Vtuberの陰キャとギャルが百合する話 (二葉ベス)
しおりを挟む

プロローグ:いつものように続く毎日
プロローグ青:青の惰性。いつものように続く


新作です。百合です。


 Vtuberを何故続けているのですか?

 たまにこういう質問を聞かれることがある。

 

 みんないろんな回答を持っている。友達を増やしたいから。有名になりたいから。夢を叶えたいから。

 それぞれ立派で素晴らしい考え方だと思う。

 

 わたし? わたしがその質問を答える機会があったとしたら、首をかしげてうーんって唸ってしまうかもしれない。

 わたしにそれらしい夢や目標なんてない。ただ惰性でVtuberを続けているだけ。

 いや、それではない。本音を言ってしまえばもっと伸びたいし、イラストだって評価されたい! でも露骨なことばかりを口にしても、リスナーは嫌気が差してどこかへ行ってしまうだけ。だったら、惰性で続けているだけ。そういうことでいい。

 

 ◇

 

「まぁ、だからそんな感じ。イラストも楽しいから続けてるだけだしね」

 

 今わたしは何故1人パソコンのモニターの前で喋っているのか。

 大きめのヘッドフォンを頭にかぶって、目の前にあるマイクとカメラに向かって喋っているのか。

 わたしが配信者だからだ。しかもただの配信者じゃない。今話題の喋って動けるバーチャルYItuberなのである。

 とは言っても、活動半年にも関わらず、登録者は3桁どころかたったの60人。

 同時間帯接続なんて毎回3人しかいなく、特に続けている意味も無いような趣味だ。

 ツブヤイターに存在しているわたしの知り合いVtuberなんて、平然と100人、200人言っているのにもかかわらずだ。

 

 じゃあなんでVtuberやってるの? って話だけど。答えは目の前にもあった。

 

露草:すごいじゃん! それで今みたいに上手くなってるとか努力の天才かー?!

 

 熱心なリスナーさんがいるから。

 恵まれていることに60人の中にもわたしを見つけてくださった天使様。いや、神様が存在する。その名も露草さん。とても褒めるのが上手で、いつもわたしを慰めてくれる。なんていい人なんだろう。神は実際に存在するんだ。

 

「えへへ、ありがと。褒めても何も出ないよ」

 

露草:出てる出てる! 音瑠香ちゃんのえへ顔好きー!

 

「あっ、ありがと……」

 

 思わず目を伏せた。

 2Dのアバターもよく動くから同時に自分が下を向いてしまったことがバレて、やってしまったなー、という気持ち。

 リアルでもそうだけど、あまり名指しで褒められることなんてない。陰キャだからしょうがないけど、この人が空気を口から吐き出すようにすぐ好きという言葉を投げかけてくれる。

 ガチ恋勢は相手に対して好きって言葉をすぐ口にするけど、この人はどうなんだろう。わたしのガチ恋勢? いやいやありえない。わたしのガチ勢なんているわけがない……。

 

「ま、まぁそれはさておき。後もうちょっとで完成だから、ちょっと口数少なくなるね」

 

露草:りょ

 

 お母さんに来年のお年玉を前借りして買ってもらったこの板タブ。最初は描くところとモニターの位置がチグハグで使いづらかったけど、最近はもう慣れた。

 シャッシャッーと、滑らかな手付きでキャンパスに線を描いていく。

 今日は軽い線画のようなもの。暇つぶしになればいいって思ってたけど、これが思ったよりもチカラが入ってしまって、結果今日の配信時間が3時間ぐらいは伸びそうだった。

 

 明日も学校はある。でもやめられないとまらない。

 絵を描くことは好きだ。好きだから時間を忘れてペンを走らせることができる。

 

 では配信はどうか? と言われたら、友だちが欲しいとか、もっと評価されたいとか、そういう邪な欲望だけで動いている。

 汚い欲望だというのは重々承知だけど、こればっかりは承認欲求の怪物がチラチラこっちを見てくるので、見ないふりをしてないといけないから、今日も惰性で動いているってことにする。

 惰性はズルズル長引けば時間の無駄と言われるだろう。友だちも少ないし、評価もされないし、もうVtuberをやめたいと考えることも多くなった。

 

 それでもやめずにいられるのは、きっと……。

 

「できた。知り合いのレモンさんです」

 

露草:おぉっ! めっっっっっっっちゃかわいい!

緑茶レモン:うんま……。ありがとう、音瑠香ちゃんんんんんんんんんん!!!!!

 

「あ、レモンさんいたんだ。こんねる」

 

 なんだ、いるんじゃん。

 わたしなんかの配信をずっと見てくれる人がいる。

 それだけで明確に続ける理由にはなる。少なくともやめられない理由にはなるんだと思う。ある意味足かせとか、そういう風に聞こえなくはないけど。

 

「じゃあ今日はこんな感じで。明日も同じ時間にすると思う。おつねる」

 

露草:おつねるー

緑茶レモン:おつ! 寝るー!

 

 こうやって明日もまた同じように配信を続けられる。Vtuberとして配信を続けることが好きか、と言われたら。

 わたし、秋達 音瑠香(あきたし ねるか)こと青原 文佳(あおばら ふみか)はこう思う。こういう作業の時間も悪くない、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ赤:赤の日常。いつものように続く

タイトルの「青」は青原視点。「赤」は赤城視点です


「っっかーーーーーーーー!! 今日の音瑠香ちゃんも可愛かったなーーーーーー!!!」

 

 時刻はもうすぐ0時。時計の針がてっぺん付近を指し示す。

 というか、今日も音瑠香ちゃんかわいくないですか?!

 あたしが好きーって言った瞬間、顔をうつむかせたし! 褒められ慣れてないんだ。かーわい! そういうのはモデルから伝わっちゃうんだよなー! ははは!!

 

「っと。さっそく今日の配信お疲れさまツイートをいいねと拡散して。そっから配信感想ツイートにー……。へへへ……」

 

 誰かを、Vtuberを推すのは初めてだ。

 ただの偶然で見つけ出すことができた個人Vtuberの秋達 音瑠香ちゃん。でもその知名度はたかが知れていて、チャンネル登録者数だってたったの60人だった。

 あたしの推しがもっと有名になってくれないかなー、と願うばかりだが、願うばかりでは当然力になることが出来ない。

 

 けどなんかどっか聞いたもん! Vtuberは心が折れやすいから、サポートしてあげるのがリスナーの役目だって! 音瑠香ちゃんがツブヤイターで拡散してた!

 やっぱ音瑠香ちゃんもチャンネル登録者数欲しいよなー。あんなプロ並みに可愛い立ち絵と、静かでクールで、人を落ち着かせてくれるチルボイスをしてるのに登録者60人は絶対におかしい。いつか音瑠香ちゃんの心が折れて、人知れず界隈からいなくなってもおかしくない。

 

「あたしが……。あたしが音瑠香ちゃんを有名にするんだ!!」

 

 セルフ受肉Vtuberは拡散力がないって言う話も聞いたことがある。

 でも音瑠香ちゃんのイラストはその辺にいるVtuberよりも一線を画すレベルの実力だと、素人目にも分かる。だからもっと評価されてほしいし、されるべきだと思う。

 イラストを抜きにしても、今日みたいな褒められ慣れてない可愛い仕草をするあの子にはもっと幸せになってほしい。

 

 高校2年生の秋。あたし、赤城 露久沙(あかぎ つゆくさ)は思う。どうしたら一介のリスナーごときがVtuberを応援することができるか、と。

 あたし、露久沙(つゆくさ)改め、ハンドルネーム露草(つゆくさ)は思う。今日も音瑠香ちゃんはかわいいなー、って。

 

 ◇

 

「露久沙、おはー!」

「ういー! おはー!」

 

 今日も学校へ行き、同じクラスの子たちに挨拶をする。

 おはようと言葉を口にしたら、向こうもおはようと言葉を返してくれる。会話のキャッチボールはこういう小さな会話の積み重ね。1往復しただけで仲良くなったとは思わない。だからもっとボールを相手に投げる。

 

「今日もさみーねー!」

「ねー! はぁ、本格的に秋になってきたって感じ」

「マジそれー」

 

 10月も半分を過ぎれば、寒さが増す。

 うちの高校がカーディガンありでよかったー。ブレザーとワイシャツだけで生きろって言われたら多分みんな死んでたと思うし。

 クラスのみんなに挨拶回りをしてから、最後に教室の端っこで黒い髪を俯かせたクラスメイトへと声をかけた。

 

「青原もおはよ」

「あっ……おはよぅ……」

 

 知っている人と感謝している人にはいつも挨拶をして回っている。

 例えばこの子、一見黒髪でパッとしなくて、二つ結びの三つ編みをした芋っぽい子。

 名前は青原 文佳(あおばら ふみか)。一言でいうと、オタクって感じだ。詳しくなんのオタクかは知らないけど、少なくともVtuberのオタクなんだと思う。

 と言うのも、あたしが音瑠香ちゃんに出会ったきっかけ、というのが青原だったりする。

 

 本人は気付いてないつもりなんだろうけど、後ろからスマホの画面がバッチリ見える。そこで盗み見て知ったのがあの秋達 音瑠香ちゃんという大天使だ。

 繊細でしなやかに揺れるセミロングのストレート。目元は眠そうにしてるけど、開けば見えるその鮮やかな目の色に胸の奥がキュッて締め付けられてしまう。

 

 ただのイラスト相手に何を考えているんだって言う話だけど、あたしは音瑠香ちゃんに一目ぼれしてしまったんだ。

 しかもそれを描いたのも、動かしたのも音瑠香ちゃんを生み出した作者で、その作者が音瑠香ちゃん本人となって命を吹き込んでいるんだと考えたら、これもまた1つの生命の形なんだと納得している。

 

 という限界キモオタトークは程々にして。

 青原にはその点で感謝していた。だけどまともに話したこともなければ、目線も合わせてもらったこともない。しょうがないよね、挨拶するだけで軽率に話しかけるような間柄でもないんだから。

 それに向こうも話しかけてこようとはしない。当然か。あたしと青原じゃキャラ的に釣り合わないと思われそうだから。でもなーんか音瑠香ちゃんと少し似ている気がするんだよなー。

 

 だから挨拶してそのまま立ち去る。このルーチンだけ。

 今日も挨拶したら、いつものグループに戻って会話を始める。

 

「おはよー! でさー……」

 

 同じ1日を繰り返す。Vtuberを知ってからいろんな子を知ったけど、いなくなったり音信不通になったり。同じ1日を繰り返すだけでもいっぱいいっぱい大変な人がいる。あたしの音瑠香ちゃんだってそうなるかもしれない。だから精一杯応援するしかないんだ。しかないんだけど……。

 

 あたしになんかできることってないのかなー……。

 ん? 待てよ。青原に相談すればいいじゃね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章:始まるように終わる毎日
第1話:青の変化。今日も1日頑張るぞい


「青原もおはよ」

「あっ……おはよう……」

 

 わたし、青原文佳は学校では超が付くほど陰キャだ。オタクだからとか、性格がどうとか、そういうのを全部ひっくるめた結果なので、なかなか治ることのない病みたいなものだと思っていただければ幸いだ。

 そんなわたしだが、日中誰とも話さないか、と言われたら嘘になる。

 朝のルーチンワーク。明るいブラウン色の髪の毛をサイドテールにまとめた、まさに太陽の化身。陽キャの代名詞と言っても差し支えなさそうなギャルがわたしに挨拶をしてくるのだ!

 

 毎回思う。なーーーーーーんでわたしなんかに声をかけるんだこのギャルは?!

 目的が挨拶することだけみたいだから変に勘繰ることも出来ず、去っていく背中をただ黙って見送るだけ。

 不思議な人だなー、と思う。顔も声もいいからなんでも許されちゃう陽キャ。羨ましい。わたしだってもっと顔も声もよくなりたいよ、本当に……。

 

「さて……」

 

 イヤホンを耳に装着して、スマホでYItubeを表示する。

 目的はもちろん、わたしのもう一つの姿である秋達音瑠香のアーカイブを見ることである。半年間わたしの朝のルーチンのひとつになりつつあるこのアーカイブの視聴は、自分の配信の質を向上させることが2割。残りの8割は変なことを口走っていないか確認する目的もある。

 まぁ、最近は面倒くさくて飛ばし飛ばしだったり、動画速度2倍速だったりするけど。

 わたしの配信なんて8割ぐらいは無言でイラストを描いてるようなものだから、失言や質の向上なんてのはただの言い訳なんだけどさ。

 でも昨日は露草さんがちゃんと見てくださってるのと、レモンさんがコメントくださったことが嬉しかったな。

 

 元々おしゃべりな方ではないのと、基本的に露草さんしか喋る相手がいないので、黙り込んでしまうのは悪い癖だと思う。けど反応がある壁ならまだしも、帰ってくるのは何かの物音だけなわけで。

 あーしんどい。Vtuberやめたい。わたしが尊敬するイラストレーターさんみたいにイラストで売っていけたらなぁ……。

 

「はい、じゃあホームルーム始めるぞー」

「げ、もうそんな時間?!」

「時計をよく見ろ赤城。もう何回目だと思っているんだ」

「でも許してくれるんでしょー?」

「早く着席しなさい」

「はーい」

 

 顔がいいから許される。

 顔がよくないわたしが隠れて授業中に動画なんて見てたら、きっと廊下に立たされることだろう。バレるようなヘマはしないつもりだけど、流石にする勇気はない。

 

 こうして1日が過ぎていく。1人でノートに書き込んで。1人でご飯を食べて、1人で放課後を迎える。気づけば学校は終わっていた。

 さて、今日も直帰して配信の準備しなきゃなぁ。

 

「……ねぇ青原」

「え? あっはい……」

 

 不意に背後から声をかけられる。いつも朝に聞こえる無駄に明るくて、それでいてギャルギャルしているやたらと耳の中に響く可愛らしい声

 誰だ。なんて流石に分かっているけど、顔を見なければいけない。振り返ってみると顔がいいサイドテールの、毎朝挨拶してくる例のギャルだった。

 

「今日、暇?」

「あっ、え。えっと……」

 

 え、なに突然?! 別に帰りの挨拶とかじゃないよね? てかいま誘われた?

 よ、用事か何かかで? でもわたしと彼女の間に接点なんて全くないし。

 というか配信の準備が……。いやまぁ、どうせ始まる前の15分ぐらいから準備するだけで、家に帰ったら2時間ぐらいスマホ見ながら呟いたりするだけなんですけど。ってそういうのじゃなくて。わたしなんかがギャルを満足させられるわけがないんだから。えーっと、うーんと……。

 

「ひ、暇です……」

 

 陽キャに迫られたら、断れるわけないでしょうが!!

 闇属性は光属性に弱いって言うのはソーシャルゲームの常識だぞ!

 

「駅まで一緒に帰んない? 青原、電車通学でしょ?」

「あっ、はい……」

 

 何でわたしのこと知ってるんだこの人。

 周りの陽キャたちも付いてくるんだろうか。それは嫌だなぁ。できるだけ目を合わせないように顔を伏せて帰ればいいかな? あ、でもそれじゃあ「何。キモいんだけど」とか文句を言われかねない気がする。というか絶対言われる。

 うぅ、頑張れわたし。なんとか目と目を合わせるしかない!

 

「うしっ! 帰ろっか!」

「あっはい……」

 

 スクールバッグを背中に背負ったかと思ったら、スカートを翻して廊下へと入っていく。

 その背負い方、憧れがあったからやってみたけど、腕がねじれかけたからやめたんだよなぁ。肩にバッグの両紐をひっかけて遠い目で歩き始めた。

 

 廊下をギャルと2人。特に会話無し。

 下駄箱をギャルと2人。特に会話無し。

 校門から帰り道をギャルと2人。特に会話無し!

 

 他の陽キャはいなかったけど、ギャルと2人。超気まずいです。

 

「青原ってさぁ」

「は、はい!!」

「うぉっ、びっくりしたー。そんな声上げんでも」

「あ、す。すみません……」

 

 急にわたしの心のATフィールドを食い破ってくるな! 怖いだろ!

 

「別に怒ってないし。青原ってVオタなん?」

「へ?!」

 

 実はね。へへっ、Vtuber本人ですがね、へへっ。なんて言えるわけないでしょ。

 周りへのVバレなんてVtuber引退する理由ランキングTOP10に入るぐらいには有名ですよ! さらに言ってしまえば、相手はクラスのカーストトップギャル! バレてみろ。そんなもん人生の終末みたいなものだ。

 

「どうして、急にそんなことを……?」

「あー、いや。青原がいつもVtuberの動画見てるからちょっち聞いてみたくってさ!」

「あ、そうなんですか……」

 

 いつも? ってわたしの朝のルーチンが全部バレバレってこと?!

 どうしよう。わたしが自分のアーカイブを見てた時かな? だったら秋達音瑠香がこの人の眼前に……?!

 考え始めたら血の気が引いてきた。

 

「だ、誰にも言わないでください何でもしますから」

「え、別に言わんけど……」

「何が望みなんですか身柄ですかお金ですかそれとも命ですか?!」

「脅すつもりはないってばぁ!」

 

 サイドテールが跳ねながら、怒ってる。ひぃすみませんすみません。

 

「ったく。あたしをなんだと思ってるんだか」

「す、すみません……」

「まぁそんなことよりもさ。どうなのよ」

「えっと……」

 

 Vオタか、と言われたら間違いなくそうなんですけども……。

 そりゃあ元々有名どころのVtuberを知って、個人でも趣味でVtuberをしている人がいると耳にしたからわたしもやってみたい、ってことで自分もVtuberを始めたぐらいには重度のVtuberオタクだ。

 でも自分がVtuberだってことは口が裂けても言いたくない。なのでこう口にする。

 

「は、はい。一応……。にわかみたいなものですけど……」

 

 よし、これならいける。

 

「マジ?! じゃああたしと同じじゃん!」

「あっ、そ、そうなんですねぇ……」

 

 ドン引き、というか。怖かった。

 人間、未知の存在には恐れおののくものだ。目の前でギャルがVtuber趣味に共感を持っていたら誰だってビビるでしょ。Vtuberっていわゆるオタクの趣味なんだから。

 あ、でも有名なところだったらメディアデビューもしてるし、知ってる人は知っているか。

 

「じゃあさじゃあさ! 聞きたいことがあるんだけど!」

 

 ちょっと、しれっとわたしのATフィールドから先に近づかないでよ!

 うわ、目がめっちゃキラキラしてる。まつ毛が長いし、肌もきめ細かい。ちゃんと化粧とか肌の手入れとかしてるのかな。すごく顔がいい……。

 

「個人Vtuberって、何されたら嬉しいかな?!」

「……へ?」

 

 顔も声もいい女に個人Vtuberについて聞かれてしまった。

 何されたら、って。何?!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:青の驚き。怖いギャルの悪巧み!

 個人Vtuberとは。

 簡単に言ってしまえば企業に属していない、趣味で配信しているようなVtuberを指す言葉だ。

 趣味、と一言に片付けてしまうが、その中には当然収益を得て本職として生業にしている活動者だっている。もちろんそういう人は大抵ごく一部の上澄みだけで、ほとんどの人は副業収益だったり、そもそもお金をもらってないケースが多い。

 もちろんながら企業ではないためサポートも受けづらいので、いつも病んでるし、うつっぽいことを呟いて、そのままフェードアウトしていくパターンだってよくある。

 というかVtuberが引退する理由なんて、病んで辞めるか、活動がつまんなくて辞めるか、私生活の都合で辞めるかのどれかだと思ってる。

 

 だから個人Vtuberが何をされたら嬉しいか? などと聞かれても、なんでも嬉しいから多すぎて困る。

 

「ほら! 呟きに反応するとか、配信にコメントを残すとか。そういうの! なんかいいことないかなー、ってさ!」

「あぁ……」

 

 だいたいそういうことしてくれたら、みんな喜ぶと思いますけどね!

 わたしだって音瑠香として活動している時は露草さんのコメントにどれだけ救われていることか。それにいいねや拡散なんかもしてくれて。どうやったら恩返しできるだろうか、と常に頭を悩ませているところだ。

 

「そういうのでいいんじゃないんですか?」

「あは! やっぱり?! でも、それだけじゃダメな気がするんだよねー。それってあくまでも延命措置にすぎないっていうか。応援するなら推しには伸びてほしいっしょ?」

 

 わ、分かるっ……!

 あんまり伸び過ぎると「あー、遠いところに行ってしまったなぁ」なんて勝手に思い悩んでしまうこともあるが、そういうのは大抵リスナーさんの嫉妬に近いことなんだと思う。

 わたしも有名どころのVtuberを推していたことはあったが、なんか遠い存在になっちゃったなぁ。と頭に思考がよぎって、それ以来見ないようになってしまったこともあるし。

 登録者が大体200人から300人辺りが逆に安心できてしまうかも。

 結構いるなー、と満足しながらVtuber人生を長続きできる数。これはわたしの考えた結論です。

 

「ちなみに、どれぐらい伸びてほしいんですか?」

「んー、本人のやる気次第だけど。収益化ぐらいしてくれたら推し事が捗るから嬉しいなー、って!」

 

 わ、ビッグだなー、この人。

 こういう人がVtuberを支えていくんだなー。ふむふむ。

 

「いっそ身内にでもなれたら、直接投げ銭できるんじゃないですか?」

「身内。身内って、それはいいの?」

「まぁ親しい間柄なら、別にいいとは思いますよ」

 

 わたしは嫌だけど。

 ツブヤイターのダイレクトメールに「投げ銭したいんで口座教えてください!」と来たときには絶縁宣言をしても構わないとすら思ってる。

 ガチ恋勢っていうか、それはもうストーカーなのよ。

 

「親しい間柄って?! リスナーじゃダメかな!!」

「ダメってことはないですけど、配信者とリスナーじゃ立場が違いますし。あと必ずしも投げ銭だけが支えるための方法じゃないっていうか……」

「と、言うと?」

 

 ここから先は正直わたしが、ということではなく、秋達音瑠香としての意見にはなると思う。でもリスナーとして支えていく方法って、何もお金とか物とかだけじゃないはずだ。

 

「お話を聞いてあげたり、辛いときにそばにいてくれたり、とか。そういうのでもいいと思うんですよね、わたしは」

「ふーん……」

 

 な、なんだ。その含みのある「ふーん」は……。こ、こわい。ギャルこわい。

 

「確かに友だちが辛いときは話を聞いたり、慰めたりしたらめっちゃ嬉しいって思うし。案外Vtuberも変わんないんだね!」

「Vtuberも所詮は人だから」

 

 1人で社会を形成しようとしても、失敗するのは目に見えている。

 同じ同業者や知り合いのツテを使ってお客さんを引き込んで、環境を作っていく。

 そう考えると、人のやることなんてみんな大して変わらないのかも。

 

「そっかー。……青原って案外話分かるやつだね!」

「そ、そっすか……」

 

 本人がVtuberなだけなんですけどね。へへっ。

 というかこの人、わたしなんかの名前知ってていつも挨拶してくれてたんだ。

 わたしは相手の名字も曖昧なのに。確か可愛らしい名前をしていた気がするけど、多分聞いたことない。興味もないし。というかギャルの下の名前とか怖いし!

 

 でも沈みかけの夕暮れなのに、にしっとしたとても輝く笑顔がとても印象的で。あぁ、この人は本当にいい人なんだろうな、と思う。こんな可愛い子に推されるVtuberがいるだなんて、なんだか嫉妬してしまうな。

 

「いいことも思いついたしね! ヒッヒッヒッ!」

「え、怖い」

「そんなことないよー! じゃ、また明日ー!」

「あ、はい……」

 

 走り抜けていく背中を見て思う。本当に嫉妬してしまうなぁ。

 

 ◇

 

露草:ねね、好きな絵師さんって誰なの?

 

「え、どうした急に」

 

 配信を始めて大体20分が経過していた頃だろうか。

 今日もお絵かき配信ということで、雑にペンを握っているけど、挨拶したかと思えば露草さんが突然そのようなことを質問してきた。

 露草さんとイラストレーターさんには接点がないようにみえるんだけど。ツブヤイターでもそういった話題はしないし。じゃあいったい何が目的なんだろう?

 まぁいいか。知られて困るようなものでもないし。

 

「白雪にかさんってイラストレーターさんだよ。最近ご依頼とか受けてくださるようになったんだけど、こう、線がとても綺麗で繊細なのに全体を通してみたらすごく可愛さに溢れたイラストを書いていてね? ギャルゲーとかにありそうだけど、なんか違うっていうか。その人独特の世界観が絵となってこの世に具現化していると思うと、この人のファンでよかった。とか、この世に生まれてハッピーだ、ありがとうにか先生……。って感じで蒸発するの。いいんだよねぇ……」

 

露草:激推しじゃん!

 

「そうだよ激推しだよ! 神は、実在する!」

 

 ここまで語っておいて「ドン引きだわ」と言われないだけ、やはり露草さんは優しい人だ。好き好きむちゅーってしちゃう。しないけど。

 

露草:そっかー! じゃあ楽しみにしないとね!

 

「え? うん。もちろん新作はいつも全裸待機だよ!」

 

 まぁそんな感じで露草さんとそういうやり取りをしたのが、大体2週間前のことだったと思う。

 今、わたしが目の前にしているのはにか先生の新作だった。

 明るいブラウン色のツーサイドアップ。太陽をモチーフにしたヘアゴムに右頬には赤い花丸のフェイスペイント。

 うわ、かわよ……。目線を下に配れば際どい服装に恐れおののく。にか先生、こんなイラストも描くんだ……。新しい境地だなぁ……。

 

 なんて呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 朝田世 オキテ@Vtuber準備中

 

 こんなプロフィールのアカウントにフォローされたらなぁ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:青の疑念。ネカマには気をつけろ!

「だ、誰だお前はーーーーーー!!!!」

 

 思わず普段でないような声が出てしまった。そのせいで喉が少しヒリヒリする。

 それにしても、にか先生のビジュアルの2Dモデル……。めちゃくちゃいい……。なにこれなんで一番最初のフォローがわたしなのか分からないけど、最高に可愛いということは分かる。

 あぁーーーーーーーわたしがこの子の中に入れたらなぁーーーーー!!!

 って、中身が地味すぎるから、この見た目に当てはまらなさすぎる……。およよ、人の人格はそう簡単には変えられないのだ……。

 

 まぁいいや。とりあえず挨拶しておこ。

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

オキテさん、初めまして

フォローありがとうございます

これからよろしくお願いいたします

 

 ふぅ、こんなもんでいいか。

 あんまりグイグイ行っても嫌われるだけだし。そうそう。わたしは先輩Vtuberさんなのだ。それが例えわたしの最推しイラストレーターが描いてくださった立ち絵が羨ましくとも、超べらぼうにかわいくても! そんな感情を表には出してはいけないのだよ。ふふーふ。

 これが、先輩Vtuberの! 余裕! ってやつ!!!!!

 

:朝田世 オキテ@Vtuber準備中

音瑠香ちゃん、ありがとう!!

やっぱ音瑠香ちゃんはかわいいね!

これからもよろしく!!!

 

 な、何だこの人……。明らかにわたしを意識したような返事な気がする。

 気のせいかな。まるでわたしを元々知っている人がVtuberになったかのような言い方。

 まっ、気のせいだよね。今まで友だちなんて出来たことなかったし。少なくとも高校では……。うぐぅ……。

 胃が縮まる。なんというか、わたしってイラスト特化女なんだなって……。はぁ。もっと歌とかプレイヤースキルとかできるようになればいいんだろうか。

 

 まぁいいや。そろそろ時間だし学校に行こうっと。

 

 ◇

 

 それから数日が経過したところ。オキテさんにはたくさんフォローが増えて、今やわたしの約4倍の1300人。元々にか先生の人気もさることながら、本人の行動力もすごい。フォローを返してくれたら挨拶して、仲良くなったらよく絡む。これだけで基本陰キャのVtuberたちなんか一目惚れだ。

 これなら配信スタートしたら、わたしの登録数なんてすぐに追い越されてしまうんだろうな。

 先輩Vtuberのよくあることだ。わたしより遅く始めた子たちがみんな遠くへ行ってしまう。そう、よくあることなんだ。それを後ろから見ながら、わたしはこうつぶやく。頑張ったねぇ……。って。

 

「でもつらいなぁ」

 

 実際に声に出すぐらいは許されるだろう。ツブヤイターに呟いたら、心配のツイートとみなされてしまう。そんなの構ってちゃんみたいでわたしは嫌だ。だからそういう自制心は強い方。

 

「それにしても、オキテさん。わたし以外には普通だなぁ……」

 

 フォローを返したら初めましての挨拶をするけれど、わたしよりも露骨に距離が遠い。

 かと思えばわたしが朝の挨拶をすると、必ず返事をしてくる。他はマチマチだ。

 明らかにわたしに対するリアクションが多すぎる気がする。なに、わたしの事好きなの? ありえないだろうけどさ。

 ……いや待て。こんな見た目をしてるけど、いざ声を出したら低音のいいボイスとかだったら話が変わってくる。世の中にはバーチャル美少女受肉なんて言葉もある。見た目で装って出会いを求めてくるケースもあるって聞いたし。まだ様子見、かな……。

 

「でも中身男だとしてもかわいいんだよなー。呟きの端々から感じる女子力……。わたしがゴミに見える……」

 

 朝はランニングが趣味らしく、加工したイラスト調の写真をつぶやきに添付。ネイルやコスメの話をよくする。アニメの話もちょこちょこ呟く。でも私生活はほとんどつぶやかない。場所が特定できたとしたらランニングの時しかない。

 すごい。完璧にツブヤイターを使っている。

 わたしの「ねむい」や「おきた」とかいう呟きに比べたら、遥かにコンテンツ力が高い……っ! 要するに、眩しい存在ということ。

 

「だから謎なんだよなぁ……」

 

 気まぐれか? それともリアルの知人か。

 いずれにせよ、どうしてわたしに絡みつこうとするのかが全然分からない。真相が闇の中に沈んでいく感覚だ……。

 

「よっ、青原」

「うぁああああ?!!! お、おはよ……」

「いや草! そんなビビることなくない?」

「ぁ、いや。ちょっと考え事とかしてて……」

 

 そりゃツブヤイター見てたら、背後からの唐突な挨拶。ビビらないわけ無いでしょ、陰キャなんだから。

 

「考え事って? あたしに言ってみ?」

「いや、関係ないですし……」

「関係なくないじゃん! あたしら友だちなんだからさ!」

 

 ……と、友だち? へ? 今さらっとなんと言いました、このギャルは?

 き、聞き直そう。もしかしたらわたしの聞き間違いなのかもだし。

 

「えっと、友だちって言いました?」

「うん、言ったよ。V友だぜー! ぶいぶい~!」

 

 う、うわぁ、距離感ちっかい……。両手でダブルピースを開いたり閉じたりしてる。こんなの男オタクが軽率に恋に落ちるぞ。恐ろしや。最近のギャルの距離の近さ恐ろしや……っ!

 友だちだから相談事に乗るって気持ちは分かる。分かるけど、わたしたちそんなに交流したことないでしょ。あと流石にVtuberの身内話なんて聞かせたくない。

 でもこのまま引き下がってくれるとも思えない。なんとか誤魔化して、この場を曖昧にするしかないか。

 

「ぶ、ぶいぶい?」

「ウケる! マジでノッてくれるとか! やっぱノリいいねぇ、青原!」

「そ、そっちが言ったんじゃないですか」

「まぁまぁ! 隣座ってもいい?」

「あっはい」

 

 このギャル完全にしばらく居座るつもりじゃん。ま、まぁ……、覚悟はキメてたからいいけど。

 確かこのギャルはどっかの個人Vのリスナーなんだったっけ。じゃあこちらも同じという設定で……。

 

「最近わたしの推しが言ってたんですけど、自分にだけ態度を変える知り合いがいるって」

「自分にだけ? 他の子には?」

「挨拶とかはするけど、あんまり積極的には関わらないっていうか……」

「ふーん」

 

 いや、間違ってない。だってあのオキテとかいう女、わたしのくっだらない呟きにも律儀に返事してくるし。あと返事の内容が普通に面白いから会話してて楽しいから盛り上がっちゃうのも悪い点だとは思うけど……。ま、まぁ向こうが悪いってことで。

 

「いいんじゃないの、それは?」

「あっ! いや。その知り合いはネット上の子で、もしかしたらネカマかもってビビっちゃってて」

「あー、あるよねー! 女だと思ったら男の人でしたー、みたいな?」

「そうそう。出会い系はちょっと怖いですからね」

 

 それだけではないけど、グイグイ来る人が居たら気になってしまうのはしょうがない。

 元々女性Vtuberで活動しているわけだし、そういうやましい心の持ち主の人が来ないとも限らない。

 

「じゃあさ、聞いてみたらいいじゃん」

「……へ?」

 

 え、聞く。聞くっ?!!!!

 

「そしたら教えてくれるかもよ? Vtuberならどうせ最後には声が出るんだしさ!」

「そ、それはそうかも、ですが……」

 

 さすがギャル。行動力が化け物じみていて恐ろしい……。

 つまるところ自ら地雷原に突っ込んでこい、ってことだよね。爆発したら終わりだし、何とかするための道具は重たい石1つ……。思わず苦笑いする。

 でもそうか。どうせ最後には生声が出るはずだ。だったらそれまでモヤモヤを懐に抱え続けるだけでいい。

 

「き、聞きはしないですけど、活動開始の初配信は見てみようかと思います」

「うん、それがいいよ!」

 

 一応解決はしたけど、それまでこのオキテさんの猛攻を耐えなきゃいけないわけで。

 見た目は本当にかわいいし、つぶやきの中身も女子力高くて、まさに理想の女の子って感じで憧れてしまう。

 まっ、なるようになるしかない、か。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:青の通話。猫耳はみんな落ちる

 クラスのギャルとの会話の結論は気にせずに初配信を待つ、というものだった。

 曖昧な関係ほど優しくてぬるま湯に浸かれるものはない。だから初配信を待てばいい。待ってから、相手が男性か女性かを判断すればいい。ボイチェンとか使われてたらちょっと怖いけど、その時はその時ってことで。

 

 まぁ、問題は……。気にならないってことができないことなんですけどねーーーー!!!

 

「やっぱり無理があるって」

 

 わたしからは用事がないのに、向こうからは積極的に交流してきてくれる。

 それ自体は嬉しい。嬉しいことなんだけど、それ以上に彼女の中身が気になって仕方ないんだ。あんな相談した後だからこそ余計に気になるわけで。直接聞くのは臆病なので流石にできない。

 とすれば、このまま耐えるしかないのだ。耐えるしかないんだけどさぁ……。

 

「このもやもや、どうにかして発散しなくちゃ……」

 

 もう限界だった。ツブヤイターから目を離そう。

 アプリをそのまま終了させてから、ベッドにスマホをポイっと捨てる。そして対面するのはパソコンのモニター。今日は作業だ。イラストの作業して、今度やるゲームのサムネを完成させるんだ。

 板タブを敷き、ペンを持ち。そのまま1本の線を描く。

 

 ……。なんか違う気がする。消す。1本引く。違うなぁ。消す。1本引く。

 そうして30分の時間が経ったのだった。

 

「や、やば……」

 

 オキテさんが気になって、何一つ集中力できなかった。むしろ配信してた方が筆が動いたまである。

 うーん、今から配信しようかなぁ。でも時間がちょっと遅い。切りがいい所まで行くか怪しかった。でも人の声は欲しい。というかもやもやを吹き飛ばせるんだったら、コメントでも構わない。

 はぁ、仕方ない。こういう時に一番信用できる友だちに連絡するのが一番だろうなぁ……。

 

 意図的に避けていたスマホを拾い上げれば、ツブヤイターのDMを表示させる。

 そしていつも通り、わたしの数少ない友だちに連絡をする。確かさっき見たら配信はしていないみたいだし、向こうも裏で何かやっているかもしれない。そう考えていると、返信はすぐ返ってきた。内容は単純で、作業通話しよ、って聞いたら、サムズアップの絵文字が1つ。OKってことなんだろうな。

 早速ヘッドフォンを装備して、通話用のSNSを開く。

 ほどなくして、通話のコールが鳴ったので受話器を取った。

 

「もしもし」

『どしたーーーーーーん、話し聞こかーーーーー???』

 

 ややノイズの入った高い声。特徴的なガビガビとした一種のロボット声のようなものはまるで女の子のような声色の調整がされていた。意外にも聞きやすい。とか、調整頑張ってる。とか周りからは結構そういうことを言われているようだ。

 彼女(?)の名前は緑茶レモン。俗に言うボイスチェンジャーを使ったVtuberであった。

 はてなをつけたのも、本来の地声は聞いたことないし、そもそも相手が男性なのか女性なのかすら分からないからだ。

 この人からは特にやましい気持ちとかは感じないから、ほどほどに仲良くなって、たまに通話するような間柄になっていた。いわゆる友だちだ。

 

 そんな友だちだが、今は通話を切ろうかと考えていた。

 

「切っていい?」

『嘘嘘、冗談だよ~! 音瑠香ちゃんの方から通話を誘ってくるのが久々だなーって思っただけ~!』

「そうだっけ?」

『大体ウチからだし』

「そういえば」

 

 この通り結構口調は緩いが、中身はしっかり者だ。

 お茶っ葉系妖精幼女Vtuberを名乗っているから、普段から厄介な視線を向けられたりしていそうなのに、大した女の子(?)だ。

 

『で、今日は何の話?』

「や、別に。お絵描きのお供に」

『ホントに何にもなくて草~!』

 

 まぁ、悩み事がないわけではないんだけどね。

 それを口にしたところで何も解決することはないし、逆にレモンさんを困らせてしまうだろう。それは嫌だなぁ、ってことで今日は特に何も言うつもりはなかった。

 代わりにわたしの沈黙に付き合って貰おうか! くくく……!

 

「…………」

『……音瑠香ちゃんってホントに絵を描くときは黙るよねー』

「んー? まぁね。みんなそんなもんだと思うよ」

『配信の時だけとはいえ、よくやるよ~』

 

 コメントがなかったら黙って線画をするし、あったら脳のリソースを会話に移すだけでいい。そういう意味ではマルチタスクには適したVtuberだと自負している。もちろん自慢することでもないから黙っていることが多いけど。

 

『前も聞いた気がするけど、どのぐらいのことマルチタスクできるの?』

「イラスト描きながら通話しながらソシャゲの周回とか」

『ウチ、それも怪しいかも』

「レモンさんはいいじゃないですか、FPSうまいんだから」

『ひとつのことしか出来ないとも言うけどね~』

 

 いやいや、FPSができることは十分強みなんですよ実は。

 ゲーム全般へたくそだからね。へへっ……。はぁ……。ヘタだからこそ画面映えはするってことで配信でもゲームをすることはあるけど、レモンさんのゲームセンスを見ていると、涙が出てくるよ。およよ……。

 

「ちなみに今は何やってるんですか?」

『えぺっぺ』

「あー」

 

 何がマルチタスクができないだ。会話しながらFPSぐらい普通にできてるじゃないか。

 

『音瑠香ちゃんは?』

「サムネです。次のゲームの」

『へー、タイトルは~?』

「キャットウォームってやつです。最近流行りの猫が街中を歩くゲーム」

『あったねぇ。ウチも気になってたなぁ、それ』

 

 いいでしょう。わたしはこれから猫になって、自由気ままに冒険するんだ。

 タイムラインに入ってきた『怖い』という情報は見なかったことにした。ま、まだホラー系と決まったわけでもないし。

 猫はいるだけで癒しだから……。わたしは癒しそのものになるんだ……っ!

 家はペット禁止だけど、猫飼いたいなぁ……。くぅ……。

 

『ってことは猫耳音瑠香ちゃん?』

「え?」

『猫耳音瑠香ちゃんは需要ある』

「いや。いやいやいやいや!! ないって、ない!」

『そんなことないよ~。猫耳は基本見たもの全員を落とせるね』

「……うぅ」

 

 今描いてるの、確かに猫耳の音瑠香だけど。か、可愛いけど。けどなぁ……。

 

「チャンネル登録者増えるかな?」

『増える! 増えるよ~! 拡散すれば』

「やっぱりそこか……」

『……ごめんねぇ~、そこだけは保証できなくって』

 

 まぁいいよ。割り切っていたことだし。

 少なくともレモンさんと、あと……露草さんに刺さってくれればいいかなぁ……。

 

「完成したら見てくれます?」

『もちろーん! 楽しみにしてるね~』

「はい!」

 

 それからマイクに入ってくるコントローラーのカチカチ音と軽い叫び声を聞きながら、わたしは自分のアバターである猫耳音瑠香を描いているのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:赤の準備。準備中って何するの?

「えーっと、『モデリングの調整、よろしくお願いします!』っと。ふー、終わったー!」

 

 お風呂上がりにVtuberのモデル担当である白雪にか先生にDMのやり取りをして、スマホと身体をベッドの上に放り投げる。

 あー、冬ももうすぐなんだろうなぁ。寒い。寒すぎて暖房付けるかつけないか迷っちゃうぐらいだもん。でもつけちゃうもんねー、へへっ。あたしの暖房費は全部お母さんが払ってくれるしー!

 

「マージバイトしててよかったー。必要なもん全部あるよね?」

 

 おかげで朝田世オキテとして活動することができそうだ。

 まぁパソコンを買って、モデル代にマイクにWEBカメラって、機材を買い足していった、あたしのお財布の中身はすっからかんになっちゃったんだけどさ。

 今度からコスメとか服とかどうしようかな。まさかこんなにかかるなんて思ってもなかった。

 

 Vtuberにデビューする上で必要なことの定義はあたしには分からない。

 調べてみたら一枚絵だけでVtuberとしてデビューしている人もいれば、カスタム3Dモデルなんて言うものもあるらしい。当然、そんな知識に乏しいあたしは全体的にはてなマークを浮かべてたわけだけど。そんなところに音瑠香ちゃんの好きな絵師さんの話だ。

 

 白雪にか先生。

 最近売り出し始めた新人イラストレーターさんだ。

 以前からその繊細なタッチから描かれるかわいいイラストの数々は多くのフォロワーを魅了してきた。

 音瑠香ちゃんもそのイラストレーターさんの大ファンだという話を聞いて、あたしは決心したんだ。あたしのVtuberモデルは白雪にか先生がいいと。

 そんなわけで行動即断即決でお仕事を依頼。お金は払うから、超特急でお願いしますと言ったら、立ち絵の時点で2週間かからずに提出してきてくれた。

 そのデザインもまたなかなかえっち……。じゃない、素敵なものであたしの想定以上のものでびっくりしちゃったもん。

 

 それから一番最初に音瑠香ちゃんをフォローして、フォローが返ってきたら他のVtuberさんと繋がり始めた。

 全ては、音瑠香ちゃんを有名にするために!

 

「ククク……。今に見ていろ」

 

 見える。見えるなー! 100万人登録者おめでとう、って泣きながら笑う彼女の姿が!

 だが、現実は非情なもので、推しはいつまで経っても登録者61人程度だった。

 どうして……。いや、あたしが変えてみせるんだ! 音瑠香ちゃんが有名になるためにはあたしは何だってやってやる!

 

 ってことで始めたVtuberだったけど、これが案外あたしの性にあっているのかも。

 交流を広げて、友だちを作って、更に交流を深めていく。言ってしまえばVtuberという学校の中で知り合いや友だちを増やしていくような感覚だ。

 要するにリアルでやってることと同じ。感覚が掴まえれば容易いものよ。クフフ。

 ということで浮き彫りになってくる問題もまたあるわけで。

 

「音瑠香ちゃん、友だち少ないのかなー」

 

 音瑠香ちゃんの周辺で動いてる人物をあまり見かけない、というのが今の現状だった。

 1人でほそぼそとイラストを描いているようなキャラではあったけど、それ以上に人と接することが苦手なように見えた。人見知りってやつ? 初見の人が怖く見えるって言うのはあたしにも覚えがあるけど、音瑠香ちゃんの場合はあたしが思ってた以上に根が深かったようだった。

 

「……友だち、か」

 

 人見知りってことは、初対面に対する心の壁も分厚いということ。

 むやみやたらに接近しても距離を取られてしまう。実際いまの状況がまさにそうだ。音瑠香ちゃんは多分あたしに怯えている。そんなところがかわいいわけだけど、露草のアカウントを使ってた時とは真逆なレベルで態度が違う。

 親しい友だちがいないのだろう。配信中に時々こぼすため息に寂しさを感じるわけだ。

 

「お話を聞いてあげたり、辛いときにそばにいてくれたり、かー……」

 

 似たような立ち位置として青原のような子を見て思い出す。

 あの子も友だち少なそうだし、そういう似てるところで音瑠香ちゃんと出会ったのかもしれない。これはもしかして運命的なのでは? それを知ったあたしもまさしくデスティニー!

 青原もいつかあたしに推しの話をしてくれればいいなー。

 

「そういえば青原と音瑠香ちゃんの声って似てるような気が……」

 

 うーん、音瑠香ちゃんの低く響いて優しく聴き心地のいい声と青原の声を比べる。

 ……。なくない? 青原の声ってめちゃめちゃ震えてたし。他人の空似か。

 

「さーってと! 巡回巡回! あとチャンネルの設備もしてー。そっちは明日でいっか!」

 

 ツブヤイターで友だちを作りながら、挨拶をしたり交流したり、スキあらば音瑠香ちゃんのことを話したり! うーん、これがVtuber準備中って感じする!

 

 ◇

 

「てな感じよ!」

「うわ、めんどくさ」

「えー、舞もVtuberやりたーい、とか言ってなかったっけ?」

「アタシバイトやってねーし。あと推し事で忙しい」

「うえー、裏切り者~」

 

 星守舞、というあたしの友だちにはVtuberを始めるということは伝えていた。

 実際彼女もVtuber準備中って何してるの? って気になってはいたっぽいし。まぁそれが結局コネづくりとチャンネル作成期間に直結するんですよねー。

 いや、マジで金かかるわ。Vtuber舐めてた。

 

「うるせぇ! アタシは叶 光夜(かなえ てるよ)の大ファンなだけー!」

「その字面で『てるよ』って呼ばせるのキラキラ感あるわー」

「あんたの激推しに同じようなこと言ってやろうか?!」

「あぁ?! やんのか!!」

 

 という雑なやり取りもしてくれる大手Vtuber企業に所属する推しが好きなあたしのダチ。賑やかだし、楽しいから好きだけど、たまにあたしの推しをディスってくるのだけは許せない。音瑠香ちゃんが登録者100万人行ったときに覚えてろよ。

 

「で、初配信いつなの?」

「うーん、まだちょっと分かんないんよね。あと2週間ぐらいかかるって言ってた気がする」

「やっぱモデリングするにも時間がかかるんやなー」

「うむうむ。先生には感謝しかない、マジで」

「神絵師すげー!」

 

 ふふふ、もっと褒めるがいい。

 そうすればにか先生の知名度も上がり、昔から推している音瑠香ちゃんも鼻が高いってわけよ。

 

「おーし、授業始めるぞー」

「んじゃ後で」

「おう」

 

 授業が始まる戻りしな、青原と挨拶してないな、と思って横を通り過ぎて一言。

 

「よっ。おはよっ!」

 

 うーん、今日も1日頑張れそうだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:青の散歩。いつも寝たい猫耳系配信へようこそ

 今日、教室に来て第一声に聞いたことは何だ? と言われたら、こう答えると思う。

 

「赤城、Vtuberすんの?!!」

「えっ……」

 

 正直ドン引きした。赤城って誰だか知らないけど、Vtuberを始めるらしい。

 そして話している相手はいつも挨拶してくるギャルだ。うわぁ、あんな陽キャがVtuber始めたらみんなそっち行っちゃうなぁ。そしたらわたしの登録者数なんてあっという間に超えていくんだろうなぁ……。はぁ。鬱だ、死のう。

 

 と言うのは嘘で、とりあえず聞き耳を立ててみることにした。

 どうやらデビューするのは赤城といういつも挨拶してくるギャルらしい。

 なにか思うことがあったのかと思いきや、即Vtuber準備って行動力の化身か? お前の身体は思い立ったが吉日でできているのか?

 イラストレーターの名前は聞き取れなかったけど、どうやら神絵師らしい。いいなぁ。わたしも一度はにか先生にモデルを委託しようと思ったんだけど、高すぎてやめたんだよなぁ。神絵師さんはみんなそれだけのお金を収入で得ることのできる実力を持っている。はぁ、わたしもなれたらよかった、神絵師に。

 陽キャと神絵師が合わされば、それはもう登録者1万人も夢じゃない。

 あーーー、嫉妬。嫉妬の嵐が渦巻きそうだ。これはイヤホンで音楽でも聞きながらツブヤイターを見ていよう。

 あー、今日もタイムラインは静かだ。平日の朝だししょうがないか。それにオキテさんもいつものようにおはよう呟きに返事をくれている。有り難い有り難い。

 

「でもこの人、結局男か女か分からないんだよなぁ……」

 

 呟きの内容的にはバイトもしてるみたいだから、大学生かな? うーんわからない。

 基本的にこのVtuber、バーチャル目覚ましギャル系と銘打っているだけあって、朝の挨拶がうるさいのとランニングは朝が1番気持ちいいって言う情報と、コスメの情報ぐらいしかないんだよなぁ。

 あっ。あと何故かわたしの呟きには100%いいねをくれる。

 嬉しい。嬉しいんだけどさぁ。なんか1周回って怖いよ。何もしてないのに怖い。何もしてないのにこんなに好かれることあります? 無いよね?! だから怖いんだよぉ……。

 

 思わず身体を机に突っ伏して頭を抱える。

 わたしはいつまでこんな気持ちを続けなくてはならないのだ! うぉー!

 

「よっ。おはよっ!」

「えっ?! ぅあ! お、おはようございます……」

 

 また声が震えてしまった。いきなり襲撃してくるなんて思わないじゃん。はー、びっくりした。

 あのギャルも悪気があるわけじゃないんだろうけど、妙にわたしに絡んでくるしよく分からない。

 そういう意味ではオキテさんも、あのギャルも似ているっていうか。行動原理が微妙に単純と言いますか……。

 とりあえず今日は学校が終わったら、イラスト仕上げてキャットウォーム配信の準備しなきゃ。

 モヤモヤはするけど、切り替え切り替え。Vtuberは頭の切り替えが重要なんです!

 

 ◇

 

「こんねる。バーチャルいつも寝たい系Vtuberの秋達音瑠香です。今日も眠い」

 

露草:こんねる!!!! 今日のサムネ何?! かわいい!!!!

 

「えへへ、ありがとう」

 

 ふふふ、今日も露草さん見に来てくれてる。嬉しい。

 早速本気出して描いた猫耳音瑠香を褒めてくれる。目の付け所が違うね。流石だと褒めざるを得ない。

 

「今日はキャットウォームっていうゲームをやるんだ。だからサムネも頑張って描いてみた」

 

露草:めっちゃかわいい! もっと見せて!!

 

「これだよ。ちょっと待ってて」

 

 へっへっへ、これだよこれ。やっぱ可愛がられたり、褒められたりするとテンションが上がる。この瞬間だけはVtuberやっててよかったって気持ちになる。猫耳音瑠香のイラストを描いただけなのにだよ? すげーぜVtuber! できればもっとこのイラストはみんなに見てほしいけど。

 別に力を入れたわけではないっていうか、さ。元々わたしの拡散力なんてたかが知れてるものなのは分かってる。分かってるけどーーーー、承認欲求の怪物が暴れる~~~~~!!

 

「ど、どうかな?」

 

露草:すごいかわいい!! 5万回いいねした!!

 

「えへへ、大げさだよぉ~」

 

 嘘、もっと褒めて!! でもこんなことで満足する小さい女に収まりたくないのも真実!!

 って、今日はちゃんとゲームするんだった。事前にキャプチャーした画面を用意して、動かしてみる。おぉ、ホントに猫が動いてる。かわいい。

 

「えっとね。このゲームは猫になって街を歩くみたいなゲームで……」

 

露草:へー! 猫ちゃんかわいい!

 

「だよね! はー、家でも猫飼いたい……」

 

 ま、ペット禁止で飼えないんだけども。

 

露草:あたしも猫ちゃん飼いたい~!

 

「ねー。じゃあ歩いていこうかなー」

 

 しばらく路地の隙間やら、塀の上などを飛び回るようにして歩く猫の主人公だけど、その動きがすごい。力の入れ方が半端じゃない。

 どの生き物も四本脚で動くなら後ろ足を地面で蹴ってジャンプするんだけど、その中でも猫らしさというか、しなやかな前足での着地からの音もない飛び移り方にほう、と声を出してしまう。

 さらに丸いものには特に反応したり、音が鳴るものに目移りしたり。反応が猫らしくてかわいいんだ。

 可愛すぎて喋るのを忘れてた。

 

「あ、夢中になってた」

 

露草:草

 

「あはは、ごめんね。ずっと喋ってなくって」

 

 マルチタスクがどうこうって話はレモンさんとしていたけれど、こんなにもゲームに夢中になってたらそりゃチャンネル登録者数なんて増えないよね。

 

露草:いいよ、夢中になってる音瑠香ちゃん可愛かったから!

 

 あぁ、全肯定露草さんが全身にしみる……。

 傷心の傷口に塩をねじ込まれているような痛みすら感じてしまうもんね。あー、罪悪感半端ない。もっと喋らないといけないのになぁ……。

 

「でももうちょっと喋れたらなぁ、ってことは多いけどね」

 

露草:音瑠香ちゃんはかわいい音瑠香ちゃんだからいいんだよ!

 

 うぅ、露草さんの言葉が突き刺さる。責任とか期待とかそういうのが。

 あのギャルみたいに周りに気を配れるような人間になれたら、もっと人が多いのかなぁ。って、考え始めたらいろんなことがモヤモヤと頭の中に悩みが浮かび上がってくる。

 やめやめ。このまま考え事しててもしょうがない。

 

「ありがと。じゃあ続きやっていくね」

 

 わたしは惰性でやっているだけで、もうちょっと伸びたらいいなって気持ちは確かにある。

 けどわたしなんかの人間性と実力じゃ、そんなことも達成できないっていうことも分かってる。だからオキテさんに嫉妬するなんておこがましい。人間性とコミュニケーション力は、明らかにあっちが上なんだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:赤の準備。新装備は試したくなる

「はー、今日の音瑠香ちゃんもかわいかったなー……」

 

 普通猫ゲーだからって、実際に猫耳のサムネ作ってくる人なんています? いませんよねぇ?! やっぱそういう努力家らしいところもまた音瑠香ちゃんの魅力なんだよなー!

 配信を見終えたあと、あたしはあたしでやることがあった。通話アプリをダウンロードしてから、相手の反応を見る。あたしがログインしたところを見たのか、瞬時に反応が返ってきた。

 

「白雪にか先生、どんな人なんだろ」

 

 大まかなモデリングの作業が完了したことと、あたしがまだパソコンに慣れていないこともあり、今日はモデリングの調整を1から手伝ってくれるらしい。なんというアフターケアサービス。音瑠香ちゃんじゃないけど、この人の事はもっといろんな人が見てていいはずだ。イラストとかもすごく可愛かったしね。

 えーっと。マイクを付けて、通話状態に入るっと。

 

「もしもし、聞こえますかー?」

『聞こえるよー。初めましてぇ、白雪にかって言います』

 

 あ、なんかゆるふわなお姉さんみたいな声が出てきた。かわいい。

 もっとオタクオタクしい声だと思ってたし、なんだったら直前まで男性の可能性もあったわけで。そういう意味では結構関わりやすい、かも?

 

「初めましてー! 朝田世オキテです!」

『んー、初めてだけど一言言ってもいい?』

 

 え、あたしなんかやばいことしました?!

 恐る恐る聞いてみると、電波の向こう側でまるでニヤッと笑ったような表情まで見えた気がした。

 

『オキテちゃん、可愛い声してるねぇ!』

「あっ、どもっす……」

『なんていうんだろぉ。ギャルギャルしてるっていうか、Vモデルの姿とシンパシー感じちゃうっていうかー。すごいね、ボク周りにこんなかわいい声の子いたことないから、ちょっと興奮してるー』

 

 初手ですんごい褒められた。

 さらに興奮しているとまで言われたし、実はこの人、想像しているよりもずっとゆるいのでは?

 まっ! そんなところもかわいいってことで。ほら、アイコンも縁がピカピカ光ってかわいいし!

 

「ありがとうございます!」

『じゃあお仕事の方に入ろっか。まずオキテちゃんはPunkの登録ってしてる?』

「言われたとおりにやっておきました!」

 

 Punkとは、PCゲーム販売サイトであり、コンシューマーで出ているようなゲームはもちろんのことながら、インディーズで発売しているマイナーなゲームなどもPCでできるようにサポートしてくれているゲーマーなら登録しておいて当たり前、みたいなサイトだ。

 そこでゲームと同じような感覚でソフトウェアも販売していたりする。その1つがVすたである。

 VすたはVtuberの身体を動かすのに必要なソフト。まずこれをインストールして、と言われたのでダウンロードしてからパソコンに入れる。

 さらににか先生から出来上がったモデルをVすたに挿入。これで簡単にだけど、Vtuberとしてのアバターが動くようになったらしい。

 

『あとはアバターのところからボクが作ったモデルのファイル名があるから、それをクリックしてー』

 

 言われたとおりにクリックすると、にか先生が描いてくれたモデルが表示された。

 もちろん事前にどんなモデルになるか立ち絵自体は貰ってたし、これが動くんだ! と思ったらめっちゃワクワクしてたけど、これは……っ!

 

「すごい! マジで動くじゃん! うわ、マジであたしが向いてる方向に向いてくれる! すげー!!」

 

 予想以上だった。

 客観的なことを言ってしまえば、音瑠香ちゃんのそれよりとても動く。

 右を向けば大体耳が見えるぐらいまでは動くし、左も同じく。下を向けばうつむいてくれるし、上を見たら目線もそれに合わせて動く。何より髪の毛が、めっちゃ揺れる!!

 ちょっと子供っぽいかなと思ったツーサイドアップだけど、左右に顔を揺らせばリアルのそれのようにしなやかに、それでいて美しく動いてくれる。今のモデルって、こんなに動くんだ……!

 

『ふふふ、喜んでくれて嬉しいなぁ』

「これすごいよ! マジヤバイ! 先生ありがとう!!」

『いいんだよぉ、超特急でって言われたときは少しびっくりしたけど、その分上乗せしてくれたからねぇ』

 

 これは見てて飽きない。太陽の髪飾りも揺れるし、おぉ! おっぱいもめっちゃ動く。タップタプじゃん。

 

『じゃあ続けてモデルの調整していくねぇ』

 

 あとは細かい調整などをいくつか行っていく。

 キーバインドと呼ばれる、特定のボタンを押下することで表情が変わる機能もあるらしいが、その辺はにか先生がパソコンに慣れていないあたしのためにオミットしてくれたらしい。

 代わりに表情を認知してくれれば、そのとおりに動いてくれるんだとか。すっごい。にか先生すっごい。

 

『試しに笑ってみて』

「こうですか?」

『うん、大丈夫そう。オキテちゃん、普段から表情筋は鍛えてるみたいだねぇ』

「ヒョウジョウキン……? そ、そっすね」

 

 イマイチピンとこない単語だったので、とりあえず肯定しておいた。あとで調べておこっと。

 後はびっくりしたり、悲しんだり。この辺も問題なくクリアしている。すごいなぁ、あたしの知らない技術がこんなにもびっしり詰まってるとか。これがイラストレーターのチカラってやつなのか!

 

『うんうん。調整もだいぶ整ってきたみたいだし、ほぼ干渉もなさそうかな。よし、あとで最終調整版をここに上げるから、それで完了だよぉ』

「あ、ありがとうございます! これでやっと音瑠香ちゃんと同じ場所に立てる……っ!」

『音瑠香ちゃん? って、よくツブヤイターで言ってる子?』

「そう! 音瑠香ちゃんもVtuberなんだけど、今回も音瑠香ちゃんが好きだって言うのでにか先生にお願いして、気を引こうと思ってて! あ、なんかこれじゃあキモいですかね?」

 

 流石に自分の行動力があまりにも音瑠香ちゃん寄りに走りすぎているのは分かっている。

 けど、一刻も早く音瑠香ちゃんの友だち、っていうか支えられるような人になりたいっていうか。人間、1人じゃ生きていけないように、Vtuberだって1人じゃ生きていけないと思う。同じ土俵に立って、支えてあげられたらなー、なんて思ってた。

 予想以上にキモい真似はしてるけど。

 

『まぁ、あんまり表に出さなければいいんじゃないかなぁ。誰だって邪な動機がないわけじゃないんだから』

「例えば、どんなのですか?」

『出会い系、とか』

「うわ」

 

 それはマジで勘弁してほしい。自分で言うのもあれだけど、このオキテのモデルは結構男ウケしそうな見た目だ。そういうのが近づいて来ないとも限らない。

 

『だから気をつけてねぇ、自分に対しても。その音瑠香ちゃんって子に対してもぉ』

「はい! 肝に銘じておきます!」

『あっ、それと。この際だからその音瑠香ちゃんのチャンネルも教えてほしいなぁ』

「マジすか?! えっと、まずこれがYItubeのチャンネルで、こっちがツブヤイターのチャンネル。あとあとこっちがイラスト投稿サイトのアカウントで――」

 

 そんな感じで夜が更けていった。

 デビューまではもうすぐだ。あとは告知とサムネ。それから配信画面の準備かな。

 やることはたくさんだけど、音瑠香ちゃんのために、頑張るぞー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:赤の配信。初めてはなんだって緊張する

「つ、作っちゃった……、サムネ!!」

 

 なんかVtuberらしくない? めっちゃテンション上がるんだけど!

 チャンネルも作ったし、気をつけろと口を酸っぱく言われた、配信するなら事前にする登録する事も済ませたし、モデルもちゃんと動く。

 あとは。あとは……。初配信の告知をするだけ。うぅー! これ結構勇気いるなー。でもでも、音瑠香ちゃんだってこの緊張を乗り越えて配信しているんだから、こんなことで負けるなあたし! 気張れ朝田世オキテ! うおおおおおおおおお、ぽちー!

 

「……投稿した。したな? したよな?? よし! あとはその日まで待つ!」

 

 音瑠香ちゃんにも教えた方がいいかな? 普段から絡んでるんだし、一言やるよ! って言いたい気持ちはある。どうしてVtuberを始めたか、なんて言われたらVtuberとして音瑠香ちゃんのそばにいて支えてあげたいからという理由に他ならないんだから。

 見ていてほしい。あたしの初めての晴れ舞台なんだから。

 でも同時に迷惑かな、という気持ちもあって。初配信するよ、と唐突に言われても困惑するのもよく分かる。はぁー、何が正解なんだか。まぁ、人生に間違いはあっても正解がないってのは知ってることだし、迷わず真っ直ぐ突撃だ!

 

:朝田世 オキテ@Vtuber準備中

音瑠香ちゃん聞いて!

今度初配信するんだ! よかったら来てほしいなー、なんて!

あたし頑張るからさ!

 

「……ちょっと媚びすぎた?」

 

 人生に正解はなくても間違いはある。もちろん文章にも!

 あたしの「音瑠香ちゃんに見てほしい」欲がこれでもかってぐらい出てきてる。いや、実際見に来てほしいし。むしろ見に来てほしい人に催促して何が悪い! って感じ。

 まぁ、すぐには返事は来ないだろう。初配信まで時間はあるし、準備でもして……。

 

 と、ツブヤイターのアプリから離れようと思った瞬間に通知が1件届く。こ、これは……?!

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

オキテさん、頑張ってください。

わたしも初配信は緊張したから、慌てずにね

 

「ど、どっちだ……?」

 

 頑張れ! っていうエールは見える。というか「頑張って」って書いてるしね。

 でもこれじゃあ配信に来るか来ないか分からないぞ? 文章には間違いというか、伝え忘れ、みたいなのはいくらでもある。それで友だちと喧嘩したこともあったし、何度か縁が切れたことだってある。だから伝え忘れは怖いんだよ。来るか来ないか分からないパターンは特に!!!

 

「あーーーーー気になるーーーーーー!!! でも今さら掘り返すとさらに重たい女感が出てしまうしーーーーーー!!」

 

 ここはいいねだけ押して、終わらせよう。

 でも気になる。気になって夜も眠れないかも……。

 

 ◇

 

 それから3日。

 

「おはよ……」

「うわ、どうした露久沙?!」

「寝れんかった」

 

 舞が驚く最中、今日だけは挨拶する気力が起きないので机に突っ伏す。

 今日が初配信だってのに、音瑠香ちゃんが配信に来るか来ないか分からない態度をずーーーーーっと続けてるもんだから、気になって気になってぇ!

 

「ふあぁ……」

「露久沙が寝れない事とかあるんだ……」

「当たり前じゃん。てか、あたしのことなんだと思ってたん?」

「推し狂い」

 

 そんなことはない。ただ音瑠香ちゃんに一目惚れしただけですー。一目惚れ相手にもちゃんとあたしは尽くすんですよーだ。バーカ。

 

「露久沙って、意外と成績いい癖にバカだよな」

「んだと?!」

「ホントのことだからって怒鳴んなって」

「キレそう……」

 

 とかは言うけど、とりあえず机に突っ伏してから寝ることにした。

 初配信で元気な朝田世オキテのイメージは崩したくない。あとでエナドリとか飲むか。いや、飲むしかないだろこの感じは。

 

「んで、今日なんでしょ? 初配信」

「うん」

「頑張んなって、アタシも来てやるからさ!」

「別にどっちでもいいし」

「あーーーー、拡散してやるのになー!!」

「なら音瑠香ちゃんの宣伝して」

 

 脱力したまま授業開始のチャイムが鳴る。それを合図として突っ伏して寝る。

 これは内申点下がるかなぁ。でもマジで今日は勘弁してほしい。あたしの大事な日なんだから。ま、1日ぐらいじゃなんともならないか。

 

 ◇

 

 てことで夜の21時近く。準備も終わってエナドリもキメて、目ががっつり開いた状態でその時間を待つ。

 初配信。どれだけの人々が来るかは分からない。当然やれることはした。推しのためだからって対人交流に手は抜いてない。いつも通り全力で対応して、真っ直ぐに答える。これだけ。それから宣伝活動にいろんなところへの挨拶回り。やることはやった。

 だからって拭えぬ緊張感と差し迫る時間は、あたしを動揺させるのに都合の悪い毒だった。

 

「やば、手のひらめっちゃ汗かいてきたし。はー、Vtuberでよかったー」

 

 マウスはベチャベチャだけど、実際に画面には映らない分Vtuberでよかったと心から思う。

 モデルもちゃんと動く。配信ソフトだってあとは配信開始を待つだけ。

 この待つだけの時間が、恐ろしく怖い。始まれば文字通りすべてが始まるのだから。

 

「……音瑠香ちゃんのツブヤイターでも見よっと」

 

 特に何も書いてないだろうけど、何も見ないよりはマシなはずだ。だから……。

 

「……え?」

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

今日はわたしの友だちの初配信見るから、配信はその後ね

【URL】

 

 友だち。

 

「友だち……」

 

 これ、さっきのツイートだ。ほんの数分前の。そりゃあ通知にも気づかないわけだ。

 でも。でも、それ以上に……。

 

「友だち、かー!」

 

 そっか。そっかぁ、あたしのこと友だちって思ってくれたんだ。

 やれることはやった。それは当然推しの応援も全部ひっくるめて。あたし、音瑠香ちゃんの支えになってるんだって思ったら勇気が出てきた。ニヤついてきたと言ってもいい。

 あー、なんか。人生で1番嬉しいかも。

 

 勇気を胸に、決意を指に。配信開始ボタンを押下する。

 待機画面から、配信画面を開く。そこには非常にニヤついた顔をした自分の、これからあたしの生き写しになる朝田世オキテの姿がそこにあった。

 

「おきてーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよ! 今日はあたしの初配信に来てくれて、ありがとね!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:青の応援。意外ッ!それはギャル!

