これは二代目火影の卑劣な転生だ (駅員A)
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第一部 少年編
千手扉間改め「うちはトビラ」


二代目火影として名高い千手扉間は金閣・銀閣のクーデターにて負った傷が原因でその生涯に幕を下ろした。

そんな彼が二度目の生を受けることになるなんて、本人はもちろん、誰も想像ができなかった事態だろう。

 

「しっかりしろ! 俺の弟だろ! こんな病気に負けるな!」

 

――うるさいな、兄者。病人を揺さぶるな。耳元で怒鳴るな。

 

 扉間はその身体のダルさから目を開けることも言葉を発することも出来ていなかった。

 兄の柱間にしては高い声が頭痛をさらにひどくさせていた。

 

「ばあちゃん! どうして医者が来ないんだよっ?!」

「目を覚まさないことには薬を飲ませることも出来ないんだよ。それじゃあお医者様も手の施し様が無い……」

「なんだよそれ! おい、起きろ! こんなに早く死んじゃだめだ!」

 

――だから病人を揺さぶるなと言っているだろうが、兄者。目を開けるのも辛いぐらいなのだから。起きるのは少し身体を休めてからでもいいだろう……

 

「起きろ! 俺を置いてくなんて許さねーぞ!!」

「黙れ! 病人は大人しく寝かせろ!」

 

 あまりの喧しさに扉間は無理やり起き、怒鳴った。

 兄を一喝するのは慣れたものだ。

が、静かになったのは一瞬だけで、さっきよりも騒がしくなってしまった。

 

「ばあちゃん! トビラが起きた! 薬! 薬!」

「な、なんと……今夜が峠と言っていたのに……ああ、良かった……! さあ、トビラ。これをお飲みなさい」

 

――誰だ、こやつら?!

 

 目を開けた扉間の視界に入ったのは見知らぬ黒髪の少年と白髪の老婆。

 

「早く飲め! 苦いからなんて我儘、許さねーぞ!」

 

 生前の扉間であれば、見知らぬ人間が差し出す薬なんて飲まなかっただろう。

 だが、彼の心が拒否をする前に、その身体は少年が差し出す水差しと薬を受け入れた。

 

「トビラ、もう大丈夫だからな。兄ちゃんがそばにいるからな」

 

 少年は薬を飲む扉間の身体を抱きかかえながら言った。

 年のころは3歳ぐらいだろうか。

 

「お医者様を呼んでくるからトビラを頼むよ、オビト」

「おう! 任せてくれよ、ばあちゃん!」

 

 少年は……オビトは老母が部屋を出てからもずっと扉間を抱きかかえたままだった。

 その状態で、やれもっと水を飲むかだの、食べたいものは無いかだの、衣を変えようか、身体を拭こうか、と幼いながらも甲斐甲斐しく世話を焼こうとした。

 扉間は途切れそうになる意識でうつらうつらと返事をし、老婆が医者を伴って部屋に戻って来たのを見届けた。

 

「トビラ、こんな病気すぐに良くなるぜ。なんて言ったってお前は俺の弟だからな!」

 

ポロポロと涙をこぼしながらも気丈に見せたオビトの笑顔と言葉は兄、柱間を思い出せるものだった。

 

――扉間、こんな怪我すぐに良くなるぞ! なんと言ったってお主は俺の弟だからの!

 

 扉間は再び遠くなる意識の中、思い出した。

 かつての兄、柱間はとっくに死んでしまったことを。

 そして、彼の新たな兄はうちはオビトであることを。

 




柱間(オート治癒能力持ち)の言う
「俺の弟だからすぐ良くなるぞ」の説得力


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新たな兄、うちはオビト

 

「トビラ、トビラ、トビラー!!!」

「そんな大声を出すな! 聞こえている!」

 

 駆け込んできた少年はうちはオビト。

 両親の形見のゴーグルをしっかりとそのツンツンとした頭に着けている。

 対するはうちはトビラ。

 家のどこからか見つけて来た黒い頭巾を頭に巻き、兄と同じツンツンヘアーは隠している。

 

 祖母と共に台所に立っていたトビラはこめかみをピキピキといからせながらピシャリと言った。

 柱間であればズーンと落ち込んでみせるのだろうが、オビトはケロリとしている。

 祖母も気にした様子もなく、彼を振り返った。

 

「おはよう、オビトや。今日も元気だねぇ」

「おはよう、ばあちゃん! なあなあ、トビラ! まだ修行はしてねーよな?」

「落ち着け。今朝は俺も早く起きられなかったから修業は朝餉の後だ。すぐ出来上がるから早く顔を洗って来い。兄さん」

「ああ! 朝飯の準備してくれててありがとうな! 俺もすぐ手伝うから!」

 

 そう言って遠ざかる足音。

 

「ったく、朝から騒々しい」

「元気が一番ぞよ。昨日は遅くまで修行していたみたいだけど、疲れは残っていないかい?」

「ああ。兄さんは見ての通りだし、俺もしっかり眠ったから平気だよ。おばあ様」

「そうかい、そうかい。二人とも元気で嬉しいよ。トビラ、そろそろ味噌汁の火を止めておくれ」

 

 オビトとトビラは祖母と三人暮らしだ。

 二人の両親は彼らが赤ん坊のうちに戦死しているため顔も知らない。

 が、第二次忍界大戦の戦禍が残る里ではそんな子供は珍しくなかった。

 

「それにしても双子だと言うのに、こうも性格が違うなんて面白いものだねえ」

 

 食器の用意を始めていたトビラは祖母の言葉に心の中で答えた。

 

――俺には千手扉間の意識が残っているのだからそりゃあそうだろう。

 

 トビラの心の声が聞こえない祖母は炊き上がった米の具合を確認しながら言葉を続けた。

 

「明るいオビトにしっかり者のトビラ、二人とも良い孫たちぞよ」

「トビラの場合、しっかり者というよりジジくせーんだよな。考え方と言い、喋り方と言い」

 

 いつの間にか戻って来たオビトの言葉にトビラはドキッとした。

 と同時に、言葉遣いを「ジジくせー」と言われたことにムッとした。

 

――ワシとは言わないようにしているのに……!

 

「話し方は兄さんとそう変わらないだろう」

「うーん、使う言葉って言うのかなー? なーんか違う気がするんだよなぁ。ま、お前は頭がいいから難しい本もたくさん読んでるんだろうな!」

 

 自分で言い出して自分で納得している辺り、オビトもそこまで気にしていないのだろう。

 

「ばあちゃん! 俺もトビラもご飯大盛ね!」

「俺の分まで勝手に決めるな! 俺は並盛でいい」

「しっかり食べねーと大きくならねーぞ。そりゃあトビラは弟だから俺の方がデカくなるだろうけど」

「俺らは双子なんだからそう体格の差は生まれないだろうが。食べすぎると修行に支障が出る」

「とか言いながらおかずが川魚なら気にせず大盛にするくせに」

 

 今日のおかずはきんぴらごぼうだった。

 好物だとご飯の量も増えるのはオビトの言う通りだったのでトビラはムッと口をつぐんだ。

 そんな弟を見てニッと笑ったオビトが元気よく宣言した。

 

「よし! 今日は川の近くの演習場で修行だ!」

「川の近くの? そんなところ、近所にあったか?」

「いや、ちょっと遠いけど里の端っこにあるらしいぜ。そんで修業をした後は魚釣りだ! ばあちゃん、俺とトビラでたくさん釣ってくるから楽しみにしててよ!」

「それじゃあお昼ご飯用におむすびを作ろうかね。家を出る前に持って行くんぞよ」

「やった! 俺、梅おむすびがいい!」

「昼餉の前に朝餉だ。ほら、兄さん。味噌汁の具も多くしておいたぞ」

「さすが俺の弟! 分かってるなぁ!」

 

――本当に朝から騒々しい男だ、兄さんは。

 

 トビラは呆れつつも口角は上がっていた。 

 にぎやかな双子の兄と過ごす新たな日常を彼は気に入っている。

 そのため、千手扉間の記憶はあるものの、うちはトビラとしての人生を受け入れていた。



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兄者と兄さん

 トビラは3歳のころに高熱で死にかけたものの、快癒して以降は健康そのもの。

 毎日、双子の兄との修行を重ね、もう5歳になっていた。

 

「そろそろ休憩しよう。集中力が欠けてきている」

「確かにもう昼時だな。トビラ、熱は出てねーか?」

「いつも言っているが平気だ。兄さんの方こそちゃんと水分を捕れ」

 

 幼少期のトラウマか、単に兄として弟を構いたいからか、オビトはこうして体調を気遣うことが多い。

 そうでなくともオビトは優しい子だとトビラは思っている。

 

「あーっ! やっぱ、ばあちゃんのおむすびはうめーな!」

「さっきもらったトマトときゅうり、川で冷やしておいたからこれも食べよう」

「そうだった! いやぁ、荷物運び手伝っただけで野菜いっぱいくれてあの爺ちゃん親切だよなぁ!」

「兄さんが親切にしたからそのお返しなのだろう」

「あんぐらい別に気にすることねーのにな」

「そりゃあ、毎日誰かしら困った老人を見つける兄さんにとってはそうだろうな。一体どうやって見つけているんだ?」

「だから俺は探してねーよ! いっつも向こうから出てくるんだって」

 

 オビトが優しいから困っている人を見つけるのか、それともその優しさが困っている人を呼び寄せるのか。

 毎日人助けをせざるを得ないオビトのそれはもはや体質と言える。

 

「見つけることに関しちゃトビラの方が得意だろ? 感知タイプなんだから」

「俺は困っている人を感知する力なんて無い」

 

――それに、感知の精度は前に比べると劣っている。

 

 扉間は感知タイプだったが、トビラの身体でも同じように感知が可能だが、やはり肉体が変わるとチャクラの練り方や使い方も変わるらしい。

 

「写輪眼を開眼できたら俺ももっと感知しやすくなるのかな」

「写輪眼か……開眼したいのか?」

「当たり前だろ。写輪眼があればもっと強くなれる。トビラは興味ねーのか?」

「……」

 

 オビトは写輪眼の開眼条件を知らないから言えることだ。

 扉間時代に研究を尽くしたトビラとしては無邪気に欲しいとは言えない。

 

「一族の全員が開眼しているわけでもないだろう。開眼するかもあやふやなものに頼るのは危険だ。それよりも先に鍛えるべき部分はいくらでもある」

「はーっほんとジジイみてーなこと言うな、トビラ」

 

――どこがジジイみたいだとっ?!

 

 トビラが追及するよりも先に、オビトが彼を振り返った。

 

「でもお前の言う通りだよな! よし! 兄ちゃんとして負けてらんねー! まずは体術の基礎と、使える忍術を増やすぞ! そんでもって火影になるんだ!」

「兄さんは火影になりたいのか」

「おう!」

 

 トビラが意外そうに尋ねるが、オビトは気づくことなく力強く頷いた。

 

「火影ってのは里を守る一番強くて偉い忍らしいんだ。俺はトビラもばあちゃんも守れるくらい強くなりてーんだ」

「ほぉ……里を守る強い忍か」

 

――サル、こんな幼い子供までお前を慕っているようだ……立派にやっているじゃないか。

 

 トビラはかつての教え子を思い出し、目を細め、すぐ兄に目を向けた。

 

「だが、火影以外にも強い忍はいるだろう。他に理由があるのではないか?」

「ああ。戦争が無けりゃ俺らの父ちゃんも母ちゃんも死ななかった。里には俺らみたいな子供は多い。だから俺が火影になって戦争を無くす! そんでもって俺が世界を救うんだ!」

 

 オビトはぐっと手を握りながらはっきりと宣言した。

 

――こやつ……

 

 幼子の夢物語にしてはオビトのまなざしは強かった。

 そしてかつての兄、柱間によく似ていた。

 

「ふふ……はっはっはっはっは!」

 

 突然笑い出したトビラにオビトは驚き、そしてムッとした。

 

「なんだよトビラ!」

「いや、ついツボッてしまっただけだ。お主があまりにもバカなことを言うからな」

 

――初めは兄という生き物はみな似るものなのかと思ったが違う。こやつ、兄者にそっくりだ。

 

「はあっ?! なんだよ! 火影になんかなれはしねーってバカにしてるのか?!」

「バカになんてしていない」

「バカなことって言ったじゃねーか!」

「ああ、お主は兄者……いや、初代火影並みのバカだ。俺が断言する」

「はあっ?!」

 

――うちはの者に兄者を重ねる、か。因果なものだ。

 

 トビラは目じりに溜まった涙をぬぐいながら幼き兄を見た。

 

「だが、そのぐらいのバカでないと火影になんてなれないだろう」

「なっ……お前は応援してんのかバカにしてんのかどっちなんだよ……つーか、初代火影と比べるならバカとかじゃなくてもっと才能とかそういうのをよぉ……」

 

 はっきりと「バカ」と言われたものの、初代火影と比べられたことでオビトは喜ぶべきか怒るべきか混乱した。

 が、弟が今までで見たこともないような輝く笑顔を見せたこと、そして彼の言う「バカ」に悪意を感じなかったことで結局はオビトも笑顔になった。

 

「里の子供ならみんな憧れている火影をバカ呼ばわりするなんてお前、意外と肝が据わった奴だな、トビラ」

「憧れ……か……」

 

 かつて己が二代目火影になった時は他に適任がいないからなったというだけで、そこに最高責任者以外の意味合いを感じていなかった。

 どちらかというと、次世代への繋ぎという感覚が強かった。

 だから、火影が憧れの象徴になっているのに新鮮さを感じた。

 

「でも、他の奴にそれを言うの止めとけよ。火影はみんなの夢なんだから、バカって言葉だけで怒りだす奴も出てくるかもしれねーし」

「そりゃあ俺だってその程度の分別はある」

「どうだかな。トビラは人づきあい悪いから、そこらへんが兄ちゃんとしては心配だぜ。やっぱさ、お前も修行と読書だけじゃなくて里の子供らと遊ぼうぜ」

「缶蹴りか……俺はやらんと言っているだろうが」

 

 戦乱の時代に幼少期を過ごした扉間が兄弟とやっていた遊びは組手や手裏剣の的当て、つまりこの時代で言うところの修業だった。

そのため、今の時代の缶蹴りといった子供の遊びは馴染みづらいもので、数回付き合ったものの、すぐに参加をやめてしまった。

 

――兄者の付き添いで行った賭場でもそうだが、どうにも俺は外の「遊び」というのに向かんらしい。将棋と囲碁であればまだ嗜んでいたが、あれは高価なものだからな。この年じゃできる子供もそういないだろう。

 

「トビラ~、社交性を磨くのも忍としては必要だぜ」

「ふん。社交性なら問題あるまい。里の者どもとは話せているのだから」

「トビラの話し相手って大人だろ? じゃなくて子供同士の付き合いだよ」

「里の子供らとの遊びだって以前顔を出したではないか。あれで義理は果たした」

「いやいや、顔を出せばいいってそんな会合じゃねーんだから。遊べる友達ってのも大事だぜ」

 

 トビラは胡乱な目で兄を見た。

 

――兄者もあのマダラを友と言い続けたが……こんなところまで似なくて良いものを……

 

「あ! ほらほら! やっぱお前、友達の意味わかってねーだろ!」

「おい、その哀れむような顔をやめろ」

「うんうん、大丈夫。トビラは面白い奴だからすぐに打ち解けられるぜ。ほら、前に挨拶したリンとは普通に話せていたしさ。あんな調子で遊びにも行ってみようぜ」

「はあ……のはらリンか。兄さんが慕うのも分かる、感じの良い娘だったな」

「えっ?! はぁ?! おい、慕うっていや、なんで分かったんだよ? あ、いや、そうじゃなくて……っ!」

「遊びであれば今もこうして兄さんと遊んでいる。それに里の子供らと社交する場ならアカデミーがある。それで十分だろう」

 

 オビトが慌てている間に食べきったトビラは立ち上がった。

 兄も合わせて食べ物を口に詰め込んでいるようだが、途中で盛大にむせていた。

 

――アカデミーに通い出したら時間的拘束を受ける。自由に動ける時間は貴重だ。

 

 オビトはトビラと修行していないときは里の子供らと遊ぶか、困っている老人たちの手助けをしていた。

 対してトビラは兄と修行していないときは一人でこっそり修行するか、術の開発をするか、身をひそめながら里の大人たちの噂話を盗み聞き、情報集めをしていた。

 特に今は第二次忍界大戦が終結したばかりで、小国同士の争いは続いている状況だ。

 

――兄者ならともかく、もしマダラが俺のように転生していたら面倒だと思ったが、それらしき人物がいない。この2年で調査済みだ。かと言ってこれからも出ないとは限らん。注意が必要だ。

 

 かつての教え子である三代目火影に己のことを話すことを考えたものの、今の彼は千手扉間ではなくうちはトビラである。

トビラの予想が正しければ、木の葉の上層部はうちはを警戒し続けている。

 別の人間として転生したなんて荒唐無稽な話をし、無用な疑りを受けるのは良くない。

 それに、千手扉間はすでに猿飛ヒルゼンに里を任せて死んだ。

 だから過去の人間が出張るのでなく、新たなうちはトビラとして生きていくことを決めていた。

 

――それにしても、まさか俺がうちはとして生を受けることになろうとはな……

 

 食べ終えたばかりの二人は食休み代わりに各々で軽い運動をし、組手に備えていた。

オビトは丸太に向かって蹴り、突きを繰り出している。

 歴戦の忍たちとしのぎを削って来た扉間から見れば、5歳の兄が行うそれは幼子の遊びにしか見えない動きだった。

 

――里が無い時代であればすでに俺らは初陣に出ている年頃か……筋は良いがうちはとの戦場であの程度ではすぐ死ぬな。ああ、いや、今は俺らがうちはだったか。

 

 トビラは先日届いた封書の中身を思い出した。

 

――俺と兄さんがアカデミー入学試験を受けるまであと半年か。かつては戦場に出る年だったが今は学校へ通う年になったということか。兄者の理想は続いているようだな。

 

 寸止めするつもりのオビトの突きが思いっきり丸太にぶつかり、うずくまった。

 

「うがぁあっ!!!」

「兄さん!」

「へへっ……へ、平気だぜ……こんくらい……」

 

 戦い慣れていない子供の拳じゃ丸太には勝てない。

 しかし弟を心配させまいとオビトは強がった。

 トビラは兄の強がりに気づきつつも、弟にいいところを見せたい兄のプライドは理解していたので、骨が折れていないかだけ確認した。

 

「そろそろ組手をするか」 

「おおっ! 今日こそお前に勝つからな!」

「ふん。あと20年は早いな」

 

 トビラはオビトと組み手をするときに手加減なんてしない。

 いくら今世の兄とは言え、扉間からすればひ孫並の子供と戦うようなものだ。

 だが、オビトに手心は必要ないと思っていた。

 

――昨日よりも動きが良くなっているな……

 

「兄さん、俺が寝た後も修行をしていたのか?」

「うっ! な、なんで分かったんだよ!」

「やはりそうか。全く。休むことも修行のうちだと言っているだろうが」

「うるせー! 俺はお前よりも兄ちゃんだからちょっと無理しても平気なんだよ!」

「だから俺らは双子なんだから体格の差はそう無いだろうが! ほれ、脇が留守だぞ」

「うぉおっ! クソっ! トビラ、お前ほんと卑劣なところばっかり狙って来るよな!」

「忍が素直でどうする。裏の裏をかく戦いが出来ねば死ぬぞ」

「分かってらぁっよ! っと!」

 

 二人が修業を始めたころ、病み上がりの弟へ手心を加えようとしたのはオビトの方だった。

 が、トビラがそれを完膚なきまでにぶちのめしたところから二人の切磋琢磨は始まった。

 

「あぶねっ! へへっ! お前の腕がもう少し長けりゃ一発入れられただろうにな、トビラ」

「ふん。そうしたら兄さんはすでに5回は死んでいただろう」

 

――この身体、俺が5歳のころと比べても小柄だ。

 

 大人の姿で戦うのに慣れていたトビラにとっては、新たな身体を馴染ませる作業が必要だった。

 オビトはトビラに比べて視野が広く、動体視力が良い。

 そして負けん気が強い。

 トビラにボコボコにされてもへこたれずに修行を重ねているからか、最近は特に動きが良くなってきていた。

 

――あとは集中力さえ保てればな……

 

「ぐへっうえっぶはぁっ!」

「目の前の敵に集中せねばそこから切り崩される。兄さんは集中しているときは俺の攻撃も避けられるのだから意識を保て」

「くっそーーっ! また負けた! トビラ! まだいけるよな?」

「無論だ」

 

 口角をあげながら兄を迎え撃とうとしたトビラだったが、眉を寄せ兄の手を止めた。

 

「ん? おい、どうしたトビラ?」

「そこにいるのは誰だっ!」

 



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も、モンスターチルドレン?!

「そこにいるのは誰だ!」

 

 トビラが呼びかけた木の影から二人現れた。

 白髪の幼い少年とその父親らしき男。

 

――チッ! 子供の気配しか気づかなかった。俺の感知もまだまだだな。

 

 トビラが鋭く睨むと、男はビクッとしながらも優し気な声で言った。

 

「や、やあ、ごめんね邪魔をして」

「なんだ? おっちゃんたち修行しに来たのか?」

「ああ。今日は休みだからこの子に修行をつけようと思ってね。俺は、はたけサクモ。こっちは息子のカカシ」

「はたけサクモ……貴様、“木の葉の白い牙”か」

 

 トビラはサクモに尋ねながらも扉間時代のころを思い出した。

 

――見る限り、大姪の綱手と同じかやや上ぐらいか? やはり、扉間時代には顔も名前も見た覚えがないな。ということは、アカデミー教育を受けず忍になったのか、俺が死んだ後に他国から亡命してきたか。なんにせよ大した奴だ。

 

 腕を組み、感心するトビラをサクモは困った顔で、サクモのそばにいる少年は訝し気に見た。

 

「お前、父さんのこと知ってんのかよ」

「ああ。先の大戦で戦果をあげたのであろう。かなりの実力者だと大人たちが噂しているのを聞いた」

「ふーん……というかなんでそんな偉そうなの」

「ちょ、こらカカシ! 失礼だよ」

「父さんに対して貴様なんていう方が失礼でしょ」

「あー悪い、悪い。俺の弟、ちょっとジジくせーところがあっからさ。悪気はねーんだよ。俺、うちはオビト! そんでこっちは双子の弟のトビラ! 噂になってるなんておっちゃん、すげー人なんだな!」

 

 ジト目でトビラを睨むカカシの前に割って入ったオビトが人懐っこい様子で言うと、サクモは頬をかきながらも笑顔を見せた。

 

「こんな小さな子にまで知られているとはね……少し驚いたよ。君たち、見た限りまだアカデミー入学前だろう? すごい動きをしていると思ったが……うちはの子たちだったか」

「え? 俺らすげー動きしてた? マジで?」

「子どもにしてはってことでしょ。それにすごい動きをしていたのはそっちの弟の方。ボコボコにされていたお前が調子に乗るな」

「はあ?! なんだよお前! カカシだったか? ムカつくなぁ!」

「勘違いする前に教えてあげただけ」

「コラ、カカシ! 失礼だぞ! オビト君も中々なんだから」

「その言い方、父さんも弟の方がすごいと思っているってことでしょ」

「あっ」

 

――こやつ、少し天然のようだな。

 

 はたけ親子の会話にトビラは気が抜けたが、オビトは顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「ムキーっ! 今に見てろよカカシィ! 俺は火影になる男だ! もっともっと強くなるんだからな! トビラは俺が守るんだ!」

「見ている感じ、お前が守られる方だろ」

「うるせー! 俺は兄ちゃんなんだから俺が守るんだ!」

「双子なら兄も弟もそう違いは無いと思うけど……」

 

 怒鳴るオビト、冷静に言い返すカカシ。

 

――いちいち反応する兄さんは言わずもがなだが、こちらのカカシとやらもいちいち険のある言い方をしおって……そんなに父親がよその子供を褒めたのが気に食わないか。スカしているがこやつも子供よの。

 

 言い合う二人を眺めるトビラにサクモが話しかけた。

 

「君たち、普段はご両親に指導してもらっているのかな?」

「両親はどちらも死んでいて顔も知らん」

「そ、そうだったのか……それは悪いことを聞いたね」

「気にするな。大戦があったばかりだ。そう珍しいことでもなかろう」

「ええっと、そうか…………それじゃあ誰か別の大人が指導を?」

「いや。修業は兄さんと俺のお互いでしかやってない」

「そうなのかい? 君の動きは戦場の忍を思わせる見事なものだ。天性のものだとしたらかなりの才能がある」

「うっ……」

 

――中々に鋭いではないか、サクモめ。

 

 トビラが冷や汗をかく間もオビトたちは言い合っている。

 

「それに単なる組手ではなく、君がオビト君を導き、稽古をつけているように見えた。その年でその領域までいくなんて大したものだ」

 

――チッ。だから兄さん以外の奴に見られるのは嫌だったんだ。

 

 実力のある忍は相手の力量も測れる。

 少し組手を見られただけでそこまで気づかれてしまうとは。

 トビラは焦りを表に出さぬよう、涼し気な顔で答えた。

 

「大人の指導は受けていないが、アカデミーや演習場を覗いて見取り稽古はしている。それが功を奏しているのだろう」

「なるほど……ご両親はいないと言っていたね。兄弟で住んでいるのかい?」

「それとおばあ様が面倒を見てくれている」

「そうか。ここで会ったのも何かの縁だ。もしも大人に頼る必要があったらいつでも俺に頼ってくれ」

 

 見上げたサクモの顔に裏は見えない。

 トビラが頷くとにこり、と笑った。

 

「よければカカシとも仲良くしてやってくれ。あの子も同じ年頃の修業相手がいる方がいいだろう」

「ああ、確かにそうだな。兄さんは友達を作るのが好きなタチらしいからすぐ仲良くなるだろう」

「というか、すでに組手を始めているね」

 

 サクモの言葉通り、言い合いが取っ組み合いに発展していた。

 オビトはトビラとの修行の効果が出ているのか、カカシとは良い勝負だ。

 

――俺と修行している兄さんと拮抗しているのか……サクモのせがれも中々やるの

 

 冷静に眺めるトビラへサクモが話しかけた。

 

「どうだい、うちの息子は?」

「ふむ。この年にしてはなかなかの腕前だ」

 

――予想以上だ。戦乱の世に生まれたわけでもないのに、里の子供がこれほどの力があるとは……木の葉の未来は明るいな。

 

 トビラは知らなかった。

 はたけカカシがこの年代の子供の中では抜きんでていることを。

 

「うぉっ!」

「甘い!」

 

 良い勝負であったはずだが、話しているトビラとサクモに気を取られたオビトが調子を崩し、カカシがどんどん追撃していく。

 息子を褒められたサクモはニコニコしながら観戦していたが、どんどんボロボロになるオビトに顔を青くしていった。

 

「おいカカシ! やりすぎじゃないか?」

「構わん。あの程度なら俺もやっている」

「ええ…………」

 

 サクモはドン引きしているがトビラは気づいていない。

 声をかけられたカカシは手を止め、オビトは倒れた。

 

「ちくしょーっ! 俺は強くなるんだからな!」

「はいはい。ま、この年にしてはいい動きはできてんじゃないの? 弟クンほどではないけど」

「ムキー! カカシ! お前いちいちトビラを引き合いに出すんじゃねーよ! 今は俺と戦ってんだから俺を見ろ!」

「見たうえで言ってるんだよ。というか、先によそ見をしたのはそっちでしょ。おい、次はお前の番だ」

「いいだろう」

 

 トビラは扉間時代から有望な若者が好きだ。

 そのため、わずか5歳にして天才の片鱗を見せるカカシにも稽古をつけてやろうとウキウキしている。

 

「おいてめえ! トビラにケガさせたら俺が許さねえからな!」

「あのねぇ……お前、自分のケガの心配でもしたらどうなの?」

「うっせーカカシ! いてて……」

 

 ボコボコになったオビトをサクモが回収し、カカシとトビラは向き合った。

 兄と組手をするときには感じないピリピリとした空気。

 

――ほぅ……さすがに殺意までは出せぬとしてもなかなか良い面構えじゃないか。

 

 トビラは自然と指導者面で口角を上げた。

 それにカチンときたカカシが踏み込んだ。

 拳を繰り出し、止められ、蹴り、かわされる。

 サクモは驚愕した。

 

――カカシを軽くいなすとはあの子……実力の底が見えないな……もしかすると俺以上の……! 本当に子供だけの組手と見取り稽古だけでここまで? なんて力だ!

 

 オビトとの組手を垣間見ただけでは気づかなかったトビラの実力。

 サクモはすぐに幼き少年への評価を変えた。

 うちはトビラは己をも超える忍である、と。

 

「いいぞートビラ! カカシにも負けてねーぞー!」

 

 子供のオビトはサクモのように弟の力には気づかず、カカシの攻撃をいなすだけのトビラへ無邪気に声援を送った。

 それが聞こえたカカシは戦いながらもイラっとした。

 

――負けてないどころか、トビラの方が圧倒してるんだよ! そんなことにも気づかないのかよ!

 

 怒りでペースを崩され、トビラはそこを見逃すことなかった。

 カカシの足をすくって押し倒し、拳を眼前へ突き付けた。

 

「うむ、このくらいでいいだろう。小僧、なかなか良い動きだった」

「チッ!」

 

 トビラが差し出す手を握りながら立ち上がったカカシは誰が見ても分かるほどイライラしていた。

 

「へっへー! どうよ、俺の弟! 強いだろ!」

「うっさい。お前、弟よりもめちゃくちゃ弱いくせに恥ずかしくないの? それでよく火影になるとか言えるね」

「ああ? んだとゴラ! 写輪眼を開眼したら俺はもっと強くなるんだよ!」

「それ、弟も開眼したら追いつけないじゃん」

「あ、ちょっと、二人とも……」

「少しは落ち着かぬか! 貴様ら! また組手をするなら傷の手当てをしてからにしろ!」

 

 トビラに一喝された子供二人は表情だけでいがみ合いながらも大人しく治療を受け、また取っ組み合いを始めた。

 子供の喧嘩を止めることができずオドオドしていたサクモをチラリと見たトビラは思った。

 

――こやつ、やや繊細過ぎるところがあるな。兄者もしょっちゅう落ち込む癖はあったが、あれでいて無神経な図太さがあった。大戦で名を挙げたということは里中から期待も高まる。その重圧に負けないか心配なところだな。

 

 見た目は少年、中身は二代目火影にそんな評価をされているとはいざ知らず、サクモはトビラに微笑みかけた。

 

「トビラ君たちはアカデミーに早期入学しなかったんだね。君だけじゃなくてオビト君も十分試験に受かる力はあるようだけど」

「その方が都合が良かっただけだ。俺らは来期の試験を受けるつもりだがカカシはどうなんだ?」

「カカシは君らの1つ下だけど、試験を受けさせるつもりだよ。本人も早くアカデミーに入りたいと言っている」

「なるほど、十分すぎるほどの力はあるだろうが……母親は?」

「去年、亡くしてしまってね……元々身体が強い人では無かったから。ちょうど戦争が激化した時期でもあったからカカシには寂しい思いをさせてしまっていたよ。でもあの通り、しっかりしている子だから」

「なるほど。優秀になることで貴様の関心を得ようとしているタイプか。しっかりしているように見えて、情緒はまだ子供そのもの。兄さんのような子供たちと過ごすのは良い勉強になるだろう」

 

――君もその子供の一人だよね? 最近の子は成熟しているなぁ。

 

サクモは苦笑いした。

 カカシたちの争いが組手とは言えないレベルのものになっているのを見たトビラは彼らに呼び掛けた。

 

「兄さん! それ以上のケガをすると明日に響くぞ! おい、今日は釣りもするのだろう? それともこのままカカシと修行するか?」

「いや! ばあちゃんに魚を持って行くって約束したから釣りもする! カカシもやるか?」

「釣り? そこの川って勝手に釣っていいの?」

「大丈夫! だって盆栽ショップの爺ちゃんもたまに釣りに来るって言ってたし」

「でも俺、せっかく父さんと修行が出来る日だし……」

 

 父親とオビトたちを交互に見ながらもじもじするカカシ。

 サクモが口を開く前にオビトが言った。

 

「なら今日はお前、おっちゃんと修行しろよ!」

「そもそも釣り竿が足りん。じゃあカカシ、サクモ、俺らは川の方へ行く」

「カカシ、良かったのか? せっかくできた友達と遊ぶ機会なのに……」

 

 サクモがなおもカカシを気遣うが、オビトが明るく言った。

 

「おっちゃん、有名な人なら忙しいんだろ? ならカカシもおっちゃんと修行したいだろうぜ! それに俺らとはこれからいつでも遊べるんだからさ! な、トビラ!」

「ああ」

 

 トビラは頷きつつ、カカシのマスクに隠れた顔が明るくなったのに気付いた。

 

――やはりまだ子供か。それにしても兄さんは意識せずともこういう気遣いが上手い奴だ。

 

「ま、俺に音を上げなかった奴も、俺より強い子供もお前らが初めてだ。また遊んでやってもいいよ」

「んだとーカカシー! テメーほんと偉そうだな!」

「あのねぇ、お前の弟の方が偉そうだから。別にいいけど。じゃあな、オビト、トビラ」

「二人とも気を付けて」

「おう! またな! カカシ、サクモのおっちゃん!」

 

 こうしてオビトとトビラははたけ親子に手を振り、川の上流へと駆けて行った。

 その日の夕飯は大漁だった。

 



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トビラ、うちはの身体を知る

 うちは一族の代名詞は二つある。

 一つは血継限界“写輪眼”。

 そしてもう一つは質の高い火遁の術。

 

「“火遁・豪火球の術”!」

 

 水上に繰り出す橋の上でオビトが印を結び、術を発動した。

 が、口から出たのは両手で包める程度の炎。

 オビトは不服さを誤魔化すように笑った。

 

「へっま、まあ初めてだからな……すぐに大人たちみてーにすげー炎を出して見せるぜ。トビラ、お前もやってみろよ。印は分かるよな?」

「ああ」

 

――うちは一族と戦うため、研究はずっとしてきた。だがまさか己の身体で試すことになろうとはな。

 

「“火遁・豪火球の術”!」

 

 扉間時代の感覚でチャクラコントロールをし、術を発動させた。

 だが、うちはの身体は存外に火遁と相性が良いらしい。

 

「うっうわぁああ! トビラ、おまっすっげーな!」

 

 想像以上の炎が水上を覆った。

 途端に身体からチャクラがごっそりと無くなったのをトビラは感じた。

 

――クソっまずいな……!

 

「ん? おい、トビラ! どうした? トビラ!」

 

 チャクラが枯渇したトビラの身体はゆっくりと倒れていった。

 

 

 

 

 

 顔じゅうが濡れている不快感にトビラは目覚めた。

 目の前一杯に広がるのは兄の泣き顔。

 

「……兄さん?」

「トビラ! 起きたか! よ、良かったぁ……! ばあちゃん! トビラが起きた!」

「ああ、良かった。ほらオビト、顔をお上げなさい。トビラの顔を拭いてあげようね」

 

 起き上がったトビラの顔にタオルが押し付けられた。

 トビラは自分の顔を拭いた後、抱き着くオビトの顔も拭いてやった。

 

「泣くな、兄さん。たかがチャクラ切れだろうが」

「たかがじゃねーよ! お前、急に倒れて俺がどれだけ心配したか分かってんのかっ?!」

「悪かったよ。まさかあんなにチャクラを使うとは思わなかったから。感覚は掴めたからもうあんなことにはならない」

 

 心配をかけた自覚はあるのでトビラは素直に謝った。

 

「君」

 

 声をかけられ、その時初めてトビラは家にオビトと祖母以外の人物がいることに気づいた。

 部屋の隅に立っていたのはうちはの青年だ。上忍ベストを纏っている。

 

「トビラ、こちらのフガク殿があなたをここまで運んでくれたんぞよ。お礼を言いなさい」

「うちはフガク……族長の息子か。世話になったな。ありがとう」

「ああ」

 

 フガクはそのまま尋ねた。

 

「あの火遁を使うのは今日が初めてと聞いたが本当か?」

「そうだ」

「それであの火力……やはり血筋か」

「血筋? うちはの血ということか?」

「……そうだな。君たち、アカデミーには入っているのか?」

「来期に入る予定だ」

「そうか。うちは一族の名に恥じぬ働きを期待している」

 

 フガクはそう言い、トビラたちの家を出た。

 帰り際、祖母がもう一度深々とお辞儀をしていたが、彼は頷くだけでそれ以上の言葉を返さなかった。

 フガクが話し始めてから静かだったオビトがニッと笑いながらトビラの頭を撫でた。

 

「トビラ、お前まーた倒れやがって! ったく、俺とばあちゃんをあんまり心配させるなよ!」

「悪かったって。体内のチャクラ量は大体把握できたから次はない」

「トビラも起きたことだし、お夕飯の準備でもしようかね。トビラ、まだ辛いようならもうひと眠りおし」

 

 寝室にはトビラとオビトだけが残った。

 

「兄さん、あのフガクとやらに何か言われたか?」

「フガクさんだろ。別になんも」

「何かあったのは分かるからさっさと言え。そこは気遣わなくて良い」

 

 オビトの言葉に被せてピシャリと言うと、もごもごと口ごもった後にポツリと話し始めた。

 

「……あの術、誰に習ったのか聞かれただけだよ。大人がやっている印を盗み見てやったって言ったら勝手なことをするなって怒られちまったよ」

「そうか」

「でもさ。そうでもしねーと俺ら、いつまで経ってもうちはの術を覚えられねーじゃん。だって教えてくれる親、いねーし…………なんで怒られなきゃいけねーんだろ」

「俺みたいに倒れる輩が増えると困るからだろ」

「おい! それじゃあトビラのせいで俺、怒られたってことかよ!」

「そういうことだな」

 

 いじけていたオビトはしばし考えた後、困りながらも笑顔になった。

 

「……へへ、じゃあ、しょうがねえな。俺、兄ちゃんだから代わりに怒られてやったよ」

「ありがとう、兄さん」

「よーし! フガクさんにもああ言われちまったし、アカデミーで変なところ見せらんねーな! トビラ! 俺、ばあちゃんの手伝いしてくっから寝てろよ!」

 

 元気になったオビトはバタバタと寝室を出て行った。

 トビラは枕に頭を預けながら先ほどのやり取りを思い出した。

 

――血筋、か。含みのある言い方だ。俺の時代から変わっていなければ、うちはの族長はうちはヒカクの系譜が継いでいるはずだ。ヒカクはマダラも一目置くほど優秀な男だった。そして、マダラが出て行ってからは代わりに一族をまとめ上げていた。

 

 目を閉じたトビラはため息を吐いた。

 

――まだ5歳だから仕方ないとはいえ、己のことですらも知らぬことが多い。うちはでありながらうちは一族についても探り切れていないのだからな。

 

 隣の部屋からはオビトと祖母の話し声、そしてトントン、とまな板の音が聞こえる。

 千手の屋敷は広く、扉間の寝室は台所から離れていた。

 初めのうちは、女衆が料理を作る音なんて聞こえなかった彼にとっては料理を子守歌に眠るのは新鮮だった。

 だが、うちはトビラとして5年も過ごせばもう慣れたものだ。

 トビラにとって二人の話し声は安心できるものになっていた。

 



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幼馴染、のはらリン

 次の日、トビラはすでに動けてはいたが大事を取って修行は休みにしていた。

 ちょうどオビトも予定があるらしい。

そんな彼を祖母が呼んだ。

 

「オビトや、リンちゃんが迎えに来たぞよ」

「トビラ、俺、これからリンと忍術大会を見に行くんだけどお前も来ねーか? 具合はもういいんだろ?」

「忍術大会?」

「おう! 気分転換にはちょうどいいだろ。それになんと言ったって俺も出るんだ!」

「ほぉ……そういうことはもっと早く言ってほしかったな」

「うぐっ……! で、どうなんだよ! 来るのか?」

「せっかくだし行くとするか」

「オビトー?」

「あ、リン! ごめん、すぐ行く! ほらトビラ! 急げ!」

 

 バタバタと玄関へ出て来た双子にリンが声をかけた。

 

「あれ? オビトの弟のトビラだよね! あなたも今日は一緒?」

「ああ。のはらリンだったな。兄さんがいつも世話になっている」

「よろしくね! さ、オビト! もう始まっちゃうよ! 行こっ!」

 

 リンを先頭に向かった先は広めの公園。

 “少年忍術大会”ののぼりが立っている。

 テントの下には優勝者がもらえる賞品が並べられ、オビトとリンは目を輝かせた。

 

「おお~! これが賞品のクナイかぁ!」

「かっこいいね!」

 

――無駄に光って実用性に乏しいクナイだ。観賞用のおもちゃだな。しかしなるほど、忍術を披露して点を競い合う催しか。戦争以外に術を使うとは、戦乱の世には思いつかない発想だ。休戦したことで民衆にも余裕が出始めているのか。

 

 呆れと感嘆の混じった表情で忍術大会の様子を眺めるトビラにオビトが声をかけた。

 

「あの面子なら俺の優勝も間違いなしだぜ! トビラ、リン! 見てろよ! 俺がカッコよくあのクナイをもらってくっから!」

「頑張って! オビト!」

 

――優勝か……今のオビトには難しいだろうな。

 

 感知タイプのトビラは気づいていた。

 

「優勝は、はたけカカシ君!」

 

 大会にはカカシも参加していたことを。

 

「カカシ! お前も参加してたなら言えよ!」

「聞かれなかったし、というか言う暇無かったし」

「オビト、知っている子なの?」

 

 見事な“土遁・土波の術”を披露し、優勝をかっさらったカカシにオビトが食って掛かるとリンが尋ねた。

 

「ん? ああ、そうそう。前にトビラと一緒に修行しているときに会ってさ。ちょっと俺が組手でひねりつぶしてやったんだぜ!」

「ひねりつぶしたのはこっちだから。なんでアンタは出なかったの? 忍術大会」

 

 カカシはトビラに尋ねたが、オビトが返事した。

 

「トビラの奴、昨日、豪火球の術を使って倒れちまってさ」

「トビラもあの術使えるの? すごいね! でも倒れたって何かあったの?」

「チャクラコントロールを誤って枯渇するまで使いすぎただけだ」

「それ、普通に命の危機でしょ」

 

 カカシのツッコミにリンが心配そうな顔をし、オビトもその時のことを思い出したのか顔を曇らせた。

 けどトビラは素知らぬ顔のまま。

 

「確かにそのせいで、兄さんには大泣きさせるほど心配かけた。しばらく注意することにしよう」

「なっ! トビラ! おまっ! リンの前で泣いたとか言うなよ!」

「事実だろう」

「オビトは弟想いなんだね! 良かった! いっつもオビトしか遊びに来ないからどんな子なんだろうって思っていたけど、二人ともとっても仲良しだね!」

「そりゃあ、トビラは俺の大事な弟だからな! 俺は将来トビラも里のみんなも守れる火影になるんだ!」

「兄さん、重い」

 

 オビトが調子よくトビラの肩に腕を回した。

 

――こやつ、兄者よりもスキンシップが激しい。今の時代の子供はみんなこんなものなのか?

 

 柱間相手であれば一発重たいのを食らわせて離れるが、いくら兄とは言えオビトはまだ子供。

 トビラは文句を言いつつもそのまま受け入れた。

 そんな仲良し兄弟の様子をつまらなそうに眺めるカカシ。

 

「ま、チャクラコントロールを間違えて倒れるなんて体術はともかく、忍術はそれほどでもないようだね、お前」

「はあっ?! テメーカカシ! 俺の弟をバカにすんじゃねーぞ! 言っとくけど、もしトビラが大会に出ていたらお前なんかぶっちぎって優勝していたんだからな! すっげーでけー豪火球だったんだからな! フガクさんだってすごいって言ってたんだから!」

「兄さん、すごいとは言われていない。事実を誇張して吹聴するな」

「こちょ……ふちょ? だー! もう、トビラ、お前そのたまに出るジジイ言葉やめろって!」

「ジジっ?!」

 

――普通に会話をしているだけだろうがっ!

 

 トビラとしては遺憾の意を表明したいところだが、オビトの言葉にカカシが反応した。

 

「へえ、ぶっちぎって優勝できるレベルの豪火球ね……でもそれでいちいち倒れていたら使いどころがないんじゃないの?」

「カカシ! トビラなんだからすぐコントロールできるに決まってんだろ!」

「お前ね、俺は弟に言ってんの」

「弟をバカにするやつは俺が守るんだ!」

「弟より弱い奴が何言ってんの」

「んだとー?! 俺だってこれからもっと強くなってトビラ並みの豪火球を出せるようになるんだよ!」

 

 言い合うオビトとカカシ。

 リンは困り顔をしながらトビラに話しかけた。

 

「いつの間にあの二人、あんなに仲良くなったんだろう」

「初めて会った時からあの調子だ。子供同士、波長が合うのだろう」

「トビラも子供でしょ?」

 

 以前、サクモが心の中で留めたツッコミをリンは言った。

 

「当たり前だ」

「オビトも言っていたけど、なんだかトビラって大人みたいだね! 双子だけど全然違うね!」

 

 兄以外にもこう言われてしまうとトビラとしては考えてしまう。

 

――もっと子供に擬態した方が良いか。だが兄さんのように騒ぎ立てるのは俺の性分ではないし、カカシも俺と似たようなものだから構わないだろう。

 

 まさか大人が転生しているなんて誰も思い浮かばないだろう、という自信があるトビラは考えをやめ、兄たちに目を向けた。

 元気いっぱいな子供たちだからか、人前だというのに取っ組み合いを始めようとしている。

 

「兄さん、暴れたいなら演習場へ行け。ここは人が多い」

「よしカカシ! 前のリベンジマッチだ!」

「いいけど、またボコボコにするだけだし」

「だ、大丈夫かなぁ」

「気にするな。じゃれ合いたい年頃なのだから」

 

 結局、演習場でオビトはボコボコにされたものの、リンに介抱されるというスペシャルボーナスがあったおかげで本人はそこまでへこんでいなかった。

 

「というかお前、いつでも遊べるって言ったくせに全然あの演習場に来ないじゃん。どういうつもりなの?」

「え? あ、いやぁ、悪い。最近は近所の演習場ばっかり行ってたからさ。つーか、お前普段どこにいるんだよ。住んでる場所も分からねーから誘いに行けなかったんだよ!」

「はあ? それならなおさらあの演習場に来れば良かっただけでしょ」

「いや、だから最近はトビラとの修行も近場で済ましてたからそっちまで行けなかったんだって! つーかな、あの川、勝手に釣りするの禁止で俺ら怒られちまったんだよ! 行きづらいだろ!」

「やっぱりダメだったのかよ。だから言ったのに。というか、釣り目的じゃなくても修行しに来ればいい話だよ」

 

 ボコボコになったのにまたしてもオビトがカカシに掴みかかろうとした。

 トビラはそれを止めもせず、一人で納得していた。

 

――なるほど。カカシの小僧、兄さんと遊べると思って演習場で待っていたのか。それは悪いことをしたな。だからやけに当たりが強かったのか。

 

 止めたのはリンだった。

 

「カカシ、オビトと遊びたかったの? 私たち、いっつも里の中央にある公園に集まっているからおいでよ! 缶蹴りとかかくれんぼとか鬼ごっことかしてるから一緒にやろう!」

「別にコイツと遊びたいって訳じゃ……」

 

 と言いつつも強く否定する気のないカカシ。

 トビラへ目に向けた。

 

「お前は来ないの?」

「俺か? 俺はどうにもそういうのが合わない性分でな。兄さんならいるから存分に遊んで来い」

「どういう性分だよ。オビト、お前も兄貴のつもりなら少しは弟を人前に出したらどうなの」

「だからこうやって忍術大会にも連れて来たんだろ。仕方ねえよ、トビラの奴、こう見えて結構頑固なところあるし、マジギレすると『黙れ!』ってすげー怖いし」

 

 普段思っていることなのだろう。オビトはガチトーンで言った。

 

「でもこうやってトビラと初めて話したけど、全然人見知りって感じはしないね! 私たちと遊ぶのに興味持ったらいつでも来てね!」

 

 笑顔で誘うリンは天使のようだった。

 



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迎えが来る子と来ない子

 次の日、さっそく公園へ遊びに行ったオビトをトビラは迎えに行っていた。

 そろそろ日が沈むと祖母に頼まれたからだ。

 

――む、あれはサクモか。

 

 向かい側から来たサクモも気づいたのか声をかけてきた。

 

「やあ、トビラ君だったね。君も遊びに行っていたのかい?」

「俺は兄さんの迎えだ。貴様もカカシの迎えか?」

「あ、ああ。そうだよ」

 

――この子は迎えに来る側なのか。

 

 またしてもサクモは心の中でのツッコミに留めた。

 ちょうど他の親たちも迎えに来ていたのか、次々と親子が公園から出て行く。

 

「カカシ!」

 

 サクモに呼ばれたカカシも公園の出口へ駆け寄り、トビラに気づいた。

 

「来るの遅くない? 今日の遊びはもう終わっちゃったよ」

「俺は迎えだ」

「お前も子供なのに?」

「迎えに年は関係ないだろう。兄さん! そんなところで何をしている! 帰るぞ!」

 

 公園の奥で佇んでいたオビトに呼びかけると、まさか弟が来ると思っていなかったのだろう。素っ頓狂な声を出して飛んできた。

 

「トビラ! お前、もうみんな帰っちまってるよ!」

「だから俺は迎えだと言っているだろうが。おばあ様が夕飯を作って待っている。今日は焼き魚だ。冷める前に帰るぞ」

「二人とも、気をつけて帰ってね」

「あっサクモのおっちゃん! カカシ、またな!」

 

 そうして家路につく双子だが、オビトは弾むように歩いている。

 

「兄さん、そんなに楽しかったのか。やけに機嫌がいいな」

「へへっそりゃあ楽しかったけどさ! ……やっぱトビラは俺の弟で大事な家族だよ! 俺、トビラがいて良かった!」

「何だ急に」

「トビラは? 俺がいて良かったと思ってるか?」

「いなくて良いと思ってもいなくなるわけでもない」

「えっそれっていない方がいいってことか……?」

「バカなことを言うな」

 

――どちらであってもいることに変わりは無いのだからそんなこと考えた所で無駄だろうが。

 

 そう言おうとしたトビラだったが、兄の顔がやけに切実だったので夕日に目を向けた。

 

「俺だって兄さんがいて良かったと思っているよ。一人だと辛かっただろうから」

 

――もし兄さんがいなかったら、今の己をこうもすんなり受け入れられなかっただろうからな。

 

 本心をにじませ、再び兄へ顔を向けるとポロポロと涙をこぼしていた。

 トビラがぎょっとするのも構わずにオビトは抱き着いた。

 

「トビラー! 兄ちゃんがどこでも迎えに行くからな! 寂しくなんてさせねーぞ!」

「家にいることが多いのは俺の方だろうが。おい、兄さん。歩きづらいから離れてくれ」

「トビラはほんと可愛い弟だぜ!」

 

――こやつ、本当にスキンシップの激しい……これがうちはの血なのか? うちはの愛情深い部分がもう出ているのか?

 

 うちは一族になったとはいえ、警戒心は持ち続けているトビラのセンサーが警報を鳴らした。

 が、ちょうど通り過ぎた親子を見て思いとどまった。

 

――そういえばこやつは親を知らない。

 

 そして手を繋いで帰るはたけ親子も思い出した。

 

――いない親の穴を埋める存在として俺を求めている部分もあるのだろう。兄さんと言えどまだ子供だ。

 

 そこまで思い至り、トビラは無理に引きはがすのをやめ、結局家に帰るまで寄り添いながら歩いたのだった。

 扉間としては甘い判断だろうが、うちはトビラとしては嫌とは到底言えなかった。

 

 

 

 

 

 火遁・豪火球の術で散々な目に遭ったトビラだったが、実はチャクラをあまり消費しない術についてはすでに試していた。

 子供の身体では大人のころほど術は使えないがおおむね予想通りだった。

 

――うちはの身体はやはり火遁に特化している。前のような水遁を使えないのは不便だが致し方あるまい。これからは火遁と飛雷神の術を中心に戦法を組み立て直そう。

 

「オビトの言う通り、写輪眼が開眼すればさらに戦法は広がるが……」

 

――俺の調査が確かであるなら、写輪眼の開眼条件は大きな愛の喪失や自分自身の失意……それによって、脳内に特殊なチャクラが噴き出し視神経に影響を及ぼす。だが、愛を知ったうちはが愛を失えば憎しみによって人が変わる。

 

 数日前に倒れた場所に立つトビラは凪いだ池の表面を眺めた。

 

――俺にマダラほどの破滅的な愛情深さがあるとは思えんがうちはの身体をもって生まれた以上、俺も性格が変容する可能性がある。気をつけよう。

 

 ひらひらと木の葉が池に落ち、波紋が広がった。

 トビラは後ろに立った青年が先ほどからこちらを見ていたのに気付いていた。

 

「また火遁の修業をしているのか」

「ああ。兄さんが来たら一緒にするつもりだ」

 

 フガクは池を見つめながら尋ねた。

 

「待ち合わせているのか?」

「一応な。とっくに時間は過ぎているが兄さんのことだ。今頃どこかの老人の手助けでもしているのだろう」

「君の兄の名前はうちはの老人からよく聞く」

「兄さんが手を差し伸べるのはうちはに限らない。里中の老人が一度は世話になっているだろう」

「そうか。ああいう子は貴重だ」

 

 トビラはおや、と思った。

 フガクは意外とオビトを好意的に見ているようだ。

 

「トビラー! ごめんな、待たせて! って、あれ?! フガクさん?!」

 

 駆け寄るオビトが驚くも、フガクは硬い表情のまま言った。

 

「豪火球の修業をするようだな。遠くから盗み見るだけでは分からないだろう。そこで見ていなさい」

 

 これにはトビラも驚いたものの、フガクはそれ以上何も言わず、池に向かって“火遁・豪火球”を放った。

 

「す、すげぇ!」

 

――さすがにマダラほどの威力は無いが、見事なものだ。これからはフガクがうちはを束ねていくのは間違いない。

 

「よし、俺も!」

 

 オビトが印を結び、術を放った。

 

――前よりも火が大きくなっている。チャクラコントロールが上達したのか、また俺のいないところで修行していたか。

 

 トビラは兄の成長ぶりを感じていたが、本人は納得がいかないようだ。

 

「あ、はは。いや、今日はちょっと調子悪いのかなぁ……」

「君もやってみなさい」

 

 フガクに促され、トビラも印を結んだ。

 

「“火遁・豪火球の術!”」

 

 フガクと同じくらいの炎が池に映った。

 

――うむ、チャクラの枯渇はないな。

 

「やはり習得していたか」

「すげーな、トビラ……おい、また倒れたりしねーよな?」

「ああ。今回は気を付けた」

 

 トビラの言葉を聞き、フガクは踵を返して池から離れた。

 

「あれ? フガクさんもう行っちまうのかな」

「上忍だ。忙しいのだろう」

「そっか……ありがとうございましたー!」

 

 その背にオビトは大声で礼を言ったが振り返ることなく離れて行った。

 



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卑劣様、自分が設立したアカデミーに入学する

作中に出て来る「コスケ」とは
アニメオリジナル「ナルトと老兵」に出てくる
渋くてカッコいいベテラン忍者のことです。
知らない方は
「まるほしコスケ」で検索してみてください。


 アカデミー入学式の日。

 

「トビラ! オビトはどうしたの?」

「アイツ、また遅刻?」

「いつもの人助けだ。今日は書類さえもらえば入学できる。間に合わなくても構わないだろう」

「でもせっかくの入学式なのに……」

「俺とて止めたが、兄さんが選んだことだ」

「ったく。アイツはほんとしょうがないんだから」

 

 心配するリンに呆れるカカシ。

 奔放な兄のフォローは慣れているし、理由が理由なのでトビラは厳しくは言えなかった。

 結局、オビトが到着したのは入学式が終わってからだった。

 

「兄さん、遅い」

「わ、悪い悪い……。もう、終わっちまったよな」

「もう、オビト! とっくに終わっちゃったよ!」

「お前もアカデミー生になるってことは忍候補なんだからルールを守れ!」

「仕方ねえだろう! おばあちゃんがでっけー荷物持って病院に行こうとしててよ……」

「兄さん、書類はもらっておいた。これで入学はできる」

「お! サンキュートビラ!」

「トビラ、お前コイツに甘すぎない?」

 

 カカシが半目でトビラを見た。

 

「確かに兄さんの優しさは付けこまれる優しさだ。けれど、これは治せない性分だ。今日は片方が来ればいいから許しただけのこと」

「それが甘いんだって。コイツ、このままだと遅刻癖治らないよ」

「まあまあ、これで無事、4人とも入学できたんだから!」

 

 リンが明るく言うのでこの話し合いはここで終了した。

 

 アカデミー生活が始まった。

 

――兄者の理想を元に俺が設立した忍者養成施設……いや、アカデミーを子供の身空で体験できるというのは中々に面白い。サルたちを育てたころはまだ前身だったから、教え方もだいぶ変わっているだろう。

 

 トビラとしての生活を満喫している彼はウキウキしながら授業を受けた。

 

――昔よりも情操面での教育が充実しておる。忍世界には馴染みないものもあるな。恐らく、大名たちの教育方法も取り入れているのだろう。

 

 特に彼が驚いたのは医療忍術について学んだ時だ。

 

――フォーマンセルに医療忍者を同行させる隊列か……綱め、やるではないか。兄者に賭け事を習ってのめり込んだ時はどうしようかと思ったが……

 

 活躍する若い世代にトビラはさらにウキウキするのだった。

 授業を受ける合間に居眠りするオビトの頭を小突いてやった。

 

「兄さん。睡眠時間は足りているだろう。授業中に寝るな。何のためのアカデミーだ」

「いやぁ、昔のことなんてつまらねぇ内容だからつい……」

 

 木の葉隠れの歴史について学ぶ授業の後、トビラは兄を叱った。

 

「ったく。昔と言うほど前のことではないだろうが。火影になるなら己の里の歴史くらい熟知しておけ」

 

――所々、情報操作も兼ねた誤りはあったがな。

 

「里の設立なんて爺ちゃん世代がやったことだろ! それ、すっげー昔じゃん!」

「誰がジジイだ!」

「お前のことは言ってねーよ!」

 

 反射で返したトビラにオビトは戸惑いつつも言い返す。

 

「オビト、トビラ! 次は忍組手の授業だよ! 早く行こ!」

 

 リンが呼びかけ、双子は立ち上がった。

 さりげなくカカシもリンの後ろにいて一緒に校庭へ出た。

 

――懐かしいな。この広場でよくサルとダンゾウが争ったものだ。

 

「組手の前はお互いに対立の印を示し、組手の終わりにはそれを重ねた和解の印をする。そうすることでお互いが仲間である意志を示すんだ」

 

――ああ。そういえば、負けを認めないダンゾウがいつまでもサルに攻撃を加えようとしたからそんなルールを作ったな。そうでもせんと、争いを次の授業まで持ち越しかねんから区切りが必要だったのだっけ。

 

 己が作ったルールが伝統となっていることを感慨深く思っているうちに教員の説明は終わった。

 

「それじゃあみんなにもやってもらおうかな。そうだなぁ……はたけカカシと……」

「カカシっ? 先生! 俺! 俺がやる!」

「ん? 君は確か……うちはオビトだな。よし、それじゃあ、二人は前に出て」

「二人とも頑張って!」

「おう! リン、トビラ! 見ててくれよ! 今度こそカカシをボッコボコにするんだ!」

「ったく。その自信はどっから出てくるわけ」

 

 呆れた口調のものの、カカシからみなぎる闘志。

 対立の印を構えた二人、

 

「忍組手、はじめ!」

 

 教員の合図で一気に近づき、交わる拳。

 トビラにとっては見慣れた光景だが、アカデミー入学したばかりの幼子たちが見せる組手に同期生は勿論、教員も驚愕した。

 

――うむ。兄さんもカカシも動きが良くなっている。カカシの方はまたサクモに修行をつけてもらったのか。フェイントの入れ方が前よりも巧妙になっている。俺のフェイントに慣れているから兄さんは避けられてはいるが反撃はできていないな。

 

「すごーい! 頑張れー!」

「ねえ、あの二人かっこよくない?」

「どっち派?」

「私カカシ君! マスクがかっこいい!」

「私はオビト君かなぁ……だってあのエリートうちは一族だし」

 

 自分たちでは到底できない動きをする彼らに女子たちは色めきあった。

 カカシは気にせず組手を続けていたが、己のことを言われていると気づいたオビトが意識をそちらへ向けてしまった。

 

――まったく。ここが戦場なら死んでいるぞ、兄さん。

 

 当然カカシはその隙を見逃すわけもなく、ド派手に一発KOをぶちかました。

 

「やっぱりカカシ君の方がかっこいい~」

「私も~」

 

 オビトのモテ期は稀代様の火影期間よりも短いのだった。

 

「ちっくしょー! まだまだ!」

「こらオビト! お前らは終わりだ! 和解の印を結べ!」

 

 悔しがりながらも先生に言われた通り、印を結ぶオビト、そしてカカシ。

 派手に勝ったカカシへ子供たちがキャーキャーと集う。

 

「コラ、お前ら! 落ち着きなさい! 次の組手は……そうだな。うちはトビラと猿飛アスマ! 前に出なさい」

 

――猿飛……こやつ、サルのせがれか。面影があるし、どことなくチャクラも似ている。

 

 教え子の息子の顔を見る機会が巡ってくる、これに喜ばない者がいようか。

 だがトビラの表情はオビトほど豊かではない。

 アスマの目には睨んでいるように感じた。

 

「トビラー! 頑張れよ!」

「お前、アイツとは双子なんだってな。その割には似てねーな」

「ああ。良く言われる。だが顔の造形は同じだろう」

「初対面の俺でも見分けがつくぜ」

 

 ダルそうにしたアスマが対立の印を見せたのでトビラもそれに倣い、忍組手の始まりだ。

 さすが現火影の息子と言うべきか、基本はすでにできている。

 年の割に大柄な体格を活かしたパンチも重い。

 

――有望な若葉が揃っているな、サル。

 

 アスマの攻撃をいなして実力を測るトビラだが、子供から見ると防戦一方に見える。

 

「すっげー! さすが火影様の子供だな。うちはの奴、攻撃できてねーぜ」

「さっきの奴はもっと攻撃できていたし、弟の方は大したことねーな」

「なんだとお前! トビラも俺も強いんだ! ふざけんな!」

「うわ!」

「こらオビト! 忍組手の最中だ! 大人しくしろ!」

 

 外野では弟への野次にオビトが怒っていたが、怒っているのは彼だけではなかった。

 

――火影の息子と言われて調子を崩したな。親子仲はそれほど良くなさそうだ。

 

 アスマの攻撃が乱暴になったが、トビラに当たることはない。

 皆の注目がオビトに集まったのに合わせ、トビラはアスマの足元を崩し、押し倒した。

 以前、カカシとの組手を終わらせる際にも行った眼前への突きの寸止め。

 

「や、やめ! それじゃあ和解の印を」

 

 オビトたちに意識を向けていたため、先生の合図は遅れたもののトビラたちの組手は終了した。

 いつの間にトビラの方が勝っていたのか分からなかった子供たちは首を傾げながらも、すぐ次の者たちの組手が始まったことでそれ以上疑問に思うことはなかった。

 

「トビラ! やっぱ勝ったんだな! さすが俺のおと」

「兄さん。くだらない野次にいちいち反応するな」

「うっ……で、でもトビラがバカにされたから!」

「あんなもの気にするようなものでもない。子供のたわ言だろうが。少しは落ち着け」

「家族をバカにされて怒るのは当然でしょ」

 

 組手を眺めつつオビトをなだめていたら、カカシが参戦した。

 しかもオビト側で。

 珍しいこともあるものだ、とトビラが口をつぐんだうちに組手がリンの番になり、言い合いもそこで終わった。

 

「トビラ、帰ろうぜ」

 

 授業が終わり、兄と共にアカデミーを出たトビラは校庭を走る少年に目を向けた。

 

「アイツは確か……」

「俺らと同じクラスの……名前なんだっけ」

「マイト・ガイだな。ほう、授業終わりもこうして修練しているのか。大したものだ」

 

 アカデミーに入学したからと言ってもみなまだ子供だ。

 走るガイを横目に遊んでいる者も多い。

 トビラたちの視線に気づいたのか、ガイがこちらを見てナイスガイポーズをとった。

 

「応援ありがとう!」

 

 急なことにビクッとした双子は顔を見合わせた。

 

「お、俺らは応援したのか?」

「なんか変わった奴だな。まあいいや。トビラ、俺らも演習場で組手やろうぜ! 今日はカカシの野郎になんか負けてらんねーからな!」

 

 オビトの興味はもうガイから逸れ、走り出した。

 トビラも後を追う前にもう一度ガイを見た。

 すでにボロボロな手足を振り、懸命に走る少年。

通りがかった他の生徒がバカにし、それに対しても「応援ありがとう!」とナイスガイポーズ。

 

――あやつ……強くなるな。

 

「木の葉の未来は豊かに芽吹いているようだな」

「どうしたー? トビラ?」

「いや」

 

 追いかけてこないトビラを振り返ったオビトに首を振り、弟も駆けだした。

 

 

 

 

 

 祖母の代わりに切らした醤油を買いに出たトビラが道を曲がると、ちょうど中忍たちが話しながら歩いていた。

 

「あの親子もよくやるよなぁ」

「ほんと、万年下忍がよくやるぜ」

「忍者ごっこしてりゃいいんだから気楽でいいよなぁ」

「俺ならあんな年で下忍なんて恥ずかしいぜ」

「あの年でも下忍でいるなんて役立たずってことなんだからさっさと辞めろっての」

 

 トビラは眉をひそめた。

 

「貴様ら、忍の何たるかを知らんのか」

「ああ?」

「なんだよ、チビ!」

「お前もあの万年下忍の息子か?」

 

 中忍二人が振り返り、トビラを見下ろした。

 

「貴様らの言う万年下忍が誰を指すかは知らんが、下忍が役立たずという認識を改めろ」

「下忍ですらねーガキが何言ってんだよ!」

「はぁ……」

 

 話が通じないとばかりにため息を吐いたトビラに大人が拳を振り上げた。

 

「その下忍ですらない子供に拳一つ当てられないのによく言えたものだ」

 

 苦も無く中忍たちの拳を避けたトビラは軽い仕草で二人の急所を仕留めた。

 うずくまる大人二人を見下ろすその表情は幼子とは思えない。

 

「なぜ下忍、中忍、上忍の区別があると思っている。ランクにあった任務を割り当てることで忍の死亡率を下げるためだ。単なる区別であって、貴様らのように他人をバカにするためではない。何歳であろうと任務をこなしている以上、下忍も木ノ葉の忍びであることに変わりはない」

 

 幼子は腕を組んだ。

 

「もしも年齢ごとになるべきランクが決まっているのだとしたら……貴様らが上忍になっていないのはおかしいな」

 

 大人二人はうっと言葉を詰まらせた。

 

「里のためにできることは人によって違う。火影が忍として認めた以上、いなくて良い忍などいない。覚えておけ」

 

 トビラは踵を返し、中忍二人はしばらく動くことができなかった。

 

「俺に何か用か」

 

 さっさと醤油を買いたいトビラだが、後をついてあるく気配に振り返った。

 緑色のスーツを纏った少年がそこにいた。

 

「マイト・ガイか。どうした」

「ボクを知っているの?」

「アカデミーで同じ授業を受けていただろう」

「え? そうだったか?」

「…………うちはトビラだ。それより用件は」

 

 ガイはパクパクと口を動かし、何を言おうか考え、結局笑顔になってナイスガイポーズをした。

 

「俺と父さんの応援、ありがとう!」

「どういう意味だ」

 

 疑問のままトビラが尋ねたが、

 

「ガイ! こんなところにいたのか! さあ、青春はまだまだこれからだ! 行くぞ!」

「うん! 父さん!」

 

 新たに現れたガイにそっくりな全身緑タイツの中年が呼びかけたので、ガイは説明することなく立ち去った。

 残されたトビラは腕を組んだまま、数十秒、動きを止めたが一つため息を吐いた。

 

「さっさと醤油を買いに行くか」

 

 

 万年下忍、という言葉を聞いたからだろうか。

 醤油を手に入れたトビラは懐かしい気配を見つけた。

 

「コスケか」

 

 それは己の代からの万年下忍のコスケ。

 若いころに功を焦って仲間を殺した贖罪から下忍であり続けることを誓った男だが、今はもう老年に差し掛かっている。

 

 懐かしんだのはほんの数秒、気づかれることなく通り過ぎようとしたがコスケはトビラを振り返った。

 そして穏やかな表情のまま軽く会釈し、すぐに歩き去った。

 

――バレていないよな。ヒヤヒヤさせおって。

 

 もうこれ以上の遭遇はごめんだ。

 そう思ったトビラは家へと駆けこむのだった。

 

 

 

 

 

 夕焼けも当たらない暗い場所に男は立っていた。

 

「そうか。うちはの双子、どちらも現時点で才能が見受けられるか」

「兄の方はそこまでではありませんが、特に弟のトビラの方。あれはすでに上忍クラス。かなりの手練れかと」

「うちはトビラ……危険因子であることに違いはないが……このまま監視を続けるか、いっそ根に吸収するか……悩ましいところだな」

 

 木の葉の根が幼子に伸びようとしていた。

 



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こんな6歳児がいてたまるか

 トビラたちのアカデミー生活は和やかに進んでいた。

 表向きは。

 

――今日の監視は3人……増えたな。

 

 手裏剣術の授業中、全射的中させながらトビラはため息を吐いた。

 

――見ているのは俺とカカシ、そして兄さんか。暗部が監視対象に悟られてどうする。

 

 暗部の質が少し心配になったトビラではあったが、カカシとオビトは監視されているなんて気づいていない。

 扉間時代より劣っているものの、十分に感知スキルはずば抜けているのだから酷な心配だった。

 

 ちなみにオビトはリンの応援に気を取られ、逸らした手裏剣を先生のスレスレに飛ばしてしまい叱られていた。

 

 アカデミーの授業は座学、実技がバランスよく用意されている。

 座学は里の歴史や隊列の組み方、五大性質について、実技は性質に限らず使える忍術について。

 

「次、うちはオビト!」

 

 緊張した面持ちで前に出て印を組んだオビトではあったが、すぐに教室には笑いが溢れた。

 良くない笑いだ。

 

「クソーっ! 今日はちょっと調子が悪かっただけだし……」

「術の発動自体はできているが、練ったチャクラを無駄に放出しすぎだ。チャクラを練る際にもっと集中すれば安定した術を使える。思い描いたようにチャクラを練り、放出するのはすべての基本だ。これができれば豪火球の炎の大きさもさらに大きくできる」

「はぁ……また集中かよ……」

「でもオビト! それができたらもっと大きい炎が出せるなんてすごいよ! 頑張って!」

「リン! お、おうよ! そしたらトビラの豪火球よりももっともっとデカいの出してやるぜ!」

 

 クラス中に馬鹿にされ、弟には理詰めでなっていないところを説明されて落ち込んでいたオビトだったが、リンの励ましで一気に回復した。

 もっとも、トビラもリンが近くの席にいることを見越して言ったのだが。

 

――チャクラコントロールというのはそう簡単に出来るものではない。むしろ、この年でできる人間は稀だろう。

 

 トビラは分身の術を成功させたカカシを見た。

 

――カカシは間違いなく天才の部類に入っている。天才が一人いるだけで周りは触発される。この世代は伸びるぞ。

 

 カカシを熱心に見るオビト、ガイを確認してトビラは満足げに頷いた。

 

 アカデミーに入学してから早いもので1カ月が過ぎた。

 そのころから、ある名物が追加された。

 

「カカシ! 熱き青春の勝負をしようじゃないかぁああ!」

 

 ナイスガイポーズと共にカカシに勝負を挑むガイ。

 

「またかよ。はぁ……さっさと終わらせるよ。今日は何」

「今日は手裏剣勝負だ! 俺がお前に負けたら逆立ちで校庭を500周する!」

「はいはい」

 

――カカシも面倒くさがりながらも相手してあげる辺り、心根の良さが出ているな。そういうところはサクモに似ているようだ。

 

 そんなライバル二人を睨むのが兄、オビト。

 

「ガイの奴……いまだに俺のこと覚えねーし、トビラって呼ぶし……ほんと失礼な奴だぜ」

「他のことで頭がいっぱいなのだろう。俺も初めは顔も名前も覚えられていなかった。気にするな」

「ったく。アイツくらいだぜ。俺らの見分けがついてねーの」

 

――兄さんの存在を認識していないから、この顔が一人だと思っているんじゃないか。

 

 トビラは心の中で思ったが、口にするとオビトが本気でへこみそうなのでやめておいた。

 

「アカデミーの奴らだってみんな俺のこと、トビラじゃない方って言い方するし」

「兄さんはゴーグルをつけているから覚えやすいと思うがな」

「そういう意味じゃねーよ。分かってんだろ。トビラに比べりゃ俺はうちはの落ちこぼれだ。お前は忍術も一発で会得したし、体術だってクラス一だ。まあ、体術に関しちゃクラスの奴は気づいてねーみたいだけど」

 

――忍術については当たり前だろう。俺が考案したカリキュラムで、中には俺が考案した術もあるのだから。体術もアカデミーで教える基礎を考えたのは俺だ。俺が考えた俺の授業で落ちこぼれる方が難しいわ。

 

 トビラの実態を知っていればふてくされる必要なんて無いのだが、オビトにはそんなことは分からない。

 

「自分を卑下するな。忍術は一度で会得しなかったとしてもできるまで修行すればいい。重要なのは戦闘の場で使えるか、使えないかであって一度で覚えたかなんていう過程はどうだっていい」

 

 それに、とトビラは続けた。

 

「俺とて苦労せずに出来たわけではない。見えないところで修行をしているのは兄さんだけではないのだから」

「えっ! お前、俺が秘密の修行しているの気づいていたのかよ。ま、まさか見ていたのか?!」

「見なくても分かる。兄さんならきっとそうするはずだとな」

 

 オビトとトビラは常に一緒というわけではない。

 アカデミーに入る前から、オビトは里の子供らと遊びに行き、トビラはその間に術の開発をしているなど別行動は多かった。

 

 アカデミーに入ってからもそれは同じだが、トビラは兄が「遊びに行く」と称して修行をする機会が増えたことに気づいていた。

 帰って来た時の汗だくな姿、土汚れが多い手足、遊んできたにしては消費しすぎているチャクラで分かる。

 

 それに、オビトはアカデミーでカカシやトビラほど忍術が上達していないことに焦りを感じている。

 負けず嫌いな兄のことだ。

修業していきなりできるようにして弟たちを驚かせよう、ぐらいのことは考えるはずだ。

 

「ちぇっ! こっそり修行してトビラとカカシを驚かせようと思っていたのに。というかトビラ、お前はどこで修行してるんだよ!」

「言ってしまったら秘密の修業と言えないだろう。俺も兄さんがどこで修行しているのかは知らない」

「なあトビラ~。兄ちゃんに教えてくれよ~」

「言わん。誰かとする修行も重要だが、一人で行う修行もまた必要だ」

「じゃあ今日は俺と修行しようぜ! な!」

 

 ということで双子は演習場にて忍組手をし、いつものようにトビラは兄をボコボコにした。

 過度な怪我はさせないように気を付けたつもりだったトビラは、兄が「はぁ~」と倒れて動かなくなったのを見て少し焦った。

 

「どうした、兄さん」

「俺、こんな弱くてお前のこと守れるのかなぁ……兄ちゃんなのに」

 

 怪我ではないと分かって息を吐いた。

 

「兄さんが守るのは俺だけではなく、里の者たちもだ。火影になるのだろう」

「できるかな……忍術も体術もお前に勝てないのに」

「いつになく弱気だな」

「なんで俺ら、双子なのにこんなに違うんだろう」

 

――俺の中身が通常と違うからだ。それは言えないとしても、だいぶ気にしているようだな。無理もない。大人の俺を子供と思い込んで競っているのだから。そもそもの土俵が違う。

 

「双子だからと言ってまったく同じなわけはない。考え方も使える術も違うものだ。焦るな、兄さん。子供の身体じゃできることは限られている。成長して変わることもある。まだこれからじゃないか」

 

 トビラは寝っ転がるオビトの傍らにしゃがんだ。

 

――この年で完璧にできなくていい。今は弾除けとして戦場に出される時代ではないのだから。

 

 トビラの脳裏に幼くして死んでいった板間、瓦間の顔が浮かんだ。

 ふいに、オビトがこちらを向いた。

 

「なあ、なんでトビラは俺のことバカにしねーんだよ」

「バカにしたところで何になる。俺らは里を守る忍だ。同じ里の者がいがみあっていては里を危機に陥れる。そもそも、俺は兄さんを落ちこぼれだとは思っていない」

「ほ、ほんとかっ?!」

「バカだとは思っているがな」

「おい! バカにしてんじゃねーか! あれ? これ前もやったやり取りだな」

「ついでに聞くが、あの時に言っていた夢は今も変わっていないか?」

 

 トビラが尋ねると、勢いよくオビトが起き上がった。

 

「当たり前だ! 俺は火影になって世界を救う! 戦争を無くすんだ!」

 

 トビラは口角を上げ、立ち上がった。

 

「であれば、くよくよしている時間などない。立て」

「ええっ?! さっき焦るなって言ったじゃねーか!」

「時間を無駄にしていいとは言っていない」

 

 ぶーぶー言いつつもオビトは起き上がり、修行は再開された。

 

 

 

 

 

 老人との触れ合いはオビトの十八番だが、とある休みの日、オビトはトビラの手を引いて里の老人の家へ連れて行った。

 

「おい、兄さん。ここはどこだ」

「爺ちゃんの家」

「だから名前を言え、名前を!」

「爺ちゃん! 頭のいい奴連れて来たぜ!」

 

 手を引っ張られ連れてこられた先にいたのは腰の曲がった老人。

 縁側に腰掛ける彼の前には将棋台があった。

 

「おや、オビトの坊主。んん? ワシもボケたかの。それともメガネが曇っておるのかの」

「言っておくがあなたのメガネは正常だろう。俺らは双子だ」

「そうだぜ、言っただろ爺ちゃん! こっちは弟のトビラ!」

 

 老人はメガネをかけ直し、トビラとオビトを見比べ、ポン、と手を打った。

 

「おお! そう言われるとそっちの方は利発そうな顔をしておるの」

「はあ?! それって俺がバカっぽい顔してるって意味かよ!」

「ほっほっほ。どれトビラの坊主、向かいに座りなさい。将棋は初めてかの」

「ああ」

 

 何を求められているのか察したトビラは抵抗することなく縁側に乗り上げた。

 本当は扉間時代にやっていたが、子供が知っているのはおかしいので知らないふりをし、老人の説明を静かに聞いた。

 

――昔は台も駒も高価だったから父上と指すときは緊張したものだ。兄者は下手だったから父上が死んでから指すこともめっきり減って……サルたちにも教えたがついぞ俺に勝てる奴は出なかったな。

 

 オビトは首を傾げながらも弟と一緒に説明を聞いていたが、結局理解できずにコクコクと眠り始めた。

 

「……と、まあ説明はしてみたが、実際にやった方が覚えるだろう。駒の動き方が分からなかったらその都度聞きなさい。ああ、あとそこの居眠り坊主のためにそこの座布団をとってきてやってくれ」

「分かった。失礼する」

 

 老人が指した部屋の隅に座布団が積みあがっていたので、いくつか縁側に並べ、そこに兄を寝かした。

 

――いきなり子供が勝つのもおかしいから手加減するか。もしもこの老人が負けたら面倒なタイプだと困るしな。

 

 パチン、パチン、と駒の音が鳴る。

 老人もトビラも話はせず、オビトの寝息がよく聞こえた。

 

――初めて将棋を習う子供相手に棒銀か。この老人、とんだ狸だ。そういやサルは嫌いな戦法だと言っていたな。犠牲になる駒が可哀想に思えてどうにもやりづらい、なんて言って。横で見ていたコハルは「たかが駒にバカなことを言うな」と怒っていたが。

 

 パチン、と音が鳴る。

 手を抜いた勝負はトビラにとって退屈だ。

 けれど、将棋にまつわる記憶を思い出すのにはちょうど良かった。

 

――この老人は犠牲駒が最低限だな。ダンゾウのようにはいかんか。あやつは少しつつけば捨て時を見誤った犠牲駒が多かったから、それを拾ってどうとでもできたが。

 

 オビトがむにゃむにゃと何か言いながら寝返りを打った。

 

――あやつらは今でも将棋を指しているのだろうか。

 

 勝負はそう長くはかからなかった。

 

「ワシの勝ちだな。初めての割には良い指し方したじゃねーか」

「んぁ? あれ? トビラ、爺ちゃん、終わったのか?」

「とっくにな。ったく、この寝坊助坊主が」

「仕方ねーだろ。俺、将棋のルール全然分からねーし。んで、どっちが勝ったの?」

「ワシじゃよ」

「ええーっ?! トビラ、お前負けちまったのかよ!」

「初めてだから仕方ないだろう」

「お前も負けることあるんだなぁ……」

 

 オビトがしみじみと言う。

 

「当たり前だろう」

「いや、俺、トビラが負けたところ初めて見たからさ。へへ、爺ちゃんつえーんだな」

「どうだかの。お前らはどちらも老人思いな双子だ」

 

 老人がニヤッとしながら言い、台所に引っ込んだ。

 戻り際に渡されたのは団子屋の包み。

 

「お前らの婆さんと一緒に食え。土産だ。坊主ども、また来い。将棋を指す相手はどんどん死んで行っちまうからな。新しい人が来るなら大歓迎だ」

「団子か! 爺ちゃんありがとな! ばあちゃん、甘いもん好きなんだよ」

「ご馳走になる」

 

 双子は挨拶もそこそこに老人の家を出た。

 

「これってもしかして甘栗甘の団子じゃねーか? リンが紅とシズネと行って美味かったって言ってたんだよ」

「そうか。おばあ様も甘味が好きだから喜ぶだろう」

 

――懐かしい。兄者がよくミト殿に土産で買っていた。今もあるのか。

 

トビラも食べたことがあるため楽しみに思った。

 

「君たちは」

 

 声をかけられ振り返るとフガクがいた。

 

「あ、こんにちは! フガクさんと……」

「あら、あなたたちがオビト君とトビラ君かしら? 私はうちはミコト。同じうちは一族同士、よろしくね」

「は、初めまして!」

 

 オビトの声が上ずった。

 身近な女性が祖母かリンぐらいしかいないオビトにとって、ミコトのような美人なお姉さんはどう接すればよいか分からずドギマギする。

 トビラはトビラで別の意味で緊張していた。

 

――この顔立ち……女だから瓜二つとは言えないがイズナの系譜かもしれん。

 

 固まる双子に微笑みかけるミコトはオビトが持つ包みに気づいた。

 

「あら、それって甘栗甘のお団子ね。とっても美味しいから私も好きよ」

「え? あ、これ、さっき将棋好きな爺ちゃんからもらったんです。な、トビラ!」

「ああ。俺らは初めて食べるが、甘栗甘はアカデミーの女子の間でも評判らしい」

「私がアカデミーのころもよく女の子たちで行ったわ」

「将棋好きな老人とはどこの方だ? うちは地区とは逆方向から来たようだが」

 

 和やかなミコトと違い、笑顔を見せないフガクの問いにオビトは答えた。

 

「あそこのちょっと外れたところに一人で住んでいる爺ちゃんです」

「向こうは……奈良のご隠居か。よく遊びに行くのか?」

「そこまでは……前に俺が荷物を運ぶのを手伝ったら休みの日に将棋の相手しろって言われて。でも俺、将棋のルール覚えらんねーから代わりに頭良いトビラを連れて行ったんです」

「俺は今日初めて会った」

「そうか。何か聞かれたか?」

 

 フガクの探るような視線を正面から受けながらトビラは答えた。

 

「一戦交えたが、俺は習ったばかりの将棋を覚えるのに夢中で話す暇なんて無かった。兄さんも早々に眠っていたから大した話はしていない」

「トビラ! 俺はちょっと居眠りしてただけ!」

「ちょっとどころではなく初めから寝ていただろうが」

「しょうがねーだろ! 駒がどう動くとか難しくて頭こんがらがっちまうんだよ!」

「ふふ……兄弟で仲良しなのね」

 

 ミコトが呆れることなく笑顔を見せるのでオビトは調子づいた。

 

「まあな! トビラは俺の大事な弟だ! ミコトさんとフガクさんは何してんだ? これから任務か?」

「兄さん……」

 

――どう見ても逢引きだろうが。

 

 トビラは非難の目を向けるが、兄は気づかない。

 フガクはさらに顔をしかめ、ミコトは笑みを深めた。

 

「今日は二人ともお休みよ。だから甘いものでも食べに出かけようと思って。せっかくだから甘栗甘もいいわね」

「出かける? え、それってつまり、で、で……!」

「そろそろ行くぞ。引き留めて悪かったな」

 

 フガクが背を向け歩き始めたので、ミコトは困ったように笑った。

 

「それじゃあ、またね」

「は、はい!」

 

 フガクを追いかけるミコトの背を眺めながらオビトはまだ動揺しているようだった。

 

「トビラ、あれってデートだよな……!」

「鈍い兄さんもようやく気付いたか」

「なっ! お、お前だって言われなきゃ分からなかっただろ!」

「なわけあるか。任務服じゃない妙齢の男女が二人っきりでいるなら察せられることはある」

「二人っきり……デート…………」

 

 オビトがどこかぼんやりと物思いを始めた。

 

「自分とのはらリンに当てはめて考えているのか」

「なっ?! そ、そういうわけじゃ! つーか、それ、気づいても言うんじゃねーよ! お前、兄ちゃんに恥ずかしい思いさせんのやめろ!」

「嫌なら往来で立ち止まってぼんやりするな。今の兄さんじゃ子供の攻撃も避けられないぞ」

「誰が攻撃するんだよ! 里の中だぞ!」

「甘い! 忍たるもの常に警戒しろ! 火影になるならなおさらな」

 

 う、とひるんだオビトは誤魔化すように勢いよく歩き始めた。

 初めは不貞腐れた表情をしていたが、歩いているうちに不安げになった。

 

「なあ、トビラ。ミコトさんはすっげーニコニコしてたけどさ、フガクさん、なんか怒ってなかった? デートってバレるの嫌だったのかな」

「話しかけたのは向こうが先だ。それで怒るのはお門違いだ」

「でもさ、でもさぁ……」

「というより、怒っているようには見えなかった。あの男が不愛想なのは元々だろう」

「おまっ! よくそういうこと言えるよなぁ……フガクさんが怖くねーのかよ。俺、怒られたし、なんかいっつも睨まれてるし、ちょっと話しづらいんだよな」

 

 唇を尖らせる兄の横顔を見つつ、トビラは思った。

 

――あの程度、うちはの者にしては話しやすい部類だぞ。カガミほどではないが。

 

 だが、オビトはまだ6歳。

 過去に火影としてうちは一族と交渉を重ねて来たトビラとは違い、うちは一族と話すことも大人と話すことにも慣れていない。

 それはトビラも分かっているので諭すように言った。

 

「あやつからの視線に敵意は感じない。大方、子供と触れ合うのに慣れていないのだろう。俺らが大人と触れ合うのに慣れていないように。睨んでいるように見えるのも、俺らの背が低いからそう見えるだけだ」

「同じくらいの背のサクモのおっちゃんは睨まないぜ」

「サクモはフガクより年齢が高い分、俺らを気遣う余裕があるだけだ。カカシを育てているから慣れているのもある」

「確かにあの生意気カカシにも優しいもんな! なるほど! トビラの言う通りかもしんねー!」

 

 オビトはようやく不安が解消されたのか、笑顔に戻った。

 トビラも呼応するように微笑んだ。

 

――今のフガクとサクモならサクモの方が強いというのに。見せる表情で警戒の度合いが変わるあたり、兄さんもまだ子供だな。

 

 子供ならではの立ち直りの良さを見せるオビトの隣でトビラはさらに考えた。

 

――あの老人、奈良家の者だったのか。奈良一族が管理する森から離れた場所だから気づかなかったな。俺の動きをフガクも警戒しているようだ。仕方あるまい。俺も兄さんもうちはであってうちはで無いから。

 

 その後、双子が持ち帰った団子は祖母には大層喜ばれた。

 

 



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猿飛

 忍術を習得することはそう簡単なものではない。

 ましてや、まだ子供であるアカデミー生であるならなおさらである。

 入学してからしばらく経ち、多くの子供たちが忍術の一つくらいは完ぺきではないもののできるようになってきていた。

 だが、中にはできていない者もいる。

 

「ガイ! お前、先生の話は聞いていたよな? まったく、変化も分身もできる兆しが見えない。どうしてできない?」

「す、すみません……」

 

 教卓の前でなじる教師にうなだれるガイ。

 ゲラゲラと笑う子供たち。

 

――なぜできないか理解できていないから術も使えないのに、本人に聞いたって仕方ないだろう。

 

 トビラは眉をひそめた。

 

「もういい! 次、うちはオビト! 前に出ろ」

 

 すれ違うオビトとガイ。

 ガイはうなだれ、オビトは緊張した面持ち。

 

「変化の術!」

 

 ボン、と煙が立ち、現れたのはオビト本人。

 本来であれば教師に化けなければいけないが、オビトは失敗したようだ。

 

「はぁ……お前もか、オビト。ったく、うちは一族のくせにできないなんて……」

「う、うっせーな! できねーもんはできるまで修行すりゃいいんだよ! 大切なのは戦う時に使えるか、使えないかで、一度でできたかなんてどうだっていーんだよ!」

「なっ……おま、先生に口答えするなんて……いや、いい。次の者! 前に出ろ!」

 

 トビラは戻って来た兄をじーっと見た。

 以前、弟に言われた慰めをそのまま言った自覚があるオビトはどこか照れ臭いような居心地悪いような感じがして、弟と目を合わせようとはしなかった。

 

 授業終わり、緑のタイツがオビトの席へやってきた。

 

「ん? なんだ、ガイ。トビラに用か?」

「いや、君に用がある。俺はマイト・ガイ! 君の名前を教えてくれないか?」 

「はあ?! お前、ふざけんな! 俺はうちはオビトだってお前がトビラと間違えるたびに言ってんだろうが!」

「む? そうだったか? ほぉ……トビラと似ているが兄弟か?」

「双子だ! ふ・た・ご! 俺の方が兄ちゃんだからな!」

 

――こやつ、本当に兄さんを認識していなかったのか。

 

 トビラは呆れを通り越して感心した。

 

「こうやって名前を聞いたんだから今度こそは覚えろよ、ガイ」

「ああ! オビト、俺はお前に礼を言いたい!」

「俺、なんもやってねーよ」

 

 尋ねるオビトにガイはナイスガイスマイルをしてみせた。

 

「先ほどの授業の時に言ったではないか! できないことはできるまで修行すれば良い、と! 一度で出来たかどうかは重要ではないと!」

「ああ、それ。実はトビラの……」

「俺はその熱き言葉に感激した! それこそ青春の言葉だ! そして、少しでも術を覚えられないことを恥じた自分を殴りたくなった! そうだ! 俺はまだまだ修行が足りん! オビト! お前はそれを気づかせてくれ、勇気づけてくれた!」

「いや、別にお前に言ったわけでは……というか、それ言ったのは俺じゃなくて……」

「だから今日からお前は俺にとっての同志だ! 悪いが永遠のライバルはカカシだからな! オビト! 熱き青春の同志として汗を流そう! 俺も共に修行するぞ! さあ、校庭へ出よう!」

「ちょ、聞けよ。おい、トビラ、助け……うぁあああ!」

 

 オビトにとって運が悪かったことは、もうこの後に授業が無いことだった。

 ガイに手を引かれたオビトは逃げる暇もなく、校庭へと連行されて行くのだった。

 

――兄さんの言葉が俺の受け売りだということは黙っていてもらおう。

 

 トビラはそう決めた。

 だが、このまま兄を見捨てるのも気が引ける。

 それにオビトはガイに引きずられたせいで荷物を忘れていたので届けるため教室を出た。

 

「うぐぐぐぐ……」

「むむむむむ……」

 

 二人は仲良く印を組んで唸っていた。

 

「トビラ! あ、荷物持ってきてくれたのか。ありがとな」

「変化の術の練習か」 

「ああ。俺、一応分身っぽいものは出るから全くできない変化の術をやろうと思ってよ」

「正直、兄さんのあれは分身とは言えないが……」

「うっせーな! そのうち、変化も分身も完璧にできるようになるんだ!」

「そうだぞトビラ! 青春パワーで突き進むんだ!」

 

 仲良く唸る二人をトビラは腕を組んで観察した。

 

――兄さんは元々のチャクラ量が多いせいでバランスが取りづらいのだろう。うちはの身体は写輪眼に耐えうるために高いチャクラ量で生まれやすい。しかも、兄さんは平均的なうちはよりもさらに多いはずだ。チャクラ性質が火であるから、火遁は発動させやすいが、変化や分身は火遁ではない。

 

 オビトからポン、と煙が出たがまたしても変化はできていない。

 

 

――俺がアカデミーを設立した時、様々なチャクラ性質を持つ子供らが集まることは容易に想像できた。だから、チャクラ性質に依存しない術でチャクラコントロールを学ばせる必要があった。俺もそれに見合った術を探し、時には開発し、カリキュラムに組み込んだ。

 

 ガイはまだ唸っている。

 

――ガイの方はこれまで忍術と縁が無かったからチャクラの練り方が掴めていないだけ。一度コツを掴めば一気にできるようになるだろう。兄さんは身体エネルギーに見合う精神エネルギーを身に着けるまで時間をかけるか、今の精神エネルギーに見合った身体エネルギーをバランスよく絞り出す方法を見つけるか、だな。

 

 トビラは空を見上げ、考え込んだ。

 

――チャクラを練るのに必要なのは強い集中力。そういや兄者は父上に崖から突き落とされてチャクラを練り上げられたな。死を目の前にすると人間、否が応でも集中する。兄さんもこのままうまく行かないようならやってみるか。ただ……ガイは突き落としても体術でどうにかしそうだな。

 

 そこまで考えた時、3人に近づく人影があった。

 

「君たち、修行中かな?」

 

 トビラが振り返ると、そこには上忍ベストを着た男が立っていた。

 鋭いツリ目だがまなざしは優しい。

 それに気づいたのか、オビトは愛想よく答えた。

 

「そうだぜ! おっちゃんはアカデミーの人か? でも見ねー顔だな」

 

 トビラはのんきにこんなことを考えていた。

 

――このちょび髭、二代目水影を思い出すな。いや、あやつよりもこの男の方が長いか?

 

 そうとも知らず、男は答えた。

 

「おう! 俺はうみのイッカク。見ての通り、上忍だがアカデミーの教員ではないぞ」

「じゃあ何しにアカデミーの校庭なんかへ来たんだよ」

「アカデミーで働いている奴に用があってな。ついでに懐かしのアカデミーを見て行こうと思ったらお前さんたちを見つけたってわけ」

 

 イッカクはオビトとガイの印を見た。

 

「ほぉ、変化か。アカデミーで習う基本忍術だな。忍術ってのは習いたてだとチャクラを練る感覚を掴むのは大変だろ。俺も苦労したから気持ちは分かるぞ」

「おっちゃんもか? 俺、チャクラを練るのが上手くいってないらしくてさぁ……もっと集中しなきゃいけねーみたいなんだけど……」

「なるほど。そっちの子はそもそもチャクラを練るのに慣れてない感じだな」

 

 不安げに頷くガイを元気づけるようにイッカクは明るい声を出した。

 

「よぉし! それなら俺がとっておきの修業方法を伝授しよう! 何を隠そう、俺もこの方法で忍術を会得したんだ!」

「えっ?! どんな方法なんだ? おっちゃん!」

「ぜひ教えてもらいたい!」

 

 目を輝かせたオビトとガイに迫られたイッカクはトビラを見た。

 

「君も一緒に修行しているのかな?」

「俺は習得している。だが、その修業方法というのは気になる」

「そうか! その修業方法というのは……これだ!」

 

 三人の額にぺし、ぺし、と何かが押し付けられた。

 

「ん? なんだこれ。葉っぱ?」

「その通り! 額に乗せた木ノ葉に集中することで他に気が散らないようにする、この里の先人たちの知恵だ! 集中力を極めた者が優れた忍者になれる。額当ての木ノ葉マークの由来にもなっているんだぞ!」

「へぇ~! そうなのか!」

「木の葉の先人たちもそうやって修行してきたのですね! うぉおお! 俺もこれで集中力を極めるぞ!」

 

 素直な反応をするオビトとガイに対し、トビラは困惑した。

 

――それが木ノ葉マークの由来なのか?! 俺も初耳だがどこで言われた説だ、それは?

