ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? (混沌の魔法使い)
しおりを挟む

メニュー1 串焼き 

ぽきゅぽきゅぽきゅっと間抜けな音とは裏腹に必死の表情でコックスーツを纏った黄色いふくよかな異形が赤い絨毯の敷き詰められた通路を疾走する。

 

「ちくしょうめッ! 足が遅すぎるッ!!」

 

そしてそのどこか愛らしい姿から発せられるのは低い成人男性の声だ。短い足を必死に動かして走っている黄色異形……それはDMMO-RPG「ユグドラシル」のアバターの1つで最弱と呼ばれるクックマンであり、そんな最弱のキャラをアバターに選んだ貧民層の料理人「川崎雄二」は必死にアバターを操りながら現実のヘッドセットに映る時計の時刻に顔を歪める。

 

「くそがぁッ!! こんな日に金持ち共の道楽に巻き込まれるとか冗談じゃねぇッ! このままじゃモモンガさんに顔向けできねえぞッ!?」

 

今日はユグドラシルの最終日であり、朝からゲームをプレイする筈が富裕層の嫌がらせとも言える命令でパーティの料理人に抜擢され、そのまま富裕層の料理人と対決させられ、勝利した川崎はすぐに帰宅し、ログインしたが時間は既に11時50分を過ぎており、どう考えてもカワサキが所属するギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のGMであるモモンガと話をする時間は無かった。

 

「せめて一声ッ!!」

 

ギルド武器のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが広間に無いことからモモンガが玉座の間にいると考えた川崎は必死に玉座の間に向かっていたのだが無常にも時間は11時59分52秒に差し掛かろうとしていた。

 

「ま、間に合え……あっ!?」

 

せめて顔だけでもとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動させようとした川崎は焦りすぎてアバターの操作をしくじってしまった。走っている勢いのまま豪快にすっころんだその時不運にも装備したままで忘れていた転移のアイテム、そしてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが同調し、ナザリックの通路に現れた虹色の落とし穴の中にカワサキの姿は飲み込まれてしまった。

正史ならば転移に失敗しつつも、ナザリック、そしてモモンガが転移した世界に転移する事に成功したカワサキだが、使い捨ての転移アイテム、そしてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが暴発した事でカワサキはとある外史の世界へと落ちて行ってしまう。そこは迷宮と迷宮を探索する冒険者、そして神が地上へと降り立った世界へとクックマンの姿のままカワサキは旅立ってしまうのだった……。

 

 

~ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか?~

 

 

「うわっぷ!? な、なんだ!?」

 

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使おうとした瞬間にこけてしまい、しかもその上装備したままの強制転移対策のアイテムまで落とし、俺は目の前に現れた虹色の落とし穴に落ちてしまった。地面に叩き付けられた衝撃と口の中に広がる苦味に俺は一瞬混乱したが、口の中の苦味のお蔭で正気を取り戻す事になった。

 

「苦い……だと?」

 

DMMOで味や臭いに関する物は法律で禁止されている、味なんて感じるはずが無い。俺の気のせいだと思い、草をちぎり、頬張る。青臭い臭いとエグミと苦味……そして土の味が口の中一杯に広がる。

 

「ぺっぺっ!マジかよ……味を感じるだと……!? しかもここはどこだッ!?」

 

最終日が変わった?いや、そうだとしても味を感じるのはどう言う事だ。コンソールも出ない、GMコールも出来ない……そして顔を上げれば青々とした木々と美しい星空に浮かぶ月の姿が目の前に広がっている。

 

「嘘だろ……?」

 

リアルではもう見れない大自然が目の前にある。しかも周囲を見渡せばクックマンのスキルのお蔭か見たことのない木の根元にある茸や、生っている果実の詳細まで分かる。

 

「……これは……ある」

 

肩から提げている鞄からフライパンと包丁を取り出す。クックマンの専用の武器と防具だ。攻撃力と防御力は皆無だが、作った料理のバフや追加効果の効果を倍増させる効果がある。

 

「……出来るか?」

 

装備していたバッグがあるのを確認し、今度はアイテムボックスを開くイメージをしながら、虚空に手を伸ばす。俺の手が黒い穴の中に吸い込まれ、黒い穴から手を引き出すと、取り出そうと思っていた食材や調味料が手の中に握られている。

 

「……どうなってるかはまるで判らんが……とりあえず、飯でも作るか……」

 

混乱しきっているからこそ、飯を作ろう。俺は料理人だ、料理さえすれば落ち着ける。ここがどこで、ログアウトも出来ない、味も感じる、匂いもあるという謎は確かに気になる、気になるのだが……

 

「こんな食材…リアルじゃ絶対手に入らん」

 

料理人として素晴らしい食材を目の前にして、料理をしないなんて選択肢はありえない。これが夢だとしても、それで良い。料理人は料理をしてこそだ。とは言え、パーティでそれなりに物を食べており、腹の中が重いので適当に取り出した下位ドロップのモンスターの肉と調味料を見て何を作るか考えていると満月の柔らかな光が木々の間から降り注いでいるのに気がついた。

 

「酒飲めなかったし……串焼きでも作るか」

 

美しい満月を見ながら月見酒なんて洒落ているんじゃなかろうか? と自分が今どこにいるかとか、ゲームのアップデートの結果だとか、荒唐無稽だが異世界転移したとか、恥をかかされたと考えた富裕層によって危ない薬を打ち込まれたとか、俺の天敵とも言えるキチガイサイコパスクソ女に何かされたとか……考えられる事は山ほどあるが頬を撫でる風と、木々のざわめきは俺には本物にしか見えず、そして美しい月とリアルでは手に出来ない食材が目の前にあると言う興奮に細かい事はどうでも良いやと考え、月見酒のつまみを作り始める事にする。とは言っても早朝から夜遅くまで調理していたので凝った料理も、長い仕込みもやりたくない。料理はしたいが面倒な料理はしたくないと我が侭な事を考えているが、たまにはそういう日もあると言うことだ。

 

「よっと」

 

脂身も殆ど無い赤身肉、それを食べやすい大きさに切り分けたら調味料の入ってる箱からスパイスミックスの瓶を取り出す。

 

「ガーリックとオニオン、それとイタリアンスパイスミックスと……岩塩で良いか」

 

漬け込んだり、ローリエを使ったりするともっと味に深みが出るが今日はさっさと作り、満月と串焼きを肴に酒を一杯やりたいという気持ちが強いので串に刺した牛肉にガーリックオニオンとイタリアンスパイスミックス、そして岩塩を振り掛けたら焚き火の周りに串ごと突き刺す。

 

「ざっついなあッ!!」

 

こんなの料理って言って良いもんか? と笑いながら直火で串焼きを焼いていると夜風で身体が冷えてくるのを感じる。

 

「スープも作るか、うん」

 

鍋の中に無限の水差しの水を入れて、コンソメキューブを投下、そして牛串にも使った牛肉の残りを鍋の中にぶち込んで、イタリアンスパイスミックスを2度、3度と適当に振ったら焚き火の近くに腰掛け、アイテムボックスの中に手を突っ込んで金属製の缶ビールを取り出すが……。

 

「んだよ、興醒めだ」

 

ビールが冷えてないなんてありえないと別の鍋を取り出して、その中に無限の水差しの水を入れて、氷をぶち込み、その中にビールの缶を沈める。牛串の焼き具合とスープの具合を確認しながら冷えた頃合だと氷水の中に手を突っ込んで缶ビールを取り出しプルタブをあける。さっきは寒かったが、焚き火の近くで身体が温まっている事もありビールを一気に流し込む。良く冷えた麦の苦味と炭酸の刺激が喉を通りすぎる。

 

「くはああッ!! 良いねぇ。もうこれ現実だろ、いや、死に掛けの夢でも良いわ」

 

この味と冷たさはどう考えても現実にしか思えない、ならばあれやこれやと考えるのではなくこの信じられない現実を楽しもうと2本目のビールを取り出そうとし、その手を止めた。

 

「これは……ちっ、しょうがねえなあ」

 

近くに生命体反応があるのを感知し、アイテムが警告音を鳴らす。それに僅かに興醒めだと思いながらも人間に会えれば何か分かるかもしれないとその生命体反応の元へと歩き出す。

 

「おい、お前そんな所で頭を抱えてどうした?」

 

茂みの手前でバンダナを巻いた青年が頭を抱えているのを見てそう声を掛けると、青年が顔を上げる。

 

「うおッ!?も、モンスター!?」

 

「いや、俺はモンスターじゃねえよ。クックマンのカワサキつうもんだ」

 

紅い瞳の青年が身構えるのを見て手を左右に振りながら俺はそう返事を返した。この青年――「アルト・クラネル」との出会いが俺の迷宮都市オラリオでの波乱万丈な日々の幕開けとなるのだった……。

 

 

 

遠くに見える明かりから遠ざかるように額にバンダナを巻いた赤目の青年は頬を摩りながら深い溜息を吐いた。

 

「おーいちち……ちぇーっ、ちょっと覗いただけなのによ……ここまでするか?ふつー」

 

男の名はアルト・クラネル。迷宮都市オラリオで2強と言われるファミリアの1つゼウスファミリアに所属する……サポーターであるが、冒険者のサポートする立場にありながら敵前逃亡は日常茶飯事、その上スケベとゼウスファミリアの問題児なのだが底抜けの優しさがあり、数多のトラブルに巻き込まれてもどこか憎めない……それがアルト・クラネルという青年だった。

 

「囮にしたゼウスのじっさまには悪いが絶景だったなあ」

 

女風呂をファミリアの主神であるゼウスと共に覗きに行ったアルトは一瞬だけ見えた桃源郷の光景を思い出し女性冒険者からの攻撃にさらされ凄まじい痛みを全身に感じていても、覗きに行った価値はあったと笑みを浮かべたが、大きく音を立てる腹の虫にがっくりと肩を落とした。

 

「あー腹減ったぁ……でもなあ」

 

流石に覗きをしてすぐオラリオに戻れば食事どころではないと空きっ腹を抱えて森の中を歩いていた俺は、鼻腔を擽る香りに足を止めた。

 

「……こんな所で野営……もしかして闇派閥か」

 

食欲をそそる香りと音がするが、オラリオの手前で野営するのは普通ではない……闇派閥の一員と鉢合わせたのか? もしそうならば遠目でもいいから確認し折檻を受ける覚悟でオラリオに戻る必要があるか? と葛藤したのだが……その葛藤が良くなかった、いや、後の事を考えればここで迷った事が正解だったのだと俺は思う。

 

「おい、お前そんな所で頭を抱えてどうした?」

 

「うおッ!?も、モンスター!?」

 

目の前のどこか愛嬌のある黄色い異形に思わずモンスターと叫び、思わず身構えるがコックスーツを来た黄色い異形は手を左右に振った。

 

「いや、俺はモンスターじゃねえよ。クックマンのカワサキっつうもんだ」

 

饒舌に言葉を返され、俺は毒気を抜かれた気持ちになった。モンスターは喋らない、だから目の前のこの黄色い異形はモンスターではない、信じられないが俺の頭にある存在が脳裏を過ぎった。

 

「亜人……か? 見たことねぇ種族だが……モンスターじゃねえよな?」

 

エルフ、ドワーフ、獣人、アマゾネス、パルゥムと言うよりかはモンスターに近い黄色い丸っこい姿でモンスターではない、かつて居たというモンスターに近い姿をした亜人種の生き残りかと思いながらも、そんな存在は確認されていないけど…と、俺は警戒しながらカワサキへ問いかけた。

 

「まぁそんなもんだ、んでお前はこんな所で何してる?」

 

「いや、それはこっちの……ぐぐうう……腹……減ったなあ」

 

何してると問いかけて来るカワサキにこっちのセリフと言おうとしたところで大きな腹の音がし、俺は空腹のあまり膝をついた。

 

「なんだ、お前腹空いてるのか? なら丁度飯が出来た所だが1人で食うのもなんだ、一緒に食うか?」

 

ここでまさかの一緒に飯を食わないか? という言葉に俺の中からカワサキに抱いていた警戒心は消え去った。

 

「良いのか! お前良い奴だな! 俺、アルト・クラネル。よろしくな、カワサキ! ところで、肉ある?」

 

「ああ、あるぞ。勿論酒もある」

 

飯を分けてくれるなら悪人ではない、しかも酒があるとなれば俺の返事は決まっていた。

 

「酒もあるのか! よっし、行こうッ! すぐ行こうッ!! 野営してるのはこっちか?」

 

「ああ、行こう。アルト」

 

「おう! いやあ助かったぜえ、ちょいとへまをして帰りにくくてなあッ! 飯ご馳走になるぜッ!!」

「いいぞ、腹が減ってるのは良くない。人間飯を食えば生きていける、生きたければ飯を食わなきゃなッ!!」

 

女風呂覗きで地獄を見たが、まさかこんな出会いがあるなんてと驚きながらカワサキが野営している場所に向かい、俺は驚きと興奮に目を見開いた。

 

「うっほおおッ! すっげえッ! 何だお前、マジの料理人かよ!?」

 

焚き火の上に掛けられた湯気を出す鍋に焚き火の周りに突き立っているでかい肉が刺さった串、それにどうやって準備したのかは分からないが氷水の中に沈められている酒瓶と金属製の缶に尻が冷えないように敷かれているシートと想像以上に完璧な野営の準備が出来ていたのだ。

 

「ああ、こんななりだが料理人だ。さ、食おうぜ」

 

「おう! いやあっ! マジで助かったぜ、じゃさっそく……「こら」いっつ!? なにすんだよ、ここまで来てお預けはないだろ」

 

その短い手でどうやって料理したんだ? と言いたくなったが、それを口にして機嫌を損ねる訳には行かないと喉元まで込み上げて来た言葉をグッと飲み込み、焚き火の近くに座り串焼きに手を伸ばすとカワサキに手を叩き落とされたので、思わずカワサキを睨みつける。

 

「いただきますだ。食べれることに、そして死んだ動物に感謝を忘れるな」

 

「お、おう? い、いただきます?」

 

食事前のお祈りを忘れた事に怒っている様子のカワサキに驚きながらカワサキの真似をして、手を合わせていただきますと口にする。

 

「食ってくれ、熱いから気をつけてくれよ」

 

地面に突き刺さっている串を俺も手に取るが、ずっしりと重い串の重みに思わず笑みを浮かべ、大口を開けて塊肉に齧り付いた。

 

「うっ! うっめえええッ!! なんだ、これなんだこれッ!?」

 

見た目にはただの串焼き。味付けも塩胡椒とスパイスだけとシンプルな物だ。だが空腹を差し引いても、この串焼きはとんでもなく美味かった。

 

(なんだこれ!? なんだこれッ!?)

 

スパイスを振りかけて焼いただけに見えるが、そのスパイスが俺の知る物よりも段違いに美味かった。複雑な旨みに食欲を誘う香りに左手だけではなく、右手にも串焼きを持って勢いよく交互に串焼きに齧り付いた。

 

「美味い、これめちゃくちゃ美味いなッ!!」

 

程よい弾力と噛み千切ると口の中に溢れる肉汁。そして塩味の強い大粒の塩に、鼻を擽る香辛料の香り――そのどれもが食欲に直撃しどんどん食欲が湧いてくる。

 

「いい食いっぷりだな。ほれ、スープもあるぞ」

 

下品な食べ方だと思うがカワサキは俺の食いっぷりを気に入ったのか湯気を出す暖かいスープを差し出してくれた。

 

「ありがひょッ!! んぐ……おおおおッ!! こっちもうめえッ!!」

 

飲んだ事の無い味の深みのあるスープ――具材はすこしぱさついた牛肉だけだが……多分この牛肉はスープのベースに使った残りなのだろう。噛み締めると肉汁とスープが口の中に溢れ思わず笑みが零れる。

 

「ん、良い焼き具合だ。美味い美味い」

 

カワサキも串焼きを地面から引き抜いてそれを頬張り、その仕上がりに満足そうな表情を浮かべる。

 

「めちゃくちゃ美味いッ!! あんた料理上手だなッ!! ザルドの料理も美味いが、あんたの料理もめちゃくちゃ美味いぜッ!」

 

ゼウスファミリアのレベル7の冒険者のザルドは暴食のスキルを持つのでなんでも食えるが美味い物を食いたいと思うのは人の常。かなりの美食家で自分も料理をし、偶に振舞ってくれるがカワサキの料理はザルドの料理にも引けを取らない味だった。

 

「ははッ! 褒めても酒とパンくらいしか出ないぞ?」

 

「十分だッ!! でも酒も欲しいッ!」

 

焼きたての肉、温かいスープにふわふわのパン。簡単ではあるが、温かい料理に舌鼓を打ちながらも酒が欲しいというとカワサキは嫌な顔をせずに氷水の中につけてある金属製の缶を取り出した。

 

「ほれ」

 

「サンキューッ!! お? これどうやって飲むんだ?」

 

受け取った金属製の缶の開け方が分からずカワサキにどう開けるのかと尋ねる。

 

「こうやって、こうだ」

 

「お、そっかそっか、よっと」

 

カワサキがあけたのを真似して蓋を開けると小気味良い音と共に泡が吹き出てくるのでそれを口で迎えに行く。

 

「お、おおおッ!! エールかッ!!」

 

苦味のある味にエールだと分かるが、俺の知ってるエールよりも味がずっと良い。

 

「似たようなもんだ。ほれ、乾杯」

 

「かんぱーいッ!!」

 

ガツンと缶をぶつけ合い、良く冷えたビールと焼きたての串焼きに温かいスープ……美味い料理と酒に舌鼓を打ち、カワサキと俺は自然とそのまま酒盛りへと突入し……。

 

「「んぐんぐッ!! かああああッ!!」」

 

カワサキの地元の強い酒の瓶をそれぞれ持った俺とカワサキは酒瓶に直接口をつけ、豪快にそれを飲みながら大きく息を吐いた

 

「「水だこれッ!! あっははははははッ!!!」」

 

完全に酔いの回った俺とカワサキは訳の分からない事を喋りながら、酒と料理を頬張りくだらないことで笑いあうのだった……。

 

 

 

 

執務室の机の上の山積みの書類に老人ではあるが筋骨隆々の髭を生やした男――「ゼウス」は深い溜息を吐いた。

 

「重過ぎるじゃろ……ペナルティ……」

 

ちょいと出来心で女風呂を覗いただけでとんでもないペナルティを課せられた。これで女風呂を覗けたのならば良いが、それも無しでこの書類の山は正直納得いかん。

 

「おのれアルトめ、ワシを見捨てていきおってからに」

 

自分から誘っておいて見つかればワシを見捨てて逃げたアルトを怨みながらも、ファミリアの……ひいては家族の1人ということで憎めず書類に手を伸ばした時執務室の扉が蹴り開かれ、顔を真っ赤にしたアルトとフード姿の何者かが部屋に転がり込んできた。

 

「じっさま! ゼウスのじっ様ッ!! 見てくれッ! ひっく! 料理人、料理人を拾って来たぞッ!! あははははッ!!」

 

とんでもない酒気を放ちながら笑うアルトは自分の隣のフードの人物のフードを剥ぎ取った。

 

「なっ!?」

 

そこにいたのは人間ではなかった。黄色く、丸い、辛うじて人型と分かるその者は随分と昔にモンスターと勘違いされ、狩りつくされた亜人種の生き残りだった。

 

「おーう! あんたがゼウスさんかあッ! 俺はなぁ、カワサキって言うんだッ!! まぁまぁお近づきの印だ、さぁ~飲んでくれッ!!」

 

ドンと音を立てて机の上に置かれた酒瓶にワシは更に目を見開いた。凄まじい神気を秘めた黄金の酒……オラリオで見ることが無いと思っていた天上の酒がそこにあった。

 

「あーずりいぞッ! 俺そんな酒飲んでねぇッ!」

 

「黄金の蜂蜜酒だッ! こいつは効くぜえ、アルトッ!!」

 

「お、黄金の蜂蜜酒じゃとッ!?」

 

神々でも滅多に飲めない酒が巨大な酒瓶である。それを見たワシはごくりと唾を飲み込み、机の上の書類を腕で机の下に落とした。

 

「ワシにもくれッ!!」

 

「おーッ! 飲んでくれ飲んでくれ! あんたへの土産さッ!!」

 

杯に酒が注がれ机の上に置かれる。美しく澄んだ小金の色の酒――それは黄金の蜂蜜酒は黄金の蜂蜜酒でも、超がつく極上の一品だった。

 

「肉ー、肉くれーッ!!」

 

「おう、食え食えーッ!!」

 

虚空からどんどん料理が出て来る。酒のつまみに最適な肉の串焼きや、干し肉の山が机の上に山積みにされる。

 

「ゼウスのじっさま、乾杯、乾杯ッ!!」

 

「いえーッ!!」

 

「お、おうッ! 乾杯ッ!!」

 

3人で黄金の蜂蜜酒が並々と注がれた杯を打ち合わせ、杯の中身を口にする。口に入れた瞬間に身体の中で弾ける神気、そして身体が若返るような感覚と全身に力が漲ってくる。

 

(やはり本物ッ! こいつ何者じゃ)

 

この亜人が何者かは分からない、だが人間に敵意が無く愛想が良い、それに今もアルトと肩を組んで酒を飲んでるその姿はとうてい悪意を隠しているようには見えなかった。

 

「じっ様! 飲めよ! こんな良い酒今しか飲めねえぞッ!!」

 

「遠慮なんてしなくて良いからじゃんじゃん飲んでくれよッ!!」

 

酔っ払い特有の大声にやれやれと肩を竦める。だがワシもこんな極上の酒を前に小難しい話に、こんな酒を手土産としてくれたカワサキを警戒しているのも馬鹿らしく思えてきた。

 

「おう、飲むぞッ! つまみもくれッ!!」

 

全然終わらない書類に待っているであろうヘラの折檻と考えれば考えるほどに気落ちする事しか無く、ワシもカワサキとアルトの中に混ざり黄金の蜂蜜酒と机の上のつまみに舌鼓を打ち、美味い酒と美味いつまみに酒がどんどん進む。

 

「はーい! アルト腹踊りしますッ!! へいへいッ!!」

 

「「ぶわっはははははッ!!!!」」

 

完全に酔い腹にへたくそな絵を書いて踊りだすアルトに爆笑し……。

 

「じゃあ次俺、ヘッドスピンするわッ!!」

 

「「おはははははッ!? なんだそれッ!?」」

 

「うっぷ……吐く」

 

「「馬鹿でえッ!!!」」

 

中華鍋の上に逆立ちし高速回転し、回転が止まると吐きそうだと言ってへたり込むカワサキにアルトと揃って爆笑する。

 

「神気でイケメンになるぞッ!!」

 

「イケメンはしねぇッ!!」

 

「ぐっほ!?」

 

「ははははッ!!」

 

一瞬だけ若返るとアルトに顔面に肘打ちされ、痛みにもんどりうって倒れ、カワサキはそんなワシを見て爆笑すると言う地獄絵図。

 

「「「酒ッ!! 飲まずにはいられないッ!!」」」

 

宴会芸で更に酒を飲むスピードがあがり、執務室の床に空の酒瓶が転がる頃にはワシらは3人揃って酔い潰れていた……。

 

「「「頭いてえ……」」」

 

執務室の固い床で眠った事でバキバキの身体と二日酔い特有の頭痛に3人揃って顔を歪めるのだった……。

 

 

 

メニュー2 モーニングセットへ続く

 

 




正規連載のダンまち編です。以前投稿した分に大分肉付けして見ましたがどうでしたでしょうか? 楽しんでいただけたのならば幸いです。原作前のダンまち編は10話ほど、その後に暗黒期、原作と話を進めていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー2 モーニングセット

メニュー2 モーニングセット

 

オラリオでは2度と飲めないと思っていた天上の酒を浴びるほど飲み、酔い潰れた翌日。

 

「あたまいてえ」

 

「ぐうう……確かに」

 

「うっぷ……飲みすぎたな」

 

当然ながらワシら3人は二日酔いによる頭痛に悩まされていたが……ゼウスファミリアの神としてやらねばならぬ事が残っている。

 

「カワサキ。お前はどこから来たのじゃ? 天上の酒をこれだけ持っている。ワシとしてはありがたいが、何処から持ち出したのか、そしてお前が何処から来たのかをワシは聞かねばならぬ」

 

天上の物は基本的に下界に持ち込んではならぬと言う決まりがある。だからこそソーマファミリアは主神であるソーマがファミリアの運営をそっちのけで神酒を作るのに没頭しておる。勿論ほかのファミリアに見つからぬように隠して運んでいる者も少なくは無いが……結局の所神気を使えなければただの頑丈なだけの武具であったり、最後の一押しが足りない物足りぬ物にしかならぬが……カワサキの持っていた酒は紛れも無く天上の酒であった。だからこそ、何処から持ち出したのかと問う。

 

「持ち出したっていわれてもなぁ……これは俺……いや俺の仲間と集めたもんだ」

 

「お前の仲間?」

 

「あいたた……おう、俺の仲間だ。皆で冒険して、モンスターと戦ったりして集めたもんさ」

 

嘘は言っていない、カワサキは真実を口にしている。

 

「仲間ってお前と同じ姿をしたやつらか?」

 

「違う違う。色んなやつらが集まってなぁ……ナザリックっていう場所を拠点にして冒険したんだ」

 

「ファミリアに所属していたのか?」

 

「ファミリア? いや、違うな。俺達はギルドって呼んでたぜ。アインズ・ウール・ゴウン。42人の俺みたいな異形種が集まって出来た場所だったよ」

 

カワサキはずっと真実を言っている。だがワシらの認識とは少しばかり違う事を語っているような気がする。

 

「その42人の仲間はどこにおる?」

 

ワシがそう尋ねるとカワサキは寂しそうに目を伏せた。

 

「皆それぞれの道を歩き出したよ。残ったのは俺とモモンガさんの2人だけだった……寂しいもんだぜ? 広い10階層もある拠点で俺ともう1人、そして皆で作った子供達だけがいる静まり返った場所はよ……そりゃぁ寂しかったぜ」

 

眷属(こども)を作っていた事を考えるとやはりカワサキ達は神? だが神と仮定するには神気が無いし、カワサキ等という神は聞いたことも無い。

 

「じっ様、ナザリックって聞いたことあるのか?」

 

「無いな。だがカワサキは嘘は言っておらん。カワサキよ、そのナザリックとやらはどこにある?」

 

ワシらが知らない僻地や世界の果てがあるとは思えんが、その可能性も捨てきれんと思い問いかける。

 

「多分、もう滅んで無いんじゃないかな?」

 

「何? どういうことじゃ?」

 

「俺達は元々異形種保護を掲げたギルドだった。異形種ってだけで人間に追いたてられて、狩られて、持ってる物を剥ぎ取られたりした。

俺達は42人しかいないのに1500人の討伐隊が結成された事もあった」

 

信じられない話だった。戦争遊戯であったとしても、それほどの戦力差を持って行われる事はない。

 

「異形種……亜人種ではないのかのう?」

 

「異形種は異形種だ。亜人種もいるけどな」

 

どうにもカワサキとワシらの話が合わない……それに滅んでないという言葉ももしかするとワシらは何か勘違いをしているのかもしれん。カワサキもワシらと話しているうちに自分の認識とワシらの認識の違いに気付き始めている様子だ。

 

「カワサキよ、滅んだとはおぬしらの拠点だけが滅んだのか? いや質問を変えよう。お主は何処の世界からやってきた?」

 

「……やっぱりか、なんかそんな気がしてた」

 

「ちょちょッ! 何処の世界ってどういう……いっつうう」

 

ワシとカワサキの話に割り込んできたアルトが頭を押さえながら詳しく説明してくれと視線で訴えている。

 

「俺の世界はユグドラシルって言ってな。巨大な神樹に色んな世界があったんだ、人間だけの世界とか、モンスターだけの世界とか、溶岩だけの世界とか……本当に色々あったんだ。だけどな、その世界……ユグドラシルの葉っぱが徐々に枯れ落ちていって世界はどんどん小さくなっていった。そして俺達の世界ももう限界って所で最後まで俺とモモンガさんは拠点に残る予定だったんだが、俺は少しだけ遅れてな。モモンガさんを連れ出そうとして転移しようとしたらすっ転んで……気がついたらアルトにあった森の中にいたのさ」

 

「なるほど……の、お主。恐らく世界が滅びる際の膨大なエネルギーによって発生した落とし穴に落ちてしまったんじゃろうな。そして己の世界ではなく、ワシらの世界へ落ちてきたのじゃ」

 

世界が滅びるエネルギーがどれほどの物なのか等とは想像もつかないが、信じられないエネルギー総量じゃろう。そこに転移が重なり、運が悪く、いや、この場合は運よくこの世界に落ちてきた。

 

「つまりカワサキは別の世界の住人って事になるのか? ゼウスのじっ様」

 

「うむ、それも恐らく最後の1人じゃろうて」

 

カワサキは嘘は何一つ口にしていない、語られた言葉は全て真実であり……ワシの予想は限りなく真実に近い物であるという確信がある。

 

「カワサキは仲間も帰るところもねえっていうのかよッ!? そんなのあんまりだろッ!?」

 

スケベでトラブルメイカーではあるがアルトは性根の優しい男だ。余りにも悲惨すぎるカワサキの来歴に悲痛な声を上げる。

 

「命が助かっただけ儲けもんじゃて、アルトよ」

 

本当ならばカワサキは友と共に己の世界と共に終わろうとしたはずだ。それを思えば儲けものというのは不謹慎かもしれん、いや……もしかすると……。

 

(カワサキは転移に失敗したのではなく、転移させられたのかもしれんの)

 

最後の1人がカワサキを逃がそうとした結果がワシらの世界への転移かもしれん。

 

「ゼウスのじーさん、俺はどうなる?」

 

「そうじゃな、言いにくいがこの世界には異形種はおらん。お主はモンスターと認識されるじゃろうな」

 

言いにくい話だが、それがこの世界の常識である。亜人種はおるが、カワサキのようなまるっきりモンスターという種族はおらん。外に出ればカワサキは間違い無くモンスターとして追われる身だ。

 

「とは言えワシのファミリアにおれば追われることもあるまい、眷属にはワシが説明する。お主の身の振り方が決まるまでワシの所におるが良い、丁度料理人が辞めてしまって困っておったからな」

 

少し話をしただけだがカワサキは誠実な男だ。そんなカワサキが追われるのはワシとしても本意ではない、内密にゼウスファミリアで匿ってやるとしよう。

 

「じゃがまずはお主の料理人としての腕を見たい、というわけで朝飯を1つ頼むかの」

 

料理人が辞めてしまってゼウスファミリアの食堂はがらんとしておるし、家の団員は皆アルトという問題児になれているだろうからな、美味い料理さえ作ってくれればカワサキも受け入れてくれるだろうとウィンクしながら言う。

 

「OK、俺はやっぱり料理人だから料理を見てもらえるのが1番良い。とは言え、準備の時間がないから単純な物になるけどな」

 

「構わん構わん、アルト。ワシはマキシムに話をしてから行く、カワサキを食堂に案内してやってくれ」

 

「お、おうッ! カワサキ、こっちだぜ」

 

アルトにカワサキの案内を頼んだ後、ワシは執務室の床に転がっている神酒の空き瓶を拾い上げた。

 

「……特級の爆弾を抱えてしまったの、まぁ、仕方あるまいて」

 

とんでもない厄種ではあるが、無碍にもできん。それに……ベヒモスの討伐で呪われてしまったザルドを治す何かを持っているかもしれんことを考えればここでカワサキを手放すのは余りにも惜しいと思ってしまったのも事実。

 

「どうしたゼウス」

 

「うむ、マキシムよ。異なる世界の住人が迷い込んで来たのだ」

 

「ついにボケたか?」

 

「ほれ、これが証拠じゃ」

 

僅かに残っている神酒の入った瓶をマキシムに投げ渡し、それを舐めたマキシムは目を見開いた。

 

「どうするつもりだ?」

 

「料理人らしいので匿うつもりじゃ、一応団長のお主には話を通しておこうと思っての、ちなみに見た目は完全にモンスターじゃ」

 

「厄種だな、黒龍討伐の前に問題を抱える事になったな」

 

「すまんの」

 

三大クエストの最後の1つを控えた今抱えるべき問題ではないと分かっているが、それでもワシはカワサキを匿う事を決めたのだ。

 

 

 

窓から差し込む光でベッドで横たわっていた赤毛の偉丈夫はゆっくりと目を開いた。

 

「今日も目覚められたか……」

 

男の名はザルド。ゼウスファミリアのレベル7冒険者であり、三大クエストの1つ陸の王者べヒーモスを倒すための立役者だったが、その代償としてべヒーモスに呪われ、生きたまま身体が腐り続けている。

 

(俺はいつまで生きていられるんだろうな)

 

何をしても解呪できない呪い……眠ればそのまま起きる事が無い永遠の眠りに落ちるのではないかという恐怖にさらされながらも、今日も目覚められた事に感謝しながら服を着替え、ゼウスが用意してくれた気休め程度の薬を口にし俺は部屋を後にする、

 

「ん? どういうことだ?」

 

食堂の入り口の所でファミリアのメンバーが立ち止まっているのに気付いて俺は足を止めた。料理人が辞めてから団員が集まる事が無かった食堂に人だかりが出来ているのを見れば何か問題があったと考えるのは当然だ、なんせゼウスファミリアにはとんでもない問題児のアルトがいるのだ。また奴が問題を起こしたかと思いながら団員に向かって歩き出す。

 

「どうした? またアルトの奴が問題を起こしたのか?」

 

「ザルドさん。はい、そうみたいなんです」

 

「またどこかの人妻に手を出して夫でも乗り込んできたか?」

 

アルトはあちこちの女に声を掛けるわ、手を出すわで夫や婚約者が乗り込んで来たのは1度や2度ではない、またその口かと尋ねる。

 

「いえ、そうではなく」

 

「じゃあなんだ。下着泥棒か? それともまたゼウスと共に覗きでもやったか? 昨日ヘラファミリアとアストレアの団員が動き回っていたのはそれだろう?」

 

ヘラファミリアの所の女帝か、それともアストレアが苦情でも言いに来たか? と尋ねるがそれでもサポーターは首を左右に振った。

 

「いえ覗きはやってるのですが……そうでもなくて……モンスターらしき者を連れ帰ってきたのです」

 

モンスターらしきものと聞いて俺は眉を吊り上げ、人だかりを掻き分けて食堂の中へと足を踏み入れる。確かにモンスターらしきものはいた、だがザルドは驚きに目を見開いた。

 

「……なに?」

 

「なー腹減ったって、もう食えるだろ。それ」

 

「馬鹿野郎。つまみ食いすんじゃねぇ」

 

「いってええッ!」

 

「はっはっはッ! 馬鹿めッ! 所でまだ食えんかの?」

 

「もうちょい待ちな、ゼウスの爺さん。もうすぐできるからよ」

 

ゼウスファミリアの問題児アルト・クラネルとその主神であるゼウスがコックスーツを着た黄色い異形の前で飯はまだかと騒いでいたからだ。

 

「これはどういうことだ。アルト」

 

何故モンスターが厨房にいるのか、そして何故ゼウスもマキシムも何も言わないのかと首を傾げながらアルトに事情を尋ねる。

 

「お、ザルド。紹介するぜ、カワサキだ。なんでも料理人らしくてな、住む所がねぇって言うから連れて来たんだ」

 

「連れて来るなド阿呆ッ!!」

 

「いてえッ!? ちゃんとゼウスのじっ様には許可を取ってるよッ!!」

 

ドヤ顔をしているアルトの頭に俺は拳骨を叩き込んだ。確かに料理人は必要としているがモンスターにしか見えない相手をファミリアに連れ込んでどうするつもりだと思いながら、身を乗り出すようにして厨房を覗き込んでいるゼウスへと視線を向ける。

 

「よろしいのですか? モンスターに見えるのですが」

 

「安心せい、モンスターではない。どうもそういう種族のようじゃな、ちゃんとワシが面談してから調理場に立たせておる。マキシムも納得しておる。心配することはない」

 

団長のマキシムも容認していると聞けば俺は黙るしかない、それに神を前に嘘はつけない、そんなゼウスが面談したと言うのならば大丈夫だろうと思う事にしカウンター席に腰掛け、厨房で調理をしているカワサキという一見モンスターにしか見えない男……多分男に視線を向ける。

 

(……腕は確かなようだが……)

 

今の所アルトとゼウスとマキシムの3人に俺しかいないが、外で見ている団員が食べると言っても大丈夫なように手際よく調理をしているが……。

 

(卵とベーコン、それとスープ……か)

 

朝食のメニューとしては一般的、待ち時間も短くすぐに提供出来る料理だ。だがそれは悪く言えば誰でも作れる料理であり、そんな料理を作れるから料理人として雇うと言うのは余りにも無理のある話だ。主神であるゼウスの決定に異を挟むつもりは無いが、今回ばかりははいそうですかと納得出来る話しではない。

 

「アルト、ゼウスの爺さん出来たぞ」

 

「よっしゃよっしゃ。食おうぜ、ゼウスのじっ様」

 

「ほほお、これは中々美味そうだ。後はお前が美女ならもう1つ良かったがな」

 

「そいつは残念、俺は男だ。こんな成りだと分からんと思うがなッ!」

 

カワサキが笑いながらアルトとゼウスにベーコンエッグとパンとスープを差し出しているのを見ていると、俺の視線に気付いたのかカワサキが俺に視線を向けてきた。

 

「顔に傷、ああ、あんたがザルドだな。アルトに聞いてる、なんでも随分な美食家らしいな」

 

「……どういう紹介をしている貴様は」

 

もっとほかに紹介する内容があっただろうとアルトに視線を向けるがあるとは能天気にパンを齧っていて、本気でイラッとしたがそれをぐっと堪える。

 

「ザルドだ。俺も貰っても良いか?」

 

「ああ。食ってくれ、と言うか食ってもらわんと困る。人数が多いからってめちゃくちゃ作ったのに全然誰も食いに来ないからな」

 

モンスターかもしれない相手が作ってる料理を食えといわれても流石に抵抗があるのは当然だろう、俺も正直少しばかり抵抗があるのは嘘ではない。

 

「「おひゃひゃり!!」」

 

「お前は飲み込んでから喋れ」

 

ゼウスとアルトは全く気にした素振りを、いや、自分達が勢いよく食べることで受け入れやすい土壌を作ろうとしているのだろう。多分、いやきっとそうだと自分に言い聞かせるように呟いていると俺の前に料理が並べられる。

 

「はいよ、お待たせ」

 

厚切りのベーコンが2枚と半熟の目玉焼き、新鮮な野菜のサラダにコーンスープとパンというオラリオでも珍しくない朝食の組み合わせだ。

 

「折角作ってもらったんだ。ありがたくいただこう」

 

頭を下げてナイフとフォークを手にした俺は目に付いた厚切りのベーコンを切り分け、それを口へ運び目を見開いた。

 

(な、何だ。このベーコンは……本当にベーコンなのか……?)

 

ベーコンは言うまでも無く燻製肉であり、肉らしさはかなり失われている物が大半だ。だがこのベーコンは全くの別物で肉らしさも味わい深さも俺の知っているベーコンとは全くの別ものだった。

 

「……このベーコンは何処で?」

 

まるで高級なステーキを噛み締めるようにゆっくりと味わい、飲み込んでからこのベーコンを何処で手に入れたのかとカワサキに問いかける。

 

「俺のお手製、欲しかったら分けるぞ」

 

「それは良いな、是非分けてもらおう。こんな上質のベーコンは初めてだ」

 

カワサキの言葉に驚きは無かった。これだけ上質なベーコンはおいそれと入手できるものではない、材料の豚肉もそうだろうが……香辛料はもちろん燻す材料まで厳選された物だと一口で分かる。

 

「このパンも手作りか?」

 

「ああ、朝起きてゼウスの爺さんにあってからな、作らせて貰ったんだが……どうだ?」

 

柔らかく上質なパンはオラリオにも山ほど売っているが、これほど上質なパンを売ってる店はない。ベーコンと同じく、これもカワサキの自家製なのだろうと尋ねるとカワサキはその通りだと笑った。

 

「良い小麦を使っているな。小麦の甘さが良く感じられる……コーンスープとも良く合う、甘みがあるのはベーコンに合わせるためか?」

 

「正解、このベーコンは塩味が強い、普通のパンだと味がくどくなる。だから少しだけ甘みを加えて、ベーコンの塩味を引き立てるのと、

コーンスープに合わせる味付けにしてある」

 

簡単な料理と評したが、俺の勘違いだった。料理自体はシンプルだが、材料に始まり調理工程も手が込んだ1級品の料理と言っても良い代物だった。

 

「おかわりをもらえるだろうか?」

 

「ああ、どんどん食ってくれッ!」

 

べヒーモスの呪いに蝕まれてから感じることの無かった食欲を感じ、俺はおかわりをカワサキへと頼んだ。

 

「えっと俺も貰おうかな」

 

「わ、私も良いかな?」

 

「勿論だ。料理は沢山準備してる、一杯食べてくれ」

 

俺がおかわりを頼んだ事で外で見ていた団員達も食堂に入りカワサキの作った朝食を求める。

 

「うまッ!? え、なんだこのベーコンッ!? うめえッ!」

 

「このパンもやわらかくて美味しい……ッ」

 

団員達がカワサキの朝食を貰い口々に美味いと声を上げる、その声を聞くと自然に笑みが零れる。

 

(やはり美味い飯を食うのは良い物だな)

 

べヒーモスの呪いを受けてからまともな食事をして無かったが、久しぶりに美味い食事を口にし食事が如何に大切かを改めて思い知った気持ちになり、とても晴れやかな気分で俺達はファミリアを後にし、ダンジョンへと足を向けた。

 

「アルトにしては良い仕事をしたな」

 

「そうね、アルトにしては良い仕事よ」

 

「俺にしてはってなんだよッ!? 俺だってサポーターとして頑張ってるんだぜ!?」

 

「そう思うなら少しは生活態度を改めるんだな。しかしカワサキを連れて来たのは褒めてやろう。良くやった」

 

「そいつはどーもッ!」

 

一見すればモンスターにしか見えないカワサキだが愛想が良く、料理の腕も良い。そして弁当まで用意して持たせてくれた事に感謝しながら俺達はダンジョンに足を踏み入れたのだが……そこで俺達は信じられない体験をし、奇跡を目の当たりにするのだった……。

 

 

メニュー3 世界樹のスープへ続く

 

 

 




今回はカワサキの話がメインだったので料理描写は少しシンプルなものとなっております。原作前の話は前に書いた読み切りのアルフィアのところが終わってからしっかりと料理描写を書いてみようと思います。次回は完全な創作食材でのスープ作りなので、どんな物が出来るのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

それとゼウスの所は嘘は言っておりません、ただリアルではなく、ユグドラシルの話なので紛れも無く本当の事を言ってるという事で誤魔化せたという事でご都合主義ですが、本作ではその設定でよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー3 世界樹のスープ

メニュー3 世界樹のスープ

 

カワサキが作った朝食で腹を満たした俺は入団したばかりの冒険者の監督としてダンジョンに足を踏み入れていた。

 

(身体が軽い、痛みもない……どういうことだ)

 

べヒーモスの呪いの痛みが無い、まるで呪いを受ける前……いや、それよりも身体に活力が漲っているのを感じる。

 

「ザルドさん、丁度料理人が辞めてしまいましたし……カワサキを雇うのはどうですかね?」

 

自分の身体の異変について考えていると俺と一緒に監督役としてついてきた団員がそう問いかけてくる。俺としてはそれもありがたい話だが、全ては主神であるゼウスが決定権を持っているので俺としては何とも言えないところである。

 

「それはゼウス次第だが……恐らく雇うつもりだろうな。しかしファミリアの料理人はハードだからな……引き受けて……無駄話は終わりだ。来るぞッ」

 

ダンジョンの壁が割れ、現れたモンスターとの戦いを始めるゼウスファミリアの面子は戦いの中である異変に気付いた。

 

「なんだ、モンスターの動きが遅い?」

 

「魔法の威力が上がってる……?」

 

ゼウスファミリアはオラリオの二強ファミリアと言う事で新規入団の団員ですらほかのファミリアの新入りよりも遥かに素質が高く、独学ではあるが戦闘技術も理論も持ち合わせてる者も多い、そんな彼らに実戦経験を積ませる為の訓練だったのだが、想定外の事態に俺は顔を歪めた。

 

(皆、振り回されている。このままでは危険だ)

 

「……どういうことだ……ちっ、このモンスターを討伐したら1度戻るぞッ!」

 

「「「はいッ!!」」」

 

新入りの団員は勿論俺も自分の力に振り回されているのを感じ、このままでは危険だと判断し予定より早く帰還した俺達はそのままゼウスの元へ向かいステイタスの更新を行い全員が驚愕した。

 

「ステイタスが上がってる……ッ!?」

 

「こんなに……!?」

 

「信じられん、俺もだ」

 

レベル7の俺でさえもステイタスが軒並み上昇していた。思い当たる節は1つしかなく、食堂で昼食の仕込をしているカワサキの元へゼウスを引き摺ってザルド達は駆け込んだ。

 

「あれ? 聞いてた時間より大分早くないか? まだ昼飯完成してないんだが」

 

「いや、昼飯の催促ではない。カワサキ……お前食事に何かしなかったか?」

 

「なにか……あ、あーうん。したな、うん。俺はクックマンって言う種族なんだが、料理に魔法を付与できる。ステータスを向上させたり、補助したり、能力の成長率を上げたりな。それの影響かもしれん、すまない」

 

ゼウスが頷きカワサキが嘘を言っていないと知った俺達は驚いた。食事で冒険者の能力にバフを掛ける……そんな料理を作れる料理人がいるとは信じられなかったからだ。

 

「待て、魔法と言ったが……それはバフだけか?」

 

「いや? 病気や呪いの治療も出来るぞ? まぁ難しい病気や高位の呪ほど希少な食材を……」

 

そこまで言い掛けたカワサキの目が細まり、俺をじっと見つめる。俺の顔ではなく、その内面を見ているような視線に思わず身じろいだが、続く言葉に俺は目を見開いた。

 

「……お前さん、呪われてんな」

 

「「「ええっ!?」」」

 

団員達が驚いているが、食堂にほぼ全員が集まっているので誤魔化す事も出来ない。いや、それよりも俺は隠すよりも治す術があるかもしれないという言葉に僅かな希望を抱いていた。

 

「分かるのか……?」

 

「俺はそういうのに特化した種族だからな。んーかなり根深い呪いだな」

 

俺が呪われているという言葉にゼウスファミリアに驚きが広がる。ベヒーモスの討伐で俺はベヒーモスを喰らい、ベヒーモスにトドメを刺したがそれが理由で呪われ、身体が内部から腐るという呪に犯されていたからだ。

 

「流石に治せないだろう?」

 

「いや、出来る……と思う」

 

「なに? 気休めなら良いぞ」

 

「いや、出来る筈だ……えっと、どこだったかな? これじゃなくて、これでもなくて、あーえーっと」

 

カワサキが虚空に上半身を突っ込み、これでもない、あれでもないとどんどん食材を取り出すが、それを見たゼウスファミリアの面子は更に驚きに目を見開く事になった。

 

「おい、あれ黄金の卵じゃねえか?」

 

「うん、そうとしか見えないわね。それにあれは……」

 

「宝石で出来た果実だぞッ!? おいおい、どうなってるんだ」

 

自分達で見たことのない御伽噺で見るような食材の数々が山のように積み上げられる中カワサキはあったと声を上げた。

 

「あった、これだこれ、世界樹の朝露。これが呪いとか病気に1番効果がある食材だ」

 

小さな小瓶に納められた透き通るような液体。見た目はただの水なのに、俺の中で何かが脈打つのを感じた。それはまるでべヒーモスの呪が嫌がっているような、そんな不思議な感覚だった。

 

「カワサキよ。それが希少なものであることは分かっておる……だがそれをザルドの為に使ってはくれまいか? この通りだ。望むだけ額を出す、どうかワシの子供を助けてはくれまいか?」

 

普段はスケベでだらしない爺のゼウスだが、このゼウスファミリアの主神であり、最強の神と言われるだけの実力もある。そのゼウスが真剣に、俺を救う為に頭を下げた。だがカワサキは渋るように手にした液体がどれだけ貴重なのかを説明し始める。

 

「これは恐らくもう2度と入手できない。瓶は4本あるが、恐らくザルドの治療に1本を使うだろう。だから俺としてもこれを只でとはいえない、それにこの世界樹の朝露以外にも希少な食材をこれでもかと使う必要がある……高いぜ?」

 

高いと言うカワサキの言葉にゼウスファミリアの冒険者が次々に頭を下げる。

 

「ヴァリスならいくらでも用意する。この通りだ」

 

「ザルドさんを助けてください、何年かかっても必要な額は用意しますからッ!」

 

「お、おいッ」

 

自分の為に仲間が頭を下げている光景に俺が慌てる中カワサキは指を1本立てた。

 

「この世界樹の朝露は一滴でも黄金の塊と同等の価値があるし、この黄金の卵も、アテナのオリーブも全部それだけの価値がある物だ……正直金で買えるものじゃない……だからそうだな。俺をここで雇うって言うのでどうだい?」

 

「は?」

 

「ゼウスの爺さんよ分かるだろ。俺はどう見ても怪しいし、どう見てもモンスターだ。そんな奴が普通に暮らすのにどれだけの金と後ろ盾がいると思う? 俺が安全にこの街で暮らす金はそれこそ途方もない額だ。その点ゼウスファミリアなら非の打ちどころのない後ろ盾だし、金もある。どちらも値段が付けられない……そうは思わないか?」

 

カワサキの言葉にゼウスはきょとんとした後に額を叩いて笑い出した。

 

「それは高いな、ああ、めちゃくちゃに高い」

 

「だろ? 釣り合いが取れると思わないか?」

 

「はっはっ!! そうじゃなッ! 良し、分かった。ワシがお前の身分を証明しようッ! それにお前の暮らす場所もだ、それでザルドの治療の代金としてもらおうかッ!!」

 

「良いぜ、高い買い物をしたな。ゼウスの爺様よ」

 

「全くだッ! こんなに高い買い物は初めてじゃッ!!」

 

三文芝居というかも知れないが、これが最も正しい落とし所であった。ゼウスファミリアとゼウスの名前でカワサキを迎え入れる事を約束し、翌日早朝からゼウスファミリアの修練場に様々な道具が運び込まれ、俺を蝕むべヒーモスの呪いを解除する為の料理の作成が始まるのだった……。

 

 

 

べヒーモスはユグドラシルにもいたモンスターだ。そしてレイドボスであったが、話を聞く限りでは俺の知るべヒーモスとこの世界のべヒーモスはかなり性質が似通っているので世界樹の朝露を使うスープでザルドを蝕む呪いを解除出来ると俺は踏んでいた。

 

(三文芝居と思うかもしれんが、やっぱり言質は欲しかったしな)

 

口では俺を保護するとゼウスの爺さんは言っていたが、口約束ほど怖い物はないので周りの人間、そしてザルドの呪いを解除するのを条件にすればゼウスの爺さんも無碍には出来ないという考えの中で俺はザルドを蝕む呪いを解除するスープの作成を始めた。

 

(黄金のコンソメスープでは駄目だ)

 

黄金のコンソメスープも呪いに効くが、あれは根本的に生命力の強化によって呪いを解除する物で根本的な生命力が激減しているザルドには使えないので呪いを解除する事に特化した世界樹のスープがザルドに最適なメニューと言えるだろう。

 

「ここで良いか?」

 

「ありがとよ、アルト。さてと、早速はじめるとするかッ!」

 

アルトを始めとしたゼウスファミリアのサポーターや団員が用意してくれた調理器具と大鍋を温める為の薪を見て腕捲りをする。

 

「本当に手伝わなくて良いのか?」

 

「ああ、少しでも間違うと駄目だからな、火を俺の言う通りに強くしたり、弱くしてくれるだけで十分だ。よろしく頼むぜ、まずは強火だ。思いっきり火を焚いてくれ」

 

大鍋の下の薪に火が付いた所で俺はアイテムボックスから取り出した巨大な氷塊を鍋の中に入れる。

 

「それはなんだ?」

 

「ティアマトの涙というアイテムだ。世界樹の朝露単体ではザルドの呪いは解除出来ない、朝露と涙を混ぜる事でその効力を何倍にも引き上げる」

 

マキシムという男の質問に答えながら巨大なおたまで溶けて来たティアマトの涙をかき混ぜる。

 

(生命力強化と耐久力強化、それと自己回復作用UPっと)

 

ティアマトは龍種のモンスターで、自動HP回復と状態異常にならないという特性を持つ強力なモンスターだ。ドロップアイテムの爪や牙、鱗はHP回復作用のある防具、アクセサリーになるが俺にとっては倒せば確実にドロップする涙の方がずっと希少なアイテムだった。

 

(クックマンじゃないと駄目だしな)

 

レベル70以上のクックマンで初めてその効力を引き出せるようになり、レベル80でアレンジが、レベル90で分岐、レベル100で完全に使いこなせるようになったティアマトの涙は一時的な最大HPの増加、一定時間の状態異常の無効化、HPに比例して防御力のUP、そして時間によるHPの自動回復と生存能力を強化する事に特化したポーションの素材になる、これと世界樹の朝露を混ぜ合わせるとHP全回復、味方全体のHP回復、デメリット無しの蘇生薬になるがそれではザルドの呪いは解除出来ない。次の食材を手に取るとゼウスの爺さんが声を上げた。

 

「あれ~それワシどっかで見たことあるような気がするぞ?」

 

「アテナのオリーブだ」

 

「……それ大丈夫なのかの? 盗んでない?」

 

「盗んでない盗んでない」

 

仮に盗んでいたとしてもユグドラシルのアテナとこの世界のアテナは違うので問題ない。アテナのオリーブもHPを100%回復させるポーションの材料になるが、戦士系の職業の強化の効果もあるので役立つだろうとティアマトの涙が溶けた水の中にこれでもかと投入し、次の食材を取り出す。

 

「……それも見たことある」

 

「パナシーアの酒だ。これもあれじゃないか? ゼウスの爺さんと関係あるんじゃないか?」

 

なんか青白い顔をしているゼウスの爺さんはノーコメントと言うので、深く追求せずパナシーアの酒のコルクを開けて鍋の中に入れる。

 

(万能薬を世界樹の朝露とティアマトの涙とアテナのオリーブで強化してっと)

 

「コルヌコピア、イコル、グリフォンの爪」

 

コルヌコピアは山羊のモンスターの角で豊穣と万能薬の素材、グリフォンの爪も同じく万能薬の素材とされ、イコルは神属性のモンスターを倒すと一定確率でドロップする神の血液が凝固した結晶で回復アイテムや料理の素材に使うとバフの効果を強化してくれる。

 

「カワサキ、お前ワシの縁者だったりしない?」

 

「しないが?」

 

「……マジで?」

 

「マジで」

 

回復アイテムの多くはゼウスが関わってるが、俺が持ってる素材とゼウスの爺さんは関係ないので知らぬ存ぜぬで通す。

 

「ちょっと火を弱めて、よし、それくらい」

 

火を少し弱めコルヌコピアとグリフォンの爪、そしてアテナのオリーブに火が通ったらそれを取り出す。

 

「次は火を強めて、あ、駄目だ。強すぎる、もう少し弱く……そう、それくらい」

 

イコルは強火よりも少し弱めで煮ると溶けてくるので、イコルがとけ切ったら世界樹の朝露を大鍋の中に入れて、蓋をする。

 

「逃げるぞッ!」

 

「「「え?」」」

 

「最後に爆発するんだよッ! 巻き込まれると大火傷するぞ!!」

 

そんな話をしている間に鍋がガタガタと揺れ、蒸気を出し始めるのを見てアルト達もゼウスも鍋に背を向けて全力で走り出す。

 

「なんで爆発するんだ!?」

 

「知らん! そう言う物だ!! 急げッ!! マジで爆発する数秒前ッ!!」

 

「なんで先に言わないんじゃあああッ!!」

 

「言ったら手伝ってくれねえだろッ!!」

 

急げ急げと手を振る団員達が開いている扉に俺とゼウスの爺さんがギリギリで滑り込む、アルトの奴は1番スタートが遅かったのに1番最初に安全圏に滑り込んでいる。

 

「閉めて、抑えるぞッ!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

修練場の扉を閉めて全員で扉を押さえた次の瞬間――ゼウスファミリアが揺れるほど大爆発が発生し、扉を抑えていた俺達は通路の奥へと弾き飛ばされるのだった……。

 

 

 

 

爆発した修錬所に足を踏み入れた俺は目の前の光景に言葉を失った。修練場が大破しているとか、スープが飛び散っているとかではなく……。

 

「何故瓶詰めの液体が転がってるんだ?」

 

大量の瓶詰めの液体が修練場を埋め尽くすほどに転がっていて、中には壁や扉に突き刺さっている瓶もあったからだ。

 

「そういうものらしい、詳しい事は俺も知らん」

 

この惨劇を作り出した本人が知らないってどういう事だ? とジト目で見つめるがカワサキは何処吹く風で足元の瓶を拾い上げる。

 

「お、ミドルヒーリングポーションとマジックポーション、こいつは当たりだな」

 

「ポーション? これはポーションなのか?」

 

「ああ、料理の余剰の回復力がポーションとかになるんだよ、ミドルヒーリングは中級クラスだが腕が千切れてもくっつくぞ? ちなみにこっちは魔法力が回復する。結構レアもんだ」

 

「これ全部か?」

 

修練場に転がってる瓶全てがミアハファミリアやディアンケヒトファミリアが涙目になるほどの効力のポーションらしい。

 

「貰ってもいいかの?」

 

「良いけど後で確認させてくれよ? 中にはバフを掛けるアイテムとかもあるからさ、回復アイテムと思って強化のポーションを飲んだらやばいからよ、よし、ザルド行こうぜ」

 

アルトを始めとしたサポーター達が瓶を拾う中、俺とゼウスとカワサキは大鍋の元へ向かう。

 

「出来てる出来てる。ちょっと待てよ」

 

カワサキが大鍋の中を覗きこみ、その中のスープを掬って俺とゼウスの前に立ち、俺とゼウスは中身を覗きこんで首をかしげた。

 

「中身が無いようじゃが?」

 

「中身はちゃんとある。見えないほどに透明感のあるスープなんだ。ほら、ザルド」

 

差し出された椀を受け取ると確かに熱と重さが両手に伝わってくる。

 

「ぐっとやってくれ、味はまぁあれだ」

 

「薬と思えば問題ない、貰うぞ」

 

椀に口をつけてスープを一気に口の中へ流し込んだ。口の中に広がったのは清らかな湧き水のように澄んでいるのに、コンソメスープのように複雑な旨みの塊だった。不味いと思っていたのに予想に反して美味いスープを飲み干し、ふうううっと息を吐いた。

 

「あ、熱い……なんて熱さだ」

 

「蒸気が出ておるぞ!? だ、大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫だ。効果が出てるんだ」

 

身体の中が焼き尽くされるような熱、それでいてとても暖かい熱が喉、胃に始り全身へと広がる。その熱が手足の先まで広がった所で拳をぐっと握り締める。

 

「ど、どうじゃ、ザルド?」

 

ゼウスの言葉に返事を返さず、修練場に立てかけてある鍛錬用の大剣を手に取る。呪いに蝕まれていた時は両手で無ければ持ち上げれなかったそれが片手で簡単に持ち上げる事が出来る。

 

「感謝する……カワサキ。ゼウス、マキシム団長……べヒーモスの呪いは完全に消えたッ!」

 

体を蝕む痛みも臓腑が腐り堕ちる痛みも消え、全身に力と活力が満ちている。団員やサポーター達が見つめる中俺は高らかにそう叫び、修練場に俺の完治を喜ぶ歓喜の声が響き渡った……のだが。

 

「う、うう……」

 

急に身体に満ちた活力が抜けていって、呻き声を上げながら俺はその場に膝を付いた。

 

 

「馬鹿だろザルド。呪いは消えたけどその分ちょっと弱体化してるからな? いきなりそんな風に動いたらダウンするのは当然だろ?」

 

「き、聞いてないぜ……」

 

「命が助かる代価なら安いもんだろ?」

 

ニッと笑うカワサキにその通りだなと頷き、ふらつきながら立ち上がる。

 

「肩貸すか?」

 

「良い、よろめいたとしても自分の足で歩きたい」

 

死ぬしかないと諦めていた、俺の道はここまでだと諦めていた。だがその道が繋がったのだ、その道を自分の足でしっかりと踏みしめて、心配そうに見つめている仲間達の元へ俺は歩き出すのだった……。

 

 

メニュー4 カワサキのゼウスファミリアでの日々 へ続く

 

 




と言う訳でザルド復活ルートには入りました。味は普通ですが、回復力は生命力がめちゃくちゃ強化されるのでザルドさんはレベルアップのカウントダウンには入りましたね、次回はゼウスファミリアで過ごすカワサキさんを書いて、アルフィアたちのルートにはいろうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー4 カワサキのゼウスファミリアでの日々

 

メニュー4 カワサキのゼウスファミリアでの日々

 

料理人が辞めてから火が消えていた食堂にカワサキが来た事でゼウスファミリアの食堂は再び団員の憩いの場となっていた。

 

「カワサキさん! ご馳走様でした!」

 

「おう! そこに置いておいてくれ! はい、しょうが焼き定食お待ちどうさまッ!」

 

「来た来た! いただきますッ!!」

 

冒険者は健啖家揃いで、どんなファミリアの料理人も複数人で当たるのが定石だが、カワサキは1人で食堂を回していた。

 

「お弁当できてますか?」

 

「そこにおいてある! 気をつけてなッ!」

 

「はいっ! 行って来ます!」

 

「行ってくるぜッ!!」

 

それに加えてダンジョンに出かける団員の弁当まで準備をしているのは俺の目から見ても良くやると感心する物だった。

 

「豚ステーキ定食を頼む」

 

「おう、ザルド。特盛りで良いよな?」

 

「よろしく頼む」

 

俺の注文と言う事で特盛りにしてくれるカワサキに頷き、カウンターに座りながら厨房を覗き込む。

 

(早い、それだけじゃなくて無駄が無いな)

 

早いだけではなく、1つの動作で2つ3つと作業を進めている。この回転の早さが1人で食堂を回せる理由なのだろうか? 俺も食堂で腕を振るった事はあるが、1つの料理を大量に作り、団員に提供するのがやっとだったが、カワサキは注文に応じて料理を作り分けている。

 

(本職と趣味の差か)

 

本職の料理人と趣味の料理人の腕の違い、それにくわえてカワサキ自身が料理人として最上位の技量をもっているというのもあるのかもしれない。少なくとも今までの料理人とは段違いに腕が良いのはその動きを見るだけで分かる。

 

「はい、おまちどうさま」

 

「悪いな」

 

「ははは、忙しいっつうのは料理人にとっては良い事さ、おかわりだったら声を掛けてくれよ。「おかわり頼むぜ!」あいよッ!」

 

俺と話をしている間でもおかわりの対応をするカワサキは楽しそうで疲れが一切見えない事に驚きながらフォークを手にし、厚切りの豚ステーキにフォークを突き刺そうとすると……。

 

「ザルド?」

 

「ん、ああ、すまない。いただきます」

 

「おう、良く噛んで食えよ」

 

いただきますとご馳走様を忘れるとカワサキはとんでもなく怒る、団員の1人がカワサキの注意を無視して食べようとすると片手で頭を鷲づかみにされて持ち上げ泣き叫んでいた姿を見た者は誰もがカワサキを怒らせてはいけないと理解した。俺もその1人だが、考え事をしていてボーっとしていたことにいかんいかんと首を左右に振り、改めて豚ステーキにフォークを突き刺して頬張る。

 

「美味い」

 

ステーキと言えば牛肉と思うかもしれないが、程よい赤身と脂のバランスも良い豚ステーキも悪くない、にんにくと塩胡椒で味を付けられた豚ステーキのガツンとした味わいはカワサキが来るようになってから主食になっている米との相性も抜群だ。

 

「この米、癖になるな」

 

「美味いおかずには炊き立てご飯、それが基本だ」

 

余り馴染みのないものだったが、カワサキの言う通り美味いおかずには炊きたてご飯はカワサキが来てから急速にゼウスファミリアに広がっている。

 

「おかわり」

 

「あいよ、特盛りで良いよな?」

 

「頼む」

 

べヒーモスの呪いから解き放たれ、食欲も戻り、身体も軽い。今は落ちた体力を戻す為にとにかく食って食って体力を戻し、そこから再び身体を鍛えなおす事が優先だ。

 

「また時間があったら頼めるか?」

 

「おう、全然いいぞ。まぁ一段落着いてからだけどな」

 

カワサキは料理だけではなく、意外な事に身体を鍛えることにも精通していた。流石にマキシム団長クラスにはカワサキの指導は無意味だが、レベル3・4の冒険者には勉強になるし、リハビリが必要な俺にはカワサキの指導はとてもありがたいものだった。

 

「あのなんだったけか? 零距離打撃」

 

「寸勁か、あれ崩しとかだけど、役に立つのか?」

 

触れているだけで相手を弾くあの体術は接近された時や距離を取りたいときに役立つので覚えておきたい技だ。

 

「ああ、役に立つ。またよろしく頼むぞ」

 

「一区切り付いたらな。夕飯の仕込みもあるし、ま、気長に待っててくれ」

 

カワサキが来てまだ数日というのに完全にゼウスファミリアに馴染んでいるのはその人柄の影響が大きい。見た目はモンスターでも、誰よりも人らしいカワサキには何時の間にか気を許してしまう。そしてカワサキがいるからもしかしたらと言う考えも脳裏を過ぎる、ダンジョンの奥深くに暮す人語を理解するモンスター「異端児」達との橋渡しをもしかしたらカワサキがやってくれるのではと思わずにはいられないのだった……。

 

 

 

 

 

ザルドの治療の為に作った料理で大破した修練場……自分で言うのもなんだが、料理で大破するってどういうことなんだと言いたくなるが実際に大破した修練場はゴブニュファミリアの手によって修復され、今ではもう完全に元通りになっている。

 

「こうですかね?」

 

「いや違うな、こうだ」

 

カワサキがとんっと身体をぶつけるとレベル3の団員が悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。

 

「あいたたた、本当にそれどうやったら出来るんです?」

 

「相手の重心を見切る事、後は相手の出だしに合わせると良いな。崩しっていうのは便利なもんだぞ」

 

白兵戦の中で相手の力を利用したり、体術で無理矢理相手の動きを崩してしまうという謎の格闘技をカワサキは修めていた。それを食堂の仕事が無いときは団員や俺達サポーターに伝授してくれている。

 

「俺は自分からつうのは苦手だな」

 

「お前は逃げ足が早いだけじゃなくて眼がいいからな、自分が仕掛けるよりも相手の力を利用する方が向いてるだろ? アルト」

 

そう言いながら突き出された拳の側面に手を当て、自ら回転しながらその勢いを殺す。

 

「よっと、急に殴ってくんなよ」

 

「お前はサボりがちだからな、もう少し顔を出したらどうだ?」

 

からからとカワサキは笑いながらそう言うが、カワサキに教わっている団員達からの俺に向けられる視線はなんで来たと物語っている。

 

「カワサキさん、こいつ。覗きで捕まりかけた時に崩しを使って逃げてるんですよ」

 

「あっ! 馬鹿ッ!!「ほう? まだ説教が足りないのか?」……逃げるんだよぉッ!!」

 

自分が教えた技術を覗きに使ってると聞いて鬼の形相で追いかけてくるカワサキはぽきゅぽきゅっと言う足音からは信じられないほどに恐ろしかった。

 

「はぁー……くそ、あいついい奴なんだけどなあ」

 

人当たりがよく、面倒見も良くて、気も合うんだがどうも男のロマンについての理解度は俺とカワサキでは天と地ほどの差がある。

 

「そこも気が合えばなあ……」

 

「そこも気が合えばなんだって?」

 

後ろから聞こえてきたカワサキの声に振り返るが、カワサキの特徴的な姿は何処にもと思った所で、頭に激痛が走った。

 

「あいだだだああああッ!!」

 

「漸く掴まえたぞ、この野郎」

 

カワサキの声がするが姿が見えない。まさかこれは……カワサキは姿を消せると言うのか……なんてこった、どうして俺は気付かなかったんだ。。

 

「姿を消して覗きをして「誰が覗きをするか」ぎゃああああッ!!」

 

カワサキの手の力が強くなり、頭が砕けそうな激痛に絶叫する。

 

「おら、マキシムの所で説教だ」

 

「いやだあ! 団長の説教って物理なんだよッ! 俺サポーターだから死んじゃうッ!!」

 

「それなら最初から覗きなんてするなよ、まぁ安心しろ」

 

え、もしかして見逃して……。

 

「執務が終わったらゼウスの爺さんも連れてくるから」

 

「それ駄目なやつうッ!?」

 

ゼウスのじーさんまで加わったら団長の説教が止まらなくなるからと叫んでもカワサキは聞き入れてはくれず、俺はカワサキから逃げる事が出来ず団長の所まで連行されてしまい……。

 

「アストレアファミリアからまた苦情が来てるんだ、お前はどうしてこうも自分の本能に忠実なんだ?」

 

「折れるぅ! 折れるぅッ!!」

 

説教という名の関節技地獄に俺は悲鳴をあげる事になった。カワサキが来て美味い飯が食えるし、偶に高級な店でも飲めないような美味い酒も飲める、それに話し相手も出来たのだが……覗きや下着泥棒を咎められ、ファミリアから脱出出来れば逃げ切れるが脱出できなかった場合はほぼ100%の確率で俺とゼウスのじーさんはカワサキに捕まっているのだった……。

 

 

 

 

執務室の机の上に山積みの書類を見ながらワシは顎鬚を摩った。その書類の多くはここ数日の団員のステータスを写した羊皮紙の山なのだが、それをそのままギルドに提出する訳にはいかんので少し手を加えるのがここ数日のワシの仕事だった。

 

「予想以上に劇物だったな……」

 

滅んだ別世界の神の1人……事故でオラリオに落ちてきた亜人種、オラリオでは手に入らない天上の道具を数多持つ者――正直に言えばアルトが連れてきて、共に酒盛りをし、気の合う相手だったからゼウスファミリアで匿う事を決めた。丁度料理人が辞めたので渡りに舟程度に思っていたが……。

 

「見つけたのがアルトで良かったの」

 

これがロキ・フレイヤファミリアならばカワサキをモンスターとして討伐しようとしただろうし、闇派閥はカワサキが持っているミアハファミリアやディアンケヒトファミリアのポーションを遥かに上回るポーションを欲するだろうし、何よりもカワサキが持っている魔道具はオラリオには余りにも過ぎたものじゃった。

 

「魔剣に装備するだけで常に体力が回復する指輪……例を挙げたら切りが無いわッ」

 

クロッゾの魔剣よりも遥かに高性能な魔剣に、装備するだけでステータスが上がる装飾品に、巨大なアダマンタイト鉱石等など、それ1つでもオラリオに流出すれば大騒動になる代物ばかり。

 

「ザルドの件もあるしの……」

 

べヒーモスの呪いを解き、ザルドを健康体にしてくれた借りを返すのは容易な事ではないし、ワシの眷属達もカワサキの事を気に入っているのでここから追い出すわけにはいかん。それに何よりも……。

 

「尋常じゃないステイタスの伸びじゃな」

 

レベルアップしたものはいないが、レベルアップに匹敵するステイタスの伸びには驚かされる。しかもカワサキは格闘術に秀でているからそれを伝授された団員の近接格闘の技能までメキメキ上昇しておる。

 

「……とんでもない拾い物じゃったな」

 

本人が温厚だから良い物の、これが闇派閥に近い考えをしていたらと考えるだけで頭が痛くなってくる。カワサキの持っている魔道具の事、そしてカワサキ自身の卓越した対人戦闘技術を考えれば取り押さえるのはかなり難しい、下手をすればうちの団員の誰かが死んでもおかしくないほどの戦闘力があるのはワシも正直言って想定外だった。

 

「……ヘラに紹介……いや、しかしなあ」

 

ワシの妻のヘラのファミリアには神でさえも治せぬ病を抱えた者が2人いる。ヘラが手を尽くしているが、それでも病状を僅かに軽減するのがやっとであり、姉のアルフィアはまだ動けるが、妹のメーテリアにはもう時間が殆どないと言っても良い。そんな2人ももしかしたらカワサキならば救えるかもしれないが……。

 

「ううーむ」

 

だがワシとアルトが覗きをやっていた事は間違いなくヘラに知られている。その中でヘラに会いに行くのは恐ろしいが……治せるかもしれない相手がいるのにそれを隠していたとなれば間違いなくヘラは激怒するし、カワサキを許さないだろう。

 

「行くしかないか……」

 

黒龍討伐を控えている今、ワシのファミリアがカワサキによって強くなった。ならばヘラにもカワサキを紹介するのが道理だ。

 

「ゼウスの爺さん、昼飯持って来たぞー」

 

「おおすまんの、お、今日は又なんじゃ?」

 

「餡かけ野菜炒め、中に海鮮も入ってるから美味いぞ」

 

ほほう……海鮮? おかしいの、カワサキは市場とかに出かけられんし、海鮮なんてうちのファミリアには無かったと思うが……。

 

「誰か買ってきてくれたのか?」

 

「いや、俺のアイテムボックスから出した」

 

またか……カワサキの固有能力のアイテムボックスにはどれだけのアイテムが、いや、それはもうどうでもいいか。

 

「のう、カワサキよ」

 

「ん? 夜の晩酌のつまみか? ジャーキーを用意してるが?」

 

「それは良いの、じゃなくてッ!?」

 

「なんだ違うのか? じゃあ晩飯か? まだ仕込みの途中なんだが」

 

「それでもないッ!」

 

こいつ頭良いのか悪いのか分からん……いや、ちょっと天然が入ってるだけかもしれんがどっか抜けてる。

 

「なんだ? 酒か?」

 

「それも違う、ええい! 人の話を聞けッ! ワシの妻のファミリアに……なんじゃ、その目は」

 

ワシの妻と言うとカワサキが凄まじいジト目をワシに向けてきた。

 

「なんで妻がいるのに覗きをするんだ? 最低か?」

 

「うぐっ……いや、お主も男なら……「分からんな、というか覗きは犯罪だろうが」……ぐう……この堅物め」

 

どっか抜けてると思ったらこれか、男のロマンの分からんやつだと思いながらも話が逸れるのでその言葉をグッと飲み込む。

 

「ワシの妻のファミリアの団員が難病に罹っていての、余命幾ばくもないんじゃが……見てくれんかの?」

 

「なんでそう言う大事な事を言わないんだ? すぐ行こう、こういうのは急がないと不味い」

 

「待て待て! ワシの妻のファミリアは女限定でな、いまから出かけて行ってもどうせ門前払いされる。ワシが妻に連絡を取るから、それから一緒に来て欲しいんじゃ」

 

「分かった。アイテムだけは確認しておく、出来るだけ早くしてくれ」

 

そう言って出て行くカワサキを見送るが、やはりカワサキは底抜けの善人のようだ。詳しく事情も聞かずすぐに行こうという姿にワシのファミリアで匿う事は間違っていなかったと確信する。

 

「後はワシ次第じゃな」

 

ヘラに連絡を取るのは恐ろしいが、それでも黒龍討伐の成功率を上げる為にも連絡をしないわけには行かない。

 

『なんですか……貴方』

 

「ヘラ、ワシの所にな、ザルドの呪いを解いた奴がいるんじゃ、お主のところのアルフィアとメーテリアをその男に見てもらおうと思っておるんじゃ」

 

『……流石に嘘ではそんな事は言いませんね、分かりました。明日時間を取ります』

 

「すまんの」

 

『それとそれとは別で貴方には大事なお話がありますので、逃げないように』

 

「……はい」

 

アルフィアとメーテリアの話でうやむやに出来るかもしれないと思ったが、そこまで甘くないか……しっかりとワシに釘を刺すヘラに苦笑しながらカワサキが用意してくれた海鮮餡かけの野菜炒めを口にする。海鮮とは別の塩味がかなり強い気がしたが……ワシはそれを無理矢理気のせいだと思う事にし、やたらしょっぱい野菜炒めを口に運ぶのだった……。

 

メニュー5 薬膳スープ へ続く

 

 




今回はカワサキさんがいるゼウスファミリアの光景その1でした。胃袋を掴んだのでゼウスファミリアに馴染んでおります。後は鬼滅版であったようにトレーナーみたいな事をしつつ、日々を過ごしております。次回はヘラファミリア編ですが、こちらは独自解釈をたた含む事になりますが、こういう考えもあるんだな位に思っていただけると幸いです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー5 薬膳スープ

 

メニュー5 薬膳スープ

 

ゼウスの爺さんの妻がいるファミリアの庭に止まった馬車から俺は背伸びをしながら降りる。

 

「ゼウスの爺さん、悪い事はいわねぇ。生活態度を改めるべきだと思うぜ?」

 

俺がいるのもあるが窓から見えるヘラファミリアの団員から向けられる敵意は凄まじい。アルトと共に覗きを繰り返していたのが原因だろうが、少しは生活態度を改めるべきだと助言する。

 

「ゼウスの爺さん、大丈夫か?」

 

青い顔で震えているゼウスの爺さんはサムズアップをして引き攣った笑みを浮かべる。

 

「だだだ、だいだいだい」

 

「駄目そうだな」

 

噛んでる上にバイブレーションもかくやと震えるゼウスの爺さんに俺はやれやれと肩を竦める。

 

「不治の病 お前 治す OK?」

 

「単語だけで喋るなよ、まぁ良い。行こうぜ」

 

ザルドと同等なら治せるだろうと思い、震えているゼウスの爺さんを引き摺りヘラファミリアへと足を踏み入れようとした俺は足を止めた。凄まじい敵意と殺意にこれ以上踏み込めば攻撃されると理解して足を止めた。こういうタイプはよく知っている、自分のテリトリーに他人が入り込むのを嫌う上にテリトリーに踏み入ってからは100%話を聞かないタイプだ。

 

「何者だ」

 

「ザルドの治療をしたもんだ。ヘラとゼウスに言われて来た」

 

ザルドの治療をしたと聞いて黒いドレスの女――アルフィアは初めて目を開く、右目が翠、左が灰色のオッドアイが俺を睨みつける。

 

「帰れ」

 

「悪いな、ゼウスの爺様に世話になってる以上帰れん」

 

「帰れ、殺すぞ」

 

「だから言っただろ? 帰らねえよ。後お前には俺は殺せんよ」

 

「試してみるか? モンスター」

 

「お生憎、俺は亜人だ。一応は……うん、多分人間種に含まれる」

 

想像以上にバーサーカーのアルフィアと睨みあっているとゼウスの爺さんの顔色が青を通り越して土気色になりその震えを強くする。

 

「良く来ましたねゼウス」

 

ドレス姿に杖を持った妙齢の女性がファミリアの中から姿を見せる。

 

(なるほど、こいつがヘラ……)

 

色んな人間を見てきたが、これほどの覇気と威圧感、そしてカリスマを持つ相手はいなかったなと驚いているとフリーズしていたゼウスの爺さんが再起動した。

 

「め、メーテリアとアルフィアを治療できるかもしれない相手を連れて来たぞヘラよッ! だからこれで前の浮気の件は「許さん」ふぎゃあッ!!」

 

浮気の件を許してくれと言いかけたゼウスはヘラの振るった杖の先から伸びた鞭に弾かれ木箱の山の中に消えた。

 

「そこの、お前が治せると言うのか?」

 

「ザルドと同等なら治せる」

 

「……良いだろう。だがしくじればお前を殺す、良いな?」

 

アルフィアの比ではないプレッシャーが叩きつけられるが、俺はけろっとした表情をする。ここで不安や萎縮した素振りを見せると全てがご破算になると分かっているからあえて平然とする。

 

「アルフィア、メーテリアを呼んで来ておくれ」

 

「ヘラしかし……」

 

「嘘は言っていない、治せる算段があるのは本当だろう。ベヒーモスの呪いを解呪したのならばお前達の不治の病も治せるやもしれん」

 

「……スキルと混ざってるものが治せるとは思えないがな」

 

渋るアルフィアだったがヘラに繰り返し言われ、渋々と言う表情で頷いた。正し嫌味は最後まで言い、余計な手間を掛けさせてと瓦礫に埋もれているゼウスを睨みつけ、アルフィアはファミリアの中へ消えた。

 

「さて、お前……何処から来た?」

 

「さぁ? 俺が知りてえよ。気がついたらここにいた、それだけだ」

 

俺がこの世界の住人じゃないと一目で気付いたヘラにそう返事を返す。

 

「まぁ今はそう言う事にしておこう。だがしくじればお前の命はない、それを忘れぬ事だ」

 

そう言って歩き出すヘラの後を追って歩き出そうとし、足元に凄まじい斬撃の後に気付いた俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「こりゃとんでもない厄介事に首を突っ込んだな」

 

今まで生きてきた中で散々関わらなくて良い厄介事に首を突っ込んで来た俺だが、今回ばかりはとんでもない厄介事に首を突っ込んだと苦笑しながら俺はヘラファミリアの中へと足を踏み入れるのだった……。

 

 

 

 

あの人が連れてきたのはもうこの世界では絶滅したと思われていた亜人種だった。1000年近く生きている私でも見覚えのない種族のカワサキをメーテリアに会わせるとメーテリアはぽやっとした笑みを浮かべた。

 

「貴方がお医者様ですか? 随分と可愛らしい姿をしているのですね」

 

「メーテリア、お前はこれが可愛いのか?」

 

アルフィアが信じられないという顔をするが、私も同じ気持ちだ。メーテリアは穏やかで、どこか抜けてる部分があるが……。

 

(可愛い……か?)

 

「黄色くてふわふわしてそうですね、お姉様」

 

黄色く丸っこい姿をしているカワサキは愛嬌はあるが……声が低い事もあり、可愛いとは到底言えない姿をしている。

 

「う、ううーん?」

 

メーテリアの様子を見ていたカワサキが眉を細めるのを見て、手にしていた杖をその首筋に当てる。

 

「無理だと言うのか?」

 

「いや、無理じゃないと思う。でもこれ病気じゃねぇよ?」

 

「何? では何だ。呪いか?」

 

病気ではないと言われ、では何が私の愛する眷属達を蝕んでいるのかと問いかけ、カワサキから返された言葉に私は言葉を失った。

 

「モンスターだな。それも恐ろしく小さいモンスターの群生態、それが血管とかに張り付いて毒を流し込んでる。治療しても毒が流し込まれるから治らないんじゃなかろうか」

 

モンスターがアルフィアとメーテリアに寄生しているというカワサキに私は頭に血が昇るのを感じた。

 

「私でも感知出来ないモンスターがいると? ははは、面白い冗談だな」

 

カワサキに圧力を掛けるが、カワサキは私の圧力を受け流し膝を叩いて立ち上がった。

 

「嘘は言ってない、俺の見たてでは2人はモンスターに寄生されている。それが事実だ」

 

ここまで圧力を掛けても意見を変えないカワサキにメーテリアとアルフィアがモンスターに寄生されているのが事実だと受け入れざるを得なかった。

 

「だから治せないと?」

 

「治せないとは言ってないが……多分凄い負担が掛かるし、外に追い出せばそのモンスターが襲ってくる筈だ。治療が出来る相手とモンスターにトドメをさせる相手が必要だ」

 

「良いだろう、お前の言う通りにしよう」

 

首筋に当てていた杖を降ろし、私はカワサキの意見を聞き入れた。

 

「ヘラッ! こんな奴の言う事を信じるのか!?」

 

「治療出来ると言うのならばそれを試す事に何の問題がある? 今から治癒術師を連れて来る、その間に準備をしていろ。良いな?」

 

「分かった。すぐに準備をしよう」

 

モンスターを倒すのならば我がファミリアの団員で事足りる。癒し手は数が足りないので……あるファミリアの下へ向かった。

 

「ミアハ、ディアンケヒト。お前らの本望を叶えてやる。信用出来る団員を連れ、我がファミリアへ来い」

 

医療系ファミリアの主神であるミアハとディアンケヒトと、2人のファミリアの有能な癒し手が嫌がるのを無視し、無理矢理私のファミリアへと連れて帰るのだった……。

 

 

 

ザルドと同じ様な呪いだと考えていたのだが、アルフィアとメーテリアという双子の姉妹を蝕んでいたのはモンスターの毒だった。

 

(まぁ気付かないわな)

 

ユグドラシルでも存在したタイプのモンスターで、HPは1桁でステータスも貧弱。だが寄生した相手の体内で繁殖し、毒を撒き散らして弱体化させる厄介なモンスターだ。

 

(うーん……話を聞く限りでは、深層だったか? そこまで潜った冒険者が発症する可能性があるとすると……)

 

深層というのがどんな場所かは分からないが、この世界のモンスターは倒すと塵になると聞いているが、塵になってもモンスターの細胞は生きていて身体に付着してて……深層に生息している極小のモンスターが塵になったモンスターの細胞を取り込んで……。

 

(1回調べた方が良いかも知れないな)

 

不治の病と言われているが深層に潜った時に発症するとなれば、その原因は別にあるのではないか? と考えるべきだ。

 

「ん。良し」

 

椎茸の戻し汁で鶏腿肉と椎茸、薄切りにしたにんにくを中火で煮込み、灰汁を取り除きながらスープが白く濁るまで煮込む。

 

「酒、塩、クコの実、松の実、八角、胡桃、葡萄、長ネギ、刻んだしょうが……」

 

酒と塩で味を調えて、木の実や香味野菜を鍋の中にぶち込んで煮込んで味を馴染ませれば完成だ。

 

「のお、カワサキ。そんなスープで大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ、ゼウスの爺さん、大事なのはスープに付与する魔法だ。味も自信はあるが……味わう余裕があると良いなとしか言えん」

 

寄生モンスターを無理やり引き離すから相当な反動が予想される。とりあえずポーションなどは用意してるが……後はアルフィアとメーテリアの生命力に賭けるしかない。

 

「連れて来た。早速始めてくれ」

 

……なんか糸目のイケメンと頑固爺みたいのの後に数人の女性が驚いたような表情を浮かべてるが、まぁそれはそれ、これはこれという事で御椀に薬膳スープを注ぎ入れる。

 

「飲んだら多分めちゃくちゃ苦しむと思うけど、頑張ってくれ」

 

「……メーテリアが死んだら貴様を殺す」

 

「もうお姉様駄目ですよ? じゃあいただきます」

 

アルフィアとメーテリアがスープを1口口に含んだ瞬間。2人の手から皿が零れ落ち胸を押さえてその場に倒れこむ。

 

「がっあ……げほッ! げほごぼっ!!」

 

「げほげほッ!! うっ、げぼっ!!」

 

咳き込む度に2人の口から大量の血が吐き出される。どす黒い血の塊が2人の口から飛び出すように何度も何度も吐き出される。

 

「何をしているッ! 早く治療を施せッ!」

 

ヘラの言葉で呆然としている女性達がアルフィアとメーテリアへと駆け寄る。

 

「こ、これはどういうことなのですか!? ちゃんと説明を」

 

「ちゃんと説明をしろヘラッ! 何が起きている」

 

「深層の病をあの者が治すと私に啖呵を切った。お前達が躍起になって治そうとしている病だ、その治療の過程を見せてやろうというのだ。カワサキよ、アルフィアとメーテリアが死んだら」

 

「おう、俺を殺すが良いさ。2人が命を賭けているんだ、俺も命を賭けるのが道理だからな。どちらかが死んだら俺を殺すが良いさ」

 

出来る限りの事はした。生命力強化に自己回復力強化、スープには付与出来るだけの生命サポートを付与してる。後は治療術と、そしてアルフィアとメーテリアの生命力に掛かっている。俺に出来るのは2人がモンスターの抵抗に耐え、生き残る事を祈るだけだった……。

 

 

 

 

 

どす黒い血の固まりを吐き出し続けているアルフィアとメーテリアを見て儂は2人に料理を作っていた黄色いモンスターに詰め寄った。

 

「貴様ッ! 何をしたッ!! 毒か、毒を飲ませたのかッ!!」

 

定期的に2人を診察しているが、2人の生命力は最悪まで落ち込んでいる。儂のファミリアでも腕利きの治療術師達を連れてきて、ミアハが大量のポーションを持ち込んでいるが到底それで2人が持ち直すとは思えなかった。

 

「毒じゃない、お前達が深層の病と呼ぶ物の治療をしている」

 

「ふ、ふ……ふざけるなッ! あ、あれの! あれの何処が治療だッ!!」

 

医神を前にふざけた事を抜かすモンスターに向かって拳を振り被ると儂の腕をミアハが止めた。

 

「何をするッ! ミアハぁッ!!」

 

「落ち着け、デイアンケヒト、ヘラが動かない。このモンスターが2人に害を為しているのならばヘラが動く。ヘラが容認しているという事はこれは医療行為……なのだろう?」

 

ミアハが確認と言いたげに問いかけるがミアハの目にも強い怒りの色が宿っていた。

 

「医療行為……とは正直に言うと言えるか分からない、俺がしているのは2人に寄生しているモンスターを体外に吐き出すための処置だ」

 

「「は?」」

 

アルフィア達がモンスターに寄生されているというモンスターに一瞬呆けたが、一旦下がりかけた血が再び頭に昇るのを感じた。

 

「ふ、ふ……ふざけるなッ! 儂が何度も診察しているッ! 馬鹿にしているのかッ!!」

 

「流石にそれは聞き逃す事は出来ぬぞッ」

 

何度も何度も診察をした。だからこそモンスターが寄生しているなんて言う戯言を信じる訳には行かなかった。だが目の前のモンスターは儂とミアハの神威を受けても平然としていた。

 

「見てれば分かる。そろそろだ」

 

「何が……「■■■――ッ!!!」……ば、馬鹿……な」

 

儂の言葉を遮った金きり音に思わずそちらに視線を向けるとアルフィアとメーテリアが吐き出した血が集まり、中央に紅く輝く瞳を持つ血の身体をした蜘蛛のようなモンスターがヘラファミリアの広場に現れていた。女帝達がそのモンスターを討伐しようと動き出す中、儂とミアハはその場から一歩も動けなかった。

 

「……血を媒介にした……モンスター」

 

「薬……魔法……そうか、そういうことか……ッ」

 

どんな薬も魔法も効かないのではない、血を媒介にしたモンスターという事は全身それがモンスターの棲家になりえるということ、治療で一時的に病状を抑えたのではない、一時的にモンスターが死滅していたのだ。だが他の臓器、いや臓器だけではなく血管に潜んでいたモンスターが再び活動を再開し、病を活性化させる。それを繰り返していたから治療する事が出来なかったのだと悟った。

 

「福音」

 

そのモンスターの生態について考察をしているとアルフィアの声が響き、蜘蛛のようなモンスターの胴体に風穴が開いた。

 

「何をしてるんですか!? 動いたら駄目です」

 

「うる……さい……どけッ」

 

口から流れる血を腕で拭い、ジッとしているように促す眷属達を押しのけて震える足で立ち上がるアルフィアの瞳には燃えるような激しい怒りの炎が宿っていた。

 

「福音」

 

【■■■ッ!!!?】

 

「福音」

 

【■■■ッ!!!?】

 

何度も何度も魔法を唱え、蜘蛛の身体を穴だらけにし、アルフィアは震える右手を伸ばし指先を長年己を蝕んでいたモンスターへと向けた。

 

「炸響」

 

【■■■ッ!!!?】

 

その呟きと共に指を鳴らしたアルフィアの魔力が炸裂し、アルフィアとメーテリアを蝕み続けていたモンスターの群生態は耳障りな悲鳴をあげながら消し飛び、アルフィアはそれを見届けるとその場に崩れ落ちた。

 

「アルフィアとメーテリアを死なせるなッ! すぐに治療を行なえッ! カワサキ、ディアンケヒト、ミアハ。悪いが今は帰れ、女の治療の場だ」

 

鋭い視線で帰れというヘラには頷くしか無かった。そのかわりに縄で縛られているゼウスに視線を向ける。

 

「ゼウス、この男を少し借りても良いか? 話を聞きたい」

 

「私もだ」

 

「むーむーッ!!」

 

猿轡をされているので何を言ってるか分からないが、多分了承したのだろう。というかこれ以上この場に留まって処刑されたくないので早急に逃げるべきだ。

 

「さっきの無礼は詫びる、すまなかった。あのモンスターについて話を聞きたい」

 

「深層に踏み入った冒険者が発症する事が多い病であったから、対策が欲しかった所だ。詳しく話を聞かせてくれ」

 

「あーまぁ良いか、でも俺このなりだからさ、なんか馬車とか用意してくれるとありがたいんだが?」

 

確かにその通りだなと頷き、ヘラファミリアの外に停めてある馬車に視線を向ける。

 

「まずは儂の所で良いな?」

 

「……構わない、だが私も同行させてもらうぞ」

 

「構わん、良し行こう。お前の名は?」

 

「カワサキ、カワサキって呼んでくれ」

 

「よし、では行こうカワサキ」

 

深層の病を治す手掛かりを目の当たりにし、儂もミアハもじっとしていられず、団員をヘラファミリアに残しカワサキと共にその場を後にしようとするとヘラがカワサキを呼び止めた。

 

「ありがとう、カワサキ。私の眷属を助けてくれて」

 

初めて頭を下げるヘラにカワサキは手を振り、今度こそ儂達はヘラファミリアを後にするのだった……なお後日アルフィアとメーテリアの経過観察とヘラがお礼を言いたいというのでカワサキと共にヘラファミリアを訪れたのだが……。

 

「また浮気か、貴様」

 

「ひえッ!?」

 

「何故メーテリアの口からお前の名が出る? なぁ? アルト・クラネル。お前私の妹に手を出したな? 命で償う覚悟は出来ているだろうな?」

 

「「逃げるんだよォォオオオッ!!」」

 

儂よりも先にゼウスとアルトが粗相をしでかし大惨事が引き起こされるのを儂達は唖然とした表情で見つめているのだった……。

 

 

 

メニュー6 カワサキさん ヘラファミリアへ行く へ続く↓(誤字報告不可能部分)読み切り番では無かったディアンケヒトとミアハを多少絡めて見ました。読み切り版

 

 




読み切り番では無かったディアンケヒトとミアハを多少絡めて見ました。医食同源とかでミアハファミリアは看板娘と一緒に食堂をやればいいんじゃないのかとか考えてみた結果ですね。次回はちょっとほのぼので書いて見ようと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー6 カワサキさん ヘラファミリアへ行く

メニュー6 カワサキさん ヘラファミリアへ行く

 

アルフィアとメーテリアの経過観察は順調で少しずつ体力も回復し、顔色も良くなっているとミアハ達からも聞かされる度に思わず笑みが浮かんでしまうほどだ。

 

「良く来てくれましたね、カワサキ」

 

「おう、今日はちょっと差し入れでも作ろうかなって思ってな。キッチンを貸してくれて感謝するよ。ヘラ」

 

「その程度なら幾らでも使ってくれて構わない、アルフィアとメーテリアの礼だ。いや、その程度では礼とは言えないな、忘れてください」

 

アルフィアとメーテリアを救った対価がキッチンを貸すでは余りにも割に合わない。

 

「しかし本当に良いのですか? 望むなら望むだけの財宝とヴァリスを用意しますよ?」

 

「いらんいらん、料理人が財宝で着飾ってどうするよ? それに金も食材を買うだけあればいい、過ぎたる財は身を滅ぼすってな」

 

からからと笑いながらカワサキは私が用意した紅茶を口にする。

 

「堅実な男ですね、貴方は」

 

「人間真面目が一番だろ? まぁ俺は見た目は人間じゃないけどな」

 

はっはっはと快活に笑ったカワサキはそうだそうだと言って首から下げていた鞄を開いて羊皮紙の束を取り出した。

 

「これゼウスの爺さんから、黒龍だっけか? その討伐の為の案と、それを実行してるゼウスファミリアの団員のステイタスのコピーな」

 

「拝見しよう」

 

差し出された羊皮紙の束にさっと目を通し、2枚目からは食い入るように目を通す。

 

(ステイタスが……こんなに、レベルアップも無しに……)

 

ゼウスファミリアの団員全体、特にマキシムとザルドの伸びが凄まじい、それこそレベル9に到達しそうなほどだ。

 

「貴方の料理はこんな事も出来るのですか」

 

「むしろそっちが本来の使い方。治療とかは副産物だな、んで、どうする? 俺に滞在許可くれるか? 女所帯にいるのはまぁ俺もあれだと思うが……必要なことなんだろ?」

 

3大クエストの最後の1つ黒龍討伐には不安があった、アルフィアが健康体になったとは言え衰弱した身体を元に戻すには時間が掛かる。あの人のファミリアと協力するとしても打点が足りないかもしれないという不安がある。だがカワサキの料理でステイタスが上昇しやすくなる効果を付与できるならば、黒龍討伐までの時間で少しでも団員の能力の底上げが望める。

 

「離れを用意する。そこで過ごして貰えるだろうか?」

 

「まぁ妥当な所だろうな。じゃ、これ土産」

 

カワサキが虚空に手を突っ込み、そこから何かを取り出して机の上に並べる。

 

「こ、これは……アダマンタイトにオリハルコン……? これをどこで」

 

「仲間と集めたもんだ、とは言え俺に使い道はないし、これで武器でもこさえてくれ」

 

「……人が良すぎるとか言われませんか?」

 

「……実はよく言われる」

 

何の対価も求めずに気前よく自分の所持品を提供するカワサキが少し心配になるのだった……。

 

 

 

女所帯のヘラファミリアに滞在しながら料理を作り、ヘラファミリアの団員のステイタスの底上げを頼むとゼウスの爺さんに頼まれ、ヘラの許可を得てヘラファミリアの厨房に立ったが……。

 

(設備が断然充実してるな)

 

男の割合が多いゼウスファミリアと比べるのは間違っていると分かっているが、パスタマシンやオーブンに、圧力鍋のような物もあり、キッチンも非常に綺麗だ。

 

「えっとカワサキでしたよね? 使い方は分かりますか?」

 

「ああ、大丈夫使えるよ。それより悪いな、厨房をのっとるみたいになって」

 

「い、いえ、ヘラ様の指示ですから、それに」

 

「それに?」

 

「良い手をしているので」

 

「それをいうならあんたも良い手をしてるよ。料理に命を賭けた人間の手をしてる」

 

料理人の手を見ればどれだけ己を磨いてきたか良く分かる。ヘラファミリアの料理長の手は紛れもなく1流の料理人の手をしていた。

 

「それで何を作るんですか?」

 

「いや、俺はお洒落な料理とかは知らんからまぁ時間的にすぐ作れるので行こうと思う」

 

俺がそう言うと明らかに日系にしか思えない雫は一瞬考える素振りを見せる。

 

「牛乳と生クリームの在庫たっぷりありますよ?」

 

「そいつは良いな、チーズは?」

 

「勿論、小麦粉もありますよ」

 

「OKOK、ソースはこっちでやるからパスタを頼めるか?」

 

「任されました」

 

訂正しよう、雫は超一流の料理人だ。互いに初見でここまで息を合せられるのはそれだけ膨大な料理の知識があるからだ、1を聞いて10を知る……良い料理人だ。

 

(まずはほうれん草としめじ)

 

ほうれん草を沸騰した鍋の中にいれ茹でている間にしめじの石突を取り手で解す。

 

「氷水用意しておきました、サーモンは1口大で準備しますね」

 

「助かる」

 

雫が用意してくれた氷水の桶の中に茹で上がったほうれん草を入れて熱を取り除いてすぐに取り出し3cm幅に切る。

 

「オリーブオイルは上から2つ、右から3つ目、塩・胡椒類はその下です」

 

「ん、OK」

 

自分で料理をしながらも俺が何を探しているのかを理解し、教えてくれる雫に礼を言ってフライパンを取りオリーブオイル、バターを入れて加熱し、バターが溶けたらサーモンを加える。

 

(隠し味っと)

 

アイテムボックスから取り出したスライスしたスモークサーモンをフライパンの中に入れる。スモークサーモンの塩味はかなり濃いので、サーモンの脂とあわせてグッと味に深みが出る。

 

(良し、良い具合っと)

 

サーモンに焼き色がついたらほうれん草としめじを加え、オリーブオイル、バター、サーモンの脂とよく絡め全体が馴染んだら薄力粉を加える。

 

「コンソメの顆粒ってあるのか?」

 

「ありますよ、そこの赤い壷です」

 

言われた壷を開けると確かに顆粒のコンソメがあった。街並みは中世なのに、コンソメの顆粒があるのはありがたいなと思いながら具材に薄力粉が良く絡んだところで牛乳、生クリーム、パスタの茹で水、コンソメ顆粒、味を調えるため塩を加えて全体を馴染ませる。

 

「もうすぐパスタあがりますよ」

 

「分かった。この後は軽くサンドイッチで良いか?」

 

「そうですね、そこにサラダなども付けましょうか?」

 

「OK、それで行こう」

 

ほうれん草としめじとサーモンのクリームパスタとサンドイッチとサラダ。結構バランスのいい組み合わせになったんじゃないのか? と思いながら雫が茹でてくれたパスタを受け取り、完成したクリームソースを絡め、トングでパスタの盛り付け作業を始めるのだった。

 

 

 

 

身体に寄生していたモンスターを排除するのに相当苦しみはしたが、私もメーテリアも経過は順調だ。

 

「気分はどうだ、メーテリア」

 

「凄くいいですよ、お姉様」

 

「そうか、そうか、それは良かった」

 

まだ倦怠感などは残っているが発作は無くなり、少しずつだが身体が健康になっているのを感じていた。特にメーテリアはそれが顕著で、前までは殆ど寝たきりだったのが、今では体調次第ではあるが散歩も出来るまで回復している。

 

「カワサキに感謝しないとな」

 

「そうですね、あの可愛い人に感謝しないと駄目ですね」

 

「……何度も聞くがメーテリアよ。カワサキは可愛いのか?」

 

「可愛いじゃないですか、黄色くてふわふわしてそうで」

 

我が妹ながらその独特な感性にそうかと返事を返すのがやっとの私は昼食の為にメーテリアと共に食堂へ足を踏み入れたのだがそこでは信じられない光景が私を待っていた。

 

「昼はこれしかないけど、夜はちゃんと作るからな」

 

「は、はい。ありがとうございます?」

 

カワサキがなぜか厨房にいて、雫と共に料理をしていた。一瞬目の前の光景が理解出来ず思わず目を擦るが、カワサキの姿は厨房の中にあるままだった。

 

「美味い、ワインが欲しいな」

 

「了解。白、赤?」

 

「白だ」

 

女帝が普通にカワサキにオーダーをしているのを見て、軽い頭痛を覚える。

 

「こんにちわ。可愛い人」

 

「……その可愛い人って止めないか?」

 

「ふふ、そうですか? 私は愛くるしいと思うのですが……お姉様はどう思います?」

 

話を振られるが、到底可愛いとは返事を返せず無言でカワサキの前に立った。

 

「なんかお前の妹感性が独特だな」

 

「お前もそう思うか? それよりも何故お前がいる?」

 

「ゼウスの爺さんからの指示でな、まあなんかいるなくらいで流してくれればいい」

 

これだけ存在感のあるカワサキを流せるかと思うが、ヘラが決めたのならば何か考えがあるのだろうと思い分かったと返事を返す。

 

「ほうれん草としめじとサーモンのクリームパスタとサンドイッチ、それとサラダ。パスタは粉チーズと黒胡椒を好みで振って食べてくれ」

 

トレーに乗せられた料理をメーテリアの分も受け取り、空いている机の上へ乗せる。

 

「食べようか、メーテリア」

 

「そうですね、前はゆっくり味わえませんでしたし、今度はしっかり食べたいですね」

 

にこにこと笑うメーテリアにそうだなと返事を返し、机の上のフォークを手に取りパスタ皿に向ける。

 

「いただきますは?」

 

「は?」

 

「いただきますはどうした?」

 

「い、いただきます」

 

何時の間にか厨房を出ていただきますはどうした? というカワサキの異様な圧力に負けていただきますと言うとカワサキは現れた時と同じ様に何時の間にか厨房の中へ消えていた。

 

(よく判らんやつだ)

 

善人(?)ではあるだろうがどうにも掴み所のない奴だ。それに底が知れないというのも中々面倒な所だ。

 

「お姉様は粉チーズと黒胡椒ですか?」

 

「ん、ああ。貰おう」

 

メーテリアから粉チーズと黒胡椒の入れ物を受け取り、パスタに振りかけてから改めてパスタをフォークで巻き取り口へと運んだ。

 

「ほう……うん、これは」

 

「美味しいですね」

 

メーテリアが素直に美味しいと言いながら微笑む。確かにこのパスタ……いや、クリームソースはかなり美味い。

 

「味がかなり濃い……のだろうか?」

 

「多分そうだと思いますよ、それにサーモンも2つ入っていますよ?」

 

メーテリアに言われて皿を覗き込むと確かに1口大の物とスライスした物の2種類のサーモンが入っていた。

 

「スモークサーモンか……贅沢な事だな」

 

「本当ですねー」

 

スモークサーモンは割りと作るのが面倒だったと記憶しているが、それをソースの中に入れるとは贅沢な事だ。それに味の濃いしめじも入っていてソースの旨みは信じられないほどに濃厚だ。

 

(……だがそれだけではないような)

 

スモークサーモンだけじゃない、濃厚な旨みがあるのは分かるのだが……それがなにかはまるで分からない。

 

「ん、サンドイッチも悪くない」

 

「ふふ、素直に美味しいと仰られたらいいのに」

 

メーテリアはそうは言うが、食堂の中には私と同じ様に複雑な表情を浮かべてるものが大勢いる。人間とは思えない姿をしているが、一応カワサキは男である。冒険者ではあるが、それ以前に女である。料理の腕前で男に負けるのは些か複雑な気分であった。

 

(ヘラに言われた言葉の意味が分かったな)

 

料理を覚えろ、裁縫を、掃除を、子守を覚えろとあれやこれやと口うるさくヘラに言われて来たが、正直無視していた。私は冒険者なのだからと強さを求めて来たのが間違いだとは思ってない……だが。

 

(あれに負けたのか?)

