Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》 (時杜 境)
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第一章 境界トワイライト
01 序説 黄昏の大陸


 黄昏暦六〇〇年、神は殺された。

 

 これによりラグナ大陸は約千年ぶりの平穏と人類の覇権を取り戻す。

 されど世界の危機は、厄災は未だ多く。

 神の支配から逃れた後に何が起きるかなど、この時はまだ、誰も知らなかった。

 

 

 ────などという余分な思考を回すような人生を、紅蓮(ぐれん)朔空(サクラ)は送っていなかった。

 

 生まれてこの方、外界嫌い。

 引きこもって何もせず百年ばかりの生涯を過ごすことすら可能にする精神を持ち得ながら、目覚めた彼は、言いなりになるまま鍛錬を積み仕事をこなし、やがて神を殺した。

 

 ザ・神殺し。

 終末の英雄。最新の英雄。

 

 だが報奨金は出なかったし、今日の仕事だって昨日の仕事だって明日の仕事だって、給料は永遠に支払われない。そもそも唯一の人類国家に住民届すら提出していない。

 

 野生の修羅。ポッと出の猛者。辺境の剣豪。

 

 現代の人類──人間が絶滅した故──今は「魔族」とも呼ばれる現人類から見れば、彼の存在はイレギュラーそのものだった。

 

 ──外界は恐ろしい。

 

 かくいう当人は、神を殺して(やしろ)に帰ってきたサクラは、そんなことを思っていた。

 

 何も知らなかった幼少の頃こそ、多少は外に興味があった。境内(けいだい)は安全が約束された地だったが、かわりにあまりにも閉ざされた土地だったから。

 

 だが今、外界という地獄を充分に、存分に味わって帰ってきた今は違う。

 神という至上存在の殺害を成功させてなお、サクラは思う。

 

 ──外にいたら、死ぬ。

 

 ありふれた生命としての危機察知だった。突然の事故で容易に命を落とす。そんな外界を彼は疎んだ。だが皮肉にも、彼の仕事はその外界を──人界を護ることだった。

 

 秘密結社、なんていえるほどの勢力でも組織でもない。

 

 月界線(げっかいせん)の社の神子。それがサクラの職業といえる肩書きだった。

 

 業務内容は、界外からの侵略者やら異世界生物やら、この人界を侵す危険存在の排除。

 

 それだけだった。

 それだけが、サクラが今を生きる理由だった。

 

 

「神を殺した、人類最強格のお前ならいける! さぁやろう、竜退治!!」

 

 そうして隣の幼馴染の一声で、物語は再開する。

 

 サクラと同い年の二十一歳女子だった。膝裏にも届く長さの黒髪ポニーテール、薔薇のような真紅の眼。凶悪さが滲む、端麗な顔立ち。痩身にまとうのは、細いリボンを留めた白いシャツに、ダークブルーのジャケット、ロングスカート、栗色のロングブーツという軽装。

 

 火楽(かぐら)赤桜(アガサ)

 趣味で生きている、悪魔と人間の混血。

 

 その白い細指が差している前方を、サクラは見た。

 

「……いや竜退治って」

 

 下に広がるのは石造りの古い空間。

 連れてこられた遺跡の天井からは、夕陽が差していて幻想的だ。

 そのスポットライトの中心には、赤い鱗を讃えた、巨大な竜が居座っていた。

 

 だが、そこらにいるような、ただの竜種ではない。

 アレは竜の中でも最上位に位置する個体だ。古竜といっても遜色ないレベルの存在だ。

 そうサクラは、生物の本能として察していた。

 

「──帰っていいか? いや帰る。じゃあな」

 

「待て待て待て」

 

 くるっと踵を返そうとし、着ていた羽織の裾をつかまれる。

 

「決断が早すぎるぞ……! 上位存在を一人で相手できるワケないだろうがッ、前衛のサクラがいなきゃ始まんないって!」

 

「前衛? お前なら後衛も前衛も関係ないだろ、この単独殲滅機構。アレを倒したいだけなら、空間を圧縮して海にでも放り捨てればいいだろうが」

 

「いや、あそこまでの情報量だと圧縮に百年はかかるって……じゃなくて。捨てるなんてとんでもない! お前、アレは上位存在に片足踏み入れてる個体だぞ! 討伐(バト)って素材にする方が遥かに有意義に決まってるだろうがぁ!」

 

「やっぱりそれが目的か」

 

「あ」

 

 ジト、と抗議の視線を向ければ、アガサが明後日の方向に目を泳がせる。

 

「八年も顔を合わせなかったお前がいきなり来るなんて、おかしいと思った。詐欺かセールスか、そわ改宗かなんて思ってたが、こんな酷い労働バイトがあるかよ」

 

「労働でもバイトでもない! だからバイト代すら出ないぞ! むしろ、サクラこそなんで普通に誘いに乗ってくれたんだよ、この怪しい幼馴染の言葉によ!」

 

「いや、アガサに久々に会えて嬉しかったし」

 

 彼女が片手を額に当てた。

 

「……本気でゴメン。この一件が終わったら殺していいから」

 

「今の人命相場はゼロゴールドだぞ」

 

「価値なし!?」

 

 ともあれ。

 アガサの思惑はどうあれ、この大陸で上位存在を目撃しておいて、みすみす見逃すような真似は、サクラだってしない。

 

「……神獣か、それ以上だな。竜の形をした『超抜(ちょうばつ)存在』といっても差し支えないだろう」

 

「そんなに? 神獣って、神が従えていた直属の眷属のことだよね」

 

「なんで初耳みたいなリアクションなんだよ。毎日数万体を殲滅してたっていうお前の武勇伝は、流石に俺も聞いてるぞ」

 

「数万だったらとっくに人類負けてるっつの。ちゃんと一日一億以上は殺しましたー」

 

「護国の英雄してるじゃないか」

 

「超抜存在は一体倒すと百ゴールドだったよね」

 

「存在しない設定を語るな。あんなのがホイホイいてたまるか。しかも安いし……」

 

 神獣はともあれ、超抜存在は伝説に語られる世界の厄災である。

 かつて、サクラが殺した神もその一体だ。

 

「じゃあ三年前の──全盛期のサクラがあの竜と戦ったら、どう?」

 

「相打ちがせいぜいだな。魔法使いでも呼んでこい」

 

「魔法使いはいないけど、私がいるぜ?」

 

「無駄にかっこいいな……」

 

 キメ顔までされると、サクラにも動く心がある。謎の勇ましさだ。

 

「まー、だからどうにかなるだろ。私が信頼するお前がいて、お前に期待される私がいる。グッドベストコンビ。ヒーロー補正とヒロイン補正もあるから盤石だ」

 

「期待を今やめた」

 

「やめてよ! 期待してよ!」

 

「ははは」

 

 サクラの珍しい笑い声は、アガサの耳には入らなかった。

 同時に、別の声が響き渡ったからだ。

 

 

『――いつまで姿を現さない気でいる? 隠れてないで出てくるがいい、戦士よ! その武勇を我が前に示してみせるがいい!! ハァーハッハッハッハッハァ!!』

 

 

 空間全体に轟く声量。発生源は──下の竜である。

 サクラは息を呑む。

 

「……喋った」

 

「神聖言語……じゃないな。これが『万象(ばんしょう)言語』か。変な聞き心地だな。──さ、興味も出てきたところで」

 

「ああ、殺しておくべきだな。生かしてはおけない」

 

()る気あがってるぅー……」

 

 竜のいる方を向いたサクラは、刀の柄に手を置いた。鍔の近く、鞘から垂れた鈴の飾りがシャリンと音を零す。

 

「──挑戦は一回だけだ。俺が一撃入れても無駄だったら即退却だぞ」

 

「よく言った。神子様は言うことが違うな」

 

「で、作戦は」

 

 鯉口を切りながら、サクラは改めて竜を視認する。

 もう観察対象ではなく、狩猟対象として。

 

『おーい……アレぇ? もしかして我の気のせいだったか? 誰もいないのかー……?』

 

 眼下では、後頭部をこちらに向けたまま、キョロキョロと辺りを見回す竜が一体。

 先ほどのテンションの高さはどこへやら、自信をなくした迷子のようになっている。

 

「作戦、奇襲で」

 

「了解」

 

 血も涙も情もない二人だった。

 殺れる時に殺る。それが、ラグナ大陸の常識だった。

 

「『黒の万象(ブラック・アルス・マグナ)』」

 

 アガサの背後には黒い棺桶が現れる。

 

「【固有理論(ロジック・アーツ)】」

 

 サクラが鞘から抜き始めた刀身は白く閃く。

 気配を殺し、敵意も殺意さえ消し去った二人は、隙だらけの獲物に狙いを定め、瞬間。

 

『――ッ! そこかあああッ!』

 

 竜的超直感とでも言うのか。

 赤竜の尻尾が大きく薙ぎ払われる。それはちょうど二人が立っていた足場の周辺を直撃し、轟音と共に崩落させた。

 

『フハハハハ、我を誰と心得る! この炎竜エリュンディウスに、奇襲などという小細工、通用すると思――』

 

「殲滅術式三十番、一斉掃射」

 

『――は?』

 

 空間を埋め尽くさんばかりに展開したのは、黒い銃身の大群。

 百を優に超える数のそれらは、下された命令に従い、一斉に弾丸を竜に叩きつけた。

 

『ま――ギャッ、オ、ウオオオオオオッ!? なんだそれは!? なんなのだそれはーッ!?』

 

 ドガガガガガガガッッッ!! という嵐のような集中砲火。

 鱗こそ貫通しないが、一度に全身を叩かれる凄絶な体験に、炎竜は悲鳴を上げた。

 

「目標心臓、神刀抜刀――」

 

 キラリと、針のような悪寒が炎竜を突き刺す。

 第六感的に察知したその危険信号は、現在受けている弾丸の砲火など児戯に等しく。

 ()()、と。

 絶望と確信をもって、エリュンディウスは自らの終わりを悟り――

 

『さ、せるかァァァ――――!!』

 

 全身全霊で、足掻き狂う。

 この遺跡ごと焼き尽くさんばかりに、黄金の焔が発生する。

 

 浮遊展開していた銃身の群れが一斉に灰になっていく。引火した物質を例外なく蒸発させるソレは、単なる燃焼ではなく、凄まじいまでの浄化の力を有している。触れれば最後、肉体から魂、存在まで焼却されるだろう。

 

「げ――」

 

 燎原の火が如く、それらは地上に着地していたアガサに及ぼうとする。彼女はすかさず影から黒壁を十数枚と錬成するが、全て紙のように焼き消される。

 

「洗霊理論・社門朔月(しゃもんさかつき)説」

 

 火の手が届かんとしたその時、唐突に熱は遮断された。

 アガサの前に顕現した()()()()が、壁として焔を拒絶したからだ。

 

『ッ!?』

 

 再び訪れる死の悪寒。一度ならず二度目となれば、炎竜も本気で恐怖を覚える。

 

「十三番!」

 

『ガッ……!?』

 

 炎竜の影という影から射出されたのは黒い鎖の群れ。翼を広げようとした炎竜の巨躯に絡みついたそれらは、四肢を封じにかかる。

 

『おのれ、これしきのことッ……!』

 

 死が、迫っている。

 未だ荒れ狂う焔の熱地獄に、続々と鳥居の群が顕現していく。焔を拒絶し、消し去る鳥居の上、その赤い道を黒革靴の足音が走り抜ける。

 

 紅白の巫女装束の上に、紅蓮色の羽織を着た青年だった。

 ハーフアップの赤みがかった藤色の髪。長さは肩にかかるほどある。

 すっとした鼻筋に、薄い唇。無性にすら思わせる中性さ。

 

 前髪の隙間から覗くは、(くら)く虚ろな紫眼(しがん)

 

 静止していれば美しい人形のようだったろう、しかし刀を振る様は、

 

「朔月理論・天幻絶刀(てんげんぜっとう)

 

 炎竜の天敵たりうる、紅蓮の剣豪だった。

 

「かませぇ、サクラアアァァ――ッ!!」

 

 一撃を確信した錬金術師の声が響き渡る。

 白刃が光り、斬撃を放たんと彼が刀を虚空に滑らせる。

 鎖に動きを封じられながらも炎竜は、次に咆哮を吐き出さんと剣士を睨む。

 竜退治の伝説の幕が今、始まるか終わるかのその瀬戸際に。

 

〝――――――――――!!!!"

 

 世界に轟き渡る、怨嗟の咆哮。

 

「ッ……!?」

 

 激震が天地を揺るがした。

 肌に、手足に、耳に、本能に轟く大地震。

 

 震動が起こる。

 亀裂が入る。

 崩壊が始まる。

 

 砕け始めた遺跡の天蓋が落ち、黄昏の陽射しが彼らに差し込んだ。

 直後、炎竜のいた石床が砕け落ちる。足場が──消える。

 

『のわぁ――!? 我が何をした――ッ!?』

 

 奈落へ引きずりこまれかけ、全力で抵抗した赤鱗の巨体は、遺跡奥の壁に鉤爪を立てることで持ちこたえる。

 だが竜でそれでは、当然、人の身たるサクラとアガサに至っては、この崩落から免れる力など皆無に等しい。

 

「マズっ――」

 

 即座にアガサは鎖を錬成し、まだ崩落の及んでいない遠方の柱に楔を放つ。

 サクラもこの異常事態に動きを止めていた時、足場にしていた鳥居が、硝子のように砕け散った。

 

「何ッ……、!」

 

 宙に放られ、咄嗟にぎりぎり残っていた石床の足場、もはや崖のようになっている石壁へ刀を突き刺す。

 足下の奈落からは、強く、引き込んでくるような重力を感じる。気を抜けば最後、容赦なくあの深淵へと呑み込まれるだろう。

 

「っサクラ! お前は離脱し──ッガアァ!?」

 

「!?」

 

 刹那の断末魔。

 サクラが視線を向けたとき、上から落ちてきた大岩盤がアガサを直撃していた。

 彼女の意識が失せる。その腕に巻き付けていた鎖が脱力し、ほどけると、そのまま奈落へと落ちていく。

 

「――ッ!」

 

『おい貴様!?』

 

 反射だった。

 思考する前に彼は壁を蹴る。雪崩のように落ちてくる天蓋の瓦礫を斬って駆ける。それを足場にし、落ち続けるアガサの元へと飛び出した。

 

 手を伸ばし、その手首を掴み取る。

 そこまで来た時には、もはや瓦礫も足場も無く。

 周囲にあったのは、暗黒と深淵の闇ばかり。

 

 ――直後、すぐ右手側で極光が瞬いた。

 ゴぉッ、と突風が吹き荒れる。巨大な環状を作った光に目が眩む。

 

(次元の(ウロ)……!?)

 

 そうサクラが思ったと同時、

 ――上空から突っ込んできた焔の竜に、二人の姿は呑み込まれた。

 

 

 やがて遺跡を襲った震動は収まり、炎竜が潜んでいた最奥全てに陽が当たる頃、そこに残った生命は一つとしていなかった。

 

 

 黄昏暦六○三年。

 剣豪と錬金術師の旅路が、ここから始まった。

 




 一次初投稿です。よろしくお願いします。


2023.12.12追記:加筆・修正を行いました。


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02 見知らぬ大陸

 黄金の終末戦争(ラグナロク)

 それは四柱の神々と、魔族との、六百年に及んだ熾烈な戦。

 

 いつからか、永遠に黄昏の空が続くようになった大地──ラグナ大陸。黄金陽光が照らすその地上は、数千、数万もの戦士が死に絶え、血に塗れてきた。

 

 六百年の間、多くの英傑と修羅が生まれ、散っていった。

 そうして最後の神を討ち取ったのは、一人の剣士だった。

 

 ――ゴ――ン……

 

 黄昏の空の下、重く、鐘の音が響いていた。

 厳粛な静けさに満ちた街中は、礼拝堂のように厳かなものだった。

 

 何千、何万と集まった人々の誰もが沈黙を保っていた。

 その外側から、人波が道を作るように割れていく。

 

 シャリン、シャリンと歩く鈴の音。

 ズル、ズルリと地面を擦る死体の音。

 

 再び、鐘が鳴った。

 それは定刻通りに鳴っただけにすぎないものだったが、誰もがその時、頭を垂れてひざまずいた。

 

 その前を通り過ぎていく。

 羽織袴の白髪の青年は、神の亡骸を引きずり歩いて行く。

 

 今日、この日から、ラグナ大陸の住民たちは、彼のことを認識する。

 

 恐怖と畏怖をもって。

 〝神殺し〟の異名と共に。

 

 だが──同時に、こうも思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──と。

 

 

 剣豪サクラ。

 無名の剣客。

 多くの猛者が渦巻く終末の世で、突如として現れた番狂わせを、人々はそう呼んだ。

 

 

(……いつも外に出ると、ロクなことがない)

 

 ぼんやりとした意識の中、サクラはそう思った。

 

 外界など、ロクでもない。狂っている。

 ()()()()()()ほどの濃厚なエーテル濃度は序の口だ。

 

 魔境と呼ばれる、無数の魔物たちがはびこる地域。

 天を飛ぶ、絶対に関わってはいけないという戦艦。

 砂漠に潜む、出くわしたが最期という野良の猛者。

 

 それでも神がいた頃より、現在はずっと落ち着いてはいるだろう、とサクラも思う。

 だがそれがなんだ。なぜ神の眷属と同格の竜がまだいる。きっちり神を倒したのだから、もう少し平和になってほしい──

 

「目が覚めたらそこは異世界でしたぁ! ――ッじゃねェェ――よッ! 異世界であってたまるかクソボケェ!! やしろさ――ん!」

 

「……ッ!?」

 

 目が覚めたら青空だった。

 青空が、視界に見えた。

 

 飛び起きたサクラは、自分が仰向けに倒れていたことを知る。

 見知らぬ場所だった。森のようだ。だが、敷布団にしていた草むらは黒く枯れている。

 

「──あ、オハヨ。生きてて何よりだ」

 

 すぐ後ろを振り返ると、アガサが立っていた。片手を軽く挙げて挨拶してくる。

 サクラの脳裏に、遺跡で落下していた景色が蘇る。

 

「……アガサ。お前、怪我は……」

 

「んあ? ああ、落ちた時のアレ? あんなの掠り傷さ。身体に自動修復術式を組み込んであるからな」

 

「錬金術か……便利なものだな」

 

「そんなことより、サクラこそ平気? お前は自己再生とはいかないだろ」

 

「いや、問題ない。それよりここは……?」

 

 立ち上がったサクラは、改めて周囲を見回す。

 

 周囲の木々は色を失い、枝につけた葉は時が停まったように死んでいる。

 そして仰いだ空は──青。網膜を焼き焦がすように、青く、蒼く澄み切っている。見なれた黄昏とは程遠い、異常としか思えない色彩だ。

 

「知らない。ひとまず海中とかではなさそうだ。ただ、大気のエーテルも魔力も極端に薄い」

 

「……少なくともラグナ大陸では、なさそうだな」

 

「じゃあ、やっぱり異世界とか?」

 

「いや……落ちた時、次元の虚が見えた。アレは空間の(ひずみ)だ。この世界特有の現象だ……だから、別世界に渡った……というわけではないと思う」

 

「なるほどー。で、帰る方法とかは?」

 

「さぁ。見当もつかないな」

 

 ガクリ、と遭難者がうな垂れた。言いながらサクラも絶望していた。

 だが、アガサは再び顔を上げる。

 

「……クソゥ、まさか鉄板のあの台詞を本気で言う時が来ようとはな……だーれかーッ! 助けろ下さ――い!!」

 

 ……さーい…………さーぃ……

 無情に木霊するだけの救援要請。声はやがて森の静寂に呑まれ、無音となる。

 ――が。

 

「ハァーハッハッハッ! 絶望するにはまだ早いぞ少年少女! まだ何も始まってすらいないだろう! それに汝らにはこの炎竜がついているからなっ、黄金船に乗ったつもりで胸に希望を抱いていけぃッ!」

 

 背後から、そんな元気一杯の激励が届いた。

 

「……え?」

 

 アガサが振り返ると、そこには大岩に立った小柄な人影が一つ。

 

 それは十歳ほどの()()だった。

 風に流れる燃えるような赤髪。背を覆う程度には長い。煌めく黄金の瞳は活気に満ちているが、縦長の瞳孔がどこか蛇のよう。裏地が赤の黒いマントを羽織り、フリルをあしらった膝上までの白のドレス姿は、どこぞの令嬢か。

 

 全く見覚えのない人物に、サクラが首を傾げる。

 

「ダレ?」

 

「我が名こそは炎を司りし始祖竜、炎竜エリュンディーウスッ!」

 

「──、」

 

 瞬間、アガサの影が(うごめ)いた。

 すると中からは、四輪の人工物──軍用としか思えない、天井のない深緑色の車両が地表に出現した。

 

「よし。逃げよう、サクラ」

 

「そうだな」

 

 ぱっとサクラは車の助手席側へ向かう。

 あの少女が何者であれ、本当に炎竜なら自分たちにやはり勝ち筋はない。アガサによる銃撃でも傷一つとして付けられていないのだ。戦略的撤退である。

 

「エッ。……えっちょちょちょ、ちょっと待て貴様ら!? 一体どこへ行こうというのだ!?」

 

「しっかし本当にどこなんだろなココ。魔物の気配とか全然しないぞ」

 

「お前、なんで俺だけを連れてきたんだ? 指揮官職なら、他にも部下か誰かを連れてきた方がよかっただろうに」

 

「あー無理無理。職場、爆破してきたから。昨今流行のダイナミック退職ってやつ? 未踏地域を私の部隊で調べてたんだけどさ、あの竜を上に報告したら、ワケも分からず調査中断の命がきてな。ならもう、個人のコネと実力で狩りに行くしかないだろ、って思い立ったワケ」

 

「お前……馬鹿なのか無茶なのかどっちかにしとけ……」

 

 もう炎竜の存在を視界から、意識から消し去った二人はそんなことを話しながら車に乗り込もうとする。

 まさかの完全無視(ガンスルー)。そこで炎竜は、完全に自身がアウェイにいることを自覚したらしい。

 

「ちょっ……待て待てーい! 色々その前に……こう、あるだろう! 事情とか事情とか! あと……事情とかぁ!! 我、上位存在ぞ! なにか聞きたいことがあるのではないかぁ!?」

 

「「いや、上位存在は敵だし」」

 

 二人とも即答だった。見事な二重奏(デュエット)だった。

 言外にこうも言っていた。上位存在に頼ることは何もない──と。

 

「わ……我こそが貴様の命の恩人! だぞ! いや恩竜と言うべきかッ! そう、恩義ぐらい感じてもいいのではないか!?」

 

「『殺し合わない』ってことで恩返しにさせてよ。充分だろ?」

 

 そこで慌てて大岩から飛び降りた少女は、アガサに銃口を向けられて動きを止める。

 

「い、いいか! 我は目覚めてからこっち、あの遺跡で一人だった! 数年ばかり一人だったのだ! この意味が分かるか!?」

 

「お前には友達がいないってこと?」

 

「ぐはァっ! ドストレートに事実を言うな! ああもう、寂しかった! 寂しかったのだ! 話し相手くらいになれ貴様ら! このような僻地(へきち)で置き去りにするなぁア――!!」

 

「うるせぇ」

 

「ぎゃんッ」

 

 鼓膜をつんざきかねない悲痛な叫びの脳天に、アガサが発砲した。が、弾丸はその皮膚に弾かれてあらぬ方向へと飛んだ。

 近寄ったアガサは、怯む少女の頭をガッと掴み、持ち上げる。

 

「じゃあ現状。説明。簡潔に」

 

 下らねーコト言ったらコロス、の殺意が灯った目だった。

 

「ぐヌッ……あの遺跡で貴様らに殺されかかった時、『竜穴(りゅうけつ)』という次元の(ウロ)が発生した! 本来ならば全員、異次元の狭間に投げ出されてバッドエンド! となるところを、我が身をていして庇い、その果てにこの大陸に辿り着いたのだ! さぁ──讃えよ!!」

 

「……」

 

「……」

 

 ちら、とアガサが横にやってきたサクラにアイコンタクトする。

 

(……ウソ? ホント?)

 

(わざわざ聞くな。アガサだってそれくらい見抜けるだろう)

 

(お前やブラザーの精度がおかしいんだよ。……じゃとりあえず、虚言じゃないってコトか)

 

「……突然見つめ合ってどうしたのだ? ま、まさか、やっぱり竜退治の続きをやろうというのか!? 待て待て待て! 煽った我にも責はあろうが、まずは対話をだな――うぉっ!?」

 

 慌て始める炎竜をアガサが地に落とすと、サクラは目を伏せ、軽く頭を下げた。

 

「経緯は大まか理解した。お前を狩ろうとしたことを謝罪する気はないが、助けてもらった事実には感謝しておく」

 

「お、おう……? そ、そうか! うむ、立場を分かったのなら何よりだ!」

 

「で」

 

 顔を上げたサクラがスッと表情を消し、アガサも言葉を合わせた。

 

「「帰り道は?」」

 

「………………、」

 

 炎竜は沈黙した。

 そろりと、その黄金の瞳を明後日の方向にやると、無言でサクラが鯉口を切った。

 

「一度助けてもらった慈悲だ、弁明タイムをやる」

 

「ッ!? い、いやぁ、そのだな。流石に次元の壁を越えるのは、今の我では難しいというか~……あっそうだ、魔法使いを探すのはどうだ! あと、次元に関する『(ことわり)』を保有する人間に話をつけるというのは!」

 

「いいぞいいぞー、そういうアイデアもっと寄こせ」

 

 脅すようなアガサの笑顔に、炎竜は脂汗をかき始める。

 

「あ、後は……! そうだ、我の魔力を取り戻せたら今一度、『竜穴』を開けられるかもだ! これでも始祖竜、上位存在の一席であるからなっ、どうにかできるかもしれん!!」

 

「確証、確約はないと」

 

 彼女の鋭い指摘に、うぐぅっ、と唸る炎竜少女。

 そこで、剣士が覗かせていた刃を鞘に戻した。

 

「ところでその『始祖竜』……というのは何だ。聞いたことがない」

 

「えっ、我ショック。知らんのか? 世界の均衡を司る、四大始祖竜だぞ?」

 

「竜だったらなんで人型になってんのさ。竜人と言い張るにゃ、角も尻尾もないケド」

 

「汝らを助けた結果、大幅に魔力を失ったからだ! 残った魔力量ではコレが精一杯、まぁ少女体にしたのは趣味だがな。可愛かろう?」

 

 ケッ、とアガサは蔑みの視線を向ける。

 

「鱗がない竜とか素材価値ゼロなんだけど。素材になるアイデンティティーすら無くした竜に、あと何が残ってんの?」

 

「貴様、竜を素材として見すぎだろう! 職業病かっ!」

 

「……」

 

 そんな二人の言い争いを眺めつつ、サクラは改めて現状を整理する。

 

(……上位存在、か)

 

 少女が喋る万象言語。それは聞いた者に、最も耳慣れた言語で理解させる、上位存在から下位存在への〝語りかけ〟に使われるという専用言語だ。

 アガサの方がどう聞こえているか知らないが、サクラの耳に入っている炎竜の言語は、今やもう使う者も限られているハズの、第一種人間語。

 

 行動を共にするのは不安があるが、この得体の知れない「始祖竜」というのをここに放置しても、それは変わらないだろう。

 

「……現状維持を約束するなら、連れて行っていいんじゃないか?」

 

「えっ、マジかお前」

 

 アガサが信じられない目を向けてくる。

 “神殺し”──上位存在殺しを果たした人物が下すような決断ではないからだろう。

 それを理解しつつ、サクラはこう続けた。

 

「別に仲間にするわけじゃない。信用も信頼もしていない。裏切る時は裏切るさ。それまでの間、こいつが持っている情報を吐かせた方が有意義かもしれないからな」

 

「ド、ドライすぎる発言だが、吞み込んでやろうぞ! 一人よりはマシであるからな!」

 

「えー……まぁサクラが言うならいっか。よろしくナントカディウス」

 

「エリュンディウス! だ! 不敬者!」

 

「じゃあ長いから『リュエ』って呼ぶわ」

 

「不敬者──!!」

 

 かくして、異邦の地を行くパーティは結成された。




2023.12.15追記:加筆・修正を行いました。


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03 アルクスの地

「ここは〝アルクス大陸〟。我らがいた大陸とは、次元の位相を(たが)える別大陸だ」

 

 森を抜けると、一面の砂漠が広がっていた。

 風を受けるのが楽しいのか、炎竜改めリュエは後部座席で空を仰ぎながら座っている。

 

「我もここに来るのは久しい。記憶では、ここは魔力が豊富で、人間たちが覇権を握る大国が複数あったはずである」

 

「……人間――」

 

 助手席のサクラは眉間にしわを寄せる。

 どうやらここは、自分にとって地獄のようだ。

 

「待て待て。ラグナ以外の大陸なんて私は聞いたことねーぞ。異世界って話じゃないのかよ」

 

 運転席のアガサの言い分に、うむ、とリュエが応える。

 

「未知への戸惑いはもっともだが、ここは異世界ではない。同じ世界だ。このように二つの次元が分かたれているのは、遙か昔、創世の龍がそのように定めたからである」

 

「創世の……龍?」

 

 思わずサクラはそう尋ね返す。

 彼が知る伝説によれば、世を創り出したのは、唯一神と呼ばれる存在だ。二人目の創造神、しかも龍など、聞いたこともなかった。

 

「ある時、創世龍は一柱の神を愛し、喪った。その絶望と悲しみによって、世界はこうして真っ二つにされたのだ。片方は愛した神のために捧げ、もう片方に龍はこもった。その話から、創世龍は断絶を司る龍――『絶龍(ぜつりゅう)』と呼ばれ始めたのだ」

 

 ブロロロロロ、と車の走行音が静かな砂漠を横行する。

 

 サクラは奈落に落ちる前のことを思い返していた。

 怒りと怨嗟が混じり合った、世界の底から響き渡ってきたあの咆哮を。

 

「つまり……その神に捧げられた方が、俺たちのいたラグナ大陸だった、と?」

 

「ん? じゃあここの大陸には、その絶望に打ちひしがれたヤバイ龍がいるってコト?」

 

「そうなるな! だが案ずるな。このアルクスは我が同胞らの管轄領域。地竜、水竜、天竜がいる以上、人類の汝らに危険が及ぶことはなかろう! そうだ、あやつらに運良く出会うことができれば、汝らを帰してくれるやもしれん!」

 

「素朴な疑問なんだが」

 

「うん?」

 

 サクラは流れていく車外の風景に目を向ける。

 

「お前、さっき『ここは魔力が豊富』とか言ってたな。ならこの惨状は何なんだ」

 

 地平線まで続く、水も草も枯れきった無の砂漠。記憶に新しいのは、虫も動植物も見当たらぬほど痩せきった、黒い森林風景だ。

 

「……ん~~、ちょっと我にも分からぬなぁ~……」

 

「お前の同僚、ホントに生きてんのかよ。これ完全に『終末化』してるじゃん」

 

 そう呆れかえったような調子で言い放ったアガサの所感に、

 

「終末??」

 

 初めて炎竜が上げた疑問の声に、二人は沈黙した。

 無垢で無知な、幼子のような声色だったからだ――終末、の単語に対して、だ。

 

「……順を追って聞くぞ。炎竜、お前あの遺跡にいつからいたんだ」

 

「さぁなぁ。気付けばいた、というか。目が覚めたのは、ざっと三年前くらいだったか?」

 

(三年……終末戦争(ラグナロク)終戦の年か)

 

 次に横にいるアガサが口を開く。

 

「目が覚める前で、最後に覚えてる記憶、なんかある?」

 

「最後の? うーむ、あまり覚えていないが……ああ、最後かどうか知らんが、我、こっちの大陸から追い出されたのよな。ちょーっと、こう、カーッとなって、大陸全土を燃やしてしまって……」

 

「「……、」」

 

 邪竜極まりない証言だった。

 やはりここで捨てるべきなのではないか?

 そんな思考を、あえて、どうにか、二人は無視した。今は。

 

「そ、れ、よ、りっ! 終末というのは何だ終末とは! 気になるぞ! 話せ!」

 

 サクラとアガサは視線だけ交わし、やがてサクラが話し始めた。

 

「およそ千年前、ラグナ大陸には四柱の神が顕現した。終末は、そこから始まったとされている」

 

 それは黄昏の空が広がり続ける大陸の昔話。

 千年前、顕現した神々は勝手に支配領土を定め、人類を手駒にした。ラグナ大陸の支配権を巡る、四百年の代理戦争の時代だ。

 

 だがそれに嫌気が差した人類──今は一般に魔族と呼ばれる者らが、それに反逆し、団結し、神の一柱を倒した。それが約六百年前、終末戦争(ラグナロク)開戦のきっかけとなったのだ。

 

 戦乱で地上は枯れ、多くの流血があり、三年前に、それがようやく終わった。

 

 全て聞き終えた炎竜は、ふーむ、と腕組みする。

 

「神と人類が……か。随分と壮絶な状況になっていたのだな。しかし解せん。神ともあろう者が、なぜわざわざ人類を支配しようとする? そんなことをせずとも、人類だけで十分に世が廻るよう設計されていたハズだがな」

 

「へえ、例えばどんな?」

 

()()だ。愚かで短命、不完全故にこそ最大の成果を作り上げる種族。汝らも知っているだろう? 奴らの魂こそは世の(ことわり)。いつの時代でも多く数を維持するあやつらがいれば、神なんぞ地上に降りても百年と保つまいに――」

 

 と、そこまで言いかけて。

 はた、とリュエはアガサを見た。

 

「……まさか。おい、」

 

「お察しのとーり、人間種は絶滅した。神々が出てくる少し前にな!」

 

「はぁ――――――ッ!?!?」

 

 無人の砂漠に竜の嘆きが響き渡る。

 

「ぜぜ、絶滅!? 絶滅したのかあやつらッ!? マジで!? なんでぇ!?」

 

「『終焉戦争』っていう、終末戦争(ラグナロク)以前に最後の大戦争があってな? そこで人間同士は争いあって、だいぶ数が減った。んでその後、神の粛清にあい……って感じ」

 

「ありえんありえーん! あってたまるかそんなコト! に、人間の魂はただの魂ではない! 理そのものだぞ! 輪廻転生の流れに則って、無限に流転するハズだッ!」

 

「転生はするが無限じゃない。魂にも限界がある。人間は、その回数を使い切ったんだ」

 

 サクラの言葉が、今度こそトドメを刺す。

 

「嘘ぉ……嘘といえ……えー……」

 

 ぐたり、と横に転がる赤髪少女。情報の許容量がオーバーしたらしい。

 それに全く構うことなく、アガサが続ける。

 

「つまりこの世は終わりかけてんのさ。だから終末。人間が死んで理のバランスは崩壊、神は敵だし、悪魔もいるし、もうメチャクチャだぜ」

 

「……そういう貴様も悪魔のようだが。おい剣士よ、汝、友人は選んだ方がよいぞ? っていうかそんな近くにいて平気なのか。悪魔の魔力は呪いそのものだぞ」

 

「無用な心配だ。大抵の呪いは俺には通じない」

 

「なんだその特殊能力!? 貴様、まさか聖人か何かか!?」

 

「あんなのと一緒にするな。本当に素材にされたいのか?」

 

 殺気を帯びた声色だった。ブルッと炎竜は鱗の表面が寒くなる。

 

「そ……そうか。しかしそれなら、汝らホントにどういう関係なのだ。気配だけなら、協力どころか、フツーに敵対しててもおかしくないと思うのだが」

 

「「幼馴染」」

 

「予想遙か斜め上ッ!? そんなことが成り立つのか!?」

 

 アガサは何言ってんだこいつ、とでも言いたげな目になる。そのまま冷めた声で、後ろの席に問い返す。

 

「そんなことよりリュエ、他の始祖竜の気配とか探れないの?」

 

「分からん! なんも気配感じないしなッ! 同胞らも寝ていると考えるッ!」

 

「アガサがお前を素材にするのと、他の始祖竜を見つけるの、どっちが先だろうな……」

 

「不穏なコトを言うでない!! 怖いわー!」

 

 ようやく砂漠の風景にも終わりがくると、再びフィールドは枯れた森林になった。

 まだ砂漠化していない領域らしいが、サクラたちが目覚めた場所と同じように、葉は黒ずみ、通り過ぎる樹木には生気がなく、野生生物さえ見当たらない。道は岩場が多くなり、車が何度か激しく揺れた。

 

「ぐわっ、ウッ。大丈夫なのかこの道! 安全運転であろうな!?」

 

「ちょっとぐらい我慢しろよ。少し岩場が多いだけで――、ッ!?」

 

 直後、三者は空気の揺らぎを感じ取る。まるで地表が動くような、そんな気配。

 ゴッッッ!! と左手の大地が爆発する。砕けた岩盤が散らばって行く中、車両を巨大な影が覆った。

 

【□□――!!】

 

「「「――、」」」

 

 全員、言葉もなかった。何も言えなかった。

 そこには十メートル大の、馬のような結晶の怪物が立ち上がっていたのだから。

 

「……ナニアレ」

 

 サクラの呟きが場の総意だった。

 

 不可解。不可思議。未知。その全て。

 耳慣れない金属を引っかいたような鳴き声は機械的でいて、不気味。

 頭部は平たい能面状、胴体もオブジェクトを組み合わせたかのようなソレで、薄青の透き通るような材質は、まさに動く結晶の像そのものである。

 

【□□――】【□□□!】【□□□□――ッ!】

 

 車両で道なき道を突き進む中、森の奥からも次々と結晶の存在がわいてくる。馬型の個体よりは小さいが、どれも四足のようで、恐るべき機動力でサクラたちの車を追いかけ始めた。

 

「来てるー! 追いかけてきとるぞーッ!」

 

「炎竜、伏せてろ」

 

 車が走る中、立ち上がったサクラが後部座席に移る。既に鯉口は切られており、すぐそこまで迫っている結晶の化物たちを紫眼が見据えた。

 

「抜刀理論・空斬(くうざん)説」

 

 真一文字に放たれる不可視の斬撃。

 それは怪物たちを両断するに留まらず、周囲の木々まで伐採する。倒木が道を塞ぎ、追ってきていた化物たちの姿は見えなくなった。

 

「おお! やっ――」

 

「――てないな。手応えが浅い。まだ来るぞ」

 

 果たしてサクラの言葉通り。

 数秒と立たずに、倒木を飛び越えた四足獣たちがやってくる。追っ手の数は片手で数えられるほどだったのが十に増え、その奥からは、

 

【□□□□□――ッ!】

 

 先の、十メートルはある巨大馬が飛び出し、その頭部から無数の白い光線が、無差別に射出された。

 

「社門朔月説」

 

 サクラが縦に刀を振ると、六メートル大の鳥居が出現する。

 複雑な軌道を描いた光線の多くは、境界の壁に阻まれる。しかし間髪入れずに、次の弾幕が怪物から放たれた。

 

 それは上へと、高く高く。

 鳥居の高度を超えて、雨となった光が走行車の位置を捉える。

 

 咄嗟にアガサが叫ぶ。

 

「雑魚処理任せたッ!」

 

「――了解。抜刀理論・空幻(くうげん)説」

 

 上空の攻撃を無視し、サクラが車から跳躍した。

 先ほど出した鳥居が消えるのが見える。空中へ身を投げ、追随してくる結晶獣たちへ大斬撃を繰り出す。波のようにうねった斬撃は、小型の者どもを一掃し、更に奥にいた馬の怪物までも縦に割り裂いた。

 

 光の雨が降ってくる。

 直後、巻き起こった轟音と閃光が、全てを塗りつぶした。

 

     ◇

 

(……この手応え、(コア)があるタイプだな……ん?)

 

 光が収まり、場が静寂に満ちた頃。

 目を開けたサクラが見たのは、結晶の残骸や倒木が散らばっている惨状だった。

 どれもこれも、一瞬前の自分が行ったことである。地面の轍がある方向を見ると、乗っていた軍用車両はおろか、アガサやリュエの気配もなくなっていた。

 

「――あ」

 

 原因は一目瞭然だった。

 

 大地が、落ちている。

 

 崖崩れよろしく、ごっそりと先の道は削れていた。

 納刀して断崖絶壁の近くまできたサクラは、下に広がる森林を覗き込む。地上までの高さは、四十メートルほどあるだろうか。茂った森のせいで、二人の安否までは確認できなかった。

 

「社門」

 

 迷わず中空に鳥居を出し、跳び乗る。

 そのまま鳥居を階段状に下へ下へと出現させていき、跳び降りていく。地上の様子が見える高さまで降りてざっと周囲を見渡すが、崩れた崖の近くには車両の一つも落ちていない。

 

「……?」

 

 不可思議な状況に一抹の不安を抱いたとき。

 

【□□□□□!!】

 

 やや崖から離れた東に、例の結晶獣が見えた。

 

「あーはっはっはっはっは! はーはっはっはっはっはー!!」

 

 それは爆笑しながら爆走する何者かを、全速力で追いかけ回していた。

 

「だーれーかーたーすーけーてぇええ――――!?」



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04 邂逅×2

 声からして青年のようだ。

 遠目からでも目立つ、黄緑色の長髪に白衣姿。魔族なのだろう、サクラからみても中々驚異的な脚力で猛ダッシュしている。

 

「あははははははは! はーはははは! だーれーかぁぁああああ――――!!」

 

 声はヤケクソ気味な明るさに満ちている。

 何を叫んでいるかは──分かる。共通語だ。世界創造の古い時代、唯一神がこの世に創ったという、第一の言語。なるほど、大陸は違えど世界は同じ、とはこういう事か。

 

(現地人――情報――地理――人里――――救助)

 

 ざっとサクラの頭の中でそんな思考が通り過ぎた。

 再び下界に目を移すと、青年と結晶獣は、サクラのいる位置からぐんぐんと東の方角へ離れていく。

 

 結晶の獣は体長六メートルはあろうかという大型の四足獣だ。形は獅子に似ており、凶悪な牙と鉤爪で地面と木々を破壊しながら、獲物たる一人に迫りかかっている。

 

「捕らえろ、社門」

 

 サクラが下へ指さすと、結晶獣の首の上に、赤い鳥居が落ちてきた。門は首輪のように獣を大地へぬいつけ、身動きを完全に止めてみせる。

 次の瞬間、紅蓮の影は跳んだ。射出機代わりに出現させた鳥居で一気に空を移動し、また空中に鳥居を一基生成すると、壁として蹴って地上へと降下する。

 

 鯉口は既に切られている。

 

 白刃が鋭く閃いた。

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 上空から放った斬撃が結晶の巨体を分断する。

 鳥居が消え、解放された獣が咆哮したが、直後に叩き込まれた追撃の一閃が核を壊すと、崩れるように地面へ倒れ込んだ。

 

 トッ、と紅蓮羽織の剣士が着地する。納刀に、シャリンと涼やかな鈴の音が鳴った。

 

 結晶の怪物は動かない。その完全な停止を確認してから、サクラは後ろを振り向く。

 木々の影に、気配がある。そろーっと顔を出しているのは、追われていた白衣の青年だ。緑の瞳を見開き、こちらを凝視している。

 

 声から受けた印象の通り、若い。だが魔族には外見の年齢はあまり意味がない。

 

 乱雑にはねた腰まである髪。黒いハーフフレームの眼鏡をかけており、整った顔だが、長い前髪と眼鏡で顔は見えにくい。はっきり分かるのは、研究者、という風貌だけだ。

 

「……だ、」

 

「?」

 

「誰だい君ッ!? つっっっよ!!!?」

 

 木陰から飛び出した青年に恐るべき瞬発力で近づかれ、がっ!! と勢いよく両肩をつかまれる。サクラよりやや背が高く、見上げる形になる。

 

「大型遺生物(いせいぶつ)を一撃で!? 一撃!? いやなんか凄い斬撃入ってる! 殺意を感じる! さっきの門はなんだい!? もしかして理論使い(ロジックホルダー)!?」

 

(……鋭いな)

 

「あ、ゴメンゴメン。まず自己紹介だったね!」

 

 ぱっと離れる眼鏡の青年。軽く白衣をはたいて砂埃を落とし、更に内ポケットからハンカチを出して眼鏡レンズを拭き、改めて眼鏡をかけ直す。

 

「僕の名前はジェスター! 助けてくれてありがとう!!」

 

「はぁ」

 

「いやー、危機一髪だった! 今日こそは流石に死を覚悟したね! 頭の中で助手たちに遺言状をしたためかけていたよっ、別に思いつかなかったけど! この通り僕は科学者でねぇ、はるばる帝国からこの王国に派遣されて、遺生物の研究をしてるんだ! 直感的にフィールドワークを単独決行してみたんだけど、やっぱ無茶無謀だったよ! 人って考えて行動すべきだねぇ、身にしみたよ」

 

 スゴイ喋るコイツ。

 更に言うと早口な上にやかましい。

 あと口ぶりがなんとなくだが胡散臭い。

 

 サクラは遠い目になりかけたが、ジェスターと名乗った青年の話には、地味に情報も含まれていた。

 あの結晶の化物は「遺生物」というらしい。

 そして、「帝国」に「王国」という名称。

 うるさいにはうるさいが、勝手に情報を喋ってくれるのはありがたい。

 

「……その、結晶(コレ)は貴方の実験作品……というワケではなく?」

 

「あっはっは、違う違う! こんなトンデモ生物、とても今の科学じゃ作れないよ! って、遺生物を見るのは初めてなのかい? まぁ王国の外から来たなら仕方ないかぁ」

 

「本当に昔作った生物兵器のプロトタイプが暴走を起こして、とかではなく?」

 

「……違うよ!」

 

 なんだ今の一瞬の間は。無駄に怪しい。わざとなのだろうか?

 

「いやホントホント、ホントに。というか生物を作るとかは僕の管轄外! 僕にできるのは生物を治すことぐらいさ。――で君は? 騎士っていうにはこう、身軽すぎな格好だけど。あ、もしかして戦いを求めてさまよう修験者的なサムシング?」

 

「見ての通り遭難している。近場に町か村はないか」

 

「遭難!? それはまた不運だったねぇ……もっと不運なことに、近くに人里はないねぇ……僕だってここ三日、ずっと森で迷子やってたし」

 

「……」

 

「……」

 

 互いに沈黙が数秒続いた。

 見つけたのは不運な役立たずのようである。

 

「――じゃ、これで」

 

「待ってぇー! 遭難仲間、遭難仲間!! 仲良くやっていこうよ僕たちぃ!」

 

 サクラが歩き始め、その羽織をつかんだ科学者がずるずると引きずられていく。

 異邦の冒険は、まだ始まったばかりのようだった。

 

     ◇

 

「あぁっぶねー……」

 

「き、危機一髪であったな……」

 

 ずぶり、とアガサとリュエは、影の中から立ち上がった。

 崖が崩れた時。咄嗟にアガサは、車ごと自分たちを影に呑み込ませたのだ。おかげで落下の衝撃もなく、車両が破損することもなく、五体無事にやり過ごすことができた。

 

 その代わり、崖上に取り残された剣士とすれ違うことになったのを、彼女たちは知る由もない。

 

「……なんだったのだ、アレは。ゴーレムにしても放し飼いにするようなものではないぞ……」

 

「……サクラは?」

 

「まだ上ではないのか? ……うーむ? 気配が辿りづらいな? というかそうだ、あやつ、魔力の気配が全然しなかったではないか!」

 

「そりゃあ魔力失くしてるからな。戦争の後遺症で、サクラは魔力が生成できなくなってるんだよ」

 

「なんと!? し、死ぬのではないかそれ? 魔族にとって魔力は生命の源であるぞ……!?」

 

「あー……」

 

 当然の指摘に、アガサは少し考えてから返した。

 

「そこはまぁ。アイツ、特殊な訓練受けてるから。ヘーキヘーキ」

 

「そ、そうか……? 何やらはぐらかされているような気もするがッ!」

 

「だって、知ってもお前にゃ関係ねーだろ?」

 

「ム」

 

 騒がしさを増しかけたリュエの熱が止まる。

 

「確かに、そうであったな。我らは元々敵同士。ワヤワヤに生きてるようで冷静なのだな、汝」

 

「お前帰ったらマジで私の最高戦力揃えて狩りにいくから待ってろよ」

 

「殺意ィ!! 殺意を感じる! やはり職業病だろうて貴様ァ!!」

 

「!」

 

 そこでアガサは新手の気配を察知した。遠くの木陰に、一人隠れている。

 

「……なにか釣れたな」

 

「なに? 釣り?」

 

「お前、本当に弱体化してんのな……お客様だよ」

 

 口角を上げ、アガサは土砂の上から飛び降りる。

 発言の意図に気付いたリュエもそれに続くと、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「ハロー、ハロー? 姿を見せなかったらその辺一帯を吹き飛ばすぞー」

 

 言語を共通語に切り替え、そう呼びかける。

 脅迫に近い文言、分かりやすい挑発文句。乗る方がバカだとアガサも断言できる、第一手だったが――

 

「――……お気遣い、ありがとうございます。さぞや名のある上級悪魔様とお伺いしますが、このような土地に何のご用ですか?」

 

 やけにあっさりと、来客はその姿を現した。

 両手で白い長杖を持った、一人の少女だ。まだ幼さが残る十代後半。ツーサイドアップにされた長髪は鮮やかな水色をしている。リボンタイを付けたホワイトのワンピースに、紺色のケープを羽織った、アガサからすれば、まるで一昔前の錬金術師のような格好だった。

 

 距離間五メートルの位置で止まり、その金の両眼が悪魔を睨む。

 炎竜と同じ瞳の色だ。少女の種族はおそらく、上位存在に最も近しいとされる精霊種(ルーツ)。髪色からしても、水精霊(ウンディーネ)の血縁であることは明白である。

 

「……へえ。初邂逅の現地人にしちゃ、大物だな」

 

 その金目を、アガサはよく知っている。

 幾度も、戦場で目にしたことがある。

 

 ラグナ大陸における精霊種は、その多くが生みの親である神霊……神側につき、人類とは敵対関係にある者が多かった。当然ながら軍属、指揮官だったアガサは、そういった「反逆者」と相対する機会も多く。

 

 ただこうして、敵意と殺意ではなく、警戒と困惑混じりの目で見られるのは初めてだったが。

 

「そ、率直に言います! 貴方みたいな上級悪魔の相手をしてる暇はありません! どうやってこの土地に入れたのかは知りませんが、お帰りください! 冥界とかその辺りに! ていうか、そんな小さい女の子を連れて、どうしようっていうんですか!?」

 

「ん?」

 

「ヌ?」

 

 アガサはリュエの方を見た。

 

 確かにこの上位存在、正体さえ知らなければ、ただの火精霊(サラマンダー)の血縁としか思えないだろう。なるほど、つまり目の前の少女からすれば、「謎の強そうな悪魔が、精霊種の幼女を拉致している図」にも見えなくもない。

 

「い、いや。水精霊(ウンディーネ)様の末裔っ子よ。これはだな――、っ!?」

 

 そう口を開きかけたリュエの首を、アガサは素早く左腕で捕らえた。

 

「その通りだぁ――――ッ!!」

 

「ええええええええ――!?」

 

「なっ……!?」

 

 腕に力を入れ、胸の辺りまでリュエを持ち上げる。ククククク、と邪悪な笑みを浮かべながら。

 

「まったくこんなところでコイツのお仲間に出くわすなんて私もツイてないなー! さぁそれでどうする!? 私を倒してコイツを助けるか! コイツを見捨てて一人で逃げるか! それとも私に掴まってコイツと同じ目に遭うか! 好きな道を決めるんだなぁ!!」

 

 有無を言わさぬ口上は迫力満点。

 炎竜はすぐさま、このわざとらしすぎる悪魔の言動に違和感を覚え、小声で話しかける。

 

「(なんのつもりだ、貴様……!)」

 

「(情報収集。敵対の反応で得られる情報は多いぞ? 相手の戦力、常識、思想。なぁに、こっちも本気ではやらないさ。大事な第一村人だからなぁ……)」

 

(演技にしてはノリノリな気がするのだが――!)

 

 すると水色髪の少女は杖を構えた。

 

「っ……これだから悪魔というものは! 信じられるのはやっぱりサリエルさんだけですね……!!」

 

(そっちもそっちでヤル気なのだなぁ――ッ!?)

 

 人質役の心の叫びは、誰に届くこともなく。

 

(サクラーッ! 早く合流せよっ、サクラぁー!!)

 

 ただただひたすらに、この場にいない剣士に助けを求めていた。

 

 



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05 魔術師

「なーるほど! 君は別大陸から来たのかぁ、けど今は仲間とはぐれてしまっている、と。それは大変だ! 急いで合流しないとねぇ」

 

「――、」

 

 崖のある方へ戻る道中。

 勝手に後ろについてくるジェスターのあまりの受け入れの早さに、サクラはありがたいと思うより先に、感覚のズレを感じた。

 

「別大陸の存在は、こちらでは珍しくないのか?」

 

「いや珍しいと思うよウン。これでも何百年と生きてきた僕だって、今初めて聞いたし。でも君がそういう証言をするんだから、そういう事もあるんじゃない?」

 

「……アンタ、怪しいとか胡散臭いとか、よく言われないか?」

 

「えっあるある! なんにも悪いコトしてないのに、『やっぱりドクターはマッドサイエンティストだったんだー!』とか! 『貴様……何を考えている?』とか! やたらと皆に怪しまれやすいんだよね。なんでだろう? やっぱり人の感情とか分からないからかなー、でも他人の気持ちなんて分からないのが普通じゃないかい? 悪魔とかでもない限り」

 

 サクラは特に何も答えなかった。思わず踏み込んだ発言をしてしまったが、コイツの身の上話はどうでもいい。

 必要としているのは、彼の個人情報ではなく、この大陸の地理や情勢だ。

 

「ここは……王国の領土なのか?」

 

「そうだよ。ノストシア、っていう王国。ここは四百年前からすっかり変わってしまってねぇ、さっきの怪物……『遺生物(いせいぶつ)』って呼ばれてるんだけど、アレが魔族にとってとても厄介でね。なんせ魔力を主食にする害獣で、核を壊さない限り、個体によっては再生までしてくる。外殻から内部まで、エーテル率百パーセント。並の武器じゃ、硬すぎて攻撃も通らないんだよ?」

 

「……ここではそれ、どうやって対処してるんだ?」

 

 やはり錬金術のようなものがあるのだろうか、というサクラの予想は外れる。

 科学者が放ったのは、まったく違う単語だった。

 

「『()()』さ。ここは、アルクス大陸屈指の魔術国家だからねぇ!」

 

     ◇

 

「申し訳ありませんが、手加減はできません。私が勝ったら、その子を置いて帰ってくださいね!」

 

 そう述べて、水色髪の少女は白杖を大きく振った。

 するとその足下には金色の円環……アガサでも、かつての人間が遺した娯楽作品でしか見たことのないような魔方陣が展開された。それに呼応するように、アガサの立つ位置にも同じ円環が現れる。

 

「おおっ?」

 

「【聖なる魔浄の光(ディバインライト)】!!」

 

 瞬間――アガサがいる位置に、天から強烈な光がぶちかまされた。

 神聖が凝縮された、悪魔払いの光の魔力。炎竜にはまったく効果のない光だったが、悪魔の血を持つアガサには――

 

「X零番、術式:神聖却下」

 

 ――まるで効かなかった。

 アガサの足下にあった魔方陣が砕け散り、神聖の光が霧散する。

 少女の前には未だ、無傷の悪魔が人質を抱えて立っている。

 

「えっ……そ、そんな!?」

 

「あ、普通に通じた。対神聖の術式で対処できるのか……」

 

「いやいや何故無傷なのだ貴様! 今の、我からしてもかなり強力な魔術であったぞ!?」

 

「マジュツ?」

 

 あ、と言ってからリュエは目を逸らした。下手くそな口笛まで吹き始める。

 

「……ま、別にいいけど。こっちで勝手に分析させてもらうしな! さぁどうしたよ魔術師! お前の本気を見せてみ、」

 

「【聖なる魔浄の光(ディバインライト)】――!」

 

「まぶしっ」

 

 再び天から降り注ぐ神聖の魔力。スポットライトにしては強すぎるそれを、しかし再度、アガサは風でも払うように、錬金術で吹き飛ばす。

 

「……効いて、ないッ!?」

 

「いやその下り、さっきやったって」

 

「上級なんてレベルじゃない、貴方、『真名持ち』の悪魔ですか!? なんでそんな次元の方が、本当になんでこんなところに!?」

 

 アガサは小首を傾げる。

 

「……ええと、まぁ、暇つぶし?」

 

「洒落にならない鉄板の答えですね! 貴方の言う『暇つぶし』に、一体何人が犠牲になると思ってるんですか!!」

 

「……()()()の悪魔の質が分かる発言だなぁ……」

 

 たかが暇つぶしに犠牲を使うほどの非効率性。

 この大陸に錬金術が存在しないのは、もう明らかだった。こちらの同族のトレンドは、旧時代からあまり変化がないとみえる。

 

 ハァ、と息を吐いて、アガサは空いている右手を軽くかざした。

 

「術式十三番」

 

「へ――きゃぁぁあッ!?」

 

 少女の影から素早く黒鎖が伸び、その小柄な体躯を捕らえる。がんじがらめにした鎖は、ぐるんと少女を逆さ吊りにし、二メートルほどの高さで固定する。

 そこでぽいっとリュエを解放した。捕らえるついでに奪い取った白杖を、鎖から受け取りながら、しげしげとアガサは眺める。

 

「ほーん、変わった材質だな。鉱石っぽいのに本質は木か。土鉱種(ドワーフ)の技じゃないな、永命種(エルフ)の加工品?」

 

「ちょ、やめて、やめてください! 壊すのはどうか!」

 

「先っちょだけ削るのとかダメ?」

 

「イヤーッ」

 

 もはや少女は半泣きだった。可愛らしい悲鳴に、悪魔の嗜虐心がそそられる。

 

「汝、鬼か。いや悪魔だったな。いいから杖を手放すがよい。この末裔っ子、放っておくと舌を噛みちぎらん勢いぞ」

 

「そりゃ困る」

 

 杖をリュエへ手渡すと、泣き騒いでいた少女が静かになる。それは杖の安全性を確保されたからではなく、

 

「……え、あ、あの。貴方がた、人質とかそういうご関係ではッ……!?」

 

「それっぽく()ってみただけ。ここまで騙されやすい精霊も初めてだけどな」

 

「んなぁっ……!? じゃ、じゃあ何が目的なんですか貴方たち! 王国に攻め入ろうって気ですか! 国家転覆犯! 大量虐殺鬼! 貴方たちなんて、師匠の手にかかれば一撃なんですからねッ!!」

 

「――…………、」

 

 アガサは、失笑すら浮かべられなかった。

 少女の罵倒センスに失望したのではない。おそらく彼女の『悪魔』というイメージから弾き出されたのだろう、悪魔の悪行レパートリーの稚拙さにドン引きする。

 

「国家転覆に大量虐殺て……ナイナイ、ナイわ。悪趣味とかいう次元じゃねーだろ、蛮族時代の極みじゃん……」

 

「そうか? 我としても、割とメジャーな悪魔の娯楽ではないかと思うが」

 

「ねーよ!! 悪行自体やり尽くされたわ! 今の世の中(終末)でそんなの計画してみろ、特殊な空想罹患者として哀れまれるだけだからな……!」

 

 悪魔種(グリム)は周囲の負の感情を察知し、それを魔力に変換する。

 故にその多くは、刹那的で悲劇を好みやすい。悪辣外道な本能で知られる悪魔だが、ラグナ大陸では神が存在した千年の間で全体数を大きく減らした。

 

 また神という人類共通の敵の存在、魔族の唯一王から各種族に下された「勅命」によって、アガサの知る現代を生きる同族は、この少女が語る蛮族像とは程遠いものだ。

 

「貴様、では素材というのは」

 

「それは悪魔に限らず錬金術師みんなそう」

 

「結局蛮族ではないかァ!」

 

「……っ? よ、よく分かりませんが、敵意がないなら放してください! この状態、結構ツラいんですけど!?」

 

「いくつか質問に答えてもらってからな。まずは――、」

 

 アガサの言葉はそこで途切れた。

 止めた、ではなく。

 それ以上、彼女は声を出すことができなかった。

 首のあたりに違和感がある。いや、それ以前に。

 

 視界が回っていた。

 ぐるり、と逆さまに。

 

 そこでようやく悪魔は、首をはねられたことに気がついた。

 

     ◇

 

「魔術師?」

 

 おうむ返しにサクラが問い返すと、右横に並んで歩いてくる解説者の眼鏡レンズが陽光に反射した。

 

「うん。遺生物を狩るスペシャリスト。魔力を餌にする連中を、しかし魔力を用いた魔術をもって撃破する。この王国の始まりは、初代国王が【魔術の(ことわり)】を理論化し、広めたことから始まったんだ」

 

「な――」

 

 理の理論化。

 あまりの爆弾発言に、サクラも言葉を失う。

 

 「理」とは本来、人類の言語では解明できないずハズの、この世の根底ルールである。

 

 それを魂に持って生まれるのが、人間。彼らは魂に生まれ持った「理」を先鋭化し、「理論」を構築する。

 

 サクラも用いる固有理論(ロジック・アーツ)。その技は、基本的に()()()()()()()()使()()()()だ。

 

 それでも同じ技を何度も繰り出せるのは、ただの修行の成果物にすぎない。その一点において、サクラは「理論使い(ロジックホルダー)」として既に規格外の域にあるだろう。

 

 が。そこで魔術ときた。

 本来、人類の言語で解明できないハズの理を――誰でも理解できる理論に落とし込んだ。

 

 魔術とはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか。

 

(……なら魔術師は、要するに、全員が「理論持ち」ということか……?)

 

 それが事実なら、自分にはもはや〝理持ち〟というアドバンテージしかない。

 それもそれで強力に違いないが、理論使い(ロジックホルダー)がはびこる国家、と考えるだけで気が遠くなる。悪い夢のようだ。

 

「そりゃ驚くよねぇ。魔術が広まった当時も革命だったよ。〝その手があったか〟って。けど、だからこそ僕は君の存在にビックリだ。【魔術の理】以外の理から派生した、しかも自力で『理論』を連発できる人材なんて、この大陸にも早々いないと思うよ? 最初から『理』を持つ人間と違って、魔族は後天的に理論をつかんでから理に到達するしかないからねぇ」

 

(……)

 

 ジェスターの言い分からして、アルクス大陸での人間の定義は、ラグナ大陸と大差ないようだ。

 

 ──先ほどは、炎竜には雑に〝人間は絶滅した〟と説明したが。

 もしもサクラが魔族だったなら、この魔力のない身では呼吸すら困難だっただろう。

 

(……こっちにはいるのか? ()()()()()()は……)

 

 ()()な人間種、その最後の一人にして生き残り。それがサクラだ。

 だからこそ、魔力を失っていても問題がない。魔族にとって魔力は、生存に必要不可欠な体内エネルギーだが、人間だけは魔力がなくとも生きていける種族である。

 

 ああでも、とそこで科学者は言葉を区切った。

 

「魔術師の中でも、一人いるか。君みたいな規格外クン。彼はほんと、別格でねぇ。あの生存力にあの天運、この世のバグじゃないかとすら思うよ」

 

     ◇

 

 背後をとられていた。

 そんな事実を確認するアガサの視界には、一人の男が立っていた。

 

 灰色のローブを着た中年男性だ。ややぼさぼさ気味の黒髪に無精ひげ。長身でたくましい体格だが、ローブの下にみえる仕立てのいい服装からは、何らかの学者のような印象を受ける。

 

「何やってんだ馬鹿弟子。相手との実力差を見誤るような教育、俺はした覚えないぞ?」

 

 呆れたように細められた、黒曜の瞳。

 手袋をした右手の指先には、消えていく一枚の札がある。アレで斬られたのか、と直感的に悪魔は己が死因を悟り──笑った。

 

     ◇

 

「――『魔剣騎士(オールブレイカー)』、ヴァン・トワイライト。彼を敵に回したが最後だね、まぁ気をつけるといいよ」

 




ヒロインデスカウント1。
まぁヒロインが死ぬのはノルマみたいなもんです。


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06 ファーストコンタクト

 悪魔の首が飛ぶと同時に、吊り上げられていた少女を拘束する鎖もふっと力を失う。

 全身に鎖が巻き付かれたままだが、ひとまず水色髪の少女は地面に激突しながら解放された。

 

「あいだぁッ!? ううっ……師匠ぉ~」

 

「反省会は後だな。なんで人捜しの途中で、こんな大物を引き当ててるんだお前は?」

 

「……」

 

 首を落とされた死体を前に、リュエは一切動じることなく、現れた男に注目する。

 男は崩れた土砂の近場に立っていた。完全にこちらの背後をとる位置。そこに、何の気配もなく突如として現れていた。

 

(……ふむ、気配が消えていたのは技量の範疇か。こやつの首が斬られた瞬間まで、我も気付かなかった。うーむ、我が力の減衰を感じざるを得んな、これは)

 

 上位存在たる炎竜(リュエ)に、まず奇襲の類は通用しない。それはあの紅蓮羽織の剣士と、この足下で転がる死体と化した錬金術師と戦った時でもそうだった。

 

 人智を超えた、天啓にも近い超直感で襲撃者の気配を察知する。上位存在に備わる防衛機構とはそういうものだ。だが今、この魔術師の男の気配にさえ、炎竜は気付けなかった。

 

 悔しい。やや落ち込む。

 

 そんなことを思っていると、ローブの男が近寄ってくる。

 

「で――とりあえず相方殺しちまったけど、そちらのお嬢さんは? 悪魔の協力者か、それとも拉致被害者か?」

 

 一メートルほどの間隔をあけたところで立ち止まり、こちらを見てくる眼差しには警戒の色がある。

 

「――うむ、見事な手際だった! 汝、名はなんというのだ?」

 

「いや、敵かどうかも分からない相手に教えるわけ――」

 

「師匠ッ!!」

 

「!」

 

 直後、リュエは男に首ねっこをつかまれた。そのまま男は倒れ込んでいる少女の元まで跳び退がると、口元に苦笑いが浮かぶ。

 

「おいおい……そりゃあ一回殺しただけで仕留めたなんて思い上がっちゃいなかったが、流石に復活が早すぎないか……?」

 

 視線の先には、影。

 それは人型になって立ち上がる。影が引いたその中から現れたのは、一人の赤眼の悪魔だった。

 

「――そりゃあ私は錬金術師だからな。肉体(うつわ)の再構築なんて朝飯前さ」

 

 丈の長い、軍用の漆黒色のコートがはためく。

 コート以外に変化はないが、放たれるプレッシャーは先ほどよりも増していた。

 

「けど一度殺された分の借りは返すぞ。ちょっと付き合ってもらおうか――!」

 

 更に彼女が影から引きずり出したのは、一振りの獲物。

 それは殺傷力に特化した刃を持つ、黒い凶悪兵器。

 ヴィイイイイン、とそれはあの結晶の獣にもひけをとらない鳴き声を森に響かせる。

 チェーンソーを振りかぶり、悪魔が魔術師に襲いかかった。

 

     ◇

 

「具体的にはどうすればいいんだ。そのヴァンという男に出会ってしまったら」

 

「そう深刻に構えることもないよ? 彼、敵には容赦がないけど、底抜けのお人好しでもあるから。きちんと事情を説明して、怪しい者じゃないよと言えば分かってくれるハズさ!」

 

 話を聞く限り、相当な実力者なのだろう。敵としては会いたくないな、とサクラが思っていると、不意に視界に影が落ちてきた。

 二人の歩みが止まる。木の影ではない、と戦闘能力のないジェスターでも分かったようだ。

 

「……ねぇ。後ろ、なんかいない?」

 

 確かめるように言う声は震えていなかったが、文面をなぞったような空虚さがあった。恐怖状態の一歩手前、漠然とした恐れを伝えてくる。

 

「……遺生物は、魔力のある生物だけを食うのか?」

 

「……基本はね。けど真の恐ろしさはその学習能力だ。彼らは排除する優先順位を決めている。傾向としては、魔族の中でも、魔力が低く弱い個体を優先しがちかな。――君みたいに、魔力を全然感じない例とかね」

 

「つまり俺がここで全力で逃げれば犠牲はお前一人か」

 

「……」

 

 無言で羽織の裾をつかまれた。

 

「……た、助けてくれない? 二度目だけど」

 

「貸しにするぞ」

 

 ゆっくりと彼らが振り返って見たそこには、結晶の巨体が一体。

 

【□□□――□□□□――ッッッ!!】

 

 生物らしからぬ機械の雄叫び。

 新手の脅威を相手に、二人の逃走が始まった。

 

     ◇

 

 そこでは断続的に衝突の音が鳴っていた。

 甲高い金属音と、それを弾く魔力の壁。ぶつかる度に青い火花が散っている。男が足のホルダーから二枚目の札を引き抜き何かを唱えると見えない壁が構築され、そこに一撃を入れたアガサが、瞬間、数メートル大きく弾き飛ばされる。

 

「っとお……!?」

 

「【魔浄(まじょう)結界】――!」

 

 宙空で体勢を崩した彼女を、多角形に展開された黄金の結界が捕らえる。

 男の手にあった札が消費されると同時、結界内には神聖の極光が満ち、そのまま爆散した。

 

 それは男が持つ浄化魔術の中でも最高峰のもの。魔浄師(エクソシスト)には及ばないが、男が組んだ魔術式なら上級悪魔、真名持ちの悪魔にもダメージが通るはず――だった。

 

「効くかァ――!」

 

「冗談だろ……ッ!!」

 

 無傷のまま、爆風の中から飛び出してきた黒影の姿に、流石の男――ヴァンも瞠目する。

 まるで全く効いていない。無効化のような術の気配はなかった、ならば今の一撃を、この悪魔は素で受けてなお無事だった、ということになる。

 

 ……まさか知る由もない。彼女が生きてきた地は、かつて神が支配していた神聖の地獄。

 そこで生まれ育った悪魔は、名無しだろうと真名持ちであろうと、驚異的な神聖耐性を有している。

 

 中でも、悪魔アガサは最前線で指揮官として生還し、ここにいる。

 アルクスの悪魔とは、質・純度共に強さの次元が違っていた。

 

「【粛清結界】!」

 

 次の札が消費される。向かってきた悪魔へ四本の雷撃の槍が突き刺さり、うち一本が細い右腕を貫き飛ばした。

 それに怯まず、アガサが片手でチェーンソーを横薙ぎにする。間一髪かわしたヴァンは、直後に背後で起きた地響きに息を呑んだ。

 

(刀身、が……伸びるのかよ!?)

 

 地響きの原因は倒木にあった。それも、たった今薙ぎ払われてきたチェーンソーの刀身が、薙ぎ払いの途中で五メートル大に延長し、ヴァンの後ろの木々を斬ったからだ。

 

「術式二十三番」

 

 アガサがチェーンソーを上へ放り投げる。ブン、と風を切る音がする。彼女が指を鳴らした途端、刀身が変形した。

 それは刃から、漆黒の銃身群へ。

 二十三の銃口が一斉に魔術師へ向けられ、弾幕の合唱が炸裂する。

 

 その間にアガサは、切り落とされていた右腕を影に回収した。すると肩口から、新たな右腕が再構築されていく。再生というより、映像の逆再生で戻っていく異常光景である。

 

「やるなー、お前」

 

 感覚を確かめるように右手を開閉しつつ、呑気な調子でアガサが言った。

 撃ち終わった銃身の群の形は崩れ、黒い液体のようになって地に落ちると、主の影へ戻っていく。

 

 銃撃による粉塵が晴れた位置には、結界で防御を固めていたヴァンがしゃがんでいる。地面においた三枚の札が消えると、彼の周囲に三重で敷いていた銀色の防御壁も、割れるように消え去っていった。

 

「でも全然本気じゃないなー? やる気ある?」

 

「そりゃお互い様だろ。さっさと切り札出してくれるとこっちも早く帰れるんだが」

 

 ――口ではそう言いながら、ヴァンの思考は一つの結論を導き出していた。

 

(この悪魔はまずい。つかまともに戦っていい存在じゃねぇ。()()()と同じ予感がする……!)

 

 それは彼の戦闘の経験則からくる直感だった。

 はっきり言って敗色濃厚。むしろ切り札を出しかけているのは此方の方だ。

 肉体攻撃はほぼ無効。浄化は無意味。真名持ちと戦う際の定石としては、その真名を看破することが鍵とされているが……、

 

(無理。無理だろコレ。こいつ、さっきからずっと悪魔としての能力を欠片も見せやがらねぇ。あの武器変形の何もかもが、()()()()()()()()ってことしか分からねぇ……!)

 

「――名前を教えろよ、黒曜の魔術師」

 

 悪魔がそう言葉を放つ。その右手には、再び新たな得物が現れている。今度は黒い、バイオリンの弓のような形をした、細い刀身の剣だった。

 

「私はアガサ――火楽(かぐら)赤桜(アガサ)って言うんだぜ?」

 

「……どうせ表で使ってるだけの名前だろ。つか、名前なんて悪魔に教えるわけねぇだろうが」

 

「魔術師、って言いづらいんだよ! 教えろよ!!」

 

「そういう理由!?」

 

 アガサが剣を構える。応じてヴァンも札をとる。

 距離はおよそ四メートル。お互い同時に地面を蹴り、第二ラウンドが始まろうとした瞬間――

 

「ん!?」

 

「っ!?」

 

 ドガッッッ!! と凄まじい勢いで。

 両者が衝突しようとした中間地点に、赤い鳥居が斜めに突き刺さってきた。

 

     ◇

 

 左手でジェスターの首根っこをつかみながら、サクラはざっと鳥居の上から地上を見た。

 背後には崩れた崖とその土砂。スタート地点、行き止まりだ、と思う。

 

 右の側にはアガサがいた。無事合流だ、なぜか黒コートを着て黒剣まで持っている謎の本気モードだが。

 

 左の側には見知らぬ男性。ローブの姿格好から、噂の現地の魔術師だろうか、と思う。

 

「ドクター!?」

 

 黒髪の男の方が叫ぶ。共通語だ。

 つかんでいる黄緑髪の科学者を見ると、ぐったりとして動かない。着地の衝撃で気絶したようだ。

 

「知り合いか?」

 

 と下の男に声をかける。

 

「俺たちは元々そいつを探しに来たんだよ! ちょっと渡――うぉっ!?」

 

 迷わずサクラはジェスターを男の方へ放り投げた。ようやく手が空き、腰の刀を握る。

 危なげながらも科学者をキャッチした無精髭の男へ、更に続ける。

 

「そいつを連れてさっさと逃げろ。巻き込まれるぞ」

 

「……は!? まさかお前――」

 

【□□□□□――――□□ッッ!!】

 

 魔術師の声を遮るように、森の向こうから咆哮が聞こえた。

 近づく地響きと共に、木々は道を作るようになぎ倒されていく。

 

「きゃあ!? いやああああ!? 師匠ーッ! なんですかアレェ、師匠ぉー!!」

 

「こら暴れるでない、落としてしまうぞ?」

 

 森の近くにいたリュエは、鎖に巻かれている水色髪の少女を悠々と担ぎ、崖際へとすばやく退避する。

 

「おいおいサクラ、一体何を連れてきたんだよ?」

 

「見ての通りだ」

 

 サクラが地上のアガサの声に短く答える。

 枯れた森の向こうからは、全長十メートルを超える巨大な結晶蜘蛛が現れていた。

 



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07 異邦にて

「始末する。アガサ、手伝え」

 

「ん、おっけーい」

 

【□□□――□□□□□――!!】

 

 大蜘蛛の頭上に魔力が収束する。生成された十二の紫の球体から、光線が無差別に撃ち放たれた。

 敵の排除など眼中にない、ただただ周囲を蹂躙するためだけの破壊の光景は、まさに災害。そんな敵の第一手を前に、

 

「社門――」

 

 サクラが刀を抜き放つと、虚空から八つの鳥居が展開する。そこへ容赦なく叩きつけられる魔力の雨。だがそれらは門に触れた瞬間に霧散していき、と同時に役目を終えた門も、幻のように一瞬にして消えていく。

 

(無効化……!?)

 

 信じがたい光景にヴァンは目を疑う。魔術、ましてや己の使う結界術でさえ未だ到達していない遮断の究極。ただの剣士が持つようなモノではない。

 

 最高性能の切断という攻撃と、反則技に値する防御機能。それがサクラの持つ手札だった。

 

「んじゃ、小手調べー」

 

 軽く指鳴らしすると、アガサの背後に黒い棺が現れる。

 相手に技が効くのは一回きりと仮定する。手数の多さを活かす時だ。

 

「『黒の万象(ブラック・アルス・マグナ)』、略式黒銃!」

 

 持っていた黒剣を蜘蛛へ向かって突きつけると、アガサの周囲の虚空から五つの黒弾が撃ち出された。瞬間、

 

【□□――】

 

 大蜘蛛が跳躍して後ろへ()()()

 着地した重みで大地が揺れ、木々が倒れていく中、え、とヴァンは声をもらした。何だ今の動きは。

 

「図体に反して中々機動力があるじゃねーかこっちはどうだぁー!!」

 

 カカカカカッ、と悪魔の周囲が黒く輝く。

 十へ増えた弾数が、一斉に遺生物へ放たれる。

 だがそれらに対しても大蜘蛛は避け続け、回避によってもたらされる着地の衝撃と弾丸たちによって、ますます森の破壊が進んでいく。

 

「的が動くな」

 

 鳥居を消して飛び降り、蜘蛛へ接近していた剣士が側面から斬撃を放つ。軽い牽制に僅かに巨体の動きが鈍り、一発の黒い弾丸が八本の脚の一本を掠めた。すると、

 

「……融け、た?」

 

 ほんの小さな接触部分だったが、紛れもなく。

 弾丸が触れた蜘蛛の部位が融解していたのを、アガサは見た。

 

 錬金術師は結晶に注視する。ただの視認ではない、魔眼を起動させた認識行為。

 観識眼(かんしきがん)。それはあらゆる材質を見通す、彼女の錬金術を支える力だ。

 その目はある宿命をアガサにもたらしていた。

 

「れいけっしょうッッ!!」

 

「は」

 

 叫びに、サクラだけが反応した。

 

「霊結晶だアイツッ! エーテル純度百パーセント! 一切の混じりけ無い、完全エーテルの凝縮体! すなわちは一級素材の代名詞! 売っても金になる、錬成にも役に立つ、およそ全ての錬金術式において、これほど汎用性の高い物質もないと言われた錬金術師たちの理想の素材!! 素材の神とも名高い霊結晶――ッ!!!!」

 

 剣で示しながら、喋り倒し始める錬金術師。

 宿命とはこの深刻な素材狂い。

 それはモノにもよるが、どうやら今回は、ご覧の有様らしかった。

 

(……何言ってんだ、あの悪魔……)

 

 気絶している科学者を安全圏に横たえていたヴァンは、常軌を逸するハイな声にげんなりする。あいつ狂っているのか?

 

【□□□□――!】

 

 蜘蛛が近場にいたサクラへ魔力の光線を射出する。雨の合間を縫うようにかわした剣士は刃を横一閃に繰り出し、脚の一本を切断した。

 

「!」

 

 死角からの気配に刀の防御が追いつく。ギィン、と重い衝突音と火花を散らすと、脚の追撃がくる。サクラをそれを軽やかな動作で弾き、斬り払うと、後ろへ大きく跳び退がる。

 

 そこで見た蜘蛛の姿は、先ほどまでの形と変わっていた。八ある脚の他に、尾が四本と増えて伸び、サソリのようになっている。

 

「自己変形……」

 

「狩るッ!」

 

 間髪入れず、横から黒い銃弾の掃射が割ってくる。

 それに反応した四本の尾が薙いで迎撃し、融解した部位は即座に再生されていく。早い。

 

「なら物量勝負だなぁ! 七十二元祖(エーテルマグナ)雪爆絶華(ブロウスノー)!!」

 

 ギュイイイン、と光が収縮していく音をサクラは聞いた。

 アガサの方を見れば、その頭上横に浮き上がった黒棺が形を変え、大型銃身になっている。次の瞬間、ガトリングとなった銃口から吐き出された色彩とりどりな弾丸が、遺生物のいる空間を乱れ撃ちにした。

 

 ドガガガガガガッッ!! と一切慈悲が存在しない殲滅の嵐に、ヴァンの札を持つ手が白くなる。

 

(アイ、ツ――全っ然本気出してやがらなかったな!? いや、あれで倒せるんならそれに超したことはねぇが――)

 

【□□□□□――□□□□――ッ!!】

 

 遺生物の咆哮に大気の魔力が震撼する。

 稲妻を伴い、波のように紫電の魔力が巻き上がる。防御壁となったそれはエーテルの殲滅雨を遮蔽(しゃへい)した。

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 そのせめぎ合う攻防を、横から紅蓮の剣士が切り崩す。

 斬撃は低い。地面と平行になるほどの「線」が、紫電の壁を貫通し、蜘蛛の足先をズラした。

 巨体の体勢が崩れかける。直後、十数メートル大に伸びた四の尾が、周囲を薙ぎ払――

 

「四十六番」

 

 ――われなかった。

 尾が伸びた直後、その影からそれぞれ飛び出した細い黒杭が、ギチリと尾を貫き固定し、可動を許さない。

 足先から上の大部分が地面に倒れ落ちる。紫電の壁が消え、掃射されていた弾丸たちが結晶蜘蛛を蜂の巣にしにかかる。

 

【□□ッ!!】

 

 刹那、遺生物が再び跳んだ。

 脚先はまだ欠けたまま、弾幕の真下を抜ける速力で――真正面にいた悪魔へ向かって。

 

「コイツっ……!?」

 

 うろたえながらアガサの口元には笑みが浮かぶ。面白い、と。

 固定された尾の牽引力を使った自己射出。尾を引きちぎりながらの回避、敵への突貫に繋げる対応の早さ。脅威の怪物と呼ぶ他にない。

 

 跳躍突貫の中で蜘蛛の尾が、鋭利な脚が再生する。巨大質量そのものが、弾丸となって一人に突っ込んでいく。

 

「――、」

 

「サクラ!」

 

 アガサの眼前に鳥居が壁として飛び出す。それを予期していたように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 軌道は直角。速度を保ったまま遺生物が、そこに立っていた紅蓮の影に鋭利な脚刃を振り下ろす。

 

 鳥居が出現した瞬間にそれを悟ったアガサの声が届き、

 

「仮説・雲耀(うんよう)斬」

 

 無拍瞬息抜刀。

 剣士の前に到達した刹那、無数の斬撃が蜘蛛を襲う。

 目視も対応も迎撃も許さない高速の不可視斬撃。傍目からは何が起こったか分からない絶技だが、サクラからすれば未完成かつ未熟に値する技だ。

 

 シャリン、と鈴の(納刀)音がする。今の一撃を放つ間で、蜘蛛の背後に移動していた剣士は、蜘蛛の結晶体が砕け、残骸と朽ちていく様子を油断なく注視する。

 

(──(コア)は斬ったが。この感覚は──)

 

 仕留めたが、まだ息がある。おそらく、こちらが斬った瞬間から再生を始めたのだろうと推測する。

 

【□□、□□□――……!】

 

「まだ動くか……」

 

 ギギギギギ、と全身から軋み声を上げながら結晶体が持ち上がりかけた。脚は再生し、尾の方も原型を取り戻し始めている。

 核ごと再生しているなら非常に面倒な個体だ、ともう一閃叩き込もうとした時、

 

「――〝境界の使徒に請い願う〟」

 

 不意に妙な文言が聞こえた。

 サクラが視線を向けた先には札を持つ──あの黒髪に無精ひげの魔術師がいた。立ち上がろうとする遺生物を、殺意すら感じない、冷めた目で見つめている。

 

(黒曜……!)

 

 その瞳の色にサクラは息を呑む。

 

 魔族の魔力量は、瞳の色彩で大まかに把握できる。より複雑な色をしている方が、魔力が多い傾向にあり、黒ともなれば、どんな種族であろうと他とは一線を画す存在だ。――潜在魔力量の桁が違う。

 

【――――、□□、□□□――――】

 

 擦り切れた音。半残骸と化しているモノが、一本の尾を形作る。それが今にも放たれんとしたが、即座に消え去った。

 崩れかけの結晶体がいる大地には、白い魔方陣が展開されていた。

 

「〝我が剣、我が轍、我が血肉を以て、万象数多の還元を今告げる〟――」

 

「……!」

 

 瞬間的にこの場に膨れ上がった魔力に目を見張る。大気をも揺らすこの気配は、先ほどこの遺生物が放っていたものにも等しい。

 ローブの男の右手には一枚の札。それが青い光を放ち、

 

「――消し飛べ、【術式・崩解魔砲(アナイアレイト)】」

 

 音が消え、色が消え去る。

 全ての魔力、エーテル、万象に在りしその総て。

 一体の遺生物がいる領域が、光と共に、完全に()()した。

 

     ◇

 

 もはや跡形もなかった。

 欠片すら存在しない。

 

「……えー」

 

 素材が消えたことよりも、アガサはその消滅現象の理屈が理解できず、呆然とし。

 

「……っ、」

 

 サクラに至っても内心、意味不明だった。

 存在を一片残さず消し去る破壊の光。

 いや、破壊などという生易しいものではなく、本当に完璧なる「消滅」。

 かろうじて理解したのはそれだけだった。どのように、どうやって今の現象がなされたのかは、想像すらできない。

 

「まさか大型相手に、こんな短時間でケリがつくなんてな。……お前ら、一体何者だ?」

 

 魔術師がそう声をかけてくると、サッとアガサが素早くサクラの背に回り込んだ。

 

「なにあいつこわい」

 

「……まぁ……気持ちは分かるが……」

 

「? 〝真名持ち〟にそこまでビビられる程じゃないと思うんだが――」

 

 それはない、というアガサとサクラの呟きは重なった。人類の身で消滅術を使う奴など、彼らからしてもはっきり言って化物である。

 

「……もしかして、お前がヴァン・トワイライトか?」

 

「そうだが――って、なんで知ってるんだ」

 

「そこで伸びているドクターから聞いた。魔術師の中でも規格外とかなんとか」

 

「なーる。道理で私を殺せたワケだ」

 

 ヒョコ、とアガサが顔を出した。思わぬ証言にサクラは目を丸くする。

 

「お前が殺されたのか……?」

 

「死んだ死んだ。奇襲で一回スパッとな。実力は『千城騎士』と同等じゃねーの」

 

 再びヴァンの方を見たサクラは、軽く口を押さえて引いた。

 

「うわ……」

 

「……言っとくが、お前らもこっちからしたら色々おかしいからな?」

 

「――ちょっとー! すみません! いい加減に(コレ)、ほどいてくれません!?」

 

 そんな声に一同の目が集まる。地面に座り込んだ鎖巻きの少女魔術師は涙目だった。よしよしとリュエに頭をなでられている。

 

「あ、忘れてた。はいはい」

 

 アガサが指を鳴らす。と一瞬にして名も知らぬ少女に巻き付いてた鎖は影となって消えた。よろよろと立ち上がった少女はリュエから白杖を受け取る。

 

「不意打ちの【聖なる魔浄の光(ディバインライト)】」

 

「どわぁー!?」

 

 彼女が杖を地面に突き立てた途端、アガサをピンポイントに聖なる極光が降り注ぐ。

 光の衝撃で片足が浮いたアガサは、ゆっくりと地を踏みしめる。

 

「神、聖、却、下!! だから効かないっつーの!」

 

 影が魔術を払うと、ぐぅと水精霊(ウンディーネ)の少女が歯がみする。

 

「はぁ……やっぱりダメですか。どこの新種なんですか、貴方? ここまで私の浄化魔術が効かないとか、よっぽど神聖に満ちた異常環境で育ったとしか思えないんですけど……」

 

「落ち着けシンシア。お前じゃ相手にならねぇ。諦めろ」

 

「シンプルな全否定!? 師匠ぉ~」

 

 そこでリュエが前に出てきた。

 

「――我らは通りすがりの遭難者! なので末裔っ子とそこな黒曜の戦士よ、適切な対応を求めるぞ。具体的にいうと安全圏への保護だな! あんな結晶がうろついている所に居住区があるのかどうかは疑問だが」

 

「遭難……? というかお嬢さんの方は一体――」

 

「うむ、よくぞ聞いた!!」

 

 ふふん、と得意げな顔で彼女は胸を張り、

 

「――我が名こそは炎竜エリュンディウス! 恐怖と畏怖の念に震えるがいい――!」

 

 高らかに、そうカミングアウトした。

 




お気に入り・感想・評価、ありがとうございます!
ラグナ大陸の錬金術師たちは常に資金繰りと素材不足に悩まされている。


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08 合流

 サクラは場の空気が凍りついたのを察知していた。

 下手をしたら戦闘にもなりかねないような緊張感、いやいっそ戦闘中の空気の方がまだマシじゃないかとすら思った。

 

 ──しかし。

 

「炎竜って……大昔、アルクス全土を焼き尽くしたっていう?」

 

「ウッ」

 

「……神代大戦を終わらせた始祖竜の一角……貴方が!?」

 

「さ、左様!!」

 

「「……、」」

 

 魔術師たちの沈黙。半信半疑、といった様子だ。

 それを受けてアガサが言う。

 

「やっぱダメっぽいな」

 

「ダメなワケあるかッ!? 我は炎竜、本当に本物だ!!」

 

「あー……簡単な判別方法がある。お前ら、この自称炎竜は何の言語で話しているように聞こえている?」

 

 挙手したサクラの問いに、現地民は訝しみつつも答える。

 

「そりゃ俺は魔族(アルクス)語で──」

 

「精霊語ですね。とてもお上手──」

 

 と、その食い違った意見に、彼らは顔を見合わせる。

 それからバッ!! と炎竜を見た。

 

「……『万象言語』!? 上位存在しか使えないっていう、あの!?」

 

「……なるほど。始祖竜ってのは本当らしいな……」

 

「で、であろう!? であろう!? ふふん、分かればよいのだ、分かれば!」

 

「へー、驚いた。道理で懐かしい言語だなあと思ったよ。まさか生きているうちに上位存在に会えるなんてねぇ」

 

「みゅ?!」

 

 ビクゥッ! と背後からの声にリュエは肩をはねさせる。

 振り返ると、そこにはいつの間にか意識を取り戻していた白衣の科学者、ジェスターが立っていた。

 

「おおっと失礼、僕はジェスター。帝国から派遣されてきた科学者だよ!」

 

 華麗に礼をする彼を見て、ちょいちょいとアガサがサクラの羽織を引っ張る。

 

「……マッドなほう?」

 

「いや、知らんが」

 

「マッドじゃないよぉ! 至ってまともな仕事マンだよ僕は! ──あでっ」

 

 その黄緑頭にヴァンが後ろからチョップを食らわせる。

 

「単独で遺生物の巣窟にフィールドワークに行く馬鹿の、一体どこがまともなんだよ。助手たちも心配してたぞ」

 

「嫌だなあヴァン君。僕ぁ遺生物の専門家だよ? 余裕で七日は彼らに見つからずに行動できるさ」

 

「俺が見つけた時は思いっきり追いかけ回されてたが」

 

「ドクター!!」

 

「ミスっただけ! ミスっただけ! いやなんか突然、上の方ですごい音がしたからさぁ!」

 

 ヴァンに胸倉をつかまれた科学者は、がくがくと揺らされる。それを見つつ、

 

「「……」」

 

 しまった、それ(わたし)たちか、とサクラとアガサは黙り込んだ。まさかそんな因果関係があろうとは。

 

「ええっと……ひとまず炎竜様のことは分かりましたけど、そちらは? ここは大陸の極東です。この王国以外、他に国はありません。貴方たち、どこから来たんですか……?」

 

 そういう地理なのか、と貴重な情報を頭に入れつつ、シンシア、と呼ばれていた少女の質問に、二人は姿勢を正して返した。

 

()()()()()──永遠に空が黄昏の、こことは別の次元にある大陸から」

 

「人類の国はたった一つ。全ての魔族の統合国家、アルカディア──って知ってる?」

 

 その言葉の意味を、魔術師たちが理解するには、少しばかりの時間が必要となった。

 

     ◇

 

「──っつーワケで、当面は他の始祖竜を探してる。なんか心当たりない? 私たち、さっさと帰りたいだけなんだよねー」

 

 情報交換の話し合いは五分ほど。その間に、サクラたちがお互いにあった出来事を報告しあい、次にリュエへ話した通りの、ラグナ大陸の概要をヴァンたちに説明し終えていた。

 

「……いや、それは」

 

「師匠……」

 

「始祖竜はいないよ」

 

 眼鏡をあげながら、端的にジェスターがさらりと言った。

 

「待てドクター、あまり情報を――」

 

「なんだいヴァン君、そこの悪魔を警戒してるのかい? ああ、お弟子ちゃんがいるからか。けど君、一回そちらの彼女を殺したんだろう?」

 

「──う」

 

 ヴァンの顔が、どこか居づらそうなものになる。

 一方、アガサはああ、と軽く手を振った。

 

「別にこっちは気にしてないぜ? ありゃ油断した私が全部悪い。殺したお前に非はない、()()()()()()()んだ」

 

「──、」

 

 なにかヴァンは言いたげだったようだが、殺したという事実の手前、謝罪するようなことは止めたようだった。

 言葉一つで関係を繕うよりも、何も言わずに飲み込んで罪状を背負う──根は善人そうだなこれ、とサクラは思う。

 

「で? 我が同胞がいないとはどういうことだ。……まさか――死んだとかあるまいな?」

 

 炎竜に尋ねられ、ヴァンは、やっとそこで重い口を開けた。

 

「……ここは地竜様を守護竜とする国だ。けど二千年前から――地竜ロヴァルグランは行方知れずになっている」

 

     ◇

 

 ――それは遠い昔。

 世界樹を護る使命を授かりし始祖竜、地竜ロヴァルグラン。

 ある時、そんな地竜をあがめる人間たちが世界樹の近くに国を築く。

 地竜と人間は親しい隣人として長く時をすごし、人間側は世代を超えて地竜に信仰を捧げていた。

 

 されどいつからか、地上から人間の姿は消えていった。

 地竜がその事実に気がついたのは、もう、人間が誰一人として会いに来なくなった頃。

 

 やがて無人の土地に今度は魔族たちが訪れ、そこにまた新たな国ができた。しかし――

 

〝──滅びよ。汝ら人類に生きる地上なし。我が樹の前にひれ伏し朽ちよ〟

 

 ……地竜は狂った。

 原因は世界樹の寿命。それによる魔力の枯渇にあった。

 地竜と世界樹は一心同体、どちらかが死に瀕すれば、滅びは必定のものとなる。

 

 そこで、ある二人の英雄が狂えし地竜に立ち向かった。

 だが偉大なる聖騎士は命を落とし。

 残った大魔術師が、世界樹もろとも狂える地竜を封印したという。

 

 それが今日まで大衆に伝わる竜伝説。終わりは常に次の言葉で締めくくられる。

 

 ――〝封じられし竜が目覚めるとき、真なる厄災が現れん〟、と。

 

     ◇

 

「意味がッ! 分かるかぁ――!!」

 

 地竜に関する伝説を聞き終えたリュエは、まずそう叫んだ。

 

「なんで世を護りし始祖竜が狂っとるのだ! 阿呆か! 根性なし! どうやったら世界樹を枯らせるのだ、うっかり者め!!」

 

「うっかりってレベルじゃねーけどな」

 

 そうツッコんだアガサは、もう黒コートと指揮刀を影に仕舞っていた。その目は周囲の枯れ地に向いている。世界樹、という名前だけでも、それが周りにどういう効果をもたらしていたのかは容易に想像がついた。

 

「世界樹というのは、アルクス大陸の魔力循環を助けるシステムのようなものだ。だけど人類の文明発展の影響か、どこかのタイミングで世界樹の魔力生成が、魔力の消費に追いつかなくなった、っていうのが昨今の定説かな」

 

「……、」

 

 科学者からの捕捉を聞きながら、サクラは口の中に苦味を覚えていた。

 今の「昔話」を聞いて、まず彼の意識を引いたのは、地竜の真相でも世界樹の末路でもない。

 

「……最初に世界樹の近場に国をおこしたのは人間だと言っていたな。消えていったと言っていたが、それはどういうことだ?」

 

 パチンとジェスターが指を打った。

 

「おやピンポイントに鋭い。どうやら君と僕の考えは一致しているようだ!」

 

「……例の人間元凶説、ですか」

 

 そう結論を口にしたのはシンシア。白杖を両手で抱え、心なしか、いや確実にアガサから距離をとるようにしている。

 

「地上で最も繁栄しながら、いつの間にか失踪していた古代種族……『天空に移住した』というのが有力視されているとは、本で読んだことありますけど……」

 

「「天空?」」

 

 サクラとアガサの声が重なった。次いでサクラの頭には〝天空王〟の単語が浮かぶが、今は忘れておく。

 

「地上より遙か空の先の先! そこに人間たちは新天地を見つけ、()()()()()()()()()()()()()使()()()のではないか、という説さ。現代の魔族文明でもまだ到達していないレベルの高度文明を持っていた彼らが地上にいたのは、なんと二千年以上も前だ! 僕が今知っている科学も全て、全て彼らの後追いにすぎない! しかも彼ら人間に関する資料はほとんど――」

 

 早口で喋り始めたジェスターの声を聞き流しながら、ヴァンはチラっとサクラたちの方に視線を向けていた。

 

(……ラグナ大陸。黄昏の世界。神々との戦争……疑いてぇけど、本当ならこいつらの強さには納得だな。でもって、どうするかね……悪魔の方はサリエルさんに振るとして、サクラって奴も大概おかしい強さしてるし。あとそうだ、始祖竜――――)

 

 そこで赤髪の少女に目を移す。

 

「……うぅっ……人間、なぜ、すぐいなくなる……!!」

 

 そんなコトを呟き、がっくりとうなだれている。

 共通語ではなく、滑らかな魔族(アルクス)語で喋っているその声を聞く。

 

(……コレ、謁見案件だよな? いやおかしい、俺はあの馬鹿学者を探しにきただけで、なんで理論使い・大悪魔・始祖竜の悪ふざけセットを見つけてんだ? ラグナ大陸の魔境度合い、恐ろしすぎるだろ……!!)

 

 至極まっとうな感性から導かれた当然の思考だった。頭痛はもう通り過ぎて理解不能、いっそ思考放棄したい域にいる。

 

「――それで。大方の事情は話した通りだが、ここでは俺たちはどういう扱いになるんだ? 出て行けというなら別のアテを探しに行くが――」

 

「探さないし行かないぞー? いいかサクラ、私はもう決めてるんだ。あの遺生物どもを一体残らず『収穫』することをな……!」

 

「……どうします、師匠? あの悪魔、とんでもないのは確かですけど、上手いこと利用すれば戦力にできるかもですよ」

 

「……うーむ」

 

 弟子の意見には一理ある。

 ヴァンも考えなくはなかった。あの遺生物を蹂躙する弾丸の雨。アレをものにできれば、王国と遺生物との現状の膠着状態も打破できるかもしれない。

 

(利害は一致してる――都合がよすぎるくらいに)

 

 それが少し、恐ろしい。

 なにせ噛み合いすぎているのだ。彼女が使う「錬金術」……エーテルを操るという向こうの大陸の技術らしいが、それは、今自分が、王国が一番に求めているものに近い。

 

 まるで誰かが、彼らをここに来るよう仕向け、仕組んだかのような最良の一手。

 それに素直に乗っかっていいものか、とヴァンは数瞬だけ逡巡し――

 

「――いや、考えるまでもねーな。お前らが遺生物を殺せる手段になりうるなら、こっちは遠慮なく利用させてもらいたい。ついてくる気はあるか?」

 

 サクラは頷いた。

 

「ああ、異論はない」

 

「異議なーし!」

 

「……なんにせよ、我は同胞として地竜めの始末をつけねばならん。汝らと共に行こうぞ!」

 

「――話はつきましたね。師匠、()()()の方も了解したとのお返事です」

 

 そう言い放ったシンシアの言葉に、ピタリとヴァンは固まる。

 

「……お前、最初から連絡入れてたのかよ」

 

「ええ、ちょうど鎖に巻かれていた際に! 裏で秘密念話を少し!」

 

「ネンワ……念話!? え、ちょっと待て、魔術ってそういうのもアリなの!?」

 

 アガサの食いつきように、びくりとシンシアはまた半歩後ろに退がる。

 

「あ、アリですよ! 卑怯だなんて言わないでくださいね、ええ、ていうかここ、王国領土であると同時に、人の領地なので! 領主にまず侵入者の報告を入れるのは当然ですので!」

 

「マジかよ、遠隔通話できるならいっぱい殲滅できるじゃん! ちょっと国の軍隊貸せよ、指揮させろ! 遺生物もう終わったぞ!!」

 

 そろりとサクラの傍に寄ったジェスターが尋ねてみる。

 

「……彼女、軍人かなにかで?」

 

「人類軍の一部隊で指揮官をしていた。少し前に職場を爆破したらしいが」

 

「職場……爆破……実にエキサイティングだ、そういう文化もあるんだね……」

 

 いたく感心したような声だった。こいつはアガサと同類かなんかか。サクラは黄緑の怪人に呆れた目を向ける。

 

「? それで末裔っ子よ、あちらとは一体――、!?」

 

 そうリュエが言いかけた時、場に魔力の気配が満ちた。

 一同が立っていた地面に、大きな黒い魔方陣が展開する。それは強く黒い光を放ち――

 

『〝亜空の闇よ、使者を喚べ〟――【歪曲召喚(ランドシフト)】』

 

 虚空、否、頭に響いた声で、サクラたちの視界は黒に閉じられた。

 

     ◇

 

 ――まず飛び込んだ光に、視界が白む。

 ゆっくりとサクラが目蓋を開けると、そこはもう森の中ではなかった。

 

 広間だ。

 豪奢な壁の装飾、大理石のような床の造り。そんな空間の中央に描かれた巨大な魔方陣の中で、サクラたちは座り込んでいた。

 

(……城……か……?)

 

 周囲を見回しながら立ち上がったとき、カツン、と固い靴の音がした。

 

「こちらの方が早いので、直接召喚させてもらった」

 

 低い男の声だ。

 魔方陣の外。そこには一人、黒い長杖を持った男性が佇んでいた。

 

「私はサリエル。王国宮廷魔術師第一席、サリエル・ロードナイト・ノクトシュバルツだ。

 ――ようこそ、異邦からの来客よ」

 



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09 謁見

「お前の妙な巡り会いは相変わらずだな、トワイライト。今度はなんの物種を拾ってきた?」

 

「いや……その、スミマセン……」

 

(宮廷魔術師……)

 

 サクラはサリエルと名乗った新たな現地人をじっと観察する。

 異邦の悪魔にして、おそらく魔術師の長。

 見た目は二十代後半並に若いが、口調の端々には老成したものがある。氷のような美貌だ。黒を基調としたローブ調の衣服、装飾には派手すぎない気品があった。それに──

 

「……アレ? もしかして、お仲間?」

 

 横にいたアガサがそう小首を傾げる。

 相手の長いストレートの黒髪の合間から見えるのは、精霊種(ルーツ)特有の金の瞳。しかし、裏腹にその気配は己と同じ悪魔種(グリム)のものと同一だ。

 

「見ての通り、悪魔と精霊の混血だ。して、そちらの名を伺っても?」

 

「っ──」

 

 サクラは静かに青ざめた。

 

(……精霊と、悪魔の混血? 冗談みたいな存在だな……アルクス大陸の種族はどうなってる……)

 

 絶対に失礼のないようにしよう、と心に固く決める。その横で、そんな脅威をまったく気にしていない風な幼馴染が応える。

 

「私はアガサ。こっちの赤いのがサクラ、あっちの小さいのがリュエね」

 

「うん、もう諦めてるがエリュンディウスである。我らを直接招いたということは、そちらには対話の準備があるのだな? 盗み聞きは歓迎できんが、話が早いのは良いことだ!」

 

「……寛大な御心に感謝します、炎竜エリュンディウス。まさかそこまで存在力が低下していたとは信じがたいですが、貴方様一人いるだけで、王国の先には光が灯る」

 

 そう軽く頭を垂れたサリエルの言には、清廉な響きがあった。始祖竜の概念にうといサクラとアガサだったが、彼が大真面目にこの炎竜に敬意を払っているのは明白だった。

 

「……意外、ですね。大陸を燃やした邪竜、という扱いではないんですか」

 

 敬語で慎重にサクラは尋ねた。一方、その言葉にリュエはウッ、と肩をはねさせている。

 

「かの伝説の〝炎の七日間〟も遠い過去のもの。それにその一件で、当時アルクスにはびこっていたオークやゴブリンという多くの害獣も死滅したと聞く。結果的に、かの聖火はアルクスの人類の秩序を取り戻すことに繋がっているのだ」

 

 サリエルの話の傍で、リュエは腕組みしたまま、しばし完全に停止していた。

 

「……結果! オーライ!! だな!」

 

「……」

 

 大陸を薪にできる存在が近くにいるのも恐ろしい話だ。今は敵でないことが幸いか。

 

「では案内に移りたいところだが──そこのドクター」

 

 離れた気配の人物に、全員の視線が集まる。白衣の人影はサリエルの視界から逃れるように、こっそりと魔方陣の外に出ていた。

 

「んん……何かなサリエル君。おかげで早く帰って来れたんだ、僕は研究室に戻るよ」

 

「それが逃亡の常套句だと君の助手から聞いている。聖女シンシア、彼を連れ戻すのは元々そちらの仕事(クエスト)だったはずだ。きっちり職場へ送り届けて差し上げたまえ」

 

「は、はいっ! 行きますよ、ドクター! 【転移せよ(テレポート)】!」

 

「ぐわあああー!! 強制労働はんたーい!!」

 

 シンシアに首根っこをつかまれ、魔術で手枷をはめられたジェスターが転移の光に消えていく。完全に収容所行きかなにかの光景だった。

 

「(……ホイホイ空間移動しやがって。どこのマイブラザーだ、コイツらは……)」

 

 と、なにやら横の悪魔から恨み言が聞こえたような気がした。サクラが内容を聞き取るには小声すぎたが、実弟に対する悪口のニュアンスに近しいことは分かった。

 

「ところでサリエルさん、さっき案内って言いましたけど、まさか──」

 

「まさかもなにも。陛下が直々に対面したいと仰っている。お前も来い、トワイライト。拾った以上、監督の任はお前にあるのだからな」

 

「げ」

 

 ヴァンの顔がひきつる。

 国王謁見。

 展開を理解したサクラとアガサも目を合わせ、呑み込むには数秒の時間を要した。

 

     ◇

 

 謁見の間の扉らしいものが見えてくると、サクラは腰の刀を抜き、右手で持った。

 サリエルを先頭に、リュエがルンルンとはねたような足取りで続き、その後ろを横並びになったサクラとアガサが、その背後にはヴァンがついて歩いて行く。

 

 重い音を立てて白い扉が開く。廊下から、開けた空間に出る。

 真紅のカーペットに一歩踏み込んだ瞬間、サクラは空間内を満たす濃厚な気配を察知した。

 

(……強いのが三人、か)

 

 部屋奥の玉座、その手前。

 そこには三名の人影が立っていた。右手に二人、左手に一人。認識阻害の術がかけられているのか、サクラの目にはシルエットがいるようにしか見えない。

 

 だが気配で分かる。その一人一人が、一線級の強者であることを。

 

「陛下。トワイライト卿、炎竜エリュンディウス様、並びに別大陸からの異邦者をお連れしました」

 

「ご苦労。戻ってよい、サリエル」

 

 ほどよい距離で歩みを止めたサリエルに、玉座に座る存在がそう告げる。

 礼をした黒衣の魔術師が左手に空いていた空間に立つと、それで場は整った。

 

「──まずは遠方からよくぞお越しくださった、炎竜エリュンディウス様、異邦の方々よ。余はノストシア国王、ロアネス・ルグヴェラハト・エメロード・ノストシア。膝をつく必要はない、どうか楽にしてほしい」

 

 冠を被った老人が穏やかな声で言う。

 色素の抜けたウェーブを帯びた長い髪に、白い髭、深緑の瞳。白を基調としたローブをまとっており、尖りのある耳は、永命種(エルフ)の血統だと一目で分かる。

 

(……随分と厚遇されてるな……炎竜のおかげか?)

 

 立場的に、サクラたちは領地の侵入者だ。それもヴァンたちの反応から察するに、武装解除もせず、見知らぬ他人の自分や、悪魔のアガサを謁見の間まで導くのも、かなり例外的な扱いのように感じる。

 

 それをさせるほど、王国は始祖竜という存在を高く買っているのか。

 

「率直に申し上げる。我が国を()()()()()()()()()()()、どうかご助力願いたい」

 

 そう続けられた国王の言葉に、炎竜が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……そういう事か。地竜め、やはりしくじったな?」

 

「……どういう事だ?」

 

 サクラが問うと、リュエは淡々と答えた。

 

「我ら始祖竜には世界の均衡を保つ他に、ある存在を、管理・監督・封印・対抗する『役目』が設定されている。地竜の場合は、汝らも聞いた通り『世界樹の守護』だ」

 

「左様。今より遙か二千年前、地竜様は世界樹の異変に気付き、これに対抗なされた。しかし樹の暴走は止まらず、地竜様をも呑み込んでしまったのです。──本来魔力を生成する世界樹の機能は、その時点で真逆のものへと変貌していました」

 

「……魔力の収集。それがあの遺生物らの仕事というワケか。フン、律儀なモノよな」

 

 つまり──あの結晶の化物たちは、世界樹の手足であり眷属といっていい。

 伝説では世界樹の寿命、地竜の発狂とあったが……どうやら事実は二千年前に樹が暴走し、それに地竜が呑まれ、そこへ伝説の英雄二人がやってきて封印した、というものらしい。

 

(……これが真相か。四百年前に遺生物が出現したなら、封印はその時点で弱まっていた……?)

 

 サクラがそう考えていると、横ではい、と軽くアガサが挙手した。

 

「土地の状態とか見た私見なんですけど、その世界樹って、()()()()()()()?」

 

「……察しがいいな」

 

 返された声はサリエルのものだ。国王が頷き、宮廷魔術師が話を引き継ぐ。

 

「世界樹本体は、三年前にこの地表へ顕現した。それだけで一部の土地の魔力は吸い尽くされ、その名残が今も砂漠地帯として残っている」

 

「――、」

 

 サクラの脳裏には、車で横断したあの広大な砂漠の風景がフラッシュバックしていた。

 顕現だけで、あの規模の土地の魔力を吸収した? 非常識すぎて背筋もぞっとしない。終末の神々に次ぐ脅威だ。

 

「──そして当時、対処に当たった騎士が全力をもってそれを再封印した。()()()()()()()()()()()である、そこの男がな」

 

 サクラが横目で後方を見ると、そこには膝をつき、頭を垂れたヴァンがいる。

 黒曜の瞳の持ち主。消滅魔術の使い手。アガサを一度殺した規格外。

 大魔術師だのはよく知らないが、なるほど、という感想しか出てこない。

 

「なんと。やるな汝、もしや英雄の人材か?」

 

「……恐縮です。結局、封印止まりだったのは口惜しいですがね」

 

 やや沈みがある声でヴァンは言う。

 再び国王が口を開いた。

 

「しかしその術も、いつ解けるかは未知数。眠らせているとはいえ、敵の脅威は健在でありましょう」

 

(……、)

 

 サクラはなんとなく、なんとなくだが、嫌な予感がし始めていた。

 それは終わったと思っていた課題にまだやり残しがあった時のような。

 或いは乗り越えたはずのものが、今再び蘇らんとしてきたような、そんな気配が。

 

「ザカリーは、世界樹の真名をこう伝えています」

 

 嫌な予感がする。

 嫌な予感がする。

 嫌な予感がする──!

 

()()()()、序列第四位・境界竜イグドラシア──と」

 

 そして国王ロアネスは、見事にその予感を的中させた。

 



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10 超抜存在

 〝古代予言〟と呼ばれる、最古の文献がある。

 龍暦と呼ばれる太古の時代、暇をもてあました神々は、世界の未来を戯れに予言した。その内容を記す文章の中に、かの者らの名は載っている。

 

 超抜(ちょうばつ)存在。

 それはこの世に現れるという、十の災害だ。

 

 一体一体が天災に匹敵する強さを持ち、時に世界を滅ぼしかねないという超常存在。

 

 予言を聞いた、知識の神ロギアが記したそれらには序列がある。

 中でも五位以上の存在は、「人理(じんり)結界」という特殊な防壁を持ち、特に強力だとも。

 

 更に、そんなモノを打倒するためには────

 

 

「なぁんだ。四位なら楽勝じゃんか。なっ、サクラ!」

 

「…………」

 

 サクラは空いていた左手で顔を覆っていた。場にまったくそぐわない、楽観すぎるアガサの発言にツッコむ気力もなかった。胸に満ちた絶望の念で一杯一杯だった。

 

 帰りたい。

 今すぐ何らかの手段を使って帰りたい。切実に。

 

「いや楽勝って汝な。そんなコトは奴らの脅威を知らんから言えるのだ。──いいか? 第四位は先も言ったが、我が同胞が手を焼く相手なのだぞ。あまり軽率な発言は控えよ、いらぬ怒りを買うことになろうぞ? そこなヴァンという騎士だって、なぁ?」

 

「え。いや……その」

 

 ヴァンは思わず顔を上げていた。その目はアガサと、顔を覆って突っ立っているサクラへ向いている。

 

「良い。話せ、騎士トワイライト」

 

 国王の許可に、またしばらく言葉に迷ってから、ヴァンは恐る恐る尋ねた。

 

「……お前ら、戦った経験があるのか? というか、倒したことが──ある、のか? 超抜存在を……」

 

「言っただろ? 私たちの大陸は神々に支配されてたって。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

「よっっ!?」

 

「……フフハハハ、待つがよい。そんな超抜存在、ちょっと心当たりないのだが。え? 我が寝ている間に、なんか歴史変わってたり、する?」

 

「単に寝過ぎて知らなかっただけだろ。『古代予言』にあるのは序列と名称だけだし」

 

「……そちらの大陸にも、予言は残っているのか」

 

 サリエルの声に、あるよー、とアガサは答える。

 

「つーことは対抗策も共通してるな? 王国サマ、持ってます? 超抜存在打倒のために絶対必須な伝説の武器──『人理兵装』、レリックをさ」

 

 人理兵装(レリック)

 

 それこそは高位の超抜存在が持つ、「人理結界」を唯一打ち破りしモノ。

 

 理を素材にして作られる、超遺物にして超兵器。

 

 古代予言曰く、終末まで残っている代物は、人理兵装(レリック)の名を冠し、十までの番号を保有する至上の品ばかりだという。

 

「……差し支えなければ」

 

 と、国王が言った。

 

「先に、そちらが知る人理兵装(レリック)についてお教え願ってもよろしいかな?」

 

「ハハァ、やっぱ情報の重さが違いますか。まー、国に一つあればそれだけで他国に有利が取れる、って言われるレベルですからねー」

 

 そこでアガサは一瞬、パッと四本の指を立てて見せた。すぐに下ろす。

 

「──!」

 

「マ、大体知ってる数です。内、この半数は廃品になったり行方不明って聞きますよ。……悪魔の証言をどこまで信じるかはそちら次第ですケド」

 

 ニマニマと緊張感もなくアガサは笑っている。超抜存在と聞いて気分がアガっているのだろう。いついかなる時でも愉しむ姿勢は、時に頼もしささえサクラは感じた。

 

 ──だがそれとこれとは話が別だ。超抜存在? 冗談じゃない。

 

「は、話を戻すぞ? 汝ら、恐るべき大陸の出身者どもよ。貴様ら、一体、何位の超抜存在を倒したのだ……?」

 

 震え声の炎竜に、アガサはニヤリと笑い、間を置いてから──芝居がかった口調と身振り手振りで話し出した。

 

「──およそ六百年と少し前。地上に現れたるは我らが主、唯一王。七つの種族を率い、その手に携えるは()()の人理兵装! かの者は超抜存在が一つ、序列・()()()を下し、世に安寧をもたらしたり──!」

 

「は、」

 

「なっ」

 

「──、」

 

 謁見の間が、驚愕の感情で満ちる。

 フラリ、と炎竜の身体が揺れた。

 

「ば、バカ……な……汝らって、もしかして、我の予想以上に、物凄く強かったりする……のか……!?」

 

「キャラ若干壊れかけてんぞ始祖竜。強いも強いに決まってんだろ。この私は神とその眷属と、最前線で戦ってた指揮官なんだからなぁ──!!」

 

「かえりたい……」

 

 ポツリとサクラが言った。声にはどこか、心からの実感と絶望が帯びていた。

 アガサは親指をさし、ついでのように、得意げに言葉を続けた。

 

「──んでもって、こいつは実在が確認されてるもう一つ──()()()()()()()()()()だ。ちょー強いぜ?」

 

 その発言は、まさに、爆弾以外の何物でもなかった。

 

     ◇

 

『ガッはははハハハハハハハハハ!! マジかよオイ! いやァ気配からタダモンじゃねー気ィしてたけどマジかよ!! マジでぇ!?』

 

『クソうるさいわガルドラ。……マジデー……?』

 

『……まさか、そこまでの御仁たちとは……』

 

『騎士アルトリウス。先に言っておくが絶対に謁見の間で剣を抜くなよ。絶対にだ』

 

(…………念話、うるっせぇー……)

 

 膝をついた姿勢のまま、ヴァンは頭に響いてくる、そんな上司や同僚たちの念話を聞いていた。

 発言者たちは、いずれも今、国王の手前に立っている四従者だ。

 

 宮廷魔術師第二席、ガルドラ。

 宮廷魔術師第三席、エメル。

 王国騎士団長、アルトリウス。

 宮廷魔術師長、サリエル。

 

 おそらく認識阻害の魔術で、サクラやアガサにはその姿が見えていないだろうが──上位存在のリュエの視界には、彼らの素顔がはっきり映っていることだろう。

 

『いやァ、お前の天運も極まったなぁヴァンよお! 大魔術師の血筋は伊達じゃねえわー、驚きだわー、マジでどんな徳積んだらこんなバケモン級の人材たちを拾えるんだよぉ!!』

 

『知らねぇですよ……つか、俺が一番ビックリしてるんですけど』

 

 愉快げなガルドラの声は、悪魔であるアガサの証言を、完全に信じ切ったものだった。

 それもそうだろう、とヴァンは思う。

 

(……()()()()()()()()()()()()()──こいつら二人は、本当に……)

 

 動揺している炎竜の反応が、証明だった。証明になってしまった。炎竜の言動自体、悪魔による演出かと疑うことも、ない。いくら高位の悪魔でも、存在格の違う始祖竜を洗脳するなど不可能である。

 

 今や場の疑念は確信に変わっていた。信じがたい、から、信じざるをえない──と。

 

(……しかし道理で。あの切れ味か……)

 

 ヴァンは改めてサクラを見る。

 あの遺生物の外殻を、たやすく斬ってみせたあの剣技。なるほど、モノが人理兵装なら合点がいく。……真の問題は、あの刀が一体どんな能力を持っているか、だが。

 

 ……この剣士は本物だ。本物の英傑。その領域に達している一角の人材だ。

 

『……って陛下もフリーズしてない? 陛下ー?』

 

 エメルの声に、念話からサリエルの気配が消える。すると国王が、一つ咳払いした。衝撃から立て直したらしい。

 

「……まさか第一位の戦場、とは。それは、どのような場所だったのだろうか。サクラ殿よ」

 

「……どんな……?」

 

 名を呼ばれたからか、サクラは顔から手を離し、国王に向き合う。

 その目は──死んでいた。死に切っていた。ただでさえ暗がりを帯びた紫の瞳が、更に光を無くしている。

 

「………………二度とは戦いたくない、ですね……」

 

『声に実感こもりすぎてるよ。説得力が強すぎるんだが』

 

 ガルドラの感想には、ヴァンや他の一同も同意だった。

 切実だった。あまりにも切実な響きだった。もはやそれしか覚えていない、と言わんばかりの。ヴァンは今、アルクス大陸に生まれて良かったと心から思った。

 

『実力のほどを確かめたいですね。是非とも剣を交わしたい……』

 

『戦闘狂ヤメロ』

 

 騎士アルトリウス、本当に見目はいいのになぜこうなってしまったのだろうか。ツッコみながら、ヴァンは内心で首を傾げる。

 

「……だが、他に選択の余地などあるまい。サクラ、それにアガサよ。今一度言う、我が同胞を、この国を救うため、しばし付き合うがよい! 地竜が復活した暁には、始祖竜の名にかけて、必ず汝らを元の大陸に帰すことを約束しよう!」

 

 そんな炎竜の、力強い宣言に────

 

「はぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」

 

 それはもう。

 絶望たっぷり、拒否九割の溜め息を、吐き出すサクラ。

 

 キリッとしていた炎竜の顔がひきつる。アガサは面白げに、声もなく笑っている。

 

 ──サクラは正直、ここで崩れ落ちて倒れ込んでしまいたかったが、全霊で耐えた。

 そして絞り出すように、言った。

 

「…………分かった……帰るためだ……協力する…………」

 

(なんか申し訳ねぇ!!!!!!)

 

 ヴァンは心の中でそう叫び散らした。謁見の間は静かなものだったが、アガサを除いた一同、心情は合致していた。

 

「か、感謝する。我々王国も、全力を尽くして貴殿らを支援しよう」

 

「こちらこそ! ええ、ええ、遺生物とかいう連中の相手とかは私に任せてください。主な特技は徹底殲滅なので。一体たりとも逃さず、この王国から動く結晶の姿を消してご覧に入れましょう」

 

「う……うむ……期待しよう」

 

 未だ生気の戻らない目をしている剣士と、反してにこやかな顔の悪魔。

 場の空気は微妙だが、ともあれ、これで双方の話はまとまった。

 

「……長旅だっただろう。まずは部屋の案内を──」

 

「──あ、いやいや。共同戦線はこれで決まりですけど、もう少し踏み入った話をしても?」

 

 サリエルの言葉を遮り、アガサがそんな事を言う。

 炎竜が不思議そうに首を傾げる。

 

「なんだアガサよ。貴様の目的は遺生物であろう。まだ他に気になることでもあるというのか」

 

「私、他国の軍人。ってことはコレ、故国と王国の外交話でしょ? そりゃあもっと大事なコトがあるよー、報酬金とか報酬金とかさぁ!」

 

「本っ当に意地汚い奴だな汝は! ええい、勝手にやっていろ、我は一足先に観光してきてしまうからな! サリエルよ、案内人をよこすがよい!」

 

「承知しました。ではそこのトワイライトなどいかがでしょう」

 

「サリエルさん!?」

 

「よし決まりだ、行くぞヴァン!」

 

 と言うと、炎竜は謁見の間を意気揚々と飛び出していく。ヴァンは一瞬国王に視線をやり、頭を下げて、急いで立ち上がるとその後を追いかけた。

 

「……」

 

 バタン、と部屋の扉が閉まる。──それを、サクラはしっかりと確認する。

 

「……」

 

 空間には、四従者と国王、それに余所者の二人だけが残される。──そうして、アガサは笑みを消した。

 

「──まずは御前での度重なる礼を失した言動、また知らぬ事だったとはいえ、貴国への不法侵入を犯したこと、誠にお詫び申し上げます」

 

 彼女の凜とした一声に合わせ、サクラはアガサと共に、その場に膝をついた。

 右手にある刀も置く。先ほどまでのヴァンの姿勢に倣い、深く頭を垂れる。

 

『「──、」』

 

 念話は、国王は、完全に言葉を失っていた。

 眼前でひざまづきながら、二人の一変した気配に──圧倒されていたからだ。

 

「「改めて」」

 

 声が重なる。一切の感情を排し、彼らは告げる。

 

「〝唯一国家アルカディア〟人類軍第十三部隊指揮官、名を火楽(かぐら)赤桜(アガサ)

 

「〝月界線(げっかいせん)の社〟守人、『()()()()()』」

 

 淡々と、しかし自分の知る精一杯の言葉遣いを意識し、サクラは続ける。

 

「この度は他所(よそ)人の我々に謁見の席を設けていただいた事に、感謝を。先刻もお伝えした通り、第四位の討伐作戦には我が身の全霊を()して参戦することを誓います」

 

「未だ研鑽途上の我が『錬金術』でも貴国の危機の助けとなるのなら、存分にお使いください。私が身をおく人類軍は、終末に抗う人類への助力を惜しみません。つきましては──」

 

 これが精鋭。

 これが英傑。

 これが──終末を乗り越えし、彼らの本来の姿。

 

 ただそこにいるだけで、空気を支配する存在感。

 彼らが頭を垂れるだけで、その意味を否が応でも知らしめる。

 

「「ノストシア王国には、我らとの永久同盟締結を請い願う」」

 

 自分たちを使いたければ、相応の器を見せてみろ、と。

 



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11 小休止

 ──謁見が終わり、玉座の間には国王とサリエルのみが残っていた。

 

「……アレらが第一位に挑んだ人類か、凄まじいな。余の目をもってしても、彼らの底は知れん。炎竜様同様、丁重に扱うよう城内に通達しておけ」

 

 国王は先ほどまでの記憶を振り返る。

 

 序盤、あの場の発言権は、炎竜に優先されていた。

 余所者のサクラたちに地位を示すために国王は玉座にいたが、相手は守護竜たる上位存在、その同胞。たとえ一国の王であれど、存在というレベルでは格下だ。

 

 そんな王国の礼儀に従い、サクラたちも表面上は努めて炎竜の前では普通に接し、いなくなれば〝王国国王の御前〟に相応しい態度に切り替えた。

 

 結果、ロアネス国王と四従者は、一体どちらが値踏みされているのか分からない、そんな地獄のような謁見後半戦を余儀なくされてしまったのだった。

 

「それと……サリエル、お前の知識に“(やしろ)”に関する覚えはあるか?」

 

「はい。確か、龍暦の時代に人類が設立した組織です。彼らの本業は主に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったかと。私もまさか、未だ稼働している拠点があるとは思いませんでした」

 

「異界──それも龍暦にこの世界と交流があったというやつだな?」

 

「その通りです。なので()()()()も詳細は知り得ません。現在は交流も途絶えて久しく、異界にまつわる資料のほとんども失われていますので」

 

 第三者が聞けば首を傾げる言葉のやりとりだったが、国王は「成る程」と一言でその話題に区切りをつけた。

 

「しかし陛下。兵装保有者(レリックホルダー)はともかく、悪魔の方には監視の目をつけずによろしいので?」

 

「よい。彼女は一軍人、外交官としての態度を崩さなかった。遺生物がほしいというならくれてやれ。だが……ふむ。錬金術について、お前はどう思う、サリエル」

 

「我が魔術国家の根幹を覆しかねない代物かと。知識を吸収するにしろ、学ぶのは一部の者に留めた方がよろしいでしょうね」

 

「ならばお前の管理下に置くのが得策か、任せるぞ。ああそれと、ヴァンとシンシアには臨時給金をくれてやれ。ドクターには研究の追加予算を。お手柄だ、とな」

 

「承知しました、即日手配しましょう。ところで、炎竜様の監督人は……いかがしますか?」

 

「ヴァンだな。奴しか上手くやれる気がせん。あの二人は巧みに平常を装っていたが、始祖竜様の前では剣呑そのものだったからな……」

 

 国王というのは外交のプロフェッショナルだ。特に国王ロアネスは、初対面でも相手の動作一つで出生を見通し、口調の節々で思想と人格を把握する。

 今回の謁見において、ロアネスの目はサクラたちが紛れもなく、疑う余地なく、超級の死線をくぐってきた〝本物〟だと看破していた。

 

 ──無論、彼らの本質さえも。

 

     ◇

 

 王城の一角。サクラたちに割り当てられた部屋には、浴室からのシャワー音が響いていた。

 

「いやー、なんとかなったなぁ……」

 

 大浴場の湯船の中、アガサは裸体で浮いていた。浴槽は広く広く広すぎで、長い黒髪が漂ってもまだ空間には余裕がある。

 

 そこでシャワーを止める音がした。視線をやれば、遠くで、ちょうど身体を洗い終わったサクラが湯につかるところだった。肩まで入り、虚空をぼぅっと眺めている。

 

 アガサは半目になった。

 

「──むぅ、美少女め」

 

「どういう感想?」

 

「例えだよ。造形美っていうの? サクラからは性差ってのを感じない」

 

 やはりよく分からない所感に、ふうん、とサクラは答えるのみ。

 人生の大半を振り返っても、彼に求められてきたのは「神子」としての機能だけだ。生物学に定義される性別への興味は、人より希薄なのは間違いなかった。

 

「……じゃあ、それを言うなら、いくら幼馴染といえど、この年で混浴にまったく頓着してないアガサの方はどうなんだ?」

 

「羞恥心の話? んー、私にとって肉体ってのは『魂を入れる器』だからなぁ。感覚としてはアレ、『この身体、似合う?』って具合だよ」

 

「その台詞だけ聞くとホラーだぞ……」

 

 錬金術師としての価値観なのだろうが──彼女の場合は、悪魔という種族としての感覚も混じっているのだろう。

 悪魔種(グリム)の本体は魂だ。いくら肉体的損傷を負っても、アガサが死なないのはそういう仕組みにある。

 

「ところでアガサって、本当に話が上手いよな」

 

「ハハーァ、なんのことやらー」

 

「いいや、むしろ助かった。やっぱり交渉ごとはお前に任せるのが一番だな」

 

「~♪」

 

 鼻歌をうたいながらアガサは軽く泳ぎ始める。

 サクラが言っているのは、王国へ開示した情報の範囲についてだ。

 

 こちらから提示した情報は、第一位の超抜存在との戦闘経験者、兵装保有者(レリックホルダー)であること。

 

 超抜存在を打倒してほしい、という王国からの要求を聞いた上で、自然と対抗策たる人理兵装(レリック)の話へ持ち込む。そうして自らも超抜存在との交戦経験があると明かし、その流れで、

 

 ──()()()は超抜存在が一つ、序列・第一位を下し、世に安寧をもたらしたり──!

 

(……俺を、「兵装保有者(レリックホルダー)の一人」という認識に留めた……)

 

 人理兵装(レリック)の重要性を高めた上で、「唯一王」という兵装保有者(レリックホルダー)の存在を強調することにより──それ以上のサクラに関する詮索・思考を()()()()()()()()()

 

 その第一位を倒したのがサクラだとは、一言も口にせず──決して嘘も吐かず。

 四番の人理兵装(レリック)を持つ以上の価値はない、これ以上価値が高まる余地はない、と。

 

「一応、保険として永久同盟を締結させたけどな。おっそろしい話だよ。ラグナでの地位なんて、ココじゃなーんの役にも立たないし。第四位を倒したら、人理兵装(レリック)と錬金術の知識だけ持って行かれて処刑エンド──なんて、やしろさんに顔向けできないからなー」

 

 アガサの言の通り、王国との永久同盟締結は、サクラたちからすれば今夜の宿よりも優先すべき事項だった。

 

 王国には協力する。

 地竜は解放する。

 

 ()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……おかげで国籍、戸籍登録の書類は、今日中に手配されるらしいけどな」

 

「人権が保障されなきゃ、下手すりゃ奴隷オチってね。いやこの国、奴隷制度とか無さそうだけどさぁ……」

 

 ましてや別大陸とかいう胡乱な場所の出身者。

 ましてや真名持ちの悪魔という優先警戒対象。

 どんなに力を持っていようと、この魔術国家が自分たちの存在を認めなければ、社会から排除対象にされるのは目に見えた結末だ。

 

 人類権! 錬成権! 術式保護法! 天災保険! 魔力権! 討伐権! 兵装保証! 観測権! エーテル干渉権! ──あとなんか色々。

 

 そんな、唯一国家がラグナ大陸全土の生命に定めた法律・権利は、異邦にいるサクラたちまでには適用されない。ここで王国と永久的な同盟を締結しなければ、「侵入者」の名目のもと、二人の人権の有無そのものが揺らいでしまう可能性があった。

 

「国王に直談判できるなんてチャンスタイムもいいところ。これで最悪の場合、こっちに永住できる準備はできたな!」

 

「……そんなのはお断りだが。ひとまず最初の関門は越えたと思いたいな。……しかし──」

 

 ここは異邦。何がどう敵になるかすら分からない。サクラたちからすれば、身の回り全てが未知の警戒すべき世界だ。

 

 だがそこに上位存在、始祖竜なんてのもついてくる始末。いや同行を許可したのはサクラであり、さっきの謁見にこぎつけたのも炎竜の存在あってのことだったが。

 

「……()()()()()()()()な。炎竜がいると……無意識に……」

 

「ハハ、それは同感ー」

 

 炎竜自体はコミカルなものだったが、上位存在という事実が、彼らの精神を自動的に張り詰めさせる。

 

 神は敵。上位存在は敵。いついかなる時も常に天上から其れは自分たちを見続け、どこでどんな時に攻撃を仕掛けてくるか分からない。

 

 四六時中が神の監視下にあり、四方八方が神の領域。

 戦意と敵意と殺意を抱けば、水中をもがくような感覚に襲われる。

 呼吸をし、足を踏み出せば、世界中に満たされた神の敵意に、精神(こころ)が押しつぶされそうになる。

 

 発狂死する者は後を絶たず。生まれた赤子はその瞬間に本能が絶望し息を止める。

 

 神と()()()()()()戦場とはそういうものだった。そんな世界で生まれ育ってきた彼らからすれば、「常在戦場」の精神など呼吸同然に組み込まれている。

 

 ──単純に。炎竜がいると、彼らはその精神に切り替わってしまうだけのこと。サクラの感じている疲労は、それによる副作用だ。

 

 実に三年ぶりの、対上位存在への決戦精神。異邦の目新しい景色に目を輝かせている暇もない。

 

炎竜(アイツ)がいる限り、俺もお前も本気は出せない。()()()()()()()()()()()

 

「同意見。あんまり強さを見せて、王国側の警戒を強めるのも良くない。半々手を抜きつつ、全力で最上の成果を──あーァ、これは骨が折れそうだなぁ」

 

「……アガサはなんでそんなに疲れてるんだ? ストレスをストレスとも感じない精神強度をしていると思っていたんだが」

 

「にゃー。お前の感じてる精神負荷とは違って、私のは肉体的疲労の方だよコレは」

 

 水面に浮かんだアガサが左腕を宙に伸ばす。

 途端、湯に波紋が起こり、ぶわっと数十の大小様々な水玉が大浴場に浮き上がった。おお、と超常的な光景にサクラは声を上げる。

 

「ココに来てからずっと、周囲のエーテル環境を演算し続けてるんだ。よりよい収穫と殲滅のため、常時、術式を更新・最適化してんの」

 

「大変だな……」

 

「ま、得意分野のことだ。なんとかするさ」

 

(……久々に会った幼馴染が頼もしすぎる……)

 

 サクラはぐったりと肩の力を抜き、目を閉じて浴場の縁に寄りかかる。

 

 錬金術。またの名をエーテルアーツ。

 エーテルを操作する技術であるソレは、このエーテル濃度の低いアルクス大陸では、相応の問題が生じていたらしい。

 

 ……とはいえ、アガサならば数日と立たずに適応してみせると思うので、あまり心配はしてないサクラだった。

 

「──今更な疑問なんだけど。お前、なんで一緒に落ちてきたワケ?」

 

 不意な話題転換。

 アガサがいつの、何の話をしているのかは、すぐに分かった。

 

「昔の──いや、神子のお前だったら、私に騙されてると気づいた時点で社に戻ってただろ。この三年、なにかあった?」

 

 幼馴染の声色は疑念に満ちている。子が親に素朴な疑問を投げかけるのと同じ。彼女は彼の変化を、責めるでもなく詰めるでもなく、ただ「どうしてそうなったのか」を知りたがっている。

 

「……」

 

 それを正確に理解しながら、サクラは適当な言い訳を口にした。

 

「──アガサ。人的資源は貴重かつ重要だ」

 

「……あっ」

 

 その一言だけで彼の言わんとしていることを察したのか、アガサから疑問そのものを投げたことを反省するような声がした。

 

「で、その中でもお前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一級の指揮官だ。それが、訳も分からない事象に吞まれそうになったら、手を伸ばしてしまうのは当然だろ」

 

「なるほど。そりゃ納得がいっ──」

 

「嘘だ。知らなかったかもしれないが、俺は結構先の事なんか考えない。アレは単に身体が動いただけだから忘れていいぞ」

 

 ゴブヴォッ、と溺れるような水音がした。片目だけ開けてみると、アガサが頭から湯に突っ込んでいる。そして決してこちらを見ず、後頭部を向けたまま復活する。

 

「──破壊力が、強すぎるッ……!!」

 

「何言ってんだお前」

 

「思い出したぜこの感覚……なんで自分の人生が狂ったか、今はっきりと思い出した……!」

 

「ああ……確かにアガサの人生って、複雑骨折してる感じはあるよな」

 

「ちがいますー。私は単に、()()()()()()()()()()()()、そっから新スタートしただけですー。複雑骨折なんかしてねぇ、生前異世界転生だ」

 

 ……ふつう、人は生きたまま転生したりはしないのだが。

 

「……とにかく。アガサ、早く俺を社に帰してくれ。(イリス)もお前がいないと寂しがるだろ」

 

「いやぁ、それはないよ」

 

 はっはっは、と全く笑っていない笑い声を響かせるアガサ。

 

「──奴はコロス。滅する。絶対にだ」

 

「────、」

 

 固い決意表明に、しばしサクラは絶句し。

 

「…………お前。お前ら。まだ仲が悪いのか……?」

 

「私たち姉弟の不仲は一生モンだよ、そこは諦めて。(アイツ)も同じこと言うだろうさ」

 

「……いや、むしろアガサの話はまったく聞かなかったから、俺はてっきり関係は改善したのかと勝手に思っていたんだがな……」

 

「ちょっと待て!!」

 

 空中の水玉が一斉に落ちる。湯が目に入ったサクラが目蓋を閉じた瞬間、アガサが勢いよく立ち上がる。

 

「あの野郎、まさか、社に戻ってたのか!? 私より前に!?」

 

「まぁ……俺が帰宅してから、ちょくちょく顔を出してたぞ。神殺しおめでとうパーティとかも開いてくれた」

 

「ぁがぁぁぁ……ッ」

 

 地獄の底から呻くような声を上げながらアガサが膝を折る。なにか、トドメを刺されたかのような、とても悪魔らしい断末魔だった。

 

「職場なんて、早く爆破すればよかったッ……!」

 

「それは軍の人が迷惑なのでは」

 

「畜生、クソブラザーを亡き者にするためには、なんとしてでも帰らなくちゃならねぇ……!! 風呂入ってる場合じゃないや、次の作戦考えてくる!」

 

 素早く風呂からあがり、足早に去ってゆく幼馴染。

 そこでサクラは目蓋を開けた。

 

「その殺意、ちゃんと四位にも向けろよ……?」

 



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12 モーニング

 謁見の翌日。サクラはソファの上で目を覚ました。

 

「……寝落ちしてたか」

 

 上体を起こすと、カーテンの隙間から陽光が差しこむ。

 淡く照らされるのは、ただ寝泊りするには十分すぎる広さの部屋。どこを見ても、絨毯から椅子、テーブルまで、高級そうな家具一式が視界に映る。

 

 ガタン、と音がした。部屋の片隅に、作業机で突っ伏しているアガサの姿があった。その机上には本の山が形成されており、その一冊が落下したようだ。

 

 そこでサクラは片手に本があることに気がついた。寝る直前まで読んでいたものだ。

 二人分用意された寝台にも、昨日、大量に要求した本の海。ソファから足を下ろそうとすると、危うく、もはや新たな足場となっている本床を蹴りそうになる。

 

「……」

 

 いくらなんでも要求しすぎだ。

 この異常な量を一日二日でさばく技術をサクラは持っていない。というか彼の要求冊数は二桁もない。これら全て、アガサが要求したものに違いなかった。情報・知識を読みこむ能力に長けているのは、錬金術師たち共通の特徴である。

 

 ──コンコン、とノックの音がした。

 

『ヴァンだ。起きてるか?』

 

「あー……」

 

 壁の時計を見れば、針は九時を回っていた。

 一日が二十四時間なのはラグナ大陸と共通していて有難かった点だ。興味深かったのは、時間帯によって陽の位置が変わり、空色までも変わることだったが──とそこまで思い出してから、サクラは一度部屋の惨状を見回し、

 

「……ちょっと、待て。四分くらい」

 

 足の踏み場くらいは作るべきだろう、と腰を上げた。

 

 

 四分後。扉を開き、迎え入れた来客は、室内を見ると固まった。

 

「……ちょ、どうしたんだこの本……?」

 

「ああ……悪いな、これが俺の整頓技術の限界だ……」

 

 本海の惨状は部屋から消え去っていた。

 散らばっていたものは場所と分野ごとに完全整頓。百冊に及びかねない量の書籍は、床に投げるなんてことはなく、棚などの隙間という隙間にきっちりと詰めこまれている。

 

 ひとまず部屋は元の風景により近くなったが──量が量である、流石に本の多さは誤魔化しようがなかった。

 

「いや整頓って話じゃねぇよ。……お前ら、この国の言葉が読めたのか?」

 

 その話か、とサクラはソファに座る。

 

魔族(アルクス)語、だったか。正式名称を第四言語。とても洗練された言語体系だと思うぞ」

 

「第四? どういうことだ?」

 

「いや……第四言語っていうのはつまり、四番目に出来た言語なんだ。ふつう、言語は時代を経ると変化してしまうものなんだが、この国は人間語を経由して、原初の無駄のない四番に回帰していて──」

 

「お前まだ頭回ってねぇな!? 顔洗ってこい!」

 

 そんな一幕はさておき。

 洗面所からサクラが戻ると、ヴァンはソファの向かいにある椅子に座っていた。部屋のカーテンは開けられ、ソファと挟んだテーブルには朝食が置かれている。

 

「……いつの間に」

 

「部屋の外にあったぞ。朝飯だろこれ。そっちは起こさなくていいのか?」

 

 ヴァンが目をやった先には、机で突っ伏したまま身じろぎ一つしないアガサがいる。

 サクラは気配を消しながら近づき、見下ろしたまま、感情を消して言った。

 

「『想定起床時間を四時間オーバーしています。直ちに覚醒しない場合、浄化作業に移ります』」

 

「ッッぁあああああ!! やしろさん!?!?」

 

 絶叫と共に起床。

 恐怖の目覚まし文句に反射で跳び上がったアガサは、バランスを崩して勢いよく後ろに倒れる。──のを、素早くサクラが腕をとって未然に防いだ。

 

「っ……とお。アレ、サクラ? オハヨー。あ、あとなんか消滅魔術のヤバイ奴」

 

「褒めてんのかソレ。……ていうか誰だ、『やしろさん』って」

 

「俺に色んな言語を教えたヒトだよ」

 

 アガサから手を離し、サクラはソファに戻って朝食の席につく。

 

「この国の言葉が読めたのもそのヒトのおかげだ。まさか、こんなところで役立つとは思ってなかったけどな」

 

「……え? 待てよ、その人、アルクス大陸を知ってたのか?」

 

「いいや。まぁ端的に言うなら『予測』だな。どんな文明がおこって、どんな言語が作られるのか。およそ人類が編み出すであろう言語体系を計算から導き出して、それを全て俺に教えこんだんだ」

 

 ヴァンは話の半分も理解できなかった。いや、というか、

 

「……言語を、予測……? 未来視? 人なのか、それ?」

 

「いや、()()()()だ。人間かどこかのオーバーテクノロジーの産物。それが俺を育てた存在だよ」

 

「…………はぁ」

 

 思わず曖昧な返事しかできなかったが、人形、機械によって育てられたという言葉に、ヴァンはしっくりきていた。この剣士の雰囲気は、確かにどこか人形じみている。その育ての親に似たのだろうか。

 

「ホンットあの人形(ヒト)、なんでもアリだよな。おかげで私はアルクス語を習得できたけどさ」

 

 洗顔してきたアガサが、サクラの横に座る。朝食の皿にあったサンドイッチをつかみ取り、食べ始める。

 

「……くっ、美味い……! 素材の質からして全然ラグナと違うッ……!」

 

 その感想にはサクラも同感だった。サンドイッチの横にあるパンを一つ手にとり、食べる。──恐ろしく柔らかく、それでいて複雑に味が詰まっている。雲でも食べているような心地だ。

 

「……向こうの食文化、ってどうなんだ? お前ら、主食に何食ってたの……?」

 

「非常食にはスライムの肉とか……」

 

「養殖合成獣(キメラ)の手羽先……」

 

「なぁ。俺ラグナ大陸の世界観、考察すんの諦めていいかなぁ……」

 

 もはや訳が分からない。ヴァンにとってスライムといえば、液状の、時にはゼリー状の魔物だ。洞窟なんかによくいるという下級の魔物。あんなののどこに肉なんてあるというのだ。それに養殖のキメラて。

 

「せっかくだし食べてみる? ハイこれ」

 

 アガサが手近な影に手をつっこむと、そこから青色の、ジャーキーじみたものを取り出し、ヴァンへ差し出す。

 おそるおそる受け取ったヴァンは、呪いや毒の有無を軽く確かめてから、一口、かじってみる。

 

 モグモグモグと咀嚼する。それはゼリーのような、やはり乾いた肉のような、菓子にもなりきれないなにかの……肉としか表現できない、食料(ナニカ)だった。

 

「……味がしねぇ……」

 

「栄養はあるんだけどなぁ」

 

「……コレ、ジェスターの奴に渡してみていいか? 分析してみたい」

 

「魔術師も学者気質だなぁ。お好きにドーゾ」

 

 そんな朝食と異文化交流が終わると、で、とサクラが話を切り出した。

 

「結局、どういう用なんだ?」

 

「炎竜様のことと……あとはサクラ、お前に相談っつーか、頼みがある」

 

「……先に炎竜について聞こう」

 

 そう促すと、わかった、とヴァンが首肯する。

 

「実はな。炎竜様、昨日の夕方から寝たきりなんだよ」

 

 予想外の報告に、サクラとアガサは瞬きした。

 が、すぐに心当たりを思い出す。

 

「……弱体化。それに伴う魔力不足のせいか」

 

「ああ。今は王城内の医務室にいて、医者……つーかジェスターの診断によると、睡眠で魔力を回復しているらしい。それ以外に目立った異常はないが、しばらく活動時間が短くなると思う」

 

「そうか」

 

「へー」

 

 会話が途切れる。

 それで、何? と空気が言っていた。

 

「……は、反応、薄いな?」

 

「弱体化といえど上位存在だぞ。心配する意味もないだろう」

 

「ていうか『同行者』なだけで、仲間じゃないし。元々私たち、炎竜とは敵対関係だったんだぜ?」

 

「そうなのか!?」

 

 ヴァンの驚きようで、ようやくサクラは気付く。そういえばその辺の事情を一切説明していなかった、と。

 すかさずアガサが説明を入れる。

 

「別に、人ん土地まで来て暴れるほど険悪ってワケでもねーけどさ。上位存在なんてラグナ大陸じゃ絶対の敵認識なの。ま、勝負がつく前にこっち来ちゃったから、現状、アイツと私たちは停戦状態だな」

 

「……上位存在は敵、か……」

 

 なるほど、とヴァンは、改めてこの「異邦者」が持つ常識と、自分が形成してきた常識との違いを明確に認識する。

 

 上位存在への、揺るがない絶対的敵意。神という、最高峰の存在を敵に回して戦ってきた名残り。それが彼らの戦場(いくさば)だったのだろう。

 

「なら心強いな。少なくとも、もうお前らが敵になることは考えなくてよさそうだ。それは本当に助かった」

 

「……受け入れ、早いな」

 

「いやだって、お前らと炎竜様の対立は、王国(こっち)には関係ないだろ?」

 

 それもその通りだ。

 しかしだとしても、わざわざこうして部屋まで様子見にくるような奴も早々いまい。お人好しの人種とはこういうものか、とサクラは独り納得する。

 ……そんな奴が、可愛がっている弟子を宙吊りにされていたら──まぁ、アガサを即殺害対象にするのも分かるような気もする。敵には徹底して容赦がないのだろう。

 

 敵にはしたくない男だ、と重ねて思う。

 

「で、もう一つの俺への案件はなんだ?」

 

「ああ、お前と手合わせしたいっていう──、ん?」

 

 ガタ、とサクラは立ち上がった。

 意識は扉──部屋の外へ向いていた。

 

 なんか来る。

 

 徐々に近づいてくるのは、殺気に近い謎の気配。そっと扉の方へ行き、外の気配がちょうど、ピタリと部屋の前で止まった瞬間に。

 

「──ぐはっ!?」

 

 蹴破った。と同時に悲鳴があった。

 廊下に倒れこむは見知らぬ青年。銀髪で、青を基調とした軽装だ。

 

「あ、アルトリウス──!」

 

 室内から慌ててヴァンがやってくる。なんだなんだとアガサも顔を出した。

 

「あ、悪い。なんか異様に気合に満ちた気配を感じたから、うっかり敵かと」

 

「は、ははは……いや良い洗礼だった。気にしないでくれ……」

 

 まだ眩暈がするのか、よろよろと立ち上がる銀髪青年。

 サクラよりは少し年上だろうか。後ろで一つに三つ編みした長い髪が目をひく。服装は、デザインからして組織の制服か。腰には鞘に収まった剣がある。戦闘に身を置く職種なのだろうか。

 

 整った美貌に浮かべた笑みは爽やかに、

 

「不肖、アルトリウス──貴殿に決闘を申し込みにきた」

 

 まっすぐな青い瞳で、そんな事をのたまった。

 



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13 銀騎士

 サクラには、別に戦いや強敵に飢えているといった闘争欲求がない。

 むしろ安全地帯で悠々ぬくぬくと過ごしたい派だ。戦闘行為は普通に疲れる。

 

「では──お手合わせ願おうか」

 

 そう言ったのは、目の前に立つ、銀髪三つ編みの美青年。

 王国騎士団長、アルトリウス・フォン・エイレンフリート。

 その両手には銀に輝く一振りの聖剣(バスタードソード)。青眼の奥には、燃えたぎるような戦意が灯っている。

 

(……怖……)

 

 絶対に強いと分かる。サクラの目は暗くなった。

 

 場所は王城の中央棟にある中庭。ここは外と違い、魔術か何かで手入れされているのか、緑の芝生が敷かれてある。

 そんなフィールドを真四角に囲む石廊下には、騎士団の制服を着た観衆から、ローブを着込んだ魔術師たち、その中にはヴァンの姿も混ざっていた。

 

「何本勝負だ?」

 

「では、胸を借りるつもりで十本。私は魔術を使わない。剣術のみでいかせてもらう」

 

「……分かった」

 

 距離をとって向かい合うサクラは、フラットな姿勢のまま、構えることもせず、まだ左手を刀の柄に置いて佇んでいた。無機質な気配は、戦いの前の戦士の姿としては異様に映る。

 

「どうか、手加減無用」

 

 と、銀髪の騎士が言う。

 

「本気で参られよ──そして私の強さの糧となってくれ、強者よ」

 

「……」

 

 完全に体のいい経験値(EXP)扱いである。性質の悪い戦闘狂だ。なんでこんなのが騎士団長の座にいる。強いからか。そうか。

 

 ──シン、静寂が両者の間に横たわる。

 

 芝生の戦場に、審判役はいない。

 

 数秒の時間が流れたあと──最初の衝突が起こった。

 

     ◇

 

(あー、やっぱ加減されるよな、そりゃ)

 

 一試合目、二試合目をこえて、三試合目に突入した二人の戦いを見守る中、ヴァンはどこか諦観の境地にいた。

 

(鍛錬と経験の差は才能だけじゃ越えられねぇ。アルトリウスが勝つことはねーな)

 

「ガッ……!」

 

(三本目。ここまで連敗したのも久々か?)

 

 神速の白刃が騎士に膝をつかせる。だが聖剣使いはすぐさま立ち上がり、息を整えると、再び紅蓮の剣客へと向かっていく。四試合目の始まりである。

 と、そろそろと横に、同じ見物人の一人の団員がやってくる。

 

「すみません、ヴァンさん。今、何試合目ですか?」

 

「四だよ。肉眼で見えないなら視覚を強化したらどうだ?」

 

「してるんですがねぇ……お二人とも、(はや)すぎて……」

 

 普通はそうか、とヴァンは苦く笑う。

 確かに傍からみれば、銀と赤の人影が、金属の衝突音を響かせながら、光になって打ち合っているようにしか見えない。素で目視できている自分は誇っていいだろう。

 

「──ハァァッ!!」

 

(お、分けた)

 

 ガィンッ、と重い迎撃音で、両者が後退する。四試合目は引き分けのようだ。

 

「「──!」」

 

 刹那、アルトリウスの目前から紅蓮の姿がかき消えた。

 ヴァンも一瞬見失い、直後、背後からの一閃に、ギリギリで対応した騎士が吹き飛ばされたのを目視する。

 

(五試合目……そろそろ本気か? いや……)

 

 本気はないか、と即座にその期待を破棄する。

 あのサクラという剣士の剣術は、対人を想定して鍛えられたものではない。遺生物や魔物のような、人類の敵を確殺するために研がれた太刀筋だ。模擬試合に出す本気などないだろう。

 

「ッ……!」

 

 幾度目かの剣戟の後、不意にピタリ、と二人の動きが止まる。互いの刃が首に突きつけられている。

 

(五本目も分け、か。ここからだな)

 

 無言で両者が離れ、試合が仕切り直される。

 六試合目が始まる。

 

「ヴァンさん、」

 

「六だよ」

 

 隣の団員に即答すると、いやあ、と声が聞こえる。

 

「すみません、何度も。ちなみに勝敗もお教え願いたいのですが」

 

「お前らの団長が三敗、分け二。レアな現場だ、ちゃんと見とけよー」

 

「さ、三敗!? あの方が……」

 

 観衆がざわめく。一方の戦場は、美しいぐらい、永遠に剣の打ち合う音ばかりが聞こえている。

 

「アルトリウス団長が、負けることなどあるんですね……?」

 

「そりゃ人だからな。負ける時は負けるさ。あいつが魔術を使い始めたら、また変わるかもしれねぇが……今回はないだろう。自分で決めたルールを、途中で変える奴じゃない」

 

「真面目な方ですからね……それに戦いを愉しまれる人でもある。昔から、()()だったのですか?」

 

「いやぁ……昔はもっとちゃんとしてたぞ。今よりずっと、理想の騎士然としてたな」

 

 過去を思い出し、ヴァンは失笑する。

 

 アルトリウス・フォン・エイレンフリートは天才だ。

 

 天賦の才。

 

 剣の神童。

 

 年齢が二桁にもならない内から、周囲はそう彼をもてはやした。それは事実だった。なにせ魔術学院を二年も早く卒業し、十歳で騎士団に飛び級入団を果たしたほどの優秀さだ。当時の少年騎士は、恐るべき、かつ期待の新星に他ならなかった。

 

「あいつの才能は本物だ。けど天才ってホラ、色々あるだろ。羨望とか嫉妬とか、プレッシャーとかさ」

 

 アルトリウスは優秀な子供だった。

 才を持ちながら驕ることなく、決して鍛錬を怠ることはなかった。

 そしてそんな己を、周囲がどう思っているのかも、敏感に察する能力にも長けていた。

 

「生真面目さとまっすぐさが、これが嫌~なくらいハマっちまってな。ガチガチの優等生だった。理想の権化で、あの頃のあいつはちょっと人から外れてた。で、あいつ自身、そんな自分の異質さってやつも自覚してた──けど、どうしようもなかった」

 

 精神が成熟していない時代だ。天才騎士は、己の在り方を理解していながら、足を止めることはできなかった。

 

「んで、父親が病死する一年前に、あの天才児は騎士団に入って──」

 

 ああ、と脇の団員から、期待の声が上がる。その先の話は、騎士団内では語り草になっている伝説だった。

 

「俺が完膚なきまでにボコボコにした」

 

「なるほど──つまり、貴方が元凶なのね」

 

 可憐な声質の返答に、ざわめいていた観衆の声がピタリと止んだ。

 思わずヴァンは、視線を中庭から背後へ移す。

 まず見えたのは空中に揺蕩う、ウェーブを帯びた金の髪の毛。()()する小柄な人影が、上からこの場一帯を見下ろしていた。

 

「戦いの愉しみ方を教え、精神の鎖から解き放った。そうしてあの銀騎士は、やけに戦闘を好む好青年と化したと」

 

「エ、エメルさん……」

 

 白い魔術師服に身を包んだ、十二歳ほどの花のような美少女だった。橙色に青が混じった瞳の怜悧な眼差しが、チラとヴァンを見つめ返す。

 

「目を離していいの? 貴方の弟子が活躍しているわよ」

 

 言われて視線を戻せば、再び両者は距離をとって睨み合っていた。どうやら六戦目も引き分けに終わったらしい。即座に、七試合目が開始する。

 

「珍しいですね。直接顔をお出しにくるとは」

 

「異邦の方の剣さばきが美しかったからね。アレは直に観ないと損をするわ。あの方の剣には、貴方やガルドラ、アルトリウスのような、無駄な熱がないし」

 

「せめて心意気、って言ってくださいよぉ……」

 

 相変わらず忌憚のない評価だ。だが、彼女の言うことも分かる。

 

 サクラの剣術には、一切の無駄がない。

 芸術的かつ機械的。剣士として一つの完成形だ。異邦出身を抜きにしても、滅多にお目にかかれる存在ではないだろう。

 

「……貴方なら、勝てる? ()()()()()()()?」

 

「どうでしょうねぇ……」

 

 エメルの問いには曖昧に笑うことしかできない。

 

 ただ一人で存在が完結している者など、人である限りそうはいない。人は不完全であるからこそ数をなし、組織する。

 だがあの剣士にはそういったものがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 集団戦で挑むならまだしも……(アレ)と一対一で戦う場面など、ヴァンからすれば想像もしたくない悪夢である。

 

「セァァァ──ッ!!」

 

(うん、だからアルトリウス。やっぱお前おかしいって……)

 

 負け続き、引き分け続きだというのに、笑っている。

 単純に愉しいのだろう。アルトリウスは格上と戦い、その中で成長するタイプだ。技量差があればあるほど戦意を滾らせ、その才能で、凡人が何年もかけて登る階段を、一段、二段、十段は飛ばして、強敵に肉薄する。

 

 ガギィン! とそんな衝突音に火花が散った。──初めて銀の騎士が、サクラの刃を正面から大きく打ち払う。

 

(とっ──)

 

 刹那の猶予。アルトリウスが次の一閃を振り抜き──

 

     ◇

 

(対応、早)

 

 目の前を銀の斬撃が通り過ぎていく。

 一瞬で後ろへ大きく身体を反らすことで回避した剣撃を眺めつつ、サクラは右手の刀で騎士の足を狙う。

 

「ッ!」

 

 それをアルトリウスが一歩後退することでかわす。同時にサクラがくるりと跳ねて着地した瞬間、身体を前傾にして大地を蹴り、一気に距離を詰める。

 ガィン!! と硬い衝突。銀騎士の姿が吹き飛び、七本目の勝負がつく。

 

「次だ」

 

 清廉な勝利宣言と、挑戦の(いざな)い。

 返答はすぐだった。

 

「────すまない。少し、約束を破る」

 

「!」

 

 砂塵を吹き飛ばす、魔力の本流。

 再び立ち上がった騎士の周囲には、銀色の塵が舞っていた。

 

(灰……?)