 

「俺もお前らぐらいのころは、それはもう集中なんて出来やしないガキでな。見かねた先生が教えてくれたんだ。あの初代火影様と二代目火影様と同じ千手一族の方でな、みんなそうやって修行したんだとさ」

 

 イッカクの言葉にトビラは合点が行った。

 

――里の創設に携わった連中はマダラが里の名付け親だと知っていたが、それを知らん千手の若いのが勝手に推察したか。話が広がっても訂正する奴も出なかっただろうし……

 

 理由が分かったものの、誤解を解くわけにもいかないトビラは苦い顔。

 それに気づかずイッカクたちは額に木の葉を乗せている。

 

「おっちゃん、ほんとにこれで出来るのかよ」

「おう! チャクラを一点に集中させるイメージだ。そうするとな、だんだん分かってくるんだよ。チャクラの流れってのがな」

「ぐぬぬぬぬ……チャクラの流れ、チャクラの流れ……おおーーー! 木の葉が浮いたぞ! 俺のチャクラが噴き出したのかっ?!」

「ちげーよ! 噴き出したのはお前の鼻息だ!」

「はっはっはっは! じゃあな、坊主ども。修業に励めよ!」

 

 イッカクは楽しそうに笑いながらアカデミーを後にした。

 残されたオビトたちは額の木ノ葉に集中している。

 せっかくなのでトビラもやってみた。

 

「火影がやっている修行で俺もすげー忍術できるようになって、火影になるんだ!」

「おおっ! 青春だな! オビト! 俺も負けないぞ!」

 

 熱くなる二人を横目にトビラは少々すまない気持ちになった。

 

――悪いが俺も兄者もこの修行はやった覚えがない。俺が物心をついたころにはすでに兄者は崖から落とされていたし、俺は初めからチャクラを練ることが出来ていたから。やっていたのは……板間と瓦間か。

 

 トビラは懐かしく思いながら初めての修業方法を試し、存外有効であることを知った。

 それから、オビトとガイは暇ができるとすぐに木の葉を額に乗せるようになった。

 初めは馬鹿にしていたクラスメイトも、

 

「うるせぇ! これ、初代火影も二代目火影もやっていたすげー修業方法なんだぞ!」

 

 とオビトが言うと「火影」に惹かれた者たちが恐る恐る真似し始め、ちょっとしたブームになった。

 が、頑なにやらない者も中にはいた。

 

「木の葉を額に乗せた修行が木ノ葉マークの由来って嘘くせーな。ガイもオビトも単純だから担がれただけじゃねーか?」

「そうね。でも、それがあの二人のためになるのならいいじゃない。嘘も方便よ」

 

 指で摘まんだ木ノ葉を胡散臭そうに見るアスマの言葉に紅は冷静に返した。

 

「アスマ君なら真偽確認ができるんじゃありませんか? なんと言ったってお父さまは三代目火影様なんですから!」

 

 ちょうど近くに座っていたエビスが言うと、アスマはダルそうに言った。

 

「んなくだらねー話をする暇なんてねーよ。なんつったって向こうは三代目火影様だからな。ちょっと小便」

「ちょ、ちょっと!」

 

 教室を出たアスマを追いかけようとしたエビスに紅が待ったをかけた。

 

「エビス、アイツに火影様の話を振るのはやめときなさいよ」

「どうしてですか? 火影様がお父さまなんて誇らしいことではありませんか!」

「本人たちにとっては難しい間柄なのよ。ったく、察しなさいよね。バカ」

 

 そう言い捨てた紅は首を傾げるエビスを置いてリンたち女子の輪に混ざった。

 ちょうどトイレ帰りに教室へ入ろうとしたトビラはアスマとぶつかりそうになった。

 

「おっと、悪いな。なんだ、トビラか」

「なんだとはなんだ」

「ちょうどいい。お前ちょっと付き合えよ」

「はあ? 厠なら行ったばかりだし共をする趣味はない」

「便所じゃねーよ。授業始まるまで駄弁るだけならいいだろ」

 

 トビラはアスマに連れられ、階段に座り込んだ。

 

「お前はあの胡散臭い修行、やんねーのか?」

「木の葉を額に乗せる修業か? 一度やれば十分だ。そもそも、あんなことせずともチャクラコントロールはもうできているからな」

「そーかよ。それにしても、どいつもこいつも火影、火影。オビトなんか火影って言えばどんなインチキ修行もやりそうだな」

「そんなことはない……とは言えないが、少なくともあの修行は教えてくれた上忍が実際にやっていたものらしい」

「へえ。もしかしてお前もオビトとガイと一緒に教わったのか?」

「ああ」

 

 数段上に座っていたアスマが意外そうにトビラを見た。

 

「お前、自分でも言ってたけどそんな修業方法教わる必要ねーだろ。兄貴を気遣ったのか?」

「俺も修行自体に興味があったから聞いていただけだ」

「ふーん。お前ら双子って変わってるよな。弟のお前の方がかなり強いのに、オビトは気にしてねーし、お前も気にしてねーし」

「何か気にすることがあるのか?」

 

 トビラが尋ねるとアスマはバツが悪そうな顔をした。

 

「俺なら嫌だぜ。生まれた時から出来の良すぎる家族と比べられる人生なんて。めんどくせー。お前らってうちは一族だろ。大人たちがうるせーんじゃねーの?」

「両親が死んでいるから一族との関りは希薄だ」

「そうだったのか。悪い」

「気にするな。珍しいことではない」

「……失礼ついでに言っておくが、トビラ。お前はすでに忍としてすげー奴だと思うからよ。今はそうでなくても絶対に一族の人間は何かしら言ってくると思うぜ」

 

 トビラは静かに聞いた。

 

「お前はそう思っていないとしても、お前と比べてオビトを悪く言う奴もいると思う。だからさ、あいつのこと気遣ってやれよ。お前らは仲の良い家族みたいだから余計なお世話だろうがな」

「アスマ、貴様は家族と仲が良くないのか」

「うぐっ……! お前、無神経だな。ろくに話す時間もねーから、良くも悪くも無いってところだな。親父に限った話じゃねーけど、まともに話せる家族はお袋だけだ」

 

 アスマのその言い方にトビラはあることに思い至った。

 

――父親、母親以外に家族がいるかのような言い方だな。考えて見ればアスマは40ごろに出来た子供、上にもう一人いてもおかしくない。サルの子であればもう少し名前を聞いてもいいが……暗部に入れたか。

 

 トビラはさらに考えを巡らせた。

 

――比較対象は父親と上の子供ということだろう。つまりアスマは一族からは出来の悪い方として扱われているからオビトにシンパシーを感じたのか。名門一族ゆえのプレッシャーだな。そういえば、サルも父親であるサスケ殿とよく比較されていたな。いつの時代も考えることは同じか。

 

 ため息を吐いたトビラに何を思ったのか、アスマは苦笑した。

 

「悪かったな、くだらねー話して。オビトはああ見えて繊細そうだから少し心配になっただけだ」

「貴様に対して呆れたわけではない。いつの世もくだらないことを言う奴はいると思っただけだ。だが、兄さんへの心配はありがたく思っておこう」

「…………オビトがお前をジジくせーって言う気持ちが分かったぜ。お前、俺の親父よりもジジくせーぞ」

「貴様ら。人をジジイ、ジジイ、と……」

 

 しかし事実であるためトビラはそれ以上強くは言えない。

 

「なあトビラ。アカデミートップのお前に聞いても仕方ねーかもしれないけどよ、自分より出来る奴を見て焦ることってお前あるのか?」

 

 トビラの脳裏に兄、柱間が浮かんだ。

 

「その相手が他里の人間かどうかによる。もしも身内であればそれは良いことだと思うがな」

「は?」

「もしそいつが敵対する里や一族であった場合、打ち破る方法を考えなければならん」

 

――俺がうちは一族に対する戦略を相当練ったようにな。

 

「強大な忍が身内なのであれば懸念が一つ減る」

 

――さらに言うと、仲間であれば弱点や手の内も探りやすい。後に敵対した時の対策も練りやすい。

 

 思案も交えつつトビラが淡々と話すと、アスマは「そういうことじゃない」と言いたげな顔になった。

 

「そりゃあな、強い奴が味方なのがいいことは俺も分かるぜ。俺が言いたいのは人間、そう割り切れる奴ばっかじゃねえってことだよ」

「血継限界のような使えない術と言うのはどうしても出て来てしまう。騒ぐ者もいるだろう。だが、家族であっても同じ術を使えるとは限らないのだから、己に合う術や戦い方を探し、身に着ける方が有意義だ。手札を増やしていけばいい。うるさい連中もそのうち静かになる」

 

――俺も散々、木遁を使えないことを一族のうるさ方に言われたからな。貴様らはどうだと言えば静かになったが。

 

 忍びの神と謳われた初代火影を兄に持つトビラに、アスマの気持ちを理解できないわけが無かった。

 だがトビラはもう悩む段階にない。

 

「里を守る方法は一つではない。貴様は貴様のやり方で強くなればいい」

「俺のやり方……な。まあ、考えてみるか」

 

 立ち上がったアスマは階段を下り始めた。

 

「そろそろ授業が始まる。付き合ってくれてありがとうな」

 

 通り過ぎた横顔はトビラの記憶にあるヒルゼンにそっくりだった。

 



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トビラ君のうきうき罠教室!

 アカデミーの授業終わり、オビトが悪戯っぽい笑みを浮かべながらトビラに言った。

 

「なあなあ、トビラ。俺、今朝会った爺ちゃんからすっげー情報手に入れちまったんだよ」

「今朝? ああ、遅刻スレスレになった原因か」

「おい、そういう言い方すんなっての。あのな、でっかい魚が釣れる川があるんだってよ! トビラ、川魚好きだろ? 明日は休みだしそこ行こうぜ!」

「誰かの私有地ではないだろうな。また叱られるのは勘弁だ」

「それは大丈夫! つーか、前に怒られたところだってあれ、私有地というよりもおっさんが難癖つけてきただけだっての! どうだ? 行くだろ?」

「まあな。夕飯のおかずを釣って来ればおばあ様も喜ぶだろう。次の日の朝食の分も考えて多めに釣りたいところだ」

「へへっトビラは川魚好きだもんなぁ。よし、決まりだ!」

 

 立ち上がったオビトはちょうど後ろにいるカカシとぶつかりそうになった。

 

「あ、悪いな……ってなんだカカシか」

「なんだとは何よ」

「うっせーな! というか後ろに立ってる方が悪いだろ!」

「はあ? なにその言いがかり」

 

 いつものように言い合いを始めた二人にため息を吐き、トビラは言った。

 

「そういえばカカシとは釣りをする約束をしていて結局行ったことが無かったな。明日、川で釣りをするが一緒に行くか?」

「釣り? まあ、別にいいけど」

「おい! なんだよカカシ! せっかくトビラが誘ってんだからもっと乗り気になれよ! 嫌なら来なくてもいいんだぜ」

「嫌とは言ってないでしょ。というか勝手に決めつけないで」

「んだと~?」

 

 また絡みそうなオビトを押しのけトビラは尋ねた。

 

「釣り竿は持っているか? 無いなら作るが」

「父さんと釣りに行くこともあるから持ってるよ」

「なら問題ないな。ちょうど良い機会だ。いいだろ、兄さん?」

「まあ、いいけどよ。あ、釣りの前に組手もすっからさ。昼飯はちゃんと持って来いよ!」

 

 オビトもなんだかんだと言いつつ、カカシが嫌いなわけではないためあっさり決まった。

 次の日のこと。

 

「遅い! なんで休みの日まで遅刻するわけ? しかも今日はトビラまで!」

「仕方ねーだろ! 大きな荷物でよたよた歩いている婆ちゃんがいたんだから」

「そういうことだ。悪かったな、カカシ」

「まあ、トビラも遅れているってことは本当なんだろうからいいけど」

「おい! トビラなら信じるってことは俺のことは信じてねーのかよ?!」

「そりゃーね。ほら、今日は先に組手もやるんでしょ。そこにちょうどいい空き地があったから行くよ」

 

 その後、三人はカカシが見つけた空き地でしばらく組手をし、休憩を挟んで釣りを始めた。

 

「カカシ、その釣り竿を少し見せてくれ」

「いいよ」

「ほぉ……職人が作ったものか……丈夫で使いやすそうで……ぬ! なんだこれは!」

「リールで巻く方式なんだけど見たことないの?」

 

 すでにリールに夢中になっているトビラの代わりに応えたのはオビトだった。

 

「俺らは木と糸で自作したもんだからなぁ」

「よくそれで釣りができるね」

「俺もトビラも釣り名人なんだぜ!」

 

 カカシとオビトが話している間、トビラは存分にリール式釣り竿を見分した。

 

「この釣り糸はワイヤーで出来ているのか。なるほど、張りのある素材で作ることで飛距

離を伸ばしている……なぜ先についているのが釣り針ではない?」

「これはルアー。小魚に見せかけたもので、魚っぽく動かすことで引っかけるの」

「ははぁ……虫を引っかけずとも済むのか」

 

 トビラの釣り知識は里が創設される前のもので止まっていたため、カカシが持つ最新式の釣り竿に興味津々だった。

 

「トビラって釣りが好きなの? こんなに生き生きしている姿、初めて見た」

「そうか? こいつ、意外と新しい物好きのミーハーだぜ。ガキのころなんて、目覚まし時計にレンジ、洗濯機なんかを大喜びしてずーっと観察していたし」

「へえ。機械好きなんだ。子供っぽいところもあるんだね。そんなに興味あるならそっち使ってもいいよ。俺はトビラのものを使うから」

「いいのか?」

 

 ソワソワするトビラにカカシは使い方を教えてやり、釣りが始まった。

 

「トビラ、どうだ? カカシの釣り竿は」

「ああ。これは中々にいい。このリールの構造が興味深いな。仕掛け罠に応用できるかもしれん」

「仕掛け罠ぁ? あ! もしかして敵を釣り上げるのか? それいいじゃねーか!」

「人間は魚ほど軽くないよ。巻き上げるのが難しくない?」

「人力じゃない方法で巻き上げるようにできればもしくは……」

 

 弟が楽しそうで嬉しいオビトは勿論、カカシも罠には興味があるので話は弾んだ。

 話しているうちに罠から話題は逸れていき、時間が経つにつれてぽつりぽつりとなんてことない会話をするようになった。

 

「なあなあ、カカシの名前って父ちゃんが決めたのか?」

「なに急に。まあ、そうだよ。父さんが決めて母さんも賛成したらしい」

「へえ。俺らはどうなんだろうな、トビラ」

「写真を見る限り、俺らが生まれた時は父さんもいたようだから両親で決めたんだろう」

「つーかさ、俺らの名前……オビトとトビラって面白いよな。トビラの名前がトビオだったら上から読んでも下から読んでも同じで」

「それなら兄さんの名前がラビトでもいいだろ」

「ラビトはウサギみてーで弱そうだから無し!」

「ならピッタリじゃん、ラビト」

「んだと、バカカシィ!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ兄たちを尻目にトビラはふと思った。

 

――帯戸と扉、か。

 

 トビラの釣り竿が微小に揺れ、見事に魚が釣れた。

 その後、カカシとオビトもそれぞれ少なくとも一匹は釣れたので食べることにした。

 

「さっきお昼食べたのに」

「新鮮な魚を食うのが川釣りの醍醐味だ」

「カカシ、釣りたての魚はホントにうめーよ」

 

 石と落ち葉を集めて作った簡易かまどで焼いた魚に三人でかぶりついた。

 

「うむ! やはり美味い」

「うめーな! カカシ、どーよ、どーよ?」

「まあ、悪くないね」

 

 口ではそう言いつつも、ガツガツと食べるカカシにトビラは微笑ましく思った。

 オビトも、

 

「素直じゃねー奴」

 

 なんて言いながらも笑顔だった。

 

「トビラ、ほら。これも食べごろだ。たくさん食えよ」

「ありがとう、兄さん」

「……トビラって魚好きでしょ」

「正しくは新鮮な川魚だ。釣りたては格別だな。塩をかけずとも美味い」

 

 トビラは一人だけ二本目をかじりながらカカシへキリっと答えた。

 

「ふーん。俺は秋刀魚の塩焼きの方が好きだけどね」

「秋しか食えねーじゃん」

「だからいいんでしょ。旬のものは美味しいんだから」

 

 オビトとカカシはいつもの言い合いをしているものの、食べている最中だからか、それともトビラが好物を食べる邪魔をしたら怖いからか控えめだった。

 

 

 家に帰ってから、さっそくカカシの釣り具で着想を得た罠を作ろうと思ったトビラは唸った。

 

「ん? どうした、トビラ。いつも以上に難しい顔して」

「いつも難しい顔をしているみたいな言い方だな。道具の点検をしていたのだが、そろそろ手裏剣とクナイも調達した方が良さそうだ」

「ああ。父ちゃんたちが遺してくれた手裏剣たち、そろそろ無くなるのか。練習で結構ダメになっちまったもんなぁ」

「兄さん、どこか安くて質の良い忍具屋は知らないか?」

「うーん。さすがに俺も爺ちゃんたちからそういう話は聞かねーよ」

「なら、明日カカシにでも普段使う忍具屋を聞いてみるか」

「忍具屋ならワイヤーも売ってるといいな。トビラのことだから、昼に言ってた罠、作りてーんだろ?」

「よく分かったな」

「そりゃーお前の兄ちゃんだからな! なあ、俺思ったんだけどさ。罠の先端にすっげーデカい釣り針つけるの、どう?」

「それじゃあ、釣り竿を大きくしただけではないか。ならいっそ熊手にでもした方がいい」

 

 6歳の双子の夜は罠談義でふけていくのだった。

 

 

 

 

 

 次の日。

 授業の合間にオビトはカカシに話しかけた。

 

「なあ、カカシ。お前、いっつもどこの忍具屋で手裏剣とか買ってんの?」

「忍具屋? 父さんが連れて行ってくれる店で……西地区の方にあるけど、買いに行くの?」

「俺らが持ってるやつ、けっこう壊れちまったからさ。西地区ならあそこの爺ちゃんの家の近くかな」

「どこのお爺さんだよ。…………ちょっと入り組んだ場所にあるし俺が案内してやってもいいけど」

 

 話を聞いていたトビラも加わった。

 

「それはありがたいな。カカシ、今日の放課後はどうだ?」

「いーよ。俺もちょうど新しい手裏剣、見たいと思ってたし」

 

 カカシはそっけなく顔をそらしたが、まんざらでもない顔をしているのがトビラには分かった。

 放課後、3人はカカシを先頭に忍具屋へ入った。

 

「おおーっ! カッケー! なんだよこの手裏剣! めちゃくちゃデケーぞ!」

「風魔手裏剣か。あれは折り畳みも可能だから使えると便利だぞ」

「俺、あれ欲しいなぁ!」

「普通の手裏剣を扱えるようにするのが先でしょ。お前、授業でもてんでダメじゃん」

「んだと、カカシ! 俺だってすぐにあんぐらいできるようになるんだよ!」

「はいはい。ほら、手裏剣とクナイ、そっちにあるよ」

 

 トビラはキャンキャン騒ぐ兄はカカシに任せ、手裏剣たちの選定に入った。

 

――両親の遺品でも思っていたが、やはり俺のころよりも質が安定しているな。里システムが普及したことで供給ラインも安定したのか、それとも戦時中だからこその品質向上なのか……

 

「なんだぁ、騒がしいと思ったら。お前ら、アカデミーのガキどもか?」

「そうだぜ、おっさん! 俺はうちはオビト! いつか火影になる男だ! よろしくな! こいつは俺の弟のトビラ!」

「んん~?珍しいな、うちはの者がこんなところに来るなんて。そっちの白いのは見たことあるぜ。サクモさんところのガキだろ」

「そうです。カカシです」

「ああ、そんな名前だったな。この前よりもちいっとだけデカくなったじゃねーか。友達連れて買い物か? お前、友達いねーと思ってたよ! いて良かったな!」

 

 店の奥から現れたゴツいムキムキマッチョな店主は、ガハハ! と笑いながらカカシの頭を撫でた。

 撫でたというよりは上から押し付けるようで、カカシの身長が1cmくらい縮みそうな勢いだった。

 トビラは彼の言葉で気になるところがあった。

 

「店主、うちはの者がここに来るのは珍しいとは?」

「んん~? そりゃ、そのまんまの意味だ。あそこは一族専用の入手ルートがあっからな。お前さんら、父ちゃんに言わずに来ちまったのか?」

「俺ら、父ちゃんも母ちゃんもいねーよ。トビラ、ばあちゃんから聞いたことあったか?」

「いや、ない。だが……一族で贔屓にしている店があるならそちらで買った方がいい。いらない諍いを生むのはよくない」

「じゃあ、帰ってから聞いてみっか」

「おう! そうしな、坊主ども。おっちゃんとしても、勝手に買われてあとでそっちの族長様にでも文句言われたらたまったもんじゃねーからな」

 

 ガハハ! とまた一笑いし、店主は奥に引っ込んだ。

 つまらなそうにクナイを物色していたカカシがトビラたちを見た。

 

「じゃあ、今日は買わないの?」

「せっかく案内してくれて悪いが、そういうことだ」

「ごめんな、カカシ。俺ら、まさかうちは一族専用の店があるなんて知らなかったからよ」

 

 普段はいがみ合うオビトもさすがに悪いと思ったのか素直に謝った。

 

「別にいいよ。二人が悪いわけじゃないし」

「なあ、トビラ。思ったんだけど、ワイヤーぐらいは買ってよくねーか? お前、さっさと罠の試作してーだろ?」

「確かにそうだな。外で見せる気もないし……兄さんの言う通り、ワイヤーだけ買おう」

「罠? もしかして昨日言っていたやつ?」

 

 カカシが尋ねるとトビラが頷いた。

 

「ああ。お前が見せてくれた釣り竿から着想を得た仕掛け罠に使いたくてな。これなら良さそうだ」

「んじゃ、さっきのおっちゃん呼ぶか。おっちゃーん! ワイヤー買いてーんだけどぉー!」

 

 奥に引っ込んだとは言え、そばに控えていたらしく店主はすぐに出て来た。

 

「ああ? お前さんら、よそで買うんじゃなかったのか?」

「ワイヤーぐらいはどこで買ったっていいだろってことでコレ! 欲しいんだけど!」

「それもそうか。欲しい分だけの長さで切ってやっからな。値段はそこに書いてある通りだ」

 

 トビラが財布を開くのと同時に、オビトとカカシも出した。

 

「兄さん、カカシ。これは俺が使うからいいよ」

「何言ってんだよ。俺は兄ちゃんだから半分出してやるって……つーかカカシ、なんでお前まで」

「その罠、興味ある。一緒に作った方がいいもん作れそうでしょ」

 

 店主は3人を見比べ、ニカっと笑った。

 

「なんだ、坊主ども。仲いいじゃねーか。んじゃあ、ちょっとおまけしてやるよ。1mくらい長めにな」

「ええ~おっちゃん! もう一声!」

「なんだよ、ゴーグルの坊主は調子がいいなぁ。んじゃ、2m!」

「いよ! 男前!」

「よし来た、3m!」

「さすがおっちゃん!」

「これで最後だ5m!」

 

 ノリの良さでかなりのおまけをゲットした兄にトビラは感心した。

 

――よくもまあ、初対面の人間とこうも意気投合するものだな。この調子で里の老人とも仲良くなっているのだから大したものだ。

 

 かくして、予想よりも長いワイヤーを手に入れた3人は店を出た。

 3人はそのままカカシの家に行き、トビラ主導の下で罠づくりを始めた。

 

「大方の設計図は出来上がっている。ここを巻いてあとは……」

 

 トビラは説明しながら手を動かした。

 

「この部分、もっとワイヤーの長さがあった方が良くない?」

「なるほど……それでやってみるか」

 

 トビラは勿論、若き天才カカシも加わって罠らしきものが出来ていく。

 だが、一人会話に入れないオビトはしびれを切らした。

 

「だーっ! もう! 俺、外で修行してくっから!」

「兄さん、忍術を使うなら火遁以外にしておけ」

「分かってる!」

 

 ピューンとオビトが出て行った方向をカカシは呆れて見た。

 

「あいつ、留まることを知らないのかな」

「兄さんは身体を動かす方が好きなんだろう。貴様も修行したければそっちでもいいぞ」

「ん~、もう少し罠の方を見るよ。気になるし。オビトは放っておいても大丈夫でしょ」

 

 外から、「ぐぁー!」「分身の術!」「なんでできねーんだよー!」など、オビトの奮闘の声が聞こえたのでトビラも安心して作業できた。

 二人で和気あいあいと作業し、納得のいくものが出来たころ。

 

「あっサクモのおっちゃんだ!」

「オビト君、久しぶり。でもなんで一人で外に?」

「カカシとトビラは中で罠づくりしてるよ。俺はよく分かんねーから修行してんの! あ、そうだ! おっちゃん、修行つけてくれねーか?」

「勿論、俺で良ければ」

「へへっやりぃ!」

 

 会話が聞こえたカカシがムッと口を尖らせた。

 

「気になるなら外に出ればいいじゃないか、カカシ」

「気になるなんて言ってない」

 

 と言いつつも、外が見えないのに壁を見続けるカカシ。

 仕方ない、とトビラは作業を終わらせ外に出ることにした。

 広い庭ではオビトとサクモが組手をしていた。

 

「このっ!」

 

 どうにかして一発食らわせようと頑張るオビトだが、サクモは軽くいなすばかり。

 カカシはと言うと、仁王立ちで腕を組み、厳しい目でオビトを見ていた。

 

「うわっ!」

 

 頃合いを見計らったサクモに投げ飛ばされ、二人の組手は終わった。

 

「ちっくしょー! やっぱサクモさん、つえーな!」

「オビト君、その年だと動ける方だけど動きが素直すぎるね。自分よりも体が大きい相手と対するときは正面からでは力負けするから、できるだけ死角を突くようにすると攻撃も当てやすいよ」

「父さんの死角を突くなんてそいつにできるわけないでしょ」

 

 やけに冷たい声でカカシが言ったからか、オビトも反応した。

 

「てめーにもできねーだろ! カカシ!」

「少なくともオビトよりはいいところまで行くよ」

「ちょっと、二人とも……喧嘩は良くないよ」

 

 途端にオロオロしだすサクモにトビラは話しかけた。

 

「あいつらはいつものことだ。放っておけ。サクモ、兄さんの相手をしてくれてありがとう」

「やあ、トビラ君。罠作りは上手くいったのかな?」

「カカシのおかげでな。色々とアイデアを出してくれて捗った」

「なら、カカシもきっと楽しかっただろうね」

 

 戦い始めたオビトとカカシを眺めながら会話していたトビラとサクモだったが、事態は一変した。

 

「このぉ~っ!」

「っ……! 兄さん! やめろ!」

 

 押され気味だったオビトが印を組みだした時、トビラも対抗して印を組んだ。

 が、

 

「うげっ……」 

「悪いね、オビト君。さすがに家を燃やされると困るから止めさせてもらったよ」

 

 印を組み終わる前にサクモが手刀を食らわせ、オビトの意識を一瞬奪った。

 そのまま倒れそうだったオビトだったが、サクモがその前に抱え、すぐに目を覚ました。

 

――すさまじい速さだな、サクモめ。やるではないか。

 

 トビラは途中まで組んでいた印を止め、オビトの下へ駆け寄った。

 

「んっ……あれ?」

「何をしている! ここで火遁はやめろと言っただろうが!」

「だってカカシに勝つために……」

「黙れ!」

「うっ……」

 

 久しぶりに見たトビラの本気モードの一喝にオビトが黙った。

 

「ま、まあまあ、トビラ君。燃えずに済んだからそのくらいで」

「ダメだよ、父さん。コイツを甘やかすのは良くない。そもそも火遁を出しても俺に勝てるわけないのに」

「んだとカカシ!」

「カカシも煽るのはやめなさい。二人ともいい動きだったよ。オビト君、少し強く打ってしまったけど身体は平気かな?」

「お、おう。……おっちゃん、俺、家燃やす気は無かったんだよ」

「大丈夫、分かっているから。まあ、俺が止めなくてもトビラ君が止めてくれただろうからね」

 

 トビラはギクッとした。

 

――やはり気づいていたか。

 

 オビトは不思議そうにトビラを見たが、すぐサクモに視線を戻した。

 

「でも、ごめんな。止めてくれてありがと、おっちゃん」

「ホントに勘弁してよね。俺と父さんの家を燃やすなんてありえないよ」

「あーもー、悪かったって言ってんだろ!」

「それが謝る態度なの?」

 

 またいがみ合う二人にサクモは慌てた。

 

「も、もしやうちの子たち……仲良くない……?」

「子どもはああいうものだ、サクモ。いちいち気にしていると身が持たないぞ」

「うっ……そ、そうか……ははは」

 

――トビラ君も子供なんだけどなぁ……。

 

 サクモの心の声はトビラには聞こえなかった。

 

「兄さん、暗くなってきた。そろそろ帰ろう」

「なんだとバカカ……ん? もうそんな時間か」

「もう帰るの? まだよくない?」

 

 オビトといがみ合っていた割には渋るカカシにトビラはふっと笑った。

 

「おばあ様が心配するからな。カカシ、それらしい罠は出来上がったがまだ試運転が出来ていない。明日、また仕上げに来ていいか?」

「! ま、いいよ。作った罠はそのまま置いておくから……オビトは? 明日も来るの?」

「そりゃあ、トビラが来るなら兄ちゃんとして一緒に来てやらねーとな!」

「そういうことだ。サクモ、しばらく貴様の家に世話になる」

「勿論、いいよ。危険なことはしないように気を付けてね」

「おっちゃん、任せろよ! トビラはやべー開発することもあるし、俺がちゃんと見張ってっからさ!」

 

 ドンと胸を張るオビトだが、トビラはやや不服だった。

 

――子供らしい開発に留めているのに……

 

「んじゃー、またな! カカシ! 今日は忍具屋付き合ってくれてありがとな!」

「はいはい。じゃあ、また明日ね」

 

 オビトもトビラもはたけ親子に手を振り、早く家に帰ろうと駆けだした。

 なお、家でカカシに罠を見せてもらったサクモはヒヤリとしたが、息子がとても嬉しそうにしているので、

 

「あまり危険なのはダメだからね」

 

 と意味のない忠告をもう一度したのだった。

 



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偉大なるうちは煎餅

 危険のない範囲で思う存分に罠の試運転を済ませられたころ。

 オビトとトビラは、うちは一族長の邸宅前にいた。

 

「う~緊張するなぁ……」

「だからと言って、いつまでもここにいても仕方ない。俺は行くぞ」

「待てよ、トビラ! 分かったから、俺が先陣切るぞ!」

「あら、あなたたち」

 

 急に後ろから声をかけられ、オビトが大げさに驚いた。

 

「うわぁあっ! み、ミコトさん?」

「ええ。オビト君とトビラ君ね。どうしたの? 族長に何かご用?」

「いや、用があるのはフガクの方だ。少し聞きたいことがあってな」

「そ、そうそう! 警務部隊の本部に行くか迷ったけど、こっちの方がいいと思って」

 

 話しかけたのはミコトだった。

 上忍ベストを纏っているためこれから任務なのかもしれない。

 話しやすいミコトが見つかって安心したオビトはそうだ、と手を打った。

 

「なあなあ、うちは一族専用の忍具屋ってどこにあるか知らないっすか?」

「あら、猫バアのことね。ええ、勿論よ」

「俺たちの場合、その猫バアとやらの場所で手裏剣などを買うべきなのか、他の忍具屋で買ってよいのか判断がつかなくてな。フガクにそこのところを確認しようと思っていたんだ」

「そっか。あなたたちはご両親がいらっしゃらなかったわね……そうね。この時間ならまだあの人も家にいると思うから私も一緒に行くわ。入りましょう」

「やった! ありがと、ミコトさん!」

 

 うちは地区の端に住み、普段一族との関りが薄いオビトにとっては族長の屋敷など入りづらい場所ナンバーワンだ。

 ミコトを先頭に3人は門をくぐり、玄関先に着いた。

 タイミングよく、フガクが中から出て来た。

 

「……ミコトか。どうした?」

「猫バアのことを聞きたいみたいよ。手裏剣が欲しいみたい」

「……そうか。悪いが今から警務部隊の仕事だ。夕方に改めて来てくれ」

「わ、分かりました! すみません、仕事前に!」

「いや、そろそろ説明した方が良いと思っていたころだ」

 

 急ぐらしく、フガクはそのまま行ってしまった。

 ミコトの後をついて敷地の外に出たオビトはふー、と息を吐いた。

 

「ふふ、緊張した?」

「めちゃくちゃした……」

「ごめんなさいね。怖く見えるかもしれないけど、不器用な人なのよ」

「怒ってねーよな?」

「もちろんよ。子供と話すのに慣れていないのね、きっと」

「そっかぁ~! ならいいんだ! そういやトビラも言ってたもんな! 怒ってるんじゃなくて不愛想なんだろうって。ミコトさんも言うならそういう人なんだな!」

 

 オビトはスッキリとした顔になったがトビラはギョッとした。

 

「兄さん! そういうことは人前で言うな!」

「え? やっべ! いや、えーっと、今のは不愛想じゃなくって……えーと、不器用! 不器用なんだろうなぁって、な!」

 

 支離滅裂な弁解をするオビト、諦めて逃げる準備を始めるトビラ。

 ミコトは慈愛の笑みを浮かべた。

 

「オビト君だけじゃなくて、トビラ君も意外と素直ね」

「ミコトさん。フガクさんには今言ったこと、内緒で」

「そのくらいならあの人も気にしないわよ。ちょっと凹むかもしれないけど」

 

 双子、主にオビトを安心させようとミコトは悪戯っぽく笑った。

 

「任務前にすまなかったな」

「いいわよ。族長の家なんて来づらいでしょうから。じゃあ、私もそろそろ行くわね」

 

 ミコトも見送った二人は当てもなく歩き始めた。

 

「トビラ、夕方までどうする? 修行すっか?」

「そうだな。せっかくうちは地区の中心に来たことだし、そこの池で火遁の練習でもするか」

「お! いいじゃねーか! よぉし、前よりもデケー炎出すぞ!」

 

 それから二人は夕方まで修行して時間を使った。

 フガクが帰宅したころ、再び族長宅を訪れたオビトとトビラは客間に通された。

 正面に座ったフガクが重々しい顔で口を開いた。

 なお、重々しく見えたのはオビトだけで、トビラは、

 

――相変わらず不愛想な奴だ。

 

 などと失礼なことを考えていた。

 

「君らが言っていたように、うちは一族は猫バアという方から忍具を流通してもらっている。場所は空区」

「空区? トビラ、里にそんなところあったか……?」

「どこの国や里にも所属していない地域だ」

「その通り。猫バアの一族とは木ノ葉隠れの里が出来る前から、代々取引してきていて、今もそれは続いている」

「一族の者はいちいち空区へ行かねばならんのか?」

「猫バアとの窓口は族長に連なる家系が務めている。各家で必要な分を申請し、こちらで統括するシステムだ。中には君らのように働き手のいない家もあるから、その場合は下忍になるまでは一族の資金から支給している」

「そう言う割には俺らは両親の遺品でやり過ごしてきたがな」

 

 トビラがチクリと言うと、隣に座るオビトはギョッとした。

 が、フガクは重苦しい表情のままで頷いた。

 

「それに関してはこちらの不手際だ。君らがアカデミーに慣れたころを見計らって忍具の管理についても教えようと思っていた。以前、おばあさまに伺った際も、両親の遺産があるとのことだったからそれまで持つと思っていたが……もう必要になるとはな」

「俺ら、アカデミー入る前からかなり使いまくって来たからな。そりゃあ、フガクさんが気づかなくても仕方ないっすよ! 婆ちゃんももう手裏剣が無くなったのかって驚いてたんで!」

「火遁の練習をしているのは見たことがあるが……手裏剣術の修業はどこで?」

「家の近くにある演習場とか、あとは西地区の川のそばにある演習場も最近はよく使います!」

「なるほど。どうりでうちは地区内であまり姿を見ないと思った。これからは地区内の演習場を使いなさい」

 

 なんだかんだ言って、カカシとの修行が楽しくなってきたオビトとしては嬉しくない申し付けだ。

 だけど、どう言い返せばいいのか思いつかない。

 代わりにトビラがまたしてもチクリと言った。

 

「うちは一族と言えど、里の一員であることに変わりは無いのだから、里のどこで修行しようと良いのではないか。それとも何か都合が悪いことでも?」

 

 オビトは思った。

 

――コイツ、ほんとこういう時に言うよなぁ……でももうちょっと言葉を抑えろよ!

 

 オビトは兄として、(何の足しにもならないのは分かっているが)とりあえず場の雰囲気を良くするために笑顔をフガクへ見せた。

 

「ええっとぉ、俺ら、アカデミーで仲いい奴ともよく修行するし、それにうちは地区の演習場って中央にあるから、そのぉ、入りづらいなぁなんて……」

「君らもうちは一族であるのだから気負いする必要はない。が、言いたいことも分かる…………子供だから言わないでおこうと思ったが、むしろそれでは納得できないだろう。今から言うことは決してアカデミーなどで広めないように」

 

 今度こそ、フガクの顔が重々しくなった。

 

「うちは一族が写輪眼という血継限界を持つ一族であることは分かっているな?」

 

 頷くトビラとオビト。

 

「……戦時中、写輪眼を狙った同士討ちが多発した。恥ずかしいことに、その多くが一族の者同士であったが、中にはうちは一族でない者もいた」

「な、なんでそんなことを……?」

「写輪眼を奪い、己の力とするためだろう。それと研究目的も」

「そういうことだ。勿論、厳罰を下すことで事なきを得ているが、里の中にはうちはを狙う者も少なくない」

「まだ写輪眼は開眼してねーけど俺らも危ないってことか?」

「用心はしておいた方がいい。ただ……オビト、君は里の老人たちの世話をしているらしいな」

「え? フガクさん、知ってんの?!」

「話は聞いている。悪いことではない。それに関しては気にせず続けて良い。だが、君の親切心にかこつけ、うちはの情報を引き抜こうとする老人がいたら私に報告しなさい」

「なっ! 爺ちゃんも婆ちゃんもそんな奴いねーよ! 俺は里のみんなを疑うなんてできねー!」

「兄さん。あくまで、情報を引き抜こうとしている奴に対してだけだ。普段は気にするなとフガクも言っているだろうが」

 

 トビラはオビトを注意しつつ、感心した。

 

――フガク、こやつは思っていた以上に分かる男だ。族長の息子ゆえ、一族寄りの立場ではあるが、里との融和を図ろうとしている。

 

「演習場に関しては分かった。だが、俺らはアカデミーの同期であるはたけカカシと修行することもある。その場合、奴をうちは地区の演習場に招くのか、その時だけ外の演習場を使うか、どちらが良い?」

「はたけ……白い牙の息子か。父親の方と修行することもあるのか?」

「たまにな」

「最近はよくアイツの家に行って罠作ったり、サクモさんに組手の相手してもらったりしてますよ!」

「…………親しいな。はたけサクモ殿が共にいる時であれば好きな場所で修行しなさい。子供だけの時は君らの家の近くの演習場を使いなさい」

「一族外の人間はうちは地区に立ち入らせたくないのか?」

「目立つのは君にとっても君らの友人にとっても本意ではないだろう」

 

――窮屈な話だ。

 

 げんなりしたトビラに対し、オビトは元気よく尋ねた。

 

「フガクさん! 釣りは?西地区の川だとデカくて美味い魚がよく釣れるんですけど、まさか釣りもダメですか?」

「いや、釣りは好きにすればいいが……もしかして、食べ物にも困窮するほど生活資金が足りていないのか?」

「確かに夕飯のおかずを捕って来たら婆ちゃんが喜ぶってのもあるけど、トビラは川で釣った新鮮な魚が大好物なんですよ! だから釣りには行かせてやりてーんです!」

「そ、そうか……演習場を指定したのは、修行を見られることによって、一族固有の能力を不用意に悟られるのを防ぐためだ。他のことであれば好きに里を歩きなさい」

「良かったぁ! トビラ、これで魚は食い放題だぜ! やったな!」

「川の魚を食べつくさないように気を付けなさい」

「はい! 気を付けます!」

「…………」

 

――今のフガクの言葉……冗談ではなかったのか? 兄さんが真面目に返事しなかったら危うくツボるところだった……

 

 トビラが静かにしているうちにフガクがまた話し始めた。

 

「話はかなり逸れてしまったが、忍具の管理はこちらでしているため、申請された分だけ用意しよう」

「マジっ?! あの、俺、風魔手裏剣っていうのが欲しいんですけど……」

「兄さん。先に普通の手裏剣とクナイだ」

「お前までカカシみたいなこと言いやがって……」

「君らの身体だと風魔手裏剣は持てないだろう。だが、忍具の見聞を広げるのは悪くない。来なさい。武器庫へ案内する」

 

 オビトとトビラはフガクの後をついていき、広い庭の奥の奥にある倉庫へたどり着いた。

 

「おぉ~! すっげー! もうここが忍具屋みてーだな、トビラ!」

「一族専用ともなると圧巻だな。仕入れは大変だろう」

「一族の大人が数人集まればそう難しくない。里が出来、戦争が起きていない時代は族長の家系に限らず、子供にお使いで行かせていた」

「えっじゃあ、俺らも行けていたかもしれないってことですか? 猫バアのところに!」

「そうだな。今の状態がいつまで続くのかは分からないが、戦争が終われば君らにも頼むことがあるかもしれない」

「じゃあ早く俺が火影になって戦争を終わらせねーとな!」

「火影になったらお使いなんて年齢じゃないだろう」

「あ、そっか」

 

 見慣れた手裏剣たちではなく、初めて見る大柄な武器に目を輝かせるオビトはあちこち走り回った。

 

「落ち着きなさい。怪我するぞ」

「フガクさん! あれなに? すっげーカッケーな!」

「あれは鎖鎌だ。扱うのには少しコツがいる。一族内で使い手がいたんだが、前の大戦で殉職してしまった」

「そ、そっか…………なあなあ、フガクさん。俺らの父ちゃんと母ちゃんってどんな忍だったか教えてくれねーか?」

「…………一緒に任務へ行ったことも無く、話したこともあまり無かったから俺は分からない」

「そっか……」

 

 落ち込むオビトにトビラは声をかけた。

 

「兄さん! 少しは手裏剣とクナイも確認しないか! 兄さんも使うのだぞ!」

「悪ぃ、トビラ! でも、カカシと行った忍具屋で見たのと同じじゃねーの?」

「いや、重さがやや異なる。それに材質も……こちらの方が質が高いから、投げた時のブレも少ないはずだ」

「へえ! おっまえ、よくそんなこと分かるな。あ、でもそんな気がする」

「ぶふっ……兄さん、適当に言っただろう?」

「ち、ちげーよ! 俺もそう思ったんだよ! 本当だ!」

「分かった分かった。フガク、支給と言っていたが金銭は必要ないのか? 一応俺も兄さんも手持ちはあるが」

「気にしなくていい。一人前になってからもらうから今は貯めておきなさい。ただ、戦時中のため無駄遣いは許さん」

「無論だ」

 

 トビラはやや考え、双子で使う必要最低限をフガクに告げた。

 想定内の量だったようで、あっさりと了承が取れ、双子は無事に忍具を新調できた。

 

 

 

 

 

 うちは地区の中心に来ることが増えた二人はある場所に行くことも増えた。

 

「おばちゃーん! うちは煎餅二枚ね!」

「あら、オビトちゃんにトビラちゃん。今日も修行かい。ここで食べていく?」

「おう! うちは煎餅は出来立ても美味いからな!」

 

 煎餅の焼ける香りが食欲をそそる。

 オビトはよだれを垂らしながら、トビラは煎餅が焼ける様を興味深そうに見ながら待った。

 

「見事な火入れですね」

「あら、トビラちゃん。ありがとう。うちはと言ったら火遁、火の扱いはこの里一番よ。ねえ、アンタ」

「おうよ! もう忍として戦えなくても火の扱いはどこにも負けやしねーぜ!」

 

 店の奥から出て来た店主も加わり、夫婦は豪快に笑った。

 

「ほぉら、二人とも。焼き立てだよ。さ、お食べ」

「ありがと、おばちゃん!」

「いただきます」

 

 オビトたちはお代と交換に煎餅を手に入れ、かじりついた。

 パキッと音がして、口いっぱいに醤油の風味が広がる。

 夢中になって食べる双子をうちは煎餅の店主夫妻は微笑ましく見守った。

 



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ダンゾウ、卑劣様を根へ勧誘する

 その日、トビラは演習場にて一人で修行をしていた。

 オビトも知らない秘密の修業というやつだ。

 

「…………」

 

 だが、そんな彼に近づく影が3つあった。

 

「何かご用ですか」

「やはり気配に敏いな。うちはトビラよ」

 

 振り返る前から影のうちの一つは分かっていた。

 

――久しいな、ダンゾウよ。

 

 記憶よりもかなり年を取ったダンゾウにトビラは口角を上げた。

 護衛として付き従うお面の二人はトビラの記憶にないチャクラだ。

 

「双子でありながら兄とは比べ物にならないほどの才能と知力……お主は根にふさわしい」

「根とはなんですか」

「光が当たる木の葉を闇から支える者のことよ……」

「つまり俺は暗部の勧誘を受けているということですか?」

 

 トビラはダンゾウからの敵意を確かに感じていた。

 

「ほぉ、暗部の存在まで知っていたのか。どこでそれを? まさかお前の兄も知っているのか?」

「俺が勝手に大人たちの会話を盗み聞いただけです」

 

――本当は俺が作ったのだがな。

 

 まさかダンゾウも暗部の創設者を暗部に勧誘しているなんて思わないだろう。

 敵意を隠しもせず、値踏みするようにトビラを見た。

 

「盗み聞きか……プライドの高いうちは一族の割には正直だな」

「あいにく、一族との関係は希薄なもので」

「であれば、その才を里のために使うのもやぶさかではあるまい」

「無論の事。しかし一つ教えていただきたい」

「なんだ?」

「あなたの警戒はうちは一族に対してですか? それとも俺個人に対してですか? 初対面の里の仲間に対して殺気を出すのはやりすぎでは?」

 

 トビラが淡々と問うとダンゾウは目を見開いた。

 

「…………どちらでもある、と言っておこう。だが、里へ忠誠を誓っていることがワシに分かれば、お主のことは信用してやろう」

「ほぉ……こんな子供をやけに警戒しているのですね。同じ里の仲間であるというのに」

 

――うちはトビラの中身……扉間である俺に気づいているのかと疑ったがそうではないか。子供の割に術が使える俺を警戒しているか……なんといっても今の俺はうちはの子だからな。妥当な警戒だ。

 

 そんなことを考えているトビラが少し笑いながら言うと、ダンゾウは不快そうに睨んだ。

 

「里の仲間でありたいのならこれからの働きで示せ」

「言われなくとも、里の繁栄に全てをかける覚悟はもとよりあります」

「ふん。口ではどうとでも言える…………里の忍に必要なのは揺ぎ無い忠誠。己を殺し、里に尽くす自己犠牲の精神よ」

「俺にそれを感じられないと言いたいのですか?」

「そうは言っておらぬが……里のためにうちはを捨てよと命令したら捨てる覚悟はあるか? お主の大切な兄と祖母を捨てる覚悟は?」

「それが里のためとなるなら。里はすでにそこまでうちはを危険視しているのですか?」

 

 扉間時代には、うちはが里に仇なす危機感は抱いていたトビラではあったが意外に思えた。

 子供の姿で過ごしている時にはそこまでの危険性をうちは一族から感じていなかったからだ。

 ちょうどいいからダンゾウから情報をもらおうと尋ねたのだが、ダンゾウとしてはそれが不服だったようで、さらに険しい顔をしている。

 

「もしも、里がうちは一族を監視していると言ったらどうする?」

「うちはに限らず、里が各一族をそれぞれ注視するのは当たり前かと」

「…………うちは一族が里の中枢にない今の状況をどう思う?」

「中枢にない? うちは一族は警務部隊という重要な役割を担っています。大切な里の一員です」

「それがうちは一族全体の意見か?」

「俺は族長じゃありませんので」

 

 どこまでも前進しない問答。

 トビラは戸惑っていた。

 

――ダンゾウよ、貴様は何を求めている? やはり年を重ねているからか、若いころのような分かりやすさも鳴りを潜めておる。忍としては良いのだろうが、ちと面倒だ。

 

 一方、ダンゾウはと言うと、子供のくせにどこまでも感情を見せず、凪の状態を保つトビラに薄気味悪さすら感じ始めていた。

 さらにはこんなことまで思っていた。

 

――なぜだっ! 目の前にいるのはうちはの子供だというのに……なぜ、俺は二代目様を思い出している……?

 

 ここで「うちはトビラ」の中身は千手扉間だと思えるぐらい意外性のある考え方ができれば話は早いのだが、あいにく、ダンゾウはそこまで突飛な考えができるタイプではなかった。

 うちはトビラへ感じる薄気味悪さはこう転換された。

 

――この子供はうちはマダラの直系……俺はマダラの人間性までは知らぬが里に仇なす残酷な男だったと聞く。もし、マダラの血が色濃く出ているのだとしたら、確実にこの先のためにならぬ。今、ここで……! いや、もしもこれほどの才能を里のために使えるとしたら、この先の戦争で役立つ…………

 

 思案したダンゾウはある賭けに出た。

 

「うちはトビラよ。貴様の祖先のうちはマダラについてどう思う」

 

 もしも、うちは一族内にいるマダラのシンパに影響され、すでにマダラを神格化しているとしたら殺すつもりだった。

 だが、うちはトビラの反応は劇的なものだった。

 

「マダラ?! うちはマダラが関係するのか?! どういうことだ?!」

 

 はっきりと顔に出た危機感、とても神格化しているとは思えない。

 ダンゾウはこの時初めて、うちはトビラの感情的な面を見られたと思えた。

 

「なぜ、うちはマダラにそこまで反応する?」

「……マダラはうちはと言えど、この里に仇なした者だ。奴が何か関わる事件が起きるのだとしたら、うちはとして止めたい」

「ふむ……」

 

 ダンゾウには分かった。

 この子供が言っていることは本心だと。

 

「貴様、根に入れ」

「根? なんですか」

「根は暗部の養成機関である。アカデミーのような生ぬるい教え方ではなく、血で血を洗う教育も行う」

「暗部の養成機関?」

 

――俺のころには無かったものだな。

 

 首を傾げるトビラにダンゾウは頷くのみ。

 仕方なく、トビラは尋ねた。

 

「暗部と言うのは火影直轄の部隊だと認識しています。根も火影が命令を下すものと考えてよろしいですか?」

「根の責任者はワシである。そのため、根の者たちの権限もワシにある」

 

 トビラは眉をひそめた。

 

「つまり火影も知らない命令をあなたが下すこともあると」

「その命令は里のためであることに変わりはない」

「根はあなたお抱えの私兵のように聞こえますが」

「私兵? すべては里のためである。里を裏より支えるため、時には火影にも気づかれぬようになさねばならぬこともある。迅速に」

 

 じっくりとダンゾウを観察するトビラ。

 

――サルはきちんとダンゾウの動きを把握できているのか? これでは暗部が二分されているようなものではないか。

 

 トビラとしては暗部と根の在り方には疑問があった。

 

――里を裏から支える組織があるのは良い。だがそれは暗部で事足りるはずだ。里の者や暗部、さらには火影すらも欺くほどの任務が必要なのか?

 

「あなたが俺と接触していること、火影は認識しているのですか?」

「貴様についてはワシが後で報告する」

 

――つまり勝手に接触しているということか。根への勧誘もサルは認知していない、と。

 

 独断で動くダンゾウに危機感を覚えたトビラは根の勧誘を受け入れることにした。

 潜入し、里の運営について調査するために。

 だが、それは叶わなかった。

 

「そこで何をしている。うちはの子に何の用だ」

 

 声をかけたのはうちはフガク、次期族長だ。

 

「……っ! ダンゾウ様でしたか。彼が何か?」

「いいや、なにも。将来有望そうな子供だ。うちは一族にとってはさぞかし隨縁の子となるだろう」

「ダンゾウ様、暗部への勧誘であれば一族の長である私の父に声をかけていただきたい。彼は親がいないから、族長とそれに連なる家系の我々が保護者です。何かと支援できることもありましょう」

「ほぉ。相変わらず一族愛が強いものだ。ぜひとも、里への貢献に役立ててもらいたいものだな」

「……我々うちは一族は警務部隊として日々、使命を全うしています。先の大戦でも多くの同胞たちが里のために命をかけました。それでも里は不満だと?」

「里が不満を感じている、そう思い込んでいるのはお主らであろう。里のために命をかけること。そんなことは忍として当然だがな」

 

――不満を煽ってどうする

 

 トビラは半ば呆れながらも、フガクとダンゾウの間に流れる微妙な空気を鋭敏に感じ取っていた。

 フガクの登場により、ダンゾウはこれ以上トビラへ話しかけることも無く姿を消し、同時にトビラにまとわりついていた監視の目も消えた。

 

 フガクもそれが分かったのだろう。

 息を吐き、冷静に言った。

 

「うちは地区内の演習場を使うように言ったはずだが」

「兄さんと演習するときは使っている。ここは俺の秘密の場所のつもりだった」

「ああいうのを招くから今後は控えるように…………ダンゾウ様と何を話していた?」

「暗部の勧誘を受けた。一族にとっても良いことなのでは?」

 

 フガクは喜色を見せたものの、すぐ顔をしかめた。

 

「族長のところには届いていない話だな。火影様も我々に知らせずに君を暗部へ引き抜こうとしたのか?」

「いや、ダンゾウが勝手に動いたように見えた。詳しく聞く前に貴様が来た」

「……そうか。これはうちは一族に関わる問題だ。私の方から族長には話しておく。君も次の接触があった場合はすぐに知らせるように」

「ダンゾウは俺をうちはマダラの直系として危険視していた。秘密裏に動いていたのはそれも関係しているのだろう」

 

 突然の告白にフガクは衝撃を隠せなかった。

 トビラはそんな青年に畳みかけた。

 

「うちは一族も俺と兄さんのことは距離を取って注視しているのだろう。マダラの再来を防ぐ、それも族長の務めとして」

「君は……どうしてそれを……おばあ様から聞いたのか?」

「いや、推察はできる。いくら孤児とは言え、俺らの住む場所はうちは地区内でも端の方だ。中心地に住まわせて、うちは一族内に潜むマダラのシンパと繋がるのを恐れていたのだろう?」

「シンパとは言っても、うちはマダラが里にしたことを肯定するものはいない」

「だが、そういう連中は否定もしていない」

 

 フガクは言い返せなかった。

 

「ダンゾウもマダラの直系である俺がマダラの再来としてうちは一族内で扱われないか危険視していた。俺にとってははた迷惑な推察だがな」

「君はマダラのことをどこまで知っている?」

 

――この里で生きる者の中で一番知っている。兄者が俺のように転生していない限りはな

 

 トビラは答えた。

 

「里に仇なしたことぐらいだな。あとはアカデミーで習う範囲のことだ」

「それだけで君の状況まで考え付いたのか。オビトはどこまで知っている」

「兄さんはあれでいて敏い。マダラの直系ぐらいなら思いついているだろう」

「そうか。理解してほしいが、住む場所に関しては君らを守るための措置だった」

「ああ。本来ならあのままうちは一族と深く関わらせるつもりはなかったのだろう? だが、俺が思いのほか術が使えるから慌てて管理下に置こうとしている。違うか?」

「その通りだ。そこまで分かっているのなら己の行動にも気を付けてほしいものだな。君は確実に写輪眼を開眼する。それも強力な目を」

「そうならないことを祈りたいものだ」

 

 写輪眼の開眼条件、愛の喪失とそれに伴う意識の変化を知っているトビラとしては切実だった。

 結局、ダンゾウが再びトビラに接触することは無かった。

 どうやら、根への勧誘は諦め、遠目から監視することにしたらしい。

 情報を得るなら懐に入るのが一番だと考えるトビラとしてはやや残念ではあったが、このままアカデミーを卒業し、下忍として動くのでも十分だろう。

 

「トビラ! 帰ろうぜ!」

「ああ」

 

 それにアカデミーに入ったばかりの兄とまだ授業を受けられるのはトビラにとって悪い話ではなかった。

 オビトに呼ばれたトビラは、ある日の放課後もいつものように兄と共に帰路へ就くのだった。



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担当上忍、大蛇丸!





 火影室に数名の大人と二人の子供がいた。

 

「お主たちが飛び級で卒業試験を受けるはたけカカシとうちはトビラじゃな。特例であるため、火影であるワシも試験に同席する」

 

 トビラが弟子の顔を見るのは転生して以来だ。

 

――老けたな、サル。

 

 一方は年を取り、一方は転生し子供の姿。

 奇妙な再会に浸る暇もなく、促されたトビラは卒業試験用の術を見せた。

 そしてカカシも続き、二人はあっさりと合格した。

 

「本来であれば、アカデミーを卒業した者たちは担当上忍を含むフォーマンセルを組む。じゃが、見ての通りお主たちは変則的な卒業者である。そのため、担当上忍を含むスリーマンセルとする。担当上忍であるが……入れ」

「あら、やっぱり合格したのね。才能に溢れた子を担当できるなんて嬉しいわ、猿飛センセ」

 

 するりと火影室に入ったのは蛇をほうふつとさせる男だった。

 

「この者たちは特例の卒業者、そして才能があることは間違いないがまだ子供。お前がきちんと導くのだぞ、大蛇丸よ」

「ふふ……勿論です」

 

 大蛇丸という名の通り、微笑むその目つきはやはり蛇を思わせた。

 

「それじゃあ二人とも、来てちょうだい」

 

 連れて行かれた先は演習場だった。

 

「今からちょっとした演習をするわ」

 

 そう言って二人に見せたのは1つの鈴。

 

「この鈴を私から奪えたら合格よ。どんな手段でも構わないわ。できればとっておきの術でも見せてくれると嬉しいけど」

「こういう時、隊を組むなら自己紹介の一つでもするところではありませんか?」

 

 呆れたようにカカシが尋ねた。

 だが、大蛇丸は不気味に笑うだけ。

 

「ふふふ……あなたたちと隊を組むかはまだ決まっていないの。鈴を奪えたら合格って言ったでしょ。一つしか無いんだから、取れなかった方はどうなるか……ねえ? 合格したら私のことも教えてあげる」

「なるほど。時間制限は?」

「そうね。私もあなたたちも暇じゃないわ。1時間にしましょうか。せいぜい私を楽しませてちょうだい」

 

――癖のある若造だ。ひとまず目くらましをして離れた後、カカシと連携を取るか。

 

 トビラが目配せをすると、察しの良いカカシは頷いた。

 

「じゃあ……始めましょう」

 

 合図と同時にカカシが煙玉を投げ、二人は大蛇丸から離れた木陰に身を隠した。

 

「カカシ、鈴は一つしかないがどうする? 俺と奪い合うか?」

「何言ってんの。俺らの任務は鈴を奪うことなのに仲間内で争っても仕方ないでしょ。というかトビラもそれは分かっているからこうして連携取る気なんでしょ」

「ふっどうだろうな。あの若造の見えないところでお前を先に始末するかもしれないぞ」

「あのねぇ、そういう冗談はいいから。もしもオビトとツーマンセルならアイツを囮にするけど、トビラは囮にするには勿体ない。俺が行くからお前はその隙をついて取ってよ」

「いや、囮は俺が行く。俺には目を引きやすい術があるからな」

 

――申し分ない分析力だが、若い芽を囮にする方が勿体ない。

 

 カカシは反対しようとしたが、すでにトビラがやる気モードに入っているのを察して諦めた。

 煙玉に乗じたトビラたちに逃げられた大蛇丸は焦らず待っていた。

 

「ふふふ……あの二人の実力ならカカシが囮で気を引いて、その隙をついてトビラ君が来るかしらね。でもトビラ君の方はひねくれてそうだからどうかしらね……」

 

 木陰から手裏剣が大蛇丸めがけて飛んできた。

 そちらに目を向けることもなく避けると、片方が姿を現した。

 

「土遁・土波の術!」

 

 カカシが地に手をつけると、大蛇丸の足元が少しだけ揺れた。

 

「あら、思っていたよりは素直なのね。でもこの程度の術じゃ囮も務まらないわよ」

 

 大蛇丸がカカシに迫ろうとするのを阻むように手裏剣が飛んできた。

 それも避けると、さらなる追撃が。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 木陰から現れたトビラから出た炎が大蛇丸を包む。

 

「その年でこの術……しかもこの威力! いいわよ! 素晴らしいわ!」

 

 変わり身で炎から逃れた大蛇丸。

だが、そこにまで手裏剣が飛んできた。

 

「逃げる方向を予測していたのかしら? やるじゃない」

 

 と言いつつも余裕綽々な彼に思いもよらぬ方向から手裏剣が飛んできた。

 

「地面から……これは? 初めに投げた手裏剣! ワイヤーを仕込んでいたのね」

 

 二方向から迫る手裏剣に加え、

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

 トビラがさらに別方向から火球を飛ばしたので大蛇丸の退避方向は自然と一方に決まった。

 すかさずカカシが迫って鈴を奪おうとしたが、大蛇丸は軽い蹴りでいなした。

 カカシに意識が行った瞬間を狙い、トビラがクナイを振り下ろした。

 

「やっぱりあなたがメインね。良い囮の使い方よ。でもこういう時は死角から攻撃しないとねぇ」

 

 大蛇丸もクナイで受け止め、甘い声音で言った。

 が、トビラも笑みを深めた。

 

「ふん。どうだろうな」

 

――蛍火(ほたるび)!

 

 クナイを交え、近接していたトビラの口からノーモーションで火球が出た。

 吹けば消えるほどの小さな火だが、突如眼前に迫ったため大蛇丸はギョッとしてのけぞった。

 

「俺が囮だ」

 

 チリン、と音が鳴った。

 カカシの手に鈴があるのを見て、トビラは満足げに頷いた。

 

「よくやった、カカシ。任務達成だ」

「アンタのサポートあっての達成だけどね」

「構わん。任務とはそういうものだ」

 

 任務達成した割には大した喜びも見せない子供二人に大蛇丸はいつものように笑った。

 

「死角外からの分かりやすい攻撃も計算のうちってことね。期待以上のいやらしい作戦ね」

「鈴を手にしたのはカカシだ。俺はアカデミー戻りか?」

「あれだけの術を見せられちゃあね。二人とも合格よ」

 

 大蛇丸は心の内で思った。

 

――本当はカカシだけ落としてトビラ君を子飼いにしようと思ったのに、それを見越してあの子に鈴を取らせたわね。まあ、いいわ。

 

 カカシに返された鈴を受け取った大蛇丸は口を開いた。

 

「トビラ君。最後の技……あれは何?」

「なんのことだ? 豪火球を出そうとして失敗しただけだが」

「ふふふ……手の内を見せる気は無いってことね。それとカカシ。私の油断を誘うために弱い振りをするなら、もっとそれらしくなさい。初めに見せた術、印を組む速さを見れば成熟度も分かるから、あれじゃわざと手を抜いたってバレバレよ」

「その割には俺に鈴を取られたじゃないですか」

「二人の忍術、体術、手裏剣術の腕はあらかた見れたからね。無駄に時間を使うのは趣味じゃないの」

 

 大蛇丸が蛇のように笑うので、生意気に腕を組んでいたカカシはうっと怯んだ。

 

「隊員になったことだし自己紹介と行きたいけれど……今更何か言うことってあるかしら。アカデミーで私の名前ぐらいは聞いたことあるでしょう?」

「確か伝説の三忍の一人で、三代目に師事していたと聞きましたが」

「ええ、その通りよ。まあ、そのうちの一人が里にいないから、三忍で動くことはそうないでしょうけどね。また戦争になったら話は別だけど」

 

 「戦争」の言葉に眉を顰めるカカシとトビラを見て益々笑みを深める大蛇丸。

 

「ふふふ……あなたたちも大変ね。子供のうちから戦争の駒になるんだから」

「また戦争が始まるのか?」

「さあ、どうかしらね。今だって小国は争ったままだから戦争は終わっちゃいないとも言えるわ。あら、ごめんなさい。今から怖がらせても仕方ないわね。それじゃああなたたちにも自己紹介してもらおうかしら」

 

 マイペースに自己紹介を打ち切った大蛇丸にカカシは呆れ顔をした。

 

「自己紹介って、好きなものとか嫌いなもの、趣味とか……あとは将来の夢とか言うもんでしょ、フツー」

「あら、意外と可愛いことを聞きたかったのね、カカシ。でもねぇ、好き嫌いを教える気なんて無いし、趣味も色々あるからねぇ……将来の夢なんて無いわ」

 

――サルは何を思って俺らをこいつに預けたんだ。

 

 カカシだけでなくトビラも呆れ顔になった。

 

「結局名前しか分からないし」

「聞くだけ無駄だってことだ」

「ふふふ……さ、あなたたちのことも教えてちょうだい」

「……はたけカカシ。好き嫌いは……そちらが教える気がないなら俺も言う気はない。ただ……ま、将来の夢って程じゃないけど父さんのように強い忍にはなりたいかな」

「サクモさんでしょ。世間じゃ三忍の名も霞むって言われているみたいじゃない」

「確かに貴様よりはサクモの方が強いだろうな」

「あら、言ってくれるじゃないの、トビラ君。でもねぇ、あの人はただ強いだけ。天才忍者なんて言われているけれど、忍の才能が高いとは思わないわ。忍とは別次元の人よ」

「はあ? そんなこと言って、父さんのこと僻んでいるの?」

「ふふ……僻む? 私の話を聞いてそこにいくの? ズレてるわね、あなた」

「貴様の思う忍の才能とはなんだ?」

 

 トビラはカカシを封殺するためにも尋ねた。

 

「良い質問ね。忍の才能とは世にあるすべての術を用い、極めることが出来るか否か……そこにあるのよ。忍者とはその名の通り、忍術を扱う者を指す」

 

 堂々と答える大蛇丸の言葉にトビラはあることに思い至った。

 

――サルには俺と兄者がかなりの術を叩きこんだ。なるほど、サルを師匠としているからその結論に至ったということか。

 

 カカシは担当上忍の言葉にも同意できるためか、黙り込んだ。

 

「私が言いたいことを理解してもらえたかしら。サクモさんは忍術よりもチャクラ刀を用いた戦術を極める人。彼の剣技の腕は認めるけど、それで天才忍者を名乗られちゃあねぇ」

「己に合った戦い方を極めているだけだ。結果も出している」

 

 トビラがすかさず言うと、大蛇丸はにやりと笑った。

 

「だから言ったでしょ。忍とは別次元って。ふふふ……カカシだけじゃなくてトビラ君もサクモさんに懐いているの? あの人は相変わらずね……」

「貴様もサクモのことをそれなりに知っているようじゃないか」

「ええ。彼を入れたフォーマンセルで何度か任務をしたことがあったもの」

「父さんが伝説の三忍と? 聞いたことない」

「ふふ……随分と前のことだからねぇ。まあ、父親に理想を抱くのは結構だけど、抱きすぎるのもよしときなさい」

「俺が父さんをどう思うとアンタに関係ないと思うけど」

 

 カカシが若干いらだちを交えながら言うと、大蛇丸はますます楽しそうに言った。

 

「あら、ごめんなさい。だって息子のあなたもサクモさんが次期火影になるなんて思いこんでいたら可哀想かと思って。だってあの人は忍を束ねる火影になれる器じゃないもの」

「父さんは火影になりたいなんて言ったことないけど、あなたがなるよりはマシなんじゃない?」

「本人がどう思っているかなんて関係ないわ。あれだけ有名になっちゃうと周りは勝手に色々思うものよ。ふふ……あの人も大変ねぇ。大戦の英雄なんて肩書、勝手につけられちゃって」

 

 大蛇丸の考えは理解できたものの、カカシはなおも不満そうだ。

 問答に飽きたのか、大蛇丸はトビラを向いた。

 

「さあ、トビラ君も自己紹介してちょうだい」

「はぁ……うちはトビラだ。俺もカカシに倣って将来の夢だけ言っておこう。火影になる兄を支え、里を守ることだ」

 

 大蛇丸の目がピクリ、と動いた。

 

「兄ってうちはオビト君のことかしら。でもあの子、まだアカデミー生じゃない。あなたまさか、自分より劣る兄を支える気?」

「兄が俺に劣るかはまだ決まっていない。子供の成長と言うのは時として大人の範疇を超えるものだ」

「そりゃあ、あの子もうちはだもの。生まれつき写輪眼っていう忍の才はあるでしょうね。でもあの子はそれをもってしても凡庸そのものよ」

「写輪眼を持ってないアンタがよく言えるね、それ」

 

 カカシがやや険のある言い方で指摘すると、大蛇丸は蛇のような目つきで彼を見た。

 

「ふふふ……だからこそ、そこのトビラ君には興味があるのよ。すでに才に溢れ、いずれ写輪眼を開眼することを約束された子……」

「言っておくが俺では写輪眼は開眼しないだろう。己にない物に興味を持つことは結構だが、子供を実験体のように眺めるのはやめろ。あからさますぎる」

「あら、ごめんなさい。気を悪くしちゃったかしら」

 

 大して悪いと思っていないような口ぶりだ。

 トビラはしかめ面のまま警戒を引き上げた。

 

――いくら弟子とは言え、サルもこやつの危険性は分かっているはずだ。なのに、担当上忍にしたということは他からの圧力があったのかもしれん。俺はともかくカカシは不合格にさせてやった方が良かったか。だが、それはそれでカカシだけ暗部に引き込まれる可能性もあった。アカデミーを卒業した以上、俺の目の届くところにひとまず置いた方がいい。今の暗部はきな臭いところがある。大蛇丸、才能は確かな奴なのに思想が危険だ。

 

「でも、あなたたちの担当上忍になった以上、役目は果たすつもりよ。猿飛先生にも念を押されちゃったし。明日は朝8時にここへ集合よ。それじゃあ……」

 

 解散しようとした大蛇丸だが、駆け足と大声が中断した。

 

「あ! いたいた! おーい、トビラー! カカシー!」

「噂をすれば影、ね。あなたのお兄さんでしょう」

「ああ。兄さん、何の用だ」

 

 はあはあ、と息を整えるオビトに端的に尋ねた。

 

「用というかさ! 俺もリンもトビラたちが合格したか知りたくて待ってたのにお前ら全然来ねーからよ! 知らせに来ないならこっちから探してやったんだよ!」

「あら、よくここが分かったわね」

「うちはの子供と銀髪の子供の組み合わせで聞いたらすぐ分かったぜ! 俺は里中の爺ちゃん婆ちゃんたちと仲が良いからな! ん? というか、アンタ誰だ?」

「大蛇丸、俺ら2人の担当上忍だよ」

 

 カカシが答えるとオビトは目をぱちくりさせて驚いた。

 

「ええっ?! もう担当上忍まで知らされてんのか? 大蛇丸さんって聞いたことあるぜ。伝説の三忍のうちの一人の……ん? 伝説の三忍って女二人いたか?」

「私は男よ。まあ、性別なんてどっちだっていいけど」

「そっか! 俺はうちはオビト! そこのトビラの兄ちゃんでカカシとはまあ、ダチみたいなもんで、いつか火影になる男だ!」

「夢見がちな子供ね。やっぱり私から見たら凡庸……トビラ君の言うほどではないわ」

 

 興味が無さそうな大蛇丸の様子にムッとしたものの、弟の名前が出て笑顔になった。

 

「なんだよ、トビラ! お前、もう俺のこと話してたのか? というか、下忍って担当上忍と下忍三人のフォーマンセルなんじゃねーの? あと一人は?」

「俺らは変則的な卒業だからスリーマンセルだ」

「へえ! ならさ! 俺がとっとと卒業して三人目になるぜ! だから待っててくれよな! 大蛇丸さん!」

「一体いつになるかしらね。二人が中忍になって班を解散する方が早そうだわ」

「んだとコラ! 俺は火影になって弟も里も守る男だ! だからな! それまでの間、俺の弟と……まあついでにカカシは頼むぞ! 傷一つでもつけてみろ! 俺が許さねーからな!」

「なんだよついでって。というか頼まれる義理は無いんだけど」

「うっせーよ、カカシ。だからついでって言っただろ」

 

 オビト本人は気づいていないが、彼の登場ですっかり空気が変わった。

 カカシは憎まれ口を叩きつつもそれにホッとしていた。

 が、大蛇丸はそうではなかった。

 

「火影を夢見て死んでいったガキはいくらでも見て来たわ。せいぜいあなたもその一人にならないといいわね」

「ああ? んだと! あんた有名な割に嫌な奴だな!」

「トビラ君、いくら兄だからって叶わない夢を見せるのは酷ってものよ。はしゃいだ子供は戦場じゃすぐ死ぬもの」

「おい! 俺の夢が叶わないって決めつけてんじゃねー! 火影は俺の夢だ! 絶対叶えるんだから見てろよな!」

 

 ぷんすかしながら騒ぐオビトを一瞥した大蛇丸は、それを無視してドロンと姿を消した。

 

「ああ! 逃げやがった! なんだよ、お前らの担当上忍。失礼な奴だな」

「あれだけ啖呵切るのも十分失礼だと思うけど……ま、今回ばかりはいいタイミングだったよ」

「そうだな」

 

 頷くトビラとカカシにオビトは不安そうな顔をした。

 

「……なあ、大丈夫か? なんか見るからにやばそーな奴だけど」

「伝説の三忍と言われるほどだし、実力は確かだと思うよ」

「トビラ、もしアイツに変なことされたらすぐ言うんだぞ! いいな?」

「分かっているよ、兄さん」

 

 同じ里の忍であり火影の弟子であるものの、三人ともすっかり大蛇丸を警戒していた。

 かと言って、大蛇丸の視線には好奇心や興味は感じられたものの、敵意はなかったことがトビラには分かっていたので様子見となった。

 



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サクモは大蛇丸より年上設定

 ここは里の地下、木々が根を張る場所。

 木の葉を照らす光の当たらぬ場所に二人の忍がいた。

 

「して、大蛇丸よ。うちはトビラの実力は?」

「かなりのものかと。写輪眼がない現時点においても術のセンス、駒の使い方、体術、どれも私に匹敵する……いや、それ以上のものでしょうねぇ」

「そこまでか。やはり根に引き込めなかったのは大きかったな……はたけカカシまでも抱えた理由は?」

「トビラ君の策略にはまってしまいましてねぇ。まあ、カカシも私の基準には適っていましたから」

「目的を忘れるな。うちはトビラにうちは一族と三代目の注目がある以上、我々“根”は表立って奴に近づけん。だからこそ大蛇丸。根の一員であるお前を担当上忍に推薦し、密命を下した。うちはトビラを監視し、然るべき教育を施せと」

 

 ダンゾウが口の端を上げた。

 

「ヒルゼンもなんだかんだ言ってお前には甘い。現に根の一員であることを分かっていながら、お前にあの子供の担当上忍を任せた」

 

 大蛇丸はいつものように笑みを浮かべたまま聞いていた。

 

「大蛇丸よ。里のためにもうちはトビラの才能は必要だ。奴を里に尽くす忍に……根として尽くす忍となるよう教え導け。だが……うちはマダラの片鱗を見たら迷わず殺せ」

「才能のある子を殺すのは惜しいわね」

「あの子供は味方であればよいが敵となると厄介だ。殺し時を失うとどこまでも手をこまねくこととなる。貴様の殺し時を失ったヒルゼンのようにな」

 

 大蛇丸は笑みを深めた。

 

「私と猿飛先生を一緒にしないでちょうだい。私はあの人ほど甘くはないわ」

「こちらとしてもそうあることを願おう。貴様が師のように甘くならぬことをな」

 

 話は終わり、大蛇丸の輪郭がぼけ、そしていなくなった。

 地下に残されたのはダンゾウただ一人。

 

「あの子供がうちはの力に溺れた時、それが奴の最期だ」

 

 その呟きを聞く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 飛び級で卒業したとは言え、トビラとカカシの扱いは下忍のルーキー。

 当然、回される仕事も下忍相当のもの。

 猫探しを終えた大蛇丸班は報告をするため火影のいるところへ向かっていた。

 ちょうど向かいから一人の男が。

 

「これはこれは、木ノ葉の英雄“白い牙”のサクモさんじゃぁありませんか」

「大蛇丸か。その大仰な呼び方は止めてもらえるとありがたいなぁ……」

「ふふふ……大活躍みたいじゃない。今もどうせ任務の報告か命令を受けて来たのでしょう」

「それが仕事だからね。綱手姫と自来也君は元気か?」

「会ってないわ。戦争で招集でもかからない限り、散り散りよ。自来也のバカは今ごろ小国の孤児に忍術を教えているんでしょうからね」

「孤児に忍術……? ま、まあ彼にしか見えない大局があるのだろうね……」

 

 疑問符を浮かばせ、苦笑するサクモ。

 

「そうそう、あなたのご子息。私に預けて良かったのかしら……本人は不服みたいだけどね。ふふふ」

「アンタが初日から変なことばっかり言うからでしょ」

 

 大蛇丸の後ろに控えていたカカシが思わず言った。

 横で聞いていたトビラは、

 

――またサクモが変に焦らんと良いが。

 

 と半目になっていたが、サクモは困ったように笑うだけだ。

 

「カカシは俺の戦い方しか知らないから、大蛇丸の部下として働くのは本人にとってもタメになる。火影様もそう考えたからあなたを担当上忍に任命されたのだろう」

「ふふ……相変わらずつまらない返事ね」

「え?! つ、つまらない……?!」

「そこは動揺するのか」

 

 思わずツッコミを入れてしまったトビラ。

 サクモは不貞腐れるカカシに言った。

 

「カカシ、大蛇丸は火影様よりその才を認められた最高峰の忍だ。強くなりたいなら彼から学ぶことは多い。お前なら分かっているだろう?」

「……まあね。言動に難はあるけど、強さは本物だと思うよ」

「ふふ……あなたと違って言ってくれるわね、息子さん」

「い、いやぁカカシは素直すぎるところがあって……」

「父さん、それだと父さんも大蛇丸の言動に難があるって認めているようなものだよ」

「あっ」

 

――やはりこやつ、少し天然のようだな。

 

 蛇に睨まれたカエルの如く冷や汗をかくサクモ。

 半ば呆れた顔で眺めるトビラ。

 何も気にしていない様子のカカシと大蛇丸。

 

「さて、そろそろ行きましょうかね。サクモさん、あなたのお望み通り、忍の才はカカシの方がありそうよ。よかったわね」

「自慢の息子だ。カカシを頼むよ、大蛇丸」

「言われなくとも」

 

 歩き出す大蛇丸にトビラたちも続いた。

 サクモは動き出す前にカカシへ伝えた。

 

「カカシ、俺はしばらく任務で家を空けるからよろしくな」

「分かった」

 

 親子の会話も終わり、大蛇丸班は今度こそ任務の完了報告へ向かった。

 

 

 

 

 その後も大蛇丸班は着実に任務を達成していき、早くも中忍試験の受験資格を手に入れた。

 カカシもトビラも悩むことなく受験を選び、サクッと合格した。

 それを知ったオビトは喜ぶと同時に悔しがった。

 

「くっそー! 俺だってすぐに忍になるんだからな!」

「ふふふ……私の言った通り、あなたが私の班に入る前に二人が中忍になる方が早かったわね」

 

 トビラとカカシと共にいた大蛇丸が言うと、オビトが分かりやすく反応した。

 

「うっせー!!! というか、オメーらが早すぎるんだよ! なんだよ、アカデミー卒業してまだ数カ月も経ってねーじゃねーか!」

「あなたはまだまだ卒業しなさそうね。己の才能の無さをさっさと受け入れた方が楽よ」

「分かったようなこと言ってんじゃねーよ! 俺は必ず火影になる男だ! 見てろよ、すぐにアカデミーなんか卒業してアンタに額当てを見せに来っからな!」

「だいぶ気の長い話になりそうね」

「ああ? そんなに俺が卒業まで時間がかかると思ってんのかよ!」

 

 相手が伝説の三忍だということをまったく気にせずに突っかかるオビトに大蛇丸は言った。

 

「それもあるけれど、里に戻るまでしばらくかかりそうだもの。戦争の招集を受けたからね」

 

 この話はカカシもトビラも初耳だった。

 すぐにトビラが尋ねた。

 

「大戦がはじまる兆しはまだ無かったはずだが?」

「相手は大国じゃないわ。小国よ。けど、裏にはどこかしら大きなものが隠れているでしょうね。ふふ……また長い殺し合いの始まりよ」

「アンタはどれくらい里を離れるんだ?」

 

 カカシの問いに大蛇丸は口角を上げた。

 

「そんなこと誰も分からないわよ。ただ、また夢見がちな子供がたくさん死ぬんでしょうね……オビト君、あなたのように」

「俺は死んでねーし死なねーよ!」

 

 オビトは威勢よく答えたものの、初めて身近に感じる戦争の言葉に勢いを失いつつあった。

 そんな彼をさらに脅すかのように大蛇丸の言葉は続く。

 

「あなたたちも生まれる時期が悪かったわね。でも、オビト君にとってはその方がいいかしら? だって戦時中は多少見劣りする子でも忍になれるものね。弾除け程度には役立てるわよ」

 

 その言葉の衝撃にオビトは黙ってしまった。

 

「おい!」

 

 何も言い返さないトビラの代わりにカカシが口を開くも、大蛇丸が印を結んだ。

 

「じゃあ二人とも、せいぜい生き残ることね。中忍試験合格、おめでとう」

 

 大蛇丸が今にもドロンしようとしたとき、オビトが怒鳴った。

 

「俺は自分の実力で卒業する! だからアンタもちゃんと生きて帰って来いよ! 」

 

 煙と共に消えた彼にその言葉が届いているのか否か、それは大蛇丸にしか分からないことだった。

 煙を眺めながらトビラが釘を刺した。

 

「カカシ、兄さん。戦争のことは他言しないように。おそらく極秘事項だ」

「おい、トビラ。お前なんで言い返さなかったんだよ。弾除けなんて言い方……」

「激化した戦場で子供が弾除けになるのはよくあることだ。大蛇丸の言っていることは間違ってはいない」

「お前までオビトが弾除けになるって言いたいのか?!」

「そうならないためのアカデミーだ。それに兄さんは単なる弾除けで終わるほど弱くはない。そうだろう?」

「……おお! そうだ! というかな、いま一番危険なのは俺よりもお前らだからな! 中忍になって浮かれるんじゃねーぞ!」

「お前じゃないんだからいちいち浮かれたりしないよ。……また大戦が来るのかな」

「それは火影すらも予想できんことだ。俺らはただ里のために動くしかない」

 

 この後、カカシたちが中忍になったことを聞いたリンが駆け付け、甘栗甘で簡単なお祝いパーティーとなった。

 さらに駆け付けたガイがカカシに勝負を仕掛け、お祝いパーティーは早々に終わるのだった。

 



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シスイはイタチの3歳上設定

 任務が終わったトビラは久しぶりの兄との修行のため、待ち合わせ場所である演習場へ向かっていた。

 だが、その途中で赤子を抱えた母親がさらに大きな手荷物も持ってよろよろ歩くのを見つけてしまった。

 

――兄さんじゃなく俺が見つけるとは珍しい。

 

「うちはの者なら家は近いのか? 荷物を運ぶのを手伝おう」

「あら、ありがとう坊や。…………もしかしてあなた、オビト君の弟のトビラ君?」

「ああ、そうだ。兄さんを知っているのか」

 

 ゴーグルを付けるオビトに対し、トビラは黒い頭巾を巻いている。

 その違いがあるためさすがにオビトと見間違うことは無かったようだが、顔が同じことには気づかれてしまった。

 顔をまじまじと見られ、オビトとの関係を尋ねられることは里の老人にもされたことがあった。

 そのため、トビラは慌てることも無く頷いた。

 

「トビラ! そこで何してんだー? ……あれ? 姉ちゃん! 赤ちゃん生まれたのかよ!」

「あらオビト君」

 

 ちょうどよく同じように通りがかったオビトが驚きの声を上げ、駆け寄った。

 トビラが荷物を受け取ったことにより両手が安定した母親は赤ちゃんを抱きなおし、兄弟に顔が見えるよう屈んであげた。

 

「この前、生まれたの。名前はシスイ」

「すっげー! ちっちぇー!」

「兄さん、知り合いか?」

 

 うちは地区にいることからしてうちはの親子なのは分かる。

 だが、トビラは会った覚えがなかった。

 

「おう! まだシスイを妊娠していたころ、よろよろしていた姉ちゃんを見つけてさ。一緒に病院まで付き添ったんだよ」

「あの時は本当に助かったわ。その時に弟のトビラ君についてもオビト君から聞いたのよ」

「そうか。このシスイという赤子、うちはには珍しいくせ毛だな」

 

 トビラはある人物を思い出していた。

 

「ふふ、そうね。この子はお父さん似なのよ。さらに言うと、お祖父さん似ね」

「祖父ちゃん?」

「ええ。うちはカガミという二代目火影様の護衛を務めていた方よ。かなり若くして亡くなってしまったから夫も顔を覚えていないらしいけど」

 

――やはりカガミの系譜か!

 

 合点がいったトビラは満足げに頷いた。

 シスイは赤ちゃんの割には大人しく、初めて見るオビトとトビラを不思議そうに眺めていた。

 

「火影の護衛か~。シスイ、お前の祖父ちゃんってすごかったんだな!」

 

 オビトがニコニコして言うも、シスイはぼーっと眺めているだけだ。

 

「この子がもう少し大きくなったら一緒に遊んであげてね。きっとシスイも喜ぶわ」

「おう! 任せておけよ! な、トビラ!」

「ああ」

 

 シスイたちの家につき、荷物運びも完了だ。

 その日の修業中、オビトはニコニコだった。

 

「トビラも赤ちゃんの時はあんなんだったんだろうなぁ」

「そうだろうな。そのころは兄さんも同じだが」

「俺らの母ちゃんもあんなふうに俺とトビラのこと抱っこしてたのかなぁ。父ちゃんも」

 

 アカデミーで切磋琢磨しているとは言え、オビトはまだ7歳ほど。

 先ほどの赤子に己を重ねるのも無理はない。

 その夜、オビトは自室で両親の写真をこっそり見ていた。

 同じ部屋にいるトビラは布団をかぶって寝たふりをしながら見守っていた。

 

 写真に写るのは結婚装束をまとう父と母。

 声すら知らない両親がどんな風に自分たちを呼んだのか。

 付けた名前にどんな願いを込めたのか。

 

 どれも分からないオビトは結局写真を元の場所に戻し、布団へ潜り込んだ。

 オビトが見ていた写真を記憶していたトビラは眠りにつく最中に思案していた。

 

――母の結婚装束は千手一族のもの。生きのこっている千手の直系は兄者柱間の孫の綱手だけだから、母は傍系の出だろう。つまり俺と兄さんはうちはと千手の間に生まれた子供だ。マダラの直系の父に千手に連なる母、うちは一族から距離を置かれていたのも仕方あるまい。

 

 オビトの寝息が聞こえ始めた。

 

――俺たち双子はうちはであってうちはではない。帯戸と扉、どちらも千手方式の名づけだ。きっと両親は俺らをうちはから離して育てたかったのだろう。マダラの直系の俺らだからこそ、一族から離れた場所で。

 

 オビトの寝息に寝言も加わった。

 

――だが両親のどちらも死に、叶わぬ願いとなった。戦時中だ。覚悟の上ではあるはず。だからこそ、大量の遺品をおばあ様は引き継いだ。手裏剣たちは俺らがとうに全部使い切ってしまったがな。

 

「行くぞシスイ! 火影の俺について来い……むにゃむにゃ」

「……シスイを護衛にする夢でも見ているのか。まったく気が早いな」

 

 突然の兄の寝言に呆れながらも思考を止め、トビラも眠ることとした。

 数分も経たぬうちに、オビトの寝息にトビラのものも加わった。

 



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マイト・ダイ大歓喜

 トビラとカカシが中忍になりしばらく経ったころ。

オビトを焦らせることが起きた。

 

「ガイ! アカデミー卒業おめでとう! すごいね!」

「おお! ありがとう、リン! これで我が永遠のライバル、カカシにまた一歩近づいた! 待ってろカカシ! すぐに追いつくからな!」

「うぐぐぐぐ……」

 

 ちょうど任務の報告を終えたトビラはアカデミー近くで兄たちを見つけた。

 熱き闘志をみなぎらせるガイ、祝福するリン、悔しがるオビト。

 聞こえて来た声とその様子を見れば何が起きたのかは見当がつく。

 

――ガイがアカデミーを卒業したのか。チャクラコントロールのコツを掴んだ途端に伸びたようだな。

 

 通りがかるトビラに気づいたリンが手を振った。

 

「トビラ! 任務は終わったの? ガイがアカデミーを卒業したんだよ!」

「そのようだな。兄さん、何を唸っている」

「うぐぐぐぐ……トビラとカカシの次に卒業するのは俺だったのに……くそぉ! なんでガイにも出来るチャクラコントロールが俺にはできねーんだよ!」

「焦ること無いよ、オビト。私たちだってまだできていないんだから。むしろ、ガイがあっという間にできるようになって先生も驚いていたじゃない」

「うぐぐ……ついこの前まで一緒に木の葉を頭に乗っけて鍛錬してたのに……」

 

 リンになだめられたことで少し呻きが収まったものの、まだオビトは悔しそうだ。

 そんな兄を見てトビラは思った。

 

――ガイのチャクラはかなり少ない。コツさえ掴めばコントロールもやりやすい。だが、兄さんの潜在的なチャクラは多い。子供の身体には手に余る多さだし、それを調整できるほど兄さんは器用じゃない。こればっかりは身体がチャクラの多さに見合うまで待つしかあるまい。

 

 思うだけで口には出さないトビラ。

 その間も唸るオビトはついに噴火した。

 

「うぎーー! ガイ! ぜってーオメーにも負けねーからな!」

「おお! いつでも勝負を受け付けるぞ! 熱き青春の同志よ! よし! 早速どちらが早く里を一周できるか勝負だ! 行くぞ!」

「あ、おいお前! 何の合図もなくいきなり走り始めるんじゃねーよ!」

「あの輝く夕日に向かって走るぞ!」

「今は真昼間だこの野郎!」

 

 騒々しく走り去る二人の背を眺め、リンはトビラに目を向けた。

 

「ねえトビラ。カカシは元気? 最近あまり見かけないけど……」

「中忍となり別任務も増えたからな。だが、任務を失敗したとは聞いていないからカカシはカカシで達者にやっているはずだ」

「そっか。もしもカカシに会ったらまたみんなで甘栗甘に行こうって伝えておいて!」

 

 リンの言葉に頷きを返し、トビラは走り去った兄は放っておいて帰宅した。

 家では祖母が待っていた。

 

「おやトビラ、おかえり。今日は夕飯は食べられそうなのかい?」

「ああ。任務は完了した。それに、何も無ければ明日は休みだ」

「そうかい、そうかい。最近のトビラは毎日忙しそうだったからね。どれ、それならトビラの好物の魚でも買ってこようかな」

「俺も一緒に行くよ、おばあ様」

 

 帰ってすぐに祖母の荷物持ちとして買い物へ出たトビラは、ちょうど警務部隊の仕事をしているフガクを見かけた。

 

「こちらへ来い」

「お、俺はなんも悪いことはしてねぇよ!」

「この写輪眼を誤魔化せると思うな」

 

 フガクが行商人の恰好をしている男をじろりと睨んだ。

 

――あの行商人……忍か……里に入り込み情報収集をしていたようだがどこの忍だか。

 

 行商人がとっさに構えた仕草に忍特有のものが出ていた。

 フガクのみならずトビラもそれを読み取り、事態を静観していた。

 初めは否認していた行商人も誤魔化せないと悟り、とうとう強行突破に出た。

 

「くそ!」

 

 突如立ち上る煙幕。

 だが、それは行商人ではなくフガクにとってプラスに働いた。

 

「ぐはっ!」

「だから言っただろう。写輪眼を誤魔化せると思うな、と」

 

 晴れる煙の中から、気絶させた行商人を担ぐフガクの姿が見えた。

 そして赤く光る写輪眼も。

 

「フガクさん!」

「こいつを警務部隊へ。油断はするな。他里の忍だ」

「フガクさんはどちらへ?」

「俺は他に仲間がいないか確認する」

 

 駆け寄る警務部隊の応援に行商人を渡し、フガクはその場を去った。

 

「何かあったのかしら……」

「行商人が暴れ出したんだが、すぐに警務部隊がどうにかしてくれたぜ」

「さすがうちは一族ね」

「でも最近、多くない? 戦争は終わったはずなのに……」

 

 店が立ち並ぶ商店街で起きたことだ。

そのため、一連の流れを見ていた里の者たちが口々に噂を始めていた。

 里の治安を守るうちは一族への称賛や怪しい人物が多くみられることへの不安などみな好きに語っている。

 

――うちは一族は警務部隊として里内から信頼を得ている。マダラ出奔直後に比べればだいぶ落ち着いてきている。そろそろ一族を超えた里との融和を進めるべき時かもしれん。そのためにも一族と里を繋ぐ存在が必要だ。

 

 店の外で待っていたトビラに買い物を終えた祖母が声をかけた。

 

「なんだか騒がしいね、トビラ。何かあったのかい?」

「いいや。警務部隊が仕事をしていただけだ。持つよ、おばあ様」

「ありがとうねぇ。おや、あれはオビトじゃないかい。お友達と頑張っているようだね」

 

 歩き始めた二人が見かけたのは元気よく走るガイと、ヘロヘロになりながらも必死に食らいつくオビトの姿だった。

 

「おいっ一周、って話は、どこへ行ったんだよっ!」

「まだまだ夕日は見えていないぞオビト! さあ、熱き青春へ向かって走り出すんだーーー!」

 

 なんだかガイがこちらを向く気がしたトビラは祖母の影に身を隠し、彼らが走り去るまでその場をやり過ごした。

 そうじゃないとトビラもガイに巻き込まれそうだったからだ。

 

「オビトもたくさん食べるだろうからお夕飯はたっぷり作ろうかね、トビラ」

「ああ。久々に俺も手伝うよ」

 

 その日、オビトは夕日が沈むまで帰ってこなかった。

 



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はいはいワシのせいワシのせい

 里が闇に染まりつつある誰そ彼時、一人の老婆がよろよろと歩いていた。

 

「婆ちゃん、また重そうなもん持ってるな! 手伝うよ!」

「あっ……あら、オビトちゃん……いいのよ。そんな……」

「何言ってんだよ! すぐそこまでだし、俺が持つよ! ほら貸して」

「ありがとうねぇ……オビトちゃん、本当にありがとうね……」

 

 少年はやけに足取りの早い老婆に追いつくよう、小走りになりながらも荷物を運んだ。

 

「オビトちゃんはまだアカデミーに行っているんだったかね?」

「まあな。でも、俺だってすぐ立派な忍になってやるぜ!」

 

 少年が元気よく宣言すると、老婆の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。

 

「うわわっ! どうしたんだよ! 婆ちゃん!」

「オビトちゃん、忍になったらいつ死ぬか分からないのよ? あなたみたいな若くて、優しい良い子が死ぬかもしれないと思うと……私は……」

「婆ちゃん、ほらちょうど家に着いたしとりあえず中入って落ち着いて! な?」

 

 少年に手を引かれた老婆はようやく玄関先で落ち着いた。

 

「ごめんなさいねぇ。私はどうにも忍の家系じゃないから、こういうことに慣れていなくて」

 

 少年は静かに言葉を待った。

 

「私の孫もね、オビトちゃんみたいに立派な忍になるって張り切って下忍になったの。でも、任務っていうのは本当に大変みたいで……私は生きているだけで……それでいいって思うのに、あの子にとっては……忍の世界にとっては違うみたいなのね」

「そのお孫さん、何かあったのか?」

「詳しくは分からないわ。里にとっても火の国にとっても大切な任務に失敗しちゃって落ち込んでいたの。なんでも、力不足な自分たちがそのまま任務を続けると死ぬかもしれないから、隊長さんは撤退するって決めたらしいわ」

 

 老婆は辛そうに顔をしかめた。

 

「任務が大切なのは分かるわ。でも、正直私は孫の命を優先してくれてありがとうって隊長さんに言いたいくらいよ。けどね、そんなこと絶対に言っちゃいけないんですって……忍ってそういう世界みたいなのよ。オビトちゃん」

「婆ちゃん……」

「名誉のために死ねたのにって私に言う人もいたわ……でも、私は名誉よりも命の方が残って良かったって思うわ…………なんてこと、外ではとてもじゃないけど言えないけれど」

「…………」

「オビトちゃんも忍になるならこんなこと言っちゃダメだからね。気を付けて」

 

 少年は頷くことも首を横に振ることもできなかった。

 老婆も涙にぬれた目でニコリと笑い、少年の頭を撫でた。

 

「荷物運んでくれてありがとうね。しばらくは私にも話しかけない方がいいわ。任務失敗した忍の身内だから」

「身内まで責められる筋合いはないと思うし、婆ちゃんがお孫さんを大切に思うのは当然のことだよ。……でも、周りの目のこともあるし、俺もこれ以上のことは聞かない。またな!」

 

 少年は駆け出した。

 夕日は沈み切っており、里全体は夜の闇に飲まれようとしていた。

 家々から漏れる明かりが道行く人の影に濃淡を作り、少年はその影の中をひたすら走った。

 走り続け、ようやく自宅から漏れ出す明かりの下に着いた。

 少年は頭に付けていたゴーグルを外し、代わりにポケットから頭巾を取り出した。

そして、それを頭に巻いてから家の鍵を開けた。

 

「トビラ! おかえり。ん? 結局買えなかったのか? 欲しかった本」

「ああ。売り切れだったみたいだ」

「そりゃあ残念だったな。なあ、俺のゴーグル知らねえ? 風呂入る前には確かにあったのによぉ」

「ゴーグルか? そういえば、兄さんが風呂に入っているときに俺も洗面台に近づいたから荷物に紛れたかもしれん。確認してみる」

「おう! 悪いな」

 

 濡れた頭をタオルで拭きながら弟を出迎えたオビトはそのまま台所へ行った。

 トビラは数秒置いてから荷物を探ることもなく台所へ行き、隠していたゴーグルを兄に返した。

 

 

 

 すでに中忍として働いていたトビラはある噂を聞いた。

 なんでも極秘で潜入任務をしていたある部隊が大失敗をし、そのせいで潜入先の小国からここぞとばかりに賠償金を求められたとか。

 休戦中とは言え、小国はごたごたしている時代だ。

 出回った噂を聞いた人々は部隊を率いていた隊長を悪しざまに言っていた。

 

――情報目的の極秘任務を失敗した、にしては動きがおかしいな。そもそもあの国で得られる情報に大した価値があるとは思えないし……。

 

 火影を経験しているからこそ、トビラは噂だけでも任務の異質さが気になった。

 さらに、責められている隊長のことは少なからず知っている人物だったからなおさら。

 

――あやつは優しくはあるが個人の感情で任務を放棄するほど無責任な奴ではない。何かおかしいぞ。

 

 噂だけでは情報が足りない。

 トビラは普段の任務をこなしつつ、情報を集めることに専念した。

 そうして、老婆と話したことで彼の中にある一つの仮説が浮かんだ。

 

――隊員の下忍たちを気遣い、深入りせずに撤退を決意した。だがすでに一度は潜入している。その結果、潜入国にも知られてしまい、任務は失敗した。そう噂されているせいで隊長も隊員も責められているのか。

 

 トビラは一つ、大きなため息を吐いた。

 

――隊員たちは当然、途中で任務を放棄し引き返した隊長を責めるだろう。そして隊長は何も言い返せない。

 

「だからと言って、このままで良いわけがない」

 

 その夜、オビトと祖母が寝静まった後、一つの影が家を出て行った。

 



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血で汚れサビ付いたナマクラ

 

 はたけサクモはあの日の任務失敗以来、綻びていく心と身体に怯え、疲れ、諦めていた。

 すでに中忍となった息子はまだ任務中のようだ。

 美しい満月の夜だった。

 サクモは任務があるわけでもないのに任務服を身にまとい、窓から漏れる月を正座で眺めていた。

 

 トントン、と扉を叩く音がした。

 また誰かの悪戯だろうか。

 それにしては優しい叩き方だ。

 

 居留守を決め込んだサクモだったが、もう一度トントン、と音がした。

 

「サクモ、俺だ。うちはトビラだ。はたけカカシ宛に封書がある。開けてくれ」

 

 サクモはその声を知っていた。

 そして、息子宛の封書を受け取らないわけにもいかず、動かない身体を気力だけで動かし、扉を開けた。

 

「や、やあ。わざわざありがとう」

「機密性の高い文書だ。中に入らせてもらう」

「え、いや、あの……」

 

 サクモはするりと入り込んだ子供を拒むことが出来なかった。

 

「茶はいらん。それとカカシ宛の封書があるのは嘘だ。貴様はそこに座れ」

「あ……うん」

 

 有無を言わせぬ子供の態度にサクモはビクビクしながらも従った。

 伸ばしっぱなしの髪が彼の顔に影を落とした。

 

「まどろっこしいのはなしとしよう。単刀直入に聞くが、貴様、仲間を優先して任務を失敗させたらしいな」

 

 ビクッとサクモの身体が大きく揺れた。

 

「終わったことだ。責める気も慰める気もない。そもそも俺にその資格はない。……ともに任務へ行ったのは若い下忍六人だったようだな。そして、どの者たちも忍の有力一族出身ではなく、一般家系出身者だった」

「き、君は……どうしてそこまで……?」

「潜入先とされる小国は火の国とは敵対はしていないが、対等な関係での友好国にしてしまうとこちらの利が減る。優位な関係で手を結べればかなりの旨みがある」

 

 淡々と述べるトビラにサクモは震えた。

 

「不当な旨みを得ようとするなら、こちらも不当な代償が必要だ。貴様は何が犠牲になるのか任務の途中で気づいたのだろう。だから引き返した。そのまま続ければ貴様だけはかろうじて生きていたかもしれんが、他の若い下忍六人は死んでいた。初めからそれも見込んだうえでの任務だったからだ。本人たちは気づいていないだろうがな。貴様ももう少し鈍ければ気づかなかっただろう」

