたのかい?」

 

 

 「「あ、聖一さん!」」

 

 

 二人よりも遅れて合流を果たす聖一。

 

 

 「聖一さん聞いてくださいよー」

 

 

 「実は……「私が事実を述べたところ、それが気に入らなかったのか、いきなり殴りかかってきたり、魔法で攻撃してきました」……お前!!」

 

 

 「今の話は本当なのかい?」

 

 

 「いや、本当な訳ないじゃないですかー」

 

 

 「いえ、本当ですよ。一部始終ちゃ~んと見ていました」

 

 

 いつの間にか真緒の隣にいたエジタス。

 

 

 「はぁ!?あんた誰?」

 

 

 「どっから現れた!?」

 

 

 「師匠!」

 

 

 「「師匠!?」」

 

 

 真緒の意外な言葉に驚きを隠せない二人。

 

 

 「こんな変なやつがあんたの師匠なの!?頭おかしいんじゃないの?」

 

 

 「聖一さん、こんなおかしな仮面野郎のこと信用しない方がいいですよ」

 

 

 「…………るな」

 

 

 ボソリと真緒が呟く。先程の冷静な声とは明らかに異なっていた。

 

 

 「何だって?」

 

 

 「よく聞こえないんだけど」

 

 

 「……う……を馬鹿にするな」

 

 

 「「はぁ?」」

 

 

 「師匠のことを馬鹿にするな!!!」

 

 

 怒り。純粋な怒りがそこにはあった。突然の感情の爆発に愛子と舞子は恐怖で震えが止まらなかった。

 

 

 「私のことはいくらでも馬鹿にしても構わない。でも、師匠のことだけは馬鹿にするな!!!」

 

 

 「……ヒィ!殺さないでお願い……」

 

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」

 

 

 そのあまりの恐怖に壊れてしまう二人。

 

 

 「真緒さん。一旦落ち着いてくれ」

 

 

 だが聖一の言葉も空しく、怒りが治まらない真緒。

 

 

 「師匠のことを、師匠のことを」

 

 

 「マオさん、落ち着いてください」

 

 

 エジタスが真緒の目の前に立ち、頭を撫でて気を静めさせる。

 

 

 「…………師匠?」

 

 

 疲れていたのか、真緒はそのまま寝てしまった。真緒を抱き抱えると聖一と向き合うエジタス。

 

 

 「この度はご迷惑をお掛けしました」

 

 

 「いや、謝るのはこちらの方だ。真緒さんにとってあなたは特別な存在のようですね」

 

 

 「そんなことないですよ~私はただのしがない道化師ですよ」

 

 

 その言葉を聞くと聖一は少し笑い、愛子と舞子の二人に近づく。

 

 

 「僕達はこの辺で失礼します。真緒さんに“いずれ二人にはキチンと謝罪させる”とお伝え下さい。それでは……ほら二人とも城に戻るよ」

 

 

 「殺さないで、何でもしますからお願い助けて…………」

 

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 「はぁ、これはしばらく時間が掛かりそうだ」

 

 

 その場には既にエジタス達の姿はなく、聖一の独り言を聞く者は誰一人としていなかった。




復讐は何も生まないとよく聞きますが、復讐しなければ安らげない場合もあると思っています。
つまり何が言いたいのかと言うと、こんなんじゃ復讐し足りない!!
感情が高ぶった所で今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想の方も、ぜひよろしくお願いします。


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修行再開

スキルや魔法って言葉を聞くと某人気RPGゲームを思い出します。



 カルド王国の宿屋『馬の小屋』では事件が起こっていた。いつものように仕事をしていると、仮面をつけた不審な男が女の子を抱き抱えながら入ってきた。しかも男は一部屋でシングルベットを頼んだではないか。

 

 

 宿屋の女将は流石に怪しく思い、どうして女の子を抱き抱えているのか聞いた。男はこれまでの経緯を話す、チンピラ二人に絡まれた事やそのチンピラが男の事を馬鹿にして女の子が怒り、疲れてそのまま寝てしまったため、ここまで運んできた事を……。

 

 

 事情が分かればこちらも対応しやすい。女将は急いで部屋の準備に取り掛かり、鍵を男に手渡す。男は鍵を受けとるとお礼を述べてそのまま部屋へと向かった。女将は女の子の容態を心配し、料理を作ってあげようと厨房へ姿を消した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「う、うーん」

 

 

 気がつくとそこは知らない天井だった。いつの間にかベットに横になっており、何故こんなところにいるのか思い出そうとする。

 

 

 「(……そうだ、確かあの三人と出会って、師匠が馬鹿にされたからそれに怒ったら私…………)」

 

 

 「おや、目が覚めたようですね」

 

 

 エジタスはずっと真緒の側にいた。

 

 

 「師匠……私……」

 

 

 「無理して喋らなくてもいいですよ」

 

 

 「…………」

 

 

 エジタスの言葉に甘えて喋らないように黙るが、やはり喋らないと気がすまない。

 

 

 「私は本当に駄目な奴です」

 

 

 「…………」

 

 

 「過去を克服できたのにちょっと馬鹿にされたぐらいで怒って、終いには気絶しちゃって師匠に迷惑を掛けてしまうし、まだまだ子供だ。ってことですかね」

 

 

 「マオさん……」

 

 

 真緒の話を最後まで聞くとエジタスはゆっくりと口を開いた。

 

 

 「あなたは私のために怒ってくれた。私が馬鹿にされてあなたはまるで、自分の事みたいにあの二人に怒鳴ってくれました」

 

 

 「それは、師匠の事を何も知らないのに好き勝手に言うもんだから、つい……」

 

 

 「それですよ、マオさん」

 

 

 「え?」

 

 

 「人間は基本、自己的主義者です。自分の事を最優先にして他人の事は後回しにしています。ですがマオさん、あなたは私の事を思って怒ってくれました。誰かのために泣き、誰かのために怒り、誰かのために笑う。そういう他人を思いやる心が大人になるために必要なことです。それが出来るマオさんはもう十分立派な大人ですよ」

 

 

 「し、師匠…………」

 

 

 涙が溢れだす。鼻水も垂れ、顔はぐちゃぐちゃになるが、これは嬉しさから来るものだ。真緒はエジタスに抱きつく。

 

 

 「……ジジョヴー!!」

 

 

 「おわ!マオさん離れてください。鼻水が服に付いちゃいますよ」

 

 

 「うう、ししょう……師匠」

 

 

 鼻声になりながらエジタスの服に顔を擦り付ける。

 

 

 「はぁ~、誰かに見られたら大変ですね~」

 

 

 その時、部屋の扉が開く。

 

 

 「失礼します、具合の方はどうですか?実は料理を作って……きた……のですが…………」

 

 

 「ああ~女将さん。これは違うんですよ」

 

 

 スゥーと静かに扉が閉められた。

 

 

 「女将さん!?話を聞いてください!女将さん、女将さーん!!」

 

 

 女将さんの誤解を解くのには数時間を要した。

 

 

 「これからは気をつけてください。いいですね!」

 

 

 「はい、すみません」

 

 

 女将さんは誤解だと分かると、真緒が食べた料理の皿を回収した。

 

 

 「美味しかったです。わざわざ作ってくださりありがとうございます」

 

 

 「それはよかった。これからお腹が空いた時は言ってね、腕によりをかけて料理してあげる」

 

 

 「はい!よろしくお願いします」

 

 

 「それじゃあ私はこれで失礼するわ。」

 

 

 

 そう言うと女将さんは部屋から出ていった。エジタスと真緒の間に沈黙が流れる。沈黙を破って真緒がエジタスに謝罪する。

 

  

 

 「……師匠、本当にごめんなさい」

 

 

 「いえいえ、女将さんの誤解も解けたので別に気にしていませんよ。それよりも今日はもう遅いですから、明日修行を再開しましょう」

 

 

 「はい、おやすみなさい師匠」

 

 

 「おやすみなさい。いい夢を……」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「師匠、おはようございます!」

 

 

 「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

 

 

 カルド王国の草原。再びここでエジタスと真緒は修行を開始する。

 

 

 「はい、バッチリです」

 

 

 「それは良かった。さて今回はマオさんが勇者として目覚めた為、スキルや魔法が使えるようになっているので、その確認も兼ねて修行しましょう」

 

 

 「よろしくお願いします!」

 

 

 「うむ。それではまずスキルについてですが、マオさんは見たところ三つのスキルがあるようですね」

 

 

 「何でそんなことまで分かるんですか?」

 

 

 「それはスキル“鑑定”のおかげです。これは、調べたい対象の物を選択すると詳しい情報が分かります。マオさんも持っているので実際にやってみましょう。調べたい物を見ながら知りたいと強く念じて、言ってみてください」

 

 

 「はい!……スキル“鑑定”」

 

 

 真緒はエジタスのステータスを鑑定した。

 

 

 

 

エジタス Lv1

 

種族 ???

 

年齢 ???

 

性別 男

 

職業 道化師

 

 

HP 1/1

 

MP 1/1

 

 

STR 1

 

DEX 1

 

VIT 1

 

AGI 1

 

INT 1

 

MND 1

 

LUK 1

 

 

スキル

 

鑑定 一触即発 偽装 ???

 

 

 

魔法

 

空間魔法

 

 

称号

 

道楽の道化師

 

 

 

 

 「し、師匠……。この鑑定壊れていますよ…………」

 

 

 「え、どうしてそう思うんですか?」

 

 

 「だって、師匠のステータスが…………」

 

 

 「ああ~成る程。私の事を鑑定したのですか。それは私が“偽装”というスキルを持っているからですよ」

 

 

 「偽装?」

 

 

 「偽装は自身のステータスや情報などを偽ることの出来るものです。オール1なのはそのためです」

 

 

 「なんだ、そうだったんですか…………。ビックリしましたよ」

 

 

 「ですが、その様子なら鑑定は大丈夫そうですね。次のスキルに移りましょう」

 

 

 驚いたりはしたが軽蔑とかは全くなく、ただ純粋に意外だなと感じていた真緒。

 

 

 「次は“ロストブレイク”です」

 

 

 「これはどんな技なんですか?」

 

 

 「それを知るためにもまず、そのロストブレイクを鑑定してみてください」

 

 

 「分かりました。……スキル“鑑定”」

 

 

 

 

スキル ロストブレイク

 

 

太古の人達が考案したが誰にも使われることのなかった失われし一撃を放つ技。しかし、その強大な力のため自身の身を滅ぼす。

 

 

 

 

 「これってつまり…………」

 

 

 「発動する条件として自分の体力を削るということですね。とりあえず試しに使ってみましょう。あそこにある木に向かって使ってみてください」

 

 

 その言葉を聞いた真緒はグラム・ソラスを引き抜いて木に向ける。

 

 

 

 「はい…………スキル“ロストブレイク”」

 

 

 真緒はスキルを放った。すると木の真ん中にくっきりとした穴が空いていた。

 

 

 「うっ……」

 

 

 突如胸に痛みが走る。いったい何が起こったのかと真緒は自分を鑑定するとHP 750/800 と減っていた。

 

 

 「50も減ってしまいましたか。確かに強力ではありますがあまり多用するのは控えた方がいいでしょう」

 

 

 「分かりました!」

 

 

 「では三つ目のスキルの方もお願いします」

 

 

 「はい!…………スキル“鑑定”」

 

 

 

 

スキル 過去への断罪

 

 

過去での過ちを悔い改めさせる技。心の闇が深ければ深いほどダメージ量が増える。逆に心に闇を抱えていない人には効果がない。

 

 

 

 

 「これはまた使いどころが難しいですね」

 

 

 「相手の心に闇があるかどうか、分からないですもんね」

 

 

 「う~ん……ならその技は使わないようにするといいかもしれませんね」

 

 

 「そうですか?」

 

 

 「スキルにも当たりハズレがありますから気にしないようにしましょう。それにレベルが上がればスキルも覚えていくので心配要りませんよ」

 

 

 「そういうことでしたら、大丈夫です」

 

 

 真緒は使わないことに渋っていたが、新しくスキルを手に入れられると知ってからは素直に受け入れた。

 

 

 「ではスキルはこの辺にして、次はいよいよ魔法について修行していきましょう」

 




こうした細かなステータスや設定は、物語が長く続くと忘れてしまわないか心配になりますよね。
そんな心配事を抱えながら今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想の方も、ぜひよろしくお願いします。


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光魔法

魔法と言えば、皆さんはホグワーツレガシーはもう予約しましたか?
自分は超が付く程、ハリー・ポッターが大好きなので速攻で予約し、更には海外のハリー・ポッター公式サイトにて、組分け診断を行いました。結果はスリザリンでした!!
という訳でホグワーツに入学したら、闇の魔術で穢れた血を根絶やしにしたいと思います。


 「マオさんの光魔法はどの属性魔法にも強いのが特徴ですが、その反面光と対をなす闇魔法には弱いです。しかしそれは向こうにも同じことが言えます。闇もまた光に弱いのです」

 

 

 「魔法に強い弱いがあるんですか?」

 

 

 「もちろんですとも、火属性魔法は土属性魔法に強く、土属性魔法は風属性魔法に強く、風属性魔法は水属性魔法に強く、そして水属性魔法は火属性魔法に強い。といった感じでそれぞれに相性が存在します」

 

 

 「光属性魔法と闇属性魔法が入っていませんけど…………」

 

 

 「光と闇は別で、先程の四属性のどれにでも強いですが、お互いの属性には強くもあり弱くもある関係なのです」

 

 

 「へぇーそうだったんですか」

 

 

 王女の説明にはなかった新たな知識を知ることが出来た。

 

 

 「それでは早速魔法を使ってみましょう。鑑定で光魔法の部分を調べれば、今現在何を覚えているか分かると思いますよ」

 

 

 「はい!スキル“鑑定”」

 

 

 

 

光魔法

 

 

ライト

 

 

 

 

 光魔法の欄にはライトしかなかった。

 

 

 「あの師匠、ライトという魔法しかないみたいなんですけど…………」

 

 

 「覚醒したとはいえマオさんはまだLv1、仕方がないですよ」

 

 

 「そんな~」

 

 

 魔法が使えると聞いて少し楽しみにしていた真緒だったが、期待を裏切られる結果となった。

 

 

 「まぁまぁ、Lvが上がれば自ずと使える魔法の数も増えていくので頑張っていきましょう」

 

 

 「……分かりました」

 

 

 「ではまず、ライトを発動させてみてください」

 

 

 「はい、…………“ライト”!」

 

 

 真緒が手を前に突き出して魔法を唱えると、手の平から小さく輝く光の玉が作り出された。

 

 

 「出てきました!出てきましたよ師匠!」

 

 

 「はいはい、分かっていますから落ち着いてくださいね」

 

 

 「あ、ごめんなさい。つい舞い上がっちゃって……」

 

 

 「いいんですよ~。初めて魔法を使ったんですから誰だって興奮しますよね~」

 

 

 魔法という存在が当たり前の世界で、こんなにもはしゃぐ女を受け入れてくれる。真緒はエジタスに出会えて本当によかったと心の底から思う。

 

 

 「さて次はさっきより弱い光を出してみましょう」

 

 

 「そんなことが出来るんですか?」

 

 

 「はい、光のイメージを薄~くしてみてください」

 

 

 「薄~く…………“ライト”」

 

 

 真緒の手から作り出された光の玉は、先程よりも弱々しくぼんやり光っていた。

 

 

 「凄い!こんなことも出来るんですね魔法って!!」

 

 

 「ええ、ライトと言ってもどのくらいの光なのか決めるのは使用者本人です。ではマオさん、ここから魔法の応用編です」

 

 

 「応用編?」

 

 

 「今からあそこにいるキラーフットをマオさんに倒してもらいます」

 

 

 エジタスが指を指した方向には、ボアフォースを一撃で葬ったあの兎がいた。

 

 

 「ええ!?そ、そんないきなり難しすぎますよ!」

 

 

 「これはもう決定事項なのです」

 

 

 エジタスは真緒の方に反対側の手で指を指す。

 

 

 「……師匠!?まさか!」

 

 

 「スキル“一触即発”」

 

 

 「があぁ!?」「クゥ!?」

 

 

 感情が頭の中に流れ込んでくる。まずい、兎から目が離せない、息が荒くなる。本能が訴えかけてくる、こいつを殺せと!!

 

 

 そして兎、キラーフットもまた同じことを思っていた。その証拠に警戒し始める。兎特有のタッピングと呼ばれる方法で後ろ足を地面に叩く行為である。一見可愛く思えるがそれは元の世界での話、異世界の兎キラーフットのタッピングは…………。

 

 

   ダン!!ダン!!ダン!!

 

 

 叩く度に地面が足形に削れていく。これを見てもまだ可愛いなどと言えるだろうか。否、言えるわけがない。

 

 

 「頑張って倒してくださいね~じゃないと…………殺されちゃいますよ」

 

 

 前言撤回。師匠は優しくない、鬼だ。

 

 

 「しまった!」

 

 

 時間を掛けすぎた。しびれを切らしたキラーフットが地面を蹴り、真緒に向かって飛んでくる。

 

 

 「(どうしよう、どうしよう、どうしよう。考えろ、考えろ、考えろ。生きたい、生きたい、生きたい。せっかく新しい人生の一歩を踏み出せたというのにこんなところで終わりたくない。まだ何もしていないじゃないか、師匠にも恩返しができてないし、この世界のことだってもっと知りたい。いろんなスキルや魔法を使ってみたい。……魔法?…………そうか!)」

 

 

 何かを思い付いたのか真緒は手を、飛んでくるキラーフットに向ける。迫り来るキラーフット、これから真緒がやろうとしている事は明白だ。だがそれでどうやって倒そうと言うのか。そしてついにキラーフットの強烈な足が当たるその時、真緒が魔法を発動する。……最大火力で。

 

 

 「“ライト”!!!」

 

 

 「クゥ!!?」

 

 

 目が開けられないほどの光の玉が、真緒の手から作り出された。いきなり目の前が真っ白になり、キラーフットは必死に目を擦り視界を元に戻そうとした。

 

 

 「クゥ~」

 

 

 視界が徐々に慣れ、見え始める。完全に見えたとき、目の前にはこちらに手を振る不気味な仮面をつけた男だけだった。

 

 

 「……チェストーー!!!」

 

 

 真緒は後ろにいた。“ライト”でキラーフットの視界を遮り、一瞬で背後をとったのだ。生き物を殺すのに少し抵抗していたが、殺らねば殺られると判断した。キラーフットがそれに気付き振り返るが、もう既に振り下ろした後だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 初めて殺した。自らの手で一匹の生き物の人生を終わらせたのだ。気持ち悪い、吐き気がする。嫌悪感と共に罪悪感が込み上げてくる。

 

 

 「……これが“生きる”ということですよ」

 

 

 「!!」

 

 

 生きる。その言葉がとても重くのし掛かる。皆、誰かの屍の上に成り立っている。だから私は生きなければならない、それは私が奪ってきた命に出来る唯一の償いなのだから…………。そんなことを彷彿とさせた。

 

 

 「師匠…………」

 

 

 「はい?」

 

 

 「私、生きます!生きて、生きて、生き抜いて、誰にでも胸を張れる人生を歩んで見せます!」

 

 

 「その意気です!よし、これにて魔法の応用編及び生きるという意味の修業は終了です。これより卒業試験を行う!」

 

 

 「…………ふぇ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「師匠……卒業試験っていったい何をさせるつもりですか?」

 

 

 「マオさん、あなたは元の世界に戻る気はない。そうですね」

 

 

 「はいそうですけど……それが何か?」

 

 

 「ではマオさん、あなたはこれから何がしたいのですか?」

 

 

 「え、急にそんなこと言われても……」

 

 

 真緒は必死に考える。自分がこれからこの世界で何がしたいのか。そしてある一つの答えに辿り着く。

 

 

 「私、もっとこの世界の事が知りたいです。いろんな場所を巡って、そこの文化に触れて体験したいです」

 

 

 「そう言うと思っていましたよ。この卒業試験にはその為に必要な事をしてもらいます」

 

 

 「分かりました。師匠の期待に答えられるよう頑張ります!」

 

 

 両手に拳を作りそれを胸にあて、気合いを入れるポーズを取る。

 

 

 「いい返事ですね。それでは、卒業試験の内容を発表します。………………仲間集めです」

 

 

 「仲間集めですか?」

 

 

 「そうです。この世界を巡るのに一人というのはとても危険です。仲間がいれば、精神的不安なども解消され、一人では出来ないことも出来るようになります。そこでマオさんには、マオさんがこの人なら信頼できるという仲間を三人集めてきてください」

 

 

 「三人も!?……師匠をその中に入れちゃ駄目でしょうか?」

 

 

 「嬉しい申し出ですが、私はあくまで師匠です。それに、そんなことをしてしまったら卒業試験が簡単になってしまいますよ」

 

 

 「そう……ですよね」

 

 

 「安心してください。期限などはないので何日でも、何十日でも、何ヵ月でも探して大丈夫ですよ」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろす。こんな難しい内容に、更に期限までついていたらどうしようと思っていたが、これなら仲間集めに集中できる。

 

 

 「師匠、私やり遂げて見せます!師匠が驚くぐらいの素晴らしい仲間を集めて見せますね」

 

 

 「いいでしょう。その言葉、楽しみに待っていますよ。それでは卒業試験開始!!」

 

 

 そうエジタスが叫ぶと同時に、真緒は驚異の身体能力でカルド王国の方へと向かい、姿が小さくなった。

 

 

 「…………まぁ、仲間なんていても邪魔なだけですけどね」

 

 

 草原で一人、エジタスの呟きを聞いた者は誰もいない。




ところで皆さんはハリー・ポッターシリーズで、誰が一番好きですか?
自分は断トツでスネイプ先生です。因みに一番嫌いなのはダンブルドアです。何故ならグリフィンドールびいきする奴だからです。後、校長なのにホグワーツのセキュリティ面がガバガバ。
もし良かったら、感想の欄に好きな登場人物を教えて頂けると嬉しいです。
それでは今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
評価とお気に入りの方もよろしくお願いします。


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奴隷

今回から仲間集めが始まります。


 カルド王国城下町。人々が行き交い、活気に満ち溢れているこの場所で、真緒は腕組みをして考えながら歩いていた。

 

 

 「(仲間、仲間、仲間と言ってもどの基準から仲間になるのか、いまいちよく分かりません……。一緒に食事をしたら仲間なのでしょうか、それとも一つの物事に共感できることでしょうか……。うーん、仲間って考えれば考えるほど分からなくなってきます)」

 

 

 しばらく、その辺をウロウロしながら仲間の定義について必死に考える。しかし、答えが出ることはなく只時間だけが過ぎていった。

 

 

 「はぁー、どうしましょう。いくら期限が無いと分かっていてもこのままじゃ仲間集めだけで、おばあちゃんになってしまいます。そもそも、三人なんて数そう都合よくいる訳ないじゃないですか…………ん、三人?」

 

 

 三人。その単語にどこか引っ掛かる真緒。

 

 

 「三人…………何か忘れているような……まぁ、忘れてるってことは大したことではないのかな。それより仲間集め、仲間集め」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。真緒の奴絶対に殺してやる!」

 

 

 「私達に恥をかかせたんだ。それ以上の屈辱を与えてやる!」

 

 

 カルド城の城内では荒れに荒れていた。愛子と舞子の二人が真緒に恨みを晴らそうと燃えていた。

 

 

 「まぁまぁ二人とも落ち着いて、真緒さんにも悪気があった訳じゃないんだから……」

 

 

 「いえ、今回ばかりは聖一さんの言葉でも受け入れられません」

 

 

 「それほど頭にきているんです」

 

 

 「君達の気持ちは分かる。だけど女の子なんだから、そんな簡単に殺すなんて言っちゃ駄目だ。」

 

 

 女だから駄目というのは完全な偏見であるが、この一言で納得させてしまうのが聖一の恐ろしい一面でもある。

 

 

 「聖一さん…………分かりました」

 

 

 「聖一さんが言うなら…………」

 

 

 「分かってくれて嬉しいよ。さぁ、訓練を「セイイチ様」……」

 

 

 訓練を再開しようとするとシーリャが聖一に声を掛けた。

 

 

 「シーリャ、どうしたんだいこんなところで……確か今日は各著名人とのパーティーのはずじゃ…………」

 

 

 「セイイチ様に会いたくて抜け出してきてしまいました。よろしければその辺を、一緒に散歩してくださいませんか?」

 

 

 

 「いいよ。僕で良ければ喜んで。それじゃあ二人とも、訓練は帰ってきてからでもいいかな?」

 

 

 「どうぞどうぞ、ごゆっくり」

 

 

 「私達はここで待っていますから」

 

 

 「ありがとう、行こうシーリャ」

 

 

 「はい」

 

 

 そう言うと聖一とシーリャは部屋を出ていった。

 

 

 「…………あの女、いい加減にしろよ!!」

 

 

 「毎度毎度、聖一さんを連れ出しやがって……王女だからって調子乗んじゃねーよ!!」

 

 

 こうして、聖一は着実に地位を向上させ、愛子と舞子は再び怒りの炎に身を包むのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「やっぱり見つからないなー」

 

 

 あれから数日が経ち、未だ真緒の仲間集めは難航していた。

 

 

 「うーん、どうしたらいいんだろう…………」

 

 

 真緒は悩みながら、どんどん城下町の奥の人気がない場所に入って行った。

 

 

 「こんなところがあったんですね」

 

 

 真緒は今まで来たことがない場所に、少し探検気分で進んで行く。

 

 

 「…………ん、ここって?」

 

 

 しばらく歩いていると、目立たないようにひっそりと立つ店を見つけた。その店の名前が『Human Shop』と書かれており、直訳すると“人間店”になる。いったいどんな物が売られているのか気になった真緒は、その店に入ってみることにした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 店に入るとそこは薄暗く、埃っぽかった。奥には檻のような鉄格子がいくつもあり、その手前にターバンを巻いた小太りの男が座っていた。男は気づくと歯をむき出しにするぐらいの笑顔でこちらに近寄ってきた。

 

 

 「奴隷取り扱い専門店へようこそ」

 

 

 「奴隷、ですか…………」

 

 

 真緒は顔を歪ませて不快な気持ちになった。

 

 

 「ご安心ください。奴隷といっても当店で扱っているのは、皆健全な理由の子達ばかりです」

 

 

 元の世界でも奴隷という存在はあったが、異世界に来てもこういうのは無くならないのだなと思う真緒だった。

 

 

 「……例えばどんな子ですか?」

 

 

 「そうですね、例えば……」

 

 

 すると店主は近くの檻に入っていた男の子の前に立つ。

 

 

 「この子は小さい頃両親に先立たれて、いく場所が無かったためウチで扱うことになりました」

 

 

 次にその隣の檻に入っている三十代後半の女性の前に立つ。

 

 

 「彼女は結婚していた夫に裏切られて、自殺しようとしたところを止められ、巡り巡ってウチで扱うことになりました。どうでしょう?こんな感じでウチはクリーンな仕事を心掛けています」

 

 

 奴隷を売っている時点でクリーンではないのでは……と思う真緒だが、売られている奴隷を見てみると絶望しているような人は居らず、反対に皆希望に満ち溢れたかのような顔をしていた。

 

 

 「それで、どの子をお求めでしょうか?」

 

 

 「え、いや、そのー」

 

 

 興味本意で入ってしまったため、何も考えていなかった真緒。

 

 

 「ご心配なく、ごゆっくりお考えください。決まり次第お呼び頂ければ問題ございません」

 

 

 「そうですか、分かりました。少し見て回ります」

 

 

 そう言うと更に奥の方の檻を見に行った。

 

 

 「へぇー、こんなに居るんですか…………」

 

 

 そこには多くの種類の人間がそれぞれ入っていた。中年の男性、小さな女の子、はたまた高年齢のおじいちゃんまで……本当に沢山の奴隷が売られていた。

 

 

 「ん、あれって…………」

 

 

 その中で一際目立つ大きな檻があった。他の檻と比べても三倍近くあるその檻には、鎖で繋がれた奴隷がいた。前髪が長くて目は隠れており、タンクトップに短パンの同い年ぐらいの子がいた。しかし彼女は人間ではなかった。身長は二メートル近くあり、何よりも頭の上に丸い耳のようなものが付いていた。そして繋がれた両腕は熊の手、そのものだった。

 

 

 「店主さん、あれって…………」

 

 

 「ああ、あの子は特別でね。ウチは基本的に人間しか扱わないんだけど、ある雨の日の夜に、店の前で座り込む彼女を見つけてね、話を聞くとどうも母親が殺されてしまって、自分は何とか助かったけど行くあてがないもんだから、困っていると言うんだ。どうしてもほっとけなくてウチで預かることにしたんだよ」

 

 

 「じゃあどうして鎖なんかで拘束しているんですか?」

 

 

 「それはね…………」

 

 

 店主が喋ろうとすると突然、その女の子が暴れ始める。

 

 

 「ウオオオオ!!」

 

 

 手足を振り回しながら暴れるが、鎖で繋がれているため身動きが取れない。だが、次第に収まって静かになったと思った矢先に、突然その子の口が大きく開く。そして…………。

 

 

 「ふああぁぁ、よく寝た」

 

 

 「へぇ?」

 

 

 「彼女は究極的に寝相が悪くて、こうして鎖で繋いでおかないと、いつも寝返りで檻が破壊されてしまうんだ。既に三つは犠牲になった」

 

 

 「ん?……あ、店主さん。おはようごぜいまず。そぢらの方は?」

 

 

 「お客さんですよ」

 

 

 「おおー、そうでじだが。うんだら、自己紹介をさせでぐだぜえ。オラは熊人のハナコっでいいまず。よろじぐお願いじまずだー」

 

 

 「あ、はい。真緒といいます。よろしくお願いします……熊人?」

 

 

 「もしかして、お客さん獣人を見るのは初めてですか?」

 

 

 「獣人?」

 

 

 初めて聞く単語に首を傾げる。

 

 

 「獣人は人間にも魔族にも属さない“亜人”と呼ばれる種族で、その中でも屈指の実力を誇るのが熊人なんですよ」

 

 

 「ぞんなー、あんまり誉められるど照れでじまうだよ」

 

 

 「亜人ですか…………」

 

 

 またしても王女の説明にはなかった話に真緒は、王女が無能であると薄々思い始めていた。

 

 

 そしてこのハナコに何か感じるものがあった。

 

 

 「あの、少し二人で話してもいいですか?」

 

 

 「ええ、別に構いませんが……」

 

 

 店主は後ろへと下がった。

 

 

 「それで聞きたいんだけど、あなたはこれからどうしたい?」

 

 

 「どうっで、そうだなー……。オラ、おっ母が死んじまっでからは何にもやる気が起ぎなぐで、したいごとなんでないがな」

 

 

 「それなら私と旅をしてみない?」

 

 

 「旅だか?」

 

 

 「うん、いろんな場所を巡ってそこの文化に触れたり、体験したりしてこの世界の事をもっと知るの」

 

 

 「ごの世界の事…………面白ぞうだな!やるごどもねぇじ、オラもその旅に連れでっでぐれ」

 

 

 「ええ、もちろん。…………あ、でも私お金少ししか持ってない」

 

 

 小遣い程度のお金しか渡さなかった王女を心の底から憎んだ。

 

 

 「お代はいりませんよ」

 

 

 「店主さん」

 

 

 後ろにさがっていた店主が話を聞いていたのか、丁度いいタイミングで現れた。

 

 

 「でも、いいんですか?」

 

 

 「いいんです。元々この店はボランティアで始めたものでして、行き場の無い人に少しでもいい場所をと思ってやっているんです。ハナコをどうかよろしくお願いします」

 

 

 「はい、分かりました」

 

 

 「ハナコ、くれぐれも迷惑を掛けないようにするんだよ」

 

 

 「もぢろんだよ。店主さん、今までありがどうごぜいまじだ」

 

 

 その言葉を聞いた店主の頬を涙が伝っていた。




最初の仲間が奴隷……。
まぁ、ファンタジー小説の中では王道中の王道ですよね。
それにしても、田舎訛りで毛深い(語弊)女性って読者的にはどうなんですかね?
って、所で今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、後お気に入りもよろしくお願いします。


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ハナコ

熊という単語を聞いて思い浮かぶのは、くまのプーさんですかね。
プーさんのホラー映画、楽しみ。


 「あ~久しぶりの青空の下、気持ちええだな~」

 

 

 ハナコは店から出ると雲から漏れ入る日の光を浴びて、大きく両手を上げて伸びをした。

 

 

 「ハナコさん、ちょっと待ってくださいよ。あ、本当にありがとうございました」

 

 

 「いえいえ、またのご来店お待ちしています」

 

 

 「…………あの、一つお伺いしてもよろしいですか?」

 

 

 「はい、何でしょうか?」

 

 

 「預かっていると仰っていましたが、何故奴隷としてなんです?孤児院として活動しないんですか?」

 

 

 聞いてはいけないと思ったが、やはり聞かずにはいられなかった。店主は思い詰めたような表情になり、静かに口を開いた。

 

 

 「そうしたいのは山々ですが……お恥ずかしい話、今の世の中不景気でして、孤児院を経営しようにも維持費がかなり掛かってしまうのです。」

 

 

 「でも、私にはお代は要らないと言ったじゃありませんか!」

 

 

 「正直に申し上げましょう。実はハナコをウチで預かってからずっと赤字が続いていたのです。暴飲暴食で檻も破壊してしまう。このままでは他の子達もろとも首を括らなくてはなりません。ですから簡単に言えば厄介払いなのです」

 

 

 「そんな、酷いです!」

 

 

 「ええ、ほんと悪い大人ですよね…………」

 

 

 真緒は店主の言い分にも一理ある。そう思えてしまう自分が嫌になっていく。そんな自分に出来る事は只一つ。

 

 

 「分かりました…………。ハナコさんは私が責任を持って一緒に生きていこうと思います」

 

 

 「そう言っていただけるとウチも肩の荷が降ります。どうか、どうか、ハナコの事をよろしくお願いします」

 

 

 真緒は何も答えず、頭を下げている店主に背を向け、ハナコが待っている場所まで駆け寄る。

 

 

 「ごめんなさい。待ちましたか?」

 

 

 「いんや、そんな待っとらんです……それより店主さんと何話じでだが?」

 

 

 「いえ別に、大したことではありません」

 

 

 「ふーん、そんでずか。ならいいんです、あとタメ口で構わねぇですよ。ハナコさんじゃなぐで、もっと気楽に話しかげできてくだぜぇ。」

 

 

 「それじゃあ……ハナちゃんで!」

 

 

 「ハナちゃん……いい名前でずねぇ!」

 

 

 「でしょでしょ、私の事も真緒ちゃんって呼んでください」

 

 

 「そ、そんな、オラを買ってぐだざったご主人様に対してそげな無礼な事、出来ねぇです!」

 

 

 慌てて両手を交差するように拒否するハナコ。

 

 

 「いいからいいから。これはご主人様の命令だよ」

 

 

 ビシッと指差して初の命令を下した。

 

 

 「う~…………マオぢゃん」

 

 

 「はい!良くできました。ではそろそろ行きましょうか」

 

 

 異世界に来て、初めて出来た女友達。真緒は嬉しい気持ちでいっぱいになりながら軽快な足取りで歩んでいく。そのあとを追うようにハナコはついていくがその前に確認をするべき事があった。

 

 

 「あんの~マオ……ぢゃん」

 

 

 「はい!何ですか?」

 

 

 振り向いた真緒は笑みが零れ今までにない顔をしていた。

 

 

 「行ぐって、どこさ行ぐんでずか?」

 

 

 「もちろん、ハナちゃんの武器を買いに行くんだよ」

 

 

 「!」

 

 

 その瞬間。ハナコの表情が暗くなり、俯いてしまった。それに気がついた真緒は急いで駆け寄った。

 

 

 「ハナちゃん…………?」

 

 

 「マオぢゃん……オラは武器が持てねぇんだ」

 

 

 「それってどう言うこと?」

 

 

 ハナコは無言で両手を前に出す。

 

 

 「オラの手は熊の手そのものだから、肉球が邪魔じで掴むどころが、指すら曲げられねぇんだ」

 

 

 「ハナちゃん、ちょっと触ってみてもいい?」

 

 

 「?、ええですよ」

 

  

 

 ドキドキしながら肉球に触ろうとする。今まで犬や猫など飼ったことのなかった真緒にとっては生まれて初めての体験だ。

 

 

 「か、硬い…………」

 

 

 ぷにぷにとした感触を期待していたのだが、その思いとは裏腹にまるで鋼鉄を押してるかのような感覚であった。

 

 

 「やっぱりオラが一緒に旅をずるごど事態、おこがましいごとだったんだ。今がらでも遅ぐねぇ、返品しでぐれ……」

 

 

 「ハナちゃん…………それじゃあ最後にハナちゃんのステータスを見てもいい?」

 

 

 「構わねぇよ」

 

 

 「ありがとう。スキル“鑑定”」

 

 

 真緒が鑑定を発動すると突然、笑顔になり始める。

 

 

 「ハナちゃん、諦めるのはまだ早いかもしれないよ!」

 

 

 「へぇ?」

 

 

 

 

ハナコ Lv18

 

種族 熊人

 

年齢 16

 

性別 女

 

職業 武闘家

 

 

HP 160/160

 

MP 50/50

 

 

STR 200

 

DEX 150

 

VIT 180

 

AGI 120

 

INT 0

 

MND 100

 

LUK 90

 

 

スキル

 

熊の一撃 

 

 

 

魔法

 

なし

 

 

称号

 

破壊者

 

 

 

 

 「ハナちゃん、すぐに武器屋に向かいましょう!」

 

 

 そう言うと真緒はハナコの腕を掴んで引っ張っていく。

 

 

 「えっ、ちょっど、どういうごどです?」

 

 

 「後で説明するから早く早く」

 

 

 「うわっと、と、と」

 

 

 ハナコは真緒に引っ張られながらついていくことになった。

 

 

 

 

***

 

 

 「武闘家ですか?」

 

 

 「そう、ハナちゃんは自分でも知らず知らず、武器が要らない職業に就いていたんだよ」

 

 

 「でも、どうじで……」

 

 

 「…………これは私が考えた憶測なんだけど、ハナちゃんはあの奴隷屋で寝返りとはいえ檻を三回も壊したよね。だからいつの間にか拳で闘う武闘家になったと思うんだ」

 

 

 「ぞんなー、もっどガッゴいい理由がよがっだよ」

 

 

 大いにあり得そうな話だったので否定する事が出来なかった。

 

 

 「あはは、さぁここが私おすすめの武器屋だよ」

 

 

 「ここが…………」

 

 

 とてもボロかった。お世辞にも綺麗とは言い難く、何故こんなところがおすすめなのか疑問に思うハナコ。

 

 

 「見た目はあれだけど、中には凄い武器が沢山あるから行こ」

 

 

 「お、おう」

 

 

 二人は武器屋に入っていった。

 

 

 「店主さん、お久し振りです。」

 

 

 「おお、嬢ちゃんか。俺の所に来てくれたということは、武器が必要なんだな」

 

 

 「はい、私の新しい仲間に合った武器を探しているんです」

 

 

 

 そこには人相が悪く左目に傷がついている恐ろしい男がいた。

 

 

 「マオぢゃん、あ、あの人は?」

 

 

 「怖がらなくても大丈夫だよ。見た目はあれだけど、中身はとっても親切な人だから」

 

 

 「一言余計なんだよ。……ん、そっちの嬢ちゃんは獣人かい?」

 

 

 「え、あ、はい、そんです」

 

 

 いきなり話しかけられて戸惑いを見せるハナコ。

 

 

 「そうか、ということは探してるのは拳で闘える武器って訳だな」

 

 

 「え、どうして分かったんですか!?」

 

 

 まだ何も言っていないのに、今欲しい物が何かを言い当てられてしまい、驚きを隠せない真緒。

 

 

 「基本的に獣人は手の肉球が邪魔して武器を持てない奴がほとんどだ。特にそちらの嬢ちゃんは熊人のようだし、あまり俺を嘗めてもらっちゃ困るぜ」

 

 

 「それじゃあ、ハナちゃんに合った武器はあるんですね」

 

 

 「ああ、丁度いい品があるぜ。それがこれだ」

 

 

 店主がカウンターの下から取り出して目の前に置いた、それは、ガントレットだった。

 

 

 「これはガントレットですか?」

 

 

 「おう、熊人ってのは他の獣人よりも手が大きいからグローブとかじゃ収まりきらねぇんだ」

 

 

 「成る程……」

 

 

 「そしてこの”不壊のガントレット”はある一つの特徴があるんだ。それは、絶対に壊れないってことだ」

 

 

 「壊れない?」

 

 

 「熊人は力が強い分、持っている武器がすぐに壊れちまうんだ。だが、このガントレットはその心配は要らねぇ、永久的に使える武器なんだぜ」

 

 

 「凄い!それください」

 

 

 「いいぜ、値段は銀三十枚だ」

 

 

 「これで足りますかね」

 

 

 真緒が持っている銀貨ギリギリの値段で、心底ホッとしている。

 

 

 「丁度頂くぜ。ほら、これはもうあんたの物だ」

 

 

 そう言うと店主はガントレットをハナコの方へと渡した。

 

 

 「これが……オラの武器」

 

 

 「ねぇねぇ、着けてみてよ」

 

 

 「俺も見てみたいぜ」

 

 

 「う、うん……」

 

 

 恐る恐る、ガントレットを両手に嵌めるハナコ。ガントレットはピッタリ合い、手に馴染んでいた。

 

 

 「おおー!カッコいいよハナちゃん!」

 

 

 「よく似合ってるじゃねぇか、流石俺の選んだ武器だぜ」

 

 

 「嬉じいだー。ぞんな風に言っでもらえで………マオぢゃん」

 

 

 「なに?」

 

 

 「オラ、決めただ。強ぐなっでマオぢゃんの隣にいでも恥ずがじぐねぇ熊人になるっで、このガントレットに誓うだ」

 

 

 

 「ハナちゃん…………これからよろしくね!」

 

 

 「うん!」

 

 

 「いいね~これが友情ってやつか」

 

 

 ハナコが仲間になった!!!

 

 

 仲間集め、残り二人。




見た目通りの脳筋タイプ。
真緒の仲間集めはまだまだ続く。
次の仲間はどんなタイプか。
という所で今回はここまで、また次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、後お気に入りもよろしくお願いします。


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役立たず

ハナコのポテンシャルは?
今回はそんなお話。


 「この役立たずが!!」

 

 

 城下町のあるお店。そこから怒鳴り声が聞こえてきた。その矢先、扉から一人の少女が摘まみ出された。

 

 

 「あう……」

 

 

 「毎度毎度、割りやがって!もぉー我慢ならねぇ!お前は、クビだーーー!!!」

 

 

 「そ、そんなぁ。あの……」バタン!!

 

 

 弁解を求めようとしたが閉じられてしまい、叶わなかった。

 

 

 

 「これからどうしよう……」

 

 

 少女は摘まみ出された時、一緒に放り出された紫のトンガリ帽子にマント、そして一冊の本を拾い集めた。それらを手に取るとギュッと抱きしめ、涙を流し始めた。

 

 

 「師匠……ごめんなさい」

 

 

 誰かに謝罪すると少女はトンガリ帽子を被り、マントを羽織る。本を片手にふらふらと国の外へと歩きだした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 武器屋を後にした真緒とハナコは性能を確かめるため、カルド王国周辺の草原に向かっていた。

 

 

 「いいのが手に入って良かったね」

 

 

 「ごれも全部、マオぢゃんのお陰だ、本当にありがどう。でも、よがっだん?オラなんがに大事なお金を使っぢゃっで……」

 

 

 「いいも何も、ハナちゃんと私は友達でしょ。友達の喜ぶ顔が見れたんだから安いもんだよ」

 

 

 「マオぢゃん……オラ今人生で最も幸ぜだー」

 

 

 あまりの嬉しさに涙目になるハナコ。

 

 

 「ほらほらハナちゃん、早くそのガントレットの性能を確かめに行こ」

 

 

 「うん!」

 

 

 二人は草原に向かって走り出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カルド王国周辺の草原。真緒とハナコは互いに向き合う形で立っていた。

 

 

 「じゃあハナちゃん、まずはそのガントレットの事を鑑定してもいい?」

 

 

 「どんぞ、どんぞ」

 

 

 「スキル“鑑定”」

 

 

 

 

 不壊のガントレット

 

 

 

 かつてはどこにでもある普通のガントレットだった。しかし、壊れる度に硬い金属を溶かした液体を上塗りしたことによりその強度が増していき、いつしか決して壊れることのない防具へと変化した。どのような攻撃を持ってしてもこのガントレットを破壊するとは出来ない。

 

 

 

 

 

 「“不壊のガントレット”。これならハナちゃんの強力な拳にも耐えられるはずだよ!」

 

 

 「いづも壊しでばっがだっだオラでも、使う事が出来る……よーじ気合い入れで頑張るぞ!」

 

 

 「待って、他にも鑑定したい事があるから。スキル“鑑定”」

 

 

 続けて真緒はハナコにあったスキル“熊の一撃”と称号の“破壊者”を鑑定した。

 

 

 

 

 スキル 熊の一撃

 

 

 

 熊人の一族に伝わりし、固有スキル。その一撃を見た者は戦意喪失するほど強力だと言われている。

 

 

 

 

 称号 破壊者

 

 

 

 一つの対象物を三回連続で破壊すると、得られる称号。

 

 

 効果 STRが二倍になる。

 

 

 

 

 「凄い……ハナちゃんのポテンシャルを最大限に発揮させられる物ばかりだね」

 

 

 「ぞ、ぞんなぁ、あんまり褒められるど照れでじまうだぁ……」

 

 

 両手で真っ赤になった顔を隠す。

 

 

 「早速だけどその“熊の一撃”使ってよ。あそこにある木で威力を確かめよう」

 

 

 「ぞんだな、じゃあ遠慮なぐ……」

 

 

 木の前へ移動したハナコは片手を前方に反対の手は後方へと構える。

 

 

 「…………スキル“熊の一撃”!!」

 

 

 前方に出した手を後方に引き、後方に引いていた手を前方に勢いよく突き出した。

 

 

             ボガァン!!

 

 

 木は粉々に吹き飛び、その一部が近くで座り込んでいた少女に襲い掛かるように飛んでいった。

 

 

 「あ、危ない!」

 

 

 「避げでー!!」

 

 

 慌てて危険を知らせようと少女に声を掛けるが間に合わない。

 

 

 「……えっ、い、い、いやーーー!!!」

 

 

 その瞬間少女の叫び声が、飛んできた木の一部を跡形もなく消し炭にした。

 

 

 「「え?」」

 

 

 二人は突然の出来事に思考が追い付かなかった。だが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。無事だったとはいえ、当たりそうになった少女に謝りに行く。

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 

 「お怪我はありまぜんがぁ?」

 

 

 「………………え、あ、は、はい大丈夫です」

 

 

 少女は深く被っていたトンガリ帽子を元の位置に被り直す。

 

 

 「それにしてもさっきのは、凄かったですね。魔法か何かなんですか?」

 

 

 「は、はい。一応、音魔法と呼ばれるユニーク魔法です」

 

 

 「ユニーク魔法!?じゃあ、あれはあなただけの魔法なんですね。羨ましいです」

 

 

 「まぁ、うまく扱えてないんですけどね…………」

 

 

 「どう言うことですか?」

 

 

 「いや、初対面の人に話すことでもないですし……」

 

 

 少女は消極的な態度でこちらの目を見ようとしない。

 

 

 「でんも、悩んでる事なら誰がに話す事で、少じは気が楽になる筈だよ」

 

 

 「…………私の音魔法は感情の起伏が激しくなると勝手に発動してしまうんです」

 

 

 「感情の起伏?」

 

 

 「私が怒ったり泣いたりすると私の意思とは関係なく、音の超音波みたいな物を発動させてしまうのです。さらに対象物の周波数と同じ音を出してしまうため、割れたり、最悪の場合先程の木のように消し炭になってしまうのです。ついさっきも働いていたお店でゴキブリを見てしまって叫んだら、店中の瓶を割ってしまい、役立たずだってクビになってしまいました。」

 

 

 「それは大変でしたね……」

 

 

 

 少女は思い出したのか持っていた本を強く抱きしめる。

 

 

 「ん、何だぁ、ぞれ?」

 

 

 「あ、これは……私の師匠の形見なんです」

 

 

 「師匠?」

 

 

 「はい、師匠は私に魔法の何たるかを、教えてくださった人なんです。でも生まれた時から体が弱く、修行を終える前に亡くなられてしまいました」

 

 

「その師匠さんの形見って事ですか?」

 

 

 「はい、師匠が亡くなる直前私に託した魔導書なのですが……」

 

 

 何かを言いかけたと思ったら、少女は本を開く。すると…………。

 

 

 「こ、これって……」

 

 

 「びりびりに破がれでいるでねぇが!?」

 

 

 魔導書は一ページだけ残して他は全て引きちぎられていた。

 

 

 「師匠が言うにはこの魔導書は昔、勇者の仲間の一人が使っていたらしく、この世のありとあらゆる魔法が記されていたんだとか……しかし、所有者が亡くなってから人の手に渡る際、欲深い人が魔導書の一部を引きちぎったんです。それからは魔導書のページを手に入れられれば魔法を覚えてない人でも覚えられるなんて噂が広まって、師匠の元に来たときにはもう魔導書は今の状態だったと言われています」

 

 

 「それで実際、どうだったんですか魔法は覚えられたんですか?」

 

 

 「いいえ、魔導書は特殊な文字で書かれており素人には読むことが出来ません。私は師匠のお陰で読むことが出来ますが、今でも魔導書のちぎられたページはこの世界のどこかにあるはずなんです。それを見つけ出して、この魔導書を完成させるのが私と師匠の夢なんです」

 

 

 「もじかじで、ざっぎの音魔法はぞの魔導書がら?」

 

 

 「いえ、あれは私が生まれた時から持っていた魔法です。そのせいで被害に耐えかねた親は私を捨てました、しかしその後師匠が拾って育てて下さったのです」

 

 

 「ぞんな事が…………」

 

 

 「魔導書の残ったページに書かれていたのは火属性魔法についてでした。だから実質、私が使えるのは火属性魔法だけです」

 

 

 一通り少女の話を聞いた真緒はある決断をした。

 

 

 「あの、もしよろしければ私達と一緒に旅をしませんか?」

 

 

 「旅ですか?」

 

 

 「実は私達、いろんな場所を巡ってそこの文化に触れたり、体験したりしてこの世界の事をもっと知ろうと思っているんです」

 

 

 「それってつまり……」

 

 

 「私達と旅をすればもしかしたら、魔導書のちぎられたページが見つかるかもしれませんよ」

 

 

 「でも、今日初めて会った方々にそんなご迷惑を掛けられません」

 

 

 すると真緒は少し、思い詰めた表情になり話始めた。

 

 

 「私にも師匠がいましてね。だからその気持ち、よく分かります。師匠の思いを叶えてやりたい、それが私に出来るせめてもの恩返しだから……」

 

 

 「………………分かりました。そこまで言ってくださった方の誘いを断るわけにはいきません。私も皆様の旅にお供させてください!」

 

 

 「ありがとうございます!これから一緒に頑張りましょう。あ、名前をまだ言ってませんでしたね。私は佐藤 真緒。真緒って呼んでください」

 

 

 「オラはハナコだよ。よろじぐだぁ」

 

 

 「私は魔法使いのリーマです。これからお世話になります、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 「よろしくリーマさん、早速だけどリーマさんのステータスを鑑定しても大丈夫ですか?」

 

 

 「別に構いませんよ」

 

 

 「ありがとうございます。スキル“鑑定”」

 

 

 

 

リーマ Lv10

 

種族 人間

 

年齢 15

 

性別 女

 

職業 魔法使い

 

 

HP 140/140

 

MP 300/300

 

 

STR 20

 

DEX 150

 

VIT 85

 

AGI 100

 

INT 250

 

MND 180

 

LUK 90

 

 

スキル

 

なし

 

 

 

魔法

 

音魔法

 

 

称号

 

なし

 

 

所持品

 

アーメイデの魔導書

 




何だろう、女性が多いパーティーになって来た気がする……。
まぁ、大事なのは中身だよな!!
そんな訳で今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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リーマ

 「仲間集めですか?」

 

 

 真緒とハナコは草原でリーマという魔法使いの少女に出会い、供に旅する仲間になった。しかし、すぐに出掛けようと催促するリーマに対して真緒はまだ行けないと言う。ハナコを含めた二人は何故行けないのかその理由を聞いた。

 

 

 「うん、師匠に卒業試験として仲間を三人集めて来るように言われているの。私師匠に認めてもらいたい。だからまだ旅に出掛けることは出来ない。ごめんね、話すのが遅れちゃって……」

 

 

 

 「何言っでるだ。マオちゃんがオラ達を仲間に誘ってぐれたんだぁ、マオちゃんの意見を尊重ずるのも仲間の務めなんだよぉ」

 

 

 「ハナコさんの言う通りですよ。そういう理由であれば、いつまでも待ちますよ」

 

 

 

 嬉しい。仲間達の優しさが伝わってくる。

 

 

 「ありがとう二人とも、実はそんな二人に頼みたいことがあるの」

 

 

 

 「何だ?何でも言っでぐれぇ」

 

 

 「私に出来ることであれば大丈夫ですよ」

 

 

 「…………お願い、お金貸して!」

 

 

 「「えっ!?」」

 

 

 あまりに予想外の頼みに戸惑いを隠すことの出来ないハナコとリーマの二人。

 

 

 「マ、マオぢゃん……いっだいどういうごとだぁ?」

 

 

 「マオさん、ちゃんと理由を聞かせてください」

 

 

 「そうだよね……実は、もうほとんどお金が残っていないんです!」

 

 

 そう言った真緒から差し出された手には銅貨が三枚しかなかった。

 

 

 「え、ごれだけ…………」

 

 

 「いったい、何に使ったんですか?」

 

 

 「それは、その…………」

 

 

 真緒はチラチラとハナコの方を見る。

 

 

 「もじがじで、オラ!?」

 

 

 「あ、うん。ここに来る前に食事したでしょ」

 

 

 「そういえば…………」

 

 

 ハナコはその時の事を思い出した。

 

 

 

 

 うわぁ~ごんなに沢山、本当にいいんだがぁ?

 

 

 うん、これはハナちゃんが仲間になった記念だから遠慮せずに食べてね。

 

 

 そんじゃあ、お言葉に甘えていだだきまーず!

 

 

 ガツガツ、ムシャムシャ、ングング。

 

 

 美味しそうに食べるね。見てるこっちも気持ちがいい食べっぷりだよ。

 

 

 ングング……オラ、食べるのが好ぎなんだ。食べている時が一番幸せだわぁ。

 

 

 そんなに慌てて食べなくても料理は逃げはしないよ。すみませーん、おかわりお願いしまーす。

 

 

 はーい、今伺いまーす。

 

 

 

 

***

 

 

 ふぅー食っだ、食っだ。

 

 

 

 まさか、全部完食しちゃうだなんてね……。あ、先に外で待ってて。

 

 

 分がっだぁ。

 

 

 お会計お願いします。

 

 

 はい、合計で銀貨十九枚、銅貨が九千九百九十七枚のお会計でございます。

 

 

 えっ、あ、これで足りますか?

 

 

 え~はい、銀貨二十枚お預かり致しましたので、お釣りが銅貨三枚でごさいます。またのご来店心よりお待ちしております。

 

 

 ど、どうしよう…………。

 

 

 

 

 「ぞんなまざが…………」

 

 

 ハナコは一連の出来事を思い出してショックを受けていた。

 

 

 「成る程、それでお金がないと……マオさん、こうなったら方法は一つです」

 

 

 「な、何?」

 

 

 真緒とリーマの間に緊張が走る。

 

 

 「働きましょう!!」

 

 

 

 

***

 

 

 「マオぢゃん、ごめんな。オラのせいでごんなごとになっちゃっで……」

 

 

 「ううん、ハナちゃんのせいじゃないよ。満足するまで食べていいよと見栄を張った私が悪いんだよ」

 

 

 二人はリーマの後について城下町を歩く形になった。

 

 

 「ここです」

 

 

 リーマがある一つの店の前で止まった。

 

 

 「ここは?」

 

 

 「私が先程、クビになった店です。もしかしたら、働かせてくれるかもしれません」

 

 

 そう言い終わると、扉をノックする。すると勢いよく駆けてくる足音が聞こえて、すぐ扉が開く。

 

 

 そこには、少し老けた感じの中年の男の人が立っていた。男はリーマをじっと見つめる。

 

 

 「…………何だ、お前か。何しに来た?」

 

 

 「おじさん、さっきはごめんなさい。実は、友達がどうしてもお金が必要で、ここで働かせて頂けませんか?」

 

 

 「友達?」

 

 

 おじさんは心底驚いた表情をしながら、真緒とハナコの顔を見る。

 

 

 「お願いします」

 

 

 「お、お願いじまずだぁ」

 

 

 「…………入れ」

 

 

 おじさんは扉を全開にして招き入れる。

 

 

 「ありがとう、おじさん!」

 

 

 「だが、これが最後のチャンスだからな。分かったな!」

 

 

 「はい!」

 

 

 三人が店の中に入るとそこは、多種多様な瓶に中身が緑や青色の液体が入っていた。

 

 

 「このお店って……」

 

 

 「“ポーション”だよ。回復職の奴がいない時や、急な回復を迫られた時なんかに非常に役に立つ代物だ」

 

 

 因みに緑がHP、青がMPの回復が出来る。

 

 

 「おい、母さん。母さん」

 

 

 「どうしましたか。あら、リーマちゃん帰って来てくれたんだね」

 

 

 奥の方から少しふくよかな女性が現れた。

 

 

 「おばさん、またお世話になります」

 

 

 「こっちは大歓迎だよ。この人なんか自分から追い出した癖に心配で探しに行こうとしてたんだから」

 

 

 「え?」

 

 

 「で、デタラメ言ってんじゃねぇ!」

 

 

 おじさんは耳を真っ赤にしながら奥の方へと姿を消した。

 

 

 「おじさん…………」

 

 

 「許してあげてね」

 

 

 おばさんが声を掛けてきた。

 

 

 「あの人、加減ってものを知らないからいつも全力で取り組んで空回りしちゃうんだよ」

 

 

 おばさんが話してくれたおじさんの意外な性格。リーマの中で“何か”が渦巻く。しばらくするとおじさんがやって来た。

 

 

 「ほら、これがこの店の制服だ。金が欲しけりゃ死ぬ気で働きな」

 

 

 「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 三人は頭を下げた。

 

 

 

 

***

 

 

 「違う違う、何度言わせりゃ気が済むんだ!」

 

 

 叱る

 

 

 「そうじゃねぇだろ!ポーションは瓶ごとに並べるんだろ!?」

 

 

 叱る

 

 

 「だから、さっきも言っただろ!ポーションの調合は一定のリズムでかき混ぜるんだよ!」

 

 

 叱りまくる

 

 

 「はぁ、はぁ、働くって大変なんだね」

 

 

 「リーマぢゃんがいづもごんなごとしてたかと思うとオラ、尊敬しちまうだなぁ」

 

 

 「おい!無駄口叩いてねぇで手を動かせ手を!」

 

 

 「「はい!」」

 

 

 再び、仕事に戻る二人。その時……。

 

 

             パリン!

 

 

 「きゃあ!」

 

 

 リーマがポーションを割ってしまった。

 

 

 「おい、どうした?」

 

 

 「ああごめんなさい。すぐ片付けます」

 

 

 リーマが割れた破片を拾おうとすると……。

 

 

 「触んじゃねぇ!」

 

 

 おじさんの怒鳴り声が響いた。

 

 

 「割れた破片を素手で触る馬鹿がどこにいる!おい母さん、母さん」

 

 

 「はいはい、分かっていますよ。箒と塵取り持ってきましたよ」

 

 

 おばさんは慣れた手つきで破片を片付けていく。

 

 

 「ここはもういい。あっちでポーションの整理でもしてこい!」

 

 

 「はい…………」

 

 

 落ち込みながら向かうリーマ。

 

 

 「おい!」

 

 

 おじさんの呼ぶ声にリーマが振り返ると。

 

 

 「怪我はしてないか」

 

 

 「え、は、はい」

 

 

 「ならいい。ささっと仕事しろ」

 

 

 おじさんが怪我の心配をしてくれたことで、またリーマの中で“何か”が渦巻く。

 

 

 

 

***

 

 

 「今日はよく働いた。ご苦労だった」

 

 

 仕事終了。外はすっかり夜になっていた。

 

 

 「ほら、これが今日働いた給料だ。受けとれ」

 

 

 おじさんは三人それぞれに革袋を渡した。

 

 

 「こ、こんなにいいんですか?」

 

 

 「オラ、こげな大金貰っだの初めてだぁ」

 

 

 真緒とハナコの袋には銀貨が五百枚入っていた。そして、リーマの方には……。

 

 

 「え……」

 

 

 困惑。中身を確認してリーマは目を疑った。袋の中には金貨一枚と銀貨五百枚が入っていた。

 

 

 「おじさん、これ……」

 

 

 「聞いたぞ、お前旅に出るんだって?」

 

 

 「どうしてそれを?」

 

 

 「商売してると耳が良くなってきやがる。そこの二人が楽しみだ、楽しみだって話していたのを聞いていたんだよ」

 

 

 「おじさん、でも……」

 

 

 「受け取ってやんな」

 

 

 おばさんが奥から出てきて言う。

 

 

 「この人は不器用なんだよ、別れの言葉もまともに言えないほどにね。そのお金はこの人の思いの丈なんだよ」

 

 

 「余計なこと言ってんじゃねぇよ!バカ野郎!」

 

 

 「おじさん……ありがとう!」

 

 

 リーマは嬉しさのあまり、おじさんに抱きつく。

 

 

 「こら、離れろ。服がシワになるだろうが……」

 

 

 そう言いながらおじさんはリーマの頭を撫でていた。この時リーマは分かった。自分の中で渦巻く“何か”それは、“喜び”。今までずっとおじさんに見捨てられていると思っていたが、そうじゃなかった。その事がリーマの中で複雑に入り交じっていた。

 

 

 「はいはい、皆今日はもう遅いからウチに泊まりなさい。美味しい夕食もあるからね」

 

 

 「やっだー、ご飯だ、ご飯だ!」

 

 

 「お世話になります」

 

 

 おばさんと二人は店の奥へと入っていった。

 

 

 「…………ほら、俺達も行くぞ」

 

 

 「うん……」

 

 

 リーマとおじさんも寄り添いながら奥へと入った。




頑固親父という言葉を聞くと、何故かドラえもんに出て来るノビスケ(のび太のお父さんの方)の父親が頭に思い浮かびます。


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泥棒

いよいよ仲間集めも終盤。
最後の仲間が登場!!


 「それじゃあ、私達もう行くね」

 

 

 おじさんの店の前。リーマは二人にお別れの言葉を述べていた。

 

 

 「本当に大丈夫かい?旅の準備が整うまでウチに泊まっていいんだよ」

 

 

 「そこまで甘える訳にはいかないよ。自分の世話は自分で何とかするから……心配しないで」

 

 

 「でも「母さん」……あなた」

 

 

 過剰に心配するおばさんの肩に手を添えるおじさん。

 

 

 「こいつらは自分で考えて行動を起こそうとしている。大人になろうとしているんだ、それを大人である俺たちが邪魔してどうする」

 

 

 「…………そうね、あなたの言う通り。誰でもいつかは大人になるもの、甘えてたのは私の方だったみたいね」

 

 

 「おばさん……」

 

 

 「おばさんの手料理、すんげー美味じがっだ。また、食べに来でもいいだか?」

 

 

 「ええ、美味しい料理を作って待ってるわ」

 

 

 ハナコの一言でいつもの明るさを取り戻した。

 

 

 「さようなら、おじさん、おばさん」

 

 

 「マオちゃん、あまりお金は使いすぎないようにね」

 

 

 「はい」

 

 

 三人はおじさん、おばさんに手を振りながら去っていった。

 

 

 「…………行っちゃったわね」

 

 

 「ああ、そうだな」

 

 

 三人を見送った、おじさんとおばさんは遠くを見つめるように話していた。おばさんは自分のお腹を擦る。

 

 

 「私達に子供は出来なかったけど、ここ何日かはまるで娘が三人も出来た思いだったわ」

 

 

 「けっ、あんな個性の強い娘がいたらこっちが疲れちまうよ」

 

 

 「さぁ、あの子達が帰ってきた時の為に料理の腕を上げときますか!」

 

 

 おばさんは腕捲りし、店の中へと入っていった。

 

 

 「おいおい、あんまり無茶するなよ………………頑張れよ娘達」

 

 

 おじさんは誰もいない道にぼそりと呟いた。

 

 

 

 

***

 

 

 「良かったですね。おじさんと仲直りできて」

 

 

 「本当にありがとうございます。これも全部マオさん達のお陰です」

 

 

 「ぞんなぁ、オラ達はただお金を稼いだだけだよ」

 

 

 「いえ、私一人だけでは店にすら近づけませんでした。本当に感謝してもしきれません」

 

 

 「それならそのお返しに私達との敬語のやり取りは禁止ね」

 

 

 「う……善処します」

 

 

 「善処かぁ~、出来るか出来ないかで答えてほしいな」

 

 

 「…………出来ます!」

 

 

 「やった、言質は取ったからね」

 

 

 「これでわだがまりは少なぐなるだねぇ」

 

 

 

 「う~、卑怯で……だよ、二人とも!」

 

 

 「「あはははは」」

 

 

 三人が楽しく会話をしていると前から来た一人の男が真緒の肩にぶつかった。

 

 

 「おっと、失礼……」

 

 

 「いえいえ、気にしないでください」

 

 

 男は去り際にニヤリと口元を歪ませるのを、リーマだけは見逃さなかった。

 

 

 「いやー、それにしても仲間集めも残すところ“あと一人”この調子ならすぐ終わるかもしれません」

 

 

 「マオさん!」

 

 

 突然リーマに呼び止められる真緒。

 

 

 「どうしたのリーマ?」

 

 

 「急に大声出じで何があっただぁ?」

 

 

 「今すぐお金を確認してください!」

 

 

 「え、何で?」

 

 

 「さっきぶつかってきた男、スリかもしれません!」

 

 

 リーマが先程の男を指差すと男は慌てて逃げ出した。

 

 

 「え、あ、ない!?ちょっと待って……」

 

 

 「泥棒ー!!!」

 

 

 「ぞんなに慌でなぐでも大丈夫だよぉ」

 

 

 こんな状況で何故か落ち着きを払っているハナコ。

 

 

 「どうしてそんなに落ち着けるんですか!?あのお金はおじさん、おばさんから貰った大切なお金なんですよ!」

 

 

 「大丈夫だっでぇ、こっぢにはマオぢゃんがいるでねぇが。マオぢゃんの身体能力なら直ぐにでも追いづくはずだぁ、ねぇマオぢゃ…………マオぢゃん!?」

 

 

 ハナコが顔を向けると真緒は地面に踞っていた。

 

 

 「ぢょっど、どうじだんだマオぢゃん?」

 

 

 「マオさん?」

 

 

 二人は真緒を心配して近くに寄ると、何かぶつぶつと独り言が聞こえてきた。

 

 

 「……私は泥棒じゃない。私は泥棒じゃない。あれは誤解なんだよ。私は泥棒じゃない。私は泥棒じゃない。あれは誤解なんだよ。私はやっていない。私はやっていない。」

 

 

 リーマの泥棒という言葉に条件反射を示してしまった真緒。こうなってはしばらく使い物にならない。

 

 

 

 「マオさん!正気に戻ってください!」

 

 

 「マオぢゃん!」

 

 

 「私はやっていない。私は泥棒じゃない。あれは誤解なんだよ。」

 

 

 「へへ、あいつら何チンタラしてるんだ?これなら余裕で逃げ切れるな。楽勝、楽勝」

 

 

 こうして話している間にも男はどんどん離れていく。

 

 

 「ああっ、ごのままじゃあ逃げられぢまう!」

 

 

 「そんな!?お願い!誰か、そいつを捕まえてー!!」

 

 

 しかし、悲しい事にこの時間帯は丁度人通りがない。さらにこれは偶然ではなく、通りに誰もいなくなる時間帯を男は予め調べて、その時に犯行を重ねていたのだ。

 

 

 「へへ、あばよ」

 

 

 「ああそんな……おじさん、おばさん、ごめんなさい…………」

 

 

 もうダメだ。そう思って諦めかけたその時、三人の側にローブを着て顔を隠し、体格的に男と判別できる人が現れた。

 

 

 「あなたは…………」

 

 

 「…………下がっていろ」

 

 

 一言そう言うと、懐から弓矢を取り出し逃げる男に向け、矢をセットして弦を引く。

 

 

 「スキル“ロックオン”」

 

 

 この瞬間、逃げる男にターゲットマーカーが表示される。

 

 

 「スキル“急所感知”」

 

 

 さらにスキルを掛けると、ターゲットマーカーは男の左足に移動する。そして…………。

 

 

 「…………」

 

 

 無言のまま矢を放つと飛んでいった矢は、物理法則を無視して逃げる男の左足に見事命中した。

 

 

 「ぎゃあああ!?い、痛い……何でよりにもよって、兵士の頃に受けた左足の古傷に…………」

 

 

 矢が刺さっている左足を押さえながら男が悶えていると、ローブを着た男がゆっくりと近づいてきた。

 

 

 「こいつは返してもらうぜ」

 

 

 そう言うと、男の懐からお金が入ってる革袋を取り返した。

 

 

 「ほらこれだろ、お前らの取られた物は…………」

 

 

 そしてその革袋を、やっと正気に戻った真緒に放る。

 

 

 「あ、はい、そうです」

 

 

 「「…………」」

 

 

 いきなりの出来事に、驚きを隠せない真緒と声すらあげられない二人。

 

 

 「じゃあな」

 

 

 「ちょっと待ってください!名前をお聞かせください。助けて頂いたお礼がしたいんです」

 

 

 その場を立ち去ろうとするローブを着た男に思わず声を掛けた真緒。

 

 

 「……“フォルス”だ。お礼は結構、大したことはしていない」

 

 

 「いえ、私達のお金を取り返してくれたんです。お礼をしないと気がすみません」

 

 

 「そうだよぉ、助げで貰っだんだからお礼ずるのが当然なんだぁ」

 

 

 「その通り、お願いします。私達にお礼をさせてください」

 

 

 三人はフォルスに近づく。

 

 

 「いや、ホントにいいんだ。これ以上俺に関わらないでくれ……」

 

 

 「でも……」

 

 

 真緒が止めようとローブに手を伸ばすと……。

 

 

 「いいって、言ってるだろ!」

 

 

 「きゃあ!?」

 

 

 フォルスは真緒の手を払い除ける。しかし、勢いよく払い除けたせいで、フードが外れてしまった。

 

 

 「えっ、嘘!?」

 

 

 「まざが!?」

 

 

 「あなたは!?」

 

 

 その顔は人間ではなかった。羽で埋め尽くされて、鋭い目付きに最も特徴的なのはクチバシがあったことだ。ハナコのような部分的な熊要素があるのとは違い、全てが鳥の要素で構築されたその姿はまさに“鳥人”だった。

 

 

 「だから関わるなと言ったのに……」

 

 

 「ごめんなさい、少し驚いてしまって……」

 

 

 「いいんだ、もう慣れた」

 

 

 「あの、差し出がましいのは承知ですが、“鑑定”してもよろしいですか?」

 

 

 「ここまで見られてしまったんだ。全部見せよう」

 

 

 まさか、許諾が取れてしまうとは……。ゆっくりと深呼吸をして調べ始める。

 

 

 「スキル“鑑定”」

 

 

 

 

フォルス Lv28

 

種族 鳥人

 

年齢 35

 

性別 男

 

職業 アーチャー

 

 

HP 200/200

 

MP 160/160

 

 

STR 60

 

DEX 250

 

VIT 100

 

AGI 130

 

INT 80

 

MND 140

 

LUK 120

 

 

スキル

 

ロックオン 急所感知

 

 

 

魔法

 

風属性魔法

 

 

称号

 

なし

 




イメージはゼルダの伝説に出て来るリト族。
そんな訳で今回はここまで、次回もお楽しみに。
面白ければ評価と感想、それとお気に入りもよろしくお願いします。


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フォルス

 鳥人──それは獣人の仲間で亜人の一種。持ち前の翼で空を自由に飛ぶことが出来るため、他の亜人達より機動力が頭一つ飛び出ている。そんな彼らが使う武器は主に弓矢、空からの攻撃を可能とするのに最も最適である。因みに翼の先に指があり、翼が腕の役割をしている。

 

 

 これがリーマの知っている鳥人の情報だ。しかし、知っている情報と直接見たのでは大きな違いがあった。

 

 

 「凄い……私、初めて見ました」

 

 

 「でんも、何故ごんなどころに鳥人が?オラは奴隷としてこの国にいだげど、鳥人は滅多に里から出ないごとで有名だぁ」

 

 

 「…………まぁ、色々あってな」

 

 

 深く思い詰めた表情をするフォルスにこれ以上聞くことは出来なかった。

 

 

 「……フォルスさん。すみませんでした、私が強引に止めようとしたから……」

 

 

 「いや、こちらも人の感謝を無下に扱ってしまった。これでおあいこってことにすればいい」

 

 

 「そう言って頂けるとありがたいです。…………あの、フォルスさんに折り入ってお願いがあります!」

 

 

 「なんだ?」

 

 

 「私達の仲間になってください!」

 

 

 「マオさん!?」

 

 

 「確がに、フォルスざんみだいな実力のある人に仲間になっでもらえれば心強いけど……」

 

 

 失礼すぎる。助けて貰った上に、顔まで見てしまったのに仲間へと誘おうとする。傲慢、ひどく傲慢である。

 

 

 「断る」

 

 

 当然の反応だ。しかし、真緒は諦めない。

 

 

 「お願いします!どうしてもフォルスさんが必要なんです!」

 

 

 「そもそも、仲間にと言っても何をするつもりなんだ?」

 

 

 「実は私達、いろんな場所を巡ってそこの文化に触れたり、体験したりしてこの世界の事をもっと知ろうと思っているんです」

 

 

 「成る程…………お前達も同じ理由で旅をするのか?」

 

 

 フォルスはハナコとリーマの二人に顔を向ける。

 

 

 「オラは元々奴隷だっだのをマオぢゃんが拾っで、仲間として受げ入れでぐれだ」

 

 

 「私はこの本のちぎられたページを探す為に仲間になりました。しかし、それ以前にマオさんの熱意に心打たれたのが理由です」

 

 

 「みんな…………」

 

 

 二人の言葉に胸が温かくなっていく。

 

 

 「そうか、良い仲間を持っているんだな……だが、それだと俺が入る理由はないな」

 

 

 「……っ!」

 

 

 痛いところを突かれた。今まではそれぞれに事情があり、心の隙間を埋めることで仲間になってくれていた。しかし、今回は違う。相手の情報が少なすぎる。

 

 

 「確かに……そうです。それでも、お願いします!どうか私達の仲間になってください!」

 

 

 そう言い終わると、土下座をしようとする真緒。

 

 

 「待て!」

 

 

 だが、寸前の所でフォルスが止めに入る。

 

 

 「普通なら断るべきなんだろうが、女に土下座させてしまったら男が廃る。……いいだろう、お前達の仲間になろう」

 

 

 「本当ですか!?「ただし!」」

 

 

 「条件がある……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ここが俺の家だ」

 

 

 城下町より少し離れた場所にフォルスの家があった。

 

 

 「大きい家ですね……」

 

 

 「まるでお城みでいだぁ……」

 

 

 「凄い豪邸です……」

 

 

 三階建てで横に広く造られた家は屋敷だった。

 

 

 「こっちだ、庭で条件を言う」

 

 

 庭へと向かうフォルスと三人。

 

 

 「うわぁ、これって……」

 

 

 「凄いだなぁ~」

 

 

 「訓練所?」

 

 

 そこには様々な場所に的が置かれていた。木の上や屋根の上など至るところに配置されている。

 

 

 「さて、仲間に入るための条件だが…………俺と弓矢で的当て対決をしてもらう」

 

 

 「的当て?」

 

 

 「もう分かっていると思うが、俺は弓矢を扱うのが得意だ。そんな俺と弓矢の的当てで勝つことが出来たら仲間に加わってやろう」

 

 

 「分かりました、やります!」

 

 

 「ちょっと、マオさん」

 

 

 リーマがフォルスに聞こえないように耳打ちをする。

 

 

 「マオさんって、弓矢をやったことがあるんですか?」

 

 

 「うーんと、最後に触ったのが三年前かな……」

 

 

 「え?」

 

 

 真緒が触ったのは中学の授業の時である。

 

 

 「まぁ、何とかなるって」

 

 

 「その自信はどこから来るんですか!?」

 

 

 「それじゃあ、ルールを説明する。今から一つの的にそれぞれ三回ずつ狙って、当たるまでにかかった回数で勝敗を決める。スキル等の使用は禁止だ」

 

 

 「あの……」

 

 

 「なんだ?」

 

 

 「お互い三回とも外した場合はどうなるんですか?」

 

 

 一つの疑問を述べる真緒。

 

 

 「その場合は、仕切り直して始めからだ」

 

 

 「成る程、分かりました。私の方は準備万端です。いつでも始めて大丈夫ですよ」

 

 

 真緒はフォルスから手渡された弓矢を装備する。

 

 

 「今回狙う的は、あれだ」

 

 

 フォルスが指差す方向、距離にすると約五十メートル先に他のと比べて異様に小さい的が置かれていた。

 

 

 「小さい…………」

 

 

 「悪いが先攻はもらうぞ」

 

 

 誰も反論しない。どちらが有利なのか分からないため、頷くしかなかった。

 

 

 フォルスはゆっくりと弓を構える。……静寂がその場を支配する。そして小さな的めがけて放った。

 

 

 「…………やはり、ロックオンがないと不便だな」

 

 

 矢は小さな的の手前の位置に刺さっていた。

 

 

 「危ながっだなぁ~」

 

 

 「見てるこっちもひやひやしますよ」

 

 

 二発目。今度は先程よりも放つ間隔を狭めて放った。そして…………見事命中した。

 

 

 「え……」

 

 

「確かにロックオンがないと不便ではあるが、この程度の距離なら当てるのは簡単だ」

 

 

 「ぞんな…………ごんなあっざりど」

 

 

 「マオさんが勝つには最初の一発目で的に命中させなければなりません……」

 

 

 しかし、真緒が弓矢を触るのは三年ぶり。状況は極めて絶望的だった。

 

 

 「…………」

 

 

 真緒は一言も喋らず、ただじっと的を見つめる。そしてゆっくりと弓を構える。

 

 

 「ほぉう……」

 

 

 真緒の綺麗なフォームにフォルスは感心していた。そして、ここで信じられないことが起きる。

 

 

 「マオぢゃん!?何じでるだ!」

 

 

 「マオさん!?」

 

 

 真緒は的を狙わず空に方向を変え、迷わず矢を放った。その光景を見たフォルスは落胆した。

 

 

 「勝負を諦めたか」

 

 

 「いえ、それは違います」

 

 

 放たれた矢は空彼方へと飛んでいき、重力に従って放物線上に落下していく。

 

 

 「私は諦めたりしない。どんな逆境に立たされようと私は常に前を向いて歩いていく。勝つために必要なのは才能でも技術でもない。……心です」

 

 

 放物線上に落下していく矢はそのまま小さな的に命中した。

 

 

 「な、なんだと…………」

 

 

 「わぁー!!マオぢゃん凄いだぁー!!!」

 

 

 「マオさん!!凄すぎます!!!」

 

 

 二人は嬉しさのあまり、真緒に抱きついた。

 

 

 「ちょ、ちょっと二人とも……苦しいよ」

 

 

 嫌がる真緒の言葉とは裏腹にとても笑顔だった。

 

 

 「まさか、計算したのか……どの場所に矢を放てば的へ目掛けて落下するのか?」

 

 

 異常なまでのステータスと、キラーフットとの戦闘で真緒の思考回路は常人の域を軽く越えていた。だからこそこのような事が出来たのだ。しかし、それを知る者は誰もいない。

 

 

 「ちょっと、二人とも一旦離れて…………さぁフォルスさん。約束ですよ私達の仲間になってください」

 

 

 「…………悪いがそれは出来ない」

 

 

 予想外の返答に戸惑う三人。

 

 

 「どうしてですか!?」

 

 

 「フォルスざん、ぢゃんど説明してぐれ!」

 

 

 「私達を騙したんですか!?」

 

 

 「違う!そうじゃない!」

 

 

 「じゃあ、どう言うことなんですか?」

 

 

 「それは…………」

 

 

 何かを隠そうとするフォルスに疑惑の目を向ける。

 

 

 「フォルスさん、あなた本当に鳥人何ですか?」

 

 

 「………!?」

 

 

 リーマの言葉に反応を示したフォルス。

 

 

 「鳥人は誇り高い一族と聞いています。“大空を舞う”その姿はまさしく、天空の支配者と言われています。そんな一族のあなたが何で?」

 

 

 「俺は…………飛べないんだよ」

 

 

 「「「え……」」」

 

 

 フォルスの衝撃の事実に言葉を失う三人。

 

 

 「生まれた時からそうだった。里に住む他の子供は皆、空を飛んでいたのに俺だけ地面を歩いていた。そしてついに俺が飛べないことが里の皆にバレてしまった。その事から俺は里を追放され、行くあてもなく彷徨い、丁度十五年前にこの国に辿り着いて、廃墟だったこの屋敷に住み着いてるって訳さ」

 

 

 「そんな私、そんなつもりで……」

 

 

 「いいんだ、分かってる。……俺が仲間にならない理由はそこにある。飛べない鳥人がいたらお前達の足手まといになってしまう。俺は出来損ないなんだよ」

 

 

 「……フォルスさん」

 

 

 「だから悪いがこの話は無かったことにしてくれ」

 

 

 そう言うとフォルスは屋敷の方へと歩いていくが、真緒が呼び止める。

 

 

 「フォルスさん、どこに行くんですか?約束ですよ私達の仲間になってください」

 

 

 「さっきも言っただろう、俺は出来損ないの鳥人なんだ……」

 

 

 「そんなの関係ありません!私がフォルスさんを仲間にと思ったのは、あなたが私のお金を泥棒から取り返してくれたその優しい心に対してです」

 

 

 「…………」

 

 

 「それに出来損ないなのはフォルスさんだけじゃありませんよ。私だって未だに“泥棒”って言われると過去のトラウマが甦ってしまうんですから」

 

 

 「そんだそんだ、オラなんで食べ過ぎで仲間のお金を金欠まで追い込んだがらなぁ」

 

 

 「私なんて感情の起伏をコントロール出来ず、何度周りの物を破壊したか……」

 

 

 「フォルスさん、あなた出来損ないかもしれません。しかしそれはあなただけに限ったことじゃない。出来損ない同士が協力し合えば駄目な部分もカバー出来る筈です」

 

 

 「…………」

 

 

 「フォルスさん、どうか私達の仲間になってください」

 

 

 「ははは…………何年ぶりだろうな涙なんて流したのは」

 

 

 フォルスの目から涙が零れ落ちた。

 

 

 「……こんな出来損ないの俺でも受け入れてくれるのか?」

 

 

 「当たり前じゃないですか!私達は出来損ないのパーティーです!」

 

 

 「おいおい、それはパーティーとして成立するのか?…………よろしくな」

 

 

 「はい!」

 

 

 「やっだぁ新しい仲間だ。オラはハナコっで言うんだ、よろしぐ」

 

 

 「私はリーマです。よろしくお願いしますね、フォルスさん」

 

 

 「そして私が真緒です。よろしくお願いします!」

 

 

 「フォルスだ。俺に出来ることであれば何でも協力しよう」

 

 

 こうして仲間集め最後の一人、フォルスが仲間になった。

 

 

 「よーし、これで師匠に会いに行けるぞ!」

 

 

 「師匠?」

 

 

 「ああ、フォルスさんにはまだ話していませんでしたね。実は……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「成る程、それであんなに仲間集めに固着していたのか」

 

 

 「で、でもフォルスさんを仲間にしたのは純粋な気持ちで……」

 

 

 「そのぐらい分かってる。マオがそこまで計算高いとは思っていない」

 

 

 「そうですか、よかった」

 

 

 「オラ、マオぢゃんの師匠に会って見だがっだんだぁ、楽しみ」

 

 

 「師匠、喜んでくれるかな?」

 

 

 

 

 

 その当の本人はというと、ずっと真緒達の行動を見ていた。しかし、その場にいる訳ではない。今もずっと宿屋で親指と人差し指で輪っかを作り、それを覗いていた。“千里眼”と呼ばれるそれは、エジタスの空間魔法の応用によって作り出されている。輪っかの部分に対象となる空間を作り、それを覗き込むことによって離れた景色や人を見ることが出来る魔法だ。

 

 

 「まったく~マオさんったら、何年掛かってもいいと言いましたが…………まさか、一週間あまりで終わってしまうとは……。しかも、どれも色物ばかりじゃありませんか。実はマオさんにはそういう、何かを引き寄せる力があるのかもしれませんね~」

 

 

 エジタスは“千里眼”を解くと宿屋を後にする。

 

 

 「さてと、では頑張った弟子を師匠が迎えに行きましょうかね」




これにて仲間集めは終了。
いやー、どれも個性豊かな人材ばかりですね。
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想の方も、それとお気に入りもよろしくお願いします。


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卒業試験

無事に仲間集めを終えた真緒。
そんな彼女達を迎える師匠。
何も起きない筈がない。


 「師匠ー!」

 

 

 宿屋を後にしたエジタスが真緒達のいる場所に向かっていると、まだ姿が見えていないのに前方から真緒が勢いよく駆け寄ってきた。

 

 

 「おやおや、マオさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

 

 仲間集めが終了した事を敢えて知らないふりをするエジタス。

 

 

 「師匠、お久しぶりです!」

 

 

 「お久しぶりって……まだ一週間あまりしか経っていませんよ」

 

 

 「私には一年以上に感じられました!」

 

 

 流石に言い過ぎなのでは?と思うエジタスだが、真緒にはそのぐらいに感じたんだろうと軽く流した。

 

 

 「そうですか……それで、今日はどうしたんですか?」

 

 

 「あ、忘れてました。おーい皆こっちこっち~」

 

 

 真緒が手を振る先に、走ってくる三人がいた。

 

 

 「マオぢゃん……ぢょっど、待っでほじいだぁ……」

 

 

 「急に走り出して、何かあったんですか?」

 

 

 「マオ、そちらの男性は?」

 

 

 フォルスが隣にいたエジタスについて聞いてきた。

 

 

 「ふふふ、皆さんご紹介しましょう。こちらにおわすのが私の師匠、エジタスさんです!」

 

 

 「ど~も初めまして道楽の道化師エジタスと申しま~す」

 

 

 両手を拡げ顔の横にやり、小刻みに振りながら真緒の紹介に便乗するエジタス。

 

 

 「ごの人がマオぢゃんの……」

 

 

 「師匠……」

 

 

 「…………」

 

 

 三人の反応は微妙と言うより、あまり良くはなかった。しかしそれも仕方がないこと。自分の恩人とも言えるマオが慕う師匠なのだから、さぞ凄い人だろうと思って見てみれば、驚愕。いやらしい不気味な仮面を被り、自身を道楽の道化師と名乗る奇妙な男だった。

 

 

 「実は師匠に言われていた卒業試験の仲間集め、無事完了しました!!」

 

 

 「何と!?もう終わらせたのですか?まだ一週間あまりしか経っていないのに?」

 

 

 「師匠を驚かせようと頑張りました!」

 

 

 「そうだったのですか~。狙い通り、驚きましたよ」

 

 

 知らないふりを突き通すエジタス。

 

 

 「師匠、それじゃあこれで……」

 

 

 「はい、お見事ですマオさん。卒業試験合格で~す!」

 

 

 「やったー!やったよ皆!」

 

 

 「よがっだだねぇ、マオぢゃん」

 

 

 「やりましたね、マオさん」

 

 

 「見事だ」

 

 

 「えへへ……」

 

 

 仲間達からの誉め言葉に照れる真緒。

 

 

 「それではマオさん。世界各地への旅、頑張ってくださ~い」

 

 

 

 「えっ、師匠は来てくれないんですか!?」

 

 

 てっきり一緒に来るものだと考えていた真緒は狼狽える。

 

 

 「当たり前じゃないですか、弟子と一緒に旅する師匠はいませんよ。弟子の旅立ちを見届けるのが、師匠に出来る最後の仕事なんですよ」

 

 

 「えー、一緒に行きましょうよ~」

 

 

 必死に食い下がるが、エジタスのパーティー加入を拒む者は他にもいた。

 

 

 「俺は反対だ」

 

 

 「フォルスさん?」

 

 

 「俺達の旅は何が起こるか分からない。マオ、お前の師匠が凄いのは認める。お前をここまで育ててきたからな……だが悪いけど俺はその人が強いとは思えない」

 

 

 「…………二人もそう思っているの?」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「そんな…………」

 

 

 仲間からの否定的な言葉にショックを受ける真緒。

 

 

 「でも、師匠は「心外ですね~」……」

 

 

 何とか師匠の汚名を挽回しようとすると師匠自身の一言で遮られた。

 

 

 「フォルスさん……でしたっけ?そんなに強く見えませんか~?」

 

 

 「ああ、失礼だがそうは見えない」

 

 

 「ガーン!とてもショックです。……いいでしょう、皆さんにお見せしたいものがあります。少し私にお付き合いお願い出来ますか?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 毎度お馴染みのカルド王国周辺の草原。エジタスと真緒達四人は互いに向き合う形で立っている。

 

 

 「師匠、ここでいったい何を?」

 

 

 「フォルスさん……」

 

 

 「何だ?」

 

 

 「あれを見てください」

 

 

 エジタスが指差す方向には、これまたお馴染みのキラーフットがいた。

 

 

 「だから?キラーフットなんて珍しくも何とも無いぞ」

 

 

 するとエジタスは遠くにいるキラーフットに合わせるように親指と人差し指で挟み込むような形を取った。そして……。

 

 

 「“圧縮”」

 

 

 親指と人差し指を勢いよく、くっつける。その瞬間、キラーフットは見えない“何か”に押し潰され、一面赤く染まった。

 

 

 「ヒィ!」

 

 

 「な、何だぁ!?」

 

 

 「何が起こったんですか?」

 

 

 「!!これは……」

 

 

 普段慣れない光景に小さな悲鳴をあげる真緒と、慣れているが何が起こったか分からず驚く三人。

 

 

 「空間魔法ですよ」

 

 

 「空間魔法?」

 

 

 「それって師匠の持っている魔法ですよね?」

 

 

 「ええ、そうです。対象の寸法を測る空間魔法の応用です。これは発動すると自動的に対象の大きさに合わせて見えない枠が張られます。その枠を無理矢理縮小させると、上と下から圧力に耐えきれず潰れてしまい、先程の“圧縮”になります」

 

 

 「空間魔法にこんな使い方があるなんて…………」

 

 

 「どうです?私だってなかなかやりますでしょう」

 

 

 仮面を被っているため、いまいち分からないが得意気な顔をしてるのは伝わってきた。

 

 

 「師匠!凄いです!!やっぱり一緒に行きましょうよ!」

 

 

 「だから言ってるでしょ、私は行きません」

 

 

 「そんな~、師匠そこを何とかお願いします」

 

 

 「俺からも頼む!」

 

 

 「え、フォルスさん?」

 

 

 真緒がエジタスに頭を下げてお願いしているとフォルスも一緒に頭を下げてきた。

 

 

 「あんたがマオの師匠なのは、今の魔法の応用でようやく納得が出来た。さっきの無礼を許してくれとは言わない。だがどうか、俺達の仲間になってくれないだろうか?」

 

 

 「無理ですね」

 

 

 「なぜだ!?」

 

 

 「先程まで仲間にしたくなかった人が、今度は仲間になってほしいと言う。手のひら返しもいいとこです。それにそんな簡単に頭を下げてしまうとは…………あなた達の頭はそんなに軽いのですか?」

 

 

 「「…………!」」

 

 

 尤な意見を言われ、その場で固まってしまう二人。

 

 

 「マオぢゃん……」

 

 

 「フォルスさん……」

 

 

 ハナコとリーマが心配してそれぞれ側に寄る。

 

 

 「確かに……私達は簡単に頭を下げるぐらい軽いです」

 

 

 「弱いと思ってた人が強かったら取り入ろうとする……手のひら返しと言われても仕方がない」

 

 

 「「……でも!!」」

 

 

 「軽くたっていい、頭を下げることで誰かが救われるなら私は、何度でも頭を下げます!」

 

 

 「それで仲間の危険が少なくなるのなら俺は、何度だって手のひらを返して、皆を助ける!」

 

 

 再び二人はその軽い頭を下げた。

 

 

 「お願いします師匠!!お願いします!」

 

 

 「どうか、俺達の仲間になってくれ!頼む!!」

 

 

 「オラがらもお願いじまずだぁ」

 

 

 「私からもお願いします」

 

 

 頭を下げる二人に続くようにハナコとリーマも頭を下げる。

 

 

 「…………いいでしょう!皆さんの熱意には負けました。仲間になりましょう」

 

 

 「え!?本当ですか本当に、私達の仲間になってくれるんですか?」

 

 

 「ただし……私を倒してからの話です」

 

 

 「それって……」

 

 

 「私をどうしても引き入れたいのであれば、力ずくで倒して仲間にしてください」

 

 

 師匠と戦うなんて……そう言おうとしたがそれは逃げだ。弟子は師匠を越える者、そうエジタスは言いたいのだと考えて真緒は一度目を閉じて集中する。そして静かにゆっくりと開ける。

 

 

 「分かりました。戦いましょう」

 

 

 「覚悟を決めましたか、では四人全員でかかってきなさい」

 

 

 「え、流石に四人を相手ずるのば無理でねぇが?」

 

 

 四人と相手しようとするエジタスを心配するハナコだが…………。

 

 

 

 「マオさ~ん、戦闘における最も大切な事は何でしたっけ?」

 

 

 「相手を見た目だけで判断しない…………はっ、皆!全力で行くよ!」

 

 

 「わ、分がっだ!」

 

 

 「分かりました」

 

 

 「言われなくても全力で行かせてもらう!」

 

 

 全員の目に闘志が宿る。

 

 

 「ふふふふ、いいですね~。それでは戦闘開始です!」




まさかの4VS1
これはさすがに結果が目に見えている。
そんな所で今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、良ければお気に入りもよろしくお願いします。


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真緒パーティーVSエジタス

真緒達の本格的な戦闘。
果たしてエジタスの実力は如何に!?