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

今日はわたしの友だちの初配信見るから、配信はその後ね

【URL】

 

「…………はぁ」

 

 友だちだなんて、思い切りすぎたかな。

 ハッキリ言ってオキテさんとわたしの間柄はいつも挨拶してくれたり、声をかけてくれたりする程度で、友だちだなんて言えるものではないと思う。

 でも少なくともVtuberとしては言える。広く浅くを友だちを増やしていかないと登録者数なんて増えないし。だからそういう薄っぺらい中での友だちとしては言えるんだ。

 

 じゃあリアルでは?

 そう言われたときに、あのギャルの顔がチラつく。

 

「あの人は友だちじゃないっていうか、そもそも名前も知らないし」

 

 赤城? さんだった気がするけど、わたしとは関わりがないと思って情報を遮断してたからあのギャル、としか覚えてないんだよなぁ。

 そういえば、あのギャルもVtuberデビューするみたいなことを言ってたっけ。陽キャだから簡単に友だちとか増やして、あたしのチャンネル登録者数なんてすぐに追い越していくんだろうなぁ……。

 

「今はそうじゃないや。とりあえずオキテさんの配信見なきゃ」

 

 どうやら配信が始まったようだ。

 配信待機画面でオキテさんがベッドから起き上がるドット絵が繰り返し表示されている。

 うわ、かわよ。力入れ過ぎでは?! ほらもう登録者50人行ってるし! やばー、まだ声出てないのに、すごいなぁ……。

 でもなんかどっかで見たことあるような顔なんだよなぁ。日常的に見ているような見た目のような気が……。にか先生が描いたモデルのときも、どこか既視感を感じていたんだけど……。なんだろう、この嫌な予感めいたものは。

 次の瞬間、待機画面がフェードアウトして、配信画面に移り変わる。とても笑顔じゃんか。かわいーーー。にか先生が描いたモデルで笑顔だなんて、くっそかわいいじゃん!!

 

『おきてーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよ! 今日はあたしの初配信に来てくれて、ありがとね!』

「……はぁああああ?!!!!」

 

 嫌な予感は的中するものだ。

 いつも朝に聞こえる無駄に明るくて、それでいてギャルギャルしているやたらと耳の中に響く可愛らしい声。オキテさんのモデルで数割ぐらい頭がバグってるけど、それ以上に困惑してる。

 

「あのギャルが、オキテさんだったのぉ?!!!」

 

 声を聞けば分かる。というか、わたしに話しかけてくるリアルの相手自体があのギャルしかいないんだけどさぁ! そいつがなんでVtuberなんかやってるんだよ!!!

 

:初見

:初見です

:ツブヤイターでお世話になってます!

:かわいい!!

:エッド

 

『えへへ、ありがとーーー!! みんなおはおはー! オキテだよーー!』

 

 か、かわいい……。

 ギャルが女の子らしく営業セールしてんだからそりゃかわいいに決まってるんだけどさ。リアルのあの姿がちらついて……。ってよく見たらサイドテールかツーサイドアップかの違いで、めちゃくちゃ顔似てるじゃん?! なに、写真でも送ったの?!!

 

『じゃあ自己紹介するねー! あたしは朝田世オキテ! バーチャル目覚ましギャルのオキテだよー!』

 

:ギャル……っ!

:オキテちゃんかわいい! フォローしました

:朝は、ちょっと……

:朝だよ起きてーーーーーーーーー!!!!! 見て! すごい朝!!

 

『あー! フォローありがとう! こら、朝はちゃんと起きないと健康になれないんだぞー!』

 

 ま、眩しい!! これがVtuberの、ギャルの配信だとでも言うのか?!

 いや、だってわたしの配信なんか「……うん。…………よし。……あ、露草さん来てくれてありがとう」ぐらいしか言わないんだぞ?! これは伸びるなぁ……。天地の差だこれは……。

 それから数十分。自己紹介なり、今後の方針、オキテさんの配信特有の挨拶などをまとめていく。うわー、ちゃんとしてるなー。わたしの初配信なんか本当に何もしてなかった気がする。何したっけ。普通にゲームしてた気がするなぁ……。本当はこういうことすべきだったんだろうな。

 

『いやー! 緊張してたけど、みんなのおかげで楽しく配信できたよー!』

 

:よかった!

:オキテちゃんがかわいいからだよ!

:これからよろしく!

:フォローしました

 

 みんなのおかげ、か。これだけのリスナーが来てくれたら、確かにみんなのおかげって言えるよね。はぁ……。あー、卑屈になっちゃうなぁ。やめやめ、これ以上考えたら絶対損するって決まってるのに……。

 人と比べてはいけない。特にVtuberについては。

 Vtuberは明確に数という形で人気の有無が決まってしまう。だから否が応でも目の前のギャルとの、オキテさんとの数を比較して絶望する。もうすぐチャンネル登録者数は100人を超えそうなほど。これだけ行けば個人Vtuberとしては人気者と言ってもいい。

 無の状態から誰かを振り向かせるってことは、それだけ難しいから。

 

「コメントだけして寝よ」

 

 なんてコメントしよう。こんなどん底の気持ちじゃ明るく振る舞うことなんてできなさそうだ。

 元々明るくもないし、じゃあ最後の方にお疲れさまでした、とだけ書いておこう。そうすれば後腐れないだろうし。

 

『じゃあー、今後の予定はぼちぼちのんびり決めるねー! そんな感じで、今日もおやすみーーー!!』

 

:おやすみー!

:おつしたー!

:おつかれー!!

秋達音瑠香:お疲れ様でした

:お疲れさまー!

 

『えっ?! ちょっまっ!!』

 

 オキテさんがそんな驚きに満ちた声を上げた後、配信がブツリと切れてしまった。

 え、なに。なんか調子が悪いことでも……? ちょっと心配だけど、まぁ。あのギャルとは友だちでも何でもないし。寝よーっと。

 

 ……それにしても。

 

「配信始めに起きて! 終わりにおやすみ、か。なんかいいなぁ、そういうの」

 

 いつも「こんねる」「おつねる」と寝ることばかりしか考えていないわたしだったが、思い切って「こんおき」とかに……。

 

「いやいやないない! 途中で挨拶変えるとか、ないない……」

 

 挨拶1つで人気度も上がればいいのになぁ。

 パソコンをシャットダウンすると、わたしは少しひんやりとした布団に潜って、目を閉じるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:青の確信。やっぱりあいつじゃん!

 わたしの習慣は朝早く学校に来て、自分のアーカイブを見ることだ。

 でも今日に関してはそういうのは一旦おいておこうと思う。何故なら理由は目の前にあるからだ。

 

「おはよー!」

「うーす! つゆおはー」

 

 うん、改めて聞けば聞くほど昨日、朝田世オキテさんの配信で聞いたギャルギャルしい声だ。画面の中で聞いためちゃめちゃかわいい声なのに、見た目なのに、なんであなたなんだよ、例のギャルーーーー!!!

 心の中で悲鳴がとてつもなく響き渡る。あー、なんでこの人なんだ。もしかしたら仲良くなれるかも、なんて思っていたオキテさんがリアルで苦手視してるギャル。何の罰ゲームだこれは。

 

 と言うかまぁ。当然だけど、リアルのオキテさん(リアルの名前知らない)もかわいいっていうか、ちゃんとメイクとかスキンケアとかしてるんだろうなぁ。胸が大きい割には手足はほっそりしてるし。何食べたらそんな健康優良児になれるんだか。

 

 とか考えていたら、その思考を読まれたのか声が出てたのか、オキテさんがこちらを見る。目と目があってしまった。すぐさま視線をそらすけど、そんなのお構いなしにオキテさんはこちらに向かってくる。やめてくれー、だから闇は光に弱いんだってー!

 

「よっす青原! おはよ!」

「おっ。おはよぅ……」

「どしたん、あたしの方見て」

 

 どしたん、ないよ。わたしが友だちだと思ってた人がまさか同じクラスのギャルだなんて思わないでしょ。

 そんなギャルに対してあれやこれや考えてたのが、めちゃくちゃバカらしくて、同時にどうしようもない現実ってやつを見せつけられてヘコんでたんだよ。陰キャはコミュ力なくて、陽キャはコミュ強でどんなところでも人気になれるってことぐらい、わたしだって知ってたんだから。

 

「別に。なんでもないです」

「なんでもないってことはなくない?」

「いや、本当に大丈夫ですから……」

「ふーん、そっか」

 

 ふー、なんとか誤魔化せたかな? ギャルの追求とか怖すぎて、心臓バックバクで声もなんとなく震えていた気がする。というかいつも震えてるよね、わたし。

 

「あっ! そうだ、見て見て!」

 

 と、彼女は目を合わせた理由などどこかへ忘れて、わたしの肩を抱き寄せる。

 へっ?! 何っ?! ど、どういうこと?!

 抱き寄せた先にあるのは、彼女が持っているやたらキラキラしたスマホの画面と陽キャの整った顔。

 えっ、顔近っ?! 良っ! すごくその。女の子らしい、いい匂いがするし、肌だって柔らかい。視線は思わず太陽のように大きくて真っ赤な瞳へと移り変わる。吸い込まれるような目が印象的だし、すごいキラキラしてる。

 

「な、何をっ?!」

「あ、ごめんごめん! いや、青原に見せたくってさ!

「え?」

「これよこれこれ! この子、あたしなんだよね!」

 

 と。見せてきたのは朝田世オキテのツブヤイターアカウント。しかも自分にしか見えない編集ボタンも表示されている。

 あー、そう来たかぁ……。

 

「もしかして、Vtuberってこと、ですか?」

「そうそう! ちょうど昨日初配信したんだー! 見てよ、あたしの身体! よくない?!」

「あっ。あー、いいですねぇ……」

 

 あー、まぁうん。わたしの最推しイラストレーターが描いた超美麗モデルだし当たり前に顔はいいっていうか。改めて見たらリアルと結構似てるなぁ。

 

「へへっ! 白雪にか先生って言ってね? あ、知ってる? 最近売り出したてのイラストレーターさんでね! あたしの推しも好きって言ってたからモデル頼んだんだー!」

「へ、へー……」

 

 いや、行動力の化身すぎでは?

 にか先生は確かに売り出し中とは言ってても、仕事はあんまりないみたいなことを一度口にしてた気がするし、モデルを頼んでもOKサインは出るよね。

 オキテさんの初配信見てて思ったけど、モデリングもわたしの数倍上行ってて、流石にか先生だなって後方腕組彼氏ヅラしてたもん。

 

「あ、ごめんね! なんか急に変なこと口にしちゃって!」

「ぃや、全然いいんですけど。……その、ちかい」

「あっ、そっちはマジでごめん! 今から離れるから!」

 

 謝罪とともにいい匂いが少し濃くなって薄くなる。肩組みから感じていた体温が離れていく。気付けば真向かいに座っていた彼女が、さらに追撃と言わんばかりにYItubeの画面を見せてきた。

 今度は自分の初配信の画面みたいだ。

 

「見て見て! こんな感じに動くんだー!」

「やっぱすごいですね」

「でしょー! にか先生に頼んで正解だったーって感じ!」

 

 わたしも頼みたかったよ!!!

 でもお高いと言いますか。Vtuberのモデルって基本的に数万円かかることが多いから、自然と自分で描いた方がいいって結論に至っちゃうんだよね。

 もちろん自分で描いたモデルを動かしたいって気持ちも当然あったけど。

 

「それにあたしの推しも行くーって言ってくれて、最後の最後にコメントしてくれてさ! めっちゃ嬉しかったもん! Vtuberになってよかったよマジで!」

「へ、へぇー……」

 

 まぁ確かに行くとは言ったし、最後にコメントもしたけど……。

 ……ん? なんでわたしがオキテさんにしたことを知ってるの? いや、向こうはわたしのことなんて知らないわけだし。そもそも初配信行くって言ってた人も結構いたわけだし。最後までROMってた人もわたし以外にいた。

 自意識過剰かもしれないけど、オキテさんの推しってわたしのことじゃないよな? ははは、まさか。

 

「今度見てみて! そしたらあたしのことも推しにしてもいいからさ! じゃね!」

「う、うん……」

 

 ま、まぁ。確かに気になってない、と言われたら嘘だった。

 当然のように朝の挨拶は飛んでくるし、わたしのくだらないツイートにも律儀に反応してくる。そんな中で当然思い浮かんだのは出会い系のVtuberなわけで。

 でも中身が男というわけでもなく、本当はクラスメイトのギャルだったわけで。

 名前すら覚えてないギャルだけど、気になる。推し事に一生懸命だし、それが功を奏したのかきっちりデビューして、登録者100人も当然のように突破して。あー、これが陽キャかって敗北感も感じて。

 もう、なんというかめちゃくちゃだ。わたしの周りも、心情も。いろんなものを壊されて、何もかもが変わってしまうような感覚。

 

 ――でも。

 

 今の、変わらない私の環境も壊してくれるのかな、って考えたら少しだけワクワクした。

 今度は、ちゃんと名前を聞かなきゃなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:青の交流。言わなきゃわかんないこともあったりなかったり

予約投稿をミスってた顔
なので本日は2話投稿です。次の話は19時更新の予定


 時はめぐり11月下旬。

 チラホラと冬の気配を感じながら歩く通学路は今日も人でごった返している。当然か、だって今は登校時間だし。

 はぁ、学校行きたくない。友だちいないし、勉強だってつまんないし。できることならイラストの勉強だけを無限にしてたい。両親に無理言って一人暮らしさせてもらってる手前、これからまた無理言って芸術路線の大学に行きたいって言ったら、どんなに怒られることやら。

 

「チラッ」

 

 手が空いたので初冬の風に震えながらもスマホを開く。お目当てはツブヤイターの通知欄だ。

 

「……へへっ、伸びてる」

 

 昨日手癖で描いた今季一番人気アニメのキャライラストが結構伸びてて、つい口元がニヤニヤと緩んでしまう。落書きといえば聞こえは悪いが、普段よりも工程を数カ所抜いて楽して稼げるいいねはね、とてつもなく承認欲求が満たされるのだ。

 ま、それに比べて普段の数時間かけて完成させたイラストはそんなに伸びないんですがね。

 オリジナルになると途端に増えなくなるんだよなぁ。それに音瑠香のイラストだと特に。何が悪いんだろう。落書きに負ける音瑠香のイラストが軽くショックなんだよなぁ。

 

「いつも通りオキテさんと露草さんからはいいねと拡散があるのになぁ」

 

 露草さんはともかく、オキテさんもとにかくわたしに、音瑠香に絡もうとしてくる。そのおかげなのか、登録者ももうすぐで70人に行きそうというレベルまで来た。もちろんあっちはもう300人超えてるんですけども。

 嫉妬心と自己肯定感と。それから諸々複雑な理由で、リアルではなんとなく距離を取っているところだ。

 そういえば露草さんも最近はそんなに配信に顔をだすことがなくなった。

 いつもは毎回配信に来てたのに、今では3回に1度ぐらいしか配信コメント欄に現れない。代わりにアーカイブにコメントを残してくれているから、嬉しいは嬉しいんだけど……。

 

「推し変したのかなぁ」

 

 嫌だな。あんだけ熱心だった露草さんが、わたしなんかよりも熱中できる相手を見つけて推し変しちゃうのは。

 あ、いやいや。Vtuberはわたしだけじゃないんだから、もちろん露草さんの好きにしていただいて構わないとは思う。思うんだけど、それはそれとしてこう。わたしだけ見ていてほしいっていうか。うーーーーん!

 まさに自己を嫌悪している最中だった。後ろから太陽みたいなギャルギャルしい声がかかる。

 

「おはよ、青原!」

「あっ、おはよぅ……。ございます」

 

 あのギャルだ。またの名をオキテさん。

 もちろん他に本名があるってのは知ってるけど、本名を知らないんだから例のギャルとしか呼べないのである。

 何度か名前を聞かなきゃと思っても、相手は自分の名前を知ってて当然だと思ってそうだし。まぁ聞けるわけないよねって。

 

「いやー、寒くない? 今日思わずランニングサボっちゃったよ!」

「あ、そうなんですね……」

 

 そりゃそうだ。だって寒いもん。

 加えて朝田世配信ということで、朝の30分に雑談配信までする活動意欲。オキテさんのリアルアバターちゃんだって、たまには身体を休みたいと思っているはずだ。

 ……ホントに思ってる?

 

「青原は朝は普段何してんの?」

「え……」

 

 言いたくないんですが。

 でも視界の横から覗き込むようにしてこちらを見上げてるギャルの姿を見たら、ちょっとうっ! ってたじろぐでしょ。顔がいいんだからそういうことしないでほしい。わたしが男だったら今ので簡単に勘違いしてるって。

 まぁ、言わないといけなさそうな空気になってるし、当たり障りのないことをふわっと口にしよう。

 

「えーっと……。ご飯食べたり、歯磨いたり」

「普通じゃん! Vの挨拶見て回ったりしないの?」

「……まぁ。してますけど」

「ほらー、してんじゃん! オタクってそういうことすぐ隠すよねー」

 

 だって相手は陽キャですし!!

 一瞬悩んだよ。一応Vtuberだから挨拶回りとかしてるし、自分からも挨拶してる。でもそれはいいねだけで、おはよう! って声かけたりもしない。でも見て回るってことはVtuberじゃないリスナーとかでもできるわけで。じゃあいいよね、肯定しても。

 という考えが1秒間に5回ぐらい繰り返されただけで、隠してるとかそういうのじゃないですし。

 

「あたしらはもうVオタ同士なんだからそのぐらいよくない?」

「そ、そうですけども……」

 

 Vオタだからって、リアルの身分差が同じかと言われたらそうじゃないじゃないですか。

 ネットの中でもフォロワー数の多い少ないで変わってくるのに、それに加えて顔や性格も重視されるリアルに自分の情報を出したくないっていうか。

 でもそんなことを否定することなんて、陰キャのわたしにはできるわけがなくて。

 今日も引っ込んでいきますよ! 引っ込み思案なので!

 

「なーんか壁感じるんだよなー」

 

 そりゃ心のATフィールド、いつもMAXにしてますからね!

 さっきと同じ手口で視界の端からジト目で覗き込んだってバラしはしないですよ。一度見た技は通じない強者の戦術を舐めるな。

 

「あ! そういえばあたしの配信見てくれた?」

「まぁ、一応は……」

 

 配信が被ってない日は、だけど。

 

「どうだった?」

「……まぁ、かわいかったですよ?」

「なんでちょっとあたしに伺いを立てる感じになってるのさ」

 

 だって怖いし。かわいいって言ったら殺されるかも。

 

「でもよかったー! あたしは推しだけじゃなくて、あんたにも見てもらいたいからさ!」

「そ、そうなんですね……」

 

 い、今のちょっとぐっと来た!

 にたっ! って夏場のプールとか海辺で似合いそうな可愛らしくて太陽みたいな笑顔。それからのわたしも気にしてくれているっていうオタクが勘違いしそうなシチュエーション!

 ドキッと、心のATフィールドさんも揺らいじゃったよね。いけないいけない。わたしはまだ冷静。冷静なんだ。自分を出すな出すな。

 

「聞けてよかったなー! 心のメーター振り切りそう!」

「推しじゃなくていいんですか?」

「んー? まぁ。音瑠香ちゃんはあたしに対しては塩っぽくてさー! でも声が似てる青原がその言葉を言ってくれてちょっと満足っていうか!」

「…………うん」

「ん? どしたん、急に反応悪くなるじゃん」

 

 待って。今まで聞いたことなかったんですけど。

 いや、でも。考えてみたらオキテさんが毎朝絡んでくるのって、音瑠香であって。オキテさんが絡んでくる理由が推しだからってことなら……。

 

「あっ! えっと。なんでもないです!!」

「あーちょっと!!」

 

 は、はぁ?! 今まで気づかなかったけど。

 もしかしてあのギャルの推しって、わたしなの?!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:青の動揺。待って、わたしが推しなの?!

 世の中には言わなきゃわかんないことなんてたっくさんある。

 数の数え方だったり、時計の読み方だったり、学校で教えてくれることだって、言われなきゃ分からないことだ。

 でも人間にとって特段分からないものがあるとすれば、それは他人の好意だ。誰が誰のことを好きで、誰が彼のことを嫌いで。みたいなことを人類は永遠と悩みながら生きている。伝わってほしいこと、伝わってはいけないこと。それぞれあるにしろ、どれもが言わなきゃ分からないことだ。

 でも言ったらプライドとか恥とかそういうのがいろいろ傷ついちゃう。

 で、今わたしはその言わなきゃ分かんないことに触れちゃったわけですね、はい。恥を含めて。

 

「あのギャルの推しがなんで音瑠香なのさ……っ!」

 

 階段の影に潜むようにして、ちらちらと下駄箱周りを覗き見る。

 ヤバい。何がヤバいって、あのギャルとはクラスメイトだから音瑠香のことをガンガン話すだろうし、向こうもオキテさんのことを惜しげもなく口にするだろう。向こうにとってはわたしはV友らしいから。

 でも。でもさ! 相手は音瑠香のことをわたしだって思ってないわけでしょ?

 で、わたしはあのギャルに自分が音瑠香だってことはバレたくないわけで。前にも言ったけど、VバレはVtuberが引退するランキングTOP10に入るぐらいの……。

 ……って、別にVtuberがVtuberにバレてもよいのでは? しばらく考えて、頭をブンブン振った。

 

「いやいやいや! そうじゃない。わたしがバレたくないんだ」

 

 自分に言い聞かせる。そう、なんとなくあのギャルに弱みを握られた感じがして嫌なんだ。

 Vtuberってさぁ~、こんなこと言われたら勘違いしちゃうんでしょ~? みたいなノリで好きとか推してるとか連呼されてみろ。褒められ慣れてないのがバレて、むしろいじるネタにされてしまう。ゆくゆくは耳元でかわいい。今日も音瑠香ちゃんかわいいよ~。くすくす、照れてる音瑠香ちゃんをいっぱい愛してあげるね。なーーーんて、ちょっとえっちな展開に……。ってなに人で妄想してるんだわたしは!!!

 

「と、ととと、とにかく。わたしが冷静にならなくちゃ。スーハースーハー……」

 

 スーハスースースススススハーーーーーーーーー。

 ダメだ、呼吸が荒い。元に戻らない。

 だ、だって。一番最初に音瑠香の事をフォローしたのだって、推しだったから、でしょ?

 でいっぱい朝の挨拶とか、呟きに対するリプライもいっぱいしてきてくれて。それって構ってほしいからだと思ってたけど、純粋に推しだから。なんだったらモデルだって音瑠香のため、ってことですよね?

 ……そんな隠れリスナーがいたのか。しかも激重なタイプの。そこまで推されたら、逆にガチ恋勢名乗れるのでは。絶対名乗らないでほしいけど!!!!

 ガチ恋とか、全然。意味分からないし。そもそも恋愛のれの字も分かんない女を、女の子がガチ恋するとか絶対ないし!

 あ、あれだ! イラストのせいにでもしておこう! うん、そうしよう。

 

「と、とりあえず。相談のDM投げよ」

 

 依然として下駄箱の様子を伺いながら、取り出したスマホからツブヤイターを開く。

 DMの相手はもうこの人しかいない。頼むから今は出勤中であってくれ……っ!

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

レモンさん助けて!!!!

わたしのクラスメイトがわたしのガチ勢なの!!!

 

 ……。送信してから冷静になって考える。

 わたし、結構錯乱してるのでは?

 疑惑は確信となって返ってきた。

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

……どうしよう、ウチの友だちがおかしくなっちゃった

 

 そりゃそうなるよねーーーーーーー!!!!

 いや本当のことなんですよ! 本当のことだけに端的に説明しづらいっていうか!

 もっと詳しく書きたいけど、そろそろ予鈴の時間っていうか!!

 でもこれだけは書いておこう。えっと、えっと!!

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

クラスメイトに隠れガチ恋勢いるの!!!!

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

落ち着け

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

このままだと褒め殺しにあう!!!!!

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

…………そう

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

待って! レモンさん! わたしを見捨てないで!!!!!

 

 それ以降、レモンさんからの返事はなかった。

 クラスに戻ったわたしはそのまま机に突っ伏した。気力不足とか、疲れとか、そういうものが一気にきて、このまま寝るほうが気持ちいいかもって思ってさ。ははっ。はぁ……。

 

「どしたん? さっきのアレは?」

「ドヒャアアアア!!!!」

 

 ギャルの声が聞こえてうっかり起き上がってからの反動で椅子が背中から倒れそうになる。

 あ、ヤバっ。死んだ? ゆっくりジェットコースターのようにあとは落ちるだけ、と思いきや倒れる前に静止した。もちろんギャルのおかげだった。

 

「あっぶな。あたしが止めなかったら軽く頭打ってたっしょ」

「……ぅう、すみません」

「いいってそっちは。で、さっきのは何?」

 

 2回目の死んだ? が来たようだ。

 今度はガチトーンの少し怒りの声色が混じった低めの声だった。こ、こわっ! ヒィ!

 

「あんさ、固まっててもあたし分かんないし」

「あ、あぅ……。あ、の……」

 

 人を怒らせないようにと怯えた態度を取っていたけれど、まさかその態度で怒らせてしまいかねない雰囲気に戸惑う。

 ど、どうしよう。このまま流されるように音瑠香の事を口にするしかないんだけど、でもここじゃ、その。他の人にバレちゃうかもっていうか。オキテさんにならいいけど、こっちを見ている他のクラスメイトにはバレたくない。

 

「……じゃ、じゃあさ! あたしには言えないことなの? それとも周りには聞かれたくないことなの?」

 

 そんな心の声がバレバレだったのかもしれない。彼女の気遣いが身体に染みる。声色も少し優しくなった気がした。どっちかっていうと呆れた感じなのかな?

 でもどっちにしたって、伝えやすくなったのは確かだった。

 

「えっと、後者、です……」

「……そっか。お昼、空いてる?」

「は、はい……」

「じゃ、そこで話そ」

 

 わたしが返事をすると、ポンポンと頭を撫でられてから彼女は席へと戻っていった。

 え、何いまの。ちょっと、キュンってしたかも。

 ……って、今の絶対「よくできました~草」みたいなノリだったでしょ?! なんか煽られた気分だ。わたしは同い年だっての!

 はぁ……。お昼休み、ちゃんと覚悟決めなきゃなぁ。漠然とした覚悟がお昼休みまで引き伸ばされて、やっぱり行きたくないって気持ちになりそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:青の昼食。覚悟は決まらないもの

 お昼の鐘の音がなった。に、逃げよう! やっぱり実はわたしが「秋達音瑠香でーーーーす、きゃぴぴぴ!」みたいなことを言ってみろ。こういう時ギャルって「うわきっしょ」とか「あんたが音瑠香ちゃんとか、ありえないし」とかマジトーンで言われるんだ!

 あぁーーーーーー怖い!!!! 怖すぎて腰が抜けた。ヤバい。椅子から動けなくなった。

 

「よっす青原! 一緒にお昼食べようぜー!」

「…………腰が」

「どしたん?」

「抜けた……」

 

 どれだけ立ち上がろうとしても、上手く腰が上がらなくて椅子がちょっとだけギシギシ言いながらわたしは上下に動いているだけだった。なんというか、陰キャもここまで極まれば情けなくて泣けてくるな。

 

「ウケる」

「ウケんな!!!」

「ごめんごめん! あはは! いや、急に腰が抜けるとかありえるん?!」

 

 あー、案の定笑われてしまったよ。まぁ、マジトーンの嫌われ方よりはマシだけどさ。

 程なくして動けるようになったわたしは、そのまま登校中に買ってきたパンとともに2人で話せそうな場所を探すことになった。とは言っても冷静にどこが空いてるなんてことわたしには分からないので、ほぼギャル任せだった。

 

「んー、まぁここでいっか」

「グラウンドのベンチ?」

「うん。遊んでる男子はいるけど、あいつらどーせあたしらのこと気にしないっしょ」

「まぁ、はい」

 

 こっちにボールとか飛んでこなければ、それいいか。

 わたしたちは少し葉っぱが抜け落ちつつある木の影にあるベンチに座った。流石に11月の外は寒い。わざわざ外に出たほうが人も少ないだろうって魂胆だろうけど、わたしたちが寒さに耐えられるか、という問題もあったりなかったりする。

 まぁこのギャルの気遣いには感謝ってことで。

 

「よーし、じゃ、いただきまーす!」

「いただきます……」

 

 それにしてもこの高校生活2年でギャルと2人でご飯を食べるなんて初めての経験かもしれない。横にある焼きそばパンとクリームパンが目を引く。うわ、野菜ジュースを飲むJKとかこの世に存在するんだ、OLかよ。でも野菜ジュース以外だったら何を飲んだらJKっぽい、オレンジジュース? などと考えながらわたしはあんパンをもそもそと食べていた。

 こんな時間が続けばいいなー。具体的にはわたしが何も言わずにこのまま帰る未来とか。

 

「で、なんであたしから逃げたん?」

「うぐ……」

 

 そうは問屋が卸してくれませんよねーーーーーー!

 はぁ。やっぱ言わなきゃいけないんだよなぁ。でも。でもなぁ……。

 Vtuberに「実はわたしはVtuberで、あなたの推しなんですよ」って言っても、信じてもらえるかどうか……。でも問題ないっていうか。向こうはわたしのことを仮にもV友って呼んでくれてるわけだし、打ち明けてもきっと受け入れてくれるはず。

 けどやっぱり、自分のネットの姿をリアルの、名も知らぬ相手に打ち明けるのは流石に抵抗があるっていうか……。

 

「……そんなに嫌なの?」

「いや。あっ、えっと……」

 

 ギャルの少し怯えたような声が耳に通る。ダメだ、泣きそうだ。

 自分自身が情けなさすぎて、あまりにもダメダメすぎて。

 

 そうして沈黙が訪れる。情けないとは思いながらも、でも引っ込み思案なわたしの性格が邪魔をしてなかなか決心をつけれない。

 わたしは彼女が羨ましい。何でもできて、わたしよりも人気があって。顔も声も良くて。わたしに持ってないものをすべて持っている。だから嫉妬も抱くし、劣等感だって……。

 でもそんな相手に告げなきゃいけない。自分ごときがあなたの推しVtuberであることを。

 

「もしかして、逃げた原因ってあたしにあったりする?」

「いやっ! それは、多分違くって……。その……」

「…………」

 

 沈黙が辛い。ただただ答えを間延びさせてるみたいで、すごく息苦しい。

 わたしでさえこんなにも辛いのに、相手はもっと辛いはずだ。わたしにできること。わたしができること……。わたしが、言わなきゃなのに……っ!

 

「ご、ごめん! その、泣くほど嫌だった?」

「え?」

 

 ギャルの心配そうにわたしを気にかけてくれる声が伝わる。

 その言葉を聞いてハッと自分の頬を触った。少し濡れていた。雨も降ってないのに。気付けば視界も少しぼやけているというか。あっ、わたし泣いちゃったんだ。

 

「も、もういいから! とりあえずハンカチ! ハンカチハンカチ!」

「大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 自覚すればするほど、頬の上の方が引きつっていくのを感じる。確かに嫌だった。誰かに自分の別の姿を知られるのは嫌だ。でもわたしのために必死でハンカチを探して慌ててる姿を見て、さっきから自分がどれほど情けない真似をしているか、それが嫌というほど思い知らされていた。

 わたしはイラスト以外は取り柄がないクソ雑魚女だ。でも、目の前でわたしのことを本気で心配してくれて、自分のせいでわたしを傷つけたんじゃないかって不安になりそうな心で、一生懸命元気を出してくれている姿に、わたしのグラグラ揺らいでた決心は固まった。

 

「でもっ!」

「……本当に大丈夫だから。だって、わたしはあなたの推しだもん」

「……え?」

 

 あっけらかんと口をパックリ空けるギャルに対して、わたしの答えはスマホからツブヤイターのプロフィール画面を見せることだった。

 

「……これが、わたしなの」

 

 秋達音瑠香。このプロフィールを見せて。恥じらうあまりに目線はガッツリそらして。

 

「えぇぇぇえええええええええ?!!!!!」

 

 そしてギャルの衝撃のファーストシャウトが初冬の寒空に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:赤の衝撃。あたしにもっと推させて!

 高校2年生の春。あたしが青原を見た時の最初の印象は、地味、だった。

 一応手入れはされているけれど、くせっ毛気味でわざわざ二つ結びの三つ編みのおさげにしているような女の子だ。それに丸い黒ふちメガネだし。今どきいるんだ笑。みたいなことを失礼ながらも思ってしまう。THE・文学少女。あたしが抱いた第一印象はそんなもんだった。

 

 月日が流れて、だいたい5月ぐらいだっただろうか。

 そんな地味子がやたら熱心にスマホの画面を見ているじゃないか。悪いとは思ったが、流石に気になったので後ろから画面をちらりと覗き込む。その覗き込んだ先が沼だったとも知らずに。

 

 暗くて青いセミロングのストレートがしなやかに揺れた髪が印象的で。長さは背中の肩甲骨ぐらいだろうか。下に目線をずらすにつれてふわりと膨れ上がり、毛先でシュッとまとまる。繊細で儚くて。見るものすべてを魅了するかのような微笑み。

 まるで、なんてものではない。まさしく「絵に描いたような女の子」だった。

 

 それからネット上を必死に探して見つけたのが秋達音瑠香ちゃん。あの時の衝撃は、今も忘れられてなかった。

 でもそれ以上に今年1番の衝撃的出来事がいま更新された。

 

「あ、ああああ、あんたが音瑠香ちゃん?!!」

「あっ、はい……」

 

 ありえない。ありえない?! こんな偶然ありえる?!

 いや、確かに5月段階でのチャンネル登録者数なんて20か30その辺だったから、見てる人がいるとしたらレアなんだけどさ。本人がアーカイブなんて見るわけないと勝手に思ってたから意外中の意外だった。

 そして同時に気づく。あたしが朝田世オキテとして親しくしていた相手もまた、この人であることに。

 

「あー、なるほどー。そりゃ逃げるわ。あたしだって逆の立場だったら逃げるもん」

「あはは……」

 

 あたしと接する時はいつも声が震えていたけど、そう考えてみれば音瑠香ちゃんと青原の声ってそっくりだし、耳を閉じれば確かに音瑠香ちゃんが目の前にいるかもしれない気持ちになる。

 なんか、ロマンチックさの欠片もない。

 確かにあたしは音瑠香ちゃん最推し! ってことでいろいろやってきたけど、まさかその本人がクラスメイトで、しかも地味子。なんであんな人を魅了するようなイラストが描けるのに、本人の見た目がこんなにも残念なんだろう。もっとリアルに時間を割きなさい、と言いたくなる。

 

「なんか、ごめんね。いろいろと」

「い、いえ。いいんです。わたしもびっくりでしたから」

 

 そりゃそーだ。相手からしてみれば自分と対岸に位置している相手がVtuberでは友だち同士ってことになるんだから。

 だからなんだけど、流石に気まずくもなるよねーって。

 思えばあたしの推し、かまってー! の数々。初配信前のだって、表には出さなかったけど内心めちゃくちゃ勇気づけられたし。終了間際のコメントだって、アーカイブを確認したら動揺している声がバッチリ乗ってたし。マジガチ恋勢かっての。確かに音瑠香ちゃんはかわいいよ。歌とか、ASMRとか聞かせてくれたら絶対ウケること間違いなしだろうし。

 でもリアルの顔を見てしまうと、なんというか。こう、非常に失礼な話だと思うがガッカリした。お前じゃないだろ! みたいな、受け入れがたい事実が。

 そんな事を少しでも脳裏に過ぎってしまったことに。自分への罪悪感というか、最低だなって気持ち。

 

 ……そっか。この子が音瑠香ちゃんなのか。

 

「これから、どうしましょうか?」

「へ?」

 

 突然別れ話を切り出すかのように、青原が重い口を開いた。

 

「Vtuberのリアバレなんてわたしも想定してなくって。で、相手がその。あなたなわけで……。わたしなんかよりもたくさんのVtuberさんがいるから、わたしたちの仲はなかったことにした方がいいのかなぁ、と……」

「……はぁ? それマジで言ってんの?!」

 

 青原は静かにこくり、とうなずく。

 実際彼女の言うことも一理ある。リアルの顔を知っているのに、その上でVtuber活動を続けられるか。推して推されて、なんて第一印象がイラスト力のVtuberだから成り立つ関係であって、リアルで何かしらの関係を持ってしまったら、顔の違いにいちいち混乱して悩まなくちゃいけなくなる。

 だったらいっそ縁を切って、そのままなかったかのように振る舞えれば、楽かもしれない。

 楽だったら、よかったんだけどなー。

 

「はい、だから。その……」

「ありえない」

 

 思った以上に青原への怒りが声に出てしまったのか、小さくまとまった肩がビクリと揺れた。

 違う。あたしは青原を怒りたいわけじゃない。正直な気持ちを伝えたいだけなんだ。

 

「あたしはさ、音瑠香ちゃんに一目惚れしたんだよ。あの顔といい、声といい、褒められ慣れてないところといい、妙に自信がないくせにイラストだけはプロレベルにうまい音瑠香ちゃんに!」

 

 でもそれもこれも、全部セルフ受肉Vtuberだからこの子が全部やっている。

 頭がバグってるかもしれないけど、あたしはきっと、こういう事が言いたいんだ。

 

「だから、なんつーか。……もっとあたしに夢を見させてよ。所詮は仮想で、現実はこんなかもしれないけどさ! あんたはあたしが好きな音瑠香ちゃんなんだから、もっとあたしに推させてよ!」

「…………」

 

 いつも眠たそうに半開きにしていた青原の瞳が徐々に丸みを帯びていく。色白の血の通ってないように見えた肌もぽーっと赤色が通い始めて。いつもムスッとしていた唇はなんというか、マヌケに半開きになっていて。なんだよ、そんな顔もできんじゃん。

 てか恥っず。要するにガチ恋宣言でしょこんなの。こんなこと、ただの告白じゃん。

 

「……あー、ムリムリ恥っずいわー! だから絶縁とかナシ! おっけい?」

「は、はい……」

 

 あーあ。途端に顔うつむけちゃってさ。

 この子がマジであの音瑠香ちゃんなの? いや、音瑠香ちゃんもそんなことするかも、多分。

 まー、それはともかくとして、だ。

 

「青原、今日暇?」

「え? あ、はい……」

「じゃあ、放課後付き合って!」

「い、いや。あの……!」

「返事は?」

「……は、はい」

 

 財布の中身はちょっと心もとないけど、この子にはまず自分の素体の良さを知ってもらわねば。音瑠香ちゃんにふさわしい女になるってことは、中身も立派にかわいい女の子にしなきゃ。

 あたしが、とことん叩き込んでやる!

 

「じゃ、放課後ね!」

「あ、あの!」

「ん? まだなんかあんの?」

「あぁ……いえ、なんでも、ないです……」

「ふーん、じゃあ放課後ねー」

 

 フッフッフッ、美的センスが捗ってきたぜ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:青の眼鏡。ぼやけた先には何も見えない

 うひゃーーー、どうしよう。自分からVtuberであることをバラしたけど、そしたら放課後に呼び出しをくらってしまった!!

 って、そんなに悲観的なことではなく、わたしのことをちゃんと認めてくれた上で、一緒に仲よくしようと言ってくれた。それが嬉しくて嬉しくて。わたしの方から絶縁宣言をしたのにもっと夢を見させてほしいって言われて。聖女か? オタクに優しいギャルって本当に存在したのか!?

 露草さんの他にこんなにも熱心に音瑠香のことを見てくれる人がいるだなんて、感涙ものだ。

 

 授業中、思い出すごとにふやけた顔を浮かべては、調子に乗るなと頭をブンブン振る。

 これを繰り返すことで先生からはわたしを心配するような目配りを何度か頂いたが、まぁ気のせいだろう。

 

 そうして放課後まで時間が過ぎる。

 

「青原、めっちゃきしょかった」

「え……っ」

 

 上げて落とされた?! まさかの絶縁宣言か?!!

 

「いくら何でもニヤけすぎでしょ、どんだけ嬉しかったのさ」

「ま、まぁ。とても嬉しかったので……」

 

 嬉しかった。はいそうです嬉しかったです!

 嬉しすぎて今現在進行形でギャルの顔を見れないし、顔とか絶対赤くなってるし。

 コメントで「好き」とか「推してる」なんて言われることはあっても、それはあくまでも文字なわけで。こうやってむき出しの心を直接耳にしたことなんてなかったから、その。照れる。

 まるで恋愛マンガの中でしか見ないようなセリフだったから、余計に恥ずかしいっていうか。ほぼ告白じゃんこんなの。ガチ恋勢こわいわー。軽率に陰キャの心を落とそうとしてくる。こわいわー。

 

「……そ、そっか」

 

 え、なんでそこでわたしの頭撫でるの?!

 いや待て。もしかしてこの人、わたしのことを推しのVtuberとか言っているけれど、ひょっとして扱いとしては犬とか子供に近いのでは? 確かに身長は向こうの方が大きい、というか。スラッとしてるから身長以上に大人の印象に見えるけども!

 う、羨ましい……っ! 第二次性徴はもっと何とかならなかったのか!?

 

「あー、こほん。じゃー行こっか!」

「行くって?」

「ん? メガネ屋」

「メガネ屋?」

 

 なんでメガネ屋?

 このギャルがメガネ掛けてるところなんて見たことないけど。

 そういえばわたしもそろそろメガネ変えようと思ってたんだっけなぁ。フレームもちょっとガタが来てたし、あとレンズの度が微妙に合わなくなってきて、うっすら困ってたところだった。

 でもそれを察するなんて流石の陽キャギャルでもできなくない? ひょっとしてできるのか?! 陽キャならニュー○イプ辺りに目覚めることもそう難しいことでもないの?

 揺られる電車の中。まぁ流石に気になったので聞いてみる。

 

「や、青原のメガネダサいし、いいもんあったらついでにあたしも買おうと思って!」

「ダ、ダサ……っ!」

 

 さっきまで喜んでいたわたしの気持ちをもてあそびやがってーーーー!!

 そうだよ! 流石に自分でもわたしのメガネってひょっとしなくてもダサいよな? って気持ちになってたよ! 高校入ってからは特にそう思ってたけど、メガネ屋なんて行くの面倒だし、ちょっと不便だったけど。けども!!

 

「あとその髪もほどきなよ。美容室行く?」

「いや、えっと。わたし、くせっ毛強くて……」

「その三つ編みって、力業なん? ウケる」

 

 ウケるなー! ストレートに治すの面倒だから、三つ編みにして力業で何とかしてますけど! でもそうじゃないもん。本当はわたしだってポニーテールとかにしたいもん。でも自分でやるともちゃもちゃ感が強くて……。

 

「じゃあどうしろって言うんですか」

「いっそバッサリ切っちゃうとか?」

「バ、バッサリ?!」

「そ。いっそショートボブにしちゃえば手入れとか楽よ?」

 

 そ、想像がつかない。生まれてこの方面倒くさくて美容室に行かないことが多すぎて、髪は伸び放題だし、くせ毛だって酷くなっていくばかりだし。でも確かに切っちゃえば楽かも……。

 

「ま、今日はメガネ屋かなー」

 

 なんか不思議だなぁ。ここ数週間で名も知らぬギャルと一緒にメガネ屋に行くことになるだなんて。

 ……ん? これって俗に言うデート、と言うやつなのでは? まぁ、そんな気分じゃないから、きっと違うかな。おっ、もうすぐ目的の駅だ。降りよう。

 

 ◇

 

「メガネっていろいろあるんだねー」

「…………」

 

 そういえば真剣にメガネのフレームなんて見たことなかったかも。

 いっそのこと、ということでメガネを丸々交換することにしたわたしは待ち時間でフレームを探すことになった。

 フレームの種類なんて全部同じようなものだと思ったけど、そうでもなかった。丸形で縁が太い奴から細いやつ。上の方だけで、下のフレームがほぼレンズと同色なもの。形だって目元に合わせてか尖ったものや丸まったものまで多数ある。これは、悩むかも。

 

「んー、ショートボブだったら丸メガネの方がいい感じっぽいなー」

「そうなんですか?」

「これ。軽ーく調べた感じね」

 

 わたしにスマホの検索画面を見せてくれた。確かに丸メガネや、なんだったら今使ってるメガネとほぼ同じ形のものが多い。

 ……もしかして、ショートボブのままだったらメガネも変えなくていいのでは?

 

「わたし、髪切ります」

「おっ、強く出るやん。かわいくなりたい願望出ちゃった系?」

「いえ、そっちの方が楽かなーって」

「……あたしの期待を返して」

 

 いや、朝は極力ぐっすり寝てたいし。夜もぐっすり眠りたいし。

 つまり、いつでもぐっすり眠りたいということ。配信とイラストと寝ること以外に時間を割きたくないのが現状だった。

 

「まーいいけど。こっちの赤いのとかどーよ?」

「派手すぎないですか?」

「じゃあこっちの黒いのとか」

「今のと変わらなくないですか?」

「文句ばかりはいっちょ前だなーこの!」

 

 両手でほっぺたをサンドされると、そのままぐにぐにと表情を歪まされてしまう。痛い痛いやめてください。このままでは顔が変形してしまいます。

 

「うわ、青原のほっぺた柔らか」

「ほっひょ! ひひょのかほへあしょはないへくだはい!」

「おぉ、ごめんごめん!」

 

 このギャル……。顔覚えたからな! 名前は覚えてないけど。

 

「でさ! これとかよくない?」

 

 そして今まで何事も起きなかったかのようにフレーム売り場の方に目を移すと、件のフレームについて指を指す。

 今までの形が太いものと比べて、圧倒的に細い印象が見受けられた。というかほっそいな。触ったら折れそう。

 

「メガネ外してみ?」

「はい」

「で、これを試着して―……」

 

 何にも見えない。やっぱメガネはレンズが入ってなんぼだよなぁ。フレームだけだと格好だけしかつけられない。

 どうなんだろうか、とギャルの方に目を向けても、特に表情は分からない。だってぼやけてるわけだし。

 

「うん、いいんじゃない?」

「そうなんですか? じゃあこれで行きます」

「他のとかいいん?」

 

 他の。他のって言ってもなぁ……。

 わたしはメガネはおろか、ファッションもよく分からない人間だ。

 だからこういうのは目が肥えた専門家の方がいい。ギャルに全肯定します。

 

「あなたが選んでくれたものなら、わたしは正解だと思うし」

「お、おう……」

 

 フレームを外してから元のメガネを装着してみると、何故かギャルが頭を撫でてくる。な、なんだよぉ! 前が見えないだろ!

 なんかしばらくしたらやめたし。なんなんだか。とりあえず店員さんにフレームとレンズを合体してもらわなければ。わたしはその足でフレームを店員さんに渡すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:青の質問。それまで知らなかったこと

 メガネ。ニューメガネ。マイニューメガネ……!

 きらり光る夕焼けをレンズに反射させて、わたしはドヤ顔を決めた。

 

「……キリッ」

「……スン」

「ギラッ」

「そんな見せびらかさんでいいから」

 

 えー、でもおニューの眼鏡なんだし、ちょっとぐらいキリキリしたって構わないでしょ。だっておニューの眼鏡なんだから。

 という冗談はさておき。いや、わたしギャルの前で冗談言ってたのか? マジ? 殺されかねない。

 すみませんでしたー! という言葉を一旦引っ込めてからわたしは改めて考える。そういえば結局このギャルの名前を知らないんだよなぁ、ってことに。

 流石に失礼、というか。わたしはわたしでそんな名も知らぬ相手にVtuberであることをバラしたわけだ。相手がその気にさせたとは言え、よくも不用心な真似をしたなぁ。

 そんな意味も込めて、わたしはとりあえずすみません、と口にしておくことにした。

 

「なんで謝るのさ」

「いや、その……不愉快極まりないことをしたかなぁ、と」

「全然気にしてないし! むしろあたしの方がごめんって感じ?」

 

 え、どういうこと?

 そりゃあ逃げたわたしを追ったり、強引にお昼休みまで迫ったり、放課後まで無理やり連れて行かれてるけど。特にこのギャルがわたしのことを悪く言ったりすることはなかったはずだ。だから言っている意味がイマイチ理解できなかった。

 

「いやいやいやいや! こっちこそ塩対応しててすみません、っていうか……。その……」

 

 今だ! 今言うしかない! 名前を知らなくてごめんなさいってことを!

 

「……あなたの名前、知らなくて」

「へ?」

「わたし、あなたのリアルネーム、知らないんです……」

「……えぇ」

 

 まぁドン引きしますよね。

 それまで知らなかったっていうか、そもそもクラスの人とか全然関わりないし。関わりがない人の名前なんて覚えているわけがない。例え相手がクラスカーストトップのギャルだったとしても、関わってないんだから名前を覚える理由にはならないのだ。

 

「え、マジ?」

 

 うなずく。

 

「普通クラスの子の名前、全員覚えない?」

「関わりがなかったもので……」

 

 すみませんでした。心の中では「あのギャル」とか「あの人」とか「オキテさん」とかしか言ってなくて。特にあのギャルはないよ。他人行儀がすぎる。これも謝っておこう、心の中で。

 

「それはマジで謝罪案件だわ」

「すみません……」

「あたしのなんてずっと地味って思っててごめんレベルだったし」

 

 それはそれで失礼では?! 実際地味だけども……。

 あー、でもそっか。このギャルはずっとわたしのことを地味地味思ってたのか。なんか、そう考えたらちょっとメンタルが沈んできたかもしれない。

 心配されない程度にへこむとして、いい加減この人のことをちゃんと名前で呼びたい。いつまでもVtuberネームのオキテさんって言うのは身バレにも繋がってしまうし。

 何より自分がVtuberであることを打ち明けた相手だ。相手のことを、これから関わりのある人のことは知っておきたかった。

 

「んー、でも普通に名前教えるのつまんないなー」

「えぇ……」

「あ! じゃあさじゃあさぁ、青原の名前も教えてよ! あたし下の名前知らんし」

「……そんなことでいいんですか?」

 

 そっちもそっちでわたしの下の名前知らなかったんじゃんか、この野郎。

 まぁいいけど。その辺はお互い様、ということで。

 

 11月の風が肌を痛める。そうか、そろそろ冬の季節かぁ。などと思い耽っていると隣りにいたはずのギャルが地面を蹴って、わたしの前に躍り出る。

 ガシャガシャ揺れる背中のスクールバッグとチャームポイントのサイドテールがふわりと遠心力で宙を舞う。夕暮れに沈みゆく太陽が2つになったような錯覚。まるでフラメンコで空を翔ける踊り子のようだ。

 

「んじゃー! 覚えて帰れよー!」

 

 わたしはその名を聞いて、ハッとする。

 もしかして、今までわたしのことを支えてくれた人って……。

 

「赤城、露久沙……さん」

「ん! 赤城露久沙!」

「もしかして、ですけど……。わたしの配信をずっと見ててくれたのって」

「さっ! どーだろうねー!」

 

 でも、そんなのありえるの?

 露久沙を変換して露草。こんな極小コミュニティで珍しい名前なんてこの世に何個も存在するはずもない。そっか。……そっ、かぁ。

 

 今まではギラギラ輝く夏の太陽のように鬱陶しかったのに、今は冬の朝の太陽みたいに心地よくて。

 自分はとんだ都合のいい女だとは思う。でも。だけど。こんな気持ちは生まれて初めてかもしれない。

 

「……ありがとう」

「ん? なんか言ったー?」

「わたしの名前は文佳。青原文佳です!」

 

 優しくて、暖かくて。こんな人に今まで推されていたことに少しだけ誇らしげに思って。

 同時に少しだけ罪悪感が湧き上がった。どうしてわたしだったんだろう、って。

 

 ◇

 

「ただいまー。ふぅ……」

 

 誰もいない部屋に入ると思わず寒くて身震いした。

 すぐさま暖房をつけて、寝間着に着替えてからベッドに潜り込んだ。

 

「どうしてわたしだったんだろうか。ってなんでなんだろうなぁ」

 

 自分の中からこんな感情が浮かび上がるなんて思わなかった。最初、露草さんはとてもいい人で、宣伝までしてくれる完璧なリスナー像があった。きっとこの人はリアルでも気遣いができて、他人にとても親しまれている。そんな立派な人間像がわたしの中で作り上げられていた。

 次に会った赤城さんも、結局いい子だった。ギャルだのなんだのと悪い目線は向けていたかもしれないけど、きっとそんなことはなくて。ネットと変わらない、わたしを気遣ってくれるオタクに優しいギャルそのものだった。

 赤城さんのことをもっと知っていれば、オキテさんのことだってもっと分かっただろうに。

 オキテさんは純粋にV活動を楽しむ赤城さんそのもので。でもこの人のせいで、わたしは少し劣等感を覚えてしまった。

 わたしよりコミュニケーションが上手で、気さくに話しかけられる女の子Vtuber。見れば見るほど、音瑠香と比べてVtuber適正はあるし人気だって実際出ている。もう300人だったっけ、早いなぁ。

 

 だから思う。遠い存在になってしまった露草さんはどうしてわたしなんかを気にしてくれているのか、って。

 これからどう接すのが正しいのか、って。

 

「なんか、自分が情けないな」

 

 どの赤城さんもきっと正しい。接し方に違いを作ってはいけないんだろうけど……。

 自分より優れている相手から施しを受けるのって、恐ろしく怖い。どんな見返りがほしいのかが分からなくて。わたしなんか、何の役に立つんだろう。

 

 その日の夜はこれからが不安だったけど、眠れないことはなかった。

 ずっと赤城さんの事を考えながら、これからどう接していけばいいのだろう。と頭の中で反芻しながら睡魔に落ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章:仲良くなるように営業する毎日
第17話:青の通話。なら百合営業、はじめましょうか


 頂いてしまった、ギャルの連絡先を。

 思わずスマホを持つ手が震えてしまう。だってそうでしょ! クラスカーストトップのギャルの! 赤城露久沙さんの連絡先! これは何一つこちらから連絡することもないですねー。意外にもVtuber御用達のSNS連絡ツールだったし、誰かと通話したりしたのかな。

 

「……何だこの気持ち」

 

 こう、胸の奥がちょっとモヤっとしたというか。いや、なんでモヤついたのか分からないけど。だって赤城さんにだって友だちはいるだろうし、なおさらオキテさんの方なら多数の陰キャ共の気を引いているはず。だから通話の1つや2つ普通にあるでしょ。当たり前。そう、当たり前だ。

 この変な気持ちは置いておこう。本能が言ってる。絶対邪魔になるって。

 壺の中に押し込んで、ぎゅーっと瓶の口を締めて。よし、これでおっけい。

 

「って、あのギャル行動力の化身か?」

 

 通話が来た。早速ギャル、もとい赤城さんからの連絡だった。

 なんだか胸の奥のモヤッとした気持ちが減った気がするけど、多分気のせいだと思う。断る理由もないので、わたしは彼女からの通話をオンにする。

 

『おはよー、って時間は夜か!』

「こんばんは、ですかね?」

 

 今更だけど、相手が露草さんだから敬語をやめてもいい気がする。普段の配信はタメ口だし、ツブヤイターのお返事もいつもラフだ。でも相手が赤城さんだと分かってからというもの、相手が露草さんだと分かっていても、割り切れない気持ちにいる。

 割り切れない自分が面倒くさいなぁという気持ちと、通話できてちょっと嬉しいなって気持ちがごっちゃになる。わたしってこんなにごちゃごちゃ考えてたっけな。

 

『んー、もうタメでよくない? お互いバレちゃったわけだし!』

「そっちは自分からバラしにいったじゃないですか」

『あはっ!』

 

 あはっ! じゃねぇよ! 結局なし崩し的にわたしもバレちゃったわけだし、確かにこの際タメ口でも構わないとは思う。

 向こうもそう言ってるし、相手は露草さんだ。いつもタメ口で話している。うん。話してた。

 

『ねーね! あたしのことは朝田世オキテだよ? ほらタメ口!』

「え、えぇっと……」

 

 ダメだ。赤城さんとオキテさんが頭にチラついて敬語でしか話せない。タメ口って、こんなに話すの大変だったっけ?

 

『まぁいっか。それは後々ってことで』

 

 後々はタメ口で言わせる気なのか。まぁ元々がそうだったわけだから元に戻る感じになるんだけど、チラつく顔がクラスカーストトップと新人Vtuberの期待の新星なわけで。やっぱり劣等感は感じてしまうよ。

 

「今日は何か用事があったんですか?」

『うん、そーそー。改めてお互いを認知したわけだし、決意表明みたいなのをね!』

 

 決意表明? 何の話だろう。

 「宣誓! あたしは登録者数1000人を突破して収益化することを誓います!」みたいなこと?

 少なくともわたしの前では絶対やめてほしい。ただでさえ今は70人行くか行かないか、みたいな瀬戸際に文字通り桁数の違う戦闘力を持ち出されても、わたしが息絶えるだけなんだが。

 

『あたしね、あんたを有名にしたいんだよ!』

「……ん?」

 

 ユウメイ? それって有名ってことですよね。なんで?

 律儀に聞いたら律儀に答えてくれた。

 

『あたしは思うんだよ。音瑠香ちゃんはイラストは超プロだし、声もクールで素敵だし、反応だってこんなにかわいいんだからもっと伸びるべきだ! って思って』

「んへへ、いやそんな。えへへ…」

『そういう態度よ! 調子にノリそうなところもかわいい! あたし今、ナマ音瑠香ちゃんキメてる?!』

 

 キモオタとしか思えないオキテさんの反応にちょっと偉大だと思ってた感情に傷がつく。やめてください、それ以上崇高な新人Vtuberとクラスカーストトップのギャルであるイメージを壊さないで!!

 

『ま、リアルのあんたは地味だけど』

「喧嘩売るか褒めるかしかできないんですか?」

『顔には正直なんだよー!』

 

 こいつ……。いきなりギャルの一面を出してくるじゃん。誰だオタクに優しいギャルなんて言ったやつ。顔がいい女に優しいギャルじゃんか!

 ならリアルのわたしもお化粧の勉強した方がいいのかな。って、何考えてるんだわたし。

 

「で、何が言いたいんですか、有名にしたいって」

『そうそう! あたしは音瑠香ちゃんはもっと伸びるべきだって思ってね!』

「……そうですか」

 

 まぁ。嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。

 確かにあたしも伸びたいって思ってるけど、そう簡単に伸びたら苦労はしないっていうか。宣伝力もコミュ力も皆無だから、わたしが伸びたらオキテさんのことを敏腕プロデューサーと呼んでもいいかもしれない。

 

『だからVtuberになったしね!』

「ん? なりたいからなった、とかじゃないんですか?」

『うんや? 音瑠香ちゃんと友だちになりたいなー、と思ってなりましたー!』

 

 ……そういえば前に露草名義で好きなイラストレーターは? って聞いてたっけ。

 え、あれから2週間そこらでアカウント作って、2週間そこらで交流広げてデビューしたってこと?!

 オキテさんはともかくとして、にか先生も相当頑張ったというか……。あれだけのVモデルをたった4週間で作ったことに驚きだ。わたしなんかキャラデザに悩んで1ヶ月とか余裕でかかったのに……。

 というか何だこのギャルの行動力は。お金だってかかっただろうに。

 

「……どれだけわたしのことが好きなんですか」

『どれだけって、推しだし!』

 

 あー、眩しい! まぶしすぎて死んでしまいます!!

 そんなことを惜しげもなくさらっといつもの笑顔で言ってそうだから本当に良くない。そういう意味でも苦手なんだよ、この人……。

 

「まぁ、いいですけど……」

『照れてるー。草』

「な、なんか作戦とかあるんですか?!」

 

 無茶振りだったかもしれないけど、そんなの知ったことではない。有名にしたいってそんな漠然とした理由じゃ騙されませんからね!

 ヘッドフォンの向こう側でうーんと悩む声が聞こえる。

 しばらくの沈黙からの出た答えは、無だった。

 

『どうしよ?』

「マジかぁーーーー」

 

 この人。何だこの人。思い立ったが吉日のあとは何も考えてないじゃないか。

 丸投げも良くなかったと思うけど、わたしも特に考えつくことなんて……。いや、実はあるにはあるんだけどね? この人とかぁ、と考え出して頭を抱えたくなった。

 

『オキテの方でめちゃめちゃ宣伝するとか?』

「いや、それはいいです。なんか怖いし」

『そう? オキテの方でも結構いろいろ言ってるよ?』

 

 そうだったわ。じゃあ意外とわたしが考えていることも悪くないんじゃ……。

 で、でも……。わたしは、この人と、赤城さんとどこまでいけるんだろう。それが怖くて仕方ない。

 ウゥゥぅううう!!! あーもう! 考えるのやめた!

 

「じゃあ、百合営業しましょう!」

『え? ユリエイギョウ?』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:青の提案。じゃあコラボしよう

 百合営業とは、ビジネスライクみたいな関係と言えば分かりやすいだろうか。

 人気になるために、あくまで表向きはお相手の女の子と仲良しですよ、付き合ってますよムーブをするが、裏ではそんなこともない関係。こういうのってなんていうんだろう。配信では好き好きムーブするけど、実際の関係性はクラスメイト程度で本気にはならないでね、ってことかな?

 

「まぁそんな感じ。仲良くしていれば相手のことも気になるじゃないですか。それでフォローもうなぎ上りってね! へへっ……」

『音瑠香ちゃん、天才かもしれない』

「そうかなー! 割とやってる人多い気がするけど、そう言われると照れるなー!」

 

 げへげへしてるニヤけ顔がカメラやモデルを介さなくても伝わってくる。

 我ながら気持ち悪い顔をしてるんだろうな。手元に鏡とかないから分からないけど、相当気持ち悪い自覚が見える。その証拠に声もキモオタレベルにまで落ちていたので、

 

『音瑠香ちゃん、素が出てるよ』

 

 と、オキテさんにまで言われる始末だ。

 ほっぺたをぐにぐにして、意識を改める。よ、よし。まずはどういう方向性で百合営業するかを決めなくては。

 

「ご、ごほん! とりあえず百合営業については分かりました?」

『まー、なんとなく? 要は仲良さそうにしてればいいんでしょ』

「そんな感じ。仲良くするにしても、どういう方向性とかもあるし、その辺りもちゃんと決めなきゃ」

『方向性……? 仲良くするのに方向性とかいるん?』

 

 え、もしかしてこのギャル何も考えずに人と交流してるってことなの? それはそれで裏表のない誠実な人間なんだと感心するけど、それでよく世渡りできたな。

 言ってる本人は最初からドロップアウトしてるんですが。大丈夫、百合漫画とかラブコメ小説はちゃんと網羅してるから。

 

「こう、あるじゃないですか。イチャイチャの仕方にも」

『それって彼女にどういう扱いをしてほしいか、みたいな感じ? あー、そういう方向性ね』

 

 そうそう。よく分かってるじゃないかギャル。もといオキテさん。

 というかこの人なら男女に関わらず、何人か恋愛経験があるのでは? そうなれば生の声を聞くことができて、よりリアルな百合営業も可能かもしれない。

 なので聞いてみる。

 

「オキテさんは誰かと付き合ったこととかないんですか?」

『ないけど』

「ない……。ないんですか?!」

『うん、ないよ』

 

 嘘だろこのギャル?! そんなにかわいい顔と色気のあるボディしておいて彼氏彼女がいたことないってマジかよ。

 実は嘘ついてます? なのでもう1度聞いてみた。

 

「いやいや、嘘はよくないですよオキテさん。あなたぐらいモテそうな人材は――」

『だーから、いないってば! そもそも恋愛とか、よく分かんないし』

「あ、すみません……」

 

 わたしにしては意外だった。ギャルって大抵男遊びが酷かったり、男に対して平気で股を開くような種族だと思ってたから。

 だからなおさら意外だった。オキテさんは、というか赤城さんはそういうのに抵抗があるタイプだなんて思わなかったし。もしかして今回の百合営業もやめておいた方がいいのでは。そんな考えも頭の中によぎる。

 

『いーって! いーって! みんなもそう思ってるみたいでさ! バイト先のおばさんにもよく言われるし!』

「だ、だったら。百合営業もやめた方がいいのかなって。やってることは恋愛ごっこと同じですから」

 

 この人と関わっていると、いかに自分が固定化した価値観でモノを語っているのか浮き彫りになっていく。そっか。そうだよね。よく分かってない人に恋愛ごっこを持ち出すなんて、わたしがどうかしてた。

 オキテさんからもフォローが入った返事は返ってきたが、その後の沈黙から見て悩んでいるのかな、と考えられた。

 こういう通話越しの沈黙はすごく気まずい。電波の向こう側にはちゃんと相手がいるのに、目に入るのはパソコンのモニターだけ。孤独感がひたすら増してしまう。

 何か話題やアイディアを転がせられたら、と思うたびに自分のコミュ力を呪う。あぁ、なんでわたしはこんなにも気遣いができないんだろうって。

 

「あ、あの……」

『ん?』

「……すみません、変なこと言ってしまって」

『いや、ホントにいいんよ。別に気にしてないから』

「でも……」

『……あたし考えてたんだ。百合営業っての? するべきかなーって』

 

 それは、いったいどうして?

 わたしを有名にしたいからっていうのは分かるけど、それだけじゃなんというか。自分のことを顧みなさすぎではないだろうか?

 

『あたしができることなら何でもするし! だからやろう、百合営業!』

 

 やっぱり分からない。ギャルが、とかじゃなくてこの人が。

 そこまでしてわたしに力を貸してくれる理由が分からない。けど少なくとも真意なのは分かる。分かるんだけど、深くにある動機が分からなくて、もどかしい。何を考えて、どうしてわたしなんかがいいんだろうか。

 でも怖いからといって、無下にすることも出来ないわけで。そして陰キャがギャルに反論することなんて、できない。

 

「わ、分かりました。じゃあ早速コラボの日程を決めましょうか!」

『うんうん! ってあれ、あたしも音瑠香ちゃんもコラボ初めてじゃない?!』

「え? ……あ、そういえば」

 

 え? ホントに? いやちょっと待って。流石にそこまでコミュ障じゃないというか……。

 

「待ってください。確認します!」

 

 まさか、そんなまさか。活動を始めて半年。Vtuberとしてはそれなり以下にやってきたはずだ。でもレモンさんというお友だちだっているし、そんなそんな。

 自分の配信一覧がずらりと並んだ画面をスライドしていく。お絵かきお絵かきゲームお絵かきゲームお絵かきお絵かきお絵かき。

 あ、あれ? こんなにお絵かきしてたっけ?

 

『あたしが言うんだから間違いないって! ガチリスナーなんだよ?』

「……で、ですよね」

 

 見事なまでに何にもない。山もなければ再生数は谷の如く減っていく。マジかぁ。ま、マジかぁ!

 

『初めて同士のコラボ、あたし楽しみだなー!』

「そ、そーっすねー……」

 

 わたしは相手のギャルが分からないと言いました。

 言ったけど、裏表がない性格だからきっと友だちも多いんだろうなってわかるよ。

 わたしだって裏表ないつもりだよ! 少なくとも友だちが少ないだけで!!!!

 

 わたし、友だち少なすぎてコラボに誘われないんだ……。ちょっと泣けてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:青の無知。コラボって何を知ればいいの?

 それからコラボの日程を決めて、内容も決めてみた。

 最初の百合営業ということもあり、お互いのことを知ってもらおう、ということで雑談配信をすることとなった。

 雑談配信なんてやったことないのになぁ。向こうは朝田世オキテと名前のとおりに朝活雑談してるのに対して、わたしはお絵かき垂れ流し配信。天地の差はあまりにも付きすぎていた。

 自分から言いだしたこととはいえ、やっぱり百合営業はなかったかなぁ。わたしだってオキテさんのことあんまり知らないのに。

 

「……起きてるかな、レモンさん」

 

 こういう時に頼りになるのがレモンさんだ。彼女はかなり活動的にVtuber活動をしている。FPSゲームだって、誘ったり誘われたりしながらコラボ配信をしていることが多かったりする。その点で言えば、間違いなく先輩様なのだ。

 えーっと、今は配信してないか。流石に夜遅いから軽く済ませるつもりだけど、それ以前に起きてるかなぁ。

 

 連絡したら速攻で返事が返ってきた。大丈夫らしい。

 毎回思うけど、レモンさんのレスポンスの良さ、すごすぎじゃないかな。わたしも見習うところがある。ま、連絡なんてオキテさん以外からは来ないんですけどね。

 

「もしもし」

『ふあぁ……。おはよー』

 

 ん? いつものボイチェンが入ったノイズのような音が聞こえない。

 シンプルに入ってくるのは幼女の声ではなく、中性的で響くような低音の声であった。

 あー、この人寝起きだからボイチェン付け忘れてるな?