 

 サクモの正座した膝に置いた両手はギュッと握られていた。

 

「だが、そうではなかった。そして、貴様にとってはより重い方を選んだ。たとえ掟に背いたとしても」

 

 握られた両手は震えていた。

 

 サクモは怖かった。

 里に責められ、助けた仲間からも責められ、そのせいで揺らぐ自分が。

 見殺しにした方が良かったのではないか、と思いつつある自分が。

 次も同じ任務を任されたらためらわず仲間を殺すかもしれない自分が。

 

 だが、仲間を守るために忍になった自分がそれを見失ったら、どこへ突き進むのかも分からない。

 このままだと己は信念も無く、ただ人を刺すだけの修羅になる。

 だからせめて人であるうちに死にたかった。

 カカシを修羅の子にしたくなかった。

 

「サクモ、揺らぐな」

 

 ハッとしたサクモにトビラが続けた。

 

「どちらの選択が正しいかはともかく、曲げることが出来ないから選んだのだろう。なら、貴様はもうそちらに進むしかない」

 

 うつむくサクモに影が差した。

 トビラが立ち上がったからだ。

 

「とは言っても、世間から見ればいらぬ損失を出したのも、また事実。そして貴様には損失を補うだけの力がある。ならば、すべきことは分かるな?」

 

 サクモはその日初めてトビラの顔を正面から見た。

 月明りが彼の顔を照らし、頭巾から漏れる黒髪を白く染めていた。

 

「貴様が守ることのできる若き火の意志たちは大勢いる。サクモ、お前にならできるから言っている。だからその命、無為に散らすのは俺が許さん。まだその時ではない」

 

 トビラが背を向けた途端、月明かりがサクモを照らした。

 彼の目から頬に一筋の光が差した。

 玄関へ歩き始めていたトビラは、家を出る前に足を止め、言った。

 

「次の任務、何になるのかは知らない。だが、もしも下忍を選べるならば“まるほしコスケ”という男をサポートに呼ぶと良い。三代目なら承認するはずだ。邪魔したな」

 

 そして、サクモが何も言えないうちにトビラは出て行った。

 満月は美しく、サクモの目に染みるぐらいだった。

 彼の顔中にその光が降り注いでいる間に、ガラガラと扉が開いた。

 

「ただいま……父さん? どうしたのっ?」

 

 父の様子がいつも以上におかしいと気づいたカカシは大急ぎで駆け寄った。

 息子の心配する顔が月明りに映り、サクモは息子の顔すらも久々に見たことに気づいた。

 中忍になってもまだ幼さは残っている。

 ポツリポツリと、雨音が響きだした。

 

「雨が降って来たか。カカシ、濡れる前に帰れて良かったな」

「……うん! あのね、父さん。オビトがもらいすぎて押し付けて来たナスがまだ残っているから、夜食代わりに味噌汁を作ろうと思うんだけど、どうかな」

「美味しそうだ。父さんも一緒に作るよ」

 

 雨音はやがて強くなり、雷鳴も響いた。

 月明りは雲に隠され、雷光が二人の親子を時折照らした。

 容赦なく打ち付ける雨が里を濡らしたが、もうサクモの頬は濡れていなかった。

 

 

 

 帰り道で雨に遭ったトビラは濡れた姿のまま家に入った。

 

「トビラ、お前こっそり修行かよ……っておい! 濡れてるじゃねーか!」

「兄さんか。寝ていたんじゃないのか?」

「トイレだよ。ったく、タオル持ってくっからそこで待ってろ」

 

 言われた通り、トビラは玄関先で突っ立ったままオビトにタオルで拭いてもらった。

 

「身体冷えちまっただろ。もう一回風呂入った方がいいんじゃねーの?」

「そうだな。兄さん、あまり大声はやめてくれ。おばあ様が起きる」

「わぁってるって。よし、これでいいだろ。修業してきたなら夜食食うか? 婆ちゃんが作ってくれたナスの味噌汁、まだ残ってるぜ。お前が風呂入っている間にあっためようか?」

「いや、風呂だけでいい。兄さんは先に寝ていてくれ」

「じゃあ味噌汁は明日の朝ごはんだな。おやすみ」

 

 オビトは寝室へ、トビラは風呂場へ向かった。

 雷鳴はまだ止みそうになかった。

 




震えている人に「揺れるな」って言うと
貧乏ゆすりを止めたみたいな感じになりますね


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ぼくはヒーローじゃない

 

 後日、サクモは火影室にいた。

 

「サクモよ、具合はもう良いのか」

「はっ! ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

「ならよい。お主に任せたい任務がある。なに、病み上がりだからそう重たくないものにしてある。誰か下忍とのツーマンセルにしようと思っておるが……」

「あの……」

 

 口ごもるサクモに三代目は優しく問いかけた。

 

「ん? どうした?」

「もしもその下忍、まだ決まっていないようでしたら“まるほしコスケ”さんに頼めないでしょうか?」

「なんと、コスケか……お主、あの者と任務したことはあったかの?」

「一度だけ、フォーマンセルの一員でした」

「そうであったか……うむ、分かった。お主とコスケに頼もう」

「ありがとうございます!」

「……では任務の詳細を話そう」

 

 サクモに任された任務はそう難しいものではなかった。

 正直、中忍と下忍の組み合わせでもうまく行くだろう。

 

「コスケさんですね。以前、一度ご一緒したことのあるはたけサクモです。よろしくお願いします」

「勿論、覚えておりますよ。どうぞよろしくお願いします」

 

 任務は国境を守る忍たちに封書を届けることだった。

 通常であればCランク任務であるが、他国の忍が国境を侵害して来る可能性も考え、Bランク任務となっていた。

 

 サクモはコスケと共に里を発ってから驚いた。

 朝に動きの確認をしたとは言え、家に籠っていた時とは比べ物にならないくらいに身体が軽かったからだ。

 国境までは数日かかる。

 途中、コスケの作った料理で休憩となった。

 

「あの、コスケさん。あなたの動きはどう見ても下忍レベルではない。どうして上忍にならないのですか?」

「ほっほっほ。木ノ葉の英雄、白い牙にそう仰っていただけるとは光栄ですな」

 

 任務失敗して以来、サクモは“木ノ葉の白い牙”という呼び名に重責を感じていた。

 彼を蔑む人は皆、その呼び名を口にしていたからだ。

 だが、コスケからは純粋な好意を感じ、ホッとした。

 コスケが三代目と同じ年頃、40代後半だからだろうか。

 30代前半のサクモは下忍の彼に話しやすさを感じていた。

 

「そうですなぁ……かれこれ30年前のことです」

 

 コスケは自らの椀に雑炊を注ぎつつ、口を開いた。

 

「ワシはまだ若かった。中忍になろうと功を焦ったばかりに無茶な命令をし、そのせいで大切な仲間を死なせてしまいました。その日から、ワシは一生下忍でいることを二代目火影様に誓いました。下忍でいることは償いでもあります。それに、最近の下忍は子供が多いですからな。ワシのような年寄りがやった方が良い任務もありますから」

「そうだったのですか……」

 

 沈黙が訪れ、パチパチと焚火の音がした。

 サクモもコスケも腰掛け、焚火を眺めていた。

 

「失礼ながら、サクモさん。任務を失敗なさったと聞きました」

「ええ。恥ずかしながら」

「詳しい話は分かりません。ですが、これだけは分かります。あなたはワシと違って仲間の命を守った。部下の命を」

「…………だからと言って、里に損失を出したことは許されません」

「二代目様から頂いたお言葉、今でも覚えております。償いは生き抜いたその先でしろ、と」

 

 サクモははっと顔を起こした。

 コスケの微笑みはすべてを包み込むように優しかった。

 

「せっかくの飯が冷めてしまいます。どうぞ食べてください」

 

 そう言われ、サクモはガツガツと美味い飯をかっ込んだ。

 二人はその後、順調に国境まで進んだ。

 

「おお。伝令か。ご苦労だっ……ええっ? 白い牙?!」

 

 通常、中忍が行う仕事にまさか伝説級の上忍が来るとは思わなかったため、封書を受け取った忍は素っ頓狂な声を出した。

 すぐに、近くにいた他の忍がヒソヒソと話し始めた。

 その責めるような視線にはもうサクモも慣れていた。

 

「そちらから火影様に届ける封書は?」

「ああ……今持ってくる。待ってろ」

「分かった。……コスケさん、今のうちに休憩を取ってください」

「それではお言葉に甘えて……」

 

 コスケの姿は消え、サクモは拠点で待っていた。

 その時、彼の鼻がピクリと動いた。

 

「木ノ葉では嗅ぎなれない火薬の匂い……嫌な予感がする」

 

 拠点に戻った中忍が眉をひそめたサクモに話しかけた。

 

「おい、この封書だ」

「ああ、ありがとう。確かに預かった」

「ふん。白い牙ともあろう奴もこんな下忍レベルの任務か。落ちたものだな」

「…………この拠点で使っている火薬は木ノ葉で仕入れたものか?」

「な、なんだよ急に。休戦中とは言え、他国で仕入れられるわけないだろう」

 

 中忍が答えた瞬間、爆発音がした。

 

「なっ?! なんだ!!」

 

 戸惑う中忍より早く、拠点から出たサクモは爆発があった方へ視線を巡らせた。

 その目の前にさっと降り立ったコスケが報告した。

 

「サクモさん。あの爆発は草隠れです。遠目からですが額当てが見えました」

「草隠れ?」

 

 サクモが言葉を続ける前に、爆発音と木ノ葉の忍たちの声が立て続けに聞こえた。

 

「急襲だ! この拠点を守れ! 行くぞ!」

「里に伝令を出せ!」

 

 サクモは先ほど受け取った封書を取り出した。

 

「コスケさん、これをお願いします。それと伝令役の人と共に先に里へ。ここを突破した追手がいたら伝令役を守ってあげてください」

「あなたは?」

「俺はここで戦います。この火薬の匂い、岩隠れの爆破部隊が使っていたものと同じです。もしかしたら草と手を組んだか、草を装った急襲の可能性がある。そしたら、この拠点の人員だけでは足りない」

「分かりました。その可能性も含め、必ず伝えて参ります。ご武運を」

 

 懐に巻物を仕舞ったコスケが姿を消したのを見届け、サクモは敵の下へ向かった。

 

「ぐぁあっ!」

「くそっ! どうして草隠れが!」

 

 戦闘は始まっていた。

 草隠れの額当てをした忍が木ノ葉の忍に爆弾を投げつけた。

 このままだと爆発する。

 

“ドンッ”

 

 死を決意した若い忍は驚愕した。

 生きている。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ。あんたはっ!」

 

 若い忍は声をかけられようやく気付いた。

 サクモが自分を爆発より先に抱きかかえて逃してくれたおかげで助かったのだと。

 若い忍が驚きの声を上げるのには反応せず、サクモは忍を抱きかかえながら移動し、すかさず尋ねた。

 

「この拠点を守る隊長からの指示はなんと?」

「敵を始末して拠点を守れ、と。敵はここだけじゃなく、別方向からも来ているらしい」

「そうか。俺も加わる。君は負傷者と共に下がってくれ」

 

 すでに木ノ葉の忍が数人、倒れていた。

だが息のある者もいる。

 助けた若い忍を下ろしたサクモは背負ったチャクラ刀に手を伸ばした。

 立ちふさがる敵はサクモからみなぎるチャクラの圧に身構えた。 

 

「新手か」

「だが我らの敵ではない」

「いや! 気をつけろ! コイツは木ノ葉の白い牙だ! どうしてここに!」

 

 その名を聞いた瞬間、草隠れの額当てをした忍びたちの顔色が変わった。

 サクモは確信した。

 

「俺の顔を知っているということはやはり草隠れじゃないな」

「待ってくれ白い牙! 相手はかなりの手練れ、それも20人はいる! 無茶だ!」

 

 木ノ葉の若い忍は叫んだが、サクモの背は揺らぎなかった。

 

「仲間は絶対に助ける……それが俺の流儀だ……!」

 

 絞り出すように漏らした決意の言葉。

それが彼のすべてだった。

 

 サクモは駆けだした。

 敵忍たちは手製の爆弾を投げつけるが、いとも簡単に避けられていく。

 

「クソ! フォーメーションCだ! 土遁・」

「土流壁!」

 

 敵忍たちは距離を取るため、次々と現れる土の壁でサクモの視界を遮ろうとした。

だが、雷の性質を纏わせたチャクラ刀ですぱすぱと紙のように切られて行く。

 

「ぐぁっ!」

 

 サクモの速さに追いつけなかった敵の一人が首から血を流し、倒れた。

 さらに一人、もう一人。

 すでにサクモは敵の中心にいた。

これでは同士討ちが起きるため、敵忍たちは得意の爆弾を使えない。

 

「土遁・裂土転掌(れつどてんしょう)!」

 

 一番奥にいた敵がサクモの動きを止めるため、地面に大きな亀裂を作った。

 

「土遁・土陵団子(どとん・どりょうだんご)!」

 

 一瞬、足を止めたサクモめがけ、すかさず地面を切り崩した塊を別の忍が投げた。

 サクモがそれをチャクラ刀で切り裂いた途端、すさまじい爆発が起きた。

 仕込んでいた特性の起爆札が作動したからだ。

 

「よっしゃ! 白い牙を討ち取ったぞ!」

 

 爆風で起きた砂ぼこりが辺りに漂う。

 その中で岩隠れの忍たちは喜んだ。

 

「そ、そんな……!」

 

 倒れた仲間たちと共に下がっていた木ノ葉の若い忍は絶望した。

 このままではすぐに自分たちも殺される。

 だが、彼は見た。

 砂ぼこりの中を走る白い光を。

 

「ぐぁっ!」

「ギャーッ!」

「ぐはっ」

 

 白い光が敵の忍たちを倒していく。

 応戦する暇もなく、チャクラ刀の一太刀で餌食になっていく。

 逃げ出そうとしていた最後の一人に向かって白い光が投げられ、倒れた。

 

 晴れる砂ぼこりの中、サクモは最後にとどめを刺した死体の喉からチャクラ刀を引き抜いた。

 奇しくもその傷跡は怪物の牙で噛まれたかのようだった。

 ゆえに人は彼をこう呼ぶ。

 

「木ノ葉の白い牙」

 

 一連の戦いを見ていた木ノ葉の若い忍の口から言葉が漏れた。

 

「なんて強さだ……!」

 

 浴びた返り血をそのままに、サクモは若い忍の下へ寄った。

 

「ここの拠点に医療忍者は?」

「拠点に籠っているはずだ」

「そうか。君だけでここの仲間たちは連れて行けるか?」

「任せてくれ」

「それと、敵の死体はむやみに触れない方がいい。一応、チャクラの経絡系を断ち切ったが自爆の危険がある」

「分かった。向こうを頼む」

 

 サクモは頷きを返し、その場を発った。

 戦闘音がまだ聞こえたため向かうと、そちらでは先ほどサクモの応対をした中忍を含め、数人の忍びたちが戦っていた。

 

「終わりだっ!」

 

 敵がその中忍の背後に回ってとどめを刺そうとしたが、さらにその背後を取ったサクモが首を刺した。

 ガクリ、と倒れる敵忍。

 突然のことに戸惑う中忍。

 

「この野郎っ!」

 

 仲間を殺された敵の忍たちは憤りサクモに襲い掛かったが、あえなくチャクラ刀の餌食となり、そこも戦闘終了となった。

 

「すげえ……」

「さすが白い牙だ……!」

 

 幸い、怪我人は出ていたが死人は出ていないようだ。

 その場にいた忍たちは口々に畏怖の声を漏らした。

 

「動けるか?」

「……ああ」

 

未だ呆然としていた中忍は、サクモに差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。

助けられた彼は一度は恥ずかしそうに下を向いたものの、決心したようにサクモの顔を正面から見た。

 

「助かった。ありがとう。それと……さっきはすまなかった」

 

 サクモは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで頷きだけを返した。

 戦闘は終了したものの、まだ予断は許さない。

 

「静かになったがまだ残党がいるか気になるな……」

 

 親指を噛み、印を結んだサクモは手のひらを地面に押し付けた。

 

「口寄せの術!」

「なんじゃ、サクモ。お前がワシらを呼ぶなんて久しぶりだな」

 

 現れたのは人語を話すパグ犬を初めとした八匹の犬だった。

 

「い、犬?」

「おい、そこの。誰が可愛いワンちゃんだと?」

「いや、一言も言ってない……」

 

 驚く中忍に可愛いワンちゃんが凄んだが、サクモは気にせず話し始めた。

 

「やあ、パックン。みんなも久しぶりだ。悪いが、ここから半径5km以内に草隠れ、または岩隠れの額当てをした忍が生き残っていないか探してくれ」

「あい分かった。よし、お前ら。八忍犬の力の見せどころじゃ。行くぞ」

 

 一斉に立ち去った犬たちと入れ替わりに木ノ葉の上忍がサクモの前に降りた。

 ひっつめ髪とちょび髭、ツリ目が印象的で、サクモよりは年上の男だ。

 

「やはりあなたでしたか。サクモさん。草隠れの連中を始末してくれたんですね」

「イッカクさん。あなたが隊長でしたか。そのことですが、おそらく岩隠れの忍です。使っている特性の火薬があそこの爆破部隊のものと同じだったし、俺の顔を知っている奴もいました。前の戦争で戦った時の生き残りでしょう」

「そういうことか……! くそっ姑息な真似を……」

「今、口寄せ動物たちに残党を探させています。それと、俺と一緒に任務に来ていた下忍にはそちらが出した伝令と合流するように指示してあります」

「分かりました。サクモさんは岩隠れの動きを察知してここへ?」

「いや、まったくの偶然ですよ。定例の伝達係として来ただけです」

「そうですか……でも、おかげで助かりました。被害がかなり抑えられた」

 

 うみのイッカクは安堵のため息をついた。

 その後、一行は生き残った仲間たちを拠点へ連れ帰り、忍犬たちの捜索で岩隠れの忍たちが全滅したことを確認した。

 

「今回の襲撃は融和政策を検討している木ノ葉と草を分裂させるための工作でしょう」

「ええ。もし岩隠れが本格的に戦争を始めるとしたら、あの程度の人数では済まないはずです。人数からしても拠点を全滅させるというよりは、適度にダメージを加える気だったようですし」

「草隠れを装った岩隠れの忍である証拠も見つけられたので、これを持って俺も一旦里へ戻ります。今ならコスケさんたちと合流できるでしょうから」

 

 こうしてサクモはパックンにコスケの匂いを追ってもらいながら移動し、追いついてからはともに木ノ葉の里へ帰還した。

 

 



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研ぎ続けた刀

 

「うむ。意図していなかったが、お主にこの任務を任せて正解だったの」

 

 火影室にて、すべての報告を聞き終えた三代目は言った。

 

「危うく草隠れとの関係をふいにするところじゃった。お主には助けられたの、サクモよ。おかげで多くの命が救われた」

「勿体ないお言葉です」

「……サクモ。お主の力、若き火の意志たちを守るために奮ってくれるか」

「勿論。この身がある限り、戦場で刃を振るい続けます。私にはその生き方しかできませんから」

「…………そうか。次の任務は改めてこちらから連絡する。ご苦労じゃった」

 

 サクモが火影室を出ると、待機していたコスケがぺこりと頭を下げた。

 

「木ノ葉の英雄と任務ができ、光栄でございました」

「こちらこそあなたには助けられました。コスケさん」

 

 和やかにサクモとコスケが会話する間、壁を隔てた火影室では三代目が煙管の白煙と共に深い息を吐いているのだった。

 

 

 コスケと解散したサクモは時折感じる、刺すような視線に耐えながらも帰り道を歩いた。

 途中、道端にて老婆に肩を貸すオビトを見つけた。

 向こうも気づいたようだ。

 

「よう! サクモさん!」

「オビト君……どうしたんだい? そちらの女性は……」

「ああ。なんか婆ちゃん、転んで足を痛めちまったらしくてさ」

「すまんねえ、オビトちゃん。また世話になって」

 

 恐縮しっぱなしの老婆とオビトがよろよろ歩く。

 見かねたサクモは申し出た。

 

「そちらの女性は俺が背負うよ」

「でも、時間は平気なのか?」

「ああ。ちょうど任務終わりだ。足を痛めたのなら無理に歩かない方がいい。さあ、どうぞ」

「そ、そんな……忍の方に背負っていただくなんて恐れ多いです」

「俺がそうしたいだけですよ。さあ」

「婆ちゃん。こう言ってくれているし背負ってもらおうぜ」

 

 オビトに言われ、老婆は恐る恐るサクモの背に乗った。

 

「ありがとうございます……本当にありがとうございます」

「いいんですよ、このぐらい」

「俺ももっとデカくなったら婆ちゃんを背負えたんだけど……」

 

 どこか悔しそうにするオビトをサクモは微笑ましく思った。

 

「今の君に出来ることをしていたんだから立派だよ。それに、オビト君もすぐに大きくなるよ。ああ、そうだ。ナス、ありがとうね。カカシはナスの味噌汁が好物だから喜んでいたよ」

「ええ?! そうなのか?! あの野郎、俺が渡したときはぜんっぜんそんなこと言ってなかったのに……!」

「ははは、すまないねぇ」

「いいよ。おっちゃんは悪くねーもん。まあ、カカシが生意気なのは今に始まったことじゃねーし」

「ははははは…………」

 

 困り顔になりつつも、サクモは穏やかな心持で歩いた。

 

「ガイ! 下忍になっても青春は続くぞ! むしろこれから始まるんだ!」

「はい、パパ!」

 

 緑色のスーツを纏った親子が逆立ちしながら前から歩いて来た。

 子供の方がこちらに気づいた。

 

「ん? おお! オビトじゃないか!」

「よお、ガイ」

「それにそちらはカカシのお父さん! なにしてるんですか? はっ! もしや、新しい修行法?!」

「ちげーよ! 人助けだよ! なんでも修行に結び付けるな! 修行バカ!」

「応援ありがとう!」

「ツッコミ入れたんだよ!」

「応援ありがとう!」

「話を聞け!」

 

 オビトのツッコミも聞こえたのか聞こえていなかったのか、そのまま親子は逆立ちで行ってしまった。

 サクモはなんとなく気になって後ろを振り向くと、周りがヒソヒソと話しながら親子を見ているのに気付いた。

 彼らに向く視線はサクモが浴びているのと同じ種類だ。

 

――あんな言われて……ガイ君はまだ子供なのに傷つかないだろうか……

 

 サクモは心配したが、

 

「応援ありがとう!」

「応援ありがとう!」

 

 と逆立ちしながらもナイスガイポーズをする親子を見て目を真ん丸とさせた。

 オビトは大して驚いた様子も見せず、サクモを見上げた。

 

「おっちゃん、ガイと会ったことあるんだな」

「ああ。入学説明会の時にガイ君とお父さまには少し話をしてね」

「私もあの親子はよく見ますよ。元気の良い方たちですよねぇ」

 

 老婆の声に嫌悪感は無かった。

 

「俺も見習った方がいいな」

 

 もう前を向いたサクモはポツリと言った。

 が、横を歩くオビトはギョッとした。

 

「え゙っ……サクモさんもあのスーツ着るの? さすがにアレはやめた方が……カカシも止めると思うからさ……」

 

 マジトーンで止めるオビトにサクモは噴き出した。

 見上げた空はよく晴れていた。

 どうにかしてスーツを着るのだけはやめさせようとするオビトの声を聞きながら、サクモはその空の色を目に焼き付けた。



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我が小さき緑色の友よ

 第二次忍界大戦終結以降、小国同士で続いていた小競り合いの噂が一介の忍にも届き始めていた。

 これまで伝説の三忍を始めとした一部の上忍たちにのみ任されていたきな臭い任務も、だんだん中忍や下忍たちにも任されるようになったからだ。

 

 近づく戦争の足音。

 第二次忍界大戦の記憶が新しい里の忍たちにとってこれほど煩わしいものはなかった。

 

「白い牙のせいで火の国が舐められたんだよ……」

「自分の命欲しさに帰って来た腰抜け集団って思われてるぜ……」

「英雄のくせに火の国の顔に泥を塗りやがって……」

 

 ひそ……ひそ……ひそ…………ひそ…………

 恐れが怒りを、怒りが憎しみを呼び、忍たちの間に暗雲が漂っていた。

 

「お前らのせいで里の情勢は不安定になったんだ!」

「どうしてのこのこと帰って来た!」

 

 とうとう憎しみが頂点に達し、苦痛を伴う悲劇を呼んだ。

 はたけサクモと共に潜入任務に当たった若い忍が仲間に襲撃され、重傷を負った。

 仲間を不当に傷つけることは里の掟に反する。

 当然、若い忍を襲撃した者は罰せられた。

 

「掟を破った奴が掟に守られるのか?」

「おかしいじゃないか」

「俺らはこれまで掟を守って来たのに……任務遂行に命を懸けた仲間もたくさんいたのに……」

「あいつらだけ守られるなんておかしい」

「英雄のやることだけ贔屓してるんじゃないか?」

 

 一人歩きを始める噂を止めることは誰にもできない。

 

――まるでサクモの失敗が原因で小国が荒れたかのような印象だな。本当はもっと前から荒れていたが、それを知る忍たちはすでに任務に出ている。

 

 待機室で忍たちの噂を聞きながらトビラは思考にふけっていた。

 

――若い忍6人の命と交換で小国の支配権を獲得する……随分な駒得だ。サクモの任務が成功すれば五大国間の力関係も大きく変わっただろう。均衡から火の国一強へ。そうなれば第三次忍界大戦が起きるのもあと10年は延ばせたかもしれんな。

 

 待機室から見える空は雲がいっぱいに広がっていた。

 

――兄者とマダラが手を組み始まった隠れ里制度も今や30年が過ぎた。一族同士で争っていたころの感情に身を任せた余計な戦いは減ったが、戦いそのものが消えることはない。不自然なくらいに大戦の火種がそこかしこで生まれる。

 

 そこまで彼が考えた時、待機室の外でひと騒ぎあった。

 

「テメエの親父のせいで戦争が始まるんだぞ。おい!」

「…………」

「もっと悪いと思わねーか!」

「……父さんが仲間を殺さなくて悪かったって言えば満足なのか?」

 

 待機室の中にいた忍たちが出口へと集う。

 トビラは思考を切り上げたものの、野次馬に加わった。

 なおもカカシと忍の会話は続いていた。

 

「そ……そうだ! 俺らは忍だ! 任務のために死ぬのなんか怖かねーよ!」

「なら次、お前と同じ任務になったら俺が殺してやるよ。噂で騒ぐお前も里のために死ねるなら少しは役立つだろう」

「ああ? なんだその開き直りは!」

 

 忍の振り上げた拳がカカシへ下ろされる。

 が、当たる前にその忍がひっくり返された。

 

「俺も父さんが悪いと思っているよ。お前らみたいな雑魚の命なんて守る価値もない。何が仲間だ。何が里だ……お前らのせいで父さんがどれほど……」

「ずいぶんと待機室が混んでいるみてーだな」

 

 カカシの背後に立ったのは黒髪を一つにひっつめた青年。

 ツリ目に覇気はなく、いかにも面倒なものを見つけてしまったという顔だ。

 青年は野次馬をかき分け待機室の中を覗き、言った。

 

「なんだぁ? 待機室ガラガラじゃねーか。廊下に出なきゃいけねーほど混んでるのかと思ったぜ」

「口を挟むなシカク! 今、この生意気なガキを……」

「んなクソめんどくせーこと後にしろよ。俺はそのガキを呼べって言われて来たんだからよ」

「チッ……」

 

 カカシにひっくり返された忍は立ち上がり、待機室へは入らずにどこかへ走り去った。

 シカクと呼ばれた青年は野次馬の最後尾にいたトビラに目を向けた。

 

「おい! 火影様がお前もお呼びだ」

 

 こうしてトビラとカカシはシカクの後をついて行った。

 歩きながらも殺気を隠さないカカシを一瞥したシカクは小さく「めんどくせー」と呟き、足を止め振り返った。

 

「あのなぁ。んな殺気プンプンで火影室に入ったら暗部に捕まるぞ」

「忍は殺しが仕事だろ。いちいち気を遣う必要もない」

「ったく。至上最速で中忍になった天才少年も親が絡めばただのガキだな」

「お前も父さんが悪いって言いたいのか」

「そりゃー任務放棄は悪いに決まってんだろ」

 

 シカクがさも当たり前とばかりに返答するとカカシの殺気が強まった。

 シカクはそれを受け止めながらなおも言った。

 

「サクモさんだってそれを承知の上でやったから何を言われても言い返さねーんだろ」

「違う! 父さんは優しいから言い返さないだけだ!」

「お前、白い牙がそんな腑抜けだと思ってんのか?」

 

 激昂するカカシに対しシカクは面倒そうな顔をするだけ。

 

「つーかな。サクモさんが受けた任務のことなんかなんも知らねー俺らがやいやい言ってもしょうがねーだろうが。お前だって教えてもらってねーだろ」

「……」

 

 図星をつかれたカカシは眉をしかめ黙った。

 そんな彼を見下ろしつつシカクは言った。

 

「任務は火影様が管轄しているんだから、他人の任務まで俺らが考える必要はねーよ。んなめんどくせーことに頭使うなら自分の任務に集中したらどうだ」

「そんなこと、待機室に集まっていた無能どもに言えよ」

「これからすぐ任務なのはお前だから言ったんだろうが……はぁ」

 

 顔中から「めんどくせー」と語るシカク。

 殺気を纏わせるままのカカシ。

 何も言わないトビラ。

 気まずい沈黙の末、口を開いたのはシカクだった。

 

「歩で飛車を取れるのは駒得だろうけどな、飛車取るたんびに歩を失ってたらそのうち歩の無い将棋をすることになるぜ。歩だと思っていたものが玉だったってこともあるかもしれねーし……選んだ一手が正しいかどうかなんて対局が終わるまで分からねーよ」

「は? なんで急に将棋の話? というか俺、将棋やらないから知らないんだけど」

「じゃあ、お前の元班員に聞いてみろ。ソイツ、将棋がクソつえージジイの友達らしいからよ」

 

 カカシはその時初めてトビラの方を見た。

 トビラはというと、顔をしかめてシカクを見ていた。

 

――面倒な役回りを俺に押しつけたな、こやつ。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。殺気はしまえよ」

「いた! シカク! アンタ隊長だったくせに報告書を押し付けて逃げたんだって?」

「げっヨシノさん……」

 

 向かいの廊下から目をいからせやって来たのはシカクよりやや年下に見える黒髪が美人の女性。

 

「アンタの隊員がそっちで待ってるから行くよ!」

「ハイハイ……」

「ハイは一回!」

 

 殺気を出すカカシよりも恐ろしい剣幕のヨシノにシカクはたじたじになりながら引きずられて行ったのだった。

 

「アイツが言っていたことの意味って?」

「先に任務だ。入るぞ」

 

 ヨシノの剣幕に同じく押され、殺気が緩んだカカシが尋ねるもトビラは火影室を指さすだけだった。

 納得のいかない顔をするカカシだが、結局任務の優先を選んだ。

 

 

 

 ツーマンセルの任務をサクッと終わらせ、トビラはカカシをある場所へ連れて行った。

 

「おい、どこへ連れて行くんだよ」

「将棋好きのジジイの家だ」

「だから誰だよ、それ。名前は?」

「俺も知らん」

 

 将棋盤の置かれた縁側にはいつものように老人だけでなく、オビトもいた。

 

「あれ? トビラとカカシじゃねーか!お前ら任務終わったのか?」

「オビト? なんでお前がここにいるの?」

「だって爺ちゃんが将棋の相手をしろってうるせーからさぁ!」

「オビトの坊主は未だにルールを覚えておらんがな」

「だから駒の動きが複雑すぎるから仕方ねーだろ! あ、そうだ爺ちゃん! カカシも頭がいいから将棋仲間が増えるぜ!」

 

 まだアカデミー生のオビトの前で殺気を出し続けるわけにもいかず、大人しくしていたカカシが顔をしかめ、トビラを見た。

 

「はあ? なんで任務終わりに将棋遊びなんかしなきゃいけないんだよ。俺はアイツが言っていた意味を聞きたいだけで……」

「将棋のルールを覚えればおのずと分かるはずだ。ご隠居、頼んだぞ」

 

 トビラの言葉に老人は鼻を鳴らした。

 

「ふん。なんか面倒ごとを押し付けたな。ま、将棋相手が増えるなら文句はねーよ。ほれ、白いガキ。そこ座れ。ああ、あとオビトの坊主は自分が寝るための布団を用意しておけ」

「寝ねーよ! カカシと一緒に今度こそ俺もルールを覚えるっての!」

「ま、どうせオビトのことだからすぐ寝るんだろうね」

「お前こそ寝るんじゃねーぞ、バカカシ!」

「はあ? お前にだけは馬鹿とは言われたくないんですけど!」

 

 アカデミーでぎゃいぎゃい騒いでいたころのような喧噪が戻り、カカシの表情も年相応のものとなった。

 トビラも縁側に腰かけ、老人がカカシに説明する声と兄の寝息を聞きながら流れる雲に視線を送った。

 




自分、将棋やったことないんすよ。
将棋ガチ勢の人いたらごめんね。


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おめでとう!

 任務帰りのトビラが家に入った途端、

 

「トビラーーー!!」

 

 兄の熱烈な歓迎を受けた。

 抱き着くオビトを引きはがしながら家に上がったトビラは問いかけた。

 

「どうした兄さん……ああ、卒業試験に受かったのか」

「そうなんだよ! これで俺も忍者だぜ!」

「よくやったな。おめでとう、兄さん」

 

 廊下から祖母も出て来た。

 

「今日はめでたいから赤飯を炊いたぞよ。トビラ、お風呂に入っておいで」

「ああ。ありがとう、おばあ様」

 

 その日のオビトはかなり上機嫌だった。

 トビラが卒業祝いを渡すとさらに機嫌を良くした。

 

「トビラーーー! プレゼント用意してくれてたのかよぉ! ありがとなぁ! お! これって口寄せの巻物?」

「ああ。クナイを口寄せできる。時空間忍術は何かと便利だから兄さんも慣れておくといいと思ってな。あとで使い方を教える」

「大事に使うからな!」

「出し惜しみせず使ってくれ。消耗品だ」

 

 弟の忠告なんて聞かず、オビトは巻物に頬ずりをして喜んだ。

 

「兄さん、誰とのスリーマンセルかは決まったのか?」

「いや。卒業式のあとに発表されるからまだ分からねーや。まあ、俺はリンと一緒ならなんだっていいけどな! なあトビラ! この巻物の使い方、いま教えてくれよ!」

「外は暗いから却下だ。明るい場所でやらないと巻物が読めないだろう」

「じゃあここで……」

「家を壊す気か? 兄さん」

「うっ……じゃ、じゃあ明日はどうだ? 任務は?」

「悪い。朝から入っている」

「そっか……」

 

 残念そうにする兄にトビラは微笑んだ。

 

「兄さん、焦るな。卒業式の日までには時間ができるはずだ」

「まー、トビラはもうバリバリ任務こなしているからしょうがねーよな。お前、あんま無理すんなよ」

「ああ。自分の限界は弁えている」

「そっか! ならいーけどよ!」

 

 ニカっと笑ったオビトはまた巻物に目を戻し、お気に入りのゴーグルを磨き、とせわしなく動いた。

 トビラはそんな兄に目じりを下げ、担当上忍や班員が誰になるかという兄の予想話に付き合った。

 

 

 

 

 

 数日かかった任務終わり、トビラが家に入った途端、

 

「トビラーーー!!」

 

 兄の熱烈な歓迎を受けた。(イザナミではない)

 

「今度はどうした、兄さん」

「俺のスリーマンセルのメンバーにさ! カカシがいた! あのカカシが!」

「ほぉ。良かったな。もう一人は?」

「リン! え、というか反応薄くねーか? カカシだぜ! あいつ中忍なのに!」

 

 興奮冷めやらぬオビトをいなしながら夕食を済ませたトビラは再び彼の話を聞いた。

 

「んでさぁ、カカシの奴、相変わらずなんだぜ! 掟を守れ、ルール守れって。前よりもうるさくなったぐらいだな」

 

 トビラは眉をひそめた。

 

――やはりサクモの件が尾を引いているか。

 

 オビトと共に将棋を学ぶことで落ち着きを見せたカカシではあったが、里の忍たちとの軋轢は解消されなかった。

 むしろ、サクモなりの事情があって任務を放棄したにもかかわらず、それを考慮せず騒ぐ忍たちに憎しみすら抱き始め、当てつけるように掟優先の姿勢を固持した。

 

「掟を徹底的に守れば気が済むんだろ。それならあいつらを見殺しにしてでも任務を優先すればいいんだ。自分が死ぬってなった時に後悔すればいい」

 

 ある時、漏らした息子の言葉にサクモは珍しく険しい顔をして言った。

 

「そんな感情的に任務をするのならカカシ、お前は忍をやめなさい」

 

 父に憧れ忍となったカカシにとってこれほど屈辱的で見放された気持ちになる言葉は無かった。

 

「どうして父さんを責める奴らじゃなくて俺にやめろって言うの?!」

「お前や仲間の命にかかわるからだ」

「仲間? 父さんを責め続ける奴らを仲間だってまだ思ってるの?」

「…………任務を放棄したことは悪いことだと思っている。けどな、俺は自分がしたことを後悔していない」

 

 息子の目線に合わせしゃがむサクモの目は忍のもので揺ぎ無い。

 カカシはぐちゃぐちゃな感情のまま吐き出した。

 忍たちに何を言われても言い返さない父をいっそ怒らせたかった。

 

「そもそも、父さんがあんな奴らを助けなければ今ごろ英雄になれたのに! あんな心も力も弱い奴らでも、死ねば里の役に立ったのに!」

「っ……! …………カカシ。お前は父さんの子供だからいろいろと言われているんだろう。ごめんな」

 

 サクモは怒らず、悲し気に微笑むだけだった。

 その途端、カカシの幼い顔は迷子になったかのように不安げになった。

 タイミング悪くサクモは任務に呼ばれてしまい、カカシは一人っきりの部屋で呟いた。

 

「俺、父さんに謝ってほしいわけじゃなかったのに…………」

 

 その後、カカシは意地でも忍を止めようとしなかったが、依然として父をけなす里の忍たちへの反発は止めなかった。

 そのころ、任地で殉職した加藤ダン、戦線離脱した綱手の穴を埋めるためサクモは里を長く離れることとなった。

 親子はギクシャクしたままカカシだけが里に残されていた。

 

 トビラははたけ親子の間に起きたことは知らないが、カカシの目に迷いがあることは分かっていた。

 だが、手をこまねいていた。

 

 なぜならカカシは感情を抑え、掟を忠実に守り、任務を必ず達成していたからだ。

 トビラは任務を完ぺきにこなす忍に語る言を持たない。

 そのため、今回の編入はトビラにとっても期待を持てるものだった。

 

 オビトとリンは当時アカデミー生だったこともありサクモの任務放棄について知らず、カカシが編入した事情も推察できていない。

 だが、二人ともカカシがスリーマンセルに加わったことを喜んでいるのがトビラも伺い知れた。

 




ダンが死んだのは第二次忍界大戦じゃないの?
って思う方がいるかもしれませんが(私も長らくそう思っていた)、
ダンの享年が27歳らしいところから
第二次忍界大戦と第三次忍界大戦の間くらいかな~ってことでここに入れました。

そもそもナルトの時系列ってちょっとわかりづらいというか、矛盾しているというか、
まあ、あの、複雑なんでそこんとこは独自設定ってことでよろしく。


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シスイとのあれこれ

 

 ミナト班での任務が始まり、オビトもトビラも一緒にいられる時間が少なくなっていた。

 そんな折にできた修行の時間。

 当然、二人が張り切らないわけもなく。

 

「火遁・豪火球の術!」

「火遁・豪火球の術!」

 

 演習場にて向かい合うオビトとトビラ、両方の口から同程度の火が出て打ち消し合った。

 さらに、トビラが複数のクナイを同時に投げた。

 オビトは余裕の表情で避け、次の動作へ入ろうとした。

 が。

 

「ぐふっ!」

 

 複数のクナイを囮に死角へ入ったトビラからの蹴りが腹に決まり、鈍い声を出すオビト。

 そしてそのまま吹っ飛び、地面へ。

 勝負はついた。

 

「死角からの攻撃にも注意を向けろ、兄さん」

「くっそー!」

「だが、豪火球の術は完成されているな。俺と同じ大きさになった」

「まあな! そのうちトビラよりもデケーのを出してやるぜ!」

 

 地面でじたばたしていたオビトの宣言を聞いていたトビラはふと視線を感じ、そちらを振り返った。

 出て来たのは小さな子ども。3歳くらいだろうか。

 

「誰だ?」

「ん? あーっ! シスイじゃねーか! どうした? 迷子か?」

「違うよ。その人が前に言っていた弟?」

「そうそう! 弟のトビラ! お前がすんげーちっちぇー時に会ったことあるんだぜ! こっち来いよ、シスイ!」

 

 起き上がったオビトが手招きする。

 子供とオビトの会話で察したトビラは近寄って来たシスイに言った。

 

「うちはトビラだ。貴様はシスイだな。兄さんの言う通り、赤子のころに会ったことがある」

「そうらしいですね。うちはシスイです。俺もオビトからトビラさんのことは聞いています」

「ちょっと待ったシスイ! お前、なんでトビラにはさん付けでしかも敬語なんだよ?」

「その方が馴染む気がして……」

「何が馴染むんだよ! おかしいだろ!」

 

 釈然としないオビトだが、シスイは気にする様子もなくトビラに尋ねた。

 

「今日はお休みですか?」

「ああ」

「さっき二人が放ったのは豪火球の術ですよね」

「もう知っているのか。貴様もそのうち使うようになる」

「俺はまだ使えませんけど、オビトがよく見せてくれます」

「よく見せてくれる? …………兄さん」

 

 トビラがちらと兄を見れば、目をそらして誤魔化そうとするオビト。

 はぁ、とため息を吐く弟にオビトは弁明した。

 

「ほら、俺らだってフガクさんに見せてもらったじゃねーか! シスイには兄ちゃんがいねーみたいだし、俺もうちは一族の年長者として教えてるだけだっての!」

「……そういうことにしておこう」

 

――本当はフガクの真似をしたいだけだろうが。それと子供相手に術を見せて自慢したいのだろう。

 

 年下の者に術を継承すること自体は悪いことではないため、トビラはそれ以上の突っ込みはよしておいた。

 

「よし! シスイ! 俺がまた手裏剣術を教えてやるよ!」

「豪火球の術も教えてよ」

「ダメだ! お前まだちいせーだろ。あのな、そこのトビラはお前よりもうちょいデカい時にチャクラが枯渇して倒れたんだぞ! お前はまだ見るだけだ!」

「トビラさんが? オビトじゃなくて?」

「んだとゴラ!」

 

 シスイはオビトによく懐いているようで、軽口を叩きながら嬉しそうにしている。

 その様子をトビラは微笑ましく思った。

 

――兄さんは面倒見の良い性格だからシスイも話しやすいのだろう。こうやって兄さんを中心にうちはと里の融和も進むはずだ。木の葉は創設当初の一族中心の主義から少しずつ脱して来ている。

 

「トビラ! 的があるところに行くぞ!」

 

 トビラに倒されたところをシスイに見られてしまったオビトとしては、良いところを見せたいようだ。

 術を交えた修行は切り上げ、手裏剣術の修業に移った。

 

「いいか? よく見てろよ!」

 

 オビトが五つの手裏剣を投げると、その全てが横に並んだ五つの的に当たった。

 しかもど真ん中に。

 

「おおっ!」

「へへっ! ま、忍ならこんぐらいは出来て当然だよな!」

 

 素直に感嘆するシスイに得意げなオビト。

 

――兄さん……

 

 忍なら出来て当然なことを子供に見せて自慢する兄に恥ずかしさを覚えたトビラだが、それを指摘するのも大人げない気がし、小さくため息を吐いて見逃すことにした。

 

「ほれ。シスイも投げてみっか?」

 

 オビトから一枚の手裏剣を受け取り、シスイが投げた。

 トン、と小気味よい音がして手裏剣が的に当たった。

 しかもオビトが当てた手裏剣の真横に。

 

「え……?」

「その年で当たるだけでなく、真ん中に命中させるか。良いコントロール力だ、シスイ」

「実は前にオビトから習った後に練習していたんです」

「この調子だとすぐに追い越されそうだな、兄さん」

「んなすぐ追い越されてたまるかよ!」

「ならば的が五つでは生ぬるい。十に増やすぞ」

 

トビラは持っていた布に目印を書き、演習場の各所に設置した。

 彼は準備をしつつ、ウキウキとしていた。

 

――カカシに続きシスイも中々のものだ。それに、兄さんもチャクラコントロールを覚え、忍になってから益々動きが良くなった。良い忍が育っているではないか。

 

 その後、トビラとオビトは任務の合間にシスイの修業に付き合うようになり、シスイもそんな双子を兄のように慕っていくのだった。

 



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しめなわ先生

 

 自分のスリーマンセルについて弟にあれこれ語っていたオビトが一枚の写真をトビラに見せた。

 

「ほら、これが俺の班! 昨日撮って来たんだ!」

「ほぉ……リンとカカシと……この担当上忍、なんでしめ縄を首から下げている? そういう封印術か何かなのか?」

「さあ? 撮り終わったら写真屋の壁に戻していたから担当上忍はしめ縄下げて撮る掟でもあるんじゃねーの?」

「ぶふっ……!」

 

――そんな掟は無い!

 

 いつの間にか発生していた謎掟にトビラはツボった。

 

「兄さんは聞かなかったのか?」

「だってまだそんな話したこと無いんだぜ。もしもガイのタイツみたいにこだわりあって怒られたらこえーじゃん」

「ぶふっ!」

 

――しめ縄を下げるこだわりってなんだ?! 写真屋の壁から借りただけなのに?!

 

「そういや、写真屋のおっちゃんにこのしめ縄のおかげでカッコよく映れましたって言ってたからオシャレなのかな」

「っっっ!!」

 

 もはや声すら出ないほどにツボる弟をオビトは「やれやれ」と言わんばかりに見た。

 

「トビラぁ~ミナト先生がオシャレのつもりだとしたら笑うのは可哀想だぜ」

「ミナト先生? もしかして波風ミナトか?」

「え? 知ってんのかよ」

「ああ。名前だけな」

「へえ。ミナト先生、すっげー強いし優しいし、いい人だぜ! トビラにも会わせたいな」

 

――もう打ち解けているのか。カカシにとってもその方が良いだろう。

 

 ツボ地獄から脱したトビラは色々な意味でホッとした。

 

 

 

 

 

 任務終わりのトビラが歩いていると、後ろから聞きなれた声がした。

 

「トビラ! よぉ! お前も任務帰りか?」

「兄さんか。そうだ」

 

 振り向くと兄がいた。

 さらにはその班員たちも。

 

「トビラ、久しぶりだね! 任務頑張ってるってオビトから聞いているよ!」

「リンも医療忍者として精進しているらしいな。カカシも久しぶりだな」

「まーね」

 

 嬉しそうなリン、やや不貞腐れ気味のカカシ。

 さらには、

 

「ん! 君がオビトの弟のトビラだね。俺は波風ミナト! この子らの担当上忍だ。よろしくね」

 

 ミナトもいた。

 トビラは彼が思っていた以上に若かったので少し驚いたが顔には出さなかった。

 

「うちはトビラだ。あなたが“木の葉の黄色い閃光”か」

「俺のこと聞いたことあるのかな?」

「名前だけだ。由来までは知らないな」

「トビラ! ミナト先生、すげーんだぜ! ひらいしん? って術使ってビュンビュン飛んでるんだ!」

「飛雷神の術を使っているのか?!」

 

――俺の飛雷神を受け継ぐ者か!

 

 トビラは大いに嬉しくなった。

 だが、カカシはオビトを責めた。

 

「オビト! 忍の手の内を勝手に明かすなんて何考えているんだ!」

「でも、相手はトビラだぜ」

「身内であっても言ってはいけない情報なんていくらでもあるでしょ! お前、その感覚でペラペラなんでも話す気?」

「別になんの術を使うかなんて同じ里にいればすぐわかるだろ!」

「俺が言っているのはお前のその口の軽さ!」

「俺だって言っていいこととダメなことくらい分かるっての!」

 

 言い合う二人をミナトが止めた。

 

「ん! そこまで! オビト、確かに秘伝忍術を扱う忍の場合、むやみにその情報を流されるのは良くない。その点に関してはカカシの言う通りだ。けど、オビトの言う通り、里にいればそのうち知られることではあるかな。飛雷神の術は確かにバレてもダメージはそこまでないし」

「へへっどうよ、カカシ!」

「兄さん、カカシの言うことには一理ある。情報は慎重に扱え。反省しろ」

「うっ……」

 

 弟からストレートに叱られたオビトはしょぼん、と落ち込んだ。

 

「まあまあ、オビトはトビラに会えて嬉しくなっちゃったんだよね」

 

 リンはとりなすように慰めたが、トビラはそんな兄は放っておいてミナトに目を向けた。

 

「飛雷神の術は誰から習った?」

「俺の師匠の自来也先生だよ。先生はあまり使えないから使い方だけね。その口ぶりだと君は飛雷神の術を知っているようだね」

 

――俺が作ったからな。

 

 トビラの代わりにオビトが答えた。

 

「先生! トビラは昔っから読書家だからすげー頭いいんだよ。頭良すぎてジジくせーところもあっけどな」

「ん! 勉強家なんだね。知は力なり。良いことだよ。じゃあ、俺は火影様に報告があるからここで失礼するよ」

 

 ミナトの姿が消えた。

 すると、リンが元気よく言った。

 

「ねえねえ! トビラも任務終わりならみんなで一緒に甘栗甘に行かない?」

「おおっいいな、それ!」

「俺はパス」

「リンが誘ってんだから断るのは無しだぞカカシ! トビラ! このバカを捕まえるぞ!」

「くだらないこと言ってんじゃないよオビト……そんでなんでトビラも捕まえるんだよ。離せ」

「人との交流も忍には必要だ」

「ガキの頃に引きこもっていたお前に言われたくないんだけど。……はぁ、分かったよ」

 

観念したカカシを引き連れ、リンを先頭に一行は甘栗甘へと繰り出すのだった。

 




まじであのしめ縄なんなの?


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これは読まなくても支障ない

 小国での争いがとうとう大国同士の戦争に発展した。

 

「雷・風・水・土の四大国が火の国に対して宣戦布告?!」

「ただでさえ四大国に囲まれている立地なのに、周りの国全部から攻められることになるのか?!」

「俺らどうなっちまうんだ……」

「火の国は消えるのか?!」

 

 火の国中のあちこちで不安の声が上がり、国が揺れる事態となった。

 第三次忍界大戦は、風・雷・水・土の四大国が相次いで出した宣戦布告により始まった。

 

「皆もすでに聞き及んでいるように、風の宣戦布告に同調した雷、水、土からも布告を受けた。これは実質的な火の国と四大国の争いとなる」

 

 里の上忍を集め、三代目火影が説明をしていた。

 その中には上忍へ昇格したばかりのトビラの姿もあった。

 

 上忍の一人が手を上げ質問した。

 

「なぜ各国が急にこのような宣戦布告を?」

「風の国は風影失踪により国が荒れておる。民の目を火に向け、国内の意思統一を図るためじゃろう。水、雷も火の国力を下げる契機と見たか……土は各国の布告を受け、火が弱体化する好機と判断し便乗したといったところだな」

「各国との間にある小国……雨や滝、草などの動きは?」

「うむ。大国と連携して火の国を攻めると決めた小国もあるが、大国が無理やり支配権を強め、小国内に不法侵入しているケースもある。前者はともかく、後者は付け入るスキがある。すでにワシの相談役である水戸門ホムラ・うたたねコハルをそれぞれ派遣し、火の国と各小国で停戦条約を結ぶよう働きかけておる」

 

 トビラは隣室にダンゾウのチャクラがあることに気づいた。

 

――停戦条約を結ぶ傍ら、大国と小国の連携を乱すため裏工作も進めるつもりか。

 

 三代目はさらに説明を続けた。

 

「火の国としては初めに宣戦布告をしてきた風の撃破に注力する。こちらもすでにはたけサクモを送っておる」

 

 サクモの名が出た途端に室内がざわついた。

 そんな中、奈良シカクが尋ねた。

 

「はたけサクモは火影様が極秘に出した任務で掟を破り、国に損失を出したという噂があります。仲間の命惜しさに逃げ帰ったとか。またそのような重要な任務に出し、任務放棄する可能性はないのですか」

 

 明け透けな質問に三代目は答えた。

 

「無論、任務放棄の心配はない。なぜなら今回、サクモには単身で戦地へ行かせておるからの。あやつは自分の命惜しさに逃げるような者ではない。皆も分かっておろう」

「サクモさんを単身で戦地に?! 火影様! いくらサクモさんと言えど一人で砂隠れの忍たちと戦わせるのは無茶がありすぎます! どうしてそんなことを?!」

 

 吠えたのはうみのイッカクだった。

 三代目が答える前に奈良シカクが思い出したように呟いた。

 

「そういえば砂のチヨ率いる傀儡部隊は第二次忍界大戦で壊滅しかけたとは言え、また力をつけているとか……砂はそこを主戦力にして火の国にぶつけるなんて噂も聞きましたね」

 

 シカクがちらっとトビラに視線を送ったため、トビラは顔をしかめながら言った。

 

「なるほど。第二次忍界大戦でサクモは傀儡部隊の主力だったチヨの息子夫婦を倒したらしいな。つまり、傀儡との戦いを任せるにはうってつけと言うことか」

「風の国が荒れている原因は、風影失踪による戦力低下で隣接する小国から舐められていること。もし木の葉の英雄白い牙を倒せたとなれば、砂隠れの名誉も回復できるはずでしょうねぇ」

「風の国としても早めに内政の立て直しを図りたいはず。サクモ撃破という戦績が得られれば早々に戦争から離脱するだろう。命一つで大国一つとの戦争を治められるのなら、サクモも任務放棄の損失を補えていいことだ」

 

 シカクとトビラの会話を聞いたイッカクは信じられないものを見た、という顔で戦慄いた。

 

「何がいいことだ! サクモさんは殺されに行ったと言いたいのか?! それも、任務を失敗しただけで?!」

「掟を破った忍の末路を改めて木ノ葉の者に徹底せんといかん。サクモは死んでも役に立つ英雄の名があって幸運だったな」

「どうしてそんなひどいことを言うんだ君は! サクモさんは君の班員のカカシ君のお父さんなんだぞ!」

「誰の親であろうと忍は忍だ」

 

 トビラの言葉にイッカクは悲し気に顔を歪ませた。

 

「そんな……これじゃあ見せしめじゃないか……英雄を……里の仲間をそんな形で生贄として使い捨てるなんて間違っている! 火影様! 今すぐお考え直しください! すぐ増援を送るべきです!」

 

 トビラに言っても仕方ないと分かり、イッカクが必死に三代目へ訴えた。

 

「そもそもサクモさんを失ったら火の国にとっても大打撃です! あの人がどれほどの功績をあげ、里を守って来たかお判りでしょう! サクモさんが死ねば、益々他国は増長し、火の国へ攻め入るはずです!」

 

 イッカクの訴えに室内からも同調の声が上がり始めた。

 騒ぎになる前に三代目が笑みを浮かべて言った。

 

「勿論、見せしめとして里の者を死なせになぞいかせん。勝機があるから行かせておる。サクモを行かせたのは風の国を早々に叩くことで戦意を削ぐのが目的じゃ。傀儡部隊の場合、傀儡を壊せば戦力を大幅に削られる。火の国は容易に落とせぬと分かれば風の国の中でも民意が揺れ、外に戦力を向ける余裕なんぞ無くなるだろう。風との戦いは短期決戦じゃ」

「でしたら猶更、サクモさん一人で行かせるのではなく……」

「あくまでサクモを行かせた目的は砂隠れを叩くため。傀儡部隊を壊滅とまでは行かずとも、ダメージを与えたらすぐ戻るよう伝えておる。それと、砂隠れ付近には以前より油女一族を中心とした小隊を据えてある。連携して任に当たってくれるはずじゃ」

 

 サクモが一人ではないと分かり、ホッとしたイッカク。

 優しい目をする三代目が室内の上忍たちに言った。

 

「それと、サクモが出した損失についてはすでに余りが出るほどの功績を出してもらっておる。その件については解決済みじゃ。皆の者、今こそ忍同士の力を合わせる時じゃ。木の葉は見せしめに仲間を見捨てるなんてことは絶対にせん。皆で助け合い、この苦境を乗り越えようぞ」

「応っ!」

 

 現況の説明は終わり、散会となった。

 トビラも出ようとしたところ、後ろから引き留められた。

 

「よぉ。お前、けっこう性格悪いんだな」

「巻き込んだのは貴様だろう、シカク」

「あそこまで言うとは思わなかったんだよ。けどまぁ、これで少しは噂もおさまるといいがな。外と戦うって時に内側に憂いがあるんじゃ面倒だからよ」

 

 トビラとシカクの会話を聞いた男が横から加わって来た。

 

「君たち、さっきの発言はわざとだったのか?」

「あなたったらそうに決まっているでしょう」

 

 驚くイッカクを呆れたように見る上忍の女性も加わった。

 

「コハリ、お前も気づいていたのか?」

「むしろ会議が終わっても気づいてないのはあなたぐらいよ。熱くなりすぎね」

「そうだな。済まなかった、二人とも」

 

 頭を下げ謝るイッカクにシカクもトビラも首を振った。

 

「むしろイッカクさんを利用するみたいなことをしてすみませんでした」

「貴様の言葉に上忍たちもまとまり、火影の意図もよく伝わった。協力感謝する」

「いやぁ、俺は何も考えずに思ったことをそのまま言っただけだったが……役に立てたのなら良かったよ」

 

 二十歳そこそこのシカクと、トビラに至っては十程度の子供。

 そんな年下二人に利用されたことを怒りもせず、イッカクはただ恥ずかしそうに頭をかくだけだった。

 コハリはそんな夫を優し気に見つめ、そして悲し気に言った。

 

「早く戦争を終わらせたいわね。里の子供たちのためにも……」

「そういやイッカクさんたちにはお子さんがいましたね」

 

 シカクの言葉に頷くイッカク。

 

「ああ。イルカという息子がいる。この前6歳になりアカデミーにも入学した」

「もうそんな年齢でしたか。子供が成長するのは早いですね」

「ははは! 俺にとっちゃシカク。君がもう酒が飲める年齢になったのも驚きだよ。それになんと言ってもアカデミーで会ったことのあるトビラがもう上忍になっているんだからな」

 

 トビラは意外そうに言った。

 

「貴様、覚えていたのか」

「当たり前だ! だからこそさっきの言葉はショックだったんだよ。今の里はお前みたいなガキにあんなことを言わせちまうようになったのかと思ってな」

「火影様の言葉を聞けて安心したわね。希望はまだあるわ」

 

 コハリの言葉にイッカクも目を輝かせた。

 

「ああ。サクモさんなら必ず帰って来る。それまで俺らも里を守ればいい。引き留めて悪かったな、二人とも」

 

 こうしてトビラたちも解散となった。

 その後、はたけサクモによってほぼ壊滅した砂隠れの傀儡部隊は立て直す暇もなく、軍費を出し渋る大名の反対により宣戦布告を撤回し、内政へ注力することとなった。

 

 風の国に隣接する小国たちはサクモがほぼ一人で砂の主力部隊を蹴散らしたこと、風の国との間に不和が生じたこと、木ノ葉隠れとの停戦協定に旨みを感じたことから火より風を攻める方へシフトし始めていた。

 

 三代目の希望通りに風の国との短期決戦は終了したと言えるが、まだ雷、土、水との戦いは終わっていなかった。

 こちらの三ヶ国とはもつれにもつれ、持久戦となり、木ノ葉隠れの里も疲弊しつつあった。

 



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ヒレツ・オブ・ザ・シャリンガン

 その日は雨が降っていた。

 霧隠れとの交戦に目途がつき、どうにか帰って来たトビラは久々に祖母の顔を見た。

 

「トビラ、ああ無事に帰って来たのね……オビトはまだなのよ」

「まだ任務中か」

 

 不安そうな祖母をなだめ、トビラは数週間ぶりの自室でホッと息を吐いた。

 だが、一息つく間もなく、チャイムが鳴らされた。

 

「おばあ様、俺が出る。中にいてくれ」

 

 トビラが出ると、外にはミナト班がいた。

 任務終わりに直行したのだろう。全員、くたびれた顔をしている。

 いや、全員ではなく、3人しかいなかった。

 そのうちの一人、ミナトが口を開いた。

 

「トビラ、落ち着いて聞いてくれ」

「ああ」

「オビトが殉職した」

 

 チャイムが鳴らされた時、チャクラ感知をしたトビラはすでに悟っていた。

 だから、きわめて冷静に返事が出来た。

 

「そうか。わざわざ知らせに来てくれて感謝する。様子を見るに大変な任務だったのだろう。早く家で休んでくれ」

「なんでだよ……」

 

 その冷静さを許せない人物がいた。

 左目は額当てで隠されている。

 

「オビトが死んだんだ! どうして俺を責めない! 俺の……俺のせいでオビトが……!」

「カカシ!」

 

 動揺するカカシにミナトが鋭い声を出した。

 だが、それに被せるようにトビラは言った。

 

「どのような死に方であれ、任務で殉職したということは里のために死んだということ。兄さんも本望だろう」

「違う! 俺のせいなんだ! オビトは俺を庇って……!」

「カカシ、やめるんだ。トビラも言っているが君のせいではない」

「そうよ、カカシ。元はと言えば私が捕まったせいで……」

「リン。君もやめなさい。後悔をしてもオビトは戻ってこないし、ましてや遺族であるトビラの前でそれを言ってどうする」

 

 ミナトが言うと、カカシもリンも唇を噛み、今にも泣きそうだった。

 トビラはただ冷静に言った。

 

「ミナト、構わない。本人たちが一番受け入れられていないのだろう……リンが敵に捕まり、救助に行った先で兄さんはカカシを庇って死んだ。合っているか?」

「ん……そうだよ。俺はその時、オビトたちとは別行動をしていた。カカシたちの話によると、リンが捕まった洞窟の岩を崩され、オビトは岩に潰されそうだったカカシを突き飛ばし、代わりに潰されたらしい」

「その時に……オビトがこの写輪眼を……上忍祝いだって言って……」

 

 カカシの額当てがずれ、隠された左目が現れた。

 一閃の傷の下に赤く光る写輪眼があった。

 これにはトビラも驚いた。

 

「っ! この任務で開眼したのか……!」

「ああ。リンを助ける途中でこの目で俺を助けてくれた。……トビラ。俺はクズだ。リンが攫われた時、俺は助けに行かず、任務を遂行しようとした!」

「だが、助けに行ったのだろう? それに、任務を優先するのも間違いではない」

「オビトだけでリンを助けに行ってから……俺も後を追ったんだ。俺がもっと早く決断していれば……! 俺は仲間を見捨てようとして、なのに仲間に助けられて生き残った……!」

 

 カカシの赤い目からぽろぽろと涙がこぼれた。

 

「オビトに言われたんだ。忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。けど仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだって。俺も分かっていたはずなのに……結局、選びきれなかったせいでオビトを失った……俺はどっちつかずのクズだ……!」

「……カカシよ。すべてを失ったわけじゃない。貴様はリンを助けられた。そうだろう?」

「それも、オビトが行ったから……」

「洞窟を崩したということは恐らく岩宿崩しの術……土遁を使う岩隠れの手練れたちを相手にしたのなら兄さん一人では敵わなかっただろう。貴様も行ったからこそリンを助けられた。それを忘れるな」

 

 カカシが下を向くと、ぽたぽたと地面が濡れた。

 リンも泣いていた。

 トビラは優しい声音で言った。

 

「カカシ、リン、それにミナトよ。忍に死はつきものだ。お前たちだけのせいではない。俺たち忍は誰しも未来へ命を繋ぐ時が来る。兄さんはそれが少し早かっただけだ」

 

――それでも死ぬにはあまりにも早かったな、兄さん。

 

 トビラは心の声は声に出さず、続けた。

 

「兄さんは里を思い、仲間を思い、貴様らに命を繋げた。カカシ、貴様は写輪眼と共に兄さんの火の意志を託された。後悔があるのならその分だけ強くなり、その意志を未来へ繋げてくれ。勿論リンとミナトもだ」

 

 リンは泣きじゃくりながら頷き、ミナトも強く頷いた。

 カカシだけは下を向いたままだった。

 

「トビラ、オビトの言葉はお前にもあるんだ」

「なんだ?」

 

 顔を上げたカカシはオビトの口調を真似て言った。

 

「『俺はもう死ぬけど……兄ちゃんはお前のこと、いつでも見守っているからな。だからトビラ、あんまり早くこっちに来るんじゃねーよ』って」

 

 そう言われたトビラは初めて動揺を彼らに見せた。

 カカシの左目に埋まったオビトの写輪眼がまっすぐにトビラを見ていた。

 その視線を受けたトビラは、

 

「フー……………」

 

 下を向き、深く息を吐いた。

 

――最期の最期まで……本当に死ぬには早かった。兄さんなら一族を超えて里を守る良い火影になれたのに……バカだ。兄さんは底抜けのバカだ。

 

 トビラが再び顔を上げると、3人が驚いた。

 

「トビラ、その目は……君……」

 

 ミナトの声で初めてトビラも気づいた。

 

「なるほど、これが写輪眼か。こういう視界になるのか……」

 

――トリガーは愛情の喪失か? 忍の死は覚悟できていたつもりだったが、思っていたよりも兄さんの死が衝撃的だったのか。それとも、己への失意か? チャクラ感知をしていなかったから己の脳内のチャクラがどのように噴き出したか分からなかったな。

 

 トビラは脳内で分析を始めていた。

カカシたちからすれば、兄の死を聞いても多少の動揺ですぐ持ち直し、涙も流さず、写輪眼を開眼しても涼しい顔をしているトビラが異常に思えた。

 言葉を失っているカカシとリンに対し、ミナトはある提案をした。

 

「ん! トビラ。いきなりのことだが、オビトの代わりにこの班へ入ってくれないか?」

「ミナト先生っ?! いったい何を?!」

 

 カカシは反対しようとしたが、ミナトは聞かなかった。

 

「トビラは写輪眼を開眼したばかり、カカシは受け継いだばかり。同じ班にいれば、お互いに写輪眼の扱いを覚えられる。特にカカシはうちは一族じゃないから持て余すだろう。だからトビラ、君にはカカシのサポートをしてもらいたい」

「写輪眼に関しての知識はそれなりにある。構わない」

「ん! じゃあ、火影様にも頼んでみるよ。ありがとう。じゃあ、二人とも。そろそろ行こう」

 

3人を見送った後、トビラは再び家の中に入った。

 廊下には祖母が立っていた。

 

「おばあ様。聞こえていたと思うが兄さんが殉職した。仲間を守りきった、見事な最期だったらしい」

 

 顔を覆い崩れ落ちた祖母をトビラは支え、彼女の気が済むまで肩を貸した。

 

 

 

 

 

 ショックで動けなくなった祖母の代わりに食事を用意し、早めに寝かしつけたトビラはこっそりと家を出た。

 向かう先はうちは地区内の族長屋敷。

 戸を叩くとすぐに家主が出た。

 

「来ると思っていた。入りなさい」

 

 客間にて、フガクはいつも以上に重々しい顔でトビラの正面に座った。

 

「オビトが戦死したことはもう聞いている。そして君が写輪眼を開眼したことも」

「もう……?」

「ああ。波風ミナトの班に入りたいようだな。ミナトが先ほどこちらへ説明しに来た」

「そうでしたか」

 

――早いな。

 

 トビラはミナトの手回しの良さに驚いた。

 

「でしたら、兄の左目の写輪眼がカカシへ移植されたことも聞いていますよね?」

「ああ。……うちは一族で無い者が写輪眼を持つとはな」

「兄はカカシへその意志と共に写輪眼を託しました」

「うちはで無い者が扱える代物とは思えない」

「だからこそ、写輪眼を開眼した俺が同じ班でサポートします。カカシなら扱えるようになります」

 

 トビラの言葉は嘆願ではなく、決定事項だった。

 フガクは腕を組みながら目を閉じ、ため息を吐いた。

 

「弟である君がそう言うのなら俺はこれ以上とやかく言うつもりはない。オビトの意志を尊重しよう。だが、カカシがオビトを殺して写輪眼を奪ったと言い出す奴も出てくるだろう。気を付けなさい」

「ええ。覚悟はできています」

 

 トビラは頭を深く下げ、立ち上がった。

 彼が客間を出る間際、ポツリとフガクが言った。

 

「惜しい忍を亡くしたな」

 

 小さな呟きはフガクなりの弔いだった。

 

 

 

 

 

 砂隠れ、霧隠れとの戦況が落ち着き、数カ月ぶりに家へ帰ったサクモはちょうど家にいたカカシからオビトのことを聞き、息子を慰め、励ました。

 あとは本人が乗り越えるしかない問題だ。

 

 砂隠れはサクモの活躍で、霧隠れはフガクとトビラの活躍で、岩隠れはミナトの活躍とカカシ班が神無毘橋を落としたことで落ち着くことが出来たが、まだ雲隠れが残っている。

 現にサクモもすぐにまた前線へ向かわなければならない。

 

 最低限の身支度を済ませたサクモは火影室へ向かっていた。

 が、途中で足を止めた。

 

「あの子は……」

 

 土手でたそがれる姿に珍しさを感じたサクモは声をかけた。

 

「やあ、ガイ君。久しぶりだね」

「あ……カカシのお父さん」

「いつも元気な君が珍しい。何かあったのかい?」

 

 サクモは優しく尋ねたが、どこか確信があった。

 ガイの父は落ち込む息子を放っておくはずが無い、と。

 

「父さんが……父さんが、ボクと仲間を庇って……」

 

 ガイの目から涙がツーっと落ちた。

 静かな涙だった。

 サクモは優しく彼の背に手を当てた。

 

「そうだったか。ダイさんは君らを守り切ったんだね」

「ボクの班……忍刀七人衆に囲まれて……もうダメだと思ったら父さんが急に来たんです。それで、ボクらが逃げる時間を稼ぐために……八門遁甲を……」

「八門遁甲?! そうか、忍刀七人衆を壊滅させた下忍の噂を聞いたが……ダイさんだったのか」

 

 ガイは頷いた。

 

「八門遁甲は父さんが20年修行し続けて唯一会得した術でした……それで、最後の死門をボクらのために……」

「……命を賭しても守りたいものがあったのだろう。カッコイイ忍だ」

 

 サクモの言葉にガイはハッとした。

 

「父さんが言ってました……本当の勝利は自分の大切なものを守り抜くことだって」

 

 今度はサクモがその言葉にハッとした。

 ガイはそんなサクモに目もくれず、涙をぬぐって立ち上がった。

 

「そうだ! 父さんはカッコイイ忍だ! こんなところでへこたれていたら青春じゃない!父さんにも怒られる! 今こそ俺は俺の自分ルールを貫くときだ! カカシのお父さん! ありがとうございました! 俺、もう行きます!!」

「え、ちょ……あの」

 

 ガイは立ち止まらない。

 なぜなら青春は待ってはくれないからだ。

 ということで、残されたサクモは唖然とした後、火影室へ再度向かうことにした。

 

――最期まで強い人だったな。

 

 マイト・ダイの生き様は木の葉の英雄の心に確かに刻み付けられた。

 



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戦争はよう分からん

 オビトの死後、トビラはミナト班に編入された。

 とは言っても、ミナト班のうちミナト、カカシ、トビラの三人が上忍だ。

 そしてリンは中忍。

 つまり、この班での任務はそう多くなく、バラバラでの行動の方が多かった。

 

「あら、トビラ君。久しぶりね」

 

 トビラが雲隠れとの戦地で再会したのは大蛇丸だ。

 砂隠れ、霧隠れ、岩隠れとの戦闘を経た木ノ葉隠れの里は全戦力を雲隠れとの戦いに投入し、戦争の終結を図ることとなった。

 ミナトは別の地域を担当するためここにはいない。

 トビラは数年ぶりに師と会話することとなった。

 

「貴様がこの区域の担当だったのか」

「ええ、そうよ。じわじわといやらしい手を使って来るから気を抜けなくてねぇ。まあ、私も数日前に来たばかりだけど」

「貴様の名をあまり聞かなかったがどこにいた?」

「忍は己の任務内容をペラペラ口外しないものよ。ああ、そうそう。オビト君は残念だったわね。私の言った通りになって」

 

 今は小康状態のため、大蛇丸とトビラは見張りをしながら会話を続けた。

 

「忍に死はつきものだ。兄さんも仲間と里を守って死んだ。本望だろう」

「ふふ……聞けば写輪眼を開眼してすぐに死んだみたいじゃない。念願の目を手に入れられてはしゃいじゃったのかしら……どうせ死ぬならその写輪眼、欲しかったわねぇ」

 

 トビラがじろりと大蛇丸を睨んだ。

 その目に灯る赤色。

 大蛇丸の笑みが深まった。

 

「いい目になったじゃない、トビラ。忍の世界なんてこんなもんよ。少しは分かったかしら」

「…………なぜ貴様はそう写輪眼に固執する」

「写輪眼だけじゃないわ。私はすべてを知りたいのよ。そのためには時間も力も足りない……ねえ、カカシがオビト君の目をもらったらしいわね。うちはの身体じゃないのに適合したのかしら」

「今のところ、異常は見られない。カカシの兄さんへの思いが繋げているのだろう」

「へえ……興味深いわね……それにしてもよくうちは一族が許したものね。あのプライドの高い一族が……」

「兄さんの遺志を尊重した。ただそれだけのことだ」

 

 写輪眼を元の目に戻したトビラは大蛇丸から視線を外した。

 だが、大蛇丸はなおもトビラを見ながら会話を続ける。

 

「あなた、今はミナトの下についてオビト君の代わりをしているらしいわね」

「カカシの目のサポートの意味合いが強い。誰も兄さんの代わりはできん」

「オビト君の担当上忍が憎くないの? むざむざ部下を殺した彼が」

「もう一度言うが忍の任務に死はつきものだ」

「ふふふ……つまらない子。それにミナトも……せっかくの私の教え子を二人とも奪っちゃうんだから困ったものね」

 

 トビラは意外そうに目を見張った。

 

「貴様、ミナトに嫉妬しているのか」

「ミナトに嫉妬? あんな自来也の弟子に? 冗談はやめてちょうだい。私はただ心配なだけよ。せっかく担当したあなたたちが見殺しにされないか」

「己の身は己で守る。それが忍の鉄則だ。それにミナトは仲間を見殺しにするような奴じゃない」

「信頼しているのね」

「それが火の意志というものだ。貴様にもあるだろう」

「クックック……猿飛先生みたいなこと言うわねぇ、あなた。オビト君が年寄り臭いって言ったのも分かるわ」

 

 大蛇丸が次の言葉を継ぐより前にトビラが反応した。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 横を向く大蛇丸の背後から多数の手裏剣が現れたが、トビラの火の勢いに押され、カランカランと音を立てて地面に落ちていく。

 

「大蛇丸。休んでいないで貴様も動け」

「あら。弟子の成長を見せてくれたっていいじゃない」

 

 未だに動こうとしない大蛇丸に切り掛かる雲の忍たち。

 だが、

 

「潜影蛇手!」

 

 忍装束の上に羽織った衣の袖から出る無数の蛇がそれぞれの忍の首に噛みついた。

 途端にボン、ボン、ボン、と煙と共に消えていく。

 

「そちらも影分身か」

 

 同じように影分身体の忍たちを倒したトビラが大蛇丸のそばに戻った。

 

「初めにあらかた殺したらこのやり方に切り替えて来たのよ。こっちもひどいもんだけど、向こうも弾切れなんでしょうねぇ」

 

 大蛇丸が守っている地区はトビラが来るまで彼一人だった。

 雲隠れとしては断続的に襲撃をすることで大蛇丸のスタミナを削り取るつもりだったようだが、伝説の三忍がその程度の作戦に根を上げるわけがなかった。

 

「ふふふ……向こうの予定なら木の葉と霧の戦いがもっと長引くつもりだったんでしょうけど、やけに早く来てくれたじゃない」

「忍刀七人衆がほぼ全壊したことで霧が早々に撤退した。向こうとしても戦争を続けることが困難になったのだろう」

「あら。そっちじゃそんな面白いことになっていたのね。誰がやったのよ。またサクモさんかしら」

「いや。マイト・ダイだ」

 

 珍しく大蛇丸が困惑した表情を見せた。

 

「……誰だったかしら」

「下忍だ」

「下忍? 冗談はよしてちょうだい。下忍一人でやられるほどチンケな集団じゃないわよ」

「いや。ダイが一人でやったらしい。本人はもう死んでいる」

「命と引き換えに戦ったってこと? ふふ……いったいどんな禁術を使ったのかしら」

「禁術と言えば貴様が使っていた潜影蛇手も禁術だな。どこで習った?」

「あら、よく知っているじゃない。蛇の道は蛇って言うじゃない。まさしくそれよ……興味があるならあなたにも教えてあげるわよ、トビラ君」

「必要ない」

「そう……ふふふ……力が欲しくなったらいつでも言いなさい。忍の才を極めるためならどんな道もある方がいいもの」

 

 手からニョロニョロと蛇を出しつつ笑う大蛇丸。

 

――力への執着……やはり危険な男だ。

 

 トビラは雲隠れの忍だけでなく、大蛇丸への警戒も改めた。

 そんな折、彼らの下へ伝令が来た。

 

 トビラと大蛇丸が守る場所は火の国内の国境付近。

 すでに国境突破を許してしまっているため、今は侵入した雲隠れの陣営を追い出そうとしていた。

 だが、国内は守るべき場所が多いため、単独で敵陣営をかき乱すような作戦に出づらかった。

 そのため大蛇丸も一人で広範囲を守ることに徹していた。

 しかし、霧隠れとの戦いが落ち着いたことにより、木ノ葉の忍びが集まっている。

 そこで、木ノ葉の忍たちは一気に雲隠れを追い出す作戦へと移行することになった。

 

 ある地域ではミナトがきかん坊のエー、キラービーと接触したものの、木ノ葉の追い出し作戦は成功となった。

 

 これで各国との戦いは終わりが見えて来たが、忍は常に裏をかく世界。

 予断を許さない状況の中、各国のにらみ合いはまだ続くのだった。

 



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心の穴

シスイとのあれこれを書き忘れてたんで、
「おめでとう!」と「しめ縄先生」の間に追加しました。


 新生ミナト班で任務をしていた時のこと。

 トビラは驚愕した。

 それは、ミナトが敵に使ったある技を見たからだった。

 

「螺旋丸!」

 

 印を結ばずに掌に集まったチャクラの集合体。

 その塊をそのまま敵にぶつけ、倒す。

 さらに飛雷神の術と組み合わせ、一瞬で相手に近づき、一瞬で相手を倒す戦術。

 その有効性にトビラは嬉しくなり、里に戻ってからすぐさまミナトへ術について尋ねた。

 

「ミナト、先ほどの螺旋丸とやらはお前が開発したのか?」

「ん! そうだよ」

「そうか! 見事な術だな」

 

 珍しくワクワクした姿を見せるトビラに一緒にいたリンとカカシは意外そうに見た。

 トビラとの関係が浅いミナトはそれが珍しいことだとは知らず、

 

――オビトもカッコイイって興奮していたなぁ。やっぱり兄弟だから似ているんだね。

 

 と思いつつ答えた。

 

「構想から出来上がるまで結構かかっちゃったけどね……それに性質変化を加えるところにまでは至っていない」

「ふむ……乱回転させたチャクラを圧縮する、確かにそれだけでも高難度な技術だ」

「ん! あの一瞬でそこまで読み取ったか。写輪眼の力で?」

「そんなところだ」

 

 本当は写輪眼を使わずとも推測できていたが、トビラは曖昧に頷いた。

 「写輪眼」の単語が出るとカカシが反応した。

 額当てで隠した左目に手を当て、言った。

 

「俺も早くオビトの目を使いこなさないと……隠したままじゃいつまでもオビトの目になれない」

「無理に使って倒れるなら隠しておけ。あと兄さんがお前の目になるんであってお前は兄さんの目にはなれん」

「そうだよカカシ。焦らないで少しずつ使えるようになろう。オビトもきっとそうしてほしいと思っているよ」

 

 リンが励ますも、カカシは悔し気に顔をしかめるばかり。

 ミナトはそんな班員の姿に眉を下げつつ、優しく言った。

 

「ん! カカシ。オビトのことで後悔しているのは分かる。だけど、いつまでも過去を振り返ってはいられない。俺らは前を向かないとね」

「…………」

 

 なおも後悔を滲ますカカシ。

リンが空気を変えるように言った。

 

「私はもっと医療忍術を頑張りたいな。これからのために」

「ん! いい心がけだ。そうだな、俺も今の螺旋丸をさらに発展させ、ゆくゆくは螺旋閃光超輪舞孔四式を」

「ん? なんと言った?」

 

 聞き間違えかと思ったトビラが聞き直すと、ミナトが親切に言いなおしてあげた。

 

「螺旋閃光超輪舞孔四式だよ」

「ぶふぅっ!」

 

 噴き出したトビラはわなわなと肩を震わせながら下を向いた。

 今は任務終わりなため、ツボッても襲撃の心配はない。

 

「トビラ、どうしたんだい?」

 

 首を傾げるミナトと返事もできないトビラの間にリンとカカシが入った。

 

「先生! トビラも任務終わりで疲れちゃったんじゃないかしら?」

「そ、そうそう。そういえば火影様への報告ってまだでしたよね」

「ん! そうだった! じゃあ、ここで失礼するよ」

 

 ミナトが姿を消したのを確認してからカカシが言った。

 

「トビラ! ミナト先生は真面目に名前を付けているんだから笑うのは失礼だろう!」

「お、俺とて戦場であれば我慢する……だが、あれは…………」

「うーん、確かにちょっと独特な名前だよね」

「ちょっとどころの話ではない……フー…………兄さんから聞いてはいたがやはりミナト……あやつは中々に天然だな」

 

 ようやく落ち着いたトビラにカカシは呆れた顔、リンは困り顔。

 ほどなくして三人も解散した。

 帰宅したトビラはガラガラと寝室の戸を開けた。

 

「おばあ様、具合はどうだ」

「ああ、トビラ……おかえり」

「無理に起き上がらなくともよい。台所の食器を見るに昼飯は食べられたようだな」

「シスイちゃんが今朝、持ってきてくれたんぞよ。お母さんが作ってくれたみたいでねぇ」

「そうか、シスイが……」

 

 トビラが生まれたばかりのシスイをオビトと見てから早6年。

 双子たち、特にオビトは成長していくシスイを気にかけ、シスイもそんな彼らを兄のように慕っていた。

 オビトの訃報にはショックを受けていたがシスイなりに受け入れ、むしろ立ち直れていないオビトたちの祖母を何かと助けてくれるようになっていた。

 任務で家を空けることの多いトビラにとっては大変にありがたいことだった。

 

「シスイちゃんはこの前、アカデミーに入ったみたいぞよ」

「もうそんな年齢だったか」

「私も年を取るわけだよ。トビラが帰って来たのなら久々に魚を焼こうかね」

「無理はせんでも……」

 

 布団から起き上がる祖母を止めようとしたトビラだったが思い直した。

 

――いや、少しは外に出した方が気がまぎれるか。

 

 祖母と店へ向かったトビラに声がかかった。

 

「あれ? 帰って来てたのか? トビラさん」

「シスイか。アカデミーは終わったのか?」

「先生たちもそんなに授業をしている暇がないから……おばあちゃん! 今日は外に出られているんだな!」

「シスイちゃん、今朝はありがとうねぇ。おや、そこの子は?」

 

 祖母の目がシスイの後ろへ向く。

 そこには6歳のシスイよりもさらに小さな男の子がいた。

 

「こいつはイタチ。フガクさんの子供だよ」

「なんと! 族長様の嫡男の……これはこれはご挨拶が遅れまして……」

 

 数年前、フガクの父が急逝したことにより族長も代替わりした。

 うちは一族の会合に参加していればもっと早くイタチの顔を見ているものだが、トビラたちの家は参加していないためこれが初めての顔合わせとなった。

 曲がった腰をさらに曲げようとする祖母にイタチが言った。

 

「同じ里の者なのですから、そのような気遣いは不要です。臥せっていると聞きましたがもう体調はよろしいのですか」

「ええ。久しぶりに孫のトビラが帰って来ましたからね。トビラは魚が好物だから焼いてあげないと」

「そうですか。シスイから話は聞いています。トビラさんですね」

 

 イタチの目線がトビラへ向いた。

 

「ああ。貴様がフガクの息子のイタチか」

「はい。トビラさんはアカデミーを飛び級で卒業し、上忍にもすぐになった天才忍者だと聞いています。それに最近は写輪眼を開眼したとか」

「天才かどうかはともかく他は事実だ。詳しいな」

「父が母と話しているのを聞きました。それとシスイからも」

「ほう。面倒見が良いな、シスイ」

「イタチに上の兄弟はいないから。それに俺も世話になったから。トビラさんと…………」

 

 口ごもるシスイが思い浮かべる名前。

 トビラはそれが誰だか分かっていた。

 

「俺とおばあ様はそろそろ行く。魚が売り切れるからな」

「そうですよね! イタチ、お前もミコトさんから頼まれたものを買いに行くんだろ。行くぞ」

「そうだな。……では、失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げるイタチに手を振るシスイ。

 その背を見送ったトビラたちはまた歩き出した。

 

 戦争はまだ続いていた。



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何かがいる!

 新生ミナト班は数回の任務を共にした後、霧隠れとの戦場へ行くことになった。

 一度は撤退したと見えた霧隠れがまたしても暴れ始めたからだ。

 ミナトは前線で戦うため先に出発し、カカシたちは補給物資の準備等を行ってからの出発となった。

 

「俺たちの任務は後衛部隊の援護だ。各々、補給物資を忘れるな。カカシ班と合同で移動する」

「トビラ班も怪我人は俺の班員のリンに申し出ること」

 

 トビラとカカシはそれぞれ中忍で構成された小隊を率い、リンはカカシ班の一員だった。

二小隊は同時にすぐさま出発した。

 移動する最中、トビラはカカシとリンに話しかけた。

 

「カカシ、リン。霧隠れの忍刀七人衆が壊滅したのは知っているな?」

「うん」

「向こうの戦力はかなり減ったと見ていいよね」

 

 カカシの言葉にトビラは首を振った。

 

「本来ならその時点で終わるはずなのに連中はまた何か策を練り始めている。窮鼠猫を噛むと言うが、追い詰められた人間ほど何をするか分からない。まだ奥の手が残っていると見た方がいいだろう」

 

 カカシたちの表情はさらに引き締まった。

 後衛部隊がいる拠点は木ノ葉からそう遠くなく、すぐに着いた。

 

 岩で出来た天然の要塞には怪我人たちがいるため、リンは治療を、他の班員たちは支援物資の補給と見張りの交代を申し出た。

 トビラは見張り任務につく前に、部隊の責任者へミナトが前線へ向かったことを話した。

 

「そうか! 黄色い閃光が前線へ! 防衛ラインが突破されそうだったからアイツが行ってくれるなら死守できる。ありがたい」

「霧隠れがここへ襲撃したことはあるか?」

「いや。この場所は戦略的に見て旨みの無い場所だ。だから陣を張っている。とは言っても油断はしないでくれよ」

「分かっている……時に、ここには日向一族の者はいないか?」

「いや。別の部隊にならいるが……何か奴に伝言でも?」

「ただ聞いただけだ。では俺は見張りにつく」

 

 先に見張り番をしているカカシの下へ向かったトビラは眉を寄せたまま言った。

 

「カカシ。俺は少し写輪眼でこの周囲を見回る。だからここをしばらく任せていいか?」

「いいけど……敵か?」

「さっき、本当に一瞬だけ感知したチャクラに違和感があった。だから、写輪眼でチャクラ感知を試みる」

 

 カカシが頷いたのでトビラは写輪眼に切り替え、周囲を見て回った。

 写輪眼を使えばチャクラを色で見分けられるが、誰かが隠れているようには見えない。

 

――白眼があればより正確に探知できるのだが……やはり写輪眼では見つからないな。この身体ではチャクラ感知の精度が以前ほど高くない……戦場での違和感を気のせいで片付けると命に関わるというのに。

 

 煮え切らないまま確認を終えたトビラは首を振ってカカシにスカだったことを教えた。

  

「リンの手伝いをしている班員たちも見張りに回すか?」

「いや、見回りついでに罠を仕掛けておいた。敵が来ればすぐ分かる」

 

 これ以上の捜索も出来ないため、トビラも大人しく見張りに加わることにした。

 ピリピリしながら見張りをしていたカカシたちだったが、後衛部隊の責任者が言う通り、敵の狙いにならない場所だからか敵の気配はない。

 そうこうしているうちに半日が経ち、治療に区切りがついたリンがやって来た。

 トビラは押し黙ったままなのでカカシが話しかけた。

 

「リン、治療は?」

「今できることは一通り終わったよ。あとは病院じゃないとどうにも……後衛部隊の隊長さんがトビラとこれからの対応について相談したいって。見張りは私が交代するから行ってきて」

「見張りは俺一人でいいからリンは少し休んだ方が……」

 

 カカシの言葉は陣の外から聞こえた爆発音でかき消された。

 

「俺が敷いた罠が発動した。つまり敵襲だ。ここは俺に任せろ。カカシ、リンを連れ、陣に戻りそのまま守れ!」

 

 トビラはリンの背を押し、カカシへ指示を出した。

 カカシとリンは重症人たちがいる陣営へ撤退し、代わりに動ける忍たちが爆発に応じて出て来た。

 

「北より敵襲! この要塞を囲むように罠を敷いているため、目印より奥へ出るな!」

「了解!」

 

 トビラはすぐさま仲間たちに知らせ、罠をかいくぐって来た霧隠れの忍と応戦した。

 

「その面……霧の暗部か」

「ガキが……小賢しい罠なんて仕掛けやがって!」

「こんな辺鄙な場所に何の用だ?」

「どけ!」

 

 トビラは戦っていく中で、敵の狙いが陣営にあることに気づいた。

 前線に配置してもおかしくない手練れたちが沸いては出て来て陣営へ向かおうとしているからだ。

 

――なぜ陣営を? 敵を捕まえて目的を吐かせる時間もないな……

 

「影分身の術!」

 

 トビラの分身がリンとカカシがいる陣へ飛んだ。

 リンたちはいきなり現れたトビラに驚いた。

 

「トビラ?!」

「飛雷神で飛んできた。さっきリンの背中にマーキングを付けたからな」

「お前……ミナト先生の飛雷神を使えたのかよ」

「今はそんな話をしている暇はない。敵の狙いはこの陣営にある。カカシ、援護する」

「助かるよ」

 

 カカシがそう返事している間も、霧隠れの暗部が攻めて来た。

 さらに別方向からも来たので、トビラの分身がリンを背に庇った。

 

「火遁・豪火球の術!」

「水遁・水龍弾の術!」

 

 トビラの分身体が放った火球を霧隠れの忍が打ち消した。

 蒸気がリンたちの周りを包み、

 

「キャーッ!」

 

 悲鳴にカカシは振り向いた。

 

「リン!」

「木ノ葉の女を捕まえたぞ! 俺たちは行くからお前らは足止めしろ!」

 

 霧隠れの暗部たち数人が気を失ったリンを抱え、いなくなった。

 



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双子

 

 リンを抱えた忍と入れ替わるようにトビラの本体が飛んできて、その場には二人のトビラが。

 カカシはすぐさま事態を察知した。

 

「そうか、こっちのトビラは分身だったのかっ! リンが連れて行かれた! トビラ、すぐに飛雷神で連れて行ってくれ!」

「今は敵の殲滅が先だ。このままだと後衛部隊が全滅する。移動中であればリンへ危害が加わる可能性は低い。救出は後だ」

「っ……クソッ!」

 

 カカシは悪態をつきながらもトビラの指示に従った。

 

「お前は陣の中で重症人たちのそばにいてくれ」

「分かった」

 

 カカシがリン救出より霧隠れの忍たちの殲滅を選んだことを確認したトビラは分身へ指示を出した。

 敵はカカシたちを殺すよりも、ひたすら時間稼ぎをするような戦い方をし、トビラはそれに応えた。

 しばらくして、霧隠れの暗部たちが退いた。

 トビラはチャクラ感知をし、木ノ葉の仲間しかその場にいないことを確認した。

すると、カカシがトビラの下へ駆け寄った。

 

「トビラ! この近くに同じような後援部隊がある。俺の部下に増援を呼ばせた。ここは増援に任せて俺らはリンを……」

 

 トビラは返事せず、話している最中のカカシの肩に手を置き、マーキングしたところへ飛んだ。 

 そこには重傷者たちを守るトビラの分身体がいた。

 

「おい! ここじゃなくてリンのところに……」

「もう変化は解いて良い。連中はいなくなった」

「良かった」

 

 ボン、と音がし、リンが現れた。

 

「え?」

 

 ポカンとするカカシにトビラが説明した。

 

「安心しろ。攫わせたのはリンに変化させた俺の分身だ。頃合いを見て自爆するはずだ」

「蒸気に紛れて変化し合ったの。トビラの分身に言われてね」

 

 リンも説明に加わると、カカシは安堵と共に不満げな顔をした。

 

「なんで先に言ってくれなかったんだよ……」

「敵に囲まれているときに言ってバレたら台無しだ。カカシ、分かっているな」

「……ああ。霧隠れの暗部たちの狙いは木ノ葉の忍を一人……」

「さらに言うと、俺の分身がすり替わったということは明確にリンを狙っていたのだろう」

「リンを? なぜ?」

「それは分身が消えるまでは分からん。攫ったリンが偽物と分かればまたここに来るかもしれんが、それまでまだ時間がある」

 

 トビラたちは傷ついた仲間たちの下へ移動した。

 リンはさっそく治療を始めている。

 それを見ながらカカシとトビラは話を続けた。

 

「この戦争の最中、貴重な暗部を十人は費やして攫ったということは霧にとってこの作戦がメイン。もしかすると、ミナトが向かった前線の方が陽動かもしれん」

「なんのためにそこまでして人質を? しかもリンを……医療忍者が必要だったのか?」

「だとしたらこちらの情報が向こうに洩れているな。医療忍者のリンがここに来たタイミングを確実に狙ったことになる」

「……トビラ、さっき変なチャクラを感知したと言っていたな? 今は?」

「いない。だが、カカシの言う通り、何らかの方法でこちらの動きを見ていたと思った方がいい」

 

 トビラは話している最中にハッとした。

 

「どうした? トビラ!」

「今、俺の分身が自爆した」

 

 トビラは分身の記憶から即座に理解した。

 

――なるほど、木ノ葉の忍を三尾の人柱力にし、里で暴れさせるか。あくまで抑止力である尾獣をそんなことに使うなんて、戦争が終わった時に他里から責められるのは分かっていように……自棄になって捨て身になったか、考えなしな水影なのか、木ノ葉を無にしたいのか、それとも別の人間の策略か…………

 

 考え込むトビラをカカシが揺らした。

 

「トビラ! どうした? 向こうで何があった?」

「まず、霧隠れの暗部は俺たちを襲った以上の数、そうだな、三十人はいた。だが、俺の分身が消える前に大規模な起爆札を使ったから五人は道連れにできただろう」

「だとしても二十五人……さっきは時間稼ぎの戦い方だったからまだどうにかなったけど、ここの人員じゃキツイぞ……」

「うっ……カカシ、隊長……自分はまだ、いけます…………!」

 

 リンに治療してもらった隊員が苦し気に言った。

 

「無茶よ。この怪我、完全には治せていないんだから。トビラ、カカシ。さっきの襲撃で怪我を負った人たちは一通り治した。でも、中には私じゃ治しきれていない人もいる」

「十分だ。カカシの呼んだ増援もすぐに来る」

 

――三尾の人柱力はいたけれど、封印が緩かったな……そうしないと耐えられないのか、ここまで運ぶためにとりあえず入れた使い捨ての器か……分身の自爆で人柱力ごと死んだ可能性は高いが、確証はない。死んでいれば霧も作戦失敗で退くが、生きていれば懲りずにまたここへ来るだろう。

 

 トビラは話ながらも猛烈なスピードで頭を働かせていた。

 

――確実に連中の作戦を失敗させるとしたら、先にこちらが霧隠れの誰かに三尾を封印し、殺す。人柱力ごと死ねば次の自然発生まで時間ができる。

 

 方針を決めたトビラはカカシを向いた。

 

「カカシ、霧隠れの狙いは三尾という膨大なチャクラの塊を木ノ葉の忍に入れ、里に帰らせ暴走させることだ。俺の分身が爆破したことで、三尾ごと死んだ可能性があるが、そうでなかった場合は……」

「またここに来て誰かを攫うってことか。襲撃に備えてここで待ち伏せするしかないな」

「今なら俺が単独で向こうのアジトに乗り込むのも手だ。混乱状態だから連携を崩しやすい」

「……飛雷神で行く気?」

「あいにく、マーキングも岩の中だ。しかも、俺の分身は目隠しをされた状態で連れて行かれたから道筋も定かじゃない。匂いで辿ることになる」

「なるほどね。口寄せの術!」

 

 ポン、と音がしてパグ犬が現れた。

 

「匂いを辿るのはパックンに任せよう」

「ああ。カカシ、俺の班員はお前に任せる。それと、増援もこちらへ近づいている。ここの指揮を頼む」

 

 頷いたカカシはパグ犬にお願いをした。

 

「パックン、トビラの指示に従ってくれ」

「トビラ? そっちの黒頭巾の坊主か。何の用じゃ」

「俺の分身の匂いを辿ってほしい」

「お主の分身の匂い? 一番匂いが濃い奴がいるのに追うってのはなぁ……」

「できないか?」

「ワシを可愛いワンちゃんだとバカにすんじゃない。来い」

「可愛いワンちゃんなんて言っていない」

 

 トビラの素朴なツッコミは無視された。

 気を取り直し、トビラは駆けだすパックンの後を追いながら考えた。

 

――さっき殺した霧隠れの忍の生体情報は入手してある。木の葉の者たちの目がないから穢土転生も可能だ。生きのこった霧の忍を使って穢土転生し、更なる計画が無いか確認するか。そしてこんなことをした目的も。

 

 木々を飛び越えながらこれからの動きを考えていると、パックンが「おい!」と声をかけて来た。

 

「どうした?」

「急にお主の匂いにかなり似た何かが出て来た。じゃが、別の変な匂いもするな」

「俺の匂いにかなり似た何か? それはどちらの方向だ」

「今探っておるところだ! む……ワシらと同じ方向だぞ! こちらへ向かって来ておる!」

「ならこのまま進み、待ち伏せる。もし霧隠れの忍ならちょうどいい。捕まえる」

 

――俺を運んで匂いが移った霧隠れの忍か? だとしたらかなり似た、という表現が気になるが……

 

 トビラは困惑しながらもパックンが示したポイントに簡易的な罠を仕掛けた。

 かくして、その人物が現れた。

 

「なっ……!」

 

――どうしてここに?!