 「先手必勝!スキル“ロックオン”」

 

 

 エジタスの体にターゲットマーカーが表示される。

 

 

 「スキル“急所感知”」

 

 

 ターゲットマーカーがエジタスの左胸に移動する。

 

 

 「悪いが手を抜く訳にはいかない。……これで終わりだ!」

 

 

 放たれた矢はエジタスの左胸目掛けて、飛んでいく。

 

 

 「ロックオンと急所感知のコンボスキル……これほど厄介な組み合わせはありませんね~。ですが、少し勘違いしていませんか?ロックオンは絶対“外れない”能力であって…………」

 

 

 当たる直前に矢を片手で掴み取った。

 

 

 「必ず“命中”する能力ではありません」

 

 

 「俺の矢を掴んだだと……!?」

 

 

 「さらに言わせれば、急所感知のせいで何処に矢が命中するのか分かってしまうので、掴み取るのは容易です」

 

 

 自分のスキルがあっさりと破れたのを見てしまったフォルスは、膝をついた。

 

 

 「さて、今度はこちらの番ですかね」

 

 

 手に持っていた矢を捨て、膝をついてるフォルスに駆け寄る。

 

 

 「パーティーの心得その一、常に仲間の事を気に掛けるべし」

 

 

 エジタスはフォルスの顎に膝蹴りを叩き込んだ。

 

 

 「グボァ……」

 

 

 「フォルスさん!」

 

 

 リーマがフォルスの安否を確認しようと声を掛ける。

 

 

 「パーティーの心得その二、仲間を気にしすぎるあまり、自分を疎かにしてはいけない」

 

 

 パチン!という音が聞こえたかと思うと、リーマの後ろにエジタスが立っていた。

 

 

 「リーマ、後ろ!!」

 

 

 エジタスは腕を横に払い、リーマを吹き飛ばした。

 

 

 「ああ!!」

 

 

 「リーマぢゃん!よぐも、リーマぢゃんを!!」

 

 

 ハナコは怒りに身を任せ、エジタスにスキル“熊の一撃”を放とうとする。

 

 

 

 「パーティーの心得その三、一時の感情に流されてはいけない」

 

 

 エジタスはハナコの腕を掴み、熊の一撃を防いだ。

 

 

 「ハナちゃん!」

 

 

 「ほいっと」

 

 

 近づこうとする真緒に、掴んだハナコを投げつけた。

 

 

 「う、うう……」

 

 

 「……ハナちゃん、大丈夫?」

 

 

 「一つ、言い忘れていましたね」

 

 

 「!?」

 

 

 「私は“圧縮”の他にも空間魔法の応用で空間を行き来して、特定の場所に行くことができる“転移”が使えるんですよ」

 

 

 「さっきのあれが……」

 

 

 一瞬でリーマのいる位置まで現れた時の出来事を真緒は思い返していた。

 

 

 「(“転移”それがあるかぎり師匠を倒すことは不可能に近い。あれ、でもそれなら何でハナちゃんの時…………まさか!)」

 

 

 対策を考えている真緒にある疑問が浮かび上がった。そこから一つの可能性に辿り着いた。

 

 

 「作戦タイム!」

 

 

 「はい?」

 

 

 「少しの間、話し合う時間を頂けませんか?」

 

 

 「…………普通なら、そんなこと許す敵はいませんが……いいでしょう。今回だけ特別ですよ」

 

 

 「ありがとうございます!皆、ちょっと集まって!」

 

 

 エジタスからの許可を貰い、集まり話し合う四人。

 

 

 「…………それは、本当なのか?わざと、って可能性もあるんじゃないか?」

 

 

 「確かにあるかもしれない。でも、賭けてみる価値はあると思う」

 

 

 「…………オラはマオぢゃんの話に乗るだ」

 

 

 「私もです」

 

 

 「……このままやっても勝ち目はないか。分かった、俺も乗るぞ」

 

 

 「皆……それじゃあまず、フォルスさんが…………」

 

 

 四人が作戦会議をしている間、エジタスは静かに待っていた。

 

 

 「(マオさん、あなた達は強い。しかしそれは個人の強さであって、パーティー的な強さではない。強すぎる力は、合わせようとすると反発してしまう。そこをどうやって調和させるかが、パーティーに必要な事……まぁ、そこまでは教える気は無いですけどね~)」

 

 

 するとエジタスの方に顔を向け、四人それぞれが離れて、距離を取り合う。

 

 

 「作戦会議は終了しましたか?では、再開しましょう。(あまり長引かせると、退屈してしまいますからね。そろそろ、決着をつけましょう)」

 

 

 エジタスは先程と同じ、フォルスへと駆け寄る。

 

 

 「(まずはベテランであるフォルスさんから、片付けます)」

 

 

 フォルスの腹を蹴り飛ばす。

 

 

 「ぐっ…………掛かったな!」

 

 

 フォルスは崩れた体制から素早く弓を構え、矢を放った。

 

 

 「(近距離射撃!?あの体制から放つとは凄まじい集中力の持ち主ですね~ですが……)」

 

 

 エジタスは指をパチンと鳴らし、フォルスから少し離れた位置に転移する。

 

 

 「残念でしたね~もう少し早かった「今だ!リーマ!」ら……?」

 

 

 フォルスの目線の先にリーマが立っていた。息を大きく吸い込む。そして……

 

 

 「…………きゃあああああ!!!」

 

 

 悲鳴をあげたかと思うと、物凄い衝撃波が飛んできた。

 

 

 「(こ、これは音魔法!?)」

 

 

 エジタスは衝撃波に吹っ飛ばされる。そしてその先には真緒とハナコの二人が立っていた。

 

 

 「「…………」」

 

 

 二人は先程の作戦会議を思い出す。

 

 

 

***

 

 

 

 

 師匠の“転移”には欠点があるかもしれない。

 

 

 どういう事だ?

 

 

 何で、そう思うんだぁ?

 

 

 リーマの所に転移した後に、ハナちゃんが熊の一撃を使おうとしたけど、手首を掴まれて防がれちゃったよね。あの時、どうして転移で避けなかったんだろう?その方が安全なのに…………。

 

 

 

 それは単に使うまでもなかったのではないですか?

 

 

 その可能性もある。だけど、私はこう考えている。使わなかったのではなく、使えなかったのだとしたら?

 

 

 それってつまり……!?

 

 

 師匠の転移は連続して使用できないんだと思う。

 

 

 だがそれは、本当なのか?わざと、って可能性もあるんじゃないか?

 

 

確かにあるかもしれない。でも、賭けてみる価値はあると思う

 

 

 …………オラはマオぢゃんの話に乗るだ

 

 

 私もです

 

 

 

 ……このままやっても勝ち目はないか。分かった、俺も乗るぞ

 

 

 皆……それじゃあまず、フォルスさんが…………

 

 

 

***

 

 

 「準備はいい?」

 

 

 「勿論だぁ」

 

 

 吹っ飛ばされて来るエジタスに二人は全力のスキルで迎え撃つ。

 

 

 「ま、参りました!私の負けです!だから、ちょっ、ちょっと待ってくださ……」

 

 

 エジタスの降参は届かない。

 

 

 「スキル“ロストブレイク”!」

 

 

 「スキル“熊の一撃”!」

 

 

 「ぎぃやああああーーー!!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「お見事です。まさか、負けてしまうとは思いませんでしたよ。遂に師匠を越えましたね」

 

 

 エジタス VS 真緒パーティー、勝者は真緒パーティーに決まった。

 

 

 「そんなことありませんよ。師匠は本気じゃなかったんでしょ?その証拠に一度も圧縮を使って来なかったんですから……」

 

 

 「私を買い被りすぎですよ。圧縮を使わなかったのは致命的な欠点があるからです」

 

 

 「えっ、それってどういう……」

 

 

 「圧縮の対象は、使用者の身長の二分の一、以下でなければならないんですよ」

 

 

 「そうだったんですか!?」

 

 

 「私の身長が約170センチなので、最高で85センチ以下にしか使用できないんですよね」

 

 

 「そんな欠点があるなんて……」

 

 

 最強と思われていた圧縮の、意外な欠点に驚く真緒達四人。

 

 

 「さて、約束通り今日から私は、マオさんのパーティーの一員です。よろしくお願いしますね」

 

 

 「ありがとうございます師匠!」

 

 

 「これがら、よろじぐお願いしますだぁ」

 

 

 「とても心強いです」

 

 

 「供に頑張りましょうぞ」

 

 

 真緒達からの歓迎を受けて、エジタスは言う。

 

 

 「では皆さん、私達の旅を始めましょう!!…………と言いたいとこですが、まだやることがあります」

 

 

 エジタスは真緒を見つめる。

 

 

 「それは服の新調です」

 

 

 「え、私ですか?」

 

 

 一瞬、自分が言われているとは思わなかった真緒。

 

 

 「マオさん、正直言って……あなたの服はかなり変ですよ」

 

 

 「そ、そんな……」

 

 

 忘れているかも知れないが、真緒は元の世界では高校生だったため、学生服のままである。

 

 

 「皆、何も言ってくれなかったですよね?」

 

 

 「いや、他人の服のセンスにあれこれ言うのは失礼かなって……」

 

 

 「オラは服の事はよぐ分がっでながっだがら……」

 

 

 「とても個性的な服だなと思っていました」

 

 

 「皆……酷いですよー、もぉー」

 

 

 「「「「ははははは」」」」

 

 

 真緒を除く、四人が笑った。

 

 

 「ですので、マオさんの服を新調しに防具屋へ行きましょう~」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カルド城内。愛子と舞子、聖一は困っていた。

 

 

 「ああ~もう、何なのよ!」

 

 

 「まさか、学生服が変だなんてね」

 

 

 「何も言われなかったから、変だとは思わなかったよね」

 

 

 「申し訳ありません。もっと早くお伝え出来てればよかったのですが……」

 

 

 シーリャが聖一達に頭を下げる。

 

 

 「いえ、いいんですよ。今からでも遅くはないでしょう。確か、防具屋でしたよね?」

 

 

 「はい、城下町にありますのでご利用ください。こちらがお金になります」

 

 

 「ありがとうございます。それでは行ってきます」

 

 

 聖一達は防具屋へと向かった。




この勝負、真緒達の大勝利!!
こんなに早く師匠を越えてしまうとは……。
だが、真緒達の旅はまだ始まってすらいないのだ。
という所で今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、それとお気に入りもよろしくお願いします。


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防具屋

 カルド王国城下町。学生服の代わりになる服を新調しに、防具屋へと足を運ぶ真緒達。

 

 

 「ここです」

 

 

 「ここが…………」

 

 

 そこは、前の武器屋と比較すると綺麗で、徹底的に整備された備品の数々は磨かれて輝いていた。武器屋との差は歴然であった。

 

 

 「さぁ、入りましょうか」

 

 

 エジタス達が入ると、七三分けの店主が出迎えた。

 

 

 「いらっしゃいませ。本日は当店にお越しくださり、誠にありがとうございます」

 

 

 七三分けの男は丁寧な口調で対応してくる。

 

 

 「少し、店内を見させてもらっても、よろしいですか?」

 

 

 「勿論ですとも、ご用の際は何なりとお申し付けください」

 

 

 七三分けの男は、店の主人というより、何処かに仕える執事のような立ち振舞いで奥の方へと引っ込んだ。

 

 

 「では、マオさんに合った服を探しましょう」

 

 

 「「「「おおー!」」」」

 

 

 エジタスと真緒達四人は、それぞれが似合うと思う服を選んでいく。

 

 

 「マオぢゃん、ごれなんでいいんじゃねぇが?」

 

 

 ハナコが選んだのは、ガッチガチに守られた全身鎧だった。

 

 

 「うーん、それだと動きにくいし、何より脱ぐ時が大変そう……」

 

 

 「ぞっがー、なら他のを探じで来るだ」

 

 

 「うん、ありがとう」

 

 

 ハナコが他の服を探すため離れると、今度はリーマがやって来る。

 

 

 「マオさん、これなんてどう?」

 

 

 「ん、どれどれ?」

 

 

 リーマが選んだのは鎖帷子の鎧だった。

 

 

 「動きやすくていいけど、ちょっと防御面が心配だね……」

 

 

 「そうですか……分かりました。他にも何か無いか探して来ます」

 

 

 「うん、ありがとう」

 

 

 リーマが他の服を探すため離れると、今度はフォルスがやって来る。

 

 

 「マオ、これなんてどうだ?」

 

 

 「ん?」

 

 

 フォルスが選んだのは布一枚の褌だった。

 

 

 「これって褌じゃないですか!?着られる訳ないじゃないですか!」

 

 

 「そうなのか?服なんてどれも同じだろ」

 

 

 「それはフォルスさんだから、言えるんですよ!」

 

 

 鳥人は基本、羽毛で全身覆われているので服は着ない。着るとしたら雄なら股の部分。雌なら胸も一緒に布で隠すだけである。

 

 

 「そうか……なら他の物を探してくる」

 

 

 「そうしてください!」

 

 

 フォルスが他の服を探すため離れると、真緒は色々な意味で疲れてしまいため息が出る。

 

 

 「はぁ~……」

 

 

 「マ~オさん」

 

 

 「あ、師匠」

 

 

 気がつくとエジタスが横に立っていた。

 

 

 「良いのは見つかりましたか?」

 

 

 「いえ、それが全然……」

 

 

 「そうでしたか~それなら、これなんてどうでしょう?」

 

 

 そう言うとエジタスが取り出したのは、オーバーオールに腕と足の部分に綿を詰めたような膨らみのある服、と見たことあるデザインだった。それもそのはずこれは……

 

 

 「師匠…… これって」

 

 

 「はい、私の服と同じやつです」

 

 

 「何処に売ってたんですか?」

 

 

 「いえ、これは非売品です。なぜなら、私の私物ですから!」

 

 

 「そうなんですか……」

 

 

 「どうですか?気に入りましたか?」

 

 

 しばらく見つめる真緒は、中々いいかもしれないと思う。しかし……。

 

 

 「(ん、ちょっと待って……私物ってことは、これは師匠が着用していた服!?お、落ち着くのよ私!そんな汚いとかそういうのじゃなくて、だからこそ良いとかでもなく、ええっと…………)」

 

 

 考えている内に、どんどん顔は赤く染まっていき、思考能力が低下した。

 

 

 「あ、あのやっぱりいいです。私には早すぎるかと……」

 

 

 「そうですか~残念です。では私は他の服を探してきますね」

 

 

 「は、はい……ありがとうございます」

 

 

 真緒は赤く染まった顔を、必死に隠そうと俯いたまま、エジタスを見送った。それから、数分後…………

 

 

       ガチャ

 

 店のドアが開く音が聞こえた。

 

 

 「あーもう最悪、何で制服が認められないのよ!!」

 

 

 「ほんとよねー」

 

 

 「この世界には制服という概念が、存在しないんだから、仕方がないよ」

 

 

 聞き覚えのある声。忘れようにも忘れられない、忌まわしい過去が甦る。

 

 

 「いらっしゃいませ、本日は当店にお越しくださり、誠にありがとうございます」

 

 

 店の主人が奥から出てきて対応する。

 

 

 「嘘!?まじで?やっば!七三分けじゃん!今時そんなダサい髪型にするやついるんだ~」

 

 

 「笑える」

 

 

 「二人とも失礼だろう……すみません、不快な思いをさせてしまって」

 

 

 「おきになさらず、自由に店内をご覧ください。ご用の際は何なりとお申し付けください」

 

 

 そう言うと店の主人は奥へと入っていた。

 

 

 「聖一さん、どんな服が似合うか一緒に選んでください!」

 

 

 「あ、私も!」

 

 

 「分かったから二人とも、もう少し静かにしようね」

 

 

 「「はーい!」」

 

 

 返事だけでもうるさい、愛子と舞子。あの二人だけには、今ここにいることはバレたくない。何とかやり過ごそうと身を潜める。

 

 

 「マオぢゃーん、ごんなのはどうだぁ?」

 

 

 「マオさん、こっちなんかもいいよ」

 

 

 しかし、悲しいことに仲間達は、そんなことお構いなしに、話しかけてきてしまった。

 

 

 「真緒だって…………?」

 

 

 案の定、愛子と舞子はこちらに気づいた。

 

 

 「真緒ーー!!!」

 

 

 その中でも愛子は真緒を見るなり、杖を取り出して、魔法を唱えようとする。

 

 

「…………くっ!」

 

 

 「いきなり魔法を放とうとするなんて、どういう了見だ?」

 

 

 「フォルスさん!」

 

 

 その直前で異変に気づいたフォルスが、愛子の杖を持つ手首を、掴んでいた。

 

 

 「愛子!」

 

 

 「離しなさいよ、この鳥ヤロー!」

 

 

 「へぇ、俺を見ても驚かないんだな」

 

 

 「ああ、僕達は事前にシーリャ…………王女様から、この世界に住む種族について、教えてもらっていたからね」

 

 

 緊迫した状況の中、聖一は冷静に対処しようとする。

 

 

 「愛子さん、舞子さん、一旦落ち着いて、ここは店の中だよ。こんなところで暴れたら迷惑だろ」

 

 

 「…………ふん!」

 

 

 愛子はフォルスの拘束を振りほどいた。

 

 

 「今回は聖一さんに免じて許してあげる。でも、今度会ったときは只じゃおかないから……行くよ舞子!他の店で服を探すよ!」

 

 

 「あ、待ってよ愛子。聖一さん行きましょう」

 

 

 「先に行っててくれ、僕は少し話をしてから行くから……」

 

 

 出ていった愛子を追いかける舞子。そして、その場に残った聖一。

 

 

 「真緒さん、さっきは二人が悪いことをしたね。僕の方から謝らせてほしい、本当にすまなかった。」

 

 

 聖一は頭を下げて真緒に謝った。

 

 

 「聖一さんが悪い訳じゃありませんから、別に大丈夫ですよ」

 

 

 「いや、この前の出来事の後、二人を問い詰めたら、あの財布を盗んだのは誤解だということが分かった。勘違いしてしまった僕にも責任がある。本当にすまなかった」

 

 

 再び、頭を下げる聖一。

 

 

 「分かりましたから、頭を上げてください」

 

 

 「ありがとう、それで話は換わるんだけど……この前の出来事から薄々感じていたが、真緒さん。君は強くなっているね?」

 

 

 「どうして分かったんですか!?」

 

 

 「何となくかな?それで本題なんだけど、僕達の仲間にならないか?」

 

 

 「!!!」

 

 

 いきなりの勧誘。真緒自身、理解が追い付かない。

 

 

 「元の世界の人同士、一緒に行動してた方がいいと思うけど、君さえ良ければどうだろう?」

 

 

 「…………お断りします」

 

 

 きっぱりと否定する真緒。

 

 

 「理由を聞いてもいいかい?」

 

 

 「私にはもう、誰よりも信頼できる、仲間がいるからです。」

 

 

 聖一は辺りにいる真緒の仲間達を見回す。

 

 

 「……そっか、いい仲間を持ったんだね。なら仕方ない、素直に諦めるとするよ。それじゃあ真緒さん、またどこかでお会いしましょう」

 

 

 聖一は出ていった。その瞬間、真緒は体に残っていた緊張やストレスで膝をついてしまった。

 

 

 「マオぢゃん!」

 

 

 「マオさん!」

 

 

 「マオ!」

 

 

 「大丈夫ですか~?」

 

 

 駆け寄る仲間達。

 

 

 「大丈夫、少し疲れただけだから……少し休めば治る筈だよ。それよりみんな早く、服を選んでほしいかなっ」

 

 

 「…………分かった」

 

 

 四人はマオの体調を気にしつつ、服選びに専念した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 「本当にそれでいいんですか?」

 

 

 「はい、これがいいです。皆が選んでくれた、この服を大切にします」

 

 

 四人は真緒が体調を崩してから、一緒に話し合うようになり、全員で一つの服を選ぶことにした。三人が選んだのは魔物の素材で造られ、全身が鱗で形成された代物。軽くて丈夫、そんな鎧だった。

 

 

 「ぞう言っでもらえると、嬉しいだぁ」

 

 

 「選んだかいがあったな」

 

 

 

 「とても似合っていますよ」

 

 

 「皆……ありがとう」

 

 

 各々が真緒の新しい服を褒めていると、パン!、とエジタスが両手を合わせる。

 

 

 「それでは、マオさんの服も決まりましたので、早速出掛けたいところですが、今日はもう遅いです。出発は明日、時刻は早朝、場所はあの草原にしましょう。それまで各自で旅の準備を整えてください。じゃあ、解散!」

 

 

 エジタスの言葉である者はポーションの店へと向かい、ある者は自宅へと向かい、ある者達は宿屋に向かった。そして、一人残されたエジタスは…………。

 

 

 「では、そろそろ私も戻るとしましょうかね」

 

 

 パチン、と指を鳴らし、魔王城へと向かった。




次回は久し振りに魔王軍サイドに戻ります。


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旅立ち

これで第二章は終わり。


 魔王城玉座の間。エジタスが転移”で一瞬で戻ってくると、そこにはサタニアを初めとしてクロウト、四天王の三人が出迎えてくれた。

 

 

 「エジタスー!!」

 

 

 サタニアは嬉しさのあまり、玉座から跳び降りて、エジタスに抱きついた。

 

 

 「サタニアさん、お久しぶりですね~」

 

 

 「本当だよ、偵察しに行ってから全然、帰って来ないから心配してたんだよ!」

 

 

 「すみませんね~ご迷惑をお掛けしてしまって…………」

 

 

 エジタスが謝罪すると、シーラが鼻を鳴らした。

 

 

 「ふん!私は別に貴様が帰って来なくても、構わなかったんだがな」

 

 

 「あら?そんなこと言って、一番心配していたのはシーラちゃんじゃない。心配しすぎて人間の国に乗り込もうとして……「アルシアさん!」」

 

 

 「おほほほほほ、照れなくてもいいじゃな~い」

 

 

 事実を言われ、大声で叫ぶシーラを宥めるアルシア。すると、クロウトが話を進めた。

 

 

 「……それで、何か収穫はあったのでしょうか?」

 

 

 「ふふふ、実はですね~……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「僕は反対だよ!」

 

 

 エジタスがこれまでの経緯を話す中で、真緒達と供に旅することになったと話すと、サタニアは強く否定した。

 

 

 「サタニア様、落ち着いてください」

 

 

 「だって、供に旅するってことは、これまで以上にエジタスに会えないんでしょ?そんなの嫌だよ!」

 

 

 「しかしですね~、約束してしまいましたので……」

 

 

 「大体、何でそんな約束しちゃうの?エジタスは四天王なんだよ!断るのが普通でしょ!」

 

 

 「いや~、一度は断ったのですが……。あまりの熱意に圧されてしまいました」

 

 

 「第一、そのマオって人は、僕達を倒すのが目的ではないんでしょ?だったら、エジタスが関わらなくてもいいじゃないか!」

 

 

 次々とサタニアの全否定する言葉が、飛んでくる。涙目になりながら、必死に行かないように説得する。

 

 

 「……でも、エジタスちゃんはその子が一番、魔王ちゃんを倒せる可能性を秘めていると、考えているのよね?」

 

 

 「は~い、その通りです」

 

 

 「それなら、こういうのはどう?そのマオちゃんが、魔王ちゃんの脅威になるかどうか、見極めるために旅のお供として同行するの」

 

 

 「アルシア!さっきから言ってるけど、僕はエジタスが行くのが反対なの!」

 

 

 アルシアの提案に即座に反対の意思を示すサタニア。

 

 

 「話は最後まで聞いてちょうだい…………そして、その調査報告をしてもらうため、エジタスちゃんには定期的に、魔王城まで戻ってきてほしいのよ」

 

 

 「成る程、そいつらのスパイをしろってことだな!」

 

 

 「その通りよ、シーラちゃん。どうかしら?これなら二人とも、納得してもらえたんじゃない?」

 

 

 アルシアの提案は、両者の願いを叶える最良案であった。サタニアは無言で再び、エジタスに抱きつく。

 

 

 「…………エジタス、ちゃんと戻ってきてよ?」

 

 

 「勿論ですとも、一ヶ月に一度は必ず帰るようにしますよ」

 

 

 「…………間……」

 

 

 「え?」

 

 

 「一週間に一度にして…………」

 

 

 サタニアはエジタスの服を強く握り締める。

 

 

 「……分かりました。一週間に一度、必ず帰って来ますね」

 

 

 「うん!」

 

 

 サタニアの目は涙で腫れていたが、笑顔であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「それじゃあ、行ってきますね」

 

 

 魔王城場外。またあの時と同じメンバーが、見送りに来ていた。

 

 

 「エジタスちゃん、あっちでも頑張ってね」

 

 

 「はい、応援しててください」

 

 

 「軟弱な貴様だ、すぐ根をあげて戻ってくるだろうな」

 

 

 「大丈夫ですよ、こう見えて我慢強いですから」

 

 

 「…………そうか」

 

 

 「センセイ、ドウカゴブジデ」

 

 

 「心配してくださり、ありがとうございます」

 

 

 

 「いいですか、くれぐれも四天王だとバレないように行動してください」

 

 

「分かりました。肝に命じておきます」

 

 

 「エジタス殿のご活躍を楽しみにしています」

 

 

 「青毛の奴と同じ意見です」

 

 

 「お二人とも二度目のお見送り、感謝感激です。…………それでは言って参ります」

 

 

 エジタスが“転移”を発動させようとすると…………。

 

 

 「エジタス!」

 

 

 「?」

 

 

 サタニアの声に反応するエジタス。

 

 

 「行ってらっしゃい!」

 

 

 「行ってきます!」

 

 

 エジタスは、パチンと指を鳴らして、カルド王国へと向かった。

 

 

 「行っちゃったわね…………」

 

 

 「うん……」

 

 

 感傷に浸っていると、クロウトが渇を入れる。

 

 

 「はいはい、それでは皆さんそれぞれの持ち場に戻ってください!」

 

 

 クロウトの言葉で全員が戻る中……。

 

 

 「あ、クロウトは先に行ってて、僕はちょっとアルシアと二人きりで話があるから…………」

 

 

 「そうですか?では先に戻っています」

 

 

 少し気になったが、深くは尋ねずクロウトは城の中へと戻った。

 

 

 「…………それで魔王ちゃん、話ってなんなの?」

 

 

 サタニアとアルシア、二人だけの空間。何か思い詰めた表情をするサタニアが口を開いた。

 

 

 「アルシア…………僕、病気かもしれない」

 

 

 「え!?」

 

 

 いきなりの病気発言に驚いてしまったアルシア。しかしそれを冷静に対処出来てこその魔王の手足だ。

 

 

 「何処か痛むの?」

 

 

 「うん、エジタスがマオって人と、常に一緒にいると思うと、胸が苦しくなるんだ…………」

 

 

「ん?それって…………」

 

 

 アルシアの顔がにやける。全身骨なので変わっていないのだが、そう思わせるような雰囲気が出ている。

 

 

 「あらあらあらあら…………」

 

 

 「ねぇ、アルシア。これって病気なのかな?」

 

 

 「ええ、とても深刻な病よ」

 

 

 「やっぱり…………病名、病名は何て言うの?」

 

 

 「その病の名は…………恋患いよ」

 

 

 「……ええっ!!?そ、そんな筈ないよ。だって僕、男だよ!?」

 

 

 まさかの恋患いという言葉に、顔が赤く染まっていくサタニア。

 

 

 「恋をするのに種族や年齢、性別は関係ないわ。大事なのはその人を心から愛しているかどうかよ」

 

 

 「ぼ、僕がエジタスに恋…………」

 

 

 ようやく自分の気持ちに気づいたサタニアは、高鳴る心臓を必死に抑えていた。

 

 

 「魔王ちゃんが恋ね~。…………エジタスちゃんも隅に置けないわね~」

 

 

 「僕がエジタスに恋…………」

 

 

 「そうと分かれば、話は早い。早速準備に取りかかるわよ!」

 

 

 そう言うとアルシアはサタニアの腕を引っ張っていく。

 

 

 「え、準備ってなんの?ちょ、ちょっとアルシア!?」

 

 

 そのまま、サタニアとアルシアは城の中へと戻った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カルド王国周辺の草原。エジタスが着くとそこにはまだ誰も来ていなかった。

 

 

 「おや~、私が一番乗りですか?」

 

 

 辺りを見渡すが人の気配はしないため、しばらく待つことにするエジタス。それから、数時間後……。

 

 

 「師匠~!」

 

 

 「エジダズざーん」

 

 

 真緒とハナコの二人。

 

 

 「皆さん、お待たせしました」

 

 

 リーマ。

 

 

 「遅れてすまない。少々準備に手間取ってしまった」

 

 

 フォルスの順番に集合した。

 

 

 「皆さん、よく集まってくださいました。準備はバッチリですか?」

 

 

 エジタスが聞くと、全員が頷いた。

 

 

 「私達は今後の旅に必要だと思い、水と食料を買ってきました」

 

 

 真緒とハナコの袋には大量の水と食料が、詰め込まれていた。

 

 

 

 「私はおじさんの店に戻って、いくつかポーションを頂きました」

 

 

 リーマの袋には緑色と青色のポーションが、それぞれ入っていた。

 

 

 「俺は一度家に帰って、予備の弓と矢を補充して来た」

 

 

 フォルスの袋には、弓と矢が大量に入っていた。

 

 

 「ちゃんと準備していて、安心しました~」

 

 

 「それじゃあ、いよいよ出発の時ですね!」

 

 

 ついに旅立ちの時を迎えた、真緒達五人は草原を歩き始める。

 

 

 「まだ知らぬ世界へと出発進行!」

 

 

 こうして真緒達の果てしない旅が始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オオラカ村。二人の男女が見つめ合っている。そして、男の方が静かに口を開く。

 

 

 「アメリア……どうしたら君は笑ってくれるんだ」




次回から本格的に真緒達の旅が始まる!!
果たして彼女達に待ち受ける物とは!?
では今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想とお気に入り、よろしくお願いします。


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第三章 オオラカ村と笑わない少女
ゴブリン


ここから真緒達の冒険が始まる。


 カルド王国草原地帯。天気は良好、気温も暑すぎず、寒すぎず、丁度いい。心地よい風が肌を擽る中、真緒達は世界各地を巡る旅に出た。

 

 

 「いや~、遂に私達の旅が始まるんだね」

 

 

 真緒は手足を大きく振り、元気よく歩いていた。

 

 

 「ごれがら、どんな困難が待ぢ受げでいるのが、楽じみだぁ」

 

 

 ハナコも真緒のマネをするように、手足を大きく振り、並んで歩いて行く。

 

 

 「困難が来たら駄目じゃないですか?」

 

 

 リーマは二人のすぐ後ろを、更にその後ろでは、フォルスとエジタスが一緒に歩いていた。

 

 

 「…………楽しそうだな」

 

 

 「そうですね~」

 

 

 真緒達の会話は、三時間以上前から続いている。フォルスとエジタスの二人は、真緒達のテンションに少し疲れていた。

 

 

 

 

 「フォ、フォルスさん!」

 

 

 「どうした!何かあったのか!?」

 

 

 楽しげな雰囲気だった真緒が、突如大きな声を張り上げた。一大事と判断したフォルスは素早く弓矢を抜き、駆け寄る。するとそこには…………。

 

 

 「見てください。綺麗な野花が咲いていますよ」

 

 

 「うわぁー、綺麗だなぁ」

 

 

 「本当ですね」

 

 

 「……………」

 

 

 心配するんじゃなかった。そう思うぐらい、フォルスは肩を落として弓矢を仕舞う。

 

 

 「大変ですね~……」

 

 

 「同情は要らない……」

 

 

 エジタスの下へと戻り、しばらく歩いていると…………。

 

 

 「し、師匠!」

 

 

 「どうしましたか?何かあったのですか!?」

 

 

 再び、楽しげな雰囲気だった真緒が、突如大きな声を張り上げた。これは一大事と判断したエジタスは駆け寄る。そしてそこには…………。

 

 

 「見てください、四つ葉のクローバーです」

 

 

 「オラ、初めで見だだぁ」

 

 

 「良いことが起こりそうですね」

 

 

 「…………」

 

 

 エジタスは無言のまま、フォルスの下へと戻った。

 

 

 「…………大変だな」

 

 

 「同情は要りませんよ~」

 

 

 このやり取りが数十回にも及び、だんだんと慣れてきた二人。

 

 

 「師匠!フォルスさん!」

 

 

 

 楽しげな雰囲気だった真緒が、突如大きな声を張り上げた。どうやら今度は二人を御所望のようだ。

 

 

 「今回は何を見つけたんですか~?」

 

 

 「綺麗な野花か?それとも四つ葉のクローバーか?」

 

 

 「敵です!」

 

 

 「「!!」」

 

 

 真緒の言葉と同時に、緩んでいた気持ちを引き締め、戦闘体勢に入る。

 

 

 「どうやら、既に囲まれてしまっているようです」

 

 

 「少なぐども二十人近ぐいるなぁ……

 

 

 真緒達を取り囲んでいるのは、全身が緑色で、目は黄色く光っている、腰蓑一枚のやつらだった。

 

 

 「下級魔族のゴブリンじゃないか」

 

 

 「ゴブリン?」

 

 

 真緒は知らない単語に、耳を傾ける。

 

 

 「ああ、魔族には上級魔族と下級魔族の二種類がいる。ゴブリンはその中での、下級魔族に分類される。下級は知性に乏しく、どちらかというと獣に近い」

 

 

 「へえー…………うわっ!?」

 

 

 納得していると、いきなり一匹のゴブリンが襲ってくるが、ひらりと回避して切り伏せる。

 

 

 「マオぢゃん、大丈夫だがぁ!?」

 

 

 「うん、何とか……」

 

 

 「……どうやら、話をしている場合ではな無いようですね」

 

 

 ジリジリと近づいてくるゴブリン達に、真緒は剣を構え直す。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 そこからは一方的だ。ゴブリン達が襲い掛かる度に回避し、カウンターを決めた。その中でも一際目立ったのが、真緒だった。

 

 

 「はぁあ!!」

 

 

 真緒がゴブリンを切ると、紫色のオーラが純白の剣に吸い込まれていく。

 

 

 「凄いな、敵を切っていく度に威力が増してるじゃないか」

 

 

 「えへへ、実はこの剣は切った相手のステータスを、ランダムに一つ奪って自分の物に出来るんですよ。鞘に納めると元に戻っちゃうんですけどね……」

 

 

 「成る程、つまり敵が多ければ多いほど、その真価を発揮できる訳か」

 

 

 「その通り…………ん?」

 

 

 答えに納得したフォルスを余所に、他のゴブリンとは違う見た目のゴブリンがいた。

 

 

 「ギッシャシャシャ、随分派手に殺ってくれたな~」

 

 

 「しゃ、喋った!?」

 

 

 「どういうごどだぁ!?」

 

 

 「あいつはおそらく、知性を持った魔族──上級魔族だと思います」

 

 

 少し黒っぽい肌に左手には七色に輝く玉、右手には黄金のナイフを装備していた。とても気になる外見に真緒は思わず鑑定をしてみる。

 

 

 「スキル“鑑定”」 

 

 

 

 

ハイゴブリン シーフ Lv25

 

種族 魔族

 

年齢 不明

 

性別 男

 

職業 盗賊

 

 

HP 85/85

 

MP 20/20

 

 

STR 90

 

DEX 80

 

VIT 60

 

AGI 180

 

INT 0

 

MND 20

 

LUK 30

 

 

スキル

 

シャドウスティール

 

 

 

魔法

 

なし

 

 

称号

 

略奪者

 

 

 

 

 真緒は思った、そんなに強くない。しかし、油断は禁物と武器を構える。

 

 

 「おー、オー、血の気が多いナ~。分かっタ、俺達の負けだ、降参すル」

 

 

 ハイゴブリンは右手の黄金のナイフを仕舞った。それを見た真緒は警戒心を解き、剣を鞘に納めた。

 

 

 「バカめ!引っ掛かったな!スキル“シャドウスティール”!!」

 

 

 ハイゴブリンの影から腕が伸びてきて、真緒達に迫ってきた。

 

 

 「くっ!」

 

 

 真緒は再び剣を抜いて構える。

 

 

 「狙いはオメーじゃねぇよ!」

 

 

 影の腕は真緒の目の前で急に方向を変え、リーマに襲い掛かる。

 

 

 「え?」

 

 

 「リーマ!」

 

 

 ハイゴブリンの影がリーマの影と重なる。しばらくすると、影は元に戻った。

 

 

 「リーマ大丈夫!?」

 

 

 真緒達がリーマの側に駆け寄る。

 

 

 「う、うん。何ともないよ」

 

 

 リーマの体には、傷一つ付けられてはいなかった。

 

 

 「どういうごどだぁ?」

 

 

 「何をしたんだあいつ?」

 

 

 「……スティールっていうことは、何か盗まれたんじゃないですか~?」

 

 

 エジタスの言葉で皆がハッと、顔を見合わせる。

 

 

 「何か盗まれていない!?」

 

 

 「え、ええっと、帽子はあるし、マントもある。本もずっと持っていたし…………まさか!」

 

 

 何かに気がついたのか、リーマは袋の中をチェックする。すると……。

 

 

 「ああ!やっぱりありません!おじさん達から頂いたポーションが、全部盗まれています!」

 

 

 「「「「!!」」」」

 

 

 真緒達が、ハイゴブリンの方に振り向くと、既に地平線の彼方へと走っていた。

 

 

 「ジャーな~、バカども!ギッシャシャシャ!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ご、ごめんなさい……私のせいで大事なポーションが……」

 

 

 「何言ってるんですか、あの状況じゃ仕方ないですよ」

 

 

 「マオぢゃんを狙っでるど思っでだがらねぇ」

 

 

 「お前の責任ではない。敵が一枚上手だった。それだけだ。」

 

 

 「そうですよ~落ち込んだって戻っては来ないんですから、今は先に進むことを考えましょう」

 

 

 「皆…………ありがとう!」

 

 

 皆の励ましの言葉に元気を取り戻したリーマ。

 

 

 「それにしても、あのハイゴブリン……今度会ったら絶対に逃がさない!」

 

 

 「うんだ、油断ざえじなげれば恐れる必要ばねぇ」

 

 

 「その通りだ」

 

 

 各々がハイゴブリンへの怒りに燃えていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「…………あれからしばらく歩いたが、いったい何処に行くつもりなんだ?」

 

 

 ハイゴブリンの一件から数時間後、ずっと歩きっぱなしに、フォルスが聞いた。

 

 

 「え?目的地なんかありませんよ?」

 

 

 「…………はい?」

 

 

 まさかの返答に反応が遅れた。

 

 

 「行き当たりばったりの旅なんですから、無い方が良いかなって?」

 

 

 「…………」

 

 

 あまりの計画性のない旅だと知ると、深いため息が漏れる。

 

 

 「……しょうがない、この近くに村があるはずだから、今日はそこまで歩くとしよう」

 

 

 「分かりました」

 

 

 「流石だなぁ、フォルスざん」

 

 

 「頼りになります」

 

 

 「ご足労お掛けします」

 

 

 お礼の言葉を述べる女子三人と、労いの言葉を贈る道化師を後ろに引き連れて歩いていく。

 

 

 あれからまた数時間ほど歩くと、いくつかの住居が並んでいるのが見えてきた。

 

 

 「あ、もしかしてあれがそうですか?」

 

 

 「ああ、あそこが“オオラカ村”だ」

 

 

 「…………ん?何がやっでるみだいだよ」

 

 

 「何?」

 

 

 フォルスが見ると、村の真ん中に巨大なステージと垂れ幕が飾ってあった。

 

 

 「こ、これはいったい?」

 

 

 フォルスが呆気に取られていると、ステージの上から高らかな声が聞こえてきた。

 

 

 「それでは皆様、お待たせいたしました。“第一回アメリアを笑わせましょう大会”開催でございます!!!」

 

 

 「はぁ?」




ファンタジーと言えば、やっぱりゴブリンだよね。


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オオラカ村

真緒達、初めての村を訪れる話。


 初めまして、佐藤 真緒です。この異世界に転移させられてから色々な事がありました。城から追い出され、その先で師匠に出会い、素敵な仲間達も出来ました。そんな私達は世界各地を巡る旅をしているのです。そして、今現在私達は……。

 

 

 「アメリアを笑わせたいかー!」

 

 

 「「「「「おおー!!」」」」」

 

 

 大勢の観客の声が響き渡る。その観客の中にはハナちゃんとリーマ、そして私自身も混ざっている。何故こうなったかと言うと、話は私達が村に着いた直後に遡る。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「“第一回アメリアを笑わせましょう大会”開催でございます!!」

 

 

 村に着くとそこでは、巨大なステージの上で声を張り上げる男と、その下で盛り上がっている村人達がいた。

 

 

 「こ、これはいったい……」

 

 

 「おや、あんたたち旅の人かい?」

 

 

 真緒達が呆気に取られていると、一人の村人が話し掛けてきた。

 

 

 「はえー、亜人を二人も連れてるなんて……あんたの奴隷なのかい?」

 

 

 村人は真緒の側にいた、ハナコとフォルスを見ていた。

 

 

 「いえ、違い「ああ、その通りだ」ま…………え?」

 

 

 フォルスの言葉に理解が追い付かない。真緒はフォルスを引っ張り、村人に聞こえないように小声で話す。

 

 

 「ちょっと、フォルスさん!どういうつもりですか!?」

 

 

 「どうもこうも人間は基本、魔族や俺達亜人を嫌っている。まぁ、お前のような例外もいるとして……。とにかく、仲間と言って怪しまれるより、奴隷と言う方が都合がいい」

 

 

 「オラは本当に奴隷だけどなぁ」

 

 

 二人の内緒話に参加してきたハナコ。

 

 

 「…………分かりました。そう言う事なら協力しましょう」

 

 

 「助かる」

 

 

 「あの~、どうかなさいましたか?」

 

 

 突然コソコソ会話を始めたので心配して声を掛けてきた。

 

 

 「あ、ああー、何でも無いですー、大丈夫なので、心配しないでください。そ、それより、これはいったい何をしているんですか?」

 

 

 「ああ……村長の娘さんの、笑顔を取り戻す為の大会だよ」

 

 

 「娘さん?」

 

 

 「ほら、あのステージの上にいるだろ?そんで、司会者はその子の父親」

 

 

 ステージの方を見てみると、声を張り上げている司会者の男の他に、小さな丸椅子に“チョコン”と座る少女がいた。

 

 

 「ベッピンざんだなぁ~」

 

 

 「ほんと、お人形さんみたい……」

 

 

 綺麗な紫色の長髪に黒色の瞳、そして何より全く微動だにしない顔。一点を見つめるその姿はまさに人形を思わせる。

 

 

 「いつからだったかな~、昔はよく笑う子だったんだよ」

 

 

 「そうなんですか?」

 

 

 「ああ、だがある日母親が病に倒れて、そのまま亡くなってしまったんだ……」

 

 

 「…………それが原因で、笑わなくなったんですね」

 

 

 当然の理由だ。大切な母親を無くした辛さを、真緒は身を持って知っている。

 

 

 「いや、母親が亡くなってもよく笑ってたよ」

 

 

 「え!?」

 

 

 予想外の展開に驚きを隠せない。

 

 

 「亡くなる直前に“笑顔の素敵な女性になってね”って言ったらしく、本当によく笑う子だったよ」

 

 

 「じゃあ、どうして……?」

 

 

 「分からない……あの子に笑顔が無くなったのは、母親が亡くなってから一ヶ月たった頃だ。気づいた時には、もうあんな感じになっていたんだ」

 

 

 「そうだったんですか……でも、それならどうして、大会なんて開いているんですか?」

 

 

 「ああ、それは村長がもう自分の力では、娘を笑わせる事は出来ない。それだったら、笑わせるのに自信がある人を集めようって思いついてね」

 

 

 色々と明らかになっていく、この大会の目的。真緒達が話を聞いてると……。

 

 

 「さぁ!盛り上がってきたところで、大会の優勝商品の発表です!!」

 

 

 「優勝商品?」

 

 

 「やっばり、ぞういうのも出るんだなぁ」

 

 

 「いったい何でしょうか?」

 

 

 「気になるところではあるな……」

 

 

 「そうですね~」

 

 

 するとステージ上に、見覚えのある村人が両手に何かを乗せて、上がって来た。

 

 

 「あれ、あそこにいる人。あなたに凄く似ていますね…………ってあれ?」

 

 

 振り返ると、そこには村人の姿はなかった。

 

 

 「いつの間に……」

 

 

 先程の説明をしてくれた村人は、ステージの上で村長に、優勝商品を手渡していた。

 

 

 「こちらになります」

 

 

 「ありがとう…………。こちらが大会の優勝商品“アーメイデの魔導書”の引きちぎられたページです!!」

 

 

 司会者……もとい、村長は一枚の破れてシワシワの紙を高く上げて、遠くの人にも見えやすくした。

 

 

 「ええー!何だよ、只の紙かよ!?」

 

 

 「期待して損した」

 

 

 優勝商品が分かった途端、村人の大半が不満の声をあげる。しかし、真緒達は違った。

 

 

 「え!?アーメイデって確か……」

 

 

 「師匠の形見……」

 

 

 そう、リーマの旅の目的の一つである師匠の形見の、引きちぎられたページが優勝商品であった。

 

 

 「マオさん!この大会に出ましょう!!」

 

 

 「…………」

 

 

 「私どうしても、あのページが欲しいです。師匠が叶えられなかった夢を私が「リーマ」…………」

 

 

 続けて言おうとするが、真緒に遮られた。

 

 

 「そんなこと言わなくても、最初から参加するつもりだよ」

 

 

 「え?」

 

 

 「だって、大切な仲間の目的の一つがここにあるんだから、何よりも最優先するのは当然だよ!」

 

 

 「マオさん……」

 

 

 「そんだぁ、困っだ時ばお互い様でねぇか」

 

 

 「ハナコさん……」

 

 

 「俺達はパーティーなんだ、頼み事なんて水臭いじゃないか」

 

 

 「フォルスさん……」

 

 

 「一人は皆の為に、皆は一人の為に、皆で支え合いましょう~」

 

 

 「エジタスさん……」

 

 

 嬉しい。仲間がいる事がこんなにも、嬉しいなんて……。言わなくても、通じ合っている。リーマはこの時ようやく、仲間の素晴らしさに気がついた。

 

 

 「さぁ!リーマの為にも、あの子を笑わせて優勝するぞ!」

 

 

 「「「「おおー!!」」」」

 

 

 こうして私達はこの“第一回アメリアを笑わせましょう大会”に出場することになった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「それではルールをご説明します!」

 

 

 司会者が大会の基本的なルールを説明する。

 

 

 「まず、挑戦者の方は一人ずつステージの上に上がってもらいます。」

 

 

 そう言う司会者の指差した方向には、ステージに上がるための階段があった。

 

 

 「次に挑戦権は、一人一回までとさせてください。そうでなければ、私共も終わる事が出来ません。さらに、制限時間は“一分”とさせてください。いつまでも、だらだらやられてしまうと、他の挑戦者の邪魔になります。ご注意を……」

 

 

 「一人一回に制限時間は一分……」

 

 

 「厳しいですね~」

 

 

 「それでも……やるしかありません!」

 

 

 

 リーマの言葉に全員が頷く。

 

 

 「さぁー!最初の挑戦者は誰かな?」

 

 

 「俺から行かせて貰おうか?」

 

 

 するとステージに上がったのは、筋肉隆々のたくましい肉体の持ち主だった。

 

 

 「へへへ……」

 

 

 男は片手を拳にしてもう片方の手で掴み、バキボキと鳴らす。反対側も同じように鳴らした。

 

 

 「それでは一分間、始め!」

 

 

 「…………ミィヤァァオ」

 

 

 「ブフゥ!?」

 

 

 筋肉隆々の男からは考えられないほどの高音質な声、思わず吹き出してしまった真緒。それに感化されるように周りの人達も笑い始める。そして、肝心のアメリアはというと…………。

 

 

 「…………」

 

 

 無反応。微動だにしない顔に、筋肉の男も戸惑いが見え始める。

 

 

 「……に、ニィヤァァオ」

 

 

 再び、高音質な猫撫で声を発するも、アメリアは眉一つ動かさない。

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 「そ、そんなこの俺が……」

 

 

 男は重い足取りで、ステージから降りてきた。

 

 

 「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「これは厳しいかもしれない……」

 

 

 真緒の呟いた言葉は核心を突いていた。




筋肉高音質男。
当時は意識していなかったけど、改めて見返すとどう考えてもピーカなんだよな……。


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アメリア

お笑いと聞いたら、皆さんは誰を思い浮かべますか?
私は真っ先にNON STYLEの方々を思い浮かべます。


 「次は私が行かせてもらいましょう」

 

 

 続いての挑戦者は、少し痩せ形の男だった。

 

 

 「制限時間は一分、それでは……始め!」

 

 

 「鶏のモノマネ……コココココ、コケ、コケ、コケコッコー!」

 

 

 「あっははははは!」

 

 

 痩せ形の男の鶏の鳴き真似と動きに思わず笑ってしまったハナコ。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 これまた微動だにしない。男は必死に鶏の真似をするが、笑うことはなかった。

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 男は肩を落としながら、ステージを降りた。

 

 

 「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「はーい、わたしやるー」

 

 

 そう言って、元気よく手を挙げたのは、アメリアと同じくらいの女の子だった。

 

 

 「制限時間は一分、それでは……始め!」

 

 

 「いくよー、にぃらめっこしましょう。わーらうとまけよ、あっぷっぷ!」

 

 

 口一杯に空気を溜め込み、変顔をする。しかし、それは面白いというより、微笑ましい光景だった。

 

 

 「ふふ」

 

 

 思わず笑みが零れてしまったフォルス。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 微動だにしない。瞬きすらない真顔だった。

 

 

 「んー、ぷぁ!はぁ、はぁ、もうだめー息が続かない」

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 「にらめっこすごいつよいね、またこんどあそぼ!じゃあね、ばいばい!」

 

 

 大きく手を振って、ステージを降りた。

 

 

 

「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「はい、私がやります」

 

 

 ついに真緒が動きを見せた。

 

 

 「まず、私が行ってみるよ」

 

 

 「マオぢゃん、頑張っでなぁ」

 

 

 「応援しています」

 

 

 「お前なら出来る」

 

 

 「リラックスですよ~」

 

 

 真緒は皆に背を向けて、ステージへと上がっていった。

 

 

 「制限時間は一分、それでは……始め!」

 

 

 「……ふとんがふっとんだ!」

 

 

 「「「「「え?」」」」」

 

 

 真緒の言葉に仲間達だけじゃなく、司会者や観客も含め、全員が呆気に取られた。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 勿論、笑ってはいない。どっちかと言うと戸惑っている顔をしていた。この時、初めてアメリアの表情が変わった。

 

 

 「え、ええっと、このイクラ、いくら?ウメはうめぇ、アルミ缶の上にあるみかん、トイレにいっといれ、ええっとそれから……」

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 「ああ、ちょっと待って、ここまで出ているんだけど……」

 

 

 真緒は首もとを手で示すが、強制的にステージから降ろされてしまった。

 

 

 「皆、ごめん……」

 

 

 「い、いや、全然気にじでいないだよ」

 

 

 「そうですよ、上手くいかない時だってありますよ」

 

 

 「相手が強かった。それだけだ」

 

 

 「そうですよ~、そんな深く考えてはいけませんよ」

 

 

 同情。完全なる同情、しかし真緒はそれに気づかない。

 

 

 「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「今度はオラが行くだ!」

 

 

 「ハナちゃん、頑張って」

 

 

 「ハナコさん、ファイト!」

 

 

 「お前なら出来る」

 

 

 「リラックスですよ~」

 

 

 ハナコは皆に背を向けて、ステージへと上がっていった。

 

 

 「制限時間は一分、それでは……始め!」

 

 

 「……ぞ~ら、コチョコチョコチョ」

 

 

 ハナコはアメリアの脇腹を擽った。

 

 

 「成る程、その手がありましたか!」

 

 

 「強制的に笑わせるんですね」

 

 

 「いけるぞ!」

 

 

 「頑張ってくださ~い」

 

 

 ハナコの熊の手を利用して、爪の先で絶妙に擽っていく。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 「な、なんだと!?」

 

 

 「そんな……」

 

 

 笑わない。眉一つ動かさないその顔からは、擽ったいという感情は、微塵も感じられなかった。

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 「ぞ、ぞんなー……」

 

 

 ハナコは落ち込んだ表情をしながら、ステージを降りた。

 

 

 「ごめん、皆……」

 

 

 「何言ってるの、あれで笑わなかったんだから、仕方ないよ」

 

 

 「気にすることありません」

 

 

 「よく頑張ったな」

 

 

 「そうですよ~、そんなに落ち込まなくてもいいんですよ」

 

 

 皆の励ましの言葉に、元気付けられるハナコ。

 

 

 「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「では、そろそろあの子に笑顔を届けましょうかね~」

 

 

 「ついに、師匠の出番ですね!」

 

 

 「エジタスざん、頑張っでぐだざい」

 

 

 「エジタスさんならきっと、あの子を笑顔に出来ます」

 

 

 「頼りにしてるぞ」

 

 

 エジタスは皆に背を向けて、ステージへと上がっていった。

 

 

 「制限時間は一分、それでは……始め!」

 

 

 「いいですか、笑顔は何も面白いことをして、笑わせるだけではありません…………ほい!」

 

 

 エジタスは数本のナイフを出現させて、手で回し始める。さらにバランスを取りながら、片足だけで立つ。

 

 

 「ほい、ほい、ほほい」

 

 

 「す、凄いです師匠!」

 

 

 「ガッゴいいなぁ~」

 

 

 「自然に笑みを出させるんですね」

 

 

 

 「今度こそいけるぞ!」

 

 

 エジタスはそこから、ナイフを背面で回し始める。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 「そ、そんな……」

 

 

 微動だにしない。相変わらず、無表情のままだ。

 

 

 「はい、時間切れです。残念でしたね、お疲れさまでした」

 

 

 「…………」

 

 

 エジタスはステージを降りる間際、見逃さなかった。アメリアの膝が赤くなっていたのを……。

 

 

 「…………」

 

 

 「お疲れさまでした師匠」

 

 

 「オラも失敗しでるがら、落ぢ込まなぐでも大丈夫だ」

 

 

 「私の為にわざわざ、ありがとうございます」

 

 

 「あんたはよく頑張ったよ」

 

 

 皆の励ましの言葉の中、エジタスは何かを考えていた。

 

 

 「さぁ!続いての挑戦者は誰ですか?」

 

 

 「……よし、今度は俺が行「ちょっと待ってください」こう……」

 

 

 フォルスが行こうとすると、エジタスが止めた。

 

 

 「もう、行く必要はありませんよ」

 

 

 「え、どういうことですか?」

 

 

 「おそらく、どんな事をしてもあの子は笑わない……いや、笑いを堪えるでしょう」

 

 

 「堪える?どういう意味ですか?」

 

 

 「ステージを降りる際に、見てしまったのですが、あの子の膝に何回もつねった跡がありました。それは、笑いを我慢した為ではないでしょうか?」

 

 

 「何故、そんなことを?」

 

 

 「それは、大会が終わった後聞きに行くとしましょう」

 

 

 結局、あれからアメリアが笑う事は無かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 大会終了後、真緒達は村長の家の前まで来ていた。

 

 

 「ここが、村長さんの家ですか……。」

 

 

 「行くぞ」

 

 

 フォルスの言葉を機に真緒は、玄関のドアをノックした。

 

 

 「は~いどちら様?」

 

 

 先程の司会者とは思えないほど、冴えない顔をした男が出てきた。

 

 

 「あれ、あなた達は確か大会挑戦者の……」

 

 

 「はい、佐藤 真緒です」

 

 

 「オラはハナコ」

 

 

 「私はリーマと言います」

 

 

 「フォルスだ」

 

 

 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 

 

 一人だけ異様に目立つ存在がいるが、深くは考えず、話を進める村長。

 

 

 「ご丁寧にどうも、それでどう言ったご用件でしょうか?」

 

 

 「実は……」

 

 

 真緒達は村に着いた時から、ここまでの事を説明した。

 

 

 「……どうぞ、中へ」

 

 

 村長はしばらく黙って聞いた後、真緒達を招き入れた。

 

 

 「お邪魔します」

 

 

 中はかなり質素で、これといって特徴的な物はなかった。

 

 

 「まぁ、そこら辺に座っててください」

 

 

 そう言うと、村長は何処かに行ってしまう。真緒達は村長の言葉に従い、座った。

 

 

 「お待たせしました。こちらが“アーメイデの魔導書”の引きちぎられたページです」

 

 

 村長が戻ってくると、シワシワになっている紙を差し出してきた。

 

 

 「え、村長さん?いったい……」

 

 

 「こちらは皆様に差し上げます」

 

 

 「ええ!?どうしてですか?」

 

 

 「大事な物でばねぇのが?」

 

 

 「村長さん?……」

 

 

 「村長?」

 

 

 あっさりと優勝商品である、引きちぎられたページを渡して来たので、疑い始める。

 

 

 「いいんです、私が持っていても意味はありません。私は魔法が使えませんから……」

 

 

 「……そ、そんな筈ありません!アーメイデの魔導書は、ページだけだとしても、才能のない人でも魔法を扱える筈です!」

 

 

 「確かに使えるんだろうが……私にはそれを使うMPが無いんだ」

 

 

 「そんな……」

 

 

 村長が簡単に、引きちぎられたページを手放した理由が分かった。魔法を使おうにもMPが無ければ宝の持ち腐れだ。

 

 

 「……マオさん」

 

 

 「うん、分かっているよ」

 

 

 リーマの目線が、真緒に言いたいことを伝えた。

 

 

 「村長さん、こちらを貰うことは出来ません」

 

 

 「何故だ!?これは君達にとって、かけがえのない物なんだろ?」

 

 

 「私達はまだ、アメリアちゃんを笑顔にしていません」

 

 

 「!!…………そうか、優しいんだな」

 

 

 真緒の思いに心打たれる村長。

 

 

 「……確かに、アメリアはよく笑う子だったよ」

 

 

 「それが、どうして?」

 

 

 「ウチには代々、受け継がれてきた物があったんだ。それが……七色に輝く玉だ」

 

 

 「七色に輝く玉?」

 

 

 「ああ……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「おかーさーん」

 

 

 母親が亡くなる一ヶ月前、ベッドで寝たきりの母親に娘のアメリアが近寄る。

 

 

 「アメリア、来てくれたんだね」

 

 

 「はなしってなーに?」

 

 

 「あなたにこれを、あげようと思って……」

 

 

 母親が取り出したのは七色に輝く玉だった。

 

 

 「うわー、きれーい!」

 

 

 「この玉はね、持っている人の感情によって、色が変化する不思議な玉なのよ」

 

 

 そう言う母親の持つ玉は、黄色に変色した。

 

 

 「すごーい!ねぇねぇ、このいろはどんなきもちのときなの?」

 

 

 「これはね、アメリアと一緒に居れて嬉しいって気持ちよ」

 

 

 「ほんと!?わたしも、おかーさんと一緒に居ると嬉しいよ」

 

 

 アメリアは嬉しさを表現するため、その場でピョンピョン跳び跳ねる。

 

 

 「それでねアメリア、この玉をあなたにあげるわ」

 

 

 「え、いいの?」

 

 

 「ええ、大事にしてね」

 

 

 「わー、ありがとうおかーさん!」

 

 

 アメリアが七色に輝く玉を受けとると、今まで見たことも無い、言葉では言い表せない輝きを放ち始めた。

 

 

 「すごーい!きれーい!」

 

 

 「本当に綺麗ね…………アメリア」

 

 

 「なーに?」

 

 

 「この玉の輝きは、アメリアが笑顔だから、こんなにも綺麗なのよ」

 

 

 「そうなの?」

 

 

 「だから、大人になってもこの輝きを失わない、“笑顔の素敵な女性になってね”」

 

 

 「うん!わかった!」

 

 

 この言葉を最後に母親は亡くなった。

 

 

 

 

***

 

 

 「それから、アメリアの笑顔で綺麗に輝く玉の噂は、忽ち村中に伝わった。」

 

 

 「そんな玉があるんですね」

 

 

 「ああ、だがそれから一ヶ月後の夜の事だ。何者かがこの家に侵入して、玉を盗んでいった」

 

 

 「そんな!」

 

 

 「そのせいでアメリアは、盗まれたのは無駄に輝かせて、村中に見せた自分の責任だと感じて、その日を境に笑う事を止めたんだ」

 

 

 

 おかーさん……ごめんなさい

 

 

 

 「そんなのあんまりです!盗んだ犯人に心当たりは無いんですか?」

 

 

 「いや、なにぶん真っ暗だったから、顔までは分からなかった…………あ、でも」

 

 

 「?」

 

 

 「去り際に、そいつの笑い声が聞こえてきたんだ」

 

 

 「笑い声?」

 

 

 「確か……『ギッシャシャシャ』って笑っていたよ」

 

 

 「ギッシャシャシャ?……あれ?その笑い声、何処かで聞き覚えが……」

 

 

 「オラも……」

 

 

 「私も……」

 

 

 「俺もつい最近聞いた気がする……」

 

 

 「私もです~」

 

 

 真緒達の記憶に聞き覚えのある声が甦ってくる。

 

 

 

 ジャーな~、バカども!ギッシャシャシャ!!

 

 

 

 「「「「「ああーー!!!」」」」」

 

 

 特徴的な笑い声に七色に輝く玉を持っていた。あの、ハイゴブリン シーフの事を思い出した。

 

 

 「あいつだったのか……」

 

 

 「許ざねぇだ……絶対に!」

 

 

 「あのゴブリンには私も恨みがありますからね」

 

 

 「今度は逃がさないからな」

 

 

 「まさか、あの玉がそうだったとは……」

 

 

 真緒達の目に決意の炎が宿る。

 

 

 「あのー、皆様?」

 

 

 「村長さん!」

 

 

 「はい?」

 

 

 「その犯人に私達、心当たりがあります!」

 

 

 「本当ですか!?」

 

 

 「私達がその玉を取り返しに行きます」

 

 

 「そんな、あなた達にそこまでしていただく訳には……」

 

 

 「いえ、私達も個人的にその犯人に恨みがあるんですよ」

 

 

 「そうなんですか……」

 

 

 真緒達の凄い剣幕に、少し怯えてしまう村長。

 

 

 「安心してください。必ず、取り返して見せます。玉も、アメリアちゃんの笑顔も!」

 

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 

 「じゃあ、行きましょうか。あのゴブリンと決着をつける為に!!」

 

 

 「「「「おお!!!!」」」」




いやー、真緒のギャグセンスは素晴らしかったですねー(⌒‐⌒)
では今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価、感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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真緒パーティーVSゴブリン軍団(前編)

 「……って言ったはいいけど、何処にいるのか知らない」

 

 

 真緒達はあの憎きハイゴブリンから、アメリアの大切な七色に輝く玉を取り返すべく、村を勢いよく飛び出したのだった。しかし、肝心のハイゴブリンの居場所を知らなかった。

 

 

 「戻っで、村の人達がら聞いでみるがぁ?」

 

 

 「あんな自信満々で取り返すって、言ったのにですか?」

 

 

 

「四の五の言ってても仕方ないだろ、どうやってあのゴブリンを、見つけ出すか考えるんだ」

 

 

 「ん~、そうですね~」

 

 

 各々が頭を捻り、考え始める。

 

 

 「……そうだ!こういうのはどうでしょう?」

 

 

 「どういうのだ?」

 

 

 

 真緒は閃いた自身の考えを皆に伝える。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「グギャア!!」

 

 

 真緒達は今現在、数匹のゴブリン達と戦闘している。

 

 

 「はぁ!」

 

 

 真緒がゴブリンを斬り倒し、残るは最後の一匹になった。

 

 

 「ギィィ……」

 

 

 ゴブリンが真緒達の予想以上の強さに、狼狽えていると……。

 

 

 「ふぅ、さて残るはあなただけですね。ですが、あなたは殺さないであげましょう」

 

 

 「?」

 

 

 「意味が分かりませんか?あなたには、伝達役になってほしいのですよ。あなたのボスに伝えなさい!私達はゴブリンを全滅させる者だと!!」

 

 

 「……ギィ!」

 

 

 生き残りのゴブリンは一目散に逃げていった。

 

 

 「行ったな……」

 

 

 「それじゃあ、追いかけましょうか」

 

 

 そう言うと、真緒達は逃げ出したゴブリンに、気づかれない程度の距離を保ちつつ、追いかけ始めた。

 

 

 「じがじ、よぐ思いづいだだね」

 

 

 「敵のゴブリンを一匹だけ生かして、アジトの案内役にさせてしまうんですから」

 

 

 「頭が良いな」

 

 

 「感心しましたよ~」

 

 

 「えへへ、そんな大したことではありません」

 

 

 真緒の考えた作戦は、そこら辺にいるゴブリン達と戦闘をして、わざと一匹だけ残せば、助けを求める為に一度アジトに戻るだろうから、それを追いかければあのハイゴブリンに会える筈、というものだった。

 

 

 「取り敢えず、第一段階は成功だな。あとはあいつが、ハイゴブリンの所に行くかどうかだが……」

 

 

 「そこは天に祈りましょう」

 

 

 真緒達はそのまま、逃げるゴブリンを追いかけていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 しばらく追いかけていると、ゴブリンはそこそこ大きな、洞穴へと入っていった。

 

 

 「あそこが目的地かな?」

 

 

 真緒達は洞穴の入口前で止まった。

 

 

 「少し、中の様子を覗いてみよう」

 

 

 「うんだな」

 

 

 「そうしましょう」

 

 

 真緒達は洞穴の中を見るため、顔だけ覗かせた。すると……。

 

 

 「ギィィ」「ギャギャ」「キシシシ」

 

 

 「クキキ」「グギャギャ」「ギャジジ」

 

 

 そこには大量のゴブリン達が、巣くっていた。

 

 

 「あんなに沢山いたんですか!」

 

 

 「多ずぎで、数えられないだぁ……」

 

 

 「これじゃあ、どれがあのハイゴブリンか分かりませんよ……」

 

 

 「いや、分かるぞ。あの一番奥にいるふてぶてしい奴だ」

 

 

 フォルスが指差した方向には他のゴブリンよりも、頭一つ分大きいゴブリンが座っていた。

 

 

 「あ、本当だ!確かに、あいつです!絶対に許しません!!」

 

 

 「落ち着け、まだその時じゃない。作戦では夜中に侵入して、玉とポーションを奪還するんだろ?それまで堪えろ」

 

 

 「うう、分かっていますけど……」

 

 

 そう、真緒の作戦では戦闘をしない。目には目を、歯には歯を、盗みには盗みでやり返すつもりだ。

 

 

 「ギャキャ!」

 

 

 見逃したゴブリンが、ハイゴブリンの下まで辿り着いた。

 

 

 「あアん?いったいドウした?」

 

 

 「ギギギ、グギャグギ」

 

 

 ゴブリンは先程あった真緒達の、伝言を伝えた。

 

 

 「成る程~ソレで俺にわざワザ、伝えに来てクレタのカ……」

 

 

 するとハイゴブリンは、見逃したゴブリンの肩に手を乗せて、そのまま腹にナイフを突き刺した。

 

 

 「ギィギャア!?」

 

 

 「敵の罠にまんマト嵌まりヤがっテ!チょっト考エレば、尾行されテイルって気づクダロウが!!こノ、面汚しガ!」

 

 

 何度も何度もナイフを突き刺すと、次第に、見逃したゴブリンは動かなくなった。

 

 

 「フー、おい!ソコにいるのは分かっテル。出てこイ」

 

 

 ハイゴブリンの目線はしっかりと、真緒達のいる場所を捉えていた。バレてしまった以上、盗むのは不可能。真緒達は大人しく出ていった。

 

 

 「オンや~誰かト思えば、昨日のバカどもじゃネェか?」

 

 

 「どうして……」

 

 

 「あア?」

 

 

 「どうして殺したんですか!?仲間じゃないんですか!?」

 

 

 真緒は、無惨にも殺されたゴブリンに対して、同情していた。

 

 

 「そうイウコトカ……バカかお前?こいツラは俺様の手下ナンだよ。仲間ナンカよりもずっト扱いヤスい道具ナンだよ」

 

 

 その言葉には一切の暖かみは感じられず、そしてまた、ゴブリン達もそれが当たり前だと思っている。

 

 

 「……許せない。あなたみたいな、仲間を道具としか見ていない奴は、絶対に許さない!」

 

 

 真緒の言葉から、強い怒りの感情が読み取れる。

 

 

 「許さナイだぁ?それはコッチのセリフだ!勝手に俺様のアジトに足を踏み入れタンダ、覚悟は出来てるンダロうな?」

 

 

 逃げられないように、真緒達の周りをゴブリン達が取り囲む。

 

 

 「テメーら、コノ小生意気な連中ヲ殺せー!!」

 

 

 「ギャギャッア!!!」

 

 

 ゴブリンの大群が、真緒達へと襲い掛かる。

 

 

 「はぁあ!」

 

 

 真緒は咄嗟に剣を抜いて、襲い掛かるゴブリンの一部を斬り伏せ、身を守った。

 

 

 「私だってやれば出来るんです……“スネークフレイム”!

 

 

 「ギィィ!?」

 

 

 リーマの魔導書から、炎で形成された蛇が生み出され、ゴブリン達に放たれる。ゴブリン達は炎に身を包まれて、悶えながら死んだ。

 

 

 「おりゃゃゃ!!」

 

 

 ハナコは持ち前の手の大きさを利用して、張り手感覚で薙ぎ倒していく。

 

 

 「スキル“ロックオン”からのスキル“急所感知”……そら!」

 

 

 「グギャア!?」

 

 

 フォルスはスキルのロックオンと急所感知を巧みに操り、数は少ないが確実に減らしていく。

 

 

 「ほい、そい、は~い、他の人ばかり見ては駄目ですよ~私を見てください。スキル“滑稽な踊り”」

 

 

 「ギィギィ……!」

 

 

 エジタスは、ゴブリン達の猛攻に難なく避けていく。そして、スキルを発動すると突如エジタスが踊り始める。それはとても変な動きで、ゴブリン達は目を離したくても、離せなくなってしまった。そのゴブリン達の隙を突き、他のメンバーが止めを刺す形になっていた。

 

 

 「オい!何やっテル!一斉に攻撃を、仕掛ければいいだろうが!!」

 

 

 ハイゴブリンの助言により、一斉に襲い掛かるゴブリン達。

 

 

 「不味いだぁ!このままじゃ殺られぢまう!!」

 

 

 「この人数に弓矢は厳しかったか……」

 

 

 「どうしましょう!?」

 

 

 「皆!私の側を離れないで!」

 

 

 真緒の言葉に従って、一塊になる。そして、ゴブリン達が一斉に飛び掛かってきた。

 

 

 「スキル“ロストブレイク”!!」

 

 

 「キギィ!?」

 

 

 その瞬間、大量のゴブリン達が吹き飛ばされた。

 

 

 「な、ナンだありゃ!?」

 

 

 あまりに突然の出来事に、ゴブリン達は動きを止めて、ハイゴブリンも動揺を隠せない。

 

 

 「……チッ、構うこトハナイ!一斉に襲い続けろ!!」

 

 

 ハイゴブリンの言葉に、ゴブリン達は再び一斉に飛び掛かってきた。

 

 

 「スキル“ロストブレイク”!」

 

 

 それを吹き飛ばす真緒。このやり取りが何回か繰り返され、遂にゴブリン達は全滅した。あのハイゴブリンを残して……。

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、さぁ追い詰めたよ。あとはあなただけだよ!」

 

 

 「…………」

 

 

 無言。真緒の言葉に反応を示さない。観念したのかと思ったが……。

 

 

 「ギッシャシャシャ!!追い詰メタ?追い詰めラレタの間違いだろ!」

 

 

 観念するどころか、挑発までしてきたハイゴブリン。

 

 

 「お前達は、越えテハいけナイ一線を、越えタンダよ!……いいぜ、ココからは俺様自らが相手してヤルよ!!」

 

 

 今まで座っていたハイゴブリンが、遂に立ち上がった。黄金のナイフを、先程刺し殺したゴブリンの死体から引き抜いた。

 

 

 「皆、気を引き締めて行くよ!あの時の借りをここで返す!!」

 

 

 「泣いて詫びタッテ、もう遅いカラナ!!」




初めての集団戦闘だけど、上手く書けているか少し不安。


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真緒パーティーVSハイゴブリン(後編)

 「行くゼ、覚悟しナ!」

 

 

 ハイゴブリンは真緒へと突っ込んできた。

 

 

 「はぁ、はぁ、スキル“ロストブレイク”!」

 

 

 真緒は、突っ込んでくるハイゴブリンに合わせて、スキルを発動する。しかし、当たる直前に後ろへ飛んで、緊急回避するハイゴブリン。

 

 

 「オオっと、危ネぇ、危ネぇ……。そのスキル、確かに威力はあるが、射程距離は1、2メートル弱。あんなに連発すれば分カルッつーの」

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 真緒の息づかいが、先程よりも荒くなった。

 

 

 「しかも見たところ、それは使う度に身のHPを削る言わば、諸刃の剣。もう、オメーは虫の息ってやつさ!」

 

 

 「くっ……」

 

 

 「バカな奴だナ~、自分のステータスも満足に把握出来ねーノカよ、ギシャシャシャ」

 

 

 「言わぜでおげば……「いいよ!」何で!」

 

 

 「あいつの言ってることは正しいから……」

 

 

 真緒は自身のステータスを鑑定した。すると……。

 

 

 

 HP 60/800

 

 

 

 「(打てるとしたらあと残り一回、回復手段だったポーションは、既に奪われてるし、確実に当てられる時にしないとさっきみたいに避けられちゃう……)」

 

 

 頭の中で冷静に考えていると、再びハイゴブリンが突っ込んできた。

 

 

 「ギシャシャシャ、スキルもまトモに扱エないド素人に、負けル訳ネェーな!」

 

 

 ハイゴブリンは持っているナイフを、真緒目掛けて投げつけた。

 

 

 「っつ!」

 

 

 しかし、そこは真緒の高い反射神経で避ける。だがそれでもなお、向かってくるのを止めないハイゴブリン。

 

 

 「(どういうこと?武器も無い丸腰状態なのに……)」

 

 

 「スキルの正しイ使い方を教えてヤルよ!スキル“シャドウスティール”!!」

 

 

 ハイゴブリンの影が伸びていく。

 

 

 「シャドウスティール!また何かを盗むつもり!?」

 

 

 真緒は盗まれないように持ち物を保護するが、影は真緒を通りすぎた。

 

 

 「え!?」

 

 

 「バ~カ、シャドウスティールの用途は、何も盗むだけじゃない」

 

 

 ハイゴブリンの影は、投げつけて今もなお、空中を飛んでいるナイフの影と重なる。すると、ナイフは空中で動きを止め、物凄いスピードで手元に引き寄せられた。

 

 

 「こんナ風に引き寄せラレルンだよ!!」

 

 

 「そんな!きゃあ!!」

 

 

 引き寄せられたナイフが振り下ろされる。持ち物を盗まれると思い込んでいた真緒は、反応が遅れて腕を切りつけられる。

 

 

 「うう、痛いよ……」

 

 

 異世界に来て、初めて受ける傷。スキルを使ったHP減少ではなく、外部からの攻撃による減少……。腕から血が流れる。急いで止血しようと、涙目になりながら必死に押さえる。

 

 

 「ギシャシャシャ、ジャーな」

 

 

 ハイゴブリンが真緒に止めを刺す為に、ナイフを振り下ろそうとすると……。

 

 

             シュン!!