 

雫はまだいい、料理番であり同性だから料理の腕前で負けても何とも思わないのだが……あの短い手足で到底料理など出来ると思えない奇妙な生物に負けたのは少し、いや大分ショックだった。

 

(男に負けてるのか……いや、美味いんだが……腑に落ちん)

 

ザルドの奴も料理の腕前は良いが、多分いや、確実にカワサキはザルドより上だろう。あいつは悪食のスキルで色々と物を食い、美味いものを喰おうとして料理を覚えたと聞いているのでスキルの制御の為と思っていたから全然悔しいとは思わないが、カワサキに負けるのは少し思うところがあった。

 

(美味い、美味いんだがなあ)

 

濃厚なクリームソースに良く絡むモチモチのパスタ。シャキシャキとしたレタスとハムとチーズのサンドイッチも単純ながら美味い、それにサラダは上に掛けられている白いソースがまた絶品だ。

 

「美味しいですね、お姉様」

 

「あ、ああ、そうだな。美味いな」

 

なんというか女としての自信を根こそぎ圧し折られた気分だが……メーテリアの幸せそうな笑みと美味い料理に罪はない。パスタを巻きつけたフォークを口へ運び、私は小さく美味いと呟くのだった……。

 

 

メニュー7 カワサキさんのヘラファミリアの日々 へ続く

 

 




メーテリアさんは多分天然と思うので今作では天然系でお送りします。ヘラファミリアは女所帯なので、男か良く分からないのに料理で負けたらメンタル的なダメージはあるんじゃないかなと流石のアルフィアさんも少しはダメージを受けるだろうと思い、こういう話構成にしたのでご了承願います。次回はヘラファミリアな日々と言う事で女帝とかと絡めてみたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー7 カワサキさんのヘラファミリアの日々

メニュー7 カワサキさんのヘラファミリアの日々

 

アルフィアとメーテリアの病、いや2人の身体に寄生していたモンスターを取り除いたもう絶滅したと思われていた亜人種の男……カワサキがヘラファミリアにいるようになってから様々な変化があった。まず大きいのはレベルアップをしなくともレベルアップと同様のステイタスの上昇だ。料理でステイタスを伸びやすくすると聞いたときは何の冗談か? と思った物の事実ステータスは確実に伸びている。

 

(しかも必要なステイタスだけをピンポイントでな)

 

力・耐久・敏速・魔力・器用さ……剣を扱う者ならば力と器用さを、魔法を扱う者ならば魔力と敏速をと言った風にそのものに必要なステイタスが上がりやすいような料理を作るというのは些か驚かされた。

 

(鬼札そのものよな)

 

カワサキがいればオラリオの冒険者の常識は全て覆される。反則スレスレの文字通りのジョーカー、それがカワサキという男だった。だが私には1つ不満があったので、食事の時間では無いが食堂へ足を運んでいた。

 

「カワサキよ。少々お前に物申したい事があって来た」

 

「あん? あー……セラスだったけか?」

 

オラリオではその冒険者の2つ名で呼ぶのが一般的だが、カワサキはそんな事は知らんと言わんばかりに名で呼ぶ。オラリオで長い月日を過ごしたが、団員とヘラ以外に女帝という2つ名ではなく、名を呼ばれたのは久しぶりだなと思う。

 

「そうだ。カワサキよ、お前の食事は確かに美味い。それは間違いない、だが私はそこに不満がある」

 

料理長の雫より腕が良いのは認める。野菜や適度な甘味のバランスもよく、彩りも考えられた食事と言うのは確かに女性向けで考えられたものだ。最初は面白いと思ったが、段々これじゃないというのを感じ始めていた。

 

「不満……それは良くないな、何が良くない? 今日はまだ仕込みの前だ。何が良くないのか教えてくれ」

 

「うむ、では言わせて貰おう。見目も野菜の組み合わせも実にいい、だが物足りん。もっとこう……あれだ。でかいものはないのか?」

 

小皿に盛り付けられ、様々な料理があるのはいい。色々と食べれるし、味が変わって面白い。だが……正直に言って物足りないのだ。

 

「あー……それはつまりあれか? ボリュームのある物が良いと?」

 

「端的に言えばそうだ。確かに色々とあるのは良い、だがこうもっとこうあれだ、分かるだろう?」

 

上手く言えないが物足りないのだ。確かに美味い、腹も膨れる。だがこれじゃないというのがどうしても付き纏うのだと言うとカワサキは頷いてくれた。

 

「分かった。今日の昼は普段と違うものを準備しよう。お気に召すかは分からんが」

 

「楽しみにしている。ちなみに赤と白、どっちに合う?」

 

「間違いなく赤。それも上質な赤に合うと約束しよう」

 

「期待している」

 

赤に合うと言う事は肉料理か……一体どんな物がでるのか楽しみにしながら私は食堂を後にし、少しばかりの自主鍛錬と解れた服などを縫い直していると昼食の時間を知らせる鐘が鳴る。

 

「さて、どんな物が出来たかな?」

 

部屋に備え付けてあるワインセラーから2本のワインを抜き取り食堂に向かった私を待っていたのは想像もしていない料理だった。

 

「これ……は?」

 

「牛ロースの塊に豚ロースの薄切りを巻いた物、それとアスパラガスを牛ロース肉で巻いた物と、シーザーサラダとコーンスープだ」

 

肉に肉を巻くとか馬鹿なのか? と言う言葉が喉元まで込み上げてくるが私が余計な事を言ったからかもしれないと思い、その言葉をグッと飲み込んだ。

 

「肉が美味いんだから肉を巻いたらもっと美味いだろ?」

 

「馬鹿なのか?」

 

「失礼だな、ちゃんとある料理だよ。まぁまずは食べてみてくれ、味は保障する。ああ、後その緑のは刺激が強いから少量付けるだけにしないと地獄を見るからな」

 

確かに食べもせずにあれやこれやと言うのは失礼だなと思い、差し出された皿を手に空いてる席に腰掛ける。

 

「いただきます」

 

乗せられていた2つの小皿の1つ、黒いソースが入ってるほうを持ち上げて香りを嗅いで見る。

 

「馴染みのない香りね?」

 

香ばしいとでも言うのだろうか? 独特の香りがするそのソースを切り分けられている肉を巻いた肉の上に掛け、さらに小さく切り分けて口へと運ぶ。

 

「……美味しい」

 

肉を肉で巻いた一見馬鹿な料理なのだが、驚くほどに丁寧に作られているのがその一口で分かった。巻かれている肉はカリっとするまで焼かれていて食感と香りを、中の肉は程よいレアで肉本来の味と血の味で舌を楽しませてくれる。

 

「……うん、確かに良く合う」

 

上質な肉には上質なワインが良く合う。それにこの肉を調理する段階で赤ワインを使っているのか赤ワイン自体との相性が抜群にいい。それでいて肉の塊を丸まる1つ使っているのでボリュームもバッチリだ。

 

「やはりこうじゃないと駄目ね」

 

洒落た料理も悪くは無いが、私達はやはり冒険者なのだ。身体が資本なのは言うまでも無く質もそうだが、やはりまずは量を食べて身体を作る事が必要不可欠だ。私の考えだが、洒落た料理は偶の休みくらいで丁度良いと思っている。

 

「面白い料理だ」

 

肉を肉で巻くことで脂を中に閉じ込め旨みを凝縮させている。だが外に巻いてる肉がバラ肉などではきっと脂でくどくなってしまうだろう……脂が少なく、食感と旨みがいいロース肉が最適、そしてソースを付けて食べる事が前提であるのは言うまでもないが……塩、恐らく少量の岩塩と黒胡椒で下味を付けているのでソースを付けなくても深みのある肉の味を楽しむ事が出来る。

 

「この緑か……なにかのペーストのようですが……」

 

刺激が強いといっていたので少量をソースに溶かして肉に付けて頬張り……。

 

「ッ! な、なるほど確かに刺激が強いですね」

 

ツンッとした刺激が鼻に抜け、少し涙が出た。だがその刺激は悪くない、それに……。

 

「肉の味わいがぐっと深くなりましたね」

 

ソースの段階でも十分に肉の味を楽しむ事が出来ていたのだが、この緑のをつけると脂が抑えられて肉の味を存分に楽しむ事が出来る。それに口の中もさっぱりとする。

 

「……言ってみるものですね」

 

赤ワインを楽しみながらカワサキに直接物申して正解だったと思いながら緑のソースを付けて頬張り。少し付けすぎたのか、鼻に抜ける刺激に悶えそうになるのを気合で押さえ、誤魔化すように赤ワインを口にするのだった……。

 

 

 

 

私とお姉様を蝕んでいた病を治してくれた可愛い人の所に私はこっそりと1人でやって来ていた。

 

「こんにちわ、可愛い人」

 

「……何回も言うが、その可愛い人って止めないか?」

 

「ふふ、嫌です」

 

こんなにふわふわしてそうで黄色い身体をしているのだから可愛い以外なんと言えば良いのですか? と言うと可愛い人は疲れた様子で溜息を吐いた。

 

「なんか用かい?」

 

「はい、用がありますので参りました。可愛い人はお菓子などは作れますか?」

 

お菓子を作れるか? と尋ねると可愛い人はうーんっと首をかしげた。

 

「作れないのですか?」

 

あれだけ料理を作れるのだからお菓子も作れると思っていたのに……。

 

「いや作れるは作れるぞ? うん、一応作れる」

 

「一応……ですか?」

 

はきはきと物を言う可愛い人にしては歯切れが悪いと思いながら尋ね返すと雫が顔を出した。

 

「カワサキさんはお菓子は作れるそうですが専門ではないので、余り自信が無いそうなんですよ。まかないで作ってくれましたが普通に美味しかったですけどね」

 

「雫は食べたんですか? その時は何を?」

 

「ああ、古くなったパンがあったからそれを揚げパンみたいにして中にカスタードと生クリームを詰めた簡単なもんだよ」

 

「まぁ、それは美味しそうですね。今度私とお姉様にも作っていただけますか?」

 

専門ではないと言いながらもそれだけ作れれば十分だと思うのです。

 

「専門じゃねえんだけどなあ……まぁ作ってくれと言われれば作るさ、一応一通りは作れるし」

 

「一通り……ケーキなども?」

 

「まぁ作れる。ただ飾りつけとかは雑いぜ? そういう美的センスはあんまりねぇもんでね」

 

「全然構いませんわ。今度是非作ってくださいね」

 

やっぱり可愛い人は可愛いと思う。お姉様や団員の皆はうーんと首を傾げますが、私はとても可愛い人だと思うのです。

 

「メーテリア、こんな所にいたのか」

 

「お姉様、はい、可愛い人と雫と少し話をしていたのです」

 

「カワサキと雫と?」

 

「ええ、とても楽しいお話でしたよ。可愛い人はケーキまで作れるそうなんです」

 

私がそう言うとお姉様は少し驚いた様子で可愛い人に視線を向けた。

 

「器用なんだな」

 

「作れるだけだ。本職には劣る。あとメーテリア、あんまり言いふらすなよ? ハードルが上がって敵わん」

 

「ふふ、分かりました。楽しみにしていますね」

 

ケーキが作れると知られるのを恥ずかしがっているのを見て、やっぱり可愛い人だと私は思った。

 

 

「ねえ、お姉様。なんで……先に食べちゃったんですか?」

 

「……すまない」

 

「すまないんじゃないんですよ、すまないじゃ……ッ」

 

後日可愛い人がお姉様にケーキを預けたと聞いてルンルン気分でお姉様の所に行けば、机の上には空のお皿としまったと言う顔をしているお姉様を見て私は激怒する事になるのだが……その時の話はまた今度語ろうと思います。

 

 

 

 

 

机の上に並べられた料理の1つを頬張り、私は配膳してきたカワサキに視線を向けた。

 

「自信が無いと言っていたが、素晴しい腕前だな。カワサキよ」

 

「いや、本当に自信はないって、大慌てでレシピを調べたんだぜ?」

 

「ふふふ、それは悪かったな」

 

カワサキに故郷であるギリシャ料理を作ってくれと頼んだのは朝食のすぐ後だったから、カワサキも相当焦って作ったのか、その顔には疲れの色が見える。

 

「久しぶりに食べたかったのだ。なんせ私が行くと店は閉まるからな」

 

「……そりゃまたなんとも言えんな」

 

私は自分で言うのはなんだが気性が激しい方だ。だからこそ私が訪れると怖がる者が多いのは悲しいが仕方のないことだ。とは言えあの人が私という妻がいるのに他の女に粉を掛けたりするほうが悪いと言わせて貰いたい物だ。

 

「良い羊の肉だ、これは私のファミリアの物か?」

 

「いや、違う。ゼウスの爺さんに俺の持ってる食材を出したんだ。あんたにも出すのが道理だろ?」

 

「ふっふ、そうかそうか……この黄金の蜂蜜酒にしても、そうだが……お前の持ってる道具はどれも面白いな」

 

トマトソースで煮込んだラム肉をオリーブオイルで揚げたじゃがいもと茄子で交互に挟み、ベシャメルソースとチーズを掛けて焼いたギリシャの伝統的家庭料理ムサカだが、使われている食材はどれもオラリオでは流通していないものばかりだ。

 

「アテナの小娘の作っているオリーブか、そんな物まであるのか?」

 

「稀少品だけどな。毎回酷い奪い合いだったもんさ」

 

「それはそうだろうな」

 

あの戦乙女と言われるアテナが大事に育てているオリーブだ。魔法の触媒や魔法薬の材料にすればどれだけの効能がでるか、ざっと考えただけでも桁違いの効果を持つ魔法薬が作れるのは間違いない。

 

「落とすなよ? オラリオで争乱が起きる」

 

「分かってる。ゼウスの爺さんとあんたには世話になってる。だから出したんだ、普通じゃださねえよ」

 

「それが良かろう。これは人には余りにも強すぎる」

 

ドルマを口に運び、身体に満ちる活力の凄まじさに笑みを浮かべながらカワサキにそう警告する。ドルマは葡萄の葉っぱに炒めた挽肉と野菜、そして米を包んで作る料理だ。決して派手ではない、そして美食という訳でもない。だがそれだからこそ美味いと思う、愛郷を感じさせる味だ。

 

「だろうなあ、でも必要なら使うぜ?」

 

「その判断はお前に任せる。ところでこのドルマに使ってる肉は何だ?」

 

「レイジングブルって言う牛の肉だ、俺達の所では最高級の肉だ」

 

「なるほど道理で」

 

脂もそうだが、恐ろしいほどに肉の味が濃い、そしてその肉を包んでいる葡萄の葉っぱも恐らくはカワサキの世界の代物だろう。

 

(あの馬鹿が感極まりそうだ)

 

私が唯一尊敬すると言っても良いヘスティアが自らの神席を譲ってやったと言うのに、馬鹿な事をしているディオニュソスの奴を思い出す。狂乱を司るが故に狂っているあいつを見てられないと言ったヘスティアの善性は認めるが、それは今でも私は間違いだと思っている。

 

「何か気になることでも?」

 

「いや、今は良い。今はやらねばならぬ事が多すぎるからな」

 

あいつは何れ牙を剥く、その前に処理してしまいたいが……それも思うようには恐らくは行かない。あいつは自分自身に暗示を掛けているからだ。

 

(疑わしきは罰せよとはいかんな)

 

あいつの本質は悪神、だが暗示によって善神になってる今は処分は出来ないのだ。だが私には確信がある、あいつは何れオラリオに大きな被害を加えるという確信があった。そんな事を考えながら大皿に盛られている揚げられた烏賊を頬張り、私は少し驚いて目を開いた。

 

「ん、これはギリシャヨーグルトを使っているのか?」

 

「下味が大事だからなカラマラキア・ティガニタはな」

 

「その通り、しかしこれほどの味はそうはないだろう」

 

小さな烏賊の唐揚げ――カラマラキア・ティガニタは下味がすべてだ。小麦粉を塗した烏賊を揚げる、作り方としてはそれだけだが食材の良し悪し、下味、オリーブオイルの鮮度が全てを分ける料理と言っても過言ではない。

 

「蜂蜜酒の追加は?」

 

「貰おう。しかし給仕の心得もあるのだな?」

 

料理だけではなく、給仕としての心得もあるのか完璧な立ち回りをするカワサキにそう問いかける。

 

「修行時代の事ですよ。女神ヘラ」

 

「……それは止めろ、お前には似合わん」

 

「だろうよ、給仕は出来ても俺には向いてないさ」

 

敬語で一礼するカワサキの姿には思わず鳥肌が立った、似合ってないにも程がある。

 

「しかし本当に良い腕だ。お前が女なら我がファミリアに入れと言っていた」

 

作るのが難しいエッグレモンスープも完璧に、しかも本職以上に仕上げているカワサキが女なら間違いなく私のファミリアに入れと言っていたと思う。

 

「それはごめんだな、ここにアインズ・ウール・ゴウンがなくても、俺はアインズ・ウール・ゴウンの一員なんでな。別の組織に入ることは出来ねえよ」

 

「義理堅い男だ。だが悪くない」

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

不敵とも言えるその態度は絶対とも言える己の料理の腕への自信。鍛えられた技術に基づいたその不敵な態度は悪くない。

 

「ファミリアに転移の魔法陣だったか? それを配置するのを許可しよう」

 

「悪いな、無理を言って」

 

「構いませんよ。あの人も戻して欲しいと言ってますし。でも1日置きですよ?」

 

転移の魔法陣があればあの人のファミリアと私のファミリアを行き来出来る。先にあの人が保護したのだからあの人の所にいるのが道理と分かってはいるんですが……どこかもったいない事をした気持ちになり、それを誤魔化すように黄金の蜂蜜酒を煽るのだった。

 

「え。ゼウスファミリアに帰ったんですか……」

 

「そんな、お弁当……」

 

ただカワサキがゼウスファミリアに帰ったと知り、眷属達が元気を失ってしまい、私は慌てて1日置きに来ると説明するのだった……。

 

 

メニュー8 鉄板焼き へ続く

 

 




と言う訳でガッチリヘラファミリアの胃袋も掴んでゼウスファミリアへと一時戻ったカワサキさんでした。そしてヘラファミリアにいるときはゼウスファミリアが、ゼウスファミリアにいる時はヘラファミリアが元気を失う事になりますが、胃袋を掴んだカワサキさんの勝ちと言う事で(笑)次回はゼウスファミリア再び、この後は一旦幕話で黒龍討伐を見送るという感じで話を進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー8 鉄板焼き

 

メニュー8 鉄板焼き

 

ゼウスファミリアの修練場のど真ん中に石を積み上げて作った即席の竈とその上に鉄板を設置するカワサキ。ヘラファミリアから帰ってきてすぐカワサキは修練場の改造を始め、あっという間に机や椅子、座る用のシートを準備してしまった。

 

「しかし随分と家の野郎共の扱いが上手いな?」

 

「腹ペコ男子の扱いは慣れてるんだよ。ああいう連中は美味いものがあると分かれば素直にいう事を聞くもんさ」

 

にやりと笑うカワサキにそういうもんかねぇと思いながら運んできた薪をカワサキの近くに積み上げ、俺はさっきのやり取りを思いだしていた。

 

「久しぶりに戻って来た訳だが、さっそく今日の昼はガッツリと飯を作りたいと思う」

 

「「「「おおおーッ!!!」」」

 

カワサキの言葉に男共が歓声を上げ、僅かにいる女性団員やサポーターも楽しみと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「だが俺は買出しに行けないのでお前達にお使いを頼みたい」

 

「「「え?」」」

 

買出しに行けと言われて団員は嫌そうな表情を浮かべ、俺はカワサキを止める為にカワサキへと手を伸ばした。団員に使いを頼めば高確率で頼んだ物は無く、あるのは酒とその団員が好きな食材のみ、それ以来俺は勿論、サポーターも、料理長も使いを頼む事は無かったのだが、それを知らないカワサキに不味いと思ったのだ。

 

「買ってくる物は肉。牛でも、豚でも、鶏でも、なんでもいい、とにかく肉だ。買ってきた肉で料理をするから肉を買ってこないと食うものが減るからな」

 

カワサキの言葉に団員達の動きが止まり、それぞれが自分の隣にいる奴を見つめている。その視線を見れば、余計な事をするなよと物語っているのがよく分かる。

 

「酒はこっちで用意する。ゼウスの爺さんもヘラも女帝のセラスだったっけか? それも美味いと言った酒を出すから余計な物は買わないように、分かったな。分かったら挙手して」

 

カワサキがそう言うと団員達の手が真っ直ぐに天へと伸びた。指先までピンッと真っ直ぐに伸びた手に思わず頭痛を覚える。

 

「頭が痛いな」

 

「そうだな。我が団員ながら単純馬鹿すぎて困る」

 

昨今の子供より単純すぎて頭が痛い……団長と共に思わず額に手を当ててしまうのも仕方ないだろう。

 

「よーし、じゃあしっかりお使いを頼んだぞー」

 

子供のように返事を返して出て行く団員達とそんな団員達に手を振るカワサキを俺は呆然とした表情で見ていたのを思い出し、思わず苦笑する。

 

「あれもだめ、これも駄目って言うと余計に反発するもんさ。先に欲しがるであろう物が準備してあれば余計な物も買わないだろうしな」

 

「扱いに慣れすぎだろう? 子供でもいたのか?」

 

デリケートな部分だとは分かっているが、余りにも手馴れてるように思えてそう尋ねるとカワサキは鉄板の準備をしながら俺の質問に答えてくれた。

 

「俺が仲間に会うまで住んでた場所はそれは酷い所でな。金持ちと権力者のみが人権を許されるようなそんな場所だった、そんな所だとな。飯も食えずにやさぐれて、人を殺して糧を得ようとするガキがいくらでもいるんだよ」

 

「それは……辛いな」

 

ダイダロス通りに孤児が多くいるのは知っているが、カワサキの語る話はダイダロス通りとは比べ物にならない地獄だったのが分かる。

 

「そんなガキ共を相手に飯を振舞ってやってたのさ、腹が空けば気が滅入る。ひもじければ眠れない。些細な事で腹が立つ、生きる為には飯を食え……だ」

 

「良い言葉だな」

 

「俺の信条さ、腹が減るのはどんな奴だって一緒だ。だから俺は腹が減ってる奴を区別しない、差別しない、腹が減ってるなら腹一杯食わしてやるのさ、それよりザルドこいつに下味を付けるの手伝ってくれよ」

 

カワサキはそう言うと虚空から肉の塊を引きずり出した。

 

「それがあるなら買いに行かせなくてもよかったんじゃないか?」

 

赤身と霜降りのバランスが美しい見るだけで極上と分かる牛肉を持ってるなら買い物に行かせなくて良かったんじゃないか? と尋ねるとカワサキは小さく笑った。

 

「腹減ったって騒がれると作業がしにくいからな、それにこれだけあっても全然物足りないって言いそうな気がしたんだ」

 

「ああ、納得。よし、下味はどうする?」

 

「にんにくをすり込んで、岩塩と黒胡椒」

 

「分かった。あいつらが戻ってくる前にやって隠しておくとしよう」

 

あいつらがこれを見ればすぐ焼けと騒ぐのは目に見えているので、手早く下味を付けて保管しておこうとカワサキと話をしながら巨大な牛肉の塊の下味をつける作業を始めるのだった……。

 

 

 

 

 

焚き火の燃える音と加熱された事で音を立てる鉄板の上に俺達が買ってきた様々な肉が並べられる。

 

「……ゴクリッ」

 

肉の脂が溶け出し周囲に広がる音と香ばしい香りが鼻を擽り、思わず唾を飲み込んでしまい、片手に持っている酒を口に含もうとしてそれを咄嗟に押さえた。

 

(ここまで我慢したんだ、先に飲んでどうするッ)

 

カワサキが用意してくれた極上の酒をそのまま飲んでどうすると、これは然るべき後……肉を頬張ってから飲むものだとぐっと我慢する。

 

「よっと」

 

カワサキが軽い口調で手にしていた桶のソースを肉と鉄板の上にぶちまける。その瞬間修練場に広がるのは先ほどとは比べ物にならない食欲を刺激する香り。

 

「んん……あ、ああ……飲んじまった」

 

「生殺し、生殺しだ……」

 

「飲みたい、飲みたい……この良く冷えた酒を飲みたいッ!」

 

肉と一緒に飲みたいから我慢しているのに肉はまだ焼けず、手にした酒を飲みたい衝動を抑え続けるのも限界が近くなってきた。

 

「よし、出来たぞ。腹ペコ共」

 

「「「「「おおおおお――ッ!!!」」」」

 

出来たと聞いて雄叫びを上げて鉄板へ駆け寄り焼きあがった肉を取り皿の上に乗せる。豚肉とか、牛肉とか、鶏肉とか考えずに目に付いた肉を皿の上に乗せ、奪われる前に鉄板から逃げる。

 

「へへ。大漁大漁ッ」

 

山盛り確保出来た肉を前に手をすり合わせ、いただきますと言ってからフォークを手にして肉を頬張る。

 

「んんーッ!! くはああッ! たまんねぇなッ!!」

 

馴染みのないソースの味は甘くて辛い、そんな奇妙な味なのだがそれがまた美味い。それに肉にも良く合う、豚でも鶏でも牛肉でも、どんな肉にも良く合う味だった。その肉の美味さを噛み締め我慢していた良く冷えた酒を飲み干す。

 

「くううううッ! 我慢した甲斐があったッ!」

 

「酒、酒のおかわりはどこですか!?」

 

「うめえッ!!」

 

俺だけではなく団員もサポーター達も美味い美味いと舌鼓を打ち、カワサキが運んできた酒を浴びる様に飲んでいる。

 

「珍しいなアルトがその程度の量で我慢してるなんて」

 

「いや、今焼いてるの俺達が買ってきた肉だろ? カワサキが出すのが酒だけとは思えないんだよなあ。それにほれ、ゼウスのじっ様とザルドが動いてねぇ」

 

ゼウスのじっ様とザルドの手にも少量の肉があるが、2人の食べる量を考えると全然少量だ。口慰み程度にしか食べていないのに気付いたのだ。

 

「つまり本命が別にあるって事か?」

 

「多分な、だからちょっと我慢したほうが良いかなって思ったのさ」

 

香ばしい香りと肉の焼ける音で食いたいという気持ちが沸きあがってくるが、それをグッと堪えて最初に取ってきた牛肉を頬張る。程ほどに脂が乗っているが固い肉だ。だがその固い安い肉でさえ、カワサキの味付けのおかげか極上の味に思える。

 

「うめえから我慢するの難しいけどな」

 

「それな」

 

カワサキの事だからまだ何かある。だけどこの肉も美味い、酒も美味い。ちょっと控えめにしようかとも思うのだが……食べたいという欲求は抑えられなかった。

 

「1回目そろそろ全部はけるけど、欲しい奴はもういないのかー? 次を始めると暫く待ちだぞ」

 

カワサキの声に俺は辛抱しきれず、結局肉のおかわりを貰いに行ってしまうのだった……。

 

 

 

修練場の真ん中に何時の間にか積み上げられた石作りの竈、そしてその上に置かれた鉄板で豪快に肉が焼かれるのは中々に見物の光景じゃった。

 

「んぐんぐ、ぷはああ……ふうーッ」

 

ザルドとカワサキがでかい肉を仕込んでおったからそれが焼かれるのを待とうと思ったのじゃが、この食欲を誘う香りには辛抱しきれなかった。

 

「安物の肉もお前の手に掛かると1級品だな。何かカラクリはあるのか?」

 

「あるぞ、俺の種族の固有技能だ。食材の時間を加速させる」

 

時間を操作するとザルドとの会話で軽く言うカワサキにワシは目を見開いた。

 

(時間操作を料理のためだけに使う……なんとも言えんのう……)

 

神でも難しい時間操作を料理の為だけに使う……カワサキの種族は料理に命を掛ける種族だと聞いたが、命を掛けすぎではなかろうかと思う。

 

「時間を加速させてタレをしっかりと染み込ませる、そして肉を焼きながらタレを追加して焼き上げる。これだけで安い肉も美味くなる」

 

「普通にやったらかなりの手間だけどな」

 

「それはそれ、これはこれさ」

 

カワサキはそう言うと肉を片方に寄せ、虚空から箱を取り出した。

 

「なんじゃそれは?」

 

「肉だけじゃ飽きるだろ?」

 

「いや別に飽きんけど?」

 

「……まぁゼウスの爺さんはそうかもな」

 

ずっと肉だけでも平気だが? と言うとカワサキは何とも言えない顔をする。別に美味い酒があれば肉だけでも全然良いんじゃけどなと見ているとカワサキは箱から取り出した食材を手際よく鉄板の上に並べ始める。

 

「貝か、それに烏賊に帆立」

 

「おうよ、肉だけじゃなくて海鮮も美味いだろ?」

 

「うむうむ、確かに」

 

海鮮をバーベキューにするのも悪くない。焼いてる最中にバター醤油が掛けられるとその香ばしい香りに口の中に涎が溢れる。

 

「ほれ、ゼウスの爺さん」

 

焼きたての帆立と輪切りにされた烏賊、そして殻つきの海老が取り皿の上へ乗せられる。

 

「ふっふ、はふっ! あふっ!! ほほおッ! 美味いッ!!」

 

口の中でほろりと解ける旨みに満ちた帆立の味わいに思わず顔が緩む、その熱さと旨みを楽しみ冷たいビールを流し込むとその美味さは倍増だ。

 

「俺もくれ!」

 

「俺も!」

 

「よっしゃよっしゃ。ほれ、熱いから気をつけろよ!」

 

帆立をくれ、帆立をくれと眷属達が群がるのを見ながら、殻付きの海老をどうするかと考えて……。

 

「うむ、美味い」

 

「殻剥けよ、ゼウスの爺さん」

 

殻を剥くのがめんどくさいなと思いワシは殻ごと海老を噛み砕くという暴挙へ出た。カワサキも呆れているが……。

 

「美味いぞ、殻もしっかり味が付いてる」

 

「……そりゃついてるだろうけどよ、歯大丈夫か?」

 

「はっはっは! ワシの歯は丈夫じゃよ!」

 

こんな海老の殻如きでおかしくなる歯ではないと笑い、ワシは冷たいビールを口へ運ぶ。

 

「ぷはああ……ああ、たまらんッ!!」

 

この雰囲気もそうだが、この雰囲気と食材を焼く音が無性に楽しいと思えてくる。新しいビールを注ぎに行き、振り返ると笑顔に満ちた眷属達の姿があり、思わずワシも笑ってしまった。

 

「お、そろそろ本命じゃの?」

 

「程々にしていて正解だった」

 

マキシムと並んで肉を食い、海鮮を食い、酒を楽しんでいるとカワサキが巨大な釜を持って来たのを見て、ザルドと仕込んでいた巨大肉が来ると座っていた椅子から立ち上がる。これを待っておったんじゃ、どんな味がするか実に楽しみだ。

 

「酒も良いが、飯を食わなきゃ駄目だろ? 今から米に合う、最高の肉を焼くぞ」

 

そう言ってカワサキが虚空から取り出した巨大な霜降り肉に修練場に野太い歓声が上がるのだった……。

 

 

 

カワサキが取り出した巨大な牛肉を見た団員達。普段ならば騒動になるが、カワサキに米をよそう様に言われ団員達が丼によそっているので騒動になること無く大人しく肉が焼きあがるのを丼を片手に待っている。

 

「美味そうじゃなぁ」

 

「確かにな、あれほどの肉はそうはないだろう」

 

ゼウスが美味そうだと言うが、料理に関しては門外漢の俺が見ても美味そうだと思うほどに上質な牛肉だ。

 

「良し、出来た。丼出せ」

 

「「「はいはいはいッ!!!」」」

 

焼きあがった牛肉をスライスし、丼の上にカワサキはどんどん盛り付ける。十分に牛肉が乗った所で団員達はどんどんはけて行き、鉄板の前に並んでいた団員の姿が少なくなった所でそわそわしてるゼウスと共に鉄板の前へ移動する。

 

「マキシムとゼウスの爺さんも来たか、丼をくれ」

 

「ああ。頼む」

 

「大盛りで頼むぞ!!」

 

「分かってるって」

 

山盛りに盛られた米の上に肉を大量に乗せ、その上に軽くタレを掛けてくれた。それを受け取って修練場に置かれている机の元へと向かう。

 

「いただきます」

 

手を合わせていただきますと呟いて丼の上の牛肉を1枚取って頬張ると牛肉が口の中でさっと溶ける。しかしそれでいて赤身肉の牛肉らしい旨みも十分にあり、食欲がどんどん沸いてくるのが良く分かる。

 

「うん、美味い」

 

「うんまっ!! いい肉じゃなッ!」

 

ゼウスは丼を持ち上げガツガツと頬張り始めているのを見て、これで主神かと思わず残念な気持ちになるがかき込みたくなる気持ちはよく分かる。

 

「美味い美味いッ!!」

 

「酒もいいけど、やっぱり米も良いよなあッ!!」

 

団員達も口々に美味いと言いながらガツガツと頬張っている。その中でもアルトの食べっぷりは凄まじく思わず苦笑してしまうほどだ。喜んで食べている団員を見ていると1人だけ浮かない顔をしている男に気付いた……ザルドだ。ザルドだけは浮かない表情で肉を口に運び、苦笑いを浮かべていた。

 

「……美味い、美味いんだが……」

 

「ザルドの分はまた取っておいてやるよ」

 

べヒーモスの毒が抜けたとは言え本調子ではないザルドはもう食べれないのかと残念そうな様子で、それに気付いたカワサキがザルドの分を残してやると言っているのを見て、料理の腕前だけではなく気遣いも出来る。姿こそ人間では無いが、人格面にもやはり優れた人物と認めざるを得ない。

 

(しかし美味い。最初の肉と違って肉本来の味を引き出す為のシンプルな味付け。だがそれがいい)

 

タレは少量でカワサキが良く使う醤油をベースにしたタレだ。そして肉には岩塩と黒胡椒、それににんにくの香りが食欲を強く刺激する。

 

「炊き立ての米と焼いた肉……完璧な組み合わせだな」

 

醤油ベースのタレと牛肉の脂が米に染みこんでいるから米だけでも十分に美味い。

 

「おかわりじゃッ!!」

 

ゼウスが勢いよく立ち上がり米と肉のおかわりをカワサキに頼みに行く。俺が半分も食べてないのにもう食べ終わってる姿に本当に味わって食べたのかと少し呆れてしまう。

 

「ふっふッ!」

 

息を吹きかけて炊きたての米を冷ましながら肉を一緒に頬張る。米の甘さと肉の脂の甘さが口の中一杯に広がり、その美味さには思わず唸ってしまうほどだ。

 

(米とタレと牛肉だけでこれか……)

 

素材の良さも勿論あると思うがカワサキのつけた味付けがそれだけ良いのだろう。

 

「……物足りんな」

 

山盛りの米とたっぷりの肉を食べはしたが、物足りなさがある。

 

「おかわりを頼めるか?」

 

「ああ、どんどん食ってくれ! 米も肉も沢山用意しているからな」

 

にっと笑うカワサキに米を盛りつけた丼を渡し、再び盛り付けられていく肉を見て、良い歳だと分かっているがそわそわしてしまう自分に気付いて、思わず苦笑しながらカワサキが肉を盛り付けてくれるのを楽しみに待つのだった……。

 

 

メニュー9 チーズケーキ へ続く

 

 




腹ペコ男児の扱いに慣れているカワサキさんの話でした。炊きたての米と目の前で焼かれてる肉にはきっと問題児が多いゼウスファミリアの団員も釘付けでしょう。そしてその肉が美味ければ尚の事大人しくなるでしょうね、次回はヘラファミリアでアルフィアをメインにしてみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー9 チーズケーキ

 

メニュー9 チーズケーキ

 

ゼウスファミリアの腹ペコ共にたらふく肉と酒と米を食わせた翌日、ヘラファミリアに行く前に俺はゼウスファミリアの食堂にいた。

 

「ん、これでよしっと」

 

酒樽を5個は開けていたので間違いなく全員二日酔いになっていると思い、蜆の味噌汁と緩めの雑炊を作って食べ方の張り紙を厨房の入り口に貼り付けてから俺はヘラファミリアに設置した転移の魔法陣の試運転も兼ねてヘラファミリアへと向かったのだが……。

 

「か、カワサキ! 待っていたぞッ! 助けてくれッ!」

 

転移した直後に普段のクールさはどこへやら、涙目で助けてくれと言うアルフィアに面食らう事になった。

 

「なんだ? メーテリアが調子悪くなったか?」

 

「い、いやそうではなくてだな……そのだな」

 

歯切れが悪いアルフィアの姿に思い当たる事があった。いや思い当たる所ではなく、確信があった。

 

「喧嘩したのか?」

 

「……うっ……端的に言うとそうだ」

 

「喧嘩して仲直り出来なくて仲裁を頼むって正直どうなんよ?」

 

「うっぐ……だ、だがな。メーテリアは怒るとヘラよりやばいんだぞ?」

 

「それはなんとなく分かる」

 

ああいう普段ニコニコしてるタイプは起こると怖いと相場が決まっている。あとメーテリアは人の話を聞かず、今だに俺を可愛い人と呼ぶのでマイペースかつ頑固というのは間違いないだろう。

 

「それでどうしたんだ? なんで喧嘩してるんだよ、俺に言うって事は料理関連か?」

 

俺に出来る事なんてそれくらいだと思いながら何をしたのか? とアルフィアに尋ねる。

 

「そのだな」

 

「うん」

 

「……実はな」

 

「うん」

 

「凄くな……言いにくいんだがな?」

 

「早く言えよッ!?」

 

どんだけ渋るんだと思い思わず早く言えというとアルフィアは観念したような表情を浮かべる。

 

「メーテリアが楽しみにしてたお前が作ってくれたケーキを食べてしまったのだ」

 

「……何やってるんだ? お前は」

 

メーテリアがケーキ、ケーキというので作った奴は6号サイズでかなり大きかった筈だが……それを1人で食べるって……食い意地が張ってると言えば良いのか、俺のケーキが美味かったのかどっちなのか悩んでしまう。

 

「いや、その……反省してる」

 

メーテリアの楽しみにしていたケーキを食べてしまい喧嘩して、その仲裁を俺に頼むアルフィアに頭痛を覚える。

 

「分かった分かった。ケーキだな」

 

「ま、また。つ、作ってくれるのか?」

 

ぱあっと笑うアルフィアだが俺は首を左右に振り、アルフィアに指を向けた。別に作る事は良いんだが、それでは絶対喧嘩したままだ。だから俺は作ろうと思えば作らない。

 

「教えてやるからお前が作れ、アルフィア」

 

「へ?」

 

見たことのない間抜け面をするアルフィアにアイテムボックスから取り出したエプロンを投げ渡し、今だ呆然としてるアルフィアを引っ張って俺は食堂へ向かうのだった……。

 

なおゼウスファミリアでは……。

 

「し、滲みるなあ……」

 

「暖かい……」

 

「はぁぁああ……」

 

二日酔いの酔っ払い共がカワサキの作って行った蜆の味噌汁を飲み、深い溜息を吐いていたりする……。

 

 

 

 

メーテリアの楽しみにしていたケーキを食べてしまい、凄まじく激怒しているメーテリアを宥める為にカワサキにケーキを作ってもらおうと思ったのにカワサキは私にケーキを作れと言って、私にエプロンを投げ渡し食堂まで引っ張ってきた。

 

「わ、私は料理はへたくそなんだぞ?」

 

それなりには作れる……と思うが上手かヘタかと言えば間違いなくヘタの部類だ。そんな私がケーキを作れるなんて思えず、カワサキに考え直すように言うがカワサキはそれを無視して机の上に材料を並べ始める。

 

「大丈夫だ。このケーキは簡単に作れる、というか馬鹿でも作れる」

 

「その材料は……ああ、なるほど。これならアルフィアでも作れそうですね、カワサキさん。私オーブンを温めておきますね」

 

「頼んだ。それといつまでも渋ってないでメーテリアと仲直りするんだろ? 観念してエプロンを着ろ」

 

カワサキにいつまでも駄々を捏ねるなと言われ、渋々エプロンを身に付ける。

 

「じゃあ手を洗え、しっかりな」

 

「わ、分かった」

 

カワサキも手を洗っているのを見て、私もしっかりと手を洗いながらカワサキが準備していた食材に視線を向ける。

 

(チーズと小麦粉と……ビスケットとクッキー?)

 

用意されてる食材を見てこれで本当にケーキを作れるのか? と思いながらも雫も私でも作れるケーキと太鼓判を押してくれたので、いつまでも渋らず、気持ちを切り替えることにする。

 

「良し、じゃあまずはビスケットとクッキーをすり潰す事から始めよう。俺はその間に溶かしバターを準備するから」

 

「……これを全部すり潰すのか?」

 

「そうだが?」

 

山盛りのビスケットを潰せと言われ、正直にめんどくさいと思うと頭にカワサキがチョップを落としてきた。

 

「な、何をするか!?」

 

「今めんどくさいと思っただろ? そんな風に思って料理を作ったら美味い物も不味くなるんだ。料理を作る時は食べてくれる人の笑顔や喜んでくれると思って作ったほうがいい」

 

私がめんどくさいと思っているのを見抜かれた上に注意され、私は叩かれた頭を抑えながら分かったと返事をし、用意されていたすり鉢の中にビスケットを入れてすりこぎを手にする。

 

「何処まで潰すんだ?」

 

「粉になるまで」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「本気だよ。それにほら、冒険者ってあれだろ? 力が強いんだろ? 楽勝だって」

 

ぐっ……と、とりあえず言われた通りにするべきかと思いすりこぎを使ってビスケットを丁寧にすり潰す。

 

「出来たぞ」

 

「じゃあ次は溶かしバターを入れるから、それと粉を混ぜ合わせるんだ。粉を零さないように練るような感じで混ぜるといい」

 

「ん、分かった」

 

カワサキがすり鉢の中に溶かしバターを少しずつ加えてくれるので、すり潰したビスケットとバターを混ぜ合わせる。

 

「これは何に使うんだ?」

 

「ケーキのベースだな。これを型に敷き詰めるんだよ」

 

「そうなのか」

 

ビスケットを態々粉にしてケーキのベースにするのか……ケーキを作ると言うのは思ったよりも面倒なのだなと思いながら言われた通りにバターと粉にしたビスケットを混ぜ合わせる。

 

「良し、そんなもんだ。じゃあそれをこの型の中に敷き詰めるんだ」

 

「分かった」

 

ヘラですり鉢から少しずつ取り出して型の中に敷き詰める。型の底が見えなくなったところでカワサキが今度はボウルと泡だて器を差し出してくる。

 

「次はクリームチーズに砂糖とレモン汁を加えて混ぜる」

 

「……チーズを混ぜるのか?」

 

固形物を混ぜるといわれて思わず尋ね返す。固形物を混ぜるとはどういうことなのだと、正直に言って理解出来なかった。

 

「常温に戻してるから簡単に混ぜれると思うぞ?」

 

「……む、確かに」

 

泡だて器で混ぜるだけで簡単に混ざれた。その事に驚きながらクリームチーズの形を崩しながら良く混ぜる。

 

「良し、次だ。次は卵と薄力粉を入れるから少し混ぜにくくなるぞ」

 

「ん、分かった」

 

卵と薄力粉がボウルの中に入れられ、薄力粉を飛び散らせないように気をつけて丁寧に混ぜ合わせる。

 

「なんだか粘り気が出て来た気がする」

 

「ああ、薄力粉を入れたからな。良し、最後に生クリームを入れるからこれと混ぜ合わせれば後は焼くだけだ」

 

「もうなのか?」

 

「ああ、チーズケーキだから材料は基本的に混ぜ合わせるだけで良いんだ。これならどんな不器用でも失敗する事はないだろ」

 

凄く馬鹿にされてる気がしたが、私が料理が不得手なのは覆せない事実なのでぐうの音も出ず。カワサキが良いと言うまで混ぜ合わせた生地を砕いたビスケットを敷き詰めた型に流し入れ、どんな風に焼きあがるのかとドキドキしながら雫が加熱してくれていたオーブンの中に型を入れ、焼きあがるのをじっとオーブンの前で待つのだった……。

 

 

 

 

 

お姉様と一緒に食べようと思って準備して貰ったケーキだったのに、お姉様が1人で食べてしまった。私とお姉様は仲良し姉妹だと思っているが、流石にこれは許せなかったので、大喧嘩をしてしまった。

 

「……お姉様の馬鹿」

 

私とお姉様の快方祝いだと思って用意してもらったのに……。椅子に座って頬を膨らませていると扉をノックする音が響いた。

 

「め、メーテリア。今良いか?」

 

「……なんですか」

 

「そのだな、ケーキを持って来た。開けてくれないか?」

 

「嫌です」

 

ケーキを持って来たと言われてもそれではいそうですかと許すわけには……。

 

「言い方が悪いだろアルフィア。メーテリア、聞こえるか? 俺だ。アルフィアが慣れないなりに頑張って焼いたんだ。入れてやってくれ」

 

「か、カワサキ! よ、余計な事を……」

 

お姉様がケーキを焼いたと聞いて正直に言って驚きました。お姉様は料理は全然得意ではないからです、それなのにケーキを焼いたと聞いて座っていた椅子から立ち上がり、私は鍵を掛けていた自分の部屋の扉を開けました。

 

「まだ許したわけじゃないですからね?」

 

「め、メーテリア……あ、ああ。分かっている」

 

まだ話を聞こうと思っただけで、許したわけではないですよと釘を差してからお姉様を部屋の中に招き入れる。

 

「可愛い人、どこへ行くんです?」

 

「ん? いや、俺邪魔者だろ?」

 

「可愛い人も入ってください」

 

「なんで?」

 

「どうしてもです、可愛い人が来ないならお姉様もお断りです」

 

嫌そうにする可愛い人も部屋に来ないならと扉を閉めようとするとお姉様が慌てた様子で可愛い人の背中を押して部屋の中に入ってきた。

 

「なんでかねえ……俺甘い物は食わんぞ?」

 

やれやれと肩を竦めて部屋の中に入ってきた可愛い人とケーキを片手に持っているお姉様を私は部屋の中に招き入れるのでした。

 

「食べてしまったケーキと同じ物は作れなかったが、私なりに頑張ってみたのだ」

 

お姉様はそう言うとケーキの入っているであろう入れ物の蓋を開けた。

 

「……これは?」

 

茶色と淡い色合いのケーキがそこにはあった。見覚えがあまりにないケーキに思わず可愛い人へ視線を向ける。

 

「チーズケーキだ。オラリオだとちょっと珍しいかな?」

 

「ちょっと所じゃないですよ、凄く珍しいですよ」

 

オラリオのケーキは生クリームやチョコレートを使ったものが主流なのでチーズケーキはとても珍しい。

 

「本当にお姉様が焼いたのですか?」

 

「ほ、本当だぞメーテリア。カワサキに教わりながらちゃんと私の手で作った」

 

むー怪しいですが、可愛い人がなにも言わないという事は本当の事……なのでしょうね。

 

「お茶を「ああ、良いよ。紅茶淹れてやるさ」……出来るんですか?」

 

紅茶を淹れてくれるという可愛い人に思わずそう尋ねてしまうと可愛い人は小さく肩を竦めた。

 

「一通りの事は出来るんだよ。すぐに用意しよう」

 

部屋に備え付けられている簡易キッチンに向かう可愛い人を見送り、お姉様に視線を向ける。

 

「す、すまなかった」

 

「本当ですよ、2人で食べようと思っていたのに……」

 

「す、すまん」

 

「大体お姉様はいつもそうです。人の話を聞かない、めんどくさい、騒がしいとかで攻撃的なことばかりします」

 

「うっ……だ、だがな?」

 

「全員が全員お姉様と同じ事が出来るわけじゃないんです。お姉様が可愛い人に教わりながらケーキを焼いたように、時に教え、導いてあげることもレベル7の冒険者としてやるべき事ではないのですか?」

 

「う、うん……これからは気をつけよう」

 

「約束ですよ? じゃあ今度こそ一緒にケーキを食べましょう」

 

落ち込んでいたお姉様が笑みを浮かべて顔を上げ、ケーキを切り分けてくれたのを受け取る。

 

「いただきます」

 

「あ、ああ。召し上がれ」

 

フォークでケーキを小さく切り分けて頬張る。しっとりとした生地の表面と滑らかでチーズとレモンの風味が利いたケーキ生地……うん、素直に言って……。

 

「美味しいですよ、お姉様」

 

「そ、そうか! それは良かった」

 

甘さはやや控えめで、チーズとレモンの風味が良く効いていて生クリームのケーキとはまた違った美味しさがある。

 

「ん、確かに美味しいな」

 

「1人で食べてしまったケーキとどっちが美味しいですか?」

 

「んぐう……め、メーテリア?」

 

「ふふ、冗談ですよ、冗談。でも許すのは今回だけですからね?」

 

笑っているが目が全く笑っていないメーテリアにアルフィアは心底恐怖したと後に語っている。つまり食べ物の恨みはそれだけ怖いと言う事だ。

 

「ほいよ、お待たせ」

 

ティーポットを持って来た可愛い人が慣れた手付きでカップに紅茶を注いで、ミルクを添えて差し出してくれた。

 

「手馴れてますね?」

 

「一応な、ああ、俺はケーキは食わんから紅茶だけ飲んでる」

 

「本当に甘いものが苦手なのですね?」

 

「食べれんことは無いが、進んで食べる事はないな」

 

私とお姉様はチーズケーキと紅茶を、可愛い人は紅茶を飲みながら穏やかな昼下がりのお茶会を楽しんでいたのだが……いや楽しんでいたからこそお姉様に尋ねたかった。これが最後ではないというお姉様の言葉が欲しかったのだ。

 

「黒竜討伐は上手く行きそうですか?」

 

「……現段階では7ー3という所だな」

 

どっちが3かなんて言うまでもないだろう。3大クエスト最後の1つ……黒竜討伐、近いうちにお姉様達が挑戦する最後のクエストだ。

 

「黒竜? ゼウスの爺さんからは聞いてないな。何の話だ?」

 

「聞いてないのか、それなら説明しよう。基本的にモンスターはダンジョンから外に出ることはない、だが強大な力を持つべヒーモス、リヴァイアサン、そして黒竜の3体はダンジョンを飛び出した。そのモンスターの討伐がオラリオの3大クエストと言われる物で、オラリオの冒険者の宿願と言える。ゼウスファミリアと我々のファミリアでべヒーモスとリヴァイアサンは撃破した。残るモンスターが……」

 

「黒竜か……えっと……ああ、あった。あった」

 

お姉様の説明を聞いていた可愛い人が虚空に手を突っ込み分厚い本を取り出した。

 

「それは?」

 

「百科事典(エンサイクロペディア)。魔道具だな、これには俺達が戦ったモンスターが記録されてるんだが……べヒーモス、べヒーモス……これだ。アルフィア、これが俺の知るべヒーモスだが、お前達が倒したべヒーモスもこんな感じか?」

 

可愛い人が開いたページを覗き込んだお姉様が目を見開いた。

 

「体色は違うがほぼ瓜二つだ……ッ。リヴァイアサン、リヴァイアサンはどうだ!?」

 

「待ってくれ……えっと、これだこれ。どうだ?」

 

「……間違いない、私達が倒したリヴァイアサンだ。黒竜の情報もあるのか?」

 

「……黒竜という名のモンスターは知らないな、でも黒竜と言われてたモンスターは俺も知ってる。ただ、討伐されたという実績はないな」

 

可愛い人はそう言うと本を捲り、見開きのページを開いた。

 

「伝説の黒竜、邪竜とも言われる最凶モンスターだ。強力なブレスを操り、倒した相手を武具ごと取り込み己を強化する。最強最悪の竜……それが黒竜だ」

 

邪悪でおぞましい姿をした竜の姿がそのページには記されていて、お姉様と共に私は言葉を失った。絵であってもその邪悪さ、恐ろしさ、強さがひしひしと伝わって来たからだ。

 

「私達が討伐しようとしてる黒竜と良く似ている」

 

「近縁種かもしれないな、となると……えっと、あったあった。これだ」

 

「これは?」

 

「俺の持ってる稀少な魔道具の目録さ。付き合いは短いが、俺はお前たちに死んで欲しくないと思ってる。だからこれらの魔道具を提供させてもらえないだろうか?」

 

「お姉様、お義母様に伝えるべきだわ」

 

今のままでは勝てない可能性が高いのだから可愛い人の申し出を受け入れるべきだ。

 

「私では返事が出来ない、だからヘラに話を通す。その後で返事をするが良いか?」

 

「構わない、だが出来れば俺は受け取って欲しいと思ってるよ」

 

正史ではザルドの呪いは解呪されず、アルフィアとメーテリアを蝕むモンスターの毒も消え去ることは無かった。だがそれでもまだ歴史の修正力の範囲であった。だがメーテリアから黒竜の話をカワサキが聞いたことによって、この世界の歴史は正史から大きく逸脱していく事になるのだった……。

 

 

下拵え ユグドラシルアイテム/老神・愚者驚愕する へ続く

 

 




アルフィアが料理が苦手なのはいいんじゃないか? とメーテリアが甘味関連だとめちゃくちゃ強いとの事で今回はこういう話にしてみました。あとここが分岐点でメーテリアが黒龍の話をする・しないで原作に近くなるか、遠くなるかの分岐になりますが、無事遠くなる選択をしたので原作開始前ですが、原作ブレイクが開始されることになりますのでご理解宜しくお願いします。

あとユグドラシルの黒龍は皆知ってる一狩り行こうぜの黒龍モチーフなのであしからず! それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え ユグドラシルアイテム/老神・愚者驚愕する

下拵え ユグドラシルアイテム/老神・愚者驚愕する

 

ヘラファミリアの修練場に俺達はやって来ていた。本来ならば男子禁制のヘラファミリアだが、黒竜討伐の為に特別にヘラから許可されたと聞いているが、本音を言えば女傑揃いのヘラファミリアに来るのはご免被りたかったが、そうも言ってられないので我慢してヘラファミリアの修練場に来た俺達は信じられないものを見ることになる。

 

「うん、これはいいぞ。使いやすい、それに不壊属性が基本っというのがますます良いッ!」

 

女帝が嬉々とした表情で漆黒の刀身を持つ剣を振り回している。そんな女帝の後ではカワサキが虚空からどんどんアイテムを取り出していた。

 

「壊れはしないが、手入れはしないと普通に駄目になるぞ?」

 

「分かっている。龍殺しの剣と聞いていたので不壊属性が無いと思っていたんだ」

 

「俺達の武具は不壊属性が基本だ。お、ザルド達も来たか、こっち来いこっち」

 

俺達に気付いたカワサキが手招きするのでカワサキの近くに向かって気付いた。これでもかとアイテムが山積みになっている。

 

「えっとまずはアルト、ほい。これやる」

 

「なんだ? 鞄?」

 

「無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)という。500キロまで物が入る優れものだ」

 

「マジで!?」

 

あっさりと投げ渡された鞄だが、それだけでサポーターの常識が変わる代物だった。

 

「あともう1つ面白い機能があってな。ほい」

 

「剣? これをどうすれば良いんだ?」

 

「形をしっかりと覚えたら鞄の中に入れてくれ」

 

「お、おう? これで良いか?」

 

「良し、じゃあその剣の形を思い出してくれ」

 

何をやってるんだ? と思っていると鞄の中に入れた剣が何時の間にかアルトに握られていた。

 

「え、ええ!? なんだこれ!?」

 

「ショートカットという、鞄の中に入れたアイテムをしっかりと覚えておけば、その道具を思い出せば鞄からすぐ出せる。便利だろ?」

 

便利なんて言うレベルじゃないアイテムに俺達は絶句した。カワサキが天上の道具を持っているのは知っていたが、冒険にも活用でき、これほど便利な道具を持っているとは想像もしていなかった。

 

「とりあえずヘラファミリアに3つ渡したから、マキシム達にもあと2つ渡すな」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

団長も声が引き攣っているが、当然だ。この鞄の存在がオラリオに知られれば、それだけで大騒動になる代物だからだ。どれだけ入れても重さは代わらず、500キロまで入る。荷物を運ぶにも、そしてモンスターを倒して得たドロップアイテムを回収するにしろ役立つ。サポーターなら欲してならない素晴しい魔道具だ。

 

「後これ、無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)無限って付いてるけど内容量に限りがある水入れだ。でも、時間で中身は回復するし、これ1個で井戸1つ分くらいの水は出せるから」

 

とんでもない魔道具をぽんぽんと渡さないで欲しいのだが……便利なので受け取っておく。ダンジョンでは飲み水は貴重だ、それにモンスターの返り血を洗ったり、武器を洗ったりと水はこれでもかと使うのでこの無限の水差しも非常にありがたいアイテムだ、

 

「んで……まずはこれ、ドラゴン殺しが付与された突撃槍だ。ちっと重いがまぁ男だから誰か使えるだろ?」

 

「まさかこれ全部黒竜対策の武具か!?」

 

山積みされている道具全てが魔道具、そして黒竜対策なのかと尋ねるとカワサキはまさかと言って笑った。

 

「そ、そうだよな、全部「全部攻撃に全振りしてどうするよ? あっちのほうは逃げたり移動する用の道具だぜ?」……違う、違うんだ。俺の言いたい事はそうじゃないんだ」

 

心の底から訳が分からないと言う様子のカワサキに頭痛を覚えた。だが善意でやってくれているので怒れるわけも、いらないと言えるわけもない。

 

「槍か……剣はないのか?」

 

「あるぞマキシム。片手剣と両手持ちどっちがいい?」

 

「見てから決めるとしよう」

 

団長も平然とカワサキに装備を頼んでいるのを見て、俺も馬鹿らしくなってきた。

 

「大剣が良い、切れ味は二の次でいいからでかくて頑丈なやつを頼む」

 

「切れ味も頑丈さも最高のもんがあるぜ、これだ」

 

カワサキが地面においている武器を持ち上げて柄を俺に向けて差し出してくる。

 

「変わった形の剣だな?」

 

「竜破壊の剣という。とある伝説のドラゴンスレイヤーが使った剣だ」

 

持ち手から剣先に向かって幅広になっていく、巨大な大剣を両手で持って持ち上げる。

 

「思ったよりも軽いな。それにこれも不壊属性なんだろ?」

 

「勿論。修練場に集まれって言った意味がわかるだろ?」

 

「ああ。分かる」

 

団長に女帝と模擬戦の相手には事欠かない、選んだ武器が実際に使えるかどうか試すのに丁度良い。

 

「団長。一手頼むぜ」

 

「ああ、来い、ザルド」

 

互いにカワサキが貸し出してくれた武器を手にアイテムが置いてある場所から離れ俺と団長は模擬戦をはじめるのだった……。

 

 

 

俺達の後で団長やザルド、そしてヘラファミリアの女帝達がドンパチしている中でカワサキはマイペースに俺達に道具の説明をしていた。

 

「これは生命拒否の繭(アンティ・ライフ・コクーン)のスクロールだ。これは稀少品で4つしかないからな、使い所を間違えないでくれよ?」

 

差し出されたのはオラリオでは良く見る羊皮紙を丸めた物だが……。

 

「あ、あん? なんだって?」

 

「アンティ・ライフ・コクーンよ、馬鹿。それでカワサキさん、これは一体?」

 

稀少品と言われてもそれがどう稀少品なのか分からず、詳しい説明をカワサキに求める。

 

「魔力を通して広げてくれれば魔法が発動する。一定時間だが生きている者と、その攻撃を通さないドーム状のバリアを作る魔法だ」

 

「とんでもねえ代物だな……」

 

「確かに……稀少品って言うのも納得だわ」

 

これを使えば確実に攻撃を防げる。その間に治療や体勢を立て直す事が出来る事を考えれば、魔力を使うだけで良い事を考えればとんでもないアイテムだ。

 

「消える時は点滅を始めるからそれを目安にして次の行動に移ってくれればいい、んで次はこれ魔法最強化(マキシマイズマジック)・魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)が付与された大治癒(ヒール)のスクロールだ。これは沢山ある」

 

「魔法最強化? 効果範囲拡大? どういう意味なんだ?」

 

大体予想はつくが、勝手な思い込みだと怖いのでどういう効果が期待出来るのかと尋ねる。

 

「腕が千切れて、内臓が出ていてもそれが近くにあれば治る程度の回復魔法だ」

 

「「「それは程度とは言わないッ!!」」」

 

どう考えても奇跡レベルの魔法を発動出来るスクロールをぽんぽんと出さないで欲しい。いやでもそれだけ黒竜をカワサキが警戒してる証拠であり、俺達が生き残れるように考えてくれていると前向きに……。

 

「これは疲労除去のポーション。疲労や精神的疲弊を回復出来るポーションだが体力は回復しないから気をつけてくれよ?」

 

前向きに……。

 

「適当に攻撃魔法を詰め込んだワンド。赤は炎、黄色は電撃、緑は風、青は氷な。とりあえずそれなりの威力はあると思うし、数回は使えるから支援にはなるだろう」

 

前向きに……。

 

「あ、そうだそうだ。これこれ、流れ星の指輪(シューティングスター)。3回だけどんな願いもかなえてくれる指輪だけど……持って行くか?」

 

「「「止めろぉッ!! これ以上常識を壊さないでくれッ!!」」」

 

「お、おう……?」

 

カワサキは善意だとしても俺達の理解を超えるアイテムをそう渡さないでくれと思わず悲鳴を上げたが、本当にそのとおりなので勘弁して欲しい。

 

「じゃあ後はそんなに大したことのないアイテムを……」

 

この後カワサキが大した事ないと言って俺達に譲渡してくれたアイテムは飛行(フライ)と言うと空を飛べる魔法が発動する首飾り、ブレスの威力を軽減してくれるポーション、身体能力を一定時間最大まで強化してくれるポーション……とカワサキは大した事が無いと言ったが、オラリオでは何億ヴァリスで取引されるようなアイテムばかりで俺達は死んだ目でカワサキによる使い方の説明にただただ頷き続けるのだった……。

 

 

 

 

オラリオのギルドの奥深くにある祈祷場で2Mはある長身の老人……いや、老神は眉の間を揉み解しながら手にしていた羊皮紙を机の上においた。

 

「フェルズよ、これは真か?」

 

「ああ。全て事実だ、ウラノス。信じがたい事ではあるが……な」

 

ローブに身を包み、フードをすっぽりと被った愚者は自身も信じられないという様子で返事を返す。ギルドの主神ウラノス、そしてその腹心の愚者でさえも予想もしなかった事が立て続けに起きていた。

 

「暴喰と静寂のレベルアップ、それに静寂とその妹を蝕んでいた病の治癒……男神と女神の眷属の尋常じゃないステータスの上昇か……」

 

「オラリオでは神ゼウスか、神ヘラの元にとんでもないレアスキルの眷属が出来たという噂で持ちきりだぞ?」

 

確かにとんでもないレアスキルを持つ眷族ができ、その眷属によってと言うのは考えられるが……。

 

「無いな、それはないと断言出来る」

 

「ウラノス。その根拠は?」

 

「黒竜討伐は強制クエストだ。そんな能力を持つ眷属がいるのならば男神と女神のファミリアと比べれば格落ちになるがロキとフレイヤにも情報を共有するからだ」

 

三大クエストの2つを制覇したと言え、黒竜討伐には不安が残る。そんな眷属が居るのならば、間違いなく少しでも成功率を上げる為にその眷族の情報を公開するはずだ。

 

「何か後ろめたい事でもしているのか?」

 

「男神ならばありえるが……まぁ良い。ロイマンには口を出すなと伝えておいてくれ」

 

黒竜討伐前にいらん騒動を起こしたくない、有能ではあるが欲深いロイマンに余計な事をするなと伝えるようにフェルズに命じ背もたれに背中を預けた。

 

「……何が起きている」

 

何かがこのオラリオで起きている。暴喰のレベルアップで考えられる偉業とすればべヒーモスの毒の克服、そして静寂は病の克服だが、医神達があれほど奮闘しても治せなかった物がここ数日で治るとは思えない。そしてレベルアップしていないのにレベルアップ相当のステイタスが上がっている眷族にも謎が残る。

 

「何を手にした男神、女神よ」

 

オラリオの常識を全て覆す鬼札を間違いなく男神達は手に入れた。それが良い存在なのか、それとも悪い存在なのか? それは分からんが……。

 

「随分と早かったな、フェルズよ。もうロイマンとは話はついたのか?」

 

「いや違うウラノスよ。ロイマンの元へ行く前に神ゼウスに会った。そしてこれが彼からの手紙だ」

 

「男神から?」

 

あの女以外興味ないと言わんばかりの男神がいったい何のと思いながら愚者が預かって来た手紙を取り出して目を通す。

 

「……フェルズよ。どうも男神達はとんでもない物を手にしたようだ」

 

これが事実ならばオラリオの常識は全て過去の物になる。そして全てのファミリアがそれを欲するだろう……それほどまでに恐ろしい鬼札を男神達は手にしたのだ。

 

「ウラノスがそこまで言うとは……一体どんなレアスキルが「違う、男神達が手にしたのは眷属ではない、そして彼等が手にしたのはそんな甘いものではない」……なっ!?」

 

これが眷属でレアスキルならばまだ手のうち用はある。だが男神達が手にしたのは紛れもなくオラリオに混乱をもたらす者でもあった。

 

「滅んだ世界の神がこの世界に迷い込んでいるそうだ。それを男神が保護している」

 

「……そんな事がありえるのか? ウラノスよ」

 

「分からない、だが見定める必要がありそうだ」

 

その者が善性なのか、それとも悪性なのか……男神達は保護してると言っているが監視状態なのか、それとも本当に保護しているのか……? 何もかもが分からない。だから……。

 

「フェルズよ、すまないが返事を伝えてくれ、明日時間を作ると」

 

「……分かった。すぐに戻る」

 

フェルズの姿が再び消え、私はダンジョンへ捧げる祈祷を再開した。

 

「異世界から迷い込んだ神……か」

 

異世界から来た神とは一体どんなものなのだろうなと男神のような神なのか、それとも女なのか……善神なのか、それとも悪神なのか、それを見極めなければ……ウラノスが葛藤している頃、カワサキはと言うと……。

 

「ほい、アルフィア。これだ」

 

「すまない、助かる」

 

「良いさ良いさ、大事な場所なんだろ? 守りたいって思うのは当然さ」

 

アルフィアの頼みでアルフィアにあるユグドラシルのアイテムを譲渡していた。

 

「これを設置すれば敵意ある者を自動的に攻撃してくれるのだな?」

 

「ああ。カウンターアイテムつう代物さ。拠点を守る為に使うんだ」

 

「ありがたい、私とメーテリアが大事にしていた教会があるんだが、私が入り浸ってるのは知られていてな。嫌がらせをしてくるゴミ共が多すぎるんだ」

 

「そういうこともあるわな。出入り口に1つ、それと屋上に1つ設置すれば良い。基本的には結界で守るんだが、破壊工作をすれば自動的に反撃してくれる」

 

「ありがとうカワサキ。早速設置してこよう」

 

「おう、気をつけてな」

 

アルフィアに100%の善意で拠点防衛用のアイテムを譲渡していたのだが、後にこれがオラリオで騒動を起こす事になる。だが……それは一種の因果応報なので態々語るまでもないだろう……。

 

 

メニュー10 クレープシュゼットへ続く

 

 




神がやってくると聞いて緩キャラなのに声が渋いカワサキさんが来たウラノスとフェルズは驚いていいと思うんですよ。

そしてゼウス・ヘラファミリアに善意でユグドラシルのアイテムを提供し、常識を破壊するカワサキさんと中々騒動を起こしてくれたと思っております。次回はウラノスとフェルズの2人と顔なじみになっておこうという話ですので、ちょっとスイーツ等を提供してみたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー10 クレープシュゼット

メニュー10 クレープシュゼット

 

訝しげな視線を向けてくる肥満気味なエルフ……ロイマンの視線を背中に浴びながらワシはカワサキと共にギルドの奥へと歩き出した。

 

「ゼウスの爺さん、あのエルフの言い分はむかつくが、一応正論はあっちだぞ?」

 

足音が出ないように布を無理矢理縫い合わせた靴と、フード付きのローブを着ているカワサキの言葉は正しい。

 

「そんな事は知らんの、ウラノスからの招待状がある。これがあるのにあーだこーだ言うあいつが悪い」

 

ロイマンは確かに優秀なのだろうが、有能ではない。ファミリアを管理する立場のギルド長だが、私腹を肥やすし、気に食わない冒険者には圧力を掛けたりすると言うとカワサキは深い溜息を吐いた。

 

「こっちのエルフは随分俗物なんだな?」

 

「ロイマンだけじゃ、他のエルフは……うん」

 

なんと言えば良いのかと言葉に詰まってるとカワサキは分かったと返事を返した。

 

「かなり傲慢なんだな?」

 

「傲慢というか……選民思想や王族エルフに対する忠誠心とかがやばいの」

 

美男・美女揃いじゃがどうもあんまり好きではないというとカワサキは苦笑する。

 

「またヘラに怒られるぞ?」

 

「内緒で頼む」

 

「あいあいっと、それであいつが案内人か?」

 

カワサキに言われて顔を上げるフードを深く被った人影が見えた。

 

「悪いのうフェルズ」

 

「構わない、それでそっちが異世界の住人とやらか?」

 

「そうじゃ、とりあえず誰かに見られると不味い、先にウラノスの元へ行こう」

 

カワサキの姿は何処からどう見てもモンスターであり、その姿を見られるのは言うまでも無く不味いのでフェルズを促し、ギルドの最奥の祭儀場へと向かった。

 

「悪いのう、ウラノス。態々時間を割いてもらって」

 

「悪いと思っていないのだから態々謝る必要はないぞ、男神よ。それよりも初めましてだな、私はギルドの主神をしているウラノスという、何も無い場所だが歓迎するぞ異世界の者よ」

 

歓迎すると言いつつ神気を少し出して威圧しているウラノスにカワサキは笑みを浮かべ、フード付きのローブを脱いだ。

 

「俺はカワサキ。しがない料理人だ、よろしく」

 

カワサキの姿を見てウラノスとフェルズが僅かに動いた。そうじゃな、そう思うだろうな。

 

「カワサキは異端児ではないぞ?」

 

「だろうな……異端児に良く似ているが、全くの別物だ」

 

ザルド達が見つけた人語を理解するモンスター……異端児(ゼノス)と名付けた。彼らは穏やかで人語を理解するが、今のオラリオを考えればダンジョンの外に出すわけには行かず、外の世界を見たいという純朴な願いを持つ彼らをダンジョンの奥深くに閉じ込めるしかないのが現状だ。

 

「ゼノ? まぁこっちの問題に俺はあんまり口を挟む気はねえよ。それより鉄板を出して良いか?」

 

「鉄板? 何をするつもりだ?」

 

「何をって、ゼウスの爺さんよ。俺は料理人だぜ? なら挨拶は料理以外ないだろ?」

 

そう言って了承も待たず鉄板の設置を始めるカワサキを背にワシはウラノスに視線を向けた。

 

「悪意など無いじゃろ?」

 

「……ああ。悪意などはないな、善意しかないのは良く分かる。それがいいか悪いかは別にしてな?」

 

そこなんじゃよなあ……カワサキは善人で気前も良いが、オラリオの常識を完全に理解していないから100%の善意で大騒動を起してくれるのが難点なんじゃよなあと鼻歌交じりで何かを混ぜているカワサキを見て、ワシは深い溜息を吐くのだった……。

 

 

 

 

ギルドの主神に会って欲しいと来て付いて来たがまさか2mを越える巨人とローブを着た男か女か分からない相手とは思っても見なかった。

 

(まぁ予定通りで良いか)

 

会いに行くというので手土産で料理を作るつもりだったが、相手が何を好むか、どんな物が好きなのか分からないので、老若男女比較的喜ばれる甘味を作る事を決めていたのでとりあえず予定通りに調理を始める。

 

(まずはっと……)

 

ボウルの中に篩にかけながら薄力粉を加え、そこにグラニュー糖を加えて薄力粉とグラニュー糖を均一になるまで混ぜ合わせ、良く混ざった頃合で卵を割りいれてダマにならないように混ぜる。

 

「……」

 

「……」

 

「何か?」

 

ジッと俺を見つめているローブの人物に何か? と尋ねる。

 

「あ、いや、すまない。その短い手と指で上手に調理する物だなと……」

 

「ははっ! まぁそう思うだろうが、結構俺の手は器用なんだぜ?」

 

牛乳を加えて生地を伸ばし、そこに溶かしバターを加えて混ぜ合わせたら蓋をし、蓋の上から両手を重ねる。

 

(……10時間くらいで良いか)

 

【加速】

 

生地の時間を10時間加速させる。本当なら1日寝かせるのがベストだが、余り加速を使いすぎると生地が台無しになるので10時間の加速で留める。

 

「……今魔力を使ったが、何をしたんだ?」

 

「生地の時間を加速させて寝かせたんだ」

 

「そんな事が出来るのか?」

 

「厨房でだけな?」

 

クックマンの固有スキルの加速と遅延は厨房でしか使えない。このデメリットは個人的には当然だと思う、攻撃に転用できればどちらも強力すぎるのだから至極当然だ。

 

(しかしまぁ、こいつ興味津々だな)

 

俺が何をしているのか監視してるのか、それとも素直に興味なのかどっちなんだろうなと思いながら鉄板を加熱し、アイテムボックスから取り出した小鍋を鉄板の上に乗せる。

 

「今虚空から何かを取り出したように見えたが?」

 

「アイテムボックスだ。俺達の固有の能力みたいなもんだよ」

 

「……異空間か?」

 

「多分そうじゃないか? 詳しい原理は知らん、生まれた時から使える能力だからな」

 

詳しい事を聞かれても困るので無理矢理話を切り上げて、小鍋の中のオレンジソースを温めながら、バターを滲み込ませた油引きで鉄板の上にバターを塗り、加速を使って寝かせた生地をお玉で掬い鉄板の上に薄く広げて興味津々と言う様子で見つめてくるローブの人物の視線を背中に感じながら生地を焼き始めるのだった。

 

 

 

 

男神が連れて来た異世界の住人は一見異端児に見える者だった。だがその気配はモンスターとは程遠く、男神と同時期に下界に降りてきた私だからこそ、カワサキの正体が何なのかを理解することが出来た。

 

「別のルーツの亜人種か、男神。お前が連れて来た理由が分かったぞ」

 

現在のオラリオにいる獣人やエルフ、小人族とは違う、モンスターと良く似たルーツの亜人種なのだろう。希少なアイテムや、素材になるからと狩り尽された別の人の形……現在のオラリオにいる神々の罪と言ってもいいだろう。

 

「ワシとヘラ、それとウラノス。お前が後ろ盾になればカワサキの身は保障されるじゃろう」

 

「女神もか?」

 

「うむ、カワサキによって明らかになったのじゃが、深層の病は極最小のモンスターによって引き起こされる物だそうじゃ、そしてアルフィアとメーテリアを治療し、2人は健康体となっておる」

 

「なんだと?」

 

深層の病――遺伝性で、発症すれば100%死ぬと言われる不治の病を治療した。それはダンジョンに潜る全ての冒険者の希望となる話だ。

 

「ミアハとディアンケヒトも同席しておったからの、近いうちに両ファミリアから詳しい報告があるじゃろう」

 

「……なるほどな、それだけの事をしていれば女神も味方に付くか」

 

最強最悪(クレイジーサイコ)・超絶残虐破壊衝動女(ハイパーウルトラヒステリー)と言われる女神だが、眷属には慈悲深く、甘い。そして眷属達を心から愛しているのを私は知っている。そして静寂と静寂の妹を治す為に奔走していた事を考えれば治療してくれたカワサキの味方になるのは当然の事だ。

 

「神会の場で言えばカワサキの立ち位置は確立されるだろうが……勝算はあるのか?」

 

次の神会は黒龍討伐の後となっている、神会でカワサキの立ち位置を確立させるとしても男神達が敗れれば全てご破算になる。

 

「決して壊れぬ魔剣、身につけているだけで体力と精神力が回復する指輪、どれだけ荷物を入れても重さが変わらない鞄」

 

「……何を?」

 

「カワサキがワシらに齎した物じゃ。ほかにも黒龍対策に龍殺しの特性を持つ武器を多数提供してくれておる」

 

異世界の住人だけが鬼札ではなく、カワサキが提供した武器自体も切り札ということか……。

 

「劇物だぞ?」

 

「分かっておる。だがカワサキはとことん善人じゃ、追放や、隔離、モンスターとして追われる姿は見たくない」

 

あの男神がここまで言うか……ならば仕方あるまい。

 

「分かった。黒龍討伐が成されたのならば、私もカワサキの後ろ盾になろう」

 

「助かる。それでも完全とは言えんが、少なくともモンスターとして追われる事はなかろう」

 

男神と女神、そして私が後ろ盾になれば手を出す馬鹿も……。

 

「な、な、なあああああッ!?」

 

「なんだよ、うるせえな」

 

「な、何をした、私に何をした!?」

 

愚者が大声で叫び、カワサキの呆れたような声に私とゼウスが愚者とカワサキに視線を向ける。

 

「な!?」

 

「おっほお♪」

 

愚者は賢者の石を精製した罪で骸骨のような姿になっている……筈なのだが、私とゼウスの視線の先にはどう見ても人間、それもまだ幼さを残しながらも美女と言える人間が半裸で絶叫していたのだった。

 

 

 

賢者の石を作った罪として肉と皮が腐り落ちたはずの私の身体に肉と皮が戻って来た。そのありえない奇跡に私は暫く目の前の現実を受け入れる事が出来なかった。だが理解が思考に追いつくと私は目の前の異端児にしか見えない亜人に詰め寄っていた。

 

「何をした!? 私に何をした!?」

 

「何ってあれだ。人化の術を使っただけだ」

 

「何だそれは!?」

 

軽く言われた人化の術。恐らく聞いたとおり人間にする、あるいはなる術なのだろうが……。

 

「んだよ、飯食えるぜ?」

 

「あ、ああ。そうだな……って違う!?」

 

飯を食える、食えないじゃない、何をしてくれたんだと叫びそうになり、熱視線を感じ振り返ると神ゼウスが鼻の下を伸ばして私を見ていて……慌ててローブの前を閉じた。

 

「はぁはぁ……この姿はお前がしたという事でいいんだな?」

 

「おう、俺は飯を食わせるのが好きだからな! アンデッドとか、ゴーレムとかは人間に出来るぜ。あと普通のモンスターもな!」

 

とんでもない爆弾発言をするカワサキに私と神ウラノスは思わず額に手を当てた。カワサキの話が本当ならば異端児問題が全て解決してしまうからだ。

 

「時間制限とかは?」

 

「んー魔法のほうは1時間くらいだな、人化の指輪と腕輪があれば装備してる間はずっと人間だけど……アイテムボックスの中だから探すのに時間が掛かるし、数も10個ずつ位しかないな、ほい。焼きあがったぞ」

 

のほほんと笑いながら差し出された皿を反射的に受け取った。

 

「これは……?」

 

「クレープシュゼット。知らないか? クレープシュゼット」

 

「知らないな……」

 

800年前からそもそも何も食べていないのだ。食べ物に関しての知識なぞとうの昔に忘れてしまってる。

 

「まぁ甘くて美味いから食ってくれよ。おーいゼウスの爺さん、ウラノス。出来たぜー」

 

呆然としている私に背を向けて神ウラノスと神ゼウスにも同じ物を届けに行くカワサキの背中と手の中の皿を交互に見て……。

 

「あ……」

 

800年ぶりに感じた空腹と腹の音に顔が赤くなるのを感じ、思わず神ゼウスとウラノスに視線を向ける。

 

「おおー美味いの、暖かいデザートとはまた面白い!」

 

「このオレンジの酸味と甘みが良いな、このソースも美味だ」

 

「いやあ、喜んで貰えて何よりだ」

 

なんか普通に食べていたので警戒していたのが馬鹿らしくなって私もクレープシュゼットとやらを口にした。

 

「……甘酸っぱい」

 

オレンジの酸味と甘みはこんな物だっただろうか、こんなにも甘くて素晴らしい物だっただろうか……口の中に食べ物が入り、それを咀嚼する感覚はこんな物だっただろうか……? シロップと共に煮られた小さく切られたオレンジはシロップの甘みが強く、皮がほのかに苦くて口の中の味の変化を与えてくれる。

 

(……この生地ですら美味しい)

 

味が薄い薄く焼かれた小麦とバターの味がするだけの素朴の味の生地はどこか800年前を思い出させた。

 

「……美味しい、とても美味しいよ」

 

「そいつは良かったよ」

 

独り言のつもりだったのだが、カワサキの返事があって思わず背が伸びた。

 

「そんなに驚かなくても良いと思うんだけどなあ」

 

「食べてる最中に声を掛けられたら誰でもビックリするぞ」

 

「そらそうか、悪いな。驚かせるつもりは無かったんだ。ゼウスの爺さんとウラノスがもう1枚くれっていうから焼くがあんたはどうする?」

 

もう1枚……もう1枚か……そうだな。

 

「貰おうかな……折角だから」

 

「OK、すぐに焼こう」

 

クレープシュゼットを口にしながら何でもないつもりで返事を返したフェルズだが、その目から涙が流れており、カワサキはそれを見ないようにフェルズに背を向けて新しいクレープを焼き始める。

 

「イケメン対応しすぎじゃろ」

 

「あれがあやつにとって普通なのだろう。しかし美味い菓子だ」

 

「確かにの、ヘラのご機嫌取りに焼いて貰おうか……」

 

涙を流してるのに気付き慌てて涙を拭うフェルズを見ながら、ゼウスとウラノスはクレープシュゼットと共に差し出された紅茶を啜っているのだった……。

 

メニュー11 黄金のコンソメスープ へ続く

 

 




愚者さんに人化を施し、クレープでウラノスと共に胃袋キャッチ、胃袋を掴んだやつが1番強いってはっきり分かりますね。あと人化の指輪はフェルズさんに譲渡されました。次回は黄金のコンソメスープ、これでゼウスファミリアとヘラファミリアを強化し、黒龍へ挑むと言う形にしたいと思います。
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー11 黄金のコンソメスープ

 

メニュー11 黄金のコンソメスープ

 

黒龍討伐の為の遠征が近くになるにつれゼウス爺さんもヘラも口数が少なくなり、そしてザルドやアルフィア達にも緊張の色が見えていた。だから悪いと思ったが、俺はゼウスファミリアの修練所を占拠し只管に料理を続けていた。

 

「ティアマトの涙を生命の水で煮ながら溶かす……」

 

ドラゴンはユグドラシルでも恐ろしいほどに強いモンスターだ。百科事典にデータだけ記されている黒龍と同種とは思えないが、間違いなくそれに匹敵、あるいはそれよりも強い可能性があるドラゴンの討伐。短い間だが共に過ごした奴らには死んで欲しくないので俺に出来る限りの全てを行なう。

 

「……温度が上がりすぎているな……不味い不味い」

 

最上級ポーションの材料の1つである生命の水は温度が上がりすぎると効果を失い、ティアマトの涙は温度が低いと溶けてくれない。生命の水が沸騰せず、ティアマトの涙が溶けるギリギリの温度で不眠不休で煮る事丸2日……やっとティアマトの涙が溶けてくれた。

 

「良し……出来た」

 

ティアマトの涙が溶け、生命の水もその効力を失っていない……最高の状態のそれに世界樹の朝露を注ぎ込んで混ぜ合わせる。

 

「よーし、よし。いいぞ」

 

1度溶けてしまえば沸騰させてもその効力を失う事はない、生命の水も一定の温度で煮続けることでその効力を安定化させてくれる。そのまま使うより僅かに効能は落ちるが、落ちた分の効能は世界樹の朝露で補えばいい。全てが全部混ざった所で1度鑑定を行ない、その効力を確認する。

 

「HPの最大値の半分の数値だけHP上昇、自動HP回復(特大)、状態異常無効化Ⅲ、状態異常回復Ⅲ……これで良しと」

 

HPの最大値の上昇と、自動HP回復の特大、そして状態異常無効化と回復Ⅲ。継戦能力で考えれば1番の大当たりを4つも引けたのはラッキーだ。

 

「次はバニシングクックの鶏がら」

 

レイジングブルと同様の最高ランクの鶏モンスターの鶏がらを良く洗って余分な血と脂を取り除いたら、レイジングブルの腿肉を軽く焼き色がつくまで焼き、黄金の野菜のにんじん、玉葱、セロリを皮付きのまま適当な大きさに切り、バニシングクックの鶏がら、レイジングブルの腿肉、黄金の野菜を全て鍋の中に入れ、黄金の野菜を収穫した後の畑で栽培したローリエやタイムといったハーブを加え、塩胡椒で軽く味付けをしてから弱火でじっくりと煮る。

 

(黄金の野菜は出汁が出るまで時間が掛かるからな)

 

文字通り黄金の野菜なので、出汁が出るまで時間が掛かる。だがここで加速を使ってしまうと黄金の野菜の金が錆びてしまい、全てが台無しになる。調理をするのも、煮るのも時間が掛かるから普通の野菜を使えば良いと思うかもしれないが……。

 

(黄金の野菜のステータス上昇は必要になるからな)

 

黄金の野菜のステータス上昇は最低でもⅢからだ、これでⅣ・Ⅴが出れば段違いで生存率が上がるので黄金の野菜を使わない選択肢はないのだ。

 

「これで暫くは良しっと」

 

水分が3/4位になるまで煮るので、大体3時間か4時間か、これは加速をせずにじっくりと煮る。

 

「玉葱、人参、セロリっと」

 

この3種の香味野菜を皮を剥いて微塵切りにし、レイジングブルの挽肉と、黄金の卵を混ぜ合わせる。

 

~4時間後~

 

「よーし……良いぞ」

 

水分が飛んでたっぷりと煮詰まったスープを1度漉し、新しい鍋の中に入れる。

 

「……ふーやっとここまで来たか」

 

具材を煮る為の水を用意するのに2日、出汁が出るまで煮るので4時間。手間隙掛けたスープはこの段階でも美味く、そしてバフの効果も……大当たりの全ステータスUPⅤを筆頭にブレス耐性Ⅳ、打撃耐性、斬撃耐性、属性攻撃耐性が全てⅢと間違いなく最高レベルのバフが揃ってくれた。このベースのスープの中に作っておいた肉のペーストを加えてひたすら混ぜる。

 

「……これは何時間で出来るかな」

 

煮詰めながら混ぜる事で灰汁の出る穴が真ん中に出来るが、それが出来るまでただ只管に混ぜ続け、そして更に言えば穴が出来たとしても、スープが澄むまで更に煮る必要がある。

 

「まぁ2日も煮れば出来るだろ」

 

普通のコンソメスープではないのだから普通のスープを作る常識は当て嵌まらない、下手をすれば2日でも仕上がらないかもしれないが……。

 

「維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)があって良かったな」

 

維持する指輪があれば食事も睡眠も排泄も必要ない、集中力が切れない限り失敗する要素は何処にもない。沈めた肉のペーストが浮き始め、スープの中の真ん中に灰汁が現れる穴が現れ、そしてスープが黄金色に輝き始めるまでの3日間、俺はひたすらに鍋を混ぜ続けるのだった……

 

 

 

三大クエスト最後の1つにして最難関と言える黒龍討伐の遠征が近づくにつれファミリアの中の明るさはまるで蝋燭の日を消すかのように消えていった。べヒーモス、リヴァイヤサンも尋常じゃなく強かったが、黒龍はそれを遥かに上回ると言う。カワサキの魔道具や料理で団長達のステータスを底上げしてもなお、届くかどうか怪しいという。生きて戻れるかもどうかという事で遺書を残す者、恋人や家族に別れを告げる者……皆が最悪に備えて最後の別れをする中俺も愛しい女との別れを告げていた。

 

「メーテリア。戻れなかったらごめんな?」

 

「……そんな言葉は聞きたくありません。死んでも戻るくらい言ってください」

 

「そうだな、うん。ごめん」

 

「いいえ、構いませんよ。ファミリアからみなのご無事を可愛い人と共に祈っていますわ」

 

俺とメーテリアの別れは短かった。俺は臆病で泣き虫で、長く別れを告げていれば恐ろしくなって遠征に出発出来なくなると分かっていたからだ。

 

「おう。アルト、メーテリアとの別れは済んだか?」

 

「うん、終わったぜ、ザルド。それよりも何をしてるんだ?」

 

恐れていたアルフィアとヘラに遭遇する事も無くヘラファミリアを出た俺はそのままゼウスファミリアヘ戻り、そこで修練場に続く通路に長い列が出来ているのに気付きザルドへ問いかける。

 

「カワサキが黒龍討伐の為の最後の切り札を切ってくれるそうだ。ゼウスもヘラもいる」

 

ヘラもいるという言葉に驚くが、長蛇の列を見るとヘラファミリアの団員の姿もちらちらと見える。

 

「サポーターも飲んでおけと言う指示だ。お前も並んどけ」

 

ザルドの後ろに並び修練場へとゆっくりと歩き出す。

 

「美味しい……」

 

「美味いな、最後の飯がこれなら悔いはない」

 

「馬鹿な事を言うもんじゃないよ! 生きて戻る為に用意してくれたんだよ!」

 

修練場から美味いという声や、すすり泣く声、弱気な事を言ってヘラファミリアの団員に激励されている声が響いて来る。

 

「何を作ってくれたんだ? 随分と料理をしていたのは知ってるが」

 

「スープだそうだ」

 

「スープ? ふーん。まぁ重いものよりは良いか」

 

これから戦いに出るのだから重い食事よりもスープの方が良いと思いゆっくりと、しかし確実に前へと進み修練場の中へと足を踏み入れた瞬間。

 

「あ。あえ……」

 

「す、凄まじいな」

 

口の中に唾液が溢れた。スープの香りを嗅いだだけで食べたい、飲みたいという欲求が俺の中で鎌首を上げた。

 

「美味い、美味いなあ」

 

「美味しいわね……こんなに美味しいスープは初めてよ」

 

皆がスープを飲み、ゼウスとヘラの元へ向かいステイタスを更新し、出発の為に修練場を出て行く、その間も食べたいと言う欲求は強まり続け、そしてやっと俺とザルドの番が来た。

 

「俺の渾身の1杯だ。よく味わって飲んでくれ」

 

その言葉と共に差し出された皿の中には眩いまでに黄金に輝くスープが並々と注がれていた。

 

「ありがたく頂こう」

 

「おう、俺はこれくらいしか出来ないから頑張ってくれよ」

 

ザルドの肩を叩き激励するカワサキは俺に視線を向けるとエプロンから何かを取り出して、俺に握らせてきた。

 

「アルト、お前は足が早いから絶対生き残る。どうしようもなくなった時、それを半分に割ってくれ」

 

「……分かった。お前がくれるって事は起死回生の何かなんだな? 貰っとくぜ」

 

それは汚らしい木の棒に見えたが、カワサキが渡してくれた物がただの棒の訳が無い。それをポケットの中にいれ渡されたスープ皿を手に、修練場の床へ座り込む。

 

「どうだ。ザルド、美味いか?」

 

「飲めば分かる。俺はこれほど美味いものは初めてだ」

 

スープを噛み締めるように飲んでいるザルドを不思議に思いながらいただきますと口にし、スープを口に含んだ。

 

(え?)