 

「剣術のみなど、驕りが過ぎた。本気でいかせてもらおうか──!」

 

 輝きを増す銀聖剣。

 ところで、その様を見ていたヴァンの内心はといえば。

 

(ルールを途中で変える奴じゃないっつったの誰だぁ──! 俺か──ッ!)

 

 ──そんな心情など知る由もなく。

 フィールドの二人は、距離を保って睨み合い、

 

「〝灰塵よ、我が刃となれ〟──【銀死刃】ッ!!」

 

 撃ち込まれる銀の斬撃。

 そこに帯びている細かな灰の一粒一粒が鋭い刃。広範囲に及ぶ刃の嵐とでもいうべきその技を、とっさに回避しきれる者などそうはいない。──のだが。

 

「気にするな。約束なんて、破るためにあるようなものだし」

 

 刀の一閃は、風を払うかのごとく。

 自分の間合いにきた分を一薙ぎで、紅蓮の剣士は斬り伏せた。その周囲へ散った余剰な灰は、芝生を綺麗に刈り取ってしまう。

 

 その、あまりにも異常としかいえない剣の腕前に、ますます相対する騎士の笑みが深まる。

 

「では遠慮なくッ! 【銀死刃】──!!」

 

 先ほどよりも威力の上がった銀の嵐が、再び放たれる。

 中庭そのものを消し飛ばさんばかりの一撃に、観衆側では防衛結界が張られ、嵐に呑まれようとした剣士を案ずる声が上がった。

 

「ちょッ、団長──!?」「やりすぎでは──!?」

 

 無理もない。元より、魔術師たちの使う技も、決して対人用ではない。それら全ては、あの遺生物を狩るために磨かれたもの。だのに剣士一人にそれを向けるということは、災害を差し向けるに等しい行いであり──

 

「……“アーツドライヴ”」

 

 ──かくいうサクラは、こと対災害への対処に慣れ切っていた。

 ボソリとした短い詠唱は、集中を高めるための自己暗示。それ以外は特に目立った変化はない、精神の軽いスイッチの切り替え。

 されど、この程度の窮地には、それで十分事足りた。

 

「ッな──!?」

 

 紅蓮の姿が銀景色に飛び込み、まず目を見開いたのはアルトリウスだ。

 【銀死刃】とは魔術による斬撃。帯びた灰に切れ味を持たせているのも、そのような術式があるからだ。それはつまり、指向性がある、ということでもあり。

 

(かわして──いる!? 一度斬り払っただけで、もう術式の法則性を看破したと……!?)

 

 視認さえも厳しい銀の猛攻の中を。

 斬り払いながら──などという余分な行動もなしに、サクラはただかわしながら前へ前へと()()()()()()()

 

 斬撃の位置と飛来する方向。最善最適のルート構築を、このたった一瞬でやりのけながら、かつ最速で。

 

「──あ。ソレか」

 

 距離五メートルまで迫った時、ようやく刀が振るわれる。

 パシャン、とアルトリウスの左横から破砕音。それが()()()()()()だと術者が気付くのに、コンマ一秒。

 

「くッ──!?」

 

 銀の嵐が一瞬にして消失する。その事実を銀騎士が理解する前に、鼻先まで到達していた剣士の一撃が見舞われた。

 刹那の超反応。それを、ギリギリで銀聖剣が受け止める。

 

(止められた)

 

 ち、とサクラは内心で悪態をついたが、当のアルトリウス自身、未だにこの防御行動には頭も意識も追いついていなかった。

 

 すかさず銀剣を弾くと、我に返った騎士が踏み込み、刃を振るう。

 ギンッ、と一撃の迎撃音。勢いを殺すように放たれたサクラの白刃が軌道を逸らし、続けざまに振るった刀の峰が、アルトリウスの側頭部を叩き飛ばした。

 

「っずぁ……!」

 

 芝生に転がる魔術騎士。

 シャリン、と響き渡る納刀音。

 

「八本目」

 

「グ、ぐぅう……」

 

 ──残り二本。ここにきても銀の騎士団長は、この恐るべき強者の存在に、歓喜の笑みを口元に浮かべていた。

 

 と、このような具合で模擬試合は順調に進み──

 

     ◇

 

「完敗だ」

 

 試合を終えて開口一番、アルトリウスはさっぱりとそう言い放った。

 騎士団長の地位につく者が、その一言を発する重みを解しながら。

 

「そちらの本気も引き出せないとくれば、もはや我が未熟を認める他にない。貴殿、強すぎだ!!」

 

「それはどうも」

 

 九試合目は敗北、十試合目は分け。

 以上の最終結果から、四対六。四引き分け、六敗北──無論アルトリウスが、だ。

 地面に剣を突き刺したまま座り込んだ騎士団長は、改めてサクラへ声をかける。

 

「して、そちらから見た私はどうだった。助言があれば忌憚なく伺いたい」

 

「……忌憚なくか」

 

「ああ、忌憚なく遠慮なく!」

 

 そういう事なら、とサクラは改めてこの青年に向き合った。

 

「お前とは二度と戦いたくない。ずっと騎士団長していろ戦闘馬鹿」

 

「────、なんと」

 

 アルトリウスの表情が固まってしまった。それを眺めつつ、サクラはまた溜息を吐く。

 

(……天賦の才、か。魔族なのに成長速度が優れているとか、俺の上位互換か何かじゃないのか、こいつ)

 

 人間と魔族の身体性能の差は大きい。

 生まれながらに持つ基礎スペックは、魔族の方が格段に上だ。人間は成長速度や学習能力が高いとされるものの、魔族よりは身体が脆い上、寿命も短い。

 

 事実、この騎士は魔族の中でも天才の部類だ。

 最後の二試合からは、ほとんど隙が無くなった。このまま戦い続けていけば、いずれ彼はサクラを超える実力を身につけるに違いない。

 

 ただ、サクラが本気で、「対アルトリウス用」に研鑽を積めば話は別だろうが──そこまでする理由は、今のところ存在しなかった。

 

「引き分ける団長も凄いが……」「二人が本気で戦ったら余波が凄まじいことになるぞ」「ヴァンさんは戦わないんですか?」

 

「いやぁ……俺は引退した身なんで──」

 

 一方の観客側。

 やんわりと顔見知りの騎士団員に返しながらも、ヴァンの目はフィールドにいるサクラへ向いていた。

 

(思った以上の実力だな……つーか俺が一番怖ぇのは、ここまでやっても、アイツから一切魔力を感じないことなんだが……)

 

 そんなことを思っていると、観衆たちがいる石廊下に、新たな気配が現れた。

 

「──ガッハッハッハ! なァんか面白そうなコトしてやがったじゃねぇか!! 早速吹っかけたのかよアルトリウスよお、オイ!」

 



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14 龍と猫と剣と

 ──龍、だった。

 

 龍人だった。正確には。

 

「────、」

 

 納刀したサクラは、石廊下の方に現れたその人物に目を奪われていた。

 かなりの高身長だ。二メートルはある。ガタイの良い大男で、遠目でも凶悪な人相だが、今はそれよりも、

 

「……どら、ごん?」

 

「ンん? その目……分かるぞ、自己紹介だな? 自己紹介を求めている目だな? だが名を尋ねるときはナントカって言うからなァ、相応の態度を──」

 

「カッコよ……」

 

「宮廷魔術師第二席、ガルドラ・ジプサム・ツヴァインオークだッッ! よろしくなぁ!!」

 

「変わり身はっっや」

 

 ヴァンのツッコミも耳に入らないのか、その大股の早足でサクラに近づいたガルドラは、ガシッと一方的に握手する。

 

 高身長の圧迫感にサクラはのけぞりそうになりながら、掴まれた手を、とりあえず握り返しておく。

 

 はねのある青い長髪に、濃い褐色肌。側頭部の辺りからは二本の細い黒角が生え、黒の裾長いローブの隙間からは、黒と青の鱗が入り混じった長い尻尾が伸びている。

 つるりとした肌の口周りは人類の造形よりはやや長く、人と龍が交じった、強面かつ精悍な顔だ。青い瞳で、右目にはモノクルをかけている。

 

「おだてるのが上手い野郎だぜ……つーかなんだ、龍人を見るのは初めてか?」

 

「初めてだな。ラグナ大陸には、貴方ほど人型として進化した竜はまずいない」

 

「お、おお……進化、進化か……そうか、そっちの常識と照らし合わせると、そういう認識になんのか……!!」

 

「?」

 

 手を離したガルドラは、なぜか感慨深そうにしている。

 不思議に思っていると、横からアルトリウスがやってきた。

 

「龍人、といえばよく差別される対象として見られるのだ。この王国も然り、竜を信仰する地域は多い。故に竜と交わった人は、『竜の血を穢した』などという理由で嫌厭されやすい」

 

「そういう輩、おれは全部力でねじ伏せてきたがな。んで気付いたら龍人初の宮廷魔術師だ。やっぱ世の中暴力が一番だな」

 

「魔術どこいったんだ」

 

「こういうお人なのだ。慣れてくれ」

 

 第二席、ということは、おそらくこの人物は、あの謁見の間にいた一人なのだろう。

 あの時は姿がはっきり見えなかったが、見えていたらいたで、サクラたちに課されるプレッシャーは生中なものではなかったに違いない。

 

「──アルクスで純正の竜なんて、ほとんど見ないけれど。そちらでは珍しくないくらい、まだ数を保っているのかしら? 異邦のひと」

 

「!」

 

 上から落ちてきた影にサクラは顔を上げた。背後の頭上には、逆様になって滞空している、謎の金髪美少女が出現している。

 サクラが言葉を発する前に、無表情のまま彼女はピースした。

 

「わたしは宮廷魔術師第三席、エメル・テスタロッサよ。よろしく。さ、回答をどうぞ?」

 

「……初めまして。お察しの通り、ラグナ大陸で竜は珍しくない。何百体という群れを見ることもある」

 

「群れ!? 想像もつかない光景だな」

 

「……竜が群れるほどの環境って、どんな危険地帯なの、それ」

 

 驚きを顔に出すアルトリウスに、非常に正確にラグナ大陸の自然界を把握したらしいエメル。

 当の龍人ガルドラは──

 

「……やべえ……異世界ファンタジーじゃん……」

 

「こっちにもそういうジャンルあるのか……」

 

「それって人間の創作文化よね? 次元を隔ててもやること変わらないのね、あの種族」

 

 おそらく世界を隔てても変わらないだろうとサクラは思う。あるツテで異世界産の本を読んだ時の記憶が蘇る。

 

「うわ、おれ行ってみてえなそっちの大陸……冒険の浪漫を感じるぜ」

 

「……」

 

 ガルドラには申し訳ないが、ラグナ大陸など、ほぼ無の大地である。まともに機能している国は一つしかない上、神に蹂躙された後の地上の開拓などまるで進んでいない。

 絶死の環境に適応した魔物どもがはびこる修羅の地。あんなところで冒険するなど、命がいくつあっても足りないだろう。

 

「ところでサクラ殿、その刀術は誰に習ったものなのだ? まさか独学か?」

 

 いいや、とアルトリウスの質問にサクラは首を振る。

 

「俺の……まぁ上司みたいな人に叩き込まれたものだ。(コレ)を使うためだけに鍛錬されて、他の細かい技術は全部戦場で学んだな」

 

「ほーん。それってどういう教育されたんだ? 才能を見込まれたとか?」

 

 サクラは少し考えるように黙り、こう言った。

 

「『──全ての生命体に、才能という機能はありません』」

 

 下手に解説するよりも、直に伝えられた言葉をそのままに。

 

「『剣を持つ者、所詮は‶剣を使う道具〟に過ぎず。これを徹底する者が剣士と定義されます』」

 

 刃を振るうのに理由など不要。道具を扱うために意義など無用。

 

「『ならば剣を使う御身は道具であれ──()()()()()()()()()()()()』」

 

 汝、刃を持つならば、それを振るうだけの存在(モノ)として体現せよ。

 

「……と。教えられた」

 

「……なんつーか、凄い『徹底さ』を感じるな」

 

 と、そんな所感を挟んだのは、いつの間にか近場まで来ていたヴァンだった。

 まぁなとサクラは肩をすくめる。

 

「道具に必要なのは『用途』だけだ。精神状態に左右されず、いつでも一定の、安定した火力の維持が求められる。で、その『安定した火力』を、普段から最高火力、最高の切断力としておけば……」

 

「……通常攻撃が必殺になる剣士のできあがり、か。それ、人が受けていい教育かよ……」

 

「ほう……興味深いですね、師父」

 

「こっち見んな。お前とサクラは元の素質からして別物なんだから、同じ訓練はしねぇよ!」

 

「師父?」

 

 ヴァンとアルトリウスのやり取りを受けて、サクラはガルドラへと視線をやる。

 

「ああ、まだ知らなかったのか? アルはヴァンから剣の指南を受けた弟子だよ。ちなみに! おれが前々騎士団長で、前騎士団長がそこのヴァンだ! ──つまりおれがこの中の最強ってワケ」

 

「ガルドラのことはただの暴力召喚士と覚えておけばいいわ。くれぐれもこんな騎士団長どもに染まらないよう気を付けて、異邦のひと」

 

「やっちまえ【クロ】」

 

 瞬間、ガルドラの手元に魔導書らしきものが出現し、空中のエメルへ黒い斬撃が奔った。

 ひらりと優雅にかわしたエメルは、逆さ状態をやめながら上空高くまで浮上すると、

 

「──む。ルシウスの気配がするわね……」

 

 その発言にガルドラが表情を消す。

 

「あー、ルシウス? 中庭にエメルがいるぞ」

 

「む、なぜ教えるの」

 

 どうやら念話を飛ばしたらしい、とサクラが理解したのは次の会話の後だった。

 

「そりゃあ奴のために決まってる。大体ありゃサリエルの内弟子だ、他所の魔女が面白半分でちょっかい出すモンじゃねーぞ」

 

「嫌な人。可愛いものを愛でて何が悪いのかしら。──じゃあね異邦のひと、中々面白い話を聞けたわ。また会いましょう?」

 

 そのまま、スーッと王城のどこかへ飛び去ってしまう金髪の影。

 それを見送ってから、サクラは疑問の声を投げる。

 

「……ルシウスというのは?」

 

「我が騎士団の副団長だ。猫の獣人ゆえ、エメル殿に気に入られているらしい」

 

 サクラは思わず目を見張った。

 

「猫……!? あの伝説の生物か」

 

「伝説!? ラグナ大陸って猫いねぇの!?」

 

 ああ、とサクラはヴァンに重々しく頷く。

 

終末戦争(ラグナロク)で絶滅した動物の一つだ。俺も伝承や文献、記録映像でしか見たことがない……」

 

「……ラグナ大陸の治安、もしかして想像以上に終わってンのか……?」

 

「……神々の大罪は計り知れませんね……」

 

     ◇

 

 アガサは彼の頭にあるソレを凝視していた。

 

「……素晴らしい……素晴らしいぞお前。これぞ人体と獣の完璧な調和だ……どこ産? なんの遺伝子配列使ってる? ていうか何科?」

 

 ピクリと苛立ちに動くのは金毛の耳。

 騎士団の制服にローブをまとった青年は、王国に訪れた異邦人たちや炎竜に関してまとめられた資料を片手に、じろり、とその茶色の瞳を目の前の悪魔へ向ける。

 

「……異邦の悪魔、カグラアガサ様とお見受けします。この先で我が師が待っているので、こちらへ」

 

 長い金髪をひるがえし、彼は城の地下への通路を歩いて行く。

 その後ろ、アガサはやはりじぃっと青年に生えている猫耳から目を離さない。

 

「ヘイ、猫耳美青年。自己紹介してよ自己紹介。このままじゃ私からの君の呼び名は『ネコ君』になっちまうぜ」

 

「……王国騎士団副団長、ルシウス・クロム・ナイトレイと申します。覚えて頂かなくて結構」

 

「あー、錬金術師って基本記憶力いいから。てか後で耳、触っていい?」

 

「断固拒否します」

 

「あっ」

 

 アガサがやや長い猫耳に手を伸ばしたとき、サッと回避される。素早い。

 

「イイナー、猫獣人。お前ラグナに来たら即人気者だよ? 人体実……人体の有用モデルとして、一生遊んで暮らせるかもな」

 

「今、人体実験と仰りかけませんでしたか」

 

「はっはー。いや文化の差があるかなと思って。こっちじゃ法さえ守れば、実験体のバイトとかも普通に募集されてるからな」

 

 錬金術はラグナ大陸における主流技術である。

 今や唯一国家の七割強が錬金術師。人体実験から()()()()()()なども、法さえ守れば合法だ。

 

 二人分の足音が暗がりに響く。ただ真っすぐ進んでいるだけのようだが、着実に深部へ向かっていることを、アガサは空間の構造から察していた。

 

「……どこに向かってるのコレ? 親切心で言っとくけど、私の真名とかは暴かない方がいいよ? 最悪廃人になるから黙っとけ、ってサクラが言ってたし」

 

「──やはり上級悪魔の中でも、最悪の部類に入る個体のようだな、君は」

 

「お」

 

 先導していたルシウスの足が止まる。石造りの通路を抜け、広い空間に出たところには、杖を持ったサリエルが立っていた。

 

「案内ご苦労だったルシウス。逃げていいぞ」

 

「……そうさせて貰いますが。しかしいいのですか、この先は──」

 

「試しがいのある可能性は全て試すべきだ」

 

 サリエルの一声に、ハァ、とルシウスは軽く息を吐く。

 

「ヴァン殿に苦情を言われても知りませんからね、俺は。──では」

 

 どこか諦め慣れたように言うと、スッとルシウスの姿が消える。

 転移ではない、文字通り、その場から彼の姿形が消え去った。

 

「えっ。あれ!? えぇ!?」

 

「さてアガサ殿、錬金術師という君に、折り入って頼みがある」

 

「なにそれ気になる──けど今の何!? ナイトレイ君の魔力反応も一切無くなったけど、アレ何!?」

 

「ただのステルス能力だ。猫族なんだから当然だろう」

 

「アルクスの猫って透明化すんの!?!?」

 

 などと言っている間にも、サリエルはさっさと部屋の奥へ行ってしまう。慌てて追いかけながら、アガサは歩いてきた通路側に目をやる。

 

「どういう進化過程だよ……猫ハンパねぇ……」

 

「私たちは、まだ互いの大陸についての見識が浅すぎる。信用も信頼もこれからのことになるだろう。だが協力するにあたって、陛下が下した方針はこうだ──『決して互いに、裏切りの余地を与えない』と」

 

「ほう」

 

「今現在、君たちが隠したがっている情報や手札も、いずれ情報共有する必要が出てくる。そしてそれは王国にとっても同じ。故にこれは、信頼のための第一歩と思ってほしい」

 

 その部屋は、武器庫のような場所だった。古びた刀剣や防具が陳列され、そのどれもが名のある業物であることを、アガサは魔眼を通して理解する。

 やがて最奥。サリエルが杖で床を叩くと、地面はなにかの術式を解くように青く発光し──

 

「──」

 

 最奥の壁の仕掛けが動く。何重にも施された封印が解かれていき、やがて現れたのは一つの石棺。その蓋が開かれると、そこには砕けた、一振りのファルシオンが収められていた。

 

「──おい。コイツ、は」

 

 既に色褪せ、破壊された残骸だとしても。

 錬金術師として──アガサは、その武器の正体を本能で直感した。

 

「これは王国が持つ、()()()の人理兵装。名を、『魔剣・次元式Auto9lair(オートクレール)』と云う」

 

 アガサはサリエルを呆れた目で見た。

 

「……あのー。レリックの存在を私に教えたってことはつまり……」

 

「トワイライトの報告によれば、君の『錬金術』というのはエーテルに干渉する術のようだな。なんでも、振った剣の長さが伸びたとか」

 

「ハイハイ逃げ場がないのは分かったよ! んでコレをどうしろって?」

 

「錬金術が真に使えるモノならば、王国はその証明を求める」

 

 サリエルは、彼女をまっすぐに見た。

 できるかできないかではない、ただ、「やれ」と視線が言っていた。

 

「錬金術師。君には、この剣の修復を頼みたい」

 




お気に入り・高評価、ありがとうございます。
偉大なる猫がいねぇとかいう終わっている地・ラグナ大陸。


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15 協力者

 ──『そういやァ、帝国のドクターがテメエに用があるっつってたぞ。西棟を適当にブラつけば会えるんじゃねェか?』

 

 という、ガルドラからの言伝を受け、中庭を離れたサクラは王城の西棟へ足を踏み入れていた。

 青い絨毯が敷かれた廊下が続く、閑静な区画だ。歩いて行くと、濃い茶色の目立つ大扉を見かけた。その上には、「図書室」と書かれたルームプレートがある。要求した本の出所はここだったか、と場所だけ覚えて今はスルーし、そのまま進んで行く。

 

 曲がり角に近づいた時、気配を感じ、大回りに進路を変える。

 

「おや、貴方は……サクラ殿、でしたか」

 

(!!)

 

 角で出くわした相手を見て、サクラはその風貌に絶句した。

 

 そこにいたのは頭頂部から猫耳を生やした金髪ロングの青年。茶の瞳の中には、猫らしい縦長の瞳孔がある。

 

「伝説の、副団長……?」

 

「??? い、いえ、王国騎士団の副団長、ルシウスです。こんなところまで来て、一体どちらへ?」

 

 サクラの全意識と視線は猫耳に集中していたが、ひとまず表面上は社会的対応に切り替える。

 

「ジェスターの研究室を探しているんだが……」

 

「ジェスター……あぁ、『道化医師』ですか。奴の仕事場ならこの廊下を突き当たって左の先です。……貴方には無用の忠告かもしれませんが、お気を付けを」

 

「……というと?」

 

 ちら、とルシウスが警戒するように背後の方へ視線を向ける。

 

「噂ですが、あの御仁は少なくとも五百年は生きているらしい怪人です。洞察力や勘の鋭さを持ちえながら、その態度は捉えどころがありません。悪人ではないでしょうが……何を考えて行動しているのか、よく分からない」

 

 そこで軽く肩をすくめる。

 

「まぁ……実際のところは、科学や医学分野での業績は凄まじく、ある時代では不治とされた病を駆逐した伝説もあります。きっと、本人的には真面目にやっているのでしょう」

 

 そうだろうか、とサクラは思う。

 あの科学者はなんというか、ただ勘が良いだけで、深いことを考えてそうではないのだが──

 

「ともあれ、忠告は本当です。先ほど部屋の前を通った時、なにやら騒がしかったので。それでは、私はこれで」

 

 丁寧に一礼して歩き去っていく猫青年。

 その背を目で追うと、どういう能力か、いきなり視界から彼の姿は完全に消え去った。

 

「……猫って、透明化するのか……」

 

     ◇

 

 その後、言われた通りの道順に行くと、目当ての場所はすぐに見つかった。

 

 ドゴンッッ!! という重々しい爆発音に伴う閃光。

 咄嗟に目蓋を閉じたサクラが再び目を開けると、発生した煙が、開けた石廊下の窓の外へと出て行くのが見える。

 

「ごはははははは!! ごほっけほっ、けむーい! 皆ー、無事かーい!?」

 

「もう何度目の爆発」

 

「アァァー! 私のドクターコレクションがぁー!!」

 

「兄さんが気絶してるわ、ドクター」

 

「違うよグレーテ。ハンスは爆発の前から寝オチしてたよ。キャロル見てたもん」

 

 わいわいがやがやと声がする研究室。

 帰ろうかな。

 一歩後ろへ退がると、部屋からジェスターが出てきた。

 

「はっはっは、あー煙い煙い……あっサクラ君じゃないか! いいところに来たねぇ!」

 

 サクラは無言で踵を返した。ガッと肩をつかまれる。

 

「離せよマッドサイエンティスト」

 

「サイエンティストだけどマッドじゃないしぃ! 今の爆発はホラ、事故だよ。故意的な」

 

「それはテロと同義だろ」

 

「いやホント、ちょっと遺生物の残骸に、臨界値を超えた属性魔力を注入してみただけなんだよ。爆発するかしないかの実験だったんだよ」

 

「問題科学者としてベタすぎる失敗にも程があるだろうが」

 

 ともあれ。

 あらかた爆発の煙が換気されると、サクラは科学者の居城に入室した。

 

「さぁさ、ようこそ! そしてようこそ! 紹介しよう、こちら『帝国科学機関』の僕の助手たち! 帝国にいるメンバーと合わせて本当は九人いるんだけど、王国出張には五人連れてきましたー! 仲良くしてね!」

 

「早く働けドクター」

 

「頭脳だけ有能」

 

「お茶どうぞ~」

 

「お菓子いるー?」

 

「あぁ、これはどうも」

 

「……馴染むの早くない!?」

 

 中々個性的な助手たちだな、とサクラは出されたティーカップとクッキーを手に思う。

 キャラもだが、何より気配が独特だ。

 ()()()()()()()()()()、と直感する。

 まぁ、今はどうでもいいことだ。

 

「それで、用は何だジェスター。何もないならこのまま茶菓子だけ貰っていくぞ」

 

「遠慮がないなぁ……いや安心しておくれ、ちゃんと君にも利がある話だろうからね」

 

 さりげなくジェスターが助手たちを別室の仕事場へ行くよう促し、診察室らしい部屋の椅子に腰かける。患者用の席に、サクラもデスクに茶菓子を置きながら座った。

 

「さーて、どう切り出そうかなぁ……いいや、君相手じゃ意味なさそうだし、率直に訊こう!」

 

 一瞬、嫌な予感がしたサクラは片手で制した。

 

「その前に。炎竜がいる医務室って、この近くか?」

 

「へ? いや、ここは僕ら用の研究室であって、医務室は訓練場もある東棟だよ。あっ、ちなみにこの部屋は僕らの管轄だから、サリエル君でも盗み聞きはできないから安心してね」

 

 ここは西棟。物理的距離は大きく離れている。

 そこまで確認してから、良し、と手を降ろす。

 

「ならいい。続けてくれ」

 

「……その反応を見る限り、僕の推理は当たってるっぽいねぇ……」

 

 いいから言え、とサクラは視線だけで訴える。

 すると足組みし、眼鏡レンズの奥、目を細めたジェスターが口火を切った。

 

「──君さぁ、人間でしょ」

 

     ◇

 

 このまま話がどう向かっていくのか、サクラには全く見当がつかなかったが、今は黙ってこの、確かに頭だけは回るらしい科学者かつ医者の言葉を聞いてみることにした。

 

「魔力もなしに、あそこまで元気一杯に戦闘を継続できるなんて魔族じゃまずありえないと思ったんだ」

 

「それがラグナ大陸の人類の特徴だとは考えなかったのか?」

 

「だってアガサ君は魔力を持ってるじゃない。それに、知ってる? 人の潜在魔力量は、その瞳の色の複雑さで大体分かるんだよ。君の瞳は、赤と青が混じってできる紫色だ。かつては、さぞ膨大な魔力をその身に秘めていたんだろう」

 

 恐ろしいほどに鋭く、正確にして正解だ。

 サクラは一切頷きを返さず、黙って聞き続ける。

 

「だっていうのに、君からは魔力を全く、一切感じない! これはおかしい! だったらもう可能性は一つだ。君は現代でも非常に稀少な純粋人間種──違うかな?」

 

「それを認めたら、俺に何のメリットがあるんだ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!」

 

 その発言には、保っていた無表情を崩さざるをえなかった。

 ジェスターの口角が上がる。

 

「僕は見かけた患者を放っておけない主義でねぇ……助手(あの子)たちもそうさ。僕が見つけた時は()()()()()()()()()けど、ああして元気にやっている」

 

「……お前が治したのか?」

 

「治したよー? 患者が生きている限り、その命が救えないなんてことはないからね」

 

「……爆発魔から連想されるマッドサイエンティスト像とはまるで逆だな。逆マッドサイエンティストだったのか、お前」

 

「逆って。あー、ホントのマッドな人たちは実験体を粗末にしちゃうからかい? そうだね、医者として人としての尊厳を取り戻させている僕は、確かに逆かも」

 

 さらりと実験体という単語が出る辺り、帝国の闇が垣間見えるが……サクラは言及しないでおいた。

 

「魔力を取り戻す……か。完全に捨てていた可能性だったが、四位に挑む武器は増やしておきたいな」

 

 そうすれば()()使()()()、とサクラは軽く拳を握る。

 

「お。乗り気だね。ていうかやっぱり、第四位のことも聞いてたんだ。君とアガサ君は神と戦ったって言ってたけど、それも超抜存在の一つだったのかい?」

 

 そういえばジェスターはあの謁見の席にはいなかった。

 どこまで言うか、少し逡巡する。

 

(……まぁ……ここまで洞察力があるなら、中途半端に隠しても結果は変わらないか)

 

 一口紅茶を飲んでから、決意して口を開く。

 

「ああ、第一位の終末神だよ」

 

「ごふっ」

 

 飲みかけた珈琲をジェスターが吹き出す。なぜこのタイミングで飲む、とサクラはその芸術点の高さに呆れる他ない。

 息を整え、口元を拭ったジェスターが小声で言う。

 

「(い、い、一位って……! それホントの本当? ラグナ大陸式ジョークじゃない……!?)」

 

「ジョークじゃない。ちゃんと俺が倒したんだから」

 

「へぇ、君が──────……今なんて?」

 

 サクラはクッキーにかじりついた。しばらく、部屋に咀嚼音だけが響く。飲み込んでから、再び口を開く。

 

「こっちでは魔力を生成する器官を、『魔導炉(まどうろ)』と呼ぶんだが……当時の戦いで、俺はその魔導炉に負荷をかけすぎたんだ。結果、自力で魔力を生成できなくなって、今に至る」

 

「……」

 

「聞いてる?」

 

「聞いてる。聞いてます」

 

 カップを机に置いたジェスターが姿勢と白衣のシワを正す。こいつも敬語なんて使えるんだな、とサクラは関係ないことを考える。

 

「……じゃないよ……!! なんで君、君ほどの人がここに!? 運命のイタズラ!? 人生アンラッキー!?」

 

「いいかジェスター……人はな、どんなに善行や悪行を積もうと、事故る時は事故るんだよ。乱数と同じだ」

 

「そんな説得力のある諭し聞きたくなかった!」

 

「まぁ……くれぐれも、特に炎竜には、言うなよ。知られたくないから」

 

「……そこは大丈夫、患者の個人情報を秘匿するのは医者の得意分野だ。……はぁ~ぁ……」

 

 よほど衝撃的だったのか、ジェスターは頭を抱えている。己の察しのよさを呪っているのだろうか。しかし、

 

「……疑わないんだな?」

 

「疑う要素がないからねぇ……ってことは君、兵装保有者(レリックホルダー)なんだ?」

 

 サクラは無言で、右手で四本の指を立てて見せた。

 

「あっはは……そこまで盛ってくると、冗談の域を越えてるね。疑う方が馬鹿らしくなってくるよ。にしても随分素直に教えてくれるね。君ィ、過去最高に僕を信用するの早すぎだよ? 常連の患者さんもビックリだよ」

 

「ま、『お前なら周囲にバラしてもどうせ信用されないだろう』っていう信用はあるかな」

 

「嫌な方向の信用だよそれはッ!?」

 

 だが信用うんぬんともかく、流石は医師とでもいうのか、ジェスターに話しやすさを感じているのは事実だった。

 これも一種の天性の才とでも言うのだろうか? なんとなくだが、サクラは()()()()()()()()()()()()()、という確信に近いなにかがあった。

 

(……、とはいえ)

 

 大きくため息を吐いている白衣の科学医者を見ながら。

 

(……俺がどう信用しようと、こいつの信用を得るのは別の話だけどな……)

 

 ここまで情報を開示した一方、この黄緑髪の奇人に関して、サクラは何一つとして知らないというのが現状だった。

 

「『見かけた患者を放っておけない』、と言ったな。それはお前の信念からくる主義思想なのか?」

 

 なにか深いエピソードの一つでも出てくるだろうか、と期待する一方、サクラはどこかで「こいつがそんな事情やきっかけを持っているハズがない」と思っていた。

 

 道化医師。ルシウスが発した異名が思い浮かぶ。

 道化師のような享楽さ、学者としての鋭い観察眼をかね備えるこの人物は、確かに得体が知れない。裏があるようにも思えないが、掴みきれない部分がある。

 

「思想っていうか──医者は患者を放っておかないものでしょ?」

 

 きょとん、とした顔でジェスターはそう答えた。それ以外補足することもないのか、首を傾げたままでいる。

 

「……それだけなのか、お前」

 

「?? それだけって? あっ、科学者として人間の血に興味がある! とか言った方がよかった? でも君は患者であって実験体ではないし、検査用に採血はさせてもらうけど、治療用途以外に君の血を使う気はないよ? そこは医者の義務として当然でしょ」

 

(コイツ──まさか、思っていた以上にまともなのか……?)

 

 研究室は爆発させる科学者のようだが、医師としては抜群に優秀なようだった。

 シンプルすぎる返答故に、他の推測、疑念を入れる余地がない。

 このジェスターという青年は、まっとうに、医者の役割として、「魔力を失った患者」を治療しようと動いている……らしい。

 

「……ジェスター。お前って……なんで医者になったんだ?」

 

「おや、僕に興味持った? マいきなり『治療させろ』と言ってきた相手を知りたがるのは当然か。──医者になったのは自分のためだよ。元々僕は不治の病を患っててね、他の医者じゃ頼りになんないから、自分でどうにかしようと思って医者になったんだ」

 

 ただの天才肌の回答だった。参考にならない。

 

「……その病は、治ったのか?」

 

「んー、どうだろ。治療中、或いは研究中といったところかな。今すぐにどうこうなるものじゃないけど、いずれどうにかしてみせるさ」

 

「そうか」

 

 サクラはそこで質問をやめにした。医療や病気に詳しいわけではないし、詳細を聞いたところで彼の力になれるとも限らない。

 

「さーて、色々こっちは君の秘密を知りすぎたからねぇ……医者としての矜持にかけて、君を治療してみせようじゃないか。っていうかそれくらいでしかお返しできないだろうし! じゃあ改めて──」

 

 再び立った科学者は、その右手を差し出してくる。

 

「ジェスター、だよ。よろしくね、サクラ君?」

 

 この手を握る行為は、どうやらこちらの大陸では、対人間で行われる一種のコミュニケーションらしい。

 それを学びながら、座ったままサクラも手を握り返す。

 

「……『紅蓮朔空(グレンサクラ)』だ。こちらこそ、短い間だろうが、よろしく」

 

 ジェスターという人物は、ひとまず今は、信用には値する。その結論だけを持って、今後関わることにした。

 




お気に入り・高評価ありがとうございます。ここすきや感想等も送っていいのですよ!(強欲)
怪しい科学者は書いてると楽しい。


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16 伝説と警告

「さて──まず何かをやるにしても、錬金術師には資金と素材と素材と素材とあと素材がないと何も始めらんねぇ……」

 

「……はぁ」

 

 王国に来て五日目。あの銀騎士の手合わせの日から三日後。

 時刻は陽が昇ったばかりの午前。宿泊室のソファに座ったサクラは、すぐ横でここ何日も同じことを唱え続けているアガサの相手をしていた。

 

「資金はいざとなりゃ国家予算から捻出させるとして……人材不足も懸念事項だがまずは素材だな素材。手っ取り早いのはあの遺生物を狩り尽くすこと……まずは騎士団、魔術師団の調練から始めないと殲滅が滞る……アルトリと猫耳副団長の統率力は足りてるから、あとは魔術師団……サリエルは首都防衛で固定、使えんのは宮廷魔術師と……いやヴァンもいけるな。経歴と人柄からしても最適……だがそれだけじゃ北方が……ギィィィ」

 

 アガサがブツブツと言っているのは、近々提案しようとしている、「遺生物殲滅作戦」のことである。

 彼女は第四位と戦う前に、あの邪魔な眷属どもは一掃すべきと考えているのだ。

 

 長期間に渡る、少しずつ数を削るようなものではなく。

 最低でも七日間。()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「ア゛ア゛ア゛……サクラぁ~……」

 

 ドサッと膝に幼馴染の頭が落ちてくる。その黒髪は今は普段のポニーテールではなく、ストレートに流されていた。

 

「いま何読んでんの……」

 

 思考の休憩モードに入ったらしい。膝上でアガサが身をよじって見上げてくる。

 サクラは持っていた本のタイトルを読み上げた。

 

「『遙か古き竜退治伝説』」

 

「伝説……あぁ、地竜──ってか、ヴァンの祖先が活躍したっていうアレか」

 

 起き上がってきたアガサが本の中身を見る。視界が狭くなったのでサクラは本を持つ位置を調整してズラした。

 

「地竜に立ち向かった二人の英雄……大魔術師ザカリーに、…………聖騎士、エディンバルト?」

 

 やはりそこに目が留まるか、とサクラも思う。

 

「エディンバルト。同じ名前の英雄が、()()()()()()()()()()()?」

 

「『千城(せんじょう)騎士エディンバルト』な。どこからともなくやってきて、四柱いた神々の……最初の一柱をぶっ倒して、終末戦争(ラグナロク)を開戦するきっかけを作った奴だよ。……え、マジで同じ名前なの? 家名は?」

 

「そこまでは書いていない。名前だけだな」

 

「えぇ~……? あの爺さん、アルクス出身だったの……?」

 

「だがこの伝説と同一人物なら、ラグナ大陸での時系列と合わない。千年以上前の伝説の中で死んでいるなら、およそ六百年前に開戦した終末戦争(ラグナロク)に、エディンバルトはいないはずだ」

 

「……アルクス大陸では行方知れずになって、死亡扱いになったとか?」

 

「その場合、どうやってアルクスからラグナに渡ったのか、気になるところだがな」

 

 おお、とアガサは声をあげる。

 伝説の文献でしかないが、大魔術師と聖騎士の実在は国王ロアネスが証言している。エディンバルトという名前も早々見かけないし、少なくとも、「大陸間を渡る」術がある可能性ができたのは大きい希望だ。

 

「ところでアガサ、その格好はどうした」

 

「借りた」

 

 本に目を向けたままアガサが言った。

 彼女が着ているのは白黒のコントラストが映えるメイド服だった。ロングスカートタイプのもので、恐ろしいレベルでその長い黒髪と調和している。

 

「何故」

 

「気分。あ、次のページめくっていい?」

 

 言われるがままサクラは指でページを進めた。

 

「ザカリーは……死亡記述がないな、物語上からフェードアウトしてやがる。ヴァンの奴なら知ってるかな。子孫って話だし」

 

「……かもな」

 

「サクラ? どこ見てる?」

 

「……なぜ……メイド服……」

 

「思ったより食いついてたっ!?」

 

 ──ドンドンドン、とそこでノックがあった。

 扉向こうの気配にサクラは目を細め、アガサもドアを見る。

 

『おーい、おるか汝ら? わーれーが、来ーたーぞー!』

 

「……、」

 

「……」

 

 サクラが本を置いて立ち上がりかけ、それをアガサが制して止める。席を立った彼女にぽんと頭を押さえられ、そこに留まるようジェスチャーされた。

 

 ──“まかせろ”、と口パクがあった。

 助かる、の意をこめて、サクラは頷いた。

 

 スタスタとアガサが扉の前まで行き──力任せに、それを蹴破った。

 

『ぐはぁッ──!? い、いわれのない我への理不尽な暴力!!』

 

 悲鳴が聞こえるがそれも一瞬で、アガサの姿が外へ出ていくと、パタンと扉が閉まる。

 やがて二人の気配が遠のいていくと、サクラは再び読書を再開した。

 

     ◇

 

 外に出たアガサは、指を一度鳴らして服装を変えた。着用していたメイド服を影へと仕舞い、錬金術で髪をポニーテールに結い上げ、瞬く間に、同じ要領でいつもの青ジャケットとスカートの軽装になる。

 

「痛っつつ……む? 汝、さっき妙な格好をしてなかったか?」

 

「気のせいだろ。サクラの奴は今忙しいからな、私が相手してやるよ。場所変えるぞ」

 

「えー。いや我も目覚めは久々なのだし、あやつに会──」

 

 尻もちをついていたリュエが部屋の扉へ手を伸ばすと、ガキン、と真横に刃が通る。──瞬時にアガサによって錬成された、黒剣だった。

 流石に能天気に構えていたリュエも、そこで冷や汗を流す。

 

「……我、もしや、相当に嫌われておる……?」

 

「私についてくるなら、その辺の事情も懇切丁寧に説明してやるよ」

 

 炎竜にはそれ以上、悪魔に返す言葉がなかった。

 

     ◇

 

 しばらくしてから、サクラのいる部屋にコンコン、とまたノック音が響いた。

 

「炎竜様、来てるか?」

 

 扉を開いたサクラはヴァンを迎え入れた。もう慣れた様子で来客は空いている席に腰かけ、テーブルを挟んだ向かいのソファにサクラも座りなおす。

 

「炎竜ならアガサが連れて行った。いつ戻って来るかは知らん」

 

「え。だ、大丈夫かソレ……? 二人とも、って意味だけど」

 

「アガサは別に暴力論者じゃない。頭は俺よりも回る奴だからな。口八丁で上手くやるだろう」

 

 ヴァンは室内を見回した。前回訪問した時よりも本は整頓されているが、量の総数は大して変わっていないようだった。

 

「……本当にコレ、全部読んでるのか……?」

 

「俺とアガサの二人がかりで、だけどな。あいつは戦術、歴史全般。俺は気になったものから少しずつ。転移魔術は本当に便利だな、図書室まで行かなくとも、迅速に貸し借りができる」

 

「王城内限定だけどな……あ、その本って……」

 

 『遙か古き竜退治伝説』と書かれた本にヴァンが反応を示す。

 そういえば、ザカリーのことが話題に上がっていたとサクラは思い出す。

 

「ヴァンは大魔術師の子孫、だったな。ザカリーという人物について、どこまで知ってるんだ?」

 

「うーん……どこまで、っていうか、俺としては先祖にいる、って認識くらいしかねぇよ。とんでもない魔術師だったらしくて、変わり者だったとか」

 

「変わり者か」

 

「ウン。なんか、めちゃくちゃ女装の似合う男だったらしい」

 

「反応に困る……」

 

「俺も困った……」

 

 いや、個人の趣味に口出しはすまい。故人なら尚更だ。

 女装の件は二人とも忘れておき、腕組みしたヴァンは思い出すように続ける。

 

「つーか、そうだ。サリエルさんが弟子なんだよ。今でこそ、【魔術の理】は建国王が発見して理論化、広めたって話だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい」

 

「なに……?」

 

 妙にひっかかる事実が出てきた。サクラは伝説の書かれた本と歴史書とを見直す。

 

「……ザカリーたちの竜退治は、4025年ごろ……王国が建立したのは5200年──今から八百年近く前のことだよな?」

 

「今が地上暦6003年だから、そうだな。……サリエルさん、すっげー長生きだなぁ……」

 

「……知識だけはサリエルが知っていて、後にその理を暴いて体系化したのが建国王……じゃあ、ザカリーというのは何者だ? ザカリーは何のため……、──っ」

 

 言葉を止めたサクラは、そこで思い至る。

 その魔術は今、何に対して使われている?

 

「──そうだ。言ったろ、『とんでもない魔術師』だって。魔術は今、俺たち王国が持つ、()()()()()()()()()()()になってる」

 

「二千年近く前から遺生物の発生を予期していた……? ザカリーは未来視の力でも持っていたのか。魔術を伝えたことは、未来への布石だったと……? そんなの──」

 

 そんな、未来に奉仕する在り方は、まるで──

 

「神みたい、か?」

 

 皮肉るようにヴァンが言った。しかしサクラはゆっくりと、首を振る。

 

「……神はそこまで人類には優しくないさ。魔術が未来に役立つとしても、自ら教えたりなんかしない。魔術の存在に人類が気付くか気付かないか、わくわくしながら観察するような悪趣味な存在だよ。だから──ザカリーは神じゃない。お前の先祖は……たぶん……」

 

「?」

 

 サクラは言うか言うまいか迷った。こんな推測を話しても、もう仕方のないことだ。無意味にもほどがある。この大魔術師の真相に辿り着いたところで、一定の納得感を得るだけだ。

 

「──『聖人』。ザカリー・トワイライトは、きっと、生まれから運命まで、神々に利用されるためだけに生まれてきた──未来のための人柱だ」

 

 それでも、子孫であるヴァンは知っておいた方がいいだろうと。

 神子として己が知る限りの、この世界にまつわる仕組みの一端を、伝えることにした。

 

     ◇

 

 アガサは炎竜を連れて、城の高台にまで来ていた。

 上へ上へと登り、不意に辿り着いた、石製のバルコニーで足を止める。

 

「おおっ! 悪魔めにしては良い場所を見つけるではないか! 絶景だな!」

 

「それは城下町のこと言ってる? それとも街ん外の景色見て言ってる?」

 

「両方に決まっておろう、他に何がある」

 

 むう、と手すりに身を乗り出してはしゃいでいたリュエがむくれる。

 アガサはそれを、何の感情も乗っていない赤眼で眺めている。

 

「……貴様は、サクラよりも気持ちというのが読み取れんな。表情はあやつより豊かだが、まるで底知れぬ。ものを考えているのが嘘のようだ。始祖竜たる我からしても、だいぶ不気味だぞ」

 

「それ」

 

 ピッ、とアガサが人差し指をさす。

 

「始祖竜ってなら、始祖竜の自覚を持てよ上位存在。だからあいつに嫌われるんだぞー?」

 

「む。確かに仲間関係ではないにしろ、仲を深めて悪いことはあるまい? それはそれ、これはこれ。人の子らも、いかな友がいようとて、敵として回れば敵として討つ。それに汝らは上位存在の脅威を分かっているのだろう? 表面上でも、もう少し距離というものを縮めてもいいのでは?」

 

「無理」

 

 真顔で言い切った。

 

「無理」

 

 二度、重ねて言った。

 

「………………そこまで、言うか……?」

 

「言うわ馬鹿野郎。私たちは上位存在(おまえら)が本気を出せば『何ができるのか』をよく知ってるんだ。知っているからこそ気は抜けない。

 ──いいか。殺し合ってねぇ今の状況は、奇跡みたいなモンなんだよ」

 

 リュエは呆れかえった視線をアガサにやった。

 

「フン、もはや病だな。まぁよい、人の生まれや環境になぞ興味はない。我は汝らの敵対精神を受け容れ、そして許す。仲良くなりたくなったら、いつでも言うのだぞ?」

 

「いや……無理っす…………」

 

「その言い方止めぬかァー!? 傷つくのだがー!!」

 

     ◇

 

「──ふむ。つまり、俺の先祖はすげーってことだな」

 

 サクラの説明を聞いたヴァンは、まずそう言った。

 

「……だいぶ、自分でも常識を外れまくったことを言ったと思うんだが……ヴァンお前、人を疑うってこと知らなかったりするか……?」

 

「んなことはねぇよ? たとえ今のがお前による渾身の作り話だったとしても、俺は信じたいさ。だって、嘘にしろ真実にしろ、普通に凄い偉人の話だからな」

 

「……」

 

「あぁ、悪い。別に『真偽なんかどうでもいい』、って言いたいんじゃないんだ。きっとサクラは本当のことを話してるんだろ。だったら、それを聞いた俺が信じないのは……寂しいっつーか、俺がやりきれないし」

 

(……人が善い)

 

 サクラは他人に対して、初めて心からそう思った。

 人並みの善性。それがいかなる価値を持つのか、世俗にうといサクラはよく掴めていない。けれども目の前のこの人物の持つ性質は、稀有なものなのだろうとは感じていた。

 

「……なんか、流石は『偉人の子孫』って感じだな、ヴァンって……」

 

「えっいきなりなんだよ。そんなに変なこと言ったか……?」

 

「いや奇人って意味じゃないんだが……いいや、うん。たぶん他の奴らも俺と同じ気持ちになったことがあるんだろうな……」

 

「何!? そんな不特定多数の連中に同感させるほどのやり取りだったか、今の!?」

 

 ハハハハ、とサクラは乾いた笑いしか浮かべられない。顔の筋肉が硬いので、微妙な表情にしかならなかった。

 

「……と。そうだ。ヴァン、ジェスターの奴にも言ったが、お前にも同じことを伝えておく」

 

     ◇

 

「いいか炎竜。私たちは決してお前とは相容れない」

 

 アガサは、バルコニーのリュエから少し離れた。

 

「それは私たちが人類で、お前が上位存在だからだ。それ自体は悪いとは言わない。だが気を付けろよ。超抜存在がいる間は見逃してやってもいいが、何かすれば人類はスグにお前に牙をむくぞ」

 

「……なんだその脅し文句は。不穏にも程がないか? それとも、それが貴様なりの悪魔らしさというやつか?」

 

「ただの親切な警告だよ。人類代表者としての」

 

     ◇

 

 サクラは数日前の出来事を思い出していた。場所はジェスターの研究室。あの黄緑の協力者とのやり取りを回想する。

 

 ──んじゃ、二日後に再診察ね! その時に君の魔導炉の状態とか調べられるようにしておくから。

 

 ──そんなに早くできるのか。

 

 ──できるよ。なんてったって、僕は天才だからねぇ!

 

 ──天才、か。

 

 部屋を出る直前。サクラは扉の取っ手に指をかけたまま、告げた。

 

 ──じゃあ人類最強からのアドバイスだ。

 

 ──おっ、なになに?

 

 

「あの炎竜を信じるな」

 

 そして今、ヴァンにも同じ言葉を伝えた。

 

「信用・信頼・友情・愛情・親愛・憐憫・期待・興味……アイツに向ける全ての感情はシャットアウトしておけ。上位存在にとって他者から向けられる想いの全ては『信仰心』だ。どんなに些細な感情でも、感知されれば『信奉者』、つまりは手駒扱いになる」

 

「……、」

 

 ヴァンの顔は、奇しくも、まったく性格は異なるのに、ジェスターと同じような顔をしていた。

 

 どうしてそんな事を言うのか、ではなく。

 どうしてそんな事を教えてくれるのか、と。

 

 その疑問にも、サクラはまったく同じように答える。

 

「お前みたいな上質な人材が、上位存在の言いなりになるのは勿体ないからな」

 

 そこで彼らは初めて、この剣士の微笑を見た。

 

     ◇

 

「信用はしない。だが今すぐ敵対はしない。覚えておけよ、エリュンディウス」

 

 と言って、アガサは去ってしまった。

 バルコニーに残された炎竜は、ぼんやりと遠くの風景を視界に映す。

 

「……警告、警戒もすぎれば寂しいものよな」

 

 ふら、と頭に霞がかかった。魔力不足で、身体が睡眠を求めている。

 さっさと医務室に戻るか、と考えて。

 

「……我は、なんのために目覚めたのだ。──……なにを、探している……?」

 

 竜の独り言は、風に溶けて消えた。

 



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17 収穫祭

 遺生物(いせいぶつ)

 “過去からの遺物”という由来からその名称はつけられた。

 遺物、しかして生物。

 正体は、超抜存在第四位──その眷属。

 

 それに対して王国が用いてきた対抗手段は、魔術。

 

 【魔術の理】から派生した魔術(理論)による攻撃は、魔力を用いてはいるが、()()()()()()()()()()か、使用した魔力が遺生物たちに吸収されることはなく、攻撃手段として有用である。

 

「──だが、今日でその定石は終わりだ。真の恐怖、真の天敵をお前たちに教えてやる」

 

 ゴゴゴ、と大気が揺れた。

 黒森林の中、三十体といる遺生物たちは、その気配に気付くと、すぐさまこの場から離れようと動き始めるが────

 

「対神獣術式発動──神弾(しんだん)装填。三十四番!!」

 

 刹那、真上から垂直に、遺生物たちを黒い弾幕雨が襲った。

 ガガガガガガガガッッッ!! という絶え間ない銃声音が十秒ほど世界に響き渡った後、草原には外殻から溶け落ちた、無惨な結晶の残骸の海が広がっていた。

 

「これが開戦の狼煙だッ!! さぁせいぜい足掻けよ結晶野郎ども、『収穫祭』を始めるぞ!!」

 

 草原の残骸たちが、影の中へと沈み込んでいく。

 それを崖上から見下ろしていた、黒い外套をまとった一人の悪魔が高らかな哄笑を上げる。

 

 そんな後ろ姿を見ていた騎士団と魔術師団の混成部隊の心情は一致していた。

 

 ──この悪魔、超怖い、と。

 

     ◇

 

 遺生物絶対絶滅デストロイ作戦。

 

 何日もかけてじっくりと遺生物の生態・性質を吟味し、王国の戦術書まで読み漁った果てに、アガサが提案した作戦名がそれだった。

 

「他国との領土線がある西からいくよー。主力隊は逆時計周りでドンドン轢いていくのー。それと並行して、北から東に時計周りでサクラが走ってー。分隊は南に補給基地作ってー。六日目、七日目あたりで追い詰めた遺生物が王都に突貫するかもだから、その辺合わせて騎士団長とか宮廷魔術師とかのビッグ戦力配置してー。取り逃した細かい個体は転移魔術で都度バンバン主力部隊の前線に送ってー。そんな感じで八日目には遺生物絶滅デー! どう?」

 

 どうも何も。

 

「……成り立つワケ、いや……ルート構築も作戦自体も異論はないが……北から回るサクラは何なんだ? まさか単独で突っ切らせろってのか?」

 

 サクラたちの部屋に呼び出され、作戦書を読んだヴァンはそこで顔を上げた。

 直前まで仮眠をとっていたらしいサクラが、ソファで横になったまま補足する。

 

「あー……言ってしまうと俺は『理持ち』だ。ただ、それが集団行動には全く不向きなんだよ」

 

「──、」

 

 それを聞いて、ヴァンは一度、片手で顔を覆った。

 

「……そうだよな……お前って兵装保有者(レリックホルダー)なんだよな……それくらいの力は持ってて当然か……」

 

「本で読んだけど、こっちの理持ちは『ロジックロード』なんて呼ばれたりしてるんだっけ? カァッコイイよなー。ラグナにも広めたい名称だわー」

 

「……で、サクラの持つ『理』ってのは、一体どういうものなんだ……?」

 

「まぁ、率直に言うと────」

 

     ◇

 

 ……話を聞き終えたヴァンは、この二人に出会ってから、何度目かになる、薄寒さを感じていた。

 

 まったくもって規格外。神と敵対したという証言にも頷ける。

 

 だが、神がどうとかそれ以前に。

 

 自分たちは、本当にこの剣士を敵に回さなくてよかったと、心の底から思った。

 

     ◇

 

 銃声が鳴り響く。遺生物が飛び散る。逃げようとした遺生物たちの退路を魔術師が魔術で断ち、遺生物に接近した騎士と共に足止めや撃破に動く。

 再び銃声。残った結晶をアガサの影が回収していく。──回収された遺生物の遺骸が、素材として弾丸に錬成され、次の獲物を撃つ攻撃手段となる。

 

 エリアが沈黙化すると、主力部隊は素早く次のルートを進み、会敵した矢先から遺生物を鏖殺していく。

 

 弾薬が潤う。弾丸が放たれる。地上から、少しずつ遺生物の姿が消えていく。

 

 殲滅の永久機関が、ここに完成していた。

 

「殺せ殺せ殺せ殺せェー!! 害獣駆除だ! 蹂躙しろ!! 連中を一体、一片たりとも(のが)すなァ! 地上にもはや貴様らの生存圏はねぇと人類サマの偉大さを知らしめてやれ!!」

 

 その様、快進撃というには圧倒的。

 蹂躙。まさに蹂躙。しかして無策による一時的な逆転劇などでは決してなく。

 

 味方の配置、敵の配置、接敵から追い込み方まで、全ての流れが計算し尽くされた蹂躙作業。

 魔力の気配で寄ってきた遺生物を次の獲物と定め、これを永遠にループするだけの永久殲滅。

 

 王国が四百年、脅威としてきた怪物らは、野に散る残骸となり果てていく。

 

「今やお前らの剣の一振りが平和を築く礎となる! 魔術の詠唱一言が勝利への道を進む足跡となる! 蹴散らせ!! 進め!! 私たちが絶対強者だ!! 人類叛逆の時が来た、王国復興の時が来た!! 奴らを絶滅させるぞ!!!!」

 

『オオオオオオオオオオ────ッッッ!!!!』

 

(……なんだ、この統率力(カリスマ)は……)

 

 混成部隊の雄叫びを聞きながら、崖上で傍観に徹していたアルトリウスは、あまりの光景に顔が引きつっていた。

 彼はこの度、作戦指揮を預けることになった異邦の悪魔の手腕を確かめるため、監督役として同伴したのだが──

 

(幾度か、彼女に任せて調練や演習は行っていたが……)

 

 騎士団は言うまでもなく、魔術師団も宮廷魔術師たちが調練した手練れの兵士たちだ。即席部隊だとしても、元より練度は高く、指揮官が変わったところで連携行動に問題はない。

 

 ──だが、兵士の一人一人の顔はどれも見覚えあるものばかりなのに、動きはまるで別の国の部隊のようだった。

 

 ……要因は、もう言うまでもない。

 

『……なァ、指揮官とは聞いていたがよ、あの黒いお嬢ちゃん、そっちの国では何してたコなの……?』

 

 どこかでこちらの動きを覗き見していたのだろう、ガルドラのそんな念話が飛んでくる。

 現在、念話魔術に参加しているのは、王国の四従者とヴァン、サクラだ。案の定、今は別の座標にいる、あの紅蓮の剣士の声がすぐに聞こえてきた。

 

『アガサは第十三錬成部隊(サーティーン)という、十三名の精鋭による超戦闘特化の特殊部隊を指揮していた。神獣の殲滅が人類軍のルーチンワークだったが、その中でも十三部隊は飛びぬけた殲滅戦績を上げ続けていたと聞く』

 

 ()()()()()()()

 一目で個々の兵士の性能を把握し、適した能力を戦場に組みこみ、戦う中で成長まで促す。

 兵たちを結束させ、全ての能力を対多数戦、中でも殲滅戦に特化した完全指揮。

 

 それは一世代で突然変異的に生まれてきた、終末産のバグ。極限環境におかれた黄昏世界では、彼女のような人材がゴロゴロと生まれ、次々と死んでいった。

 

『……規格外、か。なるべくして成ったっつー感じだなァ……』

 

「はーはっはっはっはっはぁ──!! ぶっ潰せぇ──!!」

 

 殲滅の現場から悪魔の高笑いが聞こえてくる。

 あの遺生物が、ガラクタのように空を舞っている。

 

(──うむ。まぁ、効率よく国の害敵を処理できるのなら、彼女の指揮について、私から意見することはないな!)

 

 優秀な騎士団長は、自分の今までの常識が壊れていくのを受け入れ始めていた。

 

     ◇

 

 王国郊外──北。

 

 数体の遺生物たちは、大気の違和感にふと頭を上げた。

 澄みわたる青空。外敵となる存在の気配はないが、しかし餌とする魔力の気配も感じない。

 

【□□──】

 

 ぐら、と遺生物たちの一体が不意に倒れた。それを皮切りに、他の遺生物たちも、敵襲に対応する前に続々と倒れていく。

 

【□□□□──!】

 

 そんな遺生物たちがいた空間の手前。森に潜んでいた一体の遺生物は、空気に異常を感知し、その場から逃亡した。

 走りながら、体内に保有する全エネルギーを脚力に集中させる。次の一歩、より遠くへ跳び出そうとした直後、

 

  「【新月の理】──空斬説」

 

 ──斬ッ、と。

 遥か向こうから飛んできた斬撃が、核ごと結晶の身体を両断した。

 

 遺生物は再稼働のため、魔力で再生を図ろうとする。だが、できない。

 

【□□……□□□……、】

 

 体内の魔力は、完全に空っぽだった。それ以上動くこともできず、稼働を終了する。

 絶命した遺生物の視界には、林の隙間からみえる空が映っていた。

 

 その色は青ではなく。

 

 血のように染まり切った──紅蓮の空で。

 

 ぽっかりと、(ウロ)のような()()が浮かんでいた。

 



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18 【新月の理】

「周辺魔力を消しながら……遺生物を狩る?」

 

 サリエルの声は怪訝さに満ちていた。その隣で、気持ちは分かりますよ、という顔でヴァンが頷いている。

 

 殲滅の作戦決行日より数日前。

 王城の会議室には、サクラとアガサも含めた四人が、作戦テーブルを挟んで立っていた。

 

「作戦の動きはお手元の資料通り。だから土地の管理者の先生に、サクラの進路ルートを監修してもらいたいなと」

 

 ノストシアの領地事情は少し特殊だ。

 王が国を統治しながら、土地そのものの支配権はこの悪魔・サリエルにある。

 

 その理由は他の悪魔への()()という面が大きい。

 アルクス大陸では過去、悪魔の侵攻、或いは謀略によって小国が滅んだ例がいくつか確認されている。

 故にあらかじめ、ノストシアでは一人の強い悪魔に地位を与え、土地を与え、そこに国を興すことにより、他の悪魔を寄せ付けないようにしているのだ。

 広い土地を持つことで力を増す──そんな悪魔の性質を逆手にとった国防術なのだという。

 

 ……逆にいえば、サリエルに何かがあった時、それだけこの国は追い込まれるということでもあるが。

 

「……、」

 

 サリエルは一度、眉間を指でほぐした。【理持ち】と書かれた資料の文字列に、色々と言いたいことがあるようだった。

 

「……いや、まずは呑み込もう。君の理とやらについては後で言及することにしよう。──して、そうだな。本当にここに書かれている通りなら、無秩序にそんな理を展開され続けるのは困る」

 

「下手すりゃ地脈の魔力が枯れますからね……」

 

 うむ、とヴァンにサリエルが首肯する。

 

「地脈の主要部分は、偽装魔術で遺生物どもから隠している。北から回るのであれば、その主要部をさけたルート構築をこちらで行おう。ただ……それだと狩り残しがでる恐れがあるな」

 

「うん、相談っていうのはそれ。なんか良い案、ある?」

 

「あ──遺生物を集める、ってだけなら、心当たりが」

 

 挙手したヴァンが、やがて会議室に連れてきたのは。

 

「──ハロー、ハロー! ごきげんよう!! 頼れる僕、ジェスター君が来ったよー!」

 

「コイツのドローンプログラム使えませんかね。定期的に遺生物を処理するとき、騎士団も使ってますし」

 

「プログラム? あー、魔術じゃなくて科学的ななんか?」

 

 アガサの言葉に科学者がくるくる踊る。

 

「そうだよ! その名も『疑似魔力術式』といってね、これは電力で疑似的に魔力の気配を再現したモノだ。いわば限りなく魔力に近い電波さ。大気中の魔力を消しちゃうっていうサクラ君の理となら、相性バッチリだね!」

 

「実用性は証明されているし最適解だな」

 

「いいね。じゃあそれ採用で」

 

(……頭の回転が速い人材ばかりいると、発言することがなにもないな……)

 

 話が爆速で助かるが、とサクラは会議の終わりの気配に気を緩め。

 

「「サクラ君」」

 

「ハイ」

 

 サリエルとジェスターに同時に呼びかけられ、思わずサクラは反射で返事をした。

 彼に通学経験があったなら、気分はさながら授業中にあてられた生徒と同じだと思っただろう。

 

「君の【新月の理】とやらについて、詳しくご教示願おうか」

 

「理持ちを見るなんて久々だなー、科学者として興味あるねえ」

 

「……」

 

 サクラは意識的に無表情を保った。

 

(……こいつ、演技上手いな)

 

 サリエルはともかく、ジェスターには人間とバレている上、魔導炉の治療のために、理に関する説明も済んでいる。

 ……しかし、こうも自然だと、人間と言い当てられたことまでつい忘れかける。

 

 そこでハッとサクラは気付いた。アガサとヴァンが、いつの間にか部屋の出口に移動している。

 

「じゃ頑張れよー」

 

「お疲れー」

 

「──、」

 

 無慈悲にも二人はこの状況を見捨てて退室した。後に残ったのは「理持ち」に好奇の目を光らせた学者陣だけだった。

 

     ◇

 

「掃討完了。次のエリアに移る」

 

 納刀すれば鈴の音が響く。

 結晶の山の上に出した鳥居から、サクラは進路の方へ目を向ける。

 

『はいはーい。あとサクラ君、そのままじゃシンシア君が魔術使えないから空戻してね』

 

「あ」

 

 指摘で気づき、サクラは赤い空の風景を解除した。フッと空から新月が消え、元の青空が戻ってくる。

 それと同時、彼の傍の宙空に、シンシアの姿が転移してきた。

 

「お疲れ様でーす。じゃあこちら、アガサさんの影に送っておきますね。【転移せよ(テレポート)】、っと」

 

 白杖の一振りによって、三十体の遺生物の山が青い光に包まれ、消えていく。

 

『シンシアくーん。そこから西に三十メートルのところにも一体分あるから、よろしくね』

 

「了解、今行きます。サクラさんは引き続き、掃討をお願いします!」

 

「心得た」

 

 では、と礼をし、水色髪の後ろ姿が、指定された方角へ飛行していく。

 サクラも鳥居を射出機に跳び、次のルートへと進んだ。

 

『いやー、順調な殲滅活動だねぇ。サクラ君の理、強すぎない?』

 

 そんな移動に追随してくるのは機械の飛行物体。ジェスターの声が聞こえるソレは、研究室から遠隔操作されている、白い小型機(ドローン)だ。

 

「だが効果範囲の微調整が効かない分、集団行動には不向きだ。だからこうして少数部隊で動いているんだろう」

 

()()()()()()()()()とか、遺生物以上の天敵だよ。町中で展開されたら、ほとんどの魔族はひとたまりもない。君がテロリストじゃなかったことに感謝だね!』

 

 【新月の理】。それがサクラの持つ理だ。

 効力はシンプルかつ驚異的。ジェスターの言う通り、人里でこの理を顕現したが最後、サクラが魔族社会から敵としてみなされるのは想像にかたくない。

 

『あ、東三メートル付近に二体。ちなみに目標地点までは二十メートルあるけど……どうする?』

 

「社門」

 

 報告の二体をサクラが視認したとき、それらの足下から鳥居が飛び出す。ドンッッ、という打撃音。宙を舞った遺生物に、再び鳥居を叩きつけ、目標地点近くへと吹き飛ばした。

 

『あ、圧倒的物理式運搬……!』

 

「エリアに入る」

 

『はいはいっ、「疑似魔力術式」発動!』

 

 先行した白いドローンが電波を放つ。周囲数百メートル先にまで届かせるその気配に釣られ、サクラの眼下には、続々と結晶の姿がおびき寄せられてくるのが見えた。

 

『お、大量だね……えーと、百六十八体。いけるかな?』

 

「問題ない。行動を開始する」

 

 結晶の群れへ、紅蓮の影が突っ込んだ。

 突如として飛来した彼の気配に、遺生物らは狩猟のために動こうとし、

 

「【新月の理】」

 

 カッと空が紅蓮に染まり上がった。

 新月が顕現し、半径百メートルの領域から、魔力の一切が消え失せる。

 

「抜刀理論・空幻説」

 

 広範囲に斬撃が奔る。十数体の核が、一瞬で破壊される。

 

「空斬説、空斬説、空斬説、空斬説──」

 

 走り去る剣士から、瞬息で放たれていく斬撃の嵐。

 魔力を失い、棒立ちとなっている結晶の群は、僅か十秒で全滅した。

 

 納刀し、サクラは理を解く。空が元に戻る。

 しばらくして、ひょっこりとやってきたシンシアが杖を振り、残骸を片付ける。

 この流れを、今日だけでもう三十回以上はくり返していた。

 

     ◇

 

「──炎竜様に、遺生物たちの神気(まりょく)を食わせて回復させる、とかムリですかね?」

 

「そりゃあ難しいだろ」

 

 王国郊外、南。

 ヴァンは、即座に答えを返してきた隣のガルドラを見た。

 

「魔法使いとかなら話は別だろうぜ──だが王国にンな人材はいねェ。連中の持つ原質魔力……神気(しんき)を操って直接供給するなんざ、宮廷魔術師のおれたちにとっても、空に穴開けるようなモンだ。扱える・扱えないって話じゃねえ。『接触厳禁』、だ」

 

「……ですよねぇ」

 

「随分と炎竜様に肩入れしてンだな?」

 

「いや、違いますよ」

 

 はっきりとした否定に、ガルドラが意外そうに瞬きする。

 

「ここ数日、サクラとアガサの二人を見て思ったんすよ。『──自力で遺生物を潰せない俺、なんかダセーな~』と」

 

「……あー」

 

 そして続けられた言葉に、心のどこかで納得した。ヴァンの語ったソレは、王国でも上位に入る実力者なら、誰でも共感できることだった。

 

「別に今、こうして戦況が変わりつつあるのは歓迎してるんです。あいつら二人は戦力として申し分ないし、かなり頼もしい。今すぐに帰られると困る、って本気で思うレベルで。けど、だからこそ──」

 

「『部外者のあいつらに、王国の問題解決を手伝わせるのは忍びない』……ってか?」

 

「……、まぁ」

 

 ヴァンは視線を落とした。

 

「……だから、ここまで付き合わせたからには、なんとしてでもあいつらを帰さなきゃいけない。断片的に話聞いただけですけど、あの二人は本来、もっと凄い奴らだと思う。まだ全部の事情を知ったわけじゃなくても、それくらい分かる。特にサクラの奴に至っては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気がする」

 

「……」

 

「スッゲー降ってわいた反則カード使ってますよ俺ら。そういう流れを仕組まれたにせよ……あー、仕組んだ奴に言ってやりてぇ。『もうちょっとズルしない方法なかったのかよ』、って」

 

「……色々あったんじゃねェの?」

 

「理屈で割り切るのと感情で納得するかは別のものなんスよ」

 

 まぁなぁ、とガルドラが肩をすくめる。

 視線をあげたヴァンは、腕組みしながら前を向く。

 

「ってワケで、サクサクッと第四位倒してもらって、チャチャッとサクラたちには無事に帰還してもらう……っつー感じの展開を短期間で実現するなら、やっぱ手っ取り早く炎竜様に働いてもらうのが一番かなぁ、と思った俺の世迷言でした。以上です」

 

「……つか、その理論だと始祖竜様は使い倒しても罪悪感とかねェのか」

 

「人類よりワンステージ上の上位存在様なら、それらしく動いて欲しいナー、とは」

 

「傲慢の極みだな。そういうところあったなァ、お前……」

 

 まぁ──無いものを無闇に願っても仕方ない。

 良い状況には変わりないのだから、今はその波に乗って、最善と全力を尽くすことしかできなかった。

 

『──報告よ。こっちで一部は誘導したわ。前線で頑張ってるルシウスたちに感謝しながら働きなさい、暇人たち』

 

「おお、来たか」

 

 エメルからの念話に、ガルドラがにや、と笑う。

 

 彼らの背後には、現在進行形で建設中の砦拠点があった。

 魔術を使って一刻も早い築城を目指しているが、それを達するためには、長年付き合いのある外敵どもを掃討しなければならない。

 

 そこで地平線の向こうから、十数体の遺生物が進行してくるのがみえた。

 

 ガルドラは手元に魔導書を出現させ。

 ヴァンは両手に札の扇を持ち構える。

 

「さァって、久々に暴れるかねェ!」

 

「ペース配分も考えてくださいよー」

 

 二人の魔術師が、今、戦場に解き放たれた。

 



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19 神聖言語、魔術理論

 救国も一筋縄ではいかないものだな、と思いながら、サリエルはこの会議をどう調理しようか考えていた。

 

「サリエル卿、なぜ国軍だけを動員した? 遺生物こそは我ら共通の大敵! 我々にもお声をかけてくだされば、即座に我が領の兵士たちを派遣したものを……」

 

「大体、その異邦の悪魔とやらは信用できるのかね? 陛下の目を疑いたくはないが、貴方様の友人ともなれば、周囲をたやすく欺く能力くらいお持ちなのでは?」

 

 場所は外交用を目的とした、ブラウン色の格調高い応接室。

 会議のテーブルについているのは、王国内でも力を持つ九名の貴族たちだ。サリエルを含め、この部屋には十人が席についていた。

 机上で指を組み、サリエルは口を開く。

 

「ではまず、今回の作戦に関してお伝えしましょう。此度の遺生物駆除は、これまでの『ただ数を減らす』ものには留まりません。──絶滅、根絶です。七度夜が明けた頃、この王国の大地には結晶の姿がみえなくなるものとご想像ください」

 

『──!?』

 

 場の一同が息を呑む。続けてサリエルは言う。

 

「また、掃討した遺生物の残骸は全て国が回収しておきます。作戦完遂の暁には第四位の討伐を決行するので、皆さま方にはお力添え願いたい」

 

「第四位!? それは、つまり……」

 

「ええ。遂に我が国土解放の時です。そのため、前哨戦となる今回の作戦には、貴方がたの力を温存していただくため、国軍での決行となりました──その判断が陛下への忠誠を陰らせることになったのなら、この場で謝罪いたしましょう」

 

「と、とんでもない!」

 

 先ほど文句を垂れていた一人が慌てて首を振る。本命があると分かればコレだ、物も言いようである。

 

「次に当作戦を提案した異邦者ですが、こちらは不信な目を向けるだけ無駄というものです。使えるべきものは全て使う。それが陛下のご判断なれば、私どもめはその方針に従うのみ」

 

「……悪魔が反旗を翻す可能性はない、と?」

 

「無い、と断言しましょう。宮廷魔術師第一席の立場にかけて、私は彼らを信用に値する者と考えます」

 

 淡々と、しかしはっきりとした言葉に貴族たちは一様に口を閉じる。

 サリエルとしても、今の主張は本心からのものだった。これであの二人の裏切りにあえば、その時は己の能力不足に笑える気もするほどだ。

 

 朔月の神子──レリックを使いこなすほどの人材。間違いなく唯一無二。信用云々を抜きにしたって、手放すなどもっての外。

 

 悪魔アガサ──同族としては格上。頭も回る。そこらの上級を自称する悪魔とは違う。敬意をもって応対すべき相手だ。

 

 それまで黙してた貴族の一人が手をあげた。

 

「噂によればその異邦者というのは三人と聞き及びましたが……何者なのですか?」

 

「──では心して傾聴されてください。一人は真名持ちの悪魔。一人は兵装保有者(レリックホルダー)、もう一人は炎の()()()です」

 

 今度こそ、会議の場が動揺にざわめく。

 あまりに、偶然と一言で片づけるには飛びぬけすぎた面々だ。素直に希望を抱くよりも、冗談だろう、と疑いたくなる気持ちの方が強まるのは当然の反応だった。

 

「さ、サリエル殿。それは、本当、なのですか」

 

「──本当であるぞ? なに奇縁というものよ。世の深淵は神でも計れるものではないからなぁ」

 

「──ッ!?」

 

 突如として割り込んだ声に空気が止まる。

 サリエルの対面。長テーブルの真反対に位置する席に、赤髪の少女が音もなく現れていた。

 

「我が言うのだから説得力はあろう? というワケで初めましてだ貴族諸君! 炎竜エリュンディウス、不意打ちに参上であーる!」

 

 貴族一派からは声も出ない。驚きに心臓まで停止していそうだ、とサリエルは冷めた表情で場を見渡し、炎竜を見た。

 

「まだ、お休みになられていた方がいいのでは?」

 

「今日は目が覚めてしまってな。城内に人がいなくて暇の極みなのだ。人間産の娯楽とかないか? アレがあれば無限に時間を潰せるのだがー」

 

「分かりました。後で取り寄せましょう」

 

「ホントか!? すまぬな、だが助かる!」

 

 パァ、と浮かべた花のような笑顔に、場の空気も落ち着き始める。貴族たちがいらぬこと言う前に、さっさと退室を促そうとサリエルは口をひらきかけ、

 

「【()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()! ()()()()()()!】」

 

「──ッ」

 

 サリエルは鋭く、息を呑んだ。

 しまった。気にかけるは貴族の言葉ではない、この竜の発言そのものだったと。

 

 すると今の言葉に従うように、ガタガタと席から貴族たちが立ち上がり始める。その()には、意識がない。

 

 待て、と言おうとした。だが言葉は出なかった。いつの間にか、己も席を立っている。

 ぞろぞろと貴族たちが部屋を出ていく。それに続こうとする身体を、意志の力で、サリエルはテーブルの前に留まらせた。

 

「どうしたサリエル? 戻らないのか?」

 

 それを、不思議そうに炎竜が見つめる。サリエルは精神の表面を氷で撫でられた心地がした。

 

 ……世には、言霊(ことだま)という力がある。

 神聖言語とも呼ばれる、上位存在同士が扱う「会話用」の言葉。

 この炎竜が日常で使う万象言語は、あくまでも「語り掛け用」であって、今のような干渉力・強制力は持たないが、この言霊は違う。

 

(……久しく忘れていたが。これは……厄介な力だな)

 

 ようやく身体の自由がききはじめ、サリエルは炎竜に向き直る。

 ……召集した貴族たちの半数は、この会議の前段階ですでに取りこんでいた。故に、後は残り半分をこの会議中に落とす算段だったのだが──炎竜のおかげで、その手間がさっぱりと削られた。削られてしまった。

 

 炎竜の言を聞いた貴族たちは、今回の作戦の結果に関わらず、無条件で王国に協力するだろう。

 洗脳、というレベルではない。無意識から、そのように()()()()()()()()()()のだ。

 

 筋道も道理もあったものではない。この上位存在の一声だけで、世界の理はねじ曲げられる──

 

「……炎竜様。この場は我ら人類の間で取り仕切るべきもの。今のように、あまり軽々にご干渉なされないようにしてください」

 

「えー? でも今のほうが手っ取り早くないか?」

 

「矮小な我らは物事の順序というものを過剰に気にします。突然に己の思考が別物に置き換わったとわかれば、混乱を招くでしょう」

 

「……余計な世話、だったか」

 

 少女が居づらそうに目を伏せる。

 その問いにサリエルは応えない。代わりにこう返した。

 

「無闇な力の行使は、やがて自らの破滅に繋がります。我々のため、何より貴方のため、使いどころというのを見誤らないでください」

 

「む、難しいことを言うな……」

 

「それを真に理解できてこその上位存在、では?」

 

「──むむむぅ」

 

 ガックリと少女はうなだれる。反論の言葉がないらしい。

 その脇を通り抜けながら、悪魔は最後に言い添えた。

 

「でないと、あの剣士に殺されますよ?」

 

 バタン、と部屋の扉が閉まる。

 俯いたまま、赤髪の少女は立ち尽くしていた。

 

 手の平に汗がにじむ。首筋に冷たいものが這う。

 金の瞳を見開いたまま、床の一面を凝視する。

 

「……、………………。………………………………………………」

 

 その心臓が、一つ、強く鼓動する。

 ──ほんの一瞬。

 あの遺跡で、あの刹那に、間近に感じた「死」を、思い出してしまったが故に。

 

     ◇

 

「魔術の詠唱って……カッコいいよな」

 

 そろそろ思考力が低下してきたサクラはそんなことを口走っていた。

 陽は落ちた夜。本日分のノルマを達成し、周りの野原に散らばっている結晶の残骸を、シンシアが転送している最中だった。

 

「……あ、あのぅ。これ、私どういう反応をすればいいんです……!?」

 

『ノリでいいんじゃない? ()()()()()だよ? 流石のサクラ君も疲れたんでしょ』

 

 ふよふよと滞空しているドローンからも、ふわあぁと欠伸が聞こえる。

 シンシアは半目になりながら、えーと、と言葉を置く。

 

「そ、そうですかね。まぁ詠唱って結構、魔術の発動においては重要な工程ですし?」

 

「ああ──ある意味、言霊の一種だよな。式・詠唱・触媒の三要素を基本工程にして、式が構築時間を、詠唱が魔力の操作時間を、触媒が発動時間を短縮している。三つ揃えた方が速射性、威力を高め、三つ分ブーストがかかる感じか」

 

「か、解説が……ガチ!!」

 

「面白いのは魔力を消費することだよな。本来の『理論』は特に発動エネルギーを必要としないが、魔術は魔力というコストを支払うことで連発性を向上させ、大衆に広めやすくし、汎用性を高めている」

 

「へ、へえ……」

 

 シンシアとしても参考になる意見だった。メモを取る。

 

『でも無詠唱を使う人もいるよね。あれはなんなの、シンシア君?』

 

「それは魔力操作が身体に馴染んでる人ですね。無意識下でも魔術が使える、詠唱破棄とも呼ばれる高等技術です。──でも」

 

 残骸の転送を終え、彼女はその手の白杖を掲げる。

 

「やっぱり安定性をとるなら、サクラさんの言う通り、三つ揃えた方がいいです。詠唱しないと、術者の精神状態が発動に大きく影響するので。発動の度に常に同じ精神でいるのは、昨日と同じ行動をまったく同じに繰り返すようなものですし」

 

『ああ、じゃあやっぱりサクラ君っておかしいんだねぇ』

 

「おかしいんですよねぇ……見た感じ、詠唱? と触媒? はある気はするんですが、魔術でも重要なファクターである式と魔力を使ってないので……」

 

『詠唱をトリガーに精神状態を固定化、触媒ありきで発動、って感じなのかな……それだと斬撃の方は説明がつくんだけど、あの鳥居っていうのはどうなってるんだい? 偶に無詠唱、しかも触媒もなしに出してる気がするんだけど』

 

 その疑問提起にサクラは腕組みして言った。

 

()()()()()()()()()()()

 

 ──神子(おれ)がいるところは社だろ、と。

 

「……す、すごい」

 

『……凄い……暴論!!』

 

 だが事実、サクラが鳥居を出しまくるロジックはそこにある。

 理論使いとは、己が持つ理を外界に適用させる反則存在だ。サクラの場合、「自分は神子である」=「ここは社である」という式を成立させ、鳥居を出現させている。

 

「まぁ、さっき分析してもらったが、『理論使い』に最低限必要とされるのは()()()()だ。詠唱というか技名は、俺の場合『分かりやすくするため』言ってる節がある」

 

「分かりやすく……?」

 

「同じような斬撃でも、技名を言わないと偶に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

『……え? ちょっと待って? サクラ君、今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って言った? 発動するだけも苦労する技を??』

 

「ああ。でも新しく作っても一瞬でやり方忘れるから、虚無感が凄い」

 

「……」

 

 天才だ、とシンシアは思った。

 

(この人の本質は、剣技じゃない……理論使いとしての圧倒的才能……! しかも! 超! 超──勿体ない類の!!)

 

 超使い捨て式量産型の天才。

 こんな事があっていいのか、とシンシアは愕然となる。

 

「さ、サクラさん……サクラさん……! 特訓しましょう! 一秒でも長く理論を覚えていられる特訓を──!!」

 

「いや、特訓してコレだし。俺、そんなに記憶力に自信ないし……」

 

『……サクラ君が使えてる技は、本当に砂金みたいなレアモノなんだねぇ……』

 

 否、本来の砂金の量は今よりもっと、ずっと多かったのだろうが。

 ……今まで、その、どれほどの砂金を零して(忘れて)きたのかと考えるだけで、頭が痛くなる天才たちだった。

 

     ◇

 

 殲滅作戦は、総指揮官の想定よりも順調に進んだ。

 王国軍の兵士たちは皆、質が良かった。遺生物を「確実に殺し尽くす」という作戦目標に、士気が高かったのも功を奏した。四日目には王国の西側から完全に遺生物が姿を消し、六日目に突入する頃には、北や東からも動く結晶の光景は消え去っていた。

 

 ──やがて作戦最終予定日、七日目。

 

 ここで、殲滅軍の最後の壁が立ちはだかった。

 



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20 大遺生物

「総員退避ィ──!!」

 

 地響きが大地を爆裂させた。

 地中深くから起き上がってきたソレは、戦場にいた兵士たちの思考を凍りつかせる。

 

【□□□□□□────!!】

 

 高さ()()()()()()はある巨体だった。ヴァンがまず理解したのはそれだけだった。

 岩盤を突き破って現れたのは、牛を思わせる体格の結晶。頭部は二本の大角をはやした山羊のような形状で、四本足の偶蹄類だ。

 

「……ッッ!!」

 

 ゴぉッッ!! と業風が吹き荒れた。地表が薙ぎ払われ、木々がたやすく宙を舞って雨になる。見えたのは、尾。二十メートルほどの長さのソレが、地上に影を落としている。

 

 恐怖することさえ馬鹿らしい。動く大地の化身が、そこにいた。

 

「おいヴァン、アレが第四位か?」

 

「いや、違う! 俺が三年前に見たのはもっと樹に似ていた──ガルドラさん、なんですかねアレ!」

 

「エリアボスかなァ……」

 

 軽口を叩きながらも、スケールの違う怪物を前にガルドラも険しい顔をしていた。

 殲滅戦線、南部。他の方角と異なり、ここだけはいくら遺生物を狩り続けても、まるでその姿が途絶えることはなかった。二日前に建設が完了した砦がなければ、長期間の戦闘は不可能だっただろう。──建設を命じた指揮官(アガサ)の戦略眼には舌を巻く。

 

『エメルよ。後方部隊、聞こえる?』

 

『こちらヴァン。なにかありましたか』

 

『デカブツのせいで前線部隊が散り散りになりかけてるわ。なんとかルシウスが戦線を維持しているけど、このままだと各部隊、潰されちゃうわよ』

 

『──各員、退避優先で。残っている遺生物は捨ててください。ひとまず合流しましょう』

 

『了解したわ』

 

 念話が途切れる。眼前の巨体が、尾をこちらに振り下ろしてくる。

 

「【反射結界】」

 

 札を二枚消費する。瞬間的に展開した結界が、尾を大きく弾き飛ばす中、ヴァンは周囲にいる兵士たちへ声がけする。

 

「時間を稼ぐ! ガルドラさんは隙を見て攻撃を!!」

 

「よしきた」

 

 ガルドラの持つ魔導書が光を放ち、彼の周囲から、不可視の斬撃が繰り出された。

 目にも止まらぬ高速斬撃。黒のような、白のような、銀のような一閃が、巨大遺生物へと矢継ぎ早に叩きこまれる。

 

「【術式・竜嵐斬(テンペスト)】!」

 

 斬撃が着弾した刹那、抉るような暴風が発生する。巨体の一部を砕いたソレらの姿が一瞬だけ具現する。黒、白、銀──そんな鱗の色をした、細い形状の巨大な龍の三体が、遺生物の図体にからみついていた。

 

 まるで怪獣映画だな、とヴァンは内心だけで呟く。

 

「チ──再生が早ぇな」

 

 ガルドラの悪態通り、ヴァンも目撃する。確かに一瞬前に砕いた個所が、みるみる内に復元している。

 

「俺も加勢しますか?」

 

「いや、ヴァンは防御に集中しろ。テメェの結界がねぇとここにいる半数は吹き飛ぶぞ──、!」

 

 その時、魔力の収束があった。身構える隙もなく攻撃が放たれる。

 閃光だった。

 落雷──無数の落雷が、周囲一帯に降り注ぐ。大地に亀裂を入れ、枯れた地上を蹂躙し、焼き払うように全てを覆い尽くす。

 

 果たして光が収まった頃、

 

あっぶねぇなオイ(【遮断結界】)!!」

 

「本当にお前がいて良かったと思うわ、ウン」

 

 その場にいた騎士団、魔術師団の部隊は無傷のまま立っていた。ヴァンの手からは、四枚の札が消えていく。

 

『エメルさん、そっちは無事ですか。……エメルさん?』

 

 返答がない。声は、ない。

 今ので致命的なダメージを受けたのか。いや、或いは。

 

「……念話が、通じなくなってる……?」

 

     ◇

 

『アレ? なんかヴァン君たちの反応が消えたんだけど』

 

「この状況でですか──!? 師匠──!?」

 

 サクラたちは囲まれていた。

 見渡す限り、遺生物、遺生物、遺生物。連日と同じ手順で狩っていたのだが、今日は集まってくる数が桁違いに多い。

 地脈の要所に近い位置なので、いたずらに理を展開することもできず、シンシアと共に仕事にまい進していたのだが。

 

「さ、サクラさん! どうしますか!? こう、一気にバーッと斬れる理論があるなら、ここで作るべきですよ!!」

 

 背後で杖を構えているシンシアが叫ぶ。

 周りの遺生物たちは、十メートルほどの距離を保ったまま、じっと動かない。攻撃してこないのは──サクラの存在故だろう。

 

(……流石に連日狩られ続ければ、どっちが強者か学習したようですね……問題は、動物と違って、本能で解っていても、積極的にこちらを排除しにくる点ですけど……)

 

 遺生物が本当に生物なら、サクラという存在がこの土地からいなくなるまで身を隠すのがベターだろう。

 だが、違う。遺生物は超抜存在の眷属だ。天敵がいると分かったのなら、それを排除するために、幾度だって刺客を送りこむ。──たかが人類一人、一度殺せさえすれば、それで終わりなのだから。

 

「ジェスター。合流ポイントまであとどれくらいだ?」

 

『三キロは先だね。転移で移動してもいいと思うけど……その場合、この場の遺生物たちを逃がすことになるかなぁ』

 

「──シンシアさん、アガサに送る残骸の目標量は、もう達成しているよな?」

 

「は、はい! それは昨日の時点で終わりました! まぁ、『素材は多くて困らない』という返答をいただきましたけど……」

 

「じゃあ収穫祭はここまでだ。今から道を開くから、ついてきてくれ」

 

「え? サクラさん、何を──?」

 

 シンシアが声を上げた時、

 次の彼の動きに、遺生物たちが一斉に動き出そうとし──

 

「“残照”」

 

 瞬間、景色を塗りつぶす黄金の一閃。それが全てを灼き滅ぼした。

 焔に似た、黄昏色の光。刀身の軌跡が刹那にして周囲を巻き込み、全ての遺生物が金色の地獄の中で融け尽くす。光の発生は一瞬だったが、その一瞬で結晶たちは残骸残らずそこから消えた。

 

「え……ッ、……ええ!?」

 

『なになになに!? 新しい理論作った、サクラ君!?』

 

「全然違う。急ぐぞ」

 

 再び遠くに見えた遺生物に光の斬撃を放ちつつ、鳥居を出した彼は残りのルートを進み始める。その背を、慌ててシンシアとドローンが追いかけた。

 

     ◇

 

「気張れェテメェら!! ここが正念場だぞ!!」

 

 ガルドラの合図に、魔術師団が大遺生物へ魔術を注ぎこむ。火や水や雷や風や土や闇や光、数多の攻撃魔術・妨害魔術が一斉に発生する色合いは、凄惨なれど鮮やかでさえある。

 だが──足りない。

 

「ッ、来るぞ! 騎士団、斬撃用意!」

 

 尾の一薙ぎが地表に叩きつけられる。その動きを狙って、剣を構えた騎士たちが、一度にその根元へ向けて斬撃魔術を放つ。すると長大な尾は、ザグリと力任せに切り離された。

 

 ドッッと地響きを立てて質量の一部が落ちる。だが──

 

「……!?」

 

【□□□□──ッ】

 

 切られた尾から、結晶が蠢く。

 遺生物だ。

 みるみるうちに形を作り、新たに生まれ出でてくる。

 

「おいおいおい、まさかマジか? このデケェのが、連中の母体だってのかよッ!?」

 

「消します! 【術式・(アナイア)──】」

 

 遺生物たちに、消滅の魔術は放たれなかった。それより先に大遺生物が大きく足を振り下ろし、足場を乱す。続けざまに頭部──口から、炎のブレスが吐き出された。

 

「【遮断結界】……!」

 

「野郎、真似事を……! 【ギン】!!」

 

 遮断の結界が展開される。召喚された銀鱗の龍が、大遺生物へからみつく。

 即座に大遺生物は紫電をまとい、銀龍を焼き焦がす。それでもなお離れなかった銀龍は、消えかけの身で大遺生物の足の一本を噛み砕いた。

 

 巨躯のバランスが、崩れる。

 

「よくやったァァ──!」

 

「【術式・崩壊魔砲(アナイアレイト)】──!!」

 

 極大の、最高火力の必殺が発動する。

 たちまち場に満ちる消滅の光。白い魔法陣が大遺生物の身を包み、粒子のレベルから分解される。

 ──消滅の光が収まっていく。対象を例外なく滅してきた、ヴァンが持つ最高度の攻撃魔術は──

 

【──□□□□□□□□!!】

 

(っ……!? なんだこの手応え、弾かれた──いや、再生速度だけで押し切られたのか……!?)

 

 巨体は健在。「消滅」という事象から蘇生したソレは雄たけびを上げる。

 先ほど奪った支えの足がみるみる内に復元していく。加えて尾まで再生するときた。

 

 ぞく、とヴァンは直感的に次の相手の動きを予感した。

 

(雷撃──)

 

 今度は、伝達する間も、結界を差し込む間もなかった。

 全員の視界が光で塗り潰される。再び戦場全体に、広範囲の落雷が発生し──

 

 

「術式七十二番、発射」

 

 

 ──黒電の一射が、大遺生物の頭部を抉り抜いた。

 次元を裂く絶殺の一弾。黒い軌跡はしばらく中空に残存し、その威力とおぞましさを語る。

 大遺生物の動きが停止する。直後、フィールドに銀色が塗り足された。

 

「‶我が灰塵と散れ〟──【術式・銀庭殺刃(スーサイド・グレイガーデン)】」

 

 広がるは銀の庭。上から、銀鎧を着込んだ三つ編みの青年が一閃しながら降りてくる。すると部隊を襲っていた遺生物らが、瞬きの間に灰となって消えた。

 その姿、その魔術で、ヴァンたちは状況を把握した。

 

「アルトリウス!」

 

「遅参しました。総員、無事か」

 

「騎士団長……!!」

 

 銀の団長の姿に、兵士たちが沸く。ヴァンも思わず安堵の息をもらした時、新たな気配を感じた。

 

「あら、どうやら美味しいところは先に持っていかれたようね」

 

「おー、無事だったかエメル」

 

 間延びした声のガルドラに、宙を漂う金髪の少女は冷たい眼差しを向ける。その後ろからは、前線部隊を引き連れたルシウスがやってきていた。

 

「合流完了、ですね。負傷兵は少なく抑えましたが、いずれ前線から残りの遺生物がやってくるでしょう。迎え撃つ人員がほしいのですが──」

 

「ああ……、いや、それは不要だろう」

 

 アルトリウスが言葉を放った直後、銃声が轟いた。

 

 顔を上げた上空には、百を優に超える黒い銃身の大群。

 形は、曰くガトリングガン。全ての銃身が回転し、ゴガガガガガガガガ!! と遠くから迫っていた遺生物らを蒸発させる。

 

「──、」

 

 あまりの凄まじい音に、ルシウスは耳を抑えたくなる。我慢した。

 やがて、次に大遺生物の影から黒い鎖の束が飛び出し、足元を拘束していく。頭部を復元中だった威容の怪物が、軋みをあげた。

 

「雑魚雑魚雑魚雑魚遺生物は素材価値のある雑魚雑魚雑魚雑魚」

 

「……発狂者ですか?」

 

「いや、指揮官なのだ」

 

 ゆらぁり、と場に黒い悪魔が現れる。殲滅続きで土に汚れた黒コートをはためかせ、爆風で乱れっぱなしの黒髪が幽鬼のように揺れている。髪の隙間から覗く赤眼は、ギラギラとした享楽さに満ちていた。──言うのもなんだが、敵の将かなにかにしか見えなかった。

 

「アガサ殿、南部の部隊と合流しましたよ」

 

「あ゛―……サクラは?」

 

「まだ来ていませんね」

 

「念話」

 

「さっきから繋がらないわね。アレのせいかしら」

 

 エメルの視線の先には、大遺生物がいる。ギチギチと鎖がまだ動きを縛っているが、すぐに動き出すだろう。

 

「ああ? あー……そっか。ってことは()()()()()()()()()()()。じゃあマジでアレ倒せば作戦終了だな」

 

「……?」

 

 不可解な物言いが混ざっていたが、分かりやすい勝利条件に、ヴァンはひとまず疑問を脇に置く。

 

「じゃあこっから騎士団は団長の指揮下でアレを相手しろ。宮廷魔術師組は適宜全体強化(バフ)しながら騎士団合同で魔術師団動かして。ヴァンは私と行動。やってくる雑魚のついでにデカいのを削る」

 

「逆だろ……いや、指揮官了解」

 

「拝承しました。ルシウス」

 

「はっ。当部隊、団長の指揮に従います」

 

「エメル、おれちょっと魔力使ったから全体攻勢のとき任せるわ」

 

「いいわよ。その分、防衛に動いてちょうだい。やっぱり護るのは慣れないわ」

 

 かくして殲滅も終盤戦。

 アガサは眼前の大遺生物へ向き直る。巨体を縛り上げていた鎖が、今、砕け散った。

 

「命がけの時間稼ぎだ。総員、作戦開始」

 



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21 四番目

『そこの座標、なんかおかしくないかい?』

 

 サクラたちが辿り着いた南部の合流地点には──()()()()()()()

 念話で聞いていたはずの、建設が完了したという砦の影も見当たらない。

 そこには枯れた、だだっ広い野原があるばかりだ。

 

「え……? で、でも、ここで間違いないはずですよ! 今、念話を──あ、あれ……?」

 

「通じないのか?」

 

 サクラの声に、青ざめたシンシアが頷き返す。

 それを受けて彼は一度、納刀した。()()がいるだろう地点を想定しながら、このフィールドを観察する。

 

「となると、これは『人理結界』のせいだな。中心になっている主が近くにいるんだろう」

 

「人理、結界って……え!? そ、それって超抜存在が持つ結界ですよね!? レリックでしか破壊できない、あの……!」

 

『その一帯に展開されたってことかい? ふむ……確かにそれなら、君たちのいる座標がさっきから安定しないのも説明がつくね』

 

「安定してないんですかッ!? 私たち今どういう状況なんです!?」

 

『えーと、なんか……そこにいるけど、いないって感じ? 空間が歪められてるんだろうね』

 

「……お前、なんでそんな場所で通話できてるんだ?」

 

『そりゃこのドローンには、耐水から対魔術、対空間干渉までの機能を揃えてあるからね。対時間耐性もあるスグレモノだよ?』

 

「揃えすぎだろ」

 

「ジェスターさんってホンット、科学の分野では有能なんですね……」

 

 とまぁ、雑談に興じている場合でもない。

 遺生物たちこそ殲滅したが、結界の中心部では、まだ作戦が続いているだろう。

 

「話を戻すと……おそらく、この人理結界は今張られたモノじゃない。以前アガサが言っていたんだが──」

 

     ◇

 

「──つまりだな? この国は、()()()()()()()()()()()()()()()のさ」

 

 少し離れた横に立つアガサの考察に、ヴァンは息を呑んだ。

 

「じゃあ、遺生物が王国領土にしか出没しないのも……?」

 

「いんや、連中が王国の外に出ないのは、『出られない』からだ。私も殲滅の途中で気付いたけど──この国全体に、人理結界じゃない、別のデカイ結界が敷かれてる。何者か……たぶん()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ」

 

「はぁ……!?」

 

 話しながら、錬金術師は銃身を無限に起動させ続ける。

 大遺生物のいる足元の大地から、身体から、生まれ続ける素材を永遠に撃ち続ける。

 復元の速度を追い抜かんばかりの永続攻撃だが、怪物の復元力・魔力量も──第四位本体を除けば、これまでヴァンが対峙してきたどの遺生物よりも桁違いだ。

 

「サリエル先生辺りは気付いてんだろうなー。ま、考えてもみろよ、仮にこいつらが国の外に出たら──王国はどうなると思う?」

 

「それは……そりゃまず、隣国にも被害が──あ」

 

「それだよ。『遺生物の発生源』を理由に、王国は遺生物のみならず他国からも攻撃を受けることになる。内憂外患どころじゃない地獄絵図だ。ザカリーは王国は守るために、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう」

 

「……子孫として、頭が痛くなってくる話だな」

 

 その判断で、今までどれほどの王国民が犠牲になったのか。

 思うところはあるし言いたいこともある。だが──その計略は、間違いとも言い切れなかった。

 

「人理結界を覆うように、その上からザカリーは遺生物を囲う大結界を張った……それがこの王国領土の真の全体像だ。仮に人理結界が際限なく広がっていたら、大陸中に遺生物がはびこっていたことだろうな。私にとっては素材パラダイスだ」

 

「……」

 

 ぞっとする。

 アガサの軽口にも笑えないほどの寒気だった。想像もしたくない。

 

「とはいえ、今や遺生物は私たちの作戦によって絶滅。生産が追い付かなくなったあの親玉は遂に出てきて、結界の維持よりも、侵入者の排除を優先して動き出した。ここを突破したら、いよいよ始まるだろうな──第四位サマとの決戦がよ」

 

     ◇

 

 大遺生物の足元では騎士団員たちが動き、アガサの銃撃と合わせて、巨体の動きを制限しにかかっていた。

 巨大すぎる敵が相手では、個々の剣技も塵芥同然。統率のとれた集団戦で、四肢を僅かでも削り、復元を差し止めるように攻撃を続けている。

 

 そこで、魔術師団の一斉攻勢が始まった。

 

「‶地に満ちよ〟──【極彩色の雨(エレメンタル・レイン)】」

 

 宙を飛翔するエメルが片手を伸ばすと、詠唱通りの極彩色の魔弾が撃ち放たれた。

 複数の魔力属性をあわせた、広範囲に及ぶ大魔術。それを、彼女は己自身を杖として発動させていた。

 

 それを合図に、他の魔術師たちも多種様々の攻撃魔術をぶつける。大気を焦がす業火から、大地を変容させる地形変化。そのどれもが、並の遺生物なら即殺するに足る一撃。

 だがどれほどの量の魔術を発動したところで、まるで山を相手にしているような手ごたえのなさだった。

 

「……手がかかるわね。いっそ、この大地ごと吹き飛ばしてみようかしら」

 

「どうせ無駄だからやめろやめろ。あの黒い嬢ちゃんの銃弾でも復元を押し止めるので精いっぱいなんだぜ? こいつは持久戦だよ、『専門家』が来るまでのな」

 

 白い龍の背に立って横にきたガルドラの声に、チ、と軽く少女は舌打ちする。

 

「アレも遺生物なのでしょう? なら(コア)があるハズよ。それくらいは王国(こちら)で片をつけたいところね」

 

「テメエ、さてはいいトコ取りを狙ってやがるな……?」

 

     ◇

 

『うーん……こっちの計測器は全滅だね。シンシア君の方はどうだい?』

 

「……ダメです。空間に違和感はありますけど、内部には干渉できません。皆さんの正確な位置を掴むには、サリエルさんに連絡をとらないと──」

 

「いや。いい」

 

 無人の野原を眺めながら、サクラは刀の柄を握りしめた。

 刻一刻と時間はすぎていく。迷っている暇はない。

 

「一太刀入れれば十分だ。念話の準備をしておいてくれ、シンシアさん」

 

     ◇

 

【□□□□──!!!!】

 

 大遺生物が吼えた。

 あらゆる生命の精神を底冷えさせる恐怖の雄叫び。

 しかしそれに構わず、各魔術師たちは、次の敵の動きに防御体勢をとる。

 巨体の周囲から魔力の光線が放たれる。戦場全てに向けられた一撃と思われたその雨は、

 

「──ま、そりゃそうだよな」

 

 複雑に曲がりくねった軌道は、次の瞬間、一直線に。

 最大の天敵たる、錬金術師ただ一人に向けられた。

 

「危──」

 

「ヴァン!! 全体に結界を張れ! 次が来るぞ!!」

 

「ッ!!」

 

 アガサの鋭い指令に、反射的にヴァンは魔術を発動させた。

 第一射の軌道が錬金術師に向いたと同時、新たに展開された第二波の弾幕が、遥か頭上から降り注いでくる。

 

「ぐぅッ……!?」

 

 もう何枚目かも分からない札の束が一気に消滅する。

 弾幕の雨は長く続く。視線を向ければ、宮廷魔術師たちを含めた、戦場の全兵士が防御系魔術を起動させているのが見える──しかし要になっているのは自分の結界魔術だ。ここで一瞬でも気を抜けば、全ての防護の壁は崩れるだろう。

 

 そんな豪雨の中、再び大遺生物から、アガサ単独を狙った連続射撃が襲いかかる。

 

「アガサッ……!」

 

「全体防御に集中しろ。一人も死なすなよ、人的資源は貴重だからな?」

 

「っ……!!」

 

 瞬間、横の黒影が跳ねた。

 結界外へ飛び出したその行動にヴァンは目を見張る。盾もなく槍の雨に身を投げるようなものだ。無茶などという言葉では片づけられない、が。

 

「術式六十八番、殲滅黒銃・中規模展開──」

 

 ザッ、とアガサの周囲にあった五十の銃身が百丁程度に増加する。指鳴らしの後、一斉に射出した弾丸は、彼女個人へ向けられてきた分の魔力の雨を相殺する。

 

 黒い殲滅者、止まらず。そのまま怪物の尾へ飛び乗り、胴体の上を目指して駆け抜ける。

 

「“闇黒式刀(シンセサイザー)”!」

 

 その右手に顕れるは黒刀。刀身に黒紫の魔力が帯び、

 

【──□□□□!!】

 

 危機を察知したか、大遺生物が吠え立てる。それに呼応して、再び空間に瞬いた極光が、悪魔一人に向けられる。

 

 アガサに回避する動きはない。ただ迎撃に黒銃を稼働させるのみだが、次の衝突の余波で、身体は一度そこで消し飛ぶだろう。

 所詮その身は人ならざる者。肉体的死を迎えたところで、いつかのように、身体を再生させて攻撃を叩き込むに違いない。

 

「────」

 

 だが、それを見過ごせない者がいた。

 たとえ死んでも死なないにせよ。自ら使い捨てのように命を使う様を、彼は許さない。

 

 ──【■■の理】

 

 刹那、彼は全ての空間を知覚した。

 空気を揺るがす轟音は上空から。怪物の魔力と、悪魔の弾幕がぶつかったのだ。

 

 その場にいた全ての者の視界が真っ白に染まる。

 やがて静寂が帰ってきたころ、目を開いたヴァンは、敵を見下ろすように空へ跳躍した、傷一つないアガサの姿を目視した。

 

「──……ん? ま、ラッキー」

 

 彼女の小さな疑問の声は誰に聞こえることもない。

 黒の奏者は、指揮刀に今持てるだけの全力を込めて、眼下の獲物に振り下ろす。

 

「【固有理論(ロジック・アーツ)】──執行理論・極夜暗月説(ナイト・バッドエンド)!!」

 

「ッな──!?」

 

 直後、振り抜かれた漆黒色の大斬撃に観衆は絶句する。

 影の一撃は大遺生物の頭部から胴、心臓部と思しき箇所を抉りとるだけでは収まらない。そこから青く透き通ったモノ──大遺生物のコアと思しき一部を暴きたてる。

 

(こいつっ……さらっと理論使いだったのか!?)

 

「よっし、弱点発見! 一斉攻撃──って蘇生早ェよフザケんな!?」

 

 彼女の銃弾が速射されるが、一瞬覗いたコアは、みるみる内に体内へと姿を隠す。ヴァンも仕掛けたかったが、もう、火力に繋がる攻撃魔術のための魔力は、残っていなかった。

 

【□□──ッッ!!】

 

「うぉやばっ」

 

 周囲の銃身を足場に蹴り飛ばしつつ、アガサは地上へ着地する。

 怪物の大咆哮は、次の攻撃を意味している。再び、戦場全てに膨大な魔力が満ちようとしたとき──

 

「……え?」

 

 ヴァンは思わず顔を上げた。

 目は大遺生物の威容より──更に向こう。

 一瞬にして昏く、変色した空模様に、呆気に取られた。

 

     ◇

 

 そのとき、戦場にいた全員が天を仰いだ。

 

「来たぁ……!」

 

 黒い指揮官が愉し気に口角を上げる。

 

 ──青かった空の色は、もう、どこにも無かった。

 

     ◇

 

 世界の変革という現象があるならば、まさに今起こっていることだろう──そうシンシアは漠然と感じていた。

 

 そこには、光があった。

 

「【人理抜刀(レリック・アーツ)】」

 

 鞘から刀身が覗いた途端、空は黄昏に塗り替えられた。

 それは、彼が理を展開した時の光景にも近く。

 

「神刀・斬絶式Aka4ic(アカシック)、残存真説顕現──」

 

 白い刀身に黄金の光が帯びる。

 四番目の人理兵装の名が、確かに紡がれる。

 

「──【       (レイヴァテイン)】」

 

 直後、光よりも速く。

 不可視の斬撃が、虚空へと振り抜かれた。

 

     ◇

 

 斬、と音もない攻撃が入った。

 大遺生物を両断するように、一閃の斬撃がそこに()()する。

 

「──っ」

 

 復元すら許さない神代(かみよ)の一刀に、誰もが目を疑う。

 だが果てしない質量のソレは、どんなに攻勢を仕掛けようと致命傷を与えられなかった巨躯は、あっけなくバランスを崩し、形も保てなくなっていく。

 

(サクラの奴か……!? どこから!? 人理結界を破ったのか、一撃で!?)

 

 たった一手で逆転した形勢に、ヴァンが言葉を失っていると──

 

『──念話繋がりましたぁー!!』

 

『結界は斬った。残った実行体はただの遺生物だ。()()()()()()()()

 

「……!!」

 

 再び目前に見えた青い結晶(コア)が、無防備にさらされる。

 剣士は見えない空間に刃を通し、外殻を斬った。ならば──トドメとなる一撃は、

 

「【銀死刃】」

 

 どこからともなく突っ込んできた銀の騎士が、剣で結晶を破砕する。

 そこで、完全に大遺生物と、他の遺生物も稼働を停止し。

 戦場上空のどこかで、いいトコ取りだなァ、という声が聞こえた。

 

     ◇

 

 以って殲滅作戦は完了した。

 勝利の歓声を上げる兵士たちから、遥か遠く。

 

【第七結界、停止確認。次界用意、記録より構築開始】

 

 境界の狭間で、ある一つの意志が脈動していた。

 




敵を倒すとどうなる?
知らんのか 次の敵が現れる


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22 不可解の夜

「──これは宣誓である。我ら王国の持つ全戦力をもって、我らは我らの国土と、我らが守護竜を取り戻さん。だがこの一時は、始まりとなる此度の作戦の勝利に酔いしれよう──乾杯ッ!!」

 

 国王ロアネスが杯を掲げた瞬間、ホール内にワッと歓声が満ち溢れる。

 

「かんぱーい」

 

 王国城内──打ち上げパーティ会場。

 そこの片隅に、ヴァンは着慣れないスーツの礼服で参加していた。

 

 遺生物絶滅作戦の完了から、三日。

 その間に、真に領土内から、動く結晶たちの姿が見えなくなったと証明・報告されると、国王は作戦に参加した兵士たちを対象に、このパーティを開催した。

 

 彼らへの労い、というのも目的だろうが、第一に士気を上げるためでもあるだろう。

 戦いはまだ終わっていない。むしろこれからが本番である。

 けれども、大規模作戦の後こそ一息入れなければ、それこそ兵士らの精神に関わるだろう。いつでも戦闘中の緊張状態を保っていられるような者は、流石にこの王国にも多くいない。

 

「やばい、やばい。この料理、ちょっと一品くらい持ち帰っちゃまずいか?」

 

「アガサ君の影って冷蔵機能あるのかい? 持ち帰ったとして、料理も今ほどの鮮度は保ってられないと思うよ?」

 

「時間停止の魔術とかない?」

 

「あるよ?」

 

「!?」

 

 流石に聞き流せない会話に、ヴァンは料理が並べられたテーブルの方を振り向いた。

 そこには存在感からして目立つ男女。

 いつもはばっさばさに伸びている黄緑髪を今は一つ結びにし、やや崩した礼服姿の、眼鏡をかけた青年。

 長く艶やかな黒髪をロングストレートに流し、露出の少ない黒いドレスを着た、赤目の美少女。

 祝いの場故に、普段とは異なった印象を抱かせる二者は、しかしいつも通りの様子で、一皿を手に、なにやら凄まじい事をなそうとしていた。

 

「待て待て待て──今なんつった、ドクター」

 

「おっヴァン君。ははー、似合わないねぇそのカッコ」

 

 うるせぇよ、とストレートな意見にヴァンはグラス片手に顔をひきつらせる。

 スーツがしっくりこないのは自分でも分かっている。前髪もあげ、場にらしくしているのもなんだか気恥ずかしさすらある。──というかそもそも、こういった公の場は、肌に、合わない。

 

 ──それはともかく。

 

「アンタ……『時』属性の魔力持ちだったのか……?」

 

「そうだよ? 言ってなかったっけ?」

 

 きょとんと、あっさりした様子で白状されると、逆に信ぴょう性が薄れるのがこの人物の不思議なところだった。

 

「へー、()()()()()()()()()()()?」

 

「──、おお……」

 

「……そう自然に言われると、まさに異邦人って感じだね、アガサ君」

 

 ジェスターの言葉には同意だった。王国民、いや、アルクス大陸に済む魔族なら、まず幼少の頃にしか口にしない疑問だろう。

 

「つーか、知らずにあの作戦をやり遂げてたのかよ……」

 

「使える魔術のタイプで部隊編成したからなぁ。属性なんて気にしなかったわ。それが問題になる練度でもなかったしな……で、解説眼鏡、よろ」

 

 僕のターンだね、とグラスを一口飲んで、解説者は始めた。

 

「『魔力基本十属性』。文字通り、この世の魔力には十の属性があるとされている。

 それが、『炎・水・地・天・光・闇・破壊・境界・時間・絶』──だ」

 

「ゼツ?」

 

「絶望とか断絶の意味で使われるアレだよ。絶死、とも呼ばれたりするかな。これだけは魔族が持たない特殊な魔力でね、およそ一般には、人間しか持たないと確認されている」

 

()()()()()()()、だったか? 人間がいなくなった今、そんな魔力があったとは思えねぇけどな」

 

 そうだねぇ、となぜかおかしそうに科学者は笑う。

 そうなんだなァ、となぜかそれに悪魔も続いて笑う。

 

 なんなんだよ。ヴァンは釈然としない。

 

「話を戻すと──この属性というのは、いわば‶人類が扱える魔力のフィルター〟だ。逆に、属性がない魔力というのは、人類ではまず扱えない高純度なエネルギー体……これを『神気』と僕らは呼称する」

 

「はー、『無属性』ってのが無いんだ? いや、あるけど、使えないのか」

 

「そうそう。属性ある魔力が僕らのもの。神気が使えたり生成できるのは、神霊とか上位存在とか……それに今回、絶滅させた遺生物の体内魔力も神気だったんだよ?」

 

「ああっ! 『捕食魔力を濾過(ろか)する』って報告、そういう意味だったのか!」

 

「ピンポイントに重要な情報を頭から抜かしてたのか……」

 

 作戦が無事に終了した今、何を言っても仕方ないが。

 それに錬金術による蹂躙殲滅は、魔力属性などガン無視の攻撃だ。つくづく錬金術は遺生物への特攻を持つ天敵といえる。

 

「人類で神気を操れるのは一握り。それこそ、魔法使いと呼ばれる人たちだとされているね」

 

「……それってよ、理論使いとかは違うのか?」

 

 ヴァンの脳裏に浮かぶは、例の剣士が出し入れする赤い門だ。

 あの現象には魔力が動いた気配も、エーテルが関わっている気配もなかったが、実際のところ、どういう原理で発動しているのか。

 するとアガサが淡々と返す。

 

「『理論』は異能みたいなモンだよ。そういう機械、道具を思え。冷蔵庫は食材を保存するもの。理論使いは、『理』という自己の根源にある機能の一部を現出するもの……ってワカル?」

 

 補足を求む彼女の視線を受けて、ジェスターも続ける。

 

「この世のルールそのものが彼らなんだよ。そこに『使うための』必要エネルギーなんて存在しない。自分というルールがあるんだから、それを押し通すだけなのさ」

 

「──ふむ、なるほど」

 

 少し、頭の中が整理できた気がする。

 なんとなく、そいつが持つ世界みたいなのが具現されるのか、と思っていたが、おおむねその認識で間違いはないらしい。

 

(……本来は個人のイメージの範疇にしかないものを、初代国王は民衆とイメージを完全共有できる魔術という下地を作った、ってことになるのか。……理の理論化ってヤバイな)

 

 それを理論化前から知っていたらしいという、自分の先祖。

 かの大魔術師のことは、以前サクラから聞いた話の通りなら、なにも必要以上に疑うこともない。ただ、この状況に関しては、「やってくれたなこの野郎」くらいの文句は言ってやりたいところだが。

 

「んでなんだっけ? そうだ、時間停止! おい!」

 

 手元の皿を見て本題を思い出したアガサは、別の料理に手をつけ始めていた科学者に詰め寄る。

 

「マ、できはするけど半時間ももたないよ? 僕、属性はレアだけど魔力量はザコいし」

 

「ただのレアってレベルじゃねぇだろ……激レアだろ。なんでアンタみたいなのが持ってんだ……」

 

「あー、それ養成機関の教官にも言われたなぁ。宝の持ち腐れという言葉を、この身に何度受けてきたことか……よよよ。もぐもぐ」

 

 養成機関──確か帝国民は一度、三年間兵士として訓練を受けるのだったか。

 こいつにも当然ながら学生じみた時代があったと思うと、なんとも変な感じがするヴァンだった。まるで似合わない。教室を爆破したことがあります、と言われた方がしっくりくるぐらい似合わない。

 

「なぁんだ、やっぱ人の時間停止じゃその程度か。やしろさんがいればなぁ」

 

「ヤシロ? なにそれ誰それ? 凄腕の錬金術師?」

 

「サクラの育ての親って聞いたぜ。……で、そのサクラはどうした? 会場に見当たらねぇけど……」

 

 動く人形じみた、俗世から切り離された美しさを持つ青年。

 上司(サリエル)弟子(銀騎士)でそういった印象には慣れていたが、彼の場合はやや違う。俗世、そういった概念から遠い美しさなのだ。イケメンだとかモテそうだとか、の類ではない。そのような感想から一切断絶された「美しい」だ。あんなのが公衆の中にいれば一発で分かる。だが、その姿は、気配すらもない。

 

 そしてその答えは、彼が最も信頼を置いているだろう彼女が明かした。

 

「サクラの奴なら、疲労困憊とホームシックを併発して死んでるよ」

 

     ◇

 

 ────死んでいた。

 

「…………。…………、………………………………」

 

 ふっと寝台で目が覚め、未だ見慣れぬ天井を眺めながら、サクラは。

 

「…………かえりたい………………」

 

 指先一ミリとして動かず。

 身体は、精神は、泥のように重く。

 ただでさえ昏さのある紫眼は、更に生気を失い──死んでいた。なんというか、こう、概念的に死んでいた。

 

 疲れている。酷く疲れている。凄まじく疲れている。

 動きたくない二度と動きたくない永遠に動きたくない。

 

 ──そんな思考が脳を通り抜けていく。いつもならシャットアウトしている雑念だ。少なくとも、境内の外……外界にいる間は遮断しているはずの、本音の本音だ。

 

「──────、」

 

 どうしよう、と悩む。

 いつもならこの大陸について学を深めようとするところだが、気分じゃない。

 

(……歩く、か)

 

 動きたくはないが、意識が冴えてしまった以上、このまま停止しているのも憂鬱だ。

 布団から出て立ち上がり、ソファの背もたれにかけてあった羽織を手に取る。

 ……ルーチンとは不思議なもので、羽織を着れば、けだるい精神も少しはシャンとした。これで刀も腰に差せば、まぁまぁ普段通りの調子には戻っただろうが、

 

(今はいいや……)

 

 気分じゃない。

 そうして疲れてきっている彼は、部屋を出た。

 

 南棟の廊下は暗い。本来、城内には魔力を感知すれば自動で照明がつく魔術がかかっているそうだが、サクラとは無縁の機能だった。

 だが、良い。この暗がりも夜を歩いているようで趣がある、と彼は適当に歩き出す。

 

 起き抜けだが、空腹感はない。喉を潤したい欲求もない。戦場で身に着けた自己管理が行き届いているようだ。それを時折に自覚しながら、歩き、歩き、歩き────

 

「──、」

 

 ピタリ、と西棟に入ったところで足を止める。

 道の向こうから、嫌な気配を感じた。

 

(……炎竜か)

 

 気配は、ゆっくりだが確かに近づいてきている。廊下の遠くでは、魔力に反応して灯りがつき始めていた。

 向こうに害意はないので、このまま鉢合わせても問題はないが──

 

(……刀がないと落ち着かない。丸腰で相対するのは避けたいな。かといって、ここで()()()()()()のも……)

 

 「理論」の触媒としているモノは、手元に呼び出すことが可能だ。

 しかし城内は、あの黒い宮廷魔術師の庭のようなもの。余計な手札を王国側にさらしたくはない。

 

 周囲を見やると、ちょうど目の届くところに図書室の大扉があった。近寄り、そっと取っ手を押し引きするが──微動だにしない。

 

(施錠くらいしてるか。なら──)

 

 直後、サクラは自分の体内に意識を集中させる。

 

(──魔力、生成)

 

 ギチリ、と身体の奥が軋む感覚がする。

 それを無視して、取っ手に魔力を流し込むと、ガチャリと軽く音を立てて鍵が開いた。魔術を構成していた魔力が殺され、施錠魔術そのものが消えたのだ。

 廊下に灯りはつかなかった。魔力を殺す絶魔力には反応しないのだろう。

 

 直後、彼はすばやく図書室内へ滑り込み、静かに、音を立てないよう扉を閉じる。

 

(……ジェスターのおかげで、もう拳一つ分の魔力は生成できるようになったか。……今から治療費を考えると恐ろしくなってくるな……)

 

 どっと耐えていた疲労が身体にのしかかり、大扉に背を預け、そのまま座り込んでしまう。

 

 実をいうと、サクラの魔導炉の治療は着実に進んでいた。

 元々アルクス大陸で魔導炉……こちらでは「魔力炉心」と呼ばれる器官の故障は、前代未聞というレベルの症例でもないという。

 人間の種に関して残っているデータは少ないが、その少ないデータ、更に殲滅作戦での戦闘データから、あの天才主治医は、人間用の、魔導炉を再稼働させるための治療術式を開発した。

 

 果たして救国の褒賞金で支払いきれるかどうか。ジェスターは『人間という種族のデータ提供があるから気にしなくていい』、などと言っていたが、そういうワケにもいかないだろうと思う。

 

(……!)

 

 相手の気配が近い。少しでも動けば、すぐにでも見つかるような予感があった。

 ──絨毯を踏む、軽い足音が聞こえる。

 扉一枚隔てた向こうを、超越した強大な存在が独り、歩き去って行く──

 

『……だ、』

 

(──?)

 

 不意に、掠れるような呟きが聞こえた。炎竜の声だと分かる。

 久々に聞く声色だが、それは記憶しているものより、か弱い。

 元気一杯といわんばかりのやかましさは、欠片もなかった。

 

『……どこだ、誰だ……どこにいる……狂おしい、なにを、我は、求めて……──』

 

 声は去って行く。

 足音が遠のいていく。

 廊下の外には、なんの気配もなくなった。

 

(……上位存在が夢遊病? そんなことあるか?)

 

 ようやく足に力が入るようになってから、サクラは部屋を出る。廊下の灯りは消えていた。

 炎竜の歩き去っただろう方角を見やってから、ふう、と息を吐いたところで。

 

「おや、術式が壊された気配に来てみれば、君だったか」

 

「!」

 

 パッ、と灯りがつき、声のした方を見ると、黒衣の人影──サリエルが立っていた。

 施錠を壊したことに罪悪を感じるより先に、安堵を覚える。

 

「……すまない、俺がやった。少しアクシデントに見舞われてな」

 

「アクシデント? ──ああ、炎竜様か。もしや謁見の日以来、会っていないのか?」

 

「当たり前だ。そっちだって城内で竜殺事件が起きるのは面倒だろう?」

 

「──なるほど」

 

 陛下のお言葉通りだったな、と呟いてから、サリエルは図書室の大扉へ寄り、袖から鍵を取り出し、ガチャリと施錠し直す。どうやらそれだけで、魔術はかけ直され、

 

「いや魔術じゃないな今の。物理か」

 

「なんでも魔術頼りだと、肝心な時にこういう見落としがある。これからは物理、魔術共に二重の施錠をしておくとしよう。──時に」

 

 悪魔の金眼がサクラを見る。

 

「見事なまでに術式が消失していたのだが、一体どのような手を使って?」

 

「触ったらバキッと」

 

 嘘は言っていない。魔力を生成して、という経緯を抜いただけで。

 

「…………。まぁ、君の体質ならあり得なくもないな。悪魔の魔力とは呪いそのもの。居るだけで周囲の邪気を浄化する存在ともなれば、そういったこともありえるだろう」

 

(? あぁ、『洗霊体質』のことか)

 

 サリエルの言葉通り、サクラにはあらゆる呪いが通じない。

 神子として持つ性質だ。どうやら彼はそれと勘違いしたらしい。いくらサクラといえど、理論的に組み上げられた魔術を、ただ触れただけで無効化はできないのだが。

 

「掃討戦での活躍は聞いている。()()()()()()()?」

 

「──、」

 

 今度はサクラが黙り込む番だった。

 ……頭の良い相手との付き合いは、これだから薄ら寒くなる。一言だって語ってすらいないのに、己の過去を覗き見されたような気分だ。

 こういう時は、素直に話した方が波風も立たないだろうと口を開く。

 

「得意ではあるな。昔と違って、今回は休みを挟めたから、効率性も安定した」

 

「………………」

 

 なぜか深い沈黙。宮廷魔術師の悪魔の目が、「聞かなきゃよかった」、と訴えているのを、疲れているサクラは気付かない。

 ゴホン、とサリエルは一つ咳払いする。

 

「……遺生物掃討は、長年、我々が理想としていた結末だ。王国を代表して礼を言う。打ち上げの会場は中央棟の最上階だ。こんな場所にいないで、君も参加するといいだろう」

 

 と告げて、背を向けた黒衣の影はその場を歩き去っていく。城内の見回りか。彼が行くなら、炎竜が病室に連れ戻されるのも時間の問題だ。

 

「……中央……」

 

 次の訪問先は決まった。

 紅蓮羽織は少しの間、疲労を忘れて、再び夜を歩き出す。

 

     ◇

 

 その後。

 

「──王国魔術騎士ども、語るに及ばずッ!! 蹂躙完了!! 私が最強ってコトだぁーッ!!」

 

 辿り着いた会場は死屍累々。

 酒に潰れた屍どもの中、テーブルの上で杯を掲げ、頂点宣言をするは黒の錬金術師。

 

 サクラは、床で気絶したフリをしていた黄緑髪(生き残り)を見つけて引っ張り上げる。

 

「経緯」

 

「フ、なに……飲み比べというやつさ。こういう場では恒例でしょ? さぁ、ここに来たからには、君も犠牲者になろう!」

 

 戯言を無視して、サクラは会場のテーブルを見た。より正確には、料理を。

 そろそろ、小腹がすいてきた頃合いだった。

 

「勝利に乾杯!」

 

 台座(テーブル)から降りてきたアガサが、そんな一言とともにグラスを差し出す。

 それを受け取り、サクラも杯を掲げる。

 

「乾杯」

 

 かくして、祝勝の夜はこのように。

 不可解な謎を頭の片隅に残しつつも、穏やかに更けていった。

 




感想、評価、お気に入り等、とてもモチベーションに繋がっているのでありがとうございます。ここすきで文章の細かい点にも評価頂けて嬉しいです。文章書く時の参考になるので本当に良い機能だ……

この章も折り返し地点です。最後までよろしくお願いします。


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23 修復班

「さぁ──お集まりいただいた生徒諸君、錬金術の時間だ」

 

 広々とした中央棟の講義室の黒板前で、アガサがそう宣言した。

 階段状になっている聴衆席の最前列には、二人の人物が座っている。

 

「れ、錬金術……ですか?」

 

「ほほーう。受けて立とうじゃないか」

 

 状況を飲み込めていない様子の少女シンシア。

 早速状況を楽しみ始めた白衣の男ジェスター。

 

 そんな二名の後ろの席に、とりあえずサクラとヴァンも着席していた。

 困惑顔のヴァンが怪訝な目を向けてくる。

 

「……あの、これどういう……? まさか俺たちも?」

 

「いや、俺とお前はただの見物人だ。ヴァンはシンシアの師匠だし、黙って変な技術の知識を教えるのはまずいだろうと──サリエルが」

 

 そこでガラッと教室の戸が開き、その当人の悪魔──サリエルが入ってくる。

 シンシアが思わず席から立ち上がった。

 

「きょ、教授!?」

 

「ふむ、揃っているか。トワイライトもいるな」

 

「あのー、サリエルさん。これはどういう……錬金術の講義でもするんですか?」

 

「そのとおーり!!」

 

 テンション高めなアガサがチョークを弾く。

 

「今! この時から! 私、サリエル先生、シンシア弟子、ドクタージェスターは──!」

 

 カカカカカッ、と黒板に文字列が書かれていく。

 そこには魔族(アルクス)語で、

 

『魔剣Auto9lair修復班!!』

 

「になった!!」

 

 文字列を理解した瞬間、今度はヴァンがガタリと席を立つ。

 

「オートクレー……って、ええ!? 修復!? できるんですか!?」

 

 シンシアが、ゆっくりと師の方を振り返る。

 

「……()()()()、ですよね?」

 

「……やっぱり兵装保有者(レリックホルダー)だったのか……」

 

 第四位を単独で相手取ったなら、納得の事実ではあるが。

 半目になるサクラに、ああまぁ、とヴァンが肩をすくめる。

 

「元々、俺の家で受け継がれてきた家宝だよ。ザカリーの代からの、な。俺が三年前にヘマやっちまったせいで、ぶっ壊れたんだが……」

 

「それで今も第四位を封じられてるんだから御の字だろ。だが今回はそこから更に勝つ!! 使用不能になったレリックを修復、復活させ! きたる第四位本決戦に挑む! それがこの人材育成の目的だ!!」

 

 再度、確かめるようにジェスターが笑って言う。

 

「……できるのかい?」

 

()()()()()()()()()()

 

 ドヤ顔でアガサは言い切る。錬金術師たちの常套句だ、とサクラは知っている。

 

「素材は先日の殲滅作戦で溜めに溜めた、遺生物! またの名を『霊結晶』!! しかーしいくら私でも単独で人理兵装の修復はハード! と認める! せめてあと二人か三人は補助役がほしい……ってところで、見込みありそ~なお前らを集めた。な、サリエル先生?」

 

「私はもう錬金術に関する知識を頭に入れている。そこで、これを短期間で熟練した段階にまで持っていける才を持つ者を考えた結果……君を含んだ、ということだ。ドクター」

 

「今の僕は所詮、派遣労働者だからねぇ。王国の命令には従うまでさ。けどいいのかい? 帝国に異邦の知識なんて持ち帰ったら僕、いよいよマッドサイエンティスト道を歩まされそうなんだけど」

 

「ああ、事が終わったら、君たち二人からは錬金術の記憶は消去させてもらう。王国にとってもこの知識は、魔術の立場を脅かしかねない代物だからな……」

 

「か、完全に禁忌の知恵じゃないですか……」

 

 震えながら座りなおしたヴァンに、まーねとアガサが応える。

 

「錬金術は第一位の眷属に対抗できる、オーバーインテリジェンスだ。そもそも技術の始まりからして積み上げた歴史が長い。終末戦争(ラグナロク)の影響もあるけど、それ以前から、錬金術は大陸中が夢中になる、『深淵の学問』だ」

 

「し、深淵って……」

 

 師と同じく震えながら、シンシアも席に戻る。

 

「──『錬金術、万象を解するに至れり』。つまり学べば学ぶほど、()()()()()()()ようになる夢の技術ってワケだ。術者の演算能力に強く依存するけどな」

 

 パチン、とアガサが指鳴らしをすると、シンシアとジェスターの席の机上の影が揺らめく。

 そこから出てきたのは分厚い二冊の白い本。あぁアレか、とサクラは表紙の色だけでその著者の名前を思い出す。

 教書を受け取ったシンシアが、共通語で書かれているそれを読み上げる。

 

「『葦でもわかる錬金術入門書 著者:イリス・ノーヴェルシュタイン』……?」

 

「業腹だけど、それが一番の初心者向けだ。学院でも使われてる終末のベストセラーだよ」

 

「試験は三日後だ。両名、心してかかるように」

 

「「三日ッ!?」」

 

 さらっと告げられたサリエルの無茶ぶりに新米錬金術師たちが悲鳴を上げる。

 悲惨だなぁ、とサクラは憐れな犠牲者たちに同情の念を覚えた。

 

「あ、あのぅ……ラグナ大陸出身なら、サクラさんの方が適任なんじゃあ……」

 

 おそるおそるこちらを見上げてきたシンシアに、いや、とサクラはかぶりを振る。

 

「俺には無理だ。というか、使えていたら戦闘にも導入してる。……発動する理屈こそ理解しているけどな、千を超える公式を常に意識するとか、脳がいくつあっても足りないぞ」

 

「ゲ。そんなにハードなのかい、錬金術って……」

 

 錬金術は確かに夢のある技術だ。されど、そこに求められる才能も技量も高ハードル。ラグナ大陸の人類の七割強は錬金術を学び、モノにしているという人材揃いだが──サクラはどうやっても、どう学んでも習得はできなかった。それこそ、別世界の言語を宙に描くようなもの、というのが彼の錬金術への結論だ。

 

「そういうのを実行可能にする頭の使い方っていうのも、錬金術師の基礎教養だよ。サクラの場合はアレだろ、特殊な訓練受けすぎて、今更そんな習慣を身に着けるスキルスロット空いてないんでしょ」

 

 あ~……、と心当たりにシンシアとジェスターは納得の声を上げた。

 無意識的に理論を生産する才能の無駄遣い。それが彼なりに洗練された結果なら、そこに錬金術という後付けの機能など、本当に余分でしかないのだろう。

 

「……大丈夫か、シンシア? 嫌なら断っても……」

 

「! いいえ師匠、お気になさらず! 私にできることなら是非、やります!!」

 

「そ、そうか……?」

 

 弟子の謎のやる気にヴァンはおののく。……元より知識欲、向上心が高い彼女なりに、錬金術を学んでみたいのかもしれない、と師らしい解釈でそのやり取りを終える。

 ……傍から見れば分かるそのすれ違いを、観衆たちはあえて黙して見過ごす。健気な弟子にささやかなエールを送りつつ。

 

「お前ら二人は最終的に、『上級』までの錬金術を習得してもらう。これは人類軍入隊に求められる最低限の階級だ。錬金術の要には私とサリエル先生、二人はその補助役……ってところだな」

 

「話は以上だ。各自、よく修練するように」

 

「それじゃ、こっちは魔剣の錬成工程とか考えとくから! サクラ、そいつらの監督役よろしく~」

 

「呼びつけたのはそのためか……」

 

 ぼやきに構わず、笑顔を見せてからアガサはサリエルと共に部屋を出て行ってしまう。

 残された生徒たちはというと、

 

「……うわぁ、ご丁寧に共通語で書いてある……シンシア君、いけるかい?」

 

「愚問ですよジェスターさん。何がなんでもやるんです……ッ!」

 

「弟子心に火がついてるぅー……」

 

 すでに教書を開き、学習に入っていた。期待の新人だな、とサクラは他人事にその光景を眺める。監督するといっても、彼らほど頭の良い人材なら指導の必要はないだろう。

 

「その……俺が言うのも変な話だが、よろしくな?」

 

 と横から声がけしてくるのはヴァン。

 ……別に変な話ではない。自身のかつての愛剣の復活がかかっているのだ、期待は当然のものだろう。

 

 王国側の思惑とはともかく、人理兵装がもう一つあれば、戦況が優位になるのは確かだ。

 魔剣オートクレール。その修復に向けた日々は、こうして始まった。

 



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24 弾劾論戦

“おはようございます。本日も余分のない一日を積み上げることを推奨します”

 

 ──そんな記憶(こえ)を幻聴してから、彼の時間は廻り出す。

 

     ◇

 

 研究室の長方形のテーブルを挟んで座っている。サクラの正面には二つの人影がおり、サクラの両手には彼らからの提出物──解答用紙があった。

 

「合格。二人とも満点だ」

 

 そんな採点者の一声に、息を吐き出す正面の生徒たち。

 シンシアとジェスター。

 水色髪の少女と、黄緑髪の青年が、そろって肩の力を抜いた。

 

「……よ、よかった……」

 

「自己採点はしてたけど、緊張したねぇ……」

 

 さて、とサクラは改めて手元の答案用紙を見る。

 

「これで晴れて『中級』の範囲は終わりだ。次がいよいよ最後の試験になる」

 

「『上級』、ですよね……教書、少し先を読んでみたんですけど、これを今度は……」

 

「二日後に試験をやれとアガサからお達しだ」

 

「グエエエ……一気に詰め込んでくるねぇ……」

 

「早く完成させるに越したことはないからな」

 

「──あ、一区切りつきました? お疲れ様です~」

 

 と、ジェスターの助手である金髪の女性が、タイミングを計って横から茶菓子を持ってくる。それを受け取りながら、新米錬金術師たちは束の間の休息に浸っていく。

 

「ところでドクター。帝国からの援軍、()()、だそうです☆」

 

 にこやかに助手が告げたその報告に、ジェスターの顔が引きつった。

 

「……、」

 

「ジェスターさん……」

 

「な、なんだい! そんな睨まれても困るよ!」

 

 ビクゥ! とシンシアの刺すような視線に怯え、黄緑の科学者はそそくさと錬金術の教書で顔を隠す。一方助手は和やかな声で続ける。

 

「帝国上層部は権謀術数の伏魔殿ですからねぇ~。超抜存在に挑むなんて、兵の損失がーだのこーだの、って逃げ腰だったのが目に浮かびますね~」

 

「た、大変なんですね……」

 

「……帝国ってそんななのか」

 

「そんなだよ。貴族の暗殺未遂とかしょっちゅうだし……」

 

 怖すぎるし怖すぎた。王国の治安にサクラは感謝する。

 そこで助手が小首を傾げた。

 

「ところでお二人とも、一体なんのお勉強を? ドクターがそんなに真剣になって取り組んでるの、初めて見ましたけど……」

 

「僕はいつだって真面目だよフェイト? 勉強内容は、ちょっとね。秘密の実験中とでも思ってくれたまえ」

 

「な──ドクター、遂にマッドサイエンティスト道に!? 分かりましたっ、部外秘というやつですねっ。私は何も聞いていないので、どうぞ存分に!」

 

「いや違っ」

 

 ハッとした顔になった助手は、ジェスターの弁明が届く前に走り去ってしまう。

 それを見ていたシンシアが紅茶を飲む。

 

「やっぱり……信用、ないんですね……?」

 

「というか、マッド道を期待してなかったかアレ」

 

「どうしてぇ!? こんなに真っ当なのにぃー!!」

 

 だからじゃないかな……という身も蓋もない感想を、傍観組は飲み込んだ。このドクター、見た目と言動のうさん臭さのイメージが実体とかみ合ってねーのである。

 

「……ま、さっき言った通り、帝国内部はドロッドロだ。あんまり表沙汰にはなってないけどね。王国での貴族の諍いなんかが可愛くなるぐらいさ。まったく、これじゃあ派遣されてる僕らの荷が重くなるばかりじゃないか!」

 

「……そんな立場でよく、錬金術を学ぼうなんて話、引き受けたな?」

 

 それね、とジェスターが頬杖をつく。

 

「単純に興味はあったからね。でもさ、僕は我ながら天才だと思って生きてきたし、こういう勉学の類で苦戦したことなんて無いってくらいの楽をしてきたんだけど──うん。錬金術、凄いよ。たかが『暗記』程度に丸一日以上かけてるとか、僕史上最大のイレギュラーだよ!?」

 

「話の半分、自慢にしか聞こえないんですけど……」

 

「だが二人とも、飲み込みは恐ろしいくらい早いぞ。ラグナ大陸に生まれていたら、相当腕の立つ術師になっていただろうな」

 

「え、あ、そうですか? えへへ……」

 

「ふ。仕事として当然のことだけど、賞賛の声はいくら浴びてもいいものだねぇ」

 

「と、いうワケで」

 

 そこでサクラは、横によけていた黒いファイルを手に取った。

 頭も察しもいいらしい生徒二名は、それを見て、静かに顔が白くなる。

 

「次は上級の範囲だ。死ぬ気で覚えろ」

 

「シンシア君……大発見だよ。僕、勉強嫌いかもしれないッ!!」

 

「常人が持つ思考回路の獲得、おめでとうございます──でも師匠のためならっ、師匠のためなら私、たとえ水泡が如く消えてしまう記憶だとしてもッ、どんな難題だろうと立ち向かってみせます……!!」

 

「ああ、君って天才だけど、根っからの師匠バカなんだね……」

 

 ──天才たちの勉強漬けは続く。

 全てはただ一つの人理兵装の息吹を、再びこの世に取り戻すために。

 

     ◇

 

 午前の監督が終われば、サクラの行き先は図書室か宿泊部屋の二択になる。

 天才なるあの二名の生徒たちは、本日分の課題の意図と目標を伝えるだけで勉強スケジュールを勝手に立ててクリアしていくので、最後まで面倒を見ている必要がないのだ。

 

 しかし今日は、他に一つ予定が入っていた。

 

 足が向いた先は中央の棟、その中庭。

 そこでまた、アルトリウスが例のごとく戦いたいと言ってきたのである。

 

 サクラとしては特に断る理由はない……否、「怖いのでもういいです」と言いたかったが、そんな事を言ったところで、説得力などないだろう、と諦めて赴くことにした。

 

「おーっ! サクラではないか!」

 

 ──来なきゃ良かった。

 

 中庭に到着した途端、かけられてきた声に殺意を覚える。

 芝生の敷かれた空間では、騎士たちを打ち負かした勝者たる赤髪の少女が、無邪気にこちらに手を振っていた。

 数十人の騎士団員たちは地面に倒れている。アルトリウスは──いた。隅の方で、よろよろと立ち上がっていたので、近寄って話しかける。

 

「なにしてるんだ……」

 

「き、来たか、サクラ殿……いや申し訳ない。貴公を待っていたら、炎竜様に戦いを申し込まれてしまってな。始祖竜様の望みを断るにはいかないので、まぁ、騎士団総勢でかかってみたのだが、ご覧の有様というわけだ」

 

 アルトリウスだけ一際ボロボロだった。額から流血までしている。

 

「ノリノリだったな、お前……?」

 

「──フ。なんのことやら」

 

 虚言が下手すぎだった。

 呆れていると、炎竜が胸を張った。

 

「ふふん、どうだサクラ。我もただ寝てばかりいたのではないっ! こうして着実に魔力が戻ってきたのだ! 自分だけが最強などと思いあがるでないぞ!」

 

「──、」

 

 筆舌に尽くしがたい暴言が喉まできたが、こらえる。ほとんど人の目がないとはいえ、アルトリウスがいる。つまり人前だ。マナーがある、と自分に言い聞かせる。

 

「……さ、サクラ殿? なんか、物凄い殺気を感じるのだが……?」

 

 そういえば上位存在との敵対関係については、ヴァンにしか説明していなかったのだった。安易に炎竜の挑発に乗ると、沸点が低く────

 

「とはいえ、我が動けぬ内によく働いていたと聞いたぞ! 遺生物どもの掃討、だったか? 汝は一区画の要となって奔走したとか。まぁまぁ人類にしてはよくやった方よな! マ、もしも我が出ていれば貴様の出番を食いつぶす程の戦果を挙げただろうがな! はーっはっはっは!!」

 

「…………」

 

 無意識に鯉口を切っていた。危ない、と抜刀直前で我に返る。

 

「……え、炎竜様。労いの言葉もそこまでに。というかそれ以上余計な口を開くと、御身の安全に関わるというか──その──」

 

「うん? 何を言っている騎士団長、こやつが無口なのは今に始まったことではない。ところで貴様、最近は何をやっているのだ? しばらくは戦闘もなく、暇を持て余しているのでは? 部屋にこもってばかりおって、少しは王都に出てみたらどうなのだ!」

 

 ──こもりがちなのは事実である。

 しかしそんなのは当然のことだ。

 未だにこの王国という異邦を警戒しているのもあるが、まだ第四位は生きている。どこかで存在している。

 

 現状、兵装保有者(レリックホルダー)は自分一人のみ。

 下手にこの、非常に守りが堅い王城から出れば、一体どこで襲撃を受けるか分からない。

 異邦者という異分子の立場でいらぬ注目を集めないためにも、軽率な外出を控えているだけである。

 

「……アルトリウス。上位存在に人並みの優しさは必要ない。甘やかせば甘やかすほど、そこの人外は調子にのって、いつかお前の仲間を殺すぞ」

 

「それは──」

 

「別に騎士団が弱いって言いたいんじゃない。ただ規格が違うんだよ、そこの赤いのと俺たちは。ただの戦闘も戦争と同じだ。()()()()()()()()()

 

 ムッ、とそこで炎竜が苛立ちに顔をしかめた。

 

「──おい、我を差し置いて会話するでない。聞いておるのかサクラ!」

 

「悪いなアルトリウス、今日は少し気分が悪い。約束はまた今度にさせてくれ」

 

「あ、ああ……全然構わない。また今度──」

 

 炎竜の存在を徹底的に無視して、くるっとサクラは踵を返して中庭を後にしていく。その背を見送りつつ、一触即発の雰囲気は乗り切れたか、とアルトリウスは内心で息を吐いた。

 しかし──

 

「が、完全無視(ガンスルー)!? せっかく久々に我と会ったというのにもう戻るのか!? 汝、薄情がすぎないかッ!? ──ええい、待つがよい!」

 

 命知らずにも。

 咄嗟にその後ろを追いかけていってしまった竜の少女を止める術を、彼は持っていなかった。

 

     ◇

 

 早足で通路を歩いていく。

 トタトタトタ、となぜか後ろから軽い足音が聞こえてくる。

 

「お~い、汝―。久々にこうして会えたのだから何か話そうぞ! いっつもアガサに邪魔をされていたが、あやつ、最近は何やら(せわ)しなくてな? 隙を見て好機を伺っていたのだ!」

 

(こいつもしかして互いの立ち位置忘れてんのか?)