 

「レモンさん、ボイチェン忘れてますよ」

『えぇ~? あーホントだ。……まぁいっか、相手は音瑠香ちゃんだし』

 

 それでいいのか配信者。ボロが出たらまずいでしょ、そこで!

 

「起こしちゃいました?」

『うーん……。ちょっと寝てただけ。ゲームしたら目覚めるから待ってて』

「は、はい……」

 

 マイクがすごい物音を漁るような音を拾ってくる。途中で何処かをぶつけたのか「いたー!」とか聞こえたし。もうこの人の生活環境が恐ろしく気になって仕方ない。お茶っ葉の妖精幼女の中身おっさん説とか聞きたくないし。

 

 まぁなんというか。こんな感じでレモンさんは結構だらしのない人だ。いつ寝てるかも、いつ起きてるかも分からない。働いているのかすら……。わたしもちゃんと仕事見つけないとこんな風にダメな大人になるんだろうなぁ、という気持ちとイラストレーターとして働くならこれぐらいも覚悟しなきゃ行けないんだろうなぁ、って。

 

『今つけた。何するー?』

「今日はそういう話じゃないんですけど……」

『おー、そうなの? どれ、お姉さんに言ってみんしゃい』

「キャラ崩壊してますって」

『ウチに言ってみて~? こんな感じでいい?』

 

 ダメかもしれんこのお茶っ葉妖精幼女。ボイチェンは相変わらず付け忘れてるけど、思っている以上に低音が響いててイケボっていうか、こっちの路線で売っていったら、女性のお姉さま方とかにモロに直撃しそう。羨ましい。

 

「ぶっちゃけ聞きますけど、レモンさんって女の人ですか?!」

『聞きたかったことってそれ~?』

「いや、違いますけど」

『じゃあなんで今聞いたのさ~』

「今の機会しか聞けないかなぁ、と」

 

 ボイチェンが外れてる今しかね。

 

『ふふふ、どっちだと思う~?』

 

 そして返ってくる質問がこれだよ。なんというか、うざい。

 こういうの「わたし、何歳見える~」って質問と同じぐらい面倒くさくて、外れた時がさらに面倒くさく、当たった試しがない質問だ。

 幸いにも答えは2択だし、声色的にはなんとなく察するものがあるからさっさと正解を口にすることにした。

 

「女の人です」

『えへへ~、せいかーい!』

 

 聞いてれば分かるって。そっちの路線も悪くはなさそうなのになぁ、と思いつつ手元の飲み物を一口飲んだ。なんか今日喋りまくってる気がする。

 

『まぁバレてどうっていうのもないけど、これはみんなには秘密ね~』

「幼女じゃなくなるからですか?」

『ウチはさ、顔面種族値600族のイケメンイケボ女子じゃなくて、幼女になりたかったんだよね~……』

「ま、まぁ。致命的ですよね。その低音は」

『だよね~! 流石イラストレーター、分かってる~!』

 

 今度、当てつけに顔面種族値600族のイケメンお茶っ葉妖精幼女でも描いてやろうかな。誰かに刺さるようにときめき重視のシチュエーションで。となると執事系がいいかな。更に長身長足でスーツを着てるとなおいいかも。極めつけはお茶を持ってきて「お嬢様、おまたせしました」って。

 

『全部聞こえてるよ~』

「ぅえ?!」

『それやったらさすがのウチも縁切るからな』

「やらない、やらないですよ!」

『あはは、冗談!』

 

 縁切るって言われた時のドスの入り方がかなり怖かったけど、気にしないことにしよう。うん、わたしは何も発想してないし、何も描いてない。よし。

 

『で、本題は?』

「あー、そうでした。えーっと……」

 

 ということで前回までの内容をカクカクシカジカで伝えることにした。

 一言で口にすると、いま人気の新人Vtuberと百合営業することになった、ということを。

 

『あー、あのオキテちゃんかー。ウチもフォロー貰ってたなー』

「流石オキテさん……」

『Vを始めた理由が音瑠香ちゃんを人気にしたくって、そのまま音瑠香ちゃんは百合営業することになった、と』

「まぁ、そういうことです」

『ふーん……』

 

 なんだろう。ちょっと寒気がした気がする。声色から、まるでなにか琴線に触れたかのような感覚。よく分からないけど、嫉妬とかそういう類じゃない。もっと別の、何かだ。

 

『まぁまぁまぁまぁ詳しく話を聞こうかな~。お茶とお菓子持ってきてもいい?』

「そこまで長く語るつもりは……」

『大丈夫だよ~。少なく見積もっても2時間は話すから』

「わたし明日学校です!!」

『ちぇ~』

 

 明らかに楽しんでいるような声だったけど、まぁ相談事に対してノリノリならそれに越したことはないか。

 大体聞かれるようなことも何もないし。百合営業だし。憧れは抱いてるけど、それ以上に恋愛感情なんて持ってないから。

 

『で、何をそんなに聞きたいの?』

「コラボって、どんな感じでやった方がいいのかなー、とか」

『……ん?』

「あ、ほら! わたしコラボやったことないので、どういう距離感で進めればいいのかなとか分からなくて」

 

 あれ、これひょっとして、自分がコミュ障であることを打ち明けているのと同義では?

 ま、まぁ! 友だちがいないわけじゃないし。そうだろう、レモンさん、オキテさん!!

 

『ここまで純粋無垢なコラボ処女を見たのは初めてだよ、ウチは……!』

「しょっ?!」

『距離感も何も接したいありのままでいいんじゃないの~、って話』

 

 そ、そういうね……。それが分かってないから困ってるんですけども。

 百合営業の距離感が全然掴めないし。そもそもオキテさんの本体はあのギャルだ。赤城さんがどこまでわたしのことを受け入れてるのかも分からないし、知っていることがどこまであるか……。

 むしろわたしも赤城さんのこと、何ひとつ知らないんだ。どこから始めればいいのか、分からないんだ。

 

『あぁ、そういう話ね』

「そうです。相手のことも百合営業のことも分からないから」

『じゃあまずは相手のことを知っていくのがいいかもね~。なんとかは危うからずって言うから~』

 

 ほぼ伝わってこないけど、わたしもニュアンスしかわからないからいいか。

 それはともかく。オキテさんのことを、赤城さんのことをもっと知っていく、か……。

 

「今日はもう寝ます。早起きしてオキテさんの配信見てきます!」

『お、その調子だ~! じゃあウチはもうちょっと寝ようかなぁ~』

「ま、まぁ。ちゃんと寝てくださいね……」

 

 レモンさんの体の調子がなんとなく心配になったけれど、まぁいいか。

 通話を切って、とりあえず明日に備えてわたしはベッドに入り、睡魔に襲われることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:赤の無知。百合営業するということ

「聞いて! あたし音瑠香ちゃんとコラボすることになったんよ!!」

「急にどうした急に」

 

 休み時間。音瑠香ちゃん、もとい青原がトイレに行ったのを確認してあたしは舞に自慢話を持ちかけることにした。

 もちろん内容は音瑠香ちゃんとのコラボの話ですよ、むっふん。推しとコラボできるなんて最高よなぁ!!

 

「あー、深くは言えないんだけど、音瑠香ちゃんと友だちになった!」

「すげーざっくり」

「そんで通話したら、ユリエイギョウ? することになった!」

「はぁ?!!!」

 

 そこ、そんなに驚くところなの?

 音瑠香ちゃんも相当苦肉の策で話題に上げていたけど、そんなに嫌なんだろうか、この百合営業って。あたしは仲良くしていればそれでいいと聞いたけども。

 

「アンタ、そっちのけだったの?」

「そっちって?」

「はぁ……。この万年処女に聞いても意味なかったわ」

「あぁん?!」

 

 2人ともなんで同じような話に繋げるんだろうか。相手は音瑠香ちゃんとは言っても中身は青原。そりゃあちょっとメガネ変えた時に、やっぱ形整えればかわいいじゃん。とか思ったけど、それとこれとはまた別の問題。

 大体営業をするって言ってるんだから、それ以上の意味はないでしょ。百合、っていう意味はいまいちピンとこなかったけど。

 

「まー落ち着けって。とりま百合って検索してみ?」

「百合って、花のユリでしょ? なんで検索しなきゃいけないのさ」

「はやく」

「……うい」

 

 手早くスマホを取り出して、キーパッドで百合の二文字を入力する。

 検索エンジンにヒットしたのは案の定花の名前と、もう一つ。女の子同士の関係性を表すものだった。

 

 気になったのでとりあえず適当にサイトを1つ開く。

 すると、出てきたのは。出てきたのはって、これなんで女の子2人がすっごいときめきに乙女チックな感じでお互いのことを見つめてるの?!

 普通そういうのって恋人同士がするもので。いやいやいや、最近はそういう女の子同士でのパートナーシップ制度もあるという話も聞く。だから偏見とかそういうのはないけど。けどさぁ……。

 

「な?」

「……な、なにこれ」

「百合っていうのは、女同士がイチャイチャする関係性の総称みたいなもん」

「い、いや分かってるし」

 

 そうそう。こういうこと友だち同士でだってするし。冗談でおっぱい揉んだり揉まれたり。冗談でケツ叩いたりさ!

 ……まぁ、冗談で、なんだけど。こんなマジな顔で揉まれたり触られたりしたら、マジでそういう。それじゃん。

 

「それをリスナーの、顔も知らない赤の他人に見せるんだぞ? マジで分かってる?」

「…………分かってるし」

 

 流石にそこまでは想定してなかった。

 あたしが考えていたのは音瑠香ちゃんと仲良くコラボすることと、彼女を有名にしたいってことだけで、自分のことは全然顧みてなかったというか。

 音瑠香ちゃんが言ってた『恋愛ごっこ』って、そういうことだったのか。

 頭では理解しているつもりになってた。でもつもりになってただけで、本当のことは何一つ分かってなかった。百合の意味だってそうだし、音瑠香ちゃんの気遣いとかも。

 

「やらかした顔じゃん。ウケる」

「ウケんなし……」

「ごめんて。でも考えときなよ、まだコラボするって表に出したわけじゃないんだろうし」

「うん、ちょっと。相談する」

 

 そう、だよね。あたしばっか舞い上がってたけど、音瑠香ちゃんにも迷惑がかかってしまうかもなんだ。ちゃんと。ちゃんと相談しなきゃだよね。

 タイミングがちょうどいいのか悪いのか。教室のドアからスッと戻ってきたのは青原だった。思い立ったが吉日。とにかく今相談しよう。

 

「青原!」

「うぇえ?! な、なんですか急に……!」

「ちょっと来て!」

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいって! 次の授業の準備がー!」

 

 青原の腕を引っ張って、誰にも聞こえなさそうな階段のホールにやってくる。ここならとりあえず青原がVtuberであることを言ってもバレないだろう。

 

「青原! あの、コラボの件なんだけど、さ……」

「……っ! ひょっとして、やっぱりダメ、ですか?」

 

 くぅ、こいつ! 反応だけは一端にかわいいから困るんだよ。

 最近は見た目を気にし始めたのか、ちょっと髪が整ってる気がするし。いやいや、さっきの百合営業の話を聞いたから今意識してるだけで、全然こいつのことなんかこれっぽっちも好きじゃないし!

 てか、すぐネガティブに捉えんなって。何もコラボがダメとは言ってないというか……。百合営業が、っていうか……。

 

「……普通のコラボにしない?」

「え、普通の、ですか?」

「そ、そう! 普通の! 百合営業とかじゃなくって、普通にゲームする! みたいな!」

「あ……。あぁ、いいですね……!」

「でしょー?! だから放課後……は、あたしがバイトだったわ! 終わったらロイン送るから! てかあたし青原のロイン知らないんだったわ! ははは、普通にDM送るわ! それじゃ!」

「あ、はい……」

 

 そう一気に捲し立てた後、あたしはその場をダッシュで逃げ出した。

 しくったーーーーーー! なんだよ、慌てて話切るとか。ありえない。

 確かに授業まではもうすぐだったけど、一緒に戻ればよかったじゃん、なんであたしが先にダッシュで走って逃げてるのさ!

 ……逃げる? なんで逃げる必要があったん? あたし別にやましいことなんて1つも思ってないのに。なんというか、青原のちょっと寂しそうな顔見てたら、こう。訳の分からない感情が湧き上がってきて、このまま一緒に教室に戻ったらなんか嫌だとか、そういうの。

 なんか嫌って、青原に失礼じゃね? あたしたちはただのいわゆる友だち。そうV友なわけよ。

 で、百合営業しようって持ちかけた話を、今なかったコトにした! それでいいじゃん。あー、楽しみだなー! ゲーム何にしようかなー! あはは……。

 

「はぁ……。なんで逃げてんのさ、あたし」

 

 罪悪感が湧いて出てくる。慌てて話を切り捨てて、ダッシュで逃げて。青原は置いてけぼり。

 それで向こうが一度はやめようって言ったことを掘り返して。

 優柔不断もいいところだ。サイテイサイアク。百合をよく知らなかったあたしが悪い。

 でも。……でも最初に百合営業をしようって持ちかけてきたのは青原の方で。確かにあたしはいいかもって言ったけど……。いやいや、そういう話を掘り返したのがあたしなんだよ。

 だから……。

 

「あたし、青原と。音瑠香ちゃんとどう向き合いたいんだろう」

 

 結局ここなんだと思う。

 友だちになれてやった! ハッピー! でもそれが終わりじゃない。

 推しと友だちになったからこそ、最終的に親しい隣人になりたいのか、それ以上になりたいのか。はたまた推しとリスナーの関係でありたいのか。あたしには、まだその答えが出せそうにないや。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:青の交差。オタクに優しくてもキレる時はキレる

「普通のコラボ、って。じゃああの時嫌って言ってほしかった……」

 

 オキテさんが、赤城さんが何を考えているか、全然分からない。

 やろうと言ったと思えば、やっぱやめたと言ったり。わたしには何がしたいか全然分からない。

 分からない、で言ったらわたしも彼女との付き合い方が未だに掴めないままでいるんだけどさ。嵐のように連れて行かれたと思ったら、突然去っていく。もうなんなのさ!

 

「やっぱり、オタクに優しいギャルなんて幻想でしかないのかな」

 

 相談できる相手もいない。その相手に振り回されてるんだからしょうがない。もうちょっとちゃんと赤城さんの事を知れたらいいのに。少なくとも、今考えていることは特に。

 よし、次のお昼休み、この時に聞こう。でも周りに知らないギャルとかいっぱいいるし、陰キャのわたしなんかがそこを割って入っていくことなんてできるわけがない。

 じゃ、じゃあ放課後! バイト前の赤城さんを捕まえるしかない!

 閉じていたドアをガラガラと開けると、赤城さんと目が合う。でも珍しく顔を伏せたのは相手の方だった。何なのさ本当に。それじゃあわたしと赤城さんの間で何かが起こったみたいに見えちゃうじゃん。

 

 お昼休みも図ったかのように、すぐさま教室から飛び出すし、本気でわたしと会話する気ないんだ。たしかに気まずいけど、今の状況のほうがもっと落ち着かない。そこんところ分かってるはずなのに。

 でもどうしようもできないわたしもいるわけで。自分で行動はしない。相手から、赤城さんからのアクションを待つだけのわたしなんて……。

 

「おい」

「ひぃ!」

 

 声のする方に顔を向けると、そこには赤城さんといつも話しているもう一人のギャルがそこにいた。暗めの紺色で髪の毛を塗って、明るい水色を差し色として1本メッシュに入れているショートボブの女の子。名前は全然知らないけど、目の前でめっちゃ怒ってるように見える。

 え、わたしなんかやっちゃいました?!

 

「こっち来て」

「あ、はい……」

 

 ひぃいいいい、モノホンのギャルだーーー!!

 両手をカーディガンのポケットに入れて、ちょっと上を向きながら通りすがる同族に挨拶していく。ギャルだ。わたしの想像してたギャルそのもの! 歩く姿も自然と陽キャ感溢れてる!

 その後ろについてくるわたしはなんと惨めなことか。猫背で両手をハムスターのように縮めながら、処刑の日を今か今かと待つ死刑囚がこのわたしだ。

 十中八九赤城さんのことなんだろうけど、わたしだってどうなってるか分からないのに……。

 

 そうしてやってきたのは1階階段の裏手。よく倉庫として使われており、普段誰からも見られることのない恐ろしい場所だ。ここでボコされたらわたしみんなに知られずに死ぬのかな? ごめんね実家のお父さんとお母さん。曾祖母ちゃんのところに先に行ってるね。

 

「えー、っと。青原だっけ? うちのつゆに何した?」

「いっ! いえ、何も……」

「何もじゃないだろ! アンタが戻ってきた辺りからつゆの調子がおかしいんだろうが!」

 

 誠にそのとおりでございます。ございますが……。これ、またVバレしないとダメかなぁ……。

 

「つゆは頭良い癖にバカだから、自分が落ち込んでるところを隠そうとするんだよ。アタシから見りゃバレバレだけどさ」

「あっ、そ。そうですねぇ……」

「分かってんなら自分が何やったかぐらい知ってるんじゃないの?」

 

 とてもよくお分かりで……。

 やったこと、持ちかけたことは確かに悪いことだ。百合営業の話を持ちかけて、それを赤城さんは断っただけ。むしろ赤城さんは悪くないっていうか、わたしは赤城さんを利用しようとしただけなんだ。

 でもこれをどうやってこの人に言えばいいんだろう。赤城さんがVtuberであることは知っている。じゃあ自分もVtuberで、赤城さんの推しであることを伝えれば? 正直に伝えたら、それこそ怒るかも。推しっていう立ち位置を利用して、自分の人気を上げようとしてるだけだから。

 

「はぁ……。言えないこと?」

「えっと、その……」

 

 真実を突き止めようとする眩しい光に、思わず目を背けてしまう。

 わたしが考えていることは言えないこと、バレたくないことだ。だから後ろめたさが勝ってしまい、思わず縮こまってしまう。

 

「アンタらがVオタ同士って話は聞いたけど、ひょっとしてつゆに何かしようとした?」

「それは、その……」

 

 とてもじゃないが百合営業を持ちかけました、なんて言えるわけがない。

 しかも誤解でもなんでもないから。嘘は付きたくないし。だから結局沈黙を貫くしかない。

 相手のギャルは深く息を吐き出してから、懐から何かを取り出したかのように見えた。え、もしかしてナイフ的なやつ?! 殺傷されますわたし?!

 とっさに目を閉じて痛みを我慢する。次の瞬間、衝撃が伝わったのは頭のてっぺんからだった。

 しかもゴスッとかいう痛い音ではなくて、ポコンと、頭を軽く叩くような、そんな衝撃だった。

恐る恐る目を開く。すると、目の前には指を眉間に押さえて、悩む姿がそこにはあった。

 

「今日はこれで勘弁してやるよ。でも絶対仲直りしろよ」

「……き、聞かないんですか? いろいろと」

「聞いても言わないだろ、アンタ。だからアンタ自身で解決しろ。いいな?」

「は、はい……」

 

 オタクに優しいギャルっているんだ!

 って冗談はさておき、多分この人は友人想いの優しい人なんだ。赤城さんのことが大切で、でも目の前にいるわたしなんかにも施しをくれて。なんてお礼をしたらいいのかわからなくなる。

 けど、絶対に言いたい。感謝の言葉を。

 去ろうとする背中に慌てて声をかける。

 

「あのっ!」

「ん? まだなんか用?」

「お、お名前は!」

 

 しばらく考えたあと、彼女は自分の名前を口にしてくれた。

 

「星守。下の名前は覚えなくていい」

「じゃ、じゃあ星守さん! ありがとうございました!」

「……それ言えるんだったら仲直りぐらいしとけよなー」

「は、はい!」

 

 赤城さんと関わってからだけど、少しずつ誰かの名前を覚えるようになった。

 世界はこうやって広がっていくのかもしれないけど、そんなことよりまずはコラボのことをどうにかしないと!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:青の告白。わたしを支えてくれたのは……

 それから赤城さんは忙しいようで、何かと理由をつけてわたしといる時間を避けている気がした。

 わたしだって何度も声をかけたけど、それらしい言い訳をされた後に必ずどこかへ逃げてしまう。それじゃあもう相談なんてものも出来なくて。

 連絡用SNS、デコードでも突撃してみたものの、通話に出る機会もない。

 コラボの内容だけをメッセージとして淡々と送った後はそれっきりだ。わたしがとにかく話しかけなきゃって思っても、向こうがこの調子なんだからどうしようもない。

 

 そしてコラボ発表をして、今がそのコラボ開始30分ぐらい前だった。

 今から通話をして、諸々の準備を進める。わたしも赤城さんもパソコンには強い方じゃないし、初めてのコラボだ。それを加味したらそのぐらい時間を多く見積もっておいた方がいいと、わたしが打診した。

 本当はこの時間を使って話し合いをするためでもある。もう、このタイミングしかないんだ。

 

 通話をかける。1コール。2コール。3コール目の途中で、彼女は通話に出た。

 

『……おはよ』

「おはようございます……」

 

 やっぱりなんとなく気まずい。百合営業をするかしないか。そこを曖昧にしてから話が全然進んでいないんだ。当然というべきか。

 とにかく、配信回りの設定をした後、10分ぐらい話す時間があるはずだからそこでオキテさんがわたしを避ける理由を聞くしかない。

 

「音声確認は大丈夫ですか?」

『うん……多分大丈夫』

「画像もあれでよさげですか?」

『うん……大丈夫』

 

 テンションが低すぎてやってられない。こんなオキテさんをリスナーだって見たくないだろうに。

 わたしの方はなんとか配信設定を完了させた。時間はまだ15分残っている。だけどオキテさんの方はまだ時間がかかりそうだった。Vtuber始めたてだし、PCも最近買ったって言ってたからなぁ。ならわたしがお手伝いしないと。

 

「あの……。大丈夫そうですか?」

『……うん』

 

 この女……! 流石の反応の悪さにちょっとムカッと来たぞ。

 落ち着こう。おち、おちちちちちちつかない!!!! あーもう、勝手に百合営業しようって言ったのはわたしだったけど! そんなに気負うことでもないじゃんか! もう断った話なんだし。

 まぁ断っても、わたしと百合、つまりビジネス的に恋人になろうって言ったことは変わらないわけで。なんか一周回って頭冷えてきた。結局悪いのはわたしだ。

 

「……なんか、ごめんなさい」

『へ?!』

「だって、百合営業だなんて変なこと言い始めたのはわたしなんだから、謝るべきかなって」

 

 コラボしよう! までなら絶対どうにもならなかった。

 これから一緒にゆっくり遊ぼうね! って、友だちの関係でいられたのに。

 じゃあなんであの時わたしは百合営業しようって言い始めたんだろう。ここしばらくずっと考えてた。で、答えが一応出せたには出せた。

 

『なんでさ! 今の、どう考えてもあたしが悪くない?! 急にドタキャンしてさ!』

「それでも嫌だったことには変わりないじゃないですか! じゃあどうするって、避けるしかないの、わたしでも分かります……」

『うっ。それは、あたしが勝手に自分の意見ばっか押し付けただけで、さ……。悪いのはあたしだし……』

「いや、わたしが悪いのは譲りません! そもそも百合営業しようって言いだしたのが事の発端なんですから!」

『ま、まぁ。それはそうだけどさ……』

 

 だから。ちょっと恥ずかしいけど。目の前にいるのは友だちの朝田世オキテさんだから。リアルだったら気まずくて目線を合わせられないから、今はVtuberでよかったと思った。

 

「わたし、憧れてたんです。1人じゃなくて、誰かと一緒の。その、タッグとかコンビとか、そういうのに……」

『……そ、それで百合営業?』

「ちょっとドン引きですよね。でも恋人って一番繋がりがあるような気がして……。って、何言ってるんだろわたし。恋人も別れるときはすぐ別れるし、だったらコンビとかタッグの方がいいはずなのに……」

 

 多分わたしの選択が間違っていただけで、オキテさんと一緒に活動したかったのは確かだった。オキテさんとにか先生みたいな親子の関係性もない。他の人のようなコンビ、タッグで活動する相手もいない。

 そんなわたしが誘えたのは、リアルも知っている赤城さんに、オキテさんに他ならないんだ。ずっと見てくださって、こんなに推してもらって。だからその恩返しがしたかった。わたしなんかを推してくれてありがとうって。

 

「1人でVtuberになって、1人で活動して、これでもかってぐらい周りが伸びていくのを見て。正直辛かった。でもやめようと思ってもやめられない理由に露草さんがいて、わたしの活動を支えてくれるんです。そんな相手だからどんなことにも答えられるようになりたい。だから百合営業だったんです」

 

 1人っきりで、いつ辞めるかも分からない不安定さだったけど、露草さんが、オキテさんが、赤城さんがいてくれたから今もここにいることができる。たった1人、頼れる相手だから。

 

『あたしの、こと。そんなに考えてくれてたの……?』

「変ですか? だって、たった1人のファンですし!」

『……ひっく。ずずず』

「え、オキテさん?!」

『やば。泣いた』

「えっ?! あと5分ですよ?!!」

『ひぐっ……やば……。準備終わんない……』

「わ、分かりましたから! 枠をこっちだけにして、そっちは誘導枠ってことで!」

『ぐす……おけ』

 

 はぁ、もう。本当は言うつもりなんてなかったのに。

 陰キャに「ギャルが頼れる相手です」って言いたくないじゃないですか。その辺の気持ちぐらい察してくださいよ、まったく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:赤の愛情。この気持ちをなんと例えよう

「でもやめようと思ってもやめられない理由に露草さんがいて、わたしの活動を支えてくれるんです。そんな相手だからどんなことにも答えられるようになりたい。だから百合営業だったんです」

 

 Vtuberは脆い存在だ。1つの炎上があれば、1人のVtuberが消えていく。

 脆くて、儚くて。炎上しなくても光らなければ、それはただ広大なネットの海に沈んでいく宝物なわけで。

 音瑠香ちゃんは、青原はそんな中でも必死にもがいて地上を目指した。その最中にあたしっていう光を見つけて、そこに向かって泳いでいた。あたしは彼女を助けたくて、海に潜ったのにどうやら同じく迷子になってしまったらしい。

 でも音瑠香ちゃんっていう光が今度はあたしを照らしてくれて、手を取ってくれて。一緒に上まで上がろうって言ってくれたんだ。そんなの。そんなの嬉しすぎるに決まってる!

 嬉しすぎて涙が止まらない。

 

「ぶぁーーー!!! ムリーーーー!! 泣くの止まんないーーーー!!」

『これからコラボなんですよ?! まだ泣いてるんですか?!』

「いいよ、ずびっ……。始めちゃっても……」

『えぇ……ま、まぁ。時間なので分かりましたけど』

 

 百合営業がどうとか、恋愛ごっこをするとか、そういうのあたしにはまだ分かんない。

 でも分かんないなりに、音瑠香ちゃんが求めているのは恩返しであって、感謝を伝えたいってことは分かった。だからって百合営業をおすすめしてくるのは正直どうかとは思うけど。

 憧れはないわけではない。恋人とか、親友とかに。

 あたしにはたくさん友だちがいるし、舞っていうなんでもだる絡みできる親友だっている。

 けど、青原にはそういうのじゃなくて、もっと別の、トクベツな関係になりたいって思ってしまった。推しとVtuberじゃ物足りなくて、VtuberとVtuberでやっと。じゃあそれ以上は。

 まだ怖い。あたしの、この心の中でくすぶっている煙は燃え尽きた後なのか、それとも……。

 

:お、始まった

:オキテちゃんから

:オキテちゃんから

:オキテちゃんからこんばんはー

 

『えーっと、初めましてこんねる。バーチャルいつも眠たい系Vtuberの秋達 音瑠香です』

 

:何だこのかわいいアバターは?!

:いつも眠たい系ってなに

:こんねるー

:声、落ち着く

 

『えっと、これからコラボっていうことで、オキテさんの方も自己紹介を――』

「うぁーーーーーーん!!! 音瑠香ちゃん好きぃーーーーーーー!!!!」

 

:!?

:キモオタおるて

:オキテちゃん?!

:!?

:キモオタおるが???

:一般オタク混ざってる?

 

「ずびっ……あー、音瑠香ちゃんとコラボできてるぅ~~~!!! 最高……死んでもいい……」

『死なないでくださいよ!!』

 

:草

:草

:草

:ウケる

:何があったwww

 

『え、えっとですね? 配信の前に色々ありまして。気付いたら泣いてました』

「だってぇ! 音瑠香ちゃんがすごくいいこと言ってくれたからぁーーーー!!」

 

 完全に感情が爆発してる状態だ、あたし。

 嬉しすぎてどうにかなってしまったんだ。音瑠香ちゃんは、本当はあたしのことなんてどうでもいいのかもしれない、なんて心のどこかで思ってた。青原と会ってからは特にそう。普段から塩っぽい対応だし、青原本体に関してはいっつも怯えて声まで震えてて、全然正体見抜けなかったし。

 でもさ。ちゃんとあたしのことを考えてくれて、ちゃんと言葉にして口にしてくれる。それって実際問題嬉しすぎて、涙が出てきちゃうんだ。

 

「やば、まだ止まらない……」

『あの、せっかくのコラボなんですけど』

「いいじゃん、同接いっぱい伸びてるし……ずびっ」

『え? うわっ、同接20人超え?! どこから湧いてきたの?! 怖い!!』

 

:怖いって言われたwww

:オキテちゃんから。フォローしました

:オキテちゃん人気だからなー

:絵師さんどなた?

 

『あ、モデルですか? 全部わたしが……』

「そーーーなんだよ! 音瑠香ちゃんはお絵かきすっごく上手くってぇ!! プロ並みなんだよぉ!!」

『い、いや、そんなことは……』

 

:イラスト見せて!

:マジ? クリエーターぢからつよ

:かわよい。フォローした

:今日は音瑠香ちゃんを褒め倒す回と聞いた

緑茶レモン:遊びに来たら、悲惨で草

 

『褒め倒さないし、悲惨でもないから! うぅ、コラボまだ数分しか経ってないのに、めっちゃフォロー増えてるし。嬉しいけどさぁ……!』

 

 そうだ、音瑠香ちゃんはいっぱい。いっぱい頑張ったんだ。頑張った子はちゃんと報われなきゃいけない。あたしもこんなにフォローが増えてて、音瑠香ちゃんが認知されて嬉しい。だってあたしの推しなんだもん。推しには幸せで、笑顔であってほしい。もっと。もっと!

 

「顔うつむいてるから、今照れてるんだよきっと! かわいいねぇ!」

『う、うるさいですよ! そんなことないですから!』

 

:フォローした

:かわいいいいいいいいいい!!!!

:てぇてぇのタワー立つ?

緑茶レモン:オキテ×音瑠香。ふむ……

 

『勝手にカップリングにしないでよ! もう……』

「じゃあこれを気に、コンビ結成しちゃいます?」

『へっ?! 本気で言ってるんですか?!』

 

 いやいや、百合営業を言い始めたあんたが言うのかよ。

 でもこれはこれで、かなりイジり甲斐が出てきたっていうか。音瑠香ちゃんもノリがいいから、ちょっとワクワクしてきたかも。

 

「えー? でもさっきまで百合営業でもしようか、みたいなこと言ってたじゃん」

『そ、それは反則じゃないですか?!』

 

:百合営業?!!

:数分でものすごいてぇてぇを接種してる

:お前ら、結婚するか?

:営業じゃなくてもええんやぞ

:もっと百合しろ

 

「ほら、みんなも言ってるしー」

『さっきまでビービー泣いてたあなたが言いますか?!』

「今は泣いてないですしー、ふふふー」

『……このギャル』

 

 ふふふ、なんとでも言うがいいさ! 今のあたしは無敵モード! ネルカチャンカワイイヤッター成分を接種した完全無敵朝田世オキテなのだ。むしろ夜でもオキテほしい。

 さて、そろそろ本題のゲームに移りたいし、最後の一言でもって、ここを落とすとしよう。

 喉のチューニングをマイクに聞こえない程度にやりながら、目の前にいなくても目線は上目遣い。両手だって顔の前で組んで、そして一言!

 

「あたしじゃ、ダメなん?」

『ぐっ!!!』

 

:アッ!

:心停止GG

:アッ! 死

:天使の顔

:†昇天†

:これはブリってますねーーーー。俺も死んだわ

 

「はい、つーことでこれからゲームするぞー!」

『ちょ、ちょ! 何いまの!!』

「にっしっし、秘密ー!」

『このギャルはぁ……!』

 

 なんだか、自分の心を打ち明けてくれてあたしの心もスッとして。青原の前に張られていた心の壁みたいなものが、少しだけ薄くなった気がした。

 これからはもっと仲のいい友だちとして。いや、V友として! 2人で営業しようね、青原!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:青の唖然。めちゃめちゃ登録者数増えてる

「めちゃめちゃ登録者数増えてる……」

 

 あれ、わたしまだ70人ちょい手前だった気がするんだけど。配信が終わって気付いたら100人超えてる……。超えてるの?!! なんで?!!!

 さっきの配信で30人以上増えたってこと?!

 

『おぉ! めっちゃ増えてるじゃん! 100人おめー』

「なんで、こんなに……」

 

 結果として百合営業は成功したかもしれない。

 と言うより、何故かオキテさんが吹っ切れて傍目から見たら、イチャイチャしてるJKの図にしか見えなかっただろうけど。けど、オタクってこんなに単純なの? 女が2人で会話してるだけで登録者数30人も増えるもんなの?!

 

『そりゃー、音瑠香ちゃんがあたしに百合営業してくれー、って言ってくれたからだもん。このぐらいはトーゼンよ、トーゼン!』

「あなた1回断ったでしょうが?!!」

『何の話かなー?』

 

 このギャル……ッ! わたしがちょっと心を許したと思ったらこんなにもつけ上がりやがって。

 ……ん? わたし、心を許したつもりはないけど、でも自然と会話できてる気がする。

 

「オキテさん、わたしの声、震えてます?」

『うんや。全然! むしろいつもよりテンション高いぐらい』

「でしょうね……」

 

 わたし、いつの間にかオキテさんへの、赤城さんへの苦手意識が薄れていたんだ。むしろちょっと楽しいっていうか。自分にはないものを持っているから、接していてこっちまで明るくなれた気持ちになると言いますか。

 なんか……。

 

「ムカつく」

『えっ、どうした?!』

「いや、なんでもないです」

 

 どう考えたってわたしが悪い。心を許して、変われた気になった自分がこいつのせいだと思ってしまうことが。悔しい。けど、嬉しい。そんなループを繰り返して、ちょっとばかし自己嫌悪。

 まぁ、起こってしまったことはもうしょうがない。取り返しがつかないんだったら、とことん付き合ってやるよ!

 

「それより百合営業、するってことでいいんですか?」

『……あー、そのことなんだけどさ』

 

 と、オキテさんにしては珍しく渋った声を出す。どうしたんだろう。配信ではあれだけ百合営業するかしないか、みたいな話を冒頭にしたくせに急に日和りやがって。

 

『なんというか、あたしも音瑠香ちゃんも、お互いのことあんま知らないじゃん? だからそれまでは保留ってことじゃ、ダメ?』

 

 普段は即断即決、思い立ったが吉日みたいな性格をしているくせに、百合営業に関しては意外と考えていたんだなぁ。それもそうか、ドタキャンで百合営業やめようって持ちかけてきたのは他でもないオキテさんだったわけなんだから。

 確かにわたしはオキテさんのことを、赤城さんのことをあまり知らない。

 何が好みなのか、何が嫌いなのか。ランニングするにしても朝何時ぐらいに起きてるの? とかそういう大雑把で浅いところから始めてもいい。とにかく、お互いのことを知ってからでも遅くはない、というのが彼女の見解なようだ。

 もちろんそれには同意する。わたしもちょうど知りたいところだったし、向こうだってそうだろう。

 だからちょっとした疑問を解消しておくべきだとも思った。

 

「じゃあ、これからコンビというか、タッグでVtuberやるってことでいいんですか?」

 

 それまで保留、なら一緒に居て判断しなくちゃならない。

 ってことはそれまでは2人で活動することも増えるということ。オキテさんはそれでもいいんだろうか?

 でもしばらく考えて、聞いても無駄だったかもしれないな、という気持ちにもなった。次の答えはなんとなく想像がついていたから。

 

『当たり前っしょ! これから音瑠香ちゃんの配信に行くし、モデレーター権限? もあげるし! だからあんたもちゃんと来てよ。あたしのことを推しになってもらわないと困る!』

 

 まぁ、そうなるよね。

 

「分かりました。ならオキテさんにもモデ権あげるので、いつも通り来てください。推しなんですもんね」

『分かってんじゃん! やっぱ音瑠香ちゃんは話が通じるなー!』

 

 もうだいぶ慣れてきたし。

 別に一緒にいることが、とかじゃない。ノリとか、勢いとか、そういうあれだ。きっと。

 

『分かったついでにもう1個。あたしのこと、そろそろタメ口で話してもよくない?』

「えっ?!」

『だって元々青原があたしに対して敬語だったのって、なーんか知らんけど心の壁があったからで、今はそれないんだったら、いらなくない?』

 

 いや。いやいやいや! それはなんというかその。なんかの最終防衛ラインが敬語にあるのであって……。じゃない! 陰キャから敬語を抜いたら、ただの失礼がまかり通るような末法めいた世界観になってしまわないか?! 銃と煙が織りなすスチームパンクアポカリプスの始まりだ。

 

「い、嫌です……」

『なんでぇー?! 音瑠香ちゃんの時はタメ口だったじゃん!』

「それとこれとは別といいますか……」

『別でもなんでもなくない?! はー、青原ってめんどくさいわ』

 

 えぇえぇそうですとも。陰キャはすべからく面倒くさい生き物なんですぅー!

 陽キャでギャルの赤城さんには絶対分かってもらえない領域ですとも。

 

『よし決めた。絶対青原にタメ口言わす』

「こ、こわ……」

『だって、そっちの方が可愛かったじゃん! あたしは可愛い女の子のタメ口聞きたいんだよ!』

「か、かわっ?!」

『青原はもっと自信持っていい。地味だと思ったけど、よく見たら普通にかわいいし。あたしがいろいろ教えたげっからさ!』

「か、勘弁してくださいよ……」

 

 それからおよそ1時間ほどの美容講座を頂いた後に通話を切った。

 また今度。その時はあたしんとこの配信枠でもやろうぜー、と約束をして。

 なんだかんだ、話してて楽しいからずっと喋ってちゃうんだよなぁ。これがギャルの強み。会話の魔術師なのかもしれない。

 

 と、SNSツール、デコードを閉じて寝ようとした矢先だった。1通のメッセージが届いてるではないか。相手は……。あー、悪ノリしてきた女か。

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

百合厨は今日も元気だね

 

 メッセージを打ち返すと、数秒でまた返ってきた。

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

へっへっへ、ごちそうさまです

 

 こいつ……。

 レモンさん、コメント欄にポップしてたけど、やっぱり百合の匂いを嗅ぎつけてやってきたか。というかわたしの初コラボ配信だったから来てくれた可能性はあるけども。

 どちらにせよ心強かったのは間違いない。1つ、本人が百合厨のカプオタクでなければ。

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

音瑠香ちゃんにあんなカップリング相手がいるなんて思わなかったよぉ!

 

:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

別にカプでもなんでもないし。なんか用?

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

茶化しに来ただけ。お茶っ葉妖精としてwwwww

 

 目の前に居たら手が出てしまうところだったかも。

 デビュー当初から仲は良かったし、何度かコラボにも誘われたことはあった。でもFPSゲームはからっきしだし持ってないゲームが多くてできなかったんだよね。

 だから今日という日まで初コラボなどはなく。だからちょっと気まずくはあったんだけど……。

 

「この調子なら、普通にてぇてぇ接種して凸してきただけかな」

 

 百合営業、というか百合というジャンル自体をこの緑茶レモンとかいう幼女から教えてもらったのだ。要するにこいつが戦犯である。

 一応ナマモノだって言うのに、この人は……。呆れながら返事をして、そろそろ寝ることを伝える。もう深夜の1時だし、ふあぁ……。流石に眠気が限界だ。

 

:緑茶 レモン@お茶っ葉妖精幼女

オキテちゃんのこと、大事にしてあげてねぇ

 

「急に年上ぶりやがって」

 

 もちろん、言われなくてもそうするつもりだ。

 ちゃんと友だちとして。わたしの、コンビ相手として、ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章:聖夜のように綺羅びやかな毎日
第25話:青の動揺。神絵師にフォローされた!


第3章です
お仕事の都合上、31話以降は投稿が少しマチマチになるかも……


 月は巡り、12月中旬。

 本格的な冬の寒さに身を震わせながら、もうすぐ冬休みか、と長期のニート期間に期待を寄せる。

 それにしても最近はいろいろありすぎて、少し疲れ気味だ。

 特にあのギャル、もとい赤城露久沙のせいで。最初のコラボが成功したからと言って、翌日「週1でコラボ配信しない?! どうせ暇でしょ? あたしもバイト休みの日にやろうと思ってたからさ!」などと言われ、その圧に押されながらも承諾してしまったのがだいたい3週間ぐらい前。

 それから週1のペースでオキテさんと配信する仲になった。

 

 まぁ、わたし的にはチャンネル登録数が鰻登り、というほど勢いづいてはいないが今は120人と、一時期の倍にまで膨れ上がったことを考える。ふふふ、わたしの承認欲求の獣も湧き上がるってものよ。相手はもうその4倍ぐらいまで伸びてるんですけどね。

 実際オキテさんの配信は面白い。朝活の朝田世配信は元気そうに挨拶してくれるだけで、配信に来てよかったと思わせる。この後あるであろう学校や仕事のやる気を分けてくれるんだから、すごいよなぁ。

 夜のゲーム配信だって、てんわわんやで面白い。

 この前のえぺっぺ配信だって銃を見つけてテンションが上がってるところを襲撃され、何も分からず連射してたらキルを取れてしまうという撮れ高を生み出していた。

 レモンさんも「初心者2人抱えて今度コラボしようか?」なんて言いだすし、色んな人から愛されている。

 

「すごいよなぁ……」

 

 わたしの前ではやたら甘えてきたり、人の弱みや喜ぶところを知ってるんだろうなぁ、って。

 いや、わたしに甘えてくるのはデフォっていうか、わたしは結構迷惑してるんだけどさ! でも構ってくれることは嬉しいといいますか、なんと言いますか。

 

 まぁそんなこんなでもうすぐ終業式。テストも終わり……。はぁ……。期末テスト、終わった……。

 

「青原、なに頭抱えてるん?」

「…………」

「何も言わねぇ。ただの死体じゃん」

「おーきーろー! 青原ー!」

 

 何故か星守さんにも気に入られて、3人で絡むようになったお昼の時間。

 わたしは赤点ギリギリのテストを隠す。非力なわたしでは案の定赤城さんと星守さんに暴かれてしまったわけですが。

 

「うーわ。ひっど」

「青原、マジでイラスト特化型すぎない?」

「だって……。勉強面倒くさいし」

「分かる! 数学のセンセーとか見てると、殴りたくなるもんな」

「それは……、わからないですけど……」

 

 でもわたしは知っている。赤城さんと並んで星守さんも中の上ぐらいには成績がいいことを。

 だから着崩していてもそんなに大きな声で言えないんだよなぁ。テストだけはちゃんとできるので。

 赤城さんに至っては、かなり頭がよくクラス内で5本の指には必ず入ってくる。バイトもしてるのに、その胆力はどこから出てくるんだか。

 

「まーいいじゃんそんなことは! あたし今日給料日だし、せっかくだから美容室行かない?!」

「お、いーじゃん」

「えっ?!」

 

 嫌です。とは言えないんだけど、喉の奥からものすごく嫌そうな声が出た。

 以前美容室に行くという話はしていたが、まさかこんなところで掘り起こされるとは思ってもみなかった。

 だいたいわたしのくせ毛モワモワ三つ編みヘアがショートボブになったところで楽になるとは思えない。

 髪の毛の総量は減るだろうけど、なんかこう。イメージがパッと思いつかなくて。

 

「青原改造計画、第2弾。やっちゃいますか!」

「おもしろそー。って思ったけど、それは2人でやってきなよ」

「なんでよ。舞は来ないん?」

「つゆはその方がいいだろ?」

 

 星守さんがやたら不敵な笑みで赤城さんのことを見る。するとどういうことか。少しだけ頬を赤面させた赤城さんが突然星守さんに暴力を与えた!

 

「んだよ、何すんだ!」

「うるせー! そういうのはいいんだよ!」

 

 はて。いったい今のアイコンタクトで何が起こったというのだろうか?

 ぽへー、っと見ているところに、ポケットでスマホが振動する感覚がした。なんだろう? 赤城さん以外からは滅多に通知のこないスマホなのに。いったい誰から……。

 

「え?」

 

 スマホを開くと、1件の通知。ツブヤイターからだ。

 見知ったIDがフォローしたのを見て、急いでツブヤイターへと向かう。

 

《白雪にか@お仕事募集中 さんがあなたをフォローしました。》

 

「ん、どしたん?」

 

 興味本位で覗いてくる赤城さん。でもその前に発したわたしの一言で引っ込むことになった。

 

「あぁっ!!!!!」

 

 それは声にもならない感激のシャウトであった。

 

「うるさっ。どうしたんマジで」

「どうしようどうしようどうしようどうしよう! にか先生にフォローされた!!!!」

「……あー。なるほど」

 

 なんでそんなにどうでも良さそうな顔してるんだよこのギャル!!

 おま、お前! あのにか先生だぞ?! わたしのリスペクト相手で、普段からイラストの参考にもさせていただいてて、フォローだって簡単にはしてくれないような神絵師様だよ?! それをなんだ、あーなるほど、って! あなたは直接依頼したことあるから相互フォローなだけだろ!!!

 というのを口にしても分かるわけないと思うので、一言こう言ってやった。

 

「親の七光りがっ!」

「それ関係ある?!」

「だってぇー! 赤城さんはにか先生が公式絵師だからフォローされるのが当たり前だと思ってるかもしれないけど、わたしにとってはそうじゃないんだよ! これはむしろどこからやってきたのかよくわ、からな……」

 

 ……赤城さんの顔を見る。ニマニマしてた。さっきも言ったけど、赤城さんのVの姿。朝田世オキテの公式絵師はにか先生だ。

 そして赤城さんはわたしの配信では露草という名前で昔からリスナーをしていた。確か前に聞いたことあったよね、好きなイラストレーターは誰? って言う話を。

 まるで点と点が豪速球で弾き飛ばされる感覚。その答えは、この目の前にいるギャルの仕業なんじゃないかって。

 

「あ、ああああ、あなた! もしかしてわたしの事話した?!」

「もっちー」

「あああああああああ!! 親の七光りなんて言ってすみませんでしたーーーーー!!!!」

「あはは、青原。イメージ壊れるからその辺にしておきなって」

「あっはい」

 

 ともかく。まさかにか先生がフォローしてくださるなんて思わなかった。

 これで公に絡む、なんてことはしないけど、また後方腕組み音瑠香として活動に励みが出るというものだ、うんうん。

 

 と思えばまた通知だ。ん? あなたの呟きを白雪にか@お仕事募集中さんが拡散しました?

 まただ。また。2つ3つとわたしの作品がにか先生によって拡散されていく。待って?! わたしなんかした?! なんでこんな事になってるの?!

 

「うわすっごー。拡散止まらないじゃん」

「赤城さん。わたしたち仮にもVコンビですよね?」

「仮にも、は余計かなー」

「なんとか止めてください。わたしにか先生が怖いです!」

「あー。あはは。あの人、こんな感じだから」

 

 うわ、ドンドン拡散とフォローといいねがついていく!

 うわっ怖い怖い怖い! 現代のホラー現象だ!!!

 そんな最中にお昼休み終了のチャイムが鳴るのだから、本当にやめてほしい。だって今、恐ろしい出来事が起こってるのに、ここで生殺しって、マジですか?!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:赤の謎心。危なっかしい妹枠だよ彼女は!

「赤城さん、どうしよう……」

「どうしようって、なんもなくない?」

「なんもないことないですよ! あのにか先生がフォローして拡散してくれるなんて……」

 

 でも今一緒にいるのはあたしなんだけどなー。

 って、なんで重たい女みたいなこと言ってんのさ、あたし! 青原は音瑠香ちゃんであり、音瑠香ちゃんはあたしの推しなんだ! だからそれ以上もそれ以下もない! 推しが幸せそうならリスナーのあたしも幸せ! 終わり!

 

 ただ、友だちとして言うのであれば、あたしと一緒に美容室行くって言うのに他の女にうつつを抜かしている今の状況はあまり楽しいものではない。

 電車に乗っている最中もスマホだけを見て一喜一憂している姿だけで、あたしと話そうという気配すら感じなかった。

 どうせ青原のことだから「美容室って何? 床屋行けばいいじゃん」とか「美容室怖い……。よよよ、陽キャの巣窟……っ!」って言いだすと思ってたのに。それを笑い飛ばして、あたしが青原を勇気づけるまでがワンセットだと思ってたのに。

 蓋を開けてみればこれだ。例えVの姿のママと呼ばれる存在であったとしても、なんとなくつまらなかった。

 

「でも、なんでにか先生がわたしのことをフォローしたんだろう」

「イラストが気になったからじゃない?」

「…………」

「何さ、そんなに黙って」

 

 急に隣に座っていた青原がこちらを見る。

 素体はいいけど、今はちょっとそんな気分にはなれなかった。

 どちらかと言えば、あたしのことはほっといてにか先生のことでも考えていれば? という塩っぽい態度になりかけていた。

 

「なんか、今日の赤城さん。ちょっと怖い」

「怖いって、何が」

「お、怒ってたりします? わたしなんかしました?」

 

 そんな捨てられたポメラニアンみたいな顔されても困るのはあたしだっつーの。

 別に怒ってなんかないし、むしろ何かしたのはにか先生の方だ。あたしと青原のデートの日にフォローなんてするなっつーの。

 逆ギレもいいところだし、むしろ穏やかじゃないのはあたしの方だ。だからこの怒りを飲み込むべきなのはあたしの方。なんだけどなぁ……。

 

「なんで怒ってるか、当ててみ?」

「えぇ?!」

 

 とりあえず目の前にいる青原、もといあほ原にこの怒りをぶん投げることにした。

 年上の女性がする「私、何歳に見える?」と同じような手口で、これであたしも面倒くさい女入りか、と密かに頭を抱える。まぁ、友だちとして。コンビとして、相手を綺麗にしようって言うのに他のことで手いっぱいになる方が悪いってことで!

 

「えー、っと……。わたしの存在自体が……っ!」

「なんでもう泣きそうになってんのさ! それはない! ありえないから!」

「じゃあ……。この前、わたしと赤城さんがカップリングされてたことを密かに黙ってたこととか……?」

「なんそれ、流石に初耳なんだけど?!」

 

 まぁまぁ。百合営業するって宣言した以上、そういう声が上がってくるのは間違いないんだけど。

 なんだろう、この子とはムリ、っていうか。いや違う。ムリとかじゃない。あたしのことをいつも気遣ってくれる青原、もとい音瑠香ちゃんはとてつもなく魅力的だ。

 でも魅力的だからこそ、こう。あたしと音瑠香ちゃんがカップリング相手にされるというのが、微妙に解釈違いと言いますか。

 あたしは無償の愛を送ってるんだから、そこに見返りとかそういうのはいいから、みたいな、そんな感じだよ、うん!

 

「友だちの百合厨に聞いたし、エゴサしたから間違いないです」

「てか、マジでいるんだ……」

「Vtuber界隈って2.5次元みたいなところありますし、闇の深い話題はいろいろありますよ、ふふ」

 

 なんだろう、突然青原の背後からどす黒い何かが生まれそうな気がしたが、きっと気のせいだと思う。半年続けるだけでも大変なVtuberなんだから、何かとトラブルに巻き込まれたりしてないといいんだけどなー。

 ……。いや、音瑠香ちゃん知り合い少なかったからあまりなかったのでは?

 

「まー、あたしからそれ聞くのはやめとくわ、うん」

「オキテさんの方がいっぱいありそうですけどねー」

 

 まぁいろいろあったけど、全員スパムってことで処理したしいっかなって。

 そういえばあたしとようやく目線を合わせて話せてくれるようになったな。さっきまでスマホに夢中だったのもあったけど、晴れてコンビデビューしてからというもの、よく目線が合うような気がして。

 なんか嬉しいんだよね、我が子の成長みたいで。子供でもないし、どっちかというと妹。そう! おっかなびっくりな妹みたいな危なっかしさとかあるし! あたしの愛情はそういうところからあるんだろうなー、なーんだ。さっきの嫉妬みたいなのは何か事件に巻き込まれないか、っていう不安だったか! はっはっは!

 

「別になんもないよー! 表に出すことなんて、ほとんどない!」

「怖いなぁ……」

「怖くねーし! そんなことより次の駅で降りるから!」

「了解です」

 

 さーて、まずは書店でも行ってファッション雑誌を買ってー。それから似合いそうなカットを美容師さんに依頼しよう。こういうのは参考資料があってなんぼ、みたいなところあるでしょ!

 

 電車を降りて、駅を出るとビルとビルの間。やっぱこの辺は都会だなぁ。高い建物がいっぱいある。

 あたしも一介のギャルやってるつもりだけど、一歩外に出たらこうやってオシャレな女性がたくさんだもん。

 あのお姉さんとかゆるくまとめたセミロングが歩く速度に応じてふわふわ揺れているし。

 あっちはショートカットかな。いいなぁ、あんなかっこいい女の人とお近づきになりたい。

 っと、そういう話ではなかった。隣でキョロキョロしている青原の手を掴んで、書店のあるビルを目指す。

 

「こっち! ほら、着いてきて!」

「あっ、はい……」

 

 青原の手、めっちゃひんやりするな。イメージ通りって言うか、冬とか冷え性で大変なんだろうなー。などとどうでもいいことを考えながら、あたしたちは手を繋いで黙々と人波をかき分けていく。

 青原って人混みとか絶対苦手そうだし、見るからに一人がいいです、って顔してるしな。無茶はするなとは思うけど、そういうのはもっと慣れていかないとダメだと思うなー。って、誰目線なんだか。

 

「おぉ、でっか……」

「ここ、結構大きなお店だからね。いろんなのあると思うよ」

 

 大きな棚に入っているのは面だしされた雑誌や所狭しと並べられた本の数々。

 まさしく文系の聖地。青原族がよくいそうな巨大な書店だ。

 あたしも時々勉強の解説書や雑誌を買いに来るときに立ち寄るところだ。いろんなものがあって目を引くんだよなー。このメモ帳とかめっちゃ可愛いし。

 

「わたし、ここ来たの初めてかも」

「そうなん? めっちゃ来ると思ってた。ほら、イラスト関連で」

「実はあんまり参考書とか買わなくて。ほぼ独学だから」

 

 それであの画力だからドン引きなんだっての。いやすげーんだけどさ。

 どこをどうしたらあんなプロレベルのイラストを描けるんだか。

 

「じゃあいろいろ見て回ろうよ! 美容室行った帰りにでも!」

「いいの?」

「うん! 今日はあたしのおごりだー!」

 

 何せご機嫌ですからねー。へへーんだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:赤の謎心。顔がいい陰キャはとりあえず美容室行け

 それからいろんな雑誌を見て回ったんだけど、青原の奴はあたしが言ったショートボブ以外勝たん、みたいな思想になっていた。なんでそんなに偏るんだか。青原だってもっとちゃんとオシャレしたら可愛くなるだろうに。

 

「いいですよ、わたしはそんな。ファッションとかあんまり、分からないので」

 

 とか、言って何かと避けたがる。

 若い女の子がどうしてそこまで避けるんだか。青原って意外と頑固だったりするのだろうか。

 そんな腐った性根、あたしが叩き直してやる!

 

「これとかどうよ!」

「いや、えっと……」

「イマイチそうだなー。じゃあこれは?!」

「そ、そうじゃなくって……」

 

 なんだなんだ。やっぱりダメなのか?

 あたしのファッションセンスもあまりイカしてないと言いたげだな。むしろ青原がどんなセンスをしているか気になりはする。

 でも思い返してみればあたしって青原の私服姿、見たことないんだよね。あるのは制服姿とVtuber秋達音瑠香ちゃんの姿だけ。制服だってきっちりとまともに着飾っていて、まさに優等生の風貌。頭はからっきしだけど。

 音瑠香ちゃんの姿だって、美術系の大学生が着ていそうなエプロン。それから下は寝巻き姿と結構突拍子もない服装はしてる。

 もしかして、センスが無いのは青原の方では?

 

「そうじゃなくて、なんなのさ」

 

 だから聞いてみる。結局何かゴモゴモと言いかけているのであれば、あたしの方から聞かなきゃ一生言えずにいるから。1人じゃ自分の意見もまともに言えないなら、確かに陰キャと呼ばれるだけのことはある。

 でもその後に続く言葉は、あたしも確かに言えないな、というものだった。

 

「赤城さんがおすすめしてくれた髪型にしたいなぁ、と……」

 

 恥ずかしそうに、顔をうつむかせながら、彼女はそう言う。

 なんだよ、そうならそうって言ってよ本当にさぁ。イラつくとかそういうのじゃなくて、青原の場合は背中をくすぐられるようなか細い声で、推しみたいな声で恥ずかしいことを言うから良くない。

 もっとハキハキ喋ってよ。でないと、なんか。もうなんかすごいもやもやする!

 

「……んだよ。じゃあさっさと美容室行こっ!」

「あぁ、ちょっと待ってくださいー!」

 

 そういうところが苦手って言うわけじゃない。

 ただただこそばゆい。くすぐったくて、胸の奥に直接触ってくるような……。わっかんないけど、言われてるこっちも恥ずかしくなるっつーの。

 

 そんな奥の方で煮詰まった気持ちを12月の寒さに溶かしていく。

 はぁ、もう少しでクリスマスか。今年はどうしようかなぁ。やっぱりVtuberとしてはクリスマス配信とかするべきなんだろうか。恋人も居ないし、友だちも彼氏とかいる連中だから、気がれなく誘えるのって舞ぐらいなんだよなぁ。

 

「そういやさ。青原はクリスマス、配信とかするん?」

「……あー、そういえばそんな時期でしたね。全く考えてませんでした」

「まぁ、音瑠香ちゃんの配信って、良くも悪くも年中いつも通りだしね」

「そうです。赤城さんの方は?」

「んー、わっかんない。どうしようかなーって」

 

 周辺のVtuberはもう早くも準備を進めている人が多い。

 例えば歌枠とか、特殊なゲームイベントとか。あとはパーティ? そういう企画物まで。

 あたしもファンのみんなとクリスマスパーティしたいけど、なんかこう。これだー! って言うものが見つからなくって。

 

「だからあと2週間ぐらいなのに、モヤモヤしてんの」

「にか先生に頼んでクリスマスのイラストとかは?」

「まずあたしのお財布がすっからかんだし」

「Vtuber始めるのにどんだけ使ったんですか……」

 

 聞きたいか? って言ったらブンブンと首を振られた。そりゃそうだ。あたしも言いたくない。

 でも、できれば青原と、音瑠香ちゃんと何かができればいいなぁ、とは思ってる。

 ほら! コンビだし、百合営業だし! クリスマスってうってつけの期間にビジネスライクがウケないわけがない。

 

 っと、そんなこと言ってたら美容室に着いちゃった。

 

「…………っ!」

「なーにブルってんのさ」

「い、いえ。ここから先は魔界なので……」

「いやフツーに美容室だって」

 

 相変わらずこのノリにはついていけないけど、楽しいからいいやという気持ち。

 というか、このモードに入った青原はちょっとかわいそうだがかわいいので、そっとしておくに限る。

 迷子になった子供のような青原と店内に入って、あたしが案内。とりあえずバッサリ切って整えて、ショートボブにしてください的な。あとはお任せ。

 待合スペースで雑誌を読む。もちろんちらっと見たらこれから改造されそうな人間みたいな顔でこっちを見てくるし。ウケる。

 あ、でも美容師と喋るのはよくなかったかもしれない。

 

 数十分後。げっそりした顔ですっきりした髪型の青原がそこにはいた。

 

「ごめんごめん! 美容師さんに言うの忘れてたわ」

「…………」

 

 返事がない。答える気力もないようだ。

 これはあたしが悪かったし、あとでワックでも行ってジュースでも奢ってあげるとしよう。

 

 でもそっか。これがショートボブな青原かぁ……。なんかすごく清楚に見える。

 黒く癖が付いていた髪の毛は美容師さんのおかげか、毛先でクルンと内側にまとまっている。

 元々の顔の良さがそうだったけど、眉毛も一新。細眉になった青原と赤ふちの眼鏡の相性は抜群だった。

 うわ、かわよ……。

 

「ん? 行かないんですか?」

「っ! あ、うん! 行く行くー! あはは……」

 

 首をコテン、と傾ければ仕上げたてのショートボブが揺れる。

 これ、マジでヤバ。あたしが手を加えれば加えるほど、可愛くなるんじゃなかろうかこいつ……。

 あたしは今、化け物を生み出してしまったかもしれない。かわいいの権化たる、怪物を……!

 てか、言わなきゃいけないよね。ここまで来たら。かわいいって一言。そう、一言だけでいいんだ。やりゃーできんじゃんって。もっとかわいいって言えば、自発的にファッションに興味が出るかもしれないし。

 

 美容室を出て、書店まで戻る最中でいいんだ。それで……。

 

「うーん、いろいろあるなぁ……」

 

 書店まで着ちゃったよ。しかもそのままイラストの参考書エリアまで来てるし。

 てかめっちゃ数多い。そんなにあるのかイラストの参考書ってやつは。かっこいい系から可愛い系。デフォルメ? とか等身。なんのこっちゃ。果ては3Dとかもうわっけかんない。

 

「悩む……」

 

 青原の奴、めっちゃ真剣に考えてる。

 そんな真面目な顔する人だったっけ。もっとぼーっと虚空を見つめているか、机に伏せっているからどっちかだと思ってたけど。

 美容室行ったあとだから、めっちゃ顔が良く見える。こんなに可愛かったっけ?

 

「……ん? どうかしました?」

「へっ?! い、いやぁ? なんでもないけど!」

「……そうですか」

 

 あぶな。黙って顔見てるのがバレるところだった。

 てかマジで今日のあたしどうしたんだよ。急に不機嫌になったり、かと思えば青原の顔ばっか。これじゃあ……。

 いや、これ以上先はありえない。マジでありえないから!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:赤の嫉妬。彼女を理解しているのは

「はぁー……結局言えなかった」

 

 家に帰れば温かいご飯と家庭が待っていて。

 でも今日のあたしはそんな暖かさじゃ埋まらない、ポッカリと空いた心でボンヤリツブヤイターを見ていた。

 あたし、どうしちゃったんだよ。いつもならかわいいとか、好き! とか言っちゃうはずなのに、今日だけはそれが言えなかった。

 青原がにか先生にフォローされたのだって、本来は嬉しいことのはずだ。でも素直に喜ぶことができなくて、自分で自分が分からなかった。

 

「かわいい。音瑠香ちゃんはかわいい。青原だって見た目を整えたらちゃんとかわいい。そこに違いはないはず」

 

 否が応でもVの姿とリアルの姿が混同してしまうけど、ある種別人なわけで。

 音瑠香ちゃんはVとしての性格や姿、立ち振る舞いというものがある。青原だって、他人から見たらお粗末かもしれないけど、れっきとした根っこがあるわけで。

 それが同じかどうかなんて言われたら、違うと言い切れる。けど、青原と音瑠香ちゃんは同じ人物であるわけで。でも、あーーーーーー!!!!

 

「わっっっかんない!!!!!」

 

 自分でもどうしたいのか分からなくて、頭をくしゃくしゃと掻きむしってベッドに身体を放り投げる。

 なんかすっごい言い訳してる気分。こんなことだったら青原=音瑠香ちゃんって知らなければよかったとすら考えてしまう。

 けど違うんだ。音瑠香ちゃんがいたから青原と知り合って話せているわけで。

 あたしにとって、青原は……。

 

「好き……。いやいや、そんなんじゃないし」

 

 音瑠香ちゃんは好き! これは断言して言える。

 けど、青原は……。どっちかと言えば放っておけないがメインだと思う。

 1人じゃ誰にも話しかけることもできないし、何考えてるか分かんないことだってある。だからあたしはお姉ちゃんだ。青原の事を妹ぐらいにしか見てない。そう、そのぐらいには好きだよ。

 だから百合とか、そんなんじゃないし……。

 

「はぁ……。今日、配信予定とかなかったけど、どうしようかなー」

 

 ポチポチとツブヤイターのアンケート機能を取り出して呟く。

 内容は今から配信やるけど、何が見たい? という質問だった。

 選んだのは無料でもできるゲームとか、雑談とか、そういうのを選んだはずなのに返ってくる内容は音瑠香ちゃんとのコラボとか、音瑠香ちゃんにまつわることばかりだった。

 

「やんねーよ、ばーか。音瑠香ちゃんはそこまで暇じゃないっつーの」

 

 そういうところやぞ、オタクくんの悪い癖は。

 でも、まぁ。みんなが期待してくれてるんだったら音瑠香ちゃんに連絡してもいいよね。突発コラボとか、みんな喜ぶだろうし。へへっ。

 よーし、さっそくデコードで音瑠香ちゃんに相談だー! 音瑠香ちゃん、というか青原はロインよりも何故かこっちの方が反応いいからなー。

 

「えーっと『今からコラボやんない?』っと」

 

 音瑠香ちゃん、今オンラインみたいだし返事はすぐ返ってくるだろう。

 あたしはさっさと配信の準備でも始めて、っと。もう返ってきた。

 

『にか先生にイラストのコーチングしてもらうことになったから、ちょっと難しいかも』

 

 ふ、ふーん。まぁ。そんなこともあるよね。

 あるか? あの音瑠香ちゃんが尊敬している人相手に積極的に立ち回れるようなキャラしてたっけ? いやしてないよね?!

 じゃあにか先生の方から? ……ちょっと聞いてみよ。

 

「いま、音瑠香ちゃんにコーチングしてるってマジですか?!」

 

 なんか、もやもやする。分かんない。別にあたしが関わってなくてもなんらおかしいことはないはずなのに。そうだよ、2人にはイラストっていう共通点があるわけだし。にか先生が結構グイグイ行くキャラだから、それで自然と繋がっただけ。仲良くなっただけだから、あたしが気にする必要なんてないんだ。

 なんだけど、つい自分の胸ぐら辺りの服を掴んでしまった。

 よく分からない。胸の奥の方が、妙にざわつく。今、音瑠香ちゃんとにか先生が二人っきりなんだと思うと、無性に邪魔したくなるような気持ちというか、間に入りたくなってしまう。

 なんだよこの面倒な感情。意味分かんない。頭では理解してるはずなのに、身体のどっかが全然納得してない。いっそ誰かに話してしまおう。舞辺りならきっと反応してくれるだろうし。

 

 と、考えているところににか先生からのメッセージが届いた。

 内容は、こんな感じだった。

 

『うん、してるよぉ~。音瑠香ちゃんいい子だね~』

 

 ま、まぁ! あの子はそういうところあるしな。初対面じゃあんまり語らないようなタイプだし。

 

『でもやっぱりイラストは一流っていうか、独学でここまでたどり着いたのはすごいねぇ~。たくさん褒めてあげたら、コーチングして~、って頼まれちゃった!』

 

 音瑠香ちゃんの方から? で、でもイラストは一流なんでしょ? じゃあ教わることなんて……。いや、音瑠香ちゃんって異常に自己肯定感低いんだ。そのぐらいも理解してないレベルで、あの子は、あの子は……。

 

「……はぁ。配信しよう」

 

 もう自分で自分が何を考えようとしているのか分からない。

 少なくとも理解できるのは、音瑠香ちゃんを、青原を理解できているのはあたしだけなんだ、っていう驕りと、現実問題評価されれば、彼女は遠くへ行ってしまうかもしれないという危うさだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:赤の配信。語らないタイプのオタクだよね

「おきてーーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよ!」

 

:夜だよ

:夜(定期)

:朝だね(夜)

:起きたーーーーーーー!

