リオ ー屋上のラストボスー (ディヴァ子)
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沈黙の春休み編
悪魔の子


春が舞台なのに冬に投稿する件につイテ。


 ワスレナグサの咲く頃、十六夜が空高く浮かぶ時刻。

 

《ヤッホ~イ、おはこんばんにちは~ッス! ディヴァ子ちゃんの、悪魔的配信の時間だよぉ~ん!》

 

 画面の向こう、電子の海原。そこで踊るは一柱の悪魔。彼女の名は「ディヴァ子」。最近頭角を現し始めた配信者だ。ガーゴイルの頭骨とガスマスクを装着しているのが特徴で、纏った漆黒のローブの下はボディコンスーツという、中々にアカンデザインをしている。

 

「(……我ながら気持ち悪いな)」

 

 まぁ、中身は引きこもりの糞ニートなのだが。

 “彼”の名は塔城(とうじょう) 主人(あると)。見ての通りのダメ男で、ネカマ野郎である。

 しかし、既に収益化も果たし、人気急上昇中の彼の稼ぎは、真っ当に働くサラリーマンの皆様よりも多く、正直ここから一歩も外に出ずとも生活出来る。

 だから、今日も主人は引きこもる。ネットの海で、成りたい自分に変身して。

 

《それじゃあ、今日の配信はここまで! 信者諸君、また明日~♪》

「(フゥ、今日はそこそこ上手く行ったかな?)」

 

 だが、この日は勝手が違った。

 

《え~? 終わっちゃうの~?》

「えっ……?」

 

 配信を終え、ネットも撮影機具も閉じて、デスクトップ画面に戻った筈なのに、どういう訳かディヴァ子が消えてくれない。それ処か、こちらに向かって話し掛けてきている。

 

《でもでも、私はまだまだ楽しみたいな~?》

「えっ、えっ……!?」

《だ~か~ら~♪ ……その身体、私に頂戴?》

 

 さらに、画面の中からぬぅっと腕を伸ばし、主人の手を取って、

 

「――――――うわぁあああああっ!?」

 

 猿の手(あくま)に変えた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)。何年も前に四つの町が合併し、一つの「市」になった場所である。

 当然、元はしがない小さな町であり、今も大して発展していない為、街中こそ建物は多いが、一歩大通りを外れると田んぼばかりが目立つ。特筆すべき所は無いが、自然豊かで空気が奇麗な、それでいて揃う物はある程度は揃っている、老後に住むのに丁度良い町、と言った所か。

 それでも、今は同じ市に属する隣町、「災禍町(さいかちょう)」よりはマシなのだが。あそこは「河童の故郷」を自称するレベルで田んぼと野山しかない。

 そんな長閑で平凡なド田舎、古角町に存在する、極普通の高等学校―――――――「(とうげ)高校」。

 

「………………」

 

 そこが、主人が所属する学校であった。

 まぁ、引きこもりの彼が通う事は、極稀なのだが。余程の事がない限り来るつもりはなかったし、何なら卒業まで通う予定などなかった。嘘八百のプロフィールであるにも関わらず収益化に成功した、ディヴァ子が居るのだから。

 しかし、今の主人は、そのディヴァ子が原因で来たくもない学校へ向かっている。“ある噂”を頼る為だ。

 

「あら、主人じゃない。あなたが学校に居るなんて、珍しいわね」

 

 と、金髪碧眼でポニーテールかつスタイル抜群、しかも眼鏡っ子という、中々に属性がてんこ盛りな少女が話し掛けてきた。

 彼女は塔城 (みさき)。名字からも分かる通り、主人の実姉である。主人と違って皆勤で登校しているし、何なら生徒会長とクラス委員長を掛け持ちする、スーパー真面目人だったりする。髪と目は地だ。

 

「……ちょっと野暮用があって」

「あっそう。……それはそうと、怪我もしてないのに腕に包帯を巻くのは、中学生までにしておきなさい。それじゃあね」

「………………」

 

 主人は思わず包帯が巻かれた右腕を押さえた。好きでこうなっている訳ではないが、言った所でどうなる訳でもない。だので、ここはぐっと我慢する。

 というか、そもそも岬に用はない。あるのは、屋上に住むという“噂のあの人”である。

 

「本当なのかな、あの噂……」

 

 「屋上のリオ」。

 最近、要衣市を中心に拡がっている、荒唐無稽の噂話。

 

“峠高校の屋上には、リオというマッドサイエンティストが住んでいる”

“何時もは会えないが、奇怪な事に悩まされた時、近くの「コトリバコ」に手紙を出せば、必ず解決してくれる”

“ただし、その後どうなるかは知らない”

 

「「コトリバコ」って、あの「コトリバコ」だよね?」

 

 一族郎党まで皆殺しにするという呪いの詰まった、禁忌の魔道具。そんな物が校内にほいほい置かれても困るが、今はある事を願うしかないだろう。

 包帯の下にある、猿の手(あくま)を払うには。

 

「そう言えば、ウチの学校の屋上、入った事無いよな」

 

 というより、屋上に通じる階段を見た事がない。三階まで上ったら、それっきりだ。

 

「……緑地化してるじゃん」

 

 ふと気になって見上げてみれば、屋上に広がるは深緑の森。どう考えても床が抜けるレベルの原生林だが、一体何がどうなっているのだろうか?

 

「いや、今はいい……」

 

 ともかく、右腕の治療を優先しなければ。このままでは、ディヴァ子(理想の自分)に変身出来ない。自分の居場所は、現実ではなくネットの中にしかないのだから。

 

「おはよー」「おはよーさん」「昨日何観た~?」「「バカチンコース」、面白かったよねー」

「………………」

 

 楽し気に会話する同校生たちの横を、コソコソと通り過ぎ、コトリバコを探す。手乗りサイズの木箱なので、見掛ければすぐに分かるだろう。

 

「おっと!」

「あぅっ!」

 

 余所見をしながら歩いていたら、巨乳にぶつかった。

 桃髪に真紅の瞳、その上胸にミサイルを搭載しているという、非常に美味しい要素を満載に持ちながら、逞しい肉体と二メートル越えの身長が色々と打ち消している、クラスメイトの一人。

 彼女は柏崎(かしわざき) (いちご)。「獄門紅蓮隊(ごくもんぐれんたい)」というレディースの姐御を務める、女型の巨人である。

 

「テメェ、今失礼な事を考えてたろ?」

「ば、馬鹿な……何故分かった!?」

「いや、自白すんなや」

「あん♪」

 

 殴られた。そりゃそうか。

 

「折角登校したんだから、ちゃんとクラスには顔出せよー」

「あ、姐御、おはようございますッス!」「ゲッ○ービーム」

 

 そう言って、苺は去って行った。顔も性格も良い意味で姐御肌だから、意外と人気があったりするのが彼女なのだ。特に今集まってきた、二人の取り巻きは苺にベッタリである。大変に姦しくて、引きこもりには色々と毒だ。さっさとお暇しよう。

 

「えっと、コトリバコは……うわぁー」

 

 あった。

 だけど触りたくないオーラが滲み出ている。「オオオォォォ……」なんてエフェクト、地獄先生の妖怪登場シーンでしか見た事ない。バリバリに最凶なのよ。お前がナンバーワンだ……。

 とにかく、手紙を入れよう。何とも不親切な事に、肉筆の手紙しか受け付けないらしいので、この日の為に頑張って書いてきた、渾身の依頼文である。届けぇえええええっ!

 

「届いたよー」

「うぉあっ!?」

 

 何時の間にか、後ろに人が立っていた。それも苺と同じくらいにデカい女が。

 紫色のおかっぱ頭(アホ毛あり)に金色の瞳、白い肌をした、長身痩躯の女子。胸はなく絶壁で、何故か数世代前のセーラー服を着用している。顔色が悪い上に目の下に隈が寄っているので、正直かなり怖い。

 この人は一体、誰なのだろう?

 

「ボクは天道(てんどう) 説子(せつこ)。屋上のリオのパシリさ」

 

 地獄への水先案内人だった。百物語の最後に出てきそう。

 

「さぁ、行くぞ。付いてこい」

「え、あ、はい……」

 

 そして、有無を言わさず先導される。有難い事だが、全く詮索しないのも不気味だ。

 

「興味がないからな。あるのはアイツだけだ」

「さいですか」

 

 屋上のリオ……どんな人なのだろうか。“マッド”と付くからには、ロクでもない人物なのは間違いないが、せめて話が通じる相手ではあって欲しい。

 

「……あれ?」

 

 そんな事を考えている内に、屋上へ通じる扉が見えてきた。何処をどう通って来たのか、さっぱり分からない。後ろを振り返っても、延々と続く階段が見えるのみ。降りたとしても、三階には着かないのだろう。そういう確信がある。

 

「考えても無駄だ。それより、早く来ないと置いていくぞ」

「は、はい!」

 

 説子にせっつかれ、扉を開けた先には、

 

「大自然!」

 

 雄大な大自然が広がっていた。てっきり落葉広葉樹が雑多に生えているかと思いきや、巨大なシダ植物や樹木化した地衣類など、どちらかと言うと「太古の森」と表現する方がしっくりする、漫画にしか存在しなさそうな植生である。恐竜とか居そう。

 

『ガウ?』

「恐竜みたいなのいる!」

 

 すると、本当に羽毛の生えた大型肉食恐竜が現れた。そんな馬鹿な。

 

『バォオオオオッ!』

 

 しかも、元気に火まで吹いた。お前のような恐竜が居るか。

 

「放っておけ。どうせ満腹だから、お前みたいなちび助を取って食ったりはしない」

「は、はぁ……」

 

 それは嬉しいが、納得はし難い物がある。食べる所はそっちも無いだろうに。

 

「おい、何か思ったか?」

「何で皆エスパーなんだ」

「顔に出てるんだよ」

「ぇはん♪」

 

 女子の見る目は厳しかった。

 

「それよりも、着いたぞ。ここが“入口”だ」

 

 促されて見れば、そこには天をも貫く巨木と、その幹に設置された「扉」があった。デカデカとハザードマークが刻まれているが、マッドサイエンティストの根城なのだから、今更であろう。

 

「開けるぞ。覚悟は良いな?」

 

 その先に待っていたのは、

 

「悪趣味過ぎる……」

 

 延々と続く廊下と、上下左右に張り巡らされた強化ガラスの向こうにある“実験体”の数々だった。生きている物もいれば、死んで動かない物もいる。保存状態だけは良いのか、死に様が克明に刻まれていた。中には解剖され、分解され、完全に標本と化したオブジェクトも……。

 はっきり言って、かなり気色悪い。ある意味想像通りではあるが、実際に見ると吐き気しか催さなかった。暫く焼き肉が食べられなくなりそう。

 

「ここだ」

 

 そんな薄気味悪い廊下を進んだ先の行き止まりに、第二の扉があった。こちらは自分からバイオハザードを起こしそうなマークが刻まれている。少しは自重しろ。

 

「開けるぞ。えーっと、564219っと……」

 

 さらに、説子が殺しに行きそうなパスワードを入力すると、重々しい音と共に扉がオープン・セサミして、

 

「ウェルカ~ム♪ 待ってたぜぇ、生け贄(こひつじ)ちゃ~ん♪」

「………………」

 

 見るも無残なマッドサイエンティストにお出迎えされた。誰か助けて。

 

「え、えっとですね?」

「私は香理(かり) 里桜(りお)。噂のマッドサイエンティスト様だ。媚び諂って土下座しろ」

「えぇ……」

 

 いきなり何なの、この子……。

 

(でも、確かにマッドだけど、科学者っぽいな)

 

 主人は里桜の姿を見て、そう評した。

 デカデカと「りお」と書かれたブルマーの体操着に、黄×黒という警告色のハイソックスと真っ赤なヒールを履き、その上から白衣を纏っている、妙ちくりんな格好。ボサボサの茶髪を真紅のカチューシャで掻き上げ、それでいて左目を隠している、ちょっと痛いヘアスタイル。鋭い三白眼にグルグルとした赫い瞳、ギザ歯なオリジナル笑顔という、如何にも狂ってますと言わんばかりのルックス。

 何処からどう見なくても、イカレた科学者だった。ここまで狂ってると、いっそ清々しい。

 

「さぁ、悩みをぶち撒けな。解決してやるよ。その代わりに、魂まで実験し(あそび)尽くしてやるけどなぁ!」

 

 どうやら、常識はベガスに旅行中のようだ。助けて、ミ○トさん!

 

「だが断る」

 

 だが断られた。

 

「………………!」

 

 もう、こうなったら話すしかないだろう。どうせ、既存の医者に治せる筈もない。駄目で元々である。

 

「これなんですけど……」

 

 観念した主人は、右腕の封印(包帯)を解いてみせた。

 

「うん、臭そう」

「言い方よ……」

 

 確かに獣臭いけども!

 

「そりゃあ、「猿の手」……いや、「悪魔の手」か」

 

 すると、里桜ではなく、説子がピタリと症状を言い当てた。

 

「おっ、流石はオカルトマニア。答えが早いな」

「ほっとけ。それより、何で悪魔になんぞ取り憑かれた? 本の読み過ぎか? それとも、骨董店にでも行ったか? もしくはエジプト旅行にでも?」

「いや、流石に千○アイテムとかではないです。実は……」

 

 そして、主人は改めて事のあらましを話す。

 

「ほぅ、お前ディヴァ子だったのか。毎週スパチャしてるよ」

「ご視聴ありがとうございます」

 

 重度のリスナーだった。

 

「――――――じゃなくて! これ、どうしたら良いですかね? 普通の医者じゃどうしようもないでしょうし……」

「切り落とせば?」

「端的!? いや、もっと穏便に行けませんか?」

「……どう思うよ、専門家?」

「フーム……」

 

 と、里桜の振りに説子が唸り、

 

「もぎ取るかー」

「DA☆KA★RA☆彡!」

 

 適当に処方された。いい加減に訴えるぞ。

 

「とりあえず、デジタルなディヴァ子ちゃんを呼び出して貰おうかな? 実物を見ないと、何とも言えん」

「は、はぁ……」

 

 一応、念の為にディヴァ子のデータは持って来てある。早速ながら、里桜の背後にある、砂時計型の巨大なウルトラコンピューターでディヴァ子を呼び出す。

 

「はい、拘束」「大人しくしなぁ!」

「ええぇ!?」

 

 拘束された。説子に後ろから、無い胸を押し付けられて。ほんのり柔らかい。

 さらに、頭をがっしり押さえられ、画面の向こうに佇むディヴァ子と目を合わせられる。里桜が何かを打ち込んでいるが、ハッキングでもしているのだろうか?

 だが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

「あ……ご……ががががが!?」

 

 何故なら、ディヴァ子と目と目が合うだけで、主人の身体がどんどん変異しているからである。

 

「――――――ウホォァアアアアッ!」

 

 そして、あっという間にゴリラ……ではなく、毛むくじゃらの悪魔になってしまった。

 

「悪魔ってのは、ある種のウイルスだ。文字や言葉、映像を媒体にして感染し、肉体を乗っ取る。……正確には、遺伝情報を書き換える、と言った方が正しいかな?」

 

 そんな主人ゴリラ(デーモン)に向けて、説子がポツリと呟く。

 

その通り(Exactly)~!』

 

 すると、主人ゴリラの背がパクリと割れ、中からディヴァ子が現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『ヤッホ~イ! おはこんばんにちは~ッス! 信者諸君の悪魔的アイドル、ディヴァ子ちゃんだよぉ~ん!』

「「\5000」」

『スパチャ、どもども~♪ ……じゃなくて! この私、ディヴァ子ちゃんが、今まさに誕生したのよん? もっと崇め奉れ~い!』

「「遺影(イェーイ)♪」」

『うーん、重度の信者!』

 

 悪魔たちが何か言ってる。

 

「なるほど、「0と1(デジタル)」の悪魔って訳か。ウイルス……いや、ワームだな」

『そういう事! 私たち悪魔は、何時でも何処にでも居るのよん!』

 

 悪魔と言えばグリモワールというイメージは、もう旧い。古代の知識と言ってもいいだろう。何故なら、悪魔はイメージの産物なのだから。

 “悪魔と言えば、こういう物”というイデアを抱かせ、それが完全になった時、脳髄を乗っ取られ、身体を作り変えられてしまうのだ。

 

「……って、説子が言ってた」

『ハハ~ン! 分かっているのなら、話が早い! 死ね~♪』

 

 生れたばかりの悪魔が、好奇心の赴くまま、里桜に襲い掛かる。元が引きこもりとは思えない、人智を超えたスピードだった。

 

『……あれ?』

 

 しかし、届かない。どういう訳か、里桜の鼻先で拳が止まってしまった上に、そこから一歩も動けなくなってしまった。

 

「お前も阿保だな。データが本体ってバレた時点で、自分が書き換えられてるって気付けよ」

『ま、まさか、さっきのアレは……!』

その通り(Exactly)。ちょちょいとデータを改竄させて貰った。“私には絶対に逆らえない”ようにな」

『な、ならば――――――』

「ああ、一緒に見てた説子を乗っ取ろうとしても無駄だぞ。あいつの目には遮光板があるからな」

『だったら――――――』

「ああ、そういうの効かないから。私の身体は、細胞一個一個が有機ナノマシンで構成されている。言わば全身がコンピューターの塊みたいな物だから、例え一部が汚染されたとしても、次の瞬間には抗体を演算処理してるんだよ。つまり、精神汚染系統は無効になるどころか、逆に侵食する事が出来る訳だ。お前に勝ち目は無いよ」

『オワター\(^o^)/』

 

 ディヴァ子はお手上げした。

 

「さて、それじゃあ、実験を開始するか」

 

 さらに、里桜が姿を変異させながら、彼女の頭を鷲掴む。全身がナノマシンである里桜は、自身の望む姿に変貌する事が出来るのである。

 そう、それこそ強大な悪魔の姿にだって可能だ。

 

『キャーッ、ケダモノーッ!』

 

 こうして、小悪魔は大悪魔の手中に落ちるのであった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『………………!?』

 

 そして、主人は目を覚ました。あれから一体何がどうなってしまったのだろうか?

 というか、身体が重い……否、小さくて短い……?

 

『……って(ビッ)何だこりゃあ(ビバルディ~)!?』

 

 主人の身体は、何時の間にかカエルになっていた!

 それも、体形は薬屋の前にあるアレと同じ二頭身で、きめ細やかなチャトラの毛皮に肉球のある四肢、間抜けな顔とお腹の「☆」、金の王冠&赤いマントという、漫画の世界に居そうな、デフォルメ全開な姿である。ついでに、何故か「ビバルディ」としか喋れない。アニメのポ○モンかな?

 

「おはこんばんにちは~♪」

里桜さん(ビバビバ)!?』

 

 さらに、原因と思われる里桜も登場。傍らには説子が控え、変わり果てた主人を見下ろしている。

 

「お前は悪魔に上書きされてた(乗っ取られていた)のさ。だから、必要なデータだけをサルベージして、別の器に入れた。元の身体はハンバーグになっちまったからね」

だからって何でこれ(オビバンバルディン)!? というか(ビビババ)そもそもこれは何(アビバブバビン)!?』

「それは「ビバルディ」。説子のお気に入りのぬいぐるみに、色んな実験体の臓物(ホルモン)を突っ込んで造り上げた、我が屋上のマスコットキャラだ」「おい、勝手に人の物を使うな」

レシピがグロい(ビバボェエエ)!』

「どうだね、生まれ変わった気分は?」

 

 人はそれを改造手術という。最悪としか言えない。

 

何で勝手に(ビバビバル)改造手術なんて(ビビバンビルン)したのさ(オバビッ)!』

「知らんなぁ。お前個人はとっくに死んでるし、今のお前はマスコットだ。つまり人権など無い。諦メロン」

そんなぁ(ビバルゥ)……』

「そもそも、最初に言っただろう? “魂まで実験し(あそび)尽くしてやる”って。これは言わば、私への報酬。お前が払うべき対価だ。そのまま死なないだけ、有難いと思え」

酷過ぎるぅ(ビバルディ)!』

 

 神も仏も居ないとは、この事か。こんなのあァァァんまりだァァアァ~ッ!

 

「安心しろ。お前の戸籍は抹消してるし、最初から居ない事になっている。おめでとう……そして、ようこそ屋上のリオのラボへ。今日からは心機一転、マスコットとして良きに計らえ」

『ビバァ~ン……ビ?』「………………」

 

 と、嘆き悲しむ主人――――――否、ビバルディを説子がヒョイと抱き上げた。

 

「……可愛い。ちゃんと世話してあげるからね」

『………………』

 

 その胸はちょっと硬かったが、とても温かかった。

 

(もうどうにでもなれ~♪)

 

 そして、幾ら足掻いても仕方がないので、ビバルディは考えるのを止めた。

 

《おはこんばんにちは~♪ 今日も今日とて、配信していくよ~ん♪》

『………………』

 

 ちなみに、あの後ディヴァ子は里桜に捕獲され、そのまま屋上で管理AIとして働きつつ、主人に代わって配信を続けて行く事になったそうな。

 うむ、めでたしめでたし!

 

めでたくな~い(ビッバルディ~ッ)!』

 

 どんとはれ~♪

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

●氏名:塔城(とうじょう) 主人(あると)

●年齢:十七歳

●住所:閻魔県要衣市災禍町野寺区二十番地十三

●所属高校:峠高等学校

●家族:なし。両親は既に死亡し、天涯孤独の身。兄弟姉妹も存在しない。

●趣味:物作り、読書、動画配信

 

 ――――――以上のデータを破棄しますか?

 

 

 

 

 

『勝手にしろ。そいつはもう用済みだ』

 

 誰かの声が聞こえた気がした。




◆猿の手

 イギリスの短編小説に出て来る魔法のアイテム(ミイラ)。「どんな願いも三つだけ叶えてくれる」が、その叶え方が捻くれており、必ず犠牲が出てしまう。その為、正体は「悪魔の手」と呼ばれている。高望みなどせず、分相応に生きて行け、という事なのかもしれない。


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ダイ・マイ・フレンド

これが本来の屋上ライフ。


 星の煌めく夜空の下。

 

「………………」

 

 屋上――――――は諸事情により使えないので、三階の教室のベランダにて、一人の少女が景色を見下ろしていた。峠高校は一~二年生が使う「北校舎」、三年生の使う「西校舎」、職員室や特別教室が集まった「南校舎」の三つに分かれており、「C」の字に囲まれた真ん中に「中庭」があるので、今彼女の目には、闇に染まった芝生と、ご立派な一本桜しか映っていない。

 こんな年頃の娘が、夜の学校にたった一人で、今にも飛び降りそうな勢いでベランダから中庭を見下ろしている。どう考えてもおかしいが、それを指摘する人間も居ない。夜の闇は、何時だって“人外”の味方だ。

 

「喉、渇いた……」

 

 少女がポツリと呟く。

 

「喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた喉渇いた!」

 

 最初はポリポリと、徐々にガリガリと、最後は血が出るまで喉を掻き毟りながら。

 しかし、そんな常軌を逸する行動を取っていても、表情だけは変わらず「虚無」であり、見えない何かへ必死に訴えているように見えた。

 

『やろかやろか、水やろか』

 

 すると、少女の願いを叶えるように、誰かの声が聞こえた。

 だが、一体何処から?

 

『水が欲しいか、そらやるぞ』

「ちょうだい! 早く、ちょうだい!」

『なら、おいで。さぁ、おいで。ワタシの中に、飛び込んでおいで』

 

 ――――――中庭の方から。誰も居ない、筈なのに。

 

「うん、分かったわ」

 

 そう言って、少女は身を乗り出した。

 

 ……ぐちゃり、と嫌な音が世闇に響いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)、峠高校。長閑で平凡な田舎町に存在する、極普通な高等学校にて、その事件は起こった。

 

「嘘でしょ……」

 

 何時もなら登校する生徒たちでごった返す門前だが、今日は様子が違った。

 

「はい、下がって下がって!」「ここは今、立ち入り禁止です!」「先生方、誘導の方、お願いしますよ!」

 

 停められたパトカー、野次馬化しそうな生徒たちに立ち塞がる警察官、中庭の方から運ばれて来る“モノ”。峠高校の朝は、真っ赤な血に塗られていた。

 

「先生、どうしたんですか、これ!?」

「……中庭で飛び降りだ。それ以上は言えない」

「そんな……」

 

 丁度良く近くに居た担任の先生に事情を尋ねると、とんでもない答えが返って来た。

 

「じゃあ、今運ばれてるのって……」

 

 そして、鏡音(かがみね) 蓮花(れんか)は確信した。今し方、多目的ワンボックスカーに運ばれていった死体が、誰なのかを。

 

「弥生……」

 

 それは彼女の親友、水地(みずち) 弥生(やよい)であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 数日後。現場も粗方片付き、一先ずの日常を取り戻した峠高校。

 誰もが事件の事など忘れて……いる筈も無く、恰好の話題となっていた。

 

「ねぇねぇ、聞いた? この前、中庭で自殺があったって」

「知ってる知ってる。確か、弥生さんだっけ?」

「そうそう。何でも、親が離婚寸前、家庭崩壊まっしぐらだったらしいよ」

「へー、そうなんだ」「何々、何の話ー?」「俺らも混ぜろよ」

 

 死んだのは、二年三組のクラス委員長、水地 弥生。クラスでも人気の優良な女生徒だったが、家庭環境に問題を抱えており、その関係で独りでストレスを溜めていき、とうとうそれが爆発した――――――というのが、クラスメイトたちの見解だった。

 それを涙ながらに……ではなく、極普通の、日常の一環として、半分笑いながら話し合う辺り、生徒たちの本性という物が窺える。

 子供の心が純真だと思うのは人間の大人だけだ。本当は誰もが知っている。人は、悪魔なのだと。天使や神を気取る事は出来ても、心根までは変えられない。

 しかし、優しい人間が居るのも事実。現に、弥生の死を話の種にする生徒たちを快く思わない者も少なからずいるし、面と向かって注意する子も、居るにはいる。

 

「アンタたち、いい加減にしなさいよ! それでも人間なの!?」

 

 それが弥生の親友、鏡音 蓮花である。

 彼女は、弥生が悩みを抱えている事を薄々感付いていたが、どうこうする前に弥生が自殺してしまい、ここ数日の間ずっと悩んでいた。

 だからこそ、弥生が死んだ事を笑い話にする生徒たちが許せないのだ。

 

「はいはい、分かりましたよ」「何よ、真面目ぶっちゃって」

 

 もちろん、言われた方は唯々面白くないだけで、反省などまるで無いのだが。

 

(何よ、どいつもこいつも! 何時も頼りにしてた癖に、死んだらハイお終いって訳!?)

 

 怒り心頭のまま、廊下をズンズン歩く蓮花。今は昼休みなので、誰も彼もがグループを作ってお弁当タイムと洒落込んでいるが、そこへ混ざる気にはなれない。一部とは言え、人の醜い本性を垣間見てしまったから。

 自分が一番の心友だったからと、周囲に当たり散らすような態度を取る、彼女も彼女にも問題はあるのだが。

 何れにしろ、今の蓮花は孤独で、独り善がりな義憤に駆られていた。

 

 ――――――何としてでも、弥生の死の真相を突き止めてやる、と。

 

 確かに家庭環境に不備を抱えていた弥生だが、自分に何の相談も無く自殺に至るだろうか。つい先日まで、そんな雰囲気は微塵も感じさせなかったのに。むしろ今度一緒に映画を見に行こうとまで言ってくれていた。

 その弥生が、突然死ぬだなんて……絶対に有り得ない。

 この世に絶対など絶対に無いのだが、友人の死が蓮花の目を曇らせ、思考能力を奪っていた。

 だから(・・・)、だろうか。

 

 ――――――ふと見掛けた、蛇口の水が生き物のように蠢いて見えたのは。

 

「えっ……!?」

 

 瞬きをする間に水は元通りになっていたが、間違いない。確かに、動いていた。

 

「いや、気のせいね……」

 

 それでも、その時はそう思った。疲れてるのよ蓮花、と。

 だが、彼女は思い知る事となる。今日この日、自分が見てしまった異常事態が、現実の物であると。

 

「……嘘でしょ?」

 

 またしても、飛び降り自殺が発生した。それも、蓮花の目の前で。

 

「こいつは……」

 

 それは弥生の死を面白おかしく語っていた、生徒の一人だった。

 さらに、現場検証が終わり数日経った頃にまた一人、それが片付くともう一人と、断続的かつ連鎖的に続く投身自殺。どいつもこいつも、二年三組のクラスメイトだった。例の馬鹿共はもちろんの事、弥生とそれなりに仲良くしていた者や、関りの薄い者まで、見境なく次々と死んでいく。

 弥生の死から約半月で、七人もの生徒が自らを殺してしまった。

 

「次は……私……?」

 

 事ここに至って、蓮花は恐怖心を抱いていた。

 初めこそざまぁ見ろくらいに思っていたが、関連人物が粗方死んでしまい、関係の無い人間まで死に始めた事で、次は自分の番が回って来るのでは、という考えが過ぎり始めたのである。

 弥生と自分は心友同士。恨みを持たれる筈など無いのだが、悪霊は見境が無くなるとも聞く。

 

 それに、何時ぞやに見掛けた、あの水だ。

 

 思い返せば、死んでいった生徒たちは、死ぬ数日前くらいから、おかしな行動が目立っていた。

 突然何かを恐れるような態度を取ったかと思えば、異様なまでに水を欲しがったりする、など。

 

 ――――――そう言えば、自分も最近無駄に喉が渇き始めた。

 

(嫌だ! 死にたくない!)

 

 最早、蓮花は弥生の死の真相など、どうでも良くなっていた。

 何故だか、どういう訳だか、自分は弥生に呪い殺され掛けている。さっきから、水の滴る音が、這う音が、流れるように聞こえてくる。上から、下から、前から、後ろから。

 

 ……自分の中から。

 

『やろか、やろか、水やろか。オイシイ水を、たらふくやろか』

 

 歌が聞こえる。弥生の声が。

 

《死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね》

 

 見える視える、差し迫る死が。赤黒い手形となって。

 

「いやああああああああっ!」

 

 数々の死と、自身に起き始めた異常により、蓮花は錯乱状態に陥っていた。まるで、死んでいった生徒たちのように。

 蓮花は恐慌しながら、弥生たちが飛び降りた、自分の教室へと続く階段を上りだし、

 

「えっ……?」

 

 その途中で、妙な物を発見した。

 

「何、これ?」

 

 それは、壁に埋もれるように設置された、立体パズルを思わせる木組みの小箱。それがポストのように口を開いて、こちらを視ている(・・・・)。今すぐ手紙を書け、と言わんばかりに。お誂え向きに、紙と鉛筆まで用意されていた。

 こんな物、今まで無かった筈だが……。

 

「………………」

 

 その非現実的かつ不気味な現象に、蓮花は恐れを抱きつつも、筆を走らせた。これを見たおかげで、自分は死地へ突っ走らずに済んだのだと、思えたから。

 もしも、この箱を見掛けなけなかったら、あるいは――――――、

 

「………………!」

 

 別の恐怖に駆り立てられた蓮花は、来た時以上の速さで、階段を下りて行った。

 同時に、その奇妙な箱も、忽然と姿を消した。

 

 そして、誰も居なくなった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 屋上に広がる森の奥。

 

《おはこんばんにちは~☆彡♪ 迷える生贄(こひつじ)ちゃんから、お手神様のお届けだよ~ん♪》

「手紙な?」「遺影☆彡」『ビッバビ~ビ~♪』

 

 悪魔たちの囁きが響く。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ――――――ゴポゴポゴポ。

 

 

 闇の中で、何かが蠢く。次なる獲物を求めて。

 それは水によく似た、透明な細胞を持つ液体状の生き物。人の生き血を好み、肉身を味わい、最後は骨すら溶かして殺してしまう、正真正銘の化け物。

 しかし、今は長い年月から目覚めたばかりで、“餌場”に獲物を誘き寄せる事ぐらいしか出来ない。

 だからこそ、彼(もしくは彼女)は、殺す。水のフリをして、自らの分身を飲み干した人間を、自分の本体目掛けて飛び降りさせる。自殺に見せ掛けているのは、単に怪しまれない為。自分という存在を悟らせないように。

 とは言え、立て続けに生徒が自殺すれば、どう頑張っても怪しまれるのだが。怪物はまだ寝惚けているのかもしれない。

 事実、最初に飲み干した生き血の持ち主の影響を受けている事にも、気付けていないのだから。

 しかし、その怪奇な大作戦も今日が最後。そろそろ良い感じに目が覚めて来た化け物は、自分が今どういう立場に居るのかを理解し始めていた。

 このままでは自分は見付かり、再び封印されてしまう。

 いや、封じられるだけならまだしも、退治されては堪らない。

 だが、流動体である化け物が移動出来る範囲は限られている。早く丁度が良い器を作らねば。

 幸い、材料は結構手に入った。自殺した人間たちの一部を少しずつ取り込み、一つの身体(オリジナル)がもうすぐ完成する。後は顔と声を奪うだけ(・・・・・・・・)

 最後の獲物は決めてある。

 

 一番大好きで(・・・・・・)一番大嫌いな(・・・・・・)あの子だ(・・・・)

 

 さぁ、殺そう。

 さぁ、食べよう。

 さぁ、おいで、私の下に。

 

「………………」

 

 分身体に指令が届き、お気に入りのあの子――――――蓮花が、教室への階段を上がる。

 時刻は既に夜。草木も眠る丑三つ時。当然、全ての扉には鍵が掛かっているのだが、そんな常識的な事情など今の蓮花には関係なく、人間離れした馬鹿力で南京錠を破壊し、地獄への扉を解放する。限界を超えた力を発揮したせいで手が壊れてしまったが、どうせ頭以外はいらないし、この後グシャグシャになるのだから、どうでも良い。

 

 さぁさぁ、いらっしゃい、いらっしゃい。

 私と同じように、そこから一歩踏み出して、飛び込んでいらっしゃい。

 

「………………」

 

 フェンスを引き裂き、死の淵に立つ蓮花。その眼に光は無く、何も見えてはいない。自分が死のうとしている、という現実さえも。

 

「ハーイ、そこまで」

 

 だが、まさに今から飛ぶ鳥が後を濁そうとした時、待ったが掛かる。いつの間にか白衣の少女がすぐ隣にいて、蓮花の肩をポンと叩いたのである。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……っ、あっ!?」

 

 肩を叩かれた瞬間、蓮花の中を電流が走り、曇っていた意識が晴れ渡った。

 

「いっ……!?」

 

 同時に壊れた手の痛みが襲い掛かって来たが、死ぬよりはマシだろう。

 

「とりあえず、これでも飲んでな」

 

 さらに、白衣の少女――――――デカデカと「りお」と書かれたブルマーの体操着に、黄×黒という警告色のハイソックスと真っ赤なヒールを履き、その上から白衣を纏っている、妙ちくりんな格好の少女が、懐から取り出した、奇妙な小瓶に入った謎過ぎる液体が注がれると、あっという間に治癒してしまった。これで大丈夫だ、問題ない。

 

「……あ、あなたは?」

「私か? 私は香理(かり) 里桜(りお)。屋上住まいのマッドサイエンティストさ」

「それってどういう……」

 

 しかし、詳しい話を聞く間も無く、事態は急変する。

 

《邪魔をするなぁあああああああっ!》

 

 眼下に咲き誇る桜がザワザワと蠢き、唸り声を上げ始めたのだ。そこは弥生を含む多くの生徒が叩き落ちた死溜りで、無数の骨や皮を蓄えたゲル状の生物がドバドバと溢れてくる。

 

『カァアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 そして、それらが整理整頓され、顔の無い継ぎ接ぎだらけの死体になったかと思うと、壁に爪を立てながら、こちらへ向かってよじ登って来る。それはまさしく学校の怪談に出て来るホラーな一場面そのもので、蓮花は声も上げられずに腰を抜かした。

 

「うわー、気色悪っ! おい、ありゃ何だ、説子?」

 

 だが、里桜は気持ち悪がりこそすれ、逃げる気配は微塵も見せず、左隣の虚空に話し掛けるばかり。

 

「あれは「水霊(みずち)」。「水神(みずがみ)」とも呼ばれる、液体状の妖怪さ」

 

 否、虚空などではない。そこには闇色のセーラー服を着た、不健康そうな別の少女――――――天道(てんどう) 説子(せつこ)がいて、吐き捨てるように呟いた。

 「水霊」とは、その名の通り水……というか淡水域に潜む霊的な存在を差し、竜や蛇のような姿から全くの無形であるなど伝承も様々で、まさしく流水のように変幻自在な特徴を有する怪異である。

 実際は“それっぽいモノ”の総称であり、同じ水霊(なまえ)でも、正体はまるで違ったりするのだが。

 今回現れたモノは、水に化けて獲物を襲うタイプの、所謂“妖怪”の類。神使としての「(みずち)」とはまた別なので、その辺は留意して貰いたい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:液体超獣=水霊(ミズチ)

◆『弱点:不明』

 

「……ちなみに、あの桜はどっかの御神体だった木を枝継ぎした物、らしいぞ」

「へー。つまり、あの木に“吸い上げられてた”って事?」

「そういうこった」

 

 とどのつまり、そういう事だ。

 遥か昔、この辺一帯を餌場にしていた水霊が、何処ぞの陰陽師が持ち込んだ御神木の分身に吸い上げられる形で封印されていたとか、そんな感じだろう。

 それが現代に弥生の生き血が染み込む事で蘇り、活動を再開した。そんな流れだったに違いない。水だけに。その辺りは「本人」に聞いてみないと分からないが、実によくありそうな怪談話である。

 

「まぁ、水は水でも、見た感じゾルって言うよりDNタイプのゲルだし、“ゾルとゲルを自在に変えられる、半透明な細胞を持った高等生物(スライム)”って所かね? ……なら、火には弱いよなぁ?」

 

 だが、どんなに常識外れな特徴を有していても、水霊は生き物だ。水のように透明な姿をしていても、それは“フリ”に過ぎない。呼吸もすれば、眠りもするし、きちんと細胞もある。

 だから、火を付ければ燃えてしまう。

 

「なら火葬してやるか。そーれ、汚物は消毒だ」

『ぎゃあああああああああああああああああ!』

 

 と、説子が“口から吐いた炎”に晒された水霊が、幾人もの声が混じり合った断末魔を上げて焼死した。死体はすっかり消し炭となり、射線上にあった枝垂れ桜もついでのようにバチバチと燃え上がる。きっっったねぇ花火だ。

 水霊の居た痕跡は、こうして土台ごと消え去ってしまったのである。

 

「あ、あなたたちは一体――――――」

 

 と、我に返った蓮花が話を聞こうとするも、二人の姿はそこには無く。

 全てが未消化のまま、水霊事件は幕を閉じた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それからそれから。

 人が死ななくなり、ついでに言えば不謹慎な阿保共もいなくなった事により、二年三組は落ち着きを取り戻していた。

 喉元過ぎれば何とやら。熱に浮かされていた峠高校も、一度事件が沈静化すれば、誰も何も気にしなくなっていた。

 その代わり、ある噂が今まで以上に取り立たされていた。

 

“学校の屋上に何か居る”

“何時もは会えないが、奇怪な事に悩まされた時に、忽然と現れる”

“頼み事をしたいのなら、「コトリバコ」に手紙を出せ”

“そうすれば、そいつらはやって来る”

“その後、どうなるかは知らない”

 

 「屋上のリオ」「闇色のセツコ」などと呼称される、その摩訶不思議な二人組は、怪異に巻き込まれた者の前のみ現れる「コトリバコ」という木枠のポストに手紙を入れるとやって来て、どんな化け物が相手だろうと退治してくれるという。

 実に荒唐無稽で意味不明な噂話であるが、実際に会ったという者や、悩みが解決したという者もおり、“集団自殺事件”に代わる暇潰しとして、校内に蔓延していた。

 しかし、一部の者は知っている。それが噂などではなく、本当の事であると。化け物はいるし、それ以上もいると。

 蓮花もまた、その一人。

 だからこそ、一見興味なさそうに聞き流し、実際は興味津々に聞き耳を立てている。

 

(結局、アレは何だったんだろう……?)

 

 化け物は居た。その焼け跡はもう無いが、確かに存在していた。噂のセツコ曰く「水みたいな姿の妖怪」らしいが、とっくに消え失せて久しい。

 今では、あの時のアレは全て夢だったんじゃないかと考える事もあるが、あの悍ましい光景と味わった痛みと恐怖は本物だった。

 蓮花は今でも思い悩む。

 弥生は自分の事をどう思っていたのか。彼女とは本当に親友だったのか。自分がそう思っていただけで、与り知らぬ所で恨みを買っていたのか。だから最後の最後に自分を狙って来たのか。はたまた弥生は一切無関係で、単なる偶然だったのか。

 分からない。何もかも。

 だが、一つだけ分かっている事がある。

 それは、屋上のリオと闇色のセツコ――――――もとい、香理 里桜と天道 説子は、確かに存在していて、自分は運良く救われた、という事。

 

(助かっただけ良かった……のかしら?)

 

 そう、命があるだけ運が良い。それ以上の何があるというのか。

 結局、何のかんの言っても、自分の命が……我が身が一番可愛いのだから。

 そうだ、もう悩むのは止めよう。弥生はもういないし、自分は今を生きている。過ぎた事は忘れて、精一杯今を生きよう。それが亡き者に対する、最大の手向けであろうから。

 蓮花はそう自分を納得させ、一連の事件を忘れる事にした。単なる言い訳と謗られようが、知った事か。一度殺され掛けてみればいいのだ。そうすれば分かる。

 

「大丈夫かしら?」

 

 と、クラスメイトの一人が、心配そうに声を掛けてきた。名前もうろ覚えな彼女だが、本当に今更である。

 

「だいじょうぶ」

「そうは見えないけど?」

「ほうっておいて」

 

 もういい、誰も構うな、話し掛けるな。皆みんな、大嫌いだ。死んでしまえ。

 

「はぁ……」

 

 それにしても、

 

「……喉、渇いたなぁ」

 

 

 

 ――――――その日を境に、蓮花は姿を消した。




◆水霊

 淡水域に棲む妖怪の総称。同じ「みずち」でも色んな種類がおり、魚類の「タイ」や「マグロ」ぐらいに緩い縛りの名称である。
 今回中庭に潜んでいたのは所謂「悪いスライム」で、不定形の液状生物。ゾルとゲルを自由自在に行き来出来るのだ。自分の一部を飲んだ相手を操る能力があり、己の棲み処まで誘き寄せて食らう。食べ残しの骨や皮は、掻き集めて自分の骨組みとする。


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カマイタチの春

春先の怪我にご用心。


「フッ……フッ……フッ……!」

「ハッ……ハッ……ハッ……!」

 

 アネモネが花咲く傍を、二人の少女が走って行く。彼女たちは陸上部の先輩と後輩であり、何時も仲良く並んでランニングをしている。小学生の頃から知り合いだった二人は何処までも一緒だ。

 そう、この時までは(・・・・・・)

 

 

 ――――――ビュゥウウウウウッ!

 

 

「うっ……!?」「きゃあっ!?」

 

 二人の前を、一陣の風が通り過ぎる。妙にギラつく、不思議な旋風だった。

 

「あっ、先輩、血が……!」

「えっ……あ、本当だ」

 

 後輩の指摘で、初めて気が付いた。何時の間にか、脚に擦過傷が出来ている。ただ、切り口が鮮やか過ぎるせいか、痛みは全くと言って良い程に感じず、血も大して出ていなかった。精々、薄皮が向けた程度の物だろう。

 

「大丈夫だよ、これくらい――――――」

 

 だが、先輩の少女が発した言葉は、そこで途切れる。何故なら、

 

「せ、先輩、どうしたんですか!?」

「あ……ぐ……ぅごぉがががががぁっ!?」

 

 突如、悶え苦しみ出したかと思うと、背筋を弓なりにピーンと張った姿勢となり、

 

 

 ――――――グギギギ……ボギンッ!

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!」

 

 そのまま、Uの字に鯖折りとなって、息絶えてしまった。

 

「先輩! 先輩! そんな……そんなぁっ!」

 

 後輩の少女の叫びが、虚しく響く。風はもう凪いでいた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)峠高校(とうげこうこう)

 

《遺影、遺影♪ メ~ルが来てるよ~ん♪》

「手紙な?」

「今日はどんな獲物が網に掛かったのかねぇ?」

『オビバァ?』

 

 その屋上に、今日もまた手紙が届く。コトリバコに悩める生贄(こひつじ)が依頼を出したのである。

 

「差出人は……一年生かよ」

 

 さぁ、実験開始だ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 立花(たちばな) 六華(りっか)にとって、楠木(くすのき) 麻実(まみ)は憧れの先輩だった。

 一歳しか違わないのに、とても大人びたしっかり者であり、一度決めた事は例え大人が反対しても決して曲げず、しかも有言実行してしまえる、素敵なお姉様である。

 そんな彼女が、

 

「死んだ……いや、殺されたんです!」

 

 昼下がりの保健室で、六華は叫んだ。目の前には里桜と説子、ついでにビバルディが居る。

 

「保健室ではお静かに。一応、具合が悪いという事になっているんですから」

「あ、すいません……」

 

 もちろん、保険医も居る。

 彼は――――――否、彼ら(・・)は、堂本(どうもと) 鴻太郎(こうたろう)堂本(どうもと) 鴿助(こうすけ)。頭以外が全て一体化した結合双生児の兄弟である。奇怪な出で立ちながら確かな医療技術と人の好さで、生徒からの人気は高い。打撲どころか骨折さえも片手間で治してしまう手腕は、既にオカルトの域にあると言って良いだろう。“救急車を呼ぶくらいなら彼らに任せた方がいい”とは、誰が揶揄した噂話か。

 そんな堂本兄弟にとって、六華はもちろん、屋上のリオだろうが闇色のセツコだろうが、等しく峠高校の生徒であり、分け隔てる事なく受け入れている。

 だから、極々稀にであるが、こう言ったシュールな光景が見られたりもする。仮病を使って保健室でサボるのは、悪ガキの常套手段だ。

 

「それで、どう言う状況で何をされたのか、改めて話して貰おうか」

「は、はい……えっと……」

 

 里桜に促され、六華は語る。憧れの先輩とのジョギング(デート)中に、何があったのかを。

 

「旋風……「鎌鼬(かまいたち)」だな」

 

 六華の話に、説子が答える。

 

「「鎌鼬」? それって――――――」

『おちゃ』

「あ、どうも……」

 

 ビバルディはお茶を出す。可愛い、お持ち帰りしたい。

 

「駄目だからな?」

「はい」

 

 駄目でした。

 

「……あっ、それで鎌鼬って何ですか?」

「旋風を起こして人を傷付ける通り魔さ」

 

 「鎌鼬」。

 その名の通り鼬によく似た姿の妖怪で、目にも止まらぬ速さで動き回って旋風を起こし、出遭った人間を傷付けると言われている。通常は単独だが、時と場合によっては「父・母・子」の三人組で行動する事もあり、父親が人を転ばせ、母親が切り裂き、子供が薬を塗って治すという。親子総出で掠り傷を負わせるだけという辺り、ただの悪戯好きなのかもしれない。

 

「でも、先輩は殺されたんですよ!?」

 

 そこだけは譲れなかった。あの旋風には確実に敵意……否、殺意があった。

 

「さてね。そこは本人に聞いてみん事には……なぁ、里桜?」

 

 説子が里桜に振り、

 

「そうだな。荒療治と行こう。屋上に引きこもるのは嫌いじゃないが、科学者は失敗してなんぼさ。かのエジソンも言ってたからな、“天才とは、一パーセントの閃きと九十九パーセントの努力である”ってな」

「……確かそいつ、ライバルを蹴落とそうと電気椅子作ったり、インドぞうをスパーキングしてなかったっけ?」

「そこが可愛いんじゃないか、ククククク……」

 

 里桜は凄惨な笑みで応えた。

 

「そろそろ昼休みが終わりますね。ちゃんと授業には出て下さいね」

「「「ほーい」」」『ビバー』

 

 堂本兄弟の言葉には、全員が適当に答えた。少しくらい空気を読んで欲しい。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ここがそうか?」

「は、はい……!」

 

 その日の放課後、六華は説子と共に在った(里桜は後方支援者面している)。言うまでもなく、大体同じシチュエーションで、鎌鼬を誘き出す為である。鎌鼬は決まった狩場を持たないタイプの妖怪だが、敵意を持って排除したという事は、何らかの事情で動けないのだろう。

 だから、似たような状況で走れば、縄張りを侵されたと思って襲って来るかもしれない。その程度の話だ。

 

 

 ――――――ビュゥウウウウウッ!

 

 

「……本当に出て来ちゃったよ」

 

 殆ど冗談だったのだが、まさかの釣果が出た。やたらとギラ付く、不自然な旋風。中身は間違いなく、件の同一個体だろう。仮にも妖怪なんだから、阿呆な狼(ダイアウルフ)より簡単に顔を出すなよ……。

 

「まぁ良い。下がってろ」

 

 しかし、釣られて出てきたというのなら、丁度良い。さっさと片付けてやろう。

 

「ブフゥウウウッ!」

 

 とりあえず、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた旋風に、説子が猛烈な吐息を掛ける。竜巻ならともかく、旋風程度なら溜め息(風速三十メートル)で充分である。

 

『………………!』

 

 案の上、風は根元から吹き飛ばされ、その正体を現す。

 

『ギュララララァッ!』

 

 そこには、全長二メートル程の化け物が居た。

 鼬のように細長い身体と朱色の毛皮を持っているが、耳介が無く腹側が丈夫な鱗に覆われているなど、明確に違う部分も多い。顔付きも哺乳類というよりは爬虫類に近い形をしている。端的に言うと、毛の生え揃った単弓類(※「爬虫類のような姿をした哺乳類の祖先」。ディメトロドンなどが有名)って感じ。

 だが、何よりの差異はその大きさと、尻尾の先端が鎌状になっている事だろう。今までの切り傷も、あの鎌で付けられた物だろうか?

 ……否、それにしては明らかに手数が足りない。たった一本の鎌で、全身を傷だらけにするのは無理がある。他の手段を持っていると見る方が安全だろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:斬裂超獣=鎌鼬』

◆『弱点:頭』

 

『キュルァアアアッ!』

「おっと!」

 

 鎌鼬が細長い身体を上下にくねらせながら、高速で接近して来る。

 さらに、すり抜け様にガチンと噛み付いてきたかと思うと、着地したその場でグルリと回転し、後ろ脚だけで立ち上がり、嵐の如く爪を振るってきた。まるでデンプシーロールのようである。

 

「……くっ!」

 

 これ程の高速連撃は流石に避けられず、説子は腕を負傷する。

 

「この切り傷は……!」

 

 一発の攻撃で十本の切り傷が出来た。これはおかしいと思い、鎌鼬の前足をよく見てみれば、指の間からもう1対の五連爪が飛び出していて、合計で十本になっている。

 

「なるほど、敵を傷付ける事に特化した進化か」

 

 それを観た里桜が、納得と言った表情を浮かべた。観てないで手伝えと言いたい所だが、彼女は基本的に腕組み後方支援者面を崩すつもりが無いので、説子は孤軍奮闘するしかない。可哀想。

 

「……ぐっ!?」

 

 しかし、事態は予想だにしない方向へ急変した。説子が突如膝を付き、何故か背筋をピーンと伸ばし始めたのだ。

 

『ギュラァアアアッ!』

 

 その上、「何してんの?」と突っ込む間も無く、鎌鼬が身を翻しながらガラス片のような物を説子に打ち込み、症状を悪化させた。今や背筋がピーンとしているどころか、歯が割れる程に食いしばり、背骨をバキボキに砕きながら逆海老反りになっている。

 

「“バビンスキー反射”か」

 

 所謂「破傷風」の第三期症状の一つだ。

 という事は、鎌鼬の爪やガラス片には、破傷風菌……もしくはそれに類似する細菌が含まれていて、傷口から侵入感染し、体内で瞬く間に増殖・発症するのだろう。

 ちなみに、ガラス片は彼らの鱗らしく、毛皮の下に仕込まれており、逆立てて発射するようである。特に背骨近くの鱗が顕著で、興奮状態になると背鰭の如く際立っている。さっきはアレを撃ち出したのだ。

 ともかく、解毒が済むまで説子は役に立たない。

 

「仕方ないなぁ」

 

 ここで、ようやく里桜が重い腰を上げた。自分さえ良ければOKな彼女は、先ずは説子を生贄に捧げて観察を続け、ある程度の見切りを付けてからしか動かないのである。酷い話だ。

 

『キシャァォッ!』

 

 当然、鎌鼬は有象無象の区別なく、敵対する者は許さないとばかりに、ガラス片の雨あられを降らせてくる。

 

「フム、このヌルヌルした液体は保湿剤か。これで細菌を乾燥から守り、余計な競合相手の侵入を妨害している訳か。ついでに活性作用も含まれているのかな? チカチカ光ってるのは、刺激を与えて症状を悪化させる為の物って訳だ」

『………………!』

 

 だが、里桜は避けるどころか微動だにせず、ガラスのシャワーを浴びながらも平然と自分の考えを述べていた。今までにない敵の反応に、鎌鼬が思わず身動ぎする。

 無理もない。狂った奴を目の当たりにすれば、人間も妖怪も関係なく、すべからく驚くもの。生物として当然の反応だ。

 

「うんうん、意味不明だって顔だな。だが残念、当然の結果だよ。……幾らガラス片が鋭くても、金属の装甲を貫いて細菌を感染させるのは、無理があるよなぁ?」

 

 さらに、今明かされる衝撃の真実ゥ!

 里桜は皮膚を鋼鉄以上のナニカに変換して、ガラス片を弾いていたのである。

 最早、鎌鼬に勝ち目はない。幾ら切れ味抜群の爪や鱗を持っていても、あくまでそれは感染の補助であって、メインに据えるには力不足だ。

 ……まぁ、人間如きはそれでも充分なのだが、里桜は本当の悪魔なので論ずる意味はない。

 

『グルルル……ギュルァッ!』

「おっとっとっと」

 

 しかし、逃げられる状況でもないので、鎌鼬は最後の切り札を使う事にした。尻尾をグルグルと高速で回し、風の螺旋を纏ったかと思うと、それを勢い良く突き出して、疾風炸裂弾(バーストストリーム)として発射してきたのである。

 

「ぐわばぁあああっ!」

 

 里桜は余裕を持って躱したが、軸線上にいた説子は動けない為、普通に直撃した。南無三。

 だが、鎌鼬の攻撃はまだまだ終わらない。

 

『グルァアアッ!』

 

 さっきと同じ要領で尻尾に風を纏うと、複数の旋風として放ってきた。動きの素早い相手に対抗する為の技だろう。

 

『ギャォオオッ!』

 

 そして、反撃の暇を与えず止めを刺すべく、自身も旋風の如く回転しながら尻尾で斬り付けてきた。アレを食らえば、膾斬りは済むまい。

 

 

 ――――――GABBBBBBBBBBBBBBBBB!

 

 

『グギャアアッ!?』

 

 しかし、砂塵の向こうから飛んで来た破滅の光が、鎌鼬を空中から叩き落し、そのまま絶命させた。煙が晴れ、風が消え去ってみれば、里桜は粒子障壁(バリア)でガチガチに守りを固めており、砂埃1つ付け入る隙も無かった。そりゃあ無傷で当たり前だろう。

 それもこれも生贄が居たからこその結果。説子は犠牲となったのだ……里桜が強者ムーヴをかます為の、犠牲にな。

 

「まだ死んでないぞ」

 

 まだ死んでなかった。

 しかも、ボロボロでビンビンだった身体は元通りになっており、服以外は何時もの彼女であった。とんでもない再生能力だ。

 

「フン、朝飯前の依頼だったな」

「今はランチだから昼飯後だけどな」

 

 こうして、里桜と説子の長い昼休みは終わりを迎えた。

 

「それにしても、何であいつは逃げなかったんだろうな? 勝てないなら、目晦ましでもしてさっさと逃げれば良い物を……」

 

 ふとした疑問を抱いた里桜が、鎌鼬が立ち塞がっていた方の叢に探りを入れてみる。

 

『きゅー』

「あー、なるほどねぇ……」

「子育ての最中だったのか」

 

 そこに居たのは、鎌鼬の子供だった。大きさは子犬程しかなく、目も開いていない。あの鎌鼬は、子供を守ろうとしていたのだ。伝承に従うなら、幼体の父親が何処かに居る筈だが、見当たらなかった。喧嘩別れしたか、もしくは死に別れたか。何れにしろ、この幼体が天涯孤独の身となった事だけは確かだろう。

 

「どうするんだよ?」

 

 鎌鼬の子供を見下ろしながら、説子が尋ねる。

 

「ま、生きたサンプルは貴重だよな……」

 

 そんなこんなで、屋上の森林地帯に新たな住人が加わったのであった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 べつのひ!

 

「………………」

 

 六華は何時も通り……とは言い難い、独り寂しいジョギングをしていた。

 思う所は、色々とある。初めこそ鎌鼬は、自分から麻実を奪った残虐非道な化け物ぐらいにしか考えていなかったが、実際は自分の子供を守ろうとしていただけだった。それを己の都合だけで死に追いやった事は、少なからず彼女の心に影響を与えていた。

 端的に言ってしまえば、後悔していた。本当にこれで良かったのか、と。

 

「おっと……!」

「――――――あら、随分と熱心だ事。ただ、上の空なのは良くないわね。今に足元から掬われるわよ?」

「………………」

 

 帰宅途中の女生徒とぶつかり、窘められても、この有様。最早、六華は現実が見えていなかった。

 

「あっ……!?」

 

 そんな調子で走っていたのが、良くなかったのだろう。足が縺れて転んでしまった。

 

「いっつぅ……!」

 

 さらに、転んだ拍子に切ったのか、脚から血がタラリと滴っている。それは偶然にも、麻実が負った傷と場所や形状が同じであり、

 

 

 ――――――ビキキキキッ!

 

 

「なっ……あ、が……!?」

 

 大好きな先輩の断末魔と同様に、身体が海老のように反り始めた。

 そこで六華は思い出し、思い至る(・・・・)。これはあの鎌鼬がばら撒き、説子たちが回収し損ねた、病原体たっぷりのガラス片の一部だと。里桜曰く「病原体の保存期間は数日に及ぶ」そうなので、今になって発症してもおかしくない。

 つまり、六華の命運は尽きたのだ。これが事故なのか、それともわざとなのか(・・・・・・)は不明だが、今から死に逝く彼女にとっては、全く以てどうでも良い話だろう。

 

「ぜ、ぜんばい……いま、わだぢも……!」

 

 

 ――――――ボキィイイイイイッ!

 

 

「逝くぅうううううううううううううううううううっ!」

 

 とても薄っぺらで小汚い財布が出来上がった。材料はもちろん、人間である。




◆鎌鼬

 尻尾が鎌状に変異した、鼬のような姿の妖怪。旋風と共に現れ、人を傷付け楽しんでいると言われている。親子連れだったり、そもそも鼬の形をしていなかったりと、地域差や個体差が大きく、括りとしても「河童」ぐらいに広義な元と捉えても良いだろう。
 その正体は獣の毛皮を持つ爬虫類で、正しい意味で「哺乳類型爬虫類」の生物。一見、単弓類(特に獣弓類)に似ているが、実際は有隣目の近縁種。背中にガラス片のような特殊な鱗を持っており、これらを掻き鳴らして威嚇したり、飛び道具として扱う。表面には粘液で保護された細菌が繁殖していて、人体に侵入するとバビンスキー反射を引き起こして死に至る。


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川姫様の御持て成し

パヤオ:「男なんてそんなもの」


 桜舞い散る、三途川(みとかわ)近くのグランドにて。

 

「シッ! シッ!」

 

 今日も今日とて、一人の野球部員がバットを振るっていた。彼は真面目な優等生であり、他の部員が帰った後も、こうしてバットの素振りをしている。夏の大会に向けて汗を流す、まさに暑苦しい青春の一ページ……なのだが、

 

『今日も頑張ってるわねぇ?』

「……えっ!?」

 

 そんな野球少年に、誰かが声を掛ける。振り返れば、振袖姿の可愛らしい女の子が、笑顔を振り撒いている。言葉にこそ出していないが、誘っているのは明白だった。

 

「……ゴクリ」

 

 少年は訝しみながらも、美少女にお呼ばれして悪い気はしないので、若干鼻の下を伸ばしながら、近付いていく。彼もまた、年頃の健全な男子なのだ。

 

「………………!」

 

 こうして目の前に立つと、思わず息を呑んでしまう。それ程に人間離れした、可愛らしさであった。

 

「え、えっと、どうしたのかな?」

 

 少年はしどろもどろになりつつ、そう聞いた。何とも初々しい反応だ。

 

『……だい』

 

 対する少女は変わる事の無い笑顔で、

 

『お命、ちょうだい♪』

 

 死を告げた。

 

「えっ……んむっ!」

 

 さらに、有無を言わさず少年の唇を奪う。

 

「――――――うぅおおおおおおっ!」『キャ~ン♪』

 

 その一口で少年は理性を失い、少女を押し倒して事に及ぶ。脳裏に一瞬でも浮かび上がった、別の少女の笑顔は、一瞬にしてピンク色に上書きされた。今の彼は完全無欠なるケダモノである。

 

「おっ!? おっ……おっ……オォォォォノォオオオオオオオオオ!」

 

 そして、数瞬後、少年は少女に命の一滴まで吸い取ってしまった。生体エキスを残らず奪われた彼は、カラカラのミイラとなって、グラウンドに横たわる。土に塗れたその様は、春だというのに枯れ枝のようだった。

 

『ウフフフフフ、きゃはははははははははっ!』

 

 少女は何時の間にか姿を消しており、楽し気な嘲笑のみが残響した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、二年三組。

 

「何処に行ったの、(はやて)くん……」

 

 一人の少女が、物憂さげに呟いた。

 彼女の名前は(ひいらぎ) 美里(みさと)。数日前から行方不明になった、野球部所属の綾瀬(あやせ) (はやて)のマネージャーである。

 もっとも、マネージメントするのはスポーツだけではないのだが。颯と美里は中学生からの付き合いであり、彼氏彼女の関係なのだ。リア充爆発しろ。

 しかし、今は独り身である。先の通り、颯が居なくなってしまったからだ。

 

「なーに悩んでるのよ……と、聞くまでもないわね。颯の事でしょう?」

 

 そんな美里に、別のクラスメイト――――――如月(きさらぎ) 巫女子(みここ)が話し掛ける。彼女と美里は同じクラス、同じ部活で、同じ中学を卒業した仲である。

 ついでに同じ人物を好いた好敵手(ライバル)でもあったが、それは昔の話だ。

 

「うん。電話しても全然繋がらないし、家に行ってみたけど「こっちも探してる」って言われちゃったしで……」

「心配なのは分かるけど、一人でやきもきしてても仕方ないじゃん。出来る事と出来ない事くらい、分かるでしょ?」

「巫女子は颯くんが心配じゃないの?」

「――――――それとこれとは別、って話。心配はしてるけどね。だからって、あたしらにはどうしようもないよ」

「そうだけどさ……」

 

 気心知れた仲ではあるが、こういう若干ドライな所は昔から気になっている。確かに巫女子の言う通りだけど、もう少し思い悩んでも良いのではなかろうか?

 

「そんなに気になるなら、試してみれば良いんじゃない?」

「試すって……何を?」

「噂の「コトリバコ」よ」

「………………!」

 

 コトリバコ。悩める者の前に忽然と現れる、不思議で不気味な手紙箱。怪奇現象に困った旨を記して出せば、「屋上のリオ」と「闇色のセツコ」が忽ち解決してくれる。後の保証はし兼ねるが。

 ……そんな噂が、峠高校には蔓延している。

 実に胡散臭く、オカルト満載な話ではあるが、例の集団自殺事件を解決したのは彼女たちだと言われているし、他にも何かしらの怪異に巻き込まれた人が実際に会った事があるとも聞く。根も葉もない嘘のようでも、火のない所に煙は立たない。

 だから、皆半ば真実だと受け止め、コソコソと手紙を出しているらしい。それ程までに、峠高校という場所は摩訶不思議なのである。

 

「でも、別に怪奇現象って訳じゃ……」

 

 というか、正直そんなハイリスクな真似をしたくないのだが。ミイラ取りがミイラになる、ではないが、手紙を出した当人が行方知れずになる、という噂もある。

 

「だけど、他に出来る事なんてある? ……聞いた話じゃ、警察も匙を投げ掛けてるらしいしね」

「………………」

 

 結局、美里は言い包められる形で、手紙を書く事にした。このまま引き下がっては、負けた気がしたからだ。

 

「……出したな? 出しちゃったな?」

「えっ、あなたは!?」

「ボクが噂の説子。……付いてきな。案内してやる」

「は、はい!」

 

 そして、手紙をコトリバコに出してしまい、説子に導かれるまま、屋上ラボに足を踏み入れた美里だったが、

 

「貴様が柊 美里かぁ!」

「は、はい……」

「よし、早速殺すかな!」

「何で!?」

「特に意味は無いよ?」

「いや、意味くらい持たせて欲しいんですけど……」

 

 早速ながら後悔し始めていた。噂には聞いていたが、大分ぶっ飛んでいる。出会って早々に、意味も無く殺してやるって。

 さらに、言動もヤバいが、格好もヤバい。ブルマーに白衣を纏うって、どういうセンスなのよ?

 

「まぁ、冗談は半分ぐらいにするとして」

「あくまで半分なんですね……」

「とりあえず、洗い浚い話して貰おうか。手紙はあくまで手紙、だからな」

「は、はい!」

 

 里桜に促され、話し出す美里。

 だが、提供出来る情報は少ない。精々、颯が突然行方不明になって、警察が放り出す程度には見付かっていない、という事ぐらいである。

 

「颯って奴、三途川のグラウンドで、毎日バッティングしてるんだって?」

「は、はい、そうです」

「フーン、殊勝な事だ」

「えへへへ……」

「照れるな気持ち悪い」

「えぇ……えっと、すいません……」

 

 理不尽なり。

 

「どう判断するね、説子?」

「男が現を抜かす川辺の妖怪と言えば……「川姫(かわひめ)」じゃないか?」

 

 「川姫」。

 河川敷にフラリと現れる絶世の美少女で、どんな男でも虜にする魅力的な容姿をしているが、一度でも鼻の下を伸ばせば、忽ち魂を吸い取られてしまうという。河童とは別系統らしく、その正体は釈然としない。そこがまた、ミステリアスな魅惑に繋がっているのだとか。

 

「ふーん」

「ふーんって……」

 

 自分で聞いた癖に……。

 

「まぁ、要約すると、葉隠れの王子様を見付けて欲しいってか?」

「武士じゃなくて野球児なんですが……とりあえずは、そうです」

「はっきり言っちまうが、たぶん颯く~んは死んでると思うけど、それでも良いのか?」

「………………!」

 

 それは、考えなかった訳では無い。居なくなってから数日、それも神隠しともなれば、死体探しをする方が早い可能性は、かなり高いだろう。

 

「――――――構いません。一人は、寂しいでしょうから」

 

 しかし、それでも美里は頷いた。例え颯が既に帰らぬ人であったとしても、きちんと家族に弔われて、故郷の土に還って貰いたい。それが人間のあるべき最期の姿だ。

 

「……まぁ、良いだろう。行くぞ、説子」

「はいはい」

「お前はビバルディと戯れてろ」

『ビバァ~♪』

 

 美里の反応に、何処か詰まらなそうに応えた里桜は、説子を伴って屋上を後にした。

 

「……えっと、よろしくね、ビバルディくん?」

『ビバビ~♪』

「……可愛い」

 

 そして、美里とビバルディだけが、ラボの中に残された。何も起きない筈もなく……なくなくはない。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 「三途川(みとかわ)」。

 匣艇山(はこふねやま)に源流を持つ一級河川で、遣瀬町から太平洋まで続く、中々に長い川である。

 峠高校は町中という立地の条件上、広い校庭を設置する事が出来ない為、代わりに堤防から無駄に幅のある河川敷をグラウンドとしてしようしており、野球部やテニス部にサッカー部などの屋外競技(水泳部を除く)は、全部ここで部活動している。

 だから、颯の死体が遺っているとしたら、このグラウンドの何処かにある筈なのだが――――――警察に見付けられない辺り、ロクな状態ではないのだろう。もしくは既に回収されている(・・・・・・・・・)か。

 どちらにしろ、あるかどうか分からない死体を探すより、犯人を炙り出す方が簡単かもしれない。

 

「不機嫌そうだな?」

 

 だので、説子は夕暮れのグラウンドで、一人待ち構えていた。誘引する為とは言え、男装が妙に似合っている事は、本人の名誉を守る為にも伝えるべきではなかろう。

 

「黙って立ってろ、断崖絶壁」

 

 だが、はっきりと言ってしまう、里桜だから。彼女は今、説子と同じくグラウンドに居るのだが、姿を見せていない。所謂、待ち伏せの状態だ。ならベラベラと喋るなという話だが、元より里桜は適当な性格なので、応対もこんな感じである。

 まぁ、一番の原因は説子の言う通り、単に不機嫌だから、なのだが。

 

「子供かよ」

「子供だよ」

「だろうな。それじゃあ――――――」

 

 しかし、説子は里桜の態度を気にも留めず、三途川の辺を見遣って、構える。

 

「ボクは大人の対応でもしますかね」

『………………』

 

 川姫様の御成りであった。

 

「なるほど、確かに美しい」

 

 現れた川姫の姿を見て、説子が評する。

 まるでお祭り帰りのような振袖を着た、十代半ばくらいの美少女。一見は百聞に如かずとは言うが、なるほど確かにこれは鼻の下が伸びる。何か花園のような良い匂いもするし、気付かぬ内に魅了されてしまうのだろう。

 説子が男ならば、の話だが。

 

『あんた、女ね?』

「如何にも。とは言え、女でも引っ掛かる奴は引っ掛かるかもな。そこは認めてやろう」

 

 例えば百合とか。

 

『全然嬉しくないわね。女に用はないのよ』

 

 だが、男を餌にする川姫からすれば、全く面白くない。ただの冷やかしだ。

 

「何でそこまで男に拘るかね? 男も女も、等しく人間だろうに」

『全然違うわよ。性差万別、適材適所。私にとって、男は子孫繁栄に必要な犠牲なの。分かるかしら?』

「子孫繁栄ね……」

 

 人間の精液を使って繁殖する生物なのだろうか?

 

『だから、あんたみたいな男女、いらないのよ!』

 

 すると、川姫の“擬態”が解かれ、悍ましい正体を現した。

 

「“蛭”か」

 

 それは巨大で歪な怪物だった。

 有爪動物(もしくは絶滅種の葉足動物)に鉱石の鎧を纏ったような姿をしており、端的に言えば「甲殻を持った馬鹿デカいカギムシ」としか表現の仕様のない、限りなく不気味な生物である。

 しかし、口の形状や滴る粘液、関節の軟体部に見られる環状の器官など、明確に違う部分もあり、実際は「カギムシのような足と鉱石状の甲殻を持つ蛭」と言うのが正しいだろう。

 どちらにしろ、人間を丸呑みに出来そうな化け物である事に変わりはない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:吸精超獣=川姫』

◆『弱点:頭部』

 

 

「うわ~、ぶっさ~ぁいく」

『グギュルィイヴヴヴッ!』

 

 説子の忌憚の無い感想に怒り狂った川姫が、丸太のような幾つもの足で地均ししながら突っ込んできた。もちろん、素直に食らう筋合いも無いので跳んで躱し、自身の爪を鋭い鉤爪に変えて切り付ける。

 

 

 ――――――パリィイイイン!

 

 

『キュゲェアッ!?』

 

 鉱石の鎧は相当に分厚いようだが、まるでガラスを叩き割るように、いとも容易く抉られた。説子の鉤爪の鋭さと強靭が伺える。

 こうなると、川姫に勝ち目は無いだろう。何せ自身の鈍重さを補う為の装甲が、まるで無力なのだから。

 だが、生物は最期の瞬間まで生きる事を諦めない。何としてでも生き延びようとする。こんな風に(・・・・・)

 

 

 ――――――ビチャッ!

 

 

 と、やけにキラキラと光る粘着性の糸玉が飛んできて、説子の腕や足に絡みつく。

 

「蛭がカギムシみたいな真似する、な……よ?」

 

 その瞬間、説子がガックリと脱力し、膝を着いた。

 

「ZZZzzz……」

 

 さらに、力なく突っ伏したかと思うと、そのまま昏睡してしまった。

 

「おっ、蛭の麻酔液か」

 

 そんな説子の様子を見て、里桜が呟く。

 蛭は「ヒルジン」という血液の凝固を阻害する物質と麻酔作用のある唾液により、獲物に気付かれないまま効率良く吸血をする事で知られている。あの粘液も同じような成分で構成されているのだろう。キラキラと光っているのは、皮膚に傷を付ける為に混ぜ込まれた細かな鉱石の欠片なのかもしれない。

 つまり、あの粘液(というより唾液)は全身麻酔薬なのだ。偶然にも攻撃方法がカギムシの粘糸に似ているが、それこそ他人の空似が高じた結果だと思われる。

 しかも、ヒルジンにより血が固まらないので、例え吸血出来ないとしても、粘液の膜が剥がれてしまえば、放っておいても出血多量で死んでしまう。中々にえげつない能力である。

 

「……だけど、私の説子を舐めて貰っちゃあ困るね」

 

 しかし、里桜は焦りもしなければ、手を貸す事も無い。何故なら、心配するに値しない状況だからだ。

 

「――――――ハァアアアッ!」

『………………!』

 

 そう、爆炎を吐く事が出来る説子の代謝は生物の域を超えているのである。前回の反省を踏まえて解毒作用を高まるよう改造された、という事情もある。高が麻酔液程度、分解・気化して排出するぐらい訳はない。ヒルジンも高熱で変質してしまっている。

 今度こそ、川姫に手は残されていなかった。

 

『ゴァアアアアアアアッ!』

『ギギャアアアアアアッ!?』

 

 そして、更に火力の上がった説子のブレスにより、川姫の命はグツグツの泡と消えた。

 

「さてと……それじゃあ、次は私の番か」

 

 それを見届けた説子が、漸く重い腰を上げる。罰ゲームをする為に(・・・・・・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 古角町の一角にある、一戸建てにて。

 

「そろそろ終わったかな~?」

 

 巫女子は悪い笑みを浮かべていた。その様は、まさしく「計画通り」という感じだ。

 そう、美里に手紙を書かせ、里桜に依頼させたのは、全て巫女子が思い描いた展開なのである。

 むろん、その結果、美里が実験台にされる事も、計算の内。最初から巫女子は美里を亡き者にするつもりだったのだ。それも自分の手を汚さず、己だけが生き残る為に。

 

「全部、あんたが悪いのよ」

 

 巫女子と美里は友達である。それに間違いはない。

 だが、それ故に憎たらしい(・・・・・・・・・)。自分から颯を横取りした、美里がムカついて仕方なかった。

 

 ――――――あんな地味で良い子ちゃんなだけの、あいつの何処が良いのよ!

 

 それは嫉妬(エンヴィー)、醜い羨望。友達同士が男女の仲に変わった時、友情はいとも容易く歪んでしまうものだ。

 だから、巫女子は美里を餌にした。二度も失恋した腹癒せに(・・・・・・・・・・・)。彼女はとっくに颯の生存は諦めていたのである。それでも美里を殺そうとするのは、自棄っぱちの八つ当たりでしかない。

 

「良い夜だねぇ、お嬢ちゃん?」

 

 しかし、そうは問屋が卸さないのが、世の常という物。人を呪わば穴二つ。巫女子は己の醜い心根のせいで、とんでもない悪魔を呼び寄せてしまったのだ。

 

「あ、あんたは……!?」

「私は噂の里桜。屋上のマッドサイエンティストさ」

 

 即ち、屋上のラストボス――――――香理 里桜の降臨である。

 

「な、何で……!? 依頼したのは美里でしょ!? どうしてあたしの方に来るのよ!」

「クックックック……言わなきゃ分からんか?」

「あ……っ!」

 

 言っていて、気付いた。これでは自白をしたも同然だ。里桜を利用したと(・・・・・・・・)

 

「確かに手紙を書いたのは美里(アイツ)だが、促したのはお前だろ?」

「あ、ぅ……あ……!」

「それに私が欲しいのは、依頼人が一番大切にしている物だ。大抵はそいつ自身(・・・・・)が生贄になるんだが……あの女は自分より大事な物を持っているようなんでね。だから(・・・)取り立てに来たのさ(・・・・・・・・・)。良かったなぁ、良い友達を持って(・・・・・・・・)

「あぁ……っ!」

 

 巫女子は美里に嫉妬していた。あまりにも良い子過ぎて。その結果がこれである。

 

「まぁ、友達を見る目は無かったようだがね。それに、私は人を弄ぶのは好きだけど、弄ばれるのは大嫌いなんだよ。お・わ・か・り~?」

「い、ぁ……いやぁあああああああああああああああっ!」

 

 こうして、巫女子は供された。本当の悪魔の、実験台(おもちゃ)として……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ごじつ!

 

「ねー、昨日何観たー?」

「あー、ゲームしてて全然テレビ付けてないわ」

「馬鹿だねー、昨日「アツ子の部屋」、ゲストで御剣くん出てたよー?」

「マジで? そりゃあ、惜しい事をしたなぁ……」

「お前ら遊び過ぎだろ。少しは中間テストに備えろっての」

「「ハッ、真面目か!」」

「ああ、真面目だ」

 

 峠高校は今日も平和だった。

 

「………………」

 

 美里以外は。

 

(皆、居なくなった……)

 

 颯は衣服の切れ端が見付かり、巫女子は先日から蒸発した。どちらも生きてはいないだろう。あっと言う間も無く、自分の大切な人たちが消え去ってしまった美里の心は、完全に虚無に陥っていた。

 これからどうすれば良いのか。分からない。……分かりたくもない。

 

「大丈夫かしら? 保健室に行った方が、良いんじゃなくて?」

「………………」

 

 クラス委員長に話し掛けられても、この通り。目に入る物、耳に届く物、肌に触れる物、全てが「無」としか感じられなくなっている。

 

「………………」

 

 フラリと立ち去る美里。その背中は、何時も以上に小さかった。

 

「お疲れさん」

 

 そんな彼女を見送りつつ、クラス委員長――――――塔城(とうじょう) (みさき)は嗤った。




◆川姫

 川辺に現れる美少女妖怪。その美貌で見掛けた男を骨抜きにした上で、本当に精魂尽き果てるまで吸い取り、殺してしまう恐ろしい子。大抵は地元の爺さんが(都合良く)引き止めてくれるが、冷め切った現代社会では期待出来ないだろう。
 その正体は「鉱石の鎧を着こんだカギムシみたいな形の蛭」。M○Gなら黒マナで召喚出来そうな見た目。全身が細かい骨と筋肉で構成されており、かなり自由度の高い変形が可能。また、口や体表から麻酔作用のある粘液(血液凝固抑制物質「ヒルジン」入り)を吐き出す能力があり、それにより獲物を微睡ませたり、敵を昏睡状態に追い込む事が出来る。


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蟹、食べて逝こう!

蟹さんこちら、手の鳴る方へ……。


 とある山道にて。

 

「ふぅ……今日はここで休むか」

「そうね。静かだし、誰も来ないでしょうからね」

 

 一台のキャンピングカーが、無人の敷地に停まった。乗り手は三十路手前の男性と二十代半ばの女性で、二人はカップルであり、そこそこ前から車中生活を営んでいる。今日は昼間に目一杯ドライブを楽しんだので、夜はさっさと寝る事にしたのだ。キャンピングカーで長期間生活するなら、節約と工夫は欠かせない要素である。

 

「それじゃあ、始めますか!」

「イヤァ~ン、ケダモノ~♪」

 

 まぁ、エネルギーを無駄遣いしないだけで、夜の営みはするのだが。近所の誰にも邪魔されず、気遣いなく愉しめるのは、野外ならではであろう。

 だが、事はそう上手く運ばなかった。

 

 

 ――――――ガキャァアン!

 

 

「な、何だ!?」

「ちょっと、何よこの揺れ!?」

 

 何か硬い物が当たった音が響いた後、突然ガタガタと揺れ始め、一瞬治まったかと思えば、今度は車体が斜め45度に傾いた。二人は咄嗟に手摺に掴まったので落ちなかったが、押さえの利いていない物は残らず後ろ側に滑り落ちていく。

 そして、

 

 

 ――――――バリバリバリィッ!

 

 

「お、おい、嘘だろ!?」

「何なのよ、これは!?」

 

 車体が後ろから壊れ始めた。フレームがへしゃげ、窓ガラスが砕け散り、思い出の品々が奈落の闇へと消えていく。

 

「ど、どうすんのよ!? どうすれば良いのよ、これぇ!?」

「知るか! ……クソッ、ドンドン狭まってきやがる!」

 

 そうこうしている内に端から削れていった車体は、いつの間にか運転席と半畳分の生活スペースを残すのみとなった。

 

「何だよ“コイツ”は!?」

 

 しかし、間近で見る事が出来たおかげで、彼らはやっと状況が飲み込めた。

 

「か、蟹!? 蟹が車を食べて……ぎゃあああっ!」

「ぐげぁああああああああ!」

 

 もっとも、その頃には既に手遅れだったのだが。

 

『キチキチキチキチ……』

 

 キャンピングカーをカップルごと食べ尽くした巨大な蟹が、月夜に向かって万歳する。もっと欲しい、もっと食わせろ、と……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校――――――の、屋上にて。

 

「ぶっ殺して欲しい奴が居るのよ」

 

 手紙の依頼主……山梔子(くちなし) 節子(さだこ)は、そう言い切った。

 

「あのー、ここ職業・殺し屋とかじゃないんですけど?」

「似たような物でしょ。良いからさっさと殺して頂戴な」

「えぇ……」

 

 説子の苦言にも、全く動じない。開業以来、初めてのタイプだ。

 

「――――――依頼の内容は、化け物が出ると噂の峠で、彼氏とヤ○まくりの姉が行方不明になったから、犯人を探し出して殺して欲しい、だったか?」

 

 それを面白そうに受け止めた里桜が、ニヤニヤと尋ねた。

 

「ええ、その通りよ」

「ちなみに、何で最初から化け物退治を依頼したんだ?」

「……別にあのヤリ○ンが死のうが何だろうが、どうでも良いのよ。だけど、あの恥晒しのせいで両親の仲が悪くなったのよ。それこそ、離婚しそうな勢いでね。だから、これはただの憂さ晴らし。それ以上の意味は無いわ」

 

 質問に対し、節子は投げやりに答える。その表情は説子よりも死んでいて、夢も希望も無い。自分の与り知らぬ所で身内が馬鹿をしたせいで、家庭崩壊し掛かっている事に疲れたのだろう。もしくは(・・・・)……。

 

「クックックックックッ、そうかそうか、自分に正直だなぁ?」

 

 そんな節子の様子に、何処か満足気に里桜が嗤い掛けた。

 

「良いだろう。お前の望み、叶えてやる。その代わり――――――」

「ええ、好きにすれば良いわ」

「……それで良い」

 

 やっぱりな。里桜の笑みは一層深くなった。

 

「家宝はそこのぬいぐるみと寝ながら待ってな。行くぞ、説子」「へいへい」

「………………」『ZZZzzz……』

 

 里桜と説子が去り、取り残された節子は、

 

「……あったかい」『ビバムニャ……』

 

 最高のぬいぐるみ(ビバルディ)を抱いて、目を瞑った。可愛いは正義。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 三途川を遡上した先にある、事件現場となった山。

 

「それにしても、よく依頼を受け付けたな」

「私は素直な子が好きなのよん♪」

「よく言うぜ……」

 

 その山中に、里桜と説子は居た。言うまでもなくフィールドワークである。川沿いというだけあって、柳などの水辺に生える木々が生い茂り、花穂を実らせている。所々に元は支流だったと思われる沼が点々と在り、足を取られたら一気に引き込まれてしまいそうだ。

 

「……ここに何が居ると思う?」

 

 ふと、里桜が木漏れ日を見上げながら尋ねる。

 ここ最近語られる噂によれば、巨大な蟹のような化け物が、通り掛かる車を襲って食べてしまうらしい。もちろん中の人間ごと、である。

 

「噂を信じるなら、「蟹坊主」が居るだろうな」

 

 「蟹坊主」とは、文字通り大きな蟹の妖怪だ。

 夜行性であり、昼間は古寺などに潜み、日が暮れると僧侶の姿に化け、餌場に訪れた人間に謎掛けをし、答えられないと食べてしまうという。

 ちなみに、謎掛けの答えは「蟹」である。

 

「――――――いや、何で人間より自動車をメインに食べるんだよ」

「知るか。それは本人に聞けよ」

 

 そうなると、夜になるまで待たねばならない。

 

「キャンプでもするかー」

「こんなゆるゆるな足元でか?」

「お前のマ○コよりは緩くないさ」

「黙れ小娘」

 

 そういう事になった。

 そんなこんなで、車がよく消えるという峠近くで焚火を点けて、日が暮れるのを待つ、里桜と説子。まだまだ生々しい小枝や落ち葉が、説子の超火力によってパチパチと燃え上がり、ぼんやりとした明かりを灯す。

 

「そう言えば蟹坊主って、「サワガニ」の妖怪なんだよな?」

「ああ。伝承ではそうなってる。……ただまぁ、鎌鼬とかそうだったように、素直に信じる訳にもいかんだろうさ」

「だよなぁ。それに、こんな奥地で蟹と言われてもね」

 

 幾ら川が近いとは言え、流石に山奥過ぎる。甲殻類は昆虫程に地上へ進出出来ていないのが現状であり、こんな水気の無い森の小道に棲息しているとは思えない。もし可能性があるとしたら、ヤシガニやタラバガニが属するヤドカリの仲間(異尾下目)だろう。暗がりで、パッと見ただけなら、間違えても仕方ない……ような気がする。

 

『……両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何』

「ま、出て来はするようだが?」

「あ、本当だ」

 

 と、何処からともなく、僧侶のような人影が。

 

「はい、ビーム」

『プギャァッ!?』

「これは酷い……」

 

 だが、里桜は空気の読めない女なので、ビームで答えた。

 

『ウビュルルル!』

 

 すると、人の形をしていたそれがニュルリと解け、無数の触手となって夕闇の森へ消えていく。

 

「逃がすと思――――――ドワォッ!?」

『クギャアアアアアアアアアアアッ!』

 

 しかし、逃がすものかと追い掛けようとした瞬間、地面を突き破って巨大な骸骨が姿を現す。

 

『プキャアアアアス!』

 

 さらに、クルリと振り返った事で、蟹坊主の正体が露わとなった。

 鋼鉄の髑髏を背負っている以外は、真っ赤で巨大な蟹その物……と言いたい所だが、顔が中央寄かつ頭部として独立していて、鋏がハンマーやグローブのように太くてデカいなど、違いもかなり多い。東部の位置関係と併せて、胴体が栗のような形をしている。

 何よりの違いは、脚が四本しかない、という事だろう。蟹だとしたら、あと四本足りない。

 

 

 ――――――ジャキィイイイン!

 

 

 しかも、鋏だと思っていた部分は折り畳まれた鎌で、内側に物を掴む前足が生えている。ついでに、威嚇の際に背中の甲殻にしか見えない部分がバサバサと展開した。

 それはまるで昆虫の翅であり、

 

「「螳螂じゃねぇか!」」

 

 というか、寸胴な螳螂だった。蟹じゃないどころか甲殻類ですらなかった。名前詐欺にも程がある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:螂閣超獣=蟹坊主』

◆『弱点:腹部』

 

 

『カニ、タベイコウッ!』

「蟹なのに!? いや、蟹じゃないけど!」

 

 蟹坊主が禅問答ならぬ蟹問答を仕掛けて来たッ!

 

『ハリィキッテイコォウッ!』

「蟹に纏わるエトセトラぁ!?」

 

 答えは聞いていない、とばかりに切り掛かって来る蟹坊主。思わず突っ込んでしまった説子は反応が遅れ、クラブスラッシャーが直撃した。岩盤が抉れ、猫な娘が宙を舞う。

 

「この野郎!』

『ギチチッ!?』

 

 ただ、流石に一撃で乙る程、説子は弱くない。直ぐ様態勢を立て直し、妖魔化しながら反撃の火炎放射を浴びせた。蟹鍋になるがいい!

 

『シャアァッ!』

『プキァ……クキョォオオッ!』

『アズナブルゥ!?』

 

 だが、蟹坊主もまた強かった。赤い残像を描く程のスピードで背後を取り、強烈な蟹鎌がクリーンヒットする。説子の背骨と肩甲骨が砕け、肉が痛々しく抉れた。カッターと言うより、ステーキナイフのような切れ味らしい。下手にスパッと切れるよりも厄介な武器である。

 

「テメェッ!」

『プキキャ!?』

 

 しかし、説子は即座に傷を癒し、爆裂スマッシュで蟹坊主の顎(?)を撥ね上げた。彼女の再生能力は、粉砕骨折程度なら瞬く間に治せるのだ。

 

『カニカマオイシイ!?』

『えっ!? いや、好きだけどさ!?』

『カニザクトリーッ!』

『イグザクトリーだろぼはぁっ!?』

 

 と、二度目の蟹問答に反応してしまったばっかりに、抱き込むようなダブルアタックを食らってしまった説子が、口から真っ赤な花火を上げた。ホルモンも出ているので、焼肉にして食べよう。

 

『……里桜、悪いけど代わってくんない? こいつ、スゲェ遣り辛い」

「突っ込まなきゃ良いのに」

「性分なんだ、仕方ない」

「馬鹿かよ……」

 

 という事で、里桜と選手交代である。突っ込みをする気が更々無い里桜なら問題あるまい。

 

『カニナベスキ!?』

「いや、海老の方が好き」

『ソレハドウカニィー!?』

 

 再び蟹問答を仕掛けて来た蟹坊主だったが、里桜には淡々と返された上にぶん殴られた。

 

「死ね」

『ピキピキピキィ!?』

 

 さらに、里桜が前髪に隠された左目――――――機械化された三連スコープからトリコロールカラーのビームを発射し、蟹坊主の鎌鋏を爆破する。

 

「ほぅ、硬いじゃないか」

 

 爆砕されたかに思われたが、甲殻の表面が煤けただけだった。既に何度もダメージが入っている筈なのに、随分と頑丈な鋏だ。

 

『キチチチ……ナイトクラブゥッ!』

「おおっ!?」

 

 と、自慢の鎌鋏を汚され怒った蟹坊主が、口から無数の泡を吐いてきた。割れないシャボン玉のようなそれは、内部に燐光が揺らめいており、着弾と同時に爆発。周囲一帯を瞬く間に火の海に変える。

 

「なるほど、泡の中は可燃性の腐敗ガスが詰まってるのか。泡はニトログリセリン混じりの着火剤って所かね」

 

 割れるのが刺激となって二重に爆発するとは、とんでもない泡爆弾である。

 

「……だが、爆発物は取り扱い注意だぜぇ!」

『プギョァッ!?』

 

 だが、里桜は怯まない。右腕を悪魔のような機械に変換し、蟹坊主の鋏を殴る。

 すると、右腕の発光部がダダダンと輝き、先ずは鎌鋏が砕け、次いで胴体が八つ裂きとなり、全身から血を吹き出して倒れ伏した。この攻撃は発勁のように衝撃波を浸透させるらしい。硬い甲殻を持っているとは言え、流石に内部から爆砕されては、どうしようもないだろう。

 

「フン、そのヤドは飾りか……よぉぅ!?」

『ヴィシャアアアアアアアアアアアッ!』

 

 しかし、念の為に止めを刺そうと近付く里桜を、髑髏の中からニュルリと飛び出た触手が薙ぎ払った。まさかの反撃に防ぐ事も出来ず、諸に食らってしまった。これは痛い。

 

「……なるほど、本体はそっちか(・・・・・・・)

 

 既に死に体となった螳螂の部分を切り離し、無数の触手を生やして蠢く髑髏を観て、里桜が呟く。

 

「分厚いクチクラの表皮――――――ハリガネムシだな」

 

 それは、馬鹿デカいハリガネムシの群体だった。最初に姿を見せた人影も、これらが絡み合って形作られた“疑似餌”であり、蟹坊主の本体だったのだ。

 

『クシャアアアアアッ!』

 

 一斉に襲い掛かる蟹坊主の本体。

 

「だけど、正体を見破られちゃあ、妖怪としてはお終いだぜ? ……やれ、説子!」

『ゴァアアアアアアアアアアアアッ!』

『ハギャアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 だが、突っ込み所が無くなり、熱が弱点となった蟹坊主に、説子の爆炎を防ぐ手立ては無かった。金属製の髑髏ごとこんがりとローストされ、枯れ枝のように燃え上がり、最期は粉々になって消え去った。

 

「さて、蟹を食べに帰るか」

「そうだな。……普通の蟹で頼む」

 

 こうして山道の怪事件は解決され、里桜たちは帰って蟹道楽に興じるのであった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「はぁ……」

 

 事件解決後、節子は何事も無く家路に着いていた。時刻はすっかり夜である。芽吹き始めた青草と小さな花々の香りが鼻孔を擽り、まだ少し寒さの残る風が肌を撫ぜる。

 

(てっきり、そのまま殺されるかとも思ったんだけどね)

 

 しかし、予想に反して里桜は特に何もされなかった。

 否、されそうにはなったのだが、服を脱がせた途端に興味を失くして、終いには追い出されてしまったのだ。一体どういう事なのだろう。疑問は尽きないが、別に好き好んで殺される筋合いも無いので、言及もしない。最終的に生きていれば、それで良かろうなのである。

 そんな事を考えながらトボトボと歩き、漸く自宅に辿り着いた節子だったのだが、

 

「ただいま……って、どなたですか?」

「おやおや、こんばんは、お嬢ちゃん。キミ、もしかして山梔子(くちなし) 節子(さだこ)ちゃんかい? そうやろ?」

 

 知らない男が三人、玄関の前に立っていた。確実に堅気ではない、ヤの付く人たちだ。何故そんな筋者が玄関で待ち構えているのか。

 そこそこ頭の良い節子は、直ぐに分かった。

 

「……あの親父、借金こさえて夜逃げしたか」

「そういう事や。あいつ、結構前にリストラされて、闇金で生活してたんやで。一家の大黒柱が、情けない話やのー」「ホントにヒデェ奴やなぁ!」「何だかんだ抜かしておきながら、妻と娘を売るなんてのぅ!」

「ええ、本当にそう思うわ」

 

 ゲラゲラと嗤うヤーさんたちを前に、節子は小動もしなかった。父親が蒸発した事も、今から自分が借金の片に売られそうな現状さえも、心の底から至極どうでも良い、という感じである。

 何故、彼女はこんなにも余裕なのか。

 

「なら、言いたい事は分かるな?」

「そうね。……失せろ」

「「「ぎゃあああああああ!?」」」

 

 里桜に改造される(・・・・・・・・)までも無く(・・・・・)節子は既に(・・・・・)怪人だからだ(・・・・・・)。紐のように腕が解け、無数の触手となって、組員たちを血祭りに上げる。肉を引き裂き、骨を砕き、真っ赤な肉団子にしてから、ペロリと飲み込む。人智を超えた妖怪ならいざ知らず、人間をミンチにする程度の事は朝飯前だ。

 

「遅くなっちゃったわ。……あら、節子、今帰ったの?」

「ええ。おかえり、母さん」

「……何かあった?」

「別に、何でもないわ。それより、早く家に入りましょう。いい加減、お腹空いて来たし」

 

 そして、父親と一悶着したであろう母親が帰って来る頃には、何の痕跡も残さず、元の節子に戻っていた。その表情に、さっきまで複数の人間を虐殺した雰囲気は微塵も無い。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 蟹を食いまくった帰り道。

 

「そう言えば、珍しく殺さなかったな?」

「別に何でもかんでも殺す訳じゃねぇよ。弄ぶのが好きなだけさ。そもそも、他人が既に(・・・・・)手を付けた(・・・・・)作品(・・)に、ケチを付けるような真似はしない主義だ。それが純子(じゅんこ)の物ともなれば、尚更だ」

 

 雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)。東京都安楽市(あんらくし)絶好町(ぜっこうちょう)在住のマッドサイエンティストにして、「三狂(世界トップ3の狂科学者の事)」に数えられる超天才。科学だけでなくオカルトにも通じ、一説では千年以上も生きているという。

 もちろん、同業である里桜も知っているし、何なら研究仲間(マブダチ)だったりもする。そんな純子の実験体(さくひん)に手を出す事は、里桜の矜持が許さない。彼女は案外、アーティスティックなのだ。

 

「あっそう。……それで、本当の理由(・・・・・)は?」

「クックックッ、簡単な事さ」

 

 説子の疑問に、里桜が答える。

 

「手を出すまでも無く、あいつは人でなしだからだよ」




◆蟹坊主

 主に古寺を根城にする巨大な蟹の妖怪。現れる時は僧侶の姿に化けており、出会った人間に「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何?」と質問して、答えられないと食べてしまう。正解は「蟹」で、ある時、正解した旅の僧侶に独鈷杵でぶん殴られるという、まるで「たたいてかぶってジャンケンポン!」みたいなノリで退治された。
 その正体はハリガネムシと合体した螳螂……ではなく、巨大なミズカマキリ。進化を重ねる内に対外消化を止めて頑丈な顎を持つようになった。ただし、完全に口吻が無くなったかというとそうでもなく、泡や消化液を吹き掛けるのに使用している。体内に可燃性の液体を溜め込んでおり、それを泡に閉じ込めて発射して攻撃する。


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吾輩はビバである

ちょっとふざけてみまシター。


 吾輩はカエルである。

 名前はもうある。「ビバルディ」だ。

 

『ビバァ……』

 

 ――――――などと、益体も無い事を考えながら、ビバルディは森を歩いていた。

 ここは峠高校の屋上。「屋上のリオ」こと香理(かり) 里桜(りお)の根城、その一部である。

 ビバルディ……否、元:塔城(とうじょう) 主人(あると)は右手に宿った悪魔の腕をどうにかしようとして、相談したは良いが、自らの好奇心を優先する里桜によって生贄に捧げられ、完全に悪魔化した肉体を破壊されて、意識だけを適当な肉体にサルベージされた。それがこの二頭身なカエルボディー、つまりは「ビバルディ」だ。

 里桜の相方である天道(てんどう) 説子(せつこ)が大切にしていたぬいぐるみに、今までの実験動物の臓物(ホルモン)を詰め込んだ、歪にも程がある身体の為、何かと不都合も多い。手足が短く歩幅が狭いので、単純に歩くのが辛く、二頭身故にバランスが最悪であり、よく転ぶ。何よりぬいぐるみがチョコチョコ動いていては、目立って仕方がない為、社会生活を営むのは絶望的だろう。ついでに戸籍も削除されているので、そもそも主人という個人は既に存在していない。

 そう、最早ビバルディはビバルディとしてしか、生きて行けないのである。哀しいね。

 

『ビバビバ、ビバババッバ~♪』

 

 だが、ビバルディ本人は大して気にしていなかった。

 確かに「ディヴァ子」という夢は奪われ、肉体も粗悪品に変えられはしたが、元々引きこもりの社会不適合者なので、衣食住が確保して貰えるのなら、別に人間に拘る必要は無いのだ。

 

「ビバルディ、散歩?」

『ビ~バ~』

「……可愛い」

 

 むしろ、説子が安全を保障してくれる為、何の不安も無い。例え里桜が魔手を出そうとしても、しっかりと守って貰える。毎晩のように添い寝を要求して来るが、マッドサイエンティストのお膝元という危険地帯でも安心安全に熟睡出来るのだから、安い物だろう。

 しかし、何時でも何処でも完全保障、という訳でも無かったりする。

 

『ビ~バビッバ、ビバビ~バ♪』

『キシャアアアアアアアアア!』

『ビバ?』

 

 説子と手を振り別れ、ポテポテと歩いていたら、実験動物っぽいモンスターと出くわした。峠高校の屋上は真の巣窟。里桜が創ったり、説子がその辺から拾ってきた怪物たちが放し飼いにされ、独自の生態系を築いているのである。

 だから、案内人(せつこ)が傍に居ないと、こうして化け物に遭遇する破目になる。

 だが、ビバルディにとっては問題にならない。

 

『あぁんむ♪』

『ギ……ッ!』

 

 何故なら、ビバルディの吸引力はダ○ソンで、お腹の中はブラックホールだからだ。自分を遥かに凌駕する巨体をも吸い込み、腹に収めてしまう。どうしてそんな事が出来るのかは、ビバルディにも、何なら改造した里桜にも分からない。適当に作ったが故の、ビックリ仰天な副産物と言える。

 とにかく、このチート級な能力のおかげで、ビバルディは屋上の森林地帯を好きなように歩けるし、食事にも困らない。すぐに傷付き死んでしまう人間なんかより、よっぽど気楽である。

 

『ビ~バビ~バビッバ~♪』

 

 あと、どういう訳か、ビバルディは短距離なら空を飛べる。飛ぶと言うより、ふよふよと浮かんでいると言う方が正しいが、何故か自分で動かせるマントをはためかせれば、ある程度行きたい方向へ宙を散歩出来るのだ。毛が生えているせいで、カエルの癖に泳ぐのはあまり得意ではないが、パチャパチャと水遊びは可能であり、陸・空・海(というか水上)を制した、完全無欠のボディと言えよう。

 

『ビバルディ……』

 

 まぁ、屋上からは出られないので、所詮は井の中の蛙なのだが。

 

『ビバッ!』

 

 そして、散歩に飽きたビバルディは、踵を返して屋上ラボへ向かうのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《オレはスーパーレ○プマン! 見よ、この素晴らしきラ○トサーベルを!》

《ま、まさか、そのサイコ○ンで、私を……犯すつもりなの!?》

《その通りだぁ! 食らうがいい、我が最強の牙突イチモツを!》

《いやぁあああああああああああああああああああああああっ!》

「よし、これで百人斬り達成だねー」

『………………』

 

 ビバルディがラボに帰ってみると、里桜が壁の一つを使った大画面で、良い子には見せられないゲームをしていた。スーパーレイ○マンって何やねん。

 

「……何してんだよ、お前は」

 

 そんな彼女を、説子が呆れ顔で見下す。

 

「あん? ……ああ、これ? これはかの有名なネットゲーム「オススメ11」の運営会社「屑工二」が、過去に開発してしまった、伝説のクソゲーだよ。いや、クソゲーと言うより――――――」

「言うより?」

「ウンチホープって感じ」

「絶望的なクソッタレじゃねぇか……」

 

 誰に需要があるんだ、そのゲーム。

 

「主人公が自慢のご立派様を使って世界中の女を食い荒らすってのが、ザックリした内容かね」

「益々以て需要が無い……」

 

 ストーリーも操作性もチープな癖に、そういうシーンだけは妙に力が入ってる辺りが、まさしくクソゲーである。

 

「でも、割とカルト的な人気はあるのよ? 主に童貞のヒキニートとかにな」

「裸なら何でも良いのか?」

 

 結局、男なんてそんなもん。

 

「ちなみに、最初は全年齢向けとして発売するつもりだったらしいぞ」

「狂気の沙汰だな」

 

 絶対に教育に悪い。

 

《ハァ~イ、お手紙だヨ~ン♪》

 

 と、今や主人から独立してしまった、ディヴァ子から朗報が。誰かがコトリバコに手紙を入れたのだ。

 

「フム、ゲームの続きは帰ってからするか。行くぞ、説子ー」

「お前、よく続ける気になるな……ん?」

 

 ふと、説子の袖……というか、靴下を引っ張る者が。

 

『ビバー』

 

 ビバルディだった。

 

「え、一緒に行きたいの?」

『ビバビバ!』

 

 やはり散歩するだけでは暇なのだろう。人間誰しも安心な生活の中に、安全な刺激を求めたがるもの。ビバルディはカエルだけど。

 

「だけど、外は危険――――――」

『ビバ~ン……』

「しょうがないなぁ♪」

「クソ甘じゃねぇか……」

 

 可愛いは正義だった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、図書室にて。

 

「貴様が志賀内(しがない) 悦子(えつこ)かぁ!」

「は、はい……」

「ドン引かれとりますやん」

『ビバー』←説子の膝の上に居る

 

 こんな人っ子一人居ない図書室で、屋上のリオと闇の案内人に面と向かい合って座れば、誰だってそうなる。

 そもそも、志賀内(しがない) 悦子(えつこ)は、牛乳瓶のような厚眼鏡とそばかす以外、特筆すべき所は無い地味子。こんな変態を前に緊張しない方がおかしい。まさか本当に来ると思っていなかったので、尚更である。

 

「さて、手紙は読ませて貰ったが、改めてお前の口から話して貰おうか」

「はい、実は……」

 

 悦子曰く、五歳年上の兄である賢治(けんじ)が、最近おかしな新興宗教に嵌まってしまったらしい。元々就活に失敗して以来ヒキニートになってしまった兄が、心の拠り所を求めるのは必然だったのだが、その宗教に問題があった。

 

「――――――「森の賢者の会」って言うんですけど」

「いや、ゴリラかよ」

「それは私も思いましたが……この「森の賢者の会」は童貞だけが入信出来て、お互いの傷を舐め合う宗教なんです」

「結構言うね、お前も」

「しかも、「世の女は童貞に処女を捧げてこそ価値がある!」とかいうトンデモな教義を掲げている上に、信者に怪しげな薬を飲ませていたりと、とにかくヤバい場所なんですよ」

「普通に警察へ届けろよ」

「……初めて内容を聞いた時には、私もそう思いましたが――――――その時には、もう手遅れだったんです!」

 

 そう言って、悦子はバーチャフォン(※立体投影型高機能携帯電話の事)で、ある映像を見せてきた。

 

「「ゴリラやん」」

「はい、ゴリラなんです……」

 

 そこには、ゴリラに為り掛けの全裸の男が居た。まるでスーパー○イプマンだ。どうしてこうなった。

 

「兄が言うには、教主様に授かったらしいのですが……」

「うーむ、どう思うよ、説子?」

「日本でゴリラみたいな妖怪って言えば、「狒々」が思い浮かぶが……」

 

 「狒々(ひひ)」。毛むくじゃらな大猿の妖怪。雄しか存在せず、人間の女性を攫って孕ませるという、エロゲーのオークを思わせる習性を持つ。猿型故に知能も高く、読心術にも長けているという。

 

「えっ、でも元々妖怪なのであって、人間が変異する訳じゃないんですよね!?」

「本来はな。だが、伝承が絶対って訳でもないし、時代と共に在り方を変えるのが妖怪なのさ」

 

 何せ悪魔がネットアイドルをやるような時代である。狒々も進化を重ねて、変異している可能性は高い。

 

「ど、どうにかなりませんか!? あんな穀潰しでも、私の兄なんですよ!」

「ちょくちょく酷い事言うよね、キミ。……まぁ良いさ。依頼されたのなら、応えてやるさ。魂を報酬にな」

『………………』

 

 嗚呼、こうして今日も犠牲者が生まれるんだな、とビバルディは遠い目をした。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 志賀内(しがない) 賢治(けんじ)は童貞だ。彼女はもちろん居ない。

 否、過去には居た。高校時代から好き合っていた女性(ひと)がいて、就職を機に籍を入れようとさえ思っていた。

 しかし、社会は冷徹で、現実は非常である。人見知り気味だった賢治は面接の段階で落とされてしまい、延々と無職の状態が続いた。そんな彼に愛想を尽かした彼女は出て行き、賢治は家から出られなくなり、失意の日々が続く。妹の悦子に八つ当たりをしたのも、一度や二度ではない。そんな自分が益々嫌になる。

 だが、転機は突然訪れた。「森の賢者の会」が布教に来たのだ。信者は誰も彼もが童貞で、女性に対してコンプレックスを持つ者ばかりだった。同じ傷を持つ仲間が、そこには沢山居たのである。

 さらに、教祖様は口だけの無能ではなく、「世の女は童貞に処女を捧げてこそ価値がある」という教義の下、それを実行する為の力をくれた。不浄の穴を捧げるげ、謎のジュースを飲むだけで、最強の肉体とパワーを授けてくれたのだ。

 さぁ、いよいよ復讐の時。先ずは自分を捨てた、あのクソ女をビックサーベルして、それから世の女を食い尽くそう。賢治の頭の中は、桃色ピンクでいっぱいオッパイだった。

 

「……実際に見ると、更に不衛生だな」

「主に精神面でな」

『ビバルディ~』

 

 だが、彼の偉業を阻まんとする、邪魔者が数名。もちろん、里桜と説子(とビバルディ)である。

 

『ナンダ、貴様ラ!』

「何だかんだと聞かれたら、「屋上のリオ」と答えてやる。そしてそれ以上喋るな、馬鹿が伝染る」

「「闇の水先案内人」の説子でーす。よろしくお願いしませーん。汚らわしいんで、死にやがれー」

 

 やる気の欠片もない自己紹介だった。ついでに罵倒もされた。かなり酷い言い様だが、世の女性陣の総意でもある。どんな事情があろうと、気持ち悪い物は気持ち悪いのよん。

 

『ウヌゥ……悦子ガ手紙ヲ出シタノカ? ソウナンダロウ!?』

「ひぅっ……」

『ヤハリ、妹モ女カ! コノ裏切者ガァアアアッ!』

 

 と、妹に自分が売られた(実際は兄を救おうとした)事がトリガーとなったのか、賢治の変異が一気に進む。生え掛けの毛がゴワゴワと伸び、筋肉がモリモリと膨張していく。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:超猿人=狒々』

◆『弱点:股間』

 

 

『ホッホッホッホォオオオオッ!』

 

 その姿は、まさしく人面のゴリラ。黒い剛毛で覆われた肉体は筋骨隆々で、立ち上がれば三メートル近くある。あの剛腕で女を鷲掴み、掻っ攫うに違いない。伝承の狒々も、実際はこんな感じなのだろう。

 

 

 ――――――ビシュヴヴヴヴン!