 

 いや──流石にそれはないだろう。なにせ炎竜は、一度殺されかけた側だ。

 ならばそれを踏まえてなお、コレは図々しく、「敵であろうと仲良くやろう」としているのだろう。

 

 ──それが此方の、絶対的な致命的な決定的な最低最悪の地雷と知る由もなく。

 

「ははぁん……分かったぞ。汝、さては人付き合いとか苦手だな? そーやって他人に壁を作るなど、社会を生存戦略にした生き物としてどうなのだ? それとも孤立している事に並々ならぬ拘りがあったりする年頃なのか~?」

 

「……」

 

 なんかもう返事をするのさえ億劫だった。

 

 そもそもサクラを中庭に呼び出したのはアルトリウスだ。そしてサクラは今さっき、新米錬金術師たちの監督役として仕事を終えてきたところでもある。

 孤立、などとんでもない。こんな右も左も分からない異邦の土地で独りでいるとか、ありえない。流石にそこまでの無謀はサクラもしたくない。

 

 故に。

 一つ、鋭く息を吸って、足を止める。

 

「──楽天的だな。本当に人類の仲間に入れると思ってるのか、お前」

 

「────、」

 

 たった一言。

 ただの一太刀よりも鋭い刃で、少女は目を見開いて沈黙した。

 

 ちら、とサクラは真横の窓の外を見た。その下は中庭の様子が一望でき、倒れていた騎士団員たちが起き上がって治療を始めていたところだった。

 

「あの騎士団員たちがお前と戦ってなんで生きていたか分かるか? 全部アルトリウスが兵士たちを庇って戦っていたからだ。誰よりも前に出てお前の攻撃を相殺して守ったからだ。違うか?」

 

「……ッ、なら!」

 

 炎竜が叫んだ。

 うるさいな、とサクラは冷めた目で少女(それ)を見る。

 

「なら我は誰とも関わるなと言いたいのか汝は! ハ、冗談ではないわ、独りなど飽き飽きする! そこにいる者と共にいて、何が悪いと貴様はのたまう!!」

 

「悪いだろ」

 

 剣士の声は揺れない。

 弾劾するように竜の悪行をつまびらかにする。

 

「上位存在は単独で完成、完結しているものだ。()()()()()()なんて人らしいことは止めろ。不愉快だ」

 

「な──」

 

「擬態のつもりかは知らないがな。お前の遊び半分で、こっちは命を懸けることになる。

 ──身を弁えろよ、上位存在」

 

「き──貴様に、我の何が分かる! そんな定義なぞ知るか、我は我だ! 擬態でもなければ遊び半分でもないッ! 我はただ、汝らと……!」

 

 炎竜の声は尻すぼみになっていく。

 そこに剣士は一切同情しない。怒られて縮こまった子供のようなモノを、無機質に眺め。

 

 

「だったら、お前は何なんだ?」

 

 

 至極当然の、疑問を投げかける。

 

「上位存在を名乗りながら立場を忘れ、力を振りかざし、自分を中心に世界を廻そうとするのは勝手だが──そこに俺を巻き込むな。迷惑千万だ。それとも、はっきり言った方が伝わるのか?」

 

 ざ、とリュエは一歩後ずさった。

 目の前のものが怖い。明らかに自分より格下にすぎないハズの彼の言葉を聞くのが恐ろしい。

 

 ──おそらくは。

 彼の在り方こそが、自分の取るべき「()()()姿()」に他ならない故に。

 

「っ、う……もういい!! 汝の言いたいことはよ~く分かった! もう話しかけてやったりしないのだからなッ! ば──かッ!! うわあああああん!!」

 

 ヤケクソ、ギャン泣き、悪口の三拍子だった。

 しゅばッッ!! と始祖竜さながらの身体能力で、あっという間にリュエはその場から走り去っていく。

 その気配が、完全に消えてなくなってから、

 

「……ぁ゛~~~~~~…………」

 

 餓鬼か、とか。

 面倒、とか。

 そんな軽い感想すら言えずに、サクラは片手で顔を覆う。

 

「────早く帰りたい……」

 

 目を閉じると、ふっと脳内に過去の声を幻聴した。

 

     ◇

 

“生物に余分な時間はありません。

 故に貴方の意志決定には、何一つ、無用なものは存在しません──神子”

 

     ◇

 

(……ああ。分かってる。やしろさん)

 

 剣士は前を向く。

 意志に無用なものはない──しかしそこに最適解はない、という冷徹なる機械人形の言葉の真意を思い返しながら。

 

「──おや、ごきげんよう。サクラ殿」

 

「!」

 

 ふと。

 背後から、そんな声をかけられた。

 振り向けば、そこには謁見以来に見た、

 

「ロアネス陛下──」

 

 白い貴族服をまとう、冠を被った翁。

 自然と膝をつこうとしたが、片手で制止される。

 

「構わんよ。余の器は、貴殿ほどの御仁に膝をつかせるほどのものではない」

 

「……ご謙遜を」

 

 ジィ、と一、二メートルほどの距離を保ったまま、ロアネスの緑眼がサクラを見つめる。

 まるで全てを見透かされるような目。いや、事実、この国王は相対するだけで此方の情報を把握できるのだろう──だがまぁ、

 

「……やはり貴殿は、他に、余のような者を知っているな? それも、おそらく余よりも高い精度で、相手を把握する者を」

 

「否定はしません」

 

「フ、やはり侮れぬ場所のようだな、ラグナ大陸は。いつの日か、足を運んでみたいものだ」

 

「……個人的には、百年後辺りを推奨しますよ。現在の大陸は、観光地とするには不毛すぎるので」

 

「ふむ、ならば開拓という線もアリか……」

 

 なにか国のトップが凄いことを考えている気がする。

 今の呟きは聞かなかったことにして、サクラは相手の言葉を待つ。

 

「しかし、百年も時間をかけてはいられんな。その頃になれば、余たちはともかく、貴殿がもういまい?」

 

「……、気付いていましたか」

 

 言いつつ、だろうな、とサクラは思う。

 一科学者が自力で辿り着くことに、国王ともあろう人材が気付かないハズもない。サリエル辺りも察しがついているだろうと思う。

 

「そちらでの『彼ら』が何を選択したかは訊くまい。貴殿の顔を見れば、察しはつく」

 

「……、」

 

 サクラは俯いたまま、ただ無言で軽く頭を下げた。

 国王の言う『彼ら』。──ラグナ大陸にいた人間。その末路は、生き残りとして口にしたいものではない。

 

 だから代わりに、このタイミングを使って、告げるべきことを口にした。

 

「──陛下。第四位の討伐に際して、一つ、お伝えしておきたい事がございます」

 



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25 ある騎士の半生

 騎士という存在に憧れを抱いたのは、いつの日のことだったろうか。

 漠然とした彼の原初の記憶にあったのは、一つの英雄譚。

 

 聖騎士と大魔術師による竜退治伝説。

 

 未だ「外」の脅威と相対したこともなかった幼き少年は、純粋に、その伝説の英雄──特にその片割れ、聖騎士と呼ばれる者に憧れた。

 

 だから己の家系がもう一つの片割れである大魔術師の直系と聞かされても、

 

『……あぁ、へえ、そう……』

 

 ……と、このように。

 心の底から──“なんでそっちなんだよ”、と肩を落とし、ガッカリした。

 

 

 しかしそんな落胆に反して、少年には祖先に倣うような、突出した魔術の才があった。

 周囲から賞賛を浴びれば浴びるほど、少年の中には塵のような不満が積もっていく。

 ──“うん、違う。そうじゃない”、と。

 

 なので少年にとっての安らぎといえば、家宝として継がれてきた一振りの魔剣であった。

 白銀の鞘に収められた──とても魔剣には見えない──華美な飾りもない、何の変哲もなさそうなファルシオン。

 

 これが少年のお気に入りで、このシンプルさも含めてよく好んだ。

 昼間の学業が終われば飛ぶように家に帰り、夕食の時まで剣を振り、夕食が終わっても寝る前まで剣を振った。

 それは剣の持つ絶大な力に心惹かれたから──では全くなく。

 

『なんか、騎士っぽいから』

 

 そのあんまりな動機に、彼の実父は叱咤の言葉も出なかったという。

 

 ──だが少年の憧れは、幼年期の一時的な熱では終わらなかった。

 憧れも貫き通せば狂気じみた執念へと変ずる。

 幼年から魔術師の才を褒めそやされてきた少年は、やがて騎士団に入ると、眠っていた剣才を開花させ、瞬く間に王国一と謳われる若年騎士へと成長した。

 

『オイ、新人。おれぁ「なるだけ近接戦は避けろ」っつったハズだが?』

 

 龍人の騎士団長の目は、目の前で正座する少年騎士ではなく、その横で真っ二つになった大型遺生物の残骸へと向いていた。

 騎士見習いを脱し、下級騎士になった少年の齢は十四。装備は対遺生物戦に加工された鎧だが、得物は他の下級騎士たちと同じロングソード。

 

 ──相手が一介の魔物ならともかくとして。

 世に二つとない業物でもない限り、または度を越して道具の消費に長けた人材でもない限り──こんな「初期装備」で結晶のぶ厚い装甲をぶった斬るなど、ありえない。

 

『お前、学院をトップ成績で卒業したんじゃなかったか? なんで魔術を使わなかった』

 

『負傷した皆を結界内に隔離しておくのに精一杯で……俺の魔術、火力ないんで、もう斬った方が早いなー、と……』

 

『……それで合理的判断のつもりかよ。とんでもねえ脳筋野郎だな……』

 

『いやそれ団長が言──なんでもないっす』

 

 ともあれ、その才覚に偽りなし。

 いずれ魔術と剣に適性を兼ね備えた、魔剣騎士と少年が呼ばれ始めるのは、先の話となる。

 

『火力とは言うが、テメエの結界魔術はそういう方面向きじゃねェだろ。護る以外にも足止めの選択肢を入れろ。騎士は敵を倒す以上に、生き残ることが仕事なんだからな』

 

 ──当時、そう最後に騎士団長が言い渡した言葉を胸に。

 

【術式・崩解魔砲(アナイアレイト)】』

 

 十八歳になった少年は、自身の魔力属性の力を最大限に活かし、引き出す、特有術式と呼ばれる魔術を構築した。

 詠唱された瞬間、敵影が跡形もなく消え去った虚無を前に──三つ編みの龍人騎士団長は思い出した。

 

 この恐るべき上級騎士が、本来、どんな英雄の末裔だったのかを。

 剣を握っている姿や、あまり目立たない結界魔術を用いたり、少年自身、争いを好まない温厚な性格だったので──もはやそちらの印象は薄まっていたが。

 

 ……まさか。発動した瞬間に敵を消滅させる、攻撃の極致に至るなど、誰が思おうか。

 

『……なんで一撃で消し飛ばした?』

 

『魔術はいいですけど、それでチマチマ削るの面倒だなぁ、と思って……それにさっさと終わらせた方が、生き残る確率も上がるし……』

 

 それはそうだが。

 だからって魔術にまで力業を持ち込まなくてもいいだろうが、と龍人騎士団長は己を棚に上げて思った。

 

『……まァ、「特有」に到達したことは褒めてやるよ。褒めるけどな? テメエ、それ、絶対ェに遺生物以外には使うんじゃねェぞ』

 

『は? 使いませんよ。人をなんだと思ってるんですか』

 

 ──うん。それを即答できる人柄で本当によかった。

 龍人騎士団長のみならず、この消滅魔術を目にした人々が皆一様にそう思ったのを、当人だけは、あずかり知らぬことである。

 

     ◇

 

 それから数年の時が経ち。

 青年が騎士団長の座についた頃、再びその手には、例のファルシオンが握られるようになった。

 

 その強さたるや、まさに幼き日の少年が幻視した聖騎士が如く。

 

 当人自身も意図しない内に──彼はいつの間にか、かつて憧れた英雄たち以上の、生きた伝説と化していた。

 

『ししょー! ししょーししょー!』

 

 くるくる、パタパタと幼子の軽い足音が石床に木霊する。

 短い水色髪に、子供用のおろし立ての白い魔術服。ぴょこぴょこと、六歳半ばの小さい少女が、自分の三つ編みを追いかけて後ろをついてくる。

 

『あいあい、ししょーですよー』

 

『ししょー!』

 

『なんじゃありゃ』

 

 そんな二人の様子を遠目に、もう三つ編みを散髪した元騎士団長が呟く。

 その横に、先日聖剣に選ばれたり、十二歳の身で中級騎士になったりと噂の、銀髪の少年がやってくる。

 

『先日、違法奴隷商を摘発した際に拾ったそうです。すっかり懐かれてしまったとか』

 

『あぁー……水精霊(ウンディーネ)の血族か。このところはあんま見かけなかったからなァ……いや、だがなんで師弟関係になってる?』

 

『彼女自身が師父から魔術を学びたい、と。それに、あの齢ですでに転移魔術を会得しています』

 

『転移ィ!? 上級に分類される空間魔術だぞ!?』

 

『──逃亡生活の末に身につけたものでしょう。とても才能と一言で片づけられるものではないわ』

 

 ふわり、と後ろに、上から金髪の宮廷魔術師が降りてくる。

 彼女の言葉に、ああ、元騎士団長もそこで納得する。

 

『そりゃあ……遂に捕まって大窮地のトコにヒーローが来りゃ、あの懐き具合も当然か』

 

『微笑ましいですね』

 

『そう? せっかく騎士団長になったのに、あれじゃまるで威厳がないけど』

 

『いいんじゃねェか? あいつらしくて』

 

 少なくとも、最強だなんだと持ち上げられるより、子供(ガキ)の面倒を見ている方がお似合いだ。

 世間の伝説を讃える評判に反して、彼の周囲にいる者らはみな、似たような気持ちだった。

 

     ◇

 

 天地がかき混ぜられるような、嵐の夜。

 

 戦場に一人、彼はいた。

 

 突如として、国土の複数個所に同時出没した大量の遺生物の群れ。

 数日に及んだ緊急の掃討作戦も、ようやく終盤に差しかかった頃。

 

『──、──』

 

 何を、言うこともできなかった。

 

 味方はとうに撤退させた。気を配るべきものはいない。その上で、全身を駆け抜ける恐怖を、魔剣の柄を握りしめて押し殺す。

 目の前にいるコレを、この境界線から一歩たりとも進ませてはならないと、騎士は直感していた。

 

 生きた大樹。

 吹きつける豪雨と、視界を覆う闇夜で全体像も掴めないが、その特徴は視認した。

 そして──おそらく、まともに戦り合ったところで、己に勝率など皆無だということも。

 

 種族が違う。存在が違う。格が違う。大自然が無機質に人類を見下ろすように、眼前の威容もまた、自分を嵐の中で立っているだけの塵としか認識していない。

 

『──、ハ』

 

 感情なんか度外視して、笑うことしかできなかった。

 ああ、実にいい夜だ。伝説譚を刻むにはいい日和じゃないか。

 

 ──“護る以外にも足止めの選択肢を入れろ。騎士は敵を倒す以上に、生き残ることが仕事なんだからな”

 

 ……不意に、そんな言葉を思い出した。

 愛剣を構えていた肩の力が、少し緩む。それで、思考は先ほどよりも、ずっとクリアになった。

 

【【【【 ────── 】】】】

 

 鳴き声、なのか。

 ただ、じっと動かない此方を警戒してのものか──いや。

 

(……魔剣(こいつ)を恐れているのか)

 

 なんとなく、解った。この大いなるモノが、このたった一振りを敵と認めていることが。

 それと同じく、自分も、本能の底、この剣を振るう者として、相手が、絶対的に相容れない敵であることを、悟っている。

 

 ……開戦は静かに。

 世界の片隅、時代の端で、凄絶な衝突が発生した。

 

     ◇

 

「おい……おい、ヴァン?」

 

「────ッッッハ!?!?」

 

「大丈夫か……」

 

 肩を揺らされ、ヴァンは我を取り戻す。

 視線を向けると、横には心配そうに此方を見ているサクラがいた。

 

「……あれ、俺、なにを……」

 

「ショックで前後の記憶を飛ばすな。アレだよ」

 

 と、彼が指で示した先には──台座があった。

 

「し、匠……わたし、やりまし、がくっ」

 

「術術術術術錬金術──あ、ギブで」

 

 周囲の床では意識を飛ばし、永久の眠りについたかのような、真っっっ白に変わり果てた無惨な新人錬金術師の二人が。

 

「ヒヒハヒャハハハハ──!! オラァやったぞやりゃデキんだよ見たか愚弟ェェェ──!! ガッ」

 

「……すまんが、寝る」

 

 発狂し叫んでいたアガサを手刀で気絶させ、直後にサリエルも珍しく疲労のみえる貌で、その場に座り込み寝息を立て始め。

 

「修復が終わったんだよ。しっかりしろ」

 

 真横にいるサクラが、そう簡潔に現状を説明した。

 

 指で示された台座の上。

 ──そこに。三年ばかり見ていなかった、ある剣が鎮座している。

 

 九番目の人理兵装(レリック)──魔剣オートクレール。

 

 四名ほどの天才たちの犠牲を経て。

 第四位に挑むための最終ピースが、この世に復活を遂げていた。

 




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26 エンカウント・デスペラード

「お、おぉ……おおおおおおぉぉ…………!」

 

 ──台座の魔剣を手にとってから、ヴァンの様子がおかしくなった。

 

「……ふ、ふふ、ふふふふ。オートクレール。オートクレール? オートクレール。オートクレール! はは、は、はははははははは……………………!!」

 

(壊れてる……)

 

 まぁ、完成品を目撃した衝撃で意識を飛ばすくらいだったのだ、少しくらい精神に異常をきたすのも止む無しだろう、とサクラは思っておく。

 そこで意識を取り戻したアガサが、むくっと起き上がる。

 

「……なーんか、とんでもねぇバケモン生み出しちゃったか、私たち?」

 

「……元々、『魔剣を使いたいから』という理由で騎士団に入団してきた奴だからな……多少狂うとは想定していたが、まさかここまでとは……」

 

 座り込んだサリエルがそんな情報提供をしてくる。

 魔剣を使いたいからで兵装保有者? なるほどイカれている。つまりこの、ヴァン・トワイライトという人物の本性は────

 

「生粋の、魔剣バカ……なんです。でも師匠が喜んでくれたのなら、私は何も言うことはありませんッ……!」

 

「お前も相当な師匠バカだけどな……」

 

 うつ伏せのシンシアにアガサは呆れた顔を向ける。

 そのツッコミはもっともだ。師が師なら弟子も弟子か。似なくていいところだけ似ている気がする。

 

「う~……疲れたぁ……僕は研究室に戻って休むよ。じゃあね──ギャッ」

 

「待てドクター」

 

 立ち上がって錬成部屋から出ていこうとしたジェスターの足を、影の魔術がつまづかせ、倒れさせる。

 

「錬金術の知識の記憶を消去させてもらおう。それが済んで初めてこの件は終わりだ」

 

「え~~~~僕らの一週間の努力ぅ~……」

 

「仕方ないですよジェスターさん。この技術、ちょっと私たちには早すぎます……」

 

 サリエルが手元に黒杖を出す。

 彼が何事かを詠唱すると、杖の先端が紫に光り、シンシアとジェスターは意識を落とした。

 

「……サリエルせんせー? アンタは記憶、消さないの?」

 

 にやにやとアガサが問いかける。

 しれっとした顔でサリエルは答える。

 

「貴重な叡智をみすみす手放す知識人はいない。なに、広めるつもりはないとも。識っている分だけ、しっかり管理させてもらう」

 

「もうドハマりしてる奴の台詞なんだよソレ。ま、趣味程度にな? 研究にのめりこみすぎて、身を滅ぼす錬金術師なんてテンプレもテンプレだから」

 

「……肝に銘じよう」

 

「脳に銘じとけ」

 

 そんな軽口を叩いていると、突如、錬成室の扉がバタン! と勢いよく開け放たれた。

 入ってきたのは銀髪の騎士団長──アルトリウスだ。彼の目は真っすぐに、今も台座前で魔剣を手にうっとりしているヴァンへ向いており、

 

「師父よ、覚悟──!」

 

 刹那、地を蹴って飛び出す。既に抜き放たれていた銀聖剣を振りかぶる。

 うわっ、とサクラはその勢いから、さっと距離をとり、ガラ空きの背後から斬りかかられたヴァンの末路を見る。

 

 キィンッ────と響き渡る金属音。ヴァンが持つ魔剣オートクレールが、銀の一閃を受け止めたのだ。

 

「──丁度いい。ウォーミングアップに付き合ってもらおうか、アルトリウス──!」

 

「ッ……!!」

 

【歪曲転移】(ここでやるな)

 

 サリエルが杖を振ると、一瞬にしてヴァンとアルトリウスが部屋から消失する。

 戦闘に適した場所──防衛機構が特に厚い、中庭にでも送られたのだろう。

 

 あそこのセキュリティは王城内でもトップクラスだ。レリックを用いても外からは遮断されているので覗き見も不可、レリックの目撃者も、中庭から出た瞬間、記憶に制限がかけられ、はっきりとした情報は話せなくなるという。

 

 ──そんな嵐のような一連の出来事を見なかった事にしつつ、アガサは後ろに崩れ込む。

 

「あー! 疲れたぁ! サクラー、デェト行こうぜデェト!」

 

「新たな作戦名か?」

 

「違うよ! 王都観光しようぜってハナシ! 兵装保有者(レリックホルダー)が一人増えたんだ、これでどっちかに敵が来てもヘーキでしょ!」

 

「なるほど」

 

「なるほどではないが……」

 

 横から半目になったサリエルがそんな言葉を差し込んでくるが、

 

「……いや。本当に、君たちには世話になった。本番はここからだと理解しているが──」

 

 深く、その頭を下げる。

 

「──感謝しよう。我が国土にはびこっていた外敵の殲滅、そして此度の国宝の修復。君たちがいなければ、成しえなかったことだ」

 

 宮廷魔術師の心情など、サクラとアガサには知る由もない。

 だから彼らは彼ららしく、それに返答する。

 

「ああ! 私たちのおかげだな! っつ~ことで、報酬金の増額よろしく!」

 

「俺は最終的に帰れればそれでいい。運が良かった、とでも思っておけ」

 

 かくして準備は完了した。

 次なる敵が襲来するまでの僅かなこの休息時間。

 

 ──とりあえずサクラとアガサは、今になって、王都観光に赴くことにした。

 

 

 その男は、足を組んでベンチに腰掛けていた。

 左手には小型水筒(スキットル)。グビッと中身を喉へと流し込む。

 日は中天。王都の広場では住民たちが賑わい、祭りのように盛況だ。

 

「ん~、実にマーベラス! やっぱ平和が一番ですねぇ、──壊し甲斐があって」

 

 テンションの高い言葉とは裏腹に、退屈だ、と思いながら男は右腕を背もたれの裏へ掛ける。目障りな日差しをサングラスで遮っていなければ、軽く暴れ出したいくらいだった。

 

 ──いや、それはいけない。

 ここは他人の縄張りだ。暴れるにしても、場所くらい考える理性は残っている。

 

「ガウ……」

 

 飼い犬の声に、視線を足元へ向ける。そこには銀の毛並みの小型犬サイズの狼が一匹。丸い無垢な瞳の奥には、獲物を見つけた時と同じ光が宿っている。

 

「アッ、ダメですよシルヴァ~。餌はちゃんと選んで……って完全服従!?」

 

 ゴロン、と突如なる腹見せ。はて一体どうした事か、と思ったところで、男は右横の気配に気が付いた。

 

「──、」

 

 瞬間、度肝を抜かれた。

 

 そこにいたのは、二十代前後の──人間換算でいえば──青年らしきモノ。

 真新しいベージュのロングコートに黒いシャツとズボン、使い古されたような傷のある黒革靴。

 後ろで一本に結ばれている()()は眩しいくらい美しい。体格からかろうじて男という事は分かるが、それにしたって性別概念を忘れさせる中性さだ。深い紫眼を直視した瞬間、男は、

 

(──あ。無理だコリャ。死んだ)

 

 勝てねぇ、無理、と直感した。

 すぐ隣に他者がいた事実に、たった今自分が気付いた、という事自体も驚きだったが。

 まさか、久方ぶりに、一切の勝ち筋、いやさ生き延びる道が見えない相手と戦場以外で相まみえるなど、予想外にも程があった。

 

「──あ~、こりゃ驚いたな。お兄さん、どこの隠れ長命種? アナタみたいなの、オレちゃんの記憶にないんだけど」

 

 震えそうになる声を抑えながら、ひとまず第一声から命乞い。

 殺されるまでの時間を会話で稼がなくては、という思考と同じだった。

 

「安心しろ、初対面だ」

 

 はっきりとした通る声。物憂げな外見に対して、静かな言葉に帯びる語気は強者特有のソレだ。

 

「そちらは、王国の外から?」

 

 ──なんという驚天動地。会話がまともに続いた。

 不意を突かれながらも男は即座に答える。

 

「エ、アア、まぁもちろん。同族……いや同胞? の晴れ舞台ってんで、ちょろっと見に来たとゆーか。マ、見つかると面倒なのがいるんで、とっととお暇させて頂きますケドね……」

 

「それがいい。しばらくは騒がしいから、他国に逃げておくのがいいだろう」

 

「……、」

 

 無意識に、男はスキットルを持っていた手を降ろした。一体どんな幸運だろうか、相手からの殺気も敵意もないおかげで、身体の緊張が解けてくる。

 

「……あー、お兄さん、もしかして、ワタシよりお強い……?」

 

 貴方ワタシより強いですよね? 殺せますよ? ──という本心からくる疑念を男は口にした。しかし。

 

「──すまん。戦闘狂なら他を当たってくれ」

 

 青年の眉がひそめられるのを見て取り、即座に男はその機嫌を損ねたことを理解した。

 

「いやいやいや! そんな度胸ないんで! オレちゃんは自分より弱いのしか狙いません、小物なので!」

 

 ぱっとベンチ裏から右手を戻し、早口にまくし立てる。

 青年の目は呆れたようなものになったが、幸い、地雷を踏まずに済んだようだ。

 

 だが、どうやら本当に、彼は自分を知らないらしい。僥倖、と思いつつ、男はこの史上最大の天敵の情報を引き出そうと言葉を回す。

 

「……とはいえ、これも何かの幸運(ラッキー)だ。お兄さん、お名前とかあります?」

 

()()()

 

「おや」

 

 それは意外、と男は思う。

 名前とは存在を区別するための記号だ。初対面の奴に名乗る名はない、ではなく、シンプルにこれほどの存在が「名無し」とは、一周回って泣けてくる。

 しかし、だ。

 

「けど、流石に呼び名くらいはあるでしょう。別称、愛称、あだ名とか? そういうのを教えてもらえるとこう~、ワタシも自己防衛できるので、知りたいのですガ……」

 

「……」

 

 少々の沈黙。

 それだけでも男は内心、次の瞬間に自分の首がぶっ飛ばされる覚悟を決めていたが、

 

「“グレン”──『紅蓮』、『朔空』」

 

「ほう! 物騒でイイですね、真っ赤な鮮血とか想起させる辺りが特に」

 

 ──余計な事を口走った。自分を叱責しつつ、慌てて次の話題に変える。

 

「ああ、ちなみにワタシは“D”と申しマス。ハイ、これでワタシたちお知り合い! どうか戦場で見かけても見逃してくれると助かりますネ!」

 

「時と場合による」

 

「シ、シビア!」

 

 軽く慄くが、やはり、青年から闘争の気配は感じない。

 それに内心、ほーっとしていると、ベンチに近づく新たな気配があった。

 

「サークラ、クレープ買ってきちゃった。食べよーぜー」

 

 ──長い黒髪の女。私服らしい黒と赤を基調としたロングコート、編み上げブーツのファッションは、サクラと呼ばれた青年と並べば実に絵になる姿で──

 

「──────」

 

 いや。

 そんなクソどうでもいい事よりも。

 

 男の時は止まっていた。なんなら青年を相手にしていた時よりも、遥かに数段上の緊張感が全身に走っていた。飼い犬なんかは、もう、気配の大渋滞で気絶しかけている。

 

「ん、じゃあ行くか」

 

 青年は立ち上がると、彼女に並んでベンチを後にしていく。

 二人の姿が、気配が、完全に人混みに紛れていくまで、男──Dと名乗った者は、微動だにできなかった。

 完全に身の回りから危険因子が去ると、Dは天を仰ぎ、息を吐きだす。

 

「……おっかねぇ~~……。なんだったのアレ、王国おっかねぇ~~~~……!」

 

「キャンッ」

 

 足元、くるっと跳ねた小さい銀狼が、飼い主の足を伝って肩によじ登る。ふわふわとした毛が頬に当たった。それだけが今の癒しだった。

 

「おかしい、おかしいって。なァんで前より平和から遠ざかってんの? 現実、どういうミラクルが起きてるのッ……!?」

 

 久方ぶりの、ひたすらな困惑、混乱、恐怖だった。

 青年も一人類として大概だったが、女の方は一存在として格上だった。

 それこそ、男にとっては意識を向けられたら終わり、という類の。

 

「いやはや……まさにこの世は摩訶不思議、デスネェ……」

 

「クゥン……」

 

 ハハハ、と乾いた声が漏れる。命が繋がっていることがまだ信じられない。

 ……あまり考えると呪われそうだ。やめよやめよ、と男は(かぶり)を振る。

 

「ヒサンだなぁ四位先輩。ヒサンで悲愴だ。憐れで同情さえ覚えるよ、ねえシルヴァ?」

 

「アオーン」

 

「うんうん、どうでもいいね。世界って広いナァー」

 

 ズレていたサングラスを戻し、赤混じりの金目を持つ男も席を離れる。

 酒を片手に、彼もまた、供を連れて何処(いずこ)かへと立ち去った。

 

 

「──ちらっと私も見たけど、すげー濃い容姿の奴だったな」

 

 だな、とサクラはクレープをかじりながらアガサに同意する。

 ベンチで彼女を待つ間、たまさか横にいた人物を見て、サクラも同じようなことを思ったものだ。

 

 D、と名乗った男の姿を思い返す。

 

 左目を隠すように切り揃った前髪、毛先にかけてウェーブのかかった、背中まで届く、くすんだ銀の長髪。服装は気崩した黒スーツ、ヨレた黒ネクタイの上に黒コートときて、長い足には黒のスーツズボン、きわめつけにキランと光るサングラス。

 

 外見から読み取れた齢は、人間換算でいうと三十代前後。

 彫りの深い顔はサングラスとマッチしており、露出していた胸元や手の甲には傷跡がみえた。削がれた体つきは戦う者のソレであり、研ぎ澄まされた実力者であることは明白だった。

 

(葬儀屋……或いは殺人鬼、辺りか)

 

 一見して、サクラが直感した印象がそれだった。

 傍からみれば昼間から酒飲みに来た、祭りの空気に酔う異国人、といった出で立ちだったが──物騒・剣呑・不吉の三拍子。夜に出くわしてはいけない存在。そんな尋常ではない(ナニカ)だった。

 

「アルクス大陸って……怖いな」

 

「ねー」

 

 ……かくして舞台の端ではこのように。

 世界で一番物騒なエンカウントが発生していたことを、平和だけが知らなかった。

 



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27 稽古

 日も落ちかけた夕暮れ時。

 中庭には一心不乱に剣を振る人影があった。騎士団の訓練服を着たヴァンである。

 

「──魔剣狂いもそこまでいくと感服するな」

 

「お、サク……ラ、だよな?」

 

 一瞬、目を白黒させたのは、石廊下にいたサクラが普段の神子服ではなかったからだ。

 王都を歩くために調達したという、ベージュ色のロングコートに黒い上下の衣服、透き通るような白髪。神子らしさの欠片もない、何かの間違いで人里に降りてきたような美青年だった。

 

「印象全然違げーな。ていうかその髪色、わざわざ染めたのか?」

 

「いや、実はこっちが地毛だ。ラグナ大陸のエーテル濃度はここの数倍は濃い。なんで、エーテル色素という大気中の物質を吸い込んで生活する人類は、皆、一回髪色が変わるんだよ」

 

「え、じゃあアガサの方も……?」

 

「ああ。あいつは元々茶髪だ。俺は『そのコーディネートにするなら白髪にしろ』と言われて、髪に染み込んでるエーテル色素を一時的に抜く薬を飲まされたんだよ」

 

 観光(デート)帰り、らしい。予想していた敵の襲来もなく、何事もなく終わったようだ。

 サクラの目は、そこで魔剣に向く。

 

「ブランクは埋められそうか?」

 

「勘はだいぶ戻ってきたぜ。正直言えば、あと十日は振っていたいけどな……はぁ……」

 

 狂ってる……

 サクラはそう言葉にはしなかった。明白な事実をわざわざ言っても仕方がない。

 

「──そうだ。なんならサクラ、俺に稽古つけてくれないか?」

 

「……必要あるか? お前みたいな逸材に」

 

「それは絶対にある、と断言してやる。稽古は稽古でも、俺は()()()()()()と戦ってみたいんだよ──同じ兵装保有者(レリックホルダー)としてな」

 

「──ふむ」

 

 レリックホルダーとして、と言われては断る理由も浮かばない。

 サクラは中庭の芝生へ足を踏み入れた。

 

「十分だ」

 

 その答えに、ヴァンは礼を言おうとした。

 だが次に続いた彼の言葉に絶句する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでいいか?」

 

「え……いや、ああ! も、もちろん……もちろん……え? どういうこと?」

 

 キィン、とサクラの手元に光が収束し、そこに紅鞘の刀が現れる。

 ヴァンと距離をとった白髪の青年は、静かに鯉口を切った。

 

「……!」

 

 空気の変質に、ヴァンも剣を構える。

 両者、風の音も精神の乱れも意識からカットし、しばし中庭は無の空間となった。

 

 ──始まりは直後。

 

 次にヴァンが認識したのは、右から振り放たれた彼の一撃を弾いたということのみ。

 意識も、思考も間に合わない。ただ戦闘を積み重ねた身体と経験と直感が、次の動きに合わせて一閃をことごとく跳ね除けていく。

 

「──、ッ……!」

 

 ──呼吸が間に合わない。五分と経っていないのに酸欠になりかけた。

 だがサクラからの攻撃は止まない。止まない。止まない。斬撃の嵐が、一切の澱みなく、正確無慈悲に連撃となって襲い来る……!

 

「っ、ハァ──!」

 

 空気を吸い込む。吸い込みながら、攻撃に対応する。全身の血管が、細胞が悲鳴を上げる。一瞬、一拍でも停止すれば死ぬ。足を止めず、剣を止めず、ひたすらに降りかかってくる「全て」を迎え撃つ。

 

 そして──……

 

「…………ガッ……ハアアァッッ!! ァァァ……!!」

 

 納刀と鈴の音が背後で聞こえた瞬間、ヴァンは芝生に崩れ倒れた。

 心音は炸裂するのではないかと思うほど鳴っている。だがそんな事よりも、まずは呼吸することが先決だった。

 

「ヴァン……お前どうなってんだ……初見で全部の俺の動きに対応してくるとか、怖すぎるんだが……」

 

「ッァガ……どうなっ……オマエ……ッッ」

 

「ああ、まずは息を整えていいから」

 

 カヒューッ、かひゅーと喉に風が吹き抜けていく。十分で、一生の全てを使い切ったような疲労感だ。

 ……五分ほど経過しただろうか。そこでようやく、ヴァンは人語と比較的落ち着いた呼吸を取り戻した。

 

「はぁッ……はー……コレ、結局どういう……稽古で……」

 

「俺が戦闘中、基本にしてる動きの全てだよ。超連撃で繰り出したから分かりにくかったかもだが、さっきの一つ一つを覚えてモノにすれば、ヴァンは俺に勝てるようになる」

 

「無理ィ……!」

 

「いや、流石にそこはどうにかなるだろ。今すぐじゃなくても、いつかは」

 

 ……その“いつか”が訪れた時、既にこの青年は更に次のステージの強さに到達しているだろう。

 それほどに濃縮された十分だった。人一人の人生全てが詰め込まれた十分間。たかが数年、数十年程度で、他人が追いつけるような過程じゃない。

 

 しかもあれだけの動きの後で、一切汗を流していないのはもう、実力差どころの話じゃなかった。根本からして身体の造りが違う。

 

 彼は道具だ。

 剣を──刀を振るだけの、ただそれに特化させた、生きた道具。

 

「──、はぁ」

 

 仰向けに転がり、今一度、大きく息を吐き、吸い込むを繰り返す。

 四肢が重い。しばらくは起き上がることすら困難そうだ。転移で帰ろうかな、とヴァンは考え始める。

 

「……さっきも伝えたが。ヴァン、やっぱりお前は逸材だよ。俺との実力差を感じているようだが、実際のところ、俺とお前は剣技においての差はあまりないと思う」

 

「嘘つけ……」

 

「ホントにホントだ」

 

 傍まで来たサクラがしゃがみ込んでくる。指先も動かないまま、ぼんやりとヴァンは彼を仰ぎ見る。

 

「それと、だな。アガサも言ってたんだが、ヴァンお前、『理持ち』じゃないか?」

 

「……ハ?」

 

 ──なにか、聞き流せないことを言われた。

 

「殲滅作戦の時……妙にノーダメージだった瞬間があったとアガサが言っていた。だから、俺はこうして確かめにきた。稽古は予想外だったが」

 

「……ぐ、偶然とか……」

 

「俺はさっき、三回くらい、なにか()()()()()みたいのに刀の軌道を逸らされたぞ。お前……無意識に理論使ってないか」

 

「────、」

 

 そこで、ヴァンは全身にありったけの気合いを入れて、無理矢理に上体を起こした。

 そうして魔剣を握っていない方の右手──今は()()()()()()()()()()()()()()を見る。

 

「……マジで?」

 

「おめでとう。晴れて俺の上位互換化の道が開いたな。魔力量に、レリックに、理。順調にこっちの立つ瀬が無くなってきたが」

 

「……なんの理とかは、分からないか?」

 

「さぁ。そんなの、お前が一番よく知ってるんじゃないのか」

 

 知らんわ。

 肩を落とし──再び、ヴァンは芝生へ倒れる。

 

「……理、か……理といえば、このレリックに使われてる素材も理……なんだよな?」

 

 倒れたまま、ヴァンはオートクレールを掲げる。

 破壊されていた頃の跡もないくらい、全て元通りになっている。完全完璧な相棒だ。美しい。

 

「アガサによれば、オートクレールはその理が無事だったから、こうして錬金術で直せたらしい。逆に、素材となった理が死んでいたら、そこでその魔剣は消滅していたんだろう」

 

「ぉう……」

 

 考えただけでもゾッとする。

 ちら、とそこでヴァンは、サクラの持つ刀を見やった。

 

「お前のレリックの力って……もしかして、『斬りたいものだけを斬る』ことだったり?」

 

「……さぁな。お互い、レリックに関する情報には秘匿義務があるだろ」

 

「……だな。悪い」

 

 忘れてくれ、とヴァンは手をひらひらさせる。

 その脳裏には、少し前の出来事がよぎっていた。

 

     ◇

 

『──斬られたのに斬れていなかったんです』

 

『?』

 

 それはいつかの、あの不肖の弟子(アルトリウス)とサクラが戦った日のこと。

 サクラが中庭を立ち去った後、銀の騎士はそんな検証報告をしてきた。

 

『六試合目のことです……私は一度、左腕にわざとまともに彼の剣を受けてみたのです。あれだけ見事な太刀筋ならば切り口は綺麗でしょうし、魔術でどうとでもなると踏んで』

 

 六試合目──確か、一瞬自分が目を離した試合か、とヴァンは思い至る。

 その目を離したスキに、まさかそんな事をやっていようとは。

 

『しかし見ての通り、私は五体満足でいます。おそらくあの剣士のレリックは、使用者の狙ったモノのみを斬る……そういった能力を持っているのではないでしょうか』

 

『狙ったモノ、ねぇ……じゃああいつがその気になれば、魔術さえも斬れる、って可能性があるのか』

 

『魔術式を狙えば、おそらくは。そんな事は、私にも不可能ですが』

 

『……なるほどな。ところでアルトリウス』

 

『なんでしょう?』

 

 ヴァンは笑顔を向けて言った。

 

『──説教。半人前が命知らずなことしてんじゃねぇ。腕を落とす覚悟は、無茶を実力でねじ伏せられるようになってからにしやがれ』

 

     ◇

 

「……」

 

 ヴァンはもう一度、サクラを見た。

 黄昏の陽に佇む英傑の青年。故郷とは異なるだろう落陽を、懐かしそうに眺めている。

 

 実力は格段に上。おそらくは魔術を用いても──その他、幸運や第六感まで動員した全力をもってしても、まるで勝てるイメージが浮かばない。

 

(無茶を実力で……いや、コイツの場合は、「実力で無茶を押し通す」くらいはできるか)

 

 考えながら、ヴァンはゆっくりと上体を起こす。魔剣を握る義手に力がこもる。

 すぅーっと息を吸い込み、覚悟を決める。

 

 

「……なぁ。第一位を倒したのって……お前か?」

 

 

 白髪の青年は振り返らず。

 声だけが、その問いに答えた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 ──凄まじいまでの棒読みだった。真に何の感情も乗ってなかった。そんな事はない、と否定されていた方がよっぽど気持ちが入っていたに違いない。

 ヴァンは自分の頬が引きつるのを自覚しつつも、立ち上がる。

 

「もう一勝負、頼めるか?」

 

「ヴァン……まさかお前も戦闘狂いだったのか……?」

 

「今だけだ、今だけ!」

 

 うんざり顔の剣士だったが、すぐ了承するように鯉口を切った。

 中庭で二つの影が再び対峙する。ほどなくして、風を切る剣戟音が残響した。

 



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28 襲撃者

「──ふむ。四割弱、といったところかな?」

 

 Dr.ジェスターから告げられた診察結果にサクラは首肯する。

 研究室──もとい診察室。ここへ来て患者席に腰掛けるのも、日常ルーチンの一つとなっていた。昨日(さくじつ)まで白く戻していた髪色も、すっかり紅藤色に戻っている。

 

「四割弱。それが一日でサクラ君が生成できる限界魔力量だ。それを越えて魔導炉を酷使すれば、本当に治療不可の領域に足を突っ込むことになるから気を付けてね?」

 

 カルテを手に、あっさりした調子で告げられる警告。それにサクラが頷くのを確認すると、医師は言葉を続ける。

 

「それにしても、一時はどうなるかと思ったよ。魂に作用する高位の治癒魔術を開発したまではよかったけど、『魂そのものが理』ってことの意味を、僕はまだ理解していなかったからねぇ」

 

 医者があえて言葉にするのは、患者が自分の状態を把握しているかを確かめるためだろう、と理解しつつ、サクラはその続きを返す。

 

()()()()()()()()()()()()()()だ。そこでお前は、魂に直接、治癒の魔術を施そうと言い出したが、俺の理が示すのは『魔力の否定』──魔術なんて受け付けなかった。そこを俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()することで解決した」

 

「えーと、正確には治癒魔術を構成している魔力……地属性だけを受け入れるようにしたんだよね? あれ、でも、今さらだけど、なんで転移とか念話とか通じてたの?」

 

「魔力を否定するといっても、理を展開しない限り、その効果は外に顕れない。魂は常に肉体が保護しているからな。だから、普段はまったく魔術が通用しないワケじゃない」

 

「あ……そっか。魔導炉は魂に、魂は肉体に付随してるんだもんね。なるほどねぇ」

 

 肉体はともかく、魔術が魂に直接干渉するものだったなら、念話も転移も通じていなかっただろう。

 納得しつつ、ジェスターは更に確認するように疑問を言語化していく。

 

「じゃあ『魔力を消す』理なのに、絶魔力を体内に許容してるのも、今回の治療法と同じ理屈だったんだね?」

 

「そりゃあな。放置すればもちろん俺の魔力だって消える。だから自分の魔力だけは殺さないルールに設定してるぞ。俺の理なんだから、それくらいのズルはできるに決まってる」

 

「つくづく反則だなぁ……けど、魔導炉の回復が進むにつれて、生成できる絶魔力も増えていった。理はルール変更でなんとかしたけど、ここからはいくら治癒魔術をかけても君の魔力がそれを打ち消してしまう。ここから完治させるには、絶魔力を身体に循環させないようにする、魔力操作の技術をサクラ君が習得する必要があるね」

 

「血脈を一つ止めるようなものだから中々難しいぞ、アレ。だが、もう四割弱も魔力が戻ったんだ。そこは感謝してる」

 

「うう、やめて。まだ完治まで持っていけてない自分の能力不足に泣きたくなるから」

 

 プロ意識が高い奴だ……そう呆れつつ、サクラは机に用意されているクッキーをもらう。

 一方で黄緑のドクターは、カルテを持ちながら、座っている椅子をぐるぐる回している。

 

「君、帰ったらその道の錬金術師を捕まえた方がいいよ。魂専門の錬金術師とか、いないの?」

 

 珈琲のカップに口をつけたまま、サクラは動きを停止させる。

 

「……いないこともない、らしいが……」

 

「らしいが?」

 

危険人物(テロリスト)なんだよ」

 

危険人物(テロリスト)

 

 うむ、と内心頷きながらズズッと珈琲をすする。

 

「人格破綻、傲岸不遜、傍若無人。自分の工房を作るためだけに大国を一つ滅ぼしたとかいうヤツだ。アレがなんで超抜存在じゃないのかが俺には疑問だな」

 

「──────あの。純粋な質問なんだけど、なんでそんなのが野に放たれてるの……?」

 

「功績が凄いから。四柱いた神々だが、その内、三柱を倒した武器は人理兵装じゃないんだよ」

 

「……え?」

 

「『神聖武装』。その当時、レリックの代替として錬成された、人理結界を破壊するためだけに特化した人造兵器だ。それを造った功労者として、皆放っているらしい」

 

 引きこもっていたので最近の外界事情には疎いが、終戦してからこっち、あまり噂を耳にしない。アレに治療されなくてもいいから、どっかでくたばっててくれないだろうか、とサクラは思う。

 

「まかり通るの……? そんなコトが……」

 

「それくらいギリギリだったらしいからな、人類。相手が悪魔だろうが魔人だろうが手を借りたかったんだろ。……まぁ、魔人は伝説上の種族だが」

 

 ボーン、と時計が鳴る。時刻をみれば、もう午後の三時だった。

 そこへ、別室から茶髪の青年と桃色髪の少女が顔を出す。

 

「ドクタ~、作業台ん上の荷物、運び終わりました~」

 

「ドクター! 冷蔵庫のプリン食べていいー!?」

 

「ありがとうデューク。キャロル、食べるなら皆でね」

 

「「はーい(わーい!)」」

 

 助手たちが引っ込むと、サクラは小首を傾げる。

 

「そろそろ帰るのか。帝国に」

 

 まぁねぇ、とジェスターは肩をすくめた。

 

「王国が第四位討伐の計画を公にした時期から、帰還命令が出ていてね。けどま、患者の君を放り投げるわけにもいかないし、錬金術を学ばなきゃいけなくなったりしたしで、ズルズル命令無視してるのさ。だって超抜存在の討伐だよ? こんな世紀の大決戦、見逃すワケにはいかないじゃないか!」

 

「……お前の上司って、苦労してそうだよな……」

 

「そうかな? そうかも?」

 

「観客精神は別にいいが、帰れるならさっさと帰るに越したことはないぞ。帝国からしたら、お前みたいな天才を亡国の塵にするわけにはいかないだろうし」

 

「おや、弱気かい? 君やヴァン君みたいな規格外が揃ってて、王国が負けるって?」

 

「……戦う相手が、勝ち負けを考えているとは限らない」

 

 飲み干した珈琲を机に置く。

 

「勝つ結末よりも、最悪のケースの種類の方が無数にあるんだ。慎重すぎるぐらいが丁度いいだろう」

 

 席から立ち上がると、サクラは部屋の出口へ足を向ける。

 扉を少し開けたところで、後ろから声がかかった。

 

「──ねえサクラ君。最近、リュエ様とはどうかな?」

 

「鉢合わせないように全力を尽くしている」

 

「そうかい。ま、それはいいんだ。君たちとあの始祖竜様とのスタンスに口を出したいわけじゃない。ただ、ね」

 

「?」

 

 もったいぶるような、いや、なにか念を押すような調子にサクラは振り向く。

 この医者は話こそ長いが、話題の本質を無意味にはぐらかすような奴ではない。

 ワークチェアで足を組んだまま、ドクターはこちらを見つめていた。

 

「今夜はどうか彼女を気にかけてやってくれたまえ。監視というか、目を離さないように」

 

「……」

 

「ほら、彼女、偶に夜に出歩いたりしてるんだろう? 患者が病室を抜け出すのは重罪だ、医者として看過できない。君に頼むのは──まぁヴァン君でもよさそうだけど、彼じゃあたぶん、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サクラは少し姿勢を正して、しっかりと白衣の男へと向き直った。

 

「根拠は?」

 

「お恥ずかしながら、ただの直感なんだよねぇコレが。頼まれてくれるかな?」

 

「……アレに関わるのは気が乗らないが、恩人の頼みくらいは聞き入れよう」

 

 ありがとう、と眼鏡の医者は笑顔を作る。

 そこで今度こそ、サクラは白い診察室を後にした。

 

     ◇

 

 深夜帯になってから、医務室の扉が開いた。

 気配を消して曲がり角の付近で張り込んでいたサクラは、少女の足音が遠ざかっていくのを認識する。

 

(……本当に出てきたな……)

 

 医者になると患者の行動も予測できるのだろうか? 胸中戦慄しつつ、サクラは炎竜の魔力の気配を追う。

 

 王国に滞在して数週間。

 初めは弱々しい、上位存在らしからぬほどの弱体化をみせていた炎竜だったが、ここ最近は魔力も幾ばくか回復してきたと聞く。

 

 アガサによれば、炎竜の魔力は第四位を滅ぼす際の最終フェーズに利用するつもりらしい。人理結界を破壊した後、あの黄金の焔で燃やし尽くすとのことだ。上位存在の最大攻撃なら、確かに良いダメージソースにはなるだろう。

 

(この道の先は、確か──)

 

 追跡対象と十数メートルの距離をあけながら城内を進んで行くと、やがて南棟のエリアへ入り、階段を上へ上へと登っていく。

 最上階。ひらけた中規模程度のホールの先、見晴らしのいいバルコニーが月光に照らされている。

 そこに、赤髪を風になびかせた竜の少女はいた。

 

(……)

 

 ホールの手前の廊下、壁の影にサクラは隠れる。

 連れ戻すべきか話しかけるべきか。

 このまま無関係でいられる方が、彼としては一番楽なのだが。

 

「──フ、フ、フ。隠れても無駄だと言ったハズだがな! ついに罪悪の念が積み上がったか。よいよい、我は許そう。全て許そう! 殺されかけたり、ずっと無視されたり、会えたと思ったら暴言を吐かれたりしてもッ! 所詮は下等種族、人の子による可愛い悪戯だと目を潰って海よりも広い寛大さで汝が罪を赦そうではないか──!」

 

 なに言ってんだあいつ。

 サクラは心底冷めた心地になった。

 上位存在に慈悲の心など、感じたこともなければ感じたくもない。

 

「…………おい、返事をせい。誰がいるかはなんとな~く気配で分かるが、名を口にしないのは気遣いなのだぞ? そう、バレていないだろうと思っている貴様に対して、実はバレバレなのだと指摘しないという我の心づか──……む?」

 

 バルコニーに背を向け、ホールの向こうの通路へ話しかけていた炎竜は、ふと後ろを振り返る。

 

 満月輝く闇夜の中。

 前兆もなければ兆候もなし。

 まさに。突然。前触れもなく。

 

 ──死神のように。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ほへ?」

 

 呆気に取られたような声が響く。

 無意識に、炎竜は少し右によけて一撃をスレスレのところで回避する。

 

 ゴッッッッ!! と瑕一つなかったホールの石床に、爆発したような亀裂が走る。

 事態を理解できない少女は、呆然と、襲撃者を見つめることしかできない。

 

【“千の大地の斬撃(Thousand Disconnection)”】

 

 二撃目。

 奇襲を外し、必中の追撃が繰り出されようとする。

 上位存在の第六感は機能を果たした。後はただ本人がそれに対抗するかのみ。

 

 ──だが憐れかな。この竜は、自分に害意を持つ存在が目前にいるという現実を、まったく受け入れられていなかった。

 

「え、え?」

 

 金色の瞳は、あれ、死ぬのかな殺されるのかなと半信半疑。

 そのまま竜殺しの刃は振り抜かれ、

 

「──」

 

 一瞬の、凄絶な激突音に散る火花。

 割り込んだ白刃が、騎士の斬撃を発動前に却下し、敵を空間の壁へと叩きつける。

 刀を構えたまま、奇しくも炎竜を庇うような位置で、サクラは敵影を凝視した。

 

 正体は何か。

 王国の騎士か? 他国の兵士か? 第三の敵勢力か?

 ──否、と刹那に浮かんだ全ての可能性を排し、確信と共に言葉にする。

 

()()()()()……!」

 

 応えるように、漆黒の魔力が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

 そこに立っていたのは、一人の騎士甲冑。黒一色のフルプレートで、濃紺のマントがはためいている。二メートルに届かんばかりの長身、右手には青混じりの黒炎(こくえん)が帯びた、漆黒大剣が握られていた。

 

 予備動作なく、鎧の影がサクラへ肉薄する。だが一閃が繰り出される直前、紅蓮の剣士は微かに直感した。

 

(狙いはあくまでも炎竜……!)

 

 咄嗟に振るわれてきた一撃を相殺する。が、衝撃に足元が浮き、廊下側へ吹き飛ばされる。

 黒騎士はサクラなど見ていない。目的優先。未だ棒立ちになっている、赤い少女へと襲いかかる。

 

「なんだ──貴様は──」

 

 いつまで呆然自失だ、という悪態を噛み殺しながら、

 

「社門……!」

 

 地面から鳥居を出現させ、騎士の攻撃を防ぐ。

 その瞬間に大地を蹴り飛ばしながら、サクラは己の刀に短く告げた。

 

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 

 満月の深夜時が黄昏時に変貌する。

 白刃は黄金を帯びて。

 落陽の光が、神速を越えて騎士へと放たれた。

 



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29 決戦前夜

大地を刻む聖黒(Black Breaker)

 

 ──反応は迅速だった。

 放たれた黄金の迎撃に黒が動く。光を呑み込む漆黒斬撃はいかなる絶技か、必殺の一刀を打ち払い、余波を受けたバルコニーが崩壊する。

 

 襲撃者の影は、その向こうへ。外に飛び降りたのだと理解した瞬間、一切の迷いなくサクラもそれを追った。

 

「斬殺一閃」

 

 中空に身を投げながら追撃を発生させる。

 鎧に中身があれば目を剥いただろう、空中で黒騎士は、己が身の内側から斬撃に刻まれた。

 されど流血はない。損傷など認識していないかのように、鎧騎士は大剣を握る。

 石棟の瓦礫が豪雨となって落ちていく。そこに、死をもたらす紅蓮羽織の姿を騎士は認めた。

 

【“千の大地の斬撃(Thousand Disconnection)”】

 

抜刀理論・空斬説(“残照”)

 

 何の感情もない声と人智を越えた災害同士が衝突する。剣士は一に凝縮された千の斬撃を焔に似た黄金光で消し去り、同時に直接発生した一閃が、黒騎士の左腕を肩口から斬り飛ばしていく。

 最上階から地上までおよそ百メートル。黄昏へ逆行した夜の中で、紅蓮と黒騎士は互いを睨む。

 

(こいつ──)

 

 違和感にサクラが勘付いた時、斬られた騎士の左肩に魔力が収束し、鎧の籠手ごと左腕が再生したのが見えた。──どころか、全ての傷が完全に復元している。

 落ちる瓦礫を蹴り、重力に任せて一気に滑走したサクラは下の黒騎士へと突貫した。

 互いに退路はない。大剣を両手で構えた騎士は、それを正面から迎え撃つ。

 

大地を刻む聖黒(Black Breaker)

 

(黒斬撃──やはり、騎士エディンバルトか……!)

 

 黒の斬撃を受け止め、剣戟音を響かせるは、黄金に覚醒した一刀。

 神刀・斬絶式Aka4ic(アカシック)──改め、宿刀(しゅくとう)レイヴァテイン。

 真説として顕現した黄昏の刃は、名の通り、神を下した得物である。

 

 自由落下に伴う風圧をものともせずに怪物同士は交戦を繰り返す。大剣の一撃をいなし、弾き、刃による斬撃と、対象へ直接発生させる二重斬撃が、連続して黒騎士へ突き刺さる。

 されども騎士から放たれる圧力には一分の緩みもなし。まるで戦闘人形さながらに、両腕を斬り落とされようと、斬られた瞬間に魔力が身体を再生させ、刹那の内に豪鉄の剣撃が返される。

 

(なら──次に警戒すべきはコレか)

 

 果たして襲撃者は一名なのか。

 第四位はあといくつ人理結界を保有しているのか。

 最低でも身を護る一枚は保持していると仮定して、この黒騎士のように自律能力を備えた結界は、あといくつ存在する?

 

(伝説の通りなら、当然──)

 

 そこで思考を中断する。ぞくりと、サクラの首筋に悪寒が走る。

 地上まで六十メートルは切ったか。黒い強風と化した一閃をかわした瞬間、黒騎士が大きく下へと飛び退き、魔力の変動をサクラは感じた。

 

【付加術式承認──大地を刻む聖黒(Black Breaker)

 

「!!」

 

 噴いた黒炎は竜の咆哮(ブレス)が如く。

 石棟の表面を撫で、防護術式すら貫通する威力のソレは抉るような破壊の跡を生んだ。

 咄嗟に繰り出した黄金の斬撃はそれを半分に割り、攻撃範囲からかろうじて逃れたサクラは、しかし次の瞬間、死角からの気配を察知した。

 

(魔術──!)

 

 やはり、と視線を向けた時、上空遥か向こうに見えたのは色彩とりどりの魔力の光線。

 完全に統率された動きのそれは幾何学的な軌跡を描きながら、雨束となってこちらに降り注ぐ。

 

大地を刻む聖黒(Black Breaker)

 

 そこへ、更に追い打ちをかける黒炎斬撃。

 先ほど回避したものと同等の威力の第二撃が、黄昏の夜を塗り潰す。

 

 地上まで残り四十メートル。

 一射として外れはないだろう魔力の雨。

 死体の塵すら残さん、と言わんばかりの過剰攻撃(オーバーキル)

 たとえ鳥居で防ぎに動いたとしても、その更に次の一撃が待つだろうと剣士は予感した。

 

「新月抜刀」

 

 鳥居を生み出すが、軌道を変えた魔術の光線が壁をかわしてサクラに叩き込まれる。それを受けながらも、紅い剣客は淀みなく抜刀した。

 黒炎を両断する白い一閃。先の回避行動の過程で、相手との間合いは計測済み。

 不可視の斬撃が黒騎士を解体する。魔力による再生は──働かない。斬られた箇所の魔力は死んでいる。【新月の理】を帯びた今の刀身は、魔力殺しの刀と化していた。

 

 ──地上までの最終距離が二十を切る。

 黒騎士からの反撃は来ない。その隙にサクラは魔力の射撃がきた方角を一瞥し、

 

「────上か」

 

 頭上──二十メートル付近。

 唐突としてそこに、先ほどと同じような色彩の光線雨が現れる。

 一定距離に近づくまでは見えない認識阻害の術でもかけられていたのか。棟の瓦礫雨ごと消し飛ばしながら、魔力の雨は黒騎士もろともと言わんばかりにサクラへと迫り降る。

 

『よーけーてー』

 

「む」

 

 念話ではなく、大気に響く伝達音声。

 直感に従い、彼は咄嗟に身を翻す。

 直後、()()()()()()()()()()()()黒の弾幕が、色彩雨と相討っていく。

 相殺に伴う爆風が、自由落下のルートを破壊する。鳥居を足場に、サクラはすばやくその爆風範囲から離脱し──

 

【“千の大地の斬撃(Thousand Disconnection)”】

 

「ざけんな死ね」

 

 すぐ真横。

 先に地上へ墜落したハズの黒騎士──どうやら着地と同時に大跳躍してきたらしい──が、右上半身を失った身体で殺害斬撃を繰り出してくる。

 それを、サクラは再び黄金の軌跡を帯びた宿刀をもって、一閃残らず灼き尽くすが──

 

「っ──!」

 

 ガィンッッッ!! と衝撃を殺し切れず、ボールよろしく打ち飛ばされる。

 弧線を描きながらも、サクラは出現させた鳥居の上を滑りつつ着地する。落下の衝撃を攻撃とみなして無効化させたので、身体への負荷はない。

 

「コホッ……っ、」

 

 咳き込んで思い出すのは、直撃を受けた時の魔力光線。

 あの時、サクラは今生成できる分の絶魔力を鎧として身にまとい、受けた全ての攻撃(まりょく)を殺したのだ。

 ……無傷で済んだはいいものの、魔導炉の稼働は本調子には程遠い。

 

「っ!」

 

 左へ跳んだ瞬間、鳥居のあった場所が黒炎に包まれた。

 着地した地上は、芝生で整えられた空き地。本来美しい緑の床が広がるそこに、火の手が回っていく。

 警戒態勢を維持したまま、サクラは黒炎の壁の向こう、歩いてきた黒騎士を見た。

 

 ごっそりと抜けた右の上半身は、空洞のように空いている。魔力殺しの斬撃の影響だろう、残存魔力全てをかき集めても、この半壊状態が、今の黒騎士の蘇生限界のようだった。

 

 ……それでもなお倒れず、立っているのは脅威と呼ぶ他ない。

 

 しかもだ。

 

(コア)なしか。お前は複製体というところか?」

 

 そう──手ごたえこそあるが、まるで嘘っぽい。

 サクラが気付いた黒騎士の違和感とはそれだ。この黒騎士は、確かに自律機能を持った人理結界……なのだろうが、その複製体にすぎない。

 魔力あるかぎり稼働し続ける使い捨ての人形。そんなところだろう。

 

【────、──】

 

 更に一歩、黒騎士は踏み出した。

 ──瞬間、足先からその身体は黒霧となって消えていく。

 存在も影も魔力も、なにもかも全て。幻のように霧散していった。

 

(……あの最後の黒炎で魔力を使い切っていたか。半身を失い、魔力を使い果たしてなお……コレが本物だったらと思うと、ぞっとしないな)

 

 更に厄介なのが、複製体である以上、先ほどのものはオリジナルより、何段階か劣化しているだろうという確実性。

 もっと嫌なのが、あの使い捨て騎士のおかげで、いくつか此方の手札が割れたのが一番痛い。

 

 始祖竜暗殺兼、情報収集。アレは、きっちりと与えられた機能(しごと)は果たしたというわけだ。──実にイヤだ。

 

「──サクラァ──! 無事──って無事だぁ! 完全勝利!!」

 

 シュタタタタ、と軽い足音と共に、棟の中からアガサが駆け寄って来る。

 寝落ちからの寝起きで飛び出してきたのか、まとまりのない黒髪に、普段の白シャツと青スカート、ブーツ姿だ。

 

「って火の手やば。消火消火ー」

 

 数丁の黒銃を空中に生み出し、撃ち出された水弾がフィールドの火災を消していく。

 便利なものだな、とサクラは感心しながらそれを眺めつつ、納刀して黄昏の空を元に戻す。

 フッと陽光が消え、世界は月光だけが差す静寂の夜へ。黒炎も消えた後、改めてアガサがサクラに向き直る。

 

「まずはお疲れ。こっちも事態は把握してる。敵サンは敷地から逃亡、今ブチギレた魔術師たちが追跡中だってよ」

 

「……何があった」

 

 ブチギレた、の部分に酷く不穏なニュアンスを感じる。

 そんなサクラの心情を肯定するように、アガサは頷く。

 

「率直にいうと、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「え」

 

「その影響で、この王国領土の地脈……土地の魔力の支配権が弱まってて、大ピンチ。ギリ完全に奪われたってトコまではいかなかったらしいけど、少なくとも王国領土の南半分、ほぼ向こうの支配下におかれたと見ていい」

 

「……逆転の目は?」

 

「全然ある。まー、王国組は怒りと敗北感でお通夜状態だけどねー。悪魔からすれば、負の感情渦巻くフィーバーさ。サリエルの復帰も早いだろ」

 

 彼女の声色は普段と何も変わらなかったが、安心できる情報が何もなかった。

 一つ分かったのは、あの黒騎士は、サクラの足止めという大役まで担っていたということだ。

 

「で、そっちは何と戦ってたの? なんか、南棟の窓という窓がブッ壊れてたんだけど」

 

「おそらく、人型に化けた人理結界……の模倣体だ。何度か斬ったが、核が無かった。目的は十中八九、始祖竜の暗殺。兵装保有者(レリックホルダー)である天敵(おれ)の排除よりも優先していた」

 

「──そうきたか。暗殺、ね。そりゃあ前兆もクソもない。てか人型の人理結界て……ったく、どこの誰の真似だよ……」

 

「それは──」

 

「あー、いい。言っただけだから気にするな。そいつ、どういう姿(カタチ)をしてた?」

 

「黒鎧の騎士だ。当時のエディンバルトが元にされたんだろう」

 

 その言葉に、一瞬、場が沈黙した。

 ギギギ、とアガサが首を捻ってくる。

 

「────マジか。それでなんで無傷なの、お前……」

 

「頑張ったから……?」

 

「うん。それは偉い」

 

 はぁ~ぁ、とアガサは息を吐きだす。

 

「エディンバルトかぁ……ってこたぁ、サリエルを襲った奴の元ネタは『ザカリー』で違いないな。お前に光線を浴びせたのと同一だろ。私は見なかったけど、そっちは人型人理結界、その本物だったのかもな」

 

 人型人理結界──それはレリックでしか殺せない不死者と同義だ。

 いかなる強者だろうと、兵装保有者(レリックホルダー)でなければ勝ちの目すら存在しない。サリエルが瀕死にまで追い込まれたのも必然といえる。

 

「……そういえば、炎竜は?」

 

「ここに! おるぞ!」

 

 声は棟の方からだった。振り返ると、石柱に背を預けて、腕を組んだ赤髪の少女が無駄に偉そうに立っている。

 

「いやはや、凄まじい奮闘ぶりだったぞサクラよ! しかし我の窮地に駆け付けると貴様アレだな? さては天邪鬼、というヤツか? 仲良くなりたいならそう言──」

 

「アガサ、頼む。アイツ殺してくれ」

 

「オッケ~」

 

「ギョワーッ!?!?」

 

 パチン、と指鳴らしの後、二十丁程度の黒銃が出現し、弾丸が炎竜に発射される。

 無駄弾じゃないか? と言ってからサクラは気付いたものの、しかしアガサの顔を見ると、完全に無表情だった。なぜか自分よりキレている、と心中戦慄する。

 

「何をするのだ貴様らー! 我と周りへの態度、違う! 全然違う! アレか、汝らツンギレというやつか!?」

 

ツンギレはもう少し愛嬌あるだろ

 

ツンギレなめてんじゃねーぞ爬虫類如きが

 

「謎の拘りッ!? なぜツンギレに一家言あるのだ貴様らッ!?」

 

 こと人間文化の中で生まれた概念の論議には厳しい二人だった。娯楽を重ねた年季は、たかだかこの数日でかじった程度の炎竜よりは遥かに上なのだから。

 

 そこで掃射が止まる。銃弾を避けきった炎竜は、地面に転がってプルプルと震えていた。

 

「まったくなんなのだ汝ら! 冷たい! ドライ! 初対面の頃からなんにも変わっておらーん!」

 

「──他人に変化を強要するのは暴力と同じだよ? でも君の場合、もー少し患者としての自覚をもって欲しいなァ、と僕は思わずにはいられないんだけど」

 

「ッ!!」

 

 その時、リュエの背後に一人の影。

 彼も急いでやって来たのか、トレードマークの一つである白衣は着ていなかった。

 今は白衣の下のネクタイシャツにスボン姿、黄緑の長髪は一つ結びに。ギラーン、と月光に眼鏡のレンズを光らせて、笑顔の怖い医者が仁王立ちしている。

 

「……お。おお、ドクター……きき、奇遇であるな。では我はこれにて……」

 

 そろり、と立ち上がり、その場から離れようとする脱走患者の肩を、ガッと医者の右手が捕まえる。

 そこで軽くアガサが片手を上げた。

 

「よっすドクター。サリエルの容態はどう?」

 

「悪くはないよ。僕が治療したからね。ちょっと前に開発した、魂への高位治癒術式が大活躍さ。気絶前の彼の言葉は『その術式教えてくれ』だったよ。あの知識への執着ぶりは恐れ入る」

 

「……第一席の宮廷魔術師から『教えてくれ』を引き出す魔術の開発って、なんなのお前……」

 

 どうやら魂に干渉する治癒術式は、さりげなく前人未踏の偉業だったらしい。治療費払い切るの無理じゃないか? とサクラは不安にあおられる。

 

「え、ええい、放すがよいドクター! このっ──」

 

「っ、おい危な──」

 

 そこで無理矢理にリュエがドクターの手を振り払い、軽く拳を打つ。

 ……当然彼女なりに加減はしているのだろうが、その一撃は、まともに受ければ大地に亀裂を作るくらいは容易い威力だ。アガサは声を上げかけ、サクラは即座に鳥居を生み出そうと鯉口を切りかけ、

 

 ──ぱしっ、と。

 何の苦も無く、まさに見た目通り我儘な子供を止めるように、医師はその拳を左の掌でしっかりと()()()()()()()

 

「「「!?」」」

 

「はっはっは──君ィ、患者が医者にかなうとでもお思いかい?」

 

「ひっ……!?」

 

 炎竜のみならず、サクラとアガサもぎょっとした。

 医者の骨が砕けた様子はない。ぐぐぐ、と受けた少女の拳をしっかりと握り返し、次の瞬間、空いていた右手で、ひょいっとリュエを脇に抱え込んでしまう。

 

「な、なヌゥ!?」

 

「それじゃ、病室に戻ろうねぇリュエ様。今夜の分の薬、飲んでなかっただろう。アレ飲まないと君の魔力、生成速度が落ちちゃうんだよー?」

 

「あ、あの粉末苦いのだ! おーろーせぇー!」

 

「うーん、注射より恐怖感はマシなはずなんだけどねぇ。ま、粉薬は君の鱗を貫通できる注射針がない代わりなんだから、我慢しておくれー」

 

 ギャーギャー騒ぐ患者を、そよ風がごとき態度でかわし、名医は歩き去って行く。

 その直前、一瞬だけこちらへ、感謝を述べるようにウインクして。

 嵐の気配が過ぎ去ると、残された二人は各々に口を開く。

 

「……ジェスター(あいつ)、炎竜の天敵だったのか……」

 

「……得体が知れないなぁ……何者だよ……」

 

 以上が、この夜の顛末。

 かくして第四位による宣戦布告は告げられた。

 対して王国人類、次の行動は早く。

 後に今日は、決戦前夜と称されることとなる。

 

 ──戦場は南方の地ユグドヴァルト。

 翌日、そこで全てを決するための戦いが始まった。

 



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30 開戦Ⅰ

 夜が明け、陽が昇り、空に青が戻ってきた早朝。

 サクラは戦線ユグドヴァルト、南砦の待機室に顔を出していた。

 

『──早急に部隊を編成し、南方の砦に集めよ。サリエルの復帰を待つ時間はない。相手が動くまで騎士団の指揮権はガルドラが、魔術師団はエメルが束ねよ。総指揮官はアガサ殿として一任する』

 

 夜の襲撃から一時間としないうちに、国王ロアネスはそう速やかに命令を下した。

 宮廷魔術師の第一席が襲撃された緊急事態でなお、あの国王は揺れていなかった。

 

 敵がどんな能力を持っているにせよ、王国が最も強い戦力を維持できるのは現在だけだ。次の敵襲に対応できなければ、そこから王国の対抗力は瓦解の一途を辿るのみ。そんな現状を、誰よりも理解していたからだろう。

 

 故に行動は速やかに。

 いかなる形でも、第四位という敵を見つけ次第、即開戦だと、王国と兵士団には緊張が走っている。

 

「……、いや、大丈夫か?」

 

 室内の空気の重さに耐え切れず、そう口火を切る。

 石造りの空間には、サクラの他に三名の人影があった。

 

「──サリエル教授、過去最高の恐怖(キレ)度合いでした……!」

 

「あの人、意外ととんでもねー負けず嫌いだったんだなぁ……」

 

「その通り」

 

 椅子に座って震えているシンシアとヴァンに、しみじみと頷くのはルシウス。

 熟練の兵士さながら、壁際で腕を組んで佇んでいる。

 

「チェスで偶に私が勝っても、その後これでもかというほど悪辣な戦略を使ってきます。なんなら魔術込みで、『反則(ズル)? 違うぞルシウス、これはれっきとした対幻影魔術の試練と知れ』……などと、詐欺勝負に持ち込まれたことが幾度あったことか……」

 

「そんなに」

 

 ははぁ、とサクラも驚きに目を丸くする。あの鉄面皮からは想像もできない、意外な一面だ。

 

「……ま、俺は元気そうで安心したけどな。ともあれ、今日だ。襲撃には即反撃。第四位との決着をつけて、全てを今日で終わらせるぞ」

 

 ヴァンが席を立ち、部屋を出て行く。自分の持ち場へと向かったのだろう。

 残った者たちは、閉められた扉を数秒間眺めてから──どっと疲労を感じて、息を吐き出した。

 

「……大丈夫か、あいつ」

 

 サクラの零した声に、シンシアも顔を青くしながら首を縦に振る。

 

「──いっちばん、殺気立ってましたね……あんな師匠、私も初めてみました」

 

 ……表面上は見舞いに行った際に触れた、サリエルの怒りの邪気に恐れおののいていたようだったが──その実、この空間で最も激情を抑えていたのはあの男だった。それこそ、サクラをもってしても彼がまとう空気の重さ、剣呑さに生唾を飲み込むほどには。

 

「しかし昨晩、ヴァン殿が間に合ったからこそ、我が師は助かったのだろう? なにもあそこまで……」

 

「いえ、そうじゃないんです。サリエルさんの負傷とか、敵に土地を奪われたとか……そういうのはたぶん二の次で……」

 

「……敵の魔術師(ザカリー)が使っていた、魔術か」

 

 サクラの言葉に、はい、とシンシアは俯く。

 

「魔術の完全な模倣(コピー)……相手は、師匠の【術式・崩壊魔砲(アナイアレイト)】を用いたばかりか、光線状に改良していたんですよね?」

 

「己の特有魔術の再現……までは千歩譲っても、更にその改造か。確かにそれは私も頭にくるな。想像するだけで尾先の毛が逆立つようだ」

 

(ネコ……)

 

 あの頭部の構造組織はどうなっているのだろう、とサクラはルシウスの耳を凝視しつつ言葉を続ける。

 

「特有魔術というのは、自身の魔力属性を最も活かす、魔術の最奥……だったか?」

 

「そうだ。『特有』はその魔術師一人が単独で編み出す唯一無二の切り札。それを勝手に学習され、成立させた自分よりも上手く使われ……それが味方に向けられたとなれば、ヴァン殿の失意と怒りも当然だろう」

 

「……」

 

 確かに追尾性能、威力共に、凄まじい精度を誇る魔力雨だった。

 しかし絶魔力の鎧で防ぎきったとはいえ、無茶をしすぎたな、とサクラは内省する。

 

 その時、コンコン、と扉が叩かれた。

 

『──ルシウス、いるか?』

 

「ああ、団長。今開け──」

 

 アルトリウスの声に、副団長(ルシウス)が扉へ向かう。

 取っ手に指をかけようとしたとき、はて、とその脳裏に疑問が浮かぶ。

 

(──? 確かに扉には施錠魔術がかかっているが、団長がなぜ──)

 

 刹那だった。

 扉に、斬撃が入る。部屋の入口が両断される。

 無論──扉の前にいた人影も例外なく。

 斬撃はあらゆる障害を真っ二つに斬り刻み、

 

「さ──ささ、()()()()()()!? だ、大丈夫ですか、ルシウスさん!」

 

 舞い散る粉塵と瓦礫の中、椅子から跳びあがったシンシアが慌てて、()()()()()()()()()()()()()へ駆け寄っていく。

 

 シャリン、とそんな彼の背後で、サクラの納刀に鈴が鳴る。

 先の斬撃もこの惨状も彼によるもの。起こったことは単純明快で、サクラが後ろから、ルシウスごと、扉の向こうの存在に斬撃を叩きつけたのである。

 

「……なん、今のは……斬れて、いない……?」

 

「──釣れたな。お前の読み通りだ、アガサ」

 

「ッ!?」

 

 ルシウスのみならず、シンシアもぎょっとする。サクラの影から人影が立ち上がり、そこから黒コート姿のアガサが現れたのだ。

 

「ナイス神業。あ、褒め言葉の意味でな? やっほーネコ君、トリック斬撃の心地はどうだった?」

 

「一体何が……、っ外の団長は?」

 

「偽物だ。見ろ」

 

 サクラの声に、立ち上がったルシウスが刻まれた扉の外を確認すると、そこには胴を斬られ、倒れた銀髪の青年の姿がある。──しかしその光景も一瞬のことで、あっという間にソレは黒い靄となって消え去っていった。

 

 クックック、と待機室のテーブルに腰掛けたアガサが笑い声を零す。

 わなわなと震えながら、ルシウスはそんな彼女へ首を向ける。

 

「……私を、囮にしたのか」

 

「おう。ちなみに発案者はテメーの団長だとも言っておこう」

 

「あいつ……!!」

 

 拳を握りながらも、で、と副団長は思考を冷静に保つ。

 

「……では──本物は」

 

「今日の朝から迷彩魔術で隠れてもらってる。今頃は外のガルドラたちと合流してるんじゃね?」

 

 おそるおそるシンシアが尋ねる。

 

「え、ええと、作戦のうち……だったってことですか?」

 

「敵はエディンバルトを複製できる魔術の使い手だ。こっち側の人員のコピーくらいお手のもんだろ。私だったら、まず騎士団長(アルトリ)かヴァンを作って、そこから有能な人材を消していく」

 

「ひ、ひえ……」

 

 恐るべき仮想作戦に少女魔術師は杖を握りこんで縮み上がる。

 その横で、ルシウスが怪訝な目でアガサを睨む。

 

「……開戦前だというのに、妙な指示だとは思いましたよ。シンシア殿を見張っていろ、などと」

 

「え。私はルシウスさんを監視してほしい、と言われていたんですけど──」

 

 沈黙。

 両者は互いが被害者(おとり)であったことに気付き、なんとも言えない顔になる。

 が、すぐにシンシアはアガサに向き直った。

 

「……じゃあ、師匠にも!?」

 

「いや、今のあいつはなんか怖かったからなんも指示してない。勝手に一人になってくれたから、今度は向こうに第二波がいくかもな」

 

「ちょっと──!?」

 

「……そういえば、サクラ殿は……?」

 

 え、とシンシアは辺りを見渡す。

 紅蓮羽織の剣士は、いつの間にか影も形もない。アガサの方を見ると、ニヤリと笑っていた。

 

 ──轟音が砦を揺らしたのは、その直後だった。

 



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31 開戦Ⅱ

「やっほーヴァン君! 暇そうだね!」

 

 時は少し戻り、待機室を後にしたヴァンは、砦の一角で出くわした人物を前に足を止めていた。

 

「……なんでアンタがここにいるんだ──ジェスター」

 

 嫌だなあ、と白衣の科学者はヤレヤレと肩をすくめる。

 

「──この僕が! 物見遊山以外の目的でここにいると思うのかい!?」

 

 胸に手を当て、ポーズを決める黄緑の野次馬。それにヴァンはゴミを見るような目を向ける。

 正直言って今は気分が悪い。虫の居所が悪い、とも言える。そんな時にこんなのと二人きりとか勘弁してほしい。うっかり魔剣の錆にしかねない。

 

「剣呑だなあ。僕がいることで二割増しになっているとはいえ、殺気、もう少し収めた方がいいんじゃない? 今朝見かけたお弟子ちゃんの顔色も悪かったよ?」

 

「──む」

 

 ……言われて、初めてヴァンは自身の精神がささくれ立っていることに気付く。

 顔には出さないよう気をつけていたつもりだったが、殺気がダダ漏れだったらしい。

 

「……それはそれとして。アンタ、本当に何でいるんだ。王城でサリエルさんの容体を見ていたんじゃ──」

 

 そこまで言いかけ、ハッとヴァンは気付く。

 ジェスターもあからさまに目を泳がせている。

 

「……まさか」

 

「僕は止めたよ? そして今、現在進行形で砦の医務室で僕の助手たちが全力で止めているよ」

 

「ここに来てんのかよあの人!? 王都の護りは!?」

 

「そこは問題ないって。宮廷魔術師第一席の名は伊達じゃない。昨晩の間に、治療を受けつつ魂だけで王都の全警備術式を修復・強化したらしいよ?」

 

「死に体ってことじゃねぇか……! んな状態でなにしようってんだ!」

 

「そりゃあ敵に一矢食らわせたいんでしょ。負けず嫌いもあそこまでいくと感服モノだね、尊敬はしないケド」

 

「──」

 

 ……感服というか、呆れる。

 内弟子(ルシウス)も頭を痛めるわけだ。大人気ないとかいうレベルではない。いつもの冷静さはどこにいったのか──いや、冷静なままでコレなのか。それが、サリエルの持つ「悪魔らしさ」の一端なのやもしれない。

 

「これで僕がいる経緯(ワケ)は分かってくれたかな? 患者あるところに医者(ぼく)あり、だよ!」

 

「……納得はした。案外、職務には忠実だったんだなアンタ。普通に見直したよ」

 

「あっはは。僕って君になにかしたっけ? そこまで嫌われるような覚えないんだけど」

 

 腕を組んだヴァンはギロリと睨んだ。

 

「──確かにオートクレールの修復に手を貸してくれたことには恩を感じてるさ。けどなアンタ、俺と最初に会った時、開口一番に何言ったか思い出してみろよ」

 

「えーと? 『やぁ君が噂の「魔剣騎士(オールブレイカー)」! 会えて光栄だよ!』……だっけ? うん? この台詞のどこに地雷が?」

 

「全部だよ! 初見でその異名を言い放つ奴が嫌いなタイプだって俺もその時知ったよ!」

 

「え、いいじゃないか。この異名、カッコいいんじゃないの?」

 

「カッコいいのはオートクレールであって俺じゃねぇ!!」

 

「あ、なんか物凄い面倒なこだわりを感じたからこの話題はここで打ち切っていいかな?」

 

 さしものジェスターも遠い目になった。マニアの力説ほど傾聴しにくいものはない。

 一方のヴァンは大きくため息をつく。なんというか、やはりこの科学者と喋るのは本能レベルで疲れるのだ。会話をしている気がしない。こちらだけ情報を引き出されているような感覚を覚える。

 

(……なんつーかなぁ。嫌いっつーか、『怪しい』の印象が強すぎるんだよなこの人。永遠に信用できる気がしねぇ……)

 

 騎士の本能が言っている。ここで殺しておいた方がいい、と。

 ……それは流石に警戒や不信の域を越えているが、こう、少なくとも磔にして地中に埋めておく程度の処置を施さないと安心できる気がしない。なぜかは解らないが……

 

「……ヴァン君? ヴァン君? なんで魔剣の柄を握っているの……?」

 

「……物見遊山、っつってたよな。てことはアンタ、患者から逃げてきたのか?」

 

「そりゃ僕は非戦闘員だからねぇ。暴れる患者を止める助手たちの邪魔をするワケにはいかないでしょ?」

 

 ……言葉通り、どこからどう見ても彼は丸腰かつ一般人にしか見えない。呼吸、重心、立ち姿。とても戦闘慣れしているようにも見えず、その辺の一般市民と変わらない無害さ──だが。

 

「炎竜様の拳を優々と受け止めた、って聞いたんだが……アンタ、一体何の種族なんだ? 上位存在の一撃を止められるような奴が、なんで医者なんかやってんだ」

 

 はぐらかされそうだな、とヴァンは思った。こういう輩は、訊かれたところであまり自分の話をしないような気が──

 

「ああ、僕は既存の魔族とは違う構造をしてるよ。なんてったって()()()()()()だ。あまり大きい声では言えないけどね、人より身体は頑丈だし、何より無駄に長生きなんだよ」

 

「──、」

 

 ……あっさりした告白に、虚を突かれる。

 思わず一瞬、配慮もなく問いただしたことを後悔する程度には。

 

「……アンタ、それって」

 

「ん? 別に隠してることじゃないよ? 帝国の同僚……古参勢なら誰でも知ってることさ。(いにしえ)の人造実験体ってことは、ちゃーんと国の書類にも書いてあるし!」

 

「な──」

 

 カルチャーショックだった。実験体。錬金術師の巣窟だというラグナ大陸ではそういうのも珍しくない、という話を聞いても「そういうものか」としか思わなかったが、まさか隣国でそのような存在が公にいようとは。

 

「──すまん。今のは本当に俺が悪かった。嫌いな奴でも礼儀をもって接するべきだった……」

 

「いや気にしな──待って。やっぱり僕って嫌われてたのーッ!?」

 

 ガァァァン、と膝から崩れ落ちるジェスター。両手を地につけ、涙まで流している。そこまでショックか、とヴァンは若干引く。

 

「お、おかしい……僕の対人コミュニケーションは完璧だったハズ! 誰からどーみても、『陽気で頼りがいのある年長者』をできていると思っていたのにッ……!?」

 

「なぁ。人類社会で正体が割れた時の化物の言い訳みたいなこと言わないでくれねぇ?」

 

「言うよ! 普通に生命の常識から外れてるし僕!」

 

「それってどういう意──」

 

 意味だ、と言おうとした時。

 ヴァンの視界に、ジェスターの後ろから歩いてくる一人の兵士が映った。あまり特徴の無い顔立ちで、服装からして騎士団員の誰かと思われるが。

 

(──ッ!)

 

 直後、科学者の横を抜けて飛び出した。

 ヴァンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を魔剣で受け止める。ガギンッッ!! と金属同士の衝突音が大きく響き渡り、空気が震えた。

 

(重ッ……)

 

 これまでに感じたこともない相手の剣の重みに顔をしかめつつ、

 

「誰だ……!」

 

【偽装術式解除確認──対象ヲ兵装保有者(レリックホルダー)ト確認】

 

 ザザッ、と兵士の姿がブレる。

 一瞬の後、そこにいたのは黒甲冑をまとった、一人の騎士だった。

 

「えッ、ええ!? ヴァン君それ──!」

 

「っ、逃げろジェスター!」

 

「ごめん腰抜けて動けない!!」

 

「馬鹿!!」

 

 思わずシンプルに悪態を叫び散らす。振り向かなくとも尻もちをついている阿保の姿が想像できる。──いや、そんな場合ではない。意識を眼前の敵に集中させる。

 

(コイツはッ……!)

 

 ──昨晩、サクラが剣を交わした黒騎士──そのオリジナル──!

 

 相手の濃紺のマントが揺れる。剣の重みこそ変化はないが、間近で食らう威圧感は生中なものではない。目の前にいるだけで、こちらの精神が削られる。

 

【交戦開始】

 

「っ、ぐわ!?」

 

 剣が勢いよく弾かれる。体勢が崩れたその一瞬に、目の前から漆黒の大剣が滑り込んでくる。

 

(死──)

 

 胴が両断された、と覚悟したところで。

 その視界に、つい先日、より速く(はや)く抜刀されてきた、不可視の斬撃を幻視した。

 

「野郎……ッ!」

 

 即座に地面を踏みしめ、漆黒斬撃を弾き返す。あの刹那の地獄で思い知った極限の一刀と比べれば、紙のように軽かった。

 ──逆に、知らなければここで終わっていた、という確信に満ちた予感を抱きながら、ヴァンは次に襲いくる死地を睨み返す。

 

大地を刻む聖黒(Black Breaker)

 

 それは一面の黒だった。

 先ほど受けた斬撃とは()が違う。強度が違う。威力が違う。

 これを越えるためには、間違いなく手元の魔剣の真説顕現が必須と直感する。

 

 けれどそこまで。

 三年の空白期間(ブランク)も十数年の経験も関係なく。

 ヴァン・トワイライトには、即時の真説顕現を為すだけの技量が、能力が、絶対的に足りていなかった。

 

「あ──」

 

 未曾有の漆黒が音速を超えて振り抜かれてくる。

 終わった。

 走馬灯の時間もない。コンマ刹那の後の死が迫る。

 

「社門」

 

 ──鈍い撃音。

 砦の壁を破壊して、黒騎士の姿が一瞬でかき消える。いや、飛んだ。飛ばされたのだ。物理的に。

 

 ヴァンの目前には、左横から出現してきた巨大な赤門(とりい)

 金槌(ハンマー)よろしく、それが黒騎士を直撃し、砦の一部ごと、外へカッ飛ばしたのである。

 

(……そういう使い方もできんのかよ……)

 

 ヴァンは消えていく鳥居を見届けて、やって来た羽織の剣士を見た。

 

「黒いのが来た。座標D2。十二秒後に俺ごと()()()

 

 壁穴まで来たサクラは、片手に何か、黒い通信機らしきモノを持っていた。必要事項だけ伝えると、ぽいっとヴァンへ放り投げてくる。

 

「ッ!?」

 

「念話の代替品だ。持っておけ」

 

 シャリン、と鈴の音と共に白刃が抜刀される。

 剣士の目はまっすぐに。下界に落ちた、黒騎士を見据えている。

 

「サクラ──」

 

「対人理結界戦の対処法は前に伝えた通りだ。健闘を祈る」

 

 祈りなどまったく信じていないという声色でそう告げて。

 ヴァンの返答を待たず、サクラはその場から敵のいる位置へと飛び降りる。

 

「──!」

 

「ちょっ、サクラ君!?」

 

 ようやく現状の認識が追いついたらしい科学者と共に、慌てて壁穴から下に目を向ける。

 

 直後、轟音がした。

 下にいた黒騎士に、サクラが上から一閃を叩きつける。大地に亀裂が走り、サクラの刀を弾いた黒騎士は一歩、大きく飛びのき、

 

 斬、とその左腕が斬り飛ばされたのを、ヴァンは見た。

 

「──、っ」

 

 それでもノータイムで黒鎧の片腕は蘇生される。青炎が大剣に帯びると、黒騎士は一直線に紅蓮の天敵へと向かい、

 

『今!!』

 

 手に持っていた通信機からアガサの一声が聞こえた。

 ──「【強制空間転移(テレポート)】」、と砦中のどこからか、そんな詠唱が響く。

 

 そこでサクラと黒騎士のいる空間が青く発光し、鋭い稲妻が起きた後、その場からあっさりと二人の姿はかき消えた。

 

「……──」

 

「あれ、い、いなくなった? もしかしてサクラ君一人で相手するのかい!?」

 

「……それしかねーよ。他の奴が行ってもあいつの足手まといになるだけだ」

 

 今の一戦で、それがはっきりと分かった。

 あの剣豪と並び立つ実力者など、王国の陣営にはいない。いつか中庭で見た模擬戦や稽古が可愛く思えるほどだ。

 

 ──まったく比べものにならない。

 彼は初めから、ただの一度だって、本気の片鱗さえ見せていなかったのだ。

 

『通達。こちらアルファワン、南二百メートル付近に敵魔術師を確認した』

 

「!」

 

 通信機のアガサの声に顔を上げる。

 青い空の遥か向こう。そこに、昨夜も見た敵の姿をヴァンは視認した。

 

 それは、紫のローブをまとった魔術師だった。

 

 ローブに合わせた色の大きい三角帽に、少女風のワンピーススカート。いかにもな魔法使い風の格好。

 後ろで二つに三つ編みしているのは、長い紫色の髪。人らしい意志や意識の光がない、虚ろな紫眼。

 

 右手には、銀に光る一本の杖。

 まるで御伽噺から出てきたような存在感。現実味がない、だが確かにそこにいる──そんな、気味の悪い敵だった。

 

初めまして(Start.)

 

 ──紫色の人理結界が微笑(わら)う。

 地上にはびこる敵対者たちを、慈しむように。

 



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32 前哨戦Ⅰ

 砦の西方、約四百メートル付近。

 空間ごと強制転移させられた二人は、互いに距離をとりながら着地した。

 

 ──周囲一帯には、無駄な外敵の気配がない。

 初めからその位置が定められていたかのように、そこは静けさに満ちた無人の空間だった。

 

「【新月の理】」

 

 ──青空は赤空へ。

 禍々しい、魔を許さぬ新月が、騎士の魔力を奪い去る。

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 途端、黒騎士の目前の地表が()()()()()()()

 スライスされた大地は、壁か、もしくは蓋のようになって鎧騎士へと斬り飛ぶ。質量に任せた無茶苦茶な障害は、他に観る者がいれば唖然とさせていただろう。

 

【──、】

 

 黒騎士動じず。この盛大な目くらましを大剣の一撃で粉砕し、無機質に天敵の気配を追い、

 

【──!!】

 

 衝突の亀裂が空気を割った。

 真上からの黄金斬撃。それを黒騎士は受け止め、殺しきれなかった余波が大地を砕く。

 

【是、強敵ト見タリ】

 

 黒兜の奥から、そんな声。まるで無機質な機械音声。低さからして男性のものだ。この存在に性別の有無があるかは疑問だが、おそらく元となった騎士の影響だろう。

 

 それにサクラはわずかに目を細める。

 

「……結界が言葉を()るか」

 

 大剣が刀を弾き飛ばす。弾かれながら、紅蓮の剣士は敵へ斬撃を発生させる。

 

「斬殺一閃」

 

【既知】

 

 ──それを、この黒騎士は斬り飛ばした。

 現象として発生した、絶対不可避の一閃を、はっきりと認識して。

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 それを読み切ったサクラが、着地と同時に絶殺の一撃を送る。赤空に黄昏が入り混じり、(ソラ)が禍々しく染まり上がる。

 

千地聖黒・■■両断(Knight’s of Lord)

 

 ──絶死に対抗できるなら、其はやはり英雄か。

 焔のような黄昏の刃を、騎士の頂点を具現した聖剣が撃ち返す。

 青炎をまとった黒剣は、奇しくも落陽を帯びた宿刀とどこか似通っていた。

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 次弾装填、必殺連撃。

 再び黄金の軌跡が大気に(はし)る。火柱のように吹き上がった灼熱の光は黒騎士に直撃し、その姿を跡形もなく消し飛ばした。

 

「【神殺す(レイ)──」

 

 確実に斬った感覚を持ちつつも、一切の手を抜かず、サクラが再び刀身に黄金を集約させた時、

 

()()()()()()()()()()

 

「──黄昏の刃(ヴァテイン)】」

 

 当然のように死の運命から飛び出してきた黒騎士へ、黄昏の斬撃が突き刺さる。

 二度目の手ごたえ。だが黒い影は止まらず、紅蓮の剣士に肉薄する。

 

千の大地の斬撃(Thousand Disconnection)

 

却下だ(空斬説)

 

 技の発動直前に刃を差し込み、斬り払う。そこからは剣のぶつかり合いが始まり、互いに一歩も、一手として譲らず、剣撃の嵐が荒野に木霊する。

 

(こいつに核があるのは確実だ。なんせ二度も斬った。なのに生きている。……となると、!)

 

 黒騎士が()()()()()を飛ばしてくる。それを回避すれば襲ってくるのは、まともに剣の軌道も目視できぬ高速連撃。刃を交わす、というより、互いがいる座標の空間を斬り刻もうとする剣戟は、傍から見れば剣舞の暴風にしか映らない。

 

(……魔力だと? 理の範囲内だぞ)

 

 相手の謎と手札が徐々に見えてくる。

 昨晩の模倣体との戦闘では、王城だったこともあり、理の展開は控えていた。けれども今は違う。ここはもう、魔力を消し去る環境下のハズだ。

 

(──こちらの理が作動している以上、魔力による蘇生はありえない。ならもっと高次元の方法……()()()()()にある別のコアをこっちに引っ張ってきている……か? それなら何度『斬る』運命を用意しても、『斬られなかった』結末を継ぎ()ぎされていくだけか)

 

 面倒だな、と思いながらサクラは刃を振るう。

 それでもこの黒騎士とは、今、ここで決着をつけなければならなかった。

 

「──仕方ない。じゃあ、裏技で終わらせるか」

 

 一言の決断。

 それは、この戦いの終着を意味していた。

 

     ◇

 

 西方で、二度、三度と空が黄昏に塗り重ねられる。

 これほど遠くにいても感じ取れる現地の戦闘の苛烈さに、砦の兵士、魔術師たちは生物、生命としての本能から、冷や汗を流す。

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 その強さの異常さ、異質さ、異端さ──超越性。

 ここにきて、はっきりとかの羽織剣士と自分たちの違いを実感した原因は、サクラと黒騎士が砦から消えてから間もなくして襲来した、「たった一人」の存在に他ならない。

 

おはよう(morning)こんにちは(afternoon)こんばんわ(evening)はじめまして(nice to meet you)──さようなら(good bye)

 

 枯れ広がっていた野原が緑に潤う。乾いていた大気は海のような魔力の濃度に歓喜する。

 その魔術師がいる半径百メートルに渡って現れた草原は、遺生物が出現する前の、太古の王国領土そのものの景色だった。

 

『念話の遮断、確認した! 敵の大規模魔術掃射──来るぞ!!』

 

 左手の通信機(トランシーバー)からガルドラの報告が届く。

 

 ……事前に連絡手段を渡しておいたのが幸いした。次元式トランシーバー。それは大気にあるエーテルを通信網にして通話を可能とする、ラグナ大陸の人類軍で主に使われる連絡機器である。

 

 砦屋上に出たアガサは、正面、三百メートル向こうの上空に浮かぶ敵を目視した。

 

久し振りだね。覚えているかな(Do you remember)?】

 

 数十──どころではない、六百規模の紫の魔弾が、星空の如く展開される。

 魔力を圧縮したソレらは、一弾一弾が彼方の漂流物──隕石に等しい威力を持つ。並んだ魔弾は互いの磁気に大気を歪ませ、周囲に嵐の稲妻を起こし始めた。

 

 発射は直後に。地上を壊す脅威として飛来する。

 

前哨戦だ。遊んでやる(錬成術式:殲滅黒銃アルスラグナ)

 

 そんな空の魔弾が落とした影から覗くは、黒の銃口群。

 迎撃銃の数は魔弾の二倍強(一二〇〇)。装填されるは、あらゆる神秘を砕くだけの破壊砲弾。

 

「術式三十番、大規模展開。──()ぇッ!!」

 

 大地で轟く暗黒の殲滅合唱。天空から降り注ぐ流星群。

 中空で衝突し合って発生する閃光、音、煙。

 弾幕を逃れて着弾した魔弾はない。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()魔弾の雨が、第二波となって襲いかかる。

 

「【境界結界】」

 

 砦から離れた位置で、一つの詠唱があった。

 砦を中心に、ドーム状に展開される不可視の壁。ズレた座標に展開された、文字通りの「境界の壁」は、第二波の魔弾嵐を完全に防ぎきる。

 そして。

 

「【人理裁定(レリック・アーツ)】」

 

 空の敵性魔術師の、更に頭上。

 たった今転移によって顕れた騎士が、その詠唱を紡いだ。

 

()()真説顕現──【次元断つ裁きの剣(オートクレール)】ッ!!」

 

 魔剣の力が呼び醒まされ、

 九番目と冠する兵装の()が、世に現出する。

 

【──】

 

 ソレが気配に振り返った時、刃は振り落ろされていた。

 雷光のように瞬く眩耀(げんよう)の一撃。浮かんでいた魔術師は地上へ叩き落とされ、展開しかかっていた次の魔弾たちが霧散していく。

 

(──チ、手応えがねぇ)

 

 敵を追って、ヴァンも自身を地上へ転移し直した。相手の落下で起こった粉塵から二十メートルほどの距離をとり、魔剣に魔力を込める。

 

ここはいい国だ。わたしは気に入ったよ(I love this country.)

 

「……?」

 

 当然のように粉塵を払いながら現れた、紫の敵影の言葉に眉をひそめる。

 相手の声は二重になっており、別々の言語が同時に空気に響いている。詠唱ですらない、ただの「声」だ。意味は分かるが、こちらに話しかけたようにも思えない。

 

【■■■■──!!】

 

「ッ、な──!?」

 

 瞬間、右横から顕れ出でた気配に目を見開く。

 草原と化しているこのフィールド。その地中から、木の根が絡み合ってできた植物体の獣が、続々と生まれていた。

 

 ザザ、とその時、ローブの内側に入れていた通信機から声が聞こえた。シンシアとエメルのものだ。

 

『──報告! 地上に異変あり! 大地からなにか──遺生物!? じゃない、なんか樹の動物みたいなのが! 数百規模で生成、前進を開始しています!』

 

『草原地帯が敵の領域になってるみたいね。魔術師団、総員撃滅準備よ。前の七日間を思い出しなさい。今の貴方たちは害獣狩りのプロフェッショナルでしょう?』

 

「ッ、待て……!」

 

【■■■■■!!】

 

 植物でできた四足獣が突貫してくる。その攻撃をかわしつつも、ヴァンは人理結界の方から視線を外さない。

 ふわ、と敵魔術師は地上を離れて浮遊しようとする。ここで逃せばまたあの魔弾の雨が襲ってくる。それにこの植物獣。周囲から目に見えて増え始めている。目視だけでまだ十数体規模だが、二分もすれば百を超えて王都へ侵攻し始めるだろう。

 

「敵将はっけーん」

 

「!?」

 

 直後、植物獣たちが黒い閃光に消し飛んだ。

 

「〝天よ縛れ〟──【暗黒星の地上(グラウンド・グラビティ)】」

 

 間髪入れず、その場に魔力が満ちる。地上から稲妻が走り、浮遊しようとしていた魔術師が落下し、そのまま大地に繋ぎとめられる。

 重力魔術だ、とヴァンが思い至った時、敵の顔が此方を向いた。

 

君はどちらさま(Who are you)?】

 

「【術式・竜黒斬舞(オーバーロード・テンペスト)】」

 

 声に応えるは不可視の竜刃。斬刀の嵐が叩きつけられるが、魔術師の周囲に光が奔り、完全に弾かれる。

 

「──どうなってんだありゃ。攻撃が届かねーぞ」

 

「空間の壁、かしらね。こっちで術式を解析するわ。貴方は周囲の(ごみ)掃除でもしていなさい」

 

「いや、そっちは私の弾幕と騎士軍でなんとかできる。古今東西、圧倒的実力差のある相手に対しては、複数人でかかるのが礼儀だ。──そうだろ?」

 

「……援軍にしちゃ血の気が多くて何より」

 

 敵──恐らくは大魔術師ザカリーを模倣したソレから目を離さぬまま、ヴァンは言葉を放つ。

 

 空に、隣に、共に、地上に並び立つ人影は四つ。

 魔女が右腕を伸ばす。

 龍人が魔導書を開く。

 悪魔が指揮刀を振る。

 騎士が魔剣を構える。

 現代の強者たちが──過去の英雄と向かい合う。

 

「よう、ご先祖。悪いが邪魔なんで死んでくれ──!」

 

 挨拶、恨み言は簡潔に。

 もう一つの戦場で、もう一つの前哨戦がここに始まった。

 

     ◇

 

「──むぅ、騒がしい」

 

 むくり、とリュエは仮眠室のベッドから起き上がった。

 彼女は今朝の内に砦へ移動し、出番まで軽く仮眠をとっていたのだが、竜の聴覚は嫌でも外界の騒ぎを捉えていた。

 

「炎竜様ー! 起きてますか!? 起きてなくても起きてください!」

 

 バタン! と部屋の扉が開かれる。入ってきたのは、水色髪の少女、シンシアだった。

 

「おー、水精霊(ウンディーネ)の末裔っ子よ。おはようだな」

 

「もう開戦してますよっ! ほら起きて起きて!」

 

 ぐいぐいと手を引かれ、リュエは部屋の外へと連れ出される。

 正直まだ眠りにまどろんではいたかったが、精霊の末裔たっての頼みとあらば、素直に従う始祖竜(リュエ)だった。

 

「ふぁ~あ……で、戦況はどうなっておる? 気配的に第四位はまだ、らしいが」

 

「サクラさんと師匠が人理結界と戦ってます。私はアガサさんに炎竜様を連れてこいと言われてきました。……本当に、こんな時でも寝てらっしゃるとは思いませんでしたが……」

 

 じっ、とシンシアは非難の目を向ける。しかして竜は、そんな視線に気づかない。

 なので、今一番気になっていることを問うた。

 

「──それで? ()()()()かは決めたのか?」

 

「え? やるって……何をですか?」

 

「第四位への()()()に決まっておろう。……なんだ、まだなのか。しかしこういうのは先んじて決めておいた方がよいぞ」

 

「ええと……炎竜様が戦果を得たい、というなら──」

 

 竜だし獲物は自分で倒したいのかな、──という少女の淡い予想は大きく外れる。

 

「──まさか。そんなの、冗談でも遠慮するわ。()()()()わ。ま、誰だって嫌だろうがな、第四位を打倒すると汝らが決定した時点で、これは嫌でも決めねばならんことだ」

 

「そ……それ、どういう意味、ですか……?」

 

 悪い予感がしたシンシアは更に問いを重ねる。

 会話が遮られることはない。

 言葉が途切れることはない。

 炎竜は快く、少女の疑問に、懇切丁寧に答えてやった。

 

 超抜存在と相対する意味。対決した後に辿る、決して変えられぬ結末を。

 



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33 前哨戦Ⅱ

千の大地の波壁(Thousand Distraction)

 

 大地が揺れる。地上が唸りを上げる。

 黒騎士が地面を斬るように放った大斬撃は亀裂を生んだ。すると次の瞬間、そこから無数の()()が波打つように立ち上がり、紅蓮の剣士めがけて襲いかかる。

 

「空斬絶刀」

 

 黄金を宿した刀に鋭利な光が帯びる。陸津波といって差し支えない眼前の災害を、一閃が斬り砕く。鳥居を、更に未だ拡大を続ける岩波を足場に跳躍したサクラは、上から敵の姿を見た。

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】──!」

 

【既知、故ニ解アリ】

 

 黄金の斬撃が、物的距離を超えて黒騎士に迫る。

 だがそれを弾くは青炎。信じがたいことに、あの英雄は決して認識できないハズの斬撃を認識し、正確に打ち払ったのだ。

 

(──理がほとんど機能していない──いや、瞬間的な魔力の過剰生成か……! 力技にも限度がある……!)

 

 追ってくる岩壁を、鳥居と斬撃合わせて迎撃しつつ、サクラは自身と相手の能力差を把握する。

 【新月の理】──こと魔族戦においては猛威を振るう超反則級の理。魔力を持つ者は、総じてこの理の前では無力になる。

 

 だが、あの黒騎士はどうだ。

 魔力が消えるという結果には当然、魔力がある、という前提が必要だ。

 そこを、消える前……つまり生成した瞬間、ほんの一瞬、魔力が存在する時間を、膨大な魔力量でたった一秒引き延ばし、「魔力が消える」という結果を辿る前に使い切っている。

 

 普通の魔族がやれば魔導炉の壊死は避けられない自滅行為。けれども人理結界という生物ならざる機構存在なら、話は違う。

 

 ──極論。敵を殺すための時間など、一秒あれば充分すぎる。

 ()()()()()()()()に限定して、あの黒騎士は、この赤空の下、魔力の行使を可能としているのだ。

 

千の大地の斬撃(Thousand Disconnection)

 

「──ッ!!」

 

 疾走していたすぐ真横に、黒い刺客が出現する。

 座標移動と幻視しかねない高速移動。と同時、一に集約された千の斬撃が放たれる。

 

「宿刀理論・斬絶説」

 

 速さを突き詰めた絶技の一つを使用する。

 千なる一撃、なにするものぞ。

 其を、剣豪は剣撃の発動が確定する前に却下した。

 

 斬り払われた黒斬撃の余波が、周囲を刻む。

 黄金が閃き、

 黒斬が猛る。

 払い、切り弾き、打ち返し、突き放って、剣戟と為す。

 

 修練、経験、機構機能。総括した剣技の差は、互いに同等。

 仮に、この騎士が本物のエディンバルトだったなら違う話となったろうが、現状は拮抗状態。

 

 そう、現状は。

 どれほど剣技に優れていようと、どれだけ反則技能を持ち得ていようと。

 青年は人間という枠から外れない。長期の戦闘において、圧倒的有利を誇るのは黒騎士だ。

 

(……能力差、性能差の不利なんて今に始まったことじゃない。黒騎士(コイツ)はココで倒す──それが今の俺の役割だ)

 

 互いに最後の一撃を弾き飛ばす。

 コンマ速く、黒影が動き出す。

 

退()かせ」

 

 ドッッ!! と真正面から、()()()()を叩きつける。

 一瞬、黒騎士が対抗しようとした動きが見えたが、無意味。斬撃は門を超えず、傷つけず、連続顕現した赤門は、一つの生き物のようにうねって、そのまま向こう二十メートル先を目途に黒騎士を突き飛ばす。

 

「神域展開──()()()()()

 

 地割れと赤空に満ちていたフィールドが、急速に侵食されていく。

 生まれるのは赤、赤、赤、赤赤赤赤赤────地を覆いつくすほどの鳥居の海が、そこに現れる。

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 神子の姿が消失する。それは転移魔術にも似た現象であり。

 鳥居群に突き飛ばされ──たった今、着地した()()()()()()()()()()()

 

【運命超越──】

 

 しかし。

 いかなる不意打ちも必殺も、この黒騎士の前では無意味。

 どんな死を用意したところで、たちどころに蘇る──それを。

 

「【朔の理】」

 

 剣士(カレ)は、たった一手で踏破した。

 

【──、──!?】

 

 その一手は、黒騎士にとって埒外の攻撃だった。

 不死だった者の運命は、ここで詰む。

 

「──じゃあな。()()()()は、もっと()えていた」

 

 宿刀の斬撃が首を落とす。

 刃は間違いなく、人理結界の核を破壊する。

 サクラの背後で、鎧甲冑の人影が崩れ落ちた。

 

【我ガ死地──分析不可。敗北ヲ通達──不可。()()()()()()()()ヲ確認。──疑問提起。()()()()?】

 

「敵に馬鹿正直に手札をバラすかよ」

 

 空からは赤色が消えていた。黄昏一色になった空には、暗輪から白く月光を放つ、美しい朔月が浮かんでいる。

 

 ……本来、人理結界とは主たる超抜存在の鎧である。このように人型で独立して顕現するのは珍しい。

 だが独立と同時に、彼らは主から尽きることのない魔力を供給されている。加え、この黒騎士の例でいえば、第四位自身の能力と合わせて、ただの不死存在よりタチの悪い手駒と化そうとした。

 

 その前提が、今、たった一手で壊れた。第四位との繋がりが、サクラによる何らかの手段によって断ち切られたからだ。

 

 繋がりが途切れた兵士は、もはや不死ではなく。使用できる魔力量も、この紅蓮の剣士を打ち倒すまで、新たに供給されることはない。

 

 ──つまるところ。其は、もはや人と同格だった。

 

「俺はこと、未来視とか運命とか、超次元的な戦法をとる(ヤツ)の専門家でな」

 

 シャリン、と鈴を鳴らして剣士は刀を収める。

 もう黄昏の空も鳥居の大地も消え去って、そこには青空と戦闘の残痕だけがあった。

 

「世界線への干渉くらいは防ぐことができる。こんな感じに」

 

 ハァ、とサクラは憂鬱そうにため息をつく。

 

 油断しない。慢心しない。容赦しないは当然。

 そこで鳥居による疑似神域を生み出した時点で、神子(カレ)は、全力の淵に一歩踏み入れていたのだ。

 

【──敗北要因──不明。活動継続不可。【第八結界】、機能停止──】

 

 英雄をかたどったものが、末端から土くれに崩れていく、

 その土くれすらも、やがて空気に溶けて消え去り、この世から完全に消滅した。

 

     ◇

 

「八──か」

 

 黒騎士が最後に言い残した報告を、サクラはしっかりと聞いていた。

 その言葉の意味するところは、あの黒騎士は八枚目の人理結界だったということであり。

 

(残り一枚は偽ザカリーとして……あとは、もう一枚か)

 

 本来、超抜存在……中でも序列五位以上は、十枚の人理結界を保有する。

 しかし先日のあの遺生物の主と合わせて、第四位の持っていた結界は四枚。うち他の六枚は、約二千年前の竜退治伝説の中で、本物のザカリーとエディンバルトがとっくに破壊していたのだろう。

 

(……『聖人』がきっちり仕事を果たすと、こうも楽になるのか……)

 

 やや複雑な心境になりつつ、羽織の袖から通信機を取り出す。アガサへ報告しようとした時、

 

「──!?」

 

 遠方から、飛来するものがあった。

 わずかな既視感にサクラは正体を看破する。それを目視する前に鳥居の防壁を築き、こちらに放たれてきた()()()()()を防ぎきる。

 

「ザカリーか……!」

 

 粉塵の遥か向こう、二百メートルの距離を挟んだ位置に敵を察知する。

 そこでサクラは足元の違和感に気付いた。黒騎士と自身の攻撃で破壊を尽くした大地が、緑化してきている。

 

「アガサ!」

 

 ザザザザ、と酷い砂嵐の音の後、通信機から馴染みのある声が聞こえてくる。

 

『エメルが落とされた! 合流を──』

 

「!」

 

 サクラは再び空を見上げた。第二の遠距離射撃が迫る。

 通信機を仕舞うと、上空に魔力の雨が見えた。着弾まで二秒もない。それをはっきりと認識しながら、彼は意を決して前へ──最前線の方角へと飛び出した。

 



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34 前哨戦Ⅲ

 あの時のようだ、とサクラは思う。

 

 ──轟音がすぐ横を通り過ぎる。

 ──衝撃が背後で炸裂していく。

 ──強風が肌を撫でつけ、前へ突き進む身体を押し返してくる。

 

 地上を駆ける走者の前に広がっているのは光耀(こうよう)の空。

 ()()()()()()が、地上のあまねく全てに降り注がれる。

 

 掠れば絶死。(すく)めば必死。惑えば即死。

 どこかで悲鳴が聞こえ、途切れる。

 どこかで怒号が聞こえ、途切れる。

 

 ──走り抜けた先、最後に聞こえたのは大地を蹂躙する破壊の音だけだった。

 

 それはかつて見た戦場の光景。黄昏の大地で行われていた過去の断片。

 

「──まぁ、アレに比べればマシか」

 

 実際に眼前から降られてくるのは黄金の光槍ではなく、色とりどりの魔力の光線。

 照準はいいが追尾性能はない。網の目ほどもある隙間を縫って抜けてさえしまえば、前に進むこと自体は困難ではなかった。

 

 なので後はただ駆け抜けるのみ。

 前傾姿勢の羽織の影が駆けていく。

 無数無尽の射撃の嵐の中を、掠り傷一つ負うこともなく。

 

 その先で、

 

【■■■■──ッ!】

 

「“残照”」

 

 嵐を抜けると同時、飛び出してきた植物の獣を一閃の元に消去する。

 なんだアレ、とサクラは半目になりつつ、更に襲いかかってきた獣の群を、続く黄金の斬撃で一掃した。

 

「──サクラ殿か!」

 

「アルトリウスか」

 

 横から聞こえた声に振り向けば、やや鎧に傷を負っている銀騎士がいた。

 

「あの黒騎士は──」

 

「倒した。状況は」

 

 流石だな、というよりマジか、という驚愕を表情にしつつ、騎士団長は簡潔に述べる。

 

「劣勢寄りの拮抗状態だ。師父とエメル殿でかかり、一度追い詰めたが、先ほどの──」

 

【──■■■■■ッ!!】

 

 直後、上空から魔力の射撃が降り、周囲から二人に獣の群衆が襲い掛かる。

 

「“残照”」

 

「【術式・銀庭殺刃(スーサイド・グレイガーデン)】」

 

 それぞれ射撃の光をかわし、放たれた黄金と銀の斬撃が、害獣どもを消し去ることで鎮静化させる。

 互いに背を向ける形で、更に押し寄せてくる獣を迎撃しながら、彼らは会話を続ける。

 

「──この攻撃の最中、エメル殿を狙われて落とされた。現在治療中だ。今は師父とアガサ殿、ガルドラ殿で抑えているが、決定打がない」

 

「というと?」

 

「攻撃が通らない……いや、届かないらしい。周囲に、魔術で次元的な断層が作られているとアガサ殿が、ああ、貴殿に伝えるよう言っていた」

 

「──なるほど。役割は理解した」

 

 サクラの言葉に、アルトリウスが肩をすくめる。

 

「あー、サクラ殿。流石にここで理を展開されるのは──」

 

「分かってる。ところで近場に高台はあるか? 弓兵が置けそうな位置とか」

 

 急な質問だったが、騎士団長は淀みなく即答した。

 

「それなら南西がいい。地形が変わってなければ、小高い丘があるはずだ」

 

「ありがとう。こっちは上手くやるから、そっちは頼んだ」

 

「うむ、任された」

 

 ──それが最後の会話だった。

 あっさりとその場の迎撃を打ち切り、サクラは最前線が見える位置を目指して疾走を再開する。

 

     ◇

 

 昔から弓は得意だった。

 

 というか、昔は弓しかできなかった。

 

 それは適正、または才能とも呼べる天性のもの。まだ少年と呼べる頃、()()()弓を握り矢を射ると、その矢は自分の身長の二倍はあった大岩を粉砕した。

 

 そして同時に弓矢も爆散した。

 

 その場には粉々に砕けた岩の破片が、手には弓だったモノのガラクタが。

 

「測定完了しました。武装:弓の適正ランク、規定Sを超越。成長期待値、ゼロ。他武装の使用状況から、神子は〝熟練者〟の人材と結論します」

 

 横から聞こえる、無機質な女性の機械音声。

 白髪の少年が隣を見ると、そこには着物を着た、真っ白な人影が立っている。

 

「やしろさん、熟練者ってなに」

 

「人材分類の一つです。〝熟練者〟は先天的、無意識的に道具を理解し、素材耐久値の限界をこえての使用を可能としますが、用いた道具は確実に全損します」

 

 だから使った武器がことごとく壊れたのか、と少年は納得した。

 

「神子は特に弓術限界に到達しており、弓は鍛錬による工夫・発展・成長ができません。修練武装は成長余地ありの適正ランクA、武装:刀剣類となります。よって、これより神子には武装:刀の修練を重点的に行っていただきます」

 

「……どうやって修行するの? 何を使っても壊すんだろう?」

 

「こちらを」

 

 そこで人形が何かを差し出してきた。

 紅色の鞘に収まった、一振りの刀。屋敷の奥で見たことがある。神刀として、この社に奉納されていたものではなかったか、と少年は思い出す。

 

「四番の人理兵装(レリック)です。この刀には物質の耐久上限値が存在しません。神子の特性にも左右されず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………話は分かったけど、なんか凄いこと言わなかった?」

 

 少年は、呆然と紅鞘の刀を凝視する。

 人理兵装(レリック)といえば、先日この人形からの講義で習った、伝説の武器というやつだ。そんなものが、まさか長年、実家の奥で置き去りにされていようとは。

 

「……俺が使っていいものなのか、これ」

 

「回答不能。使用武器を変更しますか?」

 

「……謹んで使わせていただきます」

 

 じっと、手に感じる鉄の重みを眺めながら、どこかぶっきらぼうに彼は言う。

 

 刀って使いづらそうだなあ、と憂鬱に肩を落として。

 

     ◇

 

 ──そんな話も、もう昔のことだといえるくらいの時が経ってしまったが。

 

 アルトリウスから教わった丘陵は存在していた。そこからはちょうど、草原と化した前線を見通せる。

 

 距離およそ六十メートル先。

 そこでは四つの人影が衝突しており、周囲を魔力の暴風で削り合っている。

 

「あれが……」

 

 四人の中でもひときわ強力な気配、あの黒騎士と同じ脅威存在を注視する。

 紫ローブの三つ編み紫髪の少女……魔術師に見える。アレが偽ザカリー。女装とは思えぬ完成度だ。見た目だけなら()()()前後の少女にしか見えない。

 

 まぁ──模倣体である以上、オリジナルの彼とどう違うのか、サクラには分からないが。

 

(で、ガルドラと──)

 

 高速で動き続ける複数の影。

 そんな戦場で宙を飛翔しているのは、人と同程度の大きさの二体の黒・白の召喚龍。見えない斬撃やら防御の援護役のようで、当のガルドラは、まるで相手の動きを予測しているかのように無駄がない立ち回りで、続々と炎や氷の魔術を打ち出している。

 

(アガサに──)

 

 指揮刀を片手に、四十規模の銃身を侍らせつつ走る黒影。ザカリーの攻撃を片っ端から迎撃し、隙を作り、ある一定のラインをザカリーが超えようとすれば、影という影から障害を錬成し、その行動範囲を限定しにかかっている。

 

 以上の二人が、主にあの戦場の援護部隊であり──

 

(──ヴァンか)

 

 主戦力。積極的にザカリーへ接近戦を持ち込んでいる人影。

 剣を振るう様も元騎士団長さながらだが、なにより恐ろしいのは、おそらく戦いながらザカリーの魔術を分解しているらしい動きだ。

 

 例の光線爆撃がくれば、

 

「邪魔だ……!」

 

 何らかの術式を起動させ、直撃する前に、その攻撃が中空で溶けるように霧散する。

 直後にザカリーの周囲が強く瞬き、爆散したところで、分解と攻撃を並行してやっていたことが伺える。

 

 ──だが未だに大魔術師は無傷のまま。

 即座にヴァンが魔剣を振るい、直撃しようとするが──

 

「ぐッ……!!」

 

 刀身が見えない壁に阻まれる。透明な壁で、魔剣の一撃は止められる。

 ザカリーが銀の杖を一振りすると、その場に大地を割る雷撃が降り注ぐ。

 だがそれを受けた者はいない。人類代表の三人は、距離をとったザカリーを追って、再び追い込むように動き始める。

 

「よし──流れは分かった」

 

 一連の彼らの動きを頭に叩き込み、サクラは射撃タイミングを推しはかる。

 ……鳥居を狙撃地点にするという手もあったが、ここはもう敵の侵食下だ。下手にこちらの理を察知されると、数少ない奇襲のアドバンテージが消えてしまうだろう。

 

 なのでこのまま魔導炉を稼働させ、手元に魔力を集中させる。

 イメージするのは魔力の弓矢。そう難しいことではない。

 

 連日、魔術に関する指南書も読み込んで、()()()()()()()()()というのもおおよそ掴んでいる。残念ながら習得できたのはそこ止まりで、その先の「魔術」の理論を理解し、モノにするには及ばなかったが。

 

(……魔術国家の日々も、悪くはなかったか)

 

 得たものはあった。

 今はそれを実技として用い、証明するのみ。

 

「“(つい)の残光、闇月(あんげつ)の矢。無神の咎が我が逆理を示す”──」

 

 唱えた言の葉に魔力が励起する。

 構えた左手に、大弓が形作られる。

 黒く、細い造りのソレにつがえられるは紅蓮の矢。

 

 弓兵の紫眼が戦場を見る。的を見る。

 ──(あた)る、と直感して。

 

「一射撃滅──【絶天豪矢(ぜってんごうや)】」

 

 ばんっ!! と銃声と聞き紛う爆音がした。

 砲身たる大弓が砕け散る。赤矢が、弓の構築に用いられていた魔力全てを呑み込んで、一気に飛んでいく。

 

 大気を割って放たれたその一矢は必中絶殺。赤い流星は豪速で空を打ち抜き、六十とあった距離を刹那に一へと変じた。

 

【──!】

 

 大魔術師の紫眼もまた、狙撃手を目視する。

 紅蓮の一閃が間合いに入った時、とっさに後ろへかわそうとするが。

 

「「止、ま、れぇぇ────!!」」

 

 広がった影が大地を砕き、その足場を陥没させる。

 起動しようとした転移の術式を、黒鱗の龍の斬撃が破壊する。

 

 瞬間。次元断層の壁を抜けた紅蓮の矢が、人理結界の頭部に直撃した。

 

 魔術師の三角帽が落ちる。ソレを起点として発動していた、全ての魔術が消失する。

 ──そこへ。

 

「く、た、ばれぇぇぇ────!」

 

 魔剣の一撃が振り下ろされる。

 刀身は紫の人影の胴を切り裂き、その動力炉の核が両断された。

 



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35 顕現

 大魔術師ザカリーにまつわる逸話なぞ挙げだしたらキリがないことを、誰よりもヴァンは知っていた。

 

 曰く不治の病をたちどころに治したとか。

 曰くどんな文献にもない叡智で人々を救ったとか。

 曰く神出鬼没で、ある時は複数の時代に現れただとか。

 

 眉唾モノの話が、大真面目に歴史書に残されていることもある。

 

 それをヴァンは信じることも信じないこともしなかった。

 出会ったこともない、ただ先祖にいるらしいだけの人物だ。真偽なぞ気にしたこともない。

 

 ──ほんの数日前までは。

 

「今からする話は別に信じなくてもいい。都市伝説の一つとでも思ってくれ」

 

 ソファに座ったまま、テーブルに歴史書と竜退治の伝説が記された本を広げたサクラは、まずそう切り出した。

 

「この世には『聖人』と定められた人物が誕生することがある。彼らは神々から、この世界に関する全ての知識──あらゆる可能性の世界線をも含めた知恵を与えられ、それぞれで受けた、神の命令たる『啓示』を達成するためだけに活動する」

 

 ──なぜだか、知り合って間もない剣士によるその話は、どこか真実味を帯びていた。

 ザカリーの伝説と同じかそれ以上に信じがたいそれ。しかし彼が話す分には、本当に世界真相の一端を話されているような気分になった。

 

「えーと……つまり、ザカリーはその『聖人』っつー人材だった可能性がある、と……? 『啓示』ってのはなんなんだ?」

 

「──聖人というのは魂も肉体も特別製でな。なにせ神々の寵愛を一身に受けたようなもの。率直にいって、その身は不老不死だ。彼らが死ぬための条件……それが『啓示』だという話だ」

 

「──、」

 

 いや、伝説にしてはちょっと、かなり重くないか? とヴァンは思う。

 

「なんだって──神々は、そんなことを?」

 

「……世界の終わりを回避するため、だそうだ。『古代予言』と同じような経緯さ。戯れに未来を予知した結果、神々は世界の結末を知って、それを変えようとした。そうして生み出されたのが、歴史に介入する力を持たされた聖人、というワケだ」

 

 ヴァンは、先刻サクラが言った言葉を思い出す。

 「生まれから運命まで、神々に利用されるためだけに生まれてきた──未来のための人柱」。

 最終目的はともかく、聖人というのは完全に神々の奴隷……という事らしい。

 

 それを踏まえて、ヴァンが出した感想は。

 

「──ふむ。つまり、俺の先祖はすげーってことだな」

 

 純粋たる、先祖への敬意だった。

 

     ◇

 

 斬った紫色の魔術師が倒れていく。

 確かな手ごたえ。確実に殺した。

 蘇生する気配も、ましてや復活するような気配もない。

 

 それも当然。人理結界の能力は個々で違う。

 いくらAという結界が死の超越──世界線から核を持ってくるような力を持っていても、それはAという結界だけの能力だ。

 

 だから、ここで終わる。

 ザカリーの姿をした人型結界の運命はここで潰える。

 

「……は────ぁ」

 

 ヴァンは息を吐きだす。酷く、疲れた。

 それは戦闘の疲れももちろんあるが──

 

【……いい天気だね(Nice weather.)。……エディンバルト(My friend.)……】

 

 この。

 倒れた後も、だくだくとその口から零れ続けるこの台詞。

 

「……趣味悪ィ」

 

 それにヴァンは顔をしかめる。決してその言葉の内容にではなく。

 

(ザカリー本人が生きていた頃の記憶にして記録……か。チ、複製体とはよく言ったもんだ)

 

 偽ザカリーの言葉は、おそらく、オリジナルとなった本人が生前に放っただろうものだ。

 文脈の順序なんてものはない。日常会話、なんでもない日々を過ごした時の言葉、戦闘中にでも放ったらしい台詞、返答を望まぬ独り言まで──()()()()()()()()()()

 

 ……亡者の墓場を掘り返すよりもおぞましい。

 生者の生きた痕跡を、生きた道程のみを再演した記録体など。

 

(……地竜ロヴァルグランが司るのは、地と存在と再生。ザカリーとエディンバルトの存在は、地竜の力を使って再現されたのか……)

 

【──私の】

 

「?」

 

 不意に、はっきりとした音声(こえ)が聞こえた。

 今も指先から土くれへ還ろうとしている、人理結界の喉から発されたものだ。

 

【私の運命に終わりはない】

 

 中性的な声は淡々と、死ぬ間際まで過去を紡ぎ続ける。

 

【役割とは、そういうものだ。エディンバルト】

 

(……過去の記憶を、辿っているのか……?)

 

 ヴァンは一人、崩れゆく存在のその声を、ただ見届ける。

 

【ラグナ大陸も良いところだったけど、ここも中々だろう?】

 

(──!? ラグナ大陸!?)

 

 突然飛び出してきた意外な単語に息を呑む。

 だが驚愕はそこでは終わらなかった。

 

()()()()()()()()()()。「黄昏(たそがれ)家」といえば分かるかな?】

 

「……はぁぁぁ!?!?」

 

 知らねぇ!! 何それ!?

 そんな末裔の叫びに構わず、再現体は言葉を続ける。

 

【一人目は真面目すぎ、二人目に至ってはこの通りだ。最後の人間には合わせる顔がない】

【四人目は……どうかな。どうか無事であればいいんだけど】

【「終末戦争(ラグナロク)」は厳しいよ? キミに神を殺す覚悟はあるのかな?】

 

「……っ」

 

 ラグナロク──

 前半の言葉の意味は把握しかねたが、サクラたちが言っていた出来事を把握しているような発言に背筋が凍る。

 

 聖人とは、こういうことか。未来を()る、世界の介入者──

 

【問題はないし後悔もない──私は神々の命令に殉じよう】

【だから、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──は?」

 

 思考が止まる。理解の回路が停止する。

 今、こいつは何と言った?

 

【為るのなら剣がいい。だってそれなら、使うのは優れた騎士に違いないからね】

()()()()()()()()()。すなわち、それは()()()だ】

 

 ──なんだ。何を聞いている?

 

「……人理兵装の素材は、魂……?」

 

 ──そうだ。聞いたことがある。

 人間の魂は理そのもの。ならば人間だというザカリーは。

 

「……、」

 

 視線が、持っている魔剣に向く。

 言葉が、否応なしに流れ込んでくる。

 

【聖人というのは()()()()()()だからね。だから二番目のこの行いの結果も、分からなくはない。とはいえあまりに酷すぎるし、私は彼を支持しないけれど】

 

「──なんで」

 

 ヴァンは魔術師を睨んだ。

 もう手足も胴体も崩れて、頭しか残っていないそれ。

 ただの過去の再生機といえど、言わずにはいれなかった。

 

「なんで貴方は、そこまでしたんだ」

 

【──それが、私の啓示だからだ】

 

 再生はそこで終わった。

 それが我が人生に下した決断であり意志であったと、告げるように。

 

「……ああ。本当に、良い一振りだよ」

 

 弔いはそれだけ。

 過去を見届けた騎士は、現在へと意識を切りかえる。

 

     ◇

 

「ナイスショット」

 

 ぱしっ、とハイタッチの音が鳴る。

 アガサと合流したサクラは、周囲の状況を確認する。戦場の空気は凪いでいた。先まで動いていた樹木の獣たちも活動を停止し、土くれになって消え去っていく。

 

 ヴァンは離れた位置で人理結界の消滅を見届けており。

 こちらへ歩いてきたガルドラが片手を挙げた。

 

「よォ、なんか凄い一撃だったな? 裏でサリエルの奴に習いでもしたのか?」

 

「いや、ただの特技だよ」

 

 戦闘の猛攻で、厳つい見た目の割に整えられていた魔術師ローブも今はボロボロだ。大きく魔力を消費した様子だが、動けないほどではないだろう。

 

「しっかしザカリーってのはおっかねぇぜ。後にも先にも、相手すんのはこれが最後だと思いてぇな」

 

「あ、そうだ。エメルー? 生きてるー?」

 

『当然でしょう。下がった後でもザカリーを地上に縛り付けてたのはわたしよ』

 

 アガサの適当な呼びかけに、念話で気丈な声が返ってくる。

 元気そうで何より、とガルドラは肩をすくめた。

 

 ──世界に異変が起きたのは、その時だった。

 

     ◇

 

「まぁ、神々のことだ。『世界を救う』だなんて、どうせ建前だろうけどな」

 

 帰り際。

 そろそろ炎竜を探しに行こう、とヴァンが部屋を出る時、ソファに座ったままサクラはそんなことを零した。

 

「ちょっ……そこを否定したら、聖人が浮かばれないじゃねぇか」

 

「計画なんてどうせとっくに狂ってる。じゃなきゃ、超抜存在なんて災害が今日まで残ってるハズがない。ラグナ大陸ではな、もう世界は終末期に突入してるって認識が常識なんだ。聖人も俺たちも含めて──所詮は神々の遊び道具さ」

 

「……それでも、きっと何か、結果が残るはずだろう?」

 

 そう返さずにはいられなかった。

 たとえ何もかもが何者かの手の内だったとしても。

 その中で自分たちが成し遂げるものは、きっと在るはずだと。

 

「そうかもな」

 

 肯定の言葉は思いのほか早かった。

 沈黙が訪れる。それじゃあ、と会話の終わりを思ったヴァンは、部屋を後にする。

 

 

 バタン、と扉が閉まる。

 一人残された彼は、誰に向けるでもなく、

 

「だがそんなことは死んだ後じゃないと分からない。絶滅を前提にした成果なんて、もっと救いようがないと思わないか?」

 

 そんなコトを、最後に呟いていた。

 

     ◇

 

「休む暇もないな」

 

 サクラの声は平然としている。

 

「やぁっとお出ましか。待たされたぜ」

 

 アガサの声もまた、日常会話のように気軽なものだ。

 

 大地が揺れる。ぎしぎしぎしぎしぎし、と怒りのように震えている。

 地上の鳴動、空気の変質。異変は、その風景を一変させた。

 

 ()()()()から、青空は消失した。

 黄昏。

 宿刀の真説顕現時に見る美しい黄金ではなく、より深く、より濃い、よりおぞましい赤橙色。

 

 全てが不自然に静止していた。風の音も、零れ落ちた水も、揺れるはずの枝葉も、崩れようとした土砂も、現れた地平線の落陽も──全てが、その存在の前に活動を停めていた。

 

 大地が割れ、境界が開く。

 空間が裂け、境界が蠢く。

 音が消え、気配が消え――境界が歪む。

 

【『破滅招くは我が黄昏なり(カタストロフィ・イグドラシア)』】

 

 激震。

 地を割ってせり出す、束となった大木の根。戦場を破壊しながら、地上の人類全ての抹消を目的とした()()は。

 

「────初っ端から本気かよ第四位ぃぃ──ッ!!」

 

 アガサの抗議もかき消して。

 その場そこにいた全ての魔族の視界を黒へ塗りかえ、この世に絶望をもたらしながら顕現した。

 



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36 第四位

次元を彷徨う。

求むは安寧のみ。

もたらすは破滅のみ。

枝が目指すは地上の楽園。

咎を恐れぬ者のみが挑むがいい。

汝に、境界を踏破する覚悟はありや?

 

 

 ──ヴァンの意識が戻った時、戦場の風景は一変していた。

 

「……ぁ、」

 

 デタラメにかき混ざって隆起した大地。

 地割れから伸びた数百メートルはある樹々の根。うつ伏せになっていた状態から天を見上げれば、その一つの大存在を──かつての嵐の日のように──目視する。

 

【■■■■■■■■──ッッ!!】

 

 五感を揺さぶる、大自然の叫喚。

 声量は大気を伝わり、アルクス全土に響き渡らせているかと錯覚するほど。

 

 大樹らが竜をかたどった異形の頭部。

 地面と縫いつく五、六十メートルはある樹の四肢とその胴体。

 数多の枝葉と絡み合いながら広げられる、空を覆う樹の両翼。

 

 ──超抜存在、第四位・境界竜イグドラシア。

 

 地上を脅かす、動く天災がそこに顕現していた。

 

「っ──! ガルドラさ……、!?」

 

 周囲を見渡すと、そう遠くない位置で龍人は倒れていた。近づくと、息はあるし脈もある──ただ、意識だけが完全に消えていた。そこへ、

 

「なにかの術を行使されたな。お前は平気か?」

 

 辺り一帯から生えてきた巨大な根をよけつつ、サクラが近寄る。

 大規模な破壊と顕現の一撃だったが、反射でかわしきれる程度のものだった。今も低く、遠く、雄たけびを上げる竜を警戒しつつ、生存者たちを確認する。

 

「ああ、特に問題はない……アガサは?」

 

「今、少し向こうで砦に連絡をとっている。念話は繋がるか?」

 

 言われてヴァンは通話を試みる──だが、応答一つない。

 

「……っダメだ。使えはするが、何も……」

 

「ダーメだダメダメ、全っ然ダメ! この気配、純魔族の奴らは全員やられてるんじゃねーの?」

 

 と、アガサが悪態と同時に合流してくる。片手には通信機。参った、というより面倒くせえ、という顔だった。

 

「対魔族に特化した術、か。……ん? じゃあヴァンは……」

 

「……あ、つい先刻分かった事実なんだが、先祖(ザカリー)がタソガレ家? の人間だったらしい。そのせいか……?」

 

 サクラとアガサが固まった。大きく目を開き、ヴァンを凝視する。

 

「──そんな、馬鹿な」

 

「え、本気で? そんなコトある!?」

 

「???」

 

 なぜか二人は心底から驚愕を露わにしている。その原因はヴァンには掴めなかったが──

 

【■■■────】

 

「て──んな事言ってる場合じゃねぇ! 魔族の全員がやられてるってことは、まさか、俺たちだけでアイツをやるってのか!?」

 

 今のところ、第四位に目立った動きはない。空洞を響かせるような声を上げてはいるが、足元の生存者たちには気づいていない──相手にすらしていない、という様子である。

 

「そりゃ人手に頼れないんじゃあなぁ。──やれる?」

 

 アガサの赤眼がサクラに向く。

 

「……やろうと思えば単騎(ひとり)でも。ただ、砦や他に倒れてる連中を庇いながらだと、拮抗できて一分だろうな」

 

「オーケイ。よしヴァン、お前はガルドラ連れて砦に戻れ。んでリュエの奴を起こしてこい。こっちで最後の人理結界を壊したら、奴の火で一気にダメージを稼ぐ」

 

「それは……けど」

 

 ヴァンのためらいの理由は二つ。

 第一に、二人をここに残していくことと。

 第二に、第四位という「王国の障害」を、彼らに任せてしまうことへの罪悪感──

 

「転移を使えるのはお前しかいない。それに、今の俺たちは同盟関係だろう?」

 

 それを読み取ったか、サクラがそう言葉を差し込む。

 ……ヴァンの覚悟は、そこで決まった。

 

「分かった──死ぬなよ!」

 

 ガルドラに肩を貸して、魔術師は転移術用の札を消費する。

 その間際、おや、と不意に彼は思う。

 

(……そういや、サクラもアガサも、純粋な魔族じゃなかったのか──?)

 

     ◇

 

 人理結界や超抜存在と戦う際は、どれだけ切り札を切れるかどうかが鍵となる。

 もちろん相性の問題もあるが、用意している切り札の数が勝敗の行く末を決定する──それが最大脅威との決戦だった。

 

「口が上手くなったじゃねーか」

 

「あの手の人種は、筋の通る信頼を見せれば簡単に信じる」

 

 ヴァンがガルドラを連れて砦へと消えた後、二人は脅威を前に言葉を交わしていた。

 

 当然ながら他に人気はない。都合のいい助けなど見込めはしない。

 で、あるならば。

 ここが彼ら二人の()()の出し所、ということになる。

 

 パチン、とアガサは指鳴らしをし、この周辺空間の一帯に、軽い仕掛けを施した。

 

「神子の慧眼、恐れ入った。性格わるぅー」

 

「お前やイリスほどじゃない。自信を持て」

 

「性格のほう?」

 

「いや、どっちも」

 

 ズズン、と再び地鳴りがした。

 大地の亀裂からは徐々に大樹の根が伸び、境界竜自体も、少しずつ自由を獲得してきているようだ。

 

 放っておくことはできない。

 

 しかし、たかが人類二人で何ができるのか。

 

 その答えを、今、この瞬間だけ彼らが示す。

 

「【洗霊覚醒(アーツドライヴ)】」

 

「“逆行輪廻”」

 

 ──顕れた二つの強い気配に、大気が軋む。

 

 詠唱と同時に、サクラは自身の精神状態が固定化されるのを感じた。

 自我、自意識、人格といった「紅蓮朔空」を構成する要素が薄れ、存在がより理に近づき、精神が極限の戦闘状態へと切り替わる。それに応じ、エーテル色素に染まっていた紅藤の髪色が、元の白髪へと戻っていく。

 

 一方、“逆行輪廻”と唱えたアガサも在り様を変えていた──その変わりようはサクラの比ではない。

 黒髪が輝くような()()へと塗りかわるだけに留まらず、彼女の気配、存在自体が人類からかけ離れる。

 それは悪魔よりも禍々しい──()()そのもの、深淵という概念を具現したモノ。

 

 変貌した髪色と存在起源の由来は、彼女の前世。

 遥か遥か昔────「大悪魔」と恐れられた、原初の悪魔の力に他ならない。

 

 その隣で、白髪の剣士が鯉口を切る。シャラン、と鈴の音が響いた。

 

「これより竜を廃滅する」

 

「粛清の時間だ、()けよ同胞」

 

 脅威に挑むは、終末越えの人類二人。

 異邦の土地に、その存在が今、刻まれる。

 

 

【■■■■■■■■────!!!!】

 

 地上世界で樹海の竜が吼え猛る。

 伝播する震動は重力となり、二人の挑戦者を押しつぶそうとする。

 

 ──作戦も合図も不要。

 彼らは互いの戦闘スタイルの根幹にあるものを理解している。なぜ、どうやって、それを選び構築し習得したのかを、知っている。

 

「宿刀理論・空絶(くうぜつ)説」

 

 第四位のいる空間に向けて斬撃が入った。竜を構築する樹木の鎧が斬り落ち、地上に残骸として降っていくが、二秒と経たない内に再生が始まっていく。そんな竜の麓から退避しつつ、サクラは次に起こった衝撃の根源を見た。

 

「【闇よ、黒よ、終わりの死を(ブレイク・バースト・エンデッド)】ッッ!!」

 

 ──撃ち放たれるは黒の正拳。

 拳撃にまとった魔力の黒波が地表をえぐり抜く。

 それは眼前の大地ごと、大樹の根本をも引き千切って、境界竜を軽く()()()()()()

 

 直後に、境界竜の目が動く。視線は地上の悪魔一人。

 虚空が歪む。そこから出現した無数の岩の大槍が、一斉に外敵へ向かって降り注ぐ。

 

 ──敵と見なしたな、とサクラとアガサの思考が重なる。

 

【■■■■■■!!!!】

 

「ッルッセェ、死ねぇ──!!」

 

 黒拳、二撃をもって迎撃す。

 岩槍が破砕され、意識が悪魔に向いている境界竜(イグドラシア)の左側面で、紅蓮の剣士が刀身を閃かせる。

 

終論(ついろん)・空斬絶刀」

 

 空斬説の奥義にあたる絶技が現れる。一閃は竜の片翼を叩き斬り、それに対抗してか、サクラの側に樹々の根が束となって襲い来る。

 

「“残照”──【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 放たれる黄昏の焔と黄金斬撃。

 樹々を灼く一撃は、そのまま境界竜本体にも攻撃を及ぼすが──その瞬間、境界竜の姿が、色が、空間ごとブレを起こし、無傷のままそこに実存する。

 

「──世界線を飛んだな?」

 

 剣士がそのロジックをすぐさま看破する中、再び地上の大悪魔が動き出す。

 

「融けろ融けろ融け落ちて死ね──【黒天厄災(ガストレイン)】!!」

 

 アガサが指さした先、境界竜の頭上に、黒い天球が現れる。

 直径三十メートルほどの漆黒太陽。そこから滴るのも黒い水滴。それは鋭さを帯びて刃と化し、敵と地上へ無差別に放たれた。

 

 境界竜と同等──いや()()()()()の権能が発動し、世界線移動などという暴挙は、彼女がいる限り、永続的に封印される。

 

【■■■■ッ!!】

 

 雨粒の触れた個所から、境界竜の肉体が黒く侵食していく。侵食される先から再生を続ける中、再び、イグドラシアが強く大地を叩いた。

 急激に隆起した地面に変革が起きる。地上の化身の命に従い、大自然はその有様を()()()へと変貌させ、反逆者たちを飲み込もうとする。

 

「──、」

 

 降りしきる黒い豪雨の中でも、サクラは顔色一つ変えずに、不定の地形を疾走していた。

 雨は特にかわす必要がない。雨粒そのものが彼の肌に触れる前に弾かれ、蒸発しているからだ。

 神子である彼の身には──たとえ大悪魔のものであっても──あらゆる呪いは通じない。

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 鳥居で自身を上へ飛ばし、イグドラシアと地上の変容から逃れた位置。

 そこから放たれた宿刀の一閃が陸津波の勢いを殺し、

 

「──それイイな。私もやろ。【冥界式・黄昏斬撃(ルナティック・レイヴァンテイン)】ッ!!」

 

「お前な……」

 

 魔力のこもった悪魔の声はよく通る。

 いつの間にかアガサが右手に握っていた指揮刀から、黒を帯びた黄金斬撃──サクラの“残照”と酷似したものが解き放たれ、進もうとした大地の津波を焼き払う。

 

 ……あえてレイヴァ()テインなのは、偽作という慎みからか。まさかの自分の模倣という所業に呆れながら、当の剣士は着地した鳥居の上から、次の攻撃行動へ移る。

 

「空論・絶月(ぜつげつ)

 

 異常な魔力の高まりから予測した、境界竜の次の行動を概念的にキャンセルする。放った斬撃が、攻撃そのものを斬ったのだ。

 生まれる一瞬の隙。そこで迷いなく、敵正面にいる悪魔が火力を装填した。

 

「ちょっとはダメージになぁーれ! 【闇黒撃墜/混沌の一(カオスリロード)】ッ!!」

 

 稼働したのは、彼女自身の魔力によって作られた一丁の巨大黒銃。錬金術によって用いられている黒銃のオリジナルたるソレが吐き出すは、悪魔の魔弾。

 ドガッッッ!! と凄絶な爆音を轟かせながら飛翔した一弾は、境界竜の頭部を直撃し、その半分を消し飛ばした。

 

【ッッ■■■■…………!!】

 

「悔しいか第四位──! 恨むなら()()()()を恨めよなぁ──!」

 

「煽るな煽るな」

 

 などと言っている間にも二人は後続の攻撃の準備を済ませている。

 

「殺神論・黄泉斬朔月(よみきりさかつき)──()()()()

 

 第四位を見下ろせる位置に出した鳥居の上から、容赦なく、宿刀から()()()()()()の一撃を振り抜く。

 真説顕現の効力を持つ黄金の一閃は、鮮やかに人理結界を裁断した。

 

「──我が罪業にして再誕の一、【深淵戯曲・失墜罪園(メインフェトゥルス・ダウンフォール)】……!!」

 

 金髪の影も空へと跳び上がる。

 振り下ろされた指揮刀の動きに呼応し、雨を降らしていた黒い太陽が形を変える。

 瞬間、発現したのは七十二の暗黒の光柱。

 黄金斬撃への退路を断つように発動された大災厄の雨は、境界竜の翼を、胴を打ち抜き、その場の地上をも暗黒に塗り替えていく。

 

【──■■■■──】

 

 最後の防壁たる人理結界が割れ、空から赤橙の黄昏が去っていく。

 災厄の大雨を受け、肉体が欠けた境界竜の巨躯が、大きく揺らぐ。

 

 それでもまだ、生きている。

 

 超抜した存在は、未だ完全に崩れることなく、その存在を保ち続けている──

 

「あ、来る」

 

「む」

 

 滞空したまま片手を挙げたアガサの合図に、サクラは自身にかけていた【洗霊覚醒(ブースト)】を一瞬で解除した。毛先がまだ白いが、髪色も大方、紅藤色へと戻っていく。

 一方のアガサもまた、同じようにブーストモードを解除し、世界を威圧する存在感が一つ消える。眩い金髪も、元の黒髪に戻っていく。

 

 ──そして。

 

『──ふはーっはっはっは!! 苦戦しているようだな、じんる──ってアレ、結構もうダメージ入ってるぅ!?』

 

『いやそんな馬鹿な──マジかッ!? い、一体どんな手を使ったんだお前ら!?』

 

 脳内に響き渡る念話の声。リュエとヴァンだ。

 ……最初にアガサが錬金術による蜃気楼(幻術)で、こちらの戦況(けしき)を誤魔化していたのが、どうやら上手くいったらしい。

 

『最後の人理結界は斬ったぞ。炎竜、やれ。早く』

 

『え、これ我いる? そのまま汝らが──』

 

『やれっつってんだろ呪うぞテメエ。火力足りてねーんだよ!』

 

『頼み込む者の態度ではないなァ……ま、よかろう。よぅ~やくの出番だからな!! 下がっているがよい、下級存在ども!』

 

 はいはい、とサクラとアガサは地上で合流しつつ、境界竜から距離をとるため走り出す。

 その時、イグドラシアが咆哮した。

 

【■■■■■■──ッッ!!】

 

「ッ……!!」

 

 地響きが再び世界に伝播する。

 蹂躙された大地の割れ目から生えた大樹の根という根が絡み、欠けた部分の肉体を再構成し、この世に新たに息吹を得る。

 

「チィ、折角叩き込んだダメージもお構いなしか……! ……!?」

 

 隣で並走するアガサが、まさかと息を呑む。サクラも気付いて顔をしかめた。

 直後、砦の方角で炎の奔流があった。

 

『ふふはは! どうやらやる気十分のようだな第四位! 望むところである……!』

 

『ちょ、ちょっと待て炎竜様! まだサクラとアガサがそっちに──』

 

『待つ必要なぞあるまい! 奴らなら勝手に生き延びるであろう!』

 

「カスか?」

 

「テメエ!!」

 

 退避中の人類の抗議もなんのその。聞く耳もたず。

 砦で吹き上がっている黄金の焔の苛烈さと勢いは増すばかりで────

 

「!?」

 

 途端、サクラを襲う浮遊感。アガサによって肩に担がれたのだ。

 即座に指示が飛んでくる。

 

鳥居(ブースト)!!」

 

「ッ……!」

 

 ダンッ、とアガサの足元から鳥居が射出される。それを空中でも連続で繰り返し、カタパルトにして、一気に彼らは境界竜から──主にこれからこの戦場を襲うだろう災害の射線から、全力で逃げていく。

 

『【我こそが原初の焔、聖なる炎を司りし者】──』

 

【■■■■────】

 

 戦場の南北で開戦の合図が響き始める。

 砦では、黄金の焔が一つの形を作り上げていた。それは境界竜の威容にもひけをとらぬ、巨大な竜。炎そのものとなってその真の姿を顕した、始祖竜が一角。

 

 そんな天敵の気配に脅威を感じてか、大地の竜もうなり声を上げ、戦場全体の大地から魔力が集約されていく。

 

 動きは同時に。

 この決戦を終焉へ導く、超次元の号令がかけられる。

 

『──刮目せよ! 【滅亡を謳え、我が聖火(セイクリッド・カタストロフ)】ッッ!!』

 

【──■■■■■■■■──ッッッッ!!!!】

 

 黄金焔の竜と、

 新緑樹の竜との口から、絶大な威力を伴った咆哮(ブレス)が吐き出される。

 

 サクラとアガサの位置は、どうにか射線外上空。

 こちらにくる吹き荒れる轟音と爆風をアガサが錬金術で防ぐ中、眼下では黄金の魔力と緑色の魔力とがぶつかり合う地獄が繰り広げられている。

 

「……今あそこに飛び込んだら、塵になれるな」

 

「……塵も残らないと思うが」

 

 余波で地表どころか地形ごと変えていく大激突。

 それを地上百メートルの空に出した鳥居の上から、サクラたちは目撃していた。

 

「……ところで、戦場の兵士たちは大丈夫か?」

 

『炎竜様に声がけする前に、俺の方で安全圏に回収しておいたよ……連絡に時間かかって悪かったが、これは正解だったなぁ……』

 

「「英断」」

 

 それなら自分たちも境界竜を足止めした甲斐があったというものだ。

 と、十秒ほどの拮抗をみせていた竜同士の咆哮合戦も、動きがあった。

 

「──勝つ」

 

 平然としたアガサの予見通り。

 徐々に魔力は炎竜の焔が押し切り──やがてイグドラシアの魔力が、黄金火に飲み込まれていく。

 

 やがて勝敗は訪れる。

 黄金の炎の勢いは衰えることなく、境界竜を護る大樹の鎧ごと、第四位の姿を、完膚なきまでに灼き滅ぼした。

 



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37 決着

 大樹の竜が燃えていく。

 ごうごうと黄金の焔は燃え盛り続ける。

 

 ……だが。

 

【■■■■、■■■■■……!!】

 

 全身を灼かれながらも、未だ、まだ第四位には足掻くだけの息があった。

 もう大地を震わせるほどの咆哮も、地上を蹂躙するだけの力もない。存在を保つために再生を繰り返しながら、後は徐々に削られていくだけ。

 

 それでも、その中でも、境界竜イグドラシアは、最終目標を欠片も諦めてなどいなかった。

 

     ◇

 

 上空の鳥居から、サクラは一人、その様を眺めていた。

 アガサは先に砦へ戻った。念話曰く、地上では兵士や魔術師たちも少しずつ意識を取り戻しつつあるらしい。

 

 目が覚めていたら仇敵が薪にされていたなど、まぁまぁ衝撃の光景のようだが。

 

(……初めに奴が放った詠唱……対魔族特化……なら、やはり『魔法』の線が強そうだな。言うなれば、魔族という存在を否定する理か)

 

 こちらの戦力のほとんどを、一瞬にして機能不全に陥らせた術。

 それをサクラは魔法──神気によってもたらされる術と推測していた。

 

 魔法とは、理そのものに干渉する超越術。サクラやアガサといった『理持ち』にとっての天敵だ。

 理論という道筋を無視して理を発現させるそれは、彼らの魂を操ることにも等しい行いなのだから。

 

【■■■■■■……──!】

 

「!」

 

 その時、炎に焼かれながら、境界竜がその両翼を大きく広げた。

 場の空気が変わる。イグドラシアのいる時空間が歪み、背面に現れた赤色の線という線が、青空へ、まるで枝のように伸びていく。

 

「──あいつ、まさか……っ、【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】!!」

 

 行動の意図に思い当たった時、サクラは即断して空を黄昏に塗り替える。空間距離を無視して境界竜本体へ突き刺さった黄金斬撃は──しかし、無数の赤線の一本を消し去ったのみだった。

 

「っ──」

 

 ──根本からして、存在格が違いすぎる。

 敵との純粋な()()()に目を見開いた時、頭にアガサの念話が叩き込まれた。

 

『ちょいちょいちょ──い!? 何が起こり始めたんだアレ! 有識者ァ!!』

 

「逃亡だ……! 第四位は他の世界線──もっといえば、『自分が存在可能の世界』に移動しようとしている! 俺の人理兵装(レリック)ではどうにもならない!」

 

 斬撃で境界竜の逃亡という可能性自体を斬る──サクラならできそうな話だが、生憎と【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】では、先の通り、境界竜の存在格に押し負ける。

 

 サクラの持つ「裏技」をもってしても、今行われようとしている術は、境界竜にとって“脇道へ歩きだそう”としているだけだ。()()()()()()()()()()()()()には、なんの効果もないだろう。

 

『──チィ、だったらもう一度……!』

 

 念話の向こうでアガサが何を考えているかは分かった。今一度、“逆行輪廻”で使える権能を用い、世界線の移動を封じようというのだろう。

 

 だが先ほどとはもう状況が違う。炎竜が見ている上、王国勢の目もある。

 いくら錬金術で目くらまししたところで、ただならぬ気配の顕現は隠しようがない。

 たとえ今は元・■■■であろうと、露見した時のリスクがあまりにも高すぎる──

 

『──逃亡か。それは困る。勝ち逃げなど、私が最も嫌うものだ』

 

「……!?」

 

 念話に、強く割り込む声があった。

 サクラがその正体に思い至る前に──砦から、覚醒状態のアガサにもひけ取らぬほどの、禍々しい魔力の波動を感じた。

 

『〝(なんじ)冥闇(めいあん)の息吹より来たりし深淵なり。

  死を言祝ぐは墜落の楽園。死を忘れんとするは我らが原罪〟』

 

 紡がれるは魔術の詠唱か。

 そこで砦の方角を向いたサクラは、その屋上に、黒い宮廷魔術師──サリエルらしき影を見た。

 

『〝叡智の罪過は天を穿つ。終局の破壊は地に(あまね)く。以って顕れし混沌こそが原理を創る〟』

 

 砦上空に黒の大魔法陣が開かれる。周囲の魔力、エーテル、神気が黒い放電と化す。

 すると、今も炎に包まれている竜がいる地点にも、同じ大魔法陣が展開され──

 

『我が(いみな)において招来せよ──【永罪楽園・深淵死曲(エンド・レクイエム)】』

 

 地上から吹き上がる漆黒の極光。

 炎に塗り重ねるように発動された大魔術は、境界竜背後にあった無数の赤い光を消し去っていく。どころか、今も炎から再生を続けるイグドラシア本体にも、更に腐敗と石化混じりの呪いがもたらされているようだった。

 

(きゅ、宮廷魔術師……)

 

 あまりに埒外の大魔術に、サクラは賞賛の言葉も思いつかなかった。むしろ震えすらある。

 ──王国、絶対に敵に回したくない。

 そんなことを思っていると、今度こそ、境界竜が地響きをあげながら大地に倒れこむ。

 全ての力を使い果たし、もはや動くことすらままならない。

 

 ……そう。ここまでやっても、アレはまだ、()()()()()()の状態だ。

 

 後は一息に、誰かがトドメを刺すだけ。そしてこの地点に至ってようやく──

 

「あとは……俺の仕事か」

 

 死に体の第四位の元へ、異邦の剣士が向かう。

 この戦いの決着と──その全ての咎を、持っていくために。

 

     ◇

 

「……うわ……」

 

「ほう。やるな、あの末裔っ子悪魔」

 

 サリエルの大魔術の光景を、砦の外でヴァンも見ていた。すぐ横には、少女体に戻ったリュエが感心した様子で立っている。

 

「だが、やはりしぶといな。伊達に四位ではないというコトか」

 

「!? アレでまだ生きてるってのか!?」

 

 リュエの言葉に、ヴァンは視覚を魔力で強化して、たった今地上に崩れ落ちた敵を見る。

 顕現した時に感じた威圧感も、存在感もまるでない。全身を焼かれ、呪われ、力を使い果たした樹々の身体は黒く変色している。

 

「あと一息、というところだろうがな。行くか?」

 

「──当然だ。前は倒し損ねたが、今度は違う。絶対に今回で終わらせる……!」

 

 魔剣の柄を握り、境界竜を睨む。

 そんな彼の様子を見て、薄くリュエが笑った。

 

「フ──いい覚悟だ! ならば我が運んでやろう。()()()()()()()。それでいいな?」

 

「────、トガ?」

 

 一瞬、言われた単語の意味を思い出すのに時間がかかった。

 怪訝な声を上げたヴァンに、おや、とリュエは小首を傾げる。

 

「汝も知らんのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレにトドメを刺すとはそういうことだ」

 

「……は……?」

 

 何を言われたのか、分からなかった。

 

「む、報いって……アレは俺たちの国を何百年も苦しめた災害だぞ!? なんでそんなのが発生する!?」

 

「アレは絶龍がこの世に残した呪いのようなものだ。ま、要は最後の嫌がらせだな! というか、汝ら人類社会でも殺人には罪が課せられよう? それと同じだ」

 

「お、同じって……」

 

 なにか、違う次元、違う世界同士で会話しているような気分だった。

 目の前で話している赤い少女が、徐々に、別のモノに見えてくる。

 

「っ……その報いってのは……なんだ。まさか、殺したら殺されるとか──」

 

「そんなもので釣り合うか。人類一人分の命の価値など我の鱗一枚にも及ばぬわ」

 

「──」

 

「ま、何が起こるかは我にも未知数。ただはっきりしているのは、その咎は必ず、()()()()()()()跳ね返ってくることだけだ。──して、どうする。汝には、他の者にその咎を負わせる覚悟があるのか?」

 

 ……時間はない。

 魔剣の柄を握る指先が冷えていく。

 恐怖が、騎士の決断をわずかに遅らせる。

 

「……いいや。それなら、やっぱり俺が──」

 

「──それは止めてください、師匠」

 

     ◇

 

 境界竜と、十メートルほどの距離まで来る。

 一帯の大地と大気は呪われ、腐食し、酷い有様だ。舞っている黒い粒子は、悪魔たちによる呪いの粒子そのものだろう。

 

 しかしサクラが近寄るだけで、粒子は消えていく。

 鳥居から飛び降り、真っ黒な地上に降りて歩くだけで、大地の黒さは勝手に浄化されていく。

 

「お前も災難だったな、第四位」

 

 黒ずんだ生きた躯に、そう声をかける。

 動くことはない。微かに周りの樹木や根が蠢いているが、それだけだ。

 

「介錯は一瞬だ。だから、存分に恨むといい」

 

 シャリン、と鈴が鳴る。

 切った鯉口から、白刃が閃いた。

 

     ◇

 

 その場に響いた声が、俯いていたヴァンの意識を引き戻した。

 目の前には、水色髪の少女が立っている。

 

「シンシア──」

 

「炎竜様も、師匠を連れていくのは止めてください。……それでも行くっていうなら、ここで止めます。必ず」

 

 白杖を向けられる。

 金の瞳には迷いがない。毅然とした意志が、そこにはあった。

 

「師匠がなんと言おうと、誰に恨まれようと、()()()()()()()()()()()()()()。だから──諦めてください」

 

「諦めるって……アレをこのまま残しておくつもりか!? そんなこと……!」

 

「──そんなことにはならねェよ。奴はここで終わらせる」

 

「安心して。誰が行くかは、もう決まっているから」

 

「!?」

 

 後ろを振り向くと、ガルドラとエメルが立っていた。

 砦で目覚めて、すぐに転移してきたのか。止血こそしているが、二人ともボロボロだ。

 

「決まってるって……どういう事だ。誰が行くって──!」

 

「作戦前に、陛下から直々に命令があってな」

 

 龍人の言葉に、ヴァンは息を呑む。

 その先を、エメルが冷然に続ける。

 

「トドメを刺すのは異邦の剣士──『朔月の神子』。()()()()()()()()()、と。だから私たちも貴方も、ここで大人しく待つだけ。自分たちの手でカタをつけられないのは残念だけど、これが王国にとっての最善よ」

 

「ほう、サクラが行くのか! とうに覚悟が決まっていたとは、見直──ギャンッ!?!?」

 

 リュエから上がった悲鳴に、場の視線が集中する。

 赤い少女の背後には黒いコートの指揮官──アガサが現れていた。どうやらリュエの脳天に、思い切り手刀を入れたらしい。

 

「なァーに上から目線でモノ言ってんだテメエ? 今まで欠片も働いてなかったクセに、ブレス一つ吐いただけでお疲れみたいだなァ、アァ!?」

 

「っ、なんだその言われようは! 我は地竜の解放に協力するとは言ったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!!」

 

 ──悪びれることなく叫び散らしたその物言いに、今度こそヴァンの芯が冷え切った。

 

 こいつ……もしかしなくても、敵なのでは?

 

 一方でアガサは見惚れるくらいの笑顔を浮かべ──瞬間、ギッ、と赤い瞳が殺意に燃える。

 

「──あ~~もういいやッ! やっぱ死ね竜の屑(ドラカス)!! 上位存在死ねぇぇぇ────!!」

 

「ギャッギャァァァアアアア!?!?」

 

 一瞬で黒鎖によって拘束された炎竜が、宙へ投げ飛ばされる。そこへ更に黒銃の連射が叩きつけられ、地平線彼方に赤い影が消え去った。

 

「……、ちょ」

 

 なんかシリアスだった空気が、今の一連でどこかに行ってしまった。

 ふしゅー、と大きく息を吐いたアガサが素早く振り返り、王国勢はビクッとなる。

 

「……な? よく分かったろ? 上位存在ってクズだぜ!!