:朝だよ(夜だよ)

 

 いつものように配信を始める。ゲリラ配信だというのに、たくさんのオタクくんたちがそれぞれ挨拶してくれている。……いや、挨拶か、これ。毎回思うけど、やっぱり夜用の挨拶も考えた方がいいのかな。

 

「オタクくんたち、ゲリラだってのに来てくれてありがとね!」

 

:オタクくんは暇だから

:推しの配信であれば駆けつける

 

「めっちゃ嬉しいわー! んじゃ、今日はゲームすっから! えぺっぺね!」

 

:オキテちゃんのゲーム配信かぁ……

:割とレア

:オキテちゃん、ゲームできたんスカ?

 

 失礼な。あたしだって色んなゲームを触ってきたことあるし、えぺっぺだってやったことあるもん。めっちゃ銃撃てる。かっけー、って!

 

:ダメかもしれない

:初ゲーム配信のダークブラッドで割とお察し

:あれは、いいゲームでしたね……

:魔女の館とかも結構悲惨だったな

 

「うるさいぞ、オタクくん! あたしだってやりゃぁできるってことを、教えてやるよ!」

 

 そんな感じでゲームを始め、操作の確認がてらチュートリアルを進める。

 お、意外と操作感覚えてるもんだ。結構スムーズに銃を撃ててる! かっこよあたし!

 

:なんかぎこちない

:コントローラー?

 

「いや、キーマウ」

 

:そっちかー

:移動がぎこちないと、すぐに死ぬのでは?

:動きがカクカクしてる

 

 んー、なんか有名えぺっぺ配信者と比べたら! かなり。確かに! ぎこちないかもしれない。

 でもこれは許容の範囲内っしょ。ふれーむれーと? とかも前に音瑠香ちゃんに聞いたら大丈夫だって言ってたし。何故かえぺっぺのことだけは詳しかったからなぁ、あの子。

 さてまぁ、チュートリアルも終わり、早速カジュアル戦のマッチングへと入る。人口がかなりいるのか、すぐに始まるとそこは飛行機の上。これからあたしたちは3人1組のチームを組んで、地上に降りた部隊を全員殲滅すれば勝ち、というルールだ。

 まずは地上に降りてから、えーっと武器を見つけなきゃなんだよね。えーっと……。

 

:動きがおばあちゃん

:おばあちゃんでもよく動く

:指示厨湧きそう

 

「あ、あれか! えーっと、弾は……」

 

 その時だ。いきなり鳴り響く銃声。ヘッドホンから劈く火薬の音があたしを驚かせた。

 

「ひうっ!!! なになになになに?!」

 

 動揺してマウス操作を音がした方向へと定める。銃口と、目と目が合った。

 

:あっ

:あっ(察し

 

 あれはアサルトライフルと呼ばれる連射銃だろうか。連続で火花が弾き出されると、銃弾がバラけながらもあたしを一点に狙いながら襲いかかってくる。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」

 

 背を向けた瞬間、弾が命中。シールド耐久値とHPがガリガリ削られていく。

 逃げなきゃ……。その瞬間、この場にいるのはサバンナの草食動物と狩人だけだった。好機と思った相手は、そのまま接近してきてアサルトライフルを乱射。あたしに収束していく弾丸を逃れることができず、そのまま……。

 

「死んだーーーー!!!」

 

:草

:草

:早かったじゃないか……

:RTA走者

:草

 

「いや、あれは運が悪いって!! あははは!!」

 

 なんだ。意外とちゃんと配信できているじゃないか。この調子なら1時間ぐらいゲームして、そのままちょっと雑談してから配信終了すれば、あたしの気分だって丸く収まってくれるかもしれない。

 現に今は別のことに集中してるから胸の奥のもやもやなんて全然ないし! よかったよかった。これで明日もちゃんと青原と会話できそうだ。

 

「よーし、次行こう次!」

 

:負けても気分良く続けられるの偉い

:弱いけどつよいギャル

 

「おーい、弱いとかいうなし!」

 

 でも、もうちょっとゲームの強い配信者、というかギャルになりたい。

 アニメばっかでゲームとかからっきしだったからなぁ。……ってあれ、あたしがアニメ好きな話ってしたことあったっけな?

 ちょいと聞いてみたところ、返答は知らないばかりだった。

 

「あー、そっか。あんまり話してなかったね」

 

:どんなアニメが好きなの

:ギャルが好きなアニメ、気になります!

:サブカルに強いギャル

 

「どんな、っていうか。大体バトルものかなー。あ、あとなろう系も結構好きよ! あの何とも言えない感じが!」

 

:何とも言えない感じ

:分かってしまうのが悔しい

:例えば?

 

「勇者一行だったけど、身内の嫉妬からパーティを追放されちゃって。そこからスローライフ始めたら、昔好きだった女の子と出会う、って話があってね? 名前は、えーっと……スロ勇だったかな」

 

:あれ好き

:なろうの中でも結構好き

:マイナーだな

:知らんやつや。今度見てみよ

 

「あとは破滅する悪役令嬢に転生しちゃったから、なんやかんやするけど結果としてみんなから人たらしと呼ばれる事になったやつとか」

 

:急にメジャーなのになったな

:今度映画やるやつか

:フラグ折ろうとしたら、元々なかったフラグが立ったやつね

 

 みんなとこうやってアニメの話できるとは思ってなかったなー。

 あたしはあたしが好きなアニメの話してるけど、それについてみんな詳しかったり、逆に知らないから興味出てきた、みたいなオタクくんもいるしなんだか新鮮だ。

 

「はぁ、音瑠香ちゃんともこういう話したいなぁ……」

 

:おっ!

:出たな

:呟いてくぅ!

:百合営業始まったな

:音瑠香ちゃんとアニメ雑談しろ

 

「え、いま音瑠香ちゃんの話した、あたし?!」

 

 無意識レベルで呟くとか、どんだけ音瑠香ちゃんのこと好きなんだよあたし。でも音瑠香ちゃん、もとい青原とそういう話ってしたことなかったかも。あの子、実際アニメは見るんだろうか。学校で話しててもアニメ関連の話を一切しないし。普通にオタク文化を知らないギャルだと思ってるのかね、あいつは。

 

「まぁー、したいかしたくないか、って言われたらしたいけどさ。音瑠香ちゃん、配信ではあんまり喋らないし」

 

:それ

:アーカイブ追ってるけど、マジで喋らなくて草

:落ち着くけど、虚無

 

「ほんと。もっと自分のこと言ってほしいよ……」

 

 「わたし、ちゃんと可愛くなれましたか?」とか「どうですか、赤城さん?」とか。

 そういう風に尋ねられたらちゃんとうん、かわいいよ、って言えるのに。結局照れてるだけで、何も言ってこないし。

 承認欲求がどうこう、とか言うならまず自分から発信しろっつーの。

 

:オタクちゃんだからな……

:オタクには2種類のオタクがいる。自分語りたがりと、めちゃくちゃ寡黙なやつ

 

「そうそれ! 音瑠香ちゃん、自分のこともっと語ってほしいわー」

 

 なんか方法がないものか。自発的に語らせる方法。うーむ。

 

「……って! もう時間じゃん!」

 

:うそやん

:え、終わっちゃうの

:いかないで

 

「ムリー! 明日も学校だし! じゃ、みんないってらっしゃーい!」

 

:いってらっしゃい(オフトゥン

:ベッドにGO!

:おつー!

:お疲れ様ですー

:お疲れさまでした

 

 配信を切ってから、あたしは一通りの片付けをして、パソコンの電源を切った。

 それから落ち着いて、ベッドに沈む。あとでお風呂とか明日の準備とかしなきゃなー、ということを考えながら、ふっとさっきまで忘れていたことを思い出してしまう。

 

「はぁ、今ごろにか先生と一緒かー」

 

 配信をして多少薄まったとは言えども、やっぱり引っかかってしまう。

 二人っきりで何を話しているんだろう、とか。やっぱりあたしのことを尋ねていたりするんだろうか、って。

 あー、やめやめ! こんなの考えてたら頭がどうにかなっちゃう!

 よし! さっさと準備準備!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:赤の理由。逃げるのは恥の上塗り

「はっ…………はっ…………」

 

 走る。走る。ただ無心で。

 12月の寒い早朝。いつもの河川敷をただひたすらに走る。

 いつもの日課だから。という理由で、半ば寝不足気味の身体を無理やり動かし、早朝のランニングを続けていた。

 寝不足な理由。なんとなく分かっている。でもそれを認めたら、なんだか今あるものの形が変わってしまう気がして。悶々としてしまい、今に至る。というわけだ。

 このランニングが終わったら、帰って朝活の準備をして……。でもあー、なんか。今日はどうでもいい気分だ。学校に行くのも面倒くさい。走るのもかったるくて、段々走る速度も落ちていく。

 

「はっ……はぁ……」

 

 頭の中が青原でいっぱいだ。

 音瑠香ちゃんで頭がいっぱいになることはあっても、青原がなんて訳分かんなくて。

 い、いや。結局のところ、青原にかわいいって一言でも言えなかったのが悔しかっただけじゃん。ただ言えればいい。それだけで青原のことなんかどうでもよくなるはずなんだ。

 はずなんだけど、それは違うと冷たい風が火照った身体を、頭を冷やす。

 

「さむ……」

 

 どうして言えないんだか。なんでだろう。

 

 ◇

 

「なんでだろうなー」

「うわ、面倒くさそうなのきた」

 

 でもあたしはそんな事をいつまでも1人で悩む質でもない。とりあえず相談できそうな舞に話を聞いてもらうことにした。もちろん青原が登校してこない内に。

 案の定舞はすっごい嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。これはあたしにとってすごく大事なことなんだよ! だから無視すんな!

 激しく肩を揺らしたら、反応してくれるでしょ、絶対。

 

「うわぁぁぁわわぁああああ、やめろーーーーー!!!」

「やめない! 話聞いてもらうまで!!」

「分かった! 分かったから!!」

 

 ほらね、言質取れた。

 

「てか解決方法なんてかわいいって言えばいいだけじゃん。はい終わり。終了。閉廷。アタシこれからトイレがあるから」

「待って。トイレは3分前に行ったっしょ……?」

「…………はぁ」

 

 絶対に逃さないからね、舞!

 なんとか話を聞いてもらわないと、なんと言いますか。その……。青原と次に顔を合わせた時が気まずいんだ。

 

「確かに舞の言う事は一理あると思うんよ。でも相手は青原で、普段から褒められてないような地味女なわけ。そんな奴があたしから不意打ち気味に『髪切った? かわいいね!』って言える普通?! 言えなくない??!」

「言えるでしょ。このヘタレ」

「言えないでしょーーーーー!!!」

 

 くっ、こいつはいつもそうだ。なんで舞は平然と正論をぶつけられるんだ。それで友だちやめてった相手がどれだけいると思ってるのさ!

 あたしはそういう裏表がない相手だから友だち付き合い続けてるんだけど、ヘタレはないでしょ。ヘタレは。

 

「言いたいなら言えばいいじゃん。アタシにはどーも、回りくどく見えるんだよね」

「……何が」

「なんでもない」

 

 回りくどいって、さっきも言ったように青原は褒められ慣れてないからそういう気遣いをしているわけで。

 冷静に考えたら確かに回りくどいけど。でもさ。面と向かっていうのは恥ずかしい、し……。

 ……あれ? かわいい、って言うだけのことが恥ずかしいの、あたし?

 

「つゆが薄っぺらい理由を並べて、かわいいって言いたくないだけでしょ、それ」

「いや、そんなはずは……」

 

 青原にかわいいって言いたいに決まってる。

 でもいま問題にしてるのは、どうにかして自然な空気感じゃなきゃかわいいって言いたくないことだ。どうしてって、そりゃああたしが言うのは恥ずかしいから、ってわけで……。

 じゃあなんで恥ずかしいの? ……なんでだろう。

 

「あー、めんど」

「な、何がさっ!」

「そんなことはさっさと青原に言ってやれ。おーい、青原ー!」

「ちょ! 舞?!」

「えぇっ?! な、なんですか……?」

 

 ちょうど登校してきた青原が教室に姿を見せる。

 あ、今日の怯えた姿もかわいい、じゃなくって! なんてことしてんだこの女?!

 舞に声をかけられると、恐る恐るとスクールバッグを両手で握りしめて近づいてくる。

 ドクン。ドクン。何故だか心臓の鼓動の音が速くなる。ど、どうしたんだ急に。気付けば顔もすごく熱いっていうか……。

 

「な、なんでしょう、星守さん……」

「つゆが何か言いたいってさ」

「「へっ?!!」」

 

 教室中にあたしと青原の声が響き渡る。他の生徒たちも何だ何だと声をまばらに上げていた。

 ど、どうしよう。この舞とかいう女、絶対に言わなきゃいけないような状況にしやがって。あとで絶対ジュース奢ってもらう。

 じゃなくて! い、言うんだ。青原に、かわいい、って。そのショートボブスタイル、似合ってるよ、って。

 

「あんなかわいい子、うちに居たっけ?」

「高校デビューじゃね?」

「まだ冬休み始まる前やぞ」

 

 無神経な声の数々が自分にやや冷静さを取り戻してくれる。

 そうだ。あたしはこれでもクラスカーストが上の方。あたしが青原のことを認めてあげなきゃ、クラスの中で浮いた存在になってしまう。今までの空気みたいな扱いじゃない。もっと別の、おぞましい悪意に晒される。

 嫌だ。青原をそんな目に合わせたくない。

 じゃあどうする? 言うしかないだろ。あたしが――。

 

「え、えっと……」

「髪!」

「え?!」

 

 絞り出した声はあまりにも唐突すぎる声で。

 自分でもそのどもり方が憎らしく思えてくる。

 それでも伝えなきゃいけない時がある。不器用でも、前に進まなきゃいけない。それが、今なんだ。

 

「髪、切ったんでしょ? か、かわいいじゃん……」

 

 い、言ったーーーー!

 なんとか言えた! 言い切った! ちょっと噛んだけど。

 だから、さ。青原も顔を伏せてないで反応してくれると嬉しいんだけど……。

 

「あ、青原……?」

 

 あ、あれ? なんか思ってた反応以上に……。

 

「……ぃ」

「い?」

「……はぃ」

 

 顔は伏せたまま。でもショートボブになったことで耳の頭が立派に赤くなっていることが分かる。プルプルと震えながら前にも聞いた怯えた声と、真っ赤になったことで生じた掠れた声を限界まで煮詰めて作り上げた、漫画で見たような青春と同じ色。

 あまりの衝撃にあたしは一旦思考を停止させた。

 停止させたその先に待っているもの。確かそれは以前にも同じようなことをした気がして。

 

「あ」

「……ぁ?」

「………………」

 

 本能が言っている。この世から真っ先に消えたい、と。

 

「あぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 恥ずかしさで真っ先に消える方法は、逃げることだった。

 教室から廊下へ脱兎のごとく逃げ出したあたしは、そのまま声を張り上げながら学校の中に消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:青の謝罪。ねぇキミ、クリスマスって空いてる

 目の前で脱走していったギャルの背中を見て、ボーッとしていた。

 あまりの出来事に、立ち尽くしていたと言っても過言ではない。さっきまでの熱くなっていた頭が急激に冷え切ってしまった。

 

「赤城さん……?」

「あー、こりゃ重症だわ」

 

 星守さんが呆れたように机に肘を突いて顎を手に乗せているけど、わたしには何の話かさっぱり分からなかった。

 確かに昨日から赤城さんはこんな調子だった。すぐ赤くなったり、しおらしかったり。わたしの専売特許だぞそれは、と言いたいが、そういうことではない。

 問題なのは"あの"赤城さんが何故かわたしに対しての反応が、とてつもなく過敏? になったからだ。前は地味な奴だと思ってたー、とか言ってたくせに。

 

 まぁだから。考えうる限りの情報をまとめて、1つ答えを出してみた。

 星守さんに聞いてみようと思う。

 

「あの。わたし、なんかやっちゃいましたか?」

「…………」

 

 え、何その呆れて物も言えないみたいな顔は?!

 いやだって、赤城さんがあんな態度取るなんて、わたしが何かしたぐらいにしか思いつかないって!

 まさかこんなところでなろう系主人公のテンプレートを口にするとは思ってなかったけど。

 

「アンタって、悪女だな」

「なっ?! えっ?!!」

「ジョーダンだよ。あいつもその内帰ってくるだろうから、授業の準備したら?」

「あ、はい……」

 

 冗談にしてはやけに心臓を突いていた声だったが、きっと気のせいだろう。

 じゃないと今度は星守さんにまで謝らなければいけなくなる。

 はぁ、先が思いやられるっていうか、なんというか。

 

「そういえば、クリスマス。もうすぐだっけ」

 

 授業の準備をしながらふと思った。季節はあと2週間もあればクリスマスで、もう1週間あれば年を越してしまう。

 あとは消化試合と化した授業に身が入らないのは当然のことではある。

 クリスマスは陽キャがみんな大好きなイベントだ。そんなのにうつつを抜かしているほど、暇ではないけど、クリスマスは暇だった。

 わたしだって何かしたい。できれば赤城さんと。

 赤城さんとはコンビなんだから当然だよね、なんたって百合営業してるんだから。

 

「誘う……」

 

 誘うって、ギャルに? クリスマス一緒に居ないかって?!

 想像しただけで爆発しそう。まぁでも、そうなるよね。折角のクリスマスなんだし。

 でも赤城さんはあの調子で……。

 

「やっぱ、謝んなきゃ」

 

 ホームルームなんて今は知ったことか。そんなことよりも今は赤城さんの方が大事なんだ!

 椅子を引いて立ち上がった瞬間、先生がホームルームを始めようと教壇に立つ。やば、なんでこのタイミングで!

 

「おい、青原ー。どこへ行こうっていうんだー?」

「え、えっっと……あの……」

 

 言わなきゃ。言わなきゃ。トイレだとか腹痛だとかで保健室に行くとか言わなきゃ。

 でも言えない。これは一種の冒険だ。戦いだ。1日の進行から背いて、自分のやりたいことをやる。自由だけど無秩序的で、陰キャにはできないことで……。

 だけどっ! 赤城さんに謝んなきゃいけないんだ。1分1秒でも早く。正直何が悪いか分からないけど、とにかく謝ってそれからクリスマス!

 

「あ、あの……っ!」

「せんせー、青原のことはほっといてホームルーム始めたらー? トイレ行きたいんでしょ?」

「……そうなのか、青原?」

「星守さん……。はい、トイレ、行ってきます!」

 

 ダッシュで教室から飛び出す。

 ありがとう星守さん。なんだかんだいろいろ友だち思いなんだろうな。教室ではいつも赤城さんと煽り合っているようにしか見えないけど、いい人なんだろうなぁ。

 じゃない。どこか赤城さんがいそうな場所を探さなきゃ。逃げる時って大抵1人になりたいものだし、やっぱり人気のない場所。階段の下! は、いない。えーっと教室は全部埋まってるだろうし、あとは外。こんな時間に外?! 寒くない?! で、でもありそう。下駄箱で外靴に履き替えてから、えーっと……。

 

「ここじゃない」

 

 校舎裏のスペースでもなければ、体育館裏の砂場でもない。あとは……。

 

「グラウンド。…………いた」

 

 前に食事を取ったところだ。たまにあのグラウンドの隅っこのベンチで食べていたけど、今は赤城さんがしょんぼりと珍しく丸まっているように見えた。近づいてくるわたしにすら気づいてない模様だ。

 よし、謝って、クリスマス。謝って、クリスマス。謝って……。それから――。

 

「赤城さんクリスマス!」

「へ?」

「あっ」

 

 なーーーーにしてるの、わたしは?!

 謝って、それからクリスマスのお誘いだってのに、なんでクリスマスから先に言っちゃうかなぁ! あ、あぁあぁあぁ! もうどーにでもなれ!

 

「いやあのえっと……。クリスマス、暇かなぁ、と」

「は?」

「あ、嫌でしたか? すみません……」

「い、いや。そうじゃなくってさ。そのためだけに授業サボってきたの?」

 

 ま、まぁ結果的にはそうなるんですけども……。

 

「そ、その。赤城さんのこと、ほっとけなかったんで」

「……まぁ、座りなよ」

 

 座ってた席から横にずれてもう一人分の席が空いた。

 わたしも少し気まずかったので、ちょこんと隣に座る。半分は外気で冷やされた場所と、もう半分は元々赤城さんが座ってた温かい場所がおしりで半分こになっていた。ちょっと変な感覚。

 それから冬の風に痺れながら、黙って十数秒。あ、そっか。話題を振ったのわたしだったっけ。

 

「えっと、まずはすみませんでした」

「なんで?」

「え? わたしが何かしたから逃げたのでは?」

「……あー、うん。そういうことにしておくわ」

 

 え、逆に何があったらあそこまで逃げることになるの。

 ま、まぁ。今は深く掘り返さないことにしよう。今はクリスマスの話が重要なんだから。

 ってあれ? 重要なのは謝るって話じゃ……。話は音速で終わったし、いっか別に。

 

「あと、クリスマス、なんですけど……。よかったら一緒に配信してくれないかなぁ、と思いまして」

「一緒に? 2人で?」

「え? はい、そうですけど」

「そっか。……そっかー! えへへ、そっかー!」

 

 あれ、そんなに2人の配信がよかったの? それともクリスマスに誘われたことが?

 たまに赤城さんのテンションが訳わからなくなる時があるけど、今がそれみたいだ。

 

「あそうだ! じゃあさ、ついでにクリスマスパーティでもしない? 青原んちで!」

「わたしの家でですね。まぁ、一人暮らしだし、いいですよ」

「じゃあオフコラボね!」

「え?!」

 

 オフコラボ。

 

「オフコラボ?」

「うん、パーティしながらオフコラボ配信して盛り上がろ!」

 

 瞬間! 思考が一瞬だけ静止する。

 戻ってきた頃には、赤城さんが嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。

 さっきのまるで失恋したようなOLのような雰囲気が全くなくなっている。やっぱり赤城さんはそう言う顔をしてなくちゃ。

 

「じゃあ何買ってく?! チキンは必須でしょー。あとはシャンメリーとかー!」

「あと鮭も買いましょう」

「え、なんで」

「流行りなんですよ」

 

 この後、教室に戻ってからめちゃくちゃに怒られたのは、語るまでもない話だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:青の聖夜。ショッピングはデートに入る?

「クーリスマスが今年もやーてくるー……はぁ……」

 

 ちょっと前なら去年同様、ひとりぼっちのクリスマスに人気Vtuberの配信を見ながら、寂しく焼き鮭を食べると考えていたはずだ。

 でも今年はそんなこともなくて。大きな駅の謎の白いオブジェクトの前で1人寒さに耐え忍ぶ浮かれた女になっている。

 フフフ、これでわたしも陽キャの仲間入りだ。なにせクリスマスに用事があるということはリアルが充実しているってこと。リアルが充実してたら、それはもう陽キャの仲間入りなのだ。浅い考えだと? わたしもそう思います!

 とは言え、ごった返す人並みの中は結構神経を使う。誰かに当たらないようにだとか、これから会う人のことを考えて見つかりやすいところに位置取りするとか。

 

 あとは、そう。服も。

 ファッションセンスがないわたしなりに数少ない休みの日にファッションセンターに行って、似合うかなぁ? っていう服を取り揃えた。安いって言ってたけど、上から下まで取り揃えるとなると、結構お金かかるんだよね、服って。今まで興味がなかったから目にしてこなかったけど、あのギャルっていつもこんな出費してるんだ。……お金使い粗いのでは?

 

「まだかなぁ」

 

 なんというか。周りが男女と一緒にデートしている姿を見ると、わたしたちは女2人で何をしているんだろうって考えるわけで。

 そりゃクリスマスイブなんだし、チキンとか鮭とか飲み物惣菜類を買いに行くわけだけど。あと、クリスマスプレゼントとか渡したり。

 これでもたくさん準備はした。この日のためにレモンさんやにか先生という数少ない大人……らしき人たちの力を借りてみたけど。1番肝心な相手に伝えられなきゃ話にならない。よく創作では言葉にしなければ伝わらないと言葉にすることがある。逆に現実では行動で察しろと言われることもある。それが苦手でわたしは陰キャをしてるし、今もあのギャルが何を考えているのか分からなかったりする。

 だから今日は準備したんだ。そんな感謝の気持ちを伝えられるように。

 

「おっす」

 

 耳に慣れた明るく可愛らしい声が届く。声のした方向に首を傾けると、夏がよく似合う明るいブラウンの髪の毛が目に入った。

 

「あっ、おはようございます」

「ういー!」

 

 赤城さんだ。

 赤城さんは笑顔で両手の平をこちらに向けてくる。ん? どういうこと?

 はてなマークを頭にいっぱい浮かべたわたしを察するように、赤城さんはガックシと肩を落とした。

 

「こういう時はハイタッチっしょ」

「……陽キャみたいなことしますね」

「よう……? みんなしないの?!」

「しませんよ。少なくともわたしはしたことないです」

「あー、青原友だちいないもんなー」

 

 友だち居ないは余計だこの野郎。

 そんな事を心の中でぼやいていると、赤城さんからの謎の視線が上から下までなぞられる。

 なに。なんですか。わたしやっぱりこの衣服ダメだったりしましたか?!

 心の声を見透かしたように、彼女は呟いた。

 

「いや、かわいいんじゃね?」

「へ?」

「……あっ! まぁいいね。うんいい。とてもいい」

「なんで言い直したんですか」

「えへへ、なんとなく」

 

 かわいい。そっか、かわいいか。

 ならちゃんとファッションした甲斐があると言いますか。こういうファッション力っていわゆるキャラデザにも通用するわけで。自分の画力もそうだけど、キャラデザが散々なのは音瑠香のパジャマ on エプロンで分かってるから、自信がなかったんだけど……。

 かわいいんだ。そうなんだ。

 

「じゃ、ちゃちゃっと買い物済ませちゃお! 早く青原の家で暖まりたいし!」

「そうですね。ここ、寒いですし」

 

 ちゃんとした大きな駅だからこそ隙間風などは一切入ってこないが、それでも自動ドアが開け閉めされる度に押し寄せてくる寒気に身を震わせる。

 早く中に入ろう。買い物して、さっさと帰ろう。暖かい家が待ってる。

 

 さっそくデパートに入ったわたしは、食品類が置いてある階へと行こうとするが、待ったをかけるのがこのギャルである。

 

「うわっ! このデパコスかわよ! 見てよ青原!」

「買い物するんじゃなかったんですか?」

「いーじゃん、こういうのは見て楽しむのありっしょ! ウィンドウショッピング、ってやつ!」

「いや、でも……」

 

 わたし、お化粧したことないしなぁ。

 香水はもちろん、ネイルアートなんて夢のまた夢。というか現実でわたしがそんな物をつけるの? って聞かれた時は多分NOって答える気がする。

 人には似合う似合わないがあって、わたしには似合わないもの。そうなのだ、いくら爪をギラギラさせようが、目の前にいるのはただの陰キャ。可愛くなろうとしても影なる気配がギラギラのラメを曇らせるに違いない。

 

「って、なんで商品とわたしを見比べてるんですか?!」

「や、青原に合うやつないかなー、って」

「買いませんよ?!」

 

 このギャルのマイペースっぷりも相変わらずだ。

 この前のが何だったのかは分からないけど、いつもの調子に戻ったのなら問題はない、か。

 ま、しばらく付き合ってやるか。

 

「てか青原って化粧水も使ってないカンジ?」

「強いて言えば百均のやつとか」

「オタクってマジで人間捨ててるな」

 

 うるせぇ。赤城さんの言っている100割ぐらいは間違いなくそうだけど。わたしの場合一人暮らしでだいぶアップアップしているというか。親から仕送りしてもらいながら、ペンタブもってなったら親から結構な額の借金をしているわけで。1日の最低限のものしか買えないんだよなぁ。おかげで推しのグッズとかゲームも買えないし。

 はぁ、石油王にスパチャしてほしー。収益化通ってないけど。

 

「そんなんでよくこのもち肌なー」

「いひなひなんでふか!」

「……なんでもないよー」

 

 照れたのかなんなのか。いきなりわたしの頬をつねってきたと思えば、そのまま振り返って距離を取る赤城さん。ほんと、このギャルの考えていることはよく分かんないや。

 

「うっし! じゃあデパコス欲も満たせたし、食品売り場行こ!」

「だからそう言ってたじゃないですか」

「イッヒッヒ! ごめんごめん!」

 

 赤城さんの情緒がよく分からないけど、まぁ今がご機嫌そうだから問題ないか。

 わたしたちは下の階にある食品売り場へとエスカレーターで下っていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:青の聖夜。ここが音瑠香ちゃんのハウスね

「ただいまー」

「おじゃましまーす! って誰もいないの?」

 

 重い荷物、主に1リットルのペットボトル数本をビニール袋の中に入れて、自分の家へと帰ってきた。

 もちろん中には誰もいない。だってわたしは一人暮らしだから。

 

「はい、わたしは一人暮らしなので」

「へー、すっげー!」

 

 そこ、すっげく思うところなのだろうか。まぁでも。わたしのために配信機器をすべて自前で買ってきた赤城さんは多分実家住まいなんだろうし、一人暮らしに憧れがないわけではないんだと思う。実際大変だけども。

 ペットボトルや常温で置いてはいけないものなどは冷蔵庫に全部入れる。あぁ、ダメだ。入り切らない。

 

「こっちのオレンジジュースは横においておきますね」

「うーい」

 

 返事がどことなく魂が抜けている感じだったが、大丈夫だろうか。ちらりと横を見れば、狭い部屋にベッドとPCデスクと、赤城さん。

 ……うん。なんか、1番輝いて見える気がする。なぜかは分からない。けど、友だちを家に呼んできたって思ったら、それはそれで緊張するわけで。

 ま、まぁ! そんなことはいいんだ。コーラは冷蔵庫の中。もてなすために麦茶をコップに注いでから、キッチンシンクの上に放置する。こういうのはおもてなしする心ってのが重要だ。冷静になるためにも、ギャルを大人しくさせるためにも。

 

「はい、麦茶。冷えてるけど大丈夫ですか?」

「うん、おっけー。てかこの時期に麦茶とかウケるんだけど」

 

 ウケないでほしい、そこは! だって安くて量産できて、味にも安定性があるんだから!

 たまに麦茶を入れているハンディタンクを掃除してあげないと、酷い味がして飲めるものではないのだけども。それも大丈夫。昨日ちゃんと洗ったから。

 

「なんか、なんにもないねー」

「まぁ、貧乏人の一人暮らしなんてそんなもんですよ」

「この前買ったキャラデザ? の参考書ってどこ?」

「そっちの棚に入ってますよ」

 

 あの本だって結構なけなしの懐から引っ張ってきたわけで。多分美容室も、となったら今月はそれ以降もやし生活だったかもしれない。そう考えると、神様仏様、ギャル様と言った具合に赤城さんの奢りがありがたかった。

 

「ほー、中はこんな感じなんだー」

「そうなんですよ。いろいろ参考にしながら描いてみましたけど、やっぱりキャラクターのデザインって素人とプロとでは全然描きやすさや印象の付け方が違っててですね! この前もにか先生にコーチングをお願いしたんですけど、それはもう……。って聞いてます?」

「……えっ? いや、なんでもないよー」

 

 なんだろう。いま一瞬だけ、ミニテーブルの向こう側にいる赤城さんの表情に若干陰りが射したような気が。うーん、気のせいだったのかな。

 というか赤城さんにキャラデザの話をしてもしょうがないか。どうせ理解できないだろうし。

 気怠げに1ページずつキャラデザの本をめくっていく赤城さん。あながち気のせいでもないような。そんなに集中して読んでるようにも見えないし、どことなく不満そう?

 この前のよく分かんない時期も不満そうな顔をしてたし、わたしに遠慮して言えてない可能性はないだろうか。確かにこれでも豆腐メンタルを自称しているけれど、親しい友人にならちょっと失礼なことを言われても気にしないはずだ。

 

 ……嘘付いた。普通に気にするわ。友だちだったらなおのこと。

 だから些細な不安にも気付いたわけで。やっぱり聞くべきかなー、うーん……。

 

「…………ねぇ、にか先生の話ってさ。どんな感じ?」

「へ?」

 

 そんな心を見透かしたかのように、赤城さんは恐る恐る自分の親との会話を聞いてきた。

 どんな感じって、どんな感じだよ。特になにもないけどなぁ。

 

「なんか、親しそうだったし」

「まぁ絵師同士ですから」

 

 実際、白雪にか先生はわたしの推し絵師であり、リスペクトしている対象でもある。

 そんな相手からの直接的なコーチングなわけだから、テンション上がるのも間違いない。にか先生からはもっと自信を持ってって言われたけど。

 

「ふーん……」

 

 なんださっきから。この空気感、微妙に息苦しい。

 自分の部屋で不機嫌ギャルと二人っきり。文字に起こしたら微妙どころじゃない。とっても気まずい!!

 なんとかご機嫌取らないと! えっと、麦茶? それともオレンジジュースはー、ってそれは冷蔵庫の横に置いてたんだった! コーラはまだ冷やしている最中だし。け、ケーキを先にお出し……ないない! 配信グッズの一部だしあれは!

 じゃ、じゃあ、何をお出しすればいいのでしょうか?

 混乱した中から出た結論はわたしの首だった。

 

「えっと……、ハラキリでもしましょうか?」

「え、どうした?!」

「なんか分からないけど、とにかくなんかしたみたいなので、わたしの首を差し出せれば、と!」

「…………ぷっ」

 

 え、今笑われた?

 

「あはははっ! なんでそうなるのさ!! あはは!!」

「え、いや。赤城さんが不機嫌そうだったから……」

「これが機嫌悪そうに見えんの?」

「……見えない、です。けど」

「けど?」

 

 いや、これ以上は言うべきか言わないべきか。

 にか先生の名前出した辺りから妙に機嫌悪そうにしてたから、もしかして2人の間になにかあったんじゃないかなー、と。

 Vtuber界隈の中でも絵師とVtuberの間でトラブルが起きたってケースをいっぱい聞いたことあるから。もしかしたら赤城さんとにか先生の反りが致命的に合わなくて、ほぼ絶縁状態、みたいなことになってたら……。

 

「とか考えてまして……」

 

 正直に言ったら赤城さんに大爆笑されてしまった。

 

「ないない! むしろ向こうは初手で『ギャルギャルしい声だねー、興奮する』って言ってきたんだよ?」

「え、そんなこと言ってたんですか?!」

「うんうん。青原も言われなかったん?」

「い、いえ。特には……」

 

 よかった。2人の間に亀裂でも入ってたら、これからの関係をどうしようか考えるところだった……。心臓バックバクだ。こんなの冗談でも言わせないでほしい、頼むから。

 

「じゃあなんで不機嫌そうにしてたんですか?」

「んー。そう、だなー……」

 

 パラパラとめくっていたキャラデザの本をパタンと閉じてから、ミニテーブルの上に置く。

 それからコップに入った麦茶を一口飲んで……。

 

「あたしもわっかんないの!」

「えぇ……」

 

 分からないことをあっけなく口にしていた。

 

「なんつーか、最近青原とにか先生が絡んでるのがちょっと気まずいっていうか」

 

 えっ? それ結構重めの話だったりします?!

 

「いや、そういうんじゃないんよ。にか先生を嫌ってるとか、そういうんじゃなくて。ただ2人が楽しそうに交流してるなー、って思ったらモヤモヤー、ってなる感じ? あたしも分かんないんだよねー」

 

 なんだそりゃ。わたしもそれよく分からないけども。

 でもそれとよく似た感情ならVtuberを推している時によく見かけたことがある。要するに……。

 

「それって嫉妬じゃないですか?」

「嫉妬?」

 

 そう嫉妬だ。推しのVtuberが自分じゃない他のリスナーと会話してたり、身近なVtuberと会話しているのを見ていると、胸の奥がモヤモヤとする感覚。わたしにも話しかけてほしい、という強欲。人間の誰しもが持つ嫉妬という欲望の怪物だ。

 

「つまり?」

「自分のママであるにか先生と赤城さんの間に割り込んだわたしを疎ましく思っているということです!」

「いや、そうじゃないと思うけど」

「え、そうなんですか?」

 

 てっきりわたしが邪魔だから消え去れー! うわー! みたいなことではなく?

 うーん。なんというか、じゃあ逆とか? 赤城さんがわたしと誰かが交流しているのが嫌、とか。冷静に考えたらありえない。なんでわたしなんだ。別にわたしが誰かと交流してたって、赤城さんは何も思わないだろうし。

 

「って、どうしたんですか、赤城さん?」

「…………へっ?! いや、なんでもないけどぉ??」

 

 突然黙り込んだと思ったら、今度は慌てているような素振り。なにかやましいことでもあったのだろうか。

 じゃあまぁ。触れないでおこう。わたしはその辺のオタクとは違うのだよ。ギャルと交流があるんだし、ね! 赤城さん!

 

「そそそそ、そうだ! パーティの準備しなきゃじゃん! 青原は配信の準備進めてて! あたしが盛り付けとかするから!」

「あ、はい……」

 

 まだ慌ててるというか、また顔が赤くなってる。熱でもあるのかな?

 まぁムリはしない程度にクリスマスを楽しんでほしいところだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:赤の聖夜。オフコラボ配信始まり

:お

:ついた

:来た?!

:おきねるオフコラボだぁああああああ!!!

 

「これ配信ついてんの?」

「もうついてますよ」

「はぁ?! じゃあ言ってよ!」

「言おうとしたら聞いてきたんじゃないんですか!」

 

:痴話喧嘩助かる

:ついてるよー

:こんねるー

:こんねるー

:起きてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 まぁまぁ。もう出だしから滑ってしまったけど、別にいっか!

 じゃあさっさと挨拶でもしよう。っと、その前に。

 

「じゃあ一曲歌いまーす!」

「え、聞いてないんですけど」

「ほら、音瑠香ちゃんも!」

 

 クリスマスと言えばもちろん、ジングルベルだ!

 軽快なBGMと共に2人して、少々小声で歌い出す。音瑠香ちゃん、もとい青原の自宅はそこそこ防音対策はされているみたいだが、大きな声を出せばそれだけ近隣住民への迷惑となってしまう。

 むしろこの時期ぐらいは大目に見てほしいものだが、音瑠香ちゃんが配信者ってバレたらなんかいろいろまずいだろうしね。

 一曲歌い終えた頃には、コメント欄が「8888888」と拍手の嵐に包まれていた。

 

「はーーーい! そんな感じでおきてーーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよーーー!!!」

 

:朝(夜)

:朝(クリスマス

:朝だよ(夕食時)

:おはよーーーーーーーーー!!!!!

:おはーーーーーーーーー!!!!!

 

 うーん、開始一発目にしてはなかなかいいんじゃない?

 というか、音瑠香ちゃんの歌声初めて聞いたけど、結構普通だなー。

 

「はい次、音瑠香ちゃん」

「毎回思うんだけど、これの後にわたしが自己紹介するの、なんか嫌だ……」

「音瑠香ちゃん次!」

「はーい。こんねる。バーチャルいつも眠たい系Vtuberの秋達 音瑠香です」

 

:こんねるー

:こんねるー

:こんねるーー! 朝だよーーーーーー!!!!

:おきねるキターーーーーー!!

:こんねる! 俺は好きやぞ

 

「まぁ、ありがとう」

「お、音瑠香ちゃんの素直じゃないデレきたー!」

「うるさい……」

 

 あたしと音瑠香ちゃんの配信の始まり方は大体こんな感じだ。

 あたしがボケて音瑠香ちゃんをイジり倒して、彼女を辱める。この瞬間だけは今まで考えてきたことを全部忘れられるからいい。正直さっきにか先生の話をされた時は焦って不機嫌になってしまったけど。

 まぁ、これも嫉妬だって分かって何よりだ。人間、やはり誰かに相談することが1番だ。

 今回に関しては半ばなし崩し的に行われたこと以外は良しとしよう。

 

「さて! 今日は何の日だっけ、音瑠香ちゃん!」

「……知ってるでしょ」

「んーーー? ギャル知らないなー! 音瑠香ちゃんの口から聞きたい!」

 

:俺も!

:聞きたい!

:何の日だっけ?

:12月24日……うっ、頭が……

 

「それ、わたしに言わせるんだ」

「楽しそうだからねー」

「このギャル……」

「ギャルだからねー」

 

 音瑠香ちゃんもだいぶこの流れに慣れてきたのか、軽口を叩く程度には信頼の置ける間柄になったことだろう。最初は百合営業だの何だのと言っていたが、コンビになってしまえば案外普通だということが見聞きできる。

 あたしももうVtuber2ヶ月目だし、その辺分かってきちゃったよ、うんうん。

 

「クリスマスイブです」

「はいということで、オタクくんのみんなー! 音瑠香ちゃんはあたしのもんだからなー!」

 

:泣いた

:草

:もう2人でくっつけよ

:性夜のクリスマスを送れ

:クリスマスにわざわざいちゃつかんでも

:はい営業おつ

:自称百合営業だからな

 

「自称じゃないしー! 公認ですしー!」

「それはオキテさんが勝手に言ってるだけでは」

「ちーがーいーまーすー! あたしと音瑠香ちゃんは百合営業です!」

 

 ふふふ、羨ましかろう。妬ましかろう。例え画面の前にいようとも、あたしが音瑠香ちゃんの隣にいるんだからな。ぬおっほっほっほ!!

 と、キモオタバンザイなセリフは脳内だけにするとして、そろそろ概要のほどを説明しようと思う。

 今回の配信はクリスマスパーティにおきねる2人ではしゃごうという企画だ。飲んで食べてと言うのは間違いなく本音だが、もっとやりたいことがあるとあたしの方から提案したことがあった。

 

「あたしと音瑠香ちゃんの2人でゲームをして、負けた方が自語りします!」

 

:え

:自語り

:罰ゲームじゃないの?

 

「理由はみんなにあたしらのことをもっと知ってほしいのと! 音瑠香ちゃんがあまりにも自分のことを喋らないからです!!」

「……わたしにとっては罰ゲームなんです。はい」

 

:草

:草

:草

:草

:ウケる

:lol

 

 かつて配信上で言っていたが、やはりあたしは音瑠香ちゃんのことを、逆に音瑠香ちゃんはあたしのことを全然知らない。

 画力は最強クラスのくせに自分にはキャラデザ力がないと自信なさげに言う事も知らなかったし、何故今日に限って鮭をこんなにも推してくるのか分からないし。好きな食べ物なのだろうか? 知らないからこそ聞きたくなる。そんな企画だ。

 だらだら喋るのもいいけど、こうやってメリハリをつけるのも配信としては重要だろう。

 

「そんな感じー! ぶっちゃけそれ以外用意できなくてごめんねー!」

 

:推しが配信してくれるだけで嬉しい

:クリスマス、ぼっちだったから嬉しいよ……

:おきねるしか勝たん

:彼女と見てます

:自分のペースで活動していけー?

 

「彼女と見てますニキは許さないから。わたしにも恋人欲しい……」

「あたしがいるだろ……?」

「百合営業は黙ってて」

 

:草

:泣いていい

:こんなでもきっと裏では付き合ってるんだぜ

:ニキは刺していいが、おきねるはもっと流行って

:百合営業もっとしろ

:草

 

「イケボ気味だったのが余計に腹立つ」

「ウケるー! こっちの方が良かった?」

「別に、いいとか悪いとかの話ではないですし……」

「おっ、照れてやんのー」

 

:てぇてぇ

:オキマシタワー

:オキマシタワー

:てぇてぇ

:おきねるてぇてぇ

緑茶レモン:おきねるてぇてぇ

 

「あ、レモンさんいらっしゃい」

「1コメがそれなのは流石にウケる」

 

 こんな事を言っているが、実は緑茶レモンさんのこと、よく知らないんだよなー。ちょこちょこ音瑠香ちゃんが話題に出しているけれど。

 何しろ音瑠香ちゃんが百合営業って言い出した原点は彼女(?)にあるらしい。ボイチェンで声を誤魔化してるから、配信に行っても抑揚ぐらいで声色は全然分からない。

 ただ、なんとなく。本当に女性の人なんだろうなー、とかは思ってる。もしくはオカマの人の線は拭えないけれど。オカマだったら音瑠香ちゃんのそばにいても安心だ。何故ならオカマだから。

 

「じゃあそんな感じで始めていくよーーーーーーー!!!」

「皆さん、コップは手に持ちましたか?」

 

:朝だよーーーーーーー!!!!!

:朝だーーーー!!!

:朝だよのノリ

:行くぞーーーーーーーーーー!!!!!!

:二人のこといっぱい知りたい!!

:持ったぞ!

:缶ビール持った

:日本酒持った

 

「それじゃあ!」

「「かんぱーい!」」

 

 そんな感じでもう忘年会ムードだが、大体そんな時期だし関係ないよね!

 コーラをごくごくと飲みながら、両手でコップを持つ音瑠香ちゃんを隣に見る。今日もかわいいなー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話:赤の聖夜。愛してるゲームって知ってる?

「チキンうまー!」

「やっぱこの時期は焼き鮭に限る……」

 

:なんか片割れおっさん臭いな

:クリスマスには鮭を食え!!

:やっぱりクリスマスは鮭なんだよなー

 

 え、なんでみんなチキンじゃなくて鮭をやたら推すの? 最近のクリスマスのトレンドってもしかして鮭だったりする? いやいや、そんな話聞いたことないし。でももしかしたら、あたしが知らないだけでひょっとしたら鮭が今のトレンドなのか?!

 

「ねぇ。クリスマスに鮭って、ふつーなの?」

「え? ……えーっと」

 

:困惑しとるww

:これには深い訳と歴史があってじゃの……

:クリスマスには鮭を食べよと古事記にも書かれていたし

:困ってて草

:まぁ困るわな

 

「え、どういうこと?」

 

 もしかして配信上で触れたらいけないやつなのか?

 そうあらぬ考えをしていたところ、隣からトントンと指で肩を突かれる。くすったいなもう。

 とかじゃなくて、音瑠香ちゃんが見せてきたのはとある画像だった。そこに描かれていたのは鮭のような頭にいくらっぽい赤い丸が装飾についている怪人? みたいな画像。その下に書かれている字幕には「クリスマスには鮭を食え!」と書かれていた。

 んん???

 

「え、どういうこと?」

「これが元ネタ」

「…………うん?」

 

:ダメだ、理解してないww

:まぁそうなるわな

:俺も分かんねぇけど、クリスマスには鮭なんだよ!

:説明しろって言われたら俺も困惑する

 

「なんて言えばいいんだろう。元々はそういう創作ネタなんだよ、鮭を食べろっていう」

「へ、へぇー……」

 

 オタクの世界にはたまによく分からない文化がある。

 例え始めると、それこそ膨大な量のネタが上がってくるけど、そのどれもが元ネタを解読してもよく分からない、という結論に陥ってしまう。

 オタクくんたちは何が面白くて、その言葉を呟いているのか。これもそのネタのひとつなんだと思う。

 

 ちなみに配信の後に調べてみたら、クリスマス=鮭、というのは結構一般的にも浸透し始めているらしい。やれ鳥インフルエンザがどうのでチキンの値段が高くなってるから、鮭の方がいいとか、そういう理由作りが広がっていた。

 でもクリスマスには七面鳥。七面鳥がないからフライドチキンを食べるのが一般的なのでは?

 

「じゃ、じゃあ! はい、ゲームの時間です」

「あっ! 無理やり話題戻したなー?」

「じゃあわたしにもチキンください」

「えー、ダメー! クリスマスには鮭なんでしょ?」

 

:インガオホー

:まぁ、そうなるな

:音瑠香! クリスマスには鮭だぞ!

:チキン派に下るな!

:鮭しか勝たん!

 

「うわー、過激派いっぱい」

「でもあたしが舐め回した骨付きチキンとか食べたいの?」

「えっ?」

 

:え

:え?

:エッッッッッッッッッッ

:舐め回した……?

:ん?

 

 ん? なんかやばいこと言ったか、あたし?

 まぁいいか。とりあえず手元に持っていた最後のフライドチキンを持ち上げる。

 

「ここにあるのは最後のチキン。食べかけだけど、それでよかったら?」

「……遠慮します」

 

:間接キスは?

:食べかけは、うーん

:百合営業、なのか?

:ギャルの距離感が分からない

 

 あ、やっぱそっちね。はいはいはい、理解した。

 まぁあたしも食べかけのチキンを食べろって言われたら流石にドン引きするわ。

 むしゃむしゃと最後のチキンを食べながら、事前に用意していたゲームの内容を明かす。と言うのもこの抽選ボックスにランダムに入っている紙の中から、書いてあるゲームをするだけなんだけどね。

 ってことで、ドーン!

 

緑茶レモン:ちゃんとVtuberらしい企画持ってきてて草

:やるやんおきねる

:音瑠香ちゃんのことだからめんどくさがってやらないと思ってた

:さすオキ

:これは朝

 

「フッフッフー! ありがとー! 準備してきてよかったー!」

「わたしだったら多分やらないですからね」

「でしょうな!!」

 

 カサカサーと音を立てて、音だけしか届かない配信に抽選ボックスの存在を明かす。

 紙が擦れる音がちょっとだけ心地良い。でもしばらくしたら煩わしい音に聞こえるようになるんだから、人間の耳っていうのも、よくわからないよね。

 

「どっちからやります?」

「そこは言い出しっぺのあたしから~」

 

 ガサゴソ。紙製の抽選ボックスに手を突っ込んで、この紙にするか。はたまた別のにするか。ということを決めていく。

 内容は2人で合作したものではあるが、お互いにお互いが書いたものは知らない。ミニゲームの範疇なのでどんなのが来てもいいんだけど、あたしが書いたあのゲームだけはちょっとやりたくないなー。

 よし、これにしよう! と、抽選ボックスから1枚紙を引っ張り出す。

 二つ折りに折られた紙を広げると、そこに書いてある内容を音読した。

 

「……愛してるゲーム」

「え?」

 

:おん?!

:愛してるゲーム?!!

:愛してるゲーム!!!

:百合営業だ!!!!

:オキマシタワー!!!!!

:勝ったな。風呂入ってくる

 

「ナ、ナンテモノガハイッテルンダー」

「それあなたが入れたやつじゃないですか!」

 

 そうだ。これはあたしが書いたミニゲームだった。

 愛してるゲーム。お互いの目を見て自分は「愛してる」と愛の言葉を口にする。それで顔を赤らめたり、反応してしまえば愛の言葉を囁いた方の勝ち。反応がなければ、次は相手のターン、と言う訳だ。

 でもまさか、冗談半分で入れた愛してるゲームをこの一番最初に引くなんて、ツイてないのかはたまた配信者としてはツイているのか。

 

「でもこれはあたしが勝ったも同然だよねー!」

「……どうしてですか?」

「音瑠香ちゃん、あんまり目を見て喋ってくれないし」

「うっ!!」

 

:やめてくれ、その言葉は俺にも刺さるぞ

:チクチク言葉やめろ

:それ以上はアウトだぞ

:ライン超え

 

「このゲームは『相手の目を見て』勝負するから、目も合わせられない音瑠香ちゃんにはまず勝負の土俵にも立てないってことだー!」

 

 ってことにしよう。だって、その。

 いま目の前にいるのは音瑠香ちゃんだけど、青原なわけで。そんな……相手に目の前で愛の言葉を囁かれた、最悪あたしの方が負けてしまう。それだけは絶対避けたい。

 

「な、なんですと?」

「はいだからこのゲームはあたしの勝ちってことで!」

 

:草

:八百長

:オキテ!!! 勝負して!!

:音瑠香ちゃん、オキテちゃんにギャフンと言わせよう!

 

「……ギャフン、と」

「それができるかなー?」

 

 頼むから、それ以上音瑠香ちゃんを焚き付けないでほしい。この女、というか意外にも青原はこういう勝負事からは逃げない。こういうことにでもしないと絶対に……。

 

「言わせたい。わたしオキテさんにギャフンって言わせたい!」

 

 ほーら、速攻で堕ちた。

 やらなきゃかー。愛してるゲームに勝たなければ。あたしの好意を出す前に。

 

「ふーん、じゃあやってみればいいじゃん。お互いに腰を持って立てば、あたしの方しか向けないよね?」

「……い、いい度胸ですね。逃げるなら今のうちですよ?」

「逃げるぅー? その言葉をそっくりそのままお返しするよ?」

 

 今からでもいいから逃げてくれないかなー?

 

「逃げません。日頃からオキテさんには振り回されてばかりなので、こんな時でもない限りギャフンと言わせられないので!」

 

:やれー!

:がんばれふたりともー!

:どうせ建つのはキマシタワーだぞ

:てぇてぇ

:ケンカップルてぇてぇ

緑茶レモン:かわいいね、2人とも

 

 目を合わせるのは画面じゃない。生の相手。

 音瑠香ちゃん、もとい青原とまともに顔を合わせたのなんて、いつぶりだろう。意図的に避けていたわけではないけど、顔だけは本当にいいから困る。

 少し半開きだけど、清らかに見つめてくる瞳。通りがいい鼻に、桃色に赤色している小さくぷっくりとした唇。肌だってさっき確認した時にモチモチだったのを覚えている。あの感触よりも唇はそれ以上なんだと物語っているみたいに。

 

 ドクンドクン。ヤバい、緊張してきた。あたしの心臓の音、音瑠香ちゃんに、青原に伝わってないよね?

 相手のことを意識する度に、配信前の会話の内容を思い出す。

 

『自分のママであるにか先生と赤城さんの間に割り込んだわたしを疎ましく思っているということです!』

 

 明らかに筋が通っていない内容でも、それを逆さにしたら意味が通じてしまう。

 音瑠香ちゃんとにか先生が一緒に仲良さそうに話している。それだけであたしは嫉妬してしまうんだ。

 あたしはその感情の正体がなんとなく分かってしまっていた。ちょっと前から。あの日あの時、あたしが青原に対して『かわいい』って口に出せなかった日から。

 でもその結論を出したくなくて。ひょっとしたら特別な感情の行き先は友情の延長線なんだって思って。よくあるんだよ、友だち同士でも自分だけに特別にして欲しいって感情が。

 

 あたしのはそうじゃない。

 かわいいって軽率に言えないぐらい相手のことで胸がいっぱいで、あたしが、あたしらしくないことを永遠悩んで悩んで悩んで。

 そうなったらもう、友だち、だなんてふんわりとした枠組みからは逸脱してしまう。

 

「先手はどうしますか?」

「じゃああたしからー!」

「あ、卑怯ですよ!」

「目を見て」

 

 音瑠香ちゃんの腰に力を入れる。その言葉とチカラに対して彼女はピクリと肩を震わせて、遠慮がちにこちらの目を見る。うつむきながら、上目遣いで。

 この子は自信がなくて、あまりにも情けない地味な子だと思ってた。

 でも本格的に音瑠香ちゃんと出会って、交流を始めてしまい、Vtuberになって、青原を知ってしまった。

 

 もしかしたら、その頃から間違いだったのかもしれない。推しへの好きとあたしの好きは違う。今までのあたしだったら、無遠慮で傲慢で、それでも届かない無償の愛を口にできていた。

 けれど、あたしは知ってしまった。見返りのない愛が、想いがこんなにも辛くて苦しいことに。

 だからVtuberになった。なってしまった。見返りを求めてしまった。

 悪いことなのかは分からない。いいことなのかも知らない。だけど、あたしはとうとう知ってしまった。自分の心の奥にある、今まで成長していた感情を。

 

 心臓の鼓動が早まる。顔が赤くなっていくのを感じる。

 だけど、目だけはしっかり見て、堂々と自分の気持ちにも前を向いて、あたしは口にした。

 

「好きだよ、音瑠香ちゃん」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話:青の聖夜。好きな相手、おりゅ?

 あまりの真剣な声に思わず視線がオキテさんの方へ向く。

 強い眼差し。熱のこもった、少し息苦しさも感じてしまう吐息。

 生唾を飲み込む。そんな目で見られたら、わたしはどうしたらいいか分からなく――。

 

「好きだよ、音瑠香ちゃん」

 

 心臓が大きく跳ねる。まるで魔法のように耳に入った愛情の二文字は、脳内を侵食する。

 好きって、わたしのことが好きってことなの、オキテさん。いや。いやいやいやいや、これはゲーム。ゲームで愛してるゲームで口にしているだけだ。彼女がわたしに対してそんな感情を持ち合わせているわけがない。第一、わたしなんかよりももっと素敵な相手はいるでしょ。こんな自己承認欲求しかないような女のことなんて……。

 

 でも、そんな真面目な好きを囁かれて、照れないわけもなく。

 

「はい赤くなったー! あたしの勝ちー!」

「あ……」

 

:オキマシタワー!!!

:キマシタワー!!!

:てぇてぇ……

:仰げば尊死……

:生きててよかった……

:良……

:これはガチ営業

 

「あっ……」

 

 そうだ。今は配信中だ。配信中になにガチ照れしてるんだ。切り替えろ切り替えろ! 頭にこびりついて離れない言葉をなんとか引き剥がして、悪態をつけるんだ!

 

「どーーーーよ! あたしのガチ演技はさ! じゃあ音瑠香ちゃん自語り1個ねー!」

 

 う、うん。そうだ。演技だ。彼女も言ってる。ちゃんと演技だから今の言葉なんて、ただの口からでまかせ。百合営業なんだから、ビジネスラブなんだから当然なんだ。

 

「じ、自語りって言っても、特には……」

「何もないの? 参考書一緒に買ったこととか」

「あー、あるね。最近キャラデザの参考書買ったね」

 

:一緒に?

:おお、流石未来のイラストレーター!

:勉強熱心やなぁ

:一緒に?

:いま、一緒にって言った?

:デートしたんか?!

 

「あー、っと! 今のは口が滑ったなー」

「絶対わざとでしょ!」

 

 そう。ただの演技だから、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから今の言葉に、好きには何もないんだ。例えすごい熱があったとしても、それは紛い物なんだ。

 それはそれとして言われたままなのは癪だ。こういう勝負事に置いて、真っ先に優先すべきなのは必ず勝つこと。そして不意打ちだ。

 幸いにも今、オキテさんは油断をしている最中だ。赤い忍者も言ってた。アンブッシュは一度だけなら許されると。気付かれないようにそっと耳元に近づく。

 

「ん? どしたん?」

 

 わたしはニコッと笑って、それから偽りの愛の言葉を口にする。

 

「わたしも好きですよ、オキテさん」

「っっっ?!!!」

 

:おっと?!

:反撃だ!!

:てぇてぇ~~~~~!!!!

:これは不意打ちだぞ!

:秋達音瑠香、卑怯なり!!

:これは卑劣

:不意打ち囁きは愛の特権

 

 見てみろ。へへっ、耳を抑えて顔を真っ赤にしてすっごい照れてる。可哀想なギャルめ。かわいいぞ。へへへっ!

 

「あ、あああああ、あんた、それはないっしょ!!」

「これは百合営業以前に決闘だからね」

「こいつぅーーーーーー!!」

「ほら、自語り」

 

:音瑠香ちゃん、急にマウント取り始めおった

:さっきまで照れてた女とは思えない

:ゲスい

:これは陰キャ

:さすが陰キャ

 

「い、陰キャじゃないし……」

「さすがのあたしもドン引きだわ……」

 

 え、そんなに悪い事したかな? まぁ、アンブッシュ――不意打ちは卑怯だとは思うけど。

 でも好きでもない女の子に好きって言われても照れないでしょ。

 

「はい自語りして」

「……ぅーーーー。あ、そうだ」

「ん?」

 

 オキテさんが何かを思いついたように、今度はわたしの方にニヤニヤと口元を歪めながら寄り添ってくる。何だ、気持ち悪いぞ朝田世オキテ! こっちに寄ってくるな!

 

「あたし、ずっと悩んでたことがあってさ」

「あ、はい……」

 

 さっきの嫉妬の話かな? でもそれはわたしとにか先生が喋ってたら起きた、って言う話だし。直近で何かを悩んでたことってこの人にあったのかな? ギャルだから悩み事なんてパーリーでピーポーに解決すると思ってたんだけど。

 

「最近よーやく解決したんよ」

 

 解決? 最近ってことは今日じゃないってことか!

 はー、よかったー。もしかしたらこのまま悩みに悩んで、Vtuber引退とかそういうのされたら困っただろうし、安心だ。

 さてさて、どういうことか聞いてやろうじゃないか。

 

「あたし、好きな人ができたんよね!」

「ゲホッゲホッ!!!」

 

:今かよ!!

:くっそむせてて草

:これは不仲営業

:オキテちゃんのガチ恋……あっふーん

:あっ

:あぁ……

:草

 

「え、みんなオキテちゃんの好きな人分かるの?!」

 

 本気で?! わたし全然思いつかないんだけど。

 んー、舞さんはちょっと違うというか、悪友って感じだし、わたしはないとして。後はやっぱり……! にか先生、ってこと?!

 あー、なるほど。やっぱりわたしの慧眼は正しかったってわけか。わたしがオキテさんとにか先生の間に挟まったばかりに。百合と百合の間に挟まるのは死刑にされるから、そういうのは良くない。うん、実によくないね。

 ってことなら、わたしは潔くクールに去るとしよう。

 

:いや、うん

:気付いてないの?!

:え?

:ん?

:あっふーん……

 

「その『お前だけ分かってない』みたいな顔するのやめてもらっていい?!」

「実際分かってないでしょ」

 

 全くそのとおりでございます。

 が、それを煽られるのは嫌なので、分かったフリをしておきます。

 

「いやいやいや、分かってるって。にか先生でしょ?」

 

:…………

:え?

:あっ

:ふーん……

:オキテちゃんも大変やな

 

「オキテさんも、なんで頭抱えてるの?」

 

 ……おかしい。なにか、世界がおかしいのかもしれない。

 オキテさんの好きな人。オキテさんの好きな人。オキテさんの好きな人。

 どうしてだろう、ちょっともやもやするというか、誰なんだよホントに! オキテさんの好きな人って! わたしがいの一番にご挨拶に上がって、結婚おめでとうって言いたいのに!

 

 まぁそれから何度かゲームをしたけど、オキテさんは負ける度に「あたしには好きな人がいる」の一点張りだった。何が罰ゲームだ。同じ言葉を繰り返したって意味がないだろ。

 というかオキテさん、負けすぎなんだよ。真正面から言っても、ちょっと緩急つけてもすーぐ真っ赤になる。わたしの方がよっぽど愛してるゲームに向いている。

 オキテさんは最初の一回がものすごくて、次以降はなんかそっと背中を撫でてくるような言い方で、照れはしなかったけど恥ずかしかった。なんか生殺しにされているような、そんな感じ。

 で、でもわたしの回では大体一撃で仕留めてるし。

 だからわたしは強い! オキテさんは弱い! 以上!

 

「お、今日はこんな時間かー! じゃあ終わりの挨拶しよっか!」

「う、うん……」

 

 なんとなく、へその下辺りがムズムズしてる気がするけど、多分気のせいだと思いたい。

 生殺し感覚の愛の言葉のせいだ。誰だってそうなるもん!

 

 それから今年の配信予定を伝えてから、配信を閉じた。

 視聴者はかなり居たらしく、チャンネル登録数も300人を越えようかというレベルにまで達していた。

 まぁ、オキテさんと比べたら雲泥の差なんだけども。

 

「お疲れ様です」

「ういー、おつかれさん!」

「もう夜遅いですけど、お迎えとかあるんですか?」

 

 そういえば時間にしてみればもうすぐ23時になろうとしている。

 いくら都会とは言え、こんな時間に女の子1人は流石に危ない。誰かにお迎えを用意してもらうのだろうか。と思っていたところ、赤城さんの答えは別だった。

 

「うんや。青原んところに泊まろうかと」

 

 ……ん?

 

「え。なんて言いました?」

「青原の家で、お泊り!」

 

 やけに太陽が似合う笑顔が輝いて、わたしという名の存在が灰や塵に変わる瞬間だった。

 は? わたしの家でお泊り?! 聞いてないんですけど!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話:赤の聖夜。ベッドは1つ、女は2人

 ぶっちゃけ、恋愛とかよく分かんないままだ。

 友だちが言うにはさ、その人のことで頭がいっぱいになるとか、どうやったらその人と両思いになれるかとか、そんなことばかり言うんだよ。

 あたしにはそういう頭がいっぱいになるとかいう感覚分かんなかったんだけど、最近ようやく分かるようになってきたかも、って。

 

「今日、やけに荷物多いなと思ったら……」

「じゃじゃーん! かわいいっしょ!」

 

 お気に入りのもこもこふわふわのパジャマに着替えてから、無遠慮に好きな人の隣に座る。

 あれこれ悩んだし、これからも多分考えると思う。陰キャのくせに、地味子のくせにやたら気にかかる危なっかしい子だし、見た目だって整えればちゃんとかわいい。

 いずれ学校での友だちだって増えていくと思う。そうしたら自信だってついてくるはずだ。その時にあたしが胸を張って、友だちとの間に入る。そして「あたしの好きな人、どーよ!」ってね!

 あーーーーはっず! 1人で考えてるだけで顔でお湯を沸騰させちゃいそうだわ!

 

「いや、かわいいけど。なんで持ってきてるのって」

「かわいい?! マジで! やったー!」

「話聞いてないし」

 

 だが目下の問題は青原は自分のことを恋愛対象外だと思いこんでいるところだ。

 さっきの配信で確信した。こいつは恐るべき鈍感人間であることを。

 これ、好きになる人全員をふこうにするやつじゃん。ってあたしだわ。へへっ。

 

 じゃなくて! 隣でスマホをいじりながらツブヤイターを見ている青原を見て思う。こいつをどうやってその気にさせるかを。

 やっぱ自信をつけるとか? 自分は価値がある人間だって思い知らせるとか。

 いっそのことあたしが目の前で好きです、付き合ってください、って言うか。流石にそれぐらいしたら信じてくれると思うけど、あたしが恥ずかしい。

 うーん。ボディタッチして、自分を性的対象として見せてみるとか?

 試しにやってみようかな。

 

「なーに見てんの?」

「ひゃぁあああああああああああ!!!!」

 

 肩をこちらに抱き寄せた瞬間、めちゃくちゃ甲高い悲鳴が耳元を劈く。

 思った以上に声が通り過ぎて、ちょっと耳がキーンってなっちゃった。普段からそのぐらいの声出せっての。

 

「なっ、なななななな、なんですか急に?!」

「い、いや。何見てるんかなー、って」

「ツ、ツブヤイターですよ。さっきの配信の反響とか見てたんです……」

 

 なるほど。勉強熱心なことで。

 でも身体の方は全然未熟、っていうか、そんな痴漢されたみたいに叫ばんでも……。

 あたし、陰キャのこと全然理解してなかったみたいだ。青原は必要以上に肌の接触をすると、あたしの鼓膜が死ぬ。覚えました。

 

 それはそれとして、この前頬を触った時はなんともなかったんだろうか。とも考えるわけで。

 このよく分からなさが青原の魅力とも言えなくもないけど。

 

 ってあれ。じゃあ今日のお泊り、どうやって寝ればいいんだ?

 黙々とツブヤイターを見て、一喜一憂する青原。ベッドは1つ。ふすまは、ない。

 この12月24日という真冬に、カーペット一枚は流石にキツすぎる。

 

「ねぇ、お客さん用の布団とかない?」

「あるわけないじゃないですか。わたし1人で住むことしか考えてませんし」

「だよなー」

「?」

 

 こいつ、まだ理解してないのか。

 あたしが分かりやすいように指を指そう。

 あたしと、青原。ベッドは1つ。どうだわかったか!