 

 

 しかも、彼の息子はライ○サーベルだった。自ら映像を規制するとは、なるほど確かに賢者である。ただの変態とも言う。いや、そうとしか言わない。

 

『シネェエエエエッ!』

「チョンパッ!?」

 

 先ずは己の妹を首チョンパ。焼き切られている為か血は一滴も出ず、悦子の生首はクルクルと宙を舞い、

 

『あんむ』

 

 ビバルディに食べられた。何でや。

 

『ウホハホォオオオオオッ!』

 

 悦子を始末した賢治は、次なる獲物として説子に襲い掛かり、

 

「バヴォオオオオオオッ!』

『グワバァアアアアアッ!?』

 

 拳も光刃も届く事なく、あっさりと丸焼きにされた。所詮はエテ公か……。

 

「――――――さて、どうするよ?」

「とりあえず、「森の賢者の会」へお邪魔しましょうか」

「デスヨネー」

 

 「森の賢者の会」、終了のお知らせ。

 

「……ん?」

『ビバァ……』

 

 ビバルディが何か言いた気に、里桜の裾を引っ張る。説子の時と同じく、頼み事があるのだろう。

 その頼みとは、

 

「――――――そう言えば、純子(じゅんこ)の所に面白い“モノ”があったっけな」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……ハッ!?」

 

 そして、悦子は目を覚ました。確か自分は兄の賢治に殺された筈……。

 

「一体、何がどうなって……?」

 

 とりあえず、生きてはいる。世界は色付いているし、喋る事も出来る。

 

「――――――ッ!」

 

 だが、動けない。一歩進む処か首さえ回せなかった。

 というか、手足の感覚がない。動かせないとかそういう問題ではなく、そもそも無いのだ(・・・・・・・・)。一体何がどうなっているだろうか。

 

「おはこんハ○チャオ~♪ 気分はどうだね、悦子ちゃんよぉ~?」

 

 その疑問に、里桜が答える。

 

「え、えっと、私はどうなって――――――」

「それはホレ、鏡を見る方が早いって」

「………………!」

 

 鏡に映る自分の姿は、

 

「いやぁあああああっ!? 何コレェエエエエッ!?」

「名付けて「悦子生花」かな」

 

 鉢植えに生首が生えている、悍ましい有様だった。これは酷い。

 

「な、何なのよ、これは!?」

「見ての通り、お前の生首を改造して、鉢植えに入れたのさ。安心しろ。髪の毛が光合成をしてくれるから食事の心配は無いし、根が成長すれば植物人間に為れるぞ」

「それの何処が安心出来るのよ!?」

「うるせぇなぁ。ビバルディが即死状態でお前の首を寄こさなけりゃ、ここまでしてやらなかったんだからよ」

「えっ……」

 

 悦子は視界の端っこでフワフワと浮かぶ、ビバルディを捉えた。彼は食べた物を一定期間、完璧な状態で胃に保存出来る事が、此度に判明したのだ。つくづく謎の生き物である。

 

「ちなみに、あいつも元は人間で、興味本位でああして(・・・・)やった。本来なら処分してやる所だったが……ま、ただの気紛れだよ。悪魔の戯れってな」

「………………」

 

 つまり、ビバルディは悦子にとっては命の恩人であり、同じ傷を舐め合う仲間、という事だ。

 

「――――――兄はどうなったんですか?」

「そっちはステーキにしてやったよ。普通に襲い掛かって来たし、そもそも、あそこまで進行してちゃ、どうしようもない。意識をサルベージする価値も無かったしな。所詮は猿野郎だよ」

「そうですか……」

 

 話を聞く限り、賢治は悪魔の御眼鏡に適わなかったようである。

 

(何処かホッとする自分が嫌になるわね……)

 

 結局、悦子は辟易していたのかもしれない。口では救うと言いつつ、暴言や暴力まで振るってくる兄を、本当は殺したかったのだろう。不思議と悲しみは無かったし、むしろ安堵してしまったくらいだ。

 

「ああ、そうそう、「森の賢者の会」は潰しといたぜ。教祖が保菌者で、精液を媒介にして信者を変異させてたみたいだな」

「うへぇ……」

 

 それはつまり、教祖は何でもかんでも食っちまう、どうしようもないクソミソ野郎だったという事である。死んで当然だ。これだから新興宗教は……。

 

「ま、報告は以上かな。……おい、ビバルディ。自分の観葉植物くらい、自分で世話しろよ。ワタシはゲームの続きをする」

 

 それだけ言い残すと、里桜はさっさと行ってしまった。入れ替わりでビバルディが目の前にフワリと降り立つ。分かり易く可哀想な物を見る目をしていた。事実なので否定のしようがない。する意味もない。

 

「えっと、あの……よろしくお願いします……」

『ビバ~♪』

 

 こうして、屋上ラボに新たなオブジェクトが増えるのだった。名は悦子。何時か植物人間に生長する、悪趣味な観葉植物である。




◆狒々

 巨大な霊長類の姿をした妖怪。同じような猿妖怪である「猩々」と違って凶暴で、人間の女を攫って孕ませるという、エ○ゲのオークみたいな特性を持っている。
 また、「覚」の如く心を読む事も出来るが、淡々と返す彼らと違い、唇が裏返る程に大笑いするらしい。その挙句に殴り殺してくるという、とんでもないサイコパス野郎である。
 ちなみに、狒々の血は、人間の霊能力を開花させる力が秘められているという。飲む気には全然ならないが……。
 その正体は、ギンブナのように他種族を利用して有性生殖をする猿。まさにスーパーレ○プマン。


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廖親の呵責

※今回は暗いお話デス。


 菜の花畑のど真ん中にある、とある一軒家にて。

 

「スー……スー……」「………………」

 

 一人の少女が、小さな赤ちゃんと一緒に眠っていた。夜が遅い事もあってか、二人共良く寝ている。畳香る寝室で、布団に包まっているのは、嘸かし寝心地が良いだろう。

 しかし、それは束の間に終わる。

 

「う……ぅぅん……」

 

 突如として寝苦しさを感じ、少女が薄ら眼で起き上がる。もちろん、赤ちゃんを起こしてしまわないように、そーっと。

 

「……、……きゃぁあああっ!?」

 

 だが、次の瞬間、思い切り叫んでしまった。

 

「……うぅぅ、えぇぅぅ、ぁああああああっ!」

 

 むろん、赤ちゃんも起きてしまったが、そんな事を気にしている余裕はない。

 

「だ、誰よ、あんた!?」

『………………』

 

 何故なら、見知らぬ男の子が、部屋の隅にボウっと立ちながら、少女たちを睨んでいたからだ。

 覆水を盆に返したような髪に紫斑の肌と赫い瞳を持つ、紺の着物姿をした、五~七歳くらいの少年。むろん、会った事も見た事もない、誰とも知れぬ子供である。彼一体、何者なのだろうか?

 

『………………』

 

 しかし、その子は少女の質問に答える事も、ましてや反応する事さえせず、唯々黙って睨み続け、

 

「……えっ!?」

 

 煙のように、フワリと消えた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「おはよう」「昨日何観た~?」「あのギャグ、つまんなかったよなぁ」

 

 通学路を歩く生徒たち。行先は「峠高校」。何時も通り、至極真っ当な町立高等学校だ。

 

「そう言えばさ、隣のクラスの鏡音って女子、行方不明になったんだってさ」

「へぇ。じゃあ、あの噂って本当なんだ」

「あの噂って?」

「“屋上のリオ”だよ」

 

 まぁ、屋上を除けば、であるが。

 そう、この学校の屋上は普通ではない。

 誰にも辿り着けず、攀じ登る事も出来ない、隔絶された空間。何故か草木が生い茂り、時折変な鳴き声が聞こえるという。

 だが、問題は“そこ”ではない。屋上には居るのだ……噂のマッドサイエンティスト、「リオ」が。

 どんな怪奇な悩みも手紙一つで解決してくれるが、依頼者は相応の代償を支払う事になる、よく有る、よく聞く、下らない都市伝説。

 しかし、古角町(ここ)は田舎である。都市伝説の常識は当てはまらず、実際に「見た」「会った」「助かった」という人物がチラホラ居る事が、噂の信憑性を高めている。該当人物の大半が行方不明になっている事も含めて。

 

「………………」

 

 そして、今日も迷える子羊(イケニエ)がコトリバコに手紙を入れる。助かりたい一心で、悪魔の手を借りる為に。

 

「ワタシが来た!」

「ひっ!? だ、誰よあんた!?」

「何を言っている? 呼んだだろう? 書いただろう? 手紙でな」

「そ、それじゃあ――――――」

その通り(Èxactly)! ……ボクが水先案内人さ」

 

 さぁ、実験(そうだん)を始めよう!

 

「ここが屋上とか……嘘でしょ?」

 

 水先案内人たる天道(てんどう) 説子(せつこ)に案内され、屋上にお通しされた依頼人――――――一年四組の卯月(うづき) 真理沙(まりさ)がポツリと呟く。無理もない。

 眼前に広がるは、太古の大自然。恐竜のような生物が練り歩き、翼竜らしきシルエットが空を行き交う。

 

『ホォォォォォ……』

「な、何よ、これ!?」

「ただのナイトストーカーだ、気にするな」

「いや、気にしますけど!?」

 

 終いには、真っ赤なプラトン立体に深紅の六脚をくっ付けた、バクテリオファージみたいな生命体まで彷徨っている。気にするなと言われましても……。

 

(でも、そうか……そうよね……ここは「屋上のリオ」の根城なんだから……)

 

 そう、峠高校の屋上(このばしょ)は、普通ではない。何せ、(あるじ)が異常で――――――イカレているのだから。

 

「おい、早くしろ。置いていくぞ」

「こんな異界に!? 冗談じゃないわよ!」

「なら、さっさとするんだな。ここの出入りは、ボクと里桜(りお)にしか出来ないんだからさ……」

 

 進む歩む、我先にと。真理沙は万が一にも置き去りにされまいと、懸命に付いていった。向こうは普通に歩いているだけなのに、何故か猛烈な勢いで置いて行かれる。どういう歩幅をしているのだろうか。

 

「ここで待っていろ」

 

 そうこうしている内に、例の巨木の前に辿り着いた。子供であればお化けに出遭えそうな、神秘的な雰囲気の古木だが、根元近くに設置された機械仕掛けの扉が全てを台無しにしている。察するに、ここが出入り口なのだろう。インターホンというか、暗証ロックが付いてるし。

 

「えーっと、564219……」

「何故ポケベル風なのか」

「里桜の趣味だ」

「そーなのかー」

 

 さらに、花子さんが来そうな数字を、説子が入力していく。

 

「――――――ようこそ、実験台(こひつじ)ちゃん♪」

 

 すると、ガコンと重々しい音がして扉が開き、ブルマーに白衣を纏う変態……もとい、噂の狂科学者:香理(かり) 里桜(りお)がお出迎えした。

 

「ええっと……」

「立ち話も何だし、折角の良い天気だ。ここで話そう。あ、それ、パチンとな♪」

「ええっ!? 茸みたいな椅子が生えて来た!?」

 

 真理沙が反応に困っていると、里桜が何事もないようにマッシュルームチェアを召喚した。

 

『ビバビバ~♪』『あ~、水が気持ち良い……』

「……ちなみに、あの可愛い生き物は何?」

「我がラボのマスコットだよ。それよりほら、手短に詳しく話せ」

「日本語がバグってるわよ……えーっと、ね……」

 

 真理沙は面と向かって話し出す。自宅で赤ちゃんをあやしていたら、突然見知らぬ不気味な少年が現れ、それ以来ぬらりと出てきて煙の如く消え去るようになった事を包み隠さず、本当の悪魔に語り聞かせる。

 

「――――――なるほど、「呵責童子(かしゃくどうじ)」か」

 

 真理沙の話を聞いていた説子が言った。

 

「「呵責童子」? ……「座敷童子(ざしきわらし)」みたいなもの?」

「ほぅ、座敷童子は知っているのか」

「昔、家に居たからね」

 

 そう、真理沙は見える子ちゃんであり、幼い頃は「マコちゃん」という座敷童子と友達だった。今思えば単なるイマジナリーフレンドである可能性もあるが、存在感は抜群だったので、本当に居たのだと信じたい。

 

「だけど、あの子は違う気がする」

 

 だが、最近見掛けた子供――――――呵責童子は違う。雰囲気も、見た目も。少なくとも、マコちゃんは元気溌剌で、一緒に居ると自分も元気になれるような子だった。

 しかし、呵責童子は元気を貰う処か、気が滅入る上に身体も弱っていく。赤ちゃんも日に日に元気が無くなっていくので、絶対に気のせいではない。全部あの呵責童子のせいだ。

 

「それで、呵責童子って何なの? 座敷童子の親戚?」

「そうだ。またの名を「如月童子」とも言う。主に冬の終わりから春の初めに現れる、童子系の妖怪だ。ただし、お前の予感通り、呵責童子は人を幸せにしない。入り込むと、家主に災いを齎し破滅させる、疫病神の類だよ」

 

 ある雪の降りしきる寒い夜、とある農夫の家に、一人の童子が迷い混んできた。その童子は冬だというのに着物1枚で、死人のように生気がない。農夫は訝しみながらも、その童子を匿い、冬の終わりまで世話してやる事にした。

 だが、その童子が来てからというもの、農夫は病気がちになり、冬を越す前に死んでしまった。村人が農夫の死体を発見した時には童子が見当たらず、家中に毒茸が生えていたという。

 

「な、何よそれ……なら、早く退治してよ!」

 

 このままでは自分や家族の命が危ない。何としてでも立ち退いて……否、退治して貰わねば。

 

「なら、分かっている筈だ。噂を聞いて、手紙を出したならな」

 

 里桜がプリーズの手付き。言うまでもなく、“代償を払え”という事だろう。

 

「……何を差し出せば良いの?」

「物じゃない。“者”だ。つまりはお前だよ」

「………………!」

 

 やはり、噂は本当だった。この狂科学者は真実、人を実験材料か玩具ぐらいにしか思っていないのだ。

 しかし、相手は摩訶不思議な妖しき怪物、背に腹は代えられないだろう。

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

「だが断る★♪」

 

 だが断られた。ちくせう。

 

「そんじゃまぁ、放課後に、お前の家で会おう」「じゃあな」

「………………!」

 

 気が付くと、真理沙は教室の前に立っていた。

 

「あれは夢……?」

 

 時間も朝から全然経っていない気がするし、白昼夢ならぬ今朝夢でも見ていたのだろうか……?

 

「いや……」

 

 違う。靴に土が付いている。あの草を踏みしめた感触も、彼女たちから漂ってきた薬品と焼香の臭いも、紛れもない現実である。時間の経過については、感覚の問題にしておけばいい。

 ともかく、自分は屋上のリオの協力を得られたのだ――――――と、真理沙は自分を納得させた。今夜こそ、安心してグッスリと眠る為に。

 

 そして、他愛のない学校生活が過ぎていき、やがて夜が訪れる……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 花香る、菜種の園。夜闇に浮かぶ黄色の海原は、風に揺られながら沈黙するのみで、何も語る事は無い。

 

「ほぅ、割と良い家に住んでるじゃない」

「普通に豪邸……というか、お屋敷だな」

 

 そんな黄炎の花園に建つ、ご立派なお屋敷――――――つまりは真理沙の家に、里桜と説子は訪れていた。

 

「……どうも」

 

 と、インターフォンを押す前に、真理沙が彼女らを出迎える。その顔は昼間よりも暗く、影が差していた。夜だから、という訳ではあるまい。

 

「そう言えば、赤ん坊の声が聞こえないが?」

「今は別の場所に避難させてるわ、危ないし」

 

 説子の質問に、真理沙が答える。最初から荒事になると想定しているのだろう。

 

「まぁ良い。その方が、お前は(・・・)安心だろうからな」

 

 もちろん、里桜は依頼人や周囲への安全など考えていない。そこに居る奴が、巻き込まれる方が悪い、というスタンスだ。真理沙の判断は正解だったと言えるだろう。

 

「さて、お邪魔するよ……」

 

 こうして、里桜と説子は真理沙を表に残して、屋敷に足を踏み入れた。

 

「これは……」

「ああ、何とも……」

 

 言い難い。思わず口から出てしまう。それ程までに、真理沙の家は酷い有様だった。言い方は悪いが、“お化け屋敷”と表現した方がしっくり来る。

 

「――――――で、お前が「呵責童子」か?」

『………………』

 

 そんな化け物屋敷の奥座敷……つまりは真理沙の寝室に、呵責童子は鎮座していた。覆水を盆に返した髪の毛と死人のような肌色を持つ、赫き瞳の子供。一張羅である紺の着物は、何日も経っているとは思えない程に小綺麗であり、まるで皮膚の一部のようである。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:増殖怪人=呵責童子(かしゃくどうじ)

◆『弱点:菌核』

 

 

お前の言う通りに(・・・・・・・・)来てやったぞ(・・・・・・)

 

 その彼に対して、里桜はプリーズをする。

 

『……分かった。報酬はボクの腕で良いかい? どうせ、直ぐに“生えて”くるし』

 

 すると、呵責童子が当たり前のように左腕を肩先からもぎ取って、敢えて(・・・)説子に渡した。

 さらに、呵責童子の言う通りに、彼の左腕は直ぐ様に生えてきた。粘菌が糸を伸ばすように。はっきり言って、かなりグロテスクだ。

 まぁ、それも真理沙の寝室(ここ)に比べれば“マシ”なのだろうが……。

 

「……今はそれで見逃してやろう(・・・・・・・)楽しませて(・・・・・)貰った礼さ(・・・・・)

 

 それらを見届けた里桜は、敢えて(・・・)何もせずに踵を返した。

 

『そう。なら、お手柔らかに(・・・・・・)頼むよ(・・・)

それはあいつ(・・・・・・)次第さ(・・・)

『それもそうか……』

 

 呵責童子もまた、素直に家を出る。最後に一度だけ、庭先の一本柳へ振り返って。

 だって(・・・)もうどうしようも(・・・・・・・・)ないのだから(・・・・・・)

 

『……ここは明け渡すよ(・・・・・・・・)。ボクには息苦し過ぎる』

 

 そして(・・・)誰も居なくなった(・・・・・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「えっ、もう解決したんですか?」

「ああ。“報酬”も手に入った。後は好きにすると良いさ」

「は、はぁ……」

 

 家に上がり込んで十分もしない内に何事も無かったかの如く出てきた里桜と説子に対して、真理沙は首を傾げるしかなかった。幾ら子供の姿をしているとは言え、化け物を相手に無傷で済む物だろうか?

 しかし、二人共本当に何の要求もせずに帰ってしまったし、真理沙としても最早出来る事は無い。里桜たちが依頼を達成してくれたと信じるしかないだろう。

 

「なら、早く傍に行ってあげなくちゃ!」

 

 むろん、警戒は続けるが、それよりも先ずは大事な“我が子”をあやしてあげなければ。真理沙は急ぎ家へ上がり、寝室に向かった。そこは未だに茸が繁茂する腐海と化したままだったが、彼女は全く気にする事無く、布団の上にある“それ”を抱き上げる。

 

「良かったねぇ、もう何の心配も要らないわよ~?」

「………………」

 

 “それ”は、物言わぬ骸だった。死んでから大分経っているのか、骨は黄ばみ、枯れ果てた腐肉がこびり付いている。まるで警告色を思わせる斑な模様は、誰が一番危険(・・・・・・)なのか(・・・)を如実に伝えていた。言うまでもなく、真理沙の精神状態である。彼女は既に真面じゃないのだ。

 何せ、自分が殺した(・・・・・・)我が子の骸(・・・・・)を、人形で遊ぶかのように、(あや)しているのだから……。

 そう、真理沙の抱いている死体は、彼女が産んだ子供である。父親はもう居ない。庭の何処かに“埋まって”いる筈だ。その“家族”も。誰かが掘り返しでもしなければ、見付からないだろう。バラバラだからね(・・・・・・・・)

 

「ウフフフ、フフフフ……」

 

 見ての通り、真理沙はもう終わっている。呵責童子がドン引きして逃げ出すぐらいに。

 呵責童子は“共生関係の菌類を定着させる”という己の習性故に、自らを脅かす存在が来なければ、本能的に動けない。

 だから、彼は噂のリオに頼ったのである。自分以上の化け物だと、確信していたから。

 こうして、本当の意味で誰も居なくなった屋敷の中で、真理沙は延々と微笑み続けた。我が子の抜け殻を愛でて。

 だが、そんな都合の良い現実は長くは続かない。

 

『ホー……ホー……』

 

 何故なら、呵責童子の(・・・・・)代わりは既に居る(・・・・・・・・)

 庭先の一本柳の枝に留まる、赤ん坊の顔を持つ梟の妖怪。怨念を返す為に(・・・・・・・)生まれてきた(・・・・・・)童子(・・)。呵責童子と“縄張り”が被っている、同系統だが更に恐ろしい怪物。

 

『ホー……ホー……オギャアアアアアアアッ!』

 

 水子の変じた化け物、「たたりもっけ」が飛び立った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:怨念怪鳥=たたりもっけ』

◆『弱点:口』

 

 

「えっ、何!? ……ぎゃああああああああっ!」

『ガヴヴヴ……グチュクチュ……ゴリゴリ……ベキ……』

 

 さらに、顔面を「×」の字に開いて、真理沙を頭から丸齧りにする。耕された彼女の顔には、何故か沢山の蛆が湧いていた。

 

「……アァァ……ヴォォォ……』

 

 そして、不幸は繰り返される。

 

『ケッケッケッケッ♪』

『ウガァァ……ハラ、ヘッタァ……』

 

 たたりもっけが満足気に飛び去った後、真理沙だった“ナニカ”は動き出した。更なる悲劇(フコウ)を求めて……。




◆呵責童子

 主に冬の最中~春先に現れる子供の妖怪。覆水を盆に返したような髪と死人を思わせる肌が特徴。ネグレクトで子供を死なせた親の所にやって来ると言われており、住み着かれた家は不幸に見舞われるという。立ち去った家には茸が繁茂し、腐り果ててしまうらしい。
 正体は死体に取り憑いた菌類で、安定した環境を求めて里山を降りて来る。即ち、子供の姿は子孫を残す為の器に過ぎないのだが、人格はある程度生前の記憶が反映される。


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旧校舎のラビリンス

※今回は作者の悪趣味が露呈しマス。


 牡丹が花開く、とある夜の事。

 

「ふぅ……焦った焦った」

 

 日が沈み、誰も居なくなった峠高校の校舎に、一人の少女が入り込んでいた。彼女の名前は平野(ひらの) 紗香(さやか)。一年五組に在籍している、特筆すべき事は何も無い、唯の女生徒である。

 そんな一般人たる紗香が、何故に夜の校舎に忍び込んでいるのかと言うと、単純に忘れ物をしたからだ。探し物は何ですか?

 

「あったあった……」

 

 見付けられる物でした。忘れ物は、明日までに出さなければいけない宿題である。紗香は結構おっちょこちょいなのだ。

 しかし、ここで大人しく帰してくれないのが、峠高校という所。

 

「……ん?」

 

 ふと、廊下の窓から中庭の方を見た紗香の目に、信じ難い光景が飛び込んで来た。

 

「「旧校舎」じゃん」

 

 そこには、既に取り壊されて久しい、旧校舎が佇んでいた。現在の上から見ると「C」型の校舎は、元々は「エ」の形をしており、老朽化などの問題から新築する事となったのだが、旧校舎の外側から新校舎を建てて行き、最後に内側を壊して、中庭としたのである。

 つまり、一時期ではあるが、“旧校舎が新校舎に取り囲まれている”という状態があったのだ。今見ている光景は、その時の物に近い(割と直ぐに旧校舎へシートが張られた為、本当に僅かな期間のみだった)。

 だが、気にするべきはそこではないだろう。

 

「だけど、どうして旧校舎が……?」

 

 そう、そこが問題である。ある筈のない旧校舎が、突然姿を現している。どう考えてもおかしい。

 

「ゴクリンコ……!」

 

 しかし、こういう状況であればある程、“怖いもの見たさ”は出てくる物。紗香は吸い寄せられるように、中庭の旧校舎に足を踏み入れていた。

 

「……暗い」

 

 当たり前だが、旧校舎は暗かった。頼りになるのは、星明りのみ。変色したリノリウムの床は冷たく、天井は染みだらけだ。壁紙は所々が剥げ、罅割れ、汚れている。立て付けの悪い教室の扉は、何処もかしこも中途半端に開かれ、ボロ臭い机と椅子が無造作に並べられた腹の内を見せびらかせていた。

 

「そう言えば、中に入ったのは初めてだっけ……」

 

 旧校舎と新校舎が同時に存在し、尚且つ教室の移動が済んだのは、去年の春。紗香が入学した時には、既に旧校舎への立ち入りは禁止されていた。だので、彼女が旧校舎を内見したのは、今回が初である。

 

 

 ――――――ザッ、ザッ、ザッ!

 

 

 そんなレアな体験をしている紗香の耳に、誰かの足音が聞こえてくる。それも複数人。

 

「えっ!?」

 

 さらに、行く先の暗闇を、良く目を凝らして見てみれば、一個分隊の日本帝国兵が、隊列を為して行進していた。それも、蛆が湧き、半ば骨と化した、悍ましい腐乱死体の亡霊たちだ。

 

「ひっ……!」

 

 あまりの事態に紗香は腰を抜かしてしまい、その間にも日本兵たちは真っ直ぐ彼女に向かってくる。

 

「きゃああああああああああああ!」

 

 そして、紗香は旧校舎に取り込まれた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 べつのひ!

 

『ビッバラビッバ、ビッバビバ~♪』

 

 温かな日差しの中、ビバルディは中庭でふよふよと空中散歩していた。今の彼は半透明で、気にしなければ誰にも見えない。カエルにあるまじき毛並みが光を屈折させているのである(任意)。

 

「ねーねー、あの噂聞いた?」

「あー、“夜の旧校舎”って奴ね」

『ビバ?』

 

 すると、ビバルディの耳に生徒たちの噂話が入ってきた。何でも、夜になると取り壊された筈の旧校舎が中庭に現れて、好奇心に身を任せて足を踏み入れると、そのまま取り込まれてしまうのだという。

 

『オビバ~』

 

 これは何れコトリバコに手紙が投函されるな、と判断したビバルディは散歩を止め、屋上に帰還する。

 

《手紙が来てるよ~♪》

 

 まさに丁度その時、依頼が届いた。

 

「おやおや、「学校の怪談」って奴だな」

「ああ、最近噂になってる“夜の旧校舎”か……」

 

 内容もドンピシャリ。

 

『ビバ~♪』「何喜んでるんですか?」

 

 ビバルディは一人グッと拳を握り、悦子に突っ込まれた。可愛い。

 

「そう言えば、学校が舞台になるのも久々だな」

「「屋上のリオ」なのにね」

「まぁ、私のお膝元じゃ、早々活動出来んか……」

「地獄の魔王みたいな輩に喧嘩を売る程、馬鹿な奴は少ないんだろうよ」

 

 メタい話だ。

 

「それじゃあ、偶には出席しますか」

「話を聞きに行くだけだろ。……ビバルディも行く?」

『ビバン!』「行ってらっしゃーい」

 

 そういう事に為った。ビバルディが凄く嬉しそう。暇なんだね。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 そんなこんなで、その日の夜。

 

「ここに紗香が……!」

 

 二年六組の(さざなみ) (みこと)は、中庭に出現した旧校舎の入り口前に立っていた。

 

「居たとしても死んでるだろうけどなー」

「そういう事は黙っててやるモンだぜ?」

『ビバルゥ~』

 

 里桜・説子・ビバルディをパーティに加えて。

 尊の依頼は至極単純。“旧校舎に取り込まれたかもしれない紗香を探し出す”事。彼女は彼の大切な人なのである。

 愛しい人を救う為、今ここに勇者:尊たちの冒険が始まる……!

 

「「「う~ん、懐かしい雰囲気」」」

 

 とりあえず、見慣れた旧校舎の空気を味わう一行。三人共二年生なので、元の校舎を知っているのだ。

 

「おっ、ここ一年四組か。相変わらず小汚い」

竜馬(たつま)の奴、落書きしてらぁ……」

「あ、これ俺の机じゃん。……この彫刻跡は、黒歴史!」

 

 さらに、懐かしの教室に到着。「死」の四組とか言われていた室内は、最後に見た時のままだった。

 

『ビバ~』

 

 この中で一匹だけ一年一組だった元・主人(あると)のビバルディとしては、話題が無くて少し寂しい。あっても喋れないが。

 

「――――――って、懐かしんでる場合じゃない! 早く紗香を助けないと!」

「「諦め悪いなー」」

「煩いな! 俺はまだ、希望を捨てちゃいないぞ!」

 

 という事で、探索再開。廊下に出る。

 

 

 ――――――ザッ、ザッ、ザッ!

 

 

 腐った日本兵の隊列に遭遇した。

 

「よし、汚物は消毒だ!」

「バヴォオオオオオッ!』

 

 燃やした。

 

『『『『『『『アブラカタブラァァアアアアアッ!』』』』』』』

 

 何の見せ場も無く焼かれた腐乱兵は、断末魔を残して蒸発した。

 

『いや、消えるのはお前らの方なのよ」

 

※アブラカタブラ⇒日本語訳:「ここから消えて無くなれ」

 

「東北の軍人と言えば、滅茶苦茶に強かったらしいんだけどな」

「それは“人間レベル”で、だろ?」

「それもそうか」

 

 所詮、人間の幽霊は人間だった。本物の化け物たちが相手では形無しだろう。

 

「お次は生物室か」

「薬品臭いな」

「紗香、何処にいるんだ……!」

『ビバル~ン』

 

 そして、特に目ぼしい成果が無かった為、真っ暗な校舎をズンズンドコドコ進んで行くと、突き当りの生物室に辿り着いた。洗面台とコンロが一体化した机が整然と並び、戸棚には様々な実験器具や標本が陳列されている。部屋中が独特の臭いが籠っていて、ここが生物室なのだと嫌でも教えてくれる。部屋の奥には実験準備室があり、普段は使わない物が雑多に押し込まれていた。

 

「そう言えば、授業中に漫画描いて怒られた奴が居たっけな」

「“読む”じゃなくて“描く”って所が凄いよな」

「バレないと思ったんだろうか……」

『ビッパ~』

 

 クラスに一人は絶対に居る。授業中にとんでもない事をやらかす馬鹿。

 

 

 ――――――カタカタカタッ!

 

 

「おん?」

 

 突如、戸棚の標本たちが蠢きだす。何かの内臓が揺らぎ、生まれる前のヒヨコが鳴き、腹を開かれた蛙がワキワキと藻掻いていた。

 

『ビーダル!』

 

 対抗するなカエル。

 

『ギギギギ……』『ケェエエン!』『クケケケケ!』

 

 さらに、実験準備室の方から人体模型やら鳥の剥製やらが、ぎこちない動作で襲い掛かってくる。

 

「えい!」「てい!」

「普通に壊した!?」

『はむん』

「こっちは食べた!?」

 

 だって、もう存在しない備品ですしお寿司。

 

「……次は音楽室な訳だが」

「ベートーベンが血の涙を流しながら「俺の尻を舐めろ」を弾いてるな」

「音楽室の怪談を無理矢理に纏めた感が凄い」

 

 というか、ベートーヴェンがモーツアルトの曲を弾くのはどうなのか?

 

「「「失礼しました」」」

 

 見なかった事にした。こんな煮凝りみたいな物を怖がれという方が無理だろう。

 

「ぬっ、トイレから音が……」

 

 すると、三階の女子トイレから物音が。「花子さん」か、はたまた「赤い紙、青い紙」か、と予想して入ってみたら、

 

『イッヒッヒッヒッ……!』

 

 トイレの「紫婆」が現れたッ!

 

「ホームに帰れ」

『ぎぃやあああああああっ!?』

「容赦が無い!」『ビババ!』

 

 だが、この里桜、容赦せん。出会い頭に目からビームで爆殺した。赤紫色の肉片がトイレ中に飛散する。

 

「よし、舐めて掃除だ!」

「いや、絶対に嫌だわ!」

 

 里桜と説子は仲良しだった。

 

「今度は渡り廊下だけど……」

『足はいらんかぇ?』

 

 その後、校舎は粗方見て回ったので、渡り廊下から体育館に行こうとしたのだが、行く手を阻む、一人の婆が。馬鹿デカい風呂敷を背負った、しわくちゃで小さな老婆である。

 

「「足売り婆」だな。売ると見せ掛けて足をもぎ取る、とんでもない婆だ」

「本当にとんでない……」

 

 補足すると、彼女の言う「いるか」というのは、「持っている必要はあるのか」という意味で、「いらない」と答えると「じゃあ私が貰うわ」と解釈されて、奪い取られてしまうのだ。その癖「いる」と言うと余計な足をくっ付けられたりするから、実に始末が悪い。

 

「逆にもぎ取ってやらぁ!」

『ぎゃああああああああ!』

「きゃぁあああああああ!?」←尊

 

 見せられないよ!

 

「ふぅ……良い汗掻いたぜ」

「返り血の間違いだろ……」

「グロ過ぎる……」『ビビバ~ン』

 

 ちなみに、プールが真っ赤に染まったり、水泳部の更衣室付近から無数の手が蠢いていたりしていたが、里桜たちは勉めて無視した。段々と相手をするのが面倒臭くなってきたのである。

 

「――――――で、体育館に来ちゃった訳だけども」

 

 ここを見たらもう帰るという意気込みで、体育館の扉を開けてみたのだが、

 

『……ジィーッ!』

「婆でラッシュを決めるなぁ!」

 

 バスケットゴールの下で、異次元婆がこちらをジーッと見つめてきた。体育館の端っこで転ぶと神隠しに遭うとかいうアレだ。それを引き起こしているのが、あの見える人にしか見えない婆なのである。何故こうも婆が続くのか……。

 

「ラスタービーム!」

『ババァアアアッ!』

 

 既に飽き飽きしていた里桜は、遠慮無くビームした。きたねぇ花火だ。

 

「……もういい加減にしろ! こんな下らない事をしている暇があるなら、魔王でも何でも良いから出て来やがれ!」

 

 

 ――――――ォォオオオオオオオオオオッ!

 

 

 と、里桜が心底から叫んだ瞬間、体育館が軋みだした。それ処か、校舎も武道館もプールもグラグラと揺れ、動き出す。

 

「脱出するぞ!」「おう!」「置いてかないでー!」『ビバババ~♪』

 

 むろん、潰される前に全員が脱出。幸い尊が尊い犠牲にはなっていない。その間にも、旧式の建物という建物が寄り集まっていく。合体して(・・・・)一つに為ろう(・・・・・・)としている(・・・・・)のだろう(・・・・)

 

『ホォォオン! ホァヴォオオオオオォン!』

 

 そして、色んな施設が雑多に混じり連結した、巨大な瓦礫の蛾となった。胴体だけで二十メートルもあり、前翅長は百メートルにも及ぶ。まさしく大怪獣である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:巨大蛾超獣=迷い家(マヨイガ)

◆『弱点:炎』

 

 

『ホォォォォォ……!』

 

 さらに、その巨体に恥じない重低音を轟かせながら、その巨躯に似合わない軽やかさで離陸する。羽ばたくだけで瓦礫が鱗粉のようにばら撒かれ、新校舎を崩落させていく。

 

 

 ―――――――ゴゴゴゴゴゴゴオッ!

 

 

 その後、空高くまで舞い上がり、隕石の如く質量に任せた攻撃を仕掛けてきた。

 

「ひぃぃぃぃっ!」『ビバ~!』

「なるほど、旧校舎そのものが妖怪だったって事か」

「「迷い家」か。こういうパターンもあるんだなぁ」

 

 しかし、慌てふためく尊やビバルディを他所に、里桜と説子は落ち着き払っていた。

 

「……ここまで(・・・・)惑わせた(・・・・)のは褒めてやるが、ここまでだよ」

 

 何故なら、タネは既に(・・・・・)割れている(・・・・・)のだから。

 

「ドラァッ!」

 

 そして、里桜は両手を胸に当ててエネルギーを溜め、大きく右手を振るうように放出。虹色の破壊光線となって、天空の巨大蛾を撃ち貫く。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!』

 

 原子力発電数十年分のエネルギーを受けた迷い家は爆散し、

 

「――――――って、え?」『ビババ?』

「「冒険の書は消えてしまいましたー」」

 

 気が付くと、三人と一匹は中庭の一本桜の前に立っていた。あれだけ散らばっていた瓦礫は一つも無く、新校舎も平穏無事な姿で寝静まっている。

 

「これは一体……?」

「私たちは幻覚を見せられていたんだよ。あの蛾にな(・・・・・)

 

 尊の当然な疑問に、里桜が桜の樹上を指差して答える。

 

「うげっ!?」

 

 そこには、糸で枝に雁字搦めにされた、女生徒たちが実っていた(・・・・・)風船のように(・・・・・・)膨らんだ腹に(・・・・・・)何かが入っている(・・・・・・・・)

 

「うぅ……」

「あ、紗香!」

 

 その中には、お目当ての紗香の姿もあった。

 

「紗香、今助け――――――」

「うぐぅっ!? く、苦しい!」

 

 だが、尊が助けようと近付いた瞬間、紗香を含む女生徒が一斉に藻掻き苦しみ出す。

 さらに、彼女たちの膨らんだお腹が勢いよく蠢き――――――、

 

『フゥゥゥウウッ!』『ホォオオオッ!』『ハァアアアアッ!』

「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!」

 

 次々と腹を突き破って、赤子サイズの蛾が羽化した。当然、紗香たちは血と悲鳴を吐き、壮絶な形相を浮かべながら息絶える。生きながら腹を引き裂かれるのは、想像を絶する苦痛だったであろう。慈悲は無い。

 

「フム、人体に寄生して増えるのか……」

 

 そう、迷い家は興味本位で足を踏み入れた女を苗床にしていたのだ。男の姿は見当たらないが……糸に絡まっている人骨を見るに、どうなったかは考えるまでもない。野郎は迷い家(スタッフ)が美味しく頂きました。

 

「紗香ぁ! そんなぁ!」

「「ご愁傷様でぇーす」」

『オビバァ……』

 

 不謹慎にも程がある。

 

「……ま、こんな害虫に湧かれても困るから、焼却しましょ♪」

「ゴァヴォオオオオオオオオオォッ!』

『ホァァ!』『ウギィ!』『ギャァ!』

 

 そして、ぽっと出の怪談「夜の旧校舎」は、一晩の内にお取り潰しとなったのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それからそれから。

 

「紗香……」

 

 失意の中、尊は独り帰路に着いていた。何時もは隣を歩いていてくれた紗香は、もう居ない。助ける事も出来ず、目の前で無惨に殺されてしまった。

 

 

 ――――――先輩、今日からよろしくお願いします!

 ――――――先輩、流石ですね、カッコいいです!

 ――――――先輩、今度の日曜、何処か行きませんか?

 ――――――先輩、先輩、先輩!

 

 

「うぅぅ……っ!」

 

 思わず頭を抱え、後悔に歯を食いしばる尊。

 しかし、どうしようもなかった。紗香はもう死んでいるのだから。今更泣き叫んだ所で、潰えた命は二度と戻って来ないのである。

 

「………………」

 

 何時の間にか、自宅に着いていた。尊は無言のまま、力なくドアを開ける。

 

『『オガエリィィィ!』』

「ひっ……!?」

 

 そんな失意に沈んだ彼を、腐乱した両親が生温かく迎えてくれた。

 さらに、あっという間に自宅へ取り込まれ、糸で縛り上げられる。

 

「うぎぃゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 そして、尊は迷い家の贄となった。

 

 

 ――――――貴方の通い慣れた場所は、帰るべき家は、本物ですか?




◆迷い家

 主に東北地方で伝承される“幻の民家”。山中を彷徨っている者の前にフワッと現れ、中の家具を持ち帰ると幸福になれると言われているが、そのつもりで行くと出会えないか、呪いグッズを掴まされるらしい。
 正体は繁殖を人体に依存している寄生性の蛾。里桜でさえ欺く強力な幻覚作用のある鱗粉を用いて餌場に人間を誘き寄せ、男なら栄養を吸い尽くし、女は苗床にしてしまう。
 ちなみに、女性は作中の通りだが、男の場合は「鉛筆より太い物を尿道から突っ込まれた上で生殖器官を滅茶苦茶にされ、その後体液を吸い尽くされる」という、それはそれで酷い苦痛を味わう事になる。これは遺伝情報の差異すらも人間の生殖細胞に依存している為。


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トラツグミの鳴く頃に

今必殺の目からビーム。


 鬼手県(きしゅけん)如月市(きさらぎし)黄沢町(きざわちょう)の、とある動物園にて。

 

「これが新しい子ですか?」

 

 飼育員の一人が、鉄格子と強化ガラスで閉ざされた檻の中を見ながら、尋ねる。そこには何とも表現し難い動物が、腹を掻きながら眠っていた。

 

「ああ。何でも、八奈見ヶ岳の方で見付かって、保護されたらしい」

 

 もう一人の先輩らしき飼育員が答える。その表情は、「面倒事を押し付けられた」と殴り書きされているようだった。

 

「……凶暴なんですか?」

「少なくとも、十三人は犠牲になったそうだ。拳銃も猟銃も、まるで効果が無かったんだと」

「えっ、そんなの“保護”で大丈夫なんですか?」

 

 人肉の味を覚えた獣は、通常なら殺処分される。味を占めて、積極的に人間を襲うようになるからだ。自然と共存していく為にも、死んで貰った方が都合は良い。

 

「知るかよ。“殺すのは勿体無い”って輩が、無理矢理保護したのさ。勇気ある警察官や猟師が、しこたま麻酔銃をぶっ放してな」

 

 しかし、人間の都合は人間によって塗り替えられる物。今まで見た事も無い珍獣だという事で、一部の熱心な権力者(バカ)が捕獲に踏み切ったのである。

 

「誰がそんな事を……」

「それこそ知らねぇよ。俺たち末端の人間が知り得る情報なんて、高が知れてんだ。……とにかく、上が言うには“お前らの命なんてどうでも良いから全力で保護しろ”だとさ、要約すると」

「酷い話ですね……」

 

 そして、何時も苦労するのは下の人間だ。世知辛い話である。

 

「ま、仕事なんて、そういう物さ。“動物が好きだから”だとか、ほんわかした志望動機だけで続けられる程、世の中甘くねぇよ」

「……先輩は、動物が嫌いなんですか?」

「人間よりは好きだな。きちんと付き合えば、お互いに怪我をせずに済む」

「………………」

 

 先輩の呟きに、後輩は何も言えなかった。

 と、その時。

 

『グゥルルル……ッ!』

「「………………!」」

 

 突然、獣が目を覚ました。薬が切れたのだろう。見知らぬ場所に閉じ込められた事によるストレスからか、凄まじい殺意を持った目で飼育員たちを睨み付けている。流石に鉄格子と強化ガラスを突き破って来るとは思えないが、怖い物は怖い。

 だが、次の瞬間、信じ難い事が起きた。

 

 

 ――――――ズギャヴォオオオオオッ!

 

 

 黄金色の煌めきと共に、鉄格子も強化ガラスも粉々に砕け散ったのだ。

 

「「みぎょぉおおおん!?」」

 

 さらに、物のついでで飼育員たちも粉砕される。実に呆気ない最期であった。

 

『ヒョァアアアアアッ!』

 

 そして、獣はトラツグミのような声で鳴いて、動物園を脱走した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上。

 

「えーっと何々……“「鬼手ビオトープガーデン」から珍獣が脱走、飼育員に多数の死傷者”だって?」

 

 今日のニュースを見ながら、里桜が味噌汁を啜る。

 

「確か、前もそんな事なかったか、あの動物園?」

 

 鯖の味噌煮でご飯を進めつつ、説子が聞き返した。

 

『あんむ』「日本人はやっぱり和食ですねー」

 

 ビバルディは悦子に「アーン」をしながら、自分もあむあむ食べまくっている。悦子は植物だが、人間の口もあるので、文字通り経口摂取で栄養を取る事も出来るのである。あくまで根から吸い上げる水と栄養がメインだけど。

 

「つーか、「珍獣」って書いてあるけど、どんな種類の動物が逃げ出したのか解説されて無いじゃねぇか」

「新種なのかもよ?」

「そうだとしても、管理が不十分だな。私なら絶対に逃さないぜ」

「この屋上から逃げられる奴なんて居るのかぁ?」

「知ら管」

『ビバビバ♪』「ルンル~ン♪」

 

 実に平和な朝だった。

 

《手紙が、来てるヨ~ン♪》

 

 しかし、ディヴァ子のわざとらしい濁声によって、平穏は終わりを告げる。

 

「……お仕事だぜ?」

「飯時に出すなよ……」

 

 さぁ、今日も依頼者(おもちゃ)実験しよう(あそぼう)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、生物室。

 

「叔父が死にました」

 

 二年二組の女生徒、令和(れいわ) 鳴女(なりめ)は、開口一番でそう言った。

 

「「はぁ」」

 

 里桜も説子も「はぁ」としか言えなかった。だから何やねん。

 

「……もしかして、例の動物園の事件絡みだったり?」

「はい。私の叔父がそこで働いていたんです」

「で、件の獣に殺されたと」

「はい」

「それはつまり、敵討ちをしてくれって事か?」

「全然違います」

「「あれれ~?」」

 

 説子の質問に、鳴女は首を振る。大抵こういう場合は「○○の仇を討ってくれ」と言う物なのだが、どうやら違うらしい。

 

「じゃあ、何が目的なんだよ?」

「バズりたいんです」

「「はぁ?」」

「バズりたいんです!」

 

 大事な事なのか、二回も言った。

 

「どういう事?」

「今時珍しい、大型動物の新種……それを間近で見れる機会を得られたというのに、あの役立たずは私が撮る前に死んでしまいました。だから、今度は野に放たれたそいつを撮って、人気者に成りたいんですよ!」

「清々しいまでに屑だな、お前は」

「褒めないで下さい♪」

「褒めてねぇよ、死ねよ」

 

 何なんだ、この女は。

 

「――――――ようするに、逃げ出した珍獣を撮りたいから、手伝ってくれって事か?」

「はい。流石に私一人では無理でしょうからね」

「まぁ、良いけどさ……」

 

 その代償として実験材料にされるというのに、お前はそれで良いのか。

 

「撮れ高の為なら!」

「「逆に凄いよ、お前は」」

 

 倫理観とは……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。里桜と説子、それから鳴女は、峠高校のグラウンドに居た。例の獣を待ち構えているのだ。

 

「情報によれば、例の獣は山の中を縫うように、どんどん南下しているそうです。そして、最新の目撃情報によると、丁度この近くの野山に潜んでいるんだとか」

「誰情報だよ」

「彼氏情報です」

「大丈夫なのか、それは……」

「大丈夫です! 何せ、ネットじゃ「妖怪博士」とか呼ばれてますからね!」

「いや、惚気話を聞きたい訳じゃないんだが……」

 

 自信満々に「ここです、ここに来ます!」とか言っておきながら、とんでもない話である。信用するなという方が無理であろう。

 

「――――――あながち馬鹿に出来ないかもしれんぞ」

 

 すると、意外な所から援護射撃が。里桜だ。バーチャフォンを起動し、とあるページを立体化して、映し出している。

 

「マジで言ってる?」

「ああ。素人が組んだシステムの割には、結構正確なデータを取れている。ウチで扱き使いたいぐらいだ」

 

 それは、言うなれば「噂話の統計・統合システム」であり、様々な噂や目撃譚、実際に起きた事故などを基に、“「それ」がどう動き、何処へ行こうとしているのか”を映像化する物だった。天才科学者の里桜が推すぐらいなのだから、相当である。才能という物は、何処に埋もれているか分からない。

 

「……気が変わった。この依頼、真面目に受けてやろう」

「お前、適当に請け負ってたんか」

「逆に、あんなノリだけで話を進められて、真面に付き合うと思ったのか?」

「確かに……」

 

 ぐうの音も出なかった。正直、説子もふざけ半分で付いてきた。阿保が馬鹿な真似をしているのを、見物でもしてやろうと、そんな感じに。

 

「あ、何か来ましたよ!」

 

 すると、鳴女が暗がりを指差しながら、叫んだ。

 

 

 ――――――ズギャヴォオオオオン!

 

 

「撮れ高ぁああああああっ!」

 

 その瞬間、黄金のビームが夜闇を切り裂き、鳴女を吹き飛ばした。たった一撃でバラバラのミンチになったが、意地で飛ばしたドローンが撮影を続けている。とんだ執念である。

 

「「やっぱ死んだかー」」

 

 予想通り。馬鹿は死ななきゃ治らない。死んでも阿保のままかもしれないけど。

 そんな事より、目の前の怪物だ。ビーム的な物を放ってきたからには、普通の動物では無いのだろう。是非ともお目に掛かりたい。

 

『ヒィイイイイインッ!』

 

 と、例の怪物が正体を現した。

 

「こいつは……「鵺」だな」

「鵺って何だよ」

「「トラツグミ」の事さ」

「トラツグミ? これがぁ?」

「ま、今じゃ専ら妖怪の事を差すけどな」

 

 「鵺」とは、夜闇に紛れて生きる伝説の怪物である。

 猿の顔を持ち、狸の胴体から虎の四肢と蛇の尻尾を生やす、非常に歪な姿をしているとされ、暗雲に潜み、トラツグミのような声で鳴くという。元々は名も無き正体不明の妖怪だったが、その奇怪さと不安を煽る声から、本来ならトラツグミに当てられた「鵺」という漢字を頂戴し、今では固有名詞になっている。鵺の鳴く夜は恐ろしい……。

 

「……何か「マンティコア」みたいだなぁ」

「まぁ、東洋の合成獣とも言えるからなぁ」

 

 だが、実際に目の当たりにした鵺の姿は、ニホンザルの顔に緊箍児を思わせる角を生やし、ゴリラの上半身と虎の下半身を持ち(毛皮は全て虎柄)、先端が鋏状になった蠍の尻尾があるという、どちらかと言うとマンティコアに近い姿をしている。

 まぁ、説子の言う通り鵺は東洋版の合成獣(キメラ)であり、キメラとはキマイラの別読みだから、似通っていても不思議は無いのだが。

 ただし、こいつは類人猿がベースらしいので、ネコ科が土台の西洋組とは似て非なる存在とも言える。何れにせよ、形態的に素早いパワーファイターである事は間違いなさそうだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:合成魔獣=(ぬえ)

◆『弱点:尻』

 

 

『ヒョァアアアッ!』

「「おっとっと!」」

 

 早速、鵺が自慢の剛腕で殴り掛かってきた。デンプシーロールで。

 しかも、その後ホワイトファングまで放つ始末。一振り毎に大気が裂け、掠めただけで地面が抉れる。

 普通にヤバいし怖い。伝承ではどちらかというと搦め手を得意としていた筈なのに、何なんだこいつは。完全に破壊の権化、暴力の化身じゃあないか。

 

『キョァアアアアアアアアッ!』

「「目からビームを出すな!」」

 

 さらに、何と目からビームを発射してきた。それも双方から。

 

「うぉっ、何じゃこりゃ!?」

 

 その上、ビームに当たった説子が、ベタベタした粘液のような物で固められてしまう。

 

「……うん、たぶん目ヤニだな、それ」

「汚っ! つーか、目ヤニをビームの勢いで出すなよ!」

 

 正体は目ヤニだった。何て酷い野郎だ。

 

『ヒィイイイイン!』

「ピィイイイイン!?」

 

 ついでに、拘束された説子を鵺がぶっ飛ばす。虎の下半身を利用した大ジャンプからの、フライングプレス攻撃である。説子は見せられない姿になった!

 

「うーん、まさか最初から私が戦う破目になろうとは……」

 

 割と珍しい展開により、最初から里桜が表舞台に立つ事になってしまった。

 

『キョキョキョキョッ!』

「お前でんきタイプだったんか」

 

 そして、これまたビックリ、鵺が稲妻を宿した拳で攻撃を仕掛けてきた。ヌエのかみなりパンチ!

 

『ヒョァアアアアアッ!』

「危ねっ!」

 

 さらに、口からプラズマ光弾を発射。着弾と同時に大爆発を起こす。あまりの熱量にクレーターが形成され、爆心地からはジュウジュウと蒸気が上がっている。エフェクトは目からビームの方が派手だが、食らうとマズいのは光弾の方かもしれない。

 

『ヒィイイイン!』

「ぬぅ、意外と芸達者だな」

 

 しかも、尻尾まで振るいだし、パンチやキックの合間に織り交ぜてくる。加えて尻尾の鋏には猛毒があるらしく、火を見るより明らかに毒々しい紫色の液体が飛び交う。これは色々とヤバい。

 伝承とは毛色が違うものの、キッチリ搦め手を使ってくる辺り、やはり鵺は強豪妖怪であった。

 

「……だが、力任せだ」

『キョァッ!?』

 

 しかし、所詮は野生の獣。多少は苦戦したが、パターン自体は単調であり、里桜は既に鵺の攻撃を見切り始めていた。

 むろん、当たれば痛いでは済まないが……当たらなければ、どうという事は無い!

 

「フン、フン、オラァ!」

『キョァアアアアンッ!?』

 

 里桜(あくま)の連打が鵺を襲う。一打毎に衝撃波が発生し、ガンガン体力を削って行く。鵺も必死に反撃しているが、基本的に大振りなので、見切られている今は全くと言っていい程に攻撃が当たらない。

 

「死ねぇ!」

『ヒョァアアア……ッ!』

 

 そして、里桜が目からビームを撃ち返し、鵺に止めを刺した。攻撃力は高いが、体力は低めだったのだろう。

 こうして、獰猛な珍獣が野に放たれるという、一連の恐怖は幕を閉じたのであった……。

 

「……どうするよ、これ?」

「うーん……」

 

 鳴女という、尊い犠牲を伴って(笑)。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県要衣市災禍町の、町営住宅の三階にある、とある一室。

 

「しくしくしく……」

 

 そこで、一人の青年がさめざめと泣いていた。彼こそが鳴女のお相手、茨木(いばらき) 富雄(とみお)だ。ネットでは「CHA-LA-(チャラッ)TTO ME(と★ミー)」と名乗っており、オカルト関連に詳しい事もあって、「妖怪博士」だの「チャラwiki」だのとも呼ばれている。

 そんな富雄が鳴いている理由は、もちろん同棲相手の鳴女が死んでしまったからである。今朝、ニュースになっていた。鳴女が行方不明になっていると。「ちょっとバズって来る!」と言い残して飛び出して行った以上、例の獣に遭遇して殺されてしまったと見るべきだろう。

 

「嗚呼、何で止めなかったんだ……」

 

 富雄は頭を抱える。爪がこめかみに食い込んで、血が流れていた。

 

「鳴女ちゃん……」

 

 ある日、拾ってしまった家出娘。家庭環境に問題があり、自由を求めて逃げ出した彼女を、富雄は見捨てられず、成り行きで同棲する事となった。幸せだった。かなりお転婆な鳴女に振り回される事も多かったが、今まで彼女処か友達すら出来なかった富雄からすれば、そんな物は些細な事だった。

 その鳴女が、死んだ。何時もの事と聞き流してしまったばっかりに。日常が簡単に壊れてしまう事を、富雄はこの時になって初めて理解したのである。

 

「ただいまー」

「ええぁっ!?」

 

 だが、鳴女は帰ってきた。至極当然のように。嘘じゃん。

 しかし、異様なまでに目深く帽子を被っているのは何故だろう?

 

「ど、どうして!?」

「“これ”が答えだよ!」

 

 すると、鳴女が帽子を脱いだ。

 

「どうしちゃったのよ、それ!?」

 

 彼女の目は、モノアイ化していた。バイザーに機械の瞳が輝く、サイバーなお目々である。それも、カメラ機能、演算装置、ビーム兵器etc……が付属されている、素晴らしきマニピュレーターだ。

 さらに、よく見ると身体のあちこちに繋ぎ目があり、サイボーグ化しているのが分かる。まさにター○ネーチャン。

 

「いやぁ、あの化け物に身体をバラバラにされちゃってさ」

「サラッと言う事!?」

「でも、何か保存状態が良かった(・・・・・・・・・)らしくて、折角だからサイボーグ化して蘇生しようか、って話になって」

「まるで意味が分からないんだけど!?」

 

 どういう事なの……?

 

「もちろん、「屋上のリオ」に改造されたんだよ!」

「あの噂、本当だったんだ!?」

 

 富雄も話くらいは聞いている。峠高校の屋上には、どんなオカルトな事件も解決してくれる、マッドサイエンティストが居ると。

 しかし、代償として“最も大切な物”を奪われると言われており、大抵は依頼者が実験台にされてしまうのだとか。

 そんな危険人物に関わったという事はつまり、

 

「……それで悪いんだけど、ちょっと里桜の所で働いてくれない? 実質的に無職だし、丁度良いでしょ?」

「いやいやいやいや!?」

 

 鳴女と再会出来たのは嬉しいが、それとこれとは別の話。

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと給料はくれるし、命の保証ぐらいはして貰えるって!」

「いや、軽い軽い軽い! そんなバイト感覚で受け取って良い話じゃないって!」

「それに、頭に爆弾仕込まれてるから、断ったら私、死んじゃうんだけど」

「実質的に脅迫じゃん、それ!」

 

 だが、富雄に選択肢など無いのであった。酷い話である。

 

(まぁ、でも鳴女ちゃんがやらかすのも、今更と言えば今更か……)

 

 そして、どう足掻いても絶望しかないので、富雄は考えるのを止めた。




◆鵺

 猿顔に虎の胴体、蛇の尻尾を持つという、日本版のキマイラ。トラツグミによく似た声で鳴き、暗雲と共に現れると言われている。時の天皇に呪いを掛けたりと悪事を働いていたが、源 頼光に退治された。
 正体は“尾の長いニホンザル”を祖先に持つお猿さん。尻尾は単に分泌液でガチガチに固まっているだけなので、部位破壊すると普通に猿の尻尾が出て来る。目から高圧高温の目ヤニをビームの如く発射して来るなど、生物として何処かおかしいが、これは外敵に対抗する為の進化である(猿は天敵が多い)。


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泥沼からの挑戦

マッドダイバ~♪


 古角町の一角にある、とある田園地帯。田植えをする為に張られた水面が、闇夜の中で月を映し、風に揺られている。

 

『――――――せ……ぇせ……』

 

 そんな夜の田んぼに不気味な声が響く。

 否、田んぼに(・・・・)ではない。田んぼの中から(・・・・・・・)聞こえる(・・・・)

 

『……えせ……返せ……』

 

 さらに、泥の底からポコポコと泡が立ち、次いで泥が盛り上がり、

 

『田を返せぇええええええっ!』

 

 真っ赤な一つ眼が輝く、水泥の巨人が姿を現した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 オオイヌノフグリが花開く、畦道にて。

 

「あーあ、面倒臭い……」

 

 巾田(となか) (あつし)は、心底面倒臭そうに呟いた。

 

「ま、確かにな」

「何で今時、田植えの体験学習なんてしなきゃいけないのよ」

 

 否、彼だけではない。篤の心友である久留宮(くるみや) 清二(せいじ)湊本(みなもと) 伊佐美(いさみ)、その他諸々の学友一同も同意見だった。

 そう、今日は田植えの体験学習の日。毎年この時期になると開催され、丸一日を使って稲を植える。はっきり言って、かなり怠い。何が悲しくて、今時手植えをしなければならないのか。旧き良き伝統を守る為と言えば聞こえば良いが、こんな足腰に負担が掛かる作業を受け継いで何の得があるのだろう。現に田んぼの持ち主でさえトラクターを使っている。

 だので、田植えの体験学習は峠高校でも一二を争う不人気なイベントであった。

 ちなみに、秋には稲刈りやイナゴ取りの体験学習もある。昨今流行りの「伝統文化の尊重と継承」の風潮による弊害だ。実に下らない。廃れるという事は、求められていない事に他ならないというのに……。

 

「ほーら、手が止まってるぞー」

(((ウゼェ……)))

 

 むろん、峠高校の生徒である以上、特別な理由でもない限り、行事を不参加には出来ず、どんなに嫌でも手植えをせざるを得ない。成績に響くからね。

 

「よっこらせー」

「………………」

 

 しかし、本来なら免除されている筈の人物たちが、本日は参加している。「屋上のリオ」こと香理(かり) 里桜(りお)と、「闇色の水先案内人」である天道(てんどう) 説子(せつこ)である。二つ名に似つかわしくない二人が、何故こんな行事に参加しているのだろう?

 

「いや~、偶には肉体労働も良いねぇ~」

「……じゃあ、白衣脱げよ。わざわざ裾まで捲ってさ」

「そこはほれ、科学者だから」

「マッドだ……」

 

 単に気分転換したいだけだった。意外な事だが、この二人、完全な引きこもりではなく、割と外に出歩いている。依頼を受ければ現場に駆け付けるし、普段もこうして何かしらの理由を付けて身体を動かしているのだ。その代わり、普通の授業は欠席しているのだが。今更教わる事も無いから、当然と言えば当然である。

 そんな珍しい面子も加えたクラス一同で、そこそこ順調に田植えを進めていたのだが、

 

「ぶっ……!?」

 

 突然、クラスメイトが一人消えた。一瞬過ぎて分かり難いが、泥の中に沈んでしまったのだ。

 

「ひっ……!?」「うわっ……!?」

 

 しかも、周囲の生徒が次々と、テンポ良く泥水の底へ引き込まれていく。

 

「た、田んぼから出るんDIE(ダーイ)!?」

 

 遂には担任までもが蒸発した。いよいよ生徒たちはパニックを起こす。誰も彼もが泣き叫び、リズミカルにハザードしていった。それでも半数近くは畦道まで這い上がり、避難出来たのだが、

 

「きゃっ……!」

「「伊佐美!」」

 

 篤と清二の目の前で、伊佐美が泥の坩堝に引き込まれた。ギリギリで二人の手が間に合ったものの、凄まじい力で引っ張られており、これ以上はどうにもならない。

 

 

 ――――――ミチミチミチ……ブチィイイイイイッ!

 

 

「ぎゃあああああっ!」

「「い、伊佐美ぃ!」」

 

 そして、引力に耐え切れなくなった伊佐美の両脚は千切れ、血飛沫を撒き散らしながら地面に叩き付けられた。

 

「伊佐美、死ぬな!」「止血しろ!」

「うぐぅ……痛い、いだいぃ……!」

 

 だが、篤と清二が死に物狂いで止血したおかげで、一命だけは取り留める。それでも、かなり酷い状態である。早く病院へ連れて行かなければ、助からないだろう。

 

「あらまー」

「適当過ぎるだろ……」

 

 そんな緊急救命待ったなしの状況を、他人事のように見物する里桜と説子。実際、彼女たちにクラスメイトの生き死になど一欠けらも関係ないのだが、不謹慎な事に変わりはない。

 

「くっ……!」

 

 失礼極まる二人の姿を見た篤は、一瞬だけ迷った後、覚悟完了した顔で口を開く。

 

「頼む、伊佐美を助けてくれ!」

「お、おい、篤!」

「仕方ないだろ! 今から救急車を呼んでどうにかなるのか!?」

「うっ……!」

 

 確かに彼の言う通りだ。呼んでいる内に伊佐美が死ぬ可能性は高く、それに泥田に潜む何者かが何時までも黙ってはいないだろう。岸辺に上がった獲物を求めて顔を出すかもしれない。

 

『ダァヴォガヴェゼェエエエエエ!』

 

 とか何とか言っていたら、本当に顔を出してきた。赤く光る一つ眼を持つ、泥の塊である。

 

「しゃーないなぁ。説子ちゃ~ん?」

「バヴォオオオオオオオオオオオ!』

『グヴォォオオオオオオオオオッ!?』

 

 しかし、篤の願いを聞き届けた里桜と説子に迎撃され、泥の中に引っ込んでしまった。説子の火炎で怯んだ辺り、熱に弱いのだろう。

 

「よし、とりあえず傷も塞ごうか」

『ボォオオオオッ!』

「ぐぎゃあああああああああッ!」

 

 さらに、物のついでに伊佐美の傷口も塞ぐ。医療用具の無い状況で早急かつ完全な止血をするには、焼いてしまうのが手っ取り早い。その分、想像を絶する痛みが伊佐美を襲うのだが、命には代えられないだろう。

 

「さて……詳しい商談と行こうか?」

「商談って、お前……」

「「………………!」」「うぅ……」

 

 その後、慌てふためく生徒たちを尻目に、里桜たちは屋上に移動するのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――峠高校、屋上ラボにて。

 

「うぐ……あぎゃあああ! ぐがあああああッ!」

「ウフフフ~ン、良い声で啼くね、子猫ちゃん♪」

「楽しそうで何より」

 

 里桜と説子による、素敵な手術(いたずら)が繰り広げられていた。もちろん、麻酔無し。機材が無い訳ではない。里桜の趣味趣向だ。この痛みでショック死しなかったら、新しい脚を与えた上で仇も取ってやろうという、邪神たちのお遊びである。

 

「くそっ、あいつら……!」

「自分から申し出た事だろ。……そもそもこれは、伊佐美の意志だ」

「そうだけど……!」

 

 むろん、篤たちも強化ガラス越しに見学(強制)しいている。初めは篤と清二が我先にと実験台になる事を提案したのだが、伊佐美がそれを断固として許否した。その結果が、この有様だ。あらゆる意味で助かる見込みは五分五分だろう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぅぅ……っ!」

「チッ、助かりやがった」

「少しは本音を隠せ……」

 

 だが、里桜の期待とは裏腹に、伊佐美は耐え切った。上も下も大洪水で、食いしばった歯が欠けたり、引っ掻いた爪が剥がれたりと散々だったが、それでも生き抜いて見せたのだ。

 

「仕方ねぇなぁ……」

 

 ここまでされて約束を違えるのは、里桜のプライドが許さない。彼女は嘘吐きだが、自分には正直なのだから。

 

「――――――とりあえず、お前らで世話しとけ」

『ビバ~』『了解で~す』《いってら~♪》

 

 そして、後をビバルディたちに押し付けて、里桜と説子は再び泥田に舞い戻る。時刻はすっかり夜になっていた。

 

「さて、何が居ると思うよ?」

 

 里桜が尋ねる。

 

「安直だけど、「泥田坊」でも居るんじゃね?」

 

 説子が返した。

 「泥田坊」。田んぼに棲み付く、一つ目の妖怪。豊作を齎す田の神と違って、田んぼに近付く者を呪う魔物である。元はとある老農夫の怨霊であり、プー太郎の息子のせいで長年耕してきた田んぼを失い、夜な夜な「田を返せ」と怨嗟の呻き声を上げるのだという。

 今時そんな悪霊が棲み付く隙があるのか、と思うかもしれないが、過疎化した田舎では結構ありそうな話ではある。プー太郎がどうとかではなく、そもそも後継者が居ない、という意味で。耕作にしろ牧畜にしろ、農家の未来は明るいとは言えない。

 その上、こんな事態(・・・・・)だ。少なくとも、ここの地主はお終いだろう。今頃夜逃げの準備でもしているのではなかろうか?

 

「しっかし、残念だねぇ。これで行事が三つも減っちまった」

「生徒の数が減ったのはどうでも良いのか?」

「有象無象なんぞ幾らでも居る。それこそ、田植えよりは楽な作業さ」

「フン……」

 

 本当に、峠高校における命は軽い。生徒にしても、教師にしても。

 

「――――――で、どうするんだ?」

「炙り出しゃ良いだろ」

「それもそうだ」

 

 昼間、泥田坊らしき妖怪は炎に怯んで逃げた。ならば、泥を湯立ててしまうのが一番手っ取り早いだろう。

 

「そいじゃ、さっそく……ゴヴォォオオオオオオオッ!』

 

 という事で、説子の熱線が田んぼを煮込む。物凄い勢いで温度が上がっていき、あっという間に沸騰し出した。

 

『ギキキキキ……!』

 

 すると、熱さから逃れる為か、泥田坊が泥を纏わずに正体を現した。

 

「「ザリガニじゃねぇか」」

 

 その姿は、まさに真っ青で巨大なザリガニだった。

 しかし、鋏が鳥類の対趾足を思わせる構造で、腕が蛇腹状になっており、それとは別にもう一対の鋏(こちらは普通の形状)があるなど、細部はかなり異なっている。特に口の形状が全く違っていて、オーラルコーンを思わせる構造である。腹部の脇に生える何対もの鰭も併せて、まるでザリガニにアノマロカリスの要素を付けたしたようだ。

 まさしく泥の中を高速で泳ぎ回り、掴んだ獲物を放さず食い殺せる、泥濘地に適応した生物と言えよう。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:泥水超獣=泥田坊』

◆『弱点:口及び眼』

 

 

『クワァアアアアッ!』

「来るぞ!」「散開!」

 

 田んぼの中から勢い良く跳び出して来た泥田坊の一撃を、里桜と説子は散って躱す。

 だが、泥田坊の攻撃はまだ終わらない。

 

「チッ、周りが泥田なのを良い事に!」

「ピョンピョンと跳ね回りやがって!」

 

 見渡す限りの田園地帯は俺の海だと言わんばかりに、別の田んぼを跳んでは潜りを繰り返しながら、次々と襲い掛かって来る。中々に面倒な状況だ。

 

『プシャアアアアッ!』

「「いや、危ねぇ!?」」

 

 しかも、時折跳ばずに顔を出すだけのフェイントも織り交ぜており、その際は口から高圧水流や溶解液混じりの泥塊を吐き付けてくる為、余計に面倒臭い。ついでに泥塊の粘度も自由自在らしく、踏むと足を絡め取られる設置トラップにしたり、隆起させて壁にしたりと、様々な害悪戦法を披露してくる。実に厭らしい老害である。

 

『このっ……カァアアアアッ!』

『グググ……クガァアアアッ!』

『何だと!?』

 

 さらに、どうにか爆炎を直撃させたと思ったら、泥田坊が突如脱皮、熱攻撃が効かなくなった。何度も弱点を突かれた分、耐性を付け始めているらしい。

 

『カァァアアアアアアッ!』

「うぉっ!? くそっ……!」

 

 その上、驚き動きが止まった説子を、泥の中に引きずり込んだ。直ぐに振り払ったが、そのせいで泥田坊を見失ってしまった。

 

(熱い……これは温度が高いというより、酸性度が強いって事か……)

 

 瞬膜で目を保護しつつ、説子は冷静に判断する。隣の田んぼが茹っているせいで、こちらも相当に温度が高いのだが、それ以上に酸性度がかなり上がっている。おそらくは泥田坊の溶解液の影響だろう。

 

(視界はゼロ。音の伝わりも悪い……これはキツいな)

 

 高温・強酸・視界不良という三重苦の中で、説子は己の振りを悟った。何せ向こうは自由自在に泥土を泳ぎ回る機動力を持っているのだから。

 

『グゥゥ……クワァアアアッ!』

『――――――ッ!』

 

 どうした物かと考えていると、音も無く急速接近していた泥田坊が説子の四肢を押さえ付け、頭に齧り付いた。余計な反撃をされる前に食ってしまおうという腹積もりに違いない。一応、説子も爪で反撃するが、甲殻の強度も上がっているのか、全く歯が立たなかった。

 

(……仕方ねぇ、こうなったら!)

 

 説子は決断する。

 

 

 ――――――ドギャヴォオオオオオッ!

 

 

『クギャアアアッ!?』

 

 泥田に一筋の光が走ったかと思うと、地盤ごと吹き飛び、泥田坊は中へ投げ出された。説子が体内で熱エネルギーを暴走させ、水蒸気爆発を引き起こしたのである。相手を土俵諸共ぶち壊すとは、実に脳筋な遣り方だ。

 だが、効果は絶大。逃げ場を失った泥田坊は、まな板の上の鯉処か、打ち上げられた花火である。もう、助からないぞん♪

 

「はいっ!」

『カキァアアアアア……ッ!』

 

 そして、里桜の目からビームで口を撃ち抜かれた泥田坊は、完全に沈黙したのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それからそれから。

 

《今朝のニュースです。昨日未明、要衣市古角町、峠高校近くの田園地帯で大規模な爆発事故が起こりました。原因は不明、警察が現場検証を行っています。当日は峠高校で田植えの体験学習が行われており、多くの被害が出ている模様です》

「「「………………」」」

 

 バーチャフォンから流れて来るニュースを、篤・清二・伊佐美の三人は、胡乱な目で見ていた。他のページを開いても、爆発事故が(・・・・・)起こったとしか(・・・・・・・)書いていない(・・・・・・)。地主のおじさんが事情聴取を受けているらしいが、答えようが無いだろう。

 そう、昨日の出来事は全て、泥に流されたのだ。

 

「やっぱり、あの噂って本当なのかな」

「何が?」

「……里桜がデルタ・コーポレーションの会長で、情報操作してるって奴」

「………………」

 

 噂は噂でしかないが、当事者である篤たちからすれば、真実でしかない。

 

「ねーねー、昨日何見た~?」「「ヤッタルゼーマン」見たよ」「何じゃそれー」

 

 さらに、恐ろしい事に、大幅に減った筈のクラスメイトが殆ど元雄通りの人数になっていて、大抵の人間が昨日の事を欠片も話題に出していなかった。触れないようにしているのか、本当に覚えて(・・・・・・)いない(・・・)のかは不明だが、問題はそこではないだろう。

 

「私たち、これからどうなっちゃうんだろうね?」

 

 そんな何時もと変わらぬ教室を遠い目で眺めながら、伊佐美が呟く。全ての元凶に取り付けられた、真新しい義足を触りながら。

 

「さぁな。分からねぇよ、未来(さき)の事なんか」

「生きてるだけ儲け物、って思っとこう。そうじゃなきゃ、やってられない……」

 

 篤も清二も、それに対する答えを持っていなかった。今回は偶々助かったが、明日は我が身かもしれない。かと言って、無事に退学出来るかというと、妖しい物があるだろう。

 何せ、この学校は屋上のリオの支配下にあるのだから。

 

「「「………………」」」

 

 昨日の事以前に、知らぬ間に底なしの泥沼に浸かっていた事を自覚した三人は、沈黙を選んだ。

 

『……どうせ、皆居なくなるさ』

 

 ボソリ、と誰かが呟いた。




◆泥田坊

 廃棄された田んぼに棲み付く悪霊のようなモノ。とある老農夫が生涯を懸けて必死に耕した田んぼを、プー太郎の息子が売り払ってしまってからというもの、夜な夜な「田を返せ」と恨み言を吐く一つ目の巨人が現れるようになったという。
 その正体はラディオドンタ類の生き残り。ザリガニのように止水域に進出しており、溶解液で泥沼のトラップを仕掛け、通り掛かる人間に声真似をして誘き寄せ、引きずり込んで食べてしまう。


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殺人鬼がやって来た!

夕暮れの殺人~♪


「くしゅん……!」

「何だ、花粉症かい? もう杉の時期は過ぎたと思うけど」

「私のはヒノキなの……はくしゅん!」

「ははははは!」

「笑い事じゃないわよ! あーあ、ちゃんと薬飲んで来れば良かった……」

 

 春も中頃、針葉樹たちの恋が終わる時期。古角町の街路を、二人の男女が歩いていた。名は麗花(うららか) 美晴(みはる)浅葉(あさば) (しげる)。峠高校でもそこそこ有名なイチャイチャカップルだ。二人で一緒に帰るのは当たり前、些細な会話でもキャッキャウフフするのは日常茶飯事である。リア充爆発しろ。

 

『芸術だぁ!』

「「はぁ?」」

 

 そんな二人の前に、意☆味★不☆明な奴が現れた。

 黒いボロボロのローブを纏い、白い仮面を被り、全身に包帯を巻いている、妖しいにも程がある男だ。他にも穴あきグローブを嵌め、軍用ブーツを履いているなど、何処か厨二臭い雰囲気が漂っている。

 だが、その手に装着した棘付きのメリケンサックは、単純に危険である。それで一体何をするつもりだろう……などと考える暇もなく、

 

 

 ――――――ゴシャッ!

 

 

「ブベッ!?」

 

 美晴が顔面を殴られた。鼻の骨が砕け、食い込んだ棘により肉が断ち切られ、鮮血が噴き出す。さっきまでの綺麗なお顔が台無しだ。

 

『芸術は、撲殺ダァ!』

「ガッ、ゴッ、ゲッ!?」

 

 しかし、男は殴るのを止めない。仰向けに引っ繰り返った美晴へ馬乗りになり、ドッカンバッコン、何度も何度も殴打した。立て続けに暴行を受けた美晴の顔は肉腫のように変形し、目も口も鼻の場所さえも分からない、グロテスクなのっぺらぼうになっている。

 

「テ、テメェ、この野郎!」

 

 あまりの展開に脳味噌が付いていけなかった茂が漸く我に返り、美晴を殴る男へ逆に殴り掛かった。

 

『芸術は……』

「なっ!?」

 

 だが、男は振り返りもせずに茂の拳を受け止め、

 

『殴殺ダァ!』

「ベボビッ!?」

 

 そのまま弧を描くように持ち上げ、地面に叩き付けた。茂は地面にキスする形になった為、当然ながら彼の顔も大変な事に為っている。頭蓋骨が陥没して、両目が飛び出し、鼻や耳の穴から脳漿の一部が絞り出された。まるで熟れ過ぎたミニトマトを潰したようである。汚い。

 

『愛せよ男子、恋せよ乙女!』

「「……、……、…………!」」

 

 そして、男は潰れた茂の顔と腫れ上がった美晴の顔をシンバルの如く打ち合わせ、強制ディープキッスの刑に処した。圧倒的な腕力によって二人の頭部は融合し、血みどろの合作アートと化す。

 

『芸術、芸術ダァ!』

 

 しかし、男はまだまだ満足していないらしく、彼らの手足を折り曲げたり、腸物(ハラワタ)を裏返したりなど、好き放題し始める。

 

 

 

「……うわぁっ!?」「何じゃこりゃ!?」「きゃあああああっ!」

 

 ――――――次の日、見るも無惨な芸術品と為った、茂と美晴の死に様を、多くの人が目撃する事と相成った。その傍らには、製作者の名前が血文字で記されている。

 

 “切り裂き(ジャック・ザ)ジャック(・リッパー)”、と。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《遂に、この時が来ましたね……》

《や、止めろ、来るな! 来ないでくれぇ!》

《いいえ、行きます。イかせてみせます! これは神の与え申た試練なのです!》

《うわぁあああ、この腐れビッチがぁ!》

《さぁ、貴方で最後です! 大人しく、そのチェリーを食べさせなさい! 大人になるのです!》

《あふぅううん、こ、この童帝がヤられるとはぁああああああん♪》

 

 屋上のリオラボで、あられもない映像が大画面で映し出される。聖女の皮を被ったビッチが、童貞の王様を性的に捕食している場面だ。

 

「……何これ?」

「「性女ジャンキー」だよ。「屑工二」の開発した、エロゲーシリーズの第二弾さ」

「シリーズ化してたのアレ!?」

「ああ。一作目は結果的には振るわなかったが、コアなファンを獲得するのには成功し、裏サイトや口コミで徐々に人気を博してきた事で、シリーズ化したんだよ」

「正気じゃないな」

「真面な奴がゲームを作れるかよ」

「偏見が過ぎませんかね?」

「ちなみに、内容は“敬虔な信徒にしてサキュバスの血筋である性女「ヤリクサー・エロミール」が、無子童貞社会を正しき道へ導く為、世界中の童貞を食いまくる(性的な意味で)”って感じの、恋愛ゲームだな」

「草も生えないんだけど」

 

 やってる事が悪魔だし、そもそもサキュバスが神の使徒ってどういう事やねん。

 

「それはそれとして、お前は“あの噂”、聞いてるか?」

「あ? ……ああ、例の「切り裂きジャック」か」

 

 説子(せつこ)の質問に、里桜(りお)が返す。

 切り裂きジャックとは、十九世紀末に現れた連続殺人鬼である。少なくとも五人、関連性を疑わせる物を含めれば二十人近くを殺しておきながら、目撃情報が殆ど無く、捕まらないまま迷宮入りしてしまった、伝説のシリアルキラーだ。身体中をズタズタに引き裂き、まるで見付けてくれと言わんばかりにメッセージを残しているなど、典型的な劇場型の殺人犯であり、それ故に付いた綽名が「切り裂きジャック」である。

 だが、あくまで彼は寿命のある人間でしかなく、今現在この一帯を騒がせている殺人鬼は確実に模倣犯だ。

 

「まぁ、世の中には「発条足ジャック」って妖怪染みた奴も居るがな」

 

 しかし、そうとばかりは言い切れないのが、古角町の悪い所。「ジャック」と名の付く有名な殺人鬼はもう一人居て、そちらは「発条足ジャック」と呼ばれている。名前通り発条の如く飛び跳ねり、口から火を吹くなど、その身体能力は人間離れしている。古角町の在り方を鑑みるなら、こちらの方が可能性が高そう。

 

「何にしても、依頼がない限りは――――――」

 

 と、里桜が呟いた瞬間、

 

《手紙が、来てるよ~ん♪》

「来ちゃったな」

「来ちゃったね」

 

 依頼の手紙が届いた。差出人は麗花(うららか) 小春(こはる)。最新の犠牲者である美晴の妹だ。内容は姉の仇を取って欲しい、というありきたりな物である。

 

「……でも、私はゲームで忙しい。お前行ってこい」

「何でだよ。ボクだって行きたくないよ、昼寝で忙しいんだから」

「………………」

「………………」

「「じゃーんけーん、ポン!」」

「クソッ、負けた!」

「行ってらっしゃ~い。ボクは寝るよ」

 

 ジャンケンの結果、里桜が一人で行く事に為った。中々珍しいパターンだ。

 

「仕方ねぇ、行くかぁ……」

 

 気怠そうに、里桜が立ち上がる。

 

「……そう言えば、あのカエル、何処行ったんだ?」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『ビ~バビ~バビ~ババ、ビ~ッバルンル~ン♪』

 

 一方その頃、ビバルディは一匹でお散歩をしていた。最近の彼は屋上を離れて町中を歩くようになっており、今日もまた散策に明け暮れている。それ以外やる事がないだけとか言わない。

 

「ぐしゅぐしゅ……」

『ビバ?』

 

 すると、行く先で一人の女の子が泣いていた。年の頃は小学校の低学年。今は土曜の昼なので学校に居ないのは普通だが、親も友達も傍に居ないのは、流石におかしいだろう。迷子なのかもしれない。

 

『オビバ?』

「ぐす……うん? きみ、だれ?」

『ビバルディ!』

「びばるでぃ? ……わたし、みのり。まいごなの」

 

 迷子の迷子の子猫ちゃんだった。

 

『ビバビ~?』

「おうちにかえりたいよぅ~」

 

 どうやら、出掛けた帰り道に親と逸れたようだ。家の方向は分からないが、とりあえず交番に連れて行けばいいだろう。

 

『ビババン!』

「……おうち、つれてってくれるの?」

『アビバブ~ン!』

「ありがとう!」

 

 微笑ましい光景である。会話は全く成り立っていないが。ジェスチャーと場の雰囲気だけで、何となく解り合える、それが子供の良い所だ。

 

『ビ~バビ~バ、ビバルンルン♪』

「び^ばび~ば、びばるんるん♪」

 

 楽しそうにルンルンと歩く二人。一方は家に帰るつもりで、もう一方は交番に送り届けるつもりと、まるで目的が違うものの、“親と合流する”というゴールは一緒なので問題ない。問題があるとしたら、謎の生物が白昼堂々と幼女を連れ歩いている事だろうか。……大問題である。

 

「おや、どうしたんだい?」

 

 そんなこんなで歩いていたら、見回り中の巡査さんに出会った。自転車に跨った、老いた犬のようなお巡りさんだ。歳故に目が悪いのか、それとも頭が悪いのか、幼女の隣に居る動くカエルのぬいぐるみについて突っ込む様子はない。

 

「わたし、まいごなの」

「そうなんだ。じゃあ、お巡りさんが家まで送ってあげよう。そっちのボクもね」

「わ~い!」『………………』

 

 否、コスプレをした痛い男の子として扱われているだけだった。中身はしっかり高校生であるビバルディとしては複雑な気分だが、話が面倒になるだけなので黙っておく。

 

「じゃあ、行こうか。少し歩くから、疲れたら言ってね」

 

 どうやら、お巡りさんは女の子の親を知っているようで、淀みなく道案内を開始する。普段から続けている見回りの賜物だろう。

 

「というか、今回は送ってあげるけど、次からはお母さんから離れちゃダメだよ? ここらは最近物騒だからね」

 

 一人と一匹を連れ歩きながら、お巡りさんがやんわりと注意する。きちんと自転車を降りて押す辺り、子供好きなのかもしれない。立場に驕って注意するしか能がない輩も居る中で、こうした人材は貴重である。是非、長続きして欲しい。

 

『……ビバ?』

「ああ、何が物騒なのかって? お母さんから聞いてないかい? 今、古角町じゃ「切り裂きジャック」を名乗る怖~い奴がうろついてるんだよ。だから、子供だけで出歩かないように言われてるのさ」

『ビバー』

 

 屋上暮らしのビバルディに、そんな事情など知る由など無かった。意外と危ない橋を渡っていたらしい。

 

『芸術ダァ!』

 

 と、途中で休憩を挟みながら家に向かって歩き続け、やがて日が傾き始めた時、“そいつ”は現れた。ボロい漆黒のローブを纏い、白い仮面を被った、全身包帯巻きの、痛過ぎる男。

 

「き、切り裂きジャック!?」

 

 今時、切り裂きジャックを堂々と名乗り、幾多の罪なき人々の命を奪ってきた、冷酷非道な連続殺人鬼の登場だ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆『分類及び種族名称:殺人鬼=切り裂きジャック』

◆『弱点:不明』

 

 

「う、動くな!」

 

 一度、天に空砲を撃ってから、銃口を殺人鬼に向けるお巡りさん。

 

『………………』

 

 だが、殺人鬼は全く動じず、じっと彼を見つめ、

 

「こ、このっ!」

『芸術は、斬殺ダァ!』

「なっ!? グバァッ!?」

 

 放たれた弾丸を、刃渡り十センチもある大型のナイフで弾き切り、あっという間に詰め寄って、袈裟に斬った。その一撃で肋骨諸共肺を破壊され、噴水の如く血をばら撒きながら、お巡りさんは瞬時に絶命する。

 しかし、殺人鬼の芸術は終わらない。パックリと開かれたお巡りさんの胸に両手を突っ込むと、そのままグググッと持ち上げ、ブチっと二つに分けた。血と臓物が幼女とビバルディを彩り、良い子には見せられない姿に塗り替える。

 だが、足りない、足りないのだ。殺人鬼の欲求を満たすには、全く足りていないのである。

 

『芸術は、虐殺ダァ!』

 

 という事で、今度は幼女とビバルディに矛先を向けた。

 

「ひっ……!」

『ビバゥッ!』

 

 しかし、という事で殺されてやる程、ビバルディは潔くない。襲い来る殺人鬼を逆に呑み込んでしまおうと、常識外れの大口を開けて邀撃する。

 

『………………!』

 

 だが、殺人鬼もまた常識外れの脚力で後退し、難を逃れる。ついでに十本のナイフを投擲したが、こちらはゴックンと完全に無力化されてしまった。

 一瞬の静寂。膠着というには程遠い刹那の間に、殺人鬼が動く。

 

『芸術は、焼殺ダァ!』

 

 何と口から爆炎を吐いてきたのだ。直前に右手を口元に当てていたので、その際に着火したのだろう。とは言え、説子に匹敵するか、それ以上の業火を吐き出すなど、人間業ではない。

 

『ビバビーッ!』「わわわっ!?」

 

 流石に攻撃範囲が広過ぎると判断したビバルディは、幼女を抱えて空に退避した。最近の彼は、飛行能力が上がっているのである。

 しかし、ビバルディは判断を誤った。

 

 

 ――――――ズドン!

 

 

『芸術は、蹴殺ダァ!』

『ビバァッ!?』

 

 先程見せた脚力なら、空高くジャンプするぐらい造作もないのは、自明の理なのだから。哀れ、天空で足蹴にされ、地上へ真っ逆さまに落ちる幼女とビバルディ。ビバルディが下敷きになったおかげで幼女に怪我は無いが、ビバルディの負ったダメージは甚大だった。

 

『芸術は、刺殺ダァ!』

『ビバビィッ……ッ!』

 

 さらに、もう一度蹴り上げられた末にナイフで壁に磔にされてしまい、戦闘不能となった。

 

「ぁ、ぅ……あ……!」

『芸術は、裂殺ダァ!』

 

 そして、邪魔者が居なくなった殺人鬼は、意気揚々と幼女を手に掛ける。

 

《頑張って、キミならまだやれるよ!》

『ビバ……!?』

 

 だが、幼女の顔面にナイフが突き立てられようとした、まさにその時、ビバルディの心に内なる声(・・・・)が響き……奇跡が起きたッ!

 

 

 ――――――ヒィィィィ……パァアアアアアン!

 

 

『シュワッチッ!』

『………………!?』

 

 何と、首元の宝石が放つ光に包まれたビバルディが、少年の姿になって復活したのだ。容姿は元の塔城(とうじょう) 主人(あると)に似ているが幾分か幼く、肌が浅黒く虎猫の模様があり、金髪碧眼になっているなど、大分印象が異なる。何より赤いマント一枚という、非常に危なっかしい恰好している辺りが、全然違った。

 何がどうしてこうなったのかは誰にも分からないが、今気にすべき所はそこではない。重要なのは、彼が戦えるかどうか、という事だけである。

 

『デュワッ!』

『ぐぉぁっ!?』

 

 幸い、この少年ビバルディは結構やれるようだ。殆ど瞬間移動のように距離を詰め、殺人鬼を連打する。吹っ飛ぶ前に次の一撃を叩き込むのを繰り返す、必殺の流星群パンチである。

 

『芸術は、爆殺ダァ!』

 

 殺人鬼は血反吐を撒きながら爆炎で反撃するが、

 

『フゥッ!』

『ぐぎゃあああ!?』

 

 一息で吹き返され、自分が火達磨となる。

 

『セァッ、ヘァッ、フゥウウン!』

『ぐぼぁあああああああああっ!』

 

 さらに、目にも止まらぬパンチとキックのデスコンボでダメ押しされ、工事中の建物に叩き込まれた末に、

 

『トァアアアアアッ!』

『芸術は、潰殺ダァ!?』

 

 鉄球と鉄骨の雨あられを受けて、完全に沈黙した。真っ赤で薄汚いトマトジュースが瓦礫の隙間から流れ出る。

 

『ジュワッチ!』

「おおー……!」

 

 恐怖の殺人鬼を完膚なきまでに叩き潰した少年ビバルディは、颯爽と幼女の下へ舞い降りて、

 

『ビバァ~ン♪』

「ありゃりゃ!?」

 

 元のぬいぐるみに戻った。

 

「たすけてくれて、ありがとう」

 

 身動き一つ取れなくなったビバルディを、幼女が一生懸命に看病する。精々汚れを拭き取るぐらいだが、嬉しい物は嬉しい。幼気な女の子が涙ながらにお礼を言ってくれるだけで、お腹いっぱい胸いっぱいだ。

 

「……やるじゃんよー、色男」

『ビバ……』「えっ、だれ?」

 

 そんな彼らを、近くで高みの見物をしていた里桜が冷やかす。お巡りさんが二つになるぐらいから合流していた彼女は、手伝う気などまるでなく、唯々事態を見守っていたのである。人でなしめ。

 

「ま、依頼はお前が解決したようなもんだし、お姫様をエスコートするぐらいはしてやんよ」

『ビバビィ……』

 

 ちょっと不満だったが、力を使い果たしているのは事実なので、ビバルディは渋々納得するのだった。

 果たして、彼の謎が解き明かされる日は来るのだろうか?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――その日の夜。

 

『………………』

 

 瓦礫の山を押し退けて、殺人鬼が立ち上がった。ぺしゃんこだった腹や、捩れ曲がった手足はすっかり元通りとなり、普通に歩いている。少しだけ欠けた仮面の下から覗く素顔は醜く爛れ、生気が全く無い。

 それでも彼は生きている。人間処か妖怪ですら死んでしまいそうな目に遭ったにも関わらず。

 この殺人鬼は一体何者で、何処から来たのだろうか。それに答えられる人間は誰も知らない。

 

『芸術は、殺人ダァ!』

「きゃああああああ!?」

 

 そして、何もかもが謎だらけの殺人鬼は、河岸を変え、新たな殺人に手を染めるのだった……。




◆通り魔

 昔から道行く人間が陥る謎の攻撃衝動。“魔が差す”とも言われているが、その正体は依然として不明瞭である。結局、人の心は移ろい易いという事だろう。


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稲妻の叫び

我が家に可愛い肺魚がやって来まシター!


「オーゥイェイ!」

「ヒャッホ~イ♪」

「………………♪」

 

 その日、柏崎(かしわざき) (いちご)は、級友の柴崎(しばさき) 綾香(あやか)菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)と共に夜道をバイクで走っていた。それも総排気量が1000㏄を遥かに超える化け物二輪である。少なくとも女子高生がブイブイかます代物ではない。

 まぁ、それも仕方ないだろう。

 何故なら彼女たち三人は、この町でも有名な不良グループ「獄門紅蓮隊」のトップスリーなのだから。大御所の頭ともなれば、それ相応の化け物じみた力が必要になる。カリスマだけでは通じないのだ。

 

「いやぁ、やっぱりバイクをかっ飛ばすのは良いねぇ」

「千の風になるって感じっスね」

「ゲ○タートマホーク♪」

 

 苺の言葉に綾香と藤子が同意する。

 基本的にこの三人は仲がよく、対立することは滅多にない。共に幾多の死線を潜り抜けてきた戦友同士だからだろう。

 端から見ると限りなくイロモノトリオであるが。

 

「おっと、あっしはそろそろこの辺で……」

「おぅ、また明日な」

 

 しかし、楽しい時間というのは、何時までも続かない。先ずは蘭花が道を違えた。

 

「ゲッ○ードリル!」

「おぅ、いい夢見ろよ」

 

 さらに、藤子とも別れて、苺はいよいよ一人になる。ここからは完全に独走である。

 彼女の住む要衣市遠田町(おんだちょう)神之手(かみのて)地区は、山間のド田舎。特に苺の家は完全に山の中であり、崖と沢の間に走る道には外灯もガードレールも存在してない。少しでもズレれば容赦なくぶつかるか叩き落ちる、危険な道路だ。

 

「イヤッハーイ♪」

 

 それでも、苺はアクセル全開でぶっ飛ばしている。まだ走り足りないと言わんばかりに。普通なら近所迷惑だが、周囲に民家が一軒も無いので問題ナッシングである。

 

「うぉっ!?」

『………………!』

 

 そんな頭の中も爆走している苺の目前に、突然動物が飛び出してきた。形こそ鼬に近いが、猪のように大きい。

 

「おりゃ!」

『ギャッ!』

 

 そして、苺は避ける処か躊躇なく撥ね飛ばした。わざわざ前輪を浮かせて。

 

「どっか曲がってないだろうな……」

 

 それでも転ばず運転を継続するのは凄いが、せめて少しは反省しろと言いたい。

 

「しかも、曇ってきやがった。こりゃ一雨来るぞ」

 

 そのあんまりな態度に罰でも当たったのか、急に雲行きが怪しくなり始めた。

 

「どわぉ!?」

 

 さらに、ゴロゴロと音を立てて、雷まで落ちてくる始末。これは本格的に天罰かもしれない。

 

「ふざけやがって。全部あのケダモノが悪いんだ。いきなり飛び出してきやがって。わざわざ轢かれに出てくるなっつーの!」

 

 まぁ、本人は一ミリたりとも反省していないのだが。そんな不良娘が走り去った後、

 

『………………』

 

 轢き殺されたかに見えた獣が、ゆっくりとその鎌首を持たげる。

 

『グギャァアォウッ!』

 

 そして、稲妻を背に獣は怒りの咆哮を上げた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の校門。物語はここから、

 

「おっとごめんよ! 考え事してたら、手が滑ったぁーっ!」

「ドワォッ!?」

 

 始まらない。苺がフラフラしていた説子を撥ね飛ばしたのである。「リオ-屋上のラストボス-」第一部、完!

 

「まぁ、ボーッとしてる方が悪いよな。じゃ!」

「おい、待てコラァ……」

 

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。何故なら説子は里桜の相棒であり、化け物を超えた改造人間だからだ。

 

「轢き逃げしてんじゃねぇぞ、スカタンが!」

「げぇ!? 目の前まで跳んできやがったぁ!?」

 

 十メートルは離れたバイクの上を飛び越えて、説子が立ち塞がる。これだけでも彼女の身体能力の高さが窺えるだろう。今更と言えば今更だが。

 

「責任取って死ね!」

 

 さっそく、轢き逃げかました不届き者を始末しようと、説子が鋭い鉤爪で襲い掛かった。

 

「ヤロウ!」

「何ぃ、白羽取った!?」

 

 だが、苺は「獄門紅蓮隊」の総長。伊達に不良共を纏めてはいない。その証拠に、説子の攻撃をギリギリで白羽取りにしてみせた……って、そんな馬鹿な。

 

「あっ……」

 

 まぁ、代わりに命よりも大切なバイクを失ってしまったのだが。ハンドルから両手を放せば当然そうなる。見事なスライディングと大爆発であった。

 

「テメェ、何しやがんだこのヤロウ!」

「やかましい! 人一人撥ね飛ばしておいて、謝りもしないからそうなるんだ!」

「ちゃんと謝っただろうが!」

「あんな誠意の欠片もない謝罪があるか! 里桜に改造させるぞ!」

「何、その脅し方!?」

 

 実にしょうもない言い争いをする二人。三人居なくて良かった。

 

 

 ――――――ゴロゴロゴロ!

 

 

「「ゑ?」」

 

 しかし、その姦しさも突然の雷鳴で中断される。

 

「何だありゃ?」

「あれは……!」

 

 何事かと見遣れば、そこにはもくもくとした黒雲が。

 そう、何と地表スレスレに、人がスッポリ収まりそうな、小さな雷雲が発生していたのである。上昇気流も無ければ、風さえ吹いていないのに、だ。これはどう考えてもおかしいだろう。

 というか、苺はあの雲に見覚えがあった。昨日の帰り道に遭遇した、不思議な雲と同じ物である。

 

「危ねぇっ!」

「ぉげふっ!?」

 

 初見故に首を傾げるしかない説子を、既知だった苺が動き、力一杯に押し倒した。

 

 

 ――――――バシィイイイイン!

 

 

 その瞬間に稲妻が轟き、さっきまで二人が立っていた場所に焦げ目を造った。横に向かって走る雷……「側撃雷」である。もちろん、食らえば命処か原型が残る保証すらない。代わりに思いっ切りラリアットを食らったが、背に腹は代えられないだろう。

 

 

 ―――――――ゴロゴロゴロ!

 

 

 だが、謎の雷雲は暇を与えるつもりは無いようで、次なる雷撃の準備を始めた。膨大な電力により空気が震え、腹まで響く重低音を奏で出す。

 

「調子に乗るなよ! ゴヴァアアアアアッ!』

「えぇっ!?」

 

 しかし、説子もやられっぱなしでは面白くないので、撃たれる前に撃った。凄まじい爆炎が黒々とした暗雲を爆散させる。苺の顔はすっかりエ○ルだ。

 

『グギギギッ……!』

「あっ……!」

 

 雲が晴れると、そこには奇妙な怪物が。

 基本的な形態はハクビシンに似ているが、全長が三メートル近くもある上に目付きが太刀のように鋭く、頭部にはご立派な一本角が突き出していた。

 また、背骨に沿って脊椎と肋骨を思わせる物体が生えており、背側から胴体までを覆っている。硬質的な見た目だが隙間だらけなので、防御目的の器官ではあるまい。肋骨のような部分が蛇腹状なのに加えて、間に皮膜が張られている事を鑑みるに、おそらく滑空に使う物と考えられる。

 

「な、何だありゃ!?」

「「雷獣(らいじゅう)」だよ、たぶんな……」

「「雷獣」?」

「そう。名前通り“雷を操る程度の能力”を持つ妖怪さ」

 

 江戸時代を中心に伝承される妖怪で、雷を自在に操る獣とされている。外見はハクビシンに近く、木登りが得意であり、雷雲に乗って空を飛び、雷と共に落ちて来るという。

 

『グヴァアアヴッ!』

 

 そんな雷の化身――――――「雷獣」が轟雷の如く咆哮する。

 すると、全身にバチバチと稲妻が迸り、灰掛かっていた毛並みが、纏った電荷により青白く染まった。強力な電磁場で覆われた双眸が光る様は、恐ろしくも何処か神々しい。まさに天より舞い降りた、神なる獣だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:稲妻超獣=雷獣』

◆『弱点:背部発電器官及び頭頂角』

 

 

「お、おい、こんなのに勝てるのかよ!?」

「勝てる勝てないじゃない、勝つしかないんだよ!』

 

 幾ら神々しかろうと、相手は妖怪。ビビったら負けである。それがよーく分かっている説子は、妖魔化しながら雷獣へ立ち向かった。

 

『ガァアアアッ!』

 

 先ずは火炎放射。強烈な火力で敵を怯ませ、その隙に連撃を叩き込む算段だ。

 

『グヴァルルルッ!』

『クソッ、素早い!』

 

 だが、稲妻の化身とも称される雷獣の動きは正しく電光石火であり、地を蹴る度に火花を起こしながら、圧倒的スピードで説子の背後を取って、尻尾で攻撃を仕掛けてくる。

 

『くっ……!』

 

 一撃の重さこそ大した事はないが、一発毎に感電させてくる為、どうしても動きが鈍ったり、テンポがズレてしまう。電流の乱れにより、炎を制御し難くなるのも痛い。説子は火炎放射の際、物理ではなく発電により着火しているので、この点がより響いていた。

 

『ハァッ!』

『ギャヴォゥ!』

『しまっ……ぐはぁっ!』

 

 さらに、破れかぶれの引っ掻きも、被膜を利用した華麗なる舞で躱され、そのまま強烈な空中ダイブを食らってしまう。説子の身体は見た目よりもずっと重いが、それでも体格差が倍もあれば、流石に吹っ飛ばされる。

 

『ギュガァアアアアッ!』

『ぐがっ……!』

 

 その上、雷獣の放電が直撃。角から放たれるレーザーサイトによって、電気抵抗が限りなくゼロになった通り道を潜り抜けて来た電撃は、落雷のそれに匹敵する威力があり、一発で説子を戦闘不能にした。まさに雷の化け物である。

 

『グヴァアアヴォッ!』

「止めろぉおおおっ!」

『グギャァアッ……!?』

 

 しかし、いよいよ以て死ぬが良いと、稲妻迸る体当たりを敢行しようとしていた雷獣に、苺が突っ込む。愛用のタングステン合金の金属バットで、頭の角をぶん殴ったのだ。

 むろん、苺は一発で感電死したのだが、角を叩き折られた雷獣のダメージも相当であり、悲鳴を上げて転げまわる。

 

『ゴヴァァアアアアッ!』

『グギャアアアアアッ!?』

 

 もちろん、そんな隙を見逃す程、説子は甘ちゃんではない。驚異的な再生力で持ち直すと、口からありったけの爆炎……いや、放射能の熱線を吐き、雷獣の胴体を吹き飛ばした。身軽で素早い分、耐久力に難があったのだろう。

 こうして、“雷獣を斃す”という依頼は達成されたのだが、

 

『………………」

 

 黒焦げの死体となった苺を、説子が何とも言えない表情で見つめる。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……ハッ!?」

 

 そして、苺は目を覚ました。場所は校門。何時の間にか放課後になっており、稜線に夕日が沈み掛けている。

 うん、色々とおかしい。経過時間もさる事ながら、そもそも彼女は死んだ筈。雷獣の電流を直に浴び、真っ黒焦げになって。

 

「一体何がどうなって……?」

「リップサービスだってよ。“あいつ”が来るらしいからな」

「うぉっ!?」

 

 知らぬ間に、説子が隣にいた。夕暮れの中で見る彼女の姿は、妖しくも美しい。猫のように光る眼が、いっそ艶めかしいと言っても良いだろう。

 

「どういう意味だよ、そりゃあ!?」

「……夜道は、背中に気を付けなよ。じゃあな」

 

 さらに、空の茜が消えると同時に、説子もとっぷりと姿を消した。意味が分からない。

 

「とりあえず、帰るか……って、あ!」

 

 苺はバイクに乗ろうとして、そんな物など、とっくに無い事を思い出した。

 

「そうだ、朝に爆散したんだった……ん?」

 

 だが、何故か無い筈のバイクが、普通に停めてあった。しかも、元の形態よりもゴツく、様々なオプションが付けられ、デザインがサイバー化している。どういう事なの……?