 

「それは分かったけど……いやその話は後だ、サクラがトドメを刺すってどういう事だ!? 報いが何のことか、お前は知ってるのか!?」

 

()()だよ」

 

 無表情になったアガサが、淡々と返す。

 

「超抜存在を殺した罰は、殺害者に跳ね返る──より正確にいえば、この罰とは殺害者を()()()()()()に、()()()()()()()()()()()ものだ」

 

「それ……って……」

 

 そこで悪魔は空を仰いだ。

 視線は、境界竜へ向かっていった、紅蓮の影を追うものだ。

 

「──あいつが神を殺した時もそうだった。三年前以前のサクラにまつわる記憶は、大陸中全ての生命から抹消された」

 

「「「──ッ!?」」」

 

 アガサの証言に息を呑んだのは、ヴァン以外の魔術師たちだ。

 ふら、と倒れかけたガルドラがしゃがみ込む。

 

「……っかぁ~~~~、やたら強ェとは思ってたがそういう事かよ!? いやでもマテ、アンタ謁見の時、第一位を倒したのは、一番の兵装保有者(レリックホルダー)だって──」

 

「……明言はしていないわ。彼女は『かの者』が第一位を下したと言っただけで、誰が倒したかは伏せていた。──騙したのね?」

 

「そっちが勝手に誤解しただけだろー。嘘は一個も言ってないぜ、私」

 

「師匠……気付いてたんですか?」

 

「……薄々はな。だけど──」

 

 ヴァンはただ、悪魔を睨む。

 

「……じゃあ、今回も同じことをさせるってか。それは、あいつの──」

 

「ああ、サクラからの発案だ。裏で国王陛下に、この話を通しておいたんだとよ」

 

「……、」

 

「そう怒るなって。リュエの野郎はあの通りだし、私は悪魔だから、これまでのお前らとの記憶が消えると、お互いに色々都合が悪い。──だったらサクラだ。あいつしかいない。あいつに関する記憶が消えたところで、何か悪いことがあるか? それとも──」

 

 愉しむように、憐れむようにアガサは嗤う。

 

「お前は耐えられるか? そこの弟子に、剣の師匠に、他の仲間に──今までの自分との記憶を忘れられて、平気でいられると?」

 

「……ッ、」

 

 それは──一体どんな世界なのか。

 かつての自分が忘れ去られた世界。自分しか相手との記憶はなく、だが相手は己を知らない──その孤独に、たった独りで、誰が耐えられるというのか。

 

「──……待て。だったら、なんでお前はサクラのことを知ってる? どうして大陸中からサクラの記憶が消えたことを、覚えてるんだ──?」

 

 ヴァンの問いに、クッ、と黒い彼女は喉で笑う。

 それから大仰に両手を広げて、言った。

 

「──そりゃあ、これから分かることだ。歓迎するよ、『黄昏家』の子孫──ヴァン・トワイライト。私たちは終末に残された、()()()さ」

 

 

 死を前に、大樹の竜は何を想う。

 否、何も、何も──無かった。元より死を恐れる余分(しこう)など、ソレに備わっていない。

 

 人間たちが地上を離れ、■■の者たちが今の世界の支配権を握るのなら──この存在は、(たお)れるまで厄災として在り続けるしかない。

 

 生存と存在を求めた果てに、境界の竜はその終焉を見た。

 

 

「朔月理論・天幻絶刀」

 

 

 ──終着の刃は次元の彼方から。

 それはこの剣士が至った剣技の最奥。朔月の月光を宿した刀身は、一つの命を、存在を確実に葬り去る。

 

 刹那、大地から奔った白い閃光が──全てを完全に覆い尽くした。

 



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38 顛末Ⅰ

 コツ、と軽く板を叩く音がした。

 

 その部屋の空気は異質だった。見上げるほど高い天井はドーム型で、まるで鳥籠のようだ。赤と黒を基調にした内装は、豪奢と呼ぶには落ち着きがあり、質素というには気品がありすぎる。

 

 何よりその部屋を満たしているのは──本。本だ。壁にはぎっしりと本棚が備え付けられ、どこを見ても知識の書庫。息苦しさすらあるこの異様な室内は、知の小宇宙と表現してもしっくりくる。

 

 コツコツ、とまた駒の動く音がする。部屋に唯一あるテーブルには遊戯(チェス)盤があり、サクラは黒の駒を再び動かす。

 

「あの炎竜、本当に竜だったのだな」

 

 声はサクラの目の前から。

 そこにはこの部屋の主と呼ぶに相応しい威厳を持つ人物──黒装束の魔術師服が似合う、この王国の宮廷魔術師長、サリエルが椅子に座っていた。

 

 呆れ混じりにサクラは返す。

 

「……信じていなかったのか」

 

「上位存在であることは万象言語で証明されていたが、竜らしくなかったからな。弱体化していたとはいえ、人型となっても角も尾もない。見事な擬態だ。流石は『炎・武勇・智慧』を司る始祖竜といったところか」

 

「炎と武勇は分かるが……智慧……?」

 

「印象が薄いか? ……まぁ、見た目や言動だけが知性の有無を決定づけるものではないだろう、うん」

 

「なんでそんな自分に言い聞かせるように言うんだ、【知識】の悪魔」

 

 サクラの言葉に、おや、とサリエルが眉をあげる。

 

「気付いていたか」

 

「忘却の咎が効かない悪魔は『真名持ち』──すなわち『理持ち』しかありえない。極めつけはこの本の世界。私室にしては整いすぎだ。本のタイトルの言語もバラバラ。ここは一種の古代遺跡だ」

 

「古いものに落ち着く性質(たち)でな。それに私にとって、知識の収集とはもはや本能のようなものだ。これでもまだ不足を感じるぞ」

 

「狂人だな。チェック」

 

「あ」

 

     ◇

 

「……納得いかねぇ……」

 

 ホールの喧騒から離れた、城のバルコニーにヴァンはいた。

 夜が訪れた空には満点の星。冷風が肌を撫でるが、大して気にもならない。

 

 ──第四位との決着から、もう一日が経とうとしている。

 

 ガサ、と彼が片手に持つのは今朝発刊された新聞だ。

 王国が超抜存在を打倒したニュースは、大陸全土に知れ渡っていた。

 

 世間的に公表された決戦の流れはこうだ。

 二体の強力なる敵の眷属を打ち倒したは、「魔剣騎士」トワイライト。

 続く本体、第四位の顕現。一瞬にして王国本隊は機能不全に陥らされる事態となったものの、行動を予期していた宮廷魔術師サリエルがこれを打破し、第四位を葬った──と。

 

 紙面には、異邦の協力者の「い」も載っていない。

 そりゃあ多少は話の誇張がされるにしても、これはない……!

 

「なんだ、不機嫌だな。せっかくの真・祝勝パーティだってのにさ」

 

「……アガサ」

 

 この野郎、と睨む視線で、横にやってきた悪魔を見る。こわいこわい、と黒いドレスに身を包んだ彼女は、持っているグラスを楽し気に傾けた。

 

「こりゃ一体どういう事だ。俺たちに恩を売りつけるにしても過剰だぞ」

 

「過剰くらいで丁度いいだろ。なんにせよ、その情報誌で他国には王国戦力の強大さを知らしめられる。私は報奨金とお前らとの信頼を得て大団円。後は無事、故郷に帰れたら一切の文句ナシ!」

 

「……サクラの奴にどやされても知らねーぞ」

 

 ハッ、とバルコニーの手すりに寄りかかって、アガサは嗤う。

 

「あいつは地位にも名誉にも興味ないさ。()()()()()()。お前らに協力したのも、第四位の咎を持っていったのも、全てそのためだ。だから──後は本当に、()()()次第ってワケ。ここまで来て、私たちを帰せなかった時のことを心配しろよ」

 

「? なにを心配しろってんだ。そりゃ帰れなくなったら同情はするが、そんな──」

 

 ぞっ、と背筋が凍り、ヴァンは言葉を止める。

 もう一度アガサの方を見ると、その赤眼にはただならぬ殺意が灯っていた。

 

「言っておくが、サクラに容赦はないぞ」

 

 ゆっくりと、確かな発音をもって、彼女は語る。

 

「あいつはちゃんと社会に適応するための教育受けてるから、すっごく大人しくしてるだけだ。初手で自陣に炎竜、更に右も左も分からない未知の国のコンボで慎重だったけど、もうこの国の戦力は把握した。そこで自分の安全圏、自分の居場所、そこに帰れないなんて事態になったら──」

 

「……なった、ら?」

 

「──とりあえず、八つ当たりに炎竜か地竜かを殺すだろうな。もう限界キてるだろうし。そうなったらまぁ……全力の私でも抑え込むのは大変だから、お前がサクラを殺すことになるんじゃない?」

 

「────、」

 

 不吉な予言に甘さはない。

 指揮官としての駒を見る、冷徹な視点で彼女は断言しているのだ──王国でサクラを止められる人材は、お前しかいない、と。

 

「二人でな~にを話しておるのだ? 内緒話か、混ぜよっ!!」

 

「死ね」

 

 会場から飛び出してきた白ドレスのリュエに、アガサが反射で殺気を叩きつける。

 更に最悪を極めた空気に、ヴァンはそろそろ震えることしかできない。

 

「とうとう我への嫌悪を隠さなくなったな、貴様……! がっかりだ! がっかりだぞ! そんな狭量さで指揮官とは、ハ、聞いて呆れるわ!!」

 

「……、」

 

「アガサ、アガサ。頼む、隣は祝いの席なんだ、抑えてくれ……!!」

 

 無言でガチャガチャと錬金術師が銃器をいじり始める。

 はよ殺させろ。

 もはやそれしかなかった。その意志と殺気しかなかった。今の今まで本当に……本当にこれを我慢してきたのか。アガサでこうとなると、神を殺した実績持ちのサクラが爆発したら、一体どうなるか想像もつかない。少なくとも血みどろパーティの範囲では収まらないだろう。

 

(……頼む、地竜様。ロヴァルグラン様ッ!! 早くこいつとサクラを、元の大陸に帰してやってくれ……!!)

 

 果たしてヴァンの祈りは届くのか。

 結果は、彼がこの一触即発の修羅場を切り抜けた後となる。

 

     ◇

 

「君に関する記憶を保持しているのは、アガサ君、トワイライト、炎竜、そして私、か。──すまなかったな。君には、色々と気を遣わせただろう」

 

 サリエルの言葉に、いや、とサクラは首を振る。

 

「とんでもない。相手が超抜存在と聞いていた時から、こうなることは予想していた。むしろ、手間暇なく自分の情報を消せたことには、幸運すら感じている」

 

「幸運か。それは兵装保有者(レリックホルダー)として?」

 

「それもあるし、元から俺は他人の記憶に残りたいと思わない。たとえ、もしアガサから俺に関する記憶が消えることになったとしても、俺は今回と同じ選択をしただろう」

 

 カツ、とサクラの駒が白駒を倒す。容赦なく回収する。

 

「失った思い出はまた新しく積み直せばいい。作り直せばいい。そうだろう?」

 

「……その言葉は普通、慰めに用いるものだと思うがな。では、君は他者とのかつての関係性を失ったとしても、己が覚えていれば、それでいいと?」

 

「ああ。失ったものにどんな価値があれ、また新たに紡ぎなおす縁にも意味はある。とはいえ、言った通り俺には執着も未練もない。極論、もう二度と出会わないなら、()()()()()()()()()()

 

 相手の白駒を置こうとする手が止まる。迷っているのだろうか、とサクラは盤面を見ながら思う。

 

「……潔いというべきか、侘しいと評するべきか。そうか、君は人間でありながら、他者を求めていないんだな」

 

 白駒が配置される。また容赦なく刈り取った。

 

「人生は自分のためにあるべきものだ」

 

 言って、サクラは次の駒を動かす。

 

「世界はそれが織り重なってできるもの。多くは他者の介在と自分の介入を目的、或いは手段として外界を観測している」

 

 手を離した駒は、もう行き場所がなかった。留まっても動いても、次のターンには消費されるだろう。

 

「俺はそこに、自分の席を置く必要性を感じない」

 

 孤立した一つの駒を、プレイヤーは風景のように眺めている。

 

「誰にも気づかれず。誰にも認識されず。誰にも影響しない。永遠に誰とも関わらずに独りで生きて死んでいけたなら、それが()()()()()()()()()()なんじゃないかと俺は思う」

 

「……」

 

「確かに他人と語らうのは興味深い。楽しいし、面白いとも思うし、実際に影響を受けて自分の物の見方が変わった体験もある」

 

 語りは粛々と。

 記録を再生するような無機質を伴って述べられる。

 

「──それでも、独りでいる時が一番生き甲斐がある。その瞬間だけは、()()()()()()()()()()()()()という感じがするんだよ」

 

 そこでサリエルは、目の前の青年を改めて見た。

 紅藤色の髪。なんの感情も移さぬ虚ろな紫眼。この土地のものではない、俗世離れした紅蓮羽織と、紅白の神子服。

 

(──ズレている……だが、そういう事か。彼は間違いなく人でありながら、その精神が、社会を生きる我々とは異なっている。永久の孤独を望むなど、それは)

 

 人の輪を拒むでもなく、ただ眺めるモノ。

 それでいながら、本来なら、関わろうとさえしないだろうこの有様は、まさに。

 

(神として完成された精神性。上位存在たちが求む、彼らが理想とする在り方に他ならない──)

 

 俗世離れしているのも当然だ。

 地上に生きる生命でありながら、その実、その視点は天上にいるべきモノと同じとは。

 

「チェックメイト」

 

 サクラの慈悲なき宣言がサリエルに突き刺さる。

 盤上に目を向ければ、もう次の手がなかった。

 震える拳を握りしめる。

 

「……フ。これで五対五。イーブンか。流石は人間、娯楽に強いな」

 

「キリの良い結果になったし、ここらで止めないか? 先取二連勝、できそうにないんだが」

 

 サクラの意見を無視し、サリエルは再び駒の位置を魔術でリセットし、問いかける。

 

「……君、このゲームを知っているな? そちらの大陸にも盤上遊戯の文化があったのか」

 

「あー……どうだろうな。俺はそういうデータが学習教材にあったから、知っただけで……ラグナ大陸に普及してるかどうかまでは、ちょっと」

 

「そうか……しかし、この『チェス』は初めの私が発案したオリジナルゲームだ。相当昔……それこそ()()()()()()からの遊戯だから、そちらの歴史にあってもおかしくはないぞ」

 

(ん?)

 

 サリエルの言い分にサクラは眉をひそめる。

 世界分割。それは、この世に二つの大陸があることを、彼が知っていなければ出てこない単語である。いや今回の件で知りえた事だとしても、見てきたかのような今の言い分は引っかかる。

 この悪魔──一体いつから生きている個体なのだ?

 

「疑問かね? 訊いてくれても構わないが」

 

「……いや遠慮する」

 

「そうか──だが教えておこう。不干渉を至上とする君には、迷惑かもしれないがね?」

 

 サリエルの空気が変わる。

 悪魔でも宮廷魔術師としてでもない。黒髪と金の瞳を持つ、ただの人外の者がそこにいた。

 

「我が名はサリエル。今生では【知識の悪魔】として転生した、()()()()()()()()だ」

 



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39 顛末Ⅱ

 知識神ロギア。超抜存在、人理兵装といった記述がある、『古代予言』の著者。

 決してロギア自身が予言したのではない。他の神々の予言内容を、ロギアが書き綴ったというものだ。

 ラグナ大陸にも伝わる、知識の神。その本人……いや本神の果てが、目の前の悪魔だと?

 

「…………元、神?」

 

 サクラの紫眼には、警戒するでもなく殺意が灯るでもなく。

 いきなり何を言い出してるんだこの悪魔は、という疑念に満ちていた。

 

「ふむ、全然信じていないな?」

 

「どう見ても精霊混じりの悪魔にしか見えないからな」

 

 困惑気味のサクラに対して、悪魔はのんきに魔術で焼き菓子を乗せた皿を取り出し、食べ始める。

 

「察しはついているだろうが、私の知識欲は並のものではなくてな。知識の神として全てを識っていた『私』だったが、それでもなお、知りえぬモノがただ一つだけあった」

 

「というと?」

 

「『未知を知ろうとする行為』──つまり『学習』だ。初めから全てを識りえていたが故に、私は学ぶという行為とその意義を知らなかった」

 

「それはまぁ……」

 

 全知なのだから、その矛盾は然るべきものだろう。

 いや、だが待て。その流れでいくと、

 

「じゃあお前、まさか」

 

「そうだ。私は全ての記憶を消去し、神の座を捨てた。今生は通算、1()0()6()()2()0()3()()()の人生になる」

 

「────が、」

 

 知識欲とか好奇心とかいう次元を超えていた。奇人、狂人、変人という評価すら生ぬるい。

 怖気すら走ることを言ってのけた目の前の怪物に、どうにかサクラは問いかける。

 

「……今まで、その、何億回と転生を繰り返してきたのか?」

 

「ああ。手始めに虫、魚、微生物から動植物、無機物の全てに至るまで。大体コンプした後は魔族だ。それでまず、この悪魔サリエルとして転生してみたというわけだ」

 

「………………」

 

 人生設計のスケールが違いすぎる。来来来世以上を見据えて生きているというのかコイツは。

 

「ま、この世界にはびこる生命たちの一生も直に体験してみたかったからな。どれも実に有意義な時間だった。──しかし、少し悠長にしすぎたな。まさか人間が絶滅……いや、消失してしまうとは予想外だった」

 

 サリエルを名乗る者の瞳がサクラを見る。

 

「なので知識欲から、最後の人間である君には興味がある。人間の瞬きの生とは、一体どういうものなのだ?」

 

「……どうと言われても」

 

 それが本題か、と思いつつ、改めて訊かれても、それはとても答えづらいものだ。

 彼の道のりは未だ半ば。瞬きとすら思えていない、たかが数十年の半生を、どう表現しろというのだろうか。

 

「……月日は過ぎ去ればあっという間に感じるけど、その時を生きている間は、先を思うと気が遠くなるくらい長い、と感じるような……」

 

「──ほう。過去は地層のように、未来は永劫のように、か。やはり魔族や神とは異なる視点だな。面白い。そして実に無念極まる。貴重な体験を逃したな、私は」

 

「……特に他意はない質問なんだが、なにか企んでるのか?」

 

「企む? そんな暇は今のところ存在しないな。今の私は『サリエル』という魔族の生で得られる知識の収集に忙しい。神に戻ろうという気もないし、全てを知りえた暁には、その自己功績を以って消滅するつもりだ」

 

 ──なるほど。これは確かに、元神だ。

 彼は知識……否、人生の蒐集家だ。それを集めるだけ集めて、その先で何かをなそうという気もなく、集めるだけで満足し、何も残さずに消えることを目標とする存在。

 行動動機は狂っているという他ないが、実に、()()()生きている。

 

 まっとうな神で、まっとうな上位存在の視座を持つ、独りの賢人だ。

 

 サクラは菓子(クッキー)を一つ取りながら、言葉を放つ。

 

「……じゃあ、知識の専門家に、少しばかり質問してみたいんだが」

 

「なんでも訊くといい。護国の功労者たる君になら、いかなる問いにも、私の持つ知識の範囲で答えよう」

 

 気前のいいことだ。

 なら遠慮なく、とサクラは問いを口にする。

 

「──唯一神と絶龍は、どっちが先に顕現したんだ?」

 

「……いきなり昔のことを訊いてくるのだな。今の時代で、その名称を聞くことになるとも思わなかったが」

 

「答えられないか? 記憶、消えているし」

 

「記憶がなくともその程度なら推測は容易い。どちらが先か、という話なら、それは唯一神だろうな。()()()()()()()()()()()()()()()()といえよう」

 

 唯一神が始点にある──それはサクラの知識とも一致することだ。

 次の質問に移る。

 

「──二つ目だ。この世界を創ったのは、唯一神と絶龍のどちらだ?」

 

「『その両方』だ。この世──地上世界は唯一神と絶龍、二柱の創世神によって生み出された。……そこになんの目的があったかは、私も知るところではないがな」

 

「……三つ目の質問だ。唯一神と絶龍は、今どこに?」

 

「ふむ……難しい問いだな。少なくとも絶龍はこちら側の次元の裏側の奥底だろうが、唯一神の方は本当に分からない。行方知れずか、とうに死亡したか、確証がない。少なくとも絶龍は死んだと判断したのだろう。でなければ次元は、今のように二つに割られていない」

 

「……そうか」

 

「他に質問は? なければ、次は君の半生に関してインタビューしたいのだが」

 

 いや、とサクラは言葉を置いた。

 

「これが最後の質問だ。()()()()()()()()()()()()?」

 

「……人の身でそんなことまで知っているのか。答えは()()()だな。本人から伺ったことだから間違いない」

 

 そういえばサリエルは、王国の建国前から、ザカリーに魔術に関する知識を授けられていたのだったか。

 サリエル自らが【魔術の理】を広められなかったのは──転生の際に記憶を消した影響か。

 

「良し……いま訊きたいのはこれくらいだ。唯一神の存在は聞いていたが、絶龍の伝承はラグナ大陸にはなかったからな。知識のすり合わせができた、礼を言う」

 

 そう伝えると、サリエルが意外そうな顔をする。

 

「おや、本当にこれで終わりか。てっきり、もっと突飛な問いがくるかと思っていたのだが」

 

 そんな反応に、サクラは少し迷ってから、

 

「──じゃあアンタ、人理兵装を壊す方法とか知ってるか?」

 

 などと、個人的に、本当に問いたかったことを口にした。

 それに対し、サリエルはやや呆気にとられる。

 

「……──考えたことも無かったぞ。なんだ、どういう経緯でそんな質問が?」

 

「個人的に警戒している兵装保有者(レリックホルダー)がいるだけだ。今のは『あるなら知っておきたい』という程度の疑問だよ」

 

「……、」

 

 サクラへ、悪魔が言葉を返す前に。

 

『──失礼。そこに、我が恩人様はいるか?』

 

 コンコン、と外から控えめなノック音と、男性にも女性にもとれる、柔和な声が聞こえた。

 

     ◇

 

 時は一日前。

 ──第四位・境界竜の介錯は終わった。

 倒れ伏していた竜の亡骸は光の粒子となって消えていく。それを眺めながら、鞘に刀を収めたサクラは、次に起きた、世界の変革を目の当たりにした。

 

 ドッッ、とまず地上が揺れた。

 粒子と消えた亡骸があった箇所を見やると、そこには小さな芽が生えていた。だがそれも一瞬のことで、みるみる内に芽は若木へ、若木は大木となり、大木は一気に根を伸ばし、真っ白な巨樹へと育ちきる。

 

「……!」

 

 根っこをかわしながら、サクラは大樹から距離をとるために走り出す。白亜の幹は、もう天上を穿ち貫くほどの長さだ。大樹が遥か遥か上空で枝を広げ始めたころ、枯れていた大地は、大樹を中心にして緑の草原へと塗り替えられていった。

 

(これが世界樹──)

 

 ようやく根の侵食が収まり、サクラは立ち止まる。

 空気を潤していく魔力……いや、神気の気配。ここだけエーテルの濃度も、ラグナ大陸並だった。

 

「!?」

 

 ごぉ──ッ、と風を巻き上げながら、大樹に場の魔力が収束する。

 一瞬の閃光の後。白い大木の前には、強大な気配が顕れていた。

 

『──地上への顕現、完了。地竜ロヴァルグラン、ここに存在を証明する』

 

 万象を震わす、厳かな響き。

 サクラの眼前には、体長三十メートルほどはある、土色の鱗を持った竜が在った。

 大きく両翼を広げ、その黄金の双眸がサクラを射抜いた時──数秒、場に沈黙が訪れる。

 

『…………ふむ、どうやら貴方は、天空の人間ではないらしいな?』

 

 ──鋭く息を呑む。

 いや、考えてみれば当然の話。世界樹を枯らした元凶がアルクス大陸の人間だというなら、その同種であるサクラを、地竜はどのように判断するのか。

 

「……ああ。俺は別の次元から来た人間だ。地竜ロヴァルグラン、復活して早々悪いが──」

 

『みなまでいわなくて良い。()()()()()()

 ──第四位の討滅、見事である。客人を無事に故郷へ送り返すのは始祖竜としての務めだ。また──』

 

 竜の巨体がわずかに動く。その首がサクラの近くまで下ろされると、瞳を閉じて地竜はこう続きを紡いだ。

 

『──世界樹に囚われていた我が身の解放、心より感謝申し上げる。恩人様よ、どうか貴方の名を、貴方の口から伺いたい』

 

「──、」

 

 想像と大きく異なる、その始祖竜の言葉に。

 サクラが返答するには、少しばかりの時間を必要とした。

 

     ◇

 

 ──時は現在へ。王城西棟廊下。

 月明かりが照らす青絨毯の通路を、サクラはその存在と歩いていく。

 

「急に呼び立ててすまなかった。だが今しばし、どうか貴方の時間を(わたし)に使わせてほしい。贅沢な頼みとは、承知しているが……」

 

 先導する目の前の人物が、そう声をかけてくる。

 

 ──始祖竜、地竜ロヴァルグラン。

 

 美しい、絹のような長い金髪に、縦長い瞳孔を宿す金の瞳。

 男性とも女性ともつかない声と、畏れすら抱かせる整った容姿は、二十代前半ごろ。

 白いケープにも似た衣服の袖は長く、手先は見えない。丈長の裾からは土色の長い尻尾が歩くたびにゆらゆら揺れ、左右の側頭部からは大樹を思わせる茶色の角が二本、下がり気味に生えていた。

 

「……、」

 

 廊下の真ん中で立ち止まり、振り返ってきたそれを、サクラはなんとも言えない顔で見つめ返す。

 炎竜は一目見たときから、()()()()()()()()だと直感したのだが。

 

 この目の前にいる地竜は──なんというか、

 

(……イメージと違う……)

 

 すごく話が解りそう。

 炎竜よりも、良い意味で上位存在らしいというか、上位存在を名乗るに相応しい貫禄がある……というか。

 純粋にこう、殺意を抱いたり、殺気を向けることに抵抗感を覚える。

 

 間違いなく、害してはならない神聖のモノ。そういった印象が強かった。

 

「しかし、こうしてまた人間に相まみえるとは思わなんだ。……もう貴方で最後の一人とは、やはり儚きよ、人の生は」

 

「──それ。なんで俺の種族が分かったんだ?」

 

「そういうのは見れば分かる。(わたし)は『存在』を司る始祖竜でもあるから自動的にな。……普通に権利侵害モノの力だな。すまない。自刃した方がいいか?」

 

「待て待て待て落ち着け」

 

 ジャキィ! と突如として地竜の手元に現れる鉱石ナイフ。すっと首元に向け始めたところで、流石に止めに入る。

 正直、死ぬのは勝手にしろだが、そういうのはラグナ大陸に帰してからにしてほしい。

 

「……御託はいい。用件はなんなんだ」

 

「それもそうだな。では、本題に移ろう」

 

 ナイフを仕舞い(というか消えた。どんな原理なのか?)、ゆっくりと地竜はこちらに向き直る。

 

「まあ、その……炎竜について、なのだが」

 

「あぁ……お前の同胞か。言っておくが世話になったつもりはないし、世話したつもりもない。礼とかは要らないぞ」

 

「……そうじゃなくてな。その……」

 

「?」

 

 言い淀み、ではない。なにか言葉を選ぶような沈黙の後、地竜は、真っすぐにその黄金の瞳でサクラを見た。

 

「……どうか心して、落ち着いて聞いてほしい」

 

 そう置いて。

 そして通る声で、言った。

 

 

 

 

 

「あの炎竜、誰だ?」

 

 

 

 

 

 



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40 顛末Ⅲ

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの炎竜を名乗る者は、いったいどこの誰なんだ?」

 

 地竜の言葉を受けて、サクラは直立不動だった。

 虚ろだった目が、今度こそ本当に死んでいたが。

 

 それから、ゆっくりと右手が動き、

 

………………………………………………………………………………………………………………またこのパターンかよ………………

 

 顔を、覆う。

 もう、うんざりだと。

 

「? また、とは?」

 

「……こっちの話だ。で、答える前に、情報を整理したいんだが……炎竜が死んでいる、という主張にはどんな根拠がある?」

 

「奴が落命したのは、神代(しんだい)大戦終結の折だ。(わたし)が看取ったのだから間違いない」

 

 神代大戦──

 聞いた覚えのある単語、読み漁った歴史書で学習した覚えのある出来事に、サクラは記憶を掘り出す。

 

(……何千年も前に、アルクス大陸で起きた大規模な内乱……だったか? 最後に炎竜が大陸全土を焼き尽くすことによって、全てを終わらせた大戦争──)

 

 “炎の七日間”。その時に、オーク、ゴブリンと呼ばれる一部の下級の魔物たちが大絶滅した……と言っていたのはサリエルだったか。

 

「……非礼を承知で言わせてもらうが、記憶違い、という可能性は?」

 

「それはあり得ない」

 

 はっきりと、地竜は即答する。

 

「我々、上位存在……特に始祖竜とは、世界の均衡を保つバランサーだ。神代大戦よりも以前に起きた戦の時、それぞれ四属性を司る大精霊様に創られた。(わたし)の創造主は地の大精霊様だな。(わたし)たちの使命は、この世界を護り、行く末を見届けることにある」

 

 だから、と続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──我々始祖竜は、全て覚えているために、永遠を生きるのだから」

 

「──、」

 

 それを聞いて、サクラは一つ思い出す。

 この大陸に来た直後、あの砂漠地帯を横断していた時の会話だ。

 

「……そういえばリュエは、最後に覚えている記憶を訊かれて、『あまり覚えていない』と言っていたが……」

 

「──なんだと?」

 

 地竜の声が硬くなる。

 そこに込められているのは怒りか。一瞬、首筋が寒くなりなりつつも、サクラは次の言葉を待つ。

 

「ならばやはり、アレは偽物だ。それに(わたし)の記憶にある同胞は、決して、生命に区別をつける者ではなかった。超抜存在の咎を他に押し付けるなど以ての外だ。そんなことをするくらいなら、相討ってでも、自らが絶龍の呪いを引き受けただろう」

 

「あぁいや、咎に関しては俺は別になんとも思っていないぞ。その辺は気にしなくていい」

 

「え゛」

 

 ピタリと一瞬、地竜の動きが完全に止まる。

 

「本気……本気か? 本気だな、本気で言っているのか……え? 知人友人に忘れられても、何も感じないのか? 人間なのに? 正直、(わたし)でもかなり精神にくるぞ……?」

 

 やや引いた表情で、その顔色が青くなっていく。

 なんかさっきも似たような話をしたな、とサクラは話題を流すことにする。

 

「……まぁ、話は分かった。けど、お前の知る『炎竜』はなぜ死んだ? 始祖竜は永遠を生きるんじゃなかったのか」

 

「……大陸を一日焼き尽くすということは、世界を一日閉じるも同義だ。それをあやつは七日間も続けた。七回も世界を終わらせるほどの力を、奴はそこで使い切ったのだ。

 多くの知恵ある人類は地下でやり過ごしたが、炎竜を侮った強者らはことごとく焼け死に、大戦を継続する意志は失われた。あんな……あんな戦が起こるなど我々さえも予想しえなかった。それを無理矢理にでも終わりに導いたのは、炎竜の献身あってこそだ」

 

「……なら、どうするんだ? あの炎竜の偽物は抹殺するのか」

 

「……わかんない……」

 

「わかんないじゃねーよ」

 

 急に弱気になるな。

 

「というか、そっちの能力? 権能、とかで分からないのか。見ただけで種族が分かるなら、あいつの正体だって──」

 

「分からん。分からぬから、咎を負ったという貴方にまず尋ねたのだ。信用できるからな。我が目でアレの中身を視通そうとしても、まるで不明だ。なにかの上位存在の魂のようだが……何故、炎竜を騙っているのかはまるで見当がつかん」

 

「……だから扱いに困っている、と」

 

「そうだ。だからどうか、『炎竜を名乗る何者か』を、皆一様に炎竜と認めていた時の、(わたし)の恐怖心を察してくれ……」

 

「それは……怖すぎるな……」

 

 つまり現状は、地竜から見て紛れもないホラー体験なのだ。

 喋る死体を生物だと周りが認めている異様な光景を、ずっと見続けるようなもの。

 

「……正直、迷っている。なぁ、異邦の神子よ。そちらの大陸に、今一度アレを連れ帰るのは──」

 

「──推奨しない。ラグナ大陸を甘く見るなよ、上位存在。向こうにはまだ千年分の怨恨と憎悪と殺意が渦巻いてる。始祖竜だろうとどんな大役があろうと、上位存在だと露見した瞬間、()()()()()()()()()

 

「……ぐ、具体的には」

 

「生きたまま実験体とか、生きたまま素材にされるとか、肉体と魂をはがされて、別々に永久のエネルギー源にされるとか。不死って便利だからな……」

 

「ひっ」

 

 地竜の尻尾が大きく震えた。心なしか、少し涙目だった。

 

「とにかくロクな事にはならない。ま、あいつを殺してほしいというなら引き受けてもいいぞ。王国の無事は保証しないが、この世から上位存在一体を消せるなら、俺もやぶさかじゃない」

 

「……いっ、いやいや。そ、そんな物騒で剣呑な対応ではなく。そうだな……せめてそう、監視、監視とか引き受けてくれる気はないか……?」

 

「あ?」

 

 なんか話の流れが変わったな、とサクラは顔をしかめる。

 

「いや、だから……第四位を倒した貴方なら、あの炎竜もどきの行動を監督できないか、と……むろん、支援はする。だからアレの正体を暴くまで、こちらに留まっ──」

 

 ──ふっ、とサクラは軽く息を吐いた。

 

 やれやれまったく。

 衝撃のある真実だったが、やはりこいつも上位存在。

 話はできるが、話にならない。

 

 なので満面の笑みを作って言う。

 

「どうでもいい」

 

「えっ」

 

「帰る」

 

「えっえっえっ、エッ、待って待て待て待て待って────!?!?」

 

 ぐるんと踵を返すと、腰に地竜がしがみついてくる。ガッ、と強めに蹴るが、ビクともしない。チッ、と舌を打つ。

 

「邪魔。離せ。殺すぞ」

 

「嫌わないで……殺さないで……いかないで……」

 

「上位存在は全員嫌いだよ」

 

「ハヴッ」

 

 ダメージを受けたような嗚咽が聞こえる。無視だ無視、とサクラはそのまま歩き出そうとするが、流石は始祖竜(真)、人間程度の力では動くことも許してくれない。

 

 言葉の兵器で対抗するしかないらしい、と地竜を見下ろすサクラの目が据わる。

 

「これ以上のサービスは無しだ。お前の役割は俺とアガサを無事、ラグナ大陸に送り返すこと。ただそれだけだ。あの炎竜の処遇に関して、そんな甘えた処置をとるなら、俺は協力しない。仲良しごっこなら他所でやれ」

 

「じ、慈悲なし容赦なし! あの、歩み寄る方法も、世の中にはあるんだぞ……?」

 

「だから他所でやれと言っている。話し合いの場で武器を振り回されたくないだろう?」

 

 それにな、とサクラは息を吐き出す。

 

「──そういうのは、よそ者の俺に頼るな。相談するな。お前はどこの国の守護竜だ? この王国を護る竜だろう? ()()()()()()()()()。ヴァンにサリエル、アルトリウスやガルドラにエメル、シンシアやルシウス、国王ロアネスだってここにいる。連中を頼れ。相談しろ。俺はそこには参加できないしする気もない。とる手段は殺すか死ぬかそれだけだ」

 

「……し、しかし……」

 

「なんだ」

 

「わ──(わたし)は、しくじった。世界樹に呑まれ、何百年もの間、守るべきこの国を脅かし続け、多くの民を傷つけた──そんな(わたし)が、今更になって、また彼らに負担をかけていいのか? そんなことが許されるハズが……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷徹な目で剣士は続ける。

 失望の紫眼が地竜を覗き込む。

 

「信じるのが嫌なら利用しろ。利用するのが嫌ならいっそ逃げればいい。誰の負担にも迷惑にもなりたくないなら、その永劫の命が尽きるまで独りでいろ。それすら選択できないのなら、お前には守護竜なんて使命、重すぎたんだろ」

 

「………………。……もう少し、優しい言葉で言って…………」

 

「そうか」

 

 瞬間、サクラは地竜の首をつかみ上げた。

 

「っが──!?」

 

 そして、力任せに壁へ叩きつける。ドガッ、と鈍い音が静謐な廊下に響き渡る。

 音もなく、鞘から刀を抜き放つ。

 

「俺とアガサをラグナ大陸へ帰せ。じゃなきゃ殺す」

 

「え、い、いや────」

 

「断るなら、ここでお前を少しずつ斬り落とす。本物の始祖竜の素材だ、アガサも喜ぶだろうな」

 

「ほぁアッ!? 正気か!?」

 

「いや、心臓の方がいいか。リュエのものは結局獲り損ねたし……」

 

「ッ……! な、汝ら、ああそうかっ、初めから奴を殺すために奴と出会っていたのか! だから和解の余地が──え、あ、待て、待て待て待て! 刃を出すな! わ、分かったぁ! 分かったから!!」

 

 その一言で、ぱっ、とサクラは地竜の首から手を放す。

 ドッ、とその場に角持ちの青年は膝から座り込み。

 シャ、と首筋に白刃が添えられる。

 

「──……分かっ、た。汝とあの悪魔を、元の居場所──ラグナ大陸へ帰そう。我が身を災厄から解放してくれた者への、せめてもの礼と、させてくれ…………」

 

「それでいい。その言葉、違えるなよ」

 

 シャリン、と鈴が鳴る。

 踵を返した剣士の羽織の背へ向かって、地竜は声を放つ。

 

「……汝は、孤独を望むモノだろう? なのに、なぜ、(わたし)に『他を頼れ』と『他を信じろ』と、『他を利用しろ』と……そんな事を言えるんだ?」

 

 足を止めたサクラは、振り返らないまま、言う。

 

「……俺は、身の程を弁えなかった結果、失敗した。頼ることも、信じることも、利用することも、もう手遅れになった」

 

 大敵を倒しても落とし穴が待っていた。

 どころか、もうとっくに手遅れだった。

 

 それが彼の、終末戦争(ラグナロク)の結末だった。

 

「だがお前はまだ間に合う。まだ打てる手がある。俺はもう、機を伺うしかなくなったが、お前たち王国には『これから』がある」

 

 行動回数も可能性も残っている。

 それを自ら切り捨てるなど、傲慢を通り越した愚かしさだ。

 

「お前に教えたのは、そういう昔の実体験からくる教訓だ。せいぜい活用しろ。──絶望したくなかったらな」

 

 シャン、と鈴の音を残して紅蓮の彼は消えた。

 奇しくも夜は満月。朔を司る神子とは真反対の月影。

 

 青年が歩き去った道の先を、残された地竜はしばらく眺めていた。

 



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41 境界トワイライト

 そんなワケで帰還予定日となった。

 

 地竜への脅しが功を奏したのか、世界樹という起点を使い、今日、ラグナ大陸へ通じる次元の入口を開くという。入口が安定するまで調整に二日程度の時間はかかったが、遂にサクラとアガサを帰還させる手筈が整った、とのことだった。

 

「今日で王国も見納めかぁー」

 

 すっかり片付いた宿泊室を見渡して、笑顔のアガサが白々しくそう言った。

 隣でサクラは呆れた目を向ける。

 

「お前……霊結晶(そざい)、まだ残ってるな?」

 

「報酬の一環ってヤツだよ。アルクスの金銭なんか持ち帰っても向こうで使えないし。ま、ほとんどの報酬金は、ラグナに無い素材を買い込むために使ったケド」

 

 彼女らしい使い道だった。しかも金銭を使い切っていないのは、再び来た時のことを考えているからか。抜け目ない指揮官だ。

 

「サクラは? 記憶が消えたとはいえ、サリエルとヴァンの証言で報奨金は貰えたんでしょ? なんかに使った?」

 

「いや、これから払いに行く」

 

 サクラは懐から、金貨の入った小さい袋を取り出した。袋は魔術によって収納性を拡張されたアイテムで、小さく見えるが中には両手では抱えきれない程度の大金が入っている。

 

 ──それを。

 

「遅くなったが医療費だ。ドクターによろしく」

 

 どさっ、と机の上に置く。

 場所は南棟の宿泊室から変わって、西棟の研究室。突然の来客に、撤収準備を終えようとしていた助手たちが集まり、置かれた小袋をポカンと見つめている。

 

「……んえ? 医療費? おにーさん、患者さんだっけ?」

 

 ピンク髪の助手少女(キャロル)が小首を傾げる。

 

「ええと……何かの間違いでは? カルテに、貴方のことは何も──」

 

 困惑する金髪の女性。確かフェイトという名前だったな、と思い出す。

 

「えー、もらっときましょーよ。またどっかでドクターが善いコトしたんでしょ」

 

 茶髪の青年が眠そうに目をこすりながら進言する。見たことあるなぁ、と思う。

 

「……これ、結構な額が入ってるわ、兄さん」

 

「……幸運ってあるんだね、姉さん」

 

 青髪の顔立ちが似ている男女がわななく。彼らの名前は知らないな、と思う。

 

「幸運じゃなく、俺が払うべき当然の対価だ。そちらが覚えていなくても受け取る責任がある。研究費の足しにでもしてくれ」

 

「あっ、お、お名前は──」

 

 背後の問いかけには一切応じず、そこでサクラは研究室を後にした。

 少し遅れて、金貨の量に驚く声が聞こえてくる。にぎやかな場所だな、と初見の時と同じ感想を抱いた。

 

 理持ちの記憶以外の全てから、その存在を忘却させる討伐の咎。存在そのものを否定される報復現象。

 それは記憶だけでなく、討伐以前に残された物的な記録資料にまで及ぶ。

 治療の際に書かれた書類。遺生物掃討戦の時の戦闘データ。王国に提出したハズの戸籍申請書。──そういった、サクラにまつわる全てが、今の世界からは消えていた。

 

「──あっ」

 

「む、貴殿は……」

 

 南棟に戻る通路の途中、見覚えのある人物たちと出くわす。

 水色髪の少女に、銀髪の青年。二人の目はどこか困惑を帯びている。知っている気がするが思い出せない……という感じだろうか。

 

「……ごきげんよう?」

 

 初めましてというのも変だな、と思ってサクラは言葉をチョイスした。二人の顔が、ますますなんとも言えないものになる。

 

「ええと、あの……貴方が、師匠の代わりに超抜存在を倒してくれた……?」

 

「……ふむ、初めて会った気がしないな。そちらは、我々のことを知っているのか?」

 

 無表情のままサクラは指をさした。

 

「そっちはシンシア・リーリエ・ユークレース・エルメンディア。師匠大好き。お前はアルトリウス・フォン・エイレンフリート。ただの戦闘狂。以上」

 

「っな……!? どど、どういう印象なんですかソレェ!?」

 

「的確すぎる……! 本当に知り合いだったのか!」

 

 戦闘狂の自覚があったことに驚きだった。

 

「っ、じゃなくて! あの、ありがとうございました!!」

 

 突如、シンシアが頭を下げる。

 

「今の私たちの記憶にはありませんが……私たちから師匠を忘れないようにしてくれたこと、この国に協力してくれたこと……ありがとうございました。忘れる前の私も、きっとお礼を言いたかったと思うので」

 

「……先に言われてしまったな。私も騎士団長として、貴殿に礼を申したい。たとえ貴殿自身に、そのような意識がなくとも……この国は救われた。それは間違いなく、貴殿の働きのおかげだ。感謝する」

 

 続いて、アルトリウスも頭を下げてしまう。

 なんだか心境がアウェイになってしまったサクラは、少し、反応に困る。

 

「顔上げろ。俺はお前たちに感謝されるために協力したんじゃない。それに、知っていた誰かを忘れるなんてよくあることだ。あまり気にするようなことじゃない。──そういうわけだから」

 

 そこでサクラは、さっきから視線を感じていた方角を見た。

 

「あとはエメルとかルシウスとか……それと、ガルドラとかいう、超カッコイードラゴンにもよろしく」

 

 最後は棒読み気味に言葉を放つと、今度こそ空気が停止する。

 二人の間をすり抜けるように立ち去ったとき、

 

『……エッ!? おれのファン!?』

 

 念話を通じてそんな声があった気がしたが、構わずにサクラはその場を後にした。

 

     ◇

 

 見納め、というアガサの言葉を思い出して、サクラは城内を一通り見て回っていた。

 主に行った覚えのある場所を流し見する程度の、最後の散策だったのだが。

 

「あっ、サクラ君じゃないか! やっと帰れるんだっけ? 良かったねぇ!」

 

「……は?」

 

 中央棟、中庭の石廊下で。

 開口一番、久々に見た白衣野郎が、そんなことをのたまった。

 

 ジェスター・トゥルギア。

 帝国の派遣科学者かつ、この大陸でサクラが初めに出会った第一村人。

 今となっては魔導炉の治療にあたってくれた、恩人といっても差し支えない人物なのだが──

 

「は?」

 

 不可解すぎるその態度に再度、疑問の声を上げる。

 なんで狙ったように石廊下にいるのか、ではなく。

 なんで此方のことを覚えているらしいのか、という困惑からだ。

 

「? なんだい呆気にとられて。久々すぎて僕のこと忘れちゃったとか? そりゃあ討伐戦の時は目立った活躍はしなかったけど、砦ではちゃ~んと負傷者の手当に走り回ってたんだよ? いやまぁ、サリエル君を止められなかった全責任は僕にあるけどね、ハイ」

 

 反省シテマス、とでも言いたげにしょぼくれる黄緑髪眼鏡。

 そこでようやくサクラは我を取り戻した。

 

「……つかぬことを訊くんだが。ジェスターって、『理持ち』なのか?」

 

「ハ? 『理持ち(ロジックロード)』? なんで? 少なくとも今までの人生、そんな大層な能力に目覚めた覚えはないけど」

 

「あぁ??」

 

「なに!? 僕なにか悪いことしたぁ!?」

 

 ビクゥ!! とサクラの気迫に跳び上がる科学者。まさに憐れ。憐れの一言だった。動物が天敵に出くわしたくらいの怯えようだった。

 

(……自覚のない『理持ち』……の可能性はあるな。こいつ、かなりの年長らしいし。数百年も人生やってて、そこまで鈍いことあるのか……)

 

 そう推測すると、なんだか同情の視線を向けたくなった。天才科学者だというのに、自分の能力を把握できていないとは。

 

「……なんか憐れなものを見る目になってない? まぁいいや、せっかく会えたんだし、お別れくらいは言わせておくれよ」

 

「……俺がここに来るって知ってたのか?」

 

「いや? ただの勘さ。僕は昔っから勘だけは良いからね。むしろこれだけで生きてるともいえる。他はただただ有能なだけの科学者兼医者さ」

 

「つまり頭は良いが、基本何も考えずに生きている、と」

 

「簡潔に僕の数百年をまとめられたッ!?」

 

 いちいちリアクションが大仰なヤツだ。サーカスか劇団で育ったのだろうか。むしろ突然変異的にこのまま自然発生した存在と言われても納得感さえある。

 

「……勘、というか。お前は天運との結びつきが強いのかもな。そういう奴はたいてい、無駄に死ににくいし」

 

「……、えーと、それって、どういう?」

 

「幸運値が高すぎるってコト。お前、結構九死に一生を得た経験が多いんじゃないか? 俺と出会った時もそうだったし。まぁ……人生に飽きたら、どうにかして俺の社を目指すといい。『()()()』ぐらいはしてやるよ」

 

 とはいえ、この青年の場合、幸運を失ったくらいでは死にそうにないが。

 それに彼は病を患っているという。それを治すために医師になったとも言っていた。人生に飽きる、というような可能性は、今のところないのだろう。

 

「アッハハハハ! それは確かに……確かにまだ早いね! 僕にはまだやらなくちゃいけない仕事があるし! でも気持ちは有難く受け取っておくよっ、その時はよろしくね?」

 

「よろしくしない方がいいと思うが……じゃあ、」

 

 別れの挨拶としてはこんなところか。

 そう思い、サクラは出口へ足を向ける。

 

「──またねー、サクラ君! いつでもアルクス大陸においで!」

 

 また会うつもりかよ、と内心、辟易した気持ちにはなったが。

 

「ああ、またな」

 

 空気を読んで、軽くそう伝える。適当に片手を挙げつつ、振り返らないまま、羽織の彼は奇妙な知人と別れていった。

 

     ◇

 

 目を開けると、そこは草原だった。

 ザァ、と風に吹かれて緑の草木がそよぐ。そこには枯れた大地も、戦闘の痕跡も、なにもなかった。

 

 まず目に飛び込むのは、白亜の巨木。

 天をつくほどの大きさで、広すぎる根っこが大地に横たわっている。

 

 世界樹ユグドラシル。

 玉座の間から、サクラとアガサはその麓に転移してきていた。

 

「──よぅ。これでお別れか」

 

 そこで待っていたのはヴァンだった。少し遠く、より樹に近い場所には、何かを話している地竜と──炎竜の姿がある。

 

「色々と、本当に世話になった。けどなお前ら、作戦を実行する時は事前に一言あってくれてよかったんじゃねぇのか?」

 

「言ってたら決断できたのか、お前」

 

 サクラが言い返すと、ウッ、と魔術師が言葉に詰まる。

 

「新鮮な罪悪の感情の波だな。サクラー、もっと言ってやれ言ってやれ。こう、精神の傷口をえぐるように」

 

「あとヴァン、お前はシンシアさんに責任をとった方がいいと前から思っていた」

 

「なんで!? なにを!?」

 

「わぁー、傷口どころかぶった斬りにいったな。神子の所業じゃねーや」

 

「縁結びの相談も社の業務の一つだからな」

 

「??? エンムスビ??」

 

 こちらの大陸には馴染みがない言葉なのだろうか。……そもそも社の機関自体、実家という一つしかないので、それも当然だったが。

 

「……あー、とにかくだ。サクラ、アガサ。もう言われすぎたかもしれねぇけど、本当にありがとう。助かった。──再会する時があったら、そん時はそっちの大陸に連れていってくれよ」

 

 そう言って、例のごとくヴァンが片手を差し出した。

 それをサクラも握り返す。

 

「俺はあまりおすすめしないけどな。来るなら万全の準備をしておけよ」

 

「こっちはロクでなしが多いからなぁ。あとオートクレール、大事にしろよー?」

 

「もちろん。それは本当に感謝してる。生涯、こいつは俺の相棒だ」

 

「魔剣への愛が……重い……!」

 

 その魔剣狂いがもう少しマシになれば、あの少女魔術師も報われそうなものだが。

 しかしなんだかんだで、この魔剣騎士が一番ラグナ大陸に馴染みやすそうではあった。

 

『──炎竜様については地竜様から聞いた。任せろ、上手くやるさ』

 

「──、」

 

 ヴァンから、そんな念話があった。

 サクラも魔術師も反応を表に出さなかったが、何もない、その沈黙だけで十分だった。

 

「──ほう、これが世界樹か……」

 

「私の記憶にあるものより溌剌としていますね。まさに大陸の心臓といっていい」

 

「陛下!? サリエルさんまで!?」

 

 サクラたちの背後からやってきた二つの影に、ヴァンが度肝を抜かれる。

 振り返ると、国王ロアネスとサリエルが、揃って興味深そうに世界樹を観察していた。

 

「なにサリエル先生、枯れる前の世界樹、見たことあんの?」

 

「いや……当時私が見た世界樹もすでに枯れていたのだろう。今、これを見て分かった。私が発生する遥か以前から、この樹は何者かに利用されていたのやもしれん」

 

 それが巡り巡って、地竜が第四位と化す原因になったわけか。

 そう思考してから、白樹を見上げたサクラは呟く。

 

「……天空に人間が行ったというのは、本当なのか?」

 

「分からぬ」

 

 新たな声が入り込んだ。

 視界に出てきたのは、金髪に二本角を持つ青年。ロヴァルグランだ。

 ぎょっとサクラ以外の周囲がどよめく。

 

「地竜様……!」

 

「そう畏まるな、今代の魔術王よ。……(わたし)は汝らの国を今度こそ護ると決めた。存在は違えど、対等な友として、良い関係を築いていきたいと願う」

 

「……! ありがたきお言葉にございます……! 我ら王国も、どうか貴方の期待に沿う存在になれるよう尽力いたしましょう……!」

 

 地竜と国王。

 その二人から、そろーっとサクラとアガサは距離をとり、

 

「……ここがラグナだったら、歴史に残る瞬間だな」

 

「すーごいな。こんなのリアルに見れることあるんだ……」

 

 と、謎の感動を覚えていた。

 上位存在と人類。それが互いに歩み寄っているのだ。こんな光景は、それこそ創作の世界でしか見聞きしたことがない。

 

「……そちらの大陸で、『第一位』とやらは随分としでかしてくれたようだな……」

 

「……? なんでサリエルさんが怒るんです?」

 

「……ん? えっ、そっちの黒い汝、まさか……」

 

「「?」」

 

 サリエルを見た地竜が息を呑む。それにサリエルはシッ、と口元に指を立てた。

 何も知らないヴァンとアガサはただ首を傾げている。ヴァンはともかく、アガサは知らない方がいい真実だろう。

 

「ええいっ、自然と我をのけ者にするでないわー! ずるいぞ、地竜!!」

 

「……、それはすまなかったな。エンリュウ」

 

 駆け寄ってきたリュエから、地竜は目をそらす。コワイなぁ、とまだ訴えていた。

 チラチラ見てくるのを止めろ、とサクラは軽く殺気を飛ばす。ひい、と地竜が涙目になる。

 

「(……アレ? 今一瞬、殺し合いになりかけた?)」

 

 なぜに? と横のアガサが肘で小突いてくる。

 ……炎竜(リュエ)に関することは、それこそ、彼女には大陸を渡ってから話した方がいいだろう。最悪、ここで合法素材化だと言って処刑しかねない。

 

「それで。準備はできたのか? 帰れるんだろうな、俺たちは?」

 

「……次元渡航は少しばかり骨が折れる。世界樹を管理する(わたし)でないと難しかっただろうな。まず、そこの炎竜に残っている存在軌跡……座標のログを遡って、『向こう』がある位置は探り当てた。あとは入口が上手く繋がるかどうか、だ」

 

「成功率は半々である! これ以上時間をかけても、これより上の成功率は厳しいというのが我らの結論だ! 帰るか死ぬか! さぁ度胸試しの時であるぞ、人類よ!!」

 

「五十パーか。まぁ、イケるだろう」

 

「半分の確率は実質百パーだ。余裕だなぁ!」

 

「自信に根拠がなさすぎるッ……!!」

 

 ヴァンは震えた。こいつら、クソ度胸にも程があるだろ。

 

「さ、サリエルさんのミラクル魔術でどうにかならないんですか、コレ……」

 

「……生憎と、私はこちらの次元から出たことがない。やるにしても、術式を開発するのに余裕で百年単位の時間がかかるが」

 

 ポン、とヴァンはサクラとアガサの肩に手を置いた。

 

「頑張れよ、お前ら……次元の狭間で死んだら許さねぇからな!」

 

「死んだかどうか観測できないだろう、それは」

 

「うーむ……もう少し、強度の高いログがあれば……む、」

 

 ぴくり、と地竜の眉が動き、直後、ずずいっ、とサクラに顔を近づけた。

 がっ、とサクラがアイアンクローする。

 

「近い」

 

「──汝、奇妙な場所に住んでいたのだな。社、だったか? 一大陸の座標にしては、こうもはっきりと…………良し」

 

 なにが良し、なのか。

 サクラが怪訝な顔をしていると、離れた地竜は、先ほどまで炎竜といた空間へと戻っていく。なにか思いついたのだろうか。

 

 その間に、サクラは炎竜へ視線をやった。

 

「お前はこっちに残るんだな」

 

「──それしか選択肢はあるまい。アガサからたっっっぷりと、貴様らの故郷の恐ろしさを語られた今となってはな。戻る気も失せるわ。なんだ上位存在をエネルギー源にって。神権という概念をまず錬成した方がいいのではないか!?」

 

 ちら、とアガサを見る。ドヤ顔でピースを返された。

 ……また、思わぬところで働いていたらしい。本当に頼りになる。

 

「ところで」

 

 未だ準備に手こずっているらしい地竜の様子を伺いつつ、サクラは問いを投げる。

 

「お前、なんで最初に俺たちを助けたんだ?」

 

 享楽か気まぐれか。

 なんにせよ、こんな質問は上位存在には無意味だろう、と彼は思いながら問いかける。

 この、正体不明の、自称炎竜とやらに。

 

「そんなの決まっておろう」

 

 伏目気味に、リュエはそれに答えた。

 

「……寂しかった。寂しかったのだ、我は。目が覚めてからずっとあの遺跡で独りきり。汝らについていけば、少なくとも独りではなくなる。そう思ったから、汝らの運命に介入した。ただそれだけだ」

 

 その答えは。

 

「………………」

 

 生憎と、この青年は、さっぱり分からなかった。

 理解不能だ。率直にそう思う。

 しかし、周りで聞いていたアガサやヴァンはそれぞれ違う表情をしている。

 

 アガサはどこか興味なさげに、しかし確かに理解を示した目で。

 ヴァンはやや俯きがちに、なるほどな、としっかりと理解している。

 

(──分からないのは、俺だけか)

 

 相手がいなくなったらいなくなった、という事実があるのみ。そこに、何を想うこともない。

 喪失からくる感情。それがどうやら、自身に決定的に欠けているモノらしかった。

 

「そうか」

 

 他者を求めるのなら、周囲から忘れられる痛みも避けて当然だ。当たり前の心理現象から決定される行動を非難する気はない。

 けれど。

 それを人外である彼女が言うのは、彼にとって、皮肉すぎた。

 

(まるで、こいつの方が人間らしいな)

 

 卑下でも自虐からでもなく、ただ、そう思った。

 

 

「──では、これより次元の門を開く。異邦から来たりし人類よ。此度の活躍、見事であった」

 

「ではなサクラ、アガサ! 縁があれば再び会おうぞ!!」

 

「「絶対嫌だ」」

 

「なーぜーだーッ!!」

 

 うるせぇ、とアガサが呟く。サクラも同意見だった。

 

「行くぞ」

 

 地竜の一声に合わせて、リュエも虚空に手をかざした。

 ──瞬間、力の暴風が発生する。魔力──ではない。この強い気配は、属性を持たない原質のエネルギーそのもの。神気の行使に他ならない。

 

「【開け(そぅーれ)】ッ!」

 

 始祖竜たちの力のこもった声が、その場の理を捻じ曲げる。

 門を構成するのは地竜、繋げるのは炎竜の役目、らしい。

 と、次の瞬間、空間に変化が起こる。暴風は少しずつ収まり──

 

「お。おー……これ、が……?」

 

 アガサが言い淀んだのも無理はない。

 虚空には確かに変化があった。しかしなんというか、そこにあるのは、先も見えない、真っ黒な虚だった。

 

「……これ入ったら一瞬で死ぬやつじゃね」

 

「いや、分からん、分からんぞ! 入るまで結果は分からん!」

 

「嫌な予感がすると思う。神子的直感だが」

 

 絶対入りたくねぇ。

 そんな入口だった。帰るどころか、死の門一直線である。

 

「……確かに次元の穴、ではあるが。その向こう、虚数空間では?」

 

 サリエルの言葉に、その場の空気が重くなる。

 凄いことはやっているのだろう、凄いことは。

 しかし帰れないのでは、まるで話にならない。

 

「サクラ、処す?」

 

「まっ、待てぇ! 我らも最善を尽くしたのだ! 情状酌量の余地をよこせッ!!」

 

「──? 待て、なにか空間が──」

 

 どうしようかな、とサクラも柄を握ろうか迷った時、地竜の声を遮るようにして。

 

 

 

空間に稲妻が走った。

 

 

 

『────標、特定……完了…………接続……始……ます…………』

 

 どこからか聞こえる、()()()()()()()

 とても、とてもとても耳慣れたその声に、ハッとサクラは顔を上げる。

 

「……!? な、なんの声だ!? オイ、変なもの呼び出したんじゃないですよね、始祖竜様!?」

 

「っ、? わ、分からん。我には何も────」

 

 ゴゴゴゴ、とその場の大気が揺れる。

 なにか、何か強大な気配がここにくる、と誰もが警戒を強める中──

 

『次元接続完了。社門、開錠します』

 

 カッ、と視界が白む。

 閃光は本当に一瞬のもので、再びサクラとアガサが目を開けた時、暗黒しかなかった虚空は消え去り──代わりにそこには、()()()()()()()が立っていた。

 

「な、なん、なんだこれは!? 我は知らんぞ! 地竜、何をし、」

 

『補足事項。社門の安定時間、残り十秒』

 

 冷徹すぎる機械アナウンスが炎竜を遮る。

 ──瞬間、サクラとアガサは鳥居へ向かって走り出した。

 

「さっすがやしろさ────ん!! 大好き──!」

 

「──じゃあな、ヴァン、サリエル! せいぜい上位存在とは上手くやれ!」

 

「バイバーイ、また会う日まで!! 今度はこっちに来いよ、案内するからさぁ!」

 

 それぞれ、走りながら後ろの面子に、最後の言葉を叫び散らし。

 大地を駆け抜けた二人は、同時に跳躍する。

 

 そして白い光が広がる大鳥居の中へと、一気に飛び込んで────

 

 

『──対象の通過を観測しました。次元鳥居、封鎖します』

 

 

 彼らの姿が光に呑まれていった直後、白い大鳥居は瞬く間に一点へ収束。

 そのまま周囲の風を巻き込みながら──完全に、そこから消え去った。

 




次回、エピローグ。


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42 エピローグ

 桜の花弁が宙を流れていく。

 地平線で停止したままの黄昏の光が、その庭を照らしていた。

 

「──ふうん。それで帰ってきたってワケ」

 

 これまでの話を聞き終えた少年は、カチャン、と紅茶のカップをソーサーに置いた。

 

 十二歳ほどの少年だった。真っ白な髪色に、刺すような赤い瞳。その鋭い目つきは姉譲りか。

 白いパーカーに白羽織、半ズボン。子供という概念をそのまま体現したような彼は、対面席に座るサクラを見た。

 

「アルクス大陸ねぇ……ボクらにしてみたら、まさに『新天地』だね。で、帰るついでに第四位を討伐してきたと。──久々に外に出たと思ったら、またそんな伝説作ってきて。()()()、外界との関わり方下手すぎでしょ」

 

 まったくもー、と息を吐く少年の名を、火楽(かぐら)祈朱(イリス)

 サクラのことをグレンと呼ぶ、アガサの実の弟である。

 

「イリスも行きたかったか?」

 

「そりゃあグレンがいるところならどこへでも。姉さんが同行する極大デメリットを飲み込んででも、その大陸に行く価値はあるね。特に魔術ってのが気になる。ぜひとも()()したいね」

 

「向上心が高いことで」

 

「使える手札はたくさんあった方が便利でしょ?」

 

 道理だな、と頷き、サクラはフォークで皿のケーキをつつく。

 境内の庭の一角にあるのは、白テーブルの茶会セット。アルクス大陸の文化を再現したデザートの品々は、全てアガサによる作品である。

 

「けどさ、良かったの? その『自称炎竜』ってゆーの。次にアルクス行ったら、国も大陸も薪にされちゃってましたー、なB級的オチとかにならない?」

 

「さてな。それは向こうの人類の努力次第だ」

 

「うわ、薄情。でも意外だよね、グレンが上位存在を見逃すなんてさ。帰り際にサクッと一撃殺! なんてコトもできたんじゃないの?」

 

「……今回は見逃すさ。なにせ一度、命を救われてる。気紛れにせよ享楽にせよ、その貸しを無視して斬りかかるほどの脅威じゃない」

 

「じゃあ次に会ったら?」

 

時と場合による(ケースバイケース)。メンドくなったら逃げる、邪魔だったら殺すだ」

 

「テキト~。でもボクだってそうする。正体不明に関わるなんて、それだけで面倒ごとに違いないし!」

 

 少年の悪魔はニコニコしている。

 単に面白がっている……のもあるだろうが、彼はただ単純に、サクラと言葉を交わすのが愉しいようだ。

 それに羽織の剣士は、いつものイリスだなぁ、と思うだけだったが。

 

「しかし、対処の模範解答があるなら聞いておきたいな。──やしろさん」

 

 サクラが声掛けに視線を向けた先には、箒掃除をしていた白い人影があった。

 滑らかな動きで振り返ったそれは、二十代の、若い女性の容姿(カタチ)をしている。

 

 胸元まで垂れた二房の白い横髪。毛先にかけては赤い髪留めが飾り、後ろ髪は深紅の長いリボンで上にくくられていた。純白の羽織と着物は、性別を超越する完璧に美しい容貌と合わせて、神聖な印象を強調している。

 

 だが人形の緑色の瞳には、生気の欠片もない。

 その右目は長めの前髪に隠れ、覗いていた無機質な左目が神子(サクラ)を見た。

 

「──記憶情報、統合。精算開始。演算終了。──回答します。対象の最終目的を定めさせ、聞き出した上で有効活用すべきかと」

 

「……そうか。記憶が曖昧なら、適当に洗脳してその場に応じて使い捨てればよかったのか……」

 

「グレーン、それ言ってるコトが全部人道から外れまくってるから。ヴァンさんが聞いたらドン引きするやつー。実行しちゃダメだからねー?」

 

「そうなのか」

 

 この少年にしては意外な指摘だ、とサクラが思ったのも(つか)の間だった。

 

「そうだよ! 洗脳だの使い捨てるなんてもったいない! ちゃんと寄り添って、信頼を獲得した上で、捕まえて有効活用! 丸々上位存在なんて、肉体も精神も魂も、『捨てて』いいところなんてないんだからっ!」

 

「すごく錬金術師だなあ」

 

 思考が。倫理が。道徳が。

 築いた信頼さえ素材化するというのだ、この少年は。サカナか何かだろうか。もはやリュエのことを、狩り甲斐のある獲物としてしか見ていない。

 

「? 極めて平凡な一般論を語ったつもりだけど。……ま、ここにいないものの用途を語っても仕方ないか。じゃあ名前を出したついでに、やしろさん。『黄昏家』って?」

 

 テーブル席の近くまで歩み寄ってきた機械人形が、はい、と応答する。

 

「──ライブラリ内に記録あり。『月界線の社』、()()()()()()()()にある家名の一つと一致します」

 

「えっ」

 

「──それホント!? 草創期って龍暦の頃の話でしょ!? ボクらの先祖と同僚だったの!?」

 

「……正確には、俺たちの先祖は、その家名を受け継いだだけの人間だがな。しかしそんなに古い縁があったのか、アイツ」

 

 ヴァン・トワイライト。

 彼の在り方には一種の眩しさを覚えていたが、そこまで近い縁が初めにあったと聞くと、出会えたのも偶然とは思えなくなってくる。

 

 ……出会いといえば。

 

「……じゃあ、ジェスターは? 俺の記憶から、なにか奴に関する情報はあったか?」

 

「古い魔族と推測します。肉体年齢は最適化された状態で『停まって』いますが、千年分程度の経験と知識量を持つかと」

 

「噂の第一村人だっけ? ボク、その人には会ってみたいなぁー。胡散臭い人とか大好きだし。凄いペテン師の予感がするよ、直感だけど!」

 

「そんな風には見えなかったが……」

 

 言動はともかく、間違いなく有能な医師、科学者ではあった。

 ■の悪魔である少年が好みそうな要素は、あまり見受けられなかったが──と考えた時、やしろさんと呼ばれる人形が発声する。

 

「追記事項算出。神子の魔導炉に施された治癒術式からの逆算結果、工夫性と発展性は()()()()のポテンシャルが算出されます。──結論、千年に一度の人材です」

 

「じゅ……」

 

 流石の予測結果に、サクラも言葉を失った。

 はて、と耳を疑ったイリスは首を傾かせる。

 

「……十世紀って、何世紀だっけ」

 

「質問内容を是正して回答します。十世紀は千年に相当します」

 

「い、生きたオーパーツじゃん……!」

 

「……有能って、そこまで……」

 

 あの黄緑眼鏡、千年後の宇宙人かなにかだったのだろうか。

 そのうち科学文明の水準を壊しかねない。いや、もしかすると壊せると分かっている上で調整している部分は……あってもおかしくないだろう。

 

「……ちょっと思ったんだけど。ジェスターさんって、『聖人』だったんじゃないの?」

 

 イリスの突然の可能性提示に、サクラは数瞬、考え込む。

 

「……でもアイツ、未来が分かってるようには──」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その人の言う“直感”って、『啓示』だったんじゃないの?」

 

 ────そういえば。

 

「言われてみれば……そうだな。なんで今まで疑問に思わなかったんだ……?」

 

「……ふうん。そうとう話が上手いんだ。ねぇやしろさん。グレンの記憶から、ジェスターさんが聖人である可能性は算出できない?」

 

「聖人を定義する数値データに空白があります。入力してください」

 

「ダメかー」

 

「いや、そもそもアイツは不治の病を患ってると言っていたぞ。啓示を果たさない限り不老不死である存在とは言いがたい」

 

「それは単純な言葉遊びって線も解釈できるでしょ。『不老不死を治したい』って考えなら、そりゃあ不治の病って話にも説明がつくし」

 

「──あ」

 

 衝撃の考察だった。この少年は探偵役が似合うかもしれないな、とサクラは思う。

 けどなぁ、とイリスは紅茶を一口飲んでから、

 

「不治の病、にも種類があるからね。ま、会ったことない人を無駄に(うたぐ)ってもしょうがないし、この話はここまでかな。とにかく早々たる面子だったんだね、超抜存在に挑むだけはあるほどの。……それに出くわせるグレンの運の巡りもどうかと思うけど」

 

 いいなぁー、と頬杖をつく少年。

 その期待と羨望の声は、未知なる大陸へ向けられたものだろう。

 

「──~~~~っあ~、つっかれたぁ! 自主休憩ー!」

 

「うわ。出た」

 

 現れた人影に、少年の顔が苦渋のものに変わる。

 サクラも視線をやると、巫女服姿のアガサがこちらへやってくるところだった。いつぞやのように黒髪はストレートに流されており、やたら服装とマッチしている。

 

「冒険譚は聞き終わったかよ出遅れブラザー? いや残念残念! 研究バカだったばかりに、せっかくのフィールドワークの機会を逃すなんてな~!」

 

「別に出遅れてなんかないけど。むしろ周回遅れなのはそっちじゃないの姉さん? せっかく二人きりで冒険したのに、今までのブランクを取り戻すだけで精一杯だったんだし」

 

「ウルセェわ。ここから挽回するんだよー!」

 

「……やしろさん。こいつら何の話をしてるんだ」

 

「極めて利己的な益に基づくプロパガンダと推測します」

 

「? ……??」

 

 サクラは言葉の意味を考えようとしたが、どれも暗号じみていて分からなかった。こういう時、つくづく頭の造りが違うとついていけないのが痛い。

 シッシ、とそこでイリスが片手を振る。

 

「さ、とっととボクの視界から消えてよ姉さん。その強制労働は『社の神子』を私用で拉致った制裁(けっか)でしょ。とっとと消化しないと職場にも戻れないよ?」

 

「いーよ別に。しばらくはバカンスするさ。仕事があれば、どうせ呼び戻されるだろうし」

 

 その発言にサクラは小首を傾げる。

 

「職場、爆破させたのに?」

 

「爆発くらい、唯一国じゃよくあることだし。半年に一回はどっかの工房が吹き飛んでるからなー。それに私ってば替えのきかない有能人材なので。始末書に追われてるだろう部下たちの逆襲が今から怖いぜ!」

 

「あはは。──いっそ死刑になればいいのに」

 

「フハハ。──銃殺刑処すぞテメェ」

 

 悪魔同士の殺気がぶつかり合う。

 直後、アガサが黒拳銃を、イリスが白い拳銃を互いに向けたところで。

 

「警告。境内における戦闘行為は禁則事項です」

 

 ズヴァチィ! と小規模な雷光が奔った。

 瞬間、二人の手にあった拳銃は炭化し、この世から消え去った。

 

「「……ご、ごめんなさい」」

 

 久々に味わった恐怖からか、珍しく二人の謝罪が重なる。

 封社やしろはその声に一切答えることなく、箒掃除というタスクを無言で続行する。

 それらの光景を、サクラは完全に日常風景の場面としてしか認知せず。

 

「このアイスケーキ……美味いな……」

 

 一人、異邦から持ち帰った絶品に舌鼓を打っていたりした。

 

 

 こうして異邦への遭難譚は幕を閉じる。

 赤いアンノウンは黄昏から消え、遭難者たちは無事生還。

 

 しかし遭難譚に幕はあれど、世界に降ろされる幕はなく。

 主役たちは一時、次の幕がくるまで、自分たちの現実(日常)を謳歌する。

 

「次にアルクス大陸に行く機会があったら、ボクも連れていってよ」

 

「行ってこい行ってこい、一人でな。二度と帰ってくんなよマイブラザー」

 

「姉さんは呼んでないし。次はグレンと二人っきりで冒険するし」

 

「外出したくないんだが」

 

「えー! 行こうよ! じゃあ分かった、間を取って、ボクが語り手になってグレンの魅力を余すことなく実況するからさ! ねえ!」

 

「「どういう間の取り方だよ」」

 

 境内の庭は彼らなりに騒がしく。

 そんな喧騒から離れた位置。箒掃除に務める巫女人形の中では、次の計算が開始する。

 

──取得記憶データを事象演算に入力……完了。未来の仮想演算開始。世界正常値の変動により、次の可能性を内部メモリに伝達します──

 

 機械の瞳の先はここにあらず。

 現在を離れ、主役ならざる人形だけが、彼方の数値を見据えていた。

 

 

 

 

 

第一章

境界トワイライト

END

 




 これにて第一章完結となります。お付き合いいただきありがとうございました。
 面白いと感じたら高評価・お気に入り・ここすき等いただけると嬉しいです。
 めちゃくちゃ感想ほしいのでぜひよろしくお願いします。


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第二章 魔城デストロイヤーズ
01 アバン・序説・プロローグ


>>証明開始

 

 提示:証拠材料『虚構の狭間』

 仮定:火楽祈朱/カグライリス/かぐらイリス/etc…

 世界線:XXXXX XXXX

 座標:月界線の社

 時刻:黄昏暦603.12/XX

 活動履歴(ロードデータ)参照元:以下

 構築仮説:虚構理論

 

 錬成開始(アルス・マグナ):【■の理】

 

 実説構築。情報記録開始。顕現完了。

 

>>EXISTENCE:Q.E.D.

 

 

 意識()を覚ますと、まだ微かに充足感と達成感が残っていた。

 目蓋を開ける。脳の稼働に五感が鮮明になっていく。畳の匂いがする。冷たい空気が肺に入っていく。──六畳間の私室だ、と現状を把握する。

 

「……ふ、ふ、くくく……」

 

 昨晩成し遂げたことを思い出して声が漏れる。

 机に突っ伏したまま意識が落ちていたらしいがお構いなしだ。最高に気分がいい。

 

 そう──やった! 遂にボクは成し遂げたのだ! 錬金術の知識を()()()()()()()の十余年、机上の空論として未完成だった、史上最高の錬成物をッッ!! 錬成!! したのだ────!!

 

「は、は、はは、はっはははははははは……!!」

 

「────何してるんです弟先輩? いつもの発狂ですか」

 

 は、と笑い声が止む。

 我を取り戻して辺りを見ると、いつの間にか自室から廊下に出て、両手を広げながら外に哄笑していた。

 

 ──まぁ。

 テンションが最高潮になると、よくあることだ。寝起きだったしね?

 

 後は目撃者を消すだけで、今の醜態は虚無に還すことが可能だが──

 

「……オハヨウ、バイト君。いま何時?」

 

 右横の気配に向き直ると、そこには最近、ちょくちょく社で見かけるようになった若者が立っている。

 

「七時ッス。超健康的生活周期ですね。弟先輩といい姉先輩といい、紅蓮先輩といい、この世界の人たちって体調管理、上手すぎません?」

 

 ──校舎でもないのに()()()()()()()()()、下に着込んだパーカーのフードを被った青年が、そう肩をすくめる。

 金髪銀目で、歳は十七から十九くらい。棒付きキャンディをくわえたまま、器用に話しやがっている。

 

(オレ)は今から夜食の予定ですけど、一緒にいかがです?」

 

「なにその極悪食生活。遠慮するよ。君もやしろさんに健康管理された方がいいんじゃない?」

 

「やー。あの美人さんは最高ですけど、それはちょっと。感情(バグ)でも起こしてくれたら考えますケドネー」

 

 それは永遠に無い可能性だ。天地が裏返ってもあり得ない。

 

「ところで弟先輩、さっきなんで笑っ──あ、いいっス。その笑顔だけで察せました。観測(みな)かったコトにするんで勘弁してくださーい」

 

「賢明だね。夜食はお断りだけど、ボクも今起きたトコだ。途中まで一緒に行こうよ」

 

 了解ッスー、と空気に溶け込むような抜けた声。

 横並びで廊下を歩き出しつつ、そっとボクはこの青年を盗み見る。

 平和という概念、学生という存在情報が凝縮したような彼は、いつ見てもこの世界とマッチしない。……それも当然の話だが。

 

「つーか今日の気温設定、寒くないすか? 雪でも降らせるつもりなのかなぁ、やしろさん」

 

「そろそろ冬らしいからね。外界は季節概念が消失してるけど、境内(ココ)だけはそういうの、ランダムに再現するんだってさ」

 

 『月界線の社』──ラグナ大陸の座標にありながら、独立した空間地帯。異空間、と言い換えてもいい。

 ここはその屋敷本館の裏手、霧の奥にある多層塔の一つだ。ボクの部屋は現在、地上からおよそ百メートルの高所にあるが、この()()()()()()()()()()()()。住み着いているボクでさえ、未だに社の構造と仕組みの全貌は把握しきれていない。

 

 そんな建築物や設備、境内の気候から風景まで、その全てを管理しているのがあの真っ白な機械人形──封社(ふうしゃ)やしろという巫女である。

 

「多機能だなぁ。でも(オレ)はやっぱ夏が好きっすね! 夏! 青い空、澄み渡る青空、クッソ五月蠅(うるせ)ぇセミの声! こっちじゃ聞けないから寂しいナー」

 

 同じことを二回言ってるような気がするけどスルー。

 

「……セミってなに。虫?」

 

「ですです、ご名答。あ、先輩たちって虫の声とか聞こえるのかなぁ。育った環境に応じて、聞こえるモンが違うって話ありますけど」

 

「脳の使い方が違うんじゃないの。こっちは色んな言語があるし、聞こうと思えば聞こえるかもね」

 

 ト、タ、タ、と軽い足音が木造の回廊に響く。

 適当な雑談で移動時間を浪費しながら、ボクたちは階段を下り、廊下を歩き、階段を下って──辿り着いた、直近の空き部屋の襖を開いた。

 そのまま二人して中に踏み入り、戸を閉める。

 

「「本館」」

 

 移動の呪文を唱える。

 途端、ごぅん、と部屋の外が動いたような音がすると、三秒ほど置いて、入ってきた襖がシュパッと自動で開く。

 

 部屋から出て広がった景色は──庭だ。

 裏手の棟から、本館の一階へ。部屋が上下に動いたわけではない、座標そのものが入れ替わったのだ。それこそワープ装置みたいに。

 

 社の屋敷は、テクスチャだけは古っぽいのに、中身の文明レベルがおかしい。普通に外界のソレを超えている。ここだけSFの世界である。

 

「あーァ、もう地上は雪が積もってるじゃないですか。冬ですねコレは冬。道理で寒いワケですよ」

 

 自称後輩の言う通り、地上の庭は白に染め上がっていた。

 ボクの服装は白いパーカーに白羽織、白髪ときているので、飛び込んだら保護色になりそうだ。

 

「弟先輩はショタっ子なので紛れたら見えなくなりそうですねぇ」

 

「これでも十八なんだけどね?」

 

「マジかよ合法ショタ。え、身長の呪いとか気にするタイプですか?」

 

「自覚がなきゃ年中短パンなんかはいてないよ」

 

「ひ、開き直ってるんだ……いや弟先輩の場合、そういう風に細胞を管理して……の線もありえそうですよね……」

 

「その辺はご想像にお任せするよ」

 

 見た目は十二歳、中身は十八歳。ひとまずボクに関しては、この情報だけ覚えてもらえれば結構だ。なんなら短パンの情報だけ覚えてもらえれば結構だ。

 

「弟先輩って、自分の視点を悪用して胡乱な情報ばっかり提示しそうですよね」

 

「なにバイト君。消えたいの?」

 

「じ、地の文の濫用だ! 次の行まで(オレ)、生き残れますか!?」

 

 ──とかまぁ後輩をからかっているのも面白かったが、メタ的反則を抜きに、そこで彼とは進行ルートを別にしたので別れたのだった。

 

 

 ちなみに。

 三人称から一人称に視点が変わっただけで、別にボクは主人公じゃないのでそこは安心してほしい。

 

 

 自己紹介。或いは自己概要の振り返りと確認。

 

 ボクの名前はイリス。火楽(かぐら)祈朱(イリス)

 別でノーヴェルシュタインという名前も使ってるけど、本名としては「火楽」になる。悪魔としての真名も持っているけど、それはおいおい。

 

 もはや説明不要の少年(コドモ)外見。恰好をつけるつもりはないけど、白紙のように白い存在(ヤツ)、とでも思ってほしい。

 

 だってボクの存在は嘘だからね。

 

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこは守らないと、ボクは存在できない。

 虚構は現実あってのものだ。ボクは世界を詐欺にかけるが、目撃した世界を騙ることはできない。

 

 それもまぁ、結局は、(ボク)を認めてくれる、信じてくれる観測者様がた次第なんだけど。

 

 ともあれ貴方はもうボクの話を見た。読んだ。目撃した。

 だったら、ボクがいるという証明になる。存在を成立させるには十分な材料だ。

 

 ならばボクは──語ろう。これから起こる、ちょっとした騒動を。

 

 

「──ん」

 

 廊下の曲がり角で、足を止める。

 視界の端に見えた気配に、視線を動かす。

 

 白く降り積もった庭の向こう。

 そこに一点。黒い靄のような、シミのような「黒」が。

 

「……狼……?」

 

 漆黒のソレを見た。

 思わず一度、瞬いてしまう。次に見えた白い視界には、生物の残り香すら存在しなかった。

 

 幻か見間違いか白昼夢か。

 どれもありえそうだったが、どれもボクが見るには酔狂すぎた。となると、今のは現実だったんだろう。

 

 黒い狼。

 さて、さっぱり心当たりがない。境内に入って来られるということは、害のないモノか、それともこの次元より高次な存在(モノ)か……

 

「……まぁ、面白そうだし」

 

 見なかったことにしよっと!

 

 

 黄昏暦六〇三年、冬。

 彼らが異邦に迷い込んだ事件から、一月後の話。

 

 それは終末戦争(ラグナロク)以来の、黄昏の大陸を揺るがしかねなかった大戦争の断片。

 或いは「神殺し」に間に合わなかった、本筋から零れ落ちてきた者たちによる逆襲劇。

 

 さぁ──あまりにも遅すぎた、ボクたちの最強決定戦を始めよう。

 




 第二章開幕。結局どういうところなのラグナ大陸編。
 一人称視点になってもよろしくお願いします。視点主は前章エピローグで初登場した弟くんショタです。
 前章読まなくてもなんとなく分かるけど読んだ方が数倍面白くなるような章にしたい。


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02 境内の日常

 せっかく狂言回しの座につけたんだから主人公のカッコいい場面ばかりお伝えしたいのは山々なのだけど、生憎と本日、肝心の当人は完全オフモードなのであった。

 

「アガサ、もう諦めろ。その鍋は死んでいる」

 

「料理ってのは総じて死骸で出来てるものだと思うケド。血肉を食らい、生を繋ぐ。是、生命の循環なり、ってな。だからサクラ、その理論は通じない。なぜなら料理に生死なんて概念は通じない、既にその一品だけで生と死の混沌が完成されているのだから!」

 

「まるで何も考えていない発言は控えろ。内容ゼロだぞ」

 

「……なにしてんの」

 

 入った部屋にあったのは、コタツ。それはいい。元よりボクがここに来た目的がソレだ。冬場の社での過ごし方はコタツがないと始まらない。

 

 問題は──鍋だ。

 コタツの上で、触手が見える中身を今もグツグツと煮込みつつ、暗黒渦のなにかをかき混ぜている、生涯の敵──実姉の所業である。

 

「カオスを創ってる」

 

 真顔でそう返された。それっぽく言ってんじゃないよ。つーか、アンタがその単語を発すると冗談にならないんだよ。

 左手に陣取ってるそんな身内から視線を外し、ボクは対面にいる人物の様子を伺う。

 

 紅藤色の髪、寝起きのようにぼーっとしているような紫眼、巫女服の上から赤い半纏を着ている、この境内の核にして主。

 朔月の神子、紅蓮(ぐれん)朔空(サクラ)────は現在、闇鍋作りに興味を失ったのか、無言で蜜柑を積み上げ始めていた。それはもう、異世界風にいえば賽の河原が如く。

 

 二人ともどうやら知性を溶かしているらしい。

 まぁ、彼らの日常なんてこんなものだ。

 ここは争いから一切の縁が切られた永年平和の地。どんな殲滅馬鹿でも、どんな最強剣豪でも、戦闘能力を奪われてしまえばこの通り。

 

 障子を閉めたボクは姉の対面、グレンの左手に位置する席に座り込み、積み上げられていた蜜柑の一つを頂戴する。

 

「あ。待った」

 

 と、ぼんやりしていたグレンの()に理性が入る。

 その声に、ボクは皮むきをしようとした指先を止め、

 

「──柑橘理論・分割説」

 

 シャラン、と鈴の音。

 目にもとまらぬ速さで発動した斬撃に、瞬間、手元の蜜柑の皮が剥がれ落ちた。

 グレンの手には刀。ボクの手にはつるっと露わになったオレンジ色の果実。とても美味しそ、

 

「「なに今の!?!?」」

 

 たまらず、姉と同時に叫んだ。

 今、今今今!! なんかとんでもない光景が通った気がするんだけど!!

 

「いや、なんかできた」

 

 ほざきやがる張本人。

 なんかできたじゃねーッ! 日常の一コマで覚醒イベントを雑に消費してんじゃないよ!!

 

「すっげー……なんか別の技術として昇華できねーのか、さっきの」

 

「もうやり方忘れたから一生できないな」

 

「グレンって馬鹿だよね……?」

 

 やや震える手で蜜柑の一切れを手に取る。筋までキレイにとれていた。

 なんと無駄なことに使われる無駄な離れ業。一生に一度の達人芸。

 

 ……基本、固有理論(ロジック・アーツ)は術者の細胞の数から脈拍、血流や魂の揺らぎまで「一致」させなければ発動できない技だ。同じ“理持ち”でも理論を掴むだけで何十年とかかる者もいるというのに、彼はふとした思いつきでそれを構築・発動してみせる。

 

 ……恐ろしい話だけど。たぶんこの人、こうやって「使い捨て」た理論、今までに結構あるらしいんだよな…………

 

 そもそも同じ理論を二つも三つも、繰り返し連発できる時点で、“理論使い”としては頭おかしい境地にいる。

 ボクや姉といった錬金術師は、理論が発動した瞬間の自己数値を記録して、もう一度使う時に、いちいち身体の内部を「錬成し直す」ことで再演するのだが……

 

「……」

 

 その工程を、感覚と鍛錬だけで行う超人性──或いは、非人間性。「過去と寸分違わず全く同じ行動を繰り返す」生物なんて、生物としての道理から立派に外れている。

 

 蜜柑おいしい。

 

「鍋も食えよ。食ってみろよー」

 

「魚介類ぶちこんでるでしょソレ。食べられるわけないじゃん」

 

「なにおう。虚数の海で生まれ育った海鮮食材をナメるなよ。サカナはこう、色々と栄養豊富なんだぜ。食べれば運気上昇、筋力増強、精神高揚。百利あって一害なし、だ」

 

「それってナディアンルーレットでしょ。魔境の魔物たちがやるやつ。効果があるか死か。よくても何らかの後遺症が残ること間違いなしの馬鹿ゲーだよ」

 

「へ、そうなの? 野宿で小腹空いたとき、よく釣り上げて生で食べてたけど」

 

 ────精神耐性がカンストオーバーしてる奴はこれだから。

 この世界のサカナとは、海に潜む、実体を持たない精神生命体である。あらゆる物質・事象の()()()たる錬金術によってそれを実体化させ、食べる──そんなの霞を食ってた方がマシだしマトモだ。つまりこの馬鹿姉はマトモじゃねぇ。

 

「……それさあ。一応聞いておくけど、部下さんたちに間違っても振舞ったりしてないよね?」

 

「や、指揮官が小腹へったとか申告するのハズかったし。作戦の裏でこっそり食べてました。私だけが知る秘密のB級グルメ! みたいな」

 

 ……B級どころかZ級の危険食材なんだけど。なーんで生きてるんだ、コイツ。

 この場にバイト君がいたらこう表現しただろう、「姉先輩、宇宙生物をグルメ扱いとか流石っすね」と。まぁ彼の言う『宇宙』とこの世界の宇宙概念は違うモノだけど……

 

「……異世界のサカナ料理は美味かったけどな」

 

 神子様から隕石級の爆弾発言。今なんて?

 思わず半目になって問い詰める。

 

「食べられるの、向こうのサカナ」

 

「ああ。精神体ではなく、一つの生物として生息するらしい。カゲアキ(バイト)が持ってきたのは缶詰だったが」

 

「──へえ。じゃあこっちのサカナも缶詰にすれば売れ、」

 

「草でも食ってろ食害」

 

 パチン、とボクは指を鳴らした。

 瞬間、暗黒鍋の中身が消失する。実体を与えられただけの精神体なので干渉はたやすい。あっさりと“虚構の狭間”にポイ捨て(リリース)する。

 

「どわーッ!? 私のスペシャルグルメがぁぁあー!?」

 

 持ち上げた鍋底に嘆きの声を上げる鍋将軍。

 今回はボクの視点だ、このまま終わり(エピローグ)までまともな自己紹介も容姿描写もなく、台詞だけの存在として出演しているがいい、姉よ。

 

「イリス、今さらっととんでもない場所に干渉(アクセス)しなかったか……?」

 

「さぁ? 基本存在しない場所なんだし大丈夫でしょ」

 

 虚構の狭間。永遠の暗黒。虚空のゼロ地点。──ボクが本来いる場所でもある。

 それでもこうして現実世界に(ボク)が干渉できているロジックは……そう遠くないうちに開示できることだろう。割とこれ、シンプルなカラクリだし。

 

「マイブラザー! 今日こそ決着つけるか、アァ!?」

 

「ハ、冗談。人生を百億回やり直してから吐いてよその台詞。()()()じゃ本気にもならないって──」

 

 などと、いつもの下らない、しかし本気の口論の火蓋が切って落とされようとした時、

 

 ドンッッッ、と。

 屋敷が──境内が、軽く揺れた。

 

 カタカタカタ……と徐々に揺れが収まり、静寂に戻っていく。

 

 ……境内(ココ)にまで届く地震ってなんだ。異世界からの攻撃か? そりゃあグレンの本業は、そういう方面のものだけど────

 

「通達。時空震、震度4を計測しました」

 

「あ、やしろさん」

 

 スラッ、と姉の後ろの襖が開き、白い巫女人形が入ってくる。

 白髪メカクレ白着物。機械製の緑眼は、いつ見ても無感情に澄んでいた。

 

「発生地点は?」

 

 蜜柑の皮をむき始めたグレンが問う。

 

「座標666。『魔境淵底(えんてい)ラグナディア』、魔王ルシファーの居城です」

 

「「──、」」

 

 やしろさんが伝えたその情報に、ボクと姉の目つきが変わる。

 そんな気配を察知したのだろう、グレンがこちらを見てくる。

 

「知ってるのか?」

 

「名前だけは一番有名な魔王だよ。トラブルなんて珍しいね、非戦主義者の皮がついに剥がれたのかな」

 

「あいつは終末戦争中、もっともおとなしかった魔王のトップワンだぞ。六百年、いや終末神が顕現してからの千年間、なんの動きもなかった。理性消えてる魔境の俗物の中でも、一番の賢王だと思ってたんだけど」

 

 ……姉がそう言うのなら、きっとその人物像はあまり外れていないのだろう。人材を見極める眼だけは確かなものだ。

 

「境内への影響値は?」

 

「全テクスチャ及び全機能、異常値は0.02%以下です。既に修復完了しました」

 

「あっそ」

 

 剝き終わった蜜柑を食べる社の主。

 空気はもう一切興味ナシ、外界自由にやってろ宣言だった。

 

「……ん~~~~……やしろさん、外部通達、いつぐらいに来るかな?」

 

 と、姉が悩まし気にそんなことを言う。

 優秀すぎる機械人形は、すぐさまその、「未来予測」の結果を口にした。

 

「最高確度は五時間後です」

 

()ェーよ技術班。いや総長変わったんだっけ? ……しゃあないなぁ、こっちから行ってあげますか」

 

 よっと、と腰を上げる黒い天敵。

 立ち去ってくれるなら好都合だ、とボクは呼び止める言葉もかけない。

 

「ちょっと職場復帰してくるー。行ってきまーす」

 

 ──行ってらっしゃい、などという決まり文句を言う者も、ここにはいない。

 境内は来る者あまり拒まず。それに立ち去った者の再訪を強制することもない。

 ボクは言うに及ばず。二度と帰ってこなくていいよ、なんて要らない言葉もない。言ったら逆に帰ってきそうだし。

 

 かくして十分後。

 境内からは一人分の気配が消えた。

 

 そして以下に朗報。

 以後、彼女がこの部屋に戻ることはなかった。

 



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03 Setup

 黄金の朝焼けが地上を照らす──といっても、ボクはこの黄昏空以外、見たことないが。

 

 文字通り、境内を時空震が揺らした日から、二日後。

 ボクの精神は最高に爽やかだった。あの真っ黒な姉がいねーためである。

 

 社にもたらされた平穏の空気は素晴らしい。こうして、棟の回廊から見えるいつもの景色が輝かしく見える程度には。

 

「あ、グレン!」

 

 鼻歌を歌いながら地上を眺めていると、見えた紅蓮色の影に声が跳ねる。

 瞬間、ボクは手すりから向こうへ身を投げた。なお今日の高さは、地上まで軽く八十メートル(エートル)ちょい。流石のボクでも、このままでは落下死を避けられないので、

 

「空間連結」

 

 飛び降りた真下の空間に、白い虚が現れる。重力に任せてそこへ飛び込むと、シュタッ、とボクは地上に着地した。

 目の前には、紅蓮羽織を着た目的の人物が、

 

「……え? どこから?」

 

 不思議そうに棟を仰ぎ見る。いきなりボクが目の前に来て驚いたらしい。落下するまでの空間距離をカットしたのが、ちょっとしたサプライズになったようだ。

 

 しかし、ボクは彼の姿の方が意外だった。

 が、すぐに原因に思い当たる。

 

「あ、稽古の直後だった? 大丈夫?」

 

 グレンの羽織はあちこち焦げてボロボロだった。そんな事ができる存在は、この社に一人、いや一機しかいない。

 封社やしろだ。

 まさに死闘帰り。疲弊していないのが不思議だ。怪我がないから、回復されながら鍛錬したのだろうか。

 

「まあ、そんなところだ。昨日は全敗だったが今日は八日ぶりに一本取れた」

 

「……それって何戦中?」

 

「千」

 

 千……

 

「……ちゃんと鍛錬してるの、偉いね。もう終末戦争(ラグナロク)は終わったのに」

 

「いや、正直言うと面倒くさい。いい加減に解放してほしい」

 

 超本音。やっぱり疲れているのだろうか。

 

「自分でもこれ以上、伸ばせる能力がないのは分かってるからな。細かい技術ツリーを見直して確認するだけの作業となりつつある。はぁ……」

 

 肩を落としながら、彼は拝殿のある方へ歩き出す。

 その横に並びつつ、ボクは言葉を返す。

 

「やしろさんの強さの限界、どこにあるんだろうね……」

 

「取っ払ってるんじゃないのか、そういう概念。俺から見てもアレはオーパーツだ。どこからかの未来物としか思えない。……けどアレ、ちゃんと()()()()があるんだよな」

 

「あるの!?」

 

「あるよ。五十年に一度、内部データを引き継いで機体を変えてる。今のアレは三年前に交替したばかりの代物だ」

 

 ……そ、そんな新事実が。

 封社やしろ。この境内の土地の管理人にして、ボクらが認める、()()()()()

 この世のありとあらゆる賛美賞賛の言葉は、全てのあの一体のためにあるんじゃないかと思うくらいのオーバーウェポン。一体誰が、どんな酔狂であんなのを創ったのやら。

 

「グレン、今日は朝、食べるの?」

 

「パフェ」

 

「極悪食生活、ここにも!?」

 

 君、境内では食事も要らない存在だっていうのに!

 朝飯がデザートとかどんだけだよ。アルクス大陸に行って舌が馬鹿になったんだろうか。前は水すら不要とか言ってたクセにさ!

 

「イリスも食べるだろ?」

 

「……そりゃあね。お腹空いたし。でもパフェは食べないよ。朝はやっぱりステーキでしょ」

 

「……」

 

 なにその釈然としなさそうな顔。

 ステーキは万能の食品だ。朝、昼、夕、晩、いつ食べても栄養が摂れるスグレ物である。

 

「……お前って好物とかあったっけ」

 

「いや、特には。ステーキが一番食事した気分になれるってだけ。食べごたえあるし」

 

「イリスが一番食生活を管理された方がいいんじゃないの……」

 

 そんな殺生な。

 やしろさんの手にかかったら、毎日サラダとおかゆ生活である。修行僧を目指してるワケでもなし、冗談でも止めてほしい。

 

「──、ん」

 

 拝殿が見えてきた頃、グレンが足を止める。

 その理由は問うまでもなかった。ボクだって立ち止まった。

 

 賽銭箱の前。そこに、見知らぬ参拝者がいたからだ。

 

「──訪問者は待ち人に恵まれた」

 

 それが第一声。

 

 しわがれた声だ(老年か?)。焦げ茶のケープ、ローブ、コートが重なった外套(凄い厚着だ)。同じ色の大きな三角帽子の存在感(茸みたい)。帽子からはピンと立った、細い二本の獣耳が突き出ている(ロバかな?)。外套の隙間からは大きい黒毛の尻尾が覗いていた(ふさふさ)。顔は黒いベールで覆っている(見づらい)。その口元には立派な髭があった(長老! 長老だ!)。

 

 しっかりしたT字の杖先が、コン、と石畳を叩く。明らかに獣人なのに、指は人のように五本ある。

 

 いや、ていうかアレ、本当に人かな?

 

「トモダチ?」

 

 とか、横のグレンが呑気に問うてくる。

 目の前の絶対にヤバそうな老人に危機感を覚えていない……いや、する必要がないのだ。

 ここは境内。彼の領域にして縄張り。ここではあらゆる戦闘行動、殺生行為は却下される。

 

 入れるのは──ただの参拝者だけだ。

 

「知らないよ。お客さんじゃない?」

 

 ……三角帽とかいうミエミエの恰好で、正体には見当がつくけれど。

 

「来訪者は肯定する。我、『神殺し』に依頼したい」

 

「依頼?」

 

 嫌そうにグレンは眉をひそめる。

 構わずに客人は言葉を続ける。

 

「二度、我らが眠りの闇に身を浸す前。魔境にて、魔の知己が危機に陥った。城と(ふね)は主を失い、閉ざされた。闘争の声、猛り。黄昏の底は魔の物たちの血潮に染められるだろう」

 

 へえ。

 たった二日で、なんか面白そうなコトになってるなあ。

 

「……イリス、翻訳してくれ」

 

「ん? だから二日前の時空震の原因だよ。魔境でこの人の知り合いがなんかやらかして、魔境全体が活性化してるみたい。このままだと魔物たちで殺し合って大変だねー、って」

 

 確認するように視線を向けると、コクリと獣人のお爺さんは頷いていた。

 

「依頼は、かつて結んだ同盟のもとに在る。魔の知己の元へ、“神殺し”を送りたい」

 

「お爺さんの友達をグレンに助けて欲しいんだってさ。同盟っていうのはボク、分からないけど……」

 

「……社と、()()使()()たちの間に取り決められた、不可侵の条約だな」

 

 苦々しい、そんなグレンの説明にボクも現状を正確に把握した。

 

 魔法使い。それは、理を従える者たちの呼称である。

 世界のルールを捻じ曲げる力を持つ超越者。彼らは率直にいって、ボクや姉、グレンといった、「理持ち」を操ることができる、()()()()()()だ。

 

 そんな魔法使いからの依頼、となると──

 

「……ぐ、グレン。これって、脅しなんじゃ」

 

 そう、お爺さんが暗に言いたいことはこうだ。

 依頼を引き受けなければ、不可侵の条約無視して操るゾ☆ である。

 

「はぁ~~……」

 

 見上げた彼の顔色は諦めに満ちていた。

 仕事したくねぇ外出たくねぇ。

 そう、心底から世の理不尽性を蔑む表情だった。

 

 だけどそれも数瞬のことで、

 

「……同盟に基づく一件だというなら」

 

 じろり、と紫眼が魔法使いを見つめる。

 

「そっちも援軍くらい寄越せ。(やしろ)は貴方の知己に協力するのではなく、()()()協力するものとする。故にこれは共同作戦だ。知己を助け抜くか、中途で見捨てるかは全てそちらの判断に委ねる。その程度の判断もできないなら、この話はここで終わりだ」

 

 ……まぁ、当然の返しだろう。

 言い出した側なんだから、友人への対応、最終決定はお爺さんが決めるべきだ。協力関係だからって、その辺を曖昧にちゃあいけない。

 

 すると獣人のお爺さん──魔法使いは、カツ、と杖を鋭く鳴らして、

 

「──委細承知したものとする。(ともづれ)には我が番犬を使うがいい」

 

 今までの、まるで「語り手」じみた口調ではなく────

 その一瞬、そこには歴史という過去を積み重ねた、一人の老爺が立っていた。

 

「アオーン」

 

 あ、と思った。

 遠吠えと共に、魔法使いの足元に現れたのは、いつか庭に見かけた黒狼だったからだ。

 

 

「我が知己の名を、ルシファー。魔王ルシファー。狂乱と狂騒の劇の立役者が一席、その助力となることを期待する」

 

 

 つい最近、とても聞き覚えのある名前を口にして。

 それきり、魔法使いは境内を後にしていった。

 

     ■

 

「行きたくねぇえ──……」

 

 お爺さんが去った後、拝殿の階段に座り込んだグレンが開口一番そう言った。

 先ほどまでの毅然とした態度はどこにもない。外界には面倒事しかないと分かっているからだろう。

 

 それを、彼はもうアルクス大陸の一件で身に染みて味わっているのだから。

 

「報告。本日の累計参拝者数は一名です」

 

 と、カウントを伝えながらやしろさんが現れた。さっすがオーパーツ、一見しただけでボクらに何があったかを正確に読み取ったらしい。まあ、この土地の管理者はやしろさんだから、魔法使いのお爺さんが来たことは感知していたのだろうが。

 

「やしろさん。さっきのアレ、結局誰だったの?」

 

「データーベース検索。回答します。『ストーリーテラー』と呼称される、『懐旧』の魔法使いです」

 

 カイキュウ……懐旧? 呼び名といい異名といい、また能力が想像しづらい魔法使いだ。

 しかしストーリーテラー、という名はしっくりくる。狂言回し顔負けの、あの語り口調の会話は、まさにそれとしか言いようがない。

 

「じゃあ……あっちの狼の種族はなに?」

 

 ボクは拝殿前、石畳の隅っこで待機している黒狼を指さした。

 金色の目は鋭い。モフい真っ黒な毛並みは闇そのもの。体長は……その、十二歳体型のボクより少し大きいというか、ボク一人くらいなら乗れるくらいの大きさがある。

 

 正直超乗ってみたい。生命的、存在的上位階級を感じるから、あんまり馴れ馴れしくするの、ためらうけど。

 

「質問意図、不明。存在を感知できません」

 

「えっ」

 

 やしろさんの目には映らないってコト!? 機械……文明の敵対者か対立者にあたる存在なの、アレ!?

 

「現状数値より正体を推測します。予測該当データ、『カドの煙狼(えんろう)』を提示します」

 

「えんろう……煙のオオカミ?」

 

 そういえば確かに、出現するとき、少し煙っていたような。

 

「……使い魔にとんでもないものを置いていくな、あの魔法使い……」

 

 はあ、とグレンが白い息を吐き出す。流石はやしろさんの英才教育を受けた身だ、ああいう存在に関する知識は叩き込まれているのだろう。

 

「怖い動物なの?」

 

「……個体によるだろう。清浄なものを嫌い、悪性なモノをよく好むと聞く」

 

 なんだ。それじゃあ悪魔のボクはセーフだ。

 そろそろと歩み寄り、黒狼の前にしゃがみ込んで右手を差し出す。

 

「よろしくお願いします!」

 

「……」

 

 フイ、とそっぽを向かれた。

 ──むぅ、コミュニケーション失敗。全然認めてくれていないようだ。というか対応からしてこの黒狼、さては相当に気位(きぐらい)の高い個体だな?

 

「それじゃあ、さっさと行くか。仕事は早く終わらせてしまうに限る」

 

「えっ、朝ごはんは?」

 

 おもむろに立ち上がったグレンは、反射的に放ったボクの言葉に動きを止める。

 

「……食べた方がいいか?」

 

「当たり前でしょ。パフェでもなんでも、一日はなにか食べてから始まるものなんだよ」

 

「そうなのか……」

 

 今ボクがテキトーに言ったことを、グレンはあっさり信じたようだ。

 いつもの慎重性はどこに行ったんだよ。君、ボクの真名忘れてない……?

 

 それはともかくとして、いったん屋敷に入ってからボクたちは朝食タイムとした。

 もちろんグレンはやしろさんに再現させたパフェ三杯を(!?)、ボクは自前で錬成したステーキ一皿を。

 ごちそうさまでした、まで済ませると、グレンは別室に引っ込んだ。その間、手持ち無沙汰に拝殿前で待機していると、やがて、

 

「……うん? イリスもついてくるのか?」

 

「そりゃグレンが行くならとうぜ──ふぉお!?」

 

 そこに現れたのは白髪になったグレンだった。髪もすっきりと後ろで一つ結びにしている。

 服装は茶鼠色のコートにベスト、胸元に赤いリボンが留められたシャツ、黒ズボンに黒革靴。それから指ぬきグローブまで。

 

 ──神子度、ゼロ! どこの異世界人かな!?

 

「ど、どうしたの、その恰好……」

 

「変装。あの正装、目立つからな」

 

 ……その変装ファッションも、別の意味で注目を集めそうだけど。

 刀は? と聞いたらコートの中から出してきた。社式収納術なのか、そうなのか。まぁオーバーテクノロジってるしね、ここ。

 

「移動手段は? やっぱり転移? それとも徒歩で?」

 

「魔境の近くに転移する。そこからは──」

 

「報告。移動手段の生成、完了しました」

 

 生成って言った今? と思いながら、やしろさんの声がした方向を見た。

 

「──な」

 

 瞬間、ボクの中で時が停まった。

 境内には、ででーんと、景観に合わぬ黒塗りの自動二輪車(オートバイ)が!

 ──しかし。

 

「……ねえグレン、ちょっとこれ、大型にしてみない?」

 

「なんで」

 

「やしろさん、お願い。コレ、大型バイクにして!」

 

「命令を拝受しました。オブジェクトAを再生成します」

 

 え゛、というグレンの声がした気がしたが気のせいだ。

 やしろさんがバイクに手をかざすと、たちまち形が変容し、そこには黒い大型の自動二輪車が、どどーんと出現していた。

 

「うわー! カッコいーぃ!」

 

「えぇー……」

 

 なぜかグレンのテンションは下がり気味。

 バイクとか錬成(つく)ろうとも思ったことなかったけど、こうして実物を見ると錬成意欲がわいてくる。……見た感じ、コレは錬金術で創れそうなレベルを超えたスペックを感じるけど。

 

「あ、このままじゃ煙狼が乗れないから、サイドカー──」

 

「……」

 

 その時、やってきた黒狼が、ぬるっとバイクの影に溶け込んだ。いや潜り込んだ。

 ……。

 ……さらっと移動手段、人質に取られた……

 

「伝達。追加荷物の携帯を推奨します」

 

「へ? なにこれ?」

 

 横にやってきたやしろさんが、ボクに一つの灰色トランクを押し付けてくる。重そうに見えたが、持ってみると空っぽのように軽い。なにが入っているんだろう?

 

「生命危機のポイントで自動開封します。火楽祈朱がお持ち下さい」

 

 ……死にかけるってこと? ボク……

 ま、まあ! 魔境が物騒なのは今に始まったことじゃないし、有難く受け取っておこう! 念のためにね!

 

 ──なんて虚勢を張っても、やしろさんの未来演算の確度は驚異的だ。生命危機、ぜひとも詳細をここで教えてもらいたいし、訊けば教えてくれるだろうが、それで今のボクの気が変わるのも嫌だ。下手したら狂言回しの座を投げ捨てかねない。

 

 とりあえずトランクはバイクの後ろに積んで、錬金術で固定する。

 バイク用のゴーグルをかけたグレンがハンドルを握り、その後ろにボクがつく。

 エンジンが、重い音を響かせて稼働した。

 

「座標転移、開始します。──行ってらっしゃいませ」

 

 そんなやしろさんの声を最後に、ボクたちのいた空間は白い閃光に満たされた。

 カッと視界が眩んだ直後──そこは、もう境内ではなかった。

 

「うわっ……!」

 

 ごおっと強風が顔を撫でつける。

 目蓋を開けた視界いっぱいに広がったのは、黄昏の陽光。それから、地平線のどこまでも続く──荒廃した、岩と砂でできた終末の大地。

 

 ……っていうかアレ、足元がなんか安定してないっていうかコレ、バイクごと空から落ちてないかコレェ────!?!?

 

 ──初手落下死。ラグナ大陸、そういうことだってある。

 

「ちょちょちょ──! グレンッ!!」

 

 ボクが叫んだ時だった。

 

「Guruaaaaaaaaaa────!!」

 

 ドゴァッ!! とバイクの真下──すなわち地中から、巨大な、細長い管状の魔物──砂竜が飛び出してきた。

 そう、竜、である。あくまでも。竜のような頭部に黄色い鱗、確か短い四本の手足があると文献で見たが──うん、流石にこの状況じゃ確認はできないね!

 

 ボクたちを乗せたバイクは、綺麗にその背へ着地。華麗に束の間の宙の旅路を体験し、道が途切れた直後、

 

「抜刀理論・空斬説」

 

「錬成式:白刃掃射!」

 

 グレンの一太刀が竜の頭部を斬り落とし、

 虚空から放ったボクの錬成弾が、刃を模した弾丸の雨となって砂竜の身体を撃ち抉った。

 

 落ちていたバイクはそのまま、無事に着陸。背後では、一瞬にして蜂の巣となって絶命した大型魔物が、地響きを上げながら失墜していった。

 

「っあ~~、もう! 死ぬかと思ったぁ!!」

 

嘘つけ(ダウト)。しっかり捕まっていろ」

 

 はぁい、とボクはおとなしくその背にしがみつく。

 

 ──停止した落陽が荒野を照らす。

 地平の向こうから感じ取れる、強大な気配たちに、知らず、口角が上がる。

 

 黄昏のラグナ大陸。ボクらの故郷であり、魑魅魍魎がはびこる地獄の土地。

 終末を超えた先に何が待っているのか、確かめる時がきた。

 



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04 デストロイ・オブ・デストロイ

「──直接、ルシファーの城に送ってもらわなくて良かったの?」

 

 荒野を超スピードで駆けていく文明の利器。

 それに跨りながら、ボクは目の前の運転手にそんなことを訊いてみた。

 

「やしろさんは未来を演算した上で行動を決定する。こんな中途半端な位置に俺たちを送り込んだってことは、この先、拾っておかないといけない『寄り道』があるんだろう」

 

 フラグ管理ってやつだろうか。うーん、このリアルRTA。意味、二重だけど。

 

 ボクたちのバイクが今走っているのは、魔境と呼ばれる領域、その付近だ。

 どこかに魔王城が目視できてきたら、もうそこは魔境といっていい。けれど見えない今は、まだ境界線だろう。

 

「──集落だ」

 

「え?」

 

 運転手の報告に、ボクは正面へ顔をのぞかせた。

 少し先の地平線には小さな町並み。タンブルウィードが風に吹かれてゆく景色は、映画のような一枚絵だった。

 

     ■

 

 バイクを押して歩くグレンの隣を歩きつつ、ボクは町を観察する。

 町には関門がなかった。黙って侵入してみたが、こちらを引き留める気配もない。

 道端には、ちらほらと錬金術師と思しき影が数人。荒くれな見た目から、ちょっとした朝の食事に来たような軽装の人々が、まばらに歩いていたりするのみだ。

 

「……バイク、目立たないね。そういう機能?」

 

「ああ。軽い認識阻害を少し」

 

 大型バイクを押して、堂々と大通りの真ん中を突き進んでいても注目は集まらない。

 やしろさん印の生成物だからなぁ……錬金術でスキャンしてみても、どういう原理で認識が阻害されているのか、よく分からない。光学迷彩系のなにかだとは思うのだが。

 

「──ぐギャァッ!?」

 

 突如、衝突音と共にそんな悲鳴。

 少し道を行った先。酒場と思しき建物の中から、異形のものが吹き飛ばされてきた。

 人型の、しかし頭部は爬虫類を思わせるそれ。ベージュ色の軍服っぽいものを着ていて、妙に文明人らしい。

 

 ──正体がなにか問うまでもない。明らかにそれは、魔物だった。

 恰好から察するに……野良にいる種ではなく、魔王の教育を受けた個体、だろうが。

 

「キッ……サマァ! 無名の悪魔ごときが、我ら魔王軍に歯向かうつもりか!?」

 

 テンプレートみたいな三下の台詞だ。ボクが今まで見てきた雑魚の標本第一位かもしれない。

 

「……ッヒ!? な、なんだこれは!?」

 

 ズズズズ、と爬虫類顔の魔物へ伸びていくのは、酒場から出てきた影の群れ。

 蛇のようなそれは、魔物の影へ同化し、獲物の四肢を捕まえる。

 

「ガ、ああ、なん、だれか、ガアアア────!」

 

 みるみる内に闇へと取り込まれていく魔物一匹。

 ……白昼堂々、町中で起こる超猟奇事件。

 だが、周囲の人々に広がる動揺はない。あーあ死んだな、と一連の出来事を日常風景として流し、観客たちは視線を切っていく。

 

「……ふゥーむ。暇つぶしに狩ってみましたが、そこそこの品質デスネ。適当な市場で売りさばきますか……」

 

 そこで聞こえたのは、純度百パーの悪意の台詞。

 道理も弁明もクソもあったもんじゃない。そこらの小悪党じゃ決して歯も立てられない、悪心の権化みたいな人が、酒場の前にいた。

 

 深緑のスーツに青いネクタイ、貴族紳士らしい赤いコートに、黒の平らな筒状(ポークパイ)ハット。U字型の黒杖をついている。

 サンディブロンドの髪に口ひげと揃えた様は、老いたジェントルメンの理想像そのものだ。

 

 っていうか。

 

「カリオストロ先生?」

 

 あの猟奇事件の犯人、すっごく見覚えある知人なんですけど!

 

「……イリスさん?」

 

 こちらの声に振り向く老紳士。

 向こうとしても意外な再会だったのか、少し固まっている。

 

「知り合いなのか」

 

 うん、とグレンの声に頷く。

 

「錬成士養成学院の教授だよ。こんなところで会うとは思わなかったけど……」

 

 この人のボクの最終結論としては、ズバリ、邪悪紳士だ。それは先の所業から見ても多くの同意を得られることだろうと思う。

 

「奇遇ですね、先生。フィールドワークか、課外講義の一環ですか?」

 

「──イリスさん! おお、なんと都合の良いところに! 遭遇できてとても喜ばしく思います。お元気でしたか?」

 

「先生、なんか本音漏れてません?」

 

 明らかに、これから利用させてもらいマスヨの予告。逃げることは簡単だが、しかし、やしろさんの意図が引っかかる。

 ここで先生と会えたのは、偶然とは思えない。明らかに計算されて()()()()()()()()感じだ。

 

「おや、そちらの方は? ご友人ですか?」

 

 と、先生の銀目がグレンに向かう。

 ……もしも普段の神子服だったら、ここで卒倒モノに違いなかっただろうが、しかし先生がグレンの正体に勘付いた気配はない。この異世界コーデにも認識阻害の機能が編み込まれているのだろうか……

 

「はい、グレンって言うんです。ボクの、」

 

「近所の兄貴分です。どうぞよろしく」

 

 ッ────!?

 

 ……先手を打たれた、だとッ!?

 嘘でしょグレン、そんな、人生を二回やり直しても言わなそうなコトを、そんな淀みなく堂々と!? 虚言に一家言あるボクでもビックリだ! 今の、呼吸とほとんど変わらなかったよ!?

 

「イ、イリスさんにそのような方が? 初耳ですね……」

 

「そりゃあ、グレンのコトは学院では言う機会ありませんでしたし。だいたいこのヒト、錬金術師じゃないですからね」

 

 そしてそれに鮮やかに便乗するその道のプロフェッショナル、すなわちボクです。

 近所の兄貴分? 結構結構、その設定を存分に利用させてもらうとしよう。

 

「それで先生、こんなところで何やってるんですか? っていうか魔境にこんな町、ありましたっけ?」

 

「いえ、ここは町の様相をしていますが、厳密には()()()()()のようなものです。つい昨日、魔境から逃れてきた錬金術師たちで組み上げたのですよ」

 

 ああ、道理で。

 ハリボテとまでは言わないけれど、嵐でも来たら更地になるだろう建物の作りこみの甘さに合点がいった。初めから即席、畳むために錬成されたものなら納得だ。

 

「現在の魔境は異常といえるほどの活性状態です。魔王軍の魔物も統制がとれておらず、先のような単独行動をする個体まで出る始末。(ワタクシ)はある事情で、さる方を探しに参ったのですよ」

 

「さる方……?」

 

「ええ。まぁ見つけはしたのですが、厄介な状況になっておりましてね。ここらで立ち往生していたところ、ちょうどイリスさんたちと出くわせた、というワケですよ」

 

 ……暗に協力してくれませんかね? って言われてるなコレ。

 ちらとグレンを見ると、一つ頷かれる。必要な寄り道だろう、と判断したらしい。

 

「……分かりました。先生には学院時代お世話になりましたし、そのお返しに協力させてください」

 

「それはありがたい! いやぁ、やはり持つべきものは頼りがいのある弟子デスネェ」

 

 もうなんか、にじみ出る邪悪性を隠しもしないなこの人。根っからの悪魔だから仕方ないんだろうケド。

 

 

『──警報──! 警報──! 総員、今すぐ避難しろ! ()()()()()()()()()()──!!』

 

 

 突如として響き渡るは、サイレンとそんな警戒放送。

 町にいた錬金術師たちはにわかに慌ただしくなり、建造物を畳み始める。

 

「これは……いけませんネ」

 

「え、動く魔王城なんてありましたっけ?」

 

「それが最近出来たのですよ。というかそれが今、(ワタクシ)の頭痛の種と申しましょうか──」

 

 ズシン、とそこで大地が大きく揺れた。

 判断が早い錬金術師たちはそこで撤収作業を取りやめ、逃亡を開始する。魔境慣れしている動きだ、生存の秘訣を心得ている。

 

「ボクらも移動しよっか。グレン、ここから真っすぐ行っちゃって。先生も──」

 

「いや、来る。乗れイリス」

 

 へ、と呆けた声を出す間もなく首根っこをつかまれ、ボクはバイクに乗せられた。

 素早くグレンもハンドルを握り、エンジンを稼働させる。次の瞬間、大型バイクは車輪を回転させ始め、

 

「えっ──」

 

 視界を、影が覆った。

 すぐ頭上。

 巨大な城が、今まさに、ボクらのいるこのキャンプ地に落ちようとしているところだった。

 

「……ッ!!」

 

 既にバイクは発進した。おそらく今、この地上で最も早いスピードで、ボクたちは落ちてきた巨影から抜け出す。すぐ後ろでは城が粉塵と破壊をもたらしながら落下し、憩いのキャンプ地は用途通りの更地となっていく。

 

 ──いや、落ちてきた……というか、あの角度、どこからか吹っ飛ばされてきたんだろうか? 大質量の居城を撃ち飛ばすって一体……

 

「──って、先生! カリオストロ先生──」

 

「肝が冷えましたネ。城が降ってくる、なんて天気予想は滅多にありませんよ」

 

 普通に並走してるッ!?

 いつも通りの優雅な顔で、良いランニングポーズで走る老紳士。このバイクに追従できるってアンタどんだけだよ。前から思ってたけど、本当にただの教授なのかこのヒト!?

 

「先生! なんなの、あの魔王城!?」

 

「『汎用蜘蛛式移動要塞・キリカキャッスル』、だそうです」

 

 名前ダサッ!? いやそっちじゃなくて!

 

「正確に言いますと、アレは元・魔王城の成れの果てです。管理する魔王は討伐されており、その後に住み着いた者が、ああして魔改造したのデスヨ」

 

 魔改造──と聞いて、ボクはもう一度、後ろの巨城を見る。

 ……光学迷彩でなにか隠されてるな。

 光に干渉して、視界を調整する。そうしてよく凝らして見ると、城の真下には、可動部……蜘蛛の足を思わせるパーツがついていた。蜘蛛式ってそういう。

 

「その魔改造したのが、先生の探し人ってこと!?」

 

「Exactly. 流石イリスさん、話がお早い。(ワタクシ)の使命は、あの城主を無事に唯一国へ連れ帰ることです。今の落下の衝撃で、停止してくれることを祈りますが──」

 

「──……待て。キリカって──」

 

 グレンが何かを呟いた時だった。

 ガゴン!! と再び大地が揺れ、倒れこんでいた魔王城──可動部の脚を含めて四十エートルはある巨大建造物が、ガシャンガシャンと音を立てながら立ち上がる。

 

 六本の脚を地面に食い込ませ、蜘蛛の本体の代わりに城がどーんと置かれたその様は、造形美が終末を迎えていた。

 

『──まったくもー! イキナリ砲撃とかナイと思うんだけど! 転んじゃったじゃない、もう!』

 

 空気に伝わる声は、あの魔王城からのものだろうか。

 声質からして少女と分かる。まるで城が喋ってるみたいで非常にシュールだが。

 

 充分な距離をとったところで、バイクと先生が止まる。振り返った先にキャンプ地は跡形もなく、城と蜘蛛の融合体だけが荒野の中にみえた。こえー。

 

「俺たちはアレを破壊すればいいのか?」

 

「そうですネェ……お嬢様には申し訳ありませんが、あんなものを乗り回すのは淑女としてどうかと思いますし……」

 

 淑女っていうか、あの造形は錬金術師的になんとかしてほしい。魔王城らしいといえばらしいが、魔改造はプライドを持って行ってほしいものだ。

 

「──対象残骸(スクラップ)、存在を確認──指示に従い、これより塵処理を開始します」

 

 ん? とボクらは顔を上げた。

 蜘蛛型魔王城の正面、その上空。

 そこに、新たな人影を見たからだ。

 

 視覚を魔力で強化する。一言でいうと、それはやたらファンシーな服装をした美少女だった。

 赤をベースにした、フリルの多い少女服。年頃は十四歳ほどだろうか……白髪に薄青がかかったセミロングで、左右の側頭部には赤いリボンをつけている。

 右手には白い長杖を持っており、アレだけなんか服装に見合わず、ガチ兵器だった。

 

「……カリオストロ先生。彼女、知ってる?」

 

「……エエ。存じ上げております」

 

 次の瞬間、少女の周囲の大気に変化が起こった。

 莫大な魔力の収束。構えた杖の先は、真っすぐにあのキリカキャッスルに向けられている。

 バチバチバチ、と空間を照らすプラズマ。あーこれ余波がこっちにも来るなぁ、と予感したボクは、自分たちの周囲に防壁を錬成する。

 

『ちょっ──!? ちょっと待ってぇ!? ヤバッ、ヤバイヤバイヤバイ、もしかして私死ぬぅ────ッ!?!?』

 

 絶体絶命の危地を悟ったか、魔王城からは悲鳴が上がる。

 助け? 入れるワケがない。少女が放とうとしているエネルギーは純粋魔力だ。異邦の大陸では、「神気」とも呼ばれる、魔法使いたちしか操れないハズの原質魔力──

 

「曰く、『黄昏に舞い降りた理想天使(マイエンジェル)』、或いは『撃震の機動砲台(リトル・デストロイヤー)』──」

 

 教授紳士の声は講義のように平坦だ。

 それを横で聞きつつ、ボクらは目の前で繰り広げられるだろう驚異の光景を、ただ見届けることしかできない。

 

魔力限界突破充電(オーバーチャージ)──未踏次元到達(エクスフォース)

 

 カッ、と光が瞬く。

 黄昏さえも眩む極光は、まさに星の爆発か。

 

星塵と散れ次元破壊砲(サテライトオーバーブレイカー)

 

「少女型決戦兵器・魔砲少女テレーゼ、だそうです」

 

 どこの錬金術師(バカ)が作ったんだよ……というボクの所感も置き去りに。

 次の瞬間、全てが破壊の白に染まった。

 



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05 Entry

 何も残らなかった。残骸の一つとして残っていやしなかった。

 キャンプがあった大地は抉れ、キャッスルに至っては存在したという痕跡すらない。

 舞い上がっている粉塵を、錬金術で風を操作して吹き飛ばしつつ、ボクらはクレーターの地点までやってきた。

 

「嗚呼、お嬢様……多少お転婆な人柄でしたが、まさか消滅死とは……お労しや……」

 

「先生? もうちょっと生存に希望を持ってあげよう? キーリッカさーん! 意識があるなら返事してー!」

 

 しかし返事はない。無情だ。

 まぁ、あんな超級の破壊砲撃を受けて生存していたら、錬金術師としてではなく、生物として普通に引くけど……

 

「は────い!! 生きてる、生きてるわ、超生きてるッ! 天上天下、過去現在未来、久遠(くおん)キリカ、ここに在りッ!!」

 

 意味不明な口上と共に、砂煙の中で立ち上がる人影。

 砂塵を越えた先に、その人物はいた。

 

 鮮やかな明るさを放つ、腰まである桜色のロングヘアー。青の混じったインナーカラーが目を引く。

 発育したボディラインの分かる、白いシャツに赤ネクタイ、ロングブーツ、膝上ぎりぎりを攻めている青いミニスカは学生じみている。その上にはアシンメトリー型の、左側の裾の方が長い、布が厚く重なった青緑色の外套をカッコよさげに羽織っていた。

 

 大体、十七歳くらいの美少女。大きい、澄んだ色の青い瞳からは、利発そうな印象を受ける──同時に、人ならざるような、得体の知れない、全てを見透かすような深みも感じたが。

 以上を踏まえて、ボクとあまり年が変わらなそうだな、とも思った。もちろん精神年齢的な意味で。

 

 ……アレ? ていうか久遠って……

 

「なんと。あの破壊砲撃で無傷ですか? お嬢様、いつの間に肉体の再錬成の式を完成させましたので?」

 

「最初っから無傷でしたー! あの砲撃、お城だけ壊しちゃったの! やることが盛大な割に、器用なことするわよねぇ」

 

「──当然です。今のは『有機生命体非殺傷モード』。破壊にバリエーションは付き物です。狙った対象のみを消すことくらい、造作もありません」

 

 上空からはクールな声色。

 見上げると、そこには例の破壊魔……もとい、魔砲少女テレーゼとやらが滞空していた。

 ……いや、アレ普通に飛行能力の一環だな。見た目はともかく、あの少女に搭載されている機能は、現代の錬金術でも特に高レベルなものが詰まっているとみた。

 

「出たわね物騒魔砲少女。宣戦布告どころか挨拶もなしに、私の傑作を消し飛ばすってどうゆう了見!? 魔王城を乗り回して、魔境を蹂躙するのが夢だったのに!」

 

 消し飛ばしておけそんな夢。

 

久遠(くおん)桐架(キリカ)。アナタの造形センスはサイアクです。害虫を模した移動機関など何を考えているのです? あんな汚物、しかも巨大版など、この世にあってはいけません」

 

 ……ああ、虫、苦手なんだ。

 それは分かる。確かに多足って、見てるとぞわぞわするよね。

 

「えー!? で、でもカッコよかったでしょ!? 動くお城! 前にサルベージされたアニメで見たもの! 居城ごと動くとか、凄く画期的だって思ったわよ私!?」

 

「蜘蛛のデザインが悪かったんじゃないかなぁ……」

 

「そんなぁー!? ──っていうか貴方たち初対面よね。登場がシームレスすぎて、今存在に気づいたわ……」

 

 まぁ、その辺の自己紹介は後にした方がいいだろう。

 

「そうね。自己紹介は後にしましょ」

 

 ……、ん?

 今なんか、思考読まれた?

 

「──ご無沙汰しております、テレーゼ殿。提督はそろそろくたばり遊ばれましたかな?」

 

 空間に介入したカリオストロ先生の声が、緩みかけていた空気を切り替えた。

 左手で杖をつき、右手は帽子を押さえている。両手の塞がっている隙だらけの立ち姿のくせに、その雰囲気は尋常じゃなく、邪悪かつ剣呑だった。

 

「……『指揮無し(ノーバートン)』。なるほど、統括長の命令ですか。随分と過保護なのですね」

 

 ……統括長って。

 ソレ、唯一王に次ぐ、事実上の今の唯一国のナンバーツーなんだけど。ってことはこのキリカって子、もしかして統括長の娘さん? 超お嬢様じゃん。

 

 ていうかカリオストロ先生──長いからカオス先生でいいや。この人も統括長と一体どんな関係なんだ。あと「提督」ってのも錬金術師的に聞き逃せないんですけど!

 

「ご安心ください。現状、提督(マスター)の目標に久遠桐架は含まれていません。この爆撃行為は私の独断です。生理的に受け付けなかった醜悪なオブジェクトを処理しに来ただけにすぎません」

 

「ねぇ、好みに合わなかったのは仕方ないけど、いちいち私のセンスをディスるのやめない?」

 

「それは結構。しかし今度は魔境で暗躍ですか。遂に全魔王の掃討でも決めましたか?」

 

「……」

 

 テレーゼと呼ばれる少女は、そこで黙った。

 図星で言葉が出ない……ではなく、なんだかちょっと、気まずい感じだった。

 

「──え゛、なにそれ。テレーゼちゃん大丈夫? 今すぐこんな所ほっぽって、リゾート地にでも逃げた方が賢明よ?」

 

 と、なにやら突然、話題が飛躍するキリカさん。

 テレーゼさんは何も言っていないのに、しかもついさっき爆撃してきた相手だっていうのに、キリカさんの表情はテレーゼさんを案じている。

 

 今の一瞬で、彼女たちの間になにが? やっぱり心を読んだ、とかそういうのだろうか。

 

「……貴方の心配など無用です。錬成品を消去した謝罪代わりではありませんが、命が惜しければ、早々にここを立ち去ることをお勧めいたします。──ああ、それと」

 

 思い出したように、テレーゼさんはその先の言葉を続けた。

 

「先日、魔王城に突入した『第十三部隊(サーティーン)』は()()()()()()()()()です。職を失いましたね、ノーバ──」

 

「えっ!?!? それ本当!?」

 

「っ!?」

 

 ──瞬間、ボクは転移していた。勢いあまって空間連結で、ひょいっとテレーゼさんのすぐ真正面に。

 ガッと華奢な両肩を掴んで、希望に目を輝かせる。

 

「ねぇ、ねぇねぇねぇ! 消息不明ってことは存在不明!? 遂にこの世から消え去ったのあの害悪!! 自爆? 自滅? 自殺? どういう末路を辿ったくらい記録してない!? してない? そっかぁ残念……この先の人生、それを肴に愉しみたかったのになぁ……」

 

「な──なん、ですか、貴方は。空間転移なんて、どうやって──!?」

 

 至近距離で見たテレーゼさんの瞳は、宝石なんて表現が失礼になるくらい綺麗だった。

 白い結晶に閉じ込めた、虹色の輝き。自然には絶対に誕生しないその虹彩は、彼女が被造物であることを物語っている。とんでもなくハイクオリティだなぁ。

 

「おい、その辺にしておけ。消し飛ばされるぞ」

 

 ──地上から聞こえたそんなグレンの声に、ハッとボクは我を取り戻した。

 テレーゼさんから手を離し、中空そのものを足場にしつつ、軽く頭を下げる。

 

「あ、そうだね。ごめんねテレーゼさん、つい舞い上がっちゃった。初対面なのにいきなり触るなんて、礼儀がなってなかったよね。反省するよ。重ねてごめんなさい」

 

「──い、いえ。それより貴方は一体……」

 

「ボク? ボクはイリス。イリス・ノーヴェルシュタイン。錬金術師としては最近参入してきたばかりの新参者だよ」

 

「イリス!?」

 

 テレーゼさんが目を見張った。

 おお、表情の遷移も普通の人と変わらない。彼女、ただの人造生命(ホムンクルス)じゃないな。筋繊維どころか、細胞レベルで作りこまれてる。一種、生命としての完成形に到達した至高品に違いない。

 

「『白の錬金術師』──今のあらゆる錬金術書の基礎を塗り替えた最新の天才が、貴方……?」

 

「塗り替えたは言い過ぎだよ、最適化しただけ。あんなの趣味の範疇だったし」

 

 世に功績だと広まっているその話は、実際のところ、世に出回っていた教書の品質に、文句をつけてやりたくなっただけである。

 それで普通生徒として入学するところを、生徒兼臨時講師として入学(スカウト)してきた学院の対応の早さは、今思い出しても痛快モノだ。

 

「──まぁそんなことはどうでもいいんだよ。ボクのコトなんて一文字の意味もない。今肝要なのはさ、テレーゼさん。()()()()()()()()()()()()だよ。『気に入らなかった』なんて理由だけで、君ほどの完成品が、わざわざこんな寄り道をして八つ当たりするくらいに()()()()()()()ってどういう事なの?」

 

「──なにを、」

 

「あれ、違った? さっきの明らかに無駄な注意勧告、SOSでしょ? 先生とどういう繋がりがあるかボクは知らないけど、煽りに見せかけた救援宣言じゃ──、?」

 

 そこまでボクが、つらつらと名探偵気取りに弁舌した時だった。

 ガクン、と目の前のテレーゼさんの首が不自然に折れた。いや、折れたは言い過ぎだったけど、強く、後ろっ首を掴まれたようにして、項垂れた。

 

 ──外部からの干渉だ。テレーゼさんの意識はここにはない。

 

 そう察しがついた時、少女の口が開いた。

 

『あー、テステス。発音良好、音響最適。──精神掌握完了、ごきげんよう地上の凡俗(カス)ども』

 

 先ほどの丁寧な少女とは、似ても似つかぬ乱暴な口調。

 声は元のテレーゼさんのものと二重になっている。剣呑と殺伐を音声言語にしたらこうなるんじゃないか、という低音が重なり響いていた。

 

『オレが()()、世紀の大天才にして最強野郎の大錬金術師──ギルトロア様だ』

 

「──……!」

 

 威風堂々とした傍若無人を上限突破したような自己紹介。

 それに、ボクは驚愕の声も出せず、本気で戦慄した。

 

 ……なんてことだ。覚悟はしていたけれど、流石は魔境。もうなんでもアリのキャストじゃないか。

 

 彼こそは千年を生きる伝説の大錬金術師。

 誰よりも破壊を好み、〝破壊のための錬成〟を座右の銘にする、歴史の問題児(ザ・マーヴェリック)

 

 ギルトロア・アドミラル・アルス・マグナ。

 それは人理兵装(レリック)に並ぶ究極兵器──()()()()()()()()()()()()()()、正真正銘、本物の化物が名乗っている名前だった。

 

     ■

 

『そこに居らっしゃりやがンのはいつかの悪辣爺じゃねェか。フレッシュな若人たちを(たぶら)かしてる最中だったか? 暇人極まってて非常に結構、それでこそ悪魔だ。ンで──』

 

 頭を持ち上げたテレーゼさんの目は、金色が帯びている。竜種の鋭さを思わせる眼光は、およそ同じ人類が持つべきものではない。見ただけで他の生命を射殺しそうだ。

 

『アー……アア!? なんだそこのお前、おい。なんだその無駄と浪漫だけで錬成したヨーナ大型二輪はッ!? まさかそれでこの荒野を駆けてンのか!? 遠まわしに全飛行物体を嗤う高度なアジテーションかよ!? 終末ここに「至った」な……!』

 

 グレンの方を見たのだろう、少女の身体を借りている提督が、興奮気味に指をさす。

 ──前言撤回、こいつもただの錬成バカだ。ラスボス気取りの登場が二分も持たないって、自称最強として恥ずかしくないのか?

 

「無駄口の口車は健在のようだな。──率直な疑問なんだが、お前、生きていて恥ずかしくないのか?」

 

 ビリッ、と。

 空中という距離をとっているボクでも、今のグレンの声には鳥肌が立った。

 

 ……え? 今の、明確に殺気がこもった返しだったんだけど。確かにグレンには、少し不機嫌な時と、ちょっと不機嫌な時と、物凄く不機嫌な時しかないけど、ここまで露骨に表に出すのは珍しすぎる。話す相手が上位存在でもない限り、こんなグレンは滅多に見ないのに。

 

『あん? どっかで会ったかゴーグル野郎? こっちはテメエみたいな暇人、記憶にないんだがな』

 

 売り言葉に買い言葉か。いやこの提督にとっては平常運転なのか。

 この二人、ただ会話するだけで殺し合い一歩手前の空気感になってない?

 

 がしかし、そんな空気を一切読まない人材がこの場に一人。

 

「て、提督ギルトロアって──あの噂のアレよね!? ねぇカオス! 私サイン欲しいわ!! 紹介してよ紹介して!」

 

「いけませんお嬢様、あんなのと貴方を関わらせたら(ワタクシ)の首が飛びます。統括長には強く言い含められております故……」

 

「えー! お父さんの過ー保ー護ー! でもそんなこと言われたら、反抗するのが正しい子供よね。てーとくさんてーとくさーん!」

 

「ちょっ、お嬢様」

 

 カオス先生の制止を振り払って、下にいるキリカさんがぴょんぴょん跳ねる。アイドルを見るファンの如く、ブンブンと手まで振って、

 

「私キリカ! 統括長の娘! お父さん煽りたいから(さら)って──!」

 

 すると魔砲少女が、人質希望の馬鹿を視界に収める。

 

『……フム。スクラップにもなれねェ産廃だが、その提案には価値があるな。後のリスクを度外視してでも受ける意味はある────が』

 

 眼前の少女の──その奥にいる錬金術師の視線が、ボクに向けられてくる。

 

『誘拐は外聞が良くない。おいそこの新参錬金術師、その産廃をオレ様の所にまで連れてこい。そしたらソイツを取引材料に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マ──その先の戦場を抜けて、こっちの拠点にまで来られたらの話だがな!』

 

「えっ」

 

 ──思いがけない方向から、思いもよらない幸運が舞い込んできた。

 

 ……史上最強の錬金術師が、「なんでも一つ望みを叶える」。

 極まった錬金術というのは、それこそ「なんでも」できる技術だ。それは悪魔の誘い文句よりも信憑性のある、夢のまた夢のようなドリームチケットに等しい。

 

 しかもこの人、()()()()()()()()

 ボクは今、マジモンの幸運をこの身に受けている。

 

『──っと時間だ。こっちも忙しくてな。せいぜい──いや、割と本気で奮闘してくれると此方としても都合がいい。諸君らの、盤上に乗る気概と覚悟を期待しよう』

 

 そこで声は途絶えた。

 再び、カクリとテレーゼさんは一瞬意識を失い、すぐにその目を開く。

 

「……大胆な提督(マスター)。突然精神を乗っ取るなんて、伴侶のことをなんだと思っているのでしょう……」

 

 呆れたように息を吐く飛行少女。

 まさかの既婚者。魔砲少女としての理想像をブチ壊しかねない爆弾発言だ。

 つーかあの提督の趣味がどうなってんだよ。羨ましいにも程がありすぎるだろ。

 

「──それでは、提督(マスター)が待っているので私もこの辺で。皆様、どうか見ごたえのある悪あがきをご披露ください」

 

「あ、はい。お幸せに……」

 

 素でそんな返事をしたボクに、テレーゼさんは一瞬柔らかく微笑を浮かべると、すぐにその場を離脱していった。

 

 ……さて。

 地上を見やると、カリオストロ先生がキリカさんを守るように前へ出た。

 

「……今すぐに逃げてくださると助かるのですが、お嬢様」

 

「嫌よ。失職して処刑されてちょうだい、アルシオン」

 

「そんな殺生な」

 

 アルシオン。知らない呼び名だ。無名のクセして、先生はあといくつ名前を持っているんだろう。

 

 なんてテキトーに思いながら、ボクはこの降ってわいた舞台入り切符を、どう活用しようか考え始めていた。

 



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06 荒野の一幕

「──ネタバレしますとネ、(ワタクシ)は『第十三部隊(サーティーン)』の一員なのデスヨー」

 

 クッッッソやる気のない声でカリオストロ先生はそう自白した。

 声に力がなさすぎて逆に信じづらい。適当な法螺なんじゃないかと普通は疑うところだが、しかしボクの視点においては、そんな無駄な工程は必要ない。

 

 ボクには嘘が分かる。

 

 どこに嘘があるかを判別することだけは、誰にも引けを取らない。

 それこそ、あの自称最強の錬金術師・提督と比べられても──だ。

 

「……そんな。嘘でしょ、カオス先生……」

 

 しかし嘘がないと分かるぶん、ショックは大きかった。

 だって。学院時代からカオス先生は、普通に尊敬の対象だったのだ。皮肉でも誇張でもなく、ボクはカリオストロという錬金術師を敬意を払うに値する存在と認定していた。

 

 そんな人が──まさか。

 

「申し訳ありません、イリスさん。職務上、これは隠さざるを得ない事実だったのですが──」

 

「先生、姉さんの奴隷だったの!? そんな酷い現実、あんまりだよ!!」

 

「──待ってクダサイ。今、(ワタクシ)の告白を上回るレベルの衝撃の事実を聞いたのですが??」

 

「え、なんのこと?」

 

 本当になんのこと? とボクは小首を傾げる。

 

「イリスくんとアガサちゃんが姉弟(きょうだい)、ってことよ。名乗ってる苗字が違うじゃない、貴方たち」

 

 そう補足を入れてくれたのはキリカさん。今は走行するボクらのバイクの右側について、白いオープンカーを右奥の座席で運転している。

 

「あぁそっか。お互い、同じ家名なのが気に入らないから、唯一国や学院には別名で登録したんだよね」

 

「どっちがノーヴェルでレーヴェルだっけ?」

 

「ボクがノーヴェルシュタイン、姉さんが後者だよー」

 

 グレンのどうってことない質問にボクは律儀に答える。

 今、その場に誰がいようと、ボクの中ではグレンの言葉が絶対最優先対象だ。学院長が演説していても、グレンが声を上げればボクは即座にそれに答えるだろう。

 

「ところでイリスくんって、グレンくんのこと好きなの?」

 

「愚問だね! この思いの丈を語り切るには概要だけでおよそ二十三時間ほど貰うけど覚悟はいいかな!?」

 

「後にしろ、後に」

 

 ちぇっ。

 

「……その……グレン君かグレンさんで迷いますが、貴方はどういったご用件で魔境へ? 見たところ、どうやら『イリスさんが貴方についてきた』という風に(ワタクシ)は捉えているのですが……」

 

「俺が誰の味方で誰の敵か?」

 

「ええ、まァ。オブラートを捨てて言うと、そうデスネ」

 

 カオス先生には僅かながら警戒の色がある。

 キリカさんは──アレ、たぶん察してるけど言わないんだろうな。

 

「気になるなら、そこのお嬢様にでも聞いてみればいいんじゃないのか?」

 

「え、私? それはナイわよ()()()()()。私はもう、魔境がどんな状況にあるのかぜーんぶ知ってるけど、貴方たちには教えない。だから貴方たちのことも、カオスには教えないもーん」

 

「お嬢様ぁ……」

 

 ある種の公平さ、というコトか。

 カオス先生は憐れだが、「全部知っている」というキリカさんの発言は驚異的だ。いつ、どこで、どうして、どうやってそんな情報を知りえたのだろうか──

 

「ああ──私自身のコトについては、私とお父さんが損するだけだから言ってもいっか。

 ──久遠桐架はね、『見れば大抵のコトは分かる』のよ」

 

「──、」

 

 それはまた。

 超能力者という一言では説明し切れなさそうな、デタラメだ。

 

「とにかく私の存在はそういうもの! これでオッケー?」

 

「……じゃあ、一つだけ確認。というか質問。キリカさんはさ、『人間の末裔』なの?」

 

 久遠家。

 それは確か、例の如く、例によって、『紅蓮』『火楽(かぐら)』『黄昏』に並ぶ、かつて社に属した者たちの名称の一つではなかったか────

 

「その質問の答えは本来トップシークレットだけど……()()()()()。だから統括長の娘。正確にいえば、()()()()、なのだけど」

 

「お、お嬢様……」

 

 それは流石に喋りすぎでは、とじいじの顔が青くなる。ほんとに不憫だなこの人。

 

「いいのよカオス。他ならともかく、グレンくんとイリスくんが相手なら問題は起きないから!」

 

「……お嬢様がそう言うのであれば。して、話が逸れてしまいましたが、グレンさん。貴方の目的は──」

 

 その時だった。

 

「──おーい、そこのイカしたお前ら! これ以上先は止めておけー!」

 

「あ、グレン。ちょっと止めて」

 

 走行音と風の音に紛れて、荒野の向こうから聞こえてきた人の声を、ボクはエーテルの波としてキャッチした。

 

 バイクが止まる。それに応じてキリカさんたちも停車した。

 声のした方角を見ると、ちょっと過ぎた岩陰の辺りには、人が一人、佇んでいた。

 

「止まってくれてどうも。お前ら、今の魔境は最悪を極めてるぞ。終末戦争(ラグナロク)で拾った命だ、無駄死にだけは止めておけ」

 

 恰好からして錬金術師──だろう。左腕を負傷しているのか、おさえている。特徴のない魔族の男性だが、装備はしっかりしているようだった。

 

「外界が最悪だろうことは承知済みだが……何がどう最悪なんだ?」

 

 グレンの問いに、男性は肩をすくめる。

 

「生き残ってる()()()()()()()が進軍を開始してるんだよ。()()()()()()()()()()()()()()って話でな」

 

 ボクの肌に嫌な汗が滲んだ。

 

「だからどんな手練れでも、今の魔境には近寄らない方がいい。アレは死ぬ。フツーに死ぬ。なんで俺は今からダッシュで帰る。家で嫁さんが待ってるからな……!」

 

「アンタ、帰りの足は?」

 

「そんなの魔物のエサになったよ。だから生き延びられたんだがな。で、どうだ。戻ってくれるってんなら、アンタら()()、どっちかのに乗せてもらいたいんだが──」

 

 そう言った彼の目には、()()()姿()()()()()()()()()()

 

「!」

 

 あ。

 凄い人だ、この人。

 

「え……? 貴方、今……」

 

 キリカさんの呆然とした声が聞こえる。

 そうか。「見ればなんでも分かる」が売りのこの人でも、ボクのホントのホントの正体は、看破できていなかったらしい。

 

「……錬成開始(アルス・マグナ)

 

 パチン、とボクは指を鳴らし。

 男性の横、空いている空間の横へ術式を生成する。四秒としない内に、そこには一人分のオートバイが錬成完了した。

 

「っ、え!?」

 

 突然のマジックに男性は驚いている。こちらを横目で見てきたグレンに、ボクは一つ頷きを返した。

 

「戦場での忠告は命の礼に値する。それを使え」

 

「え、あ、おお……あ、ありがとな! 凄ぇなアンタ! 生還を祈ってるぜ!」

 

 意気揚々とオートバイに跨る、名も知らぬ錬金術師。

 あっという間にその姿が砂塵と地平線の向こうへ消えてしまってから、ボクは視線を外した。

 

「……じゃ、行こうか」

 

「ああ」

 

 少し、余計な時間をとってしまった。

 けどまぁ、まだ感動できるだけの人間性が自分にあったことを知れたのは、個人的に、少し嬉しかったりするのだった。

 

     ■

 

「──ちょっ、ちょ、待って待って。さっきのどういうこと!? イリスくーん!?」

 

 バイクを発進させ、追いついてきたキリカさんが空気も読まずにそんなことを訊いてきた。ご丁寧に今度はオープンカーをこっちの左側につけてきて、だ。

 

 なんだよ。

 個人的にはもうちょっと感服の余韻に浸っていたいんだけど。

 

「チッ、なんだよ……」

 

「今までのキャラ性を捨てるほどのガラ悪ッ!? 気分を読まなかったのは謝るけど、私が分からない以上、他の人には絶対分からないわよ!」

 

「お嬢様が言うと妙な方向の暴言にしか聞こえませんな……」

 

 えー、説明いる?

 だってボク、主役じゃないし。語り手だし。興味なんて持たなくていいんだけど。

 

「イリスを認識するためには条件があるんだよ」

 

 とか渋っていたら、主役(グレン)の方が口を開いてしまった。

 

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』には、()()()()()()()()

 

 

 ──それは、ボクがこの世に再臨する時に得た特性。

 火楽祈朱の持つ原罪にして功績。それは、「嘘」に集約されている。

 

「人を騙すでも、自分を騙すでもいい。真実を隠して『嘘は言っていない』とか抜かす奴も該当する。逆に、たった一度でも嘘をついたことがない──()()()()()()()()()()()()だけは、こいつの姿は見えないし、聞こえないし、認識しないんだ」

 

「……え、なにそれ。実質、正直者さんにとってイリスくんは、透明人間ってコト?」

 

 まぁ、そういうコトになる。

 ボクは嘘で、嘘そのものだ。嘘つきなんかじゃなく、虚構という概念存在に当たる。

 

 火楽祈朱は存在しない。

 

 それが正しい世界秩序。

 

 だから、ボクを認識しないヒトは凄いのだ。だってその人は、まさしく、『正しい世界』で生きているというコトなのだから。

 

「……他者の認識依存の幻覚体──イリスさん。その状態は、いつから……?」

 

「……先生に訊かれたら答えないワケにはいかないね。ざっと、十年前からだよ」

 

 ──十年前。

 あの日が全てだった。あの日から全てが変わった。

 ボクも、世界も──姉さんも。

 

「……何があったの?」

 

「キリカさんって他人の過去や秘密を暴かないと親しみを感じられない人なの?」

 

「キレ味すっごい!! ──でもそうね、そういう性質なのは否定しないわ! だって私は他人の全てを見ながら、暴きながら生きてきたんだもの──ま、今のグレンくんやイリスくんの履歴は、ちょっと靄がかかっていて、色々と見えづらいけど」

 

「だったら知り合った記念に、この言葉を送っておくよ。『この世には、知らなくていいことがある』ってね」

 

「グレンくん!」

 

「……」

 

 返事はなかった。その件についてはノーコメント、ということだろう。

 ボクとしても、その方がありがたい。

 

「……ん、」

 

 乱れのあるエーテル波をキャッチする。

 進行方向、その先の地平線──約一キロ遠く。

 そこに、魔物の大群の反応が密集していた。

 

 ゴゥッ、と風の強さが変わる。空気が変質する。

 同じ黄昏時の空だというのに、これ以上先は、明らかに「違う」世界だと本能が察知していた。

 

「……ここからか」

 

 グレンも直感的にそれを悟ったらしい。

 魔境淵底(えんてい)ラグナディア。

 そこには知性ある魔物たちが生息し。

 ()()()()()()()()を名乗る存在がはびこる、黄昏の地獄の底だ。

 



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07 蹂躙・鏖殺・撃滅ロード

「──ッ! 気を付けて! こっちに門番が来るわッ!」

 

 キリカさんからの忠告の通り──

 次の瞬間、前方の地面が道のように盛り上がり、そこから二対の頭を持つ大蛇が、阻むように現れた。

 

『ようこそ! ヨウコソ! 地獄の底へ!』

『我ら魔境の番人、ラタトスクの兄弟が牙試し──』

 

 全長約十エートルちょいの大型魔物。

 確かに魔境初心者ならば、丸一日は突破にかかりそうな「初見殺し」だ。コレはどこかの魔王の配下ではなく、魔境という土地に住み着いた、進化した魔物の一例──だが。

 

「抜刀理論・空斬説」

 

「抜刀式:空斬錬成」

 

 グレンが斬撃を飛ばすタイミングに合わせ、

 ボク側から、エーテルを彼の刀身に付加して、斬撃のリーチを延長する。

 

 〇.一秒の戦闘。

 瞬きの間に細切れにされた大蛇の兄弟は、断末魔すら上げる暇もなく絶命した。

 

『ギョエーッ! 大型ニュービーの参戦だぁー!』

『逃げます。さようなら。永遠に』

 

 ……通り過ぎるとき、エーテル波に乗る形でそんなメッセージが届いた気がしたけど無視。実際、グレンには聞こえていないだろう。

 

「あれが入国手続きか?」

 

「いや……うん……そんな感じで」

 

 番人ラタトスク。いわゆる魔境の“初心者狩り”を主とする魔物だけど、なんだかんだで魔境初挑戦者の生存率の向上に役立っている噂もあったりなかったりする。魔物なのに不思議だ。

 

「ひゅー! 合体技、かっこいー! なんで出来るのかがさっぱりだけど!」

 

「あの、今、一世紀に一度見るくらいの絶技を目撃したような気がするのですが……」

 

 その認識で合ってるよカオス先生。どうかその常識性を忘れないでほしい。感覚のマヒって怖いからね!