 

「止まれ!」

 

 トビラは大胆にもその人物の正面に飛び出た。

 



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白い変なの

 

 トビラに動きを止められた人物は焦った顔で怒鳴った。

 

「なんだよっ俺はリンたちを助けに……トビラ……トビラだよな! 俺だ! オビトだ!」

 

 手を広げて喜ぶオビトにトビラは間髪入れずにクナイを投げた。

 顔面に来るのを躱したオビトの頬に切れ目が入り、ツーと血が流れた。

 

「トビラ! 信じらんねーと思うけど俺は本物の兄ちゃんだよ! 今こんなことしている場合じゃねーんだ!」

 

 困惑するオビトをよそにトビラは兄の頬を凝視した。

 

――塵芥が集まらず血が流れている……穢土転生体ではなく生身の体か……だが…………

 

 トビラは困惑した。

 

――どうして兄者柱間の細胞が兄さんに埋め込まれている?!

 

 さすがに動揺を隠せないものの、トビラは返事をした。

 

「どうやら本当に兄さんのようだな……」

 

弟に信じてもらえ、オビトは嬉しそうな顔をした。

 だが、すぐに切羽詰まった顔に戻った。

 

「トビラ! 再会を喜びてーけど今はダメだ! リンを助けに行かねーと!」

「リンを? どうしてだ?」

「はあ?! お前もリンを助けに行こうとしているんだろっ?! リンが霧隠れの忍たちに捕まったって! トビラたちがピンチだって聞いたぞ!」

「聞いたって誰からだ?」

「このグルグルに!」

「どーもっス!」

「っ?! なんだソイツは?!」

 

 オビトの全身を覆う白い木の枝に似た着ぐるみスーツが急に喋り出したため、トビラは驚いた。

 

――あれも兄者の細胞か? 俺が死ぬときの研究状況だと兄者の細胞は喋らなかったが……いや、さすがに細胞は喋らないはずだ。ということは兄者の細胞を使った人造体?

 

「兄さん、今までどこにいた?」

「あのな、そういう話はあとだ! 早くリンを」

「こっちの方が先だ。その白いのはなんだ?」

「ア! 俺も聞きたい事がアル!」

「なんだ?」

「便意ッテ何?」

「おいコラ、グルグル! この大事な時にくだらねーこと聞いてんじゃねーよ!」

 

――こいつのチャクラ……俺が一瞬だけ感じた不審なチャクラと似ている。リンが攫われたことを知っていたならコイツが見ていたのか? 兄さんは親しげに話しているが明らかに怪しいぞ、この白いの。

 

 トビラは思案しながらも答えた。

 

「便意とは排便したくなることだが、お前はしないのか?」

「真面目に答えなくていいから、トビラ!」

「だって僕らは飲まず食わずで平気ダモーン! もっとどんな感じなのか教えてヨー」

「いいだろう」

「おいトビラ! 教えるのかよ?! どうやって?!」

「兄さん、ソイツが剥がれたら死ぬのか?」

「いや、今は動きづらいからくっついてもらっているだけだ」

「なるほど。兄さんの身体にくっついたままだと教えるのは難しいな」

「じゃあ、ちょっとだけ離れるネ!」

 

 オビトの身体から白いものが離れた。

 トビラはその様子をじっと観察した。

 

――兄さんの身体はやはり兄者の細胞がくっついたままだ……潰れた半身を補っているようだが、手が溶けかかっているのを見るにまだ脆いな。立っているのがやっとと言ったところか。そして喋る白いのは人間の形だけ模造した人形のようだ。今の科学でここまでのものが作れるとは思えん。誰かの術か?

 

「ねえねえ、早く僕に便意ヲ教えてヨー!」

「尻を出せ」

 

 トビラはクナイをグルグルの尻に刺した。

 

「これでしばらく走り回った時に感じるもの、それが便意だ」

「ヘエ、これが便意なのかァ」

「ちょうどいい。グルグルとやら、霧隠れの連中が集まっているところを知っているならそこまで走ってみると良い。もっと便意について理解できるぞ」

「そうなの? じゃあちょっと行ッてくるネ!」

 

 グルグルは大喜びで走り出してしまった。

 

「……おい、あんな嘘教えていいのかよ」

「感覚なんて人それぞれだ。嘘とは言い切れん。兄さん、今のうちにリンのところへ連れて行く」

「えっ?! 行けるのか?!」

 

トビラはオビトに触れた。

 

「おい、ワシはどうすりゃいい?」

「あの白いのを尾行して霧隠れのアジトに行ってくれ。様子を探って来てほしい」

「いいぞ。にしても、ありゃーなんなんじゃ全く」

 

 空気を読んで黙っていたパックンはぶつくさ言いながら消えたが、そのセリフはトビラも言いたかった。

 リンのマーキングまでそう遠くないため、大したチャクラ消費にもならずに飛ぶことが出来、オビトは数カ月ぶりに仲間と再会が出来た。

 

「え? トビラ? 急にどうしたの……え?」

「オビト!!!」

 

 リンのそばにいたカカシが叫び、オビトも叫ぶ。

 

「リン?! 無事だったんだな?!」

「本当にオビトなんだな! 生きていたなんて……今までどこにいたんだ?! それにその半身は?!」

「やっぱりオビトなの? 良かった、無事で……!」

 

 混乱する三人がそれぞれ勝手に驚くので、トビラが静かに制した。

 

「落ち着け。まず、兄さん。リンはこの通り無事だ。そしてカカシ、リン。俺もさっき兄さんを見つけたため、作戦は中止してここに戻った。パックンがアジトの様子を見に行ってくれている。さあ、兄さん。その白い変なのの正体と今までどこにいたのか言ってもらうぞ。カカシたちはここで待機だ」

「なんでだよ。ここで話を聞けばいいでしょ」

「敵が来るかもしれん。隊長のお前まで兄さんに注意を向けていたら反応が遅れる」

 

 トビラはオビトを連れ、二人から離れようとした。

 だが、二人はガッシリとオビトの腕を掴んだ。

 

「霧隠れのこととオビトが見つかったことに関連があるとしたら、俺も聞いていた方がいい。それに見張りはちゃんと立てている」

「オビト、身体がボロボロだよ。すぐに手当てするよ」

「……じゃあ、手当しながら話を聞こう」

 

 トビラはオビトを連れ出すのを諦め、尋ねた。

 

「兄さん、今までのことを教えてくれ」

「俺、岩に潰された後、地下に移動していたんだよ。で、そこにいた爺ちゃんが助けてくれたんだ。潰れた半身には柱間細胞? っていうので出来た人造体をくっつけてくれて……ただソイツ、うちはの抜け忍だ。ほんとかは分からねーけど、うちはマダラだって言っていた」

「うちはマダラ?!」

 

 オビトはかつて見たことのない弟の表情にギョッとした。

 カカシとリンも同じだった。

 

「本当にその老人がうちはマダラを名乗ったのだな?! 写輪眼は?!」

「あ、あったぜ……俺とは違う繋がった感じの……」

 

――直巴! 万華鏡写輪眼を持つということは本物のマダラだ! くそ、生きていたか。だが、どうやって?! マダラは兄者柱間が確かに殺し、俺も確認した。……死体を処理しなかったのが間違いだったか。

 

 顔を歪めるトビラはあることに気づいた。

 

――兄さんに取り憑いていた白いのはマダラが作った人造体……つまりマダラの手先。リンが霧隠れに攫われたのを手先が知っていたのはマダラの企みだからか? あり得る。

 

 トビラが考え込んでいる間にオビトはカカシから霧隠れの襲撃を受けたこと、危うくリンが攫われるところだったことを聞いていた。

 

――兄さんを助けたのも手先の一人にするため……リンが本当に攫われ、三尾の人柱力になっていたらリンは死んでいた。もしかするとカカシや俺も。それを兄さんに目撃させようとしていたか? もしそうなっていたら兄さんの愛情は憎しみに変わっていた。

 

 トビラの目に爛々と光る赤い写輪眼が浮かんだ。

 

――愛情深いうちは一族の子供には有効な手だ。そして自分の側へ引き入れようと……マダラめ。お前が闇を憑かせようとしているのは、うちはの子供……それも自分の直系の子孫だ。そこまで堕ちたか。よりによって兄さんを……!

 

 トビラは怒りでさらに顔を歪ませ、決意した。

 

――マダラ、今度こそ倒す!

 

 トビラの目に浮かぶ巴が一つから二つに増えた。

 



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いつだって兄の自決を止められない弟は可愛いよね

 

 トビラは己の瞳力が増していることに気づかないまま、兄に尋ねた。

 

「兄さん、マダラは何を言っていた?」

「え? そこまで話してはいねーんだよな。あのジジイ、魔像だかのチャクラをもらわないとすぐ死ぬらしくて、寝てばっかりだったし。ただ、そうだな……この世界は地獄だから因果を断ち切るって言ってたぜ。勝者だけの世界、愛だけの世界だかを作るって」

 

 曖昧な説明にカカシが困惑した。

 

「は? 見るからに危ない老人じゃない? オビト、そんなのと今まで一緒にいたの?」

「仕方ねーだろ! 出口が岩に塞がれて出られなかったんだよ! そのせいでこの人造体でできた腕も壊れちまってさ……」

 

 カカシが冷静にツッコむ中、トビラは驚愕した。

 

――マダラ、里を襲うのに失敗して今度はこの忍世界そのものを壊す気か? 死にかけた者を延命させる魔像だとかいうもの、兄さんにくっついている人造体、知能を持ち動くあの白い人造体、どれも人智を超えた存在ばかりだ。本当に全てアイツが考え、実行しているのか?

 

 オビトの崩れた腕を治療しようとしていたリンが言った。

 

「オビト、これって何で出来ているの? 今までみたいに治療しようとしてもできない……それにこの腕、溶けたように崩れているけど血が流れていない……」

「俺もよく分からねーんだよな。ただ、この人造体のおかげで俺、飲まず食わずでも平気になったみてーなんだ」

「そんなことができる義腕なんてあるのか? 聞いたこと無い」

「柱間細胞って言っていたよね? それって初代火影柱間様の……?」

「多分……俺もよく分かんねーんだよ。ただ、寝ている間にこの半身が出来上がったから、腕もそのうち治ると思うぜ」

 

 リンもカカシも首を傾げたが、トビラは兄の腕を分析した。

 

――確かに兄者の細胞だ。だが、俺のころはここまで実用的な分野まで研究を進められずに終わった。まさか兄さんが兄者の細胞に適合するなんて……生前の俺でも適合しなかったのに。

 

 柱間細胞が気になるところではあるが、トビラとしてはそれ以上の懸念があった。

 

――今の兄さんはマダラの手先。だとしたら、アイツがやりそうなことがある。

 

 トビラはカカシに兄を任せ、増援部隊の中から一人を呼んだ。

 

「日向一族の者だな。白眼は使えるか?」

「ああ、使えるぞ」

「なら、見てもらいたいものがある」

 

 白眼を持つ忍をオビトの前に連れて来て、兄の身体を見てもらった。

 

「白眼! …………こ、これは……! 心臓に何か札が……見たことのない札だ」

「文字は読めるか?」

 

 読み上げてもらった文字から、トビラは札の正体を見破った。

 日向一族の忍を元の見張りに戻し、トビラはオビトをどうにかカカシたちから引きはがして二人っきりになった。

 

「兄さん、重要な話がある」

「俺の心臓に貼ってある札のことだろ? これ、何か分かったのか?」

 

 トビラは頷いた。

 

「恐らくその札は呪印札……相手の動きを制約する働きがある。うちはマダラが貼ったのだろう。兄さんを手先として無理やり動かすために。いつ兄さんの身体を操るか分からない」

「……そうか。トビラ、カカシとリンを頼むぞ」

 

 オビトは覚悟を決めた顔でトビラに言い、弟のクナイを抜き取って自分の心臓に突き刺した。

 かつて忍界最速を誇ったトビラが反応できないほどの速さだった。

 

「クッ……! 確かに俺の動きに制約があるみてーだな……」

 

 心臓に突き刺したはずのクナイはオビトの胸の皮一枚を傷つけるだけだった。

 オビトの手の震えが、彼の思うように身体が動いていないことを表していた。

 あまりのことに放心していたトビラがようやく動いた。

 

「兄さん! 何をしているっ! 今すぐ手を下ろせ!」

「今もあのジジイが俺の身体を乗っ取るかもしれねーだろ! お前やカカシ、リンを傷つける前に早く……」

「兄さんを止める方法は他にもある! だから手を下ろしてくれ!」

「え? そうなの?」

 

 トビラが両手を使っても動かせなかったオビトの手があっさりと下ろされた。

 とてつもなく驚かされたトビラとしては恨みごとの一つや二つでも言いたいところだったが、急を要することだったためすぐに話を再開した。

 

「その呪印札の上からさらに俺の呪印札を貼る。死ぬほどの苦痛はあるが、その細胞があれば死ぬことはない」

 

――マダラが使った呪印札が昔、俺が穢土転生用に作った旧式で助かった。これならマダラ出奔後に再開発しておいた呪印札で上書きできる。

 

 トビラは穢土転生用に持ち歩いていた呪印札を即席でさらに書き換え、オビトの心臓に貼られた呪印札の上に貼った。

 

「うわっ……トビラの手が身体に入って気持ち悪……うげぇええええええ! いってぇええええええ!」

「そう騒ぐな、兄さん。敵に見つかるぞ」

「うぐぁあああああああああ!!!!!」

 

 オビトの悲鳴に駆け寄ったのは敵でなくカカシとリン。

 

「オビト! どうした?!」

「オビト! すぐに医療忍術を……」

「近寄るな! 離れていろ!」

 

 鋭い言葉でカカシたちを止めるトビラ。

 あまりの剣幕に二人とも足を止めた。

 その間、トビラは白目を剥いてのたうち回るオビトをじっと眺めた。

 次第に悲鳴は弱まり、パタリとオビトの動きが止まった。 

 

「オビト! おい、トビラ! オビトに何が?!」

「お願い! すぐに治療をさせて!」

「その必要はない」

 

 トビラの言葉のすぐ後にオビトが起き上がった。

 

「リン……カカシ……俺は……平、気だ…………」

「オビト!」

 

 わっと駆け寄るカカシとリンをトビラは止めず、三人を眺めながら思案した。

 

――無事、俺の呪印札が勝ったか。俺やカカシたちに襲いかかる様子もない。だがこれは一時措置。どうにかしてマダラの札を取り除いた方がいい。だが、それは後だな。

 

 苦痛に泣いていたオビトのそばにいたカカシがハッと振り向いた。

 

「パックン! 戻って来たか」

「おお、カカシか。そこの黒頭巾の小僧の指示で霧隠れのアジトへ行ってきたが壊滅しておった。洞窟が倒壊し、死者の匂いが8つほど」

「残り22人ほどは洞窟から脱出したか……もう少し減らしておきたかったが仕方あるまい。尻にクナイを刺した白い変なのはどこへ行った?」

「それがな、奇妙なことに地面へと消えてしまった。『オビトとはぐれちまったっスー! とりあえずマダラのところにかーえろ!』と言っておった。気味の悪い奴じゃった……一体、なんじゃありゃー」

 

 悪寒が走ったのかパックンがぶるぶるっと身じろぎした。

 

――なるほど。あの白いのはマダラのところへ行ったか……ちょうど良い。

 

 さらにトビラにとってちょうど良い事態となった。

 

「みんなっ! 無事か?!」

「ミナト先生!」

 

 飛雷神の術で現れたのはミナトだ。

 

「前線の手ごたえが全くなくて嫌な予感がしたと思ったら……ん?! 君はオビトか?!」

「そうだよ先生! 俺、生きてたんだよ!」

「…………これまでのことを……いや、先に霧隠れだ。ここを襲撃したと聞いた。トビラ、現況報告を」

 

 トビラは端的にリンが狙われたこと、三尾の人柱力による暴走が企てられていたこと、霧隠れの暗部がまだ20人ほどいることを伝えた。

 

「霧隠れの暗部か……油断できないな」

「それだけじゃない。うちはマダラを名乗る怪しい者がこの近くにいるらしい。兄さんを拾い、半身をくっつけたのもそやつだ」

「うちはマダラ?! そんな……まだ生きていたのか?!」

「本物かはともかく、危険であることに変わりはない。リンが攫われたと兄さんをそそのかしたのもそいつだ」

「ん! そうなのか? オビト?」

「あ、ああ……正確にはジジイじゃなくてグルグルたちだけど……」

「グルグル?」

「マダラを名乗る人物の手下らしい。ともかく、俺は今からそいつらのアジトを探ってくる」

 

 トビラが言うと、皆がギョッとした。

 ミナトが厳しい口調で言った。

 

「うちはマダラを名乗る人物……どう考えても危険だ。君一人には行かせられない。第一、霧隠れの忍たちのこともある。こんな時に戦力を割くのは良くない」

「こんな時だからこそだ。霧の狙いは三尾を使って木ノ葉を壊滅させること。だが、マダラの狙いは定かではない。先手を打って探るべきだ」

「だとしたら俺が行く。君らは援軍と共にこの陣営で待機を……」

「ミナト。マダラが本物だとしたら写輪眼を持っている。現時点で奴の写輪眼に対抗出来得るのは写輪眼のみ。貴様じゃ不足だ」

 

 トビラが二つ巴の写輪眼を見せながら言った。

 ミナトは唖然とした。

 

「…………トビラ、どうしたんだい? やけに焦っているが……」

「それだけ急を要する事態だ」

 

 睨むトビラと冷静に見つめるミナト。

 トビラの剣幕にカカシもリンもオビトも息を飲んだが、ミナトは一瞬の思考の末、頷いた。

 

「……ん! 分かった。アジトの偵察を任せよう。ただし、深追いはしないこと。念のため、俺のマーキング付きクナイを渡すよ。いいね?」

「ああ」

「ミナト先生! 行かせるんですか?!」

 

 カカシが抗議するもミナトは言った。

 

「トビラには何か考えがあるようだ」

「なら俺も一緒に行くぞ、トビラ。俺ならジジイのところまで案内できる」

「兄さんのその身体じゃあまともに動けないだろう。片手が溶けかけているのだから。兄さんの案内がなくともアジトの予想はできている」

「お前はあのジジイのヤバさを知らねーからんなこと言えるんだよ。マジで何言ってんだか分からねー話の長い危ないジジイなんだぞ」

「黙れ! 俺は行く。いいな」

「おい、トビラっ」

 

 オビトが止めるのも気にせずトビラは瞬身の術で発った。

 残されたオビトは後を追おうとしたが、ミナトがそれを止めた。

 

「オビト、その身体で無茶はいけない。今は君の弟を信じて待つんだ。いいね」

「…………アイツ、無茶しねーかな」

 

 形が定まっていない片側を抑えつつ、オビトは心配そうにつぶやいた。

 



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マダラ死す

 

 ミナトたちから一旦離れたトビラが飛雷神で飛んだ先、そこは地下の洞窟のような場所だった。

 暗い場所だ。

 

「ワァ! 本当にマダラの言う通りに来たネ!」

「帰ってくるのがオビトではなく弟の方とはな……いや、オビトの弟ではないな」

 

 飛んだ瞬間にトビラは会話する二人から距離を取った。

 片方はオビトが「グルグル」と呼んだ白い人造体、そしてもう片方は木に繋がれて座る老人。

 

「マーキングは変えても姑息なやり口は昔のままだ。扉間」

 

 老人は写輪眼を輝かせながら言った。

 その手にはトビラがグルグルの尻に刺したマーキング付きクナイが。

 トビラは返事をせず、すかさずグルグルに新たなクナイを投げた。

 

「ウワー!」

 

 トビラのクナイがグルグルの額に命中し、クナイについていた起爆札が爆発した。

 霧散するグルグルの破片をトビラも老人も気にしなかった。

 向かい合う二人。

 片方は二つ巴の写輪眼で睨む少年、もう片方は万華鏡写輪眼で笑む老人。

 

「まさか、うちは嫌いのお前がうちはになろうとは」

「貴様こそ本当に生きておったのだな、マダラ」

 

 少年の口から出たのは老成した忍の言葉だった。

 どちらも武器を構えていないのに、チャクラの圧には殺気が籠っていた。

 

「勝者だけの世界とやらを作るつもりだったらしいな」

「フン。オビトから聞いたか……弟に貴様が入っていなければアイツもここへ帰って来たというのに……この世界の絶望に気づき、俺に感謝するはずだった」

 

 老人の言葉に少年の殺気が強まった。

 

「マダラ! そこまで堕ちたか……!」

「クックック……どの口が言う、扉間。貴様は侵してはいけない領域を踏みにじった…………柱間が作った不完全な世界を守るために……そこまで狂うなんてな……」

「世迷言を。長年の地下生活で益々狂ったのは貴様の方だ」

 

 少年がクナイを構えると、老人は笑った。

 

「俺を殺して穢土転生でもする気か? ククク……やってみるがいい。今度は止める柱間もいないのだからな」

「…………」

「貴様が俺の死体を残したおかげでここまで来れた……あと少しで俺の思い描く世界となる」

「そんな日は二度と来ない。貴様の時代はもう終わりだ、マダラ」

「さあ……それはどうかな」

 

 老人の万華鏡写輪眼が光った。

 常に写輪眼を警戒していた少年は老人と目を合わせず、幻術から逃れた。

 さらに、複数のクナイを老人に向けて殺到させた。

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

 加えて少年の口から複数の火の玉が老人へ飛んだ。

 最低限の動きでクナイを躱した老人は笑みを崩さずに印を組んだ。

 

「所詮は偽物のうちは……その程度か。火遁・豪火球の術!」

 

 老人から放たれた炎は、火の玉たちも一直線にマダラへ駆け寄る少年も飲み込んだ。

 瞬間、カキン! と金属音が地下に響いた。

 

「やはり姑息な手は変わっていないな、扉間」

 

 火炎に紛れて目前まで飛雷神で飛んだ少年の攻撃を老人は手にしていたクナイで受け止めた。

 老人は少年が来ることを分かっていて、元々グルグルに刺さっていたマーキング付きクナイを持ち続けていた。

 

「目くらましと共に飛雷神で肉薄する……見飽きた手だ」

「それは残念だ」

 

 クナイ同士が拮抗した状態で少年は口を膨らませた。

 

――天泣!

 

 少年の口から針が飛び出て、老人の眼前に迫った。

 当然、老人は首を傾け避けたが、少年はニヤリと笑った。

 

 バサッと物音がした。

 振り返るマダラが目にしたのは、魔像と己を繋ぐ管を断ち切る少年の姿だった。

 そしてその少年はボン、と煙と共に消えた。

 

「影分身…………そうか。鳳仙火に紛れて出していたのか」

「貴様の豪火球がちょうどよい目くらましになった」

 

 老人の背後に転がっていたのは、グルグルを爆破させる時に使ったクナイ。

 そこにもマーキングがついていたため、少年の影分身はそれに向けて飛んだようだった。

 

「魔像とやらのチャクラがなければ貴様は死ぬらしいな。これでおさらばだ」

 

 少年の言葉通り、バタリと老人が地面へと倒れた。

 ゼイゼイと吐く荒い息が、命が尽きる音となった。

 だが、マダラは決して笑みを崩そうとはしなかった。

 

「…………扉間……今のお前を柱間が見たら……どう思うんだろうなァ?」

 

 老人の呪いのような最期の言葉。

 少年は死体となったうちはマダラをただ見下ろし、聞き流した。

 三つ巴の赤い写輪眼が暗い地下で怪しく光っていた。

 

 

 

 

 

 トビラに渡しておいたクナイを元に飛雷神で飛んできたミナトが一番に見たものは燃え焼けた死体だった。

 炎よりも鮮明に輝く赤い瞳。

トビラが傍らにいた。

 

「トビラ、ここは?」

「兄さんが監禁されていた地下だ」

「この死体は……うちはマダラなのか?」

「ああ。軽い戦闘になり火遁で燃やした。こやつはこの魔像とやらが無ければ生きられない身体。チャクラはほとんど消費してしまったが、造作は無かった」

「深追いは厳禁、アジトを探るだけと言ったはずだよね?」

「失念していた」

 

 白々しく言うトビラをミナトは注意深く見つめている。

トビラは話を逸らすように尋ねた。

 

「霧の忍たちはどうなった?」

「襲撃することなく撤退したよ。三尾が人柱力ごと死んだらしい。それで慌てて撤退したとか」

「そうか……あの爆発で死んだのか」

 

――ひとまずは時間が稼げた、というところだな。霧隠れも無謀な作戦には出られないはずだ。

 

 嘆息するトビラにミナトは続けた。

 

「霧隠れは尾獣を失い、五大国のパワーバランスは崩れただろうね。強硬な雲隠れや抜け目ない岩隠れが台頭しないといいが」

「ああ。そもそも霧はリンを三尾の人柱力にして暴走させるという捨て身の作戦に出るほど切羽詰まっていた。これ以上に攻めると次は何をするか分からん」

「火影様にはその懸念も含めて報告しよう。きっと戦争を終わらせる方向で話をつけてくれるはずだ」

 

 燃え盛るマダラの死体から片時も目を離さないトビラ。

 ミナトはそんな彼から魔像の方へ目を向けた。

 

「オビトから聞いたけれど、これが魔像だね……初代火影の細胞が関わっているとか」

「そうらしいな。厳重に管理し、里で調べた方が良さそうだ」

 

 ミナトは床に落ちていたクナイに気づき、それを拾った。

 

「ん! トビラ、君のクナイかな?」

「ああ、そうだ」

「マーキングがついているね。いつの間に飛雷神を?」

「貴様が使うのを見て学んだ」

 

 それはグルグルに刺したクナイだった。

 トビラが手を出して受け取ろうとするのに、ミナトは渡さない。

 そして彼は言った。

 

「あなたは一体、何者だ?」

 

 クナイを持っていない方の手はトビラからは見えない。

 螺旋丸を用意しているのか、ミナト自身のクナイを握っているのか、トビラは複数のパターンを推測しながら答えた。

 

「うちはトビラ、貴様の班員である兄さんの弟で木ノ葉隠れの忍だ。今更なぜ尋ねる」

「…………飛雷神は見ただけで使えるほど簡単な術ではない。いや、見えていない部分にこそ極意のある術だ」

「…………」

 

 トビラは黙り、ミナトは口を開く。

 

「それに人柱力や尾獣バランスのことをどこで知った? これは里の中でも機密情報に当たる。いくら物知りな君でも知っているはずがない」

「…………」

「うちはマダラを前にして動揺していたようだな。君らしくないね、トビラ……いや。二代目火影、千手扉間様」

 



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対話

 トビラは肯定も否定もせず、静観した。

 ミナトがこれから何を言うのかを。

 それに気づいているのか、ミナトも返事を求めず話し続けた。

 

「俺が生まれた時にはすでに二代目様は死んでいた。だから話でしか聞いたことないが……うちは一族のことをかなり警戒していたようですね」

 

 時間が経つにつれ、マダラの死体を燃やす火の勢いがだんだん弱まっていた。

 

「そんなあなたがなぜうちは一族として生まれ変わったのですか?」

「……ワシとて知りたいわ。そんなこと」

 

 観念したトビラが答えると、ミナトはさらに警戒を強めた。

 

「二代目様に関する情報は初代様に比べると少ないですが……俺が使う飛雷神を始め、多くの術を開発してきたと聞きました。中には……魂を扱う禁術も」

「…………どんな禁術か聞いたことはあるのか?」

「そこまでは……ただ、他里の忍と戦った時に言われたことがあります。『極悪非道の禁術を扱う二代目火影と同じ飛雷神か』と。その忍は三代目よりも老いた忍。もしかしたらあなたと戦ったことがあったのかもしれません」

「その忍……岩隠れか砂隠れか?」

「ええ。岩隠れの忍でした。捕虜にしようと捕まえたところで自爆され、死体も残ってはいません」

 

――ならば穢土転生を見聞きしたのだろうな。ミナトも術の詳細を知らない辺り、サルの情報統制は上手くいっているようだ。

 

 トビラは写輪眼から元の目に戻ったが、ミナトは険しい表情のままだ。

 

「この際、どんな術でオビトの弟の身体を乗っ取ったのかはいい……だが、うちは一族と木の葉の里をどうするつもりだ?」

「……ミナトよ。貴様、この俺がうちはへの憎しみで里に仇なすと思っているのか?」

「現にあなたはうちはの子供を一人殺めている。その身体の持ち主を……」

「貴様は二つ誤解している」

 

 ため息を吐いたトビラは改めてミナトに向き直って言った。

 

「まず一つ、俺がうちはの子供として生まれ変わったことは不本意だ。元の持ち主に身体を返そうとしたこともあったが手遅れだった。そしてもう一つ。木の葉の里は無駄な争いを避けるために兄者柱間が作った。俺はその意志を継いでいる。わざわざ争いの火種を作るつもりはない」

 

 トビラはさらに言った。

 

「うちは一族を滅ぼす時が来るとしたら、それはうちはが里に仇なした時。だが、それも火影の判断に従う。今の里は貴様らのものだ」

 

 見つめ合う二人。

 ふ、とミナトの表情が緩んだ。

 

「時を経てもあなたの火の意志は燃え続けているのですね。さすが三代目の師であった二代目様だ」

「サルにバレる前に貴様に気づかれるとはな。ミナトよ、お主なかなかの洞察力だ」

 

 ミナトからマーキング付きクナイを受け取ったトビラは心底感心した様子で言った。

 褒められたミナトの方はというと、トビラに隠していた方の手で握っていた自身のクナイをしまいつつはにかんでいる。

 

「俺一人では気づけませんでしたよ。サクモさんに“まるほしコスケ”さんを紹介したことがあったようですね。サクモさんは不思議がっていましたよ。どうして同じ任務に就いたことのないコスケさんをあなたが知っていたのかと」

「っ!」

 

――サクモの自決を止めたときのことか。今にも死にそうだったから直接話す手に出たが、やはり迂闊だったな。

 

 トビラは顔をしかめながら尋ねた。

 

「サクモも気づいているのか?」

「どこまでお気づきかまでは……ですが、あなたを信じると言っていました。俺もそう思いたかったけれど、うちはマダラを前にしたあなたを見たらそうも言っていられなくなりましてね。すみません」

「構わん。マダラに関して焦った自覚は俺とてある」

 

 深いため息を吐くトビラ。

 

――ミナトと話して冷静になったが……あの怒りに飲まれる感覚……まるで別人に乗っ取られたかのようだった。これが写輪眼か。やはり危険な代物だな。

 

 そんなことを考え、己への警戒も強めるトビラ。

ミナトは地下にマーキングと封印を施しながらそんな彼に尋ねた。

 

「二代目が今のお姿でいることを隠している理由は?」

「さっきも言ったが今の里は貴様ら若き世代のものだ。過去の遺物である俺が出しゃばれば必ず不和を生む。貴様が懸念したように、二代目火影が時を超えてなお里を支配しようとするなんて疑念を抱く者、あるいはそれを望む者も現れるだろう」

「なるほど。あくまで後の世代に任せたいということですか」

 

 トビラも封印を手伝いながら言った。

 

「里の考え方も戦争の仕方も俺の時代とは違う。古い考えで里を動かせばむしろ危険に晒す」

「だからこそあなたはオビトに望みをかけているのですね。次の木の葉を託す世代として」

「兄さんだけではない。今を担う世代も、次を担う世代も豊富に育っている」

 

 トビラとミナトの封印により、地下は完全な密室となった。

 ここに入るには飛雷神で来るしかない。

 

「そうは言っても、マダラに関しては別だ。このまま隠すには事が大きすぎる」

「うちはマダラはこれで死んだのでは?」

「ミナト……今の大戦が妙に長引いていると思ったことは無いか?」

「まさかマダラが?」

「マダラかマダラの手先か……マダラの手先は一匹は破壊したが、まだいる可能性の方が高い。マダラが蒔いたであろう大戦の種も回収せねばならん。さすがにそれらは俺一人では無理な話だ」

「……三代目火影に全てをお話するのですか? あなたがこれまで隠して来たことも?」

「ああ。そうするしかあるまい。だが、ミナト。俺のことは……」

「勿論、口外しません」

 

 こうして二人の密約は交わされた。

 外部から侵入する手段がないことを確認し、二人の飛雷神遣いは地下から飛んだ。

 



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忍界大戦編の無料公開始まったね

 霧隠れの撤退により、木ノ葉の忍たちも里へ帰還することになった。

 里の手前でミナトは言った。

 

「俺は一足先に火影様のところへ行ってくるよ。オビト、今の君はあまり里の者たちに見られない方がいい」

 

 言われたオビトは自身の半身を見た。

 元々身にまとっていた布に加え、ミナトから借りた外套で隠されている。

 だが、激しく動けばすぐに皴だらけの半身は見えてしまうだろう。

 

「だから、オビトとトビラは俺が戻るまで待機。カカシはトビラ班の班員も連れて病院へ」

「ミナト先生。俺もオビトと一緒に」

「重症者の治療が優先だ。大丈夫。火影様への報告を済ませたらオビトも病院へ連れて行くよ」

 

 不満げなカカシはミナトの言葉に頷いた。

 

「カカシ、行こう」

「ああ」

 

 オビトのことが気になるものの、班員で手分けして連れて来た重傷者のことも気になるリンはカカシを引っ張って里へ入った。

 この日は快晴、ぽつりぽつりと雲が空を漂っていた。

 ミナトを待っている間、オビトとトビラはそんな雲を眺めていた。

 

「俺、ちゃんと里に入れるよな?」

「当たり前だ。とは言っても、兄さんの身体はイレギュラーすぎる。恐らく、火影室へ直接連れて行くつもりだろう。三代目と個人的に話すために」

「火影のじいちゃんと任務以外のことで話すのなんて久しぶりだなぁ」

 

 トビラは意外そうにオビトを見た。

 

「むしろ、それ以外の会話をしたことがあったのか?」

「え? あー……アカデミー生のころに一回だけな」

 

 なぜか照れながらオビトが言うので、トビラはさらに問いつめた。

 

「そんな話、聞いたことが無いが」

「いやぁ、実は話したときはそのジジイが火影だなんて気づかなかったんだよ! だってそん時、火影の衣装を着てなかったし、顔岩より老けてたし」

「火影に憧れているくせに火影の顔も覚えていなかったのか……」

「そう言われるって分かってたから言わなかったんだよ。今はちゃんと覚えてっからいいだろ!」

「ハァ……三代目と何を話した?」

 

 弟が問うと、オビトは懐かしそうに顔をほころばせた。

 

「大した話はしてねーぜ。ちょうど別の婆ちゃんの手助けしたあとに話しかけられてよ。情けは人のためならずだどうだってジジくせー話されたぜ。あとは、トビラのことも」

「俺のこと?」

「おう。俺の弟は川魚を食うのが好きなんだって話をしたら、魚を釣るのにちょうどいい川を教えてくれたんだよなぁ。話が盛り上がりすぎてアカデミーに遅刻しそうだったぜ」

「兄さんはいつだって遅刻していただろう」

 

 まさか兄が三代目と話したことがあったとは知らなかったが、オビトにとっては良い思い出のようだ。

 トビラは呆れつつ、結局は微笑ましく思った。

 ちょうど良く、ミナトが飛雷神で二人の前に現れた。

 

「ん! お待たせ、二人とも。さあ、火影様のところへ行くよ」

 

 三人が現れた先にはただ一人、三代目火影だけが部屋にいた。

 

「ミナト、ご苦労じゃった。さて、オビト。半身を岩に潰されたと聞いておったがよくぞ生きて帰って来た。大変だったろう」

「まーな。身体は思うように動かねーし、変なジジイの話をずっと聞かされるしで大変だったぜ」

 

 火影に憧れている割には火影に緊張することはないらしい。

 オビトは普段通りの様子で話し出すので、ミナトの方がヒヤヒヤするくらいだった。

 しかし、三代目は怒らずに話を聞いた。

 

「うむ。そのジジイとやら、ミナト曰くうちはマダラを名乗っていたとか?」

「ああ。本人はそう言ってたぜ。写輪眼もあったからうちはの抜け忍だったことには間違いねーよ。でもさぁ、マダラって俺らのご先祖様だろ? 生きてる訳ねーよな」

「それに関してはこれから調査せんといかんの。ミナトとトビラが到着した時点ですでに本人は死んでいたと聞いておる。地下に残されたものから調べねばならん」

 

 三代目の視線が一瞬だけミナトとトビラに向き、すぐにオビトへ戻った。

 

「まずはオビト。お主には休養が必要だの。その身体を治すのじゃ。お主の弟とまた釣りへ行くためにも」

 

 ニコッと笑った三代目にオビトもつられ、ニコッと笑った。

 

「おう! 溶けかけていた腕もだんだん戻ってきてっからよ! こんな怪我、すぐに治すぜ!」

 

 潰れていない方の手でぐっと握りこぶしを作るオビトに三代目は目を細めたが、すぐ真剣な表情となった。

 

「お主には初代火影、柱間様の細胞が埋め込まれておる。これほど適合しておる者は初めてじゃ。そのため、お主には普通の病院へは行かせられん。すまぬが、こちらで用意した療養所にて治療を受けてもらう。よいな」

「それってカカシとリンには会えねーのか? リンたちは今、病院にいるんだけど……」

「勿論、お主の治療が済んだら二人にも会えるとも。だがの、それまでは我慢してもらうしかない。柱間様の細胞に関しても謎が多い。あまり人目につかん方が良い」

「治療が済んだらっていつだよ? トビラとミナト先生は? 俺、また閉じ込められるのか?!」

 

 半年近く地下に閉じ込められていたオビトは動揺のあまり写輪眼が出ていた。

 これにはトビラも危険性を感じ、思わず兄の前に立った。

 対峙する三代目とトビラ。

 三代目はトビラの目を見ながら尋ねた。

 

「トビラ、お主はどうしたい?」

「…………兄さんはこの通り、監禁から解放されたばかりだ。顔見知りがそばにいる方が治療も捗るだろう」

「ミナトは?」

「俺もトビラと同じ意見です。それと、先ほどカカシとリンには後でオビトに会わせる約束もしてしまいました。できるだけ早く再会させてあげたいです」

「カカシとリンは兄さんの身体が柱間細胞で出来ていることも知っている。今更隠すのは手遅れだ」

「トビラ! ミナト先生!」

 

 弟と師が援護してくれ、オビトは目を輝かせた。(なお、写輪眼)

 二人の意見にふむ、と考えた三代目は決断した。

 

「うむ、分かった。出来るだけ早く会えるようにこちらも手配しよう。ではオビト、お主には治療室へ行ってもらおうかの」

「どこに行けばいいんだ?」

 

 尋ねたオビトの返事は室外から聞こえた怒号で消えた。

 

「シズネェ! 私を騙すなんていい度胸じゃないか!」

「綱手様! これは火影様の命令でして……」

「火影命令? フン、なら直接本人に文句を言うとするか…………ジジイ! 何の用だ!」

 



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綱手(36)

 

 火影室の外が騒がしくなり、ドタドタと人が入って来た。

 

「綱手様! まだ合図をもらっていないので入るのはやめ……あれ? トビラ君と…………君は?」

 

 ズカズカ中に入る女性を止める少女がオビトを見て首を傾げた。

オビトはその反応にショックを受けた。

 

「なんでトビラは覚えていて俺は忘れてんだよ! オビトだ! トビラの兄ちゃんのオビト! お前は確かリンとよく一緒にいたシズネだよな? テメーまでガイみたいに忘れっぽいのか?」

「え? オビト君?! でも彼は死んだって聞きましたよ?! あひぃ! ゆゆゆ、幽霊?!つ、綱手様! 幽霊が……!」

「なに寝ぼけたこと言ってんだい、シズネ! 気味の悪いもんがくっついちゃいるが、その子は生きている。おいジジイ! これはどういうことだ!」

 

 急に騒がしくなった室内。

 三代目は「やれやれ」と言わんばかりに息を吐き、説明を始めた。

 

「そこのオビトの治療を綱手、お主に任せたい」

「そこのガキの治療?」

「で、ですが火影様! 綱手様はその……医療忍術は…………」

 

 口ごもるシズネにオビトは尋ねた。

 

「綱手ってもしや伝説の三忍の一人か? 医療忍術がすげー人だろ?」

 

 無邪気な言葉にシズネも綱手も気まずそうな反応になった。

 特にシズネは火影とオビトと綱手をチラチラ見まわし目が回りそうだ。

 オビトはそんな二人を気にせず自己紹介した。

 

「俺の名前はうちはオビト! 隣にいるトビラの兄ちゃんで将来うちは一族初の火影になる男だ! よろしくな!」

 

 ピクっと綱手が反応した。

 シズネはそんな師を心配そうに見た。

 

「綱手様……」

「フン、半身を潰してまだバカを言う元気があるのか。私じゃなくて病院へ行かせればいいだろう」

 

 綱手の後半の言葉は三代目に向けて言われた。

 

「オビトの半身はちと特殊だからの。綱手、お主の協力が必要じゃ」

「ありえないな……断る。 その半身、医療忍術の範疇を超えている。それに私はもう医療忍者じゃない」

 

 この言葉にミナトが驚きの声を上げた。

 

「綱手様。あなたは重症を負って戦線離脱されたと聞いていました。ですが、医療忍者じゃないというのは?」

「お前……自来也の弟子のミナトだったか。アイツからはなんも聞いていないのか?」

「自来也先生とはなかなか会う機会もありませんので」

「それもそうか。戦場のはしごをしているような奴だ。次に会うことがあるのかも分からんか」

 

 皮肉気な綱手の言葉にオビトが怒った。

 

「おい! それってどういう意味だよ? テメェ、ミナト先生の先生が死ぬって言いてーのかっ?! 今も戦っている仲間に向かってなんつー言い方してんだよ!」

「うるさいガキだね。お前は運よく戻って来れたみたいだが、大半は犬死にするのが忍ってもんだろ」

「犬死に?! ふざけんな!」

 

 二つ巴の写輪眼を灯したオビトがまっすぐに綱手へ殴りかかった。

 

「どきな! シズネ!」

「綱手様! いけません!」

 

 綱手の方も止めようとしたシズネを押しのけ、オビトの握りこぶしを掴んだ。

 

「っ!!」

「うっ……クッソー! また溶けやがった!」

「綱手様!」

 

 綱手がオビトの拳を掴んだ途端にドロッとその手が溶け、ポロリと落ちた。

 柱間細胞がまだ定着しきっていないようだ。

 動揺して動きが止まった綱手をシズネが介抱した。

 

「綱手様、無茶をしないでください! 血を見てはいけません! 血が……流れていない?」

 

 綱手の手に残るのは白く溶けた柱間細胞のみ。

 シズネは困惑しきった顔でオビトに尋ねた。

 

「オビト君! 君のその腕、一体なんなんですか?!」

「これははし……あー、ええっとぉー……」

 

 危うく言いそうになったオビトだが、里に帰る前にトビラに他言無用ときつく言われていたために思いとどまった。

 だが、あっさりと三代目が言った。

 

「柱間様の細胞じゃ」

「……おじい様の? どういうことだ?」

「オビトの治療を引き受けるのであれば説明ができるが、そうでないなら聞かなかったことにしてもらいたいの。綱手、腕を見れば分かるじゃろう。オビトの半身、崩れることはあっても血は流れんようじゃ。今のお主でもその子なら診られる」

 

 俯き、黙り込む綱手をシズネも不安げに見つめた。

 三代目はオビトに尋ねた。

 

「オビトよ。その腕。安静にしておれば元に戻るのじゃろう?」

「あ、ああ。それに俺、この半身のせいか寝なくても食べなくても平気になったんだ」

「そ、そんなものが?! 聞いたことありませんよ! オビト君、一体どうしてそんな身体に?!」

 

 放心状態の綱手を気遣っていたシズネが思わず尋ねた。

 オビトがチラリとトビラを見ると、弟は首を横に振り、言ってはいけないと無言で圧をかけた。

 オビトが黙り込む中、綱手が呟いた。

 

「とんだ化け物じゃないか……おじい様の細胞? どうしてうちはの子供にそんなものをくっつけたんだ。アンタがやったのか? 三代目?」

「いいや。誰がやったかに関しては里の機密に関わる。綱手、お主が携われるのはこの子の身体のことのみ。治療をするか否か、どうする」

「…………私が診なくても勝手に治るんだろう。治療なんか必要ないじゃないか」

「そうは言っても人体に詳しい者がそばにいた方が良い。そしてお主が最適じゃとワシは考える。口が堅く、医療に長じた者がの」

 

 三代目の説得に綱手も考え込むそぶりを見せた。

 だが、治療を受ける当人が反対した。

 

「おい、待てよ! 俺はそこのおばちゃんが戦争で死んだ仲間をバカにしたこと、まだ許してねーよ! アンタの治療なんかいらねー!」

 

 オビトの言葉をトビラが制した。

 

「兄さん、治療は受けろ。できれば綱手から」

 

――そうじゃないと今すぐ研究所へ回されるぞ。

 

 トビラの言葉にミナトも同調した。

 

「ん! トビラの言う通りだ。綱手様は木ノ葉の里どころか忍界一の医療スペシャリスト。そばにいてもらえてこれほど心強い方もいない」

「トビラもミナト先生もムカつかねーのか?! 犬死になんて言い方っ……!」

「綱手様が何を思ってそんなことを言ったのか……オビト、君なら理解してあげられるかもしれない。自来也先生から聞いた綱手様はそんなことを本気で言う人ではないからね」

「分かったような口をきくな! この若造が!」

 

 綱手が吠えるとミナトは困り顔になった。

 三代目もため息を吐いている。

 そんな中、シズネが言った。

 

「綱手様! 彼を見てあげましょう! 事情はよく分かりませんが火影様の頼みなら引き受けるべきです!」

「ならシズネ。お前がメインで治療しな」

「あひぃ?! わ、私が?!」

 

 思わぬ流れ弾にシズネは驚愕した。

 

「え~?! シズネが治療するのか? どうせなら俺、リンに診てもらいてーんだけど」

「なっ! 治療を受ける側の人のくせに注文つけないでくださいよ! 私は綱手様の一番弟子なんですからね!」

「お前、弟子というか世話係にしか見えねーよ。忍らしくねーな」

「仕方ないじゃないですか! 綱手様はだらしない方ですから修行よりもお世話の方が」

「シズネェ!」

「あひぃ! す、すみません! つい……!」

「いつまでダラダラ喋っているんだ! さっさと行くよ!」

 

 この短時間で打ち解けたシズネとオビトを綱手は一喝し、歩き始めた。

 その背に三代目が声をかけた。

 

「綱手よ、場所に関しては……」

「言われなくとも分かってる! 人目につかなきゃいいんだろ!」

 

 ドタドタと出口へ向かう綱手たちに続いてオビトも歩き始めたが、不安げにトビラを振り返った。

 

「行って来い、兄さん。あとで顔を見に行く」

 

 弟の言葉にようやく安心し、

 

「おう!」

 

 と笑い、溶け落ちた自分の腕を拾い部屋を出た。

 火影室に残されたのは三代目、ミナト、トビラの三人。

 

――すでに暗部も退かせてあるか。手回しが良いな。

 

 チャクラ感知で悟ったトビラは感心した。

 

「何か話したいことがあるようじゃな、トビラ」

 

 三代目が朗らかに微笑みながら言ったので、トビラは頷いた。

 

「単刀直入に言おう。俺はうちはトビラであると同時に千手扉間の記憶を持つ。うちはマダラについて話がしたい」

 

 三代目の微笑みは崩れなかった。

 



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分かりづらかったらあとがきで要約載せるね

 

 腕を組むトビラは尋ねた。

 

「サル……やはり貴様、俺のことに気づいておったな?」

「柱間様亡き今、木ノ葉で一番あなた様と共にいたのはワシですからの」

「フン……やはり貴様に隠し通すのは無理な話だったか」

「火影様。お気づきでしたらどうして今まで放っていたのですか?」

 

 ミナトの問いに三代目は答えた。

 

「必要があればトビラの方から申し出る。今のようにの」

「二代目が死してなおこの世に生を受けたこと、気にならなかったのでしょうか?」

 

 ミナトはうちはマダラの死体の前でトビラに詰め寄った時のことを思い出し、尋ねた。

 トビラもその時のことを思い出しているのか、苦い顔だ。

 ただ一人、三代目だけは穏やかに言った。

 

「ミナトよ……お主は二代目様を直接知らぬから警戒もあったやもしれぬ。じゃが、扉間様は徒に後世をかき乱すようなお方ではない。きっとそのお身体になったのも不本意のこと。死の直前に発動した術が暴走したか、それすらも関係ない運命の悪戯にかかったのか……」

「サル、ワシは己で扱いきれる術しか使わん。この身体、貴様の言うように不本意だ」

「左様でございましたか」

 

 トビラの言葉に深々と頷く三代目は言った。

 

「あなたのそばにいるオビトを見れば分かります。今の二代目様はうちはトビラとして新たな人生を歩んでおる。であれば、里の子としてあなた様も見守るのが火影であるワシの役目。そう思っておりましたが……うちはマダラの再来となると話は別でございましょうな」

「そういうことだ。さっそく奴の情報を共有する」

 

 サクサクと話を進める師弟にミナトは一瞬困惑したものの、すぐ話に加わることにした。

 トビラはオビトと再会してからマダラを殺すまでのことをすべて話し、さらにマダラに繋がっていた外道魔像の異質さ、兄オビトから聞いたマダラの目的、マダラが大戦に関わっている可能性について淡々と説明した。

 全て聞き終えた三代目は顎をさすって難しい顔になった。

 

「ふむ……グルグルとやらは破壊されたようじゃが、まだ手先がいる可能性の方が高そうですな。柱間様の細胞で造られた自律する人造体……得体が知れん」

「ああ。兄さんの話では人造人間は複数いたらしいが、俺がマダラのアジトへ行った時にはグルグル以外にはなかった。恐らく俺が来る前に他へ隠したのだろう。マダラがやりそうな手だ」

「火影様、二代目はマダラが大戦に干渉し、霧隠れに尾獣も使わせたとお考えです」

 

 ミナトの言葉に三代目は得心がいったように唸った。

 

「大戦の流れが……特にここ最近は不自然に長引いていると思いましたがまさかマダラが……」

「もしかすると今回の大戦のみならず、前回の大戦にも関わっていたのかもしれん。本人から話が聞けない以上、推測するしかないがな」

「そうですな。しかし、現時点でここまで明るみになったこと、木ノ葉だけでなく忍界にとっても大きいですぞ」

 

 三代目の言葉にミナトも同意した。

 

「二代目様があの現場にいたことはうちはマダラも想定していなかったでしょうからね。しかし……オビトの心臓に貼られた呪印札……できるだけ早く剥がしてやりたいところです」

「それに関しては綱に任せたいと思っていたが、血を見られないようなら難しいところだ」

「綱手様はやはり恋人のダンさんのことが原因で……?」

 

 ミナトの問いに三代目は眉を下げ、師として弟子を気遣う表情をしていた。

 

「二代目様は知らぬことでございましょうが……綱手には弟もおりましての。名は縄樹」

「兄者の孫がもう一人。しかも男……だいぶ前に死んでいるのだろう?」

「その通りでございます。まだ12歳、今のあなたぐらいの年齢でした」

「弟と恋人を立て続けに亡くし、自棄になっているのか。サル、貴様はそんな綱手をどうにかしたいと考えているのだな。弟子思いなものよ」

「ん! 綱手様にはシズネもいますからね。あの子たちと共にいることで綱手様のお気持ちも変わるかもしれません」

 

 三代目はミナトとトビラの言葉に目を細めた。

 大方の情報共有が終わり、動き始めたミナトにトビラは言った。

 

「俺はもう少し残ってサルと話がある」

「ん! じゃあ俺は一足先にカカシたちとも会って来るよ。オビトを心配して探し始めるかもしれないからね」

 

 ミナトが部屋を出たことにより、二人きりとなった火影室。

 トビラは尋ねた。

 

「サル、兄者の細胞の研究はどこまで進んでいる?」

「…………それもお見通しでございましたか。今はすべての実験を中止しておりますが、多くの犠牲を生みました」

「人体実験にまで至っていたか。参加者は任意だったのだろう?」

「ええ、勿論。初めはケガで復帰の望みがない者や年老いた者……ですがだんだんと動ける者にまで参加を許してしまい、皆が柱間様の細胞に取り込まれ、死んでいきました。二代目様のように」

「そうであろうな。兄者の細胞は研究段階の時点で有用だとは思っていたが危険性もあるとわかっていた。だからこそ死が確定していた俺の身体で実験してみたのだが……俺は適合した記憶がないまま死んでいる。つまり、兄者の弟である俺ですら適合しなかったということ。兄さんが適合している方が不思議だ」

 

 この言葉に三代目は顔を曇らせた。

 

「柱間様の木遁を……尾獣を抑える力を受け継ぐため、多くの里の者を死なせてしまいました……まさかこんな形で適合者が出るなど……分かっておれば…………」

「こればかりは他里の者を実験に使うわけにもいかん。協力者たちも同意の上だったのなら、これも里のために命を懸けたということ。決して犬死にではない」

 

 トビラの言葉を聞いてもまだ三代目の顔は曇ったままだ。

 

「兄さんの治療と今後のためにこれまでの実験データも役立つはずだ。俺が生前に記した研究データも残っているはずだが……覚えはあるか?」

「ええ。二代目様の最期を見届けた暗部の者より受け取っております。人体実験の最初の協力者もその者でございました」

「そうか……その者には俺が死んだ時点で研究は凍結するよう言ったのだが……俺の遺言を破るほどに逼迫したのか?」

 

 トビラの問いに三代目は頷いた。

 

「…………木ノ葉の里は柱間様の奥方ミト殿のお力で九尾を安定して抑えることができておりましたが、他里だと多くの人柱力が暴走し、死んでおりました。そして一度、ミト殿にも暴走の兆しが見えたことがございました」

「出産の時ではなく、か?」

「ええ。渦の国の渦潮隠れの里が壊滅したと聞いた時に」

「……九尾の憎しみに飲み込まれそうになったか」

「幸い、暗部であったミト殿の子……綱手の母が駆け付け事なきを得ましたが、尾獣コントロールを失ったら里がどうなるか……考えさせられましたの」

「なるほど……サル、今の俺も以前ほどではないがチャクラ感知ができる。ミト殿はもう死に、九尾は次の人柱力に受け継がれているようだな。……おそらくミナトの関係者に。ミナトは尾獣のことも詳しかった」

「お察しの通りでございます。一目見ればどなたかすぐお分かりになるはずです」

 

 三代目の言葉にトビラはピンときた。

 

「うずまき一族の者を迎えたか……渦潮隠れの壊滅後、一族は離散しているようだな」

「ええ。第二次忍界大戦の折、霧隠れと雲隠れの急襲により一夜で壊滅いたしました。ちょうど木ノ葉が岩隠れとにらみ合っている時に」

「増援を送る暇もなかったか」

「どうにか探し出した者たちに木の葉への移住を持ちかけたものの……」

「断られたか。うずまき一族はチャクラ量と封印術が際立っている一族だ。木の葉にいると分かれば、他の大国も黙っちゃいない。うずまき一族の者たちもそれが分かっているのだろうな」

 

 ピクリ、とトビラの目が上がった。

 

「そろそろ時間のようだな。貴様の暗部が心配し始めている」

「そのようでございますな。マダラのこと、大戦のこと、上役たちとも相談いたします。オビトの扱いも悪いようには致しません。お任せくだされ」

「ああ。…………サル。その火影衣装、似合っておるぞ」

 

 去り際にトビラが言うと、三代目は驚きながらも照れた表情となった。

 それは扉間時代の記憶にある幼い弟子の表情と同じだった。

 火影室を出たトビラはすぐに飛雷神で飛び、兄がいそうな所へと向かった。

 



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停滞

 人目のつかない治療室へオビトを連れて行った綱手はシズネ越しに彼の半身を観察した。

 

――物を食わず、寝ることも必要のない細胞だと? なんてデタラメな……潰れていない部分と人造体のつなぎ目に異常は見られないな……綺麗にくっついていやがる……

 

 シズネは医療忍術を使うものの、思うようにいっていなかった。

 

「どうして医療忍術が効かないのっ……!?」

「だから言っただろ。リンも医療忍術をかけてくれたけどどうすることも出来なかったんだよ。これは腕を繋いで寝ているうちに元に戻るっての」

「本当にどうなっているんですかこの細胞!」

「俺も知りてーよ! あっ……そういやシズネの師匠って初代火影の孫だったよな? まさか、お前の師匠もこうなのか?」

「え?! 綱手様そうだったのですか?!」

「ふざけんじゃないよ! 私は普通の身体だ! 規格外のおじい様と一緒にするんじゃないよ!」

 

 綱手は反射的に怒鳴り、すぐ顔をしかめた。

 

――もしこんな訳の分からん身体だったら……縄樹は……せめてこの細胞がもっと早く見つかっていれば縄樹もダンも……!

 

 拳を握る音がシズネとオビトにも聞こえた。

 メキメキメキメキ…………オビトはシズネに小声で尋ねた。

 

「な、なあ……お前の師匠、すげー怒ってねーか?」

「綱手様が振りかぶったらすぐに逃げてください。あの伝説の三忍の一人、自来也さまも綱手様の拳に沈みましたから」

「はぁ?! んなまさか……え? 冗談だよな?」

 

 シズネに頷いてほしいオビトは再度尋ねたが、彼女は首を横に振るだけだった。

 タラリ、と汗を垂らすオビト。

 

「シズネ! お前どうにかして師匠を鎮めてくれよ!」

「無理ですよ! 綱手様は私が言って聞くような方じゃありません!」

「ギャー! 俺、死ぬのか?! せっかく死神みてーなジジイの魔の手から逃れられたのに、こんなところで?!」

「あひぃ?! 死神?! オビト君、いったいどこに行ってたんですか?!」

 

 ギャーギャーと騒ぐオビトたちを綱手はぼんやりと眺めた。

 腕が崩れ落ちても平然としていたオビトが年相応に怖がって騒ぐその姿に弟の縄樹を思い出していた。

 だが、弟はもういない。

 シズネの世話を見ていた恋人のダンだって。

 ぐっと苦痛を飲み込み、綱手はオビトに尋ねた。

 

「死ぬのが怖いのか? なら忍なんてやめておけ。その身体になって分かっただろう? 任務先で死ぬことなんて当たり前にある。その身体が治ればまたそういう場所へ送られるぞ」

 

 シズネと騒いでいたオビトはムッとした顔になって言い返した。

 

「怖いなんか言ってられっかよ! 俺はな、身体潰れて死にかけた時に絶対ここへ戻るって誓ったんだ! この写輪眼でリンもトビラも守るってな!」

「片目はどうした?」

「同じ班のカカシって奴に上忍昇格祝いにあげた。写輪眼は両目揃って真価を発揮するんだ。つまり、俺とカカシのコンビネーションはもっと完璧になる!」

「カカシ……?」

 

 首を傾げた綱手にシズネが補足説明した。

 

「はたけカカシ君。私やオビト君の同期で、今は上忍です」

「はたけ? ……サクモさんのガキか」

「そうだぜ! これからは俺とカカシの写輪眼で里を狙う奴らを睨みつけてやるんだ! 火影になったら俺の顔岩にはちゃんと写輪眼も刻ませるんだからな!」

「ハッ……火影? どこまでも夢見がちなガキだな。おじい様の細胞もお前のバカは治せなかったか」

「んだとゴラ! アンタ、本当に伝説の三忍の一人なのかよ? 陰険で口の悪いおばさんとしか思えねーよ!」

「ああ? 口の利き方には気を付けな、クソガキ!」

「綱手様! オビト君は怪我人です! 殴るのはまずいです!」

 

 にらみ合う綱手とオビトに挟まれたシズネは心の中で叫んだ。

 

――トビラ君! 早くこの二人を止めて!

 

 アカデミー時代、トビラたちとはあまり接点のないシズネだったがトビラならできるような気がした。

 しかし、彼はまだ三代目火影と話している最中、来る気配はない。

 

――こんなことならトビラ君も一緒に連れて来るべきだった……

 

 シズネは後悔しながら綱手の拳を下げようと頑張った。

 だが、そんな彼女の努力を無駄にするかのようにオビトは叫んだ。

 

「柱間細胞なんかで俺のバカが治るわけねーだろ! 俺は初代火影以上の……アンタの祖父ちゃん以上のバカだって弟のお墨付きももらってんだ!」

「はぁ? んなこと自慢するようなことか? というかお前の弟……さっき一緒にいた目つきの悪い奴だな? なれるわけがないとバカにされているだけだろ」

「違う! 火影ってのはな、俺ぐらいのバカじゃないとなれねーんだよ! トビラがそう言ってたんだ!」

 

 オビトのまっすぐな目線に綱手がひるんだ。

 

「トビラは俺より物知りで強くて先を行っているけど、俺をバカにしたことなんか一度もない! 弟も応援してくれる夢を兄ちゃんの俺がそう簡単に諦めてたまるか! 火影は俺の夢だから!」

 

 はっきりと言うオビトに重なる縄樹とダン。

 綱手は何も言うことが出来ず、うつむいた。

 その後ろで腕を組み、事態を見守っている少年が一人。トビラだ。

 一番にオビトが気づいた。

 

「トビラ?! お前、いつの間に部屋に入ったんだよ? つーかどっから聞いてた?」

「ほんの少し前だ。兄さん、少しは病人らしく大人しくしたらどうだ」

「し、仕方ねーだろ! シズネの師匠が嫌なことばっか言ってくっから……」

 

 つい愚痴を漏らすオビトの言葉を打ち消すように綱手がトビラに凄んだ。

 

「おい! お前はそこのバカの弟らしいな。この部屋に入れたならそれなりに実力はあるようだ。しばらく兄の面倒を見ていろ」

「綱手様! どこへ行かれるのですかっ?!」

「酒だ!」

 

 止めようとするシズネを置いて綱手は外へ出て行ってしまった。

 

――ったく。サルの忠告も忘れて兄さんから目を離しおって……まあ俺がいるから良いが。

 

 トビラはため息を吐き、兄のベッド脇に立った。

 オビトはそんな弟に言った。

 

「あの綱手っておばちゃんも大蛇丸さんみたいなこと言ってきやがったぜ。夢見がちとか死ぬとか」

「大蛇丸はともかく、綱手は荒んだ感情を抑えることが出来ていない。だからあんな言い方しかできないのだろう」

「そりゃー、仲間が死んでいくのは誰だって辛いもんだぜ……でもよ……」

 

 モヤモヤするも何を言えばいいのか分からないオビトは口を尖らせた。

 そんな彼にシズネが言った。 

 

「トビラ君の言う通り、綱手様の心は傷ついたままなんです……弟さんを亡くして、さらには私の叔父でもある恋人を亡くし……」

 

 シズネは綱手が血液恐怖症に至るまでに受けた苦痛を語った。

 聞いているうちに、さっきまで綱手に対して怒っていたオビトはだんだん同情した顔になっていった。

 

「綱手様は本来、誰よりも里を思うお方です。医療忍術を発展させ、医療忍者を含めたフォーマンセルを提案したのもあの方なのですから……少しでも任務で死ぬ忍を減らすために」

「そのおかげで俺の班にもリンがいるんだな」

「ええ。だからこそ、思うように医療忍術が使えない今の状況を綱手様だって辛く思っているはずです……私だって……」

 

 うつむくシズネにオビトは慌てて言った。

 

「シズネ! お前はよくやってると思うぜ! 色々お師匠さんの世話係してあげてんだろ? それにほら、お前が言ってくれたおかげで俺も治療してもらえてるわけだしさ! クヨクヨすんなよ!」

 

 どうにか元気づけようとするオビトの言葉にシズネの顔が上がった。

 やや明るくなった表情だ。

 

「私は……綱手様の力になれているのでしょうか…………」

 

 彼女の呟きに双子は揃って頷いた。

 それを見てシズネの表情はさらに晴れた。

 オビトはそれに調子づいてさらに言った。

 

「というかよ、シズネたちってすげー仲のいい師弟だよな。俺もミナト先生とは結構いろいろ話すけど、トビラと大蛇丸さんなんてあんな雰囲気じゃなかったぜ。なあ?」

「あら、どうかしらねぇ……」

 

 トビラに向けたオビトの問いは他の人物が答えたのだった。

 




<感想について>
作者側が改めて言うようなことじゃないとは思いますが、
サイト内の利用規約に反する感想は消されることもあるのでご注意ください。
どこまでがボーダーラインか難しいね。

また、次のお話のネタバレになるような感想は一応、
折りたたんで非表示にするか、次のお話の感想欄に改めて書いてください。

正直、ネタバレ感想あってもそんなダメージある作品とは思ってませんけど、
もしかしたら
ネタバレを憎む純粋なうちはの子供が写輪眼を開眼してしまうかもしれないので。
ご配慮よろしくお願いします。

ま、作者側はタイトルでネタバレもどんどんやっちゃうけどね~


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蛇の狙い

 

「貴様……どうしてこの部屋に入っている?」

「フフフ……可愛い教え子の兄が生還したんだからお見舞いに来たっていいでしょう」

 

 部屋に入った大蛇丸は警戒するトビラをさして気にせず飄々と言った。

 

「え? わざわざ俺の見舞いに? なんだよ、大蛇丸さんも意外といいとこあるんじゃん!」

 

 素直に喜ぶオビトに大蛇丸はますます笑みを深めた。

 トビラは兄に警戒するよう言おうとしたが、それより先にオビトが「あ!」と大声を出した。

 

「そういや前に会ったとき、色々言ってくれたよなぁ! 見ろよ! 前はアカデミー卒業すらしてなかったけど、今は俺、中忍になったんだぜ! 写輪眼だって開眼したしよ!」

「兄さん!」

 

 オビトにとって大蛇丸は弟の師だ。

そのため、あっさりと警戒を解いてしまった。

 

「綱手様から何か聞いてここに来たのですか?」

 

 シズネも大蛇丸は三忍の一人という認識の為、困惑しているのみだ。

 唯一、トビラだけは警戒心をあらわに大蛇丸と対峙した。

 

「兄さんに何の用だ。今すぐここを出ていけ。すぐ綱手が来るぞ」

「久しぶりの再会だというのに、えらく冷たいのね……トビラ君。あなたのお兄さん、面白い身体になったわねぇ……いったいどこで手に入れたのかしら、それ」

「兄さん、言うなよ」

「わ、分かってるよ……」

 

 さすがにオビトも柱間細胞のことまで言おうとはしなかった。

 それに、思っていた以上に険悪な弟とその師の関係に驚いてもいた。

 

「なあトビラ……どうしたんだよ、お前。そんなにお師匠さんと仲悪くなっちまったのか?」

「ハァ……この部屋は綱手が幻術と結界で立ち入れなくしておいた特製の場だ。それを潜り抜けて来た時点で何かあると思っていい」

「トビラも勝手に入っていたじゃねーか」

「俺はあとで顔を出すと伝えてある。だが、あやつは綱手の許可を得ていない」

「フフ……綱手も迂闊ね。やり方がスリーマンセルを組んでいたころと変わっていないもの……戦線から退いて勘が鈍っているんでしょうねぇ……」

 

 大蛇丸の蛇のような目はトビラではなくオビトに向いている。

 こんなに視線を受けることが初めてなオビトはゾゾゾ、と悪寒がわいた。

 

「なに見てんだよ! 気持ち悪ぃなぁ! お前が気に入ってんのはトビラだろ! 見る方、間違ってっぞ!」

「今そそるのはむしろあなたの方よ、オビト君。まさか平凡だったあなたがここまでの逸材となるとはねぇ……」

「逸材? へへ、まあ写輪眼を開眼した俺はこれからもっと強く」

「違うわ。その半身よ。…………拒否反応もなくそこまで適合するなんて…………!」

 

 興奮を隠さない大蛇丸に益々ゾゾゾ、となるオビト。

 あまり面識のない師の同士の異様さに気づき始めたシズネ。

 オビトの半身に注目する大蛇丸に違和感を抱くトビラ。

 

――あやつ……兄者の細胞のことを知っているのか?

 

 トビラの警戒に疑念が混ざった。

 

「オビト君、確かあなたは火影になりたいなんてほざいていたわね。さらに強くなる方法を知りたいんじゃない?」

「そ、そりゃあ、里を守れるぐらいに強くはなりてーよ……」

「なら、私のところへおいでなさい。その半身を活かす方法、教えてあげるわ」

「大蛇丸さんは俺の身体がなんなのか……知ってんのか?」

 

 オビトは驚いた。

 すると、大蛇丸は舌なめずりをしながら答えた。

 

「ええ……私はあらゆる術を研究する者……医療忍者の綱手すらも知らない領域にも踏み込んでいるのよ……どうせ綱手は何も分かっちゃいないんでしょう?」

「綱手様なら調べればすぐに分かります! 勝手なこと言わないでください!」

 

 師匠のことを言われたため、シズネがすぐ反応した。

 

「血が怖くて見られないんじゃ調べることもできないでしょうに」

「なっ?! どうしてそれをっ?!」

「綱手のことはあなた以上に知っているわよ……三忍の一人である私の方がね……」

 

 蛇のように目を細めて笑う大蛇丸にシズネは悔し気だ。

 トビラは彼らの会話を聞いて確信した。

 

――大蛇丸め……兄者の細胞の研究を独自に進めているようだな。サルもあずかり知らぬ場所で。どうせロクなことをしていない。

 

 大蛇丸が印を構えた。

 

「さあ、オビト君。私と一緒にいらっしゃい」

「そういうセリフは可愛い姉ちゃんに言うもんだぞ、大蛇丸」

 

 背後から話しかけられた大蛇丸はつまらなそうに振り返りながら腕を下ろした。

 新たに扉から入って来たのは白髪のデカいおっさん。

 さらに、息を切らした綱手が駆け付けた。

 

「大蛇丸! 私の結界を破るなんて何のつもりだ?!」

「ふふ……元気そうね、綱手。引きこもるのは止めたのかしら」

「黙れ! 今すぐここから出ていけ!」

「ずいぶんと焦っているじゃない。それだけあの子は隠さなきゃいけない存在なのかしら」

「お前には関係ない! 出て行かないなら殴るぞ!」

 

 さっそく拳を作り始める綱手に大蛇丸は言った。

 

「やめておきなさい。殴った拍子に私が血を流すかもしれないわよ。ガタガタ震える情けない姿、可愛い弟子には見せたくないでしょう」

「大蛇丸!」

 

 すかさず白髪のデカいおっさんが鋭い声を出した。

 大蛇丸はなおもつまらなそうだ。

 

「アンタこそどうしてここにいるのよ、自来也」

「ワシはちょうど綱手と会って少し話をしていただけだ。そしたら急に焦り始めたから何かあると思ってな……大蛇丸。お前なら分かっておるだろう。綱手なら侵入者にすぐ気づくと。それなのに何故、わざわざこの部屋に入った?」

 

 自来也は尋ねながらもチラリとオビトの方を見、その異形さに顔をしかめた。

 大蛇丸もその様子を見てせせら笑った。

 

「才能の無いアンタじゃあ分からないわよ……彼の真価を……」

「確かにワシの知らんガキだ。けど、ありゃあ綱手の患者だろう? まさか大蛇丸、お主まで医療忍者にでもなったつもりか?」

「あの子に必要なのは医療忍者じゃないわ。研究者よ。私のように優秀なね」

「大蛇丸……貴様、何を企んでいる」

 

 自来也がギロリと大蛇丸を睨んだ。

 綱手も睨みながら吠えた。

 

「あの子供はただの患者じゃない。もし手を出す気なら三代目も敵に回すと思え!」

「猿飛先生が……? よりによってアンタに任せたって言うの? フフ……意味の無いことを」

「意味が無いかどうかはお前さんが決めることじゃねぇだろう、大蛇丸」

 

 大蛇丸は笑みを保ったまま言った。

 

「まったく、興が削がれたわ。綱手だけじゃなくてアンタまで里に帰っていたなんてねぇ」

「久しぶりの再会を喜ぶ暇もねぇのが俺たちらしいじゃねぇか」

「フン、再会を喜ぶなんて柄じゃないでしょう、私たちは。…………オビト君。私はいつでも歓迎するわよ。弟を守るために必要なのは力よ」

 

 捨て台詞と共に大蛇丸はドロン、と消えた。

 

「クソッ!」

 

 怒りのままに綱手が殴った壁にメキメキっと亀裂が走った。

 

「相変わらずのバカ力じゃのお……さぁて、ワシはまた酒を飲みにでも行こうかな。どれ、綱手。お前も来るか?」

「大蛇丸のバカが来たばっかりだっていうのに行くわけないだろう! あの野郎、何を考えていやがる……!」

「アイツの考えることなんざ昔から分かったことは無かっただろ。ただ、無駄なことをする奴じゃない。用心しておけ。じゃあの」

「なあ、待てよ! おっさん!」

 



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ギャルおじさん

 

 オビトに呼び止められた自来也は面倒くさそうに振り返った。

 

「なんだぁ? ワシに礼の一つでも言いたいのか? いい、いい。こういうのはな、礼を受け取らずに去るのができる男の仕草ってもんよ」

「はあ? なんで俺がアンタにお礼を言わなきゃいけねーんだ? そうじゃなくて! おっさんって自来也ってことは伝説の三忍の一人だろ? そこのおばさんと大蛇丸さんの仲間の! なんでおっさんたち、大蛇丸さんと仲が悪いんだ? それにトビラも! 何があったんだよ!」

 

 オビトの反応にムッとしたあと、ふむと探るような顔つきになった自来也。

 ツカツカとベッドへ近づき、双子の顔を見比べた。

 

「そういえば、大蛇丸が弟子を取ったと聞いたな。サクモさんのせがれとうちはの子供を……お前さんら、兄弟か?」

「双子だ! 俺はうちはオビト! こっちのトビラの兄ちゃんだぜ!」

「ほぉ……んで、そっちのお嬢ちゃんが綱手の弟子のシズネか。いつの間にか大きくなったもんだ」

「お久しぶりです、自来也さま」

「いや、そこまで大きくはなってねーかの……?」

 

 主にシズネの胸部をガン見して首を傾げる自来也に見られている方は目を吊り上げた。

 

「どこ見てるんですか! 前に自来也さまと会った時よりは大きくなってますよ! 少しは!」

「そうかのぉ……」

 

 なおもまじまじとシズネを見る自来也にトビラはため息を吐いた。

 

――大蛇丸が術ならこやつは助平なところをサルから引き継いだか。

 

 そんなトビラに今度は自来也がカッと目を吊り上げた。

 

「そこのお前! 何を一丁前にため息なんてついてやがる!」

「ったく……ため息も出るもんだろう、お前のバカさ加減を見たら」

 

 壁を殴るほどの怒りは収まったのか、綱手もそう言いながらベッドのそばに佇んだ。

 オビトもトビラそっくりの顔でジトーっと自来也を見ている。

 

「大蛇丸さんは嫌味な奴だし、シズネの師匠は口が悪いし、そんでおっさんはスケベかよ。伝説の三忍って英雄だと思ってたのにロクデナシしかいねーじゃねーか」

「なんだと?! このガキゃ、言わせておけば! これを見てもロクデナシって言えるか?!」

 

 素早い印さばきの末、親指を噛む自来也。

 

「口寄せの術!」

 

 ボフンっと煙が立ち込め、呼び寄せられたのは人が乗る大きさのカエル。

 その手際の良さにはトビラも唸った。

 

――さすがサルの弟子なだけはある……!

 

 その上で自来也は堂々と見得を切った。

 

「妙木山の蝦蟇仙人たぁこの自来也のことよ! 泣く子も黙る色男! ワシぐらいになりゃぁ己の色香で女もはしゃぐ!」

「はあ? シズネも綱手のおばさんもはしゃいでねーぞ。何言ってんだ、おっさん」

 

 しかし、困惑するオビトの心には何一つ響かなかった。

 その言葉の鋭さはトビラですら自来也に同情してしまうほど。

 

「うぐっ……ガキにはまだワシの色香が理解できねーってわけか……いや、まだまだぁ! ヒヨッコ共! その小さい目ぇかっぽじってよぉく……ぐぁ!」

 

 自来也が口寄せしたカエルはそれなりの大きさ。

 そのため、カエルが身じろぎしたために自来也は天井に思いっきり頭をぶつけ、転げ落ちた。

 

「コラー! ガマケンさんよぉ! まだ見得の途中だろうがぁ!」

「自分、不器用なもんで……」

 

 自来也に怒鳴られ身を縮めるガマケンさん。

 綱手もトビラも呆れてため息を吐く中、シズネとオビトは慌てた。

 

「おい、おっさん! 大丈夫か?」

「怪我を……」

「おっと。シズネ、こんくれぇどうってことねぇよ」

 

 駆け寄るシズネの治療を断り、立ち上がる自来也。

 呼び出されたものの、戦闘の気配がないことを察知したガマケンさんはほどなくしてボフン、と帰って行った。

 格好がつかない自来也は気まずい顔をしながらオビトに言った。

 

「お前さん、ここは口寄せの術に目を輝かせるところだろうが! ったく。バカっぽい顔しとるくせに面白くない奴よのぉ」

「口寄せの術はカカシだってできるぞ! 俺だってそのうちカカシよりもっとすっげー口寄せ動物と契約するんだ!」

「フン! お前さんみたいなガキ、出来るわきゃぁない! サクモさんのせがれと一緒にすんな!」

「なんだとぉ?! やっぱ三忍ってロクデナシばっかりだな!」

「ワシの見得を見てまだ言うか!」

「それにおっさんよりもミナト先生の方が100倍強そうだし!」

「馬鹿者ぉ! そのミナトの師匠はこのワシだぁ!」

「えっ?! あ、そ、そういやそうだったかも…………でも本当にそうなのか? なんかミナト先生と全然違うというか……」

 

 訝し気なオビトに自来也はガクッと下を向いた。

 

「ミナトはこんな察しの悪い部下を持っているのか……ったく、あやつめ……ワシの凄さをもっと若いもんに教えるよう言わねーとのぉ……」

 

 そんな自来也にオビトは口を尖らせながらぼやいた。

 

「俺、三忍ってサクモさんみたいな英雄だと思ってたのに……全然イメージと違うじゃねーか……」

 

 これには自来也も綱手も顔をしかめた。

 

「おいおい、サクモさんと比べられちゃあこっちが困るってもんよ」

「あいつ一人で三忍の名が霞むんだからな」

 

 この反応をトビラは意外に思った。

 

「貴様ら、やけにサクモに好意的だな」

「あいつには若いころ世話になった。そういや自来也、お前はやけに懐いていたなぁ」

「サクモさんはワシが認めた木の葉の天才忍者よ。ま、ワシの方が男前だがな」

「大蛇丸はサクモを天才と認めていなかったが」

 

 トビラの言葉に自来也があちゃーっと顔をしかめた。

 

「ったく大蛇丸め……あやつはサクモさんから刀の扱いを習った恩もあるってのに……」

「強さは認めるが忍の才は認めないらしい」

「フン……あいつらしい屁理屈だのぉ。お前さんは大蛇丸の弟子だろう? あいつとは上手くいってないのか?」

「俺は奴を注意深くとらえているだけだ。大蛇丸の危険性、貴様らとて分かっているのだろう」

「っ!! …………ガッハッハッハッハ! 弟子にまでんなことぉ言われっとはな! 大蛇丸も良い弟子を持ったじゃねぇの!」

 自来也は大笑い。

 だが、大蛇丸のことをよく分かっていないオビトは眉をひそめている。

 

「大蛇丸さんって確かに嫌味で変な奴だけど、俺の身体のことが分かるって言ってたよな。なら俺、あの人に聞きに行きてーんだけど」

「っバカ野郎! お前はここから出るんじゃない!」

 

 綱手の拳からミシッと音がした。

 




自来也のセリフは「ぁ」とか「ぃ」とかを多用するから段々ギャルに見えてきちゃった。
ちなみに大蛇丸は「……」が多いからわいは密かに呟き野郎って呼んでる。


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ドキドキおうち訪問

 

 自来也も険しい顔に戻って尋ねた。

 

「綱手……そういやこのガキ、何者だ?」

「猿飛先生に聞け。私からは言えないことだ」

「それほどの機密がそこのガキに詰まってるってことか……おい、オビトと言ったか? 今のお前の主治医は綱手だ。なら、言うことはきちんと聞くんだな」

「なんでだよ? 大蛇丸さんが知ってんなら聞いたっていいだろ! 俺はもっと強くなりてーんだよ!」

「ふざけたことを言い続けるなら黙らせるぞ!」

 

 振り上げた拳がオビトに当たる前にトビラが声を張り上げた。

 

「兄さん! 綱手の言うことを聞け!」

 

 睨みつけて来る弟にオビトはうっと怯んだ。

 だが、なおもオビトは言った。

 

「でもよぉ、トビラ。知ってる人に聞いた方が……」

「黙れ! そもそもそんな身体で聞きに行けるわけがないだろう! 少しは大人しくしろ!」

 

 怒鳴るトビラにとうとうオビトは撃沈した。

 そんな様子を見た自来也は心の中で思った。

 

――そこの小僧、綱手のような貫禄があるのぉ……くわばら、くわばら……

 

 一連の流れを震えながら見守っていたシズネは撃沈するオビトを慰めていた。

 トビラは腕を組んだままそんなオビトに言った。

 

「兄さん、そろそろ俺は行く。再三言うが、綱手の言うことをきちんと聞くように。いいな?」

「わぁったよ……ったく、相変わらずトビラはこえーんだから……あ! そうだ!」

 

 顔を上げたオビトは必死の形相で言った。

 

「祖母ちゃんは? なあトビラ! 祖母ちゃんは元気か?」

「おばあ様か……ああ。シスイと仲良くやっている」

「シスイと? ……へへ、そうか……。なあ、俺が帰って来たって祖母ちゃんに伝えてくれよ」

「ダメだ。兄さんのことは極秘扱いだ。おばあ様と言えど伝えることはできない」

「でもっ……!」

「それに、俺からの伝言じゃ信じないだろう。早く元気になって顔を見せに行け。それが一番喜ぶ」

 

 弟の言葉にオビトは奮起した。

 

「よぉし! ならさっさと、綱手のおばちゃんに引きちぎられた腕を元に戻さねーとな! シズネ! これ、くっつけて固定してくれよ!」

「あひぃっ! さ、触って大丈夫ですか? これ?」

「大丈夫に決まってんだろ! 俺の身体にくっついてたんだぞ!」

 

 たちまち元気になって騒ぎ出す子供らに笑みを浮かべ、自来也も動き出した。

 

「んじゃあ、ワシもそろそろ行くとするか。綱手、結界の張り直しはワシがする。勿論、大蛇丸も知らんやり方でな」

「ああ。悪いな、自来也」

「任せとけ」

 

 部屋を出たトビラと自来也はそのまま別れるかと思いきや、

 

「ちょいと待った!」

 

 トビラは自来也に肩を掴まれてしまった。

 

「お前さん、大蛇丸のところへ行くつもりだな?」

「弟子が師に会うだけだ。不自然なことではない」

「やめとけ、やめとけ。お前さんの兄貴の身体……ありゃあどう見ても訳アリだ。ガキが興味本位で首を突っ込んでいいもんじゃあない」

「…………」

 

 トビラの無言の圧に自来也はため息を吐いた。

 

「大蛇丸の言っていたことが気になるならワシが直接聞きに行く。それでいいだろう?」

「貴様は聞いても何も分かっていないだろう」

「首を突っ込んじまった以上、三代目のジジイから聞き出すしかあるまい。大蛇丸のあの様子……ちと妙だった」

「……兄さんに危険のないようにしてくれ」

「分かっておる。このワシを誰と心得る。異仙忍者の……」

「では俺はそろそろ行く。俺の班員が病院にいるから見舞いに行かねばならん」

「あ! このガキ!」

 

 見得の途中で姿をくらませたトビラに自来也は怒鳴ったが、もう彼はいなかった。

 

「ったく……兄弟そろって面白味のない奴らめ……」

 

 自来也はぼやきながらも火影室へと急いだ。

 一方、トビラは大蛇丸のところへ向かっていた。

 

 とは言っても、トビラは大蛇丸がどこに住んでいるのかを知らず、試しにチャクラ感知を試みるも、見つからない。

 仕方なく、大蛇丸班で任務へ行くときに使っていた集合場所へ行ってみた。

 

「フフフ……あなたなら来ると思っていたわよ……トビラ君」

「兄さんの身体のこと、どこで知った?」

 

 にゅるりと姿を現した大蛇丸にトビラは尋ねた。

 沈みつつある夕日の影を歩く大蛇丸は笑いながら言った。

 

「それはあなたのお兄さんがあんな身体になったこと? それとも柱間細胞そのもののこと?」

「両方だ」

「欲張りねぇ、トビラ君。いいことよ」

 

 人目を避けるように歩む大蛇丸が案内したのは一本の木。

 里からだいぶ離れていた。

 

「ここは?」

「私の研究室よ」

 

 おもむろに木に手をかけ、ガコッと開けた。

 それは木に見せかけた入り口だった。

 地下へと続く階段を下りながら大蛇丸は言った。

 

「トビラ君、あなたは研究者の素質がある……兄思いの君ならオビト君にちょっかいをかければ必ず私の下へ来ると思っていたのよ……」

「綱手の結界を破ってまで入り込んだのは俺を誘い込むためか? なぜ今更?」

「あら。オビト君はオビト君で興味があったわよ……綱手には勿体ない素材だから」

「貴様……」

「あら、気に障った? 綱手だって押し付けられて迷惑していると思ったから引き取りに行っただけよ……まさかあれだけやる気を見せるとはねぇ……」

 

 たどり着いた地下は洞窟のような空間だったが、机と実験機材が並べられたまさに研究室と言えるような場所だった。

 



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釈迦に説法

 大蛇丸に案内された洞窟では、壁に掛けられた松明の炎が揺らめいていた。

 

液体浸けにされた何かやら、気持ち悪い色の物体が入ったビーカーやら、凡人ではどう説明すればよいか分からないようなものばかりが置かれた研究室。

 そんな場所の隅々をトビラは一瞬で見、そこが何のための場所か理解した。

 

――ここは禁術の実験場のようだが……兄者の細胞研究に関する資料だけが妙に少ない。本命の実験場はまた別で、ここはダミーと言ったところか。にしては里の研究機関以上の機材ばかりだ。俺の時代には見られなかったものが多いな…………

 

 熱心に機材を眺める弟子の姿が気に入ったのか、大蛇丸は機嫌が良さそうだ。

 

「気になるようなら後で一つ一つ教えてあげる……君ならきっと理解できるわ……君は私の良い助手となれる」

 

 蛇のような目が楽し気に歪む。

 トビラは機材を眺めながら尋ねた。

 

「貴様は柱間細胞とやらについてどれほど知っている?」

「初代火影、千手柱間のことは知っているわね。かつて里では初代火影の木遁忍術を再現するために実験が行われていたのよ……」

 

 トビラは1日で2度も兄者柱間の細胞を使った実験について聞かされることとなった。

 だが、そのおかげで大蛇丸が柱間細胞について三代目以上に理解していることに気づいた。

 

――飽くなき探求心……こやつの知識欲は俺以上だ。

 

 それと同時に、トビラとミナトが三代目と極秘に話したことは知られていないとも分かった。

 

「大蛇丸。貴様が兄さんの半身に気づいたのは里の外の監視網から、ということだな? だが、火影室に入るまで兄さんは羽織で身体を隠していた。なぜ分かった?」

「蛇は体温感知に優れているのよ。オビト君の半身は不自然だったからねぇ……死んだはずの彼が帰って来て、しかも隠れ住んでいた綱手がわざわざ出て来て、さらに結界なんて張りだしたら大体は予想がつくでしょう」

 

 大蛇丸がトビラに向き直って言った。

 

「さ、今度はこちらの質問に答えてもらおうかしら。あの身体になったオビト君を見つけた経緯をね」

 

――さすがにサルの張った結界にまでは入り込めなかったか。

 

 ようやくトビラは大蛇丸が親切に研究室まで案内した理由を察した。

 

――柱間細胞の研究を進めるために兄さんのことを知りたいが、サルには直接聞けない後ろ暗さがあるようだな。禁術となった研究を勝手に進めているからか。

 

「俺とて詳細は知らん。兄さんを連れて来たのはミナトだ。俺やカカシたちは兄さんがあの半身のおかげで生きていたことしか聞かされてない」

「あなたがそんな説明で満足するの?」

「だからこそ貴様の話を聞きに来ている。だが……そういえばミナトは兄さんを俺らのところに連れてきた後、どこかへ行っていた」

「どこかへって?」

「さあ……あの時は霧隠れの暗部たちの襲撃もあり、気にする余裕もなかったが……もしかするとミナトは兄さんがどこで半身を手に入れたか心当たりがあったのかもしれん」

「そうでしょうね。霧隠れと衝突した場所を教えてちょうだい」

 

 どこからか地図を取り出した大蛇丸が尋ねたのでトビラは正直に指で示した。

 

――この場所だけではマダラのいた地下までは割り出せん。どうせ俺かミナトの飛雷神で行く以外に入り方もない。

 

 トビラの思惑に気づくことも無く、弟子からもらえた情報に大蛇丸は舌なめずりした。

 

「忙しくなりそうだわ……ねえ、トビラ君。あなたのお兄さんをこのまま綱手に任せていいの? 私ならもっと彼の力を引き出せるわよ。分かったでしょう。この里で柱間細胞を一番に理解しているのはこの私よ」

 

――確かに大蛇丸の研究はこの俺よりも進んでいる。

 

 まさか大蛇丸も柱間細胞の持ち主の弟にお墨付きをもらえたとは思っていないだろう。

 だが、無言ながらも同意したトビラを見て益々機嫌を良くしたようだ。

 

「君はオビト君と双子……お兄さんが適合したならきっと貴方も適合するわ。そしたら君は更なる力を手に入れられる。忍界最強の木遁の力をね」

「だが、適合しなかった場合は木となり死ぬのだろう?」

「ええ、そうよ。でも安心してちょうだい。トビラ君を死なせるわけにはいかないから、適合手術をするときは細心の注意を払うわ。オビト君の半身と同じものを複製できればそう難しい話でもないでしょう」

 

 トビラは腕を組みつつ思った。

 

――こやつならマダラと同じ領域に達するまでそう長くはかからんだろう。魔像を教えればさらに早くに。だが……

 

「貴様の目的はなんだ? 柱間細胞の研究を進め、その先に何を望む」

「目的? 私はすべてを解き明かす者よ。柱間細胞もその対象なだけ。そして解き明かした全てをこの身に蓄積する。そうすれば不老不死にも近づけるはずだわ」

「人の身で不老不死を望むか。貴様もなかなかに欲の深い」

「ククク……人の身にこだわる必要はないわ……すべてを手にするためなら身体の形にもこだわっていられないもの……己が何者であるかを知るためには情報が必要なのよ」

「貴様は木ノ葉の忍だ。何者であるかなんてそれで事足りる」

「それじゃあ足りないわねぇ。トビラくんもそのうち分かるわよ。木の葉の……そしてうちはの己を信じられない日が来たらね」

 

――そもそも俺はうちはであってうちはではない。千手扉間の意識が混ざっているのだから。

 

 まさかまさか大蛇丸もそんな複雑な人間を目の前にしているとは思わないだろう。

 トビラは息を吐いた。

 

「貴様の考えることは分かった。だが、今すぐに兄さんをここに連れていくことは難しい」

「そうねぇ。私も色々と迎え入れる準備が必要だわ。しばらくは綱手姫に任せましょう」

 

 そう言いながら大蛇丸が目を落としたのは、さきほどトビラが指した地図だった。

 きっとこの後、その場所に行くつもりなのだろう。

 トビラはそれに関して予想はついたものの、大蛇丸に尋ねることも無く研究室を出ていき、今度こそ病院へ向かうべく夜道を走った。

 



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長い一日

 

 病院へ向かう道すがら、トビラは見知った顔を見つけた。

 

「フガク。警務部隊の仕事か?」

「ん? ああ、トビラか。そうだ。戦時中こそ里の中の守りを固めねばならん。不安は人を惑わす。ただでさえ、孤児の行方不明増加が問題になっているのだからな」

「孤児の行方不明?」

 

 トビラはパトロールをしていたフガクに連れ添い、話を聞いた。

 曰く、里内の孤児が忽然と姿を消す事件が起きているようだ。

 しかも、里周辺の集落でも子供が神隠しに遭っているらしい。

 

「孤児は人数管理が難しいのによく行方不明だと分かったな」

「いなくなった子供はみな、戦争で親を亡くした忍の子供だ。三代目の政策でそういった子供には住む場所と食べ物を定期的に支給するようになっている」

「なるほど。その家に死体が無いのか」

「ああ。里内の死体がありそうな場所も探したが、数が合わない。里の外の子供も合わせ、姿を消したのは30人。確認できていないだけでもっといるかもしれん」

「住む場所のない子供も狙われているとしたら、さらに多いだろうな」

 

 フガクが本来の険しい顔をさらに険しくした。

 

「警務部隊への批判も出始めている。巡邏を怠っているとな。そんなわけはない。我々はうちはの誇りをもって警務に当たっている。行方不明が何者かの仕業だとしたら、これは我々に対する侮辱でもある。断じて許せん」

 

 フガクの瞳に三つ巴が浮かんだ。

 その目を見てトビラは思い出した。

 

「フガク。そういえば貴様は戦線にも立っていたな。兇眼フガクと恐れられるほどに戦果を挙げたとか」

「戦果以上に仲間を失った。その呼び名も誇れるものでもない」

 

 押し殺した声ににじみ出る感情。

 トビラは話を変えた。

 

「前に貴様の息子と会った。イタチと言ったな」

「ああ。息子からも報告があった。最近はシスイに付き合って君のおばあ様のところへよく行くらしい」

「そうだったのか?」

 

 驚くトビラにフガクは尋ねた。

 

「その姿からして任務帰りのようだが、おばあ様には会ったか?」

「まだだ」

「なら早く帰りなさい。彼女にとって家族はもう君だけだ。少しでも残された時間を共にするように」

「この後は班員を見舞いに病院へ行くつもりだが……分かった。早めに用事は済ませる」

 

 これ以上の会話はフガクが許さなかった。

 トビラもパトロールに付き合うのをやめ、病院へ向かった。

 霧隠れの暗部たちに重傷を負わされていたトビラ班、カカシ班の面々は病院にて処置してもらえたようで、皆がトビラの訪れを歓迎した。

 だが、その中にリンの姿が無い。

 トビラはすぐにカカシへ尋ねた。

 

「リンはどうした?」

「病院に着いてからもみんなの治療をし続けたからチャクラを消耗して……今は奥で休んでいる」

「霧との交戦から二班の治療を一手に引き受けていたから当然か」

「リンならさっき起きましたよ。会っていきますか?」

 

 廊下で話すトビラとカカシに声をかけたのは栗毛にメガネの女性だ。

 カカシは彼女にペコっと頭を下げた。

 

「医療部隊長、班員たちの治療をありがとうございました」

「いえ、それが私の仕事ですから。……あら、あなたもかなり消耗していますね」

 

 女性はトビラに手をかざし、チャクラを送った。

 

「医療部隊長なだけあってかなり腕がいいな」

 

 思わずトビラが言うと、女性はニコッと微笑んだ。

 

「リンに伝えておいて。今日はこれ以上の治療は禁止、そろそろ寝る時間よって」

 

 女性がチラリと見た壁時計は午後9時に近づこうとしていた。

 さらに女性は、

 

「あなたたちもね」

 

 と言い、去って行った。

 トビラはカカシに尋ねた。

 

「あの女、名は?」

「リンはノノウ医療部隊長って呼んでいた。何か気になることでも?」

「いや……寝るには早い時間だからまるで子供扱いされておると思ってな」

 

 一瞬警戒したのに、思っていた以上にくだらない理由だったため、カカシは眉を下げリンの部屋へ向かった。

 トビラも共に入ると、

 

「カカシ! あ、それにトビラも!」

 

 とリンはすぐに反応した。

 さらにベッドから降りようとしたため、カカシがたしなめた。

 

「リン。医療部隊長からの伝言だ。今日は治療禁止、もう寝る時間だってね」

「寝る時間って……まだ9時にもなっていないわ」

「ま、そういうことだから。それでトビラ。オビトの容体は?」

「今は治療中だ。完治するまでは会えん」

「それっていつまでだよ」

「俺とて分からん。ミナトはここに来たのか?」

 

 トビラが尋ねると頷く二人。

 

「なら、大体の話はミナトから聞いているか?」

「ええ。オビトのことは里のみんなには秘密だって聞いたわ」

「ミナトから聞いていること以上の話は俺もできん。だが、兄さんは復帰する気満々だ。リンたちも焦らずに待て」

 

 トビラの言葉にリンは素直に、カカシは不服ながらも頷いた。

 

「皆の容体も確認できた。俺はそろそろ行く。おばあ様に早く会わねばならん」

「オビトが生きていたこと、教えてあげるのね」

「いや。兄さんのことは言えん」

「家族なんだから……」

「ダメだ。そこから綻びが生じた場合、里を危機に陥れる。これはおばあ様のためでもある」

「オビトは里を救った英雄だ。なのに生きて戻ってもいないもの扱いか……」

 

 ぼやいたカカシの言葉はトビラにも聞こえてはいたが、あえて聞こえないふりをした。

 カカシも病院を出るトビラを引き留めはしなかった。

 

 

 

 ガラリと家の戸を開けたトビラは祖母の傍らに誰かがいるのを感じ取った。

 駆け寄ると、床に臥せた祖母を覗き込むシスイがいた。

 

「おばあちゃん! トビラさんが帰って来たよ!」

「トビ……ラ……?」

「おばあ様、ただいま帰った」

「おかえり…………トビラ……」

 

 祖母の容体は任務前に見たときよりも悪化している。

 トビラはシスイの反対側から覗き込み、祖母と目を合わせた。

 薄く開かれた祖母の目尻に涙が浮かんだ。

 トビラはその涙をそっと指でぬぐい、シスイに言った。

 

「もう寝る時間だろうにおばあ様に寄り添ってくれていたのか。世話をかけたな」

「気にしないでください。俺はそろそろ……」

「トビラ……オビ……トは?」

 

 祖母が話し始めたのに気付き、シスイは言葉と動きを止め、息を飲んだ。

 トビラは表情を動かさずに口を開いた。

 

「おばあ様、兄さんはもう死」

「おばあちゃん! オビトはすっごい任務をしているところだよ! 活躍しまくってるせいでまだ帰って来れないみたい!」

「そう……なのね…………二人とも……立派な孫ぞよ…………」

 

 弱弱しく微笑む祖母の目にまた涙が浮かぶ。

 トビラはもう一度その涙をぬぐい、祖母に優しく言った。

 

「おばあ様、荷物を置いてくるから少しそばを離れる」

「ええ……」

 

 視線でシスイも来るように促し、二人は廊下へ出た。

 トビラが何か言うより先にシスイが言った。

 

「おばあちゃん、オビトが死んだことを忘れているんです。だから、あのままオビトが生きていると思わせてあげてください」

 

――記憶が混濁しているのか……あの様子だともう長くはない。しかし、これじゃあ噓から出たまことだな……

 

 腕を組むトビラは逡巡し、結局頷いた。

 

「分かった。シスイ、貴様には気遣いばかりさせているな」

「オビトならこう言うと思っただけですよ。じゃあ、帰りますね」

「待て。夜間に子供一人での外出は危険だ。俺も行く」

「俺は平気だからおばあちゃんのそばにいてください」

「いや、ダメだ」

 

――さっきノノウとやらに回復してもらって助かった。

 

 トビラは印を組み、影分身を一体出した。

 子どもを送るためだけに分身を出したトビラにシスイは驚愕しつつも、珍しく疲れた様子のトビラに恐縮しきって帰って行った。

 シスイのことは分身に任せ、トビラは祖母のそばへ戻った。

 

「おばあ様、シスイは帰らせた。子供はもう寝る時間だからな」

「ふふ……シスイちゃんは…………優しい子ね……オビトみたいに…………」

「そうだな」

「オビトも…………まだ子供だったのに…………可哀想に……」

 

 祖母の目から流れる涙をトビラはぬぐえなかった。

 




明日から投稿できないかもしれないんでよろしく。
今回の後半みたいに筆が乗ることを祈ります。


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弟子と師たち

 まだ日が昇っていないころ、トビラはむくりと起き上がった。

 隣では祖母の寝息がスースーと聞こえる。

 暗闇の中、彼女の呼吸がまだ続いていることを確認したトビラは仕度を済ませ、家を出た。

 

「ワシも共に行こう、トビラよ」

 

 トビラに声をかけたのは三代目だ。

 暗部の気配もする。

 

「なぜここに?」

「自来也より大蛇丸が動いたことを聞いた時点でお主も動くことは予想できておった。なに、お主の祖母のことは暗部に見張らせておく。あやつが情報を求め、尋問でもしたら困るからの」

 

 申し出をありがたく受け入れたトビラは三代目と共に大蛇丸の研究室へと向かった。

 罠が仕掛けられていると想定していたトビラが拍子抜けするぐらいにあっさりと研究室へ入れた。

 

「地下に入ってすぐの空間はダミーだ。本命の実験場はこの奥にある」

 

 松明の炎がないため暗いが、トビラの写輪眼を使えばチャクラのある場所がはっきりと分かった。

 そして、そのチャクラが兄者柱間に、そしてオビトの半身に似ていることも。

 トビラが先導してたどり着いたそこは、大蛇丸に案内された研究室よりもさらにどんよりとした空気の漂う場所だった。

 

「この部屋だけ松明の要らないような作りになっているな……それだけ重要な場所ということか」

「なんと禍々しい場所じゃ……!」

 

 部屋には複数の手術台、実験体を固定する鎖、柱間細胞を厳重に保管したケース、他にも実験に必要なものが置かれていた。

 ふと、トビラは手術台の下に落ちていた物に気づき、拾った。

 それは人の腕だった。

 

「この手の大きさ……子供のものだ。切り口からしてだいぶ痛めつけられている」

「子供のっ?! まさか警務部隊より報告を受けていた孤児の行方不明事件は……」

「捨て忘れでもありましたか? お察しの通り、柱間細胞の実験に使っていたんですよ。猿飛先生」

 

 トビラと三代目が振り向くと、部屋の入り口に大蛇丸が立っていた。

 三代目が吠えた。

 

「なんということじゃ! 大蛇丸っ……お主、里の子供たちを使って実験していたのか……!」

「あなたもかつてしていたことでしょう?」

 

 大蛇丸は不吉に笑った。

 

「かつての実験のことまで知っておったかっ……じゃが、かつての実験であっても対象は大人であり、それも皆の同意を得た上じゃった! お主のように年端のゆかぬ子を攫って実験に使うなぞ、断じて許されることではない! そもそも、柱間様の細胞研究は禁術に指定してある!」

 

 三代目の言葉に大蛇丸は益々笑った。

 

「ククククク……っ! 同意を得た? 結局は実験体として犬死にしたことに変わりはありませんよ……」

「火影が命令して行ったのであれば里の意向となる。だが、火影に隠れて行った場合、それは貴様が己の欲のままに殺したようなものだ。里に所属している以上、実験の内容云々ではなく、そこに義があるかどうかが問題だろう」

「あなたには言われたくないですねぇ」

 

 大蛇丸の目がトビラに向いた。

 

「あらゆる禁術を生み出し、そして私が望んだ究極の術をすでに会得し、使っていた二代目火影様にはね」

「貴様は急に何を言う」

「オビト君を連れ帰って来たのはミナトじゃないでしょう。あなたですよね? 二代目……」

 

 トビラの言葉を封殺するように大蛇丸が畳みかけた。

 

「彼の心臓に埋め込まれた呪印札に対抗する札を貼ったのもね……元々貼られていたのは穢土転生にも使われていたもの。それを知り、打ち消す札を書けるのは開発者ぐらいしかいないでしょうねぇ……二代目火影様ぐらいしか」

「…………何を言っているのか俺には理解できないな」

「ククク……しらばっくれても無駄ですよ。秘密を守りたいのなら白眼遣いの口はきちんと封じておくべきでしたね。多少手間取ったけれど、色々と聞きだせたおかげでこの結論を導き出せたのだから……」

 

 大蛇丸の言い方に三代目が咎めた。

 

「大蛇丸! 日向の者に何をした!」

「ちょっと話を聞いただけですよ、猿飛先生。それよりもその様子だと随分前からご存知だったようですねぇ。かつての師がうちはの子供として転生を果たしていたことを」

「…………お主が何を思っておるのかは知らぬが、この子はうちはトビラじゃ」

「それと同時に千手扉間でもある。そうでしょう? 穢土転生で使う札を知っている時点で言い逃れはできませんよ」

「そもそも貴様が穢土転生の札も知っていること自体がおかしいのだがな。よほど禁術が好きなようだ」

 

 観念したトビラはしかめ面のまま言った。

 

「どうせ貴様も俺がわざとこの身体に入り込んだと思っているのだろう? だが、これは俺もあずかり知らぬことだ」

「白々しいお言葉ですこと……うちはを追い込むだけでは飽き足らず、ご自分の手で族滅させるつもりなのでしょう」

「大蛇丸。俺はうちはを追い込んだ覚えはない。貴様、なにか勘違いしておる」

「そうですか? あなたの政策がうちはを犯罪者と同じ場所に封じ込めている。そして犯罪を取り締まる者は時として嫌われ者となりやすい……さらには取り締まる側を思い上がらせることにもなる……だからこそ少しのことで信頼は揺らぐ。今も警務部に批判が集まり始めているように」

 

 笑う大蛇丸に三代目が言った。

 

「大蛇丸! それはお主がした孤児の誘拐事件が発端! なにをいけしゃあしゃあと!」

「うちはの目をかいくぐる……そう難しいことでもありませんでしたよ。連中が守りたいのは一族の誇りだけ……孤児なんてそもそも戦時じゃ犬猫と同じようなものですから本気で守ろうとは思ってないんでしょうねぇ」

「それは貴様の決めつけだ。が、どうやら俺が言葉を尽くしてもその決めつけを変える気はないようだな。なら、現時点ではそのままでいい。それよりもここでの実験について聞く必要がある」

 

 トビラは三代目に尋ねた。

 



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勝者、大蛇丸!