 

スープなのに、飲み込むだけなのに、俺の口はスープを咀嚼していた。飲み込むのが惜しいと言わんばかりに俺の意思に反して何度も何度もスープを噛み締めていた。

 

「う、美味い、本当に美味い。いや、そもそもこれはスープなのか?」

 

「スープなんだろうな、俺達の常識を超えるスープなんだ」

 

スプーンで掬うスープはずっしりと重い、それなのに液体なのだ。まるで金を溶かしたようなと思うほどに重量感のあるスープを口に運べば、鼻へ抜けるのは素晴らしい香味野菜の香り。複雑で幾重にも重なった旨みが鼻を抜けたと思えば重厚な旨みが次々と顔を出す。

 

(牛肉、鶏肉……なんだ、ほかには何だ……)

 

ありとあらゆる旨みが口の中に広がり、スープなのに咀嚼を繰り返す。飲みたいのに、飲み終わるのがもったいない。だからこそゆっくりになり、噛み締めるように皿の中のスープを最後の一滴まで飲み干す。

 

「美味かった、ああ、最後の飯がこれでも何の文句もねぇ」

 

「いや、俺は嫌だね。生き残って、またこの美味いスープを飲むまで死んでたまるかよ」

 

「……そうだな、それが良い」

 

「よっしゃステイタスの更新に行こうぜ!」

 

ザルドと共にステイタスの更新をゼウスのじっ様にして貰い、考えうる最高の装備、最高の道具、そして考えうる万全の状態でこれなら黒龍にも勝てる……俺は、いや俺だけではなくゼウス・ヘラファミリアの全員がそう……思っていた。

 

 

「……げほッ……くそが」

 

咳き込む度に口からどす黒い血が出る。間違いなく中がやられた、それに足の感覚も無い……たった1発、たった1発のブレス。黒龍が自らを巻き込むほどの至近距離で自分の足元へ吐いたその1発のブレス……その衝撃で優勢だった筈の俺達は壊滅一歩手前に追い込まれた。

 

「うおおおおッ!!!」

 

「はぁあああああッ!!!」

 

団長と女帝の声が聞こえ、殆ど力の入らない両手で四苦八苦しながら身体を起こす。

 

(……やばい)

 

動けているのは本当に僅かな人員だけだ。サポーターは全員地面に倒れ、レベルの低い団員は意識を保っているが痛みに苦しんでいる。

 

「福音……」

 

【サタナス・ヴェーリオン】

 

静寂を始めとした魔法を使えるものが団長やザルドを支援している。だが団長は腕が折れ、片腕で無理矢理大剣を握っているし、女帝は足の骨が折れて、骨が飛び出しているのに黒龍への攻撃を止めない。

 

『グルル、グアアアアッ!!』

 

俺達もボロボロだが黒龍も無傷ではない、前右足と後ろ足が折れ、右目が潰れ、そして切裂かれた脇腹からも血が溢れている。羽の皮膜もボロボロでもう飛ぶ事は出来ないだろうし、右の前足からは骨が飛び出しその傷口からは絶え間なく血が流れ、左の後ろ足は完全に砕けている、それなのに残された左の前足と右の後ろ足だけで身体を支える黒龍の目は爛々と輝いていた。それは死を間近に感じた動物が持つ輝き――それを見た俺はカワサキに託されていた木の棒をポケットから取り出していた。

 

「……ごほ……へんな……もんだったら……ごほッ! ゆるさねえぞ……」

 

最後の力を振り絞り、木の棒を圧し折ると俺の目の前に黄色い影が現れた。

 

「俺はこれからお前達の戦いを台無しにする。逃げるぜ、アルト。生きてりゃ次がある、死んだらそれまでだ」

 

「……へ……へへ……だな」

 

カワサキが手にしていた巻物が輝くと、黒龍が放った光がぶつかり合い凄まじい魔力の渦が俺達と黒龍を飲み込む……そんなこの世の終わりのような光景が俺が最後に見た物だった……

 

 

ゼウス・ヘラファミリアが黒龍討伐に失敗、両ファミリアの団員に負傷者多数、瀕死の黒龍はいずこかへと逃走。

 

「……待ってたで、この時を、約束通り手伝って貰うで、色ボケ」

 

「構わないわよ。ロキ」

 

黒龍討伐失敗の報はオラリオを駆け巡り、ゼウス・ヘラファミリアを潰そうとするファミリアがこれを好機と動き出そうとしていた……だがオラリオの神々は知らない自らの行いがある者の逆鱗に触れてしまう事を……。

 

 

下拵え さらば迷宮都市 へ続く

 

 




という訳で今回は少し短めでしたが、ここで話を切ろうと思います。次回はオバロ版の飯を食え並に大暴れするカワサキさんと、追放ではなく堂々とオラリオを出て行くゼウス・ヘラファミリアを書いて第1幕は終わりにしたいと思います。その後はベル7歳と暗黒期を書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうか宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え さらば迷宮都市

オバロ版の読みきりのダンまち版を加筆修正しております。
ロキ達の顔に張り紙とか、黒歴史要素を付け加えて見ました。


下拵え さらば迷宮都市

 

男神と女神が黒龍討伐に失敗し、3日経った。たった3日と思うかもしれないが、状況は私の想像を遥かに上回るレベルで悪化していた。

 

「神ウラノス。想像以上に事体は悪化しているぞ、どこもかしこもゼウス・ヘラファミリアへの罵詈雑言ばかりだ」

 

最強と最狂ならば黒龍を倒せると期待していた。だが現実は残酷でゼウス・ヘラファミリアは敗北した。考えうる限りの備えをし、最高の装備を整えた上で黒龍へ挑み敗北……いや、敗北したというのは正しくないか。正確には相打ち、死者0で、黒龍との戦闘記録を持ち帰ることが出来たと考えれば間違いなく人類側の勝利なのだが……その情報はいつの間に恐ろしいほどに捻じ曲げられてしまっていた。

 

「誰が情報を操作している? 愚者よ」

 

黒龍も瀕死の重傷を負い逃亡した。痛み分け、あるいは相打ちに近い状態だったはずなのに、何故敗北した、死傷者多数という話ばかりが出回っているのか、その調査結果はどうだと愚者へと問いかける。

 

「闇派閥……と言えればよかったのだが……ロキとフレイヤの私兵共だ」

 

「……そうか、このタイミングで動いたか、天界のトリックスターは」

 

男神と女神のファミリアが壊滅すればロキ・フレイヤファミリアがオラリオの最強となる。男神と女神の失脚を虎視眈々と狙っているのは知っていたが、このタイミングで動いたかと思わず溜息を吐いた。

 

「ロキ、フレイヤファミリアで闇派閥を抑えれると思うか?」

 

「……無理だな。今はオラリオにいないオシリスファミリアの末端構成員にも勝てないだろう」

 

オシリスファミリア。男神と女神に真っ向から戦いを挑んだ唯一のファミリアであり、敗北しオラリオを追放されているがその末端構成員のレベルは4・5揃い、そして団長のメルティ・ザーラはレベル7。ロキファミリアの3首領であるフィン、ガレス、リヴェリアもレベル5止まりであり、どう考えても男神と女神のファミリアは愚か、闇派閥の団員にすら劣っているというのに……。

 

「神アストレアとその団員がなんとか噂を揉み消そうとしていますが、状況は芳しくない」

 

「だろうな、扇動はトリックスターの得意とする所、女神アストレアとは相性が悪い」

 

神同士を争わせ、戦争を起させたロキは策謀に秀でている。正義を司り、堅物のアストレアとは相性が余りにも悪すぎる。

 

「ロイマンは」

 

「……神ロキとフレイヤに肩入れしている」

 

「……そう……か」

 

1000年の間最強を誇ったゼウス・ヘラファミリアを面白くないと思っている神は大勢いるだろう。期待していた者は失敗した事に落胆し、陰口を叩くだろう……本来ならば中立を保たなければギルド長であるロイマンですらも女神フレイヤに肩入れしているのはあまりも不味い。

 

「今回の神会は荒れるな」

 

「間違いない、神ウラノス。貴方は出ないのか?」

 

「……出た所で私の言葉に耳を傾ける神はおるまい。オラリオの住人も、神も、自分達で最悪の結末を選ぼうとしている。ならば自分達の決断がどんな結果を齎すか、その身を持って知ってもらうしかあるまい……」

 

 

 

ワシのファミリアの前を囲む冒険者達とその前に立つ赤毛の神――ロキの姿を見てワシは深い溜息を吐いた。

 

「嵌められたわい、今頃ヘラの所はフレイヤでも乗り込んでおるかの……」

 

元々ワシとヘラを面白く思っていない神は多くいる事はワシも把握していた。黒龍討伐で弱った所を叩きに来る……これは想定内であったが、ここまで動きが早いのは異常だ。

 

(ワシとヘラとウラノスを省いた状態で臨時神会でも招集したかの?)

 

オラリオの神全てがワシとヘラを邪魔者扱いしている訳では無いが、大多数はワシとヘラを嫌っているのは間違いの無い事実だ。本来の予定日と違う日時に神会を開き結託したとしてもおかしくはない。

 

「ゼウスのじっ様、どうするんだよ。戦うのか?」

 

窓の外を見たアルトがどうするかと問いかけてくるが、ワシは即座に返事を返せなかった。

 

(死亡者はおらんが、それでも負傷者ばかり……こんなくだらない戦いで眷族を死なせる訳にはいかん)

 

カワサキのおかげで幸運にも死者はいない。だが死んだ者がいないというだけで意識不明の重態の眷属は山ほどいるし、手足を失った者もいる……それらを踏まえた上でもワシは決断できなんだ。

 

「……万全ならばそれも選択肢に入るがの……見積もりが甘かったわい、後数日あれば状況も変わったんじゃがな」

 

カワサキのお蔭でザルドはレベルアップし、他の団員も多くがレベルアップを果している。そしてカワサキの料理によってステイタスが上昇しているのでレベルアップをしていないとしても、それに匹敵するステイタスを得ている。それはヘラのファミリアの所も同じであり、カワサキを拾う前と比べれば段違いにワシとヘラのファミリアの戦力は上昇したと言える……のだが。

 

(それでも黒龍とは相打ちがやっとじゃった)

 

カワサキが貸し与えてくれたアイテムの中には死に至るダメージを軽減するアイテムもあった。カワサキはそれをそうと説明せずワシとヘラの眷属全員に持たせていた。そのとんでもなく希少なアイテムが眷属達の命を救ってくれ、アルトの奴に託していた魔道具がカワサキを黒龍との戦いの場へと呼び寄せ、全員を転移で回収してくれた。カワサキには返せぬほどの恩が出来てしまったが、それを返す術がワシとヘラにはない。

 

「ゼウス。入るぞ」

 

ワシの了承を得ずに包帯で片腕を吊ったマキシムが部屋の中に入ってきて、窓の外を見て顔を歪める。

 

「ここで動くか、力も無く、挑む勇気も無いロキファミリアの団員らしいな、オッタルとは雲泥の差だ」

 

「あーあのガキか、ザルドにも団長にも、女帝にも、アルフィアにもボコボコにされてんのに良く折れないよな」

 

フレイヤファミリアのオッタルはファミリア唯一のレベル6であり、そして何度も何度もザルドやマキシムに挑み、敗れ、それでもその都度に立ち上がり挑んできたガッツのある男だった。そんなオッタルと比べれば勇者と呼ばれるフィンや、重傑と言われるガレスなど完全に名前負けだ。とは言え、今のワシらの状態ではそのフィン達にすら勝てない有様で失笑してしまう。

 

「逃げるかの? マキシム」

 

この状態で無理に戦って眷属を死なせるのならばワシは逃げる。ヘラも恐らく同じ決断をするはずだと思いそう提案するがマキシムは深く溜め息を吐いた。

 

「逃げるにしても、追っ手で間違いなく死者は出るぞ。ゼウス」

 

「マキシム……そうじゃな。ロキがこうして乗り出したんじゃ……見逃してはくれまい」

 

戦えないのなら逃げるとしてもロキとロキファミリア、そしてロキファミリアに賛同したほかのファミリアの団員がいる以上逃げるとしても間違い無く追っ手は来る。誰かを殿として残すのも数の差で無駄死にするとしか思えない。

 

「じゃあどうするんだよッ! このまま攻め込まれて全員死ぬのかッ!?」

 

ワシとマキシムの話を聞いていたアルトがどうするんだと声を荒げるが、そんなのワシも知りたい。無数のファミリアに囲まれ、負傷者を大勢抱えているワシらに打てる手は悲しいが殆どない。

 

(ロキらしいといえばロキらしいが、落ちてるものを拾って最強を名乗って満足とはな)

 

ファミリア同士の抗争は決して珍しくない、だが幾らなんでも3大クエストの1つに失敗した直後に攻め込んでくるのは余りにも非道だ。ワシとヘラをオラリオから追放して形だけの最強でも欲しいかと思わず呆れたその時だった。凄まじい轟音が響き、ロキ達が攻め込んで来たかと思った次の瞬間凄まじい怒号がワシの部屋の窓を揺らした。

 

「万全な状態では勝てないと、ゼウスファミリアが傷ついた時に攻め込んでくるとは恥を知れッ!!」

 

窓を揺らす激しい怒声……それがカワサキの声であると気付いたワシとアルトは慌てて窓の外を見た。

 

「あいつなにやってんだッ!?」

 

「まだ会合は終わってないんじゃぞッ!?」

 

神同士の会合の場である神会でカワサキを紹介するつもりだったワシは勿論アルトも声を上げる。ロキファミリアの前に仁王立ちするカワサキはモンスターとして処分される、そう思った次の瞬間ロキファミリアの団員達が声も上げることも出来ずに宙を舞い地面に叩き付けられた。

 

「「「は?」」」

 

ワシ達の困惑する声が部屋の中に響き、カワサキが怒号を上げながら冒険者の群れへと突撃する姿をワシ達は呆然とした様子で見つめる事しか出来ないのだった……。

 

 

 

 

ゼウスの爺さんにもヘラにも言われた通り俺は積極的にオラリオに関わるつもりは無かった。この街の情勢やあり方に口を挟むつもりはないし、この世界の常識も知らないから口を挟むつもりは無かった。ただ、ほんの少し、仲良くなった奴に手を貸すくらいは良いだろうと思ってアルト達にアイテムを提供し、そして料理を振るまった。それは何時もの俺と変わらない、普段通りの行動だ。ゼウスの爺さん達が俺を神会で紹介してくれた後にこの世界でどう過ごすかなんて事を考えていたのも事実だが……事情が変わった。

 

「どこでも群れないと動けない奴はいるもんだな」

 

黒龍討伐に失敗したゼウスの爺さんのファミリアを囲む大勢の冒険者達。それはナザリックに襲撃を仕掛けてきた1500人の討伐隊を俺に思い出させた。

 

「神ゼウスッ! 黒龍討伐の失敗の責を受けてもらうでッ! 戦争遊戯やッ!」

 

真っ向から挑みもせず、そして負傷者が多数いるゼウスの爺さんのファミリアに戦争を仕掛けると叫んだ糸目の女を見て、俺は窓を開け放ち窓から飛び出し、片膝を地面について着地し立ち上がると同時に怒りのままに声を上げた。

 

「万全な状態では勝てないと、ゼウスファミリアが傷ついた時に攻め込んでくるとは恥を知れッ!!」

 

真っ向から挑めば勝てないから相手が弱った所を叩き、戦いは数と言わんばかりに人員を集めてきた。余りにも卑怯、余りにも非道、俺はゼウス・ヘラファミリアしか行き来していなかったが、こんなにも民度が低いとは思っていなかった。

 

(誰もうろたえないか)

 

正論を聞いても表情1つ変えない、それは自分達の行いが正しいと信じているからだ。その顔を見て俺は躊躇う必要も迷う理由もないと理解し、拳を握り締めた。

 

「恥もなんもないなあ、相手が弱ってる所をたたく……戦いの基本やろ?」

 

冒険者の前に立つ赤毛で糸目の女がニヤニヤと笑いながら声を掛けてくる。自分が圧倒的に上、負ける訳が無いと傲慢に思っている俺が大嫌いな権力者と同じ雰囲気を持つ女の言葉に俺は頷いた。

 

「なるほど、それが返答で良い訳だな? 引くつもりはないと……」

 

「当たり前やろ? それにあんたモンスターやろ? ならあんたも討伐せんとなあッ!!」

 

俺の言葉に糸目の女が目を開きながらそう叫び、女の回りの冒険者達が駆け出してくると同時に俺も同時に走り出し、向かって来た冒険者に向かって躊躇う事無く腕を振るった。確かにクックマンは戦闘に適した種族ではない、いや、そもそも戦闘すると言う考え自体が希薄な種族で、レベル100であっても戦闘になればレベル50くらいのステータスしか発揮出来ない。だがそれでも戦えないわけではないのだ、それになによりも俺はリアルでは数え切れないほどに喧嘩してきた。つまり何が言いたいかと言うとステータスが低下しても、リアルで培った戦闘経験は何一つ無駄になっていないという事だ。突進と同時に振り上げたアッパーによって巻き起こされた風圧で宙を待った冒険者達が受身も取れず頭、あるいは背中から落ちるのを見て俺は呆れて物も言えなかった。

 

(これが冒険者……こんなもんか)

 

ザルドやマキシムクラスを想定していたのに拍子抜けだった。確かに強いのだろうが……技術が無い、恩恵とステイタスに物を言わせた言うならば暴力にしか思えなかった。

 

(これなら全然問題ないな、120人のチンピラと喧嘩した時と大差ない)

 

全員が全員そうではないだろうが、この程度ならば問題ない十分戦える。

 

「俺が嫌いな物を教えてやろう、1つ道理外れ、1つ多勢で少数を取り囲む奴ら、1つ無能の癖に上に立ちたがる奴、そして……食い物を粗末にする奴……は今は関係ないか、それと良い事を教えてやろう。これは俺の友人が言っていたんだがな」

 

俺の怒気に威圧されて後ずさる糸目の女と数合わせで来たであろう冒険者が後ずさるのを追いながら、受身も取れず地面に叩き付けられた団員の頭を踏みつけ少しだけ体重を掛ける。

 

「が、がああああッ!?」

 

痛みで暴れ、俺の足を退かそうとする冒険者の頭に更に圧力を掛けると手足を出鱈目に振り回し暴れるが、それでも俺の足はその冒険者の頭から1ミリも動く事は無かった。

 

「や、止めろっ! もう「黙れよ、お前ら攻め込んできたんだろう? なら返り討ちにあってもそれはしかるべきだ。そして俺の友人は言った。殺して良いのは殺される覚悟がある奴だけ……覚悟は出来てるか? 卑怯者共、俺は出来ている」

 

金髪の子供にしか見えない奴が止めるよう叫ぶ。だが俺はその子供を睨みつけながらかつてのウルベルトの言葉をそのまま告げた。あいつは誇り高い悪だった。悪を成す事で正義を成そうとした。相手を殺す事を覚悟し、そして自分が殺されることも覚悟していた。だがオラリオの冒険者はどうだ? 自分が傷つけるのは良くても、傷つけられる事にまるで覚悟が出来ていないようにしか思えないのだ。

 

「ん?」

 

俺に向かって光る何かが迫ってくる。それに気付いたが、少しばかり反応が遅れた。光る何か……恐らく魔法が俺の目の前に着弾する。

 

「やったッ!」

 

「これなら!」

 

「気を緩めるな! 警戒を「そこのエルフ、正解だな。ちゃんと当ったのも確認しないで喜ぶとか馬鹿か? それともこいつが嫌いだったか?」

 

俺が踏みつけていた冒険者を盾にした事で俺は全くの無傷だった。足元にこんなでかい盾があるのに使わない馬鹿は居ないと言うわけだ。

 

「負傷者を盾にッ」

 

「そこまでするか!?」

 

俺が仲間を傷つけたとして周りの冒険者が怒鳴るが、俺からすればどの口で言っているとしか言えなかった。

 

「何言ってるんだ? 助けもしないで攻撃して来たのはそっちだろ? それに敵をどうして俺が気遣わないといけないんだ。こんだけでかい盾があるんだ。使わない馬鹿はいないだろ」

 

瀕死で痙攣してる盾にした冒険者の口に一応ポーションを捻じ込んでから投げ付ける。

 

(ここで殺してゼウスの爺さん達に迷惑をかけるわけには行かないしな)

 

ここで俺が殺してしまえばゼウスの爺さんとヘラに迷惑を掛けるので殺しはしない、殺しはしないが……。

 

「安心しろ、殺しはしない。殺しはしないさ、お前達の同類と思われたら迷惑だからな」

 

「モンスター風情がッ!」

 

激昂した冒険者の1人が剣で切りかかってくるのを袖から出したフライ返しで受け止めようとし……。

 

「なんだ安物使ってんな」

 

「は? え……がぼッ!?」

 

フライ返しに冒険者が手にしていた剣は切裂かれ、俺の後ろに落ちる。そして自分の剣が壊れた事に呆然としている冒険者の顔面に拳を叩きこんで殴り飛ばし、地面に手を当ててそのまましゃがみ込みながらスキルを発動させる。

 

「中華鍋シールドッ!!」

 

降り注いできた魔法や矢を中華鍋を盾にして防ぎ、中華鍋の陰からフライパンをもって飛び出す。

 

「そこのお前が司令官だなッ! 沈めッ!」

 

エルフの魔法使いの指揮を取っている同じエルフであろう緑色の髪をしたエルフに狙いを定め、フライパンを突き出す。柄が高速で伸びたフライパンをハンマーのように使い、緑色のエルフの頭を殴りつけてそのまま意識を奪う。

 

「リヴェリアッ!?」

 

「「「リヴェリア様!?」」」

 

凄まじい打撃音と共に呻き声も上げれず倒れたエルフの名を周りの冒険者が叫ぶ。それで俺が今昏倒させたエルフがリヴェリアという名前だと知ったが、それに興味は無く振り返りながら両手に装備したお玉で振り下ろされた斧を受け止める。

 

「なんだ、あんたみたいのもいるんだな」

 

軽い、余りにも軽い、手にしている武器は確かに重い。だが中身がない、迷っている、あるいはこの戦いに疑問を抱いているのであろうドワーフの胴にお玉を回転させトンファーのように叩き込む。

 

「ぐっ!! くっ!?」

 

吹っ飛んだドワーフは空中で回転して足から地面に着地するが、追撃に投げ付けたお玉ブーメランが後頭部に命中し、ドワーフは顔面から倒れ込み気絶……した振りをする。

 

「ガレス!」

 

「ガレスさん!?」

 

気絶した振りをしてるのも気付かない様子の冒険者へ向かって走り、手にしたフライパンで殴りつけて昏倒させる。

 

「己よくもリヴェリア様を!」

 

「許さんぞモンスター!」

 

……ちょっと計算違いだな、あの司令官を沈めればエルフは沈黙すると思ったのが何人かは怒りの表情で編隊を組んで魔法を乱射してくる。それを中華鍋で防ぎながらどうするか考え、フライパンとお玉を手に中華鍋の影から飛び出す。

 

「秘儀死者の目覚めッ!!!」

 

クックマンの力で全力でフライパンにお玉を何度も何度も叩きつける。

 

「「「~~~~ッ!?!?」」」

 

この金きり音は冒険者は勿論耳がいいエルフや獣人が耐えれるわけが無く、次々と白目を剥いてダウンする。そんな中1人が倒れていく冒険者を踏み台にして突撃してきた。

 

「とんだ化物だな、君はッ!」

 

槍を片手に突っ込んできた金髪の子供の一撃を回避し、そのままその首に手を伸ばしてチョークスリーパーへ移行する。

 

「ッ!? っ!?!?」

 

「とっとと落ちな、ガキ」

 

暴れてチョークスリーパーを外そうとするガキだが、完全に決めたのに逃がすつもりは無く力を込めて一気に意識を刈り取り、締め落とした子供を投げ捨て、再び地面に手を当てて中華鍋を召喚し、魔法を防ぐと同時に中華鍋を両手に持って腰を落として回転する。

 

「中華鍋ハンマーッ!!!」

 

俺を軸にして高速回転しながら中華鍋を叩きつける、骨の砕ける音と呻き声と共に冒険者達は吹っ飛ばされ、周囲の建造物に叩きつけられ、その場に崩れ落ちる。

 

「な、なんなんや、お前はッ!!」

 

「俺か? 俺は料理人だッ! 馬鹿野郎ッ!!」

 

「お、お前のような料理人がいるか!?」

 

「悪いな、ここにいるッ!!」

 

「ぎゃあッ!?」

 

完全に浮き足立っている冒険者は本来の強さを発揮出来ていない、立て直す前に沈黙させる為に俺は右手にフライパン、左手に中華鍋を持って冒険者の中へ突撃した。

 

「……嘘や、それか悪い夢や」

 

「悪いな。現実だ、アホ女。次はお前だ」

 

不意打ちと、司令官を失ったことで浮き足立っている冒険者を倒すのはそう難しくなかった。向こうにとっての想定外が続き、立て直せなかったのが俺が勝てた理由で、完全に冷静さを保っていられたら少し危なかったなと思いながら、最後に残った糸目の前に立つ。

 

「神殺しは重罪やぞ!?」

 

「はぁ……言っただろ? 殺して良いのは殺す覚悟がある奴だけだ。俺はチャンスはやった、引き返すかどうかと、それでもお前は闘いを選んだ……なら責任を取れッ!!」

 

言うに事欠いて神殺しは重罪だと叫ぶ糸目の女に向かって握りこんだ拳を突き出す。

 

「ひ、ひいああああッ!!!」

 

情けない悲鳴をあげる女の顔の横に拳を突き立て、恐怖心が限界を超えた女はほへっと言う間抜けな声を上げてその場に崩れ落ちた。

 

「ゼウスッ!! 追放なんかされるんじゃなくて堂々とオラリオを出て行ってやろうぜッ!! このままヘラとヘラファミリアの団員を迎えに行って俺達から出て行こうぜッ!! 堂々と真正面からよッ!!」

 

ゼウスの爺さんとヘラが必要ないと言うのならば出て行ってやればいい、その後どうなろうと知った事ではない、自分たちで追い出したのだ。それで何が起きても自分達の責任だ、そして悔いればいいのだと思いながらゼウスファミリアに向かって俺は叫ぶのだった。

 

 

 

 

ロキファミリアの冒険者達とロキの思惑に乗った神の眷属を全て倒したカワサキがオラリオを出て行こうと叫んだ。俺はゼウスに視線を向けるとゼウスは肩を震わせ、何かを耐えるような素振りを見せた後に大声で笑い出した。

 

「はは……はははははッ!!! そうじゃなッ!! ワシらが必要ないというのなら出て行ってやるかッ!! マキシム、ザルドッ! 馬車を準備せいッ! オラリオを出るぞッ!!」

 

黒龍討伐失敗の責だ何だの言って理由をつけてロキたちは攻撃を仕掛けてきた。瀕死の俺達を追放し勝利する事で箔をつけようとしているのならば、わざわざその思惑に乗ってやる馬鹿はいない。

 

「「「おうッ!!」」」

 

ゼウスの号令で俺達を含めて動ける団員は動けない団員達に肩を貸し、馬車の中に団員達を寝かせ、装備やアイテムも次々と馬車の中へ積み込む。

 

「アルトの奴はどうした? あいつが1番元気だろ」

 

1番元気なアルトの姿が見えず、何をしてるのかと探すとカワサキの所にいた。

 

「お前めちゃくちゃ強いじゃねえかよ!?」

 

「適当に暴れただけだ、それよりアルト。こいつ吊るすぞ」

 

「……ロキを?」

 

「そうだ。出来るなら全員吊るしてやりたいけどな。そこまでロープないし、もっとロープあるなら持って来てくれよ。邪魔する連中全員吊るしてやろうぜ」

 

「はははっ!! 良いなそれ! よし、やろうぜッ!! おーい、ロキ吊るすぞ! 手伝える奴は手伝ってくれ」

 

襲撃してきた連中を吊るすと聞いて悪戯好きな連中がロープを持って飛び出して行き、カワサキとアルトと共に縛り上げてどんどん吊るしていく……。

 

「これで良し」

 

その中にはゼウスもいて、やたら達筆で「無乳」「若作りショタ爺」とか書いた紙を貼り付けているのを見て俺も作業を中断し、ガレスの額に「ミノ」と書いた張り紙を張る事にした。なおリヴェリアやエルフの大半には行き遅れ、年増、同性愛などの張り紙がされていた。

 

「よーし、出発するぞ!」

 

「「「おうッ!!」」

 

全員ボロボロだが、そこに悲壮感は無く、笑いながら俺達はロキと、ロキに賛同した冒険者達を吊るし上げ、用意した馬車に乗り込んだ。

 

「さぁ、ヘラファミリアに行くぞ!」

 

大通りを悠然と進むゼウスファミリアのエンブレムと旗が掲げられた馬車をロキの甘言にのった冒険者や神達は信じられないと言う様子で見つめていた。

 

「はは、いい気味だぜ」

 

「顔を出すなアルト。お前は弱いんだからな」

 

「わーってるッ!」

 

負傷者も多くいるのだ。見た目よりも余裕は無いが、それでも余裕を演じながらヘラファミリアへと向かうと、ヘラファミリアの周辺にフレイヤファミリアの団員が倒れているのが見えた。疲弊していてもヘラファミリアの団員は強い、フレイヤファミリアの団員に負けるわけが無いのだ……。

 

「住民が殆どいないな? どういうことだと思う? マキシム」

 

だが今のオラリオの街にいるのは殆どが冒険者ばかりで住民の姿が無い、その事に気付いたカワサキがマキシムに問いかける。

 

「恐らくだが……住民がいればゼウス達を追い出そうとするロキとロキに賛同した神々と対立する。それを避ける為にどこかに集められているのだろう」

 

「あーじゃあギルドのロイマンか。はっ、あのクソエルフらしいな」

 

マキシムの予想は当っており、ロキとフレイヤがゼウス・ヘラファミリアに攻撃を仕掛ける時間帯は黒竜討伐失敗についての発表があるとし、殆どの住民がギルドやバベルへと向かっており、今残っている住民がいるとすれば病気や、動けない老人、ダイダロス通りの住民という状態で、今のオラリオはゴーストタウンに近い状態だった。

 

「じゃあ、なんだ。ロキに賛同してない神やファミリアは?」

 

「そっちは多分神会を理由にして集められているな、今頃ロキとフレイヤがいないことに気付いて神会を中止しようとしているんじゃないか?」

 

ロキとフレイヤに賛同しないであろうアストレアやガネーシャと言った善良な神々もまた神会を理由に集められていた。

 

「つまりあれだな。カワサキがいないと俺達は死んでいたと」

 

「間違いないな。感謝してるぞ、カワサキ」

 

「感謝されるほどの事でもねぇけど、礼は受け取っておくぜ、ザルド」

 

カワサキのポーションが無ければ動ける段階に回復しておらず、襲撃を仕掛けてきたロキファミリアによって全滅していたのが容易に想像できるので、本当にカワサキには助けられたなと思っていると馬車の外から大声が響いてきた。

 

「マキシムッ! ザルドッ!! 勝負だ! 俺と勝負しろッ!! 勝ち逃げなど許すものかッ!! 俺と戦えッ!!」

 

聞き慣れたクソガキの声がした。遠巻きで見ている者が多い中、俺と団長を名指しした馬鹿に俺は喉を鳴らしながら立ち上がった。

 

「団長。ケリをつけてくる」

 

「ああ、あの馬鹿の高い壁になってやれ」

 

団長の言葉を背に受けて俺は馬車から降りて、勝負しろと叫んだクソガキ……オッタルを睨みつけた。

 

「ザルド……勝負だ」

 

「良いぜ、相手をしてやるよ。クソガキ」

 

ヘラファミリアの面子と戦いボロボロで今にも倒れそうなのに、立ち向かってくるオッタルに俺は笑みを浮かべ、手にしていた大剣を振りかざし、無造作に振り下ろした。

 

「が……ぁ」

 

ボロボロのオッタルは一合も俺と打ち合えなかった。手にしていた剣を砕かれ、鮮血を撒き散らしながらオッタルは仰向けに倒れた。そもそもヘラファミリアに突貫した後に俺と戦おうと言うのが土台無理な話だ。まぁそんな状態で俺と団長と戦おうとしたそのガッツは買うけどな。

 

「く……そ……行くな……行くな……俺はまだ……勝って……」

 

行くなというオッタルの前にカワサキから貰っていたポーションの瓶をおいた。

 

「悔しかったらもっと強くなるんだな、クソガキ。今のお前じゃ弱すぎて遊びにもならねえよ」

 

悔しそうに顔を歪めるオッタルに笑みを浮かべ再び馬車へ乗り込んだ。

 

「なんだ、骨のある奴もいるな」

 

「ああ。俺達に何度も挑んで来たガッツのある馬鹿だ。所属してるファミリアが悪すぎたな」

 

「あの色ボケの所だからな、だがあいつの越えるべき壁として最後の仕事はしたな」

 

これであのクソガキが奮起するのか、折れるのか、まぁとにかくでかい壁として立ち塞がる事は出来ただろう。

 

「ヘラよ! 我が愛する妻よッ! 迎えに来た、オラリオはワシらをいらぬと言うッ! ならばワシらはオラリオを出ようぞッ!!」

 

そんな事を考えていると大声でヘラを呼ぶゼウスの声がする。気になって馬車から顔を出すとヘラがドレスの裾を押さえて飛び降り、それをゼウスが抱きとめている姿が見えた。

 

「迎えに来るのが遅いぞ、ゼウス」

 

「はっははっ! すまんすまんッ! ワシらの邪魔をする連中を片っ端から吊るして来たのだ、見てみるがいい」

 

抱き止めたヘラを隣に降ろしゼウスが振り返り、両手を広げる。そこにはありとあらゆるファミリアの団長、あるいは主神が簀巻きになって吊るされていた。それを見たヘラは心底楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「もっとやれば良い物を」

 

「お前を迎えに行くのを最優先としたのだ。さぁ、行こう! このままオラリオを出て旅行にでも行こうぞ」

 

「ふふ、それも良いな。我が眷属達よ! 馬車へ乗れッ! 行くぞッ!」

 

ヘラの号令でヘラファミリアの生き残りも負傷者達に肩を貸し、ゼウスの用意した馬車へと乗り込み、ヘラファミリアのエンブレムを馬車へと掲げる。大通りを進む馬車を止めるものはいない。ロキ・フレイヤファミリアを一蹴し、堂々と大通りを通りオラリオを出て行くゼウス・ヘラファミリアは黒龍の討伐にこそ失敗したが、その力は今だ健在であるという事を示した。堂々と大通りを進み、ゼウスファミリアとヘラファミリアはオラリオを出て行く、それはロキとフレイヤの望んだ結果ではあるがロキとフレイヤが勝利して齎された結果ではない。ゼウス、ヘラファミリアがいなくなればロキ、フレイヤファミリアはオラリオの最上級ファミリアへと至る。だがオラリオの住人は知っている、本当の最強のファミリアはどこなのか全員が知っている。ロキとフレイヤが手にしたのは仮初の最強という張子の虎の称号なのだった……。

 

ゼウスとヘラファミリアがオラリオを出て7年後、とある田舎の農村で……。

 

「おじさん、だあれ?」

 

「よお、坊主。お前さんのお母さんに会いに来たんだ」

 

白髪に紅目の少年と、鋭い目付きの黒髪の男が出会い、その少年に大きな影響を与える事となるのだった……。

 

 

 

メニュー11 お好み焼き へ続く

 

 




はい、えーっとまずはすいません。ロキとフレイヤ、そしてその団員も嫌いではないのですが……ここだけはどうしてもアンチ気味となりました。カワサキさんの俺ツエーを描きたいわけではなく、これほどカワサキさんが暴れるのはこれが最初で最後かつ、アンチも恐らくこれで最初で最後となると思いますのでご了承願います。
後次回は7年後、エレボスがアルフィア達に会いに来る少し前からはじめたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー12 お好み焼き

 

メニュー12 お好み焼き

 

音を立てて馬車が止まり、俺は荷物を背負って馬車から降りる。

 

「悪いな爺さん。無理言って乗せて貰ってよ」

 

「良いさ、どうせワシはオラリオに向かう途中じゃったし、話し相手がいてくれて楽しかったわい。しかしあんたみたいに料理の上手い人が根無し草とはの」

 

「はっはっは。あちこち見て回るのが楽しくてな! それより爺さん、オラリオに行くんなら気をつけろよ? 最近あんまり良い話を聞かないからさ」

 

「荷物を降ろして帰るだけさ、じゃあな。兄ちゃん、またどこかで!」

 

「ああ、またどこかで」

 

またどこかでと笑いながら言う爺さんに手を振り返し、整えられた山道を歩き出す。

 

「しかしまぁ何年ぶりだ? 3年……いや、5年か?」

 

俺が向かっているのはゼウス・ヘラファミリアの団員とサポーターが作った田舎の村。オラリオの近くだが、そこはそれ、ユグドラシルの拠点擬装用アイテムを使っているので、オラリオの住人がやって来てもアルフィア達だと認識出来ないようにしてあり、それによってアルフィア達はオラリオから馬車で移動できる範囲に拠点を作ったわけだ。俺も暫くはその村に滞在していたのだが、アルトとメーテリアの1人息子、ベル・クラネルが産まれて、1年くらい後にこの世界を見て回りたくて村を出たきりで、何年ぶりに帰って来たかは正直定かでは無いが、多分4~5年はこの世界を放浪していたと思う。リアルでは見れなかった自然溢れる世界を見たいという欲求を俺は抑えられず、ザルドやアルフィアに止められたが俺は旅に出る事を選んだ。

 

「しかし色んな物を見たなあ」

 

緑溢れる森や、美しい海、流れる川や、森の中でくらす様々な動物達、そしていろんな国や村で触れ合う人達。その全てが新鮮で輝いていた。まぁちょっとおかしい奴もいたけど……。

 

「とりあえず2度とメイルストラとテルスキュラとラキアには行かないようにしよう」

 

歌劇の国ではなんで私の魅了が効かないとか怒る女神がいたし、ラキアではなんかアレスとかいう神が横暴だったので顔面にマーボー豆腐をシュートして兵士に追われながら着の身着のまま逃げてきたし、テルスキュラは……うん、忘れたほうが良いな。まさか女だけの国とは思わなかったし、なんか襲われたので適当にいなしてるうちに歓迎されて暫く腰を落ち着けていたが国を出ようとしたら殆どの国民に追われたし、何が原因かは分からんがとりあえずほとぼりが冷めるまでは絶対に近づかないほうが良いだろう、なんか目が怖かったし……。

 

「良い奴らもいたんだけどなあ」

 

なんか危険なモンスターを監視してるというファミリアと女神にもあったが、彼女らは良い連中だったので緊急時に逃げれるようにアイテムも渡したし、なんか明らかなバトルジャンキーにもあったが、どこかウルベルトに似てる事もあって意気投合したし、闇派閥とか言ってたけどただのバトルジャンキーの集まりでゼウスとヘラファミリアに勝つのが全てであり、罪人に相応しい処罰をとか言っていたな。流石に空気を読んでゼウスの爺さんとヘラに世話になった時期があるとは言わなかったが……それに後はやたらちゃらい神にもあったな、こいつもこいつでどこかペロロンチーノに似てて憎めない奴だったな、ただあんまりむかついたので口に麻婆豆腐を捻じ込んで、物凄い痙攣したが神だから生きてるだろ。うん……その後何かあったかもしれんが、俺は知らん。

 

「おお、随分と変わったなあ」

 

俺がいた時よりも規模が大きくなってる畑や、放牧されている牛や豚を見ながら村の中に足を踏み入れ、アルトとメーテリアの家へ向かっていると白い髪が視界を過ぎった。それが一目でアルトとメーテリアの子供だと分かり俺は思わず苦笑した。

 

(ずいぶんとでかくなったな)

 

当然と言えば当然か、子供の成長は早いって言うしなと思いながら雑草を抜いていた子供に俺は歩み寄った。

 

「おじさん、だあれ?」

 

「よお、坊主。お前さんのお母さんに会いに来たんだ」

 

これが俺カワサキとベル・クラネルの最初の出会いであり、これから何年も続くベルとの物語の最初の1ページだった。

 

 

 

 

村に見慣れない奴が入ってきたと言う報告を聞いて俺は村の入り口近くの畑で作業をしているアルトとメーテリアの子であるベルを迎えに走った。

 

「たかいたかい」

 

「はっはっは、そうかそうか!」

 

俺がベルを見つけた時、ベルは見慣れない黒髪の男に肩車をされていて楽しそうに笑っていた。

 

(ちっ……人質か? なんだ、あいつの目的は何だ?)

 

ベルが肩車されているので攻撃する訳にも行かず、警戒しながら男とベルへ近寄る。するとベルが俺に気付いたのか満面の笑みを浮かべて手を振る。

 

「ざるどおじさん! おとうさんとおかあさんにおきゃくさまー」

 

「ん? おーザルド! 久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

 

「誰だお前は、俺の知り合いにお前みたいな奴はいないぞ」

 

馴れ馴れしく声を掛けてくる男を睨みながら言うと、男はぽんっと手を叩いて、そうだったなと笑い指輪を外す。

 

「俺だ。ザルド、カワサキだ」

 

すると男の姿は一瞬で黄色い異形の姿へと変わった。その姿を見て俺は目を見開いた、それは7年間手紙でしか安否が分からなかったカワサキの姿だったからだ。

 

「かわいくなった!?」

 

「……そこはメーテリアと同じなんだな、ベル」

 

ベルに可愛くなったと言われ、頭をぺちぺち叩かれているカワサキは疲れたように溜息を吐いた。

 

「お、お前!? いままで何をしてたんだ!?」

 

「旅してたけど? 3年くらい?」

 

「7年だ! 7年! しかもここ1年は……というか人間になれたのか!?」

 

色々と言いたい事はあったが、カワサキが人間になれた事が1番の衝撃だった。

 

「別になれないとは言ってなかったと思うが?」

 

「そういう大事な事は普通言うだろ!? どこのファミリアとか殺されて無いかとか心配してた俺の気持ちを返せ!」

 

カワサキが何時の間にか旅に出たと聞いて心配していた俺の気持ちを返せと叫んでしまったが、これに関しては全部カワサキが悪いと思う。そんな話をしているとカワサキに肩車されていたベルの腹が大きく音を立てた。

 

「おなかすいた」

 

「そうか! ベルはお腹が空いたか! そうかそうか、よっし! ゼウスの爺さんに顔を出したら飯を作るか」

 

「ごはんたべる! あっちだよ」

 

「よっしゃ! じゃあザルド! 話はまた後で」

 

ベルが腹を鳴らしたことで好都合と逃げていくカワサキに一瞬呆けたが、すぐに追いかける。

 

「待て! カワサキ待つんだ!」

 

必死に制止するがカワサキは止まらず、ベルの家の前にいたアルフィアと遭遇し足を止めた。

 

「正座」

 

「はい?」

 

「正座しろぉ! 今すぐ、ここに正座しろカワサキィッ!!」

 

俺より心配していたであろうアルフィアの怒号が村中に響き、なんだなんだと集まって来た団員達が見たのはおろおろしているベルと正座しているカワサキと、カワサキに説教をしているアルフィアと言う凄まじい光景なのだった……。

 

 

 

7年村を出ていたカワサキがベルを肩車してやってきたのを見て正座しろと叫んだ私は悪くないと断言できる。モンスターにしか見えない姿で何時の間にか姿を消して、旅に出ると言う手紙だけ置かれていた私やメーテリアがどれだけ心配していたか考えろというのも当然だ。

 

「ばっかでー! ぶわははははは「福音」ぐぎゃッ!?」

 

「お、おじいちゃんッ!?」

 

馬鹿笑いしている爺に魔法を叩き込み、爺を心配して駆け寄るベルを抱き上げる。

 

「あ、あるふぃあおかあさん、おじ、おじいちゃんが」

 

「大丈夫だ。ベル、あの爺はあの程度では死なない」

 

下着泥棒、覗きなどでこの7年間何度も殺そうとしたのに死ななかったので心配する必要なんてこれっぽっちも無い。

 

「可愛い人、お姉様は凄く心配していたんですよ?」

 

「まぁほらあれじゃん? 俺の住んでた場所って緑とか無いからさ、色々と見てみたかったんだよ」

 

「それは分かるが、モンスターの姿で移動して「ああ、大丈夫大丈夫。俺人間になれるし」は?」

 

人間になれると言ったカワサキが指輪を嵌めるとやたら目付きの鋭い、黒髪の人間が私の前で正座していた。

 

「ほら。ちゃんと人間になって旅してたんだ」

 

人間になれるから大丈夫だったと能天気に笑うカワサキの肩に手を置いて私は笑った。

 

「そういう問題じゃないんだ。カワサキ」

 

「あいだだだ!? 折れる! 肩の骨折れるッ!」

 

「ええい、折れてしまえッ! ついでだ、足の骨も圧し折ってくれるッ!」

 

「いだだだだッ!! 折れる! マジで折れるからッ!!」

 

命の恩人(?)なのでそれなりに気を使うつもりだったが、あまりに能天気なカワサキに我慢しようとか、気を使おうという気は一瞬で消し飛び、本気の折檻を加えてやろうかと思ったのだが……。

 

「おにゃかすいた」

 

「ほら! アルフィア! ベルがお腹空いたって! 飯作るからとりあえず、肩の骨と足の骨を折るのは止めてくれないか!?」

 

「俺もそれはちょっとやりすぎだと思う」

 

「お姉様。嬉しいのはわかりますが、ちょっと暴力的だと思いますわ」

 

ザルドとメーテリアにも止めろと言われて、私は舌打ちと共にカワサキを自由にするのだった。

 

 

「何を作ってるんだ、お前は」

 

鉄板を加熱し、キャベツを混ぜ込んだ生地を焼いているカワサキに思わずそう尋ねる。

 

「お好み焼き。知らないか? お好み焼き」

 

「知らん」

 

「知らないな」

 

「ワシも知らんぞ」

 

「しらにゃーい♪」

 

「知りませんね。なんですか?」

 

上から私、ザルド、爺、ベル、メーテリアと知らないと言うとカワサキは広げた生地の上に豚肉を広げる。

 

「まぁ薄力粉にざく切りにしたキャベツを混ぜて、軽く味を付けて出汁を入れて生地を作って、その上に好きな具材や、生地に具材を混ぜて焼く料理だ。簡単だし、量作れるし。ほっと」

 

簡単に作れるとカワサキは言ったが生地を引っくり返すのはかなり難しいように見えたが……技術があればそう難しいものではないのだろうな。

 

「そして仕上げにソースをどばーっと」

 

ボトルに入ったソースがお好み焼きの上にかけられると熱せられた鉄板で蒸発し、ジューっと言う音と食欲を誘う香りがあちこちに広がる。

 

「あ! カワサキさんだ!」

 

「帰ってきたのか!」

 

その香りであちこちの家から団員達が顔を出してこっちにやってくる。騒がしくなるなと思わず眉を寄せてしまう。

 

「ほらほら、お姉様。笑顔笑顔」

 

「あるふぃあおかーしゃん、にぱー」

 

「む……ああ、そうだな。メーテリア、ベル」

 

メーテリアとベルに言われると素直に従ってしまうが、この7年の間に少しばかり私も丸くなったのかもしれない。

 

「ほい、完成。まずはメーテリアとアルフィアとベルな。熱いから気をつけて食べてくれよ」

 

切り分けられたお好み焼きが乗せられた皿を受け取り、ザルドに作らせた机と椅子に腰掛ける。

 

「おいしそー」

 

「そうね、美味しそうねベル」

 

「そうだな、確かに美味そうだ」

 

見た目は丸く焼かれた平べったいパンのように見えるが、その上で動く紙の様な物と焦げたソースの香ばしい香りは確かに食欲を刺激する。

 

「いただきます」

 

「いにゃにゃまーひゅ」

 

「いただきます」

 

カワサキに言われて癖になってしまったいただきますに苦笑しながら、フォークで小さく切ったお好み焼きを口へ運ぶ。

 

「はふ、はふ……ふっふ……」

 

思ったよりも熱く、口の中で転がして熱を冷ます。そんな私を見てメーテリアは苦笑し、ベルの為に小さく切ったお好み焼きを良く冷ましてからベルの口元へ運ぶ。

 

「お姉様ったら、ふーふー。はいベルあーん」

 

「あーん、んんーおいひいッ!」」

 

幸せそうに笑うベルを見てからメーテリアもお好み焼きを口へと運んだ。

 

「ん、確かに美味しいですね。お姉様」

 

「そ、そうだな。確かに美味い」

 

舌を少し火傷してしまったが確かに美味い、見た目は薄いから固いのかと思ったが思ったより柔らかく、中はトロリとした食感とざく切りキャベツの食感の2つがあり、そこにカリカリに焼かれている豚肉の食感と味が加わり、ソースの濃い味が食欲を加速させる。

 

「俺は豚玉!」

 

「シーフードが気になるな。シーフードミックス」

 

「豚玉シーフードミックス!」

 

私達が食べてる中、どんどん自分の好きな具材で作ってくれとカワサキに頼む声が重なる。

 

「おう、すぐやるぜ」

 

巨大な鉄板の上に幾つも生地を広げ、その上に具材をどんどん乗せて次々とお好み焼きを焼いてるカワサキの手が止まる事は無く、ソースの香りにつられてやってきて、食べたい具材を告げて増えていくお好み焼きの注文をどんどん捌いている。

 

「なんだろうな、カワサキがいると一気に賑やかになるな」

 

「そうだな、騒がしいのは嫌いだが……悪くないな」

 

ムードメイカーと言う奴なのだろう。カワサキがその場にいるだけで笑顔が溢れる。美味い物を食えば笑顔を浮かべるのは当然だが……カワサキにはそれだけでは説明出来ない何かがある。

 

「おいしいね、あるふぃあおかーしゃん」

 

「ああ、美味しいな。ベル」

 

口の周りをソースでべたべたに汚しながら美味しいと笑うベルに私は微笑み返し……。

 

「おお! カワサキ! カワサキ帰ってきたのか!!」

 

騒がしく、決して認めたくない義弟の馬鹿声が聞こえ、駆け寄ってきた馬鹿に福音を叩きこんだ私は絶対に悪くないだろう。

 

 

 

「おーいてえ……死ぬかと思った」

 

福音で吹っ飛ばされた俺を無視して家の中に引っ込むメーテリアとアルフィア、そして心配そうにしているベル。やっとの思いで家族の元へ帰ってきた義弟にやるべきことじゃないと思うんだよなとぶつぶつと呟いているとヘラがやれやれと肩をすくめた。

 

「それを言えてる間は余裕だろうよ、アルトよ。それより、カワサキ。良く戻ったな」

 

「それよりですませるか?」

 

「うるさい黙れ、お前の役目はすんだからとっとと消えろ」

 

「ひでえ! 頑張ったじゃねえかよ! 情報収集にオラリオに忍び込むのがどれだけ大変だったと思ってるんだよ!?」

 

ゼウスのじっ様とヘラがいなくなった後のオラリオを定期的に調べるのが俺の仕事だが、カワサキの残してくれた認識阻害の指輪があってもかなり骨の折れる仕事だったんだ、もう少し優しくしてくれても良いじゃないかと声を上げる。

 

「おうおう、お疲れさん。ほら、豚玉、焼きあがったぞ」

 

「俺に優しくしてくれるのはカワサキだけだよ……いただきまー……あちいッ!!」

 

出来立てのお好み焼きに口の中を焼かれて思わず声を上げる。

 

「腹が減ってるとは言えがっつきすぎだな。しかし、うむ。悪くないな、見た目はあれだが」

 

「気に入って貰えて何よりだよ、ヘラ。それよりやっぱりオラリオはヤバいのか? 旅の中で色々と話を聞いていたが……」

 

「あーひでえぜ。ロキとフレイヤファミリアが最大派閥になってるけど、俺らにボコボコにされたから抑止力として機能してなくてな」

 

しかしこれうめえな、見た目よりふわふわだし、食感も色々あって面白い。

 

「今度はシーフード、それに牡蠣も」

 

「あいよ。んで、どうなんだ?」

 

口の中のお好み焼きを飲み込み、良く冷えたビールで身体の火照りを取りながら深く溜め息を吐いた。

 

「ひでえもんだよ。かと言って今ゼウスのじっ様とヘラが戻ったら」

 

「形振り構わないものが出て来る」

 

俺の言葉をヘラが続ける。今のオラリオの情勢ははっきり言って最悪だ。孤児が多く、殺人、強盗……例を挙げれば切りの無いほどに犯罪で満たされている。正直これがオラリオかと、ラキアより酷いんじゃないかというのが俺の意見だ。

 

「何か打開策が必要だ、それもゼウス、ヘラの名前を使わないで、闇派閥も、オラリオのファミリアも同時に相手に出来るような劇的な一手が必要だと俺は思う」

 

だがそんな上手い話があるわけも無く、どうしたものかと頭を悩ませながらお好み焼きを頬張る。美味い、めちゃくちゃに美味いのだが、ベルと同じ位の歳の孤児で溢れるダイダロス通りを思い出し、どうすればオラリオが以前のように戻るのかという考えが頭を過ぎり、カワサキの作ってくれた料理の美味さもどこか上滑りしてしまう。

 

「んーつまりあれか? 闇派閥の神と団員がいるから酷いと?」

 

「主な原因はそうだが、それだけとは言い切れないがそれがどうかしたのか?」

 

俺とヘラの話を聞いたカワサキは顎の下に手を当てて、足踏みしながらうーんっと唸る。

 

「なぁヘラ。ゼウスのじい様が浮気しないようにしたくないか?」

 

「したい」

 

即断でゼウスのじっ様が浮気しないようにしたいと言うヘラにカワサキは決まりだなと笑った。

 

「良し、じゃああれだ。ゼウスのじい様で実験しよう。上手く行けば今のオラリオを変えれるぜ」

 

止めるべきなんだろうが、今のオラリオを変えれると言うカワサキの言葉を信じ、そして俺に被害が及ばないならとゼウスのじっ様で実験しようとするカワサキとヘラを俺は止める事無く……。

 

「それもう焼ける?」

 

「おっとと、焦げるところだった。ほら出来たぞ」

 

「やりい! あ、後ビールもおかわり」

 

カワサキの作ってくれた料理に舌鼓を打ちながら、心の中でほんの少しだけゼウスのじっ様の心配をするのだった……。

 

メニュー13 極辛麻婆豆腐へ続く

 

 




というわけで暗黒期編開幕です。色んな場所を見て回っていたカワサキさん。良い出会いも悪い出会いも沢山あったようですが、楽しいたびをしていた模様です。そして実験台に選ばれたゼウスに何が待ち構えているのかを楽しみしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕話 その1

続けて幕話その1です

ちょっと私の認識不足のところもあるかもしれませんが、ゼウスとヘラが出て行ったばかりのオラリオの話になります。

若干矛盾や無理があると思うところもあるかもしれませんが、今作ではこういう設定なのだと思っていただけると嬉しいです。


幕話 その1

 

本来ならば3ヶ月に1回開催される神会(デナトゥス)だが、神会を理由にアストレアや俺が集められている間に黒竜討伐失敗の傷を癒していたゼウス・ヘラファミリアの両方にロキファミリアとフレイヤファミリアを主軸にし、ロキとフレイヤに賛同したファミリアによって襲撃を受けたゼウスとヘラがオラリオを見限り出て行った事により緊急の神会が開催される事になった。

 

「ガネーシャ。大変な事になったわね」

 

「アストレアか、そうだな。まさかギルドのロイマンまで抱き込んでいるとはこの群衆の主たる俺も想像していなかった」

 

ギルドのロイマンによってオラリオの住民が集められていたらしい、もしもオラリオの住民がいれば破天荒ではあるが地上の人間を愛しているゼウスもヘラも話し合いの余地を残してくれたかもしれないが……それを阻止する為にも住民を集めていたロイマンの罪は重い。

 

「今回はウラノスが議長を務めるらしいな」

 

「ウラノスが? それだけ責任を感じているのかもしれないわね」

 

普段ギルドから出てこないウラノスまで神会に参加するのは正直俺も予想外だった。

 

「今日の神会は……いや、オラリオはこれから荒れるぞ」

 

ゼウス・ヘラという抑止力が無くなれば闇派閥は間違いなく動き出す。今回の神会は間違い無く、ロキとフレイヤへの追及とこれからオラリオをどうするのかという話し合いになることだろう。

 

 

「どうしてくれるんだ!? ゼウスとヘラを追い出して何がしたかったんだ!?」

 

「そんなに自分達の力を誇示したかったの!? べヒーモスとリヴァイアサンにも挑まなかったのにッ!」

 

神会の会場ではロキとフレイヤを責める声が響いており、想像以上に神会は荒れていた。

 

「お前達だってゼウスとヘラが目障りだと言っていたじゃないか!」

 

「1000年もオラリオの最強を独占してるのを何とかしたいって思うのは当然じゃない!」

 

ロキとフレイヤに賛同していたファミリアの主神とゼウス・ヘラ擁護派の主神達の醜い罵りあいに思わず顔を歪める。

 

「こんなありさまで何とかできると思っているのか……ッ」

 

今更ロキとフレイヤを追及してもゼウスとヘラがオラリオを出た事実は変わらない。そしてそれを止める事が出来なかった段階で俺もアストレア達も同罪なのだ。

 

「静粛に、静粛にッ!」

 

ウラノスが槌を叩き、自身へ注目を集め、たっぷりと間を取ってから口を開いた。

 

「ゼウスとヘラがオラリオを出たという事実は変わらない。そしてロキとフレイヤ、彼女達に賛同したファミリアも、そしてその襲撃を止める事も出来なかった我らもまた同罪である。今我らがするべき事はこれからの事を話し合うことだ」

 

古代からオラリオにいるウラノスが神威を解放した事によりロキとフレイヤを追及していた神も、弁明をしていた神も黙り込んだ。

 

「まずギルドの主神としてロイマンのギルド長の任を解き、新たなギルド長を召集し、ギルドの正常化を行なう」

 

「神ウラノス。新たなギルド長はもう決まっているのか」

 

「ああ。私の個人的な知り合いだ。無論私の知り合いと言う事で大丈夫かと思う者もいるだろう、だが現段階でギルド長を任されるような人物は彼女しかいない、入ってきてくれ」

 

ウラノスがそう言うとローブを纏った1人の女性が神会の場に入ってきた。

 

「ガネーシャ、知ってる?」

 

「いや、見覚えはないな。ウラノスの眷属か?」

 

ウラノスには眷族がいない筈だが……それともその情報を隠していたかどっちだろうかと悩んでいるとその女性が口を開いた。

 

「私はオラリオでゴーストと呼ばれた者だ。名はフェルズという、よろしく頼む」

 

ゴースト……オラリオでの一種の都市伝説であり、黒衣を身に纏った魔道師との事だが、実在していたとは驚きだ。

 

「私はアルテナ出身のレベル4だ」

 

嘘は言っていない、彼女は本当にレベル4でアルテナの出身らしい。

 

「彼女はレベル4だが魔道具の作成に優れた魔導師だ。私の個人的な知り合いではあるが、私の部下ではない。私は今まで通りギルドの主神ではあるが、過度にギルドに干渉するつもりはなく、ギルドを私物化するつもりもない。今まで通りギルドは中立で公平な立場となるように務めたいと思っている。ロイマンに関しては半年の謹慎、その間に考えが変わらないようならばギルドから追放する。ギルドの主神としての決定は以上である」

 

新しいギルド長の招集と、ロイマンの追放を前提とした謹慎……素早い判断と決定に俺達に口を挟む余地は無かった。

 

「ギルド長として、ウラノスと話し合った。ロキ、フレイヤファミリア、そして彼女達への今回の襲撃事件への処罰を発表したいと思う。もしも私とウラノスの処罰について思うことがあれば意見を聞かせて欲しい」

 

これだけの神を前にして堂々と喋るフェルズはギルド長としての素質を十分に見せていた。

 

「少なくともロイマンとは違うようだな」

 

相手に応じて態度を変えるロイマンとは違う。ウラノスが選んだギルド長なので少し心配ではあったが……少なくともギルド長としての素質はロイマン以上というのが良く分かる。

 

「まずギルドとして一部の特例を除き今回の襲撃に関わった冒険者の改宗および脱退の無期限の禁止だ」

 

改宗の無期限の禁止……思った以上に重い罪だ。

 

「待ってくれ、特例と言ったが……その特例の条件は?」

 

「現在特例として考えているのは襲撃の前に団長を解任され、戦いの野に監禁されていたフレイヤファミリアの元団長ミア・グランドのみ特例としての改宗及び脱退を認める。それ以外は原則改宗を一切認めない、主神が送還された場合かよほどの事情がある場合のみ改宗及び脱退を認める物とする」

 

「そ、それはあまりにも重ないか!?」

 

想像以上に重い処罰に黙っていられなかったロキが声を上げる。だがフェルズは首を左右に振った。

 

「これは決定事項である。神達へ問う、私のこの判断は重すぎるか? それとも妥当か、どちらであると思う」

 

ファミリアを持ち眷族を持つ主神としてはかなり重いと言わざるを得ないが、ロキとフレイヤのやらかしを思えば妥当な線でもある。他の神々も妥当と判断したのか、フェルズの決定を認めた。

 

「次にロキ・フレイヤファミリアの両ファミリアは今回の件を扇動した罪として団員の新規入団を原則認めないものとする。定期的に仮入団を認めるが、正規入団は希望者及びロキあるいはフレイヤと団長同席の元面談を行い、その上で入団するか否かをギルドにて決定する。またこの仮入団はファミリアとして新規入団の団員の育成力を確認する為の物であり、育成が十分ではないとすれば仮入団も認めない場合もあるという事をロキとフレイヤは十分に理解する事」

 

入団するかも分からない団員を育成するというのはファミリアとしてもかなり厳しい事になると思うが、だからこそロキ・フレイヤファミリアの育成力を確かめる意図もあるというわけか……。

 

「それに加えて探索系ファミリア全てにだが定期的に所属団員のステイタスをギルドへと申告してもらう。ステイタスの上昇およびレベルアップした団員によってギルドより報奨金を与える。これはゼウス・ヘラがオラリオを出る前に残した黒竜との交戦記録を元に決定した物である。魔道具によって戦闘が記録されているので、これより全員に見ていただきたいと思う」

 

スクリーンが展開され、そこに映し出されたゼウス・ヘラファミリアと黒竜とのあまりにも激しい戦いに俺達は絶句すると共に、2度目があれば確実にゼウス・ヘラファミリアならば勝てたが、残された俺達では勝てないと悟り絶望感で満たされた。

 

「黒竜討伐はオラリオの悲願である。故に黒竜との戦いの記録を公表した、これに奮起し眷族の育成により一層励んでくれる事を望む。では今回の神会はここまでとするが、また後日臨時神会を開催する。その時は参加する事を望む」

 

ウラノスの言葉を最後に臨時神会は終わりを告げたが、ファミリアへ帰る俺の足取りは言うまでも無く、とても重い物になるのだった……。

 

 

 

 

俺はゼウスとヘラが何処を目指しているのか分からず、かといってクックマンの姿なので馬車の外に出ることも出来ず基本的に馬車に揺られ、メーテリアと話をし、飯時に外に出て飯を作るというサイクルを繰り返していた。

 

「メーテリア」

 

「はいはい、なんですか? 可愛い人」

 

「俺達は今何処に向かっているんだ?」

 

マキシムやザルド達に認識阻害の指輪を貸しているので、街道の街で新しい馬車や物資を確保しているので目的地がかなり遠いのは分かっているが、一体何処に向かっているのか分からずメーテリアにそう尋ねる。

 

「3大秘境を目指しているそうですよ?」

 

「3大秘境?」

 

また知らない言葉が出てきたのでそれは何なのかとメーテリアに尋ね返す。

 

「ダンジョンに並ぶモンスターが出現する地域です。凶悪なモンスターが生息していたり、古代のモンスターが封印されているのでそれらの封印を確認、封印が解けているのならば討伐を目的とした旅です」

 

黒竜に匹敵するモンスターが暴れだすのを阻止する為の旅という訳か……。

 

「最初の目的は?」

 

「さぁ? そこまでは私は分かりませんけど……オラリオから近い事を考えると平原ですかね、竜の谷と呼ばれる地域と隣接しているので、そこの調査が第一目的になると思いますよ」

 

オラリオを出ることになったが、ゼウスの爺さんもヘラもまだこの世界の住人に絶望した訳ではないようだ。

 

(そうじゃなかったら危険なモンスターの調査なんかしないか)

 

オラリオについては思う事はあるが、それとこれとは話が別という訳か、その考え方は俺と同じなので異論を挟む事はない。リアルでは見る事の出来ない自然溢れる世界を見る事が出来ると思えば長時間馬車に揺られているのも悪くはないと思っていると馬車が止まった音がした。

 

「おーい、カワサキそろそろ人がいなくなるから外に出ても大丈夫だぜ」

 

外からアルトの呼ぶ声がし、馬車の幌から顔を出す。

 

「おお……良いじゃないか」

 

自然に溢れ、大きな湖には自然動物の姿と動物や鳥の鳴声が聞こえて来る。リアルでは見ることの出来ない価千金の素晴しい光景に思わず溜息が零れる。

 

「カワサキ。食料調達で釣りをするんだが、お前もやるか?」

 

「やるに決まってるだろ! 俺は釣りは好きなんだよ」

 

釣竿を作っていたザルドが声を掛けてくるので馬車から飛び降り、アイテムボックスから釣竿を取り出す。

 

「……カワサキ。なんだその釣竿は?」

 

「見たことないぞ、そんなの」

 

一般的なルアー竿だが、オラリオを考えるとノベ竿とかが一般的なのだろう。ルアー竿を珍しそうに見ているアルフィア達の前にしゃがみ込んで仕掛けの準備をする。

 

「俺の方では一般的な釣竿だ。この疑似餌を使って小魚を食う大型魚を釣るための仕掛け」

 

「ほー……面白いものがあるんだな。どうやって使うんだ?」

 

「すぐに見せてやるよ、ザルド」

 

オラリオでは外に出る事は出来ず、そして人のいる所では外に出れず。メーテリアと話をして暇を潰したり、本を見たりして時間を潰していたがやはりフラストレーションが溜まっていたのは当然の事だ。

 

「よっしゃ、行くかぁ!」

 

スピニングリールを釣竿にセットし、ラインを通してスピナーベイトをラインに繋いで、俺は太陽の光を楽しみながらルアーを湖へと投げ込み……。

 

ザパアアッ!!

 

「え? うおおおおおッ!?!?」

 

ルアーが着水する前に湖から飛び出した巨大魚がルアーに食いつき、湖へと引きずり込まれかける。

 

「なにやってんだ!?」

 

「カワサキが魚に食われるぞ! 早く捕まえろッ!!」

 

「本当にお前は面白い奴じゃなあッ!!」

 

魚に湖に引き込まれそうになっている俺、それを阻止しようとするアルフィア達と地獄絵図を作り出す事になり、俺とゼウスの爺さん、ヘラ達の旅の始まりはとても騒がしい物となったが、何年経っても忘れる事の出来ない素晴らしい旅の始まりなのだった……。

 

 

 




幕話はこんな感じで何があったのかっていう感じで時々話の間に挟んでみようと思います。次の幕話のロキファミリアでの中での話とか、そういう感じの話をしてみたいなと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー13 極辛麻婆豆腐

 

メニュー13 極辛麻婆豆腐

 

私は……いや私だけではなく、マキシムやザルド、セラスも目の前に広がる信じられない光景に言葉を失った。

 

「相変わらず美しいな、我が愛は」

 

「も、もう……ッ! 貴方ったら」

 

爺とヘラがイチャイチャしている……信じられないほどにイチャイチャしている。

 

「俺の目は腐ってしまったのか?」

 

「ザルド、俺の目にも同じ物が見えている」

 

「馬鹿な……何があったというんだ……ッ!?」

 

爺が髭を剃り、髪を整えているだけでも信じられないというのにヘラへの愛を囁いている。幻覚かそれとも幻かと目を擦るが目の前の光景は変わらず、それ所か爺がヘラを抱き上げて花畑で回っている。楽しそうなヘラの笑い声と見たことのない笑顔に頭が痛くなってきた。

 

「な、何が起こっている……?」

 

「天変地異の前触れか……?」

 

爺とヘラは決して仲の悪い夫婦ではない事は知っている。神であり、長い年月を夫婦だったからか互いが一緒にいて当たり前という認識であり、爺はどれだけ浮気や覗きをしてもヘラが愛想を尽かすことが無い事を知っていて、ヘラもまた自分の凄まじい独占欲を自覚しており、どれだけ自分が嫉妬し、爺に攻撃を加えても爺が自分に愛想を尽かすことが無い事を知っている。神特有の長い年月を生きて暇を持て余しているからこその刺激のような部分がいるとヘラはかつて私に語っていたことがあったが……もしかすると以前は爺とヘラは見ているだけで胸焼けしそうな馬鹿夫婦だったのだろうか。

 

「おばあちゃんとおじいちゃんなかよし!」

 

「そうねーベル、お爺様とお婆様は本当に仲良しねー?」

 

「ねー?」

 

メーテリアとベルはこの異常事態を前にしても何時も通り。爺とヘラの異常行動を前にして癒される光景だが……爺とヘラに何があったのかとザルド達と首を傾げていると川釣りに言っていた愚弟が帰ってきて、今も回転している爺とヘラを見るなり手にしていた魚籠と釣竿を投げ捨てて私達の方へと走り出した。

 

「カワサキーッ! ゼウスのじい様で実験するって言っていたがお前何をしたーッ!?」

 

聞き捨てならないセリフを叫び、カワサキの為の新居に駆け込む。

 

「カワサキが実験? その結果があれか?」

 

「……あいつ何をしたんだ?」

 

「分からぬ。分からぬが……多分あれじゃ、ヘラが頼んだ可能性が高い」

 

「それは……そうかもしれないが、神の人格を変える様な真似をカワサキが出来るのか……やりそうだな」

 

出来るのか? と一瞬疑問に思ったがカワサキならやりかねないし、出来ると思ってしまった。

 

「何ってあれだろ。ほら、昨日アルトとヘラが言っていたオラリオを何とかする為の料理を食わせただけだが?」

 

「おかしくないか!? 異常だろ!?」

 

花畑の中でヘラに膝枕されている爺とそんな爺の頭を撫でているヘラを見る。愚弟と同じ意見と言うのは遺憾ではあるが……。

 

「爺にカワサキが何をしたのか聞くべきではないだろうか? もし知らずに食べてしまったらと思うと正直私は怖い」

 

そう言いながら爺とヘラに視線を向ける。

 

「良い天気ですね、貴方」

 

「うむ、太陽も美しく、花もまた美しい。我が愛の美しさには劣るがな」

 

「も、もうッ! 貴方ったら」

 

「ははははは」

 

あれは本当に爺とヘラか? 顔だけそっくりな別人じゃないかと思うほどに性格が変わってしまっている爺を見る。ザルド達を見るとザルド達も深刻な顔をしていた。

 

「聞いておこうと俺は思う」

 

「賛成」

 

「反対する理由が無いな」

 

「よし、では行こう」

 

カワサキが爺に何を食わしてああなったのか、自衛の意味も込めてカワサキに尋ねに行ったのだが……。

 

「目があッ! 香りだけで目が痛いッ! 鼻がぁッ!!」

 

「ええ、大袈裟だろ。これは食い物だぞ? お、アルフィアも食べてみるか? 美味いぞ」

 

真っ赤でボコボコと煮立ってる何かを勧めてくるカワサキに聞くまでも無く、あれが原因だと私達は一瞬で悟るのだった……。

 

 

 

 

ゼウスの爺さんとヘラが居なくなった事で抑止力が無くなり、好き勝手している邪神とその眷属を何とかする手段として俺が閃いたのは激辛料理をぶち込む事だった。別にこれは悪ふざけや嫌がらせなどではなく、ユグドラシル時代のゲームの法則に乗っ取っての考えだ。ユグドラシルは種族レベルや職業レベルで自由度が半端無かったが、逆を言えばビルドに合わないスキルや職業を取ってしまい、本来必要なスキルや種族レベルを獲得出来ないという現象が多々あった。それの改善策の1つが○○を殺す香辛料シリーズだ。この○○だが、実は全てユグドラシルの種族の名前を冠した香辛料であり、その香辛料を使って料理を作ればその種族レベルに応じての確率で種族レベルを下げることが出来るのだ。

 

「まぁ俺達には殆ど効果が無かったけどな」

 

その道を極めすぎているアインズ・ウール・ゴウンのギルメンでは失敗続きで種族レベルを下げれたのは殆どいなかったが、副次効果としてある効果がある事が判明した。それは種族、職業レベルによるステータスの成長補正の変更だ。例えばやまいこが選んだネフィリムは特定のステータスが上がりにくいが、それ以外のステータスは爆発的に伸びるなどの特性があるが、それを特定のステータスが爆発的に伸び、それ以外のステータスも平均的に伸びるといった風に種族、職業によるステータス補正を変化させる事が出来たのだ。これを上手く使えば邪神の考え方を変えることが出来るのではないか? と考えたのだ。そしてステータス補正の変更は香辛料を使えば使うほどに成功率が増すつまり……辛ければ辛いほど成功すると俺は考えた。殺しても死なないほどにタフなゼウスの爺さんなら実験台に申し分なく、ゼウスの爺さんの浮気癖や、覗き癖を無くせる可能性があると説明すればヘラも承諾してくれたので、これで何の心配も無く実験が出来る。

 

「まずはっと」

 

中華鍋にごま油を入れて、そこに殺すシリーズの鷹の爪を輪切りにした物と山椒を加えるのだが……。

 

「まぁ適当にやってみるか」

 

神を殺す香辛料と言うのは流石に無いので、天使を殺す香辛料などのカルマ値が善よりの職業や種族に効果のある香辛料を大量に使う事にする。そこにおろしにんにくとおろし生姜を加えて全体を良く混ぜ合わせる。

 

「ごほっ! 流石に痛いか、マスクしよう」

 

香辛料を使いすぎて目と鼻が痛いのでゴーグルとマスクを付けて弱火で焦がさないように丁寧にじっくりと炒める。

 

「こんなもんだな、次っと」

 

程よく炒める事が出来たら若干甘みのあるマイルドな辛さの赤味噌の甜麺醤、甜麺醤に似ているが唐辛子が入っていてかなり刺激と辛さが強い豆板醤、そして赤味噌を加え、味噌が焦げやすいので焦がさないように気を使って匂いが立ってくるまで丁寧に炒める。

 

「おっし、こんなもんだな」

 

味噌の香りがしてきたら豚挽き肉とネギを加え、味噌と絡めながら豚肉の炒め色が変わったら鶏がら出汁を加えて焦がさないように時々鍋を混ぜながら煮詰める。その間に沸騰したお湯の中に賽の目に切った豆腐を入れ湯通しする。豆腐が入った事でお湯が冷め、再び沸騰してきたら豆腐を鍋から取り出して水気を切ったら、肉味噌の中に豆腐を入れる。この時すぐに肉味噌の中に入れないと豆腐がくっついて崩れやすくなるので湯通ししたらすぐに肉味噌の中に入れるのが大事なポイントだ。

 

「頃合だな」

 

豆腐を肉味噌で煮て肉味噌がグツグツとしてきたら火を止めて水溶き片栗粉を加える。この時に力任せに混ぜると豆腐が崩れてしまうのでお玉の裏で押すようにして優しく混ぜる。肉味噌に良い具合にトロミがついたら火をつけて仕上げにラー油を入れて軽く煮詰めたら完成だ。

 

「ヘラ、出来たぞ」

 

「ようやくか、さ、貴方。ご飯ですよ」

 

「無理じゃって!? そんなの食べたらワシは死ぬッ!!」

 

丸太に縛られて逃げられない状態のゼウスの爺さんが食べたら死ぬ、食べたら死ぬと叫んでいる。

 

「大丈夫だ。ゼウスの爺さんにアレルギーはない、これを食べても死なないさ」

 

「味覚が死ぬと思うんじゃけど!? ヘラ勘弁してくれッ!!」

 

まぁ味覚は死ぬかもしれないが、生命活動っていう意味で死ぬことはない筈だ。

 

「貴方、あーん」

 

「むーむーッ!!」

 

ヘラがスプーンで麻婆豆腐を掬い、ゼウスの爺さんの口へ運ぼうとするがゼウスの爺さんは最後の抵抗と言わんばかりに口を閉じる。

 

「仕方が無い、カワサキ。向こうを向け」

 

「……オーケー。向こうと言わず出て行くよ」

 

ヘラの雰囲気からここに残るべきではないというのが分かり、むーむーと叫んでいるゼウスの爺さんを無視して部屋の外へでる。

 

『ぶっほ!? 『はい、あーん』がぼおッ!? あごがががが』

 

「まぁ夫婦だし、俺にゃぁ関係ない。後は性格ガチャが上手く行くかどうかだなあ」

 

ただあの爆発したみたいな音は鼻血が噴出した音だろうから、後で掃除するのが面倒だなと思ったのだ。

 

 

「んで、その結果があれだ。もう立って良い? それか正座は良いんだけど石だけでもどけて欲しいんだけど」

 

性格が変わるかもしれない料理の段階でアルフィアとセラスに正座と言われたので正座をして、膝の上に石を乗せられていた。そろそろ足が痺れて来たし、膝も痛いので石をどけるか立って良いかと尋ねる。

 

「なんて恐ろしい物を作るんだ……ッ」

 

「ゼウスのエロ爺がヘラ大好きになるなんて……ッ」

 

「聞いてる? ねえ? 俺の話2人とも聞いてる?」

 

俺の麻婆豆腐の作り出した惨状に畏れ慄いているアルフィアとセラスは俺の問いかけに返事を返してくれず、俺はいつまで石抱きして正座していれば良いのだろうかとザルドとマキシムに視線を向けたのだが、ザルド達は薄情にも俺に視線を合わしてくれることはないのだった……。

 

 

 

 

結婚した当時のように私に愛を囁いてくれるあの人との逢瀬を楽しみ、自分でもあり得ないくらい充実した気持ちでカワサキに感謝を告げる為にカワサキの家に足を踏み入れたのだが……黄色い亜人の姿で後で手を縛られ石抱きしてるカワサキとその回りでうつ伏せで倒れているアルフィア達という惨劇に頭痛を覚えた。

 

「何をしている?」

 

「アルフィアとセラスがゼウスの爺さんに起きてる事を知って正座しろって言うから、正座したら石を乗せられた。アルフィア達は厨房のドアを開けて料理の余波で全員気絶したから逃げようにも逃げれんし、指輪もつけてないから叫んで助けを求める訳にも行かないからどうしようかと……助けてもらえるととてもありがたい」

 

「私の依頼通りの事をしてくれたからな、すぐにどけよう」

 

あの人の浮気癖が無くなり、私への愛を囁いてくれる。正しく私の依頼通りなのでカワサキの手を縛っている縄を切るとカワサキは自分で石を退かして立ち上がった。

 

「あーいたた、しかしまぁ。香辛料が効いた料理ってこの世界じゃあんまり知られてないのか?」

 

「カレーとかくらいだと思いますよ。確か」

 

香辛料自体が中々入手が難しいのもあってあまり香辛料の効いた料理というのは聞かない。デメテルファミリアのような食料生産を行なっているファミリアなら香辛料も製造しているが、基本的に自分達のファミリアが関係してる店にしか卸さないので広く流通はしていない。

 

「ふーん、そんなもんか。んで、どうだろうか? これで邪神の性格を皆変えてしまうっていう計画は」

 

「悪くないと思いますね。ただ作った残り香だけで気絶する人間がでるのは問題ですが……」

 

刺激のある香りと言えば聞こえは良いが、目や鼻に激痛が走るのは些か問題があるが、あの人を昔の性格に戻してくれたこの麻婆豆腐という料理は今オラリオに屯している神という名の害虫駆除に使えるとは思う。

 

「ただあの性格になるまでに5~6回食べさせましたからね」

 

「ランダム性があるのが欠点だな、だが元の性格が悪すぎるならそれより悪くなる事はないだろ」

 

確かにそういう考えもありますね……ならあの害虫と寄生虫に麻婆豆腐を食べさせるのは良い考えだ。嫌がらせにもなるし、料理なのでガネーシャファミリアやアストレアファミリアに咎められる事も無い。

 

「だがそうなると7年過ぎても全く成長していない連中はどうするか」

 

私とあの人を追放しようとして返り討ちにあった挙句、仮初の最強という張子の虎。7年も経てばレベル7・8くらいにランクアップするかと思えばそれすらもない。唯一あのビッチ神の所の眷属のオッタルだけがたゆまぬ研鑽でレベル8に最も近いレベル7と言われているらしいが、それですらザルドやアルフィアの足元にも届いていないと言うのだから全く持って頭がいたい。

 

「ダンジョンなど無くともアルフィア達はレベルアップしているというのに」

 

黒龍と戦い生き残ったというのが偉業扱いだったのか私とあの人のファミリアの眷属は全員レベルアップしている。最もレベルアップに適したオラリオにいるというのにこの体たらく……闇派閥の抑止力にすらなれないというのも納得だ。

 

「それなんだが、俺にとても良い考えがあるんだが」

 

「ほう? 何を考えたのです?」

 

「レベルアップのシステムは偉業と経験値(エクセリア)を溜める事で出来るんだろ?」

 

「ええ、それに恩恵(ファルナ)によって冒険者はレベルアップします」

 

ほかにも色々とルールはあるが、恩恵・経験値・偉業の3つでレベルアップの法則だ。

 

「経験値が増えてない分だけでペナルティを与える料理を作るのはどうだろうか? 味は普通に美味くなるが」

 

ペナルティ、確かに7年もレベルアップしていない事を考えれば経験値が全く増えていないのは間違いない。それだけのペナルティならばかなり重い物になるだろうが……。

 

「ちなみにそのペナルティはどうなる?」

 

「太るとか禿げるとかどうよ?」

 

「採用」

 

どう考えたってあの馬鹿共に大ダメージを与える事の出来るペナルティであり、私は迷う事無くカワサキにGOサインを出すのだった……。

 

 

下拵え 悪神の誘い へ続く

 

 




激辛麻婆豆腐で性格チェンジ、そして経験値が増えてないほど禿げる、太る呪いが付与されたスイーツ類によるテロを目論むカワサキとヘラ。これでオラリオの暗黒期も僅かに改善する事でしょう。次回は悪神の誘いという訳でエレボスを交えて見たいと思います。そこからは暗黒期(?)編に突入ですかね。麻婆豆腐と食べたら剥げたり、太ったりするスイーツを手にカワサキさんがオラリオを跳ね回る予定ですのでどんな展開になるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 悪神の誘い

下拵え 悪神の誘い

 

一部灰がかかった漆黒の髪。纏う衣も黒い、整った容姿をした1人の男……いや神エレボスはゆっくりと山の中へ足を踏み入れた。

 

(やっとか、やっと見つけた。7年、7年も時間を掛けてしまった)

 

オラリオはもう駄目だ……そう思っている冒険者や神は数多くいるだろう。男神ゼウス、女神ヘラ。オラリオの最強派閥であり、最強の抑止力であったゼウスとヘラが黒竜討伐に失敗し、そこをついてゼウスとヘラを陥れ様としたロキとフレイヤファミリア。それに賛同した他のファミリアは黄色いモンスター……いや亜人に掃討された。

 

(亜人の生き残りを抱え込んでるなんて知らなかった。ジョーカーにしては強すぎるじゃないか)

 

まだ神が降臨したばかりに地上世界にいた亜人……モンスターと似通った姿をしていたが、それでも人だった。それを絶滅させたのは神々の罪だ。亜人は人と協同しモンスターと戦っていた。だが亜人をモンスターと勘違いし攻撃を加えた神々によって亜人と神は対立した。

 

「全く持って愚かな事だ」

 

神特有の狭い視点と思い込みが、善良であった亜人との対立を生んだ。その挙句亜人の持つ道具や亜人を殺す事で手に入る素材に目がくらみ亜人を狩りつくしたのは信じられない悪徳だった。悪を司る俺にだって信じられない暴挙だ。その上亜人の記録を消し去る事で自分達の罪を隠した。今のオラリオで本当の意味での亜人を知る住人など数えるほどしかいない。

 

「悪徳によって栄えた街は悪徳によって滅びる……か」

 

亜人もダンジョンもそうだが、オラリオは罪を重ねすぎた。そしてそれを実感している者はいない、いや受け入れようとしている者がいない。己の力量も弁えずゼウスとヘラを追い出したファミリアも、ギルドも、そしてそれに反対しなかった住民達もその報いを受けている……悪神としてはざまあみろと思うべきなのだろうが、俺はどうしてもそうは思えなかった……だからこそゼウスとヘラを探し始め、7年の月日を経てやっとの事で見つけ出したゼウスとヘラは……。

 

「はははは、待ってくれ我が愛よ」

 

「こちらですよ」

 

花畑できゃっきゃうふふと笑いながら追いかけっこをしていた。1度目を閉じて開く目の前の光景は変わらない、目を擦ってみても目の前の光景は変わらない。

 

「……どういうことだ……?」

 

7年の間で何が起きたのかと俺は心底困惑しながらゼウスとヘラによって作られたであろう隠し里に足を踏み入れ……。

 

「かわさきしゃん! おひゃくひゃま!」

 

「あん? 誰か来たのか?」

 

白髪の少年を肩車しつつ、小脇に猪を抱えた黄色い亜人と鉢合わせた。ゼウスとヘラに続いての衝撃的な光景に俺は動きを止めてしまった。

 

「なんだ? どうし……エレボス。何をしに来た?」

 

そしてその後から出て来て山菜を抱えていたアルフィアが俺に鋭い視線を向けてくる。

 

「アルフィアか……どうもも何もお前達を探していた。少しばかり話を聞いてもらえないだろうか?」

 

今ならまだ何とかなる。オラリオを、しいては世界を救うためにはゼウスとヘラの力が再び必要なのだ。

 

「帰ってくれるか? エレボスよ。ワシ等はオラリオに戻るつもりも無い」

 

「今すぐ失せろ。私は今とても機嫌が良い、今失せるならばお前の戯言は不問とする」

 

身も蓋も無く帰れというゼウスとヘラ。だが俺も生半可な気持ちでゼウス達を探していた訳ではない。帰れと言われて帰る訳には行かない。

 

「ゼウス、ヘラ。貴方達という抑止力を失い今やオラリオは闇派閥が跋扈する地獄だ。親を失った孤児で溢れ、人身売買、窃盗なども常に行なわれている。俺は確かに悪神と呼ばれる存在ではあるが、それでも下界を、子供達を愛している。このままオラリオが滅びてしまうのを見過ごすわけにはいかないのだ。オラリオを再び正常にする為にも貴方達の力を借りたい」