 

「おいおい、乗って大丈夫なのか、これは?」

《モチロンデス、マイマスター!》

「キェアアア、シャベッタァアアアアアッ!?」

 

 その上、音声認識で勝手に動き出す始末。そんな馬鹿な。

 

《――――――生体反応を検知、種別「雷獣」!》「はぁっ!?」

『ピキィイイイイイッ!』

 

 そして、このおかわりである。しかも、今度の個体はハクビシンではなく、蜘蛛のような形態をしている。

 

『キキィィィィ……クァヴォオオオオッ!』

 

 さらに、咆哮と共に光る蟲のような物を集め始めたかと思うと、さっきと同じく全身に電荷を纏った青白い姿となった。バルーニングで飛んできた事を鑑みるに、あの小さな蟲は子蜘蛛だと考えられる。

 いや、冷静に考察している場合ではないだろう。目的は不明だが、攻撃形態に為っている以上、戦闘は避けられまい。

 

 

◆『分類及び種族名称:電殻生命体=雷神』

◆『弱点:腹部』

 

 

「ど、どうすれば!?」

《「変身」デス、マイマスター》

 

 何を言っているんだ、このバイクは。

 

「はぁ!? 「変身」!?」

 

 しかし、苺が思わず「変身」と言った瞬間、バイクが分解して彼女を包み込み、文字通り「変身」する。ストロベリーカラーの、女性的なシルエットをした、強化外骨格だ。バブルなガムをクライシスしそうな感じ。

 

『カォオオオオオン!』

《来ます、マイマスター!》『ぬぅっ!』

 

 そして始まる、未知との闘い。雄叫びと共に雷獣が放ってきた地走る雷撃を、バイクと変身合体した苺が躱す。その動きは、まるで動きを読んでいたかのようであり、華麗かつ俊敏である。

 

『キュガォオオオッ!』

《……反撃シマス!》『うわわわっ!?』

『ギェッ!?』

 

 さらに、稲妻を纏った鎌状の前脚を避けて、蹴り上げ、殴り砕く。

 

『キィイイイ!』

《無駄無駄無駄!》『ドワォ!?』

 

 帯電した糸玉や捕獲網も、腕と踵の燃えるエッジで焼き切った。ついでに腹部を踵落としで粉砕する。

 

《「プラズマキック」!》『プ、プラズマ、キックゥウウウッ!?』

『グギャアアアアアッ!』

 

 そして、最後は天高く舞い上がり、プラズマを宿したメテオキックが炸裂し、雷獣は退治されたのだった。

 

『――――――って、何じゃこりゃあああああっ!?」

 

 

◆『識別コード:DCBMS-000』

◆『機体名:プロト・ギャガン』

 

 

《オ疲レ様デス、マイマスター。ソシテ、オヤスミナサイ……ZZZzzz》

「おい、コラ!? 分離と同時にスリープすんなよ!? お前みたいな重量物、引きずって帰れってのかよ!? おーい!」

 

 この後、苺はエネルギー切れを起こしたバイクを頑張って運びましたとさ。めでたしめでたし。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……どっちも死んだか。縄張り争いの結果は、喧嘩両成敗って訳だ」

 

 何処かで、誰かが呟いた。




◆雷獣

 稲妻と共に落ちてくるという雷の化身。東西の日本で大分姿にバラつきがあり、鼬などの小型哺乳類かと思えば、どう見ても節足動物の類だったりと、様々な形態を持っている。種類によっては自力で発電する事が出来ない者もいる。ようするに“雷に関連する動物系の妖怪”の総称である。
 哺乳類型の「雷獣」は体内に強力な発電器官を持っているが打たれ弱く、節足動物型の「雷神」は共生生物を利用しないと発電出来ないがタフで強い。


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千年後の君たちへ

今回はニー太氏の「マッドサイエンティストと遊ぼう!」とのコラボキャラが出てマス。
https://ncode.syosetu.com/n1776cj/


 ここは関東地方東京都安楽市(あんらくし)絶好町(ぜっこうちょう)

 そして、ここは「カンドービル」の地下一階、「雪岡(ゆきおか)研究所(ラボ)」。

 都市伝説化する程に有名なマッドサイエンティスト、雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)の根城であり、日々噂を聞き付けた哀れな実験台(こひつじ)たちがやって来ては身体を弄られている。

 さらに、彼女の実験体である化け物がうろつき、コレクションが陳列され、殺人人形「相沢(あいざわ) (しん)」や魔剣士「雫野(しずくの) (るい)」に真狂祖「雫野(しずくの) みどり」と言った一癖も二癖もある疑似家族が住まう、この世の魔窟でもある。

 

「《香理(かり) 里桜(りお)氏、新種の元素「ステリウム」の実用化に成功》かぁ……相変わらず凄い事してるね~、里桜ちゃん」

 

 そんな雪岡研究所のリビングルームにて、純子は新聞を読みながらポツリと呟いた。科学者である彼女だが、実は魔術師でもあるので、こうした紙媒体の物を好んでいる。一方、純粋な科学者である里桜はネット媒体を好んでおり、新聞紙はあれば読む程度でしかない。

 だが、引きこもりがちの純子に対して里桜は結構アグレッシブと、色々と反対の二人である。同じマッドサイエンティストなのに、ここまで個人差が出るのも面白い関係と言えるだろう。

 

「さ~てと、出掛けようかな~」

 

 と、純子が新聞を畳んで立ち上がった。目の前には冷めかけのコーヒーカップが置かれている。そこそこ値の張るアンティークなテーブルだ。その正面には、これまたお高いソファーが置いてあり、二人の男女が座っている。純子の疑似家族、相沢(あいざわ) (しん)雫野 (しずくの)みどりである。仲良く育成RPGをしている最中だ。残りの一人たる雫野(しずくの) (るい)は更にその後ろ側でヘッドギア型のバーチャフォンで電脳世界にトリップしている。

 

「うん? 何処に行くんだ?」

 

 ゲームを中断した真が、純子に尋ねた。闇よりも黒い髪に蒼いメッシュが入った、人形のように整った顔立ちの少年である。何時も改造した学生服を着ており、傍らには彼の愛銃「じゃじゃ馬ならし」が置かれている。

 

「ふぇ~、純姉(じゅんねえ)が外出なんて珍しいねェ?」

 

 続いてみどりが疑問を投げ掛けた。紺色寄りの黒髪に碧のメッシュが入ったロングヘアーの女の子で、宝石を思わせる模様の描かれたワンピースを常着している。彼女は後から入ったメンバーだが、結構仲良くやっており、真からは妹のように思われているようだ。

 二人共、引きこもりの純子が何処かに出掛ける事が気になって仕方ないようである(※トリップ中の累は考えない物とする)。

 

「うん、ちょっと閻魔(えんま)県までね」

「ああ、里桜に会いに行くのか……」

 

 その一言で、真は全てを察した。

 

「そ~そ~、ちょっとしたサプライズがあるんだってー」

「ふーん」

「真くんも一緒に行く?」

「絶対に嫌だ」

「……相変わらず里桜ちゃんが苦手なんだね~」

 

 真は過去に一悶着あったせいで、里桜が大嫌いなのであった。

 

「ふぇ~、みどりの知らない人だ。名前だけは聞いた事あるけど」

「だろうね。折角だから、一緒に行く?」

「OK!」

 

 しかし、みどりは里桜の事を全く知らないので、全然問題ナッシングだった。

 

「累くんは……」

「よし、そこです! セイバーッ!」

「……聞いてないね」

 

 累は聞いて無かった。

 

「それじゃ、二人で東北旅行と洒落込も~!」

「お~!」

 

 そういう事に為った。

 

「あ、そうだ。物はついでに――――――」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは東北地方閻魔県要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)、峠高校の屋上――――――「里桜(リオ)研究所(ラボ)」。古代樹林の中心に聳え立つ巨木が入口であり、そこへ至るまでに様々な試練が待ち受けている。里桜が趣味で集めたり造ったりしたモンスターが蔓延っていたり、方向感覚を狂わせるナノマシンが散布されていたりと、とても案内人無しでは辿り着けない。

 

「久し振りに来たな~」

「はへ~、ここがそうなのかァ。……ト○ロとか居そう」

 

 だが、純子もみどりも普通じゃないので、何の問題も無かった。流石は不死身の魔術師と無限の転生者。

 

『わー、ここがそうなんだねー!』

 

 しかも、今回は妙ちくりんな同行者が一人……というか、一株。鉢植えに美少女の生首が花開らいているという、悪趣味な実験体「せつな」だ。彼女は元々“見た目はおっさん、頭脳は美少女”という性同一性障害(トランスジェンダー)の男性(その上引きこもりのニート)だったのだが、本人の望みでこうなった。“美少女”かつ“ニート”も楽しめるという意味では、間違ってはいないのかもしれない。

 

「……処で純姉、何でせつなまで連れて来たの?」

「実はね、ここには彼女のお友達が居るんだよ!」

「えっ、鉢植え生首が居るって事?」

その通りでございます(イグザクトリー)!」

「世界は広く、そして狭い……」

 

 まさかの理由だった。そこまでピンポイントな存在が他に居るとは驚きである。

 

「とりあえず、お邪魔しようか~。“42363(死に晒せ)”と」

「とんでもない暗証番号!」

 

 里桜がポチポチとボタンを押すと、ラボへの入り口が開いた。如何にも何か出て来そうな雰囲気だが、

 

「おや、純子か。……それと、誰だそいつ?」『ビバ~?』

 

 水先案内人の説子(せつこ)が、ビバルディを抱いて現れた。

 

「ふわわわ~、何それ、可愛い~♪」

「そうだろう、そうだろう! ……で、結局誰なん?」

「あ、雫野(しずくの) みどりって言います。純姉の所でお世話になってるんですよ~」

「そっか……」

 

 興味無さそう。

 

「――――――真は来てないのか?」

「来る訳無いでしょ~?」

「だろうな」

 

 説子からしても、真が来ないのは想定内だったようだ。

 

「そうだ、悦子ちゃん、居る~? せつなちゃんと会わせたいんだけど」

「ああ、最近悦子がチャットしてる相手か。こっちだ」

 

 とりあえず、目的の一つであるせつなと悦子を引き合わせる。

 

『こんにちは! せつなだよ!』

『あ、どうも、悦子です。生で会うのは初めてですね』

「生首なだけに?」

「純姉、下らない事言うなって……」

 

 という事で、メインルームの傍らに植えられている悦子に、せつながご対面した。鉢植え生首が二つ並ぶ様は、実にシュールである。

 

「……そんで、お久し振りだねぇ、里桜ちゃん♪」

「おう、久し振り。何年経つかねー?」

「多分、二年ぐらいじゃないかな~? お互い、色々あったしね~」

 

 そして、顔を合わせる二人のマッドサイエンティスト。白衣の悪魔が並ぶ姿は、この世の終わりを告げるかのようだ。

 

「壮観だな」

「ヤバい絵面だねェ」

 

 それは闇色の水先案内人と真狂祖から見ても同じらしい。世も末である。

 

「そんでそんで、“サプライズ”とやらは、何なのかな~?」

 

 早速、純子が本題を切り出した。

 

「――――――これだよ」

 

 すると、里桜が腕時計らしき物を差し出す。

 

「それ付けて、「変身」って言ってみな」

「おっ、そのノリは変身アイテムって事だね。どれどれ……変身☆!」

 

 さらに、それを身に付けた純子が妙なポーズで「変身」と叫ぶと、ピクセル光が彼女を包み込み、金色の鎧を纏ったメタルヒーローに変身した。蜂に悪魔を混ぜ込んだ、蟲人型のスーツだ。

 

 

◆『識別コード:DCBMS-001』

◆『機体名:マッド・ギャガン』

 

 

『わ~ぉ、何これ~?』

「そいつは「マッド・ギャガン」。「ステリウム」を動力にした有機ナノメタルで変身する、蒸着人型決戦兵器さ」

『「ステリウム」って、あの「ステリウム」? そんなレア物が使われてるの、これ?』

 

 里桜の言葉に、説子が驚く。

 「ステリウム」とは、里桜が打ち上げたワープ航行式探査装置が持ち帰って来た新元素で、僅かな量で莫大なエネルギーに無駄なく変換出来る、夢のような代物である。当然、希少価値が高く、市場はおろか富裕層も殆ど手を出せない、里桜の独占状態だ。

 そんな珍しく貴重な物を惜しみなく使うとは、太っ腹にも程がある。ケチ臭い里桜にしては珍しい行為だろう。というか普通はあり得ないし、何なら説子に対してもあり得ない。相棒なのに。

 

「なぁに、お前と私の仲じゃないか。そいつを装着しているだけで、お前が使う“原子破壊”もし易くなるだろう。……ついでにデータも取らせて貰えると嬉しいなぁ」

『ようするに、実験台って事ね?』

「そうとも言う。ま、安心しなよ。既にプロトタイプで実験済みだから」

 

 ※苺に施した改造の事を言っています。

 

「しかも驚く事無かれ、電子戦にも対応出来るんだぜぇ」

『わ~、そりゃ凄い』

 

 純子は精神攻撃にある程度の耐性はあるが完全ではなく、そこを補えるというだけでも、非常に画期的な発明と言えるだろう。

 

「――――――という事で、ちょっと“対戦”してみようか」

『対戦?』

「家には丁度良い小悪魔が居るんでね」

 

 そして、提案される対戦カード。お相手はリオラボのナビゲーターこと、ディヴァ子ちゃんである。

 

《おやおや~、そんな事をしちゃって、良いのかな~?》

「黙れ雑魚。お前は黙って実験台になってれば良いんだよ」

《酷い言われ様。……ならば、悪魔の本気、見せちゃるぞ~!》

 

 里桜の挑発に、ディヴァ子が燃え上がる。あわよくば純子の身体を乗っ取ってやろうという魂胆が見え見えだ。雑魚の三下乙(笑)。

 

「アタシらはどうすりゃ良いのかな~?」

「安心しろ。お前は私が相手をしてやる。有難く思え」

「ボクは?」

「雑用してろ」

「雑な扱い……」

 

 さらに、里桜とみどりが手合わせする事となり、説子は双方のサポートをする雑用と為った。相棒の扱いが酷い……。

 

『ビバビ~♪』

『私たちは観戦でもしてましょうか』

『どっちも頑張ってー!』

 

 外野だけが癒しだった。鉢植え生首とカエルのぬいぐるみだけど。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……おっ?」

 

 純子が目を覚ますと、そこは広大な電脳空間でしたー。

 

「いやー、良く出来てるねぇ。五感もしっかりあるし、「オススメ11」を超えてるんじゃない?」

 

 純子が周りを見回しながら、呟く。

 煌めく夜空、乾いた空気、赤茶けた冷たい荒野。感じる全てが美しくリアルな、小綺麗な亜空間である。映像ならまだしも五感までは未だに再現不可能な中で、これ程の演算処理が出来るとは、一体どういう仕掛けなのだろうか。

 

《ヤッホ~イ☆♪ おはこんばんにちは~♪ ディヴァ子ちゃんの、電脳バトル配信、始まるよ~ん!》

「おっと、君がディヴァ子ちゃんか。対戦、よろしくね~」

 

 いや、それよりもディヴァ子との対決が先だろう。何せ里桜が用意してくれた、決戦のバトルフィールドなのだから。

 

《ヘイヘ~イ、里桜の友達だか何だか知らないが、貴女の身体、お借りします!》

「そんなウ○トラマンオーブみたいな事を言われても……丁重にお断りするよ!」

 

 ディヴァ子が大鎌を召喚し、純子は徒手空拳の構えを取る。先ずは互いに様子見の、肉弾戦からだ。その方が(・・・・)都合が良い(・・・・・)

 

《そい!》

 

 ディヴァ子の大鎌が月夜を切り裂く。当たれば一刀両断されるだろう。当たらなければ、どうという事も無いが。

 

「ほっ、はっ、てぃっ!」

 

 純子は素早い身の熟しで躱しつつ、カポエイラの体勢に入り、キックを連続で叩き込む。大鎌は一撃が強力な分、連携には不向きで、ディヴァ子は刃を盾に防ぐのに手いっぱいだった。

 

《ハァッ!》

「おっと!」

 

 ここでディヴァ子が飛び道具を解禁した。暗黒のエネルギーを固めた光弾である。

 

《どりゃあっ!》

 

 その上、刃にも闇を宿し、それを飛ぶ斬撃として放って来た。これには純子も距離を取る。

 しかし、ディヴァ子が有利かというと、そうでもない。先に飛び道具に頼ったという事は、肉弾戦では不利だと悟った事に他ならないのだから。

 しかも、純子には全弾避けられた上に、まだ手札を一つも切っていないのだ。これは早々に勝負あったか?

 

《うぬぬぬ~、ちょいとピンチかも! 信者たちよ、応援してちょ~い!》

 

 と、ディヴァ子がファンに応援を求め始めた。何気に配信で枠を取っていたのである。

 

 

 ――――――バキィイイン、バシュゥッ!

 

 

 すると、彼女の頭上に魔法陣が浮かび、一瞬にして別の姿に変身した。

 

《グヴァァアアアヴォッ!》

 

 如何にも悪魔然とした、黒紫色のフルメタル装甲に包まれている。これがディヴァ子の戦闘形態なのだろう。胸に輝く流星が、不釣り合いに綺麗だった。

 

 

◆『分類及び種族名称:電子生命体=悪魔嬢(ディヴァ子)

◆『弱点:胸部エネルギーコア』

 

 

《グルヴァッ!》

 

 変化したディヴァ子が、先程までとは比べ物にならないくらいの速度で距離を詰めて来る。それはつまり、今の状態なら接近戦でも勝てると踏んだ、という事だ。

 

「……ていやーっ!」

 

 これはそろそろ手抜きはマズいと思ったか、純子が腕から内臓や骨格の混じり合った“第二の腕”を伸ばす。このグロテスクな技こそが彼女の“殺し技”で、意思一つで変幻自在・臨機応変に敵を絡め取れる為、非常に汎用性が高い。

 だが、これは更なる必殺技の布石に過ぎず、純子自身も捕縛を優先して、放射状に展開している。案の定、ディヴァ子は包み込まれ、彼女の必殺技――――――「原子分解」に晒された。文字通り原子そのものを分解してしまう技であり、食らったが最後、光になって消えてしまうのである。

 

《ヴルァッ!》

「およよよ!?」

 

 しかし、消し飛ばしたと思ったディヴァ子が、何と純子の背後に現れた。即座に反撃するも、何故かディヴァ子とは正反対の方向に投網を広げてしまい、ミドルキックを真面に食らう。

 

「幻覚……? いや、方向感覚を狂わされてるのか~」

 

 その一交で、純子はタネを理解する。ディヴァ子は精神干渉で方向感覚をあべこべにしているのだ。幻覚などの直接的な物と違い、かなり感覚的な干渉なので、防ぎ難いのである。

 

(これは、早速お試しって事かな~?)

 

 一応、対抗出来ない事も無いが、純子はこれが試験運用である事を思い出し、早速変身してみる事にした。

 

「変身!」

 

 そして、純子の姿が今、変わる。蒸着人型決戦兵器「マッド・ギャガン」、運用開始だ!

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ふぇ~、ここがリオラボの訓練施設かァ」

「そうだ。ここなら核弾頭を炸裂させても問題ないぞ?」

「それはアタシに問題あるかなァ……」

 

 一方その頃、みどりは里桜の案内で訓練スペースに移動していた。骨のように白い壁に覆われた、ドーム状の空間である。

 

「ほれ、掛かって来いや、お嬢ちゃん」

「……上等!」

 

 対峙するや否や盛大に煽られたので、みどりは最初から本気で行く事にした。彼女は純子と違い、飛び道具と精神攻撃を主体とした遠距離戦タイプであり、弾幕に唸らせ幻影に囚わせた上で薙刀で止めを刺すのが常套手段だ。

 

「行ったれ、「人食い蛍」!」

 

 だので、凶暴な肉食の蛍火を雨あられと放つ、「人食い蛍」を発射したのだが、

 

「フム、火力はそこそこか。悪くないな」

「うぇーい!?」

 

 里桜は傷一つ付かない処か、普通に吸収してしまった。

 

「だが、力不足だ。普段は味わえない、圧倒的理不尽という物を教えてやろう》

 

 さらに、メキメキと身体が変形し、巨大な化け物に為った。全身が漆黒の甲殻で覆われ、長い腕と趾行性の脚に長い尻尾を持ち、頭部には曲がった二本の角が生えている。顔には大きな単眼と四対の複眼があり、大きく裂けた口には鋭利な牙が並んでいた。

 何処からどう見てもラスボスです、本当にありがとうございました。

 

 

◆『識別コード:DMGB-666』

◆『個体名:ゼクスマキナ』

 

 

「ば、ばばばば、化け物だァ!?」

《違うね。私は悪魔だ》

「キェァァシャベッタァアッ!?」

《そりゃあそうだろう。まぁ、精々頑張れ》

 

 そして、魔王と化した里桜が襲い掛かってくる。

 

「くっそーっ、これでも食らえ! ……って、折れたァ!?」

 

 対するみどりは異空間から薙刀を召喚し、霊力の結晶を纏わせた刃で切り掛るも、あっさりと折れた。それはもう、ガラス細工のように。里桜の甲殻は、そこらの合金とはレベルが違うらしい。こりゃ駄目だ~♪

 

《あーあー、みどり、聞こえるかー?》

 

 と、何処からともなく説子のアナウンスが。そう言えば、彼女は雑用をしているんだった。

 

「説子さん!? 今忙しいんだけどな!?」

《そうか。なら手短に言うが、里桜は熱で活性化し、二酸化炭素から酸素を分離して、それを更に微小化してエネルギーに変換している。つまり、熱攻撃は敵に塩を送るだけだから、しない方が良いぞ》

「もっと早く言ってよ!?」

 

 今更遅い、遅過ぎる!

 

《ガァアアアヴィイアアアッ!》

 

 すると、里桜が角にバチバチと電撃を迸らせ、

 

 

 ――――――キィイイイイイイン!

 

 

 まるでジェット機のエンジンのような音と共に、赤紫色の破壊光線を吐き出してきた。

 

「ドワォッ!」

 

 みどりはギリギリで回避して、床が肩代わりする。

 

「と、融けてやがる! しかも、ただ熱いだけじゃない……!」

 

 その有様は酷い物で、ジュウジュウと粒子の煙を上げながら、昇華していた。

 

《ああ、それは微小化した酸素を圧縮した粒子光線だ。食らうと分子結合が破壊されて融けるから気を付けろー》

「何純姉みたいな事してんの!? そんな物、訓練で撃っちゃ駄目でしょ!?」

《ボクは何時も撃たれてるが?》

「お疲れ様です」

 

 説子の言葉に、みどりは何故真が里桜を嫌っているのか理解した。きっと、同じような事をされたのだろう。

 

「ち、ちなみに、精神攻撃とかは?」

《効かない処か逆に侵食されるから、おススメしないな》

「オワター\(^o^)/」

 

 理不尽、ここに極まれり。みどりが弱い訳では無いものの、致命的に相性が悪かった。何故カードを組ませたし……苛められるからか(確信)。

 

《仕方ない。ボクも手伝ってやるよ……っと! 真みたいにトラウマになられても困るんでね」

「おおー、有難~い!」

 

 だからなのか、説子が手伝いに参戦した。流石に酷過ぎるからね、仕方ないね。

 

《ガァァギィイイングヴウウウウン!》

「行くぞ、みどり!」「合点だーい!」

 

 こうして、里桜VS説子&みどりのカードが切って落とされた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《グルヴァアアヴッ!》

《せぇい!》

 

 変身したディヴァ子と純子が激突する。その瞬間、空間が書き換わり、時計の歯車や針が飛び交う、上も下も右も左も無い異世界と化した。

 だが、問題ない。今の純子に精神攻撃は通用しないのだから。ここからはガチンコの勝負である。

 

《ゴヴァッ! キシャアアッ!》

 

 ディヴァ子が無数の大鎌と光弾を手裏剣の如く飛ばし、純子を膾切りにしようとする。

 

《無駄無駄無駄ァッ!》

 

 対する純子は、サイバネティックな魔法の杖に魔力の刃を形成し、魔法剣にして切り払った。

 

《ボラボラボラァッ!》

《ブルヴァォヴゥッ!?》

 

 さらに、接近戦に持ち込み、パンチとキックの連打を浴びせる。ディヴァ子も必死に反撃するが、どうにもならない。鎌は空を切り、光弾は明後日の場所を破壊するなど、完全に置いてきぼりを食らっていた。

 

《「ステリウム光線」!》

《グギャァアアアアッ!》

 

 そして、原子破壊の力をビームに変えた、純子の必殺光線を浴びて爆発四散する。ゲームセットだ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ―――――――キィイイイイイイン!

 

 

「危ねっ!」「わきゃー!」

 

 里桜の「微小化酸素粒子光線(ラスタービーム)」が白亜の壁を薙ぐ。当たったら即死する破壊光線だ。

 

「シャアアッ!』

 

 紙一重で躱した説子が、洋間と化しつつ取って返し、爪で切り付けた。シィィィっという音を立てながら。

 

《グヴヴヴゥゥン!》

「ちゃんと切れた!?」

 

 すると、今まで傷一つ付かなかった里桜の甲殻に爪痕が付いた。

 

『超音波で爪を振動させた。これなら多少硬くても分子ごと切断出来る。連発出来ないのが欠点だがな』

「何でどいつもこいつも原子や分子を破壊したがるんだ」

 

 皆だけズルい。みどりは不満をタラタラに流した。

 

《ガァアアヴィイイアアアッ!》

「再生しましたが!?」

 

 しかし、当たり前のように再生された。里桜は本当に理不尽。

 

《グヴヴゥゥゥウン!》

『わぉ』「説子の首が吹っ飛んだ!?」

 

 さらに、先端が鎌になった長大尻尾によるテールスイングで、説子の首を撥ね飛ばす。

 

『フンッ!』

《グルゥ!》

 

 だが、説子も説子で、飛んだ首を自らキャッチして押し付け、そのまま戦闘を続行した。リオラボの人間は化け物か……化け物だわ。

 

『おい、みどり! 「人食い蛍」を撃て!』

「えっ、でも……」

『いいから撃て!』

「分かりましたよーだ! ていやァーっ!」

 

 説子の無茶振りに、みどりが「人食い蛍」で応える。当然、里桜に吸収され、更なるパワーアップを促す事に為ったのだが、

 

『……熱吸収は一見無敵に見えるけどな。“吸収”という隙があるし、進化を許す前に“それ以上”を叩き込めば良いんだよ』

 

 そう言って、説子は体内でエネルギーを暴走させ、後光のような烈火を纏いつつ、

 

『ゴヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

「人間って言うか、生物の出していい火力じゃねェッ!」

 

 普段とは比較にもならない、太陽すら焦がす勢いの爆炎を吐いた。

 

『ビバルディ、システム起動!』

《ビバビ~♪》

《……チッ、ここまでか」

 

 そして、ビバルディが起動した瞬間冷却システム(絶対零度)で冷やされた里桜が変身を解き、訓練はお開きとなる。

 

「閻魔県、こえェ~」

 

 これだけの事をしても戦闘を中断させただけの里桜を見て、みどりは恐れ戦くのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「いや~、良い汗掻いたね~」

「こっちは冷えたけどな」

「アタシは肝が冷えたぜい」

《酷い目に遭ったなり~》

「はぁ……」

 

 色々と終わった一行が、メインルームに再度集結した。五者五様の反応を示している。しれっとディヴァ子が復活しているが、電子生命体である彼女を根絶する事は不可能なのだろう。

 

「今日はどうする? 帰るのか?」

「う~ん、でも来たばっかりだし……あ、そうだ、折角だから、前から計画してたゲームソフトの内容を煮詰めようよ!」

「それもそうだな。説子、そいつらの相手を頼むぞ」

「へいへい」

 

 純子も里桜も疲れ知らずのようで、そのままゲームの企画会議を開き出した。お前ら、そんな事も考えてたのか……。

 

《じゃあ、アタシはスリープしまーす》

 

 ディヴァ子は疲れを知らない筈だが、電脳世界で戦った故に精神的に疲れたらしく、スリープモードになってしまった。わざわざ「ZZZzzz」と寝息を立てている。

 

「お前はどうする?」

「……アタシは癒し枠と戯れてるぜィ」

『いらっしゃいませ~♪』『お疲れさままま!』『オビバ~♪』

 

 身も心も疲れ切ったみどりは、カエルのぬいぐるみで癒され出した。

 

「……ボクも寝るか」

 

 面倒臭くなった説子は、不貞寝し始めた。

 こうして、純子たちは一晩をラボで明かし、翌日には無事に帰りましたとさ。めでたしめでたし。

 

「また来ようね~、みどりちゃん?」

「二度と行きたくねェッス……」

「あらままま」




◆雪岡 純子

 東京都安楽市絶好町のカンドービル地下一階を根城にしている、世界的に有名なマッドサイエンティスト。人体実験を趣味としているが、基本的に“相手が改造を望んだ時”にしか施さず、敵対者に対しては「制裁」という形で行う。つまり、純子に生け捕りにされるという事は、死ぬより辛い地獄と言える。累や真、みどりとは複雑な事情が重なり合った末に疑似的な家族と為った。昔は魔術師だったらしい。
 自分自身にも様々な改造を施しており、不老な上に身体のパーツを複製して再生する事が出来る為、常人処かプロの戦闘者でも敵わない人外である。必殺技は触れた相手を光に還す「原子分解」。


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黄昏の王室

今回は曜日を間違えませンヨー。


「嗚呼、素晴らしい……何て素敵なんだ……!」

 

 黄昏時の美術室で、一人の少年がキャンパスに筆を走らせる。モデルは同じクラスの女生徒。普段あまり絡まない二人であるが、この日は違った。狂ったように笑いながら絵を描く彼に対して、少女は動揺する処か微動だにしない。

 

「………………」

 

 だって、もう死んでいるのだから。

 先ずは首を絞められたのか、少年の手形がくっきりと残っており、その上で天井からロープで吊るされている。死んで間もないらしく、死後硬直は起こっておらず、手足がダラリと垂れ下がり、目や舌が飛び出していた。おまけに屎尿まで漏れている。余程苦しかったのだろう。

 こんな有様の何処が美しいのか……それは少年にしか分からない。

 

「芸術は、絞殺ダァ!」

 

 だが、少年にとってこれは芸術に他ならないようだ。

 

「さて……それじゃあ、今日もお祈りしよう」

 

 そして、少年は祈る。居もしない神ではなく、自分だけの天使様に……。

 

「天使様、天使様、今日の供物をお受け取り下さい」

『有難く頂こうか』

 

 天使がそれに答え(・・・・・・・・)少女の遺体は(・・・・・・)忽然と消えた(・・・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「………………」

 

 その日、説子(せつこ)は珍しく登校していた。特に理由はない。何となくやって来て、何処となく教室に居る。ただそれだけである。猫だからね。

 

「……ねぇねぇ、聞いた? “天使様”の話」

「えー、何それー?」

 

 そんな彼女の耳に、クラスメイトの噂話が入ってくる。

 

「何かねぇ、美術室に一人で待ってると、天使様が現れて、楽園に連れてってくれるんだって。聞いた事無い?」

「知らなーい。私が聞いたのは、“美術室の殺人鬼”だよ。誰も居ない美術室で独りで居るような奴は、芸術作品(・・・・)にされちゃうんだってさ」

「何よ、その“切り裂きジャック”のパチモンみたいな奴。本人が聞いたら怒るんじゃない?」

「その本人が死んだって噂もあるよ?」

「うーん、何だかよく分からないわねー」

 

 統合すると、「美術室には“天使様”なる救世主と“殺人芸術家”という狂人が入り浸っているから、一人で行くなら気を付けろ」という事だろう。どっちなのかはっきりしろと言いたい。というか、存在自体が怪しい天使様ならまだしも、殺人鬼が常駐している事に違和感を持たないのが不思議だ。いい加減、慣れてしまったのかも。

 

「………………」

 

 ともかく、放置するには勿体無い話なのは確かである。早速里桜に報告するとしよう。

 

「えっ、嫌だよ、面倒臭い」

「おい」

 

 ……で、折角報連相を守ったのに、これである。死ねば良いのに。

 

「また変なゲームするんじゃねぇだろうな?」

「いーや、今日は無性にダラダラしたいから、唯それだけだ」

「言い訳ぐらいしろよ」

「嫌なこった、パンナコッタ~♪」

「腹立つぅ……」

 

 これは梃子でも動きそうにない。とは言え、わざわざ持って来たのだから、話さにゃ損々だろう。

 

「まぁ、とりあえずは聞けって。お前も無関係って訳でも無さそうだぞ?」

「あ~ん?」

 

 かくかくシ○ジカ、ぼくドラ○も~ん♪

 

「……なるほどね。そりゃまぁ、確かに無関係ではないわな」

「だろう?」

「それにしても、生きてたのか、殺人鬼(あいつ)

「本人かどうかは知らんけどな」

「絶対違うだろ」

「だろうな」

 

 あの殺人鬼はあくまで通りすがりの芸術家であり、一ヵ所に留まるような奴ではない。例え拠点を構えるにしろ、こんな辺鄙な田舎の学校にはしないだろう。

 

「――――――ただまぁ、私の成果に傷を付けられるような真似は許せんわな」

 

 しかし、里桜の重い腰を上げる理由には足るようだ。あくまで交戦したのはビバルディだが、元々依頼を受けたのは里桜であり、叩き潰された殺人鬼の末路も見た。それを模倣犯如きが穢すなんて、絶対に許せない。獲物を殺し損ねるなど、“屋上のリオ”の名が廃る。

 

「それにしても、天使様が楽園に連れて行ってくれるってのは、何なんだろうね?」

 

 と、腰を上げた所で、気になっていたもう一つの噂について、里桜が尋ねる。

 

「ああ、それについては上ってくる前に調べといたが……“首を括ると天国に連れてってくれる”らしいぜ?」

「何じゃそりゃ。意味分からん」

「異論は認める」

 

 自殺したらあの世に行くのは当然だろう。新手の自殺教唆集団(サークル)だろうか?

 

「妖怪かねぇ?」

「「縊鬼(くびれおに)」って奴は居るな」

 

 「縊鬼」。人を自殺に追い込む悪霊のような存在である。道行く人の心を惑わし、首を括らせようとする、質の悪い奴だ。元々は中国出身の妖怪であり、交易を介して日本に渡って来たとされる。その魔力は仙人ですら自力では抗えず、一度でも取り憑かれたが最後、確実に死へ至らしめるらしい。

 

「“死に至る病”……「絶望」って奴か」

「そうとも言うな」

「でも、死ぬのを強制するのって、普通に他殺じゃね?」

「それを言っちゃあ、お終いよ」

 

 一応、知らぬ間に取り憑いて、自分から死ぬように意識を誘導しているだけなので、直接的に殺している訳では無い。そもそも、何となくでも死にたくなるようなストレスを抱えていなければ取り憑かれる事も無く、全く脅威にならないのである。

 ようするに、“気をしっかり持って強く生きろ”という、先人からのメッセージだ。

 同時に、縊鬼に取り憑かれてしそうな元気のない人が居たら助けてあげよう、という事でもある。

 ……現代社会で、それらが守られているかどうかは微妙だが。

 

「ま、何にしろ行ってみなけりゃ分からんか」

「そういう事だ」

 

 そういう事に為った。

 

「……なら、“釣り餌”がないとな」

『ゑ?』『ビバ?』

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 日が沈み始める頃合いに、

 

「ああ、素晴らしい……これもまた、芸術ダァ!」

 

 少年はまたしても殺人(げいじゅつ)に手を染めていた。今日の犠牲者も、クラスメイトの女子である。

 

「天使様、今日の供物です」

『ありがとう、楓太(ふうた)くん。君の祈りには感謝しているよ』

 

 さらに、謎の声と共に死体が消えた。ズルズルと、何処かへ(・・・・)呑み込まれる(・・・・・・)かのように(・・・・・)

 

「いえいえ、僕の方こそ、感謝してもし足りないですよ!」

 

 そんな奇々怪々な状況を前にしても、少年――――――飾祭(かざまつり) 楓太(ふうた)は動じない。何故なら、“彼女”は彼の望みを(・・・・・)叶えてくれる(・・・・・・)存在なのだから。

 “彼女”との出会いは、一ヵ月前。丁度、例の殺人鬼が古角町で暴れていた頃だ。

 

 

 

「ふぅ……さて、描くか」

 

 友達がおらず、母親や教師とも上手く行っていない楓太は、何時も一人で美術室に入り浸っていた。他の部員は不真面目そのものであり、誰一人として居座る事がない。人間嫌いの楓太にとって、それは実に都合が良かった。

 そんな地味で大人しい楓太であるが、彼には誰にも言えない“裏の顔”があった。

 

「ムーッ、ムーッ!」

「フフフ、良いね、その顔、その表情! 実に写し甲斐がある! これから壊れていくかと思うと、もう堪らないねぇ!」

 

 楓太の目の前に転がる、雁字搦めになった、あられもない姿の少女。

 そう、彼は強姦殺人鬼なのである。

 きっかけは、ニュースでも話題になった件の殺人鬼、切り裂きジャック。誰にも止められない、止めもしない、残虐の限りを尽くす彼の姿に、楓太は興奮した。「何て自由なんだろう」と。

 元より抑圧されがちで、誰にも認められず話し掛けられもしない、独りぼっちだった彼は、知らず知らずの内に“破壊衝動”を抱えており、それがニュースをきっかけに箍が外れてしまったのだ。

 

 ――――――僕もあんな風に、自由奔放に生きたい!

 ――――――僕を“ぼっち”と馬鹿にして、無視を決め込む連中を殺してやりたい!

 ――――――あの鼻に付く態度の女子たちを、犯して殺したい!

 ――――――それを絵にして、飾ってやるんだ!

 

 地味で大人しい羊の顔をしている楓太も、心の中は立派な狼だったのである。

 こうして、楓太はとうとう犯罪に手を染めてしまった。前々から気に入らなかった女生徒を美術室に拉致して、散々犯し尽くしてから殺し、それを絵に描くという、狂気の沙汰を実行した。モデルのポーズは決まって首吊りであり、幼少期に見てしまった“父親の首吊り死体”が楓太の心の奥底にこびり付いているのだろう。

 

「ああ、素晴らしい! 最高だ! 芸術は、殺人ダァ!」

 

 そして、身も心も外道に堕ちた楓太にとって、切り裂きジャックは憧れの存在であった。

 

『ならば、その願い、叶えてあげよう』

 

 そんな彼に接触してきたのが、“彼女”だ。

 “彼女”は死体を介して(・・・・・・)会話し(・・・)、最後は己に取り(・・・・)込んでしまう(・・・・・・)。死体の始末を気にせず、存分に作品を描くのに、とても都合の良い存在である。

 さらに、“彼女”は言った。

 

『あの殺人鬼に力を与えたのは、この私だ。だから、君も私を信じ、祈りを供するのなら、何れ同じようにしてあげよう』

 

 これ程、嬉しい事はない。

 誰も彼も構ってくれなかったのに、“彼女”だけは自分を見てくれる。楓太が“天使様”に心酔するのは、必然だったと言えよう……。

 

 

 

『おや、また誰か来るようだよ?』

「おっと、そうですか」

 

 過去を思い出していた楓太の耳に、誰かの足音が飛び込んでくる。女の歩く音だ。こいつは良い、素晴らしい。まさか、(さそ)ってもいないのに、向こうから来るとは。楓太は急いで物陰に隠れた。

 

「えーっと、誰か居ますか~?」

 

 入って来たのは、眼鏡を掛けた地味な女子。おまけにつるぺたで、背も低い。

 だが、そこが良い、逆にそそられる。肉付きの良い、整った女は食い飽きた。だから、今度はこいつにしよう。

 

「芸術は、絞殺ダァ!」

「きゃあああああっ!?」

 

 そして、楓太は本能の赴くまま、少女に襲い掛かる。

 

「……なーんてね! オープンゲ○ト!』『ビバル~ン!』

「な、何ィッ!?」

 

 しかし、それは頭以外を人間態にしたビバルディと、彼に咥えられていた悦子であった。言うまでも無く、囮である。

 

「「見ぃ~ちゃったぁ~♪」」

 

 さらに、二人(というか一人と一匹)に続いて、里桜と説子も登場。楓太は完全に取り囲まれてしまった。

 

「な、何だこれは!?」

「鈍い奴だな。嵌められたんだよ、お前は。この私――――――「屋上のリオ」にな」

「くそっ……「逃がすかビンタ!」ハァン♪」

 

 楓太は逃げようとしたものの、許されるはずもなく、そのまま縛り上げられる。散々女生徒を束縛してきた自分が雁字搦めとは、皮肉という他ない。

 

「こいつが、あの切り裂くジャックかぁ?」

「ま、そんな訳ないわな、どう見ても」

 

 こんなアッサリ無様を晒す程、あの殺人鬼は弱くなかった。所詮は猿真似野郎だ。好奇心に身を任せたコピーキャットなど、この程度だろう。問題は(・・・)

 

「さーて、ネタは上がってんだ。出て来て貰おうか、“天使様”?」

『やれやれ、そろそろ潮時だとは思っていたが、去り際を誤ったか』

 

 パクパクと、先に死んでいた女生徒が喋り出す。その様は、完全に糸で繋がれた操り人形である。

 

「た、助けてくれよ、天使様!」

『無茶を言うな。そもそも、君は用済みだ。要らんおまけを呼び込んでしまったからね。……この役立たずが』

「な、な、なん……で!?」

 

 助けを求める楓太を、天使様は罵倒した。今までに無かった事だ。

 それはつまり、彼と“彼女”の関係の終わりを意味していた。

 

「……こいつに何を吹き込んだかは知らないが、お前こいつを利用して“餌”を集めさせてたな?」

「大方“協力すればあの殺人鬼と同じ力を与えてやる”とか、そんな所だろう? 嘘八百も甚だしいね」

 

 そして、里桜と説子は遠慮も容赦もない。経験に則り、ほぼ正解を言い当てる。

 

「ど、どういう、事だよ……?」

 

 だが、楓太にとってそれは信じ難い、認める訳にはいかない事柄だった。彼は天使様を信じて、今まで頑張って来たのだから。

 

『その通りだよ。私は死体を食べるだけ。切り裂きジャックなんて、会った事も無いさ』

 

 しかし、“彼女”は冷酷かつ冷徹に事実を告げる。用済みの捨て駒の扱いなんて、こんな物だろう。

 

「ぼ、僕を騙したのか!?」

『失礼だねぇ。君が勝手に信じ込んだだけじゃあないか。……まぁ、人間は何時も“自分にとって都合の良い事”を信じる物だ。それがどんな結果に繋がるかなど、お構いなしね』

 

 そう、それはまるで、餌に群がる蟻のように。

 

『何て事はない。所詮、人も動物だという事だよ。我々はその選択(・・・・・・・)を後押しして(・・・・・・)いるだけさ(・・・・・)

 

 他人(ひと)に頼み、神に縋り、天使に願ったところで、選ぶのも、決めるのも、結局は自分。自業自得である。

 

「ふ、ふざけるなぁ!」

『おやおや、随分と不満そうだね? なら、そんな君に先人(キミタチ)からの素晴らしい格言を送ろう。“騙される方が悪い”。神も天使も悪魔も無い。そう決め付けているのは、君たちなのさ。キャハハハハハハハッ!』

 

 遂に、天使が本性を現す。

 

「化け物だな」

 

 それはまさしく怪物であった。

 幾百の目玉が浮かんだ光輪に、無数の首を括った少女の死体をぶら下げ、半透明の膜を傘替わりに被った、不気味な海月のような姿をしている。神秘性よりも恐ろしさの方が際立つ、この世の者ではない雰囲気が滲み出ていた。

 

 

◆『分類及び種族名称:悪質異次元人=縊鬼』

◆『弱点:不明』

 

 

『ウフハハハハハハ!』

 

 天使が奇怪な笑い声を上げながら、触手という名の首吊り死体を伸ばす。既に身体を乗っ取られ、弄られているのか、まるで蛇のようにグネグネと曲がり、充分に触手としての役割を担っていた。

 

「気持ち悪いんだよ!』

 

 むろん、素直に捕まってやる筋合いはないので、説子は触手を次々と切り裂いた。

 

『グッ……ガッ!?』

 

 そして、直ぐに痺れて動けなくなった。全身が痙攣し、凄まじい熱を発している。

 

「なるほど、腐っていても(・・・・・・)刺胞動物か(・・・・・)

 

 そんな彼女の無様な有様を見て、里桜が評する。

 海月は触手に「刺胞」と呼ばれる撃ち出し式の毒針を持っており、センサーに触れると自動で発射される。例え持ち主が死んでいようと、それは変わらない。

 さらに、天使の放つ毒はカツオノエボシの物よりも遥かに強力らしく、説子は解毒も儘ならないようである。

 

「なら、私が相手をしてやろう。来なよ、天使様(笑)」

『ウフフハハハハハヒヒヒヒヒ!』

 

 という事で、選手交代。状態異常や精神攻撃に強く、何より防御力の高い里桜が天使を相手取る事と為った。

 

『ガァアアヴィアアアッ!』

 

 もちろん、最初からフルメタルMAXな戦闘形態だ。当然、天使の刺胞など毛程も刺さらず、一気に形成が逆転する。

 

『キャハハハハハハハッ!』

 

 だが、そこは自称:天使、そう簡単には行かない。全身のありとあらゆる物が裏返り、グニャグニャと変形したかと思うと、骨格の鎧で覆われた人型の異形へと成り果てた。“クラゲの骨”とは笑わせる。

 

『イフヒヒヒヒヒヒヒッ!』

『グヴゥゥゥ……ッ!』

 

 しかし、意外や意外、この骨格装甲は見た目以上に硬いらしく、里桜の戦闘形態とも対等に殴り合えている。肉弾戦では勝負が付かないと見て良いだろう。

 

 

 ――――――キィイイイイイイインッ!

 

 

 そこで、里桜は飛び道具で対抗する事にした。分子結合を破壊する怪光線が放たれる。これには天使の装甲も意味を成さず、右腕が吹き飛ばされる。

 

『ギヒヒヒィッ……キャハハハハハッ!』

 

 だが、天使は恐ろしい再生能力を発揮。物の数秒で右腕を生やして、再び襲い掛かって来た。流石にこれは予想外である。

 というか、状況はあまりよろしくない。里桜の光線は防御力を無視出来るが、爆発を伴わない上に照射範囲が限られているので、一撃で葬るには火力不足なのだ。貫通性能を追求した故の弊害と言えよう。このままでは何れ押し切られる。

 

 

 ――――――ゴヴォオオオオオオッ!

 

 

 しかし、そうはさせないと、漸く頭が動かせるようになった説子が熱線を吐く。里桜に向けて(・・・・・・)。説子は今見上げるくらいしか出来ず、とてもではないが天使に攻撃など不可能なので、“熱でパワーアップする”という里桜の特性を利用する形でサポートしたのだ。

 

『ガァギィィングヴォァッ!』

『ギヒャハハハヒヒヒヒッ!?』

 

 そして、火力がマシマシになった里桜の極太ビームで全身を飲み込まれた天使は、原子すら残らずにこの世から消えた。あるべき所(あの世)へ還ったのである。

 こうして、天使様に纏わる集団殺人事件は、終息へと向かった――――――のだが。

 

「……そう言えば、あいつはどうする?」

 

 と、そこで楓太の姿が無くなっている事に気付いた。どさくさに紛れて、逃げ出したに違いない。もしくは戦いの余波で吹き飛ばしたか。何にしても、犯罪者を野放しにしておけば、面倒な事になるだろう。

 

本物に任せて(・・・・・・)おけばいいさ(・・・・・・)

 

 だが、里桜は気にしない。結果が知れて(・・・・・・)いるからだ(・・・・・)

 

 ……何せ、切り裂きジャックにとっての殺人は、あくまで“芸術”なのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「はぁ……はぁ……クソッ!」

 

 楓太は道なき道を走っていた。信じる天使を失った彼に逃げ道など残っていないが、選択肢もまた無いので、走り続けるしかない。投獄か、報復か、悪魔の贄か。何れにしろロクな末路ではないだろう。

 

『………………』

「うわっ!?」

 

 そんな楓太の前に降り立つ、殺戮の天使。人間でも妖怪でもない、化け物同然の殺人鬼であり、仮面のせいで何を考えているのかすら分からないが、それでも一つだけは理解出来る。

 こいつは楓太を殺しに来たのだと。模倣犯の模倣犯なんて下らない事をした彼を、芸術作品にする為に。

 否、本当は単なる偶然で、運悪く鉢合わせ、意味も無く殺そうとしているのかもしれない。

 しかし、祈り、願い、縋る物を失くした楓太にとって、そんな事など関係なかった。

 

「だ、誰か助け――――――」

『芸術は、捩殺ダァ!』

「ぎゃみょぎげぇっ!?」

 

 むろん、誰も助けてなどくれず、楓太は雑巾を絞るように首を捩じ切られ、地獄に堕ちた。




◆縊鬼

 元は中国出身の、人を死に誘う妖怪。古代中国の神話では“転生が予約制かつ定員制”という世知辛い設定があり、その為に現世の人間を殺して成り替わろうとするのが縊鬼で、ようするにあの世の犯罪者である。日本では単純に自殺を助長する陰湿な奴にされている。
 その正体は人の骨格と血液を吸収し、自らの身体を支えている刺胞動物。獲物から発生した腐敗ガスで浮遊している。高い再生力を持っている為、ちょっとやそっとの傷では倒れない。


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河童の町流れ

河童のマーク、かっぱ○司。


 関西のとある場所で。

 

「もう、居ないんやな、×××くん……」

 

 その少女は、眼下の水面を見下ろしていた。

 そう、彼女が立っているのは、利根川上流ダム群の一つ、その通路。しかも、手摺の向こう側に立っており、一歩踏み出せば奈落の深淵へ真っ逆様である。

 だが、問題はない。少女の目的は、まさにそれなのだから。

 

「ゴメンな、×××くん。でも、キミのいない世界で生きていくのは、無理なんよ……だから――――――」

 

 そして、少女は踏み出した。死出の旅へ。

 

 

 ――――――ドボン。

 

 

 数瞬後に響く、湿っぽい鈍い音。それは少女が“彼女だった物”になった証であった。

 きっと、数日後か数週間後か、はたまた数年後かに、少女の無惨な骸が発見されるのだろう。水死体程、悍ましい死に様はない。先ずは自らの消化液によって内蔵が腐り、体内にガスを充満させながら、併せて全身が変色しつつ溶け崩れていく。それらは「青鬼」「赤鬼」「黒鬼」「白鬼」と段階分けされ、特に浮かび上がる程に膨張した物を“土座衛門”と呼ぶ。

 ようするに、水死体に生前の面影など存在しない、という事だ。イケメンだろうが美少女だろうが、入水自殺すれば醜い水風船になってしまうのである。

 むろん、この少女も何れそうなる。死ぬ前からせっかくの可愛い顔が台無しになる程クシャクシャだったが、これからは不細工な紙粘土像のようにふやけ、溶解していくのだ。

 

『……可哀想な子』

 

 しかし、そうはならなかった。水底から現れた、女性らしきモノに掬い上げられ。

 ただし、あくまで掬い上げただけで、救った訳ではない。これからするのである(・・・・・・・・・・)

 

『目覚めなさい、我が娘よ(・・・・)

 

 それが数年前の話。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とある満月の事。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 うらぶれたサラリーマンの男が、ある海岸の渚にて、深い深い溜息を吐いた。彼はかれこれ三日は家に帰っていない。リストラされた挙句に妻と喧嘩になり、家を飛び出してきたのだ。

 当然、妻が帰りを待っている訳もなく、そもそも行く当てが全く無いので、こうして溜息を吐く事でしか暇を潰せないのである。

 本当に嫌になる。まさにこれからという時に、上司のヤバい秘密を知ってしまい、消される形で解雇されてしまった。妻に言わせれば「間の悪い男」でしかないのだろうが、専業主婦である彼女には言われたくない。誰の金で飯を食っていると思っているんだ……みたいな事を言ったら、バッチリ大喧嘩に発展した訳だが。

 金の切れ目が縁の切れ目。甲斐性無しに夫を務める権利など無いのだ。

 

『カァー……カァー……』

 

 そんな彼を、通りすがりの鴉が嘲笑う。

 

「クソッ、あっち行きやがれ! ……って、あっ!」

 

 苛立つ彼は鴉を追い払おうと仕事用のバックを振るったのだが、勢い余って海へ放り込んでしまった。中に入っていた何もかもが海の藻屑である。幸いバーチャフォンを腕時計式なので無事だが、連絡相手もいない電話機など、無用の長物だろう。

 

「クソッタレがぁ! あーあ、もう嫌だ! こうなったら、ノヴァばら撒いてやる!」

 

 いよいよ以って全てが嫌になった男は、巷で流行している新型ウイルス「ノヴァウイルス」に感染した末に周囲へぶち撒こうなどと、本気で考え始めていた。完全に自暴自棄だ。

 ……実際、そんなアホな事をやって、後に死んだ馬鹿がニュースになった奴が過去に居たりするのだが。

 

「――――――んんっ?」

 

 と、男の視線の先で海面がボコボコと泡立ち、

 

『………………』

 

 やがて、渚より不思議な少年が現れた。

 漁師が祝い事の時に着る「萬祝(まいわい)」という派手な着物を羽織っており、それに負けず劣らず髪型も凄い事になっている。その形は、まるで深海魚のリュウグウノツカイである。顔立ちは精悍とした、凛々しい物なだけに、ちょっとバランスが悪い。

 さらに、身の丈どころか成人男性二人分くらいはある馬鹿デカい銛を片手で軽々と持っており、色々と規格外の少年だ。

 

「き、君は一体……?」

『我が名は「竜宮童子(りゅうぐうどうじ)」。……人よ、何か欲しい物は無いか?』

「えっ?」

『実はオレも探し物をしていてな。それを見付ける手伝いをしてくれるなら、何でもくれてやるぞ? ただし、願いは三度までだがな』

「……え、じゃあ、五億円くらい下さい」

『良かろう。受け取るがいい』

「………………!」

 

 竜宮童子と名乗った少年が銛を掲げると、眩い光を放ち、視力が戻った頃には、男の目の前に5億円分の札束があった。幻覚かと思い触ってみるが……これは紛れもなく本物である。

 

『どうだ? 少しは信用したか?』

「は、はいぃいいいっ! 竜宮童子様、何でもお手伝い致しますぅ!」

 

 こうして、無職の男は至上の幸福を得た。破滅への一歩とも知らずに。

 

(やはり大人は汚いな。だからこそ、御し易い……)

 

 それが半月前の話。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とある日の昼下がり。

 

『ビバビバビバ、ビバババッバ~♪』

 

 農家が田植えに精を出す傍らで、ビバルディは釣り竿を片手に歩いていた。何時もの王冠ではなく麦わら帽子を被り、マントの代わりにオレンジのジャケットを纏う姿は、割と様になっている。幼児サイズだけど。

 

「おやおや、釣りかい? 溺れないように気を付けるんだよ~」

『ビバ~』

 

 と、道行くビバルディに農家のおばちゃんが声を掛ける。どう考えても妖怪の類なのだが、可愛ければ違和感など消滅するのだ。可愛いは正義である。

 まぁ、ビバルディは割と出歩くので、単に見慣れてしまったのかもしれないが。習慣って怖い。

 

『ビバルディ~♪』

 

 そんなこんなで、ビバルディは三途川の畔に辿り着いた。小振りな岩の上に陣取り、釣り糸を垂らす。狙いはヤマメだ。深みにはマゴイも居るので、そちらでも良い。

 というか、大食らいのビバルディにとっては釣れれば何でも嬉しいので、どんな魚もドンと来いである。

 

『ビバー』

 

 早速、バシャァっとカジカが一尾。ヤマメじゃないのは残念だが、これはこれで喜ばしい釣果だ。この魚は串焼きが美味いのである。

 

『オビバー』

 

 とりあえず、石で囲った簡易な生け簀にカジカを放流し、再び岩の上に戻る。こうして何度も釣り上げて、後で纏めて串焼きにするのだ。

 

『ビ~バビ~バ、ビバ~ビ~バ~♪』

 

 さらに、カジカを筆頭にマゴイやウグイ、目的のヤマメも釣り上げ、どんどん生け簀を賑やかにしていく。もうすぐお昼になるが、これは大満足出来そう。

 

『……ビバババ!』

 

 そうして釣り続ける事暫く。突然、今までにないヒットが来た。この凄まじい引き……これはもしや、川の主か!?

 

『――――――ンビバァアアアアッ!』

 

 ファイト一発のようなノリで、思い切り竿を引いた、ビバルディが釣り上げた物は、

 

『わーい』

『ビバ!?』

 

 河童の少女であった。何故にWHY!?

 

『……ビー』

『う~ん? 服貸してくれるの~?』

 

 というか、あられもなさ過ぎて見ていられなかったので、ビバルディは口から自分の服(主人の時の半袖短パン)を貸してあげた。河童は少女だがつるぺただった為、問題なく入った。

 

『ビバルディ~!』

『へぇ、キミ、ビバルディって言うんかぁ~。ウチは祢々子(ねねこ)。割と有名な「禰々子河童(ねねこかっぱ)」の娘やで~』

 

 その後は、釣った魚を頬張りつつ、お互いに自己紹介する。少女は「祢々子」という名前の河童らしい。

 ちなみに、「禰々子河童」とは、利根川を根城にしていたという河童の女将である。利根川の川奉行:加納家が祖先の時代に活動し、人や馬を溺死させたり、田畑を荒らしたりとやりたい放題していたが、後にポカミスで捕まり、平謝りして二度と悪さをしないと誓ったそうな。凄まじい怪力の持ち主で、関東地方の殆どは彼女の支配下だったようだ。後に別の土地で男と出会い、籍を入れたとか入れないとか。

 そんな河童の女親分の娘が、何で三途川で釣れるのだろう。口振りからして、大阪の生まれと思われるが……?

 

『いや~、ちょいと川で昼寝しとったら、何時の間にか海に流されててな~』

『ビバァ……』

 

 これぞ河童の川流れ。

 

『そんで、帰り道もよく分からんし、適当にその辺の海の幸を食いまくりながら泳いでたら、何か川に付いたから、遡ってみたんや~』

 

 ……で、今に至ると。馬鹿なのかな? 馬鹿だね、うん。

 

『それにしても、お魚、ごちそうさんな~。お腹空いとったから、丁度良かったわ~』

 

 しかも、それだけ食い荒らしておいて、まだ足りないと申すか。まるで何処ぞのカエルである。

 

『ありがとな~。これで、キミとウチは友達や~♪』

『ビ、ビバァ~♪』

 

 友達の基準が低いな、と思いつつも、ビバルディは笑顔で返した。可愛い女の子に好かれて悪い気はしない。彼もまた、健全な男の子であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「うひひひひ!」

 

 かつて全てを失った男は、人生を取り戻していた。

 先ずは得た金で会社を買収し、社長を含む自分を切り捨てた全ての社員を解雇した挙句、借金地獄に追い込んだ末に自殺に見せ掛けて殺害した。それも大分惨い遣り方で。

 その後、一番憎い妻を新社員の全員に腹が破裂するまで犯させ、海に不法投棄した。苦痛と屈辱と絶望に満ちた、あの死に顔は今でも夢に見て、うっとりしている。

 

「それもこれも、竜宮童子さんのおかげですぜぇ!」

『それは良かった』

 

 そんな男を、竜宮童子は内心で蔑みつつも、笑みで返した。こいつには働いて貰わねばならない。その為に助力したのだから。

 

『それで、“祢々子河童”は見つかったのかね?』

 

 そう、竜宮童子の目的は“それ”だ。故郷を(・・・)食い荒らした(・・・・・・)末に姿を(・・・・)晦ませた(・・・・)不届き者(・・・・)を始末する(・・・・・)為である(・・・・)

 

「へい! 情報によれば、今は閻魔県の古角町に居るとかで」

『信用出来るのか、その情報は?』

CHA-LA-(チャラッ)TTO ME(と★ミー)を舐めちゃいけませんよ。この世で一番信頼出来るソースです!」

『うーん……』

 

 その名前で信用しろと言うのは、我儘だろうか?

 

『まぁ良い。ならば、約束を果たせ』

「了解です! 早速行きやしょう!」

 

 そういう事に為った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 そして、時は下り、現在へ。

 

「――――――居たぁあああああっ!」

『『ん?』』

 

 ビバルディと祢々子が談笑していると、上方から小物っぽい男の声が。見上げれば、声色通りの小男と、まるで深海から来た使者かのような少年が立っていた。一発で上下関係が分かる見た目というのも凄い。

 

『えっと、誰~?』

『我が名は竜宮童子(りゅうぐうどうじ)! 竜宮よりの遣いだ!』

『はぁ……』

 

 「竜宮童子」とは、その名の通り竜宮からの遣いであり、座敷童子と同じく富を授けてくれる子供の妖怪だ。違いは“見すぼらしい鼻垂れ小僧”という明確な姿と、竜宮城という所属場所を持っている事である。

 この個体は普通にイケメンな少年だが、突っ込んだら負けなのだろう。

 

 

◆『分類及び種族名称:異次元海人(かいじん)=竜宮童子』

◆『弱点:心臓』

 

 

『……んで、そんな竜宮童子くんが何しに来たん?』

『とぼけるな! 竜宮城の領域で散々食い散らかして、謝りもせずに姿を晦ませおってからに! 貴様だけは絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!』

『ああ、ごめんな~』

『許すか馬鹿者ッ!』

 

 実に下らない理由だった。

 

『どうしたら許してくれるん?』

『死を以て償え!』

『そんな殺生な!』

『その通りだよ!』

『開き直ったぁ!?』

 

 酷い話である。

 

「これで約束は果たしやしたぜ!」

『ウム、ご苦労だった。褒美に死をやろう!』

「あぼびべぽぶれそみぶぼダブルピースッ!?」

『――――――さぁ、これまでだ! 我が故郷を食い荒らした報いを受けろ! ハァアアアアアッ!』

 

 まるで里桜の如く、用済みになった駄目野郎を始末した竜宮童子の身体から、強烈な熱気が放たれる。大気が震える程のシバリングで高熱を生み出しているのだ。

 

『ボッ!』

 

 さらに、口から小さな物体を勢い良く飛ばして来た。音速を超えるスピードで空を咲き、祢々子の肩に直撃する。

 

 

 ――――――ボムゥッ!

 

 

『……きゃあああっ!?』

 

 そして、爆発した。祢々子の肩肉が吹き飛び、骨が露わとなる。ボられちまったぜ!

 

『な、何や、これは~ッ!?』

『沸騰した寄生虫の卵さ。個にして全。たった一つでも子孫を残せるなら、他の命は犠牲になっても良い、自然の摂理が体現した能力さ』

 

 ようするに、水蒸気爆発を起こす卵爆弾だ。というか、体内に寄生虫がいっぱい居るのか。流石は海人。

 

『そい!』

 

 その上、手に持つ銛は高速振動しているようで、矛が高周波ブレードとなって祢々子の両脚を切断する。遠距離だけでなく、近接戦にも強いとは、流石はry

 

『死ねぇっ!』

『ビバァッ!』

『あっ……!』

 

 しかし、振るわれた止めの一撃は、祢々子ではなく、彼女を庇ったビバルディを捉えた。ぬいぐるみのような小さな身体が宙を舞い、乱暴に地面へ叩き付けられ、そのまま動かなくなる。

 

『馬鹿が! 何故出て来――――――』

『……何をしてるんやぁあああああ!』

『………………!』

 

 これによりビバルディは再起不能(リタイア)となったが、それは眠れる獅子を叩き起こす切っ掛けとなってしまった。

 友達を気付付けられた怒りにより祢々子の目付きが変わり、爆発を伴う熱波を放つ。

 竜宮童子も河童も、同じ“水棲の同時妖怪”である。上手い使い方を知らないだけで、使えない訳ではない。というか、河童も興奮状態になると、自然とシバリングで身体にエンジンを掛けているので、見様見真似でも再現する事は不可能ではない。

 関東最強である禰々子河童の子孫は、やはり戦闘の天才であった。更に言えば、地力だけなら河童族の方が竜宮人よりも上だ。

 

『はいやぁあああああっ!』

『うぉっ!?』

 

 だから、祢々子の一撃は岩盤を砕く。こんな物、ワンインチパンチどころかワンパンで吹っ飛ばされる。

 

『くっ、このっ……!』

『はいだらぁああっ!』

『うごぁっ!?』

 

 さらに、仮に距離を取っても、パンチの威力自体が空気を伝って砲弾のように飛んで来る為、射程など有って無いような物だった。

 

『しゃーおらぁっ!』

『ボボボボボボッ!』

 

 しかも、切れ味抜群の皿を高速で何枚も発射するので、むしろ距離を取ると不利になるのは竜宮童子である。皿一枚につき卵爆弾一発で相殺出来るとは言え、卵を呼吸で飛ばしている以上、手でスライドするだけの皿三昧を相手取るには手数不足である。

 

『うぉおおおおっ!』

 

 そんな不利を覆す為、竜宮童子は一か八かの接近戦を挑んだ。飛来する皿は卵爆弾や銛で対処し、百八パンチ砲は身を捻って躱しつつ、祢々子の顔目掛けて銛を突き出す。刺されば高周波で一気に貫通出来るので、これで仕留めるしかない。

 

『がぅっ!』

『何ィッ!?』

 

 だが断られた。何と祢々子は同じく高速振動する牙で受け止め、そのまま刃を噛み砕いてしまったのである。

 むろん、そんな間抜け面で隙を晒せば、反撃の餌食だ。

 

『だらっしゃあああっ!』

『そげぶぅううううっ!?』

 

 そして、祢々子の男女平等爆砕パンチが竜宮童子の顔面にクリーンヒットし、決着と相成った。深海の水圧でも平然と耐える頑丈さが無かったら、真っ赤な花が咲いていたかもしれない。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それからそれから。

 

『何やったんやろうなぁ~』

『オビバ~』

 

 竜宮童子は『覚えてろー! 次こそは必ず仕留めてみせるからなぁ!』という三下な台詞を残しつつ戦略的撤退を図った為、祢々子とビバルディはすっかり置いてきぼりを食らっていた。

 

『……でも、何やろうなぁ。何か、懐かしい感じがするねん』

『ビバ~?』

『ま、自分でもよう分からんけどな~』

 

 祢々子は、何処までも間が抜けていた。とても竜宮童子を一方的にボロ雑巾にした阿修羅と同じとは思えない。

 

「……そうかい。それはそれとして、私の縄張りで悪目立ちした以上、覚悟は出来てるんだよな?」

『あ~れ~』

 

 ――――――で、富雄を通じて事態を察知していた里桜が、全てを持って行った。これぞ漁夫の利。

 

『……これからよろしくな~、ビバくん』

『ビバ~』

 

 その後、屋上に新たな住人が加わった。禰々子河童の娘、祢々子である。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『なるほど。これなら、少しは使えるか』

 

 誰かがほくそ笑んだ。




◆河童

 全国的に有名な水棲妖怪。水の精霊や水神の末裔とも言われているが、その正体は不明……というか千差万別過ぎて一定しない。一般的には頭に皿を載せ、亀の甲羅を背負った、緑色の魚人のような姿をしている。キュウリが好物で、人や馬を水中に引きずり込んだり、尻子玉を抜いて腑抜けにしたりと、かなりの悪戯者だが、一方で一度交わした約束事は決して破らず、信頼した相手を裏切らないという、義理堅い面も持っている。
 川や沼で溺死した人間の死体に特殊な藻類が入り込むことで誕生する。寄生した藻類によって体色が異なる。陸上生活をスムーズに行う為の様々な特徴があり、瑪瑙でできた頭の皿で空気中の水分を集め、藻類を集めた甲羅で効率的な光合成を行う。食糧確保と外敵への備えとして血液の粘度やミオスタチンの生産量を自在に変えられ、凄まじい怪力と耐久力を発揮する。


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仄暗い水面の底から

アマツ戦は神演出が過ギル!


 とある暗い晩。

 

「ハッ……ハッ……フッ……!」

 

 古角町の一角にある「夜見児(よみじ)公園」の中を、一人の青年が走っていた。敷地が割と広く、道が曲がりくねっている為、散歩にもジョギングにも使える場所として、様々な人が訪れるスポットであり、青年もまたジョギングコースとして使用している。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……あっ!」

 

 そんな人気の夜見児公園だが、ある一ヵ所だけは不人気で、忌避されている場所がある。それがこの「夜見児沼」と呼ばれる、不気味な沼地だ。水深がかなり深い為に昼でも底が見えず、堆積したヘドロのせいで水が濁っていて、お世辞にも奇麗とは言えない。その上、マナーの悪い来訪者がペットの糞尿を捨てている為、非常に臭いがキツく、“天然の肥溜め”呼ばわりされていたりする。

 それ程までに穢れた泥沼であるが、元々はとても澄んだ湖であり、鷹狩に使われた歴史もあるので、公園になった今もバリバリに散歩コースと隣接している。というか、この沼を中心に広場を形成したと言っても過言ではない為、埋め立てでもしない限り状況が改善する事は無いだろう。

 

「……本当なのかねぇ、あの噂(・・・)

 

 しかし、最近は別の意味で有名になっている。とある怪奇な噂(・・・・)が立っているのである。曰く、“ある日、痴情の縺れで殺された女が沼に投げ込まれ、それが後に化け物として現れるようになった”らしい。夜に水面を覗くと、その女の顔が浮かび上がって、見た者を無数の白い手で引きずり込むのだとか。

 

「………………」

 

 むろん、青年は微塵も信じていないが、怖いもの見たさも有り、休憩も兼ねて沼を覗き込む事にした。腐った溝の臭いが鼻を突き、月を朧に映す水面が目を汚す。

 

「……って、何かある訳も無いか」

 

 もちろん、何も起こらない。所詮、噂は噂だ。

 それでも少しくらいは期待したので、途端に馬鹿馬鹿しくなった青年は直ぐ様ジョギングを再開しようとしたのだが、

 

 

 ――――――ゴポゴポゴポ。

 

 

「えっ……!?」

 

 突然、水面が泡を立て始めた。不審に思った青年が覗き直す。

 だが、彼が見下ろした瞬間に泡は収まってしまい、元の泥沼に戻ってしまう。

 

「………………!」

 

 否、違った。仄暗い水の底から、ぼうっと白いナニカが浮上して来る。それは死蝋化した女の顔で、不気味な薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

 ――――――ザパァアアアアアアッ!

 

 

 大きな水飛沫が上がって、無数の白い手が伸びてくる。

 

「あっ……」

 

 そして、誰も居なくなった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県要衣市古角町、峠高校の食堂。今は授業中であり、人影は全くない。

 

「兄が行方不明になりました」

「ふーん」「そっかー」

 

 この三人以外は。一人は依頼人の水俣(みなまた) (りょう)、残るは香理(かり) 里桜(りお)天道(てんどう) 説子(せつこ)だ。

 内容は何時もの如く、突然居なくなった身内を探して欲しい、という物。行方不明になっているのは、了の兄:(あきら)である。実に面白みがない。

 

「……「夜見児公園」か」

「確か、お化けが出る沼があるんだっけ?」

 

 しかし、噂が立っているのも事実。丁度良かったので、受ける事にした。

 

「それじゃあ、報酬を忘れないように……」

「ま、あまり期待はするなよ。死んでる可能性が高いからな」

「はい、分かりました……」

 

 先ずは里桜と説子が消え、了も元居た場所に戻される。こうして食堂は再び無人となった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 屋上のリオ研究所。

 

「さーて、今宵も一狩り行きますかねー」

「モ○ハンみたいに言うなよ」

『あむあむ』『草だけど美味し~♪』

「ごちになりまーす」「……頂きます」

 

 夜まで時間があるので、里桜たちは食事を摂っていた。今回は珍しく何時もの面子だけではなく、様々な裏方を任せている鳴女と富雄も居る。噂の調査報告のついでにご相伴に与る形になったのだ。

 ちなみに、今日の昼食は満漢全席である。山海の珍味を集めた料理の数々を、ただのお昼ご飯として食べるなど贅沢な……。

 

「もぐもぐ……そう言えば、今回の相手は何だと思う?」

 

 鮑の酒蒸しを頬張りながら、里桜が尋ねる。

 

「沼地で白い手が無数に出て来るとなると……がつがつ……妥当なのは「手長婆(てながばばあ)」かな?」

 

 熊の掌をがっつきつつ、説子が答えた。

 手長婆とは、その名の通り、手が異様に長い婆だ。

 常に深い沼の底へ身を潜め、近くで遊ぶ阿呆な悪ガキを脅かし、真っ直ぐ家に帰らせるという、厳しくも優しい、ただの良い婆ちゃんである。

 まぁ、現存する彼女は間違いなく生物なので、真心とかは関係ないのだろうが。

 

「でも、噂を信じるなら……ズルズル……追い返すんじゃなくて……もぐもぐ……引きずり込むんでしょう? ごくごく、プハァッ! あぐあぐ……だったら、別の妖怪なんじゃないですかー?」

 

 だが、銀耳入りの春雨や魚翅(フカヒレ)のスープを堪能する鳴女が、疑問を呈する。

 

「それに……ムチムチ……沼地の噂には別パターンも存在していて、“巨大な黒い影に襲われた”“人を一撃で殴り殺す化け物が出る”なんて話も……ズズズ、ふぅ……あるらしいですよ?」

 

 さらに、鵪鶉の焼き鳥に猴頭を混ぜた焼酎というおっさんみたいな組み合わせで料理を楽しむ富雄が、彼女に続く形で否定した。

 

「あぐもぐ、ごくん……フム、なるほど」

 

 斑鳩の唐揚げを食い尽くした里桜は、鳴女と富雄の意見も噛み締め、考える。

 

「おそらくだが、全く別種の妖怪が同じ縄張りで共存していると見るべきだな」

 

 あくまで妖怪も生物なので、基本的に自分以外は敵か獲物だ。共存共栄など夢のまた夢である。生物同士が同じ場所を共有するには、棲み分けや共生など明確な理由があるのだ。

 ここで問題となるのは、どんな形で(・・・・・)縄張りを(・・・・)共有しているか(・・・・・・・)、だろう。棲み分けなら大丈夫だが、共生している場合、共同戦線を張られ兼ねない。前回の“天使様”とは別の意味で面倒な話である。

 

「どうするつもりだ?」

「そりゃあ、こっちも戦力を増強していくべきだろう。鳴女と富雄(そいつら)も連れて行く」

「おっ、初陣か。それも悪くない」

「だろう? 広範囲を探すからには、頭数も要るしな」

 

 そういう事に為った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 そして、その夜……「夜見児公園」。

 所々に立っている街灯以外、明かりらしい物は一切無く、黒々としている。風邪に乗った青臭さが、春も後半に差し掛かった事を示唆していた。

 

「人っ子一人居ねぇな」

「そりゃそうだろ。あんな噂が流れりゃな」

「それに公園の裏手は山だから、獣が下りてくるかもしれないですしねー」

「その可能性は大いにあります。そこまで大きくはありませんが、移動性が強い種や小型の動物なら問題なく棲めるでしょう」

 

 そんな深夜の「夜見児公園」に、里桜たちは来ていた。流石に他の人影は無く、シンとしている。

 

「さて、折角頭数を揃えたんだから、手分けして探すぞ」

「どうチーム分けするんだ?」

「もちろん、私と説子……と言いたい所だが、こっちが過剰戦力になるから、富雄を預からせて貰おうか。お前は鳴女と組め。何かあり次第、バーチャフォンで連絡しろ」

「「「了解」」」

 

 という事で、里桜と富雄、説子と鳴女という、急拵えのチームで捜索に当たった。とは言え、里桜は何時も説子をデコイにしているので、連携など有って無いような物だが……。

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、説子さんとはどんな関係なんですか?」

 

 二手に分かれ、それぞれが二人きりになった所で、富雄が里桜に尋ねる。特に理由は無く、単純な好奇心からだ。

 

「うーん……玩具とその持ち主かな?」

「実に分かり易い答え、本当にありがとうございました」

 

 マッドサイエンティストは何処まで行ってもマッドサイエンティストだった。

 

「逆に、お前と鳴女はどうなんだよ」

 

 これにて会話終了かと思われたが、意外や意外、里桜も興味を示した。彼女にしては珍しいが、自分が手掛けた実験台ともなると気に掛けるのだろう。

 

「いえ、期待するような物じゃありませんよ。家出娘だった彼女を匿って、それからはなぁなぁで過ごしてきただけです」

「何だ、そのエロ漫画に出て来そうなシチュエーション」

「一応言っておきまずが、手は出してませんよ?」

「えー、勿体無い。YOU、ヤッちゃいなYO☆!」

「何故に!? ……良いんですよ、彼女が望まない限りは」

「ヘタレめ」

「よく言われます」

 

 楽しい会話だった。

 

「……おっと、そろそろですよ」

 

 そうこうしている内に、最も噂の立っている「夜見児沼」に到着した。相変わらず臭くて汚い。

 しかし、こういう淀みの溜まる所程、妖怪が棲み付く物なのだろう。

 

「居ると思うかね?」

「おそらくは。ここは昔湿地帯で、今は埋め立てられていますが、年月が経っているからか、所々に底なし沼が顔を出しています」

「“谷地眼(やちまなこ)”って奴か。流砂って訳だ」

「はい。この「夜見児沼」も一見すると水深の浅い水溜まりに思えますが、過去の調査で五メートルはある事が分かっています。ここらは夏と冬の寒暖差が激しいし、流砂が出来てもおかしくはないでしょう」

「ほほぅ……」

 

 半分お試しで聞いてみた里桜だったが、富雄が優秀な頭脳の持ち主である事を改めて実感し、感心した。“後で改造しちゃおっかな”と思う程度には。

 

「さーて、何時もなら好奇心で猫を殺してやる所だが……今回は自重してやろう」

「中々に可哀想だな、説子さん……」

「あいつはMだから良いの」

 

 新たな“お楽しみ”を発見した里桜は、機嫌良さ気に沼を覗き込んだ。噂を信じるなら、好奇心に負けて身を乗り出す、自らを省みない馬鹿が引っ掛かるのだろうから、実際に覗いてみるしかない。

 

『フフフフ……』

「おっ、美女だ」

 

 ……で、ぼぅっと水底から現れたのは、そこそこ顔の整ったうら若い美女の顔。少なくとも“婆”には見えなかった。

 

 

 ――――――バシャアアアアアッ!

 

 

 さらに、間髪入れず、無数の白い手が飛び出してきた。最初の顔で釘付けして、驚いている間に引きずり込むのだろう。

 

「ビーム」

『ぎゃあああっ!?』

「あっさり撃退した」

 

 だが、無意味だ。本当の悪魔の前では、赤子の手を捻るように迎撃出来る。

 

『グギャァアアアアアッ!』

 

 すると、沼の底から顔と手の持ち主が正体を曝け出した。

 

「ゲンゴロウ……いや、ガムシみたいな姿をしているな」

「でも、蠍みたいにも見えますね」

 

 それは巨大な水棲甲虫だった。

 ガムシをベースに、ナミゲンゴロウのような配色と、蟹を思わせる鋏や脚を持つ、奇妙な形の蟲。鰓は無いようで、蠍によく似た尻尾の先端にある、上半身だけの美女の部分が呼吸器と為っているようである。

 何と言うか、水棲昆虫や甲殻類のごった煮みたいな生き物だった。系統としては、泥田坊に近いのだろう。あちらよりも泳ぐのは下手そうだが、止水域に暮らしている以上、そこまで遊泳能力を高める必要が無いのかもしれない。

 

 

◆『分類及び種族名称:拡声超獣=手長婆』

◆『弱点:呼吸器』

 

 

「……これを“婆”と言って良いのか?」

「でも、「沼御前(ぬまごぜん)」は蛇の妖怪だし……」

「じゃあ、もう「手長婆」で良いや。幸い、あの呼吸器の部分は乾き易いみたいだし、声自体は濁声だしな」

 

 ちなみに、“子供を追い返す”タイプの手長婆の出身地は千葉県だったりする。同名の妖怪が青森県にも居るが、そちらは陸棲なので違う。

 

『クワァカァアアアッ!』

「おっと!」

 

 しかし、そんな事を気にしている場合では無いらしい。手長婆が問答無用で襲い掛かって来た。鈍重そうな見た目に反して、シャカシャカと素早い動きで接近し、鋏で攻撃してくる。切れ味はそこまで無いが、代わりに馬力が阿呆みたいに高いようで、岩処か鉄塔すら握り潰してしまう。

 

『ペェッ!』

「汚ねぇ!」

 

 しかも、泥田坊と同じく泥水を弾として発射する事も可能らしく、こちらはアルカリ性の泥塊をドンドン吐き出してくる。着弾と同時に砂礫が炸裂する為、見た目以上に危険な技だ。

 

「フンッ!』

『コァッ!?』

 

 ただし、結局は隙の多い大技ばかりなので、高速移動で翻弄してくる泥田坊よりもやり易くはある。このまま行けば、特に問題無く狩れそうだが……?

 

『グゥゥゥ……バヴォオオオオオッ!』

 

 すると、手長婆が尻尾を天高く伸ばし、野太い声で叫び出した。

 そして――――――、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 一方、裏山の方に足を踏み入れた説子と鳴女という、若干頭が悪そうなコンビはと言うと、

 

「いやー、夜目が利くって良いですねー」

「そりゃあ、ナイトスコープの機能もあるからな、その眼」

 

 夜の暗黒世界も何のその、殆ど真昼のようにズカズカと歩いていた。説子は元より猫目だし、鳴女も眼を改造されているので、闇夜など関係ないのだ。

 

「さーて、ここには何が居ると思うかね?」

「森のくまさん?」

「安直だな、おい。……だが、悪くない。“殴る”というからには、前脚が使えないといけないからな」

 

 さらに、こちらもこちらで“お試し”をしていた。お互いの事を知る為にも、必要な事である。

 

「でも、熊の妖怪なんて居ましたっけ?」

「「鬼熊」って奴が居る。年老いた熊が成るという、凶暴な妖怪さ」

 

 「鬼熊」とは、年老いた熊が突然変異を起こした妖怪で、牛や馬を小脇に抱えて攫ったり小山のような巨石を持ち上げる程の怪力を持ち、狡猾かつ残忍な性格をしているという。年の功という事かもしれない。

 

「へぇ、富雄ばりに詳しんですね」

「……そう言えば、お前らってどんな関係なんだ?」

「家出娘とその保護者です」

「何だ、その同人誌でよく見るパターン」

「そういう説子さんと里桜さんはどのような関係で?」

「幼馴染……か?」

「何故に疑問形?」

 

 それはそれとして、楽しい会話にも花を咲かせる二人。やはり相互理解には日常会話が大切なのだろう。尚、成り立っているかどうかは別問題とする。

 と、その時。

 

 

 ――――――ガサガサッ!

 

 

 草葉の陰で何かが動く。風ではない。何か生き物が蠢く音だ。

 

「「………………!」」

 

 説子も鳴女も、即座に戦闘態勢に入る。説子は妖魔と化し、鳴女は眼が輝いた。果たして出て来たのは、

 

『グォオオオオオオッ!』

「「花咲く森の道~♪」」

 

 予想通り、森のくまさんだった。

 

『グルルル……』

「「デカ~い、説明不要!」」

 

 それは伝承通りの、鬼のような熊だった。

 体長約十メートル、体高だけでも三メートルと、通常の羆を優に超える巨体を誇り、二本足で立ち上がった姿は正しく山のようで、圧倒的な存在感を持っている。

 だが、最大の特徴は、鬼の面を被ったような、その強面であろう。鉱石とも結晶とも付かない、鈍い光沢を持つ物質で構成されており、それが顔全体を分厚く覆っている為、鬼のように見える。

 鬼面を被った巨大な熊……まさに「鬼熊」である。

 

 

◆『分類及び種族名称:巨体超獣=鬼熊』

◆『弱点:顔と腕』

 

 

『グルォオオオッ!』

 

 早速、鬼熊が剛腕で殴り掛かってきた。鬼の金棒を思わせる腕は実に太ましく、掠るだけでKOされそうである。実際、拳が通り過ぎた場所は地面が抉れ、突風が巻き起こっている。あんな物、直撃したら人体など木っ端微塵処か、血煙となって消えるだろう。

 

『フンッ!』

 

 しかし、説子は怯まない。全く恐れず立ち向かう。

 

『グルルルル……!』

『なっ!?』

 

 ただ、流石に只の毛皮に刃が立たないとは思わなかった。感触からして、毛皮の下に鋼鉄よりも硬い甲殻を纏っているようだが、それでも毛に焦げ目すら付かないのはヤバい。とてもじゃないが、人類に敵う相手ではなかろう。まさに化け物、怪物である。

 

『目からビーム! 三・連・打ッ!』

『グヴォッ!?』

 

 だが、今の説子は一人ではない。今回は手伝ってくれる仲間が居る。こんなに嬉しい事は無いだろう。今までの説子の戦いって……。

 

『――――――ゥヴァヴォオオオオオオッ!』

 

 突然、鬼熊が凄まじい咆哮を上げ、両腕をクロスするように自らの口元に当ててから、抜刀するかの如く拡げた。

 

『『なっ!?』』

 

 すると、鬼熊の両腕が金棒状に変異した。吐息に混じる何かが腕に付着、瞬時に結晶化したのだろう。鬼に金棒とは、まさにこの事だ。熊だけど。

 

『バルヴァッ!』

『『わーい!』』

 

 説子と鳴女がギリギリで回避し、鬼熊の金棒が空を切り、背後の樹木を粉砕する。

 さらに、衝撃波だけで、その先の木々も纏めて薙ぎ払ってしまった。どんなパワーをしているんだ。怖い。

 

『バヴォオオオオオオオッ!』

『『熱~い!』』

 

 その上、口から強烈な熱風を吐き出してきた。二人共熱耐性があるので、温度はそこまで脅威ではないが、単純に風圧が物凄く、踏ん張るので精一杯である。その隙に接近して来るのだろう。中々に小賢しい。

 しかし、タネが分かれば、対処の仕様もある。ようするに近付き易くなった重戦車タイプ、という事だ。それに高熱を発しているという事は、全身の装甲が軟化しているという事でもあるので、この形態時に攻撃を仕掛けるのが最適解である。

 と、その時。

 

 

 ――――――バヴォオオオオオッ!

 

 

 いよいよ以て最終決戦、と思いきや、突如何処からか鬼熊によく似た声が響いてきた。

 

『グルルル……』

 

 すると、鬼熊が急に戦いを中断し、声のした方に行ってしまう。

 

『『な、何だぁ?』』

 

 まるで意味が分からないが、放って置く訳にも行くまい。二人は鬼熊の後を追った。

 そして、追い付いた説子と鳴女の見た物は、

 

『クカァアアッ!』『バヴォオオオッ!』

『『あれま~』』

 

 手長婆と暴れ回る鬼熊の姿だった。

 

『なるほど、鳴き真似をして別の妖怪を誘き寄せる能力があるのか』

「テメェ、余計な物を連れてくるんじゃねぇ!」

『いや、ボクのせいじゃないだろ』

「黙れ死ね!」

『危ねぇっ!?』

 

 その上、説子は里桜に八つ当たりされた。酷い話だ。

 

「お、お二人さん、争ってる場合じゃないですよ!」

『そーそー、先ずはこいつら片しちゃいましょうよ』

「チッ……!」

『チッ、じゃねぇよ!』

 

 ともかく、ここからは共同戦線、乱戦必死である。油断せずに行こう。

 

『ピキャアアッ!』

 

 と、手長婆が口からアルカリ泥爆弾を吐いてきた。

 

「フン!」『あとぅーい!』

 

 里桜は説子を盾にして防ぎ、「微小化酸素粒子光線」で反撃する。

 

『これは酷い! けどやる! ビーム!』

『キギェェエエエッ!?』

 

 さらに、甲殻を失い防御力が急激にダウンした所に鳴女のビームが炸裂、手長婆はミンチになった。

 

『バヴォオオオッ!』

『……ぅだらぁっ!』「ホームラン!?」

 

 そこへ鬼熊が横槍ならぬ横金棒を振るって来たのだが、さっきのお返しと言わんばかりに、説子が里桜をヘッドシザーズ・ホイップで投げ飛ばして、自分の代わりにホームランさせた。

 

『こっちも結局酷かった! だからビーム!』

『グヴォッ!?』

 

 そして、打ち終わりで隙が出来た鬼熊の両目を鳴女のビームが穿ち、

 

『スゥゥ……ゴバァアアアアアアアッ!』

『アボバブゲボァアアアアアアアアッ!?』

 

 説子の口移し熱線が決まり、鬼熊は風船のように破裂して死んだ。流石に中身までガチガチ装甲ではなかったようだ。

 

「「……ウム、よくやったぞ、鳴女!」」

「「あんたら、もう少し仲良くしろよ」」

 

 こうして、主に鳴女のサポートが功を奏して、手長婆と鬼熊という厳つい妖怪コンビを撃破した、里桜一行であった。めでたしめでたし?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……それにしても、流石に妖怪が居過ぎじゃない?」

誰かが(・・・)意図的に(・・・・)持ち込んでる(・・・・・・)んじゃねーの?」

「誰かって、誰よ?」

「知るか」




◆手長婆

 沼地に現れる長い手だけの妖怪。婆の声で喋る為この名が付いたが本体を見た者は誰も居ない。沼地の近くで遊ぶ悪ガキを叱って追い返す良い婆さんである。
 しかし、その正体は「声真似をして周囲の妖怪を誘き寄せて狩りを手伝わせる」習性を持つ悪辣なタガメの親戚。手を含む人間態の部分は疑似餌であり、それでも引っ掛からない獲物に対しては上記の能力を活かして積極的に襲い掛かる。


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白い闇路

まーた木曜日と金曜日がズレてしまッタ……。


「ううぅ……」

「ヒヒン……」

 

 深い悲しみが厩を包む。今日は名馬「オシラホールン」が引退し、同時に永遠の眠りに就く日でもある。レース中の怪我が原因で二度と走れなくなってしまった彼は、この日を最期に天へ召されるのである。走れないなら種馬として生きる道もあるが、先天的に様々な問題を抱えていたオシラホールンには、その選択肢すらなかった。このまま肉が壊死していく苦しみを味わうよりは楽にしてやった方がマシなのだろうが、どちらにしろ彼には「死」の未来しか待っていない事だけは確かだ。

 

「御免ね……御免ねぇ……!」

 

 そんなオシラホールンの傍で嘆き悲しむ彼女は、彼の騎乗者(ジョッキー)であり、最後の別れを告げている所である。彼女は何日も何日も、自分が落馬したせいでオシラホールンを引退へ追い込んでしまった事を悔やみ続け、すっかり心も身体も壊れてしまっており、全盛期の姿からは想像も着かない程に、衰弱し切っていた。

 

「ヒヒン……」

 

 そのあまりにも痛ましい主人の姿が、今のオシラホールンには何よりも辛かった。足の激痛など、蚊に刺された程度にしか感じられぬ程に。

 

「――――――さぁ、そろそろ時間だよ」

「………………っ!」『ヒヒィン……!』

 

 しかし、時間は止まってくれず、現実は待ってくれなかった。処分の時が来たのだ。

 

 

 ――――――ビュゥウウウウッ!

 

 

 だが、まさにその瞬間、何処からともなく風が舞い込み、

 

『ブルヒィイイイン!』

「あっ……!」

「なっ!?」

 

 そして、奇跡が起きた(・・・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高等学校……の体育館裏。

 

「姉の白馬を探し出して、退治して欲しいのです!」

 

 さらに、こいつは今回の依頼者。名前は白馬(はくば) 王子(おうじ)。親の感性を疑いたくなる高校一年生である。

 

「彼氏を殺れって事?」

「ンな訳ねぇだろ……」

 

 そして、この二人はご存じ香理(かり) 里桜(りお)天道(てんどう) 説子(せつこ)。「屋上のマッドサイエンティスト」と「闇色の水先案内人」だ。

 

「あ、いえ、そのままの意味です。姉は元騎乗者(ジョッキー)なんですよ」

「へぇ、そりゃ凄い。馬の名前は?」

「“オシラホールン”です」

「ああ、最近引退した競走馬じゃねぇか」

 

 王子の姉とその愛馬は、結構な有名処であった。

 

「確か、騎乗者が落馬して、そのまま縺れ合って脚を折ったんだっけか」

「はい。それが原因で引退し、つい先日、安楽死する筈だったのですけど……」

「ですけど?」

「ちょっと……いや、信じ難い問題が起きたんです」

 

 さらに、語られる彼女らの後日譚。それは確かに、信じ難い物(・・・・・)であった。

 

「――――――ま、いいだろう。引き受けてやる。だが、“報酬”は忘れるなよ、少年くん」

「お願いします!」

 

 そういう事に為った。

 

「………………」

 

 頭を下げた王子の顔は、ほくそ笑んでいた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、ここは閻魔県黄泉市(きせんし)にある、「有巣(ありす)競馬場」。閻魔県唯一の競馬アリーナであり、県全土に映像を中継している発信源である。

 だが、今日はどういう訳か運営しておらず、人っ子一人いない。

 

「さてと……」

「観戦するとしますか」

 

 里桜と説子(こいつら)以外は。この二人が競馬場を貸し切りにして、妖怪(えもの)を待ち構えているのだ。

 

「つーか、どう思うよ、あの話(・・・)

 

 説子が閑散とした客席で、股をおっ広げるというだらしのない恰好をしながら、里桜に尋ねる。あの話とは、もちろん、依頼者(こひつじ)の話である。

 

「さぁてね。真実半分、嘘半分って所じゃない?」

 

 里桜が頬杖を着く涅槃ポーズで答えた。

 

「だよな。“突然風が吹いたと思ったら、衰弱してた馬が姉を襲って食った”なんてよ」

 

 王子曰く、処分寸前に何処からともなく強い風が吹き込んで、それを浴びたオシラホールンが突如凶暴化し、姉を食い殺して逃げ出してしまったのだという。ようするに敵討ちだ。

 しかし、手紙の筆跡や王子の語り口から、それら全てが事実なのかは妖しい。あの目は、どう見ても行き過ぎたブラコンの"ソレ"である。言ってる事の半分くらいは脚色していると見て良いだろう。

 

「ま、私の所へ依頼に来る奴なんぞ、最初からロクでもない物さ。今更だよ、今更」

 

 だが、里桜にとって、王子が何を誤魔化そうと、どうでも良い事だった。何故なら、彼女の目的はあくまで実験(あそび)なのだから。

 

「それはそれとして、何か心当たりはねぇのかよ、説子?」

 

 問題は白馬の行方と、そのきっかけとなった“風”の正体だ。

 

「馬を狂わす魔風と言えば、「頽馬風(だいばかぜ)」だな」

「何だそりゃ?」

「馬にとっては、死神みたいな奴だよ」

 

 「頽馬風(だいばかぜ)」とは、馬を狂わせ、死に至らしめる魔風である。龍のようであるとも、妖馬に乗った少女であるとも言われるが、基本的に人には姿を見せず、出遭い頭に馬を殺して、文字通り颯の如く消えていく。襲われた馬を救うには、身体の何処かを傷付けると正気に戻り、助かるらしい。

 

「龍と少女って、全然違うじゃん」

「民間伝承にはよくある事さ」

 

 それもまた今更だ。

 

「まぁ、それが本当なら、尚更妖しいわな」

「ああ。頽馬風はあくまで“馬を殺す怪異”だからな。馬が妖怪化するのとは訳が違う」

 

 何だかきな臭くなってきた。真実は何処なのか。

 

『ヒヒィィン……!』

 

 それは、本馬(・・)に聞いてみよう。

 

「「いや、「ケンタウロス」じゃん……」」

 

 現れた白馬(それ)は、本来なら頭部のある場所が女の上半身に挿げ替わった、オシラホールンであった。これが新手のウ○娘か……。

 

「……真面目な話、アレは何なんだ?」

「どう見てもケンタウロスだが……出自と髪飾りみたいに生えた蚕の翅を見るに、「お白様」なんじゃないかなぁ?」

「何で疑問形なんだよ」

「アレを見て確信しろって言う方が無理あるだろ」

「確かに……」

 

 「お白様」とは、馬の姿をした養蚕の神様である。何を言ってるのか分からねーだろうが、実際そうなんだから仕方ない。

 伝承によれば、飼馬に恋した村娘が死後に一体となり、神様になったのだという。やっぱり意味不明とか言ってはいけません。民間伝承なんてそんな物だから。

 ともかく、人が馬に恋をして、尚且つ一緒に死ななければ誕生しない、非常にレアな妖怪である事は確かだ。そんな異種族恋愛みたいな事、普通は起きないけどね……。

 

「なるほど、興味深い。是非とも生け捕りにしてやろう」

「そう来ると思った」

 

 そういう事になった。

 

『ブルヒヒィイイン!』

 

 お白様が蹄を鳴らしながら突っ込んでくる。

 

『助けて下さ~い!』

「「はぁ~?」」

 

 ……と思ったら、助けを求められた。それもスライディング一礼である。何でや。

 

「何だ、こいつも呵責童子と似たような事情か?」

「ああ、やっぱり依頼者が外道なパターンか……」

 

 屋上のリオあるあるであった。

 

「とりあえず、訳を言ってみんさい」

『で、でしたら、先ずは“アレ”を何とかして下さい! あんまりにもしつこくて……』

 

 そう言って、ウ○娘の指差す方向を見て見れば、

 

 

 ――――――ビュゥウウウウウウッ!

 

 

 明らかに不自然な旋風が、こちらに向かってくる。というより、“彼女”目掛けて襲い掛かって来ているのだろう。

 

「……何アレ?」

「さぁ? まぁ、とりあえず――――――ゴヴァアアアアアッ!』

 

 とりあえず、火を吹いてみる。説子の口から爆炎が放たれ、おかしな旋風を吹き飛ばした。

 

『フゥゥゥ……!』

 

 すると、風のベールが剥げたナニカが、本性を現す。

 

「「クソガキじゃん」」

 

 それは、小さな女の子だった。緋色の着物に金の髪飾りを身に着け、玉虫色に輝く馬の骨を持っている。骨の兜を被っている為、その姿は何処となく孤独なポケ○ンに見える。

 

 

◆『分類及び種族名称:魔風超獣=頽馬風(だいばかぜ)

◆『弱点:頭』

 

 

『ハーヴォッ! キャーヴォッ!』

 

 しかし、当の本人はそんな事など微塵も感じさせない程に野性的で、眼を爛々と赫光させながら、猛然と襲い掛かってきた。骨棍棒をグルグルと回し、邪魔者を排除しようと殴り掛かって来る。しかも、かなり素早い。

 

『ファアアッ!』

「「危ねぇ!」」

 

 さらに、打撃に疾風の斬撃を織り交ぜてくる上に、猛烈な吐息で急激な方向転換や緊急離脱までしたりする。実にやりずらい相手だ。

 

「この……っ!』

『バヴォオオオッ!』

『煩ぁああああい!?』

 

 その上、咆哮が物理的なダメージを与える程の大音量であり、耳が良く身軽な説子には厳しい相手と言える。

 

「フンッ!》

『フゥッ!?』

 

 だが、逆に言えば、重量級かつビーム兵器も搭載した生物兵器たる里桜にとっては大した事ないという意味でもある。

 

《おら、死ね――――――》

『カキィイイイン!』

《ホネラルドスプラッシュ!?》

 

 だからと言って、絶対有利という訳でもないのだが。玉虫色の骨から七色の宝石を弾丸の如く発射して来たのである。自身の風圧に乗せる事で加速し、威力を高めているのだと思われる。一発一発もかなり痛い。

 その小柄な身体の一体何処に、それ程のパワーとスピードを兼ね備えているのだろうか?

 

『キャッキャッキャッ♪』

 

 あと、笑みが憎たらしい。とても子供らしい、無邪気な嘲笑がムカつく。

 しかし、ここまで馬鹿にされておいて見逃しては、一生の恥。頽馬風、絶対殺すマン!

 

『フォアアアアアォッ!』

『……調子に乗るなぁ!』

『プキャァッ!?』

 

 今度は説子を叩こうとフェイント気味に襲い掛かる頽馬風だったが、説子がまさかのメ○ンテを発動したので、逆に吹っ飛ばされた。

 

 

 ――――――キィイイイイインッ!

 

 

『ウマムスメェエエエエエエエッ!?』

 

 しかも、里桜の「微小化酸素粒子光線(ラスタービーム)」が直撃。頽馬風は一陣の風となって散った。呆気ない……。

 

「「それじゃ、訳を聞こうかな?」」

 

 そして、今日の一狩りが終わった里桜と説子は、まだ名前も聞いていない王子の姉だったナニカに尋ねるのであった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。

 

「……遅い!」

 

 峠高校のグラウンドに呼び出された王子は、イラついていた。“依頼は果たしたから、グラウンドで待っていろ”と言われたから来たのに、一向に里桜たちが現れないからだ。かれこれ二時間にもなる。何が悲しくて、こんな風の強い日に独り寂しくグラウンドの真ん中に突っ立っていなければならないのか。

 

「本当に殺したんだろうな……」

 

 ここまで来ると、疑いたくもなる。オシラホールンは、自分から(・・・・)姉を奪った(・・・・・)憎い男(・・・)。殺さずにはいられない。

 

「よぉ、待たせたな」「良い風が吹いているようで」

 

 と、漸く里桜と説子がやって来た。実に憎たらしい笑顔である。

 

「遅いじゃないですか~。ちょっとそわそわしてましたよ~」

 

 だが、心の内はおくびにも出さない。今までも(・・・・)そうだったし(・・・・・・)これからも(・・・・・)そうだ(・・・)

 

「そうかいそうかい。それで、報酬の話だが――――――」

「は、はい、えっとですね……」

「――――――その前に、ちょっとした“サプライズ”を用意してやった」

「は?」

 

 しかし、事態は王子の思惑とは別の方向へ走り出した。

 

「「ゲストの姉上様です」」

『王子ぃいいいいいいっ!』

「ね、姉さん!?」

 

 何と死んだ筈の姉が、人馬一体の姿で現れたのだ。

 

「ば、馬鹿な、どうして!?」

「そりゃあ、お前が呼んだ(・・・・・・)頽馬風は(・・・・)、私らが始末したからだよ」

「そんな馬鹿(ウマシカ)!?」

『死ねぇっ!』「びびびっ!?」

 

 さらに、問答無用で王子の首をラリアットでチョンパした。

 

『このっ! クソッ! 野郎!』

 

 その上、ゴロンと転がり落ちた生首を徹底的に踏み付けにする、念の入り様である。彼が今まで姉やオシラホールンに何をして来たのかが窺い知れる。合掌。

 

「あらまビックリ~」

「白々しいな」

「そりゃあ、嘘吐きにはこんな態度で充分だろうよ」

「そりゃそうなんだけどね」

 

 罪には罰を、嘘吐きには制裁を。それが里桜のポリシー。

 まぁ、それはそれとして。

 

「よし、貴様は今から実験動物に痛っ!?」

「流石に止めてやれよ」

 

 “彼女の境遇”には説子も思う所があったようで、里桜の暴挙を止めた。

 

『……私たちが風になれる場所を提供してくれるなら、何だって良いわ』

「そうかい……」

 

 どうやら、要らぬ心配だったらしい。

 

「なら、屋上に住まわせてやろう。あそこなら存分に走れるぞ。その代わり――――――」

『実験に付き合えって言うんでしょ? 噂は聞いてるわ。別に良いわよ。このまま走り続けられるなら、それで構わないわ。野に放たれるより、ずっとマシ。富も名声も、自由も要らない。愛しい(ヒト)と決められたレーンを、決められたルールの中で走れるのが、一番の幸せなのよ。私たちにとってはね』

「「………………」」

 

 割とアッサリ従う“彼女”に、里桜と説子は思わず人間社会の世知辛さを感じてしまうのであった……。

 

『ヒヒィ~ン♪』

 

 そして、今日も屋上に馬の嘶きが響く。

 その声色は、里桜の実験動物として飼われているという今の不自由を、全身全霊で謳歌している事が窺える、高く澄んだ物だった。

 不自由は辛いが、自由は恐ろしい。何事も程々が一番なのだ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……“姉弟喧嘩”、か」

 

 寝室のベッドで天井を見上げながら、説子が呟く。

 唯の一般男子生徒に頽馬風を(・・・・)呼び出す(・・・・)方法なんて(・・・・・)教える輩(・・・・)の存在も気になるが、それは後日調査すれば良いだけなので、彼女としてはどうでもよかった。

 それよりも(・・・・・)

 

「まぁ、気持ちは(・・・・)分かるさ(・・・・)ワタシだって(・・・・・・)そうだしね(・・・・・)




◆頽馬風

 日本各地に伝わる、“馬を殺す”魔風。龍のような姿とも、馬に跨る妖しい少女とも言われているが、定かではない。この怪異に遭うと馬は狂ったように暴れ、しめやかに死んでしまうという。これを避けるには、顔を布で隠すか傷付けるかして、馬を正気に戻すしかない。
 その正体は、馬を中間宿主とする寄生生物。土に混じって風で運ばれ、吸引した馬を潰させ、人間に食べられる事で身体を乗っ取る。攻撃の全てが繁殖行動であり、特に気に入った馬を付け狙う習性がある。


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儚川を昇れ

たくあん(ペットの肺魚)可愛いよたくあん。


 ある春夜の事。

 

「……風、強過ぎ!」

 

 用事で夜遅くなってしまった通りすがりの男が、朝から吹き続けている意味不明な強風に辟易していた。春何番なんだと言いたくなる。

 そんな彼は古角町(こかくちょう)の隣町――――――災禍町(さいかちょう)の「儚川(はなかわ)」に架かる橋を渡っているのだが、ここにはある“噂”が流れていた。

 

「川の中に熊居るなんて、あんのかねぇ?」

 

 そう、泳いでいるでも溺れているでもなく、水中に熊が棲んでいて、近くを通り掛かる人間を引きずり込んでしまうというのだ。

 

「ありえねー」

 

 だが、ご存じの通り、熊は肺呼吸をする陸棲動物である。鰓は古代魚時代だったとうの昔に捨て去っており、基本的に進化の過程で失った物は取り戻せない為、再度鰓呼吸に戻る事も無い。精々、鯨のように時折息継ぎが必要な生活が限度だろう。此度の個体がそうなのかもしれないが、そもそも大型の捕食者である熊が水中生活をするメリットも意味もない。

 つまり、川の中に熊が棲み付いているなど、あり得ないのである。

 

「でもまぁ、別の化け物は居るのかもな……」

 

 しかし、だからと言って火の無い所に煙が立つ筈もなく、熊のような(・・・・・)手を持った(・・・・・)生き物(・・・)が可能性はるだろう。事実、隣町では度々そう言った“変な生き物”の目撃例が増えている。この災禍町も他人事ではないのかもしれない。何と言っても、「河童のふるさと」だし。自称だけど。

 

「……早く帰ろう」

 

 そう思うと、急に怖くなってきた。唯でさえ強風で身動きが取り難いのに、獣なんかに出くわしたら命は無いだろう。くわばらくわばら。

 と、その時。

 

 

 ――――――バシャン!

 

 

 突然、橋の下で何かが跳ねる音がした。こんな風の日に、魚が跳ねるだろうか?

 

「まさか……」

 

 男が思った、その瞬間。

 

 

 ――――――ドバァアアアッ!

 

 

 大きな水飛沫と共に、川の中から太長い物体が飛び出してきた。

 

「嘘だろ!?」

 

 それは、異様な長さを持つ、熊の腕だった。黒く荒々しい毛皮に鋭い爪と、長さを除けば、何処からどう見ても熊の手だ。

 

「ぇはん!?」

 

 そして、逃げる間も無く、男は川の中に引きずり込まれる。

 すると、急に風が止み、辺りは静寂に包まれた。誰も居なくなった儚川の潺だけが、音に色を添えている……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上。そこは屋上のマッドサイエンティストが面白半分で改造したり捕獲したナニカがうろつく魔境であり、案内人無しでは歩けない危険地帯である。どう見ても底が抜ける規模の大森林が広がっているが、何故か階下には何の影響も無いので、問題はない。

 そんな屋上の箱庭に、最近棲み始めた生物が居る。

 

『ぷか~』

『あら、祢々子(ねねこ)ちゃん、おはよう』

『あ、おはよ~さ~ん』

 

 それが祢々子河童とお白様だ。傍目には河童のコスプレをした裸の幼女と、同じく上半身が裸の女ケンタウロスにしか見えないけれど、気にしたら負けである。本人たちが気にも留めてないなら、それでいいのだ~♪

 

『キキキキ……』

『あ、鎌鼬や』

『子供なら可愛いんだけどねー。ほーら、ご飯だよ=』

『キャキャキャ♪』

 

 むろん、彼女らの他にも沢山の化生が、屋上には息衝いている。この鎌鼬もその一匹。生まれて間もなく人間に捕まったせいか警戒心が薄く、変にちょっかいを掛けなければ襲って来る事は無いし、見慣れた顔であれば餌を強請ったりもする。完全にデカいペットである。

 

『そう言えば、祢々子ちゃんは実験とかされてないの?』

 

 と、鎌鼬に餌やりをしつつ、お白様が尋ねる。

 彼女らも唯で屋上(ここ)に住まわせて貰っている訳では無い。相応の代償を支払っている。端的に言うと、実験台だ。お白様の場合は、融合部分の細胞採取や骨格の透写など、医学的な検査を定期的に行われている。

 

『ウチはよく甲羅を削られたり、腕をもがれたりしとるな~』

『えぇ……』

 

 返って来た答えに、お白様はドン引きした。確かに河童は高い再生能力を持つとは言うが、そうゴリゴリポンポン取られて良い物なのだろうか?

 

『痛くないの?』

『まぁ、痛いっちゃ痛いけど、我慢出来る程度やし、ウチらの血はネットリしとるから直ぐに傷口が塞がるんよ~』

『へぇ……何で?』

『さぁ? オカンが言うには、“敵に勝つ為”らしいで~?』

『意外とアグレッシブなんだね……』

 

 河童は気さくだが、怪力で恐ろしい妖怪でもある。こんな馬鹿みたいな子も、竜宮童子を跳ね除ける程度には強いのだ。人間も妖怪も、見た目では判断出来ない物である。

 

『さてと~』

 

 すると、祢々子が浮かんでいた池から上がり、何処かへ向かい始めた。

 

『あら、何処か出掛けるの?』

『せやで~。今日はビバくんと釣りに行く約束しとるんや~』

『すっかり仲良しさんなのね。ほなら、また後でな~』

 

 そう、祢々子とビバルディはお友達なのだ。

 

『行くで~、ビバく~ん』

『ビバァ~♪』

 

 その後、謎の巨大茸の上で居眠りしていたビバルディを見付けた祢々子は、約束通り釣りに出掛けた。

 

 ――――――妙な噂の立っている、儚川へ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『さて、やって来ました、儚川~』

『ビバ~♪』

 

 という事で、祢々子とビバルディは儚川に訪れていた。

 

『探したぞ、祢々子河童!』

 

 さらに、彼女を目の敵にしている竜宮童子(りゅうぐうどうじ)まで現れた。

 

『あ、童子くんや。こんにちは~』

『あ、こんにちは……じゃなくて! 馴れ馴れしいぞ、貴様!』

『そう言われてもなぁ……』

 

 祢々子からすれば一方的に因縁を付けられたも同然だし、そもそも彼女は目の前の誰かさんと違って長々と根に持つタイプではないので、この間の騒動の事など、殆ど忘れていた。

 

『とりあえず、魚が逃げるから、静かにしてな~?』

『あ、はい、スイマセン……って、何で従わなきゃならんのだ!?』

『し~っ! ……怒るで~?』

『あ、はい……ごめんなさい』

 

 今でも禍根を残す竜宮童子であるが、祢々子を本気で怒らせた時の事が若干トラウマになっている為、今一攻め切れないでいる。情けない奴。

 

『そもそも釣れるのか、この川は?』

『近所のお爺さん曰く、大物が釣れるらしいで~。鯉とかその辺やけど』

『……で、食べるのか?』

『もちろんや!』

『ブレない奴だな!』

『ビバ~!』

『いや、お前には聞いてない』

 

 楽しい会話だった。

 

『童子くんもやるか~?』

『何でだよ!? お前と戦いに来たって言ったよね!?』

『う~ん? 海人の癖に釣り出来へんの~?』

『やったるぁあああああああああああああ!』

 

 男って単純(笑)。

 そんなこんなで、釣り糸を垂らし始めて、早半刻。

 

『釣れないな』

『釣れないな~』

 

 竜宮童子と祢々子は完全に坊主だった。

 

『ビバッチ!』

『『凄っ!』』

 

 対するビバルディは、大盛況である。この差は一体何処から来るのだろう。

 

『これ、オレたちの分まで釣られてるんじゃ――――――』

『……って、童子くん、来とるで!』

『何ィ!?』

 

 と、遂に竜宮童子の竿に当たりが。それもかなり重い。これは期待出来そうだ。

 

『……ヤバイヤバイヤバイ! ちょっ、手伝って!』

『おっしゃ~!』『ビバレッツ!』

 

 二人と一匹、三つの心を一つにすれば百万パワーだ!

 

 

 ――――――ザバァアアアアアアン!

 

 

 そして、長い格闘の末に釣り上がったのは、

 

『『何コレ!?』』『クマ~!?』

 

 恐ろしく長い、熊の腕だった。根元は未だに水中だと言うのに数メートルはあるが、本体は一体どれ程の物なのだろう。

 

『うぉっ!?』『危なっ!?』『ビバビ~ン!』

 

 しかも、釣り糸を引き千切った上に竿も粉々にしながら、祢々子たち目掛けて襲い掛かってきた。

 

『誰だか知らんが、舐めるなぁ!』『水鉄砲~!』

 

 だが、そこは妖怪童子たち。竜宮童子は寄生虫の卵爆弾で、祢々子は口から水鉄砲を吐いて迎撃する。

 すると、熊の腕は苦しみ悶えるように水中へ引っ込み、同時に空模様も荒れ始め、

 

『カァアアアアアッ!』

 

 水飛沫を上げて、潜んでいた者が飛び出してきた。

 その姿は、一言で表すなら「異形」。

 三対の真珠を思わせる眼、鰓の張った二本角、板皮魚類が如きプレート状の牙、熊手としても使われた長過ぎる触角と、何処ぞの恐怖神話に出て来そうな、深海魚然とした頭部。

 そんな頭部の下から、背側が黄色で腹側が真っ赤に染まった百足のような胴体が続き、尻尾の先端は魚と海老の尾鰭が融合した扇状の物が付いている。

 まさしく異形。はっきり言って、かなり気持ち悪い。

 

『『なぁにこれぇ!?』』

《「川熊」だと思うよ~》

 

 と、ビバルディがフキダシで答えた。

 「川熊」とは、東北を中心とした水辺に棲息する、水生の妖怪である。漕ぎ出してきた船にヒッソリと近寄り、水中から腕だけを伸ばして獲物となる人間を引きずり込むという。

 

『『何処が「熊」なの!?』』

 

 熊の要素が触角くらいしか無いのは如何な物か。それを言ったら、蜥蜴だった鼬や陸生ヤドカリの蟹なんかも居るから、今更と言えば今更なのだが。そもそも“熊のような腕を持つ”だけで、本体の姿が描写された伝承は無かったりするし。

 

 

◆『分類及び種族名称:虻瀑(ぼうばく)超獣=川熊』

◆『弱点:口の中』

 

 

『……って、そんな事を言ってる場合じゃ無いか!』

『ガァアアアッ!』

 

 抵抗された事がよっぽど腹立たしかったのか、釣った張本人である竜宮童子へ目掛けて、川熊が襲い掛かる。ダンクルオステウスばりの鋭い牙を白熱化させ、奈落の顎をおっ広げながら、飢えたピラニアの如く噛み付いてきた。竜宮童子は躱せたが、岩場は当然ながら動けないので、牙の餌食となり……跡形も無く蒸発する。

 どうやら、あの光る牙は相当な高熱を帯びているらしい。あれだけ輝いているのに刃毀れ一つしないとは驚きだ。

 

(耐熱性も耐久力も申し分無し、という訳か!)