 

「グレン、前方注意! どこかの魔王軍!」

 

 ボクの視界には、二百エートル先の景色が映っている。

 ぞろぞろと蠢く、異形たちの進行軍。人型がベースになった竜頭、蛇貌、獣首を始めとした、四足歩行の獣魔たち。

 どこぞの魔王軍同士が争っているのだろう、ここからでも現場の悲鳴と怒号、狂ったような歓声が聞こえてくる。

 

 魔王たちは年中、最後の一人になるまで互いに領土を奪い合い、殺し合い、翌年の魔王長――大魔王とも呼ばれる存在を決定しているという。

 ……終戦した試しなんて、ここ数千年は聞いたことがないって話だけど。

 

「適当に突っ切っていいと思うか?」

 

「いいっていうか、それしかないと思う!」

 

 魔物たちの殺し合いは魔境の常だ。その中を、嵐のような第三者が蹂躙していくのも──魔境のよくあるワンシーンだろう。

 

「進め進めぇ! 我らが魔王様の行く手を阻むもの、生きるにあたわ──、ッ!?」

「総員警戒ッ! なにか来──速ェッ!?」

 

 ──数百を優に超える、幾百、幾千もの軍勢。

 軽く三つ……いや四つほどの別々の所属だろう魔王軍の戦線に、大型バイクの影が飛び込んだ。

 

「抜刀理論・空幻説」

 

 同時に、慈悲なく放たれる扇状の広範囲斬撃。

 その一閃だけで道路上の魔物たちが片され、また斬撃圏内の魔物たちが吹き飛ばされていく。ちょっとしたリアル無双ゲーの光景だ。

 

「おのれ何奴ッ! この魔王グライアが相手に──貴様はッ!?」

 

 文字通り雑魚軍を斬り殺し、ひき殺した先、堂々と眼前に立ちはだかったのは、豪奢な恰好をした角持ちの魔王個体。

 

 その目が、グレンの後ろで立ち乗りしていたボクを見て驚愕に染まる。

 

 おっと、知り合い発見。

 しかして思い出話をする時間なんてねーので、

 

「ワンキル」

 

 既に構えていた白い狙撃銃をぶちかます。

 弾丸は真っすぐに魔王グライアの頭部を撃ち抜き、素早く死体から、錬金術で素材を剥ぎとって通過する。すぐさまグライアの軍の魔物たちの悲鳴と怒りが聞こえてきた。実に良い魔力の源(負の感情)だ。

 

「知人?」

 

「ん、()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

 ──魔王城攻略は、錬金術師にとって一つの資金稼ぎである。

 魔王が復活するたび、その居城には金銀財宝も再出現する。それを狙って、ラグナ大陸では毎年毎年、あらゆる錬金術師が、金に困った錬金術師が、一発逆転のチャンスを狙って「魔王攻略」に乗り出している。

 

 それに、錬金術師の端くれであるボクも参加したことがある──これはそれだけの話だ。

 

「魔王グライアって、上級魔王の【大罪王】の一人じゃなかったかしらー……スナック感覚で殺せちゃうものだったのかしら、アレー……」

 

 後ろに追従しているキリカさんから余計な情報があるけどスルー。

 ところで、彼女と先生はどうやって魔物たちを退けているのだろう──と目を向けてみると、

 

「グギャッギャァァ!? なんだこの影はー!?」

「退避、退避ー! 触れるとヤバい気配を感じるッ!」

「あの白いクルマ、悪魔が乗ってるぞー!」

 

 ──グレンとは別方向で無双ゲーしていた。

 カオス先生が放った影たちが、近寄る魔物を次々と飲み込み、素材化しているのだ。

 むしろあっちを先行させた方が楽だったかもしれない──いや、泣き叫ぶ魔物たちを見ながら進むのはちょっと精神的ショックが大きいから、これが最善か。

 

 そんなボクたちの快進撃に、他の魔王軍、魔物たちも怖れをなしたのだろう。

 続く先の道では、蜘蛛の子が散るようにして逃げ出す者、或いは闘志を燃やして襲いかかってくる馬鹿がいる。

 

「南から超抜級のイレギュラー進行中ー! 死ぬ前に逃げろー!」

「グライア様の仇を討てッ!! 突撃部隊続けぇ! アレを止めろーッ!」

「悪魔の錬金術師が二体いるぞ! 上物だ、首を狙えェェェ!」

「一体じゃね? っつーか、黒い方のコートのアレなに? アレが一番ヤバイって、百年の生存経験が訴えてるんだけど」

「ありゃ野生の理論持ち(ロジックホルダー)だ! それに後ろの白いの……見たことあるぞッ!? 前に魔王ロクボウを狩った『魔王殺し』じゃねぇか!?」

 

「まおうごろし?」

 

 野次馬の声が耳に入ったのだろうか、グレンからそんな声が聞こえる。

 ボクは視線を逸らしながら、余計なコトを口走った馬鹿を狙撃しておく。

 

「フ、なんの事かな」

 

「いや、誤魔化せてないぞ」

 

「二年前にちょっとね。ちょっと」

 

 ちょっと荒稼ぎしただけである。ボク悪くない。

 

「おっと、謙虚さは美点ですが過ぎれば傲慢とも言います。イリスさんは二年前、単独で三十六体もの魔王を葬った最多討伐記録者ではないですか」

 

 ちょっと先生。個人情報の流出は止めてもらいたいんですけど。

 

「三十六体……」

 

「ちなみに魔王はふつう、パーティを組んで挑むものよー。イリスくんが異常なのは、たった一人でそれだけの魔王を殺しまわった点ね。なにか癇に障ることでもあったのかしら?」

 

「ただの資金繰りだよ!」

 

 それで興が乗っちゃって、気付いたら狩りすぎてたってだけだ。自身の未熟さを噛み締めた一件でもある。以降、ボクは魔王城攻略からは手を引いた。本当にあれ以上やりすぎると、錬金術師側からも苦情が届きそうだったし。

 

「待て白い悪魔ッ! グライア様の仇──」

 

「『白の万象(ホワイト・アルス・マグナ)』」

 

 執念深く追ってきた魔物の軍勢に、ボクは指を鳴らす。

 瞬間、頭上背後の中空には三エートル大の白い砲身が二台展開し、ガゴン、と砲弾が装填された。

 

「ゴメンゴメン。首領(トップ)だけ殺すなんて、礼儀がなってなかったよね──」

 

 指の形を銃のようにし、人差し指を目標方向へと差し向ける。

 目標:グライアの眷属魔物。

 設定範囲:絶滅モード、っと。

 

「装填神弾、永続錬成開始。目標補足──発射」

 

 キュイン! と閃光が奔った。

 砲身から放たれた白い熱線が、一瞬にして追従してきていた魔物たちの影を消し飛ばす。それは目標全てが沈黙するまで自動的に射撃が続き、すっかり静かになった頃、周囲の十エートル付近に敵影は存在しなかった。

 

「うーん、まとめ狩りにしては上々の成果かな……」

 

 熱線が灼き滅ぼしたと同時、ボクの携帯工房……『白の万象』内に回収された素材を鑑定する。

 これは攻撃判定と一緒に、自分の錬金術式が主とする素材──ボクの場合は「光」を媒介にして、倒した魔物の素材の自動回収を行う機能である。

 

「あ、Aランクの鉱石心臓だ。先生いるー?」

 

「いえ、心臓の加工は不得手ですので……」

 

 そっかぁ、と返しつつ、ボクは立ち乗りの状態から、おとなしく席に腰を下ろす。

 

「魔王殺し……」

 

「蹂躙の悪魔……ね……」

 

 ヒドイ悪口が聞こえてきたけどボクは聞こえなかったコトにした。

 



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08 戦王

 魔境の第一関門は突破した。

 いよいよボクらは、この領土の中間地点へとやってきた──のだが。

 

「……地獄だね」

 

「……地獄ね」

 

 先を見渡せる高台、切り立った崖上に登って、隣に並んだキリカさんとボクは意見を同じくした。

 

 ──黄昏照らす赤色の大地(レッドフィールド)

 そこでひしめき合うは魔物の軍勢。あちこちで衝突を繰り返し、時に地形を変えながら屍を築き上げている様は、まるで生きた嵐そのものだ。

 

 人型から異形のもの、巨人や竜種までが激闘する光景には言葉も出ない。

 地獄絵図に千鬼夜行。

 戦場に叩き込まれる業火と暴風、雷撃乱舞。

 終わることのない破壊。終わることのない闘争。

 地獄とはまさにこのこと。果てのない戦いが、そこでは永遠無限に続いている────

 

「今からあの中に行くのかぁ……」

 

「いや無理、無理よアレ。地上のルートは諦めましょ? なんだったら、ここからは私の工房で──」

 

「それはいけません、お嬢様」

 

 と、横から鋭くカオス先生が言葉を挟む。

 

「『見て』ご理解していらっしゃるでしょうが、イリスさん相手に錬金術師としての基礎たる工房をお見せしてはいけませんっ。構成する錬金術式、その『全て』を学習されてしまいマスヨッ」

 

「えー。カオス先生、それはボクを買いかぶり過ぎダヨー」

 

「──あ、これマジのやつね? イリスくん、なんて恐ろしいショタっ子なの? 貴方の本質ってそっちにあるのね、理解したわ……」

 

 そんなぁー、とボクは棒読みで半笑いになる。

 学習。そう、それこそがボクをボクたらしめる原点だ。

 

 あらゆる術式をあらゆる理論をあらゆる錬成式を分析し理解し学習し。

 そこから全て自分用に調整(チューニング)するに飽き足らず、特化・量産・再構成まで果たしてみせよう、まさに学者たちの大天敵。

 

 神才イリス、と俗称され。

 神から奪った才能、とまで言わしめられた()()()()

 

 それが、ボクという錬金術師の本質である。

 

「恐ろしいコトこの上ないわね……イリスくんって、友達とかいなさそうだけど、お弟子さんとかはいるの?」

 

「いるよ? 直弟子が三人ほど。しばらく会ってないけどね」

 

 でもキリカさん、スルーしたけど前半のイメージは傷つくからやめるんだ。事実だけど。

 

「……おい。なんか魔物の様子がおかしくないか?」

 

「え?」

 

 グレンの言葉に、ボクは眼下の戦場に目を凝らす。

 ……確かに、少しずつ大軍の進路が変わっているようだ。さっきまで指向性なんてなかったのに、どこかで指揮が変わって……?

 

「──……北の方から数が増えてる……?」

 

「違う──彼ら、逃げ出してきてるんだわ。どれも上級の魔物ね、最前線でなにかあったのかしら──」

 

 目を細めたキリカさんが、しばらくジッ、と遠方の魔物たちを見やり。

 

 ──瞬間、顔色が青くなる。

 

「っっ……!? え、嘘。流石に嘘よね!? イリスくん、ここ魔境で間違いないわよねッ!?」

 

「また思考の行間が飛んでるよ……なにを見たのさ、キリカさん」

 

「それはー、うう、ええっと、ダメ、怖すぎて口にすらできないわッ……!」

 

「??」

 

 キリカさんは完全に怯えている。頭を抱えてその場にうずくまってしまった。

 それだけ直視しがたい、とんでもない事態が北で起こっているらしいが──

 

「おや。失礼」

 

 プルルルル、とそこで着信音が響いた。カオス先生の方からだ。

 

「ハイ、コチラ『Rod(ロッド)』。ただいま別件中です──おお! 生きていましたかChain(チェイン)君!」

 

 ジャケットの中から取り出したのは、軍で使われている通信機器(トランシーバー)

 この人って、本当に軍属だったんだな……ロッド、というのはコードネーム的なアレだろうか。

 

「あぁイエ、某魔砲少女から貴方がたは魔王城の奥へ行ったまま未帰還だと聞いていたもので……何があったのですか? Reader(リーダー)は?」

 

 リーダー=姉。

 即座に回答を導き出したボクは、こっそり聴覚の感度を上げた。

 ザザザザ、というノイズ音混じりに、通信機の内容が聞こえてくる。もちろん暗号混じりの音声だったが、そんなのクロスワードより簡単だった。

 

『落ち着いて聞いてください。えー、諸々の経緯を省いて現状を報告させてもらいますよ?』

 

 若い青年っぽい声だった。ジャラジャラと音がするので、名前通り鎖使いなのだろうか。口調は落ち着いているが、あまり、余裕があるようには感じられない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺とHummer(ハンマー)以外は城に突貫したまま戻ってません。オーバー』

 

 

「ごほっ」

 

 ボクはむせた。大丈夫かとグレンが背中をさすってくれる。

 戦王──戦王と言ったか、今!?

 

「……………………」

 

「……もうダメ、おしまい、おしまいよ……ふふっ……」

 

 黙り込んでしまったカオス先生から、しゃがんでいるキリカさんの方へ視線を向ける。それでさっき、彼女が何を「見た」のか分かってしまった。

 

「大軍が崩れてきた。なにか、戦ってるな」

 

「!?」

 

 再びグレンの声で戦場へ目を向ける。

 おびただしい数の魔物の群れは、北側からなだれ込んできた魔物たちと衝突を始めている。更に北方の向こうからは、一個の強大な魔力の塊が、周囲の雑魚たちを蹴散らしながらこちらへ移動してきていた。

 

「あれって──」

 

 目を凝らす。舞い上がる粉塵の先、苛烈な戦場を上塗りする災害の渦中にいるその人影の一人を、目視する。

 

 

「えぇ────いッ!! 力ある者は誰でもいいから手を貸せェ!! コレ我輩一人でなんとか出来る相手じゃね──から────ッ!!」

 

 

 ──すごい、心の底からの悪態を、命がけで叫び散らしていた。

 

 漆黒マント付きの立派な貴族服。長い、明るいブロンドの側頭部からは、捻じれつつ上向きに生えた二本の赤黒い角。

 二十代前後に見える綺麗な顔立ちからして魔王個体。キリカさんとはまた異なる昏い青眼は、金の髪と親和し、高い品格を思わせる──

 

 まぁ、現在進行形でその衣装も容姿も血みどろにしながら戦闘しているらしい、のだが。

 

「──あっ、あの金髪のほう、ルシファーじゃない!? へー、思ってたよりもカッコいー!」

 

 興奮気味にはしゃいで指を差すのはキリカさん。

 

 ──ルシファー。

 魔境において、ラグナ大陸においても、最も名声高い、「非戦主義者」の変わり者。

 そして此度の事件においては、中心に位置しているだろう──重要人物だ。

 

「ガゥルルル……」

 

 ハッと聞こえた唸り声に振り返る。黒バイクの影からは、魔法使いストーリーテラーが置いていった使い魔、黒い煙狼が姿を現していた。

 

 ──我が知己の名を、ルシファー。魔王ルシファー。狂乱と狂騒の劇の立役者が一席、その助力となることを期待する──

 

 社を去る直前、あの獣人のお爺さんが告げた言葉を思い出す。

 

 アレがルシファーだというのなら。

 今まさに、彼が危機に陥っているというのなら、グレンは──

 

「──目標対象を確認した。約定に基づき、行動を開始する」

 

 魔法使いの目的に協力するというカタチで。

 ()()()()()()()()()()()が、神子としての今回の仕事内容となるのだろう。

 

 グレンがバイクに跨ると、咄嗟にボクもその後ろへ乗り込む。煙狼もいったん姿を消失させた瞬間、エンジン音が鳴り響いた。

 

「えっ──ええ!? 行くの!? 待って待って、私も──」

 

「お嬢様の身柄の安全は(ワタクシ)にお任せを。エエ、巻き込まれないよう全力で隠れていますとも!!」

 

「堂々と何言ってるのよカオスッ!? 晴れ舞台よ、晴れ舞台! 私も行きた──い!!」

 

「ごめんキリカさん、もう主演席は一杯だから」

 

「うわ──ん! ズールーイ──!」

 

 先生に取り押さえられ、暴れもがく人質役。

 そんな彼女を尻目に、発進したバイクはそのまま崖を飛び降りた。

 

「グギャァ!?」

 

「失礼」

 

 真下にいた魔物を下敷き(クッション)にしつつ、地上を走り始める一陣の風。

 混沌と混乱の極みに至った魔物の軍勢は、動くバリケードのようだ。道の邪魔になるそれらを、

 

「抜刀理論・空斬説」

 

「連続装填開始。永久射撃」

 

 不可視の斬撃が、光の弾丸が掃討していく。

 四台ほどの白い銃身を背後頭上に浮かべて起動させつつ、ボクは立ち上がって、先の目的地──戦場の中でも一際凄まじい魔力と魔力がぶつかり合っている座標を見た。

 

 嵐。まさしく嵐だ。それ以外に例えようがない。

 

 さっきまでの魔物たちによる小競り合いなど比にならない。あの渦中にいる化物たちは、一歩動くだけで他の戦場を消し飛ばせるだけの威力を誇っている。事実、この周囲にいる魔物たちも、

 

「ひぃっ……! 逃げろ、逃げろォ! 巻き込まれるぞぉおお!」

「戦王だ、戦王がいやがる、なんだって魔境にッ!? 砂漠からどうやってきやがった!?」

「誰が戦犯だーッ! どこの馬鹿が召喚しやがったぁぁ──!」

「魔王ルシファー万歳! 万歳! 万歳! 助ける余裕なんてないけどなあああ!!」

 

 ヒッデェ言い草だった。やっぱり魔物は自身の主たる魔王にしか従わないものなのか。

 凄絶な争いとはいえ、この程度の範囲で済んでいるのは、全てルシファーが戦っているおかげだ。彼が倒れれば最後、ここら一帯の生命は、「戦王」の前にひれ伏し朽ちるに違いない。

 

「グレン、接敵する! 十秒切ったよ!」

 

「了解した。……ところで訊いてなかったが、なんでイリスが付いてきてるんだ? 死ぬぞ」

 

「物見遊山!」

 

「酔狂だな、全く」

 

 狂言回しが現場にいないでどうするってのさ!

 などと会話している内に──道を塞ぐ魔物の数が減っていく。否、ある一定のラインを超えた時点で、ある一定の範囲から先、

 

 そこに、生きている雑兵は存在すらしていなかった。

 

 

地に這え平伏せよ有象無象。

此方(こなた)に在りしは熾天の英雄。

(ともがら)は悉く散った。

志はされど陰ることなく。

戦地にて、かの者は敵を屠り続ける。

戦王ゼルドの伝説譚、未だ健在なり。

 

 

 更地すら過ぎ──

 今もなお戦闘の余波で、大地を砂漠化している存在が在った。

 

 長身だ。三メートルはある。

 削がれ切った痩身を覆う、錆びた鎧甲冑に、砂塵まみれの古い緋色のマント。

 兜から長く伸びた白髭から、ソレがかろうじて「老兵」であることを察せられる。

 

 その左腕は肘の辺りから欠けている。明らかに万全ではない、生命の全盛も過ぎ去った頃だろうに──常に放たれている重圧(プレッシャー)は、もはや生命の範疇にはなかった。

 

 残った右手に握られているのは一振りの白銀大剣。

 それは何十年、何百年──何千年単位で使い込まれた業物だろうに、欠けてすら、いない。

 

 彼がいる周囲の空間は、蜃気楼のように歪んでいる。

 立っているだけで、あらゆる生命は畏怖し、恐怖し、死さえも彼に捧げるであろう。

 

 

 ──()()()()()()()。戦王ゼルドが、そこにはいた。

 



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09 ラストピース

 ──砂漠で彷徨える王に出くわしたら、全力で死んだフリをしろ。

 

 唯一国の子供の多くは、戦王ゼルドの名を、親の脅し文句から知って育つらしい。

 嫌いなものを残したら戦王がくるぞー、とか、言う事きかないと戦王に千切りにされますよー、とか。

 超抜存在に列席しているにも関わらず、現代の民間では、そんな風に戦王ゼルドの伝承は親しまれている。

 

 して真面目にその伝説を語ると、ラグナ大陸において、彼が「英雄にして厄災」と語られ、戦「王」と呼ばれる理由は明確だ。

 

 ラグナ大陸における()()()()

 一番初めに興った人類の国、その統治者の成れの果て。

 

 今は“辺境砂漠”と呼称される戦地から、基本ゼルドが出てくることはない。

 あの終末神でさえ彼にはノータッチ。殺害も排除もせず、本日まで「第八位」が居残っているのは、「何者も戦王に関わるべからず」という先人の警告を、神が認めた証左に他ならない。

 

 本来、平穏に生きていれば出くわすこともない、伝説上の存在。

 神話の時代から現代の終末まで生き続ける最強の英雄──それが戦王ゼルドという超抜存在だ。

 

     ■

 

 姿を視認した瞬間、本能が警鐘を訴えた。

 

「ッッ……!」

 

 ドッッ、と鼓動が大きく響く。

 生命としての存在本能、生存欲求、己を構成する全てが、「今すぐ逃げろ」と叫んでいる。

 いっそ、ここで自刃した方が生物として真っ当な死に方ができるだろうと。

 

  ──しかし、あんな戦王に、絶対存在かつ絶対強者のアレに、相対する影がいた。

 

()()! 足止め以外になにかできんのか!!」

 

「小細工だけで生きてきたんでねぇ!! 死に際に無茶ぶり止してくださいよ!」

 

 戦王が降り上げる大剣の一撃を、数瞬だけ鎖の束が巻き付き、その威力を殺す。

 それだけではない、よく見れば毎秒毎瞬、四肢を拘束するように銀鎖が錬成されてはすぐに壊されており、瞬間、僅かにできた隙に、金髪の影──ルシファーが一瞬で接近し、拳で攻撃を入れては離れての動きを繰り返している。

 

 錬成反応の元をたどれば、ルシファーの影、()()()()()に隠れるようにして、フードを被った人影が存在していた。鎖使い──アレが先ほどカオス先生に連絡をとっていた、“チェイン”という青年だろうか。

 

……

 

 大剣を振り抜く戦王は無言。敵対者を排除するだけの機構のように、だが()()()()、修練と技巧が突き詰められた老練の一撃を、二人に向けて見舞っている。

 

「チィ……! 黒鎖(コクサ)!」

 

 チェイン青年の命令と同時、虚空から現れた、真っ黒な鎖が白銀大剣を絡めとる。

 だが、やはりそれも一瞬。拘束は数秒ともたずに破壊の一途を辿り、

 

術式介入(ハック)黒鎖再錬・黒銃神弾(エーテル・コードブラック)

 

 ──粉々になりかけた欠片に干渉を開始する。たちまち残骸たちが、別のカタチに生まれ変わっていく。

 鎖を構成する術式の分析・分解を一気にやって、最速で銃身へと書き換える。周囲のエーテル値が足りてるので丸ごと使用。

 

 オーケー、一発分の銃弾にはなりそうだ。

 

 そんな思考と実行をコンマ単位の時間速で完了させ、

 

射撃(BANG)!」

 

 装填した弾丸を撃ち出す。

 即興モノだったが、その一弾は戦王の胴を直撃。僅かにのけ反らせるという奇跡を引き起こし、

 

「空斬絶刀」

 

 バイクごと、飛ぶように戦王へ突貫したグレンが、そのまま上から斬撃を振り放った。

 

!!!!

 

 刹那、戦王の気配が揺らいだ。

 しかし不可避の斬撃を、迷うことなく欠けた左腕で受け流す。バケモノかよ、と内心愚痴ると、そこで戦王の目標が、完全にこちらへ──正確にはグレン一人に向いたことに気が付いた。

 

「ッ!」

 

 ぞわっと生命危機を感じた瞬間、ボクは積み荷のトランクを持ってバイクから離脱した。

 直後に、光と音。戦王の剣撃が、バイクを叩っ切ったのだ。

 巻き起こった爆風の中、ボクはどうにか転がるように大地に着地する。

 

「何奴!? 悪魔か! 何者だ!?」

 

 背後からは魔王様らしき声。

 その丁寧なフリに、振り返らないままボクは応答する。

 

「イリス! 提督との取引に釣られて来た錬金術師だよ!」

 

「ギル関連の奴か……! こんな時に取引って、あいつ暇か!?」

 

「提督にゃ文句言ってもしゃーねーでしょう……向こうのもう御一方は?」

 

──Blade Ender

 

「「「!?」」」

 

 戦王ゼルドから聞こえた、明瞭な言語音声にボクらは息を呑む。

 喋るんだ、アレ!? 人格とか意志があるような存在とは思ってなかった!

 

 ボクは戦王の視線と意識が向かう先、燃えるバイクの残骸より少し離れた位置を見やる。

 粉塵の幕が晴れると、そこには無傷のまま佇んでいるコート姿のグレン。ゴーグルはつけたまま、刀の鯉口を切っている。

 

 そんな彼の足元には、煙狼が顕現していた。明らかに尋常ならざる一人と一匹の立ち姿は、戦王の存在感に引けを取らない。彼らのいる空間だけ、別の領域から切り取られたかのようだ。

 

「……あくまでも目標の保護を最優先とする。それでいいな?」

 

「ガウ」

 

 ──? グレンと黒狼、今なにか話したかな?

 打ち合わせるような間隙の直後、グレンに肉薄した戦王ゼルドが、再び大剣を振るった。

 

「っ……!」

 

 ギャリィイイン!! という衝突の音だけで、大気が割れた。

 繰り広げられる、修羅と達人同士の目視不可能剣戟。発生した衝撃波と暴風にボクは吹き飛ばされかけ、咄嗟にトランクを盾にする。

 

「ガウガゥ!!」

 

「!?」

 

 黒狼の吼え声に顔を向けると、視界の端にその黒い影が映る。

 風のように地獄の斬り合い場から抜け出した一匹は、一直線に──魔王ルシファーの元へと向かっていた。

 

「オウッ!? なんだきさ──おおおおっ!?」

 

「オーナー!?」

 

 フードの人が謎の呼称でルシファーを呼んだが、煙狼の動きの方が早い。

 素早くルシファーの背後へ回った黒狼は、その衣装の首根っこ辺りに噛みつき、上空高くへと飛翔した。

 

 ──そっか、戦線離脱……!

 

 黒狼は魔法使いストーリーテラーの意志の具現だ。ならば、魔王ルシファーの安全を確保するのが何よりも最優先。今の一瞬で、ルシファーは「この場」から強制離脱させられたのだろう。

 

 と、なると。

 その魔法使いの使い魔と、今は志を同じくするグレンも、目的は同じのハズで──

 

 ぎぃんッ!! とジャストタイミングで、剣戟の音が区切れた。

 グレンの方を見やると──いやマジでどういう剣舞の果てにそうなったのか、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……いやー、マジで。

 なんなんだろうね、あの最果ての野良剣豪?

 

「ここまでだ。──じゃ、イリス。()()()()()()

 

「エ?」

 

 えっ?

 

 などと呆気に取られている内に、グレンは足元から鳥居を射出し、黒狼と同じく、上空彼方へと離脱していってしまう。

 

 離脱していってしまう。ていうかもう離脱した。姿形もない。

 

「……あれ?」

 

 ──必然、その場に残されたのは、膝をついていた状態から身を起こした第八位様と。

 

「……えーと。じゃあ、囮役頼んだぜ、貧乏クジ!!」

 

「はぁぁぁ────ッッ!?」

 

 フッと鎖使いの姿がかき消える。直前に彼にかけられた言葉で、ボクは己の現状の全てを把握した。

 

 ……お、置いてかれた! 置いてかれたんだけどボクッ!? 超絶望オンリーの戦場で、主役様に置いて行かれたんですけどどういうコトッッ!?!?

 

──

 

「……えっとぉ……」

 

 ひとまずトランクを持ったまま立ち上がり。

 同じく場に売れ残った、地上最強様の一角とご対面する。

 

 戦王ゼルド。

 超抜存在、第八位。

 

 相対した者を区別なく差別なく、平等にぶっ殺しにくる、逆博愛主義者の人畜災害。

 

 視線が合う。

 互いの位置を認識する。

 ……この状況を、改めて、受け入れる。

 

「ご、ごきげんよ──」

 

I kill you.

 

 挨拶失敗。慈悲はないっぽかった。

 

     ■

 

 結論から言おう。ボクは死ぬ。

 つーか死ぬ以外になくない? なんだよこの貧乏クジ、っていうか自業自得。そっかー、グレンが「死ぬぞ」って忠告してたのってこれかー。あっはっは、こんなことになるなら、おとなしく先生やキリカさんと待っていればよかったッッッ!!

 

「ぎゃ──!!」

 

 トランクを掴んだまま、荒野を全力疾走する。

 身体能力は持てる魔力で最大強化済み。プラス、錬金術で空気抵抗を無にしながら、ボクは今、地上で一番速い存在となった。

 

──!

 

 ハイ嘘。嘘です。もうなんか、背後六エートルのトコまで、おっそろしい老兵の怪物が迫ってきてるんですけどぉ!!

 

「ぐぉあああ──!? 戦王ゼルド──!?」

「ギャフッ」「ごぺッ」「ぐわああああ──!!」

「こっちに来るなぁぁあああ────!?」

 

 ボクが走り抜けていく道中には、もちろん他の、逃げ遅れていた魔物たちがいる。

 悲鳴、血潮、大絶叫。そいつらを生きた肉壁にしつつ、ひたすらにボクは走り続ける。

 

 ちなみに痛む良心はない。悪魔である以上、彼らの絶望に伴う負の感情に、()()を覚えているくらいの人でなしだ。しかも錬金術師なんで、視界に入る魔物全て、ぶっちゃけ素材にしか見えていない。

 

「途絶反応、九十二、九十六、九十八────百」

 

 ──通り抜けた道で、もたらされた死をカウントする。

 空気中に飛び散った血の一滴、細胞の一つに至るまで、ボクは「観測」した。

 

「──即興式(サジェスチョン)百魔錬成:白光斉射(マグナリウム・フルオート)!!」

 

 百体分から百門分。

 戦場で散った魔物たちの死体を素材化し、そこから新たに白い砲台を展開する。

 戦王を囲むよう、立体的渦状に銃口が展開されるまで、およそ一.五秒。

 パチン、と合図に指を鳴らした瞬間、空間を圧殺する銃声地獄が背後の方で実行された。

 

 ────足止めにすらなっていない……!!

 

 銃声が響き渡ったと同時、旋風が起こった。戦王ゼルドが、射撃されてきた砲弾の嵐を、大剣の一薙ぎで、空間・次元ごと切り裂いたのだ。

 ……いやもうボクでも詳しい事象は分からない! とにかくなけなしのエーテル雨は、戦王の一撃で吹っ飛ばされた!

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ────」

 

 過去かつてなく、命の危機を実感している。

 走る足がコンマ一秒でも遅れたら、終わる。

 スタミナの後先なんてもう考えない。肺が焼き切れても、地平線向こうまで走り抜かなければ、ボクが無事である明日はない……!

 

「っ、うわぁッ!?」

 

 瞬間、視界が裏返った。

 いやそう感じただけだ──視界が上下さかさまになって、身体が吹き飛ばされたのだと理解する。反射で受け身をとったが、もう、ボクに明日はなかった。

 

「──────」

 

 眼前には、大剣を持った老兵が。

 無機無情の貌で、こちらを見下ろしている。

 

 あ、とか、それらしい断末魔も上げられない。

 最期に言い残したいコトとか、なにもない。

 

 何もない。

 何も無い。

 

 死が迫る。白銀の刃はボクの首を、胴を斬り裂くだろう。その未来がやってくるまでの思考猶予で、ボクは錬金術師らしく、悪あがきに熟考する。

 

 痛いだろうなあ、嫌だなあ。

 だけど肉体を殺されても悪魔は死なない。魂を傷つけられない限り、悪魔に死は訪れない。

 ボクだって、身体を殺されたら、自動的に器を再錬成する術式くらい知っているし設定もしている。

 

 ……あー、でも。ダメだなこれ。

 

 戦王の攻撃は、グレンの一刀に通ずるものがあると直感する。

 アレは、魂をも斬る一撃だ。ありとあらゆる敵対者、有象無象を確実に叩きのめし、鏖殺する──そういうコトに特化した、熟達し切った究極の一撃だ。

 

 生存不可能/存在証明不能。

 

 さあ、現実の時間がとうとうボクの思考速度に追いついてくる。

 振るわれてくる大剣による空気圧が肌を撫ぜる。

 走馬灯すら機能しない、絶死の(きわ)に、

 

「たす、けて」

 

 ────十年前には遂に言えなかった、その一言を、今度こそ口にした。

 

 

 

戦闘実行(アクセス)

 

 

 

 極光が瞬いた。

 キィン! と甲高く響き渡る迎撃音。

 思わず目をつぶり、再び目蓋を開いた時、ボクの目の前には、新たな人影が立っていた。

 

「自動設定式・次元障壁の破壊を確認。──システムソフトウェア、再起動完了。予測時間座標に到達したので規定プログラムに従い、行動を開始します」

 

「──ぇ、」

 

 信じられない、と目を疑った。

 

 風に吹かれる、焦げ茶色のケープ。背面でも分かる、着物のような袖と合わさった、クラシックなデザインの白いワンピースに編み上げブーツ。

 赤いリボンで一つ結びにされた白い髪、頭に被った黒い三角帽子(トリコーン)

 

「や……やしろ、さん……?」

 

 振り返られたことで、その首元に赤いレースの胸飾りが見えた。

 右目を隠す前髪から覗いた、赤い左の(レンズ)は、真っすぐにボクを見つめている。

 

「なん──で、!」

 

 どこから、と思った時、彼女の足元に、開け放たれた例のトランクが転がっているのが見えた。

 ……まさか。アレに、入っていたというのか──!?

 

【──】

 

 聞こえた唸り声に顔を上げる。

 やしろさんを挟んだ位置に、戦王は未だ健在。闘志も殺意に依然として変わりないが、大剣を握りこんだまま、じっ、とこちらを警戒するように停止している。

 

「【人理起動(レリック・アーツ)】」

 

 彼女が唱えた命令(コマンド)に、トランクの形が変化する。

 錬金術的な法則を無視して、たちまち箱だったモノは、一振りの大鎌へと変形し、磁石のように引き寄せられて、旅装風やしろさんの右手に収まった。

 

「……」

 

 ……ありえない。ありえない事態が発生している。封社やしろが境内の外にいる姿など、ボクは見たことがなかった。

 だけど、そうだ、確かに外出する時、「やしろさん」はボクたちを見送った──ハズだ。

 

 なら、目の前にいる彼女は一体? いや、「再起動」と彼女は言った。ってことはなに? コレ、まさか複製体……もっというと、いま境内にいるやしろさんが()()()()()に動いていた機体──ってコトになるのかな!?

 

「これより当機体は【嘘の理】の監督、護衛、設備として再稼働します。差し当たっては──」

 

 鋭く大鎌を振り、目の前の機械人形は──

 

 ボクの知りうる限り、真なる「最強」の機械人形は、戦王の方を見据えて告げた。

 

「当面生命危機、最大要因の排除を推奨。実行しますか?」

 

「──ぜ、全力でお願いします」

 

 知らず、ボクは早口で応え、首を縦に振る。

 しかし正直言って、まあ。

 

 ──コレ、勝ったな……

 

 内心、そんな確信に満ち溢れていた。

 



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10 “最強”

「報告。完全演算終了。146秒を以って全行程、完了します」

 

 初っ端からそんなことを言い放って、やしろさんが飛び出した。

 向かい来る戦王の一閃を、色のない大鎌で打ち払い──その後ボクが分かったのは、戦王ゼルドが()()()()()()()()、ということだけだった。

 

 耳をつんざく、金属同士がぶつかる続けざまの戦闘音。

 大気を斬り、次元を裂き、空間を破るのではと思われるほどの激しい打ち合いが、まず十五秒前後。

 

【──】

 

技巧観測(ジャック)。世界線A-a裁断(カット)

 

 一瞬、戦王の影がブレた。

 この世界から、この現在という時間軸から外れかけたのだ、とボクが理解するまではコンマ三秒ほど。それが戦王なりの、「未来予測殺し」──予測・確定された自分の未来から外れる絶技の一つだったと理解しえるのは、もう少し後だ。

 

 けれどそれを、機械人形は世界線ごとぶった斬ることで無効化した。

 

 ──ふ。彼らの戦ってる土俵の次元が高すぎて、自分でも何言ってるか分からない!

 

技巧観測(ジャック)。世界線C-b裁断(カット)。演算時間軸を連結、書き換え完了。現行時間軸と同期。対象の解析進捗、86パーセント──」

 

 ところでボクはこの戦闘中、巻き込まれないように全力で防御壁を展開していたりする。

 一寸先は闇、という言葉があるが、今この状況がソレだ。今いる座標から五センチ(メギス)先は、時空値がとんでもない勢いで変動している。

 

 つまり時間も空間も不安定化した領域で、二人は戦っているのだ。

 

 それが生物的にどれだけヤバいことなのか? うん、とりあえず今、自分が現在にいるのか未来にいるのか過去にいるのか──自己認識の有無が消失する、そんな戦場と化しているのだ、あっち。

 

 こわい。超こわい。

 一寸先は闇っていうか、奈落というか、地獄よりもエゲつない。

 

 ……アレでも一応「生物」カテゴリだと思うんだけど、そんな中で自意識を保って戦ってる戦王、精神とか自我状態、どーなってんの?

 

「解析完了。対象の送還プログラムを構築します。戦闘終了まで残り66秒──」

 

 ギャコン、と重々しい音を立てながら、振るった大鎌が変形する。

 斧槍(ハルバード)から大剣、或いは大剣から槌の形状へ。戦いながら、瞬間瞬間の「最適解」として、やしろさんは可変型の兵器を使いこなしている。

 

 優美かつ無機質。

 技巧ゼロの戦闘プログラム。

 生命では決して辿り着けない極地の技。

 

 やしろさんの戦い方は、ただの芸術だった。無駄なく無情で、()()()()。蝶のように跳ね、織紐(リボン)のように軽やかで、空中を舞うスケートのように滑らかだ。

 

「……っ」

 

 その戦う様を。

 彼らの戦う一つ一つの動作を、全ては追いきれないまでも、ボクは目を見開いて必死に「目視」する。

 

 認識し、記憶し、分析し、学習する。

 ここでボクがやしろさんに加勢することはできない──やしろさんの動作プログラムは完璧すぎて隙がない。どうボクが動いたところで、結局、やしろさんに負担を強いることになる。

 

 ……いや。こんな思考、グレンに言わせれば、“機械に負担を強いることこそが人間の義務”、なんてところなんだろうけど、さ。

 

──屑鉄め

 

「送還プログラムを構築完了。対象座標、次元固定。逆算座標に基づき『召魂退去術式(アニマ・リターン)』、発動します」

 

 ギャィン!! とやしろさんの斧槍が戦王の動きを完封する。

 瞬間、敵から五エートルほどの距離をとったやしろさんが右手をかざす。戦王は時間ごと停止したように動きが固まっている。刹那、その座標空間に、なにかの術式が青い光を伴って上書きされていく。

 

術式実行(execution)

 

 閃光が──散った。

 風と空気を巻き込んで、瞬きの後に。

 

 その場から、第八位の超抜存在は、姿形もなく消え去った。

 

     ■

 

「ぉ──終わ、った?」

 

 世界に、平穏が訪れる。

 強烈な存在感が失せ、ようやっとボクは深く息を吐き出せた。

 

「肯定します。火楽祈朱の生命危機要因の対象、その完全退去を観測しました」

 

 ガィン、とまた重い金属音を響かせつつ、やしろさんの武器が変形、トランク状に戻っていく。

 ボクも膝をついていた体勢から立ち上がり、軽く服の砂埃を払った。

 

「やしろさん……なんで?」

 

「質問内容の情報が欠如しています」

 

「えーっと……なんでボクを助けてくれたの? っていうか……」

 

 疑問はコレに尽きる。

 封社やしろは完全な存在だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女は無駄なコトを行わない。となると、ボクを助けてくれたのも、なんらかの理由があるに決まっている。

 

「先刻の当機の行動理論を列挙します。

 一つ、AI『封社やしろ』は『朔月の神子』より貴方の保護・監視を設定されています。

 二つ、火楽祈朱の死亡・損失は現行の人類文明に2%未満の影響をもたらします。

 三つ、火楽祈朱は今後の『魔城攻略』において90%以上の確率で戦況を左右する要因となりえます」

 

「思ってたより多いね!?」

 

 個人的には最初の理由だけでお腹いっぱいだ! グレン、君って奴は!!

 ……でもたぶんコレ、小さい頃とかに設定したヤツを放置していた系だろうな。本人も忘れてるパターンとボクは見たッ!!

 

「って、待って。『魔城攻略』ってなに」

 

「現未来演算の内容を伝達することになります。本当に回答しますか?」

 

「あぁ、ほぼ決まってる未来ってコトね。じゃあいいや。あと聞きたいのは──」

 

 チラ、と戦王がいなくなった先の座標地点を見やる。

 

「……あの戦王、なんだったの? 本物だったんだよね、一応……?」

 

「戦王ゼルドの魂が召喚されていたものです。召喚術式からの逆算結果、召喚者は──」

 

「──【大罪王】が一人、『最も強欲なる魔王デザイア』がルシファー打倒のために召喚した存在です」

 

「あ、知ってる。二年前に殺したことある……ん?」

 

 知らない声──いや知ってる。けっこう最近に聞いた覚えのある声が、ボクらの会話に介入した。

 

「──あ。人妻系魔砲少女」

 

「……事実ですがその呼称は遠慮させてください。照れます」

 

 ボクの背後、地上五エートルほどの上空。

 そこにはテレーゼさんがいた。さっき見たのは赤いフリル衣装だったのに、今は紫を基調にした新たな少女服に変わっている。やはり魔砲少女たるもの、変身段階とかあるんだろーか。ロマンを感じざるをえない。

 

「補足事項追加。現時点でデザイアの反応が消失していることから、デザイアの死亡と同時に戦王が召喚されたと推測されます」

 

「……その通りです。デザイアはルシファーに返り討ちにされました。魔境全ての生命ともども道連れのつもりだったようですが、悪事はそう簡単に運びませんね」

 

 やな道連れトラップだ。二年前に実装されていたらボクが死んでいたことだろう。

 

「ところで、その被造物はなんですか? 明らかに現代の錬金術学、科学技術からも逸脱したオーバーテクノロジーの作品と思われますが」

 

「え? あぁっと……やしろさん、自己紹介をどうぞ」

 

「こんにちは。よろしくお願いします」

 

「挨拶設定が初期状態(テンプレート)のままッ!!」

 

 あんなに高性能なのに、こんなことある!? まぁやしろさんって境内にいるだけだから、自己紹介する機会なんて絶無だろうけど、これは……

 

「……話になりませんね。格上の高度AIと期待したのですが、まさか自己意識すら構築していないポンコツだったとは。──それ、感情すら会得していないのですか?」

 

「うん。()()()()

 

「──、」

 

 ボクの即答に、テレーゼさんの表情が曇る。なにそれ、と言いたそうな顔だ。同じ被造物としての立場から、なにか思うことがあるのだろうか。

 

「それで、テレーゼさんはお迎え? 取引の通り、ボク、提督に会いたいんだけど……」

 

「取引材料の人質がいない以上、貴方を提督(マスター)の元に案内する理由がありません。私がここに来たのは、そこの人形が気になったからです。今の通り、期待外れでしたが」

 

 それはお気の毒。

 しかしここで再会したのも何かの縁だ。テレーゼさんの言葉を汲むなら、つまり「人質さえいれば」案内してもらえるというワケで──

 

「やしろさん。キリカさんと先生──どこにいる?」

 

「ここから東六キロ(テラ)地点で素材狩りをしています。干渉しない場合、六時間後に『久遠桐架』と悪魔Aは魔境領域から離脱します」

 

「オッケー。『今すぐ』、『ここに』『()んで』」

 

「了解しました。対象二名の強制転移を実行します」

 

「──は?」

 

 テレーゼさんから怪訝な声が上がる。だけどそれを無視して、事は実行に移された。

 

「存在転移理論、構築完了。次元接続。座標連結。証明終了──術式実行(execution)

 

 パッ、と軽い発光が空間に起きた。

 するとボクたちの目の前に、巨大な──()()()()()()()()が、現れる。

 

「うわっ!?」

 

 ズドッ!! と中空から大地に落下する列車。これは流石に予想外で、ボクもちょっと飛びのいた。

 

 ──あ。コレ、工房だ。

 そう理解したとき──

 

「きゃーッ!? なに、なになになに!? ここドコ!? ってイリスくん!? 嘘よ、死んだハズじゃ──うわわわわっ!? 見ちゃダメ見ちゃダメ──!!??」

 

 慌てた様子で中からキリカさんが飛び出し、こっちを見るとブンブンと両手を振って必死に列車を隠そうとしてくる。

 そんなコトしなくても手遅れだよお嬢様。もう基礎理論、把握しちゃったし。

 

「……嗚呼。もう諦めるしかなさそうデスネェ、これは……」

 

 そして列車内から、トボトボと肩を落として出てくる老紳士。

 可哀想に。もう嘆く元気もないらしい。

 

「これでいい、テレーゼさん? 案内してくれる気になったかな?」

 

 ボクの呼びかけに、空中の魔砲少女がハッと我に返る。

 数秒程度、現状を吞み下すような沈黙を挟んでから、

 

「──そうですね。その人形の情緒機能の低レベルさはともかく、能力の高さだけは認めざるをえないようですから……」

 

 そう、諦めたように息を一つ吐いたのだった。

 

     ■

 

「──チ、ゼルドを消しやがったか。アーァ、回収できれば、良いサンプルになると思ったんだがなァ……」

 

 巨大モニターの光が照らす、金属製の空間にその男はいた。

 声は落胆を帯びているが、その実、彼の眼は昆虫のように無機質だ。

 

『申し訳ありません、提督(マスター)。介入、間に合いませんでした』

 

 男の頭に響くのは、エーテルの経路(パス)を繋いでいる使い魔……否、自ら「伴侶」と定めた少女の声。

 

「責めてねェよ、テレーゼには命令してないしな。なに、チャンスがあればモノにしてみたかっただけだ。無くなっちまったモンは仕方ねぇ、切り替える」

 

『はい。……魔王ルシファーの様子は?』

 

「五体満足、あとなんか面倒な犬ッコロと──……」

 

 モニターに映した、ゴーグルをかけたコートの人影を目にし──男、「提督」はしばし、言葉を詰まらせる。

 

「……ん~~~~ン??」

 

提督(マスター)?』

 

「なんでもない、いや気のせいだ。どうでもいいのが一人ついてきただけだ。ああ、今回ばかりは見なかったコトにしよう。因縁は増やしてばっかだと後で消化が面倒だしなッ!」

 

提督(マスター)、率直に言って意味が分かりません』

 

「面白くなりそうだって話だよ」

 

 ギッ、と艦の指揮官席を思わせる、椅子の背もたれを鳴らす。

 足組みし、まるで王のようにふんぞり返った大錬金術師は、肘をついてモニターに笑う。

 その中央画面には、黒い影と同化したような、一個の魔城の映像が映っていた。

 

「地獄の底に役者は揃った。正直崖っぷちギリギリだったが、ああ、こいつは案外、どうにかなるんじゃねェか?」

 

『また悪だくみを……』

 

 伴侶の呆れ声に、提督はただ、不穏に嗤い声を返すだけだった。

 



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11 オーナー

 ──戦っていた。

 

「……は、ははは。流石は我が旧友、『語り手』の選んだ援軍なだけはあるッ! なかなか……けっこう、骨があるというか……そのー……いや強すぎる気がするがッ!?!?」

 

 ギャイン、と白刃の峰打つ音が木霊する。それに素手で渡り合っているのは、金髪角男の貴族服──魔王ルシファー。

 

 テレーゼさんに案内された「合流地点」と称される荒野の一領域まで来たボクたちは、そこでグレンと、なぜかルシファーが軽く戦闘している場面に出くわしていた。

 

「いけいけオーナーッ! 押されてんじゃないですよー!」

「カタナの方に賭ける。アレ普通に魔物(オレラ)より上位個体じゃん、絶対」

「なんかどっかで見たことあるような……やっぱないような……?」

 

 そんな二人を囲むように、輪となって眺めているのは野次馬の魔物ども。

 雰囲気からして、そこまで剣呑なものではない、らしいが……

 

「……ちょ、ちょっと。煙狼さん? どういうコトになってるの、これ」

 

「キュゥーン……」

 

 野次馬から少し離れた位置で、尻尾を垂れてしょぼんとしている黒狼さんを見つける。

 魔物たちの盛り上がりに反して、こっちは明らかに落ち込んでいる。なにがあったんだ、一体。

 

「現在地点までの経緯を推測。神子、魔王ともに敵対感情値の低さから、いわば“腕試し中”と思われます」

 

「腕試しぃ?」

 

 なんだってそんな無意味なコトを。

 グレンに勝てる相手なんているわけないじゃないか。

 

「あの魔王さま、あれでも一応群れを束ねるトップだし。『援助は助かった、しかしお前の手を借りるかは実力を直に確かめてからだ!』って、まず周りに実演してるのよ。立場の問題ね。魔王ともなると、素直に助けを受け入れられないのは大変ねー」

 

 と付け足してくるのは、列車を虚空空間にしまったキリカさん。

 ちなみに、あれから彼女とカオス先生は、ボクとやしろさん、テレーゼに続いて、ほぼ徒歩でここまでやってきていたりした。

 

「おい、もういいだろ。ここまでに──」

 

「まだまだいけぇ! 魔王様―!」「魔物の底力ッ!」「あんたはその程度のお人じゃないじゃないハズだッ!」「人類にその恐怖、思い知らせてやりましょうよ!!」

 

「う、うるさぁい! オーナーと呼べぇ!!」

 

 ルシファーから距離をとったグレンに殺意はない。むしろ超絶手加減しているのがボクでも分かる。

 一方で魔王の方は、ぶっちゃけもう体力気力ともに限界、無理矢理残業させられているような顔で、必死に足腰を立たせているような様子だった。

 

「……止め時失ってない、アレ?」

 

 応援されている故か、簡単には倒れられないらしい。かといって、グレンもグレンで、ここでトップを倒すと体裁が悪いと、積極的に動けないのだろう。

 

「仕方ありませんね。私がなんとかしましょう」

 

 と、ここで前に出たのはテレーゼさん。

 杖を構えて、魔力を充填し──充填し?

 

「ちょこっと☆ブレイカー」

 

 カッッッ!! と神気の閃光が場を染め上げた。

 破壊砲撃簡易版。神気を操るのは相当に繊細な技術が必要とされているのに、なんて無駄に洗練された無駄な技なんだろう。

 

 グレンとルシファーのいる空間へ放たれたその一射は、周囲の野次馬を吹き飛ばす。いきなり爆発が起こったようなもので、ひっくり返った観衆たちは目を回し、戦っていた当事者たちは──これ幸いと、騒ぎに紛れて雑に倒れこんでいた。

 

「何をやっているんですか、貴方たちは。無駄な時間を使うくらいなら、他の魔王を相手にしてください」

 

「……う、うむ。助かっ──いや、そうだな、テレーゼ嬢の言に一理あり! いいだろう、旧友からの助太刀よ。同盟が続く間、貴様を我が軍に加えるものとするッ! お前たちもそれで分かったな!?」

 

「はーい」「オーナーが言うなら」「で、結局どっちが勝ったんだ?」「カタナっていいなぁ、俺も使いてー」「つーか友達とかいたんだな、オーナー……」

 

 好き放題言いながら、魔物たちは一応の決着と納得に顔を見合わせる。若干、魔王様に対するやや悲しい意見があった気がしたが、ここは気付かないフリをしておくのが気遣いというものだろう。

 

 やれやれと、ルシファーに続いてグレンも立ち上がり、コートの砂埃を払う。お疲れ様です、とボクは一人呟く。

 

「それでテレーゼ嬢? そちらは何を引き連れてきたのだ。ああ、その白い悪魔……まとめてギル関連の連中か?」

 

 魔王様の眼がボクたちに向かう。呼応するように魔物たちの視線も一斉に集まり、内心ぎくりとなる。

 

「はい。取引相手とその使い魔、それに人質、更に人質のお付きだそうです」

 

「ハイこんにちは魔王ルシファー! 私、人質の久遠キリカッ! ここにいるのは、ほぼ私の独断で、政治的意図はないから安心してちょうだい!」

 

(ワタクシ)はお嬢様のお目付け役、カリオストロと申します。──ところで、そちらと我が人類軍の第十三部隊(サーティーン)は、一体どういうご関係で?」

 

「クオン? 久遠って統括長の息女の? サーティーンは二日前、我が魔王軍と一時臨時協定を結んだ集団だが……関係者か?」

 

 てゆーか統括長の娘が人質ってドウイウコト、と魔王様の目がぐるぐるしている。

 うん、確かにごちゃついてるよねこの辺り。それもこれも、キリカさんが人質に立候補したせいだけど。

 

「──そのカリオストロっていうのは、第十三部隊(ウチ)の監督役みたいなもんです。信用しちゃダメだけど気にしなくていいっすよ、オーナー」

 

 いつの間に現れたのか。

 ルシファーの右手側に、あのフードの鎖使いが立っていた。

 

「そうか、戦場を共にした者の進言なら信じよう。白い悪魔、カリオストロ、人質……の三人は分かったが、そちらの……なんだ、おい白い悪魔の後ろにいる美しい使い魔。ソレ、生物か?」

 

 やしろさんは直立不動だ。完全にこの場の備品に徹している。

 道具故に一切の気配がない異様さ。魔物たちは口々に「キレー」とか「なにあれ?」と目を輝かせたり首を傾げるなり、反応は様々だ。

 

「ううん、コレは精巧な機械人形だよ。魔王様たちの声は()()()()だろうけど、とりあえずボクの言う事には従うから安心して」

 

「……、ふむ。ならこれ以上の詮索は止しておくか」

 

 一瞬、魔王様は警戒するような目をやしろさんにやってから視線を切る。

 ……へえ。てっきり見惚れるものかと思ってたけど、有能なのはホントらしい。しっかりとこの場で、やしろさんがトップクラスにヤバイと悟ったようだ。

 

「──では改めて名乗ろう。我が名はルシファー! 魔王城パンデモニウムの魔王(オーナー)だ!」

 

「知ってるけど……」

 

「我輩のことは『まおう』、ではなく魔王(オーナー)と呼ぶがいい。そっちの方がカッコいいからな」

 

「どう考えても魔王の方が貫禄あるけど……」

 

「オーナー! オーナーと呼べ! 魔王は他に六百人以上いるんだぞ? こういう細かいところからの差別化が重要だろう」

 

「色々考えてるんだ……」

 

 ただのキャラ付けではないらしい。名声を重視するらしい当人たちからすれば、死活問題にも匹敵するのかもだ。知らないけど。

 

「ではそちらも名乗りを上げよ、外界の使者。我が旧友の盟友よ。奴に見込まれた者だ、相応の戦績があるのだろう?」

 

「どちらかというと、盟友じゃなくて仕事仲間(クライアント)だが……」

 

 ルシファーに指を差されたグレンに注目が集まる。

 魔物たちの方は、そういえばコイツ誰なの? という雰囲気。それにもう、ボクはこの後の展開を察していた。

 

 そしてグレンは、ゴーグルを額に上げて、普段通りの口調で自己紹介を言い放った。

 

 

「俺は“月界線の社”所属、『朔月の神子』。三年前に神殺しした張本人だよ」

 

 

     ■

 

 静寂──

 恐れ、怖れ、畏れ。

 言葉を理解した瞬間。彼という存在の正体を完全に理解した瞬間、魔物たちから、種々様々な感情の波が放たれた。

 

 それを感知したのは、おそらく悪魔であるボクと、カリオストロ先生だけで。

 異様とも呼べる二.五秒の静けさのあと。

 

『ぎゃあああああああああああああああッッッッ!?!?!?』

 

 散った。

 その場の魔物たちが、一斉に、絶叫しながらその場から──逃げ出した。

 

 完全離散まで、ものの十秒半。

 一気に物寂しくなったその場には、固まったままの魔王ルシファーと、呆気にとられたカオス先生と鎖使いにテレーゼさん、うわーこりゃ凄いと呆れるボクとキリカさん、全く興味ナシに欠伸をしている黒狼だけが残っていた。

 

「蜘蛛の仔を散らすように……」

 

 沈んだ声でグレンが俯く。アレ、ちょっと傷ついてるっぽい。

 

「そりゃあ、地上最強の知名度だからねぇ……」

 

「魔物じゃあ、格上すぎて恐怖が勝っちゃったのねぇー。現代最高の有名人だものね、グレンくん。って、もう正体割れたからサクラくんって呼んでいい?」

 

「好きにしろ。あとイリス、無事で良かったが、なぜその機械人形(スクラップ)が?」

 

 やしろさんをスクラップ呼ばわりするのは、地上どこを探してもグレンだけだろう。

 

「トランクから出てきたんだよ。たぶん、今より前の機体だろうね」

 

「超キレーな人よね! ねえ貴方、お名前、なんていうの?」

 

「はい。AI名、『封社やしろ』と申します」

 

 あ、キリカさんの声には反応するのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。久遠家の末裔であるキリカさんは、ボクやグレンと同じく、やしろさんを使う権利が認められているらしい。

 

「──お、おい。そこ、なんか学友のサークルがごとく和むなッ!? 終末神て……貴様、昨今超絶噂になっている、あの『剣豪サクラ』なのか!?」

 

「外界での評判は知らんが、終末神を倒したのは事実だよ」

 

 淡々としたグレンの声に、ルシファーが目を見開いて後じさりする。流石に衝撃が強いらしい。

 

 ──神を殺し、今の世をもたらした偉人の新星。

 

 それがラグナ大陸でのグレンだ。魔物の社会ではともかく、今の人類社会では、あの唯一王にも匹敵するレベルの知名度を持っている。

 

 ある日突然に現れて、ひょーいと平和の基盤を投げて寄越してきた、辺境の隣人。

 名声の高さに反して、大衆が抱く彼へのイメージはそんなところだろう。基本、グレンって境内に篭りっぱなしだからね。

 

「か、語り手ぇ!? 援助は助かるが過剰戦力か!? 一体どんな禁忌に手を出したッ!?」

 

「ガゥ?」

 

 はて? と首を傾げてみせる黒狼。それを見て、ルシファーの顔がやや青みを帯びてくる。

 

「ッッッ……! い、いや、友の厚情を無碍にはすまい。我は魔王ルシファー……! この程度のイレギュラーさえも乗りこなす……ッ! 魔王たるもの、この程度の豪運を物にせずしてどうするかッ……!!」

 

 後ろを向き、頭を抱える自称オーナー。

 なんかめちゃくちゃ困ってるような、苦悩に満ちているような。

 今まで見てきたどの魔王とも違うタイプだ。変わり者とは聞いていたけど、ここまでルシファーが弱そ──頼りな、否、威厳に反した親しみやすさを持っているとは思わなかった。

 

「……それより、そこの魔砲少女。まさかこの魔王(オーナー)と手を組んでいるのか?」

 

 不意にグレンの紫眼が、テレーゼさんを射抜く。

 ……? なんだこの緊張感。グレンって、テレーゼさんと面識あったんだろうか?

 

「私は提督(マスター)の指示に従っているまで。私たちがいて、なにか不都合が?」

 

「不都合というより……いや、はぁ。……魔王(オーナー)、先に伝えておくが、俺はストーリーテラーに協力しているから、お前には味方する。だけど、お前と手を組んでいる奴を信用し切れるとは限らないぞ」

 

「っ……? あ、ああ、提督(ギル)のことなら心配はいらん。少々過激な奴だが、我輩の古くからの友の一人だ。同じ戦線を請け負う上で、あれほど頼もしい存在は他にはいない」

 

「──、」

 

 ルシファーの言葉にグレンの顔色が曇る。コイツ大丈夫かよ、と本気で心配している顔だった。

 ドン引きとも言う。

 

「──やしろさん、早急に対提督用の契約書を作成しておいてくれ」

 

「要求を承認しました。契約書作成プログラムを起動します」

 

 ガチガチに警戒していた。ルシファーとは別に、協定を結ぶ用の契約書作成って。

 

「……あの提督、どこぞで彼の恨みを買っていたのでショウネェ。憎悪と因縁の種を全方向にバラまく因果収束存在、流石です。その胆力、いつの時代でもあっぱれですネ」

 

 いつもより片言が増しているがようやく復帰してきたカオス先生の推察に、なるほど、とボクも得心する。

 

 大錬金術師ギルトロア。

 まだ見ぬ取引相手だが、歴史書にも残されているレベルの、その偉業・悪評には枚挙に暇がない。

 

 曰く、法律無視して平気で人体実験をするとか。

 曰く、兵器を量産錬成しまくって、一時は国同士の戦争を煽り倒したとか。

 曰く──国を、滅ぼした、だとか。

 

 歴史の問題児。ロード・デストロイヤー。超抜存在嫌疑筆頭候補者。造物王。常習テロリスト。破壊の錬金術師。万物を操る者(サンジェルマン)。自称法律。法律しか守らない男。対神錬成者。

 

 ざっと思い浮かぶ彼の異名がこれだけある。どう考えても危険人物、グレンとはどういう「因縁」があるかは知らないが、これから自分がそんな相手と“取引”するとなると、

 

 ──不安だ……!

 

 なんかもう、嫌な予感しかしないのであった!

 



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12 大錬金術師

「……すご」

 

 ──戦争都市。この目の前に広がる風景を一言で言い表すならば、それが相応しいだろう。

 

 鉱石混じりのタイルが敷き詰められた地面、住居や屋台と思しき建物が立ち並ぶ市街地。全体的なデザインは、古い……というか、統一感はない。現代のを含め、過去の文明がごちゃ混ぜになっている印象だ。

 

 市街地の中心には、何よりも目を引く巨大な建造物が一つ。

 それは鋼鉄製の要塞だった。戦艦と融合したような構造で、あちこち大砲なんかが見える。なにあのグレートオブジェクト、拠点の名を借りた破壊兵器じゃない?

 

「ようこそ我が城、パンデモニウム()()()へ。一応ここが今、我が軍の作戦本部となっている」

 

 行き交っている雑踏は全て、例外なく魔物。パッと見、万単位の中級~上級レベルの個体が、そこらを往来している。

 ここにいる全員が、まさか、ルシファーの傘下だというのか。

 

「領土の土台はギルが確保・錬成し、我が配下たちがその上から施設を築き上げた。百時間もあれば、これくらいのことは造作もない」

 

「……まさかオーナーの部下って、錬金術を……」

 

使()()()()()()()

 

「──、」

 

 今度こそボクは言葉を失うしかなかった。

 下位の魔物は言語すら解さないが、上位なものになればなるほど――彼らの価値基準に沿って言えば、強ければ強いほど、魔物の知能は高い傾向にある。

 

 そしてルシファーは今、部下の()()が錬金術を使えると即答した。

 つまり彼の配下の全員が、上級、或いは上級に匹敵する魔物。幹部から末端まで、全てがそうであると言ったのだ。

 

 ──都市、なんてレベルじゃない。こんなの、もう立派な()()()()だ。

 人類の唯一国に引けを取らぬほどの文明が、ここでは十分に築かれている。

 

「パンデモニウム本城はどうしたんだ」

 

 グレンのもっともな指摘に、オーナーはやや沈黙して。

 

「…………色々、色々あってな。今は、あっちにある」

 

 そっ……と控えめに彼が指さした地平線彼方の方角には、確かに落陽の逆光を浴びて黒く染まった、立派な城がそびえている。

 まんま悪の居城って感じだ。しかし──なんか、遠目に見てもちょっと、ボロくなってないか?

 

「まあ、その辺りは後で話そう。要塞でギルが待っている。そこで──」

 

「あ! お疲れ様っすオーナー! 今回も凄まじい奮戦でしたねぇ! ところでこっちに回されている予算に関してなんですが──」

 

「帰ってましたかオーナー様! 以前に提案した計画の続きですが──」

 

「丁度いいところにオーナー。ちょっとこちらの実験結果を──」

 

「ぐわぁ!? ちょ、ちょっと待て、順番に来い順番に! 一度に四件までだ!」

 

 道を歩き始めた途端、ルシファーの周りに魔物が集ってくる。次々突きつけられる資料に目を通し、サクサク処理していくカリスマ社長の後に、ボクもついていこうとして、

 

「──では、私が先にお客様たちをお連れしておきます。オーナー、さっさと合流してくださいね」

 

「えっ、テレーゼ嬢? そこは我輩を待つとかしてくれないか!?」

 

「部下か本題か、どちらかを選べない半端者が意見しないでください。──ここまでくれば、もう提督(マスター)の管理領域です。軽く跳ぶので、皆さま、準備だけはしっかりと」

 

 キィィィン、とテレーゼさんの杖先が赤く輝く。

 瞬間、ボクたちのいる地面に術式が展開され、空間転移の起こりを察知した。

 

 あ。ていうかこれ、ボクが使った空間連結──

 

「次元連結」

 

 異変はコンマ数秒となく。

 一度まばたきした時、そこはもう外ではなく、暗い、金属質な、やや広大な室内だった。

 

 キィ、と椅子が軋むような音がした。

 顔を上げると、階段状となった司令席らしき高台の向こうには、巨大なモニター画面が広がっており。

 

「──この世の錬金術師には、二種類のヤツがいる」

 

 芝居がかったような口ぶりで、黒椅子に足を組んで座る人影があった。

 我こそが事件の黒幕だとでも自白しそうな、視界の全てを見下す視線を向けるその人物。

 

「究極か凡俗か。使えるかゴミクズか。天才か秀才か。──馬鹿馬鹿しい、そんな程度の尺度、差すらない。故に世界に在る『差異』とはただ一つッ! オレ様という至上最高の大天才か、地上にはびこるテメエら有象無象かの違いのみ!!」

 

 あまりの暴論に唖然としている中、声の主は椅子から立ち上がる。

 

「怯え、畏れ、讃え、妬み、戦慄しろ! ようこそゴミクズども、イカれた戦場によく来たなァ! ──じゃ、軽いデモンストレーションだ」

 

 流れるように。

 刹那、その人物の背後左右の上空に、二台のガトリングガンが錬成された。

 

「ぇ──ちょ、」

 

 ボクの制止の声も間に合わず、引き金の引かれる音がする。

 ──炸裂する銃声合唱。完全に不意を突かれた先制攻撃に、まったくボクは反応できず、

 

「ご挨拶だな。腐らせた脳で物を喋っているのか?」

 

 グレンにしては刺々しい言葉が聞こえた時、全てを斬り払う剣撃が反響した。

 弾丸を刻む、金属の連続音。そこで我を取り戻したボクは、咄嗟にガトリングをハッキングしようと目の前の空間を睨み。

 

 パチン、と鋭い指鳴り音。

 直後、ガトリングが変形し、二体の黒い猟犬と化して飛び出してきた。

 

「──な、」

 

 無機物から有機物への変換──だと。

 虚を突かれてまた反応が遅れる。後手に回る。それでも反射的に右手に白拳銃を錬成し、影の猟犬二体へ弾丸を叩き込む。

 

「キリカさ、避けっ……」

 

 猟犬の動きは止まらない。だが瞬間、サクラの一刀が右手の片方を斬り殺し、存在を霧散させる。けれど、逃がしたもう一体は──

 

「お嬢様!」

 

 カリオストロ先生が、棒立ちになっていたキリカさんを引っ張り上げるようにして庇う。

 そんな教授の左腕に猟犬の牙が食い込み、容赦なく引き千切った。

 

「ぐっ──!」

 

「優しくなったなァ、カリオストロ。今の、尖ってた頃とは別人みてェだったぞ」

 

 吹き上がる赤黒い血飛沫。即座に猟犬の首に白鎖を錬成したボクは、そのまま鎖を思い切り引っ張って、突き付けた銃口から、黒い胴体に弾丸をぶち込んだ。

 四発きっかりで絶命を確認。猟犬のカタチが、霧散する。

 

「先生、治療──」

 

「奴から目を離してはなりません!!」

 

 飛んできた一声に、ボクは後ろを振り返る。

 そこで見えたのは、ちょうどグレンが次弾として再錬成された空中の銃器をぶった斬り、体勢低く刀を構え、提督であろう人物に斬りかかろうとした瞬間だった。

 

「オイ、速ッ」

 

 ざッ、と敵の上体が逸れる。ぎりぎりでグレンの一閃をかわした相手は、しかし、その背後で、先ほどまで座っていた椅子が両断された音を聞いたことだろう。

 

「おっととっ」

 

 無造作な動きで、提督の右手がグレンに伸びる。目で追えるぐらいの緩慢さなのに、意識の隙を縫うような一手。それを直感したのか、そこで大きくグレンが飛びのき、高台から、地上のこちらへ戻ってくる。

 

 高台席では、すかっ、と一人で虚空をつかむ人影。それだけ見れば本当に隙だらけな立ち姿なのに──全然、油断できなかった。

 

「……ほーう」

 

 モニターに照らされた逆光の人影が、頬に左手をやる。どうやら薄皮一枚、グレンに斬られたらしい。

 

「神殺しは伊達じゃねぇってか。テオフラの剣速を超えてるな? つーか、今のでこっちの次元障壁百枚をぶった斬るって、ソレどーゆー人理兵装(レリック)なんだよ。気になるぞ」

 

 ……どうやらボクの観測外で、やっぱりグレンはとんでもないコトをしていたらしい。

 視認不可能な次元に障壁を展開している相手も相手だが、それを錬金術師でもないのに認識できるって一体。

 

「ちょっと──ちょっとカオス! 酔狂で庇わないでよ、給料半減するわよ!? 今の、単に私の罪悪感を煽るためだけに片腕犠牲にしたって、私分かってるんだからっ!」

 

「えー。いやでも、動機はどうあれお嬢様は助かりましたデショウ……?」

 

「それは感謝してるけどー! ホラ飲んで! 霊薬(エリクサー)!」

 

 騒がしい背後に目を向けると、キリカさんが半泣き半ギレ気味でカオス先生に液体の入った小瓶を押し付けていた。

 霊薬。エリクサー。或いは蘇生薬。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、肉体を蘇生させるための回復アイテムだ。

 

「提督さんも、もういいでしょ!? サクラくんの武器の性能は垣間見えたんだから、そういう無駄な巨悪ムーヴ、お腹いっぱいよ!」

 

「産廃如きが意見してんじゃねー。つか、巨悪云々の話をしたら、今オマエを庇ったそっちの老害の方がよっぽどだぞ」

 

「私はアルシオンのそういう面、あんまり見てないからノーカンなのっ!」

 

「若者らしい甘さだな……産廃なのが非常に残念だ。もう少し『使えて』たら、ちゃんと実験体にしていたんだがなァ」

 

 温度のない提督の声に、キリカさんがビクリとなる。

 ──本気だ。この大錬金術師、悪名高いだけあって、本気で「自分以外」のものを、使える素材か使えない屑かとしてしか見ていない。

 

「ま──確かに、これ以上ヘイトを買っても得られるものはなさそうだ。お前らの大まかのスペックは把握した。援軍として迎え入れるには合格、駒としては落第だ。もっとオレ様を崇拝しろよ、凡俗ども」

 

 カスみてえな理論しか言わないな、この大天才野郎。

 これが姉だったらキレていたところだった。他人だからキレないけど。

 

 パッ、とそこで空間に明かりがつく。モニターだけが光源だった部屋がクリアになり、視界が開ける。

 

「──いや。凡俗じゃないのが一体いるか。なんだショタガキ、お前、なんか面白い存在しているな?」

 

「っ!?」

 

 ト、っと足音がした時、ボクのすぐ目の前に、男が立っていた。またこれも瞬間移動に類する錬金術だろうと頭が理解するまでのコンマ数秒、ボクは至近距離で、はっきりと彼の顔を見上げた。

 

 ──三十台前後に見える容姿だ。

 目の隈が濃く、頬もこけている。それがなければ、ルシファーにもひけをとらない顔立ちをしているだろう。

 長い前髪から覗くのは金の左目と、青の右目の異色瞳(オッドアイ)。その目つきは姉よりも凶悪な鋭さで、誰がどう見ても危険人物だ。

 

 黒い船長風のコートにズボン、青い宝石がはめ込まれたレースの胸飾り、布や羽根で派手な装飾がされた大きい海賊帽。

 長い髪は頭頂部から中ごろまでは金一色だが、ところどころ青が混じっている。それが後ろで二つ結びになった様は、彼の雰囲気とアンマッチすぎて、変人度に拍車がかかっていた。

 

 ……提督というより、船長って呼びたくなる服装だ。格好、まんま海賊だし。

 

「うわっ、ちょ!?」

 

 がっ、と雑に首根っこを掴まれ、持ち上げられる。地面から足裏が浮いて、百八十センチ(メギス)前後はある身長の目線の高みに視界が上昇した。

 ちなみに、ボクの身長は百四十八メギスぐらいである。

 

「なるほど、()()()()()()()()とは恐れ入った。体重じゃなくてエーテルの質量だな、この重さ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、三次元に現出してきた二次元存在か? 一体どういう理屈と実説を構築してそこに存在してやがる、面白過ぎるだろ」

 

「離してぇー……」

 

 ひぇぇぇ。

 殺気も敵意も悪意も感じないのに、嫌な予感だけはビシバシ伝わってくるこのおっかなさ。まるで言語しか通じていない異星人に見られているようで、実に居心地が悪い。

 

「おい期待の新人。テメエ、錬金術師としての階級はどこだ」

 

「……え。えーと、『超級・黒』、ですケド……」

 

 錬金術師の界隈には、一応階級制度がある。

 錬金術師見習いの「錬成士」を最下級として、全部で十段階。そのうち、今ボクが言ったのは上から三番目の称号だ。

 

 ちなみに姉はこの一個下の「特級・金」止まりである。ざまあ。

 

「悪くねェな。よし、あと百年したら弟子入りを認めてやる。よく育てよ」

 

「エッ、ア、ハァ」

 

 地面に降ろされ、がしがしと頭を揉まれる。チョット痛い。

 ……なにこれぇ。今、ボクん中での提督の人物像、だいぶグッチャグチャになったんだけど……

 

「で、オマエがここに来たのは取引の話だったか? 条件通り、そこの産廃娘をオマエは輸送してきた。オレ様は大錬金術師なんで、口先だけの約束は偶にしか破らない。そして今は、実に幸運なことに、その『偶に』のタイミングではない」

 

「……キリカさんを納品する代わりに、ボクの願いを叶えてくれる、ってこと?」

 

「ああ。そういう事だ」

 

「──あ。そうだったわね、そういえば。ごめんねカオス、せっかく庇ってもらったのに、私、もう未来がないわ……」

 

「……い、イリスさん? 冗談デスヨネ、流石に、貴方ほどの錬金術師が、そんな男の甘言を信じるというのデスカッ!?」

 

 後ろから絶望と動揺の声が聞こえてくるが、構いはしない。

 ていうか二人とも、やしろさんを使ってわざわざ強制召喚した辺りで、ボクの本気度に気付いてほしい。

 

 願いを叶える、と言った提督の言葉に嘘はなかった。

 今の──約束を守るという、彼の言葉にも。

 

 ……ボクの願い。願いねぇ。

 改めて考えるとそうは思いつかない──ワケでもない。

 思いつこうと思えばいくらでも思いつける。造りのいい脳みそ様様だ。

 

 些細なものから、身の丈を超えた我が儘まで。

 そのうち一つだけを選別する。現時点での、錬金術師イリスとして、もっとも強く欲望を抱いている事柄について思考して。

 

()()()()()()()()()()()()()()。ボクからの要求はそれだけだよ、提督」

 

 はっきりと、その答えを提示した。

 



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13 敵

 しばしの沈黙の後、提督が首を傾けた。

 

「……とある場所ォ?」

 

「場所の詳細については、今回の事件が解決してから話すよ。そっちも、色々と込み入っているらしいからね──?」

 

 とある場所、なんて濁す座標はたった一つ。

 ──アルクス大陸。グレンと姉さんが迷い込んだ、未知の未踏大陸。

 そこへ再び行くための航路、道を拓くこと──それがボクの、提督に対して要求する「願い」である。

 

 だけど今、それについて詳細を詰めている場合ではないだろう。ここでアルクス大陸について語っても、情報量がごった返す。

 

 魔境の異変に、未知の大陸は何の関係もないのだから。

 

「フン……納品だけじゃ飽き足らず、ここを生き残る気満々か。──だがいいだろう、オレはその願いを了承する。オマエがこの魔境から生還した暁には、オレ様の次に取り掛かるべき予定として入れておいてやってもいい」

 

「やった! ありがとう提督! 悪評の割には優しいね!」

 

「見て、カオス。アレが悪い子供の顔ってやつよ──あ、腕治った?」

 

「お陰さまで。感覚も戻って参りました」

 

 おや、キリカさんとカリオストロ先生がこっそり距離を取ろうとしている。

 くるっとボクが振り返ると、鬼に睨まれたかのようにピタリと二人の動きが停止した。

 

「見逃し──」

 

「命乞いを──」

 

「テレーゼ。こいつら保管庫にぶち込んでおけ」

 

「はい」

 

 シュン、とそれまで姿を透明化(ステルス)していた魔砲少女が、逃げ出しかけた二人の背後に現れる。

 パッと軽く杖が光ったとき、例の次元連結とやらで、キリカさんとカオス先生はその座標から消え去ってしまった。

 

「……納品者が訊くのもなんだけど。あの二人、どうするの?」

 

「ハッキリ言って使い途がねェ。が、テオフラトゥスの野郎──今は『統括長』だったか? あいつらは奴と縁深い。そしてオレは奴が大嫌いだ。命を握ってるだけでテオフラ野郎の神経を削れるなら、しばらく『保護(キープ)』しておくさ」

 

「……意外。てっきり殺すのかと思ってた」

 

「あぁ? オマエな、法律書を読めよ。合意なき殺人には罰が下るんだぞ」

 

 と言った提督の左手に現れていたのは、分厚い一冊の法律書だった。金をまぶしたような表紙で、素材の真新しさから最新版だと分かる。

 

「悪名悪評だなんだと言ってくれたが、オレ様は現行の法律を守ってコトに当たっている! ルールの隙を突いた裏技を見つけんのは大衆秩序に則る醍醐味だな」

 

 すいません、むしろ自白してないかなそれ。

 ツッコミどころしかないけれども、しかし逸話通りの挙動だ。

 

 ──逸話そのいち。かの提督は、法律()()守らない。

 

 ラグナ大陸には、錬金術師たちが絶対遵守する法律が存在する。

 唯一国家アルカディア、唯一王が定めた錬金術に関する法。これを、この破天荒まっしぐらな提督さえ、守っている──のだが、その実態は本人が今のたまった通りである。

 

 ルールの穴を突いた破壊(テロ)活動。

 これが認められているならこれも合法(アリ)

 法律を守りながら法律を無視する悪逆公。

 

 おかげで今や国家のよりも、錬金術の法律書の方が分厚いという事態らしい。対ギルトロア用の法律がいくつも作られ、それに関しては毎分毎秒書き換わっているとも噂で聞く。

 

「錬金術法、第三十八条。『ラグナ大陸の錬金術師は、年齢性別種族思想を問わず、合意のもと交わしあった契約書は、絶対遵守しなければならない』──」

 

 提督の背後の方に立っていたグレンが、そう言葉を差し込んだ。

 こちらを見ている紫眼はいつもよりやや不機嫌そう。どうやら提督へピンポイントに、殺気を飛ばしているらしかった。

 

「協定契約書の作成が完了しました」

 

 次に響くはやしろさんの声。そういえばどこに居たんだろ、と首を向けると、彼女はボクらが転送されてきた位置より左側にズレた空間に佇んでおり、その足下や周りには、斬り裂かれ無力化された、十数台のガトリングガンの残骸が散らばっていた。

 

 ……はわわ。

 アレ、もしかして提督に銃撃された瞬間のボクたち、正面と左側から、蜂の巣にされかけてたのかなッ!?

 

()()()ギルトロア。お前がルシファーと手を結んでいるのは聞いた。今回、俺とそこの使い魔は、お前と同じようにルシファーに手を貸すことになるが、それに差し当たって──」

 

 そこでやしろさんに近づいたグレンが、その手から一枚の紙──契約書と称された紙を受け取った。

 

「──コレにサインしろ。でなければ俺たちはルシファーに協力する前に、()()()()()()()()()()()()()

 

「!」

 

「ちょ、」

 

 テレーゼさんから殺気が放たれ、ボクもグレンの発言に身構える。

 ……が、ガチ警戒体勢とは感じていたけど、まさかそこまで!? ほんとこの提督、グレンに一体何をしたっていうんだろう……

 

「あ? なんだ話が早ェな。別にイイぜ、それくらい」

 

提督(マスター)!?」

 

「ん、なにビックリしてんだ? 味方の味方が敵じゃねぇ保証なんてこの世のどこにもない。それに、こと協力関係ってのは、対人交流において最も留意すべき事柄だろ」

 

「し、しかし──提督(マスター)の活動にどんな影響があるか……」

 

 グレンに突き付けられた契約書を奪い、予想に反して提督は冷静そのものの態度で紙面を眺めていく。

 

「いいかテレーゼ。この世で信用できるのはカネと契約くらいだ。義理人情だの絆だの謳う奴は同じ理由で裏切る。この千年間、オレ様がそうだった……アァ、『()()()()』であるおまえだけは例外だけどな、テレーゼ?」

 

「り?」

 

 りそうのよめ?

 凄まじい設計コンセプトが聞こえてきたんだけど、なんて?

 思わずテレーゼさんを見ると、ジト目になったその頬はやや赤みを帯びている。

 

「……伴侶として当然の心配をしたまでです。提督(マスター)の決定に異論はありません。ではっ」

 

 そうささやかに言い返して最後、パッと杖を光らせ、彼女は消えてしまった。なに今の夫婦漫才?

 

「……テレーゼさんは、提督の自作なの?」

 

 すると一度、提督は契約書から視線を外し、こっちを見下ろしてくる。

 

「──フ。渾身の自信作だ、イイ女だろ?」

 

 思い切りドヤ顔された。いや嫁を自作ってアンタ。……冷静に考えると、すごいな?

 

「サイン」

 

「分ァってるって。――――チ。なんだ、面白みもクソもねェ契約だな。オラよ」

 

 錬成した羽ペンでサインを書き加え、ぽいっと書類がグレンの手へ戻っていく。

 提督なりに文章の粗を探したのだろうが、やしろさん印の契約書だ。法律書の中身よりも厳格で弄りがいもなかったに違いない。

 

「──確認した。これより『月界線の社』は、契約書の内容に則り、『天空王ギルトロア』との協定を締結するものとする」

 

 グレンの言葉に、ほっとボクは息を吐く。

 これで最低限の協力体制は構築された。もうこの場が戦場になることはないだろう。

 

「っぐっはぁぁぁぁ~~~~……よ、ようやく片付いた……ぞ……」

 

「あっ、魔王(オーナー)

 

 扉が自動的に開き、ぐったりした顔のルシファーが現れる。

 完全に疲労困憊の社員って感じだ。邪悪さと余裕っぷりでいえば、むしろ提督の方が魔王らしい。

 

「よォ、マイフレンド。今日も人気者だな?」

 

「け、経営者として当然の苦労だ……それよりッ! ギル貴様、戦王が出ていたとき何をしていた!? 我輩、何度も援護を要求したハズだが!?」

 

「そいつは買い被られたモンだ。なァルシファー? いくらオレ様が大陸最高峰の大錬金術師とはいえ、分別はある。なぜ無駄弾、無駄死にを許容するような戦場にリソースを割く必要がある?」

 

「友を助けるという発想は貴様にはないのかぁ──!?」

 

「いやいや、友達(フレンド)だろルシファー。オレ様の友人だからこそ、たかが第八位、オマエ一人でどうにでもなると踏んだんだ。コレを信頼といわずして他になんという?」

 

 丸投げじゃないかな。

 あくまでも友好的な顔をしてオーナーに肩組みする悪人に、ボクは半目になる。やっぱこの人の性格終わってるよ。ついさっき、同じ口で義理人情だか絆は信用ならんとか言ってたクセにさ。

 

「……し、しん……らい……?」

 

 あ、あれっ!?

 なんでオーナー、そこで心に響いたようなカオをッ!?

 

「そ、うか────ま、そういうことなら致し方ないなぁ!! 我輩、貴様の友人だしなギルトロアッ! 応とも、貴様ほどの男からの信頼ならば、友として応えぬワケにはいくまいよ!」

 

「「騙されてる……」」

 

 ボクとグレンの声が重なった。

 

「ガゥルルルゥ……」

 

 黒狼さんも複雑そうな声を上げていた。ルシファー、こっちだよこっち。君の本当に心から信頼すべき友人はこっちの使い魔の主だよ!

 

「……当事者が揃ったところで本題だが。提督、ルシファー。結局お前たちは何と戦っているんだ? 今の魔境で何が起こっている?」

 

 グレンの一声に、オーナーがうむと応える。

 

「えー……あー、コホン。まずとある魔王が、偉大なる計画を立てていた!」

 

 口調はどこかぎこちない。なんか怪しい流れになってきたかも。

 バサリとマントを広げ、徐々に堂々とした態度で、ルシファーは話を続けていく。

 

「──それは魔王城地下から発掘した、()()()()を要に置いたものだった! それを見て超絶頭脳明晰すぎる魔王は思いついた! コレを上手く使えば、魔境統一の夢も近づくのではぁーと! しかぁし! 魔王は、いや魔物たちは兵器に関する知識が致命的に欠けていたッ! 科学なんてロストテクノロジーもいいところだからなぁ! そこで古き知己の一人の、とある天才大錬金術師を呼び、計画は魔境統一から世界征服へランクアップした!」

 

「世界征服」

 

「……あー、しかし、ザンネンながらそれは頓挫した。謎のエラーで古代兵器は暴走し、我が城と、我が友の工房を奪い、制御不可能状態に陥った……のだ」

 

「工房って……」

 

 提督の方を見ると、ああと肩をすくめられる。

 

「──オレ様の戦艦工房『ベルヴェルク』だ。兵器は工房のエンジン全開で分析・制御・運営していたからな。暴走したついで、リソースの一つとして奪われた」

 

「自業自得じゃん……」

 

 なんだこの馬鹿二人。助ける必要ある?

 とある魔王って完全にルシファーだよね。どこからどう見ても、どういう角度から見ても、自業自得って一点しか見当たらないんだけど!

 

()()()? 結局、()()()()はなんなんだ?」

 

 凍てついたグレンの問い詰めに、ボクも肝心なことを思い出す。

 ……そうだ。これで事件の原点は分かったけど、現状の説明はなにも判明していない。

 だいいち──魔城に向かったっていう、第十三部隊(サーティーン)はどうなったんだろう……?

 

 

()()()()()()()()

 

 

 ルシファーが告げたその名詞に。

 刹那、全ての思考が空白となる。

 

「我が城攻略のため、二日前に向かった人類軍の戦闘部隊、その指揮官。

 ──アガサ・レーヴェルシュタイン。古代兵器に呑みこまれた奴はそう名乗り、今も我が魔城パンデモニウムの最奥に陣取っている」

 

「更に面白い追加情報だが」

 

 提督の言葉が停止した意識を叩く。

 

「奴の魔力反応はそこらの魔族の比じゃねぇ。さっきの戦王のデータでより明確になった。相手の存在規模は、()()()()()()()()

 

 ──()()()()()

 そんなことは、嫌というほど、思い知っている。

 

「以上の情報から、オレが下した結論は一つ」

 

 聞くまでもなかった。

 その結論を、ボクとグレンは、十年前から知っているのだから。

 

 

「『魔王ルナティック』は超抜存在・()()()。この世にあってはならない──明確な、地上人類全ての絶対敵だ」

 



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14 魔城攻略RTA

 白い庭園が広がっている。

 玉砂利の敷き詰まった風景を眺められる縁側に、彼女は座っていた。

 

“姉さん”

 

 呼びかけると、小柄な背が傾いて、こちらに顔が向いた。

 やんわりとした微笑みを形作る、(くら)い、(くら)い、朱紅(あか)い瞳。

 肩につかないほどの短い茶髪がさらりと揺れて、真っ赤な着物に影を落とす。

 

『やぁ、祈朱(イリス)。君の姉さんに、なにか御用かな?』

 

 距離の離れた話し方をするヒトだった。

 三歳差とはいえ、十歳でこれなのだから、将来はさぞキレイな人になるんだろうなあ、と漠然と空想する。

 

 たおやか、静穏、可憐、ミステリアス。

 幼い日の火楽(かぐら)赤桜(アガサ)とは、そういう少女だった。

 

 そして、どうしようもないほどに、救いようのない人間だった。

 

     ■

 

 壁を蹴って移動する。城内天井に入り組んだ骨子が見える。着地する。走り出す。

 下の方に突き出ているバルコニーが見えた。骨子から飛び降り、衝撃も発生させずに疾走を続ける。同時に、頭の中では次に進むルートを構築していく。

 

 短くも暗い廊下を抜けた先の大ホールでは、無数の、理性をなくした様子の魔物たちが待ち構えていた。

 

「“残照”」

 

 放たれる黄金()

 すぐ後ろから追いついてきたグレンの一閃が、相手の動きを待たずに存在ごと焼却する。

 

「感知生命数、残り79。次エリアまでの最短ルート二十四エートル。火楽祈朱に想定ルート六番を推奨します」

 

「──! オッケー、見えた! グレン、右と上から来る奴だけ消して!」

 

「了解した」

 

 ボクの()()()()()()やしろさんの助言通り、次に行く順路を決定する。それに伴って必要な指示をグレンに伝え、再びボクたち三人は城内を駆けだした。

 

『わ、我輩の城が、リアルタイムアタック(RTA)で攻略されていく──ッ!?』

 

 視界左手に、そんな嘆きの声を上げる魔王(オーナー)が映った次元窓(ホロウィンドウ)が現れる。ラグナロク後に普及した、現代の最新通信技術である。

 

「ちょっと黙っててよ城主。今こっち、忙しいんだからさ」

 

 飛行して襲い掛かってきた魔物の群れを、白光線で一掃する。周囲の被害なんてのはガン無視、効率重視の攻略進行なんで、城の中の内装は、それはもう無残なコトになっている、

 

『あー! そのシャンデリアは幹部たちが十年かけた渾身の……あぁーッ! そこの我輩像は苦節二十余年のローンを組んで……ぎゃーっ!!』

 

「お城って爆破しちゃダメ?」

 

『悪魔ァァァァァァァァ!!』

 

 画面の向こうでブチギレられたので笑ってごまかしておく。冗談冗談、冗談だって。

 流石にね?

 

 しかしRTA、という響きには享楽を覚えずにはいられない。そりゃあだって、ボク、グレン、やしろさんなんて面子が揃ったら、なにをやるにしたって「最短攻略」になるに決まっているのだから。

 

 錬金術師として空間の把握に長けたボクがルートを構築、ナビゲートし。

 湯沸かしから未来演算まで完備した超兵器やしろさんがそのサポートに回り。

 以上のバックアップを受けたグレンが、指示通り、最適最善最良の手段をもって、障害をサクサク排除していく。

 

 裏技もバグ技もいらない。「真っ当に」「正面から」「ただし最短最速で」──ボクたち三人は、この“魔王城攻略”に挑んでいた。

 

     ■

 

「よし。今すぐ殺しに行こう。ジャストナウ」

 

 よっしゃ合法的に姉さんをぶっ殺せるぜ。

 時を少し遡って、拠点の作戦室。ボクは工房からライフル銃を取り出して、弾丸を装填した。

 

「まぁ待て。やる気があるのはイイコトだが、現時点でまだ、取れる手段は他に三ルートある」

 

 と、提督が三本指を立てる。

 

「一つ、真っ当にパンデモニウムを真正面から攻略する。二つ、裏技を使う。具体的には、外部から古代兵器ごと魔王城を錬金術でハッキングして鍵をこじ開け、支配権を丸ごと奪う。三つ、ここでこのルシファーをぶっ殺して全て無かったことにする、だ」

 

「三で」

 

「ふぁっ!?」

 

「バウッ」

 

 三と即決したのはグレンだった。黒狼に怒られて、しぶしぶと掲げた刀をおろす。

 職務放棄もいいところだ。彼がどれだけ普段から仕事をしたくないかがよく分かる……

 

「じゃあ、取れるのは残り二つ?」

 

「アア、そうなるな。だが本日、オマエらのような活きのいい駒が補充された。作戦は同時並行で行かないか?」

 

「ちなみに誰が?」

 

「もう知っての通り、ルシファーの軍は常に他の魔王勢力から狙われている。必然、ルシファーは指揮を、オレ様は装備の錬成や後方支援で手が回らねェ。特攻組はオマエら三体……いや四体か?」

 

 提督の目が黒狼を見やる。すると魔法使いの使い魔は、無言でルシファーの足元へ移動し、そこで完全に動きを停めてしまった。

 

「ん? なんだ?」

 

「護衛か。まぁ、ストーリーテラー的にはオーナーの命が最優先だろう」

 

「ほォん。『懐旧』の爺さんか。意外な人脈持ってンだな、ルシファー? それも千年魔王業やってる奴なりの人徳かね」

 

「エッ、うーん……年始に年賀葉書を送り合ってるぐらいの関係なんだがなー……」

 

 魔法使いと年賀ハガキ送り合うってどういうことだよ。充分すぎるくらい異常だよ。

 

「──イリスも来るのか?」

 

「? そりゃもちろん。姉さんがラスボスなんでしょ? ボクが行かないで他に誰が行くのさ?」

 

 グレンへの当然の返しに、しかし一瞬、その場の空気が凍結した──気がした。

 いや正確には、ルシファーの顔色が変わったと言うべきか。

 

「な……血縁なのか!? な、なぜそんな乗り気なのだ!?」

 

「え、前から姉は殺すべき存在だと思っているからだけど……」

 

「いや、身内だろう。血の繋がった……ええ? 人類社会って、そういうの、重要視するものなんじゃなかったのか? おいギル?」

 

「あ? そんなの人それぞれ、ってやつだろこのパターン。殺し合うことで愛ってのを確かめる風習もあるらしいが、オレ様の管轄外、趣味外だな」

 

 いや、それってどんな風習だよ。少なくともボクと姉さんの間にはそんなの無いよ。

 

 姉弟(きょうだい)愛とか。

 この世でもっとも下らない概念だ。

 

「超抜存在としての姉さんは、十年前に討伐したハズなんだけどね──どうなの、グレン? そこのところは」

 

「会ってみるまで分からないな。そもそも、『第三位』というのは()()()()()()に過ぎない。存在規模が同格にまで変生しているのは、魂を自己逆行させた一時的覚醒である可能性が高い」

 

 カハッ、と提督が乾いた笑いを響かせた。

 

「超抜存在の生まれ変わりって輪廻の逆行までできるのかよ。とんだ力業だな。よく現行の魂が潰れねェモンだ」

 

「……」

 

 ……それがホントにおかしいところなんだよなぁ、あのメンタルお化け。

 精神強度の強靭(つよ)さが異常なのだ。いや、狂人(つよ)さ、と言うべきか。

 ボクが絶対に姉さんに勝てない一点はそこにある。精神強度──自我の強さ。あの人は、それだけに関しては、誰にも引けを取らない怪物だ。

 

「だが身内なら対処法もいくつか知ってんだろう? ましてや討伐済とくればな。攻略特攻隊としては、これ以上ない人選だとオレ様は思うがね──つぅかそこの超人形(オーパーツ)、答えを知ってるんじゃねーか?」

 

「音声認識にエラーが発生しました」

 

 やしろさんの意外な反応に、ボクとグレンの目が丸くなる。

 ──うん? あれ、そういえば提督って、どういう種族?

 

 とか思っていると、当の提督はすっかり表情を消して、その鋭い視線で訊けよ、と訴えてくる。

 

「えと、やしろさん。今の姉さん……火楽赤桜の状態は?」

 

「演算データが不足しています。現状数値で推測できる情報を開示します。──火楽赤桜は現在、()()()()にあると思われます」

 

「拮抗状態? なにと?」

 

「不明です」

 

 回答はそこで終わってしまった。どうやら本当に情報不足らしい。

 拮抗……今の話の流れで考えるなら、前世の魂と……なんて発想になるけれど、第三位の存在数値はやしろさんも記録しているところのハズだ。ここでその名称が出ないってことは、やっぱり────

 

「……あのさ。提督たちが使おうとしていた古代兵器って、ぶっちゃけなに? それが姉さんたち……第十三部隊(サーティーン)が魔王城に突っ込む理由になったんでしょ?」

 

 この馬鹿二人の元凶ども。

 こいつらが悪用しようとしていた、「古代兵器」とやらが絡んでいるに違いない……!

 

「──マ。そこの赤神子に喧嘩を売るのを覚悟で白状すると」

 

「?」

 

 提督に妙な異称で呼ばれたグレンが眉をひそめる。

 なんだよこれ以上の面倒事はご免だぞ、と顔に書いてあった。

 けれど──そういう時、大抵グレンは、厄介事に巻き込まれるのが世の相場である。

 

 

「どうやらアレ、()()()()のブツらしかったんだよなァ」

 

 

     ■

 

 ──一般的に。

 「異世界」という概念について、ラグナ大陸ではこう定義される。

 現人類にとって未観測の、全く新たな別の世界、と。

 

 そもそも異世界の具体例などは、この大陸の歴史上、未だなにも報告されていない。

 なのでボクたち人類は、異世界をある種、空想にも似たおとぎ話の存在だと認識している節がある。

 

 なのだが。

 

“こんちわー! 異世界から来ました、バイトのカゲアキでーっす!”

 

 実例はいる。()()()()という、「異世界」の存在を証明する実例は。

 今は境内に「ホームステイ」していると主張する、あの謎学生は、人理兵装(レリック)の一つを用いて、()()()()()()()()()()()()()()のだという。

 

 故に、異世界は在る。

 在るが、こちらからもあちらからも、滅多に干渉することはない。

 そもそもカゲアキのような実物(異世界人)を知っている者など、グレンとやしろさん、それに境内に入り浸っているボクや姉さん以外にはいないだろう。

 

 なのでラグナ大陸における異世界話は、そのほとんどが眉唾モノの噂話、都市伝説レベルの認識だ。

 

 だっていうのに、まあ。

 実を言うと、異世界要素はいつだってボクらの近くにいる。

 現代ではもうすっかり生活基盤の一部と化し、その原初を知る者は数少ないが。

 

 ──()()()

 それは大昔、この世界に流入してきた()()()()()()が元にあるという──

 

 

『異世界から落ちてきた異物にして遺物を兵器転用するってのは、これまでのオレ様の錬成履歴史上、中々ロックな計画だったと思うぜ』

 

「よし、今の案件が終わったら提督を殺す」

 

『ハッ! やァってみやがれ所詮現代地上最強がァ!』

 

「絶対に殺す」

 

「喧嘩は後でしてー」

 

 次元窓(ホロウィンドウ)を出してまで煽ってくるなど、提督もずいぶんと余裕そうだ。あと今のグレンの声色は本気のやつなので提督はマジで逃げた方がいい。

 今回の少数精鋭の攻略は、やしろさんの未来演算も後押ししたけれど──なーんかこの提督、まだ隠してることがありそうでならない。

 

 ていうか絶対にある。

 それを確かめるためにも、ボクらは今、初日初見攻略RTAという経営者からみれば余りにも残酷な手段をもって、ルシファーの実家を焼き討ちしなければならないのだ。

 

BOMB(爆破)

 

 敵の少なくなった廊下を走りながら、パキッ、と指を鳴らす。瞬間──周囲が白く閃き、術式でプログラムした通りに、城内に仕掛けていった爆弾が作動した。

 タイミングも爆風の流れも計算済み。美しさすらある一種芸術パフォーマンスじみた破壊活動に、思わず口元がつり上がる。

 

『■■■■■■■■──!!!!』

 

 提督の後ろでオーナーが人語を忘れている気がするが、無視する。

 いや、だって必要だったんだもん。最短攻略のための犠牲と思ってほしい。

 が、悪性を好むこの口は、そんな様子の魔王に、つい声をかけてしまう。

 

「文句言うくらいなら自分で来ればよかったのにー」

 

『我がパンデモニウムのセキュリティシステムは優秀でなぁ!! 一度敵対者・排除対象と認めた者は決して中には通さんッ! 古代兵器にその辺りの機能を占拠(ジャック)されている今、城主たる我輩ですら扉一枚潜れぬ惨状だ! 早々に中枢の偽魔王を打ち倒せ勇者どもッ! その暁には貴様らは永久に出禁だ────ッッッ!!!!』

 

 それ、もう魔王が勇者に言う台詞ではないんだけど。

 

「やしろさん、内部からのハッキングにはあとどれくらいかかる」

 

「未観測データを演算収集中。完全分析が始まるまでおよそ十三時間です」

 

「やっぱり姉さんを直接叩いた方が早いね。やしろさん、三番と八番、どっちがいい?」

 

「九番、十二秒後から十五秒間のルートをカットすることで最速攻略が可能です」

 

「──、オッケ。そっちのがいい。グレン、鳥居で西のエリア、落として」

 

「分かった」

 

『今落とすっつった!?!?』

 

 瞬間──指定したエリアに、数十規模の鳥居が顕現する。そこにはトラップ用の魔物たちが、今まさに出現したところであり。

 上から下へ。文字通り、赤い鈍器が床を叩き割り、エネミーたちを根こそぎ奈落へと突き落とした。

 

「グルアアアアァァ──!!」

 

「ハイハイ邪魔邪魔ッ!」

 

 前方から飛び出してくる魔物を光線で排除する。バキバキバキッ! と足元では鳥居による殴打で割れていく床が、後ろからボクらをも奈落に突き落とさんと迫ってくる。

 

「っ跳んで──!」

 

 刹那、ボクは崖と化した足場を蹴り飛ばし、対岸の階段めがけて跳び上がった。

 着地成功、だけど足は止めず。五段単位で一気に飛ばして駆け上がり、一瞬、後方の二人へ目を向ける。

 

「次はどっちだ」

 

「エリア崩壊により十六番、開通しました。最適ルート候補と提言します」

 

 汗一つなく佇むグレンに、同じく無感動に告げるやしろさん。

 

 ──ほんっと頼りにしかならないなぁ、この二人……!

 

 合法チートとはまさにこのコト。

 規格外すぎる若干二名とプラス一名のRTAは、ルシファーが絶叫とともに気絶するまで続いた。

 



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15 玉座の間にて

「オーナー復活した?」

 

『今テレーゼ()がリフティングで叩き起こした』

 

 欠片も想像できない絵面を実行するな。どういうことだよ!!

 

『ぐふっ……美女に蹴られて目が覚めると、メンタルへのダメージが尋常ではないな……』

 

「そっち、他の魔王軍からの襲撃はないのか?」

 

 ルシファーの映るホロウィンドウから、テレーゼさんの声が聞こえてくる。

 

『今は比較的落ち着いています。戦王が顕現した影響でしょう。また、それを「送り返した」という事実も、魔境で衝撃が広がっているそうです』

 

 ああー……

 そりゃそうだ。超抜存在を魂だけでも召喚したというのも偉業だが、それを帰還させたというのも、第三者から見ればまた大いなる謎である。

 ルシファーの近場で何が巻き起こっているのか、他の魔王たちは戦々恐々として様子を窺っている……というところだろうか。

 

「中枢の玉座までもうちょっと、ってところだけど。なにか気をつけた方がいい罠とかある?」

 

『我が謁見の間にそんな無粋なモン仕掛けておらんわ! ていうか今どこだ』

 

「なんか竜の燭台? がたくさんある廊下」

 

『ホントに最終エリアではないか! そのまま真っ直ぐ行けば中枢の場だ、とっととクリアして出て行け破壊魔ども!!』

 

「口が悪いなぁ、どっちが財産握ってるか分かってる?」

 

『スマン悪かった反省する頼むからもうこれ以上壊さないで……』

 

 超切実な声だった。お城って管理とか大変そうだもんね。

 

「そういえば確認してなかったけど、『魔王(せき)』も玉座の間にあるの?」

 

 魔王石。或いはキングストーン。

 実のところ、誰がいつ何のために作ったのか、どう発生したのかも分からない物質だ。

 それは魔王と魔物を生み出す石。彼らは幾度となく死を経験しては復活するが、それは魔王石があるからだと言われている。

 

 魔王石が生み出すものには、魔物の他に()()()()()()()()という特徴がある。

 そんな魔王石からの資金を基盤に、魔物たちが巣を作り、『外界と貿易し始めた迷宮』を「魔王城」と呼ぶのだ。

 

 まぁ、貿易といっても結局魔物しかいないから迷宮扱い、だから錬金術師も略奪オッケーとされているので、魔境では年がら年中、資金繰りのための「魔王城攻略」が行われているのだが。

 

『──黙秘する。魔王石の在処は全魔王・全魔物にとっての秘匿義務だ。おいそれと話すワケにはいかん』

 

「そっか。まぁ在処とかはどうでもいいんだけど、最悪の場合、その『魔王石』も乗っ取られちゃったりとかって可能性はないの?」

 

『ああ──それはない。他の魔王はともかく、我が魔王城、我が魔王軍において、そういう懸念は不要だ』

 

「ふうん?」

 

 妙に自信ありげだなあ。

 相当に強いプロテクトを張っているのだろうか……それとも魔王城にはないとか? 普通、魔王石を守るために作った巣が、結果的に魔王城と化す……という流れなのだけど、魔王の中でも特殊例のルシファーはまた、異なる対策をしているのだろうか……?

 

「この先だな。(ひら)くか?」

 

 廊下を突き進んだ先、ボクらの目の前には豪奢な造りをした大扉が待ち構えていた。

 グレンの刀で斬った方が早いのだろうが、それをしないのは彼なりの城主への配慮だろう。

 

「うーん……内側からがっちり固められちゃってるね。やしろさん、どう?」

 

「物質測定完了。開錠しますか?」

 

「もはや万能鍵だな……」

 

『その機械人形、なんの技術を使っているのだ。錬金術ではなさそうだが……』

 

「企業秘密──」

 

『科学だろ』

 

 グレンの言葉を遮って、提督が断言した。

 

『人為的に理を「成立させる」ロストテクノロジー。かつて、世界資源全てを“消費”することで文明を発展させた、人間の得意技だ』

 

『ああー! いたなそんな種族! では──』

 

「攻略時間の遅延を観測しました。魔城パンデモニウム中枢口、オープンします」

 

 ──一瞬ボクはぎくりとしたけど、それはやしろさんの行動が解消してくれた。

 今、魔王ルシファー、とんでもないことを言い放とうとしたよね。

 “ではサクラ殿は人間なのか!”──なんて、下手にこの大陸で暴露されると、今後のグレンの行動に更なる支障が起きかねない。……個人的には、特にあの提督のいる前では。

 

『まだ我輩が話してるだろうがぁ!? っええい、行け勇者ども! 我が城を奪った狼藉者、魔王ルナティックを打ち倒せッ!!』

 

 ルシファーの声が響きながら、大扉が重い音を立てて開かれる。

 

 鉄網の床。その下に広がるのは、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの海。

 だだっ広い空間奥には、一席の漆黒玉座。階段状になった広い台座に置かれた様は、まさに魔王と呼ぶべき人物が座るにふさわしい貫禄がある。

 

「──本ミッションにおける最大警告を発令。『朔月の神子』に境内の全バックアップ機能の使用を許可。現時点における最善策を提示します、『今すぐこのエリアを消去してください』」

 

「!?」

 

「え」

 

 一瞬にして。

 傍に立っていたグレンの気配の圧が増す。存在規格の強度が跳ね上がる。見た目に大きな変化こそないが、今この瞬間のみ、グレンは()()()()()()()()()()を持ち合わせた。

 

 ……突然の全力支援に彼自身も困惑しているようで、やしろさんの方を二度見している。なにやってんのポンコツ? とまったく現状を把握しきれていない。

 

「えっなに!? グレン、そんなにボクの意志に賛同を!?」

 

「いや知らん」

 

「ちょっと提督! オーナー! ここ、一体なにが──あれ?」

 

次元窓(ホロウィンドウ)の通信を切断しました。復帰に十四時間ほどかかる計算です」

 

「えええええ……!?」

 

 なんてことだ! なんてボクにしか都合が良すぎる状況! まさかやしろさんまでも姉さんの完全抹消に賛成とは、遂に弟逆襲の時代がきたとみたっ!!

 

 

「──言っとくが別にお前の時代がきたとかじゃないぜー、弟よ。調子乗ってんじゃねー、たかが一個人の殺意に、社が協力するワケないだろうが」

 

 

 ばんっ。

 玉座方面から聞こえた声に、ボクは発砲した。

 超自然体に。なんのためらいも迷いもなく、姉の気配がした座標に、拳銃の弾丸を撃ちこんだ。

 

「おいコラ」

 

 キンッ、と弾丸が弾かれる音がする。

 そこでようやくボクは玉座へと目を向け──彼女の姿を視認した。

 

 玉座で頬杖をつき、足を組んだポーズでふんぞり返るその姿。

 黒い軍帽。闇に溶け込める黒のコート。紅色の裏地が見える黒マント。人類軍のものと思しき制服の黒シャツに紅いネクタイ、赤が入った黒スカート。底のすり減っている編み上げブーツ。

 

 髪はストレートロングのハーフアップで──その端々には、金の色が入り混じっているのが見てとれる。

 こちらを睥睨してくる深紅の瞳には、いつもより余裕がない。不敵に嗤ってはいるが、ポーズだけだ。虚勢、ともいう。存在感と圧だけは魔王らしかったが、中身はどうやらギリギリらしい。

 

「久しぶりだね姉さん。──二度とは会いたくなかったよ」

 

「たった二日ぶりだろうが。いちいち大仰なんだよお前は」

 

「二日前に鍋つついてた人が、なんで魔王に転職してるのさ」

 

「そりゃあ仕事に決まってる。じゃなきゃこんな趣味悪い椅子に座るか」

 

「ルナティックを名乗ることがどういう意味か分かってる?」

 

「お前の解釈はいつも正しいだろ」

 

()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 よーし、殺していいな。

 覚悟も決意も必要ない。そんなものは十年前に済ませている。

 

「やしろさん、ここでアガサを殺したらどうなるんだ?」

 

「未来演算のパターンF、世界滅亡シナリオに突入します」

 

「今なんて???」

 

 爆弾どころじゃない発言に耳を疑う。

 ぐるんとボクは視線を姉さんから外し、隣のクールビューティー二名を凝視した。

 

「やっぱりか。おい二号機、そういうのは前もって伝えるよう設定し直せ。ついでに、ここでやったらワールドアウトな選択を全て教えろ」

 

「『1:火楽赤桜の殺害』『2:物体Aのみの消去』『3:賢者の石の錬成』『4:火楽祈朱の完全消失』『5:火楽赤桜と火楽祈朱の戦闘行為全般』『6:朔月の神子の帰宅』となります」

 

「放置ムリかー……」

 

 溜息をつくグレンに、玉座から呆れの声が届く。

 

「……サクラお前、ガチで直前まで魔境を見捨てる算段だったな?」

 

「ワールドエンドクラスとは思わなかったからな。いや、魔法使いが絡んできたんだから、その時点で察しておくべきだったか……」

 

 はぁ、と本気で肩を落とす主役様。

 その姿には哀愁をさそうものがあったけど──ていうか待って。今の選択肢開示で、ボクの行動が完全に封じられちゃったのはどう文句をつければ!?

 

「──待って。殺し合っちゃマズイの、今」

 

「マズイんだろうな。せめて今の一件が終わってからにしてくれ、イリス」

 

「嘘ぉー……」

 

 ガクン、と膝をつく。網目ごしに感じるマグマが熱い。

 

「なんだよ、案外諦め早いな弟。世界を犠牲にしてでも私を殺す覚悟はないのかよ?」

 

「あのねぇ。世界か姉さん、どっちを優先するかってボクに訊く必要ある? 他人に迷惑かけてまでアンタを殺したいとは思わないよ。この世界にはボクの弟子もいるんだよ……?」

 

「えー。普段から殺す殺すっつってるのに、その程度かよー」

 

「──その程度だよ。優先順位は決めてるんだ、ボク」

 

 言い訳はしない。世界が天秤に乗ってくるなら、ボクは姉さんの殺しは諦める。

 実に中途半端な殺意だ。世界か一人、どちらか選ぶならボクは世界を選ぶ。

 

 たとえ世界に等しい一人だとしても。

 一人のために世界を、なんていうのは、もう卒業した。

 

 もう二度と、そんな選択(コト)は選ばない。

 

「アガサ。そっちの事情を説明できる余裕はあるか?」

 

 グレンの問いかけに、玉座の姉さんから少しの沈黙があった。

 それは考える──ための思考時間ではなく。

 ただ単純に、今もなお、意識不明寸前の状態で会話しているのだと、この時のボクは気が付かなかった。

 

「……ん、長話は、ちょっと」

 

「では──端的に」

 

 おう、と姉さんはそこで右の親指で背面を指し示した。

 

「──こいつをどうにかする方法を見つけてくれ。じゃなきゃなんにも解決しない」

 

 そこでボクは初めてその存在に気が付いた──いや、視界には映っていたが、初めて意識を向けた。

 立ち上がって見えたのは、黒い、十エートル幅の正四角形。材質は金属……おそらくはオルティウム黒鋼材。エーテルの長期保存に長ける物質だ。その闇色のキューブの中央からは、琥珀色の光が淡く輝いている。

 

 ……なんだ、アレ。炉心? いや違う、炉心というよりエネルギーの凝縮体というか、もっと近い表現でいうなら、()()のような──……?

 

「やしろさん、アレなんだ」

 

「超超超級の危険存在と断定。過去の全データログ検索。該当データ算出、龍暦5000年ごろの古代超()()と判定します」

 

「提督が言ってた古代兵器か」

 

「──りゅ、龍暦って」

 

 また随分と古代の名称が飛び出したなぁ。

 現在の地上歴の一つ前とされている、古い旧い時代。未だ人類がなく、古竜たちが覇権を握っていたという神代だ。

 そんな時代からあった──異物? 異世界の遺物? あの提督、なんてとんでもないモノを材料にしようとしてたんだ……!

 

「古代兵器ぃ? ンな生易しいモノじゃないぜ、コレ。明らかに今の時代、この世界に在っちゃいけない危険存在だよ。つか本人に会ったなら分かるだろ、あの提督が今回の件の元凶にして黒幕だよ、絶対」

 

「あぁー……やっぱりそうなんだ……」

 

 薄々察してはいたけど。

 しかしここで提督を殴りに戻っても、何も解決しないような気もする。

 

「それを、今はアガサが抑え込んでいるというワケか。あとどれくらい耐えられそうだ?」

 

「────正直もう無理。今、自我もぎりぎりだし。『何もさせないようにする』のが精一杯だ、とんでもない侵略者(インヴェーダー)だよ」

 

「──、」

 

 ──思わぬ弱気な発言に耳を疑う。

 ぎりぎりらしいとは思っていたけど、この姉がここまで言うなんて相当だ。あの提督、さてはボクたちをここでまとめて始末する算段だったのか……!?

 

「っと、その顔、察したみたいだな弟よ? なんだ、同じ錬金術師として提督に憧れでもしたのかよ?」

 

「しねーよ。じゃあなに、姉さんもその後ろの物体Aもぶっ飛ばせないんじゃ、ボクらはここで何をすればい──」

 

 ゾワリ、と。

 全身を襲った怖気に、ボクは言葉を止めざるを得なかった。

 

「……ああ、悪いな。存外お前らが早く来てくれたから、話をする余裕もあったんだが──」

 

 姉さんが玉座から立ち上がる。その動作は、彼女自身の動きというよりも、どこか、糸で操られているような挙動に似ていた。

 

「──火楽赤桜(わたし)じゃ、ここが限界らしい。()()()()()。気をつけろ──今の大悪魔(わたし)は超絶強いからな」

 

 垂れた黒髪が、毛先から金の色に変色していく。

 存在が変質する。魂が逆行する。彼女の存在が、ここから喪われていく。

 

「……っ、姉さん!」

 

 呪いの気配が強まっていく。

 大気を焦がすような魔力の気配に、眩暈がした。

 

 ──耳の奥で、十年前の雨音が残響する。

 あの日、あの時を境に全ては変わった。

 では今は?

 今、彼女と対峙すれば、今度は一体なにが変わるというのだろう──

 

「──超抜存在の出力を感知。対象合致データ、“第三位ルナティック”。殺害、及び討伐行為、非推奨。早急な無力化を提案します」

 

 黒の髪が、完全に金の色に染め上がる。

 開いた深紅の瞳が、正気が完全に途絶えたその赤が、ボクたちを視た。

 

「……っ、」

 

 それだけで、見られただけで、威圧感に押しつぶされそうになる。

 ……かつて地上全ての悪魔を従え、「冥界」を支配したという深淵の主。

 大悪魔ルナティック。遥か昔、()()()()()()()()という超抜存在が一角。

 

 ──まったく。一日で二度も超抜存在に出くわすなんて、やっぱりこの大陸終わってる……!

 

 どうする。どの一手を打てばいい。

 やしろさんは姉の殺害も、物体Aなる異物だけの消去も推奨していなかった。火楽赤桜が消えた以上、ボクは戦闘に参加しても構わないのか? けど、ここでボクが消失してもダメだってさっき────

 

 そんな刹那の思考の間。

 ボクが迷い、惑い、怖れている間に、彼は、とっくに自分の行動を決めていた。

 

神門転換(セット)

 

 短い命令にして詠唱。

 直後、大悪魔と化した姉の目前に、赤い鳥居が出現し──ボクの隣から、グレンが消失する。

 

 ──え、ちょっと待ってグレン。君のその技、ボク知らないッ……!?

 

 そんなこちらの心情に構わず、鳥居が消え、その位置と入れ替わるようにして。

 

 

「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」

 

 

 一瞬で敵の眼前に飛び込んだ剣客は、その宿刀を情け容赦なく振り下ろしていた。

 

 



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16 闇黒演奏会

 一閃。初手先制必殺。

 

「──、」

 

 ドンッ、と袈裟斬りにされ、金髪の影が揺らめく。

 や、やった!? とボクは目を見張り、思わず拳を握った。

 

 だがおかしい──確かに彼は斬ったハズなのに、血潮が散る様子はない。なにか別の、また彼にしか認識できないなにかを斬ったのか──?

 

「──なるほど。これは難敵だな」

 

 ット、とそんな声と共に、すぐ左手にグレンが帰ってくる。ていうか現れた。そうか、やしろさんの転移術だ。周りの空間に乱れがない。

 視線を再び姉さんの方に向けると、少したたらを踏んだ様子だったが、すぐに持ち直す。

 動きは、かなり鈍い。まだ精神(なかみ)の方で主導権を争っているのだろうか……

 

「グレン、何を……?」

 

「あいつと異物との繋がりを斬ろうとしたんだが、外した。いや、一瞬は斬ったのかもしれないが、そんな間もなく復元されたのかもな。俺の技量じゃ、まだあの異物を『捉え』られないらしい」

 

 …………。

 ……あの、すいません。それってつまり。

 

「グレンでどうにもならないってことは……グレンの刃が届かないってそれ、()()()()()()()()()()ってことじゃないの!?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 実に冷静(クール)だ。見習いたい。いや見習いたくはない。動揺できる時に動揺した方が真っ当だ!

 ヴァっ!? マジで!? しかも今のグレンって最高のコンディションだよね!? あの姉、とうとう異世界と繋がって地上侵略か! そんでもってここで殺しちゃマズイとか無理ゲーすぎない!? 世界終わったんじゃねッ!?

 

「イリスはいつも楽しそうだな……」

 

 彼の呆れ声に、ボクは自分の口元がニヤけていることを自覚した。

 ……いやぁ、だって。

 こんな未知の危機、面白くないわけがなくない?

 

「敵攻勢、きます」

 

「【固有理論(ロジック・アーツ)】」

 

 ゲ。

 姉から聞こえた第一声に身が冷える──触媒もなしに初っ端からそれって、ハードにも程がない!?

 

「終末理論・創世闇黒説(ロストエンド)

 

「ッ」

 

 しかもそれは、彼女が持ちうる中でも最悪を極めたものだった。

 咄嗟にボクは白羽織の内ポケットから、一枚のカードを取り出す。

 一瞬で姉の足元から伸びてくる影の触手の海。それに、加速をつけてカードを叩きつけた。

 

 キン、と空気を割るような音と光。

 一瞬の後、影は消え去り、とりあえず今の攻撃をキャンセルできたことは確認できた。

 

「イリス、今のは──」

 

「平気。こういう時のために作っといたやつだから」

 

 ──ロストエンド。さっきのアレは、触れるだけで相手の()()()()()極悪技だ。

 姉さん自身も滅多に使うものじゃない最終奥義。それをボクは、予め姉対策で錬成しておいた、「不要な自分の記憶」を結晶化したカードで無効化……まぁ条件を強制達成させて、退去させたのだ。

 

「対象へのリソース還元の反応を感知。──火楽赤桜の人格数値、完全消失(オールロスト)。【判読不能】による異界侵蝕、開始します」

 

「え、」

 

 直後だった。

 ボクが自分の過ちを解する前に、玉座からブワッと影束が広がる。キューブの琥珀光が輝きを増し、姉だったモノが右手を伸ばす。

 

「“闇黒式刀(シンセサイザー)”──」

 

 現れる漆黒の指揮刀。

 

「【固有理論(ロジック・アーツ)】。終演楽章、第四章・魔王の奏音(カルテット)

 

 空から縦横無尽に放たれる、四十四本の影槍。

 そのどれもが侵蝕系の呪いでできた一撃だ。触れれば大体のものは死へ直結するだろう。

 

「相殺します。接近、来ます」

 

「【終わりの死よ(エンデッド)】」

 

 やしろさんが影槍の処理に動いたと同時、漆黒色の敵は目の前にいた。

 刀身にのせた黒い魔力が、斬撃となってこちらの首を刈り取りに来る。しかし、そこで隣の白刃が割り込んだ。

 

「斬説」

 

 雷光のような一閃が的確に、指揮刀を握る右手首のみを斬り飛ばす。

 

「──っ」

 

 即座に邪魔になると踏んだボクは、素早くやしろさんの背後へと撤退した。

 普段から相性は悪いと思っていたが、今はそれよりも最悪だ。何を錬成しても、何を攻撃として叩き込んでも、「リソース」として吸収されてしまう。相手を強化してしまうだけだ。やしろさんの言う通り、ボクが打てるような手がまるで無い。

 

「洗霊術式・破邪消却」

 

 神聖さに満ちた光が場を照らし、雨として降ってきた影槍が、こちらに害をなす前に一掃される。悪魔としての本能がその光に寒気を走らせるが、それも一瞬だ。ボクのことは浄化の対象外に設定してくれたのだろう。

 

「【冥界式・黄昏斬撃(ルナティック・レイヴァンテイン)】」

 

「……は!?」

 

 聞こえた技名のトンチキさに目をむいた。いや技名にも度肝を抜かれたが、一瞬前に斬り飛ばされていた手首の指揮刀が、ひとりでに動いてその斬撃をぶっ放してきた現実も驚きだった。

 

「そんなのも作ってたな……」

 

 ──即座に鳥居が壁として顕現し、黒と黄金混じりの酷い色の斬撃が遮断される。大悪魔はそこで玉座側へと大きくさがり、飛ばされていた手首を指揮刀を影に戻すと、何事もなかったかのように腕の切り口から再生させた。

 

「なにパクられてるのさグレンッ!? ライセンス料支払わせなよ!?」

 

「ここを乗り越えたらな。やしろさん、分析の方は」

 

「現行世界への侵蝕率4パーセント。訂正、6パーセントに上昇しました。第一対抗案に最高権限術式の使用を、第二案に真名破壊の試行を提示します」

 

「侵蝕率のギリギリは」

 

「99.99パーセントを超過した時点で術式は起動不能となります。火楽祈朱の生命・存在維持には侵蝕率50パーセント以下が必須、朔月の神子は侵蝕が完了した時点で死亡します」

 

 侵蝕侵蝕言ってるけどそれってなに。

 なんて口にして、二人の余計な時間を取るのも嫌なので勝手に推測する。

 姉さんは物体Aを「侵略者(インヴェーダー)」と呼んだ──ならば異界からの敵とやらは、文字通り、この世界を支配しにやって来ているのだろう。

 

 侵蝕率というのは、いわば支配率。

 どれだけ今の世界が、異世界からの魔物によって「書き換えられているか」を示す数値状態といったところ──、

 

     ■

 

>>証明破綻

 

 黒。

 一面の暗黒。

 

>>証明開始。顕現完了。

 

     ■

 

「──ッ!?」

 

 一瞬、意識を失ったと理解する。

 ブツッ、と画面が途切れるように、先の刹那、ボクは()()()()()()()()()()

 

「イリス!?」

 

「侵蝕率、12パーセントです」

 

 ……頭に重みを感じる。指先の動きさえ少し、(ラグ)い。

 マズった、と遅すぎる確信を抱く。

 

 これ、ボクが来ちゃいけないやつだった。戦王の時と同じく、またボクは選択肢を間違えた。姉さんがいるからってなんだ、身の程を弁えて、おとなしく観客に徹しておくべきだった────

 

「終演楽章、第三章・混沌の調べ(プレリュード)

 

 ズッ……と空間内に広がった影海の中から、敵の背後に一体の翼持つ海蛇が現れる。

 体長六メートル前後の闇の眷属。──なんだっけアレ、“闇蛇ゲネシス”とかって姉さん呼んでたっけ。本当の生物じゃなくて、理論で作った疑似使い魔だったような……

 

「第二章・悪夢の行進(マーチ)

 

 いつの間にか姉さんの左手には、真っ黒な楽譜帳が開かれていた。

 パラリとページがめくられる音がすると、ボクたちの目の前に、また影から四十名ほどの黒い──無貌の兵士たちが立ち上がってくる。

 

 まさに魔王の軍勢といったご様子だ。

 兵士たちの恰好は現代的な軍服から、金属甲冑的なものまで無駄に豊富。ていうか一部のアレ、結構前に見たサルベージアニメに出てきてた服装じゃないか……?

 

「侵蝕率、18パーセント」

 

「……やむを得ないな。真名の破壊を試みる。無駄撃ちに終わったら即時、第一案を実行に移せ」

 

 グレンの声が聞こえるが、意味が、あまり頭に入って来ない。

 ……そこで気付く。ボク、どうにか立ってはいるけれど、ここに()るだけで限界だ。

 

 もっと緻密に。もっと高速に。もっと円滑に。

 旧来の方法じゃダメだ、もっと効率的にやらないと今の世界に耐えられない。考えろ、考えろ、考えろ、所詮は自分のことだ、これくらいの負荷(デバフ)、いつもみたいにとっとと「対応」してしまえば問題ない──

 

(──再証明開始──『虚構の狭間』を世界線に連動──活動履歴から現行の座標時刻を算出──仮説→実説に再構築──錬成開始(アルス・マグナ)、顕現完了──)

 

 瞬きをする。

 混濁しかけていた意識がクリアになる。

 そのときちょうど、黄昏を連想させる黄金炎が、立ち上がっていた影の兵士たちを焼き払ったところだった。

 

「空斬説」

 

極夜暗月説(ナイト・バッドエンド)

 

 拮抗は──一瞬。

 距離を一息に詰めた白髪の剣士が、襲い掛かった漆黒斬撃もろとも、黒蛇も一撃で斬り払う。

 余波のように、今度は悪魔の両腕が落とされ。

 間髪入れずに、その細首をグレンが正面から掴み上げた。

 

「【冥府に汝の名を問う】」

 

 唱えられる音は()()()()

 上位存在たちが扱う、共通語のオリジナルともいわれる原初のことば。

 悪魔の浄化、退魔の術は神子職としての一般教養。グレンはその道の一流だ。

 

「【悪魔に門は要らず。【狂気】の代弁者よ、これより汝の全てを清算する】」

 

 ──狂気の悪魔。それが姉さんの、()()()()()()()真名だった。

 

「【聴視せよ。想起せよ。以って朔月の神子が破却を告げる】──」

 

 持ち上げられた金髪の敵影の気配が揺らぐ。

 その魂に干渉され、危機本能から、わずかに、抗うように両足をバタつかせる。

 

 いや──ダメだ、グレン。きっと今の姉さんは……!

 

「【洗霊理論・破門粛清】」

 

 トドメとなる一声が完全詠唱される。

 本来ならば、並の真名持ちの悪魔ならここで打ち止め。真名を、魂を「破却」され、この世から消滅する。

 真名を破壊されるとはそういうことだ。魔を打ち破り、人界の境界を守るのが彼の本業なのだから。

 

 ──だが。

 

「『真名破壊』の実行を観測。──【狂気の理】・第三位の存在率、共に不動。侵蝕率26パーセント。最高権限術式の起動準備に入ります」

 

「ッ!!」

 

 やしろさんの観測結果に、グレンが悪魔から手を離す。

 いや、そこで離さざるをえなかった。

 その一瞬、彼のすぐ左手から、新たな刺客が現れていた故に。

 



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17 - World Execution -

「追加敵性反応あり。総数八名。第十三部隊(サーティーン)の人員と推測します」

 

「「!」」

 

 ガゴッ!! とグレンのいた床に衝撃音が響く。

 ──斧だ。細い長柄の斧を持った、仮面の女性らしき新手。黒いコートをまとっている。彼女は姉さんによる理論の産物ではなく、間違いなく、今、そこにいる生きた人類だった。

 

「──っ!?」

 

 ゾワリと喉元が冷たくなる。半歩、反射で前によけた時、左一ミリ(エト)先を黄金の光が過ぎ去っていった。

 

「あれッ、外した」

 

 ボクのすぐ左脇。そこに、十四歳くらいの見知らぬ少年が出現していた。

 爛々と輝く碧眼は狩りを知る獣のソレ。被っている軍帽越し、羽のように左右にハネた金髪が眩しい。軍服の上からまとう真っ黒なコートは、やはり姉さんの部隊員の証だろう。

 

  ──けど、なんだこの子。人じゃない──?

 

「どちらさま!?」

 

 言いながら左手に、白い拳銃を錬成して引き金を引いた。

 追尾性能もばっちり付与しているハズの弾丸だが、少年はひょひょいと素早くかわし、あまつさえ餌のように弾丸をガリッと嚙み砕いた。

 

「な゛」

 

「無味無臭! オヤツには悪くないですね!」

 

 うわぁなんかキャラがどこぞのバイト君みたいだぞぉ。

 所業に本気でドン引きする中、謎の少年Aはくるっと身軽に宙を跳び、姿勢の角度を変える。

 

「──そっちの人形さんが邪魔と見たァ!」

 

 刹那──ばちんっ、と光となって消えた。

 いや、違う消えてない。ただの身体能力の範疇、ただの「駆け出し」で、彼は光速となって空間を駆け抜け、

 

「やしろさん!」

 

戦闘実行(アクセス)

 

 トランクが変形する。大刀剣のカタチとなった得物で、やしろさんは頭上から奇襲をかけてきた光の獣を迎撃した。

 

「ッぬわー!? 余裕の対応ですー!?」

 

 がこーんッ、とどこかコミカルに吹き飛ばされていく謎少年。

 その様を流し見しつつ、ボクは周囲のエーテル反応に意識を尖らせる。

 

(──北西三十に一人、玉座の右に一人、真上に三人、──背後に一人。これだ)

 

 排除の優先度を決定する。術式を()()する。

 

再錬障壁(アルス・マグナ)

 

 背後から銃弾の雨が叩き込まれた。ガトリングだ、と相手の情報を把握しながら、こちらに着弾した弾丸を全て、障壁が自動的に飲み込み、再構成し──一秒で反射する。

 ──あわよくばここで一人、と思ったが。

 

「なるほど。部隊(チーム)なんだね」

 

 後ろを見やると、ガトリング銃を持った少女らしき人影。それを庇うように、手前には双剣を持った青年が立っていた。ボクが反射した銃弾を、彼が全て打ち払ったのだ。

 

 ……ふーむ。

 錬金術で防御しないってことは、彼ら彼女ら、操られてる……のかな?

 

 するとそこで、二人が足元から影に呑まれて消えた。ハッとグレンのいる方角、玉座側を振り返ると、

 

「っわ!?」

 

 なにか、脳天の左上をなにかが掠めていった。銃弾だ。

 狙撃──一番離れた位置にいる気配からか!?

 

「侵蝕率30パーセント。術式実行まで残り六十秒です」

 

 なんの術式なのさソレ。

 そう尋ねたかったが、そこでグレンが目の前まで飛びさがってきた。その背から覗き込むように、ボクも玉座の方を改めて注視する。

 

「……!」

 

 玉座前で立つ姉さんを中央に、左右両側に分かれ、ズラリと参列する総員八名の人影。その気配に息を呑む。

 

 女性、少年、少女、男性、青年と年齢層はバラバラ。一見、若い見た目の人が多いだろうか──それでも全員に共通しているのは、黒コートをまとっている、という点だった。

 

 彼らのほとんどは佇んだまま、まるで人形のような能面顔で動かない。例外一人の先の少年だけは、こっちをにこにこと見てきている。たぶんあの子だけ洗脳? されてない……のか?

 

 見慣れない顔ばかりだったが、確信する。

 ──彼らこそが第十三部隊(サーティーン)。<ARMS(アームズ)>とも呼ばれる、人類軍における超戦闘特化の特殊部隊──

 

 そしてカオス先生と姉さんの職場でもある。見た目だけの印象だけど、なんか全員、一筋縄じゃいかなそうな人たちだ……

 

「アガサの奴、悪魔としての強度が増しているぞ。異界のものと繋がっているにしろ、どういう理屈だ?」

 

「……悪魔として? じゃあ、どこかの領土でも支配したんじゃないの? 悪魔って支配地が広ければ広いほど、それに見合ったバックアップを受けら──れ、」

 

 あ、と言っていて思い至った。

 あの姉、まさか。

 

()()()()()()()()()()()? いよいよ本格的に魔王に転職したようだな」

 

「嘘でしょ!? そんなのどうやって!?」

 

 全ての魔王を倒した、なんてことは起きていないはずだ。実際、ボクらはここに来る前、まだ生き残っている【大罪王】クラスの魔王を見ている。

 提督やルシファーもそこまでのことは言っていなかった。ますます手段が分からない。

 

「────すごく嫌な理屈を思いついた。イリス、魔境って要は、年中、統治者権を争っている場所なんだよな?」

 

「え? そうだよ、魔王たちがこぞって、『誰が真の魔王か』を決めようと──」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────ぁ」

 

 そこでボクも思考が追いついた。

 本当だ、すごくヤな理屈だコレ。身内の恥とかいうレベルじゃねぇ。

 

「「『“魔境は自分の支配領域だ”と勝手に言い張って手に入れた』……?」」

 

 グレンと意見が重なる。

 うわー、やだなぁ。でもやりそうだなぁー! あの人!

 

 魔王たちへの暴挙にも程があった。「ここがまだ誰の土地でもないなら、じゃあ今日からここは私の家です」の宣言一つで丸ごと全部手に入れたようなやつだ。これが事実なら、詐欺師だって真っ青だ……!!

 

「残り三十秒」

 

「──、ねぇそこの君! 君は操られてなさそうだけど、なんで今のその人に従ってるわけ!?」

 

 ボクが声を投げたのは、比較的正気そうな金髪の少年。

 すると彼は、はて、と目を丸くして。

 

「? なんでも何も、小官はリーダーに呼ばれたから来ただけです? なんでそちらと戦うかは分かんないけど、面白そうだしいっかな、って感じです!」

 

「……リーダーに呼ばれた……?」

 

 ──彼ら第十三部隊が現れたタイミングを思い出す。そうだ、そうだよ、グレンが姉さんに真名破壊を行った直後に、彼らが現れたんだ。

 結果的に、姉さんが昇天することはなかったけれど──あの魂への介入で、姉さんと「異物」側で、精神内の拮抗がなにか変わっていたのか──?

 

「ガ、ァァ──【固有理論(ロジック・アーツ)】──」

 

「!?」

 

 呻きながら、指揮刀を床に突き刺した姉さんに力の奔流が収束する。

 ──まずい。この気配、最初のアレだ。触媒がある状態となしとじゃ、技の安定性が違う。相殺カードの残り三百枚分で凌げるような威力であることを願うが──

 

それはもう見た(空論・絶月)

 

 その一閃はどんなあらゆる行動よりも迅く。

 刹那、ガクンと姉さんの身体が指揮刀を支えに脱力する。そこで、異常に高まった力の気配はその場から完全に霧散した。

 

 ……え、今のも斬撃? どういう斬撃だ? 目視できるとかそんなレベルじゃない、なんか概念への攻撃っぽいかな、今の!?

 

「残り十五秒」

 

「それでリーダー? これから小官たちは誰を相手にすればいいんです? 命令命令(オーダーオーダー)早く早く(ハリーハリー)!」

 

 はしゃぐ小型犬のように無邪気な謎少年。アレ、ホントになんなんだろ。今のところ、命令に忠実すぎる戦闘犬、ってイメージだけど。

 

 場は膠着している。動きがない静止の状態。

 ──それは、向こうがまるで、やしろさんを待っているようでもあった。

 

「……全、メンバーに通達……」

 

 魔王の口が開く。

 絞り出した声で、しかし明確な意志を伴って。

 

「『魔城攻略者の相手をしろ』……敗者は、例外なく、追放するものとする……」

 

 そのたった一つの命令に。

 

了解(ヤヴォール)

 

 その瞬間、部隊の全員が声をそろえて応答した。

 そうして──一斉に、“攻略者”たるボクたちの方を向いた。

 

「ッッ……!」

 

 馬鹿姉、最後の最後でふざけた命令を!

 双剣使いが、弓使いが、槍使いが、斧使いが、糸使いが、鎌使いが、大砲使いが、銃使いが──完全完璧に息の合った動きで、こちらに武器を向ける。

 

 うわ、やばい、怖いくらいに隙がない。

 これぞ人類の技の突き詰めた姿か。集団戦を挑まれる側ってタイヘンなんだなぁ!

 

「侵蝕率38パーセント──最高権限術式、展開します」

 

 だけどタイムリミットも同時だった。

 やしろさんの手から武装が消える。

 くら、っとボクは強い眩暈がして、敵前なのに倒れそうになる。

 

「ゲームリセットだ。イリス、脱出するぞ」

 

 そう言ってグレンが右の二の腕を引いてくれる。……はい? 脱出?

 

「逃がすとお思いですか──!?」

 

 楽しそうに、それはそれは愉しそうに飛び出してくる黄金の弾丸。

 今はその手に光の鎌を振り上げて、獲物と定めたこちらに襲い掛かってきた──が。

 

「──後にしろ神獣。安らぎが欲しいなら、いつでも殺してやる」

 

「う……!?」

 

 金色の少年が、かすかに鈍る。ていうか真横にいたボクだってゾッとした。

 ──殺気。純然たる、シンプルすぎるほどの殺意。

 決して放ったわけではない、それを向けられただけで「神獣」と呼ばれた彼は、あっさりグレンの一刀に弾かれた。

 

「全多次元(レイヤー)封印層、アンロック。──世界暗号鍵、認証」

 

 奇妙な感覚がした。

 世界の変革。観測していた次元の新生。

 機械人形を起点に発生した眩い光が、影を消し去っていく。それは玉座裏のキューブにも到達し、強く輝きを増す一方だった琥珀光が、徐々に明かりを落としていく。

 

 ザァ、と全てが白紙に染まる。

 玉座の間も、魔王城も、黄昏の空も、全て。

 きれいさっぱり、役者たちを置き去りに、()()()()()()()

 

「世界の修正を開始します。異常値をリセットします。侵蝕を除去します。世界の修正を開始します。異常値をリセットします。侵蝕を除去します。世界の修正を──」

 

 繰り返されるアナウンス。

 無機質になされる、人形による神の業。

 されどもその機械仕掛けは、決して道具の域から出ることはない。

 

 

世界構築理論(World Execution):Logic Tale」

 

 

 ──なんだ? なんと言った?

 聞き取れない言語。

 理解不能の音。

 情報が意識からすり抜けていく。

 

 自分の存在すら消し去りかねない、目が眩む白光。

 それを見届けながら、まだ、ここからが始まりなのだと自分の予感が告げていた。

 

 



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18 虚構になった日

 転生学識(リィンカーネーション)

 

 それは魂が輪廻転生する、人間の血筋に稀に起こる特殊事象。

 前世で積みあげた経験・知識・記憶を、生まれ変わった先の魂が引き継ぐという突然変異。

 

 火楽祈朱(ボク)の場合、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()を、丸ごと継承する形で発症した。

 

「イリスはどこで錬金術を勉強したの? 今日勉強を始めた私より、ずっと上手いじゃないか」

 

 ボクにとって錬金術とは呼吸と同じだった。考えて式を組む、という工程すら無意識でやっていた。

 だから姉にそう指摘されるまで、ボクは自分の異常性というものを一切自覚していなかった。

 

「私、覚えが悪くってさ。イリス、よかったら教えてくれない?」

 

「──まず構築式からして無駄が多いよね。なにこの工程? やる気ある? 第一術式から第十術式は略式を使うのが基本だよ。あと全体的に速度が遅い。第八百四術式の構築速度と同期させないと初速が遅くなるんだよ。姉さんは七十四番の術式が苦手なの? 違う? 言っておくけど今の演算速度じゃ、三百六番まで一秒で組まないと物質錬成なんて無理だよ? 基礎次元術式は一五〇〇個あるんだから。姉さん? 聞いてるの?」

 

「ごめんイリス。姉さんは姉さんの速度で勉強するよ……」

 

 初めての錬金術指導は、どんな時も笑みを絶やさなかった姉を半泣きにさせることで終結した。

 年下の弟のレベルが違い過ぎて、心が折れる寸前までいったらしい。ボクは両親に怒られた。解せねぇ。

 

 今思い出せば痛快モノの思い出だが、しかし、当時のボクにはこう言ってやりたい──そこで一度、微塵もなく精神をへし折ってやれ、叩き折ってやれ、挫折と屈辱というものをその姉に教えてやれ、と。

 

 まぁ、そんなことをしたところで、きっとあの人の結末は変わらなかっただろうが。

 

 

「────そうか。君が五番目の人理兵装(レリック)を直したんだな」

 

 

 ザザザザザザザザザ。

 雨が降っていた。土砂降りの雨だった。

 空に広がる雲は厚く、黄昏の光さえここには差し込まない。

 

「旧時代での意味で賞賛を送ろう。はっきり言って神業だ。そんな歳で成し遂げるとは、生まれる時代が早すぎる」

 

 絶え間ない雑音のなか、羽織を着た白い少年の声は、清廉に響いている。

 それを聞きながら、泥濘に歪んだ庭で、ボクは己の間違いと、

 

「……クソ姉がッ……!」

 

 ──()()()()()()姉への、心底からの恨み言を吐き捨てた。

 

 姉がボクを頼りにしたのは、錬金術の指南を含めて、二度目だった。

 頼まれた。頼られた。だから上から目線で、“まぁいいけど”って請け負った。

 

『ねえイリス。奥の座敷にある棺のことなんだけど』

『あれ、壊れてるみたいなんだよね。直せる?』

 

 ──棺。

 

 それは火楽家が「信仰」している骨董品だった。毎朝毎朝、家族全員が大広間に集まって、祈りを捧げていた、奇妙なガラクタ。

 話によると、ボクたちの先祖……火楽家初代当主が残した、家宝だという。初代は後世の子孫たちに、とても偉大な人物と慕われていたらしく、以来、大事に大事に、それこそ当代の当主の命よりも優先されてきた物なんだそうだ。

 

 人一人の手には余り過ぎる、闇のように真っ黒な棺。

 ボクはポーズだけで、あんなのに祈りなんか欠片も捧げたことはなかったけれど。

 

 それでも滅多にない姉の頼みだったので。

 

『アレが直れば、きっと皆も目を覚ますよ』

 

 狂っているとしか言いようのない、異様な七十二人の身内を、助けられると信じて。

 思い上がって。

 ──結局。その全員を道連れにした彼女の真意を見抜くこともできず、こんな醜態をさらしている。

 

「火楽家は、昔から他家との交流を絶っていたな」

 

 白い少年が、世間話のような調子で続ける。

 

「人間の寿命の短さを嘆き、悪魔の血を取り入れた呪家。だが初めの目的を忘れ、いつしか最高の悪魔を生み出すことに心血を注ぎ始めた……その完成品が君と、君の姉か?」

 

 少年はボクを見ていない。ボクも少年を見ていなかった。

 落雷でも落ちたかのようにひしゃげ、壊れた屋敷の屋根。──そこに。

 

 居てはならない、

 生きていてはならない存在(モノ)が、立っていた。

 

「……姉さんなの、アレは」

 

 真っ黒な子供のような人型から、無数にうねうねと広がる暗黒の影の触手。

 触手というよりは……髪の毛、なのだろうか。でも姉さんの髪はあんなに、屋根の一角を覆うほど長くはないし、全然違う生き物に見えるが──

 

「君の姉は依り代になっているだけだ。表面化しているアレは、彼女の中身に召喚された、悪魔の方の性質だろう」

 

「……召喚?」

 

「儀式があったんだろう? 直った棺を、真に完成させるための儀式。そのために、優れた魂を持つ君たち姉弟(してい)が選ばれ、核となる材料にされた」

 

「……? でも、ボクは」

 

「そうだ。なぜか死んでいない。姉の方も。おそらく、君たちの家族は二つの儀式を並行して行ったんだ。──君たちの魂を摘出して棺に組み込む儀式と、君たちの魂の代わりとなる悪魔の召喚を」

 

「────、」

 

 ……そういうことか。人間の他にも、魂を理として持つことがある魔の種族。

 真名持ちの上級悪魔。確かにそれならば、代替には相応しい──

 

「悪魔の混血だから、魂が変わったとしても、よく馴染んだんだろう。事実、君は以前の自分と今の自分との自己同一性を保ってる。人間としての魂を失ったところで、残った肉体が記憶と精神を補完する。かくして、悪魔の魂を持つ人間の出来上がり、だ」

 

「……はは。人間っていえるの、それ」

 

「──さて。その定義は、俺もまだ探っている最中だが」

 

 そこで初めてボクは、屋根のものから視線を外して、少年を見た。

 ……歳は、ボクより上。姉さんと同じくらいだ。染み一つない白羽織と紅白の巫女服は、雨に濡れてなお神聖さを失わない。後ろで一つに結んだ白髪で、その顔立ちには年相応の幼さが残っているが、──黒に近しい、昏い紫眼は、この世あらざるものの視点を有している。

 

「……」

 

 予感する。

 きっと彼なら、姉さんを殺せる。

 なんの躊躇もなく、なんの苦戦もなく。

 だって彼は、この大気が軋むような彼女の気配や、この敷地に充満し続ける瘴気に、なんの興味も抱いていない。

 

 ただ在るからそこにいて。

 ただ在るがままに、敵を狩る。

 まるで人のフリをした、神様のようだった。

 

「面倒くさいな」

 

「え」

 

 突如として、見た目と印象にそぐわぬ愚痴を彼が零した。

 

人形(うえ)には殺害を推奨されたが、気乗りしない。アレ、殺す価値とかあるか? なんで俺が見も知らぬお前たちのために、どうでもいい()を始末しなくちゃならないんだ」

 

「ど、どうでもいいって……」

 

 いやアレ、絶対に野に放っちゃいけない系の存在だと思うんですけど。

 実の姉であることを加味しても、危険すぎる。少年が断固として殺すと譲らないのなら、ボクの方にも言い訳が思いつかないくらいなのだが──

 

「俺が殺したいのは一柱(ひとり)だけなんだよ」

 

 ぞくりとするほどの、決意だった。

 

「そのためなら何を賭けてもいいし、何を犠牲にしてもいいし、何を喪ってもいいし、どうなろうと知ったことじゃない」

 

 淡々と述べられているのに、言葉には本気が宿っている。本気しかない。本気で正気で、彼は「たった一人を殺す」ことに、全てを賭けられると断言した。

 

 その「一人」以外なんて、心底どうでもいいと。

 

「だから血縁であるお前に訊く。──アレ、殺すか?」

 

 ナイフを渡されたような問いかけだった。

 何の感情もない紫の瞳が、横目でこちらを見る。

 少年の腰には刀があった。あの棺と同じくらいの重厚さと、剣呑さを孕んだ凶器。

 

 頷けば、姉は死ぬ。

 断れば、彼女は生きる。──でも、どうやって?

 

「……生かす手段なんて、あるの」

 

()()。あそこにいるのは、もうお前の知ってる『姉さん』じゃない。悪魔に乗っ取られ、全てを壊され、かろうじて残った、『だったモノ』だ。助けたところで、また同じような人格が構築されるとは考えられない」

 

 いわば、廃人だ。

 ボクはどうにか()()()()()()けど、姉さんはそうじゃなかった。

 己の内に悪魔を喚ばれ、狂った。

 とっくに狂っていた人だったけれど、それを上回る【狂気】に、侵された。

 

 ……おそらくは。

 それは自ら持っていた狂気を、信念を、真っ向から否定され侵蝕される、ような。

 そういう類の、地獄だったのではないか。

 

「どうする? なんなら何もしないで帰れと言われてもいいが」

 

「……冗談」

 

 そんな恐ろしいコト、できるわけない。

 アレが未だに、呑気に話しているボクらを襲わないのは、単純にこの少年を恐れているからだ。

 蛇に睨まれた蛙。いや、今は少年が見てもいないのに、気配だけでアレは圧倒されている。

 

 決して敵わぬ終わりの運命。

 この少年は、そういったモノを問答無用で引き渡す存在だ。

 

「死んで終わるなんて許さない。七十二人とボクを唆した大悪だよ。廃人になってるのなら都合もいい。ここで生き延びて、相応の生き地獄を味わってもらうのが道理でしょ」

 

 敵を睨む。

 異形の黒影は、闇の中から地上を見下ろしている。

 

【────い■■■り■■■■■■す■■■■■■■■】

 

「──え?」

 

 屋根の上のものが、右手を伸ばした。

 散っていくノイズに、よく耳に馴染んだ、少女の声を伴わせて。

 

【■■■■■どウ■ししシシ■■■て■■■■】

 

 疑念に満ちたような声だった。不可解だ、と弾劾するような声だった。

 

【──すくわれて■■■■■くれないの──?】

 

 意味が分からなかった。

 道理が分からなかった。

 理由が分からなかった。

 

 ……姉さん、何言ってるの?

 

「なんだ、そういうことか」

 

 どこまでも平坦な少年の声に、ボクは我を取り戻す。

 

「弟。アレはどうやら、俺なんかじゃなくて、()()()()()()()()()()()みたいだぞ?」

 

 嘲るような感情の波を感じた。

 ……彼、もしかすると、相当性格悪いのかもしれない。

 

「怖がるって、なんで──」

 

「さぁ。俺は、お前の姉のことなんて知らないからな」

 

「……あんた、本当に殺さずにできるんだよね?」

 

「鎮めるだけでいいんだろ。針を斬るより簡単だ」

 

 シャリン、と鈴の音がした。

 少年がその白刃を鞘から抜き放ち──刹那、ごぅッと黄金の熱風が場に満ちた。

 雨の粒が、蒸発する。

 その一瞬だけ、うるさいばかりの雨足は泣き止んだ。

 

「灼熱。灼陽。残火、我が“残照”は悉くを焼き尽くす──」

 

 斬り放たれる黄金の一閃と。

 天蓋から落ちてきた、真っ黒な虚のような暗黒星が、ぶつかり合う様を見た。

 

 真夏の決戦。

 ボクが味わった、初めの人生の区切り。

 

 この日、「姉さん」は「姉さん」じゃなくなって。

 救世の夢を描いていた愚かな少女は、どこにもいなくなった。

 

 そして、ボク自身も──()()()()()()

 

     ■

 

 初めに五感。次に意識。

 記憶がまとめ上げられ、ボクは目蓋を開けた。

 

「……──知らない天井だ……」

 

「主人公ごっことは余裕そうだな」

 

 びくぅ! とそこで完全に覚醒した。

 勢いで飛び起きると、そこは宿泊室……だった。二段ベッドが対岸にも敷き詰められており、細い道が横たわっている。その先のベッドで、足を組んで座っている影が一つ──本を手に読書中だったらしい、グレンである。

 

「おはよう。体調は? 記憶の連続性と自我の同一性は保たれているか?」

 

「あ、……うん、大丈夫だよ。バイタル、オールグリーン。身体の機能性にも異常はないよ」

 

「ここはキリカの列車工房だ。魔王城攻略からは約六時間が経過している。お前の上で、やしろさんはバッテリーを充電中だ」

 

「お、おお」

 

 なんと簡潔かつ端的で効率的な状況説明。ボクじゃなかったら情報の洪水で、「なんて?」と一度訊き返していたことだろう。

 

「で、三時間前に俺が再度魔王城に突入して、Lance(ランス)Axe(アックス)という十三部隊メンバーを解放した。次の攻略隊メンバーには俺、それから提督にルシファー、キリカまで行くと言ってきかない」

 

「────なんて?」

 

 流石に訊いた。

 なんかちょっと、経緯が色々省かれ過ぎてませんか?

 

「我が城、新たなるアミューズメント企画! だ!!」

 

「その名も『魔王と行く魔王城攻略』!! よ!」

 

 突然ガラッと室内の扉が開け放たれた。

 テンション高めで入って来たのは、妙に息の合った動きの魔王ルシファーとキリカさん。

 

「……は?」

 

 ごめん、誰か説明してくれる!?

 



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19 リスタート

「イリスのことだから、何が起こっているかはもう分かったな?」

 

「グレン、そこまでボクを過大評価しないで! 説明! 説明ください!」

 

 ──宿泊室から出て、ボクが連れてこられたのは隣の車両だった。

 その内装は、キッチン付きの木造喫茶店。まんま寝台列車だった景色が、扉一枚開けただけで立派な店内と化している。

 そしてテーブル席の一角では、

 

六十五万分の一(ロイヤルストレートフラッシュ)。お疲れさま」

 

「ッがぁぁー! Axeの姐さん、強くね!?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……大公様の淹れてくださった紅茶……こ、ここ、これは教会に収めて聖杯として認定すべきなのでは──」

 

「イエ、ただのお茶ですよLance。──おや、目覚めましたかイリスさん」

 

 スーツ姿に仮面の女性、見たことのある鎖使いの青年と、左右の側頭部からツインテールのように大きい黒角を持つ修道服の女性、カリオストロ老紳士の四名が居座っていた。

 

 ……て、あの仮面の(ヒト)、斧持ってグレンに襲いかかってた人なんじゃ。

 

「はぅわわわぁ!? 嗚呼、偉大なりし高潔なる悪魔様の気配ッ……!!」

 

「ヒッ」

 

 ぐるん、と大角のシスターがこっちを振り向く──なにぶん、本当に大きい角なので家具に当たったりしないか不安なのだが、間合いを完全に把握しきった鮮やかな振り向きだった。ショートカットの髪から覗く目が怖い。

 

 ──しかし。ボクと彼女の視線がはっきりと交わることは、なかった。

 

「…………? Rod様、今ここに、悪魔様がいらっしゃりませんか? あれ……?」

 

「──」

 

 言葉を失ったカオス先生が、ボクを見てくる。ていうかこっちだって絶句だった。

 ──この人、嘘をついた事が、ない。ボクが見えていない──!

 

「リーダーの弟さんって、現象か概念系の悪魔なのか? 俺にははっきり見えますけど」

 

「──なんですって? ちょっとChain、今すぐ貴方の目玉と私の眼を交換なさい」

 

「嫌ですが!?」

 

「さーさー、こっち座ってイリスくん! お腹減ってるでしょ、ステーキあるわよ!」

 

 ……教えてもいないのにキリカさんはもうボクの主食を把握している。ぐいぐいと背中を押され、廊下を挟んだ向かいのテーブル席に座らせられた。

 ごとり、とすぐに目の前にスライム肉でできた料理が置かれ──見上げた瞬間、ボクは目を瞬いた。

 

「ご乗車、誠にありがとうございまス。ワタクシ、車掌の『トレイン』と申しまス」

 

「んん!? ど、どうも……?」

 

 ピシッと礼儀正しい礼をしてきたのは、黒い制服に車掌帽──それに()()()()()()を持った、異形の稼働体。

 人工使い魔か、とすぐに思い当たる。キリカさんが錬金術で作った、この列車工房の管理者……といったところだろう。

 

 ……次から次へと見知らぬ顔ばっかりで、まだちょっと頭が追いつかないな!!

 

「えーと。それでグレン、いい加減に現状の説明をして欲しいんだけど……」

 

「何行で説明した方がいい?」

 

 ボクは場の人数を数えた。ちょうど、八人。

 

「……八行! リレー式で!」

 

 わかった、とグレンが頷く。同時にボクはナイフとフォークを持って、食事にかかる。

 

「やしろさんの術式で『物体A』の侵略者は眠った。次キリカ」

 

「だけど魔境の支配権は、未だにアガサちゃんが握ったまま! はいカオス!」

 

(ワタクシ)が解放された彼女らの精神を解析したところ、領土権は城内の第十三部隊(サーティーン)に分配されていることが判明致しました──どうぞChain君」

 

「魔王城の開錠にはいちいち時間がかかって、このままだと突入できる回数が限られる、でしたっけ。Lanceよろしく」

 

「え、ええと、リーダーを含めて、()()()()()()()が目標でございます! Axe!」

 

「ただし裏切り者が出る可能性が高く、更に『物体A』への対処法も早急に考案しなければならないな。では、車掌」

 

「飲料水のおかわりは必要でしょうカ?」

 

 ください、とボクは空になったコップを天球儀の車掌へ突き出す。

 

「……以上をもって我が城の攻略法は、自称ルナティック、もとい魔王アガサの部下たる残りの第十三部隊(サーティーン)を削り、最後に本命を叩く!! 心してかかれ!」

 

 廊下の真ん中で仁王立ちしたルシファーがそう締めくくる。

 なるほど──込み入った事情はあるが、やることはシンプルだ。けれど、

 

「しつもーん。ボク、第十三部隊(サーティーン)の最後の一人、知らなーい」

 

 そう。

 元より城外にいたのが、チェイン・ハンマー・カリオストロ先生の三名。

 けれど──ボクが玉座の間で見たのは、姉さんを入れて九名のみ。そこから二を引いても七人となり、残り八名とするための「あと一人」がボクの情報には欠けている。

 

「それは我が軍の『情報使い』……Info(インフォ)のコードネームを持つハッカーですネ」

 

「うわ、コードネームからして嫌な気配。リアルハックで現実改変する感じ?」

 

「──、正答が早すぎますヨ、イリスさん。名前だけでそこまで見抜きますかね、普通?」

 

「現実改変までいけるかはともかく、Infoの兄貴が裏で魔王城のロックを設定してるのは確実でしょ。メンバーの中でも最優先で確保しておきたい人材ですよ」

 

 というのが、チェインさんの言だ。

 第十三部隊、本当に高級人材の集まりだな。姉さんが指揮官でいいんですか?

 

「あと、そうだ。裏切り者って──」

 

「提督」

 

「提督デスネ」

 

「提督だと思うわ!」

 

 し、信用がねぇ……

 あの提督、歴史上でやらかしすぎだ。

 

「な、なにおう!? 我が盟友、そこまで信じられていないのか!?」

 

「むしろ信じてるのお前だけだぞオーナー。同じ協力者として助言するが、今からでも遅くないから手を切れよ」

 

「い、いやだがしかし……友情を抜きにしても、奴の装備錬成による供給がなければ、我が軍の火力部隊も心元ないというか……」

 

「有能なのは間違いないので、そこがタチ悪いんですよネ、あの暗黒提督」

 

 はぁぁぁ、と凄く実感のある溜息を零すカオス先生。

 そういえば、この人と提督ってどういう関係なんだろう?

 

「ねえ先生。提督とはどういう関係なの?」

 

「──ふっふっふ。それは私から説明しましょーう!」

 

 と、言葉を差しこんできたのはキリカさん。得意げな表情で、待ってましたこの話題が出る時を! と言わんばかりだ。

 

「時は地上歴4400年ごろ! その当時、地上では『剣鬼(けんき)』と称されるとんでもない剣士がうろついていたの!」

 

「剣鬼……?」

 

 そんな異名の人、いたっけ?