 

「そっ、そこはほら。寝袋とか持ってきてないんですか?」

「そんなもん持ってきてないし」

「じゃあシュラフ、とか」

「同じだってそれ」

「…………」

「…………」

 

 やらかした。ボディタッチ有りなら普通にベッド1つで良いんだけど、肩に触れただけで絶叫するような柔肌持ちと同じベッドで寝れるわけないじゃん。

 確かにそういうことを考えたりもしたよ。聖夜の6時間、だってまぁまぁまぁまぁ。知らないことはないわけで。そのままくんずほぐれつしつつ、既成事実を作っちゃってもいいわけだけど、青原相手にすると考えたら、なんか可哀想になってあたしの心が痛む。

 どーしよ。やっぱあたしが床で寝るしかないか。

 妥協案として口にすると、青原がものすごい勢いで否定してきた。

 

「いやいやいやいや! 勝手に入り込んできたけど、仮にもお客さんなわけですし、わたしが椅子で寝ますよ!」

「それじゃあ明日身体がバキバキじゃん! どうせ運動するし、あたしが寝る!」

「椅子で寝るのは得意なんです! だから赤城さんはベッドで寝てください!」

 

 こいつ……。こんな時に負けず嫌い発動しちゃって……。

 こうなったら頭いい系のギャルとして、この生意気陰キャを黙らせるしかない。

 

「考えてもみてよ、毛布だって数があるわけじゃない。椅子で寝るとなったらそれも必要になるけど、流石に暖房もついてない真冬の夜。寒くて目が覚めちゃうでしょ?」

「ま、まぁ……」

「それに一人暮らしで風邪でも引いたら大変だし! あたしなら帰ったら家族がいるし、運動してるから耐性あると思うし! だからあんたはベッドで寝ること。いい?」

 

 よし、決まった。

 青原を黙らせるなら、これぐらい言い包めて「青原がベッドで寝ることが正しい」ということを植え付けなくちゃいけない。やるぞあたしは。この際悪魔にでも鬼にでもなってやる。

 

「……じゃ、じゃあ…………」

「ん? 青原がベッドに寝るって?」

「い、いえ……」

 

 歯切れが悪いのはいつも通りだけど、今に限ってはものすごく嫌そう、っていうか。言葉をなんとかひねり出そうとしている力み方を感じる。

 な、なんだ。何が出てくるんだ?

 

「あ、あの……。い、いいい一緒に寝れば、いいんじゃないですか?」

「……は?」

 

 それ、あたしが一番最初に選択肢から外したことなんですけど。

 

「あっ! 嫌だったらわたしが椅子で――」

「それはダメ!」

「じゃ、じゃあ。一緒に寝てください」

 

 待って。マジであたしどうにかなっちゃうぞ。

 最愛の推しと聖夜にベッドでふたりっきり……。

 いやいやいやいやいや、何考えてんのあたし! 既成事実とかありえないし!

 青原なら押し切ったら行けそうな気がするけど、それとこれとは違うじゃん! 流石に襲いかかったら今後口も聞きたくない、とか言われそうだし。そんな気持ちを持たせたくないし……っ!

 だっ、だから! なんというか。その。触れなければいいじゃん! そうそう。壁と一緒になろう。あたしは壁だ。クッションにだってなってやる自信ある! 行けるって! 多分……。

 

「ま、まぁ。それなら……」

 

 渋々出した声は、明らかに浮かれた色になっていたけど、きっと青原は気づかない。だって青原鈍感だし。

 

「じゃ、じゃあ! あたし、シャワー浴びるから! お風呂場借りるね!」

「あっはい……」

 

 とりあえず、配信で流した汗をシャワーでスッキリさせよう。

 冷静になることは大事。大事すぎていつも以上に身体を洗ってしまうかもしれないけど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話:赤の聖夜。緩やかな時間も大事とされている

 冷静になったら、他人の家でシャワーを浴びることって、結構えっちなことなのでは?

 冷えた身体をお湯で温め直した辺りでなんとなく考えてきたことが浮き彫りになってしまった。ドライヤーで髪の毛を乾かしつつ、考えることは今宵のベッド配置だった。

 あたしはともかく、青原は少なくとも肩を触られたら痴漢に遭ったかのような悲鳴を上げる。それがご近所迷惑に直結することもあるけれど、そんなのより先にあたしのメンタルに来る。あたしが触ったせいで好きな人に悲鳴を上げられてしまった。そっか……しょんぼり。みたいな。

 だからどうやって寝ようかを考えいた。

 このままだと確実にお互いにお互いを向いたままか、背中合わせの状態で寝ることになる。どっちも恥ずいっつーの。向かい合わせはもちろん目があって緊張。そのまま寝れないなんてことも。じゃあ背中合わせは? と言われたら、答えは体温が伝わってちょっと気まずいというもの。

 

「どーすりゃいいんだよ」

 

 むしろあたしが抱き枕になれば!

 ダメだ。今度はあたしが午前7時に遺体で発見されてしまう。

 うぅー! どうすればいいんだ! 教えてカミサマ!

 

 ▼しかし、カミサマは何も答えてくれない。現実は非情であった。

 

「はぁ……」

 

 シャワーの音だって耳に入ってくる。青原が入っているんだ。

 青原がシャワーを浴びている。服を脱いで、下着を取って。ありのままの姿で……。

 

「あー、ダメダメ。想像すんなヘンタイ」

 

 青原は決してスタイルがいい方ではないけど、あたしにとってはそれはもうご褒美というか、最高の体形と言いますか。いやいや。マジで変なこと考えんなよあたし! ホント、好きな人で妄想するとかありえないから!

 でも……。そういう色欲はないわけではないって言うか。

 ないわけではないんだけど、そもそも女同士でどうやってやるんだっつーの。

 何も分かんない。青原に恋してからあたし本当におかしくなってる。これが恋は人を変えるってやつなんかな。あー、自己嫌悪って感じ。

 

「てか、好意を持たれてる相手の前で裸になるなっつーの」

 

 なので逆ギレしておいた。さらに自己嫌悪が加速した。

 

 そんな生殺しみたいな時間を数分送った後で、お風呂場の方からキュッ! と蛇口が閉まる音を耳にした。

 く、来るっ! 思わず口の中にあった水分を一気にごくりと飲み込む。

 青原の寝巻って、ど、どんな格好なんだろう。やっぱり音瑠香ちゃんのエプロンなし衣装みたいにシンプルな青いパジャマだろうか。

 あるいはちょっとだらしなく半袖短パン。もしくはジャージだけの……っ!

 

「お待たせしました。冷えてないですか?」

「……う、うん」

 

 青原が着ていた寝巻。それはちゃんと予想通りだった。

 音瑠香ちゃんのパジャマ on エプロンからエプロンを引いた衣装。つまりは足のつま先から胸元の襟まで控えめな青色。袖だけは少しぶかぶかで萌え袖気味にはなっているものの、それもまたいい。

 全体的に見れば、優等生の寝巻。といった印象だった。

 

「どうかしましたか?」

「い、いやっ!? なんか、予想通りだなーって!」

「……。あぁ、パジャマのことですか。音瑠香の元のデザインなので」

 

 あ、本当にデザイン元ってそれなんだ。だからってエプロンを上から重ね着するのは、突拍子もないセンスというか。前から思っていたけれど少し独特の感性をしているなって。

 

「へー。あ、そうだ! 髪梳かしてあげる!」

「えっ? あぁ、はい……」

 

 てか、これも青原的にはどうなんだろう。

 肩がアウトなら頭だってそこそこ黒よりのグレーなんじゃ。いや、何回か触ってるし、なんとかなるかな。うーん、青原のウィークポイントが分からない。

 青原がパソコンスペースにある椅子に座って、あたしは立ったままドライヤーを持つ。うーん、青原ん家のシャンプーの匂い。あたしの頭からも香ってくるから変な気持ちだ。

 

「触るよ?」

「はい……」

 

 シャワーに濡れて、湿った髪の毛をそっと梳きながらドライヤーをかける。

 やっぱ綺麗な髪してる。でもところどころやっぱり引っ掛かるところがあるから、癖毛っていうのはあながち間違いでもないらしい。

 青原が少しだけ気持ちよさげな声を上げる。

 なにその「んっ」って。ちょっと心を乱してくるのやめてほしいんだけど。

 

「なんか、変な気持ちです。人に髪を乾かしてもらうの」

「ま、美容室とかじゃなきゃ、他の人にドライヤーしてもらわんし」

「それもそうですね」

 

 まぁ。こんな緩やかな時間も悪くない。

 青原といるといつもはしゃいだり、とめどなく喋ったりしてたけど、2人っきりで髪をとかすのとか、なんかいいな。

 あ。ふと、自分の中で思い出したことがあったので、青原の髪を乾かした後に自分のカバンへとダッシュしていく。

 

「ん、どうしたんですか?」

「や、クリスマスプレゼント、忘れてたなーって思ってさ! はいこれ」

 

 小さな袋。丁寧に包装されているラッピングを慎重に開けていく。

 ふふっ、何が待っていると思う。ねぇ、青原?

 

「これ、ヘアピンですか?」

「そそ! 流石にパレット型のヘアピンなんてなかったから、別のにしたけどねー」

 

 あたしも探しては見たけど、流石に音瑠香ちゃんと一緒のヘアピンだけはどこにも置いてなかった。まぁ仕方ない。そう思いながら自分のモデルであるオキテのモチーフ元である太陽の髪飾りと対になる月の髪飾りを送ってみた。我ながら、結構いいセンスしてると思うんよね。

 

「……月ですか」

「月だよ。音瑠香ちゃんっていつも寝てるイメージあるし!」

「キャラとして、ですけどね」

 

 蛍光灯に透かしてみたり、裏を見たり、表にして自分と合わせてみたり。

 なんか気に入ってくれているご様子だ。よかったよかった。

 

「……しまった。わたしなんにも用意してない」

「ウケる」

「どこも面白くなくないですか?!」

「いやだって、らしいなーって思って!」

 

 こういうことに無頓着というか、気にしてなさそうだもん。クリスマスは平日です、みたいな顔してたわけだし。

 

「ら、らしい、って……。まぁ。はい……」

「照れてやんの」

「…………」

 

 黙っちゃった。かわいいなぁもう。

 

「ほら、もう寝ますよ!」

「……そうだった」

 

 でもこれから始まるのって、2人で添い寝なんだよなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話:赤の聖夜。たとえ変なミジンコでも

 あたしは立ち尽くす。

 だってそうでしょ、目の前には好きな人がいて。襲うことは考えていても流石に実行するような勇気もなくて。

 でも向こうはそんなケダモノのようなあたしに気づいていないのだろう。能天気に布団に潜っていく。何の拷問だ、これは?

 あたし、これからこんな無垢で無知な女と寝るの? マジ?

 

「どうしたんですか、そんなところに突っ立って?」

「いや、なんでもないってば!」

 

 あはは、と笑ったものの内心はすごい動揺している。

 なんだこいつ。あたしのメンタルを削ってくる魔物かよ。なろう系のアニメでもそんな残酷な悪魔みたいなモンスターが出てくることないよ?

 でもいつまでもこんなところで立っている場合ではない。覚悟しろ。覚悟の準備だ。その準備には準備が必要で。えーっと。その、心の準備がさぁ。

 

「あ、ベッドから出るのめんどいので、電気は赤城さんが消してください」

「……友だち使い粗いなぁ」

 

 そうだ。青原はこういうやつだ。なんか変な気を起こしても、特に気にしないようなやつだ。

 しぶしぶ蛍光灯の電気を消すと、部屋の中は真っ暗になる。

 同時に青原がスマホの画面を使ってベッドの方へと誘導してくれた。

 

 というか、人のベッドに入るのとかいつぶりだよ。マジで修学旅行とか、それ以来じゃね?

 もそもそと潜り込みながら、青原に触れないようにベッドの隅に身体を乗せる。足元は少し冷たいけど、少しだけ青原が入っている温かさが伝わってきて、ほんのり安心する。

 

「……もっと寄ればいいじゃないですか」

「いや、でも。青原、ボディタッチ苦手じゃん」

 

 端っこによるのは当然それが理由で。

 あとくっつくとかしたら多分、ダメだ。緊張して寝れないと思う。今も多分ムリ。

 

「…………まぁ」

 

 そりゃそうだ。さっき肩が触れただけでめちゃくちゃ悲鳴あげてたんだから。

 でもほっぺたをつねった時はそうでもなかったし、頭を撫でてあげたときとかも許していた気がする。その判定が今でもよくわからないんだよなぁ。

 青原は、小さな声で「でも」と口にすると、見えない表情から声を出した。

 

「触ってる人が見えたら、安心かな、って」

「そ、そっか……っ」

 

 か、かわよ……。なんだこいつ。マジで青原か?!

 いま、音瑠香ちゃんインストールされてたりとかしない?!

 って、正体バレてるのにインストールする理由ないよね。目の前にいるのは青原なんだから。

 ……でも、目を閉じたら。部屋が真っ暗な今なら、音瑠香ちゃんと一緒に寝てる、って言えなくもないのか? あー、ダメダメ! そう考えたらより一層ダメだ! 推しとリスナーの距離感を履き違えるな露草! あ、でも今はオキテでもあって、露久沙でもあるわけだから、えーっと……。

 ダメだ、頭パンクしてきた。あたしはリスナーであり、相方であり、友だちであり。そんな事をたくさん考えてたら、どうにかなりそうだ。

 

 でも事実があるとすれば、あたしは本当に青原のことが好きってことだけ。

 じゃ、じゃあ。手とか、握ってもいいかな?

 

 考えている間に夜の沈黙だけが引き伸ばしにされていく。

 あたしから切り出さなきゃだ。大丈夫、慣れてる。

 

「あ、あのさ! ……手、とか。握ってもいい?」

「ま、まぁ。手なら……」

 

 布団の中がゴソゴソと何かが移動したと思えば、冷たい何かが太ももに一度触れる。

 

「つめた!」

「あ、すみません! わたし、冷え性だから……」

「いいっていいって!」

 

 おそらく触れたであろう手をめがけて、あたしも腕を伸ばして彼女の手を取った。

 本当だ、冷たい。あたしはそういうのには無縁な身体してるから有り難いけど、辛いだろうな、冷え性。

 そうやって冷静に考えていないと、好きな人の手を初めて握ったことが重大事件すぎて。

 これだけで『大切なお知らせ:音瑠香ちゃんの手を握りました』というお気持ちツイートをしてしまうところだ。

 

「……赤城さんの手、暖かいですね」

「普段から運動してるからじゃない?」

「運動……」

「明らかに運動不足だもんね」

「……そーですよ!」

 

 拗ねちゃってまぁ。そんなところがかわいいんだけど。

 確かに青原は人より劣っている点が多いかもしれない。

 でもあたしは知ってる。人付き合いが下手くそだけど、人を惹きつける何かを持っている。唯一無二のプロレベルの作画力がある。キャラデザは勉強中って言ってたけど、それだっていずれは身につけるはずだ。

 そうして徐々に人気になって。周りに人が出来始めて。イラストだって評価されて。

 

 考え込んだら、逆にあたしって意外となんにも持ってないんだなぁ、って思うわけで。

 人付き合いはちゃんと好きだ。好きだからみんなと接してるけど、青原みたいに裏表なしに接することは出来ない。ある種相手の求めている友だちを演じているに他ならない。

 それにプロに匹敵するような趣味とか持ってないし。

 

 だからVtuberはあたしに向いているとも思った。

 人付き合いとコネでどうにでもなる。相手が求める理想像を叩きつけれやれば、チャンネル登録者数は確実に増えていく。それは嬉しい。嬉しいことなんだけど……。

 多分、あたしと音瑠香ちゃんみたいな距離感で好きになる人はいないと思っている。

 いわゆるガチ恋勢ってやつだ。あたしはみんなが好き。でもその先には踏み込もうとしない。音瑠香ちゃんは、ちゃんと一人ひとりとしっかり向き合って喋っている。

 だから今ぐらいの知名度の方が、ある意味活動しやすいのかもしれない。これは理論的に考えて。多くの人は相手にできないけど、1人2人なら。みたいな狭く深い関係性が彼女にとってやりやすいんだと思った。

 

 それに、あたしはもっと音瑠香ちゃんを、青原を独占していたいっていう欲求もある。

 もちろん好きだからって気持ちもある。でも自分がこんなに重たい女だなんて思ってなかった。

 好きな、初恋の相手だから、青原にはこっちを振り向いてほしい。同時に音瑠香ちゃんには有名になってほしい、っていう支離滅裂な感情もあって。

 

「あたしって、ホントダメだなぁ」

「え?」

 

 つい声に出てしまった。ヤバい。そんなつもりはなかったのに。

 顔が見えなくても分かる。かなり様子をうかがっている目だ。

 

「あー、なんでもないよ!」

「よくないですよ! 赤城さんがダメなら、わたしはどうなるんですか!」

「あー。ミジンコ?」

「ひどい!」

 

 嘘だよ。実際は逆にあたしがミジンコレベルだ。

 青原にはあたしが輝いて見えるかもしれない。けれどそれは外側だけを塗り固めたもので。薄皮を剥がしたら、そこには普通の人がいるんだ。ダイヤの原石みたいな青原とは真逆。

 Vtuberとしては、多分埋もれてしまうんだろう。でも彼女は今も光り輝いている。それを持っている青原って、やっぱりすごい。

 

「でもさ」

「は、はい?」

「やっぱり、青原が1番推しだなって」

 

 それだけは伝えたかった。有名になろうが、埋もれようが。これだけはずっと言い続ける。

 

「ミジンコみたいなわたしがですか?」

「青原は、変なミジンコだから!」

「変ってなんですか?!」

「しー。これから寝るんでしょ?」

「……むむむ。それは、そうですけど」

 

 変なミジンコ。それは特異体ってことだ。

 見つけることが出来たら、新種として有名になることができる。

 例えがおかしいかもしれないけど、青原に向けている感情は多分こういうことなんだと思う。

 

 あたしが見つけた変なミジンコを、あたしはどうすればいいんだろうってね。

 

「ふふっ、じゃあ、おやすみ」

「……おやすみなさい」

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 時計の針の音が、チクタク聞こえるだけ。

 もしかしたら朝目覚めたら、サンタクロースがプレゼントを運んできてくれるかもしれない。

 そうなったら、そうだなぁ。プレゼントはあたしと推しとの最適解、かな。

 ほーんと、マジでどうすりゃいいんだか。

 

 冷たかった手が徐々に温まっていく中、あたしも聖夜の睡魔に沈んでいくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話:青の疑念。これは朝チュンでよろしいか?

長かったクリスマス編も終わりです


 夢を。夢を見ていた。昔の、小さい頃の記憶。

 小学校ぐらいのときだろうか。その頃から自分にコミュニケーション能力がないと自覚していたし、根暗な方だとも思っていた。

 勉強も得意じゃない。体育なんてだいっきらい。人とのやり取りだって、出来ればしたくなかった。

 けれど人一倍寂しかったわたしは、日常的に描いていたイラストにドはまりしていた。

 イラストを描いている最中はペンを走らせることと、アニメや漫画のキャラクターを模写することで頭がいっぱいになる。周囲に気を配る必要がなくなって、1人と1枚というイラストへの確かな絆を感じていたんだ。

 

 幸いにもそれが原因でいじめられることはなかったが、すっかり人間不信イラストレーターもどきの完成だ。

 だから厄介絡みされることなんて初めてだったし、その相手がまさか自分のリスナーだったなんて到底思えなくて。

 

「……でも、実際にいたんだよなぁ」

 

 まだ確かに感じているぬくもりの残り香を隣から感じる。

 赤城さんはわたしが起きる前に「ランニングに行ってくる」と、メッセージに送っていた。あの人は朝が強い。流石朝の化身だとか、朝のギャルとか言われてるだけある。

 わたしはと言えばいつも通りスロースタートだ。朝はいつも弱い。グラフにしたら徐々に下から上へとテンションが上っていく図形になるかもしれない。

 眠気覚ましにとりあえず電気ケトルを起動して、買い置きしていたインスタントコーヒーをマグカップに入れる。

 

「……ふあぁ。赤城さん、帰ってくるかなぁ」

 

 事前にコーヒー入れておいたほうがいいかな。

 そもそも赤城さんからコーヒーという概念を感じる気配がない。うーん、麦茶でいいか。ランニングで水分飛んでるだろうし。

 

 電気ケトルでお湯を沸かしている最中、赤城さんが持ってきた荷物を見て思いふける。

 

「そっか。友だちとお泊りしたの、初めてかも」

 

 修学旅行や林間学校などは数に数えないものとする。

 こうやって自宅やホテルなんかで友だちと一晩明かす日が来るなんて思わなかった。

 わたしみたいな変わり者のどこがいいんだろう。赤城さんはめちゃくちゃ褒めてくれるけど、そればっかりはよく分かっていない。

 

 おそらく自己肯定感が足りないからだと思う。自己肯定感がないから、自分のことを褒められてもすべてお世辞のように受け取ってしまうし、まるで他人事のようにスルーしてしまう。

 赤城さんからしたら、それって結構失礼にあたることで。

 できるだけ恩義には報いたい。けれどイマイチ自分の中で褒め言葉が着地してくれない。

 収まらないものを、どうやって捕まえればいいんだろうか。

 

「もうちょっと人付き合いしておくべきだったなぁ」

 

 こればっかりは後悔しても後ろにしか立ってくれなくて、先に見せてはくれない。

 じゃあこれからすればいいじゃん、という話なんだが、今は冬休み。学校の人はみんなコタツでぬくぬくしているはずだ。

 それではVtuberの友だちは? レモンさんや最近知り合ったにか先生がいる。

 他にも挨拶程度は交わしたことがある子もいくらかいる。でもやっぱり面倒臭さと怖さが何よりも勝って、ただタイムラインを見るだけに落ち着いてしまう。これじゃあダメなはずなのに。

 

 赤城さんの褒め言葉を受け取りたいから、自己肯定感を身に着けたい。そうしたらやっぱり自信をつけるしかない。

 平凡なわたしに特別なものなんて、イラストぐらいしかなくて。

 にか先生にもたくさん褒めてもらった。作画力ならプロレベル。商業誌のイラストレーターとタメが張れると。

 でも逆に彼女が口にしていたのはキャラデザ力の無さだ。

 

 今まで版権のキャラクターばかり描いていたこともあり、自分で1からキャラクターデザインをするということをしたことがなかった。

 Vtuberになって初めてデザインしたが、あまりにも分からなかった。分からなすぎて1ヶ月半ぐらいはキャラデザに悩んでいた気がする。

 出た結論がパジャマエプロンなんだから救いようがない。

 

 愛着はある。でももう一歩先に進みたい。

 こんなわたしのことをかわいいって言ってくれた露草さん――赤城さんのために。

 

「ふー! たっだいまー!」

 

 そんな悩みごとを繰り返していると、電気ケトルの沸騰音と共にドアが開け放たれる音。

 外からの寒々しい真冬の風を浴びてしまい、身体が震えてしまう。

 でもそんな寒い朝を吹き飛ばすような太陽がわたしに向かって歩いてくる。

 

「おっ! なんか飲むん?」

「眠気覚ましにコーヒーを。赤城さんは麦茶でいいですか?」

「いーよー!」

 

 冷蔵庫から麦茶のタンクを取り出して、コップにだばー。

 8分目まで注がれた麦茶を、赤城さんはごくごくと小気味いい音を鳴らしながら、1度に飲み干した。

 

「っかー! 全身がうるおうー!」

「それはよかったですね」

「うん! さんきゅー!」

 

 ウインドガードを脱いでから、内側に来ていたジャージを脱ぎだそうとする。

 が、一度手を止めた。え、どうした。

 と思えば、スンスンと腕の匂いをかいで、絶望に満ちた顔がこちらに向けられた。

 

「あたし、臭くない?!」

「……いや、特に」

 

 試しにスンスンとその場で部屋の空気を吸ってみるけど、特に異臭みたいな匂いはしない。

 あ。いやでも、赤城さんが入ってきた辺りからちょっと汗臭い匂いが……。これは流石に言わないでおこう。なんか気にしてるっぽいし。

 

「でも汗かいたんじゃないですか? シャワーとかどうです?」

「そ、そだねー。あはは……」

 

 だがその気遣いも察してしまったらしく、また肩を落としてる。

 す、すみません。そういう上手い気遣いの仕方が分からないんですわたし……。

 赤城さんは脱兎のごとく洗面台へと駆け出していた。

 

「確かに、自分が汗臭かったら嫌だもんなぁ」

 

 それも人前で、となったら。

 わたしも恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。

 まだハラキリして血で匂いを上書きしたほうがいいかも。いや、どっちの匂いも混ざってさらなる悪臭を生み出してしまうかもしれない。あぁ、なんと罪深きわたし。

 だからわたしはコーヒーを飲んでリラックスすることにした。

 

「……はぁ。コーヒーが染みる」

 

 流石にブラックは飲めないからシュガースティックを入れて微糖にした。

 そういえば朝ごはんはどうしよう。昨日の残りでいいかな。わざわざ作るのは骨が折れるし、その辺りでいいか。

 あとは散らかした場所を片付けて、それから赤城さんが帰る、って感じか。

 

「………………」

 

 シャワーの音がわたしの耳に届く。

 赤城さんが、帰る。か。そしたら今度赤城さんに会えるのはいつだろうか。

 流石にわたしも今年は実家に帰るから、そうなったら赤城さんと会える機会もなくなるだろう。

 ならもう今年は会えないんだなぁ。

 

 自覚すればするほど、心の中の満たされたものが急になくなってしまったみたいになる。

 自分という中心から周りに何もなくなってしまうような感覚。俗に言う、寂しいって感情だ。

 最初は怖いだとか、あのギャルだとか考えていたのに、気付けばそんな間柄になっていた。

 すごいなぁ、赤城さんって。いつも周りの中心で光り輝いていて。

 強く考えれば考えるほど思う。どうしてわたしなんかと仲良くするんだろう、って。

 

「……やめやめ。戻ってくる前に朝食の準備しよっと」

 

 わざとらしく声を上げながら、わたしは昨日の残りを冷蔵庫から取り出す。

 どうしてわたしなんだろう。もう一度心の中で唱えたあと、一心不乱に朝食の準備を進めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章:年始のような計画する毎日
第41話:青の始業。3週間ぶりの音瑠香成分


「ふあぁ……ねむいし、だるい」

 

 およそ3週間ぶりの通学路を歩きながら、冬の寒さに負けそうになる日々。

 あー、朝から起きて通学するのなんていつぶりだろうか。最近は実家行ったり、昼夜逆転してたりだったもんなぁ……。

 おかげでオキテさんの朝活がどれだけ眩しいことか……。

 あの人、冬休み中も朝活続けてたんだもんな。さすが朝つよつよギャルは違う。

 

 そうなのだ。3週間ぶりというのも、今日は冬休み明けの初の登校日。いわゆる始業式だ。

 クリスマスの配信から最後に年末配信。それから実家に行って、戻ってきたらまた年始配信。と、比較的ゆっくりした時間の中でキャラデザの勉強も続けていた。

 にか先生曰く、キャラデザはひたすら描き続けることが大事らしい。例えばいろんなキャラのデザインや形を覚えながら、数をこなしていく。

 確かに勉強にはなってるけど、この間のにか先生のとの作業通話のときは、だいぶスパルタだったのを覚えている。あの口調で結構鬼コーチなんだなぁ、って震えながら描いていました。

 

 おかげで今ではいくつか音瑠香の新衣装案が思いついていたり。

 ギャグよりに行くのであれば、全身着る毛布だったり、どこでもクッションだったり。

 あるいはもっとかわいい路線でアイドル系とか、ふわふわドレスな感じとか。

 前者も後者も、正直需要があるかと言われたら……。正直分からない。全部試してみちゃうのも悪くはないんだけど、作業量もハンパじゃないんだよなぁ、それ……。

 

「あ、学校だ」

 

 チラホラと脱力した生徒、気が抜けた生徒などがトボトボと学校へと歩いてくのが見える。あぁ、みんな休み明けってこんなもんだよね。

 

 3週間ぶりに下駄箱で靴を履き替えて、廊下を歩き、自分の教室へと入った。

 見知った顔が2人。あぁ、あのギャルたちいつも早いなぁ。

 教室のドアを開けた瞬間、こちらをぎょろりと向く明るいブラウンの女。わたしをわたしだと認識した途端、ものすごい勢いで接敵してきた!

 

「青原ーーーーーー!!!!!」

「えっ!? な、ななななななんですか!?!!!!」

 

 このまま抱きつかれる、と思いきや直前で止まって右手のひらを向けて一言。

 

「おはよ!」

「お、おはようございます……」

 

 な、なんだこのギャル。怖すぎだろ。3週間の間にどうかしちゃったのか?

 とりあえず赤城さんが手のひらを向けてきているので、こちらも手のひらを重ねて対応してみた。あれだ、生体認証しているみたいな気分になる。

 

「クリスマスぶりじゃん、元気してた?」

「ま、まぁ……。実家でゆっくり出来ましたし」

「配信にも来てくれてありがとねー!」

「まぁ、相方ですし……」

 

 時々感じる。もしかしたらわたし=音瑠香という正体が実はクラスのみんなにはバレているのではないかと言うことに。

 このギャルが活動を始めて大体2,3ヶ月。その過程でさまざまなことをクラスの中で会話していた。音瑠香のことやオキテさんのことなど。だから身バレはダメなんだって。Vtuber引退理由ランキングの上位に入ってくるんだってば。

 

 ま、まぁ、それはそれとして。赤城さんが気にかけてくれているってのは感じるし、寂しく思わないように今日みたいな事をしてくれるって思ったら、嬉しくないわけではない。ただ口にはしないだけで。

 

「何やっとんじゃ」

「ぶへっ!」

「あ、赤城さん?!」

 

 赤城さんの後ろからチョップが炸裂! あえなくその手を離した赤城さんが後ろにいた星守さんに反論を始めた。

 

「何すんのさ! 3週間ぶりぐらいの友だちとの再会だよ?! 水を差すな!」

「アンタはいちいち大げさすぎんだよ。後ろ支えてるし」

「あ、ごめーん!」

 

 後ろを向いたら、確かにちょっと不服そうにわたしを見ている姿が。

 ひ、ひぃ!! 今退きますからぁ!!!

 そそくさと自分の席へと瞬間移動する。これぐらいは陰キャの特殊技能の1つということで。

 

「いやぁ、なんか。ごめんな、つゆがうるさくて」

「うるさいとはなんだ!」

「うるさいだろ! 3日前とか相当ひどかったし」

「へ、へぇー」

 

 3日前って、配信アーカイブ残ってなかった日か。

 一応配信してて、終了した旨のつぶやきもしてたから、配信自体はやってたようにみえるけど、わたしはその時にか先生とスパルタ通話中でそれどころじゃなかったんだよなぁ。

 

「あん時のつゆ、めっちゃヘラってて草だった」

「ぃや、ヘラってないし……」

「『音瑠香ちゃん成分が足りない……』ってずっと言ってたじゃん」

「あー! あー! きこえませんー!!!」

 

 エゴサしたら確かにそんなことが書いてあったような。音瑠香ちゃん成分ってまずなんだよ。わたしから接種できるものって陰のオーラと湿ったきのこの匂いぐらいだろう。

 てことは、赤城さんもついに陰キャになりつつ……?! いや、ありえない。今日も通りすがりのクラスメイトに挨拶してるもん。陽キャだ。

 

「そういえば赤城さん、登録者1000人超えてたみたいですね」

「あ、それ聞いちゃうー? そーなのよ! ついに1000人よ、1000人!」

 

 わたし、まだ300人ちょいなんですけどね。

 そうか。始めて2,3ヶ月で登録者1000人行く人はいるんだ。はぁ……。つらすぎて泣けてきた。これがギャルと陰キャの実力差ってわけか……。

 

「おめでとうございます、赤城さん」

「うん、ありがとー!」

 

 満面の笑みで答える赤城さんはやっぱり輝いて見える。

 やっぱり1000人に行ったし記念配信とかするのかな。でもいま用意してるものを聞いたことがなかった気がする。わたしにすら秘密にしている可能性もあるけど、何かやるんだろうか。

 聞いてみたところ、返事は速攻で帰ってきた。

 

「うんや、なにも」

「えぇ……」

「だってー、お財布すっからかんだし、依頼するにしてもまた数万単位飛んでいくし。歌とか歌いたいけど、家族がいる前じゃなー、って」

 

 意外と建設的な理由っていうか、お金の問題は仕方ないよね。わたしだって年がら年中困ってるし。

 

「いっそのこと青原にキービジュ描いてもらうとかありかなー、とか思ってても報酬どうしようかなー、とか考えちゃうし」

「あはは、いいですよ。わたし無料で描きますよ?」

「ダメだよ! こういう労働には対価が必要なんだって!」

 

 ま、まぁ。労働と言えば労働だけど。わたしはイラストは労働だとこれっぽっちも思ってないから。むしろ楽しいからやってる。報酬はいいねと拡散、みたいなところがある。実際に金品のやり取りをしたことがないのが大きいかもしれないけど。

 

「まっ、おいおい考えていこうかなーって! だからこれからもよろしくね、青原!」

「こちらこそです、赤城さん」

 

 新年、というのは流石に時期外れもいいところかもしれない。

 だけど赤城さんにはちゃんとした挨拶をしたいと思ってた。だって相方だし。コンビだし。

 今年も1年、末永くよろしくお願いします、ってね。

 

「なんか、アタシのこと置き去りにしてね?」

「あ、舞。いたんだ」

「んだとぉ?!」

 

 このノリもいつも通り、かな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話:赤の苦悩。陰キャの自信の付け方

 あたし、赤城露久沙は苦悩していた。

 あの青原とかいう女、ぜんっっっっっっぜん! あたしの好意に振り向いてくれないんだけど!!!!!

 

 軽率に「一緒にいて幸せだなー」とか「いやマジで青原以外勝たんわ!」とか言ってもさ!

 あぁそうですか。やれやれ、赤城さんはすぐそういうこと口にしますよね、みたいに冗談だと思われてんのよ!!

 まぁ、確かにあたしは元々リスナーで、ガチ恋勢だったみたいな感じだけどさ。今はリスナーと推しじゃなくて、対等なVtuber同士の関係なわけよ。あたしだってそのためにいつも朝は配信してるし。

 あと普通にVtuberとして活動するのが楽しいっていうのもあるんだけどさ!

 

 でもそれとこれとは別だよ。あたしはこんなにも青原のことが好きなのに、あいつはちっともあたしの方に振り向いてくれないし。もうなんなのさ!!

 

「ってことを愚痴りたくて」

『わー。なんか知らない間にすごいことになってるねぇ~』

 

 こんな愚痴を聞いてもらえるのは舞かそれを除けば自分のママをしてくれている白雪にか先生ぐらいだけだ。

 普段も時間が空いたら向こうから連絡してきたり、逆にこっちから声をかけたりしている。

 コンビを組んだ辺りからあたしのことは気にかけていたが、ある程度仲良くなってきた辺りでこんな感じに聞いてもらっている。もちろん本名は伏せて、だけど。

 

 そしてにか先生、この手の百合の話が大好物らしい。

 

「だいたい、あたしがこんなに好き好きムード出してるのに、音瑠香ちゃんのやつ全然気にしてなさすぎで。もう鈍感も鈍感。超鈍感すぎ!!!」

『うんうん、かわいいねぇ~、オキテちゃん』

「話聞いてます?」

 

 いや、それにしたってあいつの鈍感力はおかしすぎる。

 男女じゃなくて、女同士の恋愛なんてそんなものかもしれないけれど、クリスマスの件でだいぶ刺したはずなのに。それが冬休み明けにはケロッと無傷で帰ってくるんだもん。あいつおかしい。絶対ネジの1本や10本飛んでる。

 

『うん、聞いてるよぉ~。愛しい音瑠香ちゃんが振り向いてくれないってことでしょぉ?』

「う、うん。まぁ。そうなんですけど……」

 

 そう、改まって口にされると、ちょっと。照れるかも。

 

『そんな好きな人に翻弄されるオキテちゃんもかわいいなぁ~って』

「あぁ、そういうことですか」

 

 にか先生も大概変な人だ。

 特にマイペース気味だし、言ってることが結構ふわふわしてるし。実際声もふわふわしてるんだけども。

 音瑠香ちゃんといい、クリエイターは何かと人間性を欠損させている人が多いかもしれない。今後そんなクリエイティブな人と出会うときは気をつけようっと。

 

『でぇ、オキテちゃんはどうしたいのぉ?』

「どう、って。もちろん好き好き同士になって、恋人としてカップル配信なんかとかしたいなーとか!」

『甘いねぇ。甘すぎて砂糖吐いちゃいそぉ~』

 

 その表現はちょっと甘ったるすぎて、逆に引いてしまうかもしれない。

 

『でも進捗は最悪なんだよね?』

「まぁ、そうですね」

 

 きちっと交流は積んでるつもりだし、なんだったらクリスマスのお泊りだってあたしだから許してくれたと思っている。音瑠香ちゃんのことだから強引に迫ったら流されてしまいそうな危うさはあるが、あたし相手ならちゃんと意見を口にしてくれる。

 だから音瑠香ちゃんからの好感度はそれほど低いはずがない。だけど高いか、と言われたらあたしにも分からない。なにせ相手は自分のことにも疎いし、自信もない。

 「わたしなんかに好かれても……」みたいな自信のなさから来る遠慮だって、ないわけではないのだ。

 総じて言えば、嫌われてないのは分かるけど、好意が分かりづらい。

 これだからオタクって生き物は……。

 

『なるほどねぇ~』

「実際どう思ってるんだろ、あたしのこと」

 

 嫌いではない。ならどのぐらい好きなんだろうか。

 考えたところで本人しかわからないことで。音瑠香ちゃん本人だって理解しているかも怪しい。ならどうやって確かめればいいんだって話だ。

 

『うーん、少なくとも好きじゃない相手と愛してるゲームはしないと思うけどなぁ~』

「そうですかねー……」

『うん! 相手が生粋の遊び人じゃなかったら!』

 

 音瑠香ちゃんが、あの青原が遊び人……。

 想像しただけでありえなかった。そうなってたら今ごろ陰キャなんて名乗ってないし、友だちだっていっぱいいることだろう。

 

「ありえないです……」

『だよねぇ~! 天然の人たらしではあると思うけど』

「それはそうですよ! なんか、こう。気づいたら沼ってました」

『うんうん。ボクもなんとなくまた話したいなぁ~って気持ちあるもん』

 

 そうなんだよ。音瑠香ちゃんって無意識下で人を肯定するし、人の弱いところを突いてくるというか、いつの間にか懐に入って頬ずりしてくる人懐っこい猫みたいなんだ。

 前に妹みたいだと思ったけど、それこそ甘やかしたいって気持ちもあるし、逆に困らせてやろうみたいないたずら心だってふつふつと湧いてきてしまう。

 そういう面では間違いなくVtuberに向いている。ただ一点、陰キャで自分からコミュニケーションを取れない事を除けば。

 

「でも、好きじゃなかったらただの鈍感としか……」

『まぁ~、そうなんだと思うよ~?』

 

 ですよねー。

 はぁ……。もうちょっと分かりやすいというか、自分に自信さえ持ってくれればなぁ。

 音瑠香ちゃんも強くなって、あたしの恋も叶う。一石二鳥だと思うし。でもその方法があまりにも見つからないのだ。

 

『自信かぁ。ボクもそうだけど、そう簡単に自信ってつけれないしねぇ~』

「にか先生もそうなんですか?」

 

 意外だ。マイペースだからこそ、自分には確固たる自信があると思っていたから。

 まさに我が道を行く。この道はボクが選んだものだから迷いはない! みたいなのかと。

 

『ボクだってたまに自分を見失いそうになるし、オキテちゃんの依頼までは全然お仕事もなかったから、自信もなにもなかったからねぇ~』

「へぇー……」

 

 やっぱ、イラストレーターって売り出していくまではお仕事なんかも特に舞い込んでこないのだろうな。そう考えたら、にか先生はやっぱりすごい。その道で食べていこうって思ってイラストを描いている。趣味を仕事にしたいって、難しいってよく聞くしね。

 

『でももう中間管理職とか御免だし、自分のペースで本気を出せるフリーランスがぴったりかなぁ~、ってね』

「じゃあもう音瑠香ちゃんにお仕事を依頼するしかないかな……」

『……有りだね!』

 

 お仕事かぁ。冗談のつもりで言ったけど、にか先生が後付してくれたことを考える。

 報酬を与え、それに全力になって仕事を納品した瞬間こそ、人は充実感を手にすると。

 確かに適当な仕事なんてしたら、ヒンシュクも買うし、全力で報酬に似合ったことをするはずだ。なるほど、一理ある。じゃあ何を依頼し、報酬は何にするか、ってことなんだけど……。

 

「あたし、懐事情が……」

『大丈夫だよぉ! 自分の体を売っていこぉ~』

「……へ?」

 

 それって、春を売るって、こと?!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話:青の委託。あんたにしてほしいこと

「はぁ……進路かぁ……」

 

 学校机に置かれた1枚の進路調査票を見ながら、1つため息を付いた。

 まぁ、もうそんな時期だよねぇ。もう1年も経てばVtuberもイラストもそれどころじゃなく受験シーズンに入ってしまうんだから。そうなったらやっぱり休止宣言はしなくちゃだよね。なんか負けた気がして嫌なんだよなぁ。

 やめたいやめたい、とは思っていたけど、いざやめるとなったらVtuberリスナー全員のアレルギー『大切なお知らせ』を出さなくちゃいけない。アレを出してしまったら、個人的に何かに屈してしまった、って思ってしまう。なんだろう。責任感? 義務感? 分からないけど、とにかくわたしの中にあるちっぽけなプライドですらそう思うのだから、周りの引退したVtuberの悔しさはとても大きいんだと思う。

 

 まっ、ここまで言っても最近はやめる気なんてサラサラないから、いいんだけどさ。

 わたしの中にあるのはそろそろバレンタインが近づいてきたし、何か用意したいなぁ、という気持ちだけ。コンビ物のVtuberならやって当然。どんとこい百合営業みたいな代名詞だ。

 わたしは何かイラストを渡せたらいいなぁ程度。チョコなんて作ったことないし。あげる相手もいなかったし。くっ……。

 なら作るのは赤城さんだろうか。割と何でもできるし、モテそうだからチョコとか作ったことあるんだろうなぁ。チョコ作成配信。いいなぁそれも。あ、でもわたしの家オーブンとかないけど大丈夫かな。

 

 なんてことを永遠考えているところに、突然冷たい何かがほっぺたを突く。

 思わず悲鳴にも似た声を上げてしまった。

 

「な、なんですか?!」

「あははっ! ごめんごめん! 進路調査票とにらめっこしてんなー、って」

 

 うるさいやい。どうせ赤城さんも『進学』ぐらいしか書いてないだろ。

 白昼の上に晒すべく、進路調査票についての質問を赤城さんに投げかけてみた。

 

「そんなこと言って。赤城さんはどうなんですか?」

「あたし? まぁ近くの大学行って、キャンパスライフっしょ!」

「だろうと思いました」

 

 赤城さんの学力ならどこの大学でも行けるとは思うが、わたしは勉強苦手だし。

 そう考えると就職なんだけど、就職もこんな陰キャを採用してくれるとは思えない。なので結果として、わたしがなりたいものはたった1つだった。

 

「はぁ。ニートになりたい」

「そこはVtuberで食べていけるようになりたい! とかじゃないんだ」

「赤城さんじゃないんですから、無理ですって」

 

 目の前にいるギャルはもう収益化プログラムを通して、実はもうお金を得ることができるようで。

 もちろん最初の内はお金は入ってこないとも聞いたので、何かメンバーシップの特典を作って勧誘しなくちゃなー、とかは聞いていた。どこも最初は一緒なんだなぁ。

 

「でも赤城さん、ニートは夢なんですよ。外に出なくてもお金を稼げて、自由に惰眠を貪れる。最高じゃないですか!」

「んー、そんなんじゃ不健康じゃない?」

 

 不健康? ふざけるな。わたしは不健康になりたくてニートになりたいんだ!

 太っちゃうのは嫌だけど、動くとつかれるから、ずっと寝ていたいし。

 ほら、わたしの挨拶はいつも眠たい系Vtuberですよ!

 

「それがいいんじゃないんですか! 誰にも縛られず、自由でのんびりな毎日。最高です」

「まぁ、それは憧れだけどさー」

 

 うんうん、そうでしょうそうでしょう!

 

「でもあたしらって結局お金には縛られるわけだから、働かずにお金を稼ぐは都合が良すぎだって」

「うぐっ!!!!」

 

 それは、そうなんですけど……。

 はぁ。実家に帰った時も早く就職しろだの、独り立ちしろだの言われたし、嫌だなぁ就労。働きたくないでござるなぁ……。

 

「そんな働きたくない青原にお仕事を持ってきたんだ!」

「嫌味ですかそれは」

 

 いま、働きたくないって言ったばっかじゃないですか!

 

「なんですか。知らない人からのお仕事とか怖くて受け取れません!」

「だーいじょうぶだって! あたしからのお願いだからさ!」

「……そうですか。ならいいですけど」

 

 この前もそういうお仕事のお話になったけど、赤城さんってもしかしてわたしにイラストを描いてほしいんだろうか。ならお仕事とは言わずに、無料で描いちゃうんだけどなぁ。

 友だちからはお金は受け取れない、ってやつだ。そこまでしてもらうとは思わない、というのも1つ考えとしてはあるんだけども。

 

「で、どんな内容なんですか?」

 

 問題は内容だ。

 キービジュアルや1枚絵とかならいいけど、他のなにか別のこととかだったら嫌だなぁ。例えば新しいVtuber作りたいから親になってくれ、とか。

 

「あたしの新衣装モデルのキャラデザしてくんない?」

「ゲホッゲホッ!!」

「どした?! 大丈夫?!」

 

 だ、だいじょうぶじゃ……!

 

「大丈夫じゃないですよ! 赤城さんにはにか先生がいるじゃないですか!」

「まぁそうなっちゃうよねー」

 

 ったく、依頼したいならにか先生にご依頼すればいいのに。

 わざわざわたしなんかのキャラデザを経由する理由がわからない。お金がないなら分かるけどさ。

 

 それから赤城さんは隣の席の椅子を引っ張ってくると、わたしの真正面に座った。

 いつにも増して真剣な眼差しに、少しうろたえてしまう。

 

「これはマジな話なんよ。にか先生とも相談した」

「……どうして、わたしなんですか?」

「理由は2つあるんだ。1つはにか先生がキャラデザ省いてくれたら安くしてくれるってー!」

 

 やっぱりそれが目的なんじゃん。

 金銭面的な理由はまぁ大事だけど、赤城さんに関してはちょっと使いすぎなんだよなぁ。ちゃんとバイト代溜めてるのかなぁ。

 

「んでもう1つ。……あたしが青原にしてほしいんだよ」

 

 ……やたら艶っぽく真面目に口にした赤城さん。

 なんだよ、その青原にしてほしいって。

 

「な、何を……?」

「新衣装のキャラデザ! やっぱコンビだし少しは青原成分欲しいなーって!」

「そ、そういうことですか……」

 

 今、わたし何を期待した? してほしいって、さっきからの流れからキャラデザって分かってるはずなのに。心がちょっとだけソワソワした。赤城さんがあまりにも真剣に言葉にするから。

 でもキャラデザって聞いて安心した。そっか。そうだよね。わたしと言えばイラストだもんね。

 ってそうじゃなく!

 

「わたしにキャラデザさせるんですか?!」

「うん、そだよー」

「いや、赤城さんも知ってますよね、わたしのキャラデザ力の無さ!」

「でも勉強してるんでしょ?」

「それは……」

 

 勉強してたらキャラデザ力がうまくなる保証なんて、どこにもないだろうに。

 自分の実力は自分で知ってる。だから赤城さんの、人気ストリーマーの朝田世オキテさんのキャラデザなんて……。

 

「にか先生も言ってたよ。披露する場所は必要だって」

「…………」

 

 確かに一理ある。

 いつまでも巣穴に引きこもっていても、自分が成し遂げたことを見てもらえることなどない。

 だからにか先生も赤城さんも、わたしにそういう発表の機会をくれたんだ。そう考えたら、確かに必要なことだ。

 

「でも、やっぱりわたしには自信が……。お金を受け取るほどの仕事なんて……」

「大丈夫だよ! 受け取るのはお金じゃないから!」

「え、じゃあ何を……?」

 

 お金じゃない。じゃあいったい何をわたしに……。

 

「あたしだよ」

「…………」

 

 ん?

 

「赤城さん?」

「うん、あたし!」

 

 ん?

 

「…………んえっ?!!!!」

 

 赤城さんを?!!!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話:青の不安。あんたは1人じゃない

 驚きの等価交換を聞いた気がする。

 2回も同じことを質問しても、2回とも同じ返事が返ってくるなんて。

 いや、おかしいでしょ! いくらキャラデザ料が足りないからって、自分を身売りするって! それだったら友だち料金として普通にタダやってもいいのに。よし、打診してみよう。

 

「そんなっ! 赤城さんが身売りする必要なくないですか? これはお友だち料金ということでタダでやるみたいな……」

「ダメ! これはあんたの勇気づけも兼ねてるから!」

「勇気づけ?」

 

 勇気って、あの勇気でいいよね? 胸の奥底から湧き上がってくる敵に対するチカラとかそういうの。あるいは勇者がよく使ってる不思議パワーみたいなの。勇気があるから強くなれた、みたいなさ。

 わたしにそれがあるか? と聞かれたら、まったくもってない! と首を横回転させて否定する自信がある。そこらへんの自己否定意識はその辺の陽キャとは真逆なのだ。

 でもそれを付けようとしてくれてるって、赤城さんはやっぱり優しい。わたしなんかにも手を差し伸べてくれるのだから。

 

「あたしはさ、青原にはもっと自信を持ってほしいんよ。例え人見知りで、1人じゃ黙って作業するしかできなくてもさ、イラストは神がかってるしこんなにもかわいくなったし!」

 

 それ、褒められてるのか褒められていないのか分からないんですけど。いや、両方か?

 そりゃ人見知りのコミュ障で、話しかけたいけどできないから黙って1人でイラスト描いてるし。でもそれが褒められて、赤城さんのおかげでかわいくなったのなら、それはそれで嬉しいというか。なんと言うか。落として上げられた気分。

 

「急に1人で知らない奴と話しかけるってわけじゃないし、どーよ?」

「……でも、それとこれとは」

 

 キャラデザの勉強だって1か月ぐらい前から始めたばかりで。

 ひたすらアニメのキャラや描いたイラストを眺めて、模写しての繰り返し。

 実際に1から錬成することなんて、わたしには……。

 

「あたしはそれもこれも、ぜーんぶ自信がなかったからでしょ?」

「まぁ、そうですけど……」

 

 だから自信があったら苦労はしないって言うか……。

 そんな陰気な空気を漂わせていたわたしの手に向かって、赤城さんの手が静かに伸びる。

 怖がるように、それでも脆くて儚いものに触れるみたいに優しく手の甲に触れる。なんとなくだけど、赤城さんも手が震えている気がした。

 

「にか先生もバックアップしてくれるし、依頼したのはあたしってことで丸く収めるつもりだしね! だから心配しなくてもいいんだよ。あんたは1人じゃない」

「……1人じゃ」

 

 新しいことを始めるのはいつだって不安だ。不安で不安でたまらないし、今だってすぐに断りたいって頭の中で強く叫んでいる。お前にはそのチカラはない。まだ先送りにすればいいって。

 でも逆に言えばこれはチャンスだ。イラストレーターとしてキャラクターデザインも出来るということは、仕事の幅がさらに広くなるということ。もし、万が一だ。イラストレーターとして食べて行こうと思うのであれば、これは大きな夢への第一歩だ。

 

 怖い。不安。自信がない。

 

 うつむいた先にあるのは、優しくなけなしの勇気に触れてくれた赤城さんの手。

 病的に白いわたしと比べて、健康的で適度に血の通った綺麗な手。

 

 1人じゃない。

 勇気なんて、自信なんてない。

 けれど、いつだって赤城さんは、露草さんはわたしのことを褒めてくれた。

 かわいいって、イラストすごく上手いねって。わたしを勇気づける言葉をいつだって。

 

 そんな赤城さんがまたわたしのために勇気づけようとしている。

 ……こんなの、嬉しくないわけ。ないじゃん。

 

「分かりました、お引き受けします」

「やったっ!! ありがと、青原!!」

 

 勇気をもらって顔を上げた先にある赤城さんの笑顔。なんか、心の奥底がぽーっと暖かくなった気がする。

 何故だろう。いや分かっているんじゃないのか?

 暗かった道を赤城さんっていう太陽の光が照らしてくれている。それが嬉しくて、暖かくて。

 

「……ありがとうございます」

「へ?」

「わたしなんかに、付き合ってくれて……」

 

 最初は失礼な態度を取り続けていたわたしだったけど、なんだかそれが恥ずかしく思える。

 陽キャだからとか、陰キャだからとか、そんなのどうでもよくて。自分が仲良くなりたい相手に毎朝挨拶し続ける胆力が今さらすごく見えてくる。

 やっぱり人としても、登録者数としても勝てないや。

 

「なんかじゃない!」

「え?」

「あたしはあたしが当然だと思ってるからやってるだけだし! それに自分のことを『なんか』とか言わない! まずはそれ取って!」

「え、あ。はい……」

 

 よくは分からないけれど、これは整えるのであればまずは見た目から、ということだろうか?

 なんかは使わない。なんかと言わない。自分のことを卑下しない。

 

「でもわたしなんかがそれを出来るか……」

「なんか!」

「あっ! えっと。頑張ります……」

「あはは! それでよし!」

 

 やっぱり勝てない。でも一度はぎゃふんって言わせたい。陰キャが無害だなんて誰が決めたー! って思わせたい!

 ……ん? 待って。陰キャに人が寄り付かないのは不気味だからとか、奇行をするからであって、無害ではなくむしろ有害なのでは?

 また1つ。わたしは真理にたどり着いてしまった。じゃなくって!

 

「あ、それはそれとして。結局赤城さんが報酬って、具体的に何をしてもらえるんですか?」

 

 そういえばそこを聞いていなかった。

 勇気づけることが目的なのは分かるけれど、それだったら友だちとして応援するのでもいい。自分自身を報酬とするということは、何かをしてもらえるということだ。

 な、なんだろう。ちょっと恐ろしい。

 

「んんー、例えばキスとか」

「キ、キス?!」

「あとは抱きついたり、手を繋いだりー……」

 

 あ、あれ? なんか。思ったよりも過激なこと言ってません?

 

「まー、要するに期間限定の恋人ごっこってことで!」

「こい、びとぉぉぉぉおおおおお?!!」

 

 いやいやいや、待ってほしい。こここ、恋人って! 恋人って何!?

 わたしたちは友だちで、Vtuberとしてはコンビ。いわゆる百合営業の相方だ。そんな。そんな関係性にホンモノを持ち込んでしまったら、それこそちょっとヤバいんじゃないんですか?!

 ほ、ほら! 炎上とか。よく聞きますよ、アイドルに彼氏彼女が出来て炎上! みたいなの!!

 

「だだだだ、大丈夫なんですか……?!」

「ダイジョーブっしょ! あくまでごっこだから!」

「ご、ごっこ……」

「そ! ごっこだよー!」

 

 それ、ごっこでは済まない気がするんだけど。

 ま、まぁ。とりあえず契約内容はそういうことで……。

 

 それから新衣装モデルのイメージなどを聞いて、それをスマホにメモしながら赤城さんと一緒に帰宅した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話:青の循環。まるで親が子供の漫画を隠すように

 キャラクターデザインの依頼。そして報酬が恋人ごっこをすること。

 一言で言ってしまえば、どういうこと? ってなってしまう状況が今のわたしが置かれているものだった。

 

「どうしてこうなった……」

「いやぁ! 面白!」

「笑うな緑茶!!」

 

 わたしがどうしようもなくキャパシティオーバーになったときに使う手その一。緑茶レモンさんとの通話だ。

 今日はお互いに配信もなく、わたしもレモンさんも作業ということで2人で通話しながら黙々と作業をする予定だった。まぁ、あくまで予定なだけで、実際にそうなるとは限らないのですが。

 

「誰だよこのレベリング考えたやつ! これだからRPGはめんどくさいんだ!」

「そのゲーム選んだのレモンさんじゃないですか」

「だって人気だって言うじゃん、ミニチュアモンスター! 人気作には乗っかりたいんだよ」

 

 俗に言うモンスターの育成要素があるRPG。普段はずっとFPSばっかりやっているレモンさんだ。きっとレベル上げが極めて面倒くさく、さっさと放り投げたいけど、配信してしまった手前ちゃんとクリアしなくてはいけないだろうな、という使命感にかられているんだろう。

 

 でもこの緑茶レモンさんを表に出したいかと言われれば、首を横に振る。

 普段からちょこちょこ暴言は出てくるけれど、それがお茶っ葉系妖精幼女としての設定があるから許されているのであって、いま目の前にいるレモンさんはきっとただの年上のお姉さんだ。キャラ崩壊もいいところ。

 

「んで、どうなの?」

「どうって……?」

「オキテちゃんとの進捗は」

「どうって。進捗皆無ですけど」

 

 キャラクターデザインを一から掘り起こすと言うのはなかなか大変だ。描いてはボツにして。描いてはボツにして。そんなことをだいたい10回は繰り返している。

 明確にいつまでにキャラデザを上げてほしい、という期限は決まってないものの、それでは示しがつかない。なんとか早いところラフぐらいは仕上げなきゃ……。

 

「いや、そっちじゃなくて」

「そっちって、どっちがあるんですか」

「オキテちゃんとの恋人ごっこ」

「ぶっはっげほげほっ!!!!」

 

 JKが出してはいけないような声が出た気がするけど、まぁわたし陰キャだしそういう声も出しちゃうっていうか。じゃなくって!

 

「い、今オキテさんは関係ないじゃないですか!!」

「でも今は恋人なんでしょ~?」

「違います! あっちが勝手に言ってるだけです!!」

 

 期限が決まってないからさっさと終わらせたい理由はもう1つある。

 オキテさん、赤城さんとの恋人ごっこというのが恐ろしすぎて、早く仕事を終わらせたいのだ。

 だ、だだだ、だって! 相手はあのギャルで聡明で、明るくみんなに優しい赤城さんだ。そ、そんな人とわたしなんかが……。失礼。わたしがごっことは言えども、恋人をすることになるなんて思いもよらないじゃないですか!

 確かに最近妙に距離感が親しげに見えるし、ボディタッチもさり気なく指先の方からしてくるけど! 表情もやたら豊かで、星守さんも「いや、あんな恍惚としたメスの顔してるつゆ見たことねぇよ」とか言われる始末!!

 どっからどう見ても、勘違いされる要素しかない!

 だから早いところこんな関係終わらせて、いつもの相方としてのオキテさんを取り戻したいんだ!!

 

「ふ~ん。でも音瑠香ちゃんも乗り気じゃないの?」

「そ、それは……。まぁ。相手は百合営業を仮にもしてる人ですし……」

 

 もう1つあるとすれば、わたしが心の中で拒みきれてないという点だ。

 このまま進んでしまったら、わたしのあるべきオキテさんの姿が崩壊してしまいそうで、それが少し怖かった。

 わたしの勝手なイメージだ。だけどオキテさんはみんなの太陽で、みんなから愛されて。特定の誰かを贔屓目で見るような、そんな人ではない。

 わたしだけを見るような人じゃないんだ。

 

「わたしだけ見てほしいとかじゃなくて、あの人にはみんなを見てほしいから」

「…………音瑠香ちゃん、面倒くさいね」

「まぁ、陰キャですし」

「そうでもあるけど、自分のイメージを勝手に押し付けてる辺りとか」

 

 自分でも面倒くさい自覚はある。

 確かにわたしだけを見てもらえるときはとても嬉しかったりする。

 赤城さんと一緒の下校時間。オキテさんと通話している時間。露草さんと配信で喋っている時間。そのすべてがわたしにはもったいないものに思えて。

 だからオキテさんが普通の朝活してる時が1番落ち着くんだ。コーヒーを飲んで、ROMしながら朝食を食べる。この瞬間がわたしは彼女にとって誰でもないんだって思えて、ざわついていた心が少し落ち着く。

 

「レモンさんってかなりズバズバ言いますよね」

「ウチの推しカプだからね~」

「今は誤魔化しましたね」

「はっはっは!」

 

 こいつ……。

 

「でもマジで付き合ってんじゃないの、とは言われてるよね~」

「まぁ、エゴサしたらそういうの出てきますね」

 

 わたしだって他人の評価は気にする。自分の名前でエゴサしたり、カプ名で探したりと。

 そうするとちらほら出てきたりするんだ。1件2件ぐらい。おきねるは付き合ってる(断言)みたいなありもしない世迷い言が。

 大体オキテさんはもっとモテるんだから、他の人に目を向けるべきなんだって。わたしなんか……じゃない。わたしばっか見ないでほしいよ、ホント。

 

「ここだけの話、オキテちゃんのこと、どう思ってるの?」

「どうって……」

 

 そりゃあ感謝してますし、わたしと絡んでくれて嬉しいですよ。

 でもそれとは別に、他の人にもちゃんと目を向けてほしいというか、わたしなんか……よりももっと素敵な人がいるんだから。

 

「やっぱ音瑠香ちゃんって面倒くさいね~」

「今の聞いてどうしてそう思うんですか!」

「音瑠香ちゃんは素直じゃないからさ~、建前はいいとして、本音はどうなのかな~って」

「本音、ですか……」

 

 本音、と言われても。わたしが思いつくことはやっぱりさっきのことで。

 自分でも分からないといった方がいいかもしれない。同じ陰キャの人がわたしを好いている、とかなら百歩譲って分かる気がする。同志目線とか、そういうので。

 でも赤城さんに関しては、どうしてなのかが分からない。どうして恋人ごっこを提案したのか、どうしてわたしと仲良くなりたいのか。真実は別にある気がして、怖いんだ。

 どこかに本音を隠してしまって、わたしはそれを見つけられない、と言った方がいいのかもしれない。親が子供の漫画を隠すように。

 

「わたしも知りたいです、自分の本音。そうしたら、もっと素直になれるんですかね」

 

 自分だって面倒くさい生き方は嫌だ。けれど、真っ直ぐな生き方ほど向いていないものはない。

 だから今日も面倒くさく寄り道する。相手のことだけ考えて。

 

「じゃあゆっくり探していけばいいさ。もう少し経ったらバレンタインだし」

 

 バレンタイン。バレンタインかぁ。

 ……ど、どうしよう。手作りとか、わたし無理なんですけどぉ?!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話:青の友情。ほっぺたをプニプニするのは合法?

 バレンタイン。バレンタインって、あれだよね。チョコとかそういうやつだよね。

 人生始まってから大体17年。わたしが恋した相手もいなく、愛されたこともないわたしにとって誰かにチョコをあげるという文化は存在しない。

 あるのはただ、スーパーで半額になったチョコを1個買うぐらいの日だ。

 でも確かにそこにバレンタインデーが存在するわけで。クラスの中もだいぶ浮ついていた。

 

「今年は誰に渡すの?」

「言わなーい!」

「えー、ケチー!」

 

 女の子同士で誰にチョコを渡すのか牽制しあったり。

 

「なぁ。14日って、なにか用事あるか?」

「……ないけどぉ?」

「だ、だよなー! あはは!」

 

 男の子同士で誰がチョコをもらうのか、お互いに監視しあっていたり。

 わたしは特にあげる予定も貰う予定もないのだが、今年はそうも言ってられないかもしれない。

 

「よっす、青原!」

「あ、おはようございます。赤城さん」

 

 友だちでバレンタインデーと言えば、友チョコだろう。

 友だちにならチョコを渡す理由にはなるし、Vtuberの百合営業としてのネタにもなる。うんうん、わたし賢い。やっぱりこういうちょっとした本当が混ざってこそ営業にも味が出るというものだ。

 まぁ。今まさに恋人ごっこ中なので、義理か本命か、で言えば。本命ってことになってしまうんですけども。

 

「青原はどうするん?」

「へっ?! な、何がですか?!」

「チョコ、誰かに渡すんかなー、って」

 

 それ、本人の前で言わせる必要あります?!

 あと勘ぐり方がなんとなく下手、というか、もうちょっと脇道にそれてから本命の話題を持ってくるべきなんじゃないんですか?!

 面倒くさいから、別に直球の話題でもいいんだけども。

 

「赤城さんと星守さんにはあげようかと」

「あ、あたしはともかく、舞にもあげるんだ」

「いつも話してくれますし。クラスで会話できる人、あまりにも貴重なので……」

「あ、うん……」

 

 むしろ赤城さんと星守さん以外に誰がいるって言われたら、先生とか?

 髪を切った最初の頃は男の子とかにも声をかけられたんだけど、数週間経てば誰も話しかけてくれなくなってしまった。

 単純に飽きられてしまったのか、わたしの反応が芳しくなかったのか。それとも後ろで赤城さんが睨みを効かせていて怖かったから、なのか。本当のことは定かではないが、間違いなく言えるのは、そんな中でも話しかけてきてくれる星守さんもまた、優しいということだ。

 陰キャなのに、ギャルしか友だちがいないって、自分で自分が恐ろしいな……。

 

「青原もグループ作ればいいじゃん。顔はいいし、意外と反応面白いから行けるって!」

「意外と、ってなんですか。大体そんな勇気があれば一人ぼっちにはなってません」

「あー。青原、ツブヤイターでも基本話しかけないしねー」

「ぐはっ!!」

 

 そーだよ! オキテさんとしての赤城さんとしか基本話さないよ!!

 あとはレモンさんとか、か。レモンさんはほぼほぼだる絡みだけど、あれだけでも助かるといいますか。

 

「リスナーともダメなん?」

「それを配信で聞いてみたことあったんですよ」

 

 そう。これでも最初の頃に比べたら爆伸びしたチャンネル登録者も300人前後。オキテさんとのカップリングイメージはなくとも、そこそこ配信に遊びに来てくれる方はいらっしゃる。

 同じVtuberだけではなく、本物のリスナーさんなども中にはちらほら。

 嬉しい限りなんだけど、リスナーにも話しかけられない、という問いにあるリスナーが答えてくれた。

 

「そしたら、オキテさん抜きだとわたしには話しかけづらいって」

「草」

 

 え、そんな怖い空気出してる気はないんだけど、と言われるもその場は爆笑に包まれる。

 それどころか、何故か同意の意見まで。ど、どうしてだ……。

 改めてツブヤイターの履歴を見てみたら、確かにそうだと感じた。わたしの呟き、結構無感情というか……。

 

「絵文字やびっくりマークがないから怖いって……」

「あはははははははは!!!!」

 

 ほら、爆笑された。

 女の子としては確かに致命的なんだけど、絵文字ってどうやって使うかわからない。

 ぴえんの目が潤んだ顔文字しか知らないし、他に何があるかって言われたら、手を合わせている絵文字と天使の輪っかが付いた顔文字を合わせて昇天しているようなコンボ技もあって。

 まぁなんというか、キャラデザの件もそうだけど、こういうデザイン関連は本当によく分からないなぁ、って。

 

「てか……。てか絵文字ないから怖いって、そんな小学生みたいな理由でっ! あはは!!」

「笑い事じゃないですって。……その、仮にも恋人なら、助けてくださいよ」

 

 わたしは友だちと思ってるけど、相手は恋人ごっこのつもりだし。その辺はちゃんと弱みを握っておかないと。

 とか脳内で考えながら赤城さんの顔を見ると、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。え、なんで?!

 

「ごめん青原。今のもっかい言って?」

「い、嫌です!! なんか嫌になりました!!」

「えー、青原のケチー」

 

 お返しと言わんばかりに、不満だったわたしのほっぺたをつねってはびよ~んと伸ばす。やめてほしいんですけど。

 見えない範囲からの接触はちょっと嫌だけど、ほっぺたならいいかと思って放置している現状は実はあんまり良くないんじゃないだろうか。

 いや、でも。赤城さんがわたしのほっぺた触ってる時、かなり幸せそうっていうか、簡単に拒否れないような雰囲気しているのが行けないと思うんですよ、うん。

 

 やがて、堪能したのか幸せ成分を補充したと見受けられる赤城さんがほっぺたを手放す。

 まったく。ちょっとヒリヒリするからやっぱりやめて欲しさある。

 

「よぉ、つゆ。青原。相変わらずいちゃついてんな」

「なっ!? い、いちゃつ……っ?!」

「おっす、舞。おはよー!」

 

 あ、あれ? 軽く流された。

 もしかしてギャル界隈では普通のことだったりするのか?