 

深く深く頭を下げ机に額を押し付け力を貸してくれと懇願する。

 

「エレボスよ。気持ちは分からんでもない、だがオラリオは我らをいらぬといった。その結果が闇派閥の台頭ならばそれはオラリオの総意である。それに今更戻った所で何も変わらない、1度収めた所で再び黒竜討伐をワシらに押し付けるだけ、違うか?」

 

言葉も無い、本来ならば黒竜討伐は多くのファミリアが参加する予定だった。だが実際に黒竜に挑んだのはゼウスとヘラのみ、ファミリアの主神達の多くはゼウスとヘラファミリアを機能不全に陥らせる為に参加しなかった。黒竜との戦いは勝っても負けても良かったのだ。ゼウスとヘラを追放する為だけの舞台……それが黒竜討伐だったからだ。

 

「私と夫の眷属達に下らぬ劇をさせるつもりはないぞ、エレボス。これが最後だ、帰るが良いエレボスよ」

 

これ以上話を聞くつもりはないと言わんばかりのゼウスとヘラ。

 

「同意見だ。お前がオラリオの事を思っているのはわかる。だが俺達は今更オラリオに戻るつもりはない」

 

「然り、下らぬ道化になるつもりはない」

 

マキシムとセラスも取りつく島も無い。正論を言っているのはゼウス達であり、俺が間違っているのも分かっている。

 

「だがこのままではダンジョンを抑えることは出来ない、それは下界の滅亡を意味する」

 

「そうなったのならば力を貸すくらいはする。だが派閥同士の下らぬ争いに介入するつもりはない」

 

オラリオの神とその住人の愚かな選択……その果てがこれだ。人間も神達も自らの手で滅亡を選んだ。それを正す為にゼウスとヘラの、そしてその眷族の力を借りようとしたのが間違いだった。

 

「すまなかった……忘れて「良いぜ、俺が行こう。元から行くつもりだったし」……は?」

 

ぺちぺちと少年に頭を叩かれながら俺が行こうと言う亜人に俺は自分の物とは思えない間抜けな返事を返すのだった……。

 

 

 

灰色のメッシュを入れた黒髪の青年……いや、神エレボスが信じられないと言う様子で俺を見る。

 

「カワサキ。予定を早める必要はないだろう?」

 

「そうだぞ、もっと準備をしてから行く予定だっただろう?」

 

麻婆豆腐と経験値が増えてないと太るか禿げるマカロンの作成は成功している。後はいつオラリオに乗り込むかという段階だった、そこにエレボスの誘いは俺にとって都合が良い。

 

「亜人よ、気持ちは嬉しいが、無理をするものではない」

 

「まぁ聞けよ。俺はヘラの依頼である物を作った。これを食べた結果が今のヘラ大好きゼウスだ」

 

スケベ爺ではなく、真面目かつ、ヘラ大好きなゼウスにエレボスが視線を向ける。

 

「……何をした?」

 

「料理を無理矢理食べさせる。それだけで相手の性格を変えれる。これで悪神、邪神の性格を変えてやろうという計画を立てていた」

 

「……本当に出来るのか?」

 

信じられないと言う様子のエレボスだが証拠は目の前にある。

 

「スケベ爺ではないゼウスはどう思う?」

 

「ありえんと思う」

 

「ならそれが答えだ。エレボスよ、カワサキはとんでもない兵器を作り出した」

 

ただの料理なのに兵器扱いとは解せぬ。ただ少しばかり危険な香辛料を使ったことを除けば普通の料理だと言うのに……。

 

「あとちなみに経験値が増えないと男は禿げる、女は太る菓子を作った」

 

「お前は悪魔か?」

 

「失礼な、俺は料理人だ」

 

悪神に悪魔扱いされるとはますます解せぬ。料理を作った理由はオラリオを変える為なのだから悪魔と兵器扱いは流石に酷いだろう。

 

「まぁ実際に太って、禿げる訳じゃない。本人がそう認識するだけだ」

 

「幻術魔法か?」

 

「似たようなもんだ。経験値は目に見えるものじゃない、だけど経験値が溜まる器はある……その人間の肉体だ。その器にどれだけ経験値が満たされているかで、禿たように感じるし、太ったように感じるわけだ」

 

本当の事を言えば食べただけで禿げる・太るなんて料理は俺にも出来ないが、特定の条件を満たせばステータスがUPしやすくなる料理を改良し、経験値が増えてないと禿げる・太ると認識させる訳だ。

 

「まぁ経験値を得て器が満たされれば簡単に解除される子供騙しのトリックだ。でもまぁ、本人が太っている・禿げていると思っているとそうなりやすくなるけどな」

 

とは言え経験値さえ獲得すれば簡単に解除されるし、経験値を取得すれば目に見えて体重も落ちるので本当に子供騙しだが、太った・毛が抜けたと本人が思う事によるサブリミナル効果による嫌がらせが目的だ。

 

「共に来てくれるのか?」

 

「ああ、元からオラリオには行く予定だった。ザルドのいうように少しばかり予定が早まったが、逆を言えばそれだけ実行に移すまでに準備が出来るし、逃走経路とかもしっかりと確認したいと思っていた」

 

ロキファミリアと闘った時の経験でクックマンの姿でもある程度戦えるという事は把握している。だが数の暴力やユグドラシルにない魔法を使われると動揺するだろうし、ダメージを受ける可能性もある。麻婆豆腐で邪神や悪神の性格を変えてやろうぜ作戦を実行する前に1度しっかりと下見をしておきたかった。

 

「だが亜人では街は出歩けんぞ?」

 

「問題ない。人の姿にも変身できる」

 

人化の指輪をつけて人に化けるとエレボスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「共に来てくれる事に感謝する」

 

「良いさ良いさ、でも拠点だけは頼むぜ?」

 

オラリオで過ごす為の拠点を頼むぜと笑いゼウス達のほうへと向き直る。

 

「というわけだ、1ヶ月ばかり予定が早まったが、俺はエレボスと共にオラリオへ向かう」

 

「……駄目と言っても行くのだろう? 気をつけて行くが良い」

 

「出発する前にここに転移の魔法陣を刻んで行きなさい、オラリオとここを行き来できるように」

 

ゼウスとヘラの言葉に頷き、今度はメーテリア達の方を向くとベルが俺を見上げてきた。

 

「かわさきしゃん、どっかいくの?」

 

「ちょっとだけな、大丈夫。ちゃんと帰ってくるからな、良い子で待ってるんだぞベル」

 

「あい……」

 

泣きそうなというよりも半泣きのベルの頭をわしゃわしゃと撫で回して立ち上がる。

 

「危険だと思ったら戻れよ」

 

「分かってるって、俺も無茶をするつもりはないからな、ちょいと行って来るだけさ」

 

「気をつけてくださいね、可愛い人」

 

「おう、まぁそこまで心配することも無いぜ、逃げ足には自信があるからよ」

 

「オラリオには馬鹿が多い、気をつけろよ」

 

「分かってる。アルフィア、ちょいと気を抜いてる馬鹿と調子こいてる馬鹿に反省でもさせてくるわ」

 

「俺も後で行くからな」

 

「おう。頼りにしてるぜ、アルト。んじゃまちょっと行ってくるわ」

 

エレボスを待たせるのも悪いので旅をしている間に使っていた無限の背負い袋を肩に担いで、家の外で待っていたエレボスと合流する。

 

「待たせたな、行こうぜ。エレボス」

 

「お前が性格を料理で変えれると言うのは分かるが、それをしても無駄な奴も多くいるだろう。そういうのはどうする?」

 

「まぁそういうのは処理するしかねえだろうな。それにこれだけやってもオラリオのやつらが危機感を持たないなら……」

 

「持たないなら?」

 

「闇派閥を取り込んで一斉攻勢でもするか? ある程度は間引くとかも必要かもしれんしな」

 

闇派閥によって善神が狩られているのならば戦力図とかもある程度考えないといけないし、仮に住民達が危機感を持って行動に出るとしてもそれだけでは変わらない部分もあるだろう。だがオラリオの住人に足りないのは危機感とそして焦燥感だ。まだ心のどこかで大丈夫、何とかなると思っているから行動に出ない……それでは悪くなる一方だ。

 

(なまじ神がいるからかねぇ)

 

全知零能……能力はなくとも知識がある。その知識を頼れば何とかなるという楽観的な考えがオラリオの住人の考えのどこかにある事は間違いない。それが自ら動こうと思わせない理由だとしたらなんとも愚かな話である。必死に生きよう、変えようと言う意志が俺には感じられない。豊かもしれないが、人間としてはリアルの人間の方が優れていたのではないか? と思うほどだ。

 

「まぁ少なくとも言えるのはロキとフレイヤが悪いって事だな。自らの欲でゼウスとヘラを追い出した。それがすべての間違いの始まりじゃないか?」

 

少なくともゼウスの爺さんとヘラがいれば闇派閥の台頭だけは無かったのだ。そしてゼウスの爺さんとヘラのファミリアほどの抑止力にロキとフレイヤファミリアがなる事が出来なかったのがすべての元凶だと断言できる。

 

「違いない、とにかくまずはオラリオに行きそこで腰をすえて話をしよう。ヘルメスから色々と情報は貰っている」

 

「ヘルメスってなんかちゃらい奴か?」

 

「まぁあいつはちゃらいと言えばちゃらいが知り合いか?」

 

「知り合いというか……なんかやたら絡んできて鬱陶しいから口の中に麻婆豆腐を流し込んで痙攣してるのを街に放置してきた」

 

「お前……結構やばい奴だな?」

 

悪神にやばい奴認定されるのは誇るべきなのだろうか? 実力行使に出る事はあるのでやばい奴っていうのは否定出来ないかと苦笑いする。

 

「まぁオラリオにいってから細かい打ち合わせをしようぜ。そうそう、お前って好きな料理とかあるのか?」

 

「急にどうした?」

 

「お近づきのしるしに何か料理でも作ろうかなって思ってさ、何を食べたいか少し考えておいてくれよ」

 

エレボスとそんな話をしながらオラリオへと向かう。だがこの時俺はまだ何も理解していなかったのである。いくらオラリオが酷いと言ってもリアルほど酷くないだろうと、神がいるのだからリアルよりましだと思っていた。だが俺が久しぶりに足を踏み入れたオラリオは俺の知るリアルと大差の無い地獄となっているのだった……。

 

 

 

メニュー13 焼き魚定食 へ続く

 

 




アルフィアとザルドの変わりにカワサキさんとエレボスの旅路スタートです。麻婆豆腐と食べると太るOR禿げるのマカロンを携えたカワサキさんが暗黒期のオラリオで何を思うのか、そして激怒神になるのか、カワサキさんの参戦で暗黒期がどうなるのか楽しみにしてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕話 その2

幕話

 

昨日の臨時神会の場で私がギルド長に就任する事が発表された。ウラノスの本気具合を示し、ギルド長はギルドのトップではなく、あくまで役職として、真のトップはウラノスであるというのをこれでもかと示す事が出来たのは良いが、それで問題が解決したかと言うとそんな事は無く、問題はいまだ山積みだ。

 

「市民からの突き上げはどうだ?」

 

「酷い物だ。ロイマンとロイマンの私兵を出せばその瞬間に殺されるぞ」

 

ゼウスとヘラについてギルドからの公式発表があると聞いてバベルとギルドに集まっている間にゼウスとヘラはオラリオを出てしまい、その襲撃に関与していたファミリアと主神はほぼ全てが屋根から吊るされていた事で誰が原因かというのを市民達は知ってしまっている。

 

「公式発表はしたのか?」

 

「今の段階で出来る段階の事はした。だがそれでこの火が消えるとは思えんな」

 

ファミリアと関係のない市民達はゼウスとヘラがいればオラリオは安全だと思っていた。そのゼウスとヘラがいなくなり、闇派閥の脅威に脅える市民達の怒りはゼウスとヘラがオラリオを出た原因であるロキに向けられている。

 

「美神はそれほどではないのか?」

 

「オッタルが真っ向から勝負を挑んだのを見ていた者がいる。オッタルのお蔭でフレイヤはロキほどは責められてはいないっという所だな」

 

とは言えそれも微々たる物でロキの口車に乗った者は市民は勿論ファミリア、主神同士の間でも爪弾き者になりつつある。

 

「明日の臨時神会だが、私にある考えがある」

 

「何をするつもりだ?」

 

「今のギルドには武力が無い、武力が無いギルドは抑止力になりえない。ギルド抱えの冒険者を徴兵する」

 

「……荒れるぞ、愚者よ」

 

「それでもだ。それでも必要だと私は提案する」

 

今までのギルドとは違うと言う証明であり、ギルドにも抑止力としての機能を持たせる為に必要不可欠だと私は考えている。

 

「仮にだ。仮入団から本入団になる時、そしてギルドの内情調査の際に私ならなんとでもなる。だが他のギルド職員ならどうだ? 冒険者に囲まれ、問題があるのに問題があると報告出来ないような事態になる方が問題ではないか?」

 

「……一理ある。が、ギルドの兵はどうする?」

 

「探索系ファミリアの指南役をやっている半ば引退している冒険者に声を掛けてみようと思っている。ロイマンの私兵と異なり人格面、戦闘面に優れた者達が必要だ。すぐには集まらないと思うがそれでもギルドを抑止力にするのならば必要だ」

 

繰り返し必要だと言うとウラノスは迷う素振りを見せたが頷いた。

 

「良かろう。許可する、今日の神会での議題にする」

 

「感謝するウラノス」

 

仕事が多すぎると文句も言いたくなるが、それでもギルド長に就任したのだからギルドの正常化の為に動くのは当然だ。

 

「しかしこうも臨時神会が多いと祈祷は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫では無いがやらざるをえん。まずは男神達を失ったオラリオをどうするかが全てだ」

 

ダンジョンのモンスターを押さえ込む祈祷すら中断しなければならない程の今のオラリオの状況は悪い。ゼウスとヘラを失った穴は私とウラノスが考えているよりも遥かに大きかった。

 

「では行くとしよう。怒号が飛び交う神会にな」

 

「……気が重くなるな」

 

神会の場は毎回怒号の嵐、自分達は悪くないと叫ぶ神に、ロキとフレイヤに唆されたと言う者達ばかりで酷く醜い状況だが、それでも今は神会を開催し、オラリオを正常化する為に舵きりする必要があるのだ。私とウラノスは溜息を吐きながらギルドからバベルへ向かい、やはりというか、やっぱり怒号の嵐となったことに胃痛を覚えながらロキとフレイヤ達に課す罰金、そしてギルドお抱えの冒険者についての話を始めるのだった……。

 

 

 

 

 

机の上に置かれているギルドの新長のフェルズのサインが書かれた羊皮紙に書かれた請求金額を見て、うちは深い深い溜息を吐きながら、その羊皮紙をリヴェリアとガレスにも回す。

 

「だからやめておけと言ったんじゃ。馬鹿が」

 

「私とガレスの意見を完全に封殺して、フィンと勝手に盛り上がった結果がこれか」

 

ゼウスとヘラに戦争遊戯を仕掛けることに最後まで反対していたリヴェリアとガレスの言葉にうちは呻く事しか出来んかった。賠償金として請求された金額はファミリアの総資産の7割と暴利に等しいが、それでも払わない訳には行かへん。ゼウスとヘラに破れ、叩き伏せられたうち達のせいでオラリオはこれから大変な事になる。その責任を追及されての金額や……払わないとあかんと分かっていても、どうしてもむかっ腹が立つ。

 

「でも、あの黄色い亜人がおらんかったら……」

 

黄色の亜人に壊滅させられたのであって、あれがいなければと思ったが、ガレスたちの意見は違うよう。

 

「最強と暴喰が健在だったんじゃぞ? 勝てるわけがなかろう」

 

「私も同意見だ。止め切れなかった私達も同罪だが、強行したロキとフィンが悪い」

 

最悪の場合に仲裁に入る為に同行していたリヴェリアとガレスも一蹴され、協力してくれていたうちの眷属達も全員がほぼ一撃で叩き伏せられた。余りにもあの亜人は強すぎた。やけどそれよりも黒竜はなお強い。

 

「……フィンは?」

 

「部屋に閉じ篭って出てこんわッ! 責任すら果たそうともせんッ! ミアやオッタルと比べてなんと情け無いことかッ!」

 

ガレスの言う事も最もや。しかし小人族の復興を願っていたフィンは今回の事で小人族の面汚しと呼ばれるようになってもうた。自身のせいで小人族の権威を更に落としたことにフィンは自責の念で塞ぎ込んどるらしい。

 

「勝てると……思ったんやけどなぁ……」

 

勝てると思ったのだ。黒竜にも、ゼウス達にも勝てるとそう思っていた。だがそれが慢心であり、眷属達も深く傷つけた事にどうしてあんな事をしてしまったのかと後悔してもやってしまった事はもう戻らない、市民からも、他のファミリアからも、神からも爪弾きにあいながら少しずつ名誉挽回していくしかないのだが……元通りになるまでにどれほど時間が掛かるのか、それを想像するだけで、その間に眷属達が傷付き続けることにうちはなんちゅう事をしてしまったんやと深く深く後悔するのだった……。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、皆。私のせいで……」

 

「反省しな、アホ娘。ったく、ヘラに負けた事でオラリオをでて伴侶探しを出来ないから戦争遊戯を仕掛けたとか馬鹿なのかい?」

 

「ミアッ!」

 

「甘やかすから悪いんだよ! この馬鹿共ッ! あたしは前も言った通りこのファミリアを抜ける。暫くは旅にでも出るさ」

 

「ミア……」

 

「なんだい、アホ娘」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝るくらいなら最初からやんじゃないよッ! あたしゃこんな阿呆な事はするなって最初から言ったろうッ!」

 

ミアは最後までフレイヤを怒鳴り、戦いの野を出て行った。だがミアの背中を睨む者も、恨む者もいなかった……。

 

「最後まで団長に迷惑を……」

 

「……行き先は」

 

「間違いなく……」

 

「ヘラとゼウス……」

 

「謝りに行くのか……」

 

フレイヤファミリアの全員が分かっている。今回の襲撃に関与したファミリアの団員達は脱退も改宗も出来ず、オラリオから出ることも許されない、そんな中でミアだけが特例として脱退と改宗を認められた。それは襲撃の前に既に団長の地位を剥奪され、ファミリアに幽閉されていたからだ。ミアはもうフレイヤファミリアに関わらなくても良い、それなのに憎まれ役を買って出てくれたことに団員全てが感謝していた。

 

「オッタルは?」

 

「ダンジョンだ。1人でひたすら修練を積んでいる」

 

「そうか、なら俺達もこんな所で留まっている場合ではないな、フレイヤ様を頼むぞ」

 

「俺達は落ちるまで落ちた」

 

「なら後は這い上がるまで」

 

「待っていてくださいフレイヤ様」

 

「必ず失った名誉を取り戻して見せます」

 

ロキファミリアと異なりフレイヤファミリアはまず行動に出る事でファミリアの復興へと動き出し、これがロキファミリアとフレイヤファミリアの明暗を分けることになるのだった……。

 

 

 

雲1つない快晴、草原には爽やかな風が吹き、実に良いピクニック日和だ。ピクニックはしてないが、それでも自然の中にいると気分が和らいでくる。

 

「……何故こうなるんだ?」

 

「分からん」

 

「分かりません?」

 

「え? 私達の女子力低すぎ……?」

 

簡単な料理を教えて欲しいと頼んできたメーテリアに料理を教えている内にアルフィア達も加わって来たのだが、誰もが誰もまともに料理が出来ていない。

 

「やれやれ、我が団員ながら情けないな」

 

「セラスは料理上手だったんだな」

 

「嗜みだ。そして花嫁修業でもある、ヘラの指示でな」

 

なるほどなあ……ヘラはゼウスの爺さんが問題ばっかりを起こすので怒りがちだが、割りとまともというか子煩悩な所がある。冒険者を引退した後の事も考えて料理を学ぶようにと言うのも良く分かるのだが……。

 

「問題が多すぎるぜ、ヘラ」

 

「……すまぬ」

 

包丁すらまともにもてない(まともに持たなければ使える)。腹を下すなら焼きすぎれば良いとでも言わんばかりの蛮族が多すぎた……。

 

「だから無理だって言いましたよね、カワサキさん」

 

「ここまで問題児しかいないと思って無かったんだよ。雫」

 

女所帯でここまで料理が駄目とか想像なんて出来るわけが無い、というか下手をするとゼウスの爺さんの所の方が料理出来るかもしれないってレベルでヘラファミリアの面子の料理センスは壊滅的だった。

 

「とりあえずまずは簡単なサンドイッチから始めるか」

 

切る、塗る、挟むなら問題なく出来るだろうと思いサンドイッチを作り始めたのだが……。

 

「何故焦げるんだ?」

 

「「「さぁ?」」」

 

火を使ってないのに焦げているサンドイッチを練成する料理音痴共に流石の俺もこのレベルの料理音痴をどうすれば料理を作れるように出来るのかはいくら考えても分からなかった。

 

「戦える者は馬車に乗れ! 緊急事態だッ!」

 

「なんだ、どうしたザルド!?」

 

「草原の獣人の村の近くに馬鹿でかいモンスターが出やがった! 討伐に出るぞッ!」

 

ザルドの言葉にアルフィア達は馬車に乗り込み、轟音を立てて走り出す馬車を見送った俺達は山積みの焦げたサンドイッチの事を思い出した。

 

「どうするよ、これ?」

 

「どうしましょうか……」

 

戦闘の轟音が風に乗って響いて来る中、この何故か焼いていないのに焦げているという謎のサンドイッチの山をどうするかと頭を悩ませ……。

 

「勿体無いけどパン粉にして揚げ物にするか?」

 

「と言うかそれくらいしかないですよね。なんでこんなに焦げてるんですかね」

 

「分からない、謎過ぎる……」

 

勿体無いがそれしかないかと俺達はこげたサンドイッチに手を伸ばし、持ち上げた瞬間に風化したサンドイッチに全員絶句した。

 

「なぁ、あいつらこれで料理出来るとか言ってたのか? これ料理じゃないと思うんだが」

 

「こ、ここまで酷くは無かったはずなんですけどね……」

 

「すまない、私が無理難題を頼んでしまったのだ。本当にすまない」

 

触ることも出来ない物体Xを練成したアルフィア達に絶句している俺達にヘラが本当に申し訳ないと謝罪してくるが、こんなの誰も想像出来なかったわけで、誰もヘラを責める事無く、この風化してしまうサンドイッチの後片付けを俺達は無言で始めるのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー14 焼き魚定食

 

メニュー14 焼き魚定食

 

村を出たのが夕暮れ時だったこともあり、俺とエレボスはグリーンシークレットハウスで1晩を過ごす事になった。向かおうと思えばオラリオへ行くことも出来たが、オラリオでどのように立ち回るか打ち合わせをする為に少し時間をおくことにしたのだ。何の準備も打ち合わせもせずに乗り込むのは自殺行為に他ならない、外からオラリオに来たという事で疑われる。あるいは警戒される可能性は極めて高いと俺とエレボスの意見が合致したので無理をしないことを選んだのだ。

 

「あーよく寝た。村のベッドも良いもんだが、グリーンシークレットハウスのベッドもまた良いもんだな」

 

ふかふかのグリーンシークレットハウスのベッドは寝心地が良いが、どうも野営に慣れすぎたからか少し寝つきが悪かった。やはり慣れという物は恐ろしい物だ。俺は基本的に寝つきが良いはずだが、昨日はどうも寝るのに時間が掛かった。まぁ寝付けば快眠だったなと呟きながら手早く着替えて厨房へ向かう。

 

「昨日は手抜きだったからな」

 

話し合いが長引き普通に料理を作っている時間が無く、手早く済ませる事が出来るサンドイッチで済ませたので、朝食はちゃんと作って英気を養おうと思ったのだ。

 

「まずはっと」

 

厨房の冷蔵庫を開けて中身を確認する。確認すると言っても何が入っているのかは分かっている。朝食のメニューをどうするか、それを考える為に冷蔵庫の中に視線を走らせる。

 

「……決まりだな」

 

真っ先に目に付いたのは鮭の切り身……朝食の定番といえばこれだと思い鮭の切り身と卵を冷蔵庫から取り出し、鮭の切り身に塩を振って休ませている間に卵焼きを作る準備を始める。ボウルの中に卵を3個割りいれ、菜箸で白身を切るように混ぜ泡立てないように解き解す。

 

「塩、砂糖、水」

 

大さじ2の水、塩と砂糖をそれぞれ3摘まみずつ加え軽く混ぜ合わせ、こし器で今作った卵液を漉す。漉すことできめ細かく色合いも綺麗なふわっとした卵焼きになる。

 

「その一手間が美味さの決め手ってね」

 

手間と思うかもしれないが、そのほんの少しの手間が料理の味をよりよい物にするのだ。シンプルな物だからこそ、その手間による味の変化が如実に現れる。

 

「良し、OK」

 

卵焼き器もサラダ油を敷いてしっかりと余熱し、手を翳した時に温かいと感じるまでしっかりと余熱してから卵液の3分の1を卵焼き器に流し入れる。

 

「よっと」

 

箸の先で卵の気泡を潰し、表面が固まってきたら卵焼き器の奥から3分の1くらいを手前におって少し待つ。待つと言ってもほんの一呼吸ほど、折り返した所の卵が熱せられ固まったら更に手前に半分に折って卵焼き器の奥に卵を移動させ、箸で少し卵を持ち上げて残っている卵液を半分卵焼き器の中に流しいれ、1回目と同じ様に卵を折りながら焼き、また手前まで卵焼きを持ってきたら残りの卵液を加えて卵焼きを焼き上げるのだが、卵焼き器を傾けて卵焼きの側面もしっかりと焼く。

 

「これで綺麗に焼きあがるんだよな」

 

卵の側面もしっかりと焼き上げる事で形が崩れず、綺麗に焼き上げる事が出来る。

 

「良しっと、これで仕上げ」

 

焼きあがった卵焼きを濡れふきんで包み、巻きすで包んで粗熱が取れるまでしっかりと卵焼きを休ませる。しっかりと火は通っていると思うが、こうして濡れふきんで包む事で蒸らしながら余熱でしっかりと中まで火を通す事が出来るのだ。

 

「これで卵焼きはOKっと、鮭はどうかな?」

 

塩を振って休ませた事で切り身から水が出始めているのを見て、トレイから鮭を取り出してキッチンペーパーで水気を拭き取ったら、火をつけていないフライパンに鮭を乗せる。フライパンを温めてから鮭を入れると一気に火が通り過ぎるので、必ず冷たいフライパンから始める。

 

「中火っと」

 

火は中火でじっくりと焼き始める。焼き始めは皮面からで焼いてる最中は身崩れをさせてしまうので鮭には極力触らないようにする。

 

「ん、良い具合だ」

 

フライパンに接している鮭の身が半分ほど白くなったらフライ返しで鮭をひっくり返して、蓋をして蒸し焼きにする。蓋をして蒸し焼きにすることで蓋をしないで焼くよりも身はふっくらと皮はパリパリに仕上がるのだ。

 

「これで鮭もOKっと、後は豆腐とわかめの味噌汁でも作って、後は海苔と大根おろしで決めるかね」

 

卵焼きと大根おろしを添えた鮭の塩焼きと豆腐とわかめの味噌汁、それと海苔と炊き立てご飯で決まりだ。

 

「味噌は白味噌できまりっと」

 

赤味噌も悪くないが、今日はなにか白味噌の気分なので味噌汁は白味噌にするかと呟き、俺は味噌汁を作る準備を始めるのだった……。

 

 

 

外から聞こえて来る鳥の鳴声で俺は気分良く目覚める事ができ、身体をゆっくりとベッドから起こす。

 

「……どれだけ規格外なんだ、あの男は……」

 

持ち運ぶ事が出来るのにオラリオの高級宿にも引けを取らない部屋を作り出せるアイテムまで持っているカワサキには正直驚かされた。しかも寝心地も抜群と来ているから二重の驚きだ。

 

「もしもこのアイテムが数多くあればオラリオの常識はすべて覆されるな……もっともカワサキが提供してくれるとは到底思えないが……」

 

ゼウス・ヘラファミリアにならばカワサキも貸し与えるだろうが、それ以外の人間にカワサキが貸し与えるとは到底思えないな。

 

「おはよう、カワサキ」

 

「おう、おはようエレボス。朝飯出来ているぞ」

 

朝起きたら朝飯まで出来ているとは、本当にいたせりつくせりだなと思いながら椅子を引いて腰を下ろす。

 

「……これは?」

 

焼き魚は分かるが、白みを帯びたスープと、黒い紙のような何かと、卵料理だと思うが……見覚えの無い料理ばかりで思わず何だとカワサキに尋ねる。

 

「豆腐とわかめの味噌汁と卵焼きと海苔。ゼウスの爺さんとヘラにはちょいと不評だったが、俺の生まれ育った国の伝統的な朝飯だ。あーもしかして普通の洋食の方が良かったか?」

 

「いや、構わない。作って貰って文句を言う訳が無いだろう? ありがたくいただこう」

 

自分の国の料理を作ってくれたのはカワサキなりの歓迎の証である筈だ。机の上に箸に手に取ろうとし……。

 

「いただきます」

 

「……っと、いただきます」

 

真向かえのカワサキが手を合わせていただきますと言っているのを見て、箸に伸ばしかけた手を引っ込めて、手を合わせていただきますと口にしてから改めて箸を手にする。知識としては知っているが、ここまで綺麗に作られた和食を見るのは初めてだなとしみじみ思っているとカワサキがスープを啜る音がし、その音で考え事が中断されられる。

 

「音を立てて啜るのだな?」

 

「ん? あー味噌汁はこっちの定番のスープと比べると熱いからな、啜りながら飲まないと火傷するぞ? マナー的に受け入れ難いかもしれんけど」

 

「いや、郷に入っては郷に従えと言う。そこまで気にはしない」

 

味噌汁の入った椀を持ち上げ、白く濁ったさらりとしたスープを啜り……俺は目を見開いた。

 

「……美味い」

 

馴染みの無い味なのだが、口の中一杯に広がる旨みに驚きもう1度味噌汁を啜る。

 

「美味い」

 

「気にいって貰えて何よりだ。ゼウスの爺さんとかはあんまり好きじゃねぇって言うんだよなあ」

 

「そこは好みだろう。俺は好きだぞ、この味」

 

見た目からは想像出来ないほどに旨みが強く、口の中に広がる様々な風味は思わず唸ってしまうほどだ。

 

「む……むむ? 甘辛い」

 

卵を薄く伸ばし焼き、それを鮮やかに畳んだ卵焼きは甘さと塩からさを感じる独特な味わいだ。

 

「うむ、うむ……なるほど」

 

その味は口の中に残り、自然と俺の手は茶碗を持ち上げて米を口へ運んでいた。

 

「面白い形態の料理だな。俺の知る料理とはまた別物だ」

 

オラリオの料理は味が濃く、1品で満足感を得られる料理が一般的だ。だがカワサキの作ってくれた和食は複数の品を食べて満足感を得るという形態の料理だ。

 

「俺はそんな事は考えて無いぞ?」

 

「住んでる場所と風習の違いという奴だな。馴染みがないからこそ面白い」

 

焼いた鮭の身を箸で解し、米の上に乗せて頬張る。鮭の脂と塩味がこれまた箸を進めてくれる味だ。

 

「おかわりいるか?」

 

「……貰おう。米だけじゃなく、味噌汁も欲しい」

 

「OK。ちょっと待っててくれ」

 

そう言うとカワサキは1度厨房に引っ込み、すぐに米と味噌汁のおかわりを持って来てくれた。

 

「最初は少し味が薄いと思ったが……俺の気のせいだったみたいだな」

 

「和食は少し味が繊細な部分があるからな。慣れない内は味が薄いって感じるのかもな」

 

味が繊細……なるほど、確かにそういう感じ方もあるな。オラリオの料理は味がくどいとも言える。それが俺達の一般的な味付けだったから、和食は味が薄く感じるのかもしれない。だからゼウスやヘラは余り美味いと感じなかったかもしれないが、俺はこの味付けが結構好きだった。

 

「この味噌汁は特に良いな、俺好みの味だ」

 

オラリオの料理が不味いという訳ではない。ただカワサキの料理が俺の舌に合ったというわけで……。

 

「すまないが、鮭はまだあるだろうか?」

 

「分かった。すぐに鮭を焼いてこよう」

 

「……すまない」

 

食い意地が張ってる方では無いが米も、卵焼きも味噌汁も絶品で俺は結局この後2回お代わりをしてしまうのだった……。

 

 

 

 

エレボスは朝から4回もおかわりをしたので椅子に背中を預けて苦しそうな表情をしていた。

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫だ。少し食いすぎたが……」

 

少し所では無く大分食っていたと思うがそれを指摘せず、エレボスが持って来てくれたオラリオの地図を机の上に広げる。赤と青、それと黄色と白と黒の5色で色が塗られていて、それが一目で勢力図だと分かった。

 

「赤はフレイヤ、青はロキ、黄色はアストレア、白は中立および民間人が集まってる区画、黒は闇派閥だ。他にももっと細かい振り分けがあるが、最悪この5区画だけ覚えていてくれれば良い」

 

エレボスの説明を受けてからもう1度地図を見て、俺は思わず溜息を吐いた。アルトには聞いていたが、想像しているよりも遥かにオラリオの状況は悪かったと改めて知らされたからだ。

 

「殆ど制圧されてんのな」

 

「ああ……ロキとフレイヤが抑止力になってないというのが分かるだろ?」

 

赤と青を合わせても黒の闇派閥の制圧エリアの半分もないと言うのは本当に何をしてるんだと言いたくなる。

 

「黄色のアストレアだったか? その区画は随分と多いな?」

 

「ガネーシャファミリアや、善神のファミリアと協力してるからな。ちなみに言わなくても分かっていると思うが、ロキとフレイヤに味方するやつは殆どいない」

 

「だろうな、まぁ自業自得か」

 

ゼウスの爺さん達を追い出しを計画したのはロキとフレイヤだ。抑止力を失い、闇派閥が勢力を増したことを考えればその責任が全てロキとフレイヤに向けられるのは容易に想像がついた。

 

「これでゼウスの爺さん達の代わりの抑止力になれてれば話もまた変わるんだがな」

 

「ゼウス達が追放されてからレベルアップしたのはオッタルだけでな……」

 

「……なにやってんだ? ロキファミリアは」

 

レベルアップしているのがオッタルだけというのも頭が痛いが、ゼウスの爺さん達を追い出してから全く成長していないっていうのは本当に頭が痛い話だ。アルトから話は聞いていたがこうしてオラリオにいるエレボスから話を聞くとまた別物に感じるものだ。

 

「とりあえず偽造の通行証は用意してる。それとオラリオでは俺はエレンと名乗っている、間違えてもエレボスとは呼んでくれるなよ?」

 

「OK、それで俺達の拠点は黒の区画か?」

 

「良く分かったな、闇派閥の勢力が強いダイダロス通りに拠点を用意してる。ここは貧民街になるから潜りこみやすいだろう?」

 

「おいおい、貧民街に余所者が紛れ込んだらすぐ分かるじゃねえか」

 

貧民街というのは案外人の結束が強い。紛れ込むのは楽かもしれないが、警戒されるのは目に見えている。

 

「だがここが1番良い。俺はあえてアストレアとガネーシャファミリアの勢力下に身を置く、オラリオでは別行動だ。夜にはお前の拠点に顔出すから、そこで情報交換をするとしよう」

 

「それでこっちに情報を流してくれる訳か、こっちも何か情報を掴んだらお前に伝えるようにするよ」

 

「話が早くて助かる。しかし、こういうのに慣れてるようだが……お前何をしていたんだ?」

 

「まぁあれだ。色々とだけいっておこう」

 

あのキチガイ女から逃げるとか、ウルベルトのやつと一緒にいた時にテロリスト認定されて政府に追われた経験なんか何の役にも立たないと思ったが案外役立つ物で笑ってしまう。

 

「今日の昼にはオラリオにつくと思うが、中に入れるのは夕暮れ時になると思う」

 

「……マジか、出発前に軽く何か作っておいても良いか?」

 

「構わない、むしろ頼もうと思っていたくらいだ」

 

中に入るも、外に出るも地獄というわけだが、オラリオの中に入らないことには何も始らない訳だ。

 

「協力者は他にいたりするのか?」

 

「1人だけ、ヴィトーという俺の眷属がいるくらいだ。だがあいつにはあいつで命じている事があるから協力は望めない」

 

「2人だけで何とかするって事な。分かった」

 

騒動自体は闇派閥が起してくれる。後はそれを利用して上手く立ち回りつつ……。

 

「あ、そうだ。オラリオを出る前にディアンケヒトとミアハと知り会ってるんだが、オラリオに着いたら顔を出しても良いか?」

 

「そこはカワサキに任せる。出発の準備が出来しだいオラリオへ向かうぞ」

 

「分かった。急いで準備をする」

 

闇派閥に殆ど制圧されたオラリオで待ち構えている物は言うまでも無く気持ちの良いものではないだろうが……俺とエレボスの2人で出来る事は高が知れていると思うが、それでも僅かでもオラリオを変える切っ掛けになればと願い、俺とエレボスはオラリオへ向かう準備を始めるのだった……。

 

 

 

メニュー15 おにぎりへ続く

 

 

 




和食ショックを受けたエレボスさんを書いてみました。知ってはいても実際に口にすると全然違うと衝撃を受けるとか面白いかな? と思いこういう風にしてみました。次回はオラリオ入りまで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー15 おにぎり

メニュー15 おにぎり

 

エレボスが随分と米を気に入っていたようなのでおにぎりを弁当として持っていくことにした。それに昼前についたとしてもオラリオには入れるのは夕暮れ、ヘタをすると夜になると聞いたので腹持ちの良い方が良いと思ったのもあるし、もう1つ俺に思惑があるというのもある。

 

「俺達と同じでオラリオに入れるのを待ってる奴にも配るのか?」

 

「欲しいって言われたらな。顔は売っておいて損はない、違うか?」

 

ミネラルウォーターで洗った米を蒸らしている間にこんなに作るのか? と尋ねてきたエレボスにそう返事を返す。

 

「流石に店までは出せないぞ?」

 

「出すつもりはねえよ、今はな。俺がやりたいのは炊き出しだ。その為に料理人って言うのを印象付けたい」

 

アルトがダイダロス通りの孤児を随分と気にかけていたこともあってなと付け加える。

 

「孤児……か。闇派閥の連中が孤児を利用してるから深入りすると危ないぞ?」

 

「そういうのは慣れてるから問題ないさ、蒸らしも終わったし、すぐにおにぎりを準備する。エレンは出発の準備を頼むぜ」

 

「分かった。だが孤児に深入りするなよ? これはお前を心配しての事だからな」

 

「分かってる、心配してくれてありがとう」

 

孤児に深入りするなともう1度俺に忠告し、厨房を出ようとするエレボスの背中に心配してくれてありがとうと声を掛ける。エレボスは振り返らなかったが、右手を上げて軽く手を振ってくれた。

 

「あいつが悪神とか絶対なんか間違ってるな」

 

絶対エレボスは悪神なんて柄じゃないよなと思いながら釜の蓋を開ける。

 

「良し、完璧」

 

米が立った完璧な仕上がりに1人頷き、米を炊いたのと同じミネラルウォーターに手を浸してから塩一つまみ……と言っても手がぬれているので指先にも塩がしっかりとついている。それを両手に良く馴染ませて米を潰さないように、掬いあげるように米を手の上に乗せる。この時に米が多すぎても駄目なので手の平をくぼませて、その内側に収まるくらいを目安だと俺は思っている。

 

「気をつけてと」

 

指先で米の真ん中を窪ませるのだが、この時も米を潰してしまわないように細心の注意を払う。そして窪ませた所に解した鮭を乗せるのだが、この時に米全体に入れるのではなく、窪ませた所だけで入れるように注意する。

 

「米の味も台無しになるからな」

 

折角米と水に塩に拘っておにぎりを作っているのだ。米の味もしっかりと楽しめるように中の具材は入れすぎないようにするのがポイントである。

 

「ほっと」

 

そしてもう片方の手で同じ位の米を取り、具材を乗せている米の上に被せるようにし上下の米を馴染ませるように回転させて境目が良く馴染んだら力を軽く込めて△型に握る。だが握るといっても力を入れすぎず、そしてきっちり三角になるように握るでもなく、僅かに丸みを帯びた三角になるように握れば完成だ。

 

「よーし、どんどん行こう」

 

ツナマヨに鮭に漬物と中の具材は沢山あるのでどんどん握っていこう。余ったら余ったで保存すれば問題ないのだからと思い俺は釜の中の米全てをおにぎりにし、海苔はしっとりよりもパリの方が好きなので海苔に保存を掛けてしっとりとならないようにして、完成したおにぎりを全てバスケットに入れて厨房を出る。

 

「悪い、待たせた」

 

既に準備を終えていたエレボスにすまないと頭を下げる。

 

「気にするな。それにオラリオで何か騒動が起きていたら街中に入るのも時間が掛かるからな、飯を作っておいて貰えるのはありがたい。

では行くか」

 

エレボスの言葉に頷きグリーンシークレットハウスをアイテムボックスの中に格納し、俺とエレボスはオラリオへ向けて歩き出すのだった……。

 

 

予定通り昼前に俺とカワサキはオラリオに来る事が出来たのだが、闇派閥のテロという想定外の出来事があって俺とカワサキだけではなく、商品を運んできた商人やその護衛の冒険者達や、オラリオが危険だと知り冒険者を辞めるように説得に来たであろう夫婦……様々な者達が閉じられた門の前で4時間近く立ち往生を余儀なくされていた。

 

「お願いします、通してください。4時間も馬車の中に商品を入れていたら全部駄目になっちゃいますって」

 

「そうですよ、肉や魚も運んで来ているんですから本当勘弁してくださいって」

 

ガネーシャファミリアの団員に門を開けてくれと商人達が頼み込むが、団員達は申し訳無さそうに首を左右に振る。

 

「申し訳ありませんが中から許可が出るまでは開ける事が出来ません」

 

「駄目になった商品に関してはギルドのほうで賠償金が出ます。こちらの紙に納品先と名前を記載してください」

 

どれほど頼み込んでも駄目だとわかり、商人達は団員から紙を受け取り、トボトボと馬車へと戻ってくる。

 

「商人にとっては辛いな、やれやれ俺を運んでくれた爺さんは大丈夫かね」

 

「お前はお前で何をしてる?」

 

そんな商人を見ながら摘んできた野草をナイフで切り分けているカワサキに何をしていると尋ねた俺は絶対に悪くない。

 

「何って昼飯の準備だが?」

 

この状況で平然と昼食の準備をしているカワサキは本当にマイペースが過ぎる。そんな事を考えながらカワサキの手元を見て、俺は眉を顰めた。

 

「カワサキ。その野草は不味いぞ」

 

オラリオの周辺で良く生えている野草で、毒は無いがその代り美味くも無い。むしろまずい部類の野草だとカワサキに教えるが、カワサキはからからと笑った。

 

「そりゃお前が調理の仕方を知らないからだよ。まぁ見てろ、美味くしてやるからさ」

 

自信満々でカワサキは野草をどんどん切り分けて積み上げる。鞄から四角い箱のようなものを取り出し、その中心に紅い石をはめ込み、その上に水を張った鍋を乗せる。

 

「それは竈か?」

 

「おう、持ち運び式のもんでな。この魔法石を嵌めこむことで使えるんだ。あんまり火力は強くないんだが、十分使えるだろ?」

 

十分使えるところではない、火を起こさず料理が出来るというのは革命的だ。

 

「あのすいません、その持ち運びの竃はどちらでお買いになられたのでしょうか?」

 

「これか? これは俺の自作だが?」

 

「なんと……あの、これは数を作れたりしませんかね?」

 

「んー出来るは出来ると思うが……後にしてくれないか? 今飯を作ってるところだからよ」

 

「それは失礼しました。私カインと申します、後で詳しくお話を聞かせてください」

 

カワサキの自作と聞いて商人の1人が飛びついてきたのを見て、思わず溜息を吐いた。

 

「面倒な事になるぞ、利権だけは気をつけろよ」

 

「分かってる分かってる。って、良し、こんなもんだな」

 

茹でた野草を鍋から取り出しているカワサキにこいつ絶対分かってないなと確信し、カインという商人との話し合いの場には俺もいるべきだなと思いながらカワサキが敷いてくれていたシートから尻を上げる。

 

「もう少しで出来るぞ?」

 

「すぐ戻る」

 

もうすぐ出来ると言うカワサキに背を向けてガネーシャファミリアの団員の元へ足を向ける。

 

「あ、エレンじゃないですか、いないと思ったら何をしてたんです?」

 

「ちょっと友人に頼まれてな、オラリオに来たいと言っていた奴を連れてきていたんだ。ところで……中の問題はタナトスファミリアか?」

 

俺の問いかけに門番をしていたガネーシャファミリアは俺に向かって手招きする。

 

(はい、また孤児や子を失った親の自爆テロです)

 

(……そう……か。すまない、ありがとう)

 

闇派閥の多くは冥界や死者に関係する神がいる。それらの神は甘言を口にするのだ、自分に協力すれば死んだ子や親に会わせてやると……だが地上にいて神の力(アルカナム)の使用を禁じられ、わずかばかりの権能を使えるだけの神にそのような真似は出来ない。それでも肉親を失った者はその甘言に縋る、縋ってしまう……悲劇の連鎖はいつまで立っても止まらないのだ。

 

(これを見ても何とも思わないのだな、ロキ、フレイヤ)

 

形上は最強であり、オラリオの2大派閥であるロキとフレイヤにもこの問題は伝わっている筈だ。表向きはパトロールなどをしているが、それでも自爆テロは減る所か増える一方……それはロキ達が舐められているという事に他ならない。

 

(オラリオの住人は愚かな選択をしたものだ)

 

ゼウスとヘラを追放する選択をしたのは当時のオラリオの住人の大半だ。それはロキが手回しし、ゼウスとヘラがいなくとも自分達がオラリオを守れるとアピールしていたからだ。ギルドのロイマンも原因ではあるが、正式発表を待たず、ロキとロイマンの私兵の流した黒龍に敗北し、勢力を失ったゼウス達という情報を鵜呑みにし彼らを見限り、ロキとフレイヤの言葉を信じた結果がこれ……自業自得と言えばそこまでだが……それに巻き込まれる子供達が可哀想だ。

 

「エレン」

 

「おっと、すまないな」

 

名を呼ばれ、カワサキに視線を向けるとおにぎりが投げられた。それを受け取り、カワサキの隣に再び腰掛ける。

 

「おにぎりだけじゃなくて卵スープとおひたしもあるぞ」

 

「多すぎないか?」

 

山積みされているおにぎりは到底2人で食べれる量ではなかった。それを指摘するとカワサキはおひたしを頬張って誤魔化し、俺も苦笑しながらおにぎりを頬張る。

 

「……美味いな、これ」

 

口の中でほろりと解ける米、甘さと塩辛さが絶妙で到底米を三角に固めただけの味とは思えず、もう1口、今度はさっきよりも大きく頬張ると中の具材が口の中に広がった。

 

「……んん? なんだこれは」

 

魚の脂と酸味と甘みのある風味が口の中に広がった。米と良く合う味なのだが、これが何か皆目見当が付かなかった。

 

「ツナマヨ。美味くないか?」

 

「……美味い、美味いが……うん。なるほど、ツナマヨというのか…悪くない」

 

全知全能であり、知らない物は無いと思っていたが……そんな俺でも知らない味があるんだなと驚き、カワサキが用意してくれたスープを口に運ぼうとしたその時だった。

 

「お兄さん、それ売り物? いくらで売ってくれる?」

 

にこにこと笑いながら1人の少女――ガネーシャファミリアのレベル3冒険者象神の詩(ヴィヤーサ)の2つ名を持つアーディ・ヴァルマの姿に俺は思わずおにぎりを噴き出す。

 

「おいおい、大丈夫か? エレン」

 

「大丈夫です?」

 

心配してくれているのは分かるが、違うそうじゃないと言いたかったのだが、咽ている俺は返事を返す事が出来ず、そのまま暫く咳き込んでいて、カワサキとアーディに背中を摩られ違うそうじゃないと心の底から思ったのだが、俺の思いが2人に通じる事はないのだった……。

 

 

 

オラリオの周辺のパトロールを終えて一休みしようと思った所で団員から門の所で料理をしてる人が居ると聞き、見に行ったらオラリオでは珍しい黒髪黒目の目付きの悪いお兄さんが地面に座り込んで鍋をかき回していた。

 

(うわ、あれがあったら絶対便利ッ!)

 

炎を使わずに料理が出来る何かを使っているのを見て、あれがあったら遠征とか絶対便利だろうなと思いながら料理をしているお兄さんの方に足を向けると、お兄さんの前には白い何かが三角に固められた者が大量に並べられていて、お兄さんの隣では財布をスられたと良くガネーシャファミリアに尋ねに来ているエレンの姿もあった。

 

「お兄さん、それ売り物? いくらで売ってくれる?」

 

私がそう尋ねるとエレンが噴き出し、噎せる。

 

「おいおい、大丈夫か? エレン」

 

「大丈夫です?」

 

「げほっ!? ごほっ!?」

 

激しく咳き込むエレンの背中をお兄さんと一緒に摩っていると段々落ち着いてきたのか、もう大丈夫だとか細い声でエレンが言うので再びお兄さんに視線を向けると使い捨て出来る紙のコップをお兄さんが差し出しているので、腰のポーチからサイフを取り出そうと右手を後ろに回すとお兄さんは手を左右に振った。

 

「金はいらねえよ。タダだ」

 

「え? いやいや、悪いよ」

 

ただというお兄さんに悪いと言うがお兄さんは目つきの悪い顔で良い笑顔を浮かべるという器用な事をしながら私の手に紙コップを握らせてきた。

 

「あ、あったかい……っじゃなくて!? これいくらです?」

 

陽は出ているが寒い時期なので思わずほっとしてしまったが、違うと叫んで財布を取り出す。

 

「だからタダだって、こんだけ寒いのに外で待ってるのは誰だって辛い。そうだろ?」

 

「そ、それはそうだけど……でも」

 

「それにだ。俺はオラリオで店でも開けないかと思って下見に来たんだ。店を開いた時の為の先行投資って事で受け取ってくれよ」

 

「う……そ、それじゃあ遠慮なく」

 

どうやってもお金を受け取ってくれる雰囲気では無かったので紙コップを受け取ると白い湯気が目の前に広がる。

 

「熱いから気をつけろよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

熱いから気をつけろと言われて息を吹きかけて、良く冷ましてコップを傾けてスープを口にする。馴染みの無い香りと濃厚な旨み、そして冷えた身体を温めてくれるスープに思わず溜息を吐いた。

 

「どうだ? 口に合うか?」

 

「凄く美味しいです! これ何のスープなんですか?」

 

「鶏がらで取った出汁に味付けして卵を落とした簡単なもんさ。手抜きも良い所だ」

 

「いやいや、そんな事無いですよ。凄くお……あ……」

 

手抜きと笑うお兄さんに凄く美味しいですと言おうとした所でお腹が大きく音を立てて、思わず赤面しあっと呟いた。

 

「ははははッ! 腹は素直だな。ほら、これも食え。野郎が握ったもんだから嫌かもしれんが腹は膨れるぞ?」

 

「い、いただきます……」

 

バスケットの中に詰められた黒い何かが巻かれた白い塊を手にする。

 

「これは?」

 

「おにぎりだ。知らないか? おにぎり」

 

「知らないですね……なんです?」

 

「米を握ったもんだ、黒いのは海苔。まあ食べれば分かるだろうよ」

 

食べれば分かる、確かにその通りだと思いおにぎりと頬張るとパリっと言う小気味良い音と共に口の中に米が入ってくる。

 

「ッ! これも美味しいです!」

 

「そうかそうか、良かった良かった」

 

海苔という奴の香りは独特だったけど、米は良く噛むと甘いし、良い塩を使っているのか塩辛いだけではなく、ほのかな甘みもある。

 

「中に焼き魚が入ってるッ!」

 

「鮭を焼いたもんだが、美味いか?」

 

「美味しいです!」

 

本当に美味しかったので地面に座ってゆっくり食べようとするとお兄さんは布を差し出してくれた。

 

「直に座ったら冷えるだろ? これの上に座れよ」

 

「ありがとうございます!」

 

なんて良い人なんだと思いながら渡された布を地面に広げ、その上に腰を下ろし私はバスケットの中一杯のおにぎりに手を伸ばす。

 

「僕も貰っても良い??」

 

「ほら。坊主、くいな」

 

「ありがとうおじさん!」

 

「おじさんって言う年じゃねえんだけどなあ……まぁ良いか」

 

「お前さん、ワシにもくれんか?」

 

「勿論だ。卵スープは熱いから気をつけろよ、爺さん」

 

「ありがとうありがとう」

 

私が美味しい美味しいと言うので、オラリオの中に入れず立ち往生していた人達が次々とお兄さんの所に集まり一気に賑やかになってきた。

 

「うんうん、やっぱりご飯は賑やかなのが良いね!」

 

「分かる分かる。やっぱり、辛気臭い顔して食う飯より、笑顔で食う飯だよな」

 

「だよねー」

 

「……なんでお前らは平然と意気投合してるんだ?」

 

エレンが呆れた顔をしてるのを見て、私はハッとした。エレンは何故自己紹介をしないのかと言っているのだと分かり、食べようとしていたおにぎりを1度おろしてお兄さんに視線を向けた。

 

「私、アーディ。アーディ・ヴァルマって言います。お兄さんは?」

 

「俺か? 俺はカワサキだ。事情があって名はない、カワサキと呼んでくれればそれで良い」

 

知られたくない過去がある人はオラリオには沢山いるので深く問いかけることはせず、私は空になった紙コップをカワサキさんに差し出した。

 

「卵スープおかわりください! カワサキさん」

 

「はいはいっとエレンは?」

 

「……俺も貰おうか」

 

「疲れてます?」

 

「ああ、お前達のせいでな」

 

私とカワサキさんのせいで疲れていると言うエレンに私とカワサキさんは揃って首を傾げた。これが私アーディ・ヴァルマとカワサキさんの最初の出会いなのでした。

 

 

「ベール君♪ 前に助けてあげた時に御礼をしてくれるって言ったよね?」

 

「アーディさん。はい! 僕で出来る事だったらですけど」

 

「うんうん、じゃあね~私カワサキさんの事知りたいなー?」

 

「……それは無理です」

 

「何で?」

 

「僕の命に関わるので!ごめんなさいッ!!」

 

「待ってって! 別に悪用しようって訳じゃ無いから教えてよ!?」

 

「無理です嫌です死んでしまいますッ!!」

 

逃げるベルとそんなベルを追いかけるアーディがこれから7年後のオラリオで度々見られる光景となる。

 

 

下拵え 医神再会/愚者の驚き/カワサキさん炊き出しの準備をするへ続く

 

 




という訳でアーディさん生存ルートに入ります。1番使いやすいといいますか、考えてる流れのところでアーディさんが巻き込まれた自爆テロが私の考えてる話の流れにあうのでそこから入ろうと思います。その前にミアハとか、フェルズさんとかに再会する事になりますが、暗黒期で暴れるカワサキさんの下準備スタートと言う事で、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 医神再会/愚者の驚き/カワサキさん炊き出しの準備をする

 

下拵え 医神再会/愚者の驚き/カワサキさん炊き出しの準備をする

 

私とディアンケヒトではファミリアを運営する上の考えは大きく異なり、そして共に医療を司る神ではあるが……やはりそこに対するスタンスも大きく異なる。険悪では無いが、仲が良い訳でもないと言うのが私とディアンケヒトの関係性だ。だがそれでも、今の私とディアンケヒトには協力しなければならない理由があった。

 

「むうううう……こいつはしつこいにも程があるッ!」

 

「確かに、ここまでやっても駄目とは……」

 

我々が深層の病としていた遺伝性の不治の病が深層に潜むモンスターによる物と言うのは7年前に明らかになり、それから私とディアンケヒトは喧嘩や口論をしながらも深層の病の原因である極小の群生態……菌糸系の生体を持つモンスターを殺す為の薬、あるいは治療法の確立を目指して来たが、結局7年も時間を掛けて出来たのはほんの僅かだけ進行を遅らせる薬に留まっていた。闇派閥のテロ行為を差し引いても全く進展が無いという状況には流石の私達も疲弊を隠しきれなかった。

 

「ええいッ! これもロキとフレイヤのせいだッ! 本当ならばもっと早く特効薬が完成していたと言うのにッ!」

 

「確かに……カワサキから話は聞いていたが……やはり分からない場所が多すぎる」

 

カワサキによってモンスターが原因だと分かり、それも菌糸系の生体を持つモンスターによる物と判明した。定期的に私かディアンケヒトファミリアのポストに入れられている差出人不明の手紙。それはカワサキからのモンスターの生態やそれに効く薬の組み合わせなどが記されていた。 カドモスの泉の水などの効果的な使い方、特定の食品を組み合わせることによる治療効果の促進……様々な観点で私とディアンケヒトの深層の病に関する理解は深まったが、それでもまだ深層の病を克服するには至っていない。こちらから問いかけることも出来ず、一方的に与えられる情報を2人で精査し、トライ&エラーを繰り返しながらではその進捗が遅くなるのも当然だ。

 

「初期段階の内ならば身体の外に摘出することは可能だが、そこから少しでも根付くと駄目だな」

 

「血管に張り付くのが厄介すぎる。下手に切除すれば血管が破裂してしまう。 しかもその血管が動脈ばかりというのが鬱陶しい」

 

「簡単に摘出されない場所を選んでいるということか……どうしたものか」

 

深層の病の特効薬作りに眷属達は関わらせていない。 空気を媒介にして寄生するモンスターを研究する以上眷族を関わらせれば、その者も感染してしまうかもしれない。 奇しくも、このモンスターは神に寄生出来ない、人間を殺す事に特化した生態を持つ事が分かった。が、それが分かった所でどうなんだと言いたくなる。

 

「今日はここまでにしよう。ディアンケヒト」

 

「……ああ。そうするか、いい加減お前の暗い顔を見るのも最後にしたかったんだがな」

 

憎まれ口を叩くディアンケヒトに返事を返さず。ウラノスから預かった魔道具を使い寄生する前のモンスターを厳重に封印し地下の研究室を出る。

 

「あ。ディアンケヒト様。お客様が来ていますよ」

 

私とディアンケヒトが地下を出るとファミリアの受付が客が来ているとディアンケヒトに伝えに来る。

 

「客だぁ? 帰らせろッ! ワシは疲れてるんじゃッ! 事前に連絡も入れてこない相手に何故会わねばならんッ! どうして追い返さなかったッ!」

 

進展が無いことに対するいらつきを受付にぶつけるディアンケヒト。その余りな口振りに止めに入ろうとし、受付嬢の言葉に私もディアンケヒトも一瞬動きを止めた……。

 

「い、いえ、それが何時間でも待つと……カワサキと言えば分かるの一点張りで」

 

「カワサキだと!? 何故それを先に言わん! 早くワシの部屋へ通せッ! 茶菓子と茶も忘れるなよッ! ワシの客だッ!」

 

「は、はい! わ、分かりましたぁッ!!」

 

ディアンケヒトに怒鳴られ走り去る受付嬢の背中を見ながら私は溜息を吐いた。

 

「カワサキは亜人だぞ? 真正面から尋ねてくると思うのか?」

 

「メッセンジャーか何かかもしれんだろうが! とにかくいまはカワサキとの繋がりが欲しい! 少しでも早く深層の病に対する特効薬を作り出させねばッ!」

 

医神でありながら治すことが出来なかった深層の病……それを治す手掛かりを失いたくないのは分かるが、もう少し言い方と言うものを考えるべきだ。

 

「まぁ良い。私も同席するぞ」

 

ディアンケヒトは返事を返さなかったが、顎で合図をするのを見て苦笑しながら私はディアンケヒトの執務室へと歩き出した。

 

「悪いな、先に茶と菓子を貰ってるぞ」

 

執務室では黒髪、黒目の青年が茶菓子を齧り、紅茶を啜っていた。当然ながらその姿はカワサキとは違う物で、ほんの少しだけ肩を落とした。

 

「構わん。それでお前はカワサキの知り合いか? 何か伝言を「いや、俺がカワサキだ。ほれ」……な」

 

目の前の青年が指輪を外すと、私達の目の前で青年の姿が黄色い亜人の姿に戻り、私とディアンケヒトが絶句しているとカワサキは再び指輪を嵌めて人間の姿になる。

 

「き、貴様……今まで何をしていた!?」

 

「何って旅してたけど? 偶にゼウスとかヘラの所に顔を出しながらあちこち渡り歩きながら、ほれ、あれだ。深層のモンスターに効果のある植物とか鉱物の情報を送っていただろ?」

 

「確かにそれは受け取っていたが、人の姿になれるなら直接尋ねて来て欲しかったな」

 

「はっはは、まぁそりゃそうだな。でもまぁ……あれだ。俺はあんまりオラリオに来たくなかったって事で勘弁してくれや」

 

オラリオに来たく無かった……それを言われると言葉が無かった。オラリオの住人のゼウスとヘラに対する行いは決して許されるものではない、ロキとフレイヤが扇動したとは言えカワサキがオラリオに良い感情を抱いていないのは容易に予想がついた。

 

「2人に会いに来たのは道理を通す為だ。これから少し変になった冒険者や神が運び込まれてくるだろうが、そこまで真剣に調べなくても良いって事を伝えに来たのと、ギルドとロキやフレイヤに聞かれても知らぬ存ぜずを通してくれれば良い」

 

「……何をするつもりだ」

 

「ちょいと俺の持ってる調味料で悪神や邪神の連中の性格を変えてやろうかとね。後は経験値が増えてないと女は太る、男は禿げる料理をぶち込んでやろうかと思ってるくらいだ。ちなみに言っとくが、認識阻害のアイテムを装備してヘラやゼウスの所の団員がオラリオにカチコミを掛けるって言うのを止めた第二案だから、これ邪魔するとヘラとか乗り込んでくるからな?」

 

「「絶対に邪魔をしないと誓おう」」

 

ヘラが来るくらいならば性格が変わる、禿げる、太るくらいは黙認しよう。

 

「OK。ああ、それとこれな。またあのモンスターに効きそうなスパイスの組み合わせ。上手く使ってくれよ」

 

投げ渡された瓶を受け取り、私は思わず問いかけた。

 

「何故お前はいつもスパイスや料理なんだ?」

 

なぜスパイスや料理のレシピとして教えてくれるんだ? と尋ねるとカワサキは椅子の上においてあった上着を羽織ながら振り返った。

 

「なぜって俺は料理人だぜ? 薬の作り方なんざ分かんねーよ。医食同源は分かるけどな。んじゃな」

 

そう言って歩き出したカワサキだったが、思い出したように足を止めて振り返った。

 

「ダイダロス通りで炊き出しをやるからよ。気が向いたら来てくれや、んじゃな」

 

そう言って今度こそディアンケヒトの執務室を出て行くカワサキを見送り、手の中の小瓶に視線を向ける。

 

「大変な事になりそうだ」

 

「ヘラとヘラの眷属が乗り込んでくるよりマシだ。それにカワサキの事だからそこまで酷い事にはならんだろ。多分な」

 

「そうだと良いのだが……」

 

カワサキは善良だが、善良な分だけ怒ったときが怖いなと思いながら、カワサキに渡されたスパイスの小瓶を懐にしまい私もディアンケヒトファミリアを後にするのだった……。

 

 

 

 

それは本当に偶然だった。ディアンケヒトファミリアから出てきた黒髪、黒目の男。一見極東の人間に見える男だが、私の目は男の指に嵌められている指輪を見逃さなかった。それは私が持っているのと同じ人化の指輪だったからだ。

 

「お前……その指輪をどうした?」

 

そしてその男が路地裏に入るのを見て、それをすぐに追い。背後を取ってそう問いかけると男は愛想の良い笑みを浮かべながら振り返った。

 

「よう、フェルズ。元気そうだな」

 

「……お前、カワサキか?」

 

「おう。7年ぶりだな、元気にしていたか?」

 

「こっちに来い」

 

色々と聞く事があるので冒険者通りの裏路地の魔女の隠れ家へ向かおうとする。だがカワサキは駄目だと言って首を左右に振った。

 

「俺はやることがあるから今はついていけない」

 

「……それはゼウス達が関係しているのか?」

 

「俺が今からやる事は関係して無い。でもこれからは関係がある」

 

間違いなく闇派閥の台頭を知りゼウスとヘラが黙っていられなくなってカワサキを送り込んだのだろう。

 

「何をするつもりだ?」

 

私がそう尋ねるとカワサキは懐からゼウスとヘラのファミリアのエンブレムが刻まれた封筒を取り出した。

 

「こいつをウラノスに届けてくれ、手紙の中身を見てその上で俺のやることが受け入れられないなら、ダイダロス通りに来てくれ。俺は今はそこを拠点にしてる」

 

ダイダロス通りを拠点にしていると聞き、誰かが手引きをしていると分かったがあえてそれを問いたださず、手紙を受け取りローブの中にしまいこんだ。

 

「ウラノスと共に精査する」

 

ロイマンを降格させ、人化の指輪を装備し、人の姿になった私は一応ギルド長という立場にある。正直に言えば魔女の隠れ家に魔道具の作成にギルド長とどれもが大変ではあるが、オラリオを正常化するためには身を粉にして働く必要がある。ウラノスも祈祷ばかりではなく、神会にも積極的に参加しているので、7年という月日は経ったが少しずつ正常化は出来ていると思う。

 

「頼むぜ、まぁ色々と騒がしくなるだろうが……闇派閥を何とかする為だ。目を瞑ってくれ。少なくとも認識阻害を掛けたヘラ達が乗り込んでくるよりかはマシだろうから」

 

「それは間違いない」

 

ヘラ達が乗り込んでくればオラリオが滅びてもおかしくないので、多少のトラブルは目を瞑るしかあるまい。

 

「私を人にしたのと同じ様な事をするのか?」

 

「当らずとも遠からずとだけ言っとく。あ、そうそう。ダイダロス通りで炊き出しをするから気が向いたら来てくれよ」

 

「待て! 正気か?」

 

ダイダロス通りで炊き出しをすると言うカワサキを呼び止める。あそこは貧民街であり孤児や素性の悪い冒険者達が多く居る。そんな中で炊き出しをするのは自殺行為だ。間違いなく料理が完成する前に襲撃を受けると断言出来る。

 

「正気だよ。腹が空けば気が滅入る。ひもじければ眠れない。些細な事で腹が立つ、生きる為には飯を食えさ」

 

「それは偽善だぞ?」

 

その信条が悪いとは言わない、だが今のオラリオはそんな事を言ってられないほどに荒んでいる。ゼウスとヘラという抑止力を失い、ロキとフレイヤがその代りになれず、本当に酷い状況となっている。

 

「俺はやらない善より、やる偽善でね。ま、こういう状況には慣れてるから問題ない。んじゃなあ~」

 

手をひらひらと振って歩いていくカワサキの後を追っていくべきか、それとも先にウラノスに手紙を渡すのが先かと一瞬悩んだが、ダイダロス通りよりもギルドが近い事もあり、ウラノスと話し合う為に私は早足でギルドへと向かうのだった……。

 

 

 

エレボスが確保してくれていたダイダロス通りの俺の拠点は極普通の一軒家だったが、ダイダロス通りの入り口に近く、そしてそこは広場にも面していて、炊き出しをやりたいと考えている俺にとっては非常に都合のいい場所だった。

 

(しかしまぁ、凄いな、これは)

 

あちこちから感じる敵意や観察してくる視線のような物を背中に感じながら、家の中から運び出したように偽装しながらアイテムボックスから大鍋を取り出して、持ち運びコンロの上に大鍋を置いて、その隣に持ち運びの机と野菜を洗う桶を用意し、鞄から野菜を取り出していると前方に敵意を感じ、反射的に拳を突き出す。

 

「がッ!?」

 

苦悶の声と共に目の前に崩れ落ちる薄汚れた大男を見て、俺はやれやれと肩を竦めながら俺を観察してる視線の方に向かって口を開いた。

 

「炊き出しの準備をしてるから邪魔するんじゃない、良いか! これは炊き出しだ! 金はいらないッ! 器さえ、いや、器がなくても完成した料理は振舞う! だから俺の邪魔をすんな!良いな! 分かったな!」

 

俺の言葉に返事は無いが、向けられる敵意の視線は僅かに緩まった。

 

「ほ、本当に……タダ……なのか?」

 

「ああ。本当だ。だから力尽くで来なくてもちゃんと振舞ってやる。だから大人しく待ってろ、良いな?」

 

俺が殴り倒した男に向かってそう言うと男は腹を押さえながら分かったと返事をし、仲間……いや、家族か……暗がりで待っていた赤子を抱いた女性と共に暗がりの中へと消える。

 

「……こりゃ想像以上だな。オラリオのファミリアは何をやってるんだ?」

 

これだけの人数が餓えていると言うのになんら対策を取っているようにも見えない。

 

(まだ俺の住んでた所よりかはマシだが……こりゃかなり本腰を入れないと駄目か?)

 

アルトやエレボスに聞いていてある程度は覚悟していたが、俺の想像よりもひどい状況に自分が考えていたよりも積極的に動く必要があると決断すると同時に、ロキとフレイヤの駄目さ加減に呆れながら最初に考えていた炊き出しのメニューを変更し、より高カロリーで、エネルギーを摂取でき、身体を温める事が出来るシチューの方が良いだろうと思い。新たに牛乳と小麦粉を鞄から取り出し腕捲りをする。

 

「さてと気合を入れていくとするか」

 

俺を見ている気配から最初に作ろうと思っていた量では全然足りないし、それに栄養の足りてない奴も多すぎる。これだけ大量に料理を作るのは久しぶりだがリアルでは散々やっていたので問題はない筈だと考え、俺は早速料理に取り掛かるのだった……。

 

メニュー15 クリームシチューへ続く

 

 




暗黒期編の最初は7年前の知り合いの元からスタートしました。これである程度自分が何をしようかと伝える事でギルドや、闇派閥のテロで治療が必要な人達に集中してもらい、マーボーショックを受けた神やその眷属、禿げた男や太った女性への対応をしなくて良いと伝える話となりました。そして現在のオラリオを見ておこゲージ上昇中のカワサキさんですが、1回怒りを横に置いておいて炊き出しの準備をする辺りはまさにカワサキさんって所だと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー16 クリームシチュー

メニュー16 クリームシチュー

 

水洗いし皮を剥いたじゃがいもや人参を簡易キッチンの上に並べていると、少しずつ俺に向けられてくる視線が増えてくる。だが当然言うまでも無く、その視線の多くには敵意が混じっている。

 

(まぁ当然だな)

 

なんせ俺は余所者、その上昨日ダイダロス通りに住居を構えたばかりなのだから知り合いもいない。存外仲間意識が強かったりするのがこういう地区に住んでいる連中の特徴で、俺も実際にリアルで炊き出しをやり始めたばかりはこんな感じだったのでこの敵意もしょうがないなと苦笑しながら包丁を手に、普段よりやや小さめの1口大に切ってざるの中に入れる。大きく切って満足感を得て欲しいという気持ちはあるが、何日も食事をしていない相手もいれば、胃が弱っているので逆にダメージを与える可能性もある。それらを考慮してやや小さめに切る事にした。皮を剥いた鶏腿肉にも同様に少し小さいかなと思う位の大きさで形を整える。

 

(どこまでフォローしてくれるか判らんしな)

 

回復等の効力を付与したとしているが、それもどこまで効果を発揮するか分からないので普段作る時よりもずっと気を使って下拵えを進める。

 

「次は玉葱っと」

 

玉葱の皮を剥いて薄切りにし、今度はフライパンを手にしてたっぷりのバターをフライパンの上で溶かしていると観察するような視線を感じて顔を上げる。

 

「なんだい婆さん。まだ出来てないぜ?」

 

そこにいたのはローブに身を包んだ老婆だった。だがその目は爛々と輝いていて、見た目通りの老婆ではないという事は一目で分かった。

 

「神を相手に婆さんとはとんだ罰当たりもんだね、あんたは」

 

「はっ、悪いね。俺は神様つうもんは基本的に信じてないのさ。神だから信じろ、信用しろって言われて、素直にはい分かりましたって言えるか?」

 

バターが溶けた頃合で玉葱をフライパンの中に入れてバターと絡めるように炒める。

 

「違いない、んで。あんたは何者だい?」

 

「流しの料理人さ、昨日ダイダロス通りに来たばかりのな」

 

バターで炒めた玉葱が透明になってしんなりしてきたら鶏腿肉とじゃがいもと人参、そして少量の白ワインを加え、火を強くしてアルコールを飛ばしながら鶏腿肉と玉葱をしっかりと炒める。

 

「建前は良いさ、あんたどこから来た? 神を信用しないなんていうもんはここら辺にはいないはずだよ」

 

「さぁ? どこだと思う?」

 

射抜くような視線に飄々と返事を返しながら、一瞬だけ服の上着を開きゼウスとヘラのエンブレムを見せる。目の前の老婆はぎょっとした表情をした後に俺が置いていた木箱の上に腰を下ろした。

 

「下手な詮索はしないほうが良いって事かい」

 

「そういうこった、まぁあんたは良い人そうで口も堅そうだからな」

 

「はっ! 買い被りだね、あたしは嫌われもんの神さ。そんな奴を良い人なんていうあんたは目が腐ってるよ」

 

この遠慮のない毒舌に思わず笑いながら、フライパンの中に薄力粉を加え、塩と黒胡椒を加えて味を調えながら全体を良く混ぜ合わせる。

 

「俺はこれでも人をみる目はあるつもりでね。少なくともロキやフレイヤよりあんたの方が信用できるさ」

 

俺の言葉に老婆は手を叩いて笑い出した。

 

「こんな婆を口説いてどうするつもりだい?」

 

「あんたに最初の一杯を食ってもらうつもりさ。あんたここの顔だろ?」

 

この神が何者かなんていうのは俺には興味が無い、ただこの老婆がこのダイダロス通りの顔である事だけが重要なのだ。

 

「その物怖じしない性格と言動、悪くないね。あたしはペニア、貧窮を司る神で嫌われもんさ、よろしく」

 

「俺は流しの料理人で、カワサキつうもんだ。事情があって名はないんでね、カワサキとでも呼んでくれ」

 

川崎雄二と俺カワサキは別の存在だと俺は思っている。だから雄二の名を名乗るつもりは無く、カワサキと呼んでくれとペニアに言いながら薄力粉の粉っぽさが無くなってきたので煮込むようの大鍋の中に炒めた具材をいれ、無限の水差しから水を鍋の中に注いで弱火で煮込み始める。

 

「んで、ダイダロス通りで炊き出しなんぞやって何がしたいのさ?」

 

「腹が減ってる奴には飯を食わせるのが俺のやり方でね。飯を食う事は生きる事だ、飯を食わないと人は生きていけないだろ?」

 

「それだけでただで飯を振舞うのかい? とんだ変わりもんだッ!」

 

「はははは、自覚はあるぜ。でもな、俺は腹が減ったって泣くガキを見たくねえのさ。見たくないから飯を食わせる、助けたいとか救いたいじゃない。俺が見たくないからやるんだよ」

 

「自分勝手だねぇ、それに偽善者だ」

 

「偽善で大いに結構、やらない善より、やる偽善だよ」

 

じゃがいもと人参に火が通ったので牛乳とコンソメ顆粒を加えてとろみが出てきたらチーズの塊と粉チーズを加え、チーズが溶けて全体に馴染んだら完成だ。

 

「出来たぜ、婆さん」

 

「名前を言ったのに婆さんかい? まぁ親しみがあって良いけどね、温かい内に頂くとするよ」

 

ペニアは俺の差し出したシチューの皿を受け取り、冷ましてから口へ運んだ。

 

「……美味いじゃないか、あんたの腕ならこんな場所じゃなくても普通に店だって出来るだろうにさ、本当に変わりもんだよ、あんたは。ガキ共! こっち来な! このお人よしのド馬鹿が飯を食わせてくれるってさ!」

 

ペニアがそう叫ぶとあちこちの路地から子供達が罅割れた皿やコップを手に駆けて来る。それに子供の後には隻眼の男性や、隻腕といったダンジョンで手足を失ったであろう元・冒険者達の姿もある。

 

「ほーれ、皿を貸しな」

 

おずおずと差し出してくる皿を受け取りシチューをたっぷりと注いで子供に渡す。

 

「熱いから気をつけな」

 

「ありがとう! おじさん!」

 

おじさん……おじさんかぁ……まぁ子供から見ればおじさんだなと苦笑する。

 

「おじさん、わたしも」

 

「僕も!」

 

「おうおう、順番な。喧嘩すんなよ、量はたっぷりあるからな」

 

1人の子供が受け取った事で自分も自分もと跳ねる子供達から皿を受け取り、シチューを次々とよそって行くのだった……。

 

 

 

 

門番のお疲れ様ですという声を背中に目立つ赤髪をポニーテールにした少女と桃色の髪をショートカットにした少女がオラリオの中へと足を踏み入れた。しかしその2人の足取りは重く、魂が口から出るんじゃないかと思うほどの深い溜息を吐いた。

 

「またこのクソ不味いスープに逆戻りか……」

 

「う、うう……言わないでよ、ライラ」

 

オラリオの秩序を守るアストレアファミリアのLV4紅の正花【スカーレット・ハーネル】の2つ名を持つアリーゼ・ローヴェルと狡鼠【スライル】の2つ名を持つLV3のライラの手には青々とした野草で満たされた籠があった。

 

「木の実も採れないなんて想像もしてなかったわ……」

 

「罠も全滅だったしな。絶対皆文句を言うぞ、特に輝夜がな」

 

ライラの言葉に私は呻く事しか出来なかった。私達アストレアファミリアは正義を掲げ、今の闇派閥が台頭しているオラリオで秩序を保とうと全力を尽くしている。尽くしているけど……。

 

「ヴァリスは出て行く一方なのよ……ッ」

 

「考えなしに街中で魔法を使うからだ」

 

「ぐう……でも相手も強いのよ?」

 

街中での闇派閥との戦いで壊れた街の修繕費や、武具の修理や打ち直しでヴァリスは出て行くばかり……正義のファミリアではあるが、それと同時に貧困でもあるファミリアなのがアストレアファミリアなのだ。

 

「でもほら食べるものあるし」

 

「それがクソ不味いんだろ?」

 

「……な、なんとか調理を考えてみるっていうのはどうかな?」

 

この野草を鍋に入れて塩で煮るだけって言う調理ではなく、別の何かがある筈だ。

 

「団長よ。私達に料理などできるとお思いで?」

 

「……それね」

 

残酷な現実である。なにか別の方法もあるかもしれないが、私達に料理は出来ない。料理とも呼べないおぞましい何かが出来るだけかもしれないので料理は断念するしか……。

 

「凄い良い匂いがする!」

 

「……確かに、ダイダロス通りの方から?」

 

「見に行きましょうライラ! 闇派閥が何か企んでるのかもしれないわ!」

 

ダイダロス通りの方から良い匂いなんて絶対何かある。食事に毒とか、何かの魔法を掛けてるとか考えられる。最悪を回避する為にダイダロス通りに向かった私とライラが見たのは……。

 

「おじさん、おかわり!」

 

「おー、どんどん食え、ほーれ」

 

「わーい! ありがとー!」

 

黒髪黒目のやたら目付きの悪い男性が孤児や、怪我をして冒険者を引退した人達に料理を振舞っている光景だった。

 

「これは?」

 

「ん? なんだい、アストレアファミリアの所の小娘かい、こんな所にまで何をしに来たんだい?」

 

私達が困惑しているとシチューを口に運んでいたペニアが声を掛けてきた。

 

「ペニア。これは何をしてるの?」

 

「お人よしで旅をしてる料理人がシチューを振舞ってくれてるのさ。これがまた美味しくてねぇ」

 

このご時勢に旅をしていると聞いてどうしても警戒してしまった。黒髪、黒目というのが極東の人間の特徴であり、私達アストレアファミリアのゴジョウノ・輝夜の追っ手では? と言う考えがどうしても脳裏を過ぎる。

 

「ありがとうおじさん。また」

 

「ちょいまち」

 

感謝の言葉を告げて去って行こうとした子供の手を鍋をかき回していた男が掴んで止めた。

 

「まだ腹減ってるんだろ? ほれ、遠慮しないでおかわりも食え」

 

「い、良いの?」

 

「良いに決まってるだろ? ほら、食え」

 

「う、うん! ありがとう!」

 

子供に何かすると思って身構えていた私とライラは遠慮しないで食べる様に言った男に毒気を抜かれた。

 

「あんたらも腹が空いてるなら声を掛けなよ。器が無いなら器も出してくれるし、家に持ち帰るように入れ物もくれるよ」

 

ペニアはそう言うと持ち帰る様の器を手に裏路地へ消えていった。

 

「どうする?」

 

「……持ち帰ればいいじゃん、食べて行こうよ」

 

「そうね! そうしましょう!」

 

クソ不味いスープを飲むよりずっと良いと思い、私とライラもシチューを分けてもらう事にし列へとならんだ。

 

「はい、次?」

 

料理を配っていた男性は私とライラを見て一瞬動きを止めた。

 

「あーもしかして駄目かしら?」

 

「いや、別にかまわねえさ。豪い別嬪が来たなって驚いただけだ」

 

「やだ! ほら、ライラ! 私美人だって」

 

「はいはい、社交辞令に決まってるだろ。入れ物が無いから入れ物も貰って良い?」

 

ライラの言葉に男性は器を手に取り、それにシチューを並々と注ぎ、木のスプーンを刺して差し出してくれた。

 

「ゴミはそこな、あちこちに捨てていくなよ」

 

「分かってる。ありがとうございます」

 

ゴミ箱も用意されていて、それを指差す男性に分かりましたと返事を返し、ライラとならんで座る。

 

「あったかい……それに良い匂い、これがスープよ」

 

「確かにね。あのクソ不味いスープとは雲泥の差だね」

 

本当にそのとおりだ。私達の作るスープ……いや、あれはスープなんて呼んではいけないものね。料理を作る人に対して失礼すぎる、泥水とまでは言わないけど、あれは絶対にスープじゃないと断言出来る。

 

「いやあ、山菜摘みに行って正解だったわ」

 

「うん、行ってないとこれは食べれなかったね」

 

無償の炊き出しというのも今の私達にはありがたいと話をしながらシチューを口にした私とライラは揃って動きを止めた。

 

「……え、美味しい」

 

「いや、これがタダって……ええ?」

 

バベルの塔の周辺のレストランで食べたシチューよりずっと美味しかった。炊き出しなので味はそこまでだと思っていなかったので、思わず混乱してしまった。

 

「うん、これ本当に美味しい……あの人めちゃくちゃ腕の良い料理人なんじゃ?」

 

シチューなのは間違いないが、牛乳臭くないし、味も凄く濃厚で、多分これはチーズを中に溶かしていると思うんだけど、チーズの濃厚な旨みが口の中一杯に広がる。

 

「間違いなくそうだと思う。なんで炊き出しなんかやってるんだろ?」

 

炊き出しなんかしなくても一等地のレストランで十分働けるレベルだと思う。ダイダロス通りの孤児を基準に考えているので具材は少し小さいかなと思うほどだが、子供向けの炊き出しなので、それに文句を言うのはおかしいし、こうして分けてもらえるだけでも感謝し無ければならない。

子供向けの炊き出しなので、それに文句を言うのはおかしいし、こうして分けてもらえるだけでも感謝し無ければならない。

 

「あああ~美味しい……これぞ料理って感じね」

 

人参は良く煮られていて口の中で甘く蕩けるし、じゃがいもはホクホクとして味だけではなく、食感でも舌を楽しませてくれる。

 

「肉に感謝するよ。本当に」

 

「それね。は~本当に良い人だわ」

 

肉は鶏肉で小さく切り分けられているが、腿肉なので旨みも弾力も十分でこのシチューの味もぐっと良い物にしてくれている。久しぶりのまともな食事、それも物凄く美味しいという事であっという間にシチューを飲み切ってしまった。

 

「二杯目……いや、やめておきましょうか」

 

「貰って帰ろう、あんまり遅くなると皆がうるさいと思うし」

 

2杯目が欲しいと思いながらもファミリアの皆が私とライラが帰ってくるのを待っていると思い、おかわりしたいという欲求をグッと飲み込み皿とスプーンをゴミ箱へ捨てる。

 

「あの、すいません。仲間のところに持って帰りたいんですけど」

 

「ん? 分かった。今準備する、でもこれは返してもらわないと困るからちゃんと洗って返してくれよ? 俺はここら辺で料理をしてるから、持ち逃げは無しな」

 

「分かってる。ちゃんと持って帰ってくる」

 

何度も持ち逃げするな、ちゃんと持って帰ってくるように言う男性……に。

 

「あ、私アストレアファミリアの団長のアリーゼ・ローヴェル!貴方の名前は?」

 

「あー俺か、俺はカワサキと呼んでくれれば良い。事情があって名はない、ただのカワサキ。それで良い。それとファミリアか、それなら4つ貸すからちゃんと4つ持って帰って来てくれよ?」

 

事情……もしかするとカワサキも輝夜と同じで極東から逃げてきた人なのかもしれない、とは言え人には色んな事情や都合がある物で、それを初見で聞くのはマナー違反所か、人としてどうかと思う。

 

「分かりました。それとシチューご馳走様でした、ちゃんとこれは持って帰って来ますので、行きましょうライラ」

 

「ん、ご馳走様。美味しかった」

 

カワサキが用意してくれたシチューを入れる大き目の4つの水筒を持って、私とライラはファミリアへと帰って行った。

 

「これ美味しいわね。これだけの料理を作れる人が旅をしてるなんて正直驚きね」

 

「そうですね、アストレア様。確かにこのシチューは美味しいです」

 

私達の持ち帰ったシチューにアストレア様達は美味しいと舌鼓を打ってくれたのだが、認めた相手以外の肌に触れることを嫌うエルフの団員であるリュー・リオンだけはクソ不味い野草のスープを啜っており、どうしたものかと私は頭を悩ませるのだった……。

 

 

メニュー17 パンを焼こうへ続く

 

 




ペニア、アストレアファミリアのアリーゼとライラとエンカウントです。暗黒期なので遭遇出来る人達との出会いですね、あとアストレアファミリアは貧乏らしいので多分カワサキさんが炊き出しをしている間は結構エンカウントすることになると思います。次回は孤児を絡めながら別の神とのエンカウントも書いて見たいと思います。それでは次回の更新もどうか宜しくお願いします



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー17 パンを焼こう

メニュー17 パンを焼こう

 

「よう! カワサキ! おはよう!」

 

「今日も良い天気ね」

 

炊き出しを始めて2日も経てばダイダロス通りの住民も俺を受け入れてくれていて、朝顔を見合わせれば笑顔で挨拶をかわしてくれるくらいには馴染む事が出来ていた。

 

(そろそろ作戦実行する頃合かね)

 

ダイダロス通りの住民が俺のアリバイを証言してくれるくらいには打ち解ける事が出来たと思うし、フェルズにゼウスの爺さんとヘラの手紙を渡した事によるリアクションもそろそろある筈だろうと思いながら、俺は昨日買って来た石のブロックを積み上げていた。

 

「んで、あんたは朝っぱらからなにやってんだい?」

 

「おはよう、婆さん。見て分かるだろ?」

 

「見て分からないから聞いてるんだよ……」

 

呆れたと言う感じのペニアに俺は首を傾げた。俺の作ってる物はオラリオの住人だって見たことのある物のはずだ。

 

「パンを焼くための窯だぞ」

 

「なんで窯を作ってるのかってあたしは聞いてるんだよ」

 

ああ、なんだ。そっちか、窯を知らないのかと一瞬驚いてしまった。

 

「昨日な、市場のおっさんと話をしたんだ」

 

カインに持ち運びのコンロのついての商談をして、その足で食材の仕入れをする為に市場に行って、市場の責任者のおっさんと話をする機会があったのだとペニアに説明する。

 

「それと窯に何の関係があるんだい?」

 

「売り物があるなら市場で売っても良いらしくてな、それでパンでも焼いて売ろうと思ってな。小銭稼ぎにもなるし、ダイダロス通りのガキ共も手に職が付くだろ?」

 

「……あんた、まさか……孤児の連中にパンの焼き方を教えるつもりかい?」

 

「そうだぞ? 売る場所は確保した。材料だけなら安いから集めやすい、自分達でパンを焼いて、それを売って金を稼いで、腹が減れば自分達で食う。完璧だろ?」

 

俺もいつまでもオラリオに居れるわけではないので、俺がいなくなった後の事も考えての事だ。パンの作り方を教えれば後は皆で何とかできるはずだ。

 

「あんた、見た目によらず良く考えてるね、あたしゃ良い考えだと思うよ」

 

「だろ? 良し、出来た」

 

見た目はあれだが、まぁパンが焼ければ何の問題もない。桶に汲んでいた水で手を洗い、薪を入れて火をつける。

 

「しかしまぁ、あんたも馬鹿だね」

 

「何が?」

 

「昨日のだよ、昨日の」

 

昨日とペニアに言われて首を少し傾げる。昨日何かあったか……昨日……。

 

「ミートボールはもっと甘い方が良かったか? 子供向けだから味付けに関しては我慢して欲しいところなんだが」

 

昨日の炊き出しのミートボールを食べて何とも言えない表情をしていたのを思い出しそう言うとペニアは頭を大きく振った。

 

「違うよッ!? 冒険者の連中と揉めてただろう!?」

 

「ああ、あれか。別に問題ないだろ? 何処にでもああいう手合いの馬鹿はいるもんだ」

 

俺の炊き出しを偽善だの、こんな所じゃなくて闇派閥と戦う冒険者の為に作れだの、こんな役立たずに飯を食わせてどうするとかぎゃあぎゃあ喚いていた馬鹿共なんて気にすること無いと言うとペニアは違うとまた叫んだ。

 

「んだよ、冒険者と揉めたのが問題か?」

 

「その冒険者を全員倒したのが問題なんだよ!」

 

「だって弱かったぞあいつら。殆どワンパンだったし」

 

ワンパンで地面をのた打ち回る馬鹿に何を考慮しろと言うんだ? と言うとペニアは深く深く溜め息を吐いた。

 

「冒険者は面子商売だ。ファミリアまで出張ってくるよ」

 

まぁ確かに面子商売っていうのは分かるが、俺には俺の考えがあるわけだし、ああいう馬鹿共は図に乗るのは俺の経験上分かっている。

 

「分かった。今度は暫く動けないように手足をへし曲げておく。どうせ喧嘩するなら動けないようにしろって事だろ?」

 

「違うよ!? あんた料理人の癖になんでそんなに野蛮な思考なんだい!?」

 

蛮族って酷い言われようだなと思いながら窯の中に薪を入れる。

 

「ガキ共に手を出されたら困るからな。叩いておく必要があったんだ。ああ、それと焼きを入れてる間に着替えてくるとするかね。悪いけど少し見ててくれ」

 

「あいよ、ついでにガキ共を集めておくよ。あと1度ちゃんとギルドの長と話をしておきな。ああいう自分達が正しいって考えの馬鹿共は厄介だからね」

 

「分かった。フェルズに会ったら頼んどく、じゃあ窯は頼むわ」

 

ペニアに窯の様子を見るのを頼み、1度汗を流して服を着替えて窯の元へ戻ると、ペニアが呼び集めたであろう孤児と隻眼や隻腕の冒険者を引退したであろう若者達の姿もあった。

 

「結構集まったよ」

 

「みたいだな、良し! 皆でパンを焼くぞ! こっちに来て手を洗うんだ」

 

「「「はーい!」」」

 

元気良く返事をし、駆け寄ってくる孤児達とその後でひょこひょこと歩いてくる冒険者達は俺に向かって小さく頭を下げてきた。

 

「すいません、カワサキさん。ご迷惑を掛けます」

 

「片目しかないけど、少しはお手伝いは出来ると思います」

 

「迷惑なんて思ってないさ、ほれ。あんた達も手を洗って準備をしてくれ」

 

孤児もそうだが、今すれ違った冒険者達も傷だらけだ。それだけ闇派閥の攻撃が激しいと言う証拠であると同時に、ロキとフレイヤが抑止力になっていないという証明でもあると思うと、ロキとフレイヤへの怒りが込み上げてくる。だが今やるべき事はロキとフレイヤの怒りと不満を口にする事ではなく、集まってくれた皆にパンの作り方を教えることである。

 

「手を洗ったな? 良し、今からパンの作り方を教えるから、皆良く聞くんだぞ」

 

集まってくれた皆と共に俺はパンを焼く準備を始めるのだった……。

 

 

 

カワサキがオラリオに来てから2日の間私はギルドの地下の祈祷場に缶詰だった。骨の姿と人間の姿を使い分ける事が出来るとは言えウラノスは私のことを酷使しすぎだと思う。

 

(ゼウスとヘラが乗り込んでくるくらいならば、カワサキの案を飲むべきだからな)

 

カワサキが作れると言う人格を変えることが出来る料理で邪神、悪神を襲撃、団員ごと性格を変える。そして冒険者には男は禿げたと、女は太ったと錯覚する菓子を無理矢理食べさせて、経験値を稼がせる……正直に言えばやりすぎと言えなくもないが、認識阻害のアイテムを装備した暴喰や、静寂、女帝達が乗り込んで来る事を考えれば……いや、これも結局を言えば引き延ばしであり、どれほどの長さがあるのか分からない爆弾の火種をカワサキが持ち、いつ導火線に火をつけられるかという状況だ。だがそれも7年間の間に全く成長が見られないロキファミリアの存在が大きい。

 

「なんでこんな事で悩まなきゃならんのだ」

 

やりたくもないギルド長なんてやっているからファミリアの事ばかりを考えていることに気付き、深い溜息を吐きながらダイダロス通りへと足を踏み入れ、そこに広がっている信じられない光景に私は目を見開いた。

 

「こう?」

 

「もうちょっと力を込めて、こういう風だ」

 

「こう?」

 

「そう、上手だ。グッグッと力を込めて捏ねるんだぞ?」

 

「「「はーい!!」」」

 

ダイダロス通りの孤児達が集められ、カワサキに教えられて顔や手足を白く染めながらパンを捏ねている。

 

「発酵っていうのはこんな感じですかね?」

 

「もうちょいだな。後少し寝かせておこう」

 

「分かりました」

 

闇派閥の襲撃やダンジョンでの怪我で冒険者を続けられなくなった者が窯の中に鍋を入れ、パン生地を観察しているし、その近くでは腸詰を焼いている者の姿もある。

 

「これは……?」

 

「ん? なんだい、ギルド長じゃないか?」

 

私に気付いたペニアがにやにやと笑いながら声を掛けてくる。

 

「ペニア、何をしているんだこれは?」

 

「適切な労働をして適切な糧を得る仕事さ。なんかカワサキが市場の責任者に話を付けてパンを売るんだとさ」

 

「孤児達が作ったパンを売るのか?」

 

「そうさ。パンを売れば市場で盗みを働く必要もない、腹が減れば自分達で焼いて食えば良い。火はもう冒険者として活動出来ない連中が見てやればいい。カワサキは何でギルドとかがこういう事をしないんだ? って不思議がってたよ」

 

「……耳が痛いな」

 

闇派閥とファミリア同士の諍いばかりに気を取られて、それ以外の対応が甘くなっていたのは認めるが、たった2日でパンを売る場所の確保、パンを焼く窯の準備、そしてパンの作り方の伝授と精力的に動いているカワサキには言葉が出無かった。

 

「よーし、じゃあパンを焼くか。焼きあがったらみんなで食べるぞ!」

 

「え? た、食べて良いの?」

 

「売り物じゃ?」

 

「何言ってるんだ。食べて美味くなきゃ誰も買ってくれないだろ? だからまず自分達で食べて美味いか確かめるんだ。これも大事な仕事だぞ? なんせあの腸詰を挟んで食べるんだ。パンがうまくなきゃ大失敗だ。だからまずは味見をするのが大事なんだよ」

 

カワサキの言葉に孤児達に笑顔が広がっていく、あの荒んだ顔をしていた孤児達とは思えないほどの笑顔だ。

 

「本人は柄じゃないっていうけどカワサキはあれだね、人の上に立てる人間だよ」

 

「私もそう思う」

 

生きる為に必要不可欠な食、そこから初めて小さな輪を何倍にも大きくしてしまう。カワサキの人柄があってこそだが、カワサキには人を変える力があると思う。

 

「後、あんたカワサキと知り合いなんだろ? あの馬鹿に言っておいてくれ。冒険者ともめるなって」

 

ペニアに何があったのかと聞こうとするとカワサキが私に気付いたのか顔を上げて手を振ってきた。

 

「ん? よう、フェルズ。パンの香りにつられて来たか?」

 

「そんな所だ、それとお前の言っていた件だが、全面的に任せる。だがやりすぎるなよ?」

 

私の言葉にカワサキはにやりと笑い、思い出したようにポケットから何かを取り出して投げてきたので、それを反射的に掴むそれは宝石が嵌められた鮮やかな指輪だった。

 

「指輪?」

 

「維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)つうもんだ。飲食や睡眠が不要になるが、1週間くらいつけてないと駄目なんだが……そこまでしなくても2時間ほどの睡眠で体力が回復するし、つけている間は疲労しにくくなる。疲れてそうだから持ってけ」

 

「ありがとう。それと冒険者ともめたらしいな、何があった?」

 

「ああ。別に大したことはない、俺のやってる事が偽善だの、もっと人の役に立つところでやれとかうるさいもんでな、叩きのめしただけだ」

 

なにやってるんだこいつと思わず天を仰いだ。ペニアが怒るのも納得だった。ローブの下から私のサインの入ったギルドのエンブレムを取り出す。

 

「これを掲げておけ、ギルド公認の証だ。何か問題があったらギルドナイトに通報しろ。自分で解決しようとするなよ」

 

維持する指輪の礼としては弱いが、カワサキの立ち位置を確立させるくらいには役立つ筈だとエンブレムをカワサキに無理矢理渡す。

 

「分かった分かった」

 

本当に分かっているのかと問いただしたかったが、いつまでもギルドを空けて行く訳には行かないのでペニアに何か問題があったら教えてくれと言って広場を出ようとすると孤児達が私に駆け寄ってきた。

 

「はい、どうぞー」

 

紙袋に入っているのは恐らく今焼きあがったばかりのパンだろう。

 

「私にくれるのか? お前達の分ではないのか?」

 

食べている孤児もいるのだから、お前達の分ではないのか? と尋ねると孤児達はにぱっと笑った。

 

「あるからだいじょーぶ!」

 

「あい! あげりゅ!」

 

自分達の分はあるから大丈夫だと笑う孤児達の姿にカワサキがどれだけ改革を始めているのかと衝撃を受けた。

 

「ありがとう。大事に食べるよ」

 

笑顔で手を振る孤児の頭を撫でて紙袋を手にギルドの執務室へと戻り、紙袋からパンを取り出して椅子に腰を下ろす。

 

「これをあの子達が……」

 

形はやや歪だが、しっかりとパンの形をしているし、こんがりと焼かれた腸詰が挟まれていて、見た目と香りで食欲が強く刺激される。

 

「あむ」

 

口を開けてパンに齧り付くと、噛み千切った腸詰から小気味良い音と共に肉汁が溢れ出し、その肉汁とパンの旨味が口の中一杯に広がる。

 

「……美味いな。うん、美味い」

 

決して贅沢な料理ではない、だが思わずしみじみと呟いてしまう美味さがあった。私に子はいないが、子供が親の為に不器用なりに一生懸命に作ってくれた料理と言うのはこんな味がするのだろうかと思わず考えてしまう。

 

「ウラノスにも分けるか」

 

パンは4個入っていたので、2個をウラノスに分けようと思い祈祷場へと向かう。

 

「愚者よ、カワサキからの返事は……」

 

「カワサキがダイダロス通りの孤児達に教えて作らせたパンだ。食べると良い、あとカワサキは了解と言っていた」

 

ウラノスの言葉を遮り紙袋を投げ渡しながら返事を返す。

 

「これを……孤児達が?」

 

「ああ。作っているのを見た。味も良い」

 

ウラノスも孤児達が作ったパンに齧りつき、小さく美味いと呟いた。

 

「……美味い、美味いな……心が揺さぶられるようだ」

 

「私もそう思う」

 

調味料がはみ出していたり、パンが少し破けていたりと、決して綺麗な仕上がりではない、それなのに心を揺さぶる何かがあるそれに私とウラノスは無言で齧り付いた。

 

「……7年も掛けてまだオラリオの復興は終わっていない」

 

「ああ、そうだな」

 

「……必ずオラリオを正常化させる。再び子供達が笑って過ごせるように」

 

「当たり前だ」

 

その味は私とウラノスに強い決意を齎す味なのだった……。

 

 

 

市場の前で1人の女性……いや、女神が足を止めた。

 

「あら? 今日は随分と市場が賑やかね?」

 

「デメテル様。ホームに早く戻るべきだと思います。フレイヤ様もご心配なされますよ?」

 

「オッタルは心配性ね。後少し寄り道するくらい良いと思わない?」

 

デメテルの護衛を勤めていたオッタルはデメテルの言葉に溜息を吐いた。

 

「俺が護衛を勤めている段階で注目を集めてしまうのです」

 

「それは分かってるわ。だけど貴方は別でしょう?」

 

ゼウスとヘラがオラリオを見捨てた原因であるロキとフレイヤに思うことはあるが、フレイヤは友人であり、そして見捨てるのも心苦しく私はまだフレイヤとの繋がりを大事にしていた。オッタルは襲撃事件に関与したが、最後に真っ向勝負を挑んだ事でロキファミリアの三首領より印象が良く、そしてレベルも上がっておりフレイヤファミリアの復興の立役者となっている存在だ。

 

「……分かりました。ですが少しだけですよ」

 

「ええ、それでかまわないわ。皆同じ袋を持ってるから気になるのよ」

 

市場から出てくる住人が皆同じ紙袋を持っている。同じ店で買っているというのは分かるのだが、市場を出てきた住民の殆どが目頭に涙を浮かべているのが気になったのだ。

 

「1つ20ヴァリスですよー」

 

「2つかってくれると35ヴァリス、3つで50ヴァリス、4つで60ですー」

 

市場の中で聞こえて来たのは子供の声、その声に歩く速度を早めると市場の一角、隅のほうでダイダロス通りの孤児達がパンを売っていた。

 

「2つ、いや3つ貰おうかな」

 

「まいど、50ヴァリスね」

 

「はい、どうぞー」

 

子供達の中に見慣れない黒髪、黒目の男が代金のやり取りをしていて、子供達が商品を渡している。

 

「見慣れない男ですね……」

 

「そうね、珍しいんじゃないかしら?」

 

黒髪はいるが、黒目となると珍しい。そんな事を考えながら私も列へと並ぶ、思ったよりも回転は早くすぐに私とオッタルの番が来た。

 

「いらっしゃい、何個にする?」

 

机の上に並べられているのは不恰好なパンに腸詰が挟まれ、調味料はパンからはみ出していたりと決して綺麗ではない、だがその不恰好さが子供が作った物だと暗に教えてくれる。

 

「これは子供達が?」

 

「ああ、俺が教えたんだ。盗みや人を傷つけたりしないようにな」

 

ダイダロス通りの孤児が盗みや、集団で老人を襲い物を奪うと言う話は私も聞いて心を痛めていた。だからこの男性の考えはとても素晴らしいと思った。

 

「それは素晴らしいわ、えっと…ある分だけ欲しいのだけど買占めは良くないわよね?」

 

「それは当たり前、お1人様4個まで」

 

「じゃあ4個貰うわ、お釣を頂戴ね?」

 

私から代金を受け取り、60ヴァリスだけとって私に返す男性に視線を向ける。

 

「何か?」

 

「貴方見ない顔だけど……何処から来たの?」

 

「旅をして、オラリオに店でも構えようかなと思ったんだけどな、まあそうも言ってられないんでね。このガキ共と怪我で冒険者を引退した連中にパンとかの作り方を教えてるのさ」

 

「パン職人なの?」

 

「いや、俺は料理人だ。事情があって名はない、カワサキとでも呼んでくれ」

 

事情があって名が無い……国を追放されたり、もしかしたら罪人……。

 

「おいおい、兄ちゃん。並んでおいて何も買わないのはマナー違反つうもんだぜ?」

 

「む、そうか、では1つ貰おう」

 

「20ヴァリスね。1個包んでくれるか?」

 

「はーい!」

 

子供がその指示に従っているのを見ると悪人には思えなかった。子供というのは純粋で人を見抜く眼力に長けているからだ。

 

「私はデメテルファミリアの主神デメテル」

 

「ほう、女神様かい? んでなにか?」

 

神を神とも思っていない、自然体というよりもこれは……。

 

(興味が無いかしら?)