 

 

 ハイゴブリンの足下に、一本の矢が突き刺さる。

 

 

 「ナ、ナンだ!?」

 

 

 「マオに手を出すんじゃねえ!」

 

 

 目線の先には、矢を放ったフォルスの姿があった。

 

 

 「フォ、フォルス……さん」

 

 

 「悪かったなマオ、もっと早くに助けてあげられれば……」

 

 

 「いいんです。それでも私は嬉しいです」

 

 

 「そうか……。おい、お前!今度は俺が相手になってやる。掛かってこい!」

 

 

 フォルスは鋭い眼光で、ハイゴブリンを睨み付け挑発する。

 

 

 「いいゼ、お望み通りテメーから殺してヤルよ!」

 

 

 挑発を受けて、フォルスに突っ込んでくるハイゴブリン。そして同じように、ナイフをフォルス目掛けて投げつけた。

 

 

 「…………」

 

 

 勿論、難なく避けたフォルス。そして同じように、スキルを発動する。

 

 

 「スキル“シャドウスティール”」

 

 

 ハイゴブリンの影が伸びていく。そして同じように影は、フォルスを通りすぎた。しかし、フォルスはそのまま弓を構える。

 

 

 「油断さえしなければ、同じ手に引っ掛かりはしない!」

 

 

 「バ~カ、同じ手を使う奴なんかいるわけないだろ!俺様が引き寄せるのは…………死体だよ!!」

 

 

 そう言って、ハイゴブリンが引き寄せたのは、真緒達に殺されたゴブリンの死体だった。その引き寄せる通り道にいたフォルスの頭に、死体が激突した。

 

 

 「ぐぁぁ!!」

 

 

 「フォルスさん!」

 

 

 突然、頭に衝撃を受けたフォルスは、耐えられず膝をついてしまう。その間にハイゴブリンは投げたナイフをスキルで引き寄せる。

 

 

 「ギシャシャシャ、ダカら最初に言ったろ?こいツラは、扱いヤスい“道具”ナンだよ」

 

 

 「ぐ……」

 

 

 「ジャーな、生意気な小鳥チャン」

 

 

 「ちょっと待ってください!」

 

 

 「今度は誰だヨ!」

 

 

 フォルスに止めを刺そうとした時、今度はリーマが止めた。

 

 

 「その人を殺すならまず、私を殺しなさい!そのぐらい余裕でしょ、このクソゴブリン!」

 

 

 「ナンダその見え見えの挑発は……。まぁいいダロウ、相手してヤルよ!」

 

 

 挑発を受けて、リーマに突っ込んでくるハイゴブリン。そして同じように、ナイフをリーマ目掛けて投げつけた。

 

 

 「サぁ!今度はドッチかな!死体かな?ソレともナイフかな?」

 

 

 「…………」

 

 

 リーマは只黙ってナイフを避けて、立っていた。

 

 

 「スキル“シャドウスティール”(ギシャシャシャ、恐怖で声すら上げラレナイ、威勢が良いノハ最初だけか……。さテ、今回選ぶのは……死体。但し、只の死体ではなく、大量の死体だ)」

 

 

 ハイゴブリンの影が伸びていく。そして、リーマを通りすぎてゴブリンの大量の死体の影と重なった。

 

 

 「(首の骨を折ってヤルよ!!)」

 

 

 大量の死体が引き寄せられていく。

 

 

 「リーマ!」

 

 

 真緒が叫ぶと同時に、リーマは大きく息を吸い込む。そして……。

 

 

 

 「…………きゃあああああ!!!」

 

 

 「ナ、ナンダ、この音は!?ぐぁぁ!」

 

 

 音魔法により、大量の死体とハイゴブリンは吹っ飛んでいった。

 

 

 「す、凄いよリーマ!」

 

 

 「へへん!」

 

 

 真緒に褒められて、胸を張るリーマ。

 

 

 「……クソっ!ふざけヤガって!!」

 

 

 ハイゴブリンはスキルでナイフを引き寄せてから、リーマに突っ込んでくる。今度はナイフを投げない、そのまま刺し殺すつもりだ。

 

 

 「死ねー!!」

 

 

 「駄目ですよ~感情的になってはいけませんね~」

 

 

 いつの間にか近くにエジタスが立っていた。

 

 

 「お、お前イツからソコにいた!?」

 

 

 「そんなのどうでもいいじゃないですか、それよりもスキル“滑稽な踊り”」

 

 

 「しまっ……!」

 

 

 エジタスのスキルによって、目が離せなくなってしまったハイゴブリン。

 

 

 「他の人ばかり見ては駄目ですよ~、私のことも見てくださ~い」

 

 

 「この……だっタラ、お前を先に殺すまデヨ!!!」

 

 

 ハイゴブリンは素早く標的を変え、エジタスに向かって、突っ込んできた。

 

 

 「成る程~、確かにいい判断ですね~ですがその攻撃が通じるのは……」

 

 

 エジタスは“パチン”と指を鳴らすと姿が一瞬で消えた。そして、少し離れた場所に現れた。

 

 

 「私以外の人の場合ですがね」

 

 

 「き、消エタ!?」

 

 

 突然目の前から消えたことに、初めて戸惑いを見せるハイゴブリン。

 

 

 「さぁ、マオさん。そろそろ痛みは、我慢できるようになったみたいですね。では、止めを刺してあげてください」

 

 

 エジタスがそう言うと、ハイゴブリンの背後に真緒が片手を怪我しつつ、両手で剣を握りしめて立っていた。

 

 

 「な、おま……!」

 

 

 ハイゴブリンが背後にいる真緒に気づくも、時既に遅し、真緒はスキルを発動させる。残り一回、ずっと打てるチャンスを伺っていた。

 

 

 「この俺様が人間ごトキに……!!」

 

 

 「これで終わりです!!!」

 

 

 

 「チ、チ、チクショー!!!!!」

 

 

 「スキル“ロストブレイク”!」

 

 

 眩い光と共にハイゴブリンの肉体はこの世から消滅した。

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 荒く乱れた呼吸をしながら、真緒はステータスを確認する。

 

 

 

 

 HP 5/800

 

 

 

 「危なかった~……」

 

 

 ギリギリの戦い、油断してしまったせいもあるが、何とか倒すことが出来て、心の底から喜びが溢れだす。

 

 

 「私達の勝ちだーーー!!!」

 

 

 真緒はガッツポーズを空に突き上げ、勝利の喜びを表した。



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笑わない少女

 ハイゴブリンとの戦闘を終えた真緒達は、現在七色に輝く玉とポーションを探している。

 

 

 「見つからないなー」

 

 

 「オラ、腰が痛ぐなっできだよ……」

 

 

 「私もです……」

 

 

 「しかし、よくこんなに集めたな」

 

 

 「まさに、お宝の山ですね~」

 

 

 真緒達は宝物庫と思われる、大量の盗品が積み重なった場所を捜索していた。

 

 

 「んー……あっ、あった!」

 

 

 「本当か!?」

 

 

 真緒が一番上の部分を探していると、七色に輝く玉を見つけた。手に取ると玉はオレンジ色に変化した。

 

 

 「本当だ……感情によって色が変化するんだ」

 

 

 「マオぢゃんは今、どんな気持ぢなの?」

 

 

 「……大変だったけど、取り返せて嬉しいって気持ちかな?」

 

 

 「何だか暖かみのある色だな」

 

 

 

 真緒の色に素直な感想を述べるフォルスの横で、リーマが必死に探していると……。

 

 

 「あ、こっちも見つけました!」

 

 

 お宝の山に埋もれるように、いくつものポーションが隠されていた。

 

 

 「本当!?」

 

 

 「よかったですね~」

 

 

 「一、二、三……うん、ちゃんと全部あります!」

 

 

 一つ一つ確認をして、全てあることが分かると、次々と袋の中へ入れていく。

 

 

 「これで、取り戻す物はあと一つだけですね」

 

 

 あと一つ、それが何なのか分からない者はいない。真緒の言葉に仲間全員が頷く。

 

 

 「さぁ、行きましょう。アメリアちゃんの笑顔を取り戻しに!」

 

 

 真緒パーティー ゴブリンの洞穴 攻略!!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 オオラカ村──村長の家。

 

 

 村長は真緒達の帰りを待っていた。ソワソワと辺りを歩き回って、忙しない。

 

 

 「どうするか……あの子達に任せたはいいが、こうやって只じっと待っているのも、父親としてどうなんだ……」

 

 

 色々と千思万考していると、玄関のドアが勢いよく開く。

 

 

 「ただいま戻りました!」

 

 

 「おお!戻ってきましたか!」

 

 

 村長の心配を他所に、意気揚々と戻ってきた真緒達。 

 

 

 「それで、どうでしたか?」

 

 

 「この通り、取り戻しました」

 

 

 真緒は袋から七色に輝く玉を、取り出して見せた。

 

 

 「おお!これです、この玉に間違いありません!本当に、ありがとうございます!!」

 

 

 村長は玉を受けとると、何度も頭を下げた。その時、玉は黄色に輝いていた。

 

 

 「いえいえ、いいんですよ。私達も盗まれた物を取り戻せましたので………それよりも、早く娘さんに持っていってあげてください」

 

 

 「ああ、そうですよね!皆さん、この度は本当に、本当に、ありがとうございました」

 

 

 村長は再び、真緒達にお礼を述べると足早に、アメリアの居る部屋へと向かった。

 

 

 「村長さん、娘さんの事になると必死ですね」

 

 

 「ほ~ら、突っ立ってないで私達も、アメリアさんの笑顔を見に行きましょうよ~」

 

 

 「そうですね」

 

 

 真緒達は、アメリアの部屋へと向かった村長を追いかける。

 

 

 村長の後を追いかける真緒達は、少しドアが開いて、光が漏れでる部屋を見つけた。

 

 

 「……あそこでしょうか?」

 

 

 「確かめて見ましょう」

 

 

 リーマの言葉に頷くと、真緒はドアノブに手を掛けようとする……。

 

 

 「何で!何でなんだ!」

 

 

 中から村長の声が聞こえる。その声には、行き場のない怒りが込められていた。

 

 

 「どうしたんですか!?」

 

 

 真緒達は村長の叫びを聞き、急いでドアを開ける。するとそこには、泣き崩れる村長と、椅子に座り玉を両手に持ったアメリアがいたのだが、玉の色は薄汚れていて、とても綺麗とはほど遠かった。そして、肝心のアメリアは……。

 

 

 「…………」

 

 

 笑顔ではなかった。玉を取り戻した筈なのに、その顔からは喜びは一切見られなかった。

 

 

 「アメリアちゃん……」

 

 

 真緒はアメリアに近寄る。

 

 

 「マオ?」

 

 

 アメリアの前まできた真緒は、しゃがみこんで目を合わせる。

 

 

 「………もしかして、笑うのが恐いの?」

 

 

 「!!」

 

 

 この時初めて、アメリアの顔に驚きの表情が浮かび上がった。

 

 

 「マオさん、それはどういう……「すみません、少し静かにしていただけませんか?」……あ、はい。分かりました」

 

 

 

 村長が意味を聞こうとするも、真緒は、アメリアと目線を外そうとしない。

 

 

 「アメリアちゃん……あなたは笑うのを恐れている。笑ってしまったら、この玉が誰かにまた盗まれてしまうかも知れないから……でもね、お母さんが本当に守りたかった物って何だか分かる?」

 

 

 「?」

 

 

 アメリアは答えが見つからず、首を横に振った。

 

 

 「……それはね、アメリアちゃんの笑顔その物だよ」

 

 

 「え?」

 

 

 この時初めて、アメリアの口から声が漏れた。

 

 

 「この七色に輝く玉は、持っている人の感情によって、色が変化する。つまり、アメリアちゃんの笑顔には、盗まれるほどの価値があるってことだよ」

 

 

 「…………」

 

 

 「……お母さんが、この玉をアメリアちゃんにあげた理由は、この玉がアメリアちゃんの身代わりになってくれるようにって、想いがあったからなんだよ」

 

 

 「…………」

 

 

 「……お母さんが本当に綺麗だと思ったのは、アメリアちゃんの笑顔だったんだよ」

 

 

 「……ほんと?」

 

 

 遂に、アメリアの口から言葉が発せられた。

 

 

 「うん、本当だよ。だって、アメリアちゃんのお母さんが言ってたでしょ?“笑顔の素敵な女性になってね”って、これって玉の輝きを失わない位の、素敵な笑顔をずっと見ていたいっていう、お母さんの願いなんだと思う」

 

 

 「……おかーさん」

 

 

 アメリアの記憶に甦るのは、母親が七色に輝く玉を渡した時の事。玉が光輝いてる中で母親がずっと見ていたのは、娘──アメリアの顔だった。

 

 

 「……おねーちゃん、おかーさんはぬすまれたこと、うらんでないかな?」

 

 

 「恨んでるわけないよ!だって、一番大切なアメリアちゃんの事を玉が守ってくれて、その玉も取り返すことが出来たんだから!」

 

 

 「そっか、そうだよね……」

 

 

 薄汚れていた玉が、徐々に輝き始める。

 

 

 「おねーちゃん、わたしのえがおをとりもどしてくれて、ありがとう!」

 

 

 玉は、これまで見たことがない位の輝きを放った。

 

 

 「!……綺麗だね」

 

 

 「綺麗だなぁ……」

 

 

 「美しいです……」

 

 

 「俺、こんな気持ち初めてだ……」

 

 

 「おお、アメリア!!」

 

 

 「おやおや、これは確かに盗まれるほど、素敵な笑顔ですね~」

 

 

 アメリアの笑顔は、玉の輝きよりも素敵な笑顔だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「こっちこっちー!!」

 

 

 「こら待て、逃がすか」

 

 

 「フォルスさん、こっちですよ」

 

 

 「フォルスさん、こっちですよこっち」

 

 

 「クソ、皆逃げるのが上手いな」

 

 

 現在、村長の家。ぜひ、お礼をさせて頂きたいと言う村長の言葉から、今晩泊めてもらうことになった真緒達。村長の手料理が出来るまでの間、アメリアと一緒に遊ぶ真緒と、リーマと、フォルスの三人。

 

 

 「すみませんね、娘の相手だけでなく、料理の手伝いまでさせてしまって……」

 

 

 「いいんですよ~、これくらいは当然ですよ」

 

 

 村長とエジタスは供に料理をしていた。

 

 

 「それにしても、師匠って料理が出来たんですね」

 

 

 「ふふふ、元々私は一人旅をしていましたからね~料理位、簡単に出来ますよ」

 

 

 「そうだったんですか……」

 

 

 「マオおねーちゃん、はやくつづきはじめようよ」

 

 

 「ああゴメンゴメン、今行くよ」

 

 

 真緒は再び、アメリア達と遊び始めた。すると、真緒はハナコがいないことに気づく。

 

 

 「あれ、ハナちゃんは?」

 

 

 「そういえば、いないな……」

 

 

 「ちょっと、私探してくるよ」

 

 

 「夕御飯までには戻ってこいよ」

 

 

 「はーい!」

 

 

 

 

 

 真緒はハナコを探すため、村長の家を出た。……しばらく、村を捜索していると、大会があった場所で座り込んでいるハナコを発見した。

 

 

 「あ、いたいた。探したよー」

 

 

 「マオぢゃんが……」

 

 

 「いったいどうしたの?もうすぐ、夕御飯出来るよ」

 

 

 「うん、分がっだ」

 

 

 しかし、ハナコはその場を離れようとせず、ボーっと夜空を眺めていた。

 

 

 「ハナちゃん?」

 

 

 「マオぢゃん……オラ、全然役に立でながっだ……」

 

 

 「え?」

 

 

 「笑わせ大会でも、ハイゴブリンとの戦闘でも、全然役に立つごどが出来ながっだ……」

 

 

 「ハナちゃん……」

 

 

 「オラって駄目な奴だと思っでだげど、ごごまで駄目な奴だなんでな……」

 

 

 「そんなことない!ハナちゃんは役に立ってくれたよ!」

 

 

 「気休めは止めでぐれ!……誰もオラの事なんが必要とじで無いんだ……」

 

 

 「…………」

 

 

 気まずい沈黙が流れる。この沈黙を破ったのは……。

 

 

 「ああー、いたー!!」

 

 

 遠くの方から、アメリアが走ってきた。それに遅れてくるように、他の皆もやって来た。

 

 

 「マオおねーちゃん、もうごはんができてるよ!はやくいこー」

 

 

 「う、うん……」

 

 

 真緒の腕を引っ張っていると、アメリアはハナコがいることに気がつく。

 

 

 「ん?ああ!くまのおねーちゃんだ!ねぇねぇ、わたしにあのくすぐりを、おしえてよー」

 

 

 「え?」

 

 

 アメリアはハナコの腕を引っ張る。

 

 

 「ほら、ハナちゃんを必要としてくれる人は必ずいるんだよ。勿論、私もハナちゃんが必要だよ。だって、ハナちゃんは私の初めての友達だもん!」

 

 

 「マオぢゃん……」

 

 

 真緒とハナコはお互いを、必要とし合っていることが分かった。

 

 

 「ねぇねぇ、おねがーい。わたしにもくすぐりをおしえて」

 

 

 「よーじ、詳じぐ教えでやるだぁよ!」

 

 

 「ほんと!?」

 

 

 「ああ、まずば爪の先を利用じで……」

 

 

 「おーい、話は夕御飯を食べてからにしてくれないかー?」

 

 

 「そうだねぇ、じゃあ行ごっが……」

 

 

 「うん!」

 

 

 ハナコとアメリアは手を繋ぎ、戻っていった。

 

 

 「ほら、マオも行くぞ!」

 

 

 「待ってくださいよー」

 

 

 それに続くように真緒も駆け足で、家へ戻る。その光景をエジタスが一人眺めていた。そして、“ボソリ”と呟く。

 

 

 「笑顔は素晴らしいですね~。やはり、笑顔こそがこの世界を平和に導く鍵。私の考えは間違ってはいない……」

 

 

 エジタスの呟きを聞いた者は誰も居らず、夜空へと溶け込んだ。

 

 

 「師匠ー!何やってるんですかー!早く夕御飯食べましょうよー!」

 

 

 遠くの方から真緒の声が聞こえてくる。

 

 

 「は~い!今行きま~す!」

 

 

 エジタスは駆け足で戻っていく。




これにて第三章 完結!!
次回はどんな冒険が待っている!?
今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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第四章 冒険編 オークと子供達
レベルアップ


今回から第四章が始まります。


 「本当にいいんですか?」

 

 

 オオラカ村の入り口まで、村長とアメリアは真緒達の見送りに来ていた。そんな中、村長がリーマに大会の優勝商品であった、“アーメイデの魔導書”の引きちぎられたページを手渡した。

 

 

 「勿論です。元々、アメリアを笑わせてくれた人に贈呈するはずの物でしたから、あなた方に受け取って欲しいのです」

 

 

 「そういうことでしたら、喜んで受け取りましょう……よかったねリーマ」

 

 

 「……はい」

 

 

 村長にお礼を述べつつ、小声でリーマと喜びを分かち合う。

 

 

 「では、こちらを……」

 

 

 リーマが受け取った瞬間、懐に入れていた“アーメイデの魔導書”が光始めた。

 

 

 「な、何!?」

 

 

 引きちぎられたページも光始め、二つそれぞれが浮遊する。

 

 

 「いったい、どうなっているんだ!?」

 

 

 魔導書とページ、二つの光が空中で回り始め、次第に近づき重なり合う。一つの光となり、リーマの両手に収まる。

 

 

 「……なんだったの今の?」

 

 

 「分かりません……」

 

 

 「すごい、ぴかぴかって、ひかってたね」

 

 

 「そ、そうだね……」

 

 

 アメリアの素直な感想に落ち着きを取り戻す。

 

 

 「リーマ、ページはどうなったの?」

 

 

 「あ、そう言えば……」

 

 

 リーマは魔導書を開いて見る。

 

 

 「こ、これって……!」

 

 

 そこで目にしたのは、引きちぎられたページが魔導書と結合し、ちぎられた痕も無くなっていた。

 

 

 「凄い……あんなにシワシワだったのに、こんなにも綺麗になってる……」

 

 

 「これが魔法の力か……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「村長さん、この度は色々とお世話になりました」

 

 

 「いえいえ、私も娘を助けていただいた恩人の方々に、細やかですがお礼が出来て嬉しいです」

 

 

 魔導書の一件でバタバタしてしまったが、改めてお別れの挨拶を済ませた。

 

 

 「それでは、私達は行きますね」

 

 

 

 「皆様の旅のご無事を祈ります」

 

 

 「おねーちゃん、またあそびにきてねー!!」

 

 

 「うん、必ずまた遊びに来るからね!」

 

 

 真緒達はアメリアに手を振って別れを告げた。そう、真緒達の旅は始まったばかりなのだ……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 「それにしても、アメリアちゃん可愛かったね」

 

 

 「そうだなぁ、元気一杯でごっぢまで元気を貰っぢゃだだよ」

 

 

 「それに、笑った時がとにかく可愛くて、癒されましたよ」

 

 

 「確かに可愛かったが……元気が良すぎて、疲れてしまった」

 

 

 フォルスの顔が、少しやつれた様に見える。

 

 

 「アメリアちゃん、フォルスさんにベッタリでしたからね」

 

 

 「子供に好がれやずいんだろうねぇ」

 

 

 「素敵ですよ、“フォルスパパ”」

 

 

 「止めてくれ、俺の年になると冗談に聞こえなくなる」

 

 

 「「「あははははは」」」

 

 

 しばらく、アメリアの話題で盛り上がると、真緒が後ろにいるエジタスの方に視線を向ける。

 

 

 「そう言えば、師匠。あの時のスキルは何ですか?」

 

 

 「あの時?」

 

 

 「ほら、ゴブリンの時やハイゴブリンの時ですよ」

 

 

 「あ~、あれですか」

 

 

 エジタスはゴブリンの時に見せたスキルの事を思い出した。

 

 

 「あれは私のスキルの一つで、“滑稽な踊り”と言います。能力は実に単純で、私の半径一メートル以内の生物を対象に、私から目が離せなくなってしまうのです」

 

 

 「つまり、視界を奪うってことですか?」

 

 

 「その通りです。解除方法は二つ、私の踊りを最後まで見るか、私を殺すか、です。あのハイゴブリンは後者を選びましたが、残念な事に私は“転移”が使えるので、いつでも避けられるのですよ」

 

 

 「はぁー、また師匠の最強が証明されたわけですね」

 

 

 真緒は尊敬するエジタスが強すぎるあまり、吐息を漏らす。

 

 

 「そんなことありませんよ~、このスキルにも弱点があるんですから……」

 

 

 「弱点?」

 

 

 「はい、実はこの“滑稽な踊り”が発動中は、他のスキルを発動出来ないんですよ」

 

 

 「それでも、魔法が使える師匠は、最強なことに変わりありません!」

 

 

 「そうですか~?そう言ってもらえると、こちらも嬉しいですね~」

 

 

 真緒に褒められて、舞い上がるエジタス。

 

 

 「私も早く、師匠のように強くなりたいです……」

 

 

 「おや?それでしたら、この間の戦闘で、マオさんとリーマさんのお二人、レベルが上がっていましたよ」

 

 

 「「え!?本当ですか!?」」

 

 

 真緒とリーマがエジタスに詰め寄る。

 

 

 「え、ええ、この前の戦闘後に鑑定したので間違いありません。何なら、確かめましょうか?」

 

 

 「ぜひ、お願いします!」

 

 

 「私もお願いします!」

 

 

 「では、いきますよ……スキル“鑑定”」

 

 

 

 

サトウ マオ Lv8

 

種族 人間

 

年齢 17

 

性別 女

 

職業 目覚めし勇者

 

 

HP 870/870

 

MP 670/670

 

 

STR 485

 

DEX 400

 

VIT 350

 

AGI 625

 

INT 520

 

MND 515

 

LUK 800

 

 

スキル

 

鑑定 ロストブレイク 過去への断罪

 

 

 

魔法

 

“New”光魔法 

 

 

称号

 

過去を克服せし者

 

 

 

 

リーマ Lv13

 

種族 人間

 

年齢 15

 

性別 女

 

職業 魔法使い

 

 

HP 160/160

 

MP 320/320

 

 

STR 20

 

DEX 153

 

VIT 85

 

AGI 105

 

INT 265

 

MND 188

 

LUK 90

 

 

スキル

 

なし

 

 

 

魔法

 

音魔法 改変魔法

 

 

称号

 

なし

 

 

所持品

 

アーメイデの魔導書

 

 

 

 

 「本当だ……少しステータスが上がってる」

 

 

 「それだけじゃありません……新しい魔法まで覚えています……」

 

 

 「そうですね~、マオさんは光魔法に追加されて、リーマさんは新しい魔法そのものを覚えていますね」

 

 

 「は、早く調べてみましょうよ!」

 

 

 初めてのレベルアップに、興奮が治まらない真緒。

 

 

 「落ち着いてください、慌てなくても調べますから……スキル“鑑定”」

 

 

 

 

光魔法

 

 

ライト ホワイトボディ

 

 

 

 

 「“ホワイトボディ”というのが増えてます」

 

 

 「では、詳しく調べてみましょうか」

 

 

 

 

 

ホワイトボディ

 

 

白く輝く衣を身に纏まとい、あらゆる災難から守ると言われている。常に発動している。

 

 

能力 弱い毒や呪いを無効化する。

 

 

 

 

 

 

 「凄いですね~、常に発動しているということは、わざわざ言葉にしなくても良くなりますから、毒や呪いに怯えなくてもいい訳です」

 

 

 「便利ですね!」

 

 

 「では、次はリーマさんの番ですね」

 

 

 「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 

改変魔法

 

 

ネームドチェンジ

 

 

 

 

 

ネームドチェンジ

 

 

物理 魔法 スキル それぞれの、名称カテゴリーを変更できる。

 

 

 

 

 「……えっと、つまりどういうことですか?」

 

 

 いまいち、理解できないリーマ。

 

 

 「つまり、それぞれ他の枠組みに変えられる、ということです。たとえば、マオさんのスキル“ロストブレイク”をスキルの技としてではなく、魔法としての技に変えられる、感じです」

 

 

 「それって、何か意味があるんですか……?」

 

 

 「いや~、それはちょっと分かりませんね~、私も初めて見る魔法ですから……」

 

 

 

 エジタスはここに来て、初めて戸惑いを見せた。

 

 

 「そんなー、せっかく覚えたのに……」

 

 

 あまり需要が無いと分かってしまい、落ち込んだ表情を見せる。

 

 

 「まぁ、まだ覚えたばかりの魔法ですからね、今後のレベルアップの際に、新しく追加されるのを期待しましょう」

 

 

 「…………はい」

 

 

 エジタスの励ましの言葉に、少し落ち込みを取り戻したリーマ。

 

 

 「それで、今度は何処に行くつもりなんだ?」

 

 

 今後の予定について、フォルスが訪ねてきた。

 

 

 「あ、それはもう決めてあります!」

 

 

 その問いに真緒が答える。

 

 

 「昨日の夜、村長さんから聞いた話ですけど、ここから三日間歩いた先に、荒地地帯があるらしいので、そこに行ってみようかと……」

 

 

 

 「成る程、ついにこの草原を抜け出すという訳だな」

 

 

 「それでは、行きましょう。目的地は、“クレバの荒地”です!」




先に予告しておきますが、第五章からはハーメルンオリジナル展開になる予定なので、更新が著しく低下します。
楽しみにしている方々には大変申し訳ありませんが、どうかご了承下さい。


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野宿

 「ですが、先ずは今晩の食料を集めないといけませんよ~」

 

 

 カルド王国草原地帯。クレバの荒地に行こうとする真緒達だったが、エジタスが食料について物申した。

 

 

 「え、食料なら買った物があるじゃありませんか?」

 

 

 そう言って真緒は、袋の中にある食料を見せる。

 

 

 「それはあくまで、万が一の時を備えての食料だ。その日の食料は現地調達が基本なんだ。そうだろ、エジタスさん?」

 

 

 エジタスの代わりにフォルスが旅の基本を説明した。その答えが合っているかどうか、確認する。

 

 

 「ええ、その通りです。流石ですね~フォルスさん」

 

 

 「いや、俺も一人でいることが多かったから、自然に覚えただけさ」

 

 

 はにかんだ笑顔をするフォルス。

 

 

 「でも、食料と言ってもどんなのがいいんですか?」

 

 

 食料という幅広い選択肢の中、悩んでしまう真緒。

 

 

 「一番いいのは肉なのですが……あ、丁度良いところに、ボアフォースがいますね~」

 

 

 エジタスの目線の先には、美味しそうにその辺の草花を食している、ボアフォースがいた。

 

 

 「猪って草とか食べるんですね?」

 

 

 「猪は雑食系だからな。特にボアフォースは食べられそうなものなら、なんでも食べてしまうんだ」

 

 

 「へぇー……」

 

 

 フォルスの意外な知識に感心する真緒達。

 

 

 「それじゃあ早速、狩「エジタスさん」……はい?」

 

 

 エジタスがボアフォースを狩ろうとすると、リーマが立ち塞がる。

 

 

 「リーマさん、どうしましたか?」

 

 

 「私に、殺らせて頂けないでしょうか?」

 

 

 リーマの目には、真剣という文字が浮かび上がるほど真っ直ぐだった。

 

 

 「……いいでしょう。あなたの好きなようにしてください」

 

 

 「!……ありがとうございます!!」

 

 

 エジタスの許しを貰い、食事中のボアフォースと向き合う。

 

 

 「“アーメイデの魔導書”の新たなる力、見せてあげます!」

 

 

 リーマは魔導書に追加された新しいページを開く。

 

 

 「食らいなさい!“ウォーターキャノン”!!」

 

 

 リーマの目の前に大きな水の塊が形成され、その塊はボアフォース目掛けて飛んでいった。

 

 

 「プギィィィ!!?」

 

 

 突然、水の塊が飛んできたことにより、水圧で骨が砕け、その骨が肺に刺さって呼吸不全になり死んでしまった。

 

 

 「す、凄いよリーマ!」

 

 

 「意図も簡単にボアフォースを倒じでじまうんだから、オラびっくりしだだよ……」

 

 

 「それが、リーマの新しい力か……」

 

 

 「凄いですね~」

 

 

 「えへへ、まぁ凄いのは私ではなく、この魔導書なんですけどね……」

 

 

 リーマは照れながら、真緒達に魔導書を見せる。

 

 

 「そんなことないよ。その魔導書を扱える、リーマの方が凄いんだよ!」

 

 

 「マオさん……」

 

 

 お世辞ではない素直な気持ち。真緒の思いに、心が暖かくなったリーマ。

 

 

 「そういえば、“ウォーターキャノン”と言っていたが、つまり……」

 

 

 「はい、魔導書に加わった力は、水属性魔法です!」

 

 

 「これで、魔法使いとしての素質が一つ上がったな」

 

 

 「皆さんのおかげです!ありがとうございます」

 

 

 リーマは頭を深々と下げる。

 

 

 「この調子で、他のページも集まるといいね」

 

 

 「はい!」

 

 

 その時のリーマの笑顔はとても、無邪気なものだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その日の夜。真緒達は焚き火をして、野宿することにした。

 

 

 「私、外で寝るなんて初めてです!」

 

 

 真緒は野宿初体験で、興奮していた。

 

 

 「腹減っだだなあ……」

 

 

 「私も……」

 

 

 「それにしても、エジタスさんが料理が出来て、本当によかったな」

 

 

 エジタスは、リーマが狩ったボアフォースの肉を切り分け、肉を柔らかくする為に、リズムよく叩いていた。

 

 

 「もうすぐ出来ますからね~」

 

 

 ある程度叩き終わると、焚き火近くの熱くなった石の上に置いて、焼き始めた。

 

 

 「うわぁ~」

 

 

 「いい臭いだなぁ……」

 

 

 「早く食べたいです……」

 

 

 「おい、ハナコ。涎を垂らすな、料理に掛かるだろ」

 

 

 徐々に焼き色が付き、肉汁が飛び跳ねる。

 

 

 「さぁ、出来ましたよ~、ボアフォースのステーキです」

 

 

 人数分の料理が出来上がると、各人の目の前に置いていく。無論、皿などは無いため、しっかりと熱で火炎滅菌した石の上にである。

 

 

 「それじゃあ、食べましょうか」

 

 

 「いだだぎまず!」

 

 

 「頂きます!」

 

 

 「頂きます」

 

 

 「慌てなくても、おかわりは沢山ありますからね~」

 

 

 エジタスの武器である食事用ナイフとフォークを真緒達が受けとると、目の前に出された料理にかぶり付くハナコとリーマ。それに続くように真緒とフォルスも食べる。しかし、ハナコだけは、フォークやナイフが使えないため手掴みであるが、熱さをもろともしなかった。

 

 

 「美味しい!」

 

 

 「美味じいなぁ!」

 

 

 「本当ですね!」

 

 

 「素晴らしい腕前だな」

 

 

 「そんなに褒めないで下さいよ~」

 

 

 褒められたエジタスは、少し照れくさそうに体を揺らす。

 

 

 「おがわり!」

 

 

 「もう、ですか!?ハナコさんは食べるのが早いですね~、すぐ用意しますね」

 

 

 「ハナちゃんは食いしん坊だからね」

 

 

 「ハナコさんのおかげで金欠になりかけたんですよね」

 

 

 「そうそう!」

 

 

 「なんだ、その話は聞いたことがないな」

 

 

 「それはですね……」

 

 

 「ぢょっど、ぞの話はじないで欲じいだよー!」

 

 

 「何の話ですか~」

 

 

 話を聞きつけ、エジタスが戻ってきた。

 

 

 「いやー、実はですね……」

 

 

 「もぉー!ぞの話はじないで欲じいだぁー!」

 

 

 「「あはははははは」」

 

 

 事情を知っている真緒とリーマが笑い、事情を知らないフォルス達は、キョトンとしていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 食事を済ませた後、真緒達は男女に分かれて寝ることにした。もちろん見張り役として、フォルスとエジタスは交代しながらである。

 

 

 「まずは、俺が見張りをしよう」

 

 

 「ありがとうございます。それでは、皆さんお休みなさ~い」

 

 

 「師匠、お休みなさい」

 

 

 「お休みなざい」

 

 

 「お休みなさい」

 

 

 フォルスを除いた四人は眠りについた──筈だった。

 

 

 「ねぇねぇ、二人って好きな人とかいないの?」

 

 

 興奮して眠れない真緒が、二人に話し掛けてきた。それも、恋愛絡みの話をしてきた、真緒も年頃の乙女である。

 

 

 「ぞんなの居らんよ、ごの間まで奴隷だっだんだから……」

 

 

 「私も、おじさんとおばさんの下で働いていましたから、好きな人と言われても……」

 

 

 「え~、誰かいるでしょ?」

 

 

 「そういうマオぢゃんはどうなのさ?」

 

 

 「え?」

 

 

 「そうですよ、エジタスさんと随分仲が良いようですね」

 

 

 質問していた筈の真緒が、逆に質問される立場になってしまった。

 

 

 「そ、そ、そんな師匠とはあくまでも師弟関係で、疚しい気持ちなんてこれっぽっちも無いよ!」

 

 

 「じゃあ、嫌いなんだが?」

 

 

 「そんな訳無いじゃないですか!師匠の事は大好きですよ!」

 

 

 「やっぱり好きなんですね」

 

 

 「だからそうじゃなくて……あれ?大好きだけど好きじゃなくて、嫌いでもなくて……ああー!もう分からなくなっちゃった!もう寝る!お休み!!」

 

 

 頭の中がごっちゃになり、訳が分からなくなってしまった真緒は、無理矢理会話を終わらせ寝てしまう。

 

 

 「あれ~マオぢゃん?どうじだのがな~?」

 

 

 「自分から聞いておいて、ズルいですよ~」

 

 

 二人の弄りはしばらく続いた。その様子を見ていたフォルスは、少し笑った。

 

 

 「愛されてるんだな、エジタスさん」

 

 

 「…………」

 

 

 

 寝てしまったのか、フォルスの言葉に反応を示さないエジタス。これが、真緒達の初めての野宿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒地のとある場所。二人の男が頭を抱えていた。

 

 

 「はぁー、いったいどうすればいいんだ?まさか、こんなことになるなんて……」

 

 

 「……何処かに俺達を救ってくれる救世主はいないだろうか?」

 

 

 男達の助けを求める声は虚しくも、誰にも届かなかった。



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クレバの荒地

 「うーん、いい天気」

 

 

 早朝、真緒は日の光で目を覚ました。大きく背伸びをして、血流を良くする。

 

 

 「ん~、マオさんおはようございます……」

 

 

 「おはよう、リーマ」

 

 

 リーマは眠たい目を擦りながら、体を起こした。するとどうだろう、リーマの頭に寝癖がついていた。しかも一ヶ所だけしか立っておらず、まるでアホ毛のようだった。

 

 

 「リ、リーマ、それ……プフゥ!」

 

 

 「何ですか?何笑っているんですか?」

 

 

 アホ毛のように立っていただけでも面白いのだが、リーマが喋る度にアホ毛が上下に揺れて、生きてるみたいだった。

 

 

 「リーマ、寝癖がついてるよ……プフゥ!」

 

 

 「え……“ウォーター”」

 

 

 リーマは魔導書を開き、水の塊を作り反射させて鏡代わりにした。

 

 

 「…………!!」

 

 

 寝癖の存在に気づき、慌てて押し戻そうとする。しかし、頑固な寝癖もといアホ毛はなかなか直らない。

 

 

 「……ああ、もう!」

 

 

 痺れを切らしたリーマは、作り出した“ウォーター”を自分の頭の上で落とした。

 

 

            バシャー!!!

 

 

 「リーマ!?」

 

 

 当然無事ではあるが、いきなり頭から水を被ったので、真緒は驚いた。

 

 

 「リーマ、大丈夫?」

 

 

 「はい、寧ろスッキリしました!」

 

 

 「なら良かったけど……」

 

 

 びしょ濡れのリーマを他所に、真緒よりも早く起きたフォルスがやって来た。

 

 

 「お、二人とも起きたか……何でリーマはずぶ濡れなんだ?」

 

 

 「あー、色々あってね」

 

 

 「はい……」

 

 

 フォルスの問いにお茶を濁す二人。

 

 

 「……まぁ、別に深くは聞かないけどよ。それより、もうすぐ朝御飯が出来るから、ハナコを起こしといてくれ」

 

 

 「分かりました」

 

 

 「任せてください」

 

 

 「頼んだぞ」

 

 

 そう言うと、フォルスは調理しているエジタスの下へと、戻って行った。

 

 

 「……それじゃあ、ハナちゃんを起こそうか」

 

 

 「そうですね」

 

 

 二人が寝ているハナコの方を見ると……。

 

 

 「ハナちゃん、これは……」

 

 

 「何と無防備な……」

 

 

 胸がはだけており、おへそは丸出しで、あられもない姿で寝ていた。

 

 

 「取り敢えず、服を着せてから起こそうか……」

 

 

 「その方が良さそうですね……」

 

 

 真緒達は、ハナコのはだけた服を着せて、丸出しのおへそを隠し、起こそうとする。

 

 

 「ハナちゃん!起きて!もう朝だよ!」

 

 

 「ハナコさん、起きてください!」

 

 

 「へへへ……まだまだ食べられるだよ……」

 

 

 どんな夢を見ているのか、大体想像がつく寝言を発する。

 

 

 「もう~ハナちゃん、起きて!もうすぐ朝御飯の時間だよ!」

 

 

 「そうですよ、エジタスさんの美味しいご飯ですよ!」

 

 

 食いしん坊には、ご飯ですよ作戦を試みる二人。

 

 

 「んふふ、朝御飯を食べるのなんで朝飯前だぁ……」

 

 

 だが起きない。既に夢の中で、朝御飯を済ませるハナコ。

 

 

 「うーん、全然起きないね」

 

 

 「どうしましょうか……」

 

 

 「は~い、お待たせしました。朝御飯が出来ましたよ~」

 

 

 二人がハナコを起こすのに手こずっていると、エジタスが料理を作り終えて、運んで来てしまった。

 

 

 「あ、師匠すみません。実はハナちゃんがまだ……」

 

 

 「やっど来だだぁ、オラ腹ペコペコだよー!」

 

 

 「「!!?」」

 

 

 気がつくと、つい先程まで寝ていた筈のハナコが、いつの間にか石のテーブルの前に座っていた。

 

 

 「マオさん……」

 

 

 「た、食べ物への執着が凄いね……」

 

 

 あまりに突然の出来事で、恐怖すら抱く。

 

 

 「ほら、二人ども早ぐ座っで座っで!」

 

 

 ハナコは二人に早く座るように、手招きして催促する。

 

 

 「う、うん……」

 

 

 「分かりました……」

 

 

 二人は戸惑いながらも座った。

 

 

 「さぁ、今日の朝御飯は、ボアフォースの肉を使ったサンドイッチですよ」

 

 

 エジタスは、サンドイッチを各人に手渡していく。

 

 

 「パンですか、よくありましたね」

 

 

 「ええ、マオさん達が買ってきた食料を、少し使わせて貰いました」

 

 

 「成る程……ん、美味しい」

 

 

 真緒は手渡されたサンドイッチを食べると、思わず声に出た。

 

 

 「そうでしょう~、我ながら上手く出来たと思っていますよ」

 

 

 それから、朝御飯を食べ終わった真緒達は焚き火の後始末を済ませ、出発の準備をする。

 

 

 「では、行きましょうか。クレバの荒地へ!」

 

 

 「「「「おおーー!!」」」」

 

 

 真緒の号令と共にやる気を見せる仲間達。真緒達の旅は始まったばかりだ……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ここが、クレバの荒地……」

 

 

 あれから三日間歩き続けた真緒達は、カルド王国草原地帯を抜けて、クレバの荒地へと辿り着いた。

 

 

 「草原地帯とは偉い違いだな……」

 

 

 クレバの荒地はその名の通り、草木は一本も生えておらず、地面は乾ききってひび割れている。

 

 

 「これじゃあ、作物も育ちませんね……」

 

 

 「そもそも生物がいるんでしょうか?」

 

 

 リーマが疑問に思っていると、一匹の生物が近づいてきた。灰茶色の体色に、尾の先は黒色、立ち上がると二メートルにもなりそうな“カンガルー”だった。

 

 

 「あれってカンガルーですか……?」

 

 

 

 無論、異世界なのだから普通のカンガルーの訳が無い。最も特徴的なのは、はち切れんばかりに膨れ上がった、右腕。左腕と比べるとその差は五倍近くあった。

 

 

 「“ライトマッスルアーム”右腕だけが異常に発達した魔物。その一撃は城壁に穴を空ける程だという……」

 

 

 「城壁って、本当ですか!?」

 

 

 フォルスの説明に、驚きの表情を見せる真緒。

 

 

 「ヴェー!!」

 

 

 突如、“ライトマッスルアーム”が鳴いた。

 

 

 「えぇ!!、カンガルーってあんな鳴き声だったの!?」

 

 

 真緒が驚いていると、ライトマッスルアームが、噂の右腕で真緒達目掛けて空を切る。すると、“ブオン”という風を切るような音が聞こえ、衝撃波が飛んできた。

 

 

 「きゃあ!」

 

 

 「マオぢゃん!」

 

 

 「マオさん!」

 

 

 「大丈夫か!!」

 

 

 「お怪我はありませんか~?」

 

 

 真緒は、衝撃波で尻餅をついてしまった。

 

 

 「私は大丈夫……離れているのにあの威力だなんて……まともに喰らっていたらと思うと、恐ろしいです」

 

 

 すると、ライトマッスルアームは尻餅をついた真緒を見て、鼻で笑うとその場を去っていった。

 

 

 「あ、あいつ……!」

 

 

 「馬鹿にざれだだよ!」

 

 

 「許せません!」

 

 

 「間違いなく、ハイゴブリンよりも強者だな」

 

 

 「そうですね~」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ライトマッスルアームの出来事から一時間後、真緒達は荒地を歩いていた。

 

 

 「それにしても、本当に何もないですね」

 

 

 「確がにそうだなぁ……」

 

 

 「見渡す限りひび割れた地面……何だか、寂しい場所ですね」

 

 

 「仕方もあるまい、綺麗な場所があれば、どうしたってこういう場所もある。それを見てどう感じるのかも、旅の醍醐味なのさ」

 

 

 フォルスは自慢げに語る。

 

 

 「成る程、フォルスさんは旅慣れていますね」

 

 

 「まぁ、全部エジタスさんに聞いたんだけどな」

 

 

 「今朝早くに教えていました~」

 

 

 「なぁんだ、そうだったんですかー」

 

 

 そんな会話をしていると……。

 

 

 「ん?ねぇ皆、何が見えるだぁ」

 

 

 「「「「え?」」」」

 

 

 ハナコが指差す方向に、簡易的な小屋が、いくつか立っているのが見えた。

 

 

 「あれは……村……でしょうか?」

 

 

 「オオラカ村とはだいぶ雰囲気が違いますね……」

 

 

 「とにかく、行って確かめてみよう」

 

 

 真緒達が、村と思わしき場所に近づくと……。

 

 

 「おお!!旅のお方、丁度いいときに来てくださった!」

 

 

 「どうか、我々を助けて頂けないだろうか?」

 

 

 村の入り口には、みすぼらしい男二人が立っており、真緒達を見た途端助けを求めて来た。

 

 

 「ちょ、ちょっと落ち着いてください。何があったんですか?」

 

 

 真緒が慌てる二人を落ち着かせた。

 

 

 「……じつは、子供達が“オーク”に拐われてしまったのです!」

 




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アウトク村

 “オーク”別名──緑色の巨人と呼ばれる魔族。体長は約二メートル半と高く、引き締まった筋肉と黄緑色の肌が特徴的だ。知性は魔物よりはいいが、あまり賢いとは言えない。服装はゴブリンと同じ、腰蓑一枚である。主な武器はその鍛えぬかれた肉体による拳、もしくは棍棒のような鈍器を扱う。性格はとても狂暴で、同じ種族に対しても襲い掛かる程だ……これが、フォルスの知っている“オーク”の基本的な情報になる。

 

 

 「あの、拐われたって……詳しく教えて頂けませんか?」

 

 

 真緒が助けを求めている二人に、事情を聞くことにした。

 

 

 「はい……あれは我々が畑仕事を終えて、自宅へと帰る時でした」

 

 

 「けたたましい叫び声がしたかと思うと、突如オークが、このアウトク村を襲って来たのです!」

 

 

 「必死で応戦したのですが、非力な我々では敵う筈も無く、子供達が拐われるのをただ見ているだけでした」

 

 

 「そんな……どうして食らいつこうとは思わなかったんですか!?」

 

 

 敵わないとしても、拐われるのを見ていただけの村人に、真緒は怒りを示す。

 

 

 「我々だって命は惜しいんです!」

 

 

 「子供の為なら死ねるのが、親なんじゃないんですか!?」

 

 

 「「!!」」

 

 

 真緒の正論が胸に突き刺さる。

 

 

 「マオ、その辺にしておけ……」

 

 

 「フォルスさん!でも!」

 

 

 フォルスが真緒の肩に手を置き、宥めようとする。

 

 

 「この人達だって分かっているんだ……。自分の子供を守りきれなかった事に後悔している。だから、こうして助けを求めているんだ」

 

 

 「……分かりました」

 

 

 フォルスの言葉に落ち着きを取り戻す真緒。

 

 

 「何の騒ぎですか?」

 

 

 「ああ、村長」

 

 

 「来てくださったんですね」

 

 

 真緒と村人の騒ぎを聞きつけ、村の奥から年配の女性が、近づいて来た。

 

 

 「この人は?」

 

 

 「ご紹介しましょう。村長のネキツさんです」

 

 

 「村長のネキツです」

 

 

 ネキツ村長は、礼儀正しく深々と頭を下げた。

 

 

 「村長、この方々に子供達を救い出して貰いましょう!」

 

 

 「……いつも言ってますでしょ、村で起こった事は、村の者が解決するのです」

 

 

 村人が村長に提案するも、認めようとしない。

 

 

 「そんな悠長な事を言ってる場合ですか!?」

 

 

 「駄目なものは駄目です!この問題は、私達の手で解決しなければなりません」

 

 

 「村長……」

 

 

 頑なに認めようとしない。その時真緒は、ふとした疑問を投げ掛ける。

 

 

 「あの……拐われた子供達はどうなるのですか?」

 

 

 「分かりません……しかし、噂によるとオークは、人間の肉を好むと聞きます。女子供の柔らかい肉は特に……」

 

 

 「酷い……」

 

 

 拐われた理由の残酷さに、吐き気がする真緒達。

 

 

 「さぁ二人とも、もういいでしょう。これから村の皆で、子供達について話し合いますから来てください。」

 

 

 「……はい」

 

 

 「分かりました……」

 

 

 二人の村人は、悔しい表情を浮かべながら、ネキツについていこうとする。

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 「…………」

 

 

 

 真緒達は、お互いに目配せをする。そして……。

 

 

 「……あの、ネキツさん」

 

 

 真緒に声を掛けられ、振り向くネキツ。

 

 

 「子供達の救出を、私達にさせて頂けませんか?」

 

 

 「……気を使って頂き、ありがとうございます。しかし、これは私達の問題なのです」

 

 

 「それは分かっています。ですがこちらも、目の前に困っている人がいるのに、見過ごす訳にはいきません」

 

 

 真緒は、ネキツに申し出を断られるが、食い下がる。

 

 

 「……そうですか、分かりました。そこまで言ってくださるのなら、皆様に頼む事にしましょう。ほら、あなた達も旅の方々にお礼しなさい」

 

 

 「ありがとうございます!」

 

 

 「我々を助けてくださる救世主様。本当にありがとうございます!」

 

 

 「そんな、救世主だなんて!……」

 

 

 何とか説得に成功した真緒達は、村人二人から救世主として祭り上げられ、少し照れてしまう。

 

 

 「では、皆様も会議に出席していただけますか?」

 

 

 子供達を救出するとなれば、真緒達にも村の会議に出席してもらう必要がある。

 

 

 「ええ、もちろんいいですよ。あ、私の名前は佐藤 真緒っていいます」

 

 

 「オラはハナコっで言うだぁ」

 

 

 「私はリーマです」

 

 

 「フォルスだ」

 

 

 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 

 

 「改めましてよろしくお願いします。私はネキツと申します。会議は私の家で行いますので、ついてきてください」

 

 

 真緒達はネキツの後についていく。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「どうぞー、どうぞー、食べてください」

 

 

 アウトク村、村長の家。真緒達は今、豪華な料理が振る舞われている。

 

 

 「そんな気を使わないでください」

 

 

 子供達を救出させてほしいと言った事から、村人全員が真緒達に是非お礼として、食事を振る舞いたいとの申し出があった。

 

 

 「皆様は我々の救世主なのです。これぐらいのことはさせてください」

 

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 

 人からのおもてなしを無下にも出来ず、それぞれ対応していく真緒達。当然の事ながら、ハナコは目の前の料理を無我夢中で食べていく。……だがここで、フォルスが行動を起こした。

 

 

 「なぁ、少しいいか?」

 

 

 「はい、なんでしょうか?」

 

 

 「オークに襲われた時の状況を詳しく知りたいから、この村を見て廻りたいんだが……」

 

 

 「勿論、いいですよ」

 

 

 「ありがとう、じゃあ少し見てくるからな」

 

 

 フォルスは真緒達を置いて村長の家を出ていくと、村の中を歩き始める。

 

 

 「…………」

 

 

 しかし、見渡す限りの荒れ地に、簡易的な小屋以外何もなかった。そんな中、フォルスは一つの小屋の前で止まる。

 

 

 「なぁ……」

 

 

 「どうしました?」

 

 

 フォルスは近くにいた村人に話し掛ける。

 

 

 「この小屋の内装は、他の小屋と同じなのか?」

 

 

 「そうですね……基本的には同じです」

 

 

 「そうか……」

 

 

 予想通りの返答が返ってきた、フォルスは小屋に入る。

 

 

 「…………」

 

 

 中に入ると、あるのは椅子と机。それと就寝用と思われる布が、一枚折り畳まれている。

 

 

 「成る程……」

 

 

 フォルスは、ある程度見終わると真緒達の場所に戻った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 「早かったですね、何か分かりましたか?」

 

 

 真緒は戻ってきたフォルスに、問いかける。

 

 

 「ん、ああ、まぁ色々分かった」

 

 

 「そうですか、では早く子供達を助けに行きましょう。ネキツさん、オークがいる場所は分かりますか?」

 

 

 真緒は、ネキツにオークの居場所を聞く。

 

 

 「それでしたら、ここから東に二日間程歩いた所にある洞窟に、オークが入るのを見ました」

 

 

 「よし、あとは私達に任せてください」

 

 

 場所が分かればこっちの物である。真緒達が村長の家を出ると、村人全員が見送りに来ていた。

 

 

 「頑張ってください!」

 

 

 「必ずオークを倒して、子供達を救ってください!」

 

 

 「お願いします、救世主様!」

 

 

 「救世主様!」

 

 

 「救世主様!」

 

 

 「救世主様!」

 

 

 村人の救世主コールが響き渡る。そして、真緒達が村の外へと出るタイミングで、村長のネキツが近づいてくる。

 

 

 「マオさん……」

 

 

 ネキツが真緒の手を取る。

 

 

 「どうか……どうか……子供達を救出し、このアウトク村をお救いください!」

 

 

 ネキツが真緒の手を強く握る。

 

 

 「任せてください!必ず、子供達を助け出して見せます!」

 

 

 「ありがとうございます……」

 

 

 真緒がネキツの手を強く握り返す。

 

 

 「では、行って参ります」

 

 

 そう言って、真緒達はオークがいるという東の洞窟に向かうのであった。




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ライトマッスルアーム

 クレバの荒地で真緒達は、オークに拐われた子供達を救うべく、オークがいるという東の洞窟に向かっていた。

 

 

 「子供達は無事でしょうか……」

 

 

 そんな弱々しい声が、真緒の口から発せられる。

 

 

 「心配していても事態が好転する訳じゃない。無事だと信じて、進むしかないだろう」

 

 

 「そんだぁ、悪い方へど考えないで良い方へど考えるのがいいだよ」

 

 

 「ネガティブはいけません。ポジティブに行きましょう!」

 

 

 「マオさ~ん、笑顔ですよ~笑顔。マオさんには笑顔が一番似合いますよ」

 

 

 「皆……うん!そうだよね、いつまでも暗いのは駄目だよね。明るく行かないとね!」

 

 

 仲間達の声援のお陰で、明るい表情に戻った。

 

 

 「……とは言うものの、オークは何の為に子供達を拐ったんでしょうか?」

 

 

 「それを確かめる為にも、そのオークに会いに行くんだろ?」

 

 

 「……もじ、ネキツざんの言う通り、食べるのが目的だっだら……」

 

 

 「やめて!」

 

 

 ハナコの言葉を、思わず遮る真緒。

 

 

 「だが実際の所、魔族って人間を好んで食べるんでしょうか?フォルスさんやハナコさんは、そういうのありますか?」

 

 

 「ある訳無いだろ、俺達亜人は基本的に、お前達と同じ食事を取っている」

 

 

 「そうだなぁ~、流石に人間は食べだごどはねぇがな~」

 

 

 「…………」

 

 

 フォルスとハナコが、亜人の食事方法について話している中、エジタスは魔王城での話を思い出していた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「え、人間を食べるか……だって?」

 

 

 エジタスが魔王であるサタニアに、食事について質問した。

 

 

 

 「はい、旅している途中で色々な噂を耳にしたのですが、その中でも、魔族は人間を好んで食べると聞きまして、果たして真相はどうなのかと思いましてね」

 

 

 「う~ん、説明が難しいな……と言うのも、僕達のような上級魔族は基本人間は食べないんだけど、その下の下級魔族は、どっちかと言うと動物に近いから、お腹が空いたら生き残る為に、目の前の生物を食べようとしちゃうんだ」

 

 

 サタニアの説明は、とても分かりやすく、エジタスは即座に理解できた。

 

 

 「成る程~、因みにサタニアさんは人間を食べようと思ったりするんですか?」

 

 

 「そんな事する訳無いじゃないですか!」

 

 

 ──以上が、エジタスがサタニアから聞いた、魔族の食事概念であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「……さん……タスさん……エジタスさん!」

 

 

 過去の思い出に浸っていると、リーマの呼ぶ声が聞こえ、我に帰った。

 

 

 「ちゃんと聞いてましたか?」

 

 

 「あ~、すみません。少し考え事をしていました」

 

 

 「ですから、エジタスさんは、魔族が人間の肉を食べると思いますか?」

 

 

 エジタスは、リーマの質問にどう答えようか悩んだ結果……。

 

 

 「……そうですね~、私は……食べる者もいれば、食べない者もいるんじゃないかと思いますね」

 

 

 曖昧な答えを返した。それは、変な期待を持たせない為、ここで下級魔族以外は、基本的に人間の肉を食べないと言ってしまったら、希望を抱いてしまう。もしかしたら、子供達は生きているかもと……。拐ったオークが下級魔族か、上級魔族か、分からないこの状況でエジタスは、敢えて話さずお茶を濁した。

 

 

 「そうですか……」

 

 

 その時だった!エジタスの返答を聞いてる最中、突如背後から突風が突き抜ける。

 

 

 「きゃあ!」

 

 

 「な、なんだぁ!?」

 

 

 「いやっ!」

 

 

 「クソ!」

 

 

 「うわぁっととと!?」

 

 

 突然の出来事で反応することが出来ず、転んでしまう真緒達。いったい何が起こったのか、振り返ってみると……。

 

 

 「あなたは!!」

 

 

 そこにいたのは口角を上げ、横の歯を剥き出しにして、まるで人間のように笑って見せるカンガルー……ライトマッスルアームが立っていた。

 

 

 「ヴェー!」

 

 

 ライトマッスルアームが鳴く。

 

 

 「まさかここで、あのときの借りを返せるとはね!」

 

 

 「ここは、私に任せてください!私の魔法で倒して見せます!」

 

 

 そう言うとリーマは、魔導書を開く。

 

 

 「食らいなさい!“スネークフレイム”!!」

 

 

 

 

 リーマの魔導書から、炎で形成された蛇が生み出され、ライトマッスルアームに放たれる。そして見事、ライトマッスルアームに命中した。

 

 

 「どんなもん……で……え?」

 

 

 確かに命中した。しかし、炎に包まれながらも余裕の表情をする、ライトマッスルアーム。そして炎は次第に小さくなり、消えた。

 

 

 「そんな、どうして?」

 

 

 「おそらく奴には、火属性に対する耐性が、付いているんだろう」

 

 

 「それなら!“ウォーターキャノン”!!」

 

 

 リーマの目の前に大きな水の塊が形成され、その塊はライトマッスルアーム目掛けて飛んでいった。

 

 

 「行けーー!!」

 

 

 “ニヤリ” そう、ライトマッスルアームが笑ったように見えた。異常に発達した右腕を構え、飛んでくる大きな水の塊に拳を振るう。

 

 

 「ヴェー!」

 

 

             パァン!

 

 

 そんな音が響き渡ると、リーマが生み出した大きな水の塊が弾け飛んだ。

 

 

 「そ、そんな……」

 

 

 リーマはガクリと膝を着く。

 

 

 「今度は俺が殺る」

 

 

 フォルスは、武器である弓と矢を取り出した。

 

 

 

 「悪く思うなよ、スキル“ロックオン”、スキル“急所感知”」

 

 

 ライトマッスルアームの体に、ターゲットマーカーが表示され左腕に移動する。

 

 

 

 「じゃあな!」

 

 

 フォルスは、ライトマッスルアーム目掛けて矢を放った。放たれた矢は、急所である左腕に刺さる直前、右手で器用に掴み取る。

 

 

 「な、なんだと……」

 

 

 エジタスの時は、仕方ないと思っていた。それは、エジタスの方が自分より強者であり、スキルについて詳しかったからだ。それなのに、こんな魔物に意図も簡単に止められた。

 

 

 「ヴェー」

 

 

 ライトマッスルアームは、掴み取った矢と、フォルスの心を折った。

 

 

 「俺がやってきた事は、全て無駄だったのか……」

 

 

 フォルスはガクリと膝を着く。

 

 

 「皆、諦めないで!」

 

 

 「そうだよぉ、希望を捨でぢゃあいけない!」

 

 

 「諦めなければ、道は開かれるんですよ~」

 

 

 真緒達が、リーマとフォルスの正気を取り戻そうとすると……。

 

 

 「ヴェー!!!」

 

 

 今までの鳴き声より、大きく叫んだライトマッスルアームは少し後ろに下がり……ホップ、ステップ、ジャンプ!と、聞こえてきそうなリズムで跳んできた。

 

 

 「しまった!」

 

 

 反応が遅れた。ライトマッスルアームの右腕が振り下ろされる。

 

 

 「マオぢゃん、危ない!」

 

 

 ハナコはその間に割って入り、真緒を守ろうと、両腕を顔の前で立ててガードする。

 

 

 「うぐっ……」

 

 

 「ハナちゃん!」

 

 

 「ハナコさん!」

 

 

 「大丈夫か!?」

 

 

 ハナコが守った事により、リーマとフォルスが正気に戻った。そして、不思議な事にハナコは無傷だった。

 

 

 「オラなら大丈夫だぁ」

 

 

 「よかった……でも、いったいどうして?」

 

 

 「もしかしたら、そのガントレットのお陰じゃないか?」

 

 

 フォルスが示したのは、ハナコが装着している不壊のガントレットだ。決して壊れないその性能が、窮地を救ってくれた。ライトマッスルアームは興奮しているのか、右腕を振り回している。さらに右腕からは湯気が立っていた。

 

 

 「……ハナちゃん、ちょっと考えがあるんだけど、手伝ってくれないかな?」

 

 

 「いいだよ、オラに出来るごどなら何だっでやるざぁ」

 

 

 「それじゃあ……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ヴェー!」

 

 

 ライトマッスルアームは、倒せなかったハナコに何度も、異常発達した右腕で殴り続けている。

 

 

 「うぐうぅぅっ……」

 

 

 「マオさん!ハナコさんに、何をやらせているんですか!?今すぐ止めさせてください!!」

 

 

 真緒の狙いが分からず、焦りを見せるリーマ。

 

 

 「こうなったら、もう一度私が……「やめでぐれぇ」……え?」

 

 

 助けようとするが、ハナコ自身に遮られる。

 

 

 「手出しは無用だぁ!オラだっで、皆の役に立ぢでんだ!!」

 

 

 「ハナコさん……」

 

 

 「ここは、マオとハナコを信じるしかない」

 

 

 「そうですよ~、家宝は寝て待てですよ~」

 

 

 リーマ達は、ライトマッスルアームの猛攻を食らい続けるハナコを、見守ることにした。そしてついに……。

 

 

 「も、もうダメだぁ……」

 

 

 ハナコは遂に、猛攻に耐えきれずバランスを崩してしまう。

 

 

 「ヴェー!!!」

 

 

 ライトマッスルアームが、叫び声を上げる。そして右腕を振り上げると、そのまま振り下ろそうとする。

 

 

 「結局役に立でながっだよ。皆ごめん……」

 

 

 「ハナちゃん、ありがとう……作戦成功だよ」

 

 

 真緒がそう言うと、ライトマッスルアームは右腕を上げたまま、前のめりに倒れた。

 

 

 「これは、いったい……」

 

 

 

 「脱水症状だよ」

 

 

 「脱水?」

 

 

 「あの異常に発達した右腕は、扱う度に相当の熱量と運動量を要するんだよ。湯気が出ていたのは、発せられた汗があまりの熱さで蒸発したからなんだ」

 

 

 

 真緒から語られる、ライトマッスルアームの意外な弱点。

 

 

 「それで、ハナコさんに頼んだ訳ですか……」

 

 

 「うん、あの攻撃に耐えられるのは、ハナちゃんのガントレットだけだと思って…………それで、ここからが重要なんだけど……リーマ、ライトマッスルアームを水属性魔法で助けてあげてほしい」

 

 

 「何でですか!?私達は殺されかけたんですよ!」

 

 

 ライトマッスルアームを助けようとする真緒に、理解が出来ないリーマ。

 

 

 「お願い……」

 

 

 「……どうなっても知りませんよ」

 

 

 リーマは水の塊を作り、ライトマッスルアームの頭に掛ける。

 

 

 「!!」

 

 

 ライトマッスルアームが目を覚ました。怯えた表情をしながら真緒達を見る。

 

 

 「大丈夫、怖がらないで……殺すつもりは無いから、だから貴方ももう私達を襲わないでね」

 

 

 「……………」

 

 

 無言のままライトマッスルアームは去っていった。




この時、初めてカンガルーの鳴き声を知りました。

今回はここまで!!
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東の洞窟

ホグワーツレガシー、最高!!


 「それで、説明してもらいましょうか?」

 

 

 現在、真緒は正座をしてリーマに説教されていた。

 

 

 「えっと……何を?」

 

 

 「決まっているじゃないですか!どうして、ライトマッスルアームを助けるだけじゃ飽きたらず、見逃したんですか!?」

 

 

 「あ、ああ~それは……」

 

 

 真緒は目を反らして、合わせようとしない。

 

 

 「私達は、殺されかけたんですよ!」

 

 

 「そ、そうだけど……」

 

 

 「それに、せっかく倒せたのに助けてしまっては、ハナコさんの頑張りは意味がなかったじゃないですか!」

 

 

 「オラは全然気にじで無いだよ……」

 

 

 「ハナコさんは、黙っていてください!私はマオさんに聞いているんです!!」

 

 

 ハナコがフォローするも、リーマは聞く耳を持たない。真緒に対する怒りでそれ所では無いのだ。

 

 

 「さぁ、答えてください!」

 

 

 「…………そうだよね、結果はどうであれ皆を危険な目に会わせたのは確か……うん、分かった。ちゃんと説明するよ」

 

 

 先程とは違い、リーマの目を見て話す真緒。

 

 

 「まぁ、理由と言ってもシンプルなんだけどね。それは、単に私が殺したくなかったからだよ」

 

 

 「はい?……冗談を言っているんですか?」

 

 

 

 「ううん、私は真剣だよ。ライトマッスルアームは一度、私達の事を見逃したでしょ?」

 

 

 「確かにありましたけど……」

 

 

 リーマは、クレバの荒地に着いた直後の出来事を、思い出していた。

 

 

 「二回目の時も、背後にいたにも関わらず、不意打ちはせずに衝撃波で居る事を伝えて来た。この事から考えるに、ライトマッスルアームは正々堂々とした勝負を望んでいたんじゃないかな?」

 

 

 「どういう意味ですか?」

 

 

 「えーと……私は女だから上手く説明出来ないけど、生物的に男性や雄は強者を求めているって、聞いたことがあったんだ。だから、ライトマッスルアームもそうじゃないかなって」

 

 

 「……て、言っていますが実際の所、どうなんですか?」

 

 

 真緒の答えに対して、リーマは確認の意味も兼ねて、男性と雄であるエジタス、フォルスの二人に聞いてみる。

 

 

 「他は知らないが、少なくとも俺は無い。強者を求めればそれだけ死ぬのも早いからな」

 

 

 「私も強者には会ってみたいですけど、戦いたいとは思いませんね~」

 

 

 当然のように求めない二人。

 

 

 「……いや、まぁこの二人は例外としても、それが何で助けた理由になるんですか?」

 

 

 「えっと、殺すのが目的じゃ無いのなら、話せば分かって貰えるかなって思ったんだけど、あの時は、ライトマッスルアームが興奮してたから、落ち着いて聞いてもらう為に、一時的に倒そうと決めたの」

 

 

 「そういう事でしたか……でも、今回のライトマッスルアームは物分かりが良くて助かりましたけど、全ての魔物がそうとは限りませんからね!」

 

 

 「分かってるよ、もう仲間を危険な目に、会わせたりしないよ」

 

 

 リーマの説教は、こうして幕を閉じた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

  ライトマッスルアームとの一戦から二日後。真緒達は、東の洞窟に向けて歩いていた。

 

 

 「あれから二日ですか……情報通りなら、そろそろ東の洞窟が見えてくる筈ですね」

 

 

 「そうだな…………おっ、あれじゃないか?」

 

 

 フォルスの指差す方向には、いかにもそれらしき洞窟があった。

 

 

 

 「十中八九、間違いないと思いますね」

 

 

 「出来れば、中の様子を確認したいんですけど……」

 

 

 「それなら、俺は別の所からこの洞窟を調べてみようと思うのだが、一旦別行動をさせてもらってもいいか?」

 

 

 「いいですよ。でも、気を付けてくださいね」

 

 

 「ああ、分かっている」

 

 

 そう言うとフォルスは真緒達から離れ、何処かへと行ってしまった。

 

 

 「フォルスさん、大丈夫でしょうか?」

 

 

 「心配しなくても大丈夫ですよ~、フォルスさんには何か考えがあるんでしょう~、それを信じるのが仲間ってもんですよ」

 

 

 「そうですよね。師匠、助言して頂きありがとうございます!」

 

 

 「いえいえ、気にしないでください」

 

 

 そんな話をしていると、洞窟の中から何者かが出てきた。

 

 

 「うんしょ、こらっしょ、よいしょっと」

 

 

 重たそうな荷物を運んできたのは、まだ年端のいかない子供だった。荷物の中身は、ボロボロになった子供用の衣服であった。

 

 

 「あれって、もしかして!?」

 

 

 真緒は仲間達に目で合図を送ると、子供の下へと歩み寄る。

 

 

 「ねぇ、君!もしかして……」

 

 

 「!!」

 

 

 子供は真緒達を見た途端、慌てて洞窟の中に入っていった。

 

 

 「あ、待って!私達は君を助けに来たんだよ!」

 

 

 真緒達は子供の後を追って、洞窟の中へと入って行った。

 

 

 「ちょっと待って!話を聞いて!!」

 

 

 洞窟内は薄暗く、先の方が見えない。

 

 

 「何処に行っちゃったのかな?」

 

 

 子供を見失ってしまった真緒達は、ゆっくりと道なりに進んで行く。

 

 

 「ん?何がいるだぁ……」

 

 

 ハナコがこの薄暗い中で、奥の方に何か人影の様なものを確認する。そこに居たのは……。

 

 

 「…………」

 

 

 無言で腕組みをしながら仁王立ちをしている、黄緑色の肌に腰蓑一枚の服装、そして、鍛えぬかれた屈強な体を持つ“オーク”だった。

 

 

 「あなたがオーク…………」

 

 

 生まれて初めてオークを見る真緒達だが、今までの戦いの中で培った直感が告げる。こいつはあの、ライトマッスルアームよりも強者であると!!

 

 

 「ここから先には行かせぬ。悪いが貴殿達にはここで、お帰り願おう」

 

 

 オークは言葉が話せた。腕組みを解き、拳を作り構える。この事から察するに、このオークの武器は拳。職業は、ハナコと同じ武闘家の類いである。

 

 

 「それは出来ない相談ね。私達は正当な理由があって、ここまで来たのだから……」

 

 

 「……左様か、ならば仕方あるまい。少々手荒ではあるが、無理矢理にでもお帰り頂くとしよう!!!」

 

 

 「来なさい!私達はあなたみたいな、大切な人を奪う奴には、絶対に負けない!!」

 

 

 真緒達も武器を構える。両者の戦闘は避けられなくなった。




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真緒パーティーVSオーク

 「ハナちゃん、一気に決めるよ!」

 

 

 「分がっだぁ!」

 

 

 真緒とハナコはオークに向かって走り出す。

 

 

 「いくよ!スキル“ロストブレイク”!!」

 

 

 「スキル“熊の一撃”!!」

 

 

 真緒とハナコの連携攻撃が、オークへと放たれる。

 

 

 「……フン!」

 

 

 しかし、それを難なく両腕でガードする。

 

 

 「そんな!?」

 

 

 「オラ達の渾身の一撃を……」

 

 

 「威力は申し分ない……しかし、それだけの話だ。我を倒すのは百万年早いわ!!」

 

 

 オークは360度回転して、フルスイングで真緒達を薙ぎ払った。

 

 

 「きゃ!」

 

 

 「うぐっ……」

 

 

 見た目に似合わず素早い攻撃に反応が遅れ、まともに食らってしまう。

 

 

 「マオさん!ハナコさん!よくも二人を……今度は私が相手です!!」

 

 

 リーマは魔導書を開き、魔法を唱える。

 

 

 「“スネークフレイム”!!」

 

 

 リーマの魔導書から、炎で形成された蛇が生み出され、オークに放たれる。

 

 

 「温いわ!!」

 

 

 しかし、放れたリーマの魔法は、オークの足に踏み潰され消滅した。

 

 

 「……っ、やはりそうなりますか、それなら、“ウォーターキャノン”!!」

 

 

 リーマの目の前に、大きな水の塊が形成され、その塊はオーク目掛けて飛んでいく。

 

 

 「片腹痛いわ!!」

 

 

 オーク目掛けて飛んでいく水の塊は、突き出した拳とぶつかり合い、弾け散った。

 

 

 「そんな、これでも駄目なの……」

 

 

 真緒とハナコに続き、リーマの攻撃を意図も簡単に対処するオークに、真緒達は絶望の色に染まっていく。

 

 

 「貴殿達を見るに、相当なステータスを要していると判断する……だがしかし!笑止千万!!そんな物は只の数字にしか過ぎない!真の強者に必要なもの、それは“心”である!!」

 

 

 オークの怒鳴り声は洞窟内である為、反響してより大きく響き渡る。

 

 

 「我には、絶対に守らなければいけない存在がいる。それを守れるなら我はこの命を差し出そう!!命を掛けられない貴殿達には決して負けぬ!!覚悟の違いを思い知れ!!!」

 

 

 オークは真緒達に向けてスキルを放つ。

 

 

 「スキル“ストロングクエイク”!!」

 

 

 オークは両腕を掲げ拳を作ると、そのまま地面に叩きつける。すると、激しく揺れ始めた。

 

 

 「うっ……」

 

 

 「ゆ、揺れでるだぁ」

 

 

 「立ってられません……」

 

 

 「おわ、おわ、おわわわわ」

 

 

 あまりの震動に立つことが出来ない四人。さらに追い討ちを掛けるように、オークが殴り掛かる。

 

 

 「フン!」

 

 

 「がっ!はぁ……」

 

 

 真緒はお腹に強烈なフックを貰い、その場に倒れる。

 

 

 「マオぢゃん!」

 

 

 「余所見している場合か!」

 

 

 「!!」

 

 

 ハナコが真緒の安否を心配していると、既に目の前にはオークが拳を振るおうとしていた。ハナコは咄嗟に両腕を顔の前に立てて、ガードの構えを取る。

 

 

 「甘いわ!」

 

 

 「ゲボァ!!」

 

 

 しかし予測していたのか、オークは拳ではなく足でハナコの横腹を蹴り払った。

 

 

 「ハナコさん!」

 

 

 「案ずるな、すぐに後を追わせてやる」

 

 

 既にリーマの目の前には、オークが立っていた。

 

 

 「まだです!私には音魔法がっ……!」

 

 

 リーマが音魔法を放とうとする前に、オークがリーマの喉を掴み上げる。

 

 

 「魔法使いの長所は、魔法が使える事。ならばその魔法を唱えさせなくすればいい。悪いが喉を潰させてもらう」

 

 

 「がぁ……ぁ……」

 

 

 ミシミシという嫌な音を立てながら、徐々にオークの掴む力が強くなっていく。

 

 

 「本当にすまない……」

 

 

 「……ぁ……ぁ……」

 

 

 「流石に、見過ごす訳にはいきませんね~」

 

 

 「!!?」

 

 

 突如、オークの背後から声が聞こえてくる。急いで振り返るとそこには、いやらしい笑みを浮かべる道化師が立っていた。

 

 

 「ほい!」

 

 

 「ぐお!?」

 

 

 エジタスは、オークが振り返ると同時に、持っていたナイフで腕を切りつけた。あまりに突然の出来事に思わず、掴んでいた手を離してしまう。

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 

 その一瞬の隙を見逃さず、リーマを救出した。

 

 

 「ゲホ、ゲホゲホッゲホ、ゲホ、ゲホ……エジタスさん、助けて頂きありがとうございます」

 

 

 「いえいえ、気にしないでください。これが私に出来る唯一の事ですから」

 

 

 「エジタスさん、お願いします。マオさんとハナコさんも助けてやってください」

 

 

 「それは、出来ませんね~」

 

 

 「え……?」

 

 

 まさかの返答に戸惑いを隠せないリーマ。

 

 

 「何だ、貴殿は闘わないのか?」

 

 

 「はい、無駄な事はしない主義なので~」

 

 

 「何で……何でそんな事を言うんですか!!」

 

 

 エジタスが仲間を見捨てる様なことを言うなんて、信じたくなかった。

 

 

 「そりゃあ……ね~」

 

 

 エジタスは倒れている真緒とハナコに目を向ける。すると……。

 

 

 「はぁー、ビックリした」

 

 

 「「!!」」

 

 

 

 「痛がっだなぁ」

 

 

 「「!!!」」

 

 

 真緒とハナコは何事も無かったかのように起き上がる。

 

 

 「いったい、どういう事だ!?」

 

 

 「ステータスは只の数字。真の強者に必要なのは心、確かにそうかもしれませんね~。しかし、ステータスの数字というのは、事実を突きつける為の表示形式なんですよ」

 

 

 「何が言いたい……」

 

 

 「いえ、ですから~…………あなたの攻撃力では、マオさん達は殺せないんですよ」

 

 

 「!!」

 

 

 真緒達のステータスを上回るステータスでなければ、ダメージを与える事は出来ない。その事実を知ってしまったオークは、ショックのあまり俯いてしまうが、すぐに顔を上げた。

 

 

 「だとしても、貴殿達が我を倒せるかどうかは別の話だ」

 

 

 「……師匠、悔しいですけど、奴が言っている事は正しいです」

 

 

 「そうですね~。いくらステータスが高くても、それに似合った技術が無いと意味を成しません」

 

 

 「ですので、どうか私達にお力をお貸しください」

 

 

 真緒は倒す術として、エジタスに転移や滑稽な躍りをしてもらい、その間に倒す事を考えていた。

 

 

 「駄目ですよ~、毎回助けがあるとは限らないのですから、頑張って自分の力だけで達成してみてください」

 

 

 「そんな~……」

 

 

 エジタスに断られてしまい、真緒は頭を抱え別の方法を考えていた。

 

 

 「そうですね~、助言するとすれば……スキルや魔法は、攻撃目的に使うだけではない……でしょうかね~」

 

 

 「「「!!」」」

 

 

 三人は顔を見合わせ、ヒソヒソと小声で話し合う。

 

 

 「……試してみる?凄く危険な賭けだよ」

 

 

 「オラは信じでいるがら、大丈夫だぁ……」

 

 

 「私も、やってみる価値はあると思います」

 

 

 「…………野暮な質問だったね。じゃあ、作戦開始!」

 

 

 真緒の掛け声と同時に、オークを取り囲む。

 

 

 「作戦会議は終わったみたいだな。だが、言ったであろう。貴殿達では我を倒すのは不可能だ!」

 

 

 「ええ、分かっています。“私達では”倒せません。スキル“ロストブレイク”」

 

 

 真緒はスキルを放つが、オークではない在らぬ方向へ放った。

 

 

 「……何をしている?」

 

 

 「ハナちゃん!」

 

 

 「行くだよ!スキル“熊の一撃”」

 

 

 ハナコはスキルを放つが、それはオークにではなく、真緒と同じオークの頭上にある洞窟の“天井”に向かって放った。

 

 

 「!!まさか……貴殿達の目的は!」

 

 

 「仕上げです、リーマ!」

 

 

 「はい!“ウォーターキャノン”!」

 

 

 リーマの目の前に、大きな水の塊が形成され、その塊はオークの頭上目掛けて飛んでいく。

 

 

 「クソ!」

 

 

 オークは、急いでその場を離れようとすると……。

 

 

 「逃げてはいけませんよ~。スキル“滑稽な踊り”」

 

 

 「ぐっ!……」

 

 

 オークは強制的に、エジタスから視線を外せなくなり、一瞬動けなくなった。そして、その一瞬が重要であった。オークの頭上にヒビが入り天井が崩れ落ちてきた。

 

 

 「ぐおおおお!!!」

 

 

 オークは崩れた土の下敷きになった。

 

 

 「やったー!!作戦大成功!!」

 

 

 「オラ達、勝でだんだぁ!」

 

 

 「嬉しいです!!」

 

 

 三人が勝利の酔いに浸っていると……。

 

 

 「うおおおおおお!!!」

 

 

 「そんな!?」

 

 

 

 突如、崩れ落ちた土が吹き飛び、四方八方へと飛び散る。そこに立っていたのは、息を荒くしているオークであった。

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、まさか……我にではなく、その頭上にある土塊を攻撃して崩れさせるのが目的だったとはな………しかし、我は今こうして生きている!貴殿達には負けてはおらぬ!!…………ぐっ」

 

 

 しかし、そう言ったオークは片膝をついた。

 

 

 「…………我の負けだ。止めを刺してくれ」

 

 

 「…………」

 

 

 真緒は、無言のまま持っていた剣をオークに向ける。剣を高く掲げ、振り下ろそうとした瞬間!

 

 

 「やめてーーー!!」

 

 

 「!!」

 

 

 オークの目の前には、数十人の子供達が両手を広げ、オークを庇うように立ち塞がる。

 

 

 「皆、退いて!危ないよ!!」

 

 

 「いやだ!!どかない!だって、おーくさんは、なにもわるいことしてないもん!!」

 

 

 「そうだよ!おーくさんは、あたしたちをたすけてくれたんだよ!」

 

 

 「何を言ってるの?……オーク、あなたがこの子達を拐ったんじゃないの?」

 

 

 拐われた筈の子供達は、オークを庇うような行動を取った。その事に戸惑いを見せる真緒達。

 

 

 「何を言ってる……貴殿達こそ、この子達を拐うよう命令されたのだろう?」

 

 

 「命令なんかされていない!私達は拐われた子供達を助け出してほしいって、村の人達から頼まれて……」

 

 

 「まさか……お互い勘違いをしていたのか?だとしたら、貴殿達は騙されている!その村人達は………ぐぁ!!!」

 

 

 「おーくさん!!」

 

 

 その時突然、オークの肩に斧が突き刺さった。

 

 

 「どうしたの!?」

 

 

 真緒達が突然の出来事に混乱していると、後ろの方から聞き覚えのある声が響き渡る。

 

 

 「いやー、皆さんご苦労様でした」

 

 

 「そのオークの始末は我々に任せてください」

 

 

 そこにいたのは、村の入口で助けを求めてきたあの、村人の二人組だった。




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真実

 「あなた方は……村の……いったいどういう事ですか?」

 

 

 真緒はいまいち状況が理解出来ず、混乱していた。

 

 

 「あれー、まだ気づいてないんだ?」

 

 

 「鈍いにも程があるだろ」

 

 

 村人の二人組はケラケラと笑い始める。

 

 

 「…………ぐっ……」

 

 

 「おーくさん!」

 

 

 斧が突き刺さったオークだったが、辛うじて意識を保った。

 

 

 「騙されるな……そいつらは村人ではない……」

 

 

 「どういう意味ですか?」

 

 

 「そいつらは…………過激派の奴隷商人だ」

 

 

 「えっ……奴隷商人?」

 

 

 奴隷商人と言って思い出すのは、ハナコと出会った時のターバンを巻いた小太りな店長だ。

 

 

 「あ~あ、バレちゃったかぁ……」

 

 

 「どっちにしたって結果は同じだけどね」

 

 

 「そんな……今までの話は全部嘘だったんですか!」

 

 

 あんな真剣に助けを求めていた人達が、騙していたという真実を認めたくない真緒。

 

 

 「嘘じゃないよ~、拐らわれたのは本当だよ……でもまぁ、最初に拐ったのは俺達なんだけどな」

 

 

 「え…………」

 

 

 「……そいつらは、奴隷売買をする際にその辺の村を襲い、子供達を拐って無理矢理奴隷として売って、荒稼ぎをしている質の悪い奴等だ」

 

 

 オークは傷を負いながらも、真緒に村人達の真実を話す。

 

 

 「どうしてそんなに詳しいんですか?」

 

 

 「それは、元々我がそいつらの用心棒をしていたからだ」

 

 

 「!!……つまりあなたも奴隷売買を「違う!!」……」

 

 

 真緒が奴隷調達の事を言おうとすると、オークは強く否定した。

 

 

 

 「我は……知らなかった。仕事はアジトに侵入してくる者の排除で、奴隷売買をしているなんて知るよしもなかったんだ!」

 

 

 「そんなの、只の言い訳です!!」

 

 

 「……我もそう思った。この子達から奴隷として拐われたと聞いたあの時……」

 

 

 オークは側にいる子供達を、ギュッと抱きしめる。

 

 

 「だから我は決意した!こんな事は間違っていると、この子達を邪な者達の魔の手から絶対に守ってみせると!!」

 

 

 「おーくさん……」

 

 

 「そして我は子供達をアジトから連れ出したのだが、すぐに感づかれてしまい、近くのこの洞窟に身を隠したんだ。幸いにも我と子供達は自給自足には慣れていた為、暮らしには困らなかった。だがある日ついにここの場所がそいつらにバレてしまってな……」

 

 

 オークは元村人の二人組を睨む。

 

 

 

 「おおー、怖い怖い」

 

 

 「我はそいつらよりも強い。その為、何度も返り討ちにしていたのだが、今日来た貴殿達の事を、送り込まれた刺客だと思ってしまったというのが、ここまでの経緯だ」

 

 

 「そんな……それじゃあ私達は子供達を守っていたオークの邪魔をしてしまった、ってこと?……」

 

 

 真緒は衝撃の真実に俯き、絶望の色へと染まっていく。

 

 

 「いや、まだ間に合う。無粋なのは承知だが頼む、この子達を守ってくれ!!」

 

 

 オークは傷だらけの体で土下座をして、助けを求めた。

 

 

 「……そうだよね、あなたはあなたなりに罪を償おうとしている。分かった、協力させて貰います!」

 

 

 「真か!」

 

 

 「ええ、……と言う訳で悪いけど私はオークの味方になります。でも、ちゃんと約束は守りますよ。あなた達という外道から子供達を助け出してみせます!!」

 

 

 真緒は剣を元村人の二人組に向ける。すると元村人の二人は互いに目を見合わせ……。

 

 

 「「………あひゃひゃひゃひゃ!!」」

 

 

 「!?」

 

 

 突然お腹を抱えて笑い出したのだ。

 

 

 「何が可笑しいの!!」

 

 

 「ん、ああ悪い悪い。お前があまりに間抜けなんでな。つい、笑いを抑えきれなかったよ」

 

 

 「なんですって!?」

 

 

 「だって、よく考えてみろよ。オークが説明している間俺達は不意打ちをしなかった。何故だと思う?」

 

 

 「それは「それはな」……」

 

 

 真緒が答えようとすると、元村人が遮り答える。

 

 

 「勝利を確信していたからだよ。おい!連れてこい!!」

 

 

 「うぐっ……」

 

 

 「う…………」

 

 

 「あれ~」

 

 

 「ハナちゃん!リーマ!それに師匠まで!!」

 

 

 元村人の二人組の後ろから、これまた見覚えがある村人もとい元村人が三人出てきた。そして、それぞれがハナコ、リーマ、エジタスを人質に取っていた。

 

 

 「だから、言っただろう?お前があまりに間抜けだってな!!まさか、オークに止めを刺すのに戸惑って仲間が居なくなってる事に気づかないなんて、最低だな!!」

 

 

 「皆、ごめん……」

 

 

 「何言っでるだぁ……マオぢゃんは悪ぐねぇ……簡単に捕まっだオラ達が悪いんだ……」

 

 

 「そうですよ……気にしないでください……」

 

 

 「黙ってろ!!」

 

 

 元村人がハナコとリーマに自前の斧を突き付ける。

 

 

 「やめて!二人を傷つけないで!!」

 

 

 「だったら、その子供達をこちらに引き渡して貰おうか?」

 

 

 「くっ…………」

 

 

 子供達を助けたい、仲間達も助けたい。二つの想いが交差して絡み合い、複雑になっていく。

 

 

 「…………何かいい手はないの?……」

 

 

 両者を救う鍵を模索していく真緒だったが、何も思い付かない。全てを諦めかけたその時……。

 

 

 「スキル“ロックオン”、スキル“急所感知”!!!」

 

 

 「ぐわぁあああ!!?」

 

 

 突然、声が響き渡ったかと思うと、ハナコ達を人質に取っていた元村人の一人が倒れた。

 

 

 「な、何だ、何が起こった!?」

 

 

 「え……今のスキルは……」

 

 

 「おいマオ、もう諦めるのか?」

 

 

 元村人達の後ろには、最も見覚えがある人物が弓を構え、立っていた。

 

 

 「フォルスさん!!」

 

 

 「お前、どうして……」

 

 

 「フン、お前達が村人では無い事は既に気づいていた」

 

 

 「何だと!?いつ気がついた!?」

 

 

 フォルスは、気がついた元村人のおかしな点を話始めた。

 

 

 「まず、おかしいと思ったのは料理だ」

 

 

 「料理?」

 

 

 「ここは荒地、作物なんかはまともに育たないだろう。それなのにお前達はこれでもかって位、豪華な料理を出してきた。そこがまず一つ」

 

 

 「……っつ」

 

 

 「次に矛盾だ。お前達はオークに襲われた時にこう言った」

 

 

 

 “はい……あれは我々が畑仕事を終えて、自宅へと帰る時でした”

 

 

 「それに対して村の状況を見て回ると……」

 

 

 “しかし、見渡す限りの荒地に、簡易的な小屋以外何もなかった”

 

 

 「それは、あんたがさっき言ったじゃないか!ここは荒地、作物なんかはまともに育たないだろう!?」

 

 

 「ああ、だから俺は確信を得る為に、お前達の小屋の中へと入った。するとどうだ、俺の予想通りお前達の小屋にはあるはずの物が無かった」

 

 

 “中に入ると、あるのは椅子と机。それと就寝用と思われる布が、一枚折り畳まれている”

 

 

 「あるはずの物って、いったい何なんだよ!?」

 

 

 「農具だよ。畑仕事するんだ、農具の一つや二つ無いとおかしいだろう。なのに、お前達の小屋にはそれが一つも無かった」

 

 

 「…………」

 

 

 「以上、俺はお前達には裏があると思った理由だ。まだ言いたいことはあるか?」

 

 

 フォルスは弓を無言になった元村人に向ける。

 

 

 「……ああ、油断は禁物だぜ……」

 

 

 「何?」

 

 

 「フォルスさん、後ろ!!」

 

 

 マオの言葉で直ぐ様後ろを振り返ったフォルスだったが、次の瞬間鈍器の様な物で殴られる衝撃が頭に走った。

 

 

 「ぐがぁ……」

 

 

 「フォルスさん!」

 

 

 「悪い子ね、後ろから不意打ちなんて……」

 

 

 そこに立っていたのは、村の中でも印象的な元村長のネキツだった。

 

 

 「不意打ちが許されるのは、私達みたいな悪党なのよ」




ま、まさかネキツさんまで悪者だったなんてー(棒読み)
絶体絶命の大ピンチ!! 果たして真緒達の運命は如何に!?
そんな所で今回はここまで、次回もお楽しみに!!
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オークと子供達

今回で第四章は完結となります。


 「フォルスさん!」

 

 

 フォルスはネキツの不意打ちにより、倒れてしまう。

 

 

 「お頭、お疲れ様です!」

 

 

 「命拾いしました」

 

 

 「ちょっと、あんた達~何ちんたらやってるのよ待ちくたびれちゃったわ……」

 

 

 ネキツは、倒れたフォルスを手下である元村人の一人に、新たな人質として捕らえさせた。

 

 

 「へへ、すいません。つい調子に乗っちゃって……」

 

 

 「あの女があまりに間抜けで、からかっていました」

 

 

 「もう~、しょうがないわね~。次からは気を付けなさい」

 

 

 「うぐっ……」

 

 

 殴られた事で一時的に気を失っていたフォルスが、意識を取り戻した。

 

 

 「あら、起きたのね。どう~希望が絶望に変わった気持ちは?」

 

 

 「くっ!」

 

 

 「もしかして、気づかれてないとでも思ったの?ざ~んねん、あんたが私達の正体に気づいた事なんて始めっから分かってたわ」

 

 

 「何……だと……」

 

 

 「当たり前でしょ~、これでも奴隷売買の元締めよ。そういうのには敏感なの」

 

 

 

 「クソッ……泳がされていたのは俺だったのか……」

 

 

 「ああ~、いいわ~その顔。優位に立った者を一気に叩き落とす、止められないわ~」

 

 

 ネキツはフォルスの表情を見て興奮を抑えきれないでいた。

 

 

 「皆……」

 

 

 「ああ、そうだ。忘れるところだったわ……二日ぶりね、確か~マオ……だったわよね」

 

 

 ネキツはわざとらしく首をかしげ、真緒に目線を向ける。

 

 

 「どう~?信じていた者達に裏切られる気分は~」

 

 

 ネキツは真緒の周りをぐるぐると歩き始める。

 

 

 「『どうか……どうか……子供達を救出し、このアウトク村をお救いください!』……名演技だったでしょ?あなたみたいなミルク臭いお子様には効果的なのよ」

 

 

 ネキツは真緒の目の前で両手を大きく広げ、高笑いをする。

 

 

 「……るさない」

 

 

 「何ですって?」

 

 

 「許さない!あなた達の様な人の心を弄ぶのを私は、絶対に許さない!!」

 

 

 真緒の目に決意の炎が宿る。武器を構え、ネキツに向ける。

 

 

 「おっと、動かない方が身の為よ!こっちには人質がいるんだから!」

 

 

 「……っつ」

 

 

 仲間が人質に取られている以上、真緒は手を出す事が出来ない。

 

 

 「マオぢゃん!オラ達に構わず殺っでぐれ!」

 

 

 「そうです!こんな奴等の言いなりになる事ありません!」

 

 

 「殺れ!マオ!」

 

 

 「私達は、マオさんがどんな選択をしようと恨みませんよ~」

 

 

 ハナコ達は、真緒に気にせず戦うよう声を掛ける。

 

 

 

 「黙ってろ!」

 

 

 「皆に、乱暴しないで!」

 

 

 「止めなさいあなた達!」

 

 

 「お頭……しかし……」

 

 

 「私の言う事が聞けないのかい!!」

 

 

 「す、すいません!」

 

 

 ネキツは手下である元村人を怒鳴り付けた。

 

 

 「ど、どうして……」

 

 

 「“どうして止めさせたのか”私だって心が無い冷血人間じゃないの。だからねマオ、そちらにいるオークと子供達を引き渡せば、あなたの仲間達を返してあげるわ」

 

 

 「騙されるな!引き渡しても返す訳が無い。目撃者は皆殺しにするつもりだ!」

 

 

 「そんなことしないわ!私は約束を守る女よ!さぁマオ、どうするの?」

 

 

 ネキツはこっそり背中で片手の人差し指と中指をクロスさせて、“指十字”を作った。

 

 

 「あいつ!マオ!騙され……ムグッ……」

 

 

 「おいおい、今良いとこなんだから邪魔しちゃ駄目だろ……しかし、お頭の演技力には流石としか言いようが無いな……」

 

 

 フォルスが真緒に騙されている事を伝えようとするが、元村人に口を塞がれてしまった。そう、フォルスはあの“指十字”の意味を聞いた事があった。それは、聖職者が嘘がバレないようにと願う時に行うジェスチャーなのだ。つまり、ネキツの先程の言葉は嘘である。

 

 

 「さぁ、どうするの?」

 

 

 「…………」

 

 

 再びネキツが真緒に聞く。果たして、真緒の出す答えは……。

 

 

 「……悪いけどオークと子供達を引き渡す事は出来ない」

 

 

 「なんですって……」

 

 

 「この子達を守ると、私はオークと約束をした。あなたが約束を守る女であるならば私も約束を守ります!」

 

 

 「それが……あなたの答えなの?」

 

 

 「……はい!」

 

 

 「そう……なら仕方ないわね……」

 

 

 ネキツは真緒の答えを聞くと、徐々に鋭い目付きへと変わっていった。

 

 

 「おい、あんた達!人質を殺しちまいな!」

 

 

 「「「「へい!」」」」

 

 

 「!!」

 

 

 ネキツの無慈悲な言葉が元村人達に告げられる。真緒は驚愕の表情を浮かべている。

 

 

 「あは、あは、あはははは!!あんたが悪いのよ。あんたの選択した結果がこれよ!恨むんなら自分の早計さを恨むのね!!あはははははは!!!」

 

 

 「!!!」

 

 

 しかし、真緒の表情は変わらない。目を見開き瞬きは一切無く、口は開きっぱなしだ。

 

 

「……何よその顔、大切な仲間が殺されるんだから、もっと絶望した顔を見せなさいよ」

 

 

 「!!!!」

 

 

 しかし、真緒の表情は変わらない。目を見開き瞬きは一切無く、口は開きっぱなしだ。

 

 

 「……ねぇ、いつまでその顔をしてるのよ、いい加減止めてちょうだい!」

 

 

 しかし、真緒の表情は変わらない。だがここでネキツに疑問が生まれた。いつまで経ってもハナコ達の悲鳴が聞こえてこないのだ。

 

 

 「ちょっと、あんた達!何で早く殺さない……の……よ……え?」

 

 

 ネキツが振り返ると、手下の元村人達も同じように振り返っていた。何故なら、そこには真緒が驚いている原因がいたからだ。

 

 

 「あ、あなたは……」

 

 

 真緒の口から言葉が漏れる。そこに立っていたのは、見覚えのある灰茶色の体色に、見覚えのある尾の先は黒色、立ち上がると二メートルにもなりそうな身長、そして、はち切れんばかりに膨れ上がった右腕。左腕と比べるとその差は五倍近くある。そうあの“カンガルー”だった。

 

 

 「ヴェー!!!」

 

 

 「ヒィ、な、何だこいつは!!?」

 

 

 「く、来るな!!」

 

 

 「助けてくれーーー!!」

 

 

 ライトマッスルアームは次々と、元村人の連中を自慢の右腕で殴り飛ばしていく。勿論、人質として捕らえられていたハナコ達は無傷である。

 

 

 「そんな魔物一匹に何をやってるの!早く殺しなさ……い?」

 

 

 そう言い終わった時には既に決着はついており、ネキツの目の前には、ライトマッスルアームが立っていた。

 

 

 「い、いや……」

 

 

 上から睨むように、ライトマッスルアームは右腕を構えた。

 

 

 「た、たすけ!」

 

 

 助けを求める前にライトマッスルアームの右腕で殴られた。

 

 

 「ヴェー!!!」

 

 

 ライトマッスルアームの鳴き声が洞窟内全体に響き渡る。こうして、ネキツ率いる過激派奴隷商人は終幕を迎えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「本当にありがとうございました」

 

 

 洞窟の入り口を少し出た所で真緒達、オークと子供達、そしてライトマッスルアームが集まっていた。その中で、オークが真緒達にお礼を述べて頭を下げていた。

 

 

 「そんな……お礼ならライトマッスルアームに……あれ?」

 

 

 真緒が目をやると、隣にいたはずのライトマッスルアームがいなくなっていた。

 

 

 「あ、あぞご!」

 

 

 ハナコが遠くへと去っていく、ライトマッスルアームを見つけた。

 

 

 「ちょ、ちょっと待って!!」

 

 

 「…………」

 

 

 真緒が呼び止めると、ライトマッスルアームは無言のまま振り返った。

 

 

 「あの……助けてくれてありがとう!!!」

 

 

 「ヴェー」

 

 

 真緒がお礼を述べると、今までとは違う優しい鳴き声を発して去っていく。それはまるで、『借りを返しただけだ』と言ってるように真緒は感じた。

 

 

 「それでオークは、ごれがらどうずるづもりなんだぁ?」

 

 

 ハナコは、驚異が取り除かれた今、オークに今後をどうしていくか聞いてみた。

 

 

 

 「そうだな……あの村でこの子達と一緒に孤児院を建設しようかなと思っている」

 

 

 「孤児院……いいですね!」

 

 

 「勿論、一筋縄では行かないことは分かっている。しかし、この子達と一緒ならどんな困難にも立ち向かえる気がするんだ」

 

 

 「私、応援します!」

 

 

 「オラも!」

 

 

 「私もです!」

 

 

 「俺もだ」

 

 

 「私も~私も~」

 

 

 「貴殿達……本当にありがとう!」

 

 

 この時オークの目から涙が流れる。

 

 

 「?……おーくさん、ないてるの?」

 

 

 「わたしがなおしてあげる!いたいのいたいのとんでけー!」

 

 

 「……ああ、ありがとう。お陰で痛みがひいてきた」

 

 

 「えへへ、よかった!」

 

 

 オークは腕で涙を拭うと、真緒達に問い掛けた。

 

 

 「それで、こいつらはどうするつもりなんだ?」

 

 

 オークの視線の先には縄でぐるぐる巻きにされて気絶しているネキツ達。そう、ライトマッスルアームは殺さなかったのだ。それは真緒に助けられた事が影響したのであろう。

 

 

 「それは……」

 

 

 「私に任せてくださ~い」

 

 

 真緒が悩んでいると、エジタスが声を掛けてきた。

 

 

 「師匠にですか?」

 

 

 「はい、私には“転移”があるので、この人達をカルド王国に引き渡して来ますよ」

 

 

 「それなら安心ですね」

 

 

 この場に放置するのは流石に心が痛む真緒だったが、王国に引き渡すとなれば一安心である。

 

 

 「それじゃあさっそく行ってきますね~。皆さん、暫しのお別れです」

 

 

 エジタスはネキツ達の縄を持つと、“パチン”と指をならしその場から消える。

 

 

 「……………あ!」

 

 

 その光景を見ていたリーマがふと思い出した。

 

 

 「どうしたのリーマ?」

 

 

 「エジタスさんは“転移”が使えたんですよね……それなら人質として捕らえられていた時、抜け出すことが出来たんじゃないですか?」

 

 

 「「「あ……」」」

 

 

 今気づいた事実。しかしあの時はそんなことを考える余裕が無かった。エジタス本人以外は……。

 

 

 「それだっだら、もっど早ぐに助がっでだなぁ」

 

 

 「し、し、し、師匠ーー!!」

 

 

 真緒のエジタスに対する叫びが、荒地中に響き渡った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ふぅ……そろそろあちらでは私が“転移”で抜け出せた事がバレた頃ですかね。こうでもしないと、マオさんはいつまで経っても成長しませんからね……」

 

 

 エジタスは縛っているネキツ達を見た後、静かに空を見上げ“ボソリ”と呟く。

 

 

 「……人間と魔族、“真の悪”はいったいどちらなのでしょうね~」

 

 

 エジタスの呟きは気絶しているネキツ達に聞こえることは無く、周囲の空気に溶け込んだ。




次回から、少し番外編に入ります。
また、予告した通り第五章からは小説家になろう時代では無い、ハーメルンオリジナル展開になるので、更新速度が遅くなります。楽しみにしている方々にはご迷惑をお掛けしますが、どうかご了承下さい。
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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番外編 一方その頃
カルド王国国王


番外編スタート!!