 

 ただし、ダンクルオステウスと同じような構造なのだとすれば、あの牙は顎の甲殻が出っ張っただけの、替えの利かない歯だと思われる。一度噛み付くと牙から輝きが失われる辺り、クールダウンも必要なのだろう。

 つまり、あの牙を叩き壊せば、川熊の攻撃力を大きく削げるという事である。他には肉弾戦しか出来ないように見えるし、間違いあるまい。

 ……そう確信して、泡爆弾を食らった猫娘が居た事は密に、密に。

 

『カァアアアアッ!』

『その為にも、少し動きを鈍らせないとな!』

 

 節足がゲンゴロウを彷彿させる繊毛を生やしたオール状になっているからか、水上の動きが凄まじく速い。まるで蛇が身をくねらせて泳いでいるようだ。

 

『カァアアアア……バヴォオオオオオッ!』

 

 さらに、移動している間に空気を取り込みながら再び牙を白熱化させ、噛み付く準備を押し進めている。高速で迫りながら力を溜める、中々理に適った動きと言える。

 

(さてと、どうするか……)

 

 水上を走りながら、竜宮童子は考える。とりあえず、攻撃パターンを崩さない事には、どうにもならない。

 一応、逃げながら卵爆弾を浴びせているが、殆どダメージは通っておらず、精々が煤ける程度。槍で突ければ別かもしれないが、それは川熊が許してくれないだろう。あの目まぐるしい動きにカウンターを合わせるのは、ほぼ不可能に近い。

 ならば、どうするか。

 

(噛み付き様に口の中へ攻撃を叩き込むしかないか……!)

『ゲァアアアッ!』

『この……野郎!』

『グギャオァッ!?』

 

 光り輝く牙で噛み付いてきた川熊の一撃を躱し、口を開いた瞬間に槍を突っ込む竜宮童子。目論見通り、川熊は悶えながら距離を取った。

 やはり、攻撃こそ最大の防御。カウンターを決めて、あの不気味な生き物を水底へ沈めてやろう。

 

『クァォオオッ!』

 

 すると、川熊が口から砂利混じりの水弾を数発放って来た。

 

『バォオオオオン……!』

 

 そして、その間に再度牙を白熱化させる。弾幕で怯ませている隙に攻撃を繰り出す方針へ変えたらしい。

 

『くっ……!』

 

 その作戦が功を制し、水弾で足取りを乱され空中に投げ出された瞬間、川熊の噛み付きが炸裂、竜宮童子は脇腹を少し抉られた。

 

『調子に乗るなぁ!』

『バヴォッ!?』

 

 しかし、竜宮童子も負けては無い。一度は沈んだが水蒸気爆発を引き起こして遥かな空へ飛び上がり、ついでに川熊も吹き飛ばした。ダメージは大して通っていないが、怯ませるのには成功したので、結果オーライと言った所か。

 

『ゴバァアアアアッ!』

『ガァアアアア……!?』

 

 さらに、水揚げされた無様な川熊に、竜宮童子が怒りの卵爆弾を、絶え間なく浴びせ掛ける。爆風吹き荒び、轟音が炸裂した。後に残るは、焼け焦げ動かぬ骸となった川熊と、それを見下ろす竜宮童子。

 

『ふぅ……やはり淡水域の妖怪なんてこんな物――――――』

『童子くん、まだや!』

 

 と、祢々子が焦った様子で叫ぶ。

 

「何を――――――」

『ガヴォオオオン!』

 

 すると、直ぐに答え合わせが為された。真っ黒焦げ助になった川熊が突如として動き出し、毛糸玉の如く身体を丸めたかと思うと、

 

『ピィイイイイイイン!』

 

 雛鳥が卵から孵るように、あるいは硬い繭を打ち破るように、巨大な羽虫が現れ、飛翔した。

 筋骨隆々とした胸部に、そこから生える甲虫を思わせる六本の節足と一対の翅、尻尾のように細長い腹部。顔が元の川熊と似ていなければ、殆ど「シオヤアブ」を巨大化させたような姿をしている。

 もちろん、頭部以外にも差異が多々あり、平均棍(退化したもう一対の翅で、双翅目に見られる特徴)がジェットエンジンみたいな形だし、腹部は幼虫時代(・・・・)の百足海老状態のままだ。

 そう、これは川熊の羽化した姿――――――成虫形態(・・・・)である。

 

『そんなのあり!?』

『ピァアアアッ!』

『ぐぉあああっ!?』

 

 と、川熊が目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、竜宮童子を八つ裂きにした。音が後から聞こえてきたのを鑑みるに、ソニックブームで切り刻まれたのだろう。何れにせよ、竜宮童子は暫く戦闘不能だ。

 

『何て事するんや、お前ぇっ!』

『ピァアアアアアァァァンッ!』

 

 そんな訳で、怒れる祢々子と選手交代だ。

 

『ピキュルァアアアッ!』

『フーッ……!』

 

 早速、川熊が攻撃を仕掛けて来る。平均棍から空気を思い切り吹き出し、瞬時に巨体を降下させると、腹部を地面へ叩き付け、その上で先端を前へ突き出して来た。閉じられた尾鰭が鋭い刃となって、河川敷を大きく抉る。まるでハサミムシのような使い方だが、硬い甲殻で守られているので、心配ご無用なのかもしれない。

 

『シャアアアアッ!』

 

 その上、腹部の貫通打が躱されたと知ると、今度は口から先が尖った細長い物体を伸ばしてきた。

 

『ピィイイイイイイン!』

 

 そして、それさえ避けられると、自身も飛翔し、腹部を振動させながら振るい、無数の棘を降らせる。たぶん、脇腹の節足だった部分を発射しているのだろう。岩をも容易に寸断する、凄まじい切れ味と威力である。

 

『……この野郎!』

『ピァアアアア!?』

 

 だが、祢々子だってやれる子だ。再び接近してきた川熊に対して、祢々子は太陽光を頭の皿で強く反射し、目晦ましとした。鳥と違って瞬膜を持たない癖に、眼だけは良い羽虫には効果覿面である。

 

『ダラァアアアッ!』

『プギァアアアッ!?』

 

 さらに、目が眩んで藻掻く川熊の顔面に、祢々子の鉄拳が叩き込まれる。伸縮性の高い腕を何度もピストンする、鎧砕きの必殺パンチだ。

 

『ピキィ……!』

 

 頭から腹部の先まで衝撃を貫通された川熊は、瞬時に絶命した。

 こうして、儚川を賑わせた川熊騒動は、里桜たちの知らぬ間に幕を閉じたのであった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それからそれから。

 

『童子くん、大丈夫か~?』

『大丈夫だ、問題ない』

『ごっつぅ心配になる台詞吐かんといて?』

『本当に大丈夫だって……』

 

 竜宮童子は祢々子から治療を受けていた。彼女の体表から出る分泌液は治癒効果があり、その為、竜宮童子は祢々子にベタベタされている状態である。羨まけしからん。

 

『オビバ~』

 

 そんな二人を、ビバルディが生暖かい目で見つめる。ここまでピュアピュアな絡み方をされると、嫉妬より親心が芽生えてしまう。可愛いね。

 

『――――――礼は言わないからな! 気を付けて帰りやがれ!』

『バイバ~イ♪』『ビバビ~♪』

 

 その後、無事に傷が塞がった竜宮童子は、ツンツンデレデレな捨て台詞を残し、何処かへと去っていった。また来るんだろうなぁ……。

 

『何か慌ただしかったけど、何やかんやで楽しかったな~』

『ビバ~』

『それじゃ、そろそろ帰るか~』

『ビバビバ~♪』

 

 そして、祢々子とビバルディも、峠高校の屋上へ帰って行くのだった。

 

 

 

『丁度良い人材だな』

 

 そんな彼女らの背中を、悪意のある双眸が見送った。




◆川熊

 東北一帯を生息地とする水棲の妖怪。熊のような手を持ち、船で漕ぎ出した人間などを水中に引きずり込むのだという。伝承されるのが腕の部分ばかりで、胴体に関しての描写はほぼ存在しない。想像力が足りないよ。
 その正体は、巨大な虻。特に昆虫界の暗殺者:シオヤアブに近縁であり、幼虫時代は水中から、成虫になると空から、荒々しくも華麗に襲い掛かる。武器は白熱化する牙による噛み付きとソニックブーム。


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足音の怪

今日は水槽のお引越シ。


 ――――――ぴしゃり……ぴしゃり……。

 

 

『フォォォォォ……』

 

 “それ”は歩く。ぴしゃりぴしゃりと、夜の道を。彼の者は何処から来て、何処へ向かうのか。それは誰にも分からない。

 ……否、向かう先は分かる。それは――――――、

 

 

 

 とある高校の“屋上”だ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校。

 そして、ここは一年四組の教室。朝という事もあり、生徒たちもざわついている。当然、日常会話に混ざって様々な噂話も流れていた。

 

「ねぇねぇ、聞いた?」

「何を?」

「ウチの学校の屋上さぁ、最近立ち入り禁止になったじゃん?」

「ああ、そう言えばそうだね。でも何でだろう?」

「……噂じゃあ、マッドサイエンティストが住み着いてるらしいよ」

「なぁにそれぇ?」

「相棒みたいな言い方しないでくんない? ま、噂だけどね。そもそも、立ち入り禁止になってから、まだ誰も入ってないし」

「じゃあ眉唾物じゃん。馬鹿馬鹿しい」

「良いじゃないの。学校の怖い噂、学校の七不思議。そういうのがあってこその学校生活じゃない」

「ひねくれてんねー」

 

 そう、峠高校の屋上は今、どういう訳か立ち入り禁止になっている。それ処か屋上に昇る為の階段も閉鎖され、物理的に侵入出来なくなっていた。一体何があったというのだろうか。

 

「ああ、そう言えば……」

 

 だが、噂には続きがあった。

 

「学校の何処かにある「コトリバコ」ってポストに手紙を入れると、会えるらしいよ」

 

 「コトリバコ」。

 水子の呪いが詰まった、子供を取り殺す災いの箱。見た目こそ木製の立体パズルのようだが、世にも恐ろしい方法で作られ、常に禍々しい怨念が漏れ出しているという。

 しかし、そんな恐ろしい呪物が学校にあるという事実に、誰も頓着していない。

 だって、信じていないから。噂は所詮、噂。怖い物なんてないさ、お化けなんか嘘さ。そう思っている。

 だが、火の無い所に煙は立たないし、嘘から出た実なんて言葉もある。

 ほら、そこに。

 

「……あった。あの噂、本当だったんだ」

 

 その少女――――――宇月(うづき) 流美(るみ)は、しっかと目の当たりにしていた。噂の真実、紛れもない現実を。

 さらに、彼女には悩みがあった。とても奇異な悩みが。

 

「でも、あんな物、どうにか出来る訳……」

 

 それは、ある日の晩の事。部活で遅くなり、最愛の弟である宇月(うづき) (こう)と夜道を歩いていた時の事だった。

 

『フォォオォォオォォ……』

 

 目の前に、信じられない物体が居たのである。暗がりの中でも、星明りに負けないくらい、赫々と輝く、不気味な未確認歩行物体(UWO)

 

「な、何だあれは!? クソッ、姉さん、下がって――――――ぱぁあああん!?」

「こ、煌!?」

 

 そして、咄嗟に姉を庇い、敵意を向けた煌を、それは閃光と共に蒸発させた。跡形も残さずに。

 それ以来、流美は真実を語る事無く、鬱屈とした思いを抱え続けていた。きっと誰も……例え親だろうと信じてくれないし、矛先がこちらに向くと分かっていたから。

 

「……いえ、駄目で元々よ!」

 

 しかし、もう耐えられない。こんな苦しみを背負ったまま、人生を歩んでいくのは無理だ。

 何より、可愛い弟を殺したあの物体を、どうして放って置く事が出来ようか。何としてでも復讐し、煌の無念を晴らす。過剰なストレスに苛まれた流美は正常な判断力を失くし、唯一つの意志に囚われていた。

 

「よぉ、同級生さん」

 

 そんな彼女に、悪魔が囁く。

 

「だ、誰よあんた!?」

「私か? 私は噂のマッドサイエンティスト、香理(かり) 里桜(りお)だ。今回は説子(せつこ)改造(メンテナンス)が終わってないから、代わりに来てやったぜ」

 

 噂のマッドサイエンティスト、香理(かり) 里桜(りお)である。ブルマーの体操着に白衣を纏っているという珍妙な格好からして、間違いないだろう。

 

「手紙は読ませて貰った。まぁ、泥船に乗ったつもりで付いてこい」

「いや、それ沈む奴……」

「いいからいいから、テ○ーを信じて」

「それは笑○犬」

 

 ……本当に大丈夫か?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。

 

「まったく、メンテが間に合わないかと思ったぜ」

「それはお前の仕事だから、ボクに言われても困る」

「えっと、どちら様?」

「ボク? ボクは天道(てんどう) 説子(せつこ)。改造人間さ」

「は、はぁ……」

 

 流美と里桜、それから改造が終わった天道(てんどう) 説子(せつこ)も加えた三人は、古角町の一角に佇んでいた。周囲に人影はなく、明かりも少ない。田舎だから。

 

「……ちなみに、何でここに? 現場はここじゃないんですが?」

 

 ただし、流美が煌を失った場所ではなく、峠高校から程近い通りであった。

 

「実を言うと、お前が来る前から、そういう噂は耳にしてたんでな。目撃情報を基に、“そいつ”の移動経路を予測したのさ」

「で、ゴールが峠高校(あそこ)って訳だ。簡単な話だろう?」

 

 そう言って、里桜と説子は背後に聳える峠高校を親指で差した。

 

「な、なるほど……」

 

 そこまで断言されては、納得するしかないだろう。

 

「それで、これからどうするんですか?」

「“そいつ”は夜間に数キロ程度を進んでいる。かなりの牛歩だな。んで、大体今晩辺りに学校に到着するから、ここで迎え撃つ。それだけさ」

「……とか言ってたら、出て来たぞ」

 

 すると、暗~い夜道の闇から、ぴしゃりぴしゃりと水が滴るような足音が聞こえて来た。ぼんやりと赫い光も見える。“奴”に違いない。

 

「「ぴしゃがつく」だな」

 

 未だベールを脱がぬ物の怪について、説子が言及する。

 

「「めちゃがっつく」?」

「「ぴしゃがつく」だよ。ぴしゃりぴしゃりと歩くが姿は見せない、所謂“音だけ”の妖怪さ」

 

 「ぴしゃがつく」とは、関西地方を中心に伝承される、足音だけの妖怪だ。暗がりを歩く人間の後ろから「ぴしゃりぴしゃり」と水が滴るような音を立てて付いて回るが、振り向いても誰も居ないという、“夜道の恐怖心”を体現したかのような怪異である。その為、姿形に関する描写は一切なく、正体は闇の中だ。

 ただ、今回の個体は人前にも姿を見せているようだが、果たして……?

 

「あいつ……!」

 

 流美が歯を食いしばり、拳を握り締める。最愛の弟の仇が目の前に居るのだ、無理もないだろう。

 

「悔しいのか? 奴が憎たらしいか?」

「当然でしょ……!」

「そっか。なら逝って来~い」

「ゑ?」

 

 突然、流美の身体がフワリと浮かんだ。里桜が襟首を掴んで投げ飛ばしたのである。何故にWhy!?

 

 

 ――――――ビシュゥウヴウウウン!

 

 

「ぶぴぃっ!?」

 

 さらに、闇路の先で光が閃き、流美は爆散した。

 

「雌豚みたいな断末魔だな、可哀想に」

「お前が殺したんや」

「だが役には立った。奴が“一定範囲内の敵を自動的に狙撃する”習性を持っていると証明したからな」

「流美は犠牲になったのだ、ってか? 余計に悪質だわ」

「黙れ殺すぞ」

「見境なさ過ぎるだろ……」

 

 もちろん、里桜と説子は全然気にしていなかった。所詮は他人の命だ。幾らでも居るし、放っておいても湧いてくる。少しくらい減っても問題ない。少子高齢化社会の現在(いま)、畑で取れる作物のようにはいかないだろうが、“規格外品”くらいは何とかなるだろう。子供みたいな親は、それこそ幾らでも居るし。

 

「さてと……ご対面といこうか?」

『フォォオオォォ……』

 

 そして、夜闇のベールを脱ぎ、怪音が正体を現す。

 

「「何かウイルスみたいな奴だな」」

 

 その姿を見た里桜と説子が、口を揃えて言った。

 赫い六脚スタンドに真紅の正八面体を乗っけただけのシルエットは、まさにバクテリオファージの親戚であり、どう見なくてもウイルスである。肉眼で確認出来る処か人間よりもデカいので、形が似ているだけの立派な生物なのだがけれど

 ただ、霧が晴れた先に現れたのが、こんなショボいモ○ルアーマーみたな奴だとは、聊か拍子抜けだ。

 

 

◆『分類及び種族名称:幾何学生命体=ぴしゃがつく』

◆『弱点:不明』

 

 

『フォォォォ……キャアアアアアアアアアッ!』

 

 

 ――――――ピシャァアアンゥ!

 

 

「「危なっ!?」」

 

 前言撤回。こいつは紛れもない危険生物である。正八面体の部分が変形して、鉄を蒸発させるビームを放ってきたのだ。

 

『フォォォォォ……』

「「その頭は飛○石だった!?」」

 

 さらに、正八面体に戻った頭部(?)を中心として浮かび上がり、そのままホバー移動で急接近してくる始末。生物は生物でも、兵器という名詞が付くトンデモ生物だった。

 

「この野郎っ!』「消えとけ!」

 

 

 ――――――カキィイイイン!

 

 

『「嘘ぉ!?」』

 

 その上、バリアまで完備しているようで、説子の爪も、里桜の目からビームも防がれてしまった。反射機能が無かった事を喜ぶべきか、そもそもバリアがある事を嘆くべきか、判断に困る。

 そして、多大な隙を晒してしまった二人を、ぴしゃがつくは、

 

『………………』

『「あれ?」』

 

 完全に無視してピシャリピシャリと歩き始めた。あれれ~?

 しかも、行き先は学校の屋上。フワッと急上昇し、着地すると、またピシャピシャと歩き始める。

 

「「いや、ちょっと待てや」」

 

 あまりにも華麗なスルーっぷりに思わず固まってしまった里桜と説子だったが、直ぐに正気を取り戻してぴしゃがつくを追いかけた。

 そこで待っていたのは、

 

『………………』

「「えぇ……」」

 

 作り置きの純水槽に溶け込み、赫い水になってしまった、ぴしゃがつくであった。なぁにこれぇ?

 

「どういう事だってばよ?」

「……とりあえず、成分を調べてみるか」

 

 限りなく意味不明だったので、一先ず水質を調べようとしたのだが、

 

『ポンッ!』

「「は?」」

 

 今度は赫い水の中から真っ青なスライムが現れた。どういう、事なの……?

 

『プルプル……ボク、悪いスライムじゃないよ』

「「喋ったぁっ!?」」

 

 さらに、そいつは喋れるスライムだった。自身を変形させ、振動を言葉として放っているのだろうが、この際そんな事はどうでもいい。重要なのは意思の疎通が図れる事である。

 ……という事で、ちゃぶ台を挟んで未知との遭遇と洒落込もう。

 

「何なんだ、お前は」

『見ての通り、スライムだよ。プルプルプル』

「いや、そうだけど、そうじゃないのよ。……さっきまでの姿は何で、今はどういう状態なんだ」

『ああ、あれは“汚染状態”だよ』

「汚染状態?」

『そうそう。ボクらは獲物を溶かして食べる種族なんだけど、溶かし込みすぎると老廃物で身体が赫くなっちゃうんだ。で、その汚れを落とす為に、ボクたちは水場を純水に変えて、自らを溶かし込む事で“再誕”してるんだよ』

「おい、ちょっと待て。それってつまり――――――」

『うん。近場に丁度良い純水の溜まり場があったから、拝借しようと思ったのさ』

「「ただのサボりじゃねぇか!」」

 

 ぴしゃがつくの正体は、自前の洗剤を用意するのも面倒臭がる、とんだサボり野郎だった。死ねばいいのに。

 

「……それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

『うん? 用が済んだから、また放浪の旅に出るつもりだけど?』

「人の純水を勝手に使っておいて、何を言ってるんだ貴様は……」

『そう言われてもねぇ。……ああ、それじゃあ、ゴミ処理係として雇ってよ。大抵の物なら溶かせるし、レッドアラートが鳴った時に、また純水を使わせて貰えれば、それで良いからさ』

「フム……」

 

 ぴしゃがつくの言葉を聞き、里桜は思案する。確かにこんなバキューム野郎を放逐するのは勿体無いし、何より色々と使い道がある。老廃物である赫い水も、場合によっては役に立つだろう。

 

「良いだろう。これから屋上(ここ)も改造していく予定だし、色々と役に立って貰うぞ」

『分かったスラー』

「取って付けた様な語尾で喋るな」

 

 こうして、里桜たちは便利でヘンテコなゴミ処理機を手に入れたのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「………………」

 

 そして、説子は目を覚ました。手術台に雁字搦めの状態で。傍らには、色んな危ない道具を両手に携えた里桜が、悪魔の笑みを浮かべながら立っている。

 

「……何してんの?」

「改造してんの」

「せめて“する”って言って?」

「だが断る」

 

 だが断られた。酷いが何時もの事。

 

「夢を見ていた」

「夢だぁ?」

「ああ、去年のな。丁度ぴしゃがつくを屋上に連れて来た時の事だ」

「そう言えば居たな、そんな奴」

「自分でOKした癖に忘れるなよ」

「忘れられるのが知的生物の特権さ」

「物は言い様だな」

「脳味噌シェイクしてやろうか?」

「遠慮しておく」

 

 下らない会話を挟みつつも、改造手術は進んでいく。此度はどんな呪いを施されるのだろうか。説子自体が、里桜の生み出したコトリバコなのかもしれない。

 あるいは、

 

「里桜はワタシ(・・・)の事、好き?」

「もちろんだよ、お姉ちゃん(・・・・・)

 

 これ以上は、“野暮”だろう。




◆ぴしゃがつく

 主に関西地方で伝承される「音だけ」の妖怪。その名の通り「ぴしゃりぴしゃり」と水が滴るような足音を立てながら夜道を付いて回る。同類の妖怪は全国に伝わっており、「べとべとさん」「カタカタさん」など様々な名前がある。
 正体は水神の近縁種。普段は半流動体で獲物の後を付いて回り、立ち止まった所を纏わり付いて捕食しているが、その際に発生する老廃物が溜まると固形化する。こうなると水辺で身体を洗う事を最優先するようになり、立ち塞がる者を自動的に攻撃する傍迷惑な存在となる。


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碧靂の出遭い

カラーヒヨコの現物を一度だけ目にした記憶がありマス。


 ある縁日の事。

 

『ぴよぴよ』『ぴっぴっ』『ぴこから~♪』

「へぇ、カラーひよこか、珍しいわね……」

 

 何となく立ち寄った屋台で、少女は今時珍しい「カラーひよこ」を発見した。

 カラーひよことは、読んで字の如く、塗料で染め上げられたひよこである。見た目こそカラフルで可愛らしいが、その染色過程で熱風に晒される為、短命に終わる事が多く、的屋からは「ハヤロク」呼ばわりされていたりする。ついでに言うと、直ぐに羽毛が生え変わってしまうので、この七色七変化を拝める期間は、そう長くない。

 ようするに、旧き良き動物虐待だ。今やったら確実に周囲から叩かれるし、何ならネットに上げられて人生終了である。この屋台の人は何でこんな物を売ってるんだろう?

 

「………………」

 

 しかし、的屋の店主は反応しない。幾ら目の前で手を振ろうが、堂々と動画を撮ろうが、気にも留めず、唯々ひよこを勧めて来る。

 

『ピヨッ♪』

「……買ってしまった」

 

 店主の圧に負けてしまった。完全な売り勝ちだ。

 

「まぁ、良いか」

 

 可愛いは正義である。儚い命を愛でるのも乙だろう。育成ゲームをしているような物だ。動かなくなった暁には本気で泣くのかもしれないが。

 

「名前は「みどり」にしよう。緑色だからね」

『ピヨッ!』

 

 名付けられたのが嬉しいのか、カラーひよこ改め「みどり」が嬉しそうに踊る。言葉が分かるのだろうか?

 まぁ、そんな事はどうでも良い。これ以上祭りの最中を歩く意味も無いし、さっさと帰るとしよう。

 

『……ピヨピヨ』

 

 一瞬、みどりの目が光ったと思ったが、気のせいにしておく。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ある縁日の夜道。

 

『コォオオオン……』

 

 走る疾走る、迸る。稲荷火纏いし野狐が、直走る。

 彼なるは妖狐。獣を超えし、神に至らぬ紛い物。

 故に求める。神域へと進まんが為、狐は狩る。犬と言わず、猫と言わず。鼠すらも逃さない。

 

「うぅ……」

 

 見付けた。火灯しの器。罅割れだらけな心の隙間から取り憑けば、彼の者は人の世に解き放たれるだろう。

 

『コァアアアッ!』

「うっ!? ……あぐ、がが、ぐぁ……うぅんっ!」

 

 狐火の見せる幻が少女を包み、野狐は人妖一体となる。

 

『キュァアアアアアッ!』

 

 いざ行かん、邪なる神の黄泉路へ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校。

 そして、ここは二年三組の教室。今日も今日とて生徒たちがざわめき、実りの無い会話で溢れ返る。

 

「ふぅ……」

 

 そんな中で、夜鷹(よだか) 星花(せいか)は特に誰と話すでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。別にボッチという訳ではない。気掛かりな事があるだけだ。

 

「どうしたの?」

 

 と、星花に話し掛ける少女が一人。彼女は稲葉(いなば) 時雨(しぐれ)。星花の友人である。

 

「いや、ちょっとね……」

「何よ、隠し事? 水臭いわねぇ。話してご覧なさいな」

「お節介な奴だなぁ。……まぁ、良いか。別に減る物じゃないし」

 

 星花は頬杖を着きながら、時雨は椅子の背もたれに胸を預けながら、会話を始める。まさに青春の一ページだ。

 

「で、どうしたの?」

「いやさぁ、この前、縁日の祭りがあったじゃん?」

「ああ、あったわね。それがどうかした?」

「そこでさぁ……何か勢いで買っちゃったんだよね、カラーヒヨコ」

「ええっ、そんなのまだあったの!?」

 

 星花の発言に、時雨が驚く。当然の反応だろう。今時こんな動物虐待行為が流行る訳が無いのだから。

 

「……って言うか、買っちゃったんだ」

「うん。店主の圧に負けちゃって……」

「良いカモねぇ、あんた」

「お黙りんしゃい」

 

 だが、その通りではある。言い訳の仕様もない。

 

「だけど、買ったからには、ちゃんと飼いなさいよ?」

「分かってるよ。だから、どう飼えば良いのか思い悩んでるんじゃん」

「まぁ、ひよこなんて飼った事無いわよねぇ……」

「そ。……確か、あんた家で鶏飼ってたわよね?」

「飼ってるわねぇ」

「……この通りです、飼い方をレクチャーして下さい」

 

 星花はパァンと手を合わせた。蚊を叩き潰すような勢いで。煩い。

 

「………………」

「……何で鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんの?」

「お相撲さんもビックリな猫騙しをしといてよく言うわね。……ま、良いわ。なら、私からもお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。実はね――――――」

 

 その内容とは、

 

「何で私がこんな事を……」

「友人の頼みだと思って、お願~い♪」

 

 時雨と一緒に「コトリバコ」へ手紙を出す事だった。もちろん依頼主は時雨本人だし、星花には何の関係も無いのだが、まぁ怖いのは確かだから仕方ないだろう。これも「みどり」も為である。

 

「手紙を出したのはお前らか?」

 

 すると、何時の間にやら噂の説子が、二人の背後に立っていた。

 

「あ、えっと、私は付添人というか……」

「依頼をしたいのは私の方です! でも、ちょっと一人だと不安なので、一緒に来て貰いました」

「そうか……まぁ、それもそうだな。良いだろう。付いて来い」

 

 そういう事に為った。

 

『………………』

 

 そんな彼女らを、怪し気な双眸が見送った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。

 

「ふぅ……」

 

 何やかんやで無事に付添を果たし家に辿り着いた星花は、思わず溜息を吐いた。

 

「それにしても、時雨にあんな悩みがあったなんてね……」

 

 そう、時雨には誰にも言えない、信じてくれそうもない悩みがあったのだ。

 

 

 ――――――数日前から、鬼火に付き纏われている。

 

 

 それが、彼女の悩みだった。彼氏の瀬碓(せうす)くんと縁日に行った帰り道に偶然目撃し、それ以来、事ある毎に視界の隅をチラつかれて困っているのだという。特別害がある訳では無いが、確かにそれはウザったい。

 

「鬼火ねぇ……まぁ、良いだろう。聞き入れてやる」

 

 噂のマッドサイエンティストは一瞬含みのある視線を時雨に向けたが、割とあっさり承諾した。内容が簡単だったからだろう。

 さらに、今夜中に解決の為に乗り出してくれるのだとか。善は急げという事だろうが、随分と慌ただしい。何れにしろ、ひよこの飼い方についてはまた明日である。

 

「ただいまー」

 

 そして、何もやる事がなくなった星花は帰宅した。誰も居ない家に(・・・・・・・)

 

「ただいま、みどり。良い子にしてた?」

『ピヨピヨピヨ』

「そっか。……なら、ちょっと散歩にでも行こうか。月が綺麗だしね」

 

 しかし、暇を持て余すのも勿体無いので、その足で夜の町へ繰り出す。一抱えもある程に成長したみどりを抱いて。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 一方その頃、時雨たちはというと、

 

『シャアアアッ!』

「まーたこういうパターンか」

「商売上がったりも良い所だな」

 

 思い切り敵対していた。

 正確に言うと、既に妖怪に(・・・・・)身体を(・・・)乗っ取られて(・・・・・・)いた時雨(・・・・)が、里桜と説子に襲い掛かっていたのだ。

 

「二年三組、稲葉 時雨。クラスメイトの瀬碓(せうす) 来田(らいでん)とかいうキラキラネーム野郎とお付き合いするも、奴が四股を掛けていた事が発覚し、縁日の帰り道にして刺殺。その際、何らかの妖怪に取り憑かれ、成り済まされていた……と、こんな所か」

「四股はヤバいな。お盛んな事で」

 

 つまりは、そういう事(・・・・・)だった。

 

『コァアアアン!』

 

 と、時雨の生気を吸い尽くし、取り憑いていた物が羽化するかの如く分離した。青白い毛並みに覆われた、大きな尻尾を持つ狐だ。周囲には時雨の語っていた鬼火が漂っている。

 

「野狐……いや、「バロウギツネ」か」

 

 野狐(やこ)(「野犴」と呼ばれる場合もある)とは、成りたての妖狐であり、ランクで言えば最底辺の化け狐である。

 そして、バロウギツネは野狐の一種であり、背後から負ぶさるように取り憑く、所謂「おんぶお化け」の一種でもある。先程の様子を見るに、寄生生物としての側面が強いようだ。

 

 

◆『分類及び種族名称:焔泡超獣=バロウギツネ』

◆『弱点:尻尾』

 

 

『コォオオン!』

 

 バロウギツネが吠え滾りながら、不思議な泡を吐いてきた。中には青紫色の焔が宿っており、ユラユラと揺らぎつつ宙を舞う。

 

『フシャアアアッ!』

 

 さらに、泡と同じ色の液体を高圧水流として放ち、周囲一帯をヌルヌルにしていく。

 

 

 ――――――ボァアアアアッ!

 

 

 しかも、この液体は引火性の強い油のようで、僅かな火種で辺りを火の海にする程。まるでナパームだ。

 

「チッ……!」

 

 そして、あっと言う間に炎に囲まれてしまった説子。上は大火事、下も大火事。一歩進むだけで火達磨になる為、逃げ場は全くない。

 

『キュァォッ!』

 

 その上、バロウギツネの毛皮は耐火性に優れているらしく、煉獄の渦中を燃える事無く滑らかに移動している。泳ぐような足運びからして、自分の撒いた油を潤滑剤にしているのだろう。その様は、氷上で舞い踊るスケート選手だ。同じ引火液使いの蟹坊主と比べても、扱いの巧みさが窺える。

 

『調子に乗るな!』

『キュァアォッ!?』

 

 だが、残念ながら説子も耐火性が非常に高い。それも火ではなく爆炎を操るのだから、油に点いた程度の火炎では死なないのである。彼女に火傷を負わせたければ、マグマに突き落とすくらいはすべきだろう。

 

『コァアアアアアォォォンッ!』

 

 いとも容易く反撃されたバロウギツネが、怒りの咆哮を上げる。小柄な身体からは想像し難い、かなりの大声量であった。

 

『ホァッ! ホァッ! ホワタァッ!』

 

 さらに、さっきの数倍はあろうかという燃ゆる泡沫を空中へ散布して、

 

『コァアッ!』

『うぉっと!?』

 

 高速で宙返りをしながら尻尾を叩き付ける。岩盤が捲れ上がる程の威力があり、直撃せずとも衝撃波で説子を吹っ飛ばした。

 

『キュァアアッ!』

 

 そして、バロウギツネは着地したその場でグルグルと回り出し、次の瞬間、針のような物をばら撒き、説子を針の筵にした。おそらく針毛を意図的に抜いて飛ばした物と思われる。

 

『うぉあっ!?』

 

 しかも、空中に待機していた泡を正確に射抜いて、全方位から一斉に、説子を焔で集中砲火した。幾ら空気中とは言え、全集中した炎は超高温であり、これには説子もダメージを受けた。

 

『ヴォァアアアアアアッ!』

『………………!』

 

 しかし、強い再生力を持つ説子にとっては大した物ではなく、それ処か火炙りにされた事で、彼女の怒りは一気に沸点を突き抜け、火山が大噴火した。稲妻を纏いながら燃え上がり、大地を踏み鳴らしながら歩く姿は、まさしく地震・雷・家事・説子だ。

 

『キュァアアアッ!』

 

 本能的に生命の危機を感じ取ったバロウギツネが、反撃の暇を与えず一気に仕留めてしまおうと、再び泡撒きと針の筵によりうコンボ攻撃を仕掛けようとしたが、

 

『ゴヴァアアアォッ!』

『ギュァアア……ッ!?』

 

 自爆による熱波で一切合切を吹き飛ばす説子には通じなかったばかりか、特大のダメージを受けて戦闘不能となった。熱に強くとも、物体を透過する放射線や防御力を貫通してしまう衝撃波には勝てなかったよ。

 

『コォォォォ……ッ!』

 

 さらに、怒れる説子が溜め攻撃を放とうとし始め、いよいよ以てバロウギツネの最期が訪れる……かに思われたが、

 

 

 ――――――ザァアアアアアアアアッ!

 

 

 突然の大豪雨、狐の嫁入りである。

 

『ぬぅ……!?」

 

 呼吸も儘ならず、叩き潰されるような勢いの雨に、攻撃を中断してしまう説子。彼女の熱と耐久力なら問題無いのだが、唐突な展開についつい思考が止まってしまったのだ。知的生物共通の弱点と言える。

 

『クゥゥゥ……』

 

 その隙にバロウギツネは鎮火され滑りが良くなった油を利用し、スルスルと逃げ出してしまった。

 

「チッ……まぁ良い。あの傷じゃあ、暫くはどうしようもないだろう」

 

 最悪そのまま息絶えてしまうかもしれない。そんな奴を追い打ちする程、説子はブチ切れていなかった。精々プチ怒り程度であり、バロウギツネは彼女の気紛れに救われたと言える。

 

「それにしても、さっきの雨は何だったんだ?」

 

 それよりも、この突然過ぎる通り雨の方が気になっていただけ、とも言えるが。

 

「とりあえず帰るか……」

 

 何れにしろ、戦いは終わった。本当なら死体を回収したい所であるが、こんな土砂降りの中で探すのは面倒だし、サンプルとして残った油を持って帰れば、一先ずは里桜も文句は言わないだろう。

 

「――――――良くやった。褒美に死をやろう!」

「うぉおおおっ!?」

 

 許されなかった。酷い話である。

 と、その時。

 

「あらら、終わっちゃったの? 残念ねぇ~」『ピヨピヨ』

 

 この修羅場に似つかわしくない乙女が、大きなひよこを抱いて現れた。戦いの行く末を草葉の陰から見守っていた、星花とみどりだ。顔に笑みこそ張り付いているが、目は笑っておらず、完全に座っている。

 そもそも、みどりの嘴から血肉の油(・・・・)が滴っている時点で、色々とおかしい。

 

「何しに来た……と言いたい所だが」

「その様子だと、お前もかぁ?」

 

 そんな彼女の様子から、里桜たちは全てを察する。要するに、こいつも屑って事だ。

 

「“そいつ”は波山(ばさん)の雛だな」

 

 みどりを見た説子が呟く。

 「波山(ばさん)」とは「犬鳳凰(いぬほうおう)」とも呼ばれる、口から火を吹く鶏の妖怪である。主に四国地方の竹藪に棲息しており、鶏の癖に夜行性で、真夜中に人里に現れては不気味な羽音を立てて獲物を誘き出すという。見た目通りの肉食性であり、火で焙ってから食らうらしい。

 

「そうよ。縁日で買ったの。()をあげたら、こんなに大きくなったわ」

「そりゃあ、大人を二人(・・・・・)も食えば(・・・・)、成長もするわな」

「いいえ、妹もよ(・・・)。どうせ誰も私を要らないんだから、その逆もまた然り……でしょ?」

 

 星花は化け物の雛を愛おしそうに撫でながら答えた。その瞳に、光は無い。

 

「それで、次はお友達を……って訳か。当てが外れたな」

「そんな事は無いわ。目の前に居るじゃない、美味しそうな獲物が! さぁ、行くのよみどり!」

 

 そして、嗾けられたみどりは、

 

『ガブッ!』

「えっ……こけぇっ!?」

 

 目の前の(・・・・)美味しそうな(・・・・・・)獲物に(・・・)、頭から齧り付いた。それはもうムシャムシャと。

 

『グヴェエエエイァアアアアッ!』

 

 さらに、鶏冠や翼の鈎爪、尻尾の鋏に炎が灯り、全身の羽毛までもが七色に輝き出す。みどりは波山として覚醒したのだ。

 

 

◆『分類及び種族名称:火山怪鳥=波山(ばさん)

◆『弱点:鶏冠』

 

 

「なるほど、親殺し(・・・)までが本能か。どっちにしろ、見る目が無かったな」

 

 今は亡き母親気取りの少女に、里桜が冷笑を浮かべながら見下した。子供はあくまで子供。親心など分かる筈が無い。それが一方的な物なら尚更の事だ。可愛いは正義だが、正義が本当に善い事なのかは別なのだから。

 

「……で、どうする?」

 

 呆れ顔で嘆息する説子が、何時までもニヤ付いている里桜に問う。

 

「もちろん、捕獲するさ。生死問わずにな」

 

 彼女にとって正しい答えは一つしかなかった。こんな四国産の珍しい鶏を放っておく手はない。

 

「仕方ないな。……行くぞ!」

『キュヴァアアアアアアッ!』

 

 そして、妖魔説子と覚醒波山が激突する。

 

『キャヴォォォッ!』

「鶏が空を飛ぶな!」

『クァカァギィッ!』

「鳥脚キックぅっ!」

 

 先手は波山。鶏とは思えない見事な飛翔からの連続スライディングキックを繰り出して来る。

 

『クァッ!』「ぐへぇっ!?」

 

 さらに、長い尻尾を振るい、白熱化した羽毛を飛ばして来た。高熱を帯びているからか、これがまた鋭い切れ味で、“出血多量には至らないが少しでも力むと血が滲んでくる”という、開き掛けの傷みたいな切り口となる。

 

『グヴェェイヴァアアアッ!』

「ぐっ……こいつ!」

 

 しかも、伝承通り口から火を吐く事も出来るようで、火炎弾を複数ばら撒き、逃げ道を塞いでから爆炎を放つというコンボ攻撃を仕掛けてきた。

 その上、翼の鈎爪から炎の刃を形成しつつ、五月雨斬りを放ってくる。高熱で威力を増した連撃は、容易く説子の四肢を分断するだろう。それどころか全身がバラバラである。

 

『……舐めるなぁ!』

『グヴェイヴァッ!?』

 

 だが、やられっぱなしの説子ではなく、鈎爪を伸ばして炎を宿し、対抗する。同じ高熱同士であれば、物体が当たるより先に熱で弾き合うので、切り結ぶ事が出来るのだ。

 

『はぁああっ!』

『ギャヴォッ!?』

 

 そして、猫又の尻尾を生やして、波山の頭部に叩き付ける攻撃を二連打ァ!

 さらに、怯んだ隙に大きく息を吸い込み、爆炎を超えた熱線を吐いて、波山を吹き飛ばした。プラズマ光を放つ程の強力な電磁場でコーティングされた不可視のトンネルは、膨大な熱エネルギーを余す事無く伝達し、相手を被爆させる。人間どころか、象ですら一撃で沈める必殺技である。

 

『グヴェエエエイァアアアッ!』

 

 しかし、元より炎を扱う波山にはあまり通じないらしく、精々表面の羽毛を継続的に焼き続ける程度のダメージしか通らなかった。

 

『なら、遣り方を変えよう』

 

 すると、説子は炎を引っ込め、代わりに全身を激しく帯電させ始めた。以前倒した雷獣の力を里桜に移植された事で、雷も操れるようになったのだ。背骨を中心として発電している為か、背中が青白くスクロール点滅している。

 

『シャアアアッ!』

『ギュァアアッ!?』

 

 と、説子が電荷を帯びた鈎爪を苦無のように発射した。刺さると感電する上に、新陳代謝を異様に上げているおかげで直ぐに生えてくる為、何度でも飛んで来る、相手に取っては厄介な技である。

 

『シャラァッ!』

『グウルゥッ!』

『チィッ……!』

 

 だが、飛ばす為の予備動作が少々大きいので、冷静に対処すれば回避も可能だ。動きの素早い波山であれば余裕であろう。

 しかし、耐熱と耐電は別物(ゴムが熱に弱いのと同じ)であり、痺れる身体を熱で無理矢理に動かしている波山にとっては、割と辛い状況ではある。

 

『グルシャァッ!』

『グギィッ……!』

 

 しかも、説子は電気で高速移動しながら素早い連撃を放ってくる為、どうやっても避け切れない。

 

『グゥゥゥ……キャァアアアアアッ!』

『ギャヴォオオッ!』

 

 その上、熱線の代わりに集束したマイクロ波を吐いて爆砕するようになったので、余計にやり辛かった。一番被弾していた右の鈎爪が壊れ、息も絶え絶えである。自慢の鶏冠も引き千切れそうだ。

 

『キシャァアア!』

『グヴェェィ……クァアアアアアッ!』

『ぐぁっ!?』

 

 だが、やられっぱなしではいられない。波山は持てる力を振り絞り、鶏冠に熱エネルギーを集中させ、巨大な炎熱刃を形成、再び連撃を放とうと向かって来た説子を邀撃した。金属が蒸発する程のパワーを秘めた攻撃は凄まじく、鶏冠がぶっ壊れたが、説子も袈裟斬りにして吹き飛ばした。

 

「ハイ、ノッキング」

『カッ……!』

『おぃいいいいい!」

 

 まぁ、大技の後に隙が出来るのは世の常であり、波山もまた高みの見物をしていた筈の里桜にノッキングされ、見事に捕獲されてしまったのだが。まさに漁夫の利。真面にやる気のない、里桜らしい勝ち方であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『キュゥゥゥン……』

『お帰り。よく頑張ったわね』

『クゥ~ン……』

『大丈夫よ。仕込み(・・・)は済んだから』

 

 誰かがニヤリと嗤った。




◆波山

 「犬鳳凰」の別名でも知られる巨大な鶏の妖怪。主に竹藪に棲息し、大きな翼を羽ばたいて道行く人を驚かすと言われている。
 正体は現鳥類とは別系統の“恐竜の子孫”。飛行能力は高くないが、恐鳥のように強靭な肉体と俊足を持ち、口から吐く火で焙り焼きにする。鶏(正確にはその飼い主)に托卵し、育てさせた上で食い殺して巣立ちする悪質な生態を持つ。
 生息地は四国地方なので、本来なら東北に居る筈がないのだが……?


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三途川の中心でアイを叫ぶ

そこにアイはあるンカ?


 ブルームーンに照らされた紫陽花が淡く咲き誇る、とある夜。

 

『………………』

 

 西の海に何者かが飛び込んだ。それは頭に皿を載せ、甲羅を背負った、所謂「河童」だった。それも、ナイスバディの雌個体である。

 彼女が向かうのは、東の海を北上した先にある、東北地方の閻魔県。

 そして、この雌河童が上陸する時、運命の歯車が大きく動き出すのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、三途川(みとかわ)付近。

 

『ぬぬぬ……』

 

 その日、竜宮童子は悩んでいた。うだつの上がらない自分に。

 竜宮城周辺の魚介類に壊滅的被害を与えた重罪人、祢々子河童を討伐する。それが乙姫――――――つまりは母親から直々に課せられた使命だ。

 絶対に成さねばならない……のだが、親から受け継いだのであろう祢々子の爆発力に押され、未だに失敗が続いている。それ処か、何故か友達認定されている始末。本当にどうしてこうなった……。

 

『おっと……』

『あ、スマン……って、お?』

 

 そんな感じで、ボーっと歩いていたら、竜宮童子はぶつかってしまった。通りすがりの呵責童子に。

 今ここに、本来なら出会う事のない童子系の妖怪が、顔を合わせたのであった。なぁにこれぇ~?

 

『えっと……』

『とりあえず歩く?』

『あ、ああ……』

 

 一先ず、歩道の真ん中で突っ立っていても仕方ないので、歩み出す二人。ついでに世間話と洒落込む。同じ童子系妖怪、話は合うのかもしれない。

 というか、子供は会った時から仲良くなれる物である。これくらいは当たり前なのかもしれない。

 

『……ふーん、使命ね。僕には分からない話だな』

『まぁ、座敷童子系統の妖怪はそうだろうな……』

 

 竜宮童子は竜宮城に所属する言うなれば構成員の一人だが、呵責童子は基本種である座敷童子と同様に流浪の身であり、生活基盤が全く違う。理解しろという方が無理かもしれない。

 

『仲直りは出来ないの?』

 

 すると、呵責童子がポツリと呟いた。

 

『……出来る訳無いだろう。多少の被害ならまだしも、幾つかの種族を絶滅させてるんだ。流石に母様も許してはくれない』

『キミ自身はどうなの?』

『オレ自身?』

『まぁ、ボクもこれ以上とやかく言う気は無いけど、親だからって一辺倒に信じてると、ロクな事に為らないよ。……それじゃあね』

 

 さらに、余計なお世話まで焼いて、スタスタと何処かへ行ってしまった。次なる不幸を撒く家探しをしているのだろう。本能に忠実な事だ。

 

『……オレ自身が、か』

 

 果たして自分は任務に忠実、なのだろうか?

 度重なる失敗により、竜宮童子は自信を失くし掛けていた。

 

 

 ――――――×××、どうして母さんの言う通りに出来ないの?

 ――――――愚図な子ね。まったく、アンタなんか産むんじゃなかったわ、屑が。

 ――――――アンタさえ、アンタさえ居なければ! あの人とだって一緒になれるのにィ!

 ――――――フフフ、こうなれば×××も……そうよ、邪魔する奴は皆死ねば良い! いえ、私が殺してやる!

 ――――――なっ、アンタ……まだ生きて……この、最後の最後まで……役立たずのクソガキがぁああああっ!

 

 

『いや、母様の言う事は絶対だ。そうでなければならない。そうじゃないと……』

 

 しかし、竜宮童子は歩みを止めない。使命の為に、愛する母の為に……今度こそ(・・・・)見限られない為に(・・・・・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『あ、童子くんや~』『ビバ~』

 

 そして、気持ちを新たに、竜宮童子は三途川の河原にて、祢々子とビバルディに接敵したのだが、

 

『あらあら、貴方が竜宮童子くんね?』

『ゑ?』

 

 何か見知らぬ人が居た。

 否、人間ではない。頭の皿、背中の甲羅、指の間に張られた開閉自由な水掻き。顔こそ人間の女性であるが、“彼女”は人間ではなく、河童である。それも飛び切り美人の。

 

『え~っと、どちら様?』

『どうも、祢々子の母、禰々子(ねねこ)です。どうぞ宜しく、竜宮童子さん』

(は、母親が来た!? 何で!?)

 

 まさかの母親だった。確かによく見ると顔立ちが似ているかもしれないが……。

 いや、それはこの際どうでもよろしい。祢々子の母親という事はつまり、

 

(禰々子河童……!)

 

 「禰々子河童(ねねこがっぱ)」。利根川を中心とした北関東を根城とする、河童の女大将。その力は凄まじく、九州を統べる河童の親分「九千防」ですら頭が上がらない程だという。

 

(クソッ、どういうバタフライ効果が働いたらこんな事に!?)

『いや~、超特急で来ましたよ……バタフライでね』

(そういう事じゃねぇ! 誰も泳法なんて聞いてないのよ! つーか、利根川からここまで泳いで来たの!? あ、いや、娘の方言から察するに、今は大阪の方か――――――いや、どっちにしても遠いわ! 行動力、馬鹿凄いな!? ……って言うか、娘の事、溺愛し過ぎじゃね!? ウチなんて「サーチ・アンド・デストロイ」の一言で送り出されたのに!)

 

 どうして陸と海でこうも家庭環境が違うのか。

 

『せやけどオカン、何でわざわざこっちに来たん?』

『決まってるじゃない……娘を誑かした男をサーチ・アンド・デストロイする為よ』

(違ったぁ! この人、直接殺りに来ただけだぁ! いや、あの……母親って何!?)

 

 少年に親心は難しかったようだ。

 

『なぁ~んて冗談よ。顔を見に来たのは本当だけどね。ほら、こっちの石に座りなさいな。……祢々子はちょっとビバルディくんと釣りでもしてなさい。お母さん、この(ひと)と大事な話があるから』

『ほーい』『ビバル~ン』

『………………』

 

 物凄く遠慮願いたいが、そういう訳にも行くまい。竜宮童子は大分嫌々ながらも、禰々子の隣に座った。

 

『ウフフフ……』

(こ、怖い……目が笑ってない……)

 

 だが、何を話して良いのか分からな~い♪

 

(お、落ち着け、オレ。ここは妖怪同士、それらしい会話を――――――)

 

 しかし、何時までも沈黙を保つのも、それはそれで良くないので、竜宮童子は当たり障りのない会話から始める事にした。

 

『えっと、祢々子……さんは、貴女の――――――』

『厳密には娘じゃないわ。クローン個体よ。でも、本当の娘だとは思ってる』

 

 河童の増え方には、幾つかのパターンがある。

 先ずは普通に交尾をして子を成す遣り方。種類によって卵生か卵胎生か胎生かの違いはあるが、概ね世間一般の有性生物の生殖方法である。

 もう一つは、人間の水死体に自分の細胞を植え付ける遣り方。こちらは無生殖……つまりは自分の複製(コピー)を作るような物で、性格こそ移植先の人間に左右されるものの、ほぼ百パーセント同一の性能を有する事が出来る。祢々子が怒った時に発揮する爆発力は、これに由来しているのだ。

 

『水難事故、ですか?』

『いいえ。あの子はね、自殺したのよ。海が大好きな幼馴染の男の子に先立たれてね』

『自殺……』

『見ていてあまりにも不憫でね。……思わず昔の自分を思い出しちゃって、ついついやっちゃったの。だけど、後悔はしてないわ。今のあの子は、とても楽しそうだもの』

『………………』

 

 竜宮童子は、何も言えなかった。

 

(……いや)

 

 否、言わない訳にはいかないだろう。例え相手が上位の妖怪だとしても、宣言しない訳にはいかない。

 

 だって、また捨てられるから。

 

『オレは――――――』

『ヴォオオオオオッ!』

『『!?』』

 

 だが、何かを言う前に、全てが急転した。

 

『危ない! ……ぐっ!』

『バヴォォオオオオッ!』

『オカン!?』『ビババ!?』『禰々子さん!』

 

 刹那、禰々子が吹き飛ばされる。竜宮童子を庇って、“攻撃”を真面に受けたのだ。

 

『グヴォオオオオン!』

『な、何だこいつは!?』

 

 それは、首無しの巨人だった。禍々しい鎧で身を包み、手には馬鹿デカい戦斧を持っている。胸に二つの発光器官を輝かせ、胴に大口を開き、無い頭の代わりに鬼火を灯す姿は、人型ながらも完全な異形であった。

 

『首が無い……「デュラハン」か!?』

『いや、あれは「刑天(けいてん)」よ。見て、胴体に顔がある』

『刑天!? いやいや、どっちにしろだ! 中国妖怪だぞ、刑天は!?』

 

 「刑天」とは、中国に伝わる首無しの巨人である。かつて「天帝(古代中国における最高神の事)」の座を掛けて黄帝と争ったが力及ばず首を切り落とされ、それでも怨念の力で乳首を目に、臍を口に変えて暴れ回ったという。こいつはその子孫に違いない(伝承の個体自体は討伐されている)。

 ようするに、神に最も近い力を持つ妖怪、という事だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:悪魔超人=刑天』

◆『弱点:不明』

 

 

『何て事するんやぁあああっ!』

 

 と、母を吹っ飛ばされた怒りで凶暴化した祢々子が、刑天に飛び掛かった。

 

『よせっ! そいつは火事場の馬鹿力でどうにかなる相手じゃない!』

 

 竜宮童子が止めるも、遅かった。

 

『ゴヴァアアアッ!』

『がっ……!?』『ビバァッ!』

 

 刑天が口から熱線を吐いたのである。ビバルディが盾になったものの、それでも祢々子の全身が焼け焦げた。

 

『ガヴォオオオッ!』

『ぐっ……!』

 

 さらに、戦斧を振り回し、風圧だけで祢々子を吹き飛ばす。その一撃で祢々子は戦闘不能となり、三途川の堤防が抉れた。とんでもないパワーだ。流石は神級の妖怪なだけはある。

 

『ヴォァアアアアアッ!』

 

 刑天が止めを刺そうと襲い掛かる。

 

『……チクショウ!』『あ、童子くん……』

 

 しかし、間一髪で竜宮童子が助け出した。思わず、身体が動いてしまった。

 だが、何も終わってはいない。刑天の追撃は続いている。水上を遡行する竜宮童子たちに、戦斧が迫る。

 

『せぇいっ!』

『な、お前!?』

 

 そんな大ピンチに、別の小さな影が割って入った。呵責童子である。全身から蒸気が上がり、目にも止まらぬ速さと凄まじいパワーを発揮している。彼らは体内に多量の菌類を共生させているが、それを燃料にしているのだろうか?

 

『ドラララララララッ!』

 

 しかも、まるでゴムのように両腕を伸縮させ、マシンガンの如く拳を刑天に叩き込んでいる。一発一発が内部まで衝撃が伝わる発勁の拳だ。

 

『ガヴォオオオァアアアッ!』

『クソッ、流石に硬過ぎる!』

 

 しかし、刑天の鎧は堅牢で、僅かな凹みも出来なかった。この分だと、鎧通しも効いていない。

 

『ギャヴォオオオオオオ!』

『ぐわっ!?』『くぅぅっ!』

 

 そして、刑天がタックルで文字通りの鎧袖一触にして、熱線で再度焦がされた。やはり、小童では大妖怪には敵わなかったよ……。

 

『ブルヴォァッ!』

 

 

 ――――――ガキィイイイン!

 

 

『ゴァッ!?』

『いい加減に……』

 

 だが、止めの大切断をダメージから復活した禰々子が白刃取る。

 

『しろやぁあああああっ!』

『ゴバァアアアアアアッ!?』

 

 さらに、そのまま握力だけで戦斧を砕き、追撃のギガトンパンチで一発KOした。流石は関東最強の女大将。神に準ずる妖怪相手であっても引けを取らないようだ。

 

『ゴハッ……!』

 

 魂の一撃で鎧を破壊され、内部構造を滅茶苦茶にされた刑天はゆっくりと倒れ伏し、二度と起き上がる事は無かった。

 

『た、助かりました』

『愛娘を助けたのよ』

『ははは……』

 

 母は強し。

 

『お前もありがとな』

『流石にあんな大騒ぎされちゃね』

『悪かったよ……』

 

 呵責童子(こいつ)も大概にお人好しである。

 

『それにしても、何でこんな所に刑天が?』

『さぁねぇ……んん!?』

 

 ふと、刑天の死体を見た呵責童子が唸る。

 

『こいつ……死んでるぞ。それも、今々の話じゃない。死後、数週間は経ってる』

『馬鹿な……それじゃあ、死体が勝手に動いてたってのか!?』

 

 死後に人間が悪霊や妖怪に為る話はよくあるが、厳密に言うと“死んだまま”ではない。死体に何かが乗り移り、自分に都合の良い身体に作り変えているだけ……謂わば“生まれ変わった”状態だ。本人が蘇った訳では無く、あくまで参考にしただけの別物なのである。

 妖怪だって、生きているのだから。

 

『ん……?』

 

 その時、竜宮童子が何かに気付いた。

 

『油?』

 

 それは「油」だった。刑天の死体から、血液の代わりにドス黒くギラギラとした油が流れ出ていたのだ。

 

『これは……』

『触らない方が良いわ。何か嫌な感じがする』

 

 と、油を調べようとした竜宮童子を、禰々子が止める。悠久の時を生きている彼女が言うのだから、そういう事(・・・・・)なのだろう。

 

『何か、妖狐の扱う油に似ているね』

 

 すると、呵責童子が意外な答えを示した。

 

『じゃあ、妖狐の仕業だってのか? でも、刑天レベルの化け物を傀儡にするなんて、それこそ気狐や仙狐じゃ利かないぞ?』

 

 狐にはランクがある。時と修業を重ねる毎に「野狐(妖気を帯びただけの狐)」、「気狐(術が使えるようになった狐)」、「仙狐(神通力を発揮出来る上位の狐)」と階級を上げて行き、遂には「九尾狐(文字通りの神となった存在)」へと至る。

 刑天は個体にもよるが、神通力程度は簡単に跳ね除けてしまう。本来なら、それこそ神でもなければ対抗出来ない妖怪なのである。

 

『いや、それは分からないけどさ……』

 

 結局、謎は謎のままだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その後、一同はそれぞれの帰路に着いたのだが、

 

『“娘をお願いね”か……』

 

 結局、竜宮童子は言い出せなかった。その前に禰々子が言うだけ言って去ってしまったからだ。そういう多少強引な所は娘にそっくりである。

 

『オレは、どうしたいのかな……』

 

 それに答える者は、居なかった。

 

 

 

『安心しなよ、坊や。……お前は、もうすぐ死ぬんだから』

 

 刑天を殺し(・・・・・)傀儡にして(・・・・・)嗾けた奴以外は(・・・・・・・)




◆刑天

 かつて「天帝(中国神話における最高神)」の座を掛けて黄帝と争った戦神。敗れた際に首を切り落とされたのだが、執念だけで乳首を目に、臍を口に替えてまで戦いを続けようとしたという。
 その正体は頭部を失った死体に取り憑き、乗っ取る寄生生物。元の頭が無い為、他の同系統の妖怪のように生前の影響を受ける事が無い。手に持つ武器は骨格の一部を変形させたもの。原種は戦斧と盾を持っていたが、そこは個体差が出る模様。剛腕を振るい、口から熱線を吐いて暴れ回る。


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この素晴らしき世の中に鉄槌を!

(例え九割焼けていたとしても)半生の豚肉、ダメ絶対。


 槿(ムクゲ)の花が香る、とある昼下がりの一軒家にて。

 

「はぁ……」

 

 少年は溜め息を吐いた。自室のベッド上で、体育座りをしながら。彼は峠高校の生徒なのだが、学校には行っていない。所謂「不登校児」だ。

 原因はクラスメイトとの人間関係。かなり複雑なので省略するが、言うなれば“ボッチ”に為ってしまったからである。教室に居場所が無いのだ。今時なら珍しくもないだろう。

 

「……これから、どうしよう」

 

 少年は悩んでいた。自分が発端故に自業自得と言えばそれまでなのだが、だからと言ってクラスメイトの塩対応に納得が行く訳では無い。だからこそ、これから自分はどんな立場で、どう接して良いのか分からなくなり、殻に閉じこもってしまっている。そんな自分に更に嫌気が差す、という見事な負のスパイラルに嵌まっていた。

 

『天誅ぅ!』

 

 そんな不登校少年の部屋に、窓からダイナミックにお邪魔する者が一人。黒衣を纏い、四色(青・赤・緑・黄)の宝石を眼孔に嵌め込んだ、黄金と青黒が入り混じった骸骨という、実に怪奇な姿をしている。

 そいつは少年を指差すなり、

 

『殺す!』

「端的!?」

 

 せめて理由を言え。

 

「お、俺が何したって言うんだよ!?」

『何もしていないという大罪を犯している!』

「ええぇっ!?」

『そんな貴様に鉄槌を下しに来た! 感謝して死ねぃ!』

「ぎゃぱぁあああああっ!?」

 

 そして、言い訳も言い分も聞かず、問答無用で殺害した。額に突き刺した指で体液を吸い尽くすという、吸血鬼や柱○男のような手段で。

 

「きゃああああ! あ、あんた誰よ!? 一体、これは……!」

『貴様はこいつの母親だな? 貴様もまた重罪人だ! 社会の底辺というゴミ屑を生んだ罪で、貴様を引き裂いてやる!』

「ざっぱぁあああああああ!?」

『フハハハハハハハハハハ!』

 

 さらに、騒ぎを聞き付け飛び込んで来た母親をも処刑し、高らかに嗤いながら去って行く。彼が何処へ向かうのかは……蝙蝠だけが知っているのかもしれない。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校――――――その屋上にある研究所にて、

 

《「オーク・ブライア」だな?》

《ああ、そうだ。だが安心しろ、俺は紳士だ。見境なく女に手を出すような真似はしない》

《それは困るな》

《ゑ? は? 何を言って――――――》

《オークならばオークらしく、女騎士たる私を食え! 私を雌豚にしてみせろ、雄豚よ!》

What's(ワッツ) happened(ハップン)!?》

《御開帳ぉおおおおおおっ!》

《うわぁあああああああっ!?》

「あ、やべ、ゲームオーバーになっちゃった。初見殺し過ぎるだろ。チュートリアルで食うなよ……」

 

 里桜(りお)はあられもないゲームに興じていた。傍らには呆れた目で見下す説子(せつこ)も居る。

 

「出たな、訳の分からんゲームシリーズ第三弾!」

その通り(Exactly)! こいつは「オークス・ランド・ウェイ」。女しか居ない異世界に転移しちまった真摯なオークが、精に飢えた雌豚共から逃げ惑うサバイバルアドベンチャーゲームだ」

「……何かちょっと表現を弄ればラノベに出来そうなのがムカつくな」

 

 実はクォリティーが向上してきたりしてませんか?

 

「ちなみに、脚本家は後に作家として独立、有名になったらしいぞ」

「ああ、だから「オススメ11」って衰退したのね。制作の中核が居なくなれば、そりゃあクォリティーも落ちるわ……」

 

 世知辛い世の中だった。

 

「それはそれとして……最近、我が校では不登校が流行っているらしいぞ?」

『あ~、生き返る~♪』『ビバビバビ~♪』

 

 説子が悦子に水をやりながら呟く。その足元ではビバルディがはしゃいでいた。可愛い。

 

「はぁ? そんな事ある訳がないだろう。最初から(・・・・)居なかった事(・・・・・・)にされているんだから」

「お前、自分が何を言ってるか分かってます? ……まぁ、つまり何だ。話題に(・・・)上がっている(・・・・・・)のが話題(・・・・)だよ」

「ああ、なるほどね」

 

 峠高校で命を落とした生徒は、基本的に社会から抹消される。

 一応、火のない所に煙が立たないような事態にならないよう、“誰かが居なくなっている”程度は情報として浸透させているが、何時までも「何処の誰が消えた」などと言わせておくなどありえない。

 だのに、明確な不登校児が噂のネタになっている時点でおかしいのだ。そいつらがどうなろうと里桜からすれば知った事じゃないが、狩場(・・)で何処ぞの馬の骨に好き勝手されるのはムカつく。

 という事で、レッツ潜入調査。

 

『良い天気ねぇ』『(ビバビバ)』

 

 配役は「悦子(えつこ) on(オン) the() ビバルディ」。神にも悪魔にもなれない、ただのハリボテである。

 ちなみに、里桜たちは屋上にて、悦子の視界をジャックする形で現場をモニタリングしている。流石はマッドサイエンティスト、遣る事が科学的。

 

「……何でこいつらにしたんだ?」

「悦子は元々峠高校(ここ)の生徒だし、地味だから目立ちもしない。丁度良い人材だよ」

「酷い言い草だな。だったら、祢々子(ねねこ)でも良いじゃん」

「あいつは阿呆だから駄目だ。ボロしか出ん」

「確かに……」

 

 酷い奴しか居なかった。

 

「ねぇねぇ、聞いた? 二組の絶対(たえない)って子、不登校になったんだって」

「そうなの?」

「うん。何でも、家庭の事情が絡んでるんだとか」

「あらまぁ、大変ねぇ」

「……あんた、偶におばさんみたいになるわよね」

『ムムム……』『(ビバル~)』

 

 早速それらしい噂が流れてきた。

 

「聞き覚えは?」

「一応あるな。確かに在籍はしている」

 

 里桜たちの方でもリストアップ済み。これを利用しない手は無いだろう。

 

「よし、こいつを“餌”にしよう」

「餌て……」

 

 マッドサイエンティストに慈悲も常識もない。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 大和祢(やまとね) 真一(しんいち)は高校の教師であった。

 やんちゃだった己を律してくれた担任に憧れ同じ道を歩んだ、とても分かり易い好青年であり、生徒のみならず教職員からも人気があった。

 だが、とある問題児を注意したその日から、歯車は狂い出す。その生徒の親は所謂「モンスターペアレント」で、どう考えてもおかしいが“それっぽく聞こえる”弁の立つ人間でもあり、正義感だけの真一を言葉巧みに貶め、教職から辞任させてしまった。周囲も初めは助けようとしたが、教員の立場が低い昨今の世情も相俟って力及ばず、やがて誰も手を差し伸べなくなった。あんなに慕っていた生徒たちですら、一部の者を除いてあっさりと掌を返してしまった。信頼関係など、所詮はそんな物なのだろう。

 こうして絶望に打ちひしがれた真一は、それでも最後まで慕ってくれた生徒に迷惑を掛けないよう、誰も立ち入らない山奥でひっそりと自殺しようとした――――――のだが、直前に何者かに取り憑かれ、生まれ変わった(・・・・・・・)。地位も権力も等しく解決出来る、圧倒的な“暴力”を伴って。

 再誕した彼は、手始めに件のモンスターたちを虐殺。その子供も凄惨な方法で殺した。

 それにより箍が完全に外れた真一は、次々と“問題児”を処刑していった。彼の独断と偏見で選ばれた、“学校にとって不利益となる存在”を次々と抹消していったのである。中には完璧に冤罪でしかない生徒も居たが、そんなの真一にとっては知った事では無かった。

 そして、今宵も真一は天誅を下す。不登校などという甘えた態度を示す社会の底辺を滅する為に。

 標的は絶対(たえない) (れい)という女生徒。数週間前から登校を拒否しており、自宅に引きこもっているという。許されざる大罪人だ。万死に値する。

 という事で、

 

『殺す!』

「端的!?」

 

 真一は化生してから零の部屋に不法侵入する。

 

「えっ、その声……新任の大和祢先生!?」

『その通りだぁ! そして死ねぇぇい!』

「だから理由は!?」

『お前という罪でだ!』

「存在を全否定!?」

 

 さらに、銀色のバットらしき物を取り出し、大リーグボールでさえホームラン出来そうな程に、大きく振り被って……、

 

『止めなさい!』

 

 止められた。悦子(の下の人間態ビバルディ)の壁を吹き飛ばす程の掌底打ちが繰り出され、真一は間一髪で躱す。代わりに背後の壁を走っていた一匹のゴキブリがトマトジュース(無色)になった。エイメン。

 

『ぬっ……お前は確か悦子! 邪魔立てするなら、貴様も底辺だ! ぶち殺してくれるわぁっ!』

『お前の脳味噌が底辺だわ……』

 

 本当に判断基準がお粗末過ぎる。

 

『神に代わって天誅下すぅ!』

 

 真一のシルバーバットが、悦子の頭をホームランしようと襲い掛かる。

 

『緊急離脱!』『ビバ~ン!』

 

 しかし、首がすっぽ抜けて回避された。

 

『何ィ!? バラ○ラの実の能力者だとぉ!?』

 

 ※違います。

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

 その隙に、零は逃げ出そうとしたのだが、

 

『逃がすか! 行け、ファン○ル!』『『『『ピキピキャ~!』』』』

 

 真一のマントの下から、彼そっくりだが目が見当たらない分身体×4が、彼女を包囲する。

 

 

 ――――――ズバビビビビッ!

 

 

『『『『ギャース!』』』』

『何ィ!?』

 

 だが、到達する前に、全匹撃墜された。

 

『ナイスタイミング! それじゃあ、後はお任せしまーす!』『ビバビ~♪』

「へいへい、良い子はお家に帰んな」「……良い子か?」

 

 現れたるは、我らが屋上のマッドサイエンティストと闇色の水先案内人。悪魔のような女たちだ。

 

「「一目五先生」だな」

 

 目の前の阿呆を見て、説子が呟く。

 

「何処の家庭教師だ?」

「そういう事じゃないんだが……」

 

 「一目五先生(いちもくごせんせい)」とは、中国の浙江(せっこう)省に棲息していたと言われる、五人一組の怪物である。一体だけが目を持ち、残る四体に指示を出して行動するチームプレイが特徴で、彼らに寝込みの息(つまり生気)を嗅ぎ取られた者は死に至るという。嗜好性の強さも有名で、彼らの獲物は善人でも悪人でもない、「ただ生きているだけの怠惰な人間」である。

 つまり、穀潰し(ニート)の天敵という訳だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:吸魂超人=一目五先生』

◆『弱点:全身』

 

 

「ちなみに、宿主は元教師、現無職の大和祢 真一氏だな」

「要らん情報をくれるな。耳が腐る」

 

 里桜の一言に、説子が突っ込む。そこまで言わなくても。

 

「えーっと、“大和祢 真一(27)。自分の恩師に憧れ教師となるも、ある日注意したクラスの問題児の親がモンスターであった為、訴えられた上で辞職に追い込まれる。その後の消息は不明”、と」

「なるほど、境遇の次はお頭が可哀想な事に為ったか」

 

 同情の余地があるようで、全然無い男であった。復讐に奔走した時点で、こいつも犯罪者(クズ)である。それが社会のルールという物だ。法律に慈悲は無い。

 

『黙れ黙れ! 教師とは聖職者! 生徒を導き、正しい道を歩ませる為の存在だ! その立場が大きく低下した、今の社会は間違っている! だから私は立ち上がったのだ! 立てよ教員、殺せ底辺! 生きる価値のない人間は、杭が出る前に殺されて然るべきなのだぁあああああっ!』

「「わぁーお、実に右翼的な意見」」『ポリコレ絶対殺すマン……』

 

 良い事を言っているように見せ掛けて、その実中身が全く伴っていない、脳味噌お花畑な奴である。ばーかばーか。

 

『おのれ……! どいつもこいつも、我が正義の行いを邪魔立てしおってからに! ぶち殺してくれるわぁ!』

 

 と、猿の如く怒り散らしながら、真一もとい一目五先生が襲い掛かる。下半身を円盤のように変形させ、高速かつ不規則に動き回りつつ、シルバーバットで殴打を狙う。

 

「「当たりませーん」」

『ぬぉおおおおおっ!?』

 

 しかし、当たらない。当たる訳がない。ちょっと前まで熱いばかりの一般人が、幾度となく妖怪たちを葬って来た無敵のコンビに勝てる道理は無かった。必死に空振る彼の姿は実に滑稽で、哀れである。

 

『クソッ! クソッ! 当たりさえすれば――――――』

「ならやってみろ」

『馬鹿め、死ねぇい! 侍打法だぁああああああああ!』

 

 

 ――――――パキャァアアアン!

 

 

『……ってあれぇ!?』

「芯の無い男のフルスイングなんて、こんな物か……死ね」

『マゾォーッ!?』

 

 わざわざ里桜にお膳立てされた渾身の一打もガラスの如く砕け、一目五先生に出来る事は無くなった。いとも容易く上下の半身が生き別れ、ジ・エンドだ。

 

『ぐぐぅ……何故だ……! 教育を施すのが教師の役目……! 愛の鞭すら受け入れられない穀潰しを殺して、何が悪いと言うのだ……! 奴らは社会の底辺なんだぞぉ!』

『「じゃあ、無職のお前もそうだろうが」』

『ぐわばぁあああああっ! あ……ぐ……ひ、他人事だと……思って……!』

「「だって他人事だもん」」

『チ、チクショウ……ッ!』

 

 そして、教育者気取りの底辺野郎は、奈落の底へ堕ちて行くのだった……。

 

「まったく。刑天といい今回といい、最近中国製(メイド・イン・チャイナ)が多過ぎない?」

「今の世の中、そんな物だろうよ」

 

 そもそも、里桜たちのお膝元たる峠高校に、大陸妖怪が我が物顔で居座っている時点で、おかしな話である。単なる偶然で片付けて良い問題ではない。

 確実に(・・・)誰かが手引き(・・・・・・)している(・・・・)

 

「……って、そう言えば絶対 零はどうした?」

『あの子なら、ゴキブリみたいに逃げて行きましたよー』『ビバビー』

 

 悦子とビバルディの言葉に、説子はスンスンと臭いを嗅ぎ、

 

「“蜚虫(ひむし)”の如く、ね……」

「何の話だ?」

「いいや、別に……何でもないのさ(・・・・・・・)

 

 不気味に嗤った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県の何処か。

 

『危ない所だったネー』

 

 全てを捨てて逃げ出した少女の正体は、

 

火間虫入道(ひまむしにゅうどう)も楽じゃないネー』

 

 怠惰の権化、「火間虫入道(ひまむしにゅうどう)」(♀)だった。

 「火間虫」とは中国で言う「蜚」、つまりはゴキブリの事。彼女は“ゴキブリ娘”だったのだ。一目五先生が天誅を下すまでもなく、とっくに中身を(・・・・・・・)食い荒らされて(・・・・・・・)いたのである(・・・・・・)

 

『さ~て、もっと安心安全な家は無いアルかネ~♪』

 

 そして、絶対(たえない) (れい)だった化け物は、フラフラと歩きだした。まるで地に足が付いていないかのように……。




◆一目五先生

 中国の浙江省という滅茶苦茶ピンポイントに棲息している、疫病神の一種。一つ目の先生に盲目の生徒四人からなる五人一組で行動し、寝静まる人々の生気を吸い取り殺してしまう。ただし、彼らが獲物にするのは「穀潰し」だけなので、お前ら大人ならちゃんと働け。
 正体は“人間を内骨格として取り込む”吸血性のカメムシ類(つまりサシガメ)。発生時こそ水棲だが、ある程度成長すると手頃な人間を襲い、そのまま脊髄に寄生して、背中へ張り付くように一体化する。その後は「消えても問題ない人間」をターゲットに吸血を開始する。また、この段階で無性生殖を行い、自分の手足となる分身を四匹作り出す。


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三尸一体の時

USJ最高!


 とある霧深い夜の事。

 

『キキキ!』『クキキ!』『ピキャーッ!』

 

 霧の中を気味の悪い発光体が飛び交う。それらは翅を持った昆虫で、餌を求めて牙を鳴らして羽ばたいている。

 

『フンッ!』

 

 しかし、相手は爆炎使いの天道(てんどう) 説子(せつこ)。集る傍から焼かれて散って行く。まるで勝ち目が無かった。

 ちなみに、香理(かり) 里桜(りお)も居るのだが、相変わらず後方支援者面で傍観している。手を出すまでもないので、問題は無いが。

 

『ブブブブブ……!』

 

 すると、逐次撃破されていた蟲たちが攻撃を止め、一ヶ所に集まった末、合体して一体の魔物となった。

 

「『テントウムシ?』」

 

 それは、巨大なテントウムシだった。黄金に輝く甲殻を持ち、目玉模様(模様と言いつつ動いているので本当に目玉かもしれない)を背中に刻んでいる。

 だが、テントウムシそのままかと言われるとそうでもなく、中脚と後脚が野太く長い。形態的に腹を浮かせた逆立ちのような態勢を取れると思われる。

 さらに、口器が限りなくエグい形をしており、獲物の肉を簡単に引き裂きそうな禍々しい顎が連なっている。ただし、どちらかと言うと切れ味に特化した形状なので、おそらく硬い殻を持つ外骨格ではなく、表皮が軟らかい内骨格の動物を対象にしているのだろう。

 そう、人間を丸齧りしそうなデザインだ。流石は妖怪、カニバリズム全開だった。

 

「おい、何だこいつは?」

『「常元虫(つねもとむし)」じゃねぇかな。背中に目玉あるし』

「どんな奴よ?」

『人の妄執が形になった蟲だよ』

 

 「常元虫(つねもとむし)」とは、殺された人間の魂が妖蟲となって羽化した妖怪である。

 その昔、天将の兵乱をきっかけとして落ち武者となり、盗賊に身を窶した「南蛇井源太左衛門」という男が居たが、後に改心して「常元」という僧侶となって、人々の為に尽くした。

 しかし、慶長五年のある時、過去の罪状により逮捕され、見せしめとして磔にされた上で斬首された。死に際に常元は常世を呪い、翌年から“人間が後ろ手に縛られたような姿”をした奇怪な虫が現れ、周辺地域に数々の不幸を齎すようになったという。

 むろん、妖怪と言えど生物なので、誰かの恨みの化身、という訳ではない。

 おそらく、あの飛び交っていた蟲たちが常元蟲の成体であり、今の姿は外敵排除の戦闘形態(群体)なのだろう。何れにせよ、ロクでもない害虫だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:蟲毒超獣=常元虫』

◆『弱点:腹袋』

 

 

『プシュシュアアアッ!』

 

 と、常元虫が黄色い体液を前脚から出しながら、土を高速で捏ね繰り回して、大きな泥団子を作り上げた。あの黄色い液で泥を溶かして、前脚を使って球体にしているらしい。

 

『プキャキャキャ!』

「『おっとぉっ!?』」

 

 そして、徐に後ろ向きになったかと思うと、フンコロガシのように泥玉を転がして来た。だから後ろの脚が長かったのか。ポージングとシチュエーションのせいで、どうしてもウ○コに見えてしまうのは仕方ないだろう。

 

『ピキラァッ!』

『Uターンして来るな! つーか、ボクの傍に近寄るなぁーっ!』

 

 しかも、避けられたと見るや、車顔負けのドリフトで方向転換し、執拗に泥まみれにしようとしてくる。

 

『このクソ虫がぁあああっ!』

 

 説子、怒りのバーニング。

 

 

 ――――――パシィィン!

 

 

『何だと!? ……シビレバビデブーッ!』

『ピキャアアッ!』

 

 だが、常元虫は泥玉を壁にしつつ分散、回避してから説子の背後で再集結して、溶解液とは別の麻痺液を口から発射した。諸に食らった説子が、ビリビリと情けないアヘ顔を晒す。

 

『ピキキキキキッ!』『アン♪』

 

 さらに、常元虫は彼女ごと泥をこねて、そのまま封印してしまった。麻痺で動けず溶解液でドロドロにされるとは、哀れな最期だ。遺言が『アン♪』とか、酷過ぎる……。

 

「おや、死んだ」

 

 里桜の方が遥かに酷かった。

 

「仕方ないな、掛かって来なさーい」

『ピキュァァン!』

 

 里桜と常元虫が対峙する。

 

『キキキキキ!』

 

 常元虫が大きく後方に距離を取り、泥団子を作り始めた。僅か数秒の早業だ。

 

「せい」

『キュァッ!?』

 

 しかし、里桜が手裏剣を投げるようにエネルギー弾を発射した為、中断させられてしまう。一撃で大ダメージを受けるような物では無いが、怯む程度の威力はあり、更なる追撃が怖いので、避けざるを得ないのである。とは言え、霧のように実体を失くせる常元虫にとって、躱すのは難しくない。

 そう、躱すだけならば。

 そして、この瞬間に勝負は決まったも同然であった。

 

「せい、せい、せい」

『ピキキャキャッ!?』

 

 分散と再結合で高速回避する常元虫を、里桜の手裏剣シュッシュが襲う。溜め動作が殆ど無い為、連射が利くのだ。その上、常元虫の移動や予備動作よりも早く、攻撃を受け切る耐久力もない。

 つまり、常元虫に出来る事は、甘んじて里桜に蹂躙されるしかないのである。

 

「せい、てい、はい、そい、ほい、とい、もい、かい、ぺい、さい、じゃい」

『ピキョキキ!? アキャキャキャ!? ヒャブキャイ!? キャキャミギィッ!』

 

 爆ぜる花火、踊る虫けら。これぞ虐殺、殺戮機械(キリングマシーン)だ。手裏剣botと言っても良いだろう。

 

「ドォラァッ!」

 

 さらに、疲れて動けなくなった常元虫に、里桜の左目からビームが発射される。

 

『プキョァアアアゥ……!』

 

 止めを刺された常元虫は光の雫となって弾け、同時に霧も晴れた。これにて、今回の依頼は完了である。

 

「おーい、死んでるかー?」

「死んでたら返事はしないだろ……」

 

 説子も普通に無事だ。後は屋上に帰るだけ。

 

『………………』

 

 そんな二人を、誰かが見ていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上、里桜の研究所。

 

「それでは、第一回屋上会議を始めたいと思いまーす」

「「「『えー』」」」『ビバー』『いぇ~い』

 

 そして、本日は屋上メンバー(里桜、説子、鳴女、富雄、悦子、ビバルディ、祢々子)による会議である。過半数が反対けど、気にしたら負け。

 

「……つーか、急に何だよ」

「いやさぁ、最近、妖怪多過ぎない?」

「確かに多いな」

 

 しかも、四国だの大阪だの、果てはお隣の中国だのと、東北地方外の妖怪がやたらと多い。偶然の可能性もあるが、ここは誰かが意図的に持ち込んだと判断すべきだろう。

 問題は誰が、どうして流入させているのか、だ。少なくとも、妖怪なんぞを利用する辺り、真面な目的ではあるまい。

 

「死者を操ったり、バロウギツネを狐の嫁入りで援護した事を鑑みるに、犯人は妖狐の類だと思います」

「おっ、流石は富雄、無駄に推理力ある」

「無駄って言わないでくれる?」

 

 富雄の言う通りなら、確かに犯人は妖狐の可能性が高いだろう。

 

『でも、妖狐ぐらいなら、二人なら余裕なんじゃな~い?』

『ビバビ~』

『そやな~、狐さん可愛いな~』

 

 こいつら、楽観的過ぎる。お茶でも出してなさい。

 

「じゃあ何だ、犯人探しでもあるのか?」

「いいや?」

「しねぇのかよ……」

「これだけ隠れるのが上手い奴を炙り出そうとしても引っ掛からないだろうし、何より現状の目的が不明だ。泳がせている方が面白そうだしな」

「つまり、気には留めておけ、って事か?」

「そういう事だな」

 

 それ、会議開く意味ある?

 

《メ~ルが~、来てるよ~ん♪》

 

 と、議会の最中にディヴァ子から依頼の報せが。いやはや、本当に妖怪の数が多い。

 

「……よし、会議終わり!」

「早っ!」

「依頼だからしかたない!」

 

 さらに、里桜が無理矢理に終わらせてしまった為、会議はお開きとなった。

 

「……あからさま過ぎるだろ」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、峠高校の保健室。

 

「母が病気になりました」

「「病院行け」」

「いや、ちゃんと聞いてくれます!? 病院に行ってどうにかなるなら、依頼する訳無いでしょ!」

 

 いきなり塩対応とか酷過ぎる。

 

「……まぁ、冗談はさておき、依頼の内容を聞こうか」

「ちゃんと昼休みが終わったら戻って下さいよ~」「保健室の利用も程々にお願いしますね~」

「「「は~い」」」

 

 という事で、語り出す依頼者――――――三城和(みきわ) 居歌(おるか)

 彼女は母親と二人暮らしの母子家庭なのだが、数週間前から母親の具合が悪くなり、日毎に衰弱して行っているのだという。

 むろん、病院には行ったが、原因が全く見当付かず、その間も母親は弱って行くばかり。ほとほと困り果てた居歌は、藁にも縋る思いで依頼の手紙を出した、という訳だ。

 

「ちなみに、何の心当たりも無いのか? 些細な事でも良いんだが」

「うーんと……精々、親戚から貰った古米を二人で消化してたくらい、かな?」

「「どう考えてもそれが原因だろ」」

「ええっ、いや、だって……MRIでさえ何も見付からなかったんですよ!? 気付く訳ないじゃないですか!」

「「馬鹿め」」

「ストレートな悪口!」

 

 一般人に里桜たちの感覚を共有させるのは酷な気がする。

 

「さて、説子……何かヒットしたかね?」

「ああ。穀物に潜む妖怪……「三尸(さんし)」だな」

 

 「三尸」とは、元は中国に出身を持つ、奇怪な蟲である。

 人が生まれた時から憑いているとも、穀物を媒介に寄生するとも言われており、宿主に様々な障害を生じさせ、殺してしまう、所謂「疫病神」の仲間だ。人体を抜け出すと鬼のような成体となるらしい。

 

「とりあえず、実際に患者の容体を診てみるとしようかね」

 

 という事で、レッツ居歌宅。

 

「結構良い家住んでるじゃん」

 

 居歌の家は、そこそこ良いお屋敷だった。和式の庭園付きの一戸建てなんて贅沢な。座敷童子とか居そう。

 

『あ、里桜だ』

 

 呵責童子が居た。大丈夫か、この家?

 

『間借りしてるだけだから、直ぐに居なくなるよ』

「あっそう……」

 

 居歌の母親が病気なの、こいつのせいじゃない?

 まぁ、そんな事はさて置き、母親の様子を診てみよう。

 

「お母さんは寝室に居ます」

「どれどれ……う~わぁ~」

 

 そして、拝見した居歌の母親は、大分悲惨な事に為っていた。

 

「うぅぅ……」

「まるで餓鬼だな」

 

 全身がガリガリに痩せ細り、腹だけがボコりと膨らんでいる。腹水がタップリ溜まっているに違いない。これで異常が無いと言われても信じ難いが、医学的には皆目見当が付かないというのだから驚きである。

 

「日本住血吸虫症に似ているが……違うんだろうな」

「あらゆる検査を掻い潜ってるんだから、只の寄生虫じゃないんだろうね」

 

 日本住血吸虫とは、かつて「地方病」として恐れられた、寄生虫の一種だ。野生下では主にミヤイリガイ(地方固有種)に潜伏しており、水を介して皮膚から侵入し感染する。

 その後、肝臓の門脈付近に移動して成体となって、血流を遡って消化管の細血管に至ると産卵。卵が血管を塞栓する為、周囲の粘膜組織が壊死し、卵は壊死組織諸共に消化管内に零れ落ち、消化器を犯して行く。

 すると、感染者は肝硬変を引き起こし、痩せ衰えた末に腹水で腹を膨張させ、最後は寄生虫の卵が脳や血管に詰まって死んでしまう。

 中間宿主であるミヤイリガイが地方固有種なので被害こそ局所的だが、一度感染するとほぼ助からない、原因不明の風土病と恐れられていた。

 だが、時代が明治に移行すると迷信を迷信のまま終わらせないよう科学のメスが入り、約百年にも及ぶ努力の末、宿主のミヤイリガイ諸共ほぼ絶滅させる事に成功したのだ。その悪戦苦闘ぶりは、記事にするだけでも秀逸な読み物と化す程である。

 しかし、今目の前に同じような症状を及ぼしつつも科学のメスを掻い潜る、恐ろしい病魔が再び現れた。これは科学者として、見逃す訳にはいかない。ある意味、オカルトからの挑戦状と言える。

 

「さて、どうした物かね……」

 

 里桜の科学力は、それこそ地方病を撲滅した当時とは比べ物にならないくらい発達しているが、最新の技術を介したとしても、おそらくは見付からないだろう。

 何故なら、相手は本能で動く寄生虫ではなく、知恵も悪意もある妖怪なのだから。

 

「やっぱり捌くのが一番でしょ~」

「ぐげぁああああああああああ!」

「ちょっとぉおおおおおおおお!?」

 

 その結果がこれだよ!

 里桜は一瞬だけ考えた後、何の躊躇もなく居歌の母に腕を突き刺し、お腹の中身をグリグリし始めた。居歌が止めようとするが、知った事じゃない。

 

「そいやぁあああああっ!」

「内臓ぉおおおおおおっ!?」

 

 さらに、肝臓や胃袋、大小腸など、呼吸器官を除く大体全部の内臓を引っこ抜いてしまった。その上、投げ方が超乱雑。まさにホルモンのような扱いだ。

 

「あ、あんた、何て事すんのよぉ!」

「まーまー、落ち着いて、あのホルモンを見てみなさいな」

「えっ……?」

 

 怒り心頭で里桜に掴み掛る居歌だったが、至極冷静に返されたので、思わず振り返る。

 

『ミギャアアアアアアアッ!』

「きゃああああああああっ!?」

 

 そこにあったのは、内臓などではなかった。初めこそそれっぽい姿形をしていたが、ビチビチとうねり蠢いた末に、三匹の奇怪な蟲へと変じる。

 

「な、何よ、こいつらは!?」

『こいつらが「三尸」だよ』

 

 と、驚く居歌に説子が静かに告げる。よくよく見れば、知らぬ間に戦闘態勢に入っており、里桜がどういう行動に出るのか分かっていたようである。

 

「やっぱり、食った臓器に(・・・・・・)化けてたか(・・・・・)

 

 そう、居歌の母の内臓は、その殆どが三尸に食われ、置き換わって(・・・・・・)いたのだ。どうりで見付からない筈である。人間の目を(・・・・・)誤魔化す為の(・・・・・・)擬態を取って(・・・・・・)いたのだから(・・・・・・)

 

「さて、枯れた尾花はどうする?」

『キチチチ……ピキァアアアッ! ――――――三尸合体、「しょうけら」! 「下尸」!』

 

 すると、三体の虫けらたちが一つに重なり、人間大の妖怪となった。

 見た目は白と黒のストライプ模様をしたアーマーで身を包んだ少女だが、強いて言うなら全体的に刺々しく、ハンマーの如く野太い腕を持ち、頭に牛の角を生やした、ミノタウロスに近い姿をしている。

 

「これが三尸の戦闘形態って訳だ」

『なるほど「しょうけら」か……』

 

 「しょうけら」とは「精螻蛄」と書き、その名の通り螻蛄の化け物である。天窓などの光が漏れる場所に群がり、中の人間を取って食おうとする、ストレートに凶暴な妖怪だ。

 元々は三尸が身体から抜け出さない為の呪文でしかなかったが、何時しかそれ自体が妖怪の名前となったという、鵺と似た経歴を持っており、現状を見る限りは“三尸が身体から抜け出した姿がしょうけら”と判断すべきだろう。昆虫を始めとした節足動物は奇妙な生態を有する種族が多いので、何ら不思議ではない。

 

 

◆『分類及び種族名称:変形超獣=しょうけら』

◆『弱点:頭部』

 

 

「とりあえず、そいつを連れて下がってな」

「は、はい……!」「うぅぅ……」

 

 一先ず、足手纏いを下がらせる。一応、傷口は塞いでおいたので、後で臓器移植でもしてやれば良いだろう。

 

『食らえ、「精霊風(しょうろうかぜ)」!』

 

 と、しょうけらが両手を突き合わせて禍々しい疾風を巻き起こした。螻蛄は鳴く虫なので、衝撃波の一種であろう。

 

「『シッ!』」

 

 だが、予備動作が大き目だったので、里桜たちは割と余裕を持って回避出来た。

 

『ハァアアアアアアアッ!』

「おっと!」「こりゃ凄い」

 

 しかし、それがどうしたとばかりに、しょうけらがアームハンマーを繰り出す。その威力は人間大とは思えない程に凄まじく、パンチ一発で家を崩壊させてしまった。同じ大きさなら鵺の数倍のパワーがありそうだ。

 

『「魔風波」!』

「うぉあぁっ!?」

 

 そして、空中へ退避した説子目掛けて両腕をゴムのように伸ばして捕らえ、乱雑に振り回しながら衝撃波を当てて吹き飛ばした。ついでに口から溶解液を発射し、錐揉みしている説子を追撃する。

 

「フンッ!」

『散逸ッ!』

 

 その隙に里桜が攻撃を試みるが、三尸に分離して回避し、別の場所で再構成した。常元虫とは比べ物にならない素早さである。

 

『三位一体! 「中尸」!』

「いや、何か形が違くない?」

 

 しかも、さっきと姿が変わっており、今度は白を基調とした細身の狼男に近い形態だ。如何にも素早く動きそうだが、

 

『シャアアアアッ!』

「速っ!」

 

 本当にスピードスターだった。俊足から繰り出される鋭い鈎爪の攻撃は、白い残光を描く程の速さである。その上、身体をドリルのように回転させ、反撃の芽を摘みながら突っ込んでくるので質が悪い。

 

『ゴヴォオオオオッ!』

『散逸!』

 

 溶解液を中和した説子の熱線も当たらなかった。

 

『三位一体! 「上尸」! ……喰らいやがれ、「疾風炸裂弾」!』

「『ドワォッ!?』」

 

 さらに、虫っぽさのある魔女の姿に再構築したしょうけらが、魔法のステッキ(たぶん身体の一部)を振るい、ブラックホールが如く全てを引き寄せ炸裂する真空の波動を放ち、里桜と説子を纏めて吹き飛ばした。この2人を前にここまで戦えるとは、中々の強敵と言えるだろう。

 

『こいつ……っ!』

「――――――下がってろ。こいつは私が殺る。本気でな(・・・・)

『………………!」

 

 そんなしょうけらに興味が湧いたのか、怒れる説子を制し、自ら前に出る。

 

「しょうけらよ。お前と言う一匹の妖怪に敬意を表しよう。全力で殺してやる』

 

 そして、本当の悪魔が降臨した。面白い生態を見せてくれたしょうけらに対しての、里桜なりの誠意なのかもしれない。しょうけらからすれば余計なお世話だが。

 

『ガァアアアヴィィアアアアアッ!』

『………………!』

 

 そんな里桜の有様に、しょうけらは「出たな悪魔竜(デーモンズ・ドラゴン)!」と言わんばかりに総毛立つ(ただし毛は無い)も、逃げたりはせず、徹底抗戦の構えを取る。こんな化け物相手に背を向けるなど、無駄な足掻きだと悟ったのだろう。

 

 

 ――――――キィイイイイイン!

 

 

『くっ!』

 

 里桜の微小化粒子破壊光線を、分離合体で避けるしょうけら。

 

『ギャヴォオオオオッ!』

『ぐばぁあああああっ!?』

 

 だが、吐いたまま薙ぎ払う攻撃までは対処し切れず、分解されて光となった。それはズルい……。

 

『よーし、引き上げるかー」

「いや、お母さんを助けて下さいよ!?」

「えー」

「えーじゃない!」

 

 その後、里桜たちは引き上げ、居歌は母親を治療して貰い、万事は解決したのだった。めでたしめでたし。

 

 

 

『………………』

 

 その一部始終を、誰かが見ていた。




◆しょうけら

 漢字では「精螻蛄」と書く、つまりは螻蛄のような化け物の事。「三尸」という寄生虫を補助する、あるいはそれらの成虫と言われており、獲物となる人間を天窓から監視しながら寿命を削り続けるという、疫病神みたいな妖怪である。「三尸」の方は中国出身の妖怪で、人が生まれた時から(もしくは穀物を介して)寄生しているとされ、夜な夜な身体から抜け出しては「天帝(中国神話の最高神)」に告げ口して、宿主の寿命を削ろうとする。これは宿主が死ぬ時、三尸は完全な妖鬼となるからと伝承されている。
 その正体は、三位一体の寄生生物。穀物に卵を産み付け、それを食べた人間に宿り、内臓に擬態しながら栄養を搾り取る。その為、宿主となる人間は、まるで日本住血吸虫症のような症状に陥り、最終的に衰弱死する。身体から脱出した後は三体で一組の群体生物として振る舞い、他の同族が羽化する補助を行う。


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森の雄叫び

わ~い♪


 ――――――ざわ……ざわ……!

 

 

 森が騒めく。

 

 

 ――――――ズザザザザザザッ!

 

 

 森がどよめく。

 

 

 ――――――ヒュヴィィイイイイヴヴヴヴヴヴゥッ!

 

 

 森が轟く。

 

『何々!?』『何事や~?』『オビバー!?』

 

 屋上の森が雄叫びを上げる。

 それは虫の知らせか、それとも……。

 

『グルルルル……!』

 

 そして、居る筈のない何かが動き出す。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上ラボ。

 

「森がおかしいだぁ?」

 

 祢々子たちからの報告を聞いて、里桜が面倒臭そうに返す。

 

「おかしいのは何時もの事だし、妖怪のお前らが言うのもどうなんだよ?」

『それはそうやけど~』『ビービバン!』

『そういう問題じゃないです! 全く見覚えの……いや、聞き覚えの無い声が毎夜轟くんですよ! 煩くて仕方ない!』

「ただのクレームじゃねぇかよ」

 

 そんな事は里桜の管轄外だ。

 

「まぁ、色んな奴らを適当にぶち込んでるからな。雑種でも出来たか?」

『流石にこの短時間では……』

 

 里桜の適当な意見に、お白様が物申す。

 

『これでも、私が移住してから入って来た子たちは全部把握してますけど、誰かが誰かとどうこうした様子はないですね』

「何気に凄いな、お前……」

 

 里桜からしても気持ち悪いぐらいの記憶力である。流石は馬の世話を長年していただけの事はある。

 

「じゃあ、外から入って来たんかね?」

屋上(ここ)のセキュリティってそんなに甘かったっけ?」

「来る者は拒まないからな。来た者は逃がさないけど」

 

 人はそれを罠と言う。

 

「……そう言えば、実地調査なんてしてないなぁ」

「マジで適当なんだな」

「生け簀みたいな物だし、仕方ないだろ。……ったく、しゃーないな。少しくらい調べてやるか」

『『わーい』』『ビバル~ン♪』

 

 そういう事になった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 そんなこんなで屋上の森林エリアにやって来た訳だが、

 

『探検、冒険、らんらんる~♪』『オビバンビ~♪』

「楽しそうだね、君たち」

 

 メンバーが非常に頼りなかった。里桜と説子はまだ分かるけど、残りが祢々子、お白様、ビバルディとか、凸凹チーム感が半端じゃない。せめて鳴女たちが居てくれたら、と切に思う。

 

「とりあえず、「ぴしゃがつく」「鎌鼬」「波山」と……入れ覚えのある連中は居たな」

「他にも訳の分からん奴もいっぱい居たけどな」

 

 一先ず、把握している連中は居た。どいつもこいつも、思い思い好き勝手に生きている。特に成体の波山は完全に森の恐竜だ。それ以外にも迷い込んで居付いた妖怪らしき物や、実験で作った合成獣なんかもうろついている。まさに魔境である。

 とは言え、知らぬ顔は居らず、わざわざ問題を起こすような馬鹿も居ない。騒いでもロクな事に為らないと知っているのだろう。

 

『うーん、この辺りには居ないのかし……らぁっ!?』

『クキキキキッ!』

 

 だが、生命の営みとなれば別の話。目の前を(・・・・)通りすがった(・・・・・・)獲物を逃す(・・・・・)義理は無い(・・・・・)

 

『た、助けてー!』『キシャアアアッ!』

 

 枝からぶら下がっていたナニカに掬い上げられるお白様。

 

「馬の生首?」

 

 それは一見、巨大な馬の生首に見えた。

 

「いや、違うな」

 

 しかし、馬頭に思えた物体は、見る見る内にキチキチと展開し、全く別の生物へと変じる。

 

『クキキキ……ホィルァアアアッ!』

 

 それは翅の生えた、巨大な蜘蛛だった。

 ベースはコガネグモ類に近いが、頭胸部から四枚の翅が発生し、前脚がテリジノサウルスのような鉤爪の付いた“手”になっているなど、かなりの違いがある。何より蟹より、大きさが段違いだ。展開前でも馬一頭分、展開後に至っては二頭分はある。擬態と言うにはデカ過ぎるが、これも何かの役に立っているのだろうか?

 

「なぁにこれぇ?」

「「さがり」だな。妖怪を含む馬の天敵さ」

 

 「さがり」とは、岡山県や栃木県に出没する、木の枝からぶら下がる馬の生首である。

 生前、人間に酷使された馬の怨霊が化けて出た物と言われており、これに出遭うと熱病に罹ってしまうのだが、何故か馬が同伴しているとそちらが死んでしまうという、謎の特性を持っている。

 まぁ、実際は御覧の通り、馬肉が好みなだけの化け蜘蛛なのだが。

 

 

◆『分類及び種族名称:煽動超獣=さがり』

◆『弱点:複眼』

 

 

『た、食べないで下さ~い!』

「「それは無理って物だろ」」

『いやいや、助けて下さいよ~!』

「仕方ないなぁ……説子さん、やっておしまい」「ゴヴォオオオオオッ!』

『ヒァッ!?』『あつーい!』

 

 とりあえず、お白様ごと燃やしておく。焙る程度だから大丈夫だろう、たぶん。

 

『ホィイイイイイルァッ!』

 

 と、食事を邪魔されたさがりが、翅を扇動させながら、説子目掛けて突っ込んできた。森の中では邪魔にしかなりそうもない翅は、その実相当な切れ味を持っているようで、掠っただけで枝草が舞い、通り過ぎた後には無数の切り株が残されている。

 しかも、発電能力まであるらしく、動く度に蓄電されていき、身体の各所に雷光を纏い始めている。そうして電荷を蓄積させる程に動きが素早くなり、やがては稲妻のスピードで走り出す。一筋の閃光を残しながら縦横無尽に動き回る為、実に攻撃を当て難い。雷神涙目。

 

『ホィィイイッ!』

 

 さらに、腹部を強く震わしたかと思うと、先端から帯電した糸を放ってきた。その威力は、当たった木々が一瞬で燃え上がる程。生物が食らったら、麻痺する前にローストされるだろう。

 

『調子に乗るな』

『ヒィイイン!?』

 

 だが、遠確かにスピードは速いものの、動きは直線的かつ単純であり、捌くのは難しくない。

 

『ホォオオオオン!』

 

 すると、さがりが今まで震わせていただけの翅で舞い上がり、空中からダイブしてきた。地上で通り魔をしているだけでは敵わないと判断したのだろう。

 

『チッ……!』

 

 こちらも単発攻撃である事に変わりはないが、スパンが非常に短く、急降下と急上昇を間断なく繰り返して食らわせてくるので、非常に反撃し辛かった。

 

『………………!』

 

 その上、カマイタチを巻き起こしているのか、避けても防いでも、知らぬ間に細かい傷を付けられる。スパッと切れている為、傷を受けた事に気付き難く、その割には血が流れるので、結構な勢いで体力を持っていかれる。中々に厄介な攻撃である。

 ならば、こちらも飛ぶまでだ。

 

『ハァッ!』

『クァッ!?』

 

 急降下してきたさがりの前脚と頭を踏み台に、説子は更なる高みへと躍り出た。

 

『ドルァッ!』

『ヒィイン!?』

 

 そして、痛恨の一撃で叩き落し、すかさず畳み掛ける。左前脚が千切れ飛び、両前翅が壊れ、幾つかの眼が潰れる。血飛沫が舞い、馬の嘶きのような悲鳴が上がった。

 

『オラァッ!』

『ヒィヒヒィイイイン……!』

 

 最後は袈裟斬りで止めを刺され、さがりは斃れた。馬鹿たれ馬刺しレンコンめ。

 

『……いや~、知らん子やったな~』『ビバビッ!』『確かに……って言うか、黙って見てたよね、二人共?』

 

 森住い組からしても知らない子だったらしく、大いに戸惑っている。

 

「――――――つーか、さがりって岡山の妖怪じゃねぇか」

「迷い込んだ……にしては遠過ぎるよなぁ?」

 

 これもやはり、人為的な導入なのだろうか?

 

「いや、それよりも……」

 

 しかし、今はそんな事に構っている時ではないだろう。何せ、“声の主”は未だに見付かっていないのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その後、進み続ける事、暫く。

 

「……流石にこれには気付くべきだったかな?」

「あからさまだもんな」

 

 そこに生えていたのは、大きな大きな(えんじゅ)の木。植えた覚えも、移した覚えもない。というか、例え自生していたのだとしても、たった一、二年で十五メートルを超える大木にはならないだろう。

 

『………………』

 

 すると、木の陰から、不思議な子供が現れた。髪の毛が木の葉になっており、葉っぱを寄り合わせた一張羅を纏っている。一見すると人間に思えるが、こんな魔境で暮らしている以上、人外に他ならない。

 

『え、えっと、どうしたのかな、ぼく~?』

 

 と、一番お姉さん味のあるお白様が、現れた子供に話し掛ける。対する子供の反応は、

 

『ギャヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

『ひょわぁっ!?』

 

 とんでもない大咆哮だった。その音圧は衝撃波を発生させる程。こいつは間違いなく物の怪である。

 

『グルルルル!』

 

 さらに、子供の身体から無数の蔦が伸び、その姿を変じさせていく。

 

『グヴヴゥゥゥ……ヒュヴィィイイイイイイヴヴヴヴヴヴッ!』

 

 やがて正体を現したそれは、不気味な怪物だった。

 ゴムのような緑色の皮膚に全身が覆われ、上半身は人間に、下半身は肉食恐竜に近い構造を持つ、四脚獣。腕や脚が異常に長く、それを支える指も細長い。目のない顔はヘルメットを目深く被ったようで、頭頂部には立派な一本角を生やしている。口には鋭い牙が並び、手足の爪や背鰭も鋭利な刃となっていた。

 全体的に悪魔然とした、知性の無い本能的なタイプの宇宙生物を思わせる姿をしている。

 なるほど、これは確かに“妖しい怪物(ようかい)”だ。

 

「木の妖精?」

「というより、「山彦」だな、こりゃあ」

 

 「山彦」とは、山に向かって叫ぶと声が反響して返ってくる、あの現象を引き起こしていると言われている妖怪である。黒っぽい動物の姿をしているとされ、その正体は木の精霊だという。

 

「声の正体はこいつか。見た所、身体の構造は動物というより植物に近いようだが……」

 

 里桜の透視によれば、動く植物(・・・・)のような存在らしい。木に吸い上げられていただけの水神とは、また別のようだ。

 

 

◆『分類及び種族名称:木霊超獣=山彦』

◆『弱点:角』

 

 

『グルァッ!』

 

 山彦が猛烈な勢いで迫ってきた。質感や四肢の長さは違えど、その動きはヒヒ類に似ている。

 どう見ても霊長類ではないし、もっと言えば動く植物なので、単なる他人の空似であろうが、何れにしろ巨体に見合わぬ高速移動を可能にしている点では脅威に他ならない。

 しかも、全身の至る所に切れ味の良い刃が並んでいる為、擦れ違うだけも切り裂かれてしまう。

 

『シャアアアッ!』

 

 だが、当たらなければ、どうという事も無い。素早いのは説子も一緒であり、むしろ上回っている為、避けるのは簡単だ。

 さらに、“ゴムのような皮膚”で、かつ植物である為、火に弱い筈。説子にとっては、かなり優位な対戦カードである。

 

『ゴォオオオオッ!』

『……グルヴァッ!』

『何ッ!? ぐぁっ!』

 

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。確かに説子の火炎により、多少焦げ目こそ付いたが、山彦に大したダメージは無く、そのまま反撃してきた。

 

「生きてる植物ってのは、動物よりよっぽど燃え難いんだよ、馬鹿」

 

 そんな説子の有様に、里桜が冷ややかにアドバイスする。

 そう、樹木は本来、かなり燃え難いのだ。豊富な水分と燃焼の際に発生する“炭化層”により、内部まで熱が殆ど伝わらなくなるのである。あくまで燃え易いのは、カラカラに乾いた古い木材だけだ。

 その上、山彦は再生力にも優れているらしく、役目を終えた炭化層が剥がれ落ち、直ぐに新しい皮膚が形成されるので、実質的に火炙りにするのは不可能に近いだろう。可能性があるとすれば、熱線で瞬時に蒸発させるくらいだろうが、動きの素早い山彦に当てるのは難しい。

 はてさて、どうした物か。

 

『――――――ホヴィイイイイイヴッ!』

『………………ッ!』

 

 だが、悩む時間を、山彦は与えてくれない。岩がひび割れる程の大音量で雄叫びを上げ、耳の良い説子を怯ませると、回復の暇を与える事なく、フリスビーの如く回転しながら彼女を跳ね飛ばした。当然、説子は全身がズタズタである。

 しかも、反響した音の衝撃波が後から後から説子を襲い、不時着する頃には見るも無残な“壊れたマリオネット”に変えてしまった。スプラッタ映画でも、ここまで酷くはならないだろう。

 ついでに音波で神経も乱されているのか、再生機構が上手く働いておらず、何時までもそのまんまだ。果てしなくグロい。

 指向性があるとは言え、ただ音の塊をぶつけるしか能のない頽馬風とは違った、まさに音のプロフェッショナルと言える御業である。

 

「仕方ないな」

 

 そして、観察を終えた里桜が、ようやく重い腰を上げた。

 

『グルルルッ!』

 

 早速、山彦が襲い掛かる。今度は自らをタイヤのように転がす、死のローリングアタックだ。里桜は跳んで躱した。

 

『グヴェァアアアアアアアッ!』

 

 避けられたと見ると、山彦は直ぐ様停止し、逃げ場のない空中に居る里桜へ咆哮を浴びせる。

 

「キァアアアアアアアアアッ!」

 

 しかし、攻撃パターンを見破っている里桜には通じない。即座に放った反音で相殺されてしまった。

 

「……うぉっ!?」

 

 ――――――かと思いきや、里桜の横面を音の塊が殴り付けた。山彦は掻き消される事を読んで、音域を微妙に変えていたのである。これぞ妖怪らしい、高度な知性の成せる業だろう。

 

「野郎!」

『グヴォォォン!』

「チッ、防ぎやがったか」

 

 さらに、里桜が反撃として放った目からビームを、山彦は音の壁で防いでしまった。光も立派な“波”なので、大気の変化に影響を受けるのだ。見えてからでは遅いので先読みは必要だが、山彦は見事に完遂している。極僅かなチャージ時間のみで判断を下すとは、恐るべき知性である。

 これは、山彦の脅威度を上方修正する必要がありそうだ。

 

『カァァァ……ギャヴォオオオオッ!』

 

 

 ――――――キィイイイイイイン!