 

興味が無いというよりも女神だとか人間だとか気にしない性質のようだ。

 

「食材とかに困ったら尋ねて来てくれると嬉しいわ」

 

私のファミリアのエンブレムの付いたカードを渡すとカワサキはそれを懐にしまった。

 

「なんか困ったら助けてもらうさ、んじゃ、次のお客さんの迷惑になるから掃けてくれ」

 

「ええ、分かってるわ。ごめんなさいね?」

 

後ろで待っていた男性に微笑み、オッタルと共に市場を出る前に1つパンを取り出して頬張った。

 

「……凄く優しい味ね」

 

「ええ、俺もそう思います」

 

パンは不恰好で売っているパンと比べれば汚いし、調味料もはみ出していて手で持つと指先が汚れるが……それでもとても温かくて優しい味だ。

 

「カワサキ……か、良い子がオラリオに来たみたいね」

 

ダイダロス通りの孤児達の暮らしが変わる切っ掛けになってくれたカワサキに感謝しながら、ホームへ向かって歩き出した。

 

 

カワサキが市場の責任者と話を付けて孤児達の働く場所が作られた。それは7年後にも変わらずそこにあり、オラリオの1つの名物となっていた。

 

「おはようございまーす」

 

「ん、ベル。今日も手伝いに来てくれた?」

 

「はい! まだダンジョン1本じゃ厳しいので」

 

「ダンジョンを諦めて飯を作れよ、ベル。そっちの方が稼ぎが良いぜ」

 

「ははは。冒険者になりたくてオラリオに来たので、どうするかはもう少し後で考えることにするよ」

 

そして孤児達の店は駆け出しの冒険者の働き場所も兼ねていて、オラリオに来たばかりのベル・クラネルもまたそこで汗を流しているのだった……。

 

 

 

 

下拵え 黄色い悪魔現る へ続く

 

 




デメテルとつながり、オッタルとエンカウント、孤児達、フェルズと再会と色々とイベントを今回は起してみました。デメテルとオッタルとのつながりは本編でも行きますし、ここでやっておくと後で話が続けやすいので、ここでやる事にしました。次回はクックマンモードのカワサキさんが大暴れするので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 黄色い悪魔現る

 

下拵え 黄色い悪魔現る

 

人化の指輪を外してクックマンの姿に戻り、屈伸をしたり、腕を伸ばしたりして体の感覚をしっかりと馴染ませる。

 

「良いかカワサキ。探索系ファミリアと生産系ファミリアを間違えるなよ?」

 

3回目のエレボスからの警告に俺は肩を竦めた。

 

「分かってるって。生産系ファミリアはオラリオでの物資などに関係してるからレベルが低いんだろ? 何度も聞いたから覚えてるよ」

 

「じゃあ生産系ファミリアの名前は?」

 

エレボスの問いかけに俺は少し硬直し、エレボスに言われていたファミリアの名前を思い出す。

 

「ディアンケヒトとミアハとデメテル」

 

「俺の教えた半分以下も覚えてないだろッ!? 本当に大丈夫か?」

 

「それは正直スマンとしか言い様が無いが、1時間にも満たない時間で覚えろって言うのも無理な話だろ?」

 

太陽が落ちてから尋ねて来て、そこから詰め込みで覚えたがやはり無理があると言うものだ。

 

「はぁ……それはすまん。俺も調べ物があったからな、とりあえず武装してる連中を重点的に狙えばいい、標的は基本的に闇派閥だ」

 

「そっちは問題ない、ちゃんと覚えた。タナトス、ルドラ、アパテー、アレクトだ」

 

「良し、それで良い。そいつらが特に凶悪なファミリアだ。タナトスファミリアのヴァレッタ・グレーデ、アレクトファミリアのディース姉妹は特に凶悪だから気をつけろ」

 

「OK、こっちは似顔絵も覚えてるから心配ない」

 

似顔絵が用意されていたのでしっかりと覚える事が出来たのでヴァレッタとディース姉妹に関しては問題はない。

 

「それと俺の眷属のヴィトーもやばいからな。気をつけてくれ」

 

「……お前の眷属もなのか?」

 

「ああ……あいつは様々な物を認識出来ない障害を患っている。それに本人の言動と考えが合致してない」

 

その言葉で大体理解出来たが人格破綻者に近いのかもしれないな、狂人の類と言うのは分かった。

 

「気をつけておく、んじゃあ行ってくるぜ」

 

「ああ、気をつけてな」

 

エレボスに見送られて仮の住居を後にして星と月の光に照らされたオラリオに降り立った。

 

「や、やめて……こ、来ないで」

 

「そうやって嫌がられるのはそそるねぇ」

 

「へっへ……大丈夫だぜ、良くしてやるからなあ」

 

風に乗って聞こえてくる脅えた女性の声と下卑た男の声を聞き、俺は早速アイテムボックスから麻婆豆腐を取り出して両手に持ち、闇夜に紛れて走り出すのだった……。

 

「……大丈夫か?」

 

カワサキを送り出したエレボスは当然と言えば当然だが、カワサキの事を心配していた。見た目がモンスターであり、発見されれば追いまわされることになるだろう、それに闇派閥にカチコミを掛けるというのもリスクの高い行動だ。手段を問わない闇派閥のほうがレベルの高い冒険者が多く、対人に特化している。カワサキの強さをザルド達から聞いていたが、それでもエレボスはカワサキの身を案じていたのだが……。

 

「あ、あぎゃああああッ!?」

 

「か、からっ!? げぶッ! ごばああああッ!?」

 

「い、いだいッ! く、くほとのどぎゃああああッ!?」

 

「はっはははははははッ!! 喰らえ、香辛料の芸術と暴力をッ!!!」

 

麻婆豆腐をぶち込まれたであろう闇派閥の悲鳴とカワサキの高笑いが響いて来て、エレボスは考えるのをやめた……。

 

 

 

 

街中に響く悲鳴に闇派閥の強襲かとファミリアを飛び出した私の目の前に黄色い影が降り立った。その姿を忘れることなど出来るわけもない、7年前にロキとフィンを止める事が出来ず実行されてしまったゼウスファミリア襲撃の際に私達を全滅させたモンスターの姿だったからだ。

 

「お、お前は!?」

 

「あん? ああ、なんだ。お前あんときの……となるとここがロキファミリアか、探してたから丁度良いな」

 

ロキファミリアを探していたと言う言葉に咄嗟に杖を振るうが、それは片手1本で受け止められ私の手から奪い取られてしまった。

 

「止めとけよ、魔法使いが肉弾戦の距離に入られたら終わりだぜ?」

 

杖を投げ捨てられ、咄嗟に腰に差していたナイフを抜いて構える。

 

「襲撃だッ! ホームへの進入を許すなッ!!」

 

私の声にホームの中が一気に慌しくなるが、本音を言えば7年前ですら勝てなかったこのモンスターを相手に勝てるわけが無いと戦う前から心が折れ掛けていた。2年ほど前からやっとロキファミリアにも正規の団員が入る事があったが、それも1年の間に1人か2人だ。そもそもが7年前の襲撃事件で名声も地位も失った規模が大きいだけのファミリアに進んで入ろうとする団員がいるわけも無く、仮入団で一定の期間を過ごせば皆別のファミリアに移籍してしまう……それでも団員の育成をしないわけには行かず、フェルズとウラノスの厳しい面談を受けながらもファミリアを維持する為に頑張るしかなかった。

 

「私は7年前ロキとフィンを止めれなかった。今でもあの時ロキとフィンを止めれなかった事を悔いない日はない」

 

「へえ、あーあんとき殴りつけて動かなくなったから気絶したと思ったんだけどな」

 

「生憎だが意識はあったさ。とは言え殴られた衝撃で脳震盪を起していて指1本動かせなかったがな」

 

襲撃を止める事が出来無かったが、私達が優勢になれば交渉に持ち込もうと思い同行していたが、結局何も出来ず、私を崇拝するエルフに連れられて戦線を離脱する事になってしまったがな。

 

「ま、お前の都合は俺にはどうでもいいんだが、あのアホ女神に俺は用があってな。そこを通してくれ」

 

ロキに用があると言ったモンスターの前に私は立ち塞がった。

 

「やっとここまで建てなおしたんだ。ファミリアを潰される訳には行かない」

 

主神を失うという事は恩恵を失い、ファミリアが壊滅することを意味する。それを許すわけには行かない、私には守るべきものがあり、それを守る為には勝てないと分かりながらもこのモンスターに挑む以外の選択は無かった。

 

「悲壮感を出してるとこ悪いが、お前達のファミリアが力を失ったのは自業自得つうんだよ」

 

一瞬で間合いを詰めてきたモンスターに駄目元で振るったナイフを簡単に受け止められ、力が込められた事でナイフが手から零れる。

 

「まぁ、そんなに心配すんなや。別にお前達のファミリアを潰す気はないからよ、まぁレベルアップできてないみたいだし、其れ相応のペナルティは受けてもらうけどな」

 

「な、何を……むぐっ!?」

 

口の中に何かを捻じ込まれ、一瞬毒かと思ったが口の中に広がったのは味わった事のない甘みと強烈な眠気だった。

 

「な……なにをし……た?」

 

「さてね。あとで仲間にでも聞いてみると良い。7年もレベルアップしなかった事を悔いるんだな」

 

モンスターの言葉を聞きながら私は冷たい道へ倒れ込み、完全に意識を失うまでの僅かな時間で怒号と悲鳴、それだけが私の耳に響き続けるのだった……。

 

 

 

 

ホームに響く怒号にうちはついに闇派閥に狙われたかと最後の時を覚悟した。7年前のゼウス・ヘラの追放を狙っての戦争遊戯は今思えば間違いであったと思う。だがあの時はあれが最善だと思ったんや、いや、最強を欲しいままにしてるゼウスとヘラが羨ましくて、妬ましくてしょうがなかったんや。  確実に勝てる勝負を挑み、そしてその結果が1体のモンスターに殲滅され、ウラノスとフェルズからの余りに重い枷と莫大な罰金。 そして新規入団の団員を認めないという数多のペナルティだった。 だがそれだけではない、うちとフレイヤを仲間と考えてくれる神はおらず、そしてオラリオの住人に嫌悪される眷属達にうちの間違いを思い知らされた。 仮初の最強の称号の変わりに得たのは余りに重い罪科だった。7年掛けてやっと少しずつ信用を取り返し始めたが、それが今消し去られようとしている……。

 

「どうすればいいんや」

 

とは言え執務室にいる以上脱出も困難であり、そしてここまで突破された段階でフィン達も無力化されたことを意味しており……。

 

「詰みか……」

 

完全な詰みになっていると気付き、溜息を吐いた時執務室の扉が開かれ、入ってきた者にうちは息を呑んだ。

 

「よう、アホ女。久しぶりだな」

 

7年前にうちとフレイヤに協力したファミリアの団員全てを打ちのめしたモンスターがうちの前に立っていて、ひゅっという声が漏れた。

 

「そんなに脅えることはないだろ? 俺は別にお前を殺しにきた訳じゃない、ただ事実を伝えに来た。それだけだ」

 

「じ、じじつ?」

 

鸚鵡返しに尋ねると黄色いモンスターは頷き、うちに指を2本向けてきた。

 

「レベルアップとまでは言わないが、経験値を得ていない冒険者にはそれ相応のペナルティを負って貰う。これは経験値を集めない限りは消え去らないペナルティだ」

 

「う、うちの眷属に何したんやッ!」

 

それ相応のペナルティと聞いて思わず声を荒げるが黄色いモンスターはそれに何の反応も示さなかった。

 

「殺しはしていないし、毒や呪いを掛けた訳じゃない。まぁある意味男と女にとっちゃあ最悪の呪いではあるが、体に害はない」

 

「だから何をしたんやッ! 事と次第によっちゃあ送還されてもええッ! お前と戦うでッ!」

 

下界にいる限り無能な神である、それが神が下界に下りる条件だからだ。だがそれでも眷属に何かあったのならば親として守る義務がある。

 

「それだけ啖呵を切れるなら、7年前になんであんな阿呆な真似をしたんだか……まぁ良い。教えてやる、経験値が増えない限り、男は禿げちらかし、女は際限なく体重が増えるペナルティを課した」

 

「は?」

 

「殺す気はないし害を与えるつもりもない、だが良い嫌がらせだろ? それと2つ目だが、もう少し本気になれよ。『7年も経ってレベルアップしてないとか無能が』『ワシらを追い落とそうとした気概を見せて奮起しろ』……だ、そうだ」

 

「そ、それは!? あんたを送り込んだのはゼウス達なんか!?」

 

「いや、オラリオに来たのは俺の意思だ。そもそもゼウスの爺さん達とはもう何年も会ってない訳だが……まぁ良い、ちゃんと伝えたぞ。俺はお前みたいな女は嫌いなんだ、これ以上話すつもりも問答するつもりもないがお前にもペナルティを背負ってもらうとしよう」

 

そう言って黄色いモンスターは小さな菓子を取り出したのを見て、思わず後ずさった。

 

「経験値が増えれば肥満は解除される。では経験値を得られない神はどうなると思う?」

 

にちゃあ…と音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる黄色いモンスターから逃げようにも、モンスターが出入り口を押さえているので逃げる事も出来ない。

 

「普通に太る?」

 

「YESであり、NO。これ1つで10キロ増える、そして10個お見舞いする、OK?」

 

「駄目に決まってるやろ!?」

 

1個で10キロ、それが10個で100キロなんて冗談ではない。

 

「なんだ我侭だな」

 

「我侭ちゃうわ! 乙女や……もがッ!?」

 

文句を言った瞬間に弾かれたお菓子が口の中に飛び込み反射的に咀嚼してしまった。めちゃくちゃ美味かった、美味かったが……。

 

「まず10キロお見舞いな」

 

「あああああ~ッ!!」

 

10キロ増えたと言われ嘘だと思ったが不変である筈の神の肉体が変化していた。

 

「話し合いの余地は」

 

「ない、ではダイエット地獄へご案内しよう」

 

「イヤやあああッ!!!」

 

なんとか暴れ回り、食べさせられないように抵抗するが、それでも追加で3個は食べてしまった40キロ増えたという現実に絶望する。

 

「ちっ、もう少しお見舞いしてやりたかったが、時間を掛けすぎたか。さらばだッ!」

 

外から響いて来る怒号が執務室の窓をぶち破って外へ飛び出して行く黄色いモンスターを追うが、その姿は闇夜の中へと既に消えていた。

 

「男は禿げて、女は太るってどんな嫌がらせやッ!?」

 

執務室を飛び出たうちは頭頂部が光っているフィンの姿を見て絶句し、オラリオ中に響く悲鳴にハッとなった。

 

「ま、まさかあ!?」

 

男は禿げる、女は太る何かをあの黄色いモンスターがばら撒いていると気付いたうちは動ける団員を探したのだが……。

 

「なんちゅう地獄絵図や……」

 

少し丸々としている女性団員や髪が抜け落ちている男性団員の姿にうちは言葉を失うのだった……あと翌朝40キロ増えてぶよぶよになっていた自分に絶望してホーム内での必死のダイエットを始める事になるのだが、元の体重に戻ったのは○ヵ月後だった……。

 

目に付いた闇派閥の団員殆どに麻婆豆腐をぶち込み、レベルアップをしていない探索系のファミリアに禿と肥満が付与されたマカロンを文字通りシュートし続けていたカワサキは太陽が昇るころにエレボスの待つ拠点に戻って来た。

 

「かなりやってきたぜ。エレボス」

 

「少しやりすぎじゃないか?」

 

「そうかぁ? でもゼウスの爺さんとヘラの所の連中が襲撃してくるよりマシじゃないか?」

 

「……それと比べると判断に悩むな」

 

オラリオ中に撒き散らされている号外、それには男を禿にし、女を太らせる何かをばら撒く黄色いモンスター出没とでかでかと書かれていた。

 

「……まぁなんとかなるだろ。ザルドとアルフィアより弱い相手に捕まるわけないからな」

 

「カワサキ。お前結構考えているように見えて何も考えて無いだろ?」

 

「俺はいつだって行き当たりばったりだ。そこで出来る限りの最善をするだけだよ」

 

オラリオに危機感を与えるという目的の第一段階は成功したが、これでは次は難しいかとエレボスは考えていたのだが……。

 

「しゃっ! おらああッ!!!」

 

「追え! 追うんだッ!!」

 

「なんなんだあいつはああッ!!!」

 

ある夜は中華鍋をボードにしてオラリオ中を駆け回り、壁を利用して反対側に飛びながら指で弾いたマカロンを口へとシュートするという曲芸を披露しながら、次々とオラリオ中の冒険者に禿と肥満の呪いを付与して回るカワサキ。

 

「はっはははははは! 喰らえ香辛料の芸術をッ!!」

 

「あがああああッ!?」

 

「クソ来るな来るな来るなアアアアアアああぼおぼおおおッ!!!」

 

「はっはーッ! たんと召し上がれッ!!」

 

そしてまたある夜は両手に麻婆豆腐を持ち、信じられない速度で闇夜を疾走するカワサキの姿を捕捉できる者は誰1人として存在せず、麻婆豆腐を流し込まれた神や眷属は意識を完全に失いオラリオのあちこちで倒れているという地獄絵図となっていた。

 

「俺が食わせた菓子は経験値を取得しなければ女は太る、男は禿げるという効果が付与された物だ。 そしてこれは経験値を獲得するまで解除される事はない。飯を食おうが、食わなかろうが、経験値を得るまでは決して体重は落ちないし、抜けた髪も元には戻らないッ!!」

 

「「「は、はぁあああああ!?!?」」」

 

スイーツを口に押し込まれた女の冒険者達は悲鳴を上げながら腹を摘んで絶望し、男は指の間にはさまる大量の髪の毛に絶叫した。

 

「冒険者たる者が冒険しないなど恥を知れ! 元の自分に戻りたければ精々経験値を取得し、研鑽を怠らない事だ! ではまた会おう!!」

 

そして翌日から必死の表情でダンジョンに潜る冒険者の姿が多数目撃され、その中にはリヴェリアやガレス、そしてフレイヤファミリアの炎金の四戦士や白妖の魔杖の姿も見られるのだった……。

 

 

メニュー18 豚汁へ続く

 

 




というわけでオラリオで大暴れしているカワサキさんでした。カワサキさんの存在はオラリオのトラウマとなりましたね。中華鍋をスケーボーみたいにして疾走するカワサキさんとマーボーを両手に持って走るカワサキさんの姿は夜見ればトラウマ不可避ですね。次回は料理回で炊き出しと言えばこれの豚汁で行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー18 豚汁

メニュー18 豚汁

 

オラリオを黄色いモンスターが徘徊しているという号外を見たメイド服を纏った薄鈍色の少女……シル・フローヴァはその顔を引き攣らせていた。そんなシル・フローヴァの手にしている号外を後から覗き込んだネコ耳の少女も引き攣った表情を浮かべた。

 

「経験を取得しないと痩せれないとかなんの嫌がらせニャ!?」

 

「ほ、本当だよね。アーニャ、私達みたいな店員には死活問題だよね」

 

アーニャの声にシルはそう返事を返したが、その表情はいまだ曇ったままだった。

 

「シル、アーニャ! アンタラいつまでサボってるんだい!」

 

厨房から大きな声が響き、号外を見ていたシルとアーニャは慌てて自分達が勤める店……「豊穣の女主人」の中へ慌てて戻った。

 

「すいません、ミア母さん。店の外にも号外が沢山落ちていて」

 

「号外? ああ、なんかモンスターが暴れてるってやつかい。拾ってきたんだろ? あたしにも見せておくれ」

 

シルとアーニャが拾っていた号外にサッと目を通した豊穣の女主人の店主ミア・グラントはふんっと鼻を鳴らし、手にしていた号外をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に入れた。

 

「シル、アーニャ。ちょっとダイダロス通りにまで行って来ておくれ」

 

「ダイダロス通りにですか?」

 

「何でニャー?」

 

ダイダロス通りは現在のオラリオでは1番の危険区域と言える。そんな場所に行けと言われ、シルもアーニャも怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ダイダロス通りで炊き出しをやってる極東の男がいるらしいんだよ。それがまたやけに美味いって市場で噂になってるんだよ。ちょっと様子を見て来ておくれ」

 

ミアの耳にもダイダロス通りで炊き出しをやっているカワサキの話は届いていた。本来ならばミアが直接行きたい所ではあるが、ミアの存在がこの周辺での闇派閥の抑止力となっているので出歩く訳にも行かず、シルとアーニャに様子を見に行く事を頼んだのだ。

 

「分かりました。えっとどんな味か確かめてくれば良いんですか?」

 

「それもあるけど、余裕があったらうちの店にも顔を出すように伝えてくれ、ちょいと話してみたいんだ」

 

「分かったニャー! シル行くニャー!!」

 

ミアの言葉に頷き、シルの手を引いて店を飛び出して行くアーニャの背中を見つめながらミアは大きく溜息を吐いた。

 

「どうもきな臭いんだよねぇ……この男」

 

号外に小さくダイダロス通りで無償で炊き出しをやっている男という話が載せられていたが、それがミアには引っかかっていた。

 

「どうしてこんな時にオラリオで無償で炊き出しなんか出来るんだい?」

 

今のオラリオは闇派閥の影響で物価が高い、それにいつ闇派閥に攻撃されるかどうか分からない中で好き好んでオラリオに腰を下ろす理由が無い。それに孤児にパンの焼き方などを教え、盗みなどをしなくて良いようにしているという話も聞いていたが、それが余計にミアにカワサキを怪しいと思わせる理由になっていた。

 

「あんとき……アルトの奴が口を滑らせていたしね」

 

特例でフレイヤファミリアからの脱退を許されたミアはそのままゼウスとヘラを探してオラリオを旅立った。それから半年ほどで運よく街道沿いに停車しているゼウスとヘラのエンブレムを掲げられた馬車を見つけ、顔を出したのだが……丁度飯時だったのかミアの姿を見て慌てて馬車に駆け込む姿を遠目に見たのだが……。

 

「確かカワサキって呼ばれてたねぇ」

 

明らかに人間ではないその人物をカワサキとアルトは呼んでいて、そして今オラリオにいる料理人の名前もカワサキ……。

 

「どうも怪しいねぇ」

 

夜の度に現れる黄色いモンスターと料理人カワサキに何か繋がりがあるのではないかとミアは疑いを抱いているのだった……。

 

 

 

シチューの入れ物を4つ腕から下げてダイダロス通りに向かいながら私は出発前にアストレア様に聞いた話を思い返していた。

 

「どうしたものかしらね」

 

経験値が増えていない男の冒険者は禿、女の冒険者は太ると言う料理をばら撒いていた人語を理解する黄色いモンスター。それはロキとフレイヤがゼウス・ヘラファミリアに戦争遊戯を仕掛けたときに出現したモンスターと同じ特徴を持っていたらしい。

 

「うーん……殺すつもりなら既に殺してる筈よね」

 

直接戦闘力も高い筈なのに、行なった事は嫌がらせに等しい何か……殺すなら殺せたはずなのにそれもしなかった事に何か意味があるのかもしれない。それに気になる事はまだほかにある……。

 

「闇派閥と邪神の殆どが意識不明の所を拘束されて入院……か」

 

闇派閥の団員とその主神が黄色いモンスターに襲撃され、今も意識不明でミアハファミリアとディアンケヒトファミリアに隔離状態で入院しているらしいが……夜のたびに現れるあのモンスターが何を考えているのかがまるで理解出来ない。何を考えているのかと考えながらダイダロス通りに足を踏み入れると小気味良い音が響いてきた。

 

「何の音かしら?」

 

周囲に響く音に首を傾げながらカワサキさんが炊き出しをしていた一角に行くとそこには何故かガネーシャファミリアのアーディの姿があった。

 

「よいしょおッ!」

 

アーディが振りかぶって白球を投げるとその白球は明後日の方角に飛び、それを跳躍したカワサキさんが手に嵌めた皮製の何かで受け止めるとまた小気味良い音が響いた。

 

「ヘッタクソだな、お前」

 

「へたくそって私初めてやるんですけど!?」

 

あんまりなカワサキさんの物言いに反論するアーディに思わず噴出すとカワサキさんとアーディが私に気付いた。

 

「あれ? アリーゼ? どしたの?」

 

「どうしたはこっちの台詞。アーディこそ何やってるのよ? あ、カワサキさん。これシチューの入れ物!ちゃんと洗っておいたわよ!」

 

「あいよ。ん、ちゃんと4つあるな。ちゃんと返しに来て感心感心」

 

カワサキさんは私が差し出した筒を受け取り、それを何時の間にか出来ていた屋根しかない簡易的な小屋の中に入れる。

 

「それでアーディはなにしてるの?」

 

カワサキさんが戻ってくるまでに改めてアーディに何をしてるのかと尋ねる。

 

「なんかカワサキさんがダイダロス通りの子供に遊びを教えるんだって、ほら。あっち見える?」

 

アーディの指差したほうを見るとダイダロス通りの子供達がカワサキさんと同じように革製の大きい手袋のようなものを片手に嵌めて白球の投げあいをしていた。

 

「あれが遊び?」

 

「んーなんかの練習みたいだよ。野球って言うんだって」

 

「野球ねぇ……聞いたことないわね? どんな遊びなの?」

 

どんな遊びかは分からないけど、白球を使う遊びなのはとりあえず分かったので、戻って来たカワサキさんにどんな遊びなのかと尋ねる。

 

「野球っていうのは9人対9人での勝負をする遊びだな、攻撃側は守る側のピッチャーが投げる球をバットで打つ、守る側は打たれたボールを取る。ほかにも細かいルールはあるが大体そんな遊びだ」

 

「物凄く雑じゃない?」

 

説明が余りにも雑である。説明を聞く限りではふんわりとしか理解出来なかった。

 

「やってるうちに分かるさ、ま、そうは言ってもキャッチボールすら出来ないんじゃ、野球なんてまだまだだけどな。どうする? アーディまだ続けるか?」

 

「もう良いよ。まだやることあるし、また今度お願いー」

 

アーディはカワサキさんに手袋を返して、ダイダロス通りを出て行き、カワサキさんは手袋を木箱の上に乗せると別の木箱からトンカチと釘を取り出して額にタオルを巻いた。

 

「今度は何をするの?」

 

「黒板を作るんだよ、黒板。読み書きと簡単な計算くらい出来るようにしてやろうと思ってな」

 

「学校を作るの?」

 

「んな大層なモンじゃねぇ。青空教室だよ、青空教室。最低限の読み書きと計算が出来りゃぁガキ共も出来る事が増えるだろ? だから教えるんだよ。おーい! そろそろ作業するから手伝ってくれ」

 

カワサキさんが声を掛けると怪我や病気で冒険者を引退した人達が出て来る。

 

「線を引いたからこの線に沿って木材を切ってくれ」

 

「了解っと」

 

「私は?」

 

「屋根をもう少し丈夫にしたいから、これ、買ってきた布を縫ってくれるか?」

 

カワサキさんが指示を出すと引退した冒険者達は文句も言わず作業を始めるのをみて少し驚いた。

 

「驚いただろ? なんか数日ですっかり馴染んでねぇ。今では引退した冒険者だけじゃなくて、荒くれまで言う事を聞く始末だよ」

 

「それは凄いわ。リーダーの素質があるのかしら?」

 

ペニアも呆れたと言わんばかりの口調だが、その顔は楽しそうで口調ほど困っていないのが良く分かる。

 

「あんたもやる事が無いなら手伝って行きな。手伝えば飯を食わせてくれるし、また土産でも持たしてくれるよ」

 

土産……正直アストレアファミリアの家計は火の車なので、一食無償っていうのは正直ありがたい。

 

「良し、カワサキさん。私も手伝うわ、何をすれば良いの?」

 

「お? 手伝ってくれんのか? ありがとうよ、じゃあそこを押さえてくれ、釘を打つから」

 

「はーいッ!」

 

私もカワサキさんの指示にしたがい、ダイダロス通りの一角に学校を作るのを手伝い始め、太陽が頂点に近ずき始めた頃カワサキさんが手を叩いた。

 

「よーし、1回休憩にしようや。これレモン水用意しておいたから、これでも飲んで飯が出来るのを待っててくれ、今から特急で支度するからよ」

 

「タフねぇ」

 

1番動いていたのに、皆の食事の準備まで率先して行なうカワサキさんを見て私はそう呟きながら、カワサキさんが置いていった水差しの中身をコップに入れたのだが……。

 

「え? まだ全然でるんだけど!?」

 

「驚いたろ? なんかカワサキの魔道具らしくてな、水を出し続けてくれる水差しなんだよ」

 

「これ便利よねぇ。これがあるだけで井戸に水を汲みに行かなくても良いし、いつでも冷たい水を飲めるし最高よね」

 

いやいや、とんでもない魔道具を平然と置いていくカワサキさんは危機感が少し無いんじゃないかと心配になる。これ持ち逃げされたらどうするつもりなのだろうか?

 

(んーよく分からないわ)

 

良い人なんだとは思うけど、どうもちぐはぐな印象を受けるんだよなあと鼻歌交じりに料理をしているカワサキさんを見ながら私は首を傾げるのだった……。

 

 

 

ダイダロス通りの広場から漂ってくる香りにつられて1人の子供がダイダロス通りに入ろうとしてその足を止めた。子供にしても更に小さい、それも当然小人族の子供なのだから小さいのは当然だが、それに加えてその子供は小人族であっても更に小柄で、そしてその身体に纏う衣服もそして身体もボロボロだった。

 

「……お腹が空きました……」

 

小さな本当に今にも消えてしまいそうな呟きを小人族の少女……リリルカ・アーデは呟いた。ソーマファミリアの両親の元で生まれ、生まれてすぐ恩恵を刻まれたリリだが、ソーマファミリアの団員はソーマの作る「神酒(ソーマ)」に溺れており、ソーマを買う為だけに冒険者をやっている者しかおらず、リリの両親も同じ部類の小人であり、ソーマを得る為に無茶な冒険をし、あっけなく命を落とし、リリはソーマファミリアの冒険者に暴言や暴力を振るわれながら育った。

 

「……帰りましょうか」

 

何か良い匂いがするとここまでやって来ましたが、ダイダロス通りなんて恐ろしい場所に入るつもりは無く、踵を返して歩き出そうとした瞬間私は浮遊感を感じ、私の足は宙を切っていました。

 

「へ?」

 

「何処行くんだ? ガキ」

 

背後から聞こえて来た声に脅えながら振り返ると黒髪、黒目の男が私の襟首を掴んで持ち上げていました。

 

「あ、いや、そのですね!? ただ通り掛かっただけなんですよ、冒険者様!?」

 

その屈強な身体から冒険者だと思い、取り繕うように早口で喋ると私を捕まえていた男は首を左右に振った。

 

「生憎俺は冒険者じゃねえんだ、まぁ良い。おら、行くぞ」

 

「ど、どこへですか!?」

 

冒険者ではないのなら奴隷商かと脅えながら声を掛けるとダイダロス通りの方から子供が2人出てきた。

 

「おじさん、何処行ってたの?」

 

「ん? 腹減ったって声が聞こえたから見に行ってたんだよ。そしたら帰ろうとしてるからな、こうして捕まえたんだわ」

 

「おじさん、持ち方が酷いと思うの」

 

「なんか逃げそうな感じだからな、捕まえといた方が良い」

 

やっぱり奴隷商に捕まってしまったのだろうか。逃げようにも完全に捕まっているので逃げる事も出来ず、ダイダロス通りに足を踏み入れると入り口の広場のほうには何時の間にか小さな小屋や椅子、机などが並べられていた。

 

「カワサキさん、どうしたの? その小人の子」

 

「なんか逃げようとしてたから捕まえたんだわ。あれだろ? ダイダロス通りの孤児だろ?」

 

「違うよ? 私達も見たことないよ」

 

「うん、私達の友達じゃないよ?」

 

「あ、あのですね、わ、私はちゃんと帰る……あ」

 

孤児と勘違いされているのならちゃんと説明すれば逃げれると思い説明しようとした時、お腹が大きく鳴り、思わず顔が紅くなった。

 

「腹減ってんだろ? 丁度良い、炊き出しやってるんだ。食ってけ」

 

「おじさんの料理は美味しいよ!」

 

「一緒に食べよう!」

 

「え、あ、は、はい」

 

勢いに押されて頷くと私を捕まえていた男……カワサキの手が緩んで、地面へと降ろされた私は孤児の列に何時の間にか並んでいた。

 

「ほいよ。大盛りな」

 

「あんがとよッ!」

 

カワサキという男は大鍋の前に立ちスープを椀によそいそれを配っている。

 

(こんな人いましたっけ?)

 

黒髪黒目なのでかなり目立つ容姿だが、私には見覚えの無い人物だった。

 

「はいよ、しっかり食えよ。お代わりは沢山あるから足りなかったら遠慮せずに来いよ」

 

「あ、は、はい! ありがとうございます」

 

私にもスープの入った椀が渡されるのだが、茶色の泥水のようなスープに思わず硬直する。

 

「味噌汁っつうスープだ。毒でもないし、泥でもない。ちゃんと食いもんだから心配すんな」

 

スープ……スープ……いや、でも食べれるだけありがたいと思い、用意されていた机に御椀をおいて椅子に座る。

 

「「いただきまーす」」

 

「えっと?」

 

「いただきますだよ? こうやって言わないとおじさんに注意されるんだよ」

 

「だからいただきますをしないと駄目なんだよ?」

 

「あ、はい、い、いただきます」

 

食事の挨拶なのだと思いおずおずといただきますと口にし、御椀に刺さっていたスプーンを手にしてスープを掬い上げる。さらさらしていて、茶色いスープに本当に大丈夫なのかという不安が脳裏を過ぎるが、自分の周りの子供達が笑顔で飲んでいるのを見て私も覚悟を決めてスープを口に含んだ。

 

「……美味しい」

 

「美味しいよね、おじさんの作ってくれる料理は見たことないのが多いけど凄く美味しいんだ」

 

「まえのかれーも美味しかったねー」

 

「僕はあれ、あの甘くてふわふわのがすきー」

 

子供達があれが美味しかった、これが好きと話している隣で私はスープを無言で口に運んでいた。温かい料理なんていつ振りかも分からない、それが凄く美味しいのなら尚の事、たっぷりの野菜と薄切りの肉がこれでもかとスープの中に入っていて……。

 

「美味しい……美味しい……」

 

美味しいと今にも消えそうな声で何度も呟き、目から温かい涙が流れるがそれを拭おうともしないで私は何度も何度も美味しいと呟き、スープを口へ運んだ。

 

「あ……」

 

だが形ある物終わりがある、空になった皿を見て思わず声が零れてしまった。

 

「おかわり貰いに行こう? おじさんもおいでおいでって手招きしてるよ」

 

「い、良いんですか?」

 

「良いんだよ! お腹一杯食えっていつも言ってくれるんだ! ほら、行こう!」

 

ひっこみ事案の私の手を引いて歩き出してくれた皆に小さくありがとうと私は呟いた。

 

「遊びに来ましたよー!」

 

「リリー、キャッチボールやろ!」

 

「はーい!」

 

ソーマファミリアに行き場のない私にダイダロス通りはいつでも私を受け入れてくれてる居場所になってくれるのでした……。

 

 

 

 

泣きながら豚汁を飲んでいる子供を見ながら俺は手にしていたお玉を鍋の縁に掛けて蓋を閉めた。

 

「悪いな、随分と待たせたようで」

 

「全然かまわないニャー! このスープ美味いニャッ!」

 

「急に尋ねて来たのは私とアーニャですから」

 

揃いの制服を着た灰色の髪をした少女とネコ耳をした少女は炊き出しを始める少し前に俺を尋ねて来たのだが、炊き出しが始まるから今は忙しいというと食べながら待ってますというのでこうして待っていて貰った訳だ。

 

「なぁ、アリーゼ。あの子供いるだろ? なんか分けありっぽいけど、ソーマってなんだ?」

 

「……ソーマはソーマファミリアっていう酒の神様のファミリアよ。ただ主神のソーマが酒造りに没頭してて闇派閥予備軍になってるわ」

 

「ふーん……なるほどね」

 

ソーマファミリアか、次はそこを狙ってみるかと思いながら、目を細めている灰色の髪をしたシルと名乗った少女に視線を向ける。

 

「俺に何か?」

 

「あ、いえ、その珍しいなと」

 

「黒髪黒目は珍しいニャー!」

 

「ああ、これか。極東のほうだからな、オラリオでは珍しいだろ」

 

それとはまた違う感じの、俺を観察しているような視線だったが、まぁ良いだろ。大して気にするまでもないと思い、座っていた椅子から立ち上がる。

 

「おかわりー」

 

「あ、あのおかわりください」

 

「おう、一杯食えよ」

 

俺が捕まえた子供と一緒に来た子供達の差し出した御椀に豚汁をまた注いでやって再び椅子に腰を下ろす。

 

「炊き出しなんてやって大丈夫かニャー? ヴァリスは?」

 

「俺がやりたいからやってるんだ。金は問題じゃない、それにパンとかを売ってそれなりに稼いでるしな、あいつらが」

 

子供が作った物だから雑いが、それがかえって大人の涙腺に振れ、かなり売り上げは出ているから、材料費は十分にあるのだ。

 

「それであーっと豊穣の女主人か? そこに行けば良いのか?」

 

「はい、店長のミア母さんが話をしたいと、大丈夫でしょうか?」

 

ミア……ミアねぇ……ゼウスの爺さん達を探していたオラリオの冒険者だったなと思い出す。

 

(まぁばれないだろ)

 

俺の姿は見られてないし、人化の姿も初見だから繋がりなんかある筈もない。

 

「良いぜ、今日の夜にでも顔を出すよ。料理屋っていうんだからその味に興味がある」

 

「良かったニャー、ミア母さんにも伝えておくニャ! でもちゃんとヴァリスは持ってくるニャー?」

 

「分かってる、ちゃんと行くって伝えておいてくれ、それと豚汁持って帰るか?」

 

是非お願いしますと声を揃えるシルとアーニャに魔法瓶に入れた豚汁を渡して見送り、アリーゼの分の魔法瓶も4本用意する。

 

「カワサキさん、夜はあんまり出歩かない方が良いですよ? モンスターが出ますから」

 

「ああ。黄色いのか? 男は禿げて女は太るんだったっけ? 面白い事やる奴もいるよな」

 

「面白くないわ!? 女の天敵よっ!」

 

「お、おう、悪い」

 

まぁ嫌がらせなので嫌われても良いのだが、ここまでいわれるとちょっとビックリする。

 

「とにかくカワサキさんもあんまり外は出歩かないようにね!あと人通りが多いところを選んで、今日は私達が見回りをするんで大丈夫だとは思うけど、カワサキさんも気をつけてね!」

 

俺に気をつけるように言って魔法瓶を抱えて帰って行くアリーゼの背中を見送り頬をかいた。

 

「なんか悪い事をした気がする」

 

今日俺は豊穣の女主人にいくので襲撃は当然しない、そんなに日に見回りをする事になったアリーゼ達に申し訳無い気持ちになった。

 

「明日なんか差し入れするか」

 

アストレアファミリアの場所は聞いてるし、明日は差し入れでもするかなと俺は呟き、豚汁の追加の準備を始めるのだった。

 

 

メニュー19 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その1へ続く

 

 




今回はリリとエンカウントしてみました。まだ擦り切れてないときなので、多分きっとこんな感じだと思います。そしてソーマファミリアをロックオンしたカワサキさん、麻婆豆腐が次に火を噴くのはソーマファミリアに決定しました。次回豊穣の女主人でダンまち世界の食事を食べるカワサキさんでお送りするので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー19 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その1

 

メニュー19 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その1

 

俺は目の前で出かける準備をしているカワサキに思わず本気かと問いかけた。

 

「本気だぞ? 招待されたんだ。出掛けるのは当然だろ?」

 

「だとしてもだ。豊穣の女主人はフレイヤの手が掛かっているんだぞ?」

 

豊穣の女主人の店主のミアは元フレイヤファミリアの団長だ。それに従業員の多くも後ろめたい事がある者が多い上に、エレボスとフェルズに直談判し冒険者を休業している者もいる……闇派閥ほどでは無いが、カワサキが行くには些かリスクがあり過ぎる場所だ。

 

「話を聞く限りだとミアだったか? あいつも俺と同じ考えみたいだし、連日で暴れまわると疑われる可能性があるからな。1度間隔を開けるのはありだろ?」

 

「それは……そうだが……」

 

夜の度に菓子やマーボーを持ってオラリオを疾走するカワサキは冒険者にもギルドにも、ファミリアにも目を付けられている。ギルドは事情を知っているので形式上だが、カワサキを狙うものは大勢いるので1度間を空けるのは名案だとは思うが……。

 

「よりによって豊穣の女主人に行くことはないだろう? 飯が食いたいなら良い店を俺も知っているぞ?」

 

豊穣の女主人で無ければ俺もいけば良いと言えるが、豊穣の女主人は駄目だ。あそこには神である俺でも得体の知れない給仕がいるし、カワサキと亜人の姿のカワサキを繋げて考えている者もいるかもしれない、狭い店内に誘い込まれる可能性がある以上やはり賛成は出来ない。

 

「ミアはゼウスの爺さんとヘラを探して1人でやってきて、ずっと頭を下げ続けていた。そういう面では信用出来る相手だと俺は思う」

 

「何? そうなのか」

 

「ああ。最初は門前払いだったが、何度も尋ねてくるんでゼウスの爺さん達が折れて、二言三言話して帰って行ったぞ」

 

フレイヤ達の暴走を止めれなかった事を謝罪しに来るような相手だ。怪しいと思っていても直接手を出して来る事はないと俺は考えているというカワサキに俺はもう何を言っても無駄だと分かり、深い溜息を吐いた。

 

「……余り深入りするなよ?」

 

「分かってる、オラリオの料理人のレベルを見て、二言三言話したら帰るよ」

 

外套を羽織り、帽子を被って家を出ようとしたカワサキが思い出したように足を止めて振り返った。

 

「ソーマファミリアだったか? アリーゼに聞いたんだが、闇派閥予備軍らしいな。明後日潰しに行くからな」

 

「ソーマファミリアは主神のソーマが酒造りに没頭していて団員の暴走を許しているが闇派閥と言う訳ではないぞ?」

 

「関係ないな、俺がむかついたから潰す。それだけだ、文句あるか?」

 

カワサキにはカワサキの決めたルールがあり、そのルールをソーマが破り、カワサキの怒りを買った。完全に目が据わっているカワサキを見て俺は溜息を吐いた。

 

「お前に任せる。ソーマファミリアを正常化出来るのならば、他のファミリアも調べておく」

 

「おう、頼んだ」

 

ソーマファミリアのように主神が主神として活動できていないファミリアはかなりの数がある。その中でも危険な、闇派閥予備軍を調べておくというとカワサキは手を振りながら今度こそ家を出て行った。

 

「切り札ではあるが、俺には御せるとは思えんな。いや、ゼウス達でも無理か」

 

カワサキは温厚であり、善人と言える。だがその胸に秘めた苛烈さはどんな者でも制御できる者ではない、文字通りの鬼札ではあるが、カワサキの怒りを買えばその力は俺自身にも向けられると改めて実感した。

 

「俺は俺のやるべき事をやるか」

 

とにかく今俺がやるべき事は闇派閥予備軍のピックアップ、そして団員の暴走によってファミリアを追い出されているであろう主神の居場所を特定するために俺は闇夜のオラリオへ一歩踏み出すのだった……。

 

 

 

 

 

エレボスには止められたがオラリオでも評判だという豊穣の女主人には俺も興味があった。そこにシルとアーニャの誘いがあったので渡りに船と豊穣の女主人へ来たが……。

 

「中々良い面構えの店だな」

 

見た感じは大衆食堂という感じの酒場だ。だがその店の前に立てばその店がどんなもんかと言うのは大体予想が付く、そして俺の勘ではこの店は当りだと一目で分かった。

 

「いらっしゃいませ……思ったよりも早かったですねカワサキさん」

 

店の中に入るとシルが俺を見て驚いたような表情を浮かべながらそう尋ねてくる。

 

「時間をずらしたつもりではあるんだがな……人気店というのを甘く見ていたな」

 

大分時間はずらしたつもりだったんだが……まだ豊穣の女主人は随分と賑わっていた。

 

「こちらへどうぞー」

 

シルに案内された席はカウンター席の外れで、他の客からは見えにくい位置だった。

 

(まぁそうなるか)

 

話をしようと言われているんだから他の客の邪魔にならない場所に案内されるのは当然の事だ。机の上のメニュー表を開き、何を注文するかと目を通す。

 

「豆の塩茹でと野菜スティック。それとビール」

 

「すぐにご用意しますね」

 

そう笑って厨房に引っ込むシルの姿を見送り店内を少し観察する。

 

(なるほどなぁ、全員只者ではないと)

 

店員は皆美人だが気配や足運びが一般人のそれではない、武術を納めているわけではないだろうが十分に戦う術を身につけているのが良く分かる。エレボスが余りお勧め出来ないと言った理由が良く分かるという物だ。

 

「はい、お待たせしました」

 

「どうも、次は芋のフライと唐揚げと魚の塩焼き、後は……ミートボールパスタ」

 

「あ、は、はい。分かりました」

 

続けて注文を頼んで運ばれて来た豆の塩茹でに視線を向ける。

 

(皮は剥いてるのか、枝豆とは違うんだな。野菜スティックはタルタルソースっぽいのと、肉味噌……か?)

 

豆は剥かれていて小皿の中、野菜スティックはタルタルソースっぽいのと肉味噌っぽいの……見た感じは普通のおつまみと言った所か。

 

「……んーむ」

 

枝豆のつもりだったので皮を剥かれた豆というのは想像していなかった。塩は確かに効いているが、これじゃない感がある。豆自体は枝豆とソラマメの中間くらいで食べ応えはあるんだが、やっぱり何か違うなと思いながら今度は野菜スティックをタルタルっぽいソースにつけて齧る。

 

(酸味は強めで甘い……クリームチーズか)

 

タルタルと思ったがどうもこのソースはクリームチーズで作った物のようだ。やや酸味と甘みがあり新鮮な野菜の瑞々しい食感とはかなり合っている。肉味噌っぽいのは味噌も醤油もないので完全に見た目だけで、味の感じは甘辛い甜麺醤に似た感じだ。

 

(食材は美味いが調味料はそこまでって感じか)

 

とりあえず食べてみた感じを分析していると次の料理が運ばれてくる。見た目は俺の知る料理と殆ど同じだが……芋のフライはまんまフライドポテトだし、鳥の唐揚げもおかしい所はない、魚は少し小さいがこれも普通の塩焼き、ミートボールパスタもケチャップでは無いが、ミートソースに煮たソースで絡められていて普通にミートパスタって感じだ。

 

(味付けは岩塩か……うん、美味い)

 

岩塩のまろやかな塩味は普通の塩と違って味に丸みを与えてくれる。それに鶏肉は大き目のぶつ切りで食いでもバッチリで、漬け込みの段階でにんにくを使っているのかガツンっとした旨みがある。

 

(ただ醤油が欲しいかな)

 

十分に美味いのだが、醤油が欲しくなる味だ。特に唐揚げはにんにくが効いているので、余計に醤油が欲しいなと思ってしまうが、味としては十分に美味いし、ビールに良く合う味だと思う。

 

(塩焼きは少し魚臭いな……これは鮮度の問題だな)

 

この世界の特有の魚なので俺の知っている魚とは全然違うが、見た目的には鯵に似ているが、鯵ほど旨味も深みもない……。

 

(川魚みたいだな、陸封か?)

 

鯵に似ているがこの淡白な感じは川魚に似ている。多分海が土砂とかで陸封された種類だと思う、やや臭みはあるのは鮮度と食べている物の影響だろうか。

 

「美味い」

 

ミートパスタは文句なしで美味い。このミートソースが素晴しい仕上がりだと思う。

 

(ローリエと……赤ワイン……それと何かの茸の微塵切り……後は……この世界特有のソースか)

 

オリーブオイルににんにくと玉葱の香りを移して、そこから挽肉と微塵切りにした茸を加えて炒めて赤ワインか……このがっつりとした旨味を受け止めるのはやや太めのパスタ……食べているうちに何を使っているのか、どんな味付けをしているのかを考えてしまうのは職業病だなと苦笑し、ビールを飲んで大きく息を吐いた。確かに美味い、この料理人は良い腕をしている。色んな国を見てレストランを回ったが、正直これほど美味い料理は無かったと断言出来る。

 

「どうだい? うちの料理は美味いだろ?」

 

俺の手が止まった所で大柄な女性がうちの料理は美味いだろうと自慢げに訪ねてくる。その声には当然ながら聞き覚えがあった何度もゼウスの爺さん達を尋ねてきた冒険者の声だ。

 

「美味い、確かに美味い。良い腕をしてるな、ミアだったっけか? あんたの努力が分かる味だ」

 

「はっははっ! そりゃそうさ。でもあんたも良い手をしてるよ、料理に命を掛けてる人間の手だ」

 

互いに笑い合うが、俺とミアの間で温度が下がったのは誰の目から見ても明らかであり、賑やかだった店内が一瞬で静まり返るのだった……。

 

 

 

号外で見たとおりの黒髪、黒目の男の手を見てあたしは確信した。この男もまた料理に命を賭けた男の手であると。

 

(多分というか確実に黒……なんだけど)

 

店に入ってきた時の歩き方の癖は昨日店から見た黄色い亜人の物に似ているし、身体に染み付いている調味料の香りからもほぼ同一人物だと確信した。

 

(だけどそれを公表してどうなる?)

 

ダイダロス通りの改革や、孤児や引退せざるを得なかった冒険者に新しい道を示しているカワサキが居なくなった後の事、そしてカワサキの手を見れば最初に考えていたゼウス・ヘラファミリアとの繋がりがあるのかどうかと尋ねるという考えはどこかに行ってしまっていた。

 

(かなり問題は起こしてるが……それ以上に益を出してる。ここは黙るが吉かねぇ)

 

オラリオの冒険者に刺激を与え、そして救われない者を助けている事を考えれば問題は起こしているが、悪意を持ってるわけではないと判断し、あたしは口を閉じることを決めた。

 

「良い腕をしている。噂通りだ、豊穣の女主人は料理が美味いと聞いていて気にはなっていたんだ」

 

「それならもっと早く来ればよかっただろ?」

 

「まぁそれはそうなんだけどな、俺は俺でやりたいことがあったんでね」

 

「ダイダロス通りの炊き出しかい? うちの店員も冒険者も慣れない味だけど美味いって絶賛していたよ」

 

慣れない味っていうのが何なのかはあたしには分からなかったが、ダイダロス通りに住んでる連中全員に振舞えるだけの量を用意しているって言うのには驚いたものだ。

 

「無償でやってるんだろ? なんでまたそんな事をしてるのさ」

 

「飯を食うのは生きる事だからだ。それに子供が腹空かせているのを見るのは忍びない」

 

「だから無償で炊き出しをやって、子供に色々と教えているのかい?」

 

学校のようなものまでこの男はやっているらしい、それに市場の顔役と交渉して子供が作ったパンも販売していると聞く、それだけの知恵と行動力があれば他にもできる事はある筈だ。

 

「俺がやりたいからやってるんだ。それに子は宝って言うだろ? だからあのガキ達が盗みとかしないようにしてやりたいのさ、俺の自己満足だけどな」

 

自己満足……確かにそのとおりだろう、カワサキのやっている事は素晴しい事だと言えるがその行いを偽善という奴は絶対いるし、カワサキに害をなそうとする奴もいるだろう。それを分かってもなお、カワサキは自分がやりたいからと、少しでも子供の助けになりたいのだとその志は素晴しいとあたしもそう思う。

 

「でもそれは偽善って言われるよ」

 

「だろうな。でもそれで良いんだよ、俺は。やらない善よりやる偽善。俺がこうする事でひもじい思いをする奴が減る、それで良いじゃないか」

 

善人なんだろうね、底抜けの善人だ。少なくともやろうと思っても、普通はやらない。

 

(どこかおかしいんだろうね)

 

善人である事が良い事ではない。その行いが正しいとしても、その思いが素晴しく、高潔であったとしても……それが全てに受け入れられるわけじゃない。善人が馬鹿を見る事だってあるだろう、でもそれすらを覚悟してカワサキは炊き出しを行っている。

 

「あんた良い男だね」

 

「どーも、でもあんたも良い女だと思うぜ? ガキ共が言ってた。ミアって人に飯を分けてもらってな」

 

「捨てるもんを分けただけさ、あたしにはあんたみたいな真似は出来ないよ」

 

面倒を見てる連中がいるからカワサキのようにはあたしにはできない、あたしには守るべきものがあり、それを守るのがあたしの最優先だからだ。でももしもアーニャ達がおらず、十分な資金があればあたしもカワサキと同じことをしていたかもしれないと思う。

 

「それであんたが持ってる珍しい調味料ってなんなんだい?」

 

「ああ。これだ、醤油と味噌」

 

カワサキが自分の鞄から小瓶と小さな入れ物を取り出してカウンターの上に乗せた。

 

「確かに見たことが無いもんだね、これは極東の物なのかい?」

 

「ああ。こっちのほうだと珍しいかも知れんな。俺の料理の味の決め手なんだ、味見してみるか? そのまま舐めるにはちときついが」

 

「させてもらうよ。興味があるんでね」

 

極東の調味料はまずオラリオでは手に入らないのでどんな味がするのか素直に興味がある。醤油を手の甲に出して舐めてみると豊潤な香りと独特の塩辛さが口の中に広がった。

 

「確かに独特な味だね。でも良い味だよ」

 

煮たり焼いた物に塗ったり、かけたりすればそれだけで味にグッと深みの出る調味料だ。

 

「今度はこっちを……なんだいこれは?」

 

「味噌だ。豆を加工して作る調味料だ。そのままなら野菜をつけて食うのがお勧めだ」

 

野菜につけてね、サラダに使うように切っておいた野菜があったので、それを1つ取り味噌をつけて頬張る。

 

「……なるほどね、確かに癖がある。癖があるけど……美味いよ」

 

オラリオでは馴染みのない調味料であり、味に癖があるのも事実だ。だけど確かに美味い調味料だ。

 

「あんた一杯しか飲んでないだろ? ちょいとこれでなんか作って見せてくれないかい?」

 

食べに来た相手に頼む事ではないというのは分かっているが、それでもあたしはこの醤油と味噌でどんな料理が出来るのかというのが気になってしょうがなかった。カワサキは一瞬驚いた表情を浮かべ、残っているビールを飲み干して口を袖口で拭う。

 

「おいおい、良いのか? 俺はあんたの店の従業員じゃないぜ?」

 

「かまやしないよ、料理人としてこの調味料に興味があるんだ。頼むよ」

 

これでどんな料理が作れるのか気になってしょうがないので、無理を承知でカワサキに頼む。それに口では嫌そうにしつつも、顔が喜悦に染まっているのを見て、カワサキが乗り気と言うのは一目で分かった。

 

「エプロンとバンダナを貸してくれ、このまま厨房に入るのはマナー違反だろ?」

 

「よっしッ! ルノア! エプロンとバンダナを持って来ておくれ!」

 

「え、あ……は、はい!!」

 

ルノアにエプロンとバンダナを持ってくるように頼む。普段のあたしなら絶対に厨房に入れたりしないが極東の調味料でどんな料理が出来るのか、そしてこの料理人の手をしている男がどんな料理を作るのかという好奇心をあたしは抑える事が出来なかった。

 

「ミア母さん。持って来たよ」

 

「良し良し、ほら! カワサキッ! 早くこっちに入ってきな」

 

「あいあいっと」

 

エプロンとバンダナをカワサキに押し付け、あたしはカワサキをカウンターの中へと招き入れた。

 

「何を作るんだい?」

 

「簡単なもんだよ。酒飲んでるし、まぁそれでも味は保障するけどな」

 

エプロンを身につけ、バンダナを巻いた瞬間に気配と目付きが変わったカワサキを見て、あたしは理解した。

 

(やりたいからやるっていうのもあながち嘘じゃなさそうだね)

 

料理をしていることとそれを振舞う事がカワサキにとっての全てであり、口では面倒そうにしてながらも目が爛々と輝いているカワサキを見てあたしはそう感じると共に、どんな料理が出てくるのか胸を躍らせるのだった……。

 

 

 

メニュー20 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その2へ続く

 

 




今回は少し無理な流れだと思いますがミア母さんが醤油と味噌に興味を持ったのでこうなったという事でご理解していただけると嬉しいです。次回は醤油と味噌を使って料理を作ろうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー20 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その2

 

メニュー20 カワサキさん豊穣の女主人にヘ行く その2

 

豊穣の女主人の店員シル・フローヴァ……神威を押さえ込み人間へと擬態しているフレイヤは厨房で料理をしているカワサキをジッと見つめていた。

 

(見えない、見えているのに、見えない……)

 

私の目は人間の魂の色を見る事が出来る。ひまわりのように鮮やかな黄色でありながら、氷獄のように冷たい青色をしている。朗らかさと冷酷さが入り混じった複雑な魂の色……だがその魂が消えたり、現れたりする。常に魂が変わり続けているカワサキに私は興味を……抱かなかった。

 

(触れてはいけない物ね)

 

直感で感じた。この男に触れてはいけない、触れれば最後自分が破滅すると分かっている相手に触れるほど私は馬鹿ではない。

 

(以前の私なら違ったかもしれないけどね)

 

今こうしてただの街娘シル・フローヴァとしていれるようにお膳立てしてくれたミアやヘルン、オッタルにこれ以上迷惑は掛けられないと苦笑する。ロキと協力してゼウスとヘラに戦争遊戯を仕掛け敗北し、ロキと共に孤立する事になった。眷属達には数え切れないほどの迷惑を掛けたし、今ではやっと少し名声も回復して来たがそれはオッタルの頑張りのお蔭だ。そして何よりも疲弊し、精神を病み始めていた私に代わってフレイヤを演じるから、人間として普通に過ごしてくださいといってくれたヘルンと受け入れる場所を作ってくれたミアには本当に感謝しているし、シルを演じる事で私は私らしさを取り戻す事が出来たと思っている。

 

「まずはちゃちゃっと1品、酒に合うといえばこれだ」

 

「中々手際が良いじゃないか」

 

「酒を飲むのに良いつまみは必要だろ? 味噌と醤油で味付け、みりんとごま油で香り付け」

 

乱切りにした茄子と豚肉だけを調味料で絡めて炒めただけの簡単な料理だ。だがそれなのにその香りは食欲を強く刺激した。

 

「豚肉と茄子と味噌炒めだ。まずは試食だ。ささ、やってくれ、良いよな?」

 

「配っておいて良いも何も無いだろ?」

 

やれやれと肩を竦めるミアも小皿を受け取り、料理を渡された冒険者達もそれを受け取り、私達もそれを受け取って頬張った。

 

「うまっ! なんだこれ! めちゃくちゃうめえッ!!」

 

「んで酒にも合う! くうう……うめえッ!!」

 

「お、美味しいニャー」

 

「確かに凄く美味しいですね。これ」

 

食材を炒めただけ、それなのに信じられない旨味と深みがあった。ワインは合わないだろうけど、酒が欲しくなる味だ。

 

「さてと次だが、次は魚を使うけど良いか?」

 

「かまわないよ、うちにある物は何でも使ってくれて良い」

 

それにあのミアが厨房に入れたという事に別の意味で興味がある。

 

「どんな料理を作るかニャー?」

 

「分かりません、分かりませんけど……多分美味しいと思いますよ。豚汁も美味しかったですし」

 

アーニャと話をしているとルノアが話に入ってきた。

 

「そんなに美味しかった? ミア母さんの料理の方が美味しいと思うけど」

 

「ミア母さんの料理は勿論美味しいニャーッ! でもカワサキの料理はなんか違うと言うか、なんというか。まぁとにかく美味しいニャ!」

 

「ええ、上手く説明出来ないんですけど、美味しいんですよ」

 

ヘルンに負担を掛けているのは分かっている。だけど街娘のシル・フローヴァとして過ごせる時間は私に取っては美の女神フレイヤでいるよりも素晴しいものになりつつあるのだった……。

 

 

 

カワサキの後ろに立って包丁捌きを見ていたのだが、ビールを大ジョッキで1杯飲んでいるとは思えないほどに鮮やかな手並みで魚を切り開いていく。

 

「変わった捌き方だね?」

 

あたし達の魚の捌き方は腹を開いて内臓を取り出す物だが、カワサキは中骨のところで身を切り分け3枚に卸していた。

 

「3枚卸しだ。俺の方では一般的なやり方だ」

 

「なるほどねえ……食べやすそうで良いじゃないか」

 

中骨を取り除いているので大きな骨はないし、1匹で2つ身が準備できるのは実に良いと思うとカワサキの料理を見ているとカワサキは引き出しから毛抜きを取り出して身に刺さったままの骨を抜き始める。

 

「そこの骨まで抜くのかい?」

 

「そっちの方が食べやすいだろ? 俺は子供でも大人でも食べやすい料理を作る事にしてるんだ」

 

「その図体して細かい事に拘るねぇ」

 

性分でなと笑い骨を抜いていくカワサキを見てあたしは正直感心していた。食べる相手の事を第一に考えるその調理は実に丁寧で、それでいて早い。

 

(知識が半端じゃないね)

 

見た目は20代後半くらいだが、料理への知識が半端ではない。あたしと同等かそれ以上の知識をカワサキは持っているようだ。

 

「値段設定は任せる」

 

「悪いね、臨時給金くらいは出すよ」

 

極東の料理人が料理をしているということで興味津々という様子の酔っ払い共を見て、カワサキが次の魚を捌き出している間にシルとルノアを呼ぶ。

 

「特別メニューで立て看板を書いてきておくれ」

 

「分かりました。行こう、シル」

 

「はい、今行きますね」

 

ルノアと連れ立って出て行くシル……いや、アホ女神を見て小さく溜息を吐いた。ゼウスとヘラに戦争遊戯を仕掛けて失脚したフレイヤは目に見えて落ち込んでいて、そして精神的にも病んでいた。そんなアホ女神を見てられなかったオッタルとヘルンに頼まれて人間に扮したフレイヤの面倒を見ることになったけど……。

 

(オラリオに迷惑を掛けてるのは分かるけど、まぁ良い傾向かね)

 

闇派閥の台頭を許す事になったのはロキとアホ娘のせいだが、それでも団長としてはフレイヤに肩入れしがちになってしまう訳だ。

 

「ここで味噌を使うんだが、これを使うぞ」

 

「まさか……稀少な極東の酒を使うのかい?」

 

極東酒は神々にも人気だが尋常じゃなく高い。それを料理に使うというカワサキに正気かと思うが、カワサキは鍋の中に酒を少量入れ、水、砂糖、味噌を加えて味噌と砂糖を溶かしながら加熱し始める。

 

「マジで極東酒を料理に使ってるニャー……」

 

「使って良いとはいいましたけどそこまでしますかね?」

 

極東酒の高さを知っているアーニャ達は不満そうな視線をカワサキに向けるが、カワサキはそれを一切気にせず汁が沸騰し味噌と砂糖が溶けたらそこに捌いていた魚の切り身を入れて蓋をする。

 

「良し、これでOK。味噌煮の完成だ」

 

「それだけなのかい? いや、それだけとは言えない位手間をかけていると思うけど」

 

「食べれば分かる。味が馴染むまで少し待ってくれ」

 

ソースを作り、それで魚を煮るだけ……いたってシンプル、いやシンプルすぎる料理……そう思ったのだが……。

 

「こりゃ美味い。魚の臭みもないし、甘くて辛い……独特な味だが、美味い」

 

「だろ?」

 

とても簡単な料理だ。それなのに思わず呻いてしまうほどの美味さがあった。

 

(これはなんだい……? 美味い、味噌? それとも酒? 分からない、分からないけど美味い)

 

ワイン煮などはあたしも作るが、極東酒を使うのは今までに無かった。極東酒と味噌の組み合わせなのか、魚の臭みも無く、何よりも旨味が塩焼きとフライにするよりもずっと強かった。

 

「うめえ! 酒もう1本!」

 

「兄ちゃん、料理上手いなあ! 俺は魚は好きじゃねぇけど、この味は好きだぜ!!」

 

酔っ払い共も味噌煮に舌鼓を打ち、普段の倍以上に酒を注文してくれてる。

 

「あたしに雇われる気はないかい?」

 

素直に欲しいと思った。料理の知識もそうだが、この人間性が気に入った。うちの店は基本的に女だが、例外的に雇っても良いとまで思えたのでスカウトしたが……。

 

「気持ちは嬉しいが、今は止めとく。ダイダロス通りの孤児共にまだ教えてやらなきゃならん事があるんでね」

 

「そうかい、それは残念だ。気が向いたらいつでも来ておくれ」

 

今はと言っていたのでいつかはチャンスがあると思っていつでも尋ねて来てくれと言うと新しい客が入ってきた。

 

「ミア。飯を頼む」

 

「オッタル……それはかまやしないが、もう少し血を拭ってから来な」

 

また1人で深層までダンジョンアタックをしていたであろうオッタルが店の中に入ってきたが、まだ少し血が残っているオッタルに向かってあたしは濡れ布巾を投げ渡す。

 

「すまない……」

 

「かまやしないよ、ちゃんと身体を拭いてから来な」

 

シッシとオッタルを追い出し、オッタルのための食事の準備をしようとするとカワサキが待ってくれとあたしに声を掛けてきた。

 

「俺にやらせてくれないか?」

 

「あいつは大食いだよ?」

 

「身体を見りゃ分かるさ。ああいう奴にピッタリなメニューを知ってるんだ。俺にやらせてくれよ、醤油を使う料理だからミアも気になるだろ?」

 

「そういうことなら良いよ。見せておくれ」

 

味噌を使った料理は見た。次は醤油で大食漢のオッタルにピッタリなメニューと聞いて、あたしはカワサキにオッタルの料理を任せ、他の注文の品を作り始めるのだった……。

 

 

 

何時ものように深層までソロでダンジョンアタックをし、ミアの所に顔を出して夕飯を食う。ザルド達がオラリオを出てからずっと俺が続けている俺の毎日の鍛錬だ。階層主をソロで何体も倒し、深層に辿り着いたら帰還する。流石に「今は」ソロで深層を冒険する事は出来ないが、いつかはソロで深層を進めるようになる事が今の目標だ。

 

「よう、お疲れさん」

 

「……お前は確かカワサキだったか?」

 

「おう。市場であーっとデメテルだったけか? あいつと一緒に会ったよな。オッタル」

 

気軽い感じで声を掛けてくるカワサキに少し驚いたが、頷くとカワサキはニッと笑った。

 

「とっておきの飯を出してやるからな。楽しみにしていてくれ」

 

ミアが厨房に入れている……それだけカワサキは腕のいい料理人のようだ。水を飲んで料理が出来るのを待ちながら厨房に少し視線を向ける。

 

(……カツレツか)

 

豚肉に衣をつけて揚げた料理であるカツレツを準備しているのを見て、これは期待出来るなと笑みを浮かべる。肉は美味いし、強い肉体を作るのに必要不可欠だ。サクサクの衣とジューシーな肉汁は飯のおかずとして申し分ない。

 

「これな、俺が良く使う調味料だ。お湯に溶かしたりするだけで十分に美味いスープになる」

 

「へえ、それは珍しいね。何の粉末なんだい?」

 

「魚を干して作る鰹節と昆布と小魚と茸だ。これをよく乾燥させてからすり潰して作る、俺は結構これを使うんだ」

 

極東の調味料を使うのか、珍しいなと思って見ているとカワサキはその調味料を鍋の中にいれ、極東酒と砂糖と少量の黒いソースを加えて煮て、その間にカツレツを揚げる。

 

「ちょっと舐めてみるか?」

 

「ああ、そうさせてもらおうか」

 

ミアが鍋の中のソースを舐めて目を見開いた。

 

「驚いたね、凄い旨味じゃないか」

 

「だろ? 気に入ったら分けるぞ? まだある」

 

「貰うよ。これを上手く使うのは難しいと思うけど、良い味だ」

 

ミアと料理談義をしているカワサキは瓶2つほどミアに渡していた。ミアがこれほど絶賛するとは珍しい事だと本当に驚かされる。

 

「よし揚がった」

 

やっとカツレツが食えると思った俺の目の前でカワサキはカツレツを切るとソースの入っている鍋の中に全部カツレツを入れた。

 

「何!? カツレツを煮るのか!?」

 

「ああ。これは煮るのがポイントだ」

 

サクサクのカツレツを何故煮るのだと困惑する。周りの客もミアも驚く中、カワサキは何度もカツレツをひっくり返し味を良く馴染ませると溶いた卵を鍋の中に回し入れ、暫くすると山盛りの米の上に乗せて俺に差し出してきた。

 

「お待ちどうさま。カツ丼だ。俺の地元じゃ米と肉と卵で戦う男の飯の定番と言えばこれだ」

 

甘辛い食欲を誘う香りと、卵の鮮やかな黄色、しかも半熟の卵が煮られたカツレツと米に絡んでいる。見たことも無く、聞いたこともない料理だが見ただけで美味いと分かる。

 

「米と一緒にがっと食ってくれ、それが1番美味い」

 

「……分かった。ありがたく頂こう」

 

フォークを手にして煮られた事でソースをたっぷりと吸ったカツレツを頬張り……俺は丼を片手で持ち上げ、フォークで米を勢い良く掻き込んだ。

 

(なんだこれは……なんだこれは……)

 

たっぷりとソースを吸った衣は甘辛く、そして肉汁の旨味もたっぷりと吸っている。噛み締めると甘みと肉汁が口の中一杯に広がり、そのソースが絡んだ米と半熟卵も思わず呻いてしまうほどに美味い。カツレツだけでは味が濃く、米だけでは味が薄い、だがその全てが混ざると何倍にも美味くなる。

 

「美味いッ! これは美味いぞッ!」

 

食べているのに腹が減ってくる。行儀が悪いと分かってるが、音を立ててガツガツと頬張っていると俺を見ていたカワサキが信じられない言葉を呟いた。

 

「おう、ザルドとマキシムもうめえって言ってたぜ」

 

「そうか、ザル……何っ!? お前はザルドとマキシムに会ったのか!? どこでだッ!?」

 

手にしていた丼をそのままに何処で会ったのかとカワサキに問いかける。客やミア達が絶句しているのが分かるが、俺にはそれ所ではなかった。近くにいるのなら俺は挑みに行きたいと、俺が目指すべき頂に何処まで追いついたのか俺は知りたかった。

 

「3~4年前か、ありゃどこだったっけか……そこまでは忘れたが世界の各地に封印されてる危険なモンスターの調査をしてるとかなんとかであちこち旅をしてるんだとさ、マキシムが……レベル10で、ザルドが9とか言ってたけど、俺は冒険者じゃないからそれが凄いのか凄くないのか全然分からなくてよぉ。そのまま暫く3人で行動してたんだわ。そん時に突っかかってきたオッタルとかいうガキがいるって聞いてたけど、俺が思ってるのより全然でかくて最初分からなかったぜ」

 

……レベル10とレベル9……マキシムとザルドはそこまで高みにいるのか……そうか、そうか……。

 

「感謝する。俺の目標はまだ遙かに遠いと分かった、よりいっそう精進できる」

 

俺もレベルアップしたが目指すべき頂はまだ遠い、それが分かり闘志が燃え上がるのを感じる。

 

「まだ挑みたいって気概があるのか?」

 

「あるに決まっている。俺はあいつらに勝つ」

 

絶対に勝つ、勝ってみせる。7年の間に追いついたのか、それとも更に突き放されているのかも分からなかったが、目指すべき頂の高さがわかったのはありがたい話だった。

 

「美味かった。カツ丼だったか、絶品だったぞ」

 

「喜んでくれて何より、んじゃあミア。俺はそろそろ帰るわ」

 

「あいよ、またいつでも来ておくれ、臨時で雇うよ」

 

ミアからヴァリスの入った小袋を受け取ったカワサキは思い出したように俺に視線を向けてきた。

 

「まあ頑張れ、気が向いたらダイダロス通りにでも顔を出してくれよ」

 

「炊き出しか? 確かにお前の炊き出しは……」

 

カワサキの炊き出しは評判だから顔を出すのも悪くないと思ったのだが、エプロンを脱いでミアにレシピを渡して帰り支度をしているカワサキの続く言葉に俺は言葉を失った。

 

「俺はマキシムとザルドから1本取ったこともあるからよ。少なくとも今のお前よりは強いぜ、オッタル。んじゃなあ~」

 

なんでもないように告げられた言葉だが俺にとっては信じられない、いや信じたくない言葉であり、7年前からずっと続けている深層までのソロマラソンを初めてやめる必要があると思った。

 

「冗談とは思えないね」

 

「ミアもそう思うか?」

 

「思う。料理人だけどあいつ自身かなり強いと思うよ。ま、精々揉んで貰って来な」

 

バンっと背中を叩かれ店を出る。少なくとも今オラリオで俺と真っ向から勝負できる相手はいない、だからひたすらにソロマラソンをしていた。

 

「幸運か」

 

ザルドとマキシムを知っていて、そして俺よりも強いと豪語するカワサキに久しぶりに対等な相手と模擬戦が出来ると思うと、込み上げて来る笑みを俺は抑える事が出来ないのだった……。

 

 

メニュー21 アストレアファミリアへの差し入れ へ続く

 

 




次回は前半はオッタルとカワサキさん。後半はアストレアファミリアとの話を書いて見たいと思います。後は個人的にオッタルみたいなのにはカツ丼が似合うと思ったのでカツ丼を食べてもらいましたが猪人だから共食いじゃない? とかいう突っ込みはなしでお願いします。
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

なお

カワサキさんのザルド達より強い発言ですが、身体能力はザルド達が上ですが、対人スキルがカンストしてる分ザルド達がカワサキさんの動きに慣れるまではカワサキさんが強いってなっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕話

幕話

 

すっぽりとローブを着込んで身体を小さくさせ目立たないようにしているが、横に倍以上膨らんでいる以上それは無駄な抵抗にすぎず、隠れよう隠れようとするたびに余計に目立ってしまうロキの姿を見ていると一応同性としては不憫に思う所もある。

 

(やりすぎ……とは言えないか)

 

カワサキの襲撃によってロキも太る菓子を食わせれ、真ん丸になってる姿に男性の神は笑っているが、私を含めた女神達は引き攣った顔をしていた。

 

「ぷっくくく……ッ! 良かったなロキ。我侭ボデイじゃないか」

 

「まな板。卒業おめでとう。ぶふっ!!」

 

「じゃかやしいッ!! いっとくけどな、うちはまだ良い、ダイエットすれば痩せるからな! だけどな、抜けた髪は戻らんのやぞッ!」

 

抜けた髪は戻らないのは確かにその通りだ。真ん丸になっているロキは頑張ってダイエットすれば元に戻る可能性はある。だが抜けた髪は戻らないというロキのカウンターに男神達は顔面蒼白で己の髪を触る。

 

「いや、神は不変……」

 

「不変の筈のうちがこの様やぞ!?」

 

不変の筈の女神であるロキが肥満体になっている。つまり神は不変であると言うルールはカワサキには適応しないという事をやっと神会に参加している神達も理解し始めたのかその顔が真剣そのものになる。そしてそれに後押しするようにウラノスが口を開いた。

 

「言っておくが明日は我が身ぞ? ロキがこうなったという事は他の神も同じ目に合う可能性があるという事を忘れるな」

 

ウラノスの言葉に笑っていた神は黙り込み、そっと自分の髪や腹を摘んでこの世の終わりのような表情を浮かべた。

 

「ウラノス! あの黄色いモンスターの討伐を「させん。あれはモンスターではない、あれは亜人だ。我ら神がモンスターとして狩りつくした地上の民の生き残り、この報復には正当性がある」亜人……生き残っていたのか……いや、だが」

 

「確かに明確に知性を持ち、言葉を喋る……亜人の生き残りと考えれば確かに今のオラリオに起きている状態も納得出来る」

 

カワサキを亜人にし、亜人でゴリ押すつもりのウラノスだが、私もこれで良いと思っていた。カワサキは確かに強いがザルド達と比べればやはり劣る。囲まれて叩かれればカワサキが危険なので亜人としてしまえば神も強く出れない。

 

「そやけど、オラリオに被害が」

 

「禿と肥満は経験値を獲得すれば解除出来る事が判明している。お前については憐れだと思うが真面目に減量するが良いロキよ」

 

「うぐう……」

 

経験値を取得出来ない神は真面目に減量するしかない。ロキが元の体重に戻れるのはいつになることやらと思いながら話を進める。

 

「それに亜人によってオラリオは大きな転換期を迎えることが出来た」

 

「ダンジョンに向かう冒険者が増えたことですかフェルズ」

 

「いや、違う。ミアハとディアンケヒトの所で隔離されているのだが、闇派閥の主神とその眷属が極めて善良になっている。あの香りだけでも目や鼻がおかしくなる料理、あれを食わせられたことで性格が反転しているようだ」

 

「嘘だろ? そんな事が出来るのか?」

 

「いや、でも亜人は不思議な事が出来るからできるかもしれないけど」

 

これも亜人としたことが生きてくる。不思議な道具と能力を持つ亜人なら出来るかもしれない、そう思わせる事が出来ればカワサキを討伐ではなく、捕縛へ切り替えることが出来る。

 

「ウラノスとフェルズはどうするつもりなんだ?」

 

「あの亜人は捕縛対象とする。それと邪神とその眷族は監視し、問題ないと判断すれば解き放つ事も考えている」

 

「そんな事をしても大丈夫なの?」

 

「ミアハとディアンケヒトには悪いが拘束しておくべきではないのか?」

 

闇派閥の主神とその眷属をどうするかという方向に話が変わって行き。論より証拠ということでディアンケヒトファミリアで監視状態にある邪神と眷族の様子を見に行く事になるのだった……。

 

 

 

 

女性冒険者は肥満、男性冒険者は禿になるとカワサキから聞かされてはいたが実際に目の当たりにすると何ともいえない気持ちになった。

 

「とりあえず身体に異常はない。あの亜人の言うとおり経験値を取得すれば改善される可能性があるとだけ言っておこう」

 

「……はい……分かりました」

 

「受付で全身ローブが買えるぞ」

 

とぼとぼと帰って行く女性冒険者の背中に受付で全身ローブが売っていると声を掛けてカルテを引き出しの中に片付けているとアミッドがノックの後に扉を開いて顔を出した。

 

「ディアンケヒト様。ウラノス様達がおいでです」

 

「分かった。すぐに行くと返事を返してくれ」

 

正直に言えば冒険者よりも邪神とその眷属の問題の方がワシにとっては重要であった。他人に見られては困るものを片付け、ウラノス達と共に地下の隔離病棟へと向かう。

 

「おはようディアンケヒト。今日は良い天気なのかい?」

 

「たまには外でお散歩したいのだけど、もう少し地下にいないと駄目なのかしら?」

 

邪気も悪意も感じさせず、服装も邪神の時の物を拒み、市民と同じ服を着ている邪神達にウラノス達は驚きを隠しきれなかった。

 

「馬鹿な……ここまで変わっているのか?」

 

「振りとかじゃ……」

 

「ない、ワシとミアハで確認したがこやつらは完全に中立の神と同じ状態だ」

 

「邪神としての記憶はあるのか?」

 

「ある。その事は本人も把握しているが、自分がそんな事をしたとはと信じられないと言う様子だ」

 

勿論眷属達も同じ状態だと付け加えるとウラノスとフェルズは少し考え込む素振りを見せた後にデメテルに視線を向けた。

 

「段階的にだがデメテルファミリアを初めとした生産系のファミリアで様子を見てもらえまいか?」

 

「え……う、うーん。暴れたりしないなら良いけど……一応監視としてギルドナイトを派遣してくれるなら」

 

「分かった。その様に手筈を取ろう」

 

他の神はともかく事情を知っているワシ達は邪神達を解放することには前向きで、善神や中立の神よりも善に傾いているのならばオラリオの改善に一役買ってくれるとは思っているのだが……。

 

「タナトス達に会ったら危険ではないか?」

 

「確かに記憶が戻る可能性もある。段階的に外に馴染ませるが、私としては活動的な邪神達が皆性格が変わってからにしようと思う」

 

「それが最善だろうな、何が切っ掛けで元に戻るか分からんからな」

 

「いっておくが面倒を見ている間に発生した金はギルドに請求するからな?」

 

40人近くの生活費を請求するというとフェルズは当たり前だろうと言ってくれて一安心したのだが……翌日……。

 

「おはよう、ディアンケヒト。なんで俺は入院しているんだ?」

 

「きゃあ、なんで私こんな格好してるの!?」

 

「……おはよう~」

 

邪神3人と眷属40名が運び込まれて来てワシは本気でカワサキに苦情を言いに行くべきか、それとも追加でウラノスとフェルズに金を請求するべきかと本気で迷うのと同時に家のファミリアだけでは面倒を見切れないと判断し。

 

「というわけだ。お前の所でも面倒を見てくれ、ミアハ」

 

「……それは構わんが、それよりも先にギルドに場所を借りるべきじゃないか?」

 

「……確かに」

 

カワサキがいるかぎり邪神とその眷属はどんどん浄化されていくわけで、ミアハに指摘され、ホームで面倒を見るよりも別の場所で面倒を見た方が良いのではないかということに気付き、ミアハと連盟でギルドに邪神を収容する広い場所を用意してくれと頼んだのだった……。

 

 

 

黄色いモンスター……いや亜人に何かを口の中に突っ込まれて意識を失った私に待っていたのは受け入れ難い現実だった。

 

「……」

 

腹の肉が摘める……というか鷲づかみできた。体型の維持には気をつけていたし体重管理だってきちんとしていたが、今私の腹の肉は鷲づかみできるレベルになっていた。

 

「……」

 

「……」

 

私だけではなく、他の女性団員もこの世の終わりと言う表情をし、フィンを初めとした男性冒険者は頭頂部の髪が消滅していた。

 

「ちゃんとダンジョンに潜らないからじゃ、馬鹿め」

 

「う、うるさいぞガレスッ! わ、私だってちゃんとダンジョンに潜っていた」

 

「ワシの記憶では4日前だったかの?」

 

ガレスの言葉に呻く事しかできない。ファミリアの経営やギルドナイトとの面談をしていてダンジョンには余り潜っていなかったが、だとしてもこれは余りにもひどいのではないか。

 

「……皆、これ着てダンジョンに行くとええで」

 

「ロキ、この状態でファミ……」

 

ロキの言葉に肥満状態で外に出るのはあまりにも酷じゃないか、せめてもう少し心の準備が出来てからといおうとしたのだが真ん丸になっているロキとその手の中の買ったばかりのローブと頭に被るタイプの防具の数々。

 

「すまない、ロキ。ありがとう」

 

「ああ、べつにええよ。うちはホームで死ぬ気でダイエットするで、リヴェリア達ははよ、経験値稼いでくるとええで」

 

神であるロキは経験値を稼げないので運動してダイエットするしかない。私達は経験値さえ稼げば元に戻れるのでロキが買って来てくれた防具を着込んでダンジョンへ向かうとダンジョンの内部には私達と同じ様な格好をした冒険者で溢れかえっていた。

 

「俺はいつも通り深層に向かうソロアタックをする。お前達はお前達で励め」

 

そう言ってダンジョンの奥へ駆けて行くオッタルの姿であの集団がフレイヤファミリアの団員だと分かった。

 

(流石にアストレアとガネーシャファミリアの姿はないか)

 

今オラリオの守りを一手に引き受けているアストレアとガネーシャファミリアは経験値も稼いでいるし、レベルも上がっているのでダンジョンに団員の姿は無かった。この場にいる全員が経験値を稼いで肥満、あるいは禿を改善したい者ばかりであり、普段は私達に声を掛けて来る冒険者など殆どいないのだが、今回ばかりはそうも言ってられないと思ったのだろう。

 

「あんた達が何者かとか、何をしたとかは追及しない。迷宮の楽園まで一緒に行かないか?」

 

「運が良ければゴライアスを討伐して経験値も稼げるだろうし、どう?」

 

「お言葉に甘えさせてもらう」

 

18階層にあるならず者達の街リヴィラまで同行しないかという誘いを断る理由もなくリヴィラを目指す冒険者達と一時的にパーティを組み、私達はダンジョンの奥へ向かって歩き出すのだった……。

 

 

「……夜な夜な現れる亜人が持ってる紅い料理を食べさせると性格が変わるそうだね」

 

フレイヤが失脚した事で美の女神としての立ち位置を確立させたイシュタルは性格がかなり落ち着き、悪よりの中立から善よりの中立となり歓楽街と風俗街の責任者としてドロップアウトした女の冒険者の受け入れ先となり、ギルドにもかなりの頻度で顔を出していた。

 

「耳が早いな、神会にも出てないのにどこで知った?」

 

「歓楽街の主が情報に疎い訳無いだろ? それでだ。うちの馬鹿を1人性格を変えたいんだ」

 

イシュタルの言葉で誰の性格を変えたいかを即座に理解したフェルズは好きにしろとイシュタルに告げ、イシュタルは満足げに笑ってギルドを後にし、その日の夜から早速イシュタルファミリアは動き出した。

 

「ほどけッ! あたしが何をしたって言うんだよ! 誰でも良い、あたしを解放してくれたらあたしを好きにしても良いぞ!」

 

ヒキガエル……いや、2Mを越える巨漢のおかっぱ頭の「フリュネ・ジャミール」は金属の鎖で拘束されオラリオの広場に放置されていた。その後には「この馬鹿にも性格を変える料理をお願いする」という横断幕がいくつも掛けられ、モンスターと言っても通用するフリュネに情欲を抱く者がいるわけも無く、助けろと喚いているフリュネの周りには誰の姿も無かった。

 

「あれはなんなんだ?」

 

そしてカワサキは喚いているフリュネを見かけたが性格を変えて良いものなのか悩み、その日はフリュネを放置しエレボスに確認を取る事にした。

 

「なんかカエルみたいな大女の性格を変えてくれって横断幕を見つけたんだけどさ、あれ闇派閥なのか?」

 

「……闇派閥では無いが問題児だな、今度性格を変える料理をお見舞いしてやってくれ」

 

「ん、了解」

 

エレボスから許可を得た事でフリュネにも麻婆豆腐をお見舞いする事になったのだが、幸か不幸か、この日から雨が続きフリュネが麻婆豆腐をお見舞いされたのはエレボスから許可が出てから3週間後の事なのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー21 アストレアファミリアへの差し入れ

 

メニュー21 アストレアファミリアへの差し入れ

 

カワサキさんの炊き出しを食べる為にダイダロス通りに来た私はダイダロス通りから響いて来る歓声に首を傾げた。

 

「あれ? なんか何時もより騒がしいような……」

 

炊き出しが貰えると言う話は冒険者や、一般通りに住んでいる人にも広がっていて、一般市民もダイダロス通りにやって来て炊き出しを貰っているけど……そうだとしても騒がしすぎる気がする。何かあったのかもしれないと早足でダイダロス通りに踏み込んだ私は信じられない光景に言葉を失った。

 

「ほい、これで4回目。どうする? まだ続けるか?」

 

オッタルがカワサキさんの足元で大の字で転がっていたのだ。闇派閥の台頭の原因であるフレイヤファミリアには思う事はあるが……その中でもオッタルは積極的に闇派閥との戦いにも協力してくれているので少しは好意的に受けいれる事が出来る相手だ。それにダンジョンであったりすると道具とかも分けてくれるし、フレイヤファミリアの名誉挽回の立役者であり、レベル7の冒険者であるオッタルがカワサキさんに一蹴されていた……。

 

「当たり前だッ!」

 

立ち上がり拳を突き出すオッタルだが、カワサキさんは手を当てるだけでその拳を逸らし、懐にもぐり込み伸ばされた腕を掴むとオッタルを腰の上に乗せるように回転して腰を跳ね上げオッタルを投げ飛ばした。

 

「うっがあッ!?」

 

「おいおい、ちゃんと受身くらい取れよ」

 

オッタルが呻き声を上げながら石畳の上を跳ね、カワサキさんが地面を蹴って一気にオッタルとの距離を詰めると私の目でも辛うじて見えるほど速いパンチがオッタルの顔を左右に弾く。

 

「がっが!? くううっ!」

 

「上手い!」

 

ガードを固めて守りを固めるオッタルを見て周りから上手いという声が上がるが、カワサキさんは肩を竦めた。

 

「達磨みたいに守りを固めても無駄だぜ」

 

「なっ!? ごばっ!?」

 

寸分たがわずオッタルのガードの中心を撃ち抜き、それが3発叩き込まれ僅かにガードが開いた所に下からのカワサキさんの拳がオッタルの顎を打ち抜き、オッタルが地面から引っこ抜かれた。

 

「え? あ……うそッ!?」

 

カワサキさんは冒険者ではないので恩恵はないのに、オッタルを投げ飛ばした光景にも、恐ろしく早いその拳の連打にも思わず私は目を見開いた。

 

「やるな、カワサキさん。めちゃくちゃ強いじゃねえか」

 

「あちこち旅してたから腕に覚えはあるって言ってたけど……普通に冒険者でもやれるんじゃない?」

 

「か、カワサキさん達は何をしてるの?」

 

「なんか組手だとさ。なんでもカワサキさんはザルドとマキシムの事を知ってるらしいんだ」

 

「ええッ!? 嘘ッ!?」

 

ザルドとマキシムってあのゼウスファミリアの冒険者だ。そのザルドとマキシムをカワサキさんが知ってるって事には流石の私も驚いた。

 

「前から思っていたんだが、冒険者っつうのは随分と力任せだな?」

 

「なぜ……片手で……止められるッ!? 俺は全力だぞ……ッ」

 

オッタルの右拳を片手で平然と止めているカワサキさんにオッタルがそう問いかけるとカワサキさんは肩をすくめた。

 

「ほれ、脇閉めろ。左手を外に出すな、内に畳め、それと前傾すぎ、もっと正面向いて、ほれ、打って来い」

 

カワサキさんが手を広げて打って来いと言うと、オッタルは2~3回拳を繰り出す動きを繰り返してから短い気合と共に拳を突き出した。

 

「ほら、動いた」

 

「……何故だ?」

 

「体重移動と力の入れ方がへたくそなんだよ、お前ら冒険者つうのはさ。恩恵で力があるから細かい体重移動とかがへたくそなんだよ。だからインパクトの瞬間に軸がぶれるから力が分散するし、こうやって」

 

カワサキさんはそう言うとオッタルの腕を軽く払い、バランスを崩したオッタルの後ろに回って片手を背中においた。なんでもないようにしか見えないその動きでオッタルは完全に動きを封じ込まれていた。

 

「ええ……なんであんなこと出来るの?」

 

「信じられない」

 

仮にもレベル7の冒険者が恩恵もない料理人に片手で押さえ込まれている。その信じられない光景に目を擦るが、目の前の光景は変わらず目の前の光景が真実だと思い知らされた。

 

「……ぐ、ぐぐぐ……」

 

オッタルの後ろに回り、片手でオッタルを押さえているカワサキさん。その姿には力が入っているようには見えないのに、完全にオッタルを押さえ込んでいた。

 

「無理に動くなよ? 腕の骨が折れるぜ、降参か?」

 

「ぐぐぐ……こ、降参だ」

 

オッタルが降参と言うとカワサキさんは腕を放し、オッタルから距離を取った。

 

「力で言えば俺はお前の足元にも及ばんさ。だが戦いようによってはこうやってお前にも勝てるわけだ」

 

「……技術か」

 

「そう体術だ。お前ら冒険者はモンスターとの戦いには慣れてるが、それを前提にしすぎて人間との戦いや、技を磨くっていうのが甘いんだよな。特に恩恵で力が強いから、それに頼りがちになる。だから俺はそれを利用するんだ」

 

「理屈は分かるが……そんなに出来る物なのか?」

 

「合気道という相手の力を利用する武術だ。俺は達人って訳じゃないが、それでも力任せに攻撃してくるお前なら簡単に抑えれる。自分の流れが崩れた事でその流れを無理矢理戻そうと足掻けば当然隙だらけだからこうやって簡単にパンチを捻じ込める」

 

「なるほどな……勉強になる。もう1回良いか?」

 

「かまわんよ、後で手伝ってもらう事があるし、納得するまで付き合ってやるよ」

 

「感謝するッ!!」

 

カワサキさんとオッタルがまた組手を始めてしまって、とても近づける雰囲気ではなかった。

 

「え、今日炊き出し無しですか?」

 

「いや、あるよ。サンドイッチが用意されてるから好きに持って行けば良い」

 

「あ。そうですか……じゃあ私とお姉ちゃんの分貰っていきますね」

 

ペニアに好きな分だけ貰っていけば良いと言われて私とお姉ちゃんの分のサンドイッチを手に私はガネーシャファミリアへと戻った。

 

「どうしたの? アーディ。なんか元気ないようだけど」

 

「え、そうかなあ……あ、でも炊き出しは貰って来たから一緒に食べよう。お姉ちゃん」

 

お姉ちゃんに元気がないと言われても自覚症状は無く、私は机の上に貰ってきたサンドイッチを並べるのだが……。

 

(言われて見るとなんか元気が出ないような……?)