 真緒達がカルド王国を出発した同時刻。カルド城内では、聖一達が国王に謁見を果たしていた。

 

 

 「そなた達が異世界から転移してきた勇者か……」

 

 

 カルド城内“王の間”と呼ばれるこの部屋は、広い空間に少しばかりの階段の上に玉座が置かれており、常に謁見を求める人達を見下ろせるような構図になっている。部屋を支える為の柱が数本と、玉座の階段まで続く真っ赤に彩られた深紅のカーペットが敷かれているのが、この部屋の現状だ。

 

 

 「はい、この度はこの国の国王で在らせられるあなた様に、会える日を心よりお待ちしておりました」

 

 

 そんな王の間には、玉座の前で片足を一歩引き、片手を胸に当て跪いている聖一達と、玉座の両側にシーリャと見覚えのない初老の男性が立っている。そして、その玉座にはカルド王国現国王である“カルド・アストラス・カルド”が座っていた。

 

 

 「お世辞は不要だ。本来であれば国の王である私が、そなた達に顔を出さなければならないのだが、毎日が多忙な故遅れてしまった事を許してほしい」

 

 

 カルド王の容姿はとても若々しい。御年50を迎えたカルド王であるが、そんな事を思わせない位、体から生気が溢れ出ている。顔はとても凛々しく、唯一の顎髭がさらに引き立たせていた。豪華なマントに身を包み、隙間から見えるその肉体は引き締まっていた。

 

 

 「勿体ないお言葉でございます」

 

 

 「して、名を何と言う?」

 

 

 

 「はい、如月 聖一と申します。聖一とお呼びください」

 

 

 「……笹沼 愛子です」

 

 

 

 「……石田 舞子です」

 

 

 聖一は慣れているかの様に淡々と答える。それに対して愛子と舞子は緊張でガチガチになりながら答える。

 

 

 「ふむ、セイイチ、アイコ、マイコだな。私はカルド・アストラス・カルドだ。そなたらを歓迎しよう」

 

 

 カルド王は両手を広げ、歓迎の意思を見せた。だが、顔は笑ってはいなかった。

 

 

 「……これから他国での会合を控えているので、私はそろそろ失礼させて貰おう」

 

 

 そう言うとカルド王は立ち上がり、王の間を後にする。

 

 

 「陛下、お待ちください……」

 

 

 玉座の側にいた初老の男性が、カルド王の後を追いかけて行く。

 

 

          バタン!

 

 扉が閉まる音が聞こえると、聖一達はホッと息を漏らした。

 

 

 「あれが国王……なんかイメージと違うねー」

 

 

 「ほんとねー、もっと髭がボーボーのジジイかと思った」

 

 

 「それか、めっちゃ太ってるキモデブとか!?」

 

 

 「あ、わかるー!」

 

 

 「二人とも、そういう偏見は良くないよ」

 

 

 愛子と舞子がカルド王の話で盛り上がっていると、聖一が注意した。

 

 

 「皆様、お疲れ様です」

 

 

 そんな三人にシーリャが労いの言葉を掛けてくる。

 

 

 「ああ、シーリャ。……あの人がカルド王国の国王、シーリャのお父さんなんだね」

 

 

 「はい、父上は即位した当時から国民全員から慕われており、強さもこの国随一と言われるほどの偉大な国王です」

 

 

 「(確かに……あの目はただ者ではなさそうだ)」

 

 

 カルド王の目は、黒と灰色が混ざり合った様な素朴な色だった。しかしそこから伝わる闘志の炎は今まで見た誰よりも燃えていた。そんな目を見た聖一は確信した。この人は強い!と……。

 

 

 「そういえば、シーリャと一緒にいたあの初老の男性は誰なの?」

 

 

 「そうそう、私も気になってた!」

 

 

 愛子と舞子はシーリャと一緒に立っていた初老の男性が誰なのか、気になっていた。

 

 

 「あの人は“ラクウン”父上が即位するずっと前からこのカルド王国で大臣を勤めております。主な仕事は財務管理や書類整理など国の財政面であり、国王の右腕と称されるお方です」

 

 

 「へぇー、そうなんだ……そうだよね、なんか仕事の出来る男って感じだったもんね。それに凄くイケメンなのよねー」

 

 

 「それね、この異世界に来てから思ったけど、周りの人が皆美男美女で驚いたよね!」

 

 

 「ほんとね、特にさっきの国王とラクウン?さんはレベルが違ったよね!」

 

 

 「それそれ、私も思った!渋めの大人の男性って感じ?」

 

 

 カルド王と大臣のラクウンの顔は類を見ないほど凛々しく、町を歩けば十人中十人の女性が振り返るであろう程に整った容姿をしていた。

 

 

 「ほんとそれねー、異世界来てよかった!」

 

 

 「では皆さん、魔王討伐に向けて準備を整えましょう。その為にも一度自室へとお戻りください」

 

 

 「分かったよ、じゃあ行こうか二人供……」

 

 

 「はぁーい!」

 

 

 「分かりました!」

 

 

 聖一達とシーリャは自室へと戻って行った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「よろしかったのですか?」

 

 

 「なにがだ?」

 

 

 カルド王の自室。そこでは先程から騒がれている二人がいた。

 

 

 「あのような部外者を、城内に留めてよろしいのでしょうか?」

 

 

 「だからこそいいんじゃないか……」

 

 

 「え?」

 

 

 「あの“バカ娘”め、あれほど異世界転移は行うなと口を酸っぱくして言って聞かせたのに、私の許可無く行いよって……」

 

 

 “バカ娘”と吐き捨てるカルド王は、片手で頭を抱える仕草を取る。

 

 

 「あの……」

 

 

 「ん、何だ?」

 

 

 「伝えていないのですか?“あの事”は……」

 

 

 「ああ……“魔族との停戦協定”の事か?」

 

 

 「……はい」

 

 

 そう、現魔王であるサタニアの平和的解決の一つが、この停戦協定を結んだ事である。その内容は実にシンプルで、魔王軍に所属している魔族達には、人間を襲わないように抑える代わり、人間側は魔族の領地に足を踏み入れない様にする事。そしてこの内容を一部の者達に伝え、人間と魔族の間で友好的関係を築こうという物だ。

 

 

 「あの“バカ娘”に伝えた所で納得する筈がない」

 

 

 「そんな……話せば分かって頂けると思いますよ。親子なんですから……」

 

 

 「親子だからこそだよ。小さい時から面倒を見ているが、我が儘で、頑固で、それでいてプライドが高く、私の言葉には耳を傾けない。一人では何も出来なく、やろうという努力さえも見受けられない……そんな“バカ娘”に話す事などあるのか?」

 

 

 「……申し訳ありません。私が間違っていました」

 

 

 カルド王の話を聞き、自分が間違っていたと認識したラクウンは謝罪をした。

 

 

 「気にするな、あいつは人前では猫を被っているからな。見破れるとすれば私の様に幼少の頃から接している者か、それとも……先程の少年だけであろう」

 

 

 「少年……と言いますと、セイイチと言う少年の事ですか?」

 

 

 「ああ、あいつには目を離さない方がいいだろう……あの目、相当な修羅場を掻い潜ってきた目だ」

 

 

 カルド王は聖一の目を見て、長年の勘から確信した。この男は曲者であると……。

 

 

 「他の二人はどうでしょうか?」

 

 

 「ん?……ああ、あの女二人か。あいつらは気にしなくてもいい、あんなのは何の驚異にもなり得ない」

 

 

 「そうですか……それでつまり異世界の者達をこの城に留める理由は、勝手な行動を取らせないようにする為でしょうか?」

 

 

 「その通りだ。だが、必ず近い内にあの“バカ娘”が魔王討伐に三人を向かわせると言って来るだろう。それまでしっかりと目を光らせておけ」

 

 

 「は!畏まりました」

 

 

 二人の会話と思惑は結果、四人の監視という形で保留となった。




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騎士団長

 カルド城内特別訓練場。聖一達がこの世界に来てから、シーリャがカルド王に無断で造らせた特別な訓練場で、一般兵士の訓練場よりも器材が充実しており、待遇の差は歴然であった。そのため、聖一達は他の兵士達から良く思われていなかった。そんな訓練場で二人の男が今まさに戦闘を勃発しかけている。

 

 

 「いいか、私が勝ったら今後一切シーリャ様に近づくんじゃないぞ!」

 

 

 「ああ、分かった。その代わり僕が勝ったら、これ以上僕達に関わるのは止めてもらうよ」

 

 

 二人の男、一人は聖一と分かるがもう一人の男には見覚えがない。見覚えがない男は頑丈そうな鎧を着ているが、聖一の方はこの世界の一般的な服装で、鎧などの防具を一切身に付けていなかった。

 

 

 「よかろう、決闘で交わした条件は負けた方が必ず叶えるのがルールだからな」

 

 

 「それならよかった……じゃあ、始めようか?」

 

 

 「ああ、その生意気な鼻をへし折ってやる!」

 

 

 遂に二人の男の戦闘が始まってしまった。何故、こんな事になってしまったかと言うと、それは一時間前に遡る……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カルド王との謁見を終わらせ、一度自室へと戻る道中で一人の男性と出会った。

 

 

 「これは、シーリャ様。いつもながらお美しいお姿で、感銘の極みでございます」

 

 

 「ありがとうございます。マカセもお勤めご苦労様です」

 

 

 マカセと呼ばれるこの男性の容姿は平均的で、良くも悪くもないといった感じなのだが、国王と大臣を見た後では若干悪く見えてしまう。

 

 

 「いえいえ、シーリャ様あっての私ですから、そのお姿を拝見できるだけで疲労も吹き飛びます」

 

 

 「あら、そう言って頂けるとこちらも悪い気はしませんね」

 

 

 二人が楽しそうに会話をしていると、聖一が声を掛けてくる。

 

 

 「シーリャ、この人は?」

 

 

 「貴様!呼び捨てにするとは何事だ!シーリャ様と呼べ!」

 

 

 聖一の呼び捨てが気にくわないマカセは怒鳴り散らした。

 

 

 「マカセ、いいのです。私がそう呼んで欲しいと頼んだのです」

 

 

 「シーリャ様!こいつは異世界から転移してきた者ですが、呼び捨てにしていい身分ではありません!」

 

 

 「身分など関係ありません!私がそう呼んで欲しいから、呼んで貰っているのです!」

 

 

 「……分かりました」

 

 

 シーリャの言葉を聞いたマカセは、渋々ながら引き下がった。

 

 

 「申し訳ありませんでした聖一様。彼はマカセといって、この国の騎士団長の一人なのです」

 

 

 「それは是非挨拶しないといけないね、あのもう聞いているかも知れないけど、この度異世界から転移してきた如月 聖一です」

 

 

 「笹沼 愛子でーす」

 

 

 「石田 舞子でーす」

 

 

 聖一達が自己紹介を終えると、マカセは聖一を睨み付けながら吐き捨てるように言う。

 

 

 「私は貴様を絶対に認めないからな!」

 

 

 そう言い残すとマカセは足早にその場を去って行った。

 

 

 「何あれ感じ悪ーい……」

 

 

 「ねぇー」

 

 

 「本当に申し訳ありません。マカセには後でよく言って聞かせますので……」

 

 

 「いや、彼の反応は正しいよ。いきなり現れた見も知らぬ男に、自身の敬愛する人を呼び捨てにされるんだから、怒るのは当然の事さ。謝るのは寧ろ僕の方だと思うよ」

 

 

 「聖一様……」

 

 

 「聖一さん、優しいー!」

 

 

 「顔だけじゃなく、心までイケメンよねー」

 

 

 聖一のマカセに対するフォローが、聖一の評価を著しく上昇させた。

 

 

 「それじゃあ、自室へ戻ろうか」

 

 

 「はーい」

 

 

 再び聖一達は自室へと歩き始める。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ふぅー、国王への謁見緊張したな」

 

 

 聖一は自室に戻るとベッドに倒れこみ、独り言を漏らす。

 

 

 「それにしても、この世界に来てから驚かされる事ばかりだな……魔法という存在と亜人、魔族の二つの種族。僕達の元いた世界とは偉い違いだな…………科学ではなく、魔法が発展した世界か……」

 

 

 聖一がこの世界について考えていると……。

 

 

         

 

 コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 「ん?……はい、どちら様ですか?」

 

 

 聖一が部屋の扉を開けると……。

 

 

 「あなたは……」

 

 

 そこにいたのは、先程言い合いになり、気まずいまま別れてしまった、マカセだった。

 

 

 「いったいどうしたの?」

 

 

 

 「……貴様に話がある。ここでは何だ、何処か広い場所に移ろう」

 

 

 「それだったら、ここから少し歩いた所にある訓練場へ行こうか」

 

 

 「ああ、貴様達の為だけに造られたあの、訓練場か……。いいだろうそこで話をしよう」

 

 

 マカセは嫌みったらしく言うと、特別訓練場へ歩き出し、聖一もその後をついていく。

 

 

 「あのー、それで僕に何の用かな?」

 

 

 自室から少し歩いたこの特別訓練場に着くと、マカセに話の内容を聞いた。

 

 

 

 「話というのは他でもない。……これ以上シーリャ様に近づくのは止めて貰おうか」

 

 

 「どういう意味かな?」

 

 

 「貴様も分かっているだろう、シーリャ様は将来この国を支えてくださる大事な御方、貴様のような奴にシーリャ様を汚される訳にはいかないのだ!」

 

 

 マカセは恐ろしい剣幕で聖一を怒鳴り付ける。

 

 

 「……そうか、ならこういう相手を思い通りにしたい時には、昔ながらの方法で解決しようじゃないか」

 

 

 「昔ながらの方法?」

 

 

 その剣幕に対して表情一つ変えない聖一はマカセに、自分の言う事を聞かせたい時に便利な方法を教える。

 

 

 「決闘だよ」

 

 

 聖一は少し口角を上げて、笑って見せた。その笑みは実に不気味なのだが、人間味にも溢れていた。

 

 

 「成る程……そちらの世界でも多少なりの心得はあるようだな」

 

 

 「まぁね、人が人を傷付ける。そんな世界だからね」

 

 

 何を思ったのか、聖一は少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

 「あまりこちらの世界と変わらないのだな」

 

 

 そんな呑気な事を言いながらマカセは、静かに腰に装備していた剣を引き抜き、その矛先を聖一に向ける。

 

 

 「さあ、貴様も剣を抜け……」

 

 

 「要らないさ」

 

 

 「何!?」

 

 

 予想外の返答にマカセは驚きの声を上げた。

 

 

 「君程度の相手に、剣を抜く必要は無い」

 

 

 聖一は腰に差してある一般的な剣を外し、そこら辺に放り投げた。

 

 

 「ふざけているのか……剣がなくては戦う事が出来ないだろう!」

 

 

 「剣なら今も持っているさ、“心”という剣をね」

 

 

 マカセの怒りを軽く受け流した聖一は、少し臭い台詞を述べる。

 

 

 「……そうか、よく分かった。貴様のような大バカ男は初めてだ。」

 

 

 「…………」

 

 

 聖一とマカセは互いに距離を取る。それぞれが真剣な表情になった。

 

 

 「いいか、私が勝ったら今後一切シーリャ様に近づくんじゃないぞ!」

 

 

 「ああ、分かった。その代わり僕が勝ったら、これ以上僕達に関わるのは止めてもらうよ」

 

 

 二人の男、聖一とマカセ。マカセは頑丈そうな鎧を着ているが、聖一の方はこの世界の一般的な服装で、鎧などの防具を一切身に付けていなかった。

 

 

 「よかろう、決闘で交わした条件は負けた方が必ず叶えるのがルールだからな」

 

 

 「それならよかったよ……じゃあ、始めようか?」

 

 

 「ああ、その生意気な鼻をへし折ってやる!」

 

 

 こうして、二人の男の戦闘が始まった。




こういう出来杉君みたいなキャラって、実際に書いてみると個性が薄く感じて難しい。


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聖一VS騎士団長マカセ

今回でこの世界での聖一の実力が分かります。


 「悪いが、武器を構えていなくても手加減はしないからな!」

 

 

 マカセは丸腰の聖一に向かって襲い掛かる。

 

 

 「ああ、すまない。勘違いしているようだけど、別に武器を使わないとは言っていないよ……“剣を抜く必要は無い”と言ったのさ」

 

 

 迫り来るマカセに対して、聖一は両手を広げる。

 

 

 「少し実験に付き合ってもらうよ。“ファイア”、“ウォーター”」

 

 

 聖一が唱えると右手に炎、左手に水が生成された。

 

 

 「な、何!!?」

 

 

 マカセは目を疑う光景に動きを止めてしまった。

 

 

 「同時念唱だと……」

 

 

 魔法は本来一種類しか唱えられない。それは脳への伝達信号であり、炎なら炎、水なら水、という様に一度脳にこれから唱える魔法の種類を認識させる為だ。二つの種類を同時に唱えるという事は、聖一は一度に二つの伝達信号を脳に送っている事になる。

 

 

 簡単に説明すると、料理をしながら読書をしているのだ。人間は二つの物事を同時に行うことは出来ない。必ず、どちらか一方が疎かになってしまうのだ。それを両立させている聖一はある意味人間を超越した存在だ。

 

 

 「それから……よいしょっと!」

 

 

 「何だあれは!?」

 

 

 聖一はさらにそこから、二つの魔法それぞれを凝縮して形にしていく。

 

 

 「お、出来た。やっぱり思った通り、魔法はイメージが大切なんだな」

 

 

 「あれは……剣なのか?」

 

 

 それは紛れもない剣の形をしていた。炎と水、それぞれがしっかりと形を保っている。

 

 

 「魔法を応用すればこんな事も出来るんだな。名付けるとすれば、フレイムショーテルとアクアグラディウス……かな。まぁ、形だけ見た安直なネーミングだけどね」

 

 

 ショーテルの形をした炎の剣、フレイムショーテル。グラディウスの形をした水の剣、アクアグラディウス。二つの剣を造り上げた。

 

 

 「あ……あ……あ……」

 

 

 突然の出来事に、開いた口が塞がらないマカセに聖一が声を掛ける。

 

 

 「ね、だから言ったでしょ?剣を抜く必要は無いんだよ。それは魔法で造っちゃおうと思ったから……」

 

 

 聖一は二つの剣を、まるで長年の相棒の様に上へと放り投げ、ジャグリングをして見事両手に収める。

 

 

 「それじゃあ、決闘の再開と行こうか」

 

 

 「……クソッ!魔法が使いこなせるからって調子に乗るなよ!!」

 

 

 余裕の表情を浮かべている聖一に、怒りを露にし襲い掛かった。

 

 

 「フン!」

 

 

 「惜しい惜しい」

 

 

 マカセの攻撃を難なく避ける聖一。

 

 

 「クソが!!」

 

 

 マカセは右、左、右、左と交互に剣を振り回す。

 

 

 「…………」

 

 

 しかし、聖一はそれを冷静に対処していく。

 

 

 「……ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 

 

 振り回しすぎた影響により、肩で息をするマカセ。そんな姿を見た聖一は一言述べる。

 

 

 「なかなか良いダンスでしたよ」

 

 

 プチン、それはまるで何かの糸が切れたような音だった。

 

 

 「こんのクソガキがーーー!!テメーみたいな何の努力もしていない奴が俺は一番嫌いなんだよ!!」

 

 

 切れたのはマカセの堪忍袋の緒であった。怒鳴り散らされていても、平然とした顔で見てくる聖一。

 

 

 「俺はな、これでもこの国の兵士達をまとめ上げる騎士団長なんだよ!!ここまで登り詰めるのに相当の時間と労力を費やした!テメーとは踏んできた場数が違うんだよ!!スキル“スラッシュインパクト”!!!」

 

 

 そう言うと、マカセの剣が光輝き始め、その剣を聖一に目掛けて切り付ける。

 

 

 「な……んだと……」

 

 

 しかし、当たらなかった。聖一の左手に装備していた“アクアグラディウス”の刃の部分が円形状の盾に変化し、マカセの渾身の一撃を防いだ。

 

 

 「ある話で、水は大砲の玉の勢いすらも吸収してしまうと言われている。そんな大砲の玉よりも劣る威力であれば、防ぐのは容易だよ」

 

 

 「……剣が盾に変わるなんて……」

 

 

 「うん、何となくイメージしたら行けるかなって思ってね。名前はシンプルにアクアシールドにでもしておこうかな」

 

 

 「次元が違いすぎる……」

 

 

 マカセはこのスキルに絶対の自信があった。今までこのスキルに何度命を救われた事か分からない。そんなスキルを意図も簡単に防がれてしまい、マカセの心に亀裂が入る。

 

 

 「それに昔からよく言うでしょ?この世はいつも不平等だ……って」

 

 

 聖一がマカセに歩み寄ると同時に、右手の“フレイムショーテル”が輝き始める。

 

 

 「避ける事をおすすめするよ。スキル“ワイルドスラッシュ”」

 

 

 徐々にその輝きは強さを増していき、最大値まで達したその時、マカセに目掛けてスキルを放った。

 

 

 「ひぃぃ!」

 

 

 マカセは恐怖で叫び声を上げながら、目を瞑ってしまった。

 

 

 「…………」

 

 

 だが、いつまでたっても痛みが来ることは無かった。マカセは恐る恐る目を開けると……。

 

 

 「あ……あ……ああ……おれの剣が……!?」

 

 

 マカセの剣は先端部分が溶けて無くなっていた。

 

 

 「よし、これなら実践でも使えそうだな。実験に付き合ってくれてありがとう。あと条件の通り、これ以上僕達に関わるのは止めてもらうからね」

 

 

 実験。その言葉を聞いたマカセの心は完全に壊れてしまった。

 

 

 「俺の……俺の剣が……」

 

 

 ショックが大きかったのか、マカセは溶けた剣を見つめ、同じ言葉を繰り返していた。

 

 

 「あら、お二人供。何をしているのですか?」

 

 

 「ああ、シーリャ」

 

 

 「!!」

 

 

 決闘が終わると、シーリャが二人の存在に気付き近づいて来た。

 

 

 「お二人はここで何をしていたのですか?」

 

 

 決闘を見ていなかったシーリャにとって当然の疑問だ。すると、マカセが口を開いた。

 

 

 「……じ、実は……“聖一様”に模擬試合をお願いして今しがたまで戦っていたのです」

 

 

 「まぁ、本当ですか!それでどちらが勝ったのですか?」

 

 

 両手を合わせ、嬉しそうに聞いてくるシーリャ。

 

 

 「……それは勿論“聖一様”です。私は手も足も出ませんでした。流石、異世界から来た勇者と言った所でしょうか……」

 

 

 「やはりそうですよね!素晴らしいです聖一様。我が国の騎士団長に勝ってしまわれるなんて!」

 

 

 シーリャは笑みを浮かべながら、聖一に歩み寄る。

 

 

 「いや、そんな“大した事”はしてないよ」

 

 

 「!!」

 

 

 「謙遜などしなくても、よろしいのですよ?」

 

 

 「そ、それではシーリャ様。わ、私はこの辺で失礼させて頂きます。仕事に戻らねばなりませんので……」

 

 

 何とか声が震えるのを抑える事が出来たマカセは、シーリャの返事を聞く前にその場を離れた。頬から涙が流れ落ちるのを見られたくなかったのだ。

 

 

 「マカセったら、相変わらず仕事人間なのですね」

 

 

 「それで、どうしてシーリャがここに?」

 

 

 「ああ、そうでした。聖一様、実は先程アイコ様とマイコ様にも聞いたのですが……そろそろ魔王討伐に向かって頂けますか?」

 

 

 「そうだね、丁度実力も分かった所だからね。……それで、いつ出発した方がいいかな?」

 

 

 「明日にでも出発して頂けますでしょうか?」

 

 

 「明日かい!?……うん、いいよ」

 

 

 シーリャの急なお願いだったが、そのぐらいなら問題ないと判断して了承した。

 

 

 「本当ですか!ありがとうございます!!」

 

 

 「だけどその前にもう一度、国王に会いたいんだけど何処にいるか分かるかな?」

 

 

 「父上ですか?それでしたら、今は他国との会合の準備で自室にいると思います」

 

 

 「そうか、ありがとう。早速訪ねてみるよ」

 

 

 聖一はカルド王の居場所を聞くと、その場所へと向かおうとする。

 

 

 「聖一様!」

 

 

 シーリャが呼び止める。

 

 

 「何だい?」

 

 

 「父上に何の用事なのですか?」

 

 

 「いやちょっと、話をするだけだよ」

 

 

 そう言うと聖一はカルド王の自室へと向かった。




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初代勇者の遺産

 カルド王の自室は、ベッドに椅子、小さな円形テーブル、そしてドレッサーと他の部屋と比べて、とても地味で質素な内装であった。一国の王として如何なものかと思われるが、この内装を望んだのは他でもない王自身だ。カルド王は……。『私に贅沢は肌に合わない。必要最低限の家具があれば十分だ。贅沢は他の似合う者が使うべきなのだ』と述べており、断固として贅沢三昧するのを拒絶した。そんなカルド王は現在、例の円形テーブルで書類にサインをしていた。

 

 

 「全く、このような提案書などサインではなく判子で事足りると思うのだがな……」

 

 

 カルド王の主な仕事は、国をより良くする為に、国民の提案する書類を採用するかしないかを見極める事、そして定期的に他国の王達と会合をする事である。

 

 

 「…………」

 

 

 カルド王が書類のサインに集中していると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 「誰だ?」

 

 

 カルド王の声に反応するように扉が開いた。そこにいたのは聖一だった。

 

 

 「失礼します」

 

 

 「何だお前か……」

 

 

 「今、お時間よろしいでしょうか?」

 

 

 聖一はアポなしで訪ねて来た為、予定を伺った。

 

 

 「ああ、丁度書類にサインするのに飽きてきた所だ。それで、私に何の用だ?」

 

 

 「はい、国王とお話がしたく訪ねました」

 

 

 「私と話だと?……まぁ、立って話されるのも何だ、ここに座るがいい」

 

 

 カルド王は自分の向かい側の椅子を指し示した。

 

 

 「分かりました」

 

 

 言われた通りに聖一はカルド王の目の前に座った。

 

 

 「それで、私に話とは何だ?」

 

 

 「実は、明日にでも魔王討伐に向かうことを言い渡されました」

 

 

 「ほう……てっきりシーリャの方から聞かされると思っていたが、まさかお前から聞く事になるとはな」

 

 

 「いえ、僕も今さっきシーリャから聞かされたので、これから伝えに来るかと思います」

 

 

 「そうか……」

 

 

 心底嫌な表情を浮かべながら、片手で頭を支えるカルド王。

 

 

 「僕がお話ししたい事は、国王であるあなたにお願いがあるのです」

 

 

 「……面白い、申してみるがいい」

 

 

 「この度、魔王討伐に行くにあたってその許可と、城にある宝物殿のユニーク武器を一つ頂けないでしょうか?」

 

 

 宝物殿。それは以前、シーリャとの話の中で聞いていた。国王がまだ修行していた頃に、世界各地のありとあらゆる武器をかき集め、コレクションしている場所であると……。

 

 

 「討伐許可だけではなく、宝物殿の武器まで欲しいと……少し、図に乗っているのではないか?小僧……」

 

 

 空気が変わった。先程よりも温度が下がり、背筋が凍るほどのプレッシャーがのし掛かる空間に変化した。

 

 

 「はい、乗っています。だからこそ僕は、両方欲しいのです」

 

 

 しかし聖一は、その重苦しい空気に押し潰される事無く、涼しい顔でカルド王に要求してきた。

 

 

 「……ふ、ふふふ、ふふはははは!!」

 

 

 突如、笑い出したカルド王。

 

 

 「私の圧を受けても尚欲するその強欲、気に入った!よかろうお前の願い聞き入れてやろう」

 

 

 「本当ですか!?」

 

 

 「但し、この私に勝ったらの話だ」

 

 

 カルド王の目付きが鋭くなった。そしてまたしても部屋の空気が変わる。今度のは緊張が走るような張り詰めた感覚である。

 

 

 「勝ったら……ということは何処かで決闘を行うのですか?」

 

 

 「いや、違うな。戦うといっても肉弾戦では無い、頭脳戦だ」

 

 

 そう言うとカルド王は、席から立ち上がりドレッサーの引き出しからある物を持ち出して来た。それは聖一にとって、いや元の世界では当たり前の物であった。

 

 

 「これは……“チェス”?」

 

 

 「ほう、知っていたか。流石異世界から来ただけはあるな」

 

 

 台に駒、元の世界と全く同じ形と色をしていた。

 

 

 「これは、約二千年前に転移してきた初代勇者がもたらした遺産の一つだ」

 

 

 「初代勇者が……?」

 

 

 「初代勇者は魔王軍の進行を防ぐ為に呼び出されたのだが、この世界には無い知識で娯楽や武器などを教え回り、それを元に作られた一つがこの娯楽道具の“チェス”という訳だ」

 

 

 「そんな事があったのですか……」

 

 

 「だが私は、この“チェス”を単なる娯楽道具とは思っていない」

 

 

 「どういう事ですか?」

 

 

 カルド王は書類を片付け、チェスをテーブルの上に置いた。

 

 

 「この“チェス”は実際の戦争を仮定して行われる。……言わば、戦略のデモンストレーションだと私は考えている。つまりこれで負けることは、その作戦で実際の戦争を行えば確実に敗北するという訳だ」

 

 

 「成る程、言われてみれば確かにそう思えてきました」

 

 

 カルド王のチェスに対する考察が的を射ていて、感心させられる聖一。

 

 

 「では早速始めるとしよう。先攻と後攻、どちらがいい?」

 

 

 「それでは先攻で」

 

 

 「よかろう」

 

 

 こうして、二人の戦いは静かに幕を開けた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ふーむ、なかなかやるではないか」

 

 

 「ええ、元いた世界で少しばかり嗜んでいたんですよ」

 

 

 あれからしばらく時間が経ち状況的には、カルド王がポーン三つにクイーンとビショップが残っており、聖一はポーン一つにナイト、ルーク、と五分五分であった。

 

 

 「ならば、これならどうだ?」

 

 

 しかしここでカルド王がありえない行動に出る。

 

 

 「これは……どういうつもりですか?」

 

 

 聖一のルークの目の前にカルド王は自身のキングを置いたのだ。

 

 

 「王とは下の者達を導く責任がある。それは国を治める立場としては当然の責務なのだ。つまりこうして敵の目の前に立ち、行動を示さなければならないのだ。さて、ここでお前に問いかけよう」

 

 

 「……何でしょうか?」

 

 

 「この状況、お前だったらどうする?」

 

 

 「僕だったら……普通に取りますね」

 

 

 聖一はルークでカルド王のキングを取った。

 

 

 「成る程、だがそれが罠だとしたらどうする?王自身が囮おとりだとしたらお前は、殺されているぞ」

 

 

 カルド王の目は真剣そのものであった。それに対して聖一は淡々と答える

 

 

 「いえ、僕だったらそれすらも看破してみせるでしょう」

 

 

 「傲慢だな……その考えはいつか身を滅ぼす事になるぞ」

 

 

 「確かにそうかもしれませんが、一つ申し上げてもよろしいですか?」

 

 

 「……何だ?」

 

 

 「これは“チェス”です。実際の戦争で深く考えてはいけないと思いますよ」

 

 

 「…………ふふははははは!!」

 

 

 聖一の言葉に思わず笑ってしまったカルド王。

 

 

 「そうだな!その通りだ!いくら戦略的なデモンストレーションだとしても、あくまでもこれは娯楽道具!どうやら、勝負でもユーモアのセンスでも、私は負けてしまった様だな!!あっははははは!!」

 

 

 ツボに入ったのか、笑い続けるカルド王。

 

 

 「お前の勝ちだ。約束通り、討伐の許可と宝物殿から好きな武器を一つ進呈しよう」

 

 

 「ありがとうございます」

 

 

 カルド王は暫く笑い続けた後と、聖一に魔王討伐許可と武器を一つ進呈することになった。




カルド王の様な豪快で器の大きい人は、見ていて気持ちが良い。


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宝物殿

予約投稿するの忘れてた……。


 「おおそうだ、私も聞きたいことがあった」

 

 

 カルド王との勝負を終えた聖一は、早速宝物殿へと向かおうとするが、呼び止められる。

 

 

 「いったいどんな事でしょうか?」

 

 

 聖一は、内容を聞く為にカルド王の方へと振り返る。

 

 

 「お前は“シーリャの事”をどう思っている?」

 

 

 「シーリャ……ですか?」

 

 

 カルド王は、シーリャの聖一に対する好意に気が付いている。いや寧ろ気が付かない方が無理な話である。いつもため息を吐いて、口を開けば聖一の事ばかり……これで気づかない人はいないであろう。しかし、カルド王が気になったのは、その聖一がシーリャの事をどう思っているかである。果たして、聖一の返答は……。

 

 

 「……とても可愛らしい“お人形”だなと思いますね」

 

 

 「ふふふ、そうか“お人形”……か」

 

 

 カルド王は含み笑いをすると、聖一の言葉を繰り返した。

 

 

 「質問は以上でしょうか?」

 

 

 聖一は何事も無かったかのように、国王に声を掛ける。

 

 

 「ああ、すまなかった。“くだらない”話を聞いてしまったな。もう行って良いぞ」

 

 

 「いえいえ、“気にしてません”ので……それでは失礼致します」

 

 

 そう言うと、聖一はカルド王の自室を出て行こうとする……と。

 

 

 「ああ、少し待て……。ラクウン、いるか?」

 

 

 「はい、ここにおります」

 

 

 「!?」

 

 

 いつの間にか聖一の隣に現れたラクウン。全く気配すら感じられず、聖一は少し恐怖を覚えた。

 

 

 「ラクウン、セイイチを宝物殿まで案内しろ」

 

 

 「畏まりました。それではセイイチ様、私について来てください」

 

 

 「は、はい……分かりました」

 

 

 そのまま聖一はラクウンの後をついて部屋を出て行った。

 

 

 「…………」

 

 

 部屋にはカルド王一人。そんなカルド王は椅子から立ち上がり、虚空を見つめ独り言を呟いた。

 

 

 「我が“バカ娘”ながら不憫だな…………くくくっはははは!!」

 

 

 カルド王は娘の哀れな姿を思い浮かべ、高笑いをするのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 「こちらが宝物殿になります」

 

 

 聖一はラクウンに連れられ、城の宝物殿前まで来た。

 

 

 「ここが……」

 

 

 宝物殿の扉は他の部屋の扉と比べて、とても分厚かった。正面からでも確認できるその分厚さは、圧倒的存在感を放っていた。

 

 

 「少々お待ちください。今開けますので」

 

 

 「え、こんなに分厚くて重たそうな扉をいったいどうやって……?」

 

 

 聖一がそんな事を言っていると、ラクウンは宝物殿の扉の前で右手を後ろに、左手を前にして、右手の指を曲げる。

 

 

 「(あれは……発頸?)」

 

 

 中国武術における力の発し方の技術。聖一の元いた世界の発頸によく似ていた。

 

 

 「(あれで何をするつもりなんだ?…………まさか!)」

 

 

 聖一はラクウンがこれから行おうとする事を理解した、その瞬間!

 

 

 「ハア!」

 

 

 ラクウンの右手が、宝物殿の扉目掛けて放たれた。バゴン!けたたましい音を立てて、扉が開かれた。

 

 

 「さぁ、開きました。行きましょう」

 

 

 「(化け物か……)」

 

 

 聖一は分かっている。今の自分ではこの扉を開けるのは不可能だと……。それを容易く開けてしまうラクウンは、自分よりも強者である。

 

 

 「どうしました?行かないのですか?」

 

 

 「あ、はい。今行きます」

 

 

 この時、聖一は決意する。必ずこの人よりも強くなってみせると!

 

 

 「……す、凄い」

 

 

 思わず声が漏れてしまった聖一だが、それも仕方ない。宝物殿の中は、壁から床まで全て黄金色で統一されていた。

 

 

 「こちらの壁や床は、王が修行の旅に出られていた際にお集めになられた金を溶かして、建造されました」

 

 

 よく見てみると、壁や床に細かな装飾が施されている。

 

 

 「こ、これは!?」

 

 

 次に聖一の目に留まったのは、黄金の壁に沿って飾られている多種多様な武器や防具である。

 

 

 「こちらも、王が修行の旅に出られていた際にお集めになられた、特殊な能力を秘めた武器や防具を飾った物になります」

 

 

 先程の壁や床もそうだったが、武器や防具には埃の様な汚れは一切見受けられなかった。

 

 

 「さて、セイイチ様。この中のどれか一つの武器をお譲りしてもよいと、王から伺っています。一つだけお選び下さい」

 

 

 「まさか……こんなに沢山あるなんて……」

 

 

 聖一は、あるとしても三、四個が関の山だろうと考えていた。しかし、その予想を遥かに上回る数がそこにはあった。

 

 

 「いったい、どれを選べばいいのか…………ん?」

 

 

 宝物殿を見て回っていると、一つだけ異常に目立つ武器に目が留まった。

 

 

 「これって……」

 

 

 それは、剣だった。しかしその刃の部分は真っ黒に染まっており、鍔は四枚の葉の形をし、黒檀のように黒光りしていた。だが、何よりもその剣を見ていると、他の武器に目を向けることが出来なくなっていた。

 

 

 「あの、ラクウンさん……これはいったい?」

 

 

 「これは“フォアリーフ”別名クローバーと呼ばれる、この宝物殿の中でも一、二を争う強さを秘めています。しかし、それは余りお薦めはしません」

 

 

 「え、どうしてですか?」

 

 

 ラクウンの言葉に過剰に反応を見せ、理由を聞く聖一。

 

 

 「その剣は強すぎるのです。剣が所有者を依存させ、片時も離れられなくなってしまうのです。実際、王もその剣を持った時は片時も離れられず、食事の時は勿論、寝る時も、はたまた入浴の時までも離す事が出来ず、一ヶ月近く依存していたと話されておりました」

 

 

 「成る程…………」

 

 

 聖一はしばらく“フォアリーフ”を見つめていたが、何の迷いも無く手に取った。

 

 

 「セイイチ様!!」

 

 

 「ぐっ…………」

 

 

 手に取った瞬間、何かが心の中に流れ込んでくる。

 

 

 私を見て……。私を見て……。私だけを見て……。私のものになって……。

 

 

 ねっとりと、まとわりつくような幻聴が聞こえてくる。

 

 

 「…………」

 

 

 しかし意外にも聖一は冷静で、剣を天へと掲げ、語り掛ける。

 

 

 「いいよ、君だけを見よう。君だけの物になろう。その代わり、君も僕を見てくれ、僕だけを見てくれ、そして僕の物になってくれ!」

 

 

 カタカタと、まるで返事をするかのように剣が震えた。

 

 

 「……セイイチ様?」

 

 

 「……ほいっと」

 

 

 「な……!!」

 

 

 聖一は“フォアリーフ”を元あった壁掛けに戻した。

 

 

 「王でも依存から抜け出すのに一ヶ月を要したのに……それを一瞬で?」

 

 

 「うん、ちゃんと手からも離れる様になったみたいだね。ラクウンさん!」

 

 

 「は、はい!」

 

 

 「これ気に入りました。これがいいです。いや、これじゃないと駄目です!」

 

 

 再び聖一は剣を手に取った。

 

 

 「そ、そうですか……それではそちらを差し上げます……」

 

 

 「ありがとうございます」

 

 

 聖一は“フォアリーフ”を何度も光に当てて、その輝きを楽しんでいる。

 

 

 「(まさかあの剣を完全に使いこなす人がいるとは……。王が彼から目を離すなと言った意味が、ようやく理解できた気がする)」

 

 

 ここに来てようやく、聖一の秘めた危険性に気が付いたラクウンであった。

 

 

 

 

 聖剣 フォアリーフ (クローバー)

 

 

 ある一人の鍛冶師が、剣の製造途中で四つ葉のクローバーを誤って混入してしまい、剣と葉っぱの融合で生まれた突然変異の剣である。また、混入した四つ葉のクローバーの魂は清らかな物であった為、聖剣へと変異した。しかしその反面、一途すぎるその想いが所有者を依存させてしまうようになった。手放すには相当の精神の強さが必要不可欠である。因みに、四つ葉のクローバーの花言葉は『私のものになって』

 

 

 能力 所有者と相対した者が、所有者よりも高いステータスだった場合、相手のステータス分、自身のステータスに上乗せされる。




次回で番外編は完結となります。
また、そこからはハーメルンオリジナルエピソードになりますので、更新が著しく低下します。どうして早く続きが見たいという人は、既に小説家になろうで完結している本家“笑顔の絶えない世界”を読んで下さい。
なろうへのURLは後日、あらすじの部分に追記しておきます。
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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もう一組の旅立ち

今回で番外編は完結となります。


 「この度は本当にありがとうございました。おかげで、こんなに良い武器と巡り会う事が出来ました」

 

 

 宝物殿の扉前。ラクウンが扉を閉め終わると、聖一は“フォアリーフ”を片手にお礼を述べた。

 

 

 「いえいえ、私は何もしていません。お礼なら王に述べてください。その剣を貰えるのは他でもない、王のおかげなのですから……」

 

 

 「はい、分かっています」

 

 

 聖一とラクウンが会話をしていると……。

 

 

 「あれー、聖一さん。こんな所で何しているんですか?」

 

 

 愛子と舞子の二人が聖一達に近づいてきた。

 

 

 「あれ、二人ともどうしてここに?」

 

 

 「私達は、聖一さんを呼びに来たんですよ。そろそろ魔王討伐に向かう時間だから早く私の自室に来てほしいと、シーリャから伝言を頼まれたんです。そう言う聖一さんは何をしていたんですか?」

 

 

 「それ「それは、私が説明しましょう」」

 

 

 聖一が答える前に、ラクウンが間に割って入った。

 

 

 「ラ、ラクウンさん!!」

 

 

 「ラクウンさんが目の前にいる!」

 

 

 愛子と舞子の二人は、聖一と同じくらいタイプのラクウンと出会って、少し興奮している。

 

 

 「確かあなた達は……アイコ様とマイコ様ですね?」

 

 

 「私達の名前を覚えてくれていたんですか~?」

 

 

 「様、だなんて……感激です~」

 

 

 二人の猫なで声に苦笑いを浮かべながらも、何とか答えようとするラクウン。

 

 

 「……聖一様は魔王討伐の足掛かりとして、魔族について聞かれていたのですよ」

 

 

 「流石聖一さん!行動が早いですね!」

 

 

 「私も見習いたいです!」

 

 

 「あ、うん……そうだね」

 

 

 聖一は歯切れの悪い返事をする。

 

 

 「それでは、お二人は先にシーリャ様の下へとお戻りください。こちらもすぐ向かわせて頂きます」

 

 

 「分かりました。それじゃあ、私達は戻りますね」

 

 

 「なるべく遅くならないでくださいね」

 

 

 愛子と舞子のふたりは、聖一達に手を振って戻って行った。

 

 

 「ああいう人達には、下手に本当の事を話すより嘘で会話を進める方が面倒な事にはなりません」

 

 

 「確かに……そうですね」

 

 

 宝物殿で聖一だけがユニーク武器を譲って貰ったと知られたら、確実にあの二人も武器を要求してきたであろう。そうならない様にする為に、ラクウンは聖一と二人の会話に割って入ったのだ。その事に気が付いた聖一は苦笑いをしながら、戻って行く二人を見つめる。

 

 

 「では、私達も行くとしましょう」

 

 

 「はい」

 

 

 聖一とラクウンは一呼吸置くと、シーリャの自室へと歩き出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 シーリャの自室は一言で言い表すのであれば“豪華”である。部屋全体がきらびやかで、支える四つの柱それぞれに異なった装飾が施され、カーテンの模様は金粉で彩られている。カルド王の自室とは正反対の部屋と言えるであろう。そんな部屋に聖一とラクウンがいるのだが、目の前には目を疑う光景があった。

 

 

 「セイイチ様!来てくれたのですね!」

 

 

 「あ……うん、呼ばれたからね……それよりもその格好は……」

 

 

 部屋の中ではシーリャ、愛子と舞子の三人が出迎えた。しかし、シーリャの服装がいつものふんわりとしたドレスと違い、しっかりと形を維持している動きやすそうなドレスに身を包み、腰にはメイスがぶら下がっていた。

 

 

 「はい、実はセイイチ様にサプライズがあるのです」

 

 

 「何と~……」

 

 

 「何と~……」

 

 

 愛子と舞子がシーリャの前に出て、目を見合わせる。

 

 

 「この度、私達のパーティーにシーリャが加わる事になりました!」

 

 

 「わー、パチパチパチー」

 

 

 「えっ、つまり……えっ?」

 

 

 愛子と舞子が拍手する中、未だに状況が飲み込めない聖一。

 

 

 「つまり、シーリャも魔王討伐を手伝ってくれるんです!」

 

 

 「本当なのシーリャ!?」

 

 

 「はい……ご迷惑でしょうか?」

 

 

 シーリャは困った表情をしながら、上目遣いで聖一を見てくる。

 

 

 「いや、迷惑ではないんだけど……シーリャは一国の王女様だろ、大丈夫なのかい?」

 

 

 「それは大丈夫です!父上の許可はちゃんと頂きました!」

 

 

 「王が!?」

 

 

 “バカ娘”と罵っていたあのカルド王が、こうもあっさり魔王討伐の同行を許すなんて、信じられないラクウンであった。

 

 

 「それならよかった。仲間が一人増えて、僕も嬉しいよ」

 

 

 「セイイチ様。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 「!!」

 

 

 「!?」

 

 

 この時愛子と舞子は、その言葉は結婚相手に言うものだろう!と同じ事を思っていた。いくら仲が良くなったとはいえ、恋敵には変わらない。二人はシーリャを睨み付ける。

 

 

 「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。……そういえばシーリャの職業は何かな?」

 

 

 「私は“バトルクレリック”です!」

 

 

 “バトルクレリック”メイスなどの鈍器系の武器を主とした職業。攻撃力に特化されており回復魔法も扱える。その代わり、防御面の薄さが難点となっている。

 

 

 「意外だね、てっきり舞子の様に“聖女”だと思ったよ」

 

 

 「“聖女”は魔法が使える分、基本的な攻撃力は期待できません。私は魔法よりも物理の方が好きなんです!」

 

 

 バゴン!!という音が突然響き渡る。シーリャがメイスを握りしめ、力任せに壁を殴ったのだ。殴られた壁はその一部だけボロボロに砕けていた。

 

 

 「あ、すみません。私ったらセイイチ様のパーティーになれた事が、つい嬉しくて……」

 

 

 「そうか、頼もしい限りだよ」

 

 

 「……あ……あ……あ」

 

 

 「恐ろしい子……!」

 

 

 睨み付けていた愛子と舞子は、壁の一部を破壊したシーリャに恐怖を覚えた。

 

 

 「それでは早速行きましょう!荷物などは、こちらの方で準備させて頂きました」

 

 

 「本当かい?それは助かるよ」

 

 

 「ほら、アイコさん、マイコさんも行きましょう!」

 

 

 「は、はい!畏まりました!」

 

 

 「十秒で支度します!」

 

 

 愛子と舞子は敬礼をすると、急いで外へと走り出した。

 

 

 「どうしたんでしょうか?」

 

 

 「さあ?」

 

 

 シーリャと聖一は感覚が鈍いのか、理解していなかった。

 

 

 「さあ、私達も行きましょう。留守は任せますね」

 

 

 「畏まりました」

 

 

 シーリャは、ラクウンに留守を命じると、聖一の手を引っ張りながら外へと向かった。こうして、聖一達四人の魔王討伐への旅は始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「失礼致します……」

 

 

 カルド王の自室にラクウンが訪ねてきた。

 

 

 「……ラクウンか、いったい何の用だ?」

 

 

 「今しがた、シーリャ様を含めたセイイチ様一行が旅立ちました」

 

 

 「おお、そうか……もうそんな時間だったか……」

 

 

 カルド王は持っていたペンを置き、ラクウンに顔を向ける。

 

 

 「お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 「何だ?」

 

 

 「何故、シーリャ様を行かせたのですか?」

 

 

 ラクウンはカルド王の、シーリャに対するパーティー加入の許可がどうしても納得出来ずにいた。

 

 

 「……知っているか?井の中の蛙大海を知らず……という言葉を……」

 

 

 「確か……視野が狭くありきたりの知識しかない……ですよね?」

 

 

 「ああ、あの“バカ娘”にピッタリの言葉じゃないか。外の世界を知らない哀れな小娘が、痛い目を見る良いチャンスだ」

 

 

 「しかし、もしもの事があっては……」

 

 

 シーリャの安否を心配するラクウンだが、カルド王はそれを聞いてニヤリと笑う。

 

 

 「死んだら死んだで万々歳……不安材料が一つ無くなるのだからな……くくく……あっははははは!!!」

 

 

 この日、カルド王の恐ろしい高笑いは城中に響き渡ったという……。

 

 

 

 

シーリャ・アストラス・カルド Lv15

 

種族 人間

 

年齢 16

 

性別 女

 

職業 バトルクレリック

 

 

HP 180/180

 

MP 90/90

 

 

STR 200

 

DEX 80

 

VIT 20

 

AGI 100

 

INT 50

 

MND 100

 

LUK 75

 

 

スキル

 

ヘビースマッシュ

 

 

 

魔法

 

回復魔法

 

 

 

称号

 

世間知らずな狂暴娘




次回から再び真緒達の視点に戻ります。
そして、前々から何度もお伝えしている通り、第五章からハーメルンオリジナル展開に移行します。
その為、更新速度が著しく低下します。
もし、早く物語の続きと結末が知りたいという方々は、あらすじに追記されているURL先の『小説家になろう』にて、既に完結している作品がございますので、そちらの方をご覧下さい。
それでは今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価と感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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第五章 冒険編 人魚の呪い
海水浴


皆さん、大変長らくお待たせ致しました!!
ここから、ハーメルン限定物語の始まり始まり~



 照り付ける太陽。心地好い潮風。波打ち際から聞こえる波の音は心安らぐ。

 

 ここは“クリアビーチ”。四季や気候に一切囚われず、年中最適な環境が約束された正に地上の楽園。ビーチの砂浜は肌に触れる事無くサラサラと流れ落ち、海はまるで鏡の様に透き通っている。

 

 そんな夢のリゾートに五人の男女が訪れていた。

 

 「それっ!!」

 

 「きゃあ!! やったなー!!」

 

 「マオぢゃん、見で見で。海の底で貝拾っだ!!」

 

 「もうハナコさんったら、こんな所でも食欲が勝るんですね」

 

 「「「あははははは!!」」」

 

 三人の女性陣は水着姿で水を掛け合ったり、海の底で貝を取ったりしていた。すると真緒は、ビーチでパラソルを立てて座りながらこちらを見ている男性陣に、手を振って声を掛ける。

 

 「師匠ー!! フォルスさん!! 一緒に泳ぎましょう!! 気持ちいいですよ!!」

 

 「嬉しい申し出ですが、今回は遠慮しますよ~。生憎と水着を持って来ていないので~」

 

 「俺も折角だが遠慮しておく。羽が水に濡れると面倒臭いからな」

 

 「えぇー、そんなー」

 

 「私達は私達で楽しんでいますから、マオさん達も気にせず楽しんで下さいね~」

 

 「……はーい」

 

 エジタスにそう言われ、渋々ながらも真緒は三人で楽しむのであった。そんな三人を見ながら、エジタスが大の字になって横になり始める。

 

 「う~ん、やっぱり海は良いですね~。波が奏でる音色はどんな楽器にも勝り、美しい景色は心をも潤しますよ~」

 

 「だけど……」

 

 「ん~?」

 

 海水浴に満足げなエジタス達を他所に、フォルスだけは何処か浮かない表情を浮かべていた。

 

 「俺達以外、誰もいないってのは奇妙じゃありませんか?」

 

 周囲を見渡すも、海にも浜辺にも真緒達以外の人は誰も見当たらなかった。

 

 「仮にもここは観光地としても有名な場所……にも関わらず、人っ子一人いないなんて、ちょっと不気味だ……」

 

 「ふ~ん、奇妙なのか不気味なのか。あっ、略して奇不味。なんちゃって~」

 

 「ふざけないで下さい。こっちは真面目に言ってるんです」

 

 おちゃらけたエジタスの返しを一喝するフォルス。一方で両手の掌を真上に向け、両手首を頭の横まで持っていき、冗談が通じないなというジェスチャーを見せるエジタス。

 

 そんな道化師を見向きもせずに、フォルスはずっと不安そうな表情を浮かべながら、じっと海を眺める。

 

 「嫌な予感が……何か良くない事が起きる気がする。そんな予感が……」

 

 「まぁ、そうなったとしても、いざって時は私の転移魔法で逃げれば大丈夫ですよ~」

 

 「だけど……」

 

 そう言い掛けるも、エジタスがフォルスの両肩に片腕を回す。

 

 「フォルスさんは心配し過ぎなんですよ~。それよりも今を楽しみましょう~」

 

 「それでも警戒した方が……」

 

 「何の為に~?」

 

 「それは勿論、仲間を守る為です」

 

 「マオさん達だって子供じゃないんですよ~。自衛くらい出来ますって~」

 

 「万が一という事も……」

 

 「……それはつまり、彼女達を一切信頼していないという事ですか~?」

 

 「!! それは断じて違う!!!」

 エジタスの嫌味ったらしい問い掛けに、思わず声を荒げてしまうフォルス。

 

 「…………」

 

 「す、すみません……ちょっとカッとなってしまって……」

 

 ふと我に返り、フォルスは怒鳴ってしまった事をエジタスに謝罪する。

 

 「いえいえ~、こちらも意地悪な質問をしてしまいましたからね~。申し訳ありません」

 

 フォルスの謝罪に応えるかの様に、エジタスも自身の非礼を詫びた。

 

 「……あいつらの実力は誰よりも知ってる。頭では分かっているんです。だけど、あいつらは若すぎる上にまだまだ経験不足……だからこそ、大人の俺が確りしないと……」

 

 「私は別に彼女達を守るなと言っている訳じゃありませんよ~。只、あんまり気を張り詰め過ぎると、いざという時に適切な判断が出来なくなってしまうから、適度に休んだ方が良いと思っただけで~す」

 

 「エジタスさん……そうですね。ここ最近、立て続けに危険な目に遭遇していたから、少しピリピリしてました。今日くらい、ゆっくりと……文字通り“羽”を伸ばします」

 

 そう言いながら、バサバサと自身の羽を動かして見せる。

 

 「適度なガス抜き、良いですね~。その調子ですよ~。一段落ついた所で、お休みなさ~い」

 

 問題が解決するや否や、再び大の字になって寝転がり始める。そんなエジタスの見よう見まねで寝転がるフォルス。

 

 「「「きゃあああああああああ!!!」」」

 

 「っ!!! 今の悲鳴は!!?」

 

 その直後、海の方から真緒達の悲鳴が上がった。

 

 「くそっ!! 俺とした事が!!」

 

 悲鳴を耳にし、慌てて起き上がると弓矢を片手に真緒達の下へと駆け出した。それに遅れて、エジタスもゆっくりと上半身を起こした。しかし、向かうつもりは無さそうだった。

 

 「……意外と早かったですね~」

 

 

 

***

 

 

 

 フォルスが駆け付けると、真緒達三人はワナワナと体を震わせながら、海面にいる“何か”を見つめていた。

 

 「マオ、ハナコ、リーマ!! 大丈夫か!!?」

 

 「フォルスさん……」

 

 「いったい何があった!!?」

 

 「これ……見て下さい……」

 

 「ん?」

 

 三人がフォルスに道を開ける。するとそこには……。

 

 『キュー』

 

 「は?」

 

 ツルツルとした水色の肌に白いお腹。クチバシの様に尖った口元、特徴的な背ビレと何とも言えないつぶらな瞳を持った“イルカ”がいた。

 

 「……これは?」

 

 「イルカですよ!! フォルスさん、イルカ!!」

 

 「海で遊んでいだら、ごの子が寄っで来だんだぁ」

 

 「もうあまりの可愛さに、私達思わず悲鳴を上げてしまいました」

 

 「…………」

 

 「それにこの子、凄く人懐っこいんですよ。頭だって撫でさせてくれるんです。フォルスさんもせっかくだから撫でさせて貰ったらどうですか?」

 

 「ま……紛らわしい真似をするなぁあああああああ!!!」

 

 「「「!!?」」」

 

 慌てて駆け付けて見れば、大した事態では無いと知り、ホッと一安心すると同時に怒りが込み上げて来た。フォルスの怒号にビックリする真緒達。

 

 「俺はお前達が危険な目にあっていると思ったんだ!! それなのに慌てて来て見ればイルカだと!!? そんなのでいちいち悲鳴を上げるな!!」

 

 「あ、あの……ごめんなさい……」

 

 「ごめんなざいだぁ……」

 

 「すみませんでした……」

 

 頭を下げる真緒達の姿を見て、フォルスは冷静さを取り戻した。

 

 「フォルスさん、最近何だか疲れてるみたいだったから、少しでも癒されて欲しくて……」

 

 「ぞれで海なら休まるがなっで……」

 

 「そうしたら、偶々イルカが来てくれて……その……嬉しくてつい……」

 

 「本当にごめんなさい」

 

 「(……そうか、俺が変に気を張っていたせいで皆に余計な心配を掛けていたのか……)」

 

 “あんまり気を張り詰め過ぎると、いざという時に適切な判断が出来なくなってしまうから、適度に休んだ方が良いと思っただけで~す”

 

 「(エジタスさんの言う通り、俺は皆の事を信頼しきれていなかった。皆は俺の事を考えてくれているというのにな。俺もまだまだだ……)」

 

 真緒達の想いを聞いたフォルスは、脳裏に先程のエジタスの台詞がフラッシュバックすると共に、己の未熟さを反省した。

 

 「いや、本来謝るべきなのは俺の方だ。すまなかった。お前達の気持ちも考えず、頭ごなしに怒鳴ったりして」

 

 今、すべき最優先事項は謝罪。自身の過ちを正す事。フォルスは真緒達に頭を下げた。

 

 「そんな!! 私達こそ、フォルスさんに迷惑を掛けてしまって!!」

 

 「それならこれでお互い不問としよう」

 

 「は、はい!!」

 

 「それでだ……あぁ、俺にもイルカを撫でさせてくれるか?」

 

 「えぇ、勿論良いですよ。あっ、でもまだいますかね?」

 

 フォルスの怒鳴り声で逃げたりしていないか。真緒達が振り返ると、そこには平然とした様子のイルカがいた。

 

 「どうやら逃げ出してはいないみたいですね」

 

 「良がっだだぁ」

 

 「さぁ、フォルスさん。遠慮せずに」

 

 「お、おう……」

 

 恐る恐る手を伸ばす。今にも頭に触れようかというその瞬間、何と向こうからフォルスの手に頭を擦り付けて来た。

 

 『キュー、キュー』

 

 「凄い!! この子、フォルスさんに懐いていますよ!!」

 

 「そ、そうか。何だか照れるな」

 

 『キュー』

 

 気持ち良さそうに声を漏らすイルカ。その可愛らしい声に、その場にいる全員が思わずうっとりとしてしまう。

 

 「確かにこれは癒されるな。それにしても、こんな所にイルカなんて珍し…………」

 

 その時、フォルスの撫でる手が止まった。全身に寒気を感じる。海に浸かっているからとか、そんなレベルでは無い。文字通り“鳥肌”が立った。

 

 「(そもそも、何故こんな所にイルカなどいるんだ? イルカは群れで行動する生き物だ。仲間とはぐれた? だとしても、何故こんな浅瀬にやって来た?)」

 

 「フォルスさん?」

 

 「(マオ達の楽しそうな声に惹かれて来たのか? いや、それ以前に飼い慣らされたイルカなら兎も角、こいつは野生のイルカ。人になど慣れている筈が無い。にも関わらず、この甘え方は明らかに人に慣れてる証拠。まさか……まさかとは思うが……このイルカは……)」

 

 杞憂であって欲しい。そう思いながらイルカの顔を見る。そこにいたのは、今までの可愛らしいイルカでは無く、目を細めてニヤリと口元を歪ませる。ズル賢そうな表情を浮かべるイルカだった。

 

 「しまった!! これは罠だ!!」

 

 「「「えっ?」」」

 

 『キュオオオオオオオオン!!!』

 

 「ぐがぁ!!? こ、これは!!?」

 

 「な、何これ……頭が……」

 

 「急にクラクラと……」

 

 「オ、オラ……もう駄目だぁ……」

 

 イルカが鳴き声を発したかと思うと、突然目眩に襲われ、次々と意識を失って倒れてしまった。

 

 「ちょ、超音……波……くそ……油断した……」

 

 唯一残ったフォルスも遂に両膝を付き、倒れてしまった。彼が最後に見た光景は憎たらしいイルカと、その背後に現れた一隻の船。ドクロマークを旗に掲げる“海賊船”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さてさて、新しい物語の始まり始まり~」

 

 そんな一部始終を既に浜辺から離れ、遠くで眺める一人の道化師がいた。




そして新たな1ページが刻まれる。

今回はここまで!!
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囚われの勇者

不意を突かれ、不覚にも気絶してしまった真緒達。
次に目覚めた場所は……。


 ピチョン……ピチョン……ピチョン。

 

 「んっ、んん……ん……」

 

 薄暗い部屋。壁の隙間から漏れる太陽の光が唯一の光源。天井から滴り落ちる水滴が、真緒の頬に伝う。その冷たさと何とも言えない気持ち悪さから、真緒は目を覚ます。

 

 「…………うっ!? 何なのこの臭い……!?」

 

 まだ頭が完全に起きていない為か、目の前の景色がボンヤリと映る。しかし、目覚めたのと同時に牛乳をふいた雑巾の様な悪臭が鼻を襲い、意識が一気に覚醒する。

 

 「ここはいったい何処……?」

 

 意識がハッキリとした事で、視覚も正常に働き始める。ヌルヌルと濡れた木製の床や三方向の壁。よく見れば所々に白カビや緑の苔が生えており、更に目の前は鉄格子に覆われていた。どうやらここは牢屋の様だった。

 

 「どうしてこんな所に……?」

 

 目覚めたばかりで、未だに記憶が混濁している。両手で頭を抑えながら眉を寄せて、必死に思い出そうとする。

 

 そこから脳裏に過るのは、クリアビーチにて起こった一件であった。

 

 「……そうだ、確かクリアビーチで海水浴をしていて……そしたら、イルカが現れて……えっと、それから……」

 

 それ以上、詳しくは思い出せなかった。良くて記憶の断片が飛び飛びで浮かび上がるだけ。フォルスの怒号、突然の頭痛と吐き気。そして目の前が真っ暗になったかと思えば、気が付くと牢屋の中にいた。

 

 「……そんな事より、皆は?」

 

 自身の記憶よりも仲間の安否を最優先する。慌てて牢屋内を見回すも、自分以外誰もおらず、鉄格子越しから外を見渡すが、人影らしき物すら感じられなかった。

 

 「……ふん!! ふっ!!! んぐぐっ……!!!」

 

 ここから抜け出そうと、両手で鉄格子を力の限り押したり引っ張り試みるが、見た目以上に頑丈な様で、びくともしなかった。

 

 「はぁ……はぁ……それなら、武器で無理矢理……あれ?」

 

 素手が無理なら武器を使おうと、腰に携えている純白の剣に手を伸ばすが、そこにある筈の剣が無かった。

 

 「そんな!? どうして!?」

 

 必死に足下や辺りを見回すが、近くに落ちている様子は無かった。

 

 「……仲間もいない……ここから脱出する手段も無い。いったいどうすれば……」

 

 などと、どうにもならない現状に頭を悩ませていると、扉が開く音が響き渡り、足音がこちら側に近付いて来る。

 

 「おっ、漸くお目覚めか」

 

 そこに現れたのは、赤と白のストライプ柄のバンダナを付け、意図的に袖と裾を破ってギザギザにした半袖と長ズボンを履いた、ヒゲモジャで人相の悪い筋肉ムキムキな男だった。

 

 起きた事を確認すると、ニヤニヤとヤラシイ目付きで品定めでもするかの様に、観察して来た。

 

 「……あなたが私を閉じ込めたんですか?」

 

 しかし、真緒は臆する事無く、果敢に目の前の男に質問をした。すると男はニヤリと口元を歪ませて答える。

 

 「フッ、そうだ」

 

 「他の皆は何処ですか?」

 

 「安心しな、全員無事だ。今の所わな……へっへっへっへ」

 

 「!!!」

 

 やはり仲間達も自分と同じ様に、ここでは無い何処かに囚われている。それが分かっただけでも満足だが、更に情報を引き出そうと考える。

 

 「あなた方の目的は何ですか? 私達を捕まえて、何をするつもりなんですか?」

 

 「そりゃあお前、若い男女にさせる事と言ったら一つしかないだろう」

 「ひぃ……!!!」

 

 そう言いながら、男は真緒の体を見て舌舐めずりした。それを見て、ゾッと体全体から寒気を感じた。

 

 「慌てなくても、そう遠くない内にお前の番が回って来る。それまで精々、大人しくしているんだな」

 

 喋りたい事を喋り終わったのか、男は早々にその場から立ち去ろうとする。

 

 「あっ、ちょっと待って下さい!! まだ話は…………!!!」

 

 流石に情報が足りなさすぎる。何とか引き留めようと、鉄格子に顔を引っ付けてまで声を掛ける。すると男は何かを思い出したかの様に、歩みを止めた。

 

 「あっ、そうそう。言い忘れてたけど、ここから逃げようだなんて考えない方が身の為だぜ。最も、誰もここから逃げられないんだがな。はっはっはっはっは!!!」

 

 牢屋に対する絶対的な自信があるのか。高笑いを浮かべながら、その場を去って行った。

 

 再び一人になった真緒。この先、どうして良いか分からず、塞ぎ混んでしまう。

 

 「ハナコちゃん……リーマ……フォルスさん……師匠……」

 

 今まで仲間の力を借りる事で、幾つものピンチを乗り越えて来た真緒だが、今回それは出来ない。仲間達が無事かどうか分からないが、自分の身も安全とは言えない。心配と不安に襲われ、真緒の精神は崩壊寸前だった。

 

 「……はい!! くよくよするの終わり!!」

 

 すると、真緒は暗い雰囲気を吹き飛ばす為、両手で自身の頬を同時に強く叩き、無理矢理元気を出して声を張り上げる。

 

 「きっと皆は大丈夫。それよりも今は私自身の事を考えなきゃ!!」

 

 一念発起する真緒。そして徐に周囲を探索し始める。まず、注目したのが壁と床だった。

 

 「抜け穴は……無さそう。強度は思ったよりも頑丈そう。ハナコちゃんなら兎も角、私じゃこの壁は破れそうにもない」

 

 次に鉄格子の柱部分に注目する。

 

 「太さはそれなり。柱と柱の間……んんっ、流石に通り抜けられる程の隙間は空いてないか……」

 

 何とか通り抜けられないか、無理矢理隙間に体を押し付けるが、手足が限界で頭どころか体すら出す事が出来なかった。

 

 「中からの脱出は、ほぼ不可能に近い。そうなるとやっぱり外部からの助けを待つしかないのかな」

 

 真緒はその場にじっと留まり、思案する。しかし、どう考えても外からの助けなど皆無。男の話では、仲間達は全員捕らえられてしまっている。それが真実ならば、助けが来る事に期待するのは愚かという物。

 

 「んー……あれ?」

 

 その時、真緒はある“違和感”に気が付いた。

 

 「揺れてる?」

 

 そう、今まで歩き回ったり周囲の状況に気を取られたせいで気付かなかったが、微かに部屋全体が揺れている事に体全体で感じたのだ。

 

 「地震? にしては、揺れが不規則で安定していない。それに何となく地震じゃない気がする」

 いったい自分は何処に連れて来られたのか。この揺れと何か関係があるだろうか。そんな疑念が真緒の脳裏にこびりつき、離れようとしなかった。

 

 「どうにかして外の様子を確かめないと。この牢屋の明かり……壁の隙間から漏れる太陽の光で照らされてるとしたら、壁の向こう側は必然的に外になる筈……」

 

 この時、真緒は運に恵まれていた。もし、外が曇りであったなら、もし、起きたのが夜中であったなら、恐らく太陽の光には気付かなかっただろう。

 

 真緒は比較的大きめな、外を眺められる壁の隙間を探す。そして、それらしい隙間を見つけると、片目を壁の隙間に近付け、漸く目覚めてから初めて外の様子を見る事に成功した。

 

 「…………え!?」

 

 そこに広がっていたのは、何処までも続く地平線と一面真っ青な海だった。時折、波がこちらにぶつかり、大きな音を立てる。

 

 「あれが本当に海だとしたら、私は海の真上にいる!? もしそうだとしたら、私がいるこの場所は……“船”の中って事!!?」

 

 現在地が船だという事に驚く一方、その真上……甲板では海の男達が汗水滴しながら世話しなく働いていた。

 

 「おらっ、帆を畳め!!」

 

 「ロープをこっちに持って来い!!」

 

 「お前、監視塔に登って状況を逐一報告しろ!!」

 

 「アイアイサー!!」

 

 それは先程、牢屋に姿を見せた男と全く同じ格好をした男達だった。そんな中、船首に他の者達とは異なり、黒に金色の装飾が施されたコートを身に纏い、頭にはこれまた黒に金色の装飾が施された三角帽子を被っていた。

 

 左目に眼帯を付けているが、見た目は三十後半。牢屋に来た男に負けず劣らず悪そうな顔つきだった。

 

 そんな男の下に甲板で作業していた男がやって来る。

 

 「“船長”!! ご命令通り、帆を畳終わりました!!」

 

 「ご苦労!! では、再び帆を張り直せ!!」

 

 「アイアイサー!! 聞いたなお前ら!! 今すぐ帆を張り直すぞ!!」

 

 急な無茶振りに文句一つ言わず、畳んだ帆を再び張り直し始める男達。その様子を眺めながら、船長と呼ばれた男は顔を上に向ける。

 

 「例え何者であろうと、俺達の航海は止まらない」

 

 視線の先にある物。それは、マストの先端に掲げられたドクロマークが付いている旗であった。

 

 「俺達は自由を愛する“海賊”だ」

 

 不運にも、真緒達を捕らえたのは海賊だった。そして真緒達がいるここは、紛れもない海賊船だった。




海賊登場!!
果たして真緒達を拐った目的とは!?
そして、真緒は無事に仲間達と再会出来るのか!?
そんな所で今日はここまで!!
また次回もお楽しみに!!
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強制労働

前回、海賊船の牢屋に囚われてしまった真緒。
一方、他の仲間達はいったい何処へ?


 船長と呼ばれる男の命令により、帆を畳んだ船員達だったが、畳終わった直後また張り直せと命令され、船員達は慌てて帆を張り直し始める。

 

 「おらおら、もたもたしてるんじゃねぇぞ!! おい、さっさと帆を張り直しやがれ!! さもないと海に放り込むぞ!!」

 

 バタバタと動き回る船員達に、渇を入れる大柄な船員。そんな中、揺れる船の上で上手く歩く事の出来ない人影に脅し文句を掛ける。

 

 「無茶言うな、無理矢理連れて来られた上に、船にすら乗った事が無い俺が帆の作業なんて出来る訳が無いだろう!!」

 

 クチバシに羽、鋭い鉤爪を持ったその人影は、誰であろうフォルスだった。真緒達と共に捕まった彼は、男手という事もあり、甲板でこき使われていた。しかし、空を生きる鳥人。元々地上が苦手である故に、ましてや不安定な海の上など立っているのがやっとの状態である。

 

 「お前達の仲間、ハナコと言ったか? 見てみろ、誰よりも率先して帆を張り直している。女の癖にやりやがる。俺達も見習わないとな。時々、あいつが捕虜だって事を忘れるよ」

 

 マストを見上げると、そこでは先頭でロープを引っ張って、帆を張り直しているハナコの姿があった。素人の彼女に負けてられないと触発され、他の船員達もいつも以上にやる気を出していた。

 

 「あいつその……純粋だから……だが、俺は違う!!」

 

 「これは船長からの命令だ。例外は認めない!! それにお前は鳥人だろ、飛んで上の連中を手伝ってこい!!」

 

 「お前らの言う事なんか、誰が聞くか!! 海に放り込みたければ、放り込むが良い!!」

 

 「おっと、確かに海に放り込むとは言ったが、誰をとは言わなかったな。お前が言う事を聞かないのなら、牢にいるあの女を海に放り込んでやるぞ!!」

 

 「!! マオには手を出すな!!」

 

 「だったら、素直に言う事を聞くんだな」

 

 「くっ……!!」

 

 真緒が人質となってしまった現状、例えこの船員よりもフォルスの方が強くても、逆らう事は出来なかった。黙って言う事を聞く他、選択肢は無かった。しかし……。

 

 「す、すまない……俺は鳥人だが……空を飛ぶ事は出来ないんだ……」

 

 「はぁ? 何言ってるんだ? そんな見え透いた嘘で、この俺を騙せるとでも…………」

 

 その時、フォルスの体が船の揺れとは関係無く、小刻みに震えている事に気が付いた。決して目を合わせようとはせず、表情も何処と無く暗かった。その様子に大柄な船員は、片手でアゴヒゲを掻きながら面倒臭そうに答える。

 

 「……あー、じゃあ良いわ。飛べねぇなら、甲板にいたって邪魔なだけだ。荷物置き場に向かって、他の連中と一緒に在庫の整理をしてこい」

 

 「分かった……」

 

 「ったく……鳥人の癖に飛べないとか、価値ねぇじゃねぇか……」

 

 「…………」

 

 去り際にボソッと呟かれた言葉。波の音で掻き消されるが、フォルスの耳には確りと聞こえ、頭からこびりついて離れなかった。

 

 揺れる船で転ばない様、壁を伝いながら荷物置き場の扉を開く。

 

 「「「…………」」」

 

 「…………」

 

 そこには数人の船員達が、在庫の整理を行っていた。甲板にいる船員達と比べ、細身で小柄な体格をしていた。突然やって来たフォルスに対して、何人かが視線を向けるが、興味を無くしたのか直ぐ様作業に戻った。

 

 「フォルスさん、フォルスさん!!」

 

 フォルスを呼ぶ声が聞こえる。しかも、聞き覚えのある声。声のした方向に顔を向けると、そこにはリーマの姿があった。

 

 「リーマ、無事だったか!!」

 

 「フォルスさんこそ、大丈夫でしたか!?」

 

 「あぁ、俺の方は何とも無い」

 

 「良かった……ハナコさんは?」

 

 「あいつはその……海賊達の光になってるよ……」

 

 「えぇ!? どうしてそんな事に!?」

 

 「分からない。命令される前に率先して動いた結果、いつの間にかそうなってた」

 

 「さ、流石ですね……」

 

 周りを惹き付けるハナコの意外なカリスマ性。これには一緒に旅を続けて来たリーマとフォルスの二人も苦笑いだった。

 

 「所でリーマはここで何をしているんだ?」

 

 「はい、主に荷物置き場に関する在庫整理ですね」

 

 「在庫整理?」

 

 「どうやらこの海賊船、色んな物資を積んでいるみたいなんです。これを見て下さい」

 

 そう言ってリーマは、側にあった一つの箱を取り出し、蓋を開けて中身を見せた。中には幾つもの麻袋が詰め込まれており、更にその麻袋の中には黒い小さな粒が大量に敷き詰められていた。

 

 「これはもしかして……黒胡椒か?」

 

 「はい、他にもリンゴやお酒、ヌイグルミなんかもありました」

 

 「リンゴやお酒は食料として理解出来るが……ヌイグルミだと? まさかこいつらが使う訳じゃ無いだろうしな」

 

 「それだけならほんわかして良かったんですが……これを見つけてしまいました」

 

 「?」

 

 そうしてリーマが次に取り出したのは、他の箱とは明らかに異なる重厚な箱。蓋を開けるとそこには……。

 

 「これは……」

 

 そこに入っていたのは、丁寧に梱包された剣や槍、斧などの多種多様な武器の数々だった。

 

 「勿論、この箱だけじゃありません。奥に同じ様な物がまだまだあります」

 

 「こいつら、いったい何が目的なんだ……」

 

 二人がヒソヒソと話し合っていると、奥から眼鏡を掛けた船員が現れた。手には纏められた書類が握られていた。

 

 「君達、さっきから口ばかりで全然手が動いていないじゃないか」

 

 「あっ、す、すみません!!」

 

 注意を受けたリーマは、慌てて在庫整理の作業へと戻った。その様子を見届けると、次にフォルスの方に顔を向ける。

 

 「おや、君は……甲板の方に駆り出されていたのでは?」

 

 「あぁ、ここへ来る様に言われた」

 

 「成る程、使え無さ過ぎて追い払われたと」

 

 「ん…………」

 

 少しムッと来る言い方だったが、強ち間違っていない為、言い返す事が出来なかった。

 

 「こちらとしては大歓迎だ。人手はいくつあっても足りないからね。それじゃあ……ここの荷物を向こうまで運んで貰おうか。全て運び終わったら、そこにいる子と一緒に在庫確認を頼むよ」

 

 そこにいる子、リーマの事を指していた。全くの他人と組まされるよりかは、よっぽどましだった。

 

 「あぁ、それと分かってるとは思うけど、妙な真似をしたら牢にいる人質の命は無いと思ってね。それじゃ、よろしく」

 

 「「…………」」

 

 甲板にいる船員よりも物腰が柔らかそうと思ったが、そんな事は無かった。寧ろ淡々と作業を行う分、こちらの方が冷酷で恐ろしいとすら感じた。

 

 「……マオさん、大丈夫でしょうか?」

 

 「きっと無事さ。人質は生きててこそ意味がある。だからさっきみたいに脅しとして使って来るという事は、少なくとも死んではいないと思う」

 

 「だと良いんですが……でも、こんな強制労働をいつまでも続けていたら、いずれマオさんの身に危険が及ぶかもしれませんよ」

 

 「その辺に関しては、俺は全く心配していない」

 

 「どうしてですか? 私達はこうして捕まって、ずっと監視されているんですよ? 助けに行きたくても、助けに行く事が出来ないんです。他にいったい誰が助けてくれるって言うんですか?」

 

 「いるじゃないか、一人」

 

 「え……?」

 

 自信満々に答えるフォルスに対して、誰の事を言っているのか、いまいちピン来ていないリーマ。

 

 「俺達の中で誰よりも実力があって、最も頼りになる存在。海辺にいた俺達と違って、唯一浜辺にいた事で捕まらずに難を逃れた人が一人だけいるじゃないか」

 

 「あっ、あぁ!!!」

 

 フォルスの説明にピンと来たリーマ。思わず大声を上げてしまうが、幸いにも周りは作業に没頭していて、こちらに構う気力も残っていなかった。慌てて両手で口を塞ぎ、今度は抑えて声を発する。

 

 「それってもしかして……エジタスさんの事ですか?」

 

 「そうだ。ここに連れて来られてから、あの人の姿を一度も見ていない。つまり、捕まっていないという事だ」

 

 「で、でも……私達が今何処にいるのか、分かるんですかね?」

 

 「忘れたのか? エジタスさんには、転移魔法がある。本人曰く、見た事のある場所や人の側に転移する事が出来るらしい。つまり、その気になれば直ぐにでも俺達の側に来られるという事だ」

 

 「な、成る程!! あれ、でもそれならどうしてまだ迎えに来ないんでしょうか?」

 

 当然の疑問だった。直ぐにでも来れるのなら、何故迎えに来ないのだろうか。側に転移出来るのであれば、転移した後また直ぐに転移してしまえば、気付かれずに救い出す事も出来るだろう。にも関わらず、未だにエジタスは迎えに来ない。

 

 「恐らくだが、相手の出方を伺っているんじゃないか?」

 

 「相手の出方?」

 

 「さっきも言ったが、奴らの目的は未だ不明だ。それならわざと泳がせて、目的が明らかになった後、一気に俺達を救う算段なのかもしれない」

 

 「た、確かにそれなら納得です!!」

 

 「とは言え、マオは俺達と違って一人で孤独と戦っている。そう考えるともしかしたら、マオには事情を説明しているかもしれないな」

 

 「ふふっ、マオさんはエジタスさんの事が大好きですからね。きっと会ったら凄く喜ぶでしょうね」

 

 「あはは、そうだな。目に浮かぶ光景だ」

 

 「おいおい、何やってるのかな君達? 一度ならず二度までも……」

 

 和やかな雰囲気で話していると、再び眼鏡の船員が声を掛けて来た。

 

 「口で言って分からないなら、体で分からせるしか無いのかなぁ?」

 

 「ご、ごめんなさい!! 直ぐに戻ります!!」

 

 「……すみませんでした」

 

 「……仏の顔も三度までだからね。次やったら、只じゃ済まさないよ」

 

 そう言うと奥へと消えていく眼鏡の船員。リーマは慌てて作業に戻り、これ以上の会話は不味いとフォルスも自分の作業を始める。

 

 「(エジタスさん……俺達は信じてますから……必ず助けに来てくれるって)」

 

 必ず助けに来てくれる仲間の事を信じて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「し、師匠? 今……何て言ったんですか?」

 

 「あれ~、聞こえませんでしたか~? だから、あなた方を“見捨てる”って言ったんですよ~」




果たして海賊達の目的とは!?
そしてまさかのエジタスが真緒達を見捨ててしまう!?
という所で今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
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成長と変化

 時は少し前に遡る。

 

 目が覚めると牢屋に囚われていた真緒。脱出手段がないか、周囲を隈無く探索すると、ここは海の上であり、船の中だという事に気が付いた。

 

 もし地上だったなら、牢屋さえ脱出してしまえば、後はどうにでもなると考えていた。しかし、海の上となると話は変わって来る。

 

 例えこの牢屋を無事に脱出出来たとしても、方位磁石も無い、星の位置から自身の現在地を図る方法も知らない状況下、いったいどうやってこの広大な海から陸地まで辿り着けば良いのか。そもそもの話、船など操る技術など持ち合わせていない為、完全に詰んでいる状態であった。

 

 真緒は己の現状に絶望し、壁を背にしながら力無く崩れ落ちる。まるで魂が抜けてしまったかの様に、意味も無く天井を見つめる。

 

 「(皆が助けてくれるのを信じて待つ……それしか方法が無い……)」

 

 最早、自身に出来る事は無い。そう思ってしまう程に、真緒の精神は追い詰められていた。

 

 「(お腹……減ったな……そう言えば、起きてからまだ何も口にしてないや……)」

 

 今更ながら、口の中がパサパサなのに気が付いた。気絶してから何日経ったのか分からないが、少なくとも頭がボーッとする位なのは実感していた。

 

 「(食事……来ないのかな……せめて水だけでも……)」

 

 そんな真緒の目に隅の水溜まりが写る。しかし、それは壁の隙間から入り込んだ海水が溜まった物。飲めば間違い無く、脱水症状で死ぬだろう。

 

 真緒は頭を横に振り、飲みたいという欲求を何とか抑えた。その直後、こちらに近付いて来る足音が聞こえて来た。

 

 「(誰だろう……さっきの人が戻って来たのかな……もしかして食事を持って来てくれたとか……)」

 

 生き残る為の僅かな希望に望みを託す真緒。次第に足音が大きくなる。そしてそこに現れたのは……。

 

 「あっ、ど~もマオさん。元気にしていましたか~?」

 

 「……し、師匠……?」

 

 そこに現れたのは、望み以上の人物であった。真緒はふらふらと立ち上がり、エジタスの下まで歩み寄ろうとする。途中、鉄格子に阻まれてしまうが、隙間から両手を出して必死に触れようとする。

 

 それに答えるかの様に、エジタスは出された真緒の両手を優しく受け止めた。

 

 「あ、あぁ……師匠……来てくれたんですね。私、信じてました……」

 

 エジタスが助けに来てくれた事に対して、真緒は嬉しさのあまり涙を流す。

 

 「ほらほら~、いつも言ってるでしょ~。涙なんかより笑顔を見せて下さいって~」

 

 「こ、これは嬉し涙ですよ」

 

 「全く……水分を取っていないというのに目から水を出すなんて、器用な人ですね~」

 

 そう言いながらエジタスは、懐から水筒を取り出し、真緒に与えた。

 

 「ありがとうごさいます!!」

 

 念願の水を手に入れ、中身が無くなるまで一心不乱に飲み続ける真緒。その様子をじっと眺めるエジタス。

 