 

「サルよ。その様子を見るに大蛇丸の実験は火影命令ではないようだな」

「当たり前じゃ! 大切な里の者たちを徒に使い、実験するなど! いったいどれほどの里の子を犠牲に……っ!」

「フフ……攫った子供50人ほど柱間細胞を組み込む実験に使いましたけどね、バタバタ死んでいっちゃいましたよ。オビト君、彼がもう少し早く見つかっていればいらぬ手間となったものを」

 

 あっけらかんとした大蛇丸の言い方にトビラは三代目の言葉を思い出した。

 

――『柱間様の木遁を……尾獣を抑える力を受け継ぐため、多くの里の者を死なせてしまいました……まさかこんな形で適合者が出るなど……分かっておれば…………』

 

 そして今も悲しく苦し気な三代目の顔をチラリと見上げた。

 

――サルも似たようなことは言っていたが師弟でこうも意味が違うか。

 

「大蛇丸! お主はやりすぎた! このまま見過ごすわけにはいかん!」

 

 三代目が臨戦態勢に入った。

 

「貴方に殺せますかね? この私が……」

 

 大蛇丸はなおも不吉に笑い、じっと蛇の目で師を見つめた。

 三代目はトビラを手で庇い、印を結んだ。

 

「口寄せの術!」

「……猿飛、呼んだか。っ! 大蛇丸……そうか、ついにやるんだな」

「猿魔! 行くぞ!」

 

 口寄せで呼ばれた猿猴王は如意に変化した。

 三代目は如意を掴み大蛇丸へ迫るが、弟子も口寄せした剣で応戦した。

 が、剣は簡単に砕けた。

 

「あら、こんなものじゃダメね。やっぱり草薙剣でも無いと」

「お主がそれを手にすることはない!」

「それはどうでしょうね……風遁・大突破!」

「クッ!」

 

 剣が砕けた隙を狙おうとした三代目だったが、それより早く大蛇丸の風遁が彼を襲った。

 三代目が瞬身で回避したことにより、二人の間に距離が出来た。

 トビラはその間、ずっと腕を組んで眺めていた。

 

「そうやって見ているだけですか? 二代目火影……このままだと貴方の弟子を目の前で失うことになりますよ」

「若造が……サルが貴様ごときに殺されるわけがないだろう」

「フフ……年寄りの慢心ほど醜いものはありませんね……それとも弟子を信じる美しき師弟愛ですか?」

「その師弟愛の恩恵を一番に受けるお前がよく言うものだ、大蛇丸よ」

 

 トビラは表情を変えずに言った。

 猿魔が三代目をなじった。

 

「猿飛! あいつをやるんだろう! しっかりしろ!」

「すまん、猿魔…………」

 

 三代目の額から流れる脂汗、歪む顔に浮かぶ苦難、震える手。

 トビラはその様子もじっと見つめ、そして大蛇丸が次の手を打とうとする瞬間に言った。

 

「サル、里に仇なす者を討つのは火影としての責務。だが、どうやらお前はそれができぬようだな」

「…………」

 

 沈黙は肯定だった。

 

「大蛇丸の実験方法は許されるものではない。危険もある。だが、奴の知識と才能が里に貢献できることもまた事実。であれば、別の形で師としての責任を果たしたらどうだ」

 

 トビラの言葉に、ヒルゼンは己の手の震えが止まったことに気づいた。

 そして、苦難に歪む顔のまま俯き、すぐさま言った。

 

「ワシは火影を降り、生涯を懸けて大蛇丸を見張る。これ以上、里に仇なすことのないように。それがせめてもの、師としてできる償いじゃ」

 

 ヒルゼンは俯きながら思った。

 

――ワシはどこまでも甘い……この期に及んで大蛇丸を……弟子を殺さずに済むことに……今、ホッとしてる……

 

 ヒルゼンの相棒である猿魔は当然、彼の心の内が分かったので呆れて息を吐いた。

 

「猿飛、俺はもう行く。これ以上、そこの馬鹿弟子に殺されることのないようにな」

「ああ、すまなかった。猿魔」

 

 ポン、と口寄せが解けた煙が上がった。

 呆然としていた大蛇丸はその音でようやく話し始めた。

 

「正気ですか? 猿飛先生、私のために火影を降りるなんて……あなたは里の象徴ですよ? どう説明なさるおつもり?」

 

 大蛇丸の問いにトビラが割り込んだ。

 

「勿論、まだ戦時中だから混乱を避けるため、戦争を終わらせるまでは降りられん。だからサル、さっさと終わらせるしかないな」

「ええ。こうなったら、多少の無理をしてでも平和を取り戻し、次の火影へ繋げましょうぞ。大蛇丸のこと、そして終戦処理の責任を取って火影を辞める……上役にも説明いたします」

「…………本気なんですね、猿飛先生……二代目がいるからですか? 貴方にそこまでさせたのは二代目の生まれ変わりがいるからですかっ?!」

「ワシが選んだことじゃ、大蛇丸よ。トビラは考えるきっかけをくれたにすぎん。元より、火影としての責任を果たせないワシにそこへ居続ける資格はない」

 

 大蛇丸はなおも言い募ろうとしたが、師の表情が昔のように穏やかであることに気づいた。

 その隙を見逃さず、トビラは腕を組んだまま言った。

 

「大蛇丸よ。三代目はお前を殺す代わりに己の生命を絶った。火影としての生命をな。しかし次の火影はそう甘くない。師の顔に泥を塗りたくなければ、これ以上の狼藉を止め、里に貢献しろ」

「なるほど……そうやって先生を降ろして次の火影に私を殺させるおつもりですか?」

「バカを言うな。お前が殺される事態になったら一緒に死ぬのは三代目だぞ。こやつは生涯をかけ、お前を見張ると誓った。それが果たせぬ時は死ぬときだ」

「共に逝く覚悟はできておるぞ、大蛇丸」

 

 弟子をまっすぐに見つめる師。

 その瞳に映る色は火影ではなく、純粋な師としての色だった。

 戦意を失った大蛇丸はだらん、と腕を下ろした。

 

「ククククク…………それで私を完封したつもりかしら、二代目」

「さあな。効果が無いなら別の手を打てばいい。貴様の師は無駄死にすることになるがな」

「……随分と執拗に脅してくるんですね。ふふ……猿飛先生の命がかかれば私が退くとお思いで? そんな曖昧な手を使って来るだなんて、あなたらしくありませんね。二代目」

「貴様が俺の何を知る。…………今の俺はうちはトビラだ。そしてなんの因果か、今の俺はお前の弟子だ。貴様も少しは師匠らしいところを見せろ」

「…………いいでしょう。オビト君の柱間細胞にあなたの存在……気になることは沢山あるわ。トビラ君、貴方も弟子として研究を手伝ってちょうだい」

「無論だ」

 

 大蛇丸は何事も無かったかのように歩き始め、トビラも続いたが振り返り、三代目に言った。

 

「三代目、あなたが火影を降りるまでは俺が大蛇丸を見張りましょう。これも弟子としての務めだ」

「ああ……頼むぞ、トビラよ」

 

 こうして因果の絡まった師弟の今後は決まった。

 



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上役会議

ホムラ、コハル、ダンゾウ、トリフ
知っている
オビトがマダラと接触して柱間細胞を手に入れたこと

知らない
トビラの中身が二代目・マダラをトビラが殺したこと


 元々どこの里も消耗している時期になっていたため、終戦の目途もつきつつあった。

 そのため、三代目としては終戦交渉する目算もついていたし、上層部も終戦に反対はしていなかった。

 だが、彼が火影を降りる理由には反発があった。

 

「いくら弟子がしたこととは言え、大蛇丸の責任をなぜお主が取る!」

「火影は弟子に限らず里の者すべてに責任を持っている。お前のその辞任の仕方だと、後の火影も下の者が何かするたびに辞任することにならないか?」

「大蛇丸のことを気づけなかったのはワシに責任がある。火影を降りた後、あやつを見張り続ける。その覚悟も込めた辞任じゃ。ワシは元々、こたびの大戦での賠償責任を他里に求めたくないと考えておった。強引に終わらせるとしたらその責任も取らねばならん」

 

 憤るコハル、眉を顰めるホムラにヒルゼンはあくまで冷静に言った。

 共に話を聞いていたトリフも口を開いた。

 

「大蛇丸が火影の命令でもなく、里の者たちを実験に使っていたのなら極刑は免れない。なぜ殺さない?」

「…………」

 

 三代目と相談役たちは長い時間を共に過ごしてきた。

一瞬の躊躇にも気づくほどに。

コハルが一番に吠えた。

 

「まさかヒルゼン! 弟子の命が惜しいのか? お主は火影! そんな甘い気持ちで見逃すと里のためにならん!」

「お前がやれないなら他の者にさせるのはどうだ?」

 

 ホムラの言葉に三代目が首を振った。

 

「ダメじゃ。大蛇丸は確かに禁忌を犯した。しかし、あ奴の研究は後々、里を救うことになるかもしれん」

「アイツがしていたのは柱間細胞を子供に埋め込む実験だったか。成功例が?」

「いや。じゃが、うちはオビトの研究をするのに大蛇丸ほど最適な者はいない。オビトの身体に適合している柱間様の細胞を分析し、他の者も使えるようになったら……」

「うちはオビトという者に埋め込まれた細胞、元はうちはマダラに埋め込まれたものらしいが、危険はないのか?」

 

 割り込んできたのはダンゾウだった。

 コハルが咎めるように言った。

 

「ダンゾウ! どこへ行っておった! この忙しい時に!」

「ワシとてやることは多い。こと戦の最中ではな。三代目よ、うちはオビトは写輪眼も開眼していると聞く。さらに柱間細胞も使いこなすようになったら、力が集中しすぎないか? それすらもマダラの策略ではないか?」

「その心配はない。マダラはもう死んでいる。確かにオビトの心臓にはマダラが施した呪印札があるが、それを打ち消す札はすでにこちらで貼ってある」

 

 トリフが尋ねた。

 

「呪印札が? 打ち消すなんて可能なのか? ヒルゼン、それをお前が?」

「…………ああ。かつて二代目様より教わったことがあり、それを使った」

「二代目様の……穢土転生に使う札か。しかし打ち消すものなんて聞いたことが無いぞ」

「トリフ。ヒルゼンは幼き頃から初代・二代目ご兄弟のご指示を賜ってきた。我らが知らぬ術を知っていてもおかしくはない」

 

 ホムラの言葉のおかげでトリフの追及はそこで終わった。

 コハルが気を取り直して話し始めた。

 

「今の議題はうちはオビトではない。ダンゾウ、大蛇丸が禁忌としていた実験を……柱間様の細胞を里の子供に埋め込む人体実験をしていた。ヒルゼンはその責任を取って火影を辞任し、大蛇丸を監視するつもりじゃ」

「火影を? 次の火影はどうするつもりだ」

 

 ダンゾウの問いに三代目が答えた。

 

「次なる世代より選ぶつもりじゃ」

「しかし今は戦時中だ。若い者に務まるのか?」

「終戦の目途はついている。一刻も早く各里と交渉し、条約を結び、次の火影へ繋げる。ワシは自来也に任せたいと考えている」

「…………弟子の責任を取って火影を辞めるのに、次の火影に結局お前の弟子を選ぶのか?」

 

 ダンゾウがチクリと言うも、トリフが口を挟んだ。

 

「自来也は伝説の三忍として他里にも名を馳せている。上忍班長の立場から言わせてもらうと、本当ならそれ以上の名声があったはたけサクモが適任かとも思うが……」

「はたけサクモは任務失敗の影響が大きい。里内からの信任が得られないだろう」

 

 ダンゾウの否定に加え、ヒルゼンも眉を下げながら頷いた。

 

「サクモ本人からも火影は己に向いていないと言われてしまった。あやつはあくまで前線に立ち続ける気だ」

 

 トリフが顔を曇らせながら言った。

 

「惜しいな。サクモは大名様からの覚えもいいのに……だが、やる気のない者に任せるのも危険か。であれば、自来也が最有力候補と考えて良い。名声の点で言うと、うちはフガク、波風ミナトも候補になりうる」

「うむ。しかしうちはフガクはすでに警務部隊の隊長、火影にまでしたら権力が集中しすぎるの……」

「波風ミナトは確かに資質もあるから良いが……まだ若い。そう考えると自来也が適任じゃ」

 

 ホムラとコハルも自来也が候補であることに賛同したため、ダンゾウは顔をしかめた。

 

「しかしだな、ワシが言いたいのは三代目の教えが大蛇丸の失敗に繋がったのなら、同じ教えを持つ自来也が火影になるのは良くないのではないか、ということだ」

 

 ダンゾウの懸念にトリフが切り込んだ。

 

「俺は大蛇丸の失敗が果たして三代目の教えが原因か疑問だがな。ダンゾウ、大蛇丸はお前の部下でもあった。禁忌であった人体実験、根が絡んでいるということは無いよな?」

「…………無論だ。大蛇丸が一人で行ったこと」

「弟子とは言え、一人前になった以上責任は本人にある。だが、うちはオビトの呪印札を三代目が制御できる点も考えると、大蛇丸、うちはオビト両名を三代目が抑える形が良いかもしれない」

「トリフ、お主までそんなことを言うのか!」

「コハル、戦争でこの里もかなり疲弊している。そんな中でうちはマダラに関わる問題も一人で対処するのは難しい。だからこそ、里は次の世代へ、そして三代目は過去の遺産に対処する。そのつもりなのだろう。ヒルゼン?」

「ああ。その通りじゃ」

 

 トリフの問いに三代目は頷いた。

 

「ならば、上忍班長としても次の火影は自来也を支持する。アイツなら皆の信任も得られるだろう」

「ワシも同じく」

「同じく」

「ダンゾウ。お前は?」

「……いいだろう」

 

 こうして上役たちの会議が終了した。

 



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過去番外編~初代と二代目の弟子~

柱間、扉間が生きていたころの過去編です。
次回も過去編です。


 火影に選出された柱間は一族の長たちを集めた。

 勿論、マダラにも声をかけたが来てはくれず、空席を見つけて落ち込んだ。

 

「兄者、皆が待っている。そろそろ始めてくれ」

「む……コホン。ここにこうして里に集う一族の皆と会合が出来ること……本当に感謝する!」

 

 ゴンっと机に頭を打ち付け涙する柱間に扉間は横から言った。

 

「兄者! 先日の封書により兄者は正式に火の国木ノ葉隠れ代表の火影となった。代表ともあろう者が簡単に頭を垂れるな!」

「だが、これだけの者たちが集まってくれておるのだぞ! うれしくて仕方あるまい!」

 

 名家もそうでないのも含め二十ほどの長たちがいる。

 扉間は仕方なくその者たちに言った。

 

「すでに協力してもらったから分かるだろうが、火影は里の皆による民意で選出された。つまりこれで兄者は里からも大名様からも認められた里の長だ。また、この里の名も同時に決まった」

「うむ! うちはマダラの命名により、木ノ葉隠れの里と呼ぶことにする」

「あいにく、命名者のマダラは所用につき今日は欠席している」

 

 柱間の言葉をすかさず扉間が補足する。

 一族の長たちの多くは兄弟の掛け合いを用心深く聞いていたが、中には心底めでたいとばかりにニコニコと聞いている者もいた。

 柱間も里のことを考えると嬉しくなってくるのか、明るい面持ちで言った。

 

「これで火の国からも里は認められた形となる。里も出来たことだし、さっそく皆に提案したいことがある!」

「兄者! 段取り通りに進めてくれ!」

「どうせ話すことだ。今でもそう変わらん」

「良いではないですか。火影様の第一の提案、みな興味があるでしょう」

 

 柱間を援護したのはニコニコと聞いていた男だ。

 

「おお! 猿飛殿もそう思うか! 実はだな、俺は子供らを集めた学校を作ろうと思っている! 皆の子もぜひ通わせてほしい!」

 

 猿飛佐助の援護に気を良くした柱間が堂々と言うと、その場に緊張が走った。

 用心深く話を聞いていた一族の長たちの顔が強張っている。

 思っていた反応と違うことに首をかしげる柱間とその横でため息を吐き額に手を当てる扉間。

 スッと手を挙げる者がいた。

 

「火影殿よ、それはつまり我らの子を人質に取りたいということか?」

「なっ! 志村殿! それは断じて違う! そもそもだな、俺は子供が殺し合わなくて良い集落を作りたいと思っていた。そしてマダラの協力もあり出来上がったのが木の葉の里だ。そして、学校は子供がちゃんと強くなるよう訓練するために作るつもりだ」

「まさか訓練は火影様がなさるおつもりで?」

「ああ! もちろん俺も参加する!」

「兄者、少し黙れ!」

 

 扉間が一喝するも遅かった。

 一族の長たちがヒソヒソと懸念を話し始めている。

 

「千手とうちはに我が子を兵として差し出すのか……」

「しかしそれで強くなるのであれば一考の余地もあるか?」

「いや、強くなったとしてもその子は千手のために動く」

「火影は千手とうちは以外を駆逐するつもりではないか」

 

 漏れ聞こえる言葉に柱間は大慌てで否定した。

 

「皆の者! 落ち着いてくれ! 子供が多くなれば俺らだけでは手が回らなくなる。だから、皆にも協力してもらいたい。これだけの一族が集まっておるのだ。それぞれの持つ術を共有すればこの里もそれだけ強くなる。子供の能力に合わせた訓練だってできるぞ!」

「火影様! 一族の秘術は一族で守ってこそのもの! いくら木の葉隠れの里に加わったとは言え、そこは譲れません!」

「そうだ! そもそも、子供の能力に合わせた訓練であれば我らとてすでに行っている! それをなぜ、わざわざあなた様のところで?」

「そもそもだ! 里に加わったとはいえ、他の一族たちを信用しているとは言っていない! 情報だけかすめ取られるのは勘弁だ!」

「それはこちらのセリフだ! 貴様の一族はいつも小賢しい手で情報を取っていくのだからな!」

「何を! こちらとて先祖の代より貴様らには手を焼かされるばかりだった!」

 

 喧々囂々、白熱する議論の中、ゴン! と大きな音がした。

 柱間が机に頭を打ち付けた音だった。

 

「たしかに我らは少し前まで一族同士で争い続けていた……すぐにこの俺を信用することは難しいかもしれん。だが、俺は一族の垣根を超え、皆が協力し合う里。それが出来る日を夢見てここまで来た。皆もいまの戦乱の世に思う所があったからこそ里に加わったのではないか?」

 

 議論していた面々が柱間の方を向いた。

 

「俺は子供のころに弟を二人失った。皆の中にも兄弟や我が子を失った者もおるはずだ。子供らを死なせることのないような……皆が強く大きくなるまで生きていられる、そんな里を作りたい。だからどうか、どうか! 皆の協力も頼みたい……!」

 

 火影の嘆願を皆、難しい顔で聞いていた。

 続きは扉間が引き取った。

 

「これが火影の願いではあるが、子供を学校へ通わせることを強制する気はない。各々の一族で育てたいのであれば好きにすればいい。まだ里そのものも出来上がっていない状態だ。学校が出来上がるのもかなり遠い話になるだろう」

「学校は里の中でも重要な施設ぞ! そうだ! 火影室のすぐそばに作り、皆が立ち寄れるようにしたらどうだろうか?」

「兄者! そういった込み入った話はまた後だ。それよりもまずは里の基盤をしっかりさせねばならん。これには皆の協力も必要だ。そうだろう?」

「うむ。確かに俺は里の代表として火影を名乗ることになったが、俺一人で里を作ろうとは思っておらん。マダラに里の名をもらったように、里の皆で作り上げていきたい」

 

 柱間が一同の顔を見ながら宣言した。

 

「そういうことだ。今日は一族同士の顔合わせの会合だ。そろそろ終わりにする」

 

 扉間の一声で会合は終了し、皆が帰って行った。

 長たちが集結していた部屋はがらんと寂しいものに。

 その部屋で柱間はうじうじと落ち込み、扉間は腕を組んでしかめ面をしていた。

 

「兄者! いつまでそうしているつもりだ!」

「しかしだな、扉間よ。まさか皆があれほど反対するとは……」

「だから言っただろう! 学校の話はもう少し後にするべきだと!」

「だが、火影となった一番の時にこそ夢を語らんでどうする」

「兄者! 自分でも言っていただろう。もう里は兄者一人のものではない。皆で作り上げていくものだ。民意で火影を選んだように、里の運営も民意で行っていく。学校の在り方も皆の同意を得て行かねばならん。それには時間が必要だ」

「マダラはすぐに賛同してくれたのに……」

 

 柱間はチラリと空席を見た。

 そこはマダラが座るはずだった席だ。

 

「兄者。いつまでもマダラのことを……」

「ちと、よろしいでしょうか」

 

 部屋の入り口から声をかけられ、扉間は話を中断した。

 



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過去番外編~初代と二代目の弟子2~

 

 部屋の入り口から声をかけて来たのは先ほどの会合にも出ていた男だ。

 柱間は驚きと喜びの声を上げた。

 

「猿飛殿! 何か忘れ物かの?」

「いえ、火影様方にお伝えしたいことがございましての」

「猿飛殿、まさか……」

 

 扉間の顔に焦りが浮かんだ。

 対する柱間はワクワクとしている。

 

「おお! なんぞ?」

「先ほどの学校の件についてでございます」

「猿飛殿。あれは兄者の夢であって里に導入するかは皆の意見に従うし、導入計画自体もまだ先の話だ」

 

 扉間が焦りながら言うのを猿飛佐助はニコニコと聞いた。

 

「ええ、ええ。分かっておりますぞ。ですが、ワシは火影殿の夢に感銘を受けましての。そして、ぜひその夢の協力をさせていただきたい……ヒルゼン! おいで」

 

 横を向いた佐助が呼びかけると、廊下からひょこっと子供が顔を出した。

 柱間も扉間も驚いた。

 

「この子はもしや猿飛殿の……」

「ええ。ワシのせがれでございます。名はヒルゼン。年は3歳を過ぎたころ」

「そうであったか! ははあ、息子なだけあって似ておるのぉ!」

 

 柱間が満面の笑みでヒルゼンに語り掛けた。

 

「猿飛殿のせがれよ。俺は千手柱間、木ノ葉隠れの里を守る火影ぞ!」

「火影……?」

「うむ。木ノ葉の同胞は俺の体の一部一部だ……里の者は俺を信じ、俺は皆を信じる……それが火影だ……!」

 

 里そのものも理解していないヒルゼンには難しいようで首をかしげている。

 そんな彼に柱間は言葉を重ねた。

 

「つまりだ、俺はお前のことも信じておる! これから立派な忍となることをな!」

「本当か? 俺も父上のような立派な忍になれるか?」

「ああ、俺はそう信じる!」

 

 これは理解できたようで、ヒルゼンも満面の笑みになった。

 佐助はそんな息子を優しい目で見守り、そして柱間たちに言った。

 

「我が子、ヒルゼンをお二人にお預けいたします。もちろん、人質としてではなく里の学校の第一期生として」

「なっ!」

「猿飛殿。よろしいのか? その子はお主の嫡男であろう? さすがに一族の者たちから反対が出るのではないか?」

 

 柱間の心配を佐助は笑い飛ばした。

 

「私はもう火影様を信じる里の一人。それに火影様から教えを受けられる……里で育つ者としてこれほどの誉れはない。このヒルゼンが学ぶ様子を見れば、他の一族の者たちも人質扱いではないと気付いていくことでしょう。さすれば、一族を超えた学校を望む者も増えるはず」

「猿飛殿……!」

 

 感極まってうるうるし出す柱間が黙ってしまったので扉間が間に入って言った。

 

「嫡男を兄者に預ける、これほどの信頼を早くも見せてくれたことに感謝する。正直なところ、兄者の話についていけずに里を抜けるのかと思った」

「子どもを死なせない夢……それは子を、家族を持つ忍の誰もが一度は思うこと。その夢の形となった里を抜けるなんて考えられませんぞ」

「そうだ!」

 

 うるうるモードから一転、おめめキラキラモードになった柱間が言った。

 

「これから生まれる俺の子、それか孫を猿飛殿のせがれに預けよう! そうやって里を守り、子を守る意思を継いでいこうぞ!」

「兄者……まだ嫁もいないのに気が早すぎる」

「ハッハッハ! そりゃあ楽しみですなぁ! 我が子が育ち、新たな世代を育てる……火影殿の発想には驚かされますな」

 

 カラリと笑う佐助につられるようにヒルゼンも元気よく言った。

 

「俺、アンタの子供でも孫でも弟子にしてやってもいいぜ! でも、どうせなら可愛いおなごがいいなぁ」

「これ、ヒルゼン!」

 

 鷹揚な佐助が慌てた顔をしたが、柱間は笑い飛ばし、扉間もニヤッとした。

 

「ガッハッハ! お主、その年でなかなかの好き者よのぉ……だが気持ちは分かるぞ!」

「女で身を崩す前に誰か見つけておいた方がいいと思うがな」

「それならもう見つけてあるぜ! あのな、花屋をしているビワコちゃん! すっげー可愛いんだぜ!」

「花屋のビワコ……山中家の者か」

「ふむ。山中家は美人ぞろい……我が子ながら良い目をしている……」

 

 扉間が特定した一族の名を聞き、佐助は感嘆した。

 なお、その鼻の下は少し伸びていた。

 扉間はそんな佐助を見て、

 

――佐助殿も意外と好き者か……

 

 と密かに分析していた。

 柱間はガハハと笑い、ヒルゼンに言った。

 

「ようし、猿飛殿の息子よ! お主が愛する者を守れるよう、俺らも身を入れて鍛えていくからの!」

 

 そんな柱間に佐助が頭を下げた。

 

「ワシにとっても可愛いせがれじゃ。よろしく頼みますぞ」

「任せてくれ! 猿飛殿! なあ、扉間!」

「ああ。お主の嫡男、悪いようにはせん」

 

 こうして千手兄弟は猿飛ヒルゼンを弟子に取った。

 ヒルゼンは幼いながらも真面目に特訓し、さらにその才覚は二人の予想以上だった。

 教えれば教えた分だけ吸収するヒルゼンを面白がった兄弟、特に扉間はどんどん彼に術を教えていった。

 

 

 ちなみに修行初日にはこんなことがあった。

 扉間が腕を組みながら言った。

 

「それではヒルゼンよ。お主にはまずチャクラコントロールを教えるとしよう」

「うむ! 全ての基本ぞ!」

「猿飛一族は火遁が得意と聞く。火遁を中心に行うと身につきやすいだろう」

「そうだな、扉間。猿飛一族の火遁は見事なものぞ」

「特に佐助殿はマダラに次ぐ火遁使いだ」

「…………」

 

 兄弟の話を聞いていたヒルゼンの顔が曇った。

 いち早く気づいた柱間が尋ねた。

 

「ん? どうした? 腹でも痛いか?」

「……お二人も俺に親父みたいな忍になれって言うのか?」

「お主の父親は立派な忍だと思うが……嫌なのか?」

 

 口をとがらせるヒルゼンはボソボソと言った。

 

「一族の者がうるさいんだ。親父の子供の俺はたくさん努力して親父みたいになれって。二人の弟子になるって決まってからは特に……『ヒルゼン様はサスケ殿の子だから立派な忍になります』ってみんな言う……」

 

 幼子の不満を兄弟は静かに聞いた。

 

「みんな俺のことを親父の子供としか見てない! 俺、自分の名前も嫌いだ。親父が付けた名前だから立派だって言ってくる。親父が関わればなんでも立派なのか?」

「ふぅむ……ワシは良い名だと思うが……」

「嫌だ! 良いか悪いかなんか関係ない!」

 

 口をへの字に曲げたヒルゼンに柱間は困り顔。

 そして弟に耳打ちした。

 

「扉間! どういうことぞ? あの子供、前はノリノリだったのに……もしや俺らの弟子になるのが嫌だったか?」

「子供らしい癇癪を起しているだけだ。そのうち落ち着くだろう」

「そういうものなのか?」

「本当に嫌がるようなら佐助殿に話を通して弟子入りは撤回だな」

「そ、そんな……」

 

 ズーンと落ち込む柱間は放っておいて扉間はヒルゼンに言った。

 

「名前を呼ばれるのが嫌とは言っても、貴様のことは何かしらで呼ばねばならん。希望はあるか」

「別に希望なんか……猿飛とかでいいよ」

「おお! ならば俺はお主のことを猿飛と呼ぼう!」

 

 ヒルゼンのやけっぱちな言葉に柱間は食らいついた。

 少しでも子供の機嫌を損ねたら弟子入りの話は消えてしまう。

 そのための必死な態度だったが、扉間は「猿飛」と呼ばれたヒルゼンがちょっと寂し気な顔をしたのに気付いた。

 そして一つため息を吐き、言った。

 

「サル。お前はちょこまかしていてサルのようだから俺は貴様はサルと呼ぶ。いいか?」

「え? ……猿飛だからサル? へへっ結構単純だなぁ」

「そうだぞ、扉間。そうか……あだ名をつけて良いのか? ならば、灼遁炎神猿乃……」

「兄者は猿飛と呼ぶように」

 

 扉間はツボるのを我慢しながら兄に釘を刺した。

 ヒルゼンはすっかり機嫌を治してゲラゲラ笑い、兄弟に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします! 柱間先生! 扉間先生!」

「うむ! よろしく頼むぞ、猿飛よ!」

「では始めるぞ、サル」

「はい!」

 

 結局、兄弟のヒルゼンへの呼び名は定着してしまい、名前呼びに変えるのも今さらとなって生涯「猿飛」「サル」呼びで固定となった。

 

 

 それから二十数年後のこと。

 

「扉間先生……いえ、二代目様。お呼びでしょうか?」

 

 すっかり精悍な青年となったヒルゼンはドギマギしながら火影室にて扉間に尋ねた。

 前日までは柱間のものだった火影の笠を被る扉間が顔を上げた。

 

「サル。綱手がアカデミーを卒業したら貴様に任せる。そのつもりでいろ」

「えっ?! 俺でよろしいのですか?」

「兄者の遺言だ。言ったのはかなり昔のことだがな」

「まさか子供の頃の……?」

「覚えていたか」

 

 扉間の仏頂面が少し崩れ、口角が上がったのがヒルゼンには見えた。

 その瞬間、ヒルゼンは幼いころの記憶を引っ張り出しながら言った。

 

「二代目様! 初代様とあなたから継いだ意志、必ず俺も新たな世代へと繋いでいきます!」

「サル……貴様は術以外の記憶も良いようだな。俺も信任投票で選ばれた以上、里の者たちを信じ、守っていくとしよう。火影としてな。貴様にはこれまで以上に働いてもらうぞ」

「はい! お任せください!」

 

 ヒルゼンの元気な返事が火影室に響いた。

 

「よし。では早速、コハル、ホムラ、ダンゾウ、トリフ、カガミを呼んで来い」

「はい!」

 

 ピューンとサルのようにすばしっこく出て行ったヒルゼンに扉間はくく、と笑った。

 

「いくつになっても貴様は変わらんな、サル」

 

 扉間は慣れない火影笠を被り直し、部下たちが部屋へ集うのを待った。

 彼の身体より大きめの火影衣装がその下の喪服を隠していた。

 



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嘘つきたち

 

 大蛇丸と三代目の決着がついたちょうどそのころ、オビトの病室ではある駆け引きが行われていた。

 オビトの身体は半身を固定するため包帯でぐるぐる巻きになっていて、顔だけはどうにか出ている状態だった。

 岩に潰された方の顔は皴が寄っていて、その顔でねだるような表情をした。

 

「なあ、綱手のおばさんよぉ。少しぐらいいいじゃねーか。な?」

「ダメだ! お前のその身体で外に出て見ろ! 二度と出られないくらいにボコボコにするぞ!」

「柱間細胞ってのは包帯で隠れてるから平気だろ!」

「その顔の皴をどう説明する!」

「それはまぁ、任務のケガでちょっとって言えば……」

「そもそもお前の扱いはまだ死んだ人間! 大人しくしていろと何度言えば分かる!」

「でもさ、俺やっぱり大蛇丸さんの言ってたこと気になるんだよ! なあ!」

 

 綱手の返事はデコピンだった。

 

「ぐえっ!」

 

 カエルが潰れたような声と共にベッドに沈められたオビト。

 あまりの衝撃に気を失ったのか、目をつむっていた。

 

「シズネ。こいつが外に出ないよう見張っておけ」

「は、はい! 綱手様はどこへ?」

「自来也が来ている。少し話を聞いてくるからここにいろ」

「自来也さまが? たしか昨晩、火影様にお話を聞きに行っていたはずですよね」

「その結果を報告に来たんだろう」

 

 綱手が部屋を出て行くのをシズネは嬉し気に見送った。

 

――綱手様……すっかり生気が戻られて……なんだかんだ言ってもオビト君のこと心配なんですね……

 

 そんなことを考えていたシズネだったが、ベッドから唸り声が聞こえ慌ててそちらを見た。

 

「オビト君? 大丈夫です……か……?」

「ごめんな、シズネ。でも俺、やっぱり気になるんだ」

 

 起き上がったオビトの目は赤く光っていた。

 そこに浮かぶ二つ巴。

 幻術にかけられているシズネをそっとベッドの方へ引き倒したオビトは、近くにあった大きめの外套で全身を覆った。

 伸びっぱなしの髪もフードを被れば見えない。

 そうしてオビトは抜き足差し足でそっと病室を抜け出し、半年ぶりに里の景色を見た。

 

「うわっどこだよここ……いや、すんげー昔に爺さんの探し物で来たことあるな……だとしたらこっちの道を行けば……」

 

 人助けで里中を駆け回ったオビトに知らない場所はない。

 オビトの足取りは迷いが無かった。

 なぜなら。

 

「大丈夫だよな、ばあちゃん……」

 

 彼が向かっているのは自宅だったからだ。

 綱手には「大蛇丸に会いたい」と言っていたオビトだったが、彼が本当に会いたいのは祖母だった。

 裏道ばかりを選び、人目が付かないように移動する。

 里を熟知するオビトにとってはそう造作ないことだった。

 

「あの時……トビラの違和感に気づいたときにもっと聞いておけばよかった……嫌な予感がずっと消えねーんだよ……!」

 

 トビラが病室を出る瞬間には気づけなかった違和感。

 祖母のことを聞いたとき、弟が一瞬だけ詰まった気がした。

 思い返したときにそのことが小骨のように引っかかり続け、そして消えない不安にオビトは突き動かされた。

 

 自宅の前まで来た時、少年が飛び出てきた。

 さらに家の中から必死な声が聞こえた。

 

「イタチ! 早くトビラさんを呼んでくれ! まだ里のどこかにはいるはずだから早く!」

 

 家の中から叫んだ少年の声にオビトは聞き覚えがあった。

 シスイだ。

 そして家から飛び出て来た少年は初めて見る顔だった。

 少年も家に近づくオビトに気づき、声をかけて来た。

 

「あの……トビラさん……ですよね? その顔はどうしたんですか?」

「あ、ああ……実は任務でひどい傷を負ってしまって処置をしてきたところだ。それより、おばあ様に何かあったのか?」

「容体が急変しました。早く中へ」

 

 オビトは半身に気づかれないよう、外套をしっかりと握り、自宅へ入った。

 先に入ったイタチが声を張り上げた。

 

「シスイ! ちょうどトビラさんが帰って来た!」

「そうか! 良かった間に合っ……おいイタチ! 誰だそいつは?!」

 

 廊下に出て来たシスイが顔をこわばらせたので、イタチがすぐ説明した。

 

「任務のケガであんな顔になっただけらしい」

「いや、昨日の時点でトビラさんは怪我なんてしていなかった! おい、これ以上中に入るな!」

「どけ!」

 

 オビトはイタチもシスイも押しのけ、部屋に入った。

 そこに横たわる祖母はとても弱弱しかった。

 

「ばあちゃん!」

「オビト…………?」

 

 枕元に駆け寄ったオビトに祖母が薄目を開けてそちらを見た。

 その目に溜まる涙。

 

「オビト……優しい子だね……私を迎えに来てくれたの……?」

「ばあちゃん、しっかりして!」

「私も今からそっちに……いくからね……」

「ダメだ! ばあちゃん、そこに俺はいない! なあ、俺、生きてたんだよ!」

「もういいんだよ……トビラ。あなたも優しい子だね…………」

 

 必死に祖母に叫びかけるオビトの背後からイタチが攻撃しようと構えたが、それをシスイが止めた。

 

「イタチ、やめろ」

「シスイ。あの人がトビラさんじゃないと言うなら誰だ? まさかオビトさんなわけないだろう? 死んだのだから」

「…………いや、オビトだ。どうして……生きていたのか?」

 

 混乱する少年二人は事態を見守ることしかできなかった。

 その間もオビトは必死に呼びかけた。

 

「ばあちゃん! また、トビラと川の魚釣ってくるからさ、一緒に焼き魚のごはん食おうよ! 俺、ずっとばあちゃんのご飯食いたかったんだよ! なあ!」

「トビラ……大丈夫ぞよ……オビトと一緒に見守っているからね…………」

「違う! 俺はオビトだ! ばあちゃん、ダメだよ。なあ……! お願いだから……!」

 

 悲痛な叫びにシスイも困惑したまま動いた。

 オビトの向かいに座り、祖母に呼びかけた。

 

「おばあちゃん! オビトが生きて帰って来たよ! 長い任務から帰って来たんだ!」

「シスイちゃんも……ずっとありがとうね……イタチちゃんも…………」

「本当にオビトが帰って来たんだよ! 信じて!」

 

 シスイの必死な声も祖母はもうぼんやりとした面持ちで聞くだけだった。

 その様子にオビトもようやく冷静になり、叫ぶシスイを止めた。

 

「シスイ、もういい。ありがとうな」

「オビト……ごめん、俺が……俺のせいで!」

「いや、いいんだ」

 

 オビトはそっと祖母の涙を柱間細胞じゃない方の手で拭い、優しい声で彼女に語り掛けた。

 

「おばあ様、オビトと一緒に俺を見守っていてくれ」

 

 すると、祖母は悲し気な顔になった。

 

「トビラ、一人にしてごめんね……」

「いいや。いつだっておばあ様とオビトがいるから平気だ。おばあ様の孫で良かった。兄さんだってそう思っている。……今までありがとう」

 

 その言葉を聞いた祖母は笑顔になり、そしてそのまま逝った。

 彼女の頬が冷たくなるにつれ、オビトの目からボロボロと涙がこぼれた。

 シスイもオビトと同じ顔で絞り出すように言った。

 

「俺が毎日おばあちゃんにオビトは生きているって言ったからだ……ちょっとでもおばあちゃんを元気にしたくて……おばあちゃんも嘘だって気づいていたなんて……まさか本当にオビトが生きていたなんて……!」

「里に着いたのは昨日だったから仕方ねーよ……シスイ。それにイタチ……だったか? ばあちゃんのそばにいてくれてありがとうな」

 

 シスイたちに礼を言ったオビトの目には巴が三つ浮かんでいた。

 



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別れ

 三代目を見送った後、トビラと大蛇丸は研究室を出てオビトのいる病室へと向かった。

 その道中、トビラの自宅近くを通ったのだが、その時にトビラはチャクラ感知に妙なものが引っかかったことに気づいた。

 

――これは……まさか兄さん?!

 

「どこへ行くの? トビラ君」

「俺の家だ。少し寄り道をする」

 

 トビラは仕方なく大蛇丸を連れたまま自宅へ向かった。

 そして彼の予想通り、そこにはオビトがいた。

傍らには事切れた祖母、そしてシスイとイタチも。

 

「兄さん」

 

 トビラの声にオビトが顔を上げた。

 その顔は涙でぐしょぐしょになっていた。

 

「トビラ。ばあちゃんが死んだ」

「そのようだな。シスイ、おばあ様はいつ?」

「ついさっき。オビトと話した後に……なあ、トビラさん。オビトが生きていたこと、知ってたんですか? いつから?」

 

 トビラはシスイの質問には答えず、オビトの隣に腰を下ろし、祖母の顔を見た。

 安らかな死に顔だ。

 何も言わない弟にオビトが言った。

 

「トビラ。お前の代わりに俺が見送った。ばあちゃん、お前のこといつでも見守ってるってよ」

「……そうか。ありがとう、兄さん」

 

 寄り添う双子の背後から、今度はシスイがトビラに詰問しようとしたところをイタチが止めた。

 

「シスイ。遺族の語らいを邪魔するな。無粋だ」

「っ……」

 

 シスイ自身も分かっていることだった。

 それでも6歳の少年には受け入れるには難しいことばかりだった。

 親しんでいたおばあちゃんが死んだことも、死んだと思っていたオビトが生きていたことも、トビラがそれを黙っていたことも、そしてオビトの祖母がオビトをオビトと気づかないまま死んでしまったことも。

 

 オビトと初対面で、オビトの祖母とも入れ込むほどの交流が無かったイタチはフラットな気持ちでシスイのそばにいた。

 そして大蛇丸は部屋に入らず廊下からそんなうちはの少年たちを眺めていたが、おもむろに声をかけた。

 

「オビト君、死に目に会えただけ良かったわね。見送りが済んだなら君は帰るべき場所へ行かないと」

「オビトが帰る場所はこの家だろ。というかあなたは誰ですか」

 

 シスイの問いに大蛇丸は笑みを浮かべただけで、こちらも答えはしなかった。

 

「トビラ君。この子たちにオビト君を見られたけどどうする気? 子供は口止めなんかできないわよ」

「シスイもイタチも年の割に聡明だ。二人とも、兄さんのことは他言無用で頼む」

「そもそもオビトに何があったのか……顔の傷のこともなんも聞いてないですよ。教えて下さい」

「時期が来れば分かる。今はただ、おばあ様を俺と見送ったことにしてくれ」

「おばあちゃんを見送ったのはオビトです。あなたは間に合わなかった」

 

 トビラを責めるように見つめるシスイにオビトが口を挟んだ。

 

「いや、トビラも間に合ったんだよ。シスイ、俺すぐ元気になっからさ、そしたらまた手裏剣術の修業も見てやるよ。だから今はトビラの言う通り、内緒にしてくれよ」

「オビトはそれでいいのかよっ?! もっと早くトビラさんがオビトのことをおばあちゃんに教えていれば……それかオビトをここに連れて来ていれば」

 

 言い募るシスイを傍らのイタチが止めた。

 

「シスイ、やめろ。何か事情があるのなら俺らが口を出すべきではない。トビラさん。このことは俺の父にも内緒ですか?」

「ああ。フガクにもまだ言わないでくれ」

「そうですか。シスイ、俺らはもう帰るぞ」

 

 3歳のイタチがスタスタとシスイを引っ張りながら歩き、出て行った。

 シンとした部屋の中でオビトが明るい声で言った。

 

「いやぁ、アイツ……イタチだったか? まだちいせーくせにしっかりしてて、なんか昔のトビラみてーだな! はは! はは……」

 

 オビトの笑い声が虚しく響き、そしてまた部屋は静かになった。

 大蛇丸は彼の言葉には触れず、トビラへ言った。

 

「オビト君は私が連れて行ってあげるわ。ちゃんと綱手の待つ病室にね」

「うわ! 俺、こっそり抜け出したんだけど綱手のおばさんまだ気づいてねーといいなぁ!」

「残念だけど、綱手はこっちに向かっているみたいよ。ふふ……早くしないとこの家にも来ちゃうわね」

 

 大蛇丸は腕から出す白蛇を撫でながら言った。

 それを見たトビラは、

 

――蛇に綱手を監視させていたのか。

 

 と大蛇丸の手法に気づいた。

 

「兄さん、大蛇丸と共に綱手の病室へ。俺はおばあ様の葬儀の準備をする」

「悪いな、トビラ。全部任せちまって……あとさ、シスイの言っていたこと気にするなよ。……俺がもっと早く里に戻れていれば間に合ったことなんだから」

 

 押し殺したように言いながらそっぽを向いたオビト、そんな兄を後ろから見つめるトビラ。

 そっくりな三つ巴の写輪眼が二人の目に灯っていたことに気づいたのは大蛇丸だけだった。

 

 こうして大蛇丸とオビトは家を出ていき、途中で綱手と合流して病室へと戻った。

 オビトを連れ去ったと勘違いした綱手が本気のパンチを繰り出したことで大蛇丸が危うく死にかかったり、オビトを脱走させてしまったシズネがガチ泣きしたり、今度は本当にオビトが綱手にベッドへ沈められたり、火影を打診された自来也がブチギレ状態で大蛇丸のところへ乗り込んだり、となんやかんやあった。

 

 その裏でトビラは粛々と祖母の死を見送った。

 即日で行った簡易的な葬儀にはトビラとフガク、シスイとイタチが参列したのだった。

 




1月も終わるのでこのお話もここでエタります。
今までのご愛読ありがとうございました。


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ミナト外伝が出たね(番外編)

オビトたちがミナト班になってからそう時間が経ってないぐらいの時系列。
2023年7月17日に発売されたジャンプに
ミナト外伝が載った記念。


 

 オビトは走っていた。

 汗まみれになりながら、ただひたすらに走っていた。

 

「ん! ようやく来たね、オビト」

 

 ミナトとの待ち合わせ場所に到着したオビトは手に膝をつき、荒くなった息を整えた。

 いつもは任務の集合に遅れたオビトを責めるカカシも今日はいない。

 

「じゃあさっそく始めようか。君と俺の修業をね」

 

 なぜなら今回の目的は任務じゃないからだ。

 

「押忍!」

 

 汗を乱雑に手でぬぐったオビトは張り切って返事をした。

 

「ミナト先生! 俺に飛雷神を教えてよ!」

「飛雷神を? ……そういえばオビト。君は時空間忍術を使う巻物を持っていたね」

「これだろ?」

 

 オビトが出した巻物はかつて弟のトビラがアカデミーの卒業祝いにくれたものだった。

 すでに下忍になっていたトビラが任務の合間を縫って修行に付き合ってくれたおかげでオビトはすでに手裏剣の口寄せを難なく使いこなせるようになっていた。

 任務で一緒のミナトも当然、オビトが巻物を使えることは知っている。

 

「ん! 手裏剣の口寄せが使えるということは時空間忍術の基礎はできている」

「へへっ? 先生もそう思う? まあ俺、エリートのうちは一族だしさ、トビラの兄ちゃんだし……」

「けど、改善点も多いって話は前にもしたよね」

「…………」

 

 調子に乗りかけていたオビトはすぐに黙った。

 実は任務で巻物を使った時にもたついて動きが止まってしまい、そこを狙って敵に攻撃されそうになってしまった。

 運よく近くにいたカカシが助けてくれたのだが、ムカつく嫌味も言われてしまったためオビトにとっては屈辱的な思い出となっている。

 その時、ミナトから巻物を使うタイミングを見極める大切さやすぐに動けるように意識を保つ重要さは説かれていた。

 

「オビト、飛雷神を使えるようになりたいなら、常に考えながら戦う必要がある」

「考えながら?」

「ああ。飛雷神はこのマーキングの先にしか飛べない」

 

 ミナトが見せたのはオビトも見覚えがあるマーキング付きクナイだ。

 他の忍たちが使っているものとは違い、剣のような特殊な形をしている。

 そして、持ち手には何やら落書きのような特殊な文字が書かれた札が巻かれている。

 

「だから、このクナイをどこに飛ばすか」

 

 ミナトは近くの森に持っていたクナイを飛ばした。

 グサッと刺さった音がした。

 

「そしてどのタイミングで自分自身が飛ぶか、常に考える必要がある。敵の動きを予測しないといくら飛んだって攻撃が当たらないからね」

「でも先生。俺だって任務の時はいっつも考えながら戦ってるぜ。じゃねーと死んじまうよ」

「ん! そうだね。だからこれからやるのは忍として必須の能力を高める修行だ」

「おお! やっと本題になったな! んでんで! どんな修行なんだ?」

「これだよ」

 

 そう言ってミナトが取り出しのは鈴だ。

 

「え……まさか鈴取り合戦? また?」

「以前やった時のことは覚えているね? ルールはその時と同じだよ」

「そんなのすぐ終わっちまうぜ」

「なら始めようか。期限は日が沈むまで……始め!」

 

 ミナトがそう言った瞬間、オビトの目の前から姿を消した。

 

「ええ?! え? ミナト先生?! どこ行ったんだ?!」

 

 突然のことに戸惑ったオビトだが、すぐに思い出した。

 

「あ! さっきのマーキング付きクナイ! 森の中か!」

 

 説明の最中にミナトが飛ばしたクナイの場所へとオビトは向かった。

 だが、すでにそこにミナトの姿はなく、クナイだけが残されていた。

 

「どこ行ったんだよ! クソッ! 飛雷神じゃどこに逃げたのか痕跡も辿れねー!」

 

 辺りを見渡し、嘆いたオビトは思い至った。

 

「まさかこれ……逃げ続けるミナト先生から鈴を取れってことか?」

「ん! その通り」

 

 突如現れたミナトにオビトは反応しきれず、気づけば首元にクナイが向けられていた。

 

「オビト、マーキングがあるってことはいつ俺が飛んできてもおかしくないってことだよ。それを意識していないとこういった攻撃に反応できない」

「はは……は……」

 

 タラーと冷や汗がオビトの汗を伝った。

 戦場で活躍する『木の葉の黄色い閃光』については弟のトビラからも聞いたことがある。

 姿を見たらすぐ逃げろ、と他里で言われるぐらいに恐れられていることも。

 オビトはその理由を少し体感出来たような気がした。

 

「これが戦場なら君はここで終わりだ。油断はいけないよ」

「……はい」

「同じことが3回続いたら今日はそこで終わりにしよう。飛雷神を使う代わりに俺が動く範囲は森の中だけにしておくよ。いいね?」

「……3回もいらねーよ」

 

 苦し紛れの強がりにミナトは苦笑し、そしてまた姿を消した。

 アカデミー卒業したばかりの頃にやったことのある鈴取り合戦を侮っていたオビトだったが、もう油断はしていなかった。

 いつ、さっきのように急にミナトが現れて攻撃をしてくるか分からない。

 

「つまりクナイのそばにはいない方がいいってことだよな」

 

 オビトは森の中を駆け、他にクナイが刺さっている場所がないか探すことにした。

 

「感知タイプのトビラならミナト先生がいる場所も探せるかもしれねーんだけどなぁ……それか写輪眼が開眼してれば……」

 

 あいにく、この時のオビトの両目はただの黒目。

 そして感知も使えないため、他の手段でミナトを探すしかない。

 

「ミナト先生のクナイ、見つからねーなぁ……あ! あった!」

 

 木の根元に刺さっていたのは特徴的な形のクナイ、さっき見たばかりのものと同じだ。

 

「あのクナイのそばにいたらまたすぐに移動されちまうからな。ちょっと距離を取っておかねーと……」

「オビト、注意深く観察することも忍に必要なことだよ」

「え?! な、なんで?!」

 

 オビトの後ろの木にクナイは刺さっていなかった。

 いつ、前方に刺さったクナイからミナトが出て来ても反応できるように注意していたのに、彼はなぜかオビトの真後ろから現れ、そしてまたしても首元にクナイを向けて来ていた。

 

「よく見てごらん。あのクナイにマーキングはついていないよ」

「……あ!」

 

 よくよく持ち手のところを見ると、札がついていない。

 つまり、マーキングがされていないただの変な形のクナイというわけだ。

 

「でもミナト先生、いったいどっから出て来たんだよ! 気配なんか感じなかったぞ!」

「後ろを見てみるといいよ」

 

 ミナトがそう言うので、クナイを突き付けられたまま恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「あ!」

 

 オビトの後ろの木の幹に落書きがあった。

 

「クナイにしかマーキングが出来ないとは言っていないからね」

「ず、ずりーよ! そんなこと言ったらいつどこから先生が出て来るか分からねーじゃねーか!」

「だから常に考えなきゃね。それにチャクラには限りがあるから俺も無限大に飛雷神が使えるわけではないよ」

「んなこと言ったって……」

 

 ミナトの言い分を理不尽に思えてしまうのも無理はなかった。

 そもそも、他里の上忍でさえ神出鬼没なミナトを攻略できないからこそ、「見かけたら逃げろ」と言われているのだ。

 下忍のオビトが反応できないのもわけない。

 

「そういえばオビト。3回もいらないって言っていたけど、もう1回目は終わったね」

「っ! 次はねーよ! ぜってー先生の鈴、取るんだからな!」

 

 だが、オビトの士気は下がっていなかった。

 少年の身体故の小ささを利用し、身をかがめてミナトのクナイから逃れ、距離を取った。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 彼の口から放たれる火球、それがミナトに当たることはない。

 術を出したばかりのオビトはすぐさま後ろを振り向き、通常の形のクナイを振り上げた。

 カチン、と金属がぶつかる音がした。

 

「ん! 次は反応できたね」

「隙ができやすいのは巻物を使った時だけじゃねーってことぐらい、俺でも分かるぜ!」

 

 オビトは元気よく言うものの、調子に乗ることはなくミナトの攻撃に集中していた。

 しばらくクナイ同士で打ち合った後、ミナトはまたしても姿を消した。

 

「マーキングのない場所に移動した方がいいと思っていたけど……むしろマーキングの側にいた方がいいんじゃねーか?」

 

 オビトは森の散策をやめ、マーキング付きクナイのある初めの場所に戻った。

 

「ミナト先生はこのマーキングの先に来るってことだろ? なら……」

 

 オビトはアカデミー生の頃から弟のトビラやカカシと共にトラップづくりをしていた。

 特にトビラはなんてことない素材でえげつないトラップを作るのが得意で、オビトも当然その作り方を覚えていた。

 

「へへへ……」

 

 トラップづくりをしている最中も警戒していたものの、ミナトの襲来は無かった。

 そしてそう時間もかからずに目的のものは完成した。

 

「先生がこのクナイに飛んできたら俺の勝ちだぜ」

 

 オビトはトラップを仕掛けた木の根元にマーキング付きクナイを刺し直した。

 ミナトが飛雷神でその場に現れ、地に足をつけた瞬間にたちまちトラップが発動し、釣り上げられた魚のように木の枝に仕掛けてあった網で捕まえられてしまうだろう。

 さらには手裏剣も迫ってくるようにしておいた。

 手裏剣と罠、両方に意識をとられているうちにオビトは鈴を取る。

 完璧な計画だ。

 

「これでいつ来てもいいぜ!」

 

 オビトが待ち望んだ展開はすぐに来た。

 彼が計画した通りにミナトが罠の木の下に現れたのだ。

 が。

 

「あっ?!」

 

 空中に姿を現したミナトは地面に足をつけることなく、クナイの上に片足を置いてバランスを取った。

 罠の発動条件は地に足をつけること。

 そのため、網も手裏剣も飛んでくることはない。

 

「あぶねっ!」

 

 さらにはミナトが持っていたクナイをオビトに投げつけて来た。

 すんでのところでそれを避けた。

 その時、オビトの視界の隅に見えたのは投げつけられたクナイに施されたマーキング。

 

(ミナト先生がまたこっちに来るっ!)

 

 せめて後ろを取られないように身構えるオビト。

 その目の前にミナトが現れ、オビトに触れた。

 

「ん?」

 

 気づけばオビトは木の下にいた。

 飛雷神で飛ばされたと気づいた時、その足は地面についていた。

 

「ぬぁあああーーーーっ!!!」

 

 迫りくる網、さらには手裏剣。

 目の前にいたミナトはシュンっと姿を消していた。

 どうやらミナトがオビトを木の下に連れて行き、自分だけさっさと罠から逃げたようだ。

 木の下に現れた後にクナイを投げ、それを頼りにオビトに触れ、また木の下にオビトだけ置いて自分だけは投げたクナイのある場所に戻る。

 そんな短距離の往復ではあるものの、ミナト本人以外は追いつけないぐらい高速な移動が行われていた。

 

「やべーっ!」

 

 仕掛けた罠に自分で引っかかる形となってしまったオビトはせめて手裏剣だけは叩き落としたものの、網から逃れることはできなかった。

 オビトの罠を利用したミナトは投げたクナイを回収し、罠の下に来た。

 

「この短時間の割にはしっかりとした罠だ。けど、強力な術や罠はカウンターを受けた時にダメージになりやすいから注意が必要だね」

「くっそーーー! ミナト先生! こんな罠すぐに抜け出すからそこで待っててくれよ!」

 

 もがくオビトにミナトは首を振った。

 

「いや、ここまでだ」

 

 ミナトがあっさりとクナイで網を切ったため、オビトはずてっと顔から落ちた。

 が、そんなことも気にせず師に食らいつく。

 

「なんでだよ! 今のはさっきまでみたいにクナイ首に当てられてねーだろ! 俺はまだやれるぞ!」

「その背中をどうにかするのが先だ」

 

 ミナトが指すオビトの背には手裏剣が深々と刺さっていた。

 全部叩き落としたつもりだったが、網に気を取られたせいで防ぎきれていなかったようだ。

 

「こんな怪我どうってことねーよ! 俺は火影になるんだ! こんなのでいちいち止まってられるかよ!」

「体調管理も忍には必須だよ、オビト。それにすまないが俺の方も日が沈むまで付き合っていられなくなったみたいだ」

「え?」

 

 首を傾げるオビトの元にガサゴソと人が近づく音がした。

 

「あ、いたいた! おーい!」

「リン! なんでここに?」

「オビト、修行頑張ってる? それとミナト先生、火影様がお呼びみたいですよ」

「ん! わざわざ呼びに来てくれたんだね。リンもカカシもありがとう」

 

 手を振り駆け寄るリンの後ろにはカカシもついていた。

 今日のミナト班は休みだ。

 

「なんでカカシがリンと一緒にいるんだよ!」

「ミナト先生を探すリンを手伝っていたんだよ。お前、先生と修行するって自慢していたからどうせここだろうとは思っていたけど……何やってたの?」

 

 カカシが胡乱げに見る先にあったのは半壊したトラップとボロボロのオビト。

 

「うっせーな! すっげー修行してたんだよ!」

「自分の罠に自分で引っかかったようにしか見えないけど……」

「なっ! そういうんじゃねーよ! これはだな……」

「オビト! 怪我してるよ!」

 

 オビトの背に気づいたリンが駆け寄った。

 

「リン、カカシ。オビトを救護室に連れて行ってあげてね」

「はい!」

「先生! 俺は別にこんぐらいの傷……」

 

 オビトの言い訳も聞かず颯爽と姿を消したミナト、そして残された3人。

 医療忍術を習い始めたばかりのリンでは治せない傷のため、結局オビトはとぼとぼと救護室へ向かうこととなった。

 

(こういう時は気を遣って俺とリンを二人っきりにしろよ、バカカシ……)

 

 怪我して格好の付かないところを見られた恥ずかしさもあり、オビトは恨みを込めた視線をカカシに送る。

 が、オビトの願いもむなしく、結局リンと二人っきりになることはなく、さらにはカカシに勝負を挑むガイが乱入してくるなど騒がしい一日の終わりとなったのだった。



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(番外編)ミナトと自来也と時々ガマ

短編「ミナト外伝を買えるのは今だけ!」をそのままくっつけたので内容は同じです。
ミナトが下忍になってすぐぐらいの時系列です。


 波風ミナトは待っていた。

 目を輝かせてこれから来るであろう人物を待っていた。

 

「よぉ、ミナト。待たせたな」

「自来也先生! 今日はよろしくお願いします!」

 

 今日は待ちに待った修業の日だ。

 自来也が担当上忍になったその日から毎日ひたすらに頼み続け、ようやく取り付けた特別な時間。

 やる気満々なミナトに対し、自来也は半目でダルそうだ。

 

「ハァ~……これがボインな姉ちゃんならなぁ……せめて女なら張り合いも少しはあるってーのに」

 

 そう、自来也は元々やる気なんて無かった。

 いくら担当上忍になったとは言え、時間は有限。

 何が楽しくて自由時間を男と過ごさねばならんのか。

 

「おいミナトよ。確かにお前さんの修業を見てやるとは言った。けどな、この自来也様の時間をもらうんだから当然、礼は用意しているだろうな?」

「はい! 事前に言われていたので用意してきました!」

「おお! 準備がいいのぉ! よし! 先に見せてみろ!」

 

 しつこく頼んでくるミナトの押しに負けた自来也は約束を取り付ける時に言っておいたことがあった。

 自来也のテンションが上がるような礼を用意しておけ、と。

 大きければ大きいほど良い、と。

 つまりボインな姉ちゃんが載った悩殺エロ本を貢げ、という意味だ。

 この約束を取り付けた時はたまたま綱手が近くにいたため言葉を濁して伝えるしかなかったが、どうやらミナトは理解していたらしい。

 

 ミナトは班員の中でも特に気が利く。

 そんな奴が持って来たエロ本はいかほどなものか。

 ワクワクして待つ自来也にミナトは懐からあるものを出して見せた。

 

「はい! この里で一番大きなカエルです!」

「ゲコッ」

 

 挨拶したのは両手に乗るほどのカエルだ。

 ミナトに捕まえられたのが不服なようでふてぶてしい顔で自来也を睨んでいる。

 

「なんじゃコイツはーーー!」

「ええ?! 自来也先生がお好きなものを……大きければ大きいほど良いと言っていたじゃないですか」

「だからそれがどうしてこんな可愛くないデブガエルになるんだ!」

「だって自来也先生は蝦蟇仙人とも呼ばれるほどのお人……ですから先生がお好きなカエルを……」

「ワシは蝦蟇が好きで呼んでるわけじゃねー!」

「ええーーー?!」

 

 唐突なカミングアウトに驚くミナトに自来也は目を尖らせた。

 

「エロ本がないなら修行も無しだ。ワシは忙しいんだ。帰る」

「ゲコ!」

 

 自来也に呼応したようにデブガエルもぴょんっとミナトの手から逃げて水辺へといなくなってしまった。

 

「ああ! せっかく捕まえた光輪木ノ葉巨漢蝦蟇式が!」

「お前……ネーミングセンスねーの。そもそも、あれのどこが里一番の大きなカエルだって? ガキの頃のガマブン太より小せーじゃねーか」

「ガマブン太とは先生が口寄せする蝦蟇の名前ですか?」

「ん? ああ、そういやまだ見せたことが無かったな。なるほど、なるほど……それでそこら辺に転がっているデブガエルを捕まえて一番デカいなんて言ったわけか……」

 

 自来也は気まぐれに親指を噛み、印を結んだ。

 

「いいか、ミナト。ドデカいカエルを連れて来るならこんぐれーは呼んでみやがれ!」

 

――口寄せの術!

 

 ドン、と煙を立てて現れたのは二人がいた演習場をいっぱいにしてしまうぐらいに大きな蝦蟇だ。

 

「おい自来也! 何の用だ! この俺様を呼んだんだ。まさかくだらねー用じゃねーだろうなァ?」

「ブン太……おめーさんは会うたびに態度も身体もデカくなりおって……たまには戦場以外で会うのも良いじゃないか」

「ハッ! 俺もお前もそんなガラじゃねーだろうが……ん? なんだそこのアホ面は」

 

 ブン太が見下ろしたのはポカンと大口を開けているミナトだ。

 ガマの頭の上に乗っていた自来也が答えた。

 

「ワシが担当上忍をしている下忍だ。名前はミナト」

「珍しいな。お前が男の世話を見ているなんて」

「仕方ねーだろう。三代目のジジイめ、可愛い女の子は綱手に任せてワシには男の下忍ばっかりまわしてくるんだからな」

「ガハハ! 助平にゃ任せられねーってことだ!」

 

 愉快に笑うブン太にムッとしつつも自来也は尋ねた。

 

「そういやブン太よ。大蝦蟇仙人様の様子はどうだ? なにか新しい予言をしたとかは……」

「なんもねーよ。もしお前に関わる予言が出たら爺さんたちがすぐに呼ぶ」

「まあ、それもそうか」

 

 話していた自来也達に向かってミナトが声を張り上げた。

 

「自来也先生! 今の印を結べば俺も口寄せの術ができますか?!」

「たわけぇ! そんな簡単にできてたまるかぁ!」

「その蝦蟇は……ガマブン太さんは一体どこから口寄せしたんですか? 里の中にはいませんでしたよね?」

「タダで教えるわけねーだろうがー! 今度こそエロ本を持ってこい!」

「ですが先生、僕は未成年なのでそういった本は買えませんよ」

「なら修行も無しだ!」

 

 言い合う二人にブン太は呆れ顔。

 

「くだらねーやり取りしてんなら俺ぁ帰るぞ。ああ、そうだ自来也。たまには妙木山に来いってフカサク様たちが言っていたぜ。お前、仙人モードを使いこなせてねーんだろう」

「しかしのぉ、あれをやると女の子にモテねーからなぁ……」

「妙木山ってところにいるんですかー?」

 

 しっかりブン太の言葉を聞いていたミナトが下から尋ねると、自来也はハッとした。

 

「おいバカ! もう少し勿体ぶってから言おうと思ったのに口を滑らせおって!」

「ケッ! 知るか! じゃあな!」

 

 逃げるようにドロンと姿を消した蝦蟇。

 そして残されたのは自来也とミナト。

 少年の目は先ほど以上にキラキラと輝いていた。

 

「自来也先生! あれが口寄せの術なんですね! まさかあんなに大きな蝦蟇だとは!」

「タダでここまで見せてやったのは初めてだがな」

「先生。初めに親指を噛んで血を出していましたが口寄せには血が必要なのでしょうか?」

「ほぉ、勘が良いの。お前さんの考える通り、血で契約をした者しか呼び寄せることはできん。蝦蟇たちは契約の巻物があってだな、それに名を書けば契約成立。妙木山の蝦蟇を口寄せできるってわけだ」

「先生と同じ三忍の綱手様は蛞蝓、大蛇丸様は蛇を従えていると聞いたことがあります。あの方たちも血で契約しているのでしょうか?」

「さあな。アイツらがどんな条件で口寄せ契約をしているのかは知らねーがそう違いはないだろう……ハッ! しまった! またタダで教えちまった!」

 

 一を聞いて十を知るミナトの質問についつい乗せられ答えてしまった自来也は渋い顔をした。

 が、ここで答えなければそれはそれでしつこく聞かれるのは予想が出来る。

 なんと言ったってミナトは修行の約束を取り付けるまでとにかく諦めなかったのだから。

 

「ハァ~……なんかアホらしくなってきたの。よし、ミナト。ついて来い。まずは人として大切なことを教えてやる」

「はい!」

 

 このままだとミナトのペースに乗せられてしまう。

 そう察した自来也は修行から逃げるのをやめ、ミナトを目的の場所へ連れて行くことにした。

 そう、女湯が覗ける絶好のポイントへと。

 

「自来也先生、これはなんの修行でしょうか?」

「そんなことよりも見てみろ! ここで待ってりゃあそれはもう見事な景色が見れるんだからのぉ!」

「止めておいた方がいいですよ。確か前も綱手様に殺されかけていましたよね」

「だからアイツのいない場所を狙っているんだろうが! お前、ちと面白みに欠けるぞ。好いたおなごの覗きがしたいとか思わねーのか?」

「……クシナの?! まさかこの風呂にクシナが?! 先生、見ちゃダメです!」

「うわっバカ! 騒ぐな! バレるだろうが!」

 

 自来也が慌てて注意するも遅かった。

 

「キャーーーー!!」

 

 女湯を覗く不審な人物たちに気づいた中の者が悲鳴を上げた。

 

「コラーーー! 誰だーーー!!」

 

 気づいた番台が風呂屋から飛び出てきた。

 

「こうなったらミナトを囮にして逃げるしかあるまい」

 

 自来也は瞬身の術を使ってミナトを置き去りにした。

 つもりだった。

 

「コラ! お前、ここはワシの代わりに捕まれ!」

「無理です!」

 

 元々できていたのか、それとも緊急事態になって突発的にできるようになったのか、ともかくミナトは置いて行かれることも無く、自来也とともに逃げ切った。

 本当はかなり早い段階で番台から逃げ切っていたのだが、自来也はむしろミナトを撒こうとしていた。

 だが、どこまでも諦めずに食らいつくミナトに結局根負けすることに。

 

「ミナト……オメー、優しげな顔の割にはしつこい奴だな」

「ん! それは褒め言葉ですか?」

「男を褒めてたまるかっての……ハァ~……」

 

 そうして自来也がミナトの修業を見る日は増えていった。

 どんな無理難題も諦めずに立ち向かう弟子の姿勢を自来也も嫌うはずがなく、次第にミナトが使える技はどんどん増えていき、ついにはガマブン太との再会も果たすこととなった。

 さらには妙木山に呼び寄せられ、仙人モードの訓練まですることに。

 

「ガッハッハッハッハ! さすがのお前もワシのように仙人モードを使いこなすまではいかなかったか!」

「なに言ってんだい! 自来也ちゃんだって完全にできているとは言えんでしょうに!」

「まあまあ、母ちゃん。言わせてやりなさいな。ミナトちゃんはなんでも出来る子じゃからの。少しぐらい自来也ちゃんの方が得意なことが無いと師としての面子が立たないんだから」

「フカサク様! まるでワシがなんでも出来ないみたいな言い方じゃありませんか!」

 

 仙人モードは蝦蟇のシマとフカサク夫婦の協力を得て出来るものなのだが、ミナトは自来也ほどには使いこなせなかった。

 

「自来也先生のような戦い方はできないようですから、自分なりの戦い方を模索するしかありませんね……」

 

 悔しさをにじませつつもその事実を受け入れるミナトをシマは慰めた。

 

「かなり使いこなせる自来也ちゃんですら少し蝦蟇化しちまうんだ。自来也ちゃんはともかく、そんな姿になっちまったらミナトちゃんの好きな女の子も逃げちまうからこれはこれでいいのかもしれんよ」

「おいワシはともかくってなんですか!」

「ギャーギャーうっさい!」

「ギャー!」

 

 殴る蝦蟇たちと悲鳴を上げて師匠が騒ぐ中、ミナトは照れたように頬をかいた。

 

「でも、クシナならどんな俺でも受け入れてくれそうな気がするんですよね……っていうのは自惚れ過ぎかもしれませんが……」

 

 無自覚に惚気た弟子に目を吊り上げるのは自来也。

 

「おめー! カエルになるまで修行しやがれーーー!」

「ええ?! それは困ります!」

 

 さすがにカエルにはならなかったものの、ミナトは自来也のギャーギャー騒ぎに巻き込まれながらも修行を続け、妙木山の蝦蟇たちとの絆も深めていったのだった。

 



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(番外編)自来也と大蛇丸とヒルゼン

 二人は喧嘩していた。

 何が原因だったのかはもう思い出せないが、とにかく喧嘩していた。

 

「今日という今日はぜってー倒すからな大蛇丸!」

「できもしないくせに」

「んだとぉ! ぶん殴ってボッコボコにすっからな!」

 

 主に自来也が攻撃を仕掛けてばかりだが、きちんと大蛇丸もやり返していたのでこれは喧嘩だった。

 普段であれば自来也を殴って止める綱手がいるはずだが、あいにく今日は別の用事でいないようだ。

 

「うらぁ!」

「フンッ」

 

 彼らはアカデミーを卒業したばかりの6歳。

 サバイバル演習や猫探しなどDランク任務を何度かしてきたものの、まだまだ悪ガキ盛り。

 特に自来也は大蛇丸に対抗心を燃やしている分、なにかと突っかかることが多かった。

 

「落ちこぼれのくせに吠えるのだけは一丁前だな」

 

 大蛇丸は年の割には大人びた子供だ。

 が、どうやら今日は虫の居所が悪いらしく自来也同様に子供らしい癇癪を起しまっとうに喧嘩していた。

 

「うぉお! うげっ!」

 

 体勢を崩された自来也にさく裂する大蛇丸の拳。

 自来也はそのせいでひっくり返ってしまった。

そんな彼に拳を向けているものの、大蛇丸はとどめを刺すのは躊躇して動きを止めた。

 すると。

 

「隙ありぃ!」

 

 悪ガキ自来也はここぞとばかりに足払いをし、大蛇丸もモロにそれを受けてしまった。

 

「チッ!」

「おっしゃー! 逆転勝利だぜこの野郎! ぐげっ! うごっうげっうがががっ」

 

 大蛇丸をひっくり返して調子に乗った自来也だが、あっさりとやり返されてしまった。

 さらに今度は躊躇することのない大蛇丸の拳がさく裂し、結局自来也はひしゃげたカエルのようになってしまったのだった。

 

「少しでも情けをかけようとしたこっちがバカだった」

「いってーなぁ! 俺はまだ終わっちゃいねーぞ大蛇丸!」

「しつこい!」

 

 大蛇丸は自来也を見下ろしながら顔を踏みつけようとした。

 が。

 

「そのぐらいにせんか、お主ら」

 

 声をかけて仲裁したのは二人の担当上忍猿飛ヒルゼンだ。

 

「邪魔してんじゃねーよ猿飛先生!」

「自来也、そういうのはせめて起き上がって言うものだろうが。すっかりヘロヘロになりおって……大蛇丸もさすがに顔はやめといてやれ」

「コイツがしつこいのが悪い。あと性格が悪くて面倒だ」

「んだと大蛇丸ゴラァ!」

 

 またしてもヒートアップしそうな二人にヒルゼンは苦笑した。

 

「ほれ、お前さんら。イイもんを買って来たから落ち着かんかい」

 

 彼の手にあったのは棒付きのアイスだ。

 それを真ん中でパキっと二つに割り、それぞれを自来也と大蛇丸に差し出した。

 

「二人でこれでも食べて仲直りしなさい」

「ええ~? イイもんって言うからどんだけすげーもんかと思ったらアイスかよ」

「コレ! ワシの若いころにはこんなもの売ってなかったんだぞ!」

「昔話を始めたら本格的にジジイになっちまうぜ」

 

 自来也は憎まれ口を叩きながらもシャリシャリと食べ始めた。

 対する大蛇丸はアイスをじーっと眺めているだけ。

 

「大蛇丸よ、どうしたのだ? 溶けてしまうぞ」

「食わねーなら俺が食っちまうぞ」

「そこはワシに一つ譲るところだろうが」

「えー? 猿飛先生、大人なのに食うの?」

「そりゃあ大人が食ったっていいだろうが!」

「フン、くだらない」

 

 大蛇丸はそう吐き捨て、アイスを持ったままその場を去った。

 その背を眺めながら自来也はアイスをかじる。

 

「アイツ、食わねーなら先生にあげりゃいいのに」

「まあ、よい。もしかしたら別のところで食うかもしれんだろう」

「食うならここで食ったって変わらねーだろ。ったく、ほんとスカしてばっかりの奴だぜ」

「自来也よ。お主はどうしてそう大蛇丸に突っかかってばかりなのだ。あやつは助け合う仲間、いわば同志なのだぞ」

「へっ! 大蛇丸、大蛇丸ってうるせーんだよ! 俺はな、すげー忍になるんだ! だから大蛇丸を倒す!」

「そこで大蛇丸を倒そうとせんでもいいだろうが……ったく」

 

 ヒルゼンはしゃがみ、むしゃむしゃアイスをかじる自来也を眺めた。

 なんだかんだ言いながらも美味そうにむしゃぶりつき、あっという間に木の棒一本が残った。

 

「ちぇー! はずれか!」

「ん? なんだ? アイスに当たりもはずれもあるのか?」

「買って来たくせに知らねーのかよ。このアイスの棒にな、「当たり」って書いてあればもう一本もらえるんだぜ。しかもタダで!」

「ほぉ~、そりゃまた豪勢な」

「でも今回は外れだな」

 

 つまらなそうにアイスの棒を咥えていた自来也はあっと何かを思い出した。

 

「そういや猿飛先生! 俺、いいスポット見つけちまったんだ!」

「む……また悪さをしおって……どれ。見張りとしてついて行ってやろう」

「シシシ……先生も好きなくせに……」

 

 それがどんなスポットなのかはともかく、この後ヒルゼンと自来也は師弟としての仲を深めた。

 そしてその帰り道。

 夕日が里を染めるころ、一人歩いていたヒルゼンは演習場に戻った。

 

「まだ修行しておったのか、大蛇丸」

「…………」

 

 的に当てられた無数の手裏剣。

 そのどれもが的中、アカデミーを卒業したばかりの幼子にしては見事な腕前だ。

 

「おお! お主、運が良いな」

「運? どういうこと?」

「ほれ、そのアイスの棒。当たりではないか。それを店に持って行けば新しいアイスに交換してくれるらしいぞ」

 

 大蛇丸の腰ひもに刺さっていたアイスの棒には確かに「当たり」の文字があった。

 ヒルゼンの話に興味を持ったのか、手裏剣を投げていた手を止めた。

 

「同じものがもらえるの?」

「恐らくは……どれ。明日にでも自来也と一緒に行ってもらってくればよいではないか。また二人でアイスが食べられるぞ」

「…………くだらない」

 

 大蛇丸はアイスの棒を抜き取り、手裏剣が刺さっていた的へと投げた。

 そしてさらに投げられた手裏剣によってアイスの棒は的に縫い付けられた。

 きっと文字はぐちゃぐちゃになって読めなくなっているだろう。

 

「勿体ないことを……」

「あんなもの一度で十分」

「そうか、そうか。大蛇丸、そろそろ日が暮れる。修業も良いが身体を休めるのもまた修行の一つ。夜にならぬうちに帰りなさい」

「…………」

 

 無視してまた手裏剣投げを再開する少年にヒルゼンは眉を下げ、その場を後にした。

 師がいなくなったのをチラリと振り返って確認した大蛇丸はタタタ、と的へ駆け寄り、手裏剣を外してアイスの棒を抜き取り、懐に戻した。

 

 夕日はあっという間に地平の端に隠れようとしていた。

 大蛇丸はヒルゼンの言いつけ通り、ほどなくして演習場を出て行った。

 



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ここまでの簡単なあらすじ

俺は二代目火影千手扉間。

金閣銀閣のクーデターで死にかけた俺はせっかくだから自らを実験体とし、兄者柱間の細胞を埋め込んで、結局は死んだ。

 

しかし目が覚めたら……うちはの子供として転生していた!

二代目火影が生まれ変わっているなんて知られたら周囲に混乱をきたし里が危うくなる。

うちはトビラとして生まれ変わった俺は兄オビトと共に木ノ葉の忍となった。

 

 

さて、ここで俺の周囲の人間を紹介する。

 

うちはオビト、こやつは俺の兄さんだ。兄者柱間に似た夢を大声で語り、老人に親切なバカだ。

神無毘橋の任務で死んだのかと思いきや、死を装っていたうちはマダラに拾われ、くっつけられた柱間細胞のおかげで生き延びていた。

柱間細胞のおかげで飲食も睡眠も排便も不要な身体になったらしいが、里としては未知数すぎるので病室に閉じ込められている。

本人はさっさと忍として復帰したいらしいが、そうしたいならすぐに溶け落ちる柱間細胞の片腕を定着させるんだな、兄さん。

 

はたけカカシ、のはらリン、こやつらはおおむね原作通りなので割愛する。

 

はたけサクモ、こやつは木ノ葉の白い牙の通り名で有名な忍だ。

任務放棄で里中から非難され、死のうとしていたがどうやら立ち直ったようで、第三次忍界大戦では大活躍している。

貴様、俺の正体にうすうす気づいていないか?

 

波風ミナト、こやつは俺が二代目火影だと初めに看破した若造だ。

兄さんが生きていたことやうちはマダラの拠点を発見したのは俺だが、面倒なのでミナトの功績にしている。

独特なネーミングセンスをしているからツボる。

 

三代目火影、こやつはミナトより前からうちはトビラの中に二代目火影の精神が宿っていると気づいていたらしいが見守っていたらしい。

サルめ、老獪な忍になりおって。

後述の大蛇丸を殺せない代わりに見張るため火影を降りるらしい。

 

大蛇丸、こやつは『伝説の三忍』の一人とも謳われる木ノ葉の忍ではあるが、その知識欲は危うい。

事実、秘密裏に里の子供をさらって柱間細胞と適合させる実験をしていた。

火影が認めていない実験を勝手にしていたのだから本来なら殺さねばならん。

が、こやつがしてきた研究は兄さんにくっつけられた柱間細胞の研究に役立つため、監視の下で里の役に立たせることで落ち着いた。

 

綱手、こやつも『伝説の三忍』の一人だが、弟と恋人を戦争で亡くしたトラウマから血が見られなくなったらしい。

三代目に頼まれオビトの面倒を見ている。

む? 賭場で『伝説のカモ』と呼ばれている?

……はぁ、兄者の賭けの弱さが孫娘のこやつに遺伝したか。

 

自来也、こやつも『伝説の三忍』の一人だ。

普段は里の外を放浪しているらしいが、たまたま里にいたこともあって今は兄さんの面倒を見る手伝いをしている。

三代目はこやつを次の火影にしたいらしいが、引き受けるかは本人次第だな。

 

うちはマダラ、こやつは兄者が殺したはずだったが、俺が遺体を封印していたせいで生き延びていたらしい。

外道魔像という未知なる存在に繋がれ、柱間細胞の培養もしていたらしい。

千手扉間がうちはトビラの中にいると気づいていたが、今度こそ焼き殺したのでこれ以上何かしてくることはできないはずだ。

しかし、兄さんを闇に堕として手先にしようとしていた辺り、まだこやつの企みは散らばったままだろう。

ちなみに俺と兄さんはこやつの子孫だ。

 

グルグル、こやつはどちらも柱間細胞で出来た人造人間?のような何かだ。

俺が研究していた時は柱間細胞が意志を持って動くなんてしなかったからとにかく未知なる存在だ。

グルグルは俺が爆破したものの、こやつのように動く人造人間はまだまだいるらしい。

早く見つけたいものだ。

 

 

見た目はうちは、頭脳は千手。

今の名は、うちはトビラ!