 

「さらに同じ時代! 天空では『戦艦工房』という未曽有の人工災害が飛んでいたわ! それまで負け知らずだった剣鬼は、そんな空飛ぶ戦艦に敗北を重ねてしまうの!」

 

「ほうほう」

 

「だけどいくら戦闘狂の剣鬼といえど、流石に考えたわ! あの憎らしい戦艦を、その主たる提督をどうやって地上に叩き落とすか! そこで剣鬼、もう手段は選ばない! 藁だろうが悪魔だろうが頼ることにして、『錬金術』に詳しいっていう悪魔を訪ねたわけ!」

 

「訪ねたというか、ほぼ襲撃みたいなモンでしたがね……」

 

 カオス先生が遠い目になっている。なるほど、その錬金術に詳しい悪魔っていうのが、当時の先生のことらしい。

 

「そして決戦の時はきたれり! 天空王と、錬金術を習得した剣鬼──プラス『名無しの悪魔』の一対二で戦いは幕を開けたわ! 長く激しい戦いの後、遂に剣鬼は勝利したの! 剣鬼の名を、テオフラトゥス! 今の統括長テオフラトゥス──私のお義父さんよ!」

 

「あぁー! そういうオチ!」

 

 へー、昔は「剣鬼」なんて呼ばれてたんだ、あの人。

 今じゃ剣聖って呼ばれる、今もなお生きてる英雄の一人なのに。

 

「えーと? じゃあカオス先生は、提督との戦いを知ってるんだね?」

 

「デスネ。二度と戦いたくねぇデス。あんなのはよほどの暇人か愚人がやることデスヨ」

 

「遠まわしな自虐なの?」

 

「くっ……」

 

 ぐさり、と何か刺さったようで、紅茶のカップを持つ手を震わせ、老紳士はうなだれてしまった。この人も、大概面白い人生送ってるなぁ。

 ──ていうか。それ以上に、真名持ちですらない、下級中の下級である「名無し」の悪魔なのに、今日まで生きてるって一体…………

 

「まぁ、脱線しちゃったけど今の状況と経緯は分かったよ。でも、カリオストロ先生たちは魔王城攻略に参加しないの?」

 

 ステーキを完食し、ナイフとフォークを置きながらボクは再び問う。

 攻略法は、要するに駒取りゲームだ。それで姉さんの支配領域を削って弱体化させて、あの「物体A」との繋がりを切断する。……その後に待ち受けるだろう「裏切り者」、「本命」との戦いについて考えるのは、今は後回しだ。

 

「ハイ。面目ありませんが、我々第十三部隊(サーティーン)は、あの城には入れません。『攻略者』に敗北し、『追放者』となったLance、Axe。いち早く城から離れたChain君、Hummerも近づけば手駒にされかねませんからネ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 端的に核心を突くと、老紳士の目が一瞬丸くなる。

 ここにいる中で、最も精神操作・精神侵蝕に長けている錬金術師はこの人だ。一番敵に回したくない最凶代表、それがカリオストロ・ルージュシュタインを名乗る老悪魔である。

 

「ふ、ふふふ、本当によい生徒ですネェ、イリスさんは」

 

 ……すごく悪い顔で先生は笑う。垣間見える本性はひとでなしの悪魔の根底そのものだ。提督に並ぶ極悪性を、きっとこの老人は長年練り上げた擬態法で覆い隠しているに違いない。

 

 ボクがただの人間で、子供の生徒だったら、一つぞくっとでもしたのだろうが──『真名持ち』と『名無し』という悪魔間の絶対的上下関係、錬金術師としての単純な実力差で、そこまでの動揺はない。

 

 ボクは心からこの先生を敬愛してはいるけれど、同時に殺せるだろうという確信も存在する。こういう変にシビアなところも転生者たる影響なのだろうか? 分からない。

 

「──今の(ワタクシ)の任は、お嬢様をお守りすることです。第十三部隊(サーティーン)に属してはいますが第十三部隊(サーティーン)として動いてはおりません。リーダーから『裏切れ』とお達しが下ろうと、その命令を聞き入れることはないのでご安心を」

 

「……そうなの?」

 

 ボクはキリカさんへ視線を向ける。

 

「らしいわよ! でも私が向こうに人質に取られたらカオスがどう動くかは未知数ね! さぁ魔王城攻略、はりきって行きましょう!!」

 

「お嬢様? (ワタクシ)のちょっと良い話、聞いておられました?」

 

 きーてたきーてたー! とはしゃぐキリカさん。おお、もう、このじゃじゃ馬娘め。

 もしかしてカオス先生って、統括長親子に振り回される運命にあったりするんだろーか?

 

「まぁ、キリカには人質の価値も無いだろ。別に同行しても問題ないと俺は思うが」

 

「そうなのッ!?」

 

 がぁん、とグレンの発言にキリカさんが涙目になる。

 価値、ないんだ……良いトコのお嬢様なのに……

 

「価値がないって、なんで? カオス先生を動かせる可能性があるなら、相当なものだと思うけど……」

 

「護衛対象が攫われたからって、わざわざ危険を冒してまで取り戻しに行くほどの甲斐性、この悪魔にあるのか?」

 

「……」

 

 ……沈黙。

 ただしチェインさんとアックスさんはうんうんと頷き、ランスさんは「そういうところもステキ♪」と両指を組み合わせ、当のカオス先生はキリカさんから顔を逸らして紅茶をすすっていた。

 

「……カオス、給料差し引き決定ね」

 

「何故にッ!?」

 

「魔王の我輩もドン引きダナー……」

 



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20 攻略開始

『あのInfo君が相手となると、いずれ扉解錠のための手が足りなくなるでしょう。今のうちに、人類軍の科学班へ協力を要請しておきます』

 

 ──というカリオストロ先生(減給刑)の今後の対策を聞いてから、ボク、グレン、キリカさんは提督の居城へと向かっていた。

 

 といっても、キリカさんの列車工房はその地下スペースに展開されていたので、降車してすぐに見えるエレベーターで一気に上層階へ。なんか無駄に科学を意識したような造りで、ガラス製の壁からは、魔物たちが行き来する城下町な景色が見下ろせる。

 

「……そういえば今って何時?」

 

「夕暮時の十七時前後ね! 私たちが出会ってからまだ一日と経っていないわよ」

 

 怒涛すぎる……

 魔境に来たのが朝焼時の九時ごろ、姉さんを殺しに行ったのが十時ごろ。で、ボクが起きた三時間前……十三時ごろに、ランスさんとアックスさんが解放された、と。

 

「ランスさんたちは、やっぱりグレンが解放したの?」

 

「ああ。お前とやしろさんを外まで運んだあと、扉が閉まる前にもう一度単騎で城に突入した。槍使いのシスターと斧使いの仮面、それに神獣の奴とも交戦した。逃げられたけどな」

 

 神獣──あの軍帽の少年か。

 一人だけ姉さんの洗脳にかかっていなかった、異色の存在。その理由はやっぱり──

 

「……何者なの? ていうか主の神が死んだのに、なんで眷属がまだ残ってるわけ……?」

 

「エリファレットくんも特殊な出自なのよ。違法な錬金術で生み出された、人類と神獣の合成体(キメラ)。間違いなく今のラグナ大陸で五本指には入るトンデモ存在ね!」

 

「キメラ……!」

 

 あの奇妙な気配はそういうことだったのか。

 姉さんの洗脳が通じないのも第一位の眷属の血があるからだろう。超抜存在の間で、()()()()は大きな意味があると言われている。第三位の姉さんの力では、あの少年の意識を乗っ取ることは不可能だ。

 

「詳しいな、軍属でもないのに。それも『見て』把握したのか?」

 

「そーよー。悪いけど私のコレ、常時発動型なの。私にとって世界はドミノ倒しとなにも変わらない。その名も、『症例・解析眼』よ!」

 

「技名みたいに言われても……」

 

 人は視界で八割の情報を取得する。

 しかしキリカさんの場合、気温を感知すれば微粒子レベルで天気が。機材を見ればパーツごとの素材から原産地まで。人を見ればその人のそれまでの人生が、思考が、思想がわかるのだろう。

 

 きっと彼女の「視認」は、逆算と同じなのだ。現在の状態から、「なぜそうなったのか」という過程までも解析する。

 

 一体どういう経緯でそんな体質になったのだろうか? 少なくとも、人体構造は他の人類となんら変わりないと思うのだけど……

 

「『久遠家の禁忌』か。ラグナ大陸の人間の家系には、ロクなところがいないな」

 

「あ、やっぱりそうなの? イリスくんも苦労したのねぇ……」

 

「……口ぶりからしてお互い様っぽいけど。じゃあグレン、あの自称留学生のところもそうなの?」

 

 自称留学生にして真なる異世界人。

 いつからか社に居座るようになった男子学生カゲアキ。彼の正体も、ボクの視点からすれば色々謎だ。

 

祈代(きしろ)家は、最もネジが飛んでる賢い一族だろうな。誰よりも先にこの世界を見捨てて移住したような奴らだ、決断力と順応性にあそこまで全振りした家系も珍しい」

 

「あっ、私の知らない同類さんのこと!? どんな人なの!? 年上? 年下? かっこいいの可愛いの?」

 

「いや、キリカは会わない方がいい。たぶん天敵だから。人格的に」

 

 わくわくした顔だったキリカさんが一瞬で固まり、エレベーターの外へ視線を戻す。

 

「──よし、聞かなかったことにするわ!」

 

 異世界人の謎は、こうしてまた維持されるのだった。

 

     ■

 

「よく来たな捨て駒ども。さっさと位置につけ、始めるぞ」

 

「待て。その前にそこの不穏な機材について説明しろ」

 

 ──提督の待ち構えていた司令室に出向くと、そこには透明なカプセルケースが存在していた。サイズは完全に人類用で、カプセルの中には横たわるための椅子が備え付けられている。

 

「コイツは『本体格納ケース』だ。肉体から魂を引きはがして、魂をデータ化、目標のダンジョン内に送信する。残機が一しかねェ弱小生命のためにオレ様自ら錬成(つく)った至高の凡作だが、何か?」

 

「えっ、リアルVRMMOができるの!? なにそれ提督、スゴくない!?」

 

「……、」

 

 素直に賞賛し始めるキリカさんに反して、グレンはジトっとした目で「帰りたい」を訴えていた。

 しかしボクの眼から見ても、このマシンは完璧だ。肉体保護は当然、魂に干渉する機能にも問題があるとは思えない。──問題といえば、その「魂に干渉する装置」という部分なのだろうが。

 

「……要は、なんだ。こいつの中に入って、魔王城に仮のアバターを作成し、そこで死んでも“夢だったかのように”、こちらへ帰還できる……というような?」

 

「その理解で正解だ。機材的問題があるとすれば、『理持ち』程の魂強度がある生命体じゃねーと、“データ化”まで持っていけねぇという点ぐらいだな」

 

「!」

 

 ボクは目を丸くする。

 

「提督、いつそんなこと見抜いてたの?」

 

「いつも何も、んなモン『見りゃ分かる』。オレ様が何度自己改造を繰り返してきたと思っている? この右目は魂を読み取る『観測眼』だ。人間並に魂強度が強いオマエらが、連中の血筋ってことくらいは初見で看破してたぞ」

 

 ……うわ。

 油断しちゃいけない人だとは思ってたけど、そんな魔眼を持ってると知ると、ますます警戒度が上がってしまう。魂を直接視認できるって、世界の解像度が根本からして違うじゃないか。

 

「……せっかくの珍しい厚意だが、俺は遠慮する。直接魔王城に出向いて攻略に参加させてもらうぞ」

 

「オイオイ、向こうのバックにいるハッカーは『リアルハッカー』だぜ? また生身で行ってみろ、テメエまで支配下に落ちたらこっちが不利になるだろうが?」

 

 提督はニヤニヤと勝ちを確信した顔で理屈を並べ立てていく。

 ……説得力はある。確かに、『インフォ』というまだ見ぬメンバーの脅威はボクらにとって未知数。そこで提督ほどの大錬金術師が作った装置で対抗するというのは、けっこう、理にかなった攻略法ではないだろうか。

 

 ただし、

 

「………………」

 

「……まあ。グレン、気持ちはわかるよ」

 

「……信用度が底辺突破してるのは、この際、いったん諦めた方がいいんじゃないかしら……」

 

 この提督ギルトロア、既にあまりにも信用がない。

 さんざんカオス先生を始め、警告を受けていたし。

 歴史書にも載っている伝説的連続前科者であるし。

 何よりもグレン本人が、なにか、この提督という存在を忌避しているようだし。

 

「さぁさ、入った入った! なぁに安心しろよ、オレ様だって自分の工房を取り戻すまではコトを構える気はないさ。契約書も交わしてる、おとなしく味方()ってやるから、このありがた~いご厚意に甘えるんだな!!」

 

 ……悪役の自覚がありやがるらしい。こいつはたぶん熟練のプロだ。ここまで言われると、一周回って謎の信頼が芽生えてくるものだ。

 

「……仕方ないか……嫌だなぁ……仕方ないかぁ……」

 

 グレンの面持ちは沈んでいる。ストーリーテラーに依頼された時だってここまでじゃなかったのに。

 

「──ところで提督。このケース、二人分しかないようだけど?」

 

「あぁ? テメエにゃこんな『中継地』、必要ねーだろ。自力でなんとかするんだな」

 

 ですよねぇ、と肩をすくめて、グレンとキリカさんがケース内の椅子に横になったのを見計らって、ボクも独自で魔王城への「侵入」を開始した。

 

     ■

 

 証明開始──顕現完了。

 

 目を開けると、そこは傷一つとしてない、綺麗な城内ホールの中心だった。

 見覚えがあるエリアだ。けどおかしいな。ここ、爆破したはずなんだけど……?

 

「……なんか気持ち悪いな……」

 

「う~ん、ちょっと思考と身体の動きにズレがあるわね……」

 

 と、振り向けばそこにはグレンとキリカさんの姿があった。

 姿形には特に変化はない──が、二人とも肉体情報がすっかり欠如している。「魂のみ」でここにいる影響だろう。

 

「あれ、人理兵装も持ち込めるんだね」

 

「……人理兵装(レリック)の素材も『理持つ魂』だからな。ケースに持ち込んだら、自動的についてきた」

 

 そういえばボク、グレンの刀の元になった理って知らないんだよな。

 知ったからってどうこうするわけではないけど、そういえば長年気にならなかった謎ではある。

 

「……ねぇグレン。城内が復元してるのはどういうこと? ボク、間違いなく半壊規模に荒らしたはずなんだけど」

 

「やしろさんの権限行使の影響だろう」

 

「ていうと?」

 

「最後に発動したアレは全てを白紙に戻し、世界の異常値を『元に戻す』、()()()()の術式だ。異界の侵蝕率のリセットと同時、損傷した城の機能も丸ごと、一度俺たちが突入する前の状態に戻った──あのバッテリーの消耗率からして、城内の時間も停まっているものと見ていいだろうな」

 

 ……現実改変ならぬ現実修復、か。

 再構築と時間停止の複合権限なんて、やっぱりあの機械人形さん、造られた時代が謎すぎる。

 

『テステス。聞こえてるな? 分身体(アバター)の具合はどうだ』

 

 中空に青ノイズの走ったホロウィンドウが現れる。そこから聞こえるのは提督の声だ。

 

「最悪。星一つ」

 

「ダメダメ。アップデートを求めるわ!」

 

『ふむ、精神と魂の動きが合ってないのか。……コレでどうだ?』

 

 グレンとキリカさんの周囲に、なにやら青文字の錬金術式が展開された──きっとこの中ではボクの視界でしか見えていないだろう──すると一瞬の後、二人は手や腕を動かし、調子を確かめ始める。

 

「ラクになったな。さっきよりは」

 

「あ、いい感じいい感じ! まだ違和感はあるけど」

 

『逐一こっちで細かくアプデしてやる。さーァとっとと進めェ、攻略者ども! このテストプレイの結果が、明日のオレ様アバターのクオリティに反映されるんだからな!』

 

「……さりげなく攻略希望を取り下げていたのはそのためか……」

 

 そういえば提督も魔王城攻略に参加したい、って言ってたらしいんだっけ。

 あれ? そういえばその、“新アミューズメント企画”と意気込んでいたどこぞのオーナーは、いずこに?

 

「遅いぞ勇者ども。もっと我が城を取り戻すやる気を見せてみないか!」

 

「あっ、オーナー……おー……なー……?」

 

 声の聞こえた方、ホールの柱……もっというとその角にできた影から、それは現れた。

 ──どう見ても黒狼さんだった。その口から、なんでか魔王ルシファーの声がする──!

 

「ちょっ、ど、どうしたのそれ。オーナーでいいんだよね!?」

 

「無論だ。身体はちょっと借りた」

 

「恐れ知らずか!? 黒狼さんに後でお礼言いなよ!?」

 

「黒狼ではない、こやつの名は『ギュスターヴ』だ! 覚えておけ」

 

 知らないよ! っていうか名前を呼ぶことすらおこがましいよ!

 友情サービスってやつなんだろうか……黒狼さんといいストーリーテラーといい、なんかこの魔王に甘くない……?

 

「かっ……かっわいいぃぃぃ────! オーナーだけどかっわいい! ねぇねぇ、撫でさせて撫でさせて!? ふわっふわの毛並み、堪能させて──!?」

 

「ヌッ!? いやマテ統括長の娘よ、ギュスターヴの身体は下手に触ると危な──」

 

 好奇心旺盛少女・キリカさんがその黒い毛並みに飛びつこうとした時だった。

 サッ!! と鮮やかな動きで黒狼が翻り、魔の手からよける。……一瞬の沈黙を挟んで、再びそーっとキリカさんが手を伸ばすと、さささ! と今度はボクの後ろに黒狼オーナーが隠れてきた。

 

「……なんで逃げるの!?」

 

「いや……なんか身体(ギュスターヴ)の方が勝手に。貴様、なんかしたのか?」

 

「してなぁーい! どーして──!?」

 

「あぁ……キリカはホラ、『アレ』だろ。その狼にとってはお前が天敵なんだろ」

 

 と、またもや意味深な解説を挟むはグレン。

 ……ボクの知識不足もあるけれど、この人やっぱ、神子として色々知ってるようだ。

 

「『アレ』って……?」

 

「そこはプライバシー的な。そうだろ、キリカ」

 

 すると、キリカさんの方も黒狼に手を伸ばすのをやめて、がっくりとうなだれていた。

 

「うー……ううぅー! もういい! 先に進むわよ皆! アガサちゃんたちを助けて、たぶん悪い提督をやっつけましょう!」

 

『無駄話は終わったかー?』

 

 むしゃむしゃと、なんか青いホロウィンドウの向こうから咀嚼音が聞こえる。提督め、菓子かなにか食ってるな。完全に観客側だ。

 

『今日中にもう二人くらいは解放してくれよ。魔境領土の支配権の話が、別の魔王軍に漏れたら面倒なことになるからな』

 

 ……それは確かに。身内が申し訳ない。

 実弟としても、早く怨敵・我が姉を撃破して、祝勝会を開きたいところである。

 

 

「──ふ。そう都合良く行くとお思いですか!? 連勝続きで調子乗ってるみたいですけど、こっちだって防衛戦初日なんです! 今のうちにそのビギナーズラックを堪能しておくんですねッ!!」

 

 

 と、なにやら勇ましい煽り台詞。

 それはホールの上から聞こえてきた──階段を上がった先のバルコニーの手すりの上に、あのエリファレットと呼称される、軍帽金髪の少年が立っていた。

 

「あーっ! エリファレットくん! ひさしぶり~! 元気してた!?」

 

「あっうわっ、元気ですキリカさ……じゃなーい! Scythe(サイズ)、Scytheです今はッ! 小官、軍務中ですので!」

 

 サイズ──鎌使い、か。ぴったりのコードネームだ。ボクはまだ、あの撤退時に見た、光の鎌の鋭さを忘れてはいない。

 

「『魔城攻略者を相手せよ』! それが今の命令(オーダー)なればッ! 小官なりの全身全霊でお相手するのみ、です!!」

 

「……我が城を勝手に占領して何を、と言いたかったのだが。あの小童、なんだ? まずくない? アレ、我輩より強くないッ!?」

 

「え」

 

 オーナー(黒狼)から思わぬ弱音。

 いや、そりゃあ第一位の眷属キメラなら、このメンバーで相手できるのはグレンくらいで──……あれ?

 

 ……アレ? もしかしなくてもあの少年、最強なのでは?

 

「俺が残ろう。お前らは先に行け」

 

「「ええっ!?」」

 

「なんだ二人して。妥当だろ」

 

 ボクとキリカさんの驚きように、グレンは呆れた目を寄越してくる。

 ……いやぁその。

 ぶっちゃけ、グレンなしで攻略に挑むの、結構勇気がいりますけど──!?

 

「よし分かった任せる! 行くぞ二人とも! こっちに別口がある、ついてくるのだ!!」

 

「え──あぁ、うん! ぐ、グレン、なるべく早く合流してね!?」

 

「ちょっぱやで終わらせちゃってねグレンくん! ちなみにエリファレットくんは覚醒前に撃破するのが吉よ~!!」

 

「あーっ! 情報漏洩ダメですキリカさんっ!」

 

 怒ったような少年エリファレットの声が聞こえてくる。背後からのそれを聞きながら、ボクたちは足早にホールの左側にあった通路を走り出した。

 



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21 バーサス

「オーナーはさ、なんで魔王とかやってるの?」

 

 剣豪VS神獣との恐るべき死地からだいぶ離れて。

 その戦闘音と余波の轟音が遠のいてきたところで、廊下を小走りしながらボクは話題を振った。

 

「……こんな時に、ナゼそんなことを訊いてくる?」

 

「気遣いを察してよ。お互い、今日が初対面なんだよ? こういう空き時間にこそブレークタイムが必要でしょ」

 

『今破壊(Break)の話をしたか?』

 

 してねぇ。テロリストは黙ってろ。

 

「そう言われてみれば謎よねぇ。『どうして魔王たる者は、魔王として振る舞うのか?』。魔王石から伝わる意志なのか、なぜ魔王は魔物を従え、魔物はそれに従うのか? もうそういう存在なんだー、って勝手に解釈していたけど、理由があるなら聞いてみたいわ!」

 

 流石はキリカさん、空気の読みは一流だ。この会話への溶け込みやすさ、まるで数年前から知り合いであったような気さえしてくる。

 

「……逆に問うがな、悪魔の小僧。貴様は『なぜ錬金術師なのか?』と訊かれて、用意している答えはあるのか?」

 

「ん? そんなの、世界のことをもっと知りたいからに決まってるじゃん」

 

 錬金術とは万物理解に通ずる学問だ。

 前世、前々世、あるいはずっと前の人生から、ボクはそうやって生きてきた。

 今のこの身には知識しか無いけれども、膨大に積み重なった知識から、「なぜ錬金術師でいるのか」「錬金術師でなければならないのか」は明白だ。

 

「ボクは自分のことだけは知りすぎてるからね。もう、『知りたい』って思えるものが外界にしか無い。そのために錬金術が一番手っ取り早くて、一番楽しいから、結果的に錬金術師をやってるだけだよ」

 

「……なるほど。まさしく、だな。ちなみに我が盟友ギルトロアよ、貴様には『動機』なんて存在するのか?」

 

 あ、それはボクも気になる。

 稀代の大錬金術師は、いかなる理由でそう在り続けているのか?

 転生し続けてきたボクとは違い、「ずっと」生き続けてきた提督は、どういう──

 

『そりゃァ、己が手でこの世界という盤上を、破壊の光景で埋め尽くすためだが?』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 期待したボクが愚かでした。なんだよこいつ、なんで万物を創る錬金術で、万物をぶっ壊す方向で行動理念が一貫してるんだよ!

 

「ねぇ。私の妄想だと思うけど、提督って『魔王』個体の亜種とかだったりしない……?」

 

「そもそも種族不明だよねぇ。自己改造って言ってたから、この世の『錬金術という概念』の代弁者だったり? ハハハッ、ごめんテキトー。そんな存在知らなーい」

 

『ンな超越存在じゃねェよ。オレ様だってただの生命体に過ぎん。造物主が死んでから、暇を潰しに錬金術かじってたら数千年経ってただけの人生(ハナシ)だ』

 

「ぞう」

 

「ぶつしゅ?」

 

 えっ。今、さらっと歴史の謎が開示されたような。

 

「……え!? て、提督って、人造生命(ホムンクルス)だったの!?」

 

 てっきりマジな異界生命体とか、神々とは別種の破壊の僕みたいな存在かと思いかけたけど!

 同じ人類なんだ!? へー!!

 

『出自の情報をバラしただけでそう食いつくモンか?』

 

「食いつくよ! ぞ、造物主って誰。名のある錬金術師!?」

 

『知りたいか。ならば対価だ。テメエもその過去を丸々明け渡すんだな』

 

「うっ……」

 

 ぐぅ、いいところで。

 過去を明け渡す──過去の記憶を抜いて譲渡する、って意味だよなぁこれ。

 そんなことはできない。()()ボクでは不可能だ。

 

 ──だって十歳以前の本物の記憶は、あの棺の中に持ち去られてしまっているのだから。

 

「ッ!! 総員待て! 来るぞ!!」

 

 ルシファーが警告したとき、遅れてボクも新手の気配を察知した。

 ガゴン、とまず聞こえたのは駆動音。

 刹那の後、前方の天蓋から爆撃が降ってきた。

 

(──、)

 

 カッと視界が白み、床に亀裂が入ったのを悟る。ボクは素早く壁へ跳び上がり、周囲の爆風と衝撃波を錬金術で無効化する。

 

「二人──!」

 

 キリカさんから情報が上がってくる。粉塵が視界を邪魔しているが、彼女もどこかで無事なようだ。

 ……ルシファーはまぁ、借りてる身体が身体だから、あまり心配する必要はないとして。

 

「逆算終わりッ!」

 

 今の射線を元に、攻撃位置と術師を特定する。

 再び装填されるような音がしたが──それよりこちらの干渉の方が早い。

 廊下を抜けた空間に着地し、狙撃者と凶器の姿を目視する。

 

 その青年は()()()()()()()。黒コートに隠れてるけど下は洒落た格好だ。背後には、威圧するように漂う巨大な──四エートル弱のボウガンが見えた。

 

錬成干渉(アルス・マグナ)……!」

 

 ボウガンの支配が完了する。術式の分解を実行する。

 バキン、と一瞬でボウガンは砕け散ったが、直後に首筋に冷気が走った。

 

「イリスくん、伏せ!」

 

「ッうっわわ!?」

 

 倒れ込むように屈んだ瞬間、後頭部の端を風が薙いでいく。

 いや、風じゃない。きっと刃だ。

 転がったとき、背後に迫っていたもう一人も視界に入る。──こちらも若い青年。両手には美しい双剣が握られていて、一発でそのコードネームに予想がつく。

 

「──ッ!!」

 

 だが、それに思考を割いている場合ではなかった。

 頭上で錬成の気配がする。中空に陣取った弓使いが、四十近い矢で空間を埋め尽くしていく。

 発射は錬成とほぼ同時。見事な腕前だ、防御なんて考えたらすぐに串刺しである。

 

 ──相手が天才(ボク)でなかったらの話、だけど。

 

錬成却下(キャンセル)ッッ!!」

 

 一声のもとに、矢雨が青い光となって砕け散る。

 崩壊していく相手の術式。たった今ばらばらになったそれらを、こちらの支配下で再錬成(リサイクル)する。

 

「っ……!」

 

 だがそんな間にも双剣使いの刃が首に迫る。ぎりぎりで剣先を避けるも、流石にこれ以上の速度からは逃れられないと予感する。

 

Sword(ソード)くん、こっち!」

 

「!?」

 

 こちらを襲ってきた白刃が、赤い影に弾かれる。ギャィン、と打ち鳴る金属音。双剣使いが横やりを入れてきた第三者──キリカさんを振り向く。

 

 その一瞬、ボクも彼女の得物を目にした。赤い赤い、柄のない刀。

 見る者の肌が粟立つような、赤。おぞましいまでの生命の脈動。痛々しすらある鮮烈さは、血液を思わせた。

 

「──錬成完了(アルス・マグナ)

 

 考察は後。

 ボクはボクで弓使いの術式への干渉と再錬成を終わらせる。一瞬前に砕けた矢は緑光のエーテル弾へと生まれ変わり、中空の術者へ向かって射出された。

 城内に轟き渡る炸裂音。エーテル同士の衝突で空間が揺れ、軽い爆風が巻き起こる。

 

(……防がれた!)

 

 弓使いに直撃だったが、障壁がそれを阻んだと察知する。

 その時、すぐ左手側で起きた剣戟音に目を向けると、赤い刀を持ったキリカさんがこっちに背を向けたまま、双剣使いを後退させたところだった。

 ……意外なことに、彼女の立ち姿はグレンにも引けを取らない、一人の鍛えられた剣士のものだった。

 

「キリカさん、戦えたの?」

 

「私のお義父さんが誰だったか忘れたのかしら! 剣術、剣法、剣理、ぜんぶ教えてもらったわ! すっごいスパルタだったんだから!」

 

『負けろ負けろ』

 

「提督は黙ってて!!」

 

 そうか──剣聖テオフラトゥス。

 彼女の養父はかつて提督ともやり合った生きる伝説。ならば彼女が今持っている武器も、その伝説になぞらえた「血刀マスカレイド」か。……見たところ、模造品っぽいケド。

 

「じゃあ、そっちの人は任せていい?」

 

「お安い御用よ! でも私、スタミナ無いからさっさと加勢してね! あとやばいと思ったら、この辺一帯吹き飛ばすから!」

 

 吹き飛ばす用意があるのかぁ。実に錬金術師だ。

 ……ところで。

 

「提督、オーナーは?」

 

『そこから座標31。最初の爆撃で意識と精神が吹っ飛んでる』

 

 ちら、とこの広いホール場に入る廊下の手前を見ると、目を回して雑巾のように転がっている黒い狼が。

 うーん、まるで身体の性能を活かしきれていない! 魔王に憑依術はまだ早かったようだ。

 

「……そもそもオーナーって、自分の城に弾かれてる身よね。器を借りたところで、戦闘なんてできる状態になれないと思うけど」

 

「キリカさん、それ追い打ち」

 

 城主としてのプライドまで批評したら何も残らなくなってしまう。

 憐れ、魔王ルシファー。いいとこナシだ!

 

「イリスくん、Arc(アーク)くんは手強いわよ。接近戦なんてしちゃダメだからね!」

 

「……もしかして超武闘派?」

 

「当ったり前でしょ!」

 

 キリカさんが双剣使いへ飛び出していく。それを横目で見届け、こちらも地上に降りてきた弓使いと相対する。

 距離八エートル。相手の目は虚ろで、自動的に戦う機械のようだ。まるで戦う意志というものが感じられない。さっきから全然喋らないし、やっぱりあの半神獣・エリファレット君が超例外なのだろう。

 

  ──さて、相手の手札を整理しよう。

 

 一つ、飛行術式。これは今も阻害中。ボクを倒さない限り、彼はもう空へは上がれない。

 二つ、大ボウガン。ボクには脅威とならないが、また展開されてキリカさんを狙われたりしたら面倒だ。

 三つ、大規模掃射。素晴らしい。シンプルかつ量産型。火力もあり。これだけ使ってくれれば、こっちは打ち返す作業だけで戦闘は終わる。

 四つ、体術。どうにもならない。ボクじゃ無理。彼との戦闘は、この距離を保ったまま迅速に終結させる必要がある。

 

 以上、高速思考で熟考終わり。

 結論は一秒で出た。

 

「展開。方程式(セイクリッド)虚光界(フィールド)

 

 あっけなく。

 ドスリ、と弓使いの青年の身体を、十数本の光の細針が串刺す。

 ボクの錬金術の主素材は「光」だ。光速で攻撃が発生するので、よっぽど運が良くないと逃れることはできない。

 

 けれど今回に限っては、死なないよう設計・設定してある。肉体ダメージはゼロだ。痛みだってないだろう──ただし、青年はもう動けない。

 

「……ッ、カ……?」

 

 こちらを見る青年の瞳に、一瞬意識が戻る。

 光針が刺したのは青年の精神のみ。この直接干渉で、洗脳は解けるのか否や?

 

「気分はどう? 話せる? 自分の名前は言えるかな?」

 

「……なん、……あんさん、誰や……」

 

 意識の表層は覚醒したらしい。しかし針を抜けば元通りだろう。

 それでは意味がない。

 

「うーん、どうしようかな……」

 

『今の城内ルールに則れ。要は、相手に“敗北した”と思わせりゃいい。それで晴れて向こうの駒は「追放」される』

 

「思わせる、かぁ。随分と高度な要求だね」

 

 まぁ──グレンだったら余裕でクリアできる条件だ。あの剣士と戦えば、誰だって「負けです見逃してください」って精神にはなる。

 

 ボクの場合は……そうだなぁ。

 そこで針に貫かれ、棒立ちになっている青年に笑顔を向ける。

 

「──恐縮だけど。君の錬成術式、効率悪いし間違ってるよ☆」

 



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22 一日目終了

「も、もう堪忍して……」

 

 心なしか勢いよく青年がぶっ倒れた。

 おかしい、まだ術式のミスを二、三十個しか指摘していないのに。

 パチパチパチ、とホロウインドウから拍手が聞こえる。

 

『実に鮮やかな精神攻撃だった。参考にさせてもらうぜ』

 

「やめてください」

 

 提督に純粋に褒められると、言い知れぬ罪悪の念がわき上がる。

 さて、キリカさんの方は──

 

「うわーん! イリスくーん!! たすけてぇー!?」

 

 ちょうどヘルプがきた。向き直ると、尻もちをついたキリカさんと、なぜかその手前で動きが止まっている双剣使いの姿がある。

 ……いや、止まってるんじゃない。動こうとはしている。ぎぎぎぎ、と双剣を持つ腕が軋んでいる。それでも一向にその動きが鈍いのは──

 

「……重力干渉?」

 

 それにしては錬成術式がどこにも見当たらないんだけど、まさか。

 

理論()でぎりぎり止めてるだけなのぉ! イリスくん、その灰色の脳細胞でSwordくん倒してぇー!?」

 

 なんでだろう、とても不思議なんだけど、灰色の脳細胞って比喩表現はちょっと嫌な感じがする。なんでだろ。

 

「ボクが剣士に『敗北感』なんて与えられるわけないじゃん……おとなしくグレンを待とうよ」

 

「てーとくー!!」

 

『精神破壊』

 

「発想が終わってる……」

 

 ホントにロクな人じゃない。

 しかしこうして止められているのも今のうちだ。再びこのソードという剣士が動き出したら、ボクには手がつけられない。とりあえず鎖を錬成して、身動きをもっととれなくしておこう。

 

「──、」

 

「?」

 

 ボクが近づこうとすると、双剣使いの眼がキリカさんを外れ、別の場所を見た。

 なんだ、と視線の方向をボクも見てみるが、そこにはついさっき打ち倒した弓使いが転がっているだけだ。

 

 もう一度剣士を見ると、ふっと彼の力が抜けた。キリカさんの力の縛りがもう消えたのか、と一瞬ぎょっとするも。

 

「……あれ?」

 

 ──剣士はそのまま、双剣を落として倒れ、眠り込んでしまった。

 ちょっと様子を見てみるが、起き上がる気配はない。なんか、勝った、っぽい?

 

「……お、おおお! 勝った! 勝ったわ! 流石ねイリスくん!」

 

「いやボク、何もしてないけど」

 

「Arcくんを倒したでしょ? それがSwordくんの決定打だったみたいよ!」

 

 赤刀を消してキリカさんが立ち上がる。絶体絶命感を演じていたが、その肌には傷一つとない。

 

「『仲間が負けたら自分の負け』、『仲間を守れなかったから自分の負け』。Swordくんは仲間思いがすぎるわねー」

 

「……あー」

 

 それはちょっと、ボクの思想観にはない考えだ。新鮮だけど、勝手に他人のことを背負い込むなんて傲慢のようにも思えてしまう。

 

「──うん。イリスくんはそうよね。こういう違いがないとやってらんないわ。じゃあこの二人、お願い!」

 

「とりあえずボクの工房内に回収しておこうか……」

 

 パチン、と指を鳴らすと、彼らの姿が光と化して消える。『白の万象』内に、素材を回収するのと同じ要領で格納したのだ。

 

「終わったか」

 

「あ、グレン──」

 

 振り返ったとき、思わず固まってしまった。

 そこにはややボロボロになったグレンと、その左手で子犬よろしく首根っこを掴まれている金色の少年が。

 

「ぐえー……まだまだぁ……負けてないデス。ぅぅぅぅ」

 

「……倒した、の?」

 

「さあ。本人がこの調子だから、連れ帰るのは無理そうだけどな」

 

 なにがなんでも負けを認めない精神。神獣級の脅威を再び倒さなくてはいけないとなると、非常に厄介だ。どうにかここで敗北をこの少年に認めさせたいところだが……

 

「……ム、ムダですよ。小官はリーダー以外には負けないって決めてるんですからっ。けんごーだかゴッドキラーだか知りませんけど、分かります。小官は、なにがあってもあんたには負けません……!」

 

「負けてるが……」

 

「負けてるけど……」

 

「負けてるわよね……?」

 

「ぐわーっ! 精神的な問題です!!」

 

 意固地だなぁ。これはボクでも説得は難しそうだ。

 ちらっとキリカさんに視線をやるが、無言で首を振られる。お手上げのようだ。

 

「勝敗以前の奴もいたようだな?」

 

 グレンの目がよろよろと立ち上がっていた黒狼に向く。へにょりとその尾は弱々しい。

 

「……言い訳はない。故に面目ない。しかし、貴様たちの実力はよく分かった。収穫としては十分なものだ。正直、信用していなかった。悪かったな」

 

「オーナーって魔王のくせに素直だね……」

 

「ム。評価すべきものを評価せずして何が運営者か」

 

 まともだ。魔物だなんて信じられないくらいのまともさだ。

 だから余計に惜しい。なんだって提督に素で騙されてるんだこの人。

 

「ぐ、ぐぅぅぅうっ……! 魔王はクソザコだけど、他があまりにも過剰火力ですッ! 仕切り直し! 仕切り直しを求めるです!!」

 

 ぎゃー! と軽く暴れ始めるエリファレット少年。まんま子供の癇癪だ。グレンでも抑えられる程度になっているのは、激闘の後のおかげだろう。

 

「なのでぇ……()()()()()()()Wire(ワイヤー)──!!」

 

 空間に彼の声が響き渡る。

 直後だった。

 

 

「【線の理】」

 

 

 ──異常が起きた。

 ピン、と視界に、空間に「線」が入る。

 それはさながら糸のように。あらゆる法則を無視して──現出する。

 

「「「「!!」」」」

 

 そこにいた誰もが息を呑んだ。

 見えた糸のような線は一瞬で消失し、次に空間全体が崩れ始める。

 ()()()()()()

 そう理解した時には、城内の崩壊は止められるような事態になく。

 

「あっ」

 

 天蓋が落ちてくる。魔族でも人間でも、まともに食らえばまず助からない大質量。

 思わずグレンの方を見たとき、彼も動きが止まっていた──いや、正確には操り人形よろしく全身が糸に捕らわれ、頼みの綱である刀もガッチガチに柄と鞘の部分が糸で固められていた。

 

「それじゃー皆さんサヨーナラー! 小官はぶつかってもヘーキですけどねっ!」

 

「エリファレットくんの馬鹿ぁー!!」

 

 ああ、そりゃあ神獣キメラの彼なら、どれほどの瓦礫に埋もれたところで無傷だろう。

 ボクもボクで防御術式や抵抗術式を構築しようとしたが、ことごとく、「発生」する()によって術式が断ち切られてしまう。

 

 万策はここに尽きた。

 そうしてボクらは落ちてくる死の瓦礫になす術もなく──全滅した。

 

     ■

 

「いやぁケッサクだったな!!」

 

 爆笑する提督に無言で拳を放った。笑いながら回避される。

 そこでカプセルケースから、むくりとグレンとキリカさんが起き上がった。二人とも、顔色が悪い。

 

「「ちょっと吐いてくる……」」

 

「あ。う、うん、いってらっしゃい……」

 

「お手洗いは右の突き当たりです」

 

「「アリガトウ……」」

 

 ……疑似的な死によるショックだろう。流石のグレンでもこたえるものがあったらしい。

 死に慣れているボクや姉さんよりもずっとまともである。

 一方で提督はまだ「www」している。ボクらの全滅がそんなに面白かったのだろうか? 控えめにいってもゴミカスすぎる。

 

「まさかの理持ちかぁ……」

 

 最後に発動された、敗因の一手。

 カオス先生たちから、残りのメンバーの能力をちゃんと聞いておくべきだった。……あー、いや、普通に軍事機密だろうし、訊いてもどうせ無駄だったかな。

 

「あー、笑った笑った……くっ、くくっ。見事な負けっぷりだったなァ?」

 

「レベルの低い煽り文句だね提督。殺すぞ」

 

「だがオレ様の発案も無駄じゃなかっただろう? こうして本当の全滅は免れたんだからな」

 

「……」

 

 ……事実が事実なので言い返せないけど、生身のグレンだったらあんな失態はやらなかったと思うんだよな。

 彼は神を殺した人材だ。たかが理持ちの奇襲一つで死んでられるような器じゃない。

 

提督(マスター)。データから専用アバターの作成、完了しました」

 

「よくやった。これで明日は直接城内を探索できるな」

 

 ……やっぱりグレンとキリカさんは実験体だったらしい。

 しかし呆れるとか怒りの感情はなく、ボクはただ、

 

「正気か?」

 

 この提督と行動を共にする未来に、未曽有の脅威を感じていた。

 



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23 過去から追ってくる影

 ピピピピピ、と電子音が聞こえた。

 

「朝焼六時です。最適健康維持のため、起床行動を推奨します」

 

 やしろさんの声で目を開ける。知ってる天井だ。キリカさんの列車工房、その宿泊室のベッドの上である。

 シャー、とカーテンが開けられ、窓から黄昏の光が差し込む。

 そこでようやくボクは起き上がって、再起動したらしいその人を見た。

 

「……おはよう、やしろさん」

 

「おはようございます。自動報告。当機の残量バッテリーは十六パーセントです」

 

 こちらを見たやしろさんの動きは、ややカクついている。

 透き通るような真っ白な髪と肌。淑やかな旅装は、やっぱりまだ見慣れない。

 

「あれ、グレンは?」

 

 向かいのベッドはもぬけの殻。きっちり折りたたまれた布団だけが黙している。

 

「一時間前に起床し、外出しました。行き先、不明です」

 

「……ちゃんと寝れたのかな」

 

「バイタル値は正常を記録しています。本任務に支障はありません」

 

 ……そりゃ表面上はそうだろうけどさ。

 グレンは根源的にボクら魔族を恐れている。外で寝る、なんてどこだって野宿と変わらない。彼にとっての唯一の安寧の地は、境内しか存在しないのだから。

 

「やしろさんはどう? もう戦えそうなの?」

 

「最高権限の行使につき、当機に搭載されていた八十パーセントのリソースは現在修復不可能です。戦闘行動には七十五パーセント程度の支障を引き起こすと懸念されます」

 

「──え」

 

 ……そ、そんな重い代償を支払っていた必殺技だったの、アレ!?

 てっきりバッテリー消費だけかと思い込んでいたけど、とっくにこの人形は死に体だ。いくら二号機、いや前バージョンの古い機体とはいえ、あの「封社やしろ」がここまでなるなんて──

 ……い、今の内に情報を聞き出しておいた方がいいかもしれない。

 

「……ねぇ、やしろさん。異世界の存在だっていう『物体A』ってなんなの? 姉さんは『侵略者』なんて呼んでだけど、龍暦になにがあったの……?」

 

「申し訳ありません。情報検索に失敗しました。データ復元を開始。失敗しました」

 

 うわぁ。

 あまりにも時間がなかったとはいえ、これは絶望的だ。今からでも境内にいる方のやしろさんと連絡をとれないだろうか……

 

「ほ、本体の方に連絡とれない? 情報だけでもどうにか……」

 

「──更新体とのネットワーク上にデータ出現。ファイル名、『龍神ニーズヘッグ』」

 

「!」

 

 さすが! やっぱりやしろさんはやしろさんだった。ボクの質問を予測して情報を送ってくれたみたいだ。

 

「本情報データは機密性を保持するため、展開後に消滅します。ファイルを開きますか?」

 

 ボクの答えは、もちろんイエスだった。

 

     ◇

 

「……やっぱ無理ゲーじゃない? これ……」

 

 列車を出て、ボクは一人、市街地を歩いていた。

 かんかんかん、とどこからか聞こえる鍛冶の音。まばらに通りすぎていく魔物たちの目には、ボクの姿は映っていない。

 

 錬金術の光学迷彩でぶらつき散歩中だ。

 真名持ち悪魔、外からの部外者、おまけに真っ白なボクの身なりは少々目立つだろうし。

 

 が。気晴らしに市街地を見回っても、特に気分は晴れなかった。

 「絶望」という二文字が頭にのしかかる。やしろさんから聞いた「侵略者」の情報は、天才の自負があるボクでも、ちょっと、諦めを覚えるぐらいの話だった。

 

 ──龍神ニーズヘッグ。

 

 そんな名前の神はこの世界に存在しない。やしろさんの記録情報によるとソレは、太古の時代にやってきた、まっとうな侵略存在──分類としては「侵蝕存在」というものらしい。

 

 龍暦5000年ごろ、当時の人類種の半数を滅ぼした災厄。

 人類……といっても、その頃の覇権人類はボクら魔族や、あの有名な人間種でもない。一番初めに世界に生まれたという「始祖人類」というものだ。

 

 彼ら「始人」は、現行人類を軽く上回るスペックの持ち主たちだった。

 一人につき寿命は千年。

 真空世界でも生存可能な強靭性。

 錬金術なんか比じゃない古代の超技術。

 つまりまぁ、当時の世界は人類全員やしろさんだった、みたいな想像をしてもらって結構だ。たぶん大体あってる。

 

 そんな超オーバーパワー人類を、億単位で殺し尽くした災害が、龍神。

 だが根本的に始人たちのスペックが強すぎたため、やがて龍神は打ち滅ぼされることになった。

 

 問題はここから。

 

 龍神の眷属、「龍神の仔」。

 

 それが今、姉さんが精神力だけで抑え込み、やしろさんが最高権限術式で、この世界への侵蝕を食い止めた──今回の本命敵だ。

 

     ◇

 

「『龍神の仔』は、基本的に細胞分裂で増加します。しかし現在は親元の龍神がいないため、侵蝕増殖を行うと予測します」

 

「し、侵蝕……?」

 

「他の存在を『自分に上書き』し、統一した侵蝕本能をもって世界を攻撃します」

 

「こわいこわいこわいこわい」

 

「また、時空貫通を持ち、神子の持つ境界防御や、結界で攻撃を防げません。傷を受けた際の侵蝕付与は現行のエリクサーでも治癒は不可能と予測します」

 

     ◇

 

「……、」

 

 ボクは顔を両手でおおってしゃがみ込んでいた。

 絶望。あまりにも絶望。なにそれ、完全にこっちを滅ぼす気しかない、ご都合みたいな絶対敵じゃないか。

 

「……いや、じゃあ、それを相手に、一人で抑え込んでる姉さんってなに……?」

 

 ……なにかを見落としてる気がする。

 超抜存在の魂を持ってるから、異界存在にも対抗できる……っていう理屈だけで説明しきれない、空白がまだどこかにある。

 

 それが暫定・黒幕疑惑の提督が隠している部分なのだろうか?

 わからない……

 

「はっはっは! こりゃあ見事にやられたもんだねぇ」

 

 ──不意に快活な声が聞こえた。

 顔を上げて、声のした建物に向き直る。立ち上がって入口に近づいてみると、そこはどうやら鍛冶場のようだった。

 

「聖剣、神剣級の業物が全滅じゃないか。どんな辻試斬(しざん)が来たんだい?」

 

「『神殺し』だよ。フラッと歩いてたとこを捕まえて、使ってもらったんだ。見ろ、最高純度のアダマンタイトが真っ二つさ」

 

 やらかしの気配。

 中は広々としており、台座には粉々に砕け散った武器の残骸が置いてあった。十数本とあるどれもが、元は神の眷属を屠るくらいはできる名剣だと分かる。

 また、鍛冶場の奥にはボクの背丈ほどはある漆黒のアダマンタイトが鎮座しており、それはそれはキレイに斜め切りされていた。

 

「こっちの短刀は?」

 

 そう言ったのは、永命種(エルフ)らしき()()だった。真っすぐな背筋に、後ろで一つ結びにした白髪混じりの金の髪。最初の快活な声の主だろう。

 彼女が手に取ったのは、台座の隅で唯一無事だった真っ白な短刀。ああ、と土鉱種(ドワーフ)のように低い身長の、角の生えた魔物鍛冶師が応える。

 

「そいつはここで打った作品じゃない……いつだったか、かなり昔、外界との貿易で流れてきた逸品だ。ワシはそいつを師として、鍛冶を始めたんだ」

 

「……これ、エルヴァインの武器じゃないかい? 驚いた、まだ現物が残ってたなんて」

 

「えるヴぁいん? 鍛冶師か?」

 

 女性がじっくりと短刀の刃先を眺める。

 

「エルセル・エルヴァイン。生前は大した名声もなかったが、奴の鋳造した武器は千年経っても錆びることがなかった。感銘を受けた土鉱種(ドワーフ)間の一部では、伝説の名工って有名なんだよ」

 

「ほー。鍛造のことになると高慢ちきな()()()()共が認めるとは相当だな」

 

「ああ、だからめちゃくちゃ嫌われてもいる。連中が目標とする境地に、たった十数年で辿り着いちまった人間だからね」

 

「うわ。出た……人間……」

 

「な。人間の逸話が出ると、魔族も皆そういう反応だよ」

 

 ……、エルなんとかっていう鍛冶師のことなんて知らないけど。

 千年経っても錆びない程度の武器のどこが凄いんだか。あの白い短刀だって、試作品もいいところだ。失敗作にもならない不良品。精鍛も造りも甘いし、さっさと壊してしまいたい────

 

「…………?」

 

 なんて、訳の分からない衝動があった気がするが、すぐに忘れる。

 なにを考えてたんだっけ?

 

「──ところで、そこにいるのはReaderの弟さんかい?」

 

 不意に声をかけられて、ボクは瞬きする。

 光学迷彩の術式は発動中だ──それなのに、永命種(エルフ)の老女は見えているかのように、ボクのいる座標を見つめていた。

 

 術式カット。おとなしく姿を現す。

 

「初めまして。よく分かったね」

 

「気配の隠し方が雑だったからね。ウチのChainの方がまだ上手い」

 

「……ウチの、ってことは……」

 

「ああ、まだ名乗ってなかったね」

 

 そこで老女は短刀を置いて、こちらに向き直った。

 肌にはシワが刻まれているが、見据えてくる緑の瞳は炎のような輝きがある。

 パチッと彼女が軽く指を鳴らすと、その肩には黒い軍服コートが羽織られた。

 

「第十三部隊所属、コードネーム『Hummer(ハンマー)』だ。ま、本名のエヴァって方で気軽に呼んどくれ」

 

 



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24 未来は現在になる

「……鍛冶師なの?」

 

 彼女のまとう、貴金属のエーテル粒子を見てボクは言った。

 コードネーム:ハンマー、改めてエヴァと名乗った老永命種(エルフ)は、ああ、と頷く。

 

「アタシはチームのオーダーメイド係さ。一部のメンバーのメインウェポンも手掛けてる。……何か欲しいのかい?」

 

「そういうわけじゃないんですけど……」

 

 老齢の永命種(エルフ)──それだけで彼女は人類史に名を残すほどの価値がある。

 彼らの寿命は千年から四千年前後。エヴァという永命種(エルフ)は、およそ二千歳半ばだろうか。その身に積み重ねた知識、技術、経験を思うだけで畏敬の念がわいてくる。

 

「エヴァの姐さんおりますー? おっ? 弟クンやないか!?」

 

 その時、背後から新たな来客があった。

 振り返ると、そこには二十代後半ごろの青年──昨日、魔王城でも見た「弓使い(アルク)」さんが立っていた。

 

「どうも。えーと、一応初めまして?」

 

「いやぁ、お初にお目にかかります~。昨日はわいとシエルが面倒かけたみたいで、すんません。しっかし戦闘アーカイブ見たけど、わいの爆撃錬成を一瞬で消してもうてて、あんさん化物かいな? ド天才とかいう領域超えすぎやろーて、その歳で極めすぎちゃうの?」

 

 クセのある口調だ……

 しかも立て板に水のごとく話される。昨日の無機質な寡黙性からは想像できない、気のいいあんちゃんだ。

 

 格好も、派手な着物にズボン、イヤリングときて行商人感が溢れ出ている。明るい茶色に金が混じった髪は短い一つ結びで、彼からは少し煙草の匂いがした。

 

「人類軍の人に褒めていただけて光栄だよ。昨日は軽く精神に干渉しちゃったけど、後遺症とかは大丈夫?」

 

「あーあー全然平気──……と言いたいとこなんやけど……、」

 

 そこでアルクさんは一瞬ボクから視線を外し、目をつむり、覚悟を決めたような面持ちで再びこっちを見た。

 

「……とりあえず……後ででいいから、わいの術式の改善部分、全部教えといてくれへんかな……」

 

 後ろで吹き出す音がした。エヴァさんだろう。

 

「あははははっ! どうしたんだいArc、アンタもそんな顔するんだねぇ!」

 

「ぐぅっ……常、学びの姿勢が錬金術師の基礎でしょーが! 弟クン、このことは他言無用で頼むでホンマ!?」

 

「別に構わないよ、昨日の慰謝料ってことで。はい」

 

 ボクの手元に、一枚のメモ用紙が錬成される。そこにはペンで書くまでもなく、びっしりとアルクさんの望んだ、「改善点」が文章として出力されていた。

 手渡すと、弓使いのあんちゃんのオレンジ色の目が、メモ用紙とボクを交互に見る。

 

「……思考出力はっや。はぁぁ、そんでマジで容赦ないわー……メンタル折れるわぁぁぁー……」

 

「血反吐を吐きそうなとこ水を差すけど。Arc、なにかアタシに用向きだったんじゃないのかい?」

 

「あ。せやったせやった」

 

 スススとArcさんがメモを懐に仕舞う。

 ボクはちょっと二人の間から離れて、空間の隅に寄った。

 

「魔王軍側から、武器の質を上げたいっちゅー声がありまして。そこで! エヴァの姐さんに、魔物用の武装を大量受注できへんかなーっと!」

 

「要するに、いつもの商談じゃないかい。魔境(ココ)でもやること変えないんだねぇ、アンタは」

 

 武器って……その辺は、裏で提督が大量生産してるんじゃないんだろうか?

 大錬金術師──錬金術師界隈でもトップクラスのアレが作る製品なら、どんなものでも質の良し悪しに差はないと思うけど……

 

「わいは軍人とか弓使い以前に『武器商人』なんで。部隊の資金繰り考えるのが本業ですしー?」

 

「そうだったね。で、稼いだ資金の使い道はもう決まってるのかい?」

 

「そんなん、Readerが合流してからで間に合うでしょう。ルシファーオーナーんとこは物流が安定してますし、他の魔王軍相手よりも荒稼ぎしやすそうですし?」

 

 悪い大人の話を聞いている気分だ……

 しかしこうして彼らが動くなら──そうだ。

 

 ボクは軽く挙手した。

 

「……あの。二人とも、ボク今、すっごく欲しい素材があるんだけど……その商談、参加させてもらえないかな?」

 

     ■

 

 ──小一時間後、白い少年は鍛冶屋を後にした。

 残された武器商人と鍛冶師は、鍛冶屋の前で黄昏ていた。

 

「……アカンですわこれ。アレ? わいら、まんまとあの子の口車に乗せられてません?」

 

「今更かい。錬金術師の天才児なんてそんなものだろう。錬金術師は金の引き出し方もなってないと続かないものだからねぇ」

 

 しかし、と老女は空を仰ぐ。

 

「……はっきりしているのは、アタシたちがしくじれば世界が終わる──ってことだけさね」

 

「霊鉱メテオライト……確かに魔物の素材店にはなんでも置いてあるけどぉ……神聖武装にも使われた素材を使うって、あの子、一体どんな兵器を錬成するつもりなんや……?」

 

     ■

 

 龍神の眷属を倒す目途が立ってきた。

 素材の入手難度から無理ゲーな気がしてたけど、姉さんの部下さんたちならきっと上手くやってくれるはずだ。

 

 ──異界からの侵食者。絶対の絶望。

 

 だが異世界の敵に関するデータは、やしろさんがとっくに取得済みなのだ。

 グレンの本来の仕事は、そういう奴らの殲滅だし、用意する武器に、どの程度の火力数値があればいいかもボクは導き出せていた。

 

 

 目標は対異界特攻兵器、その錬成。

 

 

 まぁ、どうせ最終的にはグレンがどうにかしてくれるだろうけど、保険をかけておいて損はないはずだ。

 

 そのためにエヴァさんとアルクさんには協力してもらった。

 ズバリ、資金を集めて素材を入手してもらう係。論理とリターンを提示すれば、大人は動いてくれる。こういう時、自分の錬金術の才覚には結構大助かりだ。

 

「お前、なにか企んでるだろ」

 

 ──ちょうど司令室に行く途中でグレンと合流し、エレベーターの中でばっちり言い当てられた。

 ……ボクってそんなに分かりやすいだろうか……

 

「企むなんて人聞きの悪い……なんで分かったの?」

 

「上機嫌だから。その頭の中で、もう一体いくつのシナリオを描いてるんだ?」

 

「グレン、君はボクを過大評価する傾向にあるよね。いくらボクでも、やしろさんみたいな未来予測はできないよ?」

 

「過小評価の主張も程々にな。そういうのは余計な敵を作るだけだぞ」

 

「それってグレンが言えることなの……」

 

「俺は自分の力が及ぶラインを正確に把握させられている」

 

 ……誰に、とは問うまでもないだろう。あの厳格すぎる機械人形の下で鍛錬なんかしていれば、そういう言い方にもなる。

 

「ところで、魔法使いの使い魔を見たか?」

 

「今日は見てないよ。まぁ、どこか近場に潜んでるんじゃないの?」

 

「誰かさんに邪魔されていなければな」

 

「やっぱり提督辺り?」

 

「白々しさもそこまでいけば潔いな」

 

 そこでエレベーターが止まった。扉が自動的に開く。

 ボクは、自分でも口元が緩んでいるのが分かった。

 

「一応これだけは言っておく。俺はお前と殺し合う気はないからな」

 

 グレンが出て行く。

 ボクは反応がちょっと遅れて、その背を追いかけた。

 

     ■

 

「配信をします」

 

 司令室に着くや否や、出迎えたテレーゼさんが挨拶代わりにそう言った。

 

「……なに……?」

 

 困惑気味のグレン。意味を捉えかねているらしい。

 

「配信です。終戦して昨今、エーテルネットワークも随分と賑わい戦火の如く、でして。それに本日は提督(マスター)同行による攻略イベント。これを大陸全土配信しなくていつするのか、と」

 

「なに言ってるか全然分からなくてこわい。イリス、解説」

 

「えぇっと……」

 

 グレンがボクの背に隠れてくる。盾にされた。そこまで怯えなくても……

 

「ボクもそんなに詳しくないけど、要はエーテルと電子技術を配合した新カルチャー、だよね? 戦時中、民間の一部で開発されてたっていう……」

 

正解(サクセス)。流石は若者、流行に敏感ですね。もっと分かりやすく言うと、錬金術師版のインターネットです。人間文明のアレンジですね。今おっしゃったように、民間技術だったものを国が拾い上げ、技術班たちが汎用性を持たせると一気に広まりました。『次元窓(ホロウィンドウ)』もその一環ですね」

 

 最近は携帯電話型の工房も出回る勢いがあると聞いている。

 ま、ボクはとっくに思考と同期させていつでも接続可能だ。でも今のネット世界は池みたいに小規模なものだし、これといって役立つ情報もないから、あんまり使わない。

 

 でも次元窓(ホロウィンドウ)、顔が見れるのはいいけど、通話距離や通信強度はまだ次元式トランシーバーの方が上なんだよね。神の支配下で、人類の遠距離伝達をこなし続けた超技術は現役だ。

 

「なる……ほど……?」

 

「ご理解いただけましたか? それで配信の説明に戻りますが、これも一種の遠距離通信……それをより娯楽性へ発展させたものです。その名も『テラチューブ』──畏れ多くも私が発明させていただいた動画配信サイトです」

 

「でぇぇ!? テレーゼさんが第一人者だったの!?」

 

「イリスさんは未来(まえ)を見すぎなのです。百年後の技術は百年後に使えばよろしい、真の出来る錬金術は、『今』必要なものを技術提供すべきでは?」

 

 ぐっ……ぐぅの音も出ない。テレーゼさんの理論は完璧だ!

 これが至高の究極理想体、完全なる人造生命(ホムンクルス)の実力だというのか──!

 

 そこでボクはハッとした。

 

「ま……まさかまさか。例の新星がごとく現れた配信者のトップオブトップ、『提督ちゃん』って君のこと──!?」

 

 閃きに動揺しすぎて「まさか」を二度言ってしまった。誤植じゃないよ!

 

「フッ……私をたかが一配信者と同列に扱わないでください、反吐が出ます。真の配信者とは電脳アバターそのもの。──意味、分かりますか?」

 

「……直、接、顕、現……だとッ……!?」

 

「ごめん、お前らの話が高尚すぎるのか、俺には理解がまったく及ばないんだが」

 

「テレーゼさんはネット上に直顕現して配信してるってことだよ! 人造生命(ホムンクルス)ってレベルの存在変容じゃないでしょ! 電脳体になれるの君!?」

 

 まさにリアル電脳少女!? この子も時代を先取りしすぎてるよ……ッ!

 

「まぁ……美少女(わたし)提督(マスター)に創られし究極完全体なので……たかが一有機生命体では戦いの土俵にすら立つ資格がないと言いますか……」

 

「なぜか勝手に敗北宣告されてるけど、本当に錬成の次元がヤバすぎるから、もうボクの負けでいいよ……」

 

 ──馬鹿だ。あの提督は真正の馬鹿だ。

 電脳体に自力で変身できる人造生命(ホムンクルス)なんて聞いたことがない。なんて高度で無駄な能力だ。もはやテレーゼさんは、人類種として一つ上のステージに立っている。

 

 おそらくは──次世代の人類種(ホムンクルス)

 遺伝子からして、既存人類種・知性体とは異なる新種族にして()()()

 種族:完全人造生命体とでもいおうか……いや「理想の嫁」コンセプトにしたって限度ってもんがあるだろ────!! スッゲェ──!!

 

「──ええと、ともあれ本日の攻略は配信するので。ゲスト、神殺し様。数億人単位の前に素顔をさらすことは可能ですか?」

 

「……いや。それはちょっと」

 

「分かりました。では音声のみの参加ということで。そちらの方がプレミア性も出るでしょうし、構いません」

 

「……要するに、生きた商品にされるってことだな……?」

 

 波乱の予感がする。

 今日の魔王城攻略、一体どうなってしまうんだろうか……

 



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25 【提督ちゃん】魔王城攻略キタ!【スペシャルコラボ配信】

名無しの修羅『スペシャルコラボってなに?』

ガンマ『情報ナシ』

仙人『生き甲斐』

終戦記念『そろそろ始まる?』

 

 ……コメントが流れ始めた。

 ボクの左の視界隅には、配信画面のコメントが映っている。数秒経つと、だーっと川のように勢いを増したので、テレーゼさんが実況を開始したのだろう。

 

 魔王城攻略──場所は前回の続きから。

 そう、あの【線の理】とかいう恐るべき理持ちに出くわした城内ホールからスタートだ。

 

 偵察もかねてボクが先に来たけれど、あの軍帽エリファレット少年や、他の十三部隊メンバーの姿もない。シンとした空気は、嵐の前の静けさを思わせる。

 

 しかしまた城内が修復されている。術式の痕跡があるので、これはたぶん錬金術師──インフォさんによるものだろう。

 

新米『ゲ! 提督!!』

仙人『〈永命種スラング〉〈土鉱種スラング〉〈悪魔種スラング〉』

ガンマ『金返せ』

攻略本『討伐部隊さんこちらです』

化石代表『伝説回の気配を察知』

 

 コメント欄が呪詛に溢れ始めた……提督本人が出ただけでこんなことになるのか。配信者のネーミングの方はいいんだろうか?

 そろそろ合流する頃かなぁ、と周囲を警戒しつつ待っていると、やがて目の前にグレンとキリカさんが現れた。

 

「お、来たね。二人とも今は仮想体だからネット接続できると思うけど、配信見てる?」

 

「色々面倒そうだから俺は見ない」

 

「私はなんとなく分かるから見る必要がないっていうか……テレーゼちゃんも、電脳体の間は実況と解説に専念するみたいよ。私たちは昨日みたいに自然体で──」

 

「今日の生贄のエントリーだァ!!」

 

 ドガッッ!! とホールの大扉が蹴破られた。提督である。

 

「……この危険人物と、いかにしてやり過ごすかが肝要ね……!」

 

カッコカリ『誰?』

ガンマ『!?』

素材志望『え』

ブラック『待て待て待て待て』

某『キリカお嬢じゃん!!!!』

名無しの修羅『誘 拐 現 場』

 

 コメントも荒れ始めた。キリカさんは素顔のまま出演らしい。

 

「キリカさんキリカさん、リスナーが動揺してるから一言」

 

「やっほーお父さん! 元気~!?」

 

統括長『提督kill』

 

 やべぇ。今なんか不穏なコメント見かけちゃったんだけど。

 

「あ、通常運転だから大丈夫よ。あの人仕事忙しいし、最近私に構ってくれないもの」

 

統括長『自殺の名所ってどこだっけ』

眼鏡秘書『早まるな!!』

提督ちゃん『実にざまぁということですね』

提督(真)『メンタル雑魚乙』

統括長『死血斬

 

 瞬間、提督の髪の毛先が不自然に斬り落ちた。

 ……コメントと場が停止する。すぐに立て直したのは提督だった。

 

「さ、魔王城攻略改め、オレ様の工房奪取だ。キリキリ働けよ労働者ども」

 

「提督いま死にかけなかった!?」

 

「配信事故だ」

 

 事故じゃないでしょどう考えても! 画面を貫通してくる斬撃ってなんだよ! グレンにもできそうなことだけどさ!

 大人の対応ヅラして提督は城内を突き進んでいく。ボクらもその後を追った。……こうして一緒に冒険となると、船長な格好の存在感、ハンパじゃないな。

 

新米『メンバーの濃さにやられてましたけど白い人、イリス大先生ですか?』

 

「あー、紹介が遅れてたね。新人の天才イリスだよ、今日はよろしく」

 

一般教授『それはただの天才なんですがね』

薬氏『実在したんか……』

通りすがり『媒体もなしにどうやってコメ見てんだ?』

三才児『もう一人の音声だけって人だれ』

 

「……」

 

 ちらっとグレンを見る──テレーゼさんのカメラには、取り決め通りグレンの姿だけが映らないようになっているのだろう。

 

「……ボランティアの人、かな……」

 

「イリスくん、そこぼかす意味ある?」

 

提督ちゃん『スペシャルゲストという紹介でどこまでもつか見物ですね』

仙人『魔境を突破できる修羅ってことは確か』

化石代表『この大陸、修羅多くね?』

終戦記念『神のせいですねぇ……』

 

 ま、まあ現状はリスナーさんの予想に任せるとして。

 グレンもグレンで積極的に喋る気配ないし。ていうか提督への警戒度マックスだしアレ。

 

「────はーっはっはっはー! 懲りずによくも来ましたね『攻略者』! 敗北してメンバー追加のテコ入れですか! その程度で小官に勝とうなどと、よくも思い上がりましたねぇ!!」

 

 あ。金獣。

 じゃない、エリファレットだ。ホールを抜けて廊下の先、ひらけた空間のシャンデリアの上からこっちを見下ろしている。

 

「今日はまとめて小官がじゅうり──」

 

 パチン、とそこで音がした。

 提督が無言のまま指を鳴らした途端、そこからエリファレットの姿が消失してしまったのだ。……例の次元連結で、どっかにやってしまった、っぽい?

 

「戦闘キャンセルしちゃうんだ……」

 

「若造。最近は口上が長すぎると遮られちまったり、『長すぎて聞いてなかった』っつーヒッデェ封殺カードがある。決め文句はシンプルかつ率直に、だ」

 

「なんで悪役側の見解なの……」

 

「昔さんざんやったから」

 

化石代表『対提督の勇者パーティとか昔あったな……』

 

 ……マジで時代の魔王やってたんだな、この人。

 背中を見せたくないタイプだ。

 

「ていうか、今更だけど軍の子を配信に映して大丈夫だったのかしら……」

 

新米『もしかして俺らが見てるやつって国家機密?』

統括長『じゃあ今から外部に漏らした奴ら全員BAN刑ってことで』

ガンマ『法律書に書け!!』

ブラック『唯一国家の治安は終わりや』

ガンマ『元からだろ』

66『朝も工房爆破事故に巻き込まれた話する?』

 

 とまぁ、第一ボスを反則スルーしつつ、ボクらは予想に反して平穏に城内を進んでいった。

 提督いるだけで万能すぎるのだ。フロアに入った瞬間、罠が全部解除されるし、潜んでいた魔物もこっちに気付く前に錬金術で消音処理。完全に城の構造を理解しているようだ。

 

「あんまり爆弾とか使わないんだね、提督……意外だよ」

 

「嫁の実況優先」

 

 ……思わぬ要因がこの平和を作っていたらしい。お嫁さんって偉大だ。

 

 サクサク進んでいくと、また大扉にぶつかった。この城には何枚の扉と部屋があるんだろうか?

 ちなみにルシファーオーナーは本日、顔出し声出しNGと主に手下の方々から猛反対があったらしく、おとなしく他魔王軍の襲撃に備えているとのことだ。

 

おーなー『そんなとこに扉なんてあったか?』

 

「……、」

 

 いやいるし! なんかいるし! 配信見てるし!

 

「待て提督。そこは嫌な予感がする」

 

 無言で扉に足を向けた先導者に、グレンから待ったがかかる。

 初の声出しにコメント欄がややざわつく。それを今は流し見しつつ、ボクも目視で大扉を解析した。

 ……確かに、なにか改ざんの痕跡がある。十三部隊の人が作った罠部屋だろうか?

 

「アッソウ」

 

 忠告をガンスルーして提督が大扉を蹴破った。

 ごガッ!! と乱暴に開け放たれたその空間は──部屋、ではなかった。

 

 街──市街地だ。

 黄昏時の空に、即興製のある建物群。これは明らかに、狙撃手向けの大がかりなステージであり、

 

「全爆破」

 

 指鳴りの音も聞こえなかった。

 刹那、見えた市街地が爆風と火炎の赤に染まる。耳をつんざく爆音。遅れて爆風がこちらに流れ込み、慌ててボクは障壁を展開した。

 

「初手フィールド破壊……!」

 

提督ちゃん『撮れ高ですね』

新米『RTAかな?』

 

 やがて爆破の衝撃が収まる──しかし市街地の景色は、破壊されたところから元通りの形状へと修復されていく。

 三十秒としない内にフィールド復活。どうやらこの空間自体がハッキング済み、そして目当ての倒すべき敵たちが潜んでいるようだ。

 

『──ごきげんよー。攻略者たち、それに視聴者の皆さん』

 

 と、いきなり気だるいアナウンスが響き渡った。

 声の根源を探るが、ボクの感知圏外だ。……噂のハッカー、インフォさん、だろうか?

 

「Infoくん!? あれ、洗脳されてるんじゃないの!?」

 

『あー、されてるされてる。別にReaderの力が弱まったから自力で脱せたとかじゃねーし』

 

「現状説明が雑すぎる……」

 

『ハイ集中~。今からルール説明しまーす』

 

 予想外の言葉に眉をひそめる。

 ルール説明? 今さら何の?

 

『この魔王城って眠ってる罠がわんさかありましてね。本業の片手間に、こっちで色々仕込みました。えーと、「パンデモニウム666のトラップゾーン企画」ってやつで──』

 

おーなー『ぎゃあああああ!! それ準備中のやつ外部漏洩絶許あああああ』

 

 またオーナーが思わぬ傷を負っている……

 ていうか待って、なにその明らかな時間稼ぎ?

 

「こ、子供心はそそられるけど、そんな場合じゃないでしょ!? Infoくん、正気なら私たちの味方してくれない!?」

 

『あー、無理っす。洗脳解けたけど、今のまんまじゃ外には出られないんで。魔王の命令は絶対! 的な? とにかくこっちもこっちのルールに則らないと、Readerの苦労が全部ムダになるんで』

 

「……」

 

 ……どうやら付き合うしかなさそうだ。まぁ今回は提督いるし、グレンもいるから、そう長引きはしないだろう。

 

『ほいじゃ文句も出ない内にゲームスタート~。罠はランダムなんで、恨みっこなしよろー』

 

 カチン、とキーを押すような音がして。

 ボクらの目の前に、大きいホロウィンドウが出現する。

 

〈トラップカード決定! 【神の裁き】〉

 

「……ん?」

 

 神、の単語でぞわわっと悪寒がした。

 それはこの直後に起きることの予感。裁きといえば、ラグナ大陸民ならば誰もが連想し、その心に精神に魂に刻み付けられている──一つの絶対的トラウマ。

 

 市街地と大扉との境界が消え失せる。城内の天井は消え、ボクらの頭上を黄昏空が覆っていく。よって強制的にこの罠空間に入らされ、自然と天を仰いだボクたちの視界には、

 

終戦記念『あっ』

ブラック『ひ』

新米『え』

仙人『やば』

 

「────あ、ああ──あああ────」

 

 キリカさんの喉から掠れた声がした。

 

「──マジか」

 

 提督もまた、天を見上げたまま動かず。

 

「……これ、って……」

 

 ボクは、黄金の光に埋め尽くされた死の空を。

 三年前まで、()()()()、幾度となく見てきた絶望を前に。

 

「……大、選別──」

 

 瞠目したまま、呼吸(いき)を、止めていた。

 



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26 神の仔

 ──大選別。

 それは終末神ラグナロクが、毎年初めに執り行った絶望の儀。

 

 大陸全土の空を覆い尽くす、黄金の光。

 それらは雨となって地上に降り注ぎ、あらゆる物理的防壁、結界、障壁を貫通して、有機生命体を殺害する。

 

 光の雨、或いは槍。

 それに貫かれた者、触れた者、掠った者は、光の粒子となって消滅する。

 個人が持つエネルギー全て、魂を神の使うリソースへと変換されて──永遠に消える。

 

 それが今、ボクたちの頭上に展開されている事象の正体だった。

 

「なにしてるんだお前ら? 突っ立てないで、さっさと敵を探しに行くぞ」

 

 ──何気ないグレンの声が意識を引き戻す。

 呼吸を再開したボクは、もう歩き始めていた彼の背中を見た。

 

「い、いや、上! 上のやつ見えないの!?」

 

「ただの再演だろ。幻だ。当たっても……まぁちょっと痛いだけで済むんじゃないか?」

 

おーなー『……予算がなかったから、本当にビビらせるだけのトラップなのである……』

 

 悲しい事実の書き込みがあった。

 光の雨が降り注いできたのは、その瞬間。

 

「うわっ……!」

 

「い──や──! しにたくなぁああいぃッッ!!」

 

「ぐがっ」

 

 後ろからキリカさんにしがみつかれる。勢いで倒れてしまい、身動きがとれなくなる。

 ──光の雨が手首を掠めてしまい、一瞬精神が底冷えする。が、本当に何も起こらない。

 

「……あ、ほ、ほんとだ……大丈夫っぽい……」

 

「あー! うわぁー! 私しんだー! しんでるぅー! あああ──!」

 

「キリカさん、ごめんだけど重い……」

 

 あとぎりぎり首を絞められているので苦しい。彼女の方にはボクに触れている感覚がないと思うので、かなり容赦なしの力加減だ。

 ちらりとグレンを見てみると、こっちに呆れた目を向けたまま、ひょいひょいと槍雨をよけていた。なにあの技術。

 

「……触れても大丈夫なんじゃ……」

 

「いや、幻だろうとあの野郎の攻撃に当たるのはちょっと……」

 

 言葉の底には殺意があった。思い出し殺意ってやつだろうか。おっかないな。

 提督は──

 

「これサムネにするか」

 

 いえーい、と電脳テレーゼさんの映った実況ホロウィンドウに向けてピースしていた。

 暢気か?

 

三才児『……もしかして音声の人って例のあれ? え?』

化石代表『ハハハそんなサマカ』

ブラック『ないないないないない』

肉いも『スペシャルコラボってまさか……』

三才児『じゃあ一応スパ投げる:10000G』

仙人『なんでやww』

某『特に意味はないけど一応ね?:100G』

化石代表『……:1000G』

 

 ……なんかコメント欄が気付き始めて賽銭投げ始まってる!

 みんな無言でお金を投下している。なんの儀式だこれ。ボクも投げとこ。

 

「おい早く起きろ。次の罠が来る前に──」

 

 フッ、とそこで光雨の幻影が消えていく。

 あ、と思った時、再びボクたちの上にホロウィンドウが現れた。

 

〈トラップカード決定! 【ミラー】〉

 

 キィン、と閃光が起こった。

 するとボクたちの進路方向には、四つの黒い人影が──

 

「空斬説」

 

「Delete」

 

 グレンの放った斬撃と、提督の命令(コマンド)がそのうちの一人に突き刺さる。

 瞬殺された影は──ボクだった。ボクの輪郭を模した、鏡映し。

 それで今のトラップの意味を悟った。

 

「キリカさん、敵!!」

 

「にゃッ!?」

 

 素早く彼女を押しのけ、こっちに向かってきた影のグレンの剣撃を障壁で受け止める。

 ……やば、これ。模倣ってどこまで、これ斬られ──

 命の危機を感じたとき、斬、と目の前の影が散った。本物のグレンが斬り伏せたのだ。

 

「ッ! 第四説・重力崩壊!!」

 

 ごおっっ!! と強い風と重力を感じた。

 キリカさんが右手を突きだし、なにかのエネルギー──おそらく重力そのものを攻撃として放ったのだろう。

 それは大通りのフィールドを抉りとり、きっとそこに「居た」影を霧散させる。一瞬にして起きた大規模破壊に、グレンと揃って言葉を失う。

 

「……雑か。巻き込む気か?」

 

「成功したんだからいいでしょ! あと、提督の『映し』は──」

 

「もう殺したぞ」

 

 サラッと言って提督が合流してくる。

 その右手には影の海賊帽。さらさらと砂状になって消えていく。

 ……提督VS提督という惜しい瞬間を見逃したかもしれない。後で配信確認しよ。

 

〈トラップカード決定! 【スタンピード 中級編】〉

 

 無人の市街地に、今度は数百体規模の魔物の軍勢が現れる。

 ……このトラップシステム、まさか永遠無限か?

 

「何種類あるのコレ……」

 

おーなー『666種類の予定だった』

提督ちゃん『実数は?』

おーなー『……ひゃく』

 

 予算不足の悲しい事実だ! 涙を禁じ得ない!

 

「サッサと消化するしかなさそうだな。おいガキ、怠けてないでそろそろ本気でやれよ」

 

「面倒だからって押し付けないでくれる? てか、提督の方が熟練でしょ?」

 

「とっくにオレ様のやり方を学習して最高効率化できてんだろ。こんな歯ごたえのねェ攻略やるくらいなら嫁の配信の方が精神滋養あるわ」

 

おーなー『今サラッと我が城のシステムディスらなかった??』

 

 ……まぁ、目立つことは嫌いじゃないし?

 グレンの方も提督同行で気が立ってるようだし? ここは一つ、天才錬金術師として配信用にもパフォーマンスするべきか──

 

 

「敵情、分析、作戦、結論、完了! 小官やーっと理解しました、ダントツで白い奴ブッ()っとくべきですねー!?」

 

 

 エリファレットの声がした。

 しかしボクがその発生源を見る前に、視界の景色は変わっていた。

 

「ごっ──ガッ、ぁぁぁああ──!?」

 

 胴体が炸裂するような、感覚。

 ごキベキベきベキャッッ!! ──なんて冗談みたいな鈍音が自分の身体からするなんて思わなかった。

 左真横からぶっ飛ばされたのだ、と現状を解するまで一.五秒。走る鉄塊に突っ込まれた想像はあながち間違っちゃいないだろう。

 

 ぐるん、と視界と平衡感覚が狂って、見えたモノは黄昏空。上空を舞ってるようだ、ごぅごぅと風圧が襲ってくる。

 

「どこ──から──!」

 

「Info(にぃ)にお頼みましたぁー! 絶対奇襲ッ! さぁさッ、トドメでぇ──す!!」

 

「ッッッ……!!」

 

 十数メートルの高さから、金色の獣がやってくる。

 これはマズイ。

 天地を割る威力はあるだろう踵落としが迫る中、ボクはそこで──

 

>>証明中断

 

 ──いったん、この世から退出した。

 

     □

 

「──んっ!?」

 

 盛大な空振りを金色の少年が感じ取ったとき、もう白い悪魔の姿はそのフィールドに存在していなかった。

 すかっ、と足技は大気を蹴り、その衝撃で地上のスタンピードの半数と周囲の建物群を消滅させる。

 地上にいた者たちからすれば、まるで隕石が降ってきたかのような光景だったが、張本人の少年は地上の様子なんて眼中にない。

 

(あいつ──どこに──)

 

 己の五感、第六感までもを総動員して、軍帽の彼は空中で停止し、敵の気配を探る。

 人類とは比にならない、超越的に鋭い感覚は、微粒子の異常まで逃さない。

 ──瞬間。

 

「そこぉッ!!」

 

 本能に従い、金色の光が空を奔る。

 だが伸ばした左手は何も掴まない。少年が迫った途端、またしても悪魔の気配が消失したからだ。

 

「逃がさないですよ──!?」

 

 再び、離れた座標に悪魔の気配を感知する。市街地のフィールドを縦横無尽に駆け抜けて、余波で街並みを破壊しながら、黄金の流星は「獲物」へと襲いかかる。

 

「〈殲滅黒銃アルスラグナ〉」

 

「!?」

 

 突如として、翔ける少年の前に黒銃の大群が出現した。

 それは彼が忠誠を誓う錬金術師の術式と同一。あらゆる神獣生物を破壊・掃討することに特化した殲滅兵器である。

 

「掃射開始」

 

 合図はパチンと指鳴り一つ。

 四十丁の黒雨が唸りを上げる。ゴガガガガガガガッッッ!! と無秩序の銃声が一体の獣に降りかかった。

 

「──【神獣覚醒(アクセス)】」

 

 即断だった。一瞬にして金色の少年の気配が激変する。

 軍帽の頭上に光輪が輝く。その背には、黄金の光翼が閃いた。

 翼は刃状と化し、神気が満ちる。黄金の粒子が舞い、銃弾のことごとくを打ち払う。

 

(──ッ!? この弾、Readerの神弾よりも重ッ……!?)

 

 光翼を広域展開し、エリファレットは力任せに銃身群を消し飛ばす。

 すでに悪魔の姿はない。消失と顕現を繰り返しながら、相手の気配はフィールド内を逃げ回っている。

 

「どこへ行こうと無駄です──小官が追いつけないモノはありませんッ!!」

 

     ■

 

 覚醒モード……響きはカッコいいが、それに相対する側の気持ちを考えたことはあるだろうか?

 

 光輪を現し、光翼を背に顕現させたエリファレット君は、光となって失せた。

 直後、市街地を大規模な砂嵐が襲う。それがたった一人が駆けただけの衝撃波にしか過ぎないなんて、まったく笑えないジョークである。

 

「あー、こわいこわい」

 

 ボクは市街地で一番高い建物の上にいた。フェンスに囲まれた屋上で、障壁を展開しながら砂嵐をやり過ごしている。

 先ほどフィールド内に数百単位のデコイを錬成し、相手は今それを全速で追っている。しらみ潰しもここまでの速さとなると、稼げる時間は十数秒ほどだ。

 

 再顕現と同時に、肉体の損傷も消えた。

 この間に、こっちもこっちで対処法を用意する。

 

まだ仮説段階のやつだったけど(座標固定:次元軸決定→)……君で試させてもらうよ、神獣の仔(天空:スケールレベル1)

 

 敵は第一位の遺した眷属兵器。そのハーフ。

 自分の実力をぶつけるにはもってこいの相手だろう。

 

「追いかけっこは終わりですか? ──って訊くのが礼儀なんですよね、こういう時?」

 

 砂嵐が終息を迎える。

 目の前のフェンスの上には、こちらを見降ろす、黄金の絶対強者の影。

 ボクは肩をすくめた。

 

「そういう台詞を言った奴は、たいてい負けるんだけどね」

 

「えっ、そうなんです? でもまあ、小官にはカンケーないコトですね!」

 

「……戦う前に一つ聞いておきたいんだけどさ(展開準備。次元層アクセス開始)

 

「?」

 

 少年が可愛らしく小首を傾げる。

 獲物を見る眼光に揺らぎはないが、どうやらこの子は好奇心を優先するようだ。

 

「なんでボクを狙ったの? 昨日の経験からして、普通はグレン……(観測点調整。次元:宇宙の観測始め。)神殺しを選ぶのが道理じゃない?」

 

「だってあの人、奇襲通じないじゃないですか。それに今日、小官が貴方を選んだのはちゃんと理由があります──それだって本日の作戦のおかげですっ」

 

「作戦?」

 

「攻略者たちの複製体を作る、トラップがあったでしょ?」

 

 ああ、と数分前の記憶──鏡映しのトラップを思い出す。

 メンバーがメンバーなので瞬殺で終わった出来事だったけど、あれに注目するべき点なんてあっただろうか?

 

「あの神殺しと提督の初動が決定打です。あの二人、真っ先に自分たちの『映し』じゃなくて、『貴方の映し』を狙ったんですよ。しかも同時に、全力で。この意味が分かりますか?」

 

「……そりゃあ、あの中じゃ(仮称アストラルエネルギー充填始動。)ボクが一番弱いからでしょ(演算式調整まで五秒)

 

「皮肉が低レベルですね。逆に決まってるじゃないですか!」

 

 エリファレットはわざとらしく、大仰に両腕を広げた。

 

「彼らは、貴方が一番残しておいたらヤバイ奴だと判断してるんです。故の瞬殺です。なにかを学習される前に、最初の一撃で決める必要があった──ほら、これを『規格外の化物』と呼ばずして他になんて言うんです?」

 

「……光栄だね(証明開始。)君のような傑作からそんな(対象エネルギー体の変換完了。)ことを言われるなんて(混沌エーテル操作術式構築中)

 

「褒めてないです皮肉です。ギャグセンスゼロですか?」

 

「君ね、もうちょっと相手に同調することを学んだ方がいいんじゃない?」

 

「エンリョします。小官、人になる気はありませんから」

 

 ざわり、と空気が震える。

 軍帽の少年に魔力が──神気が満ちていく。きらきらとした金の粒子が、周囲の空間を舞い始めた。

 

「Scythe君って負けたことある?」

 

「いっぱいあります。部隊(チーム)のみんなは強いです」

 

「……ボクの姉さんって、どんな感じ?」

 

「サイッコーです! あんな物騒で愉しいヒトの命令、大好きです!」

 

 満面の笑みで獣の少年は応え。

 それに、ボクもわずかに微笑んで。

 

「へえ。そりゃ趣味が合わなさそうだ」

 

 自分で思っていたよりも、冷徹な声が出た。

 ジャラリ、とエリファレットの手に、金の光で出来た大鎌が現れる。刃の近くには鎖もついていて、引き寄せ→狩るの確殺コンボが見える。

 

 ……素手の威力だけで十分だっていうのに、獣が道具を使う知性とは。

 

「悪魔って、魂さえ無事なら死なないんですよね──でも小官の鎌、純神気製なのでちょっと痛いかもですよ!」

 

「すっごく痛いの間違いでしょ……」

 

 知性ある動物ほど末恐ろしいものはない──人類を狩り、上回る存在として、これ以上に恐れるべきものが他にあるだろうか?

 

 卓越した戦闘技能、常軌を逸した運動能力、埒外の魔力量。

 最強になれるカード全部揃えましたって感じのデッキだ。これはひどい。

 

「死は一瞬です。安らかにどうぞ!」

 

 処刑宣告は安っぽく。

 黄金の獣は、流星の速さでこちらへ接近し────

 

次元接続(アルス・マグナ)

 

 ──途端、目を瞬いたことだろう。

 

 

 視界に広がる、蒼穹の世界。

 青、青、蒼蒼蒼蒼青青蒼蒼青青──彼とボクは今、真っ青な空にいた。

 

「──フぁっ!??!」

 

 金色の影はボクの下方を落下中。

 空中と認識できても飛べないのだろう。地上であれば、エリファレットは神獣としての機能から飛行が可能だが──ここは、さっきまでいた「地上」ではない。

 

「講義の時間といこうかエリファレット。この世は三層構造になっている。地上・天空・宇宙だ。ボクら人類が生まれ、生きてきた次元を『地上』といい──」

 

「ええぇぇあああぁぁぁ──あああアアアア──!? 飛べなっ、飛べないデスッ、落ちっ、落ちてる落ちてる落ちてるぅぅぅううううう────!!」

 

「ボクらの今いるここは、『天空』と呼ばれる高層帯だ──!」

 

 いやぁ、愉快愉快。

 神獣の彼は闇雲に大鎌を振り回して大混乱。一方、ボクはそれを上で滞空して見下ろしている。

 形成完全逆転。

 ここは通常、人類が生身では来れないし、長く生存もできない絶死空間。

 ただし神獣ハーフのエリファ君、そして悪魔として色々特例すぎるボクは、即死するなんてことはない。

 

 本番はここからだ。

 

「さぁエリファレット君! ちょっと実験体になってもらうよ! 大丈夫、後で報酬は払うから!」

 

「タケケテ──! Canon(カノン)、Wire! リーダァアア──!!」

 

「投射開始──!」

 

 ゴォォオ、とあるはずのない風の音が聞こえる。

 巨大な影がボクらを覆い、その時、神獣の彼がこちらを見上げた。

 

「な──な、なん、なんなんですかァ、貴方は──!?!?!?」

 

「人類最新の錬金術師! そして今日から……君のトラウマだぁ──!」

 

 ボクの頭上に開いたのは、闇への入口。

 彼方に瞬く星々の煌めき。どこまでも続く果てなき虚無の向こう。

 ──それを、古代の人々は「宇宙」と呼称したそうで。

 

 現在においてそこは、この世で最も高所の次元層(レイヤー)にある、「神々の居所」だという。

 

「これが世界の果て、真理の一端だ。せっかくだし、術式名も相応のものにしようか」

 

 闇海の蓋が開いていく。

 まるで地上を睥睨する瞳のように。

 真っ黒な虚から、オーロラ色をした人類未踏のエネルギーが溢れ出す。

 

 

「虚構式:新世界」

 

 

 色彩鮮やかな光の煌めきが、青空を塗りつぶす。

 これがボクなりの、対上位存在──そして対異界存在への対抗策。

 結果は最上。なす術もなく、神獣の仔は宇宙の前に消し飛ばされた。

 



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27 この中に部外者がいる!

 無駄に壮大な試合も終わったので魔王城に戻って来た。

 天空に移動できることはこれで実証できたから、次から工程を省こう。今度の改良型は、宇宙から直接エネルギーを引っ張れるようにしよっと。

 

 で、ボクは気絶したエリファレット君を連れて、元の市街地フィールドに帰還したのだが。

 

「やっぱ銃はダメだな。全然当たらない」

 

「ファイト! ……としかもう言えないわ! 銃の基礎は全部教えたわ! 後は当てるだけッ!!」

 

「……テメェら、何故こんな無駄な時間を費やせンだよ……」

 

 市街地郊外。そこは小規模な枯れ草の原っぱだった。

 そこではなぜか拳銃を両手で構えたグレンと、離れて応援するキリカさん、的のような位置には、不自然な立ち姿で停止している提督がいる。

 

〈トラップカード決定! 【射的】▼任意の一人を射殺せよ〉

 

 中空にはそんなホロウィンドウが出ていた。

 ここには残りの十三部隊の人もいるはずなのに、なにを遊んで……いや?

 

 キリカさんのいる近場の木の根元。そこにはロープで縛られた人影が二人。

 軍用ゴーグルをかけた中年のおじさんと、貴族服を着たツインテールの少女。見た感じ、どちらも気絶しているようだ。もう本筋の「攻略」は完了してしまったらしい。

 

 ……それでまだトラップシステムに時間をとられてるのは、こっちも笑うしかないんだけど。

 

「なに遊んでるのさ三人とも。ボクの心配はしてくれなかったの? よりにもよって神獣のハーフと戦うハメになってたんだよ?」

 

「ちょっと待て。次は当たる気がするんだ」

 

「……」

 

 四発分の銃声音が響く。しかし弾丸の軌道はどれも提督から外れ、虚空へと流れていってしまう。

 場はなんともいえない空気。その時グレンが拳銃そのものを投擲し──

 

「ゥガッ!?」

 

 ごッッッ!! と提督の顔面にクリティカルヒット。

 コメント欄が喝采と投げ銭に溢れる。

 

「うーん、狙撃のエイム力が無さすぎるわねー……」

 

「そういう問題?」

 

 吹っ飛んだ拳銃を錬金術で瞬間的に転移させ、ボクの手元に取り出す。

 弾丸は……どうやら対象に当たるまで自動生成されるようだ。そこにちょちょいと細工をして、グレンへ手渡す。

 

「はい。これでどう?」

 

「……」

 

 受け取った拳銃をまじまじ見てから、グレンは適当に片手で引き金を引いた。

 ──と。やはり的外れな方向へ飛んだ弾丸は、一人でに動いて提督の頭部を打ち抜いた。

 がっ、と微かに呻いて提督が倒れ、その仮想体がポリゴンとなって消滅する。

 

「……何をしたんだ?」

 

「弾丸の方をいじったんだよ。これでクリア──」

 

〈トラップカード決定! 【地獄の炎Ⅱ】〉

 

「もういいって」

 

 トラップが発動する瞬間、術式に干渉して根幹システムを破壊する。

 コメント欄でオーナーの悲鳴が書き込まれたが、無視だ無視。

 

「ところで、どうやって提督を的にしてたの?」

 

「私の重力理論と『提督ちゃん』の停止術式で、ちょっと」

 

「あの提督にサービス精神が……?」

 

『いえ、単に私が裏切っただけです』

 

 ホロウィンドウが現れ、ビット的絵柄になったテレーゼさんから一瞬そんな通信が入る。

 ……裏切りさえ「理想の嫁」要素とはたまげたなぁ。

 

「やれやれ、久々に『拷問のような時間』ってのを味わえたぜ」

 

 と、ひょっこりと提督が復活してくる。

 誰もボクの心配をしてくれなかったのは、この悪の提督にそこまで言わせる時間(ムダ)を知らしめたことで相殺(チャラ)としよう。

 

「合成獣はやったな? ちなみにどうやって倒した」

 

「宇宙ぶつけた」

 

「説明になって……いや……、そういう事か。その手もアリか」

 

 さっすが提督。理解が秒速。

 グレンとキリカさんは顔を見合わせて、こっちに異常者を見るような視線を向けてくるけども。

 

「いや、キリカさんは解るんでしょ?」

 

「……流石に宇宙は管轄外、ってことにさせてちょうだい……」

 

 理解を拒んでいる笑顔だった。もしや、ドン引きされている?

 

「これで残りはWire、Infoだけか」

 

「姉さんもいるから三人だよ」

 

「私、アガサちゃんとは戦いたくないんだけど……普通に負ける気がするし」

 

「──いや。どうやらお出ましのようだぞ?」

 

 提督の愉快そうな声で、ボクも気が付いた。

 市街地のフィールドが、急速に解除されていく。テクスチャが剥がれた空間は、鋼鉄でできたような円形の足場だった。その奥、階段から硬い足音が聞こえてくる。

 

 気配からして──姉さん、ではない。別人だ。

 

 

「──無理ゲー。当説、降参」

 

 

 ずっこけそうになった。あと「当説」って一人称、もう個性的とかいうレベルじゃない。

 

 長い紫色のストレートヘアーの少女……いや、幼女だ。十一歳ほどか? 黒コートに、機動性の高そうな軽装。手袋の仕掛けからして──例のワイヤー使いか!?

 

 それに目を引く外見特徴があと一つ。生気のない、()()()()に息を呑む。

 

 黒曜の目──それは魔族にとって、魔力量の最高峰を示す証だ。

 理論使いで魔力量最高って、一バトル起きても良さげなカードなんだけど……?

 

「……え? 君……」

 

 キリカさんが怪訝な声を上げる。

 それは戦闘を放棄したことではなく、彼女そのものに対する疑念──不可解なものを見たような表情だった。

 

「配信、切断、要求。話、拒否」

 

「テレーゼ」

 

『了解しました。提督(マスター)命令が下されたので本日はここまでです』

 

 プツッ、とテレーゼさんの画面が消え、ボクの視界端からもコメント欄が消える。

 無慈悲だ……リスナー側の気持ちを考えたくない。

 

「攻略、終了。再主張。当説、降参」

 

「──えぇッ!? Wire、戦わないんです!?」

 

 おや、とボクは近くに転がしていたエリファレットを見る。どうやらもう起きたようだ。あれでも手加減はしてたけど、やっぱり頑丈だなぁ。

 また動き出されても面倒なんで、今は対神獣用の拘束縄で手足を縛ってるけど。

 

「提督、悪魔、重力。──無理。多勢無勢。幼女リンチ、駄目」

 

「……まぁ、絵面は最悪だね」

 

 なにせ三体一だ。理論使いといえど、単独で提督とグレンを同時に相手したいとは思わないだろう。

 

「……その気配。もしかして、()()()()か?」

 

 グレンの指摘を理解するのに数瞬かかった。

 ちょっと待って。それってどういう──

 

()()。当説、捨て子。戻る道なし。現状満足、以上」

 

「ええええ!? そうなんですッ!?」

 

『マジで!?!?』

 

 ──いきなり新たなホロウィンドウが現れた。映っているのは……背景からしてキリカさんの列車内。カオス教授やアルクさんを始め、解放済みの十三部隊の面々がそこには集結していた。

 キリカさんが苦笑いを浮かべる。

 

「み、皆いつの間に……」

 

『同僚のやられっぷりを皆さん是非視聴したいとのことで……』

 

『誤解やん。後で反省会しよーって話やったやん』

 

『俺はScytheの一人勝ちに全賭けしてたんだけどな』

 

「う。ザッシュ兄さんゴメン……」

 

『本名呼ぶな。ChainだChain』

 

 と、とにかく、驚きの事実が発覚したわけだけど。

 ……まさか、あのバイト学生以外に、こんな例があったとは……

 

「って事は、その(ナリ)して魔力ゼロか。確かに殺し合いにもならねェな」

 

 ──そっか。黒い瞳だけど、彼女は異世界人。元から魔力を保有しない、完全に別世界の人なのか……

 

「異世界人だからアガサの洗脳も通用しなかったようだな。降参ということは、Infoというハッカーの居所も教えてくれるのか?」

 

「肯定。But、Info、降参不可。試練設置」

 

「試練……?」

 

「追従要求」

 

 くるっとワイヤーさんが踵を返して、階段を登っていく。

 ボクはちらっとエリファレットを一瞥してから、彼女についていくグレンたちの背を追おうとして。

 

「……えっ。小官、置き去りですかッ!?」

 

「あ、後で回収しにくるから……気絶しとく?」

 

「……マッテマス」

 

 すんっと神獣クンはおとなしくなって寝転がってしまった。微弱ながら恐怖の感情波を感じる。きっちりボクのことはトラウマと化したらしい。

 

     ■

 

 やがて連れてこられたのは──あの玉座の間にも通じるような、鋼の大扉の前だった。

 区画からして別の場所だろうが……この辺り、前にRTAした時は通らなかった道だ。造りも石製ではないし、壁も床もスベスベとした黒い鋼鉄製。ここだけなんかSFエリアだ。

 

「Info、ここ。扉、開錠、必要」

 

「なんだこの馬鹿みてェな桁数の開錠パスワードは……オレ様の工房をなんだと思ってやがる」

 

「──あ。この辺、提督のエリアだったんだ。リソースとして奪われたって言ってたね……」

 

五月蠅(うるせ)ェ」

 

 道理で材質に違いがあるわけだ。近未来的なのも工房と分かれば納得である。

 カチャン、とグレンから鯉口を切る音がした。

 

「斬ってみるか?」

 

「……やってみろ」

 

 扉から提督が退き、グレンが抜刀する。

 一閃。

 扉には切り傷が刻まれたが、二秒としない内に復元されていく。

 

「高い復元機能があるな。斬った位置から発動している」

 

「チッ、システムの元をどうにかしないと無理か。……いや、クソガキ。なんかあるだろ」

 

「え、ボク?」

 

 指名されて、冷や笑いしてしまう。

 なに提督、この程度もどうにかできないってわけ?

 

「あ、る、だ、ろ」

 

 ガッと頭をわし掴まれた。

 

「人呼んで錬金術の帝王なんでしょ。工房の制御権くらい奪えないの?」

 

「魔王城と融合してるせいで術式(コマンド)弾かれンだよ! 必要経費だ、望みを言ってみろ!」

 

「絵面が親戚のおじさんと子供」

 

「グレンくん、もしや天才?」

 

 やめてほしい。ちょっとボクの中でもウケちゃったからやめてほしい。

 この提督と親戚関係なんて、死んでもゴメンだ。転生したってゴメンだ。

 

「じゃあ、後で提督の過去話とか教えてよ。それで手を打とう」

 

「……、……いいだろう」

 

 拍子抜けというか、「は? そんなん?」みたいな顔をされたがヨシ。

 頭から手を離されたので、作業に取り掛かる。

 

「思い切りやっちゃっていいね? 危ないから、一応十エートルぐらい離れておいて」

 

 何をする気だ、という目でグレンが見てきたが、まぁまぁまぁ。

 ここしばらく使う機会もなかった傑作の一つだ。今日は色んな術式を試せて楽しいな。

 

 一人大扉の前に立ち、ボクは右手を伸ばした。

 術式構築は不要。展開まで二秒。トリガーは術式名。

 ていっ。

 

「『機巧仕掛けの星壊(デッド・エクス・マキナ)』」

 

 瞬間──ボクの右手横に鋼の円形射出装置が現れ、充填されていた純エーテル砲が撃ち放たれる。

 

 これがボク好みに構築した、『必殺なんでもブレイカー』。

 掃射される光線には、地上のあらゆる物質を分解・熔解・消滅させる術式を組み込んである。対物理への絶対兵器だ。頭使わないで目の前の障害を消し飛ばすにはこれが一番手っ取り早い。

 

 激しい熱風。扉を分解し続ける熱で、ボクのいる周囲の床と壁も融けてきた。なお、ボク自身へのダメージはカットしてある。その辺は抜かりない。

 

 熱線と扉の復元機能が拮抗する。しかし絶え間ない分解に、扉の方が先に音を上げた。

 室内にまで光線が届かないよう射程距離を調整しつつ。

 とりあえず複数人が通れるほどの穴が開いたところで、作業終了。

 

「おわったよー」

 

 装置を工房にしまって後ろを振り返る。

 次元障壁らしい術式や、重力による壁、鳥居の境界防壁が消えていくのが見えた。

 提督、キリカさん、グレン、ワイヤーさんの四人は、棒立ちでこっちを眺めている。

 

「Reader、Brother、Fantastic……」

 

「何千年後の純エーテル砲だ今の。次世代の戦争にも使えそうだな」

 

「現代には早すぎる未来兵器よ……なんで持ってるのイリスくん……」

 

「これがボクなりの脳筋解決法だよ。結構便利だよ?」

 

「脳筋と呼ぶには叡智を詰めすぎだ……」

 

 グレンまで呆れ返った目をしてくる。

 なんだよー。役に立ったんだからいいじゃんかよー。

 とか思っていると、部屋の奥から新しい足音がした。

 

「チートも合法じゃあ反論の余地もナシ。大手を振って投降ってワケですハイ」

 

 低い、気だるげな声。

 床にひきずるほど長い、ざんばらの青髪を持つ男性だった。二十代後半ごろ、に見える。

 種族は、鳥の獣血種(ビースト)……だろう。頭から羽っぽいのが生えてる。両目は長すぎる前髪で見えなかった。

 黒染めした白衣のような黒コート。その手には、薄い板状の端末を持っていた。

 

「貴方が……」

 

「エドワード・フランクシュタイン。コードネーム:Infoです。第十三部隊(サーティーン)、全員の撃破お疲れ様でした」

 

『WireとInfoの兄さんは戦ってないやんか?』

 

「Readerの命令は『魔城攻略者の相手をしろ』。()()なんて一言も言ってないんだよクソ脳筋共。洗脳されてたとはいえ、相手する=戦闘とか蛮族思考すぎィ」

 

『──、』

 

 通信先のアルクさんを始め、十三部隊の元敵メンバーたちが黙ってしまった。

 ……言われてみれば、確かに姉さんのやつ、そういう命令を下していた気がする……

 

「じゃ、早速クリア報酬をば。まず提督サン。こちら工房の制御権です。エリアの切り離しまでは拙の管轄外なので悪しからず。あと、こっち現状の『未明異物』の生体反応データです。お役に立てれば」

 

「!?」

 

 バババッ、と空中に十枚以上はあるホロウィンドウが現れる。

 そのどれもが未明異物──あの「物体A」にまつわる分析結果や対処考察、特攻術式案の情報だった。

 一方、提督の手には小さい鍵型の物体が現れていた。

 

「オイ……クソハッカーのくせして有能か?」

 

「一応職務なんで……それに現状、()()()できる人材アンタしかいないっしょ」

 

「対価は」

 

「城内にいる、解放した十三部隊(サーティーン)の平穏かつ確実な外界への退去。以上です」

 

「取引成立だ。テレーゼ」

 

『はい──魔王城中層に残っていた三名とそこのWireを強制退去させます』

 

 ピピピッと電子音が響くと、すぐそこにいたWireさんの姿が消え、列車工房と通じていたホロウィンドウからドシャッと音が聞こえる。すぐさま、わーわーと混乱に騒ぐエリファレット君の声がした。

 

「確認完了しましたー。じゃ、拙もこの辺で……」

 

「──え、待ってよ。姉さんは?」

 

「あー、()()()()()

 

 今思い出したかのようにサラッと告げられ。

 こっちを見もしないまま、あっさりとInfoさんの実体は電脳体のように情報分解されて、そこから消え去った。

 

 ──瞬間。ボクは、自分の後頭部に銃口が突きつけられる気配がした。

 

「……あ、あの。提督?」

 

「停まってろ。──オレらの協力関係、もとい契約関係もここまでだな? 神殺し」

 

「ああ。『天空王ギルトロアが自身の()()()()()()()()()()()()()()、社に属する者は協力相手として敵対しないものとする』。俺は魔法使いの要請通り、魔王ルシファーへの味方は続けるが、提督との共闘はここまでだ」

 

「共闘なんて場面、一瞬でもあったかねェ? さっき普通に射殺された気がするが」

 

『……提督(マスター)。本体格納ケース──もとい「電脳仮想体変換装置」、干渉できません。サブプランにあった「神殺し・久遠桐架、両名の間接的排除」、不可能です』

 

 な゛。

 こ、こ、この提督ッ!! やっぱ初めから裏切るつもりだったのか──!!

 

「そうか。まァ予想はしてた。あの機械人形、初日の時点で、オレ様の司令室に何か仕込みやがったな?」

 

「それは俺の感知するところじゃない。任務達成の未来のために、アレが自己判断しただけだ」

 

「……おほほうふふ。サクラくん、もしかしなくても私たち、やしろさんがいなかったら詰んでたってことかしら~……」

 

「提督の目的がどうあれ、最優先で対処すべき障害は第三者の俺たちだろう。──()()()()()()である、ただ一人を除いてな」

 

 と──今度はボクに視線が集まる。

 提督。グレン。キリカさん。ホロウィンドウ越しにテレーゼさん。それに十三部隊(サーティーン)の方々。

 

「……何かな? 皆、そんな、人をラスボスか黒幕みたいな目で見てきて……ねぇちょっとグレン、さっさとこの提督の銃、退けてほしいんだけど──」

 

「……」

 

 ボクの言葉にグレンは一切答えず。

 キリカさんの方は、オロオロとした様子で周囲の状況を把握しており。

 

「じゃ──主役様がたにおかれましては、一時退場を願おうか?」

 

「!!」

 

 小気味よい指鳴り音。

 途端、グレンとキリカさんの姿も、その場から消滅してしまった。──強制退去、というやつだろう。装置内の本体には干渉できないが、仮想体の方の彼らを城内から弾き出すことくらいは造作ない。

 

 残ったのは殺されかけのボクと、殺人犯予備軍の提督。それに電脳体のテレーゼさん。

 

 ……ええっと。ここからどうすれば。まさか提督と戦闘? やだなぁ。

 

「あの、ていと──」

 

 ひとまず取引の試みを、と後ろを振り返った時。

 やはり銃口は、目の前にあった。

 

「報酬だ。受け取れよ」

 

 響く一発の銃声音。

 銃口から飛び出した弾丸はボクの額を撃ち抜いて──意識はそこで途絶した。

 



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28 終焉齎す戦艦の王

>>圧縮記憶データ解凍中…………

 

>>データ開封。再生開始。

 

     ■

 

 ソレはある人造生命の失敗作だった。

 左目を欠落した隻眼。造物主たる錬金術師は、錬金術の祖にあたる存在だったが、その事実を踏まえても酷い出来だった。

 

“在りえない。これではとても人間とは言い難い”

 

 それが、かろうじて人型を持って生まれたものが初めに聞いた言葉。

 どのように己が失敗作だったのかは、予め細胞に組み込まれていた知識が教えた。

 魂こそある。錬金術師は造り出したソレを失敗作としたが、魂を人造できる術師は、確かに神の領域に踏み込んでいた所業だった。

 

 問題は、造物主がソレに設計していた種族にある。

 この世の人間とは、理そのものを魂とする知性体と定義される。

 理なき魂など、凡百の魔族となんら変わりない欠陥品だったのだ。

 

「造物主の生体反応の停止を確認。これより命令の実行に移る」

 

 ──二年後、かの錬金術師は逝去した。

 死因は単純な活動限界。

 幾度も肉体そのものの稼働限界は超えてきたようだが、とっくに動かすための燃料は尽きていた。

 

 精神の摩耗。生存欲の減衰。理想の見切り。

 積み上げてきた歴史と超えてきた旅路は、一人の錬金術師の命を使い切るには充分なもの。

 超抜序列第六位・創始錬金術師トリスメギストスの生涯は、黄昏の端でひっそりと終わりを迎えた。

 

「設定座標に到達──」

 

 失敗作と判定された、襤褸だけまとったソレは、渡されていた装置を片手に崖上まで来ていた。

 数百エートル先に見えるのは、かつての拠点。鉱山の地下に構えていた叡智の工房も、今日、主の手順通りに廃棄される。

 

「爆破」

 

 カチ、と終わりの音。

 起爆装置のスイッチを押した途端、炸裂する破壊の旋風。

 世界を轟かせる超抜規模の爆音は大陸を揺らし、鉱山地帯のあった場所を消滅させた。

 

 そこに残ったのは破壊の痕跡たるクレーターのみ。

 錬金術、その始まりの欠片もなにもかも、爆炎と共にこの世から消え去った。

 

 ──たった一人を除いて。

 

「……う…………あ……?」

 

 爆風の余波をまともに食らい、“失敗作”はクレーターより少し離れた位置に転がっていた。

 立っていた崖地帯も崩れ去り、辺りは黄昏の日があまねく照らす荒野のみ。

 終わりの片隅。

 ある一つの歴史の終焉の中で、ソレはうつ伏せに倒れ込んだまま──数秒前の記憶の再生を続けていた。

 

 閃光。

 爆裂。

 破壊。

 有を等しく無に帰す、絶対の災害があった。

 それは起こるべくして起こったものだ。

 造物主の定めた理、渡された起爆装置を自分が押した故にもたらされたものだ。

 

 その事実を今一度確認し。

 このたった一回きりの、痕跡隠滅のためだけに生かされていた“失敗作”は──そこで顔を上げた。

 

 地平の向こうには大いなる落陽。

 目の前には天災の名残りを示す消滅孔(クレーター)

 

「……は、ははは……」

 

 自分自身、わけも分からず、笑った。

 ソレに自意識が生まれたのはこの時。

 

 苛烈かつ鮮烈すぎた爆轟と崩壊。

 それらは、本来ここで終わるはずだった使い切りの中に、ある衝動をもたらした。

 

 ──もう一度。同じものが見たい。

 

 こうして。

 意志も、人格も、感情も、精神基盤さえ与えられなかった生命体は、破壊の音で目を覚ました。

 

     /

 

 年月が過ぎた。

 

「儂はそろそろ行く」

 

 旅行鞄を携えた男が、ある日そう告げてきた。

 老年に差し掛かった頃の、くすんだ金髪を持つ錬金術師だった。長年、彼が研究室としてきたスカーレット調の部屋は、この日も全てが計算されているように一寸の乱れなく整理整頓されていた。

 

「アルベルト。お前もさっさとここを出ろ。なにも国の滅びに付き合う必要はない」

 

 アルベルト・マクスウェル。

 それが現在の“ソレ”の名称だった。目の前の男がつけた、平凡な記号だった。

 

「先生はどこに?」

 

「大陸を出る」

 

 きっぱりとした命知らずな物言いに、「アルベルト」は僅かながらの沈黙と共に瞬きした。

 

永命種(エルフ)から航海技術を?」

 

「奴らはまだ造船中だ。それに長命種などと関わるつもりもない。下手に恨みを買えば、文字通り末代まで対立することになる」

 

「なぜ彼らは故郷の森を切り始めたのでしょう? 彼らの感知能力は魔族の中で最も優れている。その気になれば大陸の覇権を握るのも容易いでしょうに」

 

「お前は最後まで質問が好きな小僧だったな、アルベルト。いやいいだろう、これも奇縁だ。いつも通り『先生』として教えてやろう」

 

 老いた錬金術師は、弟子の少年をいつも野鳥を見るような目つきで見ていた。

 嫉妬、羨望、苛立ち、諦念、呆れ、憐憫──そのような感情が複雑に編み合った焔色(ひいろ)の瞳は、観察対象として奥深いといえるものだった。

 

「奴らの長が未来視をしたという話だ。事実は知らんが。数千年後、いずれこの大陸には『厄災』が降臨し、現行人類が半数にまで落ち込むという。人類は石器を用いた時代にまで文明が逆戻り、その時、永命種(エルフ)も巻き添えを食らって酷い目にあう……らしい。連中が躍起になって海を目指すのは、とうに未来の他の種族を見捨てているからさ。ま、一部は離反して陸に残る準備を進めているとも聞くが。それだけだ、後は知らん」

 

「先生もその未来を信じるのですか?」

 

「知らんといった。どうでもいい。今の儂の意志は千年前から決めていたことだ。人生の計画は速やかに実行する。錬金術師として当然のことだ」

 

「先生のお歳は五十と六年でしたよね。千年前というのは矛盾しているのでは?」

 

「……フン。物の例えだ。お前の質問もこれで終わりか?」

 

「なにか特別な言葉を言うべきでしょうか?」

 

「本っ当に礼儀というものを知らん奴だよなぁ」

 

 将来はロクなものにならんぞ、と言い捨てられる。

 ……“彼”にとって、この上司は総合して平均的な錬金術師だったが、この適当に言い放たれた言葉はまさしく予言だった。

 

「出会いから何も変わらんな──十二年。儂がお前を見つけて十二年だ。しかし、まるで変わらん。いや、単に意志を表に出していないだけか。やはりあの時、野垂れ死ぬのを見届けるべきだったか?」

 

「私を危険因子と判断するのなら、今からでも処理は遅くはありませんが」

 

「そうだな。だが、十年以上も弟子として過ごした相手を手にかけるほど非道ではないつもりだ」

 

「それは──」

 

 それまで滔々と話していた少年は、初めて言葉を選んだ。

 

「──それは、“情が移った”、という?」

 

「勿体ないだけだ。知性体一人の価値は計り知れん。人的資源ほど高いものはこの世には無い。……たとえどんな罪人、悪行を積もうとな」

 

 その時、男は窓から外を見た。

 そこから見える眼下の街並みでは、今日も市民によるデモ活動が行われているのだろう。

 

「善悪の価値は対等なものでしょうか?」

 

「等価に有益か無価値かは観測者次第だ。ま、そんなもん設定せずとも生きていけるのが人生唯一の長所だ──問題は短すぎるということだがな。ハァ」

 

「先生の今の器の強度では、せいぜい百年程度で限界がくるかと」

 

「そうか。肝に銘じよう──お前にしては有益な助言だな。感謝する」

 

「──、」

 

 その、たった数秒で変化した感情の遷移の目まぐるしさに、少年は目を丸くし。

 ピシッ、とすぐさま目の前に突き出された封筒に、反応が遅れた。

 

「……これは?」

 

「退職届だ。それをゲルメールの机に叩き込んでこい。それが儂からお前に与える最後の重要課題だ」

 

「大陸を出て、どこへ行かれるのですか?」

 

「新大陸」

 

「そんな存在は観測されていませんが」

 

「うるせぇな。早く行ってこい。撃ち殺すぞ」

 

 またもや感情が反転していく。

 それを知らぬ少年にとって、この観察対象は、実に観察しがいのあるモデルだった。

 

 陽炎の錬金術師。名をメイシェル・ライングハート。

 彼は当時、創始たる錬金術師の次に優れた賢人と名高かったが、後に異名をなぞるように失踪した、謎多き人間であった。

 

     /+22years later.

 

「南西区だ。それで足りるだろう」

「それでは当面の危機にしか対応できません! 補給先を増やすべきです!」

「使える物資などもう底を尽いておるわ。そろそろ軍部施設も切り崩すべきか」

「先日連れてきた捕虜たちがいるだろう。所詮は異国の民、使()()()()()()

「では資源の変換効率を更新するべきでは? 大陸諸国の錬金術研究に、我が帝国は未だ遅れをとっている」

「開発部の無能どもも炉にぶち込んでやれ。自らが母国の礎となるのだ。彼らも本望だろうよ」

 

 軍の上層部たちが言い争う様を、青年となった“ソレ”は部屋の片隅で見つめていた。

 彼はただ学習していた。「人間」という、己がなるハズだった者たちを。

 彼は解析していた。──人間になるためには、どのような要素が必要なのかを。

 彼は認めていた。

 

 人間こそが、この世でもっとも「破壊」に長けた生命体であることを。

 

 帝国ナハトデウス。この軍事国家がその証左だった。

 消費資源に見合わぬ極小の戦果。

 彼らの寿命の半分以上も用いて築き上げた傑作を、たった数年で惜しみなく塵のように「次の計画」のために投げ捨てる目まぐるしい精神性。

 

 同時に。

 たった一瞬のためだけに十年、百年もの時間を利用できる者も。

 決まり切った死という終わりを前にしても、なにかを掴もうと手を伸ばす者も。

 ……あの、在るかも分からない存在を追って消えた、無謀としか言いようのない賢人も。

 

 “ソレ”は、人間が区分けた善悪全てを記憶し記録し、学習を続けていた。

 

 そうして彼の中に蓄積したデータは──今日、一つの形骸を持って顕れる。

 

「報告いたします」

 

 芯を伴って発された一声に、会議室の誰もが注目した。

 疲弊し切っていた聴衆の心情は一致していた。この不毛な会議から一瞬でも目を背けることができるのなら、たとえどんなに無益な話題でも耳を貸そう、と。

 

 それを知ってか知らずか。

 或いは計算済みか。

 舞台の階段を登り始めた“彼”は、次の言葉を発音する。

 

「『兵器』研究担当のエーヴィッヒ博は病衰し、先刻息を引き取りました。僭越ながら後続として私が公務を引継ぎ、今後の兵器運用の方針を決定した次第です」

 

 室内全体に走った衝撃はわずかなもの。

 しかし「決定した」という確定事項に、上の権限を持つ個体たちは眉をひそめる。

 

「委員会からそのような報告は聞いていないが。君の独断かね、マクスウェル大佐?」

 

 これ見よがしに煙草をふかし、不愉快そうにこの会議の主は睨みをきかせる。

 次の瞬間には怒号が響き渡る未来を想像したのか、他の下位職たちは縮み上がった。

 

「『申し訳ありません』。しかし現行の演算回路に手を加えられる人員が私しかいなかったもので。それに──」

 

 緊張度4.5。

 “彼”は視界内で計測した感情値に合わせ、学習していた謝意の単語を口にする。

 朗々とした口調に淀みなく。

 己の立場を理解した上で発言している、と今の自分に対する周囲の認識をコントロールしつつ、“彼”はトリガーとなる台詞を言い放つ。

 

「元々()()は私が発案した術式です。

 ですが、エーヴィッヒ博がその名を使って公表したことを、今や私は気にしておりません。むしろ博士には、こうして術式を見直す猶予期間を設けてくれたことに感謝を。おかげで素晴らしい効率の資源変換式を完成させることができたのですから」

 

 動揺値2.1から8.9へ。

 ざわ、と会議室に見えない波が立った。

 それはエーヴィッヒ博の犯していた窃盗罪ではなく、明確に断言された「現状打破」という希望が示されたことへの期待だった。

 

「お……おお! なんだ、早くそれを言え! それでどうなのだ、『工房』は!? まだ動かせるだろう!? 資源はどこから──」

 

「はい。帝国の勝利を確実なものとするため、皆さまを火薬として運用することにしました」

 

「…………、は?」

 

 ドンッ、という発砲音。

 硝煙が漂ったのは、会議の「主」たる人間が握っていた拳銃からだった。

 

「ぐっ……が、……!」

 

「閣下!」

 

 そして椅子から転げ落ちたのも同一人物。

 突っ立っていた“彼”は、そこで初めて左手に拳銃を錬成して見せた。

 

「……ッ、貴、様……推進力と同時に、弾丸を──」

 

 起きたことは単純明快。

 閣下と呼ばれた人物は銃身が無ければ弾を撃てず。

 一方、“大佐”は「飛ぶ弾丸」を閣下の心臓に着弾する空中座標にそのまま錬成しただけだった。

 結果、一秒早く弾丸は片方の心臓を撃ち抜くこととなり、発砲した瞬間に照準がブレた方の弾道は、会議テーブルの端を削っただけに過ぎなかった。

 

 そして次に起きる展開も明確。

 合図なしに、“彼”以外のその場の全員が手元に小銃を錬成し、銃口を一か所へと向ける。

 

「帝国万歳」

 

 意味のない詠唱。

 同じ光景が繰り返される。

 

 推進力を伴った弾丸が「発生」し、場にいた軍兵を一撃のもと絶命に至らせる。

 ただ一人。

 展開に追いつけず、手元に銃も錬成できず、棒立ちになっていた若い兵士は、すぐ目の前にいるものを見つめたまま、呆然と訊いた。

 

「……どう、してだ? どうしてこの方法を選んだ……?」

 

「おかしなことを聞く」

 

 失敗作。ソレ。彼。大佐。──すなわちアルベルト・マクスウェル。

 その人物はゆっくりと兵士に振り向き、口元に笑みを作ってみせる。

 

「リシュティオン強制収容所、ハイト刑務所、第五十四区、グレイ・スケール、『地下の路地裏』、帝国機動部隊廃棄場、()()()北東丸ごと──更に南西区。()()()()()

 

 記録を参照する。資料を羅列する。事実を提示する。

 この数十年間、この軍議室に集まっていた者たちが行っていたことを暴露する。

 

「『私』は貴方がタ“人間”ガ「行ってきたことヲ「模倣しタ「だけに過ぎない──」

 

 声質が、徐々に変化していく。

 学習装置でしかなかったそれの中に、「意志」を示す精神(じんかく)が誕生する。

 

「湯水のように“人理”を──人命を『炉』にくべてきたオマエたちが、今更『オレ』の決定に異を唱えるってのかよ?」

 

「……マクスウェル、大佐……?」

 

「ああ──『オレ』は『オレ』だ。オレだけだ」

 

 クク、と不自然にそれは嗤う。

 なにせ起動したばかり。人間たちのデータを元に錬成した精神基盤は、まだ彼の中で馴染み浅い。

 

「えぇーと……そうだ、こういう時の礼儀は……『言い残す言葉はあるか』?」

 

 銃口を向けられた若い兵士は。

 質の悪い冗談を真に受けたような半笑いの顔で、こう返した。

 

「……化物め」

 

 礼儀には礼儀を。

 瞬間、最後の銃声が会議室で轟いた。

 

     /

 

 軍本部を制圧した男は、その足で地下へと向かっていた。

 施設内は真紅に塗れ、生きているものは制圧者唯一人。

 逢魔時という、多くの市民が寝静まった時間帯もあって、未だ軍内部の異常を感知した者はいなかった。仮にいたとしても──もはやその男を止める術など、誰も持っていない。

 

「全行程更新……完了。構造演算回路、基本骨子完成……構築図参照──『飛行』『殲滅』『移動』『要塞』『拠点』…………ああ、だったらコレが最適か」

 

 地下室に踏み入った途端、空間が歪曲していく。

 壁、床、材質、形状、強度、用途の全てが、ただ一つのカタチに向けて収束する。

 

()()()()

 

 それが、人間たちが“炉”と呼んでいた兵器の正体。

 呑み込んだあらゆる物質を、任意の素材へと変換・還元する戦争道具。

 豊富な資源がある内は心強いが、しかし彼らは「消費」することしかできなかった。結果、どんどん国家そのもの──市民でさえも──を材料として投入し、全て燃え尽きるまで使い潰す他なかった。

 

 だが、この日。

 その最悪の兵器は、完成した。してしまった。

 ──他ならぬ、真の発明者自身によって。

 

「コード:錬成開始(アルス・マグナ)ッ!!」

 

 瞬間、引き起こされる大規模錬成。

 軍部基地のみならず、その世界にあった大気が、空間が、次元全てが「素材」となって組み込まれていく。

 

 記憶映像は切り替わる。

 「帝国」の領土らしき風景が、総て閃光に染まっていく。

 光は動植物、無機物も有機物も老若男女、なにもかもを平等に理不尽に呑み込んで。

 

 抵抗する猶予も、

 気がつく機会も、

 対応する時間も、

 何一つとして──素材たちに与えられることはなく。

 

 やがて大地は丸ごと消失し、領土のあった場所からは海面が覗いた。

 その真上。空中に滞空出現していたのは、鋼鉄の飛行物体。最大規模の質量を持った、巨大戦艦の姿。

 

 

「さァ破壊の時間だ。この地に在る全てのモノを使って、もう一度あの光景を錬成する──!!」

 

 

 甲板には、歓喜と狂気の笑いを響かせる怪物一人。

 彼の軍服が新たに錬成し直される。艦に見合った、征服者としての象徴、すなわち海賊服へと。

 直後、戦艦に積まれた砲台群が動き──破壊の厄災が地上世界にもたらされた。

 

 

 地上歴4102年。この年、一つの厄災が黄昏の地に誕生した。

 

 



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29 終わりは始まり

「おや。おはようございます」

 

 目蓋を開けると、ボクはマッサージチェアのようなものに座らされていた。

 謎のVIP待遇。

 周囲は広い。壁に大きいモニターが取り付けられた鋼鉄製の部屋だ。どうやら提督管理エリアに軟禁されているらしい。

 

 で、右手傍には完全にリゾート用みたいなテーブルと、お茶がセッティングされていた。ちょうどやってきたらしいテレーゼさんがトレイを置いたのを、ぼんやりと眺める。

 

「……なんでメイド服」

 

「シチュエーションを大事にするので。提督(マスター)の記憶はいかがでしたか?」

 

 言われて、先ほどまで見ていたものを思い出す──

 爆破される荒野。ゲスト的な三流錬金術師。どっかの軍で起こった凄惨な虐殺の犯行現場。

 うーん、どこを切り取っても浮かぶ感想は同じだ。

 

「最低最悪の魔王だったよ」

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

「なんで誇らしげなのさ……」

 

 うんうん、と得意げに首肯する外見推定十四歳美少女。

 あんな過去を持つ奴が目の前の彼女を作るって、ホントどういう精神遷移があったんだろ。

 

 そこで椅子から起き上がって、持ってきてくれたお茶菓子に手をつける。

 この軟禁室からは出ようと思えば出られるけど、せっかく用意してくれたものを無下にするつもりはなかった。

 

「最後の方の俯瞰映像は私が加工したものです。被写体がよく決まっていたでしょう?」

 

「あそこだけ映画っぽかったのはそういう事かー」

 

 にしても、凄い時代を垣間見てしまった。

 アレは過去といっても、錬金術が広まり発展し始めた黎明期だ。まさに歴史の実録。提督の生きてきた千年間のほんの数十年ちょびっとだったが、情報量が凄いのなんの。

 

「ナハトデウス帝国って……ボク、学院で習った覚えがないんだけど」

 

「歴史書からも消去された人間国家の一つです。もうご存じの通り、現代の錬金術師的には違法と禁忌まみれの国だったので、一部年季の入った昔の術師からは他言無用の激ヤバ国家です」

 

「激ヤバ国家」

 

「時代によっては国名を口にするだけで死罪級だったとか」

 

「ヤバすぎでしょ……」

 

 もっというと、そんな国家を錬成材料にしちゃった提督がもっとヤバイよ!!

 ヤバさのレベルがこっちの想像より桁違いだったんだけど!!

 

「……人造生命(キミ)に聞くのもヘンな話だけど。テレーゼさんは提督のコト、どうなの? まぁ今までの様子を見る限り、完全にメロメロっぽいけどさ。アレが旦那でいいの? お嫁さんとして、何か思うところはないワケ?」

 

 こっちの質問に、対面席に座ったテレーゼさんは紅茶を飲みつつ、そうですね、と言葉を置いた。

 

「あの方の在り方、生き方、方針への不満は特に何も。多くの恨みを買い、多くを傷つけ、多くに迷惑を叩きつける側面全てを私は愛しています。──ええ。『ただ破壊の光景を見たい』という動機だけで稼働(いき)ているだけのモノだったとしても、そんなお方が『私』というものを創造してくださったことに、私は大いなる意義と、奇跡を感じているのです」

 

 虹色の瞳は真っすぐに。

 一点の曇りなく、そう断言した。

 

「……ッ、」

 

 思わず神聖光線(ゴッドレイ)を幻視してしまった。なにこの子、いい子すぎ。

 いや、いい子っていうか……その、なんだ。

 さらっと「愛」という言葉が出てきた辺り、彼女が人造生命というのが信じられないレベルの完成度だ。

 

 人造生命、ホムンクルスの錬成工程で特に高難度とされるのは、その精神基盤。

 精神こそあやふやで不確かなものはない。故に「基盤」──元となるテンプレート、大まかの性格・思想の方向性を決める「板」を、ホムンクルスは培養段階で組み込むのが基本だ。

 

 「提督」という存在を愛する生命体。──というのがテレーゼさんの設計コンセプトにあるのは当然だと仮定しても。

 ……それが実現する成功率は、限りなく低い。対象が現行の人類社会で「悪」とされているのを加味しても、「愛」という感情を生成させ、しかも自覚させる精神の成熟を実現させるのはボクでさえも困難の極み。

 

 まさしく神業。賞賛の意味で。

 破壊を突き詰めた先、あの提督は真反対に位置する「創造」という概念さえもマスターしているのだ。

 

 全てを破壊するためには、ひるがえって、その全てを把握する必要がある。

 緻密に積まれたブロックの一つ一つ、微粒子単位での構成を見抜き、理解して、その上でようやく「完全な破壊」というのはもたらされる。

 

 提督はただ、その錬金術の基礎を行っているだけにすぎない。

 たとえ彼の中身が虚と同等のものだったとしても、ボクは同じ錬金術師として、そのスタンスには脱帽する他ないのである。

 

「貴方にも、迷いはないように見えますが」

 

「?」

 

「──その在り方を、後悔したことはないのですか?」

 

 ……。

 後悔。

 随分と──古い、懐かしいような、そんな印象の言葉だ。

 

 それは果たして、“今”を、今生を生きているボク自身の感想なのかは、怪しいところだけど。

 

「後悔……する隙間は、無かったかな。気が付いた時には『こう』だったし。うん、実際、迷いはないよ。やるべきことは模索中だけど、やりたいコトだけは沢山あるからね」

 

 そうだ。過去とか前世とか、そんなの関係ない。

 今ここにいるボクが持つ意志。重視すべきはそれだけだ。

 迷いが生まれる余地なんてない。そんなコトに思考を割くぐらいだったら、未来のことを考える方が建設的だ。当然のことだ。

 

「はぁ……まったく」

 

 ボクは紅茶の入ったカップを置いて、虚空を見た。

 

「時間が足りないね。いっつもこうだ。ボクには──足りないものが多すぎる」

 

 錬金術師の知識。その才能。

 悪魔としての魂。その能力。

 そして人間としてのボク──その時間。

 足りない。足りない。足りない。足りない。

 これだけ恵まれて、積み上げてきたっていうのに、肝心のそれを活かすための時間は、たぶん、何度生まれ変わったって、一生足りない。

 

「……貴方は。もしかして──」

 

「ごちそうさま。お茶菓子、美味しかったよテレーゼさん。改善点が浮かばないぐらいには」

 

 席を立つ。

 憩いの時間は終わりだ。立ち止まるのは刹那でいい。

 

「? どこへ行かれるのですか? 貴方は元々あの『神殺し』についてきただけの客人、本当の部外者だったはず。“姉を殺す”という目的がもう達成されない以上、後は傍観者として終幕を見届けるだけでいい……そのハズでは?」

 

「あっはは。もっと映画を観た方がいいよテレーゼさん。ここまで茶々を入れてきた奴がただの観客なワケないでしょ? そりゃあ、初めはグレンの影に隠れて、興味本位だけで来たけれど──ボクにも、初めから“ボクの目的”っていう最低限は設定してたんだからさ」

 

「目的……確かに貴方は他の誰とも共謀も協力もしていない。本当の異分子です。この魔境に、身内以外での『狙い』があったと?」

 

「そうだよ。ボクは錬金術師だ。ただの、部外者の錬金術師だ。だったら──魔境に来る目的なんて、決まり切ってるだろ?」

 

 ヒントをあげすぎたかなぁ、とテレーゼさんの様子を伺うが、まだ疑問顔。

 どうやらボクの天才錬金術師フィルターが強すぎるようだ。仕方ないけどね。

 

「じゃあそういう事で。提督によろしく。次はメインステージで会おう!」

 

「あ、ちょっと──」

 

 引き留める声がけはスルー。軽く手を振って、一瞬でその部屋から脱出する。

 パパッと便利な空間連結! そんでボクが足を向けた先は、主人公陣営がいる外界ではなく。

 もちろん黒幕がいる準備室でもなくて。

 

「お。いたいた」

 

 魔城のある座標にその反応を見つけて、一気に次元間を跳躍する。

 やってきたそこは、この魔王城の最終エリア。

 謁見の間。

 魔王が座る玉座がある──あの「異物」がある決戦場だ。

 そこには、

 

「……あ? なぜこのタイミングで?」

 

 やっぱりというか当然というか。

 そこには金髪碧眼の城主──魔王(オーナー)ルシファーがいたのだった。

 

     ◆ 魔王城 外界

 

「やっっぱり、裏切られたわっっっ!!!!」

 

「まあ、予想の範疇だろ」

 

 怒りの形相で叫んだ久遠桐架に、サクラは当たり前のことを当たり前に言った。

 

「サクラくんも怒った方がいいわよ、その方が健全よ! 諦めてないで、ちゃんと怒りたい時は怒っていいと思うの、私!」

 

「そういう方向にエネルギー使うのメンドくさい」

 

「もー!! この燃え尽き症候群!! 倦怠期もそろそろ卒業しないと身体に悪いわよ!」

 

 提督の司令室から出て、彼らは魔物たちの行き交う市街地を歩いていた。

 ぶらぶらと。文字通りの暇つぶし目的で。

 というのも、

 

「……魔王城には出入りできない、オーナーはいつの間にか城内入り、後はただ悪の二人組が事を起こすのを待つだけ、か」

 

「最後の隙間時間ってやつね、分かるわ! イリスくん、大丈夫かしら? まぁ最後の最後、『実は生きてましたー』でひょっこり出てくるのがオチかしら」

 

「……どうだろうな」

 

 正直、それが一番の懸念点であり、最も警戒すべき事柄なのだ、とサクラは思案する。

 

「そうなの?」

 

「心を読むな」

 

「顔に書いてあったのよ。それでイリスくんがなーに? やっぱり『信用できない語り手』? でもあの子、嘘は一回もついてなかったわよ」

 

「つく必要なんかないからな。あいつにとって、そんなの使うまでもない。間違いなく俺たちより頭いいんだから」

 

「……『言わない嘘つき』?」

 

「そういうこと」

 

 本心の隠ぺい。目的の未提示。

 ()()()()()()()。火楽祈朱が行ったのは、そんな単純な屁理屈である。

 たったそれだけでも効果はてき面。随分と精神を消耗させられた。

 

 得体の知れない登場人物A、火楽祈朱を警戒させる。

 

 あの少年はこれを徹底していただけだ。どういう視点で今回の事件を追っていたかはサクラの知るところではないが、この単純な作戦は最適解といえた。

 

「つまり……今回のお話で、イリスくんはどういう立ち位置だったの?」

 

「殺人鬼だよ」

 

 答えたのはサクラの声ではなかった。

 振り向いた先には、簡素な屋台。のれんがあってカウンター席があって、赤い屋根の看板には「麺店」とだけ書いてある。

 

 ヒュバッ!! と小動物じみた素早い動作で、久遠桐架が彼の背に隠れる。

 それは明らかに声の主を警戒したものであり、恐れているが故の行動だった。

 

「っつーかトリックスター? ダークホース? ジャイアントキリング? そういう感じのイミの……あー、なんだっけ?」

 

「『番狂わせ』だろ」

 

「あ、そうそう」

 

 サクラが屋台に近づいていくと、そこで久遠桐架は無言で離脱していった。それこそ脱兎の如く。

 気にせずサクラはカウンターの一席に座り、右隣の人物がすすっているモノを見て、挙手をした。

 

「店長、麺一つ」

 

「アイヨー!」

 

 一瞬で目の前に麺料理が出てくる。注文から三秒も経っていない。

 突き刺さっていた割り箸を取り、キレイに割って食事を開始する。

 

「いただきます」

 

 ずずず、とすすって食べる。火傷しそうな熱さが舌を焼く。

 味は醤油に近い。人間文化の料理、“ラーメン”を模したもののようだった。

 

「店長ー! ギョーザおかわりぃ!」

 

「アイヨー!」

 

 ドシャッ、と隣の席には大盛りになった山のような料理が出てくる。

 なにあれ。ギョーザ? 知らない食べ物だ。美味いのか?

 ──そうサクラが凝視していると、

 

「攻略おつかれー。どうだったよ、私の部下たちは?」

 

 ぱくぱくと麺と交互に食べつつ、隣人──アガサがそんなことを言ってくる。

 髪は未だ金色。しかし何かしら錬金術で認識阻害をかけているのだろう、周囲を歩いていく魔物たち、店長とやらも、今の彼女の強烈すぎる存在感には気付いていない。

 

「なんか、お前の部下だなって感じの濃さだったよ」

 

「楽勝だった?」

 

「強かったよ。二人組に分けられてなかったらと思うとゾッとしない」

 

 魔王城攻略──記憶にある第十三部隊の面々をサクラは思い出す。

 初めの斧使いと槍使いはアレ単騎で挑む相手じゃないし、次の鎌使いの半獣だって冗談じゃなかった。糸使いは完敗だし二度と会いたくないし、大砲使いと銃使いの敷いていた地雷平原は悪夢だった。──と。

 

「アガサって本当にとんでもない要職に就いてるんだな。普段どうやってあのメンバーをまとめてるんだ」

 

「ノリと勢い」

 

「教育機関のサークルかよ……」

 

「学校な。でもまぁ、みんな優秀だし聞き分けいいし、なぁんで私みたいな小娘に従ってるのかワカンねーよ」

 

「謙遜か?」

 

「本心だよ」

 

「自信持てば?」

 

「そうするー」

 

 ずるずるずる。

 ラーメンすすりながらの会話は極めてユルい。誰も食事中に堅苦しい空気になんかなりたくない。真面目に会話しようとしても、やばいなコレ結構美味いぞレビュー最高点で、ぐらいしか今は思いつかなかった。

 

「ギョーザいっこくれ」

 

「醤油っぽいソレちょうだい」

 

「店長、唐揚げってある?」

 

「アイヨー!」

 

 魔物の食文化は人類文明の先を行っている。

 それが味わえただけでも有意義な時間だった。

 

「そんで(イリス)はどうだった?」

 

 約十分後。

 お互い完食し、水を飲みつつアガサが話を再開した。

 

「おとなしかったよ、比較的。神獣の奴にはなんかやったみたいだが」

 

「ていうと?」

 

「宇宙がどうとか」

 

「なんて??」

 

 その辺はサクラにもさっぱりだった。後でイリス当人に聞いてみよう、と思う。

 問題は、今だ。全ては今にある。

 

「イリスの目的、分かるか?」

 

「分かってて訊いてるだろ──そんなん、あいつの異名を思い出せば簡単だ」

 

「……『魔王殺し』」

 

「そういう事」

 

 やっぱりか、とサクラは息を吐いた。憂鬱からだ。

 故に、今のこの空き時間というチャンスに、あの少年錬金術師が何をしているかも予想がついた。

 

     ■ 魔王城 玉座の間

 

 ルシファーは玉座の前に立っていた。

 より正確にいえば、「物体A」の目の前に。

 

「やっほー、魔王様。お城が戻って来た気分はどう?」

 

「そりゃあもちろん清々したというか『ようやくか!』という感覚だが。さんざんブッ壊された時は貴様らどうしてやろうかと思ったが、大まか修繕されているからそこはいい。だがトラップシステムは許さん」

 

「悪かったってば。──はい、コレでいい?」

 

 記憶(ログ)を探って、手元にあのトラップカードシステムのデータを詰めた、小さい長方形状の鍵を錬成する。ぽいっと投げると、ルシファーが慌ててキャッチした。

 

「マジか貴様。まさか神か?」

 

「言葉選びには気を付けてねオーナー。『神』って単語、今の時代はただの罵倒語だから。純粋に賞賛を示したい気持ちはひとまず『天才!』って言っとけばいいよ」

 

「あ、ああ、そうか。細かな指摘、感謝する……で、」

 

 鍵を仕舞い、じろりとこっちを見つめてくる。

 

「──なんの用だ? 我輩、これから起こす逆転劇の準備で忙しいのだが」

 

「ふーん? やっぱり攻略者たちは生きて帰さないんだ?」

 

「……、そんなつもりはない。そちらの思惑がどうだろうと、我が城の奪還に協力してくれた功績を我輩は忘れない。だがこちらにも目的がある。本来起こす予定だった目的がな」

 

「世界征服ってやつ? アレ、本気でやるの?」

 

「当然だ」

 

 思いのほか、はっきりとルシファーは返答した。

 

()()()()()()()()()()()()。凡百の魔王と一緒されるのは心外だな」

 

「──?」

 

 言葉の真意が掴めず、ボクは眉をひそめることしかできない。

 魔王ルシファー。思えば、この相手に関する情報はあまりにも少ない。

 魔境きっての変人魔王。まともで、気さくで、カリスマがあって、苦労性。

 そこに「正体」なんてものがあるとしたら──一体ソレはなんだというのか?

 

「もう行け。別れの挨拶には充分だろう? ここはすぐに戦場になる。この『異物』も、またいつ活性化するか分からんからな……」

 

「──ソレ。なんで利用しようと思ったの? グレンから聞いてるかもしれないけど、ソレはボクたちの世界では手に負えない危険物だよ。異世界から来た侵略者の眷属。それをどうするつもりだっていうのさ?」

 

「どうしようと我輩たちの勝手だろう。()()()()()()だ、問題はない。我が城の良いリソースになってくれるだろうさ」

 

「ま、まさかお城と融合させるつもりなの……死ぬよ? ていうか死ぬより酷いコトになりそう……」

 

「これ以上は聞いてくれるな。本当に帰せなくなるぞ」

 

 シッシッ、と魔王はこっちに手を払って、背を向ける。

 玉座では何かしら錬金術の融合術式が稼働しているようだ。……、無駄のない作動音からして、アレ提督が構築したやつだろうか?

 

「まったく、しょうがない王様だなぁ──」

 

 ボクは辟易した声を出し。

 くるっと立ち去る足音を響かせて。

 

 

「──殺しやすいから、別に構わないんだけどね?」

 

 

 ようやく、本性を現した。

 



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30 第三種接近遭遇

「──………………っが、っ?」

 

 ビチャッと背後から鮮血の音がした。

 視線を向ければ、案の定、吐血した魔王がその場に崩れ落ちている。

 

 ボクの右手には真っ赤な鉱石。しかしドクドクと脈を打つ、()()()()()鉱石だ。

 魔物の心臓は鉱石で出来ている──これを一般に、「魔鉱」と呼ぶ。

 

「……な、ア? 馬鹿な、いつ──」

 

「たった今。あのさぁオーナー、空間連結できる錬金術師って聞いたらもっと警戒するべきでしょ? 身体の内部だって空間だ、下手な暗殺技術がなくたって内臓をいきなりぶっこ抜くなんて簡単なんだよ?」

 

「がほっ!! ゲホ、がはっ、再生……再生が遅い、ぐ、そもそも、どうやって我輩に干渉を──!?」

 

 うめく魔王を横に、ボクは奪取したこの「戦利品」を見て、中々いいね、と賞賛する。

 

「第一級の魔鉱って感じかな──これが魔王石? いや融合してるね。もしかして()()()の? あったま悪いというか天才ってゆーか……本当に良い度胸してるね」

 

 まあ貰っとくよ、とその場から消して工房にしまい込む。

 倒れ込んだ魔王は、ゼヒューゼヒューと死に向かう呼吸を続けている。

 

「ふーん。中々死なないね、流石は()()()。それとも魔王だから存在強度が違うのかな?」

 

「……ッ、『貴様、まさか、最初から……ッ』!」

 

 空間にルシファーの声が響く。意志を音声伝達する錬金術の基礎術式だ。使えたんだー、と思いながら、ボクはその声に応える。

 

「うん、知ってたよ。君の種族も経歴も能力も、二年前に調べておいた。それでも得られた情報はそう多くなかったけどね、いつか一度は『討伐』してみたいなーって目をつけてたんだ。でもあんまり早くに喧嘩を売ると、後々の長い人生、面倒な因縁がついて回るでしょ?」

 

 だから機会を待った。

 相応しいタイミング、運命がやってくるのを見越して、二年前の「資金繰り」の時は見逃した。

 そんなチャンスが来なければ、きっとボクはルシファーに関わることはなかっただろう。だけど天運はやってきた。()()()()()()。だから首を突っ込んだ。それだけのことだ。

 

「ボクは元々、貴方が目的でここに来たんだ──最初は下手したら追い出されるかなー、って思ってたけど、どうやらそっちはボクの異名、知らなかったみたいだね?」

 

「『異名……?』」

 

「“魔王殺し”」

 

 そこで青い瞳が大きく見開かれる。

 ドッキリにまんまとかかった憐れな被害者そのものだ──別にこれは茶番なんかじゃないけれど。

 

「『ま、ま、魔王殺し……!? あの連続魔王討伐案件の主犯だというのかッ!? 貴様が!? 唯一国の“英雄級”ではなかったのか……! 何故誰も我輩に教えなかったッ!?』」

 

「そりゃあ魔王だからでしょ。ボクみたいな超危険人物、言ったらあちこちの協力関係にもヒビが入るだろうし」

 

「『当たり前だぁぁ──! 初日で葬っとくべき相手ではないかァ!! ギルトロアァァァ──!! 神殺しィィ──!! 計ったなぁぁぁ──!!』」

 

「いやいや、ボクが個人で勝手にオーナーを殺しに来ただけであって、あの二人は君の殺害計画なんてぜんぜん企んでないよ。──全ては君の油断が招いた結末だ。ただの野良錬金術師が魔王城にやってくる目的なんて、魔王討伐以外の何にあるのさ。基本の基本、常識でしょ。ボクは一度だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やることはシンプルだった。

 己の立場を明かさず、事件の本筋に関わり、一番いいところで持っていく。

 嘘は一度も使っていない──そのせいで、随分とグレンには負担をかけてしまったと思うけど。

 

「『──だ、が、そうだ、使い魔は! ストーリーテラーの使い魔はどうした、貴様……!?』」

 

「君の護衛? そんなの昨日のうちに片付けたけど」

 

「──『は……? い、いつ……』」

 

「攻略の途中。ホラ、君が身体借りてて、意識と精神が派手にぶっ飛ばされてたでしょ。あの時、Arcさんの爆撃の一射を乗っ取って、『対煙狼用』の術式を組みこんだんだ──今日は一度も気配も姿も見せてないし、結構効いたみたいだね」

 

 こっそり改造フレンドリーファイア。

 グレンは現場にいなかったし、煙狼の視覚的にもボクからの攻撃じゃなかったから、犯人の特定は難しい。ま、あの場で「できる人材」といえばボクしかいないワケだけど!

 

 ──今朝のエレベーターでグレンが言っていたことを思い出す。

 『お前と殺し合う気はないからな』。

 ボクが煙狼殺しの主犯だと勘付いていたにも関わらず、あんなことを言うなんて。

 彼のことだから、シンプルに「マジ相手したくねー」の意志表明だったと思うけどね。

 

「……『は、分かっているのか? 今の“神殺し”は我輩の味方だ! 貴様は最悪の相手を敵に回したぞ──!』」

 

「そうだね。ま、そこはしょうがないかな。誰だって目的を追ってたらダブることはあるでしょ。悲しい事故だねー」

 

「『……なんとも思わないのか? 長い付き合いだろう、我輩にだって分かるぞ。貴様のそれは本心か……?』」

 

「嘘か真かなんてボクに訊かないでよ。意味がない。ボクだってグレンと殺し合うのはやだよ、運命の強さは向こうが上だし。あー、友人の君を殺しちゃうから魔法使いも敵に回すことになるのかなー……いや、そっちはどうにでもなるか」

 

 姿は一度見ている。

 ならば対処すればいい。それだけだ。

 ボクには、それで事足りる。

 

     ◆ 魔王城 外界 ラーメン店

 

「典型的な錬金術師なんだよ、あいつの根っこは」

 

 諦めたようにアガサが言った。

 経験談だろうか? サクラにはうんざりしているようにも見えた。

 

「あそこまでの天賦の才を持ちながら、提督みたいなイカれた野望を持っていない。十年前の私に棺の修理を頼まれた時もそうだ、あいつは『棺を材料に別の兵器を生み出す』こともできたはずなのに、実直に『私』の要望を叶えやがった。職人気質のクセして肝心なところで凡庸。だけど()()()()()()()()()()()()()()()()。史上最高峰の演算能力を持って生まれた一般錬金術師だ」

 

「普通にいい奴だしな」

 

「人を見る目の基準がイカれてるお前の意見は参考にならねーよ。悪人だろうと善人だろうと対等に見るクセに」

 

「それで、なんでこのタイミングでイリスがルシファーを手にかける?」

 

「私たちに面倒事の全てをおっかぶせるためだよ! 典型的に倫理も常識もブッ飛んでんの、世界がどうなろうと知ったことじゃない。あいつはあいつの『最高の作品』を作るためなら、道中どんな被害が出ようと()()。つまり──ロクデナシだ。大多数の錬金術師と同じようにな」

 

 ふーん、とサクラは話半分に聞きつつ生返事する。

 総合的にイリスが普通のロクデナシということは分かったが、まだ納得できない部分があるからだ。

 

 あの白い少年は、原則、この世界に敵対するものではない。

 むしろ人類側。

 魔物たる魔王と敵対することは辞さないとしても、その結果、世界を敵に回すような真似をするとは思えなかった。

 

     ■ 魔王城 玉座の間

 

 玉座の前まで近づき、その中空で稼働していた融合術式に干渉する。

 ふんふん、まぁよくできてるけど、細部の組み上げが仕組まれたかのようにずさんだ。提督め、ルシファーとお城もろとも爆散させるつもりだったのかな?

 

「ハイハイ、融合中止、術式却下……あぶなかったね魔王様。危うく全財産を失うところだったよ? 心臓抜かれただけの方がマシだよ、なんだって提督なんか信用しちゃったのさ?」

 

「『……友人だからだ。目的も利害も一致していた。あれほど我輩の思想を理解し、協力者として相応しい者は奴以外にそうはいない』」

 

「そ。偏見で人を判断しないのは美点だけど、相手が悪すぎたね。えーと、『物体A』の生体データは……ここか。小康状態ってところかな、さっさと外世界にでも打ち出す方が賢明だねー」

 

 しかし妙だ。姉さんという依り代……いや、楔がない状態でここまで落ち着いているのは奇跡的がすぎる。

 ────待った。なんか存在核の辺りに何重にも真っ黒な術式が……こ、これって。

 

「……『黒の万象(ブラック・アルス・マグナ)』……? 姉さんめ、錬金術師としての全てをここにつぎ込んだってわけ……?」

 

 姉さんの身代わりになっていたのは、彼女がこれまで築き上げてきた叡智の全て。

 工房──ボクら錬金術師の研究ノート、人生の成果そのものともいえるそれ。

 

 人によっては何十年、何百、何千年とかけて組み上げる『工房』は、錬金術を発動させる時に用いる「演算装置」だ。術式を書き込めば書き込んだだけ、発動する時の速度や正確性を始めとした、術式の精度が向上していく。

 

 もはや術師の分身、複製、半身にもなりうるソレを、こうもあっさり手放すなんて。

 ……チッ、と舌打ちする。苦々しい。

 錬金術師としてあるまじき行為だ──やっぱりあの人は錬金術師以前に、軍務の責を優先するのか。

 

     ◆ 魔王城 外界 市街地

 

「サクラもサクラで、裏で多少は動いたんだろ? 慎重派のお前があのブラザーを完全放置とかありえないし」

 

「動きはした。だが失敗に繋がった」

 

「っていうと?」

 

 街をアガサと並んで歩きながら、サクラは初日──具体的には第十三部隊の二名を解放した後、イリスが列車で目覚める前までのことを思い出す。

 

「一日目のことだ。イリスが気絶している間、ルシファーに『白い悪魔を信じるな』と忠告したら、なにを思ったか、そのすぐ後に魔法使いの使い魔に身体を借りて近づいた。結果、その使い魔が退場した。たぶん主の元に叩き返されたんだろう」

 

 余計な忠告(ミス)だった、と内省する。

 ルシファーは忠告の真意を確かめるためにあの時同行したのだろう。しかしイリスの方まで、まさかどさくさ紛れで煙狼に攻勢を仕掛けるとは思ってもみなかった。

 

「……はーん。なるほどね、一杯食わされたってワケだ」

 

「そうだ。やっぱりイリスは頭が良──」

 

「そっちじゃない。あのなぁサクラ、いくら天才でもまだ十八のガキだぜ? 千年以上も生きてきて、何度も何度も敗北と辛酸をなめてきた奴と比べれば、一体どっちが賢いと思う?」

 

 ニヤリとアガサは笑った。それは、ここにはいない実弟の大失態を嘲笑う顔だった。

 サクラは、彼女のそういう顔が嫌いではなかった。

 

     ■ 魔王城 玉座の間

 

 ──魔王石は、その魔王軍にとっての「全て」である。

 魔物を生む根源。無尽蔵の金銀財宝を生み出すアンノウン。

 一説によると、ソレは元々人間が人為的に作り出した()()()()──一種の「疑似・賢者の石」だという。

 

 錬金術学において、真の賢者の石とは質量を持つ情報物体。古今東西、ありとあらゆる術式が刻まれた万能物質とされている。

 

 反して、魔王石の方は、いわく魔物の生態系をコントロールすることを目的にしたもの。それが回り回って、どうして魔物と財を生む機構になったのか? これをボクは、単に造り出した人間連中のユーモアからだろうと考えている。

 

 人間は無駄が好きだ。遊びが好きだ。そして魔王とか勇者とかいう概念が大好きだ。

 ──財宝を奪う先なら魔王だろ! なんてふざけたアイデアから生まれてたって全然おかしくない。

 人間ほど正常なまま思考が狂っている種族なんて、早々いないんだから。

 

「……ん? 起きて大丈夫なの、魔王様(オーナー)?」

 

 振り向いてみると、ルシファーが立ち上がっていた。

 警戒の必要はほとんどない。奪った魔王石は、魔王としての権限全ても総括している。彼がなにを考えようと、ここに援軍たる部下の魔物たちを呼び集めることすら不可能だ。

 

 その流血は止まっていた──いや、外装だけだ。内部は心臓がないからぐちゃぐちゃに違いない。

 そんな当人は、右手で顔を覆い、俯いていた。

 

「……げほっ、問題は……ない。はは、なんだこれは……むしろ調()()()()()()()()()。そうか、元より相反するモノ。()()()されたということか……」

 

「? いやまぁオーナー、死に際にそういう錯覚起こす気持ちは分からなくないけどさ。流石に心臓抜かれて調子上がるはイカれすぎ──、!?」

 

 刹那、本能で動いた。

 空間連結で一気に魔王から距離をとる。玉座の間の端、その入り口。扉は開かない。行き止まりを背にしたまま、ボクは目の前の「異常」を観測する。

 

 ルシファーは動いていなかった。

 血まみれであることも、致命傷が続いていることも変わっていない。──のに。

 

 

「────なんだ。オマエは」

 

 

 まるっきり、気配が別人だった。

 存在が違う。規格が違う。次元が違う。

 

 ──錬金術師としての直感が警告する。

 

 こいつはもう、魔王ではない。

 こいつはもう、吸血鬼ではない。

 こいつはもう、()()()()に居るべき者ではない。

 

「【……何、と言われてもな】」

 

 声の響きまで、これまでと異なっている。

 それは一つ上の次元、規格から発された言葉だった。

 

「『機巧仕掛けの星壊(デッド・エクス・マキナ)』──!」

 

 即断する。工房から最高の純エーテル砲を展開する。

 鋼鉄の円形射出機が、あらゆる物質に対する分解式を繰り出す。

 細胞を一片たりとも残さぬ光の砲撃。それは確実にルシファーのいる座標を打ち砕き、余波はその背後にあった玉座をも破壊する。

 

「……、な」

 

 だが一射目を直撃させた瞬間──ボクは、それが彼にはまったく意味がないことを理解した。

 

【こういう事だ。どうやら先に我輩の心臓を抜いたのは愚策だったらしいな、魔王殺し?】

 

 たった今、現状を理解したような顔で。

 完全に肉体の再生が終わり、無傷となったルシファーが、そこに立っていた。

 

     ◆ 魔王城 外界 市街地

 

「まだ一つ、腑に落ちないことがある」

 

 そう言ってサクラは足を止めた。

 振り返ったアガサに、最後の問いを投げる。

 

「なんのためにイリスはルシファーを標的にした? ルシファーという素材を使って、何を錬成しようとしている? ……何をなそうとしてるんだ?」

 

「さぁ? そりゃあ天才のみぞ知る、ってヤツだろ」

 

「……、」

 

 ここだ、と彼は思う。

 彼女でも見抜けないこの、真意の直前。

 ここを突き詰めない限り、イリスという少年の行動の意味を紐解くことはできないだろう。

 

「──あー! おったおった、Reader──!」

 

 青年らしき声がアガサを呼んだ。

 声のした方を見ると、第十三部隊の弓使いとされる洒落た青年が駆けよってくるところだった。が、その目がサクラを捉えた瞬間、緊張したように表情が強張る。

 

「っと、おぉっ、か、神殺し……いや、サクラさん? 様? まさかのご一緒?」

 

「ご一緒で悪いかよ。あとそんな固くならなくても、いきなりブッた斬ったりしないから、こいつ」

 

「あっはは……ちなみにお二人、実はどういうご関係で……?」

 

「「幼馴染」」

 

「これは見事な終末ジョーク~……マジ?」

 

 引きつるArcの顔を無視して、サクラはその手にあるものを見やった。

 

「なにを持ってるんだ?」

 

「あ、あぁそうコレ! 今朝、Readerの弟はんに頼まれてたブツです。けど弟はん、提督に捕まっちゃったんでしょ? コレどーすりゃいっかなーって、ひとまずReaderの判断を仰ぎに来た次第です」

 

「なんだよブツって……────ぅおお!?」

 

 無言でArcが布を広げると、紫色をした鉱石が出てくる。

 それを目にした途端、アガサが跳び上がった。

 

「おお、オマッ、メテオライトじゃねーかッ!? どんな手を使って手に入れた!?」

 

「普通に合法ですって。魔物の連中は素材の良し悪しなんか分かりまへんから、ちょーっと漁るとトンデモレアな素材が店頭に並んでるんです。ま、ここまでレアだと一介の錬金術師には手に入れたところで加工そのものが難しすぎですがー」

 

「メテオライト……神聖武装の素材に使われた、霊鉱の一つのアレか」

 

 人理兵装(レリック)と同等の威力・火力を持つとされる、「人造レリック」──神聖武装。

 それを初めて錬成してみせたのがあの提督ギルトロアであり、同時にそれが当時の情勢の終末戦争では、人類逆転の一手にも繋がったという話だ。

 

「──目標素材、発見しました。回収に移ります」

 

「!?」

 

 耳に聞こえたのは、無感情極まった機械音声。

 気配もなければ兆候もなく、サクラのすぐ後ろに、その白い機械人形は立っていた。

 

「えっ、ちょっとぉ!?」

 

 ぱっ、と。

 瞬きの間に、Arcの手からメテオライトが消え、封社やしろの両手の中に現れる。鮮やかすぎる強奪だった。

 

「うわぁやしろさん! 『魔王』やってた時だけの幻覚じゃなかったのか……あれ、これ勝ち確定か? なんか作戦考える必要ある?」

 

「Reader!? なんでいきなり思考放棄のフェーズに!?」

 

 背後の二人の会話に構わず、サクラは白人形を問い詰める。

 

「おい、それをどうするつもりだ。イリスは何を考えている?」

 

「対象:メテオライト回収確認。回答します。これより火楽祈朱の元へ転送し、異界存在特攻兵器の錬成を促します」

 

 やはり言っていることが微妙に掴めなかったが、ひとまずサクラは事を起こされる前にと問いを続ける。

 

「……それは、対『物体A』のことか?」

 

()()()

 

 おそらく事の全容を把握しているだろう機械人形は、無機質に、粛々と答えた。

 

「本作戦中に現れる異界存在は()()います。一つは侵蝕存在『仮称・物体A』。()()()は──」

 

     ■ 魔王城 玉座の間

 

 想定外の時は常套句に習うのがセオリーだ。

 果たしてそれに応えてくれるかは相手次第だが、仮にも「魔王」を名乗っていた彼ならばと、ボクはその質問を口にした。

 

「君は──何者なの?」

 

【普段の我輩なら魔王(オーナー)だ、と決めるところだがな……ああ、こうなってしまった以上、本来の名を名乗るのが正しいだろう】

 

「本来の名……?」

 

【“侵略者(インヴェーダー)”】

 

 崩れた玉座を背に。

 変質し顕現した何者かは、その正体を明かした。

 

 

 

【我は()()()()()()()。異界より顕れ──この世界を真に侵略せんとする者である】

 

 

 



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31 1時間/1000年

 ……念のため、ここではっきりと明言しておこう。

 

 人類にとって、超抜存在とは厄災・災害そのものである。

 ()()()()()()()()

 逃亡第一。生存優先。対抗論外。

 

 そこに超抜序列など関係なく。

 相手が一位だろうが三位だろうが八位だろうが十位だろうが──超抜存在とは、戦ってはいけない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そういう手合いだ。そういう存在なのだ。

 そういうモノに素でホイホイ直面して、当然のように「生き延びる運命」を掴むグレンが、超級の大例外なのである。

 

 ヒケツはずばり、桁違いな天運の強さ。

 あらゆる逆境を、逆境とすら認識する前に跳ね返し、これを踏破するもの。

 

 人はそれを英雄と呼び。

 彼はそれを悪運と呼ぶ。

 

 だから──

 

【この状態は少々こちらも予想外だったが……その顔を見る限り、貴様の意表を突けたことは喜ばしい】

 

 ────推理小説とかで最初に一人になった奴が死ぬのは定番だけどコレ、ボク死ぬかも。

 ここが推理ジャンル系の世界じゃないことを期待する。ついでにボクが初めの「死体役」じゃないってことも……!