 

体調は万全の筈なのに、なんか元気が出ないのを自覚して。なんでだろうと首を傾げながら私はサンドイッチを頬張るのだった……。

 

(まさかアーディのこの反応はもしや……カワサキだったか、1度見ておく必要があるかも知れないな)

 

そして姉であるシャクティはアーディの反応を見て、カワサキに1度会いに行くことを決めていたりする……。

 

 

 

オッタルとの組手は正直組手とも言えない物だった。恩恵任せで技術も何もない力任せの攻撃は当たりさえすれば厄介だが、当たらなければどうということはないって奴だった。

 

(モンスター対策ってなるとそうなるのかねぇ)

 

モンスター相手ならば細かい一撃よりも大振りで重い一撃でモンスターを倒すっていうのは道理だとは思うが、対人戦闘や小柄なモンスターと戦うのはかなり厳しいのではないかと思う。

 

(ザルドとマキシムもそうだけどセラス達もそうだったしなあ……)

 

ある程度は戦えるだろうが……喧嘩殺法にある程度の護身術を修めている俺からすると稚拙で、対処しやすい攻撃になる。オラリオの情勢を考えるとモンスター向けの戦闘技術は確立しているが、人間相手の戦闘はそこまでで、武術とかも発達しなかったかもしれない。

 

「カワサキ、俺はいつまでこれを混ぜていれば良い?」

 

「俺が良いって言うまで」

 

「……分かった」

 

オッタルが泡たて器を手に何とも言えない表情を浮かべているが、組手にあれだけ付き合ってやったんだからちゃんと生クリームを泡立てて貰いたい物だ。恩恵のお蔭で休む事無く混ぜてくれているので、下手なハンドミキサーよりも凄いなと思いながらその間に生地の準備を始める。

 

(迷惑掛けてるしなぁ)

 

クックマンの姿で暴れている俺を警戒してアリーゼ達が昨日パトロールをしていたと聞いて申し訳無い事をしたと言う気持ちがあるので、アストレアファミリアに俺は差し入れする事を決めた。アストレアファミリアは女性ばかりらしいので、差し入れはスイーツが最適だと思った。丁度竃もあるし、その気になればこれである程度の菓子を作れる筈だ。

 

「よっと」

 

薄力粉をふるって、そこにバターと牛乳、そして水を加えてよく混ぜ合わせる。

 

「良し」

 

加熱しておいた竃の外れの方に入れて遠火で温め、1分ほど温めたら取り出して薄力粉を加えて再び混ぜ合わせるが、今度は練る感じで混ぜ、溶いておいた卵を少しずつ入れてよく混ぜたら絞り袋の中に入れる。

 

「良し、今度はこっちな」

 

「……まだ混ぜるのか?」

 

「悪いな、こっちも頼む」

 

少し嫌そうな顔をするオッタルに新しいボウルを渡して混ぜるように頼み、絞り袋に入れた生地をどんどん搾り出し、フォークを塗らして生地の上を軽く押さえる。

 

 

(上手く膨らんでくれると良いが……)

 

俺が今作ろうとしてるのはシュークリームなのだが、上手く膨らんでくれるかは正直ちょっと自信が無い。

 

「……行ける……か」

 

竃の中に手を入れて十分に温まっているのを確認してから俺は生地を竃の中へ入れる。

 

「良し、オッタルもう良いぞ」

 

「そうか……それで何を作ってるんだ?」

 

「甘い菓子だよ。多めに作るからお前も持って帰るか?」

 

「……良いのか?」

 

「ああ、手伝ってくれたからな。お礼としてこんなもんしか出せんが、持って行ってくれ」

 

オッタルが生クリームを混ぜてくれていたので俺も大分楽だった。お駄賃代りとして持って行ってくれと言うとオッタルは小さく頷いた。

 

「良い勉強になった。また今度組手を頼んでも良いだろうか?」

 

「別に構わんけど、俺はいつまでもオラリオにいるわけじゃないぞ?」

 

「そうなのか?」

 

「1ヶ月か、2ヶ月はいるつもりだが、ガキ共に教えてやりたい事もあるし、いつも付き合えるわけじゃないが、それでも良かったら尋ねて来てくれ。都合が合えば組手に付き合うさ」

 

ボロボロでもザルドとマキシムに挑んだオッタルは見込みがある。この組手の間でも恐ろしいほどに成長をしていたし……。

 

(ザルド達が気にするのも納得だ)

 

今のオラリオで唯一のレベル7で、本人も強くなることに貪欲と見込みがある男だ。少し肩入れしても良いかなって思えるくらいには好感が持てる相手だった。

 

「おっと、いかんいかんっと」

 

あんまり焼いてしまうと焦げてしまうので竃の中から生地を取り出すとしっかりと生地は膨らんでいた。

 

「よーしよし、上手く行った」

 

綺麗に焼きあがったシュー生地の中に生クリームと売り物のクリームパンを作るのに使ったカスタードクリームを詰めれば……。

 

「シュークリームの完成だ」

 

荒削りな部分はあるがちゃんとシュークリームは完成した、いくつかをお土産としてオッタルに持たせ、アリーゼ達に差し入れするシュークリームをバスケットの中に入れ、残った生クリームとカスタードクリームを1度片付けて出掛ける準備をする。

 

「お前達の分は帰ったら焼いてやるからな、良い子でお留守番してるんだぞ」

 

「「「はーい!」」」

 

キラキラとした目で俺を見ていた子供達が元気よく返事を返す声を聞いて、子供がいるのはこんな気持ちなのかねと思いながら俺はアストレアファミリアへ向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

ここ数日夜の間に現れるモンスターについてアストレア様から信じられない言葉を告げられた。

 

「モンスターでは……ない? どういう事ですか、アストレア様」

 

モンスターではないと断言したアストレア様に私だけではなく、アリーゼや輝夜達もどういうことなのかと尋ねる。

 

「間違いなくモンスターではなく亜人らしいわ。これはウラノスが断言しているから間違いないわね」

 

「亜人……獣人ということですか?」

 

「違うわ、本当の意味の亜人。亜人はかつて人間と共にここオラリオで暮していた種族。貴重な魔道具や、魔法を使いこなすモンスターに似ているけどモンスターではない、人の知性と理性を持つモンスターの姿をした種族。それが本当の意味での亜人らしいわ」

 

 

モンスターに似ているがモンスターではなく、人として暮していた種族と聞いて私達は言葉を失った。

 

「ですが、亜人なんて見たことが無いですが」

 

「うん。そんな種族がいたのなら今もオラリオで暮しているんじゃないですか?」

 

私とライラの問いかけにアストレア様は悲しそうに目を伏せ、私達が信じたくない言葉を口にした。

 

「当時の神々は亜人をモンスターと決めつけ虐殺を行なったわ。そして亜人は絶滅し、亜人が集めていた道具を全て神々は奪い取ったらしいわ、私はその時の事を知らないけど……戦うつもりもなく、交渉を求めてた亜人を皆殺しにしたらしいわ」

 

「ではあの黄色い亜人は……」

 

「恐らく1000年前の虐殺から逃げ延びた生き残りの可能性が極めて高いとの事よ、ギルドからは可能ならば殺害ではなく捕獲を求めると、捕獲成功すれば報奨金が出るらしいけど……アリーゼ捕まえれそう?」

 

闇派閥や邪神に対する攻撃は苛烈だが、一般人に攻撃は加えていない。捕獲というのは分からなくもないですが……。

 

「無理じゃないかなと……」

 

「かなり厳しいかな」

 

「普通に無理だと思います」

 

「私も無理だと思います。恐ろしいほどに俊敏ですし」

 

中華鍋やお玉を駆使して滑ったり跳んだりするその動きは凄まじく、夜で視界が悪い事もあって捕獲はかなり難しいと思う、勿論捕獲だけではなく討伐も難しいと思う。それだけあの亜人は強敵である。

 

「そもそも逃げを打って戦うつもりが無いですし」

 

「うん、それに追い詰めても煙幕とかを使うし……」

 

「討伐も捕獲も難しいですね」

 

かつての神の罪の証……それを聞いてしまうと心情的にかなりやりにくくなってしまった。どうしたものかと悩んでいると扉が開く音がし、そちらに視線を向ける。

 

「誰だ!」

 

見たことのない黒髪の男がファミリアに侵入しているのを見て思わず席を立った。

 

「リュー待って! カワサキさん、どうしたんですか」

 

「よー!アリーゼ。差し入れ持って来たって言ったら門番が通してくれてな。昨日見回りで大変だったらしいじゃないか、これお菓子を作ってきたから食べてくれ」

 

机の上に袋を置くと踵を返して男は帰ってしまった。

 

「えっとアリーゼ。あれがそのダイダロス通りで炊き出しをしてるって言う……?」

 

「そう。カワサキさんよ、シチューとかサンドイッチとか色々と持たしてくれてる良い人よ。ね、ライラ」

 

「ああ、良い奴だよ。それに料理も美味いからきっとお菓子も美味いぞ」

 

ライラとアリーゼは袋からお菓子を取り出したのだが……。

 

「パンですかね?」

 

「見た目はパンだけど、ちょっと柔らかいわね。アストレア様もどうぞ」

 

「アリーゼ!?」

 

「大丈夫よ。あの人は毒とか入れるわけないし、リューも食べなさいよ」

 

「いえ、私は結構です」

 

「またこれだ、ポンコツエルフが。人の善意をどうして受け取ろうとしないんだ?」

 

輝夜にそう言われてもどうしても嫌悪感を感じてしまって口へ運ぶ事が出来ない。

 

「リューが食べたくないなら良いけど」

 

「いただきまーす!」

 

アリーゼとライラがカワサキが持って来たお菓子に齧りつくとその目が輝いた。

 

「甘ッ! んー美味しい♪」

 

「バベルの高級菓子より美味しいんじゃないかこれ……本当カワサキは何者だ?」

 

美味しい、甘いと笑う2人に思わず肩がぴくりと動いた。

 

「確かに甘くて美味しいけど……ちょっと馴染めないわね」

 

「余り輝夜はこっちの甘味に馴染みが無いからじゃないかしら? でも美味しいわね」

 

アストレア様も美味しいと食べて笑みを浮かべ、輝夜も渋い顔をしながらも美味しいと口にしているのを見て、興味が沸いた。

 

「もう1個貰おう」

 

「私も貰おうかしら」

 

「このポンコツエルフが食べないらしいから貰おうかな」

 

袋が目に見えて小さくなり、その中身がもう殆ど無くなっている。

 

「本当に良いの~? 甘くて美味しいわよ~」

 

「うぐ、うぐぐぐ……く、ください」

 

「はい、どうぞ」

甘い菓子の誘惑と皆の美味しいと言う声と笑顔に我慢出来ず、私はアリーゼが差し出してきたお菓子を受け取ったのだが……。

 

「あ、ああ……ッ」

 

持った時に力を入れすぎたのか中身が出て来てしまい、とっさに口で迎えに行った。

 

「……甘くて美味しい……」

 

口の中で溶ける白いクリームと黄色の風味の良いクリームの甘さが口の中一杯に広がった。

 

「……もぐ……美味しいです……」

 

「でしょー? 今度からリューもカワサキさんの炊き出し貰いなさいよ、あのクソ不味いスープより美味しいわよ?」

 

「確かに……前のシチューも美味しかったですし、このなんでしょう……この菓子も美味しいですわね、リューも気に入っているようですし……」

 

生地は甘くないが、白い奴の滑らかな甘さと黄色の風味の良い甘さと一緒に食べると実に丁度良い。

 

「美味しいです」

 

「うん、これ美味い。なんだ、あいつ普通にお菓子も作れるんだな……」

 

「美味しいわね~疲れた体に甘さが染み渡るわ~」

 

見たこともないお菓子に皆で美味しい、美味しいと舌鼓を打ち、疲れた身体に染み渡る甘さに笑みを浮かべた。

 

「アリーゼ。今度カワサキをファミリアに連れて来てくれるかしら?」

 

「ほへ? あむ……んぐんぐ……頼んでみますけど、どうしたんですか? アストレア様」

 

「ちょっと聞いてみたい事があってね。お願いね、アリーゼ」

 

やけに険しい顔をしてカワサキを呼んでくれと言うアストレア様になんだろうかと首を傾げながら私はシュークリームを頬張った。

 

だがカワサキがアストレアファミリアにやってくる前に、私達は衝撃的な光景を目の当たりにする事になる。

 

「ゆ、ゆるし……」

 

許してくれと懇願する殺帝ヴァレッタ・グレーデの言葉など聞こえないと言わんばかりにその顔面に拳を叩きつけ、女の命とも言える顔をぐしゃぐしゃにし、ポーションをぶちまけ襟首を掴んでカワサキは右手1本でヴァレッタを持ち上げた。

 

「許してくれだ? どの口で言ってやがる、このクソアマッ!!」

 

激昂と共にヴァレッタを地面に叩きつけ、生々しい肉の潰れる音に思わず耳を塞いだ。

 

「殺しはしねぇ、俺の流儀に反するからな。だが……死にたくなるほどの苦痛をてめえに与えてやる。てめえは俺を怒らせた、生まれた事を後悔しな」

 

滲み出る怒気と殺意に誰も動く事ができず、一方的に痛めつけられているヴァレッタをただ呆然と見つめる事しかできないのだった……。

 

 

下拵え 酒神襲撃 へ続く

 

 




ちょっと今後のフラグとして、最後に少しだけおまけしてみました。ヴァレッタがカワサキさんの逆鱗を踏み抜きます。いまだかつてないほどにぶちきれているカワサキさんが出て来る事になり、ここで原作の大きなブレイクの2つ目をやりたいと思います。どう考えてもヴァレッタのやり方はカワサキさんが受け入れる事が出来るものではないですし、孤児をかかわっているカワサキさんだから余計に切れるって感じに持って行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 酒神襲撃

下拵え 酒神襲撃

 

月が雲に覆い隠され、自分達のファミリアの回りを警備している冒険者達が手にしてるカンテラが蛍に見える闇夜の中、俺とカワサキはソーマファミリアの前まで来ていた。

 

「結構警備が厳重だな」

 

「お前が好き勝手したからな」

 

カワサキが大暴れしたせいでオラリオの警備はとても厳重だ。特にソーマファミリアの警備は輪を掛けて厳重であり、正直侵入するのはかなり厳しいと思える。

 

「先にデュオニソスの所へ行くか?」

 

「いや、今日はソーマを潰す。デュオニソスはヘラが完全に黒と言っていたから念入りにやる。ソーマは今のところグレーだからな」

 

ソーマはグレーとカワサキは言ったが、俺的にはソーマは黒だ。

 

「あいつは酒作りに没頭して団長のザニスが私物化している状況だ。そしてザニスは闇派閥へと繋がりがかなり強い完全に黒だぞ」

 

「ザニスは黒でもソーマも黒とは限らないだろ? ま、とにかく侵入してくるわ」

 

軽い感じで侵入してくると言ったカワサキは屋根の上から飛び降りて、闇に隠れてソーマファミリアへと向かい……。

 

「寝てろ」

 

「むぐっ!?あかかかかかかかッ!?」

 

警備の1人の背後に回ってその口の中にマーボーを流し込み、絶叫させないように口を押さえ込み、嚥下させるカワサキ。

 

「げぶ……ッ」

 

白目を剥いて倒れ込み痙攣してるソーマファミリアの団員の後でガッツポーズを作るカワサキにドン引きした。

 

「……あいつやばすぎるだろ」

 

連れてきたのは俺だがカワサキはやっぱりやばすぎる。さっきの動きはどう見てもアサシンにしか見えなかったし、余りにも気配を殺すのに慣れすぎているように見える。

 

「しっ「黙れ」がもッ!?」

 

今も俺の見ている前でソーマファミリアの団員の口の中にマーボーを流し込んで気絶させる。

 

「料理人ってなんなんだ?」

 

料理人は料理人だがカワサキの場合は料理人ではない何かにしか見えない。

 

「あれで普通の麻婆豆腐らしいが……邪神や悪神が喰わされているのは何なんだ?」

 

邪神や悪神を意識不明にしている麻婆豆腐とは別物と聞いているが、それでもやばすぎる何かにしか思えない。

 

「……良くヘルメスの奴平気だったな」

 

ヘルメスも食わされたと聞いていたが……あいつトラウマになってるんじゃないだろうかと心配になりながらソーマファミリアへと侵入していくカワサキの背中を俺は若干の胃痛を感じながら見送り……。

 

「あれ? もしかしてやばくないか?」

 

カワサキは料理に関してはかなり拘りが強い、そしてソーマも酒に関しては拘りが強い、互いが拘りが強い者同士では揉めるか、意気投合するかのどちらかだ。もしかして最悪の結果になるんじゃないかと俺は心配していたのだが……。

 

「ソーマの奴は白だったぜ。これからはちゃんとファミリアも見るってさ」

 

「何があった?」

 

なんかソーマと意気投合したと帰ってきて笑うカワサキに俺は何があったのかと思わず問いかけるのだった……。

 

 

 

酒蔵の扉が吹っ飛びぽきゅぽきゅと間抜けな音を立てて誰かが酒蔵の中に入ってきた。

 

「何者だ。何故私の酒造りを邪魔する」

 

扉が吹き飛んだ事で舞った埃から酒を守る為に慌てて蓋をして侵入してきた何者かへ問いかける。

 

「酒? はは。面白い事をいうな、お前の作ってるのは泥水だろ? ソーマ」

 

「モンスター……いや、亜人か。どうやってここまで来た」

 

一見モンスターに見えたが違う、かつてオラリオが完成する前に地上にいた亜人だと気付いた。

 

「どうやって? 普通に入ってきたさ。邪魔する奴を排除してな」

 

私の作る酒に飲まれている団員が邪魔をするのは当然。それらを排除してきたと聞いても私の心は全く揺らがなかった。神酒を奪い合い、醜い足の引っ張り合いをしている眷族が傷付こうが、倒れようが私には何の関心もない。

 

「泥水と言ったな。亜人よ、ならばお前はこの神酒の力に抗えるのか?」

 

完成している神酒をコップに注ぎ亜人へと向かって突き出すと亜人は躊躇う事無く神酒の入ったコップを受け取り、一気に飲み干した。

 

「不味い、泥水ではなく汚泥だったか」

 

「……馬鹿な」

 

神酒を飲んで尚亜人は揺らぐこと無く、私の酒を汚泥と吐き捨てた。

 

「今度はお前だ。お前が俺の酒を飲め」

 

亜人はそう言うと虚空から1つの酒瓶を取り出し、それを見た私は目を見開いた。

 

「神酒(ソーマ)だと!?」

 

間違いない、あの酒瓶の中身は神酒だ。何故この亜人が神酒を持っているのかと目を見開いた。

 

「さぁ飲め」

 

自分が呑んだコップに酒を注ぎ、差し出し返してくる亜人からコップを受け取りそれを一気に飲み干した瞬間私の目から涙が溢れた。

 

「神酒だ……本当の……神酒だ」

 

天界で私の作っていた神酒がここにある。地上では作れないと諦めていた本物の神酒が私の目の前にあった。

 

「お前は誤解している。人の口にはいる物を作るものとして最もやっていけない事をしている。分かるか?」

 

「……分かる。分かるぞ、この神酒と私の作った神酒は同じだ……同じ物なんだ」

 

材料は私が準備したものと同じ、作り方も同じ……だが完成したものは全くの別物だ。亜人が言った通り私の神酒は汚泥としかいいようのないおぞましい味だった。

 

「何故だ……何故こうも違う……?」

 

「分からないのか? お前は地上に絶望している、眷属について諦めている。その絶望と諦めがお前の酒の味を濁らせている」

 

「……作り手の内面が酒に滲んでいるというのか……」

 

最初は眷属が奮起する為に作って褒美として与えた神酒……それを得る為に眷族同士で争い、足を引っ張り合い、酒に飲まれている眷属に私は諦めていた。

 

「だが眷属が」

 

「それが間違いだと何故分からない? どうして責任転嫁をする? どうして導こうとしない? お前は親ではないのか?」

 

その言葉に私は完全に言葉を失った。主神としての責務、そして眷属達の親として私はちゃんと責務を果したのかと言われると私は違うだろう。

 

「諦めて、絶望して、失望して、そんな気持ちで酒を作って美味いものが作れると思うのか? 俺は料理人だ。食べた相手が喜んでくれるように、美味しいと笑ってくれることを願って料理を作っている。だがお前はどうだ? ソーマ。お前は天界にいた時もそんな気持ちで酒を作っていたのか?」

 

「違う! 違うんだ……」

 

酒とはもっと楽しくて、おのれの仕事を労う為に……。

 

「忘れていたのか……こんな事すら……」

 

酒を作る上で大事なことすら私は考えていなかった。どうせ眷属達は完成した神酒を巡って争いあうのだと、誰もこの神酒の力に勝てないのだと……ただ惰性で酒を作っていた事に気付いた。こんな状態では美味い酒など作れるわけが無いと気付いた、眷族を言い訳にして曇っている自分から目を逸らしていたことに気付いた。

 

「感謝する。私は私のやるべき事を思い出したよ。もう手遅れかもしれんが」

 

「人間やり直せないこと何て無いだろ? まぁお前は神だが……やろうと思いさえすればなんとでもなる。まぁ本当は骨の一本か二本は貰うつもりだったが、あんな泣きそうな顔で酒を作ってるお前を見てそんな気はなくなっちまったよ」

 

「……そんな顔をしていたのか?」

 

泣きそうな顔と言われて思わず自分の顔を撫でながら問いかけると、亜人は地面を蹴って飛び上がり酒蔵の窓枠に飛び乗った。

 

「悪いがまだやる事もあるんでね。この続きはまた今度だ、いっとくがファミリアを正常化出来なかったら今度こそ骨を貰うぜ、ソーマ。んじゃなッ! 後こいつは餞別だ」

 

窓をぶち破り、外に出る寸前で神酒の瓶を投げてくる亜人。慌ててその酒瓶を受け取りに走り、地面に落ちる前にその酒瓶を両手で受け止めた。

 

「……酒の神として情けない限りだ」

 

酒造りをする上で大事な事を忘れていた、そんな事すら気付けなかった。そしてファミリアを持つ主神としてやるべき事もしていなかった……これで神酒を作る事など出来る訳が無い、酒蔵に走ってくる眷属達の気配を感じながら私は亜人が残していた神酒を一口だけ飲み、大きく息を吐き、許可無く私の酒蔵に入ってきた眷属達に向かって文字通り雷を落とした。今まで主神らしい事など何1つしていない、今更主神らしく振舞った所で私のやり方に反発してファミリアを出て行く眷族もいるだろう……それでも主神として、ファミリアを預かる者としてやらねばならない事がある、疑惑の眼差しを向けてくる眷属達を睨み返しながら私はゆっくりと口を開く、これがソーマファミリアが生まれ変わる最初の一歩だとそう信じて……。

 

 

 

酒造りに迷うソーマは俺の目から見ても白だった。というか作りたいものが作れないで迷走して、どんどん落ち込んで悪い方向に転がっていた感じだ。ああいう奴は進む方向さえ示せば後は自分で修正出来る。自分の作っている物にプライドを持ち、それが思うように作れず、それを絶賛されるのは料理人にとっては屈辱だ。もっと良い物が作れると自分が分かっているのに、失敗作を褒められるのは屈辱であり恥だ。それが何年も続けば人間だって神だってきっと迷走するだろう。だから俺はソーマには手を差し伸べたが、デュオニソスは駄目だった。

 

「てめえからは下種の匂いがする。善人の仮面を被った悪党だ、俺には分かる」

 

「何を言っているんだい? 私は―」

 

「ああ、別に良いんだ。「今」のお前とは話すつもりはないし、本来のお前とも話をするつもりはないんだ。ただてめえを捻じ曲げるぜ、デュオニソス」

 

悪党にも色んな悪党がいるがデュオニソス……こいつは最も唾棄すべき悪党だ。善人の仮面を被り、本質を隠す、そしてその本質を見事に隠し切っている。こいつは野放しにしてはいけない、ヘラに言われていたのもあるが、こいつが悪党と言うのは一目で分かった。

 

「逃がすかッ!」

 

逃げようとしたデュオニソスの背中に蹴りを叩き込み、そのまま背中の上に腰を降ろして動きを拘束する。

 

「くっ! 私の眷属達に何を」

 

「眠らせただけだ、心配ない。2~3日で目を覚ますだろう

さて善神デュオニソス? お前もこれからもっと善人として働かないといけないよな? 気合が入るようにご馳走してやろう」

 

「目が! 目がああッ!!」

 

湯気だけでのた打ち回るデュオニソスの顎の下につっかえ棒を入れて、キャメルクラッチのような姿勢で拘束する。

 

「たんと召し上がれ」

 

「もがもがああああああ!?」

 

まずは1口、1口流し込んでデュオニソスの反意を折り、ひっくり返して白目を剥いているデュオニソスにビンタを入れる。

 

「貴様ぁッ!」

 

「おう、見れる面になったな。あの偽善者の仮面は鬱陶しかったぜ」

 

目を覚ましたデュオニソスはどこからどう見ても悪神という雰囲気をまとっていたので、何かを言おうとした瞬間に麻婆豆腐を口の中に突っ込んで、両手で頭と顎を押さえて無理矢理嚥下させる。

 

「げぶ……」

 

また呻き声を上げて気絶したデュオニソスの頬にビンタを入れる。

 

「ぼ、僕は? おじさんはだぁれ?」

 

「はい、あーん」

 

「がぼおッ!?」

 

なんかショタっぽくなったので麻婆豆腐を再び口に入れる。

 

「うほ、良い男」

 

「駄目だな、外れだ」

 

「ああああああッ!?」

 

なんか今度は青いツナギを着ていそうな男が見えたので即座に麻婆豆腐を捻じ込む。

 

「やめて! 乱暴するつもりでしょう!?」

 

「駄目だなあ、こいつ外ればっかりだな」

 

「いやああああッ!?」

 

今までの悪神は1回か2回でまともな性格が出たんだけど……こいつは全然駄目だなと呟きながらビンタ、麻婆豆腐、ビンタ、麻婆豆腐、ビンタビンタビンタ、麻婆豆腐、ビンタ、グーパンチ、麻婆豆腐、キン○バスター、麻婆豆腐、ガゼルパンチ、デンプシーロール、麻婆豆腐と攻撃と麻婆豆腐を交互に繰り返し、頬が真っ赤に晴れ上がり、元の貴公子のような顔から想像も出来ないくらいくらいボロボロで、骨がいくつか折れているであろう状態になった所で割りとまともそうな人格が表に出てきたので1発頭を叩いて気絶させてから俺は立ち上がった。

 

「麻婆豆腐の鍋が空だな、何回食わしたんだ? 俺」

 

持って来た鍋が空になるほど性格ガチャを行い、3桁になる迫る回数麻婆豆腐を食わせてやっとカルマ値が善になった。デュオニソスを見下ろしながら鍋をアイテムボックスの中へと片付ける。

 

「暫くは大人しくしてるかね」

 

麻婆豆腐は使い切ってしまったので悪神と邪神の性格を変えるのは暫くお預けだなと呟き、俺はデュオニソスファミリアの窓を突き破り、業と目立って注目を集めながら闇夜を駆け出すのだった……。

 

 

メニュー22 ソース焼きそばへ続く

 

 

 




エニュオのフラグがここで消えたと思うでしょう? まだ実は残っていたりするのでエニュオに関しては出る予定があるのでご安心ください。ヘラから危険といわれていたので襲撃、実際目の当たりにしたカワサキさんは多分おせっかい焼きのあの人みたいな顔で叫んでましたね多分、次回は焼き蕎麦をやりますが、その前にちょっとオラリオに野球を広げてみたいかなと思います。これがベートとかの遭遇フラグになるかなって飛んできたボールが顔面直撃とかで、面白いスタートになるんじゃないかなと思うのでやって見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー22 ソース焼きそば

メニュー22 ソース焼きそば

 

ダイダロス通りへ向かって1人の獣人の男と褐色の肌の双子の少女の姿があった。3人はそれぞれ意外そうな表情を浮かべながらも和やかに話をしていた。

 

「まさかお前達もカワサキと顔見知りとは思わなかったぜ」

 

グレーの髪に白いファー付きのジャケットを着た男……「ベート・ローガ」は隣を歩いていた露出の激しい格好をした双子のアマゾネス「ティオネ・ヒリュテ」と「ティオナ・ヒリュテ」との2人にそう声を掛けた。

 

「カワサキはテルスキュラに半年くらいいたから顔見知りよ」

 

「そうそう、美味しい料理を作ってくれたし、それに結構強かったからさアマゾネスには人気者だったよね〜」

 

「へえ、飯が美味いのは知ってたが強いって言うのは知らなかったな」

 

俺がカワサキにあったのは2回だけだ。1回目は俺の生まれた村が草原の主に襲撃を受けた際にゼウスファミリアが助けてくれたのだが、その時に温かい飯を振舞ってくれた料理人がいたが、その時は顔は知らずカワサキという名前だけを知った。それから何年かした後に尋ねてきた旅人がカワサキだと知り、村全体で歓迎したのを覚えている。

 

「あんたが組手を頼まなかったなんて珍しいわね、ベート」

 

「料理人に喧嘩を売るほど馬鹿じゃねぇよ。それに強いっていうのは誇示する事じゃねぇ、内に秘めるもんだ。まあ基本的な体の動かし方は教わったけど、鍛えられたってことはないな」

 

「あんたらしくない言いぶりじゃない?」

 

ティオナの言葉は完全に図星で硬直するとティオネ達は楽しそうに笑い出した。

 

「やっぱりね、そんな気がしたのよ」

 

「カワサキさんにでも言われた?」

 

「む……あ、ああ。俺はあの人に強いって言う意味を教えて貰ったと思うぜ」

 

体としての強さの目標は今でもザルドとマキシムと呼ばれた2人の冒険者だ。だが心の強さは今も昔もカワサキが目標だ。

 

「だからロキファミリアに入ったの? あたしはお姉ちゃんがロキファミリアに入るーって言うからロキファミリアに入ったけど、別のファミリアに良いところがあったらそっちに移ろうかなーとかいろいろ考えてるんだよね」

 

「お前はそれが良いんじゃねえか? 俺はロキファミリアを中から変える為にロキファミリアに入ったんだ、お前の姉貴の趣味はいっちゃ悪いが最悪だと思う」

 

「うん、あたしも最悪だと思ってるから気にしなくて良いよ」

 

「えー? だってほら、団長が俯いてるのなんかゾクゾクしない? もっと卑屈になって欲しいとか涙目になって欲しいとか分からない?」

 

「分かりたくねぇ」

 

「お姉ちゃんの事は好きだけど、その趣味は止めた方が良いと思う」

 

恍惚の表情を浮かべているティオネのサディステックな趣味には思う事があるが、その矛先がフィンだけに向いてるから良いかと思っていると……。

 

「ふぐおッ!? ばな、なんだ? ボール……」

 

ダイダロス通りから飛んできた何かが顔に当たり、それを反射的に手に取るとそれは白い白球だった。

 

「もう少し手加減って覚えた方が良いと思うんですよ私!」

 

「アーディ、力加減を間違えるのは誰にでもある事だ。俺に出来るのは誰にも当たってない事を祈るだけだ」

 

「こんな有様で本当にこのスポーツをオラリオに広めるなんて本気ですか!?」

 

「人間本気になれば大概の事は出来るぞ? 腕に剣が突き刺さっていても、足が折られていても死ぬ気で泳いで逃げれる」

 

「何の話です!?」

 

「俺の天敵の腐れメンヘラサイコパスクソ女に捕まったときの事だ。後数分遅かったら俺の腕は根元から切り落とされていただろう」

 

「なんなんですかその人は!? 後で詳しく教えてください危険人物って事で警戒しておきますから!」

 

「それは助かる、頼むぞアーディ」

 

「「「「あ……」」」」

 

なんか幾つも聞き捨てならない会話をしながらダイダロス通りから出てきたカワサキとアーディがボールを手に持っている俺とティオネとティアナの目が完全にあい、あっという声が4つ重なるのだった……。

 

 

「カワサキ。なんで俺は木の棒を持ってるんだ?」

 

「ん? 昼飯をご馳走するから手伝ってくれって言ったら良いって言ってくれじゃないかベート」

 

「手伝うとは言った。だがそれと木の棒を持ってあんたと向き合う意味はなんだと聞いてる」

 

手に大きめの手袋を嵌め、手袋をしていない手でボールを握っているカワサキはやれやれと肩を竦めた。

 

「俺がボールを投げる。お前が打つ、後の木の壁に3回当ったらお前の負け、ボールを打ったら走る。ボールを守ってる奴が直接取ってもお前の負け、お前が目標の所に辿り着く前にボールが目標の所に立ってる奴のグローブに入ってもお前の負けOK?」

 

「違う、俺が言いたいのはそういうことじゃない」

 

ルールを聞いているわけではないのだ。何故数年ぶりにあった村の恩人とこんな事をしているのかという事を俺は聞いているのだ。

 

「なんだ、何が不満だと言うのだ。ベートローガ」

 

「俺がガネーシャだッ!」

 

「なんでオッタルとガネーシャもいる!?」

 

「私もいるわよ、ベート」

 

「ああ、そうだな、あんたもいるな神デメテルッ!」

 

なんでダイダロス通りにガネーシャとデメテルとオッタルがいるのか、そして何で引退した冒険者達が俺達を見ているのか、聞く事は山ほどある。

 

「だーかーらー、アーディも言ってただろ? オラリオにスポーツを広げようと思ってるんだよ。でも口で説明するより見てもらった方が早いだろ? だからベートとティオネとティオナに頼んだ訳だ。後オッタルも後で参加する」

 

違うそうではない、俺が聞きたいのはそう言う訳ではないのだ。

 

「カワサキに稽古をして貰っているから俺もここにいる」

 

「あんたは黙っててくれ、オッタル。話が拗れる」

 

こいつもこいつで天然で話が拗れるので少し黙っていてくれと頼む。あとなんかしょんぼりするなと声を大にして言いたい。

 

「つまり俺達で実験すると」

 

「言い方は悪いがそうなるな。だが心配するな、野球は楽しいスポーツだよ」

 

カワサキもマイペースなので何を言っても無駄かと溜息を吐いて俺は木の棒を肩に担いだ。

 

「大体は分かった。始めようぜ」

 

「OK、行くぜ。ベート」

 

(この9つの枠の中にボールが当る前に打てば良いんだろ? 楽勝楽勝)

 

俺はそう思っていた……のだが……。

 

「ほい、ワンストライク」

 

「は? は……? 当ったのか?」

 

俺が木の棒を振る前にカワサキの投げたボールは木の的に当っていた。しかもちゃんとボールの当った跡があるのでイカサマという余地もない。俺には白い線が走ったようにしか見えず、正直かなり困惑した。

 

「何やってるのベート。振ってもないじゃん」

 

「もしかして見えてないのかなー?」

 

「うっせ、次は打つッ!!」

 

大きく深呼吸をして木の棒を構えなおしてカワサキをジッと見つめる。腕を大きく振りかぶり、足が上がって……カワサキが前に踏み込みながら全身を使ってボールを投げ込んでくる。

 

「くうっ!」

 

俺が木の棒を振りきるより先にまたボールが木の板に当った。

 

「ツーストライク。あと1回空振りしたらお前の負けだぜ? ベート」

 

「分かってるよ! 次ぎ来い、次ッ!」

 

大分早かったが、2回も見れば早さにはなれた。次は打つと気合を入れカワサキの動きをじっと見つめる。

 

「ちょっ!? おいッ!?」

 

大きく振りかぶるところまでは同じだったが、そこからボールを握っている右腕を大きく伸ばし、背中の後に腕を回すと全身を使って遠心力を使ってボールを投げ込んできた。だが上から投げ込んでくるのより遅く見えるそれをしっかりと俺の目は捉えていた。

 

(見える。貰っ……たぁッ!?)

 

しっかりと踏み込み木の棒を振る。俺の振った木の棒の軌道は完全にボールと並んでいて打ったと思った瞬間……ボールは減速し、大きく弧を描きながら沈み込み、俺の振った木の棒は完全にボールの上を通った。

 

「空振り三振、1アウトってね」

 

「おいおいおい!? なんだ今のは!?」

 

「変化球さ。カーブって奴だ。投げる時に回転を加えたり、弾いたりするとボールは回転が加わって変化する」

 

「そんな事聞いてねえぞ!?」

 

「はは、言ってないから聞いてるわけ無いだろ?」

 

く、くく……カワサキは良い奴なんだが、この子供っぽいところがどうも苦手だ。

 

「どうよ、ガネーシャ、デメテル」

 

「うむ、中々面白そうなスポーツであるなッ!」

 

「そうね駆け引きもあって良いんじゃないかしら? こんな時代じゃなきゃだけど」

 

「悪いもんって言うのはいつまでも続くもんじゃないさ、平和になったら広めれば良いんだ。健全な精神は健全な肉体に宿るってね。ベートどうよ、案外面白いだろ?」

 

「あ、ああ。面白いぜ、負けたから悔しいけどなッ!」

 

「次あたし! よろしくお願いしまーすッ!」

 

俺から木の棒を奪い取りティオナがカワサキと対峙するが……。

 

「ムキい! 曲がったり落ちたりするの反則ッ!!」

 

カワサキの投げるボールは木の棒を避けるように落ちたり曲がったりしてティオナの奴も俺と同じで1球もボールを木の棒に当てる事が出来なかった。

 

「はっはっは! 駆け引きだ」

 

「くうう……ティオネ仇よろしくッ!」

 

「分かった! お願いしまーすッ!」

 

そして3人目のティオネはなんと奇跡的に木の棒に当てる事が出来たが……。

 

「や、やった当って……あーっ」

 

「き、来た来た。よっ、それッ!」

 

「わっとと、よっし取った!」

 

「あーッ! ゴールが遠いぃいいいいッ!!」

 

「ナイスショートッ! ほい、ティオナも負けだな」

 

それはカワサキの後にいた7人の守り手の1人が簡単に受け止め、ティオナがゴールを踏む前にゴールで待っていた引退した冒険者が手に嵌めている手袋に納まった。

 

「次! もう1回だ!」

 

「お、熱が入ってきたな、ベート。ほれほれ打席に立て」

 

最初は子供の遊びかと思っていたが、何時の間にか完全に熱が入り、俺達だけでは無く観戦していた引退していた冒険者も加わって、カワサキが広げようとしていた野球というスポーツに夢中になっていたのだった……。

 

 

 

 

鉄板の上にざく切りにした野菜を敷き詰めたカワサキさんは鼻歌交じりで野菜をいため始める。

 

「お腹空きましたーまだですかー?」

 

「すぐに出来るから待ってろ」

 

年甲斐も無くはしゃいでしまった。だけど野球というスポーツは確かに面白いスポーツだった。木の棒……バットでボールを打つ。そう聞くだけでは簡単に思えるが、1回の投球でバットを振って良いのは1回というルールに加えて力任せに投げるだけでもかなり早くて打ち難いのに、カワサキさんはそれを左右に下、馬鹿にしたような緩く向かってくるボールなど多数に投げ分けてくるので打ったと思っても全然飛ばなかったり、空振りしたり、打ち上げてしまったりと子供の遊びと思っていたが実に奥が深かった。

 

「俺も出来たから面白かったぞ、アーディッ!」

 

「そうですねーガネーシャ様は普通にホームランでしたっけ? 打ってましたよね!」

 

「はっははは。適当に振ったら大当たりだっただけだッ!」

 

この野球というスポーツの意外な所は地上では能力がかなり制限される神でも出来る所だった。

 

「カワサキに教えてもらったけどボールを投げるのも面白いわね」

 

神デメテルもカワサキさんに教わるだけで私達以上に野球を覚えてしまっていて、私はデメテル様の投げるボールに1回もバットを掠らせる事ができなかった。

 

「あーん、曲がらないッ! どうやったら曲がるのよ、これッ!」

 

「知るか、カワサキが教えてくれた通りに投げてるのになんでだ!?」

 

ベート・ローガ達はよっぽど悔しいのかボールを曲げれるように練習しているが、全く持って変化せず。ただただ早いボールを投げているだけだ。でも早いだけでも打ちにくいんだよなあっと思っているとジュワッと言う音と共に食欲を誘う香りが辺り一面に広がり、広場で食事を待っていた全員が動きを止めた。

 

「腹が減った時のソースの香りは暴力そのものでな、食欲爆発ってね」

 

細い麺と野菜にソースをたっぷりと掛けて全体を良く絡めたカワサキさんは完成した料理を手際よく、皿に盛り付けていく。

 

「良し出来たぞー! 取りに来いよ」

 

カワサキさんがそう声を掛けると広場で待っていた人達が一斉に集まってくる。

 

「今日も良い匂いだな、カワサキ」

 

「沢山身体を動かしたからお腹すいたわ!」

 

「ご飯くださーいッ!!」

 

「ごはんーごはんーッ!」

 

「おうおう、大丈夫だ。ちゃんと全員に回る分は用意してるからな、押すなよ、順番だ順番」

 

焼いた麺料理がどんどん配られ、あっというまに私の番が来た。

 

「待たせたな、アーディ。ほれ、焼きそばだ」

 

「ありがとうございまーすッ!」

 

食欲を誘うソースの香りが鼻を擽り、受け取ったばかりの焼きそばをフォークで持ち上げて頬張る。

 

「美味しいですッ! これパスタとは違うんですね」

 

「ああ。パスタとはまた違う麺だが、美味いだろ?」

 

カワサキさんの言葉に広場に座り込んでいた人達が美味いぜーっと声を上げる。

 

「久しぶりにあんたの飯を食ったが、相変わらず美味いな」

 

「本当だねー、私食べたの何年ぶりかなあ」

 

「2年か3年かしら? でもカワサキさんの料理は何時食べても美味しいですね」

 

「ありがとうよ。そう言って貰えると料理をしている甲斐があるってもんだ」

 

カワサキさんは嬉しそうに笑い、焼きそばのおかわりの分の調理を始めている。

 

(本当に優しい人だよね)

 

ちょっと外見は怖いけど、カワサキさんは穏やかでとても優しい人だ。それに料理も上手だし相談にも乗ってくれるし、頼れる大人って感じだ。

 

「美味い! 噂には聞いていたが本当に美味いな、お前の料理は」

 

「喜んで貰えて嬉しいぜ、ガネーシャ」

 

「美味い物を美味いと言うのは当然だ、美味いッ!」

 

「もう、ガネーシャ様、もう少し静かに食べれませんか?」

 

「でも美味いぞ、アーディッ!」

 

美味しいのは分かっているのだ。パスタよりも縮れているからな独特の食感がある麺にはソースがしっかりと絡んでいる。見た目通りのかなり濃い目の味が運動で汗を流したからか余計に美味しいと思える。

 

「簡単に作れてこれだけ美味しいって言うのは素晴しいと思うわ。カワサキ」

 

「時間を掛ければ美味い物を作れるのは当然だが、手早く美味い料理を作れるのが料理人の腕の見せ所だよ」

 

野菜と肉を炒めてから麺と絡めてソースで味付けする。工程自体は簡単だが、多分私が作ってもこの味にはならないんだろうなと思う。

 

(野菜もしゃきしゃきで美味しいし、お肉はしっかりと焼かれてて食感も良い。本当にカワサキさんは凄い料理人なんだなあ)

 

使っている材料も調理方法もオラリオでもある方法だ。だけど同じ調理法、下拵えでも味が全然違っていて料理に対する知識と技術が全然違うんだなと改めて思わされる。

 

「うん、美味しい」

 

ガネーシャ様のいう通り、美味しい物は美味しいって自然に口にしてしまうんだなと思いながら私は焼きそばを口へ運ぶのだった……。

 

 

 

『さぁ今日も始りました。オラリオ野球中継。本日は練習試合の中継となります』

 

「お、野球が始まるぜ、ゼウスの爺さん」

 

「でも練習試合じゃろ? どことどこじゃ」

 

神の鏡を用いた野球中継だが練習試合と聞いて興味無さそうにしていたゼウスだったが、続く言葉に座っていた椅子から跳ね起きた。

 

『本日は新進気鋭の冒険者ベル・クラネルを団長としたヘスティア・ファミリアとタケミカヅチファミリアの練習試合となります』

 

「「「ベルの試合と聞いてッ!?」」」

 

野球など興味ないと言っていたヘラ・ファミリアの団員もヘラもベルが試合に出ると聞いて一気に神の鏡の前へやって来たのだが……。

 

「……どういう……ことだ。私は今……冷静さを欠こうとしている。これはどういうことなのだ」

 

ヘスティアファミリアの団員の殆どが少女、美女、男はカワサキとヴェルフとベルの3人しかいない。ヘラが冷静さを欠こうとしていると真顔でいうのも納得の男女比である。

 

『きゃーっ! ベルさん頑張ってーッ!』

 

『ベル君頑張れ~』

 

「おい、あいつフレイヤだろ?」

 

「ああ、どう見てもフレイヤだな」

 

「というかベルを応援してる女が多すぎないか?」

 

「うそ、俺の息子がハーレムを作ってるんだが……?」

 

「あらあらまぁまぁ……やっぱりベルはモテモテね~」

 

応援の声にマウンドでぺこぺこと頭を下げているベルの姿にあちこちから黄色い歓声、あと少し野太い歓声が混じる。

 

「なにがどうなっている……?」

 

「ヘルメスの奴は何にも言ってなかったがのう……」

 

『プレイボールッ!』

 

ベルがカワサキと共にオラリオに旅立ってから1ヶ月、たった1ヶ月でベルの回りが女だらけになっている事に驚愕しているゼウスとヘラ達が目にしている神の鏡に映し出されるベルは大きく振りかぶり白球をキャッチャーのカワサキに向かって投げ込むのだった……。

 

 

メニュー23 ハンバーグランチ へ続く

 

 




オラリオに野球が導入され何が起きるか、戦争遊戯の内容が増える。探索系ではないファリアが探索系との戦争遊戯に勝てる要素が出来たという所になると思います。野球は完全に私の趣味なので今後出るかは不明ですが、偶に少し混ぜて見たいと思います。次回はフェルズやウラノスとの話を書いてみようと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー23 ハンバーグランチ

メニュー23 ハンバーグランチ

 

炊き出しを終えたカワサキが荷物を纏めているのを見て、俺はカワサキにどこかに出掛けるのか? と問いかけた。

 

「ギルドに顔を出してくる。ほれ、あの魔石で使えるコンロをカインに売るんだが、ギルドが間に入るっていうからさ」

 

「ああ。それなら心配ないな、今のギルドは中立公平だ。契約をするならギルドナイトに間に入ってもらったほうが良い」

 

フェルズの発案で作られたギルドナイトも7年目ともなれば1から育てられたギルドナイトも増え始めた。ギルドナイトの仕事は非常に多岐に渡るので武力だけではなく、知力も優れた者が多く、下手な探索系ファミリアの冒険者よりも強い一団になりつつある。

 

「それとそのついでにギルドで飯を作ってくるわ」

 

「……何故だ?」

 

なんでギルドで飯を作るんだ? と荷物を鞄につめているカワサキに尋ねる。

 

「フェルズが飯を食いに来る時間が無いから作ってくれって言うからだな」

 

「あいつはなんなんだ?」

 

フェルズが多忙なのは分かるがそれでカワサキをギルドに呼ぶのは職権乱用ではなかろうか? と首を傾げながらカワサキのポケットに羊皮紙を詰め込んだ。

 

(調査結果だ。それと闇派閥の動きが大分怪しい、まぁそれも当然と言えるが)

 

カワサキによって闇派閥の傘下の大半が潰された。手駒を失ったタナトス達が本格的に動き出すのは時間の問題という状況になりつつある。火炎石が運び込まれているという話もあるのでまた自爆テロが始まるかもしれないとカワサキに伝える。

 

(火炎石っつうのが爆弾の原料なのか?)

 

(あ、ああ。モンスターからドロップするアイテムだが、それがどうかしたのか?)

 

(いや、確認だ。もしかすると無力化出来るかもしれない、詳しくは帰ったら話す)

 

「待て、今話せッ!」

 

火炎石を無力化できるかもしれないというカワサキに今話せと言ったが、カワサキは手をひらひらと振ってダイダロス通りを出て行ってしまった。

 

「……はぁ~……良い加減にしてくれ」

 

善人であるのは間違いないが、良いも悪いもマイペース。こちらの都合なんてお構いなしのカワサキに俺は深い深い溜息を吐いた。確かにオラリオを変える事は出来ているが余りにも劇物が過ぎる。

 

「……もう少し調べておくか」

 

カワサキがいないのならばもう少し調査を進めておくかと呟き、俺もダイダロス通りを後にし、夜カワサキが帰ってくるのをカワサキの家で待っているとカワサキは信じられない者を担いで帰ってきた。

 

「なんか奇襲されたからボコボコにして連れて帰ってきた」

 

「ヴィトーーーーッ!!」

 

顔の形が変わるまで殴られ意識を失っている唯一の眷属の姿に俺は夜ということも忘れてその名を叫ぶのだった……。

 

 

 

 

市場でカインと合流してギルドへと向かったのだが、その門の所を見て俺は思わずほうっと呟いていた。紅い揃の鎧を纏った騎士が2人ギルドの門の所に立っていたからだ。

 

「ああ、ギルドナイトですね。少々厳ついですが彼らはとても親切ですよ。カワサキ」

 

そう笑うカインと共にギルドに入ろうとしている人の列に並ぶ。

 

「こんなにギルドに入るのは厳重なのか?」

 

「いえ、普段はこんな事はないんですが……闇派閥か、黄色い悪魔のせいではないでしょうか?」

 

ああ、俺のせいか。なら仕方ないなと俺とカインの順番が来るのを素直に待つ事にした。

 

「商会のカイン・アベルです。今日は商談に参りました」

 

「カイン氏ですね、2Fの会議室へお向かいください」

 

先にカインが入り、俺も続けて入ろうとしたがギルドナイトが突き出した槍で足を止めた。

 

「申し訳ありませんが、本日は1人ずつ用件と名前を窺っております。ご用件はなんでしょうか?」

 

「カインの商談相手だ。ダイダロス通りで炊き出しをやってるカワサキっていうもんだ。身分証明できるものは無いが……フェルズに聞いてくれ」

 

「ギルド長にですか? それは何故でしょう」

 

「カインとの商談もあるが、フェルズに飯を作るように頼まれて来てる。確認して貰えれば分かる筈だ」

 

俺がそう言うと1人のギルドナイトがギルドの中へ入っていった。

 

「では荷物の確認を先にさせていただきますがよろしいですね?」

 

「ああ。構わない、だがこれは魔道具だから気をつけてくれよ。見た目よりずっと重い」

 

俺が差し出した鞄を片手で受け取ろうとし、その重さに気付いて慌てて両手で持ったギルドナイトが荷物の検分をしているのを待っているとギルドに入っていったギルドナイトが帰ってきた。

 

「ギルド長から確認が取れました。こちら通行証と身分証明書です。今後ギルドに来る際はこちらをご持参ください」

 

「ほいほい、どうも」

 

渡された通行証と身分証を首に下げ、検分が終わった鞄を受け取って俺はカインが待つ2Fの会議室へ足を向けた。

 

「ギルドナイト ベリスが仲介役となります、よろしいですね?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「俺はオラリオの事は良く分からんからそれが決まりならそちらへ任せる」

 

「……では、こちらカワサキ氏の作った魔石燃料の持ち運び竃をカイン氏が製作・販売したいでよろしいですね? この場合カワサキ氏が製作者になるので売り上げの3割はカワサキ氏の物、販売仲介として商会とギルドで1割ずつ、そしてカイン氏が5割となりますがよろしいですね?」

 

 

「俺か? 俺は任せると言ったからそちらに任せる」

 

「えっと良いんですか? カワサキさんが5割で私が3割でも構いませんが?」

 

「いや、良い。俺はいつまでもオラリオにいるわけじゃないから、そうだな……ベリスさんだったけか? 俺がオラリオにいない時は売り上げの3割はダイダロス通りの孤児の養育費や、負傷した冒険者の生活費に回して欲しいんだが、出来るかい?」

 

「可能ですが、ギルドで貯蓄しておく事も可能ですよ?」

 

「いや、良い。孤児達と引退した冒険者連中に回してくれ、俺は旅から旅の根無し草でね。あまり金を持ちすぎてても怖い」

 

「契約条項に互いに異論はありませんね? なければ契約成立としますがよろしいですか?」

 

カインと共に異論はないというとベリスが手にしていた羊皮紙が光り、2枚に分かれた。

 

「ではこちらをカワサキ氏が、こちらをカイン氏がお持ちください。お2人ともお疲れ様でした」

 

魔法とかを使うけど結構早く済んだなと思いながらカインと共に会議室を出る。

 

「良い取引が出来ました。ありがとうございます」

 

「いや、便利な物は広がったほうが良い。頑張ってくれよ」

 

「はい! ありがとうございます! では私はこれで」

 

希望に顔を輝かせて賭けていくカインを見送り、少し遅れて会議室から出ていたベリスに声を掛ける。

 

「フェルズに言われて飯を作りたいんだが、厨房はどこだ?」

 

「……こちらです」

 

若干間の空いた後にベリスに案内された厨房は正直に言って……余り使われた痕跡が無かった。

 

(それだけ忙しい、いや料理人が持たないのか)

 

ファミリアへの仲裁や仲介役、パトロールとなればその生活はいうまでも無く不安定な物になる。それに合わせて料理が出来ないからこれだけ綺麗な厨房なのに料理人がいないんだなと思いながら俺は持って来た鞄から材料を取り出していく、玉葱、パン粉、そして魔石で冷やした牛と豚の合挽き肉に卵に塩胡椒などの調味料と乾燥パスタ。ここまで来れば分かると思うが俺が作ろうとしているのはハンバーグ。そしてそれをメインにしたランチメニューだ。

 

「さてと頑張るかね」

 

フェルズとウラノスとギルドナイトに振舞う料理だ。少し気合を入れるかなと呟き、俺は挽肉をボウルの中に入れてハンバーグの準備を始めるのだった。

 

 

 

ギルドナイトに選ばれた者は本名とは別の名前を名乗る事が定められている。ギルドナイトの装備は認識阻害が掛けられており、顔を認識、あるいは記憶出来ないようになっている。それはギルドの中立公平を保つ為の物であり、賄賂などで買収、あるいは家族や恋人が人質にされないようにというフェルズの配慮だった。そしてそんなギルドナイトたちは特別な鍛錬を積んでおり、感情を殺す術を覚えている訳なのだが……。

 

「うっまッ! うわあ……うめえ……」

 

「焼き立てのハンバーグとかめちゃくちゃ美味しい……」

 

「いや、温かい飯が美味すぎるって……」

 

食堂から聞こえて来る美味い美味いという声に笑みを浮かべながら私も食堂の中へ足を踏み入れた。明るさなど無かったギルドの食堂が活気に満ちているのを見てやはり料理人を雇いたいと言う気持ちが沸いてくる。

 

(3人は雇わないと無理か……厳しいな)

 

ギルドナイト、ギルドの仕事は変則的だ。職員、ギルドナイトの人数が少なくとも、変則的な過密スケジュールに対応出来る料理人を見つけるのはやはり難しいなと思いながら厨房を見ることが出来る席に腰を下ろした。

 

「悪いなカワサキ。無理を頼んで」

 

「いや、気にするなよフェルズ、どうせ炊き出しが終われば暇だ。手が空いていれば料理の1つや2つ作りに来てやるさ」

 

「だとしても悪い、お前にもやる事があるだろうに」

 

私が忙しいようにカワサキもやるべき事が山ほどあるなか無理に頼んだ事に申し訳なさが込み上げて来る。

 

「料理人は飯を作るのが仕事だ。俺は仕事をしてるだけさ、ほい。特製ハンバーグランチだ」

 

私と話をしている間も料理を続けていたカワサキが完成した料理を私の目の前に置いた。

 

「これはまた美味そうだな」

 

熱した鉄に乗せられたハンバーグと目玉焼きとトマトを使ったであろうパスタ。それと鮮やかな黄色をしたコーンスープと瑞々しい野菜をたっぷりと使ったサラダには淡い色をしたドレッシングがたっぷりと掛けられていた。

 

「パンとご飯があるがどっちにする?」

 

「パンを貰おう。米は余り馴染みがないのでね」

 

「あいよっと」

 

丸パンが2つ添えられるが若干歪な形のそれは孤児達の焼いたパンだと分かり、思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「いただきます」

 

手を合わせていただきますと口にしてナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを食べやすい大きさに切り分けた。

 

(おおッ)

 

切り分けた所から溢れた肉汁が鉄板に当り、バチバチを音を立てる。その音を聞いていると自然と口の中に唾液が沸いて来るのが分かる。

 

「……美味い。やはりお前の料理は美味いな」

 

ステーキのような肉の塊も良いが、ハンバーグの柔らかい食感も実に良い。香辛料をたっぷりと使ってるからか肉の臭みも無く、上に掛けられているトマトのソースの酸味と甘みが肉の美味さを引き立てている。

 

「一応料理人なんでね、料理は上手いさ」

 

冒険者でも通るような筋骨隆々のカワサキの言葉に思わず笑ってしまう。

 

「確かにお前なら冒険者でもやっていけるだろうな」

 

「やらねえぞ、めんどくさいからな」

 

「ははは、分かってるさ」

 

カワサキは壊す者ではなく、守り導き、慈しむものだ。恐らく冒険者のような血生臭い商売は向いていないだろう。

 

「嘘……ギルド長がめっちゃ綺麗に笑ってる」

 

「……いつも顰め面なのに……」

 

なお回りにいたギルドナイトやギルド職員達は見たことの無い華の様な笑みを浮かべるフェルズを見て、目を擦り瞬きをするという事を何度も繰り返していたがカワサキもフェルズもそれには全く気付いていなかった。

 

「目玉焼き半熟にしてるから黄身を潰してハンバーグにつけると美味いぞ」

 

「ほお、それはやろうと思わなかった食べ方だな。さっそくやってみるとしよう」

 

カワサキに教えられたとおりに目玉焼きを切り、溢れ出した半熟の黄身に切り分けたハンバーグをつけて頬張る。肉汁と濃厚な卵の黄身の味わいが口の中に広がり、思わず笑みが零れる。

 

「確かに美味い、そのままで食べるよりもずっと味に深みがある」

 

肉と卵の相性がこんなに良かったのかと驚きながらコーンスープを口にするととうもろこしの甘さが口の中に広がり、ほうっと思わず溜息が零れる。

 

「とうもろこしもそうだが、野菜はどうしたんだ?」

 

「ああ、デメテルの所で貰ってきた」

 

「デメテルの所で?」

 

「おう。俺が孤児の面倒を見ていると言ったら分けてくれたんだ。後は孤児の連中も連れて行って畑仕事も手伝わせてるぞ」

 

孤児に関してはカワサキの方がずっと上を行ってる気がする。食べようと千切ったパンを皿の上に戻して、私はカワサキの名を呼んだ。

 

「どうかしたか?」

 

「お前ギルドに雇われる気はないか?」

 

カワサキがいれば孤児関連にまで分野を広げる事が出来るし、カワサキの考え方は私やウラノスにはない考え方なので新しい発見にもなる。そう思ってギルドに雇われないかと提案したのだが、カワサキは首を左右に振った。

 

「俺は旅から旅の根無し草だ。いつまでもオラリオにいるわけじゃないから断っとく」

 

「そうか……まぁ気が向いたら声を掛けてくれ、席は空けておこう」

 

惜しいという気持ちを抱きながら千切ったパンにハンバーグから溢れた肉汁を吸わせて頬張る。柔らかく、小麦の味と香りが生きているパンにハンバーグから溢れた肉汁はとても良く合う。

 

「このパスタはなんというか安っぽい味だ」

 

「それが良いんだよ、口に合わないか?」

 

「いや、うーん。美味い、美味いんだがな……なんだろうなこれは」

 

玉葱とピーマンとソーセージを具材にし、トマトソースで絡めたと思ったパスタは想像していた味よりもずっと安っぽかった。トマトを加工したソースを使っていると思う。美味い事は美味いのだが、トマトソースと思って食べたからかん? っとなってしまった。

 

「トマトで作ったケチャップという調味料を使っている。これはそのまま使っても美味いし、パンとかにも良く合う」

 

「なるほど……馴染みの無い味付けだが、悪くない」

 

香辛料とハーブの香り、それと玉葱とにんにくの香りと複雑な味の組み合わせなのだが、どこかチープなその味わいは妙に舌を擽る。

 

「後パンにハンバーグとサラダを挟んでサンドイッチにするのもお勧めだ。欲しければチーズも出そう」

 

「ならそのお勧めを食べる為にチーズを貰うとしようか」

 

カワサキがいうのならば間違いないと思い、貰った板状のチーズ、サラダの中のレタス、トマト、ハンバーグを切り分けたものを挟んで少々行儀が悪いが齧り付いた。

 

「驚いたな、挟むだけで全然別物だ」

 

パンに肉汁とサラダのドレッシングが滲みこみ、レタスのしゃきしゃきした食感と、ハンバーグの濃厚な肉の味わいとそれらの味を全部包み込む濃厚なチーズの味わいには思わず唸ってしまうほどの美味さが合った。

 

「だろう? ハンバーガーの出店とかあると繁盛すると思うんだけどな、どう思う?」

 

「いいんじゃないか? なぁ皆はどう思う?」

 

話を振られると思っていなかった職員とギルドナイトは一瞬困惑したが、すぐに私の問いかけに返事を返してくれた。

 

「凄く良いと思うぞ、ワシももう少ししたらギルドナイトは引退じゃからな、駆け出しの鼻垂れ共でも買える値段で売るのはありじゃ」

 

「ダンジョンに持っていっても良いなと思う。持ち運びを考えないといかんが、1個で腹がだいぶ膨れるからな」

 

「うん、冒険者時代に売ってたら絶対買っていたと思う」

 

口々にハンバーガーが良いと言う意見が出て、後にギルドを引退した職員やギルドナイトによってギルドの近くにハンバーガーショップがオープンするのはこれから7年後の出来事だった……。

 

 

「んで、お前さんは俺に何のようだ?」

 

「いえいえ、目に付いただけですよ。ええ。少々英雄的な行動をしてる流れの料理人、いやあ、実に素晴し……「あ、そう」へぐうっ!?」

 

糸目の男に向かってカワサキは何の躊躇いも無く拳を叩きこんだ。勘違いしないで欲しいのだが、カワサキは別に暴力的な人間ではない、最終的に暴力も手段として使うだけで、話し合いで済めばそれで良いと考える。だがそれとは別にリアルで生き抜いた経験から駄目だと判断できる相手には容赦をしない、それがギルドでの料理を終えて夜人通りの少ない時間に襲撃してきたヴィトーには当て嵌まった。

 

「ぼ、冒険者ではないというのに「とりあえず黙れ、お前の話は叩きのめしてから聞いてやるから……な?」は……?」

 

まだ何かを喋ろうとしたヴィトーの顔面に固く握りこまれたカワサキの右ストレートが叩き込まれ、ヴィトーはその意識を失うまでカワサキは拳を振るう事をやめないのだった……。

 

 

メニュー24 麻婆豆腐へ続く

 

 




ヴィトーは人格破綻者ですね、そしてとある神父も人格破綻者ですね。何が言いたいかは分かると思いますが、ヴィトーも愉快な事になってもらおうと、そう麻婆豆腐で刺激を受けてカワサキさんにカウンセリングを受けて、愉快すぎる人にクラスチェンジして貰おうという事を考えております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー24 麻婆豆腐

メニュー24 麻婆豆腐

 

顔の形が変わるまでボコボコにされているヴィトーが目の前の床に転がされる。呻き声も上げる事無く気絶しているヴィトーの額に塗れたタオルを乗せながら荷物を置いているカワサキに視線を向ける。

 

「何がどうしてこうなった?」

 

「襲って来たからボコボコにして引っ張ってきた。こいつあれだろ、お前の眷属」

 

「知っててやったのか?」

 

俺のただ1人の眷属、そしてヴィトーだと知って叩きのめしたというカワサキを思わず睨む。

 

「そう睨むなよ。こういう奴は叩きのめされて、地面に叩きつけられねぇとわからねぇ。世の中に全部絶望してて、それでも希望に縋る可哀想な奴だ。こんな奴を俺は何人も見てきた」

 

その言葉に思わず硬直した。ヴィトーの内面はぐちゃぐちゃだ。グチャグチャの心を無理矢理パッチワークのように繋げて破綻しきってしまった。何も感じられない、何も見えない、何も聞こえない、何の匂いも感じる事が出来ない。

 

「……お前ならヴィトーを救えるのか? 壊れているヴィトーを救えるのか?」

 

殺戮と破壊の中でしかヴィトーは生を感じられない、そんな不完全な自分を生み出した世界を憎み、憎悪している。だがそれでいて英雄を敬っていると本人は本気でそう思っている。本当は英雄を嘲笑い、不公平と不条理に怒っていると本気で思い世界を変えようとしている。自分の間違いを過ちを受け入れる根底がヴィトーは壊れてしまっている。だがカワサキなら救えるのか? と問うとカワサキは知らんっと言い切った。

 

「俺は人を救うなんて大層な事は出来ない。俺に出来るのは飯を作り、飯を食わせて、後はほんの少しだけ背中を押してやるだけだ」

 

「……それでも良い、ヴィトーを頼む」

 

俺にはヴィトーは救えない。ヴィトーが俺を敬愛してくれているのは知っているが、俺にはそれに報いる事が出来ない。どうすればヴィトーを救えるのか分からない。主神でありながら眷属を救えない自分を情けない、不甲斐無いと思いながらカワサキにヴィトーを助けてくれと深く頭を下げるのだった……。

 

 

 

 

 

全身に走る痛み、特に何度も殴られた顔に走る激痛に顔を歪めながら目を開いた。いつも通り灰色の世界の中に黒が見える。

 

「エレボス……様?」

 

「ヴィトー……。ああ、良かった目を覚ましたのだな。手を貸そう、座れるか?」

 

エレボス様に手を借りてゆっくりと身体を起こした。

 

「エレボス様が助けてくれたのですか?」

 

ギルドから出てきた最近ダイダロス通りをかき回している男を襲撃し、返り討ちにあった事を思い出しながらエレボス様が助けてくれたのか? と尋ねる。

 

「……ヴィトー。あの男は俺の計画の為に俺が連れてきた男だ。つまり……俺達の味方だ」

 

「みかた? あの男が?」

 

ダイダロス通りの孤児達にあれやこれやと手を焼いている男が味方と言われてもそれをすぐに信じることが出来なかった。

 

「詳しくは後で説明する、良いなヴィトー?」

 

「……はい、分かりました」

 

エレボス様が味方だと言うのならば私にそれを拒絶する権利はない、戦いになったのは悲しいすれ違いと言う事で謝ろう。

 

「おう。起きたか、やりすぎちまって悪いな! 俺は手加減っつうもんが苦手でな! まあ良い、まずは飯だ。飯を食おう」

 

飯を食おうと言われてそれを断ろうと思った瞬間に鼻を擽る香りに目を見開いた。

 

「匂い……匂いがする」

 

血の匂いではない、刺激的な肌を突き刺すような刺激的な香りが鼻を擽った。それは今までに無い事だった。

 

「手を貸そう。立てるか?」

 

「あ、はい。ありがとうございます―ッエレボス様ッ!?」

 

「ど、どうした!? ヴィトー!?」

 

「あ、いえ、いえ、そんな……え……色が見える」

 

何時もの灰色の世界に燃えるような赤が見える。だが血の色ではない、だが確かに赤い色が見える。

 

「麻婆豆腐っつう俺の得意料理だ。エレボスは甘口にしてあるから心配しなくて良いぞ。お近づきの印だ夕食にしよう」

 

夢遊病のように椅子を動かしてその上に腰を降ろした。

 

「……凄い香りですね」

 

「香辛料をたっぷり使ってるからな。辛いのは駄目か?」

 

「あ、いやそう言う訳ではないのですが……えっとその……凄いなと」

 

色が見える、香りが分かる。それは死体や、私に憎悪を向けてきている人間以外では初めての事で、正直に言って困惑していた。

 

「とりあえず食おう。俺も腹が減った」

 

「ああ、そうしよう。話はその後だ」

 

エレボス様と目の前の男が手をあわせるのを見て私もそれを真似して手を合わしてからおかれているスプーンを手に取った。

 

(味は分かるのか……?)

 

香りと色で私を楽しませてくれているが、味が分かるのか? と不安に思いながらスプーンで掬い、それを口に運んだ。

 

「かあッ! あっ! あああああッ!?」

 

口の中に広がったのは凄まじい熱、そして痛み、辛味、口の中と喉を焼くその痛みに思わず叫び声を上げる。

 

「ヴぃ、ヴィトー!? ヴィトー大丈夫か!?」

 

エレボス様が水を差し出してくれたのを飲むが、余計に口の中の痛みは強くなった。だが……だが……ッ。

 

「う、美味い……」

 

「そうか、そいつは良かった。どんどん食え」

 

美味い、そう美味いのだ。生まれてこの方初めてだ。味が分かる、痛みはあるが、美味いのだ。

 

「え? だ、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですエレボス様」

 

1口ごとに汗が噴出し、痛みが身体を突き抜けるが……これはきっと美味しい、美味いのだ。

 

「……あぐ……」

 

熱い、痛い、辛い、でも美味い。血とは違う赤が私の目を奪う、その赤の中に浮かぶ骨とは違う白が私を引き寄せる。錆びた鉄のような香りとは違う香りが私を惑わせる。

 

「……あの、これ……まだありますか?」

 

「あるぞ。おかわりか?」

 

「……あの、はい。いただいてもよろしいでしょうか?」

 

味も香りもしない物をただ飲み込む作業が私の食事だったが、私は始めて食事を楽しむという事が出来た。

 

「とても美味しい食事でした。ありがとうございます」

 

「いや喜んで貰えて俺も嬉しいよ。俺のことはカワサキと呼んでくれれば良い、お前はヴィトーで良いんだよな?」

 

「ええ。ヴィトーです、エレボス様のただ1人の眷属であるヴィトーと申します」

 

互いに自己紹介を済ませ、和やかな空気で話し合いが始まったが、それはすぐに終わりを告げた。

 

「エレボス様、私を、私を騙したのですか!? 下界を、下界を壊すのではなかったのですか!?」

 

穏便な方法でオラリオを壊すというエレボス様の言葉に私を騙したのかと私は高ぶる感情のままエレボス様に詰め寄り、カワサキによってエレボス様と引き離されるのだった……。

 

 

 

歪、壊れる寸前でギリギリ壊れていないそれが俺から見たヴィトーと言う男だった。たっち・みーに似ている様で、ウルベルトにも似ていると俺は感じていた。

 

「まぁ、落ち着けよ。ヴィトー」

 

「何故、何故落ち着けると……わたし、私は!」

 

「だから落ち着け、ほれ座れ」

 

錯乱状態1歩手前のヴィトーの肩を掴んで無理矢理座らせる。

 

「お前は何でそんなに世界を壊したいんだ?」

 

「私は殺戮の中でしか全てを感じられないのに、他者が当然の様に享受してる……これは不平等だ。何故私だけが人間とは平等ではないのか」

 

まぁうん、分かる。主張は判るだよな……ただこう……笑ってんだよなこいつ……。

 

(自覚してないんだよな、うん。でも駄目だな、自覚させたら駄目だ)

 

自覚させたら制御不能な化け物が出来ちまう。なんとか説得しようとしているエレボスを手で制して俺はヴィトーに声を掛けた。

 

「それはお前に対しての試練じゃないのか?」

 

「は?」

 

「は?」

 

エレボス、お前まで困惑しないでくれ、と思いながら昔ギルメンの1人に進められた本に書かれていた男の事を思い出す。

 

「お前と似たような男がかつていた。その男は神父の家系であり、親は誰からも尊敬され、認められる素晴しい神父だった。だがその神父の息子である男は人が苦しみ、悲しむ光景にしか喜びを見出せなかったそうだ」

 

かつて自分と同じ様な男がいたと聞いたヴィトーは僅かに、ほんの僅かに落ち着いたようだった。

 

「その男は何をしたのですか?」

 

「表向きは神父として、そして裏では外道をなす者を殺して回っていたそうだ」

 

うろおぼえだけど多分そんな感じだったと思う……ただ問題はそれが原典なのか、のちの創作なのか分からないところだ。

 

「神父として……何故ですか、自分は何も感じられないのに何故?」

 

「それは分からん。俺はその男じゃないからな。だけど、その男は神の教えに沿い、そして人々を救い続けることで答えを見出そうとした。自分のような壊れた人間が何故生まれたのか、そして自分は何をする為に生きているのか、それを求め続けたそうだ」

 

「私もそうしろと?」

 

僅かな苛立ちを見せるヴィトーに俺は首を左右に振った。

 

「そういうわけじゃない、確かにお前さんは苦しんでいるだろうよ、痛みや苦しみ人を傷つけるなかじゃないと生を感じられないのは辛いことだと思う。だがそれは逆にそれだけ人により添えるってことじゃないか?」

 

他者の苦しみと悲しみに共感できるんじゃないかと言うとヴィトーはハッと鼻で笑った。

 

「それで何をしろと? 慰めろとでも?」

 

「それは分からんって言ってるだろ? だが壊すんじゃなくて治すっていうのも1つの道じゃないかね?」

 

「私が苦しんでいるのに? 他者を助けろと?」

 

「別にそうしろって言ってる訳じゃねえよ。ただエレボスは方針を変える。最終的に壊すことになるかもしれんが、別の道もあるかも知れない。まだ答えを出す段階じゃないってことさ。なぁ? エレボス」

 

「あ、ああ。ヴィトー、お前を裏切ったわけではないんだ。ただ……」

 

「ただなんですか?」

 

「……こいつゼウスとヘラファミリアの関係者でな。下手をするとゼウス達が押しかけてくる」

 

その言葉にヴィトーはスンッと無表情になり、深く深く溜め息を吐きながら倒れこむように椅子に腰を下ろした。

 

「貴方何者です?」

 

「最近冒険者を襲撃してるの―俺」

 

そう言いながら人化の指輪を外すとヴィトーは一瞬硬直し、次の瞬間笑い出した。今までの鬱憤を晴らすかのように笑って笑って笑い続けた。

 

「あ……あああー笑いましたね。は、ははは……いや、確かにな……おかしいなって思ったんですよ」

 

腹を押さえて笑いに笑ったヴィトーは急に立ち上がり俺とエレボスに背を向けた。

 

「ヴィトー!」

 

「……少し考えさせてくださいエレボス様。私は何をやるのが1番良いのか、少し見直してみたいと思います」

 

そう言って出て行こうとしたヴィトーは思い出したように足を止めて振り返った。

 

「カワサキ、その男は最後どうなりました?」

 

「死んだんじゃないか? 迷いの先に答えを得れたのかは俺には分からん」

 

なんせ俺も全然おぼえてない話だから、その神父が善人だったのか、悪人だったのかも分からない。ただその迷いの先に答えを得れたのかどうなのかは少し気になってはいる。

 

「いい加減な人だ」

 

まだ迷いも怒りも残しているが、ヴィトーは少し晴れやかな表情で笑い、手を振りながら出て行った。

 

「ヴィトーの迷いは少しでも晴れたのだろうか?」

 

「知らん。けどまぁ、少しは考え直す切っ掛けになったのなら良いんじゃないか? あとエレボス、お前もう少し眷属と話しろ。な?」

 

「……はい」

 

話し合いで分かり合えるとは言えないが、話し合う事が分かりあうことの第1歩だと俺はそう思う。

 

 

「いたか!?」

 

「いません!」

 

「どこへいったんだ!?」

 

外から聞こえて来る怒号にも似た声に俺は頭を押さえて蹲っていた。暫くしてその気配が無くなった所で隠れていた机の影から顔を出した。

 

「近所迷惑って言葉知ってます?」

 

「悪いって思ってるってヴィトー」

 

俺とエレボスとの話し合いが良かったのか、神父や教師の真似事をしてるヴィトーがジト目で見てくる。

 

「話し合いが大事なのではないのですか?」

 

「お前本当に良い性格になったな」

 

「褒め言葉として受け取りますよ」

 

まだ認識障害を患っているヴィトーだが、逆にそれで相手が何を言っているのはよく分からないので懺悔とかを聞くだけ聞いて、話が終わったタイミングで適当に励ませば感謝されるから楽な商売だとヴィトーは笑う。

 

「んでどうよ、答えは出たか?」

 

「出るわけ無いでしょう。馬鹿ですか? ああ、馬鹿でしたね。失礼しました」

 

にやにやと笑いながらでもとヴィトーは付け加えた。

 

「ただ慕われるのはそう悪い気分ではないかもしれませんよ」

 

「そりゃ良かった」

 

神父さまーっという子供の声と共に開かれる扉に振り返ったヴィトーの顔には確かに笑みが浮かんでいるのを見てよかったと思う反面、客人が来てしまってここに隠れる事が出来なくなり、俺は次は何処に逃げれば良いんだ? と頭を抱える事になり、そんな俺を見て笑ってるヴィトーに本当に良い性格になったなと思うのだった……。

 

「それ全部多分お前のせい」

 

「分かってるよエレボスッ!」

 

「馬鹿野郎! エレボスって呼ぶなッ! 俺は死んだことになってるんだぞッ! というか引っ掛けた女くらい自分で何とかしろッ!」

 

「うるせえ!ハゲ頭にしてやろうかッ! あと引っ掛けてないんですけどぉ!?」

 

「自覚を持てこの馬鹿がッ!」

 

なおヴィトーは俺とエレボスの取っ組み合いを見て愉悦の表情を浮かべていたりして、それに気付いた俺とエレボスは何とも言えない表情をするのだった……。

 

 

 

メニュー25 ロールアイス へ続く

 

 




と言う訳でヴィトーさんは言峰神父みたいな感じで偽名を使い生存ルートにはいります。多分エレボスも認識阻害をしていきてる感じにしたいと思います。ここはもしかすると加筆修正するかもしれませんが、とりあえず暫定でこう言う形にしたいと思います。次回はデメテル農場での話を書いてみようと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー25 ロールアイス

メニュー25 ロールアイス

 

今日は孤児達を連れて市場ではなく、デメテルファミリアにやって来ていた。パン作りも確かに良いが、デメテルが折角困ったら力を貸してくれるといっているのだ、パンだけではなく栽培が出来るようになるのも子供達には良い経験になると思ったのだ。

 

「あの帽子可愛いわね」

 

「まだあるぞ、デメテル。いるか?」

 

「本当? じゃあ貰おうかしら」

 

麦藁帽子を被りデメテルファミリアの団員に教えてもらいながら収穫をしている子供達を見ているとデメテルが麦藁帽子が欲しいというのでアイテムボックスを開いて麦藁帽子をダース単位で取り出す。

 

「……それはなに?」

 

「これか? アイテムボックスという。俺が住んでいた場所では皆使える魔法みたいな物だ」

 

「貴方ってどこで暮らしたの?」

 

「天国のような地獄」

 

リアルは表向きは理想郷だが、その理想郷の維持の為に何人も泣いていたことを考えれば地獄としか表現の仕様が無いだろう。

 

「しかし外は寒いのに、ここは温かいんだな」

 

「神威で気候を調節してるのよ、野菜とか、果物の為にね」

 

神威でビニールハウスみたいなのを作っているのか、神威は地上では制限が掛けられていると聞いているが、こういう使い方も出来るのかと正直感心する。

 

「そう言えばなんか明らかにやさぐれてる奴らもいるが何でだ?」

 

やさぐれてるっていうか落ち込んでる連中がちらほらと見えるのは何でだ? とデメテルに尋ねる。

 

「自分は強いと思ってオラリオに来て闇派閥とか、ダンジョンのモンスターに叩きのめされて冒険者としての自信を失った子達なのよ。とりあえずリハビリ先として引き受けてるんだけど……どう? カワサキも面倒を見ない?」

 

「俺か? まぁ別に良いけど、フェルズを間に挟んでくれよ? 後で文句を言われるのは俺だ」

 

「ん、了解よ。フェルズには私から伝えておくわね」

 

俺からフェルズに話に行くと絶対説教されるからな、デメテルが引き受けてくれるならありがたい事だ。

 

「あ。出来れば冒険者と再起を希望する奴だとなお嬉しい」

 

「それは何故?」

 

「いやなあ、子供だけだと危ないだろ? 引退した冒険者は付いててくれるけど、あいつらを守れるだけの能力を持ってる相手だと俺としても安心出来るし、フェルズとデメテルが間に入るなら人格面も問題ないだろ?」

 

ヴァリスを大分稼げるようになったから行き返りに不安があるという話を聞いているので、どうせ引き受けるなら子供を守れるくらい能力を持った相手が欲しいのである。

 

(どうせギルドナイトの候補生の面倒も見るし、ついでだ。ついで)

 

フェルズからギルドナイトの候補生を預けるという話もあったし、1人教えるのも10人教えるのも大差ないので再起を希望する相手を受け入れるのも問題はない。

 

「私としては別に良いけれど、良いの?」

 

「なにが?」

 

「フレイヤから聞いたけどオッタルのほかにも面倒を見る予定なんでしょ? 大丈夫なの?」

 

フレイヤの名前がデメテルの口から出たことには驚いたが、オッタルと一緒だった事を考えれば友人関係だったとしてもおかしくはないかと納得する。

 

「別に対人の素人なら何人預かっても問題ない、怪我をすることも疲れることも無いし」

 

まずはプライドを圧し折って、ヘロヘロに成るまで投げ飛ばして話はそこからだし、モンスターに特化してる冒険者ならなおの事簡単なので心配することはないとデメテルに返事をしながら鉄板の確認をする。

 

「気になってたんだけど、さっきから何をしているの?」

 

「ん? ガキ達が収穫を終えたら甘い菓子を作ってやるって約束したからな、それの準備だな。あ、悪いけど牛乳とか分けてもらえるか?」

 

「貴方ってマイペースねぇ。まぁ良いけれど、出来ればうちの眷族にもお願いできる?」

 

「元からそのつもりだ。出来れば鮮度の良い牛乳を頼む」

 

はいはいっと笑うデメテルに背を向けて鉄板をフリーズでどんどん冷やす。

 

(うん、できる。多分出来るだろ。うん)

 

仮に失敗してもそういうものでゴリ押せば大丈夫と思い、俺は自分なりのロールアイス製造機の作成を続けるのだった……。

 

 

 

 

カワサキが孤児達を連れてきて収穫の手伝いをしに来たと聞いた時は驚きながら引き受けたが、今は引き受けてよかったと思ってる。

 

「んしょ、んしょ」

 

「見て見てー、上手に切れた!」

 

「そうだな、上手に出来てるぞ」

 

「えへへ~」

 

あの荒んだ孤児達が歳相応の笑みを浮かべている。その姿を見るだけで胸が温かくなり、自然と私も笑みを浮かべてしまう。

 

(多分……いえ。黒だけど……)

 

多分というか確実にカワサキと黄色い亜人に繋がりはあると思う。これは私の直感だが、多分間違いない。だけど孤児達を救っていることを考えればそれを態々口にすることはないだろう。

 

「良し、これで終わりだ。皆手を洗いに行くぞ」

 

「「「「はーい!!」」」」

 

私の眷属に先導されて手を洗いに行く孤児達を見て、地面に座り込んでいるカワサキに視線を向ける。

 

「収穫は終わったみたいだけど間に合うのかしら?」

 

「もう準備は出来てる、後はガキ共が来るのを待つだけだ」

 

「あら? 作っておくんじゃないの?」

 

作っておいたのを渡すんじゃないのと尋ねるとカワサキはニッと笑った。

 

「これは目の前で作るから良いのさ。ま、驚く事を約束するぜ」

 

驚く事ね……一体どんな菓子を作るのかとカワサキが準備している材料に視線を向ける。

 

(収穫した果実と熟成させてたバナナ……それと牛乳とクリームチーズに冷えた鉄板……何になるのかしら?)