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生き返り

8月になったので連載再開します。
前は急にエタって驚かせたので先に宣言しておきますが、
大してストックないのでまたすぐにエタるし
毎日投稿もできんだかできないんだかって感じです。
それでよければまたお付き合いいただけると幸いです。

ここまでの簡単なあらすじはこの話の一つ前に追加してあるので
参考になるかはともかくそちらをどうぞ。


 迅速に上役たちと会議を行った三代目はすぐさまちょうど里にいた自来也を火影室へ呼んだ。

 

「大蛇丸の件か? それともいい加減、オビトのあの面妖な半身について教える気になったか?」

「……自来也、ワシは火影を退任する。それにあたり、お主を次の火影として推薦しようと思っておる」

「はあ?! な、冗談だろうジジイ! どうして急に……まさかアイツが原因か?」

 

 アイツとは勿論、大蛇丸のこと。

 三代目はふっと笑った。

 

「ワシはちとこの席に長居しすぎた。そろそろ次の世代に里を任せる時であろう」

「だからって話が急すぎる!」

「……自来也。時間がない。火影の推薦、受けてくれるか?」

「……次期火影ならサクモさんがいるだろう」

 

 自来也は簡単に頷くことはできなかった。

 

「サクモか。あの者は火影になる気はないようじゃ。そしてワシもその方があやつのためだとも思っておる」

「それならワシはなおさら向いてないの。まだミナトの方が適任だ」

「……上役の間でもミナトの名は出た。しかし若すぎると言う声もあった」

「里の未来を担うのは若いもんだ。ミナトは若くはあるが未熟ではない。本人だってワシやサクモさんと違って火影を志している。俺ぁ柄じゃない」

 

 きっぱりと断った弟子に三代目は眉を下げた。

 

「そうか。では、自来也。お主はミナトを推薦する。それでよいか?」

「ああ。その方が里のためにも良い」

「…………分かった。オビトの身体のことだがの、あの子はちと特殊な体質になっておる」

「それはあの妙な半身を見ればわかる」

「自来也、お主は里にいなかったから知らないだろうがオビトはそもそも殉職した忍だった。じゃが、あの半身を付けた状態で生き永らえておって戻って来たのじゃ」

 

 すかさず自来也が尋ねた。

 

「死んだはずの忍が生きて戻ってくる時は他里のスパイか罠の可能性が高い。あの子供は本物のオビトとやらなのか? 何か妙なものが埋め込まれていて寝返る可能性は?」

「それに関しては心配ない。オビトを見つけて連れ帰ったのはあの子の担当上忍であるミナトだからの」

「ミナトか。そういえばあのガキ、ワシよりミナトの方が強そうだとほざいていたがそういうことか……」

「ハッハッハ! それだけ強い弟子を育てたということだな、お主も」

 

 三代目は嬉しそうに笑ったが自来也は渋い顔。

 

「まあ、ミナトが連れ帰ったのなら問題はないか」

「うむ。ミナトとも協力してあの子の半身については探る必要があるだろう。だが、あれはあまりに異質なもの故、まだ里の者たちに見せるわけにはいかん」

「それで綱手に任せようとしたってわけか。だが、大蛇丸のあの様子からしてあの半身に並々ならぬ興味を持っている。異様なほどに」

「そちらに関しても問題ない。あの子の半身については大蛇丸の協力も得ることとなった」

「……ジジイ。大蛇丸は妙な実験室を作って籠っているみてーじゃねーか。そもそもアイツはあの得体の知れないものについてすでに何か知っている様子だったが…………」

 

 話しながら自来也は思い至った。

 

「三代目、アンタが大蛇丸を見張らないといけないほどに危険な代物なのか? いや、そもそも大蛇丸も何か危険な研究でもしていやがったな?」

「………………」

「やはり大蛇丸か! おい、アンタが……火影が背負うほどのことなのか?! アイツのせいでこんな形で火影を辞めることに……」

「自来也。言ったであろう。ワシはこの席に長居しすぎたと。それが理由じゃ」

 

 やや強い口調で三代目が話を打ち切ったため、自来也は納得していないものの火影室を出ることとなった。

 が、出る直前に振り返った。

 

「三代目。もしも大蛇丸がこの里を裏切るようなら……その時は俺がアイツを殺す。いいよな?」

「…………お主がそう判断した時にはワシも止めはせん」

 

 今度こそ火影室を出た自来也は冷たい表情で里を闊歩した。

 向かう先は探り当てた大蛇丸の研究室。

だが、その途中で悲鳴が聞こえ、仕方なくそちらへ向かった。

 

「大蛇丸さんーー!」

 

 聞こえて来た名に自来也の殺意は増した。

 その名を呼ぶのが綱手の患者だったのだから余計に。

 

「大蛇丸! 貴様、まだオビトを狙っておったか! 三代目のジジイのことと言い、何を考えている!」

 

 戦闘態勢に入った状態で大蛇丸に迫ろうとしたが、目の前の状況に手を止めた。

 

「大蛇丸さん! 死んじゃダメだ! しっかりしろぉ!」

「まさか私がこんなところで…………ごふっ」

「血が……!」

 

 腹から血を流して横たわる大蛇丸を抱え、泣き叫ぶオビト。

 その横でガタガタ震える綱手。

 あんまりなことに自来也も大蛇丸に駆け寄った。

 

「おい、大蛇丸! 何があった?! 誰にやられた?!」

「綱手よ……」

「はあ?! どうして綱手がお前さんをここまで?」

「綱手のおばさん、大蛇丸さんが俺を攫ったって勘違いして思いっきりぶん殴っちまったんだよ! 本当は俺が抜け出しただけだったのに!」

 

 オビトが泣きながら説明した。

 たしかに自来也が綱手の方を見ると、大蛇丸から流れた血でガタガタ震えている。

 自来也は呆れを交えながらも言った。

 

「綱手! しっかりせい!」

 

 言いつつも、綱手に治すのは無理と判断し、大蛇丸を担いでオビトに言った。

 

「オビト! お前さんは綱手を頼む。俺はこの阿呆をシズネのところまで連れていくからの。つーかお前も本当はこんなところにいちゃダメだろうが」

「分かったから早く大蛇丸さんを助けてやってくれ!」

「ったくよぉ……」

 

 自来也は大蛇丸を背負いながら苦い顔をした。

 

――場合によっては大蛇丸を殺す覚悟もせにゃいかんと思っていたのになんでこうなるんだか……

 

 自来也の困惑を嗅ぎ取ったのか、大蛇丸は死にかけながらもその背で笑った。

 

「クク……私を殺すチャンスなのに……いいの? 自来也……猿飛先生に頼まれたんでしょう……」

「何の話だ。殺しを頼まれるようなことでもしたのか」

「次期火影の打診…………来たんでしょう……私のせいで猿飛センセェ、火影を辞めるんだものね」

 

 自来也は動揺から身じろいだ。

 しかし足を止めはしなかった。

 

「あいにく、なんの話も聞いちゃおらん。それよりお前、ほんとに死ぬぞ。死因が綱手のパンチじゃあさすがに締まらんだろ」

「あの怪力娘にも困ったものだわ…………」

「そういやワシもお前さんと同じように死にかけたのォ。綱手のパンチでな。俺もお前さんも綱手姫にはかなわねーってことだ」

「覗きで殴られたアンタと一緒にしないで………………」

 

 朦朧とし始める大蛇丸の意識。

 これは本気でマズいと自来也は焦りながらもシズネがいる病室へと急いだ。

 

「シズネ! 急患だ! 頼む!」

「オビト君になにかあったんですか?! って大蛇丸様?! どうしてこの人がここに?!」

「話はあと! とにかく死にかけているから助けてやってくれ!」

「ですが、この方はオビト君を連れ去って綱手様も追いかけていて……」

「それはただの勘違いでオビトが勝手に抜け出しただけのこと! シズネ、頼むぞ!」

「一体どんな敵と戦ったらこんなことに……!」

 

 泣きながら病室で待っていたシズネはぐいっと涙をぬぐい、大蛇丸に医療忍術をかけ始めた。

 

「まさか綱手の弟子の世話になるなんて……」

「黙ってください! 本当に死にかかっているんですよ!」

 

 自来也はシズネの処置を眺め、嘆息した。

 

――さすがは綱手が連れまわしているだけはある。適切な処置、胆力……綱手とダンの良いところを引き継いでおるな。

 

 処置が進むにつれ、元々悪い大蛇丸の顔色が段々マシになって来た。

 それに対し、シズネの額に脂汗が浮かぶ。

 

「綱手様なら……もっと回復できるけど私だけではもう……」

「ここまででいいわ。後は自分でどうにでもできるからね……」

 

 起き上がった大蛇丸はシズネを振り払い、顔色が悪いままベッドからも降りた。

 

「シズネ、そのうち綱手とオビトが来る。ここで待っていろ」

「自来也さま達は一体どこへ?」

「少し話をするだけだ」

 

 そうして自来也と大蛇丸は病室から出た。

 



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分かち合い

 外に出た二人に冷たい風が吹く。

 自来也は一つため息を吐いたあと尋ねた。

 

「綱手のせいで妙なことになったが俺はお前に聞きたいことが山ほどある」

「気になるのね。猿飛先生がどうして火影を辞めるか……」

 

 大蛇丸は青白い顔をしているものの、その表情はやけに生き生きとしていた。

 

「簡単なことよ。私の研究にそれだけの価値があったってこと。火影の地位を捨ててでも続けさせる価値があるとね……」

「フン、とてもそんな口ぶりではなかったがな。大方お前さんがまたロクでもないことをして先生に迷惑をかけておるんだろ」

「そう思っているのなら私を綱手の弟子のところに連れて来るべきじゃなかったわね」

「助けられたくせに素直じゃねー奴だ」

「アンタが勝手にしたことよ。これで助けたつもりにならないで」

「けっ! 減らず口が……」

「お互い様よ」

 

 二人が話している場所にもう一つ人影が近づいた。

 

「大蛇丸…………」

 

 複雑な表情の綱手だ。

 先に自来也が尋ねた。

 

「オビトはどうした?」

「病室のベッドに縛り付けて来た」

「そうか……にしてもお前さん、顔色が悪いの」

「そこのバカほどじゃない。……シズネが処置したようだな」

 

 綱手の視線を受けた大蛇丸は嫌味っぽく言った。

 

「今のアンタに比べりゃマシな腕した子だったわよ。それにしても綱手。殺す気ならとどめを刺すまでそのトラウマ、抑えなさい」

「別に私はお前を殺すつもりだったわけでは……」

「無かったのならなおさらタチが悪いわね」

「そもそもお前がやたらと勘違いさせやすい行動をしていたからだろう! どうしてオビトと一緒にいた?」

 

 綱手が吠えるように尋ねると大蛇丸はあっさりと答えた。

 

「初めはトビラ君と一緒にいたのよ。あの子らのばあさんが危篤だかで見に行ったらちょうど死んじゃったってわけ。その時にオビト君もいたのよ」

「オビトとトビラのおばあ様が……?! だからオビトがお前と一緒にいた時に泣いていたのか。てっきり私はお前に泣かされていたのかと思ったぞ」

「大蛇丸、ならトビラは家にいるってことか?」

「ええ。うちは一族の中で葬儀を済ませるみたいよ。色々やりたいことはあったけれど、この身体じゃあ仕切り直すしかないわね」

 

 これ以上の話をする気は無いようだ。

 大蛇丸が歩き出したのを自来也達も止めはしなかった。

 

「綱手、三代目は火影を退任する。次の火影はミナトだ」

「はあ?! なんで急にそんなことになった?!」

「ワシだってさっき言われたばかりだが、もう決まったことらしい」

「そうじゃなくてサクモはどうした? なんで急にお前のとこの若造に?」

「サクモさんは辞退したし、三代目も任せる気は無かったようだ」

「……その話を知っているということはお前に来たんじゃないのか? ミナトは五代目でいいじゃないか」

「ワシぁ柄じゃねーの。適性で言うなら綱手、お前の方が向いている」

 

 綱手はふっと自嘲気味に笑った。

 

「バカ言うんじゃないよ。ったく、訳の分からない身体をしたうちはのガキでも頭が重いって言うのに次から次へと……」

「そのことだがな、あのガキ……オビトの身体について大蛇丸も本格的に絡む気らしいぞ」

「それこそ急な話だな。三代目のジジイは明らかにアイツを警戒していた。だからこそ私にあの子を任せたはずだ」

「ああ。この数日で何か意見を変えるようなことが起きたのだろう」

「火影を急にやめるって言い出したのも大蛇丸が関わっているのか?」

「ワシはそう見ている」

「大蛇丸か……アイツ、少し変わったか?」

「そうか?」

 

 そう思っているのは綱手だけのようで自来也は首を傾げている。

 

「自来也、お前は鈍いから分からないか。……酒でも引っかけたいところだがシズネがうるさい。私はそろそろ戻る。お前は? しばらくは里にいるのか?」

「そうだのぉ。色々と気になることがあるからな」

「本当にミナトが火影になるなら弟子の就任ぐらいは見届けてやれ」

「アイツは見ていてほしいってタイプじゃねーの」

 

 綱手は飄々とした様子の自来也を見送り、オビトがいる病室へ戻った。

 

 

 そのころ、トビラは速やかにうちは一族の族長であるフガクへ連絡し、祖母の葬儀を済ませた。

 帰り際、フガクがポツリと言った。

 

「何かあったら私に知らせなさい」

「ああ。だからこそおばあ様が死んですぐ貴様に連絡した。まさか葬儀に参列してくれるとは思わなかった。族長に見送ってもらえておばあ様も名誉なことだろう」

「…………君はこれで兄も祖母も亡くした。ミコトが心配している」

 

 トビラの兄のオビトがまだ生きていると知っているイタチは一瞬反応しかけたが、すぐに平静な顔に戻った。

 トビラは元より平常心を保っていた。

 

「ミコトにも礼を伝えておいてくれ。息子のイタチにもだいぶ世話になった」

「ああ。何かあったら私に知らせるように」

 

 フガクはもう一度同じ言葉を繰り返し、イタチを連れて帰って行った。

 トビラは泣きあとの残るシスイを家まで送り、一人になった家で息を吐いた。

 外はすっかり暗くなっていた。

 冷蔵庫を開けるといつ買ったのか分からない魚が異臭を放っていた。

 きっと祖母が魚好きのトビラの為に買っておいたのだろう。

 

 もう食べられそうにないそれをトビラは捨てるため手に取り、結局また冷蔵庫に押し込んだ。

 葬儀のゴタゴタでロクに食事をとれていないトビラだが、そのまま家を出た。

 月が雲に隠れているせいで暗い夜だ。

 オビトがいる病室に到着したトビラがドアを開けると、中には兄と自来也がいた。

 

「綱手たちはどうした?」

「綱手のおばさんたちなら飯食ってるぜ」

「ワシぁその間の見張りってわけだ。お前さんが来たならワシも酒でも飲みに行こうかの」

 

 入れ替わりにオビトのベッド脇に立ったトビラは兄に巻かれた鎖に気づいた。

 

「この鎖はどうした?」

「綱手のおばさんにやられたんだよ。抜け出さないようにってさぁ……もうやらねーって言ってんのに大げさだよな」

「仕方あるまい。兄さんなら次もやると思われているんだろう」

「えー? お前までそんなこと言うのかよ」

 

 オビトはケラケラと笑い、そして尋ねた。

 

「トビラ。あの後お前に全部任せちまったけどシスイとイタチはちゃんと家に帰ったのか?」

「ああ。……さっき葬儀を終わらせてきた。シスイたちに加えてフガクも参加してくれた」

「フガクさんも? そっか、祖母ちゃん喜んだだろうな」

「族長のフガク相手じゃ畏れ多いと言ったかもしれん」

「確かにそうかも」

 

 オビトは窓のない壁に視線を逸らした。

 つられたトビラも同じように壁に目を向けた。

 いつもなら賑やかなオビトが静かなため、病室は沈黙に包まれていた。

 

「なんだお前さんら。辛気臭いのぉ」

「自来也のおっさん、酒飲みに行ったんじゃねーの?」

「ガキを置いて居酒屋に行ったって綱手にバレたら面倒だからな。ほれ、これでも食え」

 

 自来也は手に持っていたものをパキリと二つに割り、それぞれを双子にあげた。

 

「おっアイスじゃねーか! おっさん、あんがとな!」

 

 さっそくオビトがシャリシャリと齧り始めた。

 トビラも倣ってかじりつくと、しゃりっと口の中にソーダ味が広がった。

 

「今はこんなものが出ているのか……初めから二人で分け合う構造とは面白いな」

「相変わらずジジくせーこと言うなぁ」

「そういうオビトだったか? お前さんはガキっぽいの」

「はぁ?! 俺の方がトビラの兄ちゃんだからな! おっさん!」

「さっきからそのおっさん呼びはなんだ! このワシは異界仙人蝦蟇の妙術を扱う……」

「ん? トビラ、その棒になんか書いてあるぞ」

「コレ! ワシの話を聞かんか!」

 

 当然、オビトは自来也の話も聞かず、早くも食べ終わったトビラの手元を指さした。

 

「当たり?」

「ほぉ、運が良いの。その棒を持って行けばもう一本アイスをもらえるぞ」

「夜中に二本も食べたら腹が冷えそうだ」

「別に今すぐ食えって訳じゃねーぞ。……お前、確かにジジイみてーなことを言うんだの」

「当然の懸念を言ったまでだ」

 

 二人からジジイ扱いを受けたトビラはややへそを曲げつつアイスの棒を懐にしまった。

 

「そういえば大蛇丸はどうした? 奴はたしか兄さんと一緒に帰ったのだろう」

「ああ、大蛇丸さんなら帰ったぜ。綱手のおばさんが殴ってボコボコにしちまったから」

「綱手が? 喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩なんてもんじゃねーよ。俺、大蛇丸さんまで死んじまうのかと思ってびっくりしたんだぜ」

「そんなひどい怪我を? 何があった?」

 

 トビラは自来也に尋ねた。

 

「オビトを攫ったと勘違いした綱手に殴られたってだけだ。シズネが治療したけど本調子ではないらしいからの。アイツに用か?」

「いや、それならまた明日にでも仕切り直す」

「トビラ、帰るのか?」

「ああ。いつ次の任務が入るか分からないから備えておく。兄さんは大人しくしていろ」

「へーへー。分かったっての。お前はちゃんと休んで飯も食えよ」

 

 ちょうど綱手たちが戻ってきたため、トビラは引き継いで病室を出て行った。

 



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闇の帳

 死にかけた大蛇丸が回復したのを機に、柱間細胞の研究が始まった。

 トビラは三代目より大蛇丸の監視任務が与えられ、里の外に出ない生活となっている。

 

「あなたかミナトの飛雷神がないと来られないなんて意地の悪いやり方ね」

 

 オビトにくっついている柱間細胞は綱手が、マダラが死んだ場所に残されている外道魔像は大蛇丸が研究することとなった。

 そのため、大蛇丸とトビラは地下洞窟にいる。

 そこはつい先日に霧隠れの忍たちと戦った場所に近いため、万が一潜んでいた敵に見つかりづらいツーマンセルでの調査だ。

 

「うちはマダラの死体はないの?」

「燃やしたから無い」

「勿体ないわねぇ。感情のままに燃やすなんてあなたらしくもない、二代目様」

「今の俺はうちはトビラだ。その呼び方はやめろ」

「ククク……せっかく蘇ったのに子供のふりをするなんて窮屈じゃありませんこと?」

 

 知識欲を刺激される外道魔像が目の前にあるからか、堂々と研究ができるからか大蛇丸は上機嫌でいる。

 

「大蛇丸よ、マダラは確実に俺が殺したが、アイツの仲間が潜んでいる可能性がある。油断しすぎるな」

 

 焼け焦げた死体の近くにはトビラが爆破したグルグルの破片が散らばっている。

 大蛇丸は破片の一つを拾った。

 

「へえ……これも柱間細胞の産物ってことね。実際に動いているところを見てみたかったわ」

「兄さんの話だと白い変なのはもっといたようだが俺が来た時には消えていた。恐らく、各地に散らばって姿を隠しているのだろう」

「まあ、この外道魔像とやらからもサンプルは採取できるからいいわ。調べたいことはたくさんあるもの」

 

 トビラは大蛇丸がどさくさに紛れて懐にくすねたりしないように見張っていた。

 

「こんなに面白いものがあるなら研究体制を整えておくべきだったわね……」

「あれ以上に何をする気だ」

 

 大蛇丸は元々、柱間細胞を攫って来た里の子供らに埋め込んでいた。

 トビラが警戒しながら尋ねると大蛇丸は肩をすくめた。

 

「これほどのものを調べるなら人手はいくらあっても足りないわ。医療忍術が使える優秀な忍が欲しいところだけど……綱手は使い物にならないものねぇ」

「血が出なければあやつも協力するだろう」

「血が出るのをビクビク怯えながら実験なんてやってられないわよ」

「医療忍者がいないと貴様の研究は進まないのか?」

「今はまだ必要ないわ。でも、オビト君みたいに実用化させたいならどっちみち必要になるでしょうね。優秀な子がね……」

 

 大蛇丸の指摘はもっともなことでもあるのでトビラは頭の片隅に残しておいた。

 幸いなことに、オビトの身体は医療忍術に頼ることもなく半身を固定しているだけで治りそうだった。

 シズネが毎日オビトの健康チェックをしているのだが、特に異常値が発見されることもなかった。

 

 トビラは大蛇丸と共に外道魔像のある洞窟に籠ることが増え、兄と会う暇が減っていた。

 だが、代わりにオビトとの面会を許可されたカカシとリンが病室を訪れるようになっていた。

 

「じゃあ、戦争ももうじき終わりそうなんだな」

「ああ。どこももう疲弊しているし、火影様も協定を結ぶ方向でかなり強く働きかけている」

「最近は医療忍者も前線に配備されることが減って病院に詰めるようになったの」

「じゃあ、リンが危険な目に遭うことももうねーんだな」

「このまま戦争が終われば、だけど。オビト、トビラとは最近会ってんの?」

 

 カカシの質問にオビトはきょとんとしながら頷いた。

 

「トビラ? おう、任務が忙しいみたいだけどたまに病室に来るぜ。なあ、シズネ」

「ええ。そういえばカカシさんたちと一緒に来たことありませんね」

「だってアイツ、里じゃ全然見かけないから。ま、元気ならそれに越したことはないからいいけど」

 

 話を終わらせようとしたカカシにオビトは尋ねた。

 

「トビラを里で見かけてねーってどういうことだ? カカシたちと一緒に任務してるんじゃねーの?」

「いや、オビトが里に帰ってから新生ミナト班での任務は一回もない」

「ミナト先生もかなり忙しくて全然会えないの」

 

 カカシたちの言葉に少し考え込んだ様子のオビトだったが、

 

「そっか! 待っててくれよな、リン! カカシ! 俺もけっこう動けるようになったからよ。そしたらすぐにミナト班に戻れるぜ! 今度はトビラも一緒に!」

「うん! 頑張って! オビト!」

「トビラはお前の代理で入ったようなもんだから一緒の班は無理でしょ」

 

 リンの励ましもカカシのチクっとした正論もかつてのまま。

 その夜、タイミングよく来たトビラにオビトは尋ねた。

 

「なあ、トビラってカカシたちと任務してねーんだな。毎日どこに行ってんだ?」

「忍が任務内容をそう漏らすわけないだろう」

「それと大蛇丸さんってどうなってんだ? あの人、死にかけてただろ」

「あやつなら生きている。安心しろ」

 

 大蛇丸は研究を許されたとは言え、オビトには会わせていなかった。

 知識欲が暴発してオビトに何をするか分からないからだ。

 オビトの身体のサンプルなら綱手経由で渡せば良いため、問題なかった。

 が、それはあくまで大人たちの事情であり、オビトは大蛇丸にそこまでの危険性を感じていない。

 

「あの人って俺の半身……柱間細胞のことに詳しそうだったよな? もしかしてトビラも一緒に研究してるのか? あの人、自分のことを研究者って呼んでただろ」

「さあな。兄さん、身体は安定しているのか?」

「まあ、最近は腕が溶け落ちるのもなくなったし、問題なく動くぜ。じゃなくて、大蛇丸さんも連れて来てくれよ。俺、あの人と話してーのに綱手のおばさんってば全然聞いてくれねーから」

「大蛇丸に何の用だ?」

「この柱間細胞について教えてもらいてーんだよ。あの人の方が柱間細胞について知ってるみてーだからさ」

「兄さんの主治医は綱手だ。綱手の言うことを聞け」

「いいじゃねーか。綱手のおばさんがいねー隙を見つけて連れて来てくれよ」

「ダメだ」

 

 トビラはばっさりと断り、病室を出た。

 窓一つない部屋で一人残されるオビト。

 そのベッド脇には書物が大量に積まれている。

 

「時間がある今のうちに見分を広めておけ。火影になりたいなら知っておいて損はない」

 

 そう言ってトビラが置いていったからだ。

  けど、オビトは眠る必要のない夜を過ごしているうちに全部読んでしまっていた。

 弟のことだから言えばきっと新しいものを持ってきてくれるはず。

 だけど、オビトはそうする気が起きなかった。

 

「俺の身体のことなのに俺だけなんも分かんねーままじゃん」

 

 木目の数を覚えてしまった天井を見上げるオビト。

 

「洞窟に閉じ込められていたころとそう変わらねーじゃねーか」

 

 ぼやきが病室に虚しく響いたのだった。

 



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ワシはあやつが好きじゃ

 木ノ葉隠れの里にほど近い場所にある大名殿では重大な会議が開かれていた。

 

「火影の退任なんて何もこのタイミングでしなくても良いと余は思うのだがのう」

 

 集まっているのは三代目火影と相談役のコハル、ホムラ、上忍班長のトリフ、暗部のまとめ役のダンゾウ、そして火の国の大名とその側近たちだ。

 のんびりと呟く大名にコハルとホムラが言い返した。

 

「大名様、今だからこそでございます」

「うちはマダラの脅威がある今、三代目はマダラの方に専念し、里は次なる火影に任せたいと考えております」

 

 さらに大名の側近たちが口々に言い合った。

 

「うちはマダラとはまた懐かしい名を……」

「初代火影が殺したのではなかったのか?」

「何かと曰くのある者であった。蘇ってもおかしくはない」

 

 ヒソヒソ言い合う側近たちを尻目に大名が尋ねた。

 

「しかし、三代目よ。今回は確実に死んだのであろう?」

「ええ。里の者が死体を確認しております。ですが、マダラの行動には不可解な部分が残っております。それをワシは弟子と共に探りたい」

 

 三代目の言葉に大名は眉を寄せた。

 

「ふーむ……うちはマダラと言えば忍の神とも謳われた初代と唯一張り合った伝説の忍。確かに今の世で張り合えるとしたら三代目のお主ぐらいしかおらぬだろうのぅ」

 

 議会の中心に位置する大名は扇を閉じた。

 

「仕方あるまい。して、次の火影は誰がおる? 白い牙かえ?」

「いえ、サクモではございません」

「ならば自来也かえ? ワシもせがれもあやつが好きじゃ」

「自来也でもありません」

 

 首を振る三代目に大名の側近たちがざわついた。

 

「白い牙でも、三代目の弟子の自来也でもないなら誰がいる?」

「同じく三代目の弟子の大蛇丸か?」

「いや、綱手かもしれん」

「三代目よ、じらすでない。誰が火影となるのじゃ?」

「波風ミナトを推薦いたします」

 

 ざわついていた側近たちの間から「ああ」と納得の声が漏れた。

 と同時に、その表情には戸惑いもあった。

 

「波風ミナト……黄色い閃光か」

「此度の大戦では何度も戦況を変えたと聞く」

「確かに実力はある。名声もある。そして徳もある」

「しかしあまりにも若すぎないか?」

「白い牙も自来也も押しのけて火影にさせるのは……」

「さらに次の世代を担う者として今はまだ経験を積ませるべきでは……」

 

 大名たちと似たような反応はすでにホムラ達もしていたため、誰もが思うことなのだろう。

 それでも三代目は大名に主張した。

 

「ミナトは確かに若いが里を任せるに値する忍でございます」

「大名様、三代目だけでなく先ほど名前の挙がった自来也、はたけサクモもミナトを推薦しております」

「上忍班長としても波風ミナトに異論はありません」

 

 三代目の言葉をコハル、トリフが後押しした。

 そしてホムラが繋げた。

 

「里の体制は二代目を亡くした時とは全く違います。今ならば三代目も我々相談役も後ろに控えております」

「ふむ……波風ミナトは誰の弟子であったかえ?」

「自来也の弟子でございます」

「おお! そうであったか! ならば問題ないの。よし、では四代目火影は波風ミナトに任命する」

 

 大名たちも納得の上で議会は終わった。

 里に戻りがてらコハルがぼやいた。

 

「あとは里の者たちによる信任投票か。やれやれ、あまりに目まぐるしいことよ」

「仕方あるまい。のんびりやって何か手遅れになっては里の危機なのだから」

「皆には苦労をかけるの。しかし、ホムラの言う通り手遅れがあってはならんことじゃ」

「問題はこの後だ。確実に里の意見は割れるぞ。確かにミナトはこの大戦で活躍していたがそれ以上に活躍した者がいるのだからな」

 

 トリフの懸念は他の者たちも分かっていた。

 そのためコハルが念を押すように三代目に尋ねた。

 

「本当にはたけサクモは波風ミナトを推していたのだろうな? 今さら本人が立候補してきたら我らがここまで骨を折った意味がなくなる」

「サクモは以前より火影を継ぐ意思はない。それほどにあの時の任務の失敗を悔いておる」

 

 相談役たちが揃って渋い顔をしている中、ダンゾウは無表情のままで言った。

 

「口ではどうとでも言える。まさか殊勝な態度で騙されたのではないだろうな」

「ダンゾウ、ワシはサクモを信じておる。もしわだかまりが生じればワシが対応しよう」

「上忍衆もサクモの名を挙げる者がいたとしてもミナトを反対する者はいないだろう。トリフ、もしも対応に困ることがあるならワシらも説得する」

 

 トリフはホムラの言葉に首を振った。

 

「いや、そこまでの必要はない。お前の言う通り、ミナトも信頼を集めている。本人たちの意志が分かれば上忍衆も納得するだろう」

「次期火影を選ぶのに困るほど次なる芽が育っている、これは悪いことではなかろう。ではこのまま皆を集めるとしよう」

 

 一刻もしないうちに、里にいた上忍衆が集められた。

 その中には上忍のトビラとカカシの姿はあったが、サクモと自来也たち三忍はいない。

 そしてミナトは火影のすぐそばに控えていた。

 

 三代目が退くことにも、次の火影候補にミナトが上がっていることにも上忍たちは驚きどよめいた。

 信任投票は後日行われるということですぐに解散となったが、衝撃の連続にいくら上忍でも動揺を隠せない者ばかりだった。

 

「てっきり白い牙が名指しされるかと思っていたが……」

「やはり数年前のあの任務のせいじゃないか?」

「しかし今回の大戦での活躍が……」

 

 ざわめく会議室を早々に出ようとしたトビラだが、奈良シカクに声をかけられてしまった。

 

「よぉ。お前の担当上忍が火影になるみてーだな」

「俺の、というよりミナトは兄さんの担当上忍だな」

「それとカカシのな」

 

 ふと、トビラはシカクの見解が気になった。

 

「ミナトが四代目になることについて貴様はどう思う?」

「ん? 妥当な判断だと思うぜ。サクモさんが英雄であることに違いはねーが、今の状況の火影ならミナトの方がいいだろう」

「ほぉ」

「忍界最強の三代目が退くとなれば必ず雲隠れはちょっかいかけてくる。便乗して岩隠れ辺りも」

「その可能性は高いだろうな」

「いくら五大国最強とは言え、火の国も疲弊している。どうやら三代目は是が非にも戦争を止めてーらしい。だとしたら、休戦の抑止力としては雷影と互角に戦い、岩隠れにも打撃を与えていたミナトの方が最適だ」

 

 マダラが生きていたことも大蛇丸の実験のことも、オビトが生きて戻ってきたことも上忍たちは知らされていない。

 その中で出したシカクの見解は説得力があった。

 

(さすがは奈良家の次期当主と言ったところか……)

 

 シカクはミナトと年が近い。

 彼も木ノ葉の里を支える重要な忍となるだろう。

 

「ま、それに火影様方のことだ。俺らにも言えねークソめんどくせー理由が色々あるんだろうよ」

 

 最後の言葉はトビラに聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさだった。

 



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かくれんぼう♪暴れん坊♪バカ野郎♪この野郎♪

 信任投票が目前に迫った日、事件が起きた。

 オビトがまたしても病室から消えていたのだ。

 ちょうどマダラの拠点の調査から里に戻っていたトビラはすぐさま大蛇丸と共に捜索した。

 

 以前は祖母の死を看取るために抜け出し、家に行っていた。

 もしかしたらまた家に帰っているのかもしれないと思い、トビラはうちは地区へと向かった。

 すると、ちょうどよくシスイとイタチがいる。

 

「シスイ、イタチ。少し良いか」

「トビラさん。お久しぶりです」

「二人ともおばあ様の葬儀の際は色々と世話になったな」

「いえ、いいんです。それよりも、あの…………まだ帰って来ないんですか?」

 

 トビラが尋ねるより先にシスイが言葉を濁しながら尋ねた。

 主語が無いものの、彼が指すのはオビトだ。

 つまり、抜け出したオビトはこの二人には会っていない。

 質問するより前に求めていた答えを得られたトビラはどう誤魔化そうか考え、そして懐に入れたままのものを思い出した。

 

「まだその時ではない。それよりも二人に渡すものがある。これだ」

「なんですか、これ? 当たり?」

「この当たり棒を持って行けば店でアイスと交換してくれるらしい。二人で分けるタイプのものだから貴様らで食え」

 

 突然のことに驚いていたシスイだったが、受け取った後にイタチを振り返った。

 

「お前は甘いもの好きだから良かったな、イタチ。後で貰いに行こうぜ」

「ああ」

 

 ずっと静かだったイタチが少々浮かれている。

 

(意外と子供らしいところもあるのだな)

 

 思い付きで渡したものではあったが、存外に喜んでもらえたようだ。

 シスイの口角も上がっている。

 ふと、浮足立っていたイタチがトビラに尋ねた。

 

「ここ最近、うちは地区にあなたの姿がないことを両親が気にしていました。里の外での任務が入っているのですか?」

「そんなところだが……フガクが俺に何か用か?」

「いえ、父よりも母の方が心配していました。おばあ様を亡くしたあなたのことを」

「なるほど。心配には及ばん」

 

 シスイが唐突に呟いた。

 

「オビトがよく言ってました。弟は見えないところで無茶をするから心配だって」

「兄さんがそんなことを?」

「俺は兄も弟もいないからよく分からないけど、あなたが思っている以上にオビトはトビラさんを見ていますよ」

「…………」

「兄って生き物にとって弟はそれだけ大切なんでしょうね。だからもしオビトの為に弟が無茶しているとしたら、オビト本人はすごく嫌がりますよ」

 

 シスイは黙り込むトビラに一礼した。

 

「さっそくアイスをもらってきます。トビラさん、ご馳走様です」

「では、失礼します」

 

 子供二人が走り去った後、トビラも動き出した。

 

(あんな子供らに気を遣われるほど俺は切羽詰まって見えているのか? だが、外道魔像にマダラの悪意が入り込んでいないと確信できない限り、魔像で作られた柱間細胞で生かされた兄さんの安全性も担保できん。多少の無茶は承知の上だ)

 

 次にトビラが向かった先は火影岩がよく見える演習場だ。

 幼いころからよくオビトと来たその場所には先客がいた。

 

「カカシ、リン。ちょうど良かった」

「トビラ。お前の方がここに来るなんて珍しいな」

「兄さんを探している。見ていないか?」

 

 カカシもリンも首を振った。

 

「アイツ、もう里を歩いてよくなったの?」

「まだダメだ。だからこそ俺が探している。もしも見かけたら病室に戻るよう言ってくれ」

「俺も一緒に探す」

「私も。シズネに相談されたんだけど最近のオビト、なにか考え事をしている感じがして心配なの」

「兄さんが? 本当か?」

 

 頷くリン。

カカシがぼそりと言った。

 

「アイツけっこう見栄っ張りだから意地でもトビラに気取らせなかったんだな」

「手分けしてオビトを探そう。ミナト先生はこのこと知ってるの?」

「いや、ミナトにも会っていない。俺も綱手に言われて探し始めたばかりだ」

「じゃあ、ミナト先生を見つけたら伝えておくよ」

 

 トビラはカカシとリンと別れ、次なる場所を考えた。

 

(もし兄さんが知っている年寄りの家なんかに行かれていたら面倒だ。この里中の家を片っ端から見て行かなければならないのだから)

 

 その時、何かの気配を感知した。

 振り返ると何もいない。

 それでも嫌な感じがする。

 

「っ! 貴様! マダラの手先の人造体か!」

「ハロ~~~! オビトは里の外に隠れているヨ~~! 探してみヨ~~!!」

 

 半身はオビトの柱間細胞部分のように真っ白で、もう半分は黒いそいつが地面から生え、そして再び引っ込んだ。

 すんでのところで触れることが出来なかったトビラは感知したものの、土の中に潜んでいる様子ではない。

 

「どこに消えた?!」

「こっちだヨ~!」

 

 少し離れたところにニョキっと頭だけ生やしたソイツにクナイを投げるも、またしても消えてしまう。

 

「モグラのような奴だ。あの変なの、俺を兄さんがいる場所に連れ出す気か?」

「大正解~! ちなみに僕は変なのじゃなくてゼツだヨ~~~」

「ならばゼツとやら。こんなまどろっこしいことをせずにさっさと俺を案内しろ」

「ええ~~~もうちょい楽しもうヨ~~~」

 

 次にトビラが投げたクナイには起爆札がついていた。

 ごっそりと周辺の地面が抉られたが、土に潜んでいたはずのゼツの姿はない。

 

「ほらこっちこっち! オビトは里の外にいるヨ!」

「貴様が兄さんを連れ出したのか?」

「僕は頼まれただけだヨ」

「誰にだ?」

「それはこの後に会えるから直接本人に聞けばいいヨ」

 

 ゼツが案内したのは里からだいぶ離れた、大蛇丸の秘密の研究室が近くにある場所だった。

 

(まさか大蛇丸が? いや、あやつは俺と別れた後にサルのところへ行ったはずだ)

 

 考えを巡らすトビラに話しかけた者がいた。

 

「相変わらず狂った姿をしているな、扉間」

 

 堂々と姿を現した人物、それはうちはマダラだった。

 



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一方その頃シスイとイタチはアイスを食べていた

 一方そのころ、里の中を捜索していたカカシはリンと合流し、オビトがいたはずの病室に戻った。

 そこではシズネが不安げに待っているだけでオビトの姿はない。

 予想できたことだが、カカシはつい言わずにはいられなかった。

 

「オビトはまだ戻ってきてない、か。ったく人騒がせな奴だ」

「トビラに聞いて私たちもオビトを探しに来たの。でも、目ぼしい場所のどこにもいなかった」

「私はオビト君が自分で戻ってくる可能性を考えてここで待機していたのですが……」

「どうやらそんな感じじゃなさそうだな。口寄せの術!」

 

 カカシは犬のパックンを口寄せした。

 

「パックン、オビトの匂いを辿って探してくれ。そこのベッドはアイツが使っていた奴だ」

「あのうるさい小僧か……よし、こっちだ!」

 

 パックンに続いて出て行こうとするカカシとリンにシズネが声をかけた。

 

「あの! 私も行きます!」

「いいのか? 綱手様が戻ってくるかもしれないのに……」

「いえ! オビト君が戻ってこないのなら、待っていたって仕方ありません」

「それならシズネ! 一緒に行こう! もしもオビトが怪我していたらシズネもいた方がすぐ治療できるもの」

 

 リンの誘いもあり、シズネは簡単な書置きだけ残して共に病室を出た。

 パックンは時折立ち止まりながら里の端へと向かっていく。

 

「あの小僧、変な匂いが混ざっているせいで探しづらいの……」

「柱間細胞とか言う半身のことか。パックン、オビトは里の外にいるのか?」

「恐らくそうであろう」

 

 カカシたちが里の外に出ようとした時、門番が声をかけて来た。

 

「お前らどこ行く気だ? 任務か? ……ん? もしや白い牙のせがれか?」

「そうだけど……」

 

 早く外へ出たいのに邪魔をされ苛立つカカシに門番は言った。

 

「んじゃー親父さんの迎えにでも行くのか」

「ちが……」

「そうなんです! 私たちは白い牙のファンだからカカシと一緒に連れて行ってもらうんです!」

 

 リンがカカシを押し切って言うと、門番は顔をほころばせた。

 

「あの人、また国境で大活躍して来たらしいからな。いやー、さすが木の葉の英雄だよな。あっはっは! お前らも忍らしいから分かってると思うけど、あんまり里から離れすぎるなよ」

 

 門番はサクモを贔屓にしているらしく、引き留めた割にはあっさりとカカシたちを外に出した。

 

「行こう、カカシ!」

「……」

 

 元々カカシはサクモの任務放棄事件以来、父親との間に微妙な距離が生じていた。

 オビトに「仲間を守らない奴はクズ」と言われたことで考え直し、その距離も元に戻りつつあったが、それでも父親の名前を借りるのは抵抗がある。

 だが、今はオビトを追うことが優先だ。

 

「カカシ、まだまだ遠いぞ」

「そのまま進んでくれ、パックン」

 

 里の人の目を気にしなくて良い分、3人の進みは早くなった。

 パックンを追いかけながらリンがカカシに切り出した。

 

「ねえ、カカシ。まだ考え直していないの?」

「俺の写輪眼をオビトに返すべきなのは当たり前だろ。元々、アイツのものなんだから」

 

 実は、カカシはオビトに写輪眼の返却を申し出たことがあった。

 その時、病室にはシズネとリンもいたため、オビトがどう返したかも知っている。

 

「カカシさん、オビト君は望んでいないって言っていたじゃないですか」

「そうだよ、カカシ。写輪眼は両目揃って本来の力を発揮するってオビトも言っていたでしょ? だから、オビトはこれからカカシともっといいコンビネーションを……」

「その理論ならなおさらこの目はオビトの目であるべきだ。俺はアイツの力を半分奪っているようなものだ」

 

 カカシにとってオビトは英雄だ。

 揺らいだ父への尊敬と信頼を取り戻し、己の忍道を確立してくれ、さらには命懸けで守ってくれた。

 一時はオビトの遺志を継いで彼の目となって生きることを誓ったカカシ。

 だが、当人が生きているのならカカシはオビトの目になる必要はないし、むしろそれはオビトの足を引っ張ることになる。

 

「アイツはバカだから分かってないんだ。どれだけ写輪眼が特別なものか……」

「カカシ。オビトはうちは一族なのよ。どれだけ大切なものかなんてオビトが一番分かっている。それでもカカシにその目でいてほしいのは……オビトがカカシをそれほど大切に思っているからよ!」

 

 リンが言い切った時、

 

「ぐぁっ!」

 

 カカシが写輪眼のある方の目を押さえてうずくまった。

 

「カカシ?! どうしたの?!」

「分からない……けど、一瞬だけ何かが見えた……」

「どういうこと?」

「見えたのはトビラと……遠くに里が見えた。もしやこれは……オビトが見た景色か?!」

 

 うずくまったのは一瞬で、カカシはすぐに立ち上がった。

 

「この先にオビトだけじゃなくてトビラもいる! 急ごう!」

「カカシさん、もう動いていいんですか?」

「ああ。それよりも急ぐぞ!」

 

 リンもシズネも気づかわし気な視線をカカシに送りつつも、さらにスピードを出してパックンの後を追った。

 

 

 

 ゼツの案内で里の外にいたトビラはマダラと対峙していた。

 クナイを投げて確かめる間でもない。

 

「なぜその姿を……穢土転生体になっている?!」

「分かり切ったことを……俺を呼び戻した者がいるからだ」

 

 せせら笑うマダラの近くからゼツがにゅっと現れた。

 その様子にトビラは眉を寄せた。

 

「そこのゼツとやらが穢土転生を……俺が貴様を殺す前にあらかじめ身体情報を残していたのか」

「一度俺の死体の始末に失敗したお前なら次は焼き殺すと思ったからな」

「俺の穢土転生をこうも易々と……兄さんはどこだ?!」

「まだオビトの弟のふりをするのか? 弟想いの兄を騙し続け……やはり姑息な奴だお前は」

 

 トビラの目が三つ巴の写輪眼となった。

 写輪眼はチャクラを映す。

 かつてオビトも写輪眼を開眼した際、迷彩隠れの術で姿を消していた敵を見つけ倒した。

 だからこそ、トビラも見つけてしまった。

 

「兄さん……?」

 

 マダラの近くの茂みに隠れていたオビトを。

 オビトに灯る三つ巴の写輪眼は絶望に染まっていた。

 



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戦犯、大蛇丸!

 マダラの近くから現れたオビトは目を見開いたまま声も出なかった。

 トビラももう誤魔化しようが無かった。

 それよりも、マダラへの憎悪に近い怒りを抑えられなかった。

 

「マダラ! 貴様、兄さんに何を吹き込んだ?!」

「吹き込んだ? 俺はただ教えてやっただけだ。真実を。俺を呼び出したオビトの願いのままにな」

「兄さんが貴様を呼び出した……?」

 

 今のマダラは死んだときの老人姿ではなく、若いころの姿の穢土転生体だ。

 てっきりゼツがマダラを呼び出したのかと思ったトビラだが。

 

「僕は穢土転生なんてできないヨ~。やり方を知らないからネ」

「兄さんだって知らないはずだ! それは俺の術だ」

 

 言い切ったトビラにピクリとオビトの肩が動いた。

 マダラの口元にふっと嘲笑が浮かぶ。

 

「扉間……禁術の記録は徹底的に消しておくべきだったな。いや、消したのに掘り起こされたのか?」

 

 チラリと大蛇丸の秘密の研究室がある方を向くマダラ。

 それだけでトビラは察した。

 

「まさか大蛇丸の研究結果でも盗み見たか。あやつめ……俺の穢土転生の研究までしていたとは」

「俺の知っている穢土転生とは少々勝手が違うがな……」

「僕もまさかオビトが穢土転生するなんて思わなかったヨ~! 僕らの仲間を生贄にした時はびっくりしちゃった。意外とひどい奴なんだネ」

 

 穢土転生を開発したのは千手扉間だ。

 トビラは自分以外が行った穢土転生を慎重に観察した。

 

(マダラの人格が縛られていない。大蛇丸め、独自の穢土転生を生み出していたのか。そもそも穢土転生には素体が……生きた人間が必要だ。ゼツの仲間ということは柱間細胞の人造体を使ったのか? そして穢土転生自体はマダラの指示ではない……)

 

 思いもしない状況だが、トビラは努めて冷静であろうとした。

 

「確かに俺の中には二代目火影千手扉間としての意識はある。それについては後で話をする。うちはオビト、ひとまずマダラから離れこちらへ来い。そいつは里に仇なす者だ」

「お前……やっぱりトビラじゃなかったんだな……」

「分かっただろう、オビト。これがお前の弟の正体だ。いや、弟を殺した男、とでも言うべきか」

 

 トビラは焦っていた。

 いつものオビトなら弟の言うことを信じてくれるのに、もう彼はトビラを弟と見ていなかった。

 だからせめてかつて里を守っていた火影として呼びかけたのだが、オビトはむしろマダラに懐いていた。

 その事実が余計にトビラを苛立たせる。

 

(どうにかしてオビトとマダラを離さなければ)

 

「オビト、こうなっては死以外にお前の弟を救うことはできない。あの身体はもう扉間のものだ」

「俺は……」

「お前がやらないなら俺がやってやろう。せめてもの情けだ」

 

 オビトが言い切らないうちにマダラがトビラに襲い掛かって来た。

 マダラの蹴り、突き、その一つ一つが重たく速い。

 写輪眼でマダラの動きを読み取ろうとするトビラだが、相手はかつてうちはを束ねていた最強の忍。

 

「写輪眼で俺に勝てるとでも思ったか?」

 

 完全にトビラの動きを読み切ったマダラが彼の首を掴んでぶら下げた。

 さぁっと風が吹き、髪で隠れていたマダラの片目が露わになった。

 

「貴様っ! なぜ片目がない?! あの洞窟では両目があったはずなのに……」

「そう見せていただけだ。そうだな、お前の片目をこちらにはめるとするか」

 

 絶体絶命の状態ではあるがトビラは思案せずにはいられなかった。

 

(マダラの本来の両目は洞窟にいた時からついていなかったということか? まさか両目があるかのような幻術をかけていたのか? 俺が気づかないほど精密に……)

 

 相手に気づかれないよう幻術をかけていたとしたら、マダラが洞窟であっさりとトビラに殺されたのにも合点が行く。

 

(俺に殺されてでも両目の不在を秘密にしたかったということは……マダラの両目はどこか別のところに……もしかすると別の誰かにはまっているのか?)

 

 トビラはオビトに目を向けた。

 

(兄さんではない。他のうちは一族の誰かか……そうじゃない別の者か……)

 

 一瞬のうちに考えを巡らすトビラだが、そもそもマダラの手から逃れられない。

 だが、その時。

 マダラの手首が切り落とされた。

 

「大丈夫か?」

 

 解放されたトビラを抱え、マダラから離れたのはサクモだ。

 振り返り、チャクラ刀を構えてマダラを睨む彼はオビトに気づいて声を漏らした。

 

「あの子はまさか……いや、死んだはずだ」

「サクモ、あそこにいるうちはオビトは本物だ。生きている。だが、その隣にいるうちはマダラは死体だ」

「うちはマダラ?! ……! 切り落としたはずの手首が戻っている? なんなんだ、あれは……」

 

 驚くサクモにトビラは冷静に教えた。

 

「穢土転生の身体では死ぬことはない。塵芥でできたその身体にいくら攻撃を加えようとも元に戻ってしまう」

「術の解除方法は?」

「術者が解術するか、封印するしかない。サクモ、俺とオビトが話す時間を稼いでくれ。あの術はオビトでないと解除できない」

「……分かった。隣にいるあの白と黒の生き物は?」

「あちらは俺の分身がどうにかする。気を付けろ、アイツは土の中を自在に移動する」

 

 サクモに切り落とされた手首が戻ったのを確認したマダラが睨みつけて来た。

 

「木ノ葉の手練れか……お前も舞うか?」

 

 サクモはマダラに斬りかかることで応えた。

 

 

 

 サクモがマダラを誘導するように戦い始めたのを確認したトビラは、分身をゼツに向かわせ、本体はオビトに向かった。

 マダラがトビラやサクモに襲い掛かるのを呆然と見ていたオビト。

 だが、近づくトビラに拒絶を見せた。

 

「来るな!」

「今すぐ穢土転生の術を解け! このままだとマダラは里を襲う。そうなればリンやカカシ、ミナトたちも危なくなる」

「お前……本当に二代目火影なら分かってんだろ。穢土転生は呪印札を使うって。分かるよな? だってお前、俺の心臓にもその呪印札、埋め込んでたもんな」

「マダラがお前に仕込んだ呪印札と同じにするな。あれはマダラがその身体を乗っ取ろうとするのを防ぐためのもので……」

「俺の弟の身体を奪い取ったお前が何を防ぐって言うんだよ!」

 

 トビラは強引にオビトに近づくことはできず、一定の距離を保ったまま話しかけるしかできなかった。

 その間も戦い続けるサクモとマダラ。

 

(正気を失っている。かくなる上は幻術で無理やり解術するしかないか)

 

 双子がにらみ合っている中、トビラの分身はうちは火炎陣でゼツを封じ込めていた。

 



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マダラvsサクモ

独自設定タグは今回のために付けていたようなもん


 サクモがマダラに肉薄し、チャクラ刀を振り下ろす。

 首に迫る刃を軽々と避けたマダラだが、腕への攻撃までは避けきれず、片腕が切り落とされた。

 塵芥が集まろうとするが、その前にさらなる攻撃が腕へ集中する。

 

「なるほど。俺の腕を再生させない気だな」

 

 目にもとまらぬスピードで振り下ろされ続ける刃。

 マダラは避けながらも自らの腕から舞う塵に気づいた。

 

――精度の低い転生体では避けきれんか……!

 

 サクモは大ダメージを狙わず、小さなダメージを積み重ねる攻撃の仕方をしていた。

 再生の前に攻撃を繰り返すことでマダラの腕は元に戻らない。

 

――これで術を封じ込めているということか……コイツめっ……!

 

 マダラは大蛇丸の研究室から勝手に持ち出したクナイでサクモのチャクラ刀を受け流そうとした。

だが、だんだんその刃先が削れていく。

サクモはマダラの腕に加えてクナイにもダメージを与えていた。

 

「その動きにチャクラ刀……侍がなぜ木の葉の額当てをしている?」

「俺は侍じゃない。木の葉の忍だ」

 

 サクモは攻撃の手を緩めず答えた。

 追い詰められているはずのマダラは心底楽しそうだ。

 

「そういえば……里システムが成立したころ、かなりの侍が忍に鞍替えしたようだな。お前もその口か」

「…………」

「忍とは言いつつ、お前の戦い方は侍そのもの……どっちつかずの半端者だな。忠義を失った侍の多くが金になびいたとは聞いていたが、木ノ葉にもいたのか」

「……確かに俺は忍として生まれたわけじゃない。けど、俺は忍として死ぬことを選んだ。俺の信念の為に!」

 

 とうとう、マダラが持っていたクナイの刃先が完全に砕かれ、さらに残っていた片腕も切り落とされた。

 

「チャクラ刀一本で俺の両腕を落とすか。大した奴だ。が、熱くなりすぎたな」

 

 マダラが攻撃を避けながらたどり着いたそこは木々の茂った場所だった。

 

――火遁・灰塵隠れの術

 

 マダラの口からでた高熱の炎が一気に周囲を巻き込み、猛烈に燃え上がった。

 穢土転生体のマダラはともかく、生身のサクモはこのままでは大やけどを覆ってしまう。

 だが。

 

「「水遁・水陣壁!」」

 

 重なる二人の声がサクモを守る水壁を出し、炎を打ち消した。

 

「研究室のそばで嫌な気配がすると思ったらまさか本当に復活したなんてね……」

「お前がみすみすオビトに研究データを盗まれたからだろうが!」

 

 駆け付けたのは大蛇丸と自来也だ。

 

「サクモさん! ワシらも今そっちに行く!」

 周囲に立ち込める蒸気の中、サクモはマダラに斬りかかりながら答えた。

 

「いや、加勢はトビラ君の方へ頼む! 向こうにうちはマダラを生き返らせた術者がいる! 共に説得を!」

「それならもう適任が行っておる!」

「弟子を止めるのにうってつけな人選をね……」

 

 蒸気の中のサクモには見えていないが、ミナト、カカシ、リン、シズネ、綱手がオビトの方へ向かっていた。

 

「オビト!」

 

 息子の声、さらにミナトの声が聞こえたサクモはほっと息を吐いた。

 

「俺の相手をしながら余所の心配か。気苦労の多い奴だな」

 

 蒸気で何も見られない中、サクモに斬られ続けられてもなおマダラは笑う。

 劣化した穢土転生体とは言え、己に肉薄する存在を面白がっているからだ。

 逃げを封じられたこともさほどダメージではなかった様子。

 蒸気の中でサクモがマダラの動きを封じている間に自来也が大蛇丸に尋ねた。

 

「大蛇丸。あれが穢土転生とやらか。どう封じるつもりだ?」

「解術は術者にしかできないわ。」

「はあ? じゃあ、オビトをここへ連れて来なければならんのか?」

「または魂を縛る封印術を使えば止まるはずよ」

「当然その封印術、使えるだろうな?」

「バカにしないで」

 

 自来也と大蛇丸の方針が決まったように、斬られ続けるマダラの方針も決まったようだ。

 

「侍の刀筋を見るなんてそうある機会じゃない……が、一辺倒な動きにも飽きて来た」

 

 サクモにわざと迫り、心臓を貫かせたマダラは彼の横腹の辺りを思いっきり蹴った。

 

「ぐっ!」

 

 本来なら守るべき心臓を囮に使う。

 生者ではありえない動きにサクモは不意を突かれもろに蹴りを受け、マダラから離されてしまった。

 

「そろそろオビトが完全に堕ちた頃合いだ。様子を見に行くとしよう」

「待て!」

 

 まだ晴れぬ蒸気の中、サクモが叫んだその時。

 

「口寄せの術!」

 

 その時、自来也と大蛇丸が同時に術を使った。

 現れたのは巨大な蛙に蛇。

 

「おい大蛇丸! よくも面倒そうな場所にこの俺様を呼びやがったな!」

「うちはマダラと戦う機会なんてそうそうないわよ、マンダ」

「うちはマダラ? あのうちは一族の? とっくに死んでいるだろうが」

「色々あって蘇ったのよ。不死の身体でね」

「シュー……なかなか面白そうだから今回は供え物無しで許してやるよ」

 

 大蛇丸とマンダが話す間、巨大な蛙が自来也に尋ねた。

 

「自来也ぁ、カツユと綱手はどうした?」

「ブン太! 今は駄弁っている暇はない! 油だ!」

「せわしねぇな……たく!」

 

 口寄せに気付いたサクモがさらにマダラから離れたのを確認し、自来也は術を発動した。

 

「火遁・蝦蟇油炎弾!」

 

 ガマブン太の口から出る油と自来也の口から出る炎が混ざり合い、燃え続ける炎となってマダラに迫る。

 

「このうちはマダラに火遁で挑むか……! ならば少し相手をしてやろう! 火遁・豪火球の術!」

 

 マダラの口からも同じ大きさの火遁が放たれた。

 印を結ばねば使えない術が出て来たことにサクモは驚いた。

 

「そんなっ?! もう両腕が戻ったのか?! ……いや、蒸気の中ではもう俺の攻撃を見切って回復していたのかっ……クソ!」

 

 サクモは悔しがるもすぐ切り替え、技を出しているマダラのところへ奇襲をかける隙を伺った。

 その時、火遁を出しているマダラの後ろから突然、巨大な蛇が土から現れた。

 

(挟み撃ちか! 砂利にしてはまずまずだな)

 

 マダラが火遁を出すのをやめ、途端に辺りが蝦蟇の火炎に包まれた。

 それは大蛇丸がマダラに触れる寸前のこと。

 攻撃を食らったマダラは塵と化し、大蛇丸と蛇のマンダも危うく塵となるところだった。

 炎を吐ききった自来也は煙を睨みながら呟いた。

 

「封印は間に合わなかったか……だが、これでしばらく再生はできんはず」

「やったんかいのう」

 

 ガマブン太がそう呟いたとき。

 

「カカシ!」

 

 マダラを見張っていたサクモが突然、オビトたちのいる方へ駆けた。

 その先にいるのは目を押さえ、うずくまるカカシ。

 そしてカカシに向かって放たれた挿し木の術が彼を貫こうとしていた。

 




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次回、「老人介護は得意だっただろう」デュエルスタンバイ!


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老人介護は得意だっただろう

 

 サクモがマダラと戦っている間、ゼツを捕らえたトビラの分身は火炎陣の中に向かって尋ねた。

 

「貴様らの目的は何だ。なぜうちはオビトを狙う」

「僕はマダラに言われたままに動くダケ。オビトだってそうダ。ああなったのは全てお前が招いたことダロウ。だってマダラは嘘はついていないのだからネ」

「恣意的な誘導は見られるがな。そもそも、マダラの言うことを信じることもおかしい。あやつが里に仇なしてきた者だとオビトも知っているはずなのだから」

「そうだネ。オビトも二度とマダラに会いたくなかっただろうヨ。でも、マダラはオビトの命を繋いだ恩人ダ。それにうちは一族の元族長。里がうちはを消すつもりだって知ったら、気になってもおかしくないよネ」

「うちはを消す?」

「二代目火影はマダラを恐れていた。だからうちはも嫌って里から遠ざけた。何か起きたらすぐに滅ぼせるようにネ」

「間違った妄言をべらべらと……そんなバカげたことをオビトは信じたというのか?」

「信じてはいなかったヨ。でも、これで信じただろうネ。だって二代目火影が自分の弟の身体を乗っ取ったんだからネ」

 

 トビラの分身は別の角度から質問した。

 

「穢土転生はマダラの意図になかったことのようだな」

「アア。本当は別の……おっと、いくらこれから死ぬとは言え、そこまで言うのはやめておこう。オビトが研究室に潜り込んだのは柱間細胞のことを知りたかっただけダ」

「大蛇丸の研究室はトラップだらけだ。そう簡単に入れるはずがない」

「写輪眼を見くびってもらっちゃァ困るネ。それにオビトはトラップに詳しかったヨ」

 

 子供のころからトビラとオビト、カカシでトラップ作りをしていた弊害が出ていたようだ。

 

「オビトはお前が千手扉間だって言っても信じようとはしなかった。マダラのことも信用しようとはしなかった。でも、お前が年老いたマダラが命乞いをするのも聞かずに無残に殺したって聞いたら動揺していたヨ。オビトは老人に優しいからネ」

「マダラが命乞い? とんだ嘘をつきおって」

「だけどお前はグルグルを簡単に破壊した。知らなかっただろう。オビトは意外とグルグルを気に入っていたんだヨ。アイツは洞窟でオビトのリハビリを手伝ってやっていたからネ」

 

 洞窟に閉じ込められていたとは言え、死にかけていた自分を助け、リハビリの手伝いまでしてくれた者たちを問答無用に殺したトビラをオビトはどう思っただろうか。

 

「オビトは真実を知るためにマダラを呼び戻した。そしてお前の正体を知った。順番は狂ったけれど、概ね計算通りダ。オビトはうちはマダラとなるのサ」

 

 火炎陣の中でゼツがせせら笑っている間、トビラの本体はオビトと向き合っていた。

 互いに気を抜けないにらみ合いの中、オビトが漏らした。

 

「ばあちゃんはお前をトビラだって信じていた。最期の最期まで、お前を見守るって言ってたのに……ばあちゃんは自分の孫じゃない奴を孫だと思ったまま死んだのか?」

「…………」

「お前、ずっと俺らを騙し続けて何がしたかったんだよ。本当にうちはを内側から滅ぼすつもりだったのか? 里を守るために自分がうちはになって見張り続けるつもりだったのかよ」

「それがマダラから聞いた俺の狙いか。見当違いにもほどがある。そもそも俺のこの身体は不本意だ」

「不本意? それなら今すぐ俺の弟にその身体を返せよ。なあ、すげー術が使えた二代目火影なら出来るんだろ? 俺の弟を返してくれよ」

 

 オビトもマダラから真相を聞かされたばかりで動揺していた。

 目の前の少年が弟の可能性をまだ捨てきれていなかった。

 だが、その希望をばっさりと絶ったのは少年本人だった。

 

「それはできない。今、俺の魂が抜ければこの身体もそのまま死ぬ」

 

 こうなった以上、オビトの弟のふりはできない。

 せめて千手扉間として誠実であろうとした。

 だから、これまで隠し続けた真実をオビトに伝えた。

 

「千手扉間としての意識が芽生えたのは熱に浮かされていた3歳の時だ」

「医者も見放したあの時……死にかけて弱っていた俺の弟の身体に入り込んだのか?」

「俺にそのつもりはなかった。俺とて、すぐに扉間としての魂と本来のトビラの魂を分離させようとしたが……あの幼く脆弱な身体ではどうすることもできなかった」

 

 淡々と述べられる真実にオビトの顔はどんどん情けなく歪んでいく。

 

「なぜ千手扉間の俺がその身体に入り込んでしまったのかは分からないが……狙ってやったことではない」

 

 皮肉なことに、語られた真実がオビトへのトドメとなった。

 

「俺……あの時、トビラが目覚めて……すげー嬉しかったのに……絶対に弟は守るってあの時に決めたのに…………あの時にはもうお前、俺の弟じゃなかったのか…………?」

「………………」

 

 その時、ミナトがトビラのそばに降り立った。

 そして少し離れたところに片目を押さえてうずくまるカカシ、それに寄り添うリンとシズネ、綱手が不安げにこちらを伺っていた。

 

「トビラ、現況を」

「オビトがマダラを穢土転生という術で蘇らせた。今のマダラはどれだけ攻撃しても死なない不死身の身体だ。術を解けるのはオビトしかいない」

「そうか……説得の余地は?」

「俺がうちはトビラでなく千手扉間だと知ったせいか、正気を失っている」

 

 すんなりと話す彼らにオビトも気づいていた。

 絶望の増した表情で呆然と呟いた。

 

「ミナト先生も……知ってたのかよ……俺の弟をそいつが殺したって……」

「オビト! 弟に別の人格が入っていたことは確かにショックかもしれない。けど、君らが積み重ねて来た時間は本物だ。二代目は君の弟として生き、君と共に里を守ることにしたんだ!」

「そのためなら俺の弟が死んでもいいって言いたいのかよ?!」

 

 オビトの写輪眼が絶望に呼応して色濃くなっていく。

 

「カカシ! 待って!」

 

 リンたちのそばにいたカカシが飛び出し、トビラたちの方へ駆け寄った。

 片目を押さえ、苦し気だ。

 

「オビト! ダメだ、戻って来い!」

 

 カカシの声はオビトの叫びに打ち消された。

 

「なんだよ……俺は初めっから守れていなかったのかよ!」

 

 オビトの写輪眼がグルグルと変質し、三つ巴が繋がっていく。

 かつてうちは一族と対立していた千手扉間はすぐに気づいた。

 

――万華鏡写輪眼! このタイミングで開眼するか!

 

 あっという間の出来事だった。

 

「うぁああああああっ!!!」

 

 叫びながらうずくまるオビトの身体から放たれた無数の木。

 力が暴走している。

 トビラはすぐに気づいた。

 

「挿し木の術! ミナト、カカシ! 離れろ! あれに当たったら死ぬ!」

 

 オビトに近い場所にいたトビラとミナトはすんでのところで避けた。

 だが、

 

「うぐっ……」

 

 オビトと同じようにうずくまっていたカカシは動けなかった。

 

――まさか写輪眼が共鳴しているのか?! しまった! 飛雷神を……

 

 トビラと同じことを考えていたミナトもマーキング付きクナイをカカシに放った。

 だが、それよりも挿し木が迫る方が早い。

 

「カカシ……」

 

 さらにそれよりも早い存在がいた。

 カカシの前に現れたサクモであったが、持っていたチャクラ刀で挿し木をはじくことはできなかった。

 代わりに、その利き腕と腹が貫かれた。

 

「父さん!」

 

 父親に守られた息子が叫ぶも、サクモは返事ができなかった。

 メキメキと広がる木が彼の腕と腹を潰していく。

 

「うぐっ……」

「サクモ!」

 

 サクモのそばに現れたトビラはとっさにその木を無理やり引っこ抜いた。

 

――利き腕で挿し木の軌道を変えたか! おかげで身体に刺さっていた部分が少なく済んでいる。だが、それでもこのままでは……

 

 トビラとミナトはどちらともなくサクモ達をリンとシズネの前に連れて行った。

 二人とも急なことに動揺し、特にシズネは呆然としていた。

 

「どうしてオビト君があんなことを……」

「今はそれよりもサクモさんを頼む。君らが頼りだ」

 

 ミナトは一瞬だけ綱手に目を向けたが、大量に出血し息も絶え絶えなサクモを見て震える彼女に何も言わなかった。

 一方、うずくまっていたオビトは顔を上げ、サクモの現状に気づき、そして己が何をしてしまったのか理解した。

 

「あ……ああ…………俺がサクモさんを…………うわぁああああああ!」

 

 すべての現実から逃げるかのように発動された神威。

 その瞬間をトビラは見逃さなかった。

 

――飛雷神の術!

 

 お得意の術でオビトに触れたのはトビラだけではなかった。

 

「今度こそ間に合ってくれ!」

 

 ミナトも共にオビトの神威空間へ吸い込まれていた。

 




次回「サクモ 死なない」デュエルスタンバイ!


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サクモ 死なない

 サクモが負傷しても大蛇丸は封印の準備を続けていた。

 マダラの塵が集まり切るまで、それがタイムミリットだ。

 危うく蝦蟇の炎に大蛇丸も飲み込まれかけたが、機転を利かせたマンダがその場から離れたおかげで火傷せずに済んでいた。

 

「おい大蛇丸! テメー、よくもこの俺様をクソガエルの炎に近づけたな!」

「ちょっとマンダ……集中させてちょうだい」

 

 だが、マダラがいた場所から離れたのがよくなかった。

 塵が集まり切る時間を見誤っていたようだ。

 

――火遁・龍焔業歌

 

 回復したマダラからの攻撃が大蛇丸に集中した。

 いくつもの火炎弾がマンダに着弾し、たちまち発火した。

 

「大蛇丸!」

「自来也! 次はこっちに来とるけん! 構えろ!」

 

――水遁・鉄砲玉!

 

 同様に迫っていた火炎弾の数々にガマブン太が出した巨大な水球がぶつかっていく。

 消しきれなかった一つは、

 

――火遁・炎弾!

 

 自来也が炎で相殺した。

 その時、ドゴォっと音がし、ガマブン太の隣に大蛇丸とマンダが現れた。

 さっきまで彼らがいた場所には蛇の抜け殻だけが残っていた。

 

「オビト君がああなった以上、こちらで封印するしかないわ。出来たらトビラ君の見識を聞きたいところだったけど……向こうもそれどころじゃないみたいね」

「サクモさんがいない今、ワシらでどうにかするしかねーぞ。それにマダラはチャクラ無限。このままバカスカ炎を吐かれちゃぁ鬱陶しいのう」

 

 一方、蒸気に紛れて大蛇丸たちから離れていたマダラは口寄せを行おうとした。

 だが。

 

「フン、九尾は封じられているか。さすがにミトも死んだころかと思ったが……次の人柱力を見つけたな」

 

 ちょうど同じころ、里にいたクシナは腹が熱くなる感覚にうずくまった。

 

「うぐ……なんだってばね……腹が……」

 

――儂を呼ぶこのチャクラ……まさかマダラか!

 

「九尾! 出て来るんじゃないってばね! なんで急に……!」

 

 まさかマダラが蘇っているとは知らないクシナはただひたすらに九尾への封印を強めた。

 そして、口寄せに失敗したマダラはというと、大して気にすることもなく周囲を見渡した。

 

「オビトめ……異空間に消えてしまっては仕上がりを確認できないではないか」

 

 次にマダラが目を向けたのはトビラの分身体がうちは火炎陣で封じているゼツ。

 

「扉間め、うちは一族に伝わる火炎陣を使いおって」

 

 不快に言い捨てたマダラが分身に迫ろうとしたが、

 

「そうはさせん!」

 

――水飴鉄砲!

――蝦蟇油弾!

 

 ガマブン太と自来也それぞれがマダラの動きを封じようとした。

 しかし、蝦蟇の口から放たれた球状の水飴も、自来也の口から放たれた油の玉もマダラは軽々避ける。

 

「まだ遊び足りないか。砂利共が」

 

 言いつつ、マダラの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 一方、カカシたちに囲まれていたサクモはすでに呼びかけに答えることが出来ていなかった。

 

「父さんっ!」

 

息子の声が遠くに聞こえる。

サクモは落ち行く意識の中で思った。

 

――カカシ……思えばあの時から……俺の信念が揺らいだ時からずっと情けないところばかり見せていた……だらしない父親ですまなかった…………

 

 降り立ったのは真っ暗な空間だった。

 この先に進んで行けば死に別れた妻に会える。

 それは確かな予感だった。

 彼はゆっくりと歩み始めた。

 

――もしも自決を選んでいたら俺は先へと進めず、ここに残っていたのだろうな……あの時に比べれば後悔は少ない……

 

 サクモは任務を失敗したころのことを思い出した。

 

――仲間を守る……それだけが俺の信念だったのに、その信念すらも見失うこともあった。そのせいでカカシにも随分と迷わせてしまった……けど、カカシは迷いながらもちゃんと自分を保ち続けていた……俺には勿体ないくらいに出来た息子だ…………

 

 歩み続けるサクモの脳裏によみがえる彼の一生。

 その中でふと、父の死に涙を流したあと奮起し、夕日に向かって駆けだした少年を思い出した。

 そして彼の言葉を。

 

――「父さんが言ってました……本当の勝利は自分の大切なものを守り抜くことだって」

 

 サクモは思い出した。

 里の者たちに笑われても青春の道を突き進み続け、最期まで息子を守り抜いた忍の生き様を。

 そんな父を死んだ後も尊敬し、青春の道を貫き続ける少年を。

 

――あれからガイ君は立派な忍になった……父親譲りの強い信念を持つカッコイイ忍に…………

 

その時、サクモは己が最後に見たものを思い出した。

 久しく見ていなかった息子の泣き顔、そして残してきてしまった脅威マダラ。

 サクモの足が止まった。

 

――……カカシたちはあの後、どうなっている?

 

 迷いが一度出てしまうともう進めなくなった。

 

――俺は本当にやり切ったと言えるのか?

 

 自問するサクモの耳に届く悲痛な我が子の声。

 途端に彼の意識はただの暗闇から光がぼんやりと感じられる場所へと戻った。

 そして全身に痛みが走った。

 それ以上にその身を突き動かす意志。

 

「父さんっ?!」

「うぐっ……まだだ……まだ俺にも出来ることが…………っ」

 

 身体を起こしたサクモは潰れた利き手とは逆の手でチャクラ刀を握り、自来也たちと戦っていたマダラに向かって投げた。

 突然のことに反応しきれなかったマダラの両手が切り落とされ、塵となる。

 

「あやつめ……まだ動く気力があったか」

 

 自来也と大蛇丸を相手取っていたマダラはサクモの方を見て不思議がるが、その口端は面白いものを見たとばかりに上がっていた。

 

「戻って来たか! それでこそサクモさんだ!」

「意外としぶといのね、あの人」

 

 サクモによって作らされたマダラの一瞬の隙。

 それは自来也たちには十分な時間だった。

 

「土遁・黄泉沼!」

 

 自来也がマダラの足場を奪い、大蛇丸が首を伸ばしてマダラに噛みついた。

 黄泉沼から抜け出ようとしたマダラの全身に直線状の文様が呪印となって走る。

 

「自業呪縛の印……動けんな」

 

 冷静に己の状況を確認するマダラだが、ズブズブと身体は黄泉沼に沈んでいく。

 

「大蛇丸! これで封印されるのか?!」

「まだよ。動きを止めた後に別の封印術を使わないと」

「チッ! ……乱獅子髪の術!」

 

 自来也は髪の毛を伸ばして物理的にマダラを縛った。

 

「動きはワシが止めておくからこのまま封印に移れ!」

「もう準備しているわ」

 

 大蛇丸は封印へと移行していた。

 自来也たちがマダラを抑えている間、息を吹き返したサクモの治療をリンとシズネがしていた。

 

「せめて腹部の穴だけでもっ……!」

「臓器がかなり潰れていますっ……これじゃあ……!」

 

 そんな彼女たちを綱手は震えながら見ていた。

 今にも死にそうなサクモの姿は綱手のトラウマを刺激するには十分だ。

 医療忍術が使えないカカシも自分に打ちひしがれた。

 

――俺はこんな時に何もできないのか?! クソッ!

 

「カカシ! サクモさんに呼びかけて意識を保って!」

「そうです! 今は本人の気力に頼るしかありません!」

 

 リンとシズネに叱咤されたカカシはハッと顔を上げ、サクモに呼びかけた。

 

「父さん!」

「カ……カシ…………」

「サクモさん! あなたは喋らないで!」

「少しでも体力を温存してください!」

 

 医療忍者たちの注意も聞かず、サクモはカカシを見て言った。

 

「俺も……自分の……大切なものを……守り抜く…………」

「父さん、これ以上喋っちゃダメだ!」

「……カッコイイところ……全然見せられなかったけど……せめて最期は親らしいこと……お前を……守りたいと…………」

「俺は父さんをカッコイイ忍だと思っている! 父さん、昔の俺が間違っていた! 仲間を守り続けた父さんはずっとカッコいいよ! だから……だから……」

「ありがとう……カカシ……これで母さんの所へ行けそうだ……」

 

 あまりにも安らかなサクモの微笑みにリンもシズネも諦めかけてしまった。

だが、その時。

 

「あなたたち! 医療忍者の掟を忘れたのですか!」

 

 彼女たちの手に被さるように大人の女性の手が加わった。

 

「第一項、医療忍者は決して隊員の命尽きるまで治療を諦めてはならない!」

 

 その手は綱手のものではなかった。

 

「ノノウ医療部隊長?!」

「どうしてここにっ?!」

「今はそんなことを言っている場合ではありません!」

 

 トラウマで戦線を退いた綱手の穴を埋めるように現れ、たちまち医療部隊長となった薬師ノノウ。

 そんな彼女が加わったことでサクモの治療に光が見えた。

 

「さすが医療部隊長……これなら!」

「なんて正確な医療忍術……!」

「腕はもう手遅れです。けど、命までは諦めずとも済みます。集中していきましょう」

 

 淡々と状態を確認し、リンとシズネを奮起させるノノウ。

 そんな彼女を綱手は呆然としながら見た。

 

――誰だコイツは……かなりの腕を持っている……サクモは……助かるのか……?

 

 ノノウは綱手が医療忍者を辞めてから入って来た医療部隊長だ。

 だが、その技術は一目見ればわかるほどに高い。

 これならば、と見えた希望と、それでもなお浮かんでしまう綱手のトラウマが交差する。

 初めから冷たい死体だった弟、だんだんと冷たくなっていった恋人、そして生き残りそうなサクモ。

 

――シズネたちがいる横で私は……なんて体たらくだ……

 

 綱手はこのとき初めてトラウマで動けない自分に苛立った。

 ノノウ、リン、シズネはその間も治療を続け、カカシの表情も明るくなってきた。

 サクモたちの様子に気づいた自来也もつられてニヤッとした。

 

「どうやらサクモさんは大丈夫そうだの……あとはお前だ! マダラ!」

 

 ギチギチと締め付けを強める自来也。

 特にサクモが切り落とした両腕に塵芥が集まらないよう、丹念に締め上げていた。

 その間も集中して封印を施そうとする大蛇丸。

 一歩も動けないマダラは沼にどんどん沈みながら笑った。

 

「なかなか良いところまで行ったが残念だったな。このうちはマダラに小細工は効かぬ」

 

――須佐能乎!

 

 ぶわっとチャクラの塊が辺りを凌駕した。

 拘束に失敗した二人をマダラが見下ろしている。

 その身を包むのは鎧を纏った二面四椀の巨大なチャクラ体。

 

「な……なんつーデカ物だ」

「さっきのチンケな沼じゃ足りないってことよ。ビビってる暇があるなら動きなさい」

「フン。分かっておる! 土遁・大黄泉沼!」

「などとほざきながら諦めもせず歯向かうのだろうが、それもこのスサノオの前には無駄なあがきだ」

 

 自来也達の動きは読めていたようで、マダラのスサノオがさらに大きくなり、二人に向かって剣を振り落とした。

 

「口寄せ・三重羅生門!」

 

 すかさず大蛇丸が口寄せした巨大な羅生門で衝撃を抑えるも、スサノオの剣は門を砕きながらそのまま彼らに向かった。

 

「いかん! 後ろにはサクモさんたちが……っ!」

 

 自来也が歯噛みしたその時。

 突如現れた黒い如意棒により、スサノオが思いっきり吹っ飛ばされた。 

 大したダメージを受けていないマダラは瓦礫と土煙の中からその人物を確認し、気づいた。

 

「貴様……猿飛佐助のせがれか」

「如何にも! 先代方より里を授かりし三代目火影! 姓は猿飛! 名はヒルゼン! お見知りおきくだされ!」

 

 

 

 

——————三代目火影、参戦!!

 



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マダラvs三代目火影

 三代目は弟子たちに呼びかけた。

 

「サクモ達からは引き離した! 自来也、大蛇丸! 畳みかけてゆくぞ!」

「へっ……おせーんだよ、ジジイ」

「昔を思い出すわね」

 

 瓦礫と共に森の森の外れへと吹っ飛ばされたマダラはスサノオを出したまま、印を組んだ。

 

「火遁・豪火滅却」

 

 それは三代目とて同じ。

 

「火遁・豪炎の術!」

 

 マダラと三代目、お互いの口から炎が出た。

 拮抗する炎がぶつかり合った。

 その時。

 

「火遁・大炎弾!」

「風遁・大突破!」

 

 自来也の炎に大蛇丸の風が加わり、猛烈な炎弾となって三代目の炎を強め、ついにはマダラの豪火滅却を打ち破った。

 その隙に三代目が金剛如意と共にマダラの正面に躍り出て、スサノオごと殴りつけ、砕いた。

 

「スサノオを砕くかっ! 面白い!」

 

 ニィッと笑うマダラに三代目はさらに如意で殴り掛かる。

 とっさに躱したマダラはスサノオからも引き剥がされ、三代目はなおも追撃をかけていく。

 

――あれは金剛如意……猿飛一族は代々、猿候王の系譜と口寄せ契約すると聞いていたが……あれはまさか猿候王そのものか? だとしたら厄介だな。

 

 マダラは三代目の追撃を避けながら冷静に敵を分析した。

 

「うちはマダラともあろうお方が逃げの一手でございますか?! 里への恨み、このワシが全て受け止めますぞ!」

 

 伸縮する如意棒で殴りかかりながら三代目が挑発するも、マダラは乗らなかった。

 

――コイツ、三代目ということは扉間に選ばれた者か……穢土転生体との戦い方も熟知しているようだな。道連れの自爆を警戒し、如意の長さを変えながら攻撃している……猿候王が化けた金剛如意が相手では腕どころか半身はぶち抜かれる。一撃も食らってはいけない。

 

 三代目はサクモと同じく、塵芥が集まる隙も与えずに身体を壊し続ける戦法を取ろうとしていた。

 それが分かっていたマダラはとにかく攻撃を避け続けた。

 これでは印を結ぶ暇なんて全くない。

 

「今の俺はだいぶ劣化しているとは言え、疲れ知らずの転生体。対する貴様は生身。どこまでその元気が続くかな……惜しかったな。あと10は若ければ俺が逃げる隙も与えなかっただろうに。猿飛佐助のせがれも老いたものだ」

 

 軽々と攻撃を避けるマダラはせせら笑ったが、三代目の表情は真剣そのもの。

 

「それだけ木の葉の若き芽が育っているということ! 里の未来を守ることこそ、老いゆくワシの務め!」

「フン……ならば遅かったな。すでに一人死にかけている。生きながらえてもあれはもう舞えん。強さだけなら次期火影にもなれた逸材だったろうに」

 

 マダラが目を向けたのはサクモの方。

 三代目は悔し気に顔を歪め、しかしマダラへの警戒を緩めなかった。

 

「なぜ……なぜ死してなお木の葉を襲う?! それほどに里への恨みが晴れぬか?!」

「ククク……俺が里への恨みだけでこんなことをしていると思っているのか?」

「それはどういう意味じゃ?!」

「三代目火影よ……俺の存在なんて関係なしに忍世界の闇は広がっていく。恐れ、疑い、憎むことは決してやまない……柱間が作り出したこの世界は失敗だ」

 

 マダラの言葉に三代目は顔をしかめた。

 

「恨んでいるのは里ではなく忍世界そのものということか! だとしたら猶更、貴様のやっていることを火影として許すことはできん! 忍の世のためにも!」

「ククク……俺を封じてもこの世界の在り方では意味のないことだ。良い目も育っている……まさか扉間が見越してうちはの子供に転生していたとは思わなかったがな」

「お主ッ! まさか……!」

 

 三代目は悟った。

 

――二代目様がわざとオビトの弟の身体に憑りついたと思っているのか! それに良い目とは……オビトのことだな。トビラとミナトの姿が見えん……おそらく二人はオビトの方へ……ならば、やはりワシはうちはマダラに集中する!

 

 改めて決意を固めた三代目はマダラに食らいつき続けた。

 その時、カエルの合掌が聞こえた。

 

「なんだ?」

 

 首を傾げたマダラの体勢が崩れた。

 ハッとしてすぐさま離れようとしたが、すかさず三代目が如意の一撃をマダラに与えた。

 霧散する塵芥、砕けたマダラの半身。

 

「チッ!」

 

 写輪眼を光らせ幻術を解いたマダラは三代目からの猛撃を避けながらチラリと自来也たちの方を見た。

 そこには老いた蝦蟇夫婦を両肩に乗せ、仙人モードとなった自来也がいた。

 

「蝦蟇の幻術か……だが二度は効かん」

 

 マダラの両目の写輪眼がギロリと自来也へ向いたとき、三代目の持つ如意がマダラへ伸びた。

 

「侍くずれよりは面白味があったが、貴様の動きにも飽きた頃だ」

 

 マダラが軽々と三代目の攻撃をいなそうとした時、如意の先に仕込まれていた起爆札が爆発し、集まりつつあった彼の塵芥、さらには残っていた片足をも吹き飛ばした。

 動く足を失ったマダラはそこに留まるほかなかった。

 

「頼むぞ、猿魔よ!」

「おう!」

 

 猿魔が変化した金剛如意がさらに形を変え、マダラの四方八方を囲む金剛牢壁となった。

 如意をいくつも組み立てた箱状の牢に閉じ込められたマダラ、まだその足に塵は集まっていない。

 

「大蛇丸!」

「分かってますよ」

 

 三代目の呼びかけに答えるように大蛇丸が地面からにゅっと出て来た。

そして、ようやく準備が出来た封印術をマダラに施し始めた。

 

「自来也ちゃん、アイツは一体なんじゃ?!」

「やったのかのう?」

「まだ安心はできません。お二人とも、しばしお付き合いくだされ」

 

 自来也は肩に乗る蝦蟇の老夫婦と共に事態を見守った。

 シュルシュルと大蛇丸の全身から白蛇が現れ、如意の牢を超え中のマダラに絡みつく。

一匹、また一匹とまとわりつく白蛇たちの身体にはそれぞれ封印の札がついていた。

 大蛇丸は冷や汗をかきながらも順調に術を進めていく。

 が。

 

「まずいっ! 大蛇丸! トビラの分身が消えた!」

 

 気づいた自来也が慌ててゼツのいる方へ向かうが、

 

「遅いヨ」

 

 地面に姿を消したゼツ。

 その向かう先はマダラの元。

 当然、予測できた三代目はクナイを構えた。

 

「大蛇丸! お主はこのまま封印術を!」

 

 言いながら三代目は背後に現れたゼツにクナイを刺した。

 

――コイツ、速いナっ……!

 

 ゼツは避ける暇もなく、顔の左側にクナイが刺さる。

 うちは火炎陣で捕らわれていたゼツを見る暇が無かった三代目は気づいていなかった。

 そのゼツの全身が真っ白であることに。

 

「猿飛! 後ろだ!」

 

 金剛牢に変化していた猿魔が叫ぶも遅かった。

 

「うぐっ!」

 

 三代目の背中から胸を突き刺すチャクラ刀。

 それを刺したのは大蛇丸だった。

 チャクラ刀を持つその手は真っ黒に染まっていた。

 



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お前は心の底から人に優しく愛情深かった

 オビトが発動した神威に巻き込まれたミナトとトビラは異空間にいた。

 

「ここは一体……?」

「恐らくうちはオビトの万華鏡写輪眼が作り出した場所のようだが……こんな能力は見たことが無い」

 

 うちは一族の対策に余念がなかった千手扉間ですら知らない神威にトビラも戸惑っていた。

 何もないがらんとした空間、その中央にいるオビトは半狂乱だった。

 

「うぁあああああ!」

 

 彼の叫びに呼応し、身体から木がメキメキと生える。

 制御できていないのは明らかだ。

 ミナトは懸命に呼びかけた。

 

「オビト! 落ち着くんだ! まだ間に合う!」

「間に合う? 先生、もう手遅れなんだよ……俺は仲間を殺したクズになった!」

 

 放たれる挿し木の術。

 ミナトたちはその全てを避けた。

 

――マダラの方は自来也先生たちがいる……けど、完全に止めるためにはオビトが必要だ。どうにかして彼を引き戻さないと……!

 

 ミナトはトビラをチラリと見たが、いつもは察しの良いトビラがずっとオビトばかりを見て視線に気づかない。

 

――トビラは動揺している。俺がどうにかするしかない。

 

ミナトが決意した時、オビトの嘆きが漏れ聞こえた。

 

「あのまま俺はカカシも殺すところだった……俺はもう何も守れない。守れてなんかいなかった……」

「オビト! まだそうなっちゃいない! 自暴自棄になっちゃいけないよ! トビラのことも……確かに俺は君が里に戻って来たころ、トビラの中に二代目様がいることを知った。けど、狙って君の弟を殺したわけじゃない。信じてあげてくれ」

 

 ミナトの呼びかけにオビトは顔を上げたものの、その声は冷たかった。

 

「その偽物が俺の弟を殺すつもりだったかどうかなんて今さらどうだっていい。トビラはもう戻って来ねーんだ」

「君はもう彼をトビラと思えないかもしれない。だけど、君とトビラが過ごした日々は偽物なんかじゃないはずだ」

「二代目火影にとっちゃ俺は手駒の一つ……ソイツが俺の弟の皮を被っていたのは里を守る、その利己的な意思に過ぎない」

 

 オビトの写輪眼は爛々と光ったまま。

 

「愛を守るために憎しみが生まれる……二代目。アンタは里を守るために俺の弟を殺した。そして俺の憎しみは生まれた。このままサクモさんが死ねば今度はカカシが俺を憎む。もうこの連鎖は止められない。そもそも、マダラと手を組んだ俺をアンタは生かすつもりもねーだろ。アンタはうちはもマダラも憎んでいるからな」

「オビト……トビラはうちは一族を憎しみのままに滅ぼしたりはしない。そんなこと、君だって本当は分かっているはずだ」

 

 ミナトの言葉にオビトは笑った。

 

「ミナト先生は分かっちゃいねーんだよ。マダラの名前を聞いたときにそいつが見せた憎しみを。言葉通り、目の色を変えて殺しに行ったんだからな。ロクに動けもしないジジイの話も聞かずにな」

「マダラに情が移ったか」

 

 ずっとミナト達の掛け合いを聞いていたトビラが口を開いた。

 

「うちはマダラがその半身をくっつけたのは慈愛からではない。俺がお前を手駒にしたと考えているようだが、マダラこそお前を手駒にするために助けただけだ」

「そうだろうな。でも、マダラの示した道の先には俺の弟がいる」

「利用されると理解してマダラにつくのか? 里に敵対することになるとしても」

「俺は作り直すだけだ。弟が……トビラがいる世界をもう一度」

 

 オビトがそう宣言した時、ようやくトビラの視線がミナトに向き、彼にしか聞こえないぐらいの大きさで言った。

 

「術者を殺すと穢土転生も解けなくなる。ミナト、俺が幻術をかける隙を作ってくれ」

「分かった。でもトビラ、今はこうするしかないがまだ諦めるべきじゃない」

 

 ミナトはトビラの肩に手を置きながら言った。

 トビラは返事をしないものの、同じようにミナトの背に手を置いた。

そして、三つ巴の写輪眼をオビトの方へ向ける。

 ミナトもそんな彼をサポートするべく、クナイを持ったままオビトへ駆けて行く。

 

「次は俺も殺すんだな」

 

 冷静さを取り戻したのか、オビトの身体から木遁が暴れ出ることはなくなっていた。

 代わりに、腕の一部から生やした枝を抜き取り、剣のように構えた。

 交差する木の枝とクナイ。

 

「ミナト先生もアイツのやり方を繋げていくんだな……里のため、忍の世のため……それが火影だって言うなら……俺は諦められそうだよ。おかげで火影をな」

 

 クナイで応戦しながらオビトの隙を探すミナトは驚愕した。

 

――オビトの動きがこれまでと全く違う……! 柱間細胞の影響か、それとも万華鏡写輪眼の開眼がここまでこの子の心に影響するのか?!

 

 かつては自身を落ちこぼれと言っていたオビトが、今はミナト相手に食い下がっている。

 ミナトの印象では、オビトは感情が分かりやすい子だった。

 よく笑い、よく泣き、弟の自慢話ばかりで、リンのことが気になっていて、だからこそカカシに対抗してばかりの等身大の男の子。

 なのに目の前のオビトの表情には冷酷さすらも見えた。

 

「この忍世界は犠牲で成り立っている……そしてアンタも二代目もその狂った世界を守るために必死になっている」

「オビト、俺が守りたいのは仲間だ! 里を守ることが仲間を守ることにつながる!」

「俺の弟はその仲間に入っていないのかよ。いや、うちはそのものが入っていないんだ」

 

 結局なにを言ってもそこに帰結してしまうようだ。

 ミナトはオビトの攻撃をしのぎながら眉をひそめた。

 

――オビトの弟への強い愛情……それが今や裏返ってしまっている。絶望と憎しみが彼の目をふさいでいる。けど、本来の君はそうじゃない!

 

 ミナトは大振りにクナイをオビトに下ろした。

 当然、そちらに反応したオビトが木の枝でいなす。

 だが、本命はクナイを持っていない方の手だった。

 ちょうどそちらの手がある方は、オビトにとっての死角。

 カカシにあげたせいで目が入っていない方だからだ。

 

「ぐっ!」

 

 そちらからのパンチをもろに食らったオビト。

 

――飛雷神 互瞬回しの術!

 

 互いにマーキングを済ませていたミナトとトビラの位置が入れ替わり、オビトの目の前に現れたトビラが写輪眼で覗き込んだ。

 双子の目が合う。

 

「うっ……」

 

 しかし、揺らいだのはトビラの方だった。

 動きが止まった彼を見下ろすオビトの目には依然として万華鏡写輪眼が輝いている。

 

「万華鏡写輪眼を開眼した今、俺の瞳術の方が上だ。写輪眼に詳しいはずのアンタがこんなミスをするなんてな」

「トビラ!」

 

 無防備に崩れ落ちるトビラにオビトの蹴りがさく裂した。

 瞬身の術で移動したミナトは蹴とばされたトビラを受け止めた。

 

「解!」

 

 すぐにミナトが幻術を解き、トビラも目を覚ました。

 

「くっ……いかん。今ので俺の分身が消えた」

 

 ちょうど同じころ、トビラの分身が消えたことでゼツが放たれてしまった。

 しかし、神威空間にいるトビラたちにその状況は見えていない。

 

「なら、なおさら俺らは俺らのできることに集中しよう。幻術が効かない以上、オビトを説得するしかない」

「それはできん。あやつは俺を憎んでいる。弟の身体を奪い取ったこの俺をな」

「いや、まだ望みはある」

 

 ミナトは確信があるようにキッパリと言った。

 

 

 

 一方、マダラの封印を試みていた大蛇丸はあろうことか三代目の胸をチャクラ刀で貫いていた。

 

「いいタイミングだったヨ……オビトがうまいことやってくれたのかなァ」

「クっ……!」

 

 大蛇丸の手は真っ黒に染まり、そこからゼツの声がした。

 そう、黒と白の半身を持っていたゼツがそれぞれ分裂し、黒い方が大蛇丸の身体を一部乗っ取ったのだ。

 すぐさま大蛇丸は三代目から離れ、自身にチャクラを込めた。

 

「よくも私の身体をっ!」

「おおっと…………まあそう簡単には乗っ取れないカ……心臓を貫くつもりだったケド……」

 

 にゅるりと大蛇丸から剥がれた真っ黒なゼツは地面に隠れてしまった。

 三代目が口から血を吐き、膝をつく。

 

「カハッ!」

 

――大蛇丸が咄嗟にずらしてくれたようじゃが、肺をやられたか!

 

「猿飛先生!」

「大蛇丸……封印を……!」

 

 思わず駆け寄ろうとする大蛇丸に三代目は言ったものの、一度黒ゼツに邪魔されてしまったせいで封印はかかりきっていなかった。

 

――火遁・豪火滅却

 

 金剛牢の中でマダラが火遁をさく裂させた。

 猿魔の金剛牢で閉じ込められ、外に出られなかったマダラはまとわりついた白蛇ごと自身も炎に包んだ。

 牢の中で圧縮されたチャクラの炎がまたしてもマダラを塵にし、牢の隙間から逃れるのを許してしまった。

 

「クソッ! マダラの火遁はさすがにアチーな!」

 

 変化を解いた猿魔のところどころに火傷が。

 ゼイゼイと嫌なリズムで息を吐く三代目を猿魔は背負い、リンたちの方を見た。

 

「医療忍者はあそこか!」

 

 猿魔がリンたちの方へ行く中、大蛇丸の隣に降り立った自来也が言った。

 

「大蛇丸。ワシが蛙組手で時間を稼ぐ。お前はもう一度封印の準備をしろ!」

「分かってるわよ」

 

 仙人モードで感知能力が上がっている自来也は大蛇丸の動揺を感じ取っていた。

 

「ジジイはまだ死んじゃいねーよ」

「戦場じゃ誰が死のうと気にするもんじゃないわ」

「フン、そうだのう。にしても厄介な術だ。あの塵、すぐに集まりよる」

 

 早くもマダラの塵が集まり始めている。

 

「自来也ちゃん! 逃げる隙を与えちゃいかん!」

「遠距離が使えんなら蛙組手じゃ!」

 

 自来也の肩に口寄せされている蝦蟇の夫婦、フカサクとシマが口々に助言した。

 それで済めばよかったのだが。

 

「まったくこの夕飯時の忙しい時に……」

「母ちゃん、うちはマダラが復活したのじゃ。夕飯なんて言ってる場合ではなかろう」

「なんだって?! 父ちゃんはどれほど献立作りが大変か分かっとらんのじゃ!」

「そんなことは言っとらんだろうが!」

 

 助言を超えた夫婦喧嘩を耳元で聞かされる自来也はげんなりしながらもマダラに向かった。

 

「それが仙人モード? 醜いな。蝦蟇になりかかっているではないか」

 

 マダラも迎え撃つように自来也の拳を腕で受けた。

 塵はすでに集まっている。

 

「そんな醜く中途半端なものをよくも仙術だと言えるな」

「なにおう! ワシだってこの姿が女の子にモテないのは分かっておるわい!」

「柱間は畜生と融合せずとも完璧な仙術を使いこなしていた」

 

 自来也は肩に乗せた蝦蟇の夫婦に仙術チャクラを集めてもらうことで仙人モードを保っている。

 だが、扱いきれないそのチャクラの影響で顔が蝦蟇になりかかっている。

 数秒で仙術チャクラを集め、仙人モードになっていた柱間を見慣れているマダラにとってそれは「見苦しい」の一言に尽きた。

 

「劣ったこの身体の俺にも及ばない火遁、蝦蟇に頼り切ったうるさい幻術、柱間の足元に遠く及ばない仙術、全てにおいて貴様は中途半端で見るに堪えん」

「ワシぁ木の葉の伝説の三忍が一人、自来也! 伝説はまだまだ始まったばかり!」

「フン、伝説を自称する割に大したことのない奴だ。まさかと思うが、その三忍の残り二人、そこにいる者どもではないだろうな?」

 

 マダラの目が向いたのは封印術の準備を再開している大蛇丸、そして血を流すサクモも運び込まれた三代目も治療できずに震えるだけの綱手。

 どうやらリンとシズネがサクモの治療を継続し、ノノウが三代目の治療を担うようだ。

 

「特にあそこの女……あれは柱間の子孫だな。木遁も使えないどころか、あろうことか戦場で震えるだけの役立たず。あれは何しに来ているんだ?」

「分かってねーのう。綱手は必要だからこそここにいるってことを」

「医療忍術を使う砂利共と一緒にいる辺り、あの女も医療忍者か? どうせ柱間の足元にも及ばない医療忍術を使うのだろうが、それすらも使えないとはな……」

「アンタを倒した初代の意志を継ぐ女だ。綱手は強いぞ。だが、今はワシが相手だ!」

「それはどうカナ」

 

 にゅっと地面から顔を出した黒ゼツが自来也の足に絡みつき、踏みつぶされる前に引っ込んだ。

 

「ぐぁっ!」

「自来也ちゃん!」

 

 自来也の動きが止まったのは一瞬だ。

 けど、一発顔を殴って綱手の方に行く隙を作るには十分だった。

 一直線に向かって来るマダラに綱手も気づいていた。

 

「クソっ!」

 

 マダラが現れてからサクモが倒れ、さらには師である三代目までも。

 綱手は恐怖で叫びたいのを必死にこらえ、震える拳を握りしめた。

 彼女の後ろにはリンたちがいる。

 

「弱い千手は醜い。死ね」

 

 綱手に殴りかかるマダラ。

 だが、その拳が止まった。

 

「ハァッ!」

 

 綱手とマダラの間に立ちふさがったカカシは動きが止まったマダラを蹴り飛ばした。

 

「今、マダラが止まったような……」

 

 咄嗟に動いたものの、カカシはマダラの不可解な動きに困惑した。

 が、すぐに気を取り直した。

 

「俺も俺のできることがまだあるはずだ。そうだよね、父さん……!」

 

 カカシの手には血で濡れたサクモのチャクラ刀があった。

 ゼツが拾って利用したせいでさっきまで三代目の胸に刺さっていたが、ノノウが治療のために抜き取っていてカカシの手に渡っていたのだ。

 蹴り飛ばされたマダラの方はと言うと、体勢を戻してカカシに目をやった。

 

「その写輪眼……なるほど。貴様がオビトから写輪眼を継いだカカシか」

「どうして俺の名前を?!」

「ついでに聞いておこう。リンとか言う女はどっちだ? そこの侍くずれの治療をしているどちらかなのだろう」

「リンを狙うのか?! そんなことはさせない!」

 

 今度はカカシの方がマダラに斬りかかった。

 サクモと比べて遅く、鈍い太刀筋。

 マダラもあっさりと避けられるが、カカシに向かって攻撃はしない。

 

「オビトの奴め……この穢土転生の呪印札……邪魔だな」

 

 カカシはマダラに当たらない攻撃を続けながら戸惑っていた。

 

――やっぱりマダラは俺に攻撃をしてこない。もしや、出来ないのか?!

 

 自来也たちも同じ疑問を持っていた。

 そして、穢土転生の研究をしていた大蛇丸はその理由を推測できたため、封印術の準備を続けながらも自来也に伝えた。

 

「オビト君が呪印札に仕掛けをしたんだわ……穢土転生体のマダラは術者のオビト君の命令に逆らえない」

「まさかカカシを攻撃するなとでも命令したって言うのか?」

「さらに言うと、マダラの質問からしてあのリンとかいう子もね」

「そうか……」

 

 自来也はすぐさまカカシのところへ向かいながらも確信した。

 

――サクモさんを殺しかけた時にはもう遅いかと思ったが……同じ班の仲間への情を捨てきれていないならまだ間に合う。そこが突破口だ! ミナト、諦めるんじゃねーぞ!

 

 奇しくも、自来也の弟子のミナトも神威空間にて確信していた。

 

――トビラに幻術返しをした時、オビトはトビラを殺すこともできた。なのに蹴っただけで、さらに追撃もしてこない。まだ説得の余地はある!

 



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頑張れオビト

 自来也は並び立つカカシをチラリと見た。

 

――にしてもコイツ、ヘロヘロだの。オビトからもらった写輪眼にだいぶスタミナを持っていかれている。立っているのもやっとってところか。

 

「自来也様、なぜかは知りませんがマダラは俺に攻撃できない。俺がメインで行きます」

「……よし、サポートは任せろ」

 

 チャクラ刀を握りしめマダラに向かうカカシ。

 強くもない、なのにいたぶることもできない相手との戦いなんて面白くないマダラは離れようとした。

 だが。

 

――仙法・毛針千本!

 

 自来也の髪が千本の針となってマダラの道をふさぐ。

 そこへカカシが飛び込んだ。

 

「あまり調子に乗るな。呪印札をかいくぐってお前を殺す方法なんていくらでもある」

 

 そう言って印を結ぼうとしたマダラだが、その腕に蝦蟇夫婦の舌が絡まり体勢を崩された。

 そこへカカシが斬りつけてくる。

 マダラは反射的に殴り返そうとするのに、呪印札のせいで動きが不自然に止まり、それが大きな隙となっていた。

 そのせいでマダラは綱手を殺しに行くことも、戦線を離脱することもできず、カカシたちの思惑通りに足止めされることとなった。

 当然、マダラにとっては不愉快だ。

 

「こんな中途半端な縛りをしてくるとはオビトめ、教育が足りなかったようだ。アイツが消えた時空間……その目なら干渉できるか」

「これ以上、オビトをお前の好きにはさせない!」

 

 マダラとしてはカカシの写輪眼を奪って自分の目にはめたいところだが、穢土転生の体にとって呪印札の命令は絶対。

 仕方なく、チャクラを足に集中させ、振り下ろした。

 

「うわっ!」

 

 地面に亀裂が入り、カカシの足がもつれる。

 立ち込める砂埃と瓦礫。

 再び印を結ぼうとするマダラを止めようと自来也の髪が絡みついたが、それを見越したマダラは腕に絡みついたその髪を引き寄せた。

 

「ぐっ!」

 

 そして自来也の身体をカカシにぶつけようとした。

 すんでのところで自来也がカカシを突き飛ばしたおかげで二人がぶつかることはなかったが、マダラには好機。

 

「貴様は呪印札の範囲に無い」

「自来也様!」

 

 突き飛ばされたカカシは振り返ってその光景に目を見開いた。

 マダラの腕が自来也の腹を貫いていた。

 

「ガハッ!」

「安心しろ。伝説の三忍は今日で終わらせてやる。三忍全員……いや、分身か」

 

 マダラが見破ったと同時にドロッと蝦蟇の油が弾けた。

 と、同時にマダラの全身に再び封印札付きの白蛇が絡みついていく。

 今度はさっきよりも速いスピードで。

 白蛇に埋もれたマダラが動かなくなり、そばにいた大蛇丸が息を吐いた。

 

「ついにやったんじゃな!」

 

 無事だった自来也本体の肩に乗るフカサクの歓喜の声。

 

「ぐはぁっ!」

 

 だが、封印をやり切った大蛇丸が吐血した。

 瓦礫の中から現れたスサノオの腕が彼の腹を突き刺したからだ。

 

「柱間の木遁分身ほどではないが俺の分身も砂利相手には目くらましになる。まずは一人」

「大蛇丸!」

 

 自来也は叫びながらマダラに殴りかかった。

 それをスサノオの拳が受け止める。

 

「いい加減、砂利の遊びに付き合うのも飽きてきた頃だ」

「それならさっさと地獄に戻りやがれぃ!」

「文句ならそこの半端な禁術遣いに言え。そいつが掘り起こした穢土転生で俺は呼ばれただけなのだから」

 

 マダラはあざ笑い、大蛇丸の方に目を向けた。

 ちょうどカカシが駆け寄っているところだ。

 

「大蛇丸! しっかりしろ! クソっ……リンたちのところまで間に合わないっ!」

 

 カカシが胸から取り出したのはかつてリンからの上忍祝いで貰った個人用特別医療パックだ。

 医療忍者じゃないカカシが何をしても気休めにもならないが、カカシは何かしないではいられなかった。

 が。

 

「……うわっ!」

 

 そんなカカシがのけぞったのも仕方ない。

 腹を貫かれた大蛇丸の口からでろでろと新たな大蛇丸が現れたのだから。

 それに気づいたマダラは鼻で笑った。

 

「なるほど。もはや禁術に憑りつかれた化け物だな」

「ったく、人騒がせな奴だ」

 

 自来也は悪態をつきつつもホッとした。

 だが、かと言って安心はできない。

 現在進行形でマダラのスサノオの腕が彼に殴りかかってきているからだ。

 

「ぐっ」

 

――さすがに堅いっ!

 

 自来也が苦戦している一方、大蛇丸も大粒の汗を流していた。

 あまりの様子にカカシは心配になった。

 

「大蛇丸、かなり消耗しているようだが……」

「さすがにこう何度も封印を破られちゃうとね……それに今の術、まだ試作だからチャクラをかなり使うのよ」

「これは術の範疇なのか」

 

 そもそも大蛇丸を人間の範疇においていいのか、カカシはつい思ってしまった。

 が、今も自来也がマダラと戦っている。

 そんなことを考えている場合ではない。

 

「もしもアンタができないなら俺がやる。オビトの写輪眼のおかげか、だいたい術の内容は分かったから」

「やっぱり写輪眼って便利ね。その写輪眼でトビラ君たちのいる時空間には行けないのかしら」

「俺のチャクラじゃとてもできるとは……できたとしてもミナト先生もトビラが既にいる……きっと向こうでオビトの説得をしているはずだ」

「戻ってくるのがあまりにも遅いわ。案外、オビト君をもう殺して戻れなくなっているのかもしれないわよ」

「オビトはまだ死んでない! アイツは今も……苦しんでいる。この目を通して伝わってくる」

 

 カカシが目を押さえながら言うと、大蛇丸が興味深そうに顔を向けた。

 

「まさか向こうの景色が見えるの?」

「今は見えないけど、さっきは見えた。流れ込むように」

「写輪眼の共有なんて初めてのケースだから気になることばかりだけど……だったらカカシ、なおさらアンタは向こうに行きなさい」

「でも……」

 

 戸惑うカカシの耳に、シズネたちの歓声が聞こえた。

 

「サクモさん! 聞こえますか?」

「カカシ! サクモさんの意識が戻ったよ!」

「行きなさい」

 

 大蛇丸に背を押されたカカシはサクモの顔を覗き込んだ。

 

「父さん!」

「カカシ……俺はまだ戦えそうだ」

 

 治療を受けながらもサクモが無事だった手を伸ばしたため、カカシはチャクラ刀を差し出した。

 

「父さん、俺もまだ出来ることがありそうなんだ。オビトのところに行って来る。アイツ、遠回りばっかりして迷子になっているみたいだから」

「なら、俺のことは気にしなくていいと言っておいてくれ。仲間の攻撃を躱せなかった俺の責任だからね」

「ああ。……リン、少しでいい。俺のチャクラを回復してくれないか。この写輪眼でオビトのいるところに行って来る」

 

 カカシがリンに頼むと、シズネが先に口を挟んだ。

 

「リン、この先は私一人でもできます。カカシさんの回復を」

「ありがとう、シズネ。……その医療パック、使ってくれていたんだね」

 

 リンはカカシの回復をしながらちょうど彼が持っていた医療パックに目を向けた。

 

「大切な上忍祝いだから。……この写輪眼もどちらも」

「……もしオビトが怪我していたらちゃんとここに連れて来てね」

「もちろん」

「頑張れ、カカシ。待ってるから」

 

 頷いたカカシは自身の写輪眼にチャクラを集中した。

 

――オビト、お前からもらった上忍祝いとリンのチャクラでお前に会いに行く。さっさとこっちに戻って来い!