 「ぷはぁ……はぁ……はぁ……師匠のお陰で助かりました……」

 

 「良い飲みっぷりでしたね~」

 

 「お、お恥ずかしい……そう言えば、師匠はどうやってここに?」

 

 「忘れたんですか? 私には転移魔法があるんですよ~」

 

 「そっか、それなら誰にも見つからず簡単に侵入出来るという訳ですね」

 

 「そういう事で~す」

 

 「そうだ師匠、他の皆は無事なんですか!?」

 

 「そうですね~、今の所は無事……とっ、言っていいんですかね?」

 

 「どう言う意味ですか?」

 

 「マオさんが人質に取られた事で三人は現在、この海賊船で強制労働させられているんですよ」

 

 「強制労働!!? それに海賊船って!!? この船は海賊船だったんですか!!?」

 

 「おや、知らなかったんですか?」

 

 「いえ、船の中なのは気付いたんですけど、まさか海賊船だったなんて……」

 

 「船長さん、中々の貫禄でしたよ~。正に逃げと恐れを知らぬ、海の男って感じでした~」

 

 「そんな呑気な事を言ってる場合じゃ無いですよ!! 早く皆を助けに行かないと!!」

 

 「…………」

 

 「人質の私がここを出たら、きっと騒ぎになります。そうなったら、ハナちゃんやリーマ、フォルスさん達が殺されてしまうかもしれない。師匠、私の事は後回しにして先に皆を助けに行って下さい!!」

 

 「…………」

 

 「あの……師匠? 聞いてますか?」

 

 突然、無口になってしまったエジタス。真緒が声を掛けても、全くの無反応だった。

 

 「師匠? 師匠!! 聞こえてますか!!? 師匠!! あ、あの……無視しないで下さい!!」

 

 「……決めた」

 

 すると、何かを思い付き徐に立ち上がるエジタス。

 

 「し、師匠……?」

 

 「マオさん、私は今回あなた方を見捨てる事にしました」

 

 「…………え?」

 

 いったい何を言っているのか、理解出来なかった。否、信じたくなかった。これまで幾度も真緒達を助けてくれた人が、そんな酷い事を言う筈が無い。

 

 聞き返したくない。でも、聞き返さずにはいられない。真緒は唇を振るわせながら、恐る恐る聞き返した。

 

 「し、師匠? 今……何て言ったんですか?」

 

 聞き間違いであって欲しかった。いつもみたいな冗談であって欲しかった。

 

 「あれ~、聞こえませんでしたか~? だから、あなた方を“見捨てる”って言ったんですよ~」

 

 聞き間違いじゃ無かった。ハッキリとした口調で告げられたその言葉は、真緒を一気に絶望へと叩き落とした。

 

 「何で……何で……?」

 

 「理由聞きたいですか~? それは~……マオさんがまるで“成長”していないからですよ」

 

 「成長……?」

 

 「マオさん、あなたはね。この異世界にやって来てから、何一つ成長していない」

 

 「そ、そんな事は……」

 

 「そりゃあ、私との多少の修行で実力は付いたと思いますよ。虐めっ子達に対しても強気に出たり、著しく変化したと言えます」

 

 「だからそれが成長……「違いますよ」……え?」

 

 「これらは成長とは言いません。“変化”と言うんです。“成長”と“変化”は別物。マオさんは、新しい環境や新しい出会いによって、根本的な側面から生まれ変わっただけに過ぎません。その証拠に、カルド王国から出発してしばらく経ちますが、あなたはこの異世界で何かを成し遂げましたか?」

 

 「色々やって来たじゃないですか!!? 力を合わせてハイゴブリンの討伐をしたり、皆で笑う事の出来ない少女を救ったり、最近では盗賊団を退治したじゃないですか!!? 師匠だって知ってますよね!!?」

 

 「えぇ、大変素晴らしい功績だと思いますよ」

 

 「だったら……!!!」

 

 「それで? あなた“個人”の活躍は何かあるんですか?」

 

 「え?」

 

 「ハイゴブリンの時や、少女を笑わせる様にした時もそうですが、どれもマオさん一人では無く、仲間達と一緒に解決していますよね? 盗賊団に至っては、ライトマッスルアームが退治していましたからね~」

 

 「それはそうですけど……でも、仲間達と一緒に成長する。それがパーティーという物じゃないんですか!!?」

 

 「成る程、マオさんの世界ではそういうスタンスなんですね」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「マオさん、ここでは何よりも個の力が重要なんです。強大な敵に対して仲間と供に力を合わせて……なんてのはおとぎ話。実際は誰が先に倒し、功績を手に入れるのか。そんな弱肉強食の世界なんです。そうして他者を蹴落とし、自分だけが経験を稼ぐ事で漸く、人は成長する事が出来るんですよ」

 

 「……ハナちゃんやリーマ、フォルスさんは違います……」

 

 「えぇ、あの三人は例外ですね。だからこそ、あなたは成長出来ない」

 

 「どうして!!?」

 

 「競争心の無い者は自分よりも他者を優先してしまう。つまり、あなた方は無意識にお互いが活躍するのを遠慮し合っているんですよ」

 

 「私は……そんなつもり……」

 

 「それじゃあいつまで経っても成長出来ない。だって、せっかく得られる経験を他人に譲り合ってしまっているんだから。だから誰かが率先して手に入れなければいけない。そしてその役目はマオさん、あなたがやるべきだった」

 

 「どうして私なんですか……?」

 

 「先程も言いましたが、あなたは“変化”した。この異世界に来た事で、成長出来る個体へと生まれ変わった。なのに、持ち前のお人好しがそれを邪魔している。このままでは成長しないまま、いつの日か今のパーティーでは対処しきれない強大な敵に全滅させられてしまう」

 

 「…………」

 

 遂に何も言い返せなくなってしまった。真緒は俯き、黙り込んでしまった。

 

 「私としても、今のパーティーを失いたくない。でも、メンバーの誰かが成長しなければならない。それなら少し荒療治にはなってしまいますが、心を鬼にして今回あなた方を見捨てる事にしました。ご理解頂けましたでしょうか?」

 

 「でも……私はこの牢屋すら出られないんですよ……そんな私がどうやって……」

 

 「……特別にヒントを出しましょう」

 

 「ヒント……?」

 

 「答えはあなたの手に。そして……」

 

 「そして……?」

 

 「師の言葉は確り聞きましょ~」

 

 「そ、それってどういう……」

 

 「ではではマオさん、頑張って下さいね~」

 

 真緒が聞き返す前に、エジタスは指をパチンと鳴らし、その場から一瞬で姿を消した。

 

 「……どうしよう……」

 

 一人取り残された真緒は、呆然とその場に立ち尽くすのであった。




今回の持論はあくまでエジタス自身が考える物であり、作者の考えとは一切関係はございません。

そんな所で次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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色仕掛け

 自覚が無かった訳じゃない。いつも戦いになれば、活躍しようと積極的に前線に出るが、どうしても一人では倒せなかった。

 

 ハナちゃんの鋼鉄の体による壁。リーマとフォルスさんによる遠距離。そして師匠の転移魔法による奇襲。これらが組み合わさる事で、初めて目の前の敵を倒せていた。何なら、仲間個人が先に倒してしまう事が多かった。

 

 でも正直な話、私はこの戦い方が気に入っていた。元の世界で友達がいなかった関係から、誰かと一緒に何かを成し遂げる所謂共同作業に一種の憧れを抱いていた。

 

 だから、このまま皆で足並みを揃えて頑張って行こうと考えていた。それが結果として、師匠に見捨てられる事になってしまうとは……。

 

 「師匠……私は……いったいどうしたら……」

 

 最早、何も考えられない。頭が真っ白になっていく。そんな時、こちらに近付いて来る足音が聞こえて来た。

 

 「師匠!!?」

 

 もしかして、気が変わって戻って来てくれたのではないか。そんな淡い希望を持ちながら、鉄格子に無理矢理顔を押し付け、足音が聞こえて来る方向に視線を向けた。足音がどんどん大きくなっていく。そしてそこに現れたのは……。

 

 「おい、さっきからギャンギャンうるせぇんだよ。声がこっちまで響いてるだろうが」

 

 「…………」

 

 違った。師匠では無く、目覚めた時に会われたヒゲモジャの人相が悪い海賊だった。先程の会話、特に私は大声を張り上げていた為、それがこの海賊の耳にまで届いたのだろう。人違いにがっくりと肩を落とし、塞ぎ込んでしまう。

 

 「何だその態度は? こっちはイライラしてんだぞ。もし、次に俺を怒らせたら仲間の命は無いと思え、いいな!!?」

 

 「…………」

 

 何か、海賊があれこれ言っている気がするが、一切耳に入っていなかった。どうでも良かった。どうすれば皆に会える。どうすれば師匠に見捨てられずに済む。それで頭が一杯だった。

 

 「おい、聞いてるのか!!? ったく、船長の命令さえ無ければお前なんか好きに出来るのに……とにかく大人しくしてろ、分かったな!!」

 

 そう言うと海賊は、その場から去ろうとする。その時、私の耳に“チャリン”という金属がぶつかる様な音が聞こえて来た。

 

 ふと、顔を上げて音のした方に顔を向ける。音の発生源は去っていく海賊の腰回りだった。そこには何とご丁寧にも、鍵の束がぶら下がっているではないか。

 

 「(あれはもしかして……牢屋の鍵!!?)」

 

 目覚めたばかりで意識が、まだぼんやりしていた時には気付かなかった。脱出への活路が開けたと思った。

 「(そうか……師匠があんな事を言ったのは、私が大声を張り上げてもう一度この海賊を呼び寄せ、鍵を取るチャンスを作る為だったんだ)」

 

 若干、都合の良い解釈がされているが、チャンスなのは紛れも無い事実であった。そしてこれを逃せば、脱出は不可能だとも理解していた。そんな切羽詰まる思いとは裏腹に、海賊の姿がだんだん見えなくなっていく。

 

 「あ、あの!!」

 

 「あっ、何だ?」

 

 慌てて声を掛けて引き留めたが、ここからどうすれば良いか、全く思い付いていない。次に何を話せば正解なのか、必死に考える。

 

 「はぁ……いったい何なんだ?」

 

 そうこうしている内に、引き留めた海賊が溜め息を漏らし、こちらへと戻って来る。

 

 「(どうすれば……どうすれば……鍵を奪う方法……気弱な私でも鍵を奪える方法……そ、そうだ!!)」

 

 何かを思い付いた真緒。海賊が目の前までやって来ると、徐に手招きする仕草を見せる。

 

 「あ、あの……私と……い、良い事しませんか?」

 

 「…………」

 

 まさかの色仕掛け。それも超絶下手くそで、騙して何かをする気なのが誰の目からでも明白だった。

 

 「…………ふっ、がはははははははははははははは!!!」

 

 「な、何が可笑しいんですか!!?」

 

 「いやまさか、こんなに色気の感じない女がいるとはな」

 

 「なっ!!?」

 

 「慣れない事はするもんじゃねぇぞ。まぁ、最も俺はお前みたいな貧相な体付きの女は相手にしねぇ」

 

 「ぐぐぐっ……!!!」

 

 「相手にするなら、今甲板で俺達よりも輝いているあの熊人の女だな。あれは上玉だぜ」

 

 「ハナちゃんに手を出さないで!!」

 

 「おうおう、威勢が良いね。ちょっとはマシな女になったじゃねぇか。けど、そんなじゃあ百年経っても、この“鍵”は取れねぇよ」

 

 そう言いながら鍵の束を腰から外し、真緒に見せびらかす。バレていた。当然と言えば当然の結果。しかし、まだ真緒の目は死んでいなかった。寧ろ、より一層輝いていた。

 

 「(ハナちゃんに魅力で負けたのは素直に悔しいけど……今はそんな事を気にしている場合じゃない。せっかくここまで近付いてくれた上、完全に油断してくれている。やるなら今しか無い!!)」

 

 すると真緒は、海賊の顔に向けて掌を突き出す。

 

 「…………あ?」

 

 「“ライト”!!」

 

 次の瞬間、掌から光の玉が生成され、海賊の目の前で閃光が迸った。

 

 「ぐわぁああああああ!!? 目、目がぁあああああ!!!」

 

 強い光に晒され、パニックになる海賊。慌てて手で両目を抑えるが、その拍子に鍵の束を落としてしまった。そしてそれを逸早く真緒が拾い上げる。

 

 「やった!!」

 

 海賊の目が慣れる前に、牢屋の鍵穴に鍵を差し込み、牢屋の扉を開けた。

 

 「くそっ!! 行かせてたまるかよ!!」

 

 真緒が牢屋を出た瞬間、海賊がこちらに向かって襲い掛かって来た。しかし、まだ目は見えていない状態だった。

 

 そんな相手に遅れを取る程、真緒は実力不足では無い。海賊の攻撃を軽く避け、その勢いのまま背中を突き飛ばし、逆に海賊を牢屋に入れた。

 

 「だ、出しやがれ!! 今ならまだ許してやるぞ!!」

 

 「慣れない事はするもんじゃありませんね。出しても許さないのがバレバレですよ」

 

 「ぐっ!!!」

 

 最高に皮肉を込めた言葉に、海賊は口をつぐんだ。完全に勝ったと真緒は甲板へ向かって行く。

 

 「(師匠が言っていた“答えはあなたの手に”って言うのは、こういう事だったんだ。やりましたよ、私一人だけでピンチを乗り切りました)」

 

 自身の成長を実感すると共に、エジタスへの敬意で溢れていた。

 

 「どうせ無駄な足掻きだ!! この船には俺達の仲間がわんさかいるんだからな!! お前達は絶対に逃げられねぇぞ!!」

 

 「(……確かにここを切り抜けられたとして、そこからどうやって他の皆を救い出せばいいんだろう)」

 

 そんな中、去り際に残した海賊の言葉は、実に的確だった。

 

 「(数は向こうの方が圧倒的に有利。その上、武器は取り上げられている。そんな状態で私一人にいったい何が出来る……いや、弱気になっちゃ駄目だ!! 今、皆を助けられるのは私しかいないんだ。そんな私が諦めてどうする!!)」

 

 余計な事は考えず、仲間を助ける事だけに集中する。

 

 「(何か……何か方法は……私一人だけで皆を救える方法……そう言えば師匠、最後に変な事を言ってたな)」

 

 “師の言葉は確り聞きましょ~”

 

 「(師……これは勿論、師匠の事だろうけど、言葉を確り聞く……私はいつだって師匠の言葉は一字一句聞き逃したりしてない……多分……)」

 

 不安になりながらも、エジタスとの会話を振り返る。

 

 “ほらほら~、いつも言ってるでしょ~。涙なんかより笑顔を見せて下さいって~”

 

 “忘れたんですか? 私には転移魔法があるんですよ~”

 

 “船長さん、中々の貫禄でしたよ~。正に逃げと恐れを知らぬ、海の男って感じでした~”

 

 「……あっ……分かった」

 

 エジタスの言葉を振り返り、何かに気が付いた真緒。それと同時に甲板へと上がるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 甲板に上がると、太陽の光が眩しく思わず目を細める。次第に目が慣れて行くと、そこには既に何十人もの海賊達が真緒を待ち伏せていた。

 

 「マオぢゃん……」

 

 「ハナちゃん!! それに皆も!!」

 

 更に目の前には、縄で身動きが取れなくさせられたハナコ、リーマ、フォルスの三人がいた。

 

 「マオさん、大丈夫ですか!? 酷い事とかされていませんか!?」

 

 「私は大丈夫、それよりも皆の方は大丈夫なの!?」

 

 「俺達の事なら心配するな。だからお前は自分の心配だけしてろ」

 

 「フォルスさん……分かりました」

 

 「やはり抜け出して来たか……」

 

 「!!?」

 

 すると突然、海賊達が道を開ける。奥から左目に眼帯を着けた船長が姿を現した。

 

 「抜け出して来た……その口振りからすると、私が牢屋を出る事は初めから分かっていたんですか?」

 

 「いや、ついさっき道化師を名乗る男から、“牢屋にいる女性に気を付けろ”と言われてな」

 

 「道化師……師匠が? でもいったいどうして……?」

 

 「そんな話、信じる方がどうかしていると思うが、俺はこの上無く慎重な男でな。ちょっとでも可能性がある限り、油断はしねぇ」

 

 「それでこの人数での待ち伏せですか。随分と肝っ玉が小さいんですね」

 

 「てめぇ!! 船長に向かってなんて事を言いやがる!!」

 

 その言葉にカチンと来た海賊の一人が、怒号を上げる。すると船長が片手を少し上げ、黙る様に合図した。

 

 「いつも言ってるだろう。敵の安い挑発に惑わされるな。悪かったな、海賊ってのは躾がなってない連中の集まりだからよ」

 

 「いえ、気にしてませんよ。それにこれで確信出来ましたから……」

 

 「確信? 何がだ?」

 

 「私は……船長、あなたに“決闘”を申し込みます!!」




次回、船長と激突!!
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決闘の取り引き

 「…………ぷっ」

 

 船員の中の誰かが抑えきれず、吹き出した。それにつられて他の船員達も皆笑い始めた。

 

 そんな中、笑っていなかったのは五人。その内の四人は真緒達で、当然と言えば当然。そして残りの一人は、決闘を申し込まれた船長。口角どころか眉すらピクリとも動かず、只じっと真緒の真剣な表情を見つめていた。

 

 すると、ある程度まで笑い終わった船員の一人が間に割って入り、真緒に声を掛ける。しかし、表情は未だニヤニヤしており、馬鹿にして来るのは明白だった。

 

 「おいおい、そんな事を言える立場かお前? 牢屋を無断で脱走して挙げ句の果てには、決闘しろだぁ? 冗談も休み休み言えよな!!?」

 

 再び馬鹿にした笑いが起こる。が、真緒は船員など眼中に無かった。ひたすらに船長の方を見続けていた。

 

 「んぁ? 無視とは良い度胸だな? 俺が……礼儀って奴を叩き込んでやるよ!!」

 

 そう言うと船員は、真緒目掛けて拳を振り被ろうと構える。その時、彼の腕を掴む者が現れる。

 

 「あぁ!!? 誰だ……って、船長?」

 

 他でもない船長だった。

 

 「お前らは……何処まで恥を上塗りにすれば気が済むんだ……」

 

 「せ、船長? あの……う、腕が……痛いんですが……」

 

 次の瞬間、真緒を殴ろうとしていた船員は船長に思い切り蹴り飛ばされ、外側の柵に勢い良く背中を叩き付ける。

 

 「お、おい……大丈夫か……?」

 

 他の船員が恐る恐る声を掛けるが、当の本人は口から泡を吹いて気絶していた。

 

 「ひ、ひでぇ……折れちまってる」

 

 「船長!! いきなり何するんですか!?」

 

 突然の強行に船員達は困惑し、船長に理由を問い詰める。すると船長は残っている片眼で睨み付け、その威圧で全員を強制的に黙らせた。

 

 「てめぇら、それでも泣く子も黙る“ジェド海賊団”のクルーか!!? 相手の真っ向からの決闘を笑うじゃねぇよ!!!」

 

 「で、でもよ船長……そいつはまだ子供でそれに女だ……」

 

 「勝負の世界に女子供関係ねぇ!!! それとも何か? 俺の言ってる事が間違ってるとでも言いてぇのか?」

 

 「そ、そんな!!!」

 

 「だったらガタガタぬかすな!! これ以上、この海賊団に恥をかかせてみろ。お前達全員海の藻屑にしてやるからな」

 

 「…………」

 

 「分かったら、さっさと度胸を示したあいつに拍手でも送ったらどうだ!!?」

 

 その言葉を機にパラパラと拍手が送られる。その大半が嫌々の皮肉めいた拍手ではあったが……。

 

 「ウチのもんが迷惑掛けたな。さて、それで決闘の話だが……仮に俺とお前が戦い、お前が勝った場合はどうするつもりだ?」

 

 「勿論、私達を即座に解放して下さい。後、武器も返して貰います」

 

 「で? 俺が勝った場合は?」

 

 「どうもありません。煮るなり焼くなり好きにして下さい」

 

 「……その条件だと、俺達には何のメリットも無いな。何故なら既に俺達はお前ら全員を煮るなり焼くなり好きに出来る状態だからだ。わざわざ決闘で確定させる意味は感じられない」

 

 「そうですね。なら、別に断って貰っても構いませんよ」

 

 「……ふっ、くくく……成る程……誰の“入れ知恵”か知らないが、俺がこの決闘を断らないと確信しているな」

 

 “入れ知恵”という言葉に対して、脳裏にとある道化師の顔が過り、真緒はクスリと笑みを溢した。

 

 「さぁ、どうでしょうかね」

 

 「海賊ってのはよ、メンツとプライドで生きてる連中の集まりだ。そのチームの長ともなれば別格さ。つまりだ、何が言いてぇかって言うと……あんな堂々と喧嘩売られたっていうのに、断って背中見せる様な惨めな真似出来る訳がねぇだろう」

 

 「それじゃあ、決闘受けてくれるんですね」

 

 「あぁ、その喧嘩買ってやるよ。そんじゃあ、改めて名乗らせて貰うぞ。俺はこのジェド海賊団を仕切っている船長の“ジェド”だ」

 

 「私は佐藤真緒です」

 

 「マオ……よし、早速始めるとしようか。おい、こいつの武器を返してやれ!!」

 

 すると、先程まで文句を垂れていた船員達はまるで人が変わったかの様に、キビキビと動き出し、数人が真緒の武器を取りに行っている間、他の船員達は真緒とジェドの二人を取り囲む。

 

 「これは……?」

 

 「雑だが場を整えさせた。決闘は広すぎず狭すぎない場所でやらねぇとな」

 

 「船長、持って来ました」

 

 場が整え終わるのと同時に、真緒の武器を取りに行った船員が戻って来た。

 

 「おぅ、なら早く渡してやりな」

 

 「へい!! ほら、お前の剣だ」

 

 船員の手から真緒の手へと、純白の剣が渡った。それ程時間は経っていない筈だが、まるで数十年振りの再会を果たしたかの様な感動を感じた。

 

 「それで勝敗の判定はどうする?」

 

 「そうですね……相手を戦闘続行不能にした時点で勝利というのはどうですか?」

 

 「具体的には?」

 

 「相手の武器を折ったり……立てなくなったり……」

 

 「よし、それで構わない。とっとと始めるぞ」

 

 「随分と急かすんですね」

 

 「正直、もうこの血のたぎりを止められそうにねぇんだわ!!」

 

 そう言いながら船長は、コートを脱ぎ捨てる。そこから露になった船長の全容に真緒は思わず目を見開く。

 

 「その“足”は……?」

 

 ジェドの左足は、くるぶしから先が存在していなかった。代わりに一本足の義足を嵌めていた。

 

 「ん? あぁ、これか? まぁ、何だ……名誉の負傷って奴だ。別にお前が気にする必要はねぇよ。後、手加減なんかするんじゃねぇぞ。俺は同情される程、弱くはないぞ」

 

 ジェドから発せられる気迫は、決して片足を欠損している人物からは感じられない物だった。

 

 「……みたいですね。すみません、謝ります」

 

 「だから気にしてねぇって、真面目な奴だな。まぁいい、おら!! 早く開始の合図を鳴らせ!!」

 

 そう言うと船長は腰に携えたカットラスを引き抜く。すると船員の一人が代表して、ピストルを取り出し、銃口を上空へと向ける。

 

 走る緊張感。誰もが固唾を呑んで見守る中、遂にピストルの引き金が引かれる。

 

 

            バァン!!!

 

 

 発砲音が、けたたましく鳴り響く。それと同時に真緒とジェドの二人は走り出し、互いの剣が勢い良くぶつかり、火花が飛び散る。

 

 「「絶対に勝つ!!」」




今回は少し短かったけど、次回のバトルは長くなる予定なのでお楽しみに!!面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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甲板の戦い

今回は真緒とジェドによる一騎討ち。
果たして勝つのはどちらなのか!?


 互いの剣がぶつかり、カタカタと剣を震わせながら力が拮抗する。やがてほぼ同時に両者は後ろに跳ぶ。

 

 「(実力も経験も、向こうの方が遥かに上の筈……それならこっちは手数の多さで勝負するまで!!)」

 

 一気に距離を詰める真緒。それに反応してジェドがカットラスで斬り掛かる。

 

 「“ライト”!!」

 

 次の瞬間、二人の間で眩い閃光が迸った。目の前のジェドは勿論、周りの船員達も思わず目を瞑ってしまう。次にジェドが目を開けた時には、真緒の姿は何処にも無かった。

 

 この時、唯一ハナコ達だけは真緒の姿を目で追っていた。既に背後へと回り込み、更に眼帯を着けている完全な死角から剣を勢い良く振り下ろそうとしている。

 

 「(マオぢゃん十八番の目眩まじ攻撃だぁ!!)」

 

 当然、観戦する三人は決まったと思った。それは真緒自身も感じていた。一切動こうとしないジェド。その様子に勝利を確信する。

 

 「(……いや、これはっ……!!!)」

 

 が、何を思ったのか真緒は攻撃の手を緩め、一歩後ろへと下がった。次の瞬間、ジェドは上半身を捻って、義足の棒で死角にいる真緒目掛けて的確に回し蹴りを繰り出した。

 

 一歩下がった事で直撃は避けられたが、鼻先の肉が抉り取られてしまった。傷口からポタポタと血が甲板に流れ落ちる。

 

 「完全な間合いに入ったと思ったんだが……よく避けたじゃないか」

 

 「相手が目の前から消えたというのに、周囲を見回す事もしないので、もしかしたら既に位置がバレているんじゃないかと思いました」

 

 「流石だな。生憎、俺は片目を失っている。だが、そのお陰で他の機能が敏感に働いている。特にこの眼帯を着けている側の頬は、僅かな風の流れも感じ取れる様になったのさ」

 

 「成る程、それで私が移動した際に生まれた、僅かな風の流れを感じ取ったんですね」

 

 「そしてどうやらお互い、感覚には敏感な様だな。これは決着が長引きそうだ」

 

 「いえ、早々に終わらせます!!」

 

 長引けば不利になのは明らかにこちら側。真緒は再びジェドとの距離を一気に詰める。また、ジェドも真緒の動きに反応してカットラスを振るう。

 

 バチバチと火花を散らしながら、激しくぶつかり合う剣。真緒が両手で必死に剣を振り回すのに対して、ジェドは片手で軽くいなす程、余裕のある立ち振舞いを見せ付ける。

 

 「がぁっ!!?」

 

 その時、一瞬の隙を突いてジェドが剣を持たないフリーの左手で、真緒の首を掴んで持ち上げた。そんな左腕を斬り落とそうとする真緒だったが、それよりも早くジェドが首を強く締め上げる。

 

 「あぐっ、あごがぁ!!!」

 

 あまりの痛みと苦しみから、不覚にも剣を手から離してしまう。

 

 「これで終わりだ。お前と俺とじゃ、踏んだ場数が違う」

 

 息が出来ない。このままでは失神してしまう。いや、もっと悪ければ窒息死するかもしれない。何とか落ちた剣を拾おうと手を伸ばすが届かない。意識が遠退く。

 

 「マオぢゃん!! 頑張れ!!」

 

 「マオさん、負けないで下さい!!」

 

 「最後まで諦めるな!!」

 

 「(みん……な……っ!!!)」

 

 最早これまでかと思ったその時、真緒の耳にハナコ、リーマ、フォルスの声援が聞こえて来た。

 

 負けられない。仲間の為にも勝たなければならない。その想いが真緒の意識を死の淵から呼び戻した。

 

 すると、真緒はジェドの拘束に抵抗するのでは無く、逆に締め上げて来る左腕に両足を絡めて抱き付き始めた。

 

 「なっ!!?」

 

 この意外な行動には、流石のジェドも驚きを隠せず、思わず引き剥がそうと拘束を解いた上で左腕を振り回す。

 

 「しまった!!」

 

 自身の失敗に気が付き、再び拘束しようと試みるが、拘束が解けるや否や真緒は逸速く左腕から離れ、床に落ちた剣を拾い上げる。そしてそこから、完全無防備なジェド目掛けてスキルを発動する。

 

 「スキル“ロストブレイク”!!」

 

 今の真緒が放てる最高の一撃。それは見事ジェドの体を捉え、船首付近まで勢い良く吹き飛ばした。

 

 「うわぁあああ!!! 船長!!!」

 

 これには周りの船員達も驚きを隠せなかった。頭を抱え、絶望の表情を浮かべている。

 

 「マオぢゃん!! やっだだぁ!!」

 

 「お見事です!!」

 

 「流石だな」

 

 「みんなが応援してくれたお陰だよ。ありがと……う?」

 

 全員が勝利を確信していた。故に油断していた。吹き飛ばされ、舞い上がる土煙の中から次の瞬間、ジェドが勢い良く飛び出し、真緒目掛けてカットラスを突き出した。

 

 完全に反応が遅れてしまった。急いで避けようとするが、間に合わず右胸に深く突き刺さった。その勢いのまま、船室の壁に叩き付けられる。

 

 「あぁあああああ!!!」

 

 「「「マオ!!!」」」

 

 「言っただろう、踏んだ場数が違うってな」

 

 「ぐっ……どうして……直撃だった筈……」

 

 「あぁ、だが生憎痛みには耐性があってな。これ位なら屁でも無い」

 

 真緒の一撃で服の一部が破け、隙間からジェドの素肌が伺える。そこには無数の生々しい傷跡があり、どれを比べても真緒が与えた傷よりも深いものばかりだった。

 

 「ふぐぐ……!!!」

 

 「……ふん!!!」

 

 「あぁあああああ!!!」

 

 

 突き刺さったカットラスを抜こうと必死にもがくが、ジェドが力を入れて更に奥深くへ突き刺す。

 

 「無駄な抵抗はよすんだな。今度は逃がさない」

 

 「うぅっ……“ライト”!!」

 

 すると真緒は、片手を突き出して光の玉を生成する。そして二人の間に眩い閃光が迸る。

 

 「忘れたのか、俺にそんな目眩まし効かなっいぃいいい!!?」

 

 真緒はジェドの股間を思い切り蹴り上げた。生暖かい感触が足先から感じる。やがてジェドはカットラスから手を離し、両手で股間を抑えながら両膝を付く。涙目になって真緒を睨み付ける。

 

 「お、おのれ……よ、よくも……」

 

 「痛みに対する耐性でも、限度がありましたね。これも歴とした戦い方なんですから、文句言わないで下さい」

 

 「…………ふっ、それはお互い様だ」

 

 「負け惜しみですか。兎に角この勝負は私のか……ち……って、あれ?」

 

 突然、ふらふらと千鳥足になる真緒。目眩がして足に上手く力が入らない。その場に倒れ込んでしまう。

 

 「マオぢゃん!!?」

 

 「いったいどうしたんですか!!?」

 

 「まさかこれは……!!?」

 

 真緒が突然倒れた事に、驚きを隠せない仲間達。そんな中、船員達は大盛り上がりだった。

 

 「出た!! 船長お得意の“毒”だ!!」

 

 「“毒”だと!!?」

 

 「船長愛用のカットラスには、特製の猛毒が塗ってあるのさ。傷を付けられれば最後……数分間もがき苦しみながら死ぬんだ」

 

 「そんな……このままじゃ、マオさんが!!!」

 

 「マオぢゃん!!!」

 

 「残念だったな。この勝負、俺の勝ちだ……今ならまだ解毒が間に合う。素直に負けを認めろ、そうすれば薬を渡してやるぞ」

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……誰……が……認め……て……るもん……で……すか……はぁ……はぁ……」

 

 苦しそうに呼吸する真緒。それでも負けを認めようとしない。その覚悟にジェドは軽く溜め息を漏らす。

 

 「そうか……それならせめてもの情けだ。これ以上、苦しまない様に俺が介錯してやる」

 

 そう言いながら、カットラスを真緒の首目掛けて振り下ろそうと、高く振り上げる。

 

 「はぁ……はぁ……“ホワイトボディ”……」

 

 その瞬間、真緒の体が真っ白な光に包まれる。

 

 「何だ? ま、まさか!!? ちぃ!!!」

 

 嫌な予感を覚えたジェドは、急いで真緒にトドメを刺そうと振り上げたカットラスを勢い良く振り下ろす。

 

 「!!!」

 

 が、カットラスが当たるよりも早く真緒が起き上がり、ジェドの一撃は空振りに終わる。そしてそれは同時に、取り返しの付かない大きな隙を生む事となった。

 

 既に真緒は剣を構え、スキルを発動しようとしている。慌てて振り下ろしたカットラスを戻そうとするが、どう頑張っても間に合いそうになかった。

 

 「スキル“ロストブレイク”!!!」

 

 「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 放たれた一撃は、確実にジェドを捉えるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 「…………」

 

 肩で息をするも、何とか立っている真緒。そして目の前には、大の字になって倒れているジェドがいる。

 

 「私の……勝ち……ですよね?」

 

 「……あぁ、流石の俺も一ミリも動けねぇ……認めるよ、この勝負……俺の……負けだ……」

 

 「や、やったぁああああ……」

 

 その言葉に安堵した真緒。張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場で崩れ落ちる。

 

 「マオぢゃん!!!」

 

 「大丈夫ですか、マオさん!!?」

 

 「みんな……私、一人で勝てたよ……」

 

 「マオ、お前は本当に凄い奴だ」

 

 「えへへ……」

 

 「なぁ、聞いてもいいか?」

 

 勝利の喜びを仲間達と分かち合う中、ジェドが疑問を投げ掛けて来た。

 

 「どうやって俺の毒を防いだ? 確かに、カットラスで刺したつもりだったんだが……」

 

 「……防いでなんかいませんよ」

 

 「何? じゃあ、まさか解毒したというのか? 自分で言うのもあれだが、この毒はそんじょそこらの薬は効かないぞ」

 

 「薬じゃありません。実は私には“ホワイトボディ”という、毒や呪いを治せる光魔法があるんです」

 

 「光魔法……万物を癒すという力か……成る程、それなら解毒の説明にも納得だ。しかし、まさかこの俺が負けるとはな……」

 

 ジェドが感傷に浸っている中、周りは船長が負けた事に大粒の涙を流す船員達で溢れ返っていた。

 

 「うぅ……船長が負けるなんて……」

 

 「信じられねぇ……」

 

 「テメェら!! いつまでもメソメソ泣いてんじゃねぇ!! 男だろうが!! 目の前の結果を大人しく受け入れろ!!」

 

 「だけど……俺達は無敗の船長が良いんだよ……」

 

 理想の船長像を想い描く船員達に、ジェドは呆れ果ててしまう。

 

 「ったく……あっ、そうだ……それならこのマオが“新しい船長”な」

 

 「……え?」

 

 何を言われているのか、いまいち理解出来ない真緒。するとジェドは真緒の呆気に取られている顔を見ながら、フッと笑い返す。

 

 「よろしく頼むぜ、“船長”さん」

 

 「えぇえええええええええええ!!?」

 

 ジリジリと照り付ける太陽と気持ち良い潮風に流される海賊船。その甲板にて、新船長となった真緒の第一声が響き渡る。




甲板の戦い、軍配が上がったのは真緒でした。
そんな真緒、まさかの海賊船の船長に!?
いったいこの先、どうなってしまうのだろうか!?

今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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船長マオ

前回、見事ジェドに打ち勝ち、何故か船長になってしまった真緒。
果たして、彼女に何が待ち受けているのだろうか。


 「(皆さん、お元気ですか。佐藤真緒です。私がこの異世界にやって来てから、随分と時間が経ちました。当初は右左も分からず、魔法の魔の字も知りませんでした)」

 

 「(行く先々で巻き起こる困難に立ち向かい、時には膝を屈して諦めそうにもなりました。ですが、師匠やハナちゃん、リーマにフォルスさん達の力を借りる事で何とか今日まで無事生き残る事が出来ました)」

 

 「(そして、最近は私自身の成長を実感する事が出来たりしています。レベルが上がって新しい魔法を覚えたり、一人で強敵に打ち勝つ事も出来ました)」

 

 「(こう言っては不謹慎かもしれませんが、前にいた世界よりもかなり充実しています。こんな生活が永遠と続けば良いな)」

 

 「(そんな私ですが、今は何をしているのかというと…………)」

 

 ザザァーンと、海の波が船の側面に当たって上空へと舞い上がり、頭上を大量の水飛沫が飛んでいく。呆然と死んだ魚の様な目で地平線を眺める真緒の頭には、ジェドのキャプテンハットが被っている。

 

 「(海賊船の船長をやっています……)」

 

 心の中で自分語りをする事で、現実逃避を試みる真緒だったが、まるで意味は無かった。目の前の広大な海と度々起こる船の揺れが、無情な現実へと引き戻されてしまう。

 

 やがて、現状を受け入れたのか深い溜め息を漏らす。そんな真緒の下にジェドがやって来る。

 

 「よぉ、調子はどうだ?」

 

 「あっ、ジェド船長……」

 

 「おいおい、船長はお前だろ。今の俺は只のジェドだ」

 

 「そ、そうでしたね、ジェドさん」

 

 「船長はこの船で一番偉いんだ。俺を含めて、他の奴らは呼び捨てで構わないんだぞって、いきなり言われても難しいか」

 

 「はい……あの、やっぱり船長の座……私には務まりませんのでお返しします」

 

 そう言ってキャプテンハットを脱ぎ、ジェドに差し出すが、押し返されてしまう。

 

 「何度も言ったが、それはもうお前の物だ。海の男足る者、敗者は勝者に従うのが習わしだ」

 

 「で、でも私には世界を回る目的があって、ずっとはいられないんです」

 

 「あぁ、だからせめて今回の一件が片付くまでは船長でいてくれ」

 

 「そもそも、どうして私達を誘拐なんかしたんですか?」

 

 「ん……そうだな、船長の言う事は絶対だからな。聞かれたら素直に答えるしかない。結論から言えば、お前達を見つけて引き渡す様に“人魚”から頼まれたからだ」

 

 「“人魚”? って、あの童話とかよく耳にするあの人魚ですか?」

 

 「そうだ。地上の連中は伝説だなんだと信じていないらしいが、俺達海に生きる連中は知っている。人魚は伝説でも童話でもねぇ。この海に実在しているんだ」

 

 「そんな人魚とどうやって知り合ったんですか? 」

 

 「……偶然だった。いや、向こうは運命が導いたとか抜かしていた」

 

 「運命?」

 

 「数年前、俺達の船はデカイハリケーンに襲われた……」

 

 

 

***

 

 

 

 「船長!! もうこれ以上は、持ち堪えそうにありません!!」

 

 「簡単に諦めんじゃねぇ!! この程度のハリケーン、余裕で乗り越えて見せろ!!」

 

 「船長!! 大変です、マストが!!!」

 

 「何だと!!?」

 

 生命線であったマストが折れかけ、もう駄目だと思ったその時、激しい雷雨の中で何とも似つかわしくない、美しい歌声が聞こえて来た……。

 

 『~~♪~~♪~~♪』

 

 「お前ら、聞こえるか!!?」

 

 「何がですが!!?」

 

 「声だよ!! 何処からか歌声が聞こえる!!」

 

 「何言ってるんですか船長!!? 歌なんか聞こえませんよ!!!」

 

 「いや、確かに聞こえる……っ!!! あっちの方角からだ!!! 面舵いっぱい!! 歌声のするあそこへ向かうんだ!!」

 

 何故そうしたのか、今になっても答えは出ない。只、何となくそうすれば助かると確信があった。当然、部下達は俺の頭が可笑しくなったと思っただろう。だが、船長の命令は絶対だ。今にも完全に折れてしまいそうなマストで無理矢理面舵を取り、俺達は歌声のする方へと船を進めた。

 

 「船長、何もありません!! やっぱり気のせいだったんですよ!!」

 

 「…………これは!!?」

 

 その瞬間、船周りの海面が泡立ち始め、そこから……。

 

 

 

***

 

 

 

 「そこからどうなったんですか?」

 

 「……あー、それは自分の目で確かめるべきだな。どうせこの船はそこに向かっているんだからな」

 

 「そ、そんな卑怯ですよ!!」

 

 話が盛り上がって来た所で、後は自分の目で確かめろとお預けを食らってしまう真緒。

 

 「すまんな。こればかりは、口で説明するよりも自分の目で確かめた方が良い」

 

 「そんな……」

 

 「そうガッカリするな。遅かれ早かれ、お前はあの光景を目にする事になるんだからな」

 

 「あの光景って何ですか?」

 

 「おっと、少し喋り過ぎたな。まぁ、とにかくだ。何故、お前達を引き渡す様に言ってきたのか、直接人魚に聞けば全て分かるって事だ」

 

 「それが今回の一件って奴ですか?」

 

 「そういう事だ。いやー、それにしてもお前の仲間達はよく働くな……」

 

 一通り話し終えたジェドは、船の柵にもたれ掛かりながら甲板上で汗して働く船員達を眺める。そんな船員達に混じりながらハナコ、リーマ、フォルスの三人も働いていた。

 

 「はい、決闘に勝ったから無理して働かなくて良いんだよって言ったんですけど……」

 “マオぢゃんの戦いを見で、休んでなんがいられないだぁ”

 

 “私達もマオさんの足を引っ張らない様、この海賊船で体を鍛えたいんです”

 

 “マオ、お前は俺達の為に死にものぐるいで頑張ってくれた。次は俺達が頑張る番だ。それと、手伝おうなんて野暮な事はするなよ”

 

 ここまで言われてしまっては、止める事も手伝う事すらも出来ない。かといって船長の仕事が出来る訳も無く、今の真緒に出来るのは呆然と海を眺める事しかない。

 

 「まぁ、人手はいくつあってもこまらないからな」

 

 「あまり無理して欲しくは無いんですけどね……『キュー』……あれ? この鳴き声って……」

 

 すると、海面の方から聞き覚えのある鳴き声が聞こえて来た。真緒とジェドが海を覗き込むと、そこには浜辺であったあのイルカが顔を出していた。

 

 「あっ、あの時の!!」

 

 「おー、“デルフィン”。相変わらず、元気そうだな」

 

 『キュー!!』

 

 デルフィンと呼ばれたイルカ。ジェドに名前を呼ばれ、嬉しそうに鳴き声を発する。

 

 「デルフィン?」

 

 「こいつの名前だ。昔、群れからはぐれて一人ぼっちだったのを見つけてな。世話してる内に懐かれちまって、今では簡単な仕事なら手伝って貰う関係だ」

 

 「そういう事だったんですか、それじゃああの時気絶したのは……」

 

 「それはデルフィンの超音波だな。こいつは人間じゃ聞き取れない高音の周波数を出す事が出来るんだ。それを一定時間聞き続けると、目眩や頭痛に襲われて、最後は昏倒するって訳さ」

 

 「人間じゃ聞き取れないのなら、避けようがありませんね」

 

 『キュー……』

 

 二人の会話を理解しているのか、デルフィンは悲しそうな鳴き声を発して、真緒に謝罪している様子だった。

 

 「もう気にしていないから、大丈夫だよ。だから元気出して」

 

 『キュー!!』

 

 嬉しそうに海面を跳び跳ねるデルフィン。その様子に真緒も顔が思わず綻んだ。

 

 「ふふっ、嬉しそう」

 

 飛び散る水飛沫を避けようと一歩後ろに下がると、偶々通り掛かった船員の一人にぶつかってしまった。

 

 「あっ、ごめんなさい」

 

 慌てて謝る真緒。その船員は他の者よりも若く、真緒達と大差無い様に見えた。しかしその眼光は鋭く、一切の隙を見せない佇まいから修羅場を何度も潜り抜けて来た事が伺える。謝罪する真緒に対して、若い船員は舌打ちをする。

 

 「邪魔だよ。イルカと戯れたいなら、さっさと船を降りれば?」

 

 「あっ、えっとその……」

 

 「おい、“ルー”。船長に向かって、何生意気な口をきいてるんだ」

 

 「……俺は別にこの女の事を船長と認めてませんから。それにあんたに指図される覚えは無いですよ」

 

 「何だと……」

 

 「負け知らずのジェド。けど、それがこんな女に負けるだなんて、ガッカリもいいところだ。そんな弱い奴の言う事を素直に聞く義理は無いって事ですよ」

 

 「戦ってもいねぇ癖に言うじゃねぇか。何だったらここでお前をボコボコにしたっていいんだぞ」

 

 「すればいいじゃないですか。女に負けてむしゃくしゃして、部下に八つ当たりした。そう言い触らしますけど」

 

 「テメェ……」

 

 睨み合う二人。その間に割って入って、仲裁する真緒。

 

 「お、落ち着いて下さい二人とも。喧嘩はよくないですよ」

 

 「す、すまねぇ……ついカッとなっちまった……」

 

 「……チィ……」

 

 再び舌打ちをすると、自分の仕事をしに戻って行くルー。その後ろ姿を眺める二人。

 

 「改めて謝らせてくれ。うちのクルーが不快な想いをさせた。すまなかった」

 

 「そんな、ジェドさんが謝る事じゃありませんよ。それに私は全然気にしてませんから」

 

 「あいつ、ルーっていうんだが、以前はあんな性格じゃ無かったんだ」

 

 「そうなんですか?」

 

 「あぁ、愛嬌があってこの船のムードメーカー的な存在だったんだ」

 

 「そんな人がどうして?」

 

 「それは……おっ!!!」

 

 途中まで言い掛けた所で、ジェドが何かを発見した。

 

 「悪いな、その話はまた今度だ。ちょっと付いてこい!!」

 

 「えっ、ちょ、ちょっと!!?」

 

 真緒の手を引っ張り、船首まで案内するジェド。着くや否や、向かい側の海面を指差す。差された方向に顔を向けると、一部の海面に波紋が広がっていた。それも自然に出来る波紋ではない。明らかに人為的に作られた円形状の波紋だった。

 

 「あれは……?」

 

 「合図さ。よし、船を止めろ!!」

 

 ジェドの指示を聞き、船がその場で停止する。

 

 「…………何も起こりませんけど?」

 

 「まぁ、見てろって……ほら、始まったぞ」

 

 次の瞬間、船周りの海面が泡立ち始める。そして……。

 

 「ちょっと!!? し、沈んでいませんか、これ!!?」

 

 そう、真緒の言う通り船が少しずつ沈み始めているのだ。それも垂直に沈み始めているのだ。まるで何者かに引きずり込まれているかの様に……。

 

 「そんなに慌てるな」

 

 「慌てますよ!! あぁ!!! 水が足元まで!!」

 

 遂に船は甲板まで沈み、水が真緒達の足元まで侵食し始めていた。

 

 「は、早く脱出しないと!!」

 

 慌てて逃げようとする真緒の腕を掴むジェド。よく見れば、他の仲間達も同様に逃げ出そうとするが、全員船員達に腕を掴まれていた。

 

 「だから大丈夫だ。俺を信用しろ」

 「…………」

 

 そして、船は完全に沈み切った。真緒達も海の藻屑へと消え去ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……い……おい……おい、目を開けろ」

 

 「あ、あれ……?」

 

 ジェドの声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。

 

 「私達、海に沈んだ筈じゃ……」

 

 「ほら、見てみろ」

 

 「えっ……うわぁ!!!」

 

 ジェドが顎でクイッと示した先。顔を向けるとそこには、太陽の光で美しく虹色に輝く幻想的な国が広がっていた。

 

 「ようこそ、ここが人魚達が住まう国……“水の都”だ」




真緒達が辿り着いたのは、人魚達が住まう幻の国。
そこで真緒達が連れて来られた理由が明らかとなる。

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初対面

もしも、童話の中の人物に会えるのなら皆さんは誰に会いたいですか?


 「な、何が起ごっだだぁ!?」

 

 「私達、海に沈みましたよね? という事は、ここは海の中なんですか!?」

 

 「にわかには信じられないが……」

 

 ハナコ、リーマ、フォルスの三人は、他の船員達と一緒に船を動かしていたが、その船が突然止まったかと思うと、何かに引きずり込まれる様に沈み、慌てて逃げ出そうとするも、腕を掴まれてしまい、そのまま海の藻屑となってしまった。

 

 そして気が付くと、船は無傷。海の中を潜航していた。あまりにも信じられない出来事に混乱する三人。しかし、ふと見上げれば、先程までいた水面が見える。その下を優雅に泳いでいる魚達が太陽の光に照らされ、鱗を美しく輝かせている。その光景から、これは紛れもない現実であると思い知らされた。

 

 「……そうみたいだ」

 

 「ハナちゃん、リーマ、フォルスさん!! 見てよあれ!!」

 

 三人が動揺を隠し切れないでいる中、真緒が片手で激しく手招きしながら、もう片方の手である方向を指差していた。

 

 全てが未知の海の中。いつ何処から何が襲い掛かって来るのか分からない。嬉しそうに満面の笑みを浮かべる真緒の顔を見て、少しホッとするがそれでも周囲を警戒しながら、三人は恐る恐る指差す方向を見た。

 

 「「「!!!」」」

 

 そこに広がっていたのは、真緒が見たのと同じく虹色に輝く幻想的な国の光景。光が当たる角度によって、色が変化している。

 

 「ね!? ね!? 凄いでしょ!?」

 

 「凄い……綺麗だぁ……」

 

 「まるで夢を見ているみたい……」

 

 「まさか海の中に町が存在しているとはな……いったい何なんだあれは?」

 

 「あれこそ、人魚達が住んでいる“水の都”だよ」

 

 フォルスの疑問に答えるジェド。その手には口を縛った麻袋が握られていた。

 

 「ジェドさん、その袋は?」

 

 「これか? まぁ、ちょっとした土産物だ」

 

 そう言葉を濁しながら、麻袋を肩で担ぐ。

 

 「土産物?」

 

 「そんな事より、お前ら船を降りる準備をしろ。もうすぐ到着だぞ」

 

 そう言われ、改めて周りを見ると、船員達の何人かが船のいかりを降ろす作業をしていた。その間にも、船は水の都目掛けてどんどん沈んでいく。

 

 やがて、地面に縄梯子を降ろせる程まで距離が近くなったのを確認すると、船員がいかりを降ろし、船の動きを止めた。

 

 「着いたぞ。ほら、まずは船長であるお前が最初に降りるんだ」

 

 「わ、私ですか!?」

 

 促されるまま、縄梯子を伝って地面へと降りる真緒。両足が地面に着いた瞬間、とある違和感を覚える。

 

 「(……硬い?)」

 

 一見すると海底の砂浜なのだが、踏んた瞬間硬質な地面に変化していた。しかし、先に降ろした縄梯子やいかりを見ると、確りと沈んでいるのだ。

 

 いくら探しても、この矛盾に対する答えが見つからず、降りたその場で長考してしまう。そうこうしていると、船員の一人が縄梯子を伝って降りて来ていた。そして、目の前に真緒がいるのを知ると、わざと肩にぶつかって無理矢理押し通った。

 

 「チィ、邪魔」

 

 「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 ぶつかって来た船員。それは誰であろう、ルーだった。舌打ちしながら悪態を付くと、その様子を見ていたジェドが縄梯子を伝って降りて来た。

 

 「おい、ルー。テメェ、いい加減にしろよ」

 

 「何がですか?」

 

 「別に今更、お前がマオの事を船長と認めようが認めまいが、どっちでも構わない。だが、それでマオを目の敵にするのは、お門違いなんじゃねぇのか?」

 

 「……別にこいつが船長だからじゃありませんよ」

 

 「じゃあどんな理由があるんだ?」

 

 「…………」

 

 すると、ばつが悪そうにその場から離れようとする。そんなルーの肩を掴んで、引き止めるジェド。

 

 「おい、何処に行くつもりだ」

 

 「何処だっていいでしょ」

 

 「まだ積み荷の降ろしが終わってねぇだろ。手伝え」

 

 「…………」

 

 しかし、ルーは何も答えず、ジェドの制止を振り払い、足早に去ろうとする。ここで素直に行かせてしまっては、元船長とはいえメンツが立たない。今度は振り払われない様に、腕を掴もうと追い掛ける。

 

 「おい……「邪魔すんじゃねぇよ!!!」……っ!!?」

 

 「ルーさん!?」

 

 その直後、ルーの怒りに満ちた声が周囲に響き渡る。先程までの澄ました態度とは真逆の興奮した様子に、ジェドと真緒も驚きを隠せなかった。

 

 「しつけぇんだよ!! 俺が何処に行こうが、あんたには関係ねぇだろ!! 誰であろうと俺の邪魔はさせない!! それでもまだ邪魔するんだって言うなら、俺は海賊を辞める!!!」

 

 そう言うと、ルーは走ってその場から離れて行くのであった。その後ろ姿を呆然と眺めるジェドと真緒の二人。すると、遅れて縄梯子からハナコ、リーマ、フォルスの三人が降りて来た。

 

 「びっぐりじだだぁ……」

 

 「何なんですかあの人?」

 

 「何だか訳ありの様子だったが?」

 

 「……あぁ、すまねぇな。あいつも悪気がある訳じゃ無いんだ」

 

 「追い掛けなくても良いんですか? 海賊を辞めるとか言ってましたけど……?」

 

 「心配する事はねぇ。あれは、只の冗談だ。それに……行き先は一つだろうからな」

 

 「えっ、それって……「あー!!」……ん?」

 

 行き先を聞こうとしたその時、何処からか声が聞こえて来た。声のした方向に顔を向けると、そこには一人の女性がこちらに向かって来ていた。

 

 ブロンドの長髪に、赤いサンゴ礁の髪飾りがよく映える。美しく整った顔は、多くの男性陣を魅了する事だろう。更に上半身はほぼ裸で、唯一貝殻のブラジャーで胸を隠す姿は、あまりにもセクシーだった。

 

 「「「「え!!?」」」」

 

 やって来る女性の姿に、ジェドを除く四人は一斉に驚きの声と表情を浮かべる。しかし、それは女性の美しさに驚いたのではない。その下半身に驚いたのだ。

 

 結論から言えば、女性のお尻や足といった物は一切存在していなかった。代わりに、魚を彷彿とさせる大きな尾ひれが付いていた。女性は人間の上半身に、魚の下半身だった。その姿でこちらに“泳いで”来ている。

 

 「まさか……あれって……」

 

 「そのまさかだ。あれが童話でも有名な“人魚”だよ。“シレーヌ”!! 元気そうだな!!」

 

 こちらに近付いて来る人魚の事を“シレーヌ”と呼び、手を振るジェド。それに応える様にシレーヌも手を振り返す。

 

 「お知り合いですか?」

 

 「あぁ、ちょっとな……」

 

 真緒達の側までやって来ると、シレーヌは一目散にジェドの周りを泳ぎ始めた。

 

 「何か、入口の方が騒がしいなって来て見たら、やっぱりジェドだ」

 

 「相変わらず元気そうだな」

 

 「それで? 今日はどうしたの?」

 

 「いつも通り、頼まれた品を幾つか見繕って来たんだよ」

 

 「ふーん……あれ? この人達は誰? 初めて見る顔だけど……?」

 

 ここで漸く、真緒達の存在に気が付き、品定めするかの様に四人の周りを泳ぐ。この唐突な出来事に対応出来ず、四人は呆気に取られていた。

 

 「こいつらは女王陛下への献上品だ」

 

 「女王様への? それなら丁寧に扱わないといけないね」

 

 「そうだ、どうせだったらシレーヌ、お前がこいつらを女王の下まで案内してくれないか。町の観光をしながら」

 

 「うん、いいよ」

 

 ジェドの提案にシレーヌは、快く引き受けた。すると先行して、町の方へと泳いで行く。そして徐に振り返り、真緒達に向けて手招きする。

 

 「ほら、早くついて来て。案内してあげる」

 

 「えっ、で、でもジェドさんは?」

 

 「俺は船の積み荷の降ろしが終わってから行くさ」

 

 「それなら私達も手伝った方が……」

 

 「言っただろう。お前達を誘拐したのは、“人魚”に引き渡す為だって。そんな心配する事は無い。黙ってシレーヌの後に付いて行けば良いんだ」

 

 「わ、分かりました……」

 

 「ほら、急いで急いで。この町の事、隅から隅まで教えてあげる」

 

 そうして真緒達は、ジェドと一旦別れて人魚のシレーヌに付いて行くのであった。




次回は水の都観光ツアー。

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人魚の女王

先週上げた短編『~壁~』は、読んで頂けましたでしょうか。
まだという方は下にURLを張りますので、そちらから読んで下さい。

https://syosetu.org/novel/315992/

それでは、本編スタート!!


 水の都から少し離れた郊外。人魚達が住む町を一望出来る丘の上にやって来た人影が一つ。他ならぬルーであった。

 

 「ここから見る町の景色は、いつ見ても最高だね。ただいま、元気にしてたかい?」

 

 『…………』

 

 「今しがた。他の皆は船の積み荷を降ろしている所だよ」

 

 『…………』

 

 「サボりじゃないよ。ちゃんと船長の許可は取ってある。一秒でも早く君に会いたかったんだ」

 

 『…………』

 

 目の前の誰かと会話している様なのだが、ルーが一方的に喋り倒すだけで相手は一言も口を開こうとはしない。只、じっとルーの話に耳を傾けている。

 

 そしてそれはルー自身も了承済みらしく、お構い無しに話を続ける。そんな中、何かを思い出した素振りを見せて、懐に手を忍ばせる。

 

 「そうそう、実は今回もお土産を持って来たんだ。きっと気に入ってくれると思うよ」

 

 『…………』

 

 そう言って取り出したのは、色鮮やかな一輪の花。何処も傷付いていないか、全体を確かめ終えると、目の前に差し出した。

 

 「綺麗だろ? 君が前々からずっと見たがっていた地上にしか咲かない花だ。お金が足りなくて一輪しか買えなかったけど……」

 

 『…………』

 

 「だから今度の航海ではもっと沢山の花を買って、花束にして君にプレゼントするよ」

 

 『…………』

 

 「本当だって、何年掛かろうが何十年、何百年掛かろうが必ず成し遂げて見せる。そしていつか、この丘を花でいっぱいにしよう」

 

 『…………』

 

 「ここを地上と変わらない景色にするんだ。きっと凄く綺麗だと思うよ」

 

 『…………』

 

 真緒達といた時とは考えられない程、明るく笑顔で目を輝かせながら夢を語る。なのに、目の前の人物は口を開こうとしない。

 

 やがて興奮が冷め、ルーの表情も落ち着き始める。そして何かを悟るかの様な穏やかな表情を浮かべる。

 

 「大丈夫、心配しないで。必ず……必ずやり遂げて見せるよ。僕だって海賊の端くれ、欲しい物は奪ってでも手に入れる。何て、冗談だよごめんごめん。他の人には迷惑は掛けない」

 

 そう言いながら、ルーは徐に持っていた花を目の前の人物に渡さず、足下の砂を掘り起こし、花を丁寧に植えた。

 

 「まずは一輪……」

 

 ルーの目線の先に映る物。それは人では無かった。石の塊。所々削れている不格好な石が砂の中に半分埋もれていた。今まで彼が話し掛けていたのは、人間どころか生き物ですら無かった。そんな石の塊の前に、持って来た花を植えたのだ。

 

 「もう絶対に逃げたりするもんか…………そうそう、実は今回の航海では、驚きの大ニュースがあるんだ。ここに向かう途中、クリアビーチでね……」

 

 そうしてルーは、再び石の塊に向かって話し掛けるのであった

 

 

 

***

 

 

 

 一方その頃、真緒達は人魚のシレーヌの案内で女王の下へと向かっていた。水の都の入口には、左右それぞれに槍を持った二人の人魚が尾ひれを立たせ、直立不動で浮いていた。また、どちらもシレーヌと同じ位、美しい顔立ちをしている。

 

 シレーヌが何事もなく無事に通過し、真緒達も続けて通ろうとすると、突然二人が持っていた槍を目の前で交差させ、睨みを利かせて通行を止める。そして、その内の一人が口を開く。

 

 「止まれ、ここから先は我ら人魚が住まう町。関係者以外は立ち入り禁止だ」

 

 「えっ、あ、あの私達はその……」

 

 普通に通れる物だと思っていた為、急に止められた事に焦る真緒。そのせいで動揺してしまい、上手く話せずにいると、先行していたシレーヌが異変に気が付き、慌てて二人に事情を説明する。

 

 「あぁ、その人達は女王様の大切なお客様だから、通して大丈夫です」

 

 「女王様の? そんな話は聞いていないぞ?」

 

 首を傾げる二人に、シレーヌは片手を口に添えてコソコソと耳打ちをする。

 

 「ほら……例の“予言”の件です……」

 

 「「なっ!!?」」

 

 シレーヌの言葉に思わず驚きの声を上げる二人。信じられないという表情を浮かべ、真緒達の方を見つめた後、互いの顔を見合わせる。そして同じ考えに至ったらしく頷き合うと、それぞれ左右に移動し、姿勢を真っ直ぐに正して真緒達に道を開ける。

 

 「失礼しました。どうぞ、お通り下さい」

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 態度が急変した事に戸惑いながらも、真緒達は入口を通る。すると目の前には、町が広がっていた。

 

 「ようこそ、ここが水の都の中で私達が住んでいる町。通称“人魚の町”だよ」

 

 「これは……」

 

 住居は勿論、店も開いていた。そして、そこには普通に人魚達が暮らしており、子供や老人はおらず何処もかしこも美女ばかりであった。しかし、そんな事よりも真緒達が驚いたのは、建物の“造形”だった。

 

 「まさかここの建物は全て“貝殻”なのか?」

 

 十メートルは軽く越える巨大な巻き貝や、巨大な二枚貝の形を屋根として利用するなど、余す事無く活用している。

 

 「それだけじゃないわよ。例えば、あそこの家は巨大な珊瑚をインテリアとして使っていたり、向こうの家なんかイソギンチャクを庭に置いてるわ」

 

 よく見れば、貝殻だけでなくその他の海産物も普通のと比べ、遥かに巨大な物ばかりだった。

 

 「どうしてこんなに大きいんですか?」

 

 「うーん、詳しくは知らないけど……何でもその昔、とある魔法使いがこの水の都を作った時、一緒に作ったと聞いてるわ」

 「魔法使いが水の都を作った!!? その話、本当ですか!!?」

 

 興奮した様子で話に食い付く同じ魔法使いのリーマ。その勢いから、シレーヌも若干引いてしまっている。

 

 「え、えぇ……私は当時子供だったからよく覚えていないけど……千年位前の時、一人の魔法使いが人魚の私達が住まう場所として、この水の都を創造したと言われているわ」

 

 「いったい誰なんですか!? その魔法使いは!!?」

 

 「そ、そこまでは知らないわよ。他の皆に話を聞いても、一人の魔法使いが作ったとしか言わないし……」

 

 「そうですか……」

 

 それ以上、目ぼしい情報は手に入らず、ガクッと両肩を落として分かりやすく落ち込むリーマ。そんな彼女を見かねて、真緒が話題を変えようとする。

 

 「そう言えば、ここって海の中なんですよね? それならどうして、私達は息が出来るんですか?」

 

 「そうした細かい仕組みも、魔法使いが作ったと言われているわね」

 

 「本当に凄い人なんですね……」

 

 知りたいのに知る事が出来ないというジレンマに、遠い目をするリーマ。見事、話題変更に失敗してしまった真緒は思わず片手で両目を覆ってしまう。すると今度はハナコが、何かを見つけたのか大きな声を上げて指を差す。

 

 「あっ!! あれは何だぁ!!?」

 

 ハナコが指差す方向にある物。それは城だった。他の建物を遥かに凌駕する大きさ。縦に高く伸びるその姿は、見上げると首が痛くなってしまう程、圧巻な大きさだった。

 

 また、この城だけ他とは違い貝殻では無く、地上と同じ様に大理石で建てられている。更に壁には細かな模様や装飾が施されており、気合いの入れようが段違いであった。

 

 開いた口が塞がらない真緒達に、シレーヌが胸を張りながら自慢げに答える。

 

 「あれこそ、我らが女王様の住まうお城なのです!!」

 

 城に近付くと、門には入口と同じ様に二人の人魚が警護していた。しかし、先程の二人と異なり、確りと薄手の鎧を身に付け、持っている槍も先が一本のタイプでは無く、三つに分かれているタイプだった。

 

 近付いて来る真緒達に逸早く気が付き、入口と同じ様に槍を構えるのかと思いきや、左右に移動して道を開けて見せた。

 

 「お待ちしておりました。どうぞ、中で女王様がお待ちしております」

 

 「えっ、あっ、はい……」

 

 門が開き、真緒達が通ろうとする中、シレーヌが前を泳がず止まっている事に気が付く。

 

 「残念だけど、一般人である私は入れないの」

 

 「そうなんですか……シレーヌさん。案内、ありがとうございました」

 

 「ちょっとちょっと、私の案内はまだ終わってないわよ」

 

 「え?」

 

 「まだ、町を全部紹介した訳じゃないでしょ。女王様とのお話が終わったら、また案内してあげるわ」

 

 「……はい!! ありがとうございます!!」

 

 シレーヌの嬉しい申し出に、真緒達は笑みを浮かべる。案内を楽しみにしつつ、意気揚々と城の中へと入るのであった。

 

 「うわぁ……外見も凄かったけど、中はもっと凄い……」

 

 床や壁、天井一面に揺らめく水模様が幻想的で美しく、真っ白な背景を綺麗な水色に染め上げている。真緒達が感動に浸っていると、燕尾服を着た人魚がやって来る。

 

 「皆様、お待たせ致しました。これより、女王様のいる玉座の間までご案内致します」

 

 「お、お願いします」

 

 言われるがまま、後を付いて行く真緒達。やがて、門にも負けない位大きな両扉の前まで辿り着く。燕尾服を着た人魚が扉をノックすると片方の扉が少し開き、中から門の人魚と同じ格好をした人魚が姿を見せ、真緒達の姿を確認すると再び扉を締める。そして次の瞬間、両扉が同時にゆっくりと大きく開き始める。

 

 「「女王様、客人が参られました!!」」

 

 両扉を開けた二人の人魚の言葉を聞きながら、真緒達は燕尾服を着た人魚の後に続いて玉座の間へと入る。

 

 そこはまた更に神秘的な空間となっており、大理石の柱が縦に何本も並び、色の付いたステンドグラスの様な窓ガラスが、左右の壁それぞれに幾つか埋め込まれていた。

 

 その一番奥には、二枚貝が口を開けた形をした玉座が置かれており、周りには護衛とおぼしき人魚が数人いた。そして、その玉座には一人の人魚が座っていた。長い水色の髪の毛は、海の中だというのに全く溶け込まないその美しさは、優雅さと可憐さを物語り、笑みを浮かべる顔はまるで子供の様な可愛らしい幼さを見せるが、凛とした佇まいからは大人の様な妖艶な雰囲気を感じさせる。

 

 真緒達は、そんな不思議な魅力に思わず目が奪われ、離せなくなってしまう。そうしていると、玉座に座る人魚が口を開く。

 

 「ようこそ、おいで下さいました。私がこの城の主“ラドンナ”と申します」




遂に人魚の女王“ラドンナ”登場!!
果たして彼女の目的とはいったい!?
今回はここまで、次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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ラドンナの頼み事

 「ラドンナさん……」

 

 目の前にいる人魚の女王ラドンナ。そのあまりの美しさから、思わず名前を呟く真緒。すると次の瞬間、側に控えていた近衛兵の人魚二人が怒りの形相を顕にしながら、持っていた槍を真緒達に向けて突き立てる。

 

 突然、武器を向けられた真緒達は、咄嗟に両手を上げて身を引いてしまう。そうこうしていると、近衛兵の一人が口を開く。

 

 「無礼者!! 女王陛下と呼べ!!」

 

 どうやら、ラドンナに対する呼び方が気に触った様だ。当然と言えば当然なのかもしれない。彼女達にとって、女王ラドンナは雲の上の存在。そんな主をさん付けで呼ぶなど、不敬に値する行為と言えよう。

 

 「えっ、あっ、す、すみまっ………!!」

 

 真緒が慌てて謝ろうとするが、それよりも早くラドンナ本人が近衛兵の二人に声を掛ける。

 

 「お止めなさい。この方々は私のお客人、失礼ですよ。今すぐ武器を下ろしなさい」

 

 「し、しかし女王陛下……」

 

 弁明しようとする近衛兵の目をじっと見つめるラドンナ。やがて近衛兵達の方が先に折れ、真緒達に向けていた槍を元に戻す。その様子にホッと胸を撫で下ろしていると、ラドンナがこちらの方に視線を向け、その直後ラドンナは真緒達に頭を下げ、謝罪する。

 

 「私の者が大変失礼致しました。責任は全て主である私にあります。どうか、私の顔に免じて許しては頂けないでしょうか?」

 

 「じょ、女王陛下!!?」

 

 これには、周りの人魚達もざわめき出す。一国の女王が一旅人の真緒達に頭を下げるなど、前代未聞だ。

 

 このまま女王様に頭を下げさせる訳にはいかない。真緒は先程よりも慌てて口を開く。

 

 「そ、そんな!!? あ、頭を上げて下さい!! 私達は全然気にしていませんから!! ね!!?」

 

 真緒の問い掛けに、他の三人は高速で頭を上下に振る。それを聞いたラドンナは、漸く下げた頭を上げてくれた。

 

 「あなたの深海よりも深い身心に感謝申し上げます。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 「あっ、は、はい!! えっと、私は“佐藤真緒”と言います。それと私の仲間である熊人のハナちゃ……ハナコ……」

 

 「よ、よろじぐおねがいじまずだぁ!!」

 

 「魔法使いのリーマ……」

 

 「は、初めまして!!」

 

 「そして鳥人のフォルスさんです」

 

 「ど、どうも……初めまして」

 

 真緒の自己紹介と仲間達の紹介に対して、それぞれの目を見ながら頷くラドンナ。

 

 「マオ様、ハナコ様、リーマ様、フォルス様ですね」

 

 「実はあともう一人、私の師匠に当たる人物がいるんですが……ここに来る途中で何処かにいなくなってしまって……」

 

 寂しそうに話す真緒にラドンナが優しく接する。

 

 「そうでしたか、マオ様の師匠ならきっと素敵な方なのでしょう。機会があれば是非ともお会いしたいです」

 

 「ありがとうございます。師匠も喜ぶと思います」

 

 「それでマオ様……」

 

 「はい?」

 

 「よろしければ私の事は“ラドンナ”と、呼んで頂けませんでしょうか?」

 

 「「!!?」」

 

 一気に周りの空気が重たくなるのを感じる。つい先程、呼び方に関して忠告されたばかりなのだが、今回は本人たっての希望。これを無下にする訳にもいかないと考える。

 

 「分かりました、ラドンナ……!!?」

 

 早速呼び捨てにしようとした矢先、側に控えている近衛兵から、只ならぬ殺気を感じる。もし、このまま呼び捨てにすれば間違いなく面倒な事になるだろう。真緒は冷や汗を滴しながら、空いた口から残りの酸素と共に続きの言葉を発する。

 

 「ラドンナ………さん」

 

 シュンと分かりやすく、落ち込みの表情を浮かべるラドンナ。少し可哀想と思ったが、何事も自分最優先なのだ。

 

 取り敢えず、会話を先に進める為に真緒はラドンナに、自分達を連れて来た理由を訪ねる事にした。

 

 「それで……ラドンナさんは、どうして私達を呼び寄せたんですか?」

 

 すると落ち込みから一変、女王らしい真面目な表情になった。

 

 「皆様をお呼びしたのは他でもありません。実は頼み事があるのです」

 

 「頼み事ですか?」

 

 「はい、それをお話しする前に私達の事……そしてこの水の都について、お話しする必要があります。皆様、この水の都については何処までご存知ですか?」

 

 「えっと、確か一人の魔法使いの手によって作られたという所まで……だよね?」

 

 確かめる様に仲間達の方を向くと、全員首を縦に降った。特にリーマは首が千切れてしまうのではないかという程、高速で何度も振っていた。

 

 「そうですか。確かにこの水の都は、その一人の魔法使いの方によって作り出されました。しかし、それには切っ掛けとなる事件があったのです」

 

 「切っ掛けとなる事件?」

 

 「私達です」

 

 「え?」

 

 「私達は色んな方面から様々な理由で狙われていました。そんな私達を不憫に思い、魔の手から逃れられ、尚且つ安全に暮らせる場所として、この水の都を一晩で作って下さった方こそ……皆様が聞いた魔法使いの方なのです」

 

 「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 ラドンナの話を遮ったのはリーマだった。信じられない言葉を耳にし、驚きの表情を浮かべて、目を丸くするリーマ。

 

 「一晩で作った? この町やお城をたった一晩で全て作ったって事ですか!?」

 

 「はい、その通りです」

 

 「そ、そんなあり得ないですよ!! 例えどんな大魔法使いでも、無から有を想像するのにたった一晩だなんて……そんな離れ業が出来るのはあの人位……まさか!!?」

 

 一人で論理的に語る中、数多くの魔法使いを頭に思い浮かべていると、唯一それらを可能とする人物の名前が導き出される。そしてその答えをラドンナは既に持っている様だった。

 

 「そう、私達を窮地から救って下さったその魔法使いこそ、かの勇者と供に魔王討伐を志した大魔法使い“アーメイデ”様です」

 

 「アーメイデ……って、リーマが持ってる魔導書の?」

 

 かつて亡くなったリーマの師匠から譲り受けた、アーメイデの魔導書。その著者に関する情報がこんな所で聞けるとは、誰も夢にも思わなかった。事前に頭を過っていたリーマも、実際に名前を出された事に混乱している様子だった。

 

 「アーメイデ様は私達の命の恩人です。あの方がいなければ、間違いなく死んでいたでしょう」

 

 「そうだったんですね。けど、それが私達にする頼み事と、どう関係して来るんですか?」

 

 この問い掛けにラドンナは一瞬、顔を曇らせる。しかし、答えるつもりではあるらしい。

 

 「……“水の王冠”はご存知ですか?」

 

 「“水の王冠”?」

 

 初めて聞く言葉に真緒、ハナコ、リーマの三人は首を傾げる。そんな中、フォルスが口を開く。

 

 「聞いた事ある。水の王冠はその名の通り、この世のありとあらゆる水を統べる力を持つと言われている。その力は天候すらも操り、その気になれば大陸全てを沈没させる事も出来るらしい」

 

 「「「えぇ!!?」」」

 

 突拍子も無い言葉に、思わず驚きの声を上げてしまう真緒達。あまりにも現実離れし過ぎている。にわかには信じられない。

 

 「も、もし仮にそんな王冠があったとして、そんな力があったらそれこそ簡単に世界を支配出来ちゃうじゃないですか!?」

 

 「そう上手くはいかない。何故なら、この世には水の王冠と同等の力を持つ王冠が五つある。“火の王冠”、“風の王冠”、“土の王冠”、“光の王冠”、そして“闇の王冠”といった具合にな」

 

 「へぇー、そんなに種類があるんですね」

 

 「これら六つの王冠が全て手元に無い限り、世界を支配する事なんて出来ないのさ」

 

 「王冠同士で世界のバランスを保っている訳ですね」

 

 「それにしてもフォルスさん。そんな王冠があるなんて、よく知っていましたね?」

 

 異世界からやって来た真緒や、世の中に無頓着なハナコなら兎も角、魔法に関する事には詳しいリーマでさえ知らなかった事を、フォルスだけは知っていた事に対してふと疑問に感じ、何となく聞いてみた。

 

 「…………まぁ、年長者だからな……無駄な知識は豊富なんだ……」

 

 何処と無く端切れが悪い気がする。しかし、それを追求する理由は真緒達には無い。一通り説明が終わるとラドンナが会話を続ける。

 

 「フォルス様が仰られた通り、水の王冠はありとあらゆる水を統べる力があります。そして、その王冠はここにあるのです」

 

 「「「「えぇえええええ!!?」」」」

 

 つい先程まで、伝説の一品として解説されていた王冠の一つが、この場にあるという事実に真緒達は驚きの表情を隠せなかった。

 

 「……いえ、正確には“あった”です……」

 

 「どういう事ですか?」

 

 今にも泣きそうな表情になるラドンナ。真緒達も心配せずにはいられなかった。

 

 「実は……盗まれてしまったのです」

 

 「盗まれた?」

 

 「水の王冠は、私達人魚達にとっての秘宝。今までずっと大切に保管されていました。しかし、つい数週間前の出来事です。何者かが宝物庫に侵入し、水の王冠を持ち出してしまったのです」

 

 「一大事じゃないですか!!?」

 

 「そしてここからが皆様にする頼み事なのです。どうか、皆様の手で奪われた水の王冠を取り返して来て欲しいのです!!」

 

 「成る程……話は分かりましたが、そもそもどうして私達なんですか?」

 

 お世辞にも真緒達は有名とは言えない。それらしい活躍はしたが、どれも決め手に欠ける。そんな当然な疑問に対して、ラドンナは答える。

 

 「例の物をここに」

 

 そう言うと、侍女らしき人魚が一本の巻物を持って近付いて来る。そして、真緒達の目の前で広げて見せる。

 

 「これは?」

 

 そこには、人魚と人間の絵が描かれており、何やら恐ろしく強大な何かと対峙している様だった。

 

 「今から数百年前、預言者を名乗る者が突然現れ、この絵巻を置いて行ったのです。『これは後に現実となる予言の書である』と、言い残して……」

 

 「予言の書!!? それじゃあつまり、ここに書かれている事が本当に起こるという事!?」

 

 「はい、そしてその予言は見事的中したのです。一番右の最初の絵を見て下さい」

 

 言われた所に目を向けると、そこには怪しげな人物が人魚達から王冠を奪う様子が描かれていた。それを見た瞬間、真緒達は、ハッと気が付いた。

 

 「もしかしてこれって!!?」

 

 「はい、先程お話しした水の王冠が盗まれる絵です。残念ながら、予言は避ける事が出来ない様なのです。ですが、まだ希望はあります。次の絵を見て下さい」

 

 次の絵には、四人の人物が玉座らしき椅子に座る人魚と対面している絵だった。

 

 「まさか俺達なのか!?」

 

 「えぇ、ごれがオラだがぁ!?」

 

 「んー、何処と無く似ている様な気がしなくも……」

 

 「でも、こうやって人魚の女王様と対面しているって事は、この予言も当たった事になる」

 

 「その通りです。ここまで予言通りに進んでしまっては、私達も信じざるを得ないのです。マオ様、ハナコ様、リーマ様、フォルス様、あなた方がここに来られたのは偶然ではございません。全てはこの予言書に記された通り……無茶苦茶な願いだとは重々承知。ですが、どうか……どうかお願いです。私達の秘宝を……水の王冠を取り返して頂けないでしょうか?」

 

 深々と頭を下げるラドンナ。それと同時に周りの人魚達も皆頭を下げる。その様子に真緒達はお互い顔を合わせ、そして静かに頷く。

 

 「顔上げて下さい、ラドンナさん。その頼み、私達が引き受けます」

 

 「マオ様!! 皆様、本当に……本当にありがとうございます!!」

 

 「引き受けるのは構わないが、賊の居場所は分かっているのか?」

 

 「賊……盗んだ方の居場所は分かりませんが、水の王冠が何処にあるのかは分かります」

 

 「本当ですか!?」

 

 「はい、水の王冠は強力が故に痕跡を残します。盗まれた同時期に、ここより西の果ての海域で何やら異変が起こった様なのです。きっと何か関係があるかと思われます」

 

 「ラドンナさん、大船に乗ったつもりでいて下さい。必ず水の王冠を取り戻して来ます!!」

 

 「ありがとうございます!! ありがとうございます!! どうか、よろしくお願いします!!」

 

 「そうと決まれば、ジェドさんに相談しに行こう。船を持っているのはあの人だけだからね」

 

 そうして真緒達は、ラドンナの頼み事を引き受け、水の王冠があると思われる西の果ての海域へと向かう為に、一度ジェドの下へと戻るのであった。




今回はここまで!! 次回もお楽しみに!!
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覆水盆に返らず

今回はルーの過去が明らかとなる!?
なろう原作と異なり、性格が大きく変化したルーの身に果たして何が起こったのだろうか


 人魚の女王ラドンナの頼み事を聞き入れた真緒達は、一度ジェドの所へと戻り、彼に事の一部始終を説明した。

 

 「水の王冠……まさかそんな大層な頼み事をさせるとはな……」

 

 あまりにも規模が大き過ぎる為、にわかには信じられないが、嘘を付く意味も見つからない事から、信じる他なかった。

 

 「それもよりにもよって、西の果ての海域とはな……」

 

 だが、ジェドが最も注目したのは水の王冠を取り返すという部分にでは無い。その目的地である西の果ての海域についてだった。

 

 「何か不味いんですか?」

 

 「西の果ての海域は、死の海域とも呼ばれていてな。海の怪物“クラーケン”が通る船を沈めると海賊や船乗りの間では有名な話だ」

 

 クラーケン。島よりも巨大で、数多の童話や歴史書に登場するタコともイカとも言われている伝説の怪物。その長い複数本の触手と無数の吸盤に捕まれば最後、逃れる術は無く確実に海の藻屑となる。

 

 「そんな死地に好き好んで向かう酔狂な奴は、何処にもいないだろうな」

 

 「そんな……」

 

 移動手段が断たれてしまっては、どうする事も出来ない。両肩を落として、分かりやすく落ち込む真緒達に対して、ジェドが片側の口角を上げ、鼻で笑う。

 

 「ふっ……まぁ、最も俺達は一度死の海域でクラーケンと相対して、無事に生き残った経験がある。よかったら、連れてってやるぞ?」

 

 「本当ですか!!?」

 

 得意気な返しに歓喜する真緒達。すると、ジェドが船員達に呼び掛ける。

 

 「お前達、今すぐ出航準備だ!! 目的地は、懐かしの死の海域!! 生半可な覚悟で挑むんじゃねぇぞ!!」

 

 「「「おぉ!!!」」」

 

 猛々しい掛け声が響き渡り、一斉に動き始める船員達。その様子にじっとしていられなかったハナコ、リーマ、フォルスの三人は真緒に詫びの言葉を入れ、手伝いに行ってしまった。

 

 「あっ、えっと、そ、それじゃあ私も……」

 

 キョロキョロと辺りを見回し、何か手伝える事がないか調べるが、下手に弄って壊したりしたらどうしようと、気が引けてしまって、忙しなく動き続ける他の者達を眺めるしかなかった。

 

 すると、ある程度現場を眺め続けていた真緒は、ある事に気が付く。

 

 「ルーさんは? まだ戻って来てないんでしょうか?」

 

 ルーがいない。水の都に着いた瞬間、荷物も下ろさずに一人何処かへと行ってしまったきり、未だ戻って来ていなかった。

 

 真緒の純粋な問い掛けに対して、答えを知っている様子のジェドだが、何処と無く気まずそうな態度を見せながら、右手で頭を掻いている。

 

 「あー、あいつなら多分……いや、十中八九、あの丘の所にいると思うぜ」

 

 「あそこにですか?」

 

 「だが、その内帰って来るだろう。それに今回の船出に、あいつは連れて行かない」

 

 「そんな!!? もしかして、あの喧嘩が原因ですか? だとしても、さすがに大人気ないですよ!!」

 

 「いや、そういう訳じゃねぇんだ。只、その……何て言えばいいかな……」

 

 私怨じゃない、別の理由がありそうだが、いざ説明しようとすると途端に端切れが悪くなり、結局何も伝わらない。加えて仲間意識が強い真緒にとって、例え一人でも欠ける事は我慢ならない。

 

 「なら、何も問題ありませんね。あっ、そうか、喧嘩した手前呼び戻しにくいんですね。それなら私が呼んで来ますから、準備を進めておいて下さい」

 

 「あっ、おい!!」

 

 引き止めようと手を伸ばすジェドの制止を振り切り、単独でルーがいると思われる丘の方へと走って行ってしまった。その様子に伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。

 

 「……まぁ、どうせ遅かれ早かれ知る事にはなるだろうしな……」

 

 

 

***

 

 

 

 丘の上へと辿り着いた真緒は、周囲を見回してルーがいないかどうか確かめる。

 

 「んー、あっ、いた!!」

 

 少し離れた場所で石の塊を前にしながら、何かを喋っている姿を見つけた。

 

 「あのー、ルーさっ……え?」

 

 邪魔しちゃいけないと思いながらも、横から恐る恐る声を掛けようと近付く真緒。すると、ルーの目が涙ぐんでいるのに気が付いた。

 

 予想外の反応に困惑する真緒。完璧に声を掛けるタイミングを見失い、しばらくその場でじっと眺めてしまう。そうこうしていると、ルーが真緒の視線に気が付く。

 

 「おまっ!!? ぐっ……!!」

 

 この場に真緒がいる事には驚くも、慌てて顔を隠して目に溜まった涙を拭き取り、何事も無かったかの様に振る舞おうとする。

 

 「いったい何の用だ?」

 

 「あっ、いえ……そろそろ出航するので、呼びに来たんですけど……泣いてましたね?」

 

 「泣いていない。単なる気のせいだ」

 

 「この石ってもしかして……“お墓”ですか?」

 

 「!!!」

 

 異世界からやって来た真緒だからこそ、一目見ただけで気付けた。元いた世界にあった墓石の様に、よく見ればこの石の塊にも表面に、うっすらと文字が刻み込まれているのが読み取れる。しかし、あまり手入れされていないのか、すっかり風化してしまって殆ど読む事が出来なかった。

 

 「私も同じ様な経験をした事があるので、気持ちは分かります。きっとこのお墓に眠る人は、とても大切な人だったんでしょうね」

 

 「知った風な口を聞くんじゃねぇ!!」

 

 真緒は過去に母親という唯一の肉親が亡くなっている為、大切な人を亡くす気持ち自体は痛い程よく分かっていた。しかし、その態度が気に入らなかったのか、ルーは急に声を荒げる。そして意気消沈したかの様に、ポツリポツリと話し始めた。

 

 「……俺にとっては、それ以上の存在だった……彼女と初めて出会ったのは二年前……俺達が初めてこの水の都を訪れた時の事だ」

 

 

 

***

 

 

 

 その日、俺達は大規模な嵐に見舞われた。今にも転覆してしまいそうだってその時、船が海中に引きずり込まれてしまい、気が付いた時には水の都に辿り着いていた。

 

 噂に聞く伝説の生き物である人魚が住むと言われる水の都。偶然とはいえ、伝説の場所に辿り着けた事に感動と興奮を覚えた。

 

 早速、俺達は人魚の町に入ろうとした。だが、入口で止められてしまった。当然だろうな、人間なんて初めて来るだろうし、普通に考えれば捕らえられて極刑になっても可笑しくは無かった。

 

 しかし、何と人魚の女王であるラドンナ様は、俺達の通行に許しを与えてくれた。更にこの水の都を行き来出来る代わりに、地上の物資や珍しい物を輸入するという条件で、俺達は人魚専属の海賊商人となった。

 

 そんな時に彼女と……“ライア”と出会ったんだ。

 

 ライアは人魚の町に住む住人の一人で、いつも明るく活発な子だった。そして何故か、いつも俺に話し掛けて来ていた。

 

 「ねぇねぇ、ルーは地上に住んでいるんでしょ? ならさならさ、お花っていう植物見た事ある?」

 

 「えっ、う、うん……あるけど……?」

 

 「見た事あるの!!? ねぇねぇ、お花って実際にはどんな感じなの? 私、図鑑でしか見た事ないから、実物を知らないんだ」

 

 「えっと……お花はその……綺麗で……色鮮やかで……それでいい匂いがするんだ」

 

 「お花って匂いがあるの!!? へぇー、凄いな……私も行ってみたいな……」

 

 「連れてはいけないけど、今度機会があったら、お花持って来てあげようか?」

 

 「えっ!!? 本当に良いの!!?」

 

 「う、うん!!」

 

 「じゃあ約束!!」

 

 そこから俺はライアと仲を深めていく様になった。彼女に人魚の町を案内して貰ったり、時にはコッソリと城に侵入して遊んだりしていた。向こうはどうだったかは分からないが、俺はライアに特別な感情を抱く様になっていた。こんな日々がずっと続けばいいなと、そう思っていた。

 

 だが、そんな淡い思いは意図も容易く崩れ落ちてしまったんだ。

 

 それはいつもと何も変わらないある日の事。何度か航海を重ね、水の都との商売が軌道に乗り始めていた頃。俺はライアと二人で、この丘の上から人魚の町を眺めていた。

 

 「……ねぇ、ルー」

 

 「何?」

 

 「今度の航海さ、私も一緒に連れて行ってよ」

 

 「えっ!? いきなりどうしたのさ!?」

 

 今まで何度か連れて行って欲しいと言われた事はあったが、いずれも冗談半分の物ばかりだった。しかし、今回はハッキリとこちらの目を見て話し掛けて来た。さすがの俺でも、冗談では無い事が分かる。

 

 「いいから、連れて行って。お願い」

 

 「……駄目だよ。だって、人魚はこの水の都から出ては行けないんでしょ? ラドンナ様がそう言ってたよ?」

 

 人魚はその美しさと珍しさから、一度地上に出れば欲深い者達に狙われるのは必然。だからこそ、人魚は水の都から一歩たりとも出ては行けなかった。そして、俺もそれには賛成だった。ライアを無闇に危険な目にあわせる訳にはいかなかった。

 

 しかし、ラドンナ様の名前を聞いた瞬間、ライアの瞳から光が消えて、一気に表情が暗くなった。

 

 「ラドンナ……ラドンナね。あんなペテン師の言う事なんか聞く必要無いよ」

 

 信じられなかった。あの優しくて明るいライアが、人の……それも自分の国の女王様の悪口を言うだなんて。

 

 「そんな決まりとかどうでもいいよ。だからね、地上に連れて行って。そして私と二人で暮らそう」

 

 「……駄目だってば!!」

 

 正直、ライアの口から一緒に暮らそうと言われた時は心が揺れた。でも、当時海賊の中でも下の扱いだった俺に、ライアを養える程の力は無かった。

 

 申し訳ない気持ちになりながらも、ライアの願いを突き放した。

 

 「……あっそ、じゃあもういいよ」

 

 そう言って彼女は何処かに行ってしまった。

 

 嫌われた。自身の行いに後悔しながらも、何とか仲直り出来る方法はないかと考えた。

 

 「そうだ、お花をプレゼントしよう」

 

 その時、頭にひらめていたのは以前ライアが見たがっていたお花の事だった。今度の航海では“西の果ての海域”を通って、大きな貿易都市に向かうと聞いていた。そこならライアが気に入る様なお花が手に入る筈だと、いつも以上に張り切って航海の準備をした。

 

 そこに見覚えの無い樽がある事にも気付かずに……。

 

 西の果ての海域は、酷く荒れていた。何度も高波が船に直撃し、今にも転覆してしまうんじゃないかとヒヤヒヤしていた。そして今までよりも大きな波が船にぶつかり、甲板にいる船員達が浮かび上がってしまう程の衝撃が走った。

 

 その時だった……。

 

 『きゃあ!!?』

 

 「!!?」

 

 むさ苦しい男だらけの船の上から、聞こえる筈の無い、か弱い女性の悲鳴。声は樽の中から聞こえた。だが、それよりも俺はその声に聞き覚えがあった。まさかと思いながら、樽の蓋を開けると中には人が浸かれる程の水とライアが入っていた。

 

 「来ちゃった」

 可愛らしく笑みを浮かべるライア。そんな彼女に俺はあろう事か怒りを覚えていた。そしてつい……。

 

 「何でこんな所にいるんだ!!?」

 

 大声で怒鳴ってしまった。

 

 「そ、そんな怒らなくてもいいじゃない!!」

 

 まさか、怒られるとは夢にも思っていなかったんだろう。ライアの顔から一瞬で笑みが消え失せ、口喧嘩が勃発した。

 

 「これがどれだけ危険な事なのか、分かっているのか!!?」

 

 「何よ!! 海賊の癖にビビってるの!!? 情けない!!」

 

 「いいから、さっさと帰れ!!」

 

 「嫌よ!! せっかくここまで来たのに、諦める訳が無いでしょ!!」

 

 「ライアがいたら、足手まといなんだよ!!」

 

 「何ですって!!? そう言うルーの方こそ、足手まといよ!! だからいつまで経ってもしたっぱのままなのよ!!」

 

 「っ!!!」

 

 カチンと来てしまった。売り言葉に買い言葉。頭に血が上った俺は、ライアが入っている樽をあろうことか、荒れ狂う海に投げ捨ててしまった。

 

 「きゃあああああ!!!」

 

 「し、しまった!! ライア、大丈夫!!?」

 

 慌てて樽を落とした場所を確認すると、ライアが海面から顔を出してくれた。ホッと胸を撫で下ろして、俺はライアに呼び掛けた。

 

 「本当にごめん!! 今すぐ引き上げるから、船の側を離れないで!!」

 

 「え、えぇ、分かったわ……」

 

 俺がライアを引き上げる為、道具を揃えようとしたその時だった。船の前方に島よりも巨大な怪物が姿を現したんだ。

 

 「ク、クラーケンだぁああああああ!!!」

 

 船員の誰かが叫び声を上げ、甲板はパニックになった。船長のジェドが落ち着かせようとしていたが、それでも事態は好転しなかった。このままじゃ、間違いなく船は沈められる。俺の頭の中は、その前にライアだけでも逃がそうという事で一杯だった。

 

 「ライア!! 君だけでも逃げるんだ!!」

 

 「そんな!!? そんな事、出来ないわよ!!」

 

 「いいから、早く行け!!」

 

 俺の必死の叫びを聞いて、ライアは水中へと潜った。良かった、これでライアだけでも助かる可能性が生まれた。

 

 安堵したのも束の間、クラーケンが船に触手を纏わり付かせて来た。ミシミシと嫌な音が聞こえて来る。

 

 「くそっ、ここまでか……」

 

 誰もが諦めかけたその時、突然クラーケンが纏わせていた触手を船から離し、何処へ向かい始めた。

 

 「これはいったい……?」

 

 皆が呆然としていると、何処からか綺麗な歌声が流れている事に気が付いた。

 

 「この歌声……まさか……嘘だ!!!」

 

 その歌声には聞き覚えがあった。クラーケンが向かった場所、そこには浮かんでいる樽の上に乗って、美しい歌声を披露するライアの姿があった。

 

 「ライア!! 何やってるんだ!!?」

 

 「自惚れないでよね!! 私がルーを助けるんだから!!」

 

 「止めてくれ!! ライア!! ライア!!」

 

 ライアを助けに向かおうと、海に飛び込もうとするが、他の船員達に止められた。

 

 「ルー、馬鹿な真似は止せ!!」

 

 「離せ!! ライア!! ライアを助けないと!!」

 

 「彼女の想いを無駄にするつもりか!!?」

 

 「っ……ライア!! ライア!! ライア!!」

 

 船がどんどん西の果ての海域を離れて行く。ライアの名前を叫び続ける俺が最後に見たのは、クラーケンが歌っているライアの体に触手を纏わせる光景だった。

 

 

 

***

 

 

 

 「……あれから二年、一時もライアの事を忘れた事は無い……」

 

 「ルーさん……実は私達、これから西の果ての海域に向かいます」

 

 「何だと!!?」

 

 「一緒に来ますよね?」

 

 「当たり前だ。ライアの仇……今こそ討ってやる!!」

 

 亡き愛するライアの為。ルーは、真緒達と一緒に西の果ての海域こと、死の海域に向かう事を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海賊船の甲板に、真緒達を含む船員全員が集合していた。ジェドが代表して、腰のカットラスを勢い良く引き抜き、高く掲げる。

 

 「野郎ども!! 準備はいいか!!?」

 

 「「「「おぉ!!!」」」」

 

 「これから俺達が向かうは、忌まわしき死の海域!! 生きて帰れる保証は無い!! 降りたい奴は降りて構わん!!」

 

 誰一人として降りる者はいなかった。それを見て、ジェドはフッと口角を上げる。

 

 「ならその命、全員俺に預けやがれ!!」

 

 「「「「おぉ!!!」」」」

 

 「いかりを上げろ!!!」

 

 船員の数人がいかりの鎖を掴み、引っ張って持ち上げる。

 

 「帆を張れ!!!」

 

 ジェドの掛け声に合わせ、船の帆が張られる。すると瞬く間に船が海面に向けて浮上し始める。

 

 「出航だぁあああああ!!!」

 

 こうして、真緒達を乗せた船は水の王冠があると思われる西の果ての海域。もとい、因縁のクラーケンが待ち受ける死の海域へと向かうのであった。




中々に長い文章量となりましたが、如何だったでしょうか?