 

「……ゴーメン、ちょっと現実逃避しちゃってた。魔王で侵略者で超抜存在ってなに? 意味ワカンないんだけど。馬鹿じゃないの? は? なに言ってんの? 冗談だよね??」

 

【涼しい顔で流されるかと思ったが。なんだ、案外まっとうに慌てるのだな?】

 

「慌てるわ!! 命の危機だよ!!!!」

 

 言いながら裏の思考では脳をフル回転させている。

 命乞い。心臓返却。逃亡。説得。話し合い。証明中断──不能。超抜存在(ルシファー)に直視されているせいか、ぜんっぜん次元に干渉できないんだけど!

 

「み、み、……見逃してくれない? っていうか見逃してください。ホラ、アレ、そら、心臓とか、か、か、返すよ……不意打ちしてごめんって、今までの不敬行動、向こう千年かけて謝罪するからさぁ……!!」

 

【手の平返しが凄まじいな。あの戦王と相対した時はもう少し余裕があったではないか】

 

「そりゃあ専門家(グレン)がいたからね!!」

 

 結局見捨てられたけど! やしろさんに助けてもらったけどぉ!

 だが、今は一人だ。完全に一人。提督はいるだろうけど万が一助けを求めても裏切られる気配しかない。実験体として確保される未来しか見えない。もうやだ。

 

【見逃せといわれてもなァ──命を狙ってきた相手に、容赦する必要があると?】

 

「ですよねぇ──!!」

 

 ザ・正論!

 ははははは、言い訳が欠片も浮かばねぇ!!

 

【なに、安心しろ。楽に仕留めてやる】

 

「──ッ、か」

 

 直後、壁に叩きつけられていた。

 対抗する術式を発動した瞬間、その術式すらぶち抜かれて。

 一切の意味をなさぬまま。

 児戯に過ぎぬと言わんばかりに、簡単に無効化されて。

 

【──ほう、便利だな。どうやら今の我輩に錬金術は通らぬようだ。この大陸で生きたおかげか?】

 

「がッ、ぐう、ああ」

 

 ぎちぎちと首を、見えない大腕に掴まれている。

 ルシファーはただ右手を伸ばし、それを覆うような透明腕がボクを捉えているのだ。

 ……おぞましい。なんだこの感触、明らかにこの世界にない物質の感覚だ、脳が狂いそう。理解しようとしても、理解という行為自体を身体が拒否している────

 

【形勢逆転だな。……まったく、初めから心臓を分離しておけば、ここまで苦労しなかったのか? いや、『魔王』として振舞う際のカモフラージュとしては、どのみち欠かせなかったか】

 

「なん……なんだよ。アンタも異世界出身、だったの……? しかも、侵略者って……なんだってそんなの、が、超抜存在、に…………」

 

【我輩のこの千年という苦労話を語りたいのは山々だがな。今は我が野望の目前だ、忙しい。よって冥府への土産話もない。すまんな】

 

「ッ……!」

 

 腕の力が強まる。

 ゴギッ、と首の骨があっけなく折れる。

 即座に肉体に組み込んでいた修復術式が発動するが、ぶっちゃけただの生き地獄。

 

【おおっと──悪魔は魂が本体なのだったな。身体を壊しても無意味か。では、こうか?】

 

 ぽいっと、空中に放り捨てられる。

 首を絞め殺されたと同時に、全身の骨も中身もいかれたので動けない。

 まさに人型を保った塵と化したボクは、その視界で、次に襲い来る、実体化した黒い爪を見た。

 

 一閃。

 異形の爪は肉体をたやすく切り裂き、破壊する。

 器が壊れた後に残るは魂。ボクという本体そのもの。

 

 身体の苦痛からは解放されたが、それも束の間。

 本命の二撃目がくる。それで完全にボクは()される。

 

 この結末は、ただの自業自得。

 殺しにいったんだから殺し返されるのは当然のこと。

 

 これにてジ・エンド。

 ボク、火楽祈朱はこうして魔境という舞台から退場した。

 

     □

 

>>【■■の理】、発動。

 

     □

 

「慌てるわ!! 命の危機だよ!!!!」

 

 力いっぱい、ボクは叫び散らした。

 まったく予想外にも程がある! そんな正体アリかよ! ズッルー!

 

【……、……?】

 

「あーもう、降参だよ降参! 流石に超抜存在なんかと戦うほど驕ってない、ボクは天才だけどその辺の常識は弁えてる。それでなに? 心臓返せばいいの? もうそっちの野望とやらは邪魔しないよ、ここでの記憶も消してオサラバだ。はい」

 

 どーぞ! と先ほど奪った心臓を工房から取り出し、ルシファーの手元に出現させる。──が。

 ばりんッ、と。

 ルシファーの手に触れた瞬間、魔鉱は跡形もなく、一人でに自壊し砕け散った。

 

【──、】

 

「あっ……ご、ごめん。え? いやボク、何もしてない、何もしてないからねッ!?」

 

 なになになんで!? 本当に知らない、ボクこればっかりは何もしていない!

 

【……いや、心臓などもはやどうでもいい。そして、襲撃者を生きて帰すほど我輩も魔王として甘くはない。ここで死ね】

 

「えッ」

 

 抵抗する瞬間すらなく。

 いきなり目の前に現れた黒い異形の大腕の爪によって、一撃でボクという存在は殺された。

 

     □

 

>>【■■の理】、発動。

 

     □

 

【この状態は少々こちらも予想外だった、が……?】

 

「ゴーメン、魔王で侵略者で超抜存在ってなに? 意味ワカンないんだけど。オーナー、属性盛りすぎじゃない?」

 

 やれやれとボクは呆れ混じりに肩をすくめる。

 まったくとんだ真相だ。こんな初見殺しってある? なんだよ第十位って。ラグナ大陸、マジ魔境すぎでしょ。一体あといくつ超抜存在が潜んでるっていうのさ?

 

【貴様──なぜ、】

 

「あーもう、分かったよ。心臓、返せばいいんでしょ? 今回ばかりは喧嘩を売る相手を間違えたよ。まだまだボクも未熟だね」

 

【違う!!】

 

「へ?」

 

 は? なんだいきなり。

 あんなにキメッキメで正体バラしたくせに、なんで「違う」?

 

【なんだ──貴様、貴様は何をしているッ!? クソッ……!】

 

「えっ、ちょ、」

 

 瞬間。

 ボクはなぜか激高したルシファーに殺され、グチャッ。

 

     □

 

>>【■■の理】、発動。

>>カウントXX回目。

 

     □

 

【………………。……………………、……………………………………】

 

「だ、第十位って……マジ?」

 

 長い静寂の後、かろうじてボクはそう返した。

 ルシファーが超抜存在? なにそれ。どういう経緯でどういう事情? 過去がとても気になりすぎるんだけど。

 

【貴様──真名はなんだ】

 

「え?」

 

【真名だ! 悪魔としての真名を教えろッ!!】

 

 えぇ、正体バラしたんだからこっちも教えろってコト?

 どういう心境の変化かは知らないけど、まぁ、絶対強者に抵抗するほど愚かじゃないつもりだ。

 

「【(ライ)】──嘘の悪魔、だよ。いきなりどうしたってのさ? ボクの真名なんて、ここで何か重要?」

 

【嘘……嘘だと? クソッ、そういうことか。だが、ならば……】

 

「あのー……?」

 

【おい、その悪魔としての力はなんだ。どういうものだ。時を操ったりするものなのか?】

 

「……あのさぁオーナー。超抜存在っていうならもっと自信持ちなよ。ボクのことなんか知らなくたって、一撃でぶっ殺せるでしょ?」

 

【それでは意味がない。いいから教えろ、その理が発動したとき、どんな現象が引き起こされる!?】

 

 発動した時ィ?

 いきなりよく分かんない会話の流れだな。どうしたんだろオーナー、突然ボクのこと好きになっちゃったのかな?

 

「発動したときも何も……十八年と生きてきたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

【──嘘だ】

 

「いや、マジだって。ボク、錬金術としての才能はあっても、理論使いとしては──」

 

     □

 

>>【■■の理】、発動。

>>【■■の理】、発動。

>>【■■の理】、発動。

 

>>カウントXXX回目。

 

     □

 

【──……見逃してやる。分かったから、もう我輩を解放してくれ……】

 

「へ???」

 

 カッコよく正体を明かした直後、ルシファーはその場に膝をついてしまった。

 え、なになになになに。

 どうしていきなり負けモード? ここ、ボクが慌てる番なんじゃないの??

 

【……既に貴様のことは、三ケタ単位で殺した……】

 

「えっ」

 

【だが、だが殺せない……いや、殺せたとしても、「戻っている」……頼む、はやく、この城から出て行ってくれ…………】

 

「??? えーと、とりあえず、ボクのことは見逃してくれるってこと?」

 

【……そうだ。だが心臓は返せ……】

 

「も、もちろんもちろん。はいっ」

 

 工房から魔鉱を取り出し、近寄ってはいっと手渡そうとする。

 だがルシファーはそれを受け取らず、近場の床を指さす。

 

【……そこに置け】

 

「あ、は、はい」

 

【出ていけ】

 

「はーい……」

 

 なんか、よく分かんないけど。

 ひとまずラッキー! これで無事に生きて帰れるぜ! ボクの天運もまだ捨てたもんじゃないね!!

 

 さささーっと、足早に玉座の間を後にし、ボクは廊下を走り出す。

 

 いやー、こわいこわい。危なかったぁ。

 でもまさか第十位、なんて。一体どうしてそんな存在になってるのかは分からずじまいだったけど、そこはそれ。ボクの関わるシナリオでは明かされない謎ってやつだろう。きっといつかグレンが解明してくれるはずさ。

 

 ってワケで、これにてボクは魔境という舞台から人知れず────

 

 

「────いやァ。テメェに帰られちゃァ、困るンだよなぁ?」

 

 

     □

 

 繰り返す。繰り返す。繰り返す。

 永劫無限にループループループ。

 

【クソッ、「魔王」に戻れぬ……魔王石が我輩を拒絶する……!】

【また貴様かッ!】

【何処で死んだ!? 神殺しと合流してさっさと帰れ!】

【早く帰ってくれ!!】

【我輩の心臓を奪う前には戻せないのか!?】

 

 ここが時間軸の袋小路。

 出口はない。同じ時間が積み重なっていく。

 ただ一人、その「時間」を記憶できてしまう第十位は────

 

【……頼む。頼むから、もうやめてくれ……】

 

 着実に、その精神にはヒビが入り始めていた。

 

     □

 

「『今回』は随分とシナリオが変わったね」

 

 黄昏の荒野を歩きながら、ボクは独りごちた。

 戦乱の跡だ。ここには魔物と人類、入り混じる死体と武装が海のように転がっている。

 

「まさかボクを魔王軍に加入させるとはねぇ。それで魔境統一、人類軍と戦争を起こすとこまでいくなんて、魔王(オーナー)はただ者じゃない。流石は超抜存在の端くれだよ」

 

「テオフラの野郎が出てこなかったのは残念だったがな」

 

 ──と。

 足音が一人分、増える。

 現れたのは、相変わらず船長服の似合う提督だ。

 

「所詮は()()()()()()()か。テメエが『知らない事象』は組み込めないんだな?」

 

「……、」

 

 まあ、図星だ。天才たるボクでも、“知らないこと”を“知っていたこと”にはできない。

 

「まだ続けるの?」

 

 ボクは、提督の右手を見た。一丁の拳銃(リボルバー)が握られている。

 アレでまた、どうやら殺されるらしい。

 

「でないと『続かない』からな。ルシファーにはここで“折れて”もらう。続かない未来、繰り返される過去、永遠の行き止まりを味わわせて、野望とやらを諦めさせる」

 

「ふーん。もうボクの持つ【理】は理解してるんだ?」

 

「【虚構の理】だろ」

 

 ボクはその言葉を聞きつつ、適当に戦場をぶらつく。

 顔上げた地平線の果てには、うずくまっている魔王(オーナー)が見えた。

 

「全てを『嘘』にする理。が、厳密には少し違う。“嘘”は現実──真実がないと成立しない概念だ。だから正確には、今みたいに『嘘の世界』を展開する」

 

「ボクの演算能力が届く範囲でね。ここは限りなく現実に近い虚構世界。何も知らない相手には、一時の夢を見せるだけのもの。だけど──魔王(オーナー)みたいに存在格が上がっちゃって、俯瞰して時間軸を見て、記憶できてしまうと、地獄の出来上がりだ」

 

「演算世界を永遠に体験させられるからな。しかも、これは時間操作じゃねェから、どう動こうと突破できない。ここでの行動は全て無意味だ。嘘のように」

 

「発動者である“ボクを殺す”こと以外はね」

 

 演算中にボクという起点を殺せば、理は「再展開」される。

 演算世界は再び始まり、夢の世界は続いていく。

 

 だが、それにも終わりはある。演算が終わった時、ボク本人が「解除したい」と思えば、あっさりこの世界は終わる。全ての権限はボクにある。──この世界における、提督というイレギュラーを除いて。

 

「なんで提督は意志を持って動けるのさ? ここは演算世界──ボクが作ったシミュレーションゲームと同じだ。GMはボク。プレイヤーはルシファー。提督はNPCでしかないはずでしょ」

 

 目の前にいる提督も、所詮はボクが演算から生み出した産物に過ぎない。

 だというのに、それが意志を持ち一人でに動いているなんて、バグだとしか言いようがない。

 

「そりゃあ簡単な事だ──テメエは優秀な演算回路をお持ちだからな。潜在的に、提督(オレ)という存在を理解しちまっている」

 

「……どういうこと?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──絶句。

 こいつ、今なんて言いやがった。

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()。嘘も信ずれば現実だ、現実も疑えば虚構になる。『現実』と境界線があるのは『夢』だけだ。それ以外は、全て現実と大差はない」

 

「やしろさんかよ」

 

 ダメだ、根っからの怪物だ、このひと。

 人型をしたクリーチャー。人心なんか欠片も理解していない。

 ──そんな思考をするのは、ボクの知っている限りあの機械人形だけだ。機械には現実と虚構が分からない。それは機械だからこその欠陥であり。

 

 生命体、知性体であるにも関わらず、そこを解さない提督は──人類と言葉が通じるだけの、別の「ナニカ」だ。

 

「……最悪。屈辱もいいところだ。提督ってさぁ、昔ボクと会ったことある?」

 

「その質問にどんな意味がある。もっと自分の才能を誇ったらどうだ?」

 

 演算世界の終わりが近づく。

 銃口を向けられる。

 ああ──また繰り返しだ。まだ繰り返しだ。

 

「聞いときたいんだけど。──ルシファーを使って何をするつもりなの、提督」

 

 ニィ、と裂けたような笑いを彼は浮かべた。

 まさしく、怪物の笑い方そのものだった。

 

「この世界に破壊あれ」

 

 つまりそういうことらしい。

 やっぱり──この人はどこまでいっても化物だ。

 

     ■

 

>>【虚構の理】、終了。

>>通算演算回数時間、およそ千年。

>>個体・超抜十位の精神基盤、瓦解。

 

>>証明終了。現実世界に帰還する。

 

     ■

 

 目を覚ますと、めちゃくちゃ頭が重かった。

 

「うー……」

 

 なにこれ、すっごいオーバーヒート。

 脳が茹ってるみたいで、あんまり頭がまわらない。錬金術の基本術式さえ浮かべるのも億劫だ。

 現実世界ではどのくらいの時間が経ったのだろうか……自分の手の細胞情報を参照すると、どうやら一時間ほど経過しているようだ。

 

 あんな大規模な理の展開は、ボクが死んだ時くらいしか発動しない。強制ループだってこれが初めてだ。身体への負担は計り知れない。

 とりあえず起き上がろうと、うつ伏せの状態で腕をつき、

 

「動かないでください」

 

 可憐な──テレーゼさんの声が降ってきた。

 視線だけ向けると、あの白い長杖が向けられている。

 ……動かないで、っていうか、動けないんだけど……

 

「よォ、マイフレンド。そろそろ計画を始めるのはどうだ?」

 

【……ギルトロアか……】

 

 次に聞こえた喋り声の方向に顔を向ける。玉座のある方だ。

 そこには座り込んでいるらしいルシファーと、それを見降ろして立つ提督らしき影が。

 

「準備は完了した。後はオマエの号令を待つだけだ。いつでも『始め』られる」

 

【……それは、それは無意味なのだ。我が盟友よ。我々は、いや我輩はどこかで間違えた。この世界はやはり()()()()()()。どこかで狂っている。手を出すべきはなかった……】

 

「ああ──この『繰り返してる』らしい状況のことか? それならもう大丈夫だ、対策ができた」

 

【──ッッ!?!?】

 

 視界はぼやけている。はっきり見えないが、今のやり取りでルシファーの心境は察することができた。

 ……最悪だ。本当に最悪だあの提督。ここで割り込まないと、全部あの人の思い通りになる──

 

「ルシ──」

 

「届きませんよ。防音障壁があるので。貴方の行動は全て無意味です」

 

 ばっさり言ってくれるテレーゼさん。

 うぐぐ、油断も慢心もないじゃないか。ボクが弱ってるからって、介入する隙も作らないとはなんという。

 

「三回前にようやく自意識を確立できてな? 動けるようになるまで時間がかかった。遅くなってすまなかった──だが次もこんな奇跡が起きるとは限らねェ。見た様子、『超抜存在』としての枠を取り戻したみたいだな? なぁに絶望には早いぜ、大天才たるオレ様が考え出した作戦は、今のオマエじゃないと出来ないことだからな」

 

 今のオーナーには、さぞかし提督が“救世主”か何かに見えてるに違いない。

 ループし続ける世界でようやく生まれた希望の光だ。暗黒に光ってるケド。

 

【ほ──本当か!? ああ、我輩にできることならば如何なる無茶でも協力しよう!! 流石は歴史に名を残す大錬金術師だ、協力者に貴様を選んだ選択は間違っていなかった!】

 

 歓喜に溢れたルシファーの影が立ちあがる。

 ボクは半分悪魔だけどもコレ、ここまで騙されっぱなしだと居たたまれない気持ちになってくる。あの提督野郎、善人ヅラが上手すぎる。それとも単に魔王が馬鹿なのか?

 

「あの謎の信頼はなんなの……提督と長い付き合いなら、邪悪な面も把握するはずでしょ……?」

 

提督(マスター)が魔王ルシファーに危害を加えたことは一度もありません。また、向こうが信ずる『友情』を裏切るような真似も何一つ。“過去には色々やらかしたが、今は改心している”体を装っているのです。実に素敵ですね」

 

「クズ野郎じゃん……」

 

「ですが、ルシファーにとっては紛れもなく信頼にたる人物です。それとも、『嘘』である貴方自身が詐欺について説くのですか?」

 

「そんな野暮なことはしないよ……権謀術数、好きにやればいい。(ボク)(ボク)が大好きだからね、ただ──」

 

「罪悪感があると?」

 

「……今の状況に関しては、ね。だけどさ、それ以上に……あの魔王は、今まで千年も生きてきたんだよ?」

 

 ボクの言い分に、上でテレーゼさんが瞬きしたような空想をした。

 

「千年の人生、憧れるよ。そんなに長く錬金術を研究できたら幸せだ。でもさぁ、そんなに長く生きてきた果てに、裏切られて終わっちゃうなんてのは、あんまりでしょ……」

 

 千年も頑張ったなら、千年分に相当する救いがあったっていいはずだ。

 たとえそれが侵略者だろうと、世界の敵であろうと。

 積み上げてきたその時間への敬意を、想うことくらいはしたっていいはずだ────

 

「……そういう事ですか。貴方は、彼をこのような結末から助けるためにその討伐を決定した。錬金術師の才児である貴方ならば、千年と生きてきた魔王の死体、及び素材を余すことなく有意義に転用できる、と」

 

「……まぁ、一回殺しても後で復活するだろうし、って思ってたからね。でもルシファーが魔王石から生まれたものじゃないんなら、余計な配慮だったね……」

 

 あの魔王ルシファーは、きっと一度殺したらそこで終わりだ。

 魔境の魔物たちは死んでも蘇りがある。以前までの記憶を保持して、永遠に争い生き続ける。

 ……それは人類側からすれば、永遠に終わらない生き地獄。だが魔物たちにはそのような思考がない。彼らにとって命は軽いもの。死んだならまたやればいい。それだけだ。

 

 そんな彼らを率いてきて、一度しかチャンスのない、異世界出身の魔王様はどんな風にこの千年を歩んできたのだろう?

 

 だったら尚更──提督に利用されて終わるなんて、見ている側からしたら、やるせないじゃないか。

 

「一度は己を殺した相手でも……ではなく、彼が生きてきたその時間を尊重したいと。ですがイリスさん、一つ忘れています。我が提督(マスター)もまた、千年をこの世界で生きてきた身ですよ」

 

「……!」

 

 目を見開いた時、揺れがあった。

 何度か瞬いて玉座に近づく二人の人影を見る。物体A──龍神の眷属が閉じ込められた黒いキューブは、中央の琥珀を輝かせ始めていた。

 

「ロックしている工房術式をこっちで外す。ルシファー、おそらくとんでもないものが飛び出してくるだろうが──()()()()()()()()。そうすれば超抜存在としての枠が外され、お前は自由の身になり、そしてこのループ世界も終わるだろう」

 

 う、嘘八百────ッッッ!!

 スゲェ、あそこまで嘘だけの発言、中々聞かない!! よくあんな素面で真面目なカオして言えるなあの野郎ッ!! 人類の風上にも置けないよッ……!

 

【……ッ、ほ、本当か? 何故かゾクゾクと嫌な予感しかしないのだが……直感が今すぐ逃げろと言っているのだが!?】

 

「ダイジョーブダイジョーブ。オマエは最強! ()()()だけで惨事にはならんさ! 友人だろう? 信じてくれよ」

 

【……、う】

 

 ルシファーから迷い、嫌疑、不安の感情波が放たれている。

 引き返してオーナー。今すぐにッ! 今すぐその悪人(ゆうじん)をブン殴れば、世は事も無し──!

 

 

「ストォオオッッップ!! ルシファー、今だけは提督(ソイツ)を信じるなッ!!」

 

 



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32 破壊の王政

 忌々しい声が聞こえた。こんなタイミング良く。

 視界に映さなくても分かる──姉さんたちがようやく合流してきたのだろう。

 

「自分の直感を信じろ! お前とソレが触れるとマズイことになる!! 世界にとっても──お前自身にとってもだ! 死ぬどころじゃない、お前の存在そのものが消えて無くなるぞ!!」

 

 相手の口を挟む隙間など、一切与えず。

 一息に叫んだ姉の声は、そこでようやく途切れた。

 

「……だ、そうだ。どうする、ルシファー? オレは別に、()()()()()()()()()()()()

 

「「!?」」

 

 提督の発言にはボクも息を詰めた。

 な、なんだこの局面でその言い方は。嘘とも判別できない。異様な余裕っぷりが気持ち悪い……!

 

【だ、だが、盟友ギルトロア。我輩でなければ、この「ループ」は終わらんのだろう……?】

 

「可能性は無限大だぜ。このタイミングで、“第三者が現れた”。これがオマエにとって『初めての』状況だっていうなら、なんらかのイレギュラーが起きている可能性がある。──なに、オレは急ぎはしない。決定権はオマエにある。オレ様は友人としてそれを心から尊重しよう」

 

「……嘘だ」

 

 思わず、愕然と呟いていた。

 嘘だ。嘘だ。嘘だろ。

 提督にとってもここは大事な場面だろうに、なんで本心からそんな事が言える……!?

 何を考えている? これも罠の一環か? それとも却下した場合のサブプランがまだあるっていうのか? ボクに千年分の演算をさせておいて!?

 

 ──いや、それとも。

 千年分も演算させて、()()()()()()()()ことこそが、本当の目的だったとしたら──?

 

「……ループ? チ、そういう事かよ。マイブラザー、やっぱやらかしやがったな?」

 

 ウルセー。

 それに関しては全面的にボクに非があるけれど、「魔王城攻略」とかで色々振り回してくれたアンタに指摘されたくはない。グレンに言われた方が遥かにマシだし彼にこそ文句を言う権利があるってものだ。

 

「オイ、ルシファー。『ループ』ってのは誤認──」

 

【人類軍の指揮官よ】

 

 オーナーの言葉が姉を遮った。

 ……緊張が走る。さあ、どう出る? なんにせよ、ルシファーの選択がこの先の展開を決定する。

 

【……合流と助言、感謝する。そしてギルトロア、貴様の言う通り──】

 

 ゴクリ、とボクは思わず唾を飲みこんだ。

 

【──可能性は試すべきだ。新たな切っ掛けが生まれた以上、一度お前からの提案は保留にしよう】

 

「……そうか。残念だが、それもいい」

 

 ──胸の内で息を吐く。

 ルシファーの気配が玉座から離れていく。よかった、これでひとまず最悪は回避、

 

 

「【人理観測(レリック・アーツ)】、【開闢と破滅の矢(ジャガーノート)】」

 

 

「──あ?」

 

 刹那、閃光。

 視界が白に焼け、真っ白になる。

 その直前の光景を脳内が再生する──光だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 何の前触れもなく。

 予備動作はおろか気配もなく。

 唐突に──それこそ落雷か、天罰のように。

 

【ッガ…………アグァァアアアアアアアアッッ!?!?!?】

 

 悶絶する絶叫。

 そこでやっと視覚が戻る。風を感じた。玉座の間の天井がまるっと消失していることに気付く。

 見える黄昏の空。おそらく先の光の矢だ。天井を消し飛ばして、ルシファーのいた座標に撃ち込まれたらしい。

 

「ルシファー……! 提督、テメェ──」

 

 また姉さんの声が聞こえるけど、倒れ込んだままじゃ周りの状況がよく分からない。

 頭の熱が抜けたわけではないが、仕方ない。ちょっと無理をして、この場の観測者である姉さんの視界をジャックする。

 

「……──!」

 

 見えたのは、倒れているボクの姿。

 そして玉座の傍に立つ提督と、黒焦げになって、たった今倒れ伏したルシファー。

 更には────

 

人理(レリ)兵装(ック)……!?」

 

 長杖ではなく。

 ()()()()()を持った、テレーゼさんが佇んでいた。

 それで思い出す──閃光の直前に聞こえた詠唱、アレは彼女の声だったと。

 

「よくやったテレーゼ。流石は自慢の嫁だ。バッチリだな」

 

「はい。我が提督(マスター)のご意志を実行するのも伴侶の務めですから」

 

「オイオイオイざっけんなよ……兵装保有者(レリックホルダー)なんて情報、聞いてないぜ。いやむしろ自前の神聖武装だろ? そうと言えよ、なぁ……?」

 

 流石の姉さんも衝撃が隠せていない。

 兵装保有者(レリックホルダー)、それは超抜存在を討つモノ。

 第五位以上の持つ人理結界を唯一破壊できる人材、グレンの刀と同等の力を持つ人類。

 

 その内の一人が──まさか、テレーゼさんだったと?

 

【ぎ、ギルト、ロア……なんだ、何がおこっ、起こって…………】

 

 焼死体と化したルシファーの声は掠れている。超抜存在となっている今の彼にとって、人理兵装など天敵以外の何者でもない。直撃しながら未だ存在を保っているのが奇跡的だ。

 そんな彼を嘲笑うように、クックックッ、と喉で笑う音がした。提督からだ。

 

「末席でも超抜存在か。特攻の一撃でも完全な破壊までには至らねぇ。実に都合がいい、最高だよ本当に」

 

「絶対にロクでもない答えが返ってくるだろうがあえて訊くぞ──提督、一体なにが目的でルシファーと関わった?」

 

「そいつは単純だ。実に単純な話だ──欠伸が出るほどありふれた、ただの好奇心からきた一大実験にして大事業だ」

 

 世界に対し。

 錬金術師は──錬金術師の怪物は、軽く両腕を広げた。

 

 

「究極破壊兵器の錬成。異界からの侵略者同士を融合させ、新たなる異界侵蝕生体兵器を造り上げる──これほどココロ躍る事業はない、新境地の『破壊』が見られるかもしれないんだぜ?」

 

「はっはっは、面白い冗談(アイデア)だ、呆れて物も言いたくないが大人だから言ってやる──テメー本気の馬鹿だな!?

 

 

 今だけは姉さんに完全同意(ヘッドバンキング)だった。倒れていなければ。

 もはや、もはやそこまでくると何も言いたくない。ノーコメントでぶっ飛ばす。きっと対提督にはそれが最適解かつ最善のコミュニケーションだったのだろう。

 話し合いなど通じない。

 初めから塩対応を一貫していたグレンが一番正しかったというワケだ。ボクも見習おう。

 

「元よりオレに善悪の物差しなど存在しない」

 

 無の声色と表情。

 それは人形にも似て。

 それは昆虫にも似て。

 感情を持つ知性体では、決して理解しえない、別の生物(ナニカ)のカオだった。

 

「オレ様に唯一在るのは()()()()。錬金術もそれを満足させるための手段にすぎん。

 人類を真似るために人格を錬成した。社会を識るために感情を学んだ。動きを、口調を、言葉を、オマエたちが接しやすいように、理解しやすいように調整(チューニング)した。

 それが大錬金術ギルトロア。破壊の王という絶対者を()()()モノ。──納得いったか? 零落の大悪魔」

 

「──新生したと言え老害。大体、害虫が人生を批評するな。未練が透けて見えるぞ、欠落者」

 

 姉さんの言葉を受けて、ニヤリ、と提督は凄惨に笑みを浮かべる。

 ああ、あの目は知っている──興味深い観察対象を見つけた時の、幸運を歓ぶ錬金術師の眼だ。

 

「最高警告発令。『仮称・物体A』の捕食本能、目覚めます」

 

 姉さんの方から、やしろさんの声がした。

 一瞬、視界が倒れ込んだままの魔王(オーナー)を注目したが──

 

「──、総員退避優先!! ルシファーの回収は諦めろ!」

 

 直後に変化があった。

 接近は一瞬。黒いキューブの影から伸びた触手が、倒れていた魔王(オーナー)を飲み込んだ。

 

【──ア、】

 

 断末魔すらなかった。

 走馬灯もあったかどうか。

 影は刹那にして第十位を取り込み、キューブへと還っていく。バチバチと周囲に軽い放電が発生しつつ、琥珀の光が更に輝きを増していく。

 

「第十位の存在反応喪失」

 

 無機質の報告だけが場に響く。

 

「『物体A』の名称更新。龍神の仔、活性状態へ移行しました。世界滅亡軸の演算開始。未来確定。個体・第六位の遺児との戦闘開始します」

 

「第六!? 誰だよ!?」

 

「ネーミング機能(センス)バグッてンのかその機械?」

 

 声が飛び交う中、ボクは姉さんの視界越しに、キューブの方を見ていた。

 ……離れているのに、脈動を感じる。アレは生きている。ぞわぞわと鳥肌が止まらない。触れたが最後、(ボク)でさえ存在を、概念を保っていられるかは怪しい。

 

 それに取り込まれてしまったルシファーは──いや、悼むのは後だ。後にするしかない。

 

「“神殺し”を連れてこなかったのは慢心か? それとも途中退去(バックレ)か? なんにせよ有難いがな、世界の危機には役者が不足してるんじゃねェか?」

 

 ──え。

 慌てて周囲の環境気配を探る。

 だけど、いない。ここに絶対にいるべき人材が、致命的に欠けてるんだけど何事ぉ──!?

 

「ちょ……っと姉さん、いくらなんでも、それは舐めすぎでしょ…………」

 

「えっ!? あれ、お前生きてんの!? 死体かと思ってた!」

 

 クソ姉がよッ……!

 いや反応できてなかったボクもボクだけど──って、声が届いてるってことは、防音障壁消えてたのか。クソォ、演算精度が致命的に落ちている……!

 

「あー。そっち、忘れてたな」

 

 間の抜けた提督の声と同時、

 

「ッぅ!?」

 

 姉さんの視界ジャックが中断され、ボクは何かに引き上げられた。

 いや、抱えられた? 目を開けると、

 

「火楽祈朱、回収しました」

 

 やしろさんだった。やしろさんに抱きかかえられていた。

 倒れていた位置から、既に遠ざかっている。空間転移だろう。すぐ前方には、黒コートを着た、金髪の姉さんの後ろ姿が見えた。

 

 キンッ、と着弾の音が遅れて聞こえる。

 さっきまでボクが倒れていた場所には、弾丸が転がっていた。

 ……推進力とセットで錬成された、例のアレか。おっかないなぁ。

 

「あーァ、やっちまった。気分アガるとケアレスミスを起こしちまう。コレあれだろ、後でその白いガキが逆転札持ってくるんだろこれ? ()()()()()()()()

 

提督(マスター)、今なら全員消し飛ばせますが」

 

「いや、いい。どのみち破綻するとしても観客がいないと勿体ないだろ」

 

 提督の声は、世間話をする調子そのもの。

 まるで緊張感がなく、まるで空気に馴染まない。

 それでも今、この場を制しているのは間違いなく彼だった。

 

 船長服のコートが風に吹かれ、嗜虐的な笑みと異色の眼光が閃く。

 その傍には、黒い衣装に金目となった、永遠の少女が花のように付き従う。

 

「──時間は有限。脅威は目前。元凶オレ。ブッ飛ばしたい奴から掛かってこい、人類代表ども」

 

 ゴゴゴゴゴ、と大気の蠢動があった。

 天井が消し飛んだ余波で崩れていた瓦礫たちが舞い上がり、提督の背後で一本の大腕のような形が組み上がっていく。

 

「……やしろさん、ソイツ任せる。──伝令ッ! 敵対象、『提督』ギルトロア並びに、『兵装保有者(レリックホルダー)』テレーゼ! 第十三部隊(サーティーン)、戦闘開始──!!」

 

 直後、空間に鎖を始め、銃弾や茨らしき攻撃の数々が嵐のように展開される。

 メンバーの姿も位置も、今のボクでは捉えることができない。大方、光学迷彩で隠れていたのだろう。

 

 そんな決戦場から、ボクはやしろさんに抱えられたまま、一時撤退させられていった。

 



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33 異世殺し

 頭がボーッとしていた。

 余計なことを考えていられない。工房に手を突っ込むことすら億劫だ。

 

「あっ! イリスくん、無事!? ……じゃなさそうね!」

 

 玉座の間に通じる、竜の燭台で飾られた廊下を戻った先。

 そこで待っていたのはキリカさんと、カリオストロ先生だった。

 

「目が虚ろですネ。お嬢様、霊薬(エリクサー)を」

 

 床に座らせられると、こちらに近寄ったキリカさんが小瓶を開ける。

 口に中身の霊薬を流し込まれたので飲み込むと、すーっと頭が冷えてきた。

 

「あー……サイッコーに冴えてきたよ……それで提督どうやってコロス?

 

「やる気充分ね! でもイリスくん、貴方に任せたいのは提督討伐の方じゃないのよ」

 

 そんなー。

 いやまぁ確かにそんなの構ってる場合ではない。提督なんかより、これから優先して対処すべきはあの取り込まれたルシファーだ。

 

「ArcさんとHummerさんに頼まれ、依頼品を持ってきました。ご確認クダサイ」

 

 そう言ってカオス先生が出した一つの鉱石を受け取る。

 紫に輝く、卵型に十五センチほどの大きさがある塊。

 メテオライト──熱を通さず、刃すら通さぬ、加工難度が最高峰の物質。

 それは確かにボクが今朝がた、姉さんの部下さんたちにお願いしていた素材だった。

 

「調達はや……流石は魔境だね。『霊鉱』すら一般流通してるなんて……」

 

 霊鉱は“神域”とされる地域でしか発掘されない、超がつくレア素材だ。

 メテオライトを使った有名どころの神聖武装といえば──千城騎士エディンバルトが持つ、“終末剣デュランダル”辺りだろう。

 

「龍神の仔、覚醒状態へ移行。第十位との融合率、既に89パーセントです」

 

「し、侵蝕早すぎッ!? アガサちゃんたちは!?」

 

「確定生存時間、残り十分です」

 

「……ッ!」

 

 カリオストロ先生からも僅かな感情の波があった。流石に同僚の全滅を予告されては、この人でも平静ではいられないようだ。

 

 だが、十分もある。

 必要なものも、これで揃った。

 

 霊鉱メテオライト。

 更に、それを組み込む対異界特攻兵器──()()()()()()、ボクがつい四日ほど前に完成させた、至高の傑作。

 

「ほんとう……目まぐるしい二日間だね」

 

 まさかこんなに早く試せるとは。

 この世は、超常存在に事欠かない。

 

「「「!!」」」

 

 ズズン、と城全体が大きく揺れた。

 間違いなく決戦場からだ──提督とテレーゼさんに加え、超抜存在を取り込んだ侵蝕存在など、たとえ唯一国家の精鋭部隊でも手に余るだろう。

 

「キリカさん、逃げていいよ。後はこっちでやるから」

 

「え、嫌よ?」

 

 即答で、苦笑いされる。

 

「こんな状況で誰かを残して逃げられるほど精神できてないの、私。提督のことは怖いけど……異世界からの敵の方なら、きっと問題ないわ。私にはどんな攻撃も効かないだろうから」

 

「──? それってどういう……」

 

「ま、攻撃が効かないってだけで、有効な攻撃手段はないんだけどね。ううん、なくもないけど、それをすると怒られるどころじゃ済まないし、お養父さんに申し訳ないから無理ね」

 

 意味を捉えきれず、カオス先生の方を見てしまうが、首を横に振られるばかり。

 例のトップシークレットってやつだろうか。女の子って秘密が多いなぁ。

 

「……分かったよ。じゃ、これから準備に入るけど──」

 

 床に足をつけて、立ち上がる。

 頭の熱暴走はすっかり引いて、絶好調だ。

 

「──今から見る術式は他言無用でよろしく。理解しても、理解できなくても。今の人類には、まだ早すぎるからね」

 

     ■

 

 提示、メテオライト。

 形状変換、加工開始。完成形態、槍状に決定。

 

錬成完成(アルス・マグナ)

 

 貰った霊鉱が、一瞬にして細長い槍の形に整えられる。

 変化はまだ外面だけ。これではまだ、槍のようになった鉱石止まりだ。

 

 もっと鋭く。もっと強く。もっと容赦なく。

 磨き上げて、相応の()()()になってもらわなくてはならない。

 

「内部の神気加工、開始。次元変換機、起動。『白の万象(ホワイト・アルス・マグナ)』、並行演算開始。全回路接続。同調完了。虚構式:新世界、並列起動。仮称アストラルエネルギー充填開始、調整式は既存のものを使用。証明開始。対象エネルギー体の変換完了。混沌エーテル操作術式構築開始──」

 

「ゴメンちょっと後ろ向いてるわイリスくんっ! その情報量、私には多すぎッ! 脳いくつ持ってるのよ……!?」

 

(ワタクシ)にも何がなにやら……」

 

 雑音遮断(カット)

 残り五分。工程を続ける。

 

 両手を開いた上に、メテオライト製の槍を浮かべる。

 周囲に展開された術式から、「白の万象(ホワイト・アルス・マグナ)」という回路を通して、槍の中に宇宙層にあるエネルギーが込められていく。

 

次元接続(アルス・マグナ)。形成開始──完了」

 

 そこで槍が白く光った後、また形が変わる。

 ──鋭利な刃先が加わった、白亜の長槍へ。

 長さ二エートル。シンプルなデザインだが、そこに気を回している余裕はない。性能だけ見れば充分なのだから、これで準備は完了だ。

 

 ……ま、あえて名前をつけるとしたら、「エルヴァインの槍」ってところかな。

 

「よし、できたよ。やしろさん、残り時間は?」

 

「残り三分です」

 

 ゴゴン、とまた強く揺れる。

 いや、さっきからちょくちょく揺れてはいたのだけど、錬成に集中していたからあまり気にしていなかった。

 そこでおそるおそるといった様子で、背を向けていたキリカさんが振り返る。

 

「そ、それは……なに? まさか投げるの? イリスくんが?」

 

「ボクにそんな腕力はありません。ちゃんと専用の射出機があるの。じゃあもう行くけど、心の準備はオーケー?」

 

「うう、例の空間連結ね! 転移術の時代がもう来るなんて、勉強することが増えそうでやだわー!」

 

「その前にイリスさん、(ワタクシ)に光学迷彩の術式を付与して頂けマセンか? 提督が近くにいた場合、(ワタクシ)が奴を引きはがしますノデ」

 

「了解。提督関係はよろしくー」

 

 パチンと指を鳴らして、カオス先生の姿を完全に消し去る。

 姿だけではなく存在そのものに付与した超迷彩だ。一回、生物に触れると解除されてしまう使い捨ての術式だけど、ここで詰めを甘くする意味もないだろう。

 

 仕掛ける時は全力で。

 キリカさんと一つ頷き合って、ボクは自分たちの座標を、玉座の間の空間へと連結させた。

 

     ■

 

 ──そこは惨状だった。

 天井が吹き飛んでいただけならまだしも、瓦礫と錬成物で床下にあったマグマの海は埋まり、燃え散った黒い茨や鎖の破片、血まみれで倒れ込んでいる第十三部隊(サーティーン)もいた。

 

 立っていた人影は五人。

 

 一人は指揮刀を握りつつも膝をついた姉さん。

 一人は光翼を展開しつつ、ぎりぎり立っているエリファレット。

 一人は黄金弓を構えつつ、肩で息をしているテレーゼさん。

 

 一人は──人型の強大な存在だった。影で塗り潰した姿は、ルシファーの体格と酷似している。

 明らかに異なるのは、その頭部が存在していない点だろう。

 

 そして──

 

「──来やがったな?」

 

 結んでいた金髪も解け、それなりにはボロボロになった船長服姿の提督。

 けれども待っていたぞと言わんばかりに、息の一つも乱さず、テレーゼさんの隣に立っていた。

 

 ……現人類の最高戦力たちを相手に、なんで立ってるんだこの二人。

 そんな怖気は表面に出すことなく、ボクは口を開いた。

 

「まぁ……あれだけ盛大に喧嘩を売られたらね。来る以外の道はないでしょ。ルシファーとアンタをなんとかしないと──ボクはグレンに殺されちゃうし?」

 

 ……そう、彼がこの局面になっても出てこない理由はボクだ。

 ルシファーを攻撃し、あまつさえ提督に利用されたとはいえ、侵蝕存在の餌にする計画に加担してしまった以上、彼にとって今のボクは排除対象の一人にあたる。

 

 グレンは、ボクと殺し合う気はないと言った。

 それは転じて──自分のしでかしたことは自分でケリをつけろよ、という彼なりの遠まわしな助言である。

 

 ……多分!

 

「ブラザー、なにか手は持ってきたんだろうな!?」

 

 提督たちから目を離さないまま、姉さんがそう叫ぶ。

 この中では一番消耗しているだろうに、よくそんな元気があるなぁ。

 

「そりゃあね。ボク、勝算のない戦いなんて挑まないから」

 

 瞬間、テレーゼさんが矢を放った。

 文字通り光速の一射。ただの光矢だったならボクにも防げたが──矢は射られた途端、その場から消失してしまった。

 

「【開闢と破滅の矢(ジャガーノート)】──」

 

()()()ですッ!」

 

 エリファレット君からの有益な情報。

 直後、ボクは半歩左に避けた。──そこに錬成発生した光線が、首筋近くを通っていく。

 

「!」

 

 視界に影が落ちる。跳び上がってきたのは、元ルシファーとも言うべき侵蝕存在。瞬間的に右の巨腕を実体化させ、振り下ろしてくる。

 

させないから(第三説・重力斬)ッ!」

 

 キリカさんが赤刀を振り抜き、腕ごと相手を斬りつける。

 見るからに「重い」一撃。重力をまとわせているのだろうか、力任せな抜刀は、衝撃波を生みながら大斬撃を放ち、侵蝕存在の片腕を奪いながら、その背後の方面にいた提督側にまで飛んでいく。

 

「チ、そうか。廃品といえど七番目──」

 

情報漏洩(ネタバレ)禁止──!」

 

 提督の落とした情報とキリカさんとの関連は気になるが。

 気にしている暇はない。この地点が「二秒後」、テレーゼさんが先ほど放った光矢が、どこかしらに落ちてくる────

 

解析完了(アナライズ)。無効障壁展開」

 

「──ッ!?」

 

 西側上空、角度七十度。

 そこから落ちてきた光の一射が、ボクの演算圏内に入った途端、弾け飛ぶ。

 矢の残骸は存在しない──なるほど、そういう原理か。

 

「時空間を飛翔する矢か。流石人理兵装(レリック)、殺意が高い」

 

 となるとアレの本体は、テレーゼさんが持つ黄金弓ではなく、()()()だろう。

 破壊の仕組みもシンプル。アレは「浄化の矢」だ。強すぎる浄化の力で、そのままあらゆる物質を浄化消滅、もとい“蒸発死”させる兵器。超抜存在だけでなく、あらゆる悪魔にとっては掠っただけでも即死モノだ。

 

 だけどボクは、こと「浄化」の現象は昔から何度も見てきている。

 除霊、浄化の専門職のいる、あの社の境内で。

 しかも常に使っている錬金術の主材料は光ときているから──分かってしまえば、対処法を導き出すのは容易である。

 

「【闇黒撃墜/混沌の一(カオスリロード)】」

 

 撃たれた黒い弾丸が、キリカさんの斬撃で吹き飛んでいた侵蝕存在へと叩き込まれる。だが瞬間、その背から生えた黒翼が弾丸を弾き、投擲具のように伸びた羽がフィールド中を荒らし回す。

 

「弾くなァ!!」

 

「あぶなッ……!」

 

 すぐ真横の空間を影羽が貫いていき、冷や汗が出る。

 半ギレの姉が続けて発砲するが、提督による干渉で無効化されていく。なんであんな涼しい顔で超抜三位の攻撃を防げるんだよ……!

 

 というか、侵蝕存在の翼もテレーゼさんの人理兵装と同等、いやそれ以上にヤバい。掠っただけで死ぬ攻撃とか流行ってるのかな? やめてほしい。

 戦場の中心から離れて倒れている第十三部隊(サーティーン)たちには届かないだろうが、もっと活動範囲が広がれば被害規模は想像に難くない。

 

【──】

 

 そんな首無しの侵蝕存在は、玉座のあった位置に着地していた。

 獲物を選定するような一瞬の停止。それもすぐに動き出すだろう。

 ……基本戦術としては、戦闘範囲を一定に留めつつ戦う──しかも邪魔者には、最高峰の大錬金術師と、人理兵装持ちがいると。

 

 結論算出まで僅か〇.五秒。

 オーケイ、これ戦闘不慣れなボクはさっさと役目を果たすのが良さそうだね!

 

「一発カマす! 全員、後はよろしく!!」

 

「! させるとでも……ッ!」

 

 テレーゼさんが黄金大弓を長杖へと切り替える。同一武器とかまたカッコいい設計してるなぁ!

 

 即座に神気が充填され、杖先から莫大な砲撃の予感がする。

 彼女の汎用砲撃は障壁で防げるものではない。

 ──ならば、対処の仕方も決まっている。

 

星塵と散れ次元破壊砲(サテライトオーバーブレイカー)!!」

 

「〈()()()()()()()()()()()()()()〉」

 

「──は?」

 

 刹那──極光。

 ぶつかり合う破壊砲撃。

 色彩が飛び、世界は白黒となる。

 音が消え、静寂だけが瞬間を包み込む。

 

 ボクの前で発生した()()()()()()()()()()()()は戦場をぶち抜き、衝突の爆風をもたらす。

 オリジナルは純度百パーの神気だったけれども、ボクは違う。放ったのは疑似神気粒子──エーテルと魔力をかけ合わせ、極限まで魔力の属性を抜いた、「神気に近い人造エネルギー」だ。

 

 要するに魔改造版。後で訴えられるのが怖いけど、所詮勝った方が正義だよねぇ!

 

「──最終錬式、展開始め」

 

 作業は矢継ぎ早に。

 予断を許さず、一切の手心もなく。

 

 目の前に、工房の奥から取り出したソレを顕現させる。

 大きさ直径約三エートル。形は真っ白な大型弩砲(バリスタ)に似ている。といっても、中身の全容はボクにしか分からない、ありとあらゆる術式の詰まったブラックボックスだ。

 

「目標補足、必要破壊値算出。『エルヴァインの槍』、確定装填」

 

 手元から白槍が消え、弩砲の中へと装填する。

 術式稼働開始、発射まであと五秒。

 

 狙いは一点、侵蝕存在。

 

 異世界魔物と超抜存在との融合物だの、この兵器の前に関係はない。

 火を灯せば紙が燃えるように、紐を切れば断たれるように。

 積み重ねた当然の数値を以って、あらゆる物理・次元・概念の壁を破って打ち砕く。

 

「──一撃絶殺、『絶式:真理の定説(ミスティルテイン)』!」

 

 砲口から閃光と化した槍が射出する。

 その時、刹那に危機を感知したか、侵蝕存在が射線から逃れようと動く気配がした。

 

 けれども遅い。

 既にこちらの兵器には、彼の全パラメータ数値が予測入力されている。

 

 それはあの千年分の虚構世界で得た、ルシファーの戦闘データから算出されたものであり。

 “侵蝕”によって多少なりとも数値に幅はあれど、あの身体が出力する身体性能では、どう足掻いてもこちらの一射から逃れることは不可能だ。

 

【────ッ、ガ……!】

 

 閃光が影に突き刺さる。正確には、伸ばされたその両手で受け止められたようだ。

 しかし直撃は直撃。僅かな拮抗も許さず、光槍は一切の威力を殺さぬまま、影の身体にヒビを入れていく。

 (ギン)ッ、と空間と次元に連続的な波が起こる。

 そこを中心に衝撃波となって巻き起こる暴風。事前展開していた障壁を砕かれ、吹き飛ばされそうになる。

 

「ッッッ……!!」

 

 火力は充分なハズ。

 当たれば終わると想定していたが、ここまで抗ってくるとは。

 

「予報。龍神の仔、出力増大。十秒後に運命超越。ミスティルテイン、砕かれます」

 

「……!?」

 

 後ろで控えていたやしろさんの声に目を見開く。

 は、はぁ────!? なにそれ聞いてないんだけど! 最高傑作をせっかくの初陣でいなされちゃったら、錬金術師として立つ瀬がないんですけどッ!!

 

「……ッ、新生錬式! 再構成、始め──!」

 

 絶式:真理の定説(ミスティルテイン)に手を加える。

 ていうか意地のゴリ押しだ。ガァァーっと脳に雪崩れ込んでくる構成術式の情報量を選定し、新たな数値を入力する。

 

「必要破壊値再算出──生成エネルギー術式を再調整──()()()式追加ァ──『白の万象』内の備蓄素材80パーセントを使用──新規次代機関として定義──錬成開始、再構成完了──新造錬成神弾、充填装填──ッッ!!」

 

 後押し。

 追加火力の装填。

 砲口から先に術式が展開され、弾道を構築していく。

 

「証明終了──『最終絶式:(ミスティルテイン)真理の新説(・アルス・マグナ)』ッ!!」

 

 弩砲内部で生成されたエネルギーが照射される。

 砲身に亀裂が入るが許容範囲。そのまま撃ち放ったエネルギーは文字通り世界を白へと変え。

 

【──……!】

 

「未来確定。討伐余波、発生。対象『火楽祈朱』──破却。()()()()()()()()()。『忘却波』、対象喪失により不発しました。──結論。敵対象・第十位、存在消滅します」

 

 砕けるような音がした。

 視界に色が戻った後、そこには砕かれた身体で立つ影がいたが、それも束の間。

 ガシャンッ、と音を立ててソレは倒れ込む。

 

 これにて終幕。

 存在を砕かれた首無しの王は、そこで完全に機能を停止した。

 



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34 降臨

「……ハァ…………はぁ……はァ…………」

 

 ドッとボクは膝から崩れ落ちた。

 呼吸をして脳に酸素を行き渡らせる。

 疲れ……いや緊張か。今まで精神防御を張っていたけど、先ほど兵器を新生させる時にそれを解除した。結果、あの侵蝕存在の重圧と威圧感をモロに受けることになって、このザマだ。

 

 ……いくら才能があっても精神強度自体は凡人のまま。

 数秒あてられただけでコレとは、はは、戦場とか全然向いてねぇ……

 

「一撃ってお前……」

 

 静寂した戦場で、姉さんからそんな第一声。

 ……ふっふっふ、流石に度肝を抜けたらしい。

 

 「絶式:真理の定説(ミスティルテイン)」。

 これぞボクの転生してきた生涯の到達点であり完成点。

 提督作の神聖武装のように使い手に依存しない、それ単品で全能力が完結している決戦兵器。

 

 いうなれば──コレは人造の人理兵装(レリック)に等しい代物だといえるだろう。

 

 なにせ使用者を選ばないのだ。拳銃と同じ。

 装填するモノによっては、今みたいに「異界特攻兵器」になるし、ノーマルの状態でも一定の大火力を叩き出すことができる。

 

 設計図を流せば人類国家の分裂も生みかねない危険物。

 誰でも兵装保有者(レリックホルダー)時代、考えただけでも恐ろしい!

 

「は――はは、ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 哄笑が響き渡った。

 邪悪さを感じる笑い方だった。発声源は玉座があった左手付近。──提督である。

 

()()()、オレ様が創れなかったモノを錬成(つく)りやがったのかオマエ! 中身は換装可能か、そうだな!? 装填弾によっては異界存在、超抜存在をも破壊する代物かッ! あの衝突反応はメテオライトだ! 別次元から落ちてきた物質だろ、しかも中に何を込めてやがった? 宇宙層にあるエーテルだろ? ああ、ああ、そりゃあ一撃だろうよ、ハッハハハハハッッ!!」

 

 心底、楽しそうに──可笑しそうに。

 自分の計画が崩れ去ったっていうのに、なーんでこの人は嬉しそうなんですかね。拍手までしてるし。

 

 まるで勝った気がしない。

 一発殴っておくべきだろうか?

 

「……笑ってる暇があるなら、テレーゼさんを治療してあげたらどうなのさ提督?」

 

 ボクが視線を向けた先には、さっきの破壊砲撃の打ち合いで、壁際に吹き飛んでいた少女がいる。

 やはり普通の魔族と比べれば細胞から強度が違うのだろう。表面的な傷はないものの……しかし、内部は酷い状態のハズだ。虹色の瞳もどこか虚ろ。意識を保っているので精一杯、ってところだろう。

 

「放っといても治る。それよりイリス。その兵器をもっとよく見せろ、さっき何か追加してただろ。つーか分解させろ、再構築させろ……!」

 

「破壊狂……」

 

 じり、とこちらに一歩寄る提督に、ちょっと引く。

 見ただけで理解されるような構造にしちゃいないけど、この人にだけは設計構造を見破られたらヤバい気がする。

 

 さっさと工房に仕舞って、弩砲をその場から消す。精神防御の術式を構築し直してから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけホロウィンドウを開き、工房の備蓄素材を確認して──ゴフッ、と血反吐を吐いた。

 

「イリスくん!?」

 

「大赤字ッ……!」

 

「あー……なんか凄いビームも追加で撃ってたもんな。消費素材もハンパじゃなかったか」

 

 憐れー、と姉さんが同情の声色で煽ってくる。

 うるせぇ黙れ。ていうかこっちにはまだ、ルシファーから奪った魔王石があるのだ。返還する前に素材を吐き出して貰わねば……!

 

 

「ぐっっっはああぁぁぁぁぁぁッ!!!! 今起きた、なんか二回ぐらい死んだような感覚がするが夢だな夢ッ!! ここが我が侵略予定の世界か────うん、どこだココ?」

 

 

 ──はい?

 

「は?」

 

「えっ」

 

「なんです?」

 

 姉さん、キリカさん、エリファレット君からも同様の困惑の声。

 目覚ましの声は──先ほどボクが全力でブッ飛ばした侵蝕存在から。

 

 ていうか、もうただのルシファーだった。

 影が晴れ、首が再生し、元通りの……いや、知っている姿よりもキラキラ度が増した感じの、言うなれば新品みたいになった魔王(オーナー)がそこにいた。

 

 彼はその青い目を瞬かせ、場にいるボクらを数秒じっと見つめ──

 

「……ッお、思い出した、思い出したぞ! 貴様ら──」

 

「あ、ええと、魔王(オーナー)、ごめ──」

 

()()()()()()()の仲間かッ!? 降臨した直後に問答無用で殴りかかってくるとはなんと野蛮な!! 脳筋コミュニケーションにも程があるだろう! しかも超抜なんとかだのとおかしな『枠』を付与しおってからに、おかげで我輩は──我輩は? ん? いやなんか身体が軽いな? もしや──元に戻っているッッッ……!?」

 

 誰だよカルタフィルス。知らねーよ。

 いきなり新しい固有名詞を出さないでほしい。っていうかまさかオーナー、記憶喪失? なんか発言内容がだいぶ時系列を逆行してるんだけど。

 

「は、はいはーい! えっと、自己紹介お願いしてもいいかしらー!?」

 

 キリカさんがそんなことを言い始める。

 いやそれでいいのか、と姉さんの顔を仰いだが、首を横に振られるだけだった。

 

「? あぁ、ようやく言葉を聞く気になったのか、知性を取り戻したようで何よりッ! では応えてやろう、我輩こそは異界より訪れし『侵略者(インヴェーダー)』! 敬愛なる魔神様の命により、貴様らとその世界を侵略しにきた!」

 

「どうしますReader、コイツ消します? 侵略とか言ってるですけど」

 

「今度にしない? 私、今日はもう疲れたし」

 

「!?」

 

 姉さんの言葉に、玉座の段差から降りてきたオーナーは固まってしまった。

 それを眺めてから──ボクは提督の方へと視線をやった。

 

「……ちょっと提督。これどーなってんの。ラスボスなら説明責任を果たしてよ」

 

「どうもこうも、見ての通りだ。魔王、超抜存在。ルシファーには()()()()がかかっていた。今のこいつが間違いなく全盛だ。()ってみるか? 間違いなく負けると思うがな」

 

「なにをしてくれているんだよ」

 

「ハ、オレ様はなにもしてねェよ。いいか、つまりこうだ。異界から来た奴を初手でぶっ飛ばし、『超抜存在』という()()()()()()()()に入れることで、弱体化させた奴がいた。証言からしてカルタフィルスって奴だろうな。その後は憶測になるが、どこかの地点でこいつは魔王石を食った──結果、『魔王』なんていう魔物の枠組みにまで格落ちし、千年を今まで生きてきた、ってワケだ」

 

 ……えーと、提督の説明を踏まえてまとめると、なんだ。

 ボクが魔王石を奪ったことで、魔王という枠組みから解放され。

 更についさっき、超抜存在という枠組みも破壊して解放した結果……

 

 異界から来たという『侵略者』──本来の強すぎる彼に戻してしまった──ってコトか──ッ!?

 

「タイムオーバー。生存確定時間、超過。──龍神の仔、覚醒します」

 

「……え、」

 

 やしろさんから不穏な一報。

 その時、ボクは気が付いた。

 崩れ去った玉座のあった場所、その裏手。

 そこには黒いキューブがあった。琥珀色に輝くものがあった。

 だがそれらも、先ほど撃ち放った槍とボクの最高傑作で消滅していたハズだ──今、この時までは。

 

「ちょっと待って──ちょっと待って。あの槍には異界の存在を倒す機能があったはずだよ、なんでルシファーは生きてるのさ!?」

 

「いや、ちゃんと殺したさ。その上で生き返っただけだ。そしてそれは、もう一方も同じだ」

 

 返される提督の言葉に嫌な予感がつのる。

 

「あの一撃は本当に良かったぜ? 現人類が持てるだろうトップクラスの特攻だ。だが──一度殺せば終わりなんてこっちの常識、向こう側は持っちゃいない。オマエは紛れもない天才だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 虚空から──

 影が立ち昇る。

 ソレは一つのカタチを造り上げていく。竜だ。小型の飛竜。

 ほんの小さい、使い魔にさえ見えるサイズ。ポツンと空間に落ちたインクのように。

 

 それも一瞬。

 グシャッと飛竜のカタチは崩れ、影は別の形態へと変わる。進化する。

 

「龍神の仔、最適化加速。攻性を得るまであと──」

 

「Scythe!!」

 

「【黄金斬断(カタルシス)】ッ!」

 

 エリファレット君の光翼が影に撃ち込まれる。

 人の域では届きようのない光の速度の神聖攻撃。それは神獣のハーフとして持つ最大火力だっただろうが、──まるで通じていない。影の動きは一切として止まらない。

 

「……Reader、マズイです。どのくらいかってゆーと、アレが本格稼働したら終末神も危ねぇって思うレベルです」

 

「逃げ切れると思うか?」

 

「逃亡した途端、好奇心でそっちから食われる予感がしますデス」

 

「ヤベー……じゃ、気絶してる奴ら安全圏に入れてきて。最速で」

 

了解(ヤヴォール)ッ!!」

 

 姉さんの指示の後、エリファレット君が消え、倒れていた第十三部隊のメンバーが黄金の光に包まれたかと思うと、その場から失せていく。空間連結にも似た、空間跳躍ってやつだろうか。神獣としての能力の応用か?

 

「そ、そうだ! 侵略者(インヴェーダー)さん、アレ商売敵だと思うから一つ、やっつけて!?」

 

「!」

 

 キリカさんの名案に目を瞬く。

 化物には化物を。

 怪物には怪物を。

 天才には天才を。

 どう!? と復活したての魔王様の顔色を、彼女と共にボクも伺ってみるが。

 

「……何やら謎の期待を感じるが、がっかりしろ被侵略人ども。我輩、なぜか魔力もなにもかも空ッポ──! 完全に蘇生できているが、何もできないと知れッ!!」

 

「「役立たずッ!!」」

 

「なにおう!?」

 

 思わずキリカさんとハモってしまった。

 くっそう、そんな都合の良いことはないか! まぁ確かに焼死体から侵蝕、最大攻撃されてなお復活してきてる時点で奇跡的だ! その損害の原因は結構ボクにあるけども!!

 

「やしろさんッ……!」

 

 最後の希望にすがる。が。

 

「龍神の仔、最適化完了。降臨します」

 

 返って来たのは最終通告。

 瞬間、バチッと黒い閃光が起こった。

 

 

「──()()()()、だ。前座にしてはイイものが見れた。観客(ゲスト)ってのァ、やっぱ大事だよな?」

 

 

 ただ一人、提督という大元凶を除いて、場の空気は冷えていく。

 

 それが、この空間に降臨する。

 漆黒色のシャープな人型だった。人型であるというだけで、他は全て人外の、ボクらの理解の埒外にある存在感。

 

 無貌の闇人。

 

 異界からの侵蝕者。

 

 それは黒い──飛竜が持つような翼を開く。

 手足の末端は黒く、尖りのある触手。

 のっぺりとした頭部は、どこに意識が向けられているかすら分からない。

 

 

【──※※%※/※=|※※】

 

 

 一切の理解が及ばない(おと)がした。

 ()()()

 生物的・存在的・根源的恐怖を覚えたとき、対応しようとした動きはとっくに遅すぎた。

 

「ッッ!!」

 

 展開された翼から鋭刃の雨が飛び出す。それらは全く無駄のない可動で、的確にこの場にいる生物のみを狙って撃ち放たれた。

 見た瞬間に分かる。障壁の展開。解析の完了。対応の思考。そのどれもが間に合わない、と。

 だからこの刹那に、まともに動けたのは一機だけだった。

 

「『無敵障壁(Program1)』」

 

 見えたのは次元の揺らぎ。この現象は知っている──現実改変による余波だ。

 パキィン、と硝子の割れるような音。鋭刃の影が消滅する。それで理解する。今のやしろさんによる介入がなければ、確実に死んでいたと。

 

「滅亡ルート演算。危険指数Z。速やかな退避・抵抗・攻撃・討伐などの全ての行動を推奨します」

 

「よし、無事に完成したしオレ様は帰──」

 

「警告。龍神の仔の分析結果、“学習経験値”を重視する傾向アリ。()()()()()()を優先して捕食すると思われます」

 

「──あ?」

 

「……ん?」

 

 やしろさんの分析報告に、ボクも内心で首を傾げた時だった。

 ズヴァチィ!! と音速で伸びた龍神の仔の右の触手が、提督を狙って叩き込まれる。

 提督を狙って。

 

「……、」

 

 明らかに直撃、かつ致命傷モノの一撃だったが──触手は提督の周囲の空間、いや障壁を叩いただけで分解消滅した。即座に龍神の仔の腕は再生し、ぐるんと頭部が向けられる。

 

 その対象はやっぱり、提督に向かって。

 

「これは……」

 

「……風向き変わったな」

 

『自業自得デスネ』

 

 未だに光学迷彩で消えたままのカリオストロ先生から痛烈な一言。喋らないと思ったら。

 

「待て、このオレ様がンな初歩を(たが)えるハズが──」

 

 ブォン! と再び触手が提督に叩き込まれる。

 ズヴァチッ! ともう一度、触手は障壁に阻まれ、消滅していった。

 

「よーし、ってことは解散──」

 

 ズドン!!

 姉さんが後ろに一歩下がった時、その右横を衝撃波が抉り抜いていった。牽制だろうか。

 

「……できなさそう……だな」

 

 どうやら誰一人として逃がしてくれる気はないらしい。

 知性体の優先捕食とかサイアクだ。しかし、提督が攻撃を受けているのは少々予想外ではある。錬金術師ならば、錬成物に手を噛まれる事態、十や二十の保険術式は組み込んで然るべきだろうに。一体どんな不具合が──?

 

「演算機構:ロジックボード」

 

 舌打ち混じりに、提督が指を鳴らす。

 

【%|※※※/※※=※】

 

蓋然式:基礎滅却学識(ヘルメス・ダウンフォール)

 

 次の瞬間、提督と“龍神の仔”の間で、凄まじい焼却が起こった。

 焼き尽くされながらも即時再生を続けていく触手群と黒翼の刃。全く衰えることなく火力を維持したまま、燃やし焼き続ける破滅の炎。

 

 提督のまともな錬成術式を見るのはこれが初めてだ。学習学習──いや、無理だアレ。現象の理解はできるが構造式が把握しきれない! 答えだけ提示された数学問題と同じだ、過程にある術式が複雑難解すぎて、ボクの中にある知識だけでは解析し切れない……!? つーかあの人、異界生物をどーやって焼き切ってんの!?

 

 この場の理を書き換えてるようなものだ。錬金術で魔法じみたコトやってるのか、あの大錬金術師……!

 

【※※※%|※※=※※※】

 

 そんな焼却の壁を抜けて。

 焼き消されながらも再生した触手の束の一本がこっち側に飛んでくる。ひぃっと声が上がりかけた時、やしろさんが割り込み、展開した白い大鎌でそれを迎撃した。

 

「やしろさッ……!」

 

「出力低下中。対応不可」

 

 瞬間、弾かれた触手が刃状に再生するのを見た。

 一閃。

 白い人形は両腕ごと胴体を袈裟斬りされて、破壊された。

 

「破損甚大。バッテリー不足により戦闘モードを解除します」

 

「ちょっとぉ────!?」

 

 キリカさんから涙声の嘆き。彼女が叫んでなかったらボクが叫んでたところだった。

 ガチャン! と内蔵部品をバラまきながら倒れる人形の影。希望はここに砕け散った。

 だが、それで機能停止まで陥ったワケではない。倒れたやしろさんの首が、次の演算結果を口にする。

 

「龍神の仔、感知圏拡大。警告。火楽祈朱の死亡率60パーセント」

 

「──ッ!!」

 

 ゾワッと危険を察知した時、ボクはその場から左へ跳んでいた。

 床を砕く轟音。空気の間を滑るように、さっきの黒い触手がこちらへと向かってくる。

 障壁──うん、触れただけで侵蝕破壊されて終わりかな! それならば──!

 

「第三位さんどうにかして!!」

 

「テメー連れてくんなッ!!」

 

 迷いなく姉さんのいる方へ飛び出す。

 が、そんなボクの行動を予期していたのか、姉さんは持っていた指揮刀に黒い魔力をまとわせて振り放った。

 

「【終わりの死を(エンデッド)】ォ!!」

 

「ッ、」

 

 斬撃を伴う破壊現象。

 余波が凄まじい。一瞬吹き飛ばされてその場に倒れ込む。

 

「龍神の仔、全体速度上昇。警告。火楽赤桜の死亡率46パーセント」

 

「絶望予報やめねぇッ!?」

 

 ゴガガガガッ!! と衝突の連続音。起き上がって振り返れば、黒髪に戻りかけている後ろ姿が、たった一本の触手相手に全霊をとして戦っている。

 

 ──流石のボクもこの状況で姉やられろ、なんて軽口は叩かない。あの人を殺すのはボク以外許さない。

 

「ッ、『機巧仕掛けの(デッド・エクス)』──、ッ!!」

 

 半ばヤケクソになって工房からそれを取り出そうとした時、本能的にその場を飛びのいた。

 上から降ってきた、不意の触手の一撃がさっきまでいた床を貫く。衝撃で足がもつれて尻餅をついたところは、逃げ場のない壁際だった。

 

「──あ」

 

「イリ──」

 

 何かを考える間もなかった。

 死を前にした空白が思いのほか一瞬。

 

 走馬灯なんてない。

 未練は彼方に。

 漠然とした終わりは突然やってくるのだと、理解しただけだった。

 

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 

 虚空を、焔が散った。

 斬の音もない。響いたのは、シャランという鈴の音のみ。

 こちらに迫っていた触手が焼き斬れる。のみならず、視界の奥では、姉さんが相手していた方も消え去っていた。

 

「異界存在を確認。これより廃滅(つかまつ)る」

 

 声色は無感情に淡々と。

 吹き揺れる紅蓮色の羽織。一つ結びに流された白い髪。

 優麗な佇まいは通りがかりのように。

 

 社の守り人にして人界最後の砦──朔月の神子(紅蓮サクラ)がそこに立っていた。

 



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35 最強者

「「グレン(サクラ)!」」

 

 姉さんと声が被る。

 コイツ、やっぱ邪魔だな……という互いの視線がぶつかった。

 

 彼の格好はコートではない。境内で見慣れた、羽織に巫女服。

 髪色は白いままだが、むしろこちらの方がしっくりくる。

 

「お、お、おっそ────いッ!! 遅い! 遅いわよサクラくん! どこで油売ってたの!?」

 

「突然暇つぶしに襲来した古竜を鎮圧してた」

 

「お疲れ様です!!!!」

 

 …………え、なに?

 ここに来る前に古竜と戦ってきたの、この人? それこそ龍暦の時代から現在まで生き延びてるっていう、伝説上の竜種だよ? どんなハードスケジュールで生きてるの……!?

 

提督(マスター)!」

 

 悲痛な呼び声があった。

 見れば、触手の猛攻に弾き飛ばされたらしい、端に転がった絶体絶命状態の提督が。

 カッとテレーゼさんの杖から破壊砲撃が放たれるが、それも気休め。主をかばうように飛び出した少女は、主従共々、侵蝕者の毒牙にかか────

 

「え、」

 

 紅蓮色が視界を掠めていったかと思うと、グレンの刀が触手を斬り捨てた。

 そこからガッと提督の襟首を掴み上げ、咄嗟にその腰にしがみついている少女もセットで、こっち側に飛びずさって戻ってくる。

 

 …………てっきり見捨てると思ってた、んだけど。

 

「な、──なぜ──」

 

 同じ疑問を持ったのか、投げ捨てられたテレーゼさんが呆然と呟く。

 それにグレンは敵の方を見据え、白刃を構えて回答した。

 

 

「全員下がっていろ。仕事の邪魔だ」

 

 

 ……仕事に私情は挟まない。つまりそういうコトらしい。

 

「分岐点に到達。()()・龍神の仔──戦闘開始します」

 

 ──一瞬で場の空気が変質する。

 大気の音、

 風の流れ、

 舞い上がる塵と砂、

 万物等しく注がれる落陽の陽射し。

 

 この場に存在するあらゆる要素が、たった一人の精神の切り替えだけで平伏する。

 

 本能的に直感した。

 ここは決戦じゃない。人界を守るための高尚な戦いですらない。

 ──ただの処刑場だ、と。

 

「一手」

 

 直後、紅蓮羽織と白刃が掠んだ。

 無音の一拍。置いて、発生した真空波が、大気と空間と次元を切り裂きながら絶叫した。

 

「ッぎ……!?」

 

 解ったのは、下がっていて正解だった、ということだけ。

 剣速なんか追いきれない。彼の姿も捉えられない。おそらく龍神の仔による猛攻があっただろう、余波の強風だけがこちらに吹きすさび、それだけで今の一瞬に凄絶すぎる激突があったのを確信する。

 

「二手」

 

 金焔が瞬いた。

 音速を凌駕して振り抜かれてきた触手が消し炭になる。飛んできた蜘蛛の巣を払うように、丁寧に正確に迅速に洗練に。舞台が揺れ震え、そう遠くない地点で、あまりにも遠すぎる死闘が繰り広げられる。

 ガキン、とボクらのすぐ目の前に発生した鳥居が、飛んできた何かを弾く。

 目視できたのは黒い刃らしき破片だった──即座に黄金火によって燃え、消えていく。

 

【※%※脅※※イ※識|%%】

 

 その時、風に乗って微かに聞こえた()()にゾッとする。なにも理解できなかった段階がいかにマシだったか。あの化物、この世界への適応化を終えて、遂に人類の段階に手をかけた……!

 

「三手」

 

 次の衝突はハッキリ見えた。奔る黒い雷光。神気だ──剣士の一閃が風のように斬り捨てる中、仔龍の影が上空へと飛んだ。玉座の台座周りの空間が歪んでいく。仔龍の両翼は空を覆うほどに広がり、虚空は水面のように揺らめき、景色は蜃気楼と化していく。

 

「警告。現実改変値急速上昇、時空連続体への侵蝕概念が挿入され」

 

「実説・抜刀論理」

 

 斬撃が差し込まれる。音もない。蜃気楼全てに閃光じみた線が斬り入り、世界は正常に戻る。

 ──権能そのものを斬ったのか、とボクの理解が追いつくのは実に三秒後。

 現地点では、斬撃と共に、ガクン、と宙中で仔龍の存在がブレたように見えただけだった。

 

「警告──」

 

【再※※。龍※※※炎%|火※】

 

「──な、」

 

 仔龍がその尾で空気を薙ぎ払った。衝撃波を剣士が斬り流す中、余波で裂かれた次元の亀裂から、火球が飛び出した。

 それを見た瞬間──絶望する。

 ()()()()()()()()()()のだ。仔龍(アレ)は宇宙層を構成する混沌エーテルを燃やして炎を発生させている。

 

 ボクのように独自解析して利用するならともかく、それをそのまま燃やして叩きつけられたら、燃焼という結果が追いつく前に情報量の差で存在が圧死する。素で耐えられるのは、それこそ上位存在級の存在強度を持つ、第一位の眷属・神獣クラスくらいだろう。

 

 ──それを。

 

()()

 

 火炎が叩きつけられる前に、放たれた黄金炎(“残照”)が次元の亀裂ごと消し飛ばした。

 事象焼却。結果の棄却。もはやそういうレベルの焼却がなされ、オマケみたいに飛んだ斬撃群が、仔龍の翼をズタズタに斬り裂いていく。

 

【危※※%脅※※対※変革※】

 

 次の反撃は絶え間なく。

 ザザッと仔龍周りの景色がザッピング(現実改変)する。途端、黄昏が暗くなった。暗く? 何故? そう思っている間にも、黒い閃光が星々のように煌き、二百近い侵蝕の光線が雨矢のように配列し一瞬で充填(チャージ)される。

 

「あ、」

 

 放たれる。

 侵蝕の雨が降る。魔王城ごとついでに大陸を消し飛ばして終わらせる次元の攻撃がくる。

 控えめにいって終末神の「大選別」クラスの天災だ。どうしようもない。

 

 世界の終わりが見えた。

 

「【人理抜刀(レリック・アーツ)】、【神殺した終末の枝(ラグナロク)】」

 

 縦一閃。

 黒い夜空が黄昏色の斬撃に両断される。

 カッ、と剣士の元で宿刀が地面に突き刺されると同時、異次元に歪んでいた天蓋は、発生した焼却斬撃から灼き尽くされ燃え散っていった。

 

 ゴォォッ、と地上の生命が感じたのは焔の熱風のみ。

 ソラって斬れるんだぁ、と理解を放棄した思考の中、心のどこかでは今の光景に感嘆する自分がいた。

 

 ──神殺しだ。神殺しの時に使われたものだ、今の一撃は。

 

 あの戦争を終わらせた決戦で振るわれた技の一端。

 指先が震え、目を見開く。目撃できた幸運に言葉もない。切り拓かれた落陽の大空には、片翼を喪いながら墜落する異界の龍が見えた。

 

【※滅※※死※是※蝕※※──ッッ!!!!】

 

 落ちながら、龍は衝撃波と咆哮を生み出した。再び空間に亀裂が入り、触手が、翼刃が、炎が──黒光線が一斉に放たれる。

 そこに無差別的な軌道はなかった。

 目標はただ独り。明確な殺意と敵意を以って、ただ一人で侵攻を食い止めている邪魔者を全力で排しにかかる。

 

(のろ)い」

 

 斬撃。焼却。両断。灼熱。白刃。黄金。

 いくつか重なった斬撃が見えた。放たれた攻撃の支点を斬り去った。細胞の一片すら残さず断罪の燃炎が消し捨てた。全て総て凡て悉く容赦なく振るわれた刃はあらゆる敵対行動を斬り捨て殺し尽くした。

 

 剣閃に一切の乱れなく。

 突き詰められた剣術技巧が蹂躙する。

 

(──!)

 

 ──そこで気付く。

 空中から仔龍が消えている。地に墜落したわけでもない。今の斬撃乱に巻き込まれたわけでもない。

 

 光より速く。次元と空間を跳躍し、それは剣士のすぐ()()()の座標に、顕現した。

 

 人間、生物の知覚では到底追いきれず、対応すらできない接近。

 本来、無差別に侵蝕する災害機能だけを持つはずだったその龍は、この数分で、たった一人のために、余分で無駄な──けれど絶対必須の殺人術を編み出した。

 

 接触一つで終わる。

 侵蝕者の勝利条件はそれだけだった。

 

 そのはずだった。

 

【──ッ!?!?】

 

 黒影が弾き飛ばされる。初めから、いや、剣士の無意識下でも発動する、()()()()()()()()()にだ。

 ……仔龍の攻撃は、境界障壁たる鳥居の防御を貫通する。だが攻撃の瞬間と、顕現させる瞬間を完全に合わせたらどうなるか? ──結論、鳥居を破壊した衝撃で攻撃者は弾き飛ばされ、

 

「抜刀論式、異界除説」

 

 その決定的すぎる隙を逃さず、間合いの獲物を狩る刃が来る。

 

「月界理論・天()絶刀」

 

 鈴が終わりの音を囁く。

 居合い一閃。

 龍神の眷属は、原型すら留めずに存在を絶たれて消滅した。

 

     ■

 

 ……終わった? 終わったのかコレ。終わったんじゃない?

 ボクは姉さんやキリカさんと視線を交わし合ってから、一緒に頷いた。

 

「「「終わったぁあ~~……」」」

 

 ガクン、と三人でその場にへたり込む。

 精神に張っていた緊張の糸が切れていく。いつ死んでしまうんだ、と覚悟していたけど、いやぁ生きるね! 存外ね!

 

「やー……なんていうか、プロの仕事って感じだったわね……」

 

 キリカさんの所感に大きく頷く。

 グレンにとって、これは決戦などではない。

 大錬金術師が錬成(つく)り出した、世界危機一髪の一大ショーでも何でもない。

 

 日常。

 仕事。

 業務の一環。

 

 いつもの通りの、当たり前のルーティーン。

 

 ──それが、所詮一般人であるボクらからすれば、非日常に見えているというだけの話。

 

「……残念だったね提督。計画はもうこれで──、ッ」

 

 グレンに投げ飛ばされていた、今回の元凶の方を見て、ボクはそこで言葉を止めてしまった。

 提督はその場にあぐらをかいて、膝にテレーゼさんを寝かせたまま、じっとグレンの方を観察していた。

 その表情(カオ)には何の感情もなかった。あの、破壊魔的人格がはがれた、「中身」がただそこにいるだけだった。

 

 能面。無表情。瞳はまるでレンズのように。

 虫よりも無機質に。機械よりも冷徹に。

 計画が崩れて興が冷めた、みたいなやつじゃない。むしろそうだったら、どんなに良かったか。

 ……今のこの人からは何の感情の波も感じない。やしろさんを前にした時と同じような感覚だ。

 

 グレンが人形のような人間なら。

 提督はヒトのような人形だった。

 

「ショタガキ。意見を貸せ」

 

「へっ?」

 

 そんでいきなり話しかけられたので、内心ボクは跳び上がった。

 こっちに目線もやらず、提督は続ける。

 

「世界の均衡値はどうなっている? 今は間違いなく終末のはずだ──だがそうでないとすると、何か、オレ様の未観測のデータがあるとしか思えねェ」

 

「錬成物に反逆されたことがそんなに不可解? 術式ミスじゃないの?」

 

「奴に手を噛まれたのはこれで二度目だ。一度目は魔城共々、工房を奪われた。そん時は『何か』の偶然、またはオレがあの異物の性質を誤認していた可能性があったものとして片づけた。だが──」

 

「そんなことは無かった、と?」

 

「──そうだ。術式は全て完璧だった。となると、問題は外部的要因、観測世界の変化……すなわち、オレ様が計画を始動させるまでの間に、この世界の“何か”が変動した、“何か”が変わった。故に、大錬金術師らしからぬ想定外が引き起こされた。────心当たりはあるか?」

 

 心当たりって言われてもな。

 ボクは天才なだけであって、世界のことを知ってる神様じゃない。そんな広すぎる規模(スケール)、上位存在でもとっ捕まえて聞き出すしか──

 

「……、」

 

 待てよ。上位存在。

 世界の均衡。世界を変える出来事。

 頭の中にいくつかの単語が流れていく。

 

 始祖竜。世界のバランサー。別大陸。提督の観測外の出来事。

 ()()()()

 ()()()()()

 ……あー。もしかして、そういう……?

 

「ぁ──────…………」

 

「?」

 

 ふと。

 なぜか空を見上げたまま、微動だにしないグレンから声が聞こえた。

 疲れたのかな? つっかれた~って大きく息を吐くための予備動作?

 

 ──なんて予想していると、グレンは空を見上げるのを止め、腕を組み、一つ勝手に頷いて、玉座の台座の階段部分に、よっこらせと腰かけた。

 

「サクラ……?」

 

 なにかを感じたのか、姉さんがゆっくりと立ち上がる。

 ちら、とボクはキリカさんの様子を見ると──表情が石のように固まっていた。

 

 ……。

 え?

 

「おい……なんか、報告するべきことがあるなら、言ってみろよ……」

 

 姉さんはグレンの近くまで歩み寄って、そんなことを言い渡す。

 するとグレンは再び、うむと頷いて、言った。

 

 

 

「すまん、仕留め損なった。この世界はもう終わりだ」

 

 

 

 …………。

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「「え────────!!!!!!!!!!」」

 

 決戦場には、ボクと姉さんの叫びだけが響き渡った…………

 



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36 役者は揃った

「仕留め損なっ……え? 嘘でしょ? あんなになんか凄い戦って!?」

 

「なんだ、言い訳タイムをくれるのか?」

 

「解説だよ解説! 解説をよこせよ!!」

 

 ボクと姉さんでそんな風に問い詰めると、グレンは足を組んで話し始めた。

 

「斬った瞬間に時空移動された感触がしたんだよ」

 

「じ、時空移動……」

 

「タイムトラベル。過去には跳べないハズだから、遥か先の未来に一瞬行って、爆速で宇宙層まで逃げていったパターンだと思う。そのうち空に異常が起き始めたらカウントダウンだな」

 

 ────世界滅亡がほぼ確定したからか、外なのに普段より数段グレンがフランクだった。

 全ての縛りから解放されたっていうか。

 むしろ投げやりに近いっていうか。

 ……くっ! レアすぎるから裏で録音しておこう………………

 

「じゃ、じゃあ……お前、じゃあアレだよ、宇宙に斬撃飛ばして仕留めるとか……」

 

「いや、流石に世界層(レイヤー)が違うから無理。ていうか宇宙は天空層の更に上だろう。まぁ、俺があと五十年くらい修行したら、ここからでも届く……かもしれないが」

 

 さらっと出来るという可能性が出てくる辺り、やっぱこの人おかしい気がする。

 てか時空移動って……時空移動ってなんだよ。そんなのボクや姉さんでも対応不可能だよッ! 異界の侵蝕者というものをナメていた、いやナメた瞬間なんて覚えがないけれども、にしたってしぶと過ぎだ。スペック馬鹿か? 斬られたならそこで死んでおいてほしいものなんだけどッ!!

 

「──! そうだ! グレンがテレーゼさんの人理兵装(レリック)使って、撃ち落とすっていうのは!? 弓だよ弓! いけるんじゃない!?」

 

「それで届いたとして、どこに奴がいるか俺は分からないぞ」

 

「そこはまぁ、ボクが犠牲覚悟で観測するしか……」

 

「やめろ。イリスの細胞データの一つでも取り込まれたら、完全に人類から未来永劫、勝算の目がなくなる」

 

 うぐぅ、あっさり却下。でも未来永劫は言い過ぎなのでは?

 だがこうして悩んでいる間にも刻々と時間が過ぎていく。世界終了の未来が、もう秒単位で近づいてきていると思った方がいい。

 

「──侵蝕開始。魔境の魔物反応、ロストしていきます」

 

 清廉な機械音声の報告が聞こえた。ぶった斬られて無惨な姿になってしまったやしろさんからだ。

 ……え? 今度はなに……?

 

「龍神の仔により、魔王石と同等の権能を用いて魔物が『眷属化』されています。予測演算時間において三十分後、全ての魔物は唯一国への進軍を開始します」

 

「な゛ッ……」

 

「映せ」

 

 グレンの命令に、やしろさんが空中に大きくホロウィンドウを映し出す。

 拠点にしていた魔物たちの都市、赤色の大荒野。そこにいる全ての魔物たちは動きを停止していた。足元から黒い、あの仔龍と同じ色の黒が滲みだし、次々と変色していく。

 

「……おいダメ提督、アレに一体なにをした」

 

 ギロ、とグレンが鋭く提督を見る。

 元凶はしれっと返した。

 

「ただの『学習』だ。あの時、取り込ませたルシファーの野郎は『超抜存在』『魔王石』のデータバンク。ショタガキの一撃で分離しても、とっくに異物の中には同じ能力が入っている。真なる魔王の爆誕だ、手が込んでるだろ?」

 

 ……じゃあなにか、それは。

 

「つまり、今のアレ、魔王かつ超抜存在ってこと……?」

 

「ああ! 同等の存在といっていい! まさに傑作だ! 造物主に逆らったコト以外はなァ!」

 

 ダメだこいつやっぱカス。

 腐れ自業自得野郎め、笑ってんじゃねーよ。悪役にしかなれない病にでも罹っているのかな!?

 

「こちら私。Scythe、応答しろ」

 

 姉さんがコートからトランシーバーを取り出してその場を離れていく。

 一方、ボクは空を見た。変わり映えしない黄昏がそこに広がっている。見すぎないよう、視界感度を調整して、今の上空の大気状態やエーテル値を計測するが異常はない。薄気味悪い静けさだけが空を覆っている。

 

 ──ぐぅぅう。

 

 不意に聞こえた音はキリカさんから。若干ハイライトを失った瞳で、彼女は右手を上げる。

 

「ごめんなさい、お腹すいちゃった……誰かおやつ持ってない……?」

 

「…………」

 

 緊張感のなさに肩をすくめた時、ガサコソとグレンが羽織から差し出した。

 

「携帯食でよければ……」

 

「わーい!」

 

 レーションっぽいのに飛びつく久遠お嬢様。

 流れるようにボクも片手を差し出す。

 

「ボクにもなんかちょうだい」

 

「バイトからもらった飴しかないけど……」

 

 手渡されたのは棒付き飴だった。これ、異世界産の飴かぁ。

 カバーも棒も、見慣れない構成物質だ。文字が書いてあるが読めない。外すと青い表面の飴が出てくる。こっちは割とフツーだ。

 パクっとすると知らない味だった。なにこの……なに? 形容しがたい爽やかさと甘味が完璧に融合された舌ざわりは…………

 

「美味いのか?」

 

「うーん、味覚と嗅覚にくる高揚感が独特だね。食べただけでちょっと気分が明るくなるなんて、凄い作り込まれた嗜好品だよ。てか、なんでこんなの常備してたのさ?」

 

「お前に渡したやつは忘れてただけ。キリカにやったやつは、仕事終わりにでも食べようかと思ってた自分への報酬だよ」

 

「……えっ」

 

 キリカさんの動きが止まる。頬いっぱいにモグモグと召し上がっていて、袋はもうカラだった。

 

「……、…………めちゃくちゃ美味しかったわ!! ごちそうさま!!」

 

「開き直った……」

 

「別にいいよ。さっきラーメン食べたし……」

 

 ……どこでそんなの売ってたんだろ。やっぱりルシファー傘下の魔物たちだろうか。変わった個体もいるんだなぁ──って、たぶん現在進行形で「侵蝕」されてるんだろうけど……

 

「オマエらのそれは余裕なのか? それとも楽観なのか?」

 

 ──と。

 しばらく黙っていた提督がそんなコトを言ってくる。何の感情も読み取れない、レンズのような目で、だ。

 

「状況を正確に理解したから発狂する、なんて精神性は持ってねェだろ。どういう思考の変遷でこの状況でそんな『無駄』ができる?」

 

「提督。お前がいつ理解できるようになるか分からないがな、俺たちは単に軽く現実逃避してるだけだぞ」

 

「グレンが言うと謎にカッコよく聞こえるのはなんでだろう……」

 

「開き直ってるからじゃないかしらー……」

 

 そういえば潜伏中のカオス先生はどこいったんだろう、と軽く気配を探るが、この辺りにはもういないようだった。姉さんの指示かなんかで退避したんだろーか?

 

「──あのぅ。我輩、なにがなんだかよく分からないのだが、とりあえず今ってヤバイのか?」

 

 空間の隅っこでおとなしくしていた魔王(オーナー)が、そろーっとこちらに近寄ってくる。

 まだ記憶が戻ってないらしい。彼は現在の状態が「最も強い」らしいが、とてもこの状況を打破できるようには見えない。さっき蘇生に全魔力を使い果たしたらしいし。

 

「この上なく『詰み』だ。明日を迎える前にこの世界は終わる。脱出しておくのなら今の内だぞ、侵略者」

 

「でええええ!? な、なんというショッキングニュース! 慌てなさすぎだろう、現住民! 数秒前の死闘はどうした! き、貴様、この世界の『境界線』じゃないのか!? その身なり、世界防衛拠点の『社』の者だろう!?」

 

「防衛拠点……?」

 

 ボクが首を傾げると、フンとルシファーは腕組みした。

 

「元は異界と貿易するための『港』だったらしいがな。現地人なのにそんな基礎も知らんのか」

 

「いや、基礎って……グレン、そうなの!?」

 

「まあそうだけど……」

 

 そうだけどって。

 説明する気がなさそうだ。普段より五割増しに目に光がない。

 

「守護者としての誇りはないのか? 何故そんなにやる気を失っている! 貴様こそは我が侵略道における第一の壁のハズ! もっと足掻くのが普通ではないのか!?」

 

「…………」

 

 グレンの目は、この上なく冷めきっていた。

 とてつもなく憐れなものを見るような。憐憫と同情の入り混じった、呆れ返った顔だ。

 

「……やる気に満ち溢れた侵略様には申し訳ないんだが、俺は世界が終わろうが続こうがどうでもいいんだよ。永久退職できるなら清々するくらいだ。俺の年中無休の馬鹿みたいなブラック労働でようやく守れる世界なんて、とっくにかなり終わってるだろ」

 

 ………………。

 やばい。ちょっと何も言う言葉がない。この世界に生きる者の一人として、この天才的頭脳をもってしても、反論がなにも思い浮かばない──!!

 

 

「──でも手段があるなら、とりあえず手を伸ばすんだろ? どういう結果になるにしろ、な」

 

 

 答えたのはやはり姉の声だった。……いつの間にか、戻ってきていたらしい。

 

「なにか良い手立てでも持ってきたのか?」

 

「客人だよ。真の切り札は最後にくるものさ」

 

 姉が振り返った先──視線をやると、「あ」とボクは声を漏らした。

 そこにいたのは杖をつき、三角帽を被った人影一人。

 この事件の発端。始まりの人物。獣貌の老人。

 

 ──魔法使いストーリーテラーが、気配もなく佇んでいた。

 



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37 懐旧魔法

 正直なところ。

 内心──“ゲ”、だった。

 

 それはまぁ、言い訳の余地もなく彼の使い魔をぶちのめしたことへの、ささやかな後ろめたさとか。

 これはまずボクが処刑されてから話が始まるのカナー、とか悲観的な想像が脳内に駆け巡ったからであるが。

 

「盟約は果たされた」

 

 が。魔法使いはボクの方に一切視線をやらなかった。

 

「故に我が()をここに示す。又、虚構に罪状を問う愚も犯さぬ」

 

 すすす、とボクはグレンの方へ後じさりした。

 

「……許された? ボク許された? 使い魔殺し許された?」

 

「殺せるものじゃないだろ、あの狼。……まぁ、『煙狼』の性質まで龍神の眷属に学習されることにはならなかったんだから、結果的にファインプレーになったんじゃないか? それにお前、ちゃんと自分でルシファーを解放したし」

 

「マイナスがプラスになった……ってこと!?」

 

「もうそういう感じでいいよ」

 

 投げやりだった。かなり投げやりだった。

 かつん、と魔法使いの杖が床を鳴らす。

 

「如何様な助力を求める、『神殺し』」

 

 グレンが真上へ人差し指を向けた。

 

「宇宙にまで逃げた奴がいる。ここからそいつを討つことは可能か?」

 

「我が魔法、触媒、相応しい武具を必要とする」

 

「触媒?」

 

 グレンが怪訝そうに問い返すと、魔法使いは彼に手を差し伸べた。

 

()()

 

     ■

 

 要するに──

 

「武器を持ったグレンに魔法(バフ)かけて倒す! ってコト?」

 

「げぇ~……」

 

「なんで当人が一番嫌そうな顔してんだよ」

 

 グレンは心底うんざりしているらしい。世界を守る仕事にそれなりの不満を持っていることは知っているけど、そこまで嫌がることある?

 

「だって『懐旧』の魔法だぞ? なにを憑依させられるか分からん。自分が自分以外のものに操作されるとか気色悪すぎるだろ」

 

「憑依術……の魔法なの?」

 

「『過去にあったけど忘却されたもの』を使うのが『懐旧』だって話らしいぞ」

 

 ……それはまた。確かに得体の知れない内容だ。

 

「でも渋ってたって仕方ないでしょ。ってワケで提督、その弓の人理兵装、貸して」

 

「断る」

 

 姉さんが発砲した。

 弾丸は提督の横髪を掠めていって、今度は頭部に狙いを定める──ちなみに膝上のテレーゼさんは身じろぎせずにまだ眠っていた。

 

「仮にも人類の末席なら協力するフリぐらいしやがれよ。ここに留まってるのはマジな観客気分なのか?」

 

「ったり前だ。己が作品のもたらす戦禍と破壊、不具合と失敗を観測しねェと次の『破壊』に活かせねェだろうが」

 

「さっき、ボクらの緊張感のなさを指摘してなかったっけ……」

 

「死を前にして、これまで未観測の反応をオマエらがしていたから口を挟んだだけだ。誰が自分のプランを崩す真似までするか。錬金術師ならこの場で兵器を生成してみやがれ」

 

「……若干、気になっていたんだが……それ、本当に人理兵装なのか」

 

 グレンの目はテレーゼさんが握りこんでいる長杖に向けられている。

 その問いに、提督は座ったまま鼻を鳴らした。

 

「こいつは正真正銘、()()()人理兵装(レリック)だ。むかーし、人間どもが違法研究にドハマりしてた時代の産物でなぁ? さんざん戦争で使い回されて、使い手がいなくなった頃にコッソリ回収したんだよ」

 

「いやいやいやいや……」

 

 姉さんは半笑いだったが、徐々に険しい表情に変わっていく。

 

「じゃあなんだ、なんだ提督お前……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことかッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しれっと。

 さらっと。

 あっさりと──即答した。

 

終末戦争(ラグナロク)は良い商売だった。終わっちまったのが今でも惜しいくらいだ。──テメエ、神殺し。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 笑顔を作ったまま、自分でも、明確な殺意を持ったのが分かった。

 

 ──こいつは、悪だ。

 いや、そんな表現すら生ぬるい。敵だ。ただの敵。外敵だ。

 なぜ生きている? なぜ生かしている? 千年以上もの間、なんでこんなのが野放しにされてきた───!?

 

「分かった。やっぱりお前には話が通じない。──説得する相手を変えよう」

 

 ボクと姉さんが次の一撃を提督に向けようとした時、グレンの放った言葉で動きを止める。

 

「そこの魔砲少女。意識だけは起きてるだろ。いいかよく聞け、本当にこれでいいのか? このまま世界が終わったら、()()()()()()()()()()()

 

「「……?」」

 

 それは実に不可解な言葉だった。

 結婚式? なんでここでそんな話題が出てくるんだろう。大体、テレーゼさんはもう提督のお嫁さんらしいし、今更そんなの──

 

「──シキ……? なにかの術式名ですか?」

 

 むくり、とテレーゼさんが起床した。

 うむ、とグレンは腕組みして大きく頷く。

 

「──やはりな。所詮は人造生命体(ホムンクルス)、所詮ダメ人間。体裁的……いや関係の名称的に夫婦ではあるが、それに関するイベントは一切したことがない、と」

 

「ダメニンゲン?」

 

 提督がこれまでにない棒読みで言葉を繰り返す。もしや精神ダメージを受けている?

 

「──検索……情報収集……完了。学習、読み込み……完了──しました……」

 

 ゆらり、とテレーゼさんが立ち上がる。

 さながら幽鬼が如く。なんですって? という空気を放ちながら……ッ!?

 

「結婚式──ウエディング、指輪、宣誓、ブーケトス……! それが世の花嫁の基本共通事項……? 戦前には盛んにあった夫婦間の特殊イベント──!?」

 

 いや、まあ。

 確かに昨今は戦争戦争と血生臭い時世で、そういったことはボクも知識でしか知らないけども。

 

()()()!!!! しましょう!! するべきです!! 提督(マスター)ッ!」

 

「ハ? なにが? なにを??」

 

 提督はもはや背に銀河を背負ったような顔をしていた。

 ……マジかこの……マジなのかこいつ……“嫁”って概念は知るクセに、表面上しか模倣してないのか。いや、提督の出生と行動方針、時世を考えれば、中身が虚無的なのは当然っちゃ当然かもしれないが…………

 

「そりゃあ挙式するかは夫婦それぞれだろうが、初めから『(そう)』として生み出した相手に『なにもしない』は甲斐性なし過ぎるだろ。造物主として」

 

「喜んでお貸しいたします、神子様。どうかこの『極矢』で世界をお救いくださいませ☆」

 

 ニコニコとしたテレーゼさんが杖を弓状にし、グレンへ献上しようとする。

 なんかもうノリノリだった。口調とテンションとキャラまでもが怪しい。完全に造物主の意向と計画より、嫁としての願望の天秤が傾いたらしかった。

 

「いやテレーゼ、待──」

 

「Break!!」

 

 ドガッッッッ!!

 瞬間、提督の姿が勢いよくぶっ飛んだ。

 テレーゼさんがその神気を思いっ切りぶつけたのだ。結果、提督は城内側の向こうへとかき消えた。

 

 悪はここに滅び去った。

 

 嫁つえぇ、という姉さんの零した感想が全てだった。

 

     ■

 

「揃ったぞ、魔法使い。さっさとやってさっさと俺を解放しろ」

 

 残念な犠牲者を出しつつも準備はこれで完了した。

 ボクらは邪魔にならないよう、魔法使いとグレンから離れた位置へ行って、引き続き事のいきさつを見届けることに専念する。

 

「ああ、そうだ。イリスー」

 

「?」

 

 移動しようとした時、グレンがぽいっと寄越したのは──刀だった。

 ぱしっとそれを受け取り──今起きた一連の流れに戦慄する。

 

「……ッッ!!」

 

「それ頼む。よろしく」

 

 無論、拒否する意志はない──だが! だけども!

 投げるな──! 人理兵装を!! おっかないわ! 剣士なのに偶に雑なの何なのあの人!? 剣豪なら刀はもっと丁重に──……うん?

 

 その時、ボクは紅鞘に収まった刀を見た。

 ()()()()()、と一瞬錯覚し────

 

 

 焔焼。烈火。灼熾。焼却。

 残火の鼓動。()()()()()。未来は視るものではなく焼き捨てるモノ。

 我が身は刃なれば、それ以外の扱いは不要。

 悉くを斬り捨て、焼き続け、燃え尽きる迄。

 

 

「どした?」

 

 コツン、と右横から姉さんに頭を小突かれた。

 ハッと我に返り、息を吸う。

 …………大丈夫。刀を持った両腕から炎に巻かれたような幻覚を見たけど、何も起こっちゃいない。ボクは燃え盛っていないし、変なイメージも夢のように霧散した。

 

 今のは……ピントが合ってしまったようなものだろう。刀に組み込まれている理を幻視したようだ。

 それだけ。

 ボクはこの刀を使う気もないし、扱える自信もないから、話はここで終わり。

 

「……ただの気のせい。なんでもないよ」

 

 刀への視線を切る。

 まるで一人分の魂のような重さを抱えながら、傍観席へと向かった──

 

     ■

 

 魔法について詳しいわけじゃない。

 ただ知っているのは、「魔法使い」というのが、理持ちの天敵というだけ。

 

 彼らは魔法を用いて理を操る。

 魔法には神気……属性のない魔力……が用いられ、理を従属させ理を変化させる。

 あのお爺さんが本気になれば、グレンやボクや姉さん、キリカさんの持つ【理】を取り上げられ、魂を失い一発で全滅! なんてことも在り得るのだ。怖いね。

 

 だけどその分、強力な存在というのは本当で──おとぎ話に出てくる万能な魔法よろしく、彼らの使う術は、今の錬金術でさえ追いつけない超越術だ。

 

「【忘却】【天空】【記録】【白紙】【暗黒】【逆行】【原罪】」

 

 始まりは流水のように淀みない詠唱から。

 無意味な音にしか聞こえない声が、世界に呼びかける。

 

「【物語の膨張を歓迎する】【生命の循環を承認する】

 【()()()()()()、歴史の積載を言祝ごう】」

 

 辺り一帯の風が消えていく。

 弓を手にしたグレンは、この空間の最奥端まで行き、じっと立ち留まる。

 老いた獣人はその少し後ろの隅で佇んだまま、徐々にこの場を支配していく。

 

「【私たちは貴方の前にひれ伏すだろう】」

「【私たちは貴方に感謝と怨嗟を語るだろう】」

「【偉大なる過去よ、愚かな未来を許したもう】」

 

 響く魔法使いの声はどこまでも恭しい。

 次の言葉に差し掛かった時、バチバチと白い稲妻がグレンの周囲を走り出した。

 

「【我らは悪行と蛮行と断行と善行を積み上げた】」

「【始点の主よ。終点の人よ。我が法は貴方を招く】」

 

 ──その時。

 急に視界が暗がりを帯びて、ボクは空を見た。

 蓋のような、黒。

 それが「向こう」にいる龍神の仔による侵蝕の影響だと頭が追いつくのに二秒と少し。

 

「──ッ!!」

 

 気づいた時には遅すぎる。

 上空遥かから、暗黒の光柱が墜ちてくる。それは明確に、「脅威」とみなした此方側へ向けられた、彼奴からの攻撃であり。

 

「【懐旧魔法・■暦終点:Archery Lot】」

 

 ()()の召喚がなされると同時、黒柱は閃光の余波で消し飛んだ。

 大気の轟音。遠雷の嘶き。

 ここが嵐の中心点。世界側の重力が狂ったのか、城の瓦礫や、地上の岩やらが空中に飛ばされ、この空間の周囲で吹きすさぶ竜巻に巻き込まれていく。

 

「アーチェリー……ロット……?」

 

 呟くのは先ほど耳にした単語らしきもの。

 グレンのいる方角を注視すれば、紅蓮色の羽織の人影が確かにそこに──

 

「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

 

 瞬間。

 あらゆる時間は、消え去ったかのように停止した。

 

 強風。轟音。竜巻。全てが静止する。

 無意味だけが在る。

 何も生まれてすらいない原初の世界。

 ここは今、そういうものになった。

 

「【そういう事か。悪夢であってほしい冗談だな】」

 

 グレンの、声だけがした。

 だが調子も、口調も、彼らしさはどこにもない。彼の口を借りて、別人が話している。

 

「【お前だけが憶えているのか、『語る者(ストーリーテラー)』。相変わらず記録者側に立つ奴のことは分からん。物好きめ】」

 

 感じるのは畏怖。

 今すぐ首をかきむしりたくなるような、()()()

 膝をつき、頭を垂れ、懺悔の念を延々と口走りたくなる衝動。

 

「【別に責めてるわけじゃない。今すぐ殺したいのは『俺』を起動させた奴だけだ。享楽とかいう範疇を越えてるだろ。一体いつまで酷使されればいいんだ? 『こいつ』は今、本当に生きていられているのか?】」

 

 ──その通りだ。

 『彼』の言っていることは全て正しい。何を言い返すことも許されない。許さない。()()()()()()()()()()()()()。初めから。終わりまで。これからも永遠に。

 

 だが。

 

「おーい」

 

 間延びした、身の程も弁えぬ呼びかけ一つ。

 この強制的な……いや、能動的な衝動さえ、彼女からすれば涼風と同じ。

 火楽赤桜だけは、この場で自意識と意志を持って話すことができる。

 

「話はよく見えないんだが、さっさと仕事してくれ。そいつ、あんまり気の長い方じゃないんだ。うかうかしてると制御権を取られるぞー」

 

「【ッハハ、面白い人がいるんだな】」

 

 僅かに、羽織の『彼』の顔がこちらを向く。

 口元しか見えなかったが、どうやら笑っているようだ。

 

「【そういう事なら百年は凌げるか。話し相手がいるのはいいことだ。どんな時代であっても】」

 

 『彼』はそこで振り向くのを止め、弓を手に──天上を仰ぐ。

 

「【……ああ、残骸か。確かにこれは自分の仕事だ。()()()()()】」

 

「──っ?」

 

 見えるって言ったのか、今。

 この座標から? 宇宙にいる目標を視認したとでも? 肉眼で、どうやって……?

 

「【──()きろ、逆行式】」

 

 その声で、黄金弓に光が帯びた。

 ただの一言で【人理観測(レリック・アーツ)】と同等の覚醒効果をもたらしたのだ。しかも逆行式──人理兵装の隠し名であろう一部を唱えただけで、だ。

 

「【十人分で足りる。一撃で終わらせるぞ】」

 

 その声がけは弓そのものに向けられている。

 直後、彼の右手に現れる光の矢。その大きさに合わせ、弓は大弓となり、矢がつがえられる。

 

「【ふむ……『こいつ』の流儀に倣うなら、こうか】」

 

 矢を引く姿は美しく。

 全ての弓兵の「原型」ではないかと思うくらい、完全だった。

 

 

「【一矢絶滅……天穿弓射】」

 

 

 光が放たれる。

 上空を両断するような流星の一射。それは空気の壁の合間を翔け抜けて、最速で地上世界の果てへと届く。

 

 バキン、と(ソラ)が割れる。

 刹那──黄昏空の色が瞬きの内に、激変する。

 

 赤、青、黄、緑、紫、橙、藍、黒、白──虹。

 十の空を割って、その矢は飛翔する。

 十度、空を塗り替えて、その矢は天を穿つ。

 

 或いは創世神話の再演。

 或いは終末新話の上演。

 

 この時。

 ボクたちは、忘れていた原始を見た。

 

「……!」

 

 カッと空が白み、全ての色が失われる。

 どこかで、断末魔にすらならない、最後の残響があった気がした。

 

「【(あた)った】」

 

 空を覆う閃光の時、端的な報告があった。

 弓を下ろした弓兵は、徐々にその存在を薄れさせていく。

 

 白天はやや長く。

 黄昏が戻った後、『彼』は退去するのだろうと予感した。

 

「【終わりだ。所詮自分は過去の幻影、未来に口は挟まない】」

 

 空が戻っていく。

 色が飛んでいた白を、黄昏が覆っていく。

 

 

「【だが先達として一つ、余計なアドバイスだ。

  ──さっさと創世神か創世龍を見つけて新世させろ。()()()()()】」

 

 

 過去の声は、そこで終わった。

 



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38 魔城デストロイヤーズ

 ──広大に晴れ渡る黄昏の空。

 それをしばらく眺めてから、くるりとグレンはこっちを振り向いた。

 

「あーあ…………」

 

 元の彼に戻ったらしい──凄まじく残念そうな顔をしている。

 世界を救い、救われたっていうのに、どこまでいってもグレンらしい。

 

 ちらっと魔法使いのお爺さんがいた場所を見るが、もう影も形もいなかった。

 神出鬼没。別れの言葉すらないとは。

 

「見ごたえのある一射でした。是非、参考にさせていただきます」

 

 パチパチパチ、と拍手を送るのはテレーゼさん。

 グレンから弓を返してもらって、シュンッと光を散らせて、それは彼女の左手首に腕輪となって現れる。格納機能ばっちりか?

 

「お、お疲れ様……本当に。もう大丈夫?」

 

「ああ、異常はない。少し眠ってただけだ、アガサの声が聞こえたような気がしたけど」

 

「気のせいだよ」

 

「力強い否定だな」

 

 じゃあ嘘だな、と呆れた目を向けられる。

 視線を泳がせるついでに、その姉さんの方を見てみれば────音もなくその場で倒れ伏していた。

 

「き、気絶してる……!」

 

「一人であの怖いの、抑えてたんでしょ? そりゃあ精神疲労もオーバーしちゃうわよ。アガサちゃんたちは、私の『列車』でちゃーんと唯一国に送り届けるわ」

 

 と言って、姉さんを背負うキリカさん。

 あれ、とそこでボクは周囲を見る。

 

「カオス先生は……?」

 

「ああ、ちょっと前から離脱してたわ。他にやることがあるからって。イリスくんはどうする? 素材空っぽなんでしょ? 一緒に行く?」

 

「いや、いいよ。寝てる姉さんなんて前にしたら、つい殺しちゃうかもしれないし。その辺の魔物を狩って車を錬成するから平気」

 

 元よりグレンを盾に勝手についてきた身だ。帰りぐらいは自己責任でどうにかしよう。

 備蓄素材も補充したいし、しばらく魔境に留まる線もアリかもしれない──

 

「──で、そこの逃げ腰の侵略者。どこへ行くつもりだ?」

 

 グレンの一声で、ぴたりとルシファーの動きが止まった。完全にそろーっと、気配を絶って逃げる直前、な姿勢だった。

 ……そういえばこの人も異界から来たんだった。もう魔王じゃないなら、危険因子に変わりはない。

 

「い、今は見逃してやろう……!」

 

「なにがだ。言っておくがここでお前を見逃しても、後日狩りにくるぞ。俺が」

 

「そこをなんとかできないか!? わ、我輩、まだ侵略活動っぽいこともできないし! なんか死んでなんか生き返っただけで終わるとかイヤすぎだがッ!?」

 

「あ。そうだルシファー、心臓(コレ)返しとくよ」

 

 工房から、奇襲で奪った魔鉱を取り出してルシファーへ放る。

 キャッチした侵略者様は、はて、と怪訝な顔。

 

「……なんだこれは?」

 

「魔王石。要は魔王の資格みたいなものだね。もう魔王を止めたいなら別の魔物に押し付けるでも良し、飲み込んで魔王続行でも良し。自分の将来だ、好きにしなよ」

 

「いや魔王って……我輩はれっきとした! 異界から来たりし崇高なる侵略者であるわけで──」

 

 シャキィン、とそこで白刃が閃いた。

 魔王石を持ってない方のルシファーの右腕が斬られ、遅れて上からぼとっと落ちてくる。

 

「魔王を辞めるなら、『ここ』で『処理』するが。二度手間って嫌いなんだ、俺」

 

「ハハハハハハハハ喜んでなってやろうではないかァ!! 覚えていろよ下等人類どもッ!」

 

 音速で魔王石を飲み込み、一瞬で腕を再生させながらルシファーはその場から逃げ出した。

 ……どうせ彼の部下たちに捕まるオチだろう。仕事溜まってるっぽいし。──っていうか。

 

「……外の魔物たち、大丈夫かな? 侵蝕されてなかった?」

 

「大本の仔龍を消したんだから元通りのはずだ。あの弓矢を使ったなら、因果律のレベルで仔龍との繋がりは消されたと見ていい。そうだろ」

 

 カシャン、と機械の足音がした。

 胴体部を自己修復したのだろう、ボロボロだが、立ち上がったやしろさんが回答する。

 

「観測結果から、『極矢ジャガーノート』は時空を飛来する攻撃が可能です。過去、現在、未来からの干渉で、龍神の仔は魔物を眷属化する前に消滅しました」

 

「おお~……」

 

 やっぱり本物の人理兵装(レリック)は違うなぁ。攻撃範囲の次元が違う。

 

「ピピッ──新たな人界の脅威を確認。朔月の神子は指定の場所へ向かってください」

 

「──え」

 

 と、声を漏らしたのはボクだった。

 グレン本人は、やしろさんの言葉が分かっていたように、肩をすくめ、その場から歩き出す。

 

「え──え!? グレン、帰らないの!?」

 

「世界が滅びなかったからな」

 

「あ、」

 

 迂闊すぎる発言に、ボクも自分で呆れ返った。

 ……そうだ。彼の仕事は、この世界が真に滅び去るまで終わらない。

 世界を続けるということは、翻って、彼が虐使され続けるということでもある。

 

 ──『こいつ』は今、本当に生きていられているのか?

 

 魔法で顕現した誰かの声を思い出す。

 世界のために生き続ける人生。道具のように酷使され続ける道。

 それは彼の選んだ生き方なんだろうか? 思えば、愚かにも、訊いたこともなかった。

 

「じゃ、そっちはよろしく。じゃあな」

 

術式実行(execution)

 

「ちょっ──」

 

 こっちが何かを言う前に、グレンとやしろさんの姿はかき消えてしまった。

 まさしく夢幻、陽炎のように。

 

 ──異変がやって来たのはその直後だった。

 

 

『──ハハハハハハァ──!! ここか強者の集う場所は────ッッ!!!!』

 

 

 ゴゴゴゴゴッ!! と吹き上がる突風。

 ──竜だった。ボクとキリカさんの前に、見知らぬ野生の竜が降臨していた。

 焦げ茶色の岩を思わせる鱗。雄大な巨体は、空から落ちてきた隕石が如く。

 一目で分かる。これ、ただの魔物じゃない。年季入りの古く、強大な気配がする……!

 

『我が名は「ゲルニア」!! さっきはちょっと油断して一介の剣客に敗けてしまったがリベンジマッチじゃッ!! 最強決定戦の会場はここでいいのだなァ、ルシファー!?』

 

 その牙には、見覚えある小さい人影が引っかかっていた。

 青ざめたルシファーが、こっちに片手を挙げて「タスケテ」と口パクしている。

 

「……キリカさん。エンシェントドラゴンとの戦闘経験は……?」

 

「面白い例え話ねイリスくん。まぁ、お義父さんが古竜と戦ってるところを見学したことはあるけど、流石に自分で挑んだことはないわねー」

 

「──なるほど。ところでキリカさん、実はこの状況からでも入れる保険があるんだよ」

 

「えっホント!? どんなのどんなの~?」

 

 最終手段の更に最終手段。

 それは当初、魔王になった姉を殺すための方法の一つだった。もし一対一になって、億が一にでも負けることになったら、絶対使ってやるぞー、と裏で決めていた最悪の手段。

 

 まさか使うことになっちゃうなんてなー。

 けどまぁ、この魔境を日常に回帰させるには一番いいオチかもしれない。

 

「とりあえず……この場を離脱しよっか」

 

 ゲルニアを名乗る古竜が、全てを破壊せんとするドラゴンパンチを放とうと動き出す。

 その直前、差し出したボクの手にキリカさんが手を重ね──空間連結を使って、一瞬でその場から逃げ出しながら、一つの術式を実行した。

 

 

 ──その日、魔境全土に爆発音が轟き渡った。

 

 爆散したのは魔王ルシファーが拠点とする魔王城。

 その大爆発は魔城を手に入れんと集っていた魔物の軍、数百を巻き込んで消し飛ばし、魔境史に新たなる伝説を刻んだ。

 

 魔王ルシファー、己が拠点をエサに他の魔王軍を一掃せし。

 

 また、自軍は別拠点に事前配置していたことが判明し、ルシファーは魔王城経営者として、魔境中から畏怖を集める結果となった。

 

 ボクが知るこの日の顛末は、ここまでとなる──

 

 

 ──どこからか爆音が聞こえた気がして、提督ギルトロアは目を覚ました。

 

「……む──」

 

 周囲の空間感知。己の戦艦工房内。

 安全圏。異常ナシ。

 

「おはようございます、提督(マスター)。十六時間ぶりのお目覚めですね」

 

 司令官用の席に寝そべったまま視線を動かすと、近くに立っていた自作の少女が出迎える。

 本日も理想通りの完全完璧な挙動。異常なし。

 

「魔王城パンデモニウムから完全分離した『戦艦ベルヴェルク』は現在、魔境から離れて辺境地区を航行中です。事前に逃亡進路を確保していたとは流石です、提督(マスター)

 

「…………辺境?」

 

 ゴガッッッッッ!!!!!!

 身に覚えのない進路設定に眉をひそめた時、艦内を轟音が襲った。

 対震障壁を始めとした戦艦工房を防御する機構が一瞬で機能停止に陥り、けたたましい赤灯とエマージェンシーのサイレンが五感を満たす。

 

「な、外敵──」

 

「──、」

 

 知っている。この感覚をギルトロアは知っている。

 あらゆる一切を問答無用で両断していく修羅の気配。破壊の震動、反響、残響、全ての数値をとっても、『あの時』と酷似している──やや異なるのは、過去のデータより無駄に洗練されているという一点だが。

 

 そこで思い出す。

 あの魔城での決戦。唯一国が誇る最高戦力たちと戦った時、最も警戒していた対象が、最後の最後まで姿を現さなかった事実を。

 

「カリオストロッ……! ってコトァ────」

 

提督(マスター)!? 外は危険です!」

 

 伴侶の声を無視して、戦艦の主は一瞬で甲板の座標へと跳んだ。

 吹き荒れていた砂嵐を踏み出した足音一つで支配下におき、散らせながら、早足で船首へと近づいていく。

 

「────ハ」

 

 そうして。

 地上を見下ろした時、予測通り、期待通り、そこにいた人影たちに、戦艦王の口が歪む。

 

 人影は二人。

 一人は杖をつき、優雅に、だが煽る様に帽子を取って挨拶の挙動をする老紳士──カリオストロ・ルージュシュタイン。

 

 一人は黒い羽織袴の老人だった。赤刀を肩に担ぎ、ニヤリ、とこちらを見て笑っている。

 ──テオフラトゥス・ヴィストゥーシュ・アルガストラス。

 『結社』統括長。だがそんな肩書きは提督にとって何の関係もない。忘れもしない、ただの因縁の宿敵だ。

 

「!」

 

 ──瞬間、砂漠の黄昏空が宵闇へと塗り替わっていく。

 近づいていくる強大な気配。それはこの場に、史上最悪のゲストが舞い降りるも同義だった。

 

「……野郎、こっちに人理兵装(レリック)があると分かった途端コレか」

 

 この黄昏の大陸において、「闇」を引き連れてくるのは一人しかいない。

 戦王ゼルド。

 超抜序列・第八位。砂漠に潜む古代の猛者。

 

提督(マスター)、第八位の反応、接近しています。六十秒後にはこちらへ到着するかと』

 

「迎え撃て。向こうは元からそういう狙いだ。こっちはオレが相手をする」

 

『……ご武運を』

 

 通話が終わる。

 三人の修羅の視線が交錯する。

 

 言葉は無用。出くわせば最後、殺し合うのみ。

 

 ──開戦は同時。

 黄昏の辺境、歴史の裏側で、また一つの激戦が幕を開けた。

 



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39 エンド/終説/エピローグ

 魔境の事件から、一か月ほどが過ぎた。

 

「あーけーおーめー」

 

 冬場。新年──1月1日。

 白雪が降り積もった境内は、そんな季節だった。

 季節概念が消し飛んでいる外界は今日も黄昏空一色だが、ここ境内は冬を一貫していた。

 

 賽銭箱の設置された拝殿前には、旧市街からやってきた住人たちが集まっている。

 

 異形の群れ。

 

 なに君、合成獣の失敗作? みたいな人から、見た目は人だけど全然違う気配のする個体とか、存在感が霧か靄みたいにフワッとしてるような存在とか、魔境の魔物たちが全然可愛く見えてくるレベルのおっかねー百鬼夜行たちが、全員、礼儀正しく着物をまとって、わらわらとこの場に「参拝」しに来ていた。

 

 異様だ。

 

 皆々様、賽銭箱にはチャリンチャリンと金貨や鉱物やらに見えるなんかを投げ入れ、二礼二拍一礼という謎めいた儀式をして、そそくさと去っていく。

 

「今年も大繁盛だねー」

 

「リソースの確保日らしいですからねー」

 

 そう後ろから同調してくれたのはバイト君だった──いつもは存在しない、この日限り拝殿左手に出現した受付館で、「オミクジ」なるものを売っている。相変わらずの学生服で、異分子である主張を続けているが。

 

「……『妖魔』、だっけ? あの人たち」

 

「はい、旧市街の住民さんです。あのお賽銭はこの社を維持するリソースとなり、お祈りは今年一年間、天運がちょっとだけ上がるというご利益があるとか」

 

 妖魔。それは魔力の残滓やエーテルから自然発生する霊のようなものだ。

 害意はなく、実体もないので攻撃も無意味。

 彼らは「安寧の地」を見つけてそこに住み着き、やがて満足すると勝手に昇天し、転生してこの世界に新たな生命として生まれ変わり、循環していくのだとか。

 

「社の階段を下ったとこにある旧市街は彼らの待機所みたいなものです。土地の管理権は社にあるから、こうしてこの日は住民税として境内を維持するリソースを提供してくれます。そんで参拝で天運をちょい上げると、昇天までの次期が短くなるんだとか」

 

「……ボクらが死んだ後、彼らみたいになるのかな?」

 

「さぁ? 妖魔の生態は『この世界のリソースの循環図』みたいなものかと。たまに神様一歩手前な気配の人もいるけど、基本は無害ですねー」

 

 唯一国にいたら絶対に見れない光景だ。

 やっぱりこの境内は、異世界にほど近い立ち位置にある。世界の端。異界との境界。

 一歩踏み間違えれば、枠を超えてしまいそうだ。

 ボクが今話してる相手も、紛れもない異世界人だけど。

 

「弟先輩、これはあくまで雑談の話題なんですけど」

 

「うん?」

 

「弟先輩の正体ってなんなんですか?」

 

 正体。

 雑談という割には鋭い単語の選出に、心の中で感心する。

 ボクに心なんてものがあればの話だが。

 

(オレ)の目には弟先輩、ちょい浮いてるんですよ。なんてゆーかな、同じ世界にいるんだけど絵柄が違う、みたいな? 人物として描かれてはいるんだけど、背景の一部的な」

 

「ボクの真相なんて暴いて、君はどうするっていうのさ?」

 

「雑談ですよ。これまで、意味のある話題を(オレ)が提供してきたことありました?」

 

 それもそうだ。

 というか、まあ……たぶんコレについて言及できるのは、この世界の部外者である彼以外にはいないだろう。

 

「『嘘』だよ。ボクは──()()()()()()()()()【嘘】そのものだ」

 

 ほお、とバイト君が声を上げる。

 

「十年前、ボクは棺に閉じ込められた」

 

「棺。それも人理兵装(レリック)ですか?」

 

「そうだね。ボクと姉さんが社に保護された後、戻って回収しようとしたら、もうどこにも無かったんだけど」

 

「監督不行き届きじゃないですかぁ」

 

 それについては反論のしようもない。

 だが自己弁護するのなら、当時のボクは混乱していた。

 姉さんが暴れ散らかして、グレンに「成仏」させられて。

 

 こんな事態を引き起こした原因──修復してしまったあの棺を、ボクは金輪際、二度と見たくはなかったのだ。

 

 閑話休題。

 

「あの棺の中ってさ、真っ暗で真っ黒で、入ったらもう絶対に出てこれないような場所なんだよ。元から前世の記憶を思い出してた姉さんは、『儀式』に触発されて覚醒した第三位としての力で無理矢理こじ開けて脱出したらしいけど、ボクはそうはいかなかった」

 

「……」

 

「魂は棺の材料として組み込まれた。そして蘇生するために、悪魔を召喚された。だけどその悪魔の真名は──」

 

「嘘、ですか」

 

「そう、嘘。ありもしない、存在を証明できない架空の悪魔。そんなのと融合しちゃったらさぁ、ボクは自分の過去も現在も未来も認識できなくなる。『どこにでもいて、どこにもいない』──誰にも干渉できない、虚数存在になり果てて終わるだけだった」

 

 だから。

 

「『錬成』したんだよ。──“虚構の狭間”。でっち上げの概念空間。現実と空想の隙間。それを証明材料にして、ボクは【嘘】という自己を観測し、この世界に戻って来た」

 

「……つまり、元々は本物の弟先輩がいて、その人が『虚構の狭間』ってのを作って、それを証明材料にして、意志ある一個の人間として顕現したのが──今の弟先輩、という?」

 

「ん、そういうこと。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嘘とは真実がなければ成立しえない。

 「嘘」であるボクが安定して生きてるということは、逆説的に、「本物」である火楽祈朱は──十年前で時が止まったまま、あの棺の中で過ごしているのだろう。

 

「……弟先輩ってマジな天才なんすね。それ、自力で【嘘の理】っていう新ルールを、この世界に錬成(追加)したようなものじゃないですか」

 

「言われてみれば? でもまぁ、元から嘘の悪魔ってのはいたし──」

 

「証明できない存在を、証明させるルールを作ったってことですよね?」

 

「……分かった。妙な謙遜は止めるよ。ボクは天才。それでいい?」

 

 分かればいいのです、となぜかバイト君は得意顔。

 彼らしからず、妙に厳しい。なにか逆鱗に触れてしまったんだろうか?

 

「けど本物弟先輩には同情しちゃいますね。外に出られないんですか、それ」

 

「うーん、どうだろ。もう魂から棺の材料として組み込まれちゃってるし……」

 

 ていうか、その棺自体、今はどこにあるんだって話だ。

 実家のあった空間は外界と隔絶する結界が張られていたし、アレを無視して侵入できたのは社の神子であるグレンくらい。

 

 その他に、誰が、どうやって棺を持ち去ることができたっていうんだろう……?

 

「──こんにちは。初詣の会場は、ここで合っていますか?」

 

 美少女の声がした。

 そして振り向いた先には予想通り、振袖姿の美少女──というか。

 

「テレーゼさん!? なんで!?」

 

「ネット上に初詣イベントのサイトが新設されていたので……」

 

「あ、(オレ)が作ったやつっすね。いやお客さんは多い方がいいかなって」

 

 自由かこのバイト? って、彼のどこにネット能力が!? 万年、棒付きアメしか持ち歩いてなさそうな暇人が、一体どこでネット環境を整えていたというのか──!?

 

「テレーゼさんがいるってことは、ま、まさか……」

 

 おそるおそるその背後の方を見やると、そこには案の定──TPOに即した着物姿で仁王立ちする、ナゾの金髪男がそこに──ッ!?

 

「明けましてオメデトウ」

 

「ひぃっ」

 

 まともな言葉が開口一番出てきて、違和感よりも先に恐怖を覚える。

 こわい。超こわい。なにあの提督。自意識とかどこかに落っことした?

 

「新顔さん! 年明けの運試しにおみくじ買いません!? 今なら100G!」

 

 ──ボクは今、初めてこのバイトに対して戦慄した──こいつ無敵なのか?

 

「じゃあ二人分二回」

 

「まいどー!」

 

 そわ銃撃か、なんて一瞬身構えたが杞憂に終わる。境内なのでそんな心配はそもそも無用だったけど。

 代金を受け取ったバイト君が差し出したのは、手のひらに乗る程度の、まっキラ金の真四角のキューブ。

 

 …………ピシッ、とちょっとだけその場の空気が凍る。

 ……怪しい。すごく怪しい。なにあの黄金箱。材質がまるで読み取れないんですけど。

 

「おっ、大吉ですね! おめでとうございます! 旦那さんもどうぞー!」

 

 キューブを受け取ったテレーゼさんが軽く振ると、ごとりと小さいインゴットが出てきた(やばい、なんだこのくじ引き)。

 続いて……どことなく……おそるおそるな手つきで提督がガラガラ振って、出てきたのは──タワシだった。

 

「なにこれ」

 

「うわっスゲェ! 九十九億分の一で出てくる残念賞だ! 旦那さん、命の危機には気を付けた方がいいですよ! ちなみに判定としては大大凶です!」

 

 オリジナル設定まで問答無用で押し付けるバイトだった。

 心底下らなくなったのか、提督はキューブを無言で受付口に投げ返して、拝殿の方へと歩いていく。

 

「……お気になさらず。提督(マスター)の表層精神は現在スリープ中です。省電力モードのようなものですね。自我が希薄なのはそのためです。最低限の受け答えしかできません」

 

「ああ……提督って、素はあんな感じなんだね……」

 

 なにかあったんだろうか。テレーゼさんも、どこか疲れているように見えるけど。

 

「弟先輩も100G、どうです!?」

 

「味を占めたね、商売人」

 

 代金を支払いながら、金色キューブを振ってみる。

 出てきたのは真っ白な折り鶴。特別賞。小吉とのことだった。

 

 

「どの面下げて来たんだよお前ら……」

 

 テレーゼさんたちの後を追うと、拝殿横を抜け、裏庭に面した縁側にグレンが座っていた。

 やってきた来客二名を一瞥すると、うんざり顔で前述の台詞である。

 

「…………」

 

 無反応の提督にグレンが首を傾げる。

 

「……寝てる?」

 

「省電力モードです」

 

「尚更なんの目的で来たんだよ」

 

「いえ、ですから『初詣』なるものの広告サイトを見て」

 

「……一応言っておくが、常人が参拝しても大して天運は上がらないぞ」

 

「風情を味わいに来たのです。そも、この『月界線』という場の情報も未収集。納得頂けないようでしたら、偵察だと解釈しても構いません。──ところで、あちらは?」

 

 テレーゼさんが視線を向けた先は、裏庭に広がっている大池だった。

 向こう岸が見えないくらいの大きさで、ぱっと目視できる範囲の陸地では──トンガリ帽を被った獣貌の釣り師(ストーリーテラー)が、木製椅子に腰かけて一人。

 

「俺に聞くな。帰ったら出現してたんだよ。再三退去を命じたんだが全スルーだ。手の施しようがない」

 

 ざぱぁっ、とそこで凄まじい水しぶきの音があった。

 何かを釣り上げたわけではない──池の中から、体長を軽く四十エートル越えの水色の蛇が飛び出し、境内の空へと昇っていく。

 

 ……見間違いか幻覚でなければ、リヴァイアサンっぽいんだけど。

 

「見たか今の。使い魔(ペット)同伴とか完全にリゾート扱いだぞ。滞在料を支払うべきだと思わないか?」

 

「グレン、文句を言うところ多分そこじゃない」

 

 リヴァイアサンを堂々引き連れてることが問題だ。絶滅してなかったのか、アレ!

 魔法使いの存在も大概非常識だが、境内も異空間というだけあって常識の概念が消え去ってきている。まぁ、ここに野良テロリストがいるってだけでも充分な特異点だけどね!

 

「お前ら二人もさっさと帰れ。ここは俺のホームグラウンドだぞ。長く居座る気なら強制的に即死させるが」

 

 グレンの声にただならぬ殺気が伴う。それを見て思い出した。

 

「そういえば、なんでグレンって提督を蛇蝎の如く嫌ってるの? いや、嫌うのは分かるんだけど、なにか特別な理由があるの?」

 

 彼は大抵──もちろん人類限定だが──どんな相手だろうとフラットだ。善人だろうが悪人だろうが、そこに天秤は置いていない。

 そんな彼が初めに契約書を作っておいてから協力を結んだり、それでも塩っ気しかない対応だったのは、割と珍しい部類に入る。

 

 するとグレンは浅い溜息を吐いてから、提督へ親指を向けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ハ?」

 

 疑問の声を上げたのは提督だった。心底、まるで覚えがない、という怪訝なカオ。

 だが──

 

「──あ。もしかして、そういう?」

 

 それで一発で分かった。

 なに、簡単な話だ。グレンは神殺し──超抜存在の討伐者。そういうことだ。

 

 超抜存在を狩る者は、世界の記憶から忘れ去られる。

 

 忘却しない例外は、ボクやキリカさん、姉さんといった理持ち。

 提督は大錬金術師だけれども、理を保有していない。故の認識の齟齬だろう。

 彼は──グレンを殺しかけたことを、もう覚えていないのだ。

 

「待て、勝手に納得してんじゃねェ。何の話を……」

 

「六年前の襲撃計画です、提督(マスター)。アレは手痛い敗退でした」

 

 テレーゼさんが、そんなことを証言する。

 

「戦場を駆ける野生の兵装保有者(レリックホルダー)の噂を聞きつけ、私たちは艦で飛び立ちました。結果、返り討ちにあい、『奈落の谷』へ叩き込まれましたが」

 

「…………」

 

 本当になにをしてんだ、この人は。この二人は。ろくなもんじゃないな。

 いや、ていうか。

 

「……テレーゼさん、憶えてるの?」

 

「なにやら意味深な声色ですが。はい。私は全ての事象を記憶しています──この世界の既存種とは異なる、()()()()()()として」

 

「──あ、そっか。事実上の新人類だもんね。この世界に降りかかる呪いとか効かないんだ?」

 

 マジの本当に、生命として「完全新作」であるテレーゼさんは、やはり特別なのか。

 いわば、生きてる世界のバージョンがボクらと違うというか。

 

 ワールド1.0verの生命向けに振りまかれる呪いは、ワールド3.0verで生きてるテレーゼさんには無効っていうか。そもそも呪い事態が古すぎて、新しすぎるテレーゼさんは自動で弾くって感じ。凄いなぁ。

 

「その節は本当に主人がご迷惑をおかけしました。また、この間は再び顔を合わせるだけでなく、挙式のご助力までしていただき、御心の寛容さに感謝申し上げます」

 

「面の皮の分厚さだけは造物主にも引けをとらないよな、ほんと」

 

「……テレーゼ。後で記憶共有」

 

「はい、わかりました」

 

 知らないところで自作伴侶に何回裏切られてるんだろうな、この大錬金術師。

 やらかした所業の分、どこかでバランスが取られているのかもだ。千年以上も生きる悪運の強さは伊達ではない。

 

「──神子。参拝者へ新年の祝詞を伝達してください」

 

 音もなく、縁側を歩いてやってきたのは白い着物姿のやしろさん。

 魔境に同行してくれた個体にもお世話になったけど、格好はやはりこちらの方がしっくりくる。

 

「……そんな時間か。いいか、さっさと帰れよ破壊夫婦」

 

 もう睨みつけることもせず、そう吐き捨ててグレンは立ち上がり、その場を後にしていった。

 残されたのはボクと、一般参拝者二名と、釣り続行中のお爺さん。

 なんかもう、絵面の空気感が拝殿の方に負けないくらいの異様さだ。

 

「……どうせ盗聴されているだろうが、本題に入るとするか」

 

 芯の入った、提督の一声にボクは瞬きする。

 物騒な気配はない。というかここは戦闘禁止エリアだ。はて、とボクは話題の見当すらつかず、こっちに向き直ってきた提督とテレーゼさんを見やる。

 

「『とある場所への航路を開く』。取引内容について話を詰めに来たぜ、火楽祈朱」

 

 しばし、思考が停止した。

 

「──あ、ああー! えっ、覚えてたの!? ていうか約束守る気あったんだ!?」

 

「こっちも資金難でな。魔城の件といい……、いやそれはいい。とにかく仕事だ。そして報酬だ。テメエみたいな天才児がオレ様たちを巻き込む事業、逆説的にデカい案件じゃないワケがないからな」

 

 ……音沙汰ないから、てっきり却下されたものかと思っていた。

 提督と組むことには若干の不安があるけど……そこは飲み込むしかあるまい。これも過去の自分がまいた種だ。それに──「やっぱ無し」、なんて錬金術師甲斐のないこと、このボクが口走るワケにもいかないし。

 

「……一つだけ質問なんだけど。あの時、ボクにキリカさんを連れてこいって言ったの、マジのマジで統括長への嫌がらせ目的? それだけでボクの要求に応えるなんて約束したの?」

 

「そうだが?」

 

「イリスさん、提督(マスター)はこと宿敵相手への妨害行為には全て本気であたります。ならば取引にも本気で応じるのが道理というもの。今のところはご安心ください」

 

 『今のところは』ってちゃんとつけてくれる辺り、優しさだよなぁ。

 

「……分かったよ。どの道、ボク一人じゃ数年はかかる計画だからね」

 

 さて、とボクはどこから語るべきかを思案する。

 初めはそう──こういう切り出しが無難だろう。

 

 

「──二人はさ。『新大陸』って言葉に興味ない?」

 

 

 そうしてボクは語り出す。

 次元を超えた先にある未知の世界のことを。

 

 物語は既に始まっている。

 さぁ──新しい景色を見に行く時が来た。

 

 

 

 

 

第二章

魔城デストロイヤーズ

END

 




これにて第二章完結。面白かったら高評価・感想などお願いします。

次話は第一章~第二章までの人物紹介まとめです。ヨロシク……!


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〈第二章終了時点 人物紹介表〉

※脅威度合いのランクは「Z>EX>S>A~E>0」、「X」は不定。

※人類の間では実質「EX」が天井。

 

紅蓮(ぐれん) 朔空(サクラ)

 規格:主人公

 人類脅威度:C(本人に現行人類=魔族への敵対意志がないため)

 本来の人類脅威度:S++(その気になればの話)

 主武装:四番の人理兵装レイヴァテイン

 主な能力:弓術限界、剣術・神座到達、熟練者(物の扱いが上手い)、神聖言語、鳥居を出す

 魔力属性:絶属性

 天敵:魔法使い全般、機械人形

 宿敵:終末神ラグナロク

 備考:得意武器は、得意順に「弓>仕込み箒>刀」。戦闘は基本縛りプレイ。

 

 好きなもの:鳥居(理論で出た当初は意味が分からず、しばらく水やりをしていた。制御できない頃は地面や中空から無作為に出してしまい自分に激突、足の骨や肋骨を折ってた)

 特に嫌いなもの:労働、人間、人間賛歌、神

 好きな色:黒、白

 好きな言葉:立つ鳥跡を濁さず

 

<保有する理>

【新月の理】 展開した赤い空の範囲内の魔力全てを喪失させる。

【朔月の理】 神殺しの際の切り札。詳細不明。

 

 本作の主人公。

 紅藤色(地毛は白)のハーフアップ、紫眼。中性的な美青年。

 実は二十一歳→二十二歳(設定誕生日1月1日)

 

 コンセプトは「やる気のないラスボス」。神殺しという人生の目標を達成してしまったことにより、燃え尽き症候群。

 本人の意志はともかく、第一位を討伐した能力と、人界守護を生業とする社の守人として、よく世界の危機にかり出される。

 

 英雄という世間の評価に反して、当人は神殺しに伴う自負はあれど、魔族だらけの世界を大いに警戒している。油断したら即殺されると思っている。

 それは幼馴染のアガサ、イリスに対しても無意識に発揮しているが、“まぁこいつらになら殺されても文句はないかな”という認識。

 

 幼年期からずっと神を殺すことしか考えてなかったので、対人関係も「殺すか殺されるか」「まだ殺されない関係、殺さない関係=協力関係」として見ている側面がある。

 育てられた相手が感情を解さない機械人形だったため、きちんと話と感情が通じる相手は(悪人だろうと)一定の親しみを感じる。

 

 友情、恋愛感情については過去の娯楽作品を通して仮想的に理解しており、本人の中ではざっくり「友人かも?」「知人」「赤の他人」「誰」みたいな境界線はある。

 アガサ、イリスに関しては「幼馴染」「なんか面白い奴ら」認識。

 

 自分の人生の観測者は自分だけでいいという交流非推奨派。

 社会マナーとしてコミュ能力を習得してはいるが、生来、社会にも他人にも疎外感しかないため、仕事抜きで能動的に関わることは滅多にない。

 ひっそり生き延びてひっそり死ぬのが当面の人生目標。職業柄、果たして彼のささやかな願いが叶うかは怪しいところ。

 

 完全に生まれる種族を間違えた、地上最後の人間。

 

〈第二章完走時点 討伐戦績〉

「終末神ラグナロク」 評価:S

 実力で完全討伐。詳細不明。

 

「境界竜イグドラシア」 評価:A

 王国との共同作戦、本決戦では第三位と炎竜を使って効率的な討伐完了。

 また、忘却波によって自分の手札(人理兵装、【新月の理】、剣術・弓術関連)を大多数に知られずに済んだのも大加点。(覚えている現地人が発生したため、やや失点)

 

「龍神の仔」 評価:B+

 終始、人理兵装と理論+剣術のみで蹂躙。

 縛りプレイになったのは、下手に技を見せると相手に高速で学習・対応されてしまうためである。

 更に戦う後ろではイリス&提督とかいう、観察大好きな錬金術師という脅威がいたため、少ない手札で追い込んだのは高評価。それでも総合評価が低めなのは「懐旧魔法」の貢献が大きいため。

 

 

火楽(かぐら) 赤桜(アガサ)/軍部登録名:アガサ・レーヴェルシュタイン】

 規格:メインヒロイン

 人類脅威度:B

 主武装:略式黒銃、漆黒指揮刀

 主な能力:観識眼、『黒の万象』、“逆行輪廻”

 魔力属性:闇属性(悪魔は基本コレ)

 天敵:紅蓮朔空、提督ギルトロア(どちらも作戦チャートを破壊する筆頭)、魔法使い全般

 宿敵:火楽祈朱、粛()の魔法使い

 悪魔の真名:【狂気(マッドネス)

 備考:使い魔っぽいのが欲しい今日この頃。

 

 好むもの:金、素材

 苦手なもの:前世の因縁関係

 趣味:生きること/鏖殺・虐殺・殲滅(対神獣・超抜存在の眷属のみ)

 

<保有する理>

【煉獄の理】→【狂気の理】 詳細不明。

 

 本作のメインヒロイン。

 黒髪ポニーテール、赤目の美少女。二十一歳。

 火楽家の末裔。悪魔と人間のハーフ。

 

 火楽家の儀式により、一度その人格は廃人と化した。現在の彼女は新たに再構築した人格であり、彼女自身もそれを自覚している。

 魔眼「観識眼」は生まれつきのもの。指揮能力はやしろさんから教育されたもの。錬金術は学院で培ったもの。射撃は軍で習得したもの。日々学習中。

 

 入軍理由は錬金術の資金稼ぎ。苛烈な終末戦争を経て、人類軍の保有する部隊で唯一、「全員生存」を成し遂げた伝説的な指揮官。前世に関しては一応軍の機密扱いだが、戦場を共にした大体の兵士は知ってる暗黙の常識扱い。

 

 

火楽(かぐら) 祈朱(イリス)/学院登録名:イリス・ノーヴェルシュタイン】

 規格:真ヒロイン

 人類脅威度:A+++(極めて危険だが文明へのリターンも高い)

 主武装:白拳銃

 主な能力:『白の万象』、転生学識

 魔力属性:測定していない

 天敵:終末神、紅蓮朔空、魔法使い全般

 宿敵:火楽赤桜

 悪魔の真名:【(ライ)

 備考:弟子が三人いる。

 

 得意なこと:錬金術

 苦手なこと:ジャンケン(作中最弱)

 好きなもの:グレン、弟子

 嫌いなもの:姉

 

 実姉から一言:「こいつの視点で錬金術みたら常識狂うぞ。ここまで便利に使ってんの合法チートだからな?」

 

 白髪赤目短パン白羽織の天才ショタ。生まれる時代を間違えた次世代型の錬金術師。十八歳。

 全ての前世の知識を引き継いだ転生者。

 悪魔と人間のハーフ。火楽家の末裔。

 真名を【嘘の悪魔】。嘘をついたことがない、他人を騙したことがない人物は、彼を観ることができない。

 

 また、【嘘の理】とは封社やしろによる仮称。イリスという存在を理解しきれていないために起きた呼称バグのようなもの。

 イリスが持つのは【虚構の理】で相違ない。

 

<保有する理>

【祝福の理】→【虚構の理】

 あらゆるものを虚構にする理。

 自発的な顕現時と、死亡時による自動発動とで効果が異なる。以下は後者による理の解説。

 

「イリス死亡時」

 イリスの演算能力が届く範囲での、虚構世界が展開される。

 虚構世界に閉じ込められた対象は「プレイヤー」。演算が終わるまで、夢の世界を体験する感じ。

 ただし演算中にイリスを殺せば、世界がリセットされ、再度展開される。

 これを繰り返すと、虚構世界の無限ループが発生する。

 

 終わるためには、イリスを殺さずに世界の演算終了を待つ他ない。演算が終わった後、終わらせるかもイリスの自由意志。気に入らない相手なら、永遠に虚構世界を体験し続けさせることも可能。

 ただしループはイリスも相当に脳が疲労する。理を解いた後、しばらく錬金術はまともに使えないデメリットがある。

 

 だが、これが通じない相手もおり、筆頭が「嘘と現実の差異が分からない」機械と提督である。

 なので演算の産物であったとしても、出来のいいイリスの頭は、しっかりとその本質までも「仮想演算」してしまい、提督なんかは自由意志を持って勝手に動き始める(自分がNPCだと理解しない)。

 

 

封社(ふうしゃ)やしろ】

 規格:道具

 人類脅威度:0

 主武装:封社・零式レーギャルン

 主な能力:未来演算、現実改変術式、現実修復術式、記録再演術式、etc…

 稼働期間:五十年

 天敵:天空の科学者

 宿敵:-

 備考:耐久値が一定以下になると自爆モードが起動する。製作者いわく、浪漫だとか。

 

 白髪メカクレ着物無機物系美女。

 完全であり不変。あらゆる生命に従属し、人間の指示にのみ従う。

 自意識も自我も生まれることはない、完璧なる機械人形。

 作中最強格。能力は早い話が現実改変系。

 天才たる何者かが遺した、最後の作品である。

 

 普段は境内から出てくることはない。外へ赴く場合は、過去に境内で従事し、活動期間を終了した過去の複製体を修理し、端末として送り出す。

 

 

《第一章 主要人物》

 

【ヴァン・トワイライト】

 規格:王道主人公

 人類脅威度:E

 主武装:九番目の人理兵装オートクレール

 主な能力:基本魔術全般、結界魔術、それに伴う万物消滅術式

 魔力属性:境界属性

 天敵:紅蓮朔空、魔法使い全般

 備考:絵心がない。

 

 好きなもの:オートクレール、結界術

 嫌いなもの:遺生物

 好きなタイプのゲーム:RPG

 憧れの偉人:エディンバルト

 

 黒髪黒目、無精ひげの中年男性。三十七歳。

 黄昏家の末裔。聖人ザカリーの子孫。魔族と人間のハーフ。

 善人かつお人よし。ただし魔剣狂い。右腕が義手。

 アルクス大陸の諸外国では、生きる伝説として有名。

 

 聖騎士エディンバルトを目標に鍛えてきた大魔術師の子孫。なんかおかしい。

 騎士としての才能あり、魔術師としてはいわずもがな。紛れもなくアルクス大陸の英傑が一人。

 お人好しな人柄、場数を踏んできた真っ当な善人。見た目は映画で開始三秒で死にそうなおっさんのイメージ。

 

 唯一の欠点といえばオートクレールに魅了されている点であり、オートクレールがからむと狂人になる。なんで、オートクレールが折れた後はどこか騎士としても折れて、真っ当な魔術師人生を歩もうとしていた。

 

 

【ジェスター・トゥルギア】

 規格:医者

 人類脅威度:X(不定)

 主武装:なし(適宜、その辺にあるもの)

 主な能力:生き延びること

 魔力属性:時間属性

 天敵:紅蓮朔空、封社やしろ

 備考:誰がどうみても善良な医者にしか見えない

 

 好きなもの:眼鏡

 嫌いなもの:魔法使い

 怖いもの:上司

 特技:運がいいこと

 種族:不明

 得意ゲーム:TRPG

 

 緑髪緑目眼鏡白衣の青年。年齢不詳。

 帝国所属の科学者。なぜか割となんでも知っている。

 助手たちとは仲良し。

 

 胡散臭い言動のマッドサイエンティスト疑惑のある普通の名医。

 なおマッドとしての才能はある理由で死滅している。結果、「怪しいだけの善良医者」となっている。

 

 本人いわく、ある違法実験場生まれの生命体を公言している。始祖竜の何気ないパンチを素で受け止めきれるだけの身体強度があるらしい。

 また作中においては、なぜか兵装保有者であるサクラやヴァンを差し置いて、第四位の眷属が優先して彼に攻撃しにかかっているなどの謎の現象が起きている。

 

 

本人から一言「実は予備の眼鏡を常備しているんだよ!!」

 

 

《第二章 主要人物》

 

【ギルトロア・アドミラル・アルス・マグナ】

 規格:レイドボス

 人類脅威度:EX(早く誰か討伐しろ)

 主武装:錬金術、戦艦工房ベルヴェルク

 主な能力:右目(青)『観測眼』、左目(黄金)『天空眼』

 魔力属性:神気(自己改造で生成できるようにした)

 天敵:ヴァン・トワイライト

 宿敵:テオフラトゥス・ヴィストゥーシュ・アルガストラス

 運命(人工):テレーゼ

 備考:元の肉体の不便さに、ギルトロアは自力で肉体を再錬成し、人間をやめて、種族的には「妖鬼種」「悪魔種」「精霊種」「永命種」の血を持つ。オレが考えた最強のオレ。

 

 好きなもの:破壊、嫁、火力

 嫌いなもの:オレより火力が上の奴

 好きなこと:破壊行為全般、創造行為全般

 嫌いなこと:社会奉仕、利他的行動、鉄板の善行

 

簡易経歴:誕生→学習→軍属→自国を滅ぼす→時代のラスボス→敗北→野生のレイドボス(現在)

 

 ラスボス体質。サクラが主人公なのでラスボスにならない枠。

 破壊が趣味。他には自分の創作物しか愛せない性質。

 感情を持たず、ただ破壊を好む超危険存在。

 現行の破壊魔な人格すら、外界情報から「算出」「錬成」したツールに過ぎず、その本質は本能として破壊を好む虫に近い。

 ただし、「創造」の象徴として錬成した“理想の嫁テレーゼ”に対しては真っ当な愛情がある、らしい。たぶん。おそらく。

 

 

【テレーゼ】

 規格:魔砲少女

 人類脅威度:Z~S

 主武装:六番目の人理兵装ジャガーノート

 主な能力:神気生成の永久機関、人間以外の人型・異形・電脳体への変身能力

 魔力属性:神気

 天敵:魔人

 備考:六段階の変身モードがある。

 

 好きなもの:ギルトロア全般。楽しんでる提督、苦しんでる提督、全ての提督

 嫌いなもの:遊びのない被造物

 好きなタイプのゲーム:ビジュアルノベルゲーム

 

 ラグナ大陸最高傑作の決戦兵器YOME。

 遺伝子・細胞から新しく錬成された、事実上の新人類であり、完全人造生命体。

 ギルトロアの作った「完璧な」人造人間の上、寿命は主人と連動している。

 主人が死ぬとき、同時に死ぬ。またこの性質は、戦艦工房も同じである。

 

 破壊活動などの危険面ではギルトロアの奇抜さが目立つが、テレーゼの方もそんな提督の「理想」なだけあって、突発的に提督さえも振り落としかねないアクションを起こすときがある。

 アクティブガール・テレーゼ。

 

 テレーゼの初期設計は、「六番目のレリック使用者」であり、本来テレーゼは六番レリックを扱うためだけの生物兵器の予定だった。が、そこでアイデアが足りないと思った提督、「そうだ、理想の嫁を創ろう」と思いつく。結果、現在のテレーゼが生まれた。

 

 

久遠(くおん) 桐架(キリカ)

 規格:隣の席のクラスメート

 人類脅威度:E

 主武装:錬金術、列車工房

 主な能力:サクラと打ち合える程度の剣術(ただし持久力がない)

 天敵:祈代景彰

 備考:症例・解析眼は体質。常、膨大な情報量が彼女を襲う。

 

<保有する理>

【重力の理】 重力を操る理。

 

 久遠家の末裔。大体なんでも分かってしまう解説殺しでもある。

 統括長テオフラトゥスの義理の娘。お嬢様。

 誰とでも仲良くなれるが誰からも警戒されてしまう。

 「なんでも分かる」体質なので当然世の中の金の流れも分かる。それを利用し、終末戦争中、唯一国以外に興ろうとした小国三つを裏で財政難で滅ぼしたことがある。通称、国殺し。

 

 

【カリオストロ・ルージュシュタイン(コードネーム:Rod)】

 規格:悪党

 人類脅威度:A~D(所属陣営によって変動。人類軍所属の現在はD。)

 主武装:杖状の携帯工房

 主な能力:生き延びるための処世術

 天敵:彼より強い者全て

 備考:悪魔、信用するなダメゼッタイ

 

 好きなもの:音楽と紅茶

 嫌いなもの:自分の命を脅かす存在全て

 

 無名の悪魔とかいう雑魚中の雑魚が数千年生きた結果。

 錬金術の専門は精神。気質、人格、能力共に人類脅威度は軽くSに到達するが、D止まりなのは「悪行に飽きてるから」である。最近は若者をからかうのが愉しい好々爺。

 ただし根っこの邪悪性は変わらない様子。

 

 

【魔王ルシファー】

 規格:魔王/超抜存在/異界存在

 人類脅威度:B/第十位/Z

 主武装:魔王城パンデモニウム

 主な能力:企業運営能力

 天敵:紅蓮朔空、火楽祈朱、聖人全般

 備考:頼れる我らがオーナー!(魔王軍総意)

 

 金髪碧眼の角持ち貴族っぽい風貌の青年。

 魔境の異端児。真っ当な魔王を目指して活動する魔王城経営者。

 

・魔王形態:単純な魔力放出で暴れるだけで、上級を含む魔物を蹂躙可能。

 

・超抜存在:イリスとかいう初手例外に当たらなければ順調な侵略活動が可能だった。

 

・異界存在:大気や自然現象を掴んで叩きつけるなど、「この世界」そのものを武器にして戦い始める。世界を滅ぼしながら暴れる侵略者。誰か神子連れてこい案件。カルタフィルスとかいう真面目な人が担当してくれたおかげでなんとかなったらしい。

 

 

【魔法使いストーリーテラー】

 規格:表舞台に出てこない一般強者

 人類脅威度:Σ(測定外)

 魔法:懐旧

 備考:獣貌の魔法使い。コミュニケーション下手だが友人を大事にする派。魔法使いの中でもまだ有情なほう。

 

<使い魔>

「カドの煙狼:ギュスターヴ」

 黒い大型の狼。モフモフ。

 姿形は変幻自在。存在の格としては本来、上位存在にも匹敵するが、使い魔化しているので基本出力には制限がかかっている。また、やしろさんの視界に映らない。

 清浄なものを嫌う。だが神に支配されていたラグナ大陸に適応したので、神聖にはある程度耐性あり。それでも人理兵装、聖人、神の類は嫌う。悪魔を始めとし、悪性を持つものに懐くが、イリスは嘘くさかったのでお気に召さなかった。

 

 なおイリスに叩き返された経緯→「ルシファーに体を貸す→術式当たる→黒狼の意識(精神体)が魔法使いの元へ送り返される→ルシファーが元の体に戻った後、遅れて体が回収される」

 終盤の際には拗ねて出てこなかった。

 

「水獣リヴァイアサン」

 二体ほど飼っている。

 

<召喚物>

「Archery Lot」

 とある弓使い。紅蓮朔空を触媒とすることでのみ召喚可能。

 生前は都合1万年ほど他人と話していなかったので、「自分に話しかけてくる存在」=「面白い」というガバ判定だとか。

 

 

祈代(きしろ) 景彰(カゲアキ)

 規格:後輩

 人類脅威度:D

 主武装:星図・完全式8toile(エトワール)

 趣味:ソシャゲ課金とガチャ

 天敵:紅蓮朔空

 備考:異世界人

 

 金髪銀目の学生服フードの少年。十六歳。

 祈代家の末裔。理持ちだがこの世界では発揮できない。

 実家とは折り合いが悪く、異世界にまで来てホームステイしているバイト学生。

 年上の人間のことは「先輩」と呼び、魔族はたとえ何歳だろうと「後輩」と呼ぶ。

 

 

《上位存在まとめ》

 

【炎竜エリュンディウス/リュエ】

 規格:始祖竜(?)