 こう、ほっぺたをプニプニするのは……?!

 

「星守さん、もしかして……。ギャルの世界ではほっぺたはノーカンなんですか?!」

「は?」

「あっ! いや、その。接触技的に……」

「あれよ、友だちとしてアリナシ的な?」

「そうですそれです!」

 

 星守さんが「あー」と納得したように赤城さんとわたしの顔を見比べる。

 え、なんでそんなに難しそうな顔してるの? わたしはただ、友だちとしての接触技として有効打なのか、それとも無効札なのかが聞きたかったんですけど。

 有効打なら、わたしも赤城さんのほっぺたをプニれるし。あー、でも化粧とかしてるって言ってたし、それだったらお化粧剥がれるから嫌かなぁ。

 

 などと考えている最中に、星守さんは答えを出した。

 

「ナシじゃね?」

「えっ……」

「舞、おまっ!!」

「や、フツーほっぺたプニる友だちとかありえんっしょ。なぁ、つーゆー?」

「お、お前ぇぇぇぇぇええええ!!」

 

 赤城さんがまた顔を真っ赤にして、星守さんに向かって怒ってる。

 それをどこ吹く風と言わんばかりに口笛を鳴らす彼女は強いのか、ただ赤城さんが弱いだけなのか。

 何にせよ、ほっぺたをプニプニする友だち関係はないのかぁ。

 ……じゃあ、赤城さんがいつもするその行動の元はもっと別の物なのでは?

 

 考えないようにしよう。そんなの、わたしなんかじゃありえないんだし。

 このやり取りはホームルームのチャイムが鳴るまで続いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話:青の恋人。恋人ごっこ中だから恋人つなぎもセーフ

 始まりました。第二次赤城さんにチョコあげるかどうしようか論争。

 司会はこのわたし、青原文佳がお送りいたします。

 

 という冗談はさておいて、放課後になってしまえば男の子たちは何故か女の子に色目を使うようになり、それを嫌がった女の子がそそくさと逃げ帰っていく教室を眺めて、ため息を付いた。

 そうだよなぁ。バレンタイン、そりゃ学生にとってみれば、大きなイベントかぁ。

 誰が好きとか、誰のことを愛してるだとか。そんなの考えたこともないわたしには遠く眩しい存在にしかならないわけで。

 

 そんな眩しい存在がいるとしたら、そこにいる相方、もとい今は恋人ごっこ中の赤城さんだ。

 ひたすら男子に声をかけられたと思えば、愛想笑いをして速攻で突っぱねている。人気者は大変だなぁ。流石クラスカーストトップの女だ。

 そんな女の子とわたしが仕事とは言え、恋人ごっこの契約を結んでいるんだから変に調子に乗ってしまいそうで困る。もっと冷静に。冷静になれ。

 

「よっ、待たせた?」

「いえ、今日も人気だなぁと思って眺めてました」

「クラス全員に義理チョコ渡す予定なんだから慌てんなって話よ! 帰ろ!」

 

 へー。赤城さんはすごいなぁ。クラス全員に義理チョコって、どれだけお金かかるんだろう。

 やっぱりバイトしてるとそれくらいお金が入ってくるのだろうか。常に散財しているイメージしかないから、貯金とかはなさそうだけど。

 

「今日はどこに行くんですか?」

「んー、スーパーかなー。チョコ作んなきゃだし!」

「へー……」

 

 ……ん?

 

「赤城さん、チョコ作れるんですか?!」

「まーねー! 驚いた顔してんなー!」

 

 赤城さん、普通にお菓子作れるんだぁ。見た目によらずだいぶ器用なことができる。というか赤城さんにできないことってあるんだろうか?

 もうここまで来ると、できないことなんてありません。完璧超人です! ふんすふんす。みたいに威張れるでしょ。

 

「まぁ、意外でしたね」

「青原は作れなさそう」

「うっ……。まぁ、相手がいませんでしたし……」

 

 たまにグサグサ刺してくるのは本当に無意識なのか、わたしをいじって遊んでいるのか。

 確かにチョコを作ったことはないですけど、あれですよね! チョコを溶かしてなんかなめらかにして型に入れて、冷蔵庫チンして完成、みたいな。

 その程度ならちょろいちょろい。わたしを舐めないでください。一人暮らしウーマンですよ。

 

「今年はいるじゃん。……あたしとか、さ」

「百合営業もしてますしね。あとは星守さんとか……」

 

 あとはオンラインだけど、写真でも撮ってツブヤイターとレモンさんとにか先生にでも自慢しておこうかな。作ったことはないけど、多分やれるやれる。

 などと考えていたら、赤城さんがものすごく不機嫌そうな顔でわたしのことを見てくる。え、わたしなんかやっちゃいました?!

 

「いるじゃん。恋人のあたしとか、さ!」

「い、いや……。それはお仕事の対価と言いますか……」

「……へー、お仕事の対価ってそんなに雑に扱っていいんだー。ふーん」

 

 むしろこういう空気になりそうだったから雑に扱いたかったんですよ!!

 だいたいなんですか、恋人ごっこって! 赤城さんだって好きでもない同性と恋人になる趣味はないでしょ。だからこうやって塩対応を続けていたのに、報酬として頑張りすぎなんじゃないんですか、赤城さんは! もっと自分を大事にしてくれ!

 

「だ、だって。とっ、友だちですし……」

「じゃあ友だち兼恋人のあたしには特別なチョコくれないん?」

「いや、あの……」

「ダメ?」

 

 そ、そういうの反則だってば!

 自分が顔がいいことを分かっててやってるでしょ! 首を少し傾けて、ちょっとうつむきがちに上目遣い。普段は赤城さんの方が背が高いから甘えた風にはしてこなかったけど、こういうときだけきっちりやってくるあざとさ。これがコミュ力ってやつか。甘え方もコミュ力に通じる。わたし理解した。

 理解したけど、自分で出来るとは言ってないよ!

 

 思わず照れて声が出ない。声が出ないとあまりにもガチで照れてる感じが出てきてしまうから嫌なんだ。だからなんかこう、あ、とか。うん、とかそういう軽い音でも出ないと、この空気感に負けてしまいそうだ。

 

「……ふふっ、青原ガチ照れてしてる」

「しっ、ししし、してない、です……」

「いやー、青原いじると楽しいわー! 普段仏頂面で塩対応なのに、いじったらこれだもん!」

「こ、こいつ……っ!」

 

 でも照れてしまったことは間違いないわけで。なんにも言い返せない。

 

「じゃあ本命チョコってことでー!」

「そ、それは聞いてないですって!」

「どうせあげる相手なんてあたしぐらいなもんでしょ? だからいーじゃん!」

「……まぁ、いいですけど」

 

 本命、って言われると、まるでわたしが赤城さんのことが大好きでたまらないみたいな風に聞こえてしまう。

 ま、まぁ。好きですけど、そういう恋愛的な好きが分からないから、友だちとしての好きですよ、うん。友だちとしての。

 

「じゃあ恋人ごっこ始めー! ってことで、手貸して!」

「え、あ。はい」

 

 またもや考え事をしている最中に声をかけられたので、とっさに手を差し出すと、赤城さんは次にとんでもない行動に出る。

 手のひらからゆっくりとなぞるようにわたしの指の隙間に自分の指を滑り込ませる。そしてぎゅっと指を折り曲げれば完成。恋人手つなぎだ。

 

「なっ?!」

「はーい恋人ごっこなー! 一緒のときはこれで移動ってことで!」

「えいやあのそのなんと言いますかそのこれは」

「ごめん、何言ってるかわかんないや!」

 

 動揺しすぎて言語能力が一時的にショートしてしまう。

 え、なんで? いや恋人ごっこだもんな。恋人ごっこなら恋人つなぎも普通なのか? あ、恋人って付いてるもんね? あ、じゃあいいのか。恋人ごっこ中なら恋人つなぎも普通かぁ。

 わたしも恐る恐る指を折り曲げる。触れているのは赤城さんの健康な手の甲。触れてるだけでしっとりと保湿されていて、冬なのに肌がスベスベだった。

 なんか。なんか、すごいなぁ。そんな言葉しか出てこないぐらい、頭の処理スピードが低下していた。

 

「意外とこれ、密着するね」

「そ、そうですね」

 

 それと気づいたことがもう1つ。

 恋人つなぎは意外と距離感が近い。当たり前だけど腕も絡み合っているのだから、赤城さんがすぐ隣りにいて、肩が歩く度にちょっとぶつかってしまう。

 少し隣を向けば赤城さんの顔が近くにあって。目と目があったりでもしたら、なんかもう。照れてしまう。陰キャは目と目があったら死んでしまうんですよ? スーパーに行くまでの間、わたし生きていられるかなぁ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話:青の買物。女子力のロマン

 女2人。恋人つなぎでスーパーへ。

 何も起きないはずもなく。ただただ板チョコ買いに来ただけなんだけどなぁ。

 

「うわ、結構うちらと同じ制服の子、いるやん!」

「まぁ、近くのスーパーですからね……」

 

 だからできるだけ一緒に行きたくなかったんだけどなぁ。

 周りの目線がかなりしんどい。普通の目線じゃなくて、こう。突き刺さるような。お前みたいなのがなんでギャルと一緒にいるんだ、みたいな。

 そうだよなぁ。わたしはクラスでも学校でもパッとしないような陰キャのオタクだし。こんな陽の塊であるギャルと、まさか恋人つなぎでスーパーに行くとかありえませんよね……。

 

「これなら外堀埋められそうじゃん」

「え? 今なんて言いました?」

「あたしと青原の既成事実作れそうじゃんって話」

 

 なんでそういうこと言うかなぁ。

 わたしは友だちでも十分幸せなんですけど、そんな既成事実とか言われたら、ちょっと危ない方向に偏ってしまうのでは。

 

「結構いるよ、同性同士で付き合ってる子」

「ま、まぁ。愛の形は人それぞれですし……」

 

 それをわたしに振りかざされても困るんですが?!

 愛されるという感情をあまり分かっていないけど、好き好き思われること自体は確かに嬉しい。その内容の深さがあまりにも恋愛に寄っているからわたしは困惑しているだけなんだ。

 わたしは恋愛を分からない。人を好きに思うことはあれど、それは家族愛や親愛なのであって、恋などではない。

 赤城さんの愛は明らかに常軌を逸するものだ。友愛というには少しぶれていることぐらいわたしにも分かる。恋と分類するものなのだろう。恋人ごっこって言っているんだから。

 だったらわたしは赤城さんのことが好きか、と言われたら多分だけど首をひねると思う。

 赤城さんから向けられている愛と、わたしが向けている愛が同じなのか、別の物なのか。恋愛という感情を知らないから分からないんだ。

 だから本命チョコにするか、友チョコにするかを迷っているのもあったりする。

 

「お、セールやってるじゃん! 青原はミルクとビター、どっちが好き?」

「んー、甘いのですね。お菓子は甘いものに限る」

「分かるー! ビターはちょっと大人ーって感じで憧れるけど、それはそれとして苦いんだよなー。ほい、甘い方」

 

 緑色の買い物かごに板チョコが数枚入り込む。

 あれ、これで買い物終わりでは? チョコ溶かして、混ぜて型取って冷蔵庫なら、むしろ手間がかからない分、これをこのまま渡した方がよいのでは?

 気づいたら手が動いてた。赤城さんに手渡す形で。

 

「これ、バレンタインのチョコでよくないですか?」

「……ロマンが、ない」

「え?」

「ロマンがないじゃん! こう、なんというか! 女子力のロマンが!!!」

 

 えぇ……。女子力にロマンが必要なことを初めて知ったかも。

 男の子が刺激するロマンは知ってるけど、女の子のロマンって何? 白馬の王子様的な? それとも眠りの森の美女みたいなお姫様願望とか? うーむ、分からん。

 

「前から思ってたけど、青原って女子力欠片もないよね」

「捨ててるとは思いますよ。今までイラスト一本でしたし」

「はいじゃあ、恋人ごっこの一環として手作りチョコも作ることー」

「え、めんどい……」

「文句言わない!」

 

 手渡したミルクチョコがそのままカートの中に放り込まれてしまった。

 あーあ。楽できると思ったのに。

 でもイラストなんかを参考で探す時も、みんな手作りでお菓子を作っているイメージがある。あれって面倒くさくはないのだろうか。出来合いの物を食べればいいと思うんだけど、これは人生経験が欠落した人間が考えることなのかも。

 

「あとはトッピングねー。こっちだったっけな」

「あ、そこのお野菜取ってください。今日作り置き作るので」

「ういー。大根なら他に何がいる?」

「んー、クック○ゥ次第ですかねぇ」

 

 1人暮らしの味方。クック○ゥで今晩の作り置きを選ぶ。面倒くさがりだけど、調味料をいちいち買い足さなくてもいいから楽なんだよなぁ。あぁ、クック○ゥ様に感謝しかないや。

 

「青原の生活ってこんな感じなの?」

「一人暮らしですし、贅沢も出来ませんからね。バイトしたくないですし」

「青原がコンビニでアルバイトするとか、ぜんっぜん想像できんわ」

「そんなこと言ったら赤城さんはどんなバイトしてるんですか?」

 

 そういえば聞いたことがなかった。やっぱりアパレル系なのだろうか。

 この服とかどうですか~って、半ば強引に買わされる奴。あぁいうタイプのお店、ブティックっていうの? 行きたくないから結局ユニ○ロやら、G○になっちゃうんだよなぁ。

 

「…………ないしょ」

「え、なんでですか?! 誰にも言いませんよ?!」

「だから内緒」

「えぇー!」

 

 うわ、俄然気になってきた。

 実はメイドカフェでアルバイトしてて、オタクたちにもえもえきゅんとかしたり。

 ……あながち似合わなくもないから困る。だけど、ちょっとだけもやっとする。わたしじゃない誰かにそうやって媚びてるんだって思ったら。いやいや、Vtuber活動だって大体そんなもんだ。わたしがあまりにも率先してしないだけで、赤城さんはオキテさんとして元気に媚び媚びしてるんだから、今さら気にすることではないはずだ。うんうん。そうに違いない。

 

「はい、この話題終わりだから! トッピングあるよ! ここ!」

「あ、はい……」

 

 もう踏み込めなさそうな雰囲気に何となく後ずさる。むぅ、そんなに聞かれたくないのか。ちょっと残念だ。

 

 トッピングかぁ。いつも英数字が書いてあるチョコしか食べないから、こうやって改めて付属品についての考えも足されると流石に、うーん。チョコの全体像が一気に分からなくなってしまう。

 

「これはチョコスプレーかぁ。あとは中に入れるアーモンド? こっちはチョコで文字書ける奴じゃーん! ヤバ、テンション上がる!」

 

 チョコにアーモンド。あれかな。赤いパッケージの奴。チョコで文字を書くって、それこそメイドカフェのケチャップみたいなもの? チョコスプレーは、チョコに色鮮やかな粒をまぶす。チョコ on チョコ。じゃあチョコの中にチョコ入れてもいいのでは? いやよくないよね? どっちだろう。

 

「あれもいいし、こっちも~! って、青原何してるん?」

「チョコ on チョコがありなら、チョコ in チョコもまたありなのかなー、と」

「あ、ありじゃね?」

「そうですか……」

 

 でも湯煎段階で溶けてしまうのであれば、チョコ in チョコって実際難しかったりするのではないだろうか。ならやっぱりチョコ on チョコで……。

 

「だーもう! この際はっきり言うけど、あたしに送りたいチョコって何?!」

「えっ、と……。うーん……。何チョコになるんでしょうか?」

「はぁ……そっからかぁ……」

 

 チョコを作る作らないにしろ、出てくる単語はこういうものだ。

 多分目標が曖昧だから、どういうチョコを作るか想像つかないんだと思う。

 

「ぶっちゃけ、あたしのことどう思ってんのさ!」

「えっ? ……まぁ、友だち、ですけど」

「でも今は恋人じゃん」

「ま、まぁ……」

「じゃあごっこ遊びなりに、本命チョコってことで作って! これも仕事!」

「は、はい……」

 

 納得はいってないけど、理解はできた。

 まぁ百合営業的にもそういう体で作った方が面白いか。

 となるとやっぱりハート、かな。……ハートかぁ。

 

「青原の本命チョコ、楽しみにしてっから!」

「は、はい。努力します……」

 

 まぁ、とにかく頑張ってみよう。手始めに文字でも書いておけばいいか、ということでチョコペンを買い物かごに入れることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話:青の暗雲。バレンタインデーがやってきた!

 それから数日が経過し、本日はバレンタインデー当日となった。

 もちろん下駄箱にチョコが入っていることがなければ、机の下のスペースにも入っている様子はなかった。

 まぁわたしのような教室の隅っこでボーっとしているような女の子に渡すチョコなんてそうそうないか。

 

 当の本人。つまりわたしはと言えば、スクールバッグの中に透明な袋にラッピングしたチョコが1つ。うーん、ちょっと味気ないかな。でも作って欲しいって言われたし、今日のバレンタインコラボでお互いに食べ合うということをする以上、味気なくても食べられれば問題ない。

 

「青原」

「はっ! はい! って、星守さんでしたか」

「なんか態度雑い」

「そ、そんなことないですよ?」

 

 実はありました。

 声をかけられるならまずは赤城さんから、だと思っていたからか、星守さんが声をかけてきてくれたことが少し意外だっただけで。

 別に星守さんだからガッカリしたわけではない。そう、ガッカリじゃない。むしろチョコを渡す口実にだってなるんだから。

 

「で、今日は。その、挨拶だけですか?」

「もしかして、アンタも実は期待してんの?」

 

 ギクッ!

 星守さんとはちょこちょこ交流してるし、ワンチャン貰えないかなー、と考えていたのは本当のことだった。

 その気持ちが表に出てしまっていたみたい。乞食みたいで嫌だったかな。

 ま、まぁ、そんなことより。あげるものはさっさと献上しなければ。

 

「た、確かに期待はしてましたけど……。これ、星守さんの分です」

「……へー、友チョコ持ってくるとか、感心感心」

「赤城さんの分を作ったら、余ったので」

「余り物かよ」

 

 ケラケラと笑いながら、星守さんは袋のリボンを外してから、中にあるトリュフチョコをひとつまみして、口の中に放り込んだ。

 結局友チョコ用に作ったものとしてはトリュフチョコが定番だって言うので、試しに作ってみた。結構疲れた。世の女子力のロマンというものはなかなか面倒くさくて、1年に1回もこんなイベントがあるんだと考えるだけで億劫になった。

 

「んん~、甘い」

「赤城さんの好みに合わせたので」

「余りとか言ってたもんなー」

「お味のほどはどうですか?」

「……フツー」

 

 うーん、反応しづらい反応。普通と言われたら、まぁ普通かぁとしか答えられない。

 もっと美味しくて満足度が高い代物のほうが赤城さんは喜んだかなぁ。

 一応懐にはもう1つ用意している、本命もどきがあるけど、これを本当に赤城さんにあげていいものやら。

 

「ま、つゆなら喜ぶんじゃね?」

「なら、いいですけど……」

 

 ちょっとは話す、という間柄だが、所詮は友だちの友だち。間に入ってくれる赤城さんがいなくては、会話もあまり捗らない。

 赤城さん、どこにいるんだろう。迷子の子供の気分になってしまったが、そもそも赤城さんは母ではない。妹みたいなやつとは言われたから、姉でもいいけど、同級生を母とも姉とも言いたくはない。

 もう、どこにいるんやら。

 

「あ、つゆなら今日は忙しいかもよ」

「え、なんでですか?」

「まー、アイツ人気者だから」

 

 付いてこいみたいな視線を感じつつ、教室から出て廊下へと進む。

 ……確かに人気そうだ。知らない女の子がデレデレしながら、赤城さんにチョコを渡していた。

 何チョコだろう。流石に義理チョコかな。

 

「アイツ結構面倒見いいし、すーぐ挨拶してちょっかいかけるじゃん? そしたらガチ勢もそこそこいるわけよ」

「……まぁ、でしょうね」

 

 なんとなく。そう、なんとなくだ。

 心にもやもやとした暗雲が立ち込めるのを感じた。

 赤城さんのあの顔は使い慣れた外面の笑顔だ。彼女に裏表はないと分かっているが、クリスマスに一晩泊まった実績があるわたしにとって、物足りなく感じる光だ。

 太陽は辺り一面を広く照らせる。わたしだけに優しいんじゃなくて、周りにだってその笑顔を振りまいていることはよく知っているはずだった。

 でも最近はずっとわたしに付きっきりだったし、もしかしたら赤城さんもわたしのことを特別視してくれているんじゃないかって変な期待を抱いてしまっただけに、使い慣れた外面でさえ女の子に向けてほしくはない。

 

 って、何考えてるんだわたし。そもそも変な期待って。恋人ごっこはあくまでごっこで、特別視も何も、わたしと赤城さんは仕方なく百合営業してるだけだし、裏表がないから外面はみんなに見せても問題ないわけで。

 段々自分じゃない自分が少しずつ傲慢になっていくのを感じて、すぐさま檻の中に閉じ込めたくなる。

 わたしの感情だけど、わたしは知らないモノ。まるでテセウスの船のように、中身が変わっていって、その後出来上がったものもわたしと呼べるのだろうかという問題。

 わたしには、簡単に答えられそうにない問題だ。

 

「どーよ、行ってきたら」

「……いえ、遠慮しておきます。こんな日ぐらいは赤城さんの好きにしておきたいですし」

「…………そっ。でもスキを見て渡しておけよー。今日はコラボなんだろ?」

「まぁ、そうですけどね」

 

 どんなに変わっても、目の前にある予定だけは変わらない。

 なんとかして渡さなきゃなぁ……。

 

 お昼休みもクラスの人に持て囃されてるし、気付けば放課後。

 赤城さんの肩には明らかに疲労の色が見えていた。

 

「さすがに、ここで行ったら迷惑かな」

 

 他人に遠慮して、相手に遠慮して。そうしたらこんな自分本位に引きこもりになってしまって。

 正直に言う。赤城さんがわたしをどう思っているか分からない。だから怖いんだ。チョコを渡すのも、恋人ごっこするのでさえ。

 

 でもここで引っ込んだらコラボでチョコの食べ合いとかできなくなるわけで。

 それはなんというか。……その。嫌だなぁ。と思う。

 赤城さんが迷惑するかもしれない。でも結果的にコラボで迷惑をかけてしまうかもしれない。人は矛盾の中で選択を迷ってしまう時がある。今がそれだ。どちらにせよ迷惑をかけてしまうのであれば、いっそ選ぶ勇気を決めてしまえばいい。

 その勇気があれば、こんな陰キャにならずに済むんだけどさ。

 

 息を吸って、1つ吐く。息を吸って、2つ目を吐く。

 ……うぅ、ダメだ。やっぱり自分から人に話しかけるなんて陰キャ根性が根付きすぎて、スタートダッシュが引っかかってしまう!

 くぅうぅぅぅ!!! 動けわたしの足! チョコを持って、さぁ!

 

「うぅぅぅぅっぅうううううう!!!!!」

「なに唸ってるん?」

「うわぁぁぁあああ!!! あ、赤城さん?!」

 

 白か黒かを選ぼうとしていたら、向こうからやってきていた。

 あ、よかったぁ。結局陰キャだから、話しかけられて安心してしまった。

 

「えっと、これは。その……。気合、ですかね?」

「何の気合なのさ」

「さ、さぁ? えへへ……」

 

 愛想笑いで誤魔化したけど、懐にあるチョコは結局出すしかない。だってコラボで使うし。そのために作ってきたんだし。本命もどきチョコを。

 

「あ、あの……。これ」

「……ぅお、これ、あんときのチョコ?」

「ま、まぁ……。こんな感じかなぁ、って」

 

 大きくハートで作られたチョコ。表面には I Love You と描いてしまったチョコペンのサイン入り。まさかこの歳になってこんな小っ恥ずかしい事を描くことになるとは思ってもみなかった。我ながら反省してる。

 で、でも。赤城さんの反応が良ければ……! って、なんで口元抑えてるの?

 

「え、そんなにブサイクでした、わたしのチョコ?」

「い、いやー? ふぇへへ……。な、なんでもないってマジで。へへへっ……」

 

 なにそのキモオタみたいな反応。

 まぁ一応推しからのチョコだし、間違いはない、か。

 

「いや、マジかぁ。マジかぁ……。めっちゃ嬉しい!」

「そ、そうですか。ありがとうございます……」

 

 やばい。なんだかわたしまで少し照れてきた。

 まったくもって、このギャルはやることがずるい。ニヤけて褒めて、それから他人には見せないようなくしゃくしゃっと崩れた無邪気な笑顔が、わたしだけの太陽が暗雲立ち込めていた心の中を晴らしてくれた。

 

「ほ、ほい! これチョコね! じゃ、じゃあまた後で!」

 

 雑に投げられたお返しチョコを受け取ったら、赤城さんはそのままダッシュでカバンを持って逃げ出してしまった。なんかこれ、見覚えあるなぁ。もうあれから3ヶ月ぐらいか。

 

「……すご、高そうなラッピングしてるし」

 

 流石に今開けたら楽しみを取って置けないよね。

 透明なビニール袋ではなく、ちゃんとしたラッピング袋に包装されたチョコの中身を想像しながら、今日の大一番、バレンタインコラボまで待機することにしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話:青の配信。ガチで作っちゃった

 コラボ配信のときはいつだって緊張する。

 なんたってわたしとオキテさんをそういう目で見られるから。

 仲良し2人組の不仲説なんてあまり聞きたくないだろう。だからわたしが出来るだけツッコミを遠慮しつつ、オキテさんに構いつつ。いつもより気を使うけど、安心できるような場所にしたいから。

 

:待機

:待機

 

『音瑠香ちゃん、そろそろだけど準備はいい?』

「はい、ちゃんと冷蔵庫からチョコ持ってきました」

『そうじゃなくて、配信の方なんだけど……』

「そっちは万全です。わたしの方が先輩なんですから」

『分かってるよー! じゃあ、いくよー!』

 

 オープニングの画面がトランジションによって切り替わり、いつものコラボ画面が配信画面に映った。

 

『おきてーーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよ! 今日もよろしくねー!』

 

:朝(夜)

:おはよーーーーーーーー!!!!!

:おはよう!(夜)

:こんばんわー!

:初見ですが、おはようございます!

 

『うぉ、今日は初見さんもいるー! やっほやほー!』

 

:百合配信と聞いて

:オキマシタワーへようこそ

:初見さんだ囲え囲え!

 

『それをする前に、早く音瑠香ちゃんを紹介したいんだけど!』

 

:すまん

:せやったわ

 

『じゃあ音瑠香ちゃんカモーン!』

「え、なんかこの状態で言われるの気まずいんだけど」

 

 初見さんに構っちゃったからこういうちょっと挨拶がずれてしまった感じになってしまい、ソロ配信との違いを感じてしまう。まぁわたしが気まずいだけだからいいんだけども。

 

「えーっと。こんねる。バーチャルいつも眠たい系Vtuberの秋達 音瑠香です。今日も割と眠いです」

 

:こんねるー

:ねるー

:こんねるー!

:ヒャッハー! 新鮮なオキマシタワーだぁ!!!

 

 実際この時間帯はいつも眠い。ご飯を食べたからなのか、それとも別の原因からなのか。

 どちらにせよこうやってキャラ付けできているんだからVtuberとしての印象付けにはぴったりだ。ともあれ眠いんだけど。

 

「というかなんか今日、人多くない?」

『バレンタインデーだからじゃないの?』

 

:推しカプのバレンタインが見たかったので

:俺らにチョコは……?

:推しカプの栄養を吸いたい

:おきねるからしか取れない栄養素はある

:友だちに紹介されてコラボのアーカイブは全部見ました!

 

 優秀か、この初見さん?!

 わたしとしてはとても嬉しい限りだし、ネットワークの向こう側にいるオキテさんだって同じことを考えていると思う。

 こうやってわたしたちのことを熱心に見てくれる人って、貴重だったりするし。

 特にわたしの方となると、それこそ露草さんぐらいしかいない。まぁその人が今のコラボ相手なんだけどさ。

 

「バレンタインかぁ……」

『音瑠香ちゃん。何か言いたげじゃん』

「いや、チョコ作り面倒だったなぁ、って」

 

:草

:草

:これは陰キャ

:根っからの陰キャ助かる

:草

 

 実際面倒くさかったし。

 余ったチョコでトリュフチョコは作ったけど、最後の食器洗いがもう地獄で。

 今後作りたくないとすら思ってしまうぐらいの工程数だったので、来年以降は高いデパートのチョコでお茶を濁してしまうかも。

 

『でもチョコ作ってくれたじゃん』

「……まぁ」

 

:えっ?!

:あっ、ふーん……

:ツンデレおつ

:陰デレですね

:百合営業助かる

 

『ってことでー! 今回は雑談しながらお互いに渡したチョコを食べてもらうって企画だよー!』

 

:やったー!

:やったぜ!!

:ありがとう神よ

:おきねるがすでにチョコを渡しあった後、だった?!

:需要をわかっている

 

 これを提案したのも実はオキテさんからの方なので、わたしは実質何もしてなかったりする。

 サムネを作る時に、専用のイラストを描いたりはしたけどそれっきり。あ、あとチョコも作ったっけか。

 わたしとオキテさんが一緒にキッチンでチョコを作る、みたいなイラスト。描いてて平和そうだなぁ、かわいいなぁこいつら。と考えつつも、中身がわたしらだと考えたら最後だと思って、無心で描いてたよね。

 でも結果的にいいイラストに仕上がったし、ふたりとも笑顔だし。うん、やっぱり音瑠香もオキテさんも、笑ってる方がかわいい。

 

『じゃー! 早速食べちゃおうかなー! 聞こえるー?』

 

 ヘッドホンの向こう側からガサガサという袋と物が擦れ合う音が聞こえる。

 あまり数は多くない。それはそう。だってわたしが作ったチョコは大きなハート型のチョコレートだから。

 型に流すだけだったけど、作っている最中あのギャルに渡すんだ。と考えていたので、意外と表面はガタガタに仕上がってしまった印象だ。

 

:どんなのか気になる!

:見た目は? ハート?

 

『ちょっち待ってねー』

 

 今日はオキテさんのチャンネルの方で配信をしているのだが、どうやら配信画面に写真が載るみたいだ。大丈夫かな、身バレとか。反射とかしないよね? とか考えつつ、お出しされた写真にわたしも度肝を抜くことになる。

 

:映えとる

:インスタか?

:ハート型だ!!

:加工つよつよ勢だったか

 

「な、なにこれ」

『何って。音瑠香ちゃんが作ってくれたハートのチョコじゃん!』

 

 いや分かってるけど、そうじゃないって!

 輪郭をポワポワしたなにかのエフェクトで囲みながら、中心のチョコを目立たせ、他の周りはぼやけさせている。いわゆるインスタ映えするような写真の加工。

 これがギャルの映える加工の仕方、というやつなのか……!

 

「これ、何時間かけたんですか?!」

『ん、加工ならちょちょいっと』

「そのちょちょいっとって、何時間なんですか?!」

 

:ガチ動揺してて草

:陰キャと陽キャの差がこれか

:ワイも分からん

:Vtuberなのにインスタ加工しないのか

 

 加工するしないじゃない。このレベルの加工をしたことがないだけ!

 多分そういうスマホのアプリを使っているんだろうけど、こんなの聞いたことがない。わたし、知りませんこんな加工の仕方!

 

『まーいいじゃん! あとで教えたげっから!』

「ま、まぁ。それなら……」

『じゃー、いただきまーす!』

 

 固まったチョコが小気味いい音でパキっとマイクに入ってくる。

 こんなにいい感じに固めたイメージはなかったけど、冷蔵庫に入れていたのならそこそこ固まっていても不思議ではないか。

 で、味のほどはどうなのだろうか。星守さん曰く、可もなく不可もなしみたいな反応だったけど……。

 

『んん~、美味しい!』

「ホントですか?!」

『うん、甘すぎず、かと言って苦すぎず。ちゃんとあたしのことを考えながら味を調整してくれたのかなーって思ってさ!』

「うっ、まぁ。そうですけど……」

 

:てぇてぇ

:スゥーーーーーーーーーー

:百合の塔が建っちまった

:ありがとう……

:てぇてぇ

:てぇてぇ

 

 まぁ、確かに気を使いましたよ。甘いのが好きだって言うから、とことん甘めにしようかなぁ、とも考えた。でもミルクチョコ自体が元々甘いから、甘すぎてもしつこいだけかな、と思っていろいろ足したりはしたけど……。

 そこまで分かっちゃうんだ。どんだけ普段からチョコ食べてるんだよ。

 

『あれ、照れてる?』

「照れてない」

『照れてるでしょ!』

「照れてないですってば」

 

:あー、おきねる助かる

:オキマシタワー!!!

:てぇてぇ……

:これがリアルおきねるかぁ……助かる

 

 ホント。こういうグイグイ来るところだけは勘弁して欲しい。リアルでも恋人ごっこだなんて事をしてるから、より一層勘違いしてしまう。

 

「そんなことはいいですから! 今度はオキテさんのチョコを食べます!」

『ういー、どーぞー!』

「まず袋から出して、っと……」

 

 実はまだラッピングされた袋から出してはいなかった。

 こういうサプライズは配信の時に新鮮な反応を見せたほうがいいかなぁ、と考えたからだ。

 リボンを解き、中から少し冷たいチョコの質感を感じながら、わたしは中のものを表に出した。

 

「……おう」

 

:どんなの?

:写真はよぉ!

:実況頼む!

 

「これ、いくつか複数のが入ってたりします?」

『うん! みんなに配る分とかの材料も余ったから、それでね!』

「へー……」

 

 じゃあこの星の形とか、ハートの形とかも、きっとわたしのことなんかじゃなくて、みんなのことを考えたときの余りなのかな。

 ちょっとだけ曇った声を振り払うように、わたしはその中にある1つを口にした。

 口の中には市販のミルクチョコの味がしたけど、なんだかわたしが作って試食した時のと比べて、濃度かな。甘さの深みが全然違う気がする。よく言えば上品で、丁寧に裏ごしされたようななめらかな味わい。

 それから囓ってみると、ふんわりとジェルの味が混ざる。これ、本当にオキテさんが作ったんですか?! 店売りとかじゃなくって?!

 

『えへへ、チョコ作りはいっぱいやるからいろんな味を作ってみたんだ! もちろん、音瑠香ちゃんだけの特別製! みんなに作ったのは普通のチョコだから』

「そ、そうですか……」

 

 わたしだけの特別。わたしのためだけに作られたチョコ。

 こんなになめらかで濃厚で上品な味わいにするのは、きっと時間がかかっただろう。

 それを何個も。何個も。形を変えて、わたしの目も楽しませるために……。

 

「……やっぱり、オキテさんはすごいですね」

『え? 何が?』

「わたしなんかよりずっと上手にチョコが作れて。いろんなこと考えながら作ったんだろうなぁ、って思ったらなんだか負けた気がして」

『……そんなこと考えてないし』

「え?」

 

 その瞬間。その時だけ空気がスッと軽くなって。

 ヘッドホンから聞こえる声が傷ついたわたしの頬をそっと指でなぞるような優しいものとして再生された。

 

『音瑠香ちゃんに食べてほしいって思ったから』

「……わたしに?」

『うん。渡したときはそっけなくてごめんね。でもちょっと恥ずかしかったからさ。ガチで作りすぎたかな、って』

 

 ガチで、って。そんなの。そんなのをわたしにくれたんだ。

 他の誰でもない、わたしに。

 

「……そういうところですよ」

『え、なんて? 小声で聞き取れなかった!』

「なんでもない」

 

:アァーーーーーーーーーーーーー

:あらぁ~

:スゥーーーーーーーーーー

:てぇてぇ

:てぇてぇ

:てぇてぇ

:仰げば尊死

 

 やばい。ホント。本気で勘違いしそうになっちゃう。

 わたしとオキテさんは、赤城さんは百合営業。そう百合営業なんだってば!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話:青の夜長。あたしが頼みたかったから

 配信は好調な様子で幕を下ろした。

 そんなに他人のチョコの渡し合いが面白いのか、と言われれば少し疑問に思ってしまう。だがレモンさんが過去に言っていた女の子同士の百合絡みは健康によいのだとか。

 

『おつかれさーん! 今日もありがとねー!』

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 

 時刻は大体23時ぐらいか。ならもうちょっと喋る時間ぐらいはありそうだ。

 なんとなく、今日は赤城さんと話したい気分だった。

 

「チョコ、美味しかったですよ」

『えへへ~! トーゼンっしょ! あたしが頑張って作ったんだから!』

「赤城さん、何でもできますもんね」

 

 本当に、出来すぎなぐらいに。

 赤城さんは太陽だと常に心の中で例えている。

 太陽みたいな笑顔もそうだし、態度だって。それからVtuberのモチーフも。

 でもそれ以上に勉強もできて運動もやれて。お菓子作りだってこんなに美味しくできて。それから友だち作りも。

 

 こんなわたしでさえ友だちと言ってくれて、こんなに慕ってくれて。自分にはもったいないぐらいだ。わたしの中にふっと現れた、まるで嫉妬のようなモヤモヤだって、本来なら赤城さんに向けていいものじゃない。

 陰キャのわたしが、陽キャに向けていいものなんかじゃないんだ。

 

 だから時々苦しくなる。赤城さんが眩しくて、目を覆いたくなる。

 一人ぼっちでいられずに済んだのは赤城さんのおかげなのに、チャンネル登録者が伸びたのだって全部。ぜんぶ赤城さんのおかげなのに。

 

『そんなことないってば! あたしは青原みたいな特化型の方になりたかったけどなー!』

「……全然器用じゃないので、あまりおすすめしませんよ?」

『不器用でも真っ直ぐに動けてるじゃん。それがカッコイーんだって!』

「……かっこいい、ですか」

 

 かっこいい。その言葉を復唱するだけで、なんとなく心が浮ついた気持ちになる。

 言われ慣れてないどころか、そんな風に褒められたことがなかったから。

 特化型は真っ直ぐ動けててかっこいいんだろうか。わたしからしたら惨めにすがっているようにしか見えない。

 わたしみたいな中途半端に尖った才能があっても、にか先生みたいな本物のにはなれない。

 なりたいからずっと頑張ってるけど、オキテさんのキャラデザだってまだ滞っている。どこまでやればいいのか。どこを着地点とするのか。霧で視界が見えなくなってしまったようで、迷子になっている気分だった。

 

「どうなんでしょうね」

『不満?』

「いえ。自分でも、分からなくって」

 

 結局のところ、あるものと言えば自己肯定感のなさとか、自分のことを信じられないこととか、そんなんばかりだ。

 自分に自信を持っている赤城さんは強いなぁ、って話。

 

『じゃー、教えたげよっか? あたしがあんたに構ってる理由』

「へ?」

 

 それは、なんというか。ちょっと……。怖い。

 

『あっ! 別に悪い話とかじゃないから! オタクってすぐそういうところ悪い風に考えるよねー』

「まぁ、Vtuberはふとした拍子に大切なお知らせから引退があるので」

『それとこれとは別じゃね? あはは!!』

 

 幸いにもわたしは推しが引退、なんてことはなかったけど、引退したらきっと1日は手がつかなくなるんだろうなぁ。

 あの人ずっとゲームしかしてないから、引退する理由が私生活以外だとあんまり考えられないけど。

 

「というかそれ、聞いていいやつなんですか?」

『なんで?』

「いや、秘密にしておこうみたいなのとか、あるんじゃないかなーと」

『なんでよ! 青原みたいに極端に秘密主義とかじゃないし!』

 

 こ、これが陽キャのオープンな視野ってやつなのかな。あまりにも強すぎる。強すぎてまた眩しくなってきた。うぅ、目が痛い。

 

『とーもーかーく! あたしが気に入ったのは音瑠香ちゃんのイラストからなのよ!』

「え、わたしのですか?」

『うんうん。そっから配信見始めて、今に至るってわけ! 最初は青原も音瑠香ちゃん推しなんかなってずっと声掛けそびれてたんよ』

「へ、へー……」

 

 えっと。イラストから見て、配信見始めて。わたしも音瑠香推しだと思って……。

 ん? 結局どこから入ったんだ?

 

『なんかピンときてない感じ?』

「イマイチ点と点が繋がらないっていうか」

『……青原のスマホを覗き見ちゃったんよ』

 

 は?

 

『いや、マジでたまたま! 悪意があったとかじゃなくってさ! 後ろを向いたら青原がスマホ見てっから気になるなーって見たら音瑠香ちゃんがね?!』

「な、なに覗き見てるんですかぁ!!!!」

 

 なるほどなるほど。わたしのスマホから音瑠香の存在を知って、音瑠香の配信に来るようになった。それからわたしのことを知った、というわけね、なるほどなるほど。

 

「覗き魔! 変態ですか!!」

『そこまでは言ってないじゃん!』

「もしえっちな動画でも見てたらどうするんですかぁ!」

『え、青原ってエロい動画見るん?』

「みっ!! 見ません!!」

 

 これっぽっちも興味がないわけではないけど、それは普通家で見るって!

 わたしにはこのパソコンがあるわけだし、じゃぁなくって!

 

「はぁ……。ホント、そのエゴサ力どんだけなんですか」

『気になったらつい、ね。一応ロゴもあったからそれっぽいの探しまくったわ。3日ぐらい』

「どんだけ音瑠香に一目惚れしたんですか……」

 

 わたしとしては、まぁ。嬉しいことですけども。

 そんなに音瑠香のデザインがよかったんだろうか? でもありふれてるデザインな気がする。

 赤城さんが3日探すぐらいには刺さったわけだから、音瑠香にはその価値があったのだろう。

 

『だからよ! それを生み出した青原もすごいってわけ!』

「そ、そですか……」

 

 改まって声を大にして言わなくたって、一応伝わってますし。はい。

 

『キャラデザの件だって、あたしが頼みたいって思ったからなんだよ?』

「それは、お金がなかったからとかじゃなかったんですか?」

『そんなの我慢すれば貯まるでしょ。そーじゃなくって! あんたに頼みたかったの。あたしのことをいっちばんそばで見てるあんたに』

 

 そ、そんな小説や漫画でしか見たことのないセリフを気軽に使わないでほしい。

 いろんなことに鈍感なわたしでさえ、心臓を突かれたみたいにビクンッと反応してしまった。

 大丈夫。これは百合営業の一貫。百合営業百合営業。

 

「ま、まぁ。それなら頑張らないとですね」

『あんまり気張りすぎるなよー』

 

 気張りすぎないで、と言われても。わたしにはないものを出せと言われているんだ。それに期待だってされている。期待にはしっかり答えなきゃいけない。だから頑張らないと。頑張って、オキテさんを1番オキテさんらしく描かないと。

 

『お、もう0時じゃん』

「あ、本当ですね」

 

 気づけばもうてっぺんの深夜0時。どうやらずっと喋り倒していたらしい。

 

『うっし、あたしはもう寝るわ! 青原も寝なよ?』

「分かってますよ」

『よろしい! じゃあおやすみー!』

「はい、おやすみなさい」

 

 赤城さんが通話から落ちたのを確認して、わたしも通話部屋から抜けることにした。

 さて、キャラデザ案をいくつか考え直さなきゃ。もっとオキテさんらしく、赤城さんらしく。わたしが、赤城さんの1番であるように……。

 

「……? なんか引っかかる言い回しな気が……。気のせいか」

 

 よし、まずはギャル衣装は当然として、清楚っぽい衣装とか、あとは妖精みたいなやつとか。

 赤城さんにはその場で寝るとは言ったものの、結局わたしが布団に入るのは大体2時間ぐらい後だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話:青の迷宮。キャラデザの沼にハマってしまった!

『うーん……』

「ど、どうですか?」

『微妙かなぁ~』

「ですよねぇ……」

 

 バレンタインデーも終えたことで本格的に依頼されていたオキテさんの新衣装案について、にか先生と相談しながら、何枚かラフを描いていた。

 まず最初にどういう方向性で決めるか、というのは事前に赤城さんやにか先生には伺っていた。

 

 3か月活動したオキテさんがより彩度を高めたキャラクターデザインを。

 

 要するにオキテさんらしいデザインを求められていた。

 最初のはあくまでにか先生のイメージであり、本来のオキテさんよりは少し外れたデザインだったとにか先生は反省していた。

 別にそんなことないと思うんだけどなぁ、と露出度高めのオキテさんを見つつ考えていたが、よくよく見れば意外と家庭的なところとか、バイトに熱心なところ、勉強ができるところとかを加えてしまうと、多少ズレていると感じてしまう。

 

 今回のはそういうずれを修正し、本来あるべき姿を取り戻すために、一番親しいわたしに白羽の矢が立ったんだけど……。

 

「わっかんないや……」

『だよね~。いきなりキャラデザなんて~』

「あはは……。それもありますけど……」

 

 何よりわたし自身があまりオキテさんと言えばこれ! というイメージを固めきれていない気がするんだ。

 例えば『ギャル』と一言で言ったって、黒ギャルガングロギャル。白ギャルだっているし、他にはクール系に元気系。怖いタイプのギャルだって存在する。

 そんな無限大の選択肢がある人の性格から、最もそれらしい人格を選び、キャラクターデザインに落とし込んでいくのは至難の業だ。

 

 元気系白ギャル。オタクに優しいギャル。太陽みたいな笑顔。賢い。誰とでも仲良くなれる。わたしには特別優しい気がする。

 いろんなことを思い出してはあーでもない、こーでもないと、ペンと消しゴムを繰り返し使い分けていた。

 

「キャラデザって、考えれば考えるだけ難しいですね……」

『そ~だよぉ~。だかられっきとした技術として仕事にできるんだけどねぇ』

 

 誰かが言っていた。現代人の半分以上は妄想はしても創作的ではなく、自ら何かを生み出すことはしないらしい。

 だからイラストにせよ小説にせよ、何かを生み出せる人は意外と少ないとのことだ。

 イラストレーターとしての仕事があるように、小説家という仕事があるように、スキルは仕事にできる。それを極めれば極めるほど、その人のオリジナルになる。

 わたしはまだその扉の前に立っただけかもしれない。

 作画についてはみんな褒めてくれるけど、キャラデザは未開拓の領域。

 

 にか先生が言っていたが、キャラデザはとにかく試行回数を繰り返すことらしい。

 この短時間で浮かんでは描いて、にか先生に見せては消えていくのはそれが原因だった。

 

『休憩する?』

「いえ、まだ……!」

『はい今強制イベント発生しました~! 音瑠香ちゃんは1回おやすみです!』

「え?! まだまだ疲れてなんか……!」

『キャラデザが雑になってきてたから、脳は疲れてるよ~。ボクはお茶取ってくるね~』

「あぁ……行っちゃった……」

 

 ミュート状態になったマイク入力を見て、1つため息を吐きだす。

 にか先生の言う通り、根を詰めすぎたのかもしれない。吐き出した息からなんとなく疲れの色が見えた気がした。冷蔵庫に何かあったかなぁ……。

 

「……ないし」

 

 お菓子は常備しているつもりだったけど、今日に限って軽いお菓子の類は無いようだった。

 仕方ない、わたしもお買い物にでも行ってこよっと。

 

 ヘッドホンを外してから、軽く厚着をして外へと出る。

 冬の空気は、熱を宿したわたしの頭を冷やすには十分だった。

 でも寒いもんは寒い。身体を震わせながら、コンビニへと歩いていった。

 

 ぼんやり歩きながら見えてきたのは見慣れたコンビニ。多分店員には顔を覚えられているんだろうなぁ、と思う程度には常連だと思う。

 いらっしゃいませ~、という声とともに入店したら、とりあえずは甘いもの甘いもの……。

 

「あ、これ新作出てたんだ」

 

 ほうじ茶味のチョコかぁ。チョコで思い出してしまうが、わたしってあの赤城露久沙からチョコ貰っちゃったんだよなぁ。しかも目一杯チカラが入ったやつを。

 思わず口元が緩む。これを世の男子諸君に見せてやりたいところだ。見ろ! これがクラスカーストトップのギャルから勝ち取った手作りチョコだー! ってね。

 自分で考えたら逆に惨めになってくるのでやめておこう。そこまでわたしの性格は悪くない、はず。

 

 店内を見て回って、後はジュースでも買おうかなぁ、と思っていると目についたのは雑誌コーナーだった。

 女の子って、こういうティーン雑誌を買ってファッションの勉強をしたりするんだろうか。

 1冊手にとって見たけど、コンビニの雑誌にはテープが貼られており中身を立ち読みできないようになっている。でも表紙は見れるしいいか。

 そこには決めポーズを取って、モデルらしい堂々とした立ち振る舞いをしている女性がいた。

 時期的には春服の特集だろうか。露出度が低く、目で見て可愛らしい、かっこいいが伝わってくるファッションで、物事を知らないわたしでも「あ、なんかいいな」と思う。

 お財布の中身はちょっと心もとないけど、試しに買ってみようかな。キャラデザの参考になるかもしれないし。

 

「それに、赤城さんに服をプレゼントする時に参考になりそうだし」

 

 彼女の諸々のサイズさえ知らないのに何を言っているんだ、って思うけど。これぐらいはお世話になったし、日頃のお礼ってことで渡してみたさがあった。

 

 購入してそのまま家に帰ると、ミュートされていたにか先生のマイクがオンになっていることに気づく。

 

「お待たせしましたか?」

『ん~ん~! ボクもゆっくりしてたところだから大丈夫だよ~』

「ありがとうございます」

 

 結局ほうじ茶味のチョコと飲み物にカルピス。それから似合わない雑誌を買ってきてしまった。

 テープを取ってからページをパラパラとめくる。別にファッションだけの雑誌じゃなかったらしい。若い世代のアンケート結果とか、デートならこことか、そういうことがたくさん載っていた。

 ひょっとして、これを読み込めば今の最先端が分かるのでは?!

 無敵気分で読み進めていたけれど、途中で気づく。流行というものが如何に早く過ぎていくものなのかを。

 

「今、たまたま雑誌買ってきたんですけど、なんで流行ってすぐ去っていってしまうんでしょうか?」

『急に哲学的な話するねぇ~』

 

 哲学なのか? まぁいいか。とりあえずチョコも一口。んん?! これ美味しい!

 

「あ、あと! チョコ美味しいです! ほうじ茶味の!」

『それボクも食べたよ~! 美味しいよね!』

「チョコの味と、ほうじ茶の雰囲気が口の中でこう、ふわっと混じって。いい感じです!」

『ふふふ、かわいいねぇ』

「どこにそういう要素ありました?」

『ううん。これはオキテちゃんも惚れるわけだなぁ~って』

 

 惚れる要素あったか? まぁいいか。後は作業中にパクつくとして、そろそろ作業に戻ろうっと!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話:赤の天才。気晴らしにデート行こうぜ!

 青原が悩んでいるのは知っている。

 にか先生にも聞いていたし、ツブヤイターでもよくつぶやいている。

 キャラデザが分からなくて悶々としているらしい。

 あたしには産みの苦しみなんてものは、やったことがないから理解できない。だから青原の辛さをあたしがどうこう言えることはなかった。

 

 でもさ。あたしの好きな人がさ。教室で頭抱えながらペンを走らせている姿を見ると、申し訳ないなって気持ちとか、あたしのせいでこんな風に苦しめてるんだって考えたら、ちょっと病み気味になっちゃうわけで。

 あたしにできること、なんかないのかな。

 

「はぁ……」

「人んちに来ておいてため息とはどういう了見だ」

「お茶持ってきたん?」

「図々しいなぁ。持ってきたよ」

「おぉ! さすが神様仏様舞様!」

「お茶とお菓子持ってきただけでずいぶんな言い方」

 

 貴重な休日の日。きっとあいつは今日もウンウン悩みながらキャラデザを描いているんだろうなぁ。それを手伝えることなんてできずに、あたしは暇を持て余してる。

 なのでせっかくだと思い、舞の家に遊びに来た感じだ。

 口は悪いが普通の一般家庭の女の子らしい部屋にどことなく安心する。青原の家は人というよりも何か別の生き物が住んでいるような生活感のなさだったからなぁ。

 

「で、なんか用?」

「まーね……」

「どーせ青原関連でしょ?」

 

 そのとおりである。

 というか最近のあたしが悩んでいることは大体青原関連以外ない。

 Vtuberのオキテとしての悩み事もないわけではないが、リアルの方を優先するので気分が悪いオタクはバッサリ切ったり放置したりしている。

 そういう節度がなってない相手への対応も何故かウケている原因の1つらしい。あたしはただ時間を無駄にしたくないだけなんだけどな。

 

「青原、いま修羅場でさ」

「浮気されたん?」

「してない! てか青原にそんな度胸ないし!!」

「ま、だろーな」

 

 あたしに青原の何が分かると言われたら、何もわからないです。って正直に答えるけど、普段の態度を見ていたら浮気された、ではなく。寝取られたぐらいの勢いでしかない。

 顔はいいからそれはそれで不安なのは間違いない。クラス替えが心配だよホント。

 

「てか、まだ付き合ってないし」

「ヘタレだなー」

「ちげーし! 青原が全然気づいてくれないんよ!! あたしはめっちゃ好き好きムーブかましてんのに!!」

 

 にぶちんとか鈍感とか。あぁ言うのってフィクションの中だけのおとぎ話だと思っていたが、よもやよもや。あんなにも人の好意に鈍感な女が居ただろうか。

 しかもアピールしてるのにはちゃんと反応しているから、単純に自分をそういう目線から外して考えているからだろう。

 自分に自信が持てないから、自分を好きな人が信じられない。だから鈍感になっている。という考え方は確かにありそうだ。

 

 ここで最初にもどってくるけど、そのために青原がいま修羅場っている。つまり自分に自信を持たせるためにキャラデザという沼に足を突っ込んで最適解を探しているのだろう。

 それに対してあたしが何もできないのが、ただ辛いだけなんだ。

 

「めんどくさ」

「いーじゃん別に。重たい女でけっこーですー!」

「まぁ仕事として受けてる以上、中途半端なものは出せないっていうアイツの気持ちも分からんでもないけど、そんな悩むことか?」

「わっかんない。そういうクリエイターのこだわりとか、あたしらには理解できないからね」

「せやな」

 

 あたしにできることがあれば遠慮なく相談してほしいとも思っている。

 でもそんな奴ではないのは知っているし、自発的に何かができれば彼女はもっと友だちがいっぱいいることだろう。

 

「結局、あたしは青原の何なんだろー、って考えたらマジ病む」

「つゆ、マジでメンヘラに片足突っ込み始めたな」

「え、マジ? ぶっちゃけあたしもそう思ってる」

 

 ネットでは散々ネタにされているけれど、実際自分自身がそういう面倒な奴になったと自覚し始めてるのはちょっとなー。

 この前の配信でだって、コラボじゃないのに無意識に音瑠香ちゃんの名前を呼んでたぐらいだし。どんだけあいつのこと好きなんだよ、あたし。

 

「もういっそ恋人にでもなれたら、いろんなことしてあげるのになーー!!」

「例えばコスプレとか?」

「あーもうやるやる!」

「何系行く?」

「アニコスとか?」

「もうやべぇなそこまで行くと」

 

 いやいや、好きな奴のためなら、あたしは何でもできる気がするよ!

 痛いのは流石に勘弁だけど、それ以外だったら青原が望むなら。って、これも重いな。

 

「そうでなくとも、友だちなら話ぐらいは聞くのになー」

「それはマジでそう。抱え込みがちなんよアイツ」

 

 でも自分から依頼した手前、催促になってしまわないか少し心配でもある。

 繊細な相手は、毛ほどのダメージでも巡り巡ってずっと考えてしまう。だからあんまりストレスを与えないように接してきてはいるけど、今はあたしが与えている側になってしまっているんだ。

 どうしたもんかなぁ。あと単純に喋りたいし。うーむ。

 

「呼び出して告白でもすれば、気分良くなって筆が進むんじゃね?」

「んなバカな」

「でも気晴らしは必要っしょ。缶詰しすぎても身体にも悪いわけだし」

「まぁ……」

 

 ずっと考えてばかりで、煮詰まって気晴らしもできないのが今の青原。

 あたしにできることがあるとすれば、確かに話し相手か気晴らしの相手になれるぐらい、か。

 ん? 待てよ。それじゃね?

 

「分かった。デートに誘えばいいじゃん!」

 

 話し相手になり、気晴らしにもなり、さらにキャラデザのアイディアも浮かぶかもしれない!

 となったら、デートしか勝たなくない?!!

 

「……つゆ、天才じゃね?」

「せやろ?!」

 

 よし、こーなったら! デートの準備して、約束を取り付けなきゃ!

 待ってろよ、愛しの青原!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話:赤の勧誘。てこでも動かん女は強引に引っ剥がす!

「よっす、青原!」

「…………」

 

 うわー、とんでもなく集中してるじゃん。

 気さくに話しかけておいてあれだけど、こうやって過集中しているところに声をかけるの、お邪魔だったかなー。

 流石に上からだと本気であたしに気づかなさそうだし、とりあえず前の席にでも陣取って青原のことを見てるとしよう。白石くん、ごめんねー、ここちょっと使うからー。

 

「…………」

 

 それにしても、ホントに顔だけはいいんだよなこの女。

 顔を隠すようにひたすら生きているせいか、背中を丸めている様子しか見たことないけど。胸とか反ったことあるのか? 実は胸を張ったら結構おっぱいでかいんじゃ……。いや、前に見たことあった気がするけどそんなになかったわ。

 真剣に考え事をしながら、描いては消してを繰り返している。スマホアプリってすごいなー。こんなちっさい画面でも絵がかけるんだから。

 でもやっぱりあたしが注目しちゃうのは、瞬きすら忘れてしまいそうなほど、ぱっちりと目を開けて、目の前の出来事だけを見つめた青原の姿勢だった。

 本当に好きなんだろうな、イラスト。あたしにはそういう突き詰めたものがないから、憧れるっていうか、素直にかっこいい。こういうときばかりは普段のおどおどした態度や落ち着かない仕草なんかはなくなっていて。

 立派なアーティスト。あたしの目にはそう映っている。

 

「……あとはここの髪飾りは、太陽で…………」

 

 青原はあたしにとっての新月だ。

 月の光は本来真っ暗な夜を少しだけ見えるように照らしてくれる。でも新月の日はそんな照らしてくれるような存在は見当たらない。当然だ。月が見えなくなってしまっているんだから。

 わたしなんか、わたしなんか。そう言って周りからは隠れて生活しているから、周りの人は誰も見やしない。今日もただ何もないが見えているから。

 でもあたしはふと気づいた。そこにいるのが当たり前かもしれないけど、空気みたいな存在かもしれないけど、新月の日でも月はそこにいるって。青原はいつもそこにいてくれているって。

 

「あたしならそこ、三日月とかにしたいけどなー」

「……そうですか」

 

 返事してくれた。やった!

 数秒後、硬直の魔法が解かれたようにゆっくりと青原が頭を上げる。

 目と目があった。

 

「よっ、青原」

「うわぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 引くほどビビったのか、思わずのけぞる青原。そのままバランスを崩すように後ろから椅子が倒れていく。ちょっとそれはアカンっしょ!

 慌てて青原の腕を引っ張り、なんとか椅子からの転倒を防ぐことに成功した。あぶなー。

 

「はぁ……はぁ……びっくりしたぁ」

「めっちゃビビってるじゃん。草」

「何が草ですか! ホント……。心臓に悪いんでそれマジでやめてください」

「あたしはただ太陽より月のほうがいいなー、って思っただけだもーん」

「何がもーんですか、たく……」

 

 なんとか呼吸を整えようと、肩で息する彼女は胸に手を当てて、すぅーはぁーと深呼吸を重ねる。

 久々に青原をいじれて大満足だ。

 

 しばらくして呼吸が整った青原は、軽くお辞儀をして挨拶を返してくれると、あたしに話しかけた要件を聞いてくる。

 待ってました! 意を決して今回話しかけた理由を声高らかに宣言した。もちろんクラスのみんなには聞こえないように。

 

「デートしよ!」

「なっ?! なんでですかぁ……」

 

 ふふふ、どーせ否定的な意見から入るのは目に見えていたよ。あたしを誰だと思ってるんだ。青原ガチ恋勢の赤城露久沙だぞー?

 

「したくないのー?」

「べ、別に……。その、でも。お仕事とかありますし」

「恋人とのデートよりお仕事を優先するんだー」

「ご、ごっこじゃないですか」

「でも恋人だしー」

 

 まぁ、まだ告白の欠片も何ひとつしてないから、そういう逃げに走ったんだけども。

 ぶっちゃけ今回に関しては青原に何かお返しができればいいと思って、口にした恋人ごっこだったけど、思ったよりもそれが負担になっていたみたいだ。

 この子のことだ。どーせ自分の存在があたしの負担になるとかならないとかで、さっさと仕事を終わらせたかったに決まってる。それかお仕事の方を真面目に頑張りすぎて、あたしのことなんか目もくれてない場合も。

 だったらこの際、ハッキリ口にした方がいいに決まってる。

 

 このデートの目的は、青原の息抜きが主題だが、あわよくばあたしが告白する口実でもあった。

 

「でも、お仕事。早く終わらせたほうがリスナーの皆さんのためにもなりますし……」

「そうやって仕事を詰まらせてるの、割りと丸わかりだからね?」

「え……っ?!」

「配信でも割りと愚痴ってるし、ツブヤイターでも頭抱えてるの何回も見てるし。あたしだって音瑠香ちゃんファンなんだから心配するって」

「まぁ、うん……」

 

 どうして詰まらせているのかは知らないけど、大きなキャラデザが初めてということであれば悩むのも分かる気がする。

 でもそういうのは大体息抜きでシャワーを浴びたら案外すんなり出てくるものだと思う。にわか知識全開だけど、悩んでることってのはシャワー浴びている間にどっか行っちゃうものだ。

 

「じゃ、こうしよう! あたしプロデュースのデートプラン! 考えてあげる」

「あいや、でも行くって決めたわけでは……」

「全部あたしの奢りで、1日あたしを独り占め! こりゃあもう行くしかないよね!」

「あぁ、あの……」

「ね?」

「…………はぃ」

 

 我ながら強引すぎたかな。まぁ、こうやって強く腕を引っ張らない限り、椅子に張り付いててこでも動かずに絵を描いてそうだったから、たまにはこういうのも悪くないはずだ。

 

「大丈夫だって、配信のネタにもなるし!」

「ま、まぁ、そうですよね……」

 

 実際、何回か放課後デートみたいなことはしたけど、1日ずーっと青原と一緒にデートというのはやったことがなかったと思う。

 あいや。クリスマスのときは1日中ずっと一緒に居たか。でもあれは配信があったしノーカンというか。楽しいのと恥ずかしいので愛してるゲームから先、あんまり記憶に残ってなかったと言いますか。

 配信アーカイブを見て初めて気づいたよ。あんなにガチっぽく言ってたなんて。それに気づかない青原も青原だけど。

 

「よし! じゃあ今週の土曜日11時に駅の白いオブジェの前集合ね!」

「あ、はい……」

 

 よーし、約束はちゃんと取り付けた! 少々強引だったけど。

 なら今度は青原と行きたい最高のデートプランを考えなくっちゃ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話:赤の交遊。楽しみだとよくあること

 考えて考えて、いろいろ雑誌とかインターネットで調べてみて、あたしも恐らく青原も同じく楽しめるであろうプランを書き記してみた。

 これでも男女の交際したことはないが、友だちとのお出かけの際にどこどこに行く、みたいなプランは常に考えてたりするんだ。あたしの考えに間違いはないはず。

 とはいえ、相手はあのドが付くほどの陰キャ青原。これでちゃんと楽しんでくれるかは、相手次第なところがあった。

 

 まぁ、なんというか。あたしだって不安だよ。好きな人に楽しんでもらえるか分からないから。

 だから精一杯青原の事情も加味して、作り上げたこの青原デートプランをあたしもいっぱい楽しむんだ!

 

「って、早く来すぎたかな……」

 

 約束の時間は午前11時。あたしが待っているのは午前10時半。30分待ちぼうけだ。

 流石に早く来すぎたと自分でも思う。どれだけ楽しみにしてたんだよあたし。メイクも私服もバッチリキメてきたし、体調も絶好調だ。自分でも不思議なぐらい。

 でも30分かー。お土産でも持っていこうかな。例えば飲み物とか。

 ミネラルウォーターでも持ってきてあげたら、気の利く相手だと思われて好感度上がるかな? それとも甘い系のコンビニスイーツでも持って……。いや、これから行く場所って、基本飲食禁止みたいなところだし、やめておいた方がいいよなー。なら……。

 

「寒いしホットココアでも買ってくるか」

 

 あまりにも寒い。そろそろ2月も明ける、という時期だが寒さとは? と聞かれたらやっぱり寒い。寒すぎる。10分外で待機してたら凍え死んでしまうようなほど寒いのだ。

 ということでコンビニに行こう。まだ来ないだろうし、青原、もとい音瑠香ちゃんの挨拶はいつも眠たい系。その名の通りクリスマスに泊まった日も朝は弱そうだった。ちょっとほっぺたを突いたりしたっけ。可愛かったなぁ、もう。

 

 こっそりスマホで撮った青原や音瑠香ちゃんの写真を見てニヤニヤしていたら、あっという間にコンビニに到着。サクッとホットココアを買ってきて、待ち合わせ場所まで戻ってくると、青原がいた。

 ……。ちょっといたずらしようかな?

 

「おはよ、青原」

 

 ココアでちょっとは温まった手を青原のほっぺたにくっつける。ぴとっ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!? あ、赤城さん?!」

「よっす、青原!」

「びっくりしたぁ……。心臓飛び出すかと思った……」

 

 あたしは鼓膜が1回ないなったかもしれないかも。

 想像以上に大きな声が出た青原に周囲の目線が集中するが、すぐにいつもの日常に戻っていった。

 まったく。青原はあたしのだぞ。散れ散れ!

 

「てか、早かったじゃん」

「まぁ、赤城さんのお誘いですし」

 

 時計を見たらまだ10分ぐらいしか経過していない。

 こいつも楽しみすぎて早起きしちゃった人の1人かぁ? かわいすぎだろー!

 こりゃあちょっとイジり甲斐があるなー。へへっ!

 

「そっかー。あたしとのデート、そんなに楽しみだったかー!」

「なっ! ち、違いますし! たまたま早く起きちゃっただけですし」

「あたしはそこまで言ってないけどなー」

「は、早く起きたから! ……ちょっと早く行こうかなぁ、って」

 

 くっはっ! かわいいなー!! この女かわいすぎる!!

 この素直じゃなさはきっと全人類であたししか味わえないんだろうなー! この面倒くさくってツンデレのかわいさは!

 

「へー、そっかそっかー!」

「むぅ……。そういう赤城さんこそ、今日は早いじゃないですか」

「主催だし」

「……まぁ、そうですけども」

 

 あたしはそれこそ青原とデートするのが楽しみだったからなんだけどね。

 そんなこと言ったら、ちょっと重たい女とか思われそうで嫌だけど。恋人だとしても、その後ろにはごっこ遊びが付く。だから出来るだけ好意は出しつつ隠していきたい。今日、このデートでキメるために。

 

「じゃあちょっと早いけど行こっか!