 

苺とバナナ、ブルーベリーに林檎とうちの果樹園で取れた果物に牛乳で何を作るのだろうかと見ていると手を洗い終えた眷属達と孤児達がやってくる。

 

「よーし、お疲れ様。今から甘くて冷たいお菓子を作ってやるからな。よーっく見てろよ」

 

カワサキはそう言うと冷気を放つ鉄板の上に苺を乗せると両手に持ったヘラで苺を細かくスライスし、その上クリームチーズと砂糖を混ぜた牛乳を回し掛ける。

 

「なに作るの?」

 

「甘くて冷たいお菓子さ。見てろよ」

 

カワサキは孤児の質問にそう返事をするとヘラを勢いよく動かし始めた。

 

「「「おお~」」」

 

「見事な物ですね」

 

軽やかな音を立てて苺とクリームチーズが凍り始めた牛乳と共に潰される。それをまた広げて潰して、広げて潰してを何度も繰り返す。

 

「よっと」

 

ある程度潰し終えたそれを鉄板の上に広げ、それを何度も繰り返し鉄板の上に平たくされる。

 

「これで仕上げ」

 

手にしたヘラを鉄板の上で滑らせると平たく伸ばされていた物があっという間に円柱のようになる。

 

「おおお~」

 

「凄い!」

 

「おじさんどうやったの?」

 

「はっは、俺もわかんね! ただこういうもんだって事を知ってるだけさ。よっと」

 

円柱状になったそれをカワサキは器にいれるとスプーンを刺して孤児達に差し出す。

 

「苺のロールアイスだ。ほれ、食べてみろ」

 

カワサキはそう笑って完成したお菓子を子供達に差し出す。

 

「あまーい!」

 

「それに冷たくて美味しい!」

 

「んん~」

 

アイスをスプーンで掬って口をもごもごとさせてる孤児達の顔には輝かんばかりの笑みが浮かべられている。

 

「よーし、次はバナナか?それともブルーベリー?」

 

「「「バナナー!」」」

 

「よっしゃバナナだな。すぐに作るからな」

 

皮を剥いたバナナを先ほどの苺と同じ様に鮮やかな手並みでアイスへと加工するカワサキを眷属は勿論、孤児達もキラキラとした目で見つめている。

 

「良し出来た。ほら」

 

「「「わーい!」」」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

「アイス……知らないお菓子ですね」

 

「デメテルもほれ」

 

「ありがとう」

 

アイスとは知らないお菓子だけど……どんな味がするのかしらとスプーンで1口掬って頬張る。

 

「甘い……それに冷たい」

 

牛乳とクリームチーズのまろやかさと果実の程よい甘みのある冷たいアイスが口の中で溶けて消える。

 

「美味いだろ?」

 

「ええ、とても美味しいわね。オラリオには無い物よ」

 

間違いなくこれはオラリオにない物だ。冷たく、甘い、まろやかなお菓子。ケーキやクッキーはあるが、それとはまた別のジャンルのお菓子と言えるだろう。

 

「あ、無くなっちゃったな」

 

「おじさん、まだ作れる?」

 

「勿論、これは味見だからな。今度はスペシャルなのを作るぞ」

 

カワサキはそう言うとさっきと同じ様にアイスを作り始めるが、今度はそこにクッキーを加え、先程よりも素早くヘラを動かすカワサキ。

 

「完成したアイスをこうする」

 

苺、林檎、バナナ、ブルーベリーのロールアイスを器に入れ、その上に生クリームを絞り、クッキーを差込み、カットした果実を手早く盛り付ける。

 

「すごーい!」

 

「きれーいッ!!」

 

「カワサキ特製ロールアイスの完成ってね。ほれ、零さないように食べろよー?」

 

「「「「はーい!」」」」

 

沢山のロールアイスの入った器を持って駆けて行く孤児達を見送ったカワサキはどこか悪戯小僧のような笑みを浮かべながら振り返った。

 

「それでデメテルたちはどうする? 作ろうか?」

 

神である私まで子供扱いである。確かにそれは無礼ではあるのだが……。

 

「私もスペシャルを……」

 

「あの私も……」

 

ただ冷たくて甘い菓子の魅力と誘惑には勝てず、そして女神であっても特別視しないカワサキの言葉はどこか心地よく、カワサキに勧められるまま子供達と同じロールアイスを頬張るのだった……。

 

 

 

~7年後~

 

「ベル様、ベル様。オラリオの名物のお菓子なんですよ」

 

「へー。オラリオの名物。どんなお菓子なの?」

 

「それは見てからのお楽しみですよ」

 

にこにこと笑うリリにデメテルファミリアまで案内されたベル。

 

「オラリオの名物のロールアイスですよ。どうですか、ベル様」

 

「え、あ。うん、真ん丸いね。これはどんなお菓子なの?」

 

「冷たくて甘いんですよ」

 

にこにことロールアイスを教えてくれるリリだったが、暑い時期にカワサキがロールアイスを作ってくれていたベルにロールアイスは初見という訳ではなく、驚かせようとしていたリリが期待している通りの反応をベルは出来なかったのだが……。

 

「美味しいですね」

 

「うん、甘くて美味しいね」

 

「はい!」

 

ベルと並んで座ってロールアイスを食べてるだけで満足なリリは微妙な顔をしているベルに気付く事は無く、上機嫌でロールアイスを頬張っていた。

 

 

メニュー26 じゃがまる君(コロッケ) へ続く

 

 




というわけでロールアイスの作り方を教わったデメテルファミリアに名物としてロールアイスが追加されました。

後はデメテルから心折れた冒険者を引き取る約束とカワサキさんの仕事が順調に増えていますね。

次回じゃが丸くんということでロリアイズとカワサキさんをエンカウントさせて見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


オルガマリークエスト攻略

これちょっと難易度おかしい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕話

幕話3

 

 

ギルドからある発表がされた次の日ギルドに怒り心頭という様子で1人の主神が訪れていた。

 

「ギルド長を出せッ! このような通達受け入れられる物ではないッ!」

 

月桂冠を被った男……神アポロンの怒号にギルドの受付で作業をしていた受付嬢の1人が駆けて行き、すぐにフェルズがその姿を見せた。

 

「朝っぱらからうるさいな、アポロン。何事か?」

 

「何事かだと!? 私のファミリアの団員の改宗前提にした面談とは何だッ!? しかも強制だと!? 横暴がすぎるではないか!」

 

アポロンが手にしている羊皮紙は間違いなくフェルズが発行した物であり、その内容は全ファミリアを対象とした改宗を前提とした面談の指示書だった。

 

「お前だけのファミリアではない、全ファミリアが対象だ。まぁお前の所は少しばかり人数が多いが」

 

「それが横暴だと言っている! 何故こんな事をする!」

 

怒鳴り散らすアポロンにフェルズは深い溜息を吐き、アポロンを指差した。

 

「お前は欲しい団員がいたらファミリアに圧力を掛け、更には戦争遊戯を仕掛けてまで無理矢理改宗させている。それを私は問題視している」

 

アポロンは欲しい冒険者がいたら無理矢理にでも自分のファミリアに改宗させるためにあれやこれやと手を回す悪癖がある。無理矢理戦争遊戯を仕掛けられて馴染んだファミリアからアポロンファミリアに改宗した者も多い。それを問題視していると言われてアポロンはウグッと呻いたが、すぐに食って掛かろうとして続くフェルズの言葉に足を止めた。

 

「ゼウスとヘラがオラリオを抜け、ロキとフレイヤが失墜した今お前の所が戦力としては上位に食い込む訳だが、数多くの団員を要するアポロンファミリアはこれからの事を考えて戦力を出してくれるのか?」

 

「そ、それは……」

 

これから……ゼウスとヘラを失い闇派閥の抑止力になれというフェルズの言葉にアポロンは口ごもる。

 

「アストレア、ガネーシャファミリアを中心に編成するつもりだが、アストレアとガネーシャファミリアも戦力に乏しい、ほかにも戦力の乏しいファミリアの戦力をある程度均等化させる為だ。我慢してくれ」

 

「だ、だがな!」

 

話は分かる。だがそれでも納得出来ない部分のあるアポロンだったが続く言葉に顔色を変えた。

 

「新規の冒険者は優良なファミリアに研修として配属する。勿論期間付だが、それでも数多くの団員を迎え入れる事が出来る。無理矢理所属させるよりもファミリアの中を見て入団したほうが良いとは思わないか?」

 

「む?」

 

無理矢理改宗させた団員はアポロンに忠誠を誓っているかと言われればそうではない、自分の想いが通じなければ冷遇しないにしろ、そこまでサポートしない傾向のある事を分かっているアポロンは一考する。

 

「つまり私好みの冒険者を仮入団させても良いと?」

 

「新規の冒険者の登録の際にお前を同席させても良い、今回ばかりは私の顔を立ててくれないか?」

 

フェルズの顔を立てる。それ即ちフェルズがアポロンに借りを作る事になる。そしてその借りを盾に新規入団の冒険者で気に入ったものを受け入れる事が出来る……。

 

「良いだろう。今回だけだぞ」

 

団員の一部は失うが、自分好みの冒険者を受け入れられると受け取ったアポロンはフェルズの申し入れを受け入れた。

 

「すまないな。では今日の正午から改宗の面談を始める、お前の所の団員に伝えておいてくれ」

 

「今日の正午だな、了解した」

 

にやにやと笑いながら帰って行くアポロンの背中を見つめながらフェルズは深い溜息を吐いた。

 

「やる事が山ほどあると言うのに余計な時間を食ったな」

 

改宗を希望している冒険者の面談、戦力の均一化を目的とした改宗にギルドナイトの面接とやる事が山ほどあるフェルズは目の下に深い隈を携えてギルド長の部屋へと引き返していくのだった。

 

フェルズがギルドの改革案として出した仮入団のシステムの恩恵はアポロンにもあり、戦争遊戯を仕掛けなくとも好みのレベル1の冒険者を受け入れ、一定期間自分の手元におき、失恋すれば別のファミリアに改宗させる。また失恋してもアポロンファミリアの雰囲気を気に入った冒険者はそのまま本入団を決める者もおり。更に言えば仮入団の間はアポロンファミリア全体で育成に力を入れるので改宗したとしてもアポロンにはそれなりに感謝してる冒険者も少なからずいて、フェルズの提案を受け入れてよかったとアポロンは思っているのだった……。

 

「べるきゅん! べるきゅんをなんで迎え入れなかったんだ、私の馬鹿あああああ!!」

 

しかしこれから14年後にベルに一目惚れし、仮入団の際に迎えいれなかった事に後悔するアポロンの絶叫がオラリオに響き、14年間大人しくしていた反動からかベルに対して並々ならぬ執着をアポロンが見せることになるのだった……。

 

 

 

フェルズの温情でバベルから追い出される事は無かったが、当然ながら私もロキと同様にオラリオを歩ける立場ではなく、ホームである戦いの野に缶詰だった。

 

(でもこれ以上皆には迷惑を掛けられない)

 

罵詈雑言が飛び交う神会で神経をすり減らし、ゼウスとヘラがオラリオを見限った原因として課せられた膨大なペナルティを改善しようと奮闘してくれているオッタル達の事を考えれば今までのように好き勝手は出来ないと自制する。

 

(……ミアは今頃何処かしら、オッタル達は大丈夫かしら……?)

 

ゼウスとヘラに謝罪する為にオラリオを旅立ったミアに、十分な装備や備えも出来ない中ダンジョンへ挑んでいる自分の眷属の事を考える事しかできない、そして最後に辿り着くのは何故ロキの甘言に乗ったのかという後悔だった。

 

(真っ向から、勝てなくても交渉をするべきだった……でも私は悪くない)

 

フレイヤとヘラの因縁は単純に言えばゼウスが原因だった。伴侶を求めて旅をしている間にゼウスにヘラに手紙を渡すように頼まれ、どうせ行く道だからと引き受け手紙を渡した所で切れたヘラに眷属を叩きのめされ、自分も怪我を負った。なんで私が、そして眷属がこんな目に合わなければならないのかというのがヘラとフレイヤの因縁の始まりだった。

 

「……どうすれば良かったのかしらね」

 

「そうね、話し合えばよかったのよ」

 

背後から聞こえて来た声に私は思わず背筋を伸ばしてゆっくりと振り返った。

 

「デメ……テル?」

 

「何回も呼んでも返事をしないから勝手に入ってきたわ。ある時で良いからちゃんと返しなさいよ、悲嘆して天界に帰るなんて許さないから」

 

デメテルがそう言って差し出してきた羊皮紙にはポーション等の消耗品から食料品、そしてヴァリスの譲渡についての事が書かれていた。

 

「なんで……」

 

「友達だからでしょう? 貴女もそうだけど貴女の眷属にもよ」

 

友達……確かにデメテルは神友だった。だけどオラリオに来てからは疎遠になっていた。オラリオで私に寄って来た神が皆手の平返しをする中でデメテルだけが神友だと言ってくれた。

 

「どうして……助けてくれるの? 私はもう何も出来ないわ」

 

「困った時に助けるのが友達でしょう。酷い顔よ、ほらほら。少し寝なさい」

 

有無を言わさずベッドに横にされ、ベッドサイドに机を持って来たデメテルがそこに腰掛けた。

 

「ごめんなさい、貴女から距離を取って」

 

「これに懲りたら付き合う友達は考えるのね、フレイヤ」

 

「……うん」

 

弱ってる時に優しくされたからではない、あれだけ疎遠になっていたのにまだ友達と言ってくれたデメテルに目頭が熱くなるのを感じ、私は布団を頭から被りながら小さく返事を返すのだった……。

 

なおこれは全く関係のない話だが、ロキの元には誰一人として助けに来てくれるものはおらず、莫大なペナルティだけが日ごとに積み重なっていくだけだったりする……。

 

 

夜の草原に響き渡る笑い声を背に少年がしのび足でゼウスファミリアのエンブレムが掲げられた馬車の扉へ手を伸ばし……。

 

「こうして家出少年が出来るわけだ」

 

からかうような男性の声に馬車に忍び込もうとしていた少年……ベート・ローガはビクリと背筋を伸ばして動きを止めた。

 

「そう警戒すんなよ少年」

 

「……少年言うなよ、ベートだ」

 

「そうかい、少年」

 

名を名乗ったのに少年と繰り返し言う声の元を探してベートは周囲を見回すがベートは誰の姿も見つける事が出来なかった。

 

「ファミリアの人間か?それなら「悪いが口利きは出来ないぞ、俺は居候の料理人だからな」……料理人、宴の料理を作ってくれた人か!

 めちゃくちゃ美味かった!」

 

草原の獣人の長の息子である自分でさえ食べたことの無い美食の数々を作った料理人だと聞いてベートから僅かに警戒心が消えた。

 

「そいつは良かった。んで、なんでお前は馬車に忍び込もうとしたんだ?」

 

「……強くなりたかったから」

 

ベートの脳裏を過ぎるのは草原の主に襲われて倒れていく村の大人達の姿と壊れていく村。子供達は皆隠されていたが、それでも聞こえて来た悲鳴と草原の主の雄叫びは今もベートの耳にこびり付いている。

 

「強くなりたいか、まぁそうだよな。男なら誰でも地上最強を一度は目指すもんだ」

 

「あんたもか?」

 

「あん? 俺か、俺は生憎だが地上最強なんてもんは目指してねえな。俺は自分と自分の大事な物を守れるだけの力があれば良い」

 

カッカッカと楽しそうに笑う男の声にベートは少しムスっとした表情を浮かべた。

 

「いや、悪い馬鹿にしてる訳じゃねえぞ。誰だって強くなりたいって思う時がある。だがな大事なのは何の為に強くなるかだ」

 

「何の……為に?」

 

鸚鵡返しのように尋ねたベートに姿を隠したままの男は強くなる意味だともう1度口にした。

 

「強いって言うのは簡単だが、その強さっていうのは千差万別だ。例えばだ、お前の村を襲った草原の主、あれも強い。その草原の主を退けたザルド達も強いわけだが、そこに違いがあるのが分かるか?」

 

「意味が良くわからねぇ」

 

「はっはっは、そうだな。ガキにはまだ早いわな。草原の主の強さはお前達を傷つける強さだった。見て恐ろしかっただろう?」

 

草原の主が起した惨状を思い出したベートは怖かったと絞り出すように呟いた。

 

「じゃあザルド達の強さはどうだった?」

 

「……格好良かった。おれもああなりたいってそう思った」

 

「そうか、格好良かったか、だがな仮にだ。ザルド達がお前達を襲ったらどうだ? それでも格好良いっていえるか?」

 

ベートは自分達を助けてくれた男達が自分達を攻撃してくる姿を想像し、怖いと呟いた。

 

「力を持つ者に憧れるのはわかる。強くなりたいって気持ちも分かる。だがな、ただ力をつけて暴れるだけじゃそれは人を怖がらせる力だ。だが逆に誰かを守る力は人を救う力だ。同じ力だがその中身は全然違う、なんでか分かるか?」

 

何が違うのか分かるかと尋ねられたベートは返事を返す事が出来なかった。まだ幼いベートには男の話は難しすぎたからだ。

 

「中身が違うんだ。本当に強いっていうのは心も強いのさ」

 

「心はどうすれば強くなる?」

 

「んん? さぁなぁ。お前がもっと大きくなれば心の強さも分かるかもな。ま! 今は焦らずじっくり強くなれ。そうすれば心の強さも分かる。お前が心の強さを分かった時にはまた会いに来るさ、ささ、行った行ったガキは寝る時間だ」

 

男との問答でベートには馬車に潜りこむと言う考えは無くなっていて寝る時間と言われてベートは大きく欠伸をした。

 

「おじさんの名前は?」

 

「俺か? 俺はカワサキ。どこにでもいるしがない料理人だ。じゃあおやすみな、ベート」

 

「うん、おやすみ」

 

最後に名前を呼ばれたことでベートは今までの不機嫌顔を一転させ、笑みを浮かべてテントへと駆けて行った。

 

 

そしてそれから月日が流れたある晴れた日……

 

「見慣れない顔だが誰だ」

 

「お? その声はベートか。俺だ、カワサキだ。心の強さは分かったか?」

 

からかうようにいうカワサキにベートは一瞬きょとんとした顔をした後にニッと牙をむき出しにして笑った。

 

「少しだけだ。おーい皆! 村の恩人が訪ねてきてくれたぞーッ!!」

 

大きな声でベートは村に向かって叫び、カワサキへと振り返った、

 

「歓迎するぜ。荷物持ってやるよ」

 

「はは、じゃあ頼むかねぇ」

 

ベートはカワサキの荷物を持ち、ベートとカワサキは並んで村へと歩いて行き、カワサキはそれから1ヶ月の間ベート達の村で過ごすのだった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー26 じゃがまる君(コロッケ)

 

メニュー26 じゃがまる君(コロッケ)

 

ソロでの深層へのアタックも勿論鍛錬として申し分ない物であったが、カワサキに教えられる技術は経験値にはならないが俺にとって得難い経験だった。

 

「今日は面白い物を見せてやるよ。オッタル」

 

面白い物を見せてやると言ったカワサキはバンダナで己の視界を塞ぎ、俺と向かい合った。

 

「まさか目隠ししたまま組手をすると言うのか?」

 

「まさかじゃなくてそのつもりだ。ほれほれ、掛かって来い」

 

手招きするカワサキに馬鹿にするなと内心苛立ちながら踏み込んで右拳を突き出す。俺も見ている連中もカワサキに当ると確信していたのだが、カワサキは左手で俺の右拳を弾いた。まぐれと思い、今度は左拳を突き出すが、これも弾かれた。なら今度はと1歩下がり蹴りを放つが両手で蹴りを受け止められ、そのまま上へと跳ね上げられ、俺は後ろへひっくり返った。

 

「そのバンダナ、実は見えているのか?」

 

「いや、見えてねえよ? ほれ」

 

カワサキがバンダナを外し、俺へと投げ渡してくる。それを受け取って調べるが、厚めの生地で駆け出しの冒険者が無いよりはましと購入する頭の防具のバンダナだった。

 

「何故視界が塞がれているのに、俺の攻撃を防げた」

 

「気配だな、後は殺気を感じ取れば視界が見えなくても反応できるし、ほれこの通り」

 

話している最中に振り返ったカワサキは木の枝を振り上げていた子供の手の中の木の枝を掴んでいた。

 

「あ……」

 

「んん? アーディかアリーゼと思ったんだけどな……」

 

金髪の幼女を見て不思議そうにしてるカワサキはぽんっと手を叩いた。

 

「なんだお転婆だな。チャンバラに興味があるのか?」

 

「え、あ……あの」

 

「持ち方が良くないな。布を巻いてやろう」

 

「え、あ……ありがとう」

 

物凄い困惑してる幼女に布を巻いた木の枝を渡すカワサキを見て、俺は構えを解いた。

 

「そろそろ日課の時間だから今日は帰る。今度はその視界が塞がれても戦える奴を教えてくれ」

 

「悪いな。偶にはガキの面倒もみてやらないとな」

 

「俺が割ってはいっただけだ、気にしなくて良い」

 

また来ると声を掛けてダイダロス通りの広場を出るとカワサキに構って欲しかったのか孤児達の声が聞こえて来る。

 

(あの娘……確かロキファミリアの)

 

カワサキに殴りかかった子供は孤児ではなく、ロキファミリアで面倒を見られていた子供……確かアイズだったと記憶していたが……。

 

「あそぼー♪」

 

「え、あ……」

 

「グローブもあるからキャッチボールしようか」

 

「え、あ……はい」

 

孤児達に囲まれて、木の枝を取り上げられおろおろしながらも、子供達に紛れて遊んでいるアイズを見て、大人ばかりのロキファミリアにいるよりもカワサキや孤児達と共にいる方がアイズにとって良い影響になるだろうと思いながら俺はダンジョンへと足を向ける前にバンダナを購入した。

 

「物は試しだ。やってみる事にしよう」

 

殺気には慣れているので、モンスター相手ならばカワサキの真似事が出来るかもしれないと思い。俺はバンダナを購入し、中層のリヴィラの町の手前で試してみる事にしたのだが……。

 

「思うようにはいかんか」

 

中層のモンスターという事で致命傷にはならないから良いが、どうしても1挙動遅れ、カワサキの言っていた通り気配も感じ取れなくてはカワサキのような防御は出来ないと理解しつつも、気配と殺気を掴む鍛錬の為にバンダナで視界を塞いだままモンスターとの戦闘を続けるのだった。

 

「なぁ、あれ猛者だよな。なんであいつ目を塞いでモンスターと戦ってるんだ」

 

「知らん」

 

「というかあいつ少しずつ避けてないか?」

 

「「「「こわっ」」」」

 

リヴィラのならず者達は少しずつ動きが良くなってきているオッタルを見て恐怖を抱いていたが、オッタルはそれに気付く事も無く視界を塞いだままモンスターと戦い続けているのだった……。

 

 

 

 

ダイダロス通りに行けば強くしてくれる人がいるという話をベート達がしていたのを聞いて、こっそりとホームを抜け出してダイダロス通りに来たのは良かったけれど、強くしてくれる人はたしかにいたが、私を強くはしてくれなかった。

 

「良し、このエプロンとバンダナはお前にやろう。大事にするんだぞ」

 

「あ、はい」

 

話を聞いてくれないだけではなく、防具とは思えないエプロンとバンダナをくれただけだった。

 

「何をするのですか?」

 

「皆でコロッケを作るんだ。ほら、手を洗っておいで」

 

鍛錬をさせてくれないのなら帰ろうと思っていたのだが、帰れる雰囲気でも無く私も一緒にカワサキと呼ばれる人に教わりながら料理を作る事になった。

 

「まずはじゃがいもの皮を剥くぞ。ピーラーを使って皮を剥けば手を切る事はないからな、落ち着いてゆっくりと皮を剥くんだ」

 

「「「はーい」」」

 

ピーラーという手に収まるくらいの小さな道具には回転する刃がついていて、それをじゃがいもに押し当てて皮を剥いているのを見て、私もそれを真似してじゃがいもにピーラーを押し当てて下に向かって動かすと面白いように皮が剥けた。

 

「おお……」

 

料理になんて興味は無かったが、こうも綺麗にむけると面白くなって来る。皆で皮を剥けば小山のようにあったじゃがいももすぐに皮を剥く事が出来た。

 

「そしたらじゃがいもを4つくらいに切る。そこの包丁を使えば良い」

 

包丁だけど、刃物って感じがしないおもちゃみたいな包丁でじゃがいもを4つに切ると隻眼や片腕の元冒険者と分かる人達が私達が切ったじゃがいもを回収し、大きな鍋の中で煮始める。

 

「おじさんは何をしてるの?」

 

「ん? これか、玉葱と挽肉を炒めてる。玉葱を切ると泣いちゃうけど切るか?」

 

「いい……」

 

「はっはっは。もう少し大きくなれば玉葱も切れるようになるさ」

 

玉葱と挽肉を炒めているカワサキの周りには沢山の人がいた。愛想よく笑うその姿は親しみがあって、どこか懐かしい気持ちにさせてくれた。

 

「よっし、じゃがいもが茹で終わったからこれで押し潰すんだ」

 

「潰せば良いんですか?」

 

「そ、潰せば良い。でも潰しすぎると美味しくないからある程度形を残して潰すのがポイントだ」

 

「なるほど、分かりました!」

 

切って、茹でたじゃがいもを潰すのだというカワサキが渡してくれた棒を両手で持って、鍋の中のじゃがいもを押し潰す。茹でてあるからか、少し力を加えるだけで簡単に芋を潰すことが出来た。

 

「お芋を潰せたよ!」

 

「これくらいだよね」

 

皆がカワサキにこれくらいだよねと尋ねるので、私もじゃがいもの入った鍋をカワサキに向ける。

 

「……これくらい?」

 

ある程度形を残しつつも、綺麗に潰す事が出来ていると思う、それをカワサキに見せると頭に手をおかれた。

 

「なんだ、上手に出来てるじゃないか」

 

わしゃわしゃと力任せに頭を撫で回される。力任せで加減なんかされてないのに……それが何故かとても優しく感じた。

 

「次だ。潰したじゃがいもにこの挽肉と玉葱を一緒に炒めた物を加えて、じゃがいもと一緒に混ぜる。良く混ざったら、こうやって形を整える」

 

鍋から芋を潰した奴を取り出して丸く形を整えるのを見せてくれたので、それを真似して潰した芋を取り戻して薄っぺらく、丸く形をどんどん整える。

 

「良し、ここからは俺の番だ。座ってて待っててくれよ」

 

皆で形を整えた物にカワサキが小麦粉を塗し、溶き卵を絡めてパン粉を塗してそれをたっぷりの油で揚げる。

 

「よーし、コロッケの完成だ。熱いから気をつけて食べるんだぞ」

 

完成したコロッケが配られ、机の上のフォークで小さく切って口へ運んだ。

 

「美味しいッ」

 

「ん~美味しいッ!」

 

「凄く美味しいですね!」

 

サクサクの衣にほくほくとした芋の食感に、その中にまじっている挽肉が食感を変えてくれるだけではなく、肉の脂と味が芋の味をずっと美味しくしてくれている。

 

「美味しい」

 

「はっは、なんだ随分とコロッケを気に入ったんだな?」

 

「ん、美味しい」

 

コロッケが美味しいのもあるけど、皆で作ったというのが余計に美味しく思わせてくれるのかもしれない。

 

「……これ持って帰りたい」

 

「ん、良いぞ。袋につめてやろう」

 

「ありがと」

 

上手に出来たからリヴェリア達にも食べて貰いたいと思ってカワサキに袋にコロッケを詰めてもらって私はロキファミリアのホームへと戻った。

 

「ダイダロス通りで作った」

 

「これをアイズが?」

 

「ん、頑張った」

 

「アイズたん……頑張ったなあ。よーし、うちももらおっかなあ!」

 

「うん、美味い。上手に出来ているぞ、アイズ」

 

リヴェリアやガレス達にも上手に出来ていると褒められ、鍛錬は出来なかったけど、ダイダロス通りに行って良かったと思うのだった……。

 

 

 

 

~7年後18階層~

 

「えっとですね。これその……お詫びのつもりで作ったのでよろしかったら皆さんで……」

 

「それで覗きが許されると思っているのですか」

 

「ヘルメス様が原因なので、ベルが悪いわけではないと思いますよ?」

 

ベルがヘルメスに唆され、知らぬ間に水浴びを覗いてしまったベルはお詫びを兼ねてコロッケを作っていたのだが、当然レフィーヤはそれで許すわけも無くジト目でベルを睨むが、アスフィの言葉に深く溜め息を吐いた。

 

「次はないですからね」

 

「そんなに気にすることないとおもうんだけどねぇ~」

 

「アルゴノゥト君ならあたしは気にしないけどね」

 

「ティオネさんとティオナさんはおかしいんですよッ!」

 

アマゾネス特有の貞操観念がおかしいと貞操観念の固いエルフであるレフィーヤは怒鳴りながらベルの作ったコロッケを頬張り、目を見開き硬直するのだが、誰も気付かずベルの作ったコロッケを口へ運ぶ。

 

「なんだいベル君。じゃが丸くんを作るの上手じゃないか!」

 

「本当ですね、売り物と遜色ないのではないですか?」

 

「美味しいよ、うん。あたしこれなら好きかも知れない」

 

「貴方は冒険者よりも料理人の方が向いてそうですね、ベル」

 

とベルが作ったコロッケ(じゃが丸くん)に舌鼓を打つ中、ベルが作ったコロッケを齧ったアイズはその目を輝かせ、ベルの手を両手で握った。

 

「ベル。これから私の為にじゃが丸くんを作って欲しい。出来れば小豆クリームを」

 

突然のプロポーズ染みたアイズの言葉に18階層に絶叫が響き渡った……。

 

 

メニュー27 薬膳料理へ続く

 

 

 




ロリアイズってこんな感じで良いのかな(?)と迷いながら書いて見ました。復讐鬼ではありますが、同年齢っぽい孤児達とカワサキさんで若干マイルドなアイズになってもらいました。後はコロッケの作成を手伝ったので普通のコロッケもある程度は食べる感じになったって感じですね。後は最後の7年後はおまけという感じで書いて見ました。次回は薬膳ということでミアハ達との話を書いて見ようと思います。その後でシュークリームのおまけで書いたヴァレッタを書いてみようと思っております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー27 薬膳料理

 

メニュー27 薬膳料理

 

私もディアンケヒトもカワサキには簡単には返せない借りがある。だからカワサキの頼みを無償で引き受けるくらいの心構えはしていた……していたのだが……。

 

「これだけ大人数を連れてくるなら事前に連絡してくれ」

 

「それは悪いと思ってるぜ? だけど、こいつら予防接種したことないんだとよ。冬場は感染症が流行りやすいだろ? だから早めに手を打っておこうと思ったんだよ。ミアハ」

 

「それは分かるが……いや、良い。文句は言うまい。皆悪いが急いで予防接種の準備をしてくれ、子供を助けてくれというのを無碍には出来ない」

 

私がそう言うと眷属の何人かは怪訝そうな顔をしながらも頷き予防接種の準備を始めてくれる。

 

「今度は事前に連絡してくれ」

 

「おう、ディアンケヒトにも言われたからそこは徹底する。というか普段なら俺もこんな無茶はしねえよ」

 

無茶はしないと言うカワサキにどうだかなと言うとカワサキはサッと目を逸らした。私とディアンケヒトの所に何十人も邪神と悪神、そしてその眷属を送り込んで無茶をしないとはどの口が言うのかと思わずジト目で見るとカワサキはこほんっと咳払いをした。

 

「それで礼と言ったらアレなんだが……俺にお前のファミリアを今の倍以上の規模にするアイデアがあると言ったら乗るか? ちなみにあの爺には断られた」

 

「草案だけは聞こう」

 

あの守銭奴で、ヴァリスを得る事に妥協しないディアンケヒトが断ったと聞けば、ファミリアを大きくする以上の問題があるのはすぐに分かったが、一応どうするのは話だけを聞こうと言ってカワサキを私の執務室へと案内した。

 

「俺なりにオラリオを見て思ったんだが栄養とか食生活が偏りすぎだと思うんだよ」

 

「ふむ……確かに糖尿や腎臓病を患う冒険者は少なくないな」

 

ダンジョンでの戦いを生き延びた喜びか、オラリオに帰って来たら暴飲暴食を行い糖尿病や腎臓を悪くする冒険者は決して少なくない。

 

「そこでだ。前にも話したが医食同源。つまり健康の増進のためには医療も食事も本質的に同じという考えなんだが、ポーションの販売に

医療に加えて食堂をやってみないか?」

 

「食堂……か。悪くは無いと思うが……」

 

「まぁ話は最後まで聞け、その食堂の料理に使う食材を工夫してだな。モンスターからの毒などに強くなるっていうのを謳い文句にするのはどうだ?」

 

「何? そんな事まで出来るのか?」

 

「出来る。俺が持ってる野菜を使わないといかんが、これを栽培出来ないかデメテルにも相談しているし、栽培さえ出来れば安定して供給も出来る。勿論普通の料理でもある程度の病気の予防や体質改善も期待出来る。味も勿論普通に食べるに問題の無い味だ」

 

聞けば聞くほど魅力的な話に思える。だがそうなると何故ディアンケヒトがカワサキの話を断ったのかが気になる。

 

「何故ディアンケヒトとの話し合いが失敗したんだ?」

 

「料理の値段を原材料の合計の4倍から6倍にすると言い出してなぁ……どんな高級料理だってならないか?」

 

余りも納得の理由に笑ってしまう。いくら闇派閥の台頭で物価の値段が高いとしてもやりすぎだ。

 

「その話乗らせて貰おう。私のファミリアは女性も多い、厨房仕事は案外向いているかも知れん」

 

「助かる。んじゃあ、まずはレシピな。これが暑い時期、これが寒い時期、花が芽吹いてくる時期の薬膳レシピな」

 

私の握り拳よりもずっと大きい分厚い三冊のレシピ本に絶句したが、食堂として営業するにはこれくらいのレシピが必要なのかもしれないと思い、カワサキが提供してくれたレシピ本を受け取った。

 

「それでさっそく寒い時期だからミアハが良いっていうなら簡単なのを実演しながら教えても良いけどどうする? ただそうしたらガキ共の飯に回したいんだが……」

 

「構わない、レシピだけ見ても分からないかもしれないからな。食材は好きに使ってくれて構わない」

 

「悪いな。時間があったら顔は出すよ」

 

「無理はしなくて良いからな」

 

ダイダロス通りの炊き出しに、オッタルとの鍛錬や、子供に勉強を教えているカワサキに無理はしなくて良いと言ったのだが、この日から毎日1時間ほど私のファミリアに顔を出し、料理の指導をしに来てくれたカワサキのお蔭で私のファミリアはポーションの販売と薬膳料理を提供する食堂で中堅クラスから上位クラスの生産系ファミリアにまで成長を遂げることになるのだった……。

 

 

 

 

「ミアハから話を聞いたと思うけど、薬膳料理。食事で身体を健康にしてしまおうという考えの元で作られる料理をこれから覚えてもらう、何か質問は」

 

「はい、貴方は極東の人ですか?」

 

「んーまぁ何十年も帰ってないけど生まれは極東になるかな」

 

最初の質問がそれか? と首を傾げていると俺に質問してきた男の冒険者は手帳を取り出した。

 

「極東では出汁という文化があるそうですが、それも医食同源に関係が?」

 

「無いとは言い切れないな。出汁文化は味が少々薄いからオラリオでは最初は馴染みが無いかも知れんけど」

 

「なるほどなるほど、えっとそれは初心者でも作れますか?」

 

「最初は簡単のだから大丈夫だと思うぞ」

 

「難しい工程はありますか?」

 

「最初だから簡単だから安心して欲しい」

 

「なるほどなるほど、良し、では早速お願いします。皆さんも嫁入り修行をしたほうが良いですよ、嫁き遅れ「「「だ・ま・れッ!!!」」」ふぐうッ!」

 

なるほど、あの男は余計な事をいって自爆するタイプか、とりあえず巻き込まれないように作業を始めるとしよう。

 

「まずは米を使う。米の洗い方は知ってるか?」

 

「あーオラリオではあんまり使わないから知りません」

 

「良し、じゃあ米の洗い方からだ。まず米をザルに入れて、井戸水を注いで軽く洗う4回くらいかき回したら水を捨てて、また水を入れる。2~3回くらい繰り返す」

 

「水が濁ってますけど大丈夫ですか?」

 

「ああ。透明になってしまうよりも、これくらい濁っているのを目安にしてくれれば良い。そしたら米の1.2倍くらいの水を入れて1時間くらいおいておけば後は炊くだけだ」

 

1時間も置くと聞いて驚いたような表情を浮かべるミアハファミリアの団員に何故置くのかを説明する。

 

「米っていうのは甘いものなんだが、ここで水の染み込みが甘いとあんまり美味しくならない、美味しく食べる為の一手間って所だ。じゃぁ米をおいてる間に次を作るぞ、使うのはまずこれ、鶏肉だ、できれば骨付きの肥えた鶏肉が良い、これをまずはぶつ切りにする。しょうがは皮を剥いて薄切りに、とうがらしはそのまま、ネギは5cm幅で斜め切りにする」

 

力を入れて骨ごと鶏肉をぶつ切りにし、具材も素早く切り分けたら鍋の中にごま油を引いて皮の面から焼き始める。

 

「皮の面から焼くのは何故ですか?」

 

「皮から脂が出るのと、身が縮む対策だな。これもかるく焼き目が付くまで焼いてくれれば良い、そしたらネギを加えてこれも軽く焼き目が付いたらOKだ」

 

「そんなに短い調理で良いんですか?」

 

「ここからまた加熱するから大丈夫だ。ここに水、唐辛子、しょうがを加えて、少量の極東酒を加えて灰汁を取りながら煮込む。味付けにはこれを使ってくれ」

 

自家製の鶏がら出汁のボトルを手帳に細かくメモをしている女性に渡す。

 

「これは?」

 

「鳥の骨を加工して作る出汁の元だな。これを大さじ加えれば味付けは殆ど問題ない。灰汁を綺麗に取り除いて、大体20分くらい煮たら塩胡椒で味付けして完成だ」

 

「それだけですか?」

 

「そ、それだけ。まぁ完成したら味見をさせるからそれで美味いって分かるさ。次だ、次を行こう食べ盛りの子供がいるから、次も肉、今度は豚肉を使う、と言ってもこれもそう難しい物じゃない。すぐに作れて美味いメニューだ」

 

まずは小松菜。小松菜を食べやすい大きさに適当に切り分け、玉葱は薄切りにする。

 

「これを豚肉と一緒に鍋に入れて、ごま油、醤油、少量の極東酒を加えて炒める。そして全体に火が通ったら卵を加えて素早く炒める」

片手で卵を鍋の中に割りいれ、豚肉から出た脂と絡めるイメージで炒めたら鍋から取り出して大皿に盛り付ける。

 

「早いですね」

 

「腹が減ってる奴にはこれくらい早いほうが良いんだ。今回は初日だし、無理に連れてきた子供達の事もあるからこれで終わり。後は水を良く吸った米にくるみ、じゃこ、極東酒、醤油、生姜を加えて全体を混ぜて炊けば完成だ」

 

素早く作れるが十分に満足出来る仕上がりになったと思うし、寒い時期なのでしょうが、それと子供には少し辛いかもしれないが、唐辛子で身体も温めれる料理を作れた筈だ。

 

「むぐむぐ……小さいお魚美味しい!」

 

「僕は木の実が美味しいよー」

 

「……ちょっと辛いけどこのスープも美味しい……」

 

「たまねぎはちょっと嫌ですけど、この豚肉のも美味しいです!」

 

炊き出しで俺の味に慣れているガキ共はパクパクと元気良く食べ、笑みを浮かべているがそれに対してミアハファミリアの団員はと言うと……。

 

「んん……味が薄い」

 

「……美味しいんですけどね……うーん」

 

男連中は味が薄いと食があんまり進んでいない様子だったが、逆にミアハファミリアの団員の殆どを占める女性は全然気にしたそぶりを見せていなかった。

 

「凄い鳥の味がしますね、味があんまり濃くないんですけど……」

 

「逆にちょっと食べやすいですね」

 

「身体にも良いっていうなら文句はないね」

 

美容や健康に気を使っているからこそ薬膳メニューを受け入れ、ガキ共達ほどでは無いが、美味しい美味しいと笑顔で薬膳料理を口へ運んでいるのだった……。

 

 

 

 

最初は女性冒険者やサポーター、ギルドの職員とほそぼそとした客入りだったが、7年も経てば健康志向の冒険者が足繁く通う店となっていた。

 

「こんにちわー!」

 

「ベル・クラネルか、悪いな手伝いに来てもらって」

 

「全然大丈夫ですよ、お給金も貰えますし、ね、神様」

 

「うん! いやあ、僕のファミリアは財政難だからねぇ……ミアハがアルバイトさせてくれるなら助かるよ」

 

「いやベルは普通に料理が上手だからな、ヘスティアは給仕を頼む」

 

ベルは厨房で調理スタッフ、そしてヘスティアは給仕に分かれミアハファミリアに隣接する食堂でアルバイトをしているのだが……。

 

「薬膳餃子の仕込み終わりましたー! 次はどうします?」

 

「えっと次は鶏腿肉のスープなんだけど」

 

「はーい、そっちの下拵えもやっちゃいますね」

 

ミアハファミリアの下っ端よりも、いや下手をすればカワサキに直接指導を受けた団員よりも薬膳料理に詳しかった。

 

「もしかしてベルの言ってる先生ってカワサキなんじゃ?」

 

「え、でもベルの言ってる先生って熊や犬の鼻を殴れって言う人じゃなかった?」

 

ベルに冒険者の心得、そして料理を教えた先生という人物がいるのはオラリオでも知られていたが、その先生の色んな意味でぶっ飛んだ逸話をベルが偶に話すのだがその内容が余りにもあれだった。

 

猛獣に襲われたら鼻を殴れ。

 

男でも良いという変態に襲われたら股間を蹴れ。

 

何か厄介事に巻き込まれたら周りの人間を味方にしろ

 

等など、オラリオの暗黒期にダイダロス通りを改善し、孤児達の働き場を整え、引退せざるを得なかった冒険者に新しい働き口を与えた善良としか言いようのないカワサキがまさかそんな事を教えていないだろうとナァーザ達は思った。

 

「ベル、餃子焼ける?」

 

「焼けますよ、焼きますか?」

 

「ん、お願い」

 

「はーい!」

 

素直で頑張り屋で気の優しいベルに危険な技と考え方を教えた先生と暗黒期のオラリオを平和的に改善したカワサキが繋がらないナァーザ達は無い無いと笑い合う中、ベルに依存心を与えてはならないとヘスティアファミリアに顔を出さず、ダイダロス通りで過ごしていたカワサキはめちゃくちゃ大きなくしゃみをしていたりする……。

 

 

下拵え 正義の定義 へ続く

 

 

 




ミアハファミリアは薬膳料理の食べれる食堂と併設し、ちょっとランクアップしました。なので原作の零細ファミリアではない感じになりますね。次回は正義の定義というわけで激怒カワサキさん大暴れとなります。闇派閥がどんな目に合ってしまうのか、ご期待ください。

それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 正義の定義

 

下拵え 正義の定義

 

誰も動けなかった。アーディも私も、オッタルも、そしてギルドナイトも……誰1人動く事が出来なかった。モンスターとは比べ物にならない強烈な殺気、そして怒気に足が地面に縫い止められたように誰も動けなかった。

 

「や、やめ……もうやめ……「うるせえよ」ぎやあッ!?」

 

タナトスファミリアのレベル5殺帝ヴァレッタ・グレーデが泣きながら許しを請うが、カワサキさんの振るった右拳が顔面を打ち抜き崩れ落ち、そこにポーションが掛けられまた元通りになったヴァレッタの顔が潰される。

 

「殺しはしねぇ、殺しは俺の趣味じゃねえからな。だが知ってるか?」

 

「あ、ああああッ」

 

完全に腰が抜けて這って逃げようとするヴァレッタの背中を容赦なくカワサキさんが踏みつけた。

 

「死ねねぇっていうのは、殺されるよりも酷いモンなんだぜ? だって死ねないんだからずっと苦しみ続けるんだからなッ!!」

 

容赦も慈悲もない一息で放たれた数十発の拳打の嵐にヴァレッタは悲鳴らしい悲鳴すら上げる事が出来ず吹っ飛ばされ、前髪を掴まれて無理矢理立ち上がらせる。

 

「ころ……し」

 

「言っただろ? 殺しはしないってよ。まぁ死んだほうが楽かもしれないけどなッ!!」

 

助走も何もない、拳を振りきれる距離でもない、それでも腹部に拳を押し付けられたヴァレッタは血反吐を吐き、のたうち回り再びポーションを掛けられ五体満足に戻るが、その心は完全に折れていた。だがそれでもカワサキさんは拳を振るうのをやめず、どこまでも無表情に、淡々に人を壊すという作業を繰り返す姿に止めなければならないと分かっていたのに、私達の誰も動く事が出来ないのだった……。

 

 

 

 

ギルドに顔を出したカワサキの提案を私とフェルズは思わず尋ね返した。

 

「オシリス達を呼び戻すなんてどう考えればその答えになる」

 

追放されたオシリス達を呼び戻せば早いというカワサキの提案に何故だっと尋ねる。

 

「俺は旅をしている間にオシリス達と行動をしていたが、あいつらやりすぎてはいたが、根本は復讐だろ。オシリス達の過剰な復讐がオラリオの抑制力になっていたんじゃないのか?」

 

カワサキの指摘は確かにその通りだった。オシリスファミリアの構成員の8割は闇派閥によって家族などを失った者達だ。夥しい人数を殺しているが、それは自分の家族を殺した者だけで、無関係の者を確かにオシリスファミリアは殺していない、殺していないが……。

 

「処刑の方法が残虐すぎた。仮に復讐だったとしてもやりすぎだ」

 

フェルズのいう通りだ。オシリスファミリアが抑止力であったのは紛れもない事実だ。だがやりすぎたのだ、殺したいように殺し、見せしめのように死体を晒した。例え自分達に関係ないとしても、それを恐れない民はいなかった。

 

「一理あるがオシリス達は呼び戻さない」

 

「後悔するぜ? アストレアとガネーシャ達じゃ無理だ」

 

「何故無理だと断言出来る」

 

「怖さが無い、恐怖は1つの抑止力だ。アリーゼ達もアーディ達も頑張ってるが、それだけじゃ止まらない、何でか分かるか?」

 

分かるかと尋ねられたが、私もフェルズも返事を返せなかった。

 

「殺されないって分かってるからさ。仲間が脱走させてくれるって思ってる者が反省する訳無いだろ? 俺が言えることじゃないが、綺麗ごとだけじゃ闇派閥の台頭は抑えられねえよ」

 

言うだけ言って帰って行ったカワサキの姿に私もフェルズも頭を抱えた。

 

「分かっていた。分かっていた事だが……」

 

「恐怖による支配か」

 

必要悪という言葉があるが、それが今のオラリオには欠けているというカワサキの指摘はもっともである。だがそれを実行する決断を下すのは中々に難しい問題でもあった。

 

「ギルドを何とかここまで立て直したんだ。そこで恐怖による支配を望めば」

 

「ギルドも闇派閥と同一視されかねない」

 

今のオラリオの情勢は不安定だ。下手に力で抑え込めば反発を呼ぶかもしれない、カワサキの提案は最もであったが、私もフェルズもそれを行動に移すことが出来なかった。この決断力の無さ、そしてためらいが裏目に出た。

 

「カワサキ氏を連行しました! 一時的に拘留と言う形になります」

 

「な、何故だ。何故カワサキを逮捕した!?」

 

「はっ、タナトスファミリアの冒険者12名への過剰防衛です」

 

「何があった。詳しく報告せよ」

 

カワサキがギルドを出て2時間ほど、その間に何があったのかカワサキを逮捕したと言うギルドナイトへ何故カワサキを逮捕する事になったのか詳しい報告を求めるのだった……。

 

 

 

 

ウラノスとフェルズが本気でオラリオを変えたいというのは分かっていた。だが今のままでは駄目だと言うのが俺の出した結論だった。

 

「怖さがないんだよな」

 

拘束された所で殺されるわけではない。ウラノスとフェルズにも言ったが拘束されるだけでは罰にはなり得ない。そもそも魔法とポーションという物があるから命さえあれば復帰出来る可能性があるというのが問題だった……。

 

「ミアハ達が悪いわけじゃないんだけどな……どうしたもんだか」

 

ダイダロス通りの引退した冒険者達は質の悪いポーションだったから回復し切れなかったが、闇派閥は惜しげもなく最高級の品を使っている。それも闇派閥を完全に封じることが出来ない理由だ。

 

「オシリス達を呼び戻したほうが良いと思うんだがなあ」

 

確かにやりすぎは良くないが、オシリス達のスタンスは徹底して報復である。それは今の調子に乗った闇派閥の鼻っ柱を折ることを考えれば最善であり、ウラノスとフェルズは渋っているがオラリオを正常化するにはやはりオシリスファミリア、あるいはそれに準ずるファミリアがやはり必要ではないかと考えていると前から走って来た誰かにぶつかった。

 

「おっと、すまない、考え事を……「あんたも早く逃げるんだよ! 死んじまうよ!」

 

逃げろと叫んで走り去る女性の背中を見ていると次々と走ってくる者達とすれ違った。

 

「ん? なんだ、この騒ぎは」

 

ギルドから出てダイダロス通りに向かっているとやけに表通りが騒がしいのに気付いた。

 

「逃げろ、逃げろぉ! 自爆テロだ!!」

 

「早く早くううっ!!」

 

自爆テロと聞いて俺は大通りから逃げてくる住民達の方へ向かって走り出した。

 

(ああ、くそったれッ! やりやがったッ!!)

 

考えられたことだ。闇派閥の多くを無力化し、団員も捕らえた。かなりの規模で闇派閥の力を削ぐことが出来た。だが力を削がれた者がどう動くかは2つに1つ。1つは地に潜り力を蓄える事、もう1つは作戦の強行だ。長い間オラリオで暗躍していたことを考えれば地に潜ると考えたが、闇派閥は俺の予想に反して強行に出た。

 

「くそがッ! 間に合えッ!!」

 

アーディにダイダロス通りの孤児が1人近づくのを見て、俺はアイテムボックスに手を突っ込みエレボスに話していた自爆テロを封殺するためのスクロールを引っこ抜いた。

 

「くそッ! 上手くいってくれよ!」

 

成功率は正直五分五分、上手く行く保障もないが今は上手く行く可能性にかけるしかないと俺は火炎属性禁止と書かれたスクロールの魔力を解き放つのだった……。

 

 

 

その子供には見覚えがあった。ダイダロス通りの孤児で、カワサキさんに特に懐いていた子供。彼女がナイフを持っているのを見てなんとかそれを取り上げようと思った時だった。今にも消えそうな小さな声で何かを呟いていた少女の声がはっきりと聞こえた。

 

「かみさま……かみさま……おとうさんとおかあさんにあわせてください……」

 

それはタナトスの常套手段。いう事を聞けば死んだ家族に会わせてやるという残酷な嘘……。

 

(駄目、間に合わないッ)

 

間違いなくこの子は爆弾として使われている。私は勿論、彼女を助ける事も出来ない……死を覚悟した。火炎石の爆発範囲と炎の勢いを考えればこの距離では私も巻き込まれる。

 

「かみさま……」

 

もう1度かみさまと彼女が呟き、ローブの下の赤い火炎石を突き出すのを見て目の前が真っ白になった。

 

「馬鹿野郎ッ! なんてことをしてるんだッ!」

 

爆発する筈だった火炎石は爆発しなかった。私と少女の間に割り込んだカワサキさんが火炎石を取り上げた。

 

「か、かわ……わた、わたし……おと……おとうさんと……」

 

涙を浮かべ、声を震わせる少女の頭に手をおいたカワサキさんは彼女が握っていたナイフも取り上げた。

 

「ごめんな。もっとお前らの事を考えてやればよかった……アーディ。この子を頼む」

 

有無を言わさない迫力があるカワサキさんに私は頷くことしか出来なかった。

 

「なんでだ。なんで爆発しねぇ!? なんでクソつまらねぇお涙頂戴の劇を見てなきゃ行けねえんだ!?」

 

ヴァレッタがそう叫ぶとカワサキさんは懐から1つの巻物を取り出した。

 

「火炎厳禁。炎を全て封じるスクロールだ。火炎石っつう物があると聞いて準備した」

 

「は? そんなもんで封じたって言うのかよ!? ありえねえッ!」

 

「んなことより答えろ。言ったのか、死んだ父親と母親に会わせてやるって」

 

カワサキさんの問いかけにヴァレッタを初めとしたタナトスファミリアの団員達は大声で笑い出した。

 

「ああ、言ったぜ! そう言えば俺達のいう事を聞くからな!」

 

「馬鹿な奴らだぜ! 下界に下りてるタナトス様にそんな力が無いってことすら理解出来ないんだからよ!!」

 

下卑た、僅かな可能性に縋って死んだ家族に会えるかもしれないと思ってヴァレッタの言葉に従っていたオラリオの住人達が泣き崩れる。

 

「その巻物を潰せば火炎石がまた使えるんだろ!? し「やかましい」げばっ!?」

 

カワサキさんの手にしている巻物を奪おうとした冒険者がカワサキさんの蹴りで血反吐を吐きながら吹っ飛んだ。

 

「久しぶりに……切れちまったよ。家族に会いたいって思うのはよ……当然の事だ。その思いを願いを踏み躙った。てめえらは許さねえ……」

 

「はっ! 冒険者でもない奴が何が出来る「てめえをぶちのめせるぜ」ぎゃあああああッ!!」

 

カワサキさんを笑った冒険者がカワサキさんに殴り飛ばされ絶叫しながら吹っ飛んだ。見えたのは拳の一発だけ、だが冒険者の身体は左右に弾かれ凄まじい拳打の嵐に晒されたのが一目で分かった。

 

「料理人の分際で調子に「うるせえな。べらべらと喋るな、耳障りだ」あ、あがっ!? ぎ、ぎやあああああッ!? 腕、俺の腕!!!?」

 

本当に軽い打撃だった。子供のような下からの掌による軽い一撃……そんな一撃でカワサキさんに掴みかかろうとした闇派閥の男の肘はあらぬ方向に曲がり、骨が腕から飛び出していた。

 

「そうか、ついでに肩も砕いてやる」

 

「は? あ、あぎゃああああッ!!?!?「少し黙れよ」

 

踵落としで骨が腕から飛び出ている男の肩を砕き、そのまま回し蹴りで男を樽の方に蹴り飛ばすカワサキの背後から2人の闇派閥が同時に襲いかかる。

 

「取った!」

 

「死ねッ!」

 

「悪いが三下にくれてやるほど俺の首は安くねぇ」

 

「「は?」」

 

カワサキさんが踏み込んだと思った瞬間にカワサキさんの姿は消え、闇派閥の背後に回ったカワサキさんは2人の後頭部をつかみ全力で2人の顔面をぶつけ、生々しい肉のぶつかり合う音と闇派閥の男達の絶叫が街中に響き渡る。

 

「そのまま押さえてろ! そいつをぶっ殺してやるッ!」

 

「や、やめ!?」

 

闇派閥の仲間ごとカワサキさんを貫こうと槍を突き出した闇派閥がいたが、その槍は仲間だけを貫きカワサキさんの服にすらかすらなかった。

 

「奇襲の程度が低いな、殺意も気配も消さずに俺を取れると思うなよ」

 

跳躍で槍の切っ先をかわしていたカワサキさんは空中で半回転し、勢いを乗せた踵落としを槍を手にした男の頭に叩き込み、兜ごと闇派閥の男の頭を蹴り砕いた。

 

「ひっ!?」

 

「逃げるなよ! これはてめえらが始めたことだろう……がっ!」

 

落ちていた剣を拾い上げたカワサキさんはその剣を全力で投げ付け、それは逃げようとしていた闇派閥の男を貫き、そのまま壁に磔にした。

 

「……つ、強い……」

 

「強すぎますわ……本当に恩恵が刻まれて無いんですの……」

 

圧倒的だった、まるで散歩でもするようにカワサキさんは何十人もの闇派閥の冒険者達を無力化させた。殺してはいない、殺してはいないが、冒険者としては再起不能レベルの怪我を負っている闇派閥は血反吐を吐き、呻き声を上げ、地面をのた打ち回っている。

 

「へえ、随分とやるじゃないか。どうだ? あたしらの仲間にならないか?」

 

「うるせえよ。人の心を踏み躙るやつは俺が1番嫌いな奴らだ。そんな奴らの誘いに乗るかよ」

 

「そうかいじゃあ死ねよッ!!」

 

「お前がなッ!!」

 

ヴァレッタがカワサキさんに襲い掛かり、私がカワサキさんの代わりに戦おうとしたが、それよりも早くカワサキさんの拳がヴァレッタの顔面を打ちぬいた。

 

「てめえ……女のか「うるせえつっだろうがッ!!」がっ!」

 

顔を押さえて蹲ったヴァレッタの顔面に容赦のないカワサキさんの蹴りが叩きこまれ、ヴァレッタの姿がボールのように吹っ飛んだ。

 

「殺しはしねぇ、俺の流儀に反するからな。だが……死にたくなるほどの苦痛をてめえに与えてやる。てめえは俺を怒らせた、生まれた事を後悔しな」

 

朗らかなカワサキさんの声からは想像出来ない、冷徹な何も感じさせない冷たい声にゾッとした。そしてそれほどヴァレッタ達がカワサキさんを怒らせていた。

 

「や、やめ……もうやめ……「うるせえよ」ぎやあッ!?」

 

ヴァレッタが泣きながら許しを請うが、カワサキさんの振るった右拳が顔面を打ち抜き崩れ落ち、そこにポーションが掛けられまた元通りになったヴァレッタの顔が潰される。

 

「殺しはしねぇ、殺しは俺の趣味じゃねえからな。だが知ってるか?」

 

「あ、ああああッ」

 

完全に腰が抜けて這って逃げようとするヴァレッタの背中を容赦なくカワサキさんが踏みつけた。

 

「死ねねぇっていうのは、殺されるよりも酷いモンなんだぜ? だって死ねないんだからずっと苦しみ続けるんだからなッ!!」

 

容赦も慈悲もない一息で放たれた数十発の拳打の嵐にヴァレッタは悲鳴らしい悲鳴すら上げる事が出来ず吹っ飛ばされ、前髪を掴まれて無理矢理立ち上がらせる。

 

「ころ……し」

 

「言っただろ? 殺しはしないってよ。まぁ死んだほうが楽かもしれないけどなッ!!」

 

肉が潰れる生々しい音と骨を圧し折られ、呻き声を上げてのた打ち回っているタナトスファミリアの構成員……その地獄のような光景を見たリューが声を上げた。

 

「そこまでやる必要があるのか! それは正義ではないッ!」

 

正義ではないと叫んだリューの声にカワサキさんは僅かに反応したが、それでも無表情でヴァレッタへ再び拳を振り下ろした。

 

「正義なんざ自分で名乗ってどうする。正義つうのは自分で名乗った段階で偽善だ。正義名乗って孤児を増やして、家族を失ったやつら増やして、腹を空かせた奴らを増やして、正義っつうのはよ。自己陶酔の言葉じゃねぇぜ。正義を名乗るならそれらしい事をやったのか? ええ、おい」

 

ドスの効いたカワサキさんの言葉にリューだけじゃなくて、アリーゼ達も顔を引き攣らせ、そんなアリーゼ達を見てカワサキさんは詰まらなそうに鼻を鳴らし再び拳を振り上げ……。

 

「そこまでにしていただきたい、カワサキさん」

 

「やりすぎです」

 

動けないでいたギルドナイトが正気に戻りカワサキさんの手首を掴んで止めた。

 

「ギルドナイトの権限で貴方を逮捕します」

 

「ちっ、しゃあねえな。アーディ、悪いけどダイダロス通りのガキ共を頼むぜ」

 

カワサキさんは自分の事では無く、ダイダロス通りの孤児達を頼むと口にし、ヴァレッタ達と共にギルドに連れて行かれるカワサキさんの背中を私は黙って見ていることしか出来ないのだった……。

 

 

下拵え 正義問答 へ続く

 

 




次回も続けて下拵え、次回はアストレアファミリアでの話を書いてみようと思います。ちょっとこう物足りない感じがあるかも知れないですが、ちょっと自分ではこれが限界だったのでもしもご指摘などありましたた加筆などして見たいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え 正義問答

下拵え 正義問答

 

ヴァレッタを始めとしたタナトスファミリアの構成員を半殺しにした事に後悔は無いが、こうしてギルドナイトに逮捕されるのは想定していなかった訳だが……。

 

「まぁしゃあねえ」

 

冷静になればやりすぎたと思わなくもない。だが親に会いたい子供や子供に先立たれた親を唆すっていうタナトスファミリアのやり方はどうしても許容できなかった。牢屋のベッドに寝転がり拳を固く握り締める。

 

「とりあえず……タナトスはぶちのめす。あいつが何を考えているのかはわからねぇが……あいつはやりすぎだ」

 

死神は慈悲深い神ではあるが、それ故に冷酷で残酷だ。そんな奴がこれだけの事をしでかす事には何か理由があると思うが……タナトスもあいつの眷属もやりすぎた。性格を変える前にデュオニソス以上にぶちのめすことを心に決めていると牢が開く音がした。

 

「なんだもう釈「お前はもう少し物事を考えろ、この馬鹿がッ!」がぁッ!?」

 

フライングクロスチョップで飛び込んできたフェルズの一撃が俺の喉にめり込み、俺はつぶれた蛙のような呻き声を上げた。

 

「やりすぎたな、カワサキ。これ幸いとお前の悪評が立っているぞ?」

 

「だろうな。自分でも正直やりすぎたと反省している」

 

両頬に紅葉と顔に引っかき傷とボロボロの状態で俺はウラノスと対面していた。激怒しているフェルズにボコボコにされたわけだが、荒事になれていないフェルズは手首を傷めてしまったのか手首を押さえて呻いている。

 

「揉み消したがお前が闇派閥の一員だったなんて話も出てるぞ」

 

「そりゃ面白い、なら裏切ったタナトスファミリアをぶちのめすか?」

 

エレボスに迷惑を掛けるだろうし、フェルズとウラノスにも迷惑を掛けるが、ここで全力でタナトスを叩きのめすのも悪くないと思った。

 

「「止めろッ!」」

 

だが真剣な表情のフェルズとウラノスに同時に止めろと怒鳴られ、俺は肩を竦めた。

 

「俺の悪評を流してるのは商売人と料理人か?」

 

カインは持ち運びコンロが大当たりして一気に自分の店を倍以上に大きくしたし、それについてのやっかみ。それと値段を悪質に釣り上げている飲食店当りが俺の悪評を流していると当たりをつけて問いかける。

 

「後はお前が叩きのめした冒険者が所属しているファミリアだ」

 

「肝っ玉の小さい連中だな」

 

大体俺は自分から喧嘩を売ることはない。向こうがガキ共や引退した冒険者にやっかみをかけてきたから叩きのめしただけだ。

 

「それに関してはギルドが動いた。後はアストレアファミリアやガネーシャファミリアも動いているのですぐにお前の悪評は消えるだろう。確認しておくが今度から自制するつもりは」

 

「無いな。今度のような事があればまた俺は同じことをするぜ」

 

正義なんて掲げるつもりは無いが、俺には俺のやり方がある。

 

「死んだ家族にまた会いたいって思うのは誰だって当然だ。それを利用する下種に遠慮も手加減もするつもりはねえよ」

 

人の道を踏み外した奴にかける情けも遠慮もない、徹底的に叩きのめすまでだ。

 

「……どの道お前は無罪放免だ。ただ余りやりすぎてくれるなよ? お前を排除しろって話が出ると面倒だ」

 

「私達やギルドナイトはお前の善性を知っているが、オラリオの住人が全員が全員そうじゃないからな」

 

「分かった。少しは配慮するようにする、少しだけな」

 

ウラノスとフェルズもそうだが、ガキ共やペニアの婆さん、アーディ達に心配を掛けるのも悪いので気をつけると言ってギルドを出る。

 

「カワサキさん。少し良いですか?」

 

「アリーゼか……思ったより早かったな。別にかまやしねえよ」

 

ギルドの外で待っていたであろうアリーゼに呼び止められ、俺はそのままアストレアファミリアへと向かう。

 

(まぁ、分かってた事だな)

 

アストレアが正義の女神であることは俺も知っている。そしてアリーゼ達もまた正義をよしとするという事も分かっている。だがこれは俺の持論だが正義を良しとするのは良い、だが正義を掲げて振りかざしてはならない。それが俺の持論である。人によって正義は変わるし、正しいことであっても後に間違うことだってある。正義の形は1つではないのだが、それを理解するにはアリーゼ達は若すぎる。それに俺だってウルベルトとたっちさんの事が無ければ正義について考えることも無かった事を考えれば、今回の俺の振る舞いがアリーゼ達が正義について考え直す切っ掛けになれば良いかと思い無言で先を歩くアリーゼの後をついて俺は歩みを進めるのだった……。

 

 

 

 

カワサキはすぐに解放されるという確信があったからアリーゼにギルドで待っていて貰い、カワサキが解放されると同時にファミリアに連れてきてもらったが、リューだけではなく、団員の殆どがカワサキに敵意を向けている。

 

「もっと穏便な形で貴方と話をしたかったわね。カワサキ」

 

「ん? 俺は気にしない。悪意とか敵意とかには嫌って程なれてるし……なによりもガキの癇癪には慣れてる」

 

殆どの団員に敵意を向けられてもカワサキは飄々としていて、本当にこの程度の敵意や殺意には慣れているのだろう。

 

「貴方は正義は嫌い?」

 

「あんた馬鹿じゃないのか?」

 

「貴様ッ! アストレア様になんて口をッ!」

 

「リュー落ち着きなさい。カワサキどういう意味かしら?」

 

私の問いかけに馬鹿なのかという質問を返してきたカワサキにリューが激昂するが、それを手で制しどういう意味だとカワサキに言葉の意味を問いただす。

 

「例えばだ。あるところに子供がいたとしよう。その子供は危険な伝染病に感染していて、その子供を生かしておけばオラリオが全滅するかもしれないとする。親は子供を助けてくれと懇願するだろうが、この場合の1番の正解は子供を殺す事。正義を掲げるって事はそういうことだ」

 

「何を言ってるんだ貴様はッ!」

 

「何って「正義」だろ? 子供の1人の命と父親と母親の涙。それで何百人、何千人が救われる。流れた涙が流れた血よりも少ないのならばそれは正義だ。違うか?」

 

カワサキの言葉は確かに一理ある。流れた涙よりも流れた血が少ないのならばそれは正しいのだろう。

 

「なんで、貴方はダイダロス通りの孤児を」

 

「助けてるが、俺は1度でも正義を掲げた事はないぜアリーゼ。そもそも正義正義と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返してどうするよ、正義なんざ100通り、いや1000通り、いや生きてる人間の数だけあるんだぜ? アストレアファミリアが掲げてるのは正義の1つだろうが、それが全員に共通する正義なわけないだろ。あんた達のやり方が間違ってるとは言わないが、正しいとも言えないだけだ」

 

カワサキの言葉にアリーゼだけではなく、この場にいた全員が動きを止めた。カワサキの口振りでは正義を認めていないように思えたが、カワサキは私達の正義を認めた上で正しくないと断言した。

 

「正義を否定しないの?」

 

「否定はしない、肯定もしないがな。俺は俺自身で見てきた、正義について苦悩する者を。だから俺は正義は否定しない。だがそれを無条件で受け止めることも認めもしない、そういう考えがあるんだな程度の話だ」

 

その言葉には信じられないほどの重みがあった。リューやアリーゼ、輝夜ですら口を挟めない重みがあった。

 

(現実を見てきたのね)

 

正義の本質、あり方、それに迷う者を見てきたからこそ正義を掲げるだけの私達を否定するのだと分かった。

 

「もしも良かったら聞かせてくれないかしら? 貴方は何を見てきたのか」

 

正義とは、正義のあり方とは、正義の女神としてカワサキの知る正義を問わねばならなかった。

 

 

 

 

カワサキさんは正義を憎んでいると思っていた。だがそれは私の勘違いであり、思いすごし、もっと言えば1つの側面からの正義しか見て無かったとも言える。

 

「これは俺の友の話だ。守護聖騎士、正義の味方と称された俺達の仲間の中でも最強の男。だがその男は自身の掲げる正義に押し潰されそうになっていた。何故だと思う?」

 

「何故って名声が重く」

 

「そんなもんで潰れるほど柔な男じゃなかった。あいつは自分の正義に悩んじまった。確かに類稀なる強さと正義の象徴だった。だがな、あいつも宮仕えの身だ。上からの命令には逆らえなかった、そう……ただ子供が自分の目の前を横切ったのが不快だから親と共に処刑せよという命令にだって従わなければならなかった」

 

「「「なっ!?」」」

 

それの何処が正義だと叫びそうになったが、カワサキさんの凄まじい眼力に何も言えず、浮かしかけた腰を椅子の上に降ろした。

 

「国に召抱えられた最強の騎士、高潔で正義の具現化とまで謡われた騎士であるあいつが見たのはドロドロとした権力争い、そして自分達だけが人間であり民は人間ではないと断言する王族の姿だ。正義を貫く為に宮廷に召抱えられたのにあいつが出来たのは命じられるままに虐殺をするだけだった。王に仕えれば正義をなせる、餓えに苦しむ者が少なくなる。誰もが平等に笑い会える世界が来るとあいつは信じ、その理想と願いに裏切られた。だがそれでもあいつは王に仕える事をやめなかった。何でだと思う?」

 

「それは……いつかは王が変わってくれると信じて」

 

「王に仕える事で与えられる富に目が眩んだからでは?」

 

「登り詰めた地位を捨てたく無かったとか……?」

 

リューだけは何もいえなかったが、私達が自分の考えを口にするとカワサキさんは首を左右に振った。

 

「正道で正しいルールに基づいて勝ち取らなければそれは正義ではないとしたからだ。自分が定めた掟をルールをあいつは覆せなかった。間違ったやり方で得た結果は間違っているってな。王宮騎士になり、副騎士団長になり騎士団長になり、王に意見を出せるようになって国を変えようとしたわけだ」

 

「それは……正しいかもしれないけれど」

 

「余りにも気が長いんじゃないかな」

 

騎士団長になるまでどれだけの時間が掛かるかを考えればカワサキさんの友達が選んだ道は余りにも時間が掛かりすぎる。

 

「ここでもう1人の友の話をしよう。類稀なる魔道師、1人で世界を壊すことも出来るとまで言われた大魔道師。だがあいつは国から追われていた反逆者、テロリストとしてな。何百人という餓えた民の前で一口だけ料理を食べて、それをゴミと捨てる貴族。貴族だから何をしても許されるとして平民狩りをしていた貴族を殺した罪人としてな。国に逆らい貴族を殺した罪人、だがあいつの行動は誰が見ても正義だった。さて、お前達はどう思う?」

 

テロリスト、反逆者、大量殺人鬼と聞けばヴァレッタのような男を想像したが、その行いは正しい行いにしか思えなかった。

 

「世界を変えるにはこの腐った国を壊さなければならない。時間を掛ければ泣く者が増える。世界を変えるためには、世を正しくするには俺自身が悪になるしかないとあいつは立ち上がった。それが間違った方法であったとしても得た結果が正しければそれは正しいのだとあいつは言っていた訳だが、この2人は子供の時からの親友同士であり、どちらも自分の方へ来いと何度も話していた。2人なら出来ると両方とも思っていたわけだが、掲げている正義が違っていたからこそ2人は何度も殺し合いをして終いには両方とも行方不明だ。どちらも正しかったが故に分かり合えなかったわけだ」

 

軽くカワサキさんは言ったが、その言葉は余りにも重かった。どちらも正しいのだ、そしてどちらも正義を掲げていた。だがその正義の末に2人は死んだ。正義とは何か、何が正しいのか何が間違っているのか……あたしには、いや、きっと輝夜やライラ、元から正義とは何かと迷っていたリューに至っては完全に黙り込んでしまっていた。

 

「という訳で俺は正義ってもんを掲げるのはどうかと思う。そういうのはさ、自分の行動の末についてくるもんで、正義だからとかじゃなくて、自分で正しいと思ったことをやるのが良いと俺は思うのさ。正義って言葉は免罪符でも、掲げるもんでも、縋るもんでもなく己の行動についてくるもんさ」

 

「随分と家の子を悩ませてくれるわね」

 

「悩めるのは生きてる内しか出来ないんだぜ? あ、そうそう。ほれ、これやるよ」

 

軽い感じでカワサキさんは巻物を投げ渡してきた。それはヴァレッタ達が使っていた火炎石による自爆を阻止した魔法が封じられた巻物だった。

 

「それに魔力を通せば炎、爆発を封印できる。闇派閥と戦うなら持っとけよ。じゃあな」

 

ダイダロスの通りの子供が心配だからと手を振り帰っていくカワサキさん。私達に正義は掲げる物でも縋る物でも無く、自らの行動について来る物だと言って帰っていくカワサキさんの背中を私達は無言でジッと見つめているのだった……。

 

 

 

メニュー28 カレーライスへ続く

 

 




アリーゼ達に迷いを今回は書いてみました。違和感や、そうはならないだろうと思われるかもしれないですが、私なりの形にしてみました。あと今作というか、飯を食えシリーズのたっちみーとウルベルトはコードギアスのスザクとルルーシュみたいになっておりますので、原作のたっち・みーとウルベルトとは違うという事でご了承ください。次回は孤児達との触れ合いを書いてみようと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー28 カレーライス

 

メニュー28 カレーライス

 

アーディから笑顔に満ちていると聞いていたダイダロス通りの広場は不気味なほどに静まり返って……いや、すすり泣く子供の泣き声があちこちから聞こえて来ている。そんな中で子どもが集まっているであろう一角の前で立ち竦んでいるアーディを見つけ、私は早足で駆け寄った。

 

「アーディ。大丈夫か?」

 

「お、お姉ちゃん……な、なんで……」

 

「ガネーシャに言われて来た」

 

アーディがホームに戻っていないと聞かされ、しかも自爆テロに巻き込まれかけたと聞き私はダンジョンから戻ってすぐにダイダロス通りに来たのだ。

 

「……止めれた。止めようと思ったら止めれたんだ。手段を選ばなければ……」

 

アーディのいう手段を選ばなければとは言うまでも無く、自爆しようとした子供を殺せばという事を意味しているのはすぐに分かった。

 

「でもね、無理だった。お父さんとお母さんに会いたいって、カワサキさんにごめんなさいっていうあの子を見て手が止まった」

 

「……私でも手が止まる」

 

両親を失った子供が両親に会いたいと思って何が悪い、家族に会いたいと願って何が悪い。

 

「悪いのはタナトスファミリアだ。恐らくカワサキもすぐに釈放されるだろう」

 

「……そう……かな、悪い話を聞いたけど……」

 

カワサキは短い時間でオラリオに大きな影響を与えた。それを面白くないと思っているファミリアや冒険者は少なくない。だからこそタナトスファミリアの大半を叩き潰したカワサキの悪評が流れてしまう。本当ならば賞賛されるべきなのにだ……ッ。

 

(これが今のオラリオか……)

 

ゼウスとヘラを失い。ギルドが頑張っているが余りにも民度が低い、タナトスファミリアによる被害を少なくした相手が貶められる状況に溜息を吐いた。

 

「お、悪いな。アーディ、ガキ共は大丈夫か?」

 

「へ、へ? カワサキさん!? もう釈放され……ボコボコじゃないですか!?」

 

「はっはっは! フェルズにもう少し考えて動けと殴られて説教されただけだ、大した傷じゃない」

 

カワサキはそう言うとポーションの瓶を取り出して、それを飲み干してから私に視線を向けてきた。

 

「どちらさんで?」

 

「あ、ああ。シャクティ・ヴァルマだ。ガネーシャファミリアの団長で、アーディの姉だ」

 

「俺はカワサキとでも呼んでくれれば良い、よろしく。まあ積る話はあるが、ちょいと後にしてくれ」

 

カワサキはそう言うと子供達の泣き声がしている家の扉を開けた。

 

「「「「おじさん!」」」」

 

「おう。ただいま」

 

おじさんと叫んだ子供達が駆け寄ろうとするが、全員が足を止めた。家族に会わせてやると言われ、タナトスファミリアに騙された事を気にしているのはすぐに分かった。

 

「俺はお前らの親にはなれん! 俺に出来るのはお前らに生きる術を教えることだけだ。それにいつまでも面倒を見てやれる訳でもない!」

 

「か、カワサキさん? 何を」

 

アーディがカワサキをとめようとするが、カワサキはそれを手で止めて子供達に視線を向けた。声は大きいが、その目はとても優しい光を携えていた。

 

「だから親に会いたい、家族に、死んだ友達に会いたいと思ったお前達を俺は悪いとは言わない。子供が親に会いたいのは当然だ。だがな死んで会おうとしたら駄目だ。俺の国では親よりも先に死んだ子供は賽の河原という所に連れて行かれて親には会えない。それ所か本来生きるはずだった時間が過ぎるまでずっと罰を受けることになる」

 

生きる筈の時間ずっと罰を受けると聞いて子供達の顔が引き攣った。

 

「だから精一杯生きるんだ。辛い事、悲しいこと、苦しい事、生きてる間はずっとそれは続く。だけどな、それと同じ位楽しい事、嬉しい事もある。だから一杯思い出を作るんだ。そして精一杯生きた後に天寿を全うして親に再会すれば良い、その時にする楽しい話を沢山作るんだ。だからまずは美味しい飯を食うか! よっし、何時ものように手伝ってくれるよな、行くぞ」

 

「「「「はーい!」」」

 

小鴨のようにカワサキについていく子供達の顔は先ほどまでの泣きそうな顔ではなく、少しだけ笑みが浮かんでいた。

 

「カワサキは親になれんっと言っていたが、良い親になれそうだな」

 

「うん、私もそう思うよ。お姉ちゃん」

 

怒る時は怒り、褒める時は褒め、教え導いている姿は私から見ても紛れも無く、親の背中だと思うのだった……。

 

 

 

 

 

やらなければならないこと、考えなければならない事は沢山あるが、まずは飯を食わせる事を優先した。腹が空いていれば悪い事ばかり考えてしまうので、先ずは腹一杯飯を食わせて寝かせてやろうと思ったのだ。

 

「牛肉と鶏肉どっちが良い?」

 

「牛肉!」

 

「鶏肉!」

 

「牛肉!」

 

「鶏肉」

 

牛肉と鶏肉の数が同じだったので俺は悪戯っぽく笑いながら牛肉と鶏肉を手にした。

 

「じゃあスペシャルで両方使おう。きっと美味いぞ。んでお前達は野菜を切ってくれな、いつも通り。出来るかな?」

 

「「「出来るー!」」」

 

「良し、じゃあ野菜は頼むぞ」

 

パチパチと拍手する子供達を見ながら俺は牛バラ肉を食べやすい大きさに切り、鶏肉は皮ごとぶつ切りにする。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

「猫の手猫の手」

 

「にゃーにゃー」

 

決して手際が良い訳ではなく、そして形も綺麗では無いが全員で作る事に意味があるのだ。

 

「出来たー!」

 

「よおーし! こっちに持って来てくれ」

 

切られた野菜を受け取り、オリーブオイルを入れた大鍋の中に入れて野菜を大きなヘラで混ぜ合わせる。

 

「りんごを摩り下ろしてくれるか? 摩り下ろしのやり方は教えたよな?」

 

「うん! 出来るよ!」

 

「手を切らないように気をつけてやるね!」

 

カットしておいたりんごを摩り下ろすように頼み、牛肉と鶏肉を加えてそれらの脂が野菜に絡まり、野菜がしんなりして来た所で無限の水差しから大量の水を大鍋の中に注ぎいれる。

 

(たまねぎ、にんじん、じゃがいも、そして……)

 

チョコレートとトマト、そして林檎と蜂蜜、そしてヨーグルトを加え、子供達が見ていないのを確認してからアイテムボックスから取り出したカレー粉を準備する。

 

(時間が無いからな)

 

本当ならスパイスから作りたいが、そこまでしている時間が無いのでガチャの外れアイテムのカレー粉を使う事にした。外れアイテムと言ってもちゃんとカレー粉なので使っても何の問題もない、具材にある程度火が通った所で甘口と書かれたカレー粉を鍋に入れるとカレーの良い匂いがダイダロス通りに広がり始める。

 

「カレーって大丈夫なんですか? カレーは辛いですよ?」

 

「あん? あーそっか、ガネーシャか」

 

ガネーシャは確かインドの神様だからカレーは知ってて当然。アーディ達も知ってて当然という訳だ

 

「これはめちゃくちゃ甘口だから大丈夫だ。甘すぎて大人にはちと厳しいかも知れんけどな。よっし、後は煮込めば完成だ。机の上を片付けて飯を食う準備をするぞー」

 

「「「「はーい!」」」

 

煮込んでいる間に使った包丁などを片付けたり、皿を準備をしたりと、全員で協力して作業をしたので作り始めて1時間と少し位で夕食の準備は終わった。

 

「良し、全員に渡ったな。手を合わせて、いただきます」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

全員でいただきますを言い、今日は俺も珍しく席について子供達とアーディ達と共に夕食を口にする事になったのだった……。

 

 

 

 

歪な形に切り分けられたゴロゴロ野菜、そして綺麗に切り分けられた牛肉と鶏肉の入ったカレー。食欲を誘うスパイシーな香りは死に触れかけた私でも食欲が沸いて来た。

 

「良し、全員に渡ったな。手を合わせて、いただきます」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

ダイダロス通りの子供達が元気よくいただきますと口にし、木のスプーンを手に取る。

 

「おいひい!」

 

「むぐむぐッ!」

 

「美味しいです!」

 

「おう、そうかそうか、おかわりは沢山あるから一杯食えよ。あ、そうそう婆さんもし甘すぎたらそこのソースを使えば大分ましになるぜ」

 

「そうかい、なら使わせてもらおうかね」

 

「あ、俺も貸してくれ」

 

「私も」

 

ペニアに続いて大人の冒険者もソースを貸してくれと言っているのを見て、そんなに甘いのだろうかと首を傾げながらカレーを掬って口へ運んだ。

 

「あまっ!?」

 

想像以上に甘くて思わず声に出してしまった。するとカワサキさんが私に視線を向けながらソースのボトルを差し出してきた。

 

「甘いの駄目か? これソース使うか?」

 

「あ、いえ。私甘いの好きなんですよ。ただガネーシャの作るカレーはもうめちゃくちゃに辛くて」

 

「ああ。このカレーは少し甘いが食べやすくて良い。子供向けの味だ」

 

ガネーシャが偶に労いの意味を兼ねてカレーを作ってくれる。だがそれはめちゃくちゃに美味しいのだが、それと同時にめちゃくちゃ辛いのだ。

 

「色も真っ赤ですし、骨付きの鶏腿肉が入ってて美味しいんですけど……本当に辛いんですよ」

 

汗をかき、水をガブ飲みしながら食べるカレーは美味しいがどこか苦手な味だ。だけどこのカレーは違う、野菜の甘さだけではなく、複雑な甘さもあって、でも香辛料の美味しさもあって……。

 

「甘いが美味い!!! おかわりだ!」

 

「「ガネーシャ!? なんでいるの!?」」

 

何時の間にか普通にカレーを一緒に食べていて、しかも平然とお代わりをカワサキさんに要求していて、思わずお姉ちゃんと一緒に叫んでしまった。

 

「いやな、2人が中々帰って来ないものだから様子を見に来たらカレーの匂いがしたからな!」

 

「ほいよ。ガネーシャ」

 

「すまない! 美味いッ!!」

 

カレーの匂いがしたからという理由でやってきた……そんな訳が無いと思った。ガネーシャは確かに騒がしく、お調子者ではあるが、決して愚かではないからだ。

 

「カワサキよ、ガネーシャのファミリアで料理をしないか? 群衆の主である俺はオラリオにも顔が利く、お前の悪評を打ち消す手伝いが出来ると思うのだが」

 

タナトスファミリアを半壊させたカワサキさんが悪者、あるいは闇派閥の裏切り者にされる前にガネーシャは動いてくれたようだ。

 

「んーそうだな。折角呼んでくれるのならお呼ばれするかね」

 

「うむ! 明日の正午などどうだ。周囲は団員で守るからテロもないぞ、出来れば警備をしている団員に料理を残して欲しいと思うが」

 

「そんなの当たり前だろ? まぁよろしく頼む」

 

「出来ればオラリオではあんまり食べれない料理を頼むぞ! そしておかわりだ!」

 

「あいよ」

 

話をしながらもう三杯目のカレーを食べているガネーシャに真面目なのか、ふざけているのかどっちなんだろうかと思いながらカレーを口へ運ぶ。

 

「うん、やっぱり美味しい」

 

炊き立てのお米に甘めのカレー。米の甘さとカレーの甘さが口の中で1つになって実に美味しい。ゴロゴロ野菜の歯応えも良いし、鶏肉と牛肉と2つのお肉を使っているのでカレーにも深い旨みがある。

 

「おかわり」

 

「わたしも」

 

「おうおう、沢山喰えよ。お代わりは沢山あるからな」

 

カワサキさんは自分は親になれないと言っていたが、おかわりを求められれば自分の食事を中断してまでお代わりを準備するその姿はどこからどう見てもお父さんにしか見えない。

 

(なんで親になれないなんて言うのかなあ……何か理由があるのかな?)

 

本名か、偽名なのかも定かではないカワサキという名乗りと何か関係しているのだろうかと思いながらカレーを口に運ぶ。蕩けるように甘くて、思わず笑みが零れるが、どこか胸に引っかかる物がある物の、明日カワサキさんがガネーシャファミリアに来てくれるのは嬉しいなと思いながらカレーを頬張るのだった……。

 

(シャクティ、あれは完全にホの字ではないだろうか?)

 

(そう思う。確かにカワサキは善良な人間だが……どうもな)

 

(ううむ……そこが俺も気になっている)

 

(とりあえず本人が自覚していないのならば刺激することもあるまい)

 

完全にカワサキにホの字のアーディだが、本人が自覚していないのならば自覚させないままが良いだろうとガネーシャとシャクティは考え、完全に浮かれているアーディを微笑ましい物を見る目で見ているのだった。

 

 

メニュー29 海鮮焼き へ続く

 

 




というわけで子供達に甘口カレーとなりました。蜂蜜、林檎、チョコレート、ヨーグルトのカレーは暴力的に甘いので、食べる時は注意ですよ? 次回はオラリオでは多分食べれない、または希少と思う海鮮焼きをガネーシャファミリアで書いて行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー29 海鮮焼き

 

メニュー29 海鮮焼き

 

 

ガネーシャファミリアは現在のオラリオでは上位の規模を持つファミリアだとエレボスから聞いていたが……。

 

「なんとも個性的なホームだ」

 

「はっはっは!! 良いだろう!」

 

上機嫌なガネーシャには悪いが、あちこちに象の置物と象の仮面をつけている男の団員ばかりなのは正直言って変だ。

 

「良いんじゃないか、個性的で」

 

当たり障りのない言葉で返事をするとガネーシャは上機嫌で俺の背中をバシバシと叩く。

 

「さぁ、俺の方でもそれなりの準備をしておいたぞ。どうだ」

 

「へえ……割と本格的だな」

 

レンガを積んで簡易的な竃を作り、その上に網や鉄板が用意されている。BBQ会場として見ても全く問題のない準備がされていた。

 

「カレーを作って振舞ったりしているのでな! こういうのは慣れている!」

 

「はは、それは良いな。で、良いのか? 俺があれやこれやと準備しても?」

 

「全く構わない! 俺の方でも肉等は準備をしているから、カワサキはカワサキで好きに準備をしてくれ! ではな!!」

 

ボデイビルダーのようなポーズをして駆けていくガネーシャを見送り、好きに使っていいと言われた区画に置かれていた机に鞄を下ろす。

 

「何を作るんですか?」

 

「今のオラリオじゃ食べれないもの」

 

ひょこっと顔を出したアーディにそう返事をし、無限の背負い袋を開けてその中から使う食材を取り出す。

 

「えっ!? か、カワサキさん……海鮮じゃないですか!?」

 

「そう、海鮮だ。しかも鮮度もバッチリだ。俺の魔法でしっかりと鮮度は保ってるぞ」

 

オラリオはニョルズファミリアのあるメレンやポセイドンファミリアから運ばれてくる海産物のが唯一の海産物の入手経路だが、闇派閥が幅を利かせているので中々流通しないらしい。まぁそれも当然でオラリオにはいるのに4~5時間掛かるのでは海産物はどう考えても全滅するからだ。

 

「海産物だと!?」

 

「うお!? マジだ!」

 

「これを焼くのか!! 良いな!!」

 

男連中が海鮮を見て声を上げるのを見て、俺は笑いながら鞄から箱を取り出した。

 

「これにとっておきのブツがあるんだ」

 

そう言ってから箱を開けて、氷の中から鮮度の良い烏賊を取り出す。

 

「こいつをぶつ切りにして焼く」

 

「「「おおおーッ!!」」」

 

「この貝にバターを乗せて焼く」

 

「「「おおおーーーッ!!!」」」

 

「このでかい海老を半分に割って豪快に焼く」

 

「「「うおおおおおおーーッ!!」」」

 

徐々に上がっていく歓声に俺も楽しくなってくるが、ここで1度蓋を閉める。

 

「仕事の後に振舞うからな。ちゃんと別で保存してあるから頑張ってくれ、労いでこれも出すぞ」

 

日本酒……こっちでは極東酒か、極東酒の酒瓶をドンと机の上に乗せるとガネーシャファミリアの団員たちは気合満点な様子で駆けていった。

 

「面白い奴らだな」

 

「……わたしは恥ずかしいですけどね」

 

「そうか? あれくらい素直なほうが分かりやすくて良いだろ」

 

美味いものを喰いたいと思うのは当然な事だし、素直に反応されるのを見るのは料理をする側としても楽しいものだ。

 

「まぁアーディも頑張ってきな、美味いものを準備しておくからさ」

 

「はーい、行って来まーす」

 

「あいよー」

 

アーディを見送り、俺は海鮮焼きの準備を始める。と言ってもやる事は簡単で料理と呼べる物では残念ながらなく、烏賊は良く洗って内臓や墨袋を取り除いて塩を振る、蟹の足は鋏と包丁を使ってからの一部を削いで身を露出させる。車えびなどの普通の海老は背腸を取り除いてよく洗う、さっきガネーシャファミリアの面子に見せた巨大な海老……伊勢海老などは豪快に半分に割り、帆立は貝殻にナイフを差込、まずは貝の端から中央へ向かうように一周させ貝柱と貝が切り離され貝が開くので良く身を洗って、サザエと共に常温に戻す。

 

「……ま、1つくらいは料理らしいものをな」

 

2重にしたアルミホイルにサーモンの半身と玉葱、オリーブオイルと塩を振り少し空洞が出来るようにアルミホイルを包む。

 

「後はバター焼きと茸も一緒に包んだりしても良いな」

 

派手でないがホイル焼きはバーベキューでは割と目立つ一品だ。これも適当な数を作って準備をしガネーシャが巨大な肉塊を運んで来たのを見て、俺も釜戸に火を入れて海鮮焼きの準備を始めるのだった……。

 

 

 

 

リリに先導されながら歩く痩せぎすの男……いや、神ソーマはふらふらと今にも倒れそうだった。

 

「ほら、しゃんとしてください、しゃんと」

 

そんなソーマを見たリリは振り返りソーマにしゃんとしろと声を掛ける。

 

「……暑い」

 

ボサボサだった髪を適当に整え、清潔な衣服に身を包んではいるが、バリバリのインドア派のソーマには日中に出掛けるのは些かハードルが高かったようだ。

 

「暑いじゃないんですよ、暑いじゃ、ソーマさまが自分で行くとおっしゃったのですよ。リリは本当なら皆と一緒に来ようと思っていたのに……」

 

「すまん」

 

「別に良いですけど、カワサキさんがチケットをくれてますし……」

 

カワサキ……私に神酒をくれた亜人、それがガネーシャと共にイベントをやると聞いていてもたってもいられず、たまたま目に付いたリリに頼み込んで一緒にガネーシャファミリアに来て貰った。

 

「盛況だな」

 

「ただで食べれるとなれば盛況ですよ、さ、こっちですよ」

 

ガネーシャ本人も肉を焼き、団員達がそれを配り、笑顔が広がっていく光景は見ていて楽しくなってくる。

 

(今の私には必要だからな)

 

私のファミリアの団員の多くは闇派閥へと流れてしまった。それだけ私が馬鹿にされていたというのもあるが、私が神酒作りに没頭している間にザニスに運営権を任せたのが全ての失敗だった。それを取り戻したとしてもザニスに付き従う闇派閥予備軍は全員闇派閥に流れてしまい、私はフェルズにすぐに連絡を取ったが、既にザニス達は改宗を終えていたので私に出来る事は何もなくなってしまった。

 

「カワサキさん! こんにちわー!」

 

「おう、リリ。元気そうだな!」

 

「はい! リリは元気です!」

 

カワサキと楽しそうに話すリリを見ているとカワサキと目が合った。

 

「あんたは「初めまして」だな。カワサキだ、ダイダロス通りで炊き出しをしながらガキの面倒を見ている」

 

「あ、ああ。初めまして。ソーマだ」

 

初めまして、つまり互いに初見という事を貫けというカワサキの言葉に頷いているとリリが鞄からチケットを2枚取り出した。

 

「はい! カワサキさん!」

 

「おう、確かにな」

 

チケットを受け取ったカワサキはプレートの上に焼きたての海鮮をこれでもかと盛り付け、私を手招きした。

 

「リリが運んだら落とすかもしれないだろ? 持って行ってやれよ」

 

「そうだな。ああ、そうしよう。行こうか、リリ」

 

「はい!」

 

2人分の皿を持って空いている机に皿を置いて椅子の上に腰を降ろす。

 

「疲れた」

 

「少し歩いただけですよ、ソーマさま」

 

「……そうだな、少し身体を動かすべきか」

 

ファミリアの正常化のためにも変えれる所から変えていこうと思って最初は服装を改善したが、次はもう少し活動的になるか……。

 

「何をすれば良いと思う?」

 

「……リリと一緒にカワサキさんの所に行きますか?」

 

「そうだな、それも良いかもしれないな」

 

炊き出しの手伝いとかをして見るのも良いかもしれないなと呟きながら料理の盛り付けられた皿に手を伸ばすが、その手をリリに叩かれた。

 

「いただきますです」

 

「あ、ああ。いただきます」

 

「はい、食べましょう。ソーマさま」

 

少し見ない間というかカワサキの所に通ってるうちにリリがめちゃくちゃたくましくなっていた。

 

「……海鮮か、まずは……そうだな、烏賊だ」

 

烏賊、帆立、海老を網焼きにしたものと銀色の何かに包まれた料理に蟹と豪華な品の中、1番最初に目に付いた輪切りにされた烏賊にフォークを刺して持ち上げ頬張る。

 

「あふっ! あつっ!?」

 

「ちゃんと冷まさないからですよ。ふーふー」

 

焼きたての烏賊に舌を火傷する私の隣でリリは烏賊に良く息を吹きかけてから頬張る。

 

「んんん~♪ 美味しいです!」

 

「あ、ああ。美味い」

 

烏賊の鮮度が良いのか塩だけで十分に美味い。サクサクとした食感と烏賊の旨みだけで美味い。

 

「この大きな貝も美味しそうです!」

 

「間違いなく美味いだろうな」

 

リリの拳よりも尚大きい帆立は間違いなく美味い、見るだけで美味いと確信出来る。

 

(本当は酒が欲しいが、今は禁酒だ。我慢我慢)

 

カワサキと酒を酌み交わすまでは酒を我慢すると決めていたので酒をグッと我慢し帆立の巨大な貝柱にかぶりついた。その瞬間に口の中に広がる海の香りと肉に負けない肉厚の貝柱のジューシーさには流石に禁酒の誓いを揺るがされかけたが、それをぐっと堪える。

 

「これものすごく美味しいです!」

 

「そうか、良かったな。リリ」

 

「はいです!」

 

本当に嬉しそうなリリの笑顔を見て神酒に拘っていれば、この笑顔を失っていたと気付き、あの時カワサキに出会えて良かったと心の底から思うのだった……。

あの時カワサキに出会えて良かったと心の底から思うのだった……。

 

「禁酒するんじゃないですか!?」

 

「1杯、1杯だけだ」

 

「駄目ですー!」

 

「後生だ! 1杯だけ目を瞑ってくれ、リリ!」

 

ただ海鮮焼きの美味さに負け、禁酒の誓いを破りそうになった私とそんな私を止めようとするリリとリリに助けを求められやってきたカワサキと余りにも混沌としたその光景は今思い返しても、恥ずかしくもあったが面白く楽しい瞬間であった。

 

 

 

アイズとベートがどうしてもガネーシャファミリアの催し物に行くと聞かず、2人だけで行かせるのは不安だったのでついてきたが……そこで私はベートの意外な側面を見ることになった。

 

「なぁーカワサキさんよ。俺にも稽古を付けてくれよ、オッタルを鍛えてるんだろ? 俺だって良いじゃねえかよ」

 

「……わたしも」

 

「ベートはともかくお前は駄目だ、アイズ」

 

「なんで」

 

「子供の時に身体を鍛えすぎると背が伸びなくなるぞ? 何時までも小さいままでいいのか?」

 

「……それはちょっと困る」

 

「だろ。今は飯を食って遊んで寝ろ。良いな? という訳で食え」

 

「あい」

 

偏食家のアイズがカワサキと名乗った男に差し出された料理を受け取り、椅子に座って食べ始める姿に驚かされた。

 

(ホームではあんなに苦労しているのに)

 

嫌だと言って逃げ回るアイズを追いかけ、食事をさせるのにどれだけ苦労するか、しかもじゃが丸くんじゃないといやそうな顔をして少ししか食べないのに……。

 

「これ、美味しい」

 

「じゃあもっと食べるか?」

 

「食べる」

 

自分から食事をして、おかわりまで……ッ! 