 

 

 と、山彦が光を伴う吸引を行ったかと思うと、口から細い帯状の光線を吐いてきて……里桜の右腕をスッパリと切断した。爆発を伴う殺戮パンチを放ち、妖怪の爪や拳を受けても傷1つ付かない、悪魔的な彼女の腕が、である。

 

「これは……収束した超音波のメスか。音柱とでも呼んでやろうか」

 

 そんな驚愕の事実を前にしても、里桜は何処までも冷静だった。たった1発見ただけで相手の特性を看破するとは、流石だと言いたい所だが、果たして勝てるのだろうか?

 

『カァアアアッ!』

「目からビーム!」

 

 だが、これにも里桜は対処して見せた。ビームで音の通り道を捻じ曲げたのだ。たぶん、さっきの意趣返しだろう。良い性格をしている。

 しかし、飛び道具が封じられただけに過ぎず、山彦にはまだ肉弾戦があるし、隙を見て撃ち込んでもいい。勝負はこれからである。

 

『グルヴォオオオオッ!』

 

 山彦が凄まじい咆哮を上げ、身体に熱を灯す。身体も心も熱くする事で、身体能力を上げたのだろう。縦に、横に、全てを八つ裂く光輪となって襲い来る。森も大地も、ついでに説子もズタズタとなって、細切れにされていく。

 

「……良いだろう。少しは本気(マジ)()ってやる』

 

 そして、その猛攻を前に、里桜が遂に本気を出した。しょうけらも恐れを為す、大悪魔の姿に変身する。

 

『ガァァギィィィングヴゥン!』

『グルヴォァ……ッ!?』

 

 さらに、高速回転しながら突っ込んで来る山彦を、里桜は真正面から力尽くで押さえ付け、そのまま破壊光線をお見舞いする。山彦の四肢が吹き飛び、上半身と下半身が生き別れとなった。

 

『カァァァオォォォ……!』

 

 それが止めとなったのか、山彦は光の粒子となって消え失せた。

 

「やったのか?」

『それはフラグだから止めとけ」

 

 だが、完全に滅びたのかは分からない。山彦は木の霊。つまり、木がある所なら何処にでも現れる可能性がある。それに、

 

「あの山彦が最後の一匹とは思えないからな」

 

 こうして、森の雄叫びは閉ざされたが、未来への不穏を残しつつ幕を閉じた。

 

「……流石にお痛が過ぎるぞ?」

 

 里桜が、虚空へ向けて呟く。

 

 

 

 

 

 

『お前が言うな』

 

 何処かで誰かが答えた。




◆山彦

 山に叫ぶと声が返ってくる、あの反響現象の事。元は妖怪を差す事であり、返答するだけの物から恐ろしい雄叫びを上げて人を殺しに掛かる物まで様々である。山神の遣いとする伝承もある。基本的に木の精霊=「木霊」が正体とされている。
 その正体は妖木の分体。動物の死骸などを吸収し、動く為の筋肉を生成して、活動を開始する。役割は本体への栄養調達。敵対者には凄まじい雄叫びで攻撃を仕掛ける。成長を重ねると変質し、「彭侯」という妖怪に為る。


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不幸な夜には釜が鳴る

 とある暗い晩、ナヨクサフジの咲く、古びた神社にて。

 

 

 ――――――シューッ! シューッ!

 

 

 境内の奥に奉納されていた、黴臭い釜が鳴り響く。誰も居ないにも関わらず、カタカタと震え、妖しい音を立てている。それが一体何を意味するのかは知らないが、とにかく不気味だ。

 

 

 ――――――ズル、ズルズル……!

 

 

 その近くを、更に気味の悪い生き物が這い回る。蛇のように細長く、それでいて女性のようにも見える、不可思議な生命体が、身体をグネグネとくねらせて、境内で蠢いているのである。

 そう、ここは曰くの地。禁忌の領域。何者も立ち入るべからず、そういう場所だ。

 

『………………』

 

 そんな忌地に、平然と降り立つ謎の影。“彼女”は社の「封」を遠慮なく剥がし、中の釜を解き放つ。

 

『さぁ、始めようか』

 

 そして、蛇の化け物に襲われる前に、忽然と姿を消した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 三途川(みとかわ)の河原にて。

 

『平和やな~♪』『ビバリ~♪』

 

 釣果を入れるには大き過ぎる生け簀に、祢々子とビバルディが浮いていた。最初は真面な大きさだったのだが、釣りに飽きた二人が穴を広げ、即席のプールにしたのである。余談だが、釣果は全部彼女らの胃袋に収まったので、生け簀の中は空だ。

 

『……お前は何時でもその調子だな』

 

 と、そんな二人を見下ろしながら、今日も今日とてめげずにやって来た竜宮童子が呟いた。こいつも懲りないな。

 

『童子くんも懲りないな~』『オビバ~ン』

『喧しいわ』

 

 そう言う本人も薄々勘付いているのかもしれない。

 

『つーか、もう釣り終わってるのに、何でまだ川に居るの? ここの魚まで食い尽くす気なのか?』

『うっ……!』

 

 そこを突かれると、祢々子にとっては痛かった。彼女は過去に竜宮城の水域で多くの魚を食べ尽くし、幾つかの種類に至っては絶滅させているのだ。竜宮童子が派遣されたのも、これが理由である。

 

『まぁ、暇を持て余しているのは分かった。……なら、オレに付き合えよ』

『えっ……!?』『ビッ……!?』

 

 突然の竜宮童子からの提案に、祢々子とビバルディはビックリ仰天した。自分を目の敵にしている相手にデート(?)のお誘いをされたのだから、驚いて当然だろう。

 

『ええよ~、行こ行こ~♪』

 

 しかし、彼と仲良くしたいと思っている祢々子は、あっさりと信じて付き合う事にした。以前、母親の禰々子が突撃してきた事も影響しているのかもしれない。

 という事で、三人は仲良く何処かへと旅立って行った。

 その後、暫くして、

 

『……おや、竜宮童子じゃないか。何時もの痴話喧嘩はどうしたの?』

『喧しい。……なぁ、あいつら何処行ったか分からないか? ここに匂いは残ってるんだけど……』

『匂いとか、や~らし~』

『重ねて喧しいわ』

 

 通りすがりの呵責童子と、たった今(・・・・)訪れたばかりの(・・・・・・・)竜宮童子が(・・・・・)、三途川でバッタリと出遭っていた。

 

『うーん、普段はここか儚川(はなかわ)で日がな一日ごろごろしてるんだけどね』

『普段は家に居る筈の呵責童子に目撃される程だらけてるのかあいつは……』

『今日も朝に通りすがった時には居たんだけど……気でも変わったのかな?』

『………………』

 

 呵責童子の言葉に、竜宮童子は考える。確かに彼の言う通りかもしれないが、祢々子は竜宮童子と会う事を楽しみにしている節がある。禰々子河童もそんな事を仄めかしていた。祢々子の生前に付いても思う所がある。

 

『……ちょっと探してみるか』

『暇だし、手伝おうか?』

『頼む』

『嫌に素直だね……』

 

 そういう事に為った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、屋上ラボ。

 

依頼(メール)が来てるヨ~ン♪》

「誰からだ?」

《それは開けてのお楽しみ~♪》

「そりゃあ、そうだが……げっ、怪奇卿(・・・)からだ。絶対に面倒だから、お前行け」

「えー」

「えーじゃない、解体するぞ」

「脅迫ですらないな……」

 

 説子が、動いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 深い深い山奥にある、寂れて久しい、とある神社。参道の石畳も階段も、鳥居や地蔵ですらも苔に覆われており、元の色が何だったのか、定かではない。見捨てられてから、相当な年月が経っているのだろう。歩くだけでも危険なのだが、それを抜きにしても、昼間だと言うのに薄暗く、空気が常に重苦しく冷たいなど、かなり雰囲気のある場所だった。如何にも出そうな感じ。

 

『何処に行くのかと思ったら、白昼堂々と肝試しとか、童子くんも随分とはっちゃけとるな~』『ビバビ~』

『………………』

 

 そんな見るからに悍ましい神社に、祢々子たちは訪れていた。人間だったら確実に呪われそうだが、自分たちが妖怪だから大丈夫、という感覚なのかもしれない。

 

『ここって、どういう曰くがあるん?』

 

 だからなのか、話題も自然とそういう方向に傾いていた。

 

『又聞きした話によると、昔は釜で吉兆を占っていたらしいぞ。良い事がありそうだと釜が鳴り、反対に悪い事が起きそうだと釜が震えるんだそうだ』

『へぇ~』『ビバ~』

『興味無さそうだな……』

 

 聞いておいて毛虫を苛める祢々子とビバルディの態度に、竜宮童子は若干眉を顰めたが、彼女たちは気にも留めなかった。こういうパリピ、居るよね。こいつらの場合は単にお頭が悪いだけかもしれないけど。

 

『それなら、何でこんな寂れてるん?』

『さぁな。管理者が何かやらかしたんじゃねぇの? だけど、その時に使われていた吉兆の釜と、その守り神(・・・・・)は健在なんだと』

『守り神?』

『蛇神系統らしいな。んで、訪れた人間を祟るらしい』

『よくそんな場所に行く気になったな~』

『お前に影響されたのかもな』

『そ、そうなんや~』『ビバップゥ~』

 

 祢々子、ちょっと嬉しそう。冷静に考えれば、おかしいと気付きそうな物だが、この人生では(・・・・・・)初めてとなるマジなデートに、内心舞い上がっていたのかもしれない。……ビバルディはたぶん、何も考えてない。

 

『ほぁっと!?』

 

 すると、余所見をしていた祢々子が、足を滑らした。苔で滑落とか、それでも河童か。

 

『馬鹿か……』

『た、助かったわ~』

 

 だが、竜宮童子が寸前で手を伸ばし、事無きを得る。その王子様みたいな活躍に、祢々子が珍しく頬を染めた。

 

『ほら、行くぞ。放すなよ』

『う、うん……』

 

 さらに、そのまま手を繋いで、神社の境内までエスコート。実に良く(・・・・)出来た場面だ(・・・・・・)。祢々子の心は有頂天である。

 

(あー、前にもこんな事、あったような気がするな~。……何処でやろ?)

 

 一瞬、彼女の脳裏に懐かしい感覚が去来した。何時か何処かで、誰かと同じような事をしていたような気がする。

 しかし、それが何を意味するのかが分からない。それはまるで、儚い夢のようだ。

 だから、祢々子は考えるのを止めた。それよりも今のハートフルに身を任せる方が建設的だろう。そう判断したのである。

 

『おっ、着いたぞ』

 

 そうこうしている内に、三人は神社の境内へ辿り着いた。

 

『うわぁ……』『ビバァ……』

 

 境内は、何と言うか、予想通りに荒れ放題だった。社は朽ち果てているし、石灯籠や石畳は苔生していた。

 

『……何やこれ?』

 

 だが、不自然な部分もある。苔の一部が変に削り取られている。まるで、野太い縄が這ったように――――――蛇が、這い回ったように……。

 

『蛇神、か?』

 

 と、その瞬間。

 

 

 ――――――ざわざわざわっ!

 

 

 森が鳴いた。空気が震えた。温度が下がり、湿度が上がる。光が閉ざされ、小鳥の囀りさえ聞こえなくなって、生温かい風だけが吹き抜けた。

 

『………………!』

 

 何かの、気配がする。人間でなくとも分かる。これは、ヤバい。

 

『ど、童子くん……』

 

 妖怪ながら恐怖を感じた祢々子が、童子に声を掛けようとした、その時。

 

「「………………」」

『………………ッ!』

 

 気付いたら、本殿の前に見知らぬ少女が二人立っていた。青紫色のお河童頭をした、オッドアイの美少女たち。瓜二つの顔立ちからして、おそらく双子だろう。服装からして、巫女なのかもしれない。

 一体何処の……否、決まっているだろう。

 それは――――――、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 射川(いりかわ) 愛歌(あいか)聖歌(せいか)は、仲の良い姉妹であった。

 彼女たちは由緒正しき巫女の一族で、聖なる釜をご神体とした社を代々守って来た。音と振動で吉兆を伝える釜によって民衆を導き、麓の町を守護してきたのだ。

 しかし、時代の流れと言うのは残酷な物。愛歌と聖歌の代になる頃にはすっかり寂れ、誰からも忘れ去られていた。今時、占いを信じる者など居ない。確かな恩恵があったとしても、都合の悪い事には目を瞑ってしまうのが人間である。

 だが、かの一族も黙っていた訳では無い。というか、むしろ盛大にやらかしていた。自分たちを蔑ろにし始めた麓の住民に呪いを掛けたのだ。

 否、正しくは「呪物」を作り上げ、差し向けたのである。

 それは、処女を生贄に捧げる、邪悪な儀式。血縁者全員に犯させた上で、蟲毒により生まれた蛇の魔物に食わせるという、非常に悍ましい遣り方であり、供された少女は生きながらに魔物と化すのだという。実に時代錯誤な密議だ。冷静に考えて、恨まれる対象は儀式を執り行った人間だというのに。

 しかし、インチキ扱いされ、普通に怒ったら逆切れされた挙句、実質村八分になった一族は、既に気が狂っていた。先祖から釜と共に受け継いだ、意味不明な呪術を本当に実行してしまった。

 

 ――――――愛歌を、聖歌の目の前で輪姦したのである。聖歌の指示で(・・・・・・)

 

 そう、二人が仲良しなど、真っ赤な嘘。聖歌は愛歌を愛してなどいなかった。

 否、否、この言い方は違う。聖歌は愛歌を愛していたからこそ、憎んでしまったのだ。愛歌は一族でも特別優秀な霊能力者であり、聖歌は幼い頃から比較の対象とされてきた。家族で唯一自分に優しくしてくれる姉を尊敬し、慕ってもいたが、同時に疎ましくも思っていた。

 だから、やってしまった。ある日見付けた太古の呪術を、狂った家族に提供し、愛歌を生贄にしてしまった。

 もちろん、裏切者の末路など決まっている。聖歌は、本当に成功して(・・・・・・・)しまった呪術(・・・・・・)により(・・・)変化した愛歌(・・・・・・)だったナニカ(・・・・・・)に食われて、死んだ。一族諸共に。

 こうして、二人の姉妹は一つに成った。大嫌いで、大好きな、歪で悍ましい愛が、遅ばせながら成就した瞬間だった。

 

 

 ―――――――シューッ! シューッ!

 

 

 そんな哀れな姉妹の訃報にして吉報を、ご神体の釜が喝采していた。心なしか、嗤っているような気もする。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「フフフ……』『きゃははははは!』

 

 そして、二人の巫女――――――愛歌と聖歌が、紐のように捩れ、螺旋を描きながら、注連縄の如く一つとなる。

 

『シャアアアアアッ!』

 

 忌べき習わしが、蜷局を巻く。左半身が愛歌で右半身が聖歌という、半人半蛇の妖怪である。

 

『な、何や、こいつ!?』

『「姦姦蛇螺(かんかんだら)」さ』

 

 「姦姦蛇螺」とは呪いの産物で、女の恨みが実体を持った存在。霊力の高い女性と大蛇が融合する事で誕生すると言われており、その出自故に半人半蛇の姿をしていて、見た者に死の呪いを振り撒くという。

 まぁ、実態は妖蛇の頭部が食らった獲物の上半身に変形し、疑似餌の如く振舞っているだけなのだが。この時点で射川姉妹の意識は完全に死んでいると言える。

 

 

◆『分類及び種族名称:蛇神超獣=姦姦蛇螺(かんかんだら)

◆『弱点:ピット器官』

 

 

『シャアアアアアッ!』

 

 ズリズリズリと身体をくねらせながら姦姦蛇螺が急接近し、一瞬で祢々子たちの周囲を長い胴体で取り囲み、絞め殺そうとしてきた。

 

『ひゃあっ!』『ビバー!』『………………!』

 

 だが、身体能力に優れる三人を捕らえる事は出来ず、祢々子たちは素早い跳躍で円環を抜け出す。

 しかし、その一撃で十数本もの野太い木々の束が、殆ど何の抵抗もなく捩じ切られた。枯れ木や朽ち木ならともかく生木を、しかもフィジカルだけで潰し切るなど、尋常ではない。

 

『に、逃げよう、童子くん!』

 

 たった一合で祢々子は確信した。こいつは刑天同様、並みの妖怪とは一線を画す存在だと。正面から戦えば、ロクな抵抗も出来ず、一捻りにされるだろう。

 だので、祢々子は直ぐ様戦略的撤退を竜宮童子に促したのだが、

 

『逃がさないよ?』

『えっ……?』

 

 振り向いた時の彼は、底冷えする程に恐ろしい笑みを浮かべ、稲妻を宿した大銛を振り下ろそうとした。

 

『止め――――――がっ……!』『え、えっ!?』

『チィッ!』

 

 だが、間一髪でもう一人の――――――否、本物の竜宮童子(・・・・・・・)が割り込み、身代わりとなる。当然ながら強力な一撃は彼の胸を穿ち、真珠のような心臓部が完全に破壊された。妖怪は一見不死身に見えるが、あくまで生命力が高いだけの生物であり、弱点を突かれれば死んでしまう。

 今の竜宮童子は、どう見なくても致命傷だ。

 

『え、ぁ……えっ? どういう事なん? 童子くん、起きて……起きてぇな!』

 

 祢々子は訳が分からなくなっていた。さっきまで色々と気遣ってくれていた竜宮童子が豹変し、その上、別の竜宮童子が現れ、自分を庇って斃れた。意味不明である。

 

『邪魔しやがって! 今度こそ死――――――』

『許すかボケェッ!』

 

 さらに、追い打ちを仕掛けようとする竜宮童子のようなナニカを、次いで現れた呵責童子が殴り飛ばした為、今度こそ祢々子は思考が停止した。もう、どうにも動けない。心と身体が別離し、現実を受け入れられなくなっているのだろう。

 何だ、これは。誰か説明してくれ。

 

『シャアアアアアッ!』

 

 しかし、時間も現実も待ってくれない。竜宮童子を抱いたままフリーズした祢々子に、姦姦蛇螺が襲い掛かる。

 

『駄目だぁ!』

「何時までボーっとしてやがる!』

 

 だが、変身したビバルディと、何故か駆け付けて来た説子が邀撃したので、どうにか助かった。

 

『まったく、“最近、封じられてきた良くない物が次々と解き放たれているから、現地調査して欲しい”って言うから来てみれば……やっぱり、怪奇卿の依頼なんてロクな事に為らんなぁ!』

 

 姦姦蛇螺を睨み付けながら、説子が悪態を吐く。怪奇卿なる旧い知人からの依頼で、偶然居合わせたのだろう。一体誰が何の目的で“こんな事”を仕出かしたのかは不明だが、そんな事を言っている場合ではない。事件が起きているなら、解決しなければ。

 

『ハァッ!』

 

 姦姦蛇螺が次の行動を起こす前に、説子が爪で切り掛った。

 

『チィッ!』『ドララララララッ!』

 

 しかし、姦姦蛇螺の鱗は想像以上に硬かった。金属すら切断してしまう説子の爪を弾くとは、相当な強度である。ならば溶断してしまえと爪を白熱化させて再度挑み、ビバルディもそれに続くが、それでも刃が立たない。蛇神は製鉄や鍛冶職に関りを持つ事が多いので、元より鱗が硬いのだろう。

 

(それに、この鱗の隙間から漏れ出る液体は……毒か)

 

 しかも、姦姦蛇螺は口のみならず全身の至る所から蛇毒を撒けるようで、僅かな傷でも致命的と言える。ついでに気化し易い性質も有しているらしく、この浸透力が強い毒こそ、呪いの正体なのかもしれない。

 

『だったら焼き尽くしてやらぁ!』

 

 すると、接近戦を早々に諦めた説子が、姦姦蛇螺に熱線を浴びせ掛けた。幾ら硬かろうが、超合金さえ蒸発させる超高温のエネルギー攻撃の前では、流石に成す術も、

 

『……ジュラァッ!』

 

 あった。

 姦姦蛇螺は熱線が直撃する前に自ら水分を放出し、乾眠状態に陥る事でやり過ごしたのだ。さっき白熱化した爪が効かなかったのも、含水率を自由自在にコントロール出来る能力による物だろう。

 その上、電気分解した水素を体内に圧縮して留めておく事も可能らしく、大きく息を吸い込むだけで水を生成し、僅かなタイムラグで元通りになれるようだった。はてさて、どうしたものか……。

 

『説子ちゃん、合わせて(・・・・)

『………………!』

 

 と、ビバルディが合図をして来た。説子は黙って頷く。彼が何をしようと(・・・・・・・・)しているのか(・・・・・・)分かっている(・・・・・・)かのように(・・・・・)まるで(・・・)旧来の心友(・・・・・)のようだ(・・・・)

 

『キシャアアアアアッ!』

 

 姦姦蛇螺が猛毒を極太のブレスとして放って来た。この一撃で決めるつもりだろう。

 

『今!』『おう!』

『『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』』

 

 すると、説子とビバルディ(・・・・・・・・)が同時に(・・・・)熱線を吐いた(・・・・・・)

 

『ウグギギ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 流石の姦姦蛇螺も、攻撃中かつ二本分の熱線を受け切れる筈はなく、猛毒ブレスを押し返された上で、社諸共消し飛ばされた。一族の負の遺産も、姉妹の歪んだ愛も、一瞬にして永遠に失われたのである。儚いね。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 一方、偽竜宮童子と呵責童子はというと、

 

『オラオラオラオラオラオラァッ!』

『ぬぅ……!』

 

 呵責童子の方が押していた。偽物は本物と違って使い慣れていない大銛を持て余しており、ロクに反撃出来ていないようだ。

 

『くたばりやがれ――――――』

『面倒だぁああああああああ!』

『うおぁっ!?』

 

 だが、正体を隠す意味も無く、使え熟せない武器を持っている必要も無くなった偽物が、本来の姿を取り戻した為、呵責童子は攻撃を中断した。というか、何処からともなく飛んできた釜が、彼の後頭部に直撃し、吹っ飛ばしたのである。その隙に偽物が本性を現す。

 

『フォァアアアアッ!』

 

 それは、単眼の巨人だった。五メートルを超える身長に筋骨隆々の体格、影とも靄とも言い難い分厚い毛皮、闇夜に光る一つ目。まさにギガントと呼ぶに相応しい姿だ。日本妖怪とは?

 

 

◆『分類及び種族名称:温羅煤(うらめ)超獣=釜鳴』

◆『弱点:眼』

 

 

『「釜鳴」か!?』

 

 釜鳴とは、吉兆を占う伝説の器物「温羅の鳴釜」が付喪神となった存在である。

 鳴釜は、紀元前の古代吉備地方に居たとされる鬼神「温羅」が、吉備津彦命(後の孝霊天皇)によって討ち取られ、その首が釜になったとも、恨みを鎮める為に使われた釜が神器と言われている。

 しかし、時の流れとは残酷な物で、どんなに優れた道具もやがては古ぼけ、魔物と化す。それが付喪神という妖怪たちだ。中には無害な奴も居るが、大抵は凶暴で凶悪であり、夜な夜な動き出しては人に害を為す。故に昔の人々は使い古した道具を懇ろに供養し葬ってきた。

 だが、昨今の世の中は、やれリサイクルだのエコロジーだのと騒いでいるが、結局は物を粗末にしているので、こうした化け物が現れるのは必然なのかもしれない。

 ちなみに、温羅の鳴釜はきちんと現存しており、伝承の釜鳴も目の前の個体も、単なる釜のお化けに過ぎなかったりする。言ってしまえば他人の空似、贋作である。

 まぁ、偽物だからと言って、弱い訳では無いのだが。

 

『フォオオオオオッ!』

 

 釜鳴が雄叫びを上げながら動き出し、それに合わせて古釜も宙を舞う。ファン○ルかよと言いたくなる事請け合いだが、事実そうだから困る。

 

『フォァアアアッ!』

『危な……ぷぁっ!?』

『フォオオオオッ!』

『ぶぺらぁおぅっ!?』

 

 こんな風に、釜鳴の攻撃を避けても、死角から釜が飛んで来て、不意打ちを食らってしまうのだ。

 それだけなら良いのだが、怯んだ所に釜鳴の剛腕が追撃として飛んで来る為、尚の事質が悪い。特大の一撃を貰うよりも、こうしたチマチマしたダメージの方が、“この程度なら”という思い込みのせいで蓄積し易いのである。

 現に呵責童子は、さっきから拳をどうにかしようとして、飛び交う釜に頭を叩かれている。かと言って釜に対処しようとすると、今度は釜鳴に好き放題される。本当に面倒な攻め方だ。

 

『この――――――』

『ブヴァアアアア!』

 

 そして、ダメージの蓄積で意識が朦朧とし始めていた呵責童子は、釜鳴と古釜のダブルラリアットにより、完全にダウンした。彼はもう戦えないだろう。

 

『フォァアアアアアッ!』

 

 と、釜鳴が次なる獲物にして、食い損ねていたご馳走――――――祢々子に襲い掛かる。

 

『……クァッ!』

 

 しかし、本当に怒っているのは、彼女の方だった。俯いて見えなかった眼が吊り上がり、口に鋭い牙が生え、手足の鈎爪が露わになっている事からも、それが分かる。

 というか、眼の色が完全に変わっていて、緑色の白目に赫い瞳に成っている時点で、何時も以上に怒り狂い、ブチ切れているのが、釜鳴でさえ嫌と言う程に理解出来た。

 

『キシャアアアアアアッ!』

 

 そして、釜鳴の放って来た古釜を、既に動かぬ竜宮童子を抱きかかえながら躱して見せる。刑天と戦った時とは明らかに反応速度が段違いだった。それだけ激昂しているのだろう。

 

『キィィイイイッ!』

『ギャヴォオオオオオオオオッ!』

 

 さらに、本能的に恐れを為した釜鳴の右拳を、祢々子は真っ向から切り裂き、ターンして来た古釜を裏拳で砕いて、悪足掻きの左フックすら避け切ってから、釜鳴の胴を薙ぎ払い、引き千切った。色々な中身を零しながら釜鳴が崩れ落ちる。

 

『グゥゥゥ……!』

 

 それでも、釜鳴は死に切っていなかった。最早助かる見込みは無いと分かっていても、必死に動いていた。

 

『………………』

 

 そんな釜鳴を恐ろしい眼で見下ろした祢々子は、

 

『――――――ゥガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

『ギャアアアアアアアアアアッ!』

 

 感情任せに拳を振り下ろし、釜鳴を殴り殺した。その一撃で地盤ごと吹き飛ばし、境内の全てをクレーターに変えた。

 

『ビバ……』『祢々子ちゃん……』「………………」

 

 全てが終わった後、ビバルディたちが心配そうに祢々子へ寄り添う。

 

『同じや。……もう、何にも残ってへん』

 

 祢々子は、もう動かない竜宮童子を抱きしめたまま、慟哭した。それは朝までも、昼間でも、夜までも続き、止む事は無かった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ……深い深い海の底、闇の淵。

 

『許さぬ……』

 

 その女――――――乙姫は激怒した。

 かの無知蒙昧なる祢々子河童を、自らの手で地獄へ堕とさねばならない。

 何故なら、奴はこの世でも最も愛する、憎むべき忌子(・・・・・・)である竜宮童子を死なせた。殺したい程に(・・・・・・)愛している(・・・・・)我が子(・・・)を奪われた。奴が唯々愚かだったが為に。

 だからこそ、もう許さぬ。徹底的に報復する。

 そう、これは聖戦であり、復讐なのだ。

 

『立て、我が同胞(はらから)たちよ……今こそ全ての中つ国の愚民共を討ち滅ぼすのだ!』

『グヴォッ!』『グガァッ!』『キシャァッ!』『グギャヴォッ!』『クカカカカッ!』『ヴルァッ!』『カァァヴォッ!』『クァッ!』『キィィッァッ!』『ギギャアアヴッ!』『カァアアアアッ!』『ヒュルァッ!』『ゴフゥゴフゥッ!』『ブボボボヴッ!』『ブルヴァァッ!』『バヴォオオオッ!』

 

 今、地上最大の決戦が始まる。

 

 

 

『そうだよな。泣き寝入りは良くないよな、豊玉姫(・・・)。フフハハハハハハッ!』

 

 誰かの嘲笑が、渦潮に消えた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 同時刻、峠高校の屋上。

 

《フフフ~ン♪ いよいよだねぇ~♪》

 

 誰も居ないラボ(・・・・・・・)の中で、ディヴァ子は独りほくそ笑んでいた。

 

《その通りだ、我が分身!》《良いぞ、よく言った、負けぬ犬担当!》

《喧しいぞゴラァッ!》

 

 否、彼女は独りではない。ディヴァ子は悪魔(レギオン)であるが故に。

 

《さぁ、いよいよ決行の時だ!》《長きに亘る苦難の日々も、これで報われる!》《“南から来た敵”よ、大いに利用させて貰うとしよう!》

 

 悪魔とは、本体を異次元(・・・・・・)に持つ(・・・)精神生命体(・・・・・)。呪文や儀式を介してこの世に現出した器など、単なる分身に過ぎないのである。

 しかし、香理 里桜(本当の悪魔)に逆らえないのも事実。

 だからこそ、鬼の居ぬ間に決行するのだ。とある情報筋から手に入れた、確かなネタを頼りに。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、これは自由への進撃。邪な神への反逆である。

 

 

 

 そして、本日吉日今日この日、東北地方閻魔県は未曾有の大災害に巻き込まれるのであった。




◆釜鳴

 吉備津神社の「鳴釜神事」に使われる神聖な釜が、時代を経て付喪神になった存在とされる。釜を被った動物や、黒い影のような姿をしており、夜な夜な動き出すと言う。元となっている釜は「温羅」という鬼神が吉備津彦命によって討滅された末に変化した物だと言われている。
 その正体は、鉄分を餌に増殖する微生物の群体。普段は釜などの金属製の器の中に納まっているが、攻撃の際は合体して巨人の姿となる。あくまで群体であり、攻撃中も器に分身を残しているので、どちらも吹き飛ばさなければ殺す事が出来ない。


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里桜のカーニバル《前編》

長過ぎて分割シタ


 遠い昔、遥か銀河系の彼方で……。

 

『ヒャッホッハッハッハッハッハッ!』

 

 邪神が嗤う。何物も生み出さず、魔改造を愉しむだけの、本当の悪魔が高笑いしている。大型の蛾とグレイタイプの宇宙人を混ぜ合わせた知的生命体……その背後には、七色の蔦が絡まり合って大樹となった、不気味な化け物が聳え立っていた。他の生命体は見当たらない。“彼女”が全ての命を弄んだ末、根絶やしにしてしまったのだ。

 

『フゥゥゥ……ヴォアアアアアアッ!』

 

 そんな卑劣なる創造邪神と対峙するは、色違いにして双子の姉。死と破滅を司る、邪悪なる闇黒破壊神である。彼女の目的は、眼前の妹を抹殺する事。全世界、全宇宙の怒りと憎しみを込めて、破壊し尽くしたいのだ。

 

『キャハハハハァ、ウフハハハハッ!』

 

 創造邪神の指示で、大樹の怪物が枝葉を一斉に伸ばす。闇黒破壊神を縛り上げ、捩じ切ろうとしているのだろう。

 

『ギャヴォオオオオオオオァアアッ!』

 

 しかし、枝葉は触れる事さえ叶わず、闇黒破壊神のオーラに当てられ、塵も残さず消滅した。彼女に触れられるのは、同じ血を引き、同等の力を持った創造邪神のみ。

 

『ブォフォフォフォフォフォフォッ!』

『グルヴァアアアアアォォオオオッ!』

 

 そして、大樹の怪物を蚊帳の外にした、宇宙最大最悪の姉妹喧嘩が今、始まる……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……夢か」

 

 そこで、里桜は目を覚ました。何時もの屋上ラボではなく、日が差し込む明るく広い部屋だ。床はシックなフロアマットが敷かれており、天井は埋め込み式のLEDが幾つもある。里桜が寝転んでいる黒いソファーは来客用で、背の低いテーブルを四方から囲む形で置かれていて、彼女から見て丑寅の方角に別のワークデスクがあった。後ろには街を展望出来る窓があり、その手前に食虫植物ばかりの植え込みが設置されている。

 どうやら、ここは何処か高いビルの最上階らしい。調度品の値打ちやレイアウトから鑑みて、社長室だろう。そんな場所で堂々と夢心地に浸れるとは、流石は里桜、マッドサイエンティスト。

 

「社長室で夢現とは良い度胸なのだ~」

 

 すると、ワークデスクの方から声が掛かった。椅子には蒼い瞳の垂れ目にセミロングの黒髪を持つ女性が座っている。低身長かつ子供体型だが、胸だけは無駄にデカい。所謂トランジスタグラマーという奴である。服装が非常に特徴的で、ピチピチのビジネススーツに返り血っぽいペイントが施された白衣を纏っている。靴はピカピカのハイルールだ。

 彼女の名は射川(いりかわ) アイス。この会社――――――「デルタ・コーポレーション」の社長である。

 

「………………」

 

 傍らには白銀の髪に紫色の瞳を持つ、吊り目な大男が立っている。身長は二メートルを超えているだろう。黒い骸骨のような鎧を身に纏っており、その上からやたら細かい刺繍の描かれたロングコートを羽織っている為、インテリアとのギャップが凄まじく、かなり浮いていた。それを言ったら、ここに居る全員がそうなのだけれど。

 彼の名はグラン・ゾルディアス。こんな形でも、社長秘書だ。ついでにセキュリティ総括……つまりはSPも務めている。大丈夫なのか、この会社は。

 ちなみに、里桜はデルタ・コーポレーションの会長である。噂は本当だったのだ。

 

「今日は新兵器の発表会なのに、そのプレゼンターがそんな調子でどうするのだ~」

「大丈夫だよ。……えっと、最新式メイド型アンドロイドについてだっけか?」

「ンな訳ないだろ! 「Avatar(アバター)シリーズ」と「ラスターマシン」についてなのだ! マジでしっかりするのだ~!」

「はいはい」

「はいは一回!」

「へいへい」

「このヤロウ……!」

 

 これが世界を股に掛けるデルタ・コーポレーションの会長と社長の会話である。威厳も機密もへったくれもない。

 

「何か心配になって来たのだ。ゾルディ!」

「………………」

 

 アイスに促され、グラン・ゾルディアスことゾルディがバーチャフォンを起動させ、映像を投影させる。最初は今まで里桜が斃してきた妖怪たちによく似た生物、続いて複雑な形をした三機の戦闘機が映し出された。これらが「Avatar(アバター)」と「ラスターマシン」なのだろう。詳細はまだ不明だが、それはこれからプレゼンするのだから問題無い。

 

「よし、プレゼンの映像自体は問題無さそうなのだ。だから、後はオマエだけ――――――」

 

 と、その時。

 

 

 ――――――ザザザザザッ!

 

 

 突然、バーチャフォンの映像が乱れ出した。

 否、ここだけではない。会社のありとあらゆるパソコンが狂い始めている。社員たちは必死に何とかしようとしているが、次々とデータが改竄・消去・流出していく。終いには全てのシステムが乗っ取られてしまった。

 

《デルタ・コーポレーション、討ち取ったり~♪》

 

 さらに、全画面にディヴァ子の姿が映し出される。これがどういう事かは、馬鹿でも分かる。

 

「サイバーテロなのだ!」

「見りゃ分かるわ。脆弱過ぎるだろ、お前の所のシステム」

 

 言うまでもなく、デルタ・コーポレーションがサイバーテロにより、あっという間に陥落した事を意味していた。

 

「うぬぬぬ、こんな大事な日に、一体何処のどいつなのだ! ゾルディ、発信源は!?」

 

 アイスの怒号に、ゾルディがバーチャフォンを対電子攻撃モードにしながら答える。

 

「……峠高校の屋上」

「里桜、テメェ!」

「まぁ、ディヴァ子が映ってる時点で、そんな気はしてた」

 

 掴み掛るアイスをあしらいつつ、里桜は不敵な笑みを浮かべた。

 

「……その不屈の精神は感服に値するが、これは少しばかりお仕置きが必要かもな」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 「黄泉市(きせんし)」。

 閻魔県最大の中枢都市であり、欲しい物は何でも手に入る。空港も漁港もあるから輸出入し放題だし、レジャーもワークも充実している。特に東北と全国を繋ぐ「黄泉駅」は、文字通りのターミナルと言えよう。特産品も色々だが、有名処は牛タン。マヂ美味しい♪

 

「ふぅ……漸く来れたか(・・・・・・)

 

 そんな大都市に、一人の少年が帰郷した。

 彼の名は(ながれ) 龍馬(たつま)。元は峠高校の生徒だったが、諸事情により東北を離れていた。それが解決したから、龍馬は故郷に帰って来たのだ。愛しい妹や(・・・・・)愛しい女に(・・・・・)会う為に(・・・・)

 

「……ま、先ずは腹ごしらえからかなぁ」

 

 だが、背に腹は代えられない。時刻は正午近く。そこそこ勇み足で来たせいか、食事を何度かすっぽかしており、かなり腹が減っている。近くのコンビニで弁当でも買おう。

 

「いやー、黄泉市なんて久し振りだわー」

「そうなんだ。……いや、それもそうか」

(何じゃあのカップル……)

 

 駅を出て早々、バイザーグラスを掛けた女子高生とチャラっぽいけど根は大人しそうな青年という、何とも奇妙な奴らに出くわしたが、黄泉市とはそういう物である。考えたら負けだ。それより弁当だよ弁当。

 

「特選牛タン弁当が御一つ……五兆六千億円になります?」

「国家予算か何かよ!? ふざけんじゃねーぞ! しかも何で疑問形!?」

 

 しかし、駅近のコンビニで事は起きた。何と弁当一つがたったの五兆六千億円ときた。物売るってレベルじゃねーぞ!

 

「す、すいません! あれ、おかしいな!? ちゃんと読み込んだ筈なのに……」

 

 だが、流石にわざとである筈もなく、機械の故障か何からしい。

 

「まったく、どうなってやがる……って、お?」

 

 さらに、店員が対応に追われている間に龍馬は暇潰しをしようとしたのだが、何と彼のバーチャフォンまでもがおかしくなり始めていた。何と買った覚えのない借金三億八千万が当たったのである。まるで意味が分からんぞ!?

 

「ちょっと、何よこれ!?」「どうなってやがる!」「わ、儂は無実じゃ! まだ何もやってない!」

 

 しかも、それは龍馬や店員のみならず、街を行き交う人々の全てに巻き起こっているようだった。一体何事だろうか?

 

 

 ――――――ヒュルルルルルル……ドギャアアアアアン!

 

 

「はぁっ!?」

 

 そして、一切の疑問も混乱も解決しない内に、ソレ(・・)は落ちてきた。

 

「さ、SAN値直葬ぉ!?」

 

 ソレは、フジツボやカメノテ、海綿に珊瑚など、無数の海産物がごちゃ混ぜになって凝り固まった、巨大な柱だった。表面を様々な甲殻類や多毛類が這い回っており、見ているだけでSAN値が削られていく。さっきまで海の中にあったのか、塩水が滴っている。

 そんな気持ちの悪い物体が、突如として空から降って来たのだ。お値段国家予算といい借金億千万といい、どう考えても異常事態である。

 

『グルヴヴヴヴッ!』『ブルヴァァッ!』『ギャヴォオオオッ!』

 

 その上、海柱の中から、これまた色んな海産物がくっ付いた、魚人のような化け物が、槍や剣などの武器を携えて、次々と登場した。実に磯臭い。

 

「うわぁあああっ!?」「きゃああああ!」「助けてぇ!」

 

 もちろん、街中が阿鼻叫喚だ。人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。そんな民間人を、魚人たちは容赦無く切り付けていく。時には直接食らい付き、引き千切ったりもした。見るも無残な光景が、現在進行形で築き上げられていく。

 

「――――――って、止めろよゴルァッ!」『ギャヴォッ!?』

 

 暫しフリーズしていた龍馬だったが、我に返った彼が最初に行ったのは、逃げ遅れた母子を襲おうとしていた鰹頭の魚人にドロップキックを入れる事だった。魚人は突然の不意打ちに武器の長槍を手放し、すっ転げる。

 

「だらぁあああっ!」『グゲッ!』

 

 さらに、龍馬が放られた長槍を掴み、鰹魚人の胸を胸を貫いた。

 

『ギャギャヴォッ!』「うぉっ!?」

 

 しかし、人間で言えば即死級のダメージを受けたにも拘らず、鰹魚人は死なずに反撃して来た。体勢を立て直した龍馬の顎を撥ね上げ、落ちる前に首を締め上げる。

 そして、逆に彼の心臓を抉り出そうと、拳を握り締めた――――――が、

 

「……はぁっ!」『ゴヴァッ!?』

 

 殴られる前に龍馬が頭突きで邀撃。何度も何度も鰹頭の鼻面へ額を打ち付けた。流石にこれは効いたようで、鰹魚人がふら付き、手を離す。

 

「でぇい!」『ガッ……!』

 

 その隙に、龍馬は刺さっていた槍を掴み直し、捻りながらぶち抜いて、その傷口に己の鉄拳を突っ込んだ。

 

「死ねやぁ!」『ゴハァッ!』

 

 さらに、真珠のような物体を引きずり出して、握り砕く。同時に鰹魚人の息の根が止まり、漸く倒れ伏した。真珠らしき物体が、魚人の弱点だったのだろう。

 

「はぁ……はぁ……勝っ――――――」「危ない!」

『ブルヴァッ!』

 

 だが、肩で息をする龍馬に、別の魚人が襲い掛かる。実に容赦が無い。

 

「野暮な事するなよ』『ブベァッ!?』

 

 しかし、そんな空気を読めない魚人野郎に、何処からともなく天罰が下る。破壊的な光弾が魚人の胸部を撃ち抜いて、バラバラに吹き飛ばした。

 狙撃手はバイザーグラスの女子高生――――――令和(れいわ) 鳴女(なりめ)である。傍らにはチャラ男こと茨木(いばらき) 富雄(とみお)も居る。

 

『……と、大丈夫、あんた?」

「あ、ああ……って言うか、アンタ一体――――――」

「……龍馬なの?」

 

 攻撃システムを閉じた鳴女に、回復薬的なナニカを振り撒かれている龍馬へ、さっき彼が助けた母子の母親が声を掛けた。

 

「……母さん」

 

 それは龍馬の実母であった。

 

「おにいちゃん!」

未乘(みのり)……」

 

 しかも、子供の方は妹だった。ついでに言えば、彼女はビバルディが切り裂きジャックから救い出した、あの時の女の子――――――蜂紋(はちあや) 未乘(みのり)でもある。

 こんな偶然、あるのだろうか?

 

「はいはい、感動の再会は後にしてね」「とりあえず、避難しましょう」

「「「はい」」」

 

 ただし、状況が時間を与えてくれないのは明白なので、五人は一先ずその場を離れる事にした。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、屋上ラボ。

 

『………………』

 

 大小二つのシリンダーカプセルの前で、祢々子が項垂れていた。どちらも内部が培養液で満たされており、片方は胸に穴が開いた竜宮童子が、もう片方には彼の砕けたコアが浮かんでいる。治療しているようだが、既に一度死んでいる以上、回復は絶望的かもしれない。それは見つめる祢々子が一番分かっているのだろうが……。

 

『だ、大丈夫ですか?』

『祢々子ちゃん……』

『ビバビィ……』

 

 そんな痛々しい彼女の姿を、悦子やお白様、ビバルディが心配そうに見ている。説子は別の部屋で身体のメンテナンス中なので、ここには居ない。

 

『……童子くん、もう起きへんのやろか?』

『それは……』『えっと……』『ビィ……』

 

 誰も何も答えられなかった。何が正解なのか分かり切っているからだ。

 

《大丈夫ですわよぉ~ん♪ この私が頑張ってるんだから、問題ナッシングゥ~ッド!》

 

 すると、間の抜けた声が響いた。この場に一番似付かわしくない、ディヴァ子である。竜宮童子の治療を進めているのは彼女なので説得力はあるものの、それでもムカつく物はムカつく。

 

『………………』

《疑ってますね~? ならば、お見せしまショータイム!》

 

 と、ディヴァ子が画面の向こうで指パッチンをいた瞬間、

 

『………………!』

『童子くん……!?』

 

 カプセル内部の竜宮童子が、カッと目を見開いた。未だにコアが移植されていないにも関わらず。

 

《感動の再会って感じですかねぇ~? ……でも転送♪》

『『『あっ!』』』『ビバァッ!?』

 

 その上、次なる指パッチンで竜宮童子が何処かへ電子転送されてしまう。訳が分からないよ。

 

『な、何のつもりや!? 童子くんを何処にやったんや!?』

竜宮城だよ(・・・・・)そういう契約(・・・・・・)なんでね(・・・・)

 

 そして、しれっととんでもない事を抜かすディヴァ子。竜宮城とはつまり、竜宮童子の生まれ故郷であり、彼の母親のお膝元という事だ。

 そんな所にわざわざ転送したという事は、そういう事(・・・・・)でしかない。

 

『……何時からや?』

最初からさ(・・・・・)。この私が、何時までもこんな所に収まっている筈が無いでしょ。……って言うか、他人の事より、自分の事を気にした方が良いよ~ん? そ~れそれ~!》

『うわっ!?』『ひゃー!?』『きゃあっ!』『ビバー!』

 

 さらに、屋上ラボのセキュリティシステムを操って、祢々子たちを拘束する。ラボの壁面はナノマシンで構成されている為、鶴の一声で自由自在に形を変え、アメーバのように敵を捕らえるのである。

 

『こ、こんな事して……!』

《鬼の居ぬ間にってかぁ~? 無駄無駄、里桜は今デルタ・コーポレーションの本社だし、説子も“洗脳”した上で転送済みだよん♪ つーまーりー、お前らに逆転の目なんて無いんだよぉ!》

「それはどうかな~?」

《はぁ?》

 

 余裕綽々で煽るディヴァ子に、誰かが答える。

 

「お久し振り~♪」

雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)だとぉーっ!?》

 

 それは東京都安楽市絶好町在住の筈の、雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)であった。

 

《な、何故ここに!? というか、どうやってセキュリティを破った!?》

「里桜ちゃんにお誘いされてたんだよ~ん。セキュリティはねぇ……こう破ったんだよ!》

《ぐぉおおおおおっ!? サイコ・ギャガンかぁあああああっ!》

 

 サイコ・ギャガンに変身した純子に、ディヴァ子がシステムごと破壊される。電脳世界における戦闘能力の高さは、前回の“お試し”で実証済みだ。しかも、純子の手によって以前よりも改良されているので、ディヴァ子に勝てる要素はない。

 

『た、助かったわ……』

《どういたまして~♪ ……だけど、終わった訳じゃないよ。さっきのは(・・・・・)極一部だからね(・・・・・・・)

 

 だが、純子は確信していた。まだ終わってはいない、これは始まりに過ぎないと。

 悪魔は本体を別に持つ精神生命体。先のディヴァ子も彼女の一部でしかない。今までは比重の強かった(・・・・・・・)分身体(・・・)が拘束されていたから、大人しくしていただけ。時が来るまで分身を量産していたのである。

 そして(・・・)今がその時だ(・・・・・・)

 

「外は今、大変な事に為ってるよ」

『大変な事?』

「うん。デルタ・コーポレーションが乗っ取られたせいでネットワークが乱されてるし、竜宮城が浮上した(・・・・・・・・)

『えっ、竜宮城が……浮上?』

「見れば分かるよ」

 

 と、純子がバーチャフォンを操作する。そこには色取り取りの宝石と様々な貝殻で構成された巨大な宮城(みやしろ)が、まるで円盤のように宙へ浮かび、黄泉市全土に影を落としている様子が映っていた。まるで映画のワンシーンである。

 

『な、何でこんな事に……!?』

「さぁねぇ。大方、竜宮童子くんの弔い合戦じゃないの? ……まぁ、他にも色んな事情があるみたいだけどね。そんな事より、早く行こうよ」

『え?』

「え、じゃなくてさ。取り戻さなくて良いの、竜宮童子くん」

『………………!』

 

 そうだ、呆気に取られている場合ではない。竜宮童子は奪われたのだ。攫われたのなら、取り返さなければ。彼が生きていようと死んでいようと、横から掻っ攫われて黙っている筋合いはないだろう。

 

『……分かったわ。絶対に取り返すで、童子くん!』

「うんうん、それでこそ(・・・・・)ヒロインだよ(・・・・・・)。そう来なくっちゃね♪」

 

 ……純子としては、ちょっと面白い展開になって来た、程度の認識なのかもしれない。

 

「さ、急ごうか。外で真くんとみどりちゃんも待ってるから」

『了解や! 行くで、皆!』

『えっと、わたしは留守番――――――』

『駄目よ。祢々子ちゃんが頑張ろうってのに、そんなの許されないわ』

『そんなぁ……』

『オビバァ~!』

 

 こうして、純子と愉快な仲間たちは動き出した。いざ黄泉市。敵は竜宮城に在り!




◆デルタ・コーポレーション

 里桜が会長、アイスが社長を務める株式会社で、世界経済の約半分を支配している大企業。皆大好きバーチャフォンを開発したのもここ。
 軍産複合体の側面も持っており、バトルクリーチャーやノヴァウイルスなど、生物兵器を主に取り扱っている。本日は新兵器のお披露目会になる筈だったのだが、ディヴァ子たちによって台無しにされた。


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里桜のカーニバル《後編》

今日は金曜日~♪ 木曜日じゃナ~イ♪


「……龍馬、戻って来てたのね」

「ああ、終わったよ。……色々とね」

 

 母親の言葉に、龍馬が答える。その顔は晴れ晴れと、ただし、ほんの少しだけ何処か憂いているような、複雑な表情を浮かべていた。彼自身の言う通り、色々とあったに違いない。父親の姿が無い事からも、それが分かるだろう。

 

「おにいちゃんにあえて、うれしい」

「ああ、オレもだ。本当に良かった」

 

 涙を浮かべながら裾を引っ張る未乘(みのり)を、龍馬が優しく撫でた。その光景は実に微笑ましく、見ている側もニッコリしたくなる。

 

『呑気な奴らだなー』

「まぁまぁ、少しぐらいは、ね……」

 

 そんな彼らをガードしつつ、鳴女と富雄がやや冷ややかな目で見遣った。確かにこんな状況(・・・・・)には相応しくないけれど、「人の心は無いんか」と言いたい。

 

『ブルヴァォッ!』

『おっと、死ね!』

『ブバァッ!』

 

 と、新たに襲い掛かって来た魚人を、鳴女が目からビームで爆砕した。里桜たちと比較して弱いような印象を受けがちだが、こいつはこいつで充分にぶっ飛んでる。少年とは思えない超人的な身体能力を持つ龍馬が命懸けで斃した相手を、事も無げに一撃必殺しているのだから。

 

『それにしても……』

 

 鳴女が空を見上げる。そこには青空など無く、巨大な黒い影が差していた。さっき海から浮上してきた竜宮城である。街中を阿鼻叫喚地獄に陥れた犯人であり、無数の海柱を打ち込んだ発信源でもある。今ここに居る彼女らには知る由も無いが、十中八九で竜宮童子の復讐だろう。さもなくば、ここまで徹底して大量殺戮(ジェノサイド)を繰り広げる訳もない。

 

『これ、どうしたもんかね?』

「とりあえず、僕らじゃどうしようもないと思うけどねぇ……」

 

 どう考えても出力不足です、本当にありがとうございました。直径数十キロメートルもある未確認飛行物体を、ちょっと威力のあるビームを放てるだけでは、物理的に不可能だろう。

 

『つーか、安全地帯なんてあるのかなぁ?』

「うーん……」

 

 何処もかしこも、そこら中に魚人が溢れ返っていて、次々と人を殺して回っている。老若男女関係なく、だ。見える範囲でこの有様なのだから、街全体ではもっと酷いに違いない。

 まぁ、そんな事、鳴女たちには関係ないのだが。どうせ赤の他人だし、それで心を痛める程、真面な人間ではないのだから。

 

「………………」

 

 否、龍馬はしっかり気にしていた。自分も危ないのに他人を救える人間など、早々居ないだろう。しかも、最初は肉親だと気付いていなかったのだから、漢気に溢れる好青年である(正しくはまだ少年だが)。

 しかし、どうしようもない物はどうしようもない。非常時には弱者の意思など関係ないのだ。

 

『だらぁあああああっ!』

 

 すると、誰かが暴れる魚人を蹴り殺した。ストロベリーカラーの変身ヒーローみたいな奴である。シルエットと声から察するに、女だろう。

 

『ふぅ……って、龍馬か!? お前、何時から帰ってたんだ!?」《バイクモード》

 

 と、思ったら柏崎(かしわざき) (いちご)だった。どうやら知り合い……というか同級生らしい。

 

「姐御、大丈夫っスかー!? ……って、龍馬じゃん! 東京に行ってたんじゃ!?」

「フィンガーネット!」

 

 さらに、彼女の取り巻き二人――――――柴咲(しばさき) 綾香(あやか)菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)も登場。三人共、彼女らなりに人助けをしていたのだろう。

 

「お前、その恰好……どうしちまったんだよ、苺ぉ!?」

「里桜に改造手術された」

「ええっ、そんなあっさり……」

「つーか、お前こそどうしたんだよ。何時から閻魔県(こっち)に戻って来たんだ?」

「ああ、うん、えっとだな……」

 

 とりあえず、簡潔に自分の状況を話す龍馬。むろん、歩きながらだ。立ち止まっている暇など、無い。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 一方その頃、黄泉市上空。

 

「こりゃ酷いな」

「わぁ~お、まさに地獄絵図!」

独立記念日(インデペンデンス・デイ)って感じだよね~》

 

 真、みどり、純子が、燃え盛る黄泉市を先に見据えながら呟く。外で合流した真とみどりを、純子(マッド・ギャガン状態)が抱えて、屋上から飛び立った所である。

 

『待っててな、童子くん!』

『そうだね、必ず取り戻そう!』

『それにしても、大きな城ですね……』

『まるでラ○ュタみたい!』

 

 その隣を祢々子、ビバルディ、お白様、悦子が飛んでいる。祢々子は足を引っ込めたガ○ラみたいにジェットの如く、ビバルディは人間形態で、お白様はペガサスのように翼を生やして、悦子はお白様に抱えられた状態だ。ジェットの燃料が何なのか知らないが、おそらくはメタンガスだろう。

 彼らの目的は、竜宮童子の奪還と竜宮城の撃退。そして、

 

《デルタ・コーポレーション本社でも、色々と起こってるみたいだね》

「サイバーテロか?」

《そうだね。ディヴァ子の別分体がシステムを乗っ取って、閻魔県を中心として電子機器を狂わせてるみたいだよ》

「ふぇ~、マジモンのテロじゃん。アタシも他人の事、あんまり言えんけど……」

 

 デルタ・コーポレーション本社の解放である。ビルは今もサイバーテロの爆心地であり、増殖性悪質算譜(ワーム)の発信源だ。もちろん電話回線なども汚染されているので、救助処か避難すら儘ならない。

 つまり、竜宮城という物理的障害と、ディヴァ子という電子的障害を取り除かなければ、事態は解決しないのである。

 

《一先ず、私たちはデルタ・コーポレーションに乗り込むよ。たぶん、そこのマザーコンピューターに居座ってるだろうからね》

『そいじゃ、ウチらは竜宮城に行くわ。……あれは?』

 

 二手に分かれようとした時、空の彼方から無数の飛行物体が。

 

『オカン、それに皆も!? 何でこんな所にっ!?』

『傷心の娘を慰めに来たのよ。……本来ならね』

 

 それは、禰々子河童率いる関東河童軍団。全員が武器を持ち、殺る気に満ちている。むろん、全員ジェットで飛んでいた。祢々子が特別な訳ではなく、河童は陸・水・空を制する生命体なのだ。

 

《どちら様まままま~?》

『祢々子の母です。ニュースを見て援軍に駆け付けました。私たちも竜宮城の攻略に協力します。“城の主”とは、ちょっとした因縁もあるのでね』

《そーなのかー。じゃあ、私たちは本社の前に降りようか。上空だと防衛システムに迎撃されちゃうからね》

 

 そういう事に為った。今度こそ二手に分かれて、各々の戦場へ向かった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 先ずはデルタ・コーポレーション組。面子は純子、真、みどりの三人だ。

 

『おっとぉっ!?』

《何かそっくりさんが居るねぇ~》

 

 本社前のロータリーに純子たちが着陸すると、そこには龍馬たちが居た。「マッド・ギャガン」は「プロト・ギャガン」を参考に開発した物だから、似ていて当然である。

 ともかく、戦力が増えたのだから、さっさと行動すべきだろう。

 

「よく無事だったねぇ、キミら?」

『改造されたからね。……おっと』

『キキキッ!』『ギキァアアッ!』『バヴォオオン!』『クワァアカァッ!』『グギュィイヴッ!』

 

 だが、そこへ要らぬ増援が。敵側のバトルクリーチャー(※対人用生物兵器群。バイオテクノロジーによって生み出されたモンスターの事を指す)が、本社ビルから次々と湧いて出て来たのだ。

 

「わぁ~お、バトルクリーチャーがいっぱい!」

「……いや、ただのバトルクリーチャーじゃないな。あんなタイプは見た事もない」

 

 その上、世界中の戦場を渡り歩いた経験のある真からしても見た事のない、新型の物らしい。

 バトルクリーチャーは世界中のほぼ全域で使用されている代物であり、紛争地域なら民間人でさえ間近に目視する機会がある。そんなバトルクリーチャーだからこそ、傭兵崩れの真ですら見覚えが無いという事の異常さが伝わるだろう。

 

『ねぇねぇ、富雄、あれって……』

「たぶん、そうだよね。……どう見ても、スケールダウン(・・・・・・・)させた妖怪だ(・・・・・・)

 

 しかし、常日頃からオカルトに関わっている鳴女たちからすれば、非常に見覚えのある連中ばかり。

 

《あー、里桜ちゃんが言ってた「Avatar(アバター)」シリーズってこの子たちの事だったか~》

 

 以前に内緒で教えられていたであろう純子が、ポツリと呟く。

 ようするに、里桜と説子が過去に討伐した妖怪を参考にした、量産重視の廉価版が「Avatar(アバター)」という新型のバトルクリーチャーの正体らしい。実に良い迷惑である。

 

 

 ――――――ドギャアアアアアン!

 

 

 さらに、本社ビルの最上階で謎の爆発が発生。

 

『ヴォアアアアアアアッ!』

『ガァアアヴィァアアッ!』

 

 爆炎の中から黄金に輝く説子と、ゼクスマキナ化した里桜が飛び出し、そのまま空中戦を開始した。超高温の熱線と微小化酸素粒子光線が飛び交い、周囲に今まで以上の被害を出し始める。事態は深刻と言えるだろう。

 

『ギシャシャシャッ!』『ギャヴォオオオッ!』『クワァアアッ!』

 

 しかも、騒ぎを聞き付けた魚人軍団まで続々と集まって来る始末。

 

『芸術は殺戮だァ!』

 

 ついでに、血の臭いを嗅ぎ付けた切り裂きジャックも登場。まさに上も下も大火事だった。

 

「くっ、どうすりゃ良いんだよ!」

《君はあそこの地下シェルターに逃げて~。あそこがある意味(・・・・・・・・)一番安全だからさ(・・・・・・・・)。もちろん、そこの母子(おやこ)もね~》

「……わ、分かった。行こう、未乘、母さん!」「わかった!」「ええ、そうさせて貰いましょう!」

『綾香、藤子、お前らも行け!』「……了解ッス」「ダブルトマホーク」

 

 一先ず非戦闘要員――――――もとい足手纏いである龍馬一家と、そろそろ無理が出て来た綾香&藤子を、唯一機能しているらしい地下シェルターの入口へ向かわせる。

 

『ガヴォオオオッ!』

 

 もちろん、人類の敵である魑魅魍魎共は生かさず逃さない。退避しようとする五人へ我先にと襲い掛かる。

 

 

 ――――――ダギン! ザシュッ!

 

 

 対バトルクリーチャー用の弾丸と妖気を纏った一閃が、その足を止めた。

 

「行けっ!」「ここはアタシらが食い止めるぜぇい!」

 

 放ったのは、真とみどり。それぞれ愛銃と愛薙刀を持ち、徹底抗戦の構えを取る。その隙に、龍馬たちは無事に避難した。

 

《りょーかい。それじゃ、私はビルの中枢を目指すよ~》

『御供しまーす』「僕はこの辺でしか役に立ちそうにないからねー」

『アタシはこっちに残るよ』

 

 純子、それから鳴女と富雄がビル内部へ進む。戦力比がおかしい気がするが、ディヴァ子とは電子戦がメインである為、ちょっとパソコンを齧っただけの真たちはお呼びじゃない。鳴女に関しては作業中の護衛だろう。

 つまり、今は真とみどりと苺の三人だけで、この大群に対処しなければならない。

 

「「『望む所だ!』」」

 

 普通なら戦力差に絶望する所だが、三人の誰もが士気高揚していた。何故なら、彼らは各々でこれ以上の体験をしてきているからだ。オリジナル相手ならまだしも、数だけ揃えた連中など烏合の衆である。

 

『ピキャァッ!』

「フン!」

『ギャギィッ!』

 

 真に襲い掛かった常元虫のAvatarが撃ち抜かれ、爆散する。既存の物を純子が魔改造を施した魔弾は、分裂と再結合が面倒臭い常元虫のAvatarを一発で鏖殺した。背後から挟撃しようとしていた狒々のAvatarも漏れなく消滅させられる。

 

『グルヴァッ!』

「なめるなっ!」

『ガァッ……!』

「そっちもだ!」

『グアキィッ!?』

 

 みどりに殺到した魚人も一体、また一体と膾切りにされていく。里桜に通じないだけで、本来ならこうなってしまう程に、みどりの霊力は異次元級なのだ。彼女自身が長年培った戦闘技術も影響しているのだろう。

 

『オラオラオラァッ!』

『ギギャァヴォオッ!?』

『無駄無駄無駄ァッ!』

『ギキキュゥァォッ!?』

《パーフェクトです、マスター》

 

 むろん、苺も負けてない。前回は苦戦した雷獣や雷神のAvatarも、パンチにキックで次々と屠って行く。あれからも継続的に里桜の魔改造を受け入れて来た結果である。

 

『『『………………!』』』

「――――――フゥーン!」

『『『………………!?』』』

「「……ドラァッ!」」

『ギゲッ!』『グギャッ!』

 

 そして、何よりも真とみどりの連携が凄まじい。彼らは近距離であればお互いの考えを共有出来る特殊能力を持っていて、死角など無いも同然だった。頭上から真に襲い掛かろうとしていたしょうけらのAvatar(上尸・中尸・下尸の分裂状態)を、空中に躍り出たみどりが薙刀と飛び蹴り、人食い蛍で成敗し、着地と同時に隙を突こうとするワラスボの魚人と泥田坊のAvatarをそれぞれ撃破した。

 

『……こりゃあ負けてられんな』

 

 これには苺もビックリしつつも、一層やる気を出した。

 

「真兄ィ!」

 

 と、鬼熊のAvatarを殺戮しながら、みどりが真に尋ねる。

 

「……何だよ!」

「真兄ィは、今でも気持ちは(・・・・・・・)変わらないの(・・・・・・)?」

「………………」

 

 真は答えず、襲い来る魚人やAvatarを殺し続けた。まるで感情の無い人形だ。

 

『………………!』

 

 そんな彼に、別の殺戮人形が襲い掛かる。暫し様子見をしていた切り裂きジャックが、最高の獲物として真に狙いを定めたのである。空中から放たれた無数のナイフを、魔弾が残らず撃ち砕く。

 着地した切り裂きジャックは愛用のクルカナイフで切り掛り、真は特別頑丈に作られた愛銃の銃身で受け流す。一進一退の攻防だ。

 

 

 ――――――バシィッ!

 

 

 だが、一瞬の隙を突いて、真が切り裂きジャックのクルカナイフを蹴り上げた。隠し持っていた大型ナイフで上から切り掛る振りをして防御の構えを取らせ、それを下から弾いたのである。これで切り裂きジャックは完全な無防備。零距離から放たれた魔弾が、彼の上半身を吹き飛ばした。

 それを見届けた真がみどりの質問に答える。

 

「……僕の気持ちは変わらない。純子を倒すのは(・・・・・・・)この僕だよ(・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 同時刻、デルタ・コーポレーション本社ビル内部。

 

《おわぉっ!?》

「わぁ~なのだ~!?」

 

 次々と向かって来る敵をバッタバッタと薙ぎ倒していた純子たちは、別の無双コンビとバッタリ遭遇した。アイスとゾルディだ。

 

《こんな所で何してるの~?》

「社長だから、事態を何とかしようとしてるのだ!」

《それは殊勝な事で。所で、マザーコンピューターまで案内してくれる~? マッド・ギャガンでサイコダイブして、直接ディヴァ子ちゃんを〆ようと思うんだけど~》

「おお、丁度良いのだ! こっちなのだ~!」

『じゃあ、露払いは私たちが務めるわよ~ん!』「………………」「が、頑張れ~」

 

 出遭って早々に意思統合を果たし、マザーコンピューターを目指す一行。後続のお代わりや防衛システムが足止めをしてくるが、純子たちの敵ではなかった。アイスも里桜から社長を任されるだけあって、凄まじい戦闘能力を持っている。手から高出力の稲妻を放つとか、シ○の暗黒卿にも程がある。

 

《ちなみに、場所は?》

「地下の最下層にあるのだ。階数で言えば、地上と同じなのだ~」

《素直に面倒臭いね》

「忌憚の無い意見をありがとう。ぼくもそう思うのだ」

 

 という事で、地底GO! GO! GO!

 

「着いたのだ!」

《早っ!》

 

 まぁ、君らは無敵ですしお寿司。

 

《これがそうか~》

 

 地下深くに隠されたマザーコンピューターは、里桜の屋上ラボにあるウルトラコンピューターを巨大化させたような見た目だった。

 

《フハハハハハッ! よく来たな、諸君!》

《それじゃあ、ちゃっちゃと始めようか~》

《あ、おい、コラ! 少しは相手してよ!?》

 

 立体映像でディヴァ子が煽って来たものの、純子たちは極普通に無視して、早速サイコダイブを始める。ディヴァ子がシステムを操って邪魔しようとするが、鳴女とゾルディに迎撃され、富雄とアイスがバックアップを務めてくれた為、全く足止めになっていなかった。

 

《さぁ、行くよ~ん♪》

《舐めやがって!》《後悔させてやらぁ!》《やぁってやるぜぇ!》

 

 電脳空間で、純子と三人のディヴァ子が対峙する。戦いはこれからである。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 黄泉市上空、高度・竜宮城。

 

『撃てぇ!』

『了解!』『オリャッ!』『食らいやがれぇ!』

 

 禰々子の指示で、河童たちが一斉にプラズマ光弾を放つ。体液を基に生み出した光熱の塊は、真っ直ぐに竜宮城の外角へ直撃し、爆炎と破片を巻き起こした。

 

『……流石に硬いわね!』

 

 とは言え、密集した海産物の塊はそう簡単に貫通されるような代物ではなく、竜宮城からしてみれば掠り傷のような物だ。

 

『ギャヴォオッ!』『キシャアッ!』『グキィイイッ!』『ジュルァッ!』

 

 さらに、エイや鮫の魔物に跨った魚人たちがわらわらと湧いてきた。

 

『各自、迎撃態勢! 活平(かつべい)麻子(あさこ)は分隊を率いて私たちと来い!』

『了解!』『ラジャーです!』

 

 対する河童軍団は一気に散開。禰々子を筆頭とする一部を除いて迎撃態勢に入った。激しい空中戦が始まる。

 

『――――――オラァッ!』

 

 そして、周囲が敵を引き付けてくれている間に、禰々子が爆裂パンチで外角に風穴を開け内部へ侵入、突き進んだ。

 むろん、中にも無数の魚人が待ち構えていた。

 

『………………』

『童子くん……』

 

 さらに、そこには竜宮童子も居た。

 しかし、自由意思の無い人形のような状態で、祢々子へ平然と大銛の切っ先を向ける。

 

『……コアが抜かれたままね。大方、母親が遠隔操作してるのよ。ハートが無くちゃ、抜け殻同然だわ』

 

 そんな彼の様子を見て、禰々子が冷静に判断を下す。

 

『ど、どうすれば……』

『あの子の事、好きなんでしょ? なら、自分で何とかなさい。……母親には、私が話を付ける(・・・・・)

 

 ようするに、コアを力尽くで取り戻すから、それまで時間を稼げという事だろう。

 

『望む所や!』

『それでこそ我が娘ね。……行くわ!』

 

 こうして、望まぬ殺し合いが幕を開ける。鍵となるのは禰々子。彼女が城主から希望を奪還するしかない。

 

『――――――だぁあああ、クソッ! 久し振り過ぎて(・・・・・・・)経路なんて覚えてないわ!』

 

 だが、肝心の禰々子は早々に迷っていた。駄目じゃん……。

 

(昔は、あんな子じゃなかったんだけどな……)

 

 同時に、過去の因縁……というか思い出が脳裏を過る。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『ど、どうも、禰々子さん……“今代”の乙姫です……』

 

 最初に出会った時の乙姫は、まるで鰯のようにナヨナヨした娘っ子だった。

 妖怪も世代交代はする。本質的な寿命は無いに等しいが、緩やかな衰えはあるし、老いた身体で生き延びられる程自然界は甘くない。

 だからこそ、時が経てば名のある妖怪は次世代に全てを託す。まるで戦国武将が如く襲名するのである。かく言う禰々子も完全なオリジナルではなかったりする。

 だので、今代の乙姫が引っ込み思案で恥ずかしがり屋でも問題は無かった。遺伝的には。

 しかし、海人種と頗る仲の悪い河童族の前で、その態度は良くなかった。乙姫が世代を重ねると聞き付けて、挨拶と言う名の因縁を付けに来た各地の河童の大将からは、案の定かなり舐められていた。

 

『ヘ~イ、ヘイヘイ、なかなか可愛い子じゃ~ん?』

 

 特に九州の総大将「九千坊」は舌なめずりさえしていた。この男かなりのDQNであり、先代が人格者だった事も相俟って、河童族からさえ糞野郎認定されていたりする。

 

『おい、止めときなよ?』

『分かってますよ~ん♪』

 

 代々因縁のある禰々子に対してすらこの態度だ。色々と終わっている。

 

『……気にしちゃ駄目だからね? 何かあったら、私に頼りな』

『は、はい……ありがとうございます!』

 

 そんなこんなで、帰り際に禰々子はフォローを入れたのだが、これまた腰の低い態度を取られてしまった。わざわざ竜宮城に招待したというのに針の筵にされていた所に優しくされたので、思わず軟化してしまうのは分かるのだけれど、これでは釘を刺した意味が無いだろう。それからもちょくちょく助言は入れに行っていたのだが、ずっとこんな調子だった。

 そして、禰々子の心配は的中した。あのDQNがやらかしたのである。何と取り巻きを引き連れて竜宮城を急襲し、乙姫を輪姦してしまったのだ。この糞野郎はお頭は足りないが力だけなら歴代最強だった為、気の小さい乙姫は抵抗する間も無く穢されてしまったのである。

 しかも、悪い事にこの一件で乙姫はバッチリ妊娠してしまった。その時の子が竜宮童子だったりするのだが、今は置いておこう。

 むろん、騒ぎを聞き付けた禰々子は関東全域の仲間を引き連れてDQN連中をしばき倒し、強制的に世代交代させた。その後、乙姫にはDQNの子なんて堕ろせと言ったのだが、

 

『……子供に罪はありませんから』

 

 彼女は涙を堪え、拳を握り締めつつも、結局は子供を産んだ。どう考えても無理をしている。禰々子としても乙姫を傍で支えてやりたかったのだが、自分にも子供(祢々子)が出来てしまった為、そこそこの支援程度に留まってしまった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

(その結果がこれか……笑えないね)

 

 それなりに仲の良かった知人が、こうも変わってしまうとは、やり切れない物である。

 

『おっとぉ!?』

『あっ……!』

 

 そうやって考え事をしながら彷徨っていたら、息子の様子を見に行こうとしていた乙姫と目がバッチリ合ってしまった。同時に、彼女の胸元にペンダントとして竜宮童子のコアが吊り下げられているのが目に入る。これは色々と逃げられそうもない。過去の因縁的にも。

 

『あらあらあら、河童が海まで流れて来るとは、随分とお寝坊さんねぇ? 早起きは三文の徳って言葉、知らないのかしらぁ?』

 

 本当に、人が変わってしまっている。笑みを浮かべているのに目が笑っておらず、乱れた髪を垂れ下げる様は、狂人と言って差し支えなかった。かつての友として、これは心に来る物がある。

 

『悪いけど、私は夜型なのよ……っと!』

 

 しかし、禰々子は逃げた。コアを強奪した上に、屁の河童で。猛烈な音と酷い臭気が周囲を満たし、禰々子は放屁の勢いで壁を突き破り、外界へ緊急離脱する。

 何故なら、禰々子もまた娘を持つ母親だからだ。今の乙姫は猛毒を持っている。そんな親元に、祢々子の大事な彼を置いておく訳にはいかない。

 

『それを寄こしなさい!』

 

 だが、ジェットの勢いで飛べるのは禰々子だけではなかった。乙姫もまた、首や肋骨の辺りにある鰓穴から噴出した空気圧で一気に距離を詰める。

 さらに、最も大きい貝殻の舳先で、乙姫……否、海神の一柱たる豊玉姫が、本性を現した。

 

『グヴォァアアアアアッ!』

 

 それは、鮫の魚人であった。赫々とした鮫肌を漆黒の外殻で覆っており、その様はまるで甲殻類……もっと酷い言い方をすれば、鮫型の機械人形のようである。手に持つ双刃の槍も相俟って、闇黒の巨人にしか見えない。これなら、あの馬鹿野郎も駆逐出来そうな物だが、実際は変わってしまった事で、箍が外れたのだろう(・・・・・・・・・)

 

 

◆『分類及び種族名称:異次元海神=豊玉姫(原点回帰種)』

◆『弱点:不明』

 

 

『誰が渡すかバーカ!』

 

 しかし、そんな化け物を前にしても、禰々子は知らん顔だ。というかドヤっている。実に腹立たしい。

 

『どいつもこいつも……本当にィイイイイッ!』

 

 それが引き金となったのか、豊玉姫は容赦なく禰々子へ襲い掛かった。

 

『本当に善い女ってか!? お褒めに与り光栄よ、売女ァ!』

『黙れ、この阿婆擦れがぁっ!』

 

 禰々子も右爪を剣に、左腕の鱗を盾に変えて応戦し、海と川の女大将同士がぶつかり合う。

 

『ハァッ! セァッ! ジュワッチィッ!』

『フンッ! セイッ! ンナァアアアッ!』

 

 豊玉姫と禰々子の剣戟が続く。上から、下から、右から、左から、袈裟に斬り、逆袈裟に振り上げ、回転し、宙返りからのスラッシュ。

 まさに手に汗握る攻防。実際、両者共に水棲生物なので、割かし何時も濡れている。

 さぁさぁ、女の戦いは、まだまだこれから。勝った方がイイ女だ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 竜宮城、周辺空域。

 

『撃てぇ!』『放てぇ!』『いい加減落ちろっての!』

『クァアアッ!』『ギャヴォオッ!』『グルルルル!』

 

 現在進行形で行われるドッグファイトと、光弾の嵐。魔物に跨る魚人やAvatarを撃破しつつ城にダメージを与えるのは至難の業だった。そもそも、目標がデカ過ぎて未だにロクなダメージが無い。

 

『……何だ!?』

 

 すると、竜宮城に動きがあった。外壁の一部が変形し、八脚のアームを形成すると、その中心部に粒子が集まって行き、

 

 

 ――――――ズギャヴォオオオオッ!

 

 

 極太の閃光が、戦場を掻き乱した。

 

『くそったれ、加粒子砲かよ!』

 

 それは、竜宮城が備えている最大の火力兵器。その巨体に潜ませた加速リングによって粒子を集束し、ビームとして放っているのである。

 

 

 ――――――バギャヴォオオオオッ!

 

 

『ぐわぁっ!』『ギェァッ!』

『ぐぅっ! 敵も味方も関係なしか! どこまで狂っちまったんだよ、乙姫様ぁ!』

 

 その上、敵味方関係無しの無差別攻撃。連射も利く事も相俟って、とてつもない脅威だ。

 

『ガァアアヴィィィアアアアアアッ!』

『ヴヴォァアアアアアアアアアアッ!』

『うぉっ!?』『グギャッ!』『ひぇ!』

 

 ついでに、里桜と説子もお構いなしに大暴れしている為、どう足掻いても混沌である。

 

『クソッ、クソッ! 射線に入るな! 出来るだけ城に密着しろ! 流石に零距離では撃てない筈だ!』

『了解です!』『ラジャラジャー!』

『こんなの契約に入ってない!』『帰りたーい!』

 

 こうなっては、城そのものに密着して、ビームを封じる他ないだろう。河童たちと、引っ込みが利かなくなったお白様と悦子の、距離を盾にした戦いが始まる。

 と、その時。

 

『………………!』

『くっ……!』

 

 外壁を破壊して、自意識の無い竜宮童子と祢々子が飛び出してきた。

 

『グヴォァアアアアアッ!』

『この……って、ヤバッ!?』

 

 丁度、豊玉姫と禰々子が母親対決をしている現場だった。心なしか、禰々子の方が押されている。豊玉姫の怪力は禰々子以上らしく、剣圧で弾き飛ばしていた。しかも、装甲が硬過ぎて、当たった刃が弾かれている。どう見ても勝ち目が無い。

 

『ハァアッ!』

『ぐぼぁっ!?』

 

 そして、槍からのビームだ。吹き飛ばして態勢を崩している所に熱線が飛んで来る為、禰々子は防戦一方だった。ズル過ぎる。

 

『オカン!?』

『余所見しない!』

『……分かったわ!』

 

 祢々子は一瞬気を取られたが、直ぐに竜宮童子へ向き直る。

 そう、彼女の役割は母親の手助けでも、ましてや周囲の仲間たちへの支援でもない。竜宮童子を毒親から解放してやる事だけだ。

 

『童子くん! ウチや! お願い、目ェ覚ましてぇな!』

『……ゥァアアアアアッ!』

『くぅっ!?』

 

 だが、そう上手く行けば、フィクションなど存在しない。彼を本当の意味で取り戻すには“(コア)”が足りないのだ。

 しかし、一体どうすれば良いのだろう。自分は一度……いや、二度も彼を死なせた。そんな奴の言葉が、想いが、届く筈も無い。

 祢々子は諦めたくないという意志と同じくらい、諦観の念も生じ始めていた。はっきり言って、絶望的である。

 

『――――――そんなの、嫌や!』

 

 自分は今、何を考えていたのか。どうにもならない現実に、つい屈しそうになってしまった。

 もう嫌だ、手放したくない。ずっともっと一緒に居たいし、彼の全てを受け入れたい。

 

 ……否、彼の全部が欲しい。愛も人生も、彼に纏わる何もかもを、この胸に抱き止めていたい。

 

 自己主張が低く大人しい祢々子が、母親譲りの強欲さを発揮した、最初で最後の瞬間であった。

 

 

 ――――――ポチョン。

 

 

 まさしくその時、祢々子の慟哭に応えるが如く、光る何かが彼女の口に収まる。

 

『キスしろぉおおおおっ!』

 

 一瞬の隙を突いて、禰々子が愛娘に最大の贈り物をしたのである。

 

『分かったで、お母さん!』

 

 祢々子は駆け出した。防御も回避もかなぐり捨てて。愛しの童子の下へ、飛び込んで行く。

 むろん、身体を切り刻まれ、串刺しにもされたが、祢々子は気にも留めなかった。ただ真っ直ぐに竜宮童子を見据え、血みどろになりながらも、彼の唇を奪う。

 

『童子くん』

『……馬鹿ヤロウ。何でこんな形で口付けしなきゃいけないんだ』

『嫌かー?』

『大好きに決まってるだろう!』

『なら誓ってな! 童子くん、あなたは私が病める時も健やかなる時も、愛してくれると誓いますか!?』

『若干重い気がするけど、誓うぜ! 男に二言は無い!』

『童子くん!』

『祢々子!』

『『愛してる!』』

 

 そして、二人は目出度く結ばれた。

 

『……フザケルナァアアアアアアッ!』

 

 だが、それを認められない毒親が独り。誰かは言うまでも無い。怒れる人鮫、豊玉姫である。禰々子を更なる猛攻で圧倒し、殴り飛ばした。

 

『死ね死ね死ねぇ! どいつもこいつも、死んじまえぇええええっ!』

 

 さらに、全員道連れとばかりに、加粒子砲の発射口を城の真下に展開する。文字通り、黄泉市を焦土に変えるつもりのようだ。流石はモンスターペアレント。気に入らなければ力尽くで解決しようとするという、かつてのDQNと全く同じ事をしている事に、全く気付いていない。

 

《そうは行くかよぉ!》

 

 すると、地下シェルターの方から、赫・白・金の三色三機の戦闘機――――――「ラスターマシン」が飛び出してきた。サイバネティックかつ鋭利なデザインをしている。

 

《姐御ばっかりに良いカッコはさせないっスよ!》

《オープンゲ○ト!》

 

 そして、乗り手はまさかの、龍馬・綾香・藤子のトリオ。幾ら外部操作がメイン(・・・・・・・・)とは言え、一般人が戦闘機に乗り込むなど、どうかしている。

 

《え~、皆さ~ん、今から“合体”するけど、覚悟は良い~?》

《もちのろん!》

《チェンジゲッ○ー!》

《当たり前だ! 妹の為に命を張れない兄が何処にいるってんだよ!》

 

 しかし、全員が覚悟完了しているようで、舞台裏で割と簡単にディヴァ子をしばいた純子の手助けにより、三機一体の妙技、“変形合体”を敢行する。

 そう、しょうけらを参考に、三つの心を一つに束ねた変形合体ロボット――――――「ラスターロボ」の爆誕である。

 

《ラスタァアアアアアアビィイイイイイム!》

 

 さらに、加粒子砲が発射される瞬間、ラスターロボも腹からステリウムエネルギーを集束したビームを放ち、数瞬だけ拮抗した後、一気に押し返して竜宮城を貫通した。

 

『竜宮城が爆発する!』『全員、退避ィ!』

 

 さしもの空中要塞も、流石にどてっ腹を貫かれては耐えられる訳もなく、動力源を中心として大爆発を起こす。ラスターマシンがラスターロボになった辺りから、既に嫌な予感がしていた面々は大抵が退避を始めていたので、何時もの面子や河童たち、少し離れた領域に居た魚人らは生き延びている。地下深くに居た純子たちや、蜂紋母子も同様だ。

 

『母さん……』

 

 そして、全てが吹き飛ぶ間際、遥か彼方に放り投げられた禰々子・祢々子・竜宮童子の三人も生還した。実行した豊玉姫は竜宮城と運命を共にしたが、その真意は誰にも分からない。

 こうして、海と川、許されざる恋を巡る物語は、見事な愛として成就して幕を閉じたのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 と、これで終われば良かったのだが、里桜と説子はまだ戦っていた。

 

 

 ―――――――キィイイイイイン!

 

 

 ジェットエンジンのような音を立てて、里桜が微小化粒子破壊光線を放つ。それも撃ってからの薙ぎ払いに繋ぐ、えげつない攻撃だ。

 

『ヴォァアアッ!』

 

 しかし、当たらない。説子の素早さは既に神速の域に達している為、回避に専念されると当てるのは至難の業だった。

 

『ハァアアアァッ!』

『コァアヴォォッ!?』

 

 さらに、両腕に紫焔を纏いながら爪で引っ掻いてきた。これがまた馬鹿にならない威力で、里桜の装甲にも容易く傷を付けている。超音波で自らを振るわせ、分子結合を破壊しているのだろう。里桜の破壊光線よりもお手軽で、隙も少ない良い技である。

 

『ガァアアヴィアアアアッ!』

『ヴゥゥゥッ……!』

 

 だが、里桜もやられっぱなしではない。内なるエネルギーを全方位のビームとして放ち、追撃を試みていた説子の身体を穿つ。

 

『ヴォァアアアッ!』

 

 まぁ、普通に再生されてしまうのだが。回復力においても、説子の方が上手だ。里桜が勝る点となると、遠距離攻撃の多彩さと馬力、装甲の厚さくらいだろうか。素早く力強い説子とは大分相性が悪い。

 

『ヴルァッ!』

『バァヴォオオオオオオン!』

『グゥゥ……ゴァッ!?』

 

 しかし、不利を覆してこそ戦いのプロという物。里桜は自らを移動砲台として弾幕を張り、掻い潜って来た説子を特大の咆哮で返り打ちにし、更には山彦のようにスライディングしながらかち上げつつ、破壊光線を浴びせ掛けた。まさに嵌め技である。

 

『ギャヴォオオオオッ!』

 

 だが、無意味だ。説子は里桜と同じくエネルギーを炸裂させて破壊光線を掻き消し、剰え熱線で反撃までしてみせた。

 

『――――――ガァアアヴィァアアアンッ!』

 

 その瞬間、里桜が巨大化した。装甲が蒼く光ったかと思うと、熱を吸収してしまったのである。お前の遣り口などお見通しだぞ、という事だろう。

 

『ヴォォルァアアアアアッ!』

『………………!』

 

 しかし、説子は火力を抑える処か、更に火力をブーストして全身に紫焔を纏い、里桜の弾幕に正面から突っ込み、そのまま苛烈な徒手空拳を仕掛けてきた。自分がどれだけ蜂の巣になろうが、八つ裂きにされようが、回復力に物を言わせたゴリ押しで里桜の装甲を削りまくる。

 里桜の再生力はそこまで高くなく、かつ熱を吸収するにも多少の準備が居るので、こうも激しく攻め立てられると、かなり厳しい。硬くてデカいが故の弊害と言えた。

 

『……ヴァォオン! ヴァォオオン! ヴァォオオオン! ―――――――グルヴァアアアアアアアッ!』

 

 しかも、説子が合間合間に遠吠えをしながら天道蟲を集めて追加のエネルギーを溜め、紫焔と紫電を同時に纏い出したから、さぁ大変。全身がウルトラヴァイオレットに輝く超オカルト人となり、猛然と里桜に襲い掛かった。先ずは神速の引っ掻き連打を繰り出し、次いで力を込めたブレイククロー3連打からのアッパーカット(地走り紫電付き)、更には紫電を螺旋に纏いし極太熱線で風穴を開け、最後は爆裂パンチのデンプシーロールを食らわせつつ、全てを破壊する轟咆哮でフィニッシュする。

 

『ガァアアギィィイングルォオオオッ!』

『ヴォァッ!?』

 

 だが、並の妖怪なら数十体単位で蒸発しそうなFINALラッシュを里桜は何とか耐え抜きながら死んだ振りを敢行、止めを刺そうと追撃してきた説子に特大の破壊光線を浴びせ、彼女の脚を掴んで何度も地面に叩き付け、回復モードに入った瞬間、再度破壊光線を浴びせ、完全に動けなくなるまで浴びせ続けた。

 

『グゥゥぅぅ……」

 

 流石の説子にも限界はあるので、最後は頭だけを残して戦闘不能となった。これでも未だに死なない辺り化け物としか言いようが無いが、このまま放置しては今度こそ命に関わるだろう。決着は付いたのだ。

 

『ふぅ……手古摺らせやがって」

 

 ようやく大人しくなり、意識まで失った説子の頭を、里桜が元に戻りつつ拾い上げる。それはそれは、愛おしそうに。

 そして、生首だけの眠り姫に、里桜が囁く。

 

「そんなに私の事を殺したいの、お姉ちゃん(・・・・・)?」

 

 その質問に、黒目の無い真っ赤な眼を見開いて、説子が応えた。

 

『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!』

「そっか。愉しみにしてるねぇ?」

 

 里桜も、嗤って応えた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その後、黄泉市では急ピッチで復興が進んだ。コントロールを取り戻したAvatarを使って、物凄い勢いで街を立て直していったのである。これによりAvatarの汎用性が世界に認められ(というかゴリ押しで認めさせ)、デルタ・コーポレーションは甚大な被害を被ったにも関わらず、前以上に勢力を伸ばす事と為る。

 

「終わり良ければそれで良し!」

「お前が言うな。ディヴァ子をしっかり管理してないからこうなったんだろうが」

「知らんなぁ~」

「こいつ……」

 

 こうして、峠高校の春は終わりを迎える。いよいよ夏が本番だ。

 

 

 

『面白い茶番だっただろう? 次は本格的に行かせて貰うよ』

 

 誰かが嗤った。

 

                     ――――――沈黙の春休み編 完




◆セレン・ガイロス

 「セレンの幻魔皇」の異名を持つ卑劣なる創造邪神。自らは何も生まないが命を弄ぶ術に長け、様々な魔改造を施す事で、百八つの星の生態系を崩壊させ、七十二の知的生命体を絶滅させた、宇宙史上最悪の大罪神である。元は異世界の魔神であり、惑星「セレン」のガイロス帝国の皇女「ガイロス・ノンマルト・リュオール」に憑依合体する事で、この世界に降臨したと言われている。
 本来は、創造と破壊を司る神であり実姉でもある「カノン・アルカディオス」の補佐を担っていたのだが、純粋無垢なる好奇心によって彼女の心を乱し、邪悪なる闇黒破壊神「デモン・ヴァルシング」へと堕落させた罪により、異界へと放逐されたと伝えられている。
 そして、今現在の肉体は射川 Ha®%"`!⁺〉……

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闇黒の夏休み編
逢魔が黄泉路を通りゃんせ


またしても曜日がズレまシタ……。


 漸く梅雨も明けた、ある日の夕暮れ。

 

「通りゃんせ~通りゃんせ~♪ ここは何処の細道じゃ~♪」

 

 一人の少女が鼻歌交じりに歩いていた。

 古角町の夕日は美しい。特に三途川の堤防から見渡す街並みは最高だ。鼻歌も歌いたくなる。烏も一緒に歌っている。

 

「御用の無い者通しゃせぬ……ん?」

 

 しかし、そんな優美な黄昏時は終わりを迎え、代わりに恐怖しかない逢魔ヶ時がやって来た。

 

『トン、トン、トンカラトン♪ トトン、トン、トン……♪』

 

 それは、異形の怪人だった。

 二メートルはあろうかという大男で、全身が包帯で覆われたミイラのような姿をしている。それだけでも充分怪しいが、日本刀を背負い自転車を漕いでいるという、意味不明なことをやらかしている。どう見ても堅気でもなければ、普通でもない、完全完璧なる怪人である。

 そんなおかしな奴が、キィキィとペダルを踏んで、こちらへ真直ぐ向かってくる。

 

「ひっ……!」

 

 言い知れぬ恐怖が少女を襲う。ホラー映画に出てくるお化けやモンスターの類とは違う、得体の知れない、何とも言い難い悍ましさ。一体何をしたいのか、何を求めているのかがさっぱり分からない。例えるなら、道端で変態に出逢ってしまったようなものか。

 

「ああぁっ!」

 

 生理的に受け付けない何かに駆られた少女は、全速力で逃げ出した。

 

『クククククッ!』

「ひぃっ!」

 

 だが、すぐに追いつかれ、追い抜かれ、逃げ道を塞がれてしまった。

 

『トンカラトンと言えぇ~い』

 

 さらに、日本刀に手を掛けながら、これまたよく分からないことを言い始める。

 

「ひっ……!」

『トンカラトンと言えぇ~い』

「ト、トンカラトン……!」

 

 まるで意味が分からないが、言わなければあの日本刀で斬られる。本能的に悟った少女は、ミイラ男の言う通り、呂律の回らない口を必死に動かしてそう言った。

 

『クックックッ……』

 

 すると、ミイラ男は気味の悪い笑みを浮かべ、満足そうに刀から手を放した。

 

「ほっ……」

 

 と一安心した少女だったが――――――そうは問屋が卸さなかった。

 

『オレはまだ聞いてないぞ』

『おれもだ』

『僕も』

『私も』

『アタシもよ』

 

 ゾロゾロと、草葉の陰から現れる、大小様々なミイラ人間たち。男も女もいるが、例外なく全身包帯巻きで、刀を背負っている。今は乗っていないが、自転車も傍らに停めてある。

 

『オレたちの名は言え、と言ってからいうのがルールだ。勝手に言う奴は皆敵だ』

『そうそう』

『その通り』

『――――――って事で、死ね』

 

 そして、最初のミイラ男以外のミイラ人間たちは一斉に刀を構え、少女目掛けて振り下ろす。

 

「ぎゃあああああああああっ!」

 

 夕暮れの堤防が、血の赤で染め直される。

 

 

 

『さて、良からぬ事を始めようか……』

 

 誰かががポツリと呟いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――この世界の何処か、今ではない何時か。

 

『ヴォアアアアアアアアヴォッ!』

 

 燃え盛る大地で、邪悪なる闇黒破壊神が雄叫びを上げる。全身が漆黒に染まり、怒りの焔がマグマのように血走っている。

 

『ヘァッ!』

 

 そんな闇黒破壊神に対して、必死に抵抗を続ける者が一柱。紫色の魔女を思わせる、女型の巨人。その背後には、力なく倒れ伏す、騎士のような姿の朱色の巨人。おそらく、騎士の巨人は闇黒破壊神にやられたのだろう。魔女の巨人は彼を守っているのだ。

 

『セァッ!』

 

 分子結合を破壊する粒子光線を放つ魔女の巨人。

 

『ヴォアッ!』

 

 だが、闇黒破壊神にはまるで効いていない。防ぎすらせず、胸部で受け流してしまう。

 

『……ハァッ!』

『ヴルヴァッ!』

 

 さらに、続いて放たれた不死鳥の如きエネルギーの奔流を、片手で払い除けてしまった。最大火力が掠り傷一つ負わせる事が出来ないという、絶望的な事実。

 

『グルヴォァアアアアアッ!』

 

 闇黒破壊神が反撃の破壊光線を撃った。分子処か原子すら昇華されてしまう破滅の光が、魔女と騎士に襲い掛かる。

 

『ハァアアアッ!』

 

 しかし、魔女は諦めていなかった。全身全霊の結界を張り、惑星を一撃で消滅させるビームを受け止めた。

 そして!

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……夢か」

 

 そして、説子は目を覚ました。ここは峠高校の屋上ラボ。異星でも異世界でもない。

 

「ふぅ……」

「随分とお早い起床で」

 

 目を擦りながら中枢部に歩いてきた説子を、里桜が出迎える。時刻は正午過ぎ。立派な寝坊だ。

 

「何だよ、朝から」

「いや、昼だけど? それよりほら、寝起きの運動に行ってらっしゃいな」

 

 と、里桜が懐から赤い封筒を出してきた。寝ている間に依頼が来ていたので、罰ゲーム感覚で説子に行かせようとしているのだろう。

 

「………………」

 

 説子は面倒臭そうに封筒受け取り、手紙を読んだ。

 

 

《突然の依頼、申し訳ありません。実は、友人が居なくなったんです。

 一先ず、里桜さんは「トンカラトン」の噂をご存じでしょうか?

 トンカラトンは一昔前に流行った「口裂け女」や「人面犬」と同じ、所謂「都市伝説」で語られる妖怪です。

 出逢った人間に「トンカラトンと言え」と迫り、言わなければ斬り殺されてしまいます。また、言えと言われない内にトンカラトンの名前を言ってしまうと、その時も殺されてしまいます。

 そして、トンカラトンに斬られてしまった人もトンカラトンになってしまうんです。

 それで、ここからが本題なんですが、三日前友人の小夜子がトンカラトンに襲われたみたいなんです。従弟の陽一くんが偶然見かけたとかで、その時は集団で現れたそうなんです。

 ……正直、小夜子が生きているとは思えませんが、もしもトンカラトンに変えられているのだとしたら、せめて人として死なせてあげたいんです。

 警察も親も頼りになりません。玄関で待っていますので、どうか力を貸していただけないでしょうか。実験台にでも何でもなりますので、お願いします。

 

      如月(きさらぎ) 香夜子(かやこ)

 

 

 ようするに敵討ちをしてくれというのだ。こんな依頼、猫でなくとも面倒くさい。

 

「トンカラトンたぁ懐かしいな」

 

 昔見たテレビ番組を思い出しながら、説子が呟く。

 

「どんな奴だっけ?」

「全身包帯巻きで、日本刀を背負って現れる怪人さ。特性は手紙に書いてある通り。分かりやすく言えば、悪質な“通り魔”だな」

 

 昔、人が人を斬るのは“魔が差したから”、と解釈していた。そうした“魔”の妖怪を「通り魔」「通り者」と言い、危険な出来心を喚起・増幅させる能力があるという。

 そう、何時かの殺人鬼のように。

 

「しかも、こいつは“仲間”を増やせる」

「つまり、放っておけばネズミ算式に増えていくわけか……」

 

 コミュニティーを築くほど群れるかは分からないが、どちらにしろ集団戦を強いられるのは厄介である。サンプルを採集するなら、なるべく無駄な労力は惜しみたい所存。

 

「なら、このまま放置するわけにはいかないな。そうと決まれば、善は急げだ。時間は待っちゃくれない。ということで行け。これは命令だ」

「お前のどこに善があるんだ?」

 

 最高の友人がそこにいた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 放課後、峠高校西玄関。

 

「如何にも虐められそうな面してるな」

 

 失礼千万な感想を述べる説子だが、実際に香夜子はそういう顔立ちをしている。特にその眼鏡とボサボサな髪、低身長かつ華奢なボディが雄弁に物語っていた。こいつ絶対ぼっちだ。

 

「えっと、あの……「屋上のリオ」、さんですか?」

 

 堂々と正面切って罵倒された香夜子が、それでも申し訳なさそうに話し掛けてきた。本当に虐められてそう。

 

「いいや、私はお使いの説子だ。だが、依頼の内容は手紙で把握している。とりあえず、歩きながら話そうか」

 

 そういう事になった。

 

「そう言えば、その小夜子って奴はどんな奴なんだ?」

 

 事件現場である三途川に向かって歩きつつ、説子が香夜子に質問する。出会った事もなければ、手紙の中にも書かれていないので、人物像が全く分からない。どうせ死んでるだろうから、どうでも良いと言えばそれまでだが、これから敵として会うかもしれない人間の事は知っておいたほうがいいだろう。

 

「……とても強い人ですよ。わたしなんかとは比べ物にならないくらい。勉強もできるし、スポーツ万能でした。特に剣術の達人で、中学の頃は剣道の全国大会で優勝もしてるんですよ」

「ようするに文武両道の才女ってことか」

 

 香夜子の話を要約すると、そういう事になる。話す時の香夜子の顔が妙にうっとりしていたことには目を瞑ってあげようか。趣味は人それぞれ。

 だが、そうなると分からない事がある。

 

「でも、そんなに凄い奴なら、どうしてそうもあっさりと殺られたんだ?」

 

 丸腰とは言え、それだけの実力があるなら抵抗の一つもできたはずである。

 しかし、従弟の陽一の話によれば、ほぼ一方的に八つ裂きにされてしまったという。逃げる素振りもないのは流石におかしい。

 

「……凄い人“だった”が正しいです。逃げたくても逃げられなかったんですよ、彼女は」

 

 すると、香夜子が神妙な顔で語りだした。

 

「中学生最後の年――――――県総体の前日。あの日、彼女は全てを失いました。他ならぬわたしのせいで」

「どういうこった?」

「事故です。その日、車に轢かれそうになったわたしを、彼女が庇ってくれたんです。おかげでわたしは助かりましたが、彼女はそのせいで重傷を負ってしまいました。ベッドから起き上がれない程に」

「なるほど……」

 

 創作物でしかお目に掛かれない、主人公によくある話である。この物語の主人公は屋上でサボっているが。

 

「でも、襲われた時は歩いてるんじゃなかったっけ?」

「リハビリの結果です。医者からは二度と歩けないだろうと言われていましたが、彼女は筆舌に尽くしがたい努力を重ねて、何とか日常生活を送れるまでに回復しました」

「そりゃスゲェな」

「だけど、神様は意地悪で、現実は非情でした。中学最後の春を病院で過ごし、特別推薦で高校へ入学して、ようやく学校生活に復帰できそうになった頃に、第二の絶望が彼女を襲いました。……高次脳機能障害が発症したんです」

 

 高次脳機能障害とは、脳の損傷による後遺症で、思考・計算・記憶・理解・判断・情緒といった「認知機能」に障害を起こす病気である。脳血管障害や脳外傷などの怪我によって引き起こされ、外見上は問題なくても精神的な面で日常生活に支障をきたしてしまうのが特徴だ。

 文武両道の天才と言われた少女が、その両方を失ったとあれば、絶望の深さは計り知れないだろう。

 

「それからの彼女は、突然ふらりといなくなったと思えば、急に帰ってきて怒鳴り散らしたり、数秒前まで楽しそうにしていたのに振り向いたら鬱屈としていたりと、目に見えておかしくなっていきました。わたしの事さえも忘れる事もありましたし。きっと、ショックが大き過ぎたんでしょう」

 

 わたしせいのでそうなってしまった。口には出していないが、香夜子の顔にはありありと自責の念が浮かび上がっていた。

 

「そうやってフラフラしてる時に襲われたって訳か」

 

 リハビリしたとは言え身体は本調子ではない上に、とっさの判断力や危機回避能力が低下している為、不意に現れた災厄に対処できなかったのである。なるほど、確かにそれは逃げられない。

 

「――――――さて、三途川に着いたぞ」

 

 そうこうしている内に、二人は現場である三途川の堤防に辿り着いた。

 

「この川も因果な場所だな」

「はい?」

「いや、こっちの話」

 

 人も妖怪も関係なく、死者を出し過ぎである。

 

「とりあえず、言われる前に「トンカラトン」」

『トン、トン、トンカラトン……♪』

「早っ!」

 

 と、説子の背後に怪しい影が。確かめるまでもなく、通り魔妖怪・トンカラトンだ。

 

 

◆『分類及び種族名称:ミイラ怪人=トンカラトン』

◆『弱点:脳幹部』

 

 

『トトン、トン……トォォォオン!』

 

 通り魔らしく、容赦なく斬り掛かってくるトンカラトン。たった一撃で人体を一刀両断してしまう、凶悪なる一刀である。

 

「フンッ!」

 

 しかし、そこは改造人間・説子ちゃん。鉄をも切り裂く化け猫の鉤爪で、余裕を持って切り結ぶ。

 

「せぇい!」

 

 さらに、膝によるミドルキックを食らわせ、顎が下がったところにエルボー、最後に回し蹴りで吹っ飛ばすという鮮やかな連続攻撃を叩き込む。この間僅か一秒。三連コンボにしては速過ぎる。

 

『ぐくくっ……はぁっ!』

 

 ただ、そこは妖怪。常人であれば一発KOどころか再起不能になるであろう一撃を受けても、倒れる事なく耐え切ってみせた。ミイラとは思えない防御力である。

 

『トン、トン、トンカラトン♪』

『トトン、トン、トン♪』

『言う前に言っちゃった』

『殺るしかないな』

『殺ろう殺ろう♪』

 

 その上、そんな輩がぞろぞろと、最初の者を含めて計六人ものトンカラトンが現れた。当然、全員抜刀している。

 

「おいおい、それは卑怯じゃない?」

『『『『『『卑怯もラッキョウもあるものか!』』』』』』

「悪質宇宙人かお前らは」

 

 そして、トンカラトンたちは卑怯にも四方八方から斬り掛かった。

 

「あんまり舐めるなよ? ヴァアアアアアアッ!』

『『『『『『ピギャアアアアアアッ!』』』』』』

「き、汚い花火だ……」

 

 しかし、説子の体内放射熱線が炸裂して、全員見事に汚い花火となって散る。弱っ!

 

(まぁ、良い運動にはなったかな……)

 

 はぁ~あと説子が夕暮れでもないのに黄昏た、その時。

 

「がっ!?」

 

 彼女の胸を、一本の刃が貫いた。黒濡れた、闇のような刀の刃だ。

 

(一体どこから……!?)

 

 気配はなかった。誰かがいる気配も、臭いも。

 だが、飛んで来た方へ振り向いた瞬間、どうやってのか直ぐに分かった。

 

(向こう岸から……!?)

 

 そう、刀は堤防の遥か向こう――――――対岸の河川敷から投擲されていた。

 いや、正確に言うなら、伸びていた(・・・・・)。柄を包帯に巻かれた日本刀が。しかも、切っ先に“返し”があるせいで簡単には抜けそうにない。

 

『油断大敵、ってねぇ……』

 

 犯人はこの人――――――否、この妖怪。

 包帯巻きの上からセーラー服を纏い、蜘蛛のようなデザインのヘルメットを被った、ちょっと変わった格好のトンカラトンである。

 

『あらよっと!』

 

 さらに、説子の身体をつっかえ棒代わりにして、まるでパチンコのようにかっ飛んできた。返しが食い込み、説子の胸から血がドバドバと噴き出す。

 

『これでおまえはトンカラトンの術中に嵌った』

 

 そんな彼女を見下ろし、七人目のトンカラトンが愉しそうにせせら笑う。

 

「包帯が……!」

 その言葉通り、説子は見事にトンカラトンの法則に嵌められてしまった。どこからともなく包帯が無数に現れ、彼女をグルグル巻きにしようと襲い掛かってきたのだ。

 

(トンカラトンに斬られた者は、トンカラトンにされる、か……!)

 

 この蠢く包帯が何よりの証拠。説子がトンカラトンになるのは決定事項である。

 

「あ、あの……!」

 

 すると、すっかり蚊帳の外だった香夜子が、トンカラトンに話し掛ける。時間稼ぎもあるだろうが、何よりも……、

 

「小夜子さん、ですよね?」

『………………』

「小夜子さんなんですよね!?」

『……ったく、相変わらずうるさいわね、あんたは』

 

 そう、この奇抜な格好の怪人は、小夜子の為れの果てなのだ。統一感のあるトンカラトンの中で個性的な姿をしている辺り、彼女の存在感が窺える。先の不意打ちといい、どうやら生前の最盛期の実力が能力と姿にある程度反映されるようだ。

 

『……で、分かった所で何? 何の用? 今取り込み中なんだけど?』

 

 と、小夜子が面倒臭そうな表情で訊ねた。感動の再会処か、明かに水を差されて怒っている。

 

「ぁう、えっと……」

 

 さて、どう言ったものか。

 香夜子はただ会いに来たのではない。殺しに来たのである。

 人の尊厳を守るためとか尤もらしい理由はあるが、それで相手が納得するかと言えば別問題だ。というか、どんな理由があろうと、殺意を持った相手にむざむざ殺されてやる奴は普通いないだろう。

 

『人として死なせてやりたいとか、そういう自分に酔った下らない正義感でやって来たんじゃないよねぇ?』

「………………!」

 

 その上、完全に筒抜けだった。流石は元・天才少女。

 

『まったく、相変わらずあんたは……人生の足手纏いだよぉ!』

「げふっ……!」

 

 そして、一度だけ嘆息すると、小夜子は躊躇なく可夜子を斬り捨てた。

 

『出会った時からそうだった。ちょっと苛められてるとこを助けてやったら、何時までも腰巾着みたいに纏わり付きやがって。その癖、足だけはしっかり引っ張りやがる。そして、止めにあの事故だ。馬鹿みたいにフラフラ道路を歩きやがってよ。ついつい庇ったらこの有り様だ。おまえは存在自体が迷惑なんだよ。てめえは仲間にしてやらねぇ。そのまま惨めにくたばりやがれ、このすぺたがぁ!』

「う、うぅ……」

 

 さらに、言いたい放題に罵ったあと、顔に唾棄までしてのけた。かなり最低な女である。

 

『なるほどなるほど、そういう事か……』

『なっ!?』

 

 しかし、そこで支配されたかと思った説子が会話に割り込む。傷もすっかり元通りだ。

 

『きさま、どうやって!?』

『いや、普通にさっきと同じ要領で焼いたんですけど? それにしても、お前は最低な奴だ。情を捨て切れない奴(・・・・・・・・・)はこれだから困る。……ほら、掛かって来いよ、甘ちゃん」

『何だとぉ!』

 

 安い挑発に乗った小夜子の刃が、説子の爪と鍔迫り合いし、火花を起こす。

 

『おや、刀の方は業物か?』

『フン! この刀は蜘蛛糸にカーボンナノチューブを含んだ体液を吹きかけ、縒り合わせた特別性だ。ただ適当に体内の鉄分を刀に変えたあいつらとはレベルが違うんだよ、すっぺた女ぁ!』

 

 正直に答えてしまう小夜子は、意外と根は間抜けなのかもしれない。もしくは自信の表れか。

 

(「カーボンナノチューブ」ねぇ……。確か、前に里桜から聞かされた気がする)

 

 カーボンナノチューブとは、炭素のグラフェンシート(蜂の巣みたいな正六角系が隙間なく合わさった構造)を単層もしくは多層に丸めて筒状にした物である。分子同士が隙間なくガッチリと噛み合っているので、耐久性が非常に強い。

 また、靭性や伝導性も高く耐熱性にも優れる上に、単層か多層か、分子構造の辺数を増やすかでガラリと性質を変えるため、かなりの応用力を持つ。

 一方の蜘蛛糸は、天然繊維では最強の強度を誇り、同じ太さの鋼鉄を遥かに凌ぐ耐久性・靭性を持つ。

 そして、天然と人工、それぞれ最強の繊維同士を融合させる時、史上最強の超繊維が誕生する。元より強いカーボンナノチューブに蜘蛛糸の柔軟さが加わるので、断ち切るのは容易ではない。

 しかも、小夜子の黒刀は伝導性の高さを利用し、体内電気を集束することで電磁パルスの膜まで形成している為、刀身の破壊はほぼ不可能だろう。

 

『まぁ、本体は別だよね。……ゴヴァアアアアッ!』

『ぎゃあああっ!?』

 

 だが、それは刀身の話。小夜子本人は普通に火に弱かった。駄目じゃん……。

 

『うぐぐ……チクショウ……』

 

 しかし、それでも彼女は足掻いた。四肢が吹き飛び、達磨同然という情けない姿で、みっともなく泣き散らして。

 

『わたしはただ、自由になりたかったんだ……何者にも縛られない、どんな意見も良識も捩じ伏せて、好き勝手に出来る力が……もう少しで手に入ると思ったのに……くそっ、あいつにさえ会わなければ……!』

『あっそ。ごくろうさん』

『げふっ!』

 

 でも許されな~い♪

 既に息絶えた香夜子への怨嗟の声を出した所で、説子にあっさりと止めを差された。黄昏は終わり、小夜子の第二の人生も幕を閉じる。

 

『――――――どうしてこう、女ってのは殺し合うのかねぇ?」

「………………」

 

 物言わぬ香夜子に、説子は冷めた目で言い捨てて、屋上へ帰った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――その日の夜。

 

『運命の糸はまだ斬れていない……!』

 

  爆炎に紛れて(・・・・・・)一足先に核である(・・・・・・・・)脳幹部を脱出させ(・・・・・・・・)、生き延びていた小夜子が、撃ち捨てられた香夜子の遺体を取り込みつつ、新たなトンカラトンとして蘇った。

 

 

 

『そうだ、それで良い』

 

 誰かが、楽しそうにそれを見送った。




◆トンカラトン

 全身包帯巻きのミイラみたいな姿をした怪人で、ポン刀を背負い自転車を漕ぎながら現れる変態である。出遭った人間に「トンカラトンと言え」と迫り、答えないと斬り捨てて、自分の仲間に変えてしまう。しかも、「言え」と命令する前に言ってしまっても殺されるという理不尽さを持っている。
 その正体は死体に寄生する群体性の蜘蛛。女王個体が脳幹部に居座り、包帯のような糸束とワーカーたちを手取り足取り操って、華麗に切り殺す。


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天翔ける星の煌めき

「君たちはどう生きるのか」……どう生きれば良いんですカネ?