「そうですねぇ。どこに行くんですか?」

「その前に。ん!」

 

 あたしは事前にホットココアで温めておいた手を差し出す。

 

「ん?」

「手、繋ご」

「……え、っと」

「恋人だし」

「うぅ……」

 

 くっくっく。断れまい! あたしが手をつなぎたいだけなんだけどさ。

 でも青原もまんざらではなさそうな感じはするんだよ。あたしの勝手なイメージだから、間違いだったら謝るんだけども。

 恋人って言葉を出しておけば、仕事がチラついて付き合わなきゃいけないって思うかもだから、ちょっとした罪悪感がないかって言われたら、ある。

 

 こういう時、青原はしぶしぶという顔で冷たい手を差し出してくれる。

 あたしは触れた冷たさを味わいつつ、青原の柔肌を包み込む。やっぱり少しだけ小さい手。守ってあげたくなる可愛らしさ。なんだか、温かい。

 

「ん、温かい。カイロ持ってきました?」

「ホットココア買ってきたんよ」

「いいなぁ……」

 

 あー、寒かったんだ。あたしはまだ開封されていないホットココアを青原のコートのポケットに突っ込んだ。

 

「まだ飲んでないからあげるよ!」

「あ、いや。でも……」

「いやでもなんでもない! はいじゃー行くよー!」

「は、はい……」

 

 かわいいなー、もう。

 肩をくっつけて、恋人つなぎで目的の場所へと歩いて行く。

 とは言え、どこに行く? と聞かれたら食堂なんだけど。

 

「早速レストランですか?」

「うん! 腹が空いてはなんとやら、ってね! ここならカジュアルだしいいかなーって」

「ここ、来るの初めてかもしれない……」

「初タイゼかぁ! じゃあもっといいね!」

 

 イタリアンレストラン、タイゼリヤ。JKと言えば大体ここでご飯を食べてダラダラしているイメージがあるだろう? 実際そうだ!

 安いし、量も多いし、何より普通に美味しい。普段からお金のないあたしも、青原も同じく満足できそうなはずだ。

 それに初めてだったなら、もっと新鮮味があると思うし!

 

 店内に入って、2人用の席に誘導される。おぉ、青原と向かい合わせ! 何故か新鮮だ。

 あー、そっか。いつも隣でいることや斜めからだから、目の前で話すのって意外とそんなにないのか。

 

「何にする?」

「え? いや。えっとぉ……。ちょっと待ってください!」

 

 あれも美味しそうだし、これもよさそう。あー、何がいいかなぁ、って口走っちゃいながらメニューを選んでるのかわいいなぁ。

 そんな真剣な顔にあたしもついニヤけてしまう。こういう天然というか、人が見てるところを気にしないのがまたもう、無防備だなー。

 

「気にしないで、あたしは待ってるからー!」

 

 できればずっと見ていたい。デレデレのガチ恋勢だからだけど、全肯定してしまいそうだ。

 青原がメニューを決めたところで、注文しようとしたが今度はあたしの注文が決まってなかったことに気付いてしまった。急いでミラノ風ドリアを頼むのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話:赤の勝負。ゲーセンは定番っしょ!

「ふー! お腹いっぱい! 美味しかったね!」

「そうですね。こんなに食べても1000円ちょっとはすごい……」

 

 ふふっ、タイゼリヤの魅力に気づいてしまったようだね!

 どんなに食べても何故か1000円前後に収まってしまうという恐ろしい事実に!

 アレってなんでなんだろうねぇ? あたしにもわかんないけど、とにかく安いからいいかなーって!

 

 お腹も満たされたところで時刻はおよそ12時半ぐらい。

 しばらくタイゼリヤでだべっていたのもあったけど、概ね想定通りの時間だった。まぁ、おそらくこれからの方が想定以上に時間がかかっちゃうんだろうなー、とは思ってる。

 

「で、次はどこに行くんですか?」

「聞きたいー?」

「まぁ。今日はあなたに付き添ってるわけですし」

 

 それはマジごめんなんですけどー!

 でもわかってほしい。これは2人のデートだからあたしだけが満足してはいけないことを。青原も満足して初めて成功するイベントなんだ。だからちゃーんと味わってほしいなぁ、これから行くゲームセンターの味わいを!

 

「うわ、え。マジですか」

「え、そんなに」

 

 もしかしてゲーセンに訳あり系の女子高生だったりする?!

 とりあえず手をつないで、入店。中は普通にいつも通りの光景だった。クレーンゲームと太鼓の達人。それからよく分からないゲーム。

 多分奥の方に行けば格ゲー台とか、音ゲー台とかがあるだろうけども、今日はそっちには行かない予定だ。

 

「な、なんか想像してたのと違いますね……」

「どんなん想像してたん?」

「こう、不良のたまり場で日光がやたら入ってなくて、暗くてジメジメとしたイメージです」

「昭和のゲーセンか?!!」

 

 青原の知識が相当偏っているのは分かった。タイゼリヤにも行ったことがないって言ってたし、実は箱入り娘ならぬ、引きこもり娘なんじゃなかろうか。いや、ありえる。だって陰キャだし。あたしも偏見でモノを語っているけれど、青原の世間知らずは相当なものだ。

 まぁ令和のゲーセンはと言えば、そんなに汚いものではなくむしろカジュアルにできている。

 中央には目玉というべきクレーンゲーム台。ちょっと目を移せば子供向けの筐体も置いてるし、むしろ不良が行きづらい施設になったのではないだろうか。

 

「ちなみに、青原が想像してる不良ってどんな感じ?」

「えっ? ……髪型がリーゼントだったり、かきあげてたり、学ラン着崩して目付きが悪い感じの、です」

 

 なにそれこわ。マジモンのスジモンじゃん。あたしでもビビるわ。

 まぁ不良というイメージはそこから付いてるのは何となく分かるけどさー……。

 

「一応あたしも不良よ?」

「なに言ってるんですか。こんなに優しくて人付き合いのいい不良とかありえなくないですか?」

「あんた、あたしが校則破ってるの、実は知らないでしょ」

 

 先生にはちょこちょこ注意は受けているものの、全くもって反省してないし、むしろ悪いとも思ってないから言われても気にしないんだけどさ。

 

「うちの学校、化粧とかネイルとか、そういうの禁止だから」

「あー、確かにそれは知ってますけど。じゃあ赤城さんも何か罰則とかは……?」

「ないね! だって実力で黙らせてっから!」

 

 そう、テストの点数という実力でなぁ!!!

 頭いい相手には何も物が言えなくなる。悲しいけど、学校としては勉強できれば何でもいいのだ。本当に曖昧でいい加減な学校ですこと。おほほ。

 

「……やっぱすごいですね、赤城さんは」

「青原の方がすごいから! ほら、早速遊ぶよ!」

「いや、でも……。は、はい!」

 

 すぐにネガティブに自分を卑下しようとするから、こうやって強引にでも連れ回さないと。

 あとあたしが単純に遊びたいのもある。さーて、まずは何から遊んでやろうかなー、っと。

 

「おぉ! プリファンの筐体、初めて見た……!!」

「なんかいーもんあったー? って女児向けのやつじゃん」

「いや、わたし今これがすごく気になってて。プリティファッション、っていう女の子を着せ替えしてライブをするゲームなんですけどね?! あ、略称はプリファンで、フリフリの可愛い衣装とか、逆にシックでかっこいいスーツとか、それはもう幅広い衣装カードがあって、それらをコーディネートしてオリジナルの女の子を作り出すんですよ! あーもう! こういうのやったことないから分からないけど、待機画面だけでよい……」

 

 あ、オタクモード入ってるな、これ。

 そういやー聞いたことがあるっけ、大人でもこういう女児向けアニメやゲームに熱中するお兄さんお姉さんがいるって。

 確かに憧れだもんなぁ、キラキラの衣装を着て、歌って踊ったりするの。

 子供の頃はちゃんと憧れてたけど、今はお金もあって、メイクもちゃんとできるからいつの間にか卒業しちゃったっけ。……まぁ、あとは恥ずかしかったりもするわけでして。

 

「やりましょう、赤城さん! 2人までできるんですって!!!」

「いや、あたしはいいっていうか……」

「大丈夫ですよ! わたしが動画で見たことあるんで教えます!!!!」

「あー、えっと……」

「キャラデザの勉強にもなりますし!! いいですよね!!?」

 

 普段は濁った川の水みたいな目をしている青原が、今は太陽に反射して透明度が増した川の水にまで変化するとは。悔しいけど、侮れないなプリファン。

 大体、あたしがこんなキラキラしてる時の青原を止められるわけがない。オタク全開な青原を、あたしは止められない。

 あと、ちょっと気になるっちゃ気になるし。

 

「まーいっか」

「よっし! じゃあ早速1000円札崩してきます!!」

「……どんだけやる気なのさ」

 

 これだから手のかかる好きな女は、もう……。

 まぁそういう無垢で純粋なところとかが気に入ってるから、あたしも何も言わないんだけどさ。

 ……。てか、確かにキャラデザの勉強にもなりそうだなー。かるーくスマホで調べてるけど、レア度が上がれば、専用デザインみたいな衣装もあるしかと言ってノーマルカードはどうだと言われたら、質が悪いわけでもない。むしろあまり変わらないっていうか……。

 

「こういう大人っぽいものもあるんだ。あ、コートワンピもある。へー……」

 

 なるほど、これはハマるわけだ。ゲームを知らないあたしでも惹かれるタイプの衣装もあるし。 Vtuberのデザイン的にもこういうのが合うだろうなー、っていうのをカードと合わせて説明できるかもしれない。概ねデザインがギャルと言うよりもアイドルに寄っちゃってるけども。

 

「お待たせしました! さぁやりましょう!」

「はいはい! じゃああたしはこっち?」

「いえ! 赤城さんは1Pで!」

「そこは青原が1Pやりなよ!」

 

 その後は2人であーでもないこーでもないと、試行錯誤していると横から見ていた女の子に「こっちがいいよー」なんて言われて試してみたらより可愛くなって。

 これが俗にいう幼女先輩ってやつなのだろう。

 敬意を払って次の手番を交代したり、いろいろ楽しかったなー。

 

 って! クレーンゲームもする予定なんだって!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話:青の原因。あたしを惚れさせた。1人の人間として

 女児向けのゲームをして、周りに引かれるぐらいのテンションで遊びまくり、もういいかなぁ、という頃合いで今度はクレーンゲーム。

 赤城さんが「任せろ!」なんて言って、よく分からない多分ポピュラーなんだろうキャラクターのぬいぐるみを渡してくれた。

 ゆるキャラ何だと思う。詳しくないから渡されてもはてなを浮かべるだけだが、見てて癒やされるのは間違いなかった。

 

「……赤城さんが、取ってくれたぬいぐるみかぁ」

「ん? なんか言った?」

「え? あっ、何でもないです」

 

 ぬいぐるみに顔を埋めて、盾にする。

 わたし、なんてことを口走っちゃったんだ。

 そ、そりゃあ恋人ごっこなわけだし、それらしいことはするよね。うんうん。例え相手がド陰キャのわたしだったとしても、それは仕方ないわけだから。

 だから赤城さんのためにも依頼は早く終わらせなくちゃいけない。終わらせなきゃ、いけないのに……。

 

「そっ! それじゃあ次はどこに?!」

「おっ! 食いつきいいじゃん! 次はねー……」

 

 このままデザインが決まらなくてもいいんじゃないか、なんて甘えが頭の中でよぎってしまう。

 手をつないで、赤城さんのぬくもりを感じながら、少し肩をぶつけ合ったりして。

 わたしなんかに似合わないような、恋人ごっこをしてて、本当に勘違いしそうになる。彼女がわたしなんかのことを好きになるはずがないのに。

 

「ここって、ネカフェですか?」

「うん、一緒にアニメ見たいなーって思って!」

 

 やってきたのはビル街の一角。わたしでも知っているネットカフェの看板がでかでかと表示されていた。

 そういえば、ネカフェも来るのは初めてかも。憧れてはいたものの、いつも1人だったし家にいるから別にいいかなーって思って行かなかったんだ。

 エレベーターで受付の階に上がると、その場で会員証を獲得。発行料が意外と安かった。

 それから部屋決め。まー、一番安いプランでいいのかなぁ。

 

「あ、ふたりとも1部屋、PC付きで」

「かしこまりましたー」

 

 えっ?! 2人1部屋?! そんなあるんだ。

 PCってことはそこでアニメを見るって感じかぁ。

 赤城さんってどんなアニメが好きなんだろう。やっぱ日常系とか? それともガツガツのバトル系。果ては料理系などなど。最近に限らずアニメは基本幅広い。それぞれの作品にキャラクターがいて、設定があって、展開があって。そんな奥深さがハマるきっかけになったりするんだよねぇ。

 

「よし、ここだねー」

「……え、すご」

 

 PCもある。座椅子もあるし、いざとなれば寝そべったりもできる。

 程よい狭さ。周りだって静かだし、漫画も飲み物も使いたい放題借り放題。

 なんだこの神空間は?! もしわたしが邪悪な悪魔だったらここに閉じ込めて封印しておけば、多分向こう5000年は堕落し続けます!

 

「あたしも数回来たことある程度だったけど、やっぱ楽だわー!」

 

 赤城さんは荷物を放り投げて、座椅子に座り込む。

 それに習い、わたしも遠慮がちにカバンを横においてから赤城さんの隣りに座った。明らかに距離が近い。いい狭さって言ったけど嘘。もうちょっと広くしてくれ。

 

「っはー! 疲れたー! 今日はアニメ見ながらおしゃべりしておしまいにしようかなーって」

「そうですか。いいですね」

 

 なんか落ち着かない。

 慣れない場所っていうのもあるけど、赤城さんの隣っていうのが落ち着かない。

 さっきまで手を繋いでたし、いつも隣りにいるのに、今日はなんだか。余計に意識してしまっているというか。

 あー、勘違いしそうになる。大体、陰キャは優しくされたらすぐに調子に乗ってしまう生き物だ。ひょっとしたらこの人はわたしのことが好きなのかもしれない。とか、そういうことばかり考えてしまう。

 でも大概はそういうのはなくて、陰キャがただ勘違いしているだけ。そのはず。

 

 こんな。こんな心を乱してくる恋人ごっこは早く終わらせなくちゃ。

 じゃないと。……じゃないと。

 

「ねぇ、青原」

「っ! は、はい!」

「今日は、楽しかった?」

「あ、はい! もちろんです!」

 

 楽しかった。楽しかったからわたしは辛かった。

 赤城さんがわたしのことを気遣ってデートを申し入れていたこと。息抜きになれば。そう思ってのことだろう。

 また赤城さんに無理させてしまった。わたしなんかより、もっと大切にすべきものがあるはずなのに。

 

「よかったー! 青原が思い詰めてるの知ってたから、チカラになりたくって!」

「…………」

 

 誰のせいで。いや、わたしが承ったのに、未だにできてないから、か。

 赤城さんはわたしに期待してくれている。だからそれ以上でもそれ以下でもない。

 期待には答えなきゃいけないのに、納得の行く答えがでなくて。わたしにとって朝田世オキテっていったいなんなのか、分からなくなってしまった。

 

「ごめんなさい、心配させてしまって」

「そうじゃないって。あたしがそうさせたって分かってるし、それに……。恋人なんだから心配してトーゼンよ!」

「…………それは、ごっこ。じゃないですか」

 

 最近妙に恋人という言葉を使ってくるのは知っていた。

 だからその度に「ごっこ」という言葉を添えている。そうじゃないと、もしかして。なんて考えがよぎってしまう。

 いや、もう巡り巡ってる。むしろ1番キャラデザが分からなくなっているのはこれが原因かもしれない。

 

 赤城さんを見る度に話しかけてくれるかな? ってソワソワしてしまう。

 オキテさんと一緒に通話していると、なんだか嬉しくなって会話が続いてしまう。

 2人の姿を見て、もっと似合うわたしになりたいと願ってしまう。

 

 紛れもなく、わたしは赤城さんに影響されていた。

 そもそも関係性の始まり方がおかしいんだよ。わたしのVの姿に一目惚れして、わたしに話しかけてきてくれて。そしたら今度はパソコンもモデルも全部買ってVtuber、って。厄介ガチ恋勢みたいなムーブじゃん。

 本当は気持ち悪い、なんて嫌いになって当然なのに、接し方も何もかも1人の人間として扱ってきてくれて。ファンとしても友だちとしても、相方としても。きっと悩みながら適切に接してくれていたんだ。

 優しすぎる。こんなにオタクに優しいギャルがいていいのか?

 都合が良すぎるんだよ、わたしにとって。

 

「っ……。青原、泣いてる?」

「へ……?」

 

 気づけば頬を伝うのは一筋の涙。いつの間にか涙が溢れていた。

 自覚すれば、それは徐々に溢れていく。ヒクヒクと鼻を鳴らして。泣きたくない。こんなところでダサいところなんて見せたくないのに。

 

「ちょっ! 大丈夫?! なんか悪いもんでも食べた?!」

「ズズッ! 違います。違いますからっ!」

 

 恋人でも何でもない同性に、こんなことしてくれるなんておかしいよ。

 でも口にしたくない。吐き出したくない。言ったら絶対嫌われちゃうかもって、わたしなんかが言葉にしたら赤城さんでも許さないかもしれないからっ!

 

 やがて赤城さんは慌てながらもハンカチを取り出して、わたしに貸してくれた。

 ずびずびと、とりあえず鼻水で汚さないように涙だけで濡らして。

 

「あたしさ。青原にどうしても言いたいことがあったんだ」

「……ふぇ?」

 

 言いたいことって、なに?

 もしかしてわたしのことが気持ち悪くなって、関係をやめたいとかそういう。

 わたしが面倒くさいやつなのは分かっている。引きこもりで人とも喋らず、絵を描いてコミュ力を捨てた陰キャ。相手の接し方なんて分からなくて。

 ……気になっている人の考えていることなんて特に分からない。

 

 だからだろう。その言いたいこと、が。とんでもなく怖かった。

 

「あたしはさ、青原が悩んでることがあったらチカラになりたいってずっと思ってるんよ。ず~っと。それこそ音瑠香ちゃんのことを知ったときぐらいから」

 

 そんな前から。でも、わたしには接点がなくて……。

 

「青原と出会って、友だちになって。あたしの気持ちはドンドン膨らんでいった。お泊りとかしたり、恋人ごっことか言い始めたりしたのも、それが原因。ただ青原のチカラになりたかったから」

 

 今までのまとめを口にされて、なんとなく。否が応でも、わたしの中に現れた考えを振りほどく。

 だ、だって。今までそんな素振り……っ! いや、してきたけど。わ、わたしなんかじゃそんなのに値しなくて……っ!

 同時にまさか……。という期待がわたしの中でも膨らんでいった。

 だから急に怖くなってしまった。本当に赤城さんはそれでいいのかって。

 

「い、嫌です。わたしは、わたし1人でもなんとかなったはずなんです。わたしはあなたに好かれるような人間じゃないし、あのまま多分フェードアウトしていく予定だったVtuberでもあって……」

「好かれる人間だよ! 第一……。あたしを惚れさせた。1人の人間として」

「……え?」

 

 その言葉がやけに遠くから聞こえる。

 でも耳の中にはちゃんと、いや、脳裏にちゃんと焼き付いて。

 振り向くことしかできなかったわたしに向かって、赤城さんは世界で1番美しい言葉を口にした。

 

「好きなんだよ、青原のことが!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話:青の理解。心の底からありがとうを

「もう一回言う! あたしはね、あんたが悩んでることがあればチカラになりたい。そのぐらい愛してるから!」

 

 皆さんは、友だちから告白されたことはあるだろうか。同性の。しかも自分には何もないと思っていたはずだったのに。

 でも実際は違うみたいだった。赤城さんの眼差しは真剣そのもので、冗談なんてものがそこに混じってくることはない。

 純粋に、真っ直ぐで眩しい光を、わたしは受け止めてしまった。

 

 信じられない。そんなわけがない。何かの勘違いだ。

 そんな自信の持てなさが先に来てしまうが、同時に気になっている人に選ばれたんだという喜び、嬉しさ、この勘違いは本物だった。なんて浮かれてしまう自分もいて。

 

 だからすぐに返事を出すことができなかった。

 あっけらかんにボーッとしてしまい、ただただ赤城さんの顔だけを見ている。

 でもいくら見たって、そこにあるのは赤城さんがわたしを好きだという事実そのものだけ。

 何度でも言う。冗談なんかでこの人が人を惑わすわけがない。

 

「あはは、やっぱ信じられないみたいな顔してるね」

「えっと、あの。……えっと」

「その顔、あんまり飲み込めてないでしょ?」

「あ、はい……」

 

 お恥ずかしながら。

 だって突然そんな告白を言い出すんだから、戸惑ってしまうのは無理もない。

 もしかして、泣いているわたしに同情していたのかもしれない。でなきゃ、こんなわたしのことを好きになる人なんか……。

 

 そんな言葉が思わず口から漏れてしまってハッとする。

 違う、そんなつもりはない。今の言葉で赤城さんの気分を害してしまったら……。

 そう考えていたけれど、実際の顔を見ていたらやれやれ、みたいな。相変わらずだなぁ、と言わんばかりの顔で少し意外だった。

 

「ほんっと、青原って自分に自信なさすぎでしょ。あたしが告白したのに何なのさ、その態度は!」

「いや、えっと……」

「どうなのさ、あたしに告白されて! 好きだぞって言われて!」

 

 それは、その。なんというか。

 わたしには恋愛経験がない。だから好きになっている感情を知らないし、これが恋なんだとか、愛とはどういうものかなんて、遠い世界の話だと思っていた。

 でも赤城さんと接するようになってからだ。なんとなく。そうなんとなく、1人の人間として。個体としてハッキリと意識するようになったのは。

 毎日赤城さんのことについて考えているし、最近は特にそうだ。

 わたしの中に勝手に入り込んできて、さらにだらだらと居座って。最初は迷惑だった。本当に最初だけは。

 

 今は……。今、わたしが思っていることは……。

 しばらく、沈黙がわたしたちの間を取り巻く。10秒、1分。それとも10分?

 うすーく引き伸ばされた沈黙は実際のところたった数秒何だと思う。

 でも、そのたった何秒かでわたしの考えていたことは、朧気ながら形を丸めていく。

 分からないを分からないなりに形にしても、多分ふわふわしたものが出来上がる。

 

 それでもいい。わたしはそれでも、今この胸の中にあるふわふわしたものを赤城さんに伝えたい。

 

「なんでわたしなんだろう、って思います。他にもたくさんいい人がいるのにド陰キャで取り柄も何もないわたしなんだろうって。……でも、赤城さんはそうじゃなかったんですもんね」

 

 わたしを選んでくれたってことは、たくさんのいい人の中からわたしが良かったと言ってくれたようなもの。

 ド陰キャでも取り柄がなくても、赤城さんはいっぱい喋ってくれて、遊んでくれて。その内わたしのことを好きになってくれて。その気持ちは絶対に間違いではない。だって赤城さんだもん。赤城さんが選んでくれたのがわたしなら、その。半分ぐらいは納得できる。

 

「だから分からないから教えてほしいんです。わたしが好きなことを……」

「……っ!」

 

 さっきまで泣いていたのもあって、多分上目遣いの潤んだ瞳になってしまったのはあざとい部分だと思う。

 けど、教えてほしいんだもん。自信にさせてほしいんだもん。

 わたしのことをちゃんと好きな人がいるんだって。愛してくれた証明が、欲しいから。

 

「……ほんっと、ずるいよ。青原は…………」

 

 赤城さんの暖かい右手がすぅっと髪を撫でる。

 徐々に。そうゆっくりと。赤城さんの顔が近づいてくる。

 く、来るんだ。わたしのことが好きな証明が。

 

 ちょっとだけ怖い。こんなに間近に人の顔が来ることなんてなかったから。

 思わずギュッと目を閉じる。いつ来るかもわからないその暗闇の中は、ただの逃げ場のない逃げ場。怖いって気持ちが助長されるだけの空間。

 でも赤城さんのぬくもりを、優しい手を信じたかった。わたしのことをいつも考えている優しさを。

 

 そう考えていたら、ちょん、っと鼻の頭が何か柔らかいものに当たる感触がした。

 恐る恐る目を開いて見る。すると、赤城さんの透き通った肌が視界全体に入ってきた。胸がトクンと大きく跳ねる。

 目を閉じた赤城さんのまぶた。鼻筋を通って、わたしの鼻の頭と赤城さんの鼻の頭がキスをしていた。

 

 満足したのか離れていく頭。心臓はバクバクで、まともに視線が通わない。

 息は、苦しいけど。でも悪くないって気持ちで、よく分からない。

 よく分からないなりに、安心した気持ちになった。

 

 赤城さんはいつもの太陽のような笑顔でこう口にしてくれた。

 

「分かった?」

「あ、あの……。なんで、口じゃなかったんですか?」

 

 赤城さんの気持ちはすごく伝わってきた。

 けれど唇同士にキスじゃなかったことが、少しだけ分からなくて。そこに安心したのかな。全然分からないから聞く。

 

「いやー、あたしもホントはちゅってしたかったよ。でもなんか強引な気もして。青原も友だちと唇でキスとか嫌かなー、とか考えてたら自然と。えへへ……」

 

 あぁ、この人は。本当に……っ!

 本当にわたしのことを考えて、自分のことみたいに想ってくれてるんだ。

 それが。それが……、すっごく嬉しくて、優しくて……っ!

 気づけば衝動的に赤城さんの胸の中に飛び込んでいた。

 

「あ、青原?!」

「ありがとう。ありがとう、ございます……っ!」

「あたしは、なんも……」

「そんなことありませんっ! わたしのことをいっぱい考えてくれたの、すっごく嬉しかったから……っ! ずずっ」

「……んん。考えてるよ。だって好きなんだから」

 

 少なくともわたしには恋愛の好きが分からない。恋愛経験なんてないし、そもそもひとりぼっちだったし。

 でも今日、その考えは改めるべきだと思った。

 分からないけど、分かりたいと強く願う。だって、こんなにもわたしのことを考えてくれる人がいて、優しく割れ物のように触れてくれる大切な友人を得て。

 

 その人から告白されて。

 ちゃんと答えたい。分からないをちゃんと理解して。そして……。

 

「ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!!!」

「うわぁ! ハンカチ! ティッシュもあげるから!!」

 

 わたしも、赤城さんを好きって言いたい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話:青の進捗。スポーティーに、かわいく!

 それからわたしが泣き止むまで赤城さんはそばにいてくれて。

 でもそれじゃあネカフェに来た意味がない! って言い出して、ジュースとソフトクリームを持ってきてくれた。甘い。甘かった。本当に、赤城さんはわたしに甘すぎるよ。

 アニメを見ながらあれが好きとか、こういう展開が好きとか。そういうのを語り合った。

 意外にもなろう系アニメが好きと聞いてびっくりしたし、それを楽しそうに語る赤城さんを見て、わたしも楽しくなった。

 

 次第に好みの話にもなり、赤城さんが実は辛いものが苦手だと聞いて激しくうなずいた。

 そうですよね、わたしもだいっきらいだあんな味覚の食べ物は。

 人類には毒である辛いものを食べる習慣がある人間は、やはりどこかおかしい、という話をしたら爆笑された。そこまでかー、って。

 

「キャラデザはどんな感じなん?」

「えっと、それがこのぐらいで……」

 

 そういえば本人にはキャラデザの件を話したことがなかった。

 わたしひとりで大丈夫。わたしが頑張らなきゃって、どこか肩肘張っていたんだと思う。

 話してみればこっちの露出が高いのは苦手だとか、太陽のトレードマークが好きとか、逆に要望として走ることも考えたいとも言われて、なるほどぉと一つ一つメモを取っていく。

 そうだよね。多分にか先生はこういうことを本来望んでいたのかもしれない。

 相手の理想を汲み取って、形にしていく。そうしてVtuberというものが出来上がっていくんだ。

 

「なんかひらめきそうかも……」

「マジ?! スランプ脱出じゃん!」

「ただにか先生にはダメだしされるかも知れませんけど……」

「いーじゃん! そんときはまた修正して提出して、みたいなさ!」

 

 それはそれでわたしのメンタルがへこむ、と言いますか。

 にか先生の言い方は結構やんわりしているけれど、やっぱり否定的な意見を言われるとどうしてもシュンっと落ち込んでしまう。わたしが豆腐メンタルなのがイケないんだけども。

 

「まっ! あたしからしたら、長引けば長引くほど、恋人ごっこが続くわけだからいーんだけどさ!」

「ダメですよ、ちゃんと完成させたいですし。……なんか赤城さんと遊びで付き合ってる感じがして嫌ですし」

「おーーーーん?? それはひょっとしてー、あたしのこと好きってことでいいのかにゃー?」

「なっ! ち、違います!」

 

 ま、まぁ。好きには答えたいという気持ちがあったりなかったりはするんですけども。

 ただ曖昧でハッキリとしないまま答えるのは多分ダメだと思って今は返事を出していない。

 赤城さんからは真面目だねー、と小馬鹿にされたが、うるさいと黙らせた。

 そんなんだからこうやって煽られてしまうわけなんですけども……。

 

「袖はどうしましょう? 半袖とか、思いっきりフリフリみたいなのとか」

「うーん、あんまり好みじゃないしスポーティーな感じで!」

「となると……」

 

 段々原案が出来上がっていく。

 イラストが好きと言ってくれた人の前で、その人のことを考えてペンを走らせる。

 もしかしたらこれはかなりの幸せなんじゃないだろうか。

 

「あっ……、もう時間だ」

「え、もうそんなですか?」

「延長でもしよっか?」

「流石にやめておきます。パソコンで出来上がったものを詰めたいですし」

「りょー! あたしは延長でもよかったけどなー」

 

 冗談はさておき、帰りは赤城さんと手を繋いで帰った。

 来たときよりもずっと手に熱がこもっている感じがして、少し嫌だったけど、悪くない感じだ。まぁ、この熱が赤城さんにバレていないといいんだけど。

 

「じゃー、またね!」

「はい、また月曜日」

 

 彼女を改札口まで送って手を振る。なんか、こういうの友だちっぽくていいかもしれない。でもどっちかというと恋人同士が手を自宅に帰っていく感じか?

 前者はともかく、後者はなんというか。はずい。

 あーもう。今日は本当にいろんなことがあった。初めてのタイゼリヤに初めてのゲーセン。初めてのネカフェ。そして、初めての告白。

 全部が新鮮で、かけがえのない思い出で。それからまた考えなくちゃいけない課題で。

 

「わたし、ちゃんと好きって言えるかな……」

 

 夜の月を見上げながら、次第に春を感じる気温と冬を思い出させる白い息が惑わせる。

 彼女のことは好きか嫌いかで言ったら、間違いなく好きだ。でも少なくとも友だちとのそれであって、恋愛的意味なのかが分からない。恋愛経験もないし、友だちが居たことだって、少なくともリアルではなかったし。

 どこからが友だちで、どこからが恋人なのか、もうちょっと明確に示してほしいところだ。

 

 でも、赤城さんと、付き合う。ってなったら……。

 

「ちょっと、嬉しいかも……」

 

 自然と頬が緩んでしまうのを感じてとっさに手で押さえる。

 それでも目元は緩んでしまってるし、もうこれはニヤけてるようにしか見えなかった。

 

 ◇

 

『うん、いいんじゃないかなぁ~』

「よっし!」

 

 それから数日後、お仕事としてにか先生にキャラクターデザインを提出すると見事なまでにすんなり通った。

 

『音瑠香ちゃんにはなかったスポーティーなデザイン。でもその中にある可愛さとか、派手さとかが滲み出てて、ボクはすっごくこれ好きだなぁ~』

「ふへへへ……、あ、ありがとうございます……」

 

 へへへ、べた褒めじゃないか。やったぜベイビー。これでわたしも一端のデザイナーだ!

 じゃなくって。わたしはわたしでもう1つお願いしたいことがあったんだった。

 

「あの、もう1つ。これを見てほしいんですけど……」

『ん~、どれどれぇ~』

 

 SNSに画像を載せる。その画像を見て、何かを察したのだろう。恐ろしくニヤけたにか先生の声が響き渡った。

 

『へぇ~……。これもすごくいいなぁ~!』

「ありがとうございます! オキテさんには秘密で進めてまして。その、にか先生的にはどうかな~、と……」

『うん、すごくいい。それに2人で画面に立ったら映えると思うよぉ~!』

 

 よっし、お褒めの言葉も頂いた!

 あとはこれを……。

 

『はぁ……いいなぁ~。ボクもVtuberになりたくなってきたぁ……』

「にか先生だったら、人気出ますよ。声だって素敵ですし」

『えへへ、ありがとぉ~! それにこれ見てたらボクも百合営業したくなってきたし』

「え?」

 

 にか先生が? 誰と?!

 恐れ多すぎて、みんな引くのでは……。

 

『相手が安心して嫉妬してくれる音瑠香ちゃんとかがいいかなぁ~』

「へっ?! な、なんでですか?!」

『いやぁ、オキテちゃんだったら面白い反応してくれるかなぁ~、って』

 

 鬼かこの人。

 

『オキテちゃん、音瑠香ちゃんのことがすっごく好きなんだなぁ~って思うし、ある程度の浮気ぐらい許してくれるかな?』

「……それはわたしに言われても」

『今度オキテちゃんに聞いてみてぇ』

 

 嘘でしょ、そんな理由でVtuberになる気なのかこの人?!

 にか先生のイメージが段々崩れていくのを感じる。最初はのほほーんとした、繊細なイラストを描かれる絵師だと思っていたら、蓋を開けたらこんな……。

 

『でもオキテちゃんがむくれてるところ、見たくない?』

「えっ……」

 

 想像する。太陽みたいに何でも照らす彼女が好きなわたしと仲良くされて、ちょっと不機嫌になったりジト目をされたり……。

 あれ、クリスマス前の妙に様子がおかしかった赤城さんを思い出してしまう。

 

「ほ、程々がいいです……」

『あらら……。まぁ冗談はさておき、本業の宣伝にもなるかもだし、考えてもいいかなぁ~って』

「その時はよろしくお願いします」

『うん、こちらこそ~』

 

 よし。キャラデザはモデル担当に渡した。

 わたしはわたしでやれることをやって、赤城さんを驚かせてやるんだ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話:赤の驚愕。友達以上恋人未満

「……え、なんだこれ」

 

 それは青原産キャラデザインの新モデルを受け取った数日後のことだった。

 調整も終わったし、さてそろそろお披露目をしようかなー、と告知をしようとした時にそれは現れた。

 真っ黒なシルエットに背景は音瑠香ちゃんのテーマカラー。そして???と銘打たれた謎のつぶやき。

 

 一瞬「大切なお知らせ」が頭をよぎるものの、昨日も普段のように笑っていた青原にそのようなことはないと思いたい。あの子のことだから隠している可能性もあると思うけども。

 とは言え、この真っ黒なシルエット。あたしにも見覚えのないシルエットだった。

 

 こういうのって大抵新衣装の告知だったり、モデルバージョンアップのお知らせだったり。そういうのが該当される。

 そして恐らくこれは前者である。

 

「マジ……?! 音瑠香ちゃんの新衣装?!!!!!!!」

 

 驚きすぎて思わず叫んで隣から壁を叩かれてしまった。

 ごめんお母さん。でもそうじゃないの。今あたしは歴史的な瞬間にいるの!!

 すぐさま拡散&いいねをして、すぐ返答。

 

「『新衣装?! マジ?!!!』……いや、こういうのって画像で匂わせてるし、隠すか普通」

「じゃあ『な、何だこの謎のシルエットは……っ!!!!』明らかに動揺してるじゃんあたし。ウケる」

 

 早くしないと。音瑠香ちゃんのファーストコメントはあたしが頂きたいのに。

 えー。っと。まぁなんというか……。

 

『ワカンナイケド、タノシミ!!!!』

 

「急にアホっぽくなったな、あたし。そーしんっと」

 

 ちなみに何も聞かされてないからガチで何かは分からないけど、このフォルムは恐らく新衣装だ。だってあたしがよく知っているのはパジャマの上にエプロンだ。つまりズボンを着用している彼女の姿だけ。

 でも今回はなんというか……。スカートだ。明確に見えるロングスカートは彼女の奥ゆかしさと陰キャらしさが合わさった代物とも言えよう。

 そして上半身は半袖かなこれ。ってことは夏衣装? え、ちょっと早くない? もうすぐ春だよ?

 髪型はいつも通り。安心するけど、それしか見えてこない。

 

「むむむ……」

 

 気になって夜しか寝れない。朝起きたら青原にでも連絡してみようかな。

 あたしも告知の画像を投下すると、そのままベッドに入り睡眠を取るのだった。

 

 ◇

 

 翌日。学校へとやってきたあたしは先に来ていた青原に昨日の件を聞いてみることにした。

 

「昨日のアレ、なに?」

「……。秘密です」

 

 え、何その可愛い反応。

 ニヤッて笑ったと思ったら、人差し指を口元に置いて、秘密。って何この子。可愛すぎでしょうが!!

 

「えー! あたし気になんだけどー!!」

「ダメです。これは皆さんに向けてのサプライズなので」

「相方のあたしにも言えないことなん?」

 

 ここであたしもずるいことをしてみる。

 少し身を乗り出したかと思えば、ちょっと制服の裾を引っ張って甘えた猫なで声で言葉にしてみた。

 我ながらあざといことをしていると思うが、だって気になるし。上目遣い+猫なで声+袖引っ張りぐらいしたら、男なんかイチコロでしょ。相手は女の子だけど。

 

 案の定目を背けた青原。あらーん? ちょっと耳赤くなってるんじゃないっすか? ん?

 

「そ、それでもダメです。サプライズなので」

 

 でもその答えは頑なに『サプライズ』。これはもう引き出せなさそうかなー。

 1つため息をついてから普通に離れた。あたしにもそこまで隠したいというのであれば、無理に暴こうとするものでもないだろう。

 

「あ、えっと。そうだ。モデル、どうでした?」

「さいっこう! みんなにも見せたげたいわまじで!!」

 

 出来上がった新衣装デザインを見て、あたしは感涙したね。

 まさしくあたしが想像していた朝田世オキテ像がくっきりと見えた気がするもん。

 初期衣装はあくまでもギャルとしての側面だとは思う。あたしがそうしてーって言って、にか先生もおっけ~って描いてもらったものだから。

 でも今回のは青原のあたしのイメージも付与されて、さらにあたしらしくなった気分だ。まさに今までの想像を夜明けしてきた感じだ(?)

 

「よかったです。皆さん喜んでくれるといいですね」

「うん! マジで青原に頼んでよかったわ!!」

「……あはは、ありがとうございます」

 

 遠慮がちに笑ってみせる彼女がまた愛おしく、この子とまた喋りたい、遊びたいと心から思う。

 これでちゃんと恋人にでもなれたらもっと嬉しいんだけどなー……。

 

「あ、あの。これで……お仕事の報酬も終わりってことで、いいんですか?」

「……そーかな?」

 

 あたし、あんまり意識してなかったけど、そういう事になっちゃうよね。

 てか、それってあたしと恋人ごっこしてたのが楽しかったみたいな、そういうことでいーの?

 

「もしかして~、あたしと恋人ごっこするのめっちゃ良かったりしたわけー?」

「い、いやっ! そ、そういうことじゃなくって……っ!!」

 

 まーた耳まで赤くなってる。かわいいなぁ、もう。

 あたしも鬼ではないし、そもそもあたしが好きで恋人ごっこをしてたわけだ。告白もしちゃったし、今更隠すようなことでもない。

 

「まっ! あたしはすっごく楽しかったし、今後も続けていきたいなー、みたいな?」

「えっ……?」

「あるじゃん! 友達以上恋人未満、みたいな関係。今はそれでよくない?」

 

 まさしくあたしたちにふさわしい言葉だと思う。

 友達以上恋人未満。友達以上恋人未満……。えへへ~。繰り返す度にあたしもまたニヤけてしまうなー。

 

「ま、まぁ。それで大丈夫です……」

「素直じゃないなー、もう」

 

 あー、やっぱり。あたしが好きな人が可愛すぎる。

 そんな相手が出した謎のシルエット画像。ちゃんと見たい。どんな新衣装なのか、この目で見てみたい!!

 力強くあたしは拳を握った。今ならあたしは修羅になれる気がする。

 

 バカな話は置いておいて、チャイムが鳴る前にあたしは自分の席へと戻るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話:赤の贈物。音瑠香の新衣装お披露目会

 あたしの初お着替え配信は無事に幕を下ろした。

 そういえば、と思って申請していた収益化が無事が通ったこともあり、実質収益化記念配信となってしまった。メインはあたしの新衣装なんだけどなー。

 

 というか、あたしはVtuberという一つの文明を舐めていたかもしれない。

 この世の中には企業系のVtuberが存在する。そう、お金で雇われて、もしくは契約されて配信しているプロのライバーだ。

 その収入源は何かって言われたら、広告費とかそういうあたしには全然分からないものが裏で動いているのだろう。だったら表では何が動いている?

 その答えはこれであった。

 

「記念配信で5万スペチャ……」

 

 ど、どうやらあたしの配信には石油王がいるのかなー、あはは……。

 ……スッー。はぁ……。嘘でしょ。あたしは趣味と音瑠香ちゃん目的で配信しているような人間だ。取り柄があるとすれば、Vtuberに向いているコミュ力ぐらいだろう。

 それなのにこ、この金額のお金が動いてしまったことに、かなりの動揺をしていた。

 あたしの1か月のバイト代の4/5ぐらい稼いじゃったんだけど……。

 

 なるほど。これを見たらみんなVtuberになりたがるわけだ。あたしだって「ワンチャンVtuberでくっていけね?」って言えそうなほどだ。世の中は全然ちょろくはないんだろうけど、ちやほやされながら、投げ銭されてリスナーのお金で生活していく。

 考えれば考えるほど、悪くないんじゃね? って思っちゃうーーーー!!!

 

 いやダメだ。あたしは音瑠香ちゃんのモノ。だからこのお金は全額音瑠香ちゃんへのスペシャルチャットとして換金して……。

 いやいやダメでしょ! これはあたしを応援してくれた人がくれたお金! だからこれを懐に収めて……。

 

「てか、これ扶養とかどーなんの?」

 

 世間で聞く確定申告って、結局このあたりのお金から計算されるとか聞いたことがあったようななかったような。

 うわ、めんどくさっ! 気軽に収益化なんてするべきじゃなかったかも。

 とりあえずしばらくの間はYItubeのサイトに保管できるみたいだし、様子見しよう。親にも相談! よしこれ大事!

 

「そんなことよりも、早く始まらないかなー」

 

 配信が終わった15分後。なんと音瑠香ちゃんがあたしに合わせるように配信を始めるそうだ!

 なんだよもー! あたしと一緒に新衣装公開すればよかったのにさー!

 リスナーの間でも「あれ新衣装じゃね?」とか「スカートだと?!」とかめちゃめちゃ補足されてるし、隠す必要もないと思うんだけどなー。試しにDMで聞いてみても「オキテさんにだけは絶対教えない」の一点張りだ。

 何故だ。何故なんだ……。にか先生にも聞いてみたが「知っているが口止めされている」らしい。どこまでも秘密主義な、ぐぬぬ……。

 

「まぁでも、今日の配信見ればすべて解決、か」

 

 いったいどういう心境で新衣装を描いたんだろうか。

 やっぱりパジャマ on エプロンがよくないと思ったから?

 それともあたしの告白をきっかけに、何かが音瑠香ちゃんの中で変わったのか。

 分からない。分からないけれど。彼女にとっていい変化だといいなー、と思う。

 あたしのことは、さておきとして……。

 

 配信画面が切り替わり、OPの待機画面へと移動する。

 布団で寝ている音瑠香ちゃんのデフォルメ? ミニキャラ姿がとても愛らしい。

 この姿が見たくて待機画面からわざわざアーカイブ見ることもあるしなー。音瑠香ちゃんはセンスの塊だ。さすねる。

 

「まだかなまだかなー!」

 

 わくわくしながらコメントを打つ。

 最近はもうオキテのアカウントでしかコメントしてない。露草のアカウントはあくまで今までのあたしだったと思えば、使わなくなったのも納得かもしれない。

 

 そうして画面を眺めていると、トランジションが流れていつもの雑談画面と、今まで通りの衣装の音瑠香ちゃんが表示された。

 

『こんねる。バーチャルいつも眠たい系Vtuberの秋達 音瑠香です。今日はいつも以上に眠い』

 

:こんねるー!

朝田世 オキテ:こんねるーーーーーーーああああああああああ!!!!!好きぃぃぃぃぃぃ!!!!

:こんねるー

:草

緑茶レモン:こんこん

:こんねるー! 今日もオキテちゃんがあらぶっとる

 

 だって今日はいつも以上に眠いんだって!

 まぁ確かに春休みに入ってから連絡しても、午前中に起きていることがあまりない。

 もうそろそろ新学期だっていうのに、そんなんで大丈夫か秋達音瑠香。

 

『えー、まぁ。今日は……。なんの配信だっけ?』

 

:え

:新衣装配信じゃないの?

:新衣装と聞いたんですが

 

『え、なんでみんな知ってるの? フツーに秘密にしながら告知したのに』

 

 いや、あれは誰だって分かるでしょ。他のVtuberに疎いあたしでもすぐに分かってしまったんだけど。こういう天然っぽいところがあるから、音瑠香ちゃんは見てて飽きないんだよなぁ。苗字は秋達(飽きたし)、なんだけど。

 

:むしろなんでバレないと思ったw

朝田世オキテ:バレバレだよ!

:シルエット普通に違ったし

:秋達くんさぁ……

 

『えー、ごほん。あはは……。じゃあ早速新衣装に着替えようかなぁ。あーでももうちょっともったいぶった方がいいかな』

 

:グダグダ

:この計画性のなさが音瑠香ちゃんって感じ

:ワイらと雑談したいんか?

 

『いや、別に。雑談したいとかそういうことは思ったことないし。ただちょっとは引き伸ばしたいなーとかしか思ってないし』

 

:ツンデレ

:かわいいですね、音瑠香

朝田世オキテ:っぱ秋達音瑠香なんよなーーーー!!!

緑茶レモン:相変わらずグダグダなんだよねぇ

 

『あー、はい。分かりました! さっさと着替えてきます!』

 

 あぁ、怒っちゃった。

 まぁ怒った内には入らないだろうけど、かわいい扱いされたのが結構照れてしまったみたいだ。

 いつもあたしがいじってるのと同じ反応だし間違いない。

 

 画面端にはけた音瑠香ちゃんは、画面外でお着替えをしたのだろう。

 配信画面に戻ってくると、おそらく新衣装らしきフォルムが表示された。なおものすっごく小さく。

 

『はい、新衣装です』

 

:ちっちゃww

朝田世オキテ:ちっちゃwww

緑茶レモン:ちっさwww

:どこ

:音瑠香ちゃん豆になっちゃった

 

『ふははは! これではわたしを視認できまい!』

 

朝田世オキテ:ちっちゃすぎてつぶしちゃうかも

 

『……じゃあ大きくなりますね』

 

 あたしがこうやって反応した途端そんなこと言っちゃうなんて、なんとまぁかわいい。というか素直じゃない。

 徐々に、徐々に大きくなる音瑠香ちゃんのモデルが見えてくるにしたがって、今までの彼女では少しありえないようなかわいらしい衣装が出てくる。

 

『あ、あはは……。こんなんなっちゃいました』

 

:あ、かわよ……!

:スゥ―――――

:かわ……っ!

 

「ワンピースだったかーーーーー!!! めっっっっっっっっちゃかわいい!!!」

 

 鮮やかな青いロングの髪の毛はそのままに、すらっとした手足を包み込むようなオーバーサイズのワンピース。腹部にベルトを着けて上部の布をたるませているのだろう。それがかえって印象通りの気怠さが感じられて。

 目元だってダルそうに半開き! でも口元はスライムみたいにゆるいし、笑えばめちゃくちゃ優しい笑みを浮かべてくれる。なんだこいつ?! 神か?! 神だったわ!! 作画最強イラストレーターだったわ!!

 

『まぁ、なんというか……。どう?』

 

:よい……

:あかん! そんな顔で微笑まれたらガチ恋してまう!!

:清楚すぎんだろ!!

:あーーーーーーーーーーー死

:オキテちゃんの間に挟まってしまう!! ダメだ、動くな俺の身体!!

:なんでスペチャ投げれんの?

 

 か、かわいーーーーー!!! って昇天しそうになってたけど、その前にもう一つ気になるモノがあった。

 三日月型のヘアピン。見覚えがある。なんというか、クリスマスの時に。

 

朝田世オキテ:そのヘアピン、あたしが渡した奴……?

 

 モデルがぴくりと反応すると、瞳を閉じる。

 思い出に浸るように、リアルではゆっくりと思い出の品を撫でているように優しい時間が流れた気がした。

 

『まぁ。……はい』

 

 そ、そっか……。そっかぁ! もう、なんというか。律儀だなー! このこのこのー!!

 そんなにあたしがあげたプレゼントを大事にするなんて、思いもよらなかったじゃん。

 はぁ、好きだ。常に変わらぬ気持ちがさらに高まる。この女は本当に……っ!

 

 それ以降コメントをしていたけれど、ヘアピンが目に入ってずっとニヤニヤしてた気がした。

 はぁ……。新学期、どうやって顔合わせればいいんだよ、ったくぅ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5章:いつものように幸せな毎日
第62話:青の惰性。明日は何をすれば


 Vtuberを何故続けているのですか?

 最近こういう質問を意見箱から聞かれたことがある。

 

 みんないろんな回答を持っている。

 友だちを増やしたいから。有名になりたいから。夢を叶えたいから。

 それぞれの考えは立派で素晴らしくて、わたしにはない考え方だなと思う。

 

 わたし? わたしがその質問を答えるとき、少し戸惑った。

 首をかしげて、うーんってしばらく唸ってしまったんだ。

 

 どうして? そんなの簡単。わたしにはそれらしい夢や目標をすべて叶えてしまったからだ。

 友だちという名の相方、もとい友達以上恋人未満の関係性の子がいる。

 その子のおかげで登録者数も夢だと思っていた300人を超えて、今もじわじわと伸びている。

 イラストだって自分のキャラデザが結構ウケていることを知ったし、実際に依頼らしきものもDMに投げられており、それらをどうしようか今は保留中だ。

 

 友だちも、評価も、すべてに満足してしまったわたしは、ふとそんな質問を目にして悩んでしまったんだ。

 

「わたし、なんでVtuberやってたんだっけ?」

 

 贅沢な悩みだとは百も承知だ。だが掘り返せど、掘り返せど、始めた理由も達成していればやめる理由も特にない。だから惰性で続けているだけ。そういう事になってしまう。

 

「あはは、よく考えたらオキテさんとかレモンさんとも知り合ってるし、憧れのにか先生ともお話できてるわけだから……。わたしって結構幸せなのでは?」

 

:お気づきになられたか

:せやな

:V満喫してて草

朝田世オキテ:あたしも音瑠香ちゃんと出会えて幸せだよ!

:友達少ない

白雪にか:嬉しいな~

 

 何も懸念することはないんだけど、何もないと言えばそれまでだ。

 だから惰性で続けるならもっと目標を持てばいいんだろうけど、いったいどういう目標を持てばいいのだろう。

 本格的にイラストレーターへの道を歩むとか? それともとりあえず美大でも受験して、絵の勉強とか……。

 いずれにせよ、Vtuberとしての範疇ではないよね。

 

「友達少ないって言わないで。割りと、気にしてるから」

 

:草

:音瑠香ちゃん、オキテちゃん居ないとぼっちだから

:同志よ

:イラストだけの女

朝田世オキテ:音瑠香ちゃんにはあたしがいるし! それ以外は全員いらないっしょ!

 

「オキテさんさぁ、たまにめっちゃ重いよね」

 

白雪にか:わかる

:わかる

:わかる

:特に音瑠香が絡むと

朝田世オキテ:えぇ、そう?

 

 この際だし、いろいろ全部ぶちまけてしまおうか。

 Vtuberを始めた動機も不純だし、それまでなかった機材を一括購入する行動力の怪物といい、これが陽キャってやつなのだろうか。いや、それが朝田世オキテというバーチャルギャルであり、赤城さんって言う距離感バグ人間なんだと思う。

 まぁ、流石にやめておくけど。

 

「わたしは重いと思うよ。まぁここまで引っ張ってきてくれたのは紛れもなくオキテさんだから何にも言わないけど」

 

朝田世オキテ:お、おう……

:デレ

:はいデレ

:キマシタワー

 

「え、今ので?! 別に感謝するくらいはいいでしょ! それより、こっちもできたから見て!」

 

 そう言って話をそらしつつ、出来上がった1枚のイラストを配信上で公開する。

 というのも今日はいつものお絵描き雑談配信。わたしの配信の6割はこれで埋まっている。

 残りは? と聞かれれば、3割はオキテさんとのコラボ。1割はゲームだ。ゲームはその。……マジで苦手なんです。ドン引きされるぐらいには。

 

:おみまいのイラストか?!

:かわいい!!

朝田世オキテ:かわよっ!!!!

白雪にか:あー、かわいー!!

 

「えへへ、ありがとー。最近なんか妙に人気だったし、試しにアニメ見たらドはまりしました」

 

 妹がこっそり盛った薬のせいで、兄がTSして幼女になっちゃうアニメなんだけど、作画も然ることながら、こう。一つ一つの仕草がかわいいんだ! 指先まで骨入ってますねあれは。アニメーターさんが丹精込めて骨を入れて動かしてる。それだけ所作が男らしくも、徐々に矯正されていくのがまた……。

 

「これがTSの文化なんだね」

 

:あかん

:あのアニメはこじれる

白雪にか:あれは歪むね、性癖が

 

「身近にあんな可愛い子が居たら、わたしも突撃してるかな」

 

:おらんやろwww

:陰キャには無理

朝田世オキテ:え、音瑠香ちゃんがそれ言う?

 

 オキテさんのコメントを見て、思考が一時停止する。

 ん? なんかおかしいこと言ってないこのギャル? わたしはそういう所作がかわいい女の子ではなく、ただの陰キャだ。背中を丸めて歩いてたら怒られるし、いつも眠そうにあくびしてるようなそんなダメ人間。分かってるよ、わたしだってそう思ってるぐらい……。

 

白雪にか:オキテちゃんの癖の話ししてる?

:オ、オキテちゃん……?

:オキテネキ???

朝田世オキテ:みんな会ったことないからそう言うんだよ! 音瑠香ちゃんはマジで可愛いから!

 

「そ、そこまでにしましょうか。あはは……」

 

 コメントが完全に沈黙してる。オキテさんがダダ滑りしてしまっているんだ。

 でも本気でわたしのこと、可愛いって思ってるから美容室行ったり、メガネを一緒に買いに行ったりしてくれたのかな?

 それはそれで嬉しいけど、あまりにもガチ恋がすぎるでしょ。あ、いや。ガチ恋だった。この前このギャルに告白されたんでした。

 

「じゃあオキテさんが空回りしたところで、今日はこの辺で終わろうかな」

 

:おつねるー

:おつねる!

朝田世オキテ:ひどー! おつねるー!

:おつおつ!

 

 次回の配信予定などもちょこっと伝えてから配信を閉じた。

 ふぅ、今日も1枚イラスト描けたし、いっぱい話もできたから満足だなぁ。

 

 でもVtuberを続けている理由、か……。

 赤城さんと出会ってから考える暇がなかったから、この半年ぐらいですごく充実したV活になった。だからだろう。赤城さんがいれば、ぶっちゃけVtuberやめてしまってもいいんじゃないかなー、とか考えてしまうのは。

 

「はぁ……明日から新学期、かぁ」

 

 それもこれも、高校最後の1年がもうすぐ始まるからだ。なんかこう、青春ノスタルジックみたいな、そんなのに浸ってしまったんだ。よく分かってない単語を並べただけだけど。

 進路とかいろいろ、ちゃんと決めなきゃなぁ……。はぁ、気が重たい。

 

「ん? DM来てる」

 

 それは噂をすれば、というか赤城さんだった。

 内容は配信お疲れさま! っていう労いの言葉と、明日から3年生だね、という世間話だ。ごく一部を除けば。

 

「3年生も同じクラスになれるといいねー! かぁ……」

 

 ぼんやりと考えて、すぐさま二度見した。

 

「同じ、クラス……?!」

 

 ってことは……!

 

「クラス替えじゃん!!!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話:青の進学。陰キャにクラス替えは、関係ある!

「はぁーーーーー…………」

 

 最近、わたしは学校にもいい加減慣れてきたし、話す相手も増えたし、もうこれは陽キャなんじゃないのか?! って自分で自分を誇張表現することがあった。

 いやだってさぁ、あのクラスカーストでもトップクラスで、容姿も勉学も性格のいい女といい感じの関係になってさ、ついでのように友だちになった(?)星守さんだっているんだから、わたしもカーストトップの女ってわけ!

 上から下々の者を眺めるのは気持ちいいどすな~~~!!! ほーっほっほっほ!!!

 

 なーんて、そこまでは思わないまでにせよ、ちょっとはリアルが充実しているもんだと思っていたんだ。

 陰キャ、というより普通の、一般人よりちょっと下ぐらいのオタクぐらいにはなってたって。

 でもこのイベントで一気に覆るかもしれない。

 

「クラス替え……」

 

 学級が変わることによって、行われる謎の行事。

 一説には優秀な人と無能な人を選別して、クラスの学力の差を開かせる、みたいなクラス替えもあるとかなんとか。

 本当か嘘かは分からないけど、創作の上では頭がいい人がトップカースト。バカはみかんの段ボールを机にして勉強させられるというラノベもある。

 あぁ、恐ろしや。だって、これが本当だったら頭がいい赤城さんと、頭の悪いわたしは離れ離れに。

 そうなったらわたしは誰と話せばいいの……?

 

「……もう登校拒否してしまおうかなぁ」

 

 でもそれじゃあ悪目立ちして本当に友だちを作ることも出来ず。

 赤城さんともいい感じだったけど、だんだん疎遠になっていって……。

 わたし、ぼっちに?

 

「くっ! ぐぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 わたしは学校への通学路を1歩ずつ踏んでいく。これは未来への前進! ぼっちにならないためのぉぉぉぉおおおおお!!!!

 

「何あの子……」

「かわいいのに奇声あげながら学校行ってる。草」

 

「…………」

 

 無口で普通に学校に行こうと思います。

 それが正しい。今ので心が傷ついたからイヤホンを取り出して、なにか音楽でも流そう。

 イヤホンは外界から自分を遮断してくれる素敵なアイテムだ。陰キャにはこれが必需品!

 

 お気に入りのアニソンを聞きながら歩く通学路は、そこそこ気分がいい。

 それは不安交じりの期待が学校にあるからだと思う。

 3年生だから進学のことも考えなきゃなんだけど、それよりも赤城さんとどうにか一緒になれないか考えている。

 やけにこだわるじゃん、と言われたらそれはそうと言わざるを得ない。

 けど、わたしにあんな言葉を口にしてくれる人を雑には扱いたくないし。

 ……それに。わたし自身の答えもまだ見いだせていない。

 

 結論から言えば、わたしは多分赤城さんのことが好きなんだと思う。

 でもこの感情を友だちとしての物なのか、恋人として想っているのかを理解できないんだ。

 何せ友だちも恋人も、どっちもいたことがない。レモンさんとかは近所のお姉さん的立ち位置だと思うし、にか先生に関してはそれはもう師匠というべき相手。

 だから赤城さんと一緒にいれば、その答えが分かるんじゃないかなって、思ってたんだ。思ってたんだよ!!

 

「何がクラス替えだ、ちくしょー」

 

 カミサマが本当にいるなら、なにとぞ。なにとぞ赤城さんとの間を取り持ってほしい!!

 こう、クラスが同じであってほしい! でないとわたし死んじゃうし!!

 

「……おっ、青原ー?」

「カミサマ仏様えーっと……あと何とか様お願いします……」

「なんかおもろいことやってるし」

「あ、え?! 赤城さん?!」

 

 びっくらこいたところで赤城さんが「よっ」とあいさつしてくれたので、わたしもそれに対しておはようございますと口にする。

 うわ、恥だ。このまま地面を掘って埋まりたい。そこでわたしを埋没してほしい。この恥とともに。

 

「で、何してたん?」

「あー、えっと。……クラス替え、どうにかなんないかなぁ、と」

「えっ! 青原もあたしと同じクラスになりたいの?!」

 

 こ、言葉にされるとなんだかこっぱずかしい。

 こういう時わたしは大体「いや、違いますし。ただ友だちがいないだけですし」ってネガティブに返答するんだと思う。

 てかすでにしていた。我ながら素直じゃないなぁ、と思うが、赤城さんの前だと何故だか本音を言えないんだよなぁ。なんでだろう。

 

「えぇ~、恋人はいるのに~?」

「……ん?」

「んっ! ほら、あたし」

「……もしかして、恋人ごっこの件、まだ続いてます?」

「もち~」

 

 前言撤回。このギャルだから天邪鬼になるんだ。大体冗談で動いているような相手に、どう素直になれというのか。試しに今度素直に返事するDAYでも作ってやろうか。

 その時は、自分の死を覚悟するか、隕石が落ちる3日前ぐらいにしたい。

 

「だったら一緒に見ない? あたしも実際怖いし!」

「……赤城さんにも怖いものがあるんですね」

「当たり前っしょ! 辛い物とか、辛い物とか」

 

 それは痛いものだから怖いのでは?

 

「だって気が向いたときに青原におはよ、って言えないし! 好きなんよ、青原におはよーって言うの!」

「……そ、そうですか」

 

 いきなりそんな愛してますよセリフ言われると、結構困るんですけど……。

 耳がちょっと赤くなってきた。なんか、してやられた感じで腹立つ。

 けど、嬉しいのは、まぁ……。そうですけども。そうなんですけども!!

 

「お、ほら着いたよ、学校!」

「は、はい……」

「手ー繋いでってあげるから、っさ!」

「あっ……」

 

 それでも、意気地なしのわたしの手を引っ張って励ましてくれる。

 わたしも、あなたのそういうところが……。す、す……。

 

「こういう時自分の苗字があ行なのマジ助かるわー!」

「…………」

 

 薄眼で左上の方を見る。青原も赤城も同じあ行で、隣同士のはずだ。

 だからわたしの名前を探せば、おのずと……。

 

「おっ! あたしが出席番号2番目だ!」

「わたしは、1番目、ですね……」

「やりぃ! 今年もよろしくね、青原!」

 

 心の底から嬉しいけど、思わず口に出してしまったらまた天邪鬼が出てしまう気がして。

 だから手だけはぎゅっと握って、そこで喜びを示した。

 

「はい、よろしくお願いします。赤城さん」

 

 手を繋いでるときは、1人じゃなくて、2人になって。

 その空間はわたしにとって、心を潤すオアシスのような幸せ空間なんだと、思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話:青の想起。そろそろ1周年じゃね?

 波乱(個人的には)のクラス替えが終わり、慌ただしく新学期の始まりを迎えて数日。

 ようやく落ち着いてお昼休みを過ごせるぐらいの期間に入った。

 そしてもちろんのことながら、わたしに話しかけてくる相手などいるわけもなく。

 

 というか、もう高校3年生ともなると喋るグループなんて決まってるものなんだよ。クラスは違っても休み時間は一緒に過ごせるし、同じところに留まる理由はない。

 だからわたしも見向きもされないのだが。

 それともあれかな。後ろに座っている赤城さんがニヤニヤしながらこちらの肩を揉んでくるのが悪いのかな?

 

「いやー、凝ってますねー、お客さーん!」

「あの。割りと反応しづらい話題なんですけど」

「なにー?」

「そんなこと言ったら赤城さんも結構凝ってるんじゃないんですか?」

 

 でかい。そう、何がかは言わないけれど、とにかく赤城さんはでかいのだ。

 リアルもアバターの方もそうだけど、そんなにあったら男ウケだってとてもいいはずなのに、なーーんでわたしなんかの事を好きになっちゃったかなぁ……。

 まぁ、それで悪い気はしてないんですけども。

 

「あー、一応あたし運動してるし!」

「うぐっ!!!」

 

 まるでわたしが運動してないかのような言い草!!

 全くもって間違いはないのですがね!! もっと散歩でも何なりでも、身体を動かしたほうがいいんだろうなぁ。

 

「そういやー、音瑠香ちゃんってもうすぐ1周年じゃん。なんかするん?」

「え?」

 

 1周年? あれ、もうそんなに経ってたっけ。

 でも確かにVtuberを始めたのはそんな前だった気がする。えーっと配信始めたのがそれこそ……。ヤバい。

 

「なにも考えてなかったです……」

「えぇ?!」

「やらかした……」

 

 ここ最近忙しかったのもそうだけど、3月までの時点で赤城さんとかと諸々いろんなことがあり、1周年もうすぐ! ってところまで気づかなかった。

 ヤバい、流石に登録者300人以上いる配信者が「あっ! 今日1周年らしいです。特にありません」で終わる訳にはいかない!

 たまにそんな事をしているVtuberさんもいるけど、それはそういうキャラクターだと認識してもらっているから許されているのであって、わたしはちゃんとリスナーに感謝をしたいと思っている。

 でもお金もないし、今からイラスト数枚描いてグッズを出すのは至難の業。というか時間が足りるか分からない。

 こう、なんというか外注とか……。いやお金がないってさっき言ったじゃん。えーっと。えっと……。

 

「……あたしとなんかする?」

「へ?!」

「青原が困ってるなら力になりたいし。こういう時の相方っしょ!」

「お、おう……」

 

 その相方がこの前告ってきたんですけどぉ?!

 はぁ。一応今まで通り、いつも通りで赤城さんとは接しているけれど、常日頃から距離感が近いというか。グイグイ攻めてくるから、わたしもアップアップしているんだよ。

 最近は手を繋いだりと、ボディタッチが積極化してきた気がするし。なんだかんだ許してしまっているわたしもいけないんだろうけど。

 

 だってしょうがないじゃん! ソフトにこう、優しく触られたら「あ、気を遣ってくれてるんだ」って考えちゃって、怒るに怒れないっていうか。それもこれもオタクに優しすぎるギャルだからわたしも耐性が緩んでいるのだろう。この前は鼻キスとかもしちゃったし。

 このギャルはこうしてわたしの硬い防御力を少しずつ溶かしていくんだ。防御力0になったら、なんかもう。ダメになってしまいそうな気はする。

 

 ともかく、そんなことよりも赤城さんへの返答をしなきゃだ。

 力になりたいって言われても、なにがあるだろう。企画とか? またオフおきねるやるぐらいかな。

 

「じゃあオフコラボとか?」

「いーじゃん! 企画系?! 音瑠香ちゃんおめでとーパチパチパチー! みたいな!」

「赤城さん、そういうの考えるのは楽しそうですよね」

「まーねー! なんか学祭みたいで楽しいし!」

 

 うわ、陽キャ発言だ。

 わたしは昨年の学校祭も教室の隅っこでサボっていたっけ。あの時の気まずさと言ったらもう……。

 

「あとは記念イラストの1枚ぐらいは欲しいし……。うーん……」

 

 いずれにせよ、セルフ受肉系Vtuberとしては何かしら1枚は描いておきたい。

 いつもの落書きみたいなのではなく、数日かけて完成させるような立派なものを。

 

「記念イラストかー……。あたしもなんかあげたいなー」

 

 赤城さんがなんかまた散財しそうなことを言っている。

 

「赤城さん、懐事情は大丈夫なんですか?」

「んー、ダメだね!」

「じゃあ大丈夫ですよ……。わたしのせいで借金とかしてほしくないですし……」

「まーねー……」

 

 この顔。後で返すからって友だちに借りたりする顔なんだろうか。何か考えていることは間違いないけど、その中身までは読み取ることはできない。

 赤城さんのことだから、もしかしたらわたしのために、って言って大きなプレゼントを用意してきそうなんだよなぁ……。

 

「無理だけは、しないでくださいね」

「してないしてない! 音瑠香ちゃんのためだもん!」

「……それが危なっかしいっていうか」

 

 愛されて嬉しいけど、たまにその愛が重たすぎることがある。

 投資するのはいいけど、自分の余力はちゃんと持ってほしいところだ。

 

「ダイジョーブだって! 青原は優しいなー」

 

 そうやって頭を撫でるのだって、本当は嫌なのに。赤城さんだから許してしまう。

 そんな太陽みたいな笑顔で優しく微笑まれたら、心の氷が少しずつ溶けてしまいそうだ。

 強く拒絶できない自分が悔しい。こういうとき。わたしのことを好きな人が、いっぱい無理してしまいそうなとき、強引にでも止めることができる勇気があればなぁ。

 

「本当に、無理だけはしないでくださいよ。ホントに」

「分かってるって! あたし、いいこと考えたから!」

 

 話聞いてたのかこのギャルは。

 胸のうちに秘めた心配を、呆れとして表に出す。

 ここまでのことをしておいて、告白の返事は保留にしてもいいって、どんだけわたしに甘いんだよ。それに甘えてしまっているわたしも、相当嫌なやつだ。

 早く答えを出したいなぁ。

 

「うっし! じゃあ次は理科の授業だし、理科室行こうぜー!」

「あ、そうでしたね」

 

 この曖昧な関係がずっと続けばいいと、思ってしまっている自分がいてしまう。

 結局、わたしは彼女のことをどう思ってるんだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話:赤の依頼。我、修羅に入る!