次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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道化師の襲来

前回、真緒達は死の海域目指して船を出航させた。
今回はその道中、久し振り……でもないあの人が登場!!


 海は生き物だと誰かが言った。揺れる波風に法則性は無く、常に不規則である。時に生物の命を助け、またある時には意図も容易く生物の命を奪う。

 

 そこに私欲は存在せず、誰に対しても平等だ。この立ち振舞いから、中には神の化身だと考える者もいる。しかし、ジェドは晩年こう語る。

 

 『海は生き物、それは認める。俺の航海を手助けする事もあれば、逆に足を引っ張っても来る。そう言う意味では、一番の相棒はこの海なのかもしれないな。だが、神というには早計過ぎる。俺から言わせれば、海は“魔物”だよ。形を持たない、巨大な水の化物さ』

 

 数々の海を航海して来た、彼だからこその言葉。更に彼は続けて語る。

 

 『特に西の果ての海域。あそこは正にそれを体現している。海だけじゃない、空も風も全てが最悪な場所だ。まるでその海域一帯に、何者かの“悪意”が乗り移っているみたいだった。俺達は奇跡的に帰って来られたが、もう二度とあんな場所には行きたくないな』

 

 そんな少し乾いた笑いを見せながら語る彼が、二年後に再び西の果ての海域に足を踏み入れるとは彼自身も夢にも思わなかっただろう。

 

 

 

***

 

 

 

 波風一つ立たない静かな海面。にも関わらず、突然一ヶ所に大きな波紋が広がり始める。そして次の瞬間、轟音と共に海中から海賊船が帆と旗をたなびかせながら、勢い良く飛び出して来る。

 

 空中に大量の水飛沫が打ち上がり、やがて重力に従って一斉に甲板へと落下する。それはまるで雨が降り注ぐかの様な光景であった。

 

 真緒達が飛び出した勢いによる衝撃と、水に濡れた事による衝撃に、可愛らしい悲鳴を上げる中、ジェドと船員達は方角を逐一報告し合い、舵を切り始める。

 

 「方角、よし!!」

 

 「方角よし、了解!!」

 

 「おーし、このまま順調に行けば数時間後には、西の果ての海域……もとい死の海域に着く筈だ」

 

 慌ただしかった船員達は次第に落ち着き始め、船は帆に追い風を受けながら確実に前へと突き進んで行く。

 

 だが、その一方でジェドが口にした“死の海域”という言葉に対して、全員の脳裏には言い知れぬ不安が渦巻いていた。

 

 その中でも、船員達とは異なり言葉だけで恐ろしさを伝えられた真緒達は、遭遇した事が無い分、得たいの知れぬ恐怖を抱いていた。甲板の手すりからまだ見えぬ死の海域を眺めている。

 

 「死の海域……いったいどんな所なんだろう?」

 

 「船が次々と沈むだなんで、おっがないだぁ」

 

 「しかも、その原因が伝説の怪物クラーケン……私達、生きて帰れるんでしょうか?」

 

 「さぁな、それでもやると決めたんだ。なる様にしかならないんじゃないか?」

 

 「う~ん、それにしてもこの光景は何度見ても美しいですね~」

 

 「本当ですね師匠……って、師匠!!?」

 

 あまりにも自然な流れで、思わずスルーしそうになってしまったが、さすがに真緒が気が付き、驚きの声を上げる。それに合わせて、周りの仲間達も驚きの表情を浮かべる。

 

 「は~い、どうも皆さん約数時間ぶりの再会ですね~。おやおや、少し見ない間に大きくなったんじゃないですか~?」

 

 自分で約数時間と語っているのに、大きくなる訳が無い。彼なりのいつものジョークを飛ばしているのだろうが、真緒はそれよりもずっと気になっている事がある。

 

 「いったい何処に行っていたんですか!? 姿が見えないから心配していたんですよ!!?」

 

 「いや~、すみませんね~。船長さんとの戦いでマオさんの成長を確認した後、隙を見てこっそり全員連れ出そうと思っていたんですが、まさか海の中に潜ってしまうなんて、夢にも思わなかったんですよ~」

 

 「そ、そうだったんですか……でも、それなら水の都にいる時にでも、一声掛けてくれたら良かったのに……」

 

 一瞬、納得しかけるが、よく考えて見ればエジタスには転移魔法がある。一度見た場所や人のいる所に文字通り転移出来る魔法。例え、エジタスが水の都を見た事が無かったとしても、そこにいる真緒達の側に転移する事は出来た筈なのだ。

 

 「そうしようとも思ったんですけどね~。ふと耳を傾けて見れば、何やら面白そうな会話をしているではあ~りませんか~。これは素直にマオさん達を回収するよりも、海中だけに、このまま泳がせた方が良いかなって思ったんですよ~。そう、海中だけに!!」

 

 「「「「…………」」」」

 

 一同、納得こそはしたものの、恐ろしく滑ったこの状況に誰一人として口を開かない。当の本人はというと、何故か決まったと言わんばかりに自信満々な態度を取っている。

 

 すると、騒ぎを聞き付けたジェドがこちらに向かって来ていた。そしてエジタスの存在に気が付くと、目を見開いて驚きの声を上げる。

 

 「あっ、お前はあの時の道化師野郎!!?」

 

 「その節はど~も」

 

 「そう言えば、お二人は面識があったんでしたよね?」

 

 「あぁ、いきなり俺の前に現れたかと思ったら、マオが牢屋を脱獄した事を密告して来たんだ」

 

 「そう言えば、そんな事もありましたね~。だけど何はともあれ、こうして再会する事が出来たのですから、これからどうぞよろしくお願いしま~す。船長さん」

 

 そう言いながら、握手を求めて来るエジタス。それに対してジェドは快く握手する。

 

 「ジェドだ。お前がいなければ、マオとは今の様な関係は望めなかっただろう。そう言う意味では感謝してるぜ」

 

 「おぉ~、ジェドさんですか。よろしくお願いしますね~。おっと、こちらの自己紹介がまだでしたね。私は“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」

 

 ぐるっとその場で一回転し、ジェドの方向を向くと、両手の掌を顔の真横に持って行き、ヒラヒラと左右に動かして見せる。ジェドは、一風変わった陽気な自己紹介に戸惑いを隠せない。

 

 すると、今度は仕事を終えたルーが騒ぎを聞き付け、こちらに歩いて来た。

 

 「ちょっと船長、さっきから煩いですよ……って、誰だお前は!!?」

 

 「ひぇ~」

 

 当然、初めて見掛けるエジタスの姿に驚きながらも、咄嗟に腰のカットラスを構えて、戦闘態勢を取る。そんなルーにエジタスはわざとらしく悲鳴と両手を上げて、降参の態度を取る。

 

 「おい、止めろルー。こいつは見た目こそ怪しいが敵じゃない」

 

 一方は本気、もう一方は面白半分の見るに堪えない茶番劇に、ジェドが止めに入る。

 

 「見た目が怪しいのに敵じゃないって、そんなの信じられる訳無いじゃないか!!?」

 

 ぐうの音も出なかった。ルーの言う通り、いきなり敵じゃないと言われても、そう簡単に信じられる訳が無い。

 

 「だ、大丈夫ですよルーさん。この方は私の師匠なんです」

 

 「師匠!!? この怪しい道化師が!!?」

 「は、はい……」

 

 「……マオがそう言うなら、信じるしかないな」

 

 真緒の言葉を信じて、構えていたカットラスを腰にしまう。その落ち着いた様子にエジタスは最後までわざとらしく、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 そんな中、展望台にいた船員が甲板にいるジェド達に向かって大きな声で呼び掛ける。

 

 「船長!! 見えて来ました!!」

 

 真上を見上げるジェド達に船員は、船の進行方向を指差す。一同は慌てて船首の方へと移動し始める。

 

 「あ、あれが……?」

 

 そこで見たのは、地平線の彼方で紫色の厚い雲が海域一帯を覆っており、雲の色に反射して海全体が薄い紫色に変色している光景だった。

 

 「あぁ、実に二年ぶりだな。あれこそ、死の海域だ」

 

 「ライア……」

 

 それぞれの想いを胸に、いよいよ真緒達は目的地である西の果ての海域こと、死の海域に足を踏み入れるのであった。




次回、死の海域の洗礼を受ける!?
という所で今回はここまで!!
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死の海域

前回、死の海域に足を踏み入れた真緒達。
果たして何が待ち受けているのか!?


 「ちょっ、何なんですかこの“白いもや”は!?」

 

 船を走らせて数時間。いなくなったエジタスと突然再会を果たした真緒達一行は、いよいよ水の王冠があるであろう死の海域へと足を踏み入れた。

 

 その直後、辺り一面が白いもやに包まれてしまい、遠くは勿論、隣にいる筈の仲間達の姿さえ確認する事が出来なくなってしまった。

 

 「これが死の海域の名物が一つ、“海霧”だ」

 

 「海霧?」

 

 「言葉通り、海で発生する霧の事だ。本来、暖かく湿った空気が冷たい海面に接する事で発生するんだが、死の海域では温度や気候に関係無く、年中発生している。それも、通常の海霧より数十倍濃くな」

 

 ジェドの声が聞こえる。だが、霧によって視界が遮られ、正確な位置までは把握する事が出来ない。

 

 「これじゃあどっちが前なのか、何も分からないですよ!?」

 

 「心配するな。これは一時的な物だ。直ぐに薄くなって見える様になる。それよりもだ、もっと厄介なのはこの霧には微量の…………」

 

 「ジェドさん? ジェドさん、どうかしましたか?」

 

 突然、ジェドの声が途切れる。心配になった真緒は慌てて声を掛けるも、返事が返ってくる事は無かった。

 

 更に近くにいた筈の仲間達の気配まで、感じなくなってしまった。

 

 「皆、何処にいるの? 側にいるよね?」

 

 急激に不安が襲い掛かって来る。仲間達に呼び掛けて、存在を確かめようとする。

 

 『マオぢゃん、ごっぢだよぉ』

 

 すると、何処から途もなくハナコの声が聞こえて来る。その声に冷静さを取り戻すも、姿が見えるまでは安心出来ず、再度呼び掛ける。

 

 「ハナちゃん? 何処なの?」

 

 『ごっぢだよぉ、ごっぢだよぉ』

 

 聞こえて来る声を頼りに、ハナコの下へと向かおうとする真緒。おぼつかない足取りで、ゆっくりと歩き続ける。すると濃い霧の中でぼんやりとした人影が見え始める。

 

 「ハナちゃん? ハナちゃんなの?」

 

 『マオぢゃん、ごっぢだよぉ』

 

 真緒が恐る恐る呼び掛けると、霧の中の人影は声に反応して、こちらに向かって手を振りながらハナコの声を発する。その声を聞いて一安心した真緒は、ハナコの下へと駆け寄る。

 

 「はぁ、はぁ、はぁー、ビックリした。霧のせいで何も見えなくなっちゃうんだもん。でも、ハナちゃんが側にいてくれてホッとしたよ」

 

 下を向いて息を切らす真緒。ハナコに会えた事に少し笑みを浮かべながら、彼女の肩に手を置こうとした、その瞬間!!

 

            ベチョリ……

 

 「……え?」

 

 ヌルヌルとした感触。汗をかいているとか、そんな次元の話ではない。熊人であるハナコからは、想像も付かない肌を感じ取った。真緒は慌てて顔を見上げ、ハナコの顔を確認する。

 

 『クココ……マ……オ……クコ……ぢゃん……ごっぢ……だよぉ……ココココ』

 

 「!!?」

 

 そこにいたのは、体長二メートル弱、全身紫色の鱗に覆われ、手足には尖った爪と水掻きが、背中には背びれが付いている。また、顔の下顎が異様に突出し、そこから牙が目元付近まで伸びている。そして目はよく見えていないのか、白く濁った色をしている。

 

 そんな恐ろしい見た目をしている生物が、定期的に喉を鳴らしてハナコと瓜二つの声を発していた。

 

 「きゃあああああああ!!!」

 

 思わず悲鳴を上げる真緒。その声に反応して、目の前の生物が尖った爪を真緒目掛けて伸ばして来る。

 

 「っ!!!」

 

 咄嗟の機転で何とか避けるが、側を離れてしまったせいで再び濃い霧に包まれ、姿を見失ってしまった。

 

 今度こそ遅れを取らぬ様、腰に携えた純白の剣を引き抜き、構える。しかし、霧によって何も見えないこの状況、何処から襲い掛かって来るか皆目検討が付かない。構えた剣を右にやったり、左にやったりと、終始狙いが定まらない。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 次第に呼吸が荒くなり、口の中の水分が失われる。ふらふらと安定しない体制を整える為、一歩後ろへと下がる。

 

 『クココ……マオ……どうし……コココ……た……』

 

 「後ろ!!?」

 

 すると、背後から現れた例の生物が、今度はフォルスの声を出しながら、真緒に歩み寄って来る。真緒は素早い身のこなしで剣を振るい、生物に牽制する。これに対して、生物は驚いたリアクションを取り、今度は身構えながらこちらにゆっくりと近付いて来る。

 

 「今度はこっちの番……はぁああああああああ!!!」

 

 姿さえ見えればどうという事は無い。そう考えた真緒は、生物目掛けて走り出し、積極的に攻撃を仕掛けていく。

 

 薙ぎ払い、振り下ろして、突く。しかし、どんなに攻撃しても、意図も簡単に避けられてしまう。まるでこちらの攻撃の癖を知っているかの様に……。

 

 「それなら……スキル“ロストブレイク”!!」

 

 至近距離からのスキル攻撃。真緒から放たれた一撃は、真っ直ぐ目の前の生物目掛けて飛んでいく。だが、しかし……。

 

             ガキィン!!!

 

 「なっ!!?」

 

 真緒の剣が当たる直前、目の前の生物とは別の生物が横槍を入れ、攻撃を防いで見せた。その光景を目にした真緒は、慌てて二匹の生物から距離を取る。

 

 「まさか……もう一匹いるだなんて……」

 

 視界が悪い中、只でさえ戦いづらいというのに、ここに来てもう一匹現れるとは、圧倒的不利な状況に追い詰められてしまった。

 

 「いったいどうしたら……」

 

 『マオさ~ん、聞こえますか~?』

 

 「師匠!?」

 

 その時、霧の中からエジタスの声が聞こえて来た。辺りを見回すも、やはり霧の影響で姿は確認する事が出来ない。しかし、これは真緒にとってはまたとない好機であった。

 

 「師匠!! よかった、手を貸してくれませんか!!? 今、変な生物達に襲われているんです!!」

 

 『私が今から言う事を確りと聞いて下さいね~。この前、レベルが上がった時に覚えた光魔法の“ホワイトボディ”、あれを今すぐ使って下さい。いいですね~?』

 

 「えっ!? いや、そんな事より早く手を貸して……」

 

 助けを求める真緒に対して、エジタスは場違いな返答をする。それに何の意味があるのか、真緒にはまるで検討が付かなかった。

 

 「“ホワイトボディ”って、確か弱い毒や呪いを打ち消す能力だった筈……だけど、この状況で何の役に立つっていうの!? まさか師匠……また私の実力を試そうとしているんじゃ……いや、もしかしたら、そもそも本物じゃない可能性も……!!?」

 

 ハナコ、フォルスと目の前の生物は他者の声を真似て、巧みに真緒を騙した。ならば先程のエジタスも、実は偽物なのではないかと疑心暗鬼になり始めていた。しかし、二匹の生物が近付きつつあり、他に方法も思い付かない以上、残された選択肢はそれしかなかった。

 

 「くっ……“ホワイトボディ”!!」

 

 その瞬間、真緒の体が発光し、白く輝く衣を纏う。するとどうした事か、それまで濃い霧によって不明瞭だった視界が一気に晴れ、元の景色へと戻った。それだけじゃない。よく見れば、目の前にいる二匹の生物はフォルスとジェドに変わっていた。

 

 「あ、あれ?」

 

 周りを見渡すと、仲間達が真緒を取り囲む様にして、心配そうな表情を向けていた。

 

 「あの変な生物は?」

 

 「マオぢゃん……戻っで良がっだだぁ!!!」

 

 いったい何が起こったのか、訳が分からず、構えていた剣を下ろす真緒。そんな中、ハナコが泣きながら真緒に抱き付いて来た。それを皮切りに、他の仲間達も安堵の表情を浮かべる。そして、真緒にはハナコの言葉に気になる台詞があった。

 

 「も、戻ったって何が?」

 

 「覆っていた霧が晴れたかと思ったら、マオさん突然私達に剣を向けて襲い掛かって来たんですよ」

 

 「えっ!!? 私が!!? で、でもさっき目の前に見た事も無い変な生物がいて……」

 

 「それはきっと、あの霧による幻覚だ」

 

 「げ、幻覚……?」

 

 状況がいまいち飲み込めず、混乱する真緒。

 

 「そうか……説明したあの時にはもう掛かっていたのか。実はな、あの海霧には微量の毒が含まれていてな。吸い込み過ぎると、幻覚作用を起こしてしまうんだ」

 

 「じゃ、じゃあさっきまでのは全部幻覚だったんですか……そっか……だからホワイトボディで解毒出来たんですね」

 

 「いや~、本当に覚えてて良かったですね~。もし、あの魔法を覚えていなかったら、面倒な事になっていたかもしれませんよ~?」

 

 全てを理解した真緒の下にエジタスが歩み寄る。

 

 「師匠……ありがとうごさいます。師匠の助言が無かったら、きっと取り返しの付かない事をしていたと思います」

 

 「それは助かって何よりでした~。それで~? いったいどんな幻覚を見ていたんですか? とても興味がありますね~」

 

 「確かに、それは俺も興味があるな」

 

 エジタスの問い掛けに、ジェドも興味を示した。真緒は少し申し訳なさそうにしながら答える。

 

 「あっ、えっと……本当に突拍子も無いんですけど、濃い霧の中で皆の姿が見えなくなったと思ったら、この世の者とは思えない化物が現れ始めたんです」

 

 その時の状況をざっくりではあるが、説明する真緒。それを聞いたジェドは思わず腕組みをして思案する。

 

 「成る程、それから察するに自覚症状は無い様だな。そして肝心の景色もあのまま濃い霧に覆われていた事を考えると、剣を構えて錯乱するのも仕方の無い話だな」

 

 「う~ん、化物ですか~。そんなのがこの世に本当に存在するとしたら、恐ろしい話ですね~」

 

 冷静に分析するジェドに対して、エジタスは他人事の様に、わざとらしく化物を怖がって見せる。

 

 「ともかく、マオが無事に戻って良かった」

 

 「フォルスさん……あれ?」

 

 「どうかしたのか?」

 

 「いえ、船が……止まった?」

 

 「何?」

 

 真緒の言葉に、ジェドは慌てて手すりに寄りかかって真下の海面を見つめる。

 

 波が立っていない。

 

 今度は振り返って目線を真上の帆に向ける。

 

 たなびいてる。風に吹かれ、勇ましく動いている。

 

 この二つの“矛盾”を目にしたジェドの顔から血の気が引いた。そして船員達に聞こえる様、大声を張り上げる。

 

 「全員、戦闘態勢!!!」

 

 「「「「え!!?」」」」

 

 真緒達が驚きの声を上げる中、ジェドの言葉を理解した船員達が一斉に、バタバタと動き始める。

 

 「い、いったい急にどうしたんですか!!?」

 

 真緒の錯乱が解けたと思ったら、今度はジェドが錯乱したかの様に慌てていた。その理由を聞かずにはいられない。

 

 すると、ジェドは思い詰めた様子で答える。

 

 「どうやら俺達は既に“奴”の掌の上らしい……」

 

 「奴? 奴っていった……きゃあ!!?」

 

 聞き返そうとした次の瞬間、船が大きく揺れ始める。

 

 「じ、地震!!?」

 

 突然の揺れに立ってる事が出来ず、その場に崩れ落ちる真緒。地震と発言する真緒に対して、戦闘態勢を整えていたルーが呆れた表情を浮かべる。

 

 「馬鹿なの? ここは海の上、地震なんか起こらない」

 

 「じゃあこれはいったい?」

 

 「そんなの決まってる。この死の海域の主……」

 

 「それってまさか……!!?」

 

 揺れはますます激しさを増していき、気が付けば海面を離れ、何と空中に浮かび上がっていた。そしてそこで漸く気が付く、これは浮かび上がっているのではない。“持ち上げられている”のだと。

 

 船底から無数の吸盤が付いた青い触手が現れ、それと共に目の前の海面がボコボコと泡立ち、海中からタコともイカとも捉える事の出来る巨大な怪物が姿を現した。その姿を見たルーがニヤリと口角を上げる。

 

 「よう、二年ぶりだな……ライアの仇を取りに来たぞ、“クラーケン”」

 

 そこに現れた怪物こそ、二年前の悪夢の元凶であり、この死の海域の主であるクラーケンであった。




遂に死の海域の主、クラーケンと対峙した真緒達。
果たして、この怪物にどう立ち回るのか!?
今回はここまで!!
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真緒パーティ VS クラーケン

今回はクラーケンとのバトルとなります。
果たして真緒達はこの危機的状況を潜り抜け、クラーケンを倒せるのだろうか!?


 「こ、これがクラーケン!!?」

 

 「海の怪物とは呼ばれているが……いくら何でもデカ過ぎるだろ!!?」

 

 遂にその姿を現した海の怪物“クラーケン”。聞いていた大きさよりも数倍大きく、たった触手一本でジェドの海賊船を軽々と空中に持ち上げてしまった。

 

 みるみる内に海面から離れていく様子に、ジェドは顔を真っ青に染める。慌てて甲板の真ん中に移動し、その場にいる全員の耳に届く様、大声を張り上げる。

 

 「各員!! 急いで砲門を開いて、大砲の準備をしろ!! このままじゃ、高所から海面に叩き付けられて、この船はバラバラになるぞ!!」

 

 「「「「!!?」」」」

 

 全員の顔から血の気が引き、血眼になって大砲の準備を始める。その間、ジェドは腰のカットラスを引き抜き、船首の方へと移動する。

 

 「準備が終わるまで、何とか時間を稼がねぇとな。果たして、俺一人で何処までやれるか……」

 

 「一人じゃありませんよ」

 

 背後から呼び掛けられる。振り向くとそこには既に戦闘準備を整えた真緒達の姿があった。

 

 「手伝ってくれるのか?」

 

 「当たり前じゃないですか。その為に私達はここまで来たんですよ」

 

 「オラ達も一緒に戦うだぁ」

 

 「それに闇雲に戦っても、大した時間稼ぎにはなりません」

 

 「どんなに強大といっても、相手は知性なき怪物……やれない事はない」

 

 「クラーケン、みんなでやれば、怖くない、という事ですよ~」

 

 「お前ら……ありがとう。だが、具体的にはどうするつもりなんだ?」

 

 「あの、実は思い付いた事があるんですが……」

 

 そう言いながら真緒は、自分が考えた作戦を皆に伝える。やがて、聞き終えたジェドが渋い表情を浮かべていた。

 

 「本当にそんな作戦が上手く行くのか? 言っちゃ悪いが、あまりに無茶苦茶過ぎる」

 

 「無茶で元々、やるだけやってみましょう」

 

 「……そうだな……他に望みも無いなら、その作戦に全てを掛けてやるぜ!!」

 

 覚悟を決めた一同。クラーケンと向かい合い、そして一斉に走り出した。先行するのは真緒、ハナコ、ジェドの三人。

 

 「まずはクラーケン本体に取り付かないと……ハナちゃん、お願い!!」

 

 「分がっだだぁ!!」

 

 そう言うとハナコは両手を重ね合わせる。その上に真緒がタイミングを合わせて飛び乗る。

 

 「おんどりゃああああああああ!!!」

 

 次の瞬間、ハナコが力の限り両手に乗った真緒をクラーケンのいる前方斜め上に弾き飛ばす。

 

 勢い良く空中へと飛び上がった真緒は、落下しながらクラーケンに剣を突き立てる事で、体に張り付いて見せる。

 

 『ギュオオオオオオオ!!!』

 

 剣による突然の痛みに、思わず叫び声を上げるクラーケン。しかし、船には吸盤が張り付いている為、全く落ちそうにも無かった。寧ろ抵抗された怒りから、持ち上げる速度を更に高める。

 

 「ま、不味いぞ!! このままじゃ……!!?」

 

 想定外の事態に焦るジェド。一方、何とか体に張り付く事が出来た真緒だったが、ヌルヌルとした粘液の体に遮られ、思う様に上がれずにいた。

 

 「何とか真上に……っ!!! リーマ!! フォルスさん!!」

 

 「マオさん!! “スネークフレイム”!!」

 

 真緒のピンチを救おうと、リーマは魔導書を開く。そこから炎で形成された蛇が生み出され、クラーケン目掛けて放たれる。

 

 すると、クラーケンは触手の一本を海面に勢い良く叩き付け、目の前に巨大な水飛沫を引き起こした。それによって、リーマが放った炎の蛇は意図も簡単に消されてしまった。

 

 「あっ……」

 

 「何やってんだ!! 周りは海なんだぞ!! 火なんて簡単に消されるに決まっているだろ!!」

 

 「そ、そんな……いったいどうしたら……」

 

 「リーマ、さっきの魔法をもう一度放てるか? 俺に考えがある」

 

 「フォルスさん……分かりました!! “スネークフレイム”!!」

 

 フォルスの言葉を信じ、リーマは再び魔導書を開き、炎で形成された蛇を生み出し、クラーケン目掛けて放った。

 

 「何をしているんだ!!? そんな事をしても、また消されるだけだぞ!!」

 

 ジェドの言う通り、クラーケンは再び触手の一本を海面に勢い良く叩き付け、目の前に巨大な水飛沫を引き起こした。炎の蛇に迫る大量の水。

 

 「……今度はそうはならない」

 

 その時、フォルスが弓を引き絞り、一本の矢を放った。

 

 「そんな矢で何が出来る!!? 一本だけじゃ、押し流されて終わりだぞ!!」

 

 「あぁ、だから狙ったのは水飛沫じゃない。リーマが放った炎の蛇の方だ」

 

 フォルスから放たれた矢は、リーマの炎の蛇に当たり、炎をその身に纏わせた。それにより速度が上昇、水飛沫が完全に上がる前に通過し、見事真緒がいる付近に突き刺さった。

 

 「やった!! さすがフォルスさん!!」

 

 「こんな離れ業をやって見せるとは……さすがは弓矢に長けた鳥人族だな」

 

 「……無駄口を叩く暇があったら、自分の役目を果たしたらどうだ? 作戦はまだ進行中なんだぞ」

 

 「おっと、そうだったな」

 

 「……さすが鳥人族か……」

 

 フォルスに指摘され、思い出したジェドは自身の役目を果たす為に走り出した。そんな中、何処か遠い目をするフォルス。

 

 一方、リーマとフォルスの連携で放たれた炎の矢がクラーケンに当たった事で、その付近が熱せられヌメリが急激に乾き始める。

 

 『ギュ……オオオオオオオ!!!』

 

 すると、クラーケンは体に付いた火を消そうと海中に下降し始めた。それに伴い、持ち上げていた船も少しずつ下がり始めていた。

 

 「よし、今の内に……うわっ!!!」

 

 周辺のヌメリが軽くなった今の内に、真上に上がろうとするが、今度は体全体が揺れ始めてしまい、思う様に上がれずにいた。

 

 「待たせたなマオ!!」

 

 「ジェドさん!!」

 

 すると、いつの間にか見張り台の上に立っていたジェドが、真緒目掛けて持っていたカットラスを投げた。

 

 放物線を描きながら、真緒は必死に手を伸ばし、ギリギリの所でキャッチする事に成功した。これにより剣を二本手に入れた真緒は、交互に剣を突き刺して行く事で、クラーケンの体を昇り始める。

 

 しかし、これにはクラーケンもさすがに無視する事は出来ず、船を持ち上げる触手以外の九本全ての触手で、真緒目掛けて襲い掛かって来た。

 

 「スキル“ロストブレイク”!!」

 

 迫り来る触手に、慌てて自身の剣を引き抜き、スキルを使用して触手を一気に数本吹き飛ばす。だが、体に張り付く無理な態勢により、充分な威力が出せなかった。そのせいで、触手が三本程残ってしまった。

 

 「し、しまっ……!!!」

 

 もう駄目だ。そう思った次の瞬間!!

 

            ドゴォン!!

 

 激しい爆発音と共に、黒い鉄球が勢い良く飛んで来て、三本の触手に直撃した。痛みによる条件反射で触手を海中に引っ込めるクラーケン。

 

 「い、今のは……大砲?」

 

 

 真緒が鉄球が飛んで来た方向を見ると、そこには砲門を開き、発射の準備を終えて砲撃を開始した海賊船の姿があった。更に直接玉を込めて発射したであろう、ルーの姿もあった。

 

 「思い知ったか、この怪物め!!」

 

 「ルーさん!!」

 

 「さっさと片を付けろ!! そう長くは持たないぞ!!」

 

 大砲の玉を発射して、クラーケンの動きを封じるが、玉にも限りがある。真緒は急いでクラーケンの体を駆け昇っていく。

 

 「はぁ……はぁ……やっと着いた……きっとこの辺に……」

 

 少しして漸く頂上に辿り着いた真緒。息を切らしながら辺りを歩き回る。すると、足下から微かな鼓動を感じ取る事が出来た。

 

 「あった!! これがクラーケンの心臓!!」

 

 クラーケンがタコやイカと同じ様な生体をしているとしたら、心臓は上の方にあると思った真緒。その予感は見事的中し、今まさにクラーケンの心臓がある場所に立っている。

 

 「これで……終わり!!」

 

 真緒は躊躇する事無く、剣をクラーケンの心臓目掛けて突き刺した。

 

 『ガギルュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 汚い断末魔を上げ、クラーケンは全身の力が抜け、崩れる様に倒れた。その際、船底で張り付いていた触手の吸盤が剥がれ、空中から海面へと落下を始める。

 

 「全員、何かに掴まれ!! 衝撃に備えろ!!」

 

 数秒後、船は海に着水。大きく揺れ、まともに立っている事が出来なかった。何度か船は上下運動を繰り返し、次第に揺れも収まり始める。

 

 「……収まったか……全員、無事か!!?」

 

 「オラは平気だぁ」

 

 「な、何とか……」

 

 「問題ない」

 

 体感が鍛えられているハナコとフォルスは何とも無かったが、リーマは振り落とされない様、マストに手足を絡ませてガッチリと掴まっていた。

 

 「それなら良かった。そうだ、真緒は!!?」

 

 ジェドが海面の方を向くと、そこにはクラーケンの死体が浮かんでおり、その上には元気良くこちらに手を振っている真緒の姿があった。

 

 「ジェドさん!! みんなー!!」

 

 「全く……凄い奴だな、あいつは……」

 

 真緒の凄さに感心するジェド。その横では、当然だろと言わんばかりの保護者顔で頷くハナコ、リーマ、フォルスの三人が立っている。

 

 「おーい!! んっ?」

 

 嬉しそうに手を振る真緒。すると、目の端に何か光る物が映った。

 

 「これって……まさか!!?」

 

 そこにあったのは一つの“王冠”であった。水色のキメ細やかな布で作られた帽子部と、それを保護する様に金色のアーチが四本付けられており、更に土台部分には無数の宝石が埋め込まれていた。そして何より、その王冠からは計り知れない力を感じ取れた。

 

 見ただけでハッキリと分かった。これこそ、城から盗み出された“水の王冠”であると。

 

 真緒は慌ててジェドに報告する。

 

 「ジェドさん!! 見つけました!! 水の王冠を見つけました!!」

 

 「何っ!!? それは本当か!!? こうしちゃいられない!!」

 

 それを聞いたジェドは、一目散に手すりを乗り出して、海面に向かって口笛を鳴らした。すると海中からイルカのデルフィンが海面に顔を出した。

 

 『キュー』

 

 「デルフィン!! お前は今すぐ、人魚の町に戻って、水の王冠を見つけた事を女王のラドンナさんに伝えるんだ!! 分かったな!!?」

 

 『キュー、キュー』

 

 分かったと言わんばかりに、デルフィンは大きく海面を飛び跳ね、そのまま勢い良く海中を泳いで行った。

 

 ジェドがデルフィンと会話しているその一方、真緒は見つけた水の王冠を拾い上げようとしていた。

 

 その時、甲板にいるフォルスが真緒に呼び掛ける。

 

 「気を付けろ、ここに水の王冠があるって事は、もしかしたら盗んだ犯人が近くに潜んでいるかもしれないという事だ」

 

 「た、確かに……分かりました!! 気を付けます!!」

 

 フォルスの忠告にハッとする真緒。辺りを注意しながら、ゆっくりと水の王冠に手を伸ばしていく。そしてその指が水の王冠に振れようとした次の瞬間!!

 

 「……っ!!?」

 

 突如、クラーケンの死体から血の様に真っ赤に染まった三ツ又の槍が、真緒目掛けて突き出して来た。

 

 充分に周囲を警戒していた真緒だったが、まさか死体の中から槍が飛び出して来るとは思ってもみなかった為、反応がワンテンポ遅れてしまい、肩の肉を抉られてしまった。

 

 「あぐっ!!! あぁああああああ!!!」

 

 肩から焼ける様な痛みと熱さが襲い掛かって来る。あまりの痛さに意識が飛び掛けるも、何とかギリギリ踏み留まる。すると、逸早く異変に気が付いたエジタスが転移魔法で側へやって来た。

 

 「おやおや、酷い怪我をしている様ですが、大丈夫ですか~?」

 

 「し、師匠……」

 

 「う~ん、取り敢えず甲板に戻りますよ。掴まって下さい」

 

 「は、はい……」

 

 真緒がエジタスの体に触れると、パチンという指を鳴らす音が響き渡り、一瞬にして船の甲板に戻って来た。

 

 「マオぢゃん!!?」

 

 「どうしたんですか!!?」

 

 「マオ!!? 何があった!!?」

 

 叫び声と様子の異変、そして血塗れの姿で目の前に現れた事により、漸く事態の重大さに気が付いた仲間達。

 

 「はぁ……はぁ……それが……水の王冠を拾おうとしたら、突然三ツ又の槍が飛び出して……」

 

 「三ツ又の槍だと!!?」

 

 「あ、あれ見て下さい!! クラーケンが!!?」

 

 リーマが指差す方向に視線を向ける一堂。そこに映っていたのは、死体だった筈のクラーケンがむくりと起き上がり、そして水の王冠があった部分の肉が盛り上がり、中から別の生き物が肉を突き破り、水の王冠を被った頭と体、三ツ又をもった両手だけの、所謂上半身だけの状態で姿を現した。肝心の下半身はクラーケンの体と繋がっている。

 

 「あいつが……この事件の黒幕か?」

 

 「体つきから見て……人間の女性に見えますね」

 

 「そんな……嘘だ……」

 

 姿を現した黒幕と思わしき人物。細い腕とウエスト、ふっくらとした胸から女性である事が伺える。

 

 そんな考察をしているその時だった、甲板に上がって来たルーが目を開き、信じられないという表情を浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。

 

 「おい、どうしたルー?」

 

 「ルー……さん?」

 

 「どうして……どうして君がそんな所にいるんだ……“ライア”!!!」

 

 信じられない。信じたくない。クラーケンの体から現れた謎の女性。それは二年前、ルー達を助ける為に自らの命を犠牲にした人魚のライアだった。

 

 「ふふっ……」

 

 ルーの叫び声に気が付いたライアは、こちらを見て、にこやかに微笑むのであった。




無事にクラーケンを倒した真緒達だったが、まさかまさかの死んだ筈のライアが姿を現した!!
果たして、彼女は本物なのか!?
という所で今回はここまで!!
面白ければ評価や感想、お気に入りして頂けると、作者のモチベーションアップに繋がります。


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水の王冠の奇跡

前回、突如としてクラーケンの中から現れたライア。
死んだ筈の彼女の正体とは!?


 人間、本当に信じられない光景を目にすると、何も言葉が出ないと言われているが、正にその通りだった。

 

 ルーは現在進行形で開いた口が塞がらず、言葉も何も出せないでいる。無理もない。死んだ筈の人が、目の前に元気な姿で現れたら、誰だって言葉を失うだろう。

 

 「あ……あ……あ……」

 

 わなわなと唇を震わせ、辛うじて絞り出すも言葉とは程遠く、止めていた息が漏れた程度の物だった。

 

 一歩、また一歩と覚束ない足取りで船首に近付く。そんなルーの姿を見ながら、ライアがこちらに手を振る。

 

 「あはぁ。やっほー、久し振りだねルー。会いたかったよ」

 

 間違いない彼女だ。一瞬、クラーケンがライアの姿を模したのではと思ったが、この声と口調、仕草は見よう見真似で出来る物ではない。最初こそ、驚きの表情を浮かべていたルーも、本物のライアだと分かり、目から大粒の涙を流している。

 

 「ライア……ライア……どうして……」

 

 ルーが言葉にするライアという名前に、事情を知っている真緒とジェドが反応を示す。

 

 「ライア? それって、二年前に亡くなったあの!?」

 

 「まさか!!? 本人な訳が無いだろう!!!」

 

 「いや、僕には分かる……あれは間違いなくライアだ。でも、分からない事もある。あの時、君は確かに……」

 

 「死んだ?」

 

 「…………」

 

 その言葉に表情を曇らせるルー。当然だ。ライアはジェドやルー達を助ける為に、自らの命を犠牲にしたのだ。その時の自分に対する不甲斐なさと後悔の念が、今でも残り続けている。そんなルーの姿を見て、ライアはうっとりとした表情を浮かべる。

 

 「あぁ……ルーの落ち込んだ表情……最高ね。だけど、そんな気にする事は無いわ。あの出来事があったからこそ、今の私がいるんだもの?」

 

 「それっていったい……?」

 

 ルーの問いにライアは頬に手を当て、昔を懐かしむかの様に語り始める。

 

 「知ってると思うけど、二年前のあの日、私は死んだ。ルーをクラーケンから逃がす為に……」

 

 「…………」

 

 「だけど、海の怪物であるクラーケンに殺された者は、その魂を永遠に囚われ続ける。私の魂も例外無く、クラーケンに囚われたわ」

 

 「そ、そんな……」

 

 「暗い……暗い……暗く冷たい海の底でクラーケンの中に囚われている間、ずっと感じていた。寒気……それに孤独……いつ訪れるかも分からない救いを、只ひたすらに待ち続けた。そして何より、もう二度とルーに会えないと思うと、無い胸が張り裂けそうだった」

 

 「僕も同じ気持ちだったよ、ライア……」

 

 「だけどついこの間、天命が降りて来たのよ」

 

 「天命?」

 

 しかし、直ぐ様首を横に振るライア。

 

 「いえ、正確には“沈んで来た”と言うべき所かしら」

 

 そう言いながら、ライアは被っていた水の王冠を外し、優しく撫でる。

 

 「この水の王冠がクラーケンの下へと沈んで来たのよ」

 

 「いったい誰が!!?」

 

 「それは分からない。でも、重要なのはそこじゃない。水の王冠が私の所に来た。それが重要……そしてクラーケンの触手が水の王冠に触れた次の瞬間、奇跡が起こった。私の囚われていた魂とクラーケンの体が“融合”した」

 

 「“融合”だって!!?」

 

 融合という言葉に驚くルーを他所に、ライアは持っていた水の王冠を再び被り直す。

 

 「気が付いた時には、私の人魚だった下半身はクラーケンになっていた。そして任意で体の主導権を入れ替える事も出来る様になった。そう、私はクラーケンの一部となった……いえ、寧ろ逆……クラーケン“が”私の体の一部となったのよ!!」

 

 「死んだ者を蘇らせて、ましてや海の怪物であるクラーケンと融合だなんて……そんな事が本当に出来るんでしょうか?」

 

 「出来たから、目の前にいるんだろうな」

 

 にわかには信じられない話に不信感を抱く真緒だが、フォルスの言う通り、その証拠が目の前にいる時点で、認めざるを得ないだろう。

 

 「今の私は言うなれば“スキュラ”っていう所かしらね」

 

 「そうか……事情はどうあれ、君が生き返ってくれて本当に嬉しいよ。ライア……」

 

 「ルー……」

 

 熱っぽい視線で見つめ合う二人。そんな二人の間に無理矢理入り込み、一つ咳払いをするジェド。

 

 「あー、おっほん。本来あり得ない奇跡の再会だから無理もないが、そろそろ俺達の仕事を片付けないといけないんじゃないか?」

 

 「えっ!? あっ、そ、そうですね……」

 

 「仕事って?」

 

 「実は、その水の王冠は何者かに盗まれた物だったんだ。それでラドンナ女王に、見つけて取り返して来る様に頼まれたんだ」

 

 「ラドンナか……あの傲慢女が……」

 

 ラドンナの名前が出た途端、目が座り、声色が低くなり、口調まで悪くなる程、不機嫌になるライア。そんな彼女の変化に気付かず、ルーは話を続ける。

 

 「だから、その水の王冠を渡してくれないか?」

 

 「……嫌だ」

 

 「な、何だって?」

 

 この予想外の返答に、戸惑いの表情を隠せない。

 

 「嫌だって言ったのよ。これは私の物。誰にも渡さない!!」

 

 「ライア、今はそんな我が儘言っている場合じゃ……」

 

 「我が儘じゃない!! 私はこの水の王冠の奇跡によって蘇ったのよ!!? もし、水の王冠を手放したら、また魂だけの存在に戻っちゃうんだよ!!?」

 

 「そ、そんな!!?」

 

 「ねぇ、ルーはそれで良いの!!? せっかくこうして会えたのに……もう二度と会えなくなっても良いの!!?」

 

 「そ、それは……」

 

 嫌に決まっている。一度目の別れだけでも辛過ぎるのに、二度目など堪えられる訳が無い。しかし、このまま水の王冠を放置すれば、いつどんな天災が起こるか想像も付かない。

 

 愛する者か、それとも世界か。どっちかだけなど選べず、思い悩んでいた。そんなルーを見ながら、ライアが口を開く。

 

 「それにね、これは大きなチャンスでもあるのよ」

 

 「大きなチャンス?」

 

 「水の王冠があれば、この海でさえも意図も簡単に支配する事が出来るわ!!」

 

 「し、支配って……そんなまさか!!?」

 

 「それだけじゃない。水の王冠の力なら、地上だって思うがまま!! ルー、私達の夢が叶うのよ!! 地上に出て、二人一緒に暮らすの!! 邪魔する奴は末代に至るまで全員皆殺しにしてやるわ!!」

 

 そこまで言い終えた次の瞬間、甲板から一本の矢がライア目掛けて勢い良く放たれる。

 

 「っ!!?」

 

 事前に気が付き、咄嗟に持っていた三ツ又の槍で弾き返す。そして射たれた方向を確認すると、先程矢を放ったであろう弓を構えるフォルスの姿があった。

 

 「お、おい!! ライアに何してるんだ!!?」

 

 これにはさすがのルーも、怒らずにはいられなかった。フォルス相手に掴み掛かる。

 

 「あの目は本気だった。奴は海だけじゃなく地上まで支配するつもりだ。今の内に殺らなければ、こっちが殺られる事になるぞ」

 

 「ふざけるな!! ライアは俺達の命の恩人だぞ!!」

 

 「いや、フォルスの言う通りだ」

 

 「船長!!?」

 

 「少なくとも彼女は水の王冠を被っている。つまり、その気になれば海や地上を支配する事だって可能という訳だ」

 

 まさかフォルスだけじゃなく、助けて貰った筈のジェドにまでこんな事を言われるとは思っていなかった。よく見れば、他の船員達も既に腰の武器を抜いていた。

 

 「だからって……だからっていきなり武器を向けるなんて間違ってる!!」

 

 「おい、行くな!! ルー!!」

 

 そう言うとルーは一人、船首へと飛び出してしまう。周りが必死に引き留めるが、聞く耳を持たなかった。

 

 「ライア、大丈夫!!?」

 

 「えぇ、私なら大丈夫。それよりも、一緒に行きましょうルー。私達二人で海と地上の両方を手に入れましょう」

 

 「冗談だよね、ライア? 僕は知ってるよ、ライアが本当はそんな事望んでいないって」

 

 「冗談なんかじゃないわ。私は本気よ、本気で海と地上の両方を手に入れるつもりよ」

 

 「ライア……」

 

 「でも、一人じゃ嫌。あなたも一緒じゃなきゃ……ねぇ、一緒に行きましょう、ルー?」

 

 こちらにクラーケンの触手を伸ばして来るライア。ルーはどうして良いか分からず、その場で固まっていると、真緒が伸ばして来た触手目掛けて剣を振り下ろし、斬り飛ばした。

 

 「ぁあああああああああ!!?」

 

 どうやら痛覚はあるらしく、斬り飛ばされたショックと痛みで、思わず悲鳴を上げるライア。

 

 「マオ……お前……」

 

 「確りして下さいルーさん!! あれはもうあなたが知っているライアさんじゃありません。水の王冠による力に溺れた、クラーケンと何も変わらない海の怪物です!!」

 

 「だけど……だけど僕は……っ!!?」

 

 真緒が説得するが、どうしても受け入れる事が出来ず、立ち尽くすしかないルー。するとクラーケンの触手がルーの体に巻き付き、天高く持ち上げられる。

 

 「うわぁああああああああ!!?」

 

 「ルーさん!!」

 

 そして触手で身動きが取れない状態のまま、ライアの側まで運ばれる。

 

 「心配しないで、ルー。二人の夢を邪魔する連中は、私が全員殺してあげるからね」

 

 「駄目だ……ライア……そんな事をしちゃ……」

 

 最早、ルーの声は届いていなかった。光が宿っていないライアの目が、真緒達に向けられる。それに対して、真緒達は武器を構える。

 

 「さぁ、二人の門出を祝う贄となりなさい!!!」

 

 こうしてスキュラこと、ライアとの戦いの火蓋が切って落とされるのであった。




甦り、水の王冠という力を手に入れたライア。
更に、歪んでしまった愛情が彼女の狂気を加速させる。
次回、スキュラと化したライアとの全面対決となります。
という事で今回はここまで!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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人魚の呪い(前編)

ライアとの激しいバトルが遂に始まる!!



 先に攻撃を仕掛けて来たのは、ライアの方だった。クラーケンの触手を巧みに操り、甲板上にいる真緒達目掛けて勢い良く振り下ろして来た。

 

 「「「「「うわぁあああああああああああああああ!!!」」」」」

 

 太く速い触手から咄嗟に逃れるのは難しく、船員の何名かはまともに叩き付けられてしまう。そこから持ち上げられる触手には、べっとりと血が付着しており、中には虫の様に潰れた無惨な死体が引っ付いている。

 

 そんな中、真緒、ハナコ、リーマ、フォルス、そしてジェドの五人は、持ち前の戦闘センスと培った経験から、ギリギリの所で回避したり、剣で触手を斬り飛ばす事で潰されるのを未然に防いだ。

 

 因みにエジタスにも触手が襲い掛かっているのだが、全て転移魔法で避けている為、掠りもしていない。

 

 「っ!!! しぶといわね!! だけど、お遊びもここまでよ!!」

 

 中々、真緒達を始末する事が叶わず、触手を幾本も斬り飛ばされ、業を煮やすライア。舌打ちを鳴らし、触手を自分の下へ戻したかと思うと、斬り飛ばされた触手の切り口から、新たな触手が生えて元通りになった。

 

 「さ、再生した!!?」

 

 「それも一瞬でだ。くそっ!! このままじゃ、キリがないぞ!!」

 

 異様な再生スピードを前に、驚きを隠せない真緒達。その一瞬生まれた隙を突かれ、触手が輪を描く様に船へと巻き付いて来た。

 

 「しまった!!!」

 

 「さぁ、海の藻屑になりなさい!!」

 

 凄まじい力で船を締め付けて来る触手。ミシミシと嫌な音を立て始め、遂には側面から甲板に掛けて、大きなヒビが入った。

 すると、船内で隠れていた非戦闘員の船員が血相を変えて、甲板上に姿を現す。

 

 「大変だ!! 今のヒビで船内に海水が入り込んだ!!」

 

 「何だと!!?」

 

 「このままじゃ、この船は沈没しちゃいますよ!!?」

 

 「だが、今ここを離れる訳にはいかない!!」

 

 「ど、どうずればいいだぁ!!?」

 

 「……っ、仕方ない……動ける連中は全員、船内に向かって海水が入り込むのを防げ!! こいつは俺達だけで何とかする!!」

 

 「何とかって、そんな無茶な!!?」

 

 「俺達も戦います!!」

 

 「バカ野郎!!! 船が沈んだら、戦うもクソも無いだろ!!! いいからさっさと行け!!!」

 

 「……すみません!! お願いします!!」

 

 ジェドの叱咤に納得し、バタバタと船員達が慌ただしく船内へと駆け込み、入り込む海水を抑え込もうとする。

 

 「……とは言ったものの、このままじゃ船が壊されるのは時間の問題……」

 

 「急いで巻き付いてる触手を斬り飛ばしましょう!!」

 

 残った真緒達は、これ以上船を壊される前に巻き付いている触手を対処しようと、一斉に走り出す。

 

 「そんな悠長な事をしている暇があるのかしら?」

 

 が、それを許さないライアが巻き付かせている触手を動かし、船を揺らし始める。船という足場その物が不安定となり、立っている事すら困難になる。

 

 「っ!!!」

 

 「きゃあああああ!!!」

 

 「こ、これじゃあ一歩も動けないぞ!!」

 

 「魔法を放とうにも……この揺れのせいで……上手く狙いが定まりません!!」

 

 「空中に飛び上がれだら良いのに……」

 

 「!!! ハナちゃん、それだよ!! 師匠、お願いします!!!」

 

 ハナコの言葉からヒントを手に入れた真緒。何かを思い付いたのか、エジタスに願い申し出る。

 

 「はいは~い、分かってますよ~。取り敢えず、マオさんとジェドさんのお二人でよろしいですね~?」

 

 意図を汲み取ったエジタスは、揺れる足場だというのに、まるで平坦な道を歩いているかの様に、すいすいと真緒達の下へと歩み寄る。

 

 「それで充分です!! ジェドさん、何処でも構いません。師匠の体の一部に触れて下さい!!」

 

 「わ、分かった!!」

 

 真緒に言われるがまま、ジェドはエジタスの肩に手を乗せる。それに続く形で真緒もエジタスの肩に手を乗せる。二人が触れたのを確認すると、エジタスはパチンと指を鳴らし、三人はその場から瞬く間に姿を消した。そして、次の瞬間には船の真上、空中に姿を現した。

 

 「それじゃあ、後はお任せしますね~」

 

 「ジェドさん、行きますよ!!」

 

 「お、おぉ!!」

 

 初めての転移魔法体験に戸惑うジェドだが、真緒の言葉と共に意識を集中させる。やがて重力に従って、三人は速度を上げながら落下していく。

 

 「「はぁああああああああああああああああ!!!」」

 

 揺れる船の足場と異なり、空中ならば幾分か狙いは定まる。真緒とジェドは剣を構え、落下の勢いに合わせ、船に巻き付いている触手をそれぞれ斬り飛ばした。

 

 「うぐぅ!!!」

 

 巻き付かせていた触手が斬り飛ばされ、その反動でバランスを崩したライアは、大きく後退りする。

 

 「今だ!! 畳み掛けるぞ!!!」

 

 「分がっだだぁ!!」

 

 「任せて下さい!!」

 

 上手く体制が取れていない、この絶好の機会を逃す訳にはいかない。甲板に残っているハナコ、リーマ、フォルスの三人が追撃を仕掛ける。

 

 リーマが魔導書を開き、フォルスが弓を引き絞る中、ハナコがライア目掛けて走り出す。

 

 「準備はいいか、リーマ?」

 

 「いつでも行けます!!」

 

 「よし……スキル“ロックオン”!!」

 

 その瞬間、ライアの体に赤く光るターゲットマーカーが表示される。

 

 「な、何なのこれは!!?」

 

 「まだだ!! スキル“急所感知”!!」

 

 すると更に、表示されたターゲットマーカーは、ライアの心臓がある位置へと移動する。

 

 「今だ!! 放て!!」

 

 そう言うと、フォルスは引き絞った弓から一本の矢を放つ。それと同時にリーマも魔法を唱える。

 

 「“スネークフレイム”!!」

 

 リーマの魔導書から、炎で形成された蛇が生み出され、フォルスの放った矢に続き、ライア目掛けて放たれる。

 

 「こんな物、来る場所が事前に分かったら何の意味も無いよ!!」

 

 フォルスが放った矢は、ターゲットマーカーに向かって真っ直ぐ飛んでいくが、当たる前にライアが持っていた三ツ又の槍によって、弾き飛ばされてしまった。

 

 「くそっ、駄目だったか!!」

 

 「でも、まだ私の攻撃が残ってます!!」

 

 ライアがフォルスの矢を弾き返した直後、リーマの放った蛇の形をした炎が襲い掛かる。三ツ又の槍を振った後である為、防御に回す余裕は無い。しかし……。

 

 「ふん」

 

 残っている触手を海面に勢い良く叩き付ける事で海水が打ち上がり、擬似的な水の盾が生み出された。

 

 「マヌケね。クラーケンとの戦いで何も学んでいないのかしら? ここは海なのよ、火なんて簡単に消せるのよ」

 

 「……えぇ、確かにそうです。でも、今回は消させるのが目的ですから、何も問題ありません」

 

 蛇の形をした炎が水の盾に当たり、あっという間に消化してしまう。その時だった!!

 

 「これはっ!!?」

 

 強制的に消された炎から、爆発的な水蒸気が発生し、ライアの目の前は真っ白な霧に包まれる。リーマの狙いは初めから、ダメージを与える事では無く、水蒸気による霧で一時的に視界を奪う事だったのだ。

 

 「だから何だってのよ!!? こんな物、下手な時間稼ぎにしかならないわ!!」

 

 「悪いが、俺達の攻撃はまだ続いているんだ」

 

 「私達はその一撃を与える為のサポートをしただけです」

 

 「何ですって!!?」

 

 丁度その頃、走り出していたハナコが、船首から勢い良く飛び出し、視界を奪われて上手く動けないライア目掛けて、拳を構えていた。

 

 「だぁああああああああ!!! スキル“熊の一撃”!!!」

 

 「ぐぼべぁ!!?」

 

 体に叩き込まれるハナコの強烈な一撃。口から青い血を吐き出し、仰向けに流れる様に海面へと倒れる。一方でハナコは、放った一撃の反動を利用して、甲板へと戻って来た。

 

 「やったな、ハナコ」

 

 「やりましたね、ハナコさん」

 

 「二人のお陰だぁ」

 

 それと同時に、空中から落下して来た真緒とジェド、エジタスの三人が甲板に着地して来る。

 

 「マオ、大丈夫か?」

 

 「うん、それよりも空中から見てたよ!! 凄い連携プレイだったね!! ビックリしちゃったよ!!」

 

 「「「えへへ……」」」

 

 「おい、誉め合うのは後にしてくれるか。戦いはまだ終わって無いぞ」

 

 ジェドの言う通り、海面に倒れたライアはゆっくりと起き上がり、口周りに付いた青い血を拭う。

 

 「よくも……よくもやってくれたわね……もう完全に怒ったわ!! 水の王冠の力、特と味わいなさい!!」

 

 次の瞬間、ライアが被っている水の王冠が輝き始める。すると、またしても船が大きく揺れ始める。

 

 「な、何だぁ!!?」

 

 「船が揺れてます!!!」

 

 「また触手に掴まれたのか!!?」

 

 「そんな素振りは見えなかった!!」

 

 「この感じ……まさか!!?」

 

 そう言うとジェドは慌てて、手すりから海面を覗き込む。

 

 「そんな……あり得ない……」

 

 静かで穏やかな海から一変、そこに広がっていたのは、海面を埋め尽くす程、無数の渦潮だった。

 

 「こんな急にどうして!!?」

 

 「これが水の王冠の力なのか……」

 

 「感心している場合じゃないぞ!! このままじゃ、船は渦潮に巻き込まれてバラバラになる!! 急いでこの場から離れるんだ!!」

 

 「離れるって何処にですか!!?」

 

 「見渡ず限り、渦潮だらげだぁ!!!」

 

 「っ……!!!」

 

 何処にも逃げられない。右も左も前も後ろも渦潮に囲まれている。完全な詰みの状態だった。

 

 「ここまでか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あれ?」

 

 気が付くと、揺れが収まっていた。

 

 「いったい……何がどうなっているんだ?」

 

 訳が分からず困惑する一同。しかし、揺れが収まった理由は、直ぐ様判明した。

 

 「み、見て下さい!! あれを!!?」

 

 「「「「!!?」」」」

 

 リーマが指差したのは船底。何と、海面が盛り上がり、船を丸ごと持ち上げて、渦潮から守っていたのだ。

 

 「こ、これはいったい!!?」

 

 『どうやら間に合った様ですね』

 

 「その声はまさか!!?」

 

 聞き覚えのある声に慌てて振り向くと、そこには船と同じ様に海面を盛り上げて、渦潮から身を守りながら移動する“ラドンナ”の姿があった。その後ろには複数の人魚達もいる。

 

 「ラドンナさん!!?」

 

 「皆さん、助けに来ましたよ」




ここで助っ人ランドナが参戦!!
果たして真緒達は、ライアもとい水の王冠を打ち破る事が出きるのだろうか!?
という所で今回はここまで!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもお願いします!!


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人魚の呪い(中編)

前回、真緒達のピンチに颯爽と現れたラドンナ。
そして今回、遂に語られる人魚の意外な真実!!


 「この力はラドンナさんが!?」

 

 海面を持ち上げる能力に驚きを隠せない真緒達。

 

 「これでも人魚の女王を勤める身……多少なりの魔法は扱えます」

 

 「多少なりとは思えないがな……」

 

 フォルスの言う通り、船丸ごとを持ち上げ、それでも尚余裕の態度を見せるラドンナに、多少という言葉は相応しく無かった。

 

 「それよりもラドンナさん、どうしてここに!!?」

 

 水の都で待っている筈のラドンナと、護衛の人魚達がこの場にいる事に、当然の疑問を抱く。

 

 「あなた方が水の王冠を取り返したという報せをこの子から聞き、急いで迎えに来ました」

 

 「この子ってまさか……」

 

 真緒の言葉に対して、ラドンナが海面の一部を盛り上げる。するとそこには一匹の可愛らしいイルカが泳いでいた。

 

 「キュー、キュー!!」

 

 「デルフィン!!」

 

 「はは、さすがは俺の自慢の相棒だぜ……」

 

 デルフィンとラドンナのお陰で、何とか窮地を脱する事が出来た真緒達。疲弊しながらも、相棒の活躍を褒め称えるジェド。

 

 「しかし、その迎えに向かう道中、禍々しい気配を感じ取り、慌ててスピードを上げて来て見れば……」

 

 そう言ってラドンナは、目線を斜め上に向ける。その先にはこちらを……というよりかラドンナ個人を睨み付けるライアの姿があった。

 

 「ラドンナ……!!!」

 

 「まさかライア……本当にあなたなのですか?」

 

 「クラーケンに魂を捕らわれていた所に、水の王冠の力で融合を果たした様です」

 

 「そうですか……」

 

 ライアから聞いた復活の経緯を説明すると、苦しそうな表情を浮かべるラドンナ。対して、ライアは変わらずラドンナを睨み続けている。

 

 それでもラドンナは、何とか微笑みの表情を作り、ライアに向かって優しく声を掛ける。

 

 「お久し振りですね、ライア。2年振り……どんな形であれ、また会う事が出来て私は嬉しいです」

 

 「嬉しい? 冗談は止してよ、あんたが一番大切なのは誰でもない自分でしょ。一度だって他人の事を考えた事なんて無い癖に!!」

 

 「貴様!! ラドンナ女王になんて口の聞き方だ!!」

 

 「雑魚は引っ込んでなさい!!」

 

 このライアの攻撃的な言葉に、護衛の人魚達が咄嗟に持っていた武器を向ける。が、ライアは触手を鞭の様にしならせて、人魚達を一気に吹き飛ばす。

 

 「「「きゃあああああああああ!!!」」」

 

 「止めなさいライア!! 殺るなら私だけにしなさい!! だから他の方々には手を出さないで!!」

 

 「ラドンナさん、何を言っているんですか!!?」

 

 護衛の人魚達が吹き飛ばされるのを見て、ラドンナは自身の盛り上がった海面を操り、ライアの目の前に移動し、自らの身を差し出そうとする。

 

 「言われなくても、そのつもりだよ!!」

 

 お言葉に甘えてと言わんばかりに、無防備なラドンナ目掛けて、真っ赤な三ツ又の槍を突き立てる。

 

 しかし、槍がラドンナの胸に突き刺さるよりも前にフォルスが放った矢が、二人の間を勢い良く通過する。

 

 「っ!!?」

 

 「俺達がいる事も忘れるな」

 

 「目障りな連中だね……」

 

 「皆さん、私の事は構わないで下さい!! 今回の出来事は全て私の責任なんです!!」

 

 フォルスの介入により、矛先が真緒達に向けられそうになると、ラドンナが両手を広げて庇う様な姿勢を見せる。

 

 「いったい何の事を言っているんですか!? 悪いのは水の王冠を盗んだ人と、その水の王冠を良い様に利用しているライアさんじゃないですか!?」

 

 「違うんです……元はと言えば私が……私が……」

 

 「ラドンナさん?」

 

 「……くっ、くはははははははははははは!!! 思い上がったツケが回って来たみたいで、こいつは傑作だね!!」

 

 「どうして……」

 

 「あ?」

 

 「どうしてそんな酷い事が言えるんですか!!? ラドンナさんはあなたの国の女王なんですよ!! 今だってこうやって体を張って、私達が戦うのを止めようとしている!!」

 

 「止めようとしているね……けど、この戦いその物がこの女のせいだと言ったらどうする?」

 

 「いったい何を知っているんですか……?」

 

 「全てよ。……丁度良いわ、この際だから全部話してあげる。私達に掛けられた……“人魚の呪い”についてね」

 

 「人魚の呪い?」

 

 すると水の王冠が輝き出し、周りの海水を持ち上げ始める。やがてそれは自由に形を変え、人魚達の姿へと変わった。

 

 「その話をする前に、あなた達に伝えておきましょうか。私達は生まれた時から人魚なんかじゃない」

 

 「え?」

 

 「そもそも、人魚という種族は私達が発端。つまり後にも先にも、人魚は私達一世代だけなのよ」

 

 「そ、それじゃあ水の都にいるあの沢山の人魚達は何処から……?」

 

 「答えは簡単。私達は昔、“人間”だったんだよ。人間から人魚になった、それだけの事さ」

 

 すると、人魚の形をしていた水は形を変えて人間の形へと変わった。

 

 「人間だった? ま、待って下さい……そんな事が本当にあり得るんですか……?」

 

 あまりに突拍子も無い話に、酷く頭が混乱してしまう真緒達。唯一、ラドンナと護衛の人魚達だけが、暗い表情を浮かべている。

 

 「驚くのはまだ早いわ。今からずっとずっと前の事よ。私達はある貴族に飼われていた“奴隷”だった」

 

 「ど、奴隷!!?」

 

 「その貴族はどうしようも無い女好きでね。暇さえあれば、奴隷商人の所から女の奴隷を買い漁っていた。歳を取ったり、興味が無くなった女達はゴミ同然に棄てられる、それは酷い生活を強いられていた。明日は自分が棄てられるのではないかと、毎日ビクビク怯えていたわ」

 

 「そんな……」

 

 ライアの口から語られる人魚の真実は、真緒達を同情させるには充分過ぎる内容であった。しかし、話の流れはここから一気に変わる。

 

 「だけど、そんなある日、あの女がやって来た」

 

 「あの女?」

 

 「あんた達もご存知の大魔法使い“アーメイデ”よ」

 

 「アーメイデ!!?」

 

 アーメイデの名前に強く反応するリーマ。

 

 「あいつは奴隷として冷遇される私達に対して、優しい言葉を掛けてくれた。そして、女好きの貴族から助け出して自由にしてくれた」

 

 「やっぱり凄い人だったんですね!!」

 

 「えぇ、けど自由になったとはいえ、私達は未だに多くの奴隷商人や、貴族達に狙われていた。顔だけは広かったからね、あの女好きの貴族……すると一人の奴隷がアーメイデに願い出た。“どうか、私達を安全な場所に避難させて下さい”。そうだったわよね、ラドンナ?」

 

 「…………」

 

 「ラドンナさんが?」

 

 何も答えないラドンナ。しかし、無言は肯定として捉えられる。何より、その場にいたライアが言っているのだ、少なくとも真実なのだろう。

 

 「アーメイデはラドンナの願いを聞き入れ、その強大な魔力と水の王冠の力を利用して、深い海の底に水の都を建設した」

 

 「ラドンナさんが前に話した追われていたというのは、奴隷時代の話だったんですね」

 

 「更に水の中でも生活しやすい様にと、魚の下半身を与えられたわ。これによって、私達はもう誰にも追われる事の無い真の自由を手に入れる事を出来た」

 

 「なら、良かったじゃないか。そこからどうしてラドンナを恨む事になるんだ」

 

 「……真の自由を手に入れた……そう思っていた。だけど、それは間違いだった。私達が与えられたのは自由なんかじゃない。寧ろその逆、鎖で縛り付けられたのよ」

 

 「何があったんですか?」

 

 「違和感に気が付いたのは、それから数年後の事だった。水の都を取り仕切る理由から、自由の発案者であり魔法も扱えるラドンナが女王となった時、既に多くの人魚達は気が付いた。“歳を取っていない”」

 

 「それって……」

 

 「そう、あの性悪魔法使いは……私達に自由とは裏腹に、不老という最低最悪の鎖で縛っていたのよ!!」

 

 「で、でも不老なんて女性が一度は憧れる事じゃないですか」

 

 「それが例え死なないとしても!?」

 

 「死なない……?」

 

 「細胞の劣化……ですよね~?」

 

 「ふん、どうやら少しは頭が回る奴がいるみたいね」

 

 「どういう事ですか師匠?」

 

 「不老という事はつまり、肌は勿論中の臓器や細胞が衰えないという事……即ち、どれだけ時間が経とうとも寿命で死ぬ事は無いという訳ですね~」

 

 「成る程……しかし、それの何処が最低最悪なんだ? 無限に人生を謳歌する事が出きるじゃないか?」

 

 「あぁ、私達も当時は戸惑いこそしたが、永遠に若くいられると喜んださ。だけど、生き続ける事が幸せとは限らない」

 

 「もう……もう止めて……」

 

 ライアの話に堪えきれず、泣き出してしまうラドンナ。だが、非情にもライアの話はまだ終わらない。

 

 「人魚になって数百年経った頃、水の都を離れて海を泳いでいた仲間の一人が、運悪く地上の人間に捕まってしまった。その珍しさと美しさ、そして歳を取らない事から、観賞用やその肉を食らう事で自分も不老になろうとする連中が、私達を乱獲し始めた」

 

 「いつの時代も人間は欲深い生き物ですね~」

 

 「そして危機感を覚えたラドンナは、遂に水の王冠の力を使い、あろう事か私達を水の都から出れない様にしたのさ。そのせいで私達はあの水の都という牢獄で、終わりの無い生活を強いられる事になった」

 

 「だけどそれは皆を守る為で……「誰が頼んだ!!」……っ!!」

 

 「誰が守ってくれと頼んだ!! 誰が水の都から出れない様にしてくれと言った!! これじゃあ、奴隷として飼われていた頃と何も変わらない!!」

 

 「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 憤慨するライアに、ひたすら謝り続けるラドンナ。

 

 「寿命で死ねない以上、自殺するしか死ぬ方法は無い。だけど、私にはそんな勇気が無かった。只、イタズラに時間が過ぎていく毎日。二百、三百、四百、五百……頭がおかしくなりそうだった!!」

 

 「ライアさん……」

 

 「私も恋をしてみたかった!! 私も子供を産みたかった!! 普通に歳を取って、普通に寿命で死にたかった!! 不自由でも良い、人並みの生活を送りたかった!!」

 

 ライアの叫び。ライアだけじゃない。ラドンナや他の人魚達も本当は心の何処かで、この無限地獄を終わらせたいと感じていたのかもしれない。しかし、一度歩き出した道を外れる訳にはいかなった。そんな事をすれば、何の為に人魚になったのか、自分の存在価値を見失う事になる。

 

 「だけど、そんな時に天から希望が沈んで来た……そう、あなた達海賊がやって来た」

 

 「それで二年前の出来事に繋がるって訳か……」

 

 「運命だと思った。ルーは、私をこの地獄から連れ出してくれる運命の王子様だと……」

 

 触手で縛られているルーを近くまで引き寄せる。苦しそうな表情を浮かべるルー。

 

 「ラ……ライア……」

 

 「だけど、自由が手に入る一歩手前でクラーケンに襲われ、それでもやっと死ねたと思ったら、魂を捕らわれて結局鎖で縛られる人生……でも、もうそうじゃない!!」

 

 突如、水の王冠が輝き、説明の為に動かしていた水が、海面に落ちたと思った矢先、何本もの水柱が持ち上がり、まるで触手の様にうねうねと動いていた。

 

 「「「「!!?」」」」

 

 「今の私には水の王冠がある!! これさえあれば、今まで出来なかった事が何でも出来る!! だけどその前に……邪魔なあんた達を消し去ってあげるわ!!」

 

 そう言うと、水の王冠の力で持ち上げた複数の水柱を操り、真緒達目掛けて勢い良くぶつけようとする。

 

 「そうはさせません!!」

 

 その瞬間、ラドンナが魔法で海面を持ち上げ、真緒達の船にぶつかる前に回避させる。

 

 「ラドンナ……!!」

 

 「……全ては私の責任……だからこそ、私がここであなたを止めなければいけない!! 来なさいライア!!」




平凡な幸せよりも自由を欲したラドンナ。
自由よりも平凡な幸せを欲したライア。
正反対の二人が激突する。
という所で今回はここまで!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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人魚の呪い(後編)

今回でライアとの戦いに決着が付く!!
果たして勝つのはどちらなのか!?


 「“アクアトルネード”!!」

 

 先に攻撃を仕掛けたのはライア。水の王冠が光輝いたかと思えば、突如として船の周りに無数の巨大な竜巻が発生し、その全てが一斉にこちらへと向かって来る。

 

 「何も出来ず、細切れになりなさい!!」

 

 「っ!! 緊急回避!!」

 

 船は既にボロボロ。少しでも食らえば、間違いなく木っ端微塵と化してしまう。そうはさせまいと、ラドンナは持ち上げている海水を操り、船を無理矢理高速移動させる。迫り来る無数の竜巻をジグザグと器用に避ける。

 

 「ちょこまかと小賢しいわね……けど、目の前の竜巻ばかりに気を取られて良いのかしら?」

 

 「何っ!!?」

 

 その言葉に嫌な予感を覚えるラドンナ。真上を見上げると、竜巻で上空に巻き上げられた海水が、落下せず重力に逆らって空中で止まっていた。

 

 「“レインスピア”!!」

 

 ライアが持っていた三ツ又の槍を真っ直ぐ向け、勢い良く下ろすと、それに連動して止まっていた海水の雫が、通常の何倍ものスピードで落下し始める。

 

 「“ウォーターカーテン”!!」

 

 すると、ラドンナは両手を下から上へと動かし、大量の海水を持ち上げ、まるでカーテンを掛けるかの様に、真上から船全体に覆い被せる。

 

 その直後、ライアが放った雨の矛が、水の盾に次々と突き刺さる。しかし、水の王冠を有しているライアの方が遥かに強く、雨の矛はラドンナの水の盾を突き破り、そのまま船の甲板目掛けて降り注ぐ。

 

 「そんな!!?」

 

 ある程度、勢いは殺せたとはいえ、それでもボロボロの船に風穴を空けるには、充分過ぎる速度が出ていた。

 

 必死に手を伸ばし、一秒でも早く海水を持ち上げて船を守ろうとするも、とても間に合いそうになかった。

 

 「スキル“ロストブレイク”!!」

 

 「スキル“熊の一撃”!!」

 

 「!!!」

 

 その時、甲板にいた真緒とハナコの二人が同時にスキルを発動させ、その威力で周囲の雨を全て吹き飛ばす。

 

 「み、皆さん……」

 

 「ラドンナさん、私達も一緒に戦います」

 

 「そんな事……いえ、そうですね。お願いします!!」

 

 真緒達の決意を無下にする事は出来ない。ラドンナは恥も外聞も捨てて、協力を申し出た。

 

 それを聞いた真緒達は頷き、ジェドが前に歩み出ると、持っていたカットラスをライアの頭に向ける。

 

 「それならまず狙うは水の王冠!! あれさえ奪えば、その力は無いも同然だ!!」

 

 「「「「おぉ!!!」」」」

 

 「ラドンナさん!! 私達が向かう為の足場をお願いします!!」

 

 「分かりました!!」

 

 そう言うとラドンナは、海水を持ち上げ、立つ為の足場を作る。そして真緒達は一斉に甲板から海水の足場へと飛び移る。その様子にライアが舌打ちを鳴らす。

 

 「ちぃ、ごちゃごちゃと……目障りな連中だね!!」

 

 するとライアは海水を汲み上げ、水の塊へと形を変える。そして次の瞬間、水の塊の一部が弾丸の様に発射され、甲板に親指サイズの穴が空いた。

 

 「こ、これは!!?」

 

 「ラドンナさん!! 急いで上へ逃げて下さい!!」

 

 「もう遅い!! “アクアショット”!!」

 

 ライアがそう言うと、水の塊から先程の弾丸が一斉に発射される。広範囲に迫り来る水の弾丸。当たれば、確実に死ぬ事が予想出来た。

 

 「ほいっとな」

 

 「…………は?」

 

 が、そうはならなかった。ライアが攻撃を仕掛ける直前、隙を見て側まで近付いていたエジタスが、体の一部に触れながら指をパチンと鳴らし、ライアと水の塊ごと真緒達の背後に転移させた。

 

 その結果、誰もいない方向に水の弾丸を放つという間抜けな絵面となった。

 

 「い、いったい何が……!!?」

 

 「ほらほら皆さ~ん、敵が混乱している今がチャンスですよ~」

 

 「し、師匠!!? ありがとうございます!!」

 

 エジタスの手助けにより、窮地を脱した真緒達。ラドンナに足場の海水を動かして貰い、それぞれが一気にライアの下へと近付く。

 

 「っ!! 奇妙な技を使いやがって!! これならどうだ!!」

 

 すると今度は、自身をも越える程の超巨大な津波を発生させ、やって来る真緒達目掛けてぶつけようとする。

 

 「“タイタルウェーブ”!! さぁ、今度こそ海の藻屑にしてあげる!!」

 

 「オラに任ぜでぐれ!!」

 

 「私も手伝います!!」

 

 それに対して、ハナコとリーマの二人が先行する。リーマが前に立ち、その後ろにハナコが控える。

 

 「何をしようが無駄よ!! あんたの火属性魔法じゃ、私の水は消せない!!」

 

 「生憎、私の魔法はそれだけじゃないんですよ……」

 

 「皆、耳を塞いで!!」

 

 リーマが大きく息を吸い込むのを見た真緒は、仲間達に耳を塞ぐ様に促す。素直にその言葉に従い、ライア意外の全員が耳を塞いだ。

 

 「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 「!!?」

 

 突然の爆音と振動。津波全体が震え、耳を塞いでいなかったライアはまともに食らってしまい、その場に崩れ落ちそうになる。

 

 「っ……!! 嘗めるな!!!」

 

 凄まじい精神力でこれを何とか耐えるライア。しかし、本当の狙いはそこでは無い。

 

 「今です、ハナコさん!!」

 

 「だぁああああああああ!!! スキル“熊の一撃”!!」

 

 リーマによる音魔法で、ライアの集中力が途切れ、津波全体の勢いが弱まり、そこにハナコから放たれる強力な一撃で、津波の一部に穴が空き、そこから真緒達が通り抜けていく。が、ハナコとリーマが通ろうとする前に、津波が元に戻ってしまい、二人は下がらずにいられなかった。

 

 「ハナちゃん、リーマ、ありがとう!!」

 

 二人の活躍によって更に近付く真緒達。ライアまでは目と鼻の先だった。

 

 「完全にキレたわ!! これで終いよ!!」

 

 ライアは水の王冠の力で、自身の触手数本に海水を纏わせ、更に水の形を鋭利な刃に変える。そしてその触手を乱雑に振り回す。度々、海面に触れてはパックリと割れる様子から、鋭さは充分伝わる。

 

 「“アクアスラッシュ”!!」

 

 「マオ、ここは俺が食い止める!! お前はそのまま真っ直ぐ進め!!」

 

 「一人でカッコつけるなよ。俺も手伝ってやるよ」

 

 待ち受ける水の刃。すると今度はフォルスが、その攻撃を一手に引き受けようとする。そんなフォルスに対して、ジェドが助け船を出す。

 

 「さっきは油断したけど、今度はそうはいかないよ!!」

 

 「俺の矢では、あの刃を止める事は愚か弾く事さえ出来ないだろう、だが俺にはこの弓矢しかない。だから!!」

 

 そう言うとフォルスは、弓をライアにでは無く、真上に向けて矢を複数放った。

 

 「はっ!! 何処を狙ってるのよ!!」

 

 「成る程、そういう作戦ね」

 

 的外れな攻撃を見て、嘲笑うライア。一方、何かを察したジェド。そのまま水の刃に突っ込み、持っているカットラスをぶつけ合う。しかし、たった一人で複数本の触手と渡り歩く事は敵わず、徐々に追い詰められていく。

 

 「ぐっ……!!!」

 

 「あははは!!! 散々手こずらせてくれたわね!! だけど、これであんた達は今度こそ終わりよ!!」

 

 勝利を確信するライア。その瞬間、ライアの胸に複数本の矢が突き刺さる。

 

 「あがっ!!?」

 

 いったい何が起こったのか、理解できなかったライア。そのせいでまたしても集中力を切らし、触手に纏わせていた水の刃が剥がれ、只の触手に戻ってしまった。

 

 「おらよ!!!」

 

 その一瞬を逃さないジェド。目の前の触手複数本を次々と斬り飛ばしていく。

 

 「うぎゃあああああああ!!!」

 

 襲い掛かる痛みに思わず悲鳴を上げるライア。残った触手で刺さった矢を引っこ抜く。

 

 「はぁ……はぁ……まさかこの矢は……」

 

 「そうだ、さっきお前がバカにした真上に向けて放った矢だよ」

 

 フォルスが放った矢は、最高点まで飛んでいった後、放物線を描き、重力に身を委ねながら落下した。そしてその先にいるライアに突き刺さったのだ。

 

 「真正面から無理でも、死角からの攻撃なら、いくらでもやりようはある」

 

 「まぁ、実力者相手には使えない手だけどな。ライア、お前みたいな戦いの素人だからこそ、通用する戦法だよ」

 

 「うぐぐ……この……糞野郎どもがぁああああああ!!!」

 

 「「!!?」」

 

 怒りに任せ、ライアは残った触手を振り回し、フォルスとジェドにぶつけ、二人を遠くへと吹き飛ばす。

 

 「フォルスさん!! ジェドさん!!」

 

 「ここは私が!!」

 

 吹き飛ばされる二人をラドンナが咄嗟に海面を持ち上げ、受け止めて見せる。

 

 「お、俺達なら問題無い!! お前は先に進め!!」

 

 「そういう事だ……さっさとケリを付けてこい」

 

 「フォルスさん……ジェドさん……分かりました!!」

 

 二人の想いを受け取り、真緒は一人でライアの下へと向かう。

 

 「な、何が問題無いだ……体のあちこちが痛むぞ……」

 

 「き、鍛え方が足りないだけだろ?」

 

 「へっ、言うじゃねぇか……」

 

 二人の活躍によって、遂に真緒はライアの下へと辿り着く。海水の足場から、ライアの体へと飛び移る。するとそこの肉が盛り上がり、ライアが姿を現す。

 

 「ライア……」

 

 「とうとうここまでやって来たわね。けど、あなた一人で何が出来るって言うの?」

 

 「一人なのはあなたです」

 

 「何ですって……?」

 

 「師匠、ハナちゃん、リーマ、フォルスさん、ジェドさん、そしてラドンナさん、私はここまで色んな人達に助けて貰いました。その人達の想いを胸に、私はここに立っているんです。けど、あなたは違う。あなたはアーメイデさんや、ラドンナさんに助けて貰いながら、結局自分勝手な理由で他の人に迷惑を掛けている。あなたは独りよがりな人って事ですよ!!」

 

 「大人しく聞いていれば、好き勝手言ってくれるじゃないの? 自分勝手ですって? そうよ!! それの何がいけないの!! 誰だって自分が大切なのよ!! 自分の幸せを優先するのは当然の事じゃないの!!」

 

 「なら、どうして二年前、ルーさん達を助けたんですか!!?」

 

 「え?」

 

 「二年前……地上に出たかったあなたは、ルーさん達の船に無断で乗り込んだ。そしてクラーケンが現れた時、ルーさん達を囮に一人で逃げれば助かったのに、あなたはそうしなかった」

 

 「…………」

 

 「それって、自分の幸せよりもルーさんの身を守ろうとしたって事ですよね!!? ライアさん……あなたは、あなた自身で言っている事を否定しているんですよ!!」

 

 「…………」

 

 「ライアさん、今ならまだ間に合います。ルーさんを離して、水の王冠も返しましょう……ね?」

 

 そっと手を差し出す真緒。ライアはその手をじっと見つめ、こちらからも手を差し出そうとするが、脳裏にこれまでの生活がフラッシュバックする。

 

 永遠と続く狭い檻の中での生活。地上に戻る事を夢見る毎日。やっと出会えた最愛の人も、年老いて自分よりも先に死んでしまうであろう苦しみ。

 

 「っ!! やっと手に入れた私の幸せを誰にも奪わせはしない!!」

 

 「ライア!!」

 

 「あんたはここで死ぬの!! そして私はルーと一緒に永遠の幸せを手に入れる!!」

 

 差し出された真緒の手を振り払い、ライアは持っていた三ツ又の槍で真緒目掛けて突き刺そうとする。真緒は咄嗟にガードし、斬り返そうとする。

 

 しかし、ライアも三ツ又の槍でガードし、今度こそ当てようと突き刺して来る。ガード、反撃、ガード、反撃の繰り返し。

 

 「はぁあああああ!!!」

 

 「ふふっ!!」

 

 「なっ!!?」

 

 一進一退の攻防が繰り広げられる中、真緒の攻撃に合わせて、ライアは自身の体をクラーケンの体に潜り込ませる。

 

 ライアの姿を見失った真緒は、辺りを見回しながら、いつでも反撃出来る様に剣を構える。

 

 「いったい何処から……」

 

 「あんたの足下よ」

 

 「!!?」

 

 ライアが現れたのは、真緒の足下だった。腕を出して真緒の足首を掴むと、思い切り手前に引っ張る。バランスを崩した真緒は、その場に倒れ込んでしまう。更に持っていた純白の剣を落としてしまう。

 

 剣は真緒の手元を離れ、クラーケンの体を滑り落ちていく。そして偶然か必然か、ルーが縛り上げられている触手に突き刺さる。それによって触手が緩むのを感じたルー。

 

 「これは……はっ!?」

 

 触手に突き刺さっている目の前の剣。そして目線の先には、倒れている真緒と、今正に止めを刺そうとしているライアの姿があった。

 

 「私の幸せは……誰にも奪わせはしない!!」

 

 「くっ!!!」

 

 振り下ろされる三ツ又の槍。死を覚悟した真緒。その瞬間、ルーは目の前の剣を引き抜き、真緒の方へと放り投げる。そして思い切り叫んだ

 

 「ライア、止めろ!!」

 

 「ルー!!?」

 

 「ルーさん!!」

 

 この一瞬が勝敗を決定付けた。愛する者に呼ばれ、手を止めて顔を向けてしまったライア。その間に真緒が投げ込まれた剣を手に取る。そこで漸く状況を理解して、止めていた手を動かして三ツ又の槍を真緒目掛けて突き刺そうとする。それと同時に真緒も手に取った剣を、ライア目掛けて突き上げる。

 

 交差する剣と槍。結果は…………。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 ライアの槍が真緒の肩に突き刺さり、そして真緒の剣がライアの胸を貫いた。

 

 「あぐっ……あが……」

 

 呻き声を上げ、倒れるライア。真緒は剣を引き抜き、強く振って血を飛ばすと、腰の鞘に収めた。

 

 「マオ!!」

 

 「ルーさん、助かりました」

 

 そこに、クラーケンの体をよじ登って来たルー。

 

 「終わったんだな……」

 

 「はい……あのルーさん、ごめんなさい……」

 

 「何でお前が謝るんだ。仕方が無かったんだ……誰のせいでも無い……そう誰の……うっ……せいでも……うっうぅ……」

 

 「……ルー?」

 

 「ライア!!?」

 

 悲しみのあまり涙を流していると、まだ微かに息のあるライアが、ルーに声を掛ける。ルーは慌てて、ライアの側へと駆け寄る。

 

 「ルー……ごめんね……」

 

 「謝る必要なんて無い。ライアは……ライアは只幸せを求めただけだろ?」

 

 「ううん……本当はね、私もう幸せだった……」

 

 「え……?」

 

 「あなたと会えて……あなたと一緒に過ごせて……凄く幸せだった……だけど、幸せであればある程不安だった……いつかこの幸せも無くなってしまう……もう二度とこんな幸せ……手に出来ないかもしれない……そう思えば思う程……怖くて……寂しくて……それで……それで……」

 

 「もういい……もういいよライア……僕も……僕もライアと出会えて幸せだった……」

 

 「嬉しい……もし、生まれ変わる事が出来たら、短くても良い……またルーと一緒に幸せになりたい……」

 

 「あぁ、僕もだ……僕も……僕もライアと一緒に幸せになりたいよ」

 

 「ルー……私に……人並みの幸せをくれて……ありがとう……」

 

 その言葉を最後に、ライアは淡い光の粒となって、ルーの前から消えてしまう。残されたのは、海面を浮かぶクラーケンの死体と水の王冠だけであった。

 

 「ライア……うぅ……ぁああああああああ………あああああああ!!!」

 

 魂が捕らわれる事無く、今度こそ旅立つ事が出来たライア。天を見上げて男泣きするルーを、真緒は見守る事しか出来なかった。




次回、第五章 人魚の呪い 完結となります。
次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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それぞれの思惑

今回で第五章は完結となります!!