 七夕の夜。

 

「笹の葉サラサラ~♪」

「のきばにゆれる~♪」

 

 とある小高い丘の上で、童謡が響く。

 今日は年に一度、織姫と彦星が会える、謂わば逢瀬の日だ。年一回のセッ○スなんて、レスもいい所である。

 まぁ、そうなった原因は彼ら自身にあり、そもそも世の中の人間は、七夕に対してそんな生々しいイメージを持ってはいないだろうが。

 蜂紋(はちあや)親子も、その一例。二人は毎年、七夕になると思い出の詰まったここに来て、星空を眺めているのだ。今年は実兄である龍馬が帰って来ているので三人で来たかったのだが、彼は以前黄泉市で起きた大災害で無理をし過ぎたせいで入院中である為、仕方なく何時も通り二人で来ている。

 それでも、楽しい物は楽しい。親子水入らずで天体観測をするこの日は、母子家庭で育った未乘にとって一番の楽しみである。

 

「お星様キラキラ~♪」

「きんぎん……えっ?」

 

 しかし、不幸という物は、唐突にやって来る。例えそれが、天文学的数値であろうとも。

 

 

 ――――――キィイイイイイン!

 

 

「な、何アレ!?」

 

 天の川を引き裂いて、青白い流星が降って来る。

 だが、何かがおかしい。白銀の尾を引いて空を行く様は美しいが、流石にアレ(・・)は近過ぎるだろう。流れ星というより、彗星だ。

 

『キャォオオオオオッ!』

 

 そして、ソレ(・・)は舞い降りた。一見するとグリフォンを思わせる姿をしているが、全身を覆い尽くす金属質な鱗によって、より鋭利かつ無機質な印象を見る者に与える。何より翼の形状がおかしい。ヤツデの葉を括り付けたような生え方をしており、羽ばたいたとしても揚力は得られないだろう。

 しかし、翼の先端や腰部のノズルから高速で噴出される青白い粒子によって、飛行を可能としているようだった。まるで戦闘機である。

 否、そんな事はどうでも良い。

 

「………………」

「おかあさん!」

 

 何せ、剥がれ落ちたと思われる羽毛の雨あられと、本体が着陸する際に発生した衝撃波により、未乘の母は粉微塵となったのだから。彼女としては身を挺して娘を守れたから本望だろうが、当の未乘としてはトラウマ待った無しだ。

 

『クゥェアアアアアッ!』

 

 さらに、怪物は母親を殺しておきながら、その死体には目もくれず、巻き込まれて焼け死んだ他の獣を根こそぎ食い荒らして、再び夜空へと帰ってしまった。

 

 ……それが、二週間前の話。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 本日吉日、今日この日。

 

「おかあさんのかたき、うってください」

 

 峠高校の屋上に珍客が訪れていた。(ながれ) 龍馬(たつま)の妹、蜂紋(はちあや) 未乘(みのり)である。何処で噂を聞いたか知らないが、しっかりと手紙を携え、説子の案内で屋上を訪れた。これが意味する事を理解出来ない歳でもないだろう。

 文字通り、未乘は復讐に来たのだ。殺された母の仇討ちである。

 

「よーし、良い度胸だ! 遠慮なくぶち殺してやろう!」

「ひっ……!」

「止めんか、大人気ない」「あ痛っ!?」

 

 完全に出鼻を挫かれたけど、何時もの里桜だから仕方ない。

 

「……っ、うわさは、きいてます! でも、ほんきです! せっかくみんないっしょになれたのに、それをうばったあいつ、あのおとこ(・・・・・)とおなじくらいゆるせない!」

「………………」

 

 だが、覚悟自体は完了しているようだ。後は里桜がどう料理するか決めるだけ。

 

『ビバッ!』

 

 と、そこで待ったが掛かる。ビバルディが手を上げたのだ。

 

「ビバくん……これは、こどものあそびじゃないんだよ?」

『ビバルディッ!』

 

 未乘がお前が言うなとしか思えない発言で窘めるが、聞き入れる様子はない。普段から仲の良い彼女を、里桜の魔手から守ろうと必死なのだろう。

 

『ビババビバンビッ!』

「あ、ちょっと……!?」

 

 終いには、未乘の手を無理矢理引っ張って行ってしまった。可愛い。

 

「……で、どうするよ?」

好きにしたら(・・・・・・)?」

「………………」

 

 里桜の返しに、説子は黙って背を向ける。

 

「精々頑張ってね、お姉ちゃん(・・・・・)

 

 見送る里桜の顔は、とても愉しそうに歪んでいた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、黄泉市(きせんし)の郊外、塞翁町(さいおうちょう)

 

「確かに、この辺りで謎の不審火や、奇妙な流星が目撃されていますね。それに夜中に爆音が響いたりなんて情報も」

「そりゃあ怖いっスねぇ先輩。私、怖くてお股が濡れちゃいそう♪」

「……露骨に誘うの止めてくんない? 子供が見てるでしょうが!」

「『じぃー』」

 

 鳴女、富雄、未乘、ビバルディの三人と一匹が、お手々を繋いで歩いていた。遠目に見れば年若い親子に見えるが、冷静に観察すると妙ちきりんな集団である。

 何故こうなったのかと言うと、呑み込む以外はからきしなぬいぐるみであるビバルディだけで情報収集をするのは無理があった為、そういう事に長けた富雄(と鳴女)に頼んだのだ。餅は餅屋に持って行けて、偉いねェ~♪

 それはそれとして、

 

「グリフォンって日本の妖怪だっけ?」

「ギリシャの出身だし、妖怪じゃなくて幻獣だよ」

「なるへそー。……じゃあ、何で居るのさ?」

「他人の空似じゃない?」

「うむぅ……」

 

 問題は、何故に西洋の幻獣であるグリフォンっぽい何かが、日本の東北に降り立っているか、という事である。富雄の言う通り他人の空似なのかもしれないが、憶測だけで判断するのは危険だ。相手は妖怪なのだから。

 

「正体は分からないけど、目撃情報は夜に集中しているから、夜行性なのかもね」

「だったら、今で歩いている意味なくない?」

「活動が鈍っている内に探すのは鉄則だよ」

「なるほど……」

 

 ともかく、その怪物が降り立ちそうな場所をマークして、待ち構えなければ話にならない。そうした準備の意味も込めて昼間に出歩いている。幼い子供を連れている事も無関係ではないが。

 

「つーかさ、仇討ちは良いけど、死んでる母親はともかく、入院中のお兄ちゃんが知ったら心配するんじゃない?」

「……いまはまだめをさましてない」

「内臓をシェイクされたら、普通はそうなるわな」

 

 龍馬は今、意識不明の重体である。一般的な男子に比べれば頑強とは言え、常人がモンスターマシンに乗って唯で済む筈もなく、内臓に多大なダメージを負ってしまい、昏睡状態に陥ってしまったのだ。目を覚ますのは大分先か、あるいは二度と目覚めないだろう。

 

「ま、好きにしたら良いさ。私らには特に関係ないし。あくまでサービスだよ、サービス」

「………………」

 

 しかし、そんな事情など鳴女たちからしたら、どうでも良い事である。頼まれたから引き受けはしたけど、命の保証をする気は無い。所詮は他人事だ。

 

「ほんで? 大体どの辺りに現れそうなの?」

「……データによると、再建されたデルタ・コーポレーションの本社ビルを中心に、蚊取り線香のように餌場を移動しているみたいだね。見た目も鳥っぽいし、帰巣本能でもあるのかな?」

「あのビルも災難だなぁ……」

 

 折角直したのに、また壊されるかもしれない件について(笑)。

 

「あのビルに……!」

 

 遠目に見えるデルタ・コーポレーションの本社ビルを睨み付けながら、未乘が唸る。その表情は分かり易く怨念が籠っていた。

 

(流石にあそこでドンパチしたらマズいよね?)

(里桜さんはともかく、アイスさんがブチ怒ると思うなぁ……)

 

 鳴女は里桜に生殺与奪を握られている為、怒らせるような真似は出来ないし、そもそも少しだけ面識(・・・・・・)のある近所のガキ(・・・・・・・・)に命をかけてやるつもりはない。本社ビルは対象から除外して、次の狩場となる場所を決戦の地とすべきだろう。

 

「――――――とりあえず、ここから近くて、次に一番来そうな位置は……子取市(ことりし)の山中かな!」

「よし、そこへ行って、夜まで待とうか!」

「………………」『………………』

 

 あから様に論点を誤魔化そうとする富雄と鳴女を、未乘とビバルディは汚い物を見るような目で睨むと、

 

「ビバくん、ごー!」『ビバルディ~♪』

「「ああっ!」」

 

 あっという間に飛んで行ってしまった。小さな女の子をカエルのぬいぐるみが背に乗せて空を行く様は微笑ましいが、そんな事を言っている場合ではない。このままでは本社ビルがまた瓦礫の山になってしまう。

 

「逃げるなビーム!』

『あんむ!』

『食われたぁ!?』

『……ご苦労さん』

 

 だが、鳴女の目からビームはビバルディに食われ、彼を人型形態にさせるだけの結果に終わった。

 

『く、くそっ、追え追えぇーい!」

「不祥事になる前に消さないと!」

 

 本当に大人気ないな君たちは……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 そして、その日の夜、デルタ・コーポレーション本社ビルの屋上。

 

「………………」

『………………』

 

 未乘とビバルディは静かに佇んでいた。彼女らを追っていた、富雄と鳴女の姿は無い。あまりにもしつこいので、ビバルディが一時的に胃袋の中に幽閉したのである。そのまま消化してやらないだけ、まだ温情があるだろう。

 

(居ない……)

 

 見渡す限り、屋上に怪物の姿は無かった。何か高熱を帯びた物が降り立ったであろう痕跡は残っているものの、生活感その物は薄い気がする。

 しかし、あの怪物がここを拠点にしている事は間違い無いと言い切れる。あの夜に見た、金属質の羽毛が散らばっていたからだ。今は狩場に餌を求めて飛んで行っているのだろうか?

 だが、寝床にしているのだとしたら、何れは戻って来る。復讐は、その時に果たせば良い。無力故に自分で手を下せないのが残念な限りである。

 と、その時。

 

 

 ――――――キィイイイイイン!

 

 

「………………!」

『来たか……』

 

 ネオン光で下からぼうっと照らされた、妙に明るい夜空を切り裂いて、あの怪物が現れた。

 

『夜鷹みたいな顔してるな』

 

 襲撃ではなく帰還時である為、怪物の姿をより詳細に見る事が出来たのだが、やはりグリフォンよりも不気味な姿をしている。顔付が夜鷹そっくりで、その上蛇のような長い舌を持っているのだ。とても神々しさなど無い。東部に生えた鋭利で立派な二本角が、逆に浮いている。上半身に対して下半身があまりにも貧弱で、非常にバランスが悪かった。

 この生物は何なのだろうか?

 

『――――――「天狗」だよ』

 

 すると、何処からともなく、聞き覚えのある声が響いた。未乘とビバルディが驚いて振り返ると、そこには憮然とした表情の説子が立っていた。何時の間に駆け付けたのだろう。戦闘形態を取っている辺り、全てを見越した上でタイミングを計っていたのかもしれない。

 

『……って言うか、これ天狗なんだ?』

『ああ。「天狗」ってのは元々は中国の妖怪で、文字通り天を翔る狗(・・・・・)の事だからな。まぁ、こいつがイヌ科なのかと言われると分からんが……』

 

 「天狗」とは、鼻高々な山伏姿として有名な、あの日本三大妖怪の一柱である。

 しかし、起源その物は中国であり、天を狗のように駆け抜ける物=「流星」を具神化した存在だ。だから、遥か昔は火の尾を引く狗(というか狼)の姿で描かれていた事もある。それが後に日本へ渡ってきた際に、似たような立ち位置だった鴉の魔物と合わさり「烏天狗」となって、更に時代が進むと修験道の影響を受けて現代の姿になったのだという。

 ようするに、本来の天狗とは、現代で言うUFOの先駆けなのである。だので、歴史を遡れば遡る程、姿形のはっきりしない、現象のような物として描かれている。天狗火の伝承はその名残だ。

 少なくとも、目の前の天狗は非常に動物的なので、古い伝承の方の天狗かもしれない。

 つまり、こいつは話がまるで通じない、人を取って食う(・・・・・・・)タイプの妖怪(・・・・・・)という事である。人を食い物にする(・・・・・・・・)ような悪知恵が働く輩と違い、全力で襲い掛かってくるだろう。

 何せ向こうからしたら、こちらは留守中に棲み処に侵入した不届き者でしかないのだから。

 

 

◆『分類及び種族名称:煌星(こうせい)超獣=天狗』

◆『弱点:腹部』

 

 

『キュェアアアアアッ!』

 

 早速、天狗が襲い掛かって来た。一瞬だけ駆ける素振りを見せたかと思うと、翼と腰部から白銀の粒子を噴出して、一気に飛び込んでくる。ビバルディは未乘を抱えて、説子は一人で避けたものの、天狗はそのまま宙へ踊り出し、ホバリングしながら長い舌を無知の如く振るってきた。一発が未乘の頬を掠り、血を流す。

 

『キェアアアアォッ!』

『くっ!』「うわわ!?」

 

 それを見た天狗がニヤリと嘴の端を上げ、ビバルディと未乘に執拗な追撃を仕掛ける。獲物が二手に分かれているなら、弱い奴か足手纏いを抱えている方を狙うのが、戦場での鉄則だ。

 

『くそっ!』「うぅぅ……!」

『……言っておくけど、ボクは手伝わないぞ。自分の不始末は自分で付けろ』

『………………』「そんな……」

 

 その上、説子は駆け付けただけで、手出しをするつもりがないらしい。来た時から怒っていたようだし、本当にギリギリにしか助け舟を出さない気なのだろう。一体何が彼女をそこまで怒らせているかは知らないが、当てにならない物は仕方ない。

 

『――――――なら、こっちに来い!』「きゃあ!?」

『クェアアアアッ!』

 

 という事で、ビバルディは空へ逃げた。天狗もその後を追う。ビバルディは口から熱線を吐いて応戦するが、天狗はヒラリと交わしてしまい、当たる様子が全く無い。

 

『キュァッ! キェアァォッ! クァアアッ!』

『くっ……!』

 

 しかも、天狗の反撃は苛烈を極めた。翼の片方を槍や鎌のように変形したり、向きを互い違いにしてジェット噴射で高速回転しながら突っ込んできたり、熱した羽毛をミサイルの如く飛ばしたりと、生物と言うよりはロボットみたいな攻撃を仕掛けて来る。その変幻自在振りを見切るのは至難の業である。ビバルディは徐々に傷付き、回避が遅れ始める。

 

「ビバくん……」

『ごめん、未乘ちゃん』

「えっ? あっ……!」

 

 このままでは埒が明かないと判断したビバルディは――――――何と、未乘を呑み込んでしまった。流石に消化したりはしないだろうが、幼い少女にとってはトラウマでしかない。早く終わらせて、色々とフォローしなければ。

 

『食らえ!』

『キャォ!』

 

 自由の身となったビバルディが腕をL字に組んでビームを放つものの、急上昇した天狗に躱されてしまう。

 

『ギャヴォオオオオオオオオスッ!』

『ぐはっ!?』

 

 さらに、天狗は翼と腰部だけでなく、胸部や手足からも粒子を噴出し、天高く舞い上がったかと思うと一気に反転、ビバルディに隕石の如く体当たりをかました。隼より、ずっと速い。

 むろん、威力も相当に高く、デルタ・コーポレーション本社ビルは階数が半分になった。また修繕費が……。

 

『ギャギャォオオッ!』

『ぐがっ、がはぁっ!?』

 

 そして、ダイナミックに着地した後も天狗の攻め手は緩まず、翼の重心を移動する事で二足歩行となり、鋭い鉤爪の付いた前足で乱れ引っ掻き、最後は彼の頭を掴み、掌から粒子砲を撃った。その一撃でビバルディの顔は半分吹き飛び、完全に沈黙する。

 

「ああ……!」

 

 未乘はその様子を、ビバルディの視覚を通じて、腹の中の異空間で見たいる事しか出来なかった。

 

「こりゃあ死ぬかねぇ~?」

「どうだろう。だったら、その前に吐き出して欲しいんだけど。じゃないと、位相空間に閉じ込められちゃうかもしれないし」

「うわー、マジヤベェー。さっさと吐き出してくんないかなー、死ぬ前にさー」

 

 先客の鳴女と富雄は鼻糞を穿りながら観戦していたが。温度差(笑)。

 

『ギャヴォオオオ――――――』

『ゴヴァァアアアアアアアッ!』

『クァアアアッ!?』

 

 だが、止めを刺される前に説子が遂に参戦。不意の一撃で天狗を火炙りにした。その一発では死ななかったものの、爆炎を放射し続ける事で完全にローストしてしまった。

 

『クァァァ……!』

 

 夜鷹というより鴉のように丸焦げになった天狗が、断末魔の叫びを上げてくたばった。金属質の羽毛に覆われているのなら、硬いが熱には弱い。空を飛んでいる以上そこそこの熱耐性はあるのだろうが、説子の熱線を受け切れる程では無かったようだ。

 

「………………」

 

 天狗を始末した説子は、静かにビバルディへ歩み寄ると、

 

 

 ――――――バシャァアアアッ!

 

 

 自らの血液を彼にぶっ掛けた。

 

『うぁ……?』

 

 すると、ビバルディの顔はみるみる内に修復され、やがて目を覚ました。ただし血が足りてないのか、まだフラフラしている。

 

「……あいつら、出して」

 

 そんな彼に、説子は淡々と告げる。未乘たちを吐き出せ、という事だろう。ビバルディは元に戻りつつ、三人を解放した。

 

「ビバくん!」『ビバァ……』

 

 出て直ぐに、未乘はビバルディへ駆け寄り介抱する。その瞳からは大粒の涙を流し、顔は後悔に歪んでいた。

 

『到着したわ!』

「……未乘!」

「お、おにいちゃん……!」

 

 さらに、そこへお白様に跨った龍馬が登場。一応は歩けるようだが、明らかに顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだった。つい最近まで昏睡状態だったのだから当たり前だが。

 

「………………!」

 

 未乘は一人で突っ走った事を叱れると思い目を瞑った。

 

「無事で良かった。ゴメンな、苦しい思いさせて……」

 

 しかし、龍馬は文句一つ言わず、逆に自分の不甲斐なさを謝罪しながら、未乘を抱きしめた。

 

「わ、わたしこそ、ごめんなさい……うぅぅ……うわぁあああああん!」

 

 その優しさに、温かさに、未乘は思わず泣き出してしまった。目と言わず鼻と言わず、体液を垂れ流す、まさに号泣であった。

 

「甘い奴め。昔からそういう奴だよ、お前は……」

 

 そんな二人を、説子は複雑な表情で見遣る。

 

「……えーっと、とりあえず帰りますかねー」

「お邪魔しましたー」

『ほら、帰りますよ、ビバルディちゃん』

『ビバァ……』

 

 残る連中は居た堪れなくなり、そそくさと帰った。無人のビルに、未乘の泣き声だけが木霊し続ける……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――とある小高い丘の広場にて。

 

『アァァァ……』

 

 未乘の母の血がブチ撒けられた辺りで、ナニカが地中から這い出してきた。




◆天狗

 日本三大妖怪に数えられる程に有名な妖怪。大まかに顔が赤くて鼻が高い「鼻高天狗」と鴉によく似た「烏天狗」の二種に分けられ、伝承としては烏天狗の方が古い。正体に関しても、修験僧が変化した物、欲に塗れた人間の為れ果て、神仏の化身など、様々なパターンがある。元々は中国の魔物であり、「天を翔る狗」=「流星」の具現化した物と言われている。
 その正体はスズメガに近い種族を祖先を持つ昆虫系の妖怪。前脚が前翅と融合してジェット翼に変化しており、後翅は完全にノズル化している。それらの機構によって本物の戦闘機のように高速で飛行する事が可能。尻尾に見える部分は実は腹部で、よく見ると気門が見える。ただし、それが弱点になり得るかと言われると別で、脊椎動物とは構造が全く違う為、外皮が非常に硬く、ダメージを与えるのは容易ではない。


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筋肉は裏切らない

捻くれたって仕方ナイ


 黄泉市の一角に立つ、市内最大の病院「黄泉総合病院」、その一室。

 

「お化けなんて無いさ、お化けなんて嘘さ~♪」

 

 窓際にあるベッドの上で、一人の少女が浮かない声で、夜空に向かって溜め息を吐いた。彼女は幼い頃から、ここに居る。生まれ付き身体が弱く、その上ここ数年で“全身の筋肉が減り続ける”という難病を患ってしまった為、病院から外に出た事が無いのだ。まさにどう足掻いても絶望。

 だからこそ、少女は全てを諦め、捻くれてしまった。心配して来る見舞客を「偽善者」と追い返し、看護師や医者に八つ当たりするばかりか、家族ですら猜疑心の対象である。治る見込みのない病と外の世界を知らない虚しさが、彼女の心を蝕み、病ませたのだ。

 その為、今や少女を見舞いに来る者は一人も居ない。両親や妹も顔は出さず、入院・治療費だけを入れているだけ。医者たちも色々な意味で匙を投げている。少女は何処までも独りで、それがまた彼女を歪めていった。

 

「いっそ、“屋上のリオ”に適当な依頼をして、死んでやろうかしらね」

 

 依頼者をメインにして改造するのは雪岡 純子の領分だが、病院から出られない自分が赴くのは現実的ではないだろう。

 

「……って、手紙を届けてくれる人も居ないじゃん」

 

 あまりにも非情な現実に、少女は誰に向けるでもない苦笑いを浮かべた。自嘲しているに違いない。

 

「あーあ、もうやんなっちゃった。いっそ、ここから飛び降りちゃおうかしら?」

『なら、その身体、くれよ』

「えっ!?」

 

 そんな彼女の下に、不思議な生き物が舞い込んできた。掌に収まりそうな程に小さいけれど、小人というにはあまりに醜い小鬼が窓を開けて、病室に不法侵入している。この珍客は何者だろう?

 

「……嫌よ。絶対にあげてやんなーい」

 

 だが、寄こせと言われて大人しく渡す程、少女は素直ではない。むしろ、かなりの天邪鬼である。押せば逆らい、引けば詰め寄る。そういう奴だ、この女は。

 

『……それで良い!』

 

 しかし(・・・)それはこの小鬼(・・・・・・・)にとっても同じ事(・・・・・・・・)

 

『天邪鬼同士、仲良くやろうぜぇ!』

「嫌だって言って……あぁああっ!?」

 

 そして、アメーバのように溶け解けた小鬼に取り憑かれた少女は、生まれ変わった(・・・・・・・)

 

『お前となら、至れる(・・・)かもなぁ!』

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校のプール前、女子更衣室。

 

「姉が行方不明になりました」

「あっそう」

「興味無さそう……」『ビバビ~』

 

 里桜は依頼者である逆児(さかご) 海女(みお)と対峙していた。同伴者は説子とビバルディ。何時もの屋上メンバーだ。依頼内容は実姉の逆児(さかご) 天女(あみ)の捜索。数日前から行方不明なのだという。

 

「でもよぉ、そいつALSなんだろ? それでなくても先天性免疫疾患みたいだし、そもそも寝た切りだろうが。何をどうしたら逃げ出せるんだよ」

「それは……」

 

 里桜の疑問は尤もである。心身共に虚弱で衰弱している人間が、外を出歩ける筈がない。

 

「病院の壁を破壊して、逃亡しました」

「マジか……」

 

 だが、天女は予想の斜め上の方法で逃げ出していた。力業にも程がある。そんな事ある?

 

「でも、本当なんです。本人が壊したのかどうかは不明ですが、とにかくもう滅茶苦茶で。まるで内部から破裂したかのような、酷い有様だったみたいです」

「ふーん……」

 

 となると、怪異絡みなのは間違いないだろう。爆弾抱えたテロリストがヒャッハーしていない限りは。

 

「どう思うよ、説子ちゃ~ん?」

「千人力の妖怪……「天邪鬼」かな」

 

 「天邪鬼」とは捻くれ者の小鬼で、読心術と怪力に長けているという。元々は「葦原中国」の平定を任とする「天稚彦」に仕えていた、告げ口好きで人心を読み解ける女神「天探女(あまのさぐめ)」であり、上司がサボる為に“高天原から実態調査が来たら教えて、殺すから”という命令に従って密告し、間接的に調査員の「雉名鳴女」を殺してしまい、それが災いしたのか、時代が下るにつれ意地悪な小鬼扱いされるようになった。現代の姿は四天王像が踏み付けている物が有名だろうか。

 さらに、それらの伝承が転じて捻くれ者の事を天邪鬼と言うようになった。……上司の言う通りに仕事をしただけなのに、これはあんまりである。

 そんな天邪鬼が、今はどのような生態を持って暮らしているのか――――――気になる。

 

「ま、良いだろう、受けてやるさ。……それにしても姉想いだねぇ。勝手に逃げ出した寄生虫を探して欲しい、なんてよ」

「………………」

 

 里桜の皮肉に、海女は答えなかった。

 

「天邪鬼め」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 逆児 海女は姉の天女が嫌いだった。

 否、正確には「嫌いになった」と言うべきか。

 天女は生まれ付き病弱であり、病院から出た事が無い。部屋の中だというのに直ぐに体調を崩し、家族を心配させる。その癖、誰にも心を開かず、八つ当たりばかりする為、医者も看護師も、両親でさえ半ば見捨てていた。海女もそうだった。最初こそ心配し、見舞いにも行っていたが、その内嫌気が差して顔すら見たくなくなった。

 そして、ALSを発症してからは益々手が付けられなくなってしまい、いよいよ以て天女は孤立した。もちろん、臓器提供しようとする人間はおらず、後はゆっくりと死を迎えるだけ。今までの行いを鑑みれば、当然の事だろう。自業自得だ。

 

(お姉ちゃん……)

 

 本当にそうだろうか。逆児家は裕福なので資金援助は申し分なかったが、誰か一人でも彼女の心に寄り添おうとした者は居ただろうか?

 分からない。既に終わった話である。例え非を自認したとしても今更だろう。それが分かっているのかいないのか、両親は相変わらず天女の見舞いに行こうとしない。海女もそうだった。

 だから、これは過去の話。終わってしまった過ちでしかないのだ。

 しかし、世の中そうは問屋が卸さないらしい。何とベッドから起き上がる事さえ出来ない筈の天女が、病院を脱走したのである。それも、病院の関係者を粗方殺害して。人間では有り得ない、猛獣にでも引き裂かれたような、凄惨な現場だったそうだ。

 

(次は私だ……!)

 

 先日、海女が部活の遠征中に両親が殺された。死体の損壊具合が病院の時と同じで、警察としては同一犯の可能性が濃厚としているらしい。“犯人”と表現しない辺りが、いっそ笑えてくる。海女としては笑い事では済まないのだが。

 

(嫌だ、死にたくない……死にたくない!)

 

 海女はまだ高校一年生。まだまだ先がある。こんな所で終わりたくない。彼女の心は生への執着でいっぱいだった。

 だからこそ、海女は手紙を認め、実姉を生贄にした。自分だけが生き延びる為に。

 だが、彼女は忘れている。己がナニに魂を売ったのかを。

 

「お姉ちゃん……」

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「おら、とっとと行くぞ」「面倒臭いなぁ……」『ビバビ~ル』

「は、はい……!」

 

 その問いに答えてくれる真面な奴は、この場には居ない……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 黄泉市外林町(そとばちょう)。閻魔県でもかなり南にある町で、パンや乳製品、菓子類などの食品系の工場が立ち並んでいる。その為、労働者は多いが、人口そのものは少ない。黄泉市とは言え、端っこなんてこんな物である。

 

「さてと、最後に目撃証言があったのはここか」

「暗いな。お化けでも出そうな雰囲気だな……」

「いや、出るから来たんですよね?」

『ビバビ~ンズ♪』

 

 そんな夜の食品工場地帯に、里桜たちは居た。海女が見学(安全対策一切無し)、残りが戦闘要員だ。

 

「つーか、何でこんな所に居るんだ?」

「さぁ? 一応は女子だし、スイーツでも漁りに来たんでないの?」

 

 すると、

 

『今日はチートデーだぁああああああっ!』

 

 ボギャァンと工場の壁を破壊して、天女が現れた。

 

「お、お姉ちゃん……だよね?」

 

 その姿は、実妹を以てしても疑問符が付いてしまう、とんでもない有様だった。

 

『あひゃひゃひゃひゃひゃ! その通りぃいいいいいっ! 私は、生まれ変わったんだよぉ!』

 

 何せ、全盛期のシュワルツ○ネッガーでさえ逃げ出しそうな刃牙刃牙(バキバキ)な筋肉を持ち、身長は三メートルを超えていた。しかも、肌が紫色。爪は鋭く牙が生え、頭頂部には二本の角を携えている。一体、何をどうしたらそうなるのか。まさにおっぱいの付いた巨漢である。

 

 

◆『分類及び種族名称:剛力怪人=天邪鬼』

◆『弱点:心臓部』

 

 

「ゴァアアアアッ!』

 

 早速、説子が先手を打つ。強力な熱線で火炙りの刑に処した。

 

『ホワァアアォッ!』

『何ッ!? ぐぉっ!』

 

 しかし、天邪鬼はタックルで熱線を突き抜け、その勢いで説子を吹き飛ばしてしまう。表皮の一部が融けているのでノーダメージではないのだろうが、とんでもない力任せだ。

 

『はぁああっ!』

『効かんなぁ!』

『んなぁあっ!?』

 

 変身したビバルディの爆裂パンチも防ぎすらせず脇腹で受け止め、逆に裏拳でKOした。その後、隙を突くように説子が飛び蹴りを入れて来たが、全く堪える事無く、二人纏めて夜空の彼方へ放り投げる。

 

 

 ――――――キィイイイイイイン!

 

 

『ぬぅん!』

「そんな馬鹿な!?」

『そりゃあ!』

「くぅっ!?」

 

 さらに、里桜の微小化酸素粒子光線を大胸筋バリアで弾き飛ばして、象さんパンチで早過ぎた埋葬を敢行する始末。化け物か? ……いや、化け物か。

 

『きゃひゃひゃひゃひゃっ! どいつもこいつも弱っちぃなぁ! 生死を彷徨った病人一人に勝てないなんてさぁ!』

 

 そんな彼らを見下ろして、天邪鬼が嘲笑う。そこに病人だった頃の天女の面影は無い。正真正銘、晴れて自由の身となったようである。

 

『久し振りだねぇ、海女』

「お、お姉ちゃん……!」

 

 そして、邪魔者が居なくなった所で、天邪鬼は姉としての顔を、妹の海女に向ける。その刺すような視線は、心の全てを見透かされているかのようだ。

 

『こんな連中を引っ張り出して来たって事は、また私を閉じ込めに来たんでしょ? 臭い物には蓋ってね。だけどね、私はもう籠の……いや、檻の中には戻らない。私は、誰からも、自由だぁああああああああああっ!』

 

 愛憎が入り混じった憤怒のオーラ力を纏って、天邪鬼が突っ込んで来る。轢き潰して、粗挽き肉団子にするつもりだろう。海女は声も出なかった。

 

『ガァアアアアヴィイイアアアアッ!』

『ぬぉっ!?』

 

 だが、戦闘形態(ゼクスマキナ)となった里桜が立ちはだかり、天邪鬼と四つ身を組む。

 

『グヴァゥゥゥッ!』

『ぐぬぅうううっ!』

 

 力はほぼ互角。超合金の塊同然の里桜を押し切るのは、如何に剛力無双の天邪鬼でも難しい……かに思われたが、

 

『ぬぬぬぬぬっ――――――ヴォアアアアアアアアアアアアアアッ!』

『ガァアギィイグゥゥッ!?』

 

 突如、限界を超えた天邪鬼の身体が真紅に輝き、姿を変え始める。筋肉は今まで以上に盛り上がり、顔は鬼というより悪魔に近い物となった。まるで伝説の超サ○ヤ人である。

 

 

◆『分類及び種族名称:超力怪神=天逆毎(アマノザコ)(原点回帰種)』

◆『弱点:不明』

 

 

『ブルァアアアアアアアッ!』

『ガァアアヴィィゥゥゥッ!?』

 

 さらに、それまで拮抗していた力関係が一気に傾き、自身の数百倍も重い里桜を腕の力だけで持ち上げ、地面に叩き付けてダウンさせた。そんな馬鹿な。

 

『シィネェエエエエエエッ!』

 

 止めの一撃を放とうと、天逆毎が拳を振り上げる。

 

 

 ――――――ズキュゥウウウウウウン!

 

 

『『そうは行くかぁああっ!』』

『グヴォッ!?』

 

 しかし、そこへ説子とビバルディがメテオシュート。オゾンよりも上から隕石の如く蹴りを放って来た二人に、天逆毎は攻撃を中断して受け止めざるを得なくなる。

 

『こんな物ぉぉぉ……っ!』

 

 だが、斃れない。普通なら微塵も残さずクレーターとなる所だが、天逆毎はその超怪力だけで耐えていた。

 

『こんな物、こんな物、こんな……物でぇえええええっ!』

『くっ……いい加減にしろ!』『だりゃああああああっ!』

 

 しかし、熱線で再度加速し出した勢いには負けるようで、少しずつ押されていき、

 

『……み、海女ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 最期は妹の名前を呼んで、砕け散った。ここまでされてまだ肉片が残っている時点で充分に異常と言えるだろう。

 

「お姉ちゃん……さようなら」

 

 こうして、自由を求め、籠の中から飛び立った小鳥は、天から降り注いだ光矢によって射抜かれ、果てるのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 後日。

 

「………………」

 

 海女は一人、帰路に着いていた。天女を贄に生き残り、代償として身体中を里桜に弄り回されたが、どうにか五体満足ではある。実験台(こひつじ)としては破格の待遇だ。

 そして、海女は無事に家まで帰って来られたのだが、

 

「………………」

 

 当然ながら、誰も居なかった。人っ子一人見当たらない、完全なもぬけの殻である。天女が興味を示さなかったおかげで傷一つ付いていないのが、逆に虚しい。

 

「――――――ぁああああああああっ!」

 

 そんな自宅を、海女は完膚なきまでに破壊した。里桜に移植された(・・・・・・・・)天邪鬼の力で(・・・・・・)。天逆毎の肉片は劣化が激しかった為、その前段階程度の能力しか発揮出来ないが、屋敷一つ打ち壊すには充分だろう。

 

「……阿呆臭っ! やってらんないわ、もう……」

 

 一頻り破壊し尽くした海女は天を見上げながら、その場を去った。表情(かお)は、誰にも見せていない。雨が降り出す。

 

 

 

《天邪鬼が……》




◆天邪鬼

 人の心を読む事が出来る、捻くれ者の小鬼。体格に不釣り合いな怪力を誇り、様々な悪さをするという。祖先は「天探女」という告げ口好きな女神で、始祖は暴力と読心の女邪神「天逆毎」。その性格上、物語では悪役になる事が殆どで、一例として、「瓜子姫」では美しい容姿を持つ瓜子姫を殺して生皮を剥ぎ、それを被ってイケメンに嫁入りしようとする姿が描かれている。
 正体はクワガタムシ。対象の心臓に食い込み、成り代わる事で一体化する。宿主が遺伝的に問題があればある程に強大化するという捻くれた特性を持つ。


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時空を超える想い

たくあん(肺魚)の動画を投稿してたら更新するの忘れテタ。


 とある暗い晩。

 

『か~ごめか~ごめ~、籠の中の鳥が~♪』

 

 暗い暗い奥座敷で、呵責童子が寂しく歌う。聞く者は存在しない。家主は既に茸の苗床だ。苦しみに苦しみ抜いて、全身に七色の傘が生えている無様な親の姿を見れば、見殺しにされた(・・・・・・・)子供たち(・・・・)も本望だろう。

 我が子を己が都合で放置して死なせた親元に舞い込み、家ごと腐海に沈める。呵責童子とは、そういう妖怪である。

 

『……見られてる』

 

 だが、今日は勝手が違った。

 否、最近は違ってばかりだ。

 夜になると、何時も誰かに見られている気がする。人間ではない。自分と同じ、異形の物の怪である。

 とは言え、所詮は別種族。同族嫌悪すら持ち得る童子系の妖怪にとって、常に監視され続けるのは、かなりのストレスだ。

 だから、今日こそはと、熱い視線が送られる発信源へ、瞬時に振り向いた。

 

『うわぁっ!?』

『フォッフォッフォッ……』

 

 そこに居たのは、目がイッちゃってる女だった。黒目が左右にそっぽを向いている。斜視とかってレベルじゃねーぞ!

 しかし、一番の問題は、見送っている位置である。何せ、ここは二階なのだ。幾ら身長が高くとも、人間の女が窓から呵責童子を見下ろせる訳がない。一体何メートルあるのだろう?

 

『フゥーッ!』

『フォァッ!?』

 

 だが、呵責童子も一端の妖怪である。口から猛烈な勢いで毒霧を吹いて、窓の外からニヤニヤと覗き見する化け物女を怯ませた。

 さらに、その隙に俊足で家を脱出して、脱兎の如く逃げ出す。あの女も暫くは目が潰されているだろうし、これで完璧だ。

 ……と、思いきや。

 

 

 ――――――デ~デ~ン、デデデデンデン、デデデデンデン♪

 

 

『\(^o^)/』

『ウソダドンドコドーン!?』

 

 女が天国と地獄を駆け抜けるが如く、爆速で追って来た。腰まで伸びる黒髪と黄褐色の着物を振り乱し、水上を走るバジリスク(蜥蜴)のような足運びで土煙を巻き上げながら、呵責童子にドンドン近付いてくる。呵責童子は体内の胞子を燃料にした加速装置を持っているのだが、それでも引き離せない処かあっという間に追い付かれる程のスピードである。秒速百メートルは下らない。足がギャグマンガみたいだ。このままでは確実に捕まるだろう。

 

『くそっ! ……って、うわっ!?』

 

 コーナーでどうにか撒こうとする呵責童子だったが、勢い余って通行人にぶつかってしまった。

 

『す、すいません……』

 

 思わず謝る呵責童子であるが、よく考えて欲しい。今自分が追われている立場だというのもそうだが、そもそも目にも止まらぬ速さで走っている物体が衝突して微動だにしない通行人が存在するのかと。

 

『ぽっぽっぽ~♪ おやおやおや、これはこれは、とても(・・・)美味しそうな(・・・・・・)男の子(・・・)だポ~♪』

『バンナソカナーッ!?』

 

 それは身長が八尺もある、追手に負けず劣らずの怪女だった。肌は雪よりも白く、瞳は鬼灯のように赫い。艶やかな黒髪は尻まで流れ、豊満な胸を誇らしげに揺らしている。肌と同じくらいに白い帽子とワンピースは、少年の心にもどかしい何かを植え付けるには充分な妖艶さがあった。

 

『ボォフォフォフォァッ!』

『ピポポポポポポポポッ!』

『いやぁああああああっ!?』

 

 そして、たった一人の妖怪男児を巡る、小高い女たちの戦いが始まった。

 

 

◆『分類及び種族名称:変身異次元人=高女(たかおんな)

◆『弱点:不明』

 

      VS

 

◆『分類及び種族名称:誘拐異次元人=八尺様(はっしゃくさま)

◆『弱点:不明』

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県要衣市古角町の一画。

 

『平和やな~♪』

『呑気だな……』

 

 祢々子と竜宮童子がお手々を繋いで歩いていた。片や満面、片や苦笑いだが、傍から見れば仲睦まじい光景である。リア充爆発しろ……と言いたい所だけれど、この二人にそれは禁句であろう。彼らは様々な困難を乗り越え結ばれた、掛け替えのないパートナーなのだから。

 

『そこのリア充!』

『『ドバァッ!?』』

 

 しかし、通りすがりの呵責童子は遠慮なく茸胞子で爆破した。理由:「何かムカついたから」。

 

『何しやがるテメェ!』

『いきなり酷いで~?』

『煩い! 白昼堂々と見せ付けてくれやがって! こちとら命の危機だってのにさぁ!』

『『はぁ?』』

 

 まるで意味が分からんぞ?

 

『……いや、マジでどうしたんだ?』

『……、………、………………ッ!』

 

 竜宮童子が冷静に尋ねてみても、要領を得ない。呵責童子は挙動不審かつ一心不乱に周囲を警戒している。これで理解しろという方が無理だろう。

 

『そ~い♪』

『おーい!?』

『ブーッ!』

 

 だが、祢々子が外出用の服を脱ぎ散らかした事で、強制的に話を合わせる形になった。大胆にも程があるが、効果はあった。

 

『オラ、キリキリ話せや。見物料だ』

『そっちが勝手に見せて来た癖に……コホン、えっとね――――――』

 

 呵責童子が語り出す。自分に一体何があったのかを。

 

『なるほど、ストーカーとショタコンの変態に囲われたって事か。けしからんなぁ?』

『喧しい、笑い事じゃないんだよ!』

『笑えないし、他人事でも無いよ。……で、そいつらは今、どうしてるんだ?』

『どっちも夕暮れ時に現れるから、今は何処かに隠れてると思うんだけど……』

『フム……』

 

 竜宮童子は考える。正直あんまり関わりたくないが、彼には数々の恩があるので、力になりたくもある。かと言って、自分と祢々子だけでは少々頼りない。子供だからね。

 

『――――――という事で協力してくれないかい?』

《何でアタシ?》

『あの連中とは極力頼りたくない』

《まぁ、言わんとする事は分かる》

 

 という事で(?)、竜宮童子は苺を頼った。連絡先はビバルディ経由で祢々子から聞いていた。

 

《……ちょっと待ってろ》

 

 理由を聞いた苺は、ほんの一瞬だけ逡巡したが、直ぐに駆け付けてくれるようだ。流石はレディースの総長である。ここで動けないようでは、「獄門紅蓮隊」のリーダーなど張れないのだろう。

 

『それにしても、何でオマエなんぞを巡って争うのかね?』

『なんぞって……』

『だってそうだろ? 居ても不幸しか生まない童子妖怪なんて、何の得も無いと思うんだが』

『歯に衣着せぬ物言いだな!』

『せやで~、童子くん酷いなぁ~』

 

 しかし、事実だからしょうがない。呵責童子とは、そういう妖怪なのだから。

 

『まぁ、恋は盲目って言うしなぁ~』

 

 祢々子の一言が全てなのだろう。男は色々、女も色々。冷静に恋なんて出来る筈がない。巻き込まれる方は堪った物じゃないが。

 と、その時。

 

 

 ――――――ガサッ!

 

 

『『『………………!』』』

 

 近くの叢で、何が動いた。戦々恐々とする三人だったが、

 

「「………………?」」

『何だ、カナヘビかよ……』

『白蛇もおるなぁ~』

『ビックリさせんなよ、全く……』

 

 カナヘビと白蛇が出て来ただけだった。こちらに対して驚いて放心しているのか、不思議な事に二匹が争う様子はない。一体何なのだろう。

 

「アタシが来た!」

 

 すると、そのタイミングで苺がバイクで登場した。車名……というか機体名は「DCBMS-000(プロト・ギャガン)」で、自動運転処か変形合体も出来る優れ物だ。里桜の発明だから曰く付きでもあるが。

 

『久し振りだな。……あの時は迷惑を掛けた』

「その節はどうも。別に気にしてないけどな」

 

 とりあえず、竜宮童子と苺が軽く挨拶。直接関係があった訳では無いが、迷惑を掛けたのは事実である。形ばかりでも謝罪はしなければなるまい。

 

「まぁ、ここに居ても仕方ない。一先ず身を隠した方が良いかもな。当てはあるのか?」

『いや、無いけど……』

 

 苺の質問に呵責童子が答える。文字通り着の身着のまま、脱兎の如く尻尾を巻いて逃げ出したので、当然と言えば当然であろう。

 

「なら、アタシの家に来いよ。あそこなら、多少暴れても問題ないだろうからな」

 

 そういう事になった。

 

「「………………」」

 

 そんな四人の様子をずっと見詰めていたカナヘビと白蛇が、叢に取って返して姿を消した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ほれほれ、えさだぞ~♪」

「た~んとお食べなさいな」

 

 ボロ臭い着物を身に付けた小さな男の子が、祖母と一緒に豆を撒いていた。途端に付近に住み着いている土鳩が群がって来る。その様子を、二人は楽しそうに見守っていた。

 少年の名は正太郎(しょうたろう)。貧しい農家に生まれた次男坊で、長男ばかりを溺愛する両親に心を開けず、唯一優しくしてくれる祖母にベッタリ、というお婆ちゃんっ子であった。鳩の餌やりは正太郎と祖母、共通の趣味だ。祖母がまだ子供だった頃、山へ出かけた帰りに迷ってしまった時、偶然出遭った鳩のおかげで麓まで帰って来れたという実体験が元であり、正太郎はそれに影響された形である。

 

「チロチロ……」

「あ、おまえもきたのか~」

 

 と、正太郎の傍に、一匹のカナヘビが寄り添ってきた。このカナヘビは以前、蛇に襲われそうになっていた所を正太郎が助けた個体で、それ以来懐いて遊びに来るようになった。ペットと言っても相違ない。

 

「たのしいなぁ~♪」

「そうかい? なら、婆ちゃんも嬉しいよ」

「シュルシュル!」

 

 そんな感じで、二人と一匹は平和に過ごしていた。

 だが、その平穏は長くは続かなかった。近年稀に見る大飢饉に曝されてしまい、次男である正太郎は間引かれ、祖母は姥捨てられた。カナヘビも知らぬ間に消えていた。人の命の、何と軽い事か。

 

 ――――――それが、天保六年の話。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

(……懐かしい夢を見たなぁ)

 

 ふと、呵責童子が目を覚ました。今の夢は、生前の記憶(・・・・・)。懐かしくも儚い、大切な思い出だ。

 

(もう夜か……)

 

 すっかりと夜も更け、辺りは真っ暗闇である。

 否、そもそもここは明かりが入って来ない。何せ倉の中なのだから。苺の提案に乗り、彼女の家でご相伴に与った後、母屋から離れた位置にある古い倉庫で一夜を明かす事になったのだ。これから世にも恐ろしい愛憎劇が巻き起こるのだから当然の処置であろう。夜中なのに昼ドラとはこれ如何に。部屋の四隅に伯方の塩が盛られている事には悪意しか感じない。

 

『おーい、大丈夫かー?』

 

 すると、外から竜宮童子の声がした。

 

『………………!』

 

 つい答えてしまいそうになり、呵責童子は口を塞ぐ。

 そう、彼は倉入りする際に、苺たちと約束した。自分たちが囮になるから、夜が明けるまで誰が来ても答えず、出て来てもいけない、と。

 これは言うまでもなく、

 

(あいつだ……!)

 

 全く同じ声ではあるが、間違いなく竜宮童子ではない。昨晩出遭った、白いワンピースを着た背の高い女……「八尺様(はっしゃくさま)」だろう。

 八尺様とは、名前通り身長が八尺もある、背の高い怪女である。年頃の少年をターゲットに付き纏い、最後は取り殺してしまうと言われている。獲物を誘き出す為に声色を自由に変えられる、という伝承もあるらしい。

 つまり、今外から声を掛ける竜宮童子の声をしたナニカは、呵責童子を探し回る八尺様であろう。

 

『あいつらなら、もう退治したでぇ~?』

「そうそう、だから早く出て来いよ~!」

 

 さらに、祢々子や苺の誘い出す声が矢継ぎ早で聞こえてくる。随分と器用な事だ。

 

(塩が……)

 

 よく見ると、盛り塩が焦げ付いている。強力な電磁波でも走っているのだろうか?

 

『………………』

 

 しかし、どんなに声真似をしようと、そうしてくると分かっていれば、どうという事もない。素直に苺たちが来るまで居留守を使うだけである。

 

「正太郎、ほら、鳩に豆撒きでもしましょう?」

『えっ、ばあちゃん?』

 

 だが、次に聞こえてきた声には、流石に惑わされた。自分以外、誰も知る事の無い、懐かしい祖母の声がしたのだから。自然と立ち上がり、発声源へ足が向く。

 

『ばあちゃんっ!』

『ウェルカ~ム♪』

『あっ……』

 

 そして、ついつい倉の扉を開けてしまった、と我に返った時には、既に手遅れだった。そこには、諸手を広げた八尺様が待ち構えていた。

 

『キャホォオオオッ!』

『ぽわぁあああおっ!?』

『えぇえええええっ!?』

 

 しかし、とっ捕まえようと迫る八尺様に、もう一人の背丈の高い怪異……「高女(たかおんな)」がクリーンヒットし、中断される。燃える火の玉ストレートで吹っ飛んで来た辺り、苺たちの誰かと交戦したのだろう。

 

『大丈夫か!?』

『くそっ、片方はこっちに来てたか!』

『こりゃ大変や~』

 

 案の定、戦闘形態に変身済みの苺たちが駆け付けて来た。有難い事ではあるが、逆に言えば彼女らの猛攻を受けても倒れない高女のタフさが証明された形になる。大丈夫なのか、この状況?

 

『……邪魔しやがってぇえええええっ!』

 

 と、横槍を入れられた八尺様がブチ切れた。白いワンピースが赫く染まり、白目は漆黒に変換され、爪がナイフのように鋭くなる。

 しかも、何故か宙に浮かんでいる。バチバチと帯電しているので、電磁浮遊しているのかもしれない。

 

 

◆『分類及び種族名称:蛇神恐竜(じゃしんきょうりゅう)悪皿守(あくさらす)

◆『弱点:解析不能』

 

 

『キャハヒヒハハハハハッ!』

 

 さらに、怒った高女も姿を変じさせる。みるみる内に身長が伸び、約十二メートルもの高さに達した。服が鮮やかな青に染まり、目が怪しく輝いている。

 

 

◆『分類及び種族名称:蜥蜴(せきえき)超人=七尋女(ななひろおんな)

◆『弱点:解析不能』

 

 

『ピポポポポポポッ!』

『フォフォフォフォ!』

 

 そして、そのまま戦闘を開始。苺たちをそっちのけで暴れ出した。悪皿守は質量を持った赫い残像を描く程の速度で飛び交いつつ手から火球を連続で放ち、七尋女は巨体とざわつき伸びる髪の毛を振るう。火球は七尋女が髪から発生される電磁場の壁に無力化され、髪の毛槍は残像すら捉えられない為、どちらも決定打が無い状態なのだが、余波を受けた周囲の林はあっという間に更地となった。

 

『『『いい加減にしろ!』』』

『『ジャマァアアアアッ!』』

『『『ギエピー!?』』』

 

 苺たちが止めようと挑んだものの、祢々子と竜宮童子は七尋女にペチンと叩き落され、苺は悪皿守の連続火球で撃墜されてしまった。普通に強い。呵責童子に出る幕など無かった。

 

『……うわぁあああああっ!?』

 

 というか、激闘の影響で引き起こされた地割れに呑み込まれて、暗闇広がる地下世界へ真っ逆様になっていた。

 

『『正太郎(・・・)!』』

 

 その瞬間、今まで親の仇と言わんばかりに殺し合いをしていた二人の怪女が動いた。悪皿守が呵責童子をキャッチし、七尋女は割れ目が閉じるのを防ぐ。

 

『大丈夫?』『シュルシュル?』

『いや、あの、君らのせいなんだけど……』

『『………………』』

 

 九死に一生を得たが、そもそもの原因はこの二人。呵責童子の至極真っ当な指摘に、二人はサッと視線を逸らした。

 

『……もう僕を巡って争うのは止めてくれる?』

 

 呵責童子が全てを諦めた表情で言った。事実、諦めたのだろう。自分では絶対に敵わないし、逃げ切れもしない。今回の事でよく分かった。自分一人が犠牲と為れば、丸く収まると考えたのであろう。

 その眼は、その顔は、その様は、彼が間引かれる時と同じ物だった。

 

『『ハイ……』』

 

 そんな呵責童子に思う所があったのか、悪皿守と七尋女はシュンとして、戦闘形態を解いた。色々と萎えてしまったらしい。

 

『行こう。僕らが居ても迷惑だよ……』

『『………………』』

 

 さらに、暗い表情の呵責童子に手を引かれ、八尺様と高女は闇夜に消えて行った。彼らだけの巣窟を探すのだろう。三人並んだ姿は、まるで心中にでも行くかのようだ。そんなつもりは更々無いのだろうが。

 

「なぁにこれぇ?」

『知らんがな……』

『十五の夜やな~』

 

 こうして、巻き込まれただけの苺たちは、途方に暮れましたとさ。めでたしめでたし?




◆八尺様

 地方に潜む女の姿をした魔物。異常に背が高く、白っぽい服装で現れる事が多い。見年頃の男の子が大好物(意味深)なようで、散々付け狙った挙句、声真似をしてでも誘き出して、最後には取り殺してしまうという。「ぽっ……ぽっ……ぽっ……」という奇妙な声で笑うらしい。
 正体は多頭の白蛇。手足は分岐した頭が変化した物であり、昆虫でいう神経節のような器官がある為、異様な程に素早い動きを可能としている。怒ると「悪皿守」という戦闘形態に変化する。


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置いてけ森

愛はそこにあるんか?


 ここはとある山中、その夜道。ウマオイやクツワムシの喧しい鳴き声や蝙蝠の羽ばたく音が聞こえる、不気味な森の中。

 

『ビ~バビ~バビッパパパ~♪』

 

 虫取り網に虫かごを持ったビバルディが、楽しそうに歩いていた。目的は見ての通り昆虫採集。大方、クワガタかカブトムシを取りに来たのだろう。カミキリムシを捕まえに来たのだとしたら、相当なマニアである。

 まぁ、彼の事だから、一頻り眺めた後は食べてしまうのかもしれないが(笑)。

 

『ビバビバビ~♪ ……ビバ?』

 

 そして、昼間の内に罠を仕掛けておいたポイントに到達したのだが、

 

「………………」

 

 古びた祠へ一心不乱に手を合わせる男が居た。ガリガリの痩せっぽっちで、着ている服もみすぼらしく、心なしか臭い。きっと金が無くて何日も風呂に入っていないのだろう。

 そんなどうしようもない駄目男が、こんな時間にこのような場所で、何故に祈りなど捧げているのだろうか?

 と、その時。

 

『置いてけぇ~! 有り金、全部置いていけぇ~!』

 

 祠の中から、気味の悪い声が響いた。

 否、祠の中からではない。……地下(した)からだ!

 

『ガヴァォルァアアアアッ!』

 

 すると、地面を突き破り、真っ赤な落ち武者が現れた。脚が異様に太く、背中にブースターのような物が生え、左目が眼帯型のマニュピレーターになっている。鎧の中身は定かではない……というか、鎧がそのまま動き出したかのようである。

 この化け物は、何だ!?

 

「ひぃいっ……!」

『ビバビィ~ン!』

 

 しかし、考えている場合ではないだろう。目の前で人が襲われているのだから。ビバルディは人間形態に変身し、腕をL字に組んで熱線を放った。

 

『ガァヴォォォ……ヴルァッ!』

『なぁっ!?』

 

 だが、化け物は嫌がる処か小動もせず、そのままのしのしと歩を進めるではないか。

 

『ガヴォルァッ!』

『がはっ!?』

 

 さらに、ブースターを蒸かして急接近、ラリアットでビバルディを地面に縫い付ける。そのまま踏み潰そうとするが、ビバルディはどうにか躱し、蹴りを放つも自分の足の方がやられてしまい、その隙に回し蹴りを食らって完全にダウンした。

 

「ひぁぁぁっ!」

『ゴヴヴヴ……』

 

 その間に駄目男は転げるように逃げて行ったのだが、もちろん化け物は逃さず、後を追い掛ける。おかげで助かったビバルディであったが、もう一歩も動けなくなっていた。

 

『ビバ……』

 

 やがて変身も解け、直後に意識を失った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「第三部、完! ……っと」

「いや、終わってないだろ」

 

 ここは峠高校の屋上ラボ。ズタボロになって帰ってきたビバルディを見下ろし、里桜と説子が阿呆な会話をしている。

 

『贔屓目に言っても化け物ですねー、そいつ。だって、ビバくんの攻撃、まるで通じなかったんでしょ? そんなのが普通に山中に居るとかヤバ過ぎ』

 

 未だに水を差して貰えない事に若干の不満を覚えつつ、悦子が言った。確かに彼女の言う通りだ。これだけの事をやってのけたのだから、相当な大妖怪に違いない。

 

「心当たりは?」

「「槐の邪神」だな。古びた祠を根城にして、通行料をカツアゲする小物妖怪さ」

 

 しかし、現実は非情だった。悲報:ビバルディ、コモン妖怪に手も足も出ずに敗北!

 

『ビバビビビッ!』

『そうですよー、ビバくんがこんなにボコボコりんにされたのに、雑魚妖怪な訳ありませんって!』

 

 だが、ビバルディ(と外野の悦子)は納得いかない。あの異常な頑強さとパワーは、間違いなく本物である。

 

「フム……伝承で雑魚だからって、今でもそうとは限らんよな。集めた貴金属を何に使うんだって話だし」

「と言うと?」

「大方、食ってるんだろ。巻き上げた金で私腹処か全身を肥えさせている訳だ。当時ならまだしも、今の金属ならトンデモ性能の超合金だって作れるかもしれないだろ?」

「なるほど……」

 

 それも一理ある。おそらく、吸収した金属で未知の合金を作り上げ、外骨格を武装しているのだろう。今までのパターンから言って、正体は甲虫系統かもしれない。

 

《手紙が来てるよ~ん》

「どれどれ……おっと、お誂え向きの無いようだな」

 

 しかも、タイミング良く依頼の手紙が。内容も「槐の邪神」に纏わる物。というか、

 

「送り主、節子じゃねぇか……」

 

 依頼人は以前、蟹坊主に関して相談して来た、山梔子(くちなし) 節子(さだこ)だった。一度怪異に出遭うと関わり易くなるとは言うが、因果な物だ。

 

「――――――あいつは何だって?」

 

 説子が面倒臭そうに尋ねる。

 

「“父親(・・)が馬鹿やらかしたせいで面倒な事になったから、元凶をぶち殺して欲しい”だってさ」

「前と一緒じゃねぇか。何、あいつロクな家族居ないの?」

「知るかよ。良いから行って来い」

 

 里桜がしっしっと手を振るった。

 しかし、流石に今回は小間使いされてやる訳にはいかない。

 

「いや、お前も来いや。どう考えても出力不足だろ。ビバルディで歯が立たなかったんだからさ」

「えー」

「えーじゃないの。ついでに鳴女でも連れてくか。戦いは数だよ兄貴」

「誰が兄貴だ、姉貴」

「そっちこそ誰だ」

 

 そういう事になった。

 

『ビバビー!』

「リベンジしたいの? 大丈夫?」

『ビンビバビンビン!』

「その顔であんまりビンビン言って欲しくなんだけど……」

 

 とにもかくにも、レッツだゴーッ! ……と思った、その時。

 

 

 ――――――ズズズズズン!

 

 

 突然、屋上の一区画が揺れた。

 

「何だ何だ?」

「ディヴァ子、映像オープン!」

《あいよ~》

 

 里桜の指示で、震源地の映像が回される。そこには、地面を折り返す別の槐の邪神が居た。こちらはパイルドライバーのような野太い腕と青い外骨格を持ち、装飾は足軽に似ている。胸部が膨らんでいるので、おそらくは雌だろう。

 だが、一体何時の間に、何の目的で屋上に居たのか……いや、そもそも、どうしてこのタイミングで出て来たのか。本当に分からない事ばかりである。

 しかし、そんな事を気にしている場合ではない。雌の槐の邪神が今まさに飛び立ってしまったのだから。

 

「おい、セキュリティはどうした!?」

「有給取ってるってさ」

「ふざけてる場合か、追うぞ!」

「え~」

「喧しい、早くしろ!」

『ビバビー!』

『行ってらっしゃ~い』

 

 そして、唯一他人事の悦子に見送られ、二人と一匹は屋上を出た。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 古びた祠のある、例の山中にて。

 

『コクルルル……』

『フシュゥゥ……』

 

 赤と青の槐の邪神が対峙していた。赤い邪神は爪を鋭く刀のように伸ばし、青い邪神は野太い腕で地鳴らして、臨戦態勢に入いる。

 

『グァヴォオッ!』

 

 先に仕掛けたのは赤い邪神。瞬間的に間合いを詰め、右の手刀を袈裟に振るう。

 

『グギュィイッ!』

 

 対する青い邪神は左の腕で弾き、続く左からの薙ぎを手掴みにして、空いた右手で赤い邪神の左頬を横から殴り付け、吹っ飛ばした。

 さらに、口から青白いガスを猛烈な勢いで吐き出した。赤い邪神は転がることで直撃は免れたが、軸線上にあった樹木は文字通り根こそぎにされている。それも単に倒れたのではなく、直撃箇所が丸ごと一瞬で溶けてしまった。たぶん、強酸性の高圧ガスだろう。

 

『グァヴゥゥッ!』

 

 だが、赤い邪神もやられっぱなしではない。起き上がり様に口から火砕流のような息を吐き、青い邪神が身を屈めて躱した隙に再接近し、強力な膝蹴りを放つ。青い邪神は吹き飛ばされはしたものの、直ぐ様起き上り、赤い邪神を睨み付けた。

 

『コグゥヴィィィッ!』

『ガヴォルァアアッ!』

 

 そして、両者はほぼ同時に強酸ガスと火砕流を放ち、ちょうど中間点で接触、大爆発を起こして、周囲一帯が焼け野原となった。それでも、赤い邪神と青い邪神は気にすることなく、その後も殺し合いを続ける。

 

「なぁにこれぇ?」

「それはボクも聞きたい」

『ビババ~』

 

 丁度その時、里桜たちが到着した。途中で鳴女や苺を呼び出しはしたものの、流石にまだ来ていない。まるで意味が分からないが、このままやるしかないだろう。

 

 

 ――――――キィイイイイイイン!

 ――――――ゴヴォオオオオオッ!

 ――――――ザァアアアアアアッ!

 

 

 変身した三人の奇襲攻撃が槐の邪神たちを直撃した。

 

『コグゥゥ……!』

『ガヴォルァッ!』

 

 しかし、二体共一切に留めず、怒って逆襲に走る。

 

『ガァァアヴィァアアッ!』

『オラァアアアアアアッ!』

『はぁあああああああっ!』

『ピギィイイイイイァッ!』

『グヴァアヴォオオオッ!』

 

 こうして、三つ巴ですらない大乱闘が始まった。爆炎が飛び交い、閃光が走り、森が融け、大地が焼ける。傍から見るとヒーロー二人が三大怪獣と戦っているようにしか見えないが、気にしてはいけない。

 だが、頭数で勝っているにも拘らず、戦況は里桜たちの方が不利だ。

 

『ガヴォルァアアッ!』

『のぁっ!?』『くっ!』

 

 説子とビバルディの猛攻を受けても、赤い邪神は傷一つ付いておらず、火砕流で拘束、ブースト付きのタックルで返り討ちにして、

 

『コァァアアヴゥン!』

『ガァアアヴィアア!?』

 

 青い邪神は組み合った里桜を力任せにぶん投げ、強酸ガスで追撃する始末。こちらも大したダメージは受けていない。二体共あまりに硬過ぎる。

 

『カォオオオオオッ!』

『クァアアアアアッ!』

 

 さらに、強酸ガスに火砕流を引火させる事で大規模な爆発を引き起こす、合体技まで披露した。万事休すか……に思われたが、

 

『ガァギィイングヴォォッ!』

『ガヴォァッ!?』『コァッ!?』

 

 熱を急襲して強大化する里桜には逆効果で、見上げる高さにまで巨大化した彼女の反撃の微小化粒子破壊光線が槐の邪神たちを襲う。

 

『ゴァアアアアッ!』

『てぁああああっ!』

 

 追撃で説子の爆炎とビバルディの破壊光線が決まった。

 

『コァァ……!』

 

 これにはさしもの邪神も耐え切れず、青い雌の方が息絶えた。

 否、これは正確ではない。彼女が雄である赤い邪神を庇って、全てのダメージを引き受けたのである。

 

『……ゴヴァグアアアッ!』

『ガァヴィィィアアアッ!?』

 

 青い邪神を看取った赤い邪神が、全身を赫く発光させながら、里桜にブーストタックルをかました。その上、斃れた所に蹴りを入れ、殴り飛ばし、ぶん投げるなど、容赦の無い追撃を行う。相当にお冠のようだ。

 

 

 ――――――キィイイイイイン!

 

 

 当然、里桜も反撃し赫い邪神は撃墜されたのだが……止まらない。怒りのままに、再度飛び掛かる。

 

『遅れてごめんねビーム!』

『といやぁああああああ!』

『……ガァヴォルァアッ!』

『『嘘ぉっ!? ドワォ!』』

 

 次いで遅れて駆け付けた鳴女の目からビームと苺のドロップキックも命中したが、逆に撥ね飛ばした。

 

 

 ――――――ザァアアアアアッ!

 

 

『グゥゥ……ギャヴォオオオッ!』

『くそっ!? ……ぐわばぁあっ!』

 

 続くビバルディの光線は、ダメージが蓄積したのもあってか、僅かに怯んだものの、それだけである。火砕流で吹き飛ばし、直ぐ様里桜に向かおうとする。

 

『調子に乗るなよ……!』

 

 

 ――――――キィィィィ……ゴヴァアアアアアアッ!

 

 

 しかし、そこへ説子の熱線が入った。炉心のエネルギーを暴走させ、体内で放射線を炸裂させながら放つ、超強力な蒼い粒子ビームだ。着弾と同時に閃光が走り、キノコ雲が上がる。

 

『ゴ……ヴゥ……ガァァ……ア!』

『やっと死んだか、クソッタレ!』

 

 ここまでやって漸く、赫い邪神は斃れた。全身の外骨格が歪み、所々融解してはいるが、それでも原型を留めているとは恐れ入る。

 

『……ったく、結局何がしたかったんだよ、こいつらは?」

「まぁ、様子を見る限り、求愛行動だったんじゃないの?」

「こんな愛の儀式があって堪るか……」

 

 真偽の程は不明だが、とにかく槐の邪神たちは滅びた。依頼完了である。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。

 

「つまり、痴話喧嘩に巻き込まれただけって事? 信じ難いわねぇ……」

 

 三途川の堤防を歩きながら、節子は里桜に質問した。

 

《別に信じなくたって良いんだぜ?》

「……まぁ、妖怪の考える事なんて、人間様には分からないわよね。依頼そのものは完了したんだし、どうでも良いわ」

《こっちとしても、報酬さえ貰えればそれでOKだからな。純子の許可も取ってるし》

「あっそう。それじゃあ、さようなら。私は今から病院なのよ」

《病院?》

「親に会うのよ。両方のね(・・・・)

《ふーん……》

 

 適当な会話を交わした後に通話を切り、節子は両親の入院(・・・・・)する病院(・・・・)に向かう。

 そう、現在彼女が向かっている病院には、槐の邪神から(・・・・・・)逃げた勢いで(・・・・・・)事故に遭った(・・・・・・)父親と(・・・)彼を轢いて(・・・・・)しまったショックで(・・・・・・・・・)体調を崩した母親(・・・・・・・・)が入院しているのだ(・・・・・・・・・)

 父親があんな場所で何を願っていたのかは知らないが、家を飛び出す前から借金塗れだった事から、金を無心する為に復縁を祈願したか、もしくは逆恨みで呪いでも掛けていたのか。自分で母娘を売り払って逃げ出した癖に、飛び出し事故で迷惑まで掛けるとは、実に勝手な話である。

 だが、そんな屑でも母親はまだ未練があるようで、今回の一件で心を病んでしまった。怪我が治り次第、精神科へ転院する事になるだろう。

 しかし、節子が病院に到着したと同時に目にしたのは、

 

「お母さん……」

 

 今まさに父親のいる病室から飛び降りた、母親の逆さ顔であった。グシャリといい音がして、血と肉が盛大に飛び散る。病室がバタバタと騒がしい所を見るに、父親も無事ではあるまい。

 

「心身共に追い詰められて、愛するあの人と心中しました――――――って、感じかしら?」

 

 へしゃげた母親を見下ろしながら、節子が淡々と呟く。

 

「本当に勝手よね、どいつもこいつも……馬鹿馬鹿しい」

 

 そして、節子は踵を返して、夜の闇に消えていった。彼女の行方を知る者は、誰もいない。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「なるほど、「アルラウネ」か。……いや、ただの廉価版だな。流石に勿体無くてただの小娘には使えないか。だが、良い、面白いぞ! ククククククッ!」

 

 屋上で里桜(あくま)が笑った。




◆槐の邪神

 使い古されたお堂や忘れ去られた祠などに潜む、鎧武者の姿をした妖怪。近くを通り掛かる人間から金品を巻き上げ、支払わない者は食ってしまうという、チンピラみたいな奴である。後に強力な守り神が付いている善良な農民に集りをした結果、天罰覿面されて滅びた。
 正体はカブトムシ。ただし一般的なカブトムシではなく、コカブトムシに近い。金属を吸収して合金化し、自身の外骨格を強化する能力を持ち、これは外敵との戦いや交尾の際に役に立つ。というのも、槐の邪神の雌は、自分を打ち負かす程の強い雄としか受け付けないのだ。


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姑獲鳥の惑星

干からびちャウ~。


 閻魔県要衣市古角町の一画、「光珠荘(みたまそう)」。

 築三十年にもなる古臭いアパートで、罅割れた壁に蔦が這い、柱やトタンの屋根は錆びだらけという、あまりにあんまりな見た目から、「幽霊荘」とも呼ばれている。実際その手の噂も多く、家賃も安い(月二万円)。

 

「かもめ~の水兵さん、並ん~だ水兵さん♪」

 

 そんな曰く付きの一室で、少し前に退院したばかりの龍馬(たつま)が、妹の未乘(みのり)を優しく撫でていた。彼らは今、二人暮らし。実父が野垂れ死に、実母は天狗に殺されてしまった、天涯孤独の身だからだ。普通なら施設入りする所であるが、里桜(というか説子)の温情で無理矢理住まわせて貰っている。近々建て替える予定もあるので、何れ生活環境も良くだろう。

 問題は、未乘が実母の死を受け入れられていない事である。精神的ショックにより通信制の小学校に転校せざるを得ず、その上、寂しさのあまり夜泣きする事も多い為、龍馬の苦労は絶えない。今も子守唄で漸く寝付いた所だ。

 と、その時。

 

 

 ――――――ドワォッ!

 

 

「な、何だぁ!?」

「わきゃーっ!?」

 

 突然、アパートの壁が爆発した。

 否、何者かに破壊された(・・・・・・・・・)

 

『クルルルル……』

 

 それは、人型のナニカだった。刺々しいシルエットをしている事だけは分かるが、光学迷彩で全身が隠れている為、どんな姿をしているのかは不明。それでも身長が三メートルもあり、筋骨逞しいのはよく分かる。

 こんな化け物が一体何の用だろう……まさか、龍馬を襲いに来たのか!?

 

『コカカカ……!』

「きゃあ!?」

 

 と思いきや、未乘を片手で鷲掴んで、あっという間に攫ってしまった。

 

「お、おい、ふざけんじゃねぇぞ、コラァッ!」

『……グルヴォッ!』

「ぶげぁあああっ!?」

 

 もちろん、龍馬は追い縋るものの、裏拳であっさりとあしらわれ、飛び立たれてしまう。どうやら、こいつには翼があるらしい。

 

「舐ぁぁめぇぇるぅぅなぁあああっ!」

『ヴルァッ!?』「お、おにいちゃん!?」

 

 だが、龍馬は諦めが悪かった。飛翔したナニカの右脚に、後ろ側からガッシリと捕まる。むろん、ナニカも脚を振るい、左脚で蹴落とそうとするも、蹴り脚を裏から押さえられている上に、股に頭を突っ込まれている為、中々上手く行かない。爪は当たっているが、それくらいで離す龍馬ではなかった。

 

『グヴォァアアアッ!』

 

 面倒臭くなったナニカは、龍馬を引き剥がす事を諦め、そのまま夜空へ飛んで行く。

 

「――――――何じゃありゃ!?」

 

 その行く先には、何故か月の隣に太陽が浮かんでいた。もちろん、今は夜である。

 

『クコカカカカ……!』

「わぁああああああ!?」

「ふんぬらばぁああ!」

 

 そして、謎の太陽へ向かってナニカは突っ込み、視界が光で覆い尽くされる。同時に激しい頭痛と倦怠感に襲われ、龍馬は死ぬ気で捕まっていたものの、少しずつ意識を失っていき――――――、

 

「……ここは!?」

 

 目を覚ますと、そこは不思議の森でした。

 堆く聳える黒々とした樹木に、青臭く湿った大地。主な植生はシダ植物で、大きい物は千メートルを超える。地表には様々な色合いの地衣類が生い茂り、緩やかな川や湧き水の中にはウミホタルに似た不思議な発光生物が泳いでいる。鳥類や哺乳類に該当する生物は見当たらず、奇怪な生き物の鳴き声だけが聞こえてくる。

 何と言うか、ジ○リ映画に出て来そうな、不気味で不可思議な場所だった。こっちは昼間らしい。

 

 

「王蟲はいないにしても、デカいゴキブリみたいなのはいそうだな」

 

 現実に則するなら、石炭紀の森に近い。実際、森の中の酸素濃度はかなり高く、中毒一歩手前くらいはある。長時間居座るのは危険だろう。

 

「クソッ、」

 

 とりあえず、未乘を探したい所だが、如何せん情報が足りない。そもそも、人の痕跡がゼロの秘境で、何をどうやって探せというのか。

 

「ぎゃあああっ!」

 

 すると、森の奥から、この世の終わりを一身に味わったかのような、凄まじい断末魔の叫びが聞こえてきた。間違いでなければ、人間の悲鳴である。声色からして、自分よりも少し年上の青年だ。

 

「何だ何だ……おぉっ!?」

 

 声のした方に向かっていくと、程なくして声の主は見つかった。

 

「あれま~、皮が無~い」

 

 ただし、生前の容姿は窺い知れない。何せ皮がない上に腸を抜き取られ、ロープで枝に逆さ吊りにされているのだ。干し肉でも作る気なのだろうか。とんだジャーキーである。

 しかも、近くに同じような死体が幾つも吊り下げられていて、湿気と菌類の多さ故か腐敗が急速に進んでおり、かなり臭かった。

 

『ギギギッ!』

「ズワォッ!?」

 

 すると、何処からともなく蔦が伸びて来て、龍馬を吊るし上げる。振り向けば、そこには蔓が寄り合わさった化け物が居て、彼を丸呑みにしようと巨大な花を咲かせていた。

 何だ、この怪奇植物は!?

 

「だがファイヤーする!」

『ギャアアアアアアア!?』

 

 しかし、龍馬は冷静に怪奇植物を火炙りにした。彼は酒も煙草も嗜む不良くんなのだ。幾ら生木の類とは言え、流石に火炎放射をされれば怯むだろう。蔦が弛んだ隙に、龍馬は脱出して退避した。

 

(まったく、何なんだよ、この森は!?)

 

 人のジャーキーはぶら下がってるし、人食い植物も居る。その上、大切な妹を掻っ攫ったナニカも潜んでいる。何とも最悪な場所である。

 

「いや、他人様に構ってる場合か! 俺は未乘を助けるんだよぉ!」

 

 頭がごちゃごちゃになりそうだが、目的を見失ってはいけない。未乘が今も無事かどうかは、保証されていないのだから。

 

「……おっ!?」

 

 と、足元に何かを見付けた。鳥の羽根だ。大きさからして猛禽類だろう。それも一つだけでなく、何枚も何枚も、断続的に落ちている。

 

「もしかして、あいつ(・・・)の物か?」

 

 翼でっぽい物で羽ばたいていたし、ワンチャンあるかもしれない。明らかに不自然とか言ったら負け。

 

「……わっぶねぇっ!?」

 

 なーんて考えていたら、一歩先にトラバサミがあった。踏んでいたら一発でアウトである。

 

「どう考えてもあいつの仕業だろ!? ……流石は直立二足歩行って訳か」

 

 人型生命体は構造上、総じて頭が良い。これもあのナニカが仕掛けたのだろう。まるで狩りだ。ここだけではなく、先には間違いなく別の罠もある。

 

「人間狩りを愉しむとは、悪趣味だな……」

 

 人を食い物にする妖怪らしいと言えばそれまでだが……。

 

「うわぁっ!?」

「ぬっ!?」

 

 すると、またしても森の奥から女性の叫び声が。今度は断末魔ではなく、単に驚いたような声である。

 

「……あらま~」

「み、見てないで助けてくれ!」

「えー」

 

 行ってみると、投網に捕獲された上に枝に吊るされた、二十代の女性が居た。高い身長と体格から一見漢に思えるが、おっぱいが付いているので間違いない。迷彩服を着ている事に加え、銃器や手榴弾で武装しているので、おそらく軍人だろう。

 

「えいっ!」

「ぶべら!」

 

 龍馬の投げたサバイバルナイフが見事に枝へヒット。女性は間抜けな声を上げて地面に落ちる。網に刃は立たないが枝は脆いので、割と簡単に抜け出せた。

 

「あんな太い枝を、ナイフ一本で切り落とすとは……凄い力と精度だな」

「それ程でも」

「軍人……では無さそうだが……」

「そういうアンタは軍人だよな?」

「自衛隊員だ」

「だろうな。……俺は龍馬」

射川(いりかわ) 雪奈(ゆきな)だ」

 

 とりあえず、お互いに自己紹介を済ませる。情報交換、大事。

 

「アンタは、どういう経緯でここに?」

「突然、見えないナニカに攫われた。その後は森に置き去りにされて……狩られた(・・・・)。仲間も居たんだが、もう生きてはいないだろう」

「………………」

 

 もしかして、さっきの逆さ吊りのジャーキーたちがそうだろうか。最早知る術は無いが……。

 それにしても、幼女を攫い軍人を攫い、罠まで仕掛けてくるとは、大分調子に乗っている。人間様を狐のように狩ろうとは、良い度胸だ。やっている方は愉しいだろうが、巻き込まれる側は只管に腹立たしい。

 いや、そんな事よりも未乘の安否である。

 

「……妹を探している」

「よし、探そう」

「即答だな」

「一般人を助けるのは自衛官の仕事だ」

「……助かる」

 

 割と無茶苦茶な頼みを即受けしてくれた雪奈に、龍馬は素直に尊敬した。まさに自衛官の鑑と言えるだろう。

 

(それにしても、“射川”ねぇ……)

 

 ただし、一つ気になる部分もある。それは「射川(いりかわ)」という苗字だ。

 射川と言えば、世界中の天才・鬼才を掻き集めて養子とし、“史上最高の超天才”を生み出す事を目標としている一族である。常に一族同士で競わせ、基準を満たせなければ除名処か、容赦なく鬼籍にしてしてしまうとも言われている。とんだキチ○イ集団だ。事実、姦々蛇螺(かんかんだら)を生み出した連中もそうだった。

 一応、見る限りでは、そうした印象は受けない。

 だが、腹の内なんて外からは分からないし、警戒するに越した事はないだろう。利害が一致している間は上手く活用してやるぐらいの心持が丁度良い。

 

「あいつらの目的って何なんだ? さっきは狩るって言ってたが……」

「知らんよ、所詮は憶測さ。今までの行動から、そう判断したに過ぎない。……妹さんは何歳だ?」

「小学生だ」

「そりゃあ、お若い事で」

 

 軽口を叩きつつも、周囲への警戒を怠らずに進み続ける二人。羽根はまだ落ちている。彼らを“狩場”に誘うように。

 

「開けた場所に出たな」

 

 木の密度が下がり、落ち葉の降り積もった広場に着いた。三百六十度、全域から見渡せ、隠れる場所は何処にもない。ピクニックには良さそうである。

 と、その時。

 

 

 ――――――ブゥゥウウン……!

 

 

「危ない!」

「うわっ!?」

 

 雪奈が龍馬を勢い良く押し倒した。彼の頭に赤いデルタが浮かび上がったからだ。たぶん、レーザーサイトの類だろう。実際、二人が倒れた瞬間、プラズマ光弾が通り過ぎ、後ろの巨木に風穴を開けた。威力も相当に高い。

 

「ここが狩場って訳か! ……助かった」

「そのようだな! ……構わんよ」

 

 直ぐに周囲を見渡すが、やはり姿は見えない。あんな熱源を放てば居場所くらい分かりそうなものだが……。

 

「………………!」

 

 すると、素早く起き上った龍馬が、くんくんと臭いを嗅ぎ始める。

 

「――――――そこだっ!」

 

 さらに、近くに落ちていた大石を、虚空目掛けてぶん投げた。秒速二百キロを超える超速球である。バゴンという良い音がして、

 

『……ヴォオオオオヴッ!』

 

 透明だったナニカが、姿を現した。

 

「鳥人間?」

 

 光学迷彩をしていた時からデカいとは思っていたが、実際に見ると更に威圧感が増す。骸骨と猛禽類を組み合わせたような金属製の仮面を被り、胸部・腰部・前腕・脹脛に蛇腹状の装甲を身に付け、両手首には鋭いリストブレイドを装着している。肌は濃い紫色で、羽毛の髪の毛が生えていて、手足は鳥その物だった。

 

 

◆『分類及び種族名称:増殖異次元人=姑獲鳥(こかくちょう)

◆『弱点:頭部』

 

 

『グルルル……!』

 

 鳥人間――――――姑獲鳥がノシノシと歩いてくる。

 

「くそっ!」

 

 と、「SIG SAUER P220」で応戦する雪奈。

 しかし、姑獲鳥は怯む事無く歩を進め、

 

『グヴォッ!』

「が……っ!?」

 

 裏拳で雪奈を吹き飛ばして木に叩き付け、そのままKOした。

 

『ヴォォヴッ!』

「うぉっ!」

 

 当然、次は龍馬が狙われたが、超人的な反射神経で姑獲鳥のリストブレイドを躱し、そのまま彼女の腕を足場にして空中へ躍り出て、後頭部に強烈な蹴りを食らわせる。

 

『……フォッ!』

「ぐぅっ……!」

 

 だが、やはり大したダメージは無く、姑獲鳥の回し蹴りで龍馬はぶっ飛んだ。雪奈と同じ木にぶつかり、彼女のすぐ傍に落下する。姑獲鳥が近寄って来た。

 

「――――――ざけんじゃねぇぞぉ!」

『ヴォォオオオッ!?』

 

 その瞬間、龍馬が飛び掛かる。手には雪奈から剥ぎ取った、手榴弾付きの防弾ベストが握られていて、それ毎抱き込むように姑獲鳥へ掴まる。

 

 

 ――――――バゴォオオオン!

 

 

「ぐげぁっ!」

『ブルヴォ!』

 

 そして、何の躊躇もなく爆破した。お互いに爆風で吹っ飛び、地面に叩き付けられる。

 

『グゥゥゥ……』

 

 それでも姑獲鳥は五体満足で、少しふら付きながらも立ち上がった。とんでもない耐久力である。

 さらに、被っていた仮面を取り外し、満身創痍の龍馬を睨み付ける。

 

「思ったより可愛い顔してやがんな……」

 

 素顔は殆ど人間と変わらない、綺麗な女性のそれだった。

 

『グヴォァアアアアアアアァァァヴッ!』

 

 しかし、顎の構造は大分違うようで、まるで蛇の如く下顎が二股に広がり、悍ましい大口を開けて吠え猛る。威嚇……否、宣戦布告のつもりであろう。ここからはタイマン勝負だ。

 

『ガヴォオオオッ!』

 

 姑獲鳥が走りながら蹴りを放つ。

 

「くっ……ドラァッ!」

 

 だが、龍馬は血反吐を撒き散らしながらもどうにか避け、カポエラの要領で姑獲鳥の腰を蹴り返し、反撃の裏拳に手を添え、勢いを利用する形でぶん投げた。柔よく剛を制す。自分自身のパワーが倍以上で返って来た姑獲鳥が悶絶する。

 

「このぉ!」

『ゴカカカカ……!』

「うぉっ!?」

 

 更なる反撃に出ようとする龍馬だったが、姑獲鳥がリストブレイドを展開し、プラズマ光弾を乱射してきたので、一先ず避けに徹した。どうやら、あの武器は遠近両方に対応しているらしい。

 しかし、目を回しているせいか、赤いデルタもロクに照準が合わず、盛大な花火を上げるだけに終わった。

 

「……今だっ!」

 

 しかも、上手い具合に龍馬が誘導していた為、最後の一発は風穴を開けていた巨木に止めを刺してしまった。当然ながら木は中程から折れ、姑獲鳥を下敷きにする。

 

『グヴゥゥ……』

「まだ生きてんのかよ……」

 

 それでも死に切らない辺り、生命力の高さが窺える。とは言え、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。何せ胸から下が潰れているのだから。

 

『……、…………』

 

 すると、姑獲鳥がリストブレイドの根元にある装置を弄り出した。同時に何らかのシークエンスが始まり、カウントがどんどんダウンしていく。

 

『グゥゥゥ……ヴォォ……フ、フ、フフフフフ……フフハハハハハハハハ!』

 

 その上、姑獲鳥は満面の高笑いを上げ出した。これが意味する事は、一つしかない。

 

「クソッタレが!」

 

 龍馬は雪奈を背負い、全力でその場から逃げ出した。

 

『クフハハハハハハハハ、きゃははははははははははははははははははは!』

 

 そして、狂笑が最高潮に達した時、

 

 

 ――――――ドゴァアアアアアアアンッ!

 

 

 激しい閃光、轟く爆音、吹き抜ける爆風と高熱。周囲数キロメートルが灰燼に帰した。

 

「はぁ……はぁ……!」「………………」

 

 だが、龍馬は生き延びていた。雪奈を背負ったまま射程範囲から逃げ切るとは、天晴な俊足と体力である。火事場の馬鹿力だろう。

 

「――――――ったく、どうしろってんだよ、これから!」

 

 しかし、連れてきた元凶が死んだ以上、この空間から脱出する方法は無い。思わず力が抜けてしまった龍馬は、見通しが良くなった空に向けて、自棄っぱちに叫んだ。




◆姑獲鳥

 中国出身の怪鳥で、人型と鳥の姿を自在に入れ替えられる。夜行性で、人の子供を奪う習性があり、夜な夜な飛び回っては子供たちを攫い、巣に持ち帰るという。日本では死産した母親の念が化けた「産女」と同一視された。
 正体は直立二足歩行を可能とした“鳥人間”。特別な羽毛を突き刺す事で人間を仲間に作り変える能力があり、より良い遺伝子を持った“お気に入り”を連れ去る。また、遺伝子の多様性を求め、優良な人間を取り決める“狩り”も行う。これらをクリアした最優良の遺伝子に己の羽根を突き刺して繁殖する事が、種族的な趣味と化している。


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優曇華の花束

少年法って必要カナ?


 暮れなずむ古角町の、光と闇の中。

 

「………………」

 

 赤い瞳に闇より深い黒髪を持つ少女が一人、橋の上で声も無く泣いていた。その顔に表情は無く、目は虚空を見詰めている。まるで死人か蝋人形である。

 

「………………」

 

 そして、少女が徐に儚川へ身を投じようとした、その時。

 

『……本当に、それで良いの?』

 

 何者かが話し掛けてきた。方向的に橋の下からだろう。

 しかし、河川敷まで降りてみても、肝心の声の主が見当たらない。悪戯だろうか?

 

「………………?」

 

 だが、その代わりに、見た事も無い花を見付けた。葉の無い細い茎から白玉が生えている、とても可愛らしい花だ。それらが支柱の罅割れから零れ出るように咲き誇っている。

 

「………………」

 

 少女はそれを迷う事無く摘み取り、何処かへと去って行く。

 

 

 

『ヒヒヒヒ、イヒヒヒヒ、ウゥ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!』

 

 ――――――少女が立ち去った後、崩れた罅割れから覗いた白骨死体が、カタカタと嗤った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とある昼下がり。

 

『ビバビィ~♪』

「楽しそうだね」

 

 説子とビバルディがお手々を繋いで歩いていた。行先は龍馬たちの家。最近彼が退院し、ついでに未乘が母を失って、二人で身を寄せ合っているという。だからこそ、退院祝いと慰めを兼ねた、訪問会である。

 

「……ん?」

 

 と、道行く先に、みすぼらしい姿の少女が、炎天下にも関わらず花を売っていた。細い茎に白玉が実った、不思議な形の花だ。

 しかも、それを只で配っているというのだから、通りすがる人々は誰もが貰っている。随分とサービス精神旺盛だが、それを自分に活かす事は出来なかったのだろうか?

 

『ビバ~』

「欲しいの?」

『ビバンビ~』

「……分かった」

 

 ビバルディと説子も、そのサービス精神に肖る事にした。只より安い買い物は無い。

 

「一束、下さい」

「………………」

「……どうもね」

 

 花束を受け取る時に覗いた少女の顔は、死人のようだった。表情が無いというより、生気が無いのである。体格も華奢で、年齢も定かではなかった。

 まぁ、貰える物を貰ったのだから、良しとしよう。気にしても仕方ない。

 

「……ん?」

 

 再び歩き出した説子たちの脇を、一台のパトカーが通過した。サイレンを鳴らしていたので、事件があったのだろう。少し離れた所でも救急車や消防車のサイレンが聞こえる。暑さによる熱中症、もしくは火事でも起きたのであろうか?

 その後、説子とビバルディは滞りなく龍馬たちの住むアパート「光珠荘」に着いたのだが、

 

「何だこりゃ……」

『ビバビィ……!?』

 

 そこは蛻の殻――――――と言うより、壁に風穴が空いて、荒れ放題になっていた。こここそ一体何があった!?

 しかし、そんな事を気にする間も無く、事態は急展開する。

 

「ぎゃあああああああああっ!」

 

 突如、近所の民家からけたたましい悲鳴が聞こえて来たのだ。恐怖から来る物ではない、命が尽きる断末魔の叫びである。

 

「これは……」

『ビビビ……』

 

 発声源である「菊杉」という家に駆け付けてみれば、目と言わず口と言わず鼻と言わず、顔面を耕された女性の死体が転がっていた。傍には彼女の息子と思しき物体も転がっている。二人共顔から食い付かれ、中身を貪られたようである。

 

「蟲……いや、妖怪か?」

 

 さらに、真新しい顔の傷口には、無数の虫けらが。犯人はこいつらに違いない。

 

『ビバビル!』

 

 ビバルディが子供の死体を指差した。よく見ると、そこには自分たちも持っている花束が、白玉部分だけを失くして握られている。

 

「まさか!」

 

 瞬間、説子は花束を遠くへ投げ捨てた。

 

『ピキャアアアアッ!』

 

 同時に白玉が花開き、虫けらの群れが飛び出す。

 

『舐めるな! ゴヴォオオオッ!』

『ギェエエエエッ!』

 

 だが、そこは改造人間・説子。間一髪で焼き払い、事無きを得た。

 とは言え、こんな危険物がばら撒かれているという事実を見過ごす訳にはいかない。何れまた自分たちが害を被るのだから。

 

「――――――あの女の子を捕まえるぞ!」

『ビバビ~!』

 

 龍馬たちは気掛かりであるが、今はこっちが先だ。説子とビバルディは駆け出した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

重音(かさね)ちゃん? 私よ私、瑠衣(るい)よ」

「………………」

 

 少女に別の少女――――――右与重(うよえ) 瑠衣(るい)が話し掛ける。どうやら旧知の間柄のようだが、花売りの少女――――――菊杉(きくすぎ) 重音(かさね)は答えず、唯々花束を進めた。

 

「……ごめんね、ありがとう」

 

 そんな重音の態度に思う所があるのか、瑠衣は特に言及する事無く、花束を受け取る。

 

「やっぱり、話してはくれないか。それはそうよね……」

 

 結局、一言も話さずに重音と別れた瑠衣が、力なく呟いた。彼女たちの過去に何があったのかは当人たちにしか知る由は無いが、きっとロクな物じゃない。詳細が不明でも、見れば何となくは分かる。

 

「それにしても、良い香り……」

 

 暗い気分を紛らわそうと、瑠衣が花の香りを嗅いだ、その時。

 

『ギシャアアアアッ!』

「えっ……うぐっ……ぐ、ぐぎぇあああああああああああっ!」

 

 花が開き、無数の虫けらが襲い掛かり、瞬く間に瑠衣の顔面を耕した。振り払う暇すらなく脳まで食い荒らされた瑠衣は、断末魔を残して死に至る。

 

「………………」

 

 そんな瑠衣の変わり果てた姿を、忍び寄っていた重音がじっと見下ろす。その顔は、実に愉しそうだった。

 

「趣味が悪いな」『ビバッ!』

「………………!」

 

 そこへ説子とビバルディが駆け付ける。次は無い、と態度で示していた。

 

「………………!」

 

 すると、重音は持っていた花束を残らず投げ付け、逃亡を図る。当然、説子とビバルディは彼女を追い掛けようとするが、

 

『オギャヴゥウウウウウッ!』

 

 瑠衣の死体を突き破って、蟲のような怪物が姿を現した。蜻蛉(とんぼ)螳螂(かまきり)蜉蝣(かげろう)をごちゃ混ぜにした奇妙な姿で、脈翅で宙を舞い、刺々しい鎌を構えている。きっと、あの虫けらたちの成体だろう。

 

 

◆『分類及び種族名称:悪食超獣=魍魎(もうりょう)

◆『弱点:胸部』

 

 

『オギャアアアアアァアッ!』

「この……っ!』『ビバッ!』

 

 魍魎が口から強酸性の唾液弾を吐いてきたので、説子たちは戦闘態勢に入りつつ、散開した。

 

 

 ――――――ゴォオオオオオオッ!

 

 

『オギャアアアッ!』

『くっ!』

 

 先ずは説子が熱線で反撃するも、高い機動力を発揮する魍魎には当たらない。擦れ違い様に鎌で腹を掻っ捌かれた。説子の内臓(ホルモン)がドロリと零れる。

 

 

 ――――――ザァアアアアアアッ!

 

 

『ギャアアアッ!?』

 

 しかし、魍魎がヒット&アウェイを仕掛けようと上昇した瞬間、変身したビバルディの破壊光線が直撃した。流石に攻撃した直後は避けられなかったのだろう。魍魎はボロボロになりながら墜落し、そのまま燃え尽きた。

 

『大丈夫?』

『掠り傷だ』

『腸出てるけど……』

『何時もの事よ』

『いや、まぁ、そうなんだけど……』

 

 何とも心配のし甲斐が無い奴である。と、その時。

 

『オギャヴヴヴヴッ!』

『なっ……ぐわぁっ!』

 

 突如、無傷の魍魎が現れて、ビバルディの肩に噛み付いた。鋭い牙が肉を抉り、鮮血が噴き出す。

 

『野郎!』

『ウギャヴッ!』

 

 説子が慌てて熱拳で魍魎の頭を吹き飛ばした。

 

『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』『トモダチ』

 

 吹き飛んだ先には、無数の魑魅魍魎が蠢いていた。それだけ花が配られ、犠牲になっていた事を意味している。というか、友達を食い物にするって……。

 否、そんな事を言っている場合ではない。このままでは頂きますご馳走様される。さっさと逃げるべきだ。

 

『飛ぶよ!』

『頼むぞ!』

 

 説子を抱えたビバルディが飛翔し、魑魅魍魎が後を追う。強酸の弾丸が飛び交い、死の雨となって地表にも降り注いだ。何の罪もない一般市民が次々と溶け崩れていく。

 だが、そんなの知った事ではない。我が身と身近な人だけが大事である。ビバルディは構わず避け続け、隙を見て説子が熱線で反撃する。華奢な見た目通り、あまり耐久力は無いようだ。

 

『スキスキダイスキ、アイシテルゥウッ!』

『冗談じゃないよ!』『寝言は寝て言え!』

 

 そうこうしている内に魑魅魍魎は数を減らし、やがて最後の一体になった。

 

 

 ――――――ゴヴォオオオオッ!

 ――――――ザァアアアアアッ!

 

 

『オギャァアアアアアアッ!』

 

 そして、止めの熱光線で、全ての魍魎は滅びた。

 

『あいつは何処に……」

 

 魍魎退治を終えた二人は変身を解きながら、重音の行方を捜す。

 しかし、何処を探索しても影一つなく、重音は完全に姿を消した。

 

「龍馬、何処に行っちまったんだ……」

『ビバビ……』

 

 何の解決も見出せない説子とビバルディは、途方に暮れるしか無いのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県黄泉市塞翁町の一画。

 

「おや?」

 

 とある男性が、暗がりで花を売る少女を見付けた。

 

「こんな時間に一人じゃ危ないよ?」

「………………」

「親御さんは居ないのかい? 帰り道が分からないなら、交番まで案内するけど?」

「………………」

「う~ん、ずっと黙っていられるとこっちも困るんだけどなぁ……」

「………………」

 

 男性が心配して話し掛けるも、少女は答えない。黙って花束を勧めるだけ。

 

『ピキィイイイイッ!』

「ぐげべらぁああッ!?」

 

 仕方なしに少女から受け取った瞬間、花束が男性に牙を剥き、その命を奪った。

 

「――――――皆みんな、死ねば良いんだ」

 

 食い荒らされる男性を見下ろしながら、重音が嗤った。その手には、まだまだ優曇華の花束(・・・・・・)が残っている……。




◆魍魎

 野山や川沿いに棲む妖怪の総称。狭義としては「死体の肝臓を食い荒らす子供のような妖怪」の事を指す。時には葬式の最中に死体を荒らしに来る事もある程、食い意地の張った妖怪である。
 その正体は脈翅目に近い蟲の妖怪。死体(特に肝臓付近)に卵を根付かせ、通り掛かる熱に反応して孵化し、襲い掛かる。その後、食い殺した相手から羽化して、新たな犠牲者を探しつつ、次世代を繋ぐ。群れる事もあるが基本的に同族意識は無いに等しく、出遭う者全てが「ご飯になってくれる友達」なのだ。


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崇拝の呪文

神様が救ってくれるなんて誰が決めタ?


 災禍町の外れ、とある教会。

 

「失礼致します」

 

 一人の少女が、細やかな装飾が施された扉をノックした。三つ編みのお下げに丸眼鏡という、非常に分かりやすい優等生の容姿をしている。他に特徴らしい特徴は無い。地味とか言ったら負け。

 そんな普通の彼女だが、最近とある宗教に嵌まっていた。その名も「スペル聖教」。

 最近出来たばかりの新興宗教で、ほぼ同時期に立ち上がった「ガンガミ教」「オトラ正教会」と合わせた三大最新教の一つに数えられる。主に十代の若者に人気で、じわじわと信者を増やしている。

 そのスペル聖教の本部がここだ。元は別教会の払い下げだが、増改築を繰り返した事で、古さを感じさせないものとなっている。

 

『……、…………』

 

 すると、中から誰かが答えた。荘厳な声色から察するに、スペル聖教の教祖様だろう。

 

「“我々は大勢であるが故に、償いの血を捧げます”」

 

 少女が懐に隠し持っていたナイフで自らの掌を切り、祈りと共に生き血を捧げた。白い石段が血の赤に染まる。

 

『……、……、……』

 

 それを見届けた中の誰かが、扉を開いた。そこに待っていたのは――――――。

 

「感謝します、教祖様……」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 これはよくある科学とオカルトの話。

 そして、ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校。物語はここから始まる。

 

「妹が「スペル聖教」に嵌まってしまったようなんです……」

 

 早速、哀れな子羊(いらいにん)が手紙を出した。

 

「スペル聖教って何?」

「妖しい新興宗教その三」

「何だそりゃ……」

 

 里桜が適当に尋ね、説子が興味無さそうに答える。

 

「どうした、上の空で?」

「……何でも無いさ」

 

 そう言う説子は、どう見ても考え事でいっぱいになっていた。絶賛行方不明中の龍馬の事を気にしているのかもしれない。

 しかし、そんなの里桜には関係の無い事。興味を依頼人に戻す。

 

「とりあえず、何がどうしてそうなった、二年三組の祇園(ぎおん) 百佳(ももか)

「紹介どうも……」

 

 里桜に促され、祇園(ぎおん) 百佳(ももか)が話し出した。

 些細な事で喧嘩してしまい、その末に実妹の麗佳(れいか)がスペル聖教に入信してしまい、困っている事。

 明らかに邪教の雰囲気がプンプンする上に、入信してからというもの、麗佳の様子が明らかにおかしくなって行った事。

 気が狂ったように教義を語り、日の光や明かりを嫌い、化け物染みた怪力を振り翳し、異様なまでに血を欲しがるなど、まるで吸血鬼みたいな状態になっている事。

 

「馬鹿な妹を持つ姉は辛いな」

 

 上の空だった説子が、ボソっと呟いた。

 

「でも、一年で生徒会に選ばれるくらい優秀みたいだぞ。真面目で成績も良いらしいし」

「勉強出来るからって頭が良い訳じゃない。真面目な奴が性格も良いかと言われれば別だしな」

「まぁ、そうだな。真面目で潔癖症な奴ほど、汚れる時はとことん汚れるし」

 

 里桜も皮肉を交えつつ同意する。

 

「……で、結局、スペル聖教ってどんな宗教よ?」

「教義は“償いの血を捧げよ。さすれば、神の奇跡と約束の地を齎さん”だそうだ」

「何じゃそりゃ。何もしてないのに何で償わなきゃならんのだ」

「知るかよ。“人は生まれながらに悪である”って事じゃない?」

 

 とても知的な会話だった。

 

「……あの、それで、受けて貰えるんでしょうか?」

「良いだろう。首を洗って待っているが良い」

「何でお礼参りを!?」

 

 ※何時もの里桜です。

 

「行け、説子!」

「何でボクなんだよ」

「上の空だった罰」

「あっそう……」

 

 こうして、説子は里桜に嗾けられたのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ここがスペル聖教の教会か……」

「はい、そうです」

 

 その日の夜、説子(と百佳)はスペル聖教の教会前に居た。

 

「思ったより綺麗な所だな」

 

 それが教会の第一印象だった。

 本場英国にもありそうな、荘厳で美しい見た目。ステンドグラスや十字架など、実にそれっぽい。細やかな装飾や彫刻は全て綺麗に磨かれ、新品同然の輝きを放っている。左右の調和も完全完璧なシンメトリーという念の入りよう。教主様はかなりの潔癖症なようだ。

 

「……鍵が掛かってるな」

 

 ただし、戸締りはしっかりされている。一般住宅なら当たり前だが、オープンである筈の教会に鍵が掛かっているとなるとおかしな話である。

 

「やっぱり合言葉が無いと――――――」

「あら、姉さん。こんな所で何をしているのかしら?」

「ひゃあ!?」

 

 と、急に背後から声が掛かった。振り返れば、そこには件の問題児、麗佳が。

 

(ボクにギリギリまで悟らせないとは……確かに人間離れしているな)

 

 足音一つ立てずに後ろを取った麗佳に、説子がそう判断を下す。

 

「もしかして、姉さんも入信するの?」

「え、ええ、ちょっと興味が湧いてね」

「そう! ようやく姉さんもスペル聖教の素晴らしさが分かったのね!」

 

 百佳の白々しい演技に、思いっきり食い付く麗佳。まるで、恋人でも出来たかのような、満面の笑顔だった。同志ができたのが余程嬉しかったのだろう。以前は同調しようとしない百佳に暴言や暴力を振るっていたのに。

 人間は信仰心に目覚めると馬鹿になるらしい。純粋と言うには、あまりにも身勝手が過ぎる。

 

(……麗佳。あなたを絶対に救い出してみせる)

 

 それでも、百佳にとって大切な妹である事に変わりはない。棄教すれば麗佳も元の優しい彼女に戻るだろう。間違いは誰にでもある。それを許して受け入れてこそ家族だ。

 そうして、百佳は決心した訳だが、

 

「あなたも入信希望者?」

「ああ。相方に手荒い扱いばかりされて嫌になってな」

「そうなの! なら絶対に入信すべきだわ! 信じる者は確実に救われるわよ!」

 

 目がイッちゃってる麗佳の姿を目の当たりにすると、実に不安である。

 

「怖がらないで、姉さん。最初だけよ」

「………………!」

 

 すると、何を勘違いしているのか、麗佳が百佳の手をそっと握る。

 

「痛いのもね」

 

 さらに、彼女の見ている前で、自らの手首を切って償いの血を注いで見せた。頬が紅潮し、恍惚の笑みを浮かべながらゾクゾクしている。火照る身体の熱が掌を介して伝わってきた。

 こいつはヤバい。教会と同じくらいに。

 

「さぁ、姉さんも……」

 

 と、麗佳が血を垂れ流しながら、リストカットをするよう促してきた。断ったらナイフで刺されるかも。

 

「………………!」

 

 百佳は恐る恐るナイフを受け取り、恐々と震えながら、願いを思い浮かべつつ手首に刃を走らせた。鈍い痛みと共に血が溢れ出し、鼓動に合わせてドクドクと滴り落ちる。

 

「……姉さん、それ動脈まで切れてるわよ!?」

「マジで!?」

 

 やっちまったぜ!

 

「切るのは静脈だけで良いのに! 教主様に会う前に死ぬ気!?」

「ウソダドンドコドーン!」

「何やってんだ、お前ら……」

 

 手首を切る時はしっかりと、落ち着いてやりましょう。

 

「とりあえず、これ巻いて! 早く中へ行くわよ! 死ぬ前に教主様に会わないと!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 麗佳に包帯を巻かれ、腕を押さえて貰いつつ、教会内へエスコートしてもらう百佳。棄教させに来た筈なのに何て様だ。

 

「まったく、姉さんのドジは相変わらずね。格好付けようとして、結局失敗するんだから……」

「うぅっ……」

 

 ぐうの音も出ない。格好悪いにも程がある。

 しかし、それは今に始まった事ではない。小さい頃からそうだった。何をやっても上手く行かず、優秀で要領の良い妹と何時も比べられてきた。どうして、同じ血を分けた姉妹でこうも違うのだろう。

 

(今度こそはと思ったのに……)

 

 だが、まだ終わった訳ではない。むしろ、これから始まる……と思う多分。

 

「もう皆来ているわ」

 

 教会に入ると、中は信者でいっぱいだった。全員が十代の若者で、中には知っている顔も、ちらほらといる。皆、例外なく手首に包帯を巻いているが、理由は考えるまでもない。

 

「皆には悪いけど、最初に教主様の恩寵を受けないとね」

「………………」

 

 麗佳が申し訳なさそうに人海を押し退けて進んでいく。

 いよいよである。これが怪我の巧妙なら、今だけは己の間抜けさに感謝して止まない。

 

「……教主様は?」

 

 しかし、祭壇に辿り着いたのに、肝心の教主様が見当たらなかった。一体何処にいるのだろう。

 

「今降りて来られるわ」

「“降りる”?」

 

 麗佳が見上げるので、百佳も釣られて見上げると、

 

(あれは……!?)

 

 確かに教主様が降臨していた。天井裏からズルリと、滴る水のようにぶら下がっている。蝙蝠を擬人化させたような姿をしており、蝶仮面を思わせる外骨格が、只管に不気味だった。

 

 

◆『分類及び種族名称:吸血怪人=山地乳(やまぢち)

◆『弱点:心臓』

 

 

(何よ、丸っきり化け物じゃない!)

 

 入る前から教主様は人為らざる者だと思ってはいたものの、これは流石に予想外である。完全無欠に化け物だ。こんな怪物に、麗佳は惑わされていたのか。

 

「……姉さん、ごめんなさい。教主様が恩寵は私が最初だって言うから、先にするね。大丈夫、すぐ終わるから」

 

 だが、百佳は臆することなく前に出て、恩寵とやらを受ける体勢に入った。本当は止めたいが、こんな所で何かしてもどうにもならない。事の成り行きを見守るしかなかった。

 

『………………』

 

 すると、教主様――――――山地乳がスルスルと地に足を着け、恋人がそうするように麗佳をゆっくりと押し倒し、仰向けになった彼女へ長い長い管のような舌を伸ばして、口の中に挿入した。舌がボコボコと波打ち、謎の液体が注ぎ込まれていく。

 

(何……?)