 青原の前ではあーやって強がりは言ったものの……。口座の残高を見て1つため息を付いた。

 最近Vtuber関連で出費することは多かったにせよ、まさか貯金していた分をすべて持っていかれているとは。

 バイトはしているけれど、それを上回る出費、というかパソコンのローン。

 分かっていたよ、このままだと最推し兼最愛の人である音瑠香ちゃんに何もあげることができないのだ。

 

「……依頼費が、大体5万。特急作業はご相談次第。かー」

 

 もはや依頼するのは3度目であるにか先生。

 でも今度のはあたしのためではなく、音瑠香ちゃんのためのお買い物だ。何も渋る必要はない。ないのだけども……。

 さすがのあたしも5万もの大金を軽々しく投げられるレベルのお金を持ち合わせていない。

 大体バイト代1ヶ月分。その1ヶ月分を捻出できるだけの財力も今はないんだ。

 

「はぁー。どーすっかなー」

 

 バイトの休憩中にスマホとにらめっこしていたが、飽きて天井を仰ぐ。

 今まで通りじゃダメだ。この数週間、音瑠香ちゃんの1周年までになんとかお金を工面しなきゃ……。

 

「おはようございまーす……」

「おっ、蔵前さんおはようございまーす!」

「今日も眠そうっすね!」

「そりゃあ……ふあぁ……。朝までゲームしてたし……」

 

 バイトの先輩がやってきた。先輩からお金を借りる? いやいや、流石に無理っぽくない?

 このいかにもボロボロみたいなアルバイターにそんな無慈悲なことができるわけがない。

 ゲームみたいにポンポンお金が稼げればいいんだけどなー。

 

「赤城ちゃんは休憩中?」

「はい! て言っても、ぶっちゃけ全然休憩できてないですけどね」

「なんか悩み事? おねーさんが聞いてあげよっか?」

 

 そう言って仕事前の暇つぶしをあたしでしようとしているのではないだろうか? とか考えなくもない。蔵前さんは仕事が嫌だからアルバイターしてるとか、昔言ってたっけ。

 プライベートはよく分からないけど、言葉の端々から察するに多分ゲームしたり惰眠を貪ったりしているのだろう。

 声は女性にしては低くて結構イケメンなタイプなのに。配信者でもすればいいのに。

 

 まぁこういうことは一人で考えていても、さほど問題は解決しないのは分かっている。だったら頼りない蔵前おねーさんにでも話して、ちょっとはスッキリさせることにする。

 

「実は今度友だちの誕生会みたいなのをするんですけど、それにイラストを贈りたいと思ってて」

「へー、好きなキャラをバースデーイラストにーとかやるね~」

「あはは、まぁ……」

 

 推しキャラ、というかその本人なんだけどね。へへっ。

 

「でもイラストを発注するにもお金がなくって……。先輩とか友だちにお金を借りたりはしたくないので、どうしたもんかなー。って」

「あー。金銭面かぁー。あ、ウチは出さないからね!」

 

 分かってます。だから借りたくないって言ってるんじゃないですか。

 

「例えば春を売るとか」

「絶対やりません」

「えー、巨乳ギャルとあれそれするとかよくない?」

「……好きな相手には初めてを届けたいんで無理です」

「初心ーーーーーーーー!!!!」

 

 前から思ってるけど、このグイグイ来る感じがちょっと苦手だ。

 なんというか。心がちょっとおっさん臭い。その点青原はそんなこと関係なしに引っ込んでくるから掘り起こし甲斐があるというか。安心するんだよね、やっぱり。

 

「冗談はさておき。無難なのはバイトを増やすとかじゃない?」

「……まぁ、そうなりますよねー」

 

 実はそのアイディアは最初に考えたことだ。

 短期のアルバイトなら即日でお給料が手に入る。これをどんどん重ねていけば、高校生とは言えども5万ぐらいはとりあえず稼げるだろう。これと次の給料日を待てば、ギリギリ納品物と一緒にお金を払うことだって夢ではないと思う。

 問題は青原の、音瑠香ちゃんの配信が見れなくなるということ。

 一緒に帰る時間もなければ、夜間仕事をすることで配信自体が見れなくなってしまう。

 

 今の満足と、未来のプレゼント。どちらを天秤にかければいいか。悩んでも悩んでも、答えは出なかった。

 

「お金を稼ぐなんて、簡単なことじゃないからね~。ウチだって何もせずにお金稼ぎたいわ~」

「まぁ、なんというか……。好きな相手なので」

「ふぅー! 普段はそんなこと言わない赤城ちゃんの好きな人か~! 青春してるね~!」

 

 言わなきゃよかったかもしれない……。

 でも言葉にしちゃったのでどうしようもないやつだ。

 

「そっかそっか~。じゃあ今が頑張りどきじゃない?」

「……どうしてそう思うんですか?」

「好きな相手だからこそ、自分の頑張りを自慢したいじゃん! キミのためにウチはこれだけできるんだぞ~! ドヤッ! って言ってトゥンクよ」

「ふぅむ……」

 

 確かに。それは一理あるかも。

 自分のために何かをやってくれる相手って貴重だ。それもお金を払ってでもやってくれる相手は特に。

 あたしもスペチャもらったら嬉しいし、それが好きな人だったらなおのことだ。

 …………。なんとか両立したかったけれど、これはもう覚悟を決めるしかないじゃん!

 

「気に入った感じ?」

「もちろんです! あたし、覚悟決めます!!」

「よしよし! じゃあその調子でウチの分の仕事もやっといてー」

「それは蔵前さんがやってください」

「うえー、ケチー」

 

 よし。まずはにか先生に相談して。そしたら今度は稼ぐ準備をして。なんとか調整してもらう。

 特急作業でいくらかお金を持っていかれることも考慮しないと。

 赤城露久沙、これより修羅に入る!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話:青の臆病。触れると壊れてしまいそうで、怖いから

「……今日、赤城さんが早く来てないの、珍しいなぁ」

 

 赤城さんと1周年について話していた日から数日が経過していた。

 ここ数日、彼女の調子が悪い気がする。何故だか分からない。だが、こうやって赤城さんが朝早くから来ることはなく、やってくるのは大体ホームルーム開始の数分前がデフォになりつつあった。

 

「ふぃ~! 間に合った?!」

「ギリギリ~!」

「あっぶねー!」

「危なくない。もっと余裕を持って学校に来てください」

「あっ、先生じゃーん! すんませーん!」

 

 だから朝の登校時間はわたしひとり。挨拶もかけてもらえず、ただぼんやりと教室の隅からみんなの元気そうな声を聞いていた。

 ただ聞いているだけじゃない。わたしにだってやることがある。1周年のイラストだ。真面目に描いてしまったら、集中してそのまま誰かにイラストを見られて身バレ、なんてこともありそうだしラフ段階のイラストをちまちまとノートに描き記す。

 

 元気な感じか? それはイメージに合わない。

 となるとツンデレ? 不服ながらイメージにはあっているけれど、ちょっと違う気がする。なんというか、リスナーに向ける視線的なものはそうじゃない。

 じゃあ感謝のありがとうか? うーん、それもあんまり想像できない。

 

 何故だろう、っていうのは大体わかっていた。半年前までは二桁だったチャンネル登録者数が今や300人前後だ。それまでイメージなんて面倒で変えてないし、やる内容も結局イラスト雑談が多めだ。

 だから自分の力で手に入れたとは到底思えなかった。

 ちゃんと感謝はしている。けれど、そこにある1番のありがとうを伝えたい人は、いま遅刻しかけた彼女なんだ。

 

「でも、自分の記念イラストに他人を載せるのって、どうなんだろ」

 

 リスナーに対して誠実じゃない? もっと彼らを大事にすべき?

 分かってるよそのぐらい。でも他でもない赤城さんがわたしのことを引っ張ってくれたから、リスナーのみんなが付いてきただけ。わたしは別に、何もしてなくて……。

 

「こんなこと、聞いてもらえるのなんて赤城さんしかいないよね」

 

 ほら。やっぱりわたしは赤城さんに頼ってしまう。今回も快く笑顔で大丈夫だよ! って答えてくれそうな気がしてるから。

 よし、お昼休みに聞いてみよう。トイレとか行くときに席を離れたタイミングで、こう。いい感じに伝えに行こう。

 

 そうして待っていたタイミングだったのだけれど、事はそう簡単にはうまくいかなかった。

 

「おーい、つゆー! いつまで寝てんのさ!」

「ウケる! 今まで赤城がこんなに寝てたことなかったよね!」

「ねー! 寝不足?」

「……すぅ。…………んん? んんー……」

 

 4時限目がいざお昼休みだと赤城さんを観察していたら、新しくできたクラス内のカーストトップ組が彼女を囲っていた。

 外側から聞いた感じ、どうやら昼寝しているようだった。赤城さんがお昼寝、かぁ。確かに珍しいこともあるなぁ。

 彼女は基本的に早寝早起きの超絶健康人間の象徴みたいな生活態度だ。

 朝は早く起き運動をしてから朝活配信。学校中は実は寝てないし、むしろ授業態度は良い方。夜は早めに寝るか、配信をして寝るかの二択だ。これは半年彼女のことを見てきたわたしだからよくわかっている。

 

 でも今日に関しては、その様子は異なっていた。

 授業中も何回か注意されていたし、なんだったらわたしの後ろが赤城さんだ。寝ているかもしれないという気配はしていた。

 でもお昼休みまでこんなに熟睡してるなんてことは、初めてだ。

 

「ねぇ、赤城が寝てる理由知らん?」

「へっ?! い、いえっ! と、とと特には……」

「つゆと一緒にいること多いから知ってると思ったけど、ざーんねん」

 

 きゅ、急に話しかけられたからびっくりしたぁ。

 そ、そりゃあわたしと赤城さんは相方というか、告白されちゃった間柄ですけど、何でもかんでも知っているわけじゃない。

 

「ふぅん。まーいっか! 赤城のこと頼んだ! あたしらは別んとこ行って食うからさ!」

「つゆによろしくー!」

「あっはい……」

 

 嵐のように消えていったカーストトップたちだったが、割りと接しやすかったかも。

 もしかしてわたしの人間力が強まってきた証拠なのでは?! って、調子に乗りすぎか。赤城さんと一緒にいるから、友だちだと思われてるだけか。

 

「すぅ……。んん……」

「まぁ、任されたわけですし」

 

 しょうがないか。バッグから今日のご飯を取り出す。

 パンとパンと牛乳。質素だけど、お金がないから仕方がない。

 椅子を180°回転させて、赤城さんの方を向きながらパンの袋を開封した。

 

「もぐもぐ……」

「…………すぅ」

「もぐ、もぐ……」

「んん……。すぅ……」

「ずっと寝てるなぁ」

 

 まったく、どうしちゃったんやら。

 らしくないと言ってしまえばその通り。何を頑張っているか分からないから、結局注意できないのもまた事実。

 もしかして、1周年の件で何か考えているのだろうか。

 懐事情が寒々しいとは聞いていたけれど、何か無理をしているのかな。

 あれだけやめろって言ったのに。

 

「でも、わたしのことを想ってくれてったんだよね」

 

 変な言葉だ。口にするだけで、胸の奥の方がぽーっと暖かくなってしまった。

 これじゃあ、わたしのために頑張る赤城さんがいくら無茶してもいい、みたいに聞こえてしまう。ダメダメ。わたしのせいで体を壊すとかありえないし。

 嬉しい。けど、赤城さんがわたしに対して優しすぎるのは知っている。1人にさせないように、コメントしまくったり、PCを買ったり、Vtuberまで始めたり。

 ハッキリ言って行き過ぎている。もっと自分を大事にして欲しい。

 

 でも、わたしのことを想って行動していることがわかるから、変に注意できないんだよ。

 人間関係に臆病なわたしだから、口にできない。ベタベタ手を触れて、うっかり壊してしまったら、と思うと。とても怖かった。

 だから臆病なわたしはただ黙々と彼女の起床まで待っていたが、その日のお昼休みに起きることはなかった。

 

 彼女は、授業が終わるとわたしに別れも告げずに急いでどこかへ行ってしまったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話:青の孤独。依存、しちゃってたんだ

 あれから更に数日。

 朝田世オキテとしての配信が少なくなり、わたしの配信にも顔をだすことがなくなっていた。

 相変わらずお昼休みは寝ているし、放課後になるとすぐに教室からいなくなってしまう。

 

 周りが噂するには「夜遊びを始めた」だとか「男を作った」とかそんなのばかりだ。

 でも絶対ない。わたしに好きって言葉にしてくれたことを忘れない。だからそんなまやかしの嘘なんかには惑わされない。

 

「無理しないで、って言ったんだけどなぁ」

 

 こんな時に記念イラストを描こうとしても全然筆が進まない。

 おかしいな。インスピレーションがあるから、アウトプットもできるはずなの。

 夢の中。たくさんの思い出がシャボン玉みたいにふわふわと浮き上がって、わたしの一部になっていく。メルヘンチックで、音瑠香のイメージにも沿った内容だ。

 

 なんだけど、どうにも納得がいかない。

 仮完成させたとしても、コレジャナイ感があってすぐに新しいのを描いてしまう。

 

 1人で描いて、1人で消して。一人ぼっちの絵を描いて。

 

 昔は、それで十分だったはずなのに。

 今はどうしても何かが決定的に足りない。

 

「……赤城さん」

 

 ポツリと彼女の名を呼ぶ。

 理由はとっくに分かっていた。彼女がわたしを必要なように、わたしもまた赤城さんが必要なんだ。

 これが好きなのかどうかは分からない。もっと適切な言葉を、わたしは知っている。

 

「依存……。わたしは。とっくの昔に赤城さんに依存しちゃってたんだ」

 

 ペンを置いて、机の上においていた月の形をしたヘアピンを指先で撫でる。

 普段は持ち歩かないけれど、こうして机の上に置いておけばなんとなく心強かった。

 付けたのは音瑠香の新衣装の時だ。ちょっと恥ずかしかったけど、あの日以降よく新モデルの方を使っているのは、単純にオキテさんがくれたものっていうのをアピールしたかっただけかもしれない。

 柔らかな独占欲。依存し続けたら、きっと迷惑になると思ってずっと素直になれなかった。

 露草さんというリスナーの時はただのリスナーだったから良かった。

 赤城さんを知って、オキテさんと出会って。関わりを持ってしまったから。

 初めての友だちに向ける感情ではないと思っていたから。

 

 いつの間にか赤城さんを目で追ってたし、声をかけられる度とっても嬉しくなった。

 百合営業しよう、って言ったのだって口から脳死で出た単語ではないと思う。

 仲良くなりたい。そんな一直線な想いが、脊髄を通さず出た言葉なのかもしれない。

 

「悩んでても仕方ない。明日、赤城さんに聞こう」

 

 最近忙しそうだけど、何してるのー? って。

 わたしと赤城さんはそれはもう親友のラインを超えた仲だ。そのぐらい答えてくれるに決まっている。

 

 そう思っていたんだけど、答えはその真逆だった。

 

「えー、っっと。その……。い、家の家事とか手伝えーって言われてさ! そしたらいっぱいするじゃん?! そんであーなんか疲れたなー、つってそのままベッドにinしちゃったら、遅刻ギリギリってやつなの! おーけーい?」

 

 なんだその無理やりな嘘。

 ここまで無責任に平然とバレバレな嘘をつける人を初めてみたぞ。

 絶対なんか隠してる。それもわたしにはバレたくないやつ。

 よし、じゃあちょっと方向性を変えて突っついてみよう。

 

「わたし、無理しないでって言いませんでしたっけ?」

「ぜーんぜん! 無理なんてしてないしー?! 最近もんのすごーく夜が眠いっていうか。アレよ! 春眠暁を覚えずってやつ! 暖かくなってきたから、ふわーっと眠くなってきたんよ!」

「去年はそうでもなかったですよね」

「えぇ? そうだっけぇ??」

 

 怪しい。そこまであからさますぎると、むしろ今度人狼ゲームに呼んだときが面白そうだ。

 ま、わたし自体が人狼ゲームを主催するだけの友だちがいないんですけどね、ははっ。はぁ……。

 

「マジで無理してないから! ちゃんと1周年の時には間に合わせるし! そんときは絶対オフコラボしてよ! 絶対だから! ね?!!!!」

「は、はい……」

 

 そのまま逃げるように廊下へとダッシュして曲がり角の先へと消えていった。

 本当に、何を隠しているんだろう。1周年の時には間に合わせる。何を? その時になったらいつもの赤城さんになるってこと?

 それとも何か。1周年の時を境に心境変化のためにコンビ解散とか。

 

 ……。いやいやいやいや。絶対ありえない!

 だってわたしを好きって言ってくれたんだし! わたしのためにパソコンまで買ってくれたんだし!

 でも陰キャだから常に悪い方のことを考えてしまうんだ。

 わたしに飽きていたら、どうしよう。って。

 

 そんなことない。って良心と同時にそれはどうかな。ってネガティブな心が混じり合う。

 もっと、何か考えなきゃ。無理しないでの前に話したことって、確か……。

 

「もしかして、記念イラストを依頼しようとしてる?」

 

 でも確かお金がないって言ってなかったっけ?

 朝遅刻して、昼は寝て。放課後は速攻で帰る。

 朝遅刻して。

 昼は寝て。

 

 放課後は、何かがあって速攻で帰る。

 

 何か、が……。

 

 頭の中で嫌なものが連鎖してきている。もしかして、ギャルってそういう『連絡網』みたいなのが回ってきたりするよね?

 た、確かに男ウケする身体だっていつか言った気がするけど……。

 

「パ、パパ活……?!」

 

 至った答えがシンプルに最低なものだった。

 わたしの記念イラストのために、自分の純潔売ったりしますぅ?!!!

 た、確かに5万とか平気で稼げるかもしれない。分かんないけど! 相場とか全然分からないけども!!!

 

「さ、探そう!!」

 

 幸いにも今はお昼休みだ。放課後は一気にダッシュして、赤城さんを捕まえる。それしかもう止める方法なんてなくない?!

 わたしの運動能力なんてたかが知れている。だからもう、ヘトへチョになるぐらいに追い回して止めるしかない!

 

 待っていてください。いや、どっちかというと止まってください、かな。

 どうかそのパパ活だけはやめて!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話:青の孤独。不器用で鈍感なわたしだから

 授業の時間が刻一刻と過ぎていく。

 あと何分? 2分? それとも1分?

 授業の内容なんてもうほとんど頭に入っていない。この際赤城さんに全部教えてもらうのも悪くないかもしれない。果たして彼女がこの授業の内容を覚えているかはさておきとして。

 

 あと10秒。……3。2、1……。

 

 キーンコーンカーンコーン。わたしの戦場の始まりを告げる合図が校内中に鳴り響いた。

 

「えーということでぇ。今日の授業は――」

「終わりだよね! それじゃ!」

「あっ! 待ってください!!!」

 

 赤城さんがバッグにカバンやノートを詰め込むまでラグが3秒。

 この3秒でわたしはまずは声をかけることで、相手を牽制。ひるませることができるはずだ!

 文字通り成功した。赤城さんはこちらの方を向くと、焦りつつもその先の言葉を待つ。律儀だなぁ。

 

「こらー、授業中は席を立たない――」

「えっと、その……」

 

 ここでわたしが大失態! こんなところで「パパ活やめてください!」なんて言ったら赤城さんの面目に傷が付きかねない。

 どういう言葉にすればいい? 無理しないでくださいって言いましたよね? とか。それとも、わたしじゃダメですか? いやいや、それじゃあなんか違う意味合いに変わってくるというか、えーっと! えっと! そうじゃなくって……!

 

「ごめん! マジ急いでるからまた今度ー!」

「あっ!!」

 

 くそ、こうなったらプランBだ。

 プランBなんてそんな大層なものはない。何も考えずに走るんだーーーーー!!!

 

「あ、ちょっ! 青原さん!」

「急にお腹が痛くなってきましたー!」

「そんな元気に走れるもんかー!!」

 

 うるさいうるさい。今は赤城さんを止めなきゃいけない。

 パパ活とか絶対そういうのはさせたくない。ギャルだからやってると思われてもいいけど、実際にやってたらわたしが大変ショックだから!

 

 わたしが教室に出ると、栗毛の後ろ髪が曲がり角の先へと消えていく。

 速すぎでしょ?! ちょっと待って、実は現役のマラソンランナーだったりします?

 そんなことないですよね。趣味でランニングしてるって言ってたから。これは本気で走らなきゃ。くっそぉぉぉっぉおーーーーーーー!!!!

 

 階段を1段飛ばしで下りつつ、目的地は下駄箱。

 そこでなんとか倒れ込んででも止めるしかない。

 はぁ……! はぁ……っ! 数十秒走ってるだけなのにもう心臓がはち切れそうなほどしんどい。肺は痛いし、足は鉛のように重たくなってきた。

 運動不足なのが目に見えているけれど、予想以上に自分の体力の無さに呆れて物が言えない。

 けれど今は赤城さんにパパ活やめろを告げなきゃ! わたしのために体を売るなんて。そんな……。

 

「ぞんな、ごど……し……はぁ……っっ! はぁっっ!! はぁはぁはぁ……っっっ!!」

「うぉっ! ビックした……。えっ、青原追ってきたの?!」

「はあー! はぁ!! はぁ……っ! っ! はぁ……はぁ……」

「うわダメそうじゃん……」

 

 ダメじゃないもん! ギャルが速すぎるだけなんだもん!

 わたし悪くない! 運動してない方が悪いとか言うんじゃない!

 だけど、ちょっと……。無理。

 

 赤城さんに肩を貸してもらって、その辺の壁にもたれかかる。

 はぁ……はぁ……。多分高校に入ってから1番運動したんじゃないかな。体育の持久走はさておきとして。

 

「はぁ……。はぁ…………。あかぎさん、速すぎ……」

「いや、あんたが勝手に追ってきたからでしょ」

 

 あー、頭が全然回らない。もうちょっと気の利いたこと言えればよかったけれど、そんな事ができればもっとうまくやれてたはずだし。

 つくづく自分の頭の悪さに嫌気がさす。とりあえず言う事言わなきゃ。

 

「はぁ……はぁ……。赤城さん……っ!」

「あ、はい。なんすか」

「パパ活やめてください……」

「…………」

 

 しばらく沈黙。およそ2秒。

 

「はぁっ?!!!!」

 

 それから事情を話すまで2分ぐらいはかかった気がする。

 赤城さんのことだ。どうせ今回もわたしのために何か奮闘していたのだろうけど、いやパパ活だけは。パパ活だけはやめてほしい。もっと自分の体を大事にしてくださいよ、ホント……。

 

「青原、まさかそれで止めに来たの?」

「はぃ……。はぁ、はぁ……。疲れた」

「疲れてんのはこっちなんだけど……」

 

 やっぱり腰とかメンタル面とかやられちゃってる感じですかね?

 対人相手はストレスを感じやすいだろうけど、赤城さんのことだ。うまくその辺を対処しているはずだ。

 

「まず、あたしは青原がいるんだからパパ活とかしないし」

「……えぇ?」

「むしろなんでそんな意外そうな顔してんのさ。やっぱりまだギャルの偏見付いてる系?」

「いえ、JKが手っ取り早くお金を稼げる方法って言ったら、自分の体を売るとかするのかなって」

「ネットの偏見に呑まれすぎっしょ……」

 

 赤城さんも隣に座ったかと思えば、カバンからスマホを取り出していくつか操作。その画面を見せてくれた。どうやら日雇いのアルバイト情報サイトみたいだ。

 

「お金を稼いでたのはマジ。だけどそんな事しないでも、今の時代日雇いのバイトとかあんの!」

「……す、すみません」

 

 本当にすみません、赤城さんが知らない男の人と毎晩……。みたいなこと考えてしまって。

 実際男ウケはいいと思うし、スタイルも本当に素晴らしいから、むしろ簡単に稼げるかな。とか考えてごめんなさい。

 

「まぁ、理由は言えないんだけど。音瑠香ちゃんの1周年の時に必要でさ。なんとかお金を工面してたの!」

「すみません……。わたしのせいで」

「はぁ……。もう……」

 

 呆れたように深い溜め息をついた赤城さんはそっとわたしの肩に寄りかかってくる。

 ヒッ! 顔近っ! それより何故か寂しそうな顔をしている赤城さんが憂いを帯びていた一種の絵画みたいでドキリと心臓が高鳴る。

 

「あたし、そんなに信用ない?」

「い、いえっ! その……」

 

 赤城さんへの信用はこれでもかってぐらいある。

 でもこれは陰キャの性だと言っても過言ではないものだった。

 

「赤城さんに惚れられてる自覚が、あまりなくて……」

「……はぁ?!」

 

 自分を信じられないから、ネガティブな思考になってしまう。

 信頼どうこうというのであれば、1番自分が信じられないし、そんなわたしのことを好きだと言っている赤城さんへの好意が本物なのかも、分からなくて。

 自分自身が好きじゃないから、惚れられているという自覚が薄ぼんやりしているのかもしれない。こんなわたしのどこがいいんだろう。みたいな。

 

「あんなに好き好きムード出してたのにぃ?!」

「はい……」

「告白もしたんだよ?!」

「も、申し訳ないですが……」

「はぁ……。青原の鈍感ムーブはここから来てんのか……、納得」

 

 鈍感とは失礼な! と言いたいところだが、実際そうなのかもしれない。

 人がわたしに対して何を思っているのかとか全然分からない。星守さんだって、最初はわたしのことを嫌っていたはずだ。でも次第に友だちみたいに接してくれて。

 嫌いならとことん嫌いじゃないのかなぁ、とか考えてしまったら、思考がそこで止まってループ回路になってしまうんだ。

 

「そっかー。なら今回のサプライズも不安だったわけだ」

「まぁ、そうですね……」

「こりゃ、なんか対策考えなきゃなー」

 

 対策、って言っても何があるんだろうか。

 まったく思いつかない。恋愛経験ゼロのわたしにとって、何が記憶に残るのかなんて想像もつかないんだ。

 でも確実に言えることはあった。昨日も思った。赤城さんのパパ活が嫌だな、って思ったのもそれが原因だから。

 

「でも、わたし。赤城さんが居なきゃダメだなって思ったんです。好きとか分からないけど、こう。依存しちゃってるみたいな。一緒に帰ったり、配信見に行ったり、見られたり。赤城さんが居ないと日々の生活が曇っちゃう程度には、すごく依存してます」

 

 こういう事を素直に口にするのはあんまりしたくなかった。恥ずかしいし。

 だけどこういう時じゃないと口にできない言葉はある。赤城さんがわたしを好きなように、わたしも赤城さんを必要としている。2人で1つの存在、なんて流石にありえないか。赤城さんはわたしが居なくても大丈夫だろうし。

 そんな風に考えながら赤城さんの顔を見たら、その名字のとおりに真っ赤だった。

 

「は、へ。へぇー……。そ、そんな風に思ってたんだ……」

「どうしたんですか、顔赤いですけど?」

「……はぁ。ほんっと、そういうとこだよ」

 

 はて、何のことだろうか。わたしはわたしの感想を言っただけで、そんな赤城さんが照れるようなことを言った覚えは……。流石にあるわ。後になってわたしも恥ずかしくなってきた。

 はぁ?! なんでわたしこんな恥ずかしいこと堂々と言えたの? ありえないって! は、はっず……。

 

「ふっへ、青原もようやく分かってきたんじゃん」

「う、うるさいです。……はぁ。なんて恥ずかしいことを……」

「あたしは嬉しかったけどねー」

「うぅ……」

 

 寄り添う肩の重みが優しく増していく。

 赤城さんも、わたしのことを頼ってくれてもいいのに。

 そういうところなんだ。赤城さんは1人で何でもやれてしまう。不器用なわたしと違って。

 サプライズだ! って言うから何も言えないけど、わたしからも何か恩返しできるような物を作りたい。

 うん、決まった。秋達音瑠香1周年記念イラスト。この方向性で固めよう。

 

 でも今は……。照れて少しも動けそうにないや。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話:青の記念。企画といえば目隠しプレイ

:待機

:待機

:待機

 

 Vtuberを始めて、ようやく1年。1年経っちゃったんだよなぁ……。

 正直、始めた当初はここまで長く生き残るなんて思わなかったし、多分露草さんと出会わなければもっと早くに病んで活動を止めていたと思う。

 

 でも、彼女がここまで手を引っ張ってくれた。

 引っ張った先で新しい姿となり、隣を歩いてくれた。

 たまにはわたしが足を引っ張ったり、彼女がから回ったりもしたけれど……。

 

 わたしは結局、このギャルが居ないとダメみたいだ。

 

「はい、聞こえてる?」

 

:お

:キタ!

:キターーーーーー!!!!

:音瑠香ちゃん1周年おめでとう!!!

:くそ、なんでスペチャできないんだ!!

 

「えへへ、まだスペチャは……。いや、そもそもわたしが出来る様になるのかな」

「そこは頑張ってよ!」

「だって陰キャのわたしだよ! ギャルのオキテさんと違って、コミュ力ゴミなので……」

「ギャルを何だと思ってるのさ……」

 

:また漫才してる

:おきねるてぇてぇ

:ギャルって、なんだろうな……

:草

 

「って! いつまでも待機画面で終わらせる場合じゃなかった! はい画面変わる!」

 

 配信ソフトで画面を切り替える。

 フェードインして画面が切り替わると、華やかで盛大なBGMと共に2人のアバターと宴をモチーフにした背景が並ぶ。ちょっとちゃっちいかもしれないけど、イラストがギリギリすぎてそんな細部まで画面をいじれなかったんだよぉ!

 

「はい! そんな感じでこんねる! バーチャルいつも眠たい系Vtuberの秋達 音瑠香っです! 今日はちょっとテンション高いかも」

 

:こんねるー!

:こんねる!

:こんねるーーーー!!!

:確かにテンション高い。こんねる!

:こんねる! 挨拶に覇気がある

 

「挨拶に覇気があるって何さ。まぁ今日はそれぐらいテンション上がってるんだけども」

 

 我ながら今は1年の内に1番テンションが高い気がする。これから更に上がる時が来るとしたら、誕生日かクリスマスぐらいのものかもしれない。

 

「えー、今日はゲストをお呼びしております」

 

:誰だ?

:ダレダローナー

:誰やろなー

:何田世さんやろなー

 

「バレバレじゃーん!」

「ちょっと黙っててもらえますか、ゲストさん?」

 

:草

:草

 

 まぁ正体を隠していてもしょうがない気がする。

 ということでさっさと紹介してからいろいろと話すことにしよう。

 

「では今回のゲスト……! 朝田世オキテさんです!」

「おきてーーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよーーーーーーーーー!」

 

:朝(夜)

:起きた!!!!

:朝だぞ!!!!!!

:朝!!!!!!

:夜じゃねぇか!!!!!

 

「はい、てことでいつものギャルです」

「扱い雑ー!」

「いいじゃないですか、わたしとあなたの仲なんですから」

 

:仲いいねぇ

:てぇてぇ

:良き

 

 ただ、ゲストを呼んだとは言えども、やることはあんまり普段と変わらないかもしれない。

 数日前までは疑心暗鬼に溺れていたし、イラストだって作業可能な時間で本気を出しつつ超スピードで書き上げたし。企画らしい企画というものを思いつく前に時間が来てしまった感じだ。

 

「で、何しようね」

「フッフッフ、そういう来ると待ってたよ音瑠香ちゃん!」

 

:ものぐさ認定されてて草

:このVtuber、1周年なのに何も考えてきてなかったってマジ?

:音瑠香ちゃん……???

 

「ぁいや、こういうのはとりあえずオキテさんに任せればいいかなぁ、と」

「ぶっちゃけ自分の枠なんだから自分で考えてよ、とは思ったけどねー」

「ぁ、すみません……」

 

:そういうところだぞ秋達音瑠香

:そういうとこなんだよなぁ

 

 最初っから投げっぱなしにしていたわたしが悪かった。

 2年目はちゃんとしようかな。ゲーム配信とかそういうのもしてみたさはあるが、わたしに求められているものはまったり雑談だと思うし、うーむ。

 それにしてもオキテさんは何を今回企画してきたんだろう。ワクワク半分不安半分。このわたしガチ恋勢は何を考えてきたんだ?

 

「音瑠香ちゃんと言えば、プロ並みのイラスト力! ということで、今からその実力を出していただこうかと思います」

「うん、その目隠しは何?」

 

 いや、無言でサムズアップされても。

 

「いや、何されるのこれから」

「目隠しゆるキャラお絵かき大会~~~~~!!!」

 

:草

:目隠し?!

:大草原

 

 え、何されるの今から?!

 目隠しっでイラストってことは、これはもしかして……。

 

「えーっと、これから音瑠香ちゃんにはこのアイマスクをしてもらって、指示されたお題を描いてもらいます。それが実際のゆるキャラと同じものかどうか、皆さんに判定してもらおうとー! 思います!!」

「い、いえーい……」

 

:イエーイ!

:目隠しプレイ!!!

:おきねる目隠しプレイ!!

:9割9分描けないに10万ジンバブエドル

 

 おい、それ初めて聞いたんですけど?!

 オ、オキテさんの前で目隠しするの? な、なんか怖いっていうか、身の危険を感じてしまうのはどうしてだろう?

 プライベートだったら……。まぁ、良いか悪いかと言われたらもうちょっと節操を持ってほしいものだが、配信中だしそんな変な真似はしないはずだ。企画の内容もまぁまぁ面白いし。

 

「ちなみに罰ゲームとかは……?」

「欲しい?」

「嫌だ!!」

 

:草

:草

:めっちゃ嫌そうで草

 

「まー、音瑠香ちゃんの記念日だしねー! 正解したらいいことしてあげよっか?」

「はぁ?!」

 

:あら^

:おっ!

:てぇてぇ……

 

「な、何。いいことって!」

「ひみつー!」

 

 こ、このギャル……。逆にいいことの方が怖い気がするのは何故だろうか。

 ま、まぁ。これは企画だし、そんなに過激なことはしないでしょう! 多分!!

 大人しくメガネを外してアイマスクを装備。うっすら見えるかと思ったけど、意外と高性能なのか何にも見えないや。

 

「ここが板で、こっちがペンねー」

「よ、よし……」

 

 大丈夫かなぁ。大丈夫だと思うけど、まぁ盛り上がるようにやるしかない!

 まずこの見えない状況下で描くことができるかが心配だけども……。




もうすぐ最終話かも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話:青の不明。なんだこの線の塊

「なーんにも見えない」

「だろーねー!」

 

 これ、実はコメントも見れなかったりするのでは?

 前も見えないんだから、コメントが見れないのも当然じゃん!!

 

「あの。これ、配信的に成立してます?」

「面白ければよし!」

 

 陽キャはこんなノリだから困る。オタクのわたしに超絶優しいギャルこと、朝田世オキテだがこういう普段の言葉の端々から感じる面白ければ何でもいいじゃん感。

 後先考えずとりあえず面白ければ、楽しければ。あとからどうしようと考えるのは陰キャの悪いところだとは思うものの、もうちょっと節操というものをですね……。

 

「あ、じゃー音瑠香ちゃんにもアイマスクをつけておいてっと」

「そこまで用意してるんですか?!」

「にか先生に作ってもらった!」

「えっ?! いいなぁ」

 

 プロイラストレーターと知り合いになったものの、友だちよりもアイマスクよりも描かれないことに定評がある白雪にか先生オタクのわたしです。

 何をしているかは分からないけれど、こそこそと右腕に髪の毛が触れるからちょっとくすぐったい。

 

「はい、じゃーこれからゆるキャラを描いてもらうよー! なんかリクエストとかあるー?」

「事前に決めてるとかじゃなかったんですか?!」

「そこまで考える時間なかったんだもん。許して!」

 

 そんなハートのマークがついてそうな謝罪。……まぁ大したことないから許してしまうかもしれないけれど。

 そんなこんなでわたしは目隠ししながら雑談をおよそ数十秒。帰ってきた最初のリクエストはこれだ。

 

「メロンスイカマンだってー!」

「なにそれ?!」

 

 め、めろんすいか、まん? メロンなの? スイカなの?

 分からない。マン、ってついてるから人だよね? え、人にメロンとスイカが装備されているの?

 

「ちなみにオキテさん、これ分かるんですか?」

「うんや? 分からん」

 

 ですよねー。インターネットに狭く浅い知識しかないわたしでも、そんな有名になりそうな名前を一発で分かるよ。

 有名になれないからゆるキャラなのか。それとも創作上の生き物で、実は存在しないのでは?

 

「あ、いるっぽいよ! スイカとメロンの名産地だってー」

「いるんだ……」

 

 どうしよう。1周年記念なのに、むしろそっちの方が気になって仕方ないよわたし。

 

「今からその動画ここで流しましょうよ」

「興味出すぎでしょ! ウケる!」

「いや、1週回って気になりません?」

「分かるけど、それはまた今度ってことでー!」

 

 まぁ、同時視聴会でも今度しよう。

 これからの配信に加えてもいいかも。おきねると見るアニメ鑑賞会、とかさ。

 

 口先ではそのようなことを半ば脳死気味で発しながら、真面目にメロンスイカマンとやらを描いていく。

 とはいえ、完全にナニモンなのか分からないゆるキャラ。想像10割。妄想100割で何となく、それっぽーく感覚で描いていく。

 でもさ。普段は板タブレットで描いているんだよ? 液晶タブレットで直接入力するわけじゃない。ってことで、いまどんな線を描いているのか、全く分からない。

 

「くふふ……! アハハハ! ヤベー!!!」

 

 隣ではこのように爆笑されていた。

 これ正解時のイイコト、というのはもう無理なんじゃないかな。

 ま、まぁいいさ。配信中にえっちなことでもされて、わたしの変な声が全世界へお届けせずに済んだということで。

 

「うーん、まぁ。こんな感じかな」

「おっけい! じゃーマスク外そ!」

 

 耳にかけていたゴムを外して、アイマスクを取る。

 視界にいきなり光が入ってきたことで、眩しい。強く目をつぶってから、恐る恐る開いた。

 ぼやけた視野がやがて輪郭を帯びていく。謎の線の塊も、一緒に。

 

「……なんこれ」

 

:俺が聞きたい

:頑張った方

:ムリゲーでは???

:草

:やりたくなってきた

:草

 

「あの。オキテさん……」

「はい、これがメロンスイカマンね」

「……似てない!!」

 

 本物は両肩にメロンとスイカの鎧を付けた、左右真っ二つに色が違う正義のヒーローみたいな風貌。

 目の前にある線の塊は……。これ、なんて言ったらいいんだろう。丸につぶされてる人間の図?

 

「ま、だいぶ正解に近いっしょ!」

「これでいいの?!」

 

:草

:判定ガバで草

:ガバガバで草

:あ、うん。はい

:草

:こんな草しか生えん

:誰がなんと言おうとメロンスイカマン

 

 えー、これはだいぶぐちゃぐちゃで欠片もあってない気がするんですけど。

 で、でも……。わ、わたしも頑張ったし! なら正解でいいか!

 半ば自暴自棄に正解判定を下したわたしには果たしてどんなイイコトが待ち受けているのか。

 何をするのか分からないオキテさんの顔を見る。めちゃくちゃニヤニヤしていた。え、わたし何されるんですか?!

 

「じゃーご褒美、あげなきゃねー!」

「……。あの」

「なにー?」

「なんで手をワキワキさせているんですか?」

 

 わたしに何かをしたくて堪らないような彼女はとにかくにニヤニヤしていた。それだけでわたしの恐怖感がものすごく高まった。

 

「ま、待ちましょう! 何か分からないけど待ってほしい!」

「罰ゲームは嫌だーって言ってたじゃん」

「い、いや。それはそれ。と言いますか……」

 

:腹をくくれ秋達音瑠香

:誉ぞ

:おとなしく首を差し出せ秋達音瑠香

:我々にてぇてぇを献上せよ

:草

 

 コメントに助けを求めようと思ったら10割全部わたしの敵だった。

 うわーーーん! 何されるのさホントにさぁ!!!

 

「はい、じゃあ前向いてー」

「あっはい……」

 

 まぁ陰キャと言えば強い圧力に抗えない生き物。

 これが同調圧力、というものなのだろう。わたしはか弱い生き物。そんなものなんのその! なんて言えたら、今頃陰キャにはなっていないんだよ。およよ……。

 大人しく前を向いたわたしは、外してあったアイマスクを再度身につけさせられる。

 こ、こんなところで目隠しプレイ?! い、いや。流石のオキテさんもそこまで節操と倫理観とその他諸々が欠けている人間ではないはずだ。

 

 ……だ、だよね?

 

「……ちょっと待ってて」

「ひぅん!」

 

 待って! そんな至近距離で耳元に囁かないで! いきなり耳に息がかかったからびっくりしたっていうか、もうなんというか怖いよ! 怖すぎてちびっちゃうかも。

 左肩に手をそっと置かれて、右肩にはオキテさんの。その、豊満で柔らかい感触が押し当てられる。

 おぉ、これがおっぱいの感触かぁ。ってしみじみ納得している場合ではない。

 マウスに添えられた右手がオキテさんの手と重なる。ぴくっと反応するけれど、フェザータッチで優しく包み込む彼女のぬくもりを感じていたら、少しどうでもよくなった。

 

 それからいくらかマウスが移動し、クリックを数回。それでオキテさんの手が離れた。ちょっと、もったいない気がした。

 

「はい、もーいいよー! マスク外して!」

 

 言われたとおりに外す。身に着けた時とは別の画面が見えた気がする。

 何だろう。まぶしくて見えないけれど、徐々に。そう光に目が慣れていく。

 

「わぁ……」

 

 そこに表示されていたのは、わたしが長年望んでいたもの。

 白雪にか先生による、秋達音瑠香のイラストだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話:青の感謝。わたしの好きな人

「これ、は……」

 

 そういえば前に言っていた気がする。記念イラストがどうこうと。

 いつものように選択肢から外していたし、お金がないと嘆いてた彼女のことだから他の方に頼むと思っていたから意外だった。

 

 妖精の森の夜。三日月の光が照らす木の下で。

 一人の少女が木の幹を背もたれにして、スケッチブックを片手に、ペンを片手に持って寝落ちている。

 そんな彼女の周りには妖精がそれぞれ花を持ってきていて。びっくりするかな、驚くかな? なんて話しているような顔でいたずらする。

 きっと彼女は目を覚ました後、周りの花束で驚くことだろう。

 

 だって他の誰でもない、秋達音瑠香。つまりわたしなんだから。

 

「言ってたっしょ、いつかにか先生に描いてもらいたーい! って! そんなわけで描いてもらいました!」

 

 わたしの、音瑠香の理想がそこに表示されている。

 繊細なタッチ。だけどアニメやゲームから飛び出してきたような可愛らしさで。

 青の彩色が際立って光る。肌の白さが透き通っていて。妖精の森の背景とマッチし、実はわたしも妖精なんじゃないか? なんて思わせてしまう。

 どこまでも憧れた、描いて欲しいとずっと願っていた、想像以上の神イラストだ。

 

「…………」

「あれ、どうしたん? 絶句しちゃったみたいな?」

「……ううん」

 

 この神イラストを描いたのは他でもない白雪にか先生だ。

 でも依頼して、足りないお金をいつもの生活から更に無理して、頑張って……。

 

 わたしのために、頑張ってくれて……。

 

「嬉しいだけみたい」

「……えへへ、ならよかった!」

 

 思わず涙をこぼしてしまいそうなほどだった。実際もう一筋の涙として頬から落ちてたかも。

 でもさ。このイラストを、わたしのことが好きな人が頑張って工面してくれて。

 当然にか先生にも感謝している。それだけじゃない。オキテさんは、赤城さんはいつだってわたしの嬉しいことをしてくれる。優しいことをしてくれる。それらが全て詰まって、胸の奥でぎゅうぎゅうに詰められて。もう弾けてしまいそうだ。

 

「にか先生からのお祝いメッセージもあったりー」

「えっ?!」

 

 わたしがもはや鼻声なのを知ってから知らずか。

 そんなことどうでも良さそうに追撃してくるオキテさんは、にか先生からのメッセージを読み上げていく。

 

「拝啓 秋達音瑠香 ちゃんへ」

 

 まずは音瑠香ちゃん、1周年おめでとうございます。

 ボクはオキテちゃんにキミのことを教えてもらって応援し始めましたが、今では立派な推しの一人です。

 最初はオキテちゃんがそんなに言うなら。と半ば半信半疑でした。

 

 音瑠香ちゃんがボクのイラストを好きだから、依頼した。って、ちょっと不純な動機だったんだけどね。

 でも音瑠香ちゃんのイラストを見て、確かに確信したんだ。

 ボクの絵柄に影響されているんだなーって。

 

 絵師としては誰かに感動を与えたり、影響を与えたりすることはすっごく嬉しいことなんだ。

 目の前に繊細なタッチと可愛らしさが溢れて、でも自分の道をしっかりと歩んでいる素晴らしいイラストを見て、ボクはオキテちゃんの気持ちがわかったんだ。

 

 やがてオキテちゃんを通じて交流を始めて、真摯にイラストに向き合う姿を見て、ボクも刺激を受けた。

 もっともっとイラストがうまくなりたい。立派なイラストレーターになりたい。

 キミにあっと言わせられるイラストが描きたいって。

 

 今回のイラストもオキテちゃんからのご依頼だったけどね、実はちょっとサービスしたんだ。

 普段は先払いなんだけど、今回だけは後払いにして。

 他でもないオキテちゃんからの依頼で、応援したい相手だったから。

 

 気に入ってくれたら、嬉しいな~。

 2年目も、音瑠香ちゃんとオキテちゃんの活躍を、楽しみにしています。

 

「白雪にか。ってことで、めっちゃ愛されてるねー。ちょっと嫉妬しちゃうわー」

「うん……」

 

:泣いてる?

:泣かせにきてる

:泣け

:てぇてぇ

:ねるにか。ありか?

:神に感謝

 

「ずず……。本当に、皆さんありがとうございます……っ!」

 

 泣くつもりはなかった、というつもりはない。

 けれど、尊敬する師から他でもないわたしへの贈り物だったから気合を入れてくれたんだろう。

 それにそんなわたしのことを好きなオキテちゃんの人徳だから、彼女の頑張りが報われたんだと思う。

 すべてはわたしなんかの。……ううん。わたしのために。

 

 こんなに愛されたことなんて人生の一度もない。

 Vtuberはチヤホヤされたいからやっているという人がいることは知っている。

 でもいろんな苦難や困難、孤独に苛まれて、1年も満たない内にやめちゃう人が後を絶たない。

 

 わたしも、その1人だと思っていた。適当に過ごして、頃合いを見て終わらせて。

 でも露草さんが、赤城さんが、オキテさんがずっと見ていてくれた。

 眺めていただけの理想が、にか先生がわたしを認めてくれた。

 こんなご褒美、嬉しすぎて……。

 

 だから、恩返しもしたくなる。

 わたしだって、もらってばかりじゃない。

 せめて、わたしの。……オキテさんには、見てもらいたい。

 

 画面の操作を始め、最初からセッティングしていた秘密の画像ファイルをわたしは開いた。

 

「……だから、これはお礼です。応援してくれた皆さんに。オキテさんに」

「えっ。えぇぇ?!!」

 

:おっ?!

:こ、これは!!!

:アッ!

:仰げば尊死

:てぇてぇ死

:ああああああああああああ!!!!

:キマシタワー!!!!

:オキマシタワーーーーーーー!!!!!!!!!

 

 その画面に表示したのは、わたしが丹精込めて描いたイラスト。

 超特急で、本気で、大好きなみんなに。……オキテさんに向けて描いたイラストだ。

 

 音瑠香とオキテが、お互いに恋人つなぎで手を結び、笑顔で笑い合う2人。

 その周りは光に包まれていて、きっとわたしたちを中心に光っているんだな、とか思ったら流石に自分のことを過大評価し過ぎかな。

 少なくともわたしはオキテさんのことを光だと思っている。

 

「ずっと、ずっと。出会ってから臆病だったわたしの手を引いてくれて、わたしの見たことない世界を見せてくれて……。ずっと素直になれなかったけど、今日ぐらいは、言おうと思います」

「は、はい!」

 

 普段とは違って珍しく敬語で、ガッチガチに固まったオキテさんを見て、少し微笑む。

 変なの。そういう役目はわたしのものだって。

 初めて口にすると思う。わたしの想っていること。考えていること。

 告白されてからずっと考えていた。オキテさんの好きってなんだろうって。恋愛の好きってなんだろうって。

 

 結局分からなかった。だって経験がないから。

 経験がないのに、オキテさんはわたしに告白してくれた。

 その勇気が、その愛情が、わたしにもあるだろうか、と考えたこともあった。

 

 そんなの、最初から分かりきってた。

 

「最初はただのギャルだと思って、苦手だなって思ってた。でもその優しさというか、あったかさを知って、わたしも優しくしたいって思ったんです。でもわたしは不器用だから、傷つけたり素直に言えなかったりで。オキテさんにはいつも迷惑をかけていたと思います」

「そんなことない! 確かにちょっとうざいな、とか空気読めないな、とか思ったことはあったけど!」

「あったんじゃないですか。……でもお互い様ですよ、そんなの」

 

 陰キャとギャルは反りが合わない。

 趣味趣向が似通っていても、根本的な行動力の差が、優しさの総量が違う。

 不器用に突き進んで、たまに傷つけあって、それでも手を伸ばして焦がれていた。

 わたしは、その光に。その優しさに憧れた。

 

「だから好きになったんです。いいところも、悪いところも」

 

 反りが合わないのは当たり前だ。陰キャとギャルだけじゃない。他の人たちだってきっと合ってない。

 合ってないなりに、ちゃんと考えて、理解して、優しく許しあえばいい。

 だってわたしも、オキテさんのことが好きなんだから。

 

「あ、あはは……。ね、音瑠香ちゃんにしては素直なこと言うじゃん……」

「もっと言います。わたしは、朝田世オキテさんが好きです! 大好きです! 推しとかじゃなくて、相方とかじゃなくて、もう恋人として! この前の告白の答えはこれです!」

「…………はぁ」

 

 まるで身体から魂が抜けたような声が出た。

 耳の先っぽまで真っ赤で、口元だってだらーんと緩んでしまっている。でもニヤニヤしてるのか口角はちゃんと上がったままだし、何より目線が泳いでて。いつものしっかり堂々としたオキテさんはどっかに行っていた。

 ……やりすぎた? やば、わたしも段々照れて動けなくなりそう。

 その前に、さっさと枠は閉じる!

 

「は、はい! じゃあそんな感じで、皆さんありがとうございました! 次回の配信でお会いしましょうでは!!!!!!!!」

 

:ありがとう、おきねる

:神に感謝

:これがイヴとイヴか

:ありがとうおきねる。末永く幸せになれ

:次回のコラボ配信も安泰だわ

:死

:お互いに照れ照れですわこれは

:スゥーーーーーーーーーーーーー

 

 この瞬間の同時接続がやたら多かった気がするのは、きっと気のせいだろ。

 決してレモンさんやにか先生が配信を宣伝していることに対して怒っているわけじゃない。

 ただ。恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話:青の結論。夢心地な1周年記念

 配信を無理やり終わらせて。それから数分が経過した。

 お互いに羞恥状態というか、わたしも勢いに任せて配信での公開告白とかしちゃったし、赤城さんも慣れないわたしからの言葉を受け止めてしまって、照れている状態だった。

 

 今まで、本音を口にする機会がなかったけれど、こうして口にして、言葉にしてやっとわかった。

 実際、今もまだ恋愛としての好きは分からない。けど、赤城さんがわたしに向けているものを理解して、なんとなく自分と通じるものがあるのなら、それが愛情何だと思ったんだ。

 

 好意なんて基本曖昧なものだ。

 ガチ恋勢なんて呼ばれる人は、大体自分が好きだから相手も好きになってほしいとワガママな活動ばかりをして、結果好きな相手が迷惑を被ってしまう。

 わたしは露草さんがそうだとは思ってなかったけれど、結果としてみたらガチ恋勢だった。

 彼らと決定的に違うのは、関係の作り方が上手だったからに他ならない。

 やっぱりギャルだから距離感の図り方がわたしなんかより、ずっと上手だ。わたしにもそういう優しさがあれば。そう思っていたけれど、仮にできたとしても心労が祟ってしまうので、自分でもオススメできなさそうだ。

 

 ともかく。わたしは多分赤城さんが好きだ。

 それを確かめるためにも、今日から恋人として付き合ってみたい。

 

「あの……」

「……ん? な、なに?」

 

 お互いにまだ照れはある。

 でも先に告白した方がそんなに照れないでほしい。わたしも気まずいから。

 

「その。両想いになったから、ごっこは外しても、いいんですよね?」

「……ま、まぁ。そうだけど」

 

 それって恋人ですよね、と口をすぼみ過ぎて言葉を詰まらせていたところ、赤城さんから早口でまくし立てるような確認が入った。

 

「あ、あれはさ! 百合営業的なパフォーマンスってことでいいんだよね?! ほら、青原ってそういうエンタメ強いし、百合営業的にはそっちの方が盛り上がるっていうか! す、素直じゃないし!」

 

 そ、それマジで言ってるのかおい。

 わたしが結構本気で、真面目に口にしたことを取り下げさせないでくださいよ!

 パフォーマンスとしては確かに成功している。だけど、そうじゃない。わたしは本気の本気。マジだったんだから。

 

「そんな、ひねくれたこと言わないでください……。本百合だったんですけど……」

 

 自分でもわかってる。わたしが素直じゃないってことぐらい。

 でもこういう土壇場というか、記念配信で嘘をつくなんてことはしない。

 今更そっちがひねくれたって、もう遅いんですから。

 

「あ、あはは……。そっか。マジか。マジであたしのこと好きなんだ……っ」

「そうですよ! だから……ひゃっ!」

 

 肯定しようとしたその瞬間だった。

 座っていたわたしに対して、赤城さんはわたしの腕を思いっきり引っ張った。

 もちろん体勢を崩したわたしは、そのまま彼女の胸の中へとダイブすることになってしまった。

 衝撃はいつも大きいな、とムッツリしていた彼女の胸で緩和。赤城さんの熱とか、鼓動とか。そういうの諸々を全部味わってしまった。

 

「あ、あのっ!」

「あー、ヤバ。マジ好き。青原大好き。好きすぎて心臓破裂しそう!」

「いま破裂したら、わたし血まみれになっちゃいますけど」

「それシャレにならねー! あはははは!!」

 

 その割には心臓のドキドキが耳元でドンドンしてるんですが。

 でもわたしも赤城さんの想いとか、心臓の音を聞いてたら、お腹の奥底から熱がじわりじわりと全身に伝わってくる感じがする。

 ……これ、この体勢。すごく好きかも。

 赤城さんに抱きかかえられて、わたしはなんか冗談ばっかり言うんだ。素直じゃないことを。で、それを赤城さんがウケるー! とか笑えるわー! とか言っちゃうの。

 それだけでときめく、っていうか。すごく安心できる。

 

「ねぇ」

「はい?」

「本気で、あたしの彼女になってくれるん?」

「当たり前じゃないですか。じゃなかったら公開告白なんてしません」

「……そっか」

 

 ちょっと意外だった。

 赤城さんって誰からも好きになってもらえると思っているから、本気で好きな人とかもさくっと信じるもんだと思ってたから。

 意外だけど、その面倒臭ささも今はちょっとだけ愛おしい。

 

「なんか、らしいですね」

「何が?」

「両想いになったらなったで、疑り深くなるの」

「……うるさい」

「むふっ!」

 

 冗談で言った反撃のせいで胸の中に顔を沈める刑に処されてしまった。おぉ、苦しい苦しい。

 背中を叩いて、ギブアップの合図を出すと、彼女はようやくわたしを解放してくれた。柔らかかったなぁ……。

 

「向き合ったら向き合ったで、なんかマジで恥ずいわ……」

「あはは。確かにそうですね」

 

 沈黙も1つの愛情表現なのかな? 今までとは別の意味で、赤城さんと目線を合わせられなさそう。

 あ、そうだ。もう1つ赤城さんには言わなきゃいけないことがあったんだった。

 わたしは改めて姿勢を正し、赤城さんに向き合う。彼女も何か別の気配を察知したように、向き直ってくれた。

 

「えっとですね。わたしも今回の件で、赤城さんが無茶するタイプだと分かりました」

「あー、1周年記念だったしねー」

「でも睡眠不足は尋常じゃなさそうでしたし。だから罰と言うか、なんというか……」

 

 これは告白がどうこう、とかよりも前に推しと推されるVtuberとしてきちっとした距離感を定めたかった。

 確かにPCを用意してくれたり、一緒にコンビとして活動できたことは嬉しい。

 でもそれと懐事情はぜんぜん違う。無理してまでわたしに合わせないでほしかった。

 だから、その。予防線というか。もっと愛情を与えたら、無理しないでくれるかなー、という名目でわたしは口にした。

 

「わたしのこと、下の名前で呼んでくれませんか? わたしも赤城さんのこと、その……。露久沙さんって呼ぶので……」

「……っ! そ、それって罰じゃなくねっ?!」

「もっと恋人らしくしたら無理しないでくれるかな、って」

「マジで……っ。青原って時々マジで破壊力高いよね」

「文佳……」

 

 あ、露久沙さんが苦い顔した。

 ダメです、そんな顔しても。ジトっと睨むと、観念したかのようにため息を吐き出して、わたしの手と自分の手をそっと重ねた。

 

「……文佳」

「っ……。ホントに、破壊力高いですね、これ……」

「文佳」

「いや、ホントに……」

「文佳ぁ~!」

「調子に乗らないでくださいよ、露久沙さん!」

 

 あはは、とそんなにわたしの言ったことが面白かったのか、盛大に笑った。

 もう。ホント、言わなきゃよかったかも。わたしの方が持たない気がする。

 

「好きだよ、文佳!」

「くっ! これっきりですからね、無茶しないのは!!」

「分かってるってー! 文佳ー!」

「ホントに分かってるんですかぁ?!」

「じゃあ、あたしからももう一声欲しいなー、って」

 

 そう言って彼女はゆっくりと人差し指を自分の口元へと運んだ。

 指差す位置は、人がもっとも愛情表現を行う場所だ。

 それって、キ、キス。してほしいって、ことですよね……。

 流石のわたしも分かってる。で、でも無茶しないって約束したいし……。何よりわたしが、ちょっとしてみたい。

 

「わ、分かりました」

「うん、ありがとね!」

「……好きな、相手だからですよ」

 

 再びわたしの手と露久沙さんの手が重なる。

 お互いに前のめりになるように顔を近づけていく。

 今まで見てきた顔のはずなのに、今からこの人とキスするんだって思ったら別物みたいに見えてきて、口から心臓が吐き出しそうなぐらい緊張してきた。

 

「やっぱ顔いいね」

「なんですか、面食い」

「褒めてるの。素直に受け取ってよ」

 

 吐息が重なる。もう彼女の顔は目と鼻の先だった。

 視線が唇に吸い寄せられる。あぁ、なんか変な気分。

 さっきまで、数ヶ月前までは赤の他人だったのに。

 

 今は手を重ねても、こんなに顔を近づけても、許してしまう相手になってしまうなんて。

 露久沙さんのまぶたがゆっくりと落ちる。

 キスなんて初めてだけど、こうやって夢に落ちていく感覚なのかな。

 わたしもただ身に任せて、視界を閉じた。

 

 やがて、唇に柔らかな愛情が口づけされた。

 

「……。しちゃいましたね」

「あはは……。どーすか、あたしのファーストキス」

「……ごちそうさまでした」

「えへへ、お粗末様でした」

 

 もう何もかも夢みたいで。

 でも夢じゃなくて。

 

 きっと今日はずっと夢心地のまま寝てしまって、翌朝露久沙さんと顔を合わせた時に真っ赤になるんだろうな。

 あまりにも読める。陰キャにだってそのぐらいの未来は丸見えだ。

 でも。忘れられない1日になるんだろうな。

 

 配信を終えた真っ暗な画面の前で、わたしはそんなことを考えるのであった。




なんと言いますか。次でエピローグです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ
最終話:青と赤の日常。Vtuberの陰キャとギャルが百合する話


「オキテさんさぁ、なんでわたしのこと好きになったの?」

『え、それいま言う?』

「だって、わたしを追ってVtuberデビューしたんだから、聞く権利ぐらいあるかなー、と」

『あたしの1周年配信でそれ言うかフツー』

 

:草

:草

:デビュー経緯そんな感じなのか

:草

:なんか、重いな

 

 ずっと考えていたことがあった。

 音瑠香のことはイラストを見てほぼ一目惚れだったと言っていたことがある。

 けれど、わたし自身と出会ったのはそれこそ今日の朝田世オキテの1周年配信の1年前ぐらいだ。

 何故わたしのことを好きになったのかが、いまいち分からなかった。

 

『うーん。あたしがVtuberデビューした時は、マジで音瑠香ちゃんが孤独死しないか心配だったからなんよ』

 

:草

:草

:孤独死てww

 

 ま、まぁ。確かにあの時が一番Vtuberやめようかなぁ、と考えていた時期だと思う。

 デビューから1か月、3か月、半年でやめる人が多い時期だし、それを乗り越えられたのは他でもないオキテさんのおかげだ。

 実際に孤独死しなかったのは彼女のおかげと言っても過言ではない。

 

『でもそん時は別に推しー! ってぐらいで、友だちになって後ろから後方腕組古参面しようかなーって』

「ホントにぶっちゃけますね。もっとなんかなかったんですか?!」

『うーん、特には』

 

 興味本位で、ってことね。はいはい。

 ギャルの行動力って流石すぎる。やろうと思って即行動即結果発表って、迅速すぎる対応に誠にありがとうございました。無理しないでくださいマジで。と言わざるを得ない。

 今はちゃんとお財布の管理はしているものの、定期的にパソコンのローンを支払っているらしく、散財はしばらく止まらないみたいだ。

 

:じゃあなんで音瑠香ちゃんと恋仲に?

:どうしてそっから恋人になるねん

:気になるわー、おきねる物語

 

『なっちゃう? なっちゃうよねー! あたしらのドキドキVtuberカップル話!』

「なんかそれカップルチャンネルみたいで、嫌ですね……」

『えー、あたしそのつもりで今もやってるんだけどー?』

「陽キャっぽいし、別れたらアイコン真っ黒になりそうでなんか嫌です」

 

:具体的で草

:相変わらず卑屈なんよなぁ

:これは陰キャ

:でも確かにイメージではないのは分かる

 

『まー、あたしもソロ配信とか、浮気配信とかしたいし!』

「別の人とのコラボを浮気配信って言わないでくださいよ」

『でも次の日めっちゃ甘えてくるじゃん。あれ、嫉妬してるってことっしょ?』

「そ、それは言わない約束でしょう?!」

 

:あー、はいはいてぇてぇ

:流れるようなのろけあざっす

:付き合って半年のおきねるは違いますわー

:俺は最初の初心な感じがよかったなー

 

 ぶっちゃけ恋人も1か月、2か月も経過すれば、熱が冷えていくのは当たり前のことだった。

 最初のうちはメンタルに雲がかかることもあれば、なんでわたしじゃなくて、あの子とコラボしてるんだろう、とかは思ったよ。

 でもその度に話を聞いてくれるし、大切に慰めてくれたりする。

 情けないところをたくさん見せてしまったから、今では割り切りかけているところだ。

 やっぱり、嫉妬するところは嫉妬する。

 

「それを言ったら、わたしよりオキテさんの方が重たいじゃないですか。ちょっとタイムラインで他の人と仲良くしたら『その女、誰?』って鬼のようにDMしてくるし」

『おい、それはライン越えだぞ!!』

 

:あー、めんどくさ

:おんも……

:これが重たいギャルか……。ありだな

:推しが重たくて今日も嬉しいです

 

「まぁお互いさまってことで。で、わたしを好きになった経緯は?」

『……気づいたら好きになってた』

 

:草

:溜めてそれかよwww

:wwww

:乙女かよww

 

『だってこの女、仲良くなったらめっちゃ懐いてくるしさー! 顔がいい癖に天然っていうか、そういうところが全部無意識にやってるところがムカつくわー!』

「えぇ……」

 

:あー……

:それは、うん

:音瑠香ちゃん、周りとか気にしなさそうだし

:無意識下で人を好きにさせるオーラを出してるんだよなぁ

:音瑠香ちゃんは結構ガチ恋勢多いと思うよ

 

「なんで?! ガチ恋勢とか、このギャル以外見たことないんだけど!」

『いや、結構多いよ。あたしのDMにも別れろってメッセ届いたこといくつかあるし』

 

 え、なにそれは。大変申し訳なさすぎる……。

 

『来るから、より一層いちゃついてるわけなんだけどねー』

 

:鬼かww

:草

:やりおる

:見よ、これが秋達音瑠香公認ガチ恋勢のTOPだぞ

:相互ガチ恋勢やからな

 

『何それ! 相互ガチ恋勢とか単語、初めて聞いたわ!』

 

:初めていったからな

:パワーワードすぎるww

 

 たまにやたら絡んできたり、リアルでハグしてきたりするのはそういうことか。

 学校ではもちろん秘密にはしているが、一歩外に出てしまえば、手を繋いで帰ったり、わたしの家に泊まりにきたり。

 ちらりと横を見て、ややため息をついた。

 家には露久沙さんがやってきたとき用のパジャマやら、着替えなどが畳まれているスペースがあるのだ。もはや半同棲状態だ。

 高校卒業後、進路はそれぞれ別々の大学だけど、キャンパスの間ぐらいの位置で2人で住まないか? という話も出ている。まだ物件は見つけていないが、その過程もまた嬉しく思う。

 

「そっか。でも気づいたら、かぁ……」

『そっ! クリスマスん時にはもう超ラブ好き好きって感じだったし!』

「……そですか」

 

:これは照れてますね

:クリスマス配信、アーカイブで見たけど、よいものだった

:美少女2人がひたすらいちゃつく配信だったからな

:今年は2人とチキン食べるか

 

『いいねー! 今年もクリスマス配信すっか!』

「ですね。コーラとか鮭とか持ってきて」

『そこはいつまで経っても鮭なのか』

 

 そっか。今年ももう少し経ったらクリスマスがやってくるんだもんね。

 受験ももうすぐで、頑張ってポートフォリオを描いたり、勉強したり。

 しばらくしたら、受験休みもやると思う。でも前の惰性で続けていた時期とは違って、必ず帰ってくるビジョンが見えるんだ。

 なんだかんだで見てくれる人がいる。リスナーも、同じVtuberの友だちも。

 それから、わたしの最愛の露久沙さんも。

 

 Vtuberを何故続けているのですか?

 たまにこういう質問を聞かれることがある。

 

 みんなそれぞれ立派な考え方を持っていて素晴らしいと思う。

 でもわたしたちには敵わないんじゃないかな。

 

「だって好きなんだもん!」

 

 わたしのことを好きな人がいるから。だから続けられるんだ。

 

『でもそれ鮭のことでしょ! もっとチキンの話もしてよ!』

「じゃあチキンの中に鮭入れよう!」

『どんな拷問なのさ!!』

 

:草

:wwww

:生命への冒涜で笑う

:まるでキメラなんだよなぁ

:ウケる

 

 こんな風に好きなみんなと笑いあいながら、友だちと切磋琢磨して……、それから……。

 

『おっけい! じゃあクリスマス配信はどっちが美味しいかプレゼンってことで!』

「いいねぇ! 絶対参ったって言わせるし!」

『あはは! 楽しみだね!』

「…………うん、ですね!」

 

 わたしの大好きなオキテさんと、露久沙さんと一緒に過ごしたい。

 だからわたしはVtuberを続けられるんだ!

 

 かけがえのない、たった1人の君だから。

 

 ――Vtuberの陰キャとギャルが百合する話  完



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。