 何とかクラーケン……もといライアから水の王冠を取り戻せた真緒達。しかし、それに払った犠牲はあまりにも大きかった。

 

 水の都に戻るまでの航海中、誰一人として口を開こうとはしなかった。特に愛する恋人を“二度”も失ったルーの表情は優れず、何度も死の海域の方角を眺めていた。

 

 ライアの証言と現場の状況から、水の王冠を盗み出した者が取り返して来るかもしれないと考え、真緒達は警戒を一切緩めたりはしなかった。

 

 だが、その心配も杞憂に終わり、真緒達は無事に水の都へと帰還する事が出来た。今回の戦いでボロボロになってしまった船が、海底に到着すると同時に、町の人魚達が感謝の言葉を述べながら、出迎えてくれた。

 

 「おかえりなさい!!」

 

 「水の王冠を取り戻してくれて、ありがとう!!」

 

 「お陰で私達は救われました!!」

 

 黄色い声援を浴び、少し照れ臭そうにして船を降りていく真緒達。そのまま水の王冠を返す為に、人魚達に見送られながら城へと向かう。

 

 城に入ると、そこには先に戻っていたラドンナが、祝いの席を用意して真緒達が来るのを待っていた。

 

 殆どが海鮮系の料理だが、様々な種類を豪華に取り揃えられており、僅かだが酒や果物、獣肉のステーキなどもあるのが見受けられた。

 

 「皆様、この度は水の王冠を取り戻して頂き、誠にありがとうございます。細やかではありますが、感謝の宴のご用意をしております。どうぞ、楽しんでいって下さい」

 

 呆気に取られる真緒達から、水の王冠を受け取ると、そのまま宴の席へと案内する。未だにこの状況が飲み込めていない真緒達は、促されるままに席へと腰を下ろし、並べられた豪華な料理を目の前にする。

 

 その少し後にラドンナも、真緒達の向かい側に座る。

 

 「さぁ、遠慮せずにどうぞ召し上がって下さい。ここのシェフが腕によりを掛けて作りました。きっと皆様のお口にも合うと思います」

 

 「あ、あの……ラドンナさん……」

 

 「どうかなさいましたか?」

 

 この異様とも思える状況下の中、とうとう我慢出来なくなった真緒が、恐る恐るラドンナに話し掛ける。

 

 「どうしてこんな状況で宴を? いや、本来なら宴をしても可笑しく無いとは思いますけど……あんな事があった後じゃ、とても祝う気分には……」

 

 真緒の言い分は最もだ。数百年前から続く人魚の呪い、そしてそれにずっと苦しみ続けて来たライアの叫び。そんな彼女の心情を無下にし、もう一度殺す事で取り戻した水の王冠。さすがに手放しで喜ぶ事は出来ない。

 

 対してラドンナは、それまでの笑みが一瞬で消える。否、そもそもが作り笑いだったのだろう。真緒達と同様に暗い表情を浮かべる。

 

 「……その通りです。本来なら、こんな宴など出来る筈がありません。それ以前に、今回の一件から私は責任を負って、女王という立場を退くべきでしょう」

 

 「そ、そこまでしなくても!!?」

 

 「マオぢゃんの言う通りだぁ!!」

 

 「ラドンナさんが責任を負うだなんて、そんなの間違っています!!」

 

 「諸悪の根源は、水の王冠を盗み出した奴だしな」

 

 「全くですよ~、いったいどんな極悪人なんでしょうかね~?」

 

 祝うのは間違いなのではと言ったつもりが、ラドンナは思った以上に責任を感じており、女王を引退するというあまりにも極端な考えを提示して来た。

 

 この暴走振りに、真緒達は必死にフォローを入れる。すると、ラドンナは首を横に振る。

 

 「こうなってしまったのは、私が水の王冠を私利私欲に利用してしまった為……原因は私にもあります」

 

 「私利私欲って……ラドンナさんは、他の人魚達をやましい人達から守る為に使ったんですから、そんな事ありませんよ」

 

 「いえ、正直に言えば私はここの生活が凄く気に入っていました。この安心を永遠に続かせる為に、それらしい理由を探しては、ライアの様な他の人達の意見に耳を貸さず、己の欲望に従って動きました。その先にどんな不幸が待ち受けているとも知らずに……」

 

 「ラドンナさん……」

 

 ラドンナの心情を察し、何とも言えない雰囲気になる。そんな中、ラドンナが「でも……」と話を続ける。

 

 「だからこそ、私はこれからも人魚の女王として、この呪いに立ち向かわなければなりません。こちらの宴は、皆様から水の王冠を取り戻したという報告を受けた時、事前にシェフに頼んで用意して貰った物です。もし、祝う気分じゃなくなったとなれば、シェフの想いを無下にする事となる。そんな事をすれば、また私のせいでライアの様な悲劇を生み出してしまうかもしれない。私は二度と同じ過ちは繰り返したりしません」

 

 「「「「…………」」」」

 

 ラドンナの覚悟。ライアの犯した罪を己の罪として、一生背負い続けるという選択肢をした。その言葉に真緒達は、最早何も言う事は出来なかった。

 

 「……という事ですので皆様、今日は思う存分楽しんで下さい。水の王冠を取り戻してくれた感謝の宴を」

 

 そう言いながら明るく振る舞うラドンナだが、その言葉とは裏腹に表情は未だに暗いままだった。すると、ジェドが咳払いをする。

 

 「あー、おほん。ラドンナ……さんの言いたい事は分かったが、そんな事よりも大切な事がある……」

 

 「何でしょうか?」

 

 「ラドンナさん……いや、ラドンナ。君に暗い表情は似合わない。俺は笑顔の君が好きだよ」

 

 言い慣れていないであろう臭い台詞、ぎこちなく口にするジェド。見ているだけで全身が謎の痒みに襲われている感覚に陥る。実際、視界の端でエジタスが両手をクロスさせて、掌で全身を擦っている。

 

 一方で、実質プロポーズの言葉を受け取ったラドンナは、しばらく放心状態となり、そして……。

 

 「……ふっ、あはっ、はははははははははは!!!」

 

 「「「「あはは……あははは……あはははははははははは!!!」」」」

 

 作り笑いでは無い。本当の笑みを浮かべる。それにつられて、真緒達も思わず笑ってしまうのであった。

 

 その後、皆の緊張も解けたのか、宴は大盛り上がりを見せた。海賊と人魚による飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 

 そこに恥じらいや決まりなどは無く、まるでこれまでの鬱憤を晴らすかの様に、大騒ぎしていた。

 

 「あははははは!!! あー、もう可笑しい……ちょっと外の空気吸って来ます」

 

 そんな中、真緒は笑い疲れて一休みする為に、外へと出る事にした。すっかり日も沈み、町の灯りだけが唯一の光源だった。

 

 「ふぅ……あれ?」

 

 落ち着きを取り戻しつつある中、ふと丘の方に顔を向けると、そこに人影があるのを目にする。

 

 

 

***

 

 

 

 「ライア……」

 

 丘の上に置かれているライアの墓。その前に立つのはルーだった。彼女の名前を呟き、じっと見つめる。そんなルーの背後から声を掛ける真緒。

 

 「ルーさん」

 

 「……あぁ、お前か……結局俺は何も出来なかった……あの時も……そして今回も……守られてばかりだ」

 

 「そんな事は……!! いえ、ごめんなさい……」

 

 「何故、お前が謝る必要がある。全ては僕が弱いのが原因だ」

 

 「ルーさん……」

 

 「僕がもっと強ければ、ライアを失わずに済んだんだ」

 

 「……なら、強くなればいいじゃないですか」

 

 「何だと?」

 

 「強くなるのに、遅いも早いもありません。今からでも強くなればいいじゃないですか」

 

 「……今さら……何の為に強くなれと言うんだ。もうライアもいないというのに……」

 

 「あなたが守らなきゃいけないのは、ライアさんだけじゃないでしょう!!?」

 

 「まさかこの町や、他の人魚達なんて言うつもりじゃないだろうな。悪いが、僕はライア以外に執着するつもりは……」

 

 「“ルーさん自身”ですよ!!」

 

 「僕自身……!!?」

 

 「ライアさんの願いは地上に出る事でした。けど、それはルーさんと一緒じゃなきゃ意味が無かった!! それだけライアさんにとって、ルーさんはかけがえの無い存在という事だったんですよ!!」

 

 「僕が……」

 

 「そんなライアさんが愛したルーという人間を、あなたは全力で守らなければならない。ライアさんが歩めなかった人生を、代わりにあなたが歩むんです!!」

 

 「ライア……」

 

 脳裏に甦るライアとの思い出の数々。思わず涙ぐむルーだったが、零れる前に腕で拭い取る。

 

 「そうだな……僕は強くなって見せるよ。僕自身を守る為に……そして、ライアが歩めなかった人生を最後の最後まで謳歌する」

 

 「ルーさん……」

 

 「そうと決まれば、こんな所でウジウジしている場合じゃないな。急いで宴に戻らないと、折角の豪華料理を食べ損なっちゃうぞ!!」

 

 そう言うとルーは、一目散に城へと駆け出して行く。

 

 「あっ、ちょっ!! ルーさん、待って下さいよ!!」

 

 その後を笑顔で慌てて追い掛ける真緒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今より数週間前、まだ水の王冠が盗まれる前の事。水の王冠が保管されている宝物庫。中は窓など一切無く、唯一の扉が出入口となっている。更にその外側には数人の人魚達が四六時中見張っている為、蟻一匹張り込む事は出来ない。

 

 そんな誰もいない静かな宝物庫。何も無い空間から突如、一人の人物が現れる。

 

 「んっん~、見張るなら中を見張ってないと何の意味もありませんね~」

 

 その侵入者は他の宝に目もくれず、真っ直ぐ水の王冠に手を触れる。その瞬間、城中にけたたましい警報が鳴り響く。

 

 「おおっと、さすがにそこまでセキュリティは甘くありませんでしたか~」

 

 “宝物庫に侵入者だ!!”

 

 “急いで扉を開けろ!!”

 

 部屋の外で人魚達が騒いでいるのが聞こえて来る。

 

 「それじゃあまぁ、目的の物は手に入れた事ですし、そろそろお暇させて頂きますね~」

 

 そう言うと侵入者は、指をパチンと鳴らして水の王冠と共に、一瞬でその場から姿を消してしまった。

 

 「動くな!! 侵入者め……って、あれ?」

 

 ワンテンポ遅れて、人魚達が扉を開けて武器を構えながら中に入るが、そこには既に侵入者も水の王冠も無かった。

 

 

 

***

 

 

 

 広い広い大海原。その海面の上を歩く侵入者。盗んだ水の王冠を人差し指でくるくると回している。

 

 「さ~てと、これを何処に隠しましょうかね~。おや~?」

 

 そんな時、侵入者は海底に目を向ける。そこにはクラーケンが眠っているのが見えた。

 

 「ふ~ん、良い事思い付きました。それっ、ポチャンとな」

 

 そう言いながら、侵入者は折角盗み出した水の王冠を海に落としてしまった。水の王冠はそのままゆっくりとクラーケン目掛けて沈んでいく。

 

 「よしよし、これは面白い事になりそうな予感がしますよ~。後はマオさん達をクリアビーチに誘って……そうそう、海賊の方々も誘わないと……いや~、忙しくなって来ましたね~」

 

 その様子を見届けた侵入者は、再び指をパチンと鳴らして、その場から一瞬で姿を消した。その直ぐ後、水の王冠が沈んだ場所から、怪しい光が漏れ出るのであった。




この侵入者は、いったい○ジタスなんだ!!?
そして真緒達が次に向かう冒険の場所は!!?
という所で今回はここまで!!
次回から第六章 龍と小鳥が始まります!!
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第六章 龍と小鳥
旅の目標


今回から第六章が始まります!!
真緒達が旅する次なる舞台とは!?


 とある大陸の岸まで辿り着いた海賊船。手すりから岸まで、長い木の板を掛けると、そこを伝って真緒達は地上へと降り立つ。

 

 「ここが……“終わりの大地”」

 

 辺り一面に広がる灰色の土。草木が一本も生えていない様子から、大地その物が死んでいる事が嫌でも伝わって来る。

 

 真緒達が寂しい情景に対して物思いに耽っていると、後ろの木の板が回収され、手すり越しからジェドが話し掛ける。

 

 「俺達が案内出来るのはここまでだ。ここから先は、お前達だけで頑張るしかないぞ」

 

 「ジェドさん、わざわざ送って頂きありがとうございました」

 

 船で岸まで送り届けてくれたジェドに、真緒はかしこまった様子で御礼を述べる。

 

 「何言ってるんだ。一緒に戦った仲だろう、当然の事だよ。それより……本当に行くのか?」

 

 笑顔から一変、深刻な表情を浮かべるジェドに対して、真緒はこくりと頷く。

 

 「はい」

 

 「マオ……」

 

 何故、真緒達がこんな場所にやって来たのか、時は水の都での宴まで遡る……。

 

 

 

***

 

 

 

 「呼んでいる?」

 

 宴を大いに楽しんでいる真緒達。そんな中、ふとラドンナが真緒達を呼んでいる人物がいると話を切り出した。

 

 「誰がですか?」

 

 「ごめんなさい、それは分かりません」

 

 「分からないだと? そいつの特徴は?」

 

 「いえ、正確には誰にも言われてはいないんです」

 

 「「「「???」」」」

 

 意味の分からない答えに、真緒達は混乱する。するとラドンナの下に、お付きの人魚が歩み寄る。その手には、一本の巻物が握られている。

 

 「それは前にも見た、例の予言書ですね?」

 

 「……実は、この予言には更に続きが記されているのです」

 

 そう言うとラドンナは、テーブルの上に置いてある料理を片付けさせ、代わりに巻物を広げる。そこには、真緒達とおぼしき五人が水の王冠を取り返した後、雲よりも高くそびえる巨木を目指す絵が描かれている。

 

 「この木はいったい……?」

 

 「絵だけでは何とも言えませんが、雲を突き抜ける程の木となれば恐らく……」

 

 「“クラウドツリー”だ……」

 

 答える前に、ボソリと呟くフォルス。それに頷くラドンナ。

 

 「クラウドツリーって、何ですか?」

 

 「クラウドツリーは、世界最大級を誇る大木だ。そのあまりの大きさで、常に頂上は雲に覆われて、見た者は誰一人としていないらしい」

 

 「そんな凄い場所があるんですね。けど、それと私達を呼んでいる人物にどんな関係があるんですか?」

 

 真緒の疑問に対して、ラドンナは巻物を最後まで広げる。その最後の箇所には、真緒達の様な五人の他に一人の人物が向かい合う様に立っている絵が描かれている。しかし、その人物はフード付きのローブを羽織っており、種族や性別など詳しい外見は分からなかった。

 

 「……つまり、この予言書によれば私達はいずれクラウドツリーで、この人物と会う事になるという事ですか?」

 

 「信じられないのも無理はありません。しかし……」

 

 「この予言書の通り、俺達はこの水の都を訪れ、そして水の王冠を取り戻した。なら、遅かれ早かれ俺達はクラウドツリーに行く事になるのか?」

 

 「何だが、自分の意思じゃないみだいで気持ち悪いだぁ」

 

 「で、でもこうして事前に予言を知ったんですから、敢えてクラウドツリーを避けて旅を続ける事だって出来ますよ?」

 

 「……マオ、お前はどう思う? この予言通り向かうべきか? それとも避けるべきか?」

 

 それぞれの意見が飛び交い、気持ち悪さからハナコが両手で頭を掻きむしる中、真緒はじっと予言の書を眺める。

 

 「私は……」

 

 「行ってみたらどうですか~?」

 

 「し、師匠!?」

 

 自分の意見を口にしようとしたその時、何処から途もなくエジタスが背後に現れた。そして、行く事を提案する。

 

 「どうせ当ての無い旅なんですから、行ったって損は無いと思いますよ~」

 

 「それは確かにそうですけど……」

 

 「それに、見てみたいとは思いませんか~? 雲よりも高くそびえる巨木を?」

 

 「……見てみたい」

 

 真緒達の本来の目的は、まだ見ぬこの異世界を旅する事。ならば、クラウドツリーという最高の観光スポットを逃す理由など、何処にもありはしない。

 

 「皆、私行きたい。どんな相手かも分からないけど、それよりもそのクラウドツリーがどれだけ大きいのか、この目で見てみたい」

 

 「……まぁ、そう言うと思ってたけどな」

 

 「フォルスさん……」

 

 「マオさんが行く所なら、私達は何処迄もついて行きますよ」

 

 「リーマ……」

 

 「オラもクラウドツリーを見でみだいだぁ!!」

 

 「ハナちゃん……」

 

 それまで行くべきかどうか迷っていたフォルス、リーマ、ハナコの三人も、真緒の一声によって、行くという意見にまとまった。

 

 「皆、ありがとう。ラドンナさん、私達は予言の通りにクラウドツリーへと向かおうと思います」

 

 その言葉にラドンナは一瞬笑みを浮かべるも、直ぐに暗い表情へと戻ってしまう。

 

 「そうですか……しかし、クラウドツリーに辿り着く為には、絶対に越えなければならない場所があります」

 

 「“ヘルマウンテン”だな」

 

 「ジェドさん!?」

 

 エジタスの次はジェドが話に入り込んで来た。ちゃっかりラドンナの隣に立っている。

 

 「話は大体聞かせて貰った」

 

 「それでジェドさん、ヘルマウンテンというのは?」

 

 「ヘルマウンテンはその名の通り、“地獄の山”として恐れられている。終わりの大地と呼ばれる場所にあって、毎年命知らずの挑戦者がその山に挑むが、生きて帰った者は一人もいなかった」

 

 「そ、そんな恐ろしい場所なんですか……?」

 

 「今までの冒険とは訳が違う。生半可な気持ちで挑めば、命は無いだろう…………それでも行きたいか?」

 

 「…………」

 

 黙る真緒。仲間達も、どう声を掛けて良いか分からず、困惑してしまう。が、直ぐに口を開く。

 

 「……もう行くと決めたんです。今さら止める選択肢はありません。それに……」

 

 「それに?」

 

 「そのヘルマウンテンも、見てみたいです」

 

 「……くっ、くくく……はははははははははははははは!!!」

 

 真緒の肝っ玉が座った発言に、思わず笑ってしまうジェド。それにつられて、暗い表情だったラドンナも明るくなる。

 

 「皆様の覚悟、確かに受け取りました。私達も出来る限りのお手伝いを致します。あれをここに!!」

 

 そう言うと、城を警護する二人の人魚が一つの鎧を持って来る。しなやかな美しいフォルムをした銀色の鎧に薄いピンク色の布、まるで天女の羽衣の様な装飾が施されていた。

 

 「ラドンナさん、これは……?」

 

 「アーメイデ様が考案され、お造りになった魔法の鎧、名を“虚空”です」

 

 「アーメイデさんが!!?」

 

 ヒラヒラと鎧に付いた薄いピンク色の布がはためく。勿論、一番驚いたのはリーマだった。

 

 「鎧には風魔法が内蔵されており、一日一回で約十分間、空を自由に飛び回る事が出来ます」

 「す、凄い……!!!」

 

 「こちらをマオさんにお譲りします」

 

 「そ、そんな貴重な物、頂けませんよ!!」

 

 「水の王冠を取り戻して貰った御礼です。どうかヘルマウンテン攻略にお役立て下さい」

 

 「……あ、ありがとうございます……」

 

 震える手で鎧を受け取る真緒。

 

 「あっ、凄く軽い……」

 

 手にした瞬間に気が付いた。まるで羽の様に殆ど重さを感じない。真緒達が貰った鎧に夢中になっていると、ジェドが話し掛ける。

 

 「終わりの大地まで、俺達の船で送り届けてやるよ」

 

 「えっ、良いんですか!?」

 

 「当たり前だろ。というか、忘れているかもしれないが、お前は俺達の船の船長なんだぞ。行き先はお前が決めれば良い。俺達が全力で送り届けてやる」

 

 「ジェドさん、ありがとうございます」

 

 「また、いつでも遊びに来て下さい。私達はあなた方を歓迎します」

 

 「ラドンナさん……はい、その時はよろしくお願いします」

 

 そうして、真緒達はクラウドツリーへと向かう為にヘルマウンテンがある終わりの大地へと船を走らせる事となった。

 

 

 

***

 

 

 

 「そうだったな、一度決めた事を曲げる訳にはいかないもんな」

 

 「ジェドさん、ここまで送って頂けて本当にありがとうございました」

 

 「気にするな。またいつでも頼ってくれ。何故なら、お前はこの船の船長だからな」

 

 「ジェドさん……」

 

 するとその時、ジェドの他にルーや他の船員達も手すりから顔を出して、真緒達に声を掛ける。

 

 「元気でなー!!」

 

 「ハナコ、お前のパワーは最高だったぜ!!」

 

 「リーマ、今度また魔法について教えてくれよな!!」

 

 「フォルス、お前の弓の腕前、惚れ惚れしたぜ!!」

 

 船員達から送られる別れの言葉に、真緒達は胸を熱くさせる。そんな中、一際大きな声で叫ぶ者がいた。

 

 「マオ!!」

 

 「ルーさん!!」

 

 「お前には本当に世話になった!! まだ、大した礼も出来ていない!! だから、お前らが本当に困った時!! 助けを必要とした時!! 俺達が駆け付ける!! 約束だ!!」

 

 「はい!!」

 

 そして真緒達はジェド海賊団と別れを告げ、クラウドツリーで待つという謎の人物と会う為に、その道中にあるヘルマウンテンに向かうのであった。




終わりの大地に到着した真緒達。
果たして何が待ち受けているのだろうか!?
という所で今回はここまで!!
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終わりの大地の罠

前回、真緒達は終わりの大地に足を踏み入れた。
果たしてどんな危険が真緒達を待ち構えているのだろうか。


 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……あ、暑いだぁ……」

 

 予言に記された何者かが待つとされるクラウドツリーに向けて、出発を開始した真緒達。

 

 歩き始めて数時間、じわじわと彼女達を追い詰める存在と相対する。それは“暑さ”である。

 

 空は厚い雲に覆われ、太陽も顔を出していないのにも関わらず、灰色の地面からほんのりと湯気の様な物が立ち上っている。

 

 次第に体力も奪われていき、出発当初こそ真緒、ハナコ、リーマ、フォルス、そしてエジタスの順番であったが、今となってはエジタス、フォルス、リーマ、ハナコ、そして真緒と逆転する形となっていた。

 

 特に女性陣は全身から汗が噴き出し、視界もボヤけ、更に鼻での呼吸では物足りず、口呼吸をする始末である。ハナコに至っては、まるで犬の様に舌を出しながら呼吸して、必死に体温調節を行っている。

 

 「数千年前、ヘルマウンテンの噴火によって、ここら一帯の大地は流れ出したマグマに覆われた。その影響でこの大陸自体、他の大陸よりも平均温度が少し高いんだ」

 

 「はぁ……はぁ……少じじゃないだよぉ……」

 

 「…………」

 

 そんな中、リーマが額から流れ落ちる汗が目に入らぬ様、着ているローブで何度も拭いながら、どんどん先へと進むエジタスとフォルスを見つめる。

 

 「ふぅ……ふぅ……ど、どうしてお二人はこの猛暑の中、そんな平気でいられるんですか?」

 

 三人がふらふらと覚束ない足取りの一方、すたすたと確かな足取りで歩くエジタスとフォルスの二人。それどころか、エジタスはご機嫌な様子でスキップさえしている。

 

 肌を一切見せない服装のエジタスと全身が羽毛で覆われているフォルス。五人の中で最も暑そうな格好の二人。なのに、一切汗をかいていない。疑問に思うのも当然だった。

 

 「う~ん、確かに言われてみれば少し暑い気もしますが……まぁ、これ位の暑さは誤差の範囲ですよ~?」

 

 「俺は……あー、そう、鍛えているからな。こういうのには慣れているんだ」

 

 さも当然の様に答えるエジタスと、答えになっている様で、全く答えになっていないフォルス。

 

 「は……はは……」

 

 異常とも言える二人の感覚に、リーマは笑うしかなかった。

 

 「そんなに暑いんだったら、魔法で涼しんだらどうだ? 確か、水魔法が使えた筈だろう?」

 

 「そ、そうでした!! その手がありました!!」

 

 フォルスに言われ、ハッと思い出したリーマは、慌てて魔導書を取り出し、ページをめくる。

 

 「そ、その次はオラにもお願いだぁ」

 

 「“ウォーターキャノン”!!」

 

 ハナコがワクワクしながら順番待ちをする中で魔法を唱えると、空中に水の塊が浮かび上がり、そのまま真下にいるリーマ目掛けて落ちて来る。頭から水を被ったリーマだったが、次第に全身が赤く染め上がる。そして……。

 

 「!!? わちゃちゃちゃちゃちゃ!!!」

 

 「「「!!?」」」

 

 叫び声を上げながら、その場を転がり回るリーマ。慌てて着ているローブを脱ぎ捨て、服を脱ぎ捨て、あまつさえ下着まで脱ぎ捨てようとしたので、慌ててハナコがくい止める。

 

 「はひぃ……ひぃ……」

 

 「リーマぢゃん……だ、大丈夫がぁ?」

 

 「フォルス……さん……」

 

 「な、何だ?」

 

 「だ、駄目です……こ、ここで水を生成しても……あっという間に熱湯に変わってしまいます……」

 

 「そ、そうか……すまなかったな、少しは涼しめると思ったんだが……予想外だった……」

 

 「いえ、私が……勝手に……やった事ですから……気にしないで……下さい……」

 

 茹でダコになっているリーマを必死に介抱するハナコ。そんな中、エジタスがふと辺りを見回す。

 

 「おやおや~? マオさんの姿が見えませんね~?」

 

 「そ、そういえば……」

 

 涼しむ事に夢中になって、今まで気が付かなかったが、この会話に真緒がいないのは不自然だった。何より、リーマが苦しんでいるのに、安否も確かめないのはあり得ない。

 

 キョロキョロと皆で真緒の捜索を開始する。すると、少し戻った場所で仰向けになって倒れているのを発見した。

 

 「マオぢゃん!!」

 

 「マオさん!!」

 

 「マオ、大丈夫か!!?」

 

 駆け寄る仲間達が覗き込むと、浅いながらも確りと呼吸をしており、命に別状は無かった。しかし、ハナコやリーマ以上に汗をかいており、そのあまりの量に地面が乾かずに濡れたままになっている程だった。このままでは、遅かれ早かれ熱中症と脱水症状で死んでしまう。

 

 「リーマ、鞄から飲み水を取り出して急いで飲ませてくれ!!」

 

 「は、はい!!」

 

 「ハナコ、鎧を脱がすのを手伝ってくれ。十中八九、原因はこれだ」

 

 「分がっだだぁ!!」

 

 「エジタスさん、近くに巨大な岩で影になっている場所がある筈です。見つけたら、転移魔法ですぐに戻って来て下さい」

 

 「わっかりました~」

 

 フォルスが的確に指示を出し、皆一斉に動き始める。

 

 

 

***

 

 

 

 「……ん……んん……」

 

 「マオぢゃん!! 良がっだぁ!! 目が覚めで!!」

 

 「マオさん、気分はどうですか?」

 

 「あれ? 私……どうしちゃったの?」

 

 真緒が目を覚ますと、そこは巨大な岩で影になっている場所だった。側にはハナコとリーマの二人がおり、少し離れた所ではエジタスが転移魔法を利用して、冷たい水を運んでフォルスに手渡していた。

 

 「起きたか、マオ。ほら、冷たい水だ」

 

 「ありがとうございます」

 

 フォルスから水を手渡された真緒は、ゆっくりと口に運ぶ。余程喉が渇いていたのだろう、そのままイッキ飲みしてしまった。

 

 「んっ……んっ……ぷはぁ!!」

 

 「無事で何よりだ」

 

 「あの……私は……」

 

 「マオさんは熱中症と脱水症状のダブルパンチで、ノックアウトされていたんですよ~」

 

 「そうだったんですね。それを皆が助けてくれた。本当にありがとう」

 

 「気にしないで下さい。こんな異常な暑さで、倒れない方が可笑しいんですよ」

 

 そう言いながら、リーマはチラリとエジタスとフォルスを見る。二人はキョトンとした様子でこちらを見ていた。

 

 「でも、まさかここがこんなに過酷な場所だったなんて……あれ? 私の鎧は?」

 

 ここで漸く、鎧が無い事に気が付いた真緒。

 

 「あぁ、それなら仕舞っておいた。そもそも、お前が倒れた原因はあの鎧だ」

 

 「只でさえ暑い場所で、鎧なんて熱のこもる物を着ていたら、倒れてしまうのも無理ありませんよ」

 

 「で、でも……鎧無しでこれからどうすれば……」

 

 「なら、ラドンナ女王から貰った“虚空”を身に付けたらどうだ? 水の都にあった代物だ。今のよりかは、涼しいだろう」

 「そうですね。ちょっと着けてみようと思います」

 

 そう言うと真緒は、ラドンナから貰った鎧“虚空”を取り出し、身に付けてみた。

 

 「ほぉ、中々様になっているじゃないか」

 

 意外にもサイズはピッタリだった。いや、ピッタリになったというのが適切かもしれない。虚空に掛けられている魔法によって、真緒の体に合わせて大きさが変化した。

 

 「マオぢゃん、格好良いだぁ」

 

 「よく似合っていますよ、マオさん」

 

 「ありがとう。師匠、どうでしょうか?」

 

 皆が褒めてくれる事に、照れ臭そうに笑う真緒。だが、後一人感想を貰っていない。真緒にとって最も大切な人の言葉を。恥ずかしがりながらも、エジタスに身に付けた虚空を見せる。

 

 「ふ~む……」

 

 顎に手を当て、意味ありげに吟味するエジタス。緊張と恥ずかしさで、心臓が激しく鼓動する。あまりの激しさに、音が聞こえていないかと心配になる程だ。しばらく真緒を見つめた後、エジタスは両手を何度も叩いて拍手し始める。

 

 「素晴らしい~!! より一層強さが増しましたね~!! 私も誇らしく思いますよ~!!」

 

 「あ、ありがとうございます!!」

 

 予想以上に大袈裟に褒めてくれたエジタス。思わず真緒の顔も綻んでしまう。

 

 「それにしても、よくこんな場所を見つけられたね。大変だったでしょう?」

 

 「いえ、フォルスさんが的確に指示を出してくれたので、問題ありませんでした」

 

 「凄かったですよ~、まるでここに来たのが“初めて”じゃないみたいでしたよ~」

 

 「フォルスさん、凄いじゃないですか!!」

 

 「っ……は……ははは……そ、そうだろう、俺にとっては初めての場所でも、自分の庭の様に歩けるんだ……ははは……」

 

 「フォルスさん……?」

 

 「あー、マオも無事だった事だし、少し休憩したら先を急ごう。ヘルマウンテンまでもうすぐだ」

 

 そう言うと、フォルスは足早にその場を去ってしまった。その様子に真緒は違和感を覚えるも、理由までは分からなかった。




終わりの大地に潜む天然の罠に苦しむ真緒達。
無事にヘルマウンテンまで辿り着けるのだろうか。
という所で今回はここまで!!
面白ければ評価やコメント、お気に入りもよろしくお願いします。


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間欠泉と亀裂

今回は中々にボリュームのある内容となっています。


          プゥ~

 

 気の抜けた風船の様な高音が周囲に響き渡る。それと同時に卵が腐った様な、嫌な臭いが鼻を通り、思わず顔をしかめる。

 

 すると、フォルスが左手で鼻を摘まみ、右手で空気を払う様な大袈裟でわざとらしい素振りをする。

 

 「おいおい、いったい誰だー? 随分と強烈な一撃じゃないか?」

 

 「わ、私じゃありませんからね!?」

 

 「オラでも無いだぁ」

 

 「私も違います」

 

 「勿論、私でもありませんよ~」

 

 当然の様に否定する一同。しかし、話はそこで終わらず、何故かフォルスは必要以上に犯人探しを追求し始める。

 

 「そんなはず無いだろう、ここには俺達以外誰もいないんだ、絶対この中の誰かだ。ほら、今の内に正直に話したらどうだ? 別に恥ずかしがる必要は無いんだぞ。生理現象なんだからな」

 

 「そう言うフォルスさんはどうなんですか?」

 

 「は?」

 

 「実は自分がしたのに、言うのが恥ずかしいから、そうやって居もしない別の犯人を仕立て上げようとしているんじゃないですか?」

 

 「おいおい、何を言い出すかと思えば……いいかマオ、もし俺が犯人だとしたら、こんな風に誤魔化したりは絶対にしない。ちゃんと公言して、一言謝ってる」

 

 「ほら、やっぱりフォルスさんも否定するんじゃないですか」

 

 「当たり前だろ。やっても無い事を認める訳にはいかない」

 

 「それはこっちも同じです」

 

 「いや、だがな…………」

 

 フォルスと真緒の白熱した、くだらない論争を続ける事、約十分。他の三人は待っている事に疲れ、その場に座り込む。

 

 「まだやっでるだぁ……」

 

 「……何か、可笑しくありませんか?」

 

 「ん~、何がですか~?」

 

 そんな中、リーマがとある違和感に気が付いた。二人の水掛け論を聞くよりも楽しそうだと、ハナコとエジタスはリーマの話を聞く事にした。

 

 「いや、フォルスさんがこんなにも必死になるだなんて、それも誰がオナラをしたかという、どうでも良い様な理由で……」

 

 「確がに……」

 

 「普段のフォルスさんからは、想像も付きませんね~」

 

 「何だか、いつものフォルスさんらしく無いみたい……」

 

 「そうですね~、まるで……無駄に時間稼ぎをしている様に、感じられますよね~」

 

 「時間稼ぎ? それってどういう……」

 

 エジタスの言葉の意味を聞き返そうとするリーマ。しかし、それを聞く事は叶わなかった。それよりも早く、そして大きな声で遮られてしまったからだ。

 

 「もう、いい加減にして下さい!!」

 

 「「「!!?」」」

 

 そう声を荒げたのは真緒だった。無理矢理出した結果、息切れしてしまうが、これによってフォルスとの会話は一旦止まる事となった。

 

 「この終わりの大地に来てからフォルスさん、何だか可笑しいですよ。口数が極端に減ったり、かと思えば今みたいにどうでも良い様な事に、無理矢理口を出したり、いったいフォルスさんは何がしたいんですか!?」

 

 「い、いやそれはだな……あ、あれだ……初めての場所で少し緊張しているんだ……」

 

 「だとしても、こんな事に数十分も時間を無駄にするなんて、いつものフォルスさんらしく無い!! 私だって馬鹿じゃありません。フォルスさん、ヘルマウンテンに近付くにつれて、様子が可笑しくなっているんです」

 

 「そ、そんな事は……「マオさんの言う通りです」……?」

 

 真緒がフォルスに疑いの目を向ける中、会話にリーマ達三人も参加して来た。

 

 「お、お前らまで……」

 

 「初めての場所って言ってましたけど、マオさんが熱中症で倒れた時、エジタスさんに巨大な岩で影になっている場所の事を教えてましたよね? あんな事が出来るのは、ここをよく知っている人だけですよ」

 

 「フォルスさん、もしかして以前にも、この終わりの大地に来た事があるんじゃないんですか?」

 

 「…………」

 

 「もし、何か隠しているんだったら、教えて下さい。私達は仲間じゃないですか」

 

 「…………」

 

 「楽しい時は勿論、辛い時や悲しい時も気持ちを共有し合う。それでお互い背中を預けられる仲になれる。フォルスさん、私達にあなたの気持ちを共有させて下さい。私達の背中を預けさせて下さい」

 

 「マオ……俺は……」

 

 真緒達の説得により、心を開きかけるフォルス。遂に隠していた事を口にしようとしていた次の瞬間!!

 

         プゥ~

 

 またも、周囲に気の抜けた風船の様な高音が響き渡る。更にお馴染みの腐った卵の様な嫌な臭いが漂う。しかも、さっきのよりキツイ。

 

 「「「うっ!!!」」」

 

 これにはさすがの真緒達も、思わず鼻を摘まんでしまう。唯一、仮面を被っているエジタス、そしてフォルスだけは何とも無い様子だった。

 

 「いったい何なんですかこれは……?」

 

 真緒がしかめっ面になっていると、彼女の足下の地面が突然盛り上がり始める。

 

 「!!! マオ、危ない!!」

 

 逸早く気が付いたフォルスは、目の前にいる真緒を勢いよく突き飛ばした。

 

 「痛っ!! いきなり何するんですっ……!!」

 

 尻餅をつき、痛みに耐えながらフォルスに訴え様としたその時、先程まで真緒が立っていた盛り上がった地面から、水がけたたましい音を立てて、勢い良く噴き出した。

 

 「「「!!?」」」

 

 これを皮切りに、次々と周囲の地面が盛り上がり、そこから勢い良く水が噴き出し始める。

 

 「な、な、何ですかいったい!!?」

 

 「突然、地面から水が噴き出して来ましたよ!!?」

 

 真緒達が狼狽えていると、噴き出した水滴がハナコのお尻に降り掛かる。

 

 「あぢゃあああああああああ!!!」

 

 「ハナちゃん!!?」

 

 「どうしたんですか、ハナコさん!!?」

 

 ジュッ、という音を立てたかと思えば、ハナコは両手でお尻を抑えながら、地面に転がり始める。

 

 「熱いだぁ!!!」

 

 「「熱い!!?」」

 

 「これは只の水じゃない。間欠泉だ!!」

 

 「間欠泉?」

 

 「確か、一定周期で水蒸気や熱湯を噴出する温泉の事ですよね?」

 

 「ああ、さっきから聞こえていたオナラの様なあの音は、間欠泉のガスが漏れる音だったんだ!! だが、この時期なら間欠泉も大人しい筈なんだが……」

 

 「この時期って、やっぱりフォルスさん、ここに来た事があるんですね!!?」

 

 「その話は後だ!! 今はこの間欠泉地帯から抜け出す方が先決だ!!」

 

 フォルスの言う通り、不定期に地面から温泉が噴き出して来る。このままここにいたら、いつ直撃しても可笑しくない。

 

 「わ、分かりました。でも、いったいどうしたら?」

 

 「とにかく突っ走るんだ」

 

 「え!!?」

 

 「もういつ俺達がいる場所に、温泉が噴き出しても可笑しくはない。一刻も早くこの場所から離れるんだ」

 

 「反対です!!」

 

 「「「え!!?」」」

 

 フォルスの意見に異を唱えたのは、またしても真緒だった。これには、他の三人も驚きの表情を隠せなかった。

 

 「何だと……?」

 

 「何の考えも無しに突っ込んだら、それこそ噴き出した温泉に当たって死んじゃいます。それよりも、慎重に一歩一歩確実に歩いて抜け出した方が良いです」

 

 「そんな悠長な事をしていたら、間欠泉に吹き飛ばされるぞ!! ここは走るしか道は無いんだ!!」

 

 「走れば冷静な判断力が失われてしまいます!! こういう時こそ、冷静にならなければいけないんです!!」

 

 「俺は冷静だ!! 冷静じゃないのは、お前の方だぞ!!」

 

 「それはフォルスさんの方でしょ!? こんな間欠泉地帯を駆け抜けるだなんて、正気の沙汰じゃありません!!」

 

 「そこをゆっくり歩こうとするマオの方が正気じゃない!!」

 

 「二人とも、いい加減にして下さい!! 今は喧嘩している場合じゃないでしょ!!」

 

 二人の間に割って入るリーマ。にも関わらず、睨み合い続ける二人。その間にも次々と間欠泉が噴き出している。

 

 「チィ、勝手にしろ!! 俺は先に行くからな!!」

 

 そう言うとフォルスは一人、走って行ってしまった。

 

 「ど、どうするだぁ!!?」

 

 「私達も早く行かないと……マオさん!!」

 

 「……二人は先に行っててよ。私はゆっくり慎重に行くから……」

 

 「何行ってるんですか!!? 変な維持を張ってる場合ですか!!?」

 

 「…………」

 

 一緒に出ようとする手を払い除ける真緒。リーマが必死に説得しようとするも、何も答えようとせず、あくまでも一歩ずつ確実に進むつもりの様だ。

 

 「……もう!! ハナコさん、マオさんを抱えて下さい!!」

 

 「おっじゃああああ!!!」

 

 痺れを切らしたリーマが、ハナコに頼んで真緒を抱え、無理矢理運ぼうとする。

 

 「ちょ、ちょっと離してよ!! 私はゆっくり慎重に……!!」

 

 「ちょっと黙ってて下さい!!」

 

 「は、はい……」

 

 普段、怒らないリーマが珍しくブチ切れている様子に、すっかり萎縮してしまう真緒。大人しく運ばれる事を選んだ。

 

 「フォルスさんの後を追い掛けましょう!!」

 

 「分がっだだぁ!!」

 

 リーマは、まだ僅かに見えるフォルスの背中を追い掛ける。その後ろに真緒を抱えたハナコが続く。

 

 駆け抜ける間も、間欠泉は次々と噴き出していく。右、左、背後、そして目の前と予測の付かない噴き出しに、中々前に進む事が出来なかった。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「ハナちゃん、大丈夫?」

 

 人間一人を抱えながら走っている為、いつもより息切れするタイミングが早い。このままでは危険、そう判断した真緒はハナコに声を掛ける。

 

 「大丈夫だぁ!!」

 

 そんな言葉とは裏腹に、前を走るリーマとの距離はどんどん離れていく。このままでは、見失ってしまう。そう考え、ハナコはペースを上げようとする。その瞬間!!

 

 「ハナちゃん、危ない!!」

 

 「!!!」

 

 真緒の言葉に思わず足を止めてしまうハナコ。するとその目の前で間欠泉が噴き出した。もし、あのままペースを上げていれば、直撃していた事だろう。

 

 「ありがどう、マオぢゃん……」

 

 「無事で良かった。けど……」

 

 これで完全にリーマを見失ってしまった。周りは間欠泉に囲まれ、どっちが前かも分からない状態。下手に動けば、一生出る事は出来ないだろう。

 

 「いっ、いっだいどうじだらいいんだぁ!!」

 

 「…………」

 

 解決策が浮かび上がらず、立ち往生してしまう二人であった。

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、フォルスは何とか間欠泉地帯から抜け出す事に成功していた。

 

 「はぁ……はぁ……や、やったぞ!!」

 

 「いや~、お早いご到着でしたね~」

 

 「エジタスさん!!?」

 

 何とそこには、既にエジタスの姿があった。自分よりも早く抜け出していた事に、驚きを隠せないフォルス。

 

 「いっ、いったいどうやって!!?」

 

 「おや、忘れてしまったんですか~? 私には“転移”がある事を~?」

 

 つまり、あの間欠泉地帯から空間魔法を利用して、一瞬で抜け出したのだ。

 

 「それが出来るのなら、どうして俺達も一緒に連れて行ってくれなかったんですか!!?」

 

 「う~ん? だって、フォルスさんはあの間欠泉地帯を走って抜け出すって言っていたではありませんか~?」

 

 「それはそうですけど、あれはそれしか方法が無いと思っただけで……」

 

 「まぁまぁ、こうして無事に脱出出来たんですから、マオさん達が来るのを気長に待ちましょう」

 

 「っ!! そうだマオは!!?」

 

 慌てて抜け出して来た間欠泉地帯に目を向けると、丁度そこからリーマが勢い良く飛び出して来ていた。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

 「リーマ、大丈夫か!!?」

 

 「え、えぇ……な、何とか……」

 

 「マオとハナコはどうした?」

 

 「あれ? さっきまで一緒にいたのに……まさか何かあったんじゃ!!?」

 

 「……俺、助けに行って来る!!」

 

 「駄目ですよ!! 戻るなんて自殺行為です!!」

 

 「離してくれ!! 早く行かないとマオ達がっ……!!!」

 

 その時、間欠泉地帯が大爆発を起こし、間欠泉自体は無事に収まったが、先程までフォルス達が走って来た道は地面ごと抉られていた。

 

 「マオ……」

 

 「マオさん……」

 

 膝から崩れ落ち、絶望する二人。すると、エジタスが二人の肩をポンポンと叩き、空を指差す。

 

 「「おーい!!!」」

 

 「マオ!!!」

 

 「マオさん!!!」

 

 そこには真緒の着ていた鎧、“虚空”によって空を飛び上がる真緒と、真緒に抱き抱えられているハナコの姿があった。

 

 「皆、心配を掛けてごめんね」

 

 「マオさん、良かった!! 本当に良かった!!」

 

 「フォルスさん……ごめんなさい、ムキになってしまって、フォルスさんは私達を助けようとしてくれていたのに……」

 

 「いや、俺も変に意地を張ってしまった。もっとお前達の気持ちも考えるべきだった。すまなかった」

 

 お互いが謝り合う事で、漸く仲の良いパーティーに戻った。この様子に、ハナコとリーマも思わず顔が綻ぶ。

 

 「それじゃあ、改めて皆でヘルマウンテンに向かいましょう!!」

 

 「「「おぉおおおおお!!!」」」

 

 「…………」

 

 真緒の言葉にハナコ、リーマ、エジタスの三人が元気良く返事する中、フォルスだけが無言で真緒達の前に立つ。

 

 「フォルスさん?」

 

 何か言い忘れた事でもあったのだろうか。そんな真緒の考えは、次の言葉で覆される。

 

 「……悪いが、お前達をこの先に行かせる訳にはいかない」

 

 「フォルスさん!!?」

 

 「何を言っでるだぁ!!?」

 

 「フォルスさん……いったいどういう……?」

 

 困惑する真緒達に、フォルスは弓を手に持って、真緒達の方に突き出しながら言い放つ。

 

 「どうしても行くというのなら、この俺を倒してからにしろ」




喧嘩からの仲直りと思いきや、まさかまさかの対立!!?
次回、真緒とフォルスの悲しい戦い。
今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
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望まぬ戦い

今回はまさかの真緒VSフォルス。
どっちが勝っても悲しい気持ちになる。
誰も望まない戦いが始まる。


 「な、何を言っているんですか? じょ、冗談……ですよね?」

 

 「…………」

 

 真緒は緊張しながらも、笑って誤魔化し、話し掛ける。しかし、フォルスは何も答えない。無言のまま、じっと真緒の方を見つめるだけだ。その様子に一層、不安と緊張が走る。

 

 「ちょ、ちょっとフォルスさん!!? 悪ふざけにしてはやり過ぎですよ!!?」

 

 「んだんだ!! ざっぎ仲直りじだばっがでねぇがぁ!!」

 

 「…………」

 

 リーマとハナコが話し掛けるも、やはりフォルスは何も答えず、じっと真緒の顔を見つめる。そして、その目には一切の冗談や悪ふざけといった感情は含まれていない事が感じられた。

 

 その事実が、真緒達を絶望の淵に叩き落とした。しかし、それでも真緒は……。

 

 「ま、まだ私の身勝手な行動に怒っているだけですよね……ね?」

 

 諦めきれない。何とか笑い話に持って行こうとするが、次の瞬間、フォルスから発せられた一言で現実に引き戻される。

 

 「……剣を抜け」

 

 「そんな……嫌です」

 

 当然、真緒は拒否する。戦う理由が無いのもそうだが、何よりもこれまで供に旅して来た仲間と傷つけ合う事など、考えられなかった。

 

 「……剣を抜け」

 

 「嫌です!!」

 

           ヒュン!!!

 

 「「「!!?」」」

 

 頑なに剣を抜こうとしない真緒。するとフォルスは、真緒目掛けて弓を引き、勢い良く矢を放った。放たれた矢は真緒の頬をかすり、地面に突き刺さる。かすった頬から血が流れる。

 

 「これだけはハッキリさせよう。別にお前が剣を抜く抜かないに関係無く、俺は攻撃するぞ」

 

 「フォルスさん……っ!!?」

 

 そう言うとフォルスは、続けて矢を真緒目掛けて勢い良く放つ。それも今度は頬をかする様にでは無く、顔面に突き刺さる様に。真緒は条件反射で剣を抜き、迫り来る矢を斬り落とした。

 

 「それで良い。さぁ、始めるぞ」

 

 「待って下さい!! せめて……せめて理由だけでも教えて下さい!! フォルスさんが、戦ってまで私達をヘルマウンテンに行かせたくない理由……それを教えて下さい!!」

 

 「…………行くぞ」

 

 「フォルスさん!!」

 

 最早、真緒の問い掛けに答えるつもりは無いらしい。フォルスは上空に何本か矢を放つと、真緒に向かって走り出し、何とパンチの構えをする。

 

 「はっ!!?」

 

 上空に放った矢に視線を奪われ、目の前のフォルスから放たれる蹴りに、対応が遅れてしまった。慌てて両腕をクロスさせてガードの構えをするが、それを読んでいたフォルスはパンチの構えを解き、無防備な足下を狙って足ばらいをし、真緒に尻餅を付かせる。

 

 「あぐっ!!!」

 

 「余所見とは、随分と余裕じゃないか?」

 

 「フォルスさん……止めましょう……こんなの……私……嫌ですよ」

 

 「…………」

 

 真緒の目から涙が零れる。悲しみ、戸惑い、疑問、様々な感情がごちゃ混ぜになり、戦う気力が無かった。必死に懇願する真緒の姿を見たフォルスは、くるりと背中を向けて離れていく。絶好の攻撃チャンスを手放したのだ。その様子に真緒は驚きの表情を浮かべる。そして同時に顔から笑みが溢れる。

 

 「フォルスさん、分かってくれたんで「マオぢゃん!!!」……!!?」

 

 「上です!!」

 

 和解出来たと喜び、起き上がろうとしたその時、ハナコが大声を上げて真緒に危険を知らせ、更にリーマが注意を促す。急いでその方向に顔を向けると、そこには複数本の矢が、こちら目掛けて降り注いで来ている。

 

 始め、フォルスが注意を逸らす意味で、上空に放ったと思われていた矢だが、全てはこの時の為だった。最高地点まで到達した矢は、そのまま重力に従って放物線を描きながら、丁度真緒がいる場所に落下して来たのだ。

 

 「うっ、きゃ!!!」

 

 「マオぢゃん!!!」

 

 「マオさん、大丈夫ですか!!?」

 

 真緒は慌てて避けようとしたが、気が付くのがワンテンポ遅れてしまった、そして起き上がり掛けていた事も重なり、全てを避ける事は出来なかった。内の一本が左肩に突き刺さる。

 

 「ぐぐ……あぁ!!!」

 

 真緒はその矢を掴むと、無理矢理引き抜いた。矢じりには血がベットリと付いており、抜いた箇所からも血が止めどなく溢れ出している。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 焼ける様な痛み。寧ろ、運が良かったのかもしれない。もし、あのままハナコとリーマに声を掛けられなかったら、全身に矢を浴びて確実に死んでいただろう。

 

 “死”。フォルスは真緒を本気で殺そうとした。その事に恐怖、そして怒りが沸き上がる。真緒は無意識にフォルスを睨み付ける。

 

 「……良い目だ。やっと本気になったらしいな」

 

 「……フォルスさん、どうしても止めるつもりは無いんですね?」

 

 「……くどい」

 

 「仕方ありませんね。心苦しいですが、フォルスさんを再起不能にして、無理矢理事情を聞かせて貰います!!」

 

 遂にフォルスと戦う事を決意した真緒。剣を握り締め、フォルスに向かって一直線で走り出す。

 

 「スキル“ロックオン”」

 

 「!!!」

 

 すると、フォルスは真緒に対してスキルを発動する。その瞬間、真緒の体にターゲットマーカーが表示される。そしてフォルスは、真緒……では無く明後日の方向へと矢を放った。

 

 戦いを放棄した……いや、勿論違う。真緒は分かっている。フォルスの行動の意図を。その時、明後日の方向に飛んでいった筈の矢が物理法則を無視して、軌道を変えて真緒の体に表示されているターゲットマーカー目掛けて飛んで来る。

 

 「……ふん!!」

 

 真緒はこれを冷静に対処する。ターゲットマーカーが表示されているという事は、逆に矢の軌道が一目で分かるという事。後はタイミングさえ合わせれば、簡単に斬り落とす事が出来る。

 

 「さすがだな。それなら、こいつはどうかな!?」

 

 するとフォルスは、真緒目掛けて矢を放つ。スキルを発動している訳でも、放物線を描く様な攻撃でもない。何の変哲も無い只の矢。

 

 しかし、本命は矢の方では無かった。フォルスは矢を放つと同時に、真緒に向かって走り出していた。

 

 「これは……!!?」

 

 元来、弓矢を扱う遠距離専門の者が接近戦を行う事は殆ど無い。無論、あるにはあるがそれはあくまでも、弓矢という自身の武器が使えなくなった時の最終手段に近い。ましてや自分から積極的に近付いていくなど、まず考えられない。

 

 「(どうしよう……矢を対処すれば、その後ろにいるフォルスさんに攻撃されてしまう。かと言って、フォルスさんを対処しようとすれば、まともに矢を食らってしまう……だったら!!)」

 

 悩んだ挙げ句、真緒が導き出したのは、飛んで来る矢をまともに受ける事だった。矢は見事、真緒の胸へと突き刺さる。

 

 「あがっ!!!」

 

 「血迷ったか!!!」

 

 肩の時とは比べ物にならない程の痛み。矢じりが肺まで到達しているのか、上手く息を吸えない。油断すると、今にも意識が持っていかれてしまいそうになる。しかし、今まで数多くの修羅場を潜り抜けて来た真緒。常人を遥かに凌ぐ精神力で何とか持ち堪える。

 

 だが、状況は何も変わっていない。それ処か、満身創痍の状況にフォルスが追撃を仕掛けようとしている。対して真緒は、痛みに堪えながら負傷している左腕を迫り来るフォルスに向けて突き出す。

 

 「何をするつもりか知らないが、もう遅い!!」

 

 そう言うとフォルスは、足の鉤爪で蹴り付けようとして来る。

 

 「“ライト”!!」

 

 「何だとっ!!?」

 

 その瞬間、真緒の突き出した左手から眩い光の玉が生成される。それは目が開けられない程、強力であった。突然、目の前が真っ白になったフォルスは、思わず蹴り付けるのを途中で止めてしまう。

 

 「く、くそっ!! 目眩ましか、小賢しい真似を……!!」

 

 頭を左右に小刻みに動かし、両目を何度も開け閉めする。やがて目が慣れ始め、周りの様子が認識出来る様になるが、真緒の姿は何処にも無かった。

 

 「ど、何処に行った!!?」

 

 目の前から突然消え失せた真緒。ハナコとリーマ、エジタスの姿がある事から、必ず近くにいる事は分かっている。フォルスは慌てて左右、そして背後を確認する。しかし、真緒を発見する事は出来なかった。

 

 「何処にもいないだと……こ、こんな馬鹿な事が!!? いや、待て……まさか!!?」

 

 一瞬、動揺してしまうフォルスだったが、そこはやはり真緒と同じく数多くの修羅場を潜り抜けて来た存在。残された唯一の可能性に気が付く。フォルスは、空を見上げる。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 そこには、か細い呼吸をしながら空中に浮かび上がっている真緒の姿があった。

 

 「やはり虚空の力を使ったのか!!?」

 

 「さすがフォルスさんです。だけど、これで終わりです!! はぁあああああああああ!!!」

 

 「ぐっ……!!!」

 

 空中から地上のフォルス目掛けて剣を振り下ろす真緒。気が付けたとはいえ、体制的には不利なフォルス。咄嗟に弓矢を構えようとするが、間に合う事無く、肩から腰にまで掛けて一刀両断されてしまう。

 

 「がふっ!! おがぁ!!!」

 

 「や、やっ……た……」

 

 血を噴き出しながら、仰向けに倒れるフォルス。そして真緒も集中力が切れてしまったのか、地上に降り立った瞬間、前のめりに倒れてしまった。

 

 「マオぢゃん!!」

 

 「マオさん!!」

 

 慌てて駆け寄り、真緒の安否を確めるハナコとリーマ。体を仰向けに直し、何度も体を揺すって声を掛けるが、ピクリとも動かない。

 

 「ごのままじゃ……ど、どうじよう!!?」

 

 「確りして下さい!! マオさん!!」

 

 「無闇に怪我人を揺するもんじゃない」

 

 そこに現れたのは、真緒に一刀両断された筈のフォルスだった。生きている事に驚きを隠せないハナコとリーマ。

 

 「そんな……ど、どうして……?」

 

 「あの一瞬、マオは俺の体を斬る力を緩めた。そのお陰で致命傷にはならなかった。最後まで非情になれなかったんだな」

 

 「だから、マオさんにトドメを刺しに来たんですか!!?」

 

 「ざぜないだぁ!! 今度はオラ達が相手だぁ!!」

 

 真緒を庇う様に立ち塞がるハナコとリーマ。するとフォルスはポーチから、一本のポーションを取り出し、リーマに投げ渡す。

 

 「まず胸の矢を抜け、そしたら急いでこのポーションを掛けろ。それで恐らくは助かるだろう」

 

 「ほ、本当ですか!!?」

 

 「早くしろ、手遅れになるぞ……」

 

 「マオさん、今助けますから!!」

 

 「マオぢゃん、死なないでぐれぇ!!」

 

 「…………」

 

 フォルスからポーションを受け取ったリーマは、急いで言われた通り真緒の胸に刺さった矢を引き抜き、上からポーションを掛けた。すると、みるみる内に傷が塞がっていく。その様子を見届けたフォルスは、人知れずその場を去っていく。

 

 「な、治った!!」

 

 「良がっだだぁ!!」

 

 「い、一応礼は言っておきます。フォルスさん、ありがとう……って、あれ?」

 

 原因はフォルスだが、助けたのもフォルス。複雑に思いながらもお礼を述べようと、リーマが振り返ると既にフォルスの姿は何処にも無かった。

 

 「フォルスさん……?」

 

 「ん……んん……」

 

 「あっ、マオぢゃん!! 目が覚めだだがぁ!!?」

 

 「マオさん!!」

 

 「あれ……私……そうだ、フォルスさんと戦って……それで何とか勝てて……フォルスさんは!!?」

 

 ポーションのお陰で傷が癒え、無事に目を覚ました真緒。記憶が混乱しながら、徐々に思い出し、フォルスの安否を確認しようと周囲を見回す。しかし、フォルスの姿は何処にも無かった。

 

 「あ、あれ……?」

 

 「それがマオさん、さっきまでここにいたんですけど、気が付いたらいなくなってしまっていて……」

 

 「そんな……まだちゃんとした事情を聞いて無いのに……フォルスさん!!」

 

 フォルスを探そうと立ち上がる真緒。しかし、傷は治ったが体力が回復した訳では無く、足下がフラフラと覚束ない様子だった。

 

 「無理しちゃ駄目ですよ!!」

 

 「だ、だけどフォルスさんが!!!」

 

 「マオぢゃん!! お、落ぢ着いでぐれぇ!!」

 

 フォルスを探しに行こうとする真緒を必死に食い止めるハナコとリーマ。すると三人の側に人影が近付いて来る。

 

 『おい、貴様らここで何をしている!!?』

 

 「フォルスさん!!? えっ、あなたは……?」

 

 そこに現れたのは、フォルスにそっくりな見た目をした鳥人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、人知れず真緒達の下を去ったフォルス。とぼとぼと歩く中、視線の先に一人の人物がいるのに気が付いた。

 

 「やっほ~」

 

 「エジタスさん……」

 

 フォルスの行動を予測し、先回りしていたエジタス。フォルスがこちらに気が付くのを確認すると、片手の指をそれぞれ上下に動かして、挨拶する。

 

 「俺を連れ戻しに来たんですか? 生憎ですが、俺は戻るつもりはありませんよ……」

 

 「はい、別にこちらも連れ戻すつもりはありませんよ」

 

 「……じゃあ、いったい何の用ですか?」

 

 「いやね~、あなたが“わざわざ”パーティーを脱退してまで、ヘルマウンテンに行きたくない理由が気になっちゃいまして~。良かったら、教えてくれたらな~って」

 

 「……エジタスさんには関係の無い事ですから……」

 

 そう言うとフォルスは、エジタスを無視して去ろうとする。そのすれ違う瞬間、エジタスがフォルスの耳元で囁く。

 

 「お母さん、首をなが~くして待ってますよ」

 

 「!!?」

 

 フォルスが慌てて振り返るも、エジタスの姿は何処にも無かった。




如何だったでしょうか?
まさかのフォルスはパーティーを脱退!!
そして代わりに現れた、フォルスと同じ種族!!
この先、いったい何が待ち受けているのだろうか!?
という所で今回はここまで!!
面白ければ感想や評価、お気に入りもよろしくお願いします。


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鳥人族

 「聞かれた質問に答えろ!! こんな所で何をしているんだ!?」

 

 一瞬、フォルスと見間違えてしまったが、よく見ればフォルスと異なり、羽の色が黄色と白であり、クチバシの形もフォルスのより少し大きかった。

 

 そんなフォルスによく似た姿の鳥人は、持っていた弓矢を真緒達に向け、脅す様な形で問い詰める。

 

 「いや、その、わ、私達は……た、旅の者でして……だからその……!!」

 

 仲間の離脱、そしてそれによく似た存在の出現。あまりにも物事が立て続けに起こった為、真緒はいつも以上に混乱していた。そのせいで、事情を説明しようにもテンパってしまい、上手く口が回らなかった。

 

 「旅の者だと……? 嘘を付くな!! こんな辺鄙な所にわざわざ足を運ぶ変わり者がいる訳が無い!!」

 

 終わりの大地には、特に観光する物が無い。草木は勿論、町や村も片手で数える位しか存在しない。更にそれらはどれも名所と呼べる場所では無く、薄ら寂しく質素なのが当たり前。唯一あるとすれば、この終わりの大地を生み出したヘルマウンテンだが、近付けば間違いなく生きては帰れないと言われている。そんな地獄の様な場所にやって来るのは、余程の物好きか、自ら死ぬ事を望んでいる者か、はたまた疚しい事を考えている者かのいずれかである。

 

 そして、それは真緒達も例外では無かった。真緒の旅人という発言に疑心を抱いた鳥人は、弓矢を構え直し、より正確に狙いを定める。

 

 「ほ、本当なんです!! 信じて下さい!!」

 

 「オラ達、クラウドツリーに行ぎだいんだぁ!!」

 

 「その為にはどうしても、ヘルマウンテンを越えなければいけないんです!!」

 

 「何? ヘルマウンテンを越えるだと?」

 

 このままでは疑わしきは罰すの精神で、射ち殺されてしまう。それだけは避けなければと、真緒だけで無くハナコとリーマの二人も必死に事情を説明し始める。

 

 すると、ヘルマウンテンを越えるというリーマの言葉に反応する鳥人。構えていた弓矢が少し緩んだ。

 

 「それは本当なのか?」

 

 「はい!! 私達はどうしてもクラウドツリーに行かなければならないんです!! それにはヘルマウンテンを越えなければ行けない!! そうですよね?」

 

 真緒達に対する疑心が弱った所で、真緒は答えるだけで無く、質問を返す事で会話を成立させようと試みる。これが上手く行けば、少しでも警戒を緩めてくれるかもしれない。

 

 「あ、あぁ……確かにヘルマウンテンを越えた先にはクラウドツリーがあるが……」

 

 真緒に質問を返され、咄嗟に答えてしまう鳥人。これにより警戒心は更に緩まり、真緒達に向けられていた弓矢も、斜め下に下ろされ、射たれる心配は無くなった。しかし、ここから慎重に言葉を選んでいかなければ、再び弓矢を構えられてしまう。真緒は緊張から生唾を飲み込み、頭で次に言う言葉を考えながらゆっくりと口を開く。

 

 「お願いします。どうか私達にクラウドツリーに行く許可を下さい!!」

 

 「許可だと!? あっ、いや、それは俺の一存で決める事は出来ない……」

 

 「では、どうすれば許可を頂けるんですか!?」

 

 「それは勿論、俺達の里にいる族長が許せば……」

 

 「なら、その族長さんの所まで案内して下さいませんか!?」

 

 「何だと!!? お前達の様な怪しい連中を族長に会わせるなど、ましてや里に入れる事など出来ない!!」

 

 「では、どうしますか!? 私達を殺しますか!? あなた個人の一存で私達を!?」

 

 「そ、それは……!!?」

 

 いつの間にか、脅す側が逆転している。真緒達の危険性が薄くなり、一度は殺すのを躊躇ってしまった為、再び殺そうとするのは何処か抵抗があった。更に真緒の付け加えられた“個人の一存”という言葉に、鳥人の背中に“責任”という二文字が重くのし掛かる。

 

 真っ直ぐ見つめる真緒に、思わず目を逸らしてしまう。しばらく考え込み、そして何かを決心した様子で真緒達に話し掛ける。

 

 「分かった。お前達を里に連れていく。だが、少しでも妙な真似をしてみろ。その時は容赦なくこの弓矢で射ってやるからな」

 

 「分かりました」

 

 「ちょ、ちょっとマオさん……」

 

 里へと案内してくれる事になったが、ここでリーマが真緒に耳打ちをする。

 

 「フォルスさんはどうするつもりですか?」

 

 リーマの言う通りである。もし、このまま事が順調に運び、ヘルマウンテンを越える許可が貰えたとしても、仲間一人を置いて行く事になってしまう。まさか、戦った恨みから本当に置いてくつもりなのではと、最悪の考えがリーマの脳裏を横切る。

 

 「……勿論、連れ戻すよ」

 

 「そ、そうですよね……良かった……」

 

 あの真緒が仲間を置いてく訳が無い。例え置いてく事になったとしても、こんな喧嘩別れの様な去り方は絶対にしない。リーマは最悪の考えが杞憂だった事に、ホッと胸を撫で下ろす。しかし、そうなると新たな疑問が生まれる。

 

 「それならどうして、里に向かうんですか?」

 

 「例えフォルスさんが戻って来たとしても、ヘルマウンテンを越える許可は貰わないといけないからね。先に済ませちゃおうと思って。それに……」

 

 「それに?」

 

 「フォルスさんがパーティーを離れてまで、ヘルマウンテンに行きたくない理由が、もしかしたらその里に隠されているんじゃないかなって」

 

 「確かに……」

 

 この終わりの大地にやって来てから、フォルスの様子は可笑しくなった。そして、パーティーを離れた直後に現れたフォルスと同じ種族。関係無い訳が無い。

 

 「おい、何をしている? さっさとついて来い」

 

 「マオぢゃん、リーマ!! ごっぢごっぢ!!」

 

 真実を探る為にも、真緒達は鳥人の案内の下、里へと向かうのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 しばらく歩いていると、地平線の向こうから巨大な山が姿を見せる。

 

 ゴツゴツとしたナイフの様な鋭さを持った岩肌に、そこの裂け目から漏れ出るマグマ。まるで血の涙を流している巨大な生き物を思わせ、ここに来てから慣れた筈の気温も、山に近付けば近付く程、高くなっていき、汗が滝の様に流れ始める。このままではあっという間に脱水症状になってしまう。

 

 「あ、あれが……」

 

 「そうだ、あれこそこの終わりの大地を生み出したとされる、“ヘルマウンテン”だ。里はその麓にある」

 

 「つ、つまり里はここよりずっと暑いって事になりますね……」

 

 少し歩く度に、リーマが魔導書を開き、水属性魔法で水の塊を作ると、三人で飲み合う。当然、沸騰して熱々の状態であるが、無いよりはましだと、火傷に注意しながら飲む。そんな様子をチラリと振り向いて確認する鳥人は、三人を鼻で笑う。

 

 「ふっ、情けない連中だ。この程度の暑さで根を上げていたら、ヘルマウンテンを越えるなんて夢のまた夢だな」

 

 「ご、ご心配しなくても、直ぐに適応して見せます」

 

 完全な強がりであった。しかし、こうでも言わないと今にも倒れてしまいそうになっていた。一歩歩けば、まるで水の入った桶を頭から被ったかの様に、汗でずぶ濡れになる。そしてその度にリーマが生成する熱々の水を飲む。先程からこれの繰り返しだ。

 

 このままでは、いつ里に着けるか分かったもんじゃない。それどころか、里に辿り着く前に熱中症と脱水症状で倒れてしまうのは明白だった。

 

 「……あぁ!! ったく、仕方ないな!!」

 

 いつまで経っても前に進めない事に、痺れを切らした鳥人は、懐から白い液体が入った小瓶を三本取り出すと、真緒達にそれぞれ手渡した。

 

 「これは……?」

 

 「所謂、暑さを凌ぐ為のポーションだ。それを飲めば、一定期間どんな暑さもへっちゃらになれる」

 

 「ほ、本当ですか!!?」

 

 「で、でもどうしてそんな貴重な物を私達に?」

 

 「これじゃあいつまで経っても、里に辿り着けないからな。それに俺は一度、お前達を里まで連れていくと約束したんだ。鳥人族の誇りに掛けて、約束は守る」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 鳥人のご厚意に甘え、真緒達は貰ったポーションを飲み干した。すると、真緒達の周りを雪の結晶の様な白いオーラが立ち上ぼり、先程まで滝の様にかいていた汗が一滴も出なくなった。

 

 「す、凄い!! もう全然暑さを感じない!!」

 

 「ばぁー、生ぎ返るだぁー」

 

 「こんなポーションがあるだなんて……」

 

 「俺達の先祖がこの地にやって来た時、環境に適応出来るまでの応急措置として作られた代物だ。本来、生まれたばかりの子供達に使うんだが……まぁ、沢山あるからな。三本位、許してくれるだろう。ほら、さっさと里に向かうぞ」

 

 「は、はい!!」

 

 鳥人のお陰で暑さを防ぐ事が出来た真緒達。更にヘルマウンテンに近付いて行くと、その麓に複数の建造物が見えて来た。まるでツリーハウスの様に、家が空中に建てられており、支えの棒が幾つも地面に突き刺さっていた。

 

 そしてそこには買い物をする鳥人や、同年代の子達と遊ぶ鳥人、歩いてパトロールに出掛ける鳥人など、色んな鳥人が暮らしていた。

 

 その入口手前には、二人の鳥人が里の警護をしていた。やがて、こちらに近付いて来る真緒達の存在に気が付く。

 

 「ん? “ビント”じゃないか。後ろの連中は何者だ?」

 

 ビント。どうやらそれが名前らしい。警護の一人が声を掛け、そして後ろに引き連れている真緒達について訪ねる。その声には、ビントと初めて会った時と同じ疑心の感情が混じっていた。

 

 「族長のお客さんだ。ヘルマウンテンを越える許可が欲しいんだとさ」

 

 「ヘルマウンテンを越えるだって!!?」

 

 「おいおい、それは幾らなんでも命知らず過ぎるだろ」

 

 「全くだ。けど、会わせると約束しちまったんだ。悪いが通して貰えるか?」

 

 「仕方ないな。その代わり、責任は確り持てよ。お前の尻拭いはしたくないからな」

 

 「分かってるよ。感謝する」

 

 そう言うと、警護の二人が両脇にズレて真ん中の道を開けてくれる。ビントを先頭に真緒達は、遂に里の中へと足を踏み入れる。

 

 「ようこそ、ここが鳥人族の里だ」




次回は鳥人族が暮らす里の全貌が明らかに!!
今回はここまで!!
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鳥人の里

 「おぉ……」

 

 ビントの案内の下、鳥人の里に足を踏み入れた真緒達。右を向いても、左を向いても、鳥人族が歩いているのが目に映る。

 

 普段からフォルスで見慣れてはいるが、一度にここまで多くの鳥人族は初めてであり、少し困惑していた。

 

 「……?」

 

 ハナコとリーマが、大量の鳥人族に呆気に取られている中、真緒はとある違和感を抱いた。しかし、それがいったい何なのかは分からなかった。

 

 「ほら、あの家に族長が住んでいる」

 

 モヤモヤとした気持ちが拭えないでいると、ビントが歩きながら目線の先にある建物に指を差した。その建物は他のと見比べると一回り大きく、玄関が地上から約三メートル近く離れており、物理的に行くのは不可能とも思えるが、そこに取って付けた様な簡素な階段が設置されている事で、何とか上がれる様になっている。更に玄関には警備とおぼしき鳥人が二人それぞれ槍を持って立っている。

 

 「……ん?」

 

 そんな階段を上っている時に気が付く真緒。明らかに建物と階段の色合いが不釣り合いなのだ。建物はもう何十年も使っているのに対して、階段はつい最近作られたかの様に真新しかったのだ。

 

 「…………」

 

 「マオぢゃん? どうがじだだがぁ?」

 

 「ううん、何でも無い……」

 

 より一層、モヤモヤが強くなりながらも、真緒は敢えてこれをスルー。ハナコに声を掛けられても、特に言う事は無かった。

 

 「(気のせい……だよね……)」

 

 真緒の脳裏には“とある可能性”が過っていた。だが、それを直ぐに取り払う。確たる証拠がある訳じゃない。勿論、ビントに直接聞くという方法もあるにはある。しかし、真緒の考えが真実だった場合、空気は最悪な物となり、下手すればその場で里総出で殺されかねない。

 そんな状況を考えてしまい、聞くに聞けない状態になってしまった。これはもう黙っているのが吉なのではと、思い始める頃、漸く真緒達は階段を上りきり、玄関前へと辿り着いた。

 

 「やっと着きましたね……」

 

 「族長は中におられる」

 

 そう言いながらビントと真緒達が通ろうとすると、警備の二人が持っていた槍を交差させ、通行を阻害する。そして真緒達に怪訝な顔をしながら、ビントに問い掛ける。

 

 「おい、ビント。何だそいつらは?」

 

 「客人だ。族長に会わせたい。ヘルマウンテンを越えたいらしい」

 

 このやり取りは先程、門の入口で見た。どうせ命知らずだなんだと言われるのだろう。そう真緒達が思った次の瞬間、予想とは全く違う返しを食らう。

 

 「ヘルマウンテンを? おいおい、まさかその言葉を“二度”も聞く事になるとはな」

 

 「「「「!!?」」」」

 

 これには全員が驚きを隠せなかった。真緒達は来たばかりだ。門の前で話したとはいえ、ここまで広がるにはあまりにも早過ぎる。当然、ビントも疑問に思い、質問する。

 

 「“二度”だと? どういう事だ?」

 

 「ついさっき来たんだよ。お前達と同じ様にヘルマウンテンを越えたいから、族長の許可を得たいと申し出た奴が」

 

 「何だって!!?」

 

 ビントが驚いたのは、真緒達と同じ様な奴が現れた事にじゃない。どうやって、ここまで辿り着いたのかだ。この族長の家に辿り着く為には、必ず里の入口である門を通らなければいけない。つまり門番に通過の許可を得なければならないという事だ。

 

 しかし、ビントと真緒達が通る際、門番達は何も言わなかった。もし、そんな人物が通れば確実にビントの耳に入る。ましてや、ヘルマウンテンを越える為に族長に会いたいという同じ理由なら尚更だ。ビントは密かにその人物に対して、警戒を強める。

 

 「あ、あの!! その人ってどんな見た目をしていましたか!!?」

 

 そんな中、真緒が気持ち前のめりでその人物の特徴を聞こうとする。何故なら心当たりがあった。いつの間にか消えていたかと思えば、次の瞬間には隣にいる。そんな神出鬼没の存在。真緒にとって、最も尊敬する人物。

 

 真緒の気迫に終始押されながら、警備の一人が口を開く。

 「あぁ、何て言えばいいか。説明が難しいが、まず笑顔の形をした仮面を……」

 

 「師匠だ!!」

 

 丁寧に説明しようとしたが、もう充分だった。何処の世界を探しても、そんなけったいな仮面を付けているのは、エジタスただ一人であろう。エジタスが先に来ている事実に喜び合う真緒達。

 

 「他にも仲間がいたのか」

 

 「はい。あっ、後その仮面の人以外に誰か一緒にいませんでしたか?」

 

 「誰かって?」

 

 「その……皆さんと同じ鳥人なんですけど……」

 

 「あぁ……いや……いや、特に見てないな。一人だけだった」

 

 「そう……ですか……」

 

 もしかしてと微かな希望を抱いたが、そう上手くはいかない。未だにフォルスは行方知らずのまま。喜びから一転、落ち込んでしまう真緒達。

 

 「残念でしたね……」

 

 「マオぢゃん、元気出じでぐれだぁ」

 

 「うん、二人ともありがとう……」

 

 「「「…………」」」

 

 そんな様子に飲み込まれ、ビント達三人もおいそれと口に出せず、結果気まずい空気が周囲に流れ始める。

 

 「……あー、おほん!!」

 

 最悪な空気を打ち破ったのは、意外にも警備の一人だった。大きな咳払いをする事で、話しやすい場を整える。

 

 「取り敢えず事情は分かった。それならさっさと中に入れ。既にそいつと族長が話し合っている筈だ。今なら会話に間に合うだろう」

 

 「サンキュー、よし行くぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 警戒が解かれ、ビントと真緒達は警備にお礼を述べると、全員族長の家に上がる。

 

 

 

***

 

 

 

 中の印象は外観と比べ、良く言えば広々、悪く言えば殺風景だった。廊下や部屋全体を支える柱など、基礎的な部分には丁寧な装飾が施されており、建築レベルの高さが伺える。しかし、そこばかりにお金を掛け過ぎた反動か、家具らしい物が殆ど置いていないのだ。

 

 テーブルや椅子、ベッドといった基本的な物も無く、あるのは申し訳程度の観葉植物だけだった。

 

 しばらく廊下を歩くと、奥の方に大きなふすまの部屋が見えて来た。更に近づくにつれて、中から微かに話し声が聞こえて来る。さすがに内容までは分からないが、声のトーンから盛り上がっている事だけは伝わる。

 

 「ここが族長の部屋だ。くれぐれも失礼が無い様にするんだぞ」

 

 頷く三人。その様子を確認し終わると、ビントはふすま越しに中にいるであろう族長に声を掛ける。

 

 「族長、ビントです。客人を連れて参りました」

 

 『ん? おぉ、そうかそうか。入りなさい』

 

 「失礼します」

 

 入室の許可を頂き、ビントはゆっくりとふすまを開ける。すると中では……。

 

 「いよっ!! あっそれっ!! ちょちょいな!!」

 

 「ホッホッホッホッホ!!!」

 

 「「「「…………」」」」

 

 真っ赤な巨大玉に玉乗りしながら、両手に細長い木の棒を握り、その先で皿を器用に回すエジタスの姿と、それを見ながら両手を叩いて笑う恰幅の良い鳥人の姿があった。

 

 そのあまりにも異様な光景に、四人が呆然と眺めていると、先にエジタスの方が話し掛けて来た。

 

 「おや~、これはこれはマオさん、ハナコさん、リーマさんじゃありませんか~。随分と遅いご到着でしたね~」

 

 「あ、あの師匠はいったい何を?」

 

 「え~? 見て分からないんですか~?」

 

 「す、すみません分かりません」

 

 いくらエジタスの事を一番理解している真緒でも、分からない事はある。てっきり族長と大人の会話に勤しんでいると思いきや、会話そっちのけで遊んでいるのだから、理解しろという方が難しい。

 

 その一方で族長の方もビントに詰め寄られていた。

 

 「何やっているんですか族長?」

 

 「いや~、すまないのぉ。エジタス殿がどうしてもと仰って……ご厚意を無下にするのも悪いと思って見てみたら、これが思った以上に楽しめてな。思わず笑ってしまった。ホッホッホッホッホ」

 

 「ホッホッホッホじゃありませんよ!! もっと鳥人族の代表としての威厳と誇りを持って下さい!! “フォーグ”族長!!」

 

 「いやいや、迷惑を掛けるなビント。ホッホッホッホッホ」

 

 こうして真緒達は、鳥人族の族長“フォーグ”と何とも言えないファーストコンタクトを済ませるのであった。




恰幅の良いお爺ちゃん鳥、登場!!
果たして無事にヘルマウンテンを越える許可を得られるのだろうか!?
という所で今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
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頼み事

 「さてさて、あなた方がマオ殿、ハナコ殿、リーマ殿ですな? お話はエジタス殿から聞いておる。ワシはこの鳥人の里を取り仕切っている“フォーグ”だ。よろしく頼む」

 

 「あっ、えっとよろしくお願いします……」

 

 「お願いじまずだぁ」

 

 「お、お願いします」

 

 深々と頭を下げるフォーグに釣られて、真緒達も同じ様に頭を深々と下げて挨拶を交わす。

 

 「それで……フォーグさんは師匠といったい何を?」

 

 そんな中で真緒は頭を上げると同時に、先程フォーグとエジタスが行っていたやり取りについて、恐る恐る問い掛けた。

 

 「うむ、軽い自己紹介を済ませ、貴殿らの事を聞いた後、本題へと移ろうと考えていたのだが、どうせ話すのなら全員が集まってからの方が良いと思ってな。そのまま待つ事にしたのだ」

 

 無意識からか、フォーグは自身の巨体を前後に揺らしながら語り始める。それはまるで老人が日中、安楽椅子に座って日向ぼっこしているかの様な、思わずほっこりする姿であった。

 

 「しかし……只じっと待つのも忍びなくて、何とも気まずい雰囲気が流れる中、エジタス殿が来るまでの間、ちょっとした余興を披露すると申し出てくれたのでな」

 

 「何もせず待つより、楽しい事をして待っていた方が、時が過ぎる感覚も変わって来ますからね~」

 

 「な、成る程……それで私達が着いた時、あんな状態になっていたんですね」

 

 「いや~、暇潰し程度で始めたつもりが……思った以上に乗ってしまいましてね~」

 

 「ホッホッホッホッホ。全くもって、エジタス殿は盛り上げ上手でな。年甲斐もなく、はしゃいでしまったわい」

 

 「族長、楽しむのは結構ですが、仮にも彼らは他所からの来訪者。もう少し警戒して下さい。ましてや、この様な得体の知れない男……」

 

 チラリと横目でエジタスを見るビント。当の本人は気にした様子を見せず、のほほんとしている。その直後……。

 

 「……ビントよ……」

 

 「「「「!!!」」」」

 

 フォーグのたった一言に、ビントを含む真緒達の背筋に寒気が走る。これまで幾度と無く数々の修羅場を潜り抜けて来た真緒達だったが、これはそれの非にならない程の緊張感。

 

 言うなれば台風の様な自然災害に近い。人類に出来るのは、一秒でも早く通り過ぎるのを待つだけである。

 

 「他所からの来訪者とはいえ、遠方からわざわざ訪ねて下さった者に対して、その様な攻撃的な態度は如何なものだろうか?」

 

 「も、申し訳ありません。失言でした」

 

 「ホッホッホ……失言とな。という事はつまり認める訳だな。お前はワシの目の前で客人を侮辱し、ワシに恥を掻かせたと……?」

 

 「い、いえ!! そ、その様なつもりは微塵も……!!」

 

 「んー? いったいどっちなんじゃ? お前自身が失言だと認めたのだろ? それは言い換えれば、ワシの顔に泥を塗ったと同義。にも関わらず、その様なつもりは無いとな……矛盾しているとは思わないか? え?」

 

 「そ、それはあの……その……」

 

 完全に萎縮してしまっている。里のトップから問い詰められ、言葉による暴力を受けて、心身共に疲弊してしまう。見ているこちらまでもが、飲み込まれてしまいそうな程、凄まじい圧力を感じる。

 

 「フォーグさん、もういいですよ」

 

 この最悪の空気を断ち切ったのは、エジタス本人であった。エジタスの一声で、フォーグが放っていた圧力は一瞬で消え去ってしまう。

 

 「しかしですな、エジタス殿……こちらとしてもメンツという物が……」

 

 「フォーグさんの立場は重々承知しております。ですが、どうかビントさんの立場もご理解下さい。彼は彼なりにフォーグさんの身を案じているのですから。それに、私自身は全然気にしていませんよ~」

 

 「……エジタス殿がそこまで言うなら……ビント」

 

 「は、はい!!」

 

 「今回はエジタス殿に免じて不問とするが、以後気を付ける様に……分かったな?」

 

 「分かりました。お心遣い、感謝致します!!」

 

 「うんうん、さてと……それでは気を取り直して本題へと話を移そうかの」

 

 「「「…………」」」

 

 第一印象は、気の抜けたのほほんとした優しそうな人だった。それがたった一言、部下が失言しただけであの威圧感と迫力。さすが癖のある鳥人族をまとめ上げる族長というだけの事はある。真緒達は、発言には細心の注意を払おうと胸に刻み込んだ。

 

 「話は既にエジタス殿に聞いておりますが、何でもヘルマウンテンを越えたいとか?」

 

 「はい、私達はその先にあるクラウドツリーに、どうしても行かなければ行けないのです」

 

 「ホー、クラウドツリーにか……それなら確かにヘルマウンテンを越えなければ辿り着く事は出来ないの……」

 

 「それでどうか、ヘルマウンテンの麓に居住している鳥人族の長であるフォーグさんに、越える許可を出して頂きたいのです」

 

 「ふむふむ、だが許可など貰わずとも勝手にヘルマウンテンを越える事も出来るのではないか?」

 

 「それは……」

 

 喧嘩別れした仲間の情報を手に入れられるかもしれない。しかし、ここでそんな私情を挟んだ話をするべきなのだろうか。言うべきか否かと、真緒が決めあぐねていると……。

 

 「フォルス……と言ったか?」

 

 「「「!!?」」」

 

 ここまでフォルスの名前は口にしていない。にも関わらず、フォーグが知っている事に驚きを隠せない真緒達。

 

 「すまない。既にエジタス殿から話を伺っていた」

 

 「別に隠す必要はありまんからね~」

 

 「た、確かにそうですけど……」

 

 「その者の事なら、心当たりがある」

 

 「ほ、本当ですか!!?」

 

 朗報。やはりここにフォルスに関する情報があった。フォーグの言葉に真緒達は互いに顔を見合せ、笑みを浮かべる。

 