 

 カカシの時空間忍術が発動された。

 

 

 

 神威空間ではミナトが懸命にオビトに話しかけていた。

 

「オビト。君にとっての世界はトビラだけじゃないはずだ。リンにカカシ、同じうちは一族の子供たち、君が親切にして来た里中の老人たち。その全てを無にするつもりかい」

「じゃあ先生は俺に偽物の世界で生きろって言いたいのかよ。トビラが元からいない世界なんて俺にとってはまがい物でしかないのに……」

「トビラはここにいる。たとえ二代目の意識があろうと、彼が君の弟であることに変わりはない」

「そいつは…………」

 

 否定しようとするオビトの表情が歪んだ。

 トビラの表情もそっくりに歪んでいた。

 堂々巡りになっていたところで、彼らの中心の空間が歪み、カカシが現れた。

 

「カカシっ?! どうして君がここに?!」

「オビトの写輪眼でここまでどうにか……」

 

 そう言いながらも、カカシは立つスタミナすら無く、膝をついている。

 

「うっ……!」

 

 さらに、開眼したばかりの万華鏡写輪眼の力を使ったせいか、かなりの苦痛を感じるらしい。

 目を押さえ、息も絶え絶えなカカシにミナトもトビラも駆け寄った。

 が、カカシはそんな状態でまっすぐにオビトを見つめた。

 その視線にオビトの肩がビクッと動き、そして自嘲的に笑った。

 

「お前も俺を殺しに来たのかよ……カカシ。そうだよな。俺はお前の父ちゃんを……」

「父さんは死んじゃいない。だからお前もこんなところに逃げてないでさっさと戻って来い」

「サクモさんが……?」

「お前が言ったんだろ。父さんは木ノ葉の英雄だ。あのぐらい、父さんならどうってことない」

「嘘だろ。あんな状態でまさか……いや、そうだとしてもカカシ。俺が憎いだろ。俺は仲間を守るどころか傷つけたクズだからな」

「……俺は今でもお前は英雄だと思っている」

 

 カカシの言葉にオビトが息を飲んだ。

 

「オビト、お前はまだクズになっちゃいない。だから戻って来い」

 

 眉を下げるオビトにカカシは続けた。

 

「リンも向こうでお前を待ってる。お前が怪我していたら連れて行くって約束したんだ」

「リンが…………」

 

 オビトはカカシのこともリンのことも「偽物」だと否定できなかった。

 歪むその表情に見えるのは未練と後悔。

 その顔つきが以前のオビトと同じだと気づいたミナトは笑みを浮かべた。

 

――ナイスタイミングだよ、カカシ!

 

 ミナトはカカシとトビラの背に触れ、オビトのそばに飛雷神で移動した。

 オビトも逃げようとはせず、佇んだまま。

 カカシはそんな彼に言葉をかけた。

 

「みんな必死で戦ってる。仲間を守るために俺の父さんも三代目も自来也さま達も。だからお前もその一人になれ。落ち込むのはその後だ」

 

 しゃがんでいたカカシはどうにか立ち上がろうとし、そんな彼にオビトは咄嗟に手を差し出した。

 カカシはその手を支えに立ちながらいつものようにガミガミ始めた。

 

「そもそもお前ね、いつもの遅刻癖と言い訳をこんなところで発揮してるんじゃないよ。向こうは大変なんだぞ。さっさとマダラをどうにかしろ」

「うっせー……分かってんだよ、バカカシ。今からここを出る。俺に触れてくれ」

 

 ミナトがオビトの肩にポンと手を置いた。

 だが、ためらうトビラの手が止まっている。

 オビトはそちらを見つめ、小さく呟いた。

 

「正直なところ、俺は今もアンタを許せていないし許せるとは思えない」

「それが妥当だ。俺にとっては里が要で里が全て。お前の懸念も間違いとは言い切れない」

「…………それにしてもお前、性格悪いよな。マダラの子孫の俺をよりによって初代火影に似てるって言ったんだからな」

 

 唐突な話にトビラは目を丸くしながらも答えた。

 

「確かに子供のころに言った覚えはある。だが、俺は嫌味のつもりじゃなくて本気で言ったつもりだ」

「じゃあ、めちゃくちゃ変わり者だ」

 

 オビトはカカシに触れていない方の手でトビラに触れ、そして神威を発動した。

 

 

 

 空間が歪み、現れたオビトたちの姿を見てマダラは悟った。

 

――オビトを堕とすには闇が足りなかったか。仕方ない、アイツを殺し呪印札の縛りを解放させよう。

 

 一方。ほぼ一人でマダラの相手をし続けていた自来也のチャクラはすでに限界だった。

 両肩に乗るフカサクとシマが練る仙術チャクラがいなければとっくに倒されていただろう。

 そんな状態だったため、無尽蔵のチャクラとスタミナのマダラに不意を突かれたのも仕方がなかった。

 

「オビトがダメなら次の手駒を使えばいい」

 

 神威での移動はミナトたちにとっても慣れないもので迫るマダラに咄嗟に反応できなかった。

 マダラの拳がオビトの体に向かう。

 しかし。

 

「オビト?! ……すり抜けたのか?」

 

 ミナトがオビトよりも先に気づいた。

 マダラの拳がすり抜け、オビトに当たっていない。

 

「なんにせよここで終わりにする!」

 

 ミナトはマダラに触れ、マーキング付きクナイを投げ、飛雷神を使った。

 残されたカカシは呆然とオビトを見た。

 

「お前、今のなに?」

「いや、俺もよく分かんねーけど……なんか当たんなかったな」

「はあ? お前の身体でしょうが! 柱間細胞って身体もすり抜けるの?」

「いや、おそらく万華鏡写輪眼の瞳術の一つだ。身体の一部がさっきまでいた空間に飛んでいるのだろう」

 

 トビラの解説にオビトが「へー」と声を漏らした。

 

「俺の万華鏡写輪眼に詳しいな」

「お前が自分の身体のくせに無知すぎるだけなんじゃないの」

「んだと……」

 

 カカシのチクっとした言葉にオビトは反射的に言い返そうとし、ふと視界に入った治療中のサクモ達に言葉を無くした。

 

「反省は後だって言ったでしょ」

「……ああ」

 

 ぐいっと零れる涙をひと拭いし、オビトは印を結び始めた。

 ちょうどその時。

 

――火遁・灰塵隠れの術

 

 ミナトと対峙していたマダラはサクモにも使った印なしで使える術で高熱の炎を吐きだし、周囲の灰や塵を巻き上げた。

 すぐに逃れたミナトだが、位置取りが良くなかった。

 

「オビト、もう一度絶望を教えてやる!」

 

――火遁・龍焔放歌の術

 

 龍の形をした二つの炎がまっすぐに向かう先、一つは綱手、もう一つはトビラだった。

 ミナトがいる場所とはどちらも真逆。

 

「呪印札で攻撃が制限されている砂利共はいるが、あくまで直接攻撃をしなければいい。着弾した炎に巻き込まれることまでは制限できん」

 

 綱手やトビラがいる場所は自来也達からやや遠く、今から水遁を出したのでは間に合わない。

 クナイを投げてから飛ぶミナトの飛雷神でも間に合わない。

 だけど、焦点を合わせて移動するオビトの神威だけが間に合った。

 

「オビト!」

 

 咄嗟にカカシとトビラを遠くに押しのけたオビトは自分に迫る炎の龍には目もくれず、綱手たちに向かう炎を見つめた。

 時空間に飛ばされた龍の炎は一つ。

 神威を使っている間、オビトの身体はすり抜けできない。

 そのため、もう一つの炎の龍が逃げ切れないオビトの半身を食らった。

 



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執念が繋いだもの

 マダラが放った火遁の片方を神威で消し、もう片方を防ぎきれなかったオビトが倒れていく。

 

「俺の火遁を消した? ……時空間忍術か」

 

 瞬時に分析したマダラが追撃をかけようとした。

 だが。

 

「そうはさせない!」

 

 飛雷神で現れたミナトが防いだ。

 その間、

 

「どうして俺まで助けた……」

 

 オビトに庇われた形となったトビラの呟きにオビトが返した。

 

「仕方ねーだろ……身体が勝手に動いちまったんだから…………」

「オビト!」

 

 すぐさま駆け寄ったカカシはトビラに怒鳴った。

 

「トビラ! リンのところに! 早く!」

 

 ハッとしたトビラは飛雷神でリンのところへ飛んだ。

 一部始終を見ていたリンはすぐさま動き始めた。

 シズネはサクモを、ノノウは三代目を治療しているため、リン一人でやるしかなかない。

 呆然とリンが治療するのを眺めるしかないトビラとカカシのそばに大蛇丸が現れた。

 

「あら、元の身体の方がやられちゃったのね。これじゃあもう助けようがないわ」

「大蛇丸、お前!」

「抉れた部分に柱間細胞をくっつけられないか?」

 

 激昂するカカシの言葉を潰すようにトビラが尋ねた。

 

「止めておいた方がいいわよ。いくら柱間細胞に適合したオビト君とは言え、これ以上ベースの部分を失うと柱間細胞を抑えきれない。トビラ君、あなたならそのぐらい分かるでしょう」

 

 彼らが話している間もリンはオビトの胸にチャクラを当てていた。

 炎から逃れていた顔部分は無事に済んだが、肩から腹にかけての火傷がひどく、特に胸の中心は抉れてぽっかりと穴が開いていた。

 おそらく龍の姿をした火遁の核となる部分が開けた穴なのだろう。

 火傷よりもその穴を埋めることを最優先にしているリンだが、そうすぐに塞げるものじゃない。

 

「今ならオビト君に幻術をかけられるわよ」

「幻術? こんな状態のオビトにそんなの耐えられるわけないだろ!」

 

 口を挟んだカカシを煩わしそうに見ながら大蛇丸はピシャリと言った。

 

「こんな状態だからよ。さっさと穢土転生を解かせないとマダラが本当に解放される。そうなったら私の封印じゃ太刀打ちできないわ」

「…………」

「あなたがやらないなら私がやるけど……邪魔はしないでちょうだいよ」

 

 大蛇丸がそう言った直後にカカシが追いすがった。

 

「待ってくれ! 幻術なんてかけたらオビトが死ぬ! それなら回復した後に……」

「カカシ、この状況が見えていないのかしら。オビト君はどのみち死ぬ。幻術をかけたって死期が早まるだけ……」

 

 大蛇丸はチラリと震えるだけの綱手を見たあと、リンに目を向けた。

 

「医療忍者一人でどうにかできるような怪我じゃないのよ」

「幻術なんて……必要ねーよ……」

 

 リンの治療を受けていたオビトが声を漏らした。

 

「オビト! 喋っちゃダメ!」

「カカシ……手、貸せ」

 

 リンの静止を無視したオビトが燃えていない柱間細胞の手を上げた。

 カカシも恐る恐る手を伸ばした。

 オビトとカカシの片手ずつが子・丑・申・寅・辰・亥の印を結ぶ。

 すると、ミナトと対峙するマダラの身体が光に包まれた。

 

 力が抜けたオビトの手が地面にぶつかる前にカカシが掴んだ。

 その冷たさに息を飲むカカシ。

 いつの間にか大蛇丸は姿を消していた。

 残されたリンは治療を続け、それをカカシ、トビラは再び見守るしかなかった。

 が、突然トビラが言い出した。

 

「カカシ、今より俺の禁術でうちはオビトの魂をこの世に留める」

「はあ? 何を言っているんだ?!」

「お前は俺が留めたオビトの魂をこの身体に入れてくれ」

「おい! お前、言ってることが無茶苦茶だぞ?! オビトの魂をお前の身体に入れるって……」

 

 カカシの問いにトビラは答えた。

 

「オビトの命を留めるためにはこれしか方法が無い。本来なら他人の身体に魂を入れても適合なんかできるものじゃない。が、幸い俺らは双子だ。拒絶することなく受け入れられるはずだ」

「お前はどうなるんだ?」

「俺はこの身体から離れ、オビトに明け渡す」

「まさかトビラ、死ぬつもりなのか……?」

「俺はすでに過去の存在だ。里の未来のためにはこうする他ない。この身体の持ち主を本当に殺すこととなるが……本来のうちはトビラはすでに俺が殺したようなものだからな」

 

 戸惑うカカシに彼は淡々と説明を続けた。

 

「術式は少し複雑だが、お前なら理解できる。落ち着いて事に当たれ」

「待て、トビラ。他に手段があるはずだ。お前がなんなのか俺にはよく分からないけど、でも里の仲間であることに変わりはないんだろう? なら、俺は」

「そんな悠長なことを言っている場合ではない」

「でもオビトだっていきなりお前の身体に入って受け入れられるわけが……」

「なあ……」

 

 リンの治療を受けながら彼らのやり取りを聞いていたオビトが声をかけた。

 ハッとしてカカシはそちらに目が行き、トビラも同じだった。

 

「……お前にとって俺は……なんだ?」

 

 オビトが問いかけた先には禁術の準備をする少年がいる。

 千手扉間の意志を持つ少年は正直に答えた。

 

「火の意志を持つ里の未来だ。うちはと里を繋ぎうる、そしてバカな夢を大声で語る初代火影に似た若者で………………」

 

 つらつらと述べられた言葉にふっ、とオビトの口角が皮肉気に上がった。

 うちはトビラはそれに気づかず、言い淀んだ末に言った。

 絞り出すような言い方だった。

 

「俺の兄さんだ」

 

 オビトの表情がハッとしたものに変わり、その笑みは安らかなものとなった。

 

「そっか…………お前が俺をそう呼ぶなら……トビラ…………お前の中にあるもん……全部ひっくるめてお前は…………俺の弟だ」

 

 その言葉を聞けたトビラはホッとして、術の準備に移行しようとした。

 だが、続く兄の言葉に手を止めた。

 

「だからさ……俺のために死のうとすんのはやめろ…………弟が死んで嬉しい兄ちゃんなんかいねーんだから」

 

 途端にトビラは迷子のような顔になり、動けなくなった。

 

「だが、兄さん。このままだと兄さんが」

「ダメだ、トビラ」

 

 断固とした拒絶にトビラはもう死にゆく兄を眺めることしかできなくなった。

 そんなオビトをリンが助けようと必死にもがく。

 

「医療忍者は絶対に諦めちゃいけない……だから、私も諦めない! オビト!」

 

 だが、笑みを浮かべたままのオビトの意識が遠のきつつあることはその場にいる誰もが気づいていた。

 そもそも、いくら柱間細胞側が埋め込まれた方が残っているとは言え、半身が燃え胸が抉れた人間が話せていること自体がおかしかった。

 それでもリンが叫んだ。

 

「オビト! あなたを救うことは世界を救うことだって、私は今でも本気で思ってる! だから絶対に死なせない!」

 

 致命傷だったサクモの治療に当たっていた彼女にそうチャクラは残っていない。

 けれど涙一つこぼさず、諦めることなく治療を続けるリン。

 その顔を見上げながら、オビトは薄れゆく意識の中で思った。

 

──ああ、やっぱり最期までリンに告白はできそうにねーな……

 

 リン、カカシ、トビラへと視線を巡らすオビトであったが、何かがそれを遮った。

 オビトの視界に入ったのは巨大な胸とその谷間で光るネックレスだった。

 

「リン……お前まで私のようにさせるわけにはいかないな」

 

 震えの止まった綱手が自らの指を噛み、地面に手を置いた。

 

「口寄せの術!」

 

 現れたのは人よりもやや大きい程度の蛞蝓だ。

 

「カツユ! 分裂してそこのガキの半身とサクモ、三代目のジジイに引っ付け! それとシズネたちのチャクラも私が回復する」

「はい、綱手様……」

 

 蛞蝓がわさわさと動き、シズネが治療するサクモの腹の辺り、ノノウが治療する三代目、そしてオビトの半身にぴとっと付いた。

 さらには現在も治療中のシズネたちにまで。

 

「シズネ! ノノウ! サクモたちの延命は私とカツユでする。お前らは術式の準備に移れ! オビトの半身を私らの手で取り戻す!」

「まさかあの術式を……?! ですが綱手様、媒体は?! 半身の火傷の治療はともかく、胸の穴をふさげるほどのものなんて……」

「無駄に伸びたオビトの髪の毛を使えばいい! それに……トビラ! 兄のために全身を捧げる必要はない。お前の血とチャクラを少々いただく。お前の言う通り、双子なら拒否反応が起こる可能性は極めて低い。双子に生まれ付いたことに感謝するんだな」

 

 治療の方針が決まり、綱手がオビトたちの命を留めている間にノノウとシズネがオビトの脇に立ち、印を結び始めた。

 すると、二人の立つ場所から地面へと術式が刻まれていく。

 オビトを中心に円が描かれ、何やら文言が広がる。

 その間にリンはオビトの髪を一つかみ分、切り取った。

 

「トビラ、ここにあなたの血とチャクラを注いで」

 

 トビラはすぐさまクナイで手の甲を切りつけ、チャクラを込めた血を滴らせた。

 

「綱手様! 術式の準備は完了しました! いつでも始められます!」

「よし! お前らは離れていろ」

 

 綱手に言われたトビラとカカシはすぐさまオビトから離れた。

 いつの間にかオビトを囲むように円が、そしてさらにそれを囲むように四角形の陣形が出来上がっていた。

 綱手、リン、シズネ、ノノウがその四方に座る。

 

「お前らは私のチャクラを使い、胸の傷に集中しろ! くれぐれも欠損部分の細胞比率を間違えるな!」

「はい!」

 

 四人が息を合わせると、浮かび上がったオビトの長い髪とトビラの血が宙へ上がった。

 そして、くるくると混じり合い、抉られたオビトの穴へと伸びていく。

 

「俺はもういいから……俺の分のチャクラをオビト君に……」

「ダメです。綱手様の許可が下りるまでこのまま治療を受けてください」

 

 先に意識が戻っていたサクモが身をよじるも、ひっついていたカツユが起き上がらせようとはしなかった。

 三代目の方はまだ意識が戻っていない。

 

「二人の治療を続け、半身の火傷部分は綱手一人で治しながら欠損した胸の穴の再生もしているのか……さらにリンたちのチャクラの回復まで……」

「これが医療スペシャリストの綱手様……飛びぬけている」

 

 トビラとカカシ、どちらともなく感嘆の声が漏れる。

 綱手は治療に当たっているリンたちの顔をチラリと見た。

 

──医療忍者は決して隊員の命尽きるまで治療を諦めてはならない……お前らが諦めないのに、掟を作った私が諦めちゃいけないな。

 

 医療忍者たちの執念が今まさに一人の少年を救おうとしていた。




次回、「穢土転生・解!」


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穢土転生・解!

 マダラが光に包まれたのはちょうど彼がもう一度スサノオを出そうとしていた時だった。

 ぺりぺりとチャクラの鎧が剥がれ落ちていくその様にミナトは気づいた。

 

――オビト! 間に合ったんだね!

 

 応戦していた自来也たちもマダラの異変に気付いていた。

 

「小僧、こりゃなんじゃ!」

「ようやく穢土転生が解かれたようですぞ」

「そうか! ようやくやったんじゃの!」

 

 マダラの身体が塵となっていく。

 その状態で火遁が放たれた。

 だが、自来也とミナトがすべて阻止し、とうとうマダラの全身が塵となった。

 これで終わりだ。

 ミナトも自来也もこの戦いの終わりを予期していた。

 だが。

 

「穢土転生・解!」

 

 新たな戦いの始まりでしかなかった。

 

 

 

 塵が再び集まり、形を取り戻したマダラに自来也たちは呆然とした。

 

――潜影蛇手!

 

 すかさず大蛇丸が死角から放った蛇がマダラに絡みつくも、

 

「遅い」

 

 マダラは腕を組んだまま指一本動かすことなく蛇を散らした。

 現れた大蛇丸に自来也が怒鳴った。

 

「大蛇丸! どういうことだ! 術は解けたんじゃないのか?!」

「最悪な形でね……まさか穢土転生の契約そのものを解除するなんて……」

「禁術は不用意に使うものじゃない。どんな術にもリスクというものがある。穢土転生の俺が術者を上回ればこういうことも可能だ」

 

 マダラは腕を組んだまま大蛇丸を見下した。

 

「だけどオビト君の呪印札は効いていたはずよ」

「確かに危ないところだった。が、死にかけの状態では呪印札の効きも弱くなるというもの。おかげで精度の低いこの身体でも縛りを完全に解くことができた」

「つまり、無限のチャクラと疲れない身体を持つマダラが完全に解放されてしまった、ということですか」

 

 ミナトの要約に大蛇丸は頷いた。

 

「こうなってしまった以上、私の封印が効くのかも怪しいところね」

「ったく……しつこいにも程がある! ご夫婦、まだお付き合い頂けますかな」

「任せんしゃい!」

「こうなりゃ夕飯の支度はあとじゃ!」

 

 諦めない彼らにマダラは蔑んだ視線を向けた。

 

「精度が低く、オビトの呪印札の縛りもあった俺と同じと思うな。力の差というものをもう一度教え込んでやる」

 

 マダラが印を結ぶ。

 さっきまでとは比べ物にならないスピードだ。

 

――火遁・豪火滅失

 

 さらにこれまでの最大規模の炎が一面を覆いつくし、自来也たちとさらにその後方にいるカカシたちも飲み込もうとしていた。

 

「帰ったらから揚げじゃ! 小僧! 油を用意しんしゃい! 父ちゃんは風遁!」

「ハイよ! ミナトは東、大蛇丸は西を頼むぞ!」

 

 迫る炎の中央に降り立った自来也が吐き出す油にシマの火遁、フカサクの風遁が混じり合う。

 

――仙法・五右衛門!!

 

 さらには自来也たちの炎が間に合わない両端にそれぞれミナトと大蛇丸も降りたち、火遁を放った。

 

「さすがに影クラスが集まっているだけはあるか……が、柱間には遠く及ばない」

 

 火遁で相殺した隙を狙ったマダラが直接向かった先。

 そこではちょうど綱手たちがオビトの治療を開始していた。

 

「今さら何をするかは知らんが、どうせ死をほんの少し長引かせるだけの医療忍術……なんの気休めにもならないことを教えてやろう」

 

 迫るマダラにトビラとカカシが左右から飛び掛かるも、あっさりと体術で二人をこてんぱんにのし、術式の中心に寝そべるオビトに殴りかかった。 

 が。

 

「治療の邪魔をするな!」

 

 綱手の怪力がさく裂し、マダラを殴り飛ばした。

 その間もリンたちは平静を保って治療を続けている。

 白毫の印を解放した綱手はマダラに向かって啖呵を切った。

 

「殺すぞ!」

「だからもう死んでいるのよ。そのせいで厄介なんだから」

「よォし! ついに木ノ葉の三忍、ここに復活だ!」

 

 追いついた大蛇丸と自来也が綱手を庇うように立ち向かった。

 

「綱手、お前は治療に専念しておれ!」

「言われなくてもそうするつもりだ!」

 

 自来也の言葉に綱手は背を向けオビトに再び向き合う。

 だが、それをマダラはあざ笑った。

 

「敵に背を向けるとは素人も同然だな」

「違う! 私たち医療忍者の使命は仲間を回復すること。この背は仲間を信じて任せているにすぎん!」

 

 治療に戻りつつも、綱手はつい振り返りマダラに怒鳴った。

 その顔つきの先に見えたのは綱手の祖父であり、マダラの宿敵でもある千手柱間。

 綱手に柱間の面影を見てしまったことはマダラにとって不快だった。

 

「さっきまで震えていただけのか弱い女が今さら何になる」

「確かに私はさっきまで諦めようとしていた。けどな、もう一度賭けることにしたのさ。あの子らに……初代から引き継いできた意志を次へ託す。そのためなら私は命も懸ける!」

 

 綱手の言葉に呼応し、オビトとサクモ、三代目の治療スピードが早くなった。

 協力しているリンたちもそのスピードについてきている。

 

「ならば俺も全力をかけて貴様らが繋ぐ意志とやらを断ち切ってやる。この完成体スサノオでな」

 

 印を結んだマダラを包むチャクラ体。

 これまでのスサノオと比べ物にならないほどの大きさ、そしてチャクラ圧だ。

 

「尾獣にも匹敵するこのスサノオは破壊そのものだ」

 

 マダラが見下す先の大蛇丸と自来也、動揺していたのは一瞬のことですぐに睨むように見上げて来た。

 生を諦めてなんかいない。

 綱手たち医療班にしても、誰も慄き逃げるなんてことはせず、ただ粛々とオビトの治療を続けている。

 

「分かっていないようだな」

 

 スサノオの一振りが里と逆方向にあった山を割った。

 これにはさすがに綱手もゾッとした表情となるが、治療の手は止めなかった。

 シズネたちも綱手のその意気につられ、誰も逃げようとはしない。

 その様子を見下ろしたマダラはふと、視線を横にずらした。

 

「このままお前らをすぐ潰しても面白くない……九尾の回収がしやすいよう、先に通り道を作っておくか」

 

 マダラの視線の先は木ノ葉隠れの里。

 このままだと里も山のように割れ、壊滅するだろう。

 スサノオの手が振り上げられた。

 その瞬間、足元に大きな黄泉沼が現れ、スサノオのバランスが崩れる。

 しかし、沈めるほどの沼ではない。

 それでも、

 

――八岐の術!

 

 スサノオの胸ほどまでの大きさはある巨大なヤマタノオロチ――頭が八つある白い蛇が大蛇丸によって呼び寄せられ、振り上げられたその手に飛び掛かる。

 加えて、

 

「超・超倍化の術!」

 

 完成体・須佐能乎の腰ぐらいまでに倍化した秋道トリフがミナトの飛雷神によって突如現れた。

 身体を巨大化させる倍化の術は秋道一族に伝わる秘伝忍術。

 

――超・超張り手!

 

 究極にまで大きくなったその手にチャクラをまとわせ掌底をかまし、スサノオの攻撃を空へと逸らした。

 

 ドォッとすさまじい音と共に雲が割れる。

 逃しきれなかった風圧が里を揺らしていることだろう。

 

「一度目は防いだか。なら二度目はどうする」

 

 マダラのスサノオがもう一度腕を振り上げようとしたその時。

 

――操具・地縛鎖災!

 

 地面に置かれた巨大な口寄せの巻物から飛び出た鎖がスサノオの腕に絡み、その動きを止めた。

 巻物のそばにいたのは上忍班長のトリフと同じ里の相談役の水戸門ホムラ。

 三代目を支える忍がこの場に二人もいることに自来也は驚いた。

 

「ホムラのおっちゃん?! それにトリフ班長まで……なんでアンタらがここに」

「自来也! 三代目はどうした?!」

「治療中だ! 綱手が診ている!」

「綱手……あの子が? いや、ならばヒルゼンが回復するまで我らで抑えるしかない! 絶対に里へ攻撃させてはならん!」

 

 ホムラは背負っていた巻物を地面に叩きつけ鎖を追加した。

 

「そんなチンケな鎖でスサノオを封じられると思っているのか?」

 

 あざ笑うマダラが言うように、ホムラが口寄せした巨大な鎖たちであっても完成体スサノオからすれば華奢なアクセサリーのようなもの。

 

「秋道一族も一度防いでもう終わりか?」

 

 ただでさえ倍化の術は体への負担が大きい。

 完成体スサノオに張り手するほどの大きさは保てず、トリフの身体がしぼんでいく。

 それでも、通常の人間の3倍ほどの大きさで留まり、彼はスサノオの腕に絡む鎖を引っ張り始めた。

 

「全く……こんなみっともない綱引きを俺にさせるな」

 

 トリフが懸命に鎖を引くものの、スサノオが力を込めて片腕を上げるせいで千切れてしまった。

 自由になった腕が再び里へ向かって一太刀を浴びせようとする。

 しかしその時。

 

「里に手出しはさせん!」

 

 復活した三代目火影が金剛如意でその一太刀を受け止めた。




これじゃもうド根性マダラ忍伝だよ


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燃ゆる火の意志

 ホムラとトリフが三代目の元へ向かったころ、里ではコハルが上忍たちを集め指示を出していた。

 忍たちを取りまとめるのが唯一里に残った相談役の彼女の役目だ。

 

「皆の者、非戦闘民・子供らの避難を優先させるのじゃ! 結界班は総出で里の守りを固めよ! 建物への被害は気にせず、最低限の範囲で囲み、その分結界を強固にするように。とにかく里の者たちへの被害を抑えるのじゃ!」

「コハル様! 我らも加勢を……」

「ならぬ! 我らが行ったところで足手まといにしかならない。相手は強大な力を持つ未知なる敵! 三代目火影を始めとした者どもがすでに向かっておる。我らはとにかく里の守りに集中するのだ! よいな!」

 

 コハルは各所に指示を飛ばしながらマダラがいる方角を見た。

 

――本当にあのうちはマダラが穢土転生されたのであれば……なんとしてでも我らで……二代目様の教えを受けた我ら世代で食い止めねばならん。

 

 突然の緊急態勢に里の者は戸惑うものの、今は戦時中。

 三代目火影の勅命ともあり、皆が速やかに避難を始めた。

 その中にはアイスを食べていたシスイとイタチの姿も。

 

「イタチ、お前は先に避難所へ行け」

「シスイは?」

「俺は避難活動の手伝いをする。足の悪い爺ちゃんお婆ちゃんが心配だ」

「うちはにそのような老人がいたか?」

「うちはにはいねーが里にはいる。俺はオビトに付き合ってそういう老人の手伝いをしたことがあるから覚えている。さすがに里中の老人の顔までは分からねーけどな」

「おいシスイ……」

 

 イタチが止める間もなくシスイは瞬身で消えてしまった。

 

「む? 君はもしや迷子か?!」

「いや、違う」

「よし、避難所は向こうだから共に行くぞ! 大丈夫、熱き青春の力があればすぐに着く!」

「俺は迷子ではありま……」

 

 イタチが拒む間もなくガイがイタチを背負って走り出した。

 後に天才と謳われるイタチもこの時はまだ3歳。

 すでに中忍として活躍する12歳のガイには抗えず負ぶわれるままに。

 途中、ガイは本当の迷子も2人ほど拾い、あっという間に避難所に到着した。

 

 が、彼にとって予想外のことが。

 イタチたちを避難所に押し込め自分は出ようとしたが、それを許可してもらえなかったのだ。

 同じように、ガイの同期の猿飛アスマや夕日紅も閉じ込められていた。

 紅は避難所の管轄をしていた自身の父親に噛みついた。

 

「どうして忍の私たちまで!」

「忍であっても若者はここにいるように。それが火影様の命令だ。大方集まったらすぐに結界を張る」

「まだ避難しきれていない里の者が……」

「お前が動かんでも大人がすでに動いている」

 

 同じころ、老人の避難の手伝いを始めていたシスイもフガクに捕まってしまっていた。

 

「フガクさん! 俺が足腰の悪いご老人の家を見て回らないと! オビトの代わりに!」

「それは警務部隊の仕事だ。お前は結界のある場所へ向かいなさい。それと、トビラがどこにいるか知っているか?」

「トビラさん? ちょっと前に会ったけど……すぐにどこかへ行きました」

「そうか。里にいるのであれば彼も避難所に押し込めねばならん」

 

 シスイを抱えていたフガクの下に警務部隊の者たちが来た。

 

「フガク警務部隊長! い地区の避難完了!」

「ろ地区も右に同じ」

「は地区はイナビが最終確認中」

「そうか。テッカ、シスイを頼む。それと、里にはトビラもいるようだ。見つけ次第彼も避難所へ」

「フガクさん!」

 

 同じうちは一族であるテッカにシスイを渡すフガクであるが、当人は納得できずに暴れようとした。

 

「それとテッカ。シスイは足腰の悪い老人の家を知っている。彼より情報を吸い上げ、い地区とろ地区の誘導に当たっていた者たちで見回りを。うちは一族の誇りにかけて里を守るぞ」

「は!」

 

 シスイを抱えたテッカが走りだそうとしたとき。

 ゴォッと轟音と共に里が揺らいだ。

 上空をかすったチャクラ圧は里に直撃はしなかったものの、雲すら割る風圧に里中の建物が悲鳴を上げた。

 

「敵の攻撃か?!」

「警務部隊長! あれを!」

 

 警務部隊の一人が指した先にあるもの。

 それはうちはマダラの完成体スサノオ。

 先ほどの風圧はまさに彼が攻撃し損ねた一太刀なのであった。

 

「あれが火影様の言っていた未知なる化け物の正体か!」

「警務部隊長! 俺らもあの化け物の討伐に行くべきです!」

「ダメだ。里を守る我々が里を離れてどうする。あの化け物……あれは本当に危険だ。とにかく急がねばならん。ヤシロ、ここの指揮は任せた。くれぐれも避難を最優先し、お前らも急いで結界の中に入れ」

「は!」

 

 逸る一族の者たちを抑え、指示を飛ばしたフガクはコハルの元へ向かい、止めようとする暗部の者たちを強行に振り切り面会した。

 

「コハル様! あのチャクラ体は万華鏡写輪眼を持つ者にしか出せないスサノオ……おそらくうちはマダラはまだ生きている! 私はこれより里を出てマダラを止める」

「だからならぬと言っておるだろう! フガク、お主は警務部隊長! 里の守りがお主の仕事!」

「すでに一族の者に指揮は任せています。それより、写輪眼に対抗できるのは写輪眼のみ。私はマダラが開眼した万華鏡写輪眼と同じものを持っている」

 

 コハルはフガクの言葉に絶句した。

 

「お主……こんな大事なことを今まで隠していたのか?! あの万華鏡写輪眼の開眼を……!」

「言わぬまま、この力を使わぬままでいることが里のためだと思っていましたが……うちはマダラはかつての族長。今の族長の私が対処するべき問題です」

「こんな時にお主まで……!」

 

 コハルが歯噛みした時、暗部の面をつけた者が飛び込んだ。

 

「コハル様! 緊急事態です! 監視対象が逃げました!」

 

 マダラの完成体スサノオが現れたことにより、里は更なる混乱に揺らぐこととなった。

 その一方、三代目火影は里を守ろうと今まさに戦っていた。

 

「里に手出しはさせん!」

「また舞うのか、三代目火影。だが、この俺を止められるのは柱間だけだぞ!」

 

 三代目はスサノオの刀身よりもかなり小さい。

 それでもトリフの身体や大蛇丸が出したヤマタノオロチを土台に飛び回り、金剛如意で攻撃を防ぎ続けた。

 

「猿飛! さすがにマダラのスサノオは俺でもいてーぞ!」

「すまぬ猿魔! 我慢してくれ!」

 

 三代目はマダラ本体に攻撃するチャンスを見計らっているのだが、巨大なスサノオの腕を止めるのに精いっぱい。

 その足元では綱手が大蛇丸と自来也に呼びかけた。

 

「お前ら! チャクラを回復するから来い!」

「自来也、アンタだけ回復してもらいなさい。私は少し準備をしてくるから」

「準備? 大蛇丸、どこへ行く気だ」

「もうこうなったら化け物同士で戦ってもらうしかないわ。マダラ本人がご所望の初代火影にね」

「まさか穢土転生をするのか?!」

 

 察した自来也の言葉に綱手が動揺した。

 

「おじい様を?! しかしおじい様は死んだ! 生き返らせるなんて……」

「そもそもお前の話じゃその術、生贄が必要なんじゃないか?」

「今はそんなことを言っている場合じゃないわよ」

 

 大蛇丸が動き出そうとした時、マダラのスサノオの動きが止まった。

 

「あれは……そうか。取りに行く手間が省けた」

 

 マダラの見下ろす先。

 

「九尾、勘違いしないで。私たちは一時的に手を組んでいるだけ。私は里を守るため、アンタはマダラに復讐するため。もし身体を乗っ取ろうとしたらすぐに封印するってばね!」

 

 暗部の監視から逃れ、ここまで来たクシナがマダラを睨みつけていた。

 その身は九尾のチャクラの衣で包まれていた。




~イタチやサスケのお父さんのフガクに関して~
原作だと万華鏡写輪眼を開眼した描写はありませんが、
小説やアニメの設定に則ってフガクも開眼していることにしました。
ちょっとそこら辺の記憶曖昧なんで設定もあやふやになってるかもです。


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お願いマダラ!いい加減終わらせてくれ!

 いち早く気づいたミナトが叫んだ。

 

「クシナ! どうして君がここに?!」

「マダラの狙いは私の中の九尾。私が里にいる限り、マダラは里を狙う。九尾がそう教えてくれた」

 

 ミナトはクシナが纏う九尾のチャクラに目を見張った。

 

――九尾が暴走している時の尾獣化とは違う……! まさかクシナ、君は九尾のチャクラを使いこなせるように?!

 

 マダラのスサノオの片手は三代目が封じているが、空いた片手がクシナに迫った。

 

「わざわざ九尾を運びに来るとは愚かな人柱力だ」

 

 巨大な手がクシナのいた場所を掴む。

 しかし、その手には何も残っていない。

 ミナトが飛雷神で彼女を移動させていたからだ。

 

「クシナ。君が纏っているこの九尾のチャクラ……封印が緩んでいるわけではないね?」

「九尾がほんの一部分だけ力をくれたの」

「気を付けて。九尾はこの機に乗じて君の封印から逃れるつもりかもしれない」

「ええ、分かっているわ。それでも九尾はマダラにいいようにされるよりは私の中にいる方がマシみたい。よっぽど嫌っているみたいね」

 

 その時、会話を聞いていたクシナの中の九尾が怒鳴った。

 

――嫌ってるなんてもんじゃねぇ! マダラ……アイツは俺の憎しみそのものだ! さあ封印を全て解放しろ! 俺の憎しみに全てを任せろ!

 

 九尾の強い憎しみにクシナは顔をしかめた。

 漏れ出る九尾のチャクラも強くなる。

 だが、彼女は隣にいるミナトの顔を見て力を鎮めた。

 

「私はアンタの憎しみに飲まれたりなんかしない……私だって失いたくないものがある!」

 

 クシナと九尾は協力関係にあるわけじゃない。

 互いに互いを利用し合う綱渡りの状態だ。

 それでもクシナは生来の封印の強さで九尾を押さえつけ、さらには漏れ出るチャクラを奪い取り、自分のものにした。

 

「ハッ!」

 

 彼女の背中から無数の鎖が放たれ、マダラのスサノオを捕らえた。

 ホムラが口寄せした鎖とはわけが違う。

 スサノオの片手を抑えていた三代目はその鎖を間近に見て気づいた。

 

「これは金剛封鎖っ?! しかも九尾のチャクラで強化されておる!」

 

 三代目だけでなく、さすがにマダラも予想外のことだったようだ。

 

「あの女、うずまき一族というだけでなくミト以上に濃い赤髪をしている……それだけ強い封印術の持ち主ということか」

 

 スサノオの身を引こうとするマダラだが、クシナの出したうずまき一族特有の鎖が邪魔をする。

 その隙に三代目がマダラの正面に飛び出た。

 本体を叩くチャンスだ。

 

――手裏剣影分身の術!

 

 三代目が投げた手裏剣が大量となりマダラに降り注ぐ。

 それだけでなく、クナイも混ぜた物理攻撃と共に三代目本人も如意棒をマダラへと伸ばした。

 

「こんなもの、写輪眼の前にはなんの目くらましにもならん!」

 

 完成体スサノオにどれだけ手裏剣やクナイが刺さろうともひび一つ入らない。

 マダラが注意すれば良いのは三代目の攻撃だけ。

 が、これまで幾千もの戦いをしてきたマダラの勘がとっさに働いた。

 

――あの扉間の弟子がこのタイミングでただの目くらましをするか?! アイツは囮だっ!

 

 マダラの勘が働いたように、三代目が投げたクナイの一本にはマーキングがついていた。

 

――螺旋丸!

 

 しかし、マダラの後ろから現れたのはトビラではなくミナト。

 

――コイツっ扉間よりも速いっ……!

 

 トビラの急襲を警戒していたマダラですら追いつけないスピードだった。

 マダラが纏うチャクラの装甲に圧縮されたミナトのチャクラがぶつかり、せめぎ合う。

 手の平サイズの螺旋丸は天を見上げるほどに大きい完成体スサノオに比べればちっぽけなんてもんじゃない。

 

 だが、その一点に集中したチャクラの固まりがとうとうスサノオにひびを入れ、追い打ちをかけるように三代目も正面からマダラを如意棒でぶん殴った。

 両方からの攻撃にスサノオのひびが広がる。

 

「ミナト! 今じゃ!」

 

 ひび割れの隙間からミナトの手がマダラ本体に触れた。

 瞬間、ミナトはマダラをスサノオから引きはがすように飛雷神で移動した。

 すかさず、マダラがミナトに殴りかかるがそのままやられるミナトではない。

 

「柱間以外の忍が俺のスサノオをやるとはさすがに思わなかったぞ」

「光輪封鎖火影殴打飛雷神弐之段ですよ。あなたにどんな目的があろうと、俺らは里を失うわけにはいきませんからね」

 

 マダラのスサノオが消えていく。

 三代目にミナト、ホムラ、トリフ、自来也たち三忍、トビラにカカシ、そしてクシナ。

 それだけの忍に囲まれているがマダラは余裕の表情だ。

 それもそうだろう。

 彼のチャクラは無限大。

 ミナト達が力を合わせて防いだスサノオも出そうと思えばいつでも出せる。

 

「一度引っ込めてしまった以上、同じものをもう一度出すのも醜いか……」

 

 そうしないのはマダラの美学がその気にさせないだけ。

 だからこそ、ミナトは彼がなりふり構わず攻撃してくる前に封じたかった。

 

――大蛇丸さんの封印は自由になったマダラには効かないかもしれないが……クシナの金剛封鎖ならもしかしたら……!

 

 だが、そのクシナの様子がおかしい。

 

「ヴヴヴ……マダラァ……!」

 

 漏れ出る九尾の力を使ったせいで彼女の中の封印のバランスが崩れてしまっていた。

 そのせいで九尾が彼女の意志を奪い取ろうとしている。

 マダラと交戦しているミナトはつい叫んだ。

 

「クシナ!」

「あれならこちらで九尾を引き抜く必要もなさそうだな」

 

 九尾の赤いチャクラの衣がクシナを包み、その赤髪をさらに濃くさせる。

 

「グァアアア!!!」

 

 九尾の咆哮が辺りを揺るがす。

 

「ダメだクシナ!」

 

 ミナトがそちらに気をやってしまった時、マダラが不意をついてミナトを背後から蹴り飛ばした。

 そこへクナイが飛ぶが、

 

「やはりお前はそう来ると思っていたぞ、扉間」

 

 マダラはミナトを蹴り飛ばした勢いでくるりと回転し、背後に飛んできたトビラをも蹴り飛ばした。

 さらに回転と同時にキャッチしておいたトビラのクナイは牽制代わりにミナトに向かって投げておいた。

 完全に邪魔がいなくなった中でマダラが印を組む。

 

――口寄せの……

 

 しかし、その途中で彼の腕は切られてしまった。

 

「まだ舞うのか」

 

 興味を無くしたマダラの冷たい声。

 その相手は、片腕を無くしたサクモだった。

 

「息子にまだいいところを見せていないからね」

 

 彼はカカシから返してもらったチャクラ刀を握っていた。

 



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出し惜しみせずに行くぞ

 ミナトが不意をついたこともあり、マダラをスサノオから引き剥がすことができた。

 しかし、クシナが九尾の力を抑えられなくなっていた。

 

「ミナト! お主はクシナの方に行くのじゃ!」

 

 スサノオとの戦いで飛び上がって空中にいた三代目は指示を出しつつトリフに合図した。

 

「トリフ!」

「おう! 行けっヒルゼン!」

 

 3倍の姿を保っていたトリフが振りかざした手を蹴り、マダラの元へ飛ぶ。

 三代目は空中にいる状態で印を結んだ。

 

――土遁・土流壁!

 

 ちょうど彼の口から出た土の壁がマダラとサクモの間に立った。

 その時マダラは片腕の無いサクモを難なくいなし、とどめを刺そうとしていたため危機一髪の状態。

 マダラの攻撃を受けた土の壁は壊れてしまったものの、体勢を直したサクモは後ろに下がり、代わりに三代目がマダラに対峙した。

 その間にミナトはクシナの元へ。

 

「周囲のサポートをしつつ俺の相手をするか……さすがに戦闘経験の差が如実に現れ始めているようだな」

「お褒めに預かり光栄ですな! ハァッ!」

 

 三代目は如意を使ってマダラの身体を力づくで押した。

 マダラがある地点に入った途端、結界が発動した。

 

「トラップ式の結界法陣か……」

 

 気づいたマダラの視線の先には印を構えたホムラの姿が。

 

「爆!」

 

 狭い結界の中で地面に仕込んであった起爆札が次々に爆発した。

 が、

 

「こんなチンケなもんでこの俺が止められるとでも思ったか」

 

 ところどころ身体を塵にしてはいるものの、マダラは結界も壊して出て来た。

 すかさず三代目が塵の部分を重点的に攻めていく。

 

 クシナの元へ向かったミナトはすぐさま指にチャクラを込め、四象封印をクシナの腹に施し直した。

 暴走寸前だった九尾が悔しげに唸る。

 

――またこの封印か……! ミナトめェ……! 邪魔をするな!

 

「それはこっちのセリフだってばね!」

 

 想像以上に強い九尾の力に飲み込まれかけたクシナはミナトのおかげもあり、すぐさま意識を戻し、封印の力を強めた。

 クシナから漏れていた九尾のチャクラが収束し、彼女の中へ。

 

「ミナト、あのうちはマダラ……普通の身体じゃないみたいね」

 

 塵芥が舞うマダラの身体を見てクシナは尋ねた。

 ミナトもすぐ頷く。

 

「あれは穢土転生と言って死者を蘇らせる術らしい。今の彼は無限のチャクラと疲れない身体を持つ不死身の死体だ。生半可な結界や封印では効き目がない」

「なら、私の……うずまき一族の封印術が必要ってわけね」

「大丈夫なのかい? 君は九尾を抑えるだけでも力を使っているのに……」

「そんなこと言っている場合じゃないってばね。確かにもう一度金剛封鎖を使うためにも少し集中する時間が欲しいけど……私にはあなたがいるから」

 

 見上げたクシナの視線にミナトはドキッと見惚れ、キリっとした表情で頷いた。

 

「ん! その間は俺がクシナを守るよ」

 

 一方、オビトの治療をしていた綱手は想像以上の治癒スピードに驚愕していた。

 

――三日三晩は続けないと塞がらないはずの穴だが……ある程度までいったところでコイツ本人の治癒能力で急速に塞がり始めている! おじい様の……柱間細胞とはここまでの力があるのか?!

 

 人知を超えた細胞の力に恐怖すら感じるものの、傷が塞がるのは悪いことじゃない。

 

「お前たち! これならオビトはもうすぐ目を覚ます! 気を抜くな!」

「はい!」

 

 クシナの暴走が落ち着き、オビト復活の兆しが見えて来た。

 それらの状況から判断し、トビラは大蛇丸に待ったをかけた。

 

「初代火影を穢土転生するつもりか? やめておけ」

「あら、あなたなら賛成かと思ったのに」

「今から生贄を探し出す時間はないし、死者の人格を信用しすぎるのは危険だ。生きているこちらの思い通りに動くと限らないのはマダラを見ればわかるだろう」

「ご自分のお兄様を信用していないの? まさか初代がマダラに味方するとでも?」

「死んだ時点で人格が変わる可能性は多大にある。もしも初代まで手を付けられなくなったら本当にこの世界は終わるぞ」

「その前にマダラが世界を終わらせようとしていますよ」

「いや、そうはさせん。そのためにも貴様には別にやるべきことがある」

「別に?」

 

 ちょうどその時、ホムラも声をかけて来た。

 

「うちはトビラ! ミナトへの伝令を頼む! それと大蛇丸と自来也! こちらへ来い!」

 

 トビラたちが話している間、三代目はマダラの相手を引き受けていた。

 ホムラが起爆札で作ったマダラの傷を中心に叩いていたのだが、

 

「クッ!」

 

 治療中の綱手たちやクシナ、戦いに追いつけないサクモやトリフを狙うマダラの攻撃を防ぐうちに塵も集まってしまった。

 

「柱間以下の忍をいくら集めようと所詮は烏合の衆。お前にとっては鬱陶しい足枷だな、三代目火影」

「足枷なんぞではない! 守るべきワシの大切な家族じゃ!」

「ならお前は今日、その家族をすべて失う。ほれ、防いでみせろ」

 

 フェイントをかけ三代目から上手いこと距離を取ったマダラが印を結び、火遁を出した。

 三代目の背には綱手たちがいる。

 

――火遁・火龍炎弾!

 

 当然、三代目も火遁で打ち消す。

 

「まだ踊れるか?」

 

 さらに火遁を重ねて出すマダラ。

 その威力はどんどん増すばかり。

 それでも三代目は防ぎ続けた。

 なぜなら彼が諦めてしまえば綱手たちにぶつかるからだ。

 マダラのいたぶりを止めたのはホムラの号令だった。

 

「自来也、大蛇丸、ミナト! 四方につけ!」

「フン、また俺を結界の中にでも封じる気か? そんなもの、この俺には効かん!」

 

 火遁を止めたマダラは別の術に移行した。

 

――影分身の術!

 

 四体のマダラが現れ、何かしようとするホムラ達に向かう。

 結界は術者を攻撃すれば壊れるからだ。

 

――間に合うかっ!

 

 三代目も負けじと影分身の印を結んだ時、ホムラたち四人が同時に唱えた。

 

「忍法・四赤陽陣!」

 

 強力な赤い結界が現れた。

 だが、封じ込めたのはマダラではない。

 オビトと彼を治療する綱手たち、身体に合わない万華鏡写輪眼でダウンしたカカシとそれを支えるサクモ、過度な倍化の術で消耗したトリフ、封印のため力を溜めているクシナ、そしてトビラだ。

 ホムラの指示の下、トビラとミナトが手分けして皆を一か所に集めていた。

 さらにホムラは三代目に叫んだ。

 

「これでどんな攻撃も我々には当たらない! ヒルゼン! こちらは気にせずやれ!」

 

 ちょうど三代目もマダラに見合う影分身を出し終えていた。

 分身同士、本体同士がそれぞれ向き合う。

 

「な……なんだこの結界は……?」

 

 結界の中で驚くサクモにトビラが説明した。

 

「四赤陽陣……火影クラスが四人集まって出せる結界術だ」

「火影クラス……ミナト先生だけじゃなく他の三人も……?!」

 

 思わず呟いたカカシにトビラは至極当然とばかりに言った。

 

「全員、火影候補になりうる者たちだ。つまり力量も火影クラスということ」

 

 トビラは己たちを囲む四人のうちの一人、記憶よりも老けた男を見た。

 

――ホムラ、貴様がくれた時間……有用に使おう。

 

「カカシ、サクモ。貴様らの力もこのあと必要になる。まだ動けるか?」

 

 トビラの問いに二人は頷いた。

 すでにクシナは封印術を使うため力を貯め直している。

 結界の外では三代目が分身と声を揃えて気合を入れた。

 

「「「「「さあ、行きますぞ!」」」」」

 

 三代目の戦い方はこれまでと変わらない。

 金剛如意でひたすらにマダラを殴っていき、術を出して来れば相殺するだけだ。

 だが、そのスピードと力は先ほどよりも上がっていた。

 

「面白い! まだここまで舞うか! よし! お前の体力尽きるまでこのうちはマダラが相手してやろう!」

 

 本当はクシナの準備が終わる前に九尾を取りにいくべきだとマダラも分かってはいる。

 だが、彼にはまだ余裕があった。

 三代目の体力が尽きる時はそう遠くない。

 そして、彼さえ殺してしまえばあとはどうとでもなる。

 ならば、この一時の戦いに身を任せる方が面白い。

 柱間がいない今、これだけ楽しめる戦いは貴重だ。

 

 マダラのボルテージは最高潮に上がっていた。

 




ホムラは火影に並ぶ実力、という風の噂をもとに書いてます。
まあ、火影並みの忍なんてなんぼいたっていいですからね。


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血涙

 ホムラはマダラと戦う三代目を観察し、焦っていた。

 

――ヒルゼンが全力を出すためにもこうするほかなかったが、もしクシナの封印術が間に合わなかったら……そもそもまた九尾が暴走する可能性も高いのに……

 

 彼の視界の隅ではトリフが荒く息を吐いている。

 完成体スサノオの攻撃を防ぐほどの大きさに倍化したことがかなりのダメージとなっていた。

 

――ワシとてこれほどの結界をいつまで保てるか……

 

 この時ホムラ達は55歳を超えたころ。

 どうしても老いには逆らえない。

 だが、そんな彼の弱気を感じ取ったのか、自来也が発破をかけて来た。

 

「おいおい、ホムラのおっちゃん! ワシに説教ばっかりしてきたアンタがまさかバてたなんて言うんじゃねーだろうなぁ!」

 

 彼の肩にいた蝦蟇の夫婦は口寄せの限界もあり去っている。

 すでに自来也本人もかなり限界のはずなのだが強気の口調。

 ホムラもそれに乗せられつい言い返した。

 

「茶化すんじゃない自来也! そもそもお前らがもっとしっかりしとりゃワシもヒルゼンもとっくに隠居できたというのに!」

「あら、さりげなく私と綱手も説教されているのかしら」

「はぁ? こんな時に説教なんざしている場合じゃないだろうが!」

 

 大蛇丸の声を聞いた綱手に怒鳴られ、ホムラはしかめ面で注意した。

 

「言い返す暇があったら手を動かすのだぞ、綱手!」

「言われなくとも分かってる! いつもの説教のつもりなら黙ってろ!」

「仕方ないわよ、年寄りってのはどこかれ構わず説教したがるもんなんだから」

「ホムラのおっちゃんもコハル先生も三代目のジジイもいつまでもワシらをガキ扱いしおるからのぉ」

 

 わいわい好き勝手に言い出す自来也たち。

 ホムラの眉間にしわが寄った。

 

――ヒルゼンめ……弟子の教育は徹底しろとあれほど言ったのにこやつら三忍ときたら大人になってもこれだ……

 

 後継者として期待していた自来也は里を出て放浪ばかり、才能を期待していた大蛇丸は三代目退任の原因となり、火影としての素質を期待していた綱手は大戦の途中で離脱し、と里の上役として三忍に言いたいことは山のようにある。

 そうでなくとも、幼いころから知っている彼らにはつい口うるさくなってしまう。

 

――ったく、あのマダラが間近にいるこの状況でよくもこんなに騒げるものだな……

 

 かつてマダラが里を襲撃してきたのはホムラが幼いころ。

 その時の恐怖と、そんな奴から里を守り切った初代火影への畏怖と尊敬は今でも忘れていない。

 幼いころの記憶にマダラがトラウマとして刻まれたホムラからすれば、チャクラ無限のマダラなんて絶望的だ。

 それでも、

 

「初代様、二代目様から受け継いだ里をここで終わらせるわけにはいかん」

 

 ホムラとてこれまで3度の大戦で戦い、里を守ってきた矜持がある。

 幼かった自来也たちが今や弟子を引き連れこうして戦っているのだ。

 弱音なんて吐いていられない。

 

 ホムラはチラリと自来也の弟子のミナトに目をやり、大蛇丸の班員だったトビラとカカシにも目を向け、綱手と共に医療忍術を使っているシズネたち、そしてミトから継いだ九尾を抑えながらチャクラを練るクシナを見る。

 

――これほどまでに育った次の世代がいるのだ。我らで守らねばならん。あの時、囮になった二代目様のように次は我らがその番。

 

 気合を入れなおすホムラと同じことをトリフも考えたようだ。

 

「うちはトビラ。三代目が倒れたらすぐさま俺をこの結界から飛雷神で出せ。俺が時間稼ぎをする」

「さっきの倍化の術でかなり消耗しているだろう」

「とにかく結界を保ち、クシナの準備までマダラを抑えることが重要だ。今は三代目がマダラの気を引く囮をしているが、次は上忍班長の俺の役目。まあ、ヒルゼンはまだやられるつもりは無いみたいだがな」

 

 トリフの視線の先には今もなおマダラと戦い続ける三代目がいる。

 全身全霊をかけたその戦い方にマダラは身を震わせ喜んだ。

 

「惜しいな。塵芥でなければ血沸き肉躍る戦いを楽しめたものを……」

「そのお身体に飽きたのであればそろそろお眠りいただきたいのですがな」

「眠るのは俺じゃない。お前らだ」

 

 本体だけでなく分身のマダラも嬉しそうに戦う。

 

――とにかくクシナの術まで時間を稼ぐ。なんとしてでも。

 

 幸いにも三代目の分身はどれも消えてはなく、それぞれに戦えている。

 だが、マダラとしてはまだ満足できていないようだ。

 

「そういえばお前にはアレを見せていなかったな」

 

 そう言ってマダラは分身の一体を盾にし、その隙に本体は瓢箪型の大きな団扇、そして死神が持っていそうな大きな鎌を口寄せした。

 そのせいでマダラの分身が一つ消えたが、三代目は素直に喜べなかった。

 

――あの団扇はもしやうちは一族に伝わるという伝説の……!

 

 三代目の分身がマダラに向かって火遁を吐いた。

 すると。

 

「うちは返し」

 

 団扇を翻し、術がそのまま三代目の分身に跳ね返される。

 三代目も分身が一体消えてしまったが、これで確信した。

 如意の姿の猿魔も気づいたようだ。

 

「あれは霊木から削り出された神器だな。どんな術も弾く。マダラめ、まだあんなものを隠し持っていたか」

「これでますます術は使いづらくなったの」

「気を付けろよ。テメーの術でテメーがくたばっちゃ洒落にならん」

「分かっておる!」

 

 三代目が振りかぶった如意をマダラは団扇の持ち手部分で受け止め、もう片手に持つ鎌で斬りかかった。

 いくら斬りつけられても塵になるだけのマダラとは違い、三代目は致命傷になりかねない。

 咄嗟に身をよじり、距離を取る。

 そこへマダラが火遁を叩きこむが、うちは返しで術を返される可能性を考えると、さっきまでのように火遁での相殺はできない。

 

――土遁・土流壁!

 

 仕方なく、三代目は土遁で壁を作った。

 

「三代目、右だ!」

 

 そのせいでできた死角から現れたマダラが鎌で狙ってくる。

 が、如意から伸びた猿魔の腕がギリギリのタイミングで鎌を止めた。

 戦況が変化したことに気づいたトリフがいつでも飛雷神で出られるようにトビラへ手を伸ばす。

 その時。

 

――天照!

 

 マダラの本体が突如、黒炎に包まれた。

 

「サル、離れろ!」

 

 思わずトビラが結界の中から叫ぶ。

 すでに三代目はマダラの黒炎に巻き込まれないように離れていた。

 そのついでに、近くにいたマダラの分身を己の分身との二人がかりで一体倒し、マダラ本体が止まっているうちに次へ取り掛かっていく。

 マダラは分身が倒されていくことも気にせず、天照の出どころに目をやった。

 

「なるほど……万華鏡写輪眼の開眼者がまだいたのか」

「やはり、うちはマダラか……」

 

 うちはフガクが目から血を流しながら、その万華鏡写輪眼でマダラを睨みつけていた。

 




ボツシーン
マダラが分身出して三代目と戦ってるとき。

「一つ質問する。この分身たち、スサノオを使うのと使わない、どちらがいい?」
「一度引っ込めたものをもう一度出すのは主義に反するのでは?」
「それは完成体スサノオの話だ。よし、殴るばかりもつまらん。答えは使う、だ」

ボツ理由:あまりにも自由なマダラに作者が書いててキツくなってきたから


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分かるってばよ

 マダラは天照を出したフガクに余裕の笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「族長の俺に挨拶でもしに来たか?」

「今の族長はあなたではない。私は過去を切りに来た。里のため、なによりうちは一族の誇りのため」

「まだうちはの未来が見えていないようだな」

 

 マダラは天照で燃える身体の右側を持っていた鎌で抉って塵にした。

 分離した塵が黒炎ごと地面に落ち、まだ燃え続けている。

 右手に持っていた団扇は放り出されてしまったが、幸いなことにそこまで黒炎は及んでいない。

 

「万華鏡写輪眼の能力なだけあってさすがに戻りは遅いな」

 

 天照が邪魔しているようで、マダラの身体は右腕ごと片側が抉れた状態で止まっている。

 それでもパラリパラリと微細な塵がマダラの身体に戻ろうとしていた。

 

「すべては燃やせなかったか……だが!」

 

 もう一度マダラに視線を向けようとするフガクだが、察した当人が素早く迫って来た。

 

「俺が二度も同じ攻撃を食らうと思うか?」

「フガク! 下がるのじゃ!」

 

 マダラが天照に気を取られているうちに分身を倒し終えた三代目が割って入る。

 一方、結界の中ではリンが歓喜の声を上げた。

 

「オビト!」

「リン…………俺、死んじまったの?」

「生きてるよ! 死なせたりなんかしない!」

 

 目を覚ましたオビトに綱手も安堵の息を吐いた。

 

「ったく、とんでもない生命力だ。シズネ、ノノウ。後は私とリンに任せ、お前たちは他の者の回復を頼む」

「は!」

 

 すぐさまノノウがトリフの下へ向かった。

 

「上忍班長。先ほどの術でチャクラバランスがかなり崩れています。もう一度あの倍化の術を使うと危険です」

 

 言いながら医療忍術を使い始めるノノウのスピードにトリフもトビラも驚いた。

 特にトビラは音もなく近づいた彼女の体裁きが気になった。

 

――リンの話だと医療部隊長らしいが、ただの医療忍者には見えないな。そもそも、なぜこやつがここにいる?

 

 ノノウが現れた時、トビラはミナトと共にオビトの神威空間にいたため、いつ彼女が来たのかも分かっていない。

 オビトの負傷もあって気にする暇もなかった。

 

――木の葉から派遣した増援だとしたらせめて4人組の小隊で来るはずだ。なのにこやつはトリフやホムラよりも早くこの場にいた。

 

 オビトの捜索が発端で来たであろう自来也たちや三代目たちと違い、事情を知らないはずなのに混ざっているノノウの存在が異質に感じる。

 トリフはトビラのような疑問を抱いていないようで、ノノウの腕の良さに嘆息した。

 

「さすがノノウ、綱手の後を継いだ医療部隊長なだけはある」

「いえ、私はできることをしているだけですから」

 

 彼らの会話でトビラはさらに考えた。

 

――トリフたちが来たのはマダラが完成体スサノオになったタイミング。つまり、マダラが穢土転生されたことをそれより前に知っていたということだ。誰かトリフたちに伝えた者がいるな。

 

 トビラはそこまでで思考を打ち切り、マダラへ集中した。

 右腕の戻らないマダラと三代目が戦っている間に、フガクはもう一度天照を出そうと試みている。

 その時。

 

「ミナト! 準備オッケーだってばね!」

 

 封印術を使うためチャクラを練っていたクシナが言った。

 トビラがチャクラ感知してみると、さっきは暴走していた九尾のチャクラも抑えられている。

 クシナの言葉にホムラが仕切った。

 

「クシナの封印を避けられないようにするため、マダラの足止めが必要だ。ミナトと自来也はクシナの護衛、大蛇丸はカカシとサクモと共に医療忍者たちの護衛。足止めはワシとトリフ、それとうちはトビラで行く。良いな」

 

 そして結界を張っていた四人の声が揃った。

 

「四赤陽陣・解!」

 

 結界が解けると同時に散開する忍たち。

 当然マダラもクシナの始末に向かおうとするが、片手が戻っていない状態では印も結べない。

 そこを狙い、飛雷神で現れたトビラがマダラの正面から火遁を浴びせた。

 相殺できず、飛びのいて火遁から逃れるマダラに迫るのは無数の鎖。

 

「また口寄せの鎖か」

 

 ホムラの出した鎖を全て鎌でいなすマダラは、さらに迫る三代目も蹴り飛ばした。

 が、ガクリと彼の身体が落ちる。

 三代目によって足の関節に貼られた起爆札が爆発したせいだ。

 すかさず、トリフの大きな手がマダラを掴み、とうとう彼を捕まえた。

 

――金剛封鎖!

 

 ミナトの援護でマダラのそばに現れたクシナ。

 彼女の背から出る鎖もさすがのマダラでもいなすことが出来ず、トリフの手ごと縛られてしまった。

 さらにトリフは部分倍化の術で大きくしていた手を元に戻し、彼の手だけ金剛封鎖から逃れる。

 

「クシナ、君の九尾は俺が抑えている」

「じゃあ思いっきり行くってばね!」

 

 ミナトはクシナの腹に施した四象封印が緩まないよう、彼女のそばに付き添っていた。

 その状態でクシナはさらに鎖を増やしマダラへと巻き付ける。

 

「うずまき一族の封印か……厄介ではあるがそれで封じられると思うな!」

 

 だが、いくら増やしてもマダラが暴れ続けている。

 

「コイツ、九尾より厄介だってばね!」

 

 負けじとクシナも鎖の力を強めているというのに、どこまでもしつこいマダラ。

 ミナトは九尾を抑えつつ封印を観察し、気づいた。

 

――クシナの金剛封鎖は対象を縛り、封じ込めることができる。でも、この穢土転生という術で必要なのは魂そのものの封印。金剛封鎖じゃ魂までは封じ込められないのか?!

 

 ちょうど彼がその考えに至った時、クシナも言った。

 

「ミナト……アイツはただ封じるだけじゃダメみたい」

「そのようだ。俺が奴を封じる」

「まさかミナト! あの封印を……屍鬼封尽をするつもり?!」

「それしか方法がない」

「でもそれじゃあ貴方が……!」

「そんなこと言っている場合じゃないよ。君はこのままマダラを抑え、そのあとは九尾の抑えを」

 

 ミナトが覚悟を決める中、あまりのマダラのしつこさにオビトが飛び出した。

 

「頼むよジジイ……もう止まってくれ!」

 

 伸びる金剛封鎖の中で暴れていたマダラがオビトの方を向いた。

 

「すっかり扉間に騙されたみたいだな、オビト」

「俺は騙されてなんかいない! それにトビラはトビラ、俺の弟だ!」

「言っただろう。そいつはお前の弟じゃない。弟の皮を被った別物、お前の愛情深さを利用しているにすぎん。そこの扉間に弟を殺され、守れなかった兄……それがお前だ!」

 

 鎖の隙間から覗く赤い写輪眼がまっすぐにオビトを見ていた。

 その目はオビトが暗い洞窟の中で見たものと同じだ。

 

「なあ、マダラ。アンタは俺にあの洞窟でこの世界の絶望について教えてくれた。勝者だけの世界、愛だけの世界を作るって……。でもよ、アンタも本当は弟を守りたかっただけなんだろ? 弟を守れなかった世界をぶち壊したくなっただけなんだろ?」

 

 オビトの言葉に虚を突かれたのか、マダラの動きが止まった。

 

「俺だってトビラがトビラじゃねーかもしれねーって思ったら全部ぶち壊したくなった。でも、それじゃダメだ。全部を捨てるなんてできねーよ」

 

 オビトはチラリとカカシとリンを見、そしてマダラに向き直った。

 

「だから俺がアンタの意志を継いで世界を救う。もう誰も失わなくていいような世界を俺が作る。だからもう止まってくれ」

「お前にはできない。なぜならお前はうちはマダラじゃない……本当の絶望を何一つ知らないからだ!」

 

 オビトの説得で大人しくなるかと思いきや、マダラが再び暴れ始めた。

 

「オビト、下がって」

「ミナト先生! 俺、マダラともう少し話を……」

「いや、彼は何を言っても聞こうとはしない。どうやら分かり合えないみたいだ」

 

 オビトの前に立つミナトが印を組もうとしたとき、三代目がその手を掴んだ。

 

「待つのじゃ、ミナト。その役目はお主ではない。火影のワシがすべきこと」

「三代目、ただの封印ではもうマダラを止めることは……」

「分かっておる。ワシは木ノ葉のすべての術を解き明かし者。うずまき一族の封印術ならばミト様より授かった」

 

 その言葉でミナトは三代目が彼と同じ封印を使おうとしていると悟った。

 三代目は穏やかな顔でミナトに託した。

 

「お主はまだ若いのだから焦るでない。くれぐれも里は任せたぞ。明日からはお主がほか……」

「虎視眈弾!」

 

 突如現れた虎が鎖ごとマダラに噛みついた。

 



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やっとだよ

 鎖ごとマダラに噛みついた巨大な虎がジリジリと引きずる先、それは地面に大きく開かれた巨大な巻物だ。

 その傍らには右目に包帯を巻いた忍が控えていた。

 

「今度は志村一族の砂利……これも封印術かっ!」

 

 マダラは虎を殴り消すため金剛封鎖の間から拳を出した。

 だが、すかさずトビラが放ったクナイが拳を塵にする。

 マダラは虎を蹴り飛ばすため足を振り上げた。

 だが、三代目が持っていた如意棒が伸び、その足を塵にする。

 

「クシナ! 鎖を切り離すんだ!」

 

 ミナトに言われ、クシナは背中から出していた鎖をマダラに絡めたまま切り離した。

 

「砂利どもが……!」

 

 とうとうマダラはなすすべなく虎ごと巻物へと引きずり込まれた。

 

「グォォオオオ!」

 

 マダラの封印を喜ぶ暇もなかった。

 クシナが悲鳴に近い叫び声を上げ、またしても彼女の身体が九尾のチャクラの衣に包まれたからだ。

 

「ぐはっ!」

 

 そばで九尾の封印を手伝っていたミナトが真っ先に吹っ飛ばされる。

 

「皆の者、離れるのじゃ!」

 

 三代目がすぐさま如意を構え、トリフは医療忍者たちの盾になるような場所に立った。

 

「なぜこのタイミングで九尾が暴走を?! マダラの策略か?!」

「いや違う! おそらくクシナの金剛封鎖も、つまりチャクラも共に封印されたことで九尾を抑える力が弱まったのだろう」

 

 ホムラの疑念にトビラは答え、ミナトが吹っ飛ばされた方を向いた。

 自来也に受け止められたミナトにまだ意識はあり、すぐさまクシナのそばに戻った。

 

「四象封印をもう一度かけます!」

 

 ミナトが近づこうとするが、彼女が発するチャクラがそれを許さない。

 

「グォオオオ! マダラァァア!」

 

 ピリピリとした殺気と憎しみ。

 マダラの存在で触発された九尾の憎しみが暴走している。

 禍々しい赤い衣が彼女を包み、四本の尾が現れた。

 九尾の発する衝撃波を受け止めながらトリフが声を張り上げた。

 

「九尾になる前に止めないとまずいぞ、ヒルゼン!」

「分かっておる!」

「どうしてかつてマダラが使役していた九尾の妖狐がここに?!」

 

 クシナの中に九尾がいることを、そもそも九尾の人柱力の存在そのものを知らなかったフガクは驚いていた。

 フガクだけじゃない。

 クシナの中に九尾がいることを知っているのは三代目たち上役とミナト、トビラぐらいだ。

 

「どうして急にクシナさんが?!」

「あのチャクラはいったい……?!」

 

 ミナト班の繋がりでクシナと顔見知りだったリンもカカシも突然のことに動揺している。 

 そのそばではサクモがチャクラ刀を構え、クシナの攻撃に備えていた。

 

「とにかく幻術をかけて大人しくするしかない!」

 

 フガクは戸惑いながらも万華鏡写輪眼をクシナに向けた。

 

「やめろ!」

 

 風遁を飛ばしてそれを止めたのは、さっきマダラを封印したばかりのダンゾウ。

 まさかこの事態で里の仲間から攻撃を受けるとは思わなかったフガクはもろに食らってしまい、絶望した。

 

「なぜ私を攻撃する?! どういうことですか?!」

「この機に乗じて九尾を奪うつもりか?!」

「ダンゾウ! やめるのじゃ!」

 

 三代目の注意がダンゾウたちに向いている間にクシナの尾が増え、五本になった。

 

「グァアアアア!」

「クシナ! しっかりするんだ!」

 

 とてつもないチャクラ圧に近づくことも出来ない中、ミナトはクシナへ呼びかけ続けた。

 そんな彼にトビラも声をかけた。

 

「ミナト、まずは九尾を抑える必要がある。兄さんならそれができるからそれまで時間を稼いでくれ!」

 

 そこへ降り立つ自来也、大蛇丸、綱手。

 

「ジジイ共はゴタゴタしているから私らで抑えるぞ!」

「あの怒りよう、ブチギレた綱手を思い出すのぉ」

「綱手に比べりゃまだマシよ」

「おいゴラお前ら! ミナト、時間稼ぎは私らに任せろ! お前はトビラたちが抑えたタイミングで封印できるようにしろ!」

「はい!」

 

 しばしの間、暴走するクシナをミナト達に任せたトビラはまっすぐオビトの元へ。

 

「兄さん! 今から俺の説明する通りに術を使ってくれ!」

「え?! よし分かった! 教えてくれ!」

 

 突然言われ、オビトは色々とツッコミたいところはあったものの、グッと飲み込んでトビラの説明を待った。

 その間もクシナの暴走は止まらず、放った衝撃だけで瓦礫が飛ぶ。

 カカシとリンたち医療忍者たちの方に飛んできたものはサクモがスパスパとチャクラ刀で切り、トリフは握りつぶしていく。

 だが、三忍が抑えていることもあり、クシナはその場から動くことはできずにいた。

 そのおかげでトビラの説明は無事に終わった。

 

「いくぞ、兄さん!」

「おう! 任せとけ!」

「綱手! その首飾りを寄越せ!」

 

 トビラはすれ違いざまに半ば強奪に近い形で綱手の首飾りを手に入れ、クシナの方に投げた。

 それと同時にオビトが手を伸ばす。

 

――火影式耳順術・廓庵入鄽垂手!

 

 伸ばしたオビトの手のひらに「座」という文字が浮かび上がった。

 さらにクシナの周囲の地面から木が生え、彼女に絡んでいく。

 そして彼女の身体にちょうど引っかかった綱手の首飾りとオビトの術が呼応した。

 

これは初代火影千手柱間のみが使える木遁忍術だ。

 綱手が身に着けていた首飾りは初代火影柱間がチャクラを込めて作った封印石。

 それがオビトにくっついている柱間細胞のチャクラと呼応することで、九尾を抑えることができたのだ。

 

――四象封印!

 

 すかさずミナトが封印を施し直し、オビトが九尾を抑えていることもあり、クシナの意識が戻った。

 

「う……ミナト……」

「クシナ、良かった」

 

 崩れ落ちるクシナを抱き留めたミナトを自来也たちは離れたところから見守っていた。

 

「ったく、ワシらもいるのにいちゃつきおって」

「あら、羨ましいのかしら」

「バカなこと言ってないでとっとと帰るぞ」

 

 崩れ落ちたのはクシナだけでなく、無事に九尾を抑える術が発動できたオビトもだった。

 

「大丈夫か、兄さん」

「まーな。ちょっとクラっと来ただけだからよ」

 

 そこへ駆け寄るリンとカカシ。

 倒れたオビトを心配し、リンはさっそくもう一度医療忍術をかけようとしている。

 

「平気だって」

「ダメ! オビト、言ったでしょ。ちゃんと見てるって。我慢したってダメ!」

「……へへ…………」

 

 格好つけようとしたオビトはリンの言葉に表情を緩めた。

 修行で無茶をした時に同じ言葉で叱られたことを思い出したからだ。

 が、すぐにその表情を暗くさせた。

 

「俺、マダラを……」

 

 彼の言葉は続かなかった。

 

「トビラ?!」

 

 オビトたちから一人離れたトビラが突然ダンゾウの術によって拘束されたからだ。

 




最近マダラの夢を見るようになっていたからようやく安眠できそうです。


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カミングアウトするなら早めにしてほしかったですね

 

 トビラを拘束した術がさらにオビトへと伸びる。

 

「どういうおつもりですか」

 

 さっと現れたサクモが蹴散らし、トビラの救出にも向かった。

 しかし。

 

「サクモ、このままで構わない」

 

 拘束されているトビラ本人が静止した。

 しかし、当然周りは黙っちゃいない。

 

「おい爺さん! トビラを離せ!」

「ヒルゼン! うちはの双子を今すぐ拘束しろ!」

 

 ダンゾウはオビトを無視して三代目に呼びかけた。

 

「穢土転生を使える忍はただ一人! マダラを蘇らせたことについて審問せねばならん!」

「待つのじゃ、ダンゾウ。話を聞くにしてもこんなやり方をしなくても」

「お前は甘い! 死んだ人間が生きた頃と同じだと思うな! 現にこうして里に害をなしている!」

 

 ダンゾウとヒルゼンが言い争う間に、ホムラは自来也と綱手を留めた。

 

「二人とも待つのだ!」

「なぜトビラが拘束されにゃならん!」

「そこをどけジジイ!」

「こちらにも事情がある。とにかく待て!」

 

 トリフの方もフガクを抑えている。

 

「さっきのことと言い、里はうちはを弾圧するつもりか?!」

「フガク、落ち着いてくれ。確認が取れればすぐに二人も解放する」

 

 さっきまで協力し合っていた忍たちが一触即発に。

 ダンゾウが再び拘束の術を使おうとしたとき、ミナトがその正面に立った。

 

「お待ちください。オビトもトビラも里に敵意はありません。私が保証します」

「何も分かっていないお前の保証では信用できん」

「いえ、私はトビラのことも以前より知っていました。マダラ復活が起きた理由についても説明できます」

「なに?」

「今はそれよりも里へ戻るべきです。ここにいる皆は仲間です。疑心暗鬼になっている場合ではありません」

「貴様、その子供の正体を知りながらこれまで黙っていたのか?」

「ミナトはすでにワシに報告していた。お前たち上役に黙っていたのはワシの判断じゃ」

「ヒルゼン、貴様……!」

 

 ダンゾウは一瞬だけ怒りを見せたが、

 

「ダンゾウ。ミナトの言う通り今は早く里へ戻らねばならん。混乱に乗じて周辺国が攻めてきたらそれこそマダラの思うつぼじゃ」

 

 と三代目が押し切ったのでぐっと抑えた。

 

「ならばせめて兄の方も……うちはオビトも拘束する。こやつは先ほどの様子からしてマダラと繋がっている可能性があり、危険だ。異論ないな」

 

 代わりに出したダンゾウの提案にオビトが口を挟んだ。

 

「爺さん、俺を拘束するのはいいけどトビラは何も悪くない。マダラを穢土転生したのは俺だ」

「お前が穢土転生を……? しかし、その術を教えたのはお前の弟だな?」

「いえ、私ですよ」

 

 にゅっとオビトの隣に現れた大蛇丸の言葉にダンゾウだけでなく、三代目とホムラ、トリフも驚愕した。

 

「大蛇丸、お主まさかそんなことまで研究しておったのか?!」

「あら猿飛先生もご存じじゃない状態で来ていたんですか。随分と中途半端な情報が届いていたみたいですねぇ」

 

 大蛇丸はチラリと事態を静観するノノウ、そしてダンゾウに目を向けた。

 トリフが答えた。

 

「我々が得た情報は『うちはマダラと思しき人物が塵芥舞う身体ではたけサクモと交戦中』、これだけだ。術者が誰かまでは聞いていない」

「まったく……また大蛇丸が絡むのか。こうなると我々の推測とはことが違いそうだ。しかしヒルゼン、こやつらの拘束に関してはワシもダンゾウに賛成じゃ。特にうちはトビラは指一本も動かせない状態にした方が良い」

「しかし……ならばオビトと大蛇丸はせめて腕だけの封印に留めよ。印を結べぬよう封じるだけで良い」

 

 三代目も了承したことにより、自来也と綱手は引き下がることにしたが、カカシとリン、フガクはまだ納得できていなかった。

 

「なんでオビトもトビラもこんな扱いを……」

「カカシ、俺は平気だ。大丈夫、トビラは悪くねーってちゃんと証明すっからよ」

 

 不満を漏らすカカシをオビトがたしなめた。

 フガクはミナトに厳しい語調で迫った。

 

「これはうちは一族に深く関わる問題だ。これ以上の隠し立てをするのであればこちらとしても考えがある」

「ええ、あなたたち一族を蔑ろになんてしません。トビラたちのことだけでなく……九尾のこともあなたの協力がこれから必要になるでしょうから」

 

 フガクはリンたちのそばに佇むクシナを一瞥し、ため息をついてマダラが残した団扇を拾った。

 ちなみに、マダラの持っていた死神のような鎌は一緒に封印されてしまっている。

 

「この団扇は我が一族の族長に代々受け継がれたとされる神器。マダラが持ち出したことで行方が分からなくなっていたが、こうして戻ってきた以上、これはうちはで保管する。よろしいですな?」

「うむ。それが良かろう。さて皆の者、里に戻るぞ。オビト、トビラ。窮屈で済まぬが里に戻り、ワシが皆に説明するまで辛抱してくれるか」

「あら猿飛先生、私も拘束を受けるんですけど」

「大蛇丸、お主は自業自得じゃ」

 

 こうして大蛇丸とオビトは大人しく腕のみの封印に応じ、厳重な全身の拘束術を受けているトビラはトリフに抱えられた。

 ようやく一行は里へと戻った。

 

 

 突然の緊急事態に騒然としていた里ではあるが、三代目が戻ってすぐに火影塔のてっぺんで危機が去ったことを宣言したおかげで避難所にいた者たちも解放された。

 里が態勢を戻す中、トビラとオビト、大蛇丸は拘束を受けた状態で結界の中に閉じ込められていた。

 その部屋には三代目、ホムラ、トリフ、ダンゾウに加え、ミナトとフガクの姿も。

 さらに里で指揮を執っていたコハルが入室し、彼女は部屋に入ってすぐフガクの姿を見つけ、詰め寄った。

 

「フガク! 行ってはならぬと言ったのにお主、勝手に里を出たのだな!」

「コハル、今はそれどころではない」

「そうじゃ。マダラ封印はフガクの尽力もあり成せたこと」

 

 ホムラ、三代目に言われ、憤っていたコハルもフガクへの糾弾をやめ、トビラたちに目を向けた。

 

「うちはの双子はともかく、なぜ大蛇丸まで?」

 

 彼女の問いにダンゾウが冷たく言った。

 

「それを今から確認するのだ。三代目、さっさと始めるぞ」

「うむ。別室で待機しておる者たちのためにも疑念を解消しよう」

 

 マダラの現場にいたカカシ、リン、シズネ、ノノウ、自来也、綱手、クシナは別室で待機している。

 三代目がまず説明を始めた。

 

「まず初めに、フガクには謝らなければならぬことがある。うちはオビトが生きていたことをお主に黙していたことをの。ミナト、オビトを見つけた状況について今一度、説明してくれぬか」

「はい。私は半年前、任務先にて班員のトビラ、カカシ、リンと共に彼を発見し、保護しました。元々、別の任務で身体を潰されたはずのオビトは柱間細胞という、初代火影の細胞を半身にくっつけられたことによって生き延びていました。そしてそれをオビトにつけたのはその時はまだ生きていたうちはマダラです」

「マダラ?! そんな前からマダラが絡んでいたのか?!」

「ええ。マダラは生かしたオビトを洞窟に閉じ込めていました。その洞窟は私とトビラで場所を確認しています。そして老いたマダラを殺したのはトビラです」

 

 ミナトの告白にフガクだけでなく上役たちも驚愕した。

 ホムラが尋ねた。

 

「ミナト、我らはマダラの死体を確認したとしか聞いていない。マダラのトドメを刺したのはうちはトビラなのか?」

「はい。死体は徹底的に焼かれていました。恐らく死体を利用されるのを警戒していたようですが……」

「マダラはそれすらも見越して自身のDNAを別に残しておいたということじゃの。それと、ミナトにそれも口止めしたのはワシじゃ」

 

 ホムラたち上役の非難の目が三代目に向いた。

 特にダンゾウはチクチクと言葉を投げかけてくる。

 

「ずいぶんと秘密ごとを抱えていたようだな。そのせいで里がこのような事態に陥ったと分かっているのか?」

「ああ、すべてはワシの責任じゃ。フガクへの説明に戻るが、オビトはマダラの下にいたこともあり、まずはその身体の安全を確認する必要があった。そして、柱間細胞に関しては大蛇丸がすでに研究していたこともあり、医療忍者の綱手を加えてオビトの治療を施している最中だったのだ」

「……オビトの生存を隠していた理由については分かりました。そうせざるを得なかった事情も」

 

 しぶしぶ納得したフガクに三代目は礼をし、結界の中のオビトに優しく声をかけた。

 

「そんな中でオビトが行方不明になったと聞いたが……オビト、お主がマダラの穢土転生をした事情について教えてくれるかの」

「大蛇丸さんの研究所に忍び込んで、術について書かれた巻物を見つけた。ゼツっていうマダラの手下に色々言われて……確かめたくなったんだ。弟のトビラのことや里とうちはのことを」

「ゼツ……あの地面に潜む者か。どさくさに紛れて姿を消したからあの者も探さねばならんな。オビトよ、お主がマダラを穢土転生したのはあくまで話を聞くためだったのだな?」

「そうです」

 

 オビトが頷いたが、ダンゾウは納得できていなかった。

 

「本当に話を聞くだけなら本来の使い方の通り、意志を縛った状態で穢土転生するべきだった。なのにあれだけ自由に動ける状態にしたのだから、里への害意は否定できん」

「それに関しては私の研究の賜物ですねぇ。私は二代目火影が成しえなかったことを……精度の高い状態での死者の蘇りを再現していたところだったんですよ。オビト君はその研究結果をもとに術を使った」

 

 なぜか自慢げに口を挟んだ大蛇丸にもの言いたげに視線を送る開発者。

 しかし、彼だけは全身を拘束されていて、口も動かせない。

 仕方なくトビラは心の中だけで否定した。

 

――成しえなかったのではなくて成さなかっただけだ! 俺の穢土転生に見合った戦術も知らずに大蛇丸め!

 

 大蛇丸の物言いにコハルが怒った。

 

「死者を愚弄しおって! なんたる危険な思想じゃ! 二代目様が術を開発したのとはわけが違う! お主は何も分かっとらん!」

「そりゃあ、あなた方が術のすべてを隠匿しましたからねぇ。どういった意図で開発したかなんてご本人も教えてはくれなさそうですし」

 

 大蛇丸がチラリとトビラを見たことにより、皆の注目が彼に集まった。

 

「本題に入ろう。オビト、大蛇丸。今回のマダラの復活にトビラは絡んでおらんのだな?」

「ああ、そうだ。トビラはカカシやミナト先生と一緒に俺を止めてくれた。コイツは何も悪くないんだよ」

「それが分かればよい。ダンゾウ、トビラの拘束を解くのじゃ。せめて話せるように」

「そいつらが嘘を言っている場合は……」

 

 渋るダンゾウをホムラがたしなめた。

 

「ダンゾウ。トビラはマダラ封印のためワシらと力を合わせ動いていた。マダラ復活の原因が分かった以上、本人の口から聞いた方がいい」

「…………」

 

 拘束が緩まり、トビラは口を動かすことが出来るようになった。

 そんな彼に三代目が頼んだ。

 

「お主の口から説明いただけるな、トビラよ」

「ああ。ホムラ達が勘づいている通り、俺はうちはトビラであると同時に二代目火影千手扉間の意識を持っている」

 

 彼がそう宣言すると、薄々気づいていたはずの上役たちがハッと息を飲んだ。

 震える声でコハルが問う。

 

「本当に二代目様……扉間先生なのですか」

「ああ。サルとミナトが黙っていたのは俺の意志を尊重してのことだ。あまり責めないでくれ」

 

 その語り方はコハルたちの記憶にある二代目火影そのまま。

 トリフが息を吐いた。

 

「その様子だと我々の知る二代目様のようですね。安心しましたよ。あなたほどの忍が敵になると里にとってはマダラに次ぐ脅威なのですから」

「大方、俺が乱心してマダラを穢土転生し、逆に制御できなくなって封印しようとしていたとでも思ったのだろう」

「ええ。それか兄のオビトがあなたすらも利用した可能性も考えていました」

 

 トリフとトビラの話にミナトが乱入した。

 

「二代目様、あなたはうちはの子供の身体を乗っ取った状態です。それについて弁明しておかないと、後々の遺恨になります」

 

 ミナトの視線の先には、あまりの事態に言葉を失うフガクが。

 トビラも頷き、彼に語り掛けた。

 

「うちはフガク。信じてもらえるかは知らんが、俺は気が付いたらこの姿になっていた。決して、うちはの子供の身体を狙って行ったことではない」

「そんなことを言われて信じろと……? よりによってその子供の身体で…………」

 

 フガクは混乱しながらもトビラに厳しい目を向けた。

 

「あなたは我々一族を警戒していたと聞く。まさかうちは一族を内側から監視するためにこんなことをしたのか?」

「違う。そもそも俺が警戒していたのはうちはに限らない」

「フガクさん! 信じらんねー気持ちは分かりますよ! 俺だってそうだったからあんな馬鹿なことをしちまったわけだし、マダラだって二代目火影ががうちはを潰すって思い込んでいた」

 

 オビトが割って入ってフガクに訴えた。

 

「でも、コイツはトビラ、俺の弟です」

「オビト、お前の弟がこんな得体の知れないものに乗っ取られているのに受け入れるのか?」

「トビラはトビラだ。二代目火影の意識っていうのも……ほら、俺もよく分かんねーけどクシナさんの中に封印? されているっぽい九尾ってのみたいなもんじゃねーかな」

「九尾?」

「そんな感じで二代目火影もトビラの中に封印されてるようなもんなんですよ、きっと」

「俺は尾獣と同じか」

 

 トビラは顔をしかめたものの、兄の言葉を否定はしなかった。

 そしてフガクにもう一度根気強く言った。

 

「フガク。俺はうちはの監視のために子供の身体を乗っ取ったわけではない。不本意にこの身体になってしまった」

 

 フガクは複雑な面持ちとなり、三代目へ顔を向けた。

 

「…………火影様、本当にこの子供……二代目火影は信用してよいのですね」

「うむ。どうかワシの顔に免じてはくれぬか」

「……他でもないあなたがそうおっしゃるのであれば……信じましょう」

「ありがとう、フガクよ」

 

 一旦は納得してくれたフガクに三代目は心から感謝した。

 落ち着いたかのように思えた室内ではあったが。

 

「どうして蘇るつもりがあったのなら先に言ってくれなかったのですか! その気がなかったとしてもせめて気づいた時点でもっと早く我々に言ってくれれば……もっとやりようはあったというのに!」

 

 なじるダンゾウの表情は老獪な里の上役としてではなく、二代目火影の護衛部隊だった若いころにそっくりだった。

 




誰が何を知っていて誰が知らないかわけわかんねーよな。
書いてるこっちもウグァー!ってなってる。
フィーリングでうまいこと読んでくれ! 頼むよ!