 

「ベートも食うか。美味いぞ、新鮮な海鮮は」

 

「……貰う」

 

口は悪いが、優しく求心力のあるベートまでもが素直にカワサキのいう事を聞いている。

 

「うめえ」

 

「美味しい」

 

「そうか、そうか、どんどん食え、で? そこで見てるあんたは食わないのか?」

 

私に声を掛けてくるカワサキに私は小さく頭を下げた。

 

「エルフだから肉や魚は余り好きではなくてな」

 

「ふーん……まあ無理に食えとは言わないさ。食いたくなったら声を掛けてくれ「おかわり」おー、今日は良く食うな、アイズ。何が美味い?」

 

「これ、それとこれ」

 

「はっははははは! そうかそうか、蟹と帆立が美味いか! はっははははッ!! 良いぞ良いぞ、どんどん食え」

 

「うん……」

 

超がつく高級食材である蟹と海老をゆっくりだが、確実に食べているアイズは幸せそうに笑っていて、その笑顔はどれだけ見ようと思ってもロキファミリアでは見れないものだった。

 

「んで稽古付けてくれるのか?」

 

「あー別にかまやしないが……何処でやるんだ?」

 

「うちのホーム。アイズに料理とか教えてくれてるんだろ? それの礼も言いたいってリヴェリアも言ってるし、それを兼ねて1回来てくれよ」

 

ベートが熱心にカワサキをロキファミリアに来てくれと誘っている。フレイヤファミリアの猛者オッタルを鍛え上げ、闇派閥のヴァレッタ達を一蹴した恩恵も持たない料理人に訓練を見てもらいたいというベートに何を馬鹿なと思いはしたが……。

 

(私でも、いやガレスでも勝てんかもしれん……)

 

オッタルの真似をした訳ではないが、最近深層までのソロアタックを始めたガレスでも勝てないかもしれないと思うほどにカワサキの姿に隙は無かった。例えば今料理をしている中でも攻撃を受ければ即座に反撃に出れると確信出来るほどにカワサキには隙が無かった。

 

「遅れて申し訳ない。私はリヴェリア・リヨス・アールヴ、ロキファミリアの3人の団長の1人だ」

 

「ほーで?」

 

興味が無いというのがひしひしと伝わってくる。敵意ではなく、本当に私という存在に興味が無いのだろう。

 

「アイズに関しては私も、ロキファミリアのメンバーもとても感謝している」

 

「その割には挨拶に来るの遅くないか?」

 

すぐに飛んで来る皮肉に思わず顔が引き攣るとベートが小さく耳打ちして来た。

 

(カワサキは優しいけどめちゃくちゃ怖いぜ。今のオラリオの情勢の原因の片割れってことは知ってるんだしよ)

 

ぐうの音も出ない正論だ。フレイヤファミリアは既に復興の兆しはあるが、それに対してロキファミリアはベート達が頑張ってくれているだけで古参のメンバーはどうにもぱっとしない状況が続いている。

 

「俺は見ての通り忙しい、飯もくわねぇ、話もしないならとっとと帰ってくれ」

 

「おかわりくださーい」

 

「こっちもお願いします」

 

「あいよーッ!」

 

汗を流しながら料理を配っているカワサキをこれ以上足止めしては迷惑だ。

 

「そちらの都合の良い時間で良い、1度ロキファミリアへ来てくれないだろうか?」

 

「……気が向いたらな。ほら、食わないならあっち行け、邪魔だから」

 

シッシと追い払われ、まだ海鮮焼きを食べているベートとアイズだけを残して私はホームへと足を向けたのだが、その道中でどうしても気になることがあった。

 

「おかしいな、どこかで会ったような気がする」

 

初めて会う筈なのにカワサキを知っているような気がしてならず、一体何処であったのかと首を傾げながらホームへと帰った。

 

「なんか明後日には来るってさ、よっしゃあ。気合入るぜッ」

 

土産までちゃっかり持ち帰ってきたベートから明後日に来ると聞いて、私は慌ててロキの部屋へと走るのだった……。

 

「美味い美味い!!」

 

「うわ、美味しい……これこれで包んで焼くだけなんですよね?」

 

「そうだ。簡単で美味いだろう?」

 

「はい! 凄く美味しいです!」

 

「カワサキ! これもっと焼いて良いか!?」

 

「どんどん焼いて良いぞ!」」

 

「「「おおおおーッ!!!」」」

 

リヴェリアがロキ達にカワサキが来ると話をしている頃、カワサキは完全にガネーシャファミリアに馴染み海鮮焼きをしながら酒盛りを楽しみ、完全にガネーシャファミリアに溶け込んでいるのだった……。

 

 

 

下拵え カワサキさんロキファミリアへ行く その1 へ続く

 

 




海鮮焼きは他の作品でもやっているので今回はシナリオメインにしてみました。リヴェリアへの塩対応で分かると思いますが、アイズの状態を見てカワサキさんはロキファミリアの評価が更に下がっているのでこうなりました。次回はタイトル通りロキファミリアへ向かうカワサキさんですが、メインはベートとアマゾネス姉妹でやって行こうと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え カワサキさんロキファミリアへ行く その1

下拵え カワサキさんロキファミリアへ行く その1

 

ベートの奴の朝は早いが今日は何時に増して早かった。陽が上がるかどうかから起き出して念入りに、念入りに柔軟を繰り返していた。

 

それこそオッタルの真似をした訳では無いが、深層までのソロアタックをやりだしたワシよりも念入りに柔軟しているのを見て思わず声を掛けた。

 

「随分と今日は念入りに柔軟をしているな、ベートよ」

 

「ああ、今日はな。俺の師匠が訪ねてくる。何度も何度も鍛えてくれと頼み、そしてやっと頷いてくれた。今出来る最高の状態で出迎えたいんだ」

 

片腕1本で全体重を支えて腕立て伏せをしているベートは滝のような汗を流しながらワシにそう答えた。

 

「師匠なのに何度も頼んだのか?」

 

言葉が矛盾していると思いながら尋ねるとベートは片手1本で身体を跳ね上げて立ち上がると上半身の柔軟を始める。

 

「俺が勝手に師匠と思っている人は3人いる。ガレス、あんたは嫌がるかもしれんが。マキシムとザルドだ。あの2人に強さの頂点を見た。そしてもう1人に心の強さを見た。身体だけでも、心だけでも駄目だ。両方揃ってこそだ」

 

澄んだその瞳を見て本当にベートがロキファミリアに入団してくれて良かったと心の底から思った。ベートがいればロキファミリアは更に飛躍する。ワシ達のせいで地に落ちたその名声を再び天に上げてくれると思った。

 

「その男は強いのか?」

 

「正直言って分からん」

 

「強いのかが?」

 

「俺なんかよりも強すぎて強いとか弱いとかの区別がつく相手じゃねえんだ。オッタルを片手で転がす化物だぜ?」

 

「それはまたとんでもないな」

 

オッタルは今のオラリオで最強の男だ。そんなオッタルが片手で転がされると聞いて興味が沸いた。

 

「ワシもあって見ても良いか?」

 

「良いんじゃね? どうせティオナとティオネとも知り合いだしよ。何よりアイズにコロッケの作り方を教えた人だ、面倒見は良いと思うから頼んで見れば良いんじゃないのか?」

 

そう言って走り出すベート。ダイダロス通りの孤児やカワサキと名乗る男の所に行くようになってから明るくなったとは聞いていた……。

 

「料理人が師匠?」

 

どう考えてもベートの方が強いのではないか? そう思っていたのだが……。

 

「あがっ……お、おお……!?」

 

「悪い手加減を間違えたみたいだ。大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だ……ぬ、ぬおおおおッ!!」

 

たった1発で膝をついたベートが気合を入れて立ち上がり、再び拳を構える。それと対峙するのはラフな格好をした最近オラリオの話題を掻っ攫っているカワサキだった。

 

「料理人だよな?」

 

「ああ、確かその筈……」

 

「ベートより強いとかマジか……」

 

ベートよりも強いことが信じられないという声があちこちから聞こえるが、ティオナとティオネは違っていた。

 

「カワサキさん! 手加減しなくて良いですよ!」

 

「もっと全力でやってもベートは頑丈だから大丈夫!」

 

やいやいと囃したてる声にカワサキは肩を竦めながらベートに視線を向けた。

 

「お前が今まで積み上げたものぶっ壊れるけどどうするよ?」

 

「望む所だ。あんたの強さ見せてくれよ」

 

ロキファミリア、そしてオラリオで積み上げたものが壊れるぞと言われたベートは獰猛な笑みを浮かべて構えを取り、カワサキも本当に軽く構えを取った。

 

「これは訓練じゃないからな? 俺の強さなんか大したことは無いが……ベート。お前が乗り越える壁としてはまぁ立ち塞がってみる事にしよう、行くぜ?」

 

「おう、俺も行くぜッ!」

 

獣人の脚力を使っての突撃、並の人間なら防御も、回避も出来ない。ましてや恩恵のない人間が防げる筈が無いのだが……。

 

「そらよ」

 

「がっ!?」

 

無造作に突き出された拳がベートの顔面を穿ちベートが動きを止めた。

 

「スピードで撹乱しても馬鹿正直に死角を狙ったら意味無いだろ? ここを攻撃するって言ってるようなもんだ。それに足が速いなら……それを潰せば事足りる」

 

思わず耳を塞ぎたくなるような音が響いた。カワサキの蹴りはベートの脹脛を捉えていた。只の蹴り、それにしか見えなかったのだが……。

 

「うっ……うあ……」

 

「いてえだろ? 脹脛を蹴られてると足が踏ん張れなくてスピードもパンチも蹴りの威力も落ちる。相手が動けなくなれば……こっちのもんだ」

 

肉を打つ音が訓練場に響く、ベートは必死にガードを固めているがそのガードの隙間をすり抜けるようにしてカワサキの拳がベートの顔を左右へ弾き続ける。

 

「がっ!? ぐっ!! おおおおおッ!!」

 

このままでは倒されるそう判断したベートが右拳を突き出し、カワサキを引き離そうとするがベートの拳が伸びきる前に鋭い打撃音が訓練場に響き渡り、ベートは膝をついて倒れ、そのまま顔から倒れ込みかけるがカワサキはそれを片手で受け止めて寝かせると驚いている団員を掻き分けて水汲み桶に水を汲んで戻ってきてベートに向かってぶちまけた。

 

「つめてえ!? いてっ」

 

「おう、おはよう。んで? 続けるか?」

 

「当たり前だッ!」

 

「おうおう、根性があって良いね。ほれ、来い。今度は色々と教えてやる」

 

「それはありがたいなッ!!」

 

「踏み込みが甘い、脇が開いてるぞ」

 

「くっ! このっ!」

 

「苦し紛れに蹴りを出すな、カウンターを貰うぞ」

 

「ぐっ! 分かった」

 

殴られ、蹴られ、転がされ、ひっくり返され、ベートの全てが通用しない、だがそれでもベートの顔は晴れ晴れとしていて、倒されても転がされてもすぐに立ち上がり、カワサキに向かって行く姿を見て、ワシも段々とうずうずして来て、ベートが動けなくなって座り込んだタイミングを見て一歩前に出て、ワシも混ぜてくれと殆ど無意識にそう口にしているのだった……。

 

 

 

 

何度も何度も頼んでやっと手にしたカワサキの指導。オッタルとカワサキがやっているのは何度も見ていて分かっていたが、カワサキの指導はめちゃくちゃに厳しかった。

 

「いちち……めちゃくちゃ切れてるな……」

 

口の中も切れているし、殴られまくった顔や腹は多分青痣が出来ているだろうが、身体の痛み以上に収穫があった。

 

「冒険者っていうのはいつも思うが力任せだな」

 

「ぬ、ぬう……な、何故ふりほどけんッ!?」

 

「そりゃ関節を押さえているからだ、無理に動くと腕が折れるぜ、爺さん」

 

「ぐっぐぐううっ!」

 

カワサキはそれほど強く無いと言っていたがめちゃくちゃに強く、そして巧かった。ガレスとの組手を見ているだけでも勉強になった。

 

(……なるほどな……)

 

力は確かにあれば良いだろうが、その使い方によっては全然力を入れなくても相手を押さえ込めるようだ。

 

「ぐぐっ、降参だ」

 

「ん、で当然続けるよな?」

 

「当たり前だッ!」

 

ガレスはドワーフなので当然ながらパワーがある、力比べならオッタルにも引けを取らない程の強力だ。だからかカワサキは直接組み合うことをせず出鼻を挫いたり、相手の力を利用したりと俺とはまた違った技術を駆使してガレスと組手をしていた。

 

「やっぱりカワサキさん強いねぇ」

 

「強い強いとは思っていたが、本当に強いな」

 

「当たり前、大体男禁止のテルスキュラに半年も滞在してたんだから別格の強さだよ」

 

料理だけではなく、腕っ節も強いわけか……。

 

「あちこちを旅をしてると襲われるものなのかね?」

 

「そうじゃない? 特にカワサキさんの料理は美味しいし、旅をするのに困らないくらいの金があれば良いとはよく言っていたけどね」

 

無欲だと金も溜まる物なのかねと思いながらティオナとティオネと話をしながらカワサキとガレスの戦いを見ていたのだが、何時の間にかギルドから紹介され、お試し入団をしていた若い冒険者達にアイズや余り姿を見ないフィンとロキまでやってきて、訓練場は何時の間にか凄まじい熱気に満たされていた。

 

「うっし、そろそろ回復したな。お前は良いのか?」

 

体力も戻って来たのでガレスがダウンしたらもう1度と考えながら身体を軽く動かしてティオナ達に尋ねると2人はつまらなそうな表情を浮かべた。

 

「カワサキさんは女に手を上げるのは趣味じゃないって言って相手をしてくれないんだよ」

 

「カワサキさんと組手出来ればレベルアップに繋がりそうなのにぃ」

 

「はっ! それは残念だな、俺は思いっきり稽古をつけてもらうことにするぜ!」

 

ガレスがダウンしたのを見て地面を蹴って一気にカワサキに向かうが、振り返らずに足を掴まれ投げ飛ばされ訓練場の床を転がる。

 

「若いって良いねぇ、もう元気になったのか?」

 

「おうよ! 行くぜカワサキさんよッ!」

 

さっきの教えを全部出してやると意気込み、俺はカワサキに再び向かっていったのだが……。

 

「そぉい」

 

「ぬあっ!? ぐへえッ!」

 

「ぐはあッ!?」

 

腕を掴まれたと思った瞬間カワサキが自ら後に倒れ込み、その勢いで投げ飛ばされた俺はダウンしていたガレスの上へと落下し、訓練場に俺とガレスの潰れた蛙のような呻き声が響き渡り、殺気を感じて顔を上げると足の裏が迫っていて……。

 

「あぶねえ!?」

 

「ぐぼおっ!?」

 

俺が避けた事でガレスにカワサキの蹴りが叩きこまれ、再びガレスが地面に沈んだ。

 

(距離を取らないと不味いッ!)

 

腕力、打撃力、共に俺よりも低いカワサキだが、それを埋める技術を持っている。懐に潜りこまれたら不味いとバックステップをしようとするが、カーフキックとやらを叩きこまれた俺の左足は思うように動いてはくれなかった。

 

「くっ!」

 

カワサキが懐に潜りこんで来るのを見て咄嗟に顔のガードを固めるが、カワサキの固く握り締められた左拳が俺の腹を打つ。

 

「ぐっ! くっ、うっ!? 「がら空きだ。ベート」がぼおっ!?」

 

パンチが重い、殴られた衝撃よりも身体に残る重い一撃に思わず呻き声を上げ、それが何十発と続き、反射的に腹のガードをしてしまった直後カワサキの右拳が弧を描いてくるのが見え……ガードも避ける事も出来ず右拳が顔面に叩きこまれ俺は呻き声を上げながら吹っ飛ばされて意識を失い、2杯目の水をぶちまけられる事になった……。

 

 

 

ベートとアイズたんがカワサキを呼んで来たと聞いていたのだが、何時までも挨拶に来ないのでどこにいるのかと思いホームの中を歩いていると訓練場がやけに騒がしく、まさかと思って訓練場に行くとそこにカワサキはいた。

 

「だーかーら、パンチを打つ時に力を入れすぎなんだ。力を抜いて、軽く踏み込みながらこう」

 

軽い、本当に軽い音を響かせながらパンチを繰り出すカワサキの真似をして、ベートとガレスが拳を突き出しているが、音がめちゃくちゃ重かった。

 

「んーむ。力を抜いて打つというのがいまいち分からん」

 

「力を入れてるとパンチが重くなる。軽く打つパンチも必要だぞ?」

 

「あー質問だが、なんで軽いパンチを覚える必要があるんだ?」

 

相手を倒すのに弱いパンチを覚える必要があるのか? と尋ねるベートにカワサキは実際に体験してみたほうが良いと言って構えを取り、ベートに来い来いと手招きする。

 

「がっ!? うっ!? くっ、くそッ! 「ほい、隙だらけ」があッ!?」

 

早いパンチを何発も叩き込まれ、ベートが叫びながら前に出た瞬間に重い拳が突き出され、ベートは腹を押さえてその場に蹲った。

 

「な、なるほど……か、軽いパンチで……誘導と……足止めか……?」

 

「それもあるけど相手の出方を見るって使い方も出来るな。俺は料理人だから魔法はそんなに使えないし、武器も使えんが、格闘技には自信がある。弱いパンチ、強いパンチ。用は使い方だ。ジャブで相手の足を止めて蹴りを叩き込むなんて使い方も良いぞ」

 

「なるほどのう……じゃが、ワシとベートを押さえ込んだあれはなんだ?」

 

「ああ、あれか、あれは関節技だが、力任せに出来るモンじゃ……ん?」

 

ガレスと話をしていたカワサキが振り返りウチと目が合った。その瞬間ウチは思わず身震いした、初めて会ったのに、ずっと前に会っているようなそんな気がしたのと同時に凄まじい恐怖をカワサキに抱いたのだ。

 

「どうも「アホ女」が俺を探してるみたいだからちょいと行ってくる」

 

「アホ女……アホ女かぁ……団員としては否定しなければいかんが」

 

「無理だな。分かった、待ってるから早く戻って来てくれよ」

 

ガレスとベートと話をしたカワサキがウチの方に歩いてくる。

 

「俺に話があるんじゃないのか? アホ女」

 

「あ、ああ……そやな、ウチの執務室ではなそか?」

 

「別に好きにすれば良い。俺も、俺でお前に話があったしな、なぁ、アホ女」

 

アホ女アホ女と連呼され、普段なら怒る所なのだが……姿が違うのにどうしてもカワサキの姿が先日襲ってきた黄色い亜人にしか見えず、ウチは訂正しろとも言えず、愛想笑いをしながらカワサキを執務室へと案内したのだが……。

 

「お前子育てまともに出来ないのに何でアイズを引き取って育てるって言い出したんだ? お? 幼児虐待って知ってるのか? え? なんとか言えよ、おい育児放棄してなに偉そうにしてんだお前は」

 

「……すみません」

 

アイズたんに関しての説教が全て的を射ていて、反論出来る訳も無くウチはアイズたんの事でガチ切れしているカワサキに向かって深く、深く、それこそ土下座する勢いで頭を下げるのだった……。

 

 

メニュー30 カワサキさんロキファミリアへ行く その2へ続く

 

 

 




ベートとガレスがカワサキさんの指導を受け体術の概念のレベルがアップしました。そしてロキ虐その2の開幕ですが、アイズへの対応はネグレクトにしか見えないので静かに怒るカワサキさんとなりました、次回は少しこの話の続き、そして食事を書いて行こうと思います。この後は色々とやりたい話はありますがエレボスを交えて、ソーマと飲み会なんかやってみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー30 カワサキさんロキファミリアへ行く その2

 

メニュー30 カワサキさんロキファミリアへ行く その2

 

カワサキがロキの執務室に来ていると聞いて私も大急ぎで執務室へと向かったのだが……そこで待っていたのはカワサキの説教だった。

 

「ネグレクトって知ってるか? おう、アホ女。子供を引き取って育てる環境かこれが?」

 

「……面倒は見てます」

 

「面倒見てるだけだろうが、子どもを育てる環境じゃねぇって言ってるんだよ。アホ女」

 

ロキと並んで正座させられ、かれこれ1時間近くカワサキに説教されていた。

 

「良いか、子供の時の情操教育は大事なんだ。同い年くらいの子供達との触れ合いや動物との触れ合い、それに適度な運動に勉強。そのどれかでも十分だったとお前は言えるのか? アホ女、馬鹿女」

 

これでもエルフの王族なのだからそう何度も馬鹿女というなと思ったのだが、カワサキに言われた子供の教育に必要な物がホームにあるかと言われると……無い。

 

「そもそもお前ら子供育てた事あるのか?」

 

「「……ない」」

 

「根底から駄目じゃねえか、フェルズの奴は何してるんだ」

 

未婚なので子育ての経験なぞあるわけが無いし、ロキは眷属こそ多いが当然子供も産んだ経験も無いだろう。

 

「いや、でもアイズたんの面倒は見てたで、それなりにアイズたんもうちらに懐いてくれてると思うし」

 

「じゃあその懐いてくれているアイズがダイダロス通りから帰ってきた時暗い顔をしてるの気付いたか?」

 

「……気付いてたけどどうすれば良いのか分からなかったな「だからお前は馬鹿なんだ」あいだッ!?」

 

頭にカワサキのチョップが叩き込まれ、痛いと呻きながら倒れると足の痺れと相まって私とロキは揃って執務室の床に転がり悶えることになった。

 

「なんで子供がいる眷属とか、団員に相談しなかったんだ?」

 

「「あ……」」

 

確かに私を慕っているエルフには子供を持つ者もいるので彼女達に話を聞いて子育ての参考にするという手も合った。

 

「んでロキはデメテルとかに話を聞こうと思わなかったのか?」

 

「……いや、全然「アホ女」いったあッ! あ、足が痺れ……」

 

ロキに神友が少ないのは知っていたが、それでも子供を産んだ経験のある女神もいるのだから話を聞くというのは十分に出来たはずだ。

 

「はぁ……まぁ偉そうな事を言える立場じゃないけどよ、もう少し子供を育てるってことを真剣に考えたほうが良いぞ、お前ら」

 

「「……はい」」

 

最終的に呆れが勝ったカワサキの言葉に私とロキは声を揃えて返事をし、アイズが望む日はダイダロス通りに連れて行き、カワサキの学校に通わせるという約束を最終的にカワサキと私達の間で交わすことになったのだが、女としての全てを否定された私とロキはカワサキの姿が見えなくなった後も床に座り込んでいた。

 

「リヴェリアママ、なんもかんも間違ってたんかな?」

 

「……情操教育なんて考えたことも無かったな」

 

「……まだやり直せるかなあ」

 

「……ファミリアの立て直しもだが、アイズの母としてもっと己を見直す必要がある……な」

 

ファミリアの立て直しだけではなく、仮にもアイズの母としてやるべきことがあることをカワサキと話をすることで私とロキは再認識するのだった……。

 

 

 

 

ロキもリヴェリアもアイズの事を心配し、色んなことを考えていただろうが2人とも根本的な部分が駄目だった。子供を育てた経験もないのに5歳くらいの子供を預かって育てようっていうのが土台無理な話だ。

 

(フェルズもフェルズなりに考えたんだろうけどなぁ……)

 

子供を育てる事でロキファミリアの印象を変えようとしたんだろうが、それをするなら子育ての経験が豊富な人間を補助としてつけるべきだった。

 

「……まだ間に合うと良いが」

 

アイズの中に燃えている黒い炎……復讐かあるいは報復か、アイズの目はリアルで腐るほど見てきた。世の中へ、あるいは自分の家族を壊した物に向ける憎悪。アイズに何があったのかは知らないが、まだ7歳くらいの子供がして良い眼ではないので、出来る事ならばもう少し子供らしいことに興味を持たせることが出来たら少しはアイズが自分の生に執着してくれるのではないかと考えながら俺はファミリア用の巨大フライパンを前後に振りながら牛肉の切り落としを炒めていた。

 

「なあーカワサキさん。もう出来るか?」

 

「もう少し待ってろベート。すぐ出来る」

 

牛肉に少し焼き色がついてきたら1度フライパンから取り出して、そのままフライパンの中にサラダ油小さじ1を加えて玉葱と塩を1摘みいれ、生姜を入れて玉葱と共に炒め、しょうがの香りが出てきたら、味付けだ。

 

(2人まえで濃口醤油と酒が大さじ2、みりん大さじ1、砂糖大さじ1.5、水250ml……だから……)

 

「まぁ、良いか、大体こんなもんだろ」

 

途中まで考えていたが、なんかどんどん増えてきているのを見て自分の勘を信じて作った割り下をフライパンの中に入れると甘辛い食欲を誘う香りが食堂中に広がる。

 

「ああ~腹減ったぁ」

 

「私も……もう出来ますか?」

 

「もう少しだな、もうちょい待て」

 

割り下を加えて一煮立ちさせたら火を弱めて、1分ほど煮詰めたら取り出しておいた牛肉を戻し火を強くする。煮汁が沸騰してきたらたまり醤油を回し入れてもう1度沸騰させる。

 

(普段より濃い目だけどまぁ、しょうがねえな)

 

あれだけ熱心に訓練をしたベートとガレスに引かれて全員かなり力を入れた鍛錬をしていたので普段より少し濃い目の味付けにして塩分を取れるようにしてある。

 

「よし、出来たぞ。ベートどうする?」

 

「大盛り!」

 

「私も大盛りでお願いします!」

 

「大盛り汁だく!」

 

「じゃあワシも大盛り」

 

ベートとティオネ達の注文にガレスが続き、若い団員達が俺も、俺もっと駆けてくるのを見ながら丼に炊き立ての米をよそり、肉と玉ねぎ、そして汁を均等になるように米の上に盛り付けて、ティオナは汁だく希望だったので汁を大目にして厨房に1番近い席で待っていたベート達の所へ牛丼を運ぶ。

 

「特製牛丼だ。熱いから気をつけて食えよ」

 

本当はすき焼き風牛丼だが、それを言ってすき焼きってなんだとなるとベートは絶対食べるって騒ぎ出しそうだし、とりあえず今回は前にベート達が食べたことがある牛丼で押し通そうと思う。

 

「あ、あの私も欲しいです!」

 

「僕も良いですか?」

 

「おう、良いぞ。今よそってやるからな」

 

牛丼の香りに吊られて食べたいと声を掛けてくるロキファミリアの団員達で一気に忙しくなるが、その忙しさはそう悪いものではなく俺は次々に丼に米よそり、その上にたっぷりと牛肉を乗せてやって次々やってくる腹ペコ共に次々と牛丼を渡していくのだった……。

 

 

 

 

 

丼から上がる湯気と食欲を誘う甘い香りに口の中に唾が込み上げてくるのが分かる。今すぐにもかき込みたいのを我慢して手を合わせる。

 

「いただきますッ!」

 

「おう! 食え、おかわりもあるぞ」

 

いただきますを言わないとカワサキが怒るのは1ヶ月カワサキが村にいたときに把握済みだ。いただきますとしっかり叫んでから丼を持ち上げて米の上に乗っている薄切りの牛肉を口の中に入れる。匂い通りの甘さとほんの少しの辛さ、甘くて辛いというカワサキの料理特有の

味が口の中一杯に広がる。

 

「うめえっ!」

 

「美味しい、はー……カワサキさんの料理久しぶりだけどやっぱり美味しい~!」

 

「んー幸せの味がする~♪」

 

かなり濃い目の味付けだが、その濃い目の味付けが汗をかいた今の俺達には丁度良い。濃い牛肉の味の後は炊きたての熱々の白米を口の中に放り込んだ。濃い味付けと炊き立てご飯の組み合わせは暴力的な美味さであり、夢中で牛丼を口の中へかき込む。

 

「美味い! なんじゃこれはめちゃくちゃ美味いではないか!?」

 

「美味しいっ!」

 

「はぐはぐっ!! うんうん! うめええッ!!」

 

俺とガレスとカワサキとの組手を見ていて、熱が伝播した団員達も牛丼を勢いよくかきこみ、美味い、美味しいと口々にしている。

 

「んぐんぐ、カワサキおかわり!」

 

「今度は?」

 

「大盛り!!」

 

1杯目をノンストップで食べ終え、2杯目を頼むとすぐに2杯目が俺の前に置かれ、今度はドロドロの卵もセットだった。

 

「温泉卵か、懐かしいな」

 

「それ好きだろ?」

 

「ああ、好きだ!」

 

とろりとした白身も濃厚な黄身の旨みも好きなので、それを牛丼の上に乗せて黄身を崩すと牛肉と米に黄身が絡まっていく……。

 

(こんなの不味い訳がねぇ!)

 

見ただけで美味いと分かる牛丼の丼を持ち上げ、黄身としっかり絡めた牛肉を頬張る。

 

「うめえッ! これは最高に美味いなッ!」

 

牛肉の濃い味に半熟卵の濃厚な旨み。2杯目でも手が止まる所か、むしろ早くなるのを感じる。

 

(この卵、本当にどうやって作ってるんだ?)

 

火が通っているのに生卵のようにトロトロという不思議な食感のこの卵はどうやって作っているのかいつも気になる。作ろうとするがいつもゆで卵になってしまうし、料理人の中でもカワサキのような一握りの人間しか作れないきっと特別なゆで卵なのだろう。

 

「私もください!」

 

「私も」

 

「ワシも貰うかの」

 

「はいはいっと、ほい温泉卵お待ち同様」

 

牛丼の茶色に温泉卵の黄身の鮮やかな黄色が良く栄える。そして卵のまろやかな味が牛肉を包み込み、その味を大きく変化して舌を楽しませてくれる。

 

「ふーッ! ご馳走様! めちゃくちゃ美味かったッ!」

 

カワサキとの組手で俺に足りない物の一欠けらを掴めた上に、美味いメシを腹一杯食った俺は上機嫌でご馳走様と言いながらカワサキに向かって頭を下げるのだった……。

 

「こう、か?」

 

「カワサキの蹴りはもう少し、ズシンと芯に響く感じじゃったな」

 

「だよなあ? おかしいな、蹴りの速さは俺の方が上のはずなんだが……」

 

「それより交代じゃ、ほれベート持て」

 

「おう。来い、ガレス」

 

「おおおッ!!」

 

カワサキが訪れてからロキファミリアの自己鍛錬の熱は弱まる所か強さをまし、ホームで鍛錬し、ダンジョンでそれを試すという事を繰り返しガレスとベートを始めとし、実働部隊はメキメキとその実力を増していたのだが、その中でもフィンだけは今だ前に踏み出すという事が出来ずにいるのだった……。

 

 

メニュー31 お手軽酒のつまみ へ続く

 

 




ベートには牛丼とか、カツ丼とかの丼がよく似合うと思います。異論は当然認めますが、冒険者にはこういうのがよく似合うと思うんですよね。次回は酒のつまみということでソーマを絡めて、ザニスに制裁を加える下拵えに進めて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス番外編 それはもしもの未来

それはもしもの未来

 

 

世界には色んなもしもの未来がある。ほんの僅かなすれちがい、ほんの僅かの行動によって未来は変わる。それはそんなもしもの未来のお話……。

 

「いやあ、悪いねぇ、カワサキ君。僕に付き合ってもらっちゃって」

 

艶やかな黒髪をリボンで結びツインテールにし、背中が丸見えで超ミニのワンピース、そしてその背丈の割りに豊かな胸を持つ少女……いや、ヘスティアファミリアの主神へスティアが隣に立つ筋肉質で強面の男……カワサキへ声を掛ける。

 

「別に構わないぞ、少し行き詰っていたしな」

 

「あー聖夜祭の……しかしマメだねぇ、僕達を模したお菓子をケーキに飾り付けしたいとか」

 

「記念に良いだろ?」

 

ヘスティアファミリアでのクリスマスパーテイに振舞われるケーキにヘスティアファミリアのメンバーを模したアイシングクッキーを飾りつけようとしているカワサキだが、お菓子は専門外なので試行錯誤の繰り返しであり行き詰っていたカワサキは気分転換にヘスティアの買い物に付き合っていた。

 

「ベル君は何なら喜んでくれると思う?」

 

「ベルは何でも喜ぶと思うけどな……お守りなんてどうだ?」

 

「お守り……指輪とか? あ、でも婚約指輪は早いかなー?」

 

「まぁそれは俺がどうこういうことじゃないが、指輪は割りといいんじゃないか」

 

自分で言っていやんいやんと身を捩っているヘスティアにやれやれと肩を竦めたカワサキはその視線の先に露天商が売っている新鮮な果物発見した。

 

「ちょっと見てくるわ」

 

「ん、了解。僕もちょっと見てくるよ」

 

カワサキとヘスティアの2人は露天商の売っている品を見て回る為に1度別れた。

 

「ね、ね! ちょっとで良いからお茶に付き合って!」

 

「いや僕は人を待ってるから」

 

「ちょっと、ちょっとだけで良いから」

 

そして果物を買い終えたカワサキはヘスティアをナンパしている茶髪のちゃらい雰囲気の男に眉を細めた。

 

「おうこら、てめえなにしてんだ」

 

「げはっ!?」

 

その男の後ろに回ったカワサキは容赦なくその男の背中に蹴りを叩き込み、蹴られた男は呻き声を上げながら吹っ飛び、せなかをおさえてうごごごごっと呻いていた。

 

「しつこい野郎は股間を蹴り上げろって言っただろ?」

 

「君は優しいのに何でこういう時の対応は暴力的なんだい?」

 

「調子に乗るからだな、ギルドナイトに……ん?「ん?」」

 

ナンパ男をギルドナイトに引き渡そうとカワサキはまだ呻いている男を爪先で小突き、正面を向かせその顔をしっかりと見たカワサキとナンパ男の視線があった。

 

「か、カワサキさぁぁんッ!「あぶねぇ!?」げぼろおっ!?」

 

号泣しながら抱きついて来た男にカワサキは反射的に蹴りを叩き込み、再び蹴られた男は市場の壁に叩きつけられ崩れ落ちる。

 

「カワサキさん、大丈夫かい? ギルドナイト呼ぶか?」

 

「なんだなんだ。カワサキに喧嘩を売ってる馬鹿がいるのか?」

 

カワサキが揉めているのを見てあちこちの市場の店主が顔を出す中、カワサキは腹を押さえて悶絶している男の前にしゃがみ込んだ。

 

「ちょっとカワサキ君。危ないよ?」

 

「いや……こいつの顔に見覚えがあってな……お前……ペロロンチーノか?」

 

カワサキの問いかけに2発蹴られた男……ペロロンチーノは脂汗を流し腹に手を当てながら小さく2度頷いた。

 

「怖がらないで、僕はただちょっと君達に聞きたいことがあるだけなんだ。いまカワサキって言ったよね? それってもしかして料理が上手で優しいけどちょっと暴力的で、目付きが悪いけど優しそうな男の人じゃないかな? かな?」

 

そしてカワサキがペロロンチーノ(?)に遭遇している頃、パーティの買出しに来ていたベル達は目が完全に逝っている眼鏡の女性に詰め寄られていたりする……。

 

 

 

 

クリスマスにお祝いをするからとカワサキさんに渡されたメモ用紙を手に、リリとヴェルフと買い物に来ていた僕は1人の鬼気迫る表情の女性に詰め寄られていた。

 

「いやあごめんごめん、ちょっと頭に血が昇って、それで君達はカワサキを知ってるのかな? かな?」

 

もう大丈夫と言っている割には全然大丈夫そうに見えない黒髪、眼鏡でどことなくエイナさんに似ている女性はもう1度僕達にそう問いかけていた。

 

(やばいですよ、この人絶対やばいですよ)

 

(俺もリリ介に同意だ。逃げたほうが良い)

 

確かに僕も基本的にはリリ達と同じ意見なんだけど、何故そこまでカワサキさんを気にするのか知りたかった。

 

「あーうん、僕も自分でやばいって思うんだけどさ、僕、いや僕もそうなんだけどカワサキを探してここまで来たんだ。昔の、いや、今も仲間だと思っているし、大事な人なんだけど……教えてくれないかな?」

 

大事な仲間という目の前の女性に僕はずっと前、カワサキさんが寝る前に話していた昔話を思い出した。

 

「あの、その、ファミリアの名前を言えますか?」

 

「……アインズ・ウール・ゴウン」

 

アインズ・ウール・ゴウン。カワサキさんが昔所属していたファミリアのような物の名前を口にした女性に僕はやっと警戒を緩めることが出来た。

 

「ベル様? アインズ・ウール……なんですか?」

 

「カワサキさんが昔所属していたファミリアみたいなものかな?」

 

「あん? そんな話聞いたことがないぜ?」

 

「あんまり話す事じゃないって言ってたし、それじゃないかな? えっと……」

 

「僕はやまいこ。よろしくね」

 

「じゃあやまいこさん。オラリオに来たばかりならまずはギルドに行きましょうか? その後にカワサキさんの所に案内しますから」

 

「うん、よろしく!」

 

ちょっと気持ちに余裕が出て来たのか柔らかく微笑むやまいこさんをギルドまで案内したんだけど……。

 

「なんか騒がしいね」

 

「確かに、なんかあったのか?」

 

普段も騒がしいギルドだが、今日は普段よりもずっと騒がしかった。何があったのだろうかと思っているとソファーに腰掛けていた全身真っ黒の男の人が立ち上がり僕達のほうへ……いや、やまいこさんの方へ歩いてきた。

 

「やまいこ、なんだ。そのガキ達は? カワサキを探しに行くと飛び出して行ってなぜこんなガキを連れて帰ってきた?」

 

女性に見間違えるほどに美しい男性だったが、その口調は刺々しかった。それに加えてその紫の瞳から放たれるその鋭い視線と周りを拒絶するような冷たい雰囲気に思わず怯んでしまう。

 

「ウルベルト~もう少し柔らかい口調で喋れない?」

 

「俺は元からこういう口調だ。で? このガキはなんだ?」

 

「カワサキの居場所を知ってるんだってさ、ね?」

 

「え、あ。はい、というか僕の先生です」

 

やまいこさんに話を振られ思わず反射的に頷きながら、リリ達を庇うように半歩前に出る。

 

「ほう? カワサキの教え子……ふうむ」

 

ウルベルトと呼ばれた男性は僕をジロジロと観察し、納得したように頷いた。

 

「なるほど、確かにカワサキに教わっているな」

 

「でしょー? こんな風に身体を鍛えてる子って全然見なかったしね~」

 

身体の鍛え方で僕がカワサキさんに鍛えられてるって分るのだろうか……でもカワサキさんも分かる人は分かるって言ってたし……多分分かる人は分るんだろう。

 

「ギルドの方で登録を済ませればオラリオを……あれ? やまいこさん、ウルベルトさん。そちらの少年達は?」

 

ギルドの受付のほうから歩いてきた1人の男性が僕達に気付いて柔和な笑みを浮かべながらやまいこさんにそう問いかける。

 

「モモンガさん。なんとカワサキの弟子を発見したんだ。登録を済ませたらカワサキの所に案内してくれるって」

 

「本当ですか! いやあ探すのに苦戦すると思ってただけにありがたいですね。あ、初めまして私はモモンガ。君の名前は?」

 

「ベル、ベル・クラネルです」

 

やまいこさん、ウルベルトさんと違って柔和で友好的な様子のモモンガさんに安堵の溜息を吐いた時だった。ギルドの扉が開き騒がしい男の声が響いて来た。

 

「いたい! 痛いです! カワサキさん!!」

 

「うっせえド馬鹿、っというか茶釜はいないのか、茶釜は……「ユウウウウウ!?」うおッ!? ま、舞子か!? 「痛い! ユウの愛が痛いッ!?」 うっせえ!耳元で叫ぶな、というか愛じゃねえよ」

 

「やだじゃあDV?」

 

「それもちげえよ!?」

 

猛獣もかくやという勢いでカワサキさんに突撃するやまいこさんの頭を掴んで止めるカワサキさん。カワサキさんがこんなに怒鳴っているのは村を出てから初めての事かもしれないけど……。

 

「ユウって言いましたね?」

 

「言ったな? もしかしてカワサキの名前か? どうなんだベル」

 

「えっとそれはちょっと分からない」

 

カワサキさんは名前はないと言ってカワサキって事しか教えてくれなかったので、ユウが愛称なのか、カワサキさんの名前なのかは僕には判断がつかなかった。

 

「よう、カワサキ」

 

「ん? ウルベルトか……それにモモンガさんも」

 

「あー良かったぁ、カワサキさんだ。随分と探しましたよ。オラリオでカワサキっていう有名な料理人がいるって聞いてもしかしてって思って来たんですけど、こうして再会出来てよかったです」

 

和やかに談笑しているカワサキさんだけど右手と左手にそれぞれ1人ずつ人間を掴んで持ち上げているのはちょっとどうかと思う。

 

「はーいはーい! カワサキさんにアイアンクローで頭を潰されかけている俺を誰か助けてくださいッ!!」

 

「ちょっとぉ! ゆうッ! ゆう! 久しぶりの許婚にあった喜びのハグがこれはあんまりだと思います!! もっとこう優しいのを!」

 

「「「「い、許婚ええ!?!?」」」

 

やまいこさんのカワサキさんの許婚という言葉にギルドが大きく揺れ、カワサキさんは疲れたように溜息を吐くのだった……。

 

 

 

 




ちょっと前々から考えていたギルメンINのオラリオです。ただ、ギルメンはカワサキさんと違ってリアルで死亡後に転生した勢なのでゲーム装備ではなく、普通にこの世界の住人見たいな感じで考えています。これでギルメンまで強かったらベル達がいる意味無くなりますからね。クリスマス番外編を考えていたのですが、本編がまだ開始されていないのでまだ上手く動かせないなと思いこういう形にして見ました。それとアンケートもやりますのでもしも間違っていないが多数だった場合はお正月にこの続きを書いて投稿してみようと思っていますのでアンケートにも参加してもらえると嬉しいです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お正月番外編 それはもしもの未来

お正月番外編 それはもしもの未来

 

 

オラリオの恩人とも言えるカワサキには謎が多い。14年前にフラリと現れ、ダイダロス通りを改革し、学校、そして孤児達に教育と職を与え、野球を広めた。現れた時と同じ様にまたフラリと消えそれから7年後にまたフラリとオラリオに現れた謎ばかりの男……それがカワサキだ。

 

「許婚なのに、許婚なのにぃっ!! なんで僕にいつもなにも言わないのさッ! 少しはなんかいえよぉッ!!」

 

「え!? カワサキさんとやまいこさん婚約者だったんですか!?」

 

「知らなかったな……」

 

「なんでカワサキさんはそういう話を皆にしないかなあ」

 

ギルドの床をバンバンと叩き号泣する眼鏡の女性とカワサキの事を知っているであろう男達にギルドに来ていた冒険者は勿論、受付嬢であるエイナ達にベル達も興味津々という表情を浮かべていた。

 

「なんか騒がしい……お、カワサキじゃーん! やっぱりいたね! やほーお元気♪ なんで山ちゃんは床を叩いて号泣してるの」

 

「カワサキ。良かった、また会えて嬉しいよ」

 

そこに小柄だが出る所は出て、へこむ所はへこんでいる美少女と茶髪で柔和な笑みを浮かべた美青年が加わり更にギルドがざわめく。

 

「モモンガさん、他にギルメンは?」

 

「え。あ、今はここにいるので全員ですが」

 

「ん、じゃあ全員来い。ベルもファミリアに帰るぞ。いつまで蹲ってる舞子、行くぞ」

 

「はーい、今行くよー♪」

 

声が低くなったカワサキが歩き出し、それを慌てて追いかけていくモモンガ達とベル達。その姿が見えなくなっても、いや、見えなくなったからこそカワサキの話は爆発的にギルド、そしてオラリオへと広がって行き……。

 

「……え、カワサキさんに……許婚……?」

 

「許婚が追いかけてきた……?」

 

一部激重感情をカワサキさんに向けている人達の顔がとんでもない事になり、ギルドととあるファミリアのホームに戦慄が走るのだった……。

 

 

 

 

謎ばかりのカワサキの過去を知る人間がオラリオにやって来た。しかもその内1人は許婚だというのは流石の俺も驚いた。

 

「なぁ、カワサキって良い所の生まれなのか?」

 

「あーいや別にそういうわけじゃないぞ、ヴェルフ。どこにでもある普通の家の普通の長男だ」

 

許婚がいるくらいだから名家の生まれだと思ったのだが、そうではない……。

 

「なんで嘘言うのさ。ゆうめっちゃお金持ちの生まれじゃんよ。上から数えた方が早いし、一生遊んで暮らせるレベルだったよね? 私もだけど」

 

「お前はちょっと黙ろうか? 舞子」

 

「はーい」

 

許婚だというやまいこ、いや舞子? その人に黙ろうかとカワサキがいうが、一生遊んで暮らせるレベルの名家の生まれらしい。

 

「え、カワサキさん。そんなに凄い生まれだったんですか?」

 

「んーまぁ生まれは? とは言えなぁ……」

 

「なにかあるんですか? カワサキさん」

 

なんか歯切れが悪いカワサキに俺達が首を傾げているとベルが何か事情があるんですか? と問いかける。

 

「いや、うん。まぁ……あれだ、家にいても俺のやりたいことは出来ないって事で出ていったんだよな、家。だからその時に舞子との婚約は解消されてるんだけどなあ、というか俺お前の家から結婚したって聞いてたから正直少し安心してたんだけど……」

 

カワサキの言葉にやまいこの顔から表情が消え、その身体を震わし始めた。

 

「ねーカワサキ。いくらなんでもそれはやまちゃんに酷くない?」

 

「ってもなあ。あそこにいても俺のやりたい事できねえしそりゃ出て行く事無いか茶釜?」

 

「ちなみにカワサキさんは何をしたかったんです?」

 

「飯を作って少しでも腹を減らしてる奴を減らしたかった。というかな、俺は俺があいつらと同類って思われるのがめちゃくちゃ嫌だった」

 

凄まじく嫌そうな表情と声で言うカワサキにウルベルトが膝をたたいて大声で笑い出した。

 

「ハハハハハハハハ!! 確かに確かに、クックク……分る、分るぞ。俺はお前の気持ちが良く分るぞ、カワサキ」

 

「だろー? というかあれと同じで見られるとかさ……」

 

「「死にたくなるな」」

 

死にたくなるレベルでカワサキの生まれた家とその周りの連中が酷かったのかと俺達は凄まじい衝撃を受けた。というか良くそんな環境で生まれて育ってこれだけ人を思いやり、人を導ける人間になったなと正直に驚かされる。

 

「だからってさあ、僕をおいて行く? 僕婚約者ぞ?」

 

「だってよお、お前先生だし? 巻き込んで貧乏暮らしさせるのもなぁって思うじゃんよ?」

 

「でも連れてけよぉ!! いや、せめて顔見せろよ! なんだよ手紙ってさあ!! しかも貧民層に行く、じゃな!ってなんだよ!?  店も畳んであるし、これで俺を忘れろとか言って金を置いてくとか馬鹿にしてんのかオラぁぁンッ!! 人を舐めるのも大概にしろよぉッ!!」

 

何を言ってるのか半分くらいは分からないけど、めちゃくちゃ切れてるのは分った。後手切れ金にしか思えない金を置いて姿を消すのは駄目だと思う。

 

「ええ……カワサキさん、いくらなんでも……それは」

 

「いや、普通にドン引きだよ。何してるんだよ、カワサキさん」

 

「ククク、ハハハハハハハハッ!」

 

「笑いすぎだろ、ウルベルト」

 

「……フフ、フハハハハ……だがな、たっち・みー。カワサキの奴は円満だったと……ククク……夜逃げ同然じゃないかとな……」

 

カワサキの過去が明らかになったのは衝撃的だったが、それと同じ位カワサキの仲間にも驚いた。全員が全員個性の塊みたいな連中だが、気の良いやつらっていうのはすぐに分かった。

 

「逃げたわけじゃないぞ、ちゃんと昼間に正面から出て行った。たまに帰って来い、戻ってこいっていう手紙も来たがそれなりに楽しく過ごしてたさ……あの時までは」

 

なんか急にカワサキの雰囲気が変わった。どんよりというか、恐れているというか……余りに触れてはいけない空気を纏い始めた。

 

「何があったんですか?」

 

「キチガイサイコパスメンヘラお嬢様に監禁されて手足を切り落とされる寸前まで行くまでは割と平穏だった」

 

「「「「何があったの!?」」」」

 

余りの爆弾発言に俺達の絶叫がヘスティアファミリアのホームである教会を物理的に揺らすのだった……。

 

 

 

カワサキさんの話は余りにも衝撃的だった。富裕層のキチガイに拉致監禁、しかも手足を切り落とされる寸前だったとか想像出来ない話だった。

 

「俺の腕を少し切って血を舐めて恍惚の表情をしてるあの女はやばすぎた」

 

それは誰が聞いても、どう考えてもやばすぎる相手である。カワサキさんのやばすぎる貧民層での話に皆ドン引きだ。

 

「……ちなみにどうやって逃げたの?」

 

「自分で腕を切り落とすかなあとか色々と考えて、それは最終手段にしようと思ってひたすら鎖を千切ろうと暴れたら千切れたから後は気合で」

 

「気合で何とかなるレベルじゃないと思うんですけど……」

 

ベル君のいう通りである。それは気合で何とかなるレベルではないと思う……。

 

「人間死ぬ気になれば何とか出来るもんだって、まあそんなわけで貧民街に行ってからは色々あったけど、まあそれなりに楽しくやってたよ」

 

「それ楽しくないから!? 普通に助けを求めてよ!?」

 

「いやあでもなんとかなったし?」

 

「普通はならないよ!? あーもうッ! なんでゆうはいつもこうかなあ!? なんでこう少し頭のおかしい人を引き寄せるのかなあ!?」

 

「そんな事ないと思うけどなぁ」

 

「そんな事あるんだよ!?」

 

やまいこさんの話を聞く限りカワサキさんは元々ちょっと感情重めの人に好かれやすい性質らしい……。

 

「なんか問題ありませんでした? 大丈夫でしたか?」

 

「あーうん。僕は別に気にしてないかなあ、カワサキ君。良い子だし、人助けもしてくれるし。ベル君はどう?」

 

「僕はそうですね……7歳くらいの時から面倒を見てもらってましたし、カワサキさんは僕の先生ですかね?」

 

「7年前!? カワサキお前そんな前からいたのか!?」

 

「いや、14年前くらいだと思う、あっちうろうろ、こっちうろうろしてたよ」

 

「まぁカワサキなら大丈夫だと思うけど……あんまり無茶と無理をしないようにな?」

 

「大丈夫大丈夫、無茶なんて闇派閥とかいうのをぶちのめしたくらいだよ」

 

十分無茶してるカワサキさんにちょっと頭が痛くなった。

 

「カワサキさんはリリ達みたいなちょっと家に居場所のない子達の為の学校とかを作ってくれた頼れるおじさんです。ただちょっとたまに想像もしない事をしますけど……ベル様に変態に捕まったら股間を蹴れとか、凶暴な動物に襲われたら鼻を殴れとか……」

 

……とりあえず大きな問題はないけど、どこかぶっ飛んでいるいつものカワサキさんのようだ。

 

(しかしファミリアの雰囲気が良いなあ)

 

カワサキさんがいるからだけではなく、このヘスティアファミリアの雰囲気が俺はとても気に入った。ここまで来るまでにこの世界では主神を見つけ、主神から恩恵を刻まれる事で冒険者として活躍出来るということは分っていた。リアルで何があったのかは正直あまり覚えていないのだが、皆リアルで死んで気がついたらこの世界にいたというのは共通している。オラリオに来るまでに色んな場所を見て来たが、所属したいと思ったファミリアはここが初めてかもしれない。

 

「でもここ結構良い感じだよね、モモンガさん」

 

「確かにな、俺もそう思う」

 

「オラリオを拠点にするならそろそろファミリアに所属する必要があるだろうしね」

 

ペロロンチーノさん達もヘスティアファミリアが気に入ったようだ」

 

「え、もしかして僕のファミリアに入ってくれるのかい!?」

 

「もしヘスティアさんさえ良ければ、他にも仲間がいるので最終的には30人近くになると思いますが……大丈夫ですか?」

 

「全然OKだよッ! カワサキ君の仲間なら安心だし、ベル君はどう思う?」

 

「は、はい。僕も良いと思います神様」

 

なるほど、ファミリアの団長はベル君なのかと若いのに団長をしている……やはりカワサキさんが面倒を見ていたらしいのでそれもあるのだろう。

 

「おん? モモンガさん達へスティアファミリアに入ってくれるのか?」

 

「ええ。オラリオに来たのはカワサキさんを見つける目的もありましたけど、所属するファミリアを探してというのもありますし、カワサキさんがいるなら私達も安心ですしね」

 

カワサキさんは結構危機管理能力が高いし、ここに居を構えているということは信用出来る相手ということだ。

 

「ゆうは反対?」

 

「いや、俺も賛成。良かったな、ヘスティア。これでメンバーが増える」

 

「ほんとだよ~良かった良かった。あ、早速恩恵を刻むから1人ずつ地下ね?」

 

「はいはいはい! 俺から!「黙れ愚弟、お前は私と一緒だ。というわけで、この馬鹿と私は一番最後で良いから」

 

茶釜さんに睨まれ小さくなるペロロンチーノさんに苦笑しながら俺達はヘスティアさんに恩恵を刻まれたのだが、ここで俺達に嬉しい誤算があった。

 

「聖騎士のスキル……ふふ、なんだか懐かしいな」

 

「俺は闇魔術師だ。ワールドディザスターにまで登り詰められるか楽しみだ」

 

「僕はプリースト、回復の初期スキルしか使えないけどこれはこれで良し」

 

「俺は長距離狙撃だな、ハンター系のスキルが欲しかったなあ」

 

ユグドラシルでのアバターの職業やそれに関するスキルを習得し、初期ステータスもなんかかなり高い見たいだ。

 

「全員Bクラスのステータスとか信じられないよ。カワサキ君だけじゃなくて、カワサキ君の仲間も皆どっかおかしいね、Lv1からスキルも魔法もあるとか正直信じられないよ」

 

「そうかあ? でも良いんじゃないか、新興ファミリアだし、最初は強い仲間はいたほうが良いって、モモンガさんはどうなんだ? スキル」

 

「あーそうですね。使ってみますか、詳細不明ですし、ぶっつけ本番は避けたいですしね……我が名は至高の御方モモンガである……ってええ!?」

 

かつての御身としての姿というスキルを使った瞬間。俺の身体から肉が消え骨だけになり、服もここに来るまでに買い揃えた防具ではなく、ゲーム中に使用していたローブ姿へと変わっていた。

 

「嘘だろ、なんで私だけこうなるのッ!?」

 

モモンガ玉もないし、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンもない、もっと言えば死の支配者ではなく、もっとも初期の姿である骸骨の魔法使いに変身していた俺の絶叫がヘスティアファミリアのホームに木霊する。

 

「モモンガさん、戻れるのか?」

 

「あ、は、はい。も、戻れ!」

 

カワサキさんに言われて戻れと咄嗟に叫ぶと元の人間の姿に戻れた。

 

「珍しい変身系のスキルみたいだね」

 

「安全な所でどんなことが出来るのか試した方が良いですね、後はギルドにも話を通すべきでしょうか神様」

 

「うん、それが良いね。モンスターと勘違いされたら困るし」

 

「まぁそれは追々考えれば良いだろ? それよりも今やら無ければならない事があるだろ?」

 

「ゆうの僕への謝罪だね?」

 

「それは違う、昼飯の時間だ。焼肉とかどうよ?」

 

「マジで!? お願いしまーす!」

 

「良いね。カワサキの飯は久しぶりだ、楽しみにしていよう」

 

「あ、それだとちょっと足りなくなるかもしれないから買出しに行って来ましょうか?」

 

「悪いな、ベル。これで頼む」

 

「はーい、リリ。行こう」

 

「はい、一緒に行きましょう」

 

「うっし、ヴェルフとたっち・みーは手伝ってくれ、鉄板を準備するぞ」

 

「分った。ヴェルフだね、よろしく」

 

一気に慌しくなって来たが、それも楽しいと思えるもので俺も手伝うとたっち・みーさんとヴェルフに声を掛け4人で焼肉の準備を始めるのだった……。

 

 

 

 




続かないよ!


アンケートの結果次第では本編開始の時間軸でアインズ・ウール・ゴウンのメンバー参戦で書いてみようと思います。とりあえずギルメンにはかつての御身の姿という特殊スキルがデフォだったり、途中で生えたりしてユグドラシルのアバターに変身する事が可能になりますが、レベル100の姿ではなく初期の職業の物になり、レベルアップするとこっちの変身した姿も成長する感じになります。
本編に参加する場合はもっと肉付けしますが、今回はお正月特別番外という事でここまでにしたいと思います。それでは楽しんでいただけたのならば幸いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー31 お手軽酒のつまみ

 

メニュー31 お手軽酒のつまみ 

 

太陽が落ち、月と星星が空を飾り始めた頃にカワサキがさらりととんでもない事を言い出した。

 

「すまない、今なんと言った?」

 

俺の聞き間違いであってくれと願いながらカワサキへと問いかける。

 

「ソーマと酒を飲むぞ。お前も飲むだろ、エレボス」

 

「……なにがどうしてそうなった!?」

 

何をどうすればソーマと酒を飲むことになると叫ぶとカワサキは小さく首を傾げた。

 

「なんかザニス? ゼニス? まぁ忘れたがソーマの所の元団長が闇派閥に言ったらしいから、情報をくれって話をしたら酒を飲みたいと言い出したからじゃあ飲むかって」

 

情報提供の変わりに酒を飲む……分からないわけではない、分からないわけでは無いが……どうして俺まで巻き込んだという気持ちが強い。

 

「良い酒を出すから飲めよ。エレボス」

 

「……うーむ。まぁしょうがないか、仲間に引きこめるなら引きこんだほうが良い」

 

俺だけでは出来ることは限られているし、事情を知る神の仲間がいるのは俺としても都合が良いかと思い、俺もカワサキとソーマと共に酒を飲むことを了承した。

 

「じゃあミアハ達も呼んで良いか?」

 

「それは止めろ。この狭い所で5人も男が酔いつぶれたら地獄だぞ」

 

「それもそうか、またに機会にしよう」

 

もう飲むことは確定しているのかと思わず溜息を吐くと、家の扉が開いた。

 

「こんな所に暮らし……エレボス?」

 

「よう、ソーマ。まぁ色々と聞きたい事はあると思うが先ずは座れ、な?」

 

悪神の俺とカワサキが共にいることに怪訝そうな顔をするソーマにまずは座れと声を掛ける。

 

「……まぁ良いだろう。私が余計な事を言える立場では無いからな」

 

「悪いな。まぁ俺達にも俺達の都合があってここにいる訳だ」

 

神友と言う訳では無いが、まぁたまにはこんなのも良いだろうと思っているとカワサキがキッチンから氷水で満たされた小さな桶を持って来た。

 

「まずはこれでも飲んで待っててくれよ。良く冷えてるぜ」

 

「「これはどうやって飲めば良いんだ?」」

 

金属製の小さな缶を見せられてもどうやって飲めば良いのか分からないというとカワサキは氷水の中から缶を取り出した。

 

「ここを持ち上げて、ゆっくりと倒す。ほれ、駆けつけ一杯」

 

「貰おう」

 

ソーマはその小さな缶を受け取り、俺もカワサキの真似をして缶の蓋をあける。

 

「「乾杯」」

 

カワサキがつまみの準備をしてくれている間に軽く口を湿らせるつもりでカワサキが用意してくれた酒を口にする。

 

「ほお、これは美味いな」

 

「良く冷えたエールか、これは良いな。美味い」

 

金属製の缶なので良く冷えているの手で楽しみながら、俺の知るエールとはまた違う刺激と苦味を持つ酒にソーマと共に舌鼓を打つのだった……。

 

 

 

ソーマとエレボスが酒呑みを始めたので、俺も手早く準備しておいたつまみを仕上げる事にする。

 

「といってもそこまで凝った物は作るつもりは無いんだけどな」

 

酒を飲む時は多少チープなつまみの方が良い。酔っ払う前提の時に凝ったつまみなんて作っても味も何も良く分からなくなるのが決まりきっているので、酒を飲む時は多少雑ですぐ作れるつまみを作ると決めている。

 

「馴染みないかな……うーん……そうだな」

 

油揚げは割りとつまみとして良いが、エレボスとソーマに馴染みが無いかもしれないのでごま油を敷いたフライパンで軽く焼き色をつけて、チーズを乗せて蓋をして焼く。

 

「……仕上げっと」

 

チーズが溶けてきたらフライパンから取り出して小口ネギと七味唐辛子を散らして、食べやすいように切り分けたら完成だ。酒のつまみって言うのはこれくらいチープなほうが返って舌に馴染むと俺は思う。次は千切りにして晒しておいたじゃがいもに小麦粉を塗して、サラダ油を敷いたフライパンの上に広げて焼いて、良い具合に焼き色がついたら塩胡椒で軽く味付けっと。

 

「おーい、つまみはまだか?」

 

「美味い酒には美味いつまみと決まってるだろ?」

 

「すぐに出来るから飲んで待ってろ、俺も飲みたいんだよ」

 

偶に酒を飲むのは人生の息抜きみたいなものだ。日常的に飲むわけでは無いが、偶に酒を飲むときは何も考えずにお手軽なつまみと美味い酒で舌鼓を打ちたいわけだ。

 

「まぁいざとなればアイテムボックスから何か取り出すか」

 

アイテムボックスにはガチャの外れアイテムの燻製肉とかもあるので、肉の類はそれで良いだろう。締めはインスタントラーメンと今日はとことん手抜きで酒を楽しもうと思う。

 

「えっとトマトとにんにくとオリーブオイルとパセリと白ゴマ」

 

ヘタを取ってざく切りにしたトマトににんにくを潰した物とオリーブオイル、粉チーズと塩胡椒をボウルの中に入れて適当に和えて皿の中に入れたら上からパセリを散らせば完成だ。

 

「ほっほっと」

 

きゅうりをすりこぎで叩き、手で裂いてと輪切りにした唐辛子と共にナイロン袋の中に入れる。ごま油、しょうゆ大さじ1、味噌、みりん、酢を小さじ1、砂糖小さじ1/2を混ぜ合わせたタレをナイロン袋の中に入れて揉みこんで味を馴染ませる。

 

「お、そうだそうだ」

 

料理の時短の為に設置している電子レンジに耐熱ボウルにくし切りにした玉葱、水、顆粒出汁の素と醤油を加えてラップをしたら電子レンジの中に入れて1分30秒ほど加熱し、1度取り出して混ぜ合わせたら今度は3分ほど加熱する。その間にボウルの中ににんにくの摩り下ろし、ごま油、醤油を混ぜたタレを作り、そこに手で千切ったキャベツを加えて塩昆布、胡麻を加えて全体を混ぜ合わせる。

 

「これが案外癖になるんだよな」

 

決して派手では無いが、酒の摘みには嬉しいやみ付きキャベツ。

 

「お。出来た出来たっと」

 

丁度電子レンジが加熱終了の音を立てたので、仕上げに黒胡椒を振って仕上げだ。

 

「後は……適当に刺身と……これ馬刺し……お、こっちは鯨か……良し良し」

 

ガチャの外れアイテムは山ほどあるので、これをパックから取り出して皿の上に盛り付け、トレイの上に完成したつまみを全部乗せてキッチンを出る。

 

「酒のあてが出来たぞー」

 

「待ってたぞ!」

 

「どんな物か楽しみだな」

 

さすが神なのか、ビール程度では赤くもなっていないし、酔ってる素振りも無いがテンションが普段より高いエレボスとソーマが待つ机の上につまみの皿を並べ、氷水で冷やしたビールのプルタブを開ける。

 

「「「乾杯!」」」

 

そして3人でビールの缶をぶつけ合い、男同士の密かな酒宴の幕が開くのだった……。

 

 

 

酒を飲む時につまみと言えば味の濃い燻製肉や揚げ物が定番だと思っていたし、実際私もずっとそうしてきた。だがカワサキの準備したつまみによって私の価値観は完全に崩れ去った。

 

ぽりぽりぽり……ッ!

 

「これ美味いな。なんか癖になる」

 

「味は派手では無いが……それがかえって酒に合う」

 

きゅうりを適当に潰しただけで甘辛いタレに絡めただけ、シャキシャキとした食感とごま油の香りと僅かな辛味が酒を飲む手を進ませる。

 

「これもお勧めだぞ、やみつきキャベツ」

 

「やみつきキャベツ? それほど夢中になるのか?」

 

「好きな奴はずっとこればっかり食ってるな」

 

そう笑いながら金属製の缶を開けるカワサキを見ながら私とエレボスはやみつきキャベツに手を伸ばした。

 

「普通のキャベツのように見えるが……」

 

「まぁ美味いというのなら試してみようじゃないか」

 

エレボスと共にやみつきキャベツとやらを口に運ぶ、手で千切ったキャベツの包丁で切るのではない独特な食感とにんにくのパンチのある味と深みのある塩味……。

 

シャキシャキシャキ

 

私とエレボスのキャベツを夢中で食べる音とビールを飲む音だけが部屋の中に響く。

 

「美味いだろ?」

 

「美味い、なんだこれ癖になるな」

 

「美味い酒のつまみというのはこうも酒を進ませるか」

 

酒の神である私は当然酒にはうるさいが、摘みにはそこまでこだわりは無かったが、美味い酒には美味いつまみの大事さを知った。

 

「……玉葱だけなのに甘くて美味い」

 

「トマトに粉チーズだけなのになんでこんなに美味いんだ?」

 

「はっはっは、そりゃもう俺の腕前さ」

 

「ところでこれめちゃくちゃ美味いけどなんだ?」

 

チーズが乗せられて焼かれているサクサクとした食感の謎のつまみ。ほんの少しの辛味とサクサクした食感と脂はついつい手が伸びるそんな味だ。

 

「油揚げっていう豆を加工したもんだよ。美味いだろ?」

 

酔いが回って来たのか上機嫌で笑う料理の説明をしながらカワサキは虚空に手を伸ばし、そこから酒瓶を取り出した。

 

「極東酒まであるのか」

 

「ほほお。これは良いな」

 

極東酒は文字通り、極東で飲まれる酒だがオラリオには滅多なことでは回ってこない。それが目の前に置かれたことに思わずテンションが上がる。

 

「この酒にはこれだ」

 

カワサキがそう言って私達の前に差し出したのはどこからどう見ても生肉だった。

 

「生だろ、それ」

 

「そうだぞ。これが馬、こっちが鯨、んでこっちが魚」

 

魚はともかく、馬と鯨の生肉には流石に怯むが、カワサキが馬の生肉を頬張り極東酒を飲んでいるのを見て、私も少し恐怖しながら馬の刺身を口に運んだ。

 

「美味いだろ」

 

「……ああ、美味い」

 

脂はそれほどではなく、さっぱりとしているのだが赤身肉の肉らしい濃厚な旨みににんにくの香りのする甘めのタレが良くあう。

 

「馬刺しにはこれ、ぐっとやれよ、ソーマ」

 

そう言って差し出された極東酒を呷ると辛い、とにかく辛い、強い酒精の辛味が口の中一杯に広がった。

 

「ふはあ……なんだ、これは私の知る極東酒とはまるで別物だ」

 

甘い極東酒ではなく、辛口の極東酒は初めての経験だった。

 

「辛口だからな、甘いタレの馬刺しにはこれが合う。んで、エレボスはどうする?」

 

極東酒を飲みたいエレボスも少し躊躇いを見せた後に鯨の刺身を口へと運んだ。

 

「これは……美味い、凄く濃厚で、だが肉とは違うが、肉のような旨みがある」

 

「だろ? これには甘口の極東酒が合うぞ」

 

つまみによってお勧めの酒は違うのか様々な極東酒を勧めてくれるカワサキ。カワサキ自身も飲みすすめているのを見て、私とエレボスも勧められるままに酒を飲み……。

 

「ここにゼウスのジーさんが美味いと歓喜していた黄金の蜂蜜酒があります」

 

「「全部飲んでしまえ!」」

 

「ネクタルもある」

 

「「飲むに決まっているだろ!?」」

 

「「「あっはははは!!!」」」

 

オラリオでは入手は勿論口にするのも不可能な天界の酒を飲み続けた私達は当然のことながらザニス達の話が出来るわけも無く……。

 

「「「あたまいてえ……」」」

 

「良い男が3人も酔い潰れているなんて何馬鹿やってるんだい!!」

 

「「「響く、響く……」」」

 

空っぽの皿と酒瓶が散らばる部屋に差し込む朝日で目を覚ました私達は当然ながら3人とも酷い二日酔いで呻く事になり、炊き出しと子供の食事の時間だと言いに来たペニアに怒鳴り散らされ、私達は頭を押さえながら響くと呻くのだった……。

 

 

下拵え 謀略 へ続く

 

 




今回はお手軽の酒のつまみとして簡単に作れるつまみをいくつか紹介してみました。本当に簡単に作れて酒のつまみになるのでお勧めの一品です、次回は下拵えですが闇派閥などを中心にして暗黒期の終わりに向けての話のフラグを書いてみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下拵え

 

下拵え 謀略

 

ソーマとエレボスと宴会をし、酔い潰れた事で軋む身体と二日酔いの頭痛に顔を歪めながら、俺はソーマからザニスについて聞いていた。

 

「あーなるほど、権力と金に拘るタイプって事か、めちゃくちゃやりやすいじゃねえか、これでお前の所のファミリアも改善出来るな」

 

実力はそれほどでもなく、あくまでステイタス頼り、頭が切れるわけでもなく自分の欲望に忠実。正に分かりやすい人間の屑だが、そんな人間を腐るほど見てきたので対処法は割とすぐに思いついた。

 

「保身には秀でているぞ? どこにいるのか予想もつかない」

 

「ソーマがやる気を失っていたとは言え、ファミリアを奪うような男だぞ?」

 

まぁ確かにやっていたことを考えればそれなりに大物に思えるが……俺からすれば小物にしか思えない。

 

「1人で支配してた訳じゃないだろうよ。じゃなきゃ複数の団員と闇派閥に加わったりしない」

 

適材適所という言葉があるが、ザニスは目に見えた頭目であり、温厚で理知人を装う事で団長らしい人間だと思わせるだけの様は案山子だ。俺の予想では1人か、2人補佐役がいてそれがザニスをコントロールしていると考えている。もっと言えば、そのコントロールをしている相手が闇派閥と見て間違いないだろう。

 

「弱い奴ほど良く群れる。ザニスとやらはその典型だ。なら何処に入り込むかもすぐに分かる」

 

小物だからこそ強い権力に魅かれる。そして自分が何もしなくても地位と名誉を得れる場所を求める。

 

「ヴァレッタがいなくともタナトスファミリアは闇派閥の最有力だろ、ザニスはそこにいる。間違いない」

 

「ヴァレッタを失って戦力が低下しているタナトスファミリアを態々選ぶか? ほかにも候補は沢山はあると思うが」

 

「いや、間違いない。100%タナトスファミリアにいる」

 

これは俺の経験上だがあのクソアマを失ったとてタナトスファミリアには大きな痛手はない、精々現場の指揮官が1人減ったくらいで、その構成員は今だ健在だ。とは言え、俺が次々と闇討ちしたのでタナトスファミリアの士気は落ちている。だからこそタナトスはザニスを引きこむ。

 

「ソーマの失敗作はどうなった?」

 

「保管して」

 

「その鍵は?」

 

俺の問いかけにソーマは黙り込み、エレボスは額に手を当てた。

 

「ソーマで正気を失わせて兵力にする気か」

 

「それが1番早いし、有力なファミリアの団員も自分の手駒として使える。後は適当な指揮官がいれば失った戦力は補える」

 

強い意志が無ければ正気を失う神酒ソーマ。恐らくエレボスかザニスを召抱える条件としてそれを出し、ザニスはソーマを手土産にタナトスファミリアに加わったと見て間違いなく、そしてその上で攻勢に出てくる。

 

「ならばフェルズに言って防衛線でもはるか?」

 

「張るだけ無駄だ。俺ならソーマで正気を失ったやつを兵士にしてる裏で暗躍する。なぁエレボス、お前もお前で動いてただろ? 大最悪だったか?」

 

「……あれは俺にしか制御できないぞ?」

 

エレボスがゼウスの爺さんとヘラに得れなかった場合にダンジョンで準備していたモンスター「大最悪」と言われる強無比なモンスターは確かにエレボスにしかコントロール出来ないだろう。

 

「コントロールなんかしなくても良いんだ。闇派閥の目的は現在のオラリオの壊滅かそれに近い何か。ただ闇雲に暴れてくれればいい、そしてそれを後押しするのはソーマによって狂わされた民衆、冒険者が死兵と化した存在だ。普通に戦うよりもずっと恐ろしい相手だ」

 

痛みも感じずただ闇雲に暴れまわる暴徒、そしてそれらごとオラリオを破壊する巨大なモンスター。

 

「闇派閥は強引に勝負を決めるつもりか」

 

「多分な。出来れば行動に出る前に阻止したいんだが……」

 

「どこにいるのか分からない……」

 

「そう、あいつらが姿を見せなくなればそれが予兆だとは思うんだがな……」

 

闇派閥の動きは僅かにゆるくなっているが、まだ闇派閥は暴れ回っている。捨て駒なのか、囮なのか、それすら判断がつかない。

 

「まだ闇派閥の動きが確認できている今のうちが好機ということか」

 

「そうなるな。エレボス、お前の方で動きは確認出来ないのか?」

 

「やれるだけはやってみる。だがソーマとカワサキも動いてくれ、情報は多い方が良い」

 

攻勢に出るのは間違いない。あとどれほどの時間的猶予があるのかは分からないが、少しでも被害を抑えるために、今出来る最善をする。後手に回るのは裏腹だが、それしか出来ない歯がゆい状況に俺は拳を強く握り締めながら、自分に出来る事を全力でやる事を決めるのだった……。

 

 

 

 

「あの黄色い亜人のせいで俺達のファミリアは壊滅状態だ」

 

「タナトスの所も壊滅状態だってな?」

 

「ああ。神々にとっての汚点。反逆者の亜人による強襲によってな」

 

かつて亜人はオラリオとなる前の都市で人間と共に暮らしていた。それをモンスターと決め付け、神々は討伐することを決めた。恩恵を刻まれ、亜人の財を求めた人間によって本来協力関係であった亜人と人間は殺し合い。人間を殺す事を拒んだ亜人は全滅した……筈だった。

 

「それなら向こうが飲む条件を出せばこちらに引きこめるんじゃないの?」

 

「復讐者ならば我等に協力するはずだ」

 

確かにそう考えるのが普通だ。だがそれは俺達の考え方だ。

 

「神によって滅ぼされた者が神に協力すると思うか?」

 

神がいなければ今も亜人は人間と暮らしていた。殺しあい、戦いの理由を作った神を憎みこそすれど協力する理由はない。

 

「じゃあ何で人間に協力するのさ」

 

「協力してるわけじゃないんだろう。自分の考え、自分の正義に基づいてあやつは行動している。自分が定めたルールを持つ相手を仲間に引き込むのは不可能だ」

 

ただ暴れたいだけ、破壊したいだけ、愉快犯の神達のくだらない問答を聞きながら、俺は背もたれに深く背中を預けた。

 

(くだらない、何もかもくだらないねえ……本当に)

 

闇派閥で同志を名乗る神々も、ダンジョンの本質を隠す神も、何もかもがくだらない。俺は確かに良い神ではない、だが死を司る神としての矜持は持ち合わせている。だからこそ、今の死が極端に少なくなったオラリオも、今の地上世界も気に入らない。

 

(こんな世界ぶっ壊してやりてぇなぁ……あの亜人……こっちに引き込めたらなあ……)

 

なんにせよあの亜人は俺達には協力しないだろうし、エニュオも姿を見せない、それにヴァレッタがやられたことで俺のファミリアも壊滅状態に等しい。

 

(手駒も戦力もいるけどなぁ……んーやっぱりもう望んだ形での滅びは無理だなあ)

 

本当は緻密に作戦を立てていたし、計画も考えていた。かつての世界のように死が蔓延る世界を目指していたが……それも恐らく全て無駄になる……それなら……。

 

(もう全部ぶっ潰せば良いよなあ)

 

他の神がどう考えているかは俺には関係ない、俺が作りたいのはかつてのような世界であり、俺達悪神と呼ばれる者達がオラリオを支配する世界ではない、だから俺はザニスのような小物を引きこんだのだから……。

 

(もう全部壊せば良い、そう少し計画が前後しただけさ)

 

今もどうすれば自分達がオラリオを支配出来るのか、アストレアファミリアをどう潰すか、潰した後はどう辱めるかを話し合っている悪神達を無視し俺はその場を密かに立ち去った。

 

「負け戦だとしても簡単には負けてやんねえよ」

 

勝てるわけが無いというのは分かっている、だが、だからこそ……盤面を全てひっくり返すことに躊躇いが無くなった。

 

「全部ぶっ壊してやる」

 

「全部壊しに来る」

 

タナトスとカワサキの言葉が遠くはなれていても完全に合致した。闇派閥の中で最大規模であるタナトスファミリアを警戒するのは当然だが、カワサキはタナトスファミリアではなく、タナトス本人だけを警戒していた。

 

「そこまでするか? 自分も死ぬのだぞ?」

 

「奴はやるよ。絶対にやる。俺の勘がそう言ってる。同じ悪神も善神も街の住人も眷属も何もかもお構いなしにあいつは全部ぶっ壊す。仮に俺がタナトスなら間違いなくそうする」

 

「そこまで言って勘なのか?」

 

根拠も無く、理由も無く、自分の勘だけでタナトスが全て破壊すると断言するカワサキにソーマとエレボスはなんとも言えない表情を浮かべる。神は死んでも送還されるだけ、だが娯楽を求めて地上に来ている神が自ら死を選ぶとは同じ神として信じられなかったのだ。

 

「慈悲深い奴が最終手段に出たら盤面を全てひっくり返そうとするはずだ」

 

「慈悲深い? タナトスがか?」

 

「ああ、俺の国では魂は輪廻転生、死んでもまた回り回って生まれ変わるという考えがある。そしてその中で人の命をコントロールする死神は慈悲深い神とされる。死は時に救いになるからな、だからこそ俺は思うのさ。悪神だの善神などくだらないってな。見る角度によって善も悪も簡単に変わる、なぜそうも悪神、善神に拘るのかってな」

 

それはリアルを見てきたカワサキだからこその価値観。善、悪はあくまで1つの側面。それに拘ってどうすると問いかけるカワサキにソーマとエレボスは返事を返せなかった。余りも自分たちとは違う価値観、そして見ている視点があまりにも違いすぎたからだ。

 

「昼飯にするか、二日酔いにはラーメンが良い。まぁちゃんとしたラーメンを作ってる時間が無いから即席だけどな」

 

さっきまでと雰囲気も言葉遣いも何かもが変わったカワサキは厨房へと姿を消した。

 

「良く分からないな、カワサキの事は」

 

「そうだな、俺もそう思う」

 

神であるソーマとエレボスでさえも看破出来ないカワサキの二面性――人間を真似ているからか、それとも亜人だからなのか、普段の義理人情に厚いカワサキと悪神以上に冷酷な考えをぽろっと口にする時もあるカワサキの一面を目の当たりにしたエレボスとソーマは鼻歌交じりに料理をしているカワサキの背中をジッと見つめるが、嘘を見抜ける神の目をもってしてもカワサキの内面を見通す事は出来ないのだった……。

 

「美味い」

 

「んで、お前は何故普通に混ざっている猛者」

 

「カワサキに用が合って来た。カワサキの都合が良ければ1度俺達のファミリアに顔を出してくれまいか?」

 

「ん? 別に良いが何のようだ?」

 

ラーメンが出来上がった頃にやってきたオッタルも食卓を囲み、ラーメンを啜っていたのだが、オッタルは思い出したようにカワサキにそう声を掛け、カワサキはなんでもないように了承の返事を返した。

 

「良いのか?」

 

「まぁ暇と言えば暇だし、何かの気分転換になるかも知れないしな」

 

青空教室はカワサキが作ったときよりも大きくなっているし、冒険者を引退することを考えている者がダイダロス通りに住み着き生活環境も大きく改善されつつあり、カワサキも若干手隙の時間が出来始めているからこそカワサキは2つ返事で了承し、フレイヤファミリアへと向かう事をオッタルと約束するのだった……。

 

 

メニュー32 ダイダロス通りのモーニング へ続く

 

 




タナトスを1番理解しているのはカワサキさんかもしれないという話にして見ました。本性は軽薄なタナトスを上手く書けたかは不安ですが、計画通りに行かないなら全部壊せば死に満ちた世界になるくらいはやるかなと思ったのでやって見ました。空白期は後10話くらいで区切りくらいで本編にそろそろ入りたいなと思っているので少しずつ話を終わりに向けていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メニュー32 ダイダロス通りのモーニング 

 

メニュー32 ダイダロス通りのモーニング 

 

ダイダロス通りの子供達の元気な声が部屋まで響いて来る。その明るい声を聞いているだけでこちらまで元気になってくるかのようだ。

 

「また子供達に作らせるのかい?」

 

「そうだが? 何か問題でもあるか?」

 

卵に子供達が焼いたパン、それにデメテルファミリアから分けて貰った野菜と果物の確認をしているカワサキに問題があるかと言われても問題はない、問題はないのだが……。

 

「オラリオをもうすぐ出るつもりなのかい?」

 

学校を作り、引退した冒険者を教師として向かえ、そして子供達が自分達で生きる為の糧を得る為の術を教えた。このダイダロス通りを大きく改革したカワサキは最早オラリオでも易々と無視できる立場では無くなった訳だが、いつまでもオラリオにいるわけではないとカワサキが何度も口にしていた事を考えれば面倒なことになる前にオラリオを出るつもりに思えてそう問いかける。

 

「区切りがつくまではいるつもりだ。だから今はまだオラリオを出るつもりは無い」

 

「今はまだ……ね。子供達が泣くよ」

 

「だとしてもだ。俺には俺でやるべき事があるんでね、オラリオの改善が出来たらつぎがあるのさ」

 

ゼウスとヘラの懐刀である可能性があるカワサキは確かに忙しい立場なのだろう。子供達には悪いが、引き止める事は出来そうに無い。

 

「さてと、婆さんもたまには一緒に作るか?」

 

「あたしゃ良いよ。こんなばあさんが混じるのもおかしなもんだしね」

 

それに子供達がカワサキに教わって楽しそうに料理をしているのを見ているのも中々楽しい物なので、見ていることにしカワサキの家の窓から外に視線を向ける。

 

「まずはゆで卵から作るぞ、割らないように少しだけ皹を入れてから鍋に入れる」

 

「なんで皹を入れるの?」

 

「殻を剥きやすくする為だな。本当に軽くで良いぞ、これくらいだ」

 

「「「はーい」」」

 

「はい」

 

あれは確かロキファミリアの所の子供じゃ? なんでと一瞬思ったがロキの奴じゃまともに子供の教育が出来ないからカワサキの学校に通わせるようにしたのだろうと思って深くは考えないようにする。

 

「卵を茹でてる間にパンの耳を切り落とすぞ」

 

「切り落としたパンの耳でまたかりんとうを作ってくれる?」

 

「おう。また作ろうか、作ったら食べるか?」

 

「「「食べるー!」」」

 

「かりんとう?」

 

なんか1人だけ良く分かって無さそうだが、まぁ実際に目の前にすれば食べるようになるだろう。

 

「私達はどうします?」

 

「デメテルの所から良いとうもろこしを貰ったからコーンスープにしようと思うんだが、作り方知ってるか?」

 

さっとカワサキから目を逸らす冒険者達にカワサキはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「皮を剥いて、髭を取り除いてナイフでとうもろこしの粒をそぎ落としておいてくれるか?」

 

「は、はい。分りました」

 

冒険者達が危なっかしい様子でとうもろこしの粒をそぎ落としている隣でカワサキは茹った鍋から卵を取り出してボウルの中へ沈める。

 

「水の中で剥くと殻が剥がしやすいからな。ゆっくりでいいから慌てずに剥くんだぞ?」

 

子供達の冷たいという声やきゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ声が広場に響き、少しずつだがこの広場に顔を出す連中がぼちぼちと増えてきた。

 

「殻を剥いたら今度は卵をボウルの中に入れて、フォークで潰す。ざっくりと潰したほうが美味しいぞ」

 

「分った!」

 

「美味しいパン作る!」

 

目に光があるだけでは無く、とても楽しそうに子供達はカワサキに教わって、おっかなびっくりと言う様子だが作業を進めている。

 

「これくらい?」

 

「そうそうそれくらいが美味しいぞ、そしたら今度はマヨネーズを入れて混ぜ合わせる。本当は玉葱も入れるけどどうする?」

 

「いらにゃい!」

 

「あ、朝は良いかな」

 

「じゃあ玉葱はなしでマヨネーズだけで和えるか」

 

「あ、あのーカワサキさん。とうもろこしは削ぎ落とし終わりましたけど」

 

「ちょっと待っててくれ、すぐ見にいくから」

 

子供達だけじゃなく、自分も助けてくれと声をかける冒険者に待っててくれと返事を返したカワサキはあちこちを忙しく動き回りながら子供達だけじゃなく、冒険者達の面倒も見ているカワサキは忙しそうだが、その顔に嫌そうな色は見られずこの忙しい状況さえも楽しんでいるのが一目で分かった。

 

「働かざる者、食うべからず……牛乳でも買ってくるかねぇ」

 

パンを食べる時に飲み物があったほうが良いだろうと思い、牛乳を買う為にヴァリスを手に朝市に向かってあたしは歩き出すのだった……。

 

 

 

 

ロキとリヴェリアがカワサキの所に行っても良いと言っていたので、さっそくカワサキの所に来た私は朝ご飯の作り方を教えてもらっていた。

 

「それだと多過ぎです」

 

「そ、そうかな?」

 

「サンドイッチにした時にはみ出ちゃうよ?」

 

「じゃ、じゃあ減らす……」

 

ただ私はこれで2回目なので上手く作れずに皆にあれやこれやと注意されながらだったけど……。

 

「耳をこのナイフで切るんですよ」

 

「こう?」

 

「あんまりきりすぎると食べる所小さくなるよ?」

 

「……難しい」

 

食べるのは簡単だけど作るのはやっぱり難しいと思いながら少しずつパンの耳を切り落とす。

 

「お、上手に出来たな、アイズ」

 

「……出来てる?」

 

「出来てる出来てる。あとはこの卵ソース上手く塗るだけだな」

 

「ん……頑張る」

 

さっきは多すぎたので今度は少なめにして、でもあんまり少ないと味気ないので量を気をつけながらパンに塗って、耳を切り落としたパンで挟んで、ナイフで三角に切る。

 

「出来た」

 

白いパンに黄色の卵が良く映えていて美味しそうだ。

 

「良し良し、上手く出来たな」

 

上手に出来たと褒められるとちょっと嬉しい。

 

「次は何を作るんですか?」

 

「ハムチーズサンド。耳を切り落として、ハムとチーズを乗せるだけ」

 

「簡単だ~」

 

「そ、簡単だ。朝ごはんは簡単なほうが良い」

 

簡単なのは良い、私は料理初心者なので簡単な料理の方が嬉しいし、覚えるのも最初は簡単なほうが良い。

 

「ヨーグルトにドライフルーツを混ぜるの?」

 

「そ、甘くて美味しいぞ」

 

「……野菜も食べないと駄目?」

 

「駄目だな」

 

「どうしても食べないと駄目ですか?」

 

「駄目だな。ちょっとでも良い食べるようにしよう」

 

「「「はい……」」」

 

「良い匂い……とうもころしのスープ」

 

「これ甘くて美味しいのです」

 

「おじちゃん、机の上に並べれば良い?」

 

「ああ、皆で手分けして並べような」

 

料理というには簡単だけど、皆で作ると楽しいし、面白かった。卵サンドとハムチーズサンド、サラダとヨーグルトにコーンスープと牛乳。

 

「はい、手を合わせて、いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

皆で手を合わせていただきますの挨拶をしてから自分で作った朝ご飯を見つめる。あんまり綺麗に出来て無い部分もあるけど……。

 

(頑張った)

 

自分で頑張って作った朝ごはんはどんなものだろうとワクワクしながら卵サンドに手に取り小さく齧った。

 

「美味しい」

 

「うん、美味しいですね」

 

「ふわふわ~」

 

パンがふわふわで柔らかくて美味しいのと、皆で潰して作った卵のソース……これが美味しい。

 

(凄く卵の味がする)

 

濃い黄身の味とまろやかな酸味、そしてフォークで潰したので荒い白身の食感がふわふわのパンに凄くあっていた。

 

「……むぐむぐ……」

 

「うー……むぐ」

 

「美味しいですよ?」

 

「苦手」

 

「うー野菜嫌い」

 

カワサキが食べろと言ったのでサラダを頑張って食べたけど、やっぱりあんまり美味しくなかった。リリは美味しいと言っていたけど、私のように渋い顔をしている子が殆どでサラダを食べ終わった後に殆どの子がコーンスープに手を伸ばしていた。

 

「あまーい」

 

「美味しい! シチューより美味しい!」

 

「甘くて美味しい」

 

鮮やかな黄色のスープは滑らかで、舌触りが凄く良かったし、とうもろこしの甘さがして凄く美味しかった。とうもろこしを削っていたけど、どうやったらこんなスープになるのか凄く不思議だと思いながら、今度はハムとチーズのサンドイッチを食べる事にする。

 

「……ハムが美味しい」

 

「チーズも美味しいね~」

 

ハムとチーズのサンドイッチはハムの塩味と食感、そしてチーズのまろやかな味が凄く合っていた。卵サンドと違って軽く焼いてるので香ばしい香りもして食べるスピードが上がり、皆と話しながらも美味しく全部食べることが出来た。

 

「……普通に食べるより美味しい」

 

「ちょっと酸っぱいけど美味しいですね!」

 

ヨーグルトの中にドライフルーツを入れたものはドライフルーツの甘みと酸味が加わって、普通に食べるよりも甘みと酸味も深くなっていてちょっと苦手なヨーグルトも最後まで美味しく食べることが出来た。

 

「少し持って帰りたい」

 

「ん、そうか、そうか。じゃあもう少し作るか?」

 

「うん」

 

「あ、それならリリも作りたいです! ソーマさまは朝ごはん食べてくれないんですよ」

 

「ったく、ソーマはしょうがねぇ奴だな。俺が怒ってたって伝えてくれ」

 

「はーい、分りましたです」

 

リリと一緒にホームに持って帰るサンドイッチを作り、ホームへと帰った。

 

「カワサキの所で作った」

 

「こ、これをアイズが?」

 

「ん、食べる?」

 

「あ、ああ、貰おう。ロキはどうする?」

 

「貰う、貰うで! ありがとな、アイズたん」

 

「ん」

 

リヴェリアやロキ達にサンドイッチを配り、美味しいといって笑う姿を見て、少しだけ胸の奥が暖かくなるのを感じ、カワサキが料理を作るのが楽しいと言っていたその理由が少しだけ分かったような気がするのだった……。

 

 

 

 

 

~7年後~

 

それはとある日の昼下がり、ベルの作ったクッキーと紅茶で一休みをしている時の事だった……。

 

「ベルはどんな人が好き?」

 

「ぶふう」

 

「はい?」

 

「ベルはどんな人が好き?」

 

「いえ、聞こえてなかったわけじゃないんですよ、アイズさん」

 

「?」

 

「なんでそこで不思議そうな顔をするんですか?」

 

「ベルはどんな人が好きなの?」

 

何度もどんな人が好きなのかと尋ねるアイズと噴出したまま咽ているリリの姿にベルは困ったように頬をかいた。

 

「そうですね~僕の作ったご飯を美味しいって食べてくれる人が良いですね」

 

「ん、それなら私、私はべ「なーに言ってるんですかこの天然お惚け娘!」

 

「む、リリ。いくら友達でも言って良い事と悪い事がある」

 

「アイズは天然お惚け娘で十分です~」

 

「ならリリはチビッ子」

 

互いに気にしている事を言われたリリとアイズは互いの頬を引っ張りあう。

 

「むにゃむははむあにゃあ」

 

「いひゃいやああああ」

 

「り、リリもアイズさんも止めて、喧嘩しないで」

 

そしてベルはそんな2人を見て止めようとするが、どうすれば良いのか分らずおろおろとしているだけだったが、この何気ない日々もまたアイズがカワサキの元で得た大きな変化の1つなのだった……。

 

 

下拵え カワサキさん、戦いの野へ行く その1へ続く

 

 




ロリアイズ時代にカワサキの学校に通い情緒を学んだアイズですが天然は治らずですね、偶にこうぶっこんでリリと喧嘩したりと原作と異なり友人も多いやや社交的なアイズとなりました。アイズに必要なのは同年代の友達なのでこうして仲良く過ごせれば良いなと思っております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。