性癖全開★魔法少女モドキ 【完結】 (烏何故なくの)
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推定、魔法少女
「好きな異性のタイプぅ?」
「おうよ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、親友の
「学校じゃ言いにくいだろ? ちょっとくらい下世話な話しようぜ
「……そう言われてもなぁ…」
「カマトトぶんなよーっ、いいじゃねぇか人っ子一人いない夜なんだから」
公共の場で猥談をかます事を躊躇っていた僕はそう言われて周囲を見渡す。映画好きの
時刻も遅くなく、春の快適な気温の夜なのに本当に一人もいない。
「…この状況下ではやぶさかでは無い」
「おっイイねぇ、そう来なくっちゃ。どんな女の子がタイプですか?」
「ご飯を作るのが得意な子とか」
「料理か。性癖って感じじゃ無いがまあ良しとしよう。…料理かぁ。俺のクラスで一番料理得意な奴誰だと思う?」
「料理の腕前とか家庭科の班で一緒にならない限り分かんないよ。…委員長とかは料理出来そうって感じするね。あとは
「男じゃねーかよ。マ、確かに上手そうではあるけどさ。…あ、そういえばお前の姉ちゃんは料理上手いんだっけ」
「上手いね。いつもお世話になってます」
「お前姉ちゃんの事どのくらいスケベな目で見れる?」
「なんでそんな質問するんだお前っ!!? 実の姉相手はキツ過ぎるッ!!」
高校二年生、思春期の
本当に誰一人としてすれ違わない物で、そうなると猥談を止める理由もなくなっていってだんだんとバカ話にも熱が籠っていく。
「最近自覚したんだけどさ。俺ホクロフェチかもしんねぇ」
「ホクロ………」
「こう、乳とかにホクロがあるのを見ると秘められた物を見た感じがしてさ……。この子とかお気に入り」
そう言って
右胸にはホクロが、画面の左側には「びっくりするほど兎天国!」の文字。
「公共の場でAVの画像出すのやめろよ…」
「まぁいいじゃん。人居ないし」
「そろそろ大通りやぞ」
駄弁りながら公園の横を通り過ぎ、大通りへ。
そこでふと、違和感を感じた。
「……人が、居ない?」
人どころか車すら走ってない。
普段なら川に流れる水みたいに沢山の車が走っているのに。
普段なら車のエンジン音と雑踏の足音が行き交っている筈の大通りを夜のしじまが満たしている。
空を見上げれば、カラス一匹も飛んでいない。ただただ丸い月がポツンと浮かんでいる。
「……なんか、怖えな」
確かに普段活気がある場所が静まり返っているのは不気味だ。夜の学校にも似た怖さがある。
「…早く帰るべ」
「おう」
僕は
大通りに僕ら二人だけの足音が響いていく。
見慣れた道なのにまるで別世界に迷い込んだかのようだ。
話す話題も無くなって、僕らは無言で足を進める。
「おいっっ!!」
「「オァーーーーーっっっ!!!??」」
しじまを切り裂く突然の大声。
誰も居ない不安感からか、背後から投げられた男の声に僕達は揃ってはビビり上がって情けない声を出した。
「
ぐるりと後ろを振り返れば、鋭い眼差しと目が合った。
整った目鼻、男子の癖にやたらと艶のある黒髪。
「あ、
僕達に声をかけてきたのは同じクラスメイトの
噂をすれば影とでもいうのか、先程話題に上がった何でも器用にこなすイケメンくん。
…最初はビビったが、ようやく他人に会えた。異世界から現実に帰って来れた感じがする。
「お前達、どうしてここにいる」
「どうしてって、TSUTAYA行った帰りで……」
「……男二人じゃ夜道は危ないだろう」
「別にそんな事なくない??」
高校生の男二人やぞ。まあ犯罪者に出くわさないと断言は出来ないが、危ないと注意される程でもないだろう。
「いいから。俺もついていこう」
「お前も文芸部の高校生だろ…? 高校生の男二人が三人になったって対して変わんなくないか…?」
「いいから」
…
「まぁいいじゃんか
ぶっちゃけ結構不安だった。見慣れた場所から聞き慣れた音がしないのって怖い。そう思って
人が多いに越した事はないし、一緒に帰っても不利益がある訳でもなし。二人より三人の方が賑やかでいいだろう。
「じゃ、いこうぜ
「いや、映画はあま——伏せろっ!!」
僕は唐突に
僕の目の前、ガチ恋距離に
突然の情報の雨に混乱する僕の耳に、一拍置いて果実が潰れるような音が聞こえた。
反射的にそちらを見やる。
首から上が吹き飛ばされて、地面に尻もちをつく
「……ぁえ?」
思わず目を擦る。そして目を開く。
そこには変わらず
視界の端で、
そして、
手には剣みたいな長さの包丁を持っていて目がギョロリとつき出ている。
肌が赤黒くて、額からサイのツノみたいな出っ張りがあって。
一言で言えば、赤鬼。そう形容するのが正しい存在が突っ立っていた。
それも一人じゃない。
道いっぱいに赤鬼が整列している。口から涎がダラダラ出ていて、明らかに僕を餌として見ていた。
「………悪い、助けられなかった」
そう言って僕の上から退いた
第二関節まで指を沈めた後、
レゴブロックで作ったものを分解してるみたいに、指に、顔に、背中に線が走って、彼の体が分割されていく。
彼の体の断面からはグロテスクな肉は見えず、青い光が僕の目を焼かんばかりに漏れ出していた。
あんまりに眩しくって、僕は目を瞑った。
気がつくと、僕の目の前にはゴシックなドレスを着た黒髪の美少女がいた。
服装も黒で統一されており、白い宝石がはめ込まれたイヤリングが一際目立って輝いている。
「逃げてくれ。守りきれる自身がない」
鈴が転がるような声でそう言った少女は、魔法少女の様なステッキを構えて赤鬼の軍勢に突っ込んでいた。
………は?
なんだコレ。
………え〜〜っと。
……。
コレ、夢か? かなり夢だろ。風邪引いた時に見る達の悪いタイプの。
親友がグロテスクに死んだというのに、心の中に困惑しか流れ込んでこない。あまりにも現実感がない。
なんなんだコレ。
……逃げなきゃ、いけないのかなぁ。
そう思って僕はとりあえず後ろを向く。
すると、恐ろしく突き出た眼球と目が合った。
「……あ、青鬼?」
赤鬼と色合いが正反対な事以外は何もかもがそっくりな、もう一人の鬼がそこにいた。
鬼は表情をピクリとも変えず巨大包丁を一閃させた。
そう思った瞬間に、自分の視界が落下していく。
あ。胴体を真っ二つに、横一文字に切られたんだ。そう理解した瞬間、痛みもなく僕の意識はブラックアウトしていった。
▷▷▷
「…あぇ?」
気づけば、僕は大通りに寝転がっていた。
寝起きのような回転がイマイチな頭で当たりを見渡せば、倒れている僕を避けて、鬼達が歩いている。
……な、なんだ?
僕はさっき、明らかに即死したんじゃなかったか?
僕は起こった事象を考察する事で精一杯だった。
上半身だけを起こした状態で固まっていると、僕が生きている事に気がついたのか赤鬼青鬼が円を作りこちらを見つめてくる。目、目、目。何処を向いても恐ろしい顔に睨まれている。めちゃくちゃ怖い。
「え、あ……」
「ギャガバギャアッッ!!」
「ひ、ひぇっ……!」
鬼達は唸り声を上げながら僕に向かって巨大包丁や金棒を一斉に振り上げてくる。あまりにも鬼達が恐ろしすぎて、信じられないくらい可愛い声が僕の口からこぼれ落ちた。
この同時攻撃を防ぐ方法も逃げるスペースも無い。僕はただ、腰を抜かして腕を顔の前に持ってくるしか出来ない。
「させん」
その瞬間、鈴のような声が響いた。
小さい影が鬼達の頭上を飛び越え、僕を庇うように立つ。
「あ、
プラスチック製にしか見えないステッキのてっぺんに付いているハートが回り出し、星型の光が凄い勢いで全方位に撒き散らされる。
星型の光は囲んでいた鬼達の体を抉り、その眩い光を血で汚していく。ファンシーな光景なのに効果がエグすぎる。
星型の光は鬼達だけでなく、道路や壁に突き刺さっている。この技はつまり、発光する手裏剣を周りに撒き散らしているような物なのだろう。
鬼達は声を上げながら倒れこみ、動かなくなった。そしてぱふ、とコミカルな音を立てて破裂する。
風船のように鬼の死体は霧散し、数秒後には元々死体があった場所には何も残っていなかった。
「良かった。
「はっ!!!? な、何言って」
意味不明な事を言われ、思わず声を上げる。
そして気付いた。俺の口から俺の意思で声を出している筈なのに、声が女のそれだ。
自分の体を見下ろす。
両手は明らかに普段と比べて大きさが違うし、色も白くなっている。
身につけている服装は無地のTシャツからケーブル編みのセーターに。胸の部分を、双丘が服の下から押し上げている。穿いてたズボンは膝丈の緑のスカートに。そして右手にはトンカチを握っていた。なんで???
「——危ない!!」
「はぇ?」
間抜けな声を出した僕を、
自分より小さい少女に抱き上げられる感覚に驚くのも束の間、僕の頬の近くを弾丸が通過していった。
斜線上にいた鬼達は絶叫を上げながら絶命していく。その威力に思わず冷や汗が流れる。
………ちょっと待て、僕は今
どんな動体視力が有ればそんな事は可能なのか。どんな形をしているかまでくっきりと見えた。
「ホゲェ〜〜〜〜ッッ!!! な、なんじゃコリャぁああああああっっ??!!!」
僕の思考を打ち切るように、甲高い女性の絶叫が響いた。
それと同時に鳴り響く発砲音。弾丸が雨あられとこちら側に撃ち込まれる。
「おそらく
一気にビルの三階程の高さまで跳躍した彼(彼女)は鬼達の残骸も、弾幕もいっきに飛び越え絶叫の元へと迫る。
「うわーっっなんだコレなんだコレなんだコレ!!」
「…………バニー、ガール………?」
空から見ると、バニーガール姿の女性がどデカいスナイパーライフルを構え絶叫しながら倒れ込んだ鬼の体を撃ち続けている。
「………
「え……?」
女性は呆けた顔をして弾丸を撃ちまくるのを止める。…僕は、その女性に見覚えがあった。
明るい金髪にバニーガール姿、そして右胸のホクロ。
「……『びっくりするほど兎天国』……?」
間違いなく、
▷▷▷
「……俺がこの世界に紛れ込んだのは四日前からだ。お前達同様に鬼に殺され、気がついたら女になる力を得ていた」
パニックになっていた
「女の状態だと身体能力、反射神経が著しく向上する。その上、再生能力があるらしく、一度腕をもがれたがくっ付いた。この力で襲ってくる鬼を返り討ちにしていたら、いつのまにか元の世界に戻っていた。毎日、この繰り返しだ。コレで俺の知っている事は全てだ」
そう言って黒髪の少女は息を吐いた。彼(彼女)のイヤリングがきらきら揺れる。
その言葉を聞いて、僕は疑問に思った事を尋ねる。
「……ここに居た鬼は全部返り討ちにしたよね? なんでまだ元の世界に帰れないの?」
「他にも鬼の集団がいるんだろう。以前にもそういう事があった」
「殺されて女性になる力を得るって事は、殺されても大丈夫なんでしょ? なんでさっき謝ったの?」
「俺以外も殺されて復活するか確証がなかった。……俺はてっきり、俺に何か特別な力があるから魔法少女……この姿に変身出来たのだと思っていた」
勘違いだったようだが、と付け加えて
「……蘇ったお前を見て、てっきり、ここで殺された人間は自動的に魔法少女になるのだと思っていたが……どうやらそれも違ったらしい。
「そうだね…」
ただ一つ、AVの画像と違うのは首筋についた鍵穴型のアザだ。
「……な、なんだよぉっ、二人して変な目でみんなよぉっ」
「変な目って……」
「いいや見たね! えっちな視線を感じた!」
……正直
男友達にそういう視線を向けてしまったという事実。僕は気まずくて目を逸らす。
目を向けた先に合ったショーウィンドウの中から、穏やかな顔つきの女性が僕を見返していた。
長い髪は丁寧に梳かされ、頭の後ろでポニーテールにされている。そんな優しい印象とはチグハグにゴツいトンカチが右手に握られている。
年齢は十七、十九歳程。魔法少女と呼ぶにはギリギリアウトといった所。ケーブル編みのセーターに緑のミモレスカート。僕の理想の優しいお姉さんといった様子である。
……コレが、今の僕の姿。男だった時の面影は全然ない。
うん、僕の好みドンピシャって感じだ。こんな感じの近所に住んでる優しい姉さんに甘やかされたいだけの人生だった。
「……一体、どういう法則なのだろうな。この女性化は……」
「あ、それなら多分だけど想像つくよ」
僕の変身した姿は僕の好みドンピシャで、
「つまり、この姿は、僕達の性癖が反映されてるんじゃないかな……」
「せ、性癖………!?」
「しかし、そんな、……あり得ないだろう」
「こんな夢見たいな状況化であり得ないも何もないだろ」
「………なんでそんなに否定するのさ」
「いや、その…………。……俺は、ロリコンじゃない」
思わず彼の姿を凝視する。
ぱっと見の年齢は十二歳程。髪の毛もドレスも美しい烏の濡れ羽色だ。その指は白魚のようであり、その紫の瞳には星雲のような光が閉じ込められている。
あどけなさの中に何処か女の色気を秘めたドのつくその美貌は、世紀の彫刻家が妄執を注いで掘り出したかのようで。
「………」
「………」
「………」
沈黙が僕達の間に流れた。
何処か寒くなった場の空気を壊すように
「……俺はロリコンもいいと思う!!」
「だから違うといっているだろう!!!!」
何処か切ない絶叫だった。
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暴力の時間
「……ひとまず、これからの事を考えよう。これから俺達はこの世界にいる怪物を倒さなければ、元の世界に帰れない」
一通り叫んだ後、
「各々の武器を確認しよう。
「多分大丈夫だ。本物ならもっと色々手間がかかるんだろうけど、なんか引き金を引くだけで弾が出る。……多分コレ、俺の好きなゲームに出てくる武器だ。弾撃った反動とかも無くて、ホントにゲームしてる時みたいに戦える」
そう言って
「
「いや……ただのトンカチみたい」
そう言いながら僕はトンカチを空に振るう。
………どっから見ても、本当にただのトンカチだ。
「俺らの姿に性癖が関係してるんだから、この武器にも俺らの好みが反映されてるとかなのかな」
「まて。まだ姿に性癖が反映されているとは限らないだろう」
しかし、現状そうとしか……。
まあ、仕方ないか。自分の思わぬ一面を突きつけられて、動揺しない人間など居ない。
性癖が可視化されるというのは、人によっては死活問題だろう。
ここは生暖かい目で見守ってやるべきだ。
そう思って優しく彼(彼女)を見つめていると不機嫌な視線を返された。余計なお世話だったらしい。すまん。
……しかし、妙な話だ。僕はトンカチに思い入れなど一切ない。何故僕はトンカチを持っているのだろう……?
「はぁ……。……俺の「ナイトワンド」……魔法のステッキは、振ると光の刃が飛び出てくる。光の刃はある程度俺の意思で操作でき、ステッキ自体の強度も中々で鈍器としても使用可能だ」
名前あるんだそのステッキ。
「俺と
そういって
確かに、僕は生き物なんかまともに殺した事もない。むしろグロ画像なんかは苦手な部類だ。あの鬼達は攻撃すれば血が出るし、逆に僕らを攻撃してくる。
でも。
こんな非日常に巻き込まれて、内心ワクワクしない程、男の子の心を捨ててないつもりだ。……現実離れしてる事が立て続けに起こって、自分が事の危険性を実感出来てないのは自覚してるけど。男の子はいつになってもチャンバラが好きなのだ。
「大丈夫だよ。むしろワクワクしてるって感じ」
「……そうか?」
僕がゲーム気分で鬼達に挑めるのは情報を整理してくれる
少し無遠慮な発言だったかもしれない。自戒。
「……俺はぶっちゃけ怖いけど、戦わないとここから出れないんだろ? 他人任せってのもなんだかな。……フレンドリーファイアしたらすまん」
そう言って
「分かった。それでは行くぞ」
満月に見下ろされながら、僕らは静かな街を歩く。
僕にとって生まれて初めての、暴力の時間が始まろうとしていた。
▷▷▷
歩いて数分、見慣れた団地の駐車場に30人程の赤鬼の大群がたむろしてるのを視認する。
それと同時に赤鬼達は僕らを見つけたようで、僕らの方に体を向ける。
「
「オス!」
「う、おぉっっ!!?」
思ったより、速い。僕はなんとかブレーキをかけ、赤鬼の手前で止まる。
恐ろしい赤鬼の顔面が目の前に現れ、僕は反射的にトンカチを持った右手を振り上げる。正面にいた赤鬼の顔面がぐしゃ、と爆ぜた。それが開戦の狼煙になった。
「ガビババッ!!」
「うわうわっ、わっ!」
僕は遮二無二腕を振るう。腕の力だけの、不恰好な動き。
しかし振るわれたトンカチは、鬼の丸太の様な腕を、分厚い肉切り包丁を、棘のついた棍棒を。全てを叩き割った。
「う、嘘ぉ…!?」
少なくとも僕の身体を容易く両断出来る切れ味の武器と膂力を、コイツらは持っていた筈だ。その筈なのに、僕の一撃は鬼達の体を発泡スチロールでも削るみたいに容易く粉砕した。
僕の近くにいた四体の鬼は、瞬く間に四肢の一部を抉られ倒れ込む。
そしてぱぁんという音と共に爆ぜ、跡形もなくなって消えていった。
……どんな生態してんだコイツら。風船か?
「グギアァアッッ!!」
仲間を殺され怒り心頭といった様子で、後ろに控えていた鬼が飛びかかってくる。
右からの斧の大振りを後ろに下がって回避。続いて放たれる頭への攻撃をトンカチで弾く。
体制を崩した相手に向かって全力で蹴りを放つ。僕の蹴りは容易く相手の腹に減り込み、筋骨隆々な肉体を真っ二つに両断した。
……この肉体、思ったよりヤバいな。人間なんか、簡単に殺せそうだ。
「ゴギィイッ!!」
「……っ!!」
戦いの最中に考え事をしていたのなら当たり前だが、思案に耽っていた僕に向かって鬼達の凶刃が飛んでくる。あまりに簡単に勝ててしまって油断していたなど、自分の事ながらバカすぎる。
右、左下、上、突き。この隙を逃さんと大ナタを振るう赤鬼の猛攻を躱しきれず、僕は腕に傷を負ってしまった。
慌てて飛び退いて傷を確認する。大きな切り傷からは真っ赤な血が滲み、白い骨が顔を覗かせている。思わず声が出そうになる程痛々しい重症だが、痛みは全く感じない。それどころか見ている端から傷が元通りに塞がっていく。話には聞いていたが、凄まじい回復能力だ。
トンカチを構え直し、残った鬼に向かい合う。
攻撃しようと足に力を入れた瞬間、小気味いい破裂音と共に向かい合っていた鬼の頭に穴が空いた。
鬼は頭から血……血? ……よく見れば血液に見えていたのは真っ赤な紙吹雪だ。マジでなんなんだコイツら。どういう生き物なんだ。
とにかく鬼は頭から真っ赤な紙吹雪を垂れ流し、破裂して消滅した。
残っていた鬼達にも破裂音と共に穴が空いていく。
「なんかコツ掴んできた! 後ろは任せとけ!」
「センキュー、助かった!」
後ろを見れば自動車の影に隠れながら膝立ちで銃を構えるバニーガールが。……絵面のインパクトが強すぎて未だに慣れない。
「おら、よそ見すんな!
確かに、
戦いながらでも視界の端で煌めくステッキの光。それと共に飛んでいく鬼の首。
体の使い方がかなり上手なのだろう
僕が鬼を一体倒すくらいの時間で、
彼(彼女)の戦いに見入ってる内に最後に残っていた鬼の首が飛んだ。やっべ、僕鬼十匹も倒してない。かなりの数を
「……どうやら、今日はこれで終わりらしい」
左の首筋が熱を持ち出す。その熱は全身に広がっていき、光も熱に比例するように強くなる。あまりの眩しさに一瞬目を瞑ってしまう。
「よし、帰って来れたな」
「帰って来れたはずだ。大通りに出てみれば分かる」
そう言われて大通りへの道を除けば、確かに人の雑踏が聞こえてくる。あるべき所にあるべき音が戻った事で、今一度自分が異常事態に巻き込まれていた事を実感した。手足から力が抜けていく。
そんな僕に向かってどこがぼぉっとした顔で
「……さっきまでの、夢じゃねぇよな?」
「夢じゃない。ほら、首筋見てみ」
「……話したい事がある。少しいいか? これからの事だ」
背後から投げられた
「これを見ろ」
そう言って差し出されたのはスマホの画面。中に映っているのは、ニュースの記事だった。
『未来の天才棋士の失踪 日頃のスパルタ教育のストレスか』と書かれたそれは、僕も知っている内容であった。失踪した彼が、僕と同じ高校の生徒だったからだ。
「この街で起こった男子高校生の失踪事件は今月で二回目だ。……俺は、「向こうの世界」から帰って来れなかったのではないかと思っている」
「ちょ、ちょっと待ってよ。帰って来れなかったって、変身の力があれば鬼達には負ける事はないんじゃ……」
「現れる怪物の種類は日によって違う。一昨日のミノタウロスは、俺も負けかけた」
思わず声が出なくなる。自分よりも強化された肉体を十分に使いこなす彼が、負けかけた。
それはつまり、僕と
「女になった状態なら腕がもげても治る。しかし頭や心臓を貫かれても生きていられるかは分からない。……もちろんこれはただの推測にしか過ぎない。失踪事件と「向こうの世界」が無関係な可能性もあり得る。が、もしもを考えるとゾッとする。実際、俺の他にも巻き込まれた者がいないか「向こうの世界」をパトロールしている時にお前達を見つけた」
パトロール。そういえば、僕らに声をかけた時、彼は変身してはいなかった。いつ襲われてもおかしくないのだから変身しておくに越した事はない筈だ。あれは僕らを驚かせずに、僕らを護衛する為にあえて変身していなかったのか。キミちょっと性格良すぎないか?
「……これから毎日、夜になれば「向こうの世界」で戦わせられるだろう。これからは毎日八時前には集まっておくべきだ」
命の危機がある以上、油断は禁物だ。最大限に出来る事をしなければならない。
幸い僕も
「分かった、集合場所は……さっきの駐車場とかでいいかな?」
「俺は問題ないぜ」
「それで構わない」
僕にとって、初めての暴力の時間。
それは強い余韻を残しながら、僕の心に緊張を植え付けて過ぎ去っていった。
▷▷▷
「なんかいい事あった?」
家に帰ってきた僕に開口一番質問を投げかけてきたのはこの家の主、従姉妹の
「……そんなに顔、ニヤけてます?」
「ニヤけてます」
自分の頬を抑える。……まだ僕は今の現状を楽観的に捉えていたらしい。命が危ないかもしれないって言うのに。
……正直言って、今日の鬼との戦いは楽しかった。頭の中で想像するカッコいい動きを自分の体が簡単にしてくれるのだ。鬼達が思っていたより弱く、無双ゲームみたいにサクサク叩きのめせたのも大きい。自分がゲームの主人公になったみたいに捉え、暴力を楽しんでる自分がいる。僕の中に、暴力の余韻が残っている。
自戒しなければ。明らかに今の僕の思考はデスゲームとかで真っ先に死ぬタイプの奴だ。落ち着け、落ち着け。
「あ〜、友達増えたんだよ。今日。TSUTAYA行った帰りに同級生に会って仲良くなった」
「一日で友達? アオハルじゃん。何話したんだよ」
「……下らない話だよ。マジで」
「キリキリ吐け。家主命令。詳細に情報を話すのじゃ」
この家では僕は姉ちゃんに逆らえない。春橋高校に通う為、彼女に頼み込んで頼み込んで家事の大半を引き受ける事を条件に住まわせて貰っているのだ。実家からだと地理の問題で厳しかったのだ。
「……性癖トークだよ」
「ガハハ! 想像の三倍は下らなかったわ!」
嘘は言ってない、嘘は。
何とか姉ちゃんを煙に巻き、料理を食べて風呂に浸かる。そこまでしてようやく、僕は暴力の余韻を体から抜く事が出来た。
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自称、魔法少女
「ちゃっす、
「……何の用だよ」
「八時まで暇だから遊びに来ちゃった」
せめて事前に連絡しろや。別にいいけどさ。
「お邪魔しま〜す。……うわ、お姉さん美人! 写真撮ってもいいですか?!」
「ガハハ! キミ見る目あるねぇ! いいよ! 美人に撮ってくれよな!」
早いよ意気投合すんのが。
知り合ったばかりの人間に写真撮られるのには少し危機感持とうよ姉ちゃん。どんな悪用されるか分かんないよ。
それに
唐突に家の中が撮影会場と化した。姉ちゃんがセクシーポーズを取る度にスマホのシャッター音が響き渡る。……身内のセクシーポーズ、結構キツいな。
数十秒程で突然の撮影会は終わり、
「あー楽しかった。そんじゃなんかゲームでもしようぜ」
「つっても何するよ。八時までそんなに時間ないぞ……。……とりあえず僕の部屋に行っててくれる?」
「あいさー」
冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。
コップを片手に自分の部屋に行こうとした僕の背後から、姉ちゃんが話しかけてきた。
「今日もどっか行くんだ?」
「……まぁね」
僕が
毎日八時になれば僕らは誰もいない街に放り込まれ、怪物との戦いを余儀なくされている。
当然、姉ちゃんには僕らの戦いの事を説明していない。上手く説明出来る自信もない。特筆すべき事象が多すぎる。
姉ちゃんは僕の目を数秒覗き込んだ後、プイっと目を逸らした。
「まぁいいよ。重犯罪するんじゃなければウチは許す」
「軽犯罪だったらいいみたいな言い草だな……」
やはり姉ちゃんはチャランポランだ。
でも、チャランポランなりに心配をしてくれている事も分かる。
「……大丈夫だって。別に危ない事してるんじゃないしさ」
一応、嘘じゃない。未だに赤鬼青鬼以外の怪物には出会っていない。
手を軽く振るうだけで倒せる鬼達との戦いは、変身した状態の僕にとってチャンバラごっこみたいな物だ。
だから嘘じゃない。多分。
▷▷▷
すまん姉ちゃん嘘ついた。むっちゃ危ない事してるわ。
「大丈夫か
「ダメ。体がダルい〜〜〜〜……」
学校の昼休み、僕は自分の机に横になっていた。
思い返すのは昨日の戦い。
いつもの様に駐車場に集まった僕らを誰もいない街で待ち構えていたのは、いつもの鬼達ではなかった。
見上げんばかりの巨大な体に力強い四肢。僕の背丈以上の長さもあるだろう牙に鼻。
有り体に言えば象だった。それも尋常じゃなく凶暴な。
僕らは車や電柱を跳ね飛ばしながら迫り来る象を相手に戦う事を強いられた。
そして
そこまでされて死んでないのは変身時の肉体の強度と回復能力が故だ。少し腕とか千切れたがなんか治った。
しかしこの回復能力は決して無尽蔵という事はないらしい。戦いが終わって変身を解いてからというもの、異常に体がダルい。朝からグロッキー状態で授業もまともに聞けていない。
もし
今回の象は三人でなければ勝てなかった。間違いなく、僕一人では勝てなかった。
僕は疲れた目で辺りを見回す。誰も座っていない空席が目についた。
「……あれ、今日
「おぉ、朝から居なかったぜ。最近休み多いよなあいつ」
もしかすると
本当はあの無人の街で怪物にやられてるんじゃないか。家出だと思われてるだけで、遠くないうちに失踪事件として扱われるんじゃないか……。
……ダメだな、少し考え過ぎだ。疲れているからか、陰謀論じみた事が頭を過ぎる。
「……少し寝るわ。五時間目になったら起こして〜」
微睡に身を任せ、僕は眠った。
▷▷▷
「何でテメェにそんな事言われなきゃなんねぇんだ!!」
怒号が辺りに響き渡る。
七時半を過ぎた頃だった。いつも通り、八時からの戦いに備えて家を出た僕は、なんとなしにいつもと違う道を歩いて待ち合わせ場所である駐車場に向かっていた。
どうせだしなんか買おうかな、なんてコンビニを眺めていた僕は、路地裏から聞こえてきた怒声にビビり上がった。
普通であればスルーするであろう厄介ごとの気配。しかしそれが知り合いの声色を帯びていれば、無視する訳にもいかない。
こっそり、息を殺してそっと路地裏を覗き込む。
180cmを超えるガタイのいい男が吠えていた。後ろからでもわかるくらい特徴的な茶色の癖っ毛が揺れている。
「何やってんだよ
思わず小声を漏らす。
小さい時から体格がよくケンカが強かった。性格も決定力があるというか、とにかくガキ大将気質な奴だった。
昔はよく一緒に遊んだんだが、
中学の最後の方では、ガキ大将というよりヤンキーみたいな奴になっていた。
僕と同じ春橋高校に通ってはいるが、高校になってからは一度も会話した事がない。
普通のケンカ、例えば同年代の男子とのケンカであれば僕はこのままスルーしただろう。
しかし、相手がヤバい。
「まぁそうカッカすんなよ。大人の忠告は素直に聞いとくモンだぜ?」
黒髪をオールバックにしており、右目にはこれまた漆黒の眼帯。明らかにカタギじゃなかった。明らかに暴力で飯食ってる人間の風貌だった。
し、死ぬ……! このままでは
ぐるぐると思考回路が巡る。
明らかにヤバい状況だ。真っ当な方法で
………ぼ、暴力か? やるしか、ないのか?
このまんまだと明らかに不味い事になる。何にもしないのはあり得ない。
最近は途切れかけてきた縁だが、だからって見殺しにするほど安い縁じゃない。
……仕方がない。放って置いたら
大丈夫だ、相手は人間……。鬼達を思い出せ、アイツらより怖くない!
「……うぉおおおあぁああっっ!!!」
足に力を込めて、全力でアスファルトを蹴る。
その瞬間、足に痛みが走り視界が反転した。
「あ?」
巨漢の男は心底困惑したような声を出し、ひっくり返った僕を見る。
びっくりするほど早い足払い。飛んでたハエを反射的に振り払うみたいな感覚で、男は僕を地面に転ばせた。
僕は急いで体を持ち上げ、右ストレートを相手の顔に向かって放つ。
これも顔色一つ変えずに右手で受け止められた。受け止められた僕の拳は万力みたいな力で締め付けられている。
「逃げろっ
「おいおい、なんだってんだよ……。俺が人を殺すような奴に見えるか?」
「見える!!!」
直後、顔面を思いっきり男に引っ叩かれた。パシぃぃん、と頬からいい音がなり、僕は地面に崩れ落ちる。めっちゃ痛い。
「やたら血気盛んだな……。おいガキ、これお前の友達か?」
「あ? ……お前、
「そうだよバカ! 早く逃げろ! コンクリ詰めにされるぞ!!」
「誰がするか誰が!! 人をヤクザかなんか見たいに言いやがって!!!」
尋常じゃない怒号が鼓膜を叩く。やべぇめっちゃ怖い。僕死ぬかも。
「俺は刑事だ!! こいつが明らか未成年の癖してタバコ吸ってやがったから補導してんだよ!!!」
「えっ」
思わず振り返れば、
「お、お前……! 何やってんだよ! 僕が意を決して飛び出した意味ないじゃん!!」
「知るか!! テメェが勝手にお節介焼こうとして自滅しただけだろ!!」
クソっ、全くの正論である。返す言葉もない。
「………尋常じゃなくそそっかしいなぁお前……。うっかりで公務執行妨害されちゃたまんねぇぞ。今日の所は見逃してやるが………」
「うす、すいません……」
眼帯の刑事が、残念な物を見る目をしている。くそ、憤懣やるかたない……。
正直最近人型の存在を攻撃する毎日が続いていて、暴力を振るう事に対するハードルが下がっているのを感じる。
ヤバいぞ僕。社会的動物として最悪だぞ僕。
自制だ自制。暴力良くない。
眼帯の刑事ははぁとため息を吐き、頭を掻く。僕のせいでストレスを増やしてしまい大変申し訳ない。
「……あとお前、あれだ。最近は夜に出かけるのは辞めておきな。最近、変な失踪事件が多い」
「……何か、事件性があるんですか?」
……
刑事だって言うなら、何か知っているかもしれない。
普通の事件とは違う、異常性のある事件ならあの空間が事件に関わっている可能性は高い。逆に、異常性がないならそれはそれでいい。
「それはまだ分からないが……消えたタイミングなんかが重なっててな。まぁ一応念の為、近頃は外を出歩くのはやめ」
話の途中で刑事さんの姿が、突然ブレた。
古いビデオを見てる最中にノイズが走る見たいに、ぶちりと。
思わず目を瞬かせる。瞳を開けたら刑事さんの姿は、もうそこにはなかった。
「……あ?」
「……え?」
ずるりと、額に嫌な汗が流れた。
スマホを取り出し画面を確認する。「20:02」の文字が無機質に浮かび上がる。
路地裏から外に出れば、誰一人として歩いちゃいない。コンビニの中もすっからかんだ。
「……人が、消えた……?」
「……そうじゃない、俺たちが別の空間に移動したんだ」
「あぁ……?」
訝しげな視線が僕に向けられる。
……何から話したらいいか。
「とりあえず外を見てみろ。誰も居ないだろ?」
「……テメェ、何を知ってやがる。何が起こってんだ?」
「あーー。それは僕もよく分かってないんだけどさ……」
回らない頭から言葉をひり出そうとして、ふと気づく。
辺りが薄暗い。
ただでさえ光の届かない路地裏だから気付きにくかったが、暗すぎる。
まるで巨大な何かに月の光が遮られているかのように。
反射的に後ろを振り返れば、二つの巨大な眼光と目がカチ合った。
「ブォオオオオオーーー〜っっっっっ!!!!」
猛獣の咆哮が路地裏を満たす。
マンションの三階程もあろうかという巨体。大きく反った牙。全身に浮き出るグロテスクな血管。
間違いない、昨日散々な目に遭わされた、あのクソ象だ。
僕は躊躇いなく左手の人差し指を首のアザに突き立てた。
視界を埋め尽くす青い光。
右手に振り慣れたトンカチの重みを感じた瞬間、僕は両足に力を込める。
クソ象も僕の敵意を感知したのか、その長い鼻を全力で振りかぶった。
一瞬の溜めのあと、僕は飛んだ。
宙に飛び上がった僕を叩き落とそうと、象の鼻が僕に叩きつけられる。
「グギ……!」
痛い。
痛いが、耐えられない程じゃない。
僕は胴体にめり込んだ鼻に、お返しとばかりにトンカチを叩きつけた。
痛みで身を捩る象に握力だけで無理矢理しがみつき、顔面に張り付く。
正面から戦っては力負けする事は昨日理解させられた。
僕の狙いは、初めからお前の急所だ。
トンカチを振りかぶる。狙いは相手の巨大な瞳だ。
どちゃっ、という湿った物が潰れる音と共に象が吠えた。うっわ気持ち悪い感触。
「ォオオオオオオオッッ!!?」
クソ象が悶え、顔面を上下に振り僕を振り落とさんとする。
流石に潮時だろう。僕は象に蹴りを見舞い、その反動で顔面から離れる。
「プフーーっ、ブフ、ブォオオ!!!!」
動物の気持ちなど普段はさっぱりわからない僕だが、今この象が怒声を発している事は分かった。
発狂したかのように足を動かし、近くの建物をやたらめったら破壊している。
相手は興奮してるようだし、視界も悪い。
よし、
僕は振り返り、腰を抜かして倒れ込んでいる
「な、な、なん……!? なんだ、なんなんだお前…………!!」
「……ん〜〜、説明が難しいから後で!! 今は逃げるよ!」
象とは逆の方向に全速力で駆ける。
入り組んだ路地裏を抜け、誰もいない道路をひた走る。
直ぐに後ろから轟音が追尾してきた。僕を追って、無理矢理狭い路地裏に自身の体を詰め込んでいるらしい。
後ろを振り返れば、両足を血まみれにしながら鬼気迫る表情でクソ象が僕を追いかけてくる。
しかし、この無人の町で轟音を響かせながら僕を追うのは悪手だろう。
何せ、目立つ。目立つという事は、それだけ僕の仲間も僕を見つけやすくなる。
パァンパァンと、ここ数日で聞き慣れた発砲音が響いた。それと同時に、象の無事だったもう片方の目も赤く染まる。
たまらず動きを止めた象に向かって、近くの一軒家の屋根から黒い閃光が猛然と襲いかかった。
「はぁああああっっ!!!」
力強くも幼さを纏った声が響く。
次の瞬間、空中に巨大な星形の光が出現した。
それは一直線に射出され、象の巨体を脳天から真っ二つにする。
「ブ、オオォ……」
象はか細い声で鳴いたかと思うと、破裂して消滅した。
危機は去ったらしい。
僕はそう判断し、抱えていた
「……お、おおお、」
「え?」
「お前なんなんだっっ!! 何なんだよっ!! 何なんだよアレっっっ!!! 説明しろっっ!! 一言で説明しろっ!!!!」
汗をダラダラ垂らした
うおっ、めっちゃ肩が揺れる。やめてくれ、酔いそう。
第一なんだって言われても僕だって分かんねぇよ。何だよ性癖が具現化する空間って……。
しかし説明を求められてもうまく説明出来ないのは困るな。なんかいい言葉はないか。
そう思った僕の頭に、ふと
「あー、なんていうの……、魔法少女、的な?」
……ダメだ、逆に
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過去と今
「……自分の性癖通りの姿になる空間、だぁ………?」
巨象を撃退した僕らは馬鹿みたいな顔で突っ立ってる
「……まぁ、今の所は納得しといてやる。それで、バケモン倒さなきゃ帰れないんだろ。俺どうすんだよ。変身出来ねぇぞ」
「あえて殺される必要も無いだろう。お前の事は俺達が守ろう」
値踏みを続けるみたいな、嫌な視線で僕らを一瞥する。
「……あー、いいわ。怪物の攻撃で死ねば、俺は戦えるんだろ? 別に守んなくていいよ」
「しかし、いいのか。生き返るだろうとはいえ、死ぬんだぞ?」
「いいよいいよ。誰かにおんぶに抱っこってのもしょうに合わないし」
「……だが」
食い下がる
烏の濡れ羽色の魔法少女が思わず怯んだ隙に
「
おいおいおいコラ、流石にライン越えだぞ……!? 尋常じゃなく神経を逆撫でしてくるなコイツ。な〜〜にが偽善じゃカス。どうせ善意の定義もあやふやな癖によぉ………。
ふと、
流石にこれ以上好き勝手言わせる訳にはいかない。僕は
「お前なぁ、僕らと敵対して何の意味があんだよ。行方不明者が多いって話、しただろ? 最近休みの人も多いしウチのクラスだって最近
「お前らが考えすぎなんだよ。学校休む理由がこの異常現象のせいだとは限らねぇだろ。……
何故僕とクラスの違う筈の
何故そんな、自分の手柄を誇るような嫌な笑みを浮かべているのか。何となく、嫌な予感がした。
「アイツが学校来なくなったの、俺が虐めてたせいだし」
一瞬の思考の空白の後。グ、と脳みその奥が熱くなる。
この感情は、きっと失望だ。一応は友人であった相手に対する、失望と怒り。
何言ってんだよ。何やってんだよ。気分悪いのはこっちだよ。楽しそうに自分の悪行誇りやがって。
自分の中から溢れ出てくる罵倒はしかし、言葉にならずに消えていく。感情が飽和して何をしたらいいか分からない。
「……聞いていて不快だ。イジメなんぞやめろ」
「あ? 何でお前に指図されなけりゃ行けねぇんだよ。……オナニーに他人付き合わせてんじゃねぇよ、異常ペド野郎が」
「…っっ!! ……俺は、俺はおかしくなんかない!!!」
親しい関係になってまだ四日の短い付き合いだが、僕は彼がこんなに大声を出すのを初めて見た。そんな彼が拳に力を込めるのが視界の端に映った。
止めるべきか迷って……即座に今の自分達の膂力に思い至る。
思わず、
「俺はおっぱいが好き!!!!」
は?
「年上のお姉さんが好きだ! バニーガールも好きだ!! あと、あれだ、おっぱいビンタも好きだ!! 乳房で撲殺されたい!!」
「あ、ぁあ? 何言ってんだ変態野郎」
「そう! 俺は変態! そしてこの場には変態が三人!!! 民主主義的に異常野郎が正義だ!! どうぞマトモな
何言ってんだこの
しかし意味不明かつ唐突な猥談に毒気を抜かれたらしく、
後に残ったのは怒りの矛先を失った
……クソっ。全く。
こういう所が、気に入ったんだよなぁ………。
酷く奇っ怪な物を見る目で見てくる
「……なんだっけ、おっぱいビンタ? 半分くらいギャグじゃね?」
「うるせぇ掘り返すな別にいいだろギャグ入ってる方がヌけんだよ!! ……いや、そのさ、アイツ斜に構えてるっていうか。何言っても皮肉で返されそうだからさ、な? 意味不明な言動で翻弄するしかねぇかなぁって。……分かるだろ?」
「狂人の真似とて大路を走らば……」
「うるせぇなぁ! 時と場合によるだろ!! 今のはかなり正気の狂気だったろ!!」
「はいはい立派だった立派だった」
「褒め方が雑ぅ!!」
いやまぁ、雑に褒めたが嘘を言ったつもりもない。
何も出来なかった僕に比べて、荒事慣れしてない癖して声を張り上げた
言わないけど。
絶対言わないけど。
「……凄いな、
ポツリと、低い声が会話に挟まってきた。
「それに比べて俺は。……情け無い」
「あー、まぁ急にあんな事言われたら腹立つだろ。気にすんなって……」
「そうだよ。僕だって変身してる状態じゃなかったら殴ってるよアイツの顔面」
僕がしゅっしゅっとシャドーボクシングのように拳を放つ。
そうしたら
そのまま数分間駄弁っていると、自分の首筋のアザが青く発光していくのが分かった。戦いが終わって現実世界に帰る時の合図だ。
気づけば僕らの正面には車が止まっていて、大音量でクラクションを鳴らされた。急いで歩道に出る。今度からアザが光り出したら歩道に出る事を心がけなければいけない。
僕らは数分間喋った後、今日は解散する事にした。
何処からかカエルの鳴き声が、僕を慰めるみたいに鳴り響いていた。
▷▷▷
『あいとうくん、へんなの!』
小さい頃の、幼稚園の頃だろうか。
魔法少女のごっこ遊びをしている彼女達の仲間に入れて欲しくて、俺は必死に頼み込んで。返ってきたその言葉に、前後不覚になるくらいの衝撃を覚えた。
変。おかしい。
そんなことは自分でも分かっている。
だんだん子供らしい物からは卒業していく同い年の子供達。両親の視線。
好きな物を好きだと叫んではいけないのか。そんな事を考え反発すればする程、自分に自信が無くなっていく。世界が自分を受け入れてくれないように感じる。
偶然触れたネットの世界で知った、ロリコンのレッテル。
自分がそれに該当する人種である事も、大きくなるにつれ、性欲を知っていくにつれて何となく分かってきて。
ただ俺は、俺が彼女達を好きだった理由が、性欲という言葉で塗りつぶされる気がして。自分が酷く悍ましい存在に感じられて。
認めたくなくて、自分が異常じゃない事を誰かに分かって欲しくて……。
「……アツっ」
沈んでいた思考が、頬に感じる熱で現実に引き戻される。
隣を見れば、コーンポタージュの缶を両手に持った
「へへ。最近まだ寒いしさ、買ってきたんだ。飲むか?」
「……すまないな」
「謝んなくていいって。俺が好きで買ってきたんだし」
気遣わせてしまったな、と思う。
今はその気遣いが少し嬉しくて、少し申し訳ない。
スマホを見て時間を確認する。「19:44」の文字を確認して電源を切る。
いつも集まっている駐車場の横にある公園のベンチに座り込み缶の蓋を開けた。
缶を煽れば、仄かな牛乳ととうもろこしの味がゆっくり口内に広がっていく。
コーンポタージュを一口に含んだ所で、
「なんか顔暗いけどさ、どしたん?
「……ああ」
会って間もないが、俺はもう
根も葉もない事を声高々に言われたからじゃない。むしろ、アイツの言葉は俺の本質をピタリと言い当てている。
異常なのも、自己満足の為に他人に手を差し伸べているのも事実だ。偽善だと罵られるのも仕方のない事だろう。
「うーす、二人とも……。あ! コーンポタージュだ! いいなぁ!!」
「今真面目な話してるんだよ! 自分で買ってこいやコンコンチキが!!」
明るい声によって沈んでいた意識が逸らされる。
……二人の明るい声を聞いていると、なんだか悩んでいる事が馬鹿らしくなってきた。
「……話の途中ですまんかった。話、続けようか」
「いや、もういい。お前達の声を聞いていたらなんだかどうでも良くなってきた」
「えぇ……? そんな事ある? ……なんか納得できない事が、あったんじゃないのか?」
納得出来ない事、か。
……しかし、そのフレーズには引っかかる物がある。
記憶を探れば納得出来ない事は、確かにあった。納得出来ないというより、納得したくない事が。
「……俺は、所謂魔法少女系のアニメが、まあ、好きなんだが……」
言葉は自分でも驚くくらい、するりと口から溢れた。
まだ一週間程の短い付き合いだが、
二人が善人である事もそうだが、自分が魔法少女好きである事が既にあの空間のせいでバレてしまっている事も要因の一つだろう。
思い返せば二人は自分がロリコンである事を肯定してくれていた。否定しなかった。
……心の底から信頼出来る友達ができたという点では、この意味不明な現象にも感謝していいかもしれない。
「……大きくなるにつれて、彼女達を、その。……スケベな目で見てる自分に気づいてな。……もしかして、俺が彼女らに感じていたあの熱はただの性欲だったのか、ただの異常性の発露なのかと……。そう、悩むようになってな。
言っているうちに、自分の頬が熱くなっていく事が分かった。
自分でも小さな事に悩んでいると思う。溜まっていた物を吐き出したような感覚と、それなりの羞恥心が俺を襲う。
どんな反応をされるだろうか。呆れられたりしないだろうか。
そうやって羞恥に悶える俺に、
「んじゃ、レビューしてよ」
「え?」
「いやさ、自分の好きが性欲由来なのかどうか不安なんだろ? じゃあさ、何処をどう面白く感じたとかかを言語化してみて、僕らに説明してくれればいいんじゃない? ……あ、そうだ。今日の戦いが終わったらTSUTAYA行こうぜTSUTAYA。魔法少女系のアニメ借りよう。僕そういうの見た事ないからさ、見所とか解説して欲しいな」
何気なくかけられたその言葉に、じわりじわりと胸が熱くなる。
自分の言葉を真っ直ぐに受け止めてくれた事に。何より、自分の好きな事を否定せず、興味を持ってくれた事に。
「……いいのか? 俺は今日、財布を持ってきていない」
「あ、僕も持ってねーや。じゃ、明日ね」
「そうだな。……明日、借りに行こう」
明日という言葉を口に転がして噛み締める。上がりそうになる口角をなんとか抑える。
こんなに約束事を楽しく感じるのはいつぶりだろうか。小さい頃は、友達と遊ぶ時は常にこんなにわくわくしていた気がする。
先程とはまた少し違った恥ずかしさに襲われる。
「……ま、俺としてはそもそも性欲で好きになってもいいと思うけどな。エロいから好きってのは、非難されるような悪い事じゃないだろ」
「……だが、胸を張れる事じゃ無いだろう」
「いやいや、俺達男子高校生だろ? エロさとイタさは標準装備、どう足掻いても切り離せねぇって。みんなそんなモンだよ……」
みんなそんなモン。言葉にされれば簡単だが、本当にそうなのだろうか。
そこまで考えて、昨日の
「……エロさとイタさは標準装備、か。ふ、確かに
「いやそれは普通に悪口だろ」
頭を叩かれた。痛い。
「おら、そろそろ八時だぞ。馬鹿やってないで戦う準備しろ〜〜」
数秒の後、街から一切の音が消えた。虫の羽音も、やたらと車道を走っていたエンジンの音も、不自然に聞こえなくなる。
この辺は交通量もそこそこあるから、異界に巻き込まれた時には直ぐに分かる。ここを集合場所に選んだのは正解だった。
ステッキを握る力に手が入る。とっとと怪物を倒して、「魔法少女ナイトゴーン」のオススメポイントを紙にしたためねばなるまい。
▷▷▷
絹を裂くような悲鳴、とはまさにこの事だろう。
数分間無人の街を歩き回っていた俺達の耳に、絶叫が聞こえてきた。
数秒の後、悲鳴は怒号に変わる。
間違いなく戦闘の音だ。
戦ってる相手は恐らく、
「助けに行こう」
そう声を出した俺を、
「いいんだな」と確認するような目だ。
俺は笑って頷きを返す。
『嫌いな貴方だけど、助けずにはいられないの。私が私である為にはね』。
魔法少女ナイトゴーンの主役、テスのセリフだ。
24話のこのセリフは気合いの入った作画と合わさってめちゃくちゃカッコいいのだ。あとでレビューポイントとして後でメモしておこう。
住宅街を変身の力で強化された足を持って一気に駆け抜ける。
邪魔な一軒家や川は飛び越える。家を飛び越える際に少し屋根を壊してしまったが、この無人の街で壊した物は現実に反映されたりはしないようだから、多少傷つけたとしても問題はない。
そうして最短距離を駆け抜けて、俺達は悲鳴の音源。小学校のグラウンドへと辿り着いた。
グラウンドには二人の人影が立っていた。
一方は女性だ。胸元を大胆に曝け出したナース服を着ており、綺麗な茶髪が月光に反射している。
荒い息をしており、立ってるのも辛そうな印象を受ける。
恐らく
問題はもう一方の人影だ。
人影とは言ったがその身長は3mはあるだろうか。かなりの猫背であり、正確な所は分からない。
右手には斧を抱え、左手には小学生の身長程はあろうかという長い爪が並んでいる。
頭から突き出る角と青い肌は、五日程前によく戦った青鬼を思い出させる。
頬はぷくりと膨らんでおり、突き出た目も合わさってカエルのような印象を受けた。
「……ちょっと可愛げのある顔してるな」
……正直よく分からないセンスだ。
とりあえず今はあのカエル鬼を倒さなければいけない。
俺はステッキを振り、光刃を飛ばしながら
カエル鬼は俺の光刃に不意を突かれたようで、雄叫びを上げながら後方にジャンプをした。上手く
……なんて声をかけたらいいんだろうか。あんなに散々馬鹿にした相手に助けられれば、プライドも傷つくという物だろう。
取り敢えず無難な感じで挨拶でもしておくか。あんまり
「こんばんは。……いい夜だな?
「嫌味かテメェ!!」
む。怒らせてしまった……。
やはり俺はダメだな。
「……シカトこいてんじゃねぇ!! ぶち殺されたいか!?!」
むむ。さらに怒らせてしまった……。
今の
しかし昨日のような軽薄さというか、余裕が無い。やはりあのカエル鬼に苦戦している事は間違いないようだ。
「……やはり苦戦してるようだな、手を貸そう」
「………っっ!! そんなモンいらねぇよ!! 引っ込んでろ!!」
「そうはいかない。アレを倒さなければ、俺達は元の世界に帰れない」
相手を見据えて、ステッキを振るう。
星形の光刃が相手の首目掛けて飛んでいくが、カエル鬼は素早くステップを踏んで回避する。
俺を無機質な瞳で見つめるカエル鬼の視線からは、今までの怪物達と違いこちらを見定めようとする意思が伝わってくる。
「おおおぉおっ!!」
地面に転がる
間違いなく今がチャンスだ。ステッキを振るい光刃を飛ばす。
怪物はのけ反った視線のまま動けない。間違いなく当たる筈だ。
光刃が相手に当たる瞬間、カエル鬼が此方を向いた。
「ビュっっ!!」
突如として奇妙な鳴き声をカエル鬼が上げる。その瞬間、俺は全身に衝撃を感じながらグラウンドの端まで弾き飛ばされた。
「か、は……?!」
遅れて走る、鈍い痛み。
口から酸素が抜けていく。思考が纏まらない。自分が上を見ているか下を見ているかすら分からない。
気づいた時にはカエル鬼は目前まで迫っていて、その巨大な足を俺に振り下ろそうと——。
「おっ、らあ!!」
怒声と共に、突如カエル鬼の背丈が縮んでいく。
手足の比率はそのままに。その体が縮小していく。
体のサイズが変わった事により、踏みつけ攻撃は俺の少し前にズレた。
二分の一程まで体を縮めたカエル鬼を、
「グギ……!」
蹴り飛ばされたカエル鬼は油断なく
その隙に
「情けねぇなぁ。どの面下げて手を貸すなんて言い出したんだよ」
口角を歪ませ、
「……今の現象は、
「あ? ……教えて欲しけりゃ教えて下さいって土下座しろ」
「……協力しなければ、勝てない」
「じゃあ協力して下さいだろ? 上から目線でペチャクチャ喋ってんじゃねぇよ」
……こいつ。もしかして、俺の口調が気に食わないのか?
そういえば、俺が守ると言った時も不機嫌そうにしていた。さてはコイツ、相手が自分より下の立場じゃないと気に入らないのか?
ワガママな態度にストレスは感じる。
こいつの発言に反抗心も沸いてくる。
だけど。
俺は躊躇い無く膝をつき、頭を地面につける。
所謂土下座の体勢だ。グラウンドの砂が額に当たって痛い。
「協力して下さい。俺達三人を、あのカエル鬼から助けて下さい。……お願い、します」
俺達が今こうして悠長に会話が出来ているのは、
もしかしたら、俺達三人ならカエル鬼を倒せてしまうかもしれない。こんな性格が終わってる奴相手に頭を下げる必要なんか、無いのかもしれない。
でも、倒せないかもしれない。負けるかもしれない。……誰か、死んでしまうかもしれない。
そんな事、あっていい筈は無い。すでに明日の予定は埋まっている。みんなで生きて帰る為なら俺は土下座でも何でもしよう。
俺はチラリと
「……分かったよ、助けてやる。それで文句ねぇだろ」
「本当か?!」
よし、俺の推察は正しかったらしい。
これからも適度にヨイショを続けていれば、
「……ものさし?」
「俺の能力を説明しておくぞ。このものさしを相手に投げつけりゃ、相手は小さくなる。それだけだ。最大で二分の一くらいまで小さく出来る。ものさしはいくらでもポケットから出てくるし、伸ばす事も出来る。そしてアイツの能力だが、口から高速で巨大な水の塊を飛ばしてくる」
言われてみれば、俺の体は何かの液体で濡れている。てっきり出血したのかと思っていたが……。そういえば、
「俺の能力なら、水の塊を小さく出来る。これで敵の攻撃はある程度凌げる」
「なるほど、相手を小さくする……。自分を大きく見せたがる、お前らしい能力だな」
「テメェ土下座した時の殊勝な態度はどこ行ったんだコラ!!」
しまった、口が滑った。
貶すつもりは無かったんだが……。
……しかし、もしかしてそういう事なのか?
変身したと時にいつの間にか持ってる武器は、俺達自身の性質によって決まる……? 俺達が何を武器としているか、そういう事が関わってるのか……?
「ったく、とっとといくぞ!」
カエル鬼の能力で厄介なのはその俊敏性だ。まずは足を狙うべきだろう。
俺は青色の足に向けてステッキを振るう。カエル鬼は機敏な動きで光刃を避けるが、ステップを踏んだ瞬間を見計らって
一瞬動きを止めたカエル鬼に、
1.5m程まで縮んだカエル鬼の脳天に
「グゲッ!! びゅっっ!!」
「痛ったいな! 何すんだよぶち殺すぞ!!」
カエル鬼は負けじと口から水弾を放つが、
そのまま二人は至近距離で殴り合いを続けるが、段々とカエル鬼の身長が戻っていくに連れて
「一旦離れろ! 俺が撃ち抜く!」
カエル鬼は島咲の体を盾のように胴体の前に構える。俺達は攻撃を一瞬躊躇って硬直してしまい、その間にカエル鬼は
「うぉおあああっ!?」
「ぐぇえええっっ!!」
二人は塊状態になって地面をゴロゴロと転がっていく。
無防備な姿を晒した二人に、カエル鬼は水弾を叩きつけた。
「があっああぁああぁっ!!?」
「いっだぁああああぁあああっっっ!!!?」
轟音と共に二人は校舎の中まで吹き飛ばされた。ガラスの割れる音が嫌に耳に残る。
「二人ともっ、大丈夫かっ!!?」
「人の心配してる場合か! 来るぞっっ!!」
水弾の予備動作だ。
水弾だったらこれで対処出来ただろう。しかし。
「……びゅううううぅうううっっっっ!!!」
「な、にっ!?」
カエル鬼の口から放たれたのは、巨大な水の柱だった。
点ではなく、線の攻撃。一発限りの弾丸では無く、絶え間なく浴びせられるレーザー光線。
それは
まるで巨大な滝に放り込まれたような衝撃を全身に感じたかと思えば、俺はなすすべなく校舎の壁へと叩きつけられていた。
「ぐぅううっ………!!」
勢いそのまま、俺の体はコンクリートで出来た校舎の壁をぶち抜き、誰の物かも分からない机に何度も叩きつけられてようやく止まった。
後頭部を酷く打ち付けたからか、頭が痛い。視界がボヤける。
全身が痺れと倦怠感に襲われて、もう動けない。動きたくない。
首だけを動かして、辺りを見渡す。……
巨大な人影が、月光を背に此方へ近づいてくる。
らんらんと光る突き出た目が何処か笑っているようにも見えた。
………怖い。
怖い。怖い。怖い。
今までは漠然としていた、死への恐怖。
それが俺の背中を這いずっているのが分かる。
口から放たれる水弾か。それとも爪か。斧か。もしくは足で踏み潰されるのだろうか。
嫌な想像が頭をよぎる。
数秒、数分後があまりにも怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い——。
『……こんな状況下で逆転勝ちしたら、めっちゃくちゃにカッコいいよね!』
——ふと。
こんな状況下に相応しく無い、明るい声が響いた。
「アル、カ……」
アルカ・コアトル。「魔法少女ナイトゴーン」に登場する、主人公のライバルキャラ。
落ち着いた性格の主人公、テスと違いそそっかしくて慌てん坊。物語をかき乱したりする時もあるが、ピンチの時はその持ち前の明るさで最善の未来を掴み取る女の子。
俺の手に握られている
……何となく。
自分が何故これを持っているか、分かった気がする。
俺に取って彼女達の輝きは、きっと武器なのだ。
現実に負けない為の武器。未来の不安に負けない為の力。このステッキは、その力の象徴だ。
周りを見ろ。
目の前には巨大な怪物。
そして絶対絶滅の
逆転勝ちにはこれ以上ないシチュエーションだろう?
腕に力が籠る。
足の震えが止まった。
やろう。あの日入れてもらえなかった、ごっこ遊びの続きをしよう。
物語の花形、主人公はーーー俺だ!!
そう決意した所で、足音が聞こえてきた。
それと共に、聞き慣れた声も。
「ぉぉぉおおおおおりゃああっっ!!!」
カエル鬼の顔面を咆哮と共に殴り飛ばしたのは、
何度もカエル鬼の攻撃を喰らって居るのにピンピンしている。二発攻撃を喰らっただけでふらふらな俺とは大違いだ。
「
「生きてる、大丈夫だ……」
……そうだ。俺には仲間がいるじゃないか。
「なぁ、
「……ごっこ遊びでも、それで僕らが助かったのは事実だよ」
「フフ……そうか。……これからも、俺のごっこ遊びに付き合ってくれないか?」
「良いよ。仲間でしょ?」
……ああ、全く。最高の返答だ。
予感がした。
俺は今、何かしらのステージに上がった。
無意識に身を任せて体を動かす。根拠は無い。理屈も無い。意味があるかも分からない。
ただただ体が、「自分を解放しろ」と俺に囁いていた。
俺は現状を打開させる一歩として——首のアザに、指を突っ込む。そして捻る。何回も繰り返した、変身の動作だ。
変身状態で、更に変身。何が起こるかはさっぱり分からない。しかし恐れは無い。高揚感だけが俺を満たしていた。
「俺の姿を見ろ。希望たり得る俺の姿を見ろ」
青い光の線が全身に走るのを感じる。
そしてそれは俺の足を伝って教室の床、そして壁に。その線を起点にして、空間が「開いて」いく。
「さぁ、第二ラウンドだ」
▷▷▷
「さぁ、第二ラウンドだ」
えっっちょっちょっちょっと待って待って待って???
なんか右も左も凄い事になってるんだけど。何これ。これ何??
ねぇさっきの詠唱っぽいやつなんなの? それも魔法少女ネタなの?? ねぇこれなんなの怖いんだけど!!
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轟く閃光
そのたびに彼の足元から木の根のように亀裂が広がっていく。それは生き物のように床に、壁に、天井にまで広がっていく。明らかに、物理法則を超越した何かが目の前で広がっていた。
僕はただそれを唖然としながら見ていた。目の前に何が起こっているか、さっぱり分からない。
僕が呆然としていると、亀裂が「開いて」いく。自動ドアが開閉するように、左右に広がり亀裂の幅を広げていく。
その亀裂から、何かが僕目掛けて飛び出してきた。
「う、ぇええぇっっ!!??」
驚きタタラを踏む僕に、飛び出してきたそれは甘えるように纏わりつく。
それはニ本の緑色の線だった。素早く僕の腕を捉えたそれは生きているかのように動き、可愛らしいリボン結びを僕の右手首に生み出す。
「可愛いリボンは魔法少女の証。常に優しさで満ちているお前には、グリーンがお似合いだ」
「………う、うす……」
キメ顔でそう言う彼(彼女)に、僕は戸惑う事しか出来ない。なんか
呆気に取られている僕は、突如としてじんわりとした光に包まれている腕のリボンに目を落とす。
直後。凄まじい熱が、リボンを通して僕の腕に流れ込んできた。
「ぉおっ!?」
熱は腕の血管を通して体全体に。足に、お腹に、脳に。全身の血管にグツグツの熱湯を入れられた気分だ。
そして熱は全身を巡った後胸に集まって、心臓の鼓動と共に再度全身を駆け巡る。
全身がポカポカする。お風呂上がりのスッキリした気分によく似た感覚だ。
「このリボンは、お前の能力を向上させる。……筈だ」
「筈!? 推定なの!??」
「仕方がないだろう、初めて使うんだから」
僕の体大丈夫かな。
気分いいけどさ、この気持ちが人為的なモノだと思うと途端に不安になるんだけど。
「ゲェエエェッッ!!」
不安に思う僕の耳に、幾度となく聞いたカエル鬼の鳴き声が聞こえてきた。
慌てて体を音の方向に向き直させる。味方の行動がインパクト強すぎて敵の存在を忘れていた。
カエル鬼は頬袋を膨らませる。水弾を放つ為のチャージの動作だ。
「ヒュ“ッッッ!! ビュッッ!!」
慌てて斜線上から逃れようと足に力を込めるが、間に合わない。視認出来る速度を遥かに超えた水の弾丸。それが射出される音を鼓膜が捉えた。
衝撃に備え、腕を交差させ目を瞑る。
轟音、そして振動が僕を襲う。
しかし痛みも衝撃も無い。
目を開ければ、真紅のドームが僕らを守るように包んでいた。
「喚くな。新必殺技の解説シーンは、黙って聞くのが鉄則だぞ」
よくよく目を凝らせばドームは大量の赤いリボンの束で構成されている事が分かる。
沢山のリボンで編まれた防壁は、放たれる水弾の衝撃を柔軟に受け流し、僕らをしかと守り抜く。
しかし水弾は止まらない。まさに五月雨のように、衝撃が絶え間なく襲ってくる。
うめき声と共に
「ぐっ………。しまったな、このリボンへのダメージは少ないが俺に還元されるらしい。長くは持たない。……
「そんな事言ったって、そんな都合よく攻撃が途切れる訳もないし……!」
「ふっ、忘れたのか? 俺達には仲間がいるだろう」
「ビュッッッ!! ビュッっっ!! ……グェぇっ!!?」
瀑布のような音を立てながら攻撃音の最中だけど、僕の耳は確かに一つの破裂音を捉えた。
それと同時に水弾の音が止まる。ドームが解けていく。
「人のダチにチマチマチマチマ、何してんじゃーーーーーーっっっ!!!!」
全身全霊で床を蹴り飛ばす。
尋常じゃない速度だった。リボンから伝わってきた熱が足に集中している。
一歩一歩を踏み出すたびに、僕は加速していく。
カエル鬼が突き出た目玉を更に見開いて僕を見る。
拳を僕に振おうとするが、もう遅い。
僕は前のめりになりながら、カエル鬼の胴体をトンカチでぶん殴った。水を含んだポリタンク、あるいは大きめのゴムタイヤみたいな感触だった。
全力でトンカチを振り抜く。グシャリと音がして、カエル鬼の胴体に穴が空いた。そこから、パラパラと臓物の色をした紙吹雪が零れ落ちる。
「グェエエエェエぇエエッッッ!!」
「
そう言われ、地面に足を突き刺す。それくらいしないと勢いがついた今の僕は止まれなかった。
後ろを振り向けば、僕の右手首から伸びたリボンが途中から枝葉のように分かれ、カエル鬼を締め付けている。
カエル鬼の向こうでは、
濡れ羽色の少女の周りには淡い蛍のような光が纏わりつく。酷く神秘的な光景だが、それと同時に凄まじい力が渦巻いているのを肌で感じる。
「横に飛べ!! デカいのを一発打ちかます!!」
「りょーかい!!」
カエル鬼も僕と同じように真横に移動しようとするがそれは出来ない。蛇のように
「グェエェエエエ………っっ!!」
「………っっ!!」
リボンが千切られる。そのたびに
しばらくの硬直の後、カエル鬼が一際大きく吠えた。
「グエエぇッッッッッ!!! ビュッっっ!!」
「アグぁあっ……!」
カエル鬼の、自傷をも躊躇わないリボンへの水弾攻撃。放たれた水弾はカエル鬼の脚の肉ごとリボンを引き裂いた。
その瞬間、カエル鬼は跳躍した。
脚の肉が引き裂かれていたせいだろう。不恰好なフォームで、飛距離も大した事がない。しかし
カエル鬼の口角が僅かに上がったかのように見える。
次の瞬間、カエル鬼の姿が消えた。
消えたと言っても僕の視界から完全に消えた訳じゃない。カエル鬼は着地した場所から跳躍した場所に瞬間移動していた。
まるで動画のスキップボタンを押したのかのように、カエル鬼は微動だにしないまま数mの距離を移動したのだ。
呆気に取られる僕ら。
カエル鬼は何度もその場所から動こうとするが、動いては動いては元の場所に戻っている。
「化け物は俺が押さえておく! テメェはさっさとデカいのをブチかませ!」
校舎の二回から、
……アイツ、何を縮めてるんだ? ………まさか。
空間そのものを「縮小」させて瞬間移動させてる?
嘘だろ、そんなのインチキだろ。
いやでも、僕らが助けに来るまで
カエル鬼は僕らと
カエル鬼は頬を膨らませ、
普段なら何とかして
カエル鬼の頬に開いた穴から、ボロボロと大量の水が溢れているからだ。
「ぐ、グエっっ?? グエェっ??」
カエル鬼は自身に何が起こっているか理解出来ない様子で、何度も頬に水を溜めようとするがその度に頬の穴から水が溢れていく。
今のカエル鬼はレンコンのように穴だらけ、最早水弾は使えない。
「ゲゲケェエっっ!!」
カエル鬼が一際大きく鳴いた。断末魔のようだった。
そしてそれを掻き消す、鐘楼の音がグラウンドに響き渡る。
濡れ羽色の少女が金色に染まり切った魔法陣をカエル鬼へと向けた。
「——アルス・マグナぁああっっっ!!!」
魔法陣から射出された、極大の光の柱がカエル鬼を飲み込んだ。
鳴り響く鐘の音と共に現れた力の奔流は、敵対者の最後の抵抗すら許さない。
咆哮と共に放たれたそれは、まさに必殺技。主人公にのみ許される、逆転を可能にする一撃だった。
数秒の蹂躙の後、最早破壊する物はないと悟ったのか光の柱はゆっくりと消えていった。後にはえぐれた地面だけが残っている。
完全にカエル鬼がチリ一つ残さず消し飛ばされたのを確認したのと同時に、僕の首筋にあるアザが青い光を放つのが分かった。戦いの終わりを示す光が僕を包み込んでいく。
つまり、完全勝利だ。
「………おおおおっっしゃあああぁーーーっっっっっ!!!!」
勝利を確信した瞬間、僕は吠えた。全力で吠えた。勝利の美酒を全力でかっ喰らった。
熱が、高揚が僕の全身を包み込む。
何処からか聞こえてきたケロケロという鳴き声が、僕を祝福していた。
▷▷▷
「で、結局あれ何??? 何あのビーム???」
戦いが終わった後、僕らは
かくいう僕も気になって仕方がない。なんだよあのリボン。なんだよあのビーム。マジで。
おら、説明しろ。早く。
「あのビームは、アルス・マグナと言ってだな。『魔法少女ナイトゴーン』の主人公の必殺技で……」
「いやそれも聞きたいけどさ、何で急にビーム出せるようになったの?? あのリボンと何か関係があるの??」
「……何というか、だな。アルス・マグナを出せるようになったのは………。何というか、そう、お前達に俺が心を開いたからだと思う」
「心?」
「そうだ。あの時、
「うん? その言い分だと、元々リボンもビームも使えたけど使わなかったって事か?」
「いや、そうじゃない。あのリボンは俺の心そのものというか……。あー、俺達の容姿は、俺達の好みによって変わるだろう。……多分だけど、俺達の力の本質は願望の具現化……俺達の願望を元にした、「現実の塗り替え」なんじゃないか?」
現実の塗り替え。
確かにそう言われると、何故かしっくり来る気がする。
「俺が自分を曝け出す決心……。自分の願望に素直になる事が出来たから、出来る事が増えたんだと思う」
出来る事が増えた。
ふと、
僕らが変身する時に出る青い線が、足元を伝って床や壁にまで広がっていた。
……能力が、進化している?
塗り替えられる対象が自分から、近くの物体にまで広がったって事なのか……?
「あの現象……そうだな、性癖全開とでも名付けようか」
「え?」
「は?」
ひっどいネーミングセンスだ。
思わず
え。マジ? いや、え? どんなセンスしてんだコイツ。
「……いや、自分の心の内を明かす……というか、あのリボンはおそらく俺の心の内の具現だ。心の内を全開にするという意味で、性癖全開。……分かるだろう?」
「分かんないけど?」
………あー、性癖って確か心の性質というか、心理上の癖……。つまり性格とかの事を指すのが本来の意味なんだっけ。
……。
いやでもなぁ。
「正直どうかと思う」
「えぇっ」
逆にかっこいいとでも思ってたの……?
「……」
「……」
「……」
「……」
僕ら四人の間に、絶妙な沈黙が漂う。
「……聞きたい事も聞き終えたし。今日は解散、するか」
「そうだね」
そんな感じで、勝利の後の熱は何処へやら。
何とも言えない空気の中、僕らは解散した。
▷▷▷
「いやあ、凄いですね。スイキ、やられちまいました。一人は胚を開くまでに至ってる……。中々優秀な子達ですねぇ」
『どうした? なんか声が硬いじゃん、じじい』
「いやね、ちょっと気になる奴がいて……今から写真送りますね」
『……これは……』
「お知り合いだったり、しますかい?」
『……いや、覚えがないね。……ネッソスの血を使え。コイツの中身を暴いてこい。
「了解。明日、しかけます」
▷▷▷
「ハッ、ハッ、ハッ……………」
目を開ける。見慣れた天井が目に入って、今までの事は全て夢だったのだと悟る。
思い出せ。思い出せ。
何処からが夢で、何処からが現実だった?
「き、昨日は、カエル鬼を倒して………」
昨日はカエル鬼を何とか撃破して。
そして、そうだ、
それで僕らはちょっと不機嫌になった
僕はその後、普通に家に帰って、ご飯を食べて、風呂に入って。
そして、そして、そして——。
「うう、うぷっっ………」
思い出した夢の内容に吐き気が込み上げる。
そうだ。あれは夢、の筈だ。そうじゃなきゃいけない。そうじゃないとおかしい。
夢の中ではクラスメイトが、
みんなみんな、死んでいた。
死体の山だった。一人残らず死んでいた。
絞殺だった。
刺殺だった。
射殺だった。
毒殺だった。
撲殺だった。
惨殺だった。
十人十色、それぞれ違うやり方で殺されていた。鏖殺だった。
………マジで何だったんだ。
意味が分からない。何が、どうしたらあんな夢を見るんだ……?
ベットから体を起こす。
体を動かすと、下腹部の辺りに違和感があった。
何だか、体が重い。パンツの中が、冷たい。
嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする。
しかし僕の指は止まらない。
ゆっくりと、ズボンに手をかけ、パンツの中を覗き見る。
「は?」
白濁色の液体が、ぬらぬらとそこにあった。
「オェっ、」
吐き気がする。
気分が悪い。
何が起こっているのかさっぱり分からない。分かりたくもない。
頭の中がぐるぐるする。僕は何をしなくちゃいけないんだっけ?
「えっと、学校行かなきゃ」
着替えをしなきゃ。遅刻をしてしまう。
そうなったら困る。
……何で困るんだっけ?
何で学校に行きたいんだっけ。何で遅刻したらダメなんだっけ?
「ぼ、くは。………出会いが、欲しくて」
僕は、そうだ。
高校で彼女を作りたかったんだ。
その為に勉強も頑張って。この学校の事も調べて。
調べて。調べて。調べて。調べて。
………何の。何の確信があってこの学校を選んだんだっけ。
「ぁ、え?」
何でこんなに頑張ってるんだっけ。
わざわざ姉ちゃんに頼み込んでまで春橋高校に通ってるんだっけ。
何でこんな苦労をしてるんだっけ。僕は本当に僕なんだっけ?いつから僕なの?
本当は全部分かってる癖に。
「あ、ぅえっ」
気分が悪い。
気分が悪い。
気分が悪い。
カエルの鳴き声が聞こえる。
カエルの鳴き声が聞こえる。
ケロケロという鳴き声が、僕を見つめている。
見下している。ケロケロ。ケロケロ。ケロケロ。ケロケロ。
こんなの僕じゃない。
こんなの僕じゃない。
こんなの僕じゃない。こんなの菫コ縺倥c縺ェ縺??螟ァ荳亥、ォ縺?繧域ッ阪&繧灘ソ??縺励↑縺?〒縲縺薙l縺ァ縺セ縺溷?騾壹j
▷▷▷
「うーっす、おはよー姉ちゃん」
「おはよーさん。ご飯出来てるよー」
寝ぼけ眼な
今日の朝ご飯はちりめんトースト。料理をしっかりするのがダルい時はこれに限る。
料理を食卓に並べ、椅子に座る。
ウチの正面に
「……そいえばさー、さっきあんたの部屋から物置がしたんだけど。何かあった?」
「ん、いやぁ? 特に何も無かったけど?」
ウチの質問に、心底不思議そうな顔をしながら
その顔は嘘をついているようにも見えない。
「んー、寝ぼけてベットから落ちたとか?」
「いやいや、僕ベットで起きたって」
そう言ってウチを覗き込んでくる
……まぁ、ケガとかしてないんならいいや。
ウチはそう思いながら、淹れたてのコーヒーに口をつけた。
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迫り来る過去
時刻は午後六時半。
いつもより早く、僕は待ち合わせの駐車場に集まっていた。昨日有耶無耶になった、
僕と
「すまん、遅れたか?」
「お、来た」
「俺らが早すぎるだけだから気にしなくて良いぜ」
僕と
彼はその場で止まると、肩からかけていたメッセンジャーバッグを開いて封筒を出してくる。
「
「ん? 何これ」
「アニメのレビューをしたためてきた」
封筒を開けば、原稿用紙くらいの大きさの紙が出てきた。中を見れば、イラストなどを交えてストーリーやオススメのポイントが分かりやすく解説してある。
す、スゲェ。写真や図などを巧みに使って伝えたい事が一目で分かるようになってやがる。
見る相手の事をキチンと考えられて作られたデザインだ。文字数がそんなに多くない所が人に読ませようとする意志を感じる。
そういえば
ふと
「ん、
「ああ、これは
「
「果たし状だ」
「!?」
▷▷▷
僕らはTUTAYAに行って、アニメを十話分借りた。
その後両親が居ないらしい
僕はアニメをあまり見ないが、クオリティが高いのは分かった。軽快な話のテンポも心地いい。
ちなみに主人公は
そうして三話目も見ていたが……。
「あれ。電源切れた?」
突然、ぷつりと音を立ててテレビ画面が黒く染まる。
「丁度八時になったんだな。こちら側ではインターネットは繋がらないらしい」
「ちぇー、いい所だったのにな」
「戦わないといけないの、そろそろダルくなってきたねぇ」
正直、この異常現象にも慣れてきた。既に未知は既知に変わっている。
昨日のカエル鬼のような強敵が現れないとも限らないが、全力を尽くせばどうにかなるだろう。僕らは何度も怪物を退けてきたのだ。
僕らはのっそりと立ち上がり、無人の街に繰り出した。
女体化した自分達の跳躍力に任せて、適当な一軒家の上に登る。
屋根から屋根へと飛びながら、無人の街を移動する。
最近発明した見回り方法で、こうした方がより多くの範囲を見渡せる。
「お、三時の方角に象はっけーん!」
その方向には、見慣れた巨象が家屋を破壊しながら移動している様子が見えた。
幸いにも相手は僕らに気づいていないみたいだ。僕はトンカチを構え直し、象へと足を進める。
10m、8m、5m。象の尻と僕の間の距離が近づいていく。
後一息で僕のトンカチがブヨブヨとした皮膚にめり込もうという所で———。
「え?」
———ずるりと。
巨象の首が落ちた。
見間違いかと、僕は瞬きをする。
何度見ても象の首はあるべき場所に無く、過去僕の体を散々打ち据えた怪物は首から赤い紙吹雪を垂れ流すだけのオブジェに成り下がっていた。
自分で自分に問いかけ、その考えを否定する。アイツのものさしじゃ、どうやってもあんな綺麗な切り口にはならない。
「……新しい魔法少女か?」
その可能性が高いだろう。
きっと自分の身に起こった出来事に困惑してるだろうし、なるべく早くこの世界について説明してやらねばならない。
そう思考を巡らしていると、象の体が細切れにされていく。結構グロテスクだ。
あの巨象をこんなにも簡単にズンバラリンしてしまうとは、余程強力な武器を持っているのだろうか。
象の肉体が四散し、その向こう側に立っていた人影が視界に入ってくる。
「………え」
思わず声が出る。
象の肉塊の先には二人の人間が立っていた。
一人は身の丈程ある刀を構えた、漆黒のスーツに身を包んだ姿の女性。
ベリーショートの髪型に鋭い目つきも相まって、デキるキャリアウーマンといった感じだ。
持っている武器からして象を細切れにしたのは彼女だろう。
そして彼女の隣に立っていたもう一人。
190cmはあろうかという巨体を、隣の女性と同じく漆黒のスーツに包み込んだ
太い指で錫杖を抱え、右目に眼帯をつけている。人を数人殺してそうな眼光は、一度見たら忘れられない。
というか、見覚えがあった。
思い起こされるのは数日前、
「刑事さん……??」
そう、僕がヤクザと間違えて殴りかかった刑事さんである。
……な、何故ここに。ここに来るのは男子高校生だけなんじゃなかったのか?
いや、そんな事を考えている場合じゃない。この世界に巻き込まれて困っているなら手を貸さなくては。
「あ、その……」
えーっと、何て声をかけようか。突然トンカチ持った女が話しかけてきたら怖いよな。
「怪しい者じゃありません」とか? いや、逆に怪しいよな。
よし、ここは無難に「こんにちは」で行こう。
今一度刑事さんに向き合う。刑事さんも僕に気づいたようで、視線が合った。
「久しぶりじゃねぇか」
刑事さんの声を聞いた瞬間、ゾクリとした何かが自分の首筋を撫でていった。
思わず一歩足を引いてしまう。
その瞬間、刑事さんの体が目を見張る程の速度で跳ねた。
4m程の高さまで飛び上がり、空中で脚を大きく振り上げる。
人間ではあり得ない身体能力に思わず目を見張るが、ギロチンのように僕に迫ってくる脚にハッと我に帰る。
「そう、りゃぁっ!!」
「うわわぁっ……!」
刑事さんの踵落としが、僕が立っていた場所にめり込む。着弾した所を中心に、コンクリートの屋根にヒビが走っていった。
「てめぇっ、何すんだよ……!??」
「こいつ、人間か!?」
迫り来る光刃の群れを刑事さんは顔色一つ変えずに錫杖で叩き落とした。
「あいと……!!」
僕が喉から声を張り上げるより早く、女性の刀が
ステッキを握った腕が月明かりに照らされながら落下していく。
怒りで頭が真っ白になるが、怒声を放つより先に僕の頬を衝撃が襲う。
刑事さん、いや、刑事の男にぶん殴られたのだ。
思わず地面に倒れ伏しそうになる体を気合いで押し留め、全力でカウンターを繰り出す。
「こんっのぉっ!!」
「ちぃっ」
刑事の男は滑らかな動きで僕の殴打を避ける。しかし僕の方がスピードは上らしく、刑事の男の耳を僕のトンカチが掠めた。
勢いそのままに二撃目を繰り出そうとした所で、僕の視界が上下反転した。
足払いだ。コンクリートの壁を破壊する程の力で僕の足首を蹴り飛ばし、僕をひっくり返したのだ。
「ふ、んっ!!」
「がぁっ」
空中で無防備な姿勢を晒した僕は刑事の男にぶん投げられる。
頭から地面に叩きつけられ思わず声が漏れた。
あまりの衝撃に倒れ込む僕に刑事の男は馬乗りになり、僕の胸ぐらを掴み上げる。
思わず息が出来なくなる。
僕を見下ろす刑事の男はあんまりに冷たい目をしていた。
きっと、殺意というのはこういう物を指すのだろう。
そう思うくらいに真っ暗で、黒曜石みたいな目だった。
僕が何をしたんだよ。
お前は何なんだよ。
言葉にしたいが声にならない。
喉が凍りついたように動かない。
そんな僕に、刑事の男は口を開く。
「久しぶりだな?
あ ?
こいつ、い まなん
て 言っ た?
▷▷▷
「
目の前で切り飛ばされた人形のような腕を見て、思わず絶叫が喉から漏れた。
思わず落下する腕に手を伸ばす。
「
「でっ、でもっ」
「
その声を聞いて、俺は
「久しぶりだな?
な、何を言っているんだアイツ?
……眼帯の男も、
「……
「えぇ。
眼帯の男の疑問に、黒服の女が答える。
……敵じゃ、ないのか? いや、まだ分からない。
俺は銃口を二人に向ける。
「一体、お前ら何なんだ……!」
思わず疑問を投げかける。警戒は止めず、いつでも頭を打ち抜けるようにしながら。
額から思わず汗が流れる。人を、自分が撃つかもしれない事に。震える銃口を根性で止める。
眼帯の男がゆっくりと唇を動かそうと、して。
強烈な破壊音が、左後ろから轟いた。
「あ!? 何———」
後ろを振り向こうとした俺の背に、何かが突き刺さった。
それは凄まじい勢いで俺の腹をぶち抜き、足元に音を立てながら転がった。
「なん、だこれ。———将棋の、駒?」
腹を押さえながら後ろを振り向く。
俺たちから15m程離れたそこに、ソイツはいた。
ゆったりとした踊り子のような紺色のドレスを見につけ、口元を覆い隠すように布を着けている。
最も目を引くのは、彼女の肩の付け根から生えた、三対六本の腕。
黒服の女とは違い首筋には鍵型のアザが付いており、間違いなく魔法少女だ。
多腕の女はゆっくりと体をのけ反らせる。
「………ぁぁああああぁあっっ!!! どいつもコイツも舐め腐りやがって!!!」
爆発。
尋常じゃない絶叫と共に、六つの腕から何十もの将棋の駒を投擲してくる。
ただの将棋の駒じゃない。
一発一発が変身した俺の体を貫通する程の超高速攻撃だ。俺の弾丸より速いんじゃないか。
「ちくしょう!! ちくしょう!!! ちくしょう!!!」
「何だアイツ……!!」
「グッ……!」
多腕の女は癇癪を起こしながら四方八方に攻撃を撒き散らしている。黒服の二人にも俺たちにもお構いなしだ。
周りの家屋や電柱が倒壊し、爆弾でも破裂したかのように崩れていく。
俺たちの体も例外じゃない。俺や
「次から次に……!」
黒服の女が九字を切る。
するとまるで透明な傘でもあるかのように将棋の弾幕が女に当たる前に逸れ始める。
明らかに物理法則を無視した、理外の技だ。
「ぐぁあっ……!!」
「……っ、
黒服の女の技に驚いていると、
見れば
俺は急いで倒れ伏した敏弘を抱える。今すぐこの場所から離れなければ。
なるべく将棋の弾幕に晒されていない家屋を選び、ガラスを蹴破って中に押し入る。
リビングに置いてあった椅子に
「だっ大丈夫かっ
「け、結構キツい……」
返事は返ってくる。目はどこか虚だが、致命的なダメージは負っていないと思いたい。
「な、何で再生しないんだ? 前お前の腕がもげた時は、すぐに新しいのが生えてきたのに……」
「あー………。多分、こま、駒が、刺さったままで……。それが、邪魔なんだと思う。ずっと足の中に、異物感がある……」
息も絶え絶えで声を漏らす
逡巡は一瞬だった。
俺はしゃがみ込んで、ゆっくりゆっくり再生していく
「……取れば、いいか?」
「あー、頼む……」
息を吸い込む。
俺は意を決して、
「うぅあっ………!?」
「……………っっ!!」
ぐちょぐちょと、柔らかい物が指先に絡みついてくる。気持ちが悪い。
聞こえてきた
敏弘の右足の断面には、赤い血肉ではなく青白い光が広がっていた。
その断面の中に不自然に盛り上がった場所がある。俺はそこに、二本の指を突っ込んだ。
冷たいネギトロみたいな感触だ。そこを俺は指でほじくる。
しばらくの後、指先に硬い感触を捉えた。
俺はそれを指で摘み上げ、素早く引き抜く。「と」と書かれた将棋の駒が青色の肉の中から出てきた。
「ああぁあああっ!!!」
「悪いっゆっくりやった方が良かったか?!」
「……いや、素早くやってくれた方がいい。ただ、次引き抜く時は声かけてな」
「分かった。……気遣えずに悪かった」
話している内に、右足は凄まじい速度で再生していく。
まるで動画を巻き戻しているみたいに瞬く間に肉がくっつき、数秒もしない内に傷跡一つない足が現れた。
……よかった。綺麗にくっついた。駒さえ引き抜けば大丈夫らしい。
「左足も、いくぞ」
「了解……。早めにしてくれよ……」
今度は左足に指を突っ込んでいく。
左足は中途半端に再生しているらしく、どこに駒が埋まっているか分かりづらい。
俺はゆっくり、慎重に指をつき入れる。
「……なぁ、
「あ? なんだよ、今集中してるんだけど……」
「いいじゃんか、痛みを誤魔化したいんだよ」
そう言われては反論できない。
俺は指を動かしながら、
「……
「そんな事言われたって分かんねぇよ……。一番そいつに近そうなのは、今んところお前だぞ」
「……本当に、知らないんだ。知らない筈なんだ………」
鎮痛な面持ちで声を漏らす
知らないってんなら、黒服の二人が勘違いしてるって風にしか考えられないんだが……。
……。
俺達が変身した時のこの姿って、性癖を反映してるんだよな。
俺は何となく思った事を口に出す。
「あー、一つ仮説を思いついた。お前、一目惚れしたんじゃねぇか?」
「は?」
「いやさ、俺達の姿って、性癖が反映されてるんだろたぶん。で、俺も
俺はお気に入りのAV女優の姿に。
だったら、お前のその姿にもモデルが居たっておかしくない筈だ。
「街中でお前がその、アケミって女に一目惚れしたとしたらどうだよ。その記憶事態は忘れてたけど、記憶の脳味噌に好みの女のモデルケースとして焼きついた……。とかどうだ? 一応筋は通って……」
「聞こえる」
「は?」
「カエルの、声が、聞こえる」
「…………は? ………なに言ってんだよ」
今のこの街は無人だ。
人っ子一人、生き物一匹もいやしない。俺達以外は。
そもそも今は外からあの多腕の女が暴れ回ってる音が響いてるし、カエルが鳴いてたとしても破壊音でかき消されそうなもんだ。
「きこえる、んだ。たしかに、たしかに、おとが」
「……おい、おい?
思わず肩を揺する。しかし反応がない。
もっと肩を揺すろうとした瞬間。
「手錠はなんのためにある?」
「何っ、がぁっ!!?」
聞き慣れない女の声。
それが聞こえると共に俺は凄まじい力で腕を引っ張られ、床に倒れ伏した。
手首を見れば、そこには手錠が。
手錠の先には、一人の婦警がいた。
常識的な婦警じゃない。スカートの丈は腰までしかないし、上着もへそがもろだし。
その上顔は特上の美人。体つきも扇状的だ。バストはどう見積もっても100以上ある。
明らかに二次元の世界にしか存在しちゃいけない、どスケベ警官である。
首筋には鍵型のアザが光っている。魔法少女で確定だ。
「逃がさないためにあるんじゃあない! 屈服させるためにあるッ! ……お前は果たして、私を屈服させられるかな? ご主人様(仮)………」
「マジで何言ってんだよお前……!」
婦警が腕を引けば、俺は凄まじい力で引っ張られ民家の壁に叩きつけられる。
俺の体は壁を貫通し、外に叩き出される。全身がバラバラになったみたいに痛む。
「うっぐ……!! な、めてんじゃぁねぇーーーっっっ!!」
ライフルの銃口を手に持ち、手錠の鎖を目印に婦警に殴りかかる。この距離じゃ狙撃なんか無理だ。
婦警は俺に鼻っ面を殴り飛ばされ、呻きながらたたらを踏む。
俺は追撃をしようと腕に力を込め、
「ぶっふっっ………!?」
「良いぞご主人様(仮)……!! 私をもっと楽しませろ!!」
婦警に先程の意図返しのように鼻っ面を木製バットで殴り返された。
「こんんのぉっっ………!!」
「はは!! いいぞ!! お前の全てをぶつけてこい!!」
俺と婦警は超近距離で殴り合う。
バットとライフルが何度もカチ合い、相手の意識を刈り取らんとうねりを上げる。
「ぐ、おおおぉっっ……!」
こ、コイツ!! 一撃一撃が尋常じゃなく重い!!
信じられねぇ握力だ。殴られるたびにカエル鬼の水弾くらいの衝撃が体を襲う。
しかもコイツ、全然俺の攻撃を回避しねぇ。全部の攻撃を頭で受け止めやがる。
スピードも威力も向こうが上。回避行動をしない分手数も上だ。
常識外の威力でぶん殴られ続けて、だんだん俺が押し負け始める。
「こ、こんのぉっ……!! マゾ野郎が……!!」
「大正解だぜ、ご主人様(仮)」
体重を乗せられた一撃を鳩尾に見舞われ、俺はたまらず倒れ込む。
手足が動かない。全身が痛い。頭が割れそうだ。
右手に感じた圧迫感が無くなる。婦警が俺の手から手錠を外したのだ。
「じゃあな、ご主人様(落第)。お前は俺を満足させられないみたいだ」
そう言って婦警は、俺を放って部屋の奥に向かう。
そこには地面に倒れ伏す、
「お、おい!!
「…………声、声が………」
「
「カエル…………うるさい、うるさい………」
「おい!! 聞いてんのか、おい!!!」
ダメだ。
婦警はそんな
「ぁあ……?!」
魔法少女による、魔法少女の誘拐。
今日は全くもって意味の分からない事ばかりだ。
心の中でそう愚痴りながら、這いずって外に出る。
見れば婦警は
それを止めようと
「くそ………!! 退け!!」
「黙れ!!! 黙れ!! 黙れ!!!」
濡れ羽色の影と多腕の女が正面かが轟音と共にぶつかり合う。
「っ………! 俺の姿を見ろ!! 希望たり得る俺の姿を見ろ!!」
「俺の腕を讃えろ!! 無双たる俺の腕を讃えろ!!!」
二人の足元から、同時に亀裂が走った。
それは地面に、家屋に、空間に。無尽蔵に走り回り、辺りを侵食し合う。
「おおおおおぉおおおおおっ!!!」
「あああぁあああああぁあっ!!!」
リボンの津波を空に落ちる落雷が焼き尽くしていく。
焼き尽くした残骸を物ともせず、無数のリボンが雷を食い破っていく。
展開された二つの世界は、押し合い食らい合いお互いを侵食し始める。あまりのエネルギーのぶつかり合いに空間が悲鳴を上げた。
「おーおー、大変な事になってら……。おい、姉ちゃん! とりあえず話通じそうだからアンタの方を助けるぞ!」
「えっ?」
世界の終わりの様な光景に、似つかわしくない軽い声が一つ。
横を見れば、眼帯の男が俺を見下ろしていた。その隣には黒服の女もいる。
「思ったより大変な事になってますね……。全く、生きて帰れるんでしょうか」
「ごだごだ言ってないでいくぞ、オラ!」
黒服の二人は深呼吸を一つ。次の瞬間、風のように走り出した。
「ああぁあっっ……? ………勝負の、邪魔するなぁぁぁっっ!!!」
多腕の女は迫り来る人影に気付いたのか、紫電を二人の方に投げる。
先行する黒服の男は焦りもせず、回避行動もせず。
ただその場で九字を切り、一言唱えた。
「祓へ給え 清め給え」
瞬間。紫電が曲がった。
まるで空間が歪んだかのようにも、雷が自分から男を避けた様にも見えた。
先程も黒服の女が使っていた、道理の外の技だ。
多腕の女もまさか雷の軌道が曲がるとは予想外だったらしく、一瞬意識が止まる。
その一瞬が致命的だった。
眼帯の男の背から、紫電に負けない速度で黒服の女が飛び出した。
まさに電光石火。うねる雷の嵐を掻い潜り、一息で多腕の女の懐に潜り込み一閃。
紫電が収まり、地面に走ったひび割れが消えていく。それで決着がついた事が俺にも分かった。
袈裟斬りにされた多腕の女は胴体を斜めに切断され、唖然とした表情でその場に崩れ落ちる。
「ふぃー、怖かったー」
「うい、お疲れ」
黒服の女のぼやきに眼帯の男が答える。
……人の形をしたものを切って置いて、この気の抜けよう。
それは、どこか俺達とは別の世界で生きている事を感じさせられた。
無意識に手に力が籠る。
婦警にボコボコにされた体は、既に癒えてきた。いざという時は抵抗出来る筈だ。
そんな俺を見て、眼帯の男が口を開く。
「そんなに怖い顔色すんなよ姉ちゃん。俺らはここで何が起こってるか知りたいだけなんだ」
「……そりゃありがたいね。俺達も意味不明な事ばっかりで困惑してるんだ。とりあえず自己紹介して貰えるか?」
「俺は
「誰がガキだ殺すぞ不細工」
俺は慌てて今にも喧嘩をし始めそうな二人に声をかける。
「お、おい! 今警察って言ったか!?」
「おう、そうだよ。警察手帳見るか? 俺らは「公安所属霊的兵器」。この街で起こっている行方不明事件の調査、及びこの事件に黒幕と思われる魔術師、
そう言って
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胎動
「あ!? ………お前ら男子高校生なの!!?」
思わず声が漏れた。
………この街に、行方不明者事件を調査しにきて数日。
ようやく街に張られていた結界の中に入れたと思ったら頭の痛くなる事ばかり起こる。
目の前の、フリフリした……ゴスロリというんだったか。全身真っ黒な、人形みたいな少女に状況を説明させて数分。
「男から女に」「性癖の姿に」「一度殺されてる」………。
全くもって、聞きたくない情報が出るわ出るわ。
「
「ああ、それも格が尋常じゃねぇ。もう半神と同レベルだ」
眼帯の下の俺のくり抜かれた筈の目玉が、ゆらゆらと揺れるコイツらの魂を捉えている。
どいつもこいつも尋常じゃねぇ。特にさっき
まぁ話を聞く限り、あの多腕の女もこの空間の被害者らしい。そう考えるといくら本気で殴っても死なないってのはありがたい。
「………どういう意味だ、分かるように話せよ」
「あー、………簡潔にいえば、お前らはなんかの生贄にされそうになってんだよ」
性別を転換させる魔術は、魂の格を上げて生贄の質を上げる方法としてメジャーだ。
男女二つの性を持つという事は、アルダナーリーシュヴァラ、オメテオトルといった神に代表されるように、正反対の属性を兼ね備える完全な存在……。「神」として魔術世界では定義される。
こいつらが一度殺されたっていうのも、正反対の属性を兼ね備えさせ神性の格を上げる為だろうな。
昼は男で夜は女。死んでいるのに生きていて、現実を生きていながら理想の姿である……って所か。
そもそも現実を理想で上書きするってのは神性保有者の特権だ。
こいつらの肉体が傷ついても元に戻るってのも上書きの一部だろう。こいつらは自分で自分の肉体を「理想の異性」に上書きし続けているんだ。
「……行方不明になってた奴は、全員男。って事は、連中の目的は男の属性を兼ね備えた女?」
「おそらくだが、何かの苗床にする気だろうな」
バニーガールの女の疑問に答える。
イザナミ神は子宮からはもちろん、自分の血から、尿から、吐瀉物からさえ神を産んだ。
ハイヌウェレ神は自分の尻から宝物を排出し、その死体からは食糧が生じた。
女神はあらゆる方法で、あらゆる物を生み出す。
食物も、宝も、概念も、神だって。肉の一欠片だって使い道がある。
俺の話を聞いてバニーガールの女がサッと顔を青ざめさせた。
「じ、じゃあ
「………どうだろうな。さっきも言ったが、その
先程見た女の顔は間違いなく
数年前、大規模な失踪事件を調査していた際に一度見たっきりだが……。アイツの顔を間違える訳は無ぇ。
「……
「……そんな事」
「無いって言い切れるのか?」
「無い。アイツは人を傷つけられるような人間じゃない」
俺の言葉を、真っ黒な少女が真っ向から切って捨てる。
澄んだ宝石みたいな目は、俺を正面から見据えて目を逸らさない。
ちょっと若いが育てばいい女になるな、こいつ。……あぁ、男なんだっけか。もったいない。
「……よくよく考えれば、
………まぁ、その可能性は低いがな。
本当に
これは推測だが、多腕の女と露出狂婦警は
「………あの婦警のコスプレをしていた女には、俺の式神をくっつけてある。俺らは今から、あの女を追跡しなきゃいけん。俺個人としては、お前らにゃ今すぐにでも家に帰って宿題してて欲しいんだが………」
バニーガールの女は握ったライフルを胸に掲げ、真っ黒な少女は静かに息を吐き出す。
……そうだよなぁ。コイツら無鉄砲な高校生のガキだもんなぁ。しかも戦えるだけの力持ってるし。
目の前でダチ攫われてじっとしてられる訳ねぇよなぁ〜〜…………。
「……俺達はこの夜を何回も乗り越えてきました。戦いの心構えは出来ています」
「俺らは未成年のガキを戦わせる心構えが出来てねぇんだよ………」
いやまぁ俺らはその未成年のガキに思いっきり殴りかかったワケだが。本当にごめんな。
真っ黒な少女に闘志たっぷりな宣言をされて、思わずため息が出る。
……どーすっかなぁ。このままじゃ無理矢理ついてくるだろうし。
これから日本最悪の魔術師と戦うってのに、半神を二体も相手してらんねぇよ。
ど〜〜〜しょっかなぁ。
「……一応言っておくが、マジで命の保障はできねぇぞ。死んでも責任取れねぇからな」
「大丈夫だ」
「そのくらい、覚悟している」
「……
「はぁ、この状況じゃ仕方ないですね。いいですか二人とも。基本的に私の後ろを離れない事、それさえ守ってくれればついてきてもいいですよ。……いざって時は、頼らせてもらいます」
……もしもの時は、すまねぇ。俺はお前らを見捨てるだろう。
内心に生まれた罪悪感をおくびにも出さず、俺は声をかける。
「……。式神が地面に潜った。地下鉄……にしては広いな。地下街か? ともかく、そこが敵の本拠地だ。ガキども、案内頼むぜ」
▷▷▷
「お集まりの皆様。……そもそも、
無人の地下街に滔々と、女の声が響く。
まるでセールスのように澱みなく話される言葉をかけられたのは、強面の男達だ。
十五人程の男達は、見るものが見れば全身に途方もない金額の品を身に纏っている事が窺えただろう。
数千万もするスーツやネックレス、腕時計。服に着られず、堂々とそれらを着こなす男達は当然それに見合った立場についている。
暴力団の組長、マフィアの党首、後ろ暗い者とも関わりの深い国会議員。
ここにいるのは、所謂裏社会の人間達だった。それも特上の、浴びるように金と血を貪り、地獄行きが決まりきっているような。
彼らは
男達の中でも一際若そうな男が声を上げた。
「ふむ………。信仰されている事、などですかな?」
「それも一つの見方ではありますが、違います。……神とは、現実を塗り替える能力を持つ者を指します」
自身たっぷりに、女———
「自分の内面世界を現実に出力し、世界を思う通りに上書きする超越者。なんでも出来る……という訳では有りませんが、おおよそ万能に限りなく近い存在です。二百年以上をかけた私の研究は、神の肉体こそが我らの願い……不老不死への道だと指し示しました」
不老不死。
チープで、有り溢れていて、もはや耳にタコが出来る程に聞き慣れた悪役の願望。
しかし
「神への変転。太古から魔術世界では研究されてきた物事であり、自らの魂に神性を施す方法は数多くあります。先程
しかしその技術を編み出す為にどれほどの血を流したか、一般人であれば顔を顰めざるを得ないだろう。
「まず、男子高校生を私の結界へと取り込みます。そうして式神で命を刈り取り、私の編み出した術式を埋め込む。埋め込まれた男子高校生は、高い神格を持った女神として生まれ変わります」
見事な金髪に、アメジストのような青い瞳。年齢は高校生程だろうか。
顔つきに不相応な大きな胸を星条旗ビキニで覆っており、彼女が歩くたびに豊かな果実が肉感的に揺れる。男達から下品な声が飛んだ。
下半身にはダメージジーンズを履いており、健康的な足が見え隠れしている。
「彼ら……いえ、彼女らと言った方が正確でしょうか。彼女らは、自分の内面世界を現実に出力する力を得ます。……しかし、精神の力で物理的な事象に影響を与えられるという事は
閑話休題、と
「彼女らに、我らの肉体を産んで貰います」
おおぉっ、とどよめきが男達に広がった。
「彼女らの精神を弄り、神を産むことに特化させる。女神のリソースをふんだんに使い、特上の神の肉体を産んで貰う。これが私の編み出した不老不死の技術、二百年の集大成。私はこれを、転生ならぬ「錬生」と呼んでいます」
「おお………!! ついに、ついに……!!!」
「やったぞ!! もう、死に怯えなくとも良いのだ!!」
歓声が無人の地下街に走った。
それもその筈、ここに集っているのは誰も彼もが不死を求める俗物達。
その為に人の情もまともな肉体も捨てた魔人ども。外見からは想像出来ないが、平均年齢は百五十を超えるだろうか。彼らが死に怯えた夜は千を越えるだろう。
そんな彼らの歓声に水を差すように、下駄の音が鳴り響いた。
顔に刻まれたシワは深く、年齢は七十歳だろう。背筋はピンと伸びていて老いを感じさせない。
深緑のコートとチェック柄のズボンには似つかわしくない、一本の刀を腰に佩いている。
「どうした、じじい?」
「良い知らせが一つ。先程使いに出した
老人が指を後ろにやる。
そこには大胆な改造制服を身に纏った婦警が、一人の女を引きずっている。
その女は、
「……報告に上がっていた不穏分子か」
「はい。それと悪い方向が。使いに出した
老人が手を差し出す。
その手のひらには、小さな小さな鳥が握られていた。
鳥の胸には穴が開き、そこから真っ赤な紙吹雪が溢れ出ている。
「式神……雁もどきか。公安だな?」
「ええ。おそらく、
チッと
「お集まりの皆様、誠にすいません。公安の手先が入り込んできました。一時地下街の奥へ避難を!」
いれ違うように二十人程の男達が地下街の奥から現れた。
彼らは男達の財力で雇われた呪い師達。
街を覆う程の結果を張れたのも、毎日のように式神を使い哀れな男子高校生達を追い詰めていたのも彼らの仕事である。
「話は聞いていたな? こちらの居場所はバレている。仕事だ、守りを固めろ!!」
札は空中で徐々に人の形に変わっていき、数秒後には筋骨隆々の赤鬼と化した。
赤鬼、青鬼、天狗、大ガマ、巨象……。瞬く間に百鬼夜の軍勢が姿を表し、地下街を目一杯に埋め尽くす。
「ふむ、このお嬢と瓜二つの子供はどうします?」
「……相手が攻めてくるまでまだ時間はあるだろ。どうせ一瞬だ」
懐から真紅の液体が入った小瓶を取り出し、
この小瓶はネッソスの血と言われる薬であり、理性を溶かす媚薬なのだ。これを相手に盛れば、戦う意志も蕩け落ち自慰に浸るだけの木偶の坊と貸す。特に精神の力を使い戦う半神らにとって致命的だ。
「聞こえる………声が聞こえる………」
「なんだ、何を言っている?」
「さあ。先程からカエルだかなんだか」
「……カエル?」
老人のその言葉を聞き、
思い出されるのは過去のトラウマ。命からがら逃げたした屈辱の思い出。
二百年に渡って逃げ続けた、魔人の直感が警告を鳴らした。
「……何故、コイツが……。いや、まさか………」
目の前の女の正体に思い至り、
その瞬間だった。
目の前の女の陰から小さな腕が伸び、ネッソスの血を奪い取る。
そして手は小瓶の蓋を開け、女の口に中身を流し込んだ。
▷▷▷
自分が溶けていく。
心が溶けている。
……僕ってなんだっけ。
なんなんだっけ。
「がまんしなくていいんだよ」「しなくていいんだぞ」
「力はある」「僕らが与える」
声が。
声が聞こえる。
沢山の、子供みたいな高い声が聞こえる。
やりたい事?
やりたい事って、なんだ?
……そう思った瞬間、自分の腹の底から熱い物が込み上げてきた。
ああ、これは炎だ。
自分が大事にしていた物が、全部燃やされていく。
何もかもが燃えて、燃え尽きていく。
もう全部、どうでも良くなってきた。
やりたい事。
やりたい事か。
………ある。
たった一つだけ、ある。
したい。
したい。
したい。
エッチな事が、したい!!
▷▷▷
「あははははあっっははっっ!!!」
目の前の女が笑い声を上げたのを見て、
突如溢れ出した死の気配に、
げろげろげろ。
途方もない熱気と、カエルの声が女の肉体から溢れ出して地下街を満たしていく。
「くそっ、
「……本当に、アケミ姉さんだ」
そう呟いた瞬間、
炎は煌々と燃え上がり、
髪留めが燃えつき、ポニーテールがほどける。
炎のように流動し熱を持った長髪を振り乱し、
「おいっ呪い師共!! 防衛はもういい!! コイツを殺せっっ!!」
顔を青ざめさせながら唾を飛ばす
常に余裕を崩さず、安全な立場から人を痛ぶる女がここまで取り乱すのを初めて見たのだ。
「……五年前みたいには行かないぜ、アケミ姉さん。今度こそ、確実に、殺す」
そう呟いた瞬間、
「邪魔だなぁ、コイツら! ヘカトンケイル、食っていいぞ!!」
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とある魔術師の失敗
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
それは渇望だった。狂気だった。怨念だった。
凍えるような冬がいつまでも続いた。山が吠えた。田畑は萎びて枯れて腐った。
人が死んだ。父が飢えて死んで、姉も飢えて死んだ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
それは叫びだった。
声にならない絶叫を吐き出しながら、女は自らの姉の遺体にかぶりついた。
天明五年、大飢饉の最中の事であった。
▷▷▷
「何して遊ぼうか?」
今から五年前の事である。
当時小学六年生だった
両親がたまたま仕事の予定で夜遅くまで家に帰って来ず、する事もなく一人夕方の公園でブランコを漕いでいた彼に、近所に住むアケミさんが声をかけてきたのだ。
何を隠そう、このアケミさんは
大学生らしく、隣のマンションに一人暮らし。優しい目と美しい髪のお姉さんだった。
今日もケーブル編みのセーターに緑のミモレ丈スカートを上手に着こなしていて、
よく晴れた日だったが、公園には誰も居なかった。
太陽だけが二人を見下ろしていた。
言った直後に子供っぽいと笑われるかと思ったが、アケミさんは太陽みたいに笑って賛同してくれた。
鬼になった
「もういいよ」という穏やかな声がすぐ真後ろから聞こえてきて、かくれんぼなのに隠れて無いじゃないかと
目に入ってきたのは、トンカチを振りかぶるアケミさんの姿だった。
「ぇぶぁっ」
トンカチで頭をぶん殴られ、
視界がグラグラ揺れ、膝から力が抜けて行く。小学生に耐え切れるダメージではなかった。
冷たい地面にぶっ倒れた
山本さんは三日月みたいな笑顔で
これが
山本さんは倒れて頭から血を流す
公園には、誰の目も無かった。不自然なくらいに。
迷彩の魔術を展開しながら、
様々な本で溢れたアパートの一室。アケミは部屋にポツンと置いてある椅子に
江戸時代から不死を追い求め、名を変え体を弄り、死なないというただそれだけの為に何十という月日を研究に費やし何千という人間を魔道に捧げてきた。文字通りの外道であった。
そんな彼女には困った事があった。
現代では、人を攫うのが難しい。特に幼い子供は。
誰でも携帯を持つ様になってから誘拐はグッと難しくなった。
数世紀に渡って人を攫ってきたアケミには「日本の癌」などといった二つ名もつけられている。一度警察に捕捉されれば致命的だ。
しかし子供を攫うのは辞められない。
二百年の研究は霊格の上昇、つまり人の身から神の身に至る事が不老不死への近道である事を指し示していた。
神へと至る為の研究には、神から人に成りきれていないとされる七歳前後の子供を実験体にするのが丁度良い。しかし、攫うのは難しい。
そうして
「ほ〜ら、ヘカトンケイル。お友達が増えるかもしれないぞ〜〜」
『ああああぁ…』『あはぁぁははは仲間だははは』
『しねよくそおんな』『何でこんな事するの?』
『やめてやれよぉっ!』『返してお家に返してお家に』
側から見れば虚空に話しかけているようにしか見えないだろう。
ホムンクルス。錬金術に記されし人造人間の製造方法を、
簡単に言えば、
子供を攫えば警察沙汰なら、攫った子供は直ぐに返してやればいいのだ。少し血や細胞などの必要な遺伝子情報を採集した後で。
そうして実験を繰り返した
何せ人間なのだ。処分するにも養うにも苦労する。
神の身に至らなかった不要な存在、しかし捨てるのも勿体ないそれを、アケミは自身を守る式神として再び弄りまわした。溶解させ混ぜ合わせた。
そうして作り出した存在に
『可哀想だよ』『返せ返せ体を返せ返せ』
『やめろっ! 今すぐケーサツにジシュしろよっ!』
「わはは、やめな〜い」
ヘカトンケイルに内蔵された人格は、その全員が
しかしヘカトンケイルは宿主の命令が無ければ動けない。そういう風にデザインされている。
ヘカトンケイルの言葉を無視し、頭部の内外含めた傷を治し終わった
「ねぇねぇ、起きてよぉ」
「んぁ、……あ!? あれ……? え、さっき、え……」
「アケミお姉さん」の仮面を被り、
「
「え、ここ、え? 山本さんの……」
「そうだよ?」
みるみる顔を赤くしていく
「ねぇ、
「も、もちろんです!」
「良かった! じゃあさじゃあさ、怪獣ごっことかどうかな?」
「いいと思います!」
その言葉を聞くが早いが、アケミは棚の中からヒキガエルの入ったケージを取り出した。
「はい、これが怪獣ね!
「へ? ど、どういう……」
「それはね〜〜、こういう、ことっ♪」
アケミが指を下に振る。
それと同時に超常の力によって
驚愕に目を開かせる
これは貼られた呪符の効果だった。アケミによって編み出された、他人を凌辱する為の魔術だった。
「……え。な、なに、なにこれ………」
「うっわぁ
笑いながらアケミは
今の
一般的なサイズの、今の
「ほら、頑張れヒーロー!」
「が、頑張れって言ったって……!」
「大丈夫だよ! ポッケにカッターナイフ入れといたから!」
そう言われて尻ポケットに手を入れれば、出てきたのは大ぶりのカッターナイフ。その短い刃渡りは怪物に挑むにはあまりに心もとない。
「こんなので、こんなのでどうやって戦えば……!」
「そんな事言ってる場合? 向こうはやる気だよ?」
ヒキガエルは
「だからほら……頑張って♡」
ケージの中は酷い有様であった。
カエルの死体と、その死体から飛び出た臓物が異臭を放っている。
その臓物の上には小さな
酷い戦いだった。
カエルの腹の中からは胃酸で溶かされる
それは
己より矮小で命のない者を見て嗤う。自分が安全な位置にいる事を自覚する。
わざわざヘカトンケイルを喋れるようにデザインしたのもその為だ。
他人からの怨嗟の言葉は
惨状に満足した
そして頭部を掴みゆっくりと呪文を唱え出した。
「はれぇくりしなはれぇくりしな……」
ゆっくりと指の先から、
これは精神を乗っ取る呪法であった。
男の
相手がまだ精通を迎えていないであろう幼い年