 人類脅威度:A

 人類貢献度:D

 主な能力:万象言語、偽言看破、聖火咆哮

 天敵:紅蓮朔空、始祖人類、超抜存在、聖人、精霊の血筋の者

 備考:上位存在は何も忘れないはずだが、何かを忘れているらしい。

 

 好きなもの:自分に逆らうもの

 嫌いなもの:自分を軽んじるもの

 

 赤い鱗を持つ竜。炎、武勇、智慧を司るという。

 人型形態になると赤髪金眼の少女体となる。なおリュエ自身に性別はない。

 

 サクラとアガサを庇って次元の虚へ飛び込み、次元を移動した際の影響で魔力を大幅に消耗した。

 だが上位存在なので「次元移動」程度で魔力を消耗することはありえず、遺跡で目覚めた時から、何らかの要因によって元から魔力が大幅に消耗していた可能性がある。

 

 火精霊(サラマンダー)の長に創られた始祖竜。精霊の血筋の者には気弱になる。

 

<近況>

 最近、逆鱗がぞわっとする存在を一瞬だけ感知したらしい。

 

 

【地竜ロヴァルグラン】

 規格:始祖竜

 人類脅威度:E

 人類貢献度:A+++

 主な能力:万象言語、偽言看破、座標履歴探知、物質創造、地上操作、万象均衡保持

 天敵:紅蓮朔空、始祖人類、超抜存在、聖人、地精霊の長

 宿敵:とある聖人

 備考:真っ当な上位存在。付き合い方を大きく間違わなければ人類と共生できる。

 

 好きなもの:鳥の鳴き声、草の匂い

 苦手なもの:青空、現在の炎竜

 嫌いなもの:悪意

 

 地、存在、再生を司る始祖竜。人型形態は長い金髪と金目の青年。

 地精霊(ノーム)の長に創られた始祖竜。

 ザカリー、エディンバルト両名には謝意と謝罪を言いたい。

 

<近況>

 最近、懐かしい気配を一瞬だけ察知したらしい。

 

 

《超抜存在まとめ》

 

【序列・第一位 終末神ラグナロク】

 規格:超抜存在

 人類脅威度:第一位

 主な能力:【黄昏の理】、神獣生成、大選別、精神洗脳etc……

 天敵:兵装保有者、神聖武装保有者、人間種

 宿敵:紅蓮朔空

 拠点:ラグナ大陸全域

 備考:紅蓮朔空によって討伐済み。

 

【序列・第二位】 No Data.

 

【序列・第三位 大悪魔ルナティック】

 規格:超抜存在

 人類脅威度:第三位

 主な能力:独立式人理結界、冥界侵蝕、【狂気の理】

 天敵:兵装保有者

 宿敵:粛正の魔法使い

 拠点:アルクス大陸・冥界メインフェトゥルス(深海)

 備考:火楽赤桜の前世。一番初めに斃れた超抜存在。

 

【序列・第四位 境界竜イグドラシア】

 規格:超抜存在

 人類脅威度:第四位

 主な能力:人理結界、眷属生成、世界仮想演算、異界存在抹殺機構

 天敵:兵装保有者、錬金術師全般

 宿敵:聖人ザカリー、千城騎士エディンバルト

 拠点:アルクス大陸・王国領土

 備考:魔族絶対殺すキラー。もしもラグナ大陸に顕現していたら一年で討伐されていた。

 

 アルクス大陸・ノストシア王国領土に潜んでいた超抜存在。

 人理結界を習得する前(幼体)の時に、ザカリーとエディンバルトの攻撃を受けた影響で弱体化し、作中開始時点で保有する人理結界が4枚しかない。カワイソ。

 また、完全に覚醒した後に開花する能力には、未来や時間軸にさえ干渉する力を発揮する。

 

 その正体は世界樹そのものであり、負の側面。

 地竜ロヴァルグランが守護・管理するはずだった超抜存在だが、世界樹の急激な魔力の減衰によって地竜を養分として取り込み、暴走。

 

 永続的に魔力を収集し続ける、魔族にとっての厄災と化した。

 

<能力一覧>

・「【破滅招くは我が黄昏なり(カタストロフィ・イグドラシア)】」

 対魔族用の理。魔法行使。展開すると魔族は存在を否定され、動けなくなる。強制初手全滅技。

 

・「事象の枝」

 未来演算・現実書き換え。壮大な逃亡技。

 境界竜は「存在」することに執着する。この能力を覚醒させると、己が存在の消失・消滅・死亡に繋がるルートを排除できるようになる。無敵チート。その場合、「どの世界線でも」境界竜が「存在し」、周囲の被害は甚大になるバッドエンドルートを辿る。

 

・「【第七結界】」

 遺生物という眷属を作成する人理結界(フィールド)

 薄青の結晶の怪物。材質は霊結晶。外殻から内部まで純エーテル100%。

 魔力を主食としている。魔族にとっての絶対天敵。

 (コア)が存在し、それを壊すことで機能が停止する。稼働期間が長いと成長し、核を壊しても再生してくるようになる。

 なお遺生物の魔力は「神気」とよばれるエネルギー体で、人類では扱えない属性のない魔力。

 遺生物には稼働寿命があり、100年で停止する。

 

「裏設定」

 実は固体生成時に、あえて少量の「絶魔力」が取り込まれており、どんなに魔力を食っても絶魔力という毒の魔力が、他の属性の魔力を殺し続け、永遠に満たされない魔力の乾きを持っている。この飢餓感が魔力への食欲を増長させており、周囲の魔族にはいい迷惑である。

 

 いくらエーテル純度が高くとも、境界竜という理あってこその存在であるため、同格の【魔術の理】から派生した理論――つまり魔術の攻撃は普通に効く。(というか魔術がないと無理ゲーまである)

 その点、直接「エーテルを操る」錬金術とは非常に相性が悪く、錬金術師にあったがその遺生物の最期。

 強敵ほど長期戦必須だが、これを解決するため、ヴァンが開発したのが「空間の魔力粒子ごと消し飛ばす」という消滅魔術となる。

 

・「【第八結界】」

 騎士エディンバルトを模した自律型人理結界。

 黒鎧のフルプレートに紺色のマント。魔力の放出系統は青と黒の炎。

 喋るが男性の機械音声じみてる。行動理由も極めて機械的。戦士を模しているだけの機械に過ぎない。技のルビ振りが面倒。

 

・「【第九結界】」

 大魔術師ザカリーを模した自律型人理結界。

 紫髪、紫ローブ、紫目。言葉を喋るが脈絡がない。ザカリーという存在の記録をそのまま現出し、本物の彼が生前に放った言葉をそのまま再生し続ける。台詞のルビ振りが面倒。

 

・「【第十結界】」

 最終防衛結界。サクラの「斬神一閃」により破壊された。

 

 

【序列・第五位】 No Data.

 

【序列・第六位 創始錬金術師トリスメギストス】

 規格:超抜存在

 人類脅威度:超抜存在としての役目は放棄している。

 主な能力:錬金術

 天敵:兵装保有者

 宿敵:自分

 拠点:ラグナ大陸・ある鉱山地帯の地下工房

 備考:寿命により死去済み。晩年、やがてギルトロアとなる人造人間を創り出した。

 

【序列・第七位】 No Data.

 

【序列・第八位 戦王ゼルド】

 規格:超抜存在

 人類脅威度:超抜存在としての役目は放棄している。

 主な能力:【宵の理】、大剣一閃(上位存在をおやつのように葬る。)

 天敵:兵装保有者

 宿敵:なし

 拠点:ラグナ大陸・辺境砂漠

 備考:砂漠には 近寄るな !

 

【序列・第九位】 No Data.

 

【序列・第十位 侵略者】

 規格:超抜存在?

 人類脅威度:EX(早期討伐推奨)

 天敵:兵装保有者

 宿敵:カルタフィルス

 拠点:ラグナ大陸・魔境

 備考:討伐済み。正体不明。一体どこの魔王なんだ……

 

 

《人理兵装まとめ》

 

4番「宿刀レイヴァテイン」 担い手:紅蓮朔空

6番「極矢ジャガーノート」 担い手:テレーゼ

8番 担い手:祈代景彰

9番「魔剣オートクレール」 担い手:ヴァン・トワイライト

 

 

《討伐異界存在》

 

【龍神の仔】

 規格:異界侵蝕存在

 人類脅威度:Z

 人類貢献度:END(文明圏に顕現・発生した時点で終わり)

 基本能力:侵蝕本能、侵蝕付与、時空貫通攻撃

 主な能力:万象学習、急速変異、現実改訂、黒翼散布、侵蝕打撃、時空跳躍(未来のみ)

      ※戦闘時間が長引くほど次世代ステージへ進化する。

 天敵:始祖人類、社の守人

 備考:異界から来た龍神ニーズヘッグの眷属、その生き残り。

 

 初めは小さい飛竜だが、進化が早く、通常は三日ほどで人型を獲得する。

 第二章においては封印が解かれた時点で、初期~中段階ほどの進化段階で顕現した。

 無貌の闇人。本編ではシャープな人型形態。黒い翼を持ち、飛行も攻撃も可。

 

 単細胞系統で、細胞分裂で数を増やす。

 が、親元である龍神がいないとスペックも本来より格落ちするので、自ら増加はできず、他の生物を食い、「自分に上書き」することで増やすようになる。

 それ以外では、「親元となる自身」+「端末尖兵である自身」を作って攻勢に出る、というスタイルをとる。

 

<能力>

「時空貫通攻撃」

 あらゆる防御無視攻撃。鳥居でも結界でも防げない。どこにいても、どの座標にも攻撃できる。

 

「侵食本能」

 外界を侵食し、自身のものとする本能を持つ。文字通り、生物……否、現象兵器とでもいうべき存在。

 

「侵蝕付与」

 全ての攻撃にかかっている性質。傷を受けた個所は、斬り落とさない限り治癒不可能な絶死の傷となる。黒い傷跡。ほっとくと徐々に肉体・精神共に捕食されていく。

 

「万象学習」

 常に外界情報を学習する。高水準な知性体を捕食することで進化スピードは加速する。

 赤子状態の人類一人を取り込むとあっという間にその世界の言語を習得、円周率も理解する。

 

「急速変異」

 侵蝕活動に適した形態になる。全10段階。第二章終盤では「有翼人」止まり。

 仔竜→成竜→半人竜→有翼人→竜天使→【侵蝕の理】→暗黒物質→暗黒隕石→暗黒光体(オーロラ)→黒い円盤

 

「現実改訂」

 そこにある事実概念を上書きする。異界存在であるため、世界からの圧力は一切受けない。

 

「黒翼散布」

 黒い鋭刃を射出する。先鋭化させただけの細胞の一部で、時空貫通効果はないが、触ると一瞬で「捕食」される。

 

「侵蝕打撃」

 「有翼人」状態の、触手による単純な攻撃。時空貫通効果あり。その「領域」ごと燃やすか消滅、現実改変で消去、宿刀レイヴァテインなどの絶対焼却効果などで焼き消すのがおすすめ。

 触れるとやっぱり「侵蝕・捕食」される。

 

「時空跳躍(未来のみ)」

 有翼人から「竜天使」へ進化する合間に習得する能力。この時点で半上位存在化。

 ちなみに一秒前でも過去へ飛ぶと、強制的に世界側が「始祖人類」がいた時代へ飛ばす。

 

 

 

<とある科学者の手記1>

 

「現在判明している人理兵装まとめ」

1番 ラグナ大陸の唯一王持ち。

2番 アルクス大陸のどっか。

3番 不明。たぶんアルクスにある。

4番

5番 確保済み。

6番 たぶんラグナに置き去り案件。回収してぇ。

7番 ラグナ大陸の唯一国にある、ハズ。

8番 最後まで使わん。収集外。

9番 アルクス大陸、王国の宮廷騎士が持ってる。適正者案件だから除外。

10番 不明。

 

「現在判明してる超抜存在メモ」

第一位 ラグナ大陸に永遠に引きこもってろ。向こう百年は生存してるはず。

第二位 死んでる。

第三位 死んでる。

第四位 王国自動更地樹。え!? 死んでる!?

第五位 いる。

第六位 死んだ。

第七位 保留。

第八位 ラグナ大陸にいろ案件。

第九位 いる。

第十位 ラグナにいるんじゃね?

 

「現在時点のイレギュラー」

・王国で地竜復活してる。四位が死んだ。

 →至急情報収集。なんで王国滅びてない? 全チャート崩壊危機案件。

 →「主役級」の存在疑惑。

 

・魔法が使われた報告

 →おそらくラグナ大陸。唯一国が超抜存在を倒しにいった? 詳細不明。

 

・炎竜が生きてる

 →なにこれ知らん。怖……

 

「結論」

 ラグナ大陸で「主役級」が発生してる可能性大。

 生きろ終末神

 

「今後の方針」

 最優先で「主役級」の特定・発見と確保・保護。

 あと第三位の転生先発見。

 イレギュラー起きすぎだから4番のレリックも出てくるかも。要警戒。

 

 

記 6003年

 



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第三章
0 /プロローグ前


ぼちぼち投稿してゆきます


 終わらぬ劇はないが、人生ほど長い即興劇はないだろう。

 ましてやそれが百年、千年となるとウンザリするとかいう域ではなく、そろそろ「死」という終点に何が待ち受けているのか楽しみになってくるぐらいだ。

 

 長命種の多くは、もはや死という終わりを夢想して、現世に諦念を抱きながら生きていたりすると聞くものだが。

 

 僕の場合はまぁ、“まだ終わらなくてもいいけど、今じゃなくてもよくないかなー?”という精神を努めて忘れぬよう生きている。

 

 大昔に読んだ本いわく、それが短命種の根底にある思想なのだとか。

 

 たとえその信念が本心でなくとも。

 演じ、騙し、はぐらかし、しかし「核」となる部分は決して見失わなず。

 ──そういう道化芝居(生き方)も、千年と続ければ見ごたえのあるものになるだろう。

 

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 

 斬、と舞う紅蓮があった。

 血の色ではない。布の色。()が着ていた羽織の色だった。

 

 淑やかに降り立つ刀使い。遅れて鈴の音が空気をわずかに震わせた。

 若いが、老練したような空気をまとう異様な青年がいた。

 エルフ……、いや人間の換算でいくと二十代。髪の色もまた特徴的で、滲んだような紅藤色だ。肩にかかるくらいのハーフアップに、生物学的な区別をつかせない中性さ。

 

 この時、瞬間的に僕は彼への第一印象を決定した。

 

 主人公(ヒーロー)だ、と。

 

 舞台の中心。軸と軸の交差点。撮影機のピントが合うところ。

 この世のメインは彼だ、と。

 なんの根拠もなく、この考えに至るための前提知識すらなく、直感が確信した。

 

 そして幸か不幸か。

 僕の「直感」というものは、この千年の時間(じんせい)の中で、一度たりとも外れたことがなかった。

 

   ◆

 

「ジェスターって、医者の前は何やってたんだ?」

 

 ──サクラ君たちが王国にやってきて数日。

 彼の「魔導炉」……魔力を作る器官の治療術式を構築するため、相手が“患者”としてやってくるようになって、しばらく。

 

 これといった用もないのに研究室にやってきて、僕がこっそり棚奥に隠していたお菓子をばりばり食べながら、紅蓮の侵略者はまた唐突に訊いてきた。

 

 お菓子はまぁいい。僕の隠し方が甘かった。

 超絶フランクに来るようになったのも、まぁいい。助手たちとすごい仲良くなってるし。

 

 問題は。彼が来ることによって、また僕がなにか企んでるじゃないかー、とか、異邦者をそそのかして何をしでかす気なんだ……、なんて。

 そういった王国側からの冷た~い視線をいただく数が増えてきている、寒々しい現状だ。

 

 まあ、ぶっちゃけ僕にとっては怪しまれるなんていつもの事なんで、どうでもいいが。

 

「僕の過去編に興味がおありかい? どっちかってゆーと、君の来歴の方が価値あると思うけど」

 

 よいしょっと、と彼の座るテーブル席の対面側に腰を下ろし、残っていた焼き菓子を頂戴する。

 

「たかが二十数年、味気ないぞ。神殺して積みゲー消化して仕事して……だらだら生きてるだけだ。生産性の欠片もない」

 

「……君って、ゲームやるの……」

 

 意外だ。意外すぎる。てっきり、万年戦闘業務、休日の二文字なんてありません、世界のためにタダ働き万歳、って感じかと思ってた。

 

「貴重な休日だぞ。ゲーム以外にやることがあるのか?」

 

「なんだか矛盾してるような気がするけど……まぁいっか。人生の過ごし方は人それぞれだし」

 

「お前、千年生きているという噂は本当なのか?」

 

 んー、と僕は次のお菓子を口に運びながら考える。

 なんて言ったものかなあ、という表情を作り、仕草をし、菓子を飲み込んで、言葉を口にする。

 

「半々。曖昧だね。ぶっちゃけ、どこからが人生の始まりかを、もう僕は覚えていないし、定義する気もないから」

 

「うわー……長命種らしーい……」

 

「長く生きてきたのは事実だよ。仕事も色んなのをやってきたし。ほとんど網羅してる自信があるから、職種ごとにバイトのコツを教えてあげてもいいよ?」

 

「いや俺、基本働きたくないから。仕事とか人生の無駄」

 

「この世で一番言っちゃいけない人が言っている気がする……!」

 

 彼の本業は神子。人界守護という、一種の裏方仕事だそうだ。

 ……人界、なんてスケールが違う。やっぱこんなトコで遭難してる場合じゃないって君。()()()()()()()()()とか来ちゃったらどーするのさ?

 

「……?」

 

 ? なんか今、ヘンな思考が混ざったような。まぁいっか。

 

「ジェスターって、両親とかは?」

 

「あー、いないいない。僕って実験所生まれなの。細胞からチューニングされた違法実験体だったから」

 

「ふーん。高性能なんだな」

 

「……、」

 

 いかん。

 あまりにもさらっとした返答に、一瞬フリーズしてしまった。

 

「え、なに? なんで高性能? そこって普通、もうちょっと驚いてくれるところじゃあ……」

 

「人造生命はラグナ大陸では珍しくないぞ。法に則っていれば、()()()()()()()だしな。錬金術師自体、自分の身体や細胞や存在規格や、好き勝手いじり放題な倫理あぼーんな連中だし……」

 

「──なんと」

 

「むしろ昨今は、被造物の方が造物主側を軽視する流れもあるらしい。“我ら完璧にして完全体。むしろ究極。不完全体の人類いらねーのでは?”とかな」

 

「わあ……」

 

 ちょっと進みすぎてついていけない世界観だ。時代の流れが速すぎ……いや違いすぎだ。

 ……凄いな、ラグナ大陸。一度でいいから、ちょっと覗いてみたいかもだ。

 

「だが、大抵の人造生命は長持ちしない……長生きしない。長命の例だって、基本は永命種(エルフ)妖鬼種(フェアリー)の遺伝子が組み込まれる。お前みたいに、そのどっちでもないのに長生きする例は稀有だな」

 

「フェアリーって?」

 

「種類がいすぎて、ざっくり分類されている魔族の一つだ。別名、再生族。この種族は身体に再生能力があって、中々死なない。吸血鬼もこれに当たる」

 

 ──。

 ちょ、待って。マジで凄いぞラグナ大陸。そんな魔族、こっちにはいない──むしろ……

 

「ほ、他には? 他にはどんな魔族がいるんだいッ!?」

 

「いつの間にか説明する立場が逆転してたな……いや、これも対価か」

 

 珈琲を飲んでから、彼は続けてくれる。

 

「ラグナ大陸の魔族は主に七つ。『悪魔種(グリム)』、『精霊種(ルーツ)』、『永命種(エルフ)』、『土鉱種(ドワーフ)』、『妖鬼種(フェアリー)』、『獣血種(ビースト)』、『亜人種(マギア)』だ。他の知性体は……絶滅した人間、宙に隠居した神霊種、後は──幻の天使族、だな」

 

「テンシ?」

 

「エンジェル、とも言うらしい。背中から羽を生やした人型……あとは頭上に光輪がある想像図を見たことがある」

 

「絶滅したのかい?」

 

「太古の時代にはいた、らしい。超抜存在の一つだとか、そもそも生息域が()()()()だったとか……俺も詳しくは知らない」

 

「ほうほう」

 

「もっと架空寄りの種族となると、有名どころは『魔人』だな」

 

「──」

 

 おっと。

 一瞬、目が泳がないよう意識する。

 それってマジで?

 

「それは、どういう種族なの?」

 

「現実にはいない種だ。理想のハイパー魔族、みたいな。永命種(エルフ)のように長命、土鉱種(ドワーフ)のように頑強、精霊種(ルーツ)のように魔力が高く、悪魔種(グリム)のように狡猾、妖鬼種(フェアリー)のような無限の再生能力を持ち、獣血種(ビースト)のような敏捷性、亜人種(マギア)とは比にならない圧倒的強さ──」

 

 あとは、

 

「……人間のように死なず、繁殖の必要がなく、社会すら不要で、単独で完結し切っている種族──かな」

 

 絵空事だろう? とサクラ君は新しい菓子箱を開けていく。

 僕は、うーん、と脳内だけで、次に言おうかと思った言葉を呟いてみる。

 

 ──それ。もしかしたら僕かも。

 

 …………なーんてね。ははははは!!

 

   ◆

 

 サクラ君が帰った後。

 後片づけの中、僕は菓子箱の鋭い箇所を指でなぞる。

 

 皮膚が切れ、毛細血管が傷ついて。

 ()()()が流れ出し──一秒としない内に、消え去った。

 

 傷跡も血の痕跡もなし。痛みすら感じない。

 

「……、」

 

“──再生能力、S。素晴らしい。最高傑作候補だ”

 

 脳裏で、初めに聞いた声が再生される。

 あれはズタズタに胴体を切り裂く実験だっただろうか?

 生まれて初めての感覚に、絶叫することすら知らず。

 わけの分からない賞賛を受けて、ようやく世界というものを認識した。

 

「……魔人、ねぇ……」

 

 声に乗る感情はなく。

 千年生きて、ようやく判明したかもしれない己の正体に、感慨もなく。

 

 とりあえず今は、この事実に蓋をしておこう、と。

 

 空になった金属製の菓子箱を両手で挟んで折り畳み、ゴミ箱へと投げ捨てた。

 



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01 災厄の開幕

 今日も今日とて仕事の合間に居眠りしてたら頭をはたかれた。

 

「イデッ」

 

 机に突っ伏していた状態から、のそりと起き上がる。

 頭をさすりながら見上げると、そこには見知った顔が一人。

 

「給料差し引くぞ、ジェスター」

 

「居眠り程度で厳しすぎるよアレウス君。僕ぁここしばらく寝れてないの、夜勤出張が多かったから。こんな帝国一の働き者になんて仕打ちだい!?」

 

「そのフザけたクソみてぇな態度を改めたら待遇改善も検討するよ」

 

 ドスの効いたひっくい声で言われてもね。

 僕の後ろに立っていたのは白衣の男アレウス──アレウス・ヴェルヴ科学長。銀髪銀目の中年男、僕よりも眠れてなさそうな青白い顔色が特徴的な、僕の上司にあたるお人である。

 

「お前の出張が決まった。明日(みょうじつ)、西側最果てに行け。急ぎでな」

 

「依頼人は?」

 

()()使()()だ」

 

 あーね、と適当に返事しながら頭の中で西側のカルテリストをチェックする。

 

「あの辺って……エグレイシス伯の領地だっけ? 遂にご病気に?」

 

「いや、患者はその後継ぎだ。話によれば、近隣の医者には診せたらしいが原因不明だと」

 

 通話越しに容体を聞いておいてくれたのか、問診表を渡される。

 ぱっと隅々まで目を通したところ、はいはいはいと病名が頭に浮かんだ。

 

「『炉心病』かな。魔族がかかる風邪の一種だね。魔力炉心が軽く暴走して、本来の生成魔力量に身体が追いつけなくなってるんだろう。うん、悪化する前に診にいった方がいいねー」

 

「……どうやって病名を導き出した? その資料にある情報は、ほとんど風邪と同じような症状しかないはずだ。魔力に関することなんてこれっぽちも書いていない」

 

「そりゃあ、直感だよ。直感」

 

「……本当になんの超能力だ?」

 

「さぁねぇ。僕が知りたいくらいさ。でも人の役に立ってるんだからいいだろう?」

 

「チッ」

 

 ギロ、と鋭い眼光で睨まれる。おー、こわ。

 有能な部下に対して酷い言い草ダナー、と言いかけたけど、言ったらもう一度はたかれる予感がしたので黙っておいた。

 

「向こうも魔法使いなんだから、魔法でちゃちゃっと治療できないものかね」

 

「そりゃ無理だよ。魔法使いの使える魔法は一人につき一つきりだ。『治療』に特化した魔法使いじゃないなら、目の前に重病人がいても手の施しようがない。常人と同じさ」

 

「なんでそんなどうでもいいことまで知っている?」

 

「これでも長生きだからねぇー」

 

 ハハハハハ、と笑っているとゴミを見るような目を向けられた。

 チ、二度目の舌打ちまで頂いて、アレウス科学長は白衣を翻す。

 

「お前と話していると気が悪くなる。さっさと転職するか個人病院でも開け」

 

「えぇー? やだよ、科学機関ってお給料いいし。優しい上司と部下にも恵まれているし!」

 

「死ね」

 

 シンプルな捨て台詞を吐いてアレウス君は部屋を出て行ってしまった。

 もしかすると彼にかかる疲労の一環は僕にもあるのかもしれない……ちょっと申し訳なくなった午前のことだった。

 

     ◆

 

「……なんで急ぎなのに出張が明日なのかと思ってたけど、そっか。今日は国葬式だったねぇ」

 

 薬の材料の買い出しに街に出ると、大通りには厳かな音楽が響いていた。

 貴族庶民に関わらず、市民が集まって、中央の道を進む棺桶に祈りを捧げている。その後ろには黒装束をまとった皇族勢も付いており、中々に壮観だ。

 

 王国での大決戦が三か月前。

 帝国の前皇帝が崩御したのが一か月前。

 で、今日が皇帝の葬儀ときた。ここ最近は時の流れが早い早い。

 

 ま、トップが変わろうとも僕の仕事は変わらないわけだが。

 

「次の皇帝は誰になるかなぁ」

 

「──メルクリウス様かエレミア様だろうな。ファルゼン様はお身体が悪いと聞く」

 

 誰に向けたものでもなかった呟きの返答は、柱の陰から聞こえた。

 そこにはパイプをくわえたご老体。葬儀を見に来た市民の一人だろう。

 

「皇女様姉妹かぁ。また帝国城は陰謀で忙しくなりそうだねぇ」

 

「いつも通りとはいかんだろう。メルクリウス様が筆頭候補にのぼる以上、苛烈な継承権争いが始まるぞ」

 

「なんだいお爺さん、第一皇女様のこと、知ってるの?」

 

 パイプから口を離し、こちらにも、葬儀の列にも目を向けないまま、老人は煙を吐き出す。

 

「……結局のところ、私は見ていることしかできなかった。大帝国が亡んだ後、気まぐれに孤児院を開いたが、その家族ごっこが、いつしか昔日の忠義よりも、重くなっていることに気が付いた……」

 

 老人はそこで話を止めた。いや、終わった。

 彼の人生は、今のたった数秒の言葉だけが、全てだったのだろう。

 

「お前の仕事もこれで最後だ。──命令は憶えているな」

 

 その瞬間、枯れ木のようだった老人の声は鉄のように力強いものに変わっていた。

 

「もはや私にできることはない。後は好きにしろ。……長らく、世話になったな」

 

「……、」

 

 老人と僕は、知り合いといえば知り合いだった。

 大帝国がまだこの大陸を支配していた時代。その時の仕事仲間だ。

 ならば今の彼に、僕がかけられる言葉は一つである。

 

「隠居しなよ、ウォルター」

 

 老兵はもう舞台には要らない。

 それを言うなら、僕だって例外じゃないわけだけど。

 

「あっれ、ジェスター先生じゃーん!」

 

 と。

 葬儀の列が道の向こうに見えなくなった頃、子供の声がした。

 振り返ると、見覚えのある少年少女が三人。臨時講師で行ったことのある学校の生徒たちだ。

 

「おや、ミラ君にカイル君にトルス君。こんな時間に下校なんて、居残りだったのかい?」

 

「いや、違うし!」

 

「もう落ちこぼれじゃないですよ俺ら! ジェスター先生のおかげで!」

 

「陛下のお葬式に参列しに来たんですけど、まだ間に合いますかね……?」

 

 あ、道理で三人とも黒服で。まだみんな十歳だろうに、目上に敬意があるなぁ。

 

「っていうかジェスター先生はなんで白衣なんですか。科学者じゃなかったの?」

 

「僕は常に仕事に追われている身だからね。お葬式に参加したくても、そんな暇ないのさ。次の患者さんが待っているからね!」

 

「不敬者ってやつ? でもジェスター先生らしいっすね」

 

「もしかして先生って『革命軍』希望者だったの……?」

 

「革命軍?」

 

 はて、と首を傾げてみせると、情報通のトルス君が眼鏡を光らせて教えてくれる。

 

「最近、活発化してる団体の一つですよ。竜翼騎士団とにらみ合ってるって噂の、『銀の黎明団』! ホラ、元竜翼騎士団の団長も入ったって話の……!」

 

 竜翼騎士団、とは帝国軍に属する部隊の一つだ。王国でいう騎士団ポジションの花形である。さっきの葬列にも、警備兵として参加していたっけ。

 

「あれってテロリストなんじゃなかったっけ? よく知らないけどさ」

 

「なんにせよ先生は無関係でしょ。虫も殺せないじゃんこの人。教室にハエが入ってきた時の慌てっぷり、私覚えてるよ?」

 

「帝国一の雑魚キャラだよねジェスター先生って。まぁ、実は裏で殺し屋とかやってても別に驚かないうさん臭さだけど」

 

「そこまで言われることあるかなァッ!?」

 

 最近の若人はド辛辣すぎるッ! てか、そう言いながらも割と僕には懐いてるじゃないか君たちっ!

 

「まぁ、私は好きですよ、ジェスター先生みたいな人。謎めいてて」

 

「先生のこと知ってると他の大人が割とまともなんだなぁ、って思えるよね」

 

「反面教師を具現したような人格だよねー。友だちいるんですか?」

 

「い、いるよぉ! 一応……たぶん……」

 

 口先で言いつつ、脳裏に浮かぶのはなんも考えてなさそうな顔の紅蓮羽織の彼だ。

 友人……まぁ……彼もいるのか分からない退廃的な性格してるけど……

 

「……とにかく。えーと、革命軍っていうのは近寄らない方が無難だよ。ああいう団体は多く見てきたけど、大抵は誰にでも容赦ないからね」

 

「それは分かりましたけど……ジェスター先生、ぶっちゃけ何歳なんですか……?」

 

「おや、見て分からないかい? 二十八歳のお兄さんだよ!」

 

「エルフの人が言いそうなジョークセンスだ……」

 

「五百歳くらいかな……」

 

 ジョーク一つで年齢推測を受ける世の中! 長命者には苦しい社会だ……!

 

「──────、ん」

 

 その時、なにか“嫌な感じ”がした。

 周囲は至って平穏。葬列が過ぎ去った無人の道路だ。この場合は、今起きる事に対する予感ではなく……、

 

「じゃ、俺たちもう行かないと。葬式終わっちゃう」

 

「えーと、大聖堂だっけ? 今から追いかければ間に合うよね」

 

「──あー、ちょっと待ちなさい君たち。えーと、そうだそこの暇そうなご老人、暇そうだから君たち、ちょっと遊んであげなさい」

 

「!?」

 

 子供好きなのか、柱の陰でずっとこちらを見守っていた老人を指さす。

 きょとんとした子供三人は、不意に存在を示されたお爺さんに目を向ける。

 

「あれっ!? ウォルター院長先生!? いたの!?」

 

「先に葬儀会場に行ってしまったものとばかり……!」

 

 おや、どうやら思い切り顔見知りだったらしい。

 そういえば三人とも孤児院育ちだったか。なんという巡り合わせだろう。

 

「あー、いや、私は……」

 

「じゃ、君たち! 亡くなってしまった人よりも、生きているご老人を大切にするように、ってことで! お葬式はどうせ今日一杯やるだろうから、ゆっくり来るようにねー!」

 

 適当に言い捨てて、僕は足早にその場を後にした。

 足を向けた先は、先ほどの葬列が向かった道。

 

 ここ何百年かぶりに、とてつもなく嫌な予感に突き動かされながら、死者の後を追った。

 

     ◆

 

「──そこの者! 道を退け!」

 

 近道の路地を通りつつ、葬列の先頭まで向かってみれば、行軍していた団体は、大聖堂までの道半ばで止まっていた。

 

 その進行方向に、たった一人。

 

 襤褸のフードを被った、小柄な人影が道を塞いでいたからだ。

 

「……!?」

 

 歩道で、異様な状況に瞬きする。

 周囲の民衆も戸惑っている。分を弁えない悪戯か、と咎める気持ちよりも、

 

 何よりも。

 

 棺桶や皇族の警護についている騎士団員、全身甲冑を着込んだ近衛部隊の面々さえも。

 

 ──誰も、剣さえ抜けず、その場で完全に固まっていた。

 

「……っ」

 

 ……なんて魔力だ。

 あの人影から発されている尋常じゃない大魔力の圧に、誰もが気圧されていた。

 

 帝国、最高峰と名高い戦士が一堂に会しているこの状況で。

 あの素性も知れぬ「たった一人」の魔力は、この大通り全体を覆い尽くせるほどの密度の、魔力を放っていた。

 

「前皇帝陛下の命により参上した」

 

 不意に放たれた一声に、世界が停止した。

 声からして──少女……? 意外な正体への困惑の後、更に謎の人物はこう続けた。

 

「“帝国の皇族、その血筋全てを皆殺しにせよ”」

 

 通る声で告げられた内容に。

 

「“罪深き大帝国から続くヴェルトルーツ王朝を、絶滅せよ”──と」

 

 ────ああ、遂にこの日が来たか。

 そう、僕はどこかで諦観していた。

 

「ど──どうしてですか!?」

 

 硬直した葬列から、一人の少女が飛び出してきた。

 第二皇女、エレミア様だ。まだ十四歳だったか。黒いベールに覆われた金色の髪が見える。

 

「エレミア様、お下がりください!」

 

「なぜ陛下がそんなことを──」

 

「他国の事情に興味はない」

 

 来襲者の言葉は淡々としている。

 ……この雰囲気を、僕はなんとなく知っている。戦で生きてきた者の声だ。だがそれ以外にも、少女らしき声には、生命への慈しみというかなんというか……人間味が、なかった。

 

「一つ保証しよう。貴国の民には手を出さない。早急に皇族たる者らは我が前に首を差し出せ。それなら最小限の犠牲で済み、後世に貴様らは民思いの賢王賢帝と語り継がれることだろう」

 

「……ッ」

 

「誰がそんなふざけたことを──」

 

 瞬間、音もなく近衛部隊の一人が飛び出した。

 速い。洗練された兵士の動きだ。皇族の近衛は、騎士団よりも数段レベルが違う。一人で一個大隊にも匹敵する強さを持ちうると聞く。

 

 たとえ強大な魔力を持っていようと、殺せてしまえば雑兵と同じ。

 

 音速にも届くだろう、神速の一撃。

 それはあの、王国で見た異邦の剣士と比べても遜色ない、鮮やかな一振りだった。

 

「あと幾人、犠牲を積み上げる心算(つもり)だ?」

 

 呆気なかった。

 ドシュッと甲冑兵の姿が文字通り両断される。

 即殺の技。帝国最高戦力の一人は、剣戟を披露するまでもなく瞬殺された。

 

「…………わぁ」

 

 数か月ぶりに、思う。

 あの紅蓮の剣士を見た時のように、思う。

 

 ────これは、マズイ。

 

 いやいやだって、あの近衛兵士だって無策で挑みかかったわけじゃない。

 彼が剣を振る瞬間、帝国の魔術師たちだって、敵一人に拘束の呪いとか術とか、裏でかけまくってたし。完全に息ピッタリだったし。なんならその前に近衛兵士に強化魔術(ブースト)もかけてたし? 加護とかバフとか? 凄い積んでから送り出してた…………んだけど??

 

 それを正面から。

 

 なんの、特筆すべき術の予兆すらなく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あのたった一人の襲撃者は──皇族殺害予告者は、打倒したのだ。

 

 この絶望感は武を学んだ者たち全員……というか帝国民は義務教育として三年間は養成機関に入って戦い方を学ぶので……つまり。

 

 この瞬間、全帝国民は。

 

『うわああああああぁぁあぁああぁああああ!!!!!!』

 

 納得の説得力と、

 当然の絶望感で、

 誰も彼もが、正しい判断力のもと、その場から逃げ出した────!!

 

 ──そんな混乱と恐怖の中。

 

 

魔鉱剣(ヴァルムンク)、神聖抜刀」

 

 

 次なる絶望が、襲い掛かる。

 

 

壊し尽くす極魔の刃(ラグナロク・デザイア)

 

 

 刹那。

 紅色の大魔力の斬撃光線が、全てを破壊しながら大通りを塗り潰した。

 




 お読みいただきありがとうございます。

 第一章の第一話と第二話序盤を加筆修正しました。情報整理して多少は読みやすくなったかと思います(話の内容はほぼ変化なし)。
 今後もちょくちょく過去の話を加筆編集していくかもなので、よろしくお願いします~


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02 オープニングセレモニー

 一点に収束する魔力の奔流。

 次の瞬間に解き放たれる、破壊の嵐。

 ──その寸前。

 

 

「時間並列。【停滞式・時間停止(エターナルオーダー)】」

 

 

 カチン、と。

 時計の針が停まったように。

 世界の全てが──時が、その歩みを停止した。

 

 ……チラ、と周りに視線をやる。

 灰色の世界。逃げ惑う人々。絶望の瞳で止まったままの葬列者たち。

 風も水も鳥も草木も。その、全てが完全に固まった領域を。

 

「…………あ、あっぶなぁ~~……!」

 

 フゥ──……と大きく息を吐く。

 いやはや、久しぶりに嫌な汗が止まらない。咄嗟に全部止めてみたけど、これ大丈夫だろうか。

 魔力をありったけ使ったが、流石にここまで大規模な()()()()は僕も初めてである。

 

「えーと、まず君は誰……って、おわっ!?」

 

 来襲者に近寄ると、彼女の構えている大剣にビビる。

 刀身にまとわれた赤い魔力は、この時間が停まった世界の中でも輝きを失っていない。つまり、この魔力だけは時間停止の影響を受けていないのだ。

 

「……破壊属性の魔力……? なんとレアな」

 

 破壊属性。それはあらゆるモノを「破壊」するという、物騒で稀有な魔力属性である。

 赤い魔力のコレは、僕の魔力を「壊す」ことで時間停止から逃れているのだろう。

 

「……つまりこの子が鎧みたいにこの魔力をまとったら、僕でもお手上げってわけかな? どこまで本気なのさ……」

 

 ガチすぎて怖い。誰だこんな刺客を送り込んできたのは。

 いや、前皇帝か。本人の言い分によれば。

 

「う~ん……射線上にいる人たちはコレ、アウトだなぁ……どうにかしてまとめて避けさせないと……いや、というか彼女をどっかにやった方が早いかな……どこに?」

 

 考える。

 この停まった時の世界で一人、考える。

 

 一つ、次の瞬間に「絶対に」くる魔力斬撃をどう防ぐか。

 

 二つ、破壊属性の魔力を防げる「壁」なんてこの世のどこにあるのか。

 

 三つ、時間停止の効果は三十分。ただし「完全に」範囲内全てが停止しているのは僕の感覚で一分間が限度だ。それ以上は中心点である僕へ向かって、徐々に停止の効果範囲が縮小して、端っこから時間が進み始めてしまう。

 

 つまり三十分後、確実にここは、災厄の海になる。

 

 結論──絶望的ッ!!

 

「いや無理だって……僕一人だけでどうにかしろとか、いや無理だってぇ~……」

 

 思わずその場に膝をつく。Orz、ってやつだ。縦書きだったら分からないねコレ?

 

 

「ふーん。だったら手伝ってやろうか?」

 

 

「へ」

 

 新しい声に顔を上げた。

 ありえないもう一人の声に、顔を上げた。

 

 僕を見下ろすように、二十メートル上空。

 そこに──滞空する、一人の()()がいた。

 

     ◆

 

 一つ補足を。

 時間停止の中で動ける生命は、術者である僕以外だと、かなりの例外存在となる。

 

 つまるところ、「時間」という攻撃に対して耐性のある者や。

 この名も知れない少女のように、魔力に対抗する手札を持っているとか、だ。

 

 目の前に現れた、この黒髪の少年の場合──

 

「だーから、()()()()()()()()()()()()()、っつってんだよ。俺の趣味は善意の押し売りでな……自己顕示欲もすこぶる高いロクデナシだから、人助けが大好きなんだ」

 

 ……なんかロクでもない存在に絡まれてしまったようだ。

 

 ショートカットに切り揃った黒髪。右耳にはひし形の輪っかをした黒ピアス。

 黄金の目は彼が上位存在であることを示している。だが服装は黒いパーカーに短パンとラフなもので、一見お洒落さんな美少年にしか思えない。

 

 それに警戒しつつ立ち上がる。敵か味方か──なんて判別はつかない。そういう相手が一番怖いのだと、この千年で学び尽くしている。たとえ外見が十歳に満たなそうな子供であろうとも。

 

「……あー、対価は?」

 

「ないない! 無償の善行ってやつ! 人類って『無償』『無料』って言葉に弱いだろ?」

 

 あ、あやしー!

 僕を凌ぐ怪しさ、うさん臭さだ! 一周まわって感動モノだよ! 緑髪バサバサロング白衣に眼鏡を揃えた、この僕のビジュアルなんてお飾りになってしまうくらいの怪しみ!

 

 ははーん。

 さては人類の敵だな? こいつー。

 

「ちなみに……どうやって手伝ってくれるつもりなのかな?」

 

「そりゃ、一秒後に発生するこいつの攻撃力をゼロにするとか。判定スカスカ! 突如として放たれた魔力の攻撃は、ただの演出として終わるのだった……みたいな?」

 

「二撃目がきた場合は?」

 

「だったら、『この場で起こる全戦闘行為を無効化する』、とかすりゃいいんじゃね? ノー暴力、ノー殺傷! ただし絶望とトラウマは残ります……的な?」

 

 ……ぜ、絶妙なラインの譲歩。

 つまり、“この場で起きる悲劇”は防いでくれるけど、その後までは知らん、というお手伝いらしい。

 

 けどまぁ未来視もないこの身、差し出された手は素直に掴むべき、

 

 ────いやでも全無効化はやりすぎだから攻撃力ゼロ止めで充分だなぁ。あんまり頼ると後が怖いし。神様って“いる”分には大助かりだけど、関わられるとすっごく大変なんだよなぁー。

 

「…………おーい? 熟考か? 俺を前に、変わったヤツだなぁ」

 

「むむっ」

 

 ハッと意識と思考を取り戻す。いけないいけない、つい考えにふけってしまった。

 

「それでどうする? 俺を頼るのか、頼らないのか?」

 

「……も一つ質問いいかな? なんで面白かったの?」

 

「んあ? 細かいトコ気にするヤツだな、神経質か? そんなん、元同胞だからに決まってるだろ」

 

 ……同胞……?

 質問すればするほど訳が分からない。なにか、はぐらかしてるのかな彼?

 ──でも嘘をついているようには見えない。直感だけど。

 

「あとは……ああそうだな、お前、()()()と縁があるんだろ。だったら困ってるところを放置なんてしないさ。フレンドリーサービスってやつだな!」

 

 言ってることはサッパリだけど。

 周りの、一秒後には死を前にするだろう人々を見る。無闇に、理不尽にその人生を終わらせかけられている彼らを見る。

 

 ……ともあれ今は、協力関係を結ぶしかないようだ。

 

「君、名前は?」

 

「よくぞ訊いてくれた。『ロック』とでも呼んでくれ」

 

 絶対に偽名だなぁ、と思いつつ。

 いっちょ、神頼みしてみることにした。

 

     ◆

 

──ワン、ツー、スリー!

 

 少年の声に合わせた三回の指鳴らしの音の後、ぱちっと目を開けて時間停止を解除する。

 

 混乱が再開する。

 どよめきが続行する。

 恐怖と絶望の世界が──始まる。

 

魔鉱剣(ヴァルムンク)、神聖抜刀」

 

 次なる絶望が、襲い掛かる。

 

壊し尽くす極魔の刃(ラグナロク・デザイア)

 

 紅色の閃光が全てを埋め尽くす。

 轟音と突風は市街を削り、大通りにいた人々に容赦なく襲い掛かり、

 

「……ほう。多少、やる奴はいるか」

 

『……!?』

 

 閃光の後。

 確かに魔力の斬撃を被ったハズの葬列は、何事もなく無事だった。

 騎士団、近衛部隊、皇族たちから困惑の気配がする中、攻撃をスカされた剣士は、ざっとその目を周囲へと向け──

 

「────お前か」

 

「!?」

 

 そろ~、っとこの場からこっそり離脱しようとしていた僕の方を向いた!

 

 見つかった! 終わりだ! タスケテ──!

 

「どうやら気を見誤ったのは私の方だったらしい。先に殺しておくか」

 

 直後、襤褸の人影が跳んだ。

 その進路方向は、一直線に僕に! 僕にぃ──! うわああ! 大剣がくる! 真っ黒な、当たったらめっちゃ痛そうな大剣が物凄い勢いで──!!

 

「待って待って! 知らないって! 人違いだってぇ──! なに──!?」

 

「……ッ!?」

 

 紙袋の荷物を両手に抱えたまま、どうにか斬撃を避ける避ける!

 コワイ! なにこの子、超こわい! 触れたら一刀両断、漫画みたいに縦に真っ二つ! グロすぎるよ! 嫌だよそんな死に方!?

 

「うわーッ!?」

 

 避けた大剣の一撃が、すぐ横の地面に亀裂を刻む。

 その間合いから逃れるように、なるべくまだ人の少ない方へと、ひたすらに駆けていく。

 

「貴様──まさか──」

 

 まさか、なんて意味深なことを言いながら、襲撃者の大剣を振る速度は一切緩まない。今度は魔力を伴って振り抜かれてくる。もう勘弁してほしい!

 

 その時、近くにあった街灯が斬られて倒壊してくる。かわし……いや、そしたら次の次の一撃で確定キル! 街灯ごっとぶった斬られてデッドエンドだ! なので回避ではなく、僕はその街灯を()()()

 

加速(アクセル)ッ!」

 

「!?」

 

 叫びながら、そのまま街灯を槍投げよろしく投擲する。

 音速とまではいかないが、結構な勢いで街灯が飛んでいく! それは見事、襲撃者に命中し……命中し……?

 

「ただの投擲でこの威力か。お前、何者だ──?」

 

 剣でガードされたので大したダメージになってなかった。なにアレこわい。「アクセル」ってブラフでエンチャントっぽく叫んだのに、フツーに看破されてるし。

 

「っ、うぉわぁ!?」

 

 直後、かわした斬撃が地面に衝突し、隆起した影響で道が崩れる! 足場が崩壊したことで躓き、その場で転んでしまった。痛い。ううう。

 

 どうにか膝をついて起き上がったところで、ジャキッ、と首元に剣先が突きつけられた。

 顔を上げると、そこには遂に追いついた襲撃者が。

 

「……あ、あの……できれば、一瞬で……」

 

 恐れ余って、思わずそんなことを口走ってしまう。

 デッドエンド寸前! 千年かぁ、いやぁ長い人生だった。後悔は……んー、割とあるかな!

 

「潔いな。さぞ楽な人生だったんだろう」

 

「ははは……まぁね」

 

「──何年この世界にいた?」

 

 生きていた、って言い方じゃない辺りは彼女の人生観だろうか。

 そうだなぁ、とちょっとだけ彼女の顔を見て、考えて、僕はこう返した。

 

「……君と同じくらいだよ」

 

「そうか」

 

 大剣が振り上げられる。

 黒い刃はまるで、逃れようのない断頭台のようだった。

 

 そして。

 

     ◆

 

 ──帝都の時計台に、彼はいた。

 

Atla3(アトラス)、配備完了」

 

 無名の傭兵は己が得物を構える。

 銃口を向け、指定されたターゲットを肉眼で目撃する。

 

「目標視認」

 

 漆黒の狙撃銃は無音のまま。

 誰にも知られることなく、誰も気付くことなく、超常兵器は稼働した。

 

 

「──【人理装填(レリック・アーツ)】」

 

 

     ◆

 

 え、と僕は声を上げた。

 見上げていた処刑人の頭が、いきなり弾け飛んだからである。

 

「……え? えっ!?」

 

 ぐらり、と剣を振りかぶった姿勢のまま揺れる剣士の影。いや死体。

 首無しとなったソレは、重力に従って倒れ──なかった。

 

「今のは……痛かったな」

 

 ……目を、見張った。

 瞠目する。

 首無しの胴から、当然のように、頭部が元通りに生えてきたから──だ。

 

 それは蘇生術とか、何かしらの加護が発動した……ような形跡もなく。

 生物が呼吸するような、そういう機能の一つのように。

 

「……さ、再生能力って」

 

 フードが消し飛んでいるので、再生と共に、さらっとした、彼女の長い白髪があらわになる。光のない青い瞳は……死体のように、真っ暗だった。

 

 ギッと彼女は、恐らく弾道の先を振り返る。……時計塔の方角、だろうか?

 

「レリックか……悪くない。だが()()()()()()()では、私は殺せないぞ……」

 

「──、」

 

 死なない。

 死なないのか──彼女は。

 

 常人なら絶望すべきところを、やはり僕は違う感情を抱いていた。

 

 ──ああ、いたのか、と。

 

 自分以外にも、()()()()()が実在していたのか──と。

 

 

「ハイ、タイムアップ~。撤退だよ、Aちゃーん」

 

 

 凄まじく場違いな、っていうかまた僕以上に空気読めない軽々しい声がした。

 あの黒髪の少年……ではない。

 大剣を持つ少女の背後、その路地からぬっと現れたのは怪しい男だった。

 

 なんせ崩した黒スーツにサングラス。ウェーブを帯びた長い銀髪に、左目を隠すように切り揃えられた特徴的な前髪。死臭とそれを紛らわすかのような酒の匂い。

 

 こいつはやばい。

 不審者。明らかな不審者である。表通りを歩けばお縄一発だ!

 

「……Dか。こいつは殺しておくべきだと思うぞ」

 

「や、無理っしょ。ジェスター・トゥルギア。千年生きてる傑物だ。オレちゃんでも高難易度ワーク。それとも本人に訊いてみる? ドクター、今すぐ死にたい?」

 

()()()()()()()

 

 よいしょ、っとフランクになった空気に甘えて、あぐらをかいて座り直す。

 あーあー、荷物があっちに飛んでってる。中身、無事だといいなぁ。

 

「……、どういう関係だ?」

 

「長寿仲間、カナ? いや、こうして対面したのはお初だと思うケド」

 

「僕は何度か君を見かけてるよ、D。いい加減、魔法使いを殺すのは止めたらどうだい。僕だって連中は好きじゃないけども、一方的に殺されてる様を見るのは良い気分じゃない」

 

「ハッハ! それは無理デスネ、唯一の生き甲斐みたいなものナノデ!」

 

 ──D。

 埒外のアウトロー。大陸指名手配犯(ワールドエネミー)

 魔法使いへの絶対殺害権を持つとかいう、現代まで生き延びている真の怪人だ。

 

「おっと……無駄話してたらお上さんに怒られちゃいマスネ。ではドクター! 縁が続けば、またどこかで~」

 

 ひょい、っとDが白い剣士の首根っこを掴み、そのまま二人の姿が路地裏の闇に消えていく。

 ……気配も一瞬で無くなった。逃げ足だけは古強者か。さっすが、年中から大陸全土を舞台に逃亡劇しているだけはある。

 

「はぁ……つっかれたぁ…………」

 

「──中々良い見世物だったなぁ」

 

 カチッ、と世界が静止した。視界には、逆さまに顔を出してきた黒髪の少年がいる。

 時間停止。ぼ、僕が全魔力を使い果たしてようやくできることを、あっさり……!

 

「ああ……手伝ってくれて……感謝はしておくよ、ロック君」

 

「なぁに、お安い御用さ友人。そのまま信仰してくれても構わんよ?」

 

「いや、いいっす」

 

 それは遠慮する。全力で遠慮する。

 神も人も、ほどほどの距離感ってのが大事なのだ。いいね?

 

「そうか、残念。だがお前の晴れ舞台はここからが本番だ。とっとと主役に合流して、面白おかしく()ってみろ」

 

 ……なるほど。本当に神様らしい。

 的確にこちらの神経を逆撫でしてくることを言ってくる。僕にそんな神経があったことに、僕自身が驚いているくらいだ。

 

 フッ、とそこで世界に色が戻り、時間が進み始める。

 謎のオシャレ黒髪少年も、白い襲撃者も、殺人犯も、みな、退場した。

 

 

 ……類は友を呼ぶ、って言うけどさ。

 僕がいったい、何をしたっていうんだい!?

 



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03 襲撃と魔法使い

 ガタゴト。ゆーらゆら。

 馬車の荷台に乗って、僕は出張先の領地へと向かっていた。

 

 襲撃事件から一夜明け。

 僕は「よく囮になりましたで賞」を上から贈られる前に、とっとと帝国から脱出した。

 

 だって仕事場のみならず、帝国城中から集まる視線が痛いのなんの。

 「奴は襲撃者の仲間だったのでは?」「なんで殺されかけて生きてるんだ?」「っていうか全部あいつの策略では?」「怪しい。今すぐ逮捕すべきでは?」──なんて! せっかく助けてあげたっていうのに、疑りの目ばっかりだ!

 

 とはいえ、「いやいや、全世界を時間停止してたら神様っぽい少年が現れて、手伝ってもらったんだよ~」なんて馬鹿正直に自白したところで、狂人性の噂に磨きがかかるだけ。

 

 てか時間停止、時間が停まってるところを見せられないから、証明の仕様がない。

 

 今までだって使った機会は、書類の提出締切がギリギリだった時とかくらいだ。いつだったか、マンガ描くバイトをした時も、アシスタントとして役立ったっけ。そういう方面にはめっぽう強い力なんだけどなぁ。

 

「はぁ……人生ってどうしてこう、上手くいってくれないんだろうねぇ。そう思わない? 御者のおじさーん」

 

 返事はない。ヌヌ、無言って傷つくんだぞー。

 一体どういう顔で馬を御しているのか、ふと気になって天幕から御者台に顔を出せば。

 

「ちょっとおじさ──……えっ。あれっ?」

 

 ──御者が死んでいた。

 こう、ザックリと。首の辺りに矢が突き刺さっていて──

 

「ヒヒィーン!!」

 

「おわぁ──ッ!!」

 

 血の気配に動揺した馬たちが暴れ出す! やばっ、やばいやばいと慌てて手綱をとったが、その瞬間、矢が左手から飛んできた!

 

「わー! わーッ! わァー!!」

 

 矢をかわし、ひとまず御者の死体を力任せに荷台へと叩き込み、馬を操って加速する。馬術のバイトやってて良かった! 魔物じゃない普通の馬なら僕でも多少は言う事を聞かせられるはずッ!

 

「なになになに!? だれだれだれッ!?」

 

 答える声はなく、ただ敵意と殺意と矢がヒュンヒュン飛んでくる音が聞こえる。

 人の気配は……えーと、二十人前後? 多いなぁ! 噂の革命軍だろうか!? けど僕を襲撃したところで、帝国の政治には何の影響も与えられないと思うけど!?

 

「ってか、ここ崖道──! ひぃい──!」

 

 よりにもよって! よりにもよって!

 右側は高い岩壁! 左側は切り立った崖! ちょっと馬の進路をミスったら真っ逆さま! 射手は崖下の森から撃ってきてるのかな!? こ、殺す気しか感じないッ! 本当に僕がなにをやったっていうの!?

 

「あっ!?」

 

 サクッ、とそこで片方の馬の首に矢が突き刺さった。当然、馬が暴れ、僕の手から手綱が離れ、馬車の進路が狂い、崖が崩れ、あああぁぁ────! 落ーちーてーくー!!

 

     ◆

 

「アイタタタタ……」

 

 馬車が崖を滑り落ちた瞬間、僕は荷台のトランクを掴んで、馬車から一足先に落ちていた。

 といっても三十メートル以上の高所からの落下だ。下の樹の枝に白衣が引っかからなかったら、どうなっていたことか!

 

 ひとまず白衣を破って枝から飛び降り、着地! したところで、近づいてくる人影の群れに僕は振り返った。

 

「──帝国科学者、ジェスターだな?」

 

 フードを深く被ったローブの集団だった。昨今、こんな「いかにも怪しい者です」を主張する敵団体、現実にいていいの!?

 

「馬車を落としたのは君たちかい……駄目だよ、こんなことしちゃあ。僕が標的なら、ちゃんと堂々と手続きを踏んで……」

 

「貴様の産まれは知っている。忌まわしき()()()の負の遺産が一人……生かしておく道理はない」

 

 ……また大帝国かぁ。最近になって随分とよく聞くようになった。

 

「えーと、君らは……なんなの? 例の革命軍?」

 

「革命軍? ハッ、あんな能無しの連中と一緒にするな! あれは神々への信仰心もなければ、帝国さえも目の敵にする狂人の集まりだ。我々は違う。大帝国から輩出され、今や科学の権威にまで登り詰めた貴様を、真の正義のもと排斥する……光栄に思うがいい」

 

 信仰心、か。

 ってことは、彼らのルーツになっている思想は……

 

「──『聖国』にまつわる団体ってことかい? けど教会組織って、もう帝国に取り込まれてるんじゃなかったっけ?」

 

 聖国。

 それはかつて、大帝国と相争った宗教国家だ。

 かの国の民たちは大いなる神々を信仰し、精霊より加護を得て、当時最高峰の科学兵器を投入していた大帝国と互角に争った。

 

 けれども最終的には大教皇の死亡を以って、聖国は滅亡。

 長い戦争に打ち勝った大帝国は、今に伝わる、「百年の黄金期」へと突入した……

 

「愚者が。ふん……まぁいい、貴様がどのように考えようと、ここで死ぬ以上、全て無意味だ。──殺せ」

 

 集団が刃や弓やらを構える。

 背後は崖の壁。逃げ道はない。信仰団体なら奇跡の一つでも使ってみてほしいところだったけども、そこは僕程度には見せる価値もない、ってことなのかなー。傷つくー。

 

 さて。

 ところで僕は昨日、魔力はぜーんぶ使い果たした後なので。

 ぶっちゃっけ現在、抵抗手段が微塵も欠片もない、超絶な絶体絶命状況なのだったりした──!

 

「すみませんちょっと待って謝るから殺すならもうちょい別の場所で──!?」

 

 殺されることに関しては、別に文句はないけどさッ!

 こんな辺境でぶっ殺されたら、野ざらしってことでしょ!? 死んだ後のケアも考えてくれないかなぁ!?

 

「さらばだ、己が生を後悔して逝け──!」

 

 そう、リーダー格らしき教団員が口走った時だった。

 

 

「第一魔法:“絶誕祭(アンハッピーバースディ)”」

 

 

 パン、と合掌の音が響いた。

 その音と同時、世界の理が捻じ曲げられる。

 刹那、視界は反転したように真っ黒に染まり────

 

 ぐしゃんっ。

 

 ──事が行われた直後、二十数名いた生者たちは、潰れた肉片へと変わっていた。

 

「………………、え」

 

 破裂死、と呼ばれる死因があるならそういう現象だっただろう。

 血が弾け飛び、彼らは自分が死んだことにも気が付かずに──死んだ。

 大いなる理不尽。

 絶対の理、天災に見舞われた憐れな不運──そんな、どうしようもない力の前に。

 

「迎えに上がった──帝国の古き医師よ」

 

 人の気配、ではなかった。

 血だまりの向こう、木々の陰から現れたのは、人の形をしていたが、それとはかけ離れた──

 

「……えぇっと……」

 

 ──「異様」「異常」「異物」。

 そんな単語ばかりが相手への印象だった。

 

 石膏のような白い肌。長くうねった月白の髪。黒と真紅が入り混じった瞳は、深淵のように、底なしに昏い。

 猫背気味な長身で、見た目は人間換算でいったら二十代後半から三十代前後。しかし気配は完全に人類から逸脱しており、ぶっちゃけ「会っちゃいけない魔物」に出くわした感覚そのものだ。

 

 ……黒いコートの下に見えるのは、大貴族っぽい黒い上下の衣服。えーと、一応、社会にいちゃいけなさそうな存在感してるけど、ちゃんと社会の一員……っぽい?

 

(ワタシ)はここの領主をやっている──カリギュラ・エグレイシス。貴殿ら外界の者には……“魔法使い”と呼ばれている者だ」

 

 あ、とそこで考えが追いつく。

 エグレイシス。それは確かに、これから僕が出張診察に行く予定の、患者の名前だった。

 

     ◆

 

「賊が失礼した」

 

 と、血だまりを蒼い炎で焼き消す中、カリギュラ伯が言った。

 

「『廻星(かいせい)』と名高い貴殿の出現の影響を、予測しきれていなかった此方のミスだ。傷はないか」

 

「あ……ああ、うん……僕は大丈夫だけれども、馬車の馬と御者さんがね……」

 

「弔おう」

 

 そう告げて、落ちた馬車を魔法……か魔術かで浮かせて探り当て、馬二頭と御者の死体を回収してくれた。そちらは使いの者に帝国へ運ばせ、馬車の方は、後で修繕してから返すとか。

 

「科学者。貴殿はなぜ祈る?」

 

 死体に向かって手を合わせていると、そんなお声がかかった。

 

「こういう時は、こうしておくべきものだと学んでいるからね」

 

「虚ろな回答だ。貴殿に心はないらしいな」

 

「でも、あるように見えるだろう?」

 

「ああ」

 

 すると伯爵も目を閉じて黙祷していた。手を合わせなかったのは、きっと彼にとってその行為は「魔法」を用いる手段だからだろう。

 

「……」

 

 おかしな絵面だ。僕が魔法使いと死者を弔っている。人生、何があるか分からない。魔法使いの類は、本当に好きじゃないんだけどね。

 

 

「まさか伯爵様自らがお迎えに来てくれるとは思わなかったよ」

 

 弔いが終わった後、そう肩をすくめてみた。

 帝都から離れた土地とはいえ、相手はお貴族様だ。こんな医者一人のために、教団の掃討までこなしてくれるとか気風が変わっている。魔法使い故、だろうか?

 

「後継ぎの容態が芳しくない。到着まで待っていては、保つか分からなかった」

 

「…………あのね、伯爵様。そういうことはもっと! 早く言ってください!?」

 

(ワタシ)が見つけた以上、大して時間はかけない。手を」

 

「?」

 

 白い手の平を差し出されて、恐る恐るそれを掴む。

 ごつごつした巨人じみた石っぽい手触り。あとすごく冷たい。グッ、と一際強い握手をされた瞬間、

 

「──、へ?」

 

 ぱっ、と視界が変わった。

 そこはもう峠道の林ではなく、でっかい立派なお屋敷の目の前だった。

 

「……て、転移魔術……?」

 

「座標移動の方だ。酔いは?」

 

「あ、も、問題ないよ……」

 

 手を放され、改めて周囲を二、三度見する。

 い、一瞬で目的地に着いてしまった……これなら、初めからお迎えに来てほしかったっていうか、どうか座標移動なる術をお教えくださいって感じだ!

 

「こちらだ。案内する」

 



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04 再会

 診察自体は三十分とかからなかった。

 病名は推察どおり「炉心病」で、一週間分の熱冷ましの薬と、魔力の循環を安定化させる治癒術式を処方して終わり。ま、軽度な症状だったので、五日もあれば完治するだろう。

 

「ありがとうございました……お陰で、少し呼吸が楽になった気がします……」

 

「動けるようになっても、安静第一にね。あと、ソフィーア様は魔力生成量に身体が追いついてないらしいから、日頃から魔力を消耗させておくか貯蓄させておくかをお勧めするよ」

 

 僕の軽いアドバイスに、布団の中で目を瞬くお嬢さん。

 ソフィーア・エグレイシス。伯爵が次の家主として育てている十六歳の才女だという。セミロングの銀髪、薄紫色の瞳は、横になっている様も合わさって儚げな印象である。

 

「貯蓄……ですか」

 

「うん、できれば、ちゃんとした杖を買うのが無難かな。魔術の心得がなくとも、杖は持ち主のサポートをするための道具だ。魔力をただぶつける、というだけでも自衛手段になりうるしね」

 

「……それは、その。とても画期的なアイデアだと思うのですが……」

 

 お嬢様がもごもごしていると、見かねたらしい執事の人が補足してくれた。

 

「ドクター様……お嬢様の魔力は、破壊属性なのです……」

 

 ──なんと。

 これまたどういう縁だろう。破壊属性といえば、つい昨日、とんでもない破壊者に命を狙われたばかりである。

 

「というと……じゃあ、杖も……」

 

「そうなんです……! 魔力を込めただけで杖は爆散し、素手で人に触れると『びりびりする』『悪寒を感じる』等と言われ! お気に入りの花瓶や食器も、いくつ犠牲にしてきたことか……!」

 

「かろうじて、大魔術師エメル様が開発してくださった汎用治癒術式こそ、適用されるのですが……破壊属性の魔力持ちは、あの魔術国家ノストシアでも稀有とされる人材らしく、お嬢様は日々奮闘なされているのです」

 

「私が触れる物は全て壊れる……ふふ、まるでお伽噺の悲しい悪役のようではないですか……」

 

 か、可憐なお嬢様が遠い目をしてらっしゃるっ。

 ……そうなんだ……破壊属性って、そんな生活に苦労する属性なんだ。ってことは、もしやあの襲撃者の少女も、裏では苦労してきたんだろうか……そう思うと少しはあの気迫が可愛く──ならないな。めっちゃ怖かったです、はい。

 

 破壊魔力持ちの人は、まぁ基本は対外に魔力を出さないよう生活するしかない。完全に魔力を放出しないようにするには時間がかかるけれど、微弱な魔力量であれば普段の生活に支障はないのだ。

 

 ならば魔力生成量が人より多いという彼女はどうすればいいのか?

 ……あの襲撃者を参考にすれば、おそらくはあの「大剣」のように、“どれだけ魔力を込めようと壊れない頑丈な物質”を素材に、杖なんかを作れればいいんだろうが……、

 

 素材。

 錬金術師。

 周回……うっ、頭が。

 

 もう僕の錬金術に関する知識は消し去られているが、こういう時こそ欲しいものだった。

 一家に一人、錬金術師! うーん、いつか家が爆発しそうな字面だなぁ。

 

「──じゃあ、いっそ有り余った魔力を伯爵様に叩きつけてみたら?」

 

「……へっ!?」

 

 思いつきを口にすると、流石のお嬢様も固まった。

 いやだって、と僕は続ける。

 

「あの人、なんかすっごい魔法使いらしいし。魔法って、要は『現出してる次元(レイヤー)が違う』っていう反則技だろう? ソフィーア様は、要は魔力を空にすれば生活に支障は出ないわけだし。だったらもう、ぶつけても大丈夫そうな人に受け止めてもらうしかないんじゃない?」

 

「そ……そそそ、いえ、そんな! 伯爵様は、私の育ての親というか……まぁいつも工房にこもって絵を描いているだけのような人ですが……」

 

「お、お嬢様」

 

「──コホン。……で、ですが、新鮮なご意見ですね……そういう発想は、私にはありませんでした……」

 

 いつか来てしまうかもしれない、お嬢様VS魔法使い。

 本当にそんな日が訪れるかどうかはともかく。

 この薄幸そうな彼女が、あの得体の知れない伯爵に立ち向かう姿は、思い描くだけで面白かった。

 

     ◆

 

 用意してくれた宿泊室に案内される道中のこと。

 エントランスホールを通りがかると、そこには使用人ではなさそうな人影が一人。壁に飾られた絵画をじっと見つめている……お客さんだろうか?

 

「ノクス様。旦那様とご歓談中だったのでは……?」

 

 僕を先導してくれていた執事が声をかけると、ノクスと呼ばれた青年がこちらを向いた。

 

 貴族階級、というより旅慣れている者の服装だった。灰色のマントに上下の黒衣、使い古された年季入りのロングブーツ。

 両目が隠れがちな癖っ毛のある黒髪を、後ろで一つ結びにしている。髪の隙間から見えたのは鋭い赤い瞳で、

 

「?」

 

 ──なんとなく、一瞬だけアガサ君を想起した。色合いのせいだろうか。

 

「奴なら貴様らと入れ違いだ。当主として後継者の様子を見に行った」

 

 見た目こそ人間換算の二十代青年──だが、やっぱり僕と同じく中身の年齢は違うようだ。

 というかたぶん、僕よりも遥かに年上な気配がする。もしかしたらあのカリギュラ伯よりも、だ。

 エルフには見えないし……もしや上位存在的ななにか? うーん、魔法使いの交友関係って謎。

 

「左様でしたか。やはり旦那様は優しいお人です」

 

「……そちらは、医者か?」

 

 ノクス君の目がこっちに向いたので軽く右手を上げる。

 

「はーい、僕ジェスターって言います。帝国から出張してきました。以後よろしくね!」

 

「…………」

 

 あれ、なんか絶句されてしまった。満点スマイルの挨拶だったっていうのに、また怪しまれるパターン!?

 

「──いや、失礼した。なんというか……これまでに余り関わったことのない類の人種でな……」

 

「褒められてるのかなソレ。ノクスさんって面白い人だねぇ」

 

 おそらく年上な彼にまで言われる僕の人格って一体。

 むう、どこからどーみても人当たり良い明るいお医者さんなのに、なぜ!

 

「ところで、この絵の人は? お知り合い?」

 

 僕が見上げた絵画には、一人の美しい……と思われるだろう人が描かれていた。

 少年にも少女にも見える、金髪に赤目の人物だ。幼い顔立ちながらも、しかしどことなくカリスマ性を感じる不思議な雰囲気。実在した人なんだろうか。

 

「カリギュラにとっての永遠の題材だ。いわゆる……まぁ、信仰対象だな」

 

「私たち家の者も知らないお方なのです。エグレイシス家には何ら関わりのない人物画だと思われるのですが……どうも、代々誰も外す気にはなれず。絵の魔力、というものでしょうかねぇ」

 

「代々って……伯爵、何年生きてるんだい」

 

「それこそエグレイシス家の伝説の一つですなぁ。旦那様はあの通り変わったお方でして。家長の座も、いつも他から連れてきた者に教育を施すと丸投げし、後は当代の者とその血筋が死に絶えるまで、『館の管理者』として篭られているのです」

 

 ……なんか、世捨て人じみてる生き方してるなぁ。

 トップではあるがトップではない、みたいな? 家主か大家か、大祖父か、みたいな?

 

「ノクスさんは伯爵と付き合い長いので?」

 

「……奴とは古い同胞……のようなものだ。再会した時は、まさか魔法に手を掛けていたとは思わなかったがな」

 

 魔法──と聞いて思い出すのは、数時間前の惨劇である。

 前兆もなく肉片を生み出すような魔法って……

 

「……ここへ来る前に、その片鱗を目撃しちゃったんだけどさ……あれって、一体どういう魔法なんだい……」

 

「ほう。目撃してその面なのか。見かけによらず肝が据わっているのか? 常人なら蒼白か発狂モノだろうに」

 

「びっくりし過ぎて理解するのを止めたよ。まともに向き合った時点で負けってやつでしょ……」

 

「賢明な判断だな。ならば、知らない方がいい。名を知れば貴様はそれに思考を巡らせ、考えの中でその魔法の一端を理解してしまうだろう。己の安寧は大事にしろ」

 

 なるほど、タメになる助言だ。

 分かりました、とここは肩をすくめておく。年長者の意見は聞いておいた方がいい。

 

「……一つ尋ねていいか? お前、この絵の人物を見たことはあるか?」

 

 ノクス君の質問に、僕はもう一度、絵画を見た。

 見たことがあるか? そんなの、知らないに決まっている。こんな人を現実に直視していたら、流石に記憶に残っているだろう。

 

「この人のことは見たことないけど、まったく真逆の印象を持つ人は見たことあるよ」

 

「真逆?」

 

「理性的かつ物騒な子だったよ。もういないけれどね」

 

「……そうか」

 

 (この大陸には)いないけれどね!

 誰の話かって、そりゃああのおっかない悪魔ナンバーワン、アガサちゃんである。正直言うと、彼女とは隣か近くにサクラ君がいない時には会いたくない。気紛れに見せかけた冷徹な判断でデスカウント増やされそうなんだもん。

 

「ノクス様と旦那様は、この方を見る時、同じ目をしてらっしゃる気がします。会いたいと思っているのですか?」

 

 執事さんからの問いかけに、ノクス君は一つ、驚いたように瞬きをした。

 

「……これは絵だぞ、使用人(バトラー)

 

「関係ありますまい。私だって、いつしか拝謁してみたいものです」

 

「……、そうだな」

 

 僅かな数秒、目を伏せてから彼は続けた。

 

「会ってみたいかもしれない。決して、叶わないことだろうが」

 

「──そうでもないと思うよ?」

 

 そこに言葉を挟んだ。

 なんでだろう? 内心首を傾げながら、僕は口の回るままに言った。

 

「そう思っている時こそ、割と近い内に会えたりするんじゃない?」

 

 ──等と。

 直感が、そう囁いていた。

 

     ◆

 

 伯爵邸には五日間、滞在した。

 その間、僕は領地のあちこちに行って往診したり、地元の病院にも行って講師をしたり、平和なりに忙しい日々を送った。

 

 エグレイシス伯爵領は、出来過ぎなくらい穏やかな場所だった。

 領主への不満も、「不愛想」ってこと以外に目立ったものはないし、治安も良ければ路地で倒れてるような孤児もいない。帝都では郊外には、それなりに浮浪者は見かけるものだが、ここは全体的に満たされた、国の情勢が不安定な今の時代には貴重な安全圏だった。

 

 魔法使いが領主であることが関係してるのだろうか?

 そうであっても、あのおっかない魔法使い、領主としての仕事はばっちりやっているようだ。

 

「帝国に戻らず、北へ?」

 

 出立の日。

 屋敷の前で、僕はカリギュラ伯爵と執事さん、それに回復したソフィーアのお嬢様に見送りに来てもらっていた。

 

「うん。しばらく帝都には戻るな、って上司からのお達しでね……」

 

 アレウス君から手紙が来たのである。

 どう考えても、国葬式での立ち回りのせいだろう。あれ、ちょっと目立ちすぎたらしい。

 一部の民衆からは“囮の英雄”呼びが流行り始めてるとかナントカ。不本意すぎる。医者とか科学者って側面をもっと強調してもらいたいものだなぁ!

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

「レルレーンかな。久々にエルフの国に寄ってみるよ。西の中央諸国を中心に旅する感じにね」

 

「あそこはドワーフの国と仲が悪いと伝え聞いていますが……」

 

「種族間の小競り合いだね。いやぁ、彼らも暇だねぇ」

 

 ここはアルクス大陸の西の最果て。端っこだ。

 で、東に行けば行くほど、まず東西南北に国家があって、そこを抜けると帝国がある。もっと極東へ行けば、魔術国家ノストシアが見えてくる……という配置になっているのだ。

 

「近頃は皇帝の崩御で、各地が活発化している。初日に貴殿を襲った賊……『教会』を始め、『革命軍』も潜んでいるだろう。国葬式に現れた襲撃者といい、ここを離れれば戦火に巻き込まれるぞ」

 

 おや、と見た目のお堅く異様な雰囲気に見合わぬ、伯爵の気遣いに目を丸くした。

 

「心配してくれるのかい? でも、僕が行く先々で事件が起こるなら、ここも安全じゃなくないかい?」

 

「優れた賢人は保護か保存するべきでは?」

 

「……」

 

 心配って話じゃなかった。なんかこう、気持ちの向いてるベクトルが違う。保存って、なんだいその超越者的視点!?

 

「ふふ、気になさらないで下さいドクター。今のは伯爵様なりのジョークです。センスが致命的に欠けているだけで」

 

 そうかなお嬢様。その認識は君が日頃から鍛えられているせいでは? 伯爵の目、割とガチってる気がしますけど。大真面目っぽいんだけど。

 

「ま……まぁ、これでも旅慣れはしているんだ。自己防衛くらいできるよ。心配ないさ!」

 

「お気を付けて。この御恩は忘れません」

 

「では、道中まで送ろう」

 

 そう言って伯爵が前に出てくる。

 えっ!? 領主様にそこまでしてもらわなくても!?

 

「──良い旅路を」

 

 トン、と左肩に手を置かれて。

 刹那──

 

「えっ?」

 

 ゴォォオォ────ッと、五感が風の音だけに満たされた。

 視界には、青。青い空ばかりが広がるばかり。

 

 横を過ぎ去っていく白い雲。

 

 目の前を飛び去っていく怪鳥の腹。

 

 振り向いた眼下には、緑溢れかえる広すぎる大地。

 

 

 ──ここが地上3000メートルの大海原。

 人には遠すぎる、地上と天空の境目である。

 

 

「は────はぁぁぁぁぁぁああッッ!?!?」

 

 咄嗟にトランクをぎゅっとお腹に抱きしめる!

 お、お、落ちてる! 我、絶賛自由落下中です!? なぜなにどうして、どうしてぇぇ──!?

 

「魔法使いィ──!! 魔法使い! あああ──!! これだから非常識存在はァァ──!!」

 

 地上に背を向けたまま、大混乱のまま落ち続ける。

 風が冷たい冷たいっていうか痛い! 高所の高濃度なエーテルに息が詰まる! 今ドコ!? 地上まであとどんくらい!? 落下までに二回ぐらい死ぬんじゃないッッ!?!?

 

『────ハロー、そこな謎のスカイダイブ。飛行機能もなしに、どうして空にいるんですか?』

 

 え、なに?

 今めっちゃ……この千年でもダントツに可憐すぎる声が聞こえたんだけど。女の子? ど、どこに!?

 

「どちら様ッ!? 伯爵の使い!? これ僕どうなってるのどうなっちゃうのッ?!」

 

『ノー。通りすがりの魔砲少女です。朝の高高度散歩をしていたところ、貴方の生体反応が足元に出現したので見に来たのです。現在、地上2400エートル付近。話せているのも驚きですが、どのような種族なのですか?』

 

「ただの一般改造魔族だよッ! 落下死への対策はありませんッ! ミンチで死にっぱなしは嫌なので、どうか助けていただけないかなァッ!?」

 

『あら、命の危機まっ最中でしたか。しかし不思議な言い回しですね、死ぬことよりも、ミンチになる方が嫌なのですか』

 

「少々特殊な事情持ちでねぇ!! 死ぬにしても『死に方』ってあるだろう!? 僕ぁなるべく痛くない死に方で死にたいの! 自分の身体がバラバラになったままの感覚とか最悪だよッ!?」

 

『なるほど、同意見です。よく共感できます。つまり、「再生する時の手間をかけたくない」──ということですね?』

 

「そうそうそういうことッ!」

 

 なぜだろうか、初めて会話する相手だろうに、相手の見た目も正体さえまだ知らないっていうのに、僕はどこかで謎の親近感を覚えていた。

 

『では、これも乗りかかった(ふね)。旅先での善行は多めに積んでおけというのが現在の方針ですので、見知らぬ貴方を手助けいたしましょう。──具体的に言うと、今から貴方の受けている運動エネルギーをゼロにした後、低高度な位置へ転送します。泳ぎの準備をしておいてください』

 

 少女の声が言い終わるのと、ほぼ同時に。

 ふわっ……と身体が無重力になったみたいに浮かび上がる。時間が停まったかのような錯覚の後、僕は。

 

「────ブふぉわぁッッ!?」

 

 ドボーン! と思い切り水面に落下した。

 ガボガボガボボ!! カウントダウンもなしにいきなりかいっ! 泳ぎの準備をする暇も覚悟もなかったよ! っていうか、ここ深! 足がつかない! トランクに捕まったままだから、そのまま沈むぅ──!!

 

「っが──?」

 

 その時、襟首の辺りが引っ張られる感覚がした。

 くいくいっ、と軽く上に引き寄せられ、直後──僕は、勢いよく釣り上げられた。

 

 バシャーンッ、と驚きの牽引力で水中から救出される。一瞬の浮遊感の後、そのまま僕は咄嗟に受け身をとって、木製の地面……桟橋らしき場所に着地した。

 

 ドッとトランクを放し、膝をつく。

 バシャァァ、と上から水しぶきに降られる。

 

 …………い、生きてる……死んでない……

 ていうか、ここ、どこだい……?

 

 

「──しばらく見ない内に、どんな登場芸を獲得してるんだ。ジェスター……」

 

 

 ……その声は!?

 バッと顔を上げると、声の主はすぐ近くにいた。

 

 ばっきり折れた釣り竿を手に。

 羽織を着ていない、白い衣服の裾を腕まくりした格好で。

 こちらを呆れ返った目で見降ろしている、

 

「……サクラ、くん……?」

 

 数か月ぶりの再会となる、久しい友人がそこにいた──

 




 お読みいただきありがとうございます。

 第一章の二話を加筆修正しました。編集した第一話でカットされてしまった情報や、前verで書き損じていた補足やら掘り下げを少々(話の内容・流れは変化なし)。


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05 シナリオダイブ

「サクラ君だ──ッ!!?!」

 

「やかましい」

 

「ゲフッ!」

 

 抱きつこうとしたら蹴り飛ばされた。

 倒れて痙攣していると、憐れなものを見る視線を向けられてくる。

 

「どういう経緯でここに来たんだ。お前……宇宙生物だったのか?」

 

「それはこっちの台詞だよ! サクラ君、まさか帰り損なってずっとサバイバルを!?」

 

「してない。もう一度『ここに来た』んだよ」

 

 再訪。

 ってことはラグナ大陸からアルクス大陸に来た……来る手段が見つかったってことだろうか? しかし、彼が一体なんのために……?

 

「──人類が降ったり釣れるのか、この新大陸は」

 

提督(マスター)。流石に予期せぬ事故(イレギュラー)かと」

 

 ──と。

 起き上がると、桟橋に近付いてくる二組の男女があった。

 

 一人は()()()()()()()()だった。

 肩までの短い金髪に、青と金のオッドアイ。ゴーグルのついたシルクハット。貴族っぽい白シャツにサスペンダーのあるショートパンツに、船長服のようなコートを肩にかけている。

 

 もう一人は()()()()()()()()()。空で聞こえた声と同じ声だ。

 背中にかかるほどの長い薄水色の髪に、緑の瞳。少年の服と、どことなく色合いや雰囲気が似た衣装で、淑やかさのある、白いドレスとコートが組み合わさった格好をしていた。

 

 ……思い出した。彼らの格好はアレだ、スチームパンクと呼ばれるスタイルに酷似しているかもしれない。

 

「彼らは……? サクラ君の友達かい?」

 

「いや、どっちかというと敵」

 

「ええ……」

 

 仲間ですらないのか。

 しかし金髪の少年も釣り竿を担いでいるし、そのお付きのように横に控える少女もバケツを持っている。完全に釣り人モードである。一触即発、みたいな空気は感じられない。

 

「そこの緑の人造生命体(ホムンクルス)。面白い心臓をしているな、引き抜いていいか?」

 

 サッ! と僕はサクラ君の陰に隠れた!

 なにあの少年。一声目から怖すぎるんだけどッ!

 

「おい、脅かすな」

 

「だってほとんど魔物だろう、そいつ。どうやって人型の形と思考と魂を保っている? 解剖したいにも程がある」

 

 真顔でおっかないこと言われてる……

 ていうかなんで一目見られただけで僕の正体まで看破されてるの……

 千年間、誰にも気付かれなかったのにぃ……

 

 超自信を失う。何者なんだい彼は。

 

「ジェスター、先に説明しておく。このガキは『アルベルト』。身の危険を感じたら殺していい。もう一人の女は『テレーゼ』。アルベルトの使い魔だ。身の危険を感じたら殺していい」

 

「サクラ君、同行者に対して殺意が高すぎない……?」

 

 一体どんな人を連れてきたの。っていうか、

 

「……アガサちゃんは? 一緒じゃないのかい?」

 

「今のあいつは──」

 

「──おーい。なんか釣れたー?」

 

 声の方角を見ると、そこには長い黒髪を流した少女がいた。

 っていうかアガサちゃんだった。おや、ポニーテールじゃない。黒いジャケットに黒いショートパンツの軽装である。なんか旅行先に来た観光客みがあるなぁ。

 

「や、久しぶりアガサちゃん! 元気だったかい?」

 

「……、……あー……」

 

 サクラ君の陰から出て、軽く手を挙げて挨拶する。

 が、彼女はその赤い目を申し訳なさそうに逸らし、場に微妙な空気が漂った。

 

 ……なんだい? 僕、挨拶するだけで嫌われる境地に至ったの?

 なんて軽くショックを受けていると、サクラ君が補足してくれた。

 

「言っても無駄だ。今のアガサは()()()()()()()()

 

「……え!?」

 

「ア、うんそう。記憶喪失ってやつ? えーと、ゴメンね白衣の人?」

 

 ──久々の彼らとの再会は、やっぱり一筋縄ではいかなさそうだった。

 

     ◆

 

 ひとまずログハウスに案内された。

 僕はエルフの国の道中にある湖に落ちたらしい。そこで釣りをしていたサクラ君に釣り上げられたわけだが……

 

「……あの。このログハウスって……元々ここにあったやつなのかい?」

 

「いや? 野営のために錬成した拠点だが」

 

「僕の知ってる野営と違う!」

 

 住居じゃん! リゾート地!? 旅人が携帯してるものではないよ!?

 

「そうなのか? でも野宿なんてそれこそ命知らずだろ。魔物に襲われたらどうするんだ」

 

「そこは見張りとか立ててさぁ……え、ラグナ大陸じゃこれが普通なの……?」

 

 台所からお菓子を持ってきてくれたテレーゼさんが小首を傾げた。

 

「強度のある拠点を作れない錬金術師はフィールドワークもできません。身一つで素材採集に行ける手練れなら別でしょうが」

 

「これでも竜のブレス程度なら耐えられる強度なんだが、足りねェのか?」

 

 続いてサラッととんでもないコトを言うアルベルト少年。

 

 文明の……圧倒的格差を感じるッ……!

 ドラゴンブレスに耐えられるログハウスって一体……? それって木なの? え、そういう耐性を持つ進化を遂げた木がある? へぇ~すご~い~……

 

 ダメだ、ラグナ大陸の常識はアルクス大陸の非常識ッ! ほぼほぼ別世界の異文明だと認識しておいた方がいいのかもしれない。

 

「こっちには十日前に来たんだ」

 

 窓際のテーブル席に座ったサクラ君が、そう切り出してくれた。それに向かい合うように僕も椅子に座る。

 

「まずは座標の判明していた王国側に不時着して、色々。国王に話つけて友好国になって『開拓の使者』って名義であちこち回っている」

 

「え、王国って極東側だよね? どうやってこっちの西側に来たの……?」

 

 地続きに広がってるアルクス大陸だが、流石に一月足らずで移動できる距離ではあるまい。

 

「そこは錬金術で。空間移動の専門家が付いてきてるからな。まぁ、アガサの弟なんだが」

 

 おっ、噂の弟くん? 錬金術の講義を受けた時、ちょくちょくアガサ君がぼやいていた子だったっけ。来てるんだ!

 

「そっちは今、ヴァンに同行している。向こうも、東側からあちこち探索しているだろうな」

 

「当然のように巻き込まれてるんだねぇ、ヴァン君……」

 

「『宮廷騎士』って顔が広いらしいからな。英雄が信頼を置いている悪魔、ってだけでも幾分か行動しやすい。アガサの部下も何人か付いてて、ちょっとした冒険者パーティになってるだろうな」

 

 ヴァン君がいるというだけでイメージできる王道感。もしやメインストーリーは向こうでやっているのかもしれない。彼も彼で主人公気質だからなぁ、何か面倒事に首を突っ込んでいるかもしれない。

 

「じゃあ、サクラ君たちは、のほほんと旅してるってわけ?」

 

「探し物がある。俺が来たのは回収業務だ。で、それに勝手について来たのがこいつらだ」

 

 左横に目をやると、そこにあるソファ席では三方がじっと僕の方を値踏みするように見てきていた。といっても記憶喪失というアガサちゃんは、普通にサクラ君の話を聞いているだけのように見える。

 

「えー……っと……帝国科学機関に勤務してる、医者のジェスターだよ。西側には出張で来ててね、しばらく上司から帝都には戻ってくるなと命じられたので、あちこち、うろうろしてるところだよ」

 

「お前、なんで空から降ってきたんだ?」

 

「落下療法でもあるのですか?」

 

「生き飽きた系の馬鹿か?」

 

「なんか偽名っぽい名前だね」

 

 ぐさぐさぐさ。クリティカル!

 容赦ない、容赦がないよ君たち。その辺の誤解もきっちり解いておかないと!

 

「えーと……南方にある領地に往診に来たんだけど、そこの領主様が魔法使いでね。スカイダイブはその人に『送られた』結果だよ。ほんと酷い目にあった……」

 

「道理で向こうは嫌な気配がするわけか。まともに機能してんのか? その領地」

 

「いや、至って普通だったけど……?」

 

 ふゥん、と鼻で笑うアルベルト君。

 この子、たぶん見かけだけ子供ってやつだろうな。雰囲気が剣呑すぎるもん。戦争を引き起こしそうな危険人物の香りがする。あの謎の黒髪の少年に比肩する厄ネタの予感……

 

「──てか、アガサちゃんはどうしたのさ? 自分であえて記憶を消したとか、そういう作戦?」

 

「分からん。なんか西側に来た初日の夜、探しに行ったら倒れていた。で、起きたらこの通りだ」

 

「新鮮な役立たずさ! ごめーん!」

 

 笑顔で言い放つアガサちゃんは悪びれる様子もない。記憶がなくなっても彼女らしかった。物騒さも、僕の記憶より八割減しているような気がする。

 

「ジェスター、なんか記憶喪失によく効く薬とか知らないか?」

 

「うーん、『どうやって』記憶喪失になったのかが重要だからねぇ。悪魔のアガサちゃんに効くってことは、呪い以外の……魔術とか、それこそ魔法とか、そういう術によるものだろう? だったら、犯人を探し出して倒すしかないんじゃないかなぁ……」

 

 というか。

 

「アガサちゃん、割と落ち着いている様子だけど……不安じゃないのかい? 記憶ゼロって、自分のことも周りのことも分からないんだろう?」

 

「んー? 別に? ていうか不安ってなに?」

 

「えぇ……」

 

「むしろ労せずして好みの顔と一緒にいられるって素晴らしい。自分が誰だかどうだか? そんなの、()()()に決まってる。以上結論。問答無用。アーユーオーケイ?」

 

「……、」

 

 記憶がなくとも、自分は自分。

 そんな当然のように断言するのか、この子は。

 

 精神を構築するための、蓄積してきた経験も感情も、丸ごと失っているというのに。

 ……なんという芯のブレなささ。虚勢を張っているようにも見えない。本気で彼女は、己の在り方に迷いがないのか……、

 

 羨ましいとは思わないが、尊敬するに値する。

 

「っつーか、テメェの場合はサクッと魂逆行させて取り戻せばいいじゃねェか。良し、そうしよう。それがいい。無差別浸蝕系エネミーを野に放って新大陸を混乱に堕とそう。暇だし」

 

 アガサちゃんが右手に拳銃を取り出してアルベルト君に発砲した。

 同時にアルベルト君もリボルバーをどこからか取り出して銃声を響かせる。

 

 シームレスに開催される銃撃戦。ログハウスの中が一瞬で戦場と化す。こっちに射線、向けないでね? と僕はちょっと窓際に身を寄せた。

 

「俺たちはこれから、北上してエルフの国に行く予定なんだが……ジェスターも来るか?」

 

「あ、行く行く。ちょうど僕の目的地と一緒だね。サクラ君、さっき『探し物』って言ってたけど、何を探しているんだい?」

 

「人理兵装」

 

 流石に耳を疑った。

 だがサクラ君は、顔色を一切変えないまま、いつも通りの声のトーンで、続けた。

 

 

「五番目の人理兵装──『冥棺(めいかん)・終末式5ospel(ゴスペル)』の回収業務だ。使われると()()()()()。だからまぁ……あまり観光気分でいられる余裕は、実はない」

 

 

 主人公ある所に世界の危機あり。

 僕は何も聞かなかったことにして、また湖に飛び込みたい気分だった。

 



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06 アルクス大陸いまむかし

 目の前でログハウスが光の粒子に変わり、消える。

 光はテレーゼさんの持つ白い杖に吸い込まれ、それで「収納」が完了したらしい。

 

「どういう技術なの……」

 

「錬金術です」

 

「さ、行くぞ」

 

 サクラ君、アガサちゃん、アルベルト少年、テレーゼさん、そして僕。

 奇妙な空気感のパーティでエルフの国を目指して歩き始める。旅人一行っていうより……サクラ君たちの圧のせいで、ラスボスパーティ感がちょっと拭えない……さながら僕は頭脳労働担当の、怪しいマッドサイエンティストという具合だろうか。物理に弱そうな役だ。

 

「ところでエルフの国には何をしに行くんだい?」

 

「コレだ」

 

 ピラッと振り返ったサクラ君が一枚のチラシを見せてきた。

 なになに……「エルフ祭」……?

 

「閉塞至上主義のエルフがやる祭りを見に行く。流石に気になってな」

 

「ちょっと偏見が入ってない? ていうかお祭りとかあったんだ、あの国」

 

「燃えてなきゃいいがなァ」

 

「なんで……?」

 

 僕の疑問に、ハッとアルベルト君が嗤う。

 

永命種(エルフ)の里といえば燃えてるモンだろうが」

 

「補足いたしますと。ラグナ大陸の永命種(エルフ)はその昔、太陽神を信仰していたのです。そのため、よく陽が見える山頂付近に村落を築いて生活していたのですが、陽のよく当たる過酷な環境下ゆえ、木々がよく自然発火し、そのため『永命種(エルフ)の拠点といえば燃えているモノ』というのが此方の大衆イメージなのです」

 

「凄まじいなぁ! え、移住するでしょそんなの!?」

 

「いえ、長命種の信仰の固さは短命種間のソレとは比較になりません。それこそ現代では神話と語られることを、実話として語り継ぐ長老もいましたので。なので彼らは年中、燃えている環境で何百年と生活するのが常でした」

 

「そのまま生活してたの!? 今も!?」

 

「ラグナロク後の現在、ラグナ大陸に残っている永命種(エルフ)は多くありません」

 

「あ……そっか、戦争で数が減っちゃったんだ……?」

 

「違う」

 

 と、口を挟んだのはサクラ君。

 

「第一位が顕現する何千年も前、永命種(エルフ)の長が『このまま大陸にいれば種族が滅びる』と予言した。そこで連中は住んでいた領土の山々や森林を切り開き、それを材料に船を建国したんだ」

 

「船を……建国?」

 

「大陸を滅ぼす神から逃れるために造り上げた戦艦型国家。生き残りを選んだ大多数はそれに乗って海に渡り、未だに行方が掴めていない。大陸に残った少数の永命種(エルフ)は、終末戦争に立ち向かった英傑だよ」

 

 ……じ、自分たちの領土を船に作り替えて逃げたっていうのか。

 それまで燃えていようと山頂に留まるほどの信仰心があったのに、それを投げ捨てて海に逃げるほど──彼らは、第一位を恐れた……ということだろうか。

 

「ん……? でも、海に出たから行方不明って、なんで? 船まるごと国になったんだろう? 連絡ぐらいつかないのかい?」

 

「……ラグナ大陸の海は、虚数だ。『次元海峡』と呼んでいてな、入ると自己の境界と、次元の境界の境が消えて、廃人化して死ぬ」

 

「え゛」

 

「だから後を追おうにも、誰も追えない。虚数の海の航海技術を持ちえたのは、後にも先にも、大陸を飛び出した永命種(エルフ)たちだけだ」

 

 ラグナ大陸・異世界説。

 というか魔境だ。アルクス大陸と環境が違い過ぎる。

 

「じゃあ、空は? 海がそんなことになってるなら、空もヤバイのかい?」

 

「空は」

 

 ──誰よりも早く、言葉を差し込んだのはアルベルト少年だった。

 

「空はいい。大気、風、水、光、資源の宝庫だ。高濃度エーテルに満ち満ちた楽園そのもの。暗躍するのに空以上に適した場所はない」

 

「……参考にしていい意見なのかい、ソレ?」

 

 僕にしては非常に珍しいことなんだけれども。

 

 このアルベルト少年、苦手だ。

 

 天敵って感じがする。背中を見せたくないし、縁というものがあるなら顔を合わせている毎秒切りたいくらいには、なんかイヤだ。

 

 彼が目の前で瀕死の重体で現れたとしても、無視してしまうかもしれない。

 医者としての仕事を私情で放棄してしまうかもしれない。

 

 正体とか、真意とか、動機とか、経歴とか、言葉とか。

 ありとあらゆる彼の要素は、「相手にしない」ことが最適解だと直感が告げている。

 

「サクラは好きな場所ってある?」

 

「家」

 

 アガサちゃんの質問に即答するサクラ君だった。

 家って。バリバリの戦闘系のクセして、インドア派なのか。

 

「殺される心配がないからな。こんな世界の外を出歩きたいと思う奴の気が知れない」

 

「確かに……私も閉じこもっていれば、記憶喪失にならなかったかもしれないのに……」

 

「アガサちゃんのは結果論でしょ。サクラ君はその、お疲れ様と言う他にないけれど」

 

 仕事じゃなかったら、わざわざ世界の危機を救いに来るタイプじゃないんだろうなあ、彼。

 こうして関わってくれているのは、まさに奇跡としか言いようがない状況なのかもだ。

 

「オイ現地民。訊いてくるならこっちの問いにも答えてもらおうか」

 

「……なんだい。言っておくけど、僕れっきとした公務員だから。守秘義務に関わることは言えないよ?」

 

「歴史だ」

 

 アルベルト君の簡潔な結論に瞬きする。

 

「今の主要国家の歴史を教えろ。極東の王国、中央帝国、西側諸国、北の宗教国家、南の廃国。──これらはどうやって生まれた? 特に、()()()()()()()()()()()はなぜ滅んだ?」

 

 まぁ、異邦人の彼が一番そこに興味を惹かれるのは、分からなくもない。

 アルクス大陸にあった歴史上の国家で、大帝国ほど稀有な滅び方をした国は、他にないだろう。

 

「んー、じゃあざっくり説明すると。まずアルクス大陸の北側には、『聖国』という始まりの国があった」

 

 ひとまず帝国の教科書範囲にならって、僕は講義を始めた。

 

「当時、人々は『龍』に導かれる矮小な存在だった。その龍と、友である精霊と神々を信仰し、共存していた国が聖国だ。かの国の民は、なんでも神や精霊から()()を受けているのが普通だったんだって。大教皇なんて存在になれば、複数の神から寵愛を受けていたとも聞くよ」

 

「宗教国家か……」

 

「身近に神がいた国家形態だからね。でも、龍の庇護下に入らず、聖国の外では多くの人類の国々が建立していた。その中でも最も力を持ったのが──『科学国家アカシア』」

 

 ……んー?

 アカシアなんて、どこで習った国名だったっけ……まぁ、知識ははっきり思い出せるから、いっか。

 

「当時、人類にとって竜は特別な存在だった。神よりも上の存在として、大陸中が認識していた。その中でアカシアが聖国と同等に力を持ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それは、王国の──」

 

「うん、あの地竜様だね。僕は会ったことないけど。で、アカシアはとにかく研究一筋、って感じの国でね。人間の叡智である科学を謳いながらも、聖国に敵対することなんてしなかった。けれども聖国以外の小国は、続々と統合されていってね……建国から二百年後の『神代大戦』が起こるまで、この大陸は聖国とアカシアの勢力に二分されていたんだよ」

 

「? なんだ、結局戦争してんじゃねェか」

 

「うーん……そうなんだけどね……この『神代大戦』、色々と謎が多いんだ。最終的に、炎の始祖竜が大陸を燃やして強制終結させたと伝えられているんだけど、どうして起こったのかは、分かっていない」

 

 歴史の謎だね、と僕は曖昧に切り上げる。

 

「この聖国とアカシア、神代大戦の時代が、地上暦千年から四千年ちょっと前の出来事。大魔術師ザカリーや聖騎士エディンバルトの伝説はこの後で、地上暦四二〇〇年になって、ようやく『大帝国ヴェルトルーツ』が建国される」

 

「最終的に、今の王国と帝国に分裂したっていう国か」

 

「そうそう」

 

 よく勉強してるなー、サクラ君。王国に滞在していた時に、歴史書でも漁ってたんだろうか。抜け目ない。

 

「大帝国の歴史で外せない偉人といえば、やっぱり『賢者フラメル』や『大帝モーガン』だね。前者は大帝国の建国に関わって、後者は後の大帝国を広げ、今なお恐れられている統治者だよ」

 

「で、どうやって滅んだんだ?」

 

「結論を急がないでよ、アルベルト君。ま、賢者フラメルのことは割愛するとして……建国から四百年後、生まれたのが世にいう大皇帝モーガン。彼の快進撃は凄まじいものでね、当時まだ小国だった大帝国の領土を一気に押し広げ、北で覇権を握っていた聖国と全面戦争までしたんだよ?」

 

「まだ聖国あったのか」

 

「あったあった。もうここまで長寿だと生きた古代国家だね。それだけ信仰を集めやすかったんだろうし、『神や精霊には頼らない』って方針のヴェルトルーツから逃れた人々にとって、理想郷か楽園のような場所だったんだろう。だけど二百年に及ぶ戦争の末、勝ったのは──大帝国だった」

 

 神秘の終わり、とも現代では揶揄されているが。

 聖国が育て上げ、築き上げてきた信仰の力は、今も各所に爪痕を残している。

 それこそ先日、僕を襲撃してきた教団関係の連中のような、ね。

 

「地上暦五一〇〇年、大帝国は晴れて大陸の覇権を握るに至った。人の時代の到来だ。『百年の黄金期』と呼ばれていてね、滅亡までの百年間、モーガン統治の大帝国は平和を保っていた。そして──」

 

 その日は、突然やってきた。

 

 

「地上暦五二〇〇年、八月八日。一夜にして、大帝国は滅亡した」

 

 

     ◆

 

 ──何も残らなかった。

 

 歴史も、文明も、芸術も、思想も、言語も、──何も。

 

「大帝国の滅亡理由は、未だに解明されていない」

 

 全ては夢のように。

 本の最終ページがやってきたように、パタリと大帝国の歴史は、途絶えた。

 

「一夜明けたら、領土の全てが更地になっていた。更に、それを境に大帝国の景色、文化、歴史、技術……その全ても丸ごと『消滅』した。それが大帝国ヴェルトルーツの結末だ」

 

「……兆候はなかったのか?」

 

 サクラ君の当然の疑問には肩をすくめる。

 

「うーん。一部では、夜が明ける前後に強い光があったとかなかったとか……それくらいだね。どこの国がやったとか、誰が何のためにやったのか……何も、今も分からずじまいさ」

 

「地下の高密度エネルギー体が爆発したとかねェの?」

 

「界外からの隕石衝突の可能性も……」

 

「国ってそんな簡単に滅びるんだ?」

 

「いや……だから不明なんだって……」

 

 浪漫たっぷりに語ったというのに、異邦の生徒たちは容赦ない。いや、彼らの唱える仮説も、浪漫性はあるけれど、ズケズケと刺さる指摘の嵐だ。

 

「滅んだんだよ。完膚なきまでにね。かろうじて残ったのは、諸外国にまで名を広めた一部の偉人と、最後の皇帝の名前のみ。後は、伝説上の消失国家となったヴェルトルーツにちなんで語られるようになった、都市伝説や伝承くらい……かな」

 

「ただの『滅亡』じゃねェ、と。経歴まで白紙に戻される“滅び”か……超抜存在の仕業かなんかか?」

 

「それも、仮説の一つだよ」

 

 すると、やはりサクラ君も怪訝な声を上げる。

 

「……そんな滅び方で、どうやって今の王国と帝国が誕生したんだ……?」

 

「王国サイドには、領土から逃れていた皇族の血筋がいたようだよ。今でいう、魔術の始祖──魔術王と呼ばれる人物か。そして帝国には、大帝モーガンの直系とされる皇女がいる。このことから、大帝モーガンには未来視があった説も唱えられているね」

 

「本当に未来が視えるなら、国の滅びを回避するものじゃないのか?」

 

「だよねぇ。そういう矛盾があるから、大帝モーガンにも、大帝国にも、歴史の浪漫たっぷりなのさ!」

 

「現代の歴史家たちが頭を抱えていそうですね」

 

「そうそう。『触らぬ大帝国に祟りなし』、ってね。研究しようにも、大帝の呪いだとか、聖国を滅ぼした天罰だとか、世界の修正力だとかって、不吉な噂が多すぎてね。手出ししたがる人はまずいないよ。本格的に研究がされるのは、もう少し先じゃないかなぁ」

 

 そうやって講義も無事、終わりに近づいた時だった。

 そこでやっぱり刺してきたのは、アルベルト君だった。

 

「──で? オマエはどこまで真相を知ってるクチなんだ?」

 

 ……すっごく嫌な声色。

 この、「こいつこそが犯人だ!」と謎の根拠から確信している、迷惑な探偵のような口ぶり。やっぱり超苦手だよ、この子!

 

「オマエの()()()()からして、帝国滅亡時期から生きてンだろ? 多少は当時のことを見聞きしてるんじゃねェのかよ?」

 

「……なに? 魂の強度って……」

 

「アルベルトは魂の見える魔眼を持っている。だが、別に答えなくてもいいし信じなくてもいい。というかこいつに情報を渡すのは基本的に危険だから、相手にしなくていいぞ」

 

 フォローのようで、単なる悪口じみたサクラ君の物言い。どんだけ危険視されてるんだ。普通そこ、僕を疑って追及する流れなんじゃないの? こっちの味方なの? そ、そう……

 

「チ、赤神子がいるとやっぱやりづれェな……オマエ、人間らしい好奇心すらねェのか?」

 

 ──あ。

 知ってるんだ、彼ら。サクラ君が人間ってこと。

 

「大帝国が消えたにしろ、そこの科学者が観測者にしろ、俺が最重要視するのは一つだけだ。『敵かどうか否か』。歴史が敵として現れたなら相手をするし、そうでないならしない。そして、お前の今言った好奇心は、あらゆる存在の死因の一つとして挙げられるものだ。さっさと自滅しろクソ野郎」

 

 聞いているだけのこっちが震えあがるほどの毒舌だった。彼の刀のような切れ味だった。

 ……このアルベルト少年……どんだけサクラ君のヘイトを買ってるんだよ。過去に何をしたんだ一体……

 

「ハ、自滅しろと来たか。実に人間らしいワードセンスだ、同族の()()()()を罵倒に使う滑稽さは他に劣らないな」

 

 ……? 絶滅理由?

 そういえばサクラ君以外の人間の話は聞いたことがないけれど。

 えっ、ホントの本気でサクラ君が最後の生き残りだったの!? 希少な生き残りの一人、程度に思ってた!

 

「ねーねー。バッチバチに言い合ってるとこ悪いんだけど、アレって私たちが向かってる国?」

 

 と。

 口喧嘩を横に自分の思考に没頭していた僕よりも、しっかりしているアガサちゃんが、ふと指をさした。

 

 その先には森。

 もっといえば、森の中にある人工物の影。

 エルフたちの国、レルレーン。その都市の一つだろう。

 

「……そうだね、たぶん……」

 

 遠目に見た向こうの状況に、ろくな返答が紡げない。

 だってそこは。森の中で築かれた、エルフたちの拠点は今、

 

「炎上……してるけど……」

 

 ──激しい火炎に巻かれて、ゴウゴウと燃え盛っていたのだから。

 



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07 地上の天使

「門は完全に閉じられています。内側から結界らしきものが張ってあるので、外からの侵入は困難でしょう」

 

 足早に街の関所まで向かうと、テレーゼさんがそんな分析結果を報告してくれた。

 ……衛兵の姿もない。守りを結界任せにしている辺り、かなり状況は切羽詰まっているようだ。

 

「ジェスターが空から降ってくることになったの、これのせいかもな」

 

「え、そうなの?」

 

「結界は基本的に『外界を弾く』ものだろ。それに転移、座標移動なんて技術があるなら、結界の精度も更に上がる。魔法使いは厚意でお前を送り込んだんだろうが、それをこの街の結界が弾いてしまっていた……とかな」

 

 じゃあ僕のスカイダイブは事故だった可能性があるワケか。悲しい。

 アルベルト君が小型爆弾らしきものを手に現出させる。

 

「派手に吹き飛ばすか」

 

「索敵って言葉を学習し直してこい。わざわざエルフが()()()()()()()辺り、相当厄介なものがいる可能性がある」

 

 閉じこもっている……すなわち、敵を閉じ込めている、か。

 思えば、この前まで王国もそうだったっけ。ザカリーが展開していた大規模結界によって、遺生物は閉じ込められ、逆説的にアルクス大陸は守られていた……という。

 

「うーん……でもこの結界、条件を満たせばちゃんと入れそうだよ?」

 

「条件?」

 

 うん、と僕は閉じられた門扉に手を当てる。

 結界の入口。つまり、門の錠前部分だ。

 

「これはよくある、『限定下において強力な効果を発揮する結界』さ。ルールに則って通ればペナルティは受けない。今回の場合は……」

 

「門、ですね」

 

 するとテレーゼさんの手に、光……いや、エーテルが収束した。それは一つの物質を形作り、一瞬で錬成が完了する。

 

「鍵を開ければ結界は反応しない……初歩にして基礎。しかし対錬金術師相手では、脆弱セキュリティと言わざるを得ません」

 

「錬金術、便利すぎる……」

 

「これだからラグナ大陸の錠前は秒間変化式が主流だな」

 

 初めて聞いたそんな単語。あとなんでアルベルト君が自慢げなんだ。

 ガチャリ、とテレーゼさんが門の錠……その手前の空間に鍵を差しこむ。結界の術式が彼女には見えているのか。すると閉ざされていた樹木の門は一人でに開き、僕たちを歓迎した。

 

     ◆

 

 燃えている。

 どこもかしこも燃えている。

 

 踏み込んだ街中は、あちこちに火が回っていた。消火活動の痕跡もなければ、住民の姿もない。もう、どこかに避難しているのだろう。

 

 レルレーン領土、第一都市アリア。

 そこに広がる本来の風景は、大樹が作り上げた高層住宅街だったのだろう。しかし今、木々の摩天楼は凄惨なまでに燃え続けている。

 

「これは酷いね……」

 

 大火災も大火災だ。視界が真っ赤。常人は踏み入れば、空気の熱に肺を焼かれることだろう。

 その点、なぜか当然のようにサクラ君を始め、他の三人も平気そうだけど。

 

「北西方向の地下に多数の生命反応があります。こちらは避難民かと。もう一つ、ここから北東方面に、五十人規模の生命反応。動きからして、戦っているようです」

 

「恩を売りさばくチャンスか。余所者らしいイベントじゃねェか」

 

「お前はさっさと死んでその口を閉じてろ」

 

 流石にサクラ君に同意見である。だが、戦っているってことは負傷者がいる。僕という医者の出番だ!

 

「私が飛んで先行します。戦闘に移行した場合は、潜伏しつつ後方支援を行います」

 

 するとテレーゼさんは手元に白い長杖を出して、飛び立った。

 なんと!? でも火災現場で高所移動は危険では!? え、大丈夫なの? そうなの!? どういう種族なの!? 魔砲少女とは一体……!?

 

 ひ、ひとまず、テレーゼさんを追いかける。火に焼けていくエルフの街を横目に進んでいくと、どんどん、戦闘音らしきものが近づいてくる。

 

「一か所に留まるな! 攻撃を分散させろ! 仲間の死を無駄にするな……!」

 

 そんな空気を裂くような兵士の声。

 地面に倒れ伏した亡骸の数は、凄惨かつ絶望的な戦いの存在を示している。

 

「なんなんだアレ? 魔物ってか、ゴーレムの一種か……!?」

 

「殺せば分かることでしょ、アイザックさん。まぁ殺せるか以前に、生物とは思えないケド……」

 

「くっ……冒険者諸君、加勢は有難いが、引き際を見逃すなよ……!」

 

「気にするな。どの道、この街が焼けるのはこちらとしても不便だからな」

 

 ──一見、その戦闘風景は、ちょっと異様だった。

 剣や槍、盾を構えているのは、数十人規模のエルフの兵士たちだ。

 兵士はこの街の戦力として……それを援護するように立ち回っている武装した三人、エルフには見えない。どうやら冒険者のようだ。

 

「……ん? もしかしてノクスさん……?」

 

 見覚えのある立ち姿が一人! カリギュラ伯爵の屋敷で見かけた、黒髪の青年だ! まさかこんなに早い再会になるなんて……!

 

「ジェスター、アレもこの大陸の魔物なのか?」

 

 サクラ君の声で、僕も一番重要な方に視線を向けた。

 彼ら、兵士と冒険者たちが相対している敵の姿を。

 

 

『──地上殲滅対象を確認。命令……続行中……』

 

 

 それは飛んでいた。滞空していた。

 地上およそ三十メートル付近に、一体の人影。

 白い肢体に、仮面をつけたような顔面。しかして人の気配はなく、その背部には──六枚の機械で出来たような細い翼が、生えていた。

 

 ──天使。

 

 不意に、そんな単語を思いつく。

 だがアレは……アレは天使を模したような、人形に近い。機械人形だ。

 

「……なにあれ……見たことないよ。科学兵器の一種みたいだけど、帝国でも大帝国の科学力でも、あんなものは知らないよ……」

 

「現代の科学者が言うなら間違いないか。おい、アルベルト──」

 

「──テレーゼ。()()()()()

 

 金髪の少年が言い放った一言を、処理するのに二秒かかった。

 ……え? 今なんて?

 

「了解しました。生け捕りにしますか?」

 

「いや、壊していい。回収、解析できれば御の字だ。クク、いいな新大陸。未知のものが向こうからやってくる……ッ!」

 

「こいつ……ジェスター、聞いての通りだ。安全なところにいるか、向こうの連中に話つけておいてくれ」

 

「えっ……えぇ!? ちょ、三人とも!?」

 

 そこでテレーゼさんの姿が消える。

 前に出たアルベルト君が、その手にライフル銃を生成する。

 苦い顔のサクラ君が、鯉口を切った。

 アガサちゃんは──

 

「がんばえー」

 

 ──完全に観衆モードだった。

 

「いやっ、君は指揮官じゃないの!?」

 

「へ? 指揮? あんなの、攻撃全部かわして攻撃叩き込むしかなくない?」

 

「脳筋戦法ッ!!」

 

 だが──究極的にいえば、戦いはそれが全てだ。

 攻撃なんて、当たらなければどうということはない。

 記憶を失って、反射でそんな最適解を出すってことは……彼女の無意識でも、あの敵にはそれが最善だと結論しているのだろうか……?

 

『人類脅威度、DからCへ。迎撃機構、アンロック』

 

「!?」

 

 その時、天使の翼が動いた。ガチャン、と羽ばたくように変形したそれは、羽のような部分から銃口のようなものが見えた。

 

「ッ……!? 全員、結界を張れ! 何か来──」

 

 エルフの兵士たちが防御姿勢を取るが、もう遅い。

 予備動作もなく、次の瞬間、天使の翼からは青い光線雨が発射される。

 全てを焼き尽くす広範囲射撃だ。逃げる術も、逃れる術もない──!

 

星塵の盾(エスクード)

 

 しかし閃光の後、光線は防がれた。

 大気に舞う、銀の光の粒子。それがおそらく──僕にはどういう原理か一切不明だが──盾となって、光線を防いだのだ。声からしてテレーゼさんの錬金術、だろうか?

 

「──ッ? これは──」

 

「まずは耐久テストからだ。試作044:禍津の呼び笛(ギャラルホルン)!」

 

 兵士たちが困惑する中、アルベルト君の命令と共に起きた事象に、目を疑った。

 炎の手。

 周囲の炎が、巨大な拳を形作って、天使にストレートを放ったのだ。

 

「いいぃぃぃッ!?」

 

 それなんて魔術!? マジックショー!?

 なんて思っている間にも、炎の拳は天使に直撃。ゴリゴリガリガリと、まるで天使の周囲の空間を削るようにして衝突を続ける。

 

「はーん、周囲の空間をズラして壁にしてやがる。小賢しいな。破壊者なら正々堂々とやれってもんだ」

 

「無数の迎撃術式を侍らせているお前が言うのか」

 

 呆れたようなサクラ君のツッコミ。この場においては唯一の心の安寧だ。

 

「……な……なんだ!? 援軍か!? お前たちは一体……」

 

「ッ! ああっと、僕僕ジェスター! 帝国の医師です! えっと、困ってるみたいだから加勢するよ! 僕の護衛がね!」

 

 口が回るな、とボソリとサクラ君からそんな声が聞こえる。褒め言葉として受け取っておこう!

 一方で、僕の台詞を受けた兵士や冒険者たちは、半信半疑な空気感。だが。

 

「──あの医者は知っている。お前たちは負傷者を連れて退避しろ」

 

 そこで状況判断が早かったのは例のノクスさんだった。

 おお、歴戦の冒険者って感じ! 僕のことも認知してくれて嬉しいな!

 

「ジェスター……っ、あの根絶不可と言われた流行病を治した名医か!? 恩に着る! 各員、今の内に負傷した者は下がれ! 動ける者は引き続き私の指揮下で働いてもらうぞ!」

 

 おー。優秀なエルフの兵士だ。世間でいうプライド高山は嘘だったんだね。地味に僕のことを「名医」と正しく認識されているのも高ポイントだぞ──!

 

『攻撃無効プログラム、構築。迎撃対象を変更──』

 

術式看破(インターセプト)

 

「コード:攻撃機構(メインサーキット)

 

 炎の拳が消え、テレーゼさんの声の後、ライフル銃を構えたアルベルト君が引き金を引いた。

 ドガァン! と収束したエネルギー砲が紫の光線として放たれる。ライフル銃、見た目だけのようだ!

 

『損傷、三パーセント……』

 

 光線は天使の左翼の一枚を撃ち抜き、姿勢を傾かせる。初めて入ったまともな攻撃だったのだろうか、エルフの兵士や冒険者側からも、どよめきの気配がする。

 

「さ、サクラ君サクラ君っ。アルベルト君って何者なんだい!?」

 

「前に話した大国を一夜で滅ぼした野生のテロリスト」

 

 無情な返答に、僕は自分の期待が虚無に散った感覚を覚えた。

 ……あー。

 そりゃあ僕……受け付けないワケだ、ね…………

 

「またの名を破壊提督ギルトロア。今の姿は、フィールドワーク用だとかいう端末だ」

 

 ……中身の年齢が違うどころか、本体ですらなかったのかっ!

 どこまで自由だ錬金術師。いや錬金術。

 今はまぁ、その技術に頼るしかないんだけどもッ!

 

『損傷修復完了。殲滅対象、一掃開始』

 

 カッと再び開いた翼に、光が収束する。

 高い所から攻撃とか卑怯だぞ! っていうか機械のクセに自己修復ってなにさ! 無駄に防御が固いのもクソゲーだ! そりゃあこんな地獄になるハズだよ!

 

「社門」

 

 サクラ君が呟くと同時、光の爆撃が降ってくる。だがそれは、フィールド一帯に現れた赤い門──鳥居の壁群によって遮断された。

 

「空間位相、特定しました。提督(マスター)

 

「よくやった。さっさと落とすぞ」

 

 テレーゼさんと提督少年の周囲に、金色の光が奔った。次の瞬間、提督の周囲には四十丁はあるライフル銃が展開され、天使に狙いを定める。

 

『量子防壁展開』

 

「さて、残機はいくつだ?」

 

 直後、放たれた。

 刹那に天使の姿も失せる。空間転移による回避行動か。しかし銃撃は「何か」に直撃し、煙が晴れた後、遠くの上空をスライド飛行する天使が見える。その四肢は傷こそあったものの、一瞬光ると元通りに復元した。……攻撃、効いたのだろうか?

 

『永久回路接続モードへ移行。敵対象Aの優先度を再設定。炉心稼働。ブレード使用の申請を許可。データ送信──失敗しました。サーバー情報が確認できません。申請を自動破棄します』

 

 なになになんて?

 微かに聞こえた機械音声の内容に眉をひそめる。なんか制限解除してパワーアップ? サーバー情報って? こんなのを管理しているモノがどこかにあるの? ああもう、考察にばかり思考がいってしまう!

 

「──解析した。動力炉が三つあるな。オイ赤神子、ちょっと突っ込んでこい」

 

「位置は?」

 

「知らん。強い反応が三か所あるってだけだ」

 

 それを斬れ、と。

 中々に無茶苦茶なことを言う提督だが、サクラ君に言うのならば、無茶も無茶じゃなくなる。

 

 現実的には不可能なことが、可能になる。

 

 だって彼は、それができることを証明してきているのだから。

 

『殺害機構、稼働開始』

 

 物騒すぎる機械音声。と同時、再びその姿が失せた。

 空間の揺らぎ。微かな違和感に僕が気付いた時、

 

「お」

 

 ──提督少年の姿が吹き飛ばされた。

 直後、どこぞの大樹の虚に突っ込んだのか、盛大な衝突音が聞こえてくる。

 

「アルベルト君!?」

 

 ここにきて超超近距離!? ゾッと肌が寒くなるのを感じながら、天使の姿を探そうとした時、

 

「危ない」

 

 素早くアガサちゃんに首根っこを掴まれた。

 と、すぐ目の前を強風が通って、それがただ通り過ぎただけの天使だと分かるまで約三秒。

 

『対象Aの生命反応、途絶。殲滅を再開します』

 

 輝く六枚の機械翼。

 もう何度目かの広範囲掃射。しかし、それが放たれることはなかった。

 

「抜刀理論・空斬説」

 

 きっかり三閃、斬撃がその翼に直撃した。天使が地上に叩きつけられる。

 生成された光線を斬ったらしい。けれども、起き上がった天使の翼はまだ残っている。サクラ君でも斬り落とせていないって、どんな耐久性してるんだ……!?

 

『脅威反応──』

 

 紅蓮の剣士は、既に天使へ接近していた。

 至近距離で一人、白刃を閃かせて。

 

「新月理論・絶華波刃斬(ぜっかはばきり)

 

 恐ろしい、いやおぞましい量の斬撃が見えた──気がした。

 たった一つの対象を斬り刻むためだけの絶技。

 それ以外の用途を一切不要と断じたような、一撃。

 

 砂塵ごと切り裂いて、四方からの斬撃華が天使を八つ裂きにする。

 だが天使は人型の原型を保っている。多少、表面に傷がついただけだ。──機械仕掛けの中身が露出する程度の、深い傷跡を負っただけだ。

 

『損、傷──三十パーセント──』

 

「頭、心臓、翼の付け根だ。好きに選べ」

 

 サクラ君が一歩、後退した。

 直後──

 

「焔剣・火閃」

 

「《魔導黒壊(メイストーム)》」

 

 炎の大剣を持った青年と。

 黒い剣を携えたノクスさんが。

 

 示し合ったかのように完璧なタイミングで接近し、頭部を横薙ぎに炎剣が、翼部分を背後から黒剣が破壊した。

 

星塵を作れ地上破壊砲(レイジング・クリムゾン)

 

 続いて、長距離からの深紅の光線。

 テレーゼさんによる砲撃は、仰向けに倒れようとする天使の胸を貫いた。

 

「やっ……た?」

 

 って、言ったらよくフィクションでは敵が復活したりするものだけど!

 けれど完璧な攻勢だった。流石にアレでは生きていま──

 

『損傷拡大。炉心回路……修復不可──自動爆破機構を展開します』

 

 え。嘘でしょ?

 

そういうのいいから(抜刀理論・空斬説)

 

 間際の機械音声にぎょっとしたところで、サクラ君が何やら一閃。

 ぱきん、と天使内部の「何か」が斬られ、天使から放たれようとした強大な気配が失せる。

 

 刹那、糸を張ったような静寂。

 稼働を打ち切られた機械人形は、そこで無機物らしく黙って崩れ落ちた。

 



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08 幕間と離脱

 おそらく、こういう試合運びだったのではないかと思う。

 

 まずテレーゼさんと提督少年による解析・阻害。

 んでサクラ君による凄い斬撃で、弱点把握。

 次にノーガード状態になった天使を、経験と勘で飛び出した二人とテレーゼさんが攻撃。

 おまけの自爆行動を、油断なくサクラ君がキャンセル────と。

 

 いやぁ、凄いものを見た気がする。

 

「はい、これでオッケー。安静にねー」

 

「ありがとうございます。ドクターが来てくれて助かりました」

 

「ははは、僕はなーんにもしてないからねぇ。お礼なら戦った皆に言ってあげたまえよ」

 

 そうやって手当てを終えた患者がまた一人、去っていく。

 

 第一都市──避難所。

 どうやらこの都市を襲っていた外敵は、あの天使一体……いや、一機だけだったらしく、討伐を確認された後、動ける人員は消火活動や治療に奔走していた。

 

 僕はご覧の通り、避難所に運び込まれた怪我人を診てやったり、ついでに体調不良の人を診察したりと、職務に従事している。

 

「あの……申し訳ありません。大した対価も支払うことができず……」

 

 やってきた隊長っぽいエルフの人にひらひらと手を振る。

 

「いいっていいって! これは僕個人でやってることだし。それより街の方はどう? 鎮火したかい?」

 

「ええ、あのテレーゼさんという人が、主に。魔術師……なのですか? 一瞬で街中に雨を降らせるなんて、凄い人ですね」

 

 ……どうやら鎮火活動は、一時間もしない内に終わったらしい。

 それもこれも、空飛んでなんでもござれなテレーゼさんあっての事だ。おそらく雨を降らせたのも錬金術としての技術の一つなのだろうが、まったく、アルクス大陸の既存文明を揺るがしかねないほどのオーバーテクノロジーである。サリエル君が僕から知識を消したのも頷ける。

 

 というか、テレーゼさんも何者なんだろうか。

 あまり魔力の気配を感じないのに、ホイホイ飛行してるし、杖から凄いビームも出すし。魔法使いの家系です、みたいな事実でもないと納得いかない。

 

「ふー、こんなところか」

 

 患者もはけてきて、ぐっと伸びをする。

 まだ安静にしている人々は多いものの、おおよそ目は通した。重傷者は少なかったが、死者が多い。泣いている方々をちらほら見かける。

 

 死は、いくら名医でも手が出ない領分だ。

 

 誠に。

 非常に。

 ──残念ながら。

 

 まだこの手は、死に届かない。

 

     ◆

 

「来たか、ジェスター」

 

 サクラ君たちの行方を人に聞き、やがて僕が辿り着いたのは一軒の飲食店だった。

 お客の数はそれなり。おそらく火災前から開店していたのだろう。ここは被害を受けなかった地域のようだ。しかしまぁ、他の客はともかく、事件の最前線にいた直後に食事って。

 

「君たちの順応性の高さには恐れ入るねぇ……」

 

「麻痺しているだけだと思うぞ。そういう感想を持てる感覚は大事にしておけ」

 

 むむ。一本取られてしまった気分。

 何を言うこともできず、黙って僕はサクラ君の右横に座る。ここは窓際のテーブル席で、向かいではアガサちゃんが黙々と料理を口に運んでいた。

 

「テレーゼさんたちは?」

 

「まだ『天使』の解析にかかっている。今頃は衛兵に連行されてるかもしれないけどな」

 

 その前に彼らは彼らで、腹を満たしに来た、というワケか。

 ……まぁサクラ君もアガサちゃんも、あの二人とは積極的に食事を共にしたいほどの仲ではないのだろう。どっちかというと殺意高めだし。

 

「アルベルト君……提督はアレ、大丈夫だったかい? 思い切り攻撃喰らってたけど」

 

「ピンピンしていたぞ。所詮は端末だからな。ざまぁない」

 

「サクラサクラ? そのかけてるやつ何?」

 

「ソース」

 

「くれー」

 

 サクラ君の前にはレギュラーハンバーグが、アガサちゃんの前にはベリー・スパゲッティがあった。どっちもわざわざ調味料をかけるようなものじゃないと思うんだけど、満足そうに食している。

 

「注文は?」

 

「あ、じゃあこの店で一番辛いやつを一つ」

 

 店員がやってきたので適当に頼んでおく。

 ──と、なにやら二人から視線を感じた。

 

「……何?」

 

「行きつけ?」

 

 サクラ君がそう小首を傾げ。

 

「辛いもの好きとか?」

 

 アガサちゃんも意外そうな顔をする。

 いやいや、と僕は肩をすくめた。

 

「行きつけでもないし、特別辛いのが好きってわけでもないよ。そりゃ健康体の維持にはバランスの取れた食生活を医者としてお勧めするけど、僕にとって食は趣味みたいなものだからね」

 

「普段は栄養剤で食事を済ませるとか?」

 

「いや? 食べないよ。別にお腹空かないし」

 

 ノーフードノーウォーター。

 二、三十年くらい食事抜きで生活しても、特に困ったことはない。医者として必要な知識として、栄養に関する知識はあるけども。

 

「不健康な医者だな……」

 

「ジェスターって変人だね。こんなに美味しいのに……」

 

 ──この場にヴァン君辺りのツッコミ役がいたなら、「そういうレベルの問題か?」くらいの一言はあったかもしれないが、生憎といないので、そういう二人のリアクションだけでこの話題は終了する。

 

 ま、僕のことよりも。

 

「……アガサちゃん、本当に雰囲気変わったねぇ。種族『らしい』気配、ほとんど感じないけど……」

 

 悪魔らしさ。邪悪性。

 以前はそういった「負の気配」──悪魔らしい殺伐と剣呑と呪いの気配を持っていた彼女だが、今、目の前で食事をしているアガサちゃんは、そういった要素がごっそり抜けて、普通の魔族のようだ。

 

「そこは記憶が消えた影響だろうな、間違いなく。さっさと元通りになって欲しいものだが」

 

「いやー……どこに落としたんだろうね。けどサクラのことは信頼できると思ってるよ? アルベルトとかテレーゼみたいに、記憶喪失に便乗して変なこと吹き込んでこないし」

 

「あぁ、『いくらお前に金を貸してたか』、みたいな?」

 

「いや。物凄く鮮明な捏造映像の記憶とか、ありそうな過去っぽい記憶とかを、精神にダイレクトに叩き込まれた。どれもピンと来なかったから『嘘っぽいな』って弾いたけど」

 

 僕の中であの二人組の株が急降下した。ストップ安だ。

 悪魔よりもおぞましい! 邪悪すぎる!!

 なんで野放しにされてるんだろうか? 隙を見て僕が殺りにいってもいいくらいの気分になってきたぞ。無謀という点に目を瞑ればワンチャンスあるって。

 

「安心しろジェスター。報復はとっくに俺がやってる。十八等分にしたからな」

 

「そうそう! アルベルトの奴、元はテレーゼと同じぐらいの年だったけど、それであんなに縮んだんだよね。ざまーみろってカンジ!」

 

 僕は今、正しく理解した。

 いや、その前に“等分”なんて物凄く無駄に超技術が使われてるな、なんて思考がよぎったが。

 サクラ君たちのパーティ──とっっくに破綻してるじゃないか!?

 

「どうりでナチュラルに殺伐としてると思った……!」

 

『ご注文の激辛セットです』

 

 そこで注文した品が目の前に召喚されてきた。どうも、と代金と数枚のチップを魔法陣に投げ入れて食事を開始する。主食、主菜、副菜、汁物、ぜんぶ真っ赤だ。まるでサクラ君の羽織のよう。

 

 辛い物を選んだ理由は特にない。

 飲食店に来たなら飲食をするのがルールだ。それに従っただけである。

 

「サクラー、甘味頼んでいい?」

 

「俺も欲しい」

 

 隣ではそんなやり取り。

 とまぁ、やがて僕も食事を、彼らもデザートを完食しようという時になって。

 

「────『開拓の使者』様ですね? 国王陛下がお呼びです。食事を終えてからで構いませんので、ご同行を願います」

 

 店に入ってきた数名の衛兵隊が、次なる展開を持ってきた。

 

     ◆

 

 連れてこられたのは、この街の中央にある神殿だった。

 あの王国にもある世界樹を思わせる大樹と、大理石を削り上げた建築が融合する一大施設。

 個人的には観光名所とかにすればいいのになー、なんて思う。神殿というか、人が住める迷宮のような趣だ。

 

 で、僕たちが通されたのは、でっかい通信結晶が置かれた部屋だった。

 玉座があって国王がいて──とかではない。というかエルフの王は滅多に人前に姿を見せない。女性なのか男性なのかすら、エルフ社会外の一般人には到底知りようもないことだ。

 

『この度は第一都市アリアへの防衛助力、並びに侵入者の排除に協力いただいたこと、まずは王として謝辞を送っておこう──使者よ』

 

「……生々浅い身には光栄の至りで御座います」

 

『異邦者なりに敬意を示そうという努力は認めよう。──だが、同じく汝と共に来訪した他二名の異邦者……彼らは侵入者の残骸を盗み、アリアから姿を消した。これについて弁明、ないし擁護の言葉はあるか?』

 

 なにやってんの提督────!!

 何も知らせずに勝手に消えたの!? よりにもよって、あの天使の残骸を持って!? もー! こんなの残された側のサクラ君が面倒くさい立場になっちゃうって!!

 

「皆目見当もつきません。見つけ次第、公開斬首の後、最も残酷な処置方法を施すのが適切かと」

 

『ぇっコワ……ああいや、コホン。そ、そちらの苦悩は読み取れた……なんというか……えー、同情はするが、ここは我らエルフの国。いくら、ロアネスおじ……ゴホン、王国陛下からの紹介といえど、我が国の法にのっとり、無断入国・無断出国は罰金刑である』

 

「すみませんでした。然るべき手続きの後、お支払いさせて頂きます」

 

『い、潔いな……いや、今のは試しただけだ。都市壊滅の危機を救ってくれた御身に、罰金など課すものか。盗人の方の仲間は別だがな』

 

「素晴らしいご配慮、痛み入ります」

 

 ……なんだろうな、この聞いているだけでも地味に和みのある会話は。

 通信結晶越しとはいえ、聞こえてくる国王の声は厳格なもの……もの……なのだろうが……その、思っていた以上に幼い声というか、もしかして今代のエルフの王様って、幼女系なの?

 

『それで、そちらにいる黒髪の女は……悪魔、とも聞いている。本当に危険はないのか? きちんと制御はできているものなのか?』

 

「アガサ、お座り」

 

「にゃー」

 

 すっ、とアガサちゃんがその場で両膝を抱える姿勢で腰を下ろす。

 証明方法、ソレでいいの!?

 

「縦軸に三回転して竜の鳴き真似しろ」

 

「……ジェスター、竜の鳴き声ってどんなの!?」

 

「知らないよ!? 困ってるからサクラ君も止めたげてよ!?」

 

『なるほど……主従関係……服従はできているようだな……』

 

「えぇー……」

 

 納得しちゃうんだ王様。これでいいんだ王様。

 ま、まぁ、今のアルクス大陸の常識から考えて、こうして何の対価もなしに悪魔が言いなりになるって……ちょっとあり得ない光景か。

 

『いいだろう。ロアネス王の推薦に免じ、この場ではもうその悪魔に関しては追及しない。次の話だが……率直に言って、使者よ。我が国に仕える気はないか?』

 

 エルフの王の発言に、ちょっとビックリする。

 しかし案の定、サクラ君は即答した。

 

「不可能ですね」

 

『……理由を聞こう』

 

「職務上の問題です。私は国家に所属することはできません。我が社の目的は、『人界の脅威を排除すること』。命が下れば、その排除対象は外にも内にも向かう。仮にエルフの国が、人界に対して増長するような事になれば、私は敵として貴国に歯向かうことになるでしょう」

 

『フン……それは誰の権利で、誰の許可で行っている?』

 

「【()()()()()()()()()()()()()()?】」

 

『ッ……!!』

 

 ギシ、と空間が軋んだ気がした。

 今のサクラ君の言葉は……神聖言語、だろうか? そんなものも話せるのか、彼。

 

「ばたんきゅー」

 

「あっ。え、アガサちゃん!?」

 

 ゴロン、と座っていたアガサちゃんが静かに横に倒れる。その顔は青白く、まるで乗り物酔いにでもなったかのようだ。

 そっか、神聖言語なんて悪魔にとっては呪いの言葉と同じだ。声、空気の震えだけで、本能が拒絶反応を示すのだろう。

 

『……忘れよ。しばし、ああ、戯れが過ぎたようだ……本題に移ろう』

 

「賢明なご判断かと」

 

『貴様と話すのは疲れるな……ふう。そちらの目的は人理兵装の回収、だったな。ちょうど、その情報に関して各国、各組織で浮足立っている頃だ。なんでも、ある迷宮(ダンジョン)に秘宝として守られているらしく、これを手に入れんと躍起になる者が後を絶たない』

 

「ダンジョン、ですか。なぜそんな事を?」

 

『どうせ人理兵装(レリック)はそちらの大陸でも重視されているものなのだろう? であれば、中立を、均衡を謳う社に、いっそ持ち帰られた方が幾分かはマシだ。過ぎる宝など、人の手の届かぬ場所にある方がよい』

 

「……断っておきますが、社に対して、貸し借りの概念は通じないかと」

 

『だが、貴様個人に対しては作れるだろう? ノストシア国が、最終的にそちらの助力を受けることを選んだのも──そういう狙いがあったからではないのか?』

 

 大物っぽい言い回しをする幼女陛下(想像)。

 だがしかし、サクラ君はどこまでも無情だった。

 

「……はぁ。残り百年もない個人に、かける期待が大きすぎる気がしますが」

 

『……えっ、そんな短いの!? あ、い、いいや、万が一! 万が一のためだ! 昨今は慌ただしいからな! 保険だ保険! ははは、はーはははははは!!』

 

 あれ、ちょっとハズレ引いたカナ、みたいな空気を笑ってごまかしにかかるエルフの王。

 ……ところで思い出したけど、今のエルフの王って老衰で臥せってるから、きっと彼女は代理陛下だ。優秀なんだろうけどなぁ……若干の想定の甘さは、経験の浅さの表れか。オンオフのキャラ切り替えにもブレがあるし。

 

 なんとなく──こういうのは、あの炎竜様を思い出したりする。

 あの赤い少女の場合、経験不足とかどうとかではなく、もっと根本的な部分で参っていたような気配だったけど……、

 

『で、ではアルクスの旅の続きを楽しむがいい、使者たちよ。最近の大陸は、呼んでもいない天使然り……物騒だがな』

 

 そんな不穏を滲ませる王様の締めの言葉で、この場はお開きとなった。

 

     ◆

 

「──なんかノリで僕も使者扱いになっちゃったけど、良かったのかなぁ?」

 

「完全に空気に溶け込んでたよなお前」

 

「いんじゃね……そこまで重要な話じゃなかった、し……」

 

 神殿から出て、僕はサクラ君に背負われているアガサちゃんの後ろを歩いていた。

 重要な話……結構してたと思うけどな。

 個人的には、サクラ君が神聖言語を話せることとか、「社」っていうサクラ君の職場の立ち位置とか分かって、かなり収穫だったけど。ああいう空気感を体感して、なんとなく理解は深まったし。

 

「当面は逃げた二人組と……ダンジョンか。ジェスター、何か知らないか?」

 

「ダンジョン関係なら、冒険者が専門だろうね。僕は最近の彼らの事情は知らないから、ギルドに行って直接聞いてみるのがいいかも──お?」

 

 そこで僕の視線は、ある一点に留まった。

 まるで神殿から出てきた此方を待ち構えるように、知っている人物が現れたからだ。

 

「開拓の使者。今、時間はあるか」

 

 有無を言わさぬような強い意志の双眸。

 ──噂の冒険者が一人、ノクスさんだった。

 




サブタイトルを追加してみました。


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09 迷宮の誘い

 ──冒険者ギルド。

 

 と、いうのはあくまでも呼び名で、正式名称がちゃんとある。

 

 その名も、『大陸連合ギルド』。

 

 元々は、一部のハーフエルフといった、中途半端な寿命を持つ長命種を中心に、主に「100年単位の寿命種族が安定して稼げる場」として設立された組織である。

 

 アルクス大陸は、まぁ大小あれど戦争が多い。

 それでよく国が滅びる──で、長命種たちはよく職場を失う。

 いちいち就活とかやってらんねぇよオラァ、みたいなノリかどうだったかは別として、まー、数百年単位で雇用してくれる職場なんて、それこそ自国しかないような環境ばっかりで。

 

 そういう意味で、「ギルド」は雑多な仕事を斡旋する組織として、非常に需要が高まった。

 

 “仕事小屋”、“職業館”、“大陸連合ギルド”──と、時代と共に名を変えて。

 

 現在では「大陸中立派閥」としての地位を確立して、国同士で戦争が起きても、ギルドに所属する者は徴兵されることがなくなった。

 あくまでも“仕事の仲介役”という立場を崩さず、一国の王が依頼する時だろうと、相応の代金と報酬を要求する。

 

 そんなギルドに属する者たちを総称して、「冒険者」と呼んでいた。

 

     ◆

 

「俺はノクス・グレイバーグ。冒険者だ。先の『天使』との戦いでは世話になった」

 

「いや……そこまで世話した覚えはないぞ」

 

「あの場で誰も地に落とすどころか、傷一つも付けられなかった相手に、隙と弱点を作ったのはお前だ。謙遜しなくていい」

 

 はぁ、と居づらそうに視線をさまよわせるサクラ君。

 

 僕たちは現在、ギルドにいた。各国に一軒は存在する支部の一つだ。そこの貴賓室らしき部屋に通されて、僕らはノクスさんの対面にいる形でソファに並んで座っていた。

 

「そんなお前たちの実力を見込んで頼みがある。長年手こずっている迷宮(ダンジョン)踏破に協力してほしいんだ」

 

「ダンジョン?」

 

「『死終(しつい)の塔』と呼ばれる史上最難関の迷宮だ。──その最奥部には、人理兵装が眠っているとも噂されている」

 

「……!」

 

 人理兵装、と聞いてサクラ君の顔が変わる。

 彼の仕事は、元より五番目の人理兵装の回収だ。願ってもない誘いだろう。

 

 ……死終の塔、か。

 そこはベテランになった冒険者たちがやがて目指し始める試練の場。しかし、あらゆる熟練たちが次々と消息を絶つ「死の場所」としても恐れられ、本気の命知らずだけが挑むような場所とも揶揄されている。

 

「俺は冒険者の古株として、生きている内に果たせる仕事は果たしておきたい。使えそうな人材を数百年探して、ようやく見つけたのがお前だ。報酬はいくらでも用意する。引き受けるのになにか条件があるというなら、何でも言ってくれ。俺のできる範囲なら叶えよう」

 

 ……物凄い引き入れようだ。彼はサクラ君の実力をそこまで買っている……いや、見抜いているのか。

 数百年かぁ……確かに、サクラ君のような超人材と会えるチャンスなんて、この先、無いに等しい。同じ長命種として、ノクスさんの考えはよく分かる。

 

「……うーん」

 

「サクラ君、悩むの?」

 

「ジェスター、俺がこの国に来た目的を忘れたのか」

 

 ……目的? ってゆーと……ああ!

 

「……エルフ祭のこと? あれ、そんなに本気で求めてたことだったのかい!?」

 

「だって気になるし……」

 

「エルフの祭り……? どこでそんなことを聞いた?」

 

 怪訝な顔になったノクスさんに、これだ、とサクラ君が例のチラシを見せる。

 それを受け取った彼は、ちょっと、言い辛そうにこう言った。

 

「……これはドワーフが作ったジョーク広告だな。プロパガンダの一種だ。かなり精巧だが、この紙は石で作られている。鍛冶技術をこんなに無駄遣いした例は初めて見たが」

 

「……ないのか、エルフ祭」

 

「この大陸にはエルフの寿命くらい住んでいるが、そんなものはこの地域で見たことも聞いたこともないな」

 

「えー……」

 

 あからさまにガッカリするサクラ君。彼の中でエルフへの期待が大きく下がった瞬間かもしれない。ドワーフのプロパガンダ、まさかこんな影響をもたらしてしまうとは。

 

 ……け、結果は残念だったけれど、このチラシが無かったら、サクラ君はエルフの国に来なかったのだ。ドワーフ側からしたら、敵に鉱石を送ってしまったようなものだろう!

 

「……それで、引き受けてくれるのか?」

 

 ノクスさんの催促に、ちら、とサクラ君が僕の方を一瞥した。

 ……あ、あれ。なんか嫌な予感。

 

「俺たちはそもそもコイツの護衛だ。護衛対象を残して冒険に行くことはできないな」

 

 な、なんか言い出した! そっか! そういえば口から出まかせにそんなことも言った! ここで僕に振ってくるのかい!?

 

「ふむ、先約ということか。ならドクター、話は聞いての通りだが──」

 

「あー、分かったよ。僕もその攻略についていくのが一番話が早い。それでどう?」

 

 こっちの提案に、ノクスさんが意外そうに瞬きした。

 

「……迷宮攻略の心得があるのか?」

 

「一応これでも冒険者ライセンスは持ってるよ。もう七百年は前だけど、『死終の塔』に挑戦したこともある。まぁ、初めの調査で僕以外が全滅しちゃって以来、近寄らないようにしてたけど……」

 

「!? 発見初期の先遣隊の一人だったのか!?」

 

「お前の経歴どうなってんの……」

 

「冒険者稼業だって僕にとっては暇つぶしの一つさ。飽きたから止めたけど」

 

 冒険者は医者をやる前に手を出していた()()だ。

 たった十年しか続かなかったけど、とても参考になった日々だった。

 

「人理兵装、あったのか?」

 

「それは分からないかな。僕たちは最奥部まで行けなかったから。まぁ実際、とんでもない難易度だから、そういう噂が立つのも仕方ないかもしれないけどね」

 

「あの迷宮の経験者というなら心強いな……だが、今の貴方は帝国所属だろう。科学機関の権威が、そんなところに行っていいのか?」

 

「権威って程じゃないさ。それに今は帝都から出禁を喰らっているしね。数日前のテロ騒ぎはそっちも知ってるだろう?」

 

「……」

 

「テロ?」

 

 おっと、そういえばサクラ君たちには話していなかった。

 

「少し前、前皇帝の葬儀があってね。その時、おっかない剣士が皇族を襲撃したのさ。巻き添えをくらって、僕も危うく殺されるところだったよ……」

 

「あちこちゴタついてるんだな……」

 

 できることなら二度とは会いたくない相手だ。なんか色々、面倒そうな事情を抱えていそうだし。

 ただ……サクラ君がいる以上、何が起こっても僕は驚かないけどね!

 

「ま、そんなワケで身を隠すためにも、遠出するのは推奨されているのさ。戦力になれるかは分からないけど、足手まといにはならないつもりだよ」

 

「……そういうことなら同行を頼もう。ギルドの規則を多少破るが、そこは強行する」

 

「あー……迷宮への挑戦が許可されてるのってAランク以上だったっけ。ノクスさんはどこのランク帯なんだい?」

 

「Zランクだ。いくつか特権が効くから、ランク降格者だろうとギルド未加入の人材だろうと、何人か連れていくことはできるぞ。命の保証まではしてやれんがな」

 

「ぜっ……」

 

 Zォ!? Aランク、Sランクを越えた特別最終ランク!? そんな人が現役で実在していたのかッ!?

 

「そんな特殊な地位なのか?」

 

「Sランクを百年務めると授与される、ほとんど都市伝説のランク帯だよ……! ええと、サクラ君に分かりやすいように言うと……無名の英雄、的な」

 

「へえ。大ベテランってことか」

 

 ……ベテランって次元じゃないけどね。

 Zランクの冒険者とか、帝国でいえば皇族直轄の近衛部隊、王国なら宮廷魔術師にも匹敵するって話だ。アルクス大陸の実力者、その五本指には入っていてもおかしくないだろう。

 

「……じゃあ、引き受ける上で、条件を一つ出してもいいか?」

 

 サクラ君がそう言葉を置くと、ノクスさんが頷いて先を促した。

 

「仮に……人理兵装(レリック)が見つかって、もしもそれが五番のものだったら譲ってほしいんだ」

 

 ノクスさんは虚を突かれたように押し黙った。

 そりゃあ事情を知らない彼からすれば、サクラ君の提案は突飛なものだろう。

 

 アルクス大陸において、世間で知られている人理兵装は、ヴァン君が持つ九番目だけだ。他の番号の人理兵装の効力など、知らない者の方が多い。それをいきなり「くれ」と言われたら、驚くのが当然だ。

 

「……理由を聞いても?」

 

「悪いが、部外者にはあまり詳しいことは話せない。ただ、五番目の使用は、ある人物の尊厳を踏みにじるような行いだ。だからそうなる前に回収して、誰の手も届かないところで永久に封印する必要がある」

 

 その時、ノクスさんがなにを考えたかなんて僕は知らない。

 無表情にも見えたし、どこか哀悼するような感じもあったように見えた。

 それ以外は──なにも知らないし、読み取れもしなかった。

 

「……分かった。それで取引成立だ。この契約書に署名してくれ」

 

 するとノクスさんは羊皮紙を手元に生成して、ペンと共に机に置いた。

 内容は先ほど口頭で伝えられた通り。僕も裏面とかじっくり見てみたが、不穏な箇所はどこにもない。

 ──敷いていうなら、真っ黒な紙の契約書、というのは充分に不穏だったが。

 

「ジェスターのフルネームってなんだっけ?」

 

 サクラ君が自分とアガサ君の名前をサラサラーっと書いたところで、こっちを向いた。

 そういえば彼に対してはあんまり姓名を主張してこなかったっけ。

 

「僕が書いておくよ。ジェスター・トゥルギア! この機に覚えてくれると嬉しいよ」

 

「言い辛いから忘れるわ」

 

「ヒドイ」

 

 なんて軽口を叩きつつ、サクラ君から受け取ったペンで署名する。

 これにて契約完了! だ!

 

「──しかと受け取った。グレンサクラ、カグラアガサ、ジェスター・トゥルギア……これより『死終の塔』攻略まで、よろしく頼む。……ところで」

 

 契約書を手にしたノクスさんが、チラとソファの端を見る。

 

「そちらの君は……話に参加しなくてよかったのか?」

 

「問題ない。ところでクッキー、おかわりある?」

 

 話の最中、ずっと菓子を頬張っていたアガサちゃんはそう空の皿を差し出した。

 



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