 「だが、それを話す前に一つ頼まれ事を引き受けてくれないだろうか」

 

 「頼まれ事?」

 

 「族長!! まさかっ!!?」

 

 何かを察したビントが声を荒げる。フォーグはゆっくりと頷き、答える。

 

 「うむ……貴殿達も薄々気が付いているだろう。今、この里では異変に見舞われている」

 

 「異変……それってもしかして……里の人々が空を飛んでいない事と何か関係がありますか?」

 

 「……やはり気付いていたか……」

 

 「ど、どういう事ですか、マオさん?」

 

 「ずっと不思議だった。鳥人族なのに、誰一人として空を飛ばず、地面を歩いて生活していた」

 

 「でも、里内ではそうしているだけかもしれませんよ?」

 

 リーマの言葉に真緒は首を横に振る。

 

 「この里に来るまで、ビントさんはずっと地上を歩いて案内してくれた。最初は私達に気を使ってくれているのだと思ったけど、パトロールを交代する時、その鳥人族の人達も歩いて里を出ていた」

 

 「そ、そういえば……」

 

 ビントはバツが悪そうに真緒達から顔を反らす。

 

 「後はこの屋敷もそうだったけど、他の建物も入口が地上から三メートル以上の高さに設置されていた。そして、そこから取って付けたかの様な簡素な階段……まるで飛べなくなったから、仕方なく付けたみたいな造り方だった」

 

 「それってつまり……」

 

 「この里では今、鳥人族の人々は飛べなくなる異変に見舞われている」

 

 「……さすがですな、マオ殿の仰る通りです」

 

 「いったい何があったんですか?」

 

 「……我々鳥人族は本来、上昇気流に乗って空を滑空しております」

 

 「上昇気流?」

 

 「簡単に言えば、上方に向かう空気の流れです。この里ではヘルマウンテンから発せられる凄まじい熱によって、定期的に上昇気流が発生しているのです」

 

 「成る程、鳥人族には最高の場所って事ですね」

 

 「はい、ですがそれも数ヶ月前の事……」

 

 途端に暗い表情になるフォーグとビント。

 

 「ある日、突然何の前触れも無く上昇気流が発生しなくなってしまったのです」

 

 「い、いったいどうして?」

 

 「分かりません。原因を突き止めようと、何人もの若者達がヘルマウンテンへと向かったのですが……誰一人として帰って来ないのです」

 

 「そんな……!!?」

 

 「このまま上昇気流が戻らなかったら、子供達は空を飛ぶという楽しさを知らずに育ってしまう。そうなれば、最早鳥人族としての尊厳は失われてしまう」

 

 「フォーグさん……」

 

 すると、フォーグは立ち上がって真緒達の前まで歩み寄ると、その場で土下座をする。

 

 「ぞ、族長!!?」

 

 「こんな事、部外者である貴殿達に頼むのは可笑しな話ですが、どうかお願いします!! この里を救っては頂けないでしょうか!!?」

 

 「……お、俺からもお願いします!!」

 

 族長の土下座を目の当たりにし、居ても経ってもいられないビントは、その隣で同じ様に土下座をする。

 

 「「「「…………」」」」

 

 その様子を見ながら、真緒達は一度顔を見合せ、そして頷き合う。既に答えは出ていた。

 

 「フォーグさん、ビントさん、頭を上げて下さい」

 

 「マオ殿……」

 

 「私達で良ければ、力をお貸しします」

 

 「おぉ……ありがとう……本当にありがとう……」

 

 真緒の慈悲深い言葉に、フォーグとビントは涙を流しながら感謝するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルマウンテン内部。流れるマグマで熱く煮えたぎる中、フォルスは奥へと歩いていた。歩く度に水蒸気が吹き上がる。最奥まで辿り着くと、そこは開けた空洞になっており、最もヘルマウンテンの熱さを実感する事が出来た。

 

 そこまで辿り着くと、フォルスは足を止めた。すると中央で何か巨大な影がうごめいていた。その得体の知れない存在にフォルスは、少し笑みを浮かべて口を開くのであった。

 

 「……ただいま」




フォーグの頼み事を引き受けた真緒達。
そして、フォルスが口にした言葉の意味とは!?
という所で今回はここまで!!
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魅力と波乱の温泉

 「うんっ……あぁ……はぁ……」

 

 真緒は、未だかつてない程、心臓が速く鼓動する。そのあまりの速さによって、胸に痛みを感じてしまう。必死に両手で抑え込もうとするが、どうしても押し返されてしまい、収まる気配すら無い。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 息苦しくも無いのに、何故か呼吸が荒くなってしまう。額から流れた汗が頬を流れ、顎から雫となって落下する。そしてそのまま、足下の“湯船”に着水してそこから外側に向かって波紋が広がる。

 

 実は真緒が今いる場所は、源泉掛け流しの露天風呂である。そしてこの場にいるのは真緒一人だけでは無い。

 

 「はぁ~、体をピカピカにしましょう。泡がモコモコモコ~」

 

 露天風呂中に漂う湯気のせいで、姿こそよく見えないが、時々漏れて来る声は“エジタス”で間違い無い。つまり真緒とエジタスは、お互い裸で同じ空間に滞在しているという事だ。

 

 幸いにも、中央にそびえ立つ岩影を背にして湯船に浸かっていた為、向こうにこちらの存在は気付かれてはいない。しかし、万が一という事もある。今は体を洗っているが、終われば間違いなく湯船に浸かって来るだろう。そうなれば、見つかるのは時間の問題。

 

 「いったいどうしてこんな事に……」

 

 全ての始まりは二時間前。フォーグに頼まれ、ヘルマウンテンの調査を引き受けた直後の事だった……。

 

 

 

***

 

 

 

 「“温泉”ですか?」

 

 「うむ、この里の目玉での。ヘルマウンテン付近の地中から涌き出た天然の温泉水を引いているのだ」

 

 思い返せば、この終わりの大地に足を踏み入れてから、異様な地面の熱さや間欠泉など、温泉があっても可笑しくない要素は多々あった。

 

 「ワシから貴殿達に出来る事は少ない。その内の一つである温泉を、どうかマオ殿達に浸かって貰い、ヘルマウンテンへ行く前に心と体を休んで貰いたい」

 

 「でも、本当に良いんですか? 里の公共施設を私達が利用しても?」

 

 「構わんよ。ここだけの話、ワシら鳥人族はあまり風呂というのに興味が無い。カラスの行水というのだろうか、体を洗った後、湯船には二秒しか浸からない。それではせっかくの温泉なのに、意味が無いだろう?」

 

 「た、確かに勿体無いとは思います……」

 

 「だからという訳では無いが、マオ殿達に里の自慢である温泉を味わって欲しいのだ。きっと気に入って貰えると思う」

 

 真緒はどうするべきか、仲間達の方に顔を向けるが正直な話、もう既に答えは決まっていた。例え、正反対の意見が出たとしても、自身の意見を押し通すつもりだ。

 

 しかし、どうやら杞憂だったらしい。エジタスは仮面越しで表情が分からないが、ハナコとリーマの二人はこれでもかという位、力強く目で訴えてくる。

 

 最後に湯船に浸かったのが、人魚の町を出る日の事。それから実に数週間。海賊船にお風呂が付いている訳も無く、運良く雨が降るのを祈るしか無かった。だが、結局雨は降らず真緒達は終わりの大地に辿り着いていた。最早、限界に近かった。

 

 「そ、そういう事なら是非!!」

 

 真緒は今までに無い程、強く返事した。

 

 「うんうん、それじゃあ早速泊まる場所と一緒に案内させよう。ビント、頼んだぞ」

 

 「お任せ下さい。ほら、付いて来い。案内してやる」

 

 そう言うとビントは立ち上がり、真緒達に付いて来る様に促す。真緒達も素直に従い、ビントの背中を追い掛ける。

 

 「それでは族長、これで失礼します」

 

 「フォーグ族長、今日はありがとうございました」

 

 「ありがどうごぜいまじだぁ」

 

 「ありがとうございました」

 

 「フォーグさん、今度は一緒に踊りましょうね~」

 

 各々、一言ずつ添えて部屋を後にしていく。最後のエジタスが、両手をヒラヒラさせながら出て行く姿を見届け、一人残ったフォーグはポツリと呟く。

 

 「どうか、頼みましたぞ……」

 

 

 

***

 

 

 

 族長の屋敷を後にした真緒達は、ビントに連れられて鳥人の里を歩いている。人通りを避けて真っ直ぐ族長の屋敷に向かった時とは異なり、そこそこ人が行き交う通りを歩いている為、すれ違う鳥人族に目で追われる。

 

 「な、何だか見られていますね?」

 

 「当然だ。この里に他所からの旅人が来るなんて初めての事だからな」

 

 「そうなんですか?」

 

 「お世辞にも、ここは生物が生きるのに適した場所とは言えない。寧ろ正反対の場所と言ってもいい」

 

 「まぁ、“終わりの大地”なんて呼ばれている位ですしね……」

 

 「こんな所に住めるのは余程の物好きか。はたまた、俺達みたいに先祖代々から暮らす事で環境に適応した者だけだろうな」

 

 「成る程……だからその例外である私達を物珍しさで見ているって事ですね」

 

 「そういう事だ。最も、里の殆どの者が外部との交流が無いから、お前達を得体の知れない生物と認識して、出来る限り近付こうとはしないがな」

 

 「え、得体の知れない生物ですか……」

 

 ビントの言葉に引きつった笑みを浮かべる真緒。リーマは出来るだけ目立たない様にフードを被り、顔を隠そうとする。一方でハナコとエジタスの二人は目で追ってくる鳥人達に対して、笑顔と手を振り撒いていた。

 

 「まぁ、気にする必要は無い。堂々としていれば良い。お前達は族長の許可を得て、ここにいるんだからな」

 

 「そ、そうですよね」

 

 「さてと……着いたぞ。ここが里の名物……“龍浴場”だ」

 

 ビントに案内され、辿り着いた先には、族長の屋敷に負けず劣らずの大きさを持った建物だった。茶色い看板に金色の文字で“龍浴場”と書かれており、入口にはのれんが垂れ下がっており、そこには“ゆ”と書かれていた。

 

 「“龍浴場”ですか?」

 

 「その昔、勇者と呼ばれる男がヘルマウンテンを寝床にしていた狂暴な龍を退治した功績を称え、建設されたらしい」

 

 「勇者……」

 

 自分と同じ異世界から転移して来た前の勇者。いったいどんな人物だったのか。真緒は自身を勇者とは思っていないが、何故だか不思議な縁を感じていた。

 

 「おい、何してる?」

 

 「え?」

 

 しばらく感傷に浸っていると、ビントに呼び掛けられる。気が付くと周りにいた筈のハナコ、リーマ、エジタスの姿が見えなくなっていた。

 

 「あ、あれ? 他の皆は?」

 

 真緒はキョロキョロと辺りを見回しながら問い掛ける。それに対してビントは、呆れた様子で答える。

 

 「何を言っているんだ。もうとっくに中に入って行ったぞ」

 

 「そ、そんな!?」

 

 余程、温泉に入りたかったのだろう。真緒の事を置いて先に行ってしまった。

 

 「お前もさっさと入れ。俺は近くで時間を潰して来る」

 

 「あっ、はい!!」

 

 それだけ言うとビントは真緒を置いて、その場を離れていく。真緒も慌てて龍浴場の、のれんを潜った。

 

 「……うわぁ……」

 

 中に入ると、そこは元いた世界の温泉施設と同じ内装であった。靴を入れるロッカー、広々としたロビー、横になれる仮眠スペースに、風呂上がりに飲む為に用意されたよく冷えた牛乳。まるで元の世界に戻って来た様な感覚だった。

 

 「先程のお客様のお連れの方でしょうか?」

 

 「えっ!? あっ、はい!!」

 

 またも真緒が感傷に浸っていると、受付にいた鳥人の女性に声を掛けられ、現実に引き戻される。やはりここは元の世界では無く、異世界なのだと。

 

 「お連れの方々は先に大浴場へと向かわれました。大浴場はこの先の突き当たりを曲がった先にはございます」

 

 「ありがとうございます」

 

 そう言うと真緒は、丁寧に頭を下げる受付の鳥人を尻目に小走りで大浴場の方へと向かう。

 

 大浴場の入口は男女の二手に分かれており、それぞれ赤と青ののれんが掛けられている。

 

 そして、ここで真緒は痛恨のミスを犯してしまう。ここまで元のいた世界の事を思い出していた為、自然と赤いのれんが掛けられている方へと体が動いた。赤いのれんの上に“男湯”と書かれた看板が掛けられている事に気付かず……。

 

 

 

***

 

 

 

 「わあぁ、結構広い」

 

 脱衣所で全て脱ぎ、バスタオルを巻いて現れる真緒。龍浴場は露天風呂らしく、広々とした湯船が広がっていた。その脇には龍の顔を象った銅像が置かれており、その口から温泉が止めどなく流れ出ている。

 

 ちゃんと体を洗う為のスペースも用意されているらしく、建物越し一列に鏡と石椅子が一定の感覚で並べられていた。

 

 「はぁああああああ……」

 

 真緒は爪先から肩まで徐々に湯船に浸かると、あまりの気持ちよさから思わず溜め息を漏らした。

 

 「暖かい温泉……そしてこの外気に晒されて少し冷たくなっている岩を背中に当てるとまた……たまりませんな……」

 

 最高のベストポジションを見つけ出した真緒。しばらく温泉を堪能していたが、ふとある事に気が付いた。

 

 「そういえば……ハナちゃんとリーマは何処にいるんだろう?」

 

 先に行った筈の二人の姿が見えない。疑問に思った真緒は二人の名前を呼ぼうとする。

 

 「おーい、ハナちゃ……「いや~、久し振りのお風呂はテンション上がりますね~」……っ!!?」

 

 が、その前に声が聞こえて来た。男湯だと思い込んでいる向こう側では無く、このすぐ近くから。真緒は慌てて両手で口を塞ぐ。声のした方向にゆっくり目を向けると、そこには……。

 

 「さてさて~、さっと湯船に浸かるのも良いですが、まずは体を洗わないといけませんよね~」

 

 湯船から立ち上る湯気のせいで、ハッキリとは分からないが、人影だけでも何となく分かる。あれは……。

 

 「(し、師匠!!?)」

 

 そうして、冒頭の展開に至るのであった。




まるでラブコメの様な展開。
だけど、相手が笑顔の仮面を被った残念男。
次回、二人の距離が急接近!!?
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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裸のお付き合い

うっかり温泉でエジタスと二人きりになってしまったマオ。
果たして無事に抜け出せるのだろうか!?


 「(ど、どうしよう!! まさか女湯で師匠と鉢合わせするなんて!! って、それよりも何で師匠が女湯に!!? ま、まさか私の……は、裸を覗きに……いやいや、そうだったら女として少し嬉しい気もするけど、あんな呑気に体を洗っている訳が無い!! そうだとしたら残る可能性は…………はっ!!?)」

 

 その時、真緒の脳裏に電流が走る。もしかしたら男湯と女湯を間違えているのは自分の方なのでは無いか。仮にここが女湯だとした場合、本来ならこの場にいる筈のハナコとリーマの姿が見えないのは可笑しい。

 

 そして、ここが男湯だった場合、ハナコとリーマの姿が見えず、エジタスだけがいるのにも説明が付く。

 

 「(や、やっちゃったぁああああああああああ!!! 何やってるの私!! 今すぐここから出ないと……あぁ、でもそんな事をしたら途中で師匠に見つかっちゃう。そうしたら絶対変態だと思われちゃうよ……)」

 

 何とか勘違いは自己解決出来たが、状況は何も進展していない。いったいどうすれば良いかと手をこまねいている中、パッと閃く。

 

 「(そ、そうだ!! “ライト”を使って師匠の目を眩ませている内に、急いで出れば良いんだ。でも……)」

 

 見つからない様、岩影に隠れながら様子を伺う真緒。濃い湯気の影響でぼんやりとしか分からないが、どうやらエジタスは念入りに体を洗っている様だった。

 

 「(この濃い湯気のせいで、“ライト”を放っても光が分散しちゃう。他の手を考えなくちゃ……)」

 

 湯船に浸かって頭に血が上っているせいか、はたまた好きな相手と裸同士で、同じ空間にいるという恥ずかしさからなのか、この濃い湯気の中なら顔まではハッキリと見えず、簡単に出られる事に気が付いていない。

 

 どうにかして、エジタスの注意を他に逸らす事ばかり考えてしまっている。

 

 「(それなら……何か物を投げて音を立てる!! これならシンプルで成功しやすい……って、馬鹿なの私は!! 今の私は裸で湯船に浸かっているのよ!! 投げられる物なんか無い!!)」

 

 ここでも真緒は痛恨のミスを犯してしまう。今、隠れている岩の一部分をもぎ取り、投げる物として使えば上手く行っていた。公共施設の物を破壊してはいけないという無意識が働いた結果だ。

 

 真緒は頭に乗せていたタオルを手に取ると、強く握り締める。

 

 「(魔法以外で私の手元にあるのはこのタオルだけ……けど、それは向こうだって同じ事!! 師匠だって今は裸で無防備…………裸?)」

 

 その瞬間、真緒はタオルを握り締める手を緩める。何故、そんな事を思い付いたのかは分からない。頭に血が上り、可笑しくなっていたのか、はたまた心の何処かではそう思っていたのか。

 

 「(師匠も裸という事は……今なら見れる!? 師匠の素顔が!!?)」

 

 顔は愚か素肌すら見せない格好をしていたエジタス。ミステリアスである一方、その仮面に隠された素顔がずっと気になっていた。それが今、風呂というこの場面だからこそ見る事が出来る。

 

 「(前に一度、師匠に素顔を見せて欲しいとお願いした事がある。だけどその時は…………)」

 

 “申し訳ありませんが、それは出来ないんですよ~。この仮面は言わば私のアイデンティティーその物。これを外すという事は、私という存在じゃ無くなるという事。いくらマオさんの頼みでも、聞く事は出来ませんね~”

 

 「(それからも、のらりくらりと避けられて来たけど、今なら見れる!! 師匠の素顔を!!)」

 

 最早、この場から出る事をすっかりと忘れ、エジタスの顔を拝む事だけに心血を注ぎ始める真緒。岩影からこっそりと様子を伺うが、やはり濃い湯気のせいで見えるのは黒っぽいシルエットのみ。肝心の素顔は見えずにいた。

 

 「(っ!! ここからじゃよく見えない。それなら、もっと近付いて……)」

 

 遂に真緒は隠れていた岩から離れ、エジタスの方へと近付いて行く。ゆっくり……静かに……湯を掻き分ける音を立てずに近付いて行く。

 

 やがて、黒っぽいシルエットの形がハッキリとし始め、その全貌が明らかとなる。

 

 「(こ、これは……!!!)」

 

 「~~♪~~♪~~~♪」

 

 その姿に真緒は思わず勢いよく立ち上がってしまう。当然、湯船からは大きな音が鳴り響き、それまで聞こえていたエジタスの鼻唄も鳴り止み、ゆっくりと真緒の方向へと振り返る。

 

 真緒が見たエジタスの姿。それは……。

 

 全身を泡でモコモコに包み込み、一切素肌を見せずにまるで羊の様に体を洗う姿であった。唯一、露出している顔もあの仮面を被っており、見る事は出来なかった。

 

 「「…………」」

 

 固まって見つめ合う二人。数秒経った頃だろう、外気に触れて体と頭が冷えた真緒は、冷静に今の自分の姿を見つめる。裸だ。エジタスは全身を泡でコーティングしている為、辛うじて貞操は保てているが、真緒は驚きから立ち上がってしまった為、生まれたての姿だった。タオルも握り締めていたせいで、隠す暇が無かった。

 

 湯上がりか、はたまた恥ずかしさからか、真緒の体がみるみる内に真っ赤に染まっていき、そして次の瞬間……。

 

 「きゃあああああああああああ!!!」

 

 と、“エジタス”が先に悲鳴を上げる。普通“逆”では? そんな事を考える余裕など勿論ある訳も無く、真緒は慌ててタオルを体に巻いて素肌を隠した。

 

 「あ、あの師匠……これはその深い事情があって……」

 

 「いいから、出て行って下さい!!」

 

 「は、はい!!」

 

 これもまた“逆”だ。女性である真緒の方が言い訳をし、男性であるエジタスの方が出て行く様に促す。真緒はエジタスに急かされ、慌てて湯船から出ると脱衣所へと走っていく。

 

 「走らないで下さい!!」

 

 「は、はい!!」

 

 その姿にエジタスが一喝。真緒は情けなくヒョコヒョコと早歩きで、脱衣所へと向かうのであった。

 

 「…………」

 

 一人残ったエジタスは、全身に纏っていた泡を湯船のお湯で洗い流す。そして指をパチンと鳴らすと、湯気が先程よりも濃くなり始める。

 

 「念の為に全身を泡で包んでおいて良かった。湯気を転移魔法でその場に留めておくだけでは、不安でしたからね~。でも、本当に良かった。もし、マオさんが私の素顔を見ていたら……」

 

 エジタスはゆっくりと湯船に浸かる。

 

 「あぁ~~……“お別れ”する事になっちゃいますからね~」

 

 気持ちよさから声と両腕を上げて、大きく伸びをするエジタス。そしてそのまま流れる様に後ろに倒れ、湯船の中に沈んでいくのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 脱衣所から急いで着替え、ロビーまで走って来た真緒。温泉に入った筈なのにどっと疲れ、全身から嫌な汗が吹き出していた。

 

 「はぁー、気持ち良かった」

 

 「んだぁ、広ぐで最高だっだだぁ」

 

 「でも、ハナコさん。湯船で泳ぐのはいけない事ですからね」

 

 「えへへ、ごめんなざいだぁ。あれっ、マオぢゃん?」

 

 それと同時に女湯から出て来たハナコとリーマの二人。どうやらすっかりと温泉を満喫して来た様だった。そこで乱れた服を着て、疲れ果てている真緒を発見する。

 

 「マオさん、姿が見えませんでしたけど、いったい何処にいたんですか?」

 

 「……あはは……いや、ちょっと……温泉に浸かっててね……」

 

 「それにしては、随分と疲れている様子ですけど……」

 

 「湯中りしただけだから……気にしないで……」

 

 この日、真緒は誓った。もう二度と、エジタスの素顔を詮索しないと。そして、必ず女湯である事を確認する事を。

 

 「もう……温泉はこりごり……」

 

 そう呟く真緒だったが、彼女は気が付いていない。この後、湯船から上がって来たエジタスと会い、気まずい雰囲気になってしまう事に……。




以上、ちょっとしたハプニング回でした。
次回はちゃんと進むので安心して下さい。
という所で、今回はここまで!!
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過去を知る者

 温泉から上がった真緒達。火照った体を休ませていると、遅れてエジタスもロビーへとやって来た。

 

 「あっ…………」

 

 「…………プイ!!」

 

 「!!!」

 

 当然、待っていた真緒と目が合う。しかし、真緒が話し掛けるよりも先に首を真横に振って、視線を無理矢理外すエジタス。

 

 「ど、どうしたんですか二人とも……?」

 

 「もじがじで……何があっだだがぁ?」

 

 もしかしなくとも、何かあった事は確実。二人の様子にさすがのリーマとハナコも気が付いた。

 

 「いいえ~、別に何もありませんでしたよ~。ねっ、マオさん?」

 

 「えっ、あっ、うっ……」

 

 心配を寄せる二人に対して、エジタスは何事も無かったかの様に振る舞い、更には同じ当事者である真緒本人に同意を求めて来た。一度はエジタスの方から会話を拒否した筈なのだが、先程とは打って変わってエジタスの方から積極的に話し掛けられ、真緒は困惑を隠せない。

 

 「ね~?」

 

 「そ、そうですね……」

 

 冷や汗を流し、瞬きの回数が多くなる中、それでも何とか返答する事が出来た真緒。

 

 「それなら別に良いんですけど……」

 

 「うーん?」

 

 真緒とエジタスのやり取りを見て、一抹の不安を抱きながらも、本人達が何も無かったと言う以上、リーマとハナコの二人は納得する他無い。

 

 すると、龍浴場ののれんが上がり、外からビントがロビーにやって来た。そして直ぐ様、目線の先にいる真緒達に気が付き、歩み寄って来る。

 

 「お前ら、丁度上がった所だな。どうだ、少しは疲れが取れたんじゃないか?」

 

 「はい、もうすっかり!!」

 

 「お肌ヅルヅルだぁ」

 

 ビントの言葉に元気良く答えるリーマとハナコ。その一方で……。

 

 「た、多少は取れたかな……」

 

 「まあまあですかね~」

 

 見るからに疲れきった顔をしている真緒。そして仮面で表情が読み取れない上、素っ気ない態度を見せるエジタス。そんな二人にビントも不思議そうに首を傾げるが、これといって仲が良い訳でも無い為、それ以上は何も言わなかった。

 

 「そうか、それなら良かった。ここの温泉はウチの名物でもあるからな。さてと、それじゃあ今夜泊まる場所に行く前に、もう一つの名物であるここの食事を食べて行くといい」

 

 「やっだー!! ご飯だぁ!!」

 

 両手を上げて、人一倍喜びを表現するハナコ。そのあまりの喜び様に、ハナコの事をよく知らないビントは、若干引いていた。

 

 「よ、よし、食堂はこっちだ……ついて来てくれ」

 

 「ごっはっん!! ごっはっん!!」

 

 ビントを先頭に真緒達は、食堂へと向かう。その様子を物陰からこっそりと伺い、その後を付いていく人影があった。

 

 

 

***

 

 

 

 温泉に浸かっている間、日はすっかりと沈み、本格的に夜が訪れた頃、真緒達はビントの誘いで食堂に案内され、少し遅めの夕食を取り始める。

 

 「ガツガツ、ムシャムシヤ、ングング!!」

 

 料理が到着するや否や、ガツガツと食べ始めるハナコ。

 

 「(んー、マオさん……湯船で姿を見掛けなかったと思えば、ロビーで疲れきった顔をしている。それにさっきからエジタスさんの事をチラチラと眺める始末……やっぱりこの二人、何かあったんでしょうか?)」

 

 運ばれた料理に口を付けながら、真緒とエジタスの様子が気になるリーマ。

 

 「「…………」」

 

 そして、料理に一切口を付けない真緒とエジタス。真緒は気まずさから、エジタスは当然仮面を付けているからなのだが、真緒には素顔を見ようとするヤラシイ奴が目の前にいるから食べようとしない。そう思ってしまっている。それによって、ますます罪悪感は強まり、余計料理を食べられなくなってしまった。

 

 「おやおや~、どうしたんですかマオさん? 全然食べて無いじゃないですか~?」

 

 「えっ、いや、あの……」

 

 そうこうしていると、エジタスの方から話し掛けて来た。本日、二度目となる展開だが、 やはり困惑してしまう真緒。

 

 「明日はヘルマウンテンの調査に向かうんですよ? そんなんじゃ、体力が持ちませんよ~」

 

 「あ、あの……師匠……?」

 

 「何ですか~?」

 

 「怒ってないんですか……?」

 

 「何がですか~?」

 

 「そ、その……素顔を見ようとした事……」

 

 「あ~、もう気にしてませんよ。過ぎた事をぐちぐち言うのは、キャラじゃありませんからね」

 

 「だ、だけど……むぐっ!!?」

 

 再び真緒が口を開いたその瞬間、エジタスが料理の一部を真緒の口に突っ込んで無理矢理黙らせる。口一杯に広がる旨味に混乱しながらも、顎を動かして噛み砕き、飲み込んだ。

 

 「美味しいですか?」

 

 「は、はい……美味しいです」

 

 「うんうん、それは良かった。確り食べないと力が出ませんからね~」

 

 「で、でも師匠は食べてないじゃないですか!?」

 

 「ん? そんなの当たり前じゃないですか。この仮面をしている以上、食べるタイミングには細心の注意が必要なんですよ~」

 

 「だからそれって、私が素顔を見ようとしたから……それで……」

 

 「……はぁ~、いいですか真緒さん。私が気にしていないと言っているんですから、それを素直に受け取って下さい。逆にそうやっていつまでも引きずっているのを見るのは、許したこっちとしても不快なだけです」

 

 「うっ……ご、ごめんなさい……」

 

 「分かったら、食事を楽しんで下さい。私は私で好きなタイミングで食べますから」

 

 「……はい」

 

 エジタスに説得され、渋々食事に手を付ける真緒。人間、一度食事をし始めると夢中になってしまい、気が付けば只純粋に食事を楽しみ始めていた。

 

 『おいしいですなー』

 

 「うん、ここの料理が名物ってのも頷け……えっ?」

 

 女性の声。しかし、ハナコやリーマでは無い。もっとシワがれた年寄りの声。真緒達が声のした方向に顔を向けると、そこには、全身羽の抜けた地肌が丸見えの鳥人が食事をしていた。用意されたフォークやナイフを使わず、手掴みで口にするが噛み切れないのか、数回噛み終えた後、吐き出して元の場所に戻している。

 

 「あ、あなたは……?」

 

 「やっぱりみんなでごはんはたのしいね……“フォル”ちゃんもたのしいかい?」

 

 そう言いながら、謎の鳥人老婆は誰も座っていない席に向かって話し掛ける。

 

 「えっと……おばあ……「またこんな所に来たのか!?」……ビントさん?」

 

 真緒が話し掛けようとしたその時、ビントが大声で話し掛けながら、謎の鳥人老婆に歩み寄る。

 

 「あぁ……“クク”さんかい、きょうはずいぶんとはやいおむかえだね」

 

 「ククじゃない。ビントだ。それに早いって、もう夜中だぞ。また勝手に施設から抜け出して来たな。後で連絡して連れ戻して貰わないと……」

 

 「あ、あの……ビントさん。誰なんですか、その方は?」

 

 「あぁ、突然大声出して悪かったな。この人は“トハ”さん。族長よりも長くこの里で過ごしている古株だ」

 

 「フォーグさんよりもですか!?」

 

 「昔は最も腕の立つ部隊の隊長を勤めていたんだがな。今じゃ、この有り様だ」

 

 「ククさんというのは?」

 

 「この近くにある介護施設の鳥人だ。普段なら寝るまで付きっきりの筈なんだが……あいつまたサボりやがったな……後でとっちめてやる」

 

 「そうだったんですか……」

 

 時の流れというのは、いつの時代も残酷だ。そう思ってはいけないと頭で分かっていても、トハの姿を見て“可哀想”と同情してしまう。そんな中、トハが口を開く。

 

 「すまないが、もうすこししずかにしてくれんか。いま、まごとしょくじしているんじゃ」

 

 「トハさん……あんたまた……」

 

 「お孫さん?」

 

 「まだトハさんがボケる前の頃、娘と孫を事故で一度に亡くしたんだ」

 

 「そんな……」

 

 「生きる希望を無くし、それに伴って記憶力が落ち始め、羽もすっかり抜け落ちてしまい、今ではもう存在しない娘と孫の幻覚を見る様になった」

 

 「ほーら、フォルちゃん。おばあちゃんのもあげるよ。たーんとおたべ」

 

 そう言って、腕をプルプルと震わせながら、誰もいない虚空に向かって、自身が噛み捨てた料理を差し出そうとする。しかし、当然受け取る者など誰もいない為、やがて腕に限界が来て、持っていた料理を落としてしまう。

 

 「っ!! いい加減にしてくれ、トハさん!!」

 

 その瞬間、我慢の限界を向かえたビントは、トハの両肩を掴んで大きく揺らしながら訴える。

 

 「あんたの孫は何処にもいない!! 死んだんだ!!」

 

 「? なにをいっているんじゃ、そこにいるじゃないか、ねー、フォルちゃん。おかしなおにちゃんですねー」

 

 「あんたの孫が生きてたら、俺と同い年の筈だろうが!! いい加減に目を覚ませよ!! あんたの孫は……“フォルス”はもう何処にもいないんだ!!」

 

 「「「「!!?」」」」

 

 ビントの言葉に、真緒達は驚きを隠せなかった。そもそも真緒達がこの里に足を踏み入れたのは、ヘルマウンテンを登る許可を得る為だけじゃない。ケンカ別れしてしまった仲間の一人である“フォルス”について、何か情報が得られるのではとやって来たのだ。だが、まさかこんな場面でフォルスの名前を聞く事になるとは、夢にも思わなかった。

 

 「ちょ、そ、その人の事を詳しく聞かせて貰えませんか!!?」

 

 「い、いきなりどうした?」

 

 「私達、フォルスさんの仲間なんです!!」

 

 「…………はぁ?」




フォルスは死んでいた!?
いったい何があったのか、次回フォルスに秘められた過去が明らかとなる!!
次回もお楽しみに!!
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英雄の墜落(前編)

回想への導入が長くなり、前編後編と分ける事にしました。


 期待こそしていたものの、まさかこうも簡単にフォルスの名前が挙がるとは思わなかった真緒達。その一方で、余所者である真緒達からフォルスの名前を聞く事になるとは思わなかった。ましてや、仲間だという事に驚きを隠せなかった。

 

 「……それで? お前の仲間であるフォルスと、トハさんの孫であるフォルスは同一人物なのか?」

 

 しかし、ビントもおいそれと信じる訳にもいかない。トハの隣に座り、真緒達に疑いの眼差しを送りながら問い詰める。

 

 「それは……正直に言うと分かりません。けど、同じ鳥人族で同じ名前をしていて、ビントさんとも近い年齢……逆にこれで無関係だと思えますか?」

 

 真緒達もビントが挙げたフォルスと、自分達が知っているフォルスが同じ人物かどうかまでは、確信が持てない。だが、これを只の偶然として収めてしまうのは、あまりにも出来すぎている。

 

 「……確かに俺達鳥人族がここを離れて、他の村や街に行く事は滅多に無い。俺が知っているだけでも、里を離れたのは数えるだけだ。勿論、その中にフォルスという名前の鳥人はいない」

 

 「それなら……「但し」……?」

 

 パッと明るい表情を浮かべる真緒達だったが、途中で言葉を遮られてしまった。それも否定的な言葉で。

 

 「お前達が嘘を付いていなければの話だがな」

 

 「オラ達、嘘なんが付いでねぇだぁ!!」

 

 「そうですよ!! 大体、私達がフォルスさんの事を騙って、何の得があると言うんですか!!?」

 

 「そんなの俺の知った事じゃない」

 

 「そんな言い方……!!「リーマ、もういいよ」……マオさん……」

 

 ビントの態度に腹を立てるリーマ。突っ掛かろうとするも、真緒に止められる。冷静な真緒の表情を見て、何とか怒りを静める。そして、リーマの代わりに真緒が口を開く。

 

 「ビントさん、私達は誓って嘘なんて付いていません」

 

 「ほぅ、それならどうしてフォルスはこの場にいない? お前達の仲間ならいる筈じゃないのか?」

 

 「それは……」

 

 ビントの最もな疑問に口ごもる真緒。言うべきかどうか思い悩んでいると……。

 

 「いや~、それがフォルスさん、いざ行こうとしたら急に駄々をコネ始めましてね~。マオさん達が必死に説得したんですけど、結局最後はケンカ別れしてしまったんですよ~」

 

 「師匠……」

 

 真緒のピンチに助け船を出したのはエジタスだった。飄々とした様子で淡々と語る彼の姿に真緒達は、心の中で感謝した。

 

 「……そんなメチャクチャな話を信じろと?」

 

 だが、ビントの方はそれでも疑っていた。寧ろ、仮面を被っているエジタスが答えた分、余計に疑いを強くしている様子だった。

 

 「別に信じなくても結構ですよ。私達だって、あなたの話をこれっぽっちも信じていませんからね~」

 

 「何だと……?」

 

 「ちょ、ちょっとエジタスさん。そんな言い方して良いんですか?」

 

 「まぁまぁ、リーマさん。その内分かりますから」

 

 下手をすれば、ここで会話が終わってしまうかもしれない。そんな状況に対して焦る真緒達を他所に、エジタスは余裕の態度を示していた。そんな中、ビントは少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。

 

 「いいだろう。一先ず、お前達の話を信じる事にしよう」

 

 「「!!!」」

 

 「本当ですか!?」

 

 「全く末恐ろしい奴だな。まさか選択権を全て俺に委ねるとは……何も考えていないのか……それとも……」

 

 チラリとエジタスを見るビント。しかし、エジタスはもう興味が薄れてしまったのか、何処か上の空であった。

 

 「さて……まず話しておくべき事がある。お前達の話を信じるとは言ったが、正直俺はお前達のフォルスと俺が知っているフォルスが同一人物だとは毛程も思ってはいない」

 

 「ど、どうしてですか!?」

 

 「何故なら……俺が知っているフォルスっていうのは、もう既に“この世にいない”からだ」

 

 「「「!!?」」」

 

 予想だにしなかったビントの言葉に、真緒達は理解が追い付かなかった。それでも向こうはお構いなしに話を続ける。

 

 「もっと言えば、俺はフォルスという名前は知っているが、一度も見た事が無い」

 

 「はっ、えっ? ど、どういう事ですか?」

 

 最早、言っている事がメチャクチャで、真緒達も聞き返す事しか出来なかった。

 

 「俺もフォーグ族長から話を聞いただけなんだ。だから最初から話そう……あれは俺が生まれた頃の話。まだこのトハさんが、鳥人族の最上級指揮官だった時の事だ」

 

 「「「……って、えぇええええええええええええええええ!!?」」」

 

 これからビントによる回想に入る直前、どうしても聞き逃せないワードに真緒達は驚きのあまり大声を出してしまう。

 

 「何だいきなり騒々しい」

 

 「いや、えっ!? トハさんが最上級指揮官? 本当なんですか!?」

 

 「あぁ、今の姿からは想像も付かないだろうが、当時トハさんは“神速のトハ”と呼ばれる程、里の英雄だったらしい」

 

 「“神速のトハ”……」

 

 「フォルちゃん、たくさんたべれてえらいわねー」

 

 何とも中二病チックなネーミングだが、トハの姿を見たらとてもじゃないが信じられない。今も誰もいない空間に話し掛け、頭を撫でる様な仕草をしている。

 

 「……話を戻すぞ。まだトハさんが現役だった頃、里ではちょっとした事件が起こっていたんだ…………」

 

 

 

***

 

 

 

 何でも里内で窃盗事件が多発していたらしい。痕跡は一切無く、目撃者もいない。唯一分かっていたのは、犯行は夜中行われているという事だった。

 

 盗まれる物は様々で衣服や金品、食べ物や本など見境が無かった。住民達も不安と恐ろしさで夜も寝れずにいた。このままじゃ、里は滅びてしまうと考えたフォーグ族長は、最上級指揮官であるトハさんに部隊を率いて、盗人の討伐を命じた。

 

 「いいかい、あんた達!! ここ最近の窃盗はますますエスカレートして来ている。あたし達が迅速に捕まえるかどうかで、里の命運は分かれるんだ。肝に命じておきな!!」

 

 「「「「「はい!!」」」」」

 

 トハの言葉に部隊一同が声を張り上げて返事をする。そんな中、空から一人の女性鳥人がトハの側に降り立った。そのクチバシには布が咥えられており、中では何かが蠢いているのが分かった。

 

 「張り切っているわね、“お母さん”」

 

 「おや、“ミズク”かい。急に来て、どうしたの?」

 

 「これから買い物なんだけど、お母さんの姿が見えてね。それに“この子”も会いたがっていると思って……」

 

 ミズクと呼ばれる鳥人は、トハの娘であった。彼女は母親であるトハに会うと、クチバシに咥えられていた袋の中身を見せる。そこには大きな“卵”が入っており、よく見れば微かに動いているのが分かった。

 

 「買い物って、今里は盗人のせいで大混乱しているんだよ。もうすぐ夜なのに家を空けるだなんて、あんたは能天気というかなんというか……もうちょっと危機感を持ったらどうなの?」

 

 「でも……買い物しないと今晩の食事に困っちゃうわ」

 

 「昼間たっぷり時間があったでしょ。その子の安全を考えるのなら、もう少し早めに行動を起こしなさい。起こってからじゃ、遅いのよ」

 

 「分かったわ。それと、その子じゃなくて“フォルス”よ」

 

 「おや、名前が決まったのかい。フォルスね……いい名前じゃないか」

 

 「でしょ。元気に生まれて来てね、フォルちゃん」

 

 「フォルちゃんって……あなたね。あだ名で呼ぶのは止めておくれ。虫酸が走るわ」

 

 「フンだ。どう呼ぼうが私の勝手でしょ。全く意地悪なお婆ちゃんですねー」

 

 まだ生まれてすらいない卵に向かって、話し掛けるミズク。トハは呆れた様子で見つめる。

 

 「それはそうと、あんた夕食の買い出しに向かってるんじゃなかったのかい」

 

 「あっ、そうだった!! ごめん、お婆ちゃん。私もう行くね、また後で」

 

 「気を付けるんだよ。いつ盗人が現れる分からないんだからね」

 

 「分かってるって」

 そう言うとミズクは羽を羽ばたかせ、大空へと飛び上がる。

 

 「それともし盗人らしき奴を見掛けたら、急いであたしか部隊の連中に知らせるんだよ!!」

 

 「分かってるって!!」

 

 

 同じ返事を返しながら、ミズクはその場を離れていった。その後ろ姿を最後まで見届けるトハ。そして再び部隊の方へと顔を向ける。

 

 「何、ボーッとしているんだい!! あたし達もとっとと出動するよ!!」

 

 「「「「「は、はい!!」」」」」

 

 凄まじい剣幕に部隊は、慌てて返事をすると一斉に羽を羽ばたかせ、その場から飛び立つ。

 

 そのままミズクが飛んで行った方角とは逆方向へと進んでいくトハ達。そしてこれが、親子の最後の別れになるとも知らずに…………。




二人の間にいったい何が!!?
という所で今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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英雄の墜落(後編)

 トハとミズクが別れてから数分後。ヘルマウンテンの方向から一つの巨大な“影”が里に近付いて来る。

 

 雲ではない。里の半分を覆い尽くす大きさをしたその影は、雲にしてはあまりにも速過ぎた。

 

 よく見れば形も可笑しい。雲と異なり、形が左右でハッキリとしているのだ。それはまるで両翼を広げる鳥の様な形をしていた。

 

 当然、里の殆どの者が異常に気が付き、その正体を確かめようと空を見上げる。が、しかし……。

 

 そこには何も無かった。いつも通りの空が広がっているだけだった。なのに、自分達の足下を巨大な影が通り過ぎていく。この矛盾に里の者達は「小さな鳥に太陽の光が上手い事当たっているのだろう」と、特に気にも留めなかった。

 

 そうして、巨大な影は真っ直ぐとミズクが向かった商店方面へと突き進んで行くのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 この鳥人の里で唯一の商店。しかし、客足はあまり良くない。というのも、鳥人族は基本自給自足の生活を心掛けている。女子供関係無く、自身の食いぶちを手に入れる為、他者によって用意された食料をわざわざ金銭を払ってまで手に入れる事は、鳥人族の誇りが許さない。

 

 ではいったい誰がこの商店を利用するのか。それは過去に狩りや戦いで負傷し、自力での食料確保が困難になってしまった者や、年ゆえに思う様に体が動かない者など、やむを得ない事情を抱える者達が商店を利用している。

 

 そしてミズクもまた、いつ生まれるか分からない我が子から片時も離れられない為、商店を利用している。今日も大事な我が子である卵を抱えながら、商店前に降り立つ。

 

 「店長、こんにちはー」

 

 「おや、ミズクちゃんいらっしゃい」

 

 扉を開けて中に入ると、幾つもの棚が並べられており、それぞれ野菜や果物、魚など様々な食材が陳列していた。そんな食材を仕分けている鳥人が一人。

 

 エプロン姿の恰幅の良い大柄な女性だった。店長と呼ばれたその女性は、ミズクの存在に気が付くと仕分けの手を止めて、近付いて来る。

 

 「今日は何が欲しいんだい?」

 

 「えっと、野菜と旬の魚を頂ければ……」

 

 「それなら丁度良いのが入ったよ」

 

 そう言うと店長は、魚コーナーから何匹か見繕うと袋に入れてミズクに手渡す。

 

 「いつもありがとうございます……って、あれ?」

 

 ミズクが袋を受け取ると、旬の魚が入った物とは別に頼んでいない果物が入っている袋も一緒に手渡される。

 

 「それはおばちゃんからのサービス」

 

 「そんな受け取れませんよ」

 

 「いいのいいの。どうせ置いてたって、買う人なんて殆どいないんだから。ミズクちゃんだけだよ。こうして毎日欠かさず通ってくれているのは」

 

 「欠かさずだなんて。私は只普通に買い物しているだけですから」

 

 「全く他の奴らときたら、素直に買いに来ればいいのに施しは受けないだなんだ言って、いつも餓死寸前になるまで粘るんだから……それで食料を届ける身にもなって欲しいもんだよ」

 

 「店長にはいつもお世話になっています」

 

 「あらヤダ、ごめんなさいね。こんなおばちゃんの愚痴を聞かせちゃって。ともかくミズクちゃんには感謝してるんだよ。おばちゃんももう年だからね、狩りなんか出来ないだろう? けど、食料は毎日確保しないといけない。だから思い切って里で唯一の商店を先代から引き継いで、自分の食いぶちを手に入れる次いでに他の困っている連中にも手を差し出そうと思ったんだよ」

 

 「店長には感謝しています。私も本当は狩りに出掛けたいけど、この子の事が心配で……」

 

 そう言いながらミズクは、抱えている卵を優しく撫でる。

 

 「あれ、まだ孵ってなかったのかい?」

 

 「はい、お医者さんが言うには、いつ生まれても可笑しくないらしいんですけど、心配で最近はずっと眠らずに見守っているんです」

 

 「へー、親子は似るって言うけど本当なんだね」

 

 「どう言う意味ですか?」

 

 「おや、トハさんから聞いてないかい? トハさんがミズクちゃんを生んだ時、時期をとっくに過ぎているのに中々卵が孵らないから、トハさん心配で24時間不眠不休で見守っていたんだよ」

 

 「お母さんが!!? そんな話、初めて聞きました」

 

 「あの人は鳥人族の中でも、一番の誇りと責任感が強い人だからね。例え身内でも、過去は語りたがらないんだろう」

 

 「お母さん……」

 

 ミズクはほっこりとした様子で柔らかな笑みを浮かべる。先程よりも我が子である卵を優しく撫でる。その姿を微笑ましそうに眺める店長。

 

 「おっと、忘れる所だった。後、野菜だったね。ちょっと待ってておくれ、そっちも新鮮で良いのが入ったんだよ」

 

 ふと思い出した店長は、急ぎ足で野菜コーナーへと歩き、野菜を選別して袋に詰め込んでいく。

 

 「まぁ、こんな所だろうね」

 

 「本当に何から何までありがとうございます」

 

 「気にしないで。子供を抱えながらじゃ、買い物もしづらいだろ。それじゃあ、ちょっくらお代を合計して来るからそれまで……」

 

 と、そこまで言い掛けた次の瞬間、太陽の光が当たって明るかった店内に一瞬で影が差し込んだ。

 

 「おやまぁ、もしかして雲って来たかい? ミズクちゃん、傘とか持って来てる? あれだったら、あたしの分を貸してあげるよ」

 

 「いえいえ、さすがにそこまで甘える訳にはいきません」

 

 「あら、若いのに遠慮なんかしちゃ駄目よ。良いから持って行きなさい。それで卵が濡れて冷えちゃ、孵る物も孵らないわよ」

 

 「……そうですね、すみません。お願いします」

 

 「まぁ、とは言うもののまずは本当に降ってるかどうか確かめないとね」

 

 そう言いながら、窓越しから空の様子を確かめる。が、そこには店内全体を覆い隠す様な雲は無く、いつも通りの空が広がっている。また、肝心の太陽も元気に顔を出している。

 

 「可笑しいわね……てっきり曇ってると思ったんだけど……」

 

 「…………あら?」

 

 店長が不思議に思っていると、ミズクの抱えている卵が微かに動いて見せた。

 

 「て、店長!!? た、卵が!!?」

 

 「何ですって!!?」

 

 ミズクの声に反応して、店長は窓から離れると慌ててミズクの側へと駆け寄る。

 

 「い、いったいどうしたら!!?」

 

 何せ初めての経験に、何をどうしたら良いのか分からず、混乱してしまうミズク。そんな彼女に店長が両肩に手を置いて、優しく話し掛ける。

 

 「一先ず深呼吸よ。もうすぐ母親になるんだから、堂々としてなさい。トハさんがそうであった様にね」

 

 「お母さんと同じ様に……すぅー、はぁー、店長ありがとうございます」

 

 店長の助言で少し落ち着く事が出来たミズク。その間にも卵はカタカタと小刻みに揺れている。

 

 「それじゃあ、あたしはちょっと離れてるよ。生まれたその子が間違ってあたしを見たら大変だからね」

 

 刷り込み。生まれた雛鳥が初めて見た者を母親と思う現象。賢い鳥人族も例外では無く、過去にそうしたご近所でのトラブルがあった。それを危惧して店長はミズクと卵から少し離れる。そして気が付いた。

 

 「……あら? 揺れてる?」

 

 揺れてるのは卵だけじゃ無かった。店全体が微かに揺れていたのだ。卵の揺れは、あくまで店の揺れによる物だった。

 

 嫌な予感がする。長年の勘が働く店長は、未だに卵が孵るのを待っているミズクに声を掛ける。

 

 「ねぇ、一旦外に……っ!!?」

 

           バゴン!!!

 

 その瞬間、けたたましい音が周囲に鳴り響いたかと思うと、店の屋根が崩れ、ミズクと店長の二人目掛けて大量の瓦礫が降り注ぐ。

 

 「「!!?」」

 

 当然、この突然の出来事に対処出来る訳も無く、二人は呆気なく瓦礫の下敷きになってしまうのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 「……うぅ……」

 

 ミズクが目を覚ますと、周囲は屋根から崩れ落ちた瓦礫によってめちゃくちゃになっていた。ミズクも瓦礫に片足を挟まれてしまい、身動きが取れない状況だったが、奇跡的に卵はむきずのまま手の届く範囲に転がっていた。

 

 「あぁ……良かった……店長……店長……無事です……か?」

 

 我が子の安全を確かめたミズク。次に店長の安否を確かめようと、何度も呼び掛けるが返事は返って来ない。店長がいたであろう場所に目線を向けるがそこには……。

 

 「て、店長……?」

 

 瓦礫に頭を押し潰され、見るも無惨な姿となった店長の死体が転がっていた。

 

 「そんな……どうして……!!!」

 

 つい数秒前まで楽しく会話していた筈なのに。何故、こんな事になってしまったのか。ミズクはやるせない想いと悲しみに押し潰されそうだった。すると、その時だった。

 

 ミズクの背後で物音が聞こえる。何かを物色する音。こんな状況でそんな事をするのは、間違いなく屋根を崩した張本人。

 

 「(許さない……絶対に許さない!! その薄汚い泥棒の姿を見せて貰うわ!!)」

 

 自分達をこんな目に遭わせた奴の姿を一目見ようと振り返るミズク。

 

 「!!? まさか……そんなっ!!?」

 

 

 

***

 

 

 

 ミズク達がいる商店が崩れる数分前。トハ率いる精鋭部隊は、盗人の情報をかき集めていた。

 

 「それで? あんたの所は何を盗まれたんだ?」

 

 「別に大した物じゃ無いさ。備蓄してあった食料や、普段使ってる腰巻き……それと焚き火用の薪を何本か」

 

 「成る程、他には?」

 

 「そうだな……あっ、そう言えば……」

 

 「何だ?」

 

 「抜け落ちた羽を一袋にまとめて、後で捨てようと思ったんだけど、それも盗まれてたな」

 

 「羽だって?」

 

 「あぁ、所々土で汚れているから金銭的価値も無いだろうに……何でだろうな?」

 

 「……分かった、情報提供に感謝するよ」

 

 「いやー、あのトハさん直々に調べて貰えるとは。こう言ってはなんですが、盗まれて寧ろラッキーでしたよ」

 

 「ふっ、そんな事を言う元気があるなら大丈夫そうだな。それじゃあ」

 

 そう言うとトハは、その場を後にする。

 

 「隊長!!」

 

 「お前らか、何か目ぼしい成果はあったか?」

 

 「いえ、それが何も……どうやら敵は相当な手練れの様です」

 

 「その様だな。だが、このまま諦める訳にもいかない。引き続き調査を……っ!!?」

 

 そう言い掛けた瞬間、けたたましい爆音が鳴り響く。一同、音の発生源付近に顔を向ける。

 

 「あそこは確か……ミズクさんが向かった……隊長!!?」

 

 誰かが呟くと同時に、トハは目にも止まらぬ速さで商店に向かって飛んでいく。部下達も必死に追い掛けようとするが、引き離されてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

 トハに引き離されてから数分後。遅れて部下達も商店付近に辿り着いた。

 

 「隊長、いったい何処に……」

 

 「おい、あそこを見ろ!!?」

 

 一人が指差す方向に全員が顔を向けると、そこにトハはいた。地面に座り込む隊長の姿に、一同が安堵して近付く。

 

 「隊長、ご無事でしたか」

 

 「……かの」

 

 「隊長?」

 

 様子が可笑しい。心配になった部下が、トハの肩に手を置いて顔を確かめる。すると……。

 

 「「「「「!!!」」」」」

 

 「めしはまだかのー」

 

 まるで何百年も時が過ぎ去ったかの様に、すっかりと羽は抜け落ち、ヨボヨボの肌となり、口からはヨダレを垂らして、左右の目は明後日の方向を向いた、変わり果てたトハの姿があった。

 

 「た、隊長!!? いったい何があったのですか!!?」

 

 「ミズク……フォルちゃん……きょうは……さんにんでたべましょうねー」

 

 「ミズク? フォルちゃん? いったい何を……はっ!!?」

 

 そして部下は気が付いた。トハの目の前には、血塗れで倒れるミズクの姿と、その傍らには粉々に踏み潰された卵がある事に……。

 

 「まさか……そんな……」

 

 「フォルちゃんはくいしんぼうさんだねー。ほーら、おばあちゃんのぶんもおたべー」

 

 後に“英雄の墜落”として語られるこの事件。犯人は未だに捕まっていない。




今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。


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膨れ上がる疑問

リアルが忙しくて、書く暇が見つからない……。
気長に待って頂けると幸いです。


 「……と、まぁ俺が聞いたのはこんな所だな」

 

 「「「…………」」」

 

 ビントの話を聞いて、真緒達はその重た過ぎる話に思わず絶句していた。その一方でエジタスは、途中で話に飽きてしまったのか。トハと一緒にあやとりで遊んでいた。

 

 「トハさんにそんな過去が……」

 

 真緒がチラリと、トハの方に目を向けるも、当の本人はエジタスが作ったあやとりでのホウキに手を叩きながら、“キャッキャッ”と喜んでいた。

 

 「俺も初めて聞いた時は驚いた。俺が知っているトハさんは、見ての通りだからな。それが里の英雄とまで呼ばれていたんだから、見た目だけじゃ分からないよな」

 

 「で、でもその話が本当だとすると……」

 

 話を聞き終えた真緒達は、ハッと気が付いた。現在、この里にフォルスという名前の鳥人はいない。そして、過去遡っても該当するのはたった一人だけ。更にその一人は生まれる前に殺されてしまった。つまり、トハの孫であるフォルスと真緒達が知っているフォルスは、全くの別人となる。

 

 「そういう事だ。まさか死人が蘇った訳でもあるまい。お前達の言うフォルスと、俺達が知っているフォルスは赤の他人だ」

 

 「それじゃあ、私達が今まで一緒に旅して来たフォルスさんは、いったい何者なんですか?」

 

 「そう、それこそが一番の謎だ。昔、この里を追放された奴の子孫と考えられなくもないが、まずあり得ないな」

 

 「どうしてですか?」

 

 「一番新しい追放者でも、フォーグ族長が族長に就任する前……つまりざっと計算しても百年以上前の話なんだ」

 

 「えっ、でも子孫という話なら充分可能性が……」

 

 「生物学上、俺達鳥人族は同じ鳥人族じゃないと子供は作れない。そして、過去この里から追放されたのは全員“男”だった」

 

 「な、成る程……確かにそれではフォルスさんが誰かの子孫とは、考えにくいですね」

 

 「あぁ、勿論世界中を隈無く探せば俺達以外の鳥人族も見つかりはするかもしれない。だが、そんなかもしれないを考えていたら、いつまで経っても答えに辿り着けないからな」

 

 「確かに……でも、そうなるとますますあのフォルスさんについて、謎が深まるばかりです」

 

 フォルスの名前が上がり、一筋の光明が差し込んだと思われたが、結果は余計に混乱を招いただけだった。

 

 皆の疑問が膨れ上がる一方、それまでトハと夢中であやとりをしていたエジタスが真緒達の方には一切向かず、指を動かしながら口を開く。

 

 「別に良いんじゃないですか~?」

 

 「師匠?」

 

 「フォルスさんが何者だろうと、別にどうでも良いんじゃないですか?」

 

 「あんた……エジタスとか言ったな。部外者である俺が言うのもなんだが、今まで得たいの知れない奴が側にいたかと思えば、気になるのは当然の事だ」

 

 「いや~、本当に“部外者が言うのもなんだが”ですね~。無関係な人はお口チャックして貰えますか~?」

 

 「何だと?」

 

 エジタスの挑発とも取れる言葉にカチンと来たビント。椅子から立ち上がり、今にも殴り掛かりそうな勢いだ。

 

 「てめぇ……もういっぺん言ってみろ!!」

 

 「ちょ、ちょっとビントさん落ち着いて下さい!! 師匠もそんな言い方はあんまりです!!」

 

 「そうでしょうか~? ついさっきまで私達の話を信じてないだなんだと言ってた癖に、急に仲間面し始めてるんですよ? ちょっと遠慮が無さ過ぎると思うんですよね~?」

 

 「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって!! 俺はお前らが困っているから、少しでも何かの助けになると思って、わざわざ昔の話まで持ち出したんだぞ!!?」

 

 「持ち出したって……別にあなたが体験した事じゃ無いですよね? あくまでフォーグ族長から聞いただけですよね? そんな伝言ゲームでどや顔されても、説得力が無いと言うか……そもそもその話自体が本当かどうか怪しい限りですよ」

 

 「っ!!!」

 

 この言葉にビントの堪忍袋の緒が切れる。真緒達の制止を振り切り、エジタスの胸ぐらを掴みに掛かろうとする。が…………。

 

 「ほいっと!!」

 

 「なっ!!?」

 

 掴まれそうになった瞬間、エジタスは指をパチンと鳴らし、その場から一瞬で姿を消して見せた。そして気が付くと、ビントの背後に現れていた。

 

 「こっちですよ~」

 

 「このっ!!」

 

 トントンと、エジタスがビントの肩を叩き、存在を気付かせるとビントは慌てて振り返りながら、エジタス目掛けて裏拳を食らわせようとする。

 

 「あらよっと!!」

 

 「がっ!!?」

 

 しかし、その攻撃を予測していたエジタスは難なく避けて見せ、更に振り返る事で乱れたビントの軸足目掛けて、ローキックをかました。それにより完全にバランスを崩したビントは、そのまま崩れる様に床に倒れ込んでしまう。

 

 「ちょ!!? 師匠、何をしているんですか!!?」

 

 エジタスの暴挙に、さすがの真緒も声を荒げながらエジタスに詰め寄る。ハナコとリーマの二人も、信じられないという表情を浮かべていた。

 

 「いやいや~、急に襲われたものですから、ついつい自分の身を守ってしまいましたよ~」

 

 「それは師匠がビントさんに、失礼な態度を取ったからじゃないですか!!? ビントさん、大丈夫ですか!!? お怪我はありませんか!!?」

 

 だが、エジタスは悪びれる事も無くあくまでも“正当防衛”を主張した。そんなエジタスに何を言っても無駄だと感じながら、真緒は起き上がろうとしているビントの側へと駆け寄り、安否を確認する。

 

 「ったく……せっかく人が親切で教えてやったって言うのに……お前らがそういう態度を取るのならもういい。勝手にやってくれ!!」

 

 怪我こそして無かったが、エジタスの言動に腹を立てたビントは、介抱しようとする真緒の手を振り払って立ち上がる。

 

 「あ、あのビントさん……」

 

 「お前ら、あんな奴とはさっさと縁を切るんだな。ほら、トハさんもう行きましょう。あなたを施設に戻さないと」

 

 「いまねー、フォルちゃんとあやとりしてたのよ」

 

 「はいはい、良かったですね。続きは後で聞きますから、ほら早く行きますよ」

 

 楽しそうに話すトハを急かし、ビントはトハを連れてその場から去ってしまうのであった。

 

 「「「…………」」」

 

 残された真緒達は、しばらく放心状態で固まっていた。そんな中、エジタスだけはまるで無関係かの様に、赤青黄の三色ボールをお手玉の要領で、くるくると回転させて遊んでいた。

 

 「師匠!! 何であんな酷い事を言ったんですか!!?」

 

 「よっ、ほっ、はっ、そっ、もっ」

 

 当然、真緒達はエジタスに理由を問い詰める。が、当の本人はのらりくらりとした様子で、お手玉に夢中だった。

 

 「師匠!! 答えて下さい!!」

 

 「…………」

 

 真緒の怒鳴り声にビックリしたのか、エジタスは体をビクッと震わせ、その衝撃で三色ボールは一斉に空中に舞い上がり、そして重力に従って落ちて来るも、そこはエジタスが器用に全てキャッチして見せた。

 

 「……はぁ~、もう仕方ありませんね。いちいち説明しないと納得しないんですから~」

 

 そう言いながらエジタスは、指をパチンと鳴らしたかと思うと、持っていた三色ボールを一瞬にして消して見せた。そして、改めて真緒達の方を振り向く。

 

 「よろしいですか。私達の最大の目標は脱退してしまったフォルスさんを再びパーティーに迎え入れる事です」

 

 「そんなの当たり前じゃないですか」

 

 「そして、フォルスさんが脱退した理由がこの里に隠されているのではないかと考えた」

 

 「はい、だからこそフォルスさんの身に何があったのか、調べようとしたんじゃないですか」

 

 「そう、ですが結局分かったのはこの里には昔、フォルスさんと同じ名前の鳥人がいたという事だけ。更にそのフォルスさんは、生まれる前に亡くなってしまっている」

 

 「そうです。もしそれが本当だったら、私達が今まで旅して来たフォルスさんは何者なのか……「そこですよ」……えっ?」

 

 「何故、フォルスさんが何者か知ろうとするんですか?」

 

 「いや、だって……ね?」

 

 分かりきっている答えに、質問の意図が分からず、真緒は困った様子でハナコとリーマに助けを求めた。

 

 「フォルスさんの事をよく知れば、戻って来てくれるかもしれないじゃないですか?」

 

 「ぞうだぁ、考えでみればオラ達フォルスざんの事を何も知らながっだだぁ」

 

 「いやいや、ですから何故そんな事を知ろうとしているんですか?」

 

 「「「……?」」」

 

 エジタスの言っている意味が理解出来ず、三人は首を傾げる。

 

 「……では、ハッキリさせましょう。あなた達はフォルスさんを連れ戻したいんですか? それともフォルスさんの過去をほじくり返したいんですか?」

 

 「い、いやですから、過去を知った上でフォルスさんを連れ戻そうと……」

 

 「そこが私にはいまいち理解出来ない所なんですよね~」

 

 「ど、どう言う意味ですか?」

 

 「どうして過去を知れば、フォルスさんが戻って来ると思っているんですか~? 恐らくですがフォルスさんは、私達に過去を知られるのを恐れて、パーティーを脱退したんだと思うんですよ」

 

 「そ、それはそうかもしれませんけど……だ、だからこそフォルスさんの過去を知って、より信頼した仲に……」

 

 「それでもし、フォルスさんが冷酷な殺人鬼だったら、もう一度仲間にしようと思いますか?」

 

 「いや、まだそうと決まった訳じゃ……」

 

 「けど、そうじゃないと決まった訳じゃない。仮に殺人鬼じゃなかったとしても、何か犯罪に手を染めていたら? それでもマオさん達は、フォルスさんを仲間にしたいですか?」

 

 「そうだとしても、きっと何か事情が……」

 

 「その事情が無かったら? 只単に自身の快楽の為に行っていたとしたら? そんな相手をマオさん達は、心から信頼する事が出来るんですか?」

 

 「…………」

 

 遂には押し黙ってしまった真緒。そんな彼女の様子にハナコとリーマが話に割って入る。

 

 「ちょっとエジタスさん!! さっきから何なんですか!!? マオさんを責めて!!」

 

 「ぞうだぁ!! マオぢゃんは何も悪ぐねぇだぁ!! フォルスざんの為に一生懸命なだけだぁ!!」

 

 「別に責めている訳じゃありませんよ。只、こうした考え方もあるのではないかと、お話ししているだけです」

 

 「それでも!! マオさんの意見を否定する理由にはなりません!!」

 

 「ぞうだぁ!! マオぢゃんは、何も間違っでいないだぁ!!」

 

 「確かに何も間違ってはいません。マオさんの仲間を想う心は素晴らしいです」

 

 「だったら……「ですが」……?」

 

 「それなら尚更、過去を調べるべきでは無いと思いますよ」

 

 「ど、どうしてですか?」

 

 「マオさん……」

 

 「マオぢゃん……」

 

 ハナコとリーマの助けを借りながら、何とか気持ちを持ち直した真緒。エジタスの言葉の意味を理解しようと、再び問い掛ける。

 

 「フォルスさんは、私達に過去を知られたくないが故に脱退しました。つまり、相当後ろめたい事があったのでしょう。もし、その過去を私達が掘り返せば、口にこそ出さずともお互いその事が脳裏にチラついて、前の様な関係には戻れず、何処か一歩引いた関係になってしまうでしょう」

 

 「た、確かにそうなってしまうかもしれません。で、でも……それでも私はフォルスさんの過去を知って、また仲間に……」

 

 「マオさん、あなたは過去のあれこれで、人柄を判断するつもりですか?」

 

 「!!!」

 

 「例え過去に何があったにせよ、大切なのは今じゃないでしょうか? 本人が話したくないのを他人である私達が勝手に暴くのは、“信頼”ではなく“疑い”です。自分の理想とする人物像が崩れない様にしているだけ。マオさん達がやっているのは、フォルスさんの為などでは無く自分自身が安心したいだけです」

 

 「「「…………」」」

 

 「もし、本当にフォルスさんの事を信頼しているのだったら、本人が話したくなるまで待つのが正しいのではないですか?」

 

 「「「…………」」」

 

 エジタスの言う通りだった。フォルスの過去を知ろうとするあまり、フォルス自身の事を考えていなかった。自分達の浅はかさに、何も言い返せなかった。

 

 「……とは言っても、まずはフォルスさんを連れ戻さないと何も始まらないんですけどね~」

 

 「師匠……私……」

 

 「マオさん、あなたは何も間違った事はしていません。只、ちょっと先走ってしまっただけ……急にフォルスさんが脱退して、早く連れ戻さなきゃと責任感に駆られていただけですよ」

 

 「私……フォルスさんを信じます。その為にも、一刻も早くフォルスさんをパーティーに復帰させて見せます!!」

 

 「その意気ですよ!! だけど、明日はヘルマウンテンの調査ですからね。今日はゆっくりと休むとしましょう」

 

 「「「はい!!」」」

 

 決意を新たに。真緒達はフォルスと再びパーティーを組む為に、まず目先の物事を片付ける事にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中。皆が寝静まった頃、エジタスは屋根の上からヘルマウンテンをじっと見つめていた。

 

 「……くっ……くっくっくくく……本人が話したくなるまで待つのが正しい……か。“お前”にしては、随分と綺麗事をほざくじゃないか。いや、綺麗事だからこそ簡単に口から出るのか」

 

 ぶつぶつと独り言を喋り始めるエジタス。

 

 「さてさて、明日はいったい何が起こるのか楽しみですね~」




次回、ヘルマウンテンに突入!! そこで真緒達が見た物とは!?
という所で、今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
面白ければ評価やコメント、お気に入りもよろしくお願いします。


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待ち受ける脅威

皆様、お久し振りでございます。
新年が明けました。
ここ最近何かと忙しく、投稿頻度は落ちていますがこれからも気長にお付き合い頂けると幸いです。


 「それでは行って来ます」

 

 「皆さん、どうかくれぐれもお気を付けて。もう何人もの若者が帰って来ていません」

 

 翌朝、真緒達はヘルマウンテン内部へと続く洞窟の入口まで来ていた。見送りに族長であるフォーグと里の殆どの者がいた。

 

 そんな中、真緒はキョロキョロと辺りを見回して、誰かを探している様子だった。真緒の挙動に気が付いたフォーグが声を掛ける。

 

 「どうかなさいましたか?」

 

 「あっ、いえ、その……ビントさんは?」

 

 「あぁ、彼にも皆さんを見送る様に言ったのですが……行きたくないの一点張りで。いったい昨日の今日で何があったのか……」

 

 「あ……あはは……そ、そうなんですか……」

 

 「恐らく里の問題を外部の者に任せるのが癪に触ったのでしょう。全く……良い大人が恥ずかしい限りです」

 

 「…………」

 

 呆れるフォーグを他所に、真緒は冷や汗を流しながら、横目でエジタスの方を見る。十中八九、原因は昨夜の会話だろう。しかし、当の本人は他人事の様に聞いている。

 

 「き、きっとビントさんなりに悩んでいるんですよ。あまり責めないであげて下さい」

 

 仕方無く真緒がフォローに入る。なるべく波風を立たせない様に返す。

 

 「おぉ、何と慈悲深い心。今の言葉をビントに聞かせてやりたいです」

 

 「っ!! そ、それじゃあ私達はそろそろ……」

 

 このままでは、いずれボロが出てしまうと恐れた真緒は、早々に会話を打ち切り、足早にこの場を去ろうとする。

 

 「そうでしたね。それでは皆さん、どうかお願いします」

 

 フォーグを始めとした鳥人族が頭を下げる中、真緒達はヘルマウンテンの内部へと足を踏み入れるのであった。

 

 やがて、真緒達の姿が完全に見えなくり、場にはフォーグ達だけが残った。

 

 「……さて、我々に出来るのは彼女らが無事に戻る事を祈るだけだが……あぁ、心配だ……」

 

 見送ってからまだ数秒しか経っていないが、既に不安に押し潰されそうになっていた。しかし、今フォーグ達に出来る事が無いのも事実。仕方無く里へと戻ろうと歩き始める。すると……。

 

 「あっ、皆さんここにいらしたんですね」

 

 一人の青年が里の方からこちらに向かって歩いて来た。フォーグ達の姿を確認した瞬間、嬉しそうに小走りで近付いて来る。

 

 「里の方に顔を出しても、誰もいらっしゃらなかったので、もしかして何か事件が起こっているのではと、急遽仲間達を里に置いて探しに来たんですけど、無事見つけられて安心しました」

 

 突然現れた青年は、爽やかな表情を浮かべながら話し掛けて来る。当然、フォーグ達は困惑を隠せなかった。

 「あ、あの……失礼ですがあなたは?」

 

 恐る恐る聞くフォーグに、青年はハッとした様子で歩みを止める。

 

 「これは自己紹介が遅れました。僕は魔王討伐の為に異世界から召喚された、勇者“如月聖一”と言います」

 

 「ゆ、勇者……ですか……」

 

 「それで、何かお困り事があるのでは? 僕で良ければ喜んでお手伝いしますよ」

 

 そう言って、聖一はフォーグ達に優しい笑みを溢すのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 「“ライト”!!」

 

 右も左も前も後ろも、何も見えない真っ暗な道。真緒は掌から光輝く白い玉を出現させ、洞窟内を明るく照らし始める。

 

 「おぉ、明るくなりましたね~」

 

 「ごれで前に進めるだぁ」

 

 「ありがとうございます、マオさん」

 

 「ふふっ、役に立てて良かった」

 

 「ぞれにじでも……暑いだぁ……」

 

 暗闇に怯える事が無くなり、ホッと一安心した途端、今度は暑さに苦しみ始めた。

 

 「外も相当な物だったけど、中は比べ物にならないね……」

 

 「本当ですね。フォーグさんから貰った暑さを防ぐポーションを飲んでこの暑さですからね……飲まずに入ってたら、あっという間に皮膚が蒸発してしまいますよ」

 

 ヘルマウンテンの内部は、ゴツゴツとした岩肌に囲まれ、所々切れ目からマグマが流れ出ており、一歩歩みを進める度にシューという音を立てながら、足の裏から煙が舞い上がる。

 

 「何だか、奥へ進めば進む程暑くなっている気がする」

 

 「当然ですよ。私達がこれから向かうのは、ヘルマウンテンの中心部。つまりマグマにもっとも近い場所なんですから……」

 

 「そ、それって大丈夫なのかな。マグマに近付き過ぎて溶けちゃうなんて事に……」

 

 「それは大丈夫だと思いますよ。フォーグさんの話では、ヘルマウンテンの中心部は巨大な空洞になっていて、その真下にマグマ溜まりが埋もれているらしいので、私達が直接マグマに触れる事はありません」

 

 「そっか、それなら安心……って訳じゃないけど、少なくともまともな調査は出来そうだね。あれ?」

 

 ふと、真緒は足を止めた。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「いや、まだ“ライト”で照らしていないのに、奥の方が明るく……」

 

 そう言いながら、真緒が先を指差す。視線を向けると、確かに今いる地点と同じ位先の方が明るく輝いていた。

 

 「というか……どんどん光が近付いてっ!!?」

 

 先の光がこちらに近付いて来る。やがてその正体が明らかとなった。

 

 それは、“巨大な火の玉”だった。洞窟の通路を隙間無く覆う程の大きさ。それが物凄い速さで、真緒達目掛けて飛んで来ていた。

 

 「み、皆!! 避けて!!」

 

 「避げるっで何処にだぁ!!?」

 

 「何処にも逃げ場はありませんよ~?」

 

 「わ、私に任せて下さい!!」

 

 「リーマ!!? 何を!!?」

 

 するとリーマは先頭に立ち、魔導書を開き呪文を唱える。

 

 「“ウォーターキャノン”!!」

 

 その瞬間、リーマの魔導書から水の塊が生成され、巨大な火の玉目掛けて勢い良く発射される。

 

 が、火の玉に接触する前に水の塊は瞬く間に蒸発してしまった。

 

 「そ、そんなっ!!?」

 

 「あまりの熱に水が蒸発してる!!」

 

 「あらあら、このままでは全員丸焦げですね。焼き加減はレア? それともミディアムレア?」

 

 「そんな呑気な事を言っている場合ですか!!? こうなったら、私の剣で火の玉を切り裂いて……」

 

 咄嗟に剣を構える真緒。しかし、あまりにも剣と火の玉の大きさが釣り合っていない。このまま行けば、まず間違いなく切り裂けず焼かれてしまうだろう。

 

 「そんなの無謀ですよ!!」

 

 「マオぢゃん、下がっでぐれだぁ。他より熱に耐性があるオラなら、盾位にはなれる筈だぁ」

 

 「それじゃあハナちゃんの命が危ない!! それなら私の剣で切り裂いて、少しでも皆が助かる可能性を……」

 

 「だから、それではマオさんの身が危険です!!」

 

 「だけど、これしか方法が無い!!」

 

 真緒達が互いに言い争っている間にも、火の玉はこちらに近付いて来る。そして今正に火の玉が真緒達に直撃するその瞬間!!

 

 「はいはい、じゃれ合うのもその辺にして下さいね」

 

 「「「……へ?」」」

 

 エジタスが三人の間に割って入り、それぞれを両肩に抱くと指をパチンと鳴らし、一瞬にして火の玉の裏側へと転移して見せた。

 

 これにより、真緒達は誰も犠牲にする事無く、火の玉を回避する事が出来たのだ。

 

 「も~、皆さんったら忘れたんですか? 私は転移魔法が扱えるんですよ? あんな一直線にしか飛んで来ない火の玉なんて、簡単に避けられますよ」

 

 「そ、そう言えばそうでしたね……」

 

 「すっかり忘れてました……」

 

 「ビッグリじだだぁ……」

 

 エジタスの助けによって、何とか火の玉を避ける事が出来た真緒達は、更に先へと進んでいくのであった。

 

 「でもマオさん、もしあれが先へと進む私達への妨害だったとしたら……」

 

 「うん、やっぱりこの先に“何か”がいる訳だね」

 

 「うぅ、全然寒ぐ無い筈なのに、オラ何だが寒気がじで来だだぁ……」

 

 それから少し歩いていると、開けた場所へと辿り着いた真緒達。

 

 「っ……誰かいます……」

 

 光が上手く届いておらずよく見えないが、奥に誰かいるのは何となく分かった。

 

 「……“ライト”」

 

 真緒が魔法を唱えると、掌から光輝く白い玉が生成され、広い空間が明るく照らされる。

 

 そこには一人の人物が立っていた。真緒達がずっと会いたいと願っていた存在。しかし、こんな形で再会するとは思っていなかった。いや、思いたくなかった。“彼”はいつもの様に真緒達の前に姿を現した。

 

 「よう、マオ……やっぱり来たんだな」

 

 「フォルスさん……」

 

 「会って早々で悪いが……お帰り願おうか」

 

 そう言ってフォルスは、真緒達に弓を構える。昨日まで一緒に旅して来た仲間に、殺意を向けるのであった。




真緒達に殺意を向けるフォルス。
果たして真緒達はどう行動するのだろうか。
次回もお楽しみに!!
面白ければ評価やコメント、お気に入りもよろしくお願いします。


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真緒VSフォルス

お久し振りです!!
リアルが忙し過ぎて、中々書く暇が見つかりませんでした!!
これからもこんな感じで更新が遅れると思いますが、
気長に待って頂ければ幸いです!!


 「……どうして、こんな所にいるんですか?」

 

 「それは、今聞くべき程の重要な事なのか? 俺が何処にいようが、お前達には関係無いだろう」

 

 「関係大ありですよ!! だって、私達は仲間じゃないですか!!? ずっと……ずっと心配していたんですよ」

 

 何故という疑問と、会えたという喜びが混ざり合い、いったいどんな顔をして良いのか、分からなくなっていた。

 

 只一つ言えるのは、フォルスの姿を見て嬉しいと感じた事であった。思わず涙目になってしまう程に。

 

 「取り敢えず、その弓を下ろして……」

 

 「心配か……だが、お前達がここに来たのは俺を探しに来た訳じゃないんだろう?」

 

 何とかフォルスの武装を解こうと説得する真緒。しかし、フォルスが構える弓矢が下ろされる事は無かった。寧ろ、より一層狙いをこちらに定め始める。

 

 「……フォルスさん、最初の質問に答えて下さい。何故、ヘルマウンテンの中にいるんですか?」

 

 「悪いが、何度聞かれても答えるつもりは無い」

 

 真緒の問い掛けに対して、頑なに答えようとしないフォルス。そんな冷たい態度を取る彼に、リーマが食い下がる。

 

 「今、鳥人の里で異変が起こっているんです!! 気まずいのは分かりますがおねがいします。少しの間だけ、私達に協力して下さい!!」

 

 「その異変というのは、上昇気流が発生しなくなって、里の連中が俺の様に飛べなくなってしまった事だろう?」

 

 「ど、どうしてその事を……?」

 

 「そして、その原因と思われる場所に進んだ先で俺と出会した。ここまで言えば、もう何が言いたいかは分かるよな?」

 

 「まさか……いや、そんな筈はありません!!」

 

 首を横に振って、強く否定する真緒。疑問は疑惑へ、喜びは絶望へと変わった。

 

 「俺こそがこの異変を引き起こした張本人だ」

 

 「嘘です!! そんなの信じられません!!」

 

 「信じる信じないは勝手だ。今、重要なのは……」

 

 「「「!!!」」」

 

 そう言ったフォルスは次の瞬間、真緒達目掛けて矢を放った。

 

 放たれた矢は真っ直ぐ真緒へと迫る。脅しとか、頬をかするとかでは無く、正真正銘真緒の命を奪う攻撃。

 

 「ぐっ!!!」

 

 咄嗟の出来事に反応が数秒遅れる。剣で弾こうにも今からでは間に合わない。そこで真緒が取った行動は、敢えて左肩を前に突き出し、自ら矢に刺さりに行く事で致命傷を避けた。

 

 「マオぢゃん!!」

 

 「マオさん、大丈夫ですか!!?」

 

 しかし、それでも負傷するのには変わり無い。そのあまりの痛みに、真緒は片膝を付いた。そこにハナコとリーマが慌てて駆け寄る。

 

 「う、うん……私なら平気だよ……」

 

 真緒が言葉を発した瞬間、フォルスによる二発目の矢が放たれていた。気付かない三人。そして、矢が真緒の額に突き刺さる……と思われたが、直前でエジタスが片手でキャッチしていた。

 

 「おっと、危ない危ない」

 

 「何だとっ!!?」

 

 「し、師匠……ありがとうございます」

 

 「フォルスさ~ん、これはさすがに洒落になりませんよ。狙うなら足とかにした方がオススメですよ~」

 

 そう言いながら、手にした矢で真緒の足をポンポンと叩いて見せる。

 

 「いや、そういう問題じゃないと思うんですけど……」

 

 エジタスのずれた考えに、若干引きつつも真緒は肩に刺さった矢を引き抜き、立ち上がる。

 「フォルスさん、本気なんですね。本気で私達を殺すつもりなんですね」

 

 「あぁ、お前達も殺されたく無いなら、さっさとこの場から立ち去る事だな」

 

 「…………」

 

 俯き、無言の真緒。その様子にフォルスは一度目を瞑ると、何かを決意したかの様にカッと大きく目を見開き、三度目となる矢を真緒目掛けて勢い良く放った。

 

 しかし、矢が当たる事は無かった。直前に真緒が顔を上げ、剣を強く握り締めると勢い良く振り上げ、飛んで来た矢を弾いたのだ。

 

 「……それなら、もう遠慮はしません。私も全力を出します」

 

 「マオぢゃん、本気なのがぁ?」

 

 「マオさん、相手はあのフォルスさんですよ? もう一度、よく考えた方が……」

 

 「ごめん……皆は手を出さないで」

 

 前に出ようとする真緒を止める二人。だが、そんな二人を押し退け、真緒はフォルスへと近付いていく。

 

 「あぁ、それで良い。どうしても退けないのなら、この俺を殺すしか道は無いぞ」

 

 「……行きます!!」

 

 次の瞬間、真緒はフォルスとの距離を一気に詰める。近付いて来る真緒に対して、フォルスは横移動で一定の距離を保ちながら矢を連続で放つ。

 

 それを剣で器用に弾きながら、少しずつ距離を詰めていく真緒。

 

 「流石だな。だが、それもここまでだ!! スキル“急所感知&ロックオン”!!」

 

 フォルスがスキルを発動すると、真緒の体に赤いターゲットマーカーが表示され、急所である心臓付近へと移動する。

 

 「これで終わりだ!!」

 

 そう言うと、フォルスは真緒がいる方向では無く、真後ろや右、左斜め上など、的外れな方向へ次々と矢を放っていく。

 

 しかし、真緒は知っている。このスキルの恐ろしさを。一見、無関係な方向へと発射された矢は、物理法則を一切無視して、ターゲットマーカーが表示されている真緒の心臓目掛けて襲い掛かる。

 

 すると真緒は一度歩みを止め、飛んで来る矢から逃げる様に走り出した。

 

 「無駄だ!! 何処へ逃げようと、俺のスキルが発動している間、全ての矢はお前に当たるまで永遠に追い続ける!!」

 

 フォルスの言う通り、真緒がジグザグに動いて逃げようとするも、矢も同じ様にジグザグに動いてピッタリ後を追い続ける。

 

 「ご、ごのままじゃマオぢゃんが殺られぢゃうだぁ!!」

 

 「エジタスさん!! エジタスさんの転移魔法でマオさんを助けてあげて下さい!!」

 

 「う~ん……嫌で~す!!」

 

 「ど、どうして……?」

 

 このままでは真緒が殺られてしまう。そう思ったリーマ達は、エジタスに助けを求めるも、それを拒否する。

 

 「だって、戦う前にマオさんが言ってたじゃありませんか。“皆、手を出さないで”って……」

 

 「それはそうですけど……だからって見捨てるなんてそんなの……そんなのあんまりじゃないですか!!?」

 

 エジタスの服を掴んで泣き崩れるリーマ。するとエジタスは、掴むリーマの手を払いのけ、乱れた服を整える。

 

 「ちょっと引っ張らないで下さい。この服はオーダーメイドなので、替えが利かないんですよ」

 

 「もう……いいです」

 

 絶望の表情を浮かべるリーマ。ゆっくり立ち上がると、真緒のいる方へと走ろうとする。

 

 「おやおや、いったい何処に行くおつもりですか~?」

 

 そんなリーマの肩を掴んで、行かせないエジタス。一方、ハナコはどうして良いか分からず、あたふたしている様子であった。

 

 「決まっています!! マオさんを助けに行くんです!!」

 

 「ん~、分かりませんね~? どうしてそんな無駄な事をしようとするんですか?」

 

 「っ!! いくらエジタスさんでも言って良い事と悪い事があります!! 早く助けに行かないとマオさんが殺られてしまうんですよ!!?」

 

 「はい~? マオさんが殺られる? 何がどうやったら、そんな発想になるんですか?」

 

 「発想も何も、今まさに殺られそうになっているじゃないですか!!?」

 

 「リーマさん。まさかあなた、あの状態のマオさんが本気で殺られそうだと思っていませんよね?」

 

 「えっ……だ、だって……剣で弾かず、逃げ回っていますし……」

 

 「マオさんは只逃げているのではありません。チャンスを伺っているんですよ」

 

 「チャンス……?」

 

 「まぁ、黙って見てて下さい」

 

 言われるがまま、リーマは複数の矢に追い掛けられる真緒を見守る。

 

 すると、いつの間にか矢は一直線に並びながら後を追い掛けていた。その事を走りながら確認した真緒は歩みを止めて振り返り、迫り来る矢に真正面から受けて立った。そして……。

 

 「スキル“ロストブレイク”!!」

 

 勢い良く放った真緒の一撃は、一直線に並んでいた矢を全て跡形もなく吹き飛ばした。

 

 その光景にハナコは勿論、リーマも驚きを隠せなかった。

 

 「す、凄い……これがマオさんの狙いだったんですね。すみませんエジタスさん、そうとは知らず生意気な口を聞いてしまいました」

 

 「いえいえ、謝る必要はありませんよ~。それにマオさんの狙いはこれだけじゃありませんから……」

 

 「えっ、それってどういう……あっ!!?」

 

 「……ぐふっ!!!」

 

 リーマの疑問は直ぐに解消された。真緒が放った一撃は、矢だけでは無く更にその先にいたフォルス本人にまで、ダメージを負わせていたのだ。

 

 が、フォルスも直前で気が付き、咄嗟に避ける事で肩の肉が少し抉れるだけの軽傷で済んでいた。

 

 「さ、流石だな……矢を対処するだけに留まらず、俺にまで攻撃を当てるとはな……だが、こんな事で倒れる俺じゃない。さぁ、続けようか」

 

 「フォルスさん……え?」

 

 その瞬間、大地が大きく揺れ始めた。立っているのがやっとな程の大きな揺れ。

 

 「じ、地震!!?」

 

 「も、もじがじで、噴火だがぁ!!?」

 

 「いやいや、噴火だとしたら、私達はとっくに溶岩に飲み込まれて死んでしまっていますよ~」

 

 「じゃ、じゃあこの揺れはいったい……!!?」

 

 「くそっ!! 恐れていた事が起こってしまったか!!!」

 

 いったい何が起こっているのか、訳が分からない真緒達。そんな中、唯一事情を知っているであろうフォルスが大声を上げる。

 

 「皆、今すぐここを離れろ!!」

 

 「フォルスさん!! いったい何が起こっているんですか!!?」

 

 「いいから早く逃げるんだ!! でないと……あぁ、もう遅かったか……」

 

 必死に逃げる様に促すフォルスだったが、真緒達がいる方向を見て顔を青ざめる。

 

 「フォルスさん? どうしっ……!!?」

 

 その時、真緒達は察した。背後に何かがいる。荒い鼻息に生暖かい風が首筋を伝う。全身の毛が逆立つ様な、嫌な気配。出来れば振り返りたくない、だけど振り返らずにはいられない。真緒達は意を決して、恐る恐る振り返った。そこには……。

 

 「あ……あぁ……」

 

 「ご、ごれは……!!?」

 

 「あ、あ、あり得ません……」

 

 「ほほぅ、これはこれは……」

 

 全身、血の様に真っ赤な鱗に覆われ、頭部から生える突出した禍々しい二本の巨大な角、どんな刃よりも鋭そうな爪と牙。時折、覗かせる口の中はまるで地獄の釜の様に煮えたぎっていた。そして真緒達を睨み付けるその瞳は、死者すら凍り付いてしまう程の冷たさを宿していた。

 

 真緒達は知っている。これが伝説上で語られる存在である事。おとぎ話で何度も目にしたその姿だが、実物は比べ物にならない程、圧倒的であった。

 

 「ド、ドラゴンだ……」

 

 『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 ヘルマウンテンに響く重低音な雄叫び。大地だけじゃない。大気までもが震え始める。

 

 真緒達は、言い知れぬ恐怖を味わうのであった。




フォルスとの戦いも束の間、突如ドラゴンが乱入!!
果たして、真緒達は伝説の存在から生き残れるのだろうか!?
という所で今回はここまで!!
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