多分本文に入れられないので情報整理

大蛇丸→研究所誰か入ったみたいだから自来也たちと見に行こう
   →うわっマダラ穢土転生されてるじゃんヤバーい!
自来也→穢土転生?よく知らんけどまた大蛇丸が原因かよ
カカシ、リン、シズネ、綱手、ミナト
   →大蛇丸に付いていったらオビトが大変そうじゃん
ノノウ→なんか身体が塵で出来たマダラを名乗る人いるんですけど
三代目→塵で出来たマダラって穢土転生じゃん。先に行ってるね
   →穢土転生ってトビラが関わってるだろうけど先にマダラ殴ろうドゥクシドゥクシ
トリフ、ホムラ
   →三代目だけじゃ心配だしコハルに里は任せた俺らも行くぞ
   →トビラって扉間じゃね?え?まさか穢土転生も扉間繋がり?とりまマダラ倒すか
フガク→スサノオはマダラ!なんかオビトっぽい子がいるけどまずはマダラ!
サクモ→任務帰りになんかヤバそうな人いたから戦ってみた


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誰かがやらなければならない

 怒りだしたダンゾウをコハルとホムラがたしなめた。

 

「蘇るつもりも何も、二代目様がこの身体になったのは不本意だと言っておるだろうが」

「そうだぞ、ダンゾウ。少し落ち着いたらどうだ」

「なら今まで黙っていた理由はなんだ?! 二代目という最高の忍を活かせていなかったのだぞ! これがどれほど里の損失になったと思っている!」

 

 ヒルゼンもたしなめる方に加わった。

 

「確かにその子の中に二代目様は生きているが、今はあくまでうちはトビラ。トビラは上忍として此度の大戦にも里に貢献してくれたではないか」

「バカを言うな! 上忍ではなく参謀として迎えれば今回の大戦ももっと木の葉に有利に出来たはず! 里の運営にも関わらせれば成し遂げられたことがどれだけあったことか……!」

 

 トリフはたしなめるのではなく、ダンゾウの言葉に頷いた。

 

「確かに参謀とまではいかなくとも、初めから中身が二代目だと知っていればもう少し難しい戦地を任せられたな」

 

 忍の配置を考える上忍班長としてはダンゾウに同調する部分があるらしい。

 しかし、その様子にオビトが結界の中から怒った。

 

「さっきから何言ってんだよ! 三代目の爺ちゃんだって言ってんだろ! トビラはトビラ! 俺の弟だ! もし本当にガキのころのコイツがおっさんたちに言ったとしてもどうせ信じねーだろ。さっきまであんなにトビラのこと警戒してたじゃねーか」

「確かにうちはトビラだけでなく我々うちは一族そのものへの警戒を強めそうですな。子供に二代目を騙らせ中枢に入らせようとしている、などで」

 

 今度はオビトの言葉にフガクがチクチクと同調した。

 主にその視線の先はダンゾウ。

 三代目の顔を立てて飲み込んだものの、九尾を鎮める邪魔をされた恨みは消えていない様子。

 トビラが口を挟んだ。

 

「俺が不用意に黙っていたせいで貴様らを混乱させてしまったのは悪いと思っている。しかし、サルに火影を譲った時点で俺は過去の人間。変にしゃしゃり出る方が里の為には良くない」

「何を言っているんですか! あなたが指揮した方がいいに決まっているでしょう!」

 

 ダンゾウの中で溜まっていたものがあったのだろう。

 

「あなたが囮になったあとに里がどうなったか分かっているんですか?! どれだけの一族が反旗を翻し、周辺国が木ノ葉を潰そうと狙ったことか! あなたは確かに完璧な忍だった。けど、最後のあの選択は間違いだった!」

「ダンゾウ! そんなことを今さら二代目様に言ったって仕方ないであろう!」

「そうだ! 二代目様は我らを守るために……」

 

 止めようとするコハルとホムラにダンゾウは怒鳴った。

 

「だからそれが間違いだと言っているんだ! 二代目はあの時点で火影! 俺らは護衛部隊! 護衛対象が護衛部隊を守るなんておかしいだろう! あの場はたとえ非情と言われようとも自分の命を優先し、囮を選ぶべきだった!」

 

 あまりに鬼気迫る勢いにコハルたちも気圧された。

 ダンゾウの強い視線がトビラに向く。

 

「あなたがあの時俺を囮にすれば……その後の犠牲ももっと少なくて済んだ。そのぐらい分かっていたはずだ。あなたほどの忍がどうしてあの時に限って大局を見なかったのですか!」

「……よほど苦労したようだな。ダンゾウ」

 

 トビラはそのまま続けた。

 

「だが、もしもあの時貴様が囮として死んでいれば、犠牲を出さずにマダラを封じることもできなかっただろうな。あれほど強力な封印術、俺でも見たことが無い」

 

 歪むダンゾウの表情。

 静かになったのを狙い、ミナトが進み出た。

 

「積もるお話もあるでしょうが、そろそろ別室に待機するクシナたちのためにも今後のことについての話し合いに移りましょう」

 

 その間、ダンゾウの脳裏にはこれまでの過去がよぎった。

 これから始まるのはよくある回想。

 

 二代目火影を亡くした後の里は混乱し、崩壊寸前だった。

 その混乱に乗じた周辺国が木の葉へ舐めた対応をすることも。

 

「新たな雷影はこちらに賠償する気が無いだと?! ふざけるな! こっちは二代目様を失ったのだぞ!」

「ダンゾウ、向こうも二代目を失ったばかりだ。クーデターを抑えるだけで精一杯らしい」

「ヒルゼン! そんな言葉に騙されているんじゃない! 三代目雷影となった忍はもともとかなりの手練れだ! ここで甘い顔を見せれば木ノ葉は舐められる!」

 

 ヒルゼンも相談役たちもまだ若かった。

 そもそも、初代火影から始まった里システムもまだ確立したとは言えない状態。

 若き忍たちで集まり、意見を言い合いながら手探りで政治をするしかなかった。

 

「だからと言ってまた戦争を始めるのはこちらとしてもキツイ。今は内政に力を注ぐべきだ」

「二代目様が生前から手を回しておいてくれたおかげで一族の離反まではいっていないが、いつ周辺国に寝返るか分からない」

「そうだな。みんなの言う通り、まずは里の結束を固め直すべきだ」

 

 里の多くの者が三代目火影猿飛ヒルゼンを支持した。

 だが、中にはそうでない者たちも当然いた。

 千手一族でない者が火影を継ぐなら我らが一族の長でもよいのではないか、そんな意見も出ていたのだ。

 ヒルゼンたちはそう言った里の仲間を繋ぎ止める必要があった。

 

「カガミ、うちは一族の様子は?」

「警務部隊を担っている分、今のところ安定している。ヒルゼンの火影に反対する者も見る限りいない。もしも見えないところで企む者がいたとしても俺がどうにかする」

「頼むぞ。うちは一族に関してはカガミに見てもらうのが一番いいのだから」

「ああ、分かっている。二代目様もそれを見越して俺を護衛部隊に加えたのだろうからな。役目は全うするさ」

「カガミだけじゃない。俺はこの通り、力が及ばないところが多い。だから相談役のみんなの力が必要だ。頼む」

 

 戦闘なら負け知らずのヒルゼンも政治に関しては頼りない若造。

 それでもどうにか里の信頼を集めているのは偏に彼の人間性が大きい。

 火影になってもおごることなく、皆に頭を下げる彼にダンゾウは言った。

 

「そんなことは分かっている。火影のお前は里に集中しろ。けど、里の外を放っておくこともできない。雲隠れに触発され、火の国の中でもクーデターの動きが見える。俺はそちらをどうにかする」

「火の国の中でも? それなら俺が直接話し合いをしに……」

「お前は火影だ! 里を離れるな!」

 

 ダンゾウの言葉を相談役の誰も否定しなかった。

 里の中に心配がある以上、火影は里を離れることができない。

 離れている間にクーデターを起こされる可能性もあるからだ。

 

「千手扉間のいない木ノ葉隠れなんて大したこと無い! このまま里へ向かうぞ! そして火の国を我らの手に! 行くぞ!」

「そうはさせない」

 

 光当たらない場所で育つ叛逆の芽を摘むのは自然とダンゾウの役目になっていた。

 突風がすべての命を刈り取っていく。

 

「危ない!」

「父ちゃん!」

 

 ダンゾウの攻撃から子を庇った父親が血を吐き、倒れる。

 子供はせっかく父親の作った時間を活かせることも出来ず、死んだ父を揺さぶる。

 

「父ちゃん! 父ちゃん!」

 

 その子供も父親の死体に重なって倒れた。

 その涙の痕はまだ乾いていない。

 

「愚かなもんだな。一時の感情で助けた子供も、他に助ける者がいなければ結局は死ぬしかないのだから」

 

 重なる死体が増えるうちに火の国の中も落ち着いて行った。

 代わりに、周辺国との争いに悩まされることに。

 

「雲隠れめ……! クーデターを抑えるのに苦戦するふりをしてこちらを攻める準備を整えていたか!」

「便乗して岩隠れも宣戦布告してきたぞ!」

 

 戦争により、多くの忍が死んでいった。

 ダンゾウが必死に駆け付けた先で惨殺されていた若い忍たちも大勢いた。

 

――二代目があの時囮になっていなければ回避できた戦争だ。弱くて若い忍がどれだけ生きていようと、それを守る強い忍がいないと結局は死ぬ。

 

 どれだけ犠牲を出そうと、里を守るための戦いは止まらない。

 皮肉なことに、外の敵が増える分、里の中の結束は強まった。

 

「我々は木ノ葉隠れの忍! 里を、我が子を守るぞ!」

「俺らには忍界最強の三代目火影がいる! 怯むな!」

 

 結束の中心にいるのはいつでもヒルゼンだ。

 どれだけの強敵がいようとも、彼がいれば退けることができた。

 その絶対的な安心感が里に自信を与えた。

 

――ヒルゼン、結局はお前だ。俺がどれだけ何をしようと結局はお前に……

 

 ダンゾウの手はかつての仲間の血で汚れることも多かった。

 なのに、ヒルゼンの手はいつだって仲間を守るために汚れる。

 誰もが光の中を進むヒルゼンに憧れ、頼り、信じた。

 次第にダンゾウはその光から外れて行った。

 

「うわぁーん!」

「どうしてこんなところに子供が? どうしたんだ、坊主?」

「死ね! 家族の仇!」

 

 戦時中は誰だってなりふり構わず攻撃して来る。

 木の葉のとある忍に迫る子供の刃。

 

「戦場で油断するな。俺らは忍、憐みも優しさも感情もいらない」

 

 その忍を助けたのはダンゾウの刃。

 子供の心臓を貫いていた。

 

――ヒルゼン、お前にはこんなことできないだろうな。だが、こうしなければ里は守れない。俺は俺のやり方で里を守る。

 




回想終わり


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喧嘩はやめて(尺的な問題で)

 

 ダンゾウが回想に夢中になっている間にマダラのことをどう里に発表するか話が進んでいた。

 

「完成体スサノオは里の皆が見てしまっておる。あれをどう説明するべきか……」

「我々が対処したのも里の者たちは知っている。変に隠すのはよくない」

「かと言って、穢土転生が世に出るとせっかくまとまりつつある各国との休戦協定が無になるぞ」

「ここはマダラが生き延びていたものの、倒すことに成功したと発表するべきです。いかがでしょうか? 三代目」

 

 コハル、ホムラ、トリフの話し合いの末にミナトが出した提案に三代目も頷いた。

 

「うむ。それが良い。フガク、その際にうちはの神器を皆に見せてもらえぬか。うちはマダラが持ち去った団扇が何よりの証拠になる」

「勿論です」

「その際にはお主の尽力もあってマダラを倒せたと強調しておこう。そうすればうちは一族への追及をする者もいないであろう」

 

 ようやく回想を終わらせたダンゾウが待ったをかけた。

 

「もとはと言えばうちはオビトが穢土転生でマダラを呼び出したことが原因だ。うちはが引き起こした問題をうちはが治めたことにするというのはどうかと思うが。これを機に増長したらどうする」

「当然、此度のマダラ討伐に尽力した者たちの名も出す。そしてダンゾウ、今回の一番の尽力者はお主だ。封印のことは言えなくとも、お主が決め手となったことを……」

「やめろ! 俺はそんな浅はかなものを求めて言っているのではない。一族の者が引き起こした責任を持たずに功績だけを与えるやり方に問題があると言っている」

 

 ダンゾウの言い分にオビトが怒鳴った。

 

「マダラを穢土転生したのは俺が勝手にやったことだ! うちは一族もフガクさんもトビラも悪くねーよ! 俺がやったことの責任は俺が自分で取る!」

「当たり前だ。しかし、お前がしでかしたことの責任は一人で済む範疇を超えている」

「責任はもちろん俺が取る。そもそも俺がこの身体のことを兄さんに説明しなかったことで起きた問題だ。いま考えなければならないのはマダラと今のうちは一族が繋がっていた疑念を生じさせないこと。フガクが討伐に関わっていたことを周知させればそれも回避できる」

 

 淡々とトビラが言うと、ダンゾウは顔を歪ませた。

 

「なぜその子供にそこまで入れ込む?!」

「その子供ではない、兄さんだ。ダンゾウ、いつまでも俺を二代目火影として見るな。今の俺はうちはトビラだ」

 

 トビラは三代目に言った。

 

「サル。いい加減、綱手あたりがしびれを切らしているころだ。俺への疑念を解消できたのであれば皆をここに通した方が良い」

「そうですな」

 

 別室に待機していた綱手は開口一番に文句をつけた。

 

「いつまで待たせてんだ! どうせ年寄り共でダラダラ昔話でもしていたんだろう!」

「まあ、間違ってはいないわね」

 

拘束術と結界から解放された大蛇丸が合いの手を打つ。

 三代目はオホン、と咳ばらいをし、トビラのことやオビトが使った術について説明した。

 マダラがトビラのことを「扉間」と呼んでいるのを聞かれている以上、隠し通すことはできない。

 そのため、マダラ封印に参加した者たちには包み隠さず話すこととなった。

 これに素っ頓狂な声を上げたのはまたしても綱手。

 

「大叔父様だと? このガキが?」

「ちょっと綱手様!」

 

 シズネが慌てて止めるが、綱手は訝し気にトビラを見下ろしている。

 

「やけに偉そうなガキだとは思ったが……信じられんな」

「だから綱手様! 相手は二代目火影様ですよ!」

「今はうちはのガキとして生きているのに今さら大叔父様として扱えるか。お前だってその方がいいだろう」

「ああ。それでいい」

 

 祖父である柱間ならともかく、大叔父の扉間は綱手の記憶に薄い。

 だからか、ダンゾウたちに比べるとあっさりとした再会となった。

それにつられ、カカシたちもそんなものか、と受け入れることができた。

 三代目は話を進めた。

 

「先ほども話したように、穢土転生の術については他言無用とする。そしてオビトの身体のことだが……綱手。オビトの心臓にはマダラが施した呪印札がある。今のお主ならそれを除去する手術ができるはずじゃ」

「呪印札? オビト、見せてみろ」

 

 綱手はオビトの胸に手を当て、首を傾げた。

 

「そんなもの無いぞ。マダラに胸をぶち抜かれた時に外れたのだろう」

「え?! じゃあ今の俺、心臓ねーの?」

「あと数センチずれていたら全部消えていたな。おじい様の細胞が無けりゃ即死だ」

「いったいどうなってんだよ柱間細胞……」

 

 マダラの呪印札が無くなって嬉しいような、呪印札と同じぐらい不気味な細胞がくっついている気味悪さが気になるような、複雑な表情をするオビト。

 だが、三代目は素直に喜んだ。

 

「そうか。であればオビトを縛るものはもう何もない。これなら生きて戻ったことを隠さずともよくなる」

「まさかヒルゼン、うちはオビトの生存を里に知らせるのか?」

「それはさすがにどうかと思うぞ」

「柱間細胞のことはあまりに未知数だ」

 

 相談役のホムラ、コハル、トリフが揃って難色を示した。

 が、ミナトが割って入る。

 

「柱間細胞のことを伏せればいいだけです。いつまでもオビトを病室に縛り付ける方が里にとっての損失です。オビトは木遁も写輪眼も使えるのですから」

「うむ、ミナトの言う通りオビトの力を眠らせるのは勿体ない。綱手よ、オビトはまた忍として動けるのだろう?」

「見ての通り、おじい様の細胞のおかげでピンピンしているさ。正直、私が看る必要もない」

 

 ダンゾウが進み出た。

 

「忍としての復帰以前に、マダラ復活の処罰を与える方が先だ。はたけカカシの例により、その子供の写輪眼は別の者でも扱えることが分かっている。ならば、写輪眼は没収した上で拘束するべきだ」

「それは族長として反対する。写輪眼はうちは一族の血継限界。はたけカカシに移植されたオビトの眼はあくまで特例です」

「そうじゃぞ、ダンゾウ。この子から光を奪うなんてしてはならぬ」

 

 フガクと三代目に反対されてもダンゾウは頑なに主張した。

 

「その子供に力が集中しすぎていることこそ問題だ。話によるとその写輪眼、強力な時空間忍術だというじゃないか。さらに初代火影の木遁も使え、穢土転生も扱える。どれをとっても危険でしかない」

 

 ダンゾウはさらに続ける。

 

「柱間細胞の適合者ということで命までは取らずとも、力の集中は削いでおくべきだ。この子供は感情のままにマダラを蘇らせ、里を滅ぼそうとした。もう一度同じことが起きないと言い切れるか?」

 

 ダンゾウの主張にオビト本人は否定できなかった。

 すでに一度犯した過ちがあるからだ。

 けれど。

 

「そんなこと俺がさせません」

 

 オビトをかばうように前に立つカカシ、その片目には赤い写輪眼が光っている。

 

「オビトから目を奪わなくとも、俺が貰ったこの目があればオビトの写輪眼に対抗できます」

「……ならばうちはオビトが再び里に反旗を翻した時、お前が殺せると言いたいのか?」

「殺さずとも必ず止めます。仲間は俺が絶対に守ります」

「殺す決意が持てぬ者にその目は持たせられん。もしもうちはオビトの眼を奪いたくないのであれば、お前のその目をもっと信用のできる忍に……」

「いい加減にしろ! うちはの写輪眼を貴様の好きにはさせん!」

 

 堪忍袋の緒が切れたフガクが吠え、印を構えようとした。

 が、その前に。

 

「もういい! ミナト先生もカカシもこんな俺にそこまでしなくていい!」

 

 オビトが悲痛に叫んだ。

 



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YouTubeの公式チャンネルで公開された「うちは一族特集」良かったよね


 

 マダラが完成体スサノオで空を割ったせいで、里の上に出来ていた雲はぱっくりと割れている。

 そのせいで里は光が差す部分と曇り空でかげる部分ができていた。

 そして、晴れたまま雨が降り出し、里の者たちを濡らしていく。

 

「これはいかん! 早く帰らねば風邪を引かせてしまうな! しかし安心するがいい! 俺の青春パワーなら雨も弾く!」

「あの……俺は自分で歩けるので降ろしてください」

「遠慮はいらん! 誰かを背負って走るのも良い修行になる!」

「俺を重り代わりにするのはやめてください」

 

 避難所から出ることができたガイは、一緒にいたイタチを背負ってうちは地区へと駆けた。

 イタチは無理やり降りることも出来ず、背負われるまま。

 

――雨粒が当たるよりも駆けるスピードが早いおかげで濡れていないな……

 

 仕方なくガイの走りを分析するイタチ。

 

「あれ? イタチ? 怪我でもしたのか?!」

「む? 友達か?」

 

 シスイが声をかけて来たことでガイも足を止めた。

 ちょうど甘味屋の軒下で雨宿りにもなりそうだ。

 

「いや、俺はどこも怪我していない。この人の重りにされていただけだ」

「お守りしてもらったのか?」

「違う。重りだ」

「だからお守りだろ」

「……もういい」

 

 やっと背中から下ろしてもらえたイタチは安堵の息を吐いた。

 その様子からイタチが進んで負ぶってもらっていたわけじゃないと悟ったシスイはヒソヒソと尋ねた。

 

「そんなに嫌ならさっさと降りれば良かったのに」

「この人を甘く見るな。降ろしてももらえなかったんだ」

「イタチが?」

 

 イタチは3歳とは言え、すでに運動神経はかなり良い。

 大人の背中から飛び降りるぐらいわけないはずだ。

 それをさせてもらえなかったということは、この全身緑タイツの男はかなりの強者。

 シスイの中で上がるガイへの評価、イタチの中で上がるガイへの警戒心。

 

「お天気雨というやつだな。雲が流れればすぐに雨もやむ。このまま待つとしよう!」

 

 そう言って逆立ちを始めるガイに二人そろってビクッとした。

 木の葉の気高き碧い猛獣が考えることはシスイたちにとっても予想外。

 

「君らもやるか?」

「いえ、結構です」

 

 きっぱり断ったイタチの目が店内へと向く。

 彼らが雨宿りしている甘味処は早くも営業再開していた。

 

「イタチ。お前さっきアイス食べたばっかりだろ。ミコトさんに叱られるぞ」

「雨宿りの迷惑代を払うべきだとは思わないか」

「ったく。じゃあせめて半分こな」

 

 二人は軒下で逆立ち腕立て伏せをするガイを放って店内で甘味を満喫することにした。

 

 一方、雨の届かない場所にいるオビトは肩を震わせ、ダンゾウたちに訴えた。

 

「アンタたち上役が俺を信用できないのは分かる。俺は弟を信じ切れず、仲間を傷つけたクズだ。ここに来た時からもう覚悟はできている。俺の存在が里のためにならないのなら、どんな処罰も受ける」

 

 そう言って顔を上げたオビトは真摯にダンゾウを見つめていた。

 そのまっすぐな視線はダンゾウもたじろぐほど。

 

「だからカカシから俺の目を奪うのはやめてくれ。あいつは俺と違って里を守った英雄だ」

「いいだろう。ならばその目を」

「お前はさっきから何様だ!」

 

 オビトに気がいっていたダンゾウは掴みかかって来た綱手に反応が遅れてしまった。

 

「綱手! 何をしておるのじゃ!」

「その手を離せ!」

 

 ダンゾウの胸ぐらを掴む綱手に驚きながらも止めようとするホムラたち。

 そんな彼らにも綱手は一喝した。

 

「アンタたちもアンタたちだ! 確かにオビトは一度間違えたのかもしれない! けど、こいつの火の意志は消えちゃいなかった! 今のコイツは里の脅威じゃない! 木の葉を守る忍、うちはオビトだ! だからこそミナトもカカシもトビラもここまで動いている!」

「身内で目がくらんでいるだけだ……あらゆる可能性に対処しないと里を滅ぼす」

 

 ダンゾウは綱手に掴まれたまま言い返した。

 綱手はそんなダンゾウを突き飛ばすように手を離し、見下ろした。

 

「猿飛先生にあってアンタに無いもの……それは信じる力だ。里はもうアンタたちの時代じゃない。ミナトを次の火影として選んだのなら、その決定を尊重するんだな」

 

 尻餅をついたダンゾウに寄り添うように集まる相談役たち、そして語りかける三代目。

 

「こちらで枷をつけなくともオビトはもう大丈夫であろう。ミナトたちがついておるのだから」

 

 さらにヒルゼンは言った。

 

「のう、ダンゾウ。すまなかった。ワシはお前にちと頼りすぎた。ワシが誰よりも甘い忍びだったせいでお前に里の闇を全て背負わせてしまったのだからな」

 

 ヒルゼンはいまだ尻餅をついたままのダンゾウに手を差し出した。

 

「もう次に託す時が来たのであろう。ワシらもようやく隠居が出来そうだ」

「…………な」

 

 これ以上の屈辱はない。ダンゾウはそんな表情をしていた。

 

「ふざけるな! どこまでも俺をバカにしおって!」

 

 差し出された手を叩き、ダンゾウは一人で立ち上がった。

 そしてそのまま部屋を出て行ってしまった。

 

「ダンゾウ!」

 

 追いかけようとする三代目を相談役たちが止めた。

 

「ヒルゼン、今はダンゾウよりも里だ」

「オビトのことはミナトに任せるとして、他にも決めることは山のようにある」

「次に託すのはいいが、今の火影はお前だ」

 

 トビラへの疑念が解消され、オビトの処遇もミナトが決めることとなり、話は里の運営へと移った。

 さすがにそこまでの会議にカカシたちが参加する必要もないため、里の上役やミナトを除いた者たちはここで解散することに。

 

「オビト、君のことは後で決める。今は綱手様たちと一緒に病室に戻ってくれ。自来也先生はすみませんがクシナを……」

「ああ任せておけ。こうなったら乗り掛かった舟だ。ワシがちゃんと家まで送る」

「お願いします。クシナ、俺がそばにいてあげられなくてすまない」

「いいのよ。それよりもしっかりね、ミナト!」

「ん!」

 

 申し訳なさそうにしていたミナトだが、クシナに激励され一気に嬉しそうな顔に。

 そんなミナトに自来也は釘を刺した。

 

「そうだぞ、ミナト。ここでしっかりやれる男だってところを見せないとあっという間に綱手姫に火影の座を奪われちまうぞ」

「バカを言ってるんじゃないよ。五代目火影はもっと適任がいるだろ」

 

 綱手の目が所在なさげなオビトへ向く。

 だが、当のオビトは困惑し、泣きそうな表情をしている。

 

「なんでだよ……どうしてミナト先生も綱手のおばさんもカカシもそこまで俺に……」

 

 うつむくオビトにカカシは優しく語り掛けた。

 

「オビト……写輪眼を通して流れ込んできたんだ。お前の痛みが」

 

 カカシの写輪眼が歪む。

 

「お前が見た絶望が俺にも見えた。すべてを信じられなくなって憎むほどの絶望が。だからこそ逃げようとした気持ちも分かる」

「カカシ……」

「でもな、この目がある以上、お前一人で逃げるなんて許さないよ。神威を使って逃げたとしても、俺もそこへ行ける。俺はもうお前を暗い場所へなんか行かせたくない」

「そこまでするほどの価値は俺には…………」

「お前も俺の仲間だ。俺だって仲間を守らないクズにはもう……なりたくないんだ」

 

 カカシの言葉に俯くオビトの目から涙がぽろぽろ零れた。

 

「相変わらず泣き虫だね、お前は」

「うっせーんだよ……バカカシ…………」

「ほら、行くよ」

 

 立ち止まるオビトにカカシが手を差し出す。

 その手を素直に受け取ったオビトは歩き始めた。

 そんな彼にサクモが振り返って微笑みかけた。

 

「言いそびれていたけれどオビト君。息子を守ってくれてありがとう。君が生きていて良かったよ」

 

 オビトの目が潰れたサクモの利き腕に向く。

 その視線に気づいたのだろう。サクモは気にするなとばかりに静かに首を振った。

 そんなオビトの背を綱手がドン、と叩く。

 

「いい男になりなよ! リンたちがお前を死ぬ気で助けたんだからな。無駄にしたら許さないぞ」

「あ! そういやリンもシズネも、それとえーっと……」

「薬師ノノウです。これでも医療部隊長をしています」

「ノノウさんもありがとう! あんま覚えてねーけどなんかすげーことして俺の胸の穴塞いでくれて…………」

 

 オビトの手がふさがれた穴を押さえた。

 

「おかげでみんなのチャクラをここに感じる。あ、もちろんトビラがくれた血とチャクラも……ってあれ? トビラはどこだ?」

 

 てっきりそばにいるかと思っていた弟の姿がないことに慌てるオビト。

 大蛇丸が答えた。

 

「トビラくんならちょっと用事ができたらしいから別行動よ」

「はぁ?! こういう時って一緒に来るもんなんじゃねーの?! トビラぁ!」

 

 オビトが叫んでいる一方でトビラは建物の外にいた。

 里に振っていた天気雨もやみ、太陽が雨に濡れた建物をキラキラと輝かせる。

 

「お、見ろよイタチ。こんなデカいの珍しいな」

 

 同じころ、甘味処にいたシスイがすっかり晴れた空に気づいて指さした。

 そこには空いっぱいの虹がかかっていた。



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ほのぼのしたいのに

 オビトたちと別行動をとるトビラはある場所の地下深くにいた。

 

「なんのご用ですか。こんなところまで」

「まだ話の途中だったからな」

 

 ダンゾウは振り返り、トビラと向き合った。

 日の光の当たらない暗い場所だ。

 自嘲気味に笑いながらダンゾウが尋ねた。

 

「あなたのお兄さんへの処遇がご不満だと?」

「いや、俺が貴様の立場なら同じことを検討していただろう。それよりも決めることがある」

「これからの里のことならば三代目たちと四代目が決めるでしょう。元々、私は表の運営にはそこまで関わっていないから……」

「そうじゃなくて、俺の処遇についてだ」

「あなたの?」

 

 虚を突かれたダンゾウへ畳みかけるようにトビラは淡々と話を進めた。

 

「言っただろう。責任は俺が取ると。ダンゾウ、かつて俺を根に勧誘したことがあったな。その誘いを受けるとしよう」

「今さら何を言うのです。そもそも三代目火影がああ言った以上、私の活動も控え、根も解体せねばならん」

「一度蒔いた種をそのままにしておくとどう伸びるか分からないぞ。根のことは貴様にしかどうすることもできないのだからな」

「代わりにあなたが根を引き継ぎたいということですか?」

「あくまで俺は根に入ると言っている。今回の騒動で人員に不足が出るんじゃないか? ノノウとか言う忍、あれは根の者だろう」

 

 トビラの問いにダンゾウはとぼけた。

 

「はて、あの者は確か医療部隊長であったかと」

「ノノウから得たマダラ復活の情報をサルたちにも伝えたのはお前だろう。マダラに使ったあの封印術、あれはすぐに用意できるものではない。サルたちがマダラを抑えている間にお前は封印の手はずを進めていたのではないか? あの短時間であれほど穢土転生にうってつけな封印を開発したのだから大したものだ」

「それよりも前から用意していたのですよ。本当はあなたに使うつもりだったのですがね」

 

 ダンゾウの恨みがましい視線がトビラに向く。

 

「うちはオビトを連れ帰ってからのあなたはかなり禍々しいチャクラを放つようになりましたから、てっきりマダラが乗り移ったのかと思いましたよ」

「写輪眼の力が強まったからそう見えたのか。この身体はマダラの子孫、うちはとしての力が強くなればなるほどマダラに近づくだろうな」

 

 思いもよらない指摘にトビラは分析しながらも驚いた。

 

「結局乗り移っていたのは二代目のようですが安心はできませんな。そのうちはの身体にいつお心を蝕まれるやら……」

「貴様の言う通り、怒りに飲まれる感覚があるのは事実だ。特に生き延びていたマダラと対峙した時は自制が効かなかった自覚はある」

「では今のあなたは二代目でありマダラであるということですか」

「そういうことだ」

 

 厄介者を見る目をするダンゾウ。

 

「なぜそれを今ここで私に話した? まさかあなたがマダラに成り代わったら私に殺せと言いに来たのですか? ヒルゼンにはできないからこの私に」

「確かにサルに俺は殺せないだろうな。だが、俺とてみすみす殺されに来たわけではない。マダラ自身は封印されたが、奴の企みはまだ明らかになっていない。それを探す人間が必要だ」

「あなたがそれを?」

「そうだ。兄さんがマダラを蘇らせた以上、火の国以外にもその影響は出る。俺はその後始末をするとともに、マダラの企みを阻止せねばならん」

「それがあなたの責任の取り方だと言いたいのですか」

「ああ。マダラは用心深い男だからな。きっと痕跡は闇に隠されている。それを探るには火影だけでは手が回らん。この忍界の闇を知る者も必要だ。貴様のような忍がな」

 

 トビラはさらに続けた。

 

「ノノウは今回のことであまりに目立ちすぎた。これでは他国への潜入も困難だろう。俺はノノウの代わりはできんが、組織の穴を埋めることはできる。この世界にばらまかれたマダラの企みを追う根の一員としてな」

「どうやら乗っ取るのはその身体だけではないようですな。私が作った根も結局はあなたの手に……」

「根は木ノ葉を裏より支える組織だと聞いている。違うか?」

「……ええ、もちろん。すべては里のため忍の世のため……。いいだろう。うちはトビラ、本日よりお前を根の一員に加える」

 

 ダンゾウは心底嫌そうな顔で宣言した。

 自分が作った組織にかつての上司が部下として入るのだからやりづらいことこの上ないのだろう。

 かと言って、トビラの申し出を跳ね除けることもできない。

 マダラの計画を探り、阻止することが里のためになるとダンゾウも分かっていたからだ。

 

「トビラよ、早速だがお前の耳に入れておきたい話がある」

「なんだ?」

「雨隠れで急激に大きくなっている組織について。名は“暁”」

 

 同じころ、オビトの病室にてフガクが尋ねた。

 

「オビト。俺が見た限り、うちはマダラの目は片方にしかなかった。片目の行方を知らないか?」

「そもそもあの片目も拾いもんだって言ってましたよ。だからもし俺が死ぬつもりならこの片目を寄越せって言ってきたし」

「あの片目も拾い物? うちはマダラ本来の写輪眼はどこへ?」

「分からないですけど、ジジイの姿で生き残っていた時から片目だけでしたよ。そういえばトビラもマダラと戦っている時に気にしてました」

「そうだろうな。マダラの写輪眼は永遠の万華鏡写輪眼。もしその目を誰かが持っているとしたらそれだけで厄介だ」

 

 話を聞いていた自来也が加わった。

 

「しかし、木ノ葉以外の忍が写輪眼を持っているなんて噂、聞いたことがないぞ。もしも写輪眼を……しかも両目あるとすれば何かしら噂は漏れるはずだ」

「隠し持っているのかしらね。あまりに強力な力を誰も使いこなせていないのかも。カカシもかなりバテているじゃない」

 

 大蛇丸が言う通り、オビトが使うはずのベッドに今はカカシが横たわっていた。

 ようやく事態が落ち着いたことでどっと疲れが出てしまったからだ。

 そのまま休ませるのが一番、ということでオビトが快くベッドを明け渡したところで始まった会話だった。

 綱手に無理やり連れてこられ、抜け出るタイミングを失ったノノウがふと言葉を漏らした。

 

「紋様が通常の写輪眼と変わって気づかれていない、という可能性はありませんか?」

「紋様? ノノウ、どういうことだ?」

 

 綱手の問いにノノウはオビトとフガクに目をやった。

 

「万華鏡写輪眼とやらは通常の巴が浮かぶ紋様とは違います。しかも個人差があり、オビト君の目とフガクさんの目も違う形をしていました」

「そうなのか? 俺、自分で見えないから気づかなかったな」

 

 そう言いながらオビトは万華鏡写輪眼を出した。

 

「フガクさんと違うってこの目の紋様だろ?」

「やめなさい! 万華鏡写輪眼はそんな気軽に出すものじゃない! これは使えば使うほど失明するものだ!」

 

 怒鳴りつけるフガクにオビトもその場にいた者も驚愕した。

 

「フガク! お前そんな大事なことなんですぐに言わなかった? お前もさっき使っていただろう! すぐに看てやるから来い!」

 

 フガクは首を振った。

 

「綱手様。これは医療忍術でどうにかなるものではありません。それだけの力があるということです。そもそも、使うだけでも消耗するはずなのに……オビト。お前は平気なのか?」

「俺、そんなことに気づきもしなかったです。さっきの戦いで何度か使ったけど視力が落ちた感じもしないし……」

「これも柱間細胞のおかげかしら」

 

 言いながら、大蛇丸の目が爛々と輝いている。

 かなり興味を引かれている様子だ。

 綱手はそんな同志にため息を吐き、フガクとオビト、そしてカカシを見渡した。

 

「なんにせよ、そんなリスクのある代物ならホイホイ使うものではないな。フガク、このことは火影たちにも報告しろ」

「ええ」

 

 頷くフガクはなおもオビトに目が向いていた。

 

「万華鏡写輪眼の失明から逃れるためには永遠の万華鏡写輪眼を得るしか方法はないと思っていたが……まさか、相反する二つとはうちはと千手の力?」

 

 驚きのあまり、フガクの口から洩れる言葉。

 そしてハッと何かに気づいた。

 

「オビト。確か生き残っていたうちはマダラは千手柱間の細胞を埋め込んだと言っていたな?」

「そ、そうです」

「ならばマダラはもしかしたら輪廻眼を開眼したのかもしれん」

「輪廻眼?!」

 

 フガクの言葉に大きく反応を示したのは自来也だった。

 



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雨が降る里へ

 

「なるほど。自来也が面倒を見た子供たちの中に輪廻眼を持つ者がいて、その目はマダラが埋め込んだ可能性が高いということか」

 

 火影室にて自来也とフガクが揃って頷く。

 部屋には三代目含め彼ら3人のみ。

 

「輪廻眼とは伝説の存在かと思っていたがまさか写輪眼が行きつく先だとは……」

「うちは一族の者でそれを知るのは私だけでしょう。特別な目を持つ者だけにしか読めないうちはの石碑に書かれていました」

「特別な目……万華鏡写輪眼か」

「ええ。ですが私でも読めない部分はまだあったので……おそらく永遠の万華鏡写輪眼でないと読めない部分もあるはずです」

「なんと。フガク、それは一族の大切な秘密なのであろう。ワシらに教えて良かったのか?」

「確かに一族の誇りは守るべきですが……里あっての一族です。火影様ならば悪用もしないと信じています」

「もちろんじゃ。さて自来也、その子供らは雨隠れにいるのだったな?」

 

 自来也は真剣な面持ちで言った。

 

「ああ。俺が面倒を見たのは3人。輪廻眼を持つ子供の名前は長門。年は今のオビトたちより少し上ぐらいだろう」

「お主の放浪癖がこんなところで繋がるとはな」

「三代目、俺に行かせてくれ。俺ならば雨隠れの長門たちと話を通せる」

「うむ。かつての教え子であれば敵対せずに話ができるであろう」

 

 三代目が頷いたとき、扉が開いた。

 

「雨隠れの者が教え子だと? どういうことだ」

「ダンゾウ。それにトビラまで」

 

 ズカズカと入り込む二人、主にダンゾウに向けてフガクが顔をしかめた。

 

「火影様と重要な話をしているところなのですが」

「こちらの方が重要だ」

 

 言い返したダンゾウはそのまま自来也を睨みつけた。

 

「雨隠れの長門とは暁の忍だな。それがなぜお前の教え子なんだ」

「親もいない子供らに生きていくだけの術を教えただけだ。それより暁とはなんだ?」

「教え子がいる組織のことも知らずによく話が通せるなんて言えたものだな」

 

 嫌味を言うダンゾウの代わりにトビラが答えた。

 

「雨隠れで急激に拡大している組織らしい。平和を訴え、戦争を止めることを目的としているようだ」

「長門たちがそんな組織を……そうか、平和を」

 

 オビトが見つかってから里にいた自来也には届いていない情報だった。

 だが、その顔は嬉しそう。

 

「やはり予言の子は長門なのだな。なおさら、ワシが行かねばならんな。雨隠れならサンショウウオの半蔵がまとめている。半蔵は和をもって忍世界を平和に導かんと志す者であったはずだ。長門たちとも話が合うんじゃないか?」

「何を腑抜けたことを言っている。その暁という組織、その半蔵の主権すら脅かそうとしている。もしも暁が雨隠れを奪えば、混乱は避けられん。現に、半蔵から暁を潰す支援要請が来ている」

 

 ダンゾウの言葉に三代目が目を丸くした。

 

「あの半蔵から? 本当なのか? ダンゾウよ」

「すぐに暗部を手配し、暁は潰すべきだ。雨隠れをまとめられるのは半蔵だけ。そんな得体の知れない若造どもでは国が荒れるだけだ」

「何を言っとるんだ! 長門を殺すつもりか?! あの子はこの忍の世に変革をなす者だぞ!」

「バカげたことを。お前こそ他国の子供に忍術を教えていたなんて何を考えている? いくら三代目が甘かろうが正気の沙汰ではない!」

「少しは落ち着いたらどうだ」

 

 殺気立つ自来也とダンゾウの間をトビラが取り持ち、三代目に尋ねた。

 

「どうやら自来也は暁の長門とやらに詳しいようだな。けど、なぜフガクもここに?」

「その長門にマダラが関わっている可能性が高いからだ」

「マダラが? …………あやつの両目の行方がその長門とやらに?」

「その可能性が高い」

 

 輪廻眼のことまでにはたどり着かずとも、大体のことを察したトビラはダンゾウに言った。

 

「そうなるといくらこちらが暗部を送ったとしても無駄足だ。その長門とやら、相当に強いだろう。対話が通じるなら試す価値はある。自来也、お前の知るその長門とやらは好戦的な人物ではないのだな?」

「ああ。ワシの知る長門は仲間思いの優しい子だ。そばにいる弥彦と小南も同様にな。今も平和を目指すのならその心持ちは変わっていないはずだ」

 

 自来也は三代目に改めて宣言した。

 

「すぐにでも俺は雨隠れに行く。でないと、教え子たちを殺されかねん」

 

 彼の睨む先にはダンゾウが。

 自来也に賛同できないようだ。

 

「暁に協力して半蔵を倒し、それが果たして木ノ葉の利となると本気で思っているのか」

「半蔵と長門たちの理念はどちらも平和のはずだ。殺し合わずとも、互いに分かり合える。誤解があるようならワシが間を取り持つ」

 

 言い切った自来也に三代目も同調した。

 

「うむ。木ノ葉の三忍を名付けたのは半蔵じゃ。自来也であれば半蔵とも話がつけやすいであろう」

 

 トビラがすかさず言った。

 

「対話の道を選ぶならば急いだほうがいい。半蔵は暁を潰すための戦力を整えているところらしいからな。そうだろう、ダンゾウ」

「……木ノ葉の暗部が到着するのを待っているはずだ。こちらとしては雨隠れに恩を売るつもりだったのだが」

 

 三代目が眉をひそめた。

 

「ワシは聞いとらんぞ、ダンゾウ」

「表立ってやったら他の四大国が黙っていない。小国への内政干渉なのだからな。自来也の派遣もお前がやったと分かればまた戦争が始まるぞ」

 

 脅すダンゾウに自来也が言った。

 

「心配なさんな。ワシぁ元々、里の風来坊。誰にも言わず、教え子に会いに忍び込んだってことにすりゃあいい。もし失敗したらその時は……」

 

 自来也は最後まで言わずに火影室を出ようとした。

 そんな彼を三代目が呼び止める。

 

「自来也、表だって増援はできずとも、こちらからも暗部を派遣する。暁を潰すためではない。対話の手助けをするためじゃ」

「やめとけジジイ。木ノ葉が裏切ったと半蔵が受けとればその後が余計に面倒だ。こういうのは隠密行動に限るの」

「ならば話し合いができぬようであればすぐに戻れ。お主はまださっきの戦いの疲れがとれておらぬであろう」

「おいおい、アンタたち年寄りと一緒にしなさんな。今から仮眠をとりゃあ十分、今晩の出発には間に合うさ」

 

 出ていく自来也の背を三代目が心配そうに眺める。

 そんな中、フガクがトビラに耳打ちした。

 

「早急に見せたいものがある。オビトを連れ出し、一族の神社へ来なさい。ダンゾウや他の者たちには気取られぬように」

 

 トビラは言われたとおりにオビトをうまいこと病室から連れ出し、フガクと3人でうちはの石碑の前に立った。



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里の狂気、その同志たち

 うちは一族が住む地区にある南賀ノ神社の本堂、その右奥から七枚目の畳の下にトビラたちはいた。

 フガクはそこにある石碑の前で説明を始めた。

 

「これはうちは一族に伝わる重要な石碑だ。しかし、読める者は長らくいなかった」

 

 トビラに連れてこられたオビトはソワソワしている。

 オビトたち双子はうちはの集会に参加したことが無いため、集会所の存在も知らなかったからだ。

 初めて来る秘密の場所で見せられた謎の石碑。

 

「オビト、万華鏡写輪眼を開眼したお前なら見えるはずだ」

「俺が? …………これは……『万華鏡はいずれ光を失う』……これってフガクさんが言っていた使えば使うほど失明するってことか?」

「兄さん、文字が見えるのか?」

 

 トビラも写輪眼で石碑を読もうとするが、何も見えてこない。

 焦れる弟にオビトは読み上げてあげた。

 彼曰く、石碑には万華鏡写輪眼による九尾の操り方とその代償に失明することが書かれているらしい。

 さらに。

 

「えーっと……『相反する二つは作用しあい森羅万象の道を得る。その道は輪廻へ通ずる』?」

「まさか輪廻眼か?!」

 

 ハッとするトビラ。

 フガクの顔を見上げると頷きが返って来た。

 

「俺もすべては読めないがそう解釈している」

「ぐぁー! ところどころ読めねーのムカつくな! 中途半端に文字が見えるなら全部読ませろよ!」

「確かに意地の悪い造りであることに違いはない。兄さん、他に読めるところは?」

「いや、今読み上げので全部だ。フガクさん、その輪廻眼ってのはいったいなんだ?」

 

 その問いにはトビラが答えた。

 

「かつてこの世界に安寧をもたらしたとされる六道仙人が持っていた目だ。六道仙人はその圧倒的な力で十尾の化け物を封印し、今の忍術の祖となる忍宗を組織した」

「十尾の化け物って……それってクシナさんに封印されている九尾とも関係が?」

 

 マダラ封印の場にいた者たちにはクシナの九尾についても説明されていた。

 そのため、オビトも「十尾」と聞いてすぐに「九尾」の妖狐を思い出した。

 兄の問いにトビラは頷いた。

 

「九尾は十尾の幼体か、または分裂した姿だろう。かつてうちはマダラと対峙し、口寄せされた九尾を見た初代火影は再びこの世に十尾が現れることを危惧した。当時の俺も同様にな。だから人柱力に封印することに決めた」

「初代火影の妻はうずまき一族の者と聞いたことがあるがまさか彼女が最初の人柱力だったのか?」

「そういうことだ。九尾は特に強力な封印が必要で、うずまき一族ぐらいしか為せる者がいなかった。まさか渦の国が滅ぼされるとは思わなかったが……もしかするとそれもマダラの策略かもしれん。今となってはもう分からないがな」

 

 トビラの話にフガクはいつも以上に顔をしかめている。

 

「マダラは永遠の万華鏡写輪眼を持つ者だ。恐らくこの石碑も全て読めるだろう。もしかすると十尾の復活についても書かれているのかもしれん」

「恐らくそうだろうな。それと輪廻眼の詳しい開眼の仕方も……相反する二つが作用しあう、だけではあまりに抽象的すぎる」

「てっきりうちはの写輪眼と千手の細胞を持つオビトのことかとも思ったが……輪廻眼ではなさそうだな」

 

 フガクがオビトの目を確認して言う。

 オビトも自分の目を抑えて頷いた。

 

「輪廻眼がどれだけすげーのかは分からないけど、さすがにそんな伝説の仙人みたいな力があるとは思えねーな」

「そもそも実在するかも定かじゃなかった目だ。しかし、自来也のあの様子だと暁という組織の長門に輪廻眼が宿っているのだな?」

「ああ。きっとマダラが開眼した輪廻眼がはめられているのだろう」

「はあ?! マダラの輪廻眼が他の奴のところにあるのかよ?!」

 

 自来也の話を知らないオビトが素っ頓狂な声を上げた。

 そんな彼にトビラが雨隠れの暁のこと、自来也がこれからそこへ行くことを説明した。

 

「おいおい、そんな危険な場所にあの自来也のおっさん一人で行かせるつもりか?!」

「雨隠れを抑えめている半蔵を刺激しすぎないためにもそうするほかないだろう。が、おそらくダンゾウは暗部を派遣するはずだ」

「まさか暁を潰すために?」

「場合によってはな。どっちみち、長門が死んだ場合に輪廻眼の回収をせねばならん。そして、派遣される忍は俺になるだろう」

 

 トビラはフガクに言った。

 

「貴様も輪廻眼の行方が気になるから万華鏡写輪眼を開眼していない俺までこの石碑の前に呼んだのだろう」

「ああ。輪廻眼に関わるなら知っておいた方が良い」

「それにしてもこの石碑、いったい誰が記したんだ?」

「うちは一族は六道仙人の末裔と言われている。輪廻眼の開眼について語っているのだから六道仙人が残した物だろう」

 

 フガクの言葉にトビラは思案しながら言った。

 

「ならば千手側にもこの石碑は残っているべきだ。千手もまた六道仙人の末裔なのだから。俺はこんなもの千手の家で見たことが無い」

「写輪眼を持つのはうちはだけに伝えたかったと言うことだろうか」

「しかし何のために……六道仙人は世の安寧を望んだはずだ。なのにこの石碑は見た者を破滅へ向かわせようとしている。石碑のすべてを見たマダラが良い例だ」

 

 トビラは穢土転生されたマダラを思い出した。

 

――十尾を復活させ、この世で暴れさせることがこの石碑の目的か? しかしマダラはただの破壊主義者ではないはずだ。兄さんに語っていた愛だけの世界の創設とやらとも繋がらない……十尾もまた何かをなすための道具でしかないのか? 十尾を復活させたその先にこそマダラの目的が?

 

 トビラはこの時初めて自身が万華鏡写輪眼を開眼していないことを歯がゆく思った。

 無駄だと分かっているのに写輪眼をこらして石碑を見ようとしたとき。

 

「うぐっ!」

「トビラ?! おい、どうしたんだ! トビラ! おい!」

 

 頭を焼く感覚に崩れ落ちるトビラ。

 その様子をオビトは知っていた。

 

「やっぱりお前、すげー熱出してる! ガキの頃と一緒だ!」

「俺は……平気だ」

「んなわけねーだろ! 待ってろ! すぐに綱手のおばさんのところに連れて行くからな!」

 

 オビトはすぐさま弟を背負う。

 しかしトビラは身をよじった。

 

「輪廻眼の行方を見届けないと……」

「バカ! こんな熱で動けるわけねーだろ! そんなに気になるなら俺が代わりに行く!」

「ダメだ兄さん……」

 

 その際、トビラのかすむ視界にうちはの石碑が映る。

 

――相反する二つは作用しあい森羅万象の道を得る……

 

 さっき兄が読み上げた文言がトビラの頭に浮かぶと同時にさらなる熱が彼を支配する。

 

「う……」

「トビラ、しっかりしろ! 俺がそばにいるからな! 熱なんかに負けるんじゃねーぞ!」

 

 オビトは幼いころと同じように弟を励ました。

 そんな彼にフガクが尋ねる。

 

「オビト、本当にトビラの代わりに行くつもりか? 今のお前が里を出られるわけがない」

「甘く見てもらっちゃあ困るな、フガクさん。俺はトビラの兄貴だぜ。この写輪眼、空間を移動できるんだ」

「お前の万華鏡写輪眼にそんな力が?」

 

 フガクが驚いたと同時に神威が発動し、オビトとトビラの姿が消えた。

 彼らが次に現れた場所はオビトの病室。

 さっきまでベッドを占領していたカカシはサクモが連れ帰り、代わりにオビトの分身が眠っていた。

 

「なんだ?! ……オビト?! お前は何度抜け出せば気が済むんだ!」

「綱手のおばさん! トビラを診てくれ!」

「なに?!」

 

 オビトを殴ろうとしていた綱手の拳が解かれ、すぐさまトビラの診療に移った。

 

「急に熱が出ちまったんだ。ガキの頃はよくあったけど最近は無かったのに……」

「マダラとの戦いで疲れが出たか。……チャクラが目に集中していて乱れがひどい。膨大なチャクラを処理できずに暴走し、発熱しているようだな」

「そういやコイツ、集中して写輪眼を使おうとしていたからそのせいかもしれないな」

「戦闘に巻き込まれたのか?」

「いや、ちょっとそれとは別のことで……」

 

 双子が抜け出し向かった先を知らない綱手は呆れ顔をし、同じ部屋にいたシズネに指示を飛ばした。

 

「シズネ! コイツの身体を冷やす準備をしろ」

「はい!」

 

 氷の準備のため部屋を出るシズネ。

 綱手はトビラの診療を続ける。

 

「熱を抑えつつ、チャクラの乱れを戻す手伝いをすればそのうち目覚めるだろう」

「本当か?! さすが綱手のおばさんだ!」

 

 幼いトビラが発熱で死にかけた時、医者は匙を投げていた。

 それを知るオビトは綱手の心強さに喜んだ。

 

「トビラ、あとは兄ちゃんに任せてお前は寝てろ」

 

 オビトはトビラの頭に巻かれた黒い頭巾をとった。

 すると、兄とそっくりの黒い髪が現れた。

 

「こうして見るとお前ら双子はそっくりだな。それでオビト、お前どこに行くつもりだ?」

「兄としての務めを果たしてくる。里のためにもうちはのためにもトビラのためにも俺が行かなきゃいけねーんだ」

「…………ちゃんと戻って来いよ。二人揃ってな」

 

 綱手はトビラを見下ろし、オビトの行く先を見ようとしなかった。

 黒頭巾を頭に巻きながら病室を出たオビトに声をかける人物が。

 

「オビト君、こっちよ」

「大蛇丸さん?! いや、大蛇丸か。何の用だ」

「いくら双子でもその顔の皴でバレるわよ」

 

 大蛇丸が暗部の面を差し出した。

 夕焼けが里の端をかろうじて染めているが、空のほとんどが星ばかり。

 もうすぐ夜になる。

 大蛇丸はそんな夜の闇よりも深い地下へ繋がる道にオビトを案内した。

 

「自来也も水臭いもんよ。半蔵が名付けた三忍の私たちを置いて行くんだから」

「え?」

「何でもない。さっさと行きなさい」

 

 オビトが振り向くと大蛇丸はもういない。

 仕方なくオビトは受け取った面を顔に付け、地下へと潜った。

 そこで待つ一人の老人。

 

「遅かったな」

「…………兄さんを誤魔化すのに手間取っただけだ」

「ふん。すでに面も調達してきたか。相変わらずの周到さだ」

 

 暗部の面と暗闇がオビトの姿を隠している。

 今ばかりはその闇がオビトを味方した。

 

「……自来也の姿を東門で確認した。お前はあやつに気取られぬよう追い、雨隠れに入れ。いいか。お前の任務は輪廻眼の回収だ。くれぐれも自来也の支援をしようなんて考えるな」

「心配せずとも俺は里のために動く」

「いいだろう。行け」

 

 ダンゾウの前から退散したオビトはそのまま東門へと向かった。




フガクがどれだけうちはの石碑を知っているか、おそらく小説版の設定とは異なる部分があります。
そこら辺は独自設定満載ってことでよろしく。


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 里を出る自来也、それを追うオビト。

 更なる追手が来る気配はない。

 根の者として暗部の面をしたオビトはそのまま数刻ほど自来也を追い続けた。

 

――これならこのままどうにか行けそうだな

 

 オビトがそう思ったその時。

 

「ぐはぁ!」

 

 自来也が胸を抑えて血を吐き、その場にうずくまった。

 彼が吐き出した血が地面を染める。

 

「おい大丈夫か?!」

 

 思わず飛び出て駆け寄るオビトの方にぐるりと自来也の顔が向く。

 

「コラー! トビラかと思ったらオメー、オビトじゃねーか! なんでお前がここにいるんだ!」

「えっ?! い、いや、俺はトビラだ。まごうこと無きトビラだ」

「嘘こけぇ! トビラならこんな見え見えの嘘に引っかからんわ!」

 

 そう言って自来也が胸から出したのはトマトジュースの紙パック。

 心配していたオビトは面をしたまま怒った。

 

「おっさんのくせにせこい手を使ってんじゃねーよ!」

「バカを釣るのにゃこんぐらいがちょうどいい! ……ったく、似合いもしねーダッセー面も付けおって。トビラはどうした?」

「アイツは急に熱を出しちまったから代わりに俺が来たんだよ」

「よく綱手の目をかいくぐって来れたな」

「かいくぐるも何も綱手のおばさんと大蛇丸さんのおかげで来られたんだよ」

 

 バレてしまった以上、いつまでも面をつけているのもバカらしくなり、オビトは素顔を晒しながら話した。

 すると、自来也が目を見開いた。

 

「綱手と大蛇丸がお前さんに協力したってのか?! 二人そろって一体何をやっとるんだか」

「心配なんだろ。大蛇丸さんが言ってたぜ。水臭いって」

「あの大蛇丸が? そりゃー明日は雹でも降りそうだな」

「雨が降る場所へ行くんだろ。ほら、さっさと行こうぜ」

 

 堂々と促すオビトに自来也はため息を吐いたものの、再出発した。

 少々気が抜けた彼にオビトが尋ねる。

 

「でもなんで俺だって気づいたんだよ。もしかしたらトビラも引っかかったかもしれねーだろ。ダンゾウって爺さんでも気づかなかったんだぜ」

「お前、その状態でダンゾウとも会ったのか?」

「ああ。自来也のおっさんにバレねーように雨隠れに入って輪廻眼を回収して来いってさ」

「あのダンゾウが言いそうなことだな」

 

 自来也が嫌悪感を隠さず顔をしかめるが、すぐにニヤっとした。

 

「が、そういうことなら帰れとは言えんな。お前さんはダンゾウの命令でここに来てるんだからのう。ワシにバレた時点でお前の任務は失敗だがな」

「俺は里のために動くって約束したんだ。要は自来也のおっさんが雨隠れのリーダーの半蔵と暁のリーダーの長門って人たちの仲を取り持てばいいんだろ」

「まあ、そういうことだな。けど少し間違ってるぞ。暁のリーダーは恐らく弥彦だ。ワシが知っているあの3人ならきっと弥彦を中心に長門と小南が支えているはずだの」

「そういや俺、長門って奴が輪廻眼を持っているぐらいでその3人のことは良く知らねーんだよ」

 

 そんなオビトをチラッと見ながら自来也は言った。

 

「そうだの……弥彦はお前さんに似ているところがある」

「俺に?」

「ああ。明るく前向きで面倒見の良い優しい子だ。長門と小南を守る兄貴分ってところだな」

「…………すげー立派な奴じゃねーか。俺には似てねーよ」

 

 闇に落ちかけた自覚のあるオビトが卑屈に言うと、自来也は肯定も否定もせずに話し出した。

 

「雨の国は大国に囲まれた小国だ。そのせいで戦争の被害を受けてばかり、弥彦たちはそんな国を変えるために平和を求めている」

 

 そして自来也は弥彦たちとの出会い、彼らと過ごした3年の修業期間について話した。

 大国で生まれ、名門一族の中で育ったオビトとは全く違う彼らの人生。

 作家業をする自来也の語り口がうまいこともあり、オビトは会ったこともない弥彦たちに詳しくなり、友のようにすら思えた。

 二人はあっという間に木ノ葉から離れ雨の国へと近づいて行く。

 

「大戦の被害がここまでひどいなんて……」

「気を付けろ。これだけ荒れているといつ誰が襲い掛かってくるか分からない」

 

 火の国の中心から離れ、雨の国に近づけば近づくほど大戦の傷跡はそこかしこで見られた。

 その中を二人は用心深く進んでいく。

 

「まずは暁のアジトに行くぞ。半蔵は木ノ葉の暗部が来るのを待っているからそれまで時間がある。その間に弥彦たちと話を通しておきたい」

「アジトの場所なんて分かるのか?」

「ワシを誰だと思っておる。妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・蝦蟇せ」

「いや、それ前に聞いたから」

「…………蝦蟇を潜入して探らせてある。ほれ」

 

 ゲロゲロ、と近くの水たまりから蝦蟇が現れた。

 自来也はそれを手に取り、うんうん頷く。

 

「よし、ちょうどワシらが進む先にあるようだな。しかも近いぞ」

「すげーな、口寄せ契約の蝦蟇ってそんなこともできんの?!」

「むっふっふっふ! どうだ、すごいだろう」

「なあなあおっさん! 蝦蟇との契約って俺もできんのかな?!」

「んん?! ワシが最初に口寄せを見せた時は大してはしゃがなかったくせにお前、現金な奴だな」

「いやだって病室で見せてもらった時はそれどころじゃなかったというか別に気がかりが多すぎたというか……」

 

 言いつつオビトは自来也の手に乗る蝦蟇を覗き込んだ。

 すると。

 

「おい! めちゃくちゃ震えておるぞ! なんか変なことしたか?!」

「してねーよ!」

 

 手のひらサイズの小さな蛙がぶるぶると震え出し、なんなら涙ぐんでいる。

 さらにはポンっと煙を出して消えてしまった。

 何もしてないのにそこまで怖がられたオビトとしてはショックだ。

 

「オビト、蝦蟇との契約は諦めろ。なんでか知らんがお前は相性が悪いみたいだ」

「そんなぁ?!」

 

 がっくりとうなだれるオビトに自来也は発破をかけた。

 

「ほれ。今はそんなことよりも長門たちに会いに行くぞ」

「チクショー! 別にいいし! 俺、写輪眼あるし!」

 

 うちは一族にしかできない負け惜しみだ。

 そうするうちに二人は暁のアジトに到着した。

 

「何者だ!」

 

 武器を構え、殺気立つ面々。

恐らく暁のメンバーなのだろうが長門たちではない。

 自来也は進み出て名乗りを上げた。

 

「ワシは木ノ葉の三忍が一人、自来也。お前さんらは“暁”で合っているか?」

「木ノ葉の?! 大国の忍が我らに何の用だ!」

「ワシらはなにも戦争をしに来たわけじゃない。暁のリーダーと話がしたい」

「リーダーと? ……リーダーは今、ここにはいない」

 

 暁の者たちは自来也と弥彦たちとの繋がりを知らないようで警戒を解かない。

 そんな彼らに自来也は続けた。

 

「リーダーの弥彦か、それか長門か小南でもいい。その3人の誰かと話がしたい。ワシはあの子らに忍術を教えた師匠だ。自来也の名前を出せばすぐに分かる」

「リーダーたちに忍術を?! そんなこと初めて聞いたぞ!」

「いや、でも確かにリーダーたちは強い。大国の忍から教わったのなら理由がつく」

「しかし大国の連中がどうしてそんなことを?」

 

 ヒソヒソと相談し始める門番たちに自来也は言った。

 

「ワシらが怪しいのは分かるが急いでくれ。あの子らの命に係わることだ。ワシは長門たちを助けるためにここへ来た」

 

 ここまで言い切ったことで揺らいだ門番の一人が尋ねた。

 

「もしや雨の国と交渉する使者として来てくれたのか? てっきり火の国、土の国に対する交渉はこれから段取りするのかと思ったけど……」

 

 知らない話が出てきたが、自来也は訳知り顔で頷いた。

 

「おお、そうそう。知っておったか。先に教え子たちの顔を見たいと思って来たんだがのぉ。やや、もしやもう約束の時間だったか?」

「リーダーたちは半蔵に呼ばれて出て行ったところだ」

「半蔵に? どこへ?!」

 

 途端に切羽詰まった表情になる自来也。

 暁の門番からその場所を聞き出し、すぐさまオビトと共に向かった。

 

「ダンゾウめ。初めからワシに交渉なんてさせる気が無かったんだな!」

「どういうことだよおっさん!」

「半蔵が暁を潰すのは木ノ葉の暗部が到着するのを待ってからだと思ったが、もうすでに始まっている! 長門たちが危ない!」

 

 まさにそのころ、暁の一員の小南は半蔵に捕まり、長門と弥彦は愕然としていた。

 同じ国の者からの裏切りに弥彦が吠えた。

 

「どうしてだ?! 雨と火・土、この3か国での平和交渉が叶えば戦争も止められるはずだ! 俺たち暁はその手助けをするためにここに来た!」

「そんなもの、お前らをおびき寄せる罠に決まっておる」

「半蔵、アンタは「和」を以て忍界を一つにし、平穏に導く志があったはずだ。その強さで大国から雨の国を守るアンタに俺たちも助けられてきた。俺らが望むのはアンタと同じ平和だ!」

「所詮、そんなものは夢に過ぎない! この世界はそう簡単には変わらない! 「和」の信念なんて無駄だ!」

 

 崖の上で小南を捕らえていた半蔵がクナイを投げた。

 崖の下にいた弥彦と長門の間に刺さる。

 

「弥彦、暁のリーダーのお前はここで死んでもらう。赤い髪のお前が殺せ」

 

 命じられた長門は震えながらクナイを見つめる。

 

「やめて長門! 私はいいから二人で逃げて!」

「早くしないとこの女の命はない」

「長門、俺をやれ。早く!」

 

 それぞれの言葉が長門を追い詰める。

 彼がクナイを拾ったその時。

 弥彦がそのクナイめがけて身を寄せた。

 が。

 

「弥彦、アンタならそうすると思ったぜ」

 

 弥彦と長門の間に突如現れたオビト。

その胸にクナイが刺さった。

 どこからともなく現れた謎の忍に思わず半蔵が叫ぶ。

 

「なっ?! 誰だ?!」

「よくぞ聞いた! 妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人とお見知りおけ!! 木ノ葉の伝説の三忍が一人、自来也様たぁワシのことよ!」

 

 弥彦たちを守るように前に立った自来也が大見得を切る。

 半蔵は常に装着しているシュノーケリングマスクの中で顔をゆがめた。

 

「木ノ葉……ダンゾウは暗部を送らなかっただけではなく、裏切ったということか!」

「なんのことか知らんがワシぁ、教え子たちの様子を見に立ち寄っただけさ」

 

 崖の上から向かい合う小南はすぐに気づいた。

 

「自来也先生?!」

「ちょっと会わねーうちにいい女になったじゃねーの、小南。しっかし、いくらその子が美人だからってこんな形で迫るんじゃ嫌われちまうぜ、半蔵よ」

「バカにするな! 貴様ら火の国は戦争で苦しみをばらまくだけでなく、とうとう雨の国まで手にするつもりか!」

「ワシはむしろこの争いを止めに来たんだ! 半蔵! こんなことはやめろ! 俺が知るアンタにゃ仁義があったはずだ! かつての俺に『木ノ葉の三忍』の名をくれたアンタはどこに行っちまったんだ!」

 

 自来也が半蔵に語り掛ける後ろで長門は真っ青な顔をしていた。

 弥彦もオビトに刺さったクナイに顔の色を失っている。

 

「そんな……!」

「おい、誰だか知らないがお前どうしてこんなことを!」

「大丈夫。俺の身体、けっこう丈夫なんだよ」

 

 そう言ってオビトはクナイをあっさりと抜き取った。

 柱間細胞部分に穴が開いているものの、致命傷ではない。

 そして彼の目が向いた先は半蔵に囚われていた小南。

 

「オビト、ワシが半蔵の気を引く。その間にお主は小南を」

「任せとけ」

 

 自来也の小声にオビトも小声で返す。

 猜疑心に蝕まれていた半蔵は自来也の登場によって木ノ葉の裏切りを悟り、苛立っていた。

 

「こうなった以上、女の命はない!」

「そうはさせん!」

 

――乱獅子髪の術!

 

 自来也の髪が半蔵へと迫る中、オビトは再び神威を発動し、小南の真後ろに現れ、さらには彼女を神威空間へと引きずり込んだ。

 

「珍妙な術を使いおって!」

 

 その際、半蔵が持っていた鎌の切っ先がオビトの腹をかすった。

 だが、神威の発動を止めるには至らず、そのまま二人は姿を消す。

 

「小南?!」

 

 突然のことに慌てる弥彦と長門を自来也が一喝した。

 

「安心せい! 小南は生きてる!」

「……長門。今は自来也先生をサポートするぞ」

「うん! 分かったよ、弥彦」

 

 そんな中、オビトは小南と神威空間にいた。

 

「傷が!」

「ちょっとかすっただけだよ……にしてもあのおっさん、やっぱつえーな……まさかあんな一瞬の隙で攻撃して来るなんて」

 

 ドクドクと血を流すオビトの腹。

 そこに小南が無数の紙を操って貼り付けた。

 

「まずは血を止めた方がいい」

「助かるぜ。そのうちすぐに傷口は消えるだろうけど失った血は戻せねーからな」

 

 小南の応急処置を受けたオビトは立ち上がり、パチパチと瞬きをした。

 

「よし、んじゃー戻るぞ。まだ慣れてねーからほいほい連発できねーんだよなぁ」

 

 小南は見知らぬ時空間を不気味に思いつつも、オビトの肩に触れた。

 そして彼らが元の世界に戻ると、自来也たちと半蔵たちの間には戦った跡があった。

 しかし、どちらも死傷者はいない。

 小南が弥彦たちの側に戻ったことに気づいた半蔵は口惜しそうに攻撃を中断した。

 

「木ノ葉は我らを裏切り暁についたか……。写輪眼遣いまで寄越すとは本気で雨を乗っ取るつもりだな。となると、打つ手を考えねばならん」

 

 すでに頭角を現している暁の弥彦たち3人に加え、軽い手合わせだけでその実力の高さが分かる自来也、さらに見たこともない術を扱う写輪眼のオビト。

 不利な状況であると悟った半蔵は撤退することにした。

 そんな彼にオビトは叫んだ。

 

「毎日この時間にここへ来る! 俺らは戦いたくない! とにかく話し合いをさせてくれ!」

 

 これにはさすがの自来也も、弥彦たちもギョッとした。

 半蔵も足を止め、振り返る。

 

「それは待ち伏せの宣言か?」

「違う! 俺は半蔵、アンタとこっちの暁の誤解を解きたいんだ。どっちも平和を望むのに潰し合うなんておかしいじゃねーか」

「大国が上から偉そうに言いおって……!」

「腹が立つのは分かる。それでも俺はここで待ってる」

 

 半蔵はじっとオビトを見つめ、そして仲間と共に姿を消した。

 



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夜明けへ導く者たち

 半蔵たちが撤退し、弥彦はさっそくオビトのさっきの発言について問い詰めた。

 

「おい! 毎日ここに来るなんて本気か?! 待ち伏せできるのはお前だけじゃなく、半蔵も同じだ。まさか死にに行くつもりか?」

「じゃあこのまま決裂していいのか? 俺たちは半蔵とお前ら暁の間を取り持つために来たんだ。まずは半蔵とも話をしねーと始まらないだろ」

「……俺だってそれをしようとしてこのザマだったんだ」

 

 悔しそうに顔をゆがめる弥彦。

 自来也が間に入った。

 

「まあお前さんら。なかなかに危ないところではあったが、まずは皆の無事を喜ぼうじゃないか」

 

 彼の言葉に小南が弥彦に詰め寄った。

 

「弥彦! 私はいいから二人で逃げてって言ったのに!」

「あの時はそれが一番だと思ったんだ。それより小南、怪我はないな?」

「ええ。そこの彼が助けてくれたおかげでね。そういえばお腹の傷の手当てをした方がいいわ」

 

 小南がオビトを見たが、当人はケロッとした顔で腹に張り付いてた紙を剥がした。

 

「さっきの傷ならもう治ってるから平気だぜ。切られたのも柱間細胞のところだからな」

「というかお前、その胸の傷も手当てしなくていいのか?」

「ああ。こっちも平気。そこまで深い穴じゃねーし、もっとひどい怪我を治してもらったばっかりだからな」

「一体どういう身体してんだお前は」

 

 驚きのあまり呆れる弥彦にオビトがビシッと指さした。

 

「おいおい! いつまでお前って呼ぶんじゃねーよ! 俺はうちはオビト! んでお前が弥彦だろ! 自来也のおっさんから話は聞いてるぜ! よろしくな!」

「うちはってあの写輪眼の一族のうちはか? じゃあさっきの不思議な術も写輪眼の力か」

「初めて見たけれど長門みたいに強力な力ね……長門? どうしたの?」

 

 小南が声をかけるも、長門は蒼白な顔をしたまま。

 弥彦がその顔を覗き込んだ。

 

「おい長門! どうした? まさかお前、どこか怪我をしたのか?」

「もしもあの時、オビトが来なかったら俺は弥彦を殺していた……そんなことになったら今ごろ……」

「おい泣くなよ! 助けてくれたオビトに雨隠れの男が泣き虫だって思われちまうだろうが! 自来也先生も言ってくれただろう。危ないところだったが俺らはみんな無事だ」

 

 弥彦は元気づけるように明るく言い、長門の背を叩く。

 小南は先に冷静さを取り戻し、進言した。

 

「とにかく一旦、アジトへ戻った方がいいわ。自来也先生たちも新たな拠点に案内しましょう」

「そうだな。先生、どうしてここに来たのかも含めて戻ったら教えてもらえるか?」

「ああ、もちろん」

 

 そうして自来也たちを引き連れ戻った弥彦たちを暁の面々は明るい顔で出迎えた。

 

「リーダー! その感じだと半蔵と木ノ葉の会合は成功だったんだな!」

「いや、半蔵には裏切られた。元々、俺らとも他の国とも平和交渉をする気なんて無かったようだ」

 

 弥彦の言葉にざわつくメンバーたち。

 

「けど、木ノ葉から俺たち3人の師である自来也先生、そしてうちはオビト、この二人が来てくれた。少し話をさせてくれ。それによって今後の暁の動きも決めていきたい」

 

 暁のメンバーたちとは離れ、弥彦たち3人だけで使える部屋に通された自来也とオビト。

 師との再会を喜んだのもつかの間、弥彦はすっかり長としての顔つきになっている。

 

「半蔵が言っていたな。木ノ葉が裏切った、と。つまり木ノ葉も俺たち暁を潰すつもりなのか?」

「半蔵から木ノ葉へ増援要請があったのは事実だ。が、それ以上に優先するものが見つかっちまったからワシはここへ来た。長門、お前の輪廻眼についてだ」

 

 自来也がそう言うと、すぐさま弥彦と小南が長門をかばうように前に出た。

 

「まさか長門の目を奪おうなんて考えちゃいないよな、自来也先生!」

「もしそうならたとえ先生と言えど、私たちは黙っちゃいない」

 

 さっき裏切りに遭ったばかりなのもあり、弥彦たちはピリピリしている。

 そんな彼らにオビトは更なる燃料を投下した。

 

「確かに俺は輪廻眼を回収しろって言われて自来也のおっさんを追いかけここに来た。命令して来た爺さんは長門が死ぬって思っていたんだろうな」

 

 弥彦たちの顔に緊張が走る。

 

「けど、俺は長門の目を奪う気も殺す気もない。ただ、その目の真実について伝える義務が俺にはある」

「俺の目の真実……?」

「ああ。その輪廻眼は元々、うちはマダラが開眼したものだ。そしてマダラは長門、お前にその目を託した」

「うちはマダラ……?!」

「うちはマダラだと? マダラってあのマダラか? それならとっくに死んでいるはずだ。今頃マダラの名前を出すなんてよっぽどのバカか俺らを茶化しているのか……」

 

 弥彦が呆れながら言葉を続けるも、オビトも自来也もいたって真剣な表情をしていることに気づいた。

 

「マジかよ。自来也先生もマダラがやったと思ってんのか?」

「ああ。うちはマダラはつい最近まで生きていたんだ。そして写輪眼の行きつく先は輪廻眼だということも判明した。その目はきっとマダラが長門にはめ込んだんだろう。お前も気づかないうちにな」

「けど自来也先生。うちはマダラってのは確か木ノ葉を襲って初代火影に倒された伝説の忍だろ。生きているとして、どうして雨隠れの長門に目を託すんだ。まさか長門に木ノ葉を襲わせるつもりなのか?」

「それも計画の一つなのかもしれないな。マダラは長門も第二のうちはマダラにするつもりだったんだろう。俺みたいにな」

 

 オビトは長門に語り掛けた。

 

「なあ長門。もしもさっき本当に弥彦を失ったらお前、どうなっていた?」

「おい、長門に変なことを聞くな!」

「お前はきっとすべてを信じられなくなってこの世界を憎しみ、絶望したはずだ。お前にとっての光を失うんだからな」

「オビト、テメエいい加減にしろ!」

 

 弥彦が掴みかかってもオビトは抵抗しなかった。

 長門の輪廻眼が揺らぎ、そしてオビトに向く。

 

「まさかそれがマダラの狙いなのか? 絶望した俺にこの世界を破滅させたかったのか?」

「さあな。そこまでは分からない。けど、俺は実際マダラになりかけた。引き戻してくれる仲間がいたおかげで本当に大切なものを失わずに済んだけどな」

 

 オビトを掴む弥彦の力が緩んだ。

 

「ただ、俺は長門と違って取り返しのつかないことをしちまった。だからこそ、マダラがやろうとしていたことを止めてーんだ。マダラとは違う形でこの世界を平和にするために」

「だから長門を……俺らを助けてくれたのか?」

 

 胸ぐらから手を離し尋ねる弥彦にオビトは頷いた。

 

「ったく、それならそうと先に言ってくれよ。悪かったな、恩人のアンタに手荒な真似しちまって」

 

 弥彦はオビトに謝り、振り返った。

 長門は考え込んだ様子で、ぼそりと言った。

 

「少し、一人にさせてくれ」

「長門?」

「おい長門!」

 

 そして長門は外に出て行った。

 追いかけようとする弥彦たちを自来也が止めた。

 

「ここはワシに任せてはくれんかの。久しぶりにじっくり話したい」

 

 弥彦と小南は心配そうに長門を追う自来也の背を見送った。

 が、ここは師に任せた方が良いと思うことにし、オビトに向き合った。

 

「お前は長門をどうするつもりだ? このまま木ノ葉に連れ帰るのか?」

「いいや。長門は暁のメンバーなんだから連れ帰りなんかしねーよ。お前ら、このまま雨の国に留まるつもりなんだろ?」

「半蔵との関係がああなった以上、難しいかもしれないがな」

 

 ため息を吐く弥彦に小南は言った。

 

「弥彦、そろそろ他のメンバーたちが心配し始めるころだわ。私はそっちに行く」

「ああ。分かった。けど、長門の目のことはまだみんなには言わないでくれ。……なあオビト。俺らも少し外の景色を見て話そう」

 

 弥彦が連れて行ったのはアジトの屋上。

 雨が降り続ける曇り空が良く見える場所だった。

 

「この国はずっと泣いている。痛みに耐え続けている。俺はそんな国を変えたいと思った」

 

 弥彦は雨に濡れるのも構わず空を見上げる。

 その横にオビトも立ち、同じ空を見上げた。

 

「暴力ではなく対話によって争いを無くし、平和を目指す。それが暁の理念だったか?」

「ああ。相手の痛みを知り、同じように涙を流せて初めて本当の世界に近づける。俺はそう信じている」

「……痛みを分かち合うことで互いのことも理解し合えるってことか?」

「そうだ。決して同じ目に遭わせて復讐しようって意味じゃない」

 

 弥彦の言葉にオビトはカカシを思い出した。

 

――オビト、写輪眼を通して流れ込んできたんだ。お前の痛みが。

 

 そう言って苦しそうに顔をゆがめ、手を差し伸べてくれた相棒を。

 だからこそオビトは弥彦の言葉に共感した。

 

「アンタの言いたいこと、分かる気がするよ。俺も痛みを分かち合ってくれる奴がいたおかげで今こうしてここにいられるからな」

「そうか。どんな奴なんだ? そいつは」

「カカシって言うんだけどそりゃあもう、ネチネチうるさくって嫌味な奴だぜ。ガキの頃から何でも卒なくこなして俺に説教ばかりでさ」

「おいおい、お前ら仲いいんじゃねーのか?」

 

 弥彦は言いつつも笑っている。

 オビトも表情を緩めた。

 

「俺とカカシは喧嘩ばかりだからさ、いつもリンって子が俺たちの架け橋になってくれてるんだ」

「架け橋か……なあ。俺は長門が平和への架け橋になる男だって信じて来た。あの輪廻眼でこの憎しみばかりの世界を変えてくれると……」

 

 弥彦は雨の中で拳を作り、オビトに向けた。

 

「そして今でもそう信じている。俺の役目は長門を支える柱になることだ。なあオビト。俺は仲間を守りたい。この世界も変えたい。だから協力してくれないか?」

 

 オビトもニッと笑って拳を突き合わせた。

 



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地固まる

半蔵と暁の関係悪化にはダンゾウが絡んでいた、というアニオリは考えないこととします。


 弥彦とオビトがグータッチしている時、長門もまた自来也に励ましてもらっていた。

 雨の音がよく聞こえる軒下。

 マダラの策略で仲間を危険な目に遭わせたことにショックを受けていた長門だが、師匠と話すうちに落ち着きを取り戻していた。

 

「長門、その目がマダラのものだったとしてもいま使いこなしているのはお前だ。その力をなんのために使いたい?」

「……弥彦は平和への架け橋になる人だ。俺は弥彦を支え、仲間を守るためにこの力を使いたいです」

「そうか。長門、お前が昔ワシに言ってくれたことを覚えているか?」

「ええ。平和ってのがあるなら俺が掴み取って見せます。弥彦と小南、暁のみんな……それにオビトと先生もいますからきっとできます」

 

 自来也はその返事に満足げに頷き、立ち上がった。

 

「そろそろ戻るとするか。きっとうるさくなっておるだろうからのぉ」

「うるさく?」

 

 首を傾げつつ自来也と共に中へ戻った長門はすぐにその意味を悟った。

 

「え?! 弥彦ってまだ20にもなってねーの?! 俺、てっきり30ぐらいかと思ってた」

「バカ言え! 俺が老け顔だって言いてーのか?! ったく、これだからお子ちゃまは……」

「お子ちゃまじゃねーよ! 俺、もうすぐ14だからな!」

「十分ガキだな! ガ・キ!」

「んだとゴラー!」

 

 そこにはやいやい楽しそうに言い合う弥彦とオビトの姿が。

 戻って来た長門に小南が近寄り呟いた。

 

「すっかり意気投合したみたい。さっきからうるさくて困ってるの」

「ハハ……そうみたいだな」

 

 話していると、長門に気づいた弥彦も寄って来た。

 が、長門を気遣ってどう声をかけようか迷っている様子。

 

「弥彦、俺の気持ちは変わらない。暁でこの力を平和のために使いたい」

「そうか! 俺も同じだ! あのな、オビトとも話をしたんだが半蔵との話し合いには俺も行くことにした! 暁と半蔵が潰し合ったんじゃこの国のためにもならない!」

「本気で行くつもりなの? それはさすがに危険よ、弥彦」

「小南、雨の者じゃないオビトがこうして本気でやろうって言ってんだ。ここは俺も諦めちゃいけないだろう」

 

 小南はお前も一緒に止めてくれ、と言わんばかりにチラリと長門を見た。

 

「弥彦がそう決めたのなら俺も従うよ。対話で争いを治める暁の信念の見せどころだな」

「長門! あなたまで……」

「弥彦。半蔵はどうやら昔のような信念を無くしたらしい。今日みたいなだまし討ちがまた起きるやもしれんぞ。それでも行くのか?」

 

 自来也の念押しに弥彦は頷いた。

 

「ああ。危険は承知の上だ。俺とオビトで行くから先生は長門たちのそばにいてくれないか?」

「いいえ。あなたが行くなら私も行く。長門もそのつもりでしょう?」

「うん、俺らは一緒だ。そうだろう、弥彦?」

「しかしだな……」

「その流れならワシも着いて行くとしようかの。どっちみちそこのガキの面倒を見なきゃぁいかん」

「おいおっさん! 俺はガキじゃねーって言ってんだろ!」

 

 こうして次の日、5人で半蔵と約束した場所に向かった。

 すると。

 

「もう待ってる奴らがいるみたいだぜ」

「俺からすると姿は見えないが……その写輪眼で見えるのか?」

「ああ。写輪眼はチャクラを見分けることができるからな。さすがに白眼ほどなんでも見えるわけじゃねーけど」

 

 半蔵たちは術を使い潜伏していたようだが、チャクラを練っているためオビトには丸見えだった。

 

「俺が行く」

「おい待てオビト!」

 

 弥彦たちから離れ、前に進み出たオビトに集中する攻撃。

 だが、その全てはすり抜け、当たらない。

 

「なんだ?!」

「これも写輪眼の力なのか?!」

 

 これには半蔵の仲間たちも動揺する。

 そんな彼らにオビトは声を張り上げた。

 

「俺らは争いに来たんじゃない! 話し合いに来たんだ!」

 

 その間も攻撃は止まらない。

 オビトはそれでも反撃せず、半蔵へ語り掛けた。

 

「弥彦から聞いたけど半蔵、アンタも平和を目指してきたんだろ。弥彦たちはアンタを尊敬してるって言ってたぜ。なのにどうして暁を潰そうとするんだよ」

「攻撃を続けろ。いつかあの術を保つチャクラが無くなるはずだ」

「アンタも弥彦たちも目指すところは同じなんだから協力し合えるはずだ。なのにどうしてこんなことするんだよ」

 

 どれだけ攻撃してもオビトの身体をすり抜けてしまう。

 それでも無抵抗の人間へ放たれ続ける攻撃を眺めるのは良い気分ではない。

 しびれを切らした弥彦がオビトの隣に立ち、迫る手裏剣を叩き落とした。

 

「いい加減にしろ半蔵! こんなガキがアンタと話をするためにこうしてここに来ている! なのに話も聞きもせず攻撃するだけなのか? 俺らが憧れた忍はこんな姑息な奴だったのか!」

「貴様こそ木ノ葉の忍の言葉なんぞに騙されているだけだ! 大国は我らがどれほど訴えても戦争を止めはしなかった! 今さらそんなガキ一人で何が出来ると言うのだ!」

「オビト一人じゃない! 俺たち暁も平和を望んでいる! 半蔵、アンタの意志を継いで俺たちは活動しているんだ! 信じてくれ!」

 

 なおも二人に迫る手裏剣を小南の紙手裏剣が叩き落としていく。

 長門も自来也も加わる。

 そんなことをしているうちに。

 

「キリがない。一旦退くぞ」

 

 半蔵たちからの攻撃が止んだ。

 彼らの撤退を感じ取ったオビトが叫んだ。

 

「明日も同じ時間にここへ来る!」

「俺もだ! 半蔵、雨の国のことを本当に思うのであれば、俺たちは手を取った方がいい!」

 

 オビトと弥彦の叫びに返事はない。

 そして次の日も、さらに次の日も同じことは続いた。

 けれど、待ち構える半蔵たちは手裏剣やクナイを投げるような簡単な攻撃だけしかせず、弥彦を殺そうとしたときのような姑息な手段は使ってこなかった。

 

 同じことが続いたある日、しびれを切らした自来也が呼びかけた。

 

「なあ、半蔵よ。お前が騙して殺そうとした若い忍がこうして毎日アンタに会いに来ている。それも復讐するためじゃない。雨の国を思い、守るためにだ。雨隠れの長としてどう思う?」

 

 沈黙の後、姿を隠していた半蔵がスッと現れた。

 

「半蔵さま!」

「お前らはこのままでいろ」

 

 どよめく部下たちを手で制し、半蔵は正面から弥彦たちと向き合った。

 

「お前らは何も分かっていない。この呪われた世界を……憎み、奪い合う地獄を」

「確かにアンタからしたら俺らは夢見がちな若者にしか見えないかもしれない。けど、だからと言って諦めていい理由にはならない」

「戯言を! もしワシがそこの女かまたは弥彦、お前を殺していたらこうはしなかったはずだ。仮に乗り越えたとしてこの変わらない世界に奪われ続け、擦り切れ、いつか諦める日が来る。ワシのようにな」

「……半蔵。俺たち3人は戦争孤児だ。もう奪われるのには懲り懲りしている。だからこの国を変えたい。アンタもかつてはそう思っていたはずだ。一度そう思ったことがある以上、もう一度戻れる。俺はそう信じている」

「…………」

 

 しばし黙った半蔵はふと自来也を見た。

 

「かつてワシに立ち向かったお主が若い忍たちの後見をしているのか……時代は巡るものだな」

「あっという間に次の世代へと移り変わっているんだ。アンタも信じて次に託す時が来たんじゃねーかの」

「信じて次に託す、か……ワシはいつの間にか誰も信用できず、結界の中に引きこもるようになっていた……この雨の冷たさから逃げるように……」

 

 半蔵は手を掲げ、降り注ぐ雨粒を握った。

 そして、弥彦たちに視線を向けた。

 

「ワシに憧れる、その言葉すらも信じることが出来なかった。……だが、もう一度やり直せるのだとしたら…………」

 

 そんな彼に弥彦は手を差し伸べる。

 

「半蔵。俺たち暁はアンタとの対話を望んでいる。どうかこの雨の国のためにできることを共に考えよう」

 

 半蔵もまたその手を取った。

 曇天のわずかな隙間から太陽が見え、雨の中の彼らを照らしていた。

 



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馬鹿

 すっかり熱の引いたトビラは里に戻って来たオビトを出迎えた。

 

「あれ? トビラ! 身体はもう平気なのか?」

「子供のころと違って綱手が処置してくれたからな。それよりも兄さん、随分と思い切ったことをしたようだが当然、成果はあるのだろうな?」

「そりゃあもちろん! 雨隠れの半蔵と暁のリーダー弥彦から連盟の書状を持って来たぜ!」

 

 ドーンと胸を張るオビトに自来也が怒鳴った。

 

「おいこらガキ! お前はこっそり里を出た身だと分かっとるのか! もう少し忍べ!」

「言っておくが自来也。今回のことは全て三代目にバレている。綱手と大蛇丸が噛んでいることもな。怪我がないなら火影室へ行くぞ」

「げっ! あやつら、下手を打ったか!」

 

 トビラは逃げ出そうとする自来也をしっかり捕まえ、オビトともども火影室へと引きずった。

 そこにはすでに綱手と大蛇丸も集められていた。

 

「無事に帰って来たようじゃの。まずはそれが何よりだ。しかしだなお前たち、どれほど大変なことをしたのか分かっておるのか……」

 

 三代目は元気そうなオビトたちの姿に目を細めるも、自来也たち三忍には厳しい視線を向けた。

 自来也はとりあえず隣にいた大蛇丸に囁いた。

 

「おい大蛇丸! なんでバレとるんだ! というかワシも一緒に怒られる道理はないだろうが!」

「うるさいわね。そもそもアンタが何も言わずに里を出ようとしたからこうなったんでしょ」

「はあ?! オビトを寄越したのはお前と綱手がやったことなんだろうが!」

 

 言い合う彼らに三代目はため息を吐いた。

 

「まったく……てんでバラバラなお前たちだが、数年に一度だけ揃って悪だくみをすることがあったのを思い出す。ああいう時の結束力をもっと普段から見せてほしいものだ」

「なら良かったじゃないか、ジジイ。今回は私ら3人の結束力ってやつが見れたのだからな」

「だから綱手! まるでワシも一緒にオビトを連れ出したみたいな言い方をやめろ!」

 

 知らないうちに巻き込まれた自来也が言うも、綱手にギロリと睨まれるだけ。

 その迫力に、(あ、こりゃ逆らっちゃいかん)とあっさり諦めた。

 

「そもそも私たちはオビト君を里から出しちゃいないわよ。双子の見分けもつけられない耄碌ジジイが任務を与えたからオビト君も堂々と里から出られたわけなんだし」

 

 大蛇丸の指摘は痛いところを突いたのか、三代目もそれ以上の説教はできなかった。

 代わりに、自来也に雨の国で起きたことを聞くことに。

 

「…………とまあ、長門は輪廻眼を使いこなしている。変な輩に渡るよりはそのままにしておいた方がいいだろう」

「うむ。雨の国は小国で尾獣もない。半蔵だけでもっていた国ではあるが、輪廻眼が新たな力となるであろう」

「三代目、その半蔵と弥彦たちから書状を受け取ったから読んでほしい」

 

 オビトから渡された書状に目を通した三代目はうんうんと頷いた。

 

「雨の国と火の国、そして土の国での交渉の場を取り付けたいとのことだな。ちょうどいい。岩隠れには賠償なしでの休戦協定を受け入れる代わりにこの和平交渉の場に来ることを条件にしよう」

 

 雨の国からの申し出をあっさりと受け入れた三代目は書状をしまい、オビトに話しかけた。

 

「さてオビト。遅くなってしまったがお主が生きていることを里の忍たちに知らせよう。今日から隠れる必要はない」

「え? いいの?!」

「うむ。もうすぐあるミナトの就任式は特等席で見たいであろう」

「ミナト先生の就任式……それって四代目火影の?!」

 

 さっそくオビトは弟を誘ってクシナにお祝いを言いに行くことにした。

 ミナトは里を離れているらしいが、彼女ならどこにいるか分かる。

 火影室はアカデミーと同じ建物の中にある。

 だからかオビトはちょうどある人とその入り口で会った。

 

「あれ? サクモさん?」

「オビト君。もう外を出歩けるようになったのかい?」

「そうなんだよ! さっき三代目の爺ちゃんにオッケーもらってさ!」

「そうか、良かったよ」

 

 ニコニコするサクモはいつもの任務服ではない。

 休みの日まで火影室に用があるのだろうか、オビトがそう思った時。

 

「サクモ校長! さっそく保護者の方が校長とお話をしたいと言って来ているのですがその方、ちょっと問題ありな方でして……」

「も、モンスターペアレント?!」

 

 アカデミーの教員らしい忍のヒソヒソ話にビクビクするサクモ。

 

「え?! サクモ校長ってまさかサクモさん、アカデミーの校長になったの?!」

 

 驚くオビトにサクモは頷いた。

 

「火影様に『引退はまだ早い』って言われてしまったからね」

「それってやっぱりその腕が……」

 

 サクモの利き腕を奪った張本人であるオビトがモゴモゴ言うと、サクモは首を振った。

 

「それはきっかけに過ぎない。この道を選んだのは俺だ。それに、火影様たちは戦争をやめるための交渉を始めている。そうなると俺みたいな存在はむしろ邪魔になるんだよ」

「サクモさんは木ノ葉の英雄だろ? 何が邪魔になるんだよ」

 

 サクモは微笑みながら言った。

 

「俺を憎む忍は他の里に多い。特に砂隠れは俺を許しはしないだろう。けど、俺がもう任務に出られない身体だと分かれば少しは話を通しやすくなるかもしれない」

「そんなこと……サクモさんは里のために戦っただけなのに……」

「兄さん。サクモは今も里のために戦っている。その場が変わっただけのことだ」

 

 諭すトビラにサクモ自身も同調した。

 

「俺は戦争以外で生きる場所が無いと思っていたけど、意外と性に合っていそうなんだ。新しい世代を見守れるなんて光栄に思うよ」

「…………俺もサクモさんが校長ならもっといいアカデミーになると思う! 校長就任おめでとう、サクモさん!」

 

 オビトのお祝いにサクモは「ありがとう」とほほ笑む。

 その時。

 

「ああ! いた! あなたが新しい校長ざんすね! 話したいことがたくさんあるから逃がさないざんす!」

「えっ?! やはりモンスターペアレントか!?」

 

 迫る保護者にビクビクしながらもサクモは校長室へと案内する。

 そんな後ろ姿にオビトはポツリと呟いた。

 

「なあトビラ、あれって大丈夫なのかな」

「…………誰かサクモの補佐につけるよう三代目に言っておくか」

 

 建物から出ると、外はちょうど晴れていた。

 

「そうだ、トビラ。遅くなったけど返すぜ」

 

 オビトが外した黒頭巾の中から弟そっくりの黒髪が現れた。

 優しい陽光がキラキラと照らす。

 兄から受け取った頭巾をトビラが巻きなおした時、オビトの足が止まった。

 そして、光の当たらない建物の陰を振り返る。

 

「なあ、ダンゾウの爺さん。アンタからしてみりゃ俺は夢見がちな若者にしか見えないかもしれない。それでも俺はこの世界を救いたいと本気で思ってる」

 

 そこにはダンゾウがいた。

 

「甘いな。お前は何も分かってはいない。お前が垣間見た闇はこの忍の世に比べればたいしたものじゃない。それでよくそんな大きな口を利ける」

「ああ。そうだな。でも俺が闇を知らずに済んでいるのはアンタたち上の世代が守ってくれたからだ。だから俺も同じように次の世代を守り、繋げたいんだ」

 

 光差す場所に立ったまま、オビトはグッと拳をダンゾウに向けた。

 

「俺は仲間を守りたい木ノ葉の忍、うちはオビトだ。この里のために、この世界のためにもうゼッテー諦めはしない。だから見ててくれよ」

 

 ダンゾウは双子を凝視するだけで動こうとはしない。

 そんな彼にトビラが歩み寄った。

 

「貴様がこれまで見て来た闇の深さは俺にも計り知れないものなのだろう。けど、お前までその闇に飲まれなくてもいいじゃないか、ダンゾウ」

「……結局はあなたにも染みついているようだ。初代火影の甘い考えがね」

 

 怯むダンゾウは結局捨て台詞を吐き、トビラたちから逃げるように踵を返して姿を消した。

 トビラも追いかけることはなく、行き場のなくなったオビトの拳。

 ぴゅうっと風が吹き、木の葉が舞い、その拳の上に乗った。

 オビトはその葉を手に取り、そして太陽に透かしてみる。

 その姿にふと、トビラは思い出した。

 

「そういえば兄さん。木ノ葉隠れの名前を付けたのは初代火影ではなく……」

 

 語り合う双子のそばを里の子供たちが無邪気に走り過ぎる。

 まだ平和への道は遠いかもしれない。

 それでも大戦の終わりはすぐそこまで来ていて、新たな時代が始まろうとしていた。

 

 

 

 

???「マダラも死んで輪廻眼への手出しも難しくなったカ……まあいいサ……また1000年待つぐらいどうってことナイ……」




これにて一旦完結です。
ご愛読ありがとうございました。

一番書きたかったほのぼのした話は番外編として追加します。
本編はまた書き溜めて二部を始める予定ですがいつになるのかは私もよく分かっていません。
その時はまたお付き合いいただければと思います。


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オビト外伝~里のボーイズライフ~
ある日の特別任務


 生きて戻って来たと公表されたオビトはしばらく療養しつつ里内での任務、主にクシナの護衛についた。

 しかし暗部の面はせず、表向きは彼女の買い物に付き合うフリ。

 

「遅いってばね、オビト! 今日はとびきり買うつもりなんだから……ってなんで買い物する前からそんな大荷物なの?」

「いやぁ、爺ちゃん婆ちゃんたちに捕まっちまって……あ、これは生きていたお祝いにって貰った」

 

 玄関を開けたクシナは呆れてしまった。

 なぜならこれから荷物持ちにしようと思っていたオビトがすでに野菜だのお菓子だのを山積みにして持って来たのだから。

 

「クシナさん、俺は食えないからもらってよ。今日はミナト先生が大名との顔合わせから帰ってくるんでしょ?」

「トビラはいないの?」

「あいつは今、任務中で里を離れてるよ」

「なら遠慮なく貰おうかしら。おかげで買い物の手間は省けたわ。じゃあオビト、代わりに散歩に付き合って。オビトがいれば結界の外も自由に歩けるから」

 

 マダラと一緒にチャクラの一部も封印したことにより、クシナの封印は不安定になっていた。

元々、彼女は地面に刻まれた結界の外には出られず、里を自由に移動することができない身の上であったが、不安定な封印によってその範囲はさらに狭まっていた。

 

 けど、弟のトビラから木遁の扱い方を習ったオビトはクシナの中の九尾が暴走したとしても抑えることができる。

 そのため、彼がそばにいるときに限ってクシナの行動範囲は制限されなくなった。

 

「うーん、やっぱり自由に歩けるのって気分いいってばねー!」

 

 隣にオビトがいるのと、見えないところから暗部の監視があるものの、クシナにとっては結界の外に出られるだけで自由な外出だ。

 

「クシナさん、どっか行きたいところある? ないなら適当に見晴らしいいところでも案内するよ」

「あら、オビト。アンタってばいつの間にそんな気遣いできるようになった?」

「そりゃー俺だって色々と勉強してんだよ! 女は気遣いできる男が好きなんだろ!」

 

 自信満々に言ったオビトが懐から本を見せる。

 

「なにこれ……『これであなたもモテる! 恋の忍法ベスト100』?」

 

――うさんくさっ!

 

 つい呆れ顔になるクシナ。

 ペラペラとめくると、「気遣いできる男はデートコースから違う!」だの、「デートで成功すればモテる!」だの書かれている。

 

――まあ、エロ本に興味持つのに比べればまだ健全か……

 

 本を閉じてオビトに返そうとしたクシナは気づいた。

 ちょうど二人が通りがかった本屋の入り口にも同じ本が平積みにされ、近くには「大ベストセラー!」のポップまで。

 

「……オビト、この本をリンに見せるのだけはやめなさいよ。ダサいから」

「ええ?! だ、ダサいってなんだよ! 別に初めっから見せるつもりなかったし!」

 

 本を懐に仕舞いつつ、ちょっと納得のいっていない様子のオビト。

 そんな彼にクシナは思いついた。

 

「そうだ! アンタ、デートコースを考えてるなら私に案内してみるのはどう?」

「えー! なんでクシナさんにぃ? そういうのはミナト先生に頼めよ」

「分かってないわね。私がアンタの考えるデートプランを査定してあげるって言ってるの。どうせリンに告白、まだしてないんでしょ?」

 

 図星を突かれ顔を真っ赤にするオビト。

 

「そもそもデートに誘う方法から相談に乗った方が良さそうかしら」

「う、うっせーな! デートに誘うぐらいすぐにできるし!」

「ふーん……」

 

 まったく信用していないクシナの視線。

 それから逃れるようにオビトが歩き出した。

 

「ほ、ほら行こうぜ! 案内すっから! べ、別にこれ、デートプランとかと関係ないからな! まあ、女目線でいいとこかどうか教えてくれても別にいいけどさ!」

「はいはい」

 

 ニヤニヤしていたクシナだが、すぐに怒りに髪を逆立てた。

 

「で、一番に案内するところがアカデミーってどういうことだってばね!」

「だって二人の思い出の場所に連れて行けって本には……」

「初手アカデミーは無し!」

 

 激しい否定にがっくり来るオビト。

 クシナは訳知り顔で講釈を始めた。

 

「そもそもデートっていうのはもっと特別感が必要よ。すっごい高級レストランで綺麗な夜景を見ながらディナーとか」

「はぁ? ミナト先生ってばそんなことしたのか?」

 

 ミナトのイメージとかけ離れたデートプランに訝し気なオビト。

 クシナもうっと痛いところを突かれた表情に。

 

「わ、私とミナトがどんなデートしたかは別に関係ないってばね! そんぐらいの特別感が必要だってこと!」

「……そもそもクシナさん、ミナト先生からデートに誘われたことってあんの?」

「そ、そりゃあ二人で封印術の修業をしたり、ミナトが開発した術を教えてもらったり……」

「それデートじゃなくて修行じゃん。高級レストランでディナーは?」

「…………行ったことあるわけないでしょ」

「それでよくデートについて語れたな。というかそれならそのデート観はどこ情報だよ」

「だって雑誌にはそう書いてあったんだってばね!」

「雑誌? うさんくせーなぁ」

 

 実は二人が通り過ぎた本屋にはオビトが買った本の隣に「月刊くノ一 理想のデート編!」が置かれていたのだが、オビトはそちらには目が向いていなかったようだ。

 アカデミーを出た二人が歩きながらギャーギャーやっていると、

 

「ギャー!」

 

 本当に叫んでばたりと倒れた者が。

 オビトは駆け寄って驚いた。

 

「おい! どうしたんだよガイ!」

「ゆ、幽霊……オビトの幽霊が…………」

 

 逆立ち歩きの修業をしていたガイはそのままひっくり返った状態で呟いた。

 あまりの衝撃に真っ青な顔をしている。

 

「俺は幽霊じゃない! 死んだと思われてたけど生きてたんだ! そうか、お前説明の時に任務で里にいなかったんだな?」

「死んだと思っていたのに生きてた……それはつまり幽霊?!」

「ちげーよ! ったく、熱血青春バカのくせに幽霊はこえーのか。ダセーな」

 

 オビトが差し出す手を恐る恐る掴んだガイ。

 

「む? 実体があるな……オビト、お前本当は生きていたのか?」

「だからそう言ってるだろ」

「ハーッハッハ! それは良かった! また会えて嬉しいぞ!」

 

 どうやら実体があれば怖くないらしく、すぐにガイは回復した。

 

「じゃあ俺と一緒に青春の修業をするか?」

「何がじゃあ、なんだよ。俺は案内があっから無し!」

「案内? また道案内か?」

「まあ、そんなところ」

 

 アカデミー時代から里中を修行で駆け回るガイは同じく人助けで里中を駆け回るオビトを見かけることがよくあった。

 クシナのことを知らないため、道に迷っている里の人ぐらいに思えたらしい。

 そのままガイは逆立ち歩きを再開し去って行った。

 

「なぜあなたがこんなところにいる」

 

 佇むクシナに声をかけたのはフガク。

 

「あれ? フガクさんだ。どうかしたんですか?」

「オビトも一緒か。なるほど、それで結界の外にいたのだな」

「そういうことだってばね」

 

 どうやらクシナの陰に隠れていたオビトが見えていなかった様子。

 

「その後、封印の調子はどうだ?」

「おかげさまで今のところは安定してるってばね。前より減ったチャクラにも慣れて来たところです」

「そうか。何か異変があればすぐに呼ぶように」

 

 オビト以外に九尾を抑えられるとしたら万華鏡写輪眼を持つフガクだけだ。

 警務部隊長としての仕事があるため、オビトのように護衛任務を受けることはできないものの、里にいることが多いためすぐ駆け付けることができる。

 

「その時は頼らせてもらいます。それよりもミコトは元気ですか?」

「ああ。あなたの話をしたら会いたがっていた」

「クシナさんってミコトさんのこと知ってんの?」

「昔、任務で一緒になって意気投合したのよ」

「クシナさんとミコトさんがぁ?」

 

 オビトにとってミコトは落ち着いた感じのお姉さん、一緒にギャーギャー騒げるクシナとは真逆のイメージだ。

 どこに意気投合する要素があるんだと言わんばかりのオビトにクシナの目が吊り上がる。

 

「なーんか言ったってばねェ? オビトォ?」

「まだなんも言ってねーよ! ……あ! ミコトさんって言えば! フガクさんとミコトさんって甘栗甘でデートしてましたよね! ミコトさん、喜んでましたか?」

「なっ?!」

 

 オビトとしてはリンとの完璧なデートプランのためになりふり構っていられないのだが、突然ぶちかまされたフガクはいつもの仏頂面が崩れてしまった。

 しかしオビトにとって族長のフガクは頼れる男、ぜひとも意見が聞きたいところだ。

 

「それとも綺麗な夜景の見える豪華なディナーの方がやっぱりいいんですか?」

「豪華なディナー? それはいったい誰の入れ知恵だ」

 

 動揺するフガクの問いかけにクシナの目が泳ぐ。

 その間にオビトは懐からまたしても胡散臭い恋愛指南本を出し、フガクに見せた。

 

「この本みたいなことフガクさんも実践しましたか?」

「俺は読んだことのない本だな……」

 

 あまりの動揺に往来で熟読を始めるフガク。

 

「気遣いのできるデートコース? この道の左手側に曲がった通りは治安が良くない。気を付けなさい」

 

 さらにフガクなりにアドバイスをしてみようとするが、警務部隊長としてのアドバイスになっている。

 しかし幼いころからフガクを頼れる大人として見ていたオビトはいたって真面目に聞いている。

 

――いくら私でもこれは違うって分かるってばね! というかフガクさんってこんな人なの?! ミコト! 今すぐここに来て!

 

 友人のミコトはともかく、フガクと大して接点のないクシナは遠慮してこの謎空間にツッコミを入れることもできない。

 彼女の願いが微妙に通じたのか、彼らに話しかける人物が新たに。

 

「あれ? クシナさんだ! それにオビトも! こんなところでどうしたの?」

「り、リン!」

 

 まさにリンのためにフガクからアドバイスを受けていたオビトは大いに焦る。

 慣れないことを聞かれ困っていたフガクはこれ幸いとばかりに、「頑張りなさい」と言って離れていく。

 

「あの人ってうちは警務部隊の確か……フガクさん? 何かあったの?」

「い、いや! 俺らもたまたま道で会ったから話してただけだよ! な、クシナさん!」

「リン、助かったってばね! リンはホントにいい子~!」

 

 謎空間から解放されたクシナはリンを抱きしめ喜んだ。

 

「そういえばクシナさん、ミナト先生の帰りが早くなるみたいですよ。もうすぐ里に着くって!」

「ええっ?! ミナト、もう帰ってくるの?! まずいってばね! まだ何の準備もしていないのに! オビト、今すぐ家に帰って夕飯の準備よ! アンタも手伝いなさい!」

「俺も?! なんで?!」

「アドバイス料だってばね! じゃあ、リン。悪いけど私たち行くわね」

「はい! オビト、頑張ってね」

 

 ニコニコと手を振るリンに見惚れるオビトだが、むんずと首元を掴まれクシナに連れて行かれる。

 

「というかアドバイス料も何も、クシナさんからのアドバイスなんの役にも立ってねーんだけど!」

「うっさい! 早く豪華なディナーを用意しないとミナトが帰ってくるってばね!」

 

 その日、里では猛烈なスピードで駆ける赤い閃光を見たという噂が立ったとか立たなかったとか。

 



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