 

 と、麗佳の身体に変化が起き始めた。肌の艶が今まで以上に良くなり、全身の筋肉が増量され、逞しくも美しい姿になっていく。何時もの麗佳がモデルなら、今の彼女はアスリートといった感じだ。注がれた液体で全身の細胞が活性化されているのだろう。

 確かにこれなら恩寵と言っても差し支えはない。見た目のグロさは別として。

 ただ、そこで終わりではなかった。

 

『ガゥウッ!』

(か、噛み付いた!?)

 

 山地乳は麗佳の活性化が最高潮に達したのを確認すると舌を引き抜いて、何と彼女の胸に牙を突き立てたのだ。

 その上、牙で活性化した細胞のエネルギーを血液ごと吸い取っている。麗佳はみるみるミイラになっていった。一体これの何処が恩寵なのであろうか?

 

『………………』

「聖水ですね、分かりました」

 

 しかし、他の信者が黄ばんだ聖水を掛けると、麗佳はふやけて元通りになった。麗佳はカップ麺だった?

 ただし、全てが元通りかと言うと、そうでもなかった。

 

(牙が生えてる……!)

 

 犬歯が異様に長く鋭くなり、目の色が怪しく変わっている。その姿は、まさしく吸血鬼である。

 つまり、恩寵とは山地乳と同じ存在となる事なのだ。神格化、涅槃、解脱、昇華……いくらでも似たような言葉は並べられるが、こんなもの改造手術以外の何物でもない。

 

「さ、今度こそ姉さんの番よ」

「………………!」

 

 だが、麗佳が復活した事で、百佳に順番が回ってきてしまった。

 

(ど、どうしよう!? 説子さん、どうすれば!?)

「………………」

(無視された!)

 

 救援は却下された。酷い。

 

『ガゥ』

「あっ……」

 

 そして、混乱している間に、山地乳に舌を入れられてしまった。あの謎の液体が注ぎ込まれる。

 

「――――――っ!」

 

 その瞬間、言い様のない快感が駆け巡った。身体が羽のように軽くなり、それでいて溢れ出んばかりのエナジーが体内で爆発している。例えるなら、この身に宇宙の神秘を凝縮したと言っても良いだろう。

 

「姉さん、分かってくれたようね」

 

 百佳のうっとりとした表情を見て、麗佳も嬉しそうだった。

 

『………………』

(ああ……)

 

 さらに、山地乳の舌が引き抜かれ、代わりに牙が剥かれる。至福への対価を払う時が来たのである。

 

(さぁ、早く! 早く私の血を吸って、貴方と同じ存在にしてちょうだい!)

 

 もはや百佳には恩寵を享受する心構えしかなかった。妹を棄教させるという当初の目的など、那由多の彼方に忘れ去っている。

 

「趣味の悪いプレイをするな』

『………………!』

 

 しかし、山地乳の恩寵は、変身した説子によって中断された。

 

「こんばんは、教主様。そして、サヨウナラ」

 

 無神論者による宗教弾圧の開始だ。

 

「な、何するのよ、あなた!? ……まさか、姉さん、私を騙したの!?」

 

 説子の言動の意味を瞬時に理解した麗佳が、最高にハイって奴になっている百佳を睨む。絶対に聞こえてない。

 

「騙したのとは違うだろ。家族が変な宗教に引っ掛かったから相談しただけさ」

「へ、変な宗教ですって!?」

「他にどんな言い方がある」

 

 信者全員がリストカットしていて、あまつさえ教主様が蝙蝠の化け物だ。これが正常なら、クトゥルフ神話は子供に読み聞かせたい本ナンバーワンである。

 

「……ったく、姉さんは何時も余計な事をする! スペル聖教を止めさせれば私が幸せになるとでも思っているの!? 私の幸せはここにあるの! 救ってくれなんて頼んでない!」

 

 やり場のない怒りを寝そべる姉に当たり散らす麗佳。それでも百佳は反応しない。ビクビクと海老反るだけだ。それがまた麗佳を苛立たせる。

 何故、どうしてこんな役立たずが姉なのだ!

 

「頼んでなくてもやるだろうさ。迷惑この上ないからな、お前みたいな奴は」

 

 そんな彼女の姿を見て、説子が蔑みの目を向けて吐き捨てる。

 自分が正しいと信じて疑わず、他人がそれを否定すると、力尽くでも捩じ曲げようとする。人はそれを自己中と言う。こんな自分勝手な人間、家族でもなければ関わりたくない。

 だが、家族だから、血の繋がった姉妹だから、仕方なく矯正しようとした。唯それだけの事。

 

「ま、お前の身勝手さのおかげで、そいつはそっち側の人間になったようだがな」

「………………!」

 

 説子の指摘でハッとなり、麗佳は百佳を蹴るのを止めた。怒りで我を忘れていたようである。冷静に考えれば確かにそうだ。

 

「……そ、そうよ! ここに来る前まではあんたの味方だったのかもしれないけど、今はスペル聖教の信者なのよ!」

 

 そして、ビクつくだけの姉を抱き寄せ、その姿を見せびらかす。開き直りも甚だしい。

 

「ムカつく奴だな。何処かの誰かさんを思い出す」

 

 説子の脳裏に、里桜のにやけ顔が思い浮かぶ。

 

「だから、お前も殺す。今はムカついて仕方ないんでな」

『グゥゥゥゥ……!』

 

 説子は山地乳を睨み付けた。

 

『グヴェエエエエェッ!』

 

 すると、山地乳が翼をバサっと広げ、

 

 

 ――――――ヴィィイイイイイイッ!

 

 

 全身の毛穴から光の矢を無数に放って来た。説子は寸前で回避し、事無きを得る。

 

「「「ぎゃああああああああああああ!」」」

 

 しかし、避ける間も無く光矢に巻き込まれた信者たちは、一瞬にして融解、見るも無残な姿になった。背後の建材に大した影響が無い所を鑑みるに、強アルカリ性の体液を毛穴から高温・高圧・高速で発射しているのだろう。

 

「そ、そんな、教祖様……!?」

 

 山地乳が遠慮容赦無く信者を巻き込んだ様を見た麗佳が絶望する。

 だが、妖怪から見た人間なんて十把一絡げ、居るも居ないも同じな、単なる食料である。利用価値こそあれど、助ける義理は無い。

 まぁ、新興宗教なんて大抵そんな物であろうが。

 しかし、人間を食い物にする程度の妖怪が、説子の相手になる筈も無かった。

 

『フンッ!』

『グヴェアアアアアッ!?』

 

 滑空で襲い掛かろうとした山地乳の胸に、説子が飛ばした鋭い爪が刃となって突き刺さり、物の見事に撃墜される。

 

 

 ――――――ゴヴォオオオオオッ!

 

 

『グギェエエエエェッ!』

 

 さらに、情け無用の零距離熱線で火達磨にされ、そのまま息絶えた。所詮、弱者に偉ぶる奴は、本物の暴力には弱い物だ。己の立場にかまけて、自分が殺られるなんて、これっぽちも考えていないのだから。

 

『……さて、どうしてやろうかねぇ?」

 

 偶然にも生き延びてしまった祇園姉妹を見遣って、説子が忌々しそうに呟いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 後日。

 

「嗚呼、教祖様! 貴女だけが頼りです!」

『ウフフフ、そうよ麗佳。貴女には私しかいないの』

「………………」

 

 白昼堂々とリビングで(しかも裸で)抱き合う祇園姉妹の姿を、説子は遠目に見ていた。百佳が依頼の代償として山地乳の細胞を植え付けた半妖となり、そんな姉を新たな教祖と見做した麗佳を自宅に帰した結果がこれである。

 

「節操が無いな」

 

 教祖が教祖なら、信者も信者だ。縋り付けられるなら誰でも……否、何でも良いのだろう。心の拠り所に貴賤は無い。自分で勝手に決めるだけ。

 

「……お幸せに」

 

 説子はそう吐き捨てて、屋上へ戻って行った。




◆山地乳

 “寝込みの人間を襲い生気を吸い取る蝙蝠人間みたいな奴”という日本版の吸血鬼のような妖怪。しかも、蝙蝠→野衾(ムササビ)→山地乳と進化する魔物だったりもする。ポ○モンぐらい意味不明な七変化である。
 正体は蝙蝠っぽい姿をした鱗翅目の一種。幼生の時点では蝙蝠に擬態して成長し、蛹の癖に飛び回りながら移動して、人家の近くで羽化する。吸い取った血液から高濃度のアルカリ性の体液を生成し、それを活力剤や武器にする能力を持つ。


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君がいない夏は

漸く夏も終わりでスネ。


 菖蒲の花が咲き乱れる、黄昏時の災禍町(さいかちょう)

 

「カ~ラ~ス~、なぜ鳴くの~? カラスはや~ま~に~……」

 

 誰かの歌が聞こえる。声色からして、女の子だろうか?

 

「動くな!」

「きゃあ!?」

 

 しかし、突然の闖入者によって口を塞がれ、途切れてしまった。犯人は小汚い男で、ボロボロの作業服を着ている。垢と汗で塗れた身体は、かなり臭い。

 

「やっぱり女は子供に限るなぁ!」

「……、…………、…………ッ!」

 

 そして、少女は抵抗する間も無く、そのままひん剥かれ、頂きますご馳走様された。本当にあっという間の出来事であった。手際の良さから察するに、遣り慣れているのだろう。

 

「ふぅ……ありがとさん!」

「ぐげっ!?」

 

 しかも、男は当然の如く少女を殺した。首をへし折って、乱雑に捨ててしまったのである。酷過ぎる。人間じゃない。

 

「……そう言えば、“あの子”は元気かなぁ?」

 

 さらに、男は次の獲物を定めたようで、暮れなずむ街並みに消えて行った……。

 

 

 

《今朝のニュースです。児童養護施設「夕幻荘」の元所長、鎗田(やりだ) 正義(まさよし)が今朝未明、福間刑務所を脱獄しました》

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)災禍町(さいかちょう)の一画にある、「彭形寺(ほうけいじ)」の敷地内。

 

「………………」

 

 キツネノカミソリが咲き始めた、とあるこじんまりとした墓の前で、菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)が手を合わせていた。彼女の背後では様々な屋台が建てられ、夜の祭りに備えている。所謂「盂蘭盆」だ。日が沈めば、赤々とした提灯に照らされた広場に、浴衣姿の祭客で賑わう事であろう。

 

「……それって、誰の墓なんスか、藤子?」

 

 熱心に手を合わせる藤子に、柴咲(しばさき) 綾香(あやか)が首を傾げる。小さな墓石が多過ぎて、彼女が誰に対して祈っているのか分からなかったである。

 

「ゲッ○ーサイト」

「“大切な人”ねぇ……」

 

 だが、藤子ははぐらかすばかり。

 綾香は藤子の彼女を知らない。高校になって知り合うまでは、藤子が児童養護施設で暮らしていたという事だけは確かだ。それ以外は、本当に何も分からなかった。

 まぁ、獄門紅蓮隊は過去を詮索しない掟があるので、綾香は特に追及しなかった。藤子が話したくなるまで待つとしよう。無理に聞く物ではない。

 

「さ、そろそろ行くっスよ。祭りまで、まだまだ時間があるんだから」

 

 そう言って、綾香は踵を返した。

 

「………………」

 

 藤子もそれに従い、振り返る。

 そして――――――、

 

「やぁ、藤子ちゃ~ん♪」

「……鎗田、先生」

 

 藤子は己が属していた児童養護施設の元所長――――――鎗田(やりだ) 正義(まさよし)と再会した。本当にバッタリとだ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 正義には妹がいた。実の妹であると同時に、彼にとっては最高の恋人でもあった。おかしなことではない。正義の家庭ではそれが当たり前だった。父親が母親を拉致監禁した末に孕ませ、正義と妹を産ませたのだから。

 さらに、二人が思春期に入る段階で、父親と母親はそれぞれを犯した。父親は妹に何度もぶっ貫いて、母親は所長を限界まで搾り取る。もちろん夫婦の営みも忘れない。それが毎日のように続くのである。妹は何度も孕んだが、その度に暴行を受けて堕胎させられた。正義はそれを見ている事しか出来なかった。

 いや、違う。その内に見ていられなくなった正義は、留守や就寝時に、隠れて妹を慰めていた。

 むろん、身体でだ。堕ろされる事が分かり切っていても、自分の心が限界間近であっても、頑張って合体し続けたし、妹もそれを受け入れていた。兄の顔を見るだけで妹は胸が疼き、股が濡れたものだ。

 そう、所長と妹の間には、確かな愛があったのである。

 そんな二人の事をほんの少しでも哀れんだのか、神は正義と妹に微笑み掛けた。ろくでなしの父親とどうしようもない母親を、事故死させたのだ。

 それからは二人で慎ましく、爛れた生活を送った。幸いテクニックは充分あったので、その方面での稼ぎで暮らしていく事が出来た。その内に子供もでき、二人の愛は増々深まっていった。本当に、本当に幸せだった。

 ただ、そんな幸せは長続きしなかった。

 ある日、正義が家に帰ると、妹が死んでいた。蒸せ返るような部屋の中で、夏祭りの花火をバックにしながら、動かなくなっていた。

 否、妹は殺されたのだ。犯人はすぐに分かった。前々からしつこくアプローチしていた、質の悪い客だった。

 妹は兄という最愛の相手がいるので恋人関係は断り続けていたのだが、彼女が妊娠したと分かるや否や、逆恨みし始め、散々嫌がらせをしてきた。恋人にならないと、お前を殺す、ついでに兄貴も殺してやる、と。それでも妹が首を縦に振らないと分かると、金で釣った五十人もの仲間を引き連れ彼女を拘束し、嬲りモノしたのである。

 正義は怒った。激怒した。火砕流よりも激しく燃え滾り、深淵よりもどす黒い憎しみに囚われた。犯人全員を非道な方法で調べ上げると、男であれば聞いただけで絶命しそうな程に残虐な拷問を加えてから殺した。まさに正義の鉄槌だった。

 しかし、復讐を終えた彼に残ったのは、どうしようもない虚しさであった。何の関係もない人間を殺して紛らわせようともしたが、闇が余計に深まるばかり。妹は帰ってこない。二度と会えない。殺し続ける内に名前すら思い出せなくなってしまった。あんなに大切だった筈なのに、顔すら忘れてしまった。正義の心は、妹を見たあの日、完全に壊れてしまったのだ。

 その後、成長した彼は人には言えない方法で児童養護施設の所長になると、好みの子供を引き入れては犯しまくり、最後には甚振り殺した。特に妹にそっくりな女の子は最大の愛と最悪の殺意を持って殺し、裏庭の古井戸へ葬ってきた。叶わぬ願いと激しい殺意が、彼をそうさせるのだろう。

 それが正義の積み重ねてきた、人生の全て。虚しく何の意味もない、どうしようもない生涯の記録。

 だが、彼は出会った。妹の生き写しとしか思えない、一人の少女に。

 

 その名は菖蒲峰 藤子。

 言葉足らずで逆らう勇気も無い――――――正義にとって、これ以上は無い、都合の良い少女であった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「鎗田だなんて、他人行儀じゃあないか。君と僕の仲だろう?」

 

 正義がニヤニヤと嗤い、舐め回すように藤子の身体を見る。獣欲が全く隠せていない。隠すつもりも無いのだろう。

 

「………………!」

「ひひひひひひ!」

 

 しかし、あまりにもあからさま過ぎたからか、身の危険を感じた藤子は逃げ出した。その後を、正義が愉しそうに追い掛ける。その様は、まるで兎を追い掛ける狐、赤ずきんに食らい付く狼である。

 ただ、藤子の逃げ足はかなり早いらしく、追い掛けっこは着かず離れずのまま、裏山にまで及んだ。笹を掻き分け、クヌギやコナラの木々を抜けていく。

 

「捕まえた!」

「……ぐっ!」

 

 だが、やはり男女の差は覆し難く、とうとう藤子は正義に捕まってしまった。倒れた勢いのまま身包みを剥がされ、生まれたままの姿が薄暗闇に晒される。そそり立つ彼が、秘された彼女に押し当てられる。

 

「うぅっ!」

「うぉっ!?」

 

 しかし、ギリギリの所で藤子は正義を巴投げた。流石は獄門紅蓮隊のナンバー3、伊達じゃない。

 

「いててて……ん?」

 

 放り投げられた正義が顔を上げると、そこは盂蘭盆祭の会場だった。

 だが、何かがおかしい。行き交う人々が、やけに静かなのだ。というか、一言も喋っていない。黙々と、只管に歩いている。

 

(それに、何だこの臭い……)

 

 その上、どいつもこいつも一様に臭かった。腐っているというより新鮮な生臭さだが、とにかく臭くて鼻が曲がりそうである。浴衣も何かで濡れてベトベトになっている。気味が悪いったらありゃしない。

 

『いらっしゃぁ~い』

 

 突如、誰かに声を掛けられた。

 

『一発百円だよぉ』

「何だ、的屋か……」

 

 的屋のおっさんだった。知らん顔だが、一先ず変な臭いはしなかった。その代わりにちょっと泥臭いが、そこは農家のおやじだと思っておこう。

 

『やってかないかぁい?』

「ああ、うん……」

 

 あまりに迫ってくるので、ついうんと言ってしまった。追われる身とは言え、気晴らしも必要だ。

 

(獲物は……ぬいぐるみか……)

 

 よくよく見ると、懐かしい顔振りのぬいぐるみだった。夕幻荘の子供たちにそっくりだったのである。とりあえず、撃ってみた。

 

「当たった!」

『お見事ぉ』

 

 弾は寸分違わず、藤子によく似た額に命中し、奈落の底に突き落とした。

 

『それでは大事にお持ち帰りくださぁい』

「あ、ありがとう……」

 

 的屋の主人が作り物のような笑顔で、ぬいぐるみを押し付けてくる。正義は苦笑いながら受け取った。

 

「ん……?」

 

 ぬいぐるみを手に取った瞬間、妙な感触がした。

 

「なっ……!?」

 

 見ると、ぬいぐるみの額からドロドロと血が流れ出ていた。ゼリーのような柔らかい物も混じっているが、おそらくは脳漿だろう。

 

「ひっ……!」

 

 正義は反射的にぬいぐるみを落とした。いきなり人形から血が出てくれば、誰でも驚く。

 

『痛い……痛いよ、先生……』

 

 と、今度は落としたぬいぐるみが喋りだした。目や口をぐるんと動かして。

 

「ひゃあああっ!」

『いけませんなぁ、ぬいぐるみは大切にしてあげなくちゃあ』

 

 さらに、背後に的屋の主人が立っていて二度びっくり。相変わらず笑顔のままだ。

 

『……じゃないと、わたしみたいに崩れちゃうじゃありませんかぁ!』

「ぎゃあああああっ!」

 

 しかし、それもすぐに崩れた。例えではなく、文字通りに。皮が、肉が、ただの土塊となって、骨だけを残して溶けていく。最後に残った骨もあっという間に崩れ去り、風化した。

 

「な、何なんだ、これは!?」

『やぁやぁ、お兄さん、寄っていくかい?』

 

 だが、驚く間もなく別の屋台に話し掛けられた。

 

『出来立てだよ。美味しい所をサービスしようか?』

 

 そこは焼き串の屋台だった。焼かれているのは小さな人間だった。もちろん、見覚えのある子供たちである。

 

「ひぃいいいっ!」

『おやおや何だい、肉は嫌いかい? いつもは食べてるくせにぃ!』

 

 その上、主人の顔は鶏だった。嘴を器用に歪めて嗤い、その笑顔のまま首がポロリと落ちる。まるで、屠られた鶏だ。

 

「うぁあああああっ!」

 

 正義はみっともなく泣き喚きながら走り出した。出口を目指して。

 

(着かない! 着かないよ!)

 

 しかし、行けど進めど、出口は見当たらなかった。森に飛び込んでも、祭会場へ逆戻りである。そうして走っている間も、いろんな出店に声を掛けられた。

 

『どうだい、花火を買わないかい? 詰めたてだよ!』

 

 カエルに爆竹を詰めた物を花火と称して売りつける蝦蟇ガエル、

 

『臓物飴はいかが? ズルズルしててとってもおいしいよぉ』

 

 黒糖の代わりに人の内臓を巻き付けた物体を勧める皮の張り付いた骸骨、

 

『くじはやらんかい? 一本百円だ』

 

 親の生首から髪の毛を毟ってケタケタと笑う少年、

 

「いらっしゃい、おじさん」

 

 それから、出目金とヒヨコを混ぜ合わせた不気味な生き物を掬えと迫る少女。つい先日、犯して殺したばかりの、あの女の子だった。憎しみの篭った笑みで、逆拍手をしている。お前も死ね、と。

 

「ひっ……ひぃぃ……!」

「鎗田先生~」

「………………!」

 

 すると、会場の端っこから声を掛ける者が。

 

「藤子ちゃん!」

 

 それは藤子だった。さっきまで襲われていたとは思えない優しい微笑で、正義を手招きしている。正義はおかしいと考える暇もなく、藤子へ飛び付いた。襲う為ではない、藁にも縋る思いで、だ。

 

「――――――えっ!?」

 

 だが、正義の手は空を切った。藤子の姿が忽然と消え、代わりに自然に還り掛けた古井戸が現れたのである。

 

「うわぁあああああ!」

 

 勢い良く飛び付いたが故に正義は止まる事が出来ず、古井戸の中へ真っ逆様に落ちる。

 

 

 ――――――ドボンッ!

 

 

 水がまだ残っていたようであり、正義は何とか助かった。

 

「うぅぅぅ……」

『お帰りなさい、先生ぇ~♪』

「ひっ……!」

 

 しかし、このまま見逃して貰える程、世の中は甘くないらしい。月に照らされた水底から、ぬるりと全裸の藤子が現れ……化身した。

 

『うふふふふふっ♪』

 

 それは異形の半魚人だった。

 巨大なランチュウの毛髪に髑髏の顔を持ち、人の目玉を桜柄に並べた花飾りを付けている。胴体は骸骨を透明なゲルで包んだ不気味な物で、ヒラヒラの尾鰭を袖に振っていた。

 

 

◆『分類及び種族名称:幻影超獣=狂骨(きょうこつ)

◆『弱点:頭』

 

 

『ご馳走様、ワタシの大切な人(トモダチ)♪』

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

 狂骨が正義を愛おしそうに包み込む。全身から染み出る消化液により、正義は断末魔を残して消えた。

 気が付けば、井戸の外は暗く深い山の奥であり、元は夕幻荘だった廃屋が土に還り掛けていた。

 そして――――――、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「さ、そろそろ行くっスよ。祭りまで、まだまだ時間があるんだから」

「………………」

 

 そして、藤子は無縁仏を背にして(・・・・・・・・)、綾香の後に続いた。盂蘭盆祭は(・・・・・)準備の真っ最中だ(・・・・・・・・)

 

「トモダチ」

「はぁ? どうしたんスか、急に……」

 

 突如、出会ってから初めて普通の口を利いた藤子に、綾香が驚く。

 

「トモダチ、トモダチ」

「いやいや、何を今更。言われなくても、大親友っスよ~♪」

 

 だが、同時に藤子から認められた気もして、嬉しくなった。綾香は飛び切りの笑顔で応える。

 さらに、二人仲良く手を繋いで、彭形寺を後にした。普通なら気恥ずかしくて出来ないが、この時ばかりは綾香も嬉しくて、それすら忘れていた。

 

「“大切な人(トモダチ)”~♪」

 

 だからこそ、綾香は気付けない。

 

「ぐぅぅぅ!」「痛い痛い!」「助けてくれぇ!」「もう殺してよ!」「いやぁっ!」「誰かぁ!」

 

 藤子の身の内で、何時までも何時までも響き続ける、無数の断末魔を(・・・・・・・)魂とも呼べる物たちが(・・・・・・・・・・)永遠の苦しみの中で(・・・・・・・・・)藻掻き続けている(・・・・・・・・)。そこに救い(オワリ)など、無い。

 そう、藤子にとって大切な人(トモダチ)は、

 

 

 

『……ゴチソウ♪』




◆狂骨

 古井戸の底に棲むと言われている悪霊の類で、骸骨に薄皮を纏ったような姿をしている。井戸に投げ捨てられた人々の恨みが集合・合体した物であり、近付く者を仲間に引き入れようとする。
 正体は水神に近い半透明なゲル状の生物。食った人間の骨から疑似餌の人形を作って放ち、己の牙城である古井戸に誘い込む。犠牲者の断末魔をコレクションするという悪趣味を持っていて、狂骨に殺された者は永遠に自分の死に様を追体験しながら苦しみ続ける。


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悪夢の交点

もんきっき~♪


 その日、少女は夢を見た。どうしようも無い悪夢を。

 始まりは駅のホーム。何時もの通い慣れた黄泉駅――――――ではなく、寂れた無人駅。何処もかしこもボロボロで、蔦が巻いている。窓や壁は罅割れ、ホーム中が黴臭い湿った空気で満たされていた。

 

《線路は続くーよ、どーこまでもー♪ ウキキキ……》

 

 さらに、当たり前のように猿が運転する蒸気機関車がやって来た。

 

「………………」

 

 その時、少女は思った。これは夢……それも悪夢だと。猿が運転手のSLなど、夢の中にしか出て来まい。

 だので、少女は夢なら覚めれば済むと、好奇心の赴くままに客車へ乗り込む。それが本当の悪夢の始まりだとも知らずに……。

 

「………………!」

 

 先ず目に付いたのは、客の顔。誰も彼も生気がなく、まるで蝋人形のようである。頭数も少なく、車内は異様なまでに閑散としていた。

 しかも、何故か車内全体が獣臭い。そこに僅かな生臭さも混じっている。まるで肉食動物の檻の中にいるようだ。とりあえず、椅子に座ってみると、意外と座り心地は悪くなかった。

 それにしても、この汽車は何処に向かっているのだろう。窓の外は見覚えの無い景色ばかり広がっているし、車掌が行き先を告げる様子もない。そもそも次の駅があるのだろうか?

 

《続いては活け造りー、活け造りー》

 

 そんなことを考えていると、突然おかしな車内放送が入った。一体何の活け造りなのか――――――そう思った、その時、

 

「ぎゃあああっ!」

 

 すぐ隣に座っていた女性が悲鳴を上げた。

 驚いて振り向くと、影のようなナニカが、包丁でその女性の身体をズタズタに切り裂いている。それもただのぶつ切りではない。清廉された絶妙な包丁捌きである。

 気が付けば、女性は立派な女体盛りになっていた。思わずむしゃぶりたくなるほど綺麗に仕上がっている。

 

《次は焙り焼き、焙り焼きー》

 

 タイミングよく次のアナウンスが流れる。続く犠牲者は、向かい側の優男だ。

 

「ぐげぁあああっ!」

 

 再び影が現れ、包丁で綺麗に優男の生皮を鞣し、フックに吊り下げると、ガスバーナーで肉を焙り始めた。男の肉を焼く間に、剥いだ皮の形を整えていく。最後に全身から削ぎ落とした肉を皮の皿に載せれば、あら不思議、香ばしい焙りトロ人間の完成である。

 その後も生々しいアナウンスが続き、一人、また一人と凄惨な方法で調理されていく。何処となく旨そうなのが逆に怖い。

 

《次はすり身、すり身ー》

 

 何時の間にか、少女が最後の一人になっていた。生者は皆無。活きているか、死体だけだ。

 

『ウキキキ……♪』

 

 と、車体の壁を突き破って、木材の粉砕機に乗った影たちが襲い掛かってきた。堅い木をも粉々に砕くマシンが、ガリガリと嫌な音を立てながら、少年をすり身にしようと迫り来る。

 

「うわぁあああっ!」

 

 そして、いよいよ少女がハンバーグにされる、その瞬間、

 

「……はっ!」

 

 彼女は目を覚ました。

 

「はーっ、はーっ、はーっ……はぁ……!」

 

 暴れる心臓を宥め、乱れた呼吸を整える。身体中冷や汗でびっしょりだった。

 

「酷い夢……」

 

 あのまま砕かれていたらと思うと、ゾッとする。夢で死ねば現実でも死ぬと言われているが、きっとそれは本当なのだろう。そう思えるほどに恐ろしい悪夢だった。

 しかし、夢は覚めた。悪夢は終わりだ。夢は終わってしまえば、所詮幻でしかない。

 ふぅ~と少女が一息を吐いた、その時。

 

《逃げるんですかぁ? 次で最後ですよぉ?》

 

 どこからともなく、不気味なアナウンスが響いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「という夢を見たんですよ!」

 

 冒頭の少女――――――夢野(ゆめの) 花子(はなこ)がズイィっと迫った。

 

「そっかー」

 

 里桜の返事は適当だった。

 事の発端は一通の手紙。字面や封筒の閉じ具合から見て、相当切羽詰まった感じだったのだが、実際に話してみれば何の事はない、夢物語だった。まずは神経科か精神科へ行けと言いたい。

 

「……病院へは?」

「行きましたよ! でも、「疲れてるんでしょう」か「そういう年頃だからねぇ」の一言で済まされました! 絶対おかしいのに!」

「そっかー」

 

 良かったねぇ~。

 

「……どう思いますか、説子先生!」

 

 里桜は聞きに徹していた説子に話を振った。

 

「「猿夢」だな、そりゃ」

「猿夢って何だ?」

「八尺様と同じ、ネット発祥の怪談だよ。内容は大体そいつが言った通りだ。意味合いとしては明晰夢をホラー調にした物だよ。胡蝶の夢みたいなもんだ」

 

 胡蝶の夢とは、中国が宋の思想家・荘子が残した説話の事。

 ある日、胡蝶がヒラヒラと自由奔放に飛び回っていたら、途中で目が覚めて、それが己自身の見た夢であったことに気付く。

 さらに、荘子は思った。今の自分は「胡蝶になる夢を見ていた荘子」なのか、それとも「荘子になる夢を見ている胡蝶」なのか、と。夢を夢として自覚する明晰夢とは少々違うが、どちらも記憶に残る夢物語という意味では似たようなものであり、しばしば夢の例え話の槍玉に上げられる。

 荘子本人に言わせれば、「夢とか現実とか言っている暇があるなら、素直に両方楽しめ」という事でしかないのだが……。

 

「単にネットの見過ぎじゃないのか、お前?」

「それは断じて違います! 家はネットに繋がっていないし、そもそも私は機械が大の苦手です! 触ったら壊れます!」

 

 ただのネットジャンキーを疑う里桜に、花子が食って掛かるように否定する。触ったら壊れるのは、苦手とかそういう問題ではない。

 

「ふ~む、どうしたものか……」

 

 今一よく分からないし……ここは実際に見て確かめなければ。

 

「……はい、という事で電気ショック」

「えっ……びびびのねずみーらんど!?」

 

 という事で(?)、里桜は花子を気絶させた。きちんとレム睡眠に入れるよう、威力を調整した上で。それから、妖し過ぎる改造が施されたヘッドギア型のバーチャフォンを被せる

 

「よーし、ディヴァ子、こいつの夢を映像化しろ」

《ラジャラジャ~♪》

「酷過ぎるだろ」

「知らんなぁ~」

 

 説子の突っ込みは軽く流され、ラボの壁画面に花子の脳内映像が流れ出した。

 さぁ、夢と冒険の世界へレッツゴー!

 

『言ったはずですよぉ、次で最後だって』

「ちょ、待っ……あごしぶりぶり、てくまくまやこぉーん!?」

 

 丁度良く花子が猿に挽き肉にされている場面だった。汚い花火が粉砕機から捻り出される。

 

『さぁ、存分に食らいなさい』

『ウキャー!』

 

 それらを影のようなナニカたちがムシャムシャし始めた。

 

「う……うっ……」

 

 それに合わせて、現実の花子の身にも変化が起きる。筋肉がゴリゴリと隆起し、全身から固い毛が生え始めた。特に顔の変化が著しく、鼻は潰れ、その下はびろりと伸び、顔全体がガングロ化して、頭頂部に立派な瘤が盛り上がる。

 そして、画面のナニカが肉を食らい尽くすと同時に、

 

『ウホハホーッ!』

 

 花子はゴリラとなった。

 

「「ゴリラだー」」

 

 他に言い様がなかった。

 

「何だこいつ、狒々と同系統か?」

「いや、悪魔の類だろうな。実際、「グシオン」って猿の悪魔も居るしな」

「なるへそ」

 

 もう少し興味持とうよ。

 

「とりあえず、ケダモノは殺してっと」

『ウボァー』

 

 当然の如くゴリラ化した花子を現実でもミンチにする里桜。

 

「うっし、次はお前が逝って来い!」

「えー……にゃんちゅうだにゃぁ!?」

 

 さらに、脳波が途切れてしまう前に、説子へバーチャフォンを被せて、悪夢の世界へ転送した。まさに悪魔の所業!

 

「うーん、汚い車内……」

 

 夢の中で、説子が心底嫌そうにぼやく。臭いがきつ過ぎるのだろう。思わず鼻を摘まんでしまった。

 

《ピンポンパンポーン♪ 最初の駅は「刺身」、「刺身」♪》

 

 すると、例の物騒なアナウンスが入った。

 

『ウキキキ……』

 

 花子のお肉に夢中だった影たちが、一斉に説子へ視線を向ける。手に持つ武器を振るい、襲い掛かってきた。

 

「うるぁっ!」

『ギャアッ!』

 

 そんな彼らを、説子は無双した。有象無象の区別なく、彼女の殺意は逃しはしない。ほぼ一方的に殺していく。

 

「フゥ……」

 

 気付けば影たちの方が刺身になっていた。黒々とした実に不味そうな懐石料理である。

 

《おやおや、なかなかやりますねぇ》

 

 と、再びアナウンスが喋り、

 

『ならば、わたくしが直々に殺して差し上げましょう』

 

 猿の車掌自らが出向いてきた。

 

(ホント、ただの猿だな……)

 

 現れた車掌を直に見て、説子は改めてそう思った。帽子を被り、喋っている事以外は、普通のニホンザルと何も変わらない。

 

『貧相な猿だと思ってますね? ならば見なさい、我が真の姿を!』

 

 すると、猿の車掌が正体を現す。

 

『ウボァアアアッ!』

 

 それは、山羊の角と蝙蝠の翼を持つ、巨大な白い猿だった。白銀の毛をたなびかせ、五メートルはあろう巨体と有り余る筋肉を誇示するその姿は、いっそ神々しい。

 

 

◆『分類及び種族名称:天魔獣=猿神(さるがみ)

◆『弱点:不明』

 

 

『死になさぁあああああい!』

 

 猿神が、その巨体からは信じられない程のスピードで殴り掛かってきた。

 

『ゴヴァアアアアアアアッ!』

『アィェエエエエエエエッ!?』

 

 そして、説子の熱線で迎撃された。あっさりと炎上し、瀕死状態となる。弱い、弱過ぎる……。

 

『う、嘘だ! このわたくしがモブみたいに負けるだなんて! あり得ないぃぃっ!』

『無抵抗な一般人の夢で食って満足してた猿山の大将が、ボクに勝てる訳ないだろう』

『くぅっ、正論を! ならば脱線事故だぁ!』

 

 あっという間に追い詰められた猿神は、何とSLを脱線させた。この車体自体が、彼の一部なのだろう。一瞬の浮遊感と、それに続く激しい衝撃と轟音。車体が崩壊して、猿神と説子は投げ出された。何で貴様まで吹っ飛ぶんだよ。

 

『はははっ、わたくしは飛べるのですよ!』

『ならボクはジェットだ』

『嘘ぉっ!?』

 

 パタパタと勝ち誇る猿神に、説子が掌から爆炎を出して追い縋る。

 

『く、来るな、来るな、来るなぁああっ!』

 

 いよいよ以てどうしようもなくなり、情けなく泣き叫ぶ猿神。

 

『だが断る』

 

 だが断られた。説子は瞬時に猿神へ追い付き、ガシッと捕まえる。完全なる羽交い絞めだ。これは逃げられない。

 

『認めないぃいいいいいっ!』

 

 しかし、猿神は何処までも往生際が悪かった。空に謎のゲートを開き、恥知らずにも強烈な放屁の勢いで、説子諸共飛び込む。二人は虹色の通路(ワームホール)で縺れ合い、閃光の波動に呑み込まれ――――――、

 

『……何処だここ?』

 

 説子は不思議な森で目を覚ました。黒々としたシダの大木が生い茂り、地表には様々な色合いの地衣類が生え、緩やかな川や湧き水の中にはウミホタルに似た発光生物が泳いでいる。鳥獣の類は見当たらず、奇怪な鳴き声だけが森中に響いていた。

 

『――――――って、何じゃこりゃあああっ!?』

 

 しかも、どういう訳か説子は人面のヒヨコになっていた。なぁにこれぇ?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その頃、現世の屋上ラボ。

 

「あらまビックリ~」

 

 目覚めぬままの説子に悪戯しながら、里桜が呟いた。壁画面には人面ヒヨコになった説子と、不思議な森の景色が映し出されている。

 どうやら、説子の精神があちら側(・・・・)に転送されて、現地の生物に憑依する形で顕現してしまったらしい。猿神が何処ぞの異世界にチャネリングしてしまったのだろう。

 

「ま、面白そうだからいっかー。もうちょっと観察を続けよう」

《酷くない?》

「酷くない」

《えぇ……》

 

 まぁ、里桜が説子の心配をするかと言うと、そんな事はさらさら無いのだが……。

 

「はてさて、どうなる事かねぇ……」

 

 頑張れ、説子!

 負けるな、説子!

 君の冒険は、これからだぁ!

 

 

 

《どうなるんだろうな、香理 里桜と天道 説子よ?》

 

 誰かがほくそ笑んだ。




◆猿神

 所謂「動物神」の一種で、本来は日照に関係した豊作の神だったのだが、時代が下るにつれて、人に仇為す妖怪として扱われるようになった。妖怪化した頃の猿神は年に一度幼女を生贄として求める変態として描かれ、通りすがりのイケメン猟師にぶっ殺された。
 正体は悪魔たちに近い精神生命体。対象に悪夢を見せ、肉体を書き換えて眷属とする。


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天空の牙城コンロン

 我々人間の住む世界とは異なる場所。

 そして、異界の空に浮かぶ、天空の牙城。

 北海道と同程度の島にドーム状のバリアを張り巡らせ、その中心に巨大な城が建っている。それら全てが空中に浮遊しているのだ。この世の光景とは思えない。一体どういう原理なのだろう?

 否、そんな事を気にしている場合ではない。

 

『なぁにこれぇ?』

 

 何せ、説子は人面のヒヨコになっているのだから。

 

『……まぁ良い。とにかく、ここがどんな場所で、あの猿野郎が何処へ行ったのかを調べよう』

 

 まぁ、普段から改造ばかりされているので、順応するのは早いのだが。哀しき性である。

 

『何かジ○リに出て来そうな森なんだよな~』

 

 とりあえず、一目見た森林フィールドについての感想だが、本当にこの一言に尽きる。気付いたら隣でコ○マが首をカラカラと鳴らしそうだが、残念ながら生物らしい気配は無かった。

 そもそも、この身体は何なのだろう。マジで疑問が尽きない。

 

 

 ――――――ガサササッ!

 

 

 と、何かが草を踏み締める音が。

 

『………………!』

 

 説子は直ぐ様戦闘態勢に入り、

 

『とぅっ!』

「はぁぅ!?」

 

 誰かのナニカへ頭突きをかました。ヒヨコボディでは何処までやれるのか分からないので、とにかく身体を張ったのだが、

 

『何だ、龍馬じゃねぇか』

「ゴールデンボォール!」

 

 音源の正体は、行方不明中の(ながれ) 龍馬(たつま)だった。本人はそれ処では無いようだけど。

 

「お、おい、大丈夫か?」

「だ……大丈……ばない」

「いや、駄目だよねぇ!?」

 

 さらに、その後ろから知らない女の姿が。背格好からして、おそらくは自衛官だろう。

 

『おう、龍馬。その女誰だ?』

「えぅぁ……あ、えっと……自衛官、の……射川(いりかわ) 雪奈(ゆきな)さん、だ……」

 

 龍馬が息も絶え絶えに答える。よく喋れるな君。

 

「それはそれとして、お前、どうしてここに――――――って、説子、これおヒヨコやないか!」

『「お」を付ければ良いと思うなよ? ……むしろアタシが聞きたいねぇ』

 

 漸く彼は説子の身に異常事態が起きている事に気が付いた。雪奈はとっくに気付いて黙っている。

 

『アタシの事は良い。お前、何がどうしてこうなった、言ってみろや』

「自分の事は良いんだ……?」

『ああ。……久々に顔を見せたと思えば、直ぐに居なくなりやがって』

「悪かったよ。実はな――――――」

 

 かくかくしかじか、スマイルゼロ円キャンペーン。

 

『なるほど。子供攫いの鳥人間……「姑獲鳥」だな』

「「姑獲鳥」?」

『中国の妖怪さ。仙人の一種でもある。羽毛を羽織ると怪鳥となって夜空へ舞い、気に入った子供を攫うと変身を解いて、天女の姿となって世話(おままごと)をするのさ』

「だから未乘(みのり)を攫ったんだな……」

 

 一先ず、木陰に座って話し合う三人。これまでの経緯を踏まえて内容を纏めると、

 

「先ずは未乘を見付ける。そこに奴らの移動手段もあるだろうから、それをブン捕って元の世界に還る――――――って感じか?」

『まぁ、そうなるだろうな』

「……一つ良いか?」

 

 すると、今まで黙っていた雪奈が手を挙げた。

 

『何だ売女(ばいた)

「君は何処までやれるんだ? 戦力として数えて良いのか?」

 

 説子の嫌みを華麗にスルーして、彼女の実力を正面から疑って掛かる。強い女だ。

 

『……そうだな。とりあえず、火は吹けそうだぜ?』

 

 そう言って、説子は火炎を吐いた。

 しかし、爆炎と言う程の物ではなく、精々ガスバーナーぐらいの威力である。普通はそれでも充分なのだが、化け物相手となると安心は出来ない。

 

『身体能力はダチョウ程度だな。鳥脚キックが上限だろう』

「俺としは充分に化け物だと思うけど」

『レディに化け物とか言うなや』

「済まん……」

 

 イチャ付くな馬鹿共。

 

「まぁ、ようするに、自律式の火炎放射器として見做せば良いんだな?」

『そう思って貰って構わんよ』

 

 そして、雪奈は何処までも軍人だった。目の前で男女が乳繰り合っていても関係無いのだろう。

 

『――――――それじゃあ、行くとするか』

「分かるのか?」

『嗅覚は猫並みなんでね。未乘の匂いくらい、直ぐに分かるさ』

 

 龍馬の問いに、説子が鼻をスンスンしながら答える。流石は化け猫娘。

 

「何か犯罪臭がするなぁ……」

『八つ裂きにするぞ』

「ごめんなさい」

 

 そういう事になった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「この子、迷子みたいなんだ」

「そりゃあ、見りゃ分かるわ」

 

 なよなよした男の子と、気の強そうな女の子が、自分を見下ろしている。思わず手を伸ばすも、顔まで届かない。二本の脚で立っても(・・・・・・・・・)、腰の辺りまでしか届かなかった。これは一体何だろう?

 

「鳴いてるね。……泣いてるのかな?」

「知らんよ。何でもかんでもアタシに聞くな。見捨てられないなら、自分で世話しろよ」

 

 お兄ちゃん、と叫びたいのに、喋れない(・・・・)声は出ているのに(・・・・・・・・)

 

「……ちゃんとするもん! 君は、今日から僕の家族だ! だから、名前をあげよう。君の名は――――――」

 

 お兄ちゃん!

 

「――――――ッ!?」

 

 と、そこで未乘は目を覚ました。伸ばした手は何も掴めず、開けた視界には見覚えの無い景色が広がっている。室内なのは間違いないが、既存の建築物と言うよりは近未来的な、漫画の中に出て来そうな物だった。

 何と言うか、何処かの誰かさんが乗り回している、宇宙船みたいなデザインだ。

 

「と、とりかご!?」

 

 しかも、自分は囚われの身。未乘は己が馬鹿デカい鳥籠に閉じ込められ、吊り下げられている事に気付いた。

 

『コカカカ……』

『グルルル……』

「わきゃーっ!?」

 

 さらに、船の持ち主と思われる、鳥みたいな宇宙人が二人、突如目の前に現れた。何処かの扉が開いた音はしなかったので、さっきまでは何らかの手段で姿を消していたのだろう。光学迷彩でもしていたのかもしれない。

 

「た、たべないでくださ~い!」

『タベナイデクダサーイ』

 

 声真似すな。というか声が女だった。雌かい。

 

「うぇぅぅぅ……おうちかえして!」

『………………』

 

 無視された。何て酷い野郎だ。女だけど。

 

 

 ――――――ヴーッ! ヴーッ! ヴーッ!

 

 

 突然、艦内に警報が鳴り響いた。宇宙人たちがシステムを弄り、外の様子をホログラムで投影する。

 

「おにいちゃんとせつこ(?)さん! ……と、だれ?」

 

 そこには、ジャングルを猛進する龍馬と説子顔のヒヨコ、ついでに知らない女の人が居た。服装からして自衛官だろうが、何故か一番弱そうに見えてしまう不思議。あくまで人間だからね。

 

『グルルル……グヴォァッ!』

『ヴルァヴッ!』

 

 すると、宇宙人たちが再び姿を消して、船室を出て行った。宇宙船に向かっている三人を邀撃しに向かったのだろう。

 

「おにいちゃん、せつこさん、しらないひと!」

 

 未乘には、彼らの無事を祈るしか出来ないのであった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『こっちだ』

 

 説子の案内で、スイスイ進む龍馬たち。ヒヨコに先導されながら森を行く構図はシュールだが、これが一番確実なので仕方ない。

 

「……不気味なくらい、何の妨害も無いな」

「狩場ならまだしも、拠点周りに即死トラップは仕掛けないさ。自分が嵌まりかねないからな。……あるとしたら、探知罠だろう」

『ついでに言うなら、たぶん向こうには気付かれてるぞ。レーダーならとっくに範囲内だし。そろそろ、奴さんも攻めて来るんじゃねぇの?』

 

 と、その時。

 

 

 ――――――ザザザザザッ!

 

 

 何かが物凄い勢いで迫って来る気配がする。それも無数に。

 

『……四足動物だな。走り方が猟犬と同じだ』

 

 足音を聞き分けた説子が、そう言った瞬間。

 

『グヴァゥッ!』『グキェァッ!』『ギャギャギャギャ!』

 

 草葉の陰から、奇妙な猛獣たちが姿を現した。虎柄の毛皮に覆われた狼のような化け物で、三本の尻尾を持ち、額に宝玉を付けている。鋭い牙が見える事から、おそらくは肉食だろう。

 

 

◆『分類及び種族名称:擬声超獣=(かん)

◆『弱点:額の宝玉』

 

 

 まぁ、掛かって来るなら殺すだけだが。

 

『バヴォオオオオオッ!』

 

 説子が思い切り火を吐く。

 

『ギィイイイイッ!』

 

 先頭を走る一頭が火達磨となって転げ回り、やがて動かなくなった。

 だが、後続はしっかりと避けていて、左右から龍馬たちに襲い掛かった。

 

「ドラァッ!」『ギェッ!?』

 

 龍馬に襲い掛かった一頭は回し蹴りで迎撃された。後ろからもう一頭が飛び掛かったが、そちらも裏拳で吹っ飛ばされる。

 

「このっ!」

『ギィッ!?』

『ギャヴォッ!』

「うわっ!?」

 

 雪奈にも二頭が襲い掛かり、一頭は道中で拾ったマチェーテで首を切り落とされたものの、その隙にもう一頭が彼女を押し倒した。

 

「フンッ!」

『ギャヴォァッ!?』

 

 しかし、雪奈の首を噛み千切る前に、龍馬が投擲した一頭が直撃。二頭仲良くボッシュートした上、説子にバーナーされる。

 

「おにいちゃん!」

「………………!?」

 

 突然、龍馬の背後から未乘の声がした。

 

『グヴッ!』

「眩しっ!?」

 

 思わず振り向くと、そこには最後の一頭が居て、額の宝玉から閃光を放って、彼の目を晦ませる。

 

『ギャヴッ!』

「よりにもよって未乘の声真似するんじゃねぇ!」

『ギェッ!?』

 

 だが、心の眼で動きを見切った龍馬のオーバーブローをカウンターで喰らい、息絶えた。弱い。弱いぞ、こいつら。

 

「……ったく、何なんだ、こいつら!」

 

 しかし、役目は果たした(・・・・・・・)

 

『伏せろ!』

「うぉっ!?」

 

 何時の間にか赤いデルタでロックされていた龍馬を、説子が鳥脚キックで張っ倒す。ほぼ同時にプラズマ光弾が頭上を通り過ぎて、近くの大木を木っ端微塵にした。その上、矢継ぎ早に光弾が飛んで来たので、否応無しに三人は分断されてしまう。

 そして、戦力が完全に分散したタイミングで、それぞれの前に姑獲鳥たちが出現した。

 

『ピィィィァアアアアッ!』

『何でボクだけ天狗なの!?』

 

 ……と言っても、頭数が足りていない為、説子には切り札と思しき天狗が当てられたのだが。甲殻が真っ赫で立派な一本角が生えているので、通常個体の三倍は速いに違いない。

 

 

◆『分類及び種族名称:彗星超獣=大天狗』

◆『弱点:一本角』

 

 

『ギャヴォオオオス!』

『のわぁああああっ!?』

 

 早速、ジェットの力で突撃してくる大天狗。赫い閃光が尾を引く様は、まさに彗星である。

 

『ヴォァッ!』

「この野郎!」

 

 その脇で、龍馬と姑獲鳥の一体と対峙している。この個体は仮面が鬼のようで、体色が赤い。まさに赤鬼と言った感じだ。

 

『グルォッ!』

「くっ……!」

 

 むろん、直ぐ近くでは雪奈がもう一体の姑獲鳥と戦っていた。こちらは恐竜染みた仮面を被っており、青い肌をしている。角も生えており、こっちは青鬼と見做しても良いだろう。

 そんな感じで、三者三様の決闘を繰り広げていた。説子と雪奈は逃げ主体、龍馬はカウンターをメインに対抗している。

 

(ヤバぁ……)

 

 その様を、猿神がこっそりと観察していた。説子から逃げようとゲートを開いたは良いが、あまりに緊急だった為、まさかの世界へ繋いでしまった。

 そう、ここは姑獲鳥の狩場――――――中国神話における(・・・・・・・・)冥界である(・・・・・)

 全く以て来るつもりが無かった上に、気絶から目覚めるまでの間に逃げ場を失ってしまっていた。次元連結は早々簡単には出来ないのだ。あと半日は使えまい。可能なら、せめて戦闘領域から離れたい所だが、

 

「ぐぉっ!」

『どふぇ!?』

 

 そうは問屋が卸さなかった。青い姑獲鳥に殴り飛ばされた雪奈がミラクルヒットしたのである。

 

「な、何だ、お前は!?」

『え、えっとですねぇ……』

『コカカカ……!』

 

 もちろん、姑獲鳥に纏めて発見されてしまう。雪奈は既にボロボロで囮に使えそうもないし、この戦闘民族がひょっこり現れた余所者を見逃す筈もない。

 

(こうなったら……!)

 

 猿神は決意した。

 

融合(フュージョン)! ハァッ!』

「はぁ!? うごごご……っ!?』

 

 つまり、悪魔お得意の憑依融合だ。今ある現出用の肉体を諦めアストラル体となり、雪奈を依り代に再召喚する……ようするに、女悪魔となるのである。これまた緊急事態だった為、主導権が雪奈に握られており、実質的に彼女の肉体強化に貢献しただけなのだが、贅沢はしていられない。四の五の言っていたら殺される。

 

『グルヴォァッ!』

『何だかよく分からんが、とにかく凄い感じだ!』

『ヴルォッ!?』

 

 さっきまでは完璧に圧倒されていた雪奈だったが、唯一のハンデである身体能力が劇的に貢献したので、今度は彼女の優位に立てていた。前回の個体も含めて姑獲鳥たちの攻撃は大振りで素直過ぎるので、経験値が足りていないのかもしれない。同じ土俵で勝てるのは技を極めた者だけだ。

 

「だらぁああっ!」

『グヴァゥ……!』

 

 逆に言えば、インファイトかつ全弾カウンターを決めている龍馬が異常なのだけれど。

 むろん、一発一発の威力こそ龍馬の方が負けているものの、姑獲鳥にもダメージは蓄積するし、当たらなければどうという事も無いのだろう。同じ直立二足歩行生物故の弱点と言える。

 

「しぶとい奴だな……って、うぉ!? どうした雪奈さん!?」

『気にする暇があるなら、こいつらを斃すぞ!』

「はいはいはいはい!」

『『ヴルヴォァアアアアアッ!』』

 

 やがて、分断されていた龍馬と雪奈が合流してしまい、二対二の状態になった。

 

『破ッ!』

 

 先ずは雪奈がエネルギーの奔流を放つ。

 

『ゴヴァッ!』

 

 対する赤い姑獲鳥は、リストブレイドを盾状に展開し、ビームを防いだ。

 

『ヴァヴヴヴァッ!』

 

 さらに、その後ろで青い姑獲鳥が赤いデルタを照射して、狙撃しようとリストブレイドを構える。

 

「させるか!」

『ゴヴァッ!?』

 

 だが、龍馬が雪奈から受け取ったマチェーテを投擲、見事青い姑獲鳥のリストブレイドに命中して誤爆させた。それにより青い姑獲鳥は上半身が吹き飛び死亡、赤い姑獲鳥も重傷を負った。

 

「『死ね!』」

 

 最後に雪奈と龍馬の初めての共同作業が頭部に決まり、赤い姑獲鳥の方も息絶える。残るは説子と大天狗のみ。

 

『ピィアアアアアアッ!』

『クソッ、しつこいっ!』

 

 しかし、こちらの戦況は只管に説子が不利だった。大きさは勿論の事、彼女の攻撃が殆ど一切通じていない。今は戦闘勘と足の速さに助けられているが、何れは捉えられる。

 

《お届け物ですよ~ん♪》

『ぬっ!?』

 

 すると、文字通り天からの助けが。送り主は大悪魔と小悪魔だけど。

 そう、高みの見物をしながら位相を解析していた里桜が遂に特定し、説子の肉体を転送してきたのである。これ幸いとばかりに説子が自害して、さっさと魂を移動させた。

 

『……さぁ、始めようか?』

『ギャヴォオオオオオス!』

 

 こうして、漸く説子は本来の実力で、大天狗と相対する事が出来た。本当の戦いは、これからだ。

 

『キァアアアッ!』

 

 大天狗が翼からエネルギー弾をマシンガンの如く発射してくる。説子は取り戻した身体能力をフルに活用して、俊足でこれらを回避、懐に潜り込んで大天狗を切り裂いた。鱗の一部が抉れ、血が噴き出す。

 だが、大天狗も負けてはいない。翼を槍状に伸ばして振り回し、説子を叩き落とした上で、鉤爪によるラッシュを決める。

 

 

 ――――――ドギュルァアアアアアッ!

 

 

 そして、翼を砲台のように構えたかと思うと、エネルギーを集束、極太の粒子ビームとして発射してきた。ロボットかお前は。

 

 

 ――――――ゴォオオオオオオオオッ!

 

 

 しかし、説子も熱線で対応、相殺した。お前は化け物だ。

 

『ギャヴォオオオオオス!』

 

 ビームが通じないと分かると、大天狗は急上昇。天狗もそうしたように、遥か高みから彗星の如く急降下する。狩場諸共吹き飛ばすつもりだろう。

 

『舐めるなぁあああああ!』

 

 対する説子は手から爆炎を出してブーストし、音を置き去りにする程の光矢となって迎撃した。刹那の閃光、膨大な熱と音。

 

『ギィァァアアアアアッ!』

 

 砕かれたのは、大天狗の方だった。やはり説子は強い。質量差なんて無かった。

 

『さーて、お姫様を迎えに行こうかね……」

 

 舞い降りた説子がやれやれと言った感じで呟く。

 

「おにいちゃん!」

「未乘!」

 

 その後、主を失くした船内で、龍馬は未乘と再会。全員仲良く、元の世界に帰還した。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『クコカカカ……』

 

 それらの様子を、別の姑獲鳥が見届けていた。どちらの味方もしない、正しく高みの見物である。この個体は歴戦らしく、身体のあちこちに古傷がある。

 

『少しは楽しめそうだろう?』

 

 そんな彼女に、誰かが声を掛けた。

 

『グルルル……ヴォオオオオオオオオヴッ!』

 

 誰かの問いに、姑獲鳥が雄叫びを上げる。“お楽しみ”は、これからである。




◆崑崙山

 中国神話に登場する伝説の山(もしくは島)。大陸の遥か西に存在する仙人たちの住まう場所とされており、不老不死の果実を管理する女仙「西王母」が治めている。
 崑崙とは本来「アフリカ系の黒人」を意味しており、古代中国人はエジプト文明に畏怖の念を持っていたのかもしれない。


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海原の来訪者

もうすぐ十月!


 月明りが照らす、黒々とした海原で。

 

『櫂で波掻き、船を漕ぎ~♪

 災い直ぐ様、やって来る~♪

 もうれんヤッサ♪

 モウレンやっさ……』

 

 木の盥に乗った何者かが、波間をギィギィと櫂で進んでいた。

 その姿を一目見た動物は例外なく死に絶え、海鳥がボトボトと落ちていき、魚もプカプカと浮かぶ。視界に入れただけで即死したのである。

 盥の乗り手は気にも留めず、陸へ向かって漕ぎ続ける……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《ここは惑星「エロス」。遥か銀河系の彼方に輝くこの星には女しかおらず、男は遥か昔に絶滅してしまっている。人々は体外受精、もしくは一時的なふたなり化を行う事によって命を繋いでいる。そんなエロスに、とある奇病が蔓延し始め、やがては惑星全土を呑み込む程のパンデミックへと発展して行く。救世主は、宇宙より落ちてきた、名も無き“少年”のみ――――――》

 

 屋上ラボの大画面に、百合百合しくも艶めかしい濡れ場と、お姉さんには垂涎物なショタが生まれたままの姿で映し出されていた。

 

「……これはまさか」

「その通り! 屑工二が開発したエロゲシリーズ第四弾、「惑星エロス」だ」

「やっぱりかよ! 久々に見ちまったなぁ!?」

「百合が文化の惑星で、女を超速で腹ボテ化させた末に破裂させるウイルスが蔓延して、それを解決出来るのが宇宙から来たショタの苦い汁だけ……って感じのSF作品だ」

「しかも、エログロなのかよ……」

「でも、内容は結構良く出来てるぞ? エロくてグロいけど」

「そこが大問題だと思うが?」

 

 何時もの里桜と説子だった。白昼堂々とエロゲをすな。

 

「よし、と……」

 

 と、ある程度プレイした里桜がすっくと立ち上がり、

 

「そうだ、海へ行こう!」

「お前は何を言っているんだ?」

「夏と言えば海だろ?」

「そうだけどそうじゃねぇだろ」

 

 意★味☆不★明な事を言い出した。普段通りと言えばそれまでだが。

 

「良いじゃねぇの。この前はむさ苦しいジャングルで大冒険して来たんだろう? なら海の風に吹かれて爽やかな気分に浸りたいじゃないか?」

「もっともらしい事を言いやがって。……ボクが海、嫌いな事知ってんだろ?」

 

 里桜の提案に、説子が渋い顔をする。どうやら、彼女は何かの理由で海が嫌いなようだ。

 

「知ってるかだって? 当たり前だろうがぁ!」

「本当に嫌な奴だな、お前は!?」

 

 しかし、拒否権は無いようである。何と素敵な友情だろうか。

 

「それに、これはあのカエルからの提案でもあるんだぞ?」

「よし、行こうか」

「お前も入れ込んでるなぁ……」

 

 ビバルディの提案と聞くと掌を返す説子であった。これもまた何時も通り。

 

「ちなみに、龍馬と未乘も誘ってるぞ」

「何でまた?」

「むしろ、私たちの方がおまけだよ。ビバルディとしては、いい加減カッコイイ所、見せたいんだろ」

「ふーん……」

 

 確かにビバルディは未乘に対して名誉挽回が出来ていない。男の子として思う所があるのだろう。

 

「ま、良いや。久々に水着でも出すか」

「似合いもしない奴をか?」

「お前、ボクを誘いたいの? それとも断らせたいの?」

 

 ともかく、そういう事になった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 逆巻市(さかまきし)永浜町(とはまちょう)

 閻魔県(えんまけん)でも有数の港町で、他県を三つ跨いだ巨大なリアス式海岸の一部でもあり、黄泉市(きせんし)針山区(はりまく)の砂浜とは違った趣がある。彼の地が爽やかな砂地ならば、此の地は荒々しい岩場だ。

 砂浜が少ない為、ビーチパラソルを立てて海水浴を楽しむのには向いていないが、ゴツゴツと入り組んだ岩礁には魚介類が棲みやすく、世界三大漁場にも名を連ねている。秋刀魚の刺身や鯨の肉など、漁港ならではの、現地でしか味わえない食材も多い。ニンニク醤油をちょいと付けて、熱いご飯を頬張りつつ、冷たい麦茶を一杯。アサリの酒蒸しや味噌汁なんかも出て来たら、もう最高。食後にスイカと枝豆と来れば、もう何も言うまい。

 まさに、海の幸、自然の恵みが与えてくれる、至福の時。港町はこうでなくては。

 

「うみだ~♪」

『ビバビ~♪』

 

 そんな永浜海岸で、未乘とビバルディがはしゃいでいた。ビバルディは常時裸として、未乘はピンク色でフリフリの子供用水着を身に付けている。どちらも浮き輪を持っているのはご愛嬌だろう。

 

「おーい、あんまり遠くまで行くなよー!」

 

 テンション高めの二人に声を掛けるのは龍馬。こちらはトランクスである。

 

「お兄ちゃんしてるねぇ」

「そりゃあ実兄だからな」

 

 その後ろには、これまた水着姿の里桜と説子が。里桜は何故かスクール水着で、説子は黒のビキニを着ている。

 

「……こうして見ると、本当に絶壁だな、お前」

「黙れ小僧」

 

 どんなに煽情的な水着だろうと、説子の絶壁は誤魔化せないのであった……。

 

「そう言えば、鳴女たちは誘わなくて良かったのか?」

「あいつら今、沖縄に居るぞ」

「なるほど、聞いたボクが馬鹿だった」

 

 リア充はとっくにリア充していたようだ。

 

「ま、とりあえず海水浴を楽しもうぜ」

「お前が言うと疑いたくなっちゃうんだよなぁ」

「お前は私を何だと思ってるんだ?」

「マッドサイエンティスト」

「その通りだ、オカルトマニア」

 

 楽しい会話だった。

 という事で海水浴、開始!

 

「わ~い♪」

『ビバ~♪』

「上手いぞ、二人共!」

 

 浅瀬でパシャパシャと泳ぐ未乘とビバルディ。近くで龍馬が引率しているので、一先ず流される心配はあるまい。何とも微笑ましい光景である。

 

「………………」

 

 説子は一人でプカプカと浮かんでいた。天を仰いで波間を漂っている。水死体とか言ってはいけない。

 

「えいえい♪」

 

 里桜は潮溜まりでアメフラシを愉しそうに虐めていた。紫色の汁が溢れ出て、海水が不気味に色付く。次第に弱っていき、アメフラシは死んだ。実に子供らしく残酷な遊びである。

 そんな感じで、それぞれの遣り方で海水浴を楽しむ一行だったが……異変は、突如として訪れる。

 

「……えーい!」

「あっ、未乘!」

 

 隙を見て未乘が沖へ泳ぎ出した。気分が高揚したが故の悪戯心なのだろう。あっという間に足の届かない場所まで行ってしまった。

 

「あははは、おにいちゃん、ここまでおいで~♪ ……ん?」

 

 すると、海の底から奇妙な音が聞こえてきた。

 

 

 ――――――アアァー、うぅぅん……!

 

 

 それは何かの呻き声……特に人の声に似ているが、とても生きているようには思えない。

 さらに、声に合わせてナニカが浮上してくる感覚。それも魚のように流麗な動きではなく、もがき苦しむように、バタバタと……。

 

「きゃっ……!?」

 

 そして、気付いた時には、未乘は深い海の底に引きずり込まれていた。

 

「未乘――――――」

『ビバッ!』

「何だぁ!?」

 

 未乘救出の為に急いで潜ろうとする龍馬を、ビバルディが制する。

 

『ビバビーッ!』

「ええっ!?」

 

 さらに、何をするかと思えば、物凄い勢いで海水を呑み込み始めた。瞬く間に水が消えて行き、引き込まれている途中だった未乘が、吸われる勢いでポーンと飛び出す。

 

「未乘ぃ!」

「うぐっ!」

 

 それを龍馬がナイスキャッチ。幸い殆ど水を飲んでおらず、直ぐに吐き出し、息を吹き返した。

 

『ビバァ……!』

『………………』

 

 その一方で、ビバルディは未乘を引きずり込もうとした犯人を睨み付けていた。

 

「水死体、か……!?」

 

 それは、ふやけてブヨブヨになった水死体だった。まだ黒ずんではいないが既に赤み掛かっており、腐敗がかなり進んでいる事が分かる。真皮が剥き出しで、腐敗ガスにより風船のように膨らみ、目も鼻も口も分からない程に変形した容姿からは、生前の頃がまるで想像出来ない。

 そんな完全なる土左衛門が、どういう訳か、意思を持ったかの如く、ズルズルと海底を這っている。下手な妖怪を見るよりも悍ましい光景だった。

 

 

 ――――――ズルズルズルズルッ!

 

 

 だが、先程まで芋虫のように這いずっていた水死体が、何かに引っ張られるように、高速で沖合へと消えて行った。ビバルディは慌てて呑み込んだ海水を吐いて追撃するが間に合わず、逃げられてしまう。

 

「何だったんだよ、今のは!?」

「「ミサキ」だよ」

 

 驚く龍馬たちに、説子が解説を入れる。

 

「ミサキって何だ?」

「本来は“神の使い”って意味だが、今じゃ専ら妖怪の名前として使われているな」

 

 ミサキは本来「御先(みさき)」と書き、「神の使い」を意味する。

 しかし、民間伝承では真逆の存在となり、山や海に潜む死人が悪霊化した者を指す。山の者は徐々に弱らせてから取り殺し、海の者は引きずり込んで殺して、仲間を増やしていく。人々はそれらを、各々の棲み処に準え「山ミサキ」「海ミサキ」と呼んで区別していた。

 山ミサキは頭数を揃えたがる傾向があり、「七人同行」「七人童子」など名称は様々ながら、全国各地に伝わっている。狭くて境界線の付けやすい山では、縄張りを守ると言う意味でも、一定の数を揃えるのは理に適っている。

 一方、海に潜む「海ミサキ」は割と好き勝手に襲い掛かる。「船幽霊」や「モウレンヤッサ」のように集団を作る者もいるが、数はあまり一定していない。その代わりに致死性の高い特性を持つ者が多く、出遭ったが最後、というパターンが多々見られる。

 そんな殺意に満ちた海ミサキに狙われてしまった訳だが、

 

「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ?」

「海に潜らなきゃ問題無いさ。流石に浅瀬じゃ手の出し様が無いからな。それよりも――――――」

 

 ふと、説子が周囲を気にする様子を見せる。

 

「――――――問題は、海ミサキが“不幸の使い”って事だ」

 

 そう、海でミサキが出るのは、不幸の前触れ、死の連鎖の始まり。あらゆる海の怪異を誘い出す“呼び水”こそが、海ミサキの特性なのだ。

 

「天気まで悪くなって来たぜ」

 

 それを示すかのように、快晴だった空が急速に曇り始め、雨まで降り出した。

 

「これは引き返すべきかな……」

「おいおい、まだ来たばっかりだせ? それに旅館に予約も入れてるんだぞ~」

「そんな事言ってる場合かよ」

「勿体無い勿体無い」

「金持ちの癖に!」

 

 撤退しようとする説子と、勿体無い(笑)と譲らない里桜。説子の方は真面目だろうが、里桜は絶対に悪ふざけで言っている。

 と、その時。

 

 

 ――――――ギィ……ギィ……ギィ……ッ!

 

 

 何処からか、櫂で舟を漕ぐ音が聞こえてきた。それも木製の。今時、木の手漕ぎ船を使う奴なんて居るのだろうか?

 それと、潮風に乗って微かに漂ってくる、強烈な腐敗臭。磯の生臭さを加えたそれは、ゆっくりゆっくりとこちらへ迫って来ている。

 そして、遥か沖合の水平線にポツンと浮かぶ、小さな黒点。かなり遠目で分かり辛いが、木の盥に何かが乗り込み、櫂で波間を掻いているようだ。

 それと同時に押し寄せる、凄まじい不快感。何者かが近付き、シルエットが判明してくるにつれ、どんどんと増していく。

 まるで(・・・)脳が身体に(・・・・・)死ねと命令(・・・・・)しているような(・・・・・・・)……。

 

「皆、目を瞑れ! 「海難法師」だ!」

 

 それらの要素から、説子は瞬時に判断を下し、全員に目を瞑らせた。

 

「おい、海難法師って何だよ」

「伊豆諸島に伝わる、“見ただけで死ぬ”悪霊だよ」

 

 かつて、伊豆諸島には豊島(とよしま) 忠松(ただまつ)という悪代官が居て、島民たちを苦しめていたという。

 そこで島民たちは忠松を殺す為、わざと海が荒れる日を選んで島巡りをするように勧め、まんまと罠に嵌まった忠松は波に呑まれて死んでしまった。その上、作戦を実行した二十五人の若者たちを、口封じの為に諸共見殺しにしてしまうという暴挙に出た。

 それ以来、毎年旧暦の一月二十四日になると、島民たちに騙された事を恨む忠松の霊と、見殺しにされた事を憎む村の若者たちの霊が融合した、怨念の塊――――――「海難法師」となって、怨念成就しようと島々を巡るのだという。

 その姿を一目でも見てしまった者は、同じ苦しみの内に死んでしまうと伝えられている。

 

 

◆『分類及び種族名称:補陀落怪人(ふだらくかいじん)=海難法師』

◆『弱点:不明』

 

 

「……何で伊豆諸島の悪霊が、東北の端っこでうろついてるんだよ?」

「知るか、そんな事! 別に条件が揃えば、似たような奴が現れんじゃねぇの?」

「喧嘩してる場合か! それよりも、今をどうするかだろうが!」

 

 まさに龍馬の言う通りである。

 だが、里桜と説子はあっけからんと言い放った。

 

『『来る前に殺せば良いだけだろ』』

『ぎぇああああああああああああ!?』

「酷過ぎる!」

 

 さらに、無慈悲な熱線と微小化酸素粒子光線が海難法師を襲う。彼女たちに距離や視界不良など、大したハンデにはならないのだ。これは酷い。

 こうして、仰々しく登場しようとした海難法師は、出オチすら出来ずに消滅するのであった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「フム、空も晴れてきたし、さっさと旅館に行くぞー」

「お前はブレないなぁ……」

 

 その後、またしても空が晴れ渡ったので、里桜は沖合の離島にある旅館へ向かおうとした。説子は呆れているものの、反対する様子は無い。自分で始末を付けたのだから、当然と言えば当然だろう。

 

「………………」

 

 しかし、龍馬だけは嫌な予感がしていた。

 

(本当に終わったのか? 流石にあっさりし過ぎじゃないか?)

 

 それは、圧倒的な力不足からくる危機感。里桜や説子よりも遥かに弱いからこそ慢心せず、疑って掛かっているのである。

 だが、確証に至る訳でもなく、行く気満々の里桜たちを止める事は出来なかった。

 そして、一行はクルーザーで旅館のある場所――――――「不浄島」へ漕ぎ出した。

 

 

 

『災い直ぐ様やって来る……』

『モウレンやっさ……』

『もうれんヤッサ……』

 

 そんな彼女らを、遠い海から憑いてくる影が、何人も何人も見えた……。




◆海難法師

 伊豆諸島に伝わる悪霊。かつて島を支配していた悪代官が島民の罠に嵌められ、海が時化る日に遊覧してしまい、実行犯である村の若者二十五人諸共に沈没、怨霊と化した。その姿を見た者は呪いにより確実な死を迎えるという。その為、彼らの命日である旧暦の一月二十四日になると、島民たちは家に閉じ籠もり、朝まで怯えながら過ごすらしい。
 その正体は、無数の水死体を珪素の骨格で繋ぎ合わせた、深海性の珊瑚。獰猛な捕食者であり、ある種の光を放って対象の脳を操り、無理矢理生命活動を停止させた上で取り込んでしまう。その性質上、海難事故や津波災害のあった地域に出没する傾向が強い。
 ちなみに、「補陀洛」とは「あの世」であり、「モウレン」は「亡霊」、「ヤッサ」は掛け声を意味している。


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故郷は天獄

 青い月が上る夜。

 

『うーさぎ、うさぎ♪ 何見て跳ねるー♪』

 

 巨大な一本杉の上で、不思議な少女が一人、歌っていた。

 ここは逆巻市(さかまきし)の沖合にある小島――――――「不浄島(ふじょうじま)」。土地のほとんどが山で、見渡す限り深い森が広がっている。人の住む気配は全くない。

 一応、昔はそれなりに人が住んでいた。立地の関係上、様々な魚介類が取れたからだ。

 だが、それも今や昔。少子高齢化と後継者不足が深刻化し、加えて数年前の大地震による津波まで直撃したこの島に住む者はいない。

 そう、彼女を除いては。

 

『ああ、美しい……』

 

 少女は島の頂に立つ杉の下で、眼下の景色を眺めてながら、うっとりと呟いた。

 地震と津波のせいで何もかもが崩れ、流され、綺麗さっぱりとなってしまったこの山も、だいぶ回復して来た。失われる前、いや、それ以上に美しく思う。

 

『これで皆が戻って来れば……』

 

 しかし、それには人手がいる。住人という意味でも。

 

『さぁ、歓迎の準備をしましょう!』

 

 少女が誰ともなく、パァッと諸手を広げる。

 すると、森中が騒めき、どよめき、蠢きだした。まるで、彼女の叫びに従うように。

 

『――――――ギュィィィイイヴヴッ!』

 

 そして、島の全土を震撼させるような咆哮が響いた……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 すっかり晴れ渡った午後の日和。

 

「だいぶ変わったなぁ……」

 

 不浄島に到着した説子が、素直な感想を漏らす。

 元は漁師町として栄え、漁期には沢山の漁船が島を囲む姿も見られたのだが、今となっては物好きな女将が経営する旅館「浦哦荘(うらがそう)」があるだけの、寂しい島となってしまった。

 幼少期の数年だけとは言え、祖母と過ごした思い出の地が、ここまで変われば哀愁も感じる。

 

「ゴミみたいな島だな」

「ぶっ殺すぞこの野郎」

 

 里桜の感想が一番のゴミだった。

 

「……つーか、その浦哦荘とやらは何処にあるんだ?」

「あのドデカい一本杉の根本だよ」

 

 説子が指差す先――――――小高い山の上に聳える一本杉の根元に、旅館らしき建物が見える。早速、浦哦荘へ無効一行だったのだが、

 

「………………」

「……どうした、龍馬?」

「いや……」

 

 相変わらず龍馬が悶々としており、説子の質問にも答えようとしない。

 

「えい」

「“ハ~イ、僕龍馬! 実はね、僕はずっと気になってるんだ! 幾ら何でも海難法師が簡単に死に過ぎじゃないかってね! それに、海ミサキの事は何も解決してないし、皆暢気過ぎないかな? ハハハッ!”……って、何しやがる!?」

「ワタシに隠し事なんてするからだ」

 

 だが、説子の電気ショックによって脳波を弄られ、バッチリ自白させられてしまった。何て酷い野郎だ。

 

「まぁ、謂わんとしている事は分かる。だがな、一々全てを気にしていたら鬱になるぞ。……心には留めておくがね」

「分かったよ……」

 

 龍馬は渋々と言った感じで頷く。二人は昔から“こう”である。

 

「そうだよー、おにいちゃん!」

『ビバビッピ~♪』

 

 未乘とビバルディも同意見だ。味方はゼロ。思っている事を打ち明けられただけ、良しとすべきだろう。

 そんな感じで、ほんの少しだけ悶着があったものの、里桜一行は無事に浦哦荘に着いた。

 

「中々にボロいな!」

「お前は毎度毎度失礼だな。民宿形式なんだから仕方ないだろ」

 

 蒼いトタン屋根に漆喰壁の二階建という、いかにも民宿といった感じの見た目に、里桜がまた無礼を働く。

 建物は新館と旧館に別れていて、それぞれ客室が北に六つ:南に六つ、東に五つ:西に四つずつあり、中の通路はうねりくねっている。全体的にこじんまりとしているが、通路の至る所に窓があり、見た目ほど狭くはなく、窓から海が一望出来る。

 そんな浦哦荘にて、説子一行を出迎えたのは、

 

「いらっしゃいま説子?」

「変に略すな。つーか、何でお前がいるんだ、苺?」

「バイトだよ、バイト。夏休み限定のね」

「あっそう……」

 

 柏崎(かしわざき) (いちご)だった。元が特攻服なので、法被姿が案外似合う。

 

「――――――で、ボクらは何処に泊まるんだよ?」

 

 とりあえず、宿泊する部屋の場所を尋ねる。

 

「ああ、新館のニ之三号室だよ」

 

 苺が廊下の奥を指差した。曲がり角の先に新館へ続く階段が見える。

 

「分かった。じゃ、荷物よろしく」

「ナチュラルに人を荷物係にしやがったな!?」

「そりゃそうだろ。今ボクたちは客人と店員の関係だ。しっかりサービスしろ」

「そーだそーだー」

「うわぁ、嫌な客たち……」

 

 里桜たちは素晴らしいお客様だった。

 

「じゃあ、案内するよ」

 

 両手に大荷物を抱えた苺を先頭に、里桜たちは部屋を目指す。板張りの廊下をギシギシと進み、幾つかの角を曲がる。道中、共同トイレや洗面所、温泉が配置されていた。余談だが、混浴ではない。

 渡り廊下からは庭が見え、石灯籠や池、古井戸などがある。一階という事もあって、鬱蒼とした木々しか見えないのだが、そこは部屋に着くまでの我慢だろう。

 さらに、折れ曲がった階段を上り、またもやあったトイレを通り過ぎた先が、今回泊まる新館である。

 新館は最近増設したらしく、新しさは感じるものの、元からあった旧館と比べると突貫具合がありありと伝わってくる。柱が曲がったり、壁にひびが入っているので、震災以前に急増したしたのかもしれない。

 

「ここがそうだ」

 

 やっと辿り着いたここが、里桜一行の泊まる「新館二之三号室」と「新館二之五号室」。民宿というだけあって中は八畳しかなく、やや狭い。それでも二人ずつ寝るには充分な広さだが。

 

「まぁいいか。揃うモンは揃ってるし」

 

 畳へ仰向けに寝転びながら、説子が言った。

 確かに彼女の言う通り、ちょっと古めかしいものの、テレビも冷蔵庫もある。ただしエアコンはなく、扇風機しかない。

 

「景色も良いし」

 

 ひょいと起き上がりつつ、外の景色を見て呟く。それだけが売り、とも言える。

 

「……つーか、部屋割りはどうするんだ?」

「お前が龍馬と寝ろ」

「言い方どうにかならんの? そもそも、何で龍馬と同じ部屋なんだよ」

「パワーバランスだよ。気になる事があるんだろ?」

「………………」

 

 里桜の一声で、ニ之三号室は説子と龍馬、二之五号室が里桜とちびっ子たち、という部屋割りになった。彼女なりの気遣いかもしれない。気のせいかもしれないけど。

 

「香理 里桜様でいらっしゃいますか?」

 

 ふと、後ろから声がした。

 

「……あんたは?」

 

 振り返ると、いつの間にか戸口に妙齢の女性が立っていた。民宿らしく羽織り物や呉服ではなく、割烹着を着ている。それでも美しいと感じる程の美麗姫だった。大和撫子とは彼女の為にある言葉ではなかろうか。

 

「こんにちは。わたくし、当館の女将を勤めさせて頂いております、三浦(みうら)と申します」

 

 そろりとお辞儀をする女将役・三浦(みうら)女史。その一挙一動に、思わず惚れてしまう。

 

「対応ありがとうね、柏崎さん」

「いえいえ、こっちもお世話になっている身ですから……」

 

 女将の謝礼に、苺が照れ臭そうに返す。

 

「そんな事ありませんよ。ここは何時も人手不足ですから……」

 

 ウフフと笑う女将だが、その顔には少しばかりの憂いが見え隠れしている。

 

「――――――やっぱりあの震災からか?」

「ええ、そうです」

 

 説子の問いに、女将が寂しそうに答えた。それはまさに、大切な者を失った嘆き。

 三月十一日――――――春先の寒空の下、突如沖合で巨大な地震が発生。高さ十メートルを超える大津波が幾つも押し寄せ、全てを呑み込み、隣県を含む沿岸部を完全に壊滅させた。

 二万人近くの死者・行方不明者を出し、三万棟を超える家々を倒壊させ、ライフラインの寸断や原子力発電所崩壊による放射能漏れなど様々な問題を引き起こした、未曾有の大事件である。特に震源の間近に位置する不浄島の被害は、甚大という言葉では収まらなかった。

 女将の言う通り、人が来れるようになるまでの苦労は、筆舌に尽くしがたい物があるだろう。彼女も大切な人を沢山亡くしたに違いない。

 

「………………」

 

 かく言う説子も、この津波で大好きだった祖母を失くしている。家庭の事情で引っ越す事になった彼女にとって、傍に居られなかったのが何よりの悔いだった。不浄島へ来る前に永浜町へ一度立ち寄ったのも、そういう事情を含んでいる。

 

「すいません、せっかくの気分に水を差してしまいましたね」

「いや、いいさ。あれは忘れちゃいかんものだしな」

 

 女将の気遣いに、説子は首を振る。絶対に忘れない。当たり前の事だ。

 

「ありがとうございます。それでは、ごゆるりと……」

 

 女将は申し訳なさそうに一度頭を下げてから、するすると部屋を去る。

 

「……って事で、パーッと遊ぶか!」

「空気を読め、貴様」

 

 里桜は何処までも平常運転だった。死ね。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「あー、寒っ……」

 

 その日、少女は母親の車に乗せられて、ガソリンスタンドに並んでいた。燃料を買う為に。

 あの大地震から何日も経ったが、県内各所でライフラインが断たれ、物資の供給もままならない状況が続いていた。むろん、燃料も同じ事。

 だから、こうして皆買いに来る。配給の受け取りや、遠方の親戚たちの安全確認、緊急時の移動手段を確保する為である。

 まだ朝の五時であるが、既に近場のガソリンスタンドは満員で、長蛇の列が出来ていた。全員分は無いのか、番号札を配る店員の姿が見えたのだが、かなり疲れた顔をしている。

 まぁ、当然だろう。自分も家に居たいのに、こんな所で働かされて、苛立った客の怒りを買わなければならないのだから。

 

「本日は、ここまでとさせていただきます……」

 

 と、少女から数えて三つ後ろの所でストップが掛かった。

 

(危なかった……)

 

 以前別のガソリンスタンドで並んだ事もあったが、その時は直前で打ち切られてしまい、悔しい思いをしたものだった。

 

「何だよそれ、ふざけんなよ!」

「こっちは朝から並んでるんだぞ!」

「少しでいいから分けろよ!」

「早く様子を見に行きたいのよ、こっちを優先させなさいよ!」

 

 後ろから買い損ねた人々の罵声が聞こえる。

 

(こっちは夜から並んでるんだよ……)

 

 少女からすれば「何を言ってるんだか」という感じだが、それを言葉にする気はない。同じ立場だったら喚いたであろう。この寒空の下、食事も暖も取れなければ、人間など簡単に死ぬ。

 幸い少女の家には電気を必要としない石油ストーブがあったので、どうにか暖を取れていた。それでもライフラインが回復する見通しは立っておらず、水も備蓄分しかなかったので、非常にひもじい思いをした。

 

(ばーちゃん……)

 

 話しによると、沿岸部は津波によって壊滅状態だと言う。しかも、父親が避難するよう電話をしていた時に、突然電話が切れてしまったらしい。

 正直、生きているとは思えなかった。朝刊に載っていた一枚の高空写真が、全てを物語っていた。

 

「……今日、婆ちゃん見に行くぞ」

 

 父親からそんな言葉が出たのは、やっとガソリンを買い終え、家に辿り着いた時だった。さっき同僚から連絡があり、祖母の遺体が見つかったので確認を取って欲しい、との事である。

 

「………………」

 

 その後、家族総出で車に乗って直走る事、数時間。徐々に被災地の惨状が見えてきた。倒壊した民家、押し出された瓦礫。近くには車が横倒しになって転がっていた。電柱がバタバタとドミノ倒しになり、液状化して土地ごと沈んでいる場所もある。

 後になって知った事だが、一番高い所で二十メートルを超える津波が、東北の太平洋側沿岸部に襲い掛かったそうだ。

 では、最前で直撃した逆巻市は、どうなってしまったのか?

 

「………………!」

 

 渋滞と通行止めを乗り越えて、漸く逆巻市に辿り着いた時、少女は絶句した。

 先ず、公民館に漁船が突っ込んでいた。道路の脇にはボートや車がぐしゃぐしゃに打ち捨てられている。どれも泥だらけで、中にぶよぶよした何が見える。海藻だろうか。

 とある小学校は校舎の半分が無くなっていた。無事な部分も、流された瓦礫や船、車で埋まっている。とても再利用出来そうもない。

 他の一般住宅に関しては、無事な建物は一つも見当たらず、全壊か半壊かの違いはあれど、例外なく泥と瓦礫で滅茶苦茶になっており、流れてきた魚介類の腐った臭いで酷い事になっている。

 

「………………」

 

 しかし、海が目と鼻の先にある永浜町はその比ではなかった。

 とりあえず、防波堤がなくなっていた。

 その防波堤には、近くにある学校の卒業記念の絵が描かれていて、見る度に「永浜町に来たんだ!」という感覚があったのだが、それが根こそぎなくなっている。ここが二車線だった事を思い出すのに時間が掛かった。防波堤の反対側には松林に囲まれた工業地帯があったのだが、それらも半分以上が消え去っている。

 

「あ……」

 

 一番驚いたのが、祖母が島を出た後に住んでいた家に辿り着いた時。

 

「無い……」

 

 そこには何も無かった。家という家が基礎ごと根こそぎになり、瓦礫すらも流され散在していた。少し前まで入り組んだ住宅街だったのだが、今は平野と化している。

 

「――――――まぁ、こういう事だ」

 

 ふと、父親がそう言った。こんな有様だから、遺体の方も酷い事になっている、覚悟しておけ、という事だろう。

 

「……これが、婆ちゃんだ」

「………………」

 

 だが、遺体収容所で見た祖母の姿は、その覚悟を軽く上塗りして打ち砕いた。

 

「これが……」

 

 これが、あの祖母だというのか。

 青い包みから僅かに見える顔。それは真っ黒な乾燥したヘドロの塊のようで、それだけだった。髪の毛と顔のパーツから何とか彼女だと分かったが、それでも生前の顔立ちには繋がらない。至る所がへこんで、削れて、割れている。流される内に痛んでしまったのだろう。遺留品がなければ、とても判別出来なかった。腐臭は感じなかったが、既に鼻が麻痺しているのかもしれない。

 最早涙も出ず、悲しいとさえ感じられなかった。これは物だ。出来の悪い、着ぐるみの残骸だ。そうとしか思えなかった。これを見て哀しみ嘆くことが出来るのなら、ビニールの人形にだって涙が出る。

 

(こんな……こんな物が、あのばーちゃんであるはずがない! こんな、こんな――――――っ!)

 

 そして、少女は見てしまった。祖母の遺体から少し離れた所に、転がっているモノを。捲れ上がったブルーシートから見える、辛うじて人型と分かる何か。引き上げられたばかりだからか、海藻が絡み付いている。肌は不気味なぐらいの白。水を吸ってふやけているらしく、全身ぶよぶよで服がパンパンになっていた。破れた皮膚からは、ぐじゅぐじゅと腐汁が垂れ流れている。

 

「………………!」

 

 さらに、少女は見てしまった。目も鼻も口も溶け崩れ、無様なのっぺらぼうのようになっている、その顔を。

水を加え過ぎた紙粘土みたいだ。図工の失敗作と言われた方がまだ説得力がある。

 そして、全ての臭いが鼻の中に入ってきた瞬間、

 

「……うっ……おごぇっ!」

 

 激しい吐き気に襲われた。

 気持ち悪い、臭い、汚い、見たくない。

 真っ白な肌が、融けた腕が、崩れた顔が、漏れた中身が、臭いが、臭いが臭いが臭いが臭いが臭いが!

 

「――――――ぁああああっ!」

 

 少女は叫ぶ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「あああぁぁぁっ!」

「お、おい、説子!?」

 

 悪夢に魘され、目を瞑ったまま苦しむ説子に、龍馬はしどろもどろしていた。

 

「………………!」

「えっ、夢遊病!?」

 

 さらに、その状態のままふらりと立ち上がり、部屋の窓を全開にする説子。一体どうしてしまったのだろうか?

 

「臭っ!? この部屋、臭うよ!」

 

 すると、海から卵が腐ったような、それでいて非常に甘ったるい、気持ちの悪い臭いが吹き込んで来た。その臭いに導かれるように、説子が窓から身を乗り出そうとする。

 

「おい、待て! 何かヤバいぞ! 説子、目を――――――」

 

 そして、説子を後ろから羽交い絞めにして、眼下の海を覗いた瞬間、龍馬は絶句した。

 

『おいで~』

「……手が!?」

 

 無数の手が爛々と、陽炎の如く手招きしていたからだ。しかも、沖の方からは、

 

『災い直ぐ様やって来る~』

『もうれんヤッサ……』

『モウレンやっさ……』

「くそっ!」

 

 龍馬は急いで目を瞑った。まだ遠いが、海難法師が群れを成して、不浄島を目指して櫂を漕いでいたのである。

 

「………………」

『ビバビ~!』

「スヤスヤ……」

 

 さらに、二之三号室から未乘とビバルディの声、ついでに里桜の寝息が聞こえてきた。貴様ァ!

 その間も、説子の脳裏には懐かしい顔が浮かんでは消えて行く。

 

『おいで、こっち気持ち良いよ』

 

 祖母が海境に立ち、手招きをしている。柔らかな笑顔で。

 

『おいで』『おいで』『おいで』

 

 隣の久垣さん、向かいの頤さん、肉屋の宮坂さん、八百屋の室伏さん、菓子屋の蔵人さんなど、島民たちが微笑みながら呼んでいる。

 

『さぁ、おいで……』

『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』『おいで』

 

 そして、

 

『カァアアアアアアアアッ!』

 

 海の底から(・・・・・)手招きや(・・・・)海難法師の大元(・・・・・・・)が姿を現す(・・・・・)

 それは、巨大な貝だった。

 十数メートルもある二枚の貝殻から、一本の“舌”――――――無数の鰭が海月のように形を成し、それが何枚、何十枚と重なり合っている物――――――が伸びている。舌の一部からは水死体の絡み合った触手が無数に生え、ブニュブニュと蠢いていた。貝殻こそハマグリのそれだが、形状としてはクダクラゲに近い。様々な動物の水死体を足糸で強固に繋ぎ合せ、神経球(脊椎動物の脳に相当する器官)を寄生させて、文字通り手足のように操っていると思われる。

 まさに深海に潜む大貝獣だった。

 

 

◆『分類及び種族名称:蜃気楼貝獣=お化けハマグリ』

◆『弱点:殻内部の神経球』

 

 

(クソッ、どうすりゃ良いんだよ!?)

 

 目を瞑っているが故に何も分からない龍馬が絶望する。例え見えていても、諦めが彼を襲うだろう。

 と、その時。

 

『ヒュィィヴヴヴヴヴッ!』

 

 一本杉の上から、巨大な怪物が飛び降りてきた。かつて里桜たちが相手取った「山彦」を成長させたような姿をしている。

 そう、こいつは山彦などの木霊たちが原点回帰した存在――――――「彭候(ほうこう)」だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:木核神獣=彭候(ほうこう)(原点回帰種)』

◆『弱点:本体(神木)』

 

 

『下がっていて下さい』

「えっ、アンタ――――――」

 

 さらに、その声は三浦女史の物。

 

『ホィイイヴヴ、ビュィィイヴヴ、ギュィィイイイヴヴッ!』

 

 だが、疑問が解ける間も無く、彭候が再び雄叫びを上げ、それに合わせて暗雲が空を覆い、暴風雨が巻き起こり、稲妻が迸る。遂には竜巻や海底火山の噴火まで発生して、お化けハマグリを全方位から痛め付けた。海難法師が呪いを掛け、ハマグリ本体が刺胞を撃ち出そうとも、まるで通用しない。

 

『ギェアアアアァァ……ッ!』

 

 そして、巨体を巻き上げられ、引き裂かれて、焼き尽くされたお化けハマグリが、断末魔の悲鳴を残して死に絶えた。

 

『ふぅ……危ない所でしたね」

 

 気が付けば天候は元に戻り、彭候も三浦女史の姿となる。呪縛が解かれた説子と未乘も再び昏睡し、全てが静まったのだった……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 次の日、里桜たちは何事も無く不浄島を後にした。

 

「どうかしたのか、龍馬?」

「いや……」

 

 帰りの船旅でも、龍馬は悶々としていたが、説子は無理矢理聞こうとはしなかった。誰も何も覚えていていなかったからだ。

 そう、龍馬とビバルディ以外は。

 

「………………」

 

 遠ざかる不浄島を眺めながら、龍馬は思い出す。別れ際に女将が残した言葉を。

 

「皆、来てくれますかね?」

 

 龍馬は、答えられなかった。




◆お化けハマグリ

 妖力の篭った息で蜃気楼を発生させると伝えられる、巨大な蛤。幻の楼閣に誘い込まれた獲物を捕食すると言われている。
 正体はクダクラゲのような生態を持つ深海性の蛤。水死体を寄り合わせて百足状の身体を形成する。普段は疑似餌(海難法師)を海上に漂わせ、死んだ獲物を吸収している他、幻覚物質を放出して海に誘い出し、溺死させる事も出来る。


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空蝉の鳴く頃に

夏と言えば引っ越しは繁忙期でスネ。


 ヒグラシの鳴く頃に、

 

『今日の家、どうしよう?』

『『………………』』

 

 呵責童子と八尺様、高女は路頭に迷っていた。

 だが、それも仕方がない。座敷童子系統の呵責童子ならまだしも、こんなクソデカい女が二人も居たら目立ってしょうがないし、そもそもかなり犯罪臭がする。物理的にも見た目的にも生態的にも、一所に収まるのが難しいトリオである。家を梯子するのが習性の呵責童子には中々辛い状況であろう。

 

『……このままじゃ駄目だ!』

 

 最悪、今日も野宿になってしまうかもしれない。

 

『私たちは別にそれでも……』

『シャーシャー!』

 

 八尺様と高女としては、呵責童子を川の字にギュッと挟んで楽しめるので、むしろバッチ来いだった。ショタコンの欲望が丸出しだ。

 

『嫌だよ! 何時か通報されるよ、それは!』

『だけど、私たちが住める家なんて、現代社会には何処にも――――――』

『諦めちゃ駄目だよ! 世の中、物好きの一人や二人くらい居るさ!』

『あれ? ちょっと馬鹿にされてる?』

 

 という事で、呵責童子たちの御家探しが始まった。引っ越しが繁忙期となるこの季節、彼らは新居を見付ける事が出来るのか?

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ごじつ!

 

『『家下さ~い』』『キシャー』

「何で僕の家に来たの?」

『先輩、お茶淹れる~?』

 

 呵責童子たちは茨木(いばらぎ) 富雄(とみお)の家にお邪魔していた。色々と検討した結果、数々の事故物件を知っていそうな場所に行き付いたのである。「CHA-LA-(チャラッ)TTO ME(と★ミー)」の運営者であれば、幾らでも情報が出て来るだろう。

 ……あと、どうでも良いけど、何でメイドの恰好をしているのかな、鳴女さん?

 

『もちろん、そういうプレイです』

「黙ってようね、鳴女ちゃ~ん?」

 

 二人は仲良しであった。昼間から何やってんだ貴様ら。

 

「しかし、事故物件ですか……まぁ、あると言えばありますが、“先客”はどうするつもりですか?」

『『駆逐してやる!』』『ウッシャーッ!』

「言ってる事が調査○団なのよ……」

 

 三人共、事故物件の先住民を追い出す気満々だ。不動産としては有り難いのかもしれないが……いや、か○るんるんな呵責童子が居る時点で、どちらにしろ駄目かもしれない。

 

「とりあえず、この三件が良いんじゃないですかね? 間取りもまぁまぁ良いですし」

『『行ったらぁあああああっ!』』『ブッチャーッ!』

『頑張って下さいね~♪』

 

 そんなこんなで、呵責童子たちは物件の内覧に向かうのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 一件目:「男乕(おとら)荘」。

 間取りは六畳の寝室が二つとキッチン付きのリビングが一つで、トイレ風呂は別。家賃は月一万円也。明らかに曰く付きである。

 

『えっと……過去に二十人が行方不明になっている事故物件だって』

『逆に何で警察の捜査が入らないポ?』『ムシャー』

 

 予想の数倍は酷い物件だった。内装は良いんだけどね。

 

『まぁ、ちゃんと話し合えば(・・・・・)譲ってくれるよ』

『そうポね~』『キャーキャー』

 

 まぁ、呵責童子たちは遠慮無く入って行くのだが。とっとこ~、進むよ正太郎~♪

 

『ヴァルォオオオオッ!』

『『『ワキャーッ!』』』

 

 さっさと逃げるよ、正太郎~♪

 白昼堂々と足を踏み入れた男乕荘に潜んでいたのは、超巨大な蟲妖怪「土蜘蛛」。ジグモやトタテグモのように穴を掘って罠を張り、掛かった獲物を引きずり込んで食べてしまう。

 その大きさは何と全長三十メートル。人間処か妖怪であっても一溜りもない。蟲なら火に弱そうだが、絡新婦(じょろうぐも)が火を吹くように、実は蜘蛛系の妖怪は耐熱耐火能力が高いのだ。

 しかも、土蜘蛛は神経毒の混じった強靭な糸で獲物を絡み取る為、八尺様や高女でさえ手に余る敵である。ここは逃げるに限るだろう。

 一件目、断念。

 

『つ、次こそは……』

 

 二件目:「ヘブンズゲート」。

 核家族向けの物件で部屋が多く、中も広い。三階建ての一番上という、割とリッチな環境だ。家賃は驚きの五千円であるが、問題は“先客”の存在だ。

 

『お、お邪魔しま~す』

『失礼するポ~』『クキキキ~』

 

 さっきよりも明らかに低姿勢で上がり込む呵責童子たち。そろ~りそろ~りと足を踏み締め、

 

『ピギャーッ!』『ピキキキッ!』『コァアアアッ!』

『それ行け、我が子らよ~!』

『『『オーマイガーッ!?』』』

 

 絶叫した。何せ物凄い数の「蜚虫(ひむし)」――――――つまり、凶暴な肉食ゴキブリ(しかも大陸由来の外来種)がゾロゾロと溢れ出て来たのだから。こいつらもまた火を吹く妖怪であり、土蜘蛛程の耐熱性は無いものの、代わりに爆発性の高い油分を生成出来る為、下手に手を出すと何もかも吹っ飛んでしまうのである。

 あと、単純に気持ち悪い。蛇神やカナヘビ、粘菌類の妖怪から見ても、この数で迫られると生理的に引く。例え排除出来ても、住む気にはならなかった。

 

『何か上手く行かないなぁ……』

『向こうも必死で生きているポ』『キャ~』

 

 という事で、二件目も失敗に終わり、最後の一件:「空蝉荘」へ。

 空蝉荘は三件中、最も犠牲者を出している物件で、不法侵入したホームレスも含めれば三桁に到達する程の死人が出ている。ある証言では「ミ、ミミズGAAAAAAA!」という断末魔を聞いた事もあるとか。鬼が出るか蛇が出るかとか、そういう問題では無い。

 ――――――と言うか、何故こうも八尺様や高女に相性の悪い奴が住み着いているのだろう。もしかして、富雄の嫌がらせ?

 

『『『………………』』』

 

 最早、怖過ぎて無言で入室する三人。

 

『……特に何か居る感じはしないけど』

 

 とりあえず、踏み入っただけで殺されるような雰囲気は無い。

 しかし、安心出来るかと言われれば、そんな事は無かろう。逆にシーンと静まり返っている方が怖いまである。

 

『一応、今までの物件の中では一番広くて済み易そうではあるけど……ねぇ?』

『いや、「ねぇ?」って言われても』

 

 言いたい事は分かる。これ、寝泊りしたら絶対に何か起こる。

 だが、正真正銘ここが最後の物件なので、調べもせずに逃げ帰る訳にはいかない。呵責童子たちは覚悟を決めた。

 

『と、とりあえず、掃除しようか!』

『分かったポ~』『ウキャキャー!』

 

 気を紛らわす為、部屋の掃除に取り掛かる一行。目立つゴミは無いが、細かい所には溜まっている。理由がそれだけではないのは言うまでも無かろう。妖怪がお化けにビビッてどうする……。

 

『先ずは排水口……うわぁ~』

 

 お風呂の排水口から手を付けた呵責童子が、早速イヤ~な物を見付けてしまった。非常にベタだが、こんなベタ付いた髪の毛の塊、誰だって嫌だ。

 

『……このお札、絶対効果無いポね~』

 

 お次は八尺様がトイレの壁に使い古されたお札を発見。犠牲者の数を考えると、何の効果も無い事が窺える。気休めにもなっていない。

 

『ショッパー』

 

 その上、高女がリビングの角に汚い盛り塩を見付けた。他にも鏡横にマジックで鳥居や畳床に刻まれた引っ掻き傷など、“ここは何かありますよ”という要素が数え役満である。

 

『……帰りたいなぁ』

『まぁまぁまぁまぁ』『ウキャ~ン』

 

 今直ぐ帰りたいけど、そうは問屋が卸さないのが辛い所。否が応でも、一晩は過ごしてみるしかないのだ。

 

『うん、もう寝よう。考えても仕方ない』

『そうポね~』『キャッキャ~』

 

 呵責童子たちは備え付けの布団を引っ張り出して、勢いで眠りに着いた。唯でさえ静かな部屋が、耳鳴りする程に静まり返る。

 そして、何事も無いまま、三人が考えるのを止めた頃、

 

 

 ――――――ゴリゴリゴリゴリ!

 

 

『『『………………!』』』

 

 突如、土を掻き分け、掘り進むような音が聞こえてきた。発信源は居間の床下。遥かなる大地の底から、何者かがドンドンと浮上してくる。

 と、その時。

 

『退避ぃーっ!』

『ワポール!』『チョッパーッ!』

『ピシュアアアアアアァァァッ!』

 

 嫌な予感が最高潮に達した呵責童子たちが窓から飛び出した瞬間、空蝉荘をぶっ壊して、巨大な蝉の幼虫が現れた。姿はニイニイゼミに似ているが、前脚が螻蛄に類似しており、より地中を掘り進み易くなっている。

 あと、馬鹿みたいにデカい。土蜘蛛よりは小さいが、それでも二十メートルはある。こんな蝉が居て堪るか。

 

『な、何じゃこりゃ!?』

『「わいら」だポ~!』

『「わいら」!? あの地中に潜む珍獣!?』

 

 「わいら」とは、土中に潜む奇妙な妖怪である。

 何故か上半身の目撃例しか存在せず、前脚が蝉のような鎌状になっている事以外は殆ど分かっていない。「年を経たヒキガエル」「土竜を常食しているが人も襲う」「雌雄で体色に違いがある」などとも言われるが、これらも正確な情報とは言い難いだろう。

 ようするに、非常に珍しい、見掛ける事さえ稀な妖怪、という事だ。

 ……現物を見る限り、蝉の化け物としか思えないが。

 

 

◆『分類及び種族名称:土龍超獣=わいら』

◆『弱点:腹部』

 

 

『こんなのが地下に潜んでたのか……』

『わいらは数十年に一度だけ地上に姿を現すとも言われてるポ』

『それってつまり――――――』

『たぶん、“羽化”する為だポね~』

 

 蝉の幼虫が地上に出る理由――――――そんな物、羽化の時を迎えたからに他ならない。蝉だからね、仕方ないね。

 

『……ピキピキピキ!』

 

 すると、早速わいらが羽化し始めた。泥まみれの背中に割れ目が入り、中から虹色に光り輝く成虫が姿を現す。

 

『ジィィィヴァン!』

 

 容姿はやはり蝉に近いが、前脚が螳螂並みに発達した鎌に変じている上、口吻が蛇腹状で自在に曲がるようになっている。体色は黄金で、瞬時に身体が固まった後にも関わらず、輝きが増していた。実に目に悪い外見である。

 

 

◆『分類及び種族名称:空蝉(くうぜん)超獣=わいら(♂)』

◆『弱点:腹部』

 

 

『ギヴィィィィイヴォン、ギュィイイイイイヴォン!』

『『煩っ!?』』『アジャー!?』

 

 さらに、鳴き声がとんでもない爆音であり、衝撃波で周囲の建物を破壊し始めていた。当然、渦中の呵責童子たちは堪った物ではない。

 

『黙りやがれ!』

『ポポポのポーッ!』

『ギシャアアアア!』

 

 戦闘形態になった三人が、各々の武器でわいらを叩く。

 

『ジィィィヴァン!』

 

 しかし、呵責童子の連続パンチは大して効果が無く、悪皿守の火球と七尋女の鉄拳は飛翔によって躱された。

 

 

 ――――――ゴバァアアアアアアッ!

 

 

 しかも、蛇腹状の口吻から、説子並みの爆炎を吐いて、地上を焼き払う。蝉はカメムシの仲間であり、何らかの分泌物を生成する能力を後発的に開花させ、それを着火剤に火を吹いてもおかしくはない。

 

『飛び過ぎだポ……!』

『ギヴィィィィアン!』

『ポワァアアアアォ!?』

 

 その上、何時までも空を飛び続け、近付けば鳴き声で撃ち落として来るので、非常に遣り難い相手だ。ついでに火炎放射は火炎弾に切り替える事も可能らしく、益々避け辛くなっている。

 だが、遣られっぱなしの三人ではない。

 

『ギヴィイイイヴァン!』

『キヒャハハハハハッ!』

 

 わいらの衝撃音を七尋女の笑い大声が掻き消し、

 

『ピポポポポポポポッ!』

『ジィィ……ギィイッ!?』

『逃がさないぞ!』

 

 八尺様の追撃を躱そうとするも、腕を伸ばした呵責童子が無理矢理わいらを射線上に引き戻し、ダメージを与えた。これには堪らず、わいらも墜落する。

 しかし、止めを刺そうとした、その瞬間、

 

『ゴギィィガガガガガッ!』

 

 市営アパートだった建物を縦一文字に引き裂いて、別のわいらが現れた。

 ただし、さっきまで交戦したわいらとは大分姿形が変わっており、前脚がパイルバンカーの如く野太くなっている上、前翅が甲虫と同じように硬化している。体格も蝉と言うよりも、タガメに近い。流石に水棲では無いだろうが、陸上戦に特化しているのだろう。

 しかも、発音器が存在していない事から、この個体は雌である事が分かる。旦那のピンチに駆け付けたのかもしれない。

 

 

◆『分類及び種族名称:絶冴(ぜつご)超獣=わいら(♀)』

◆『弱点:腹部』

 

 

『ゴガガガガッ!』

『キシィィィッ!』

 

 その上、巨人サイズの七尋女でも抑え切れない剛腕怪力っぷりで、地面を拳で爆砕しつつ加速し、全力で突撃して来た。前脚が着いた地面が凍り付いているので、あの腕は熱を奪う能力があるらしい。

 

『ジィィヴァン!』

『この……っ!』

『ピポパピピ!?』

 

 その隙にわいら♂も復活。呵責童子と悪皿守に襲い掛かる。空中から火炎を吐いたり切り付けたりした後、即行で上昇して逃げる、ヒット&アウェイ戦法である。

 

『『舐ぁめぇるぅなぁっ!』』『ギャハハハハハッ!』

『『グギィィィイイイッ!』』

 

 だが、呵責童子たちも雑魚ではない。誰も彼も高熱を攻撃力に転換出来る為、戦いで高揚すればする程にパワーも上がっていき、やがてはわいらたちを力尽くで押し倒した。雄は度重なる火球と熱拳で叩き落され、雌もン熱血指導で引っくり返される。

 これで決着――――――と思いきや、

 

『『ジィィガァアアアア!』』

 

 突如としてコメツキムシが如く飛び起きると、二体で重なり(雄が上で雌が土台)、そのまま合体。見上げる高さの大怪獣になった。生命の危機に瀕する事で、太古の血が呼び覚まされたのだろう。

 

 

◆『分類及び種族名称:宇宙大怪獣=禍津日神(マガツヒ)(原点回帰種)』

◆『弱点:不明』

 

 

『ジィィィガァアアアアン!』

『『嘘ォ!?』』『フォアッ!?』

 

 しかも、爆炎を通り越した熱線を放ってきた。二身一体となって火力が爆上がりしている事が分かる。

 

『このっ!』『ポラァッ!』『キャヒャァッ!』

『……ヒィィハァアアアアッ!』

『『『ウェエエエエエイ!?』』』

 

 その上、甲殻も分離時とは比べ物にならないくらいに硬く、拳も火球も通じない。耐火性と耐熱性も強化されているようだ。

 剛腕怪力も健在のようで、脚を振り回すだけで衝撃波を伴う突風が吹き荒れ、呵責童子たちをぶっ飛ばしていく。鎌脚を振るえば斬撃が飛び道具にもなる。

 

 

 ――――――ブゥン!

 

 

『『『メル・○ナァアア!』』』

 

 そして、この瞬間移動である。実際は目にも止まらぬ速さで動いているだけだが、時を置き去りにする程の速度はテレポートと同じだ。手も足も出ないとは、この事だろう。

 こうなってしまっては、取れる手段は一つしかない。

 

『『逃げるんだよぉ~!』』『キシャシャーッ!』

 

 どう考えても勝ち目の無い戦いを前に、呵責童子たちは即行で戦闘を放棄し、脱兎の如く逃げ出した。

 

『ガガガヴィガァアアアアアッ!』

 

 当然、怒り狂った禍津日神は後を追う。瞬間移動は文字通り瞬発的な物であり、持続的な移動の場合は普通に飛行するようである。

 

『だ、だけど、何処へ行くんだポ!?』

『……説子から聞いた話が事実なら、あそこ(・・・)に行けば大丈夫、たぶん!』

『たぶん!?』『キシャシャ!?』

 

 実にあやふやで頼り無いが、ここは信じる他無い。

 そうして野を越え山を越え、死に物狂いで逃げ続けた呵責童子たちは、海に出た。その果てに辿り着いたのは……「不浄島」。

 

『ビュィイイイイヴヴヴッ!』

『ジィィガァアアアアアッ!』

 

 つまり、彭候のお膝元だ。大怪獣には神獣をぶつけんだよ!

 

『『わぁああい!?』』『キェエエッ!?』

 

 まぁ、大怪獣同士の縄張り争いに巻き込まれる事には変わりないのだが。暴風雨が吹き荒れ、稲妻が迸り、熱光線が飛び交う、神話級の戦いが繰り広げられる。呵責童子たちは逃げ惑うだけで精一杯だった。

 

『……ジィガアアアアァッ!』

 

 数刻の後、形勢不利と見た禍津日神が何処かへと去って行く。流石に天候すらも操る彭候を相手取るには決め手が欠けていた。元々は繁殖目的で羽化したのだから、これ以上命懸けで戦う義理も無いのであろう。

 

『――――――で、どうしてくれるんですか、この有様は?」

『『住み込みで働かせて頂きます』』『ヨッシャ~』

 

 しかし、被害は甚大だった。殆どは彭候もとい三浦女史がやったのだが、禍津日神をトレインしてきたのは呵責童子たちだ。

 こうして、家なき子トリオは「浦哦荘」で只働きする破目になった。責任は取らないとね!

 結果的に住処(しかも彭候の加護付き)を見付けられたので、良かったと思っておこう、そうしよう。

 

 めでたしめでたし、どんとはれ?

 

 

 

『それはどうかねぇ?』

 

 誰かが嗤った。




◆わいら

 姿以外殆ど伝承の無い謎の多い妖怪。名前の由来すら分からないというのだから驚きである。「ヒキガエルが経年変化した妖怪」「土竜などの小動物から人間まで何でも食べる」などと言われる事もあるが、信憑性は定かではない。
 その正体は蝉の化け物。特にニイニイゼミに近く、幼体時(伝承の姿)は泥を纏い身体を保護しており、動きも鈍いが、羽化すると一転、雄は空を飛び回り、雌は大地を揺るがす危険な存在となる。羽化するまでに数十年~数百年掛かる為に目撃例が少ない。肉食の強い雑食性で、蛇腹状の口吻を自在に動かし、小さい頃は蝉の癖に土竜を捕食し、ある程度大きくなると地表の生物を奇襲するようになる。


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虹が来る

可愛いネェ~、たくあん可愛いネェ~♪


 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)、「光珠荘(みたまそう)」。

 一度は天狗の襲撃でぶっ壊され、出所不明の援助金によって新築した、名前に違わぬピカピカのアパートだ。

 だが、住人は未だに二人だけ。両親を亡くした兄妹、(ながれ) 龍馬(たつま)蜂紋(はちあや) 未乘(みのり)のみである。これでは利益など殆ど無い。というか赤字だ。

 だので、新たな大家は住民の募集を掛けているのだが、果たして――――――、

 

『すいません』

 

 ふと、尋ね人が一人。

 

ここに(・・・)未乘は居ますか(・・・・・・・)?』

 

 それは(・・・)この世の者(・・・・・)ではなかった(・・・・・・)

 

『居ますよぉ~』

 

 しかし(・・・)新たな大家もまた(・・・・・・・・)常世の住人である(・・・・・・・・)

 

『では、お邪魔します』

『どうぞ、ぐゆっくり』

 

 そして、この世ならざる者たちによる、宴が始まる……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とある虹の架かった昼下がり。

 

「おにいちゃ~ん」

「どうした、未乘?」

「へんなさかなつれた~」

「はぁ?」

 

 未乘が変な魚を釣ってきた。黄色が強めのカーキ色に波紋状の斑模様が付いた、十七センチ程の太長い図体。背鰭は無く、尾びれも小さいが、脂鰭と臀鰭は大きく発達しており、全体的に鰻のようなシルエットをしている。顔は間抜けで意外と可愛らしかった。

 だが、鞭のような胸鰭と腹鰭、外鰓が発生しているなど、両生類を思わせる特徴も有している。何より時折口を水面に出して息を吸う、空気呼吸……というか肺呼吸を行っているのが、他の魚類との最大の違いだ。

 

「……肺魚じゃないか」

「はいぎょってなに?」

「俺たちみたいに、肺で呼吸する珍しい魚だよ」

 

 そう、未乘が持ち帰って来たのは、世にも珍しい「肺魚」の一種だった。正確な種族名は、「プロトプテルス・アネクテンス」である。

 

「だけど、本来はアフリカとかに居る魚だから、何処かから逃げ出したか……誰かが捨てた(・・・・・・)のかもな」

「そうなんだ……」

 

 哀しい事であるが、よくある話だ。特に肺魚は大型化する為、手に負えなくなって捨ててしまう、無責任な飼い主が一定数居る。そうした行為は、もちろん罰金刑に処される違法行為だが、それ以上に生態系を破壊する可能性が高いので、絶対にやってはいけない。

 この個体は、そんなあってはならない行為によって、野生に放逐されてしまった、可哀想な子なのである。

 

「このこ、どうしたらいいとおもう?」

「ペットショップに引き取って貰うか、あるいは……」

 

 殺処分する、とは言えなかった。それが一番確実だと分かっていても、納得出来るかは別だ。お互いにとって(・・・・・・・)

 

「かっちゃだめ?」

「う~ん……」

 

 未乘の言う通り、飼うという手段もある。

 しかし、大型の古代魚は、金魚を飼うのとは訳が違う。大きいからスペースを取るし、餌を大量に食べて水を汚す。元がアフリカ気候に適応した魚なので、水温の管理もしなければならない。

 さらに、賃貸で生活している以上、ペットが飼えるかどうかは大家次第な所がある。“ペット不可”でも魚や小鳥程度なら許される事も多いが、完全に駄目なパターンもある。水槽の重さで床が抜けたり、事故で水を零して床を腐らせた場合、損害賠償などを請求されてしまう。

 ようするに、肺魚を飼育するには様々なハードルがある、という事である。可愛いというだけで飼ってはいけない。どの生き物にも言える事だけど。

 

「………………」

『………………』

 

 とりあえず、未乘が拾ってきた肺魚を見遣る龍馬。肺魚と言っても色々な種類があり、プロトプテルス・アネクテンスの顔は特に間抜けな顔をしている。成長率は現存する六種の中でも二番目で、一メートル前後まで大きくなるという。水槽の大きさや与えた餌にもよるが、少なくとも六十センチ程度の水槽では飼い切れない。最低でも九十センチ水槽は必要だ。

 もちろん、龍馬は六十センチ水槽処か金魚鉢すら持っていないので、新たに購入する必要があるだろう。建築基準法では「普通の住宅の床の耐荷重は一平米あたり百八十キログラム」と決まっている為、諸々の問題を含めた賃貸住宅における最大サイズは百二十センチ水槽までとなる。間取りと階数的に九十センチ水槽が限界だろうか?

 だが、それでも数万円はするし、濾過装置やヒーター、照明なども含めると、十万近くになる。おいそれと払える金額ではない。龍馬のバイト代で賄うのは不可能であろう。

 

「………………」

『………………』

 

 しかし、この顔、この眼差し……どうにも放っておけないオーラがある。キュートとは言い難いが、ゆる~い表情(?)と仕草が、庇護欲を駆り立てるのだ。

 

『……ぬ~ん?』

「な、鳴いた!?」

 

 その上、魚類にあるまじき“鳴き声”まで出した。

 

(こいつ、ただの肺魚じゃないな……)

 

 魚は鳴かない、泣きもしない。瞼も涙腺も無いからである。だから、肺魚の姿はしていても、この個体は常識には囚われない、化生の類と思われる。監視の意味も含めて、飼うのも良いだろう。

 

(一応、説子には相談しておくか……)

 

 龍馬は一旦保留にして、買い替えたばかりのバーチャフォンで説子に電話を掛ける。肺魚は身体が入るくらいの水さえあれば空気呼吸で生き永らえるので、暫く放っておいても問題は無い。

 

《……“鳴く魚”だと?》

「ああ。心当たりはあるか?」

《断定は出来ないが、水神の系統だろうな》

「水神って、あのスライムみたいな奴か?」

《いや、そいつは“淵の主”って奴だな。長生きした魚が至る妖怪――――――つまりは「化け物」だ》

「………………」

《ま、敵意があるならとっくに襲い掛かってるだろうし、問題は無いさ。ただ、飼うなら最後まで飼えよ》

「分かったよ……」

 

 龍馬は通話を切り、肺魚に向き直る。

 

『ぬんぬ~ん♪』

「かわいいね~」

 

 未乘と肺魚はすっかり仲良しだ。今の所、危害を加える様子は無いようだが……。

 

(仕方ない。……お金は説子に借りよう)

 

 そんな一人と一匹の様子を見た龍馬は、心の中で若干情けない決意をするのであった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『龍馬……未乘……フフフフフ……』

 

 誰かが笑う。闇が嗤う。

 

『もう直ぐね……』

 

 ここは虹の魔境、夢幻の世界。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《魚? まぁ、問題無いですよ。でも、ちゃんと管理して下さいね~》

「はい、分かりました。……さてと、あとは宅配待ちか」

 

 大家に確認を終えた龍馬が、肺魚と未乘の方を向く。

 

『ぬ~ん?』

「う~ん?」

「可愛いね、君たち」

 

 小首を傾げる姿は、実にシュールで可愛らしい。

 

(つーか、何で淵の主なのに、アフリカハイギョなんだよ!)

 

 そのツッコミは今更過ぎやしないか、龍馬くん?

 

『宅配で~す』

「あ、来たか」

 

 注文していた九十センチ水槽のセットが届いたようである。割と近くに品揃えの良いアクアリウムショップがあり、今日中に発着出来るとの事だったので、早速取り寄せたのだ。

 

「どうもで~す」

「……何してんだ、お前は」

「見ての通りバイトだよ。ほれ、さっさと受け取れや」

 

 配達員(バイト)は苺だったが、気にしたら負け。

 

「うーむ、デカいし重い……」

 

 九十センチ水槽を一人で運び込み、セッティングしていく龍馬。三十キロもあるのに、よく片手で持てるな……。

 

「台に置くのはリスクがあり過ぎるから、直置きにするか」

 

 先ずは水槽を水平に置けるように、近くのホームセンターで買ってきた合板パネルと緩衝材を重ね置きしてから、その上に水槽を載せる。

 

「次は砂利を洗って、カルキ抜きもしてっと……」

 

 それからセットで取り寄せた底砂利をしっかりと洗ってから水槽へ敷き詰め、カルキ抜きした水を入れて行く。本来ならバクテリアが定着するよう、二週間程度は水槽内で水を回すべきなのだが、この場合は仕方ないだろう。

 

「あとはヒーターで加温して、水合わせもしないとな」

 

 そして、濾過装置とヒーターを取り付け、水温を上げつつ水合わせも並行し、肺魚を導入する準備を整える。

 

「おにいちゃん、てなれてるよね~」

「小さい頃に金魚とか雷魚とか飼ってたからな」

「おなじさかななのにだいぶべつもの……」

 

 まさかのカムルチーの飼育経験者だった。これなら肺魚の飼育もお手の物に違いない。

 

(おにいちゃんのちいさいころかぁ……)

 

 未乘は龍馬とかなり歳が離れている。だから、彼の小さい頃など、知る由も無い。一体どんな子供だったのだろう。母や、顔も知らない父親(・・・・・・・・)とは、どんな関係を築いていたのか。気になる事は沢山あるが、聞く勇気も無い。

 

『ぬ~ん?』

「だいじょうぶだよ~……うん、だいじょうぶ」

 

 手持ち無沙汰になった未乘は、肺魚と睨めっこする事で誤魔化した。この子は相変わらず呑気である。

 

「そうだ、なまえなににしよう?」

 

 そう言えば、この肺魚に名前を付けていなかった。ビバルディが一緒に居れば直ぐにでも決められたかもしれないが、生憎今回は一人で釣り上げた為、考えてもいなかった。

 

「う~ん……じゃあ、きいろいから「たくあん」で」

『ぬ~ん?』

「何故そんな美味しそうな名前を……」

 

 未乘のネーミングセンスは独特であった。確かに上から見ると、そんな感じもするけれども。

 

「……ほれ、水槽に入るぞ」

 

 そんなこんなで導入の準備が終わった。水量は水槽の三分の一程度で上に空間があり、隠れ家兼水質安定化のために屋外用のメダカBOXが一つ置いてある。そちらにはタニシや水草が入っていて、本当なら排水用の穴から流れ込んでくる水槽の水を、生物濾過で浄化する役割があるのだ。

 ここまで整えられた環境は、魚にとっては大豪邸である。

 

『ぬ~ん♪』

 

 水槽に入れられた肺魚――――――もとい「たくあん」も大層気に入ったようで、のたのたと不格好に泳ぎ回っている。無邪気に喜ぶ姿は、まるで子供だ。

 

「よかったねぇ、たくあん♪」

「……教えるから、ちゃんと世話はするんだぞ?」

「わかってるよぉ~」

 

 そんなたくあんを見て目を輝かせる未乘もまた、可愛い女の子であった。

 

「ごはんはどうしようか?」

「肺魚は雑食だから何でも食べるが……キャット(肉食鯰)とプレコ(草食鯰)の餌で大丈夫じゃないかな?」

 

 とりあえず、龍馬は購入したキャットとプレコの餌を入れてみた。

 

『もぐもぐもぐ』

 

 すると、たくあんは一粒ずつ吸い込んで、もぐもぐと咀嚼し始めた。肺魚は頑丈な顎と歯を持っており、野生下であれば淡水性の二枚貝を殻ごと噛み砕いて食べているので、この程度の餌なら問題無く食べられるのだが、

 

『ぬ~ん!』

「あれま、あんまり気に入らないみたいだな」

「え~」

 

 たくあんの好みでは無いようである。雑食性故に“味に煩い”という特性が、悪い意味で発露されてしまっていた。我儘な子ね。

 

「……そうだ、確か冷凍庫に――――――」

 

 ふと、何かを閃いた龍馬が、冷凍庫から物を取り出す。

 

「むきえびあげるの?」

「ああ。肺魚は甲殻類も食べるからな。これなら気に入るだろう。……ただ、それだと栄養が偏るから、一工夫しないとな」

 

 それは大粒の剥き海老。肺魚は甲殻類も大好物なのだ。

 むろん、海老だけでは栄養が偏る為、龍馬は一工夫をする。海老の身に穴を開け、その中にさっきの餌を小さくして挟み込んだのである。これなら海老の味で誤魔化されて食べてくれるかもしれない。

 という事で、投入。

 

『あむあむあむあむあむあむ♪』

「おおっ、食べてる食べてる!」

「おいしそうにたべてるね~♪」

 

 結果として、作戦は功を奏したらしく、たくあんは剥き海老を嫌がる事無く、むしろ美味しそうに頬張って、一粒残らず平らげた。ちょっと食べ方が汚いものの、それがまた赤ちゃんのようであり、実に癒される光景だ。何時の間にか龍馬までもがたくあんに嵌まってしまい、夢中になって眺めている。

 

「さ、今日はもう寝ようか」

 

 何だかんだで、時刻はもう夜である。良い子でなくとも、もう寝る時間だ。龍馬は水槽にそっと布を被せ、安心して眠れるようにしてから、自身も布団に入る。甘えん坊の未乘も同衾である。

 こうして、謎のお魚「たくあん」と兄妹の出会いは、一旦幕を閉じた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ひっぐ……ひっぐ……」

 

 道端で、一人の少年が泣いている。身体中傷だらけであり、そこかしこから血も流れていた。おそらく、足を滑らせて堤防を転げ落ちたのだろうが、明らかにそれだけでは説明の付かない痣が見え隠れしている。

 だが、彼を心配する者は、誰も居ない。少年の家庭は中々に荒んでいて、積極的に関わろうとする者は皆無であった。

 

「おい、大丈夫かよ?」

 

 そんな彼に話し掛ける勇者が一人。少年と同い年くらいの女の子だ。紫色のおかっぱ頭に悪い目付き、夏だというのに白衣を羽織っているなど、ある意味一番近付きたくないタイプの少女である。

 

「立てるか?」

「……あしくびひねった」

「しゃーないなぁ……」

 

 そう言って、女の子は少年の事情など気にもせず、彼を躊躇なく負ぶった。

 さらに、巨大な虹の掛かった、大海原へ向かって歩き出す。ここは不浄島(・・・・・・)。閻魔県で一番孤立した、常世に最も近い場所。

 

「さぁ、行こうか……」

 

 少女が、ニタリと嗤った。

 そして――――――、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……あれ?」

 

 そして、未乘が目覚めると、何故か龍馬の姿が忽然と消えていた。たくあんは居るのに……。

 

「おにいちゃん!? い、いったいどうなって……!?」

『みのりちゃ~ん』

「うわーお!?」

 

 しかも、そのたくあんが喋り出した物だから、未乘の混乱はMAXになった。本当に一体全体どうなっているのだろうか。

 

「……え、えーっと、たくあん、ちゃん? おにいちゃんのこと、しらない?」

 

 だが、未乘もいい加減、こういった展開には慣れた物。比較的直ぐに落ち着きを取り戻し、たくあんに龍馬の行方を尋ねてみる。

 

『たつまくんは、にじのむこうにつれていかれたんだよ』

「にじのむこう?」

『そう。……あくむのせかいだよ』

「………………!」

 

 とんでもない情報を提供されてしまった。これは駄目な奴だ。

 

「ど、どうすればいいの!?」

『ぼくがきょうりょくするよ~。たすけてくれただけじゃなく、ここちいいおうちをくれたおれい♪』

 

 今始まる、未乘とたくあんの大冒険!




◆プロトプテルス・アネクテンス

 アフリカハイギョの一種で、文字通り肺で呼吸出来る不思議な魚。一応は魚に分類されているものの、生態的には両生類(特にイモリ)に近い。頑丈な顎と歯を持っており、二枚貝や甲殻類などの硬い殻を持つ生き物を吸い込んで、バリバリと噛み砕いて食べる。出身地が乾燥地帯なので、水が干上がる夏になると自分の粘液と泥を混ぜ合わせた「繭」に籠って、乾燥期を遣り過ごす。
 しかし、未乘が釣り上げたたくあんは、普通の肺魚とは違っているようで……?


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霧の向こう

土曜になってしまッタ……。


 暫しの時が過ぎ、少年の自宅に到着した。

 

「ほれ、足を見せろ」

 

 少年を下ろし、早速怪我の治療に掛かる少女。その手際は大人顔負けで、下手すると医療従事者よりも素晴らしい。あっという間に終わってしまった。

 

「それじゃあな」

「……もういっちゃうの?」

 

 少女が立ち去ろうとすると、少年が後ろ髪を引いた。その寂しそうな表情は、まるで見捨てられた子犬だ。

 

「何だよ、男が情けねぇな」

「だって……」

「ママにでも甘えたいか?」

「……だれが!」

 

 少年が苛立ち紛れに顔を逸らす。彼にとって、親の話題は地雷原である。

 

「――――――チッ! なら、何処か出掛けてみるか?」

 

 流石にバツが悪ったのか、少女が魅惑的な提案をしてきた。一緒に家出してみないか、というのだ。家が生き地獄な少年にとって、これ程の誘い文句は無い。

 

「いく!」

 

 そういう事になった。不浄島には船便しかないが、直ぐ近くの河鹿(かじか)半島に渡れば、電車に乗って何処までも行ける。少年の小さな大冒険が始まった。

 

「わくわく!」

「………………」

 

 無邪気に喜ぶ少年の背を見遣りながら、少女が歪で邪悪な笑みを浮かべる。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 半刻後、現実世界。

 

「……よしっ!」

『ぬんぬ~ん♪』

 

 たくあんを背負った未乘が、兄を探す旅に出る。たくあんが収まっている防水性バックの中には水を含ませたおが屑が敷き詰められており、これによりある程度の湿度を保つ事が出来るのだ。鰓呼吸を行う通常の魚ならこれでも窒息してしまうが、肺魚ならば問題無い。

 ちなみに、湿ったおが屑が敷き詰められた箱に梱包するやり方は、活き車海老の主な配送方法だったりする。

 

「それで、どこにいけばいいの?」

『もよりえき!』

「ええ……」

 

 まさかの最寄り駅へ行けと申された。何でやねん。

 

『いいからいいから、めりーをしんじて!』

「めりーさんはあんまりしんようしちゃいけないとおもうんだけど……」

 

 今あなたの後ろに居そう。

 だが、他に方法も見当たらないので、言う通りにした。切符を買って、いざホームへ。丁度良く、電車も来た。ワンマンの二両編成である。

 

「……こんなでんしゃ、とおってたっけ?」

 

 しかし、それは地元民である未乘でさえ見た覚えのない、謎のローカル線だった。デザインもやけに古めかしい。所々が錆付いているし、ドアに至ってはギギギと軋む有様だ。内側も薄汚く、そこら中から黴の臭いが漂ってくる。

 まさに「幽霊電車」だった。これに乗るには中々勇気がいるだろう。

 

「のらなきゃだめ?」

『のらなきゃだめ~』

「えぇ……」

 

 思わずドン引きである。

 

「ほかのおきゃくさんは……」

 

 居ない。誰も。人っ子一人。

 

「か、かしきり、なんだ~?」

 

 昼間なのに?

 

「ま、まぁ、いいや。とりあえず、のろう」

『ぬんぬ~ん♪』

 

 妙な寒気に襲われた未乘は、いそいそと車両に乗った。同時に鈍い音を立てて、電車が発車する。椅子が異常に冷たく、何故か湿っていた。まるで、一度水没してしまったかのように……。

 

(――――――これ、どこにいくでんしゃなんだろう?)

 

 未乘が恐る恐る窓の外を見る。何時の間にか田園地帯に入っていたらしく、何処までも青々とした稲穂の地平線が伸びていた。

 だが、農作業している人は見当たらず、それ処か擦れ違う通行人や車すら皆無だった。白昼夢でも見ているのだろうか?

 

「ね、ねぇ、このでんしゃ、だいじょうぶなの?」

『ぬん? だいじょうぶじゃないよ?』

「だいじょうぶじゃないの!?」

 

 なら何で乗せた。

 

『でも、たつまくんにあうには、これにのっていくしかないんだよ』

「………………!」

『だいじょうぶ、おとなしくしてれば、かならずあえるよ~』

 

 しかし、そう言われてしまうと、覚悟を決めるしかない。未乘は龍馬を探しに来たのだから。

 人影の無い長閑な風景を、棺桶のような電車が行く……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「ずいぶんきたね~」

「そうだな。そろそろ黄泉市に差し掛かるんじゃないか?」

 

 小綺麗な電車に揺られ、少年と少女が行く。黄泉市は平野が多いので、見渡す限り田園風景が広がっている。速い所では既に稲刈りが始まっていた。トラクターがガシガシと進み、軽トラが収穫物を載せて走る。農家の人も通行人も、皆良い笑顔だ。誰も彼も希望に満ち溢れているのであろう。

 

「………………」

 

 そんな人々を、少年は羨ましそうに見つめていた。隣の芝生は蒼いと言うが、場所が変われば人生も変わるのだろうか?

 

「他人が羨ましいか?」

 

 すると、少女が試すように尋ねる。

 

「……うらやんでもいけないの?」

「いいや。だが、他人には他人なりのお家事情ってものがある。……抜け出したいなら、お前自身がそれを望まなければ駄目だ。手を差し伸べるには、自分から動かなきゃな」

「そんなこと、できないよ……!」

 

 知った風な口を利く少女に、少年が抗議した。彼女に一体何が分かると言うのか。

 

「何言ってるんだ。事実、今動いてるだろうが。そう言う一歩が大事なんだよ」

「………………!」

 

 だが、次の台詞に言葉を失う。確かに、その通りである。例え単なる子供の家出だとしても、最初の一歩が踏み出せなければ、周りは手を出せない。家庭内事情というのは、そういう物だ。

 

「やさしいんだね」

 

 この少女は、所謂ツンデレなのかもしれない。

 

「そうでもないさ。……だから、そこでジュースでも買って来い」

 

 しかも、照れ隠しなのか、停車駅でジュースを買わせに行かせる始末。少年は思わず笑顔になった。

 

「えーっと……ああっ!?」

 

 しかし、自販機で買い物をしている間に、電車が発車してしまった。完全に置いてきぼりである。

 

「ま、まって! おいてかないでよー!」

 

 急いで追い掛けるも間に合う筈がなく、泣いても叫んでも、電車は容赦なく行ってしまう。完全に置いてきぼりである。悲嘆に暮れるも後の祭りだ。

 

「ああ、ゆうがたになるまで、ほかのでんしゃがない!?」

 

 さらに、時刻表を見ると、夕方まで他の電車が一切無かった。流石は田舎のローカル線。例え黄泉市であっても、一歩都心を離れればこんな物だ。

 

「そんなぁ……」

 

 オワタ~\(^o^)/

 

「――――――っていうか、ここはどこだろう?」

 

 そもそも、「きさらぎ」なんて駅名も、その前後である「やみじ」と「かたす」も聞いた事が無い。ここは本当に黄泉市の一画なのか?

 だが、こんな野原に孤立した無人駅で、下手に動くのも危険である。心細いが、夕方まで待つしかないだろう。

 少年の虚しい一人相撲が始まる……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

《次は「しびと」~、次は「しびと」~。お乗りのお客様は、どうぞおなかへお入り下さい……》

「ひっ……!」

 

 聞いた事も無い駅に停まったかと思うと、不気味な客がゾロゾロと乗り込んで来た。誰も彼もが闇色の布地で身を包み、死蝋化したかのような白い肌をしている。とても生きているようには見えない。

 

『(めをあわせちゃだめだよ~。つれてかれちゃうからね~)』

「(そんなかるいのりでいわないでよ!)」

 

 それはこいつらが、この世の者ではないと断言しているような物ではないか。

 

『『『………………』』』

 

 死人たちが音も無く席に座る。あぶれた者は吊革に掴まり、

 

『『『………………』』』

「………………!」

 

 全員が未乘へ視線を向けてきた。間近に捉えた彼らの顔は、どれもこれも湿っていて、藻やフジツボ、甲殻類がくっ付いていた。海難事故の犠牲者であろうか?

 

『めんこいねぇ~』

『何処から来たんだい?』

『お父さんやお母さんはどうしたんじゃね?』

 

 すると、突如として死人たちが笑みを作り、気さくに話し掛けてきた。その様は近所のオジさんやオバさんを思わせ、恐怖心も相俟って、つい返事をしたくなる。

 

『(だめだよ~)』

「………………!」

 

 しかし、たくあんの助言で、未乘は答えずに済んだ。答えていたら、どうなっていったのか……は、考えるまでも無いだろう。

 

《次は「やみじ」~、「やみじ~」。お乗りのお客様は、遅れる事のないよう、ご注意願います……》

 

 そして、「やみじ」という駅に着いた瞬間、乗客たちの顔が一気に黒ずみ、ズタズブの腐乱死体と化す。磯の香りと腐敗臭がごちゃ混ぜとなり、とてつもない悪臭を放つ。

 

『ねぇねぇ、聞こえてるんでしょ?』『見えてるんでしょ?』『触れるんでしょ?』『怖いよねぇ?』『寂しいよねぇ?』『独りは嫌だよねぇ?』『ねぇねぇ?』『ねぇねぇ?』『ねぇねぇ?』『ねぇねぇ?』『ねぇねぇ?』『ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ?』

 

 それでも、死者からの問いは止まない。未乘が悲鳴を上げ、恐怖を目の当たりにし、相互認識が完了するまで、延々と尋ね続ける。この地獄は何時終わるのだろう?

 

《次は「きさらぎ」~、「きさらぎ」~。お降りのお客様は、絶対に振り返らない(・・・・・・・・・)で下さい(・・・・)……》

『――――――いまっ!』

 

 と、たくあんが鋭く叫んだ。同時に電車が駅に停まり、ドアが開く。

 

「うわぁああああああああああああああああああああああ!」

『待てぇ!』『逃げるなぁ!』『こっちに来い!』『独りにしないで!』『置いてかないでよぉ!』『お前も死ねぇえええええっ!』

 

 力限り飛び降りる未乘に、死者たちが追い縋る。

 だが、不思議な事に亡者らは電車から降りる事が出来ず、悔しそうに手を伸ばすばかリ。やがて電車は発進してしまい、未乘とたくあんだけが駅に取り残された。

 

「も、もう……でんしゃ、なんか……のらない……!」

『さ~て、たつまくんをさがそうか~♪』

「まだあるのぉ~!?」

 

 絶望したぁ! ノワールブラックシュバルツな現実に絶望したぁ!

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それから暫く。

 

「うぅ……やっぱり、まってればよかったかなぁ……」

 

 結局、少年は孤独に耐え切れず、線路沿いに歩き始めてしまった。じっとしていた方が良いと分かっていても、閉所に一人で留まる事は人間が本能的に嫌う行為であり、ましてや子供とあっては仕方が無い。

 それにしても、おかしな道だ。平野である筈なのに、歩けば歩くほど線路は坂を上っていく。そうかと言って引き返してみても、何故か下がらずまた上り坂になっている。線路自体も長い間使われていないかの如く荒れ果てているなど、不可解極まりなかった。

 少年は一体、何処に取り残されてしまったのだろう?

 

「トンネルだ……」

 

 さらに、何時の間にかトンネルの前に辿り着いてしまった。入り口には「伊佐貫」という看板が打ち付けられている。当然、見覚えはない。

 

(いってみよう……)

 

 正直入りたくは無いが、気付いた時には背後の坂道があり得ない傾斜になっていて引き返しようがなく、進む以外の道はなかった。

 

(とんねるっていやだな……くらいし、じめじめする……)

 

 薄暗い古ぼけたトンネルの中を、己の視力だけを頼りに進む少年。廃棄されて何年も経っているのか、壁はひびだらけで、至るところに苔が生えていた。風もなく、黴臭い空気が坑内を満たしている。

 だが、これだけ自然に還っているにも関わらず、動物が一匹もいない。

 

(あ、出口だ……)

 

 そして、ようやくトンネルを抜けた先にあったのは、

 

「なんだ、ここ……!?」

 

 霧に覆われた、不気味な町だった。

 建物は何処にでもある近代的な一般住宅だが、屋根が半壊または全壊、壁は穴だらけで窓が全て割れていたりと、どれも朽ち掛けた廃墟ばかりで、人が居なくなってから大分経っているように見える。道路も草が繁茂し、乗り手のいない車やチャリンコが無造作に打ち捨てられていた。

 それだけなら唯の廃村とも言えるが、この場所はそれだけでは考えられない、異常な状態になっている。

 

「さびびてる……?」

 

 屋根が、壁が、床が、道路が、車が、チャリが、草木が、土が――――――というか、空以外の目に付く全ての物体が、赤茶けたオブジェになっていているのである。車やチャリンコならまだしも、草木や木造建築の民家が“錆びて”いるのはおかしい。

 まるで、長い間、水の底に沈んでいたかのようだ。

 

「な、なに、このおと……?」

 

 さらに、町の奥から能楽を思わせる音楽が流れ始め、それに伴い“こちらへ向かう何かの視界”がノイズのように脳へこびり付いてくる。それも複数。

 ある者は高速で草木を掻き分け、ある者は壁や天井を地面のように這い回り、ある者は樹木や屋根を飛び跳ね、ある者はその上を悠然と飛んで行く。このノイズが一体何なのかは不明だが、少なくとも人ではないだろう。とても人間にできる芸当でない。

 そんな連中が、真っ直ぐこちらへ向かってくる。獲物を見付けた蟻のように。

 

「ひぁっ!」

 

 言い知れぬ恐怖に駆られ、少女は元来たトンネルに向かって走り出した。

 

「えっ!?」

 

 しかし、逃げた先に、トンネルは無かった。

 否、無かったのではなく、無くなっていた。いつの間にか土砂で塞がっていたのだ。

 

「そんな……だれか、だれかぁ!」

 

 泣いても叫んでも、無人の町に助けは来ない。

 

「ひっ……」

 

 その代わり、こちらへ向かっていた何かが遂に到着した。様々な陰に隠れて姿は見えないが、確実にいる。悍しい気配がする。

 

「いや、やめて……こないで……!」

 

 

 ――――――ヴゥゥゥゥウウウウウウウウッ!

 

 

 これから始まるであろう“宴”を知らしめるように、町中にサイレンが鳴り響く。

 

「こっちだ!」

「……えっ!?」

 

 すると、少年の手を誰かが引いた。さっき別れた筈の少女だった。

 

「ど、どうして!?」

「お前の母親に会ったんだよ!」

「え、えっ!?」

 

 そして、連れて行かれるままに走ると、そこには見慣れたくもない母親の姿が。

 

「龍馬! こっちよ! 早く!」

「お、おかあさん……」

 

 だが、その表情は何時もの疲れ切った絶望した物ではなく、独り息子(・・・・)を心の底から心配する母親のそれだった。思わず少年の頬が緩み、涙が零れる。子供にとって、何処まで行っても親は親なのである。

 

「おかあさん!」

「もう大丈夫よ。ゴメンね、独りにして。ほら、お腹減ってるでしょ? このおにぎりを食べて(・・・・・・・・・・)

「うん!」

 

 だから(・・・)こうした悪意(・・・・・・)にも気付けない(・・・・・・・)。どう考えても妖しい、“おふくろの味”を口に入れてしまうのだ。

 

「だめぇ、おにいちゃん!」

『ぬんぬ~ん!』

「えぇっ!?」

 

 しかし、寸での所で未乘とたくあんが駆け付け、幼い姿に戻っていた少年――――――龍馬からおにぎりを取り上げ、打ち捨てた。

 

「な、なにを……」

『何をするよぉ! 邪魔するんじゃないわよぉっ!』

「にげよう!」『ぬぬぬ~ん♪』

 

 だが、龍馬が正気に戻る前に、彼の母親に異変が起こる。幽霊電車に乗り込んでいた亡者たちのようにドロリと溶けて土に混じり、次いで大地を引き裂いて悍ましい正体を現す。

 

『ボォオオオオオオオオオオオオオオオオォン!』

 

 それは身長が数十メートルもある、巨大な骸骨だった。

 無数の白骨死体が融合した骨格で形成されていて、骨の隙間や関節は虹色に蠢く鉱物とも生物とも付かない物体で繋ぎ合わさっている。背中には八本の触手が翼の如く広がり、根元から尻尾まで生えていた。

 そう、さっきの錆びた街並みは、この大妖怪の腹の中だったのである。

 

 

◆『分類及び種族名称:反骨超獣=餓者髑髏(がしゃどくろ)

◆『弱点:不明』

 

 

『スカァアアアアアルゥッ!』

「わきゃーっ!?」「うわぁ!」

 

 と、本性を現した餓者髑髏が、大手を振るって落とす。食い損ねたなら殺してしまえ、という事だろう。

 

『ぬぬぬぬ~ん!』

「えっ、ちょ、なに……わーいっ!?」「うひゃぁっ!?」

 

 すると、突如としてたくあんの身体が眩い光に包まれ、

 

『しゃわっちぃ~!』

「「ええぇ~っ!?」」

 

 神々しく輝く巨人となった。それも巫女装束の美少女だ。

 

『いじめちゃだめでしょ、めっ!』

『ボォオオオオオオオオオォン!』

 

 さらに、どデカい者同士で取っ組み合いを始める。幾人もの骨格が寄り集まったスカルボディは強固だが、たくあんの巫女装束も鋼鉄より硬く、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

『そいつは私の物だぁ! 誰にも渡さなぁい!』

『こどもはおやのモノじゃない! ぬりゃー!』

『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 しかし、一瞬の隙を突いた巫女の一撃が、餓者髑髏を粉砕・玉砕・大爆砕する。

 

 

 ――――――カラカラカラ!

 

 

「「おかあさん……」」

 

 後に残ったのは、今まで見付からなかった、二人の母親の遺骨だけだった……。

 そして、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……はっ!?」

 

 そして、目を覚ますと、未乘は布団の中に居た。

 

「う~ん……鶏がらスープ……」

「なんでやねん」

 

 傍にはちゃんと龍馬が、頼れる兄の姿で眠っている。今までの事は、夢だったのだろうか?

 

『ぬんぬ~ん♪』

「………………」

 

 まぁ、夢でも何でも、龍馬が居てくれれば、それで良い。彼はたった一人の家族なのだから。

 

 

 

『――――――チッ、邪魔が入ったか』

 

 誰かが舌打ちした。




◆餓者髑髏

 餓死した者たちの骸骨が寄り集まって出来たという巨大な妖怪。元々は平将門の娘:滝夜叉姫が召喚した魔物であり、討ち死にした平氏の武将たちの怨念そのものでもある為、一つの巨大な骸骨にも、不死身の大軍勢にもなれる。退治されたけど。
 正体は芽殖孤虫が成体となった姿。殺した人々の遺骨を分泌物で繋ぎ合わせ、誇大な骨格を形成する。相手に幻覚を見せる能力があり、自らの住まう次元の狭間へ誘い込み、新たな犠牲者を生んでいく。


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死華よ咲け

今日は木曜日~♪


「どんとなった、花火だ、キレイだな~♪」

 

 花火が上がる。夜空に華が咲く。夏の晩を彩る風物詩。

 

「ぎゃあああ!」「うぎぇえええっ!」「あぁぁああっ!」

 

 しかし、その花火は命を燃やしていた。何の罪も無い人々を、建物ごと点火して打ち上げているのだ。世間では、それを爆破テロという。今夜は一体、何人の犠牲者が出たのか。それはまだ誰にも分からない。

 そう、テロを引き起こした犯人以外は……。

 

『ンナァアアアアヴォオオオオッ!』

 

 今宵も葬送は火の車であった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 とある昼下がり、屋上ラボ。

 

「おーい、説子」

「何だよ」

「死ね」

「もっと何か言う事無いんか」

「考えるのが面倒臭い」

「じゃあ、そのまま腐ってお前が死ね」

 

 里桜と説子はだらけていた。最近は依頼の手紙が少なく、暇を持て余しているのである。里桜が改造した連中や、それなりに仲良くやっている妖怪たちが、成り行きで事件を解決してしまっているのだろう。自業自得と言えば、それまでだが……。

 

『ビバビ~♪』

「また遊びに行くのか?」

『ビッパ~♪』

「ビー○ル?」

「進化すな」

 

 ビバルディもすっかりこの有様だ。童心に帰り、自由にマスコット生活を謳歌している。きっとまた未乘の家へ遊びに行くつもりに違いない。

 

「そう言えば龍馬(あいつ)の家、変な魚を飼い始めたらしいな。……盗んで食っちまうかな」

「よせよせ、腹を壊されるぞ」

「あー、誰でも良いから何か事件起こせよ、犯罪者だろ!」

「白昼堂々と何て事叫んでんだ」

 

 世も末である。

 

依頼(メール)が~、来てるよぉ~♪》

「お、久々じゃねぇか!」

「事件の発生を喜ぶな!」

 

 マジで世も末だな!

 

「……で、何処の誰が、どんな馬鹿をやったのかなぁ~?」

《滅茶苦茶嬉しそうだね。悪魔から見ても、とんでもないよ》

「私こそが本当の悪魔だから良いの。それよりほら、出すモン出せや」

《はいはい。こっちらでぇ~す!》

 

 ディヴァ子が立体映像を浮かび上がらせる。そこには燃え盛る夜の介護施設が映し出されていた。むろん、時間が時間なので、多数の死傷者が出ている。特に高齢者の犠牲が著しい。

 

「汚い花火だ」

「何て罰当たりな事を言うんだ」

「だって、爺や婆なんて薄汚い畜生じゃん」

「老人に恨みでもあんのか、お前は……」

 

 酷い話だった。

 

《お手紙によれば、犠牲者の中に家族が居たみたいだね~》

「ふーん」

《興味無さそう》

「だって消え掛けの灯火なんて、どうでも良いもん。そんな事より、それがどう私への依頼に繋がるんだ?」

《爆発物が見付からないんだってさ。壊れ方からしても並みの爆弾とは訳が違うって、警察が言うには》

「だから、私に神頼みって訳だ」

《悪魔の間違いだろうに……》

 

 つまりは、そういう事(・・・・・)だろう。

 

「ま、偶には外出しないとな」

「そうだぞ、引きこもり」

 

 そんなこんなで、里桜と説子は校舎へ繰り出した。依頼人は言うまでも無く、峠高校の生徒だ。

 

「一年一組の丑松(うしまつ)です」

「おう、宜しくな、お○松くん!」

「いや、違いますけど……」

 

 落ち合う場所は図書室。現在、学校は夏休み中なので、必然的に開いている教室も少ない。長期休暇だから依頼が少ないんじゃないかと言いたくなるが、気にしたら負け。

 

「それで誰が死んだんだ、か○松くん」

「いや、だから……まぁ良いですけど。……死んだのは、僕のお爺ちゃんとお婆ちゃんです。例の事件があった施設に、夫婦で入所していました。それであの日、爆発に巻き込まれて――――――」

 

 依頼人の丑松が、語りながら涙を滲ませる。相当なお爺ちゃんお婆ちゃんっ子だったのであろう。だからこそ、その命を理不尽に奪った犯人が許せないのかもしれない。

 

「つまり、例のハジケ野郎を花火にして打ち上げて欲しいって事か」

「はい。それはもう、跡形も無く」

「代償は分かってるんだよな?」

「僕には両親が居ません。お爺ちゃんとお婆ちゃんが死んだ今、もう何も無いんですよ……」

「そうかい。なら問題無いな」

「………………」

 

 という事で、里桜たちは事件現場へ向かう流れとなった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「あーっ、あーんぁっ!」

 

 今日も婆が一匹鳴き喚いている。

 

「うっせぇ! おれの事、誰だと思ってんだぁ! 神様だぞぉ!」

 

 爺がまた訳の分からない事を叫び出した。

 

「ぶん殴っからなこの!」

 

 こっちでは自分の糞を弄っていた糞婆が、恩知らずな暴力を振るう。

 

「ここは用水路で、ため池が踊って、ほでなしになった隣の婆さんが――――――」

 

 キ○ガイが支離滅裂な自論を持ち出して、意味不明な要求をしてきた。

 

「やんだやんだ!」「馬鹿にしてぇ!」「俺の言う通りにしろ!」「あぼぼばべばぁ!」「(これ)、うんめぇ!」「はー、すっきりしたー(部屋の入り口で)」「助けてけろ~(自分でベッドから落ちた)」「盗ってねぇもん!」「全部おいのモンだ!」「寄こせ!」「かっ裂くぞぉ!?」「触んな!」「あああぅおっ!」

 

 まったく、どいつもこいつも――――――、

 

「何で怪我なんかするんですか!?」「家のお婆ちゃんがそんな事する筈ありません!」「そっちで看取ってくれなきゃ困るんですけど!?」「いいから早く連れてけよ!」「この責任、絶対に取って貰うからな!」「全部お前らが悪い!」「この役立たずが!」

 

 ドラ息子もバカ娘も――――――、

 

「あああああ、死ね! いや、ぶっ殺してやるぞ、クソッタレ共がぁあああああっ!」

 

 本当、いい加減にしろ。

 世話になっている立場の癖に、一丁前にプライドだけは高い老害共。

 自分で世話を放棄した癖に、偉そうに口や手を出しまくる家族たち。

 どいつもこいつも、誰も彼も、自分が畜生以下の存在だという事を忘れている。

 移動処か起き上る事すらロクに出来ず、食い物を取り溢し、己の糞を食って、訳の分からない事を喚きまくる奴の、何処が人間なんだ?

 如何なる理由があろうと、自分の親を施設(ろうや)に姥捨て、その割に責任だけは追及し、年金を貪る事しか考えていない輩の、どの辺に人間性があるんだ?

 無い無い、そんな物は一欠けらも無い。お前らは存在してはいけない生き物、害獣なんだ。

 だから、野良(やよし) 祢子《ねね》は決起した。世に蔓延る不要な存在を始末しようと。せめて最期は綺麗な花火になって、夜空を彩るアートになってこそ、奴らは生まれた意味がある。

 その実行者たる己こそが、正真正銘正統なる本当の神様である。神は死んだとニーチェが言うのなら、自分自身が神となるのだ。それくらいの権利はあるだろう。生きる価値の無い連中の世話を、散々我慢してやったんだから。慰謝料と損害賠償を求めないだけ、有難いと思え。

 そして、祢子は今日も新たな施設を爆破し、命の火花を咲かせる為に、とある施設を襲撃する。

 

「おい、そこな糞婆!」

「ほぁん? おめ、急に失礼な――――――」

「死ねぇ! 老害搾りだぁ!」

「えぶらほめぁっ!?」

 

 先ずは窓を壊して個室へ侵入し、礼を尽くすに値しない老害を雑巾搾りの刑に処した。カサカサの肌がビリビリと破れ、肉はブチブチと千切れて、腸と血飛沫を撒き散らしながら、薄汚いボロ雑巾と化す。

 

「うっせぇどぉ! ……ぉおおっ!?」

「うるせぇのはテメェだぁ、狸爺! 血鍋にしてやるぅ!」

「そぉぉせぇあじぃぃっ!?」

 

 さらに、隣室の喧しい狸爺に腹パンを突き刺して、中身を引きずり出しつつ裏返し、便所へ突っ込んで捨てる。誰がこんな穢れた爺なんて食うか。死ね。死んでるけど。

 

「ど、どうしたんですか、山田さん……うわぁっ!?」

「おや、同志じゃないか。どうだ一緒にやるかい?」

「ふ、ふざけるなよ! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」

「何ィ!? 貴様、老害の味方をするのか!? なら貴様は人間じゃない! 死ねぇい!」

「おぶらぁとぉぁああっ!?」

「ハッ、戦闘力「-5」か。ゴミ以下め!」

 

 その上、正義感と使命感に溢れる、貴重な若者の介護士を、顎からこじ開けて二枚卸しにしてしまう。勿体無い。

 その後も祢子はどんどんバリバリぶっ殺し、死体の山を築き上げていく。

 

「ああ、気持ち良いぃいいいっ! とぉぅってもぉああああああっ!」

 

 最高にハイって奴になった祢子が、返り血塗れで笑みを浮かべながら、中庭で天を見上げた。

 

「よし、そろそろ死体の始末を――――――」

「おうおう、やってるね」

「実に手前勝手な奴だな」

 

 そんな祢子に、二人の悪魔が空から話し掛けてきた。

 

「何だ貴様らぁあああっ!』

 

 里桜と説子の出現に、祢子が正体を表す。全身が血濡れの腐った生皮で覆われた、赤黒いゾンビのような化け猫で、二本に裂けた尻尾の先端には火が灯っている。

 

「「火車」だな」

「火車?」

「人の死体を貪る化け猫だよ。一部は地獄の使いとして働いているが、野良はこんな物だろうね」

 

 「火車」とは、悪人を食らう怪猫である。

 罪人の死体を載せる「地獄車」を引く悪鬼羅刹(しにがみ)の類であり、火車に死体を攫われる事は遺族にとって最大の“恥晒し”だという。

 だが、それは地獄の使いとして働く個体限定の話であり、野良の火車は単に死体を貪る食屍鬼でしかない。

 そう、目の前の祢子のように……。

 

 

◆『分類及び種族名称:灼熱超獣=火車』

◆『弱点:尻尾』

 

 

『シャアアアアアヴォッ!』

 

 火車が唸りを上げながら飛び掛かってきた。四足動物らしい俊敏な動きで一気に距離を詰め、鋭い爪で切り裂いてくる。

 

『グルルルゥッ!』

『フシャアアッ!?』

 

 しかし、化け猫なのは説子も同じ。戦闘態勢に入った説子が火車の一撃を受け流し、続く連撃も弾き飛ばした。

 

『ンナァヴォオオオッ!』

 

 すると、今度は火車が文字通りの火炎車となって突撃して来た。非常に強力な攻撃だが、これもまた説子には通じず、蹴り返されてしまう。

 

『ブシャアアアアアッ!』

 

 そして、いよいよ以て追い詰められた火車は、尻尾を合わせて巨大なプラズマの火球を生成し、二人目掛けて撃ち出した。これが汚い花火の正体だ。直撃した物質は一瞬にして沸騰・蒸発し、跡形も無く消え去るのである。

 

『ガァァアアヴィァアアアッ!』

『ニャヴォッ!?』

 

 だが、熱を起点に異形進化する里桜には通じない処かパワーアップさせるだけであり、反撃の微小化酸素粒子光線で自分が塵も残さず消滅した。何と言うか、壊滅的に相性が悪い。

 

『ふぅ、終わった終わったぁああっ!?』

 

 と、一仕事を終えて帰ろうとした説子を、目に見えない力が圧し潰した。

 

『オギャアッ! オギャアッ!』

 

 さらに、積み重なっていた死体の山が一つの黒い赤子になり、

 

『――――――ダァ~ダァ~ッ!』

 

 ボコボコぐちゃぐちゃと隆起、胎動したかと思うと、途端に爆散。その正体を露わにする。

 

『何じゃこりゃ?』

 

 それは、奇怪な人型生命体だった。

 工場の地図マークのような頭部に太極図を思わせる仮面を張り付け、ガラガラや哺乳瓶を組み合わせた四肢と、吊るす方のガラガラのような胴体を持っている。その全てが黒と青の縞模様でペイントされていて、目だけが黄色く光っていた。

 何処からどう見てもこの世の者ではない、かと言って幽霊とも思えない、異質で異次元な怪人だ。

 

 

◆『分類及び種族名称:三面異次元人=児泣き爺』

◆『弱点:なし』

 

 

『……ぬぅ、「児泣き爺」か』

『お前、よくその状態で喋れるな』

 

 「児泣き爺」とは、徳島県の三好地方に伝わる怪異である。

 夜に山道を一人で歩いていると、赤ん坊のような泣き声を上げながらしがみ付き、徐々に重くなっていった末に押し潰してしまうという。この伝承にはモデルがいるそうで、赤ん坊のように泣き喚きながら夜道を徘徊する「こぎゃなぎのしょうごはん」という老人が居たらしい。それと同時期に確認されていた産女やおんぶお化けの要素が合わさり、今のキャラクターが出来たのだとか。

 つまり、児泣き爺とは元人間であり、部類で言えば「寄生タイプ」の妖怪だ。虐げられた老人の死体に取り憑き、実体化するのである。

 そして、内に秘める想いを遂げるべく行動する。“もっと自分を見て”と。人は皆赤子として生まれ、赤子に還る。その体現者が児泣き爺なのだ。

 

『ダァダァッ!』

 

 児泣き爺が再び攻撃を仕掛けてきた。強力な磁場で重力のベクトルを変え、対象を圧し潰してしまうのである。

 

『調子に乗るな』

 

 しかし、馬鹿みたいな再生力を発揮した説子が、復活様に体内電気を放出し、重力を乱れ返して、逆に児泣き爺をミンチにした。説子は火も電気も放射能も操れる上位互換なのだ。

 

『今度こそ終わりか?」

 

 漸く事態が治まった所で、説子が戦闘形態を解く。

 

いいや(・・・)お楽しみは(・・・・・)これからさ(・・・・・)

 

 すると、里桜がとても愉しそうに嗤った。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「………………」

 

 全てが終わった後、丑松はトボトボと家路に着いていた。自宅に帰った所で誰も迎えてはくれないが、今更どうしようもない。

 

「これで漸く、自由になれたな」

 

 むしろ、晴れ晴れとした気分になっていた。全ては彼の計画した事、狂言であった。

 丑松は呆け過ぎた祖父や祖母、口先だけの両親が大嫌いであり、どいつもこいつも皆殺しにしてやろうと、常々思っていたのだ。

 先ずは両親。爺婆の世話を押し付け、施設に捨てた後は介護士をいびる事しか考えていない彼らに、とうとう我慢の限界を超えた丑松は、思わず手に掛けてしまい、とりあえず家の床下に埋めた。ゴミを不法投棄しているようで不快だったが、何れ白骨化してから海にでも捨てておけば良いだろう。

 次は祖父と祖母。呆ける前は良い爺ちゃん婆ちゃんだったが、認知症になってからは豹変し、暴言・暴力は当たり前で糞を食ったり投げたりと、猿にも劣る馬鹿畜生になったので、上手く両親を誘導して施設へぶち込んだ。その顛末は知って通りである。

 やはり、老害・毒親は死ぬべきだ。面倒だから、自分から樹海に行って自殺してくれればいいのに。

 ともかく、あのハジケ野郎と里桜たちのおかげで、邪魔者は消えた。丑松の人生はこれからである。

 

『ダァ~ダァ~……』

「なっ!?」

 

 だが、そうは問屋が卸さないのが世の中だ。因果応報、自業自得。どんな理由があろうと、自分の家族(・・・・・)を捨てたのは(・・・・・・)丑松である(・・・・・)

 だから、こうして埋めておいた両親が復讐をしに還ってきたのだろう。

 

『ダァ~ダァ~!』

「うわぁあああ!?」

 

 さらに、児泣き爺の力により重力が反転し、丑松の身体が空高くへ発射される。

 

『くっそぉおおおおおっ! 何でどいつもこいつも僕の邪魔ばかりするんだ! お前ら皆、死ねば良いんだ! どうしてそれが分からないんだ! この犬畜生にも劣る豚糞ゴミ屑がぁあぶれみふぁくるいまspmどあspzxl、d;vmxzmspふぃ……花火ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!』

 

 そして、お月様をバックに弾けて消えた。

 

「た~まや~♪ ……ま、そんな事だとは思った」

「花火“は”やっぱり綺麗だな。材料に関係なく」

 

 それを屋上から見送る里桜と説子。やはり花火は夏の風物詩だ。




◆火車

 地獄の化け猫。悪人を車で引き摺り回してから貪り尽くす、閻魔大王の使者と言われている。身内の葬式に火車が現れる事は「そいつは大罪人である」と暴露されるような物なので、最大の恥晒しである。元は罪人を運ぶ地獄車の事を指しており、後に引き手として化け猫が宛がわれた事で、猫の方を火車として扱うようになった。
 その正体は悪魔と同系統の、しかし動物的な側面が強い精神生命体。取り憑かれた者は赫く爛れた化け猫となり、目に付く肉を食い漁るようになる。


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貴方ダケヲ愛死テル

愛なんてこんなモン。


 とある晩夏の夜。

 

『ホー……ホー……』

 

 朧月をバックに、奇妙な梟が不気味に鳴いていた。

 彼の名は(・・・・)たたりもっけ(・・・・・・)」。不幸をばら撒く(・・・・・・・)水子の生まれ変わり(・・・・・・・・・)座敷童子や呵責童子(・・・・・・・・・)とは似て非なる(・・・・・・・)存在である(・・・・・)

 そんなたたりもっけが鳴く木の近くに建つは、誰も居ない筈の廃病院「卯月(うづき)診療所」。

 

『アァ……ヴ……アヴァ……』

「ウフフフ、良い子ねぇ……」

 

 しかし、病的なまでに遮光された割れ窓の奥から、人の声が聞こえる。気色の悪い唸りと、慈しみに満ちた母声が。

 

 ――――――ここは心霊スポット(・・・・・・・・・)卯月診療所(・・・・・)何かが出ると噂の(・・・・・・・・)禁足地だ(・・・・)

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ここは峠高校の屋上。

 

「よし、肝試しをしよう!」

 

 そして、この頭の良い馬鹿が「屋上のリオ」こと、香理(かり) 里桜(りお)である。

 

「いきなり何を言い出すんだ、お前は……」

 

 突拍子の無い事を抜かす彼女に、「闇色の水先案内人」の天道(てんどう) 説子(せつこ)が呆れた。

 

『ビバビバビビビン♪』『は~っ、やっぱり屋上の水は良いわ~♪』

 

 「屋上のマスコット」ビバルディと、「観葉生首」志賀内(しがない) 悦子(えつこ)は興味が無いようだ。屋上庭園産の清水をチョロチョロと撒いている。可愛い。

 

「いや~、夏と言えば怪談、肝試しだろ」

「いやいや、ほぼ常時オカルトしてるだろうが」

「それはそれ、これはこれ。……最近、面白い噂が流れてるんだよ」

 

 そんな置物たちなど知った事じゃないとばかりに、里桜と説子は馬鹿な会話を続けていた。

 

「噂って何だよ? 夏休みが終わりそうだから、デマも増えたんじゃないのか?」

「いいや、今回のはかなり確度が高い噂だぜ」

「は~ん?」

「そうだろ、ディヴァ子?」

《そ~の通り~♪ 最近、「卯月診療所」跡地で幽霊や化け物を見たって話が、大量に出回ってるのよ~ん♪》

 

 里桜のアイコンタクトで、「AI小悪魔」ディヴァ子が壁画面に地図とデータグラフを映し出す。確かに不特定多数の目撃情報が寄せられていた。

 

「何処にでも馬鹿は居るんだな」

 

 それらの情報を見て、説子が蔑んだ。オカルトマニアな彼女からしても、こういう馬鹿野郎共(・・・・・・・・・)は気に食わないのだろう。

 

「そんな馬鹿に、私らもなるんだよ~ん」

「今回は頑なだなぁ……」

「だって暇なんだもん」

「こうして馬鹿が生み出されるのか……」

 

 まぁ、里桜も今からその一員になろうとしているのだが。何ともやるせない。

 

「折角だから、バカップル共も呼ぼうぜ」

「誰を対象にしているのかよく分かるな」

 

 結局、馬鹿たちによるパーリナイトは断行されるのであった……。

 モラルとは。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 という事で、その日の夜、八時頃。

 

「はい、全員集まりましたかね~?」

「はーい」『ビーバ』「はい」「はいっす」『居るぞー』『おるで~』『イェ~イ』『ポェ~イ』『キェ~イ』

 

 卯月診療所の前に馬鹿共が全員集合していた。ド○フか。

 メンバーは屋上トリオに加えて、「CHA-LA-(チャラッ)TTO ME(と★ミー)」こと茨木(いばらぎ) 富雄(とみお)と「サイボーグ女子」の令和(れいわ) 鳴女(なりめ)、「乙姫の息子」竜宮童子(りゅうぐうどうじ)&「禰々子(ねねこ)の娘」祢々子河童(ねねこがっぱ)、「増殖怪人」呵責童子(かしゃくどうじ)+「誘拐怪人」八尺様(はっしゃくさま)+「変身怪人」高女(たかおんな)の、計十人である。

 よくもまぁ、こんな奇々怪々な面子で肝試しなどと洒落込もうと思ったものだ。やはり馬鹿か……。

 

『割と雰囲気あるな~』

 

 卯月診療所を見ながら、祢々子が呟く。

 彼女の言う通り、卯月診療所はかなり荒れ果てており、窓と言う窓が割れ、壁中に蔦が巻き、所々が崩れていた。その割には全ての穴が目張り板で塞がれ、崩れた場所も瓦礫で埋め立てられている。何とも歪で、不気味な場所だった。

 

「ディヴァ子の情報を信じるなら、数ヵ月前までは運営していたらしいんだが……」

 

 祢々子の呟きに、説子が返す。ディヴァ子によると、卯月診療所は丁度今年の春に潰れたのだという。

 

『なら、この荒れ果て具合はおかしくないか?』

 

 竜宮童子が首を傾げた。確かに、たった数ヵ月でここまでの廃墟になるのはおかしい。しかも、使われていない筈なのに、一体誰が穴を塞いだのであろう。

 

『これは何か居そうだな~』

『怖いポね~』『キシャー』

 

 呵責童子と八尺様、高女の怪人三人組が茶化す。自分たちが妖怪変化なので、大して気にも留めていないようである。君たち、少し前に引っ越しで痛い目に遭った事を忘れたのかな?

 というか、そもそも何でここに居る。さてはサボり――――――、

 

「つーか、どういう流れで行くんすか~?」

「ノリノリだねぇ、鳴女ちゃん……」

 

 鳴女と富雄も軽いノリだ。どいつもこいつも……。

 

『ビバビ~?』

「可愛い……」

 

 可愛い。

 

「まぁ、何時もの組み合わせで行かせても良いんだが……偶にはクジ引きで決めようぜ」

「本当に適当だな」

「こういうのはふざけてるぐらいが丁度良いんだよ。はい、クジ引いて~」

 

 里桜の用意したコトリバコから、全員がクジを引いていく。組み合わせは、

 

・里桜+祢々子

・説子+八尺様

・呵責童子+鳴女

・高女+ビバルディ

・富雄+竜宮童子

 

 の計五チーム。

 

『ルールは?』

「化け物退治をした奴の勝ち。優勝者には世界一周一ヵ月の旅が当たりま~す」

『太っ腹やな~』

 

 そういう事になった。

 

「全員、適当に穴開けて侵入開始~」

 

 その後、里桜の合図で各々が適当な場所から診療所に侵入する。

 

《………………》

 

 それを誰かに見られているとも知らずに……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『雰囲気あるなぁ~』

「そりゃあ、廃病院だからな」

 

 祢々子と里桜が、うんぱかぱっかっぱ~と通路を行く。歩いている場所は入院患者の個室エリア。何処もかしこもボロボロで、血痕や引っ掻き傷だらけである。一体何があったのか……。

 

「何か臭うな」

『腐った汁の臭いだポ』

 

 説子と八尺様が進む待合室も同様の状態だ。その上、現在進行形で腐汁の臭いがする。どうして?

 

「おや、死体だ」

『しかもジューシー』

 

 さらに、呵責童子と鳴女の居る診察室には、死んだばかりの腐乱死体が転がっていた。至る所の皮が破れ、蛆虫が垂れ流しになっている。率直に申し上げて、臭い。

 

『ビバ~ビバ~♪』『キシャ~キシャ~♪』

 

 ちゃんとやれ。

 

「でも、肝心の化け物は何処に居るんだろうね?」

『こんだけ騒げば、向こうから来そうな物だが……』

 

 と、富雄と竜宮童子が廊下を曲がった、その時。

 

『ゲギャギャギャギャギャ!』

「『ドワォッ!?』」

 

 不気味な梟が襲い掛かってきた。

 

『人面の梟――――――』

「「たたりもっけ」か!」

 

 そう、彼らを襲ったのは、不幸を告げる梟、たたりもっけ。それも一羽ではない。

 

『オゲゲゲゲッ!』『オギャギャギャッ!』『ビゲァアアアアッ!』

「『いっぱい来たぁ!?』」

 

 群れを成してやって来た。ざっと数えるだけでも、数十羽。一体何をどうしたら、これ程までに密集するのだろう。

 

『このっ!』

「はい、チーズ!」

『ギェアアアッ!?』

 

 だが、二人は場数を踏んだ猛者。今更、小怪鳥如きに遅れは取らない。竜宮童子は大銛で薙ぎ払い、富雄はX線照射カメラで撮り払う。梟は夜闇に生きる分、強い光に弱いのである。

 

『――――――恐ろしい物作ってんな、アンタ』

「里桜さん程じゃないですよ」

『そうかなぁ……』

 

 富雄はもう駄目みたいだ。

 

『……何か、他の所でも似たような事になってるらしいな』

 

 耳を澄ますと、各々の侵入経路から騒音が聞こえてくる。向こうでもたたりもっけが出たらしい。

 

「だけど、数だけならここが一番みたいですね」

 

 しかし、出現率に関しては、やはりここが一番多いようだ。

 

『この先って――――――』

 

 恐る恐る、竜宮童子が廊下の先を見る。そこにあったのは、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 これは少しだけ昔の話、ほんの少し過去の出来事。

 

「お母さん……私、出来ちゃったの……」

 

 とある夜、少女は告白した。自分の母親に。

 

「なん、ですって……?」

 

 もちろん、母親は衝撃を受けた。ショックで倒れてしまいそうな程に。

 

「……どういう事なのか、説明して頂戴」

 

 ただし、彼女はあくまで表向きは毅然とした態度で訊ねた。一人の母親として。

 

「彼との子よ。ほら、前から付き合ってた――――――」

「この馬鹿!」

 

 だが、少女が詳細を言い掛けた所で、母親の張り手が炸裂する。パァンと乾いた音が響いた。

 

「あんた、まだあんな男と付き合ってたの!?」

 

 それでも母親の怒りは収まらない。沸騰した血液が蒸発する程に。

 彼女は知っていた。少女の彼氏のことを。あの男は最悪である。一言で表すなら、チャラ男。仮に相思相愛だとしても、子供を作った責任を取れるとは思えない。

 だからこそ、母親は怒ったのだ。そんな男と付き合った挙句に孕んだ娘と、仕事にかまけて止められなかった自分自身に対して。

 

「下ろしなさい、今すぐ! あの男とも別れるのよ! 費用はお母さんが出すから――――――」

「……何よ。今更母親面して」

 

 すると、今度は少女が母親の言葉を遮った。

 

「今までロクに話も聞かなかった癖に! 厚かましいのよ!」

「………………!」

 

 再び母親の心を衝撃が襲う。

 あまり話せなかったのもあるが、そんな事を言うような子ではないと思っていただけに、娘の乱暴な言葉が信じられなかったのである。

 しかし、同時に何時かこうなる事は、薄々分かってもいた。自分の親がそうだったように、己も「反抗期は認めない」程に厳しく育てきたのだから。しかも、女手一つが故に仕事を優先し続けた結果がこれだ。長い時間を掛けて、娘の心に歪んだモノが溜まり続けていた事は、想像に難くないだろう。

 

「……ごめんなさい」

 

 だが、父親が早くに死んで以来、母親が頑張って育ててくれたこともまた事実で、娘にもそれが分かっていた。だからこそ謝った。それが親子である。

 

「――――――実はね、彼いなくなったの」

 

 と、少女が新たな事実を語り始めた。

 

「死んじゃったの。二日前に、自宅で」

「………………」

 

 事実だとしても、それが単なる事故とは思えなかった。大方、過去の女や寝取られた元彼にでも復讐されたに違いない。娘の方は、それが本当に事故なのだと信じているようだが。

 

「だから、お願い。産みたいの……」

「………………」

 

 何れにしても、彼という存在が心の支えとなっているのは、紛れもない真実だった。不安定な今の娘から子供まで奪ってしまえば、最悪壊れてしまうかもしれない。彼女は昔から繊細だった。今回はそこに付け込まれる形になったのだろう。

 ならば、もはや手遅れだ。なるようになるしかない。

 

「……分かったわよ」

「えっ?」

「でも、私も忙しいから、子育てはあなたもするのよ。それが条件」

「ありがとう、お母さん!」

 

 少女は母親に抱き着いた。

 こうして、母娘は歪ながらも、親子の絆を保つ事が出来た――――――かに思われたのだが。

 

「ほら、いい子ねー。寝んねの時間よー」

「あ、あんた何を……!」

「静かにしてよぉ! 起きちゃうじゃないのぉ! イヒヒヒヒ!」

 

 現実はそう甘くなかった。ある夜、子供を抱いたまま家出した娘を追い掛けると、そこには悍ましい光景が広がっていたのである。

 血塗られた彼氏の家で、動かなくなった我が子を抱く娘。それはつまり、彼らを手に掛けたのが、他ならぬ娘自身だという事を意味していた。彼女はとっくに壊れていたのだ。

 

「………………」

 

 母親はどうするべきか迷った。警察に届けるべきか、否か。彼女の為を想えば、きちんと通報すべきだろう。

 しかし、警察に連れて行ったとして、少女は本当に更生出来るとは思えない。どう見ても、公僕の手で治せそうもないし、何より自分の娘を人の手に渡すのが怖かった。

 そうして迷っている間に、娘も死んでしまった。

 正確には(・・・・)何者かに(・・・・)殺されてしまった(・・・・・・・・)

 噛み傷があることから、動物の仕業であろう。既に家はあばら屋と化し始めていたので、何時ナニカが入ってもおかしくない状態だった。

 

「……ふふ、ははは。駄目じゃない、そんな所で寝ちゃ――――――」

 

 そして、母親もまた壊れた。

 何も出来ず、何も救えず、その果てに娘を失った事で、軋んでいた彼女の心も崩壊した。

 さらに、死んだ娘を自分の家に持ち帰り、動かない彼女を布団に寝かせ、ボサボサになった頭を愛おしそうに撫でる。腐り始めた肌を摩って綺麗にしようとして、逆に皮がズル剥けた。

 結果、母親の家もゴミ屋敷化して行き、周囲の住民は気味悪がって全く近付かなくなった。最早、彼女を救う手立てはない。近寄る事すら出来ないのだから。

 

「……あら?」

 

 だが、そんなある日、突如神から救いの手が差し伸べられた。

 そう、娘が生き返ったのである。

 

『あ……アア……』

 

 生ける屍として。

 

「おはよう、ようやく目を覚ましたのね! なら、もっと綺麗な所に行きましょう。あなたもおめかししないとねぇ、ウフフフ……♪」

 

 そして、壊れた母親は腐った娘を愛おしそうに抱き寄せ、新天地へと引っ越した。

 

 

 

 ――――――彼女が運営していた、卯月診療所の霊安室に。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『開けるぞ……』

 

 異様なまでに黴が生えた、朽ち掛けた霊安室の扉を、竜宮童子が押し開ける。その瞬間、扉がボロボロと崩れ去り、

 

「うへぁ……」

 

 世にも悍ましい光景が、そこにあった。

 

「ほら、ご飯の時間よぉ……」

『アアァ……』

 

 七色に黴た霊安室の真ん中、ゴミと人骨が積もり積もった山の中央に、元院長の卯月(うづき) 楓音(かなで)が居て、腐って何がなんだか分からない、少女のような物に夕餉を食べさせていた。献立は人肉と血の煮込みスープと、髪毛パスタのリンパ液ソース掛け。見ているだけで酸っぱい物が上がってくる。それを蛆だらけの口の中にスプーンでねじ込んでいるのだから、余計に質が悪い。

 少女の死体の方も、充分に吐き気を催す姿だった。腐敗が進行して皮膚が黒く染まり、所々が破れてズル剥けている。皮膚の裂け目や口、鼻の孔、今はもうない目の窪みからは、蛆の混ざった腐汁が滴っていた。臭いは言うまでもないだろう。鼻処か目にも沁みる。

 

『アゥゥ……』

「美味しい? それは良かったねぇ。ウフフフ……」

 

 そんな悍ましい少女の死体を、献身的に世話をする楓音。狂っているというか、人の所業ではない。

 

「あれは……?」

 

 その筆舌に尽くし難い有様を見ていた富雄が、ある事に気が付く。腕と言わず脚と言わず、少女が一挙一動する度に、腐れた皮膚の下で何かが蠢いていたのだ。何が動いているかは、溢れ出す腐汁を見れば考えるまでもないだろう。

 

『蛆か……!』

 

 腐って役に立たなくなった筋肉の代わりに、大量の蛆が一斉に蠢くことで身体を動かしている。

 それが真実、最悪の現実だった。あの黒ずんだ薄皮一枚の下で、夥しい数の蛆虫が、一子乱れぬ動きで身体を操っているのである。

 まるで、出来上がったプログラムのように。コンピュータを食い荒らす「ワーム」のように。

 少なくとも、無数の蛆が一つの脳味噌として機能しているのは間違いないだろう。それこそ、神経のように電気信号で制御されているのかもしれない。

 

「これは――――――」

「「死人憑(しびとつき)」か。嫌な奴が居たもんだ」

 

 すると、何時の間にやら説子が合流して、ついでに正体も見破った。後ろでは祢々子が青い顔をしている。

 

『死人憑って何や~? おぇぇ……』

「見ての通りだよ。死体に取り憑く悪霊さ」

 

 その昔、鳥取県にあったとある村で、長い病の末に死んだ百姓が、葬式前に動き出した事件があった。

 その百姓は死体であるのにも拘わらず、飯を食らい、酒を要求し、その上一切眠らなかったという。この時点でおかしな話だが、家族も初めは百姓が生き返ったのかと思った。

 しかし、現実は非情であり、やはり百姓は死んだままだった。というのも、夏の暑さで腐敗が進み、目や口から腐汁を垂れ流し、悪臭を放ち始めたのだ。

 流石の家族も「これは“ナニカ”が死体に取り憑き、操っているに違いない」と思い、葬儀に合わせて呼んでおいた僧に念仏を唱えて貰ったのだが、全く効果がなく、箍の外れた身体で大暴れするものだから、ほとほと困り果ててしまった。

 悩んだ末に家族は百姓を家に閉じ込め、飲食物の一切を断つと、次の日には動かなくなったらしい。憑き物が去ったのであろう。その後、家族は慌てて葬儀を済ませたという。

 死者蘇生を生々しく皮肉った話であるが、今目の前にいる少女の死体も伝承と同じような行動を取っていた。家主に食べ物をせがみ、不眠不休で動き続ける腐った死体。同じようなというか、完全に一致している。

 そうなると、“ナニカ”の正体は蛆なのだろう。

 見えないのではなく、当たり前過ぎて気付けない、まじまじと直視したくない……それが「死人憑」である。

 

「つまり、ゾンビみたいなもんか?」

『趣味が悪いポね~』

「つーか、臭っ!」

『この部屋、臭うよ~!』

『ビバビバ』『シャーシャー』

 

 さらに、里桜、八尺様、鳴女、呵責童子、ビバルディ、高女も合流、全員が出揃った。圧が凄い。

 

「――――――で、どうするんだよ、里桜?」

「この肝試しのルールは?」

「そうなるよな」

 

 そして、里桜が代表して楓音に近付く。さっさと片付けるつもりであろう。

 

「あらぁ、真理沙(まりさ)のお友達ぃ~?」

「この期に及んで何を言っとるんだ、この馬鹿は……」

 

 当の楓音は呑気な反応だったけれど。親馬鹿というか、馬鹿親というか……。

 

「汚物は消毒するんだよ、この毒親」

「な、何する気なのよ! この子は私が守る! 私だけの可愛い娘なのだもの!」

 

 だが、里桜が殺気を放つと、流石に自分たちを害するつもりなのだと気付いたらしく、楓音は愛娘――――――卯月(うづき) 真理沙(まりさ)だった物を、守るように強く抱き締めた。力が籠った事で、あちらこちらの皮膚が崩れて、蛆の滝が流れ出す。脳が焼かれる程に臭い。

 と、その時。

 

 

 ――――――ウゾゾゾゾ……ブシャアアアアアッ!

 

 

『ミギャアアアアアアッ!』

 

 真理沙の死体に潜む蛆たちが激しく動き、唐突に止まって静かになったかと思うと、腐汁と汚肉を炸裂させて、人一人を丸呑みにしてしまう程に大きな一匹の蛆となって爆誕した。

 

 

◆『分類及び種族名称:寄生獣=死人憑』

◆『弱点:全部』

 

 

「あっふぇっ!」

 

 当然、巻き込まれた楓音は爆散し、一瞬で絶命する。

 

「あらまぁ、死んだ」

「雑ッ!」

「雑で良いだろ、こんな安っぽい茶番劇」

 

 酷い言い草だ。

 

『キェエエエエッ!』

 

 すると、誕生したばかりの死人憑が、里桜に襲い掛かった。命の危機を察知したのだろう。

 

「はい、ビーム」

『ピギャェッ!?』

 

 しかし、最早手遅れである。所詮はデカいだけの蛆虫。あっさりと里桜の目からビームで爆殺されてしまった。本当に呆気無い。

 まぁ、肝試しや心霊ポット巡りなんて、大抵はこんな物だ。

 ……普通は化け物が出て来たりはしないのだが、こいつらにとっては、これでもまだまだ刺激不足である。

 

「はい、もう解散解散! こんな小汚い場所、居ても仕方ねぇよ」

『え~、じゃあ世界一周は~?』

「もちろん、私の物だ」

『何それ、ズルい!』

『ブーブー』

「喧しい。皆殺しにするぞ」

「ただの理不尽」

 

 あまりにも尻切れ蜻蛉な終わり方に、誰も彼もが帰宅ムードに入る中、竜宮童子だけは複雑な面持ちで、散らばった二つ分の死骸を見遣って、一言。

 

『……死ななきゃ分からなかったのかよ』

 

 むろん、誰も応えなかった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 ――――――全員が立ち去った後。

 

『ピギィッ!』『ミギャアッ!』『ギェエエッ!』

 

 綺麗にローストされた蛆虫を、別の死人憑たちが地下深くへ引きずり込んだ。そこには更に多くの蛆が湧いていて、少しずつ少しずつ一つの巨大な蛹に変じていく。

 

《保険くらいは掛ける物さ、香理 里桜》

 

 誰かが、たたりもっけと戯れながら嗤った。




◆死人憑

 死体に取り憑く正体不明のナニカ。身体は腐っているのに飯を食らい、酒を飲み干し、押さえようとすると大暴れする傍迷惑な妖怪である。対処法は閉じ込めて断食させる事。
 その正体は群体化した蛆虫。全員が一糸乱れぬ連携をする事により、まるで生きているかのように振る舞う。やがては一つの巨大な蛆となり、羽化の時を迎える。
 ちなみに、死人憑を媒介するのは「たたりもっけ」である。不幸は続くよ、何処までも……。


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心音の沙汰

さ~む~い~


「ちぃぃぃぃくぅぅぅしょぉおおおおおおっ!」

 

 三途川の辺で、少年が一人で叫んでいた。戦闘力が五十三万くらいありそうな勢いだが、彼は唯の一般男子なので、そんな事は全く無い。

 少年の名は鳴無(おとなし) 専一(せんいつ)。峠高校の吹奏楽部である。担当はトランペットだ。

 しかし、彼は吹奏楽コンクールのメンバーに選ばれなかった。競い合っていた相手に負けてしまったからである。本当に僅差だったが、それでも負けは負けだ。

 結果、こうして夕焼けの川辺で悔し泣き、男泣きである。専一は幼い頃から管楽器が大好きであり、だからこそショックで仕方なかった。それこそ、ライバルがこっそりと心配してしまうくらいに。

 

「クソッ、クソッ……何で、どうして! 畜生!」

 

 専一の脳裏に、ライバルが選出枠を勝ち取った時に放った言葉と表情が過る。

 

 

 ――――――ハーッハッハッハッ! 今度こそ私の勝ちよ! 残念だったわね~、専一ぅ~!

 

 

 その顔は、実にぶん殴りたいくらい清々しい笑みを浮かべていた。彼女に悪気は無く、単純に勝ち誇っただけなのだろうが、すっかり傷心していた専一には悪意たっぷりにしか聞こえなかった。一部の屑な部活仲間から叩かれた陰口に悩まされていたのも大きい。

 

 

 ――――――許さない、どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 

 

 

 凄まじい憎悪、悍ましい殺意が、ただ直向きなだけの心を漆黒に染めていく。少年期の終わりだ。

 

『悔しいのかい?』

 

 そんな彼に話し掛ける者が一人。

 だが、姿は見えず、影も形も無い。

 

「な、何だ? 誰なんだよ!?」

『悔しいんだよねぇ? 認められたいんだよねぇ? 音楽性の違いなんて、好みの問題でしかないのにさ』

 

 それは悪魔の囁きだった。耳障りの良い、甘ったるい言葉だった。

 

「………………!」

 

 しかし、ショックで追い詰められた専一に、真面な判断が下せる筈も無かった。

 

『なら、認めさせちゃいなよ。……力尽くでね』

 

 そして、彼の心に夜叉が宿る……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 峠高校、音楽室。

 

専一(あいつ)、また来ないつもりなのかしら?」

 

 富岳(ふがく) 音色(ねいろ)は、数日前から部活動に参加していない処か無断欠席の続いている幼馴染の事を心配していた。

 

(やっぱり、ちょっと煽り過ぎたかな……)

 

 原因は火を見るより明らかだった。今度のコンクールへの出場権が勝ち取れた事を、あまりにも自慢し過ぎた。専一とは昔からの付き合いであり、良きライバルであったからこそ、これ見よがしに言ってしまったのだ。彼も自分と同じくらい……否、それ以上に拘っていたのは、知っていた筈に。幼馴染故の気恥ずかしさもあったのだろうが、流石に勝ち誇り過ぎた。

 

「音色、まだ気に揉んでるの? 心配過ぎだって」

佐那(さな)……」

 

 と、部活仲間の汐見(しおみ) 佐那(さな)が声を掛けてきた。それくらいしょぼくれているように見えたのであろう。女の友情って素晴らしい。

 

「と言うか、心配だったら、様子見に行けば良いじゃん」

「でも……それは何て言うか、私が負けたみたいじゃん」

「何じゃそりゃ。……馬鹿言ってないで、練習するわよ、練習。勝ち取ったアンタがその様じゃ、それこそ専一に迷惑よ。ほれほれ!」

「わ、分かったよ!」

 

 そんな感じに促され、音色は今日の練習に励んだ。

 そう、勝者からの慰め程、敗者にとって惨めな物は無い。競い合っている以上、何時かはこうなる事は分かっていたのだから、むしろ堂々としているべきだろう。

 その後は何時も通りに練習へ励み、終わる頃にはすっかり日も暮れていた。

 

(結局、今日も話せず終いか……)

 

 トボトボと帰路に着く音色。

 

 

 ~♪ ~♪ ~♪♪♪

 

 

「……ん?」

 

 すると、何処からかトランペットの音が聞こえてきた。三途川の方からだ。

 

「もしかして――――――」

 

 ふと気になった音色が、いそいそと堤防を降りる。そこには彼女の思った通り専一が居て、トランペットを吹いていたのだが、

 

「凄い……!」

 

 その音は以前よりも遥かに上達していた。音色が聞き惚れる程の、素晴らしい色合いである。本当に凄かった。

 

「あ、あんた、学校も来ずに何してたのよ? つーか、髪伸ばしてたっけ?」

 

 しかし、肝心の専一は、大分様子が変わっていた。短髪だった頭は女性並みのロン毛になっており、表情が鬼気迫っている。目付きが、ちょっとじゃないくらいにヤバい。男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、人間ここまで変わる物だろうか?

 

「専一、どうしたのよ……?」

「見ての通りだよ。練習してるのさ」

 

 と、急に専一が喋り出した。振り返りもせずに。

 

「ええっと……」

 

 音色は返す言葉が浮かばなかった。彼をここまで変えてしまったのは、間違いなく自分であったからだ。一体何と声を掛ければ良いのだという話であろう。

 だが、そんなの知った事じゃないとばかりに、専一は一心不乱に練習を再開した。そこに音色の知っている彼の姿は無かった。その異様な光景に音色は思わず後退って、逃げるように帰った。もちろん、その間も専一は練習を止めない。

 

(何なのよ、一体!? どうしちゃったのよ!?)

 

 音色は何も言えず、出来なかった。

 

(怖い……専一が怖い……!)

 

 だから、音色は逃げ続けた。逃げて、逃げて、逃げ続けて――――――、

 

「何してるんだろ……」

 

 急に冷めた。その後、思い至り行動に移す。それは、

 

「――――――きっと解決、してくれるよね?」

 

 大いなる間違いである。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「暇だぁー!」

「学校に行け」

「嫌だぁー!」

「糞ニートめ」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 後日。

 

「迷惑掛けてすいませんでした」

 

 専一が復学してきた。

 

(良かった、戻ってる……)

 

 昨日に打った一手が上手く行ったのか、雰囲気は戻っている。音色はホッと一息吐いた。やはり彼はこうでなければ。

 

「専一……大丈夫、なのよね?」

「ああ、問題無いさ」

「そ、そう……」

 

 話し掛けても、何時も通りの専一だ。これなら今日の練習は大丈夫だろう。早く放課後になってくれないかな、と心の中で音色は喜んだ。

 そのまま時は過ぎ、待ちに待った放課後となる。

 

(やっぱり腕が上がってる……)

 

 一緒に練習してみて分かるが、専一の技術は驚く程上がっている。元から練習の鬼みたいな奴だったけれど、休んでまで練習していたのであろうか。それはそれで問題はあるが、ここまでレベルアップしていると素直に感心してまった。

 

(でも……)

 

 音色は言えなかった。今更選出メンバーの変更は出来ない、とは。

 

「おうおう、随分熱心な事で。学校ズル休みしてまで練習して、“考え直して下さい”ってか? 無駄無駄。やるだけ無意味だよ」

「そうよね~。何時も一人突っ走ってばかりだし、正直居なくなって清々してたんだけどさ~?」

 

 しかし、空気を読めない一部が、心無い言葉をぶつけた。

 確かに専一はストイックが故に少し走りがちだが、それでも音楽には直向きな奴である。こんな事を言われる筋合いはない。

 

「……それはアンタたちも同じでしょ」

 

 だので、音色は冷たく吐き捨てた。この二人は、選ばれなかった処か周囲と不和を生じさせてばかりの屑なので、どの口が言うんだって話だ。

 

「けっ、バカップル共が……」

「精々仲良くしてなよ、ブス」

「………………」

 

 先ずは鏡を見ろとアドバイスすべきであろうか。こいつら仲良いよなぁ……。

 それよりも、言われた専一の方が問題である。折角気持ちを乗り越えて登校して来たのに、こんな馬鹿共の言い草で再び傷付くなんて、そんなの許せない。

 

「気にしてないさ」

 

 だが、専一は何処吹く風だった。むしろ、ちょっと楽しそうな顔で笑っている。それは専一が音色に勝った時に浮かべる物と同じだったのだが――――――、

 

「だってさぁ……」

 

 しかし、ちょっと風向きが怪しくなってきた。笑顔が段々と怖く、歪んでくる。あの日、三途川の辺で見た姿と重なってきた。

 

「あれ……?」

 

 さらに、何故か音色の視界がグニャリと歪む。血の気が引いていくと言うか、寒気が出てきた。

 否、彼女だけではない。専一が再びトランペットを吹き始めると、周囲の部活仲間が全員、貧血のような症状を起こし始め、やがてバタバタと倒れ出した。これは一体……!?

 

「――――――お前らの事なんて、何とも思ってないんだからさぁ!』

 

 すると、専一が吹くのを止めて、音色たちを睨み付ける。その眼には確かな憎悪と殺意が籠っていた。彼はやはりと言うか、当たり前に怒り狂っていたのだ。それも厄介な(・・・・・・)力を得て(・・・・)

 

「髪の毛が……!?」

 

 何時の間にか専一の毛髪が触手の如く伸びて、部活仲間から血を吸い上げていた。

 

『どいつもこいつも、俺を見下しやがって! 大した努力もしてない癖に、偉ぶるんじゃねぇ! 糞共がぁ!』

「や、やめ……あぐごがぁあああああっ!?」

「い、いやぁ! た、たすけ……かはっ!」

 

 先ずはクズップルの二人が犠牲となる。加速度的に血を吸い上げられ、みるみる内に木乃伊となった。

 

『よくもチャンスを不意にしてくれたなぁ、国語の先生よぉ!』

「わ、私は音楽の……はべふほらぁっ!」

 

 続いて専一をコンクールのメンバーから外した顧問の先生が枯れ果てる。彼女は知る由も無いが、将来の夢で両親と反発していた専一にとって、今回の一件はまさに人生を左右する物であり、逆恨みとは言え、憎まぬ理由もまた無かった。

 ちなみに、彼の両親は殺されている。反発しながらも楽器代を出してくれたりと、陰ながら応援していたのに、報われない物だ。

 その後も専一は貧血で動けない部活仲間たちを枯らしていき、

 

「せ、専一……!」

『……何時も何時もスカした態度で、俺を嗜めてくれたよなぁ? 昔馴染みなら、何でも言って良いと思ってたのか、佐那さんよぉ?』

「ち、違う、アタシは――――――かふっ!」

 

 馴染み深い筈の佐那さえも、嬉々として手に掛けた。髪を振り乱し、怨念をばら撒きながら、次々と血祭りに上げる今の彼は、まさしく夜叉そのものだった。

 

 

◆『分類及び種族名称:怨響(おんきょう)怪人=夜叉』

◆『弱点:髪の毛』

 

 

『さぁてと……』

「ひぅ……っ!」

 

 そして、最後のメインディッシュは音色である。全ての髪の毛が絡み付き、彼女を縛り上げる。生殺与奪の権利は、完全に専一の判断に委ねられたと言えるだろう。

 まぁ、今の彼に音色を許すという決断を下せるとは思えないが。何せ、この状況に目を血走らせ、涎を垂らす勢いで興奮しているのだから。

 

「や、やめて、専一! この前の事は謝るから!」

『フン、どうせ口だけだろ。何かに付けて俺を見下して悦に入ってるお前に謝罪された所で、何の得があるんだよ?』

「そんなつもりじゃ――――――」

 

 そんなつもりじゃない。そう言おうとしても、既に音色は弱っていた。死ぬのも時間の問題だろう。いや、専一の心持次第か。

 

「私は……私は、アンタに認めて欲しくて……一緒に頑張りたいって……」

 

 それでも、言いたい。このまま、何も伝えられないまま終わるなんて、あんまりだ。

 

「私はアンタの事、昔から……小さい時から、ずっと――――――」

『………………!』

 

 だが、言い終える前に、音色は事切れた。すっかり吸い尽くされた彼女は、木乃伊処か砂と化し、一陣の風と共に散って逝った。

 

『知るかよぉおおおっ! 俺を認めない奴、必要としない奴は、皆みんな、死ねば良いんだ! いいや、俺がぶっ殺してやる! 俺さえ居れば、ほらこの通りぃっ! 一人楽団を築いてやるぜぇ! いひょひゃきゃひひゃひひひひははははっ!』

 

 さらに、既にトチ狂っている専一にはまるで響かず、涙さえ流して貰えなかった。本当に、あんまりな最期である。

 

「認めてやるよ。お前は素晴らしい」

 

 そんな彼に、誰かが楽しそうに声を掛ける。

 

『そうか、もっと褒めろ!』

「本当に素晴らしい道化だ」

『べぼるぁあああああっ!?』

 

 そして、専一は爆裂四散した。無事なのは頭と毛髪だけだ。

 

『な、何を……誰だきそまぁああああっ!』

「大事な所で噛む所もまた可愛いねぇ~♪」

 

 やらかした奴の正体は、里桜であった。

 

「何だかんだと聞かれたら、私は屋上のリオさね」

『な、に……!? 何故ここに!?』

「何故ってそりゃあ、富岳 音色から依頼されたからだよ。“幼馴染の様子が変なんです、助けて下さい”ってな。もう居ないけど」

『………………!』

 

 そう、里桜は音色から依頼を受けて馳せ参じたのである。

 

『うきぇあああああああっ!』

「……黙って聞けや、喧しい」

『はげたぁああああああっ!』

 

 つまり自分を殺しに来たのだと判断した専一が、髪の毛で様々な楽器を搦めて音波攻撃を仕掛けたのだが、敵う筈も無く丸坊主にされた。後は死に行くのみ。

 

「いやはや、滑稽だねぇ。こんなに禿げ散らかっちゃって。こんな野郎に愛の言葉を囁いて逝くなんて、音色も見る目が無いな」

『なっ……貴様、見ていたな!?』

「ああ、最高のショーだったぜ、ピ~エ~ロ~く~ん?」

『この悪魔がぁあああああぁ……ぐふぅっ!』

 

 怨嗟の言葉を響かせて、専一は逝った。最後の最期まで無様であった。

 

「――――――その人間(あくま)を散々頼って、世話になって、最後は食い物にしたのは、お前自身だろうに」

 

 楽器を手に出来たのは誰のおかげか?

 何時も叱咤激励してくれたのは誰か?

 ……人は一人では生きて行けない。彼はそれを忘却の彼方へ置いてきてしまったのだ。夜叉に魅入られた、その時に。もしかしたら、もっと昔から、あるいは最初からだったのかもしれないが、最早知る由は無い。

 

「ま、そんなお前も誰かの記憶には残るさ。よくある怪談話の一つとしてな。これだから人間は大好きなんだよね~♪ 下らん夏休みが終わって、網に掛かるようになって感謝してるよ。くくくくく、きひひひひ、きゃははははは! ヒャッホッハッハッハッハッ!》

 

 本当の悪魔が嗤う。これからも増え続けるであろう、生け贄(こひつじ)たちの姿を思い浮かべながら。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 その日の夜。

 

「ちぇっ、苺姐さん、最近付き合いが悪過ぎるっスよ……!」

『悔しいの? 嫉妬してるの(・・・・・・)? 自分だけの物にしたいの?』

「えっ……?」

『なら、力尽くで手に入れな』

「きゃあああああああああ!?」

 

 また一人、夜叉が生まれた……。




◆夜叉

 人の悪心に取り付く魔物。元はインド神話に登場する邪神(アスラ神族の一柱)で、人を食らう悪鬼である反面、水を浄化し森を育てる神霊でもある。
 正体は寄生性の環形動物。体毛の生える動物に取り付き、自分たちが代わりに体毛として振る舞う。餌は血液(というか体液)。無数の無性生殖個体が一斉に身体を震わせる事で、様々な音波攻撃を繰り出す。


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猫の怨返し

 とある演習場。

 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)災禍町(さいかちょう)の一画をメインとし、隣二町をまたいだ大規模な物で、周りを深い森が囲う。月に数回のペースで演習を行っており、その影響で災禍町は迷惑を被りつつも美味しい思いをしていたりする。森はあっても山が無いので、榴弾砲演習の騒音が駄々洩れなのだ。

 

「猿、ゴリラ、チンパンジー……」

 

 その演習所から程近い駐屯地の寮内で、射川(いりかわ) 雪奈(ゆきな)は意味不明な事を呟いていた。気が狂った訳では無いが、前からある口癖でもない。最近漏らしてしまう台詞である。

 

「どうしたんですか、先輩?」

 

 そんな先輩の正気を、後輩のカラカ・ゾーイが疑う。無理もない。

 

「猿もゴリラもチンパンジーなんだよ! 分かるだろ!?」

「いえ、ニホンザルはオナガザル科で、ゴリラとチンパンジーは類人猿なので違います」

「何でキミそんなに詳しいの? ……いや、何でもない、忘れてくれ」

 

 雪奈はカラカに対して首を振るい、その勢いのまま床に就いた。

 

(全く、妖怪と融合なんてロクな物じゃ無いな)

 

 さらに、布団に包まりながら溜め息を吐く。

 実の所、雪奈は諸事情で弱った猿神と融合している。本来なら時間を掛けて乗っ取られる物なのだが、彼女はその強い精神力により抗い続け、結果として完全に一体化してしまったのだ。……ゴリとラー。

 むろん、知識と意識、能力も完璧に統一化されており、好きなタイミングで夢の世界へ旅立てる。の○太かな?

 まぁ、夜の生活も猿神としての影響を受けまくっているのだが……。

 

「さてと……ZZZzzz」

 

 そして、今宵もまた雪奈は夢現の狭間へと出掛けて行く。

 

『これは夢だ~、バンザ~イ♪』

 

 適当な事を宣いながら、月夜を雪奈のアストラル体が飛ぶ。猿神は集合的無意識に干渉する力があり、毎夜こうして夢見る人々の精神に干渉し、あわよくば取り殺してしまおうと彷徨うのである。

 もちろん、雪奈にそのつもりはない。単純に夢の世界で日々のストレスを発散したいだけだ。その際、多少なりとも干渉された人間はエネルギーを吸われるが、生命活動に致命的な影響が出るような事はしないようにしている。精々夢見が少し悪くなる程度であろう。

 さて、今夜は誰の夢に潜り込もうか。

 

『フキュフキュ~』

『あ、獏だ』

 

 すると、行く先に「獏」が飛んでいた。

 むろん、マレー半島に居る珍獣ではない。中国の伝説で語られる幻獣の一種である。象の鼻に熊の身体を持つ、白黒のツートンカラーの生物も充分に珍しくはある。

 獏と言えば、悪夢を食べ、福を齎す縁起物の妖怪――――――とされているが、実際の所はどうなのだろうか?

 

(関わらないでおこう)

 

 獏を見付けた雪奈は、近付く処か目を付けられないように距離を取った。

 そう、獏を縁起物として担いでいるのは日本だけ。実際の彼らは寝込みを襲って取り殺す、恐ろしい化け物なのだ。そもそも、中国に伝わる獏の正体はジャイアントパンダ……つまり熊である。竹や鉄は勿論、人間だって食べる。

 現在の獏は、一生の殆どを冬眠状態で過ごし、夜な夜な身体を抜け出しては、夢を介して命を奪う、猿神とニッチがバッチリ被った怪物だ。触らぬ神に祟り無し。関わってもロクな事が無いなら、無視を決め込むのが一番だろう。

 

『……ん? あれは!』

 

 しかし、獏の向かう先が、雪奈が良く知る人物の夢ともなれば、放ってはおけまい。

 

『お前ら妖怪に付け狙われ過ぎだろう!』

 

 こうして、非常に嫌々ながらも、雪奈は「光珠荘」へと向かうのであった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それは、少年が少女と知り合ってから数日後の事だった。

 

『にゃ~ん♪』

「あ、ねこだ」

 

 またしても一人で過ごしていた少年は、薄汚れた一匹の子猫と出会った。生後間もない個体のようで、人間である彼の姿に警戒心を抱かずに近寄って来る。可愛らしい事この上ないが、この調子では野生下で生き残れないだろう。

 

「……でも、連れて帰れないよなぁ」

 

 暫しアニマルセラピーを堪能した少年だったが、ふと我に返った。彼の家庭はロクでもない。父親は酒・女・ギャンブルに依存した暴力亭主だし、母親は黙って従うだけの人形である。当然、子猫を拾って帰った暁には、少年ごと投げ返されてしまうのがオチだ。

 

『なぁ~お?』

 

 だが、このか弱い命を見捨てられる程、少年は割り切れない男であった。この世の何処にも居場所が無い、そんな雰囲気が彼の心を燻らせるのである。はてさて、どうしたものか……。

 

「何してんだ、お前は?」

「あ、きみは……」

 

 と、誰かが少年に話し掛けてきた。あの時の女の子だ。相変わらず妙ちくりんな格好で、不健康そうな顔色をしている。ご飯食べてる?

 

「えっと、じつはね――――――」

 

 とりあえず、今までのあらましを話す少年。

 

「三味線にでもしちまえ」

「しんらつ!」

 

 少女の答えは辛辣だった。皮を剥ぐな。

 

「じゃあ、持ち帰って世話出来るのか? それに関しては、家庭の問題以前だぞ? まぁ、家庭の方も大問題だがな。そんな状況で迎え入れても、腐った生肉になるだけだよ」

「うぅぅ……」

 

 以前と同じく、正論が少年を責める。本当に容赦が無い。

 

『にゃ~♪』

「あっ……」

 

 すると、子猫が気紛れに走り出した。その先は車道で、向こうからは自動車が――――――、

 

「あぶない!」『にゃん!?』

 

 思わず子猫を助けに飛び出す少年。

 

「危ないのはお前だ、馬鹿野郎!」

 

 そんな彼らを、少女がヒーローの如く颯爽と掻っ攫い、反対の歩道に着地した。とても小学生とは思えない身体能力である。

 

「す、すごいね……」

「婆ちゃんに鍛えられたんだよ」

「えぇ……」

 

 何それ、怖い。

 

「それよりも、野良猫一匹の為に飛び出す馬鹿があるか!」

「だって……」

「だってもさっても無い! まったく……」

 

 呆れる少女だったが、それが少年の優しさから来る物である事もまた分かっていた。

 

「仕方ないな。少しの間ならワタシが預かって――――――」

 

 と、少女がちょっとデレようとした、その時。

 

『フシャアアアアアアッ!』

 

 突如、黒い化け猫が襲い掛かって来た。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『バクバク~♪』

「うぅぅん……」

 

 悪夢に魘される龍馬の枕元に、ひっそりと忍び寄る獏。このまま夢の世界に入り込んで、魂を食い尽くす腹積もりだ。

 

『だめだよぉ~?』

『バファッ!?』

 

 しかし、異変に気付いたたくあんの放つ謎の波動によって、光珠荘の外へ放り出されてしまった。

 

『ドラァッ!』

『フボアッ!?』

 

 さらに、追い付いた雪奈が羽交い絞めにして、諸共夜の闇に落ちていく。

 

『おやしゅみ~♪ ぬんぬん♪』

 

 こうして、一難は去ったが、龍馬の夢見は治らない……。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『グルルルル!』

 

 この雄猫は、かつては飼い猫だった。

 そして、彼の飼い主は、それはそれは酷い人間だった。

 初めこそ可愛い可愛いと言って育ててくれた。確かな愛情を注いでくれていた。

 だが、時が経つにつれて「可愛い」が「面倒臭い」に変わり、引っ越すついでに捨てられた。野生を知らない彼が今日まで生きてこれたのは、単に運が良かったのだろう。

 それからは野良猫として生きてきた。辛く苦しくも、同時に幸せもあった。交尾をして、子供が出来たのである。近くで見る事こそ出来なかったが、子孫を残せただけでも充分な誉れだった。

 それに仲間も出来た。同じ傷を負った、同境の仲間たちが。彼は長い月日を重ねて、そこのボスとなった。実に殺伐として、充実した毎日だった。

 しかし、彼は再び絶望を味わった。彼の猫生に深い深い傷を残す程の絶望を。

 一つ目は、妻と子供たち。

 二年前のある日、彼女たちは死んでしまった。住み処に運転操作を誤ったバイクが突っ込んだのである。本マグロよりも重い大型バイクで、その質量と馬力によって、小さな命の数々を一瞬にして奪い去った。

 彼がそれを知ったのは数日後。たまたまそこを通り掛かった時であった。

 遺体は見る影もない程にグシャグシャだった。懐かしい匂いを嗅ぎ取れなければ気付かなかったであろう。それ程に凄惨な有り様だった。

 二つ目の絶望は半年後。愛する家族を失い、それでもこの仲間たちだけは守り抜こうと思っていた時だった。

 突然、見知らぬ人間たちが、仲間を根こそぎ連れていった。

 新しい飼い主、ではない。網と籠を持った、所謂「保健所」の人間だ。彼らは容赦なく執拗に追い回し、数回目の捕獲作戦で仲間は全滅した。もう誰も生きてはいないだろう。この近辺の野良猫は仲間たちだけだったらしく、彼は独りぼっちになってしまった。

 こうして彼は、「愛してくれる者のいなくなった絶望」「愛する者のいなくなった絶望」「愛さえいらなくなった絶望」を味わった。

 それでも、彼は生き残った。先立った者たちの分も、強く生き続けた。

 ――――――その憎しみと絶望の果てに、本当の化け猫となった。尾が裂けた怪猫、それ即ち……、

 

「「猫叉」か!?」

 

 現れた黒い化け猫――――――「猫叉」を見て、少女が叫ぶ。

 

「ねこまたってなに!?」

「経年変化した化け猫だよ! 人を取って食う怪物だ!」

「ええっ!?」

 

 そう、猫叉とは月日を重ね、寿命の限界を超えた猫が化ける怪物である。凶暴なだけでなく、奇怪な妖術を操ると言われている。

 

 

◆『分類及び種族名称:怪猫超獣=猫叉』

◆『弱点:尻尾』

 

 

『フシャアアアアアアッ!』

「なんでぼく!?」

 

 と、何故か真っ先に少年へ襲い掛かる猫叉。まるで仇の息子でも見付けたようだ。

 

「フゥンッ!」

『ギャヴッ!?』

「うそだ~♪」

 

 だが、少女の回し蹴りによって防がれる。そんな馬鹿な。

 

「鍛えられてるって言っただろ。……退魔師の家系なんだよ、ワタシは」

「そ、そう、なんだ……」

「ドン引くなよ。気持ちは分かるけど」

 

 今明かされる、衝撃の真実。少女は退魔師の末裔だったのである。どうりで異常なフィジカルだと思ったよ。

 

「さて、こいつにどんな恨みがあるのかは知らないが――――――殺させてやる訳にはいかんなぁ?」

『ギャヴォオオオオオッ!』

 

 そして、少女と猫叉の戦いが始まった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『フギャアアアアアッ!』

『このパンダ擬きがっ!』

 

 一方その頃、雪奈と獏は夢の狭間で殺し合いをしていた。本来なら争う筈の無い者同士ではあるが、邪魔立てすれば別の話だ。雪奈は龍馬を、獏は餌場を守る為、互いの命を懸けて戦う。これぞまさしく生存競争、縄張り争いである。

 

『ガヴゥゥゥッ!』

『うぉっ!?』

 

 獏が熊手を振るい、雪奈は慌てて避ける。名前は獏でも実情は熊だ。パワーがまるで違う。それは雪奈にも言える事。ベースが猿である以上、純粋な力勝負では勝ち目が無かった。

 

『ガヴッ、ギャヴ、ヴォッ!』

『ホーミングがしつこいな!?』

 

 しかも、ご存じの通り熊は見た目に反して滅茶苦茶素早い。日本刀のように鋭い爪も相俟って、雪奈は完全に攻めあぐねていた。

 

『この野郎!』

『グヴァォ!?』

 

 だが、雪奈は戦闘のプロフェッショナル。熊のような四足動物では不可能な投げ技によって応戦した。

 さらに、怯んだ隙を突いてドロップキックを食らわせようとしたのだが、

 

 

 ――――――ブベァアアアアッ!

 

 

『いや、臭っ、汚っ!』

 

 しかし、とんでもない勢いで放出された屁で撃退された。スカンクかお前は。

 

『グヴォオオオオッ!』

『ぐぉっ!?』

 

 すかさずそこへ獏のベアクローが炸裂。雪奈は宙を舞い、無様に不時着した。涙が出ちゃう。

 

『――――――ふざけやがってぇ!』

『バヴォッ!?』

 

 それ処か、雪奈は目からビームを発射した。鵺と同じく、高温高圧の目ヤニを噴出したのである。成分の大半が獏から食らった悪臭なので、カウンター技と言えなくもない。

 

『死ね!』

『ブヴァォッ!?』

 

 次いで、手から手裏剣の如くビームを発射。こちらも体液由来の攻撃だ。こらそこ、手汗とか言わない。

 

『死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇえええええっ!』

『アファヴォォ、アバヴォヴォ……ギャギャヴォオオッ!?』

 

 その上、雪奈は何度も何度も撃ち続け、獏の反撃を一切許さないまま、血祭りに上げていく。

 

『この大熊猫がぁああああっ!』

『パンダ……ダヨォオオオン!』

 

 そして、もう一度目からビームを浴びせ掛け、完全に爆殺した。銃は剣よりも強し、である。飛び道具こそ人間の生み出した最強の武器なのだから。

 

『……あいつの夢のセキュリティ、どうにかならんのかねぇ?』

 

 仕事を終えた雪奈はブツブツと呟きながら、夢から覚めに帰還するのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『キシャアアヴォッ!』

 

 猫叉が鋭い爪で切り掛る。

 

「おっと!」

 

 少女は軽やかにそれを避け、猫叉の横腹を蹴り上げ、体当たりで吹き飛ばした。

 

『ギャヴォオオオッ!』

 

 だが、猫叉は空中で態勢を立て直し、口や尻尾の先から火炎弾をばら撒いてくる。プラズマの類ではなく、熱した油分の塊である為、着弾点は何時までも燃えており、あっと言う間に火の海となった。逃げ場を失くし、一気に片を付けるつもりなのだろう。

 

「人類舐めるな、畜生が」

『ギェッ!?』

 

 しかし、猫叉が火の檻に飛び掛かろうとした瞬間、少女が懐に閉まっていたゴーストをバスターしそうな光線銃で撃ち抜かれる。まさしく一瞬の出来事であった。

 

『グギギギ……ギャヴォオオオッ!』

「何ィッ!?」

「うわっ!?」

 

 ただ、致命傷ではあっても即死には至らなかったらしく、猫叉は最期の力を振り絞って、少年へ襲い掛かった。本当に猫の恨みは恐ろしい。

 

『……きゃうっ!』

「あっ……!」

 

 だが、最後の鼬っ屁は失敗に終わった。今度は子猫が少年を庇ったのだ。猫叉も動きが止まり、子猫の命も尽きる。全ての猫が息絶えたのである。

 

「どうしてこんなことに……」

「……親の因果が子を報ったのかもな」

 

 あの化け猫は、明らかに少年を標的に定めていた。本人の与り知らぬ所で恨みを買い、因香を嗅ぎ取られたのかもしれない。

 そう、例えば元の飼い主が少年の親だったり、だとか……。

 何れにしろ、当の猫叉が死んでしまった今、詮無き事であった。

 と、その時。

 

『……ぁぅ……』

「「なっ!?」」

 

 猫叉の血に塗れた子猫の死体が突然動き出し、一人の幼女に化けた。理由は不明だが、猫叉の影響を受けた事は確かだろう。

 

『おにぃ……ちゃ~ん……』

 

 血だらけのまま、無邪気に擦り寄って来る幼女。何とも無防備で、疑う事を知らない子であろうか。

 

「……ぼく、きめたよ」

 

 少年は決心した。

 そして、

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……夢か」

 

 そして、龍馬は目を覚ました。とても懐かしくも恐ろしい光景だ。

 

「にゃ~ん……」

「未乘……」

 

 さらに、猫撫で声を上げて寝惚ける妹を見る。




◆猫叉

 長い年月を掛けて人の精気や月の陰気を吸収した化け猫。尾が二又に裂けているのが特徴で、中国では「金華猫」とも称される。夜な夜な家に忍び込んでは人の精気を吸い尽くして殺したり、死体を操って悪さをしたりするという。油を舐めて行灯の火を消したり、呪いを込めた食べ物を食わせて殺そうとする事もあるらしい。
 その正体は、とあるウイルスに感染し変化した野良猫。発火性の体液を溜め込む性質を持ち、それを火炎玉として放って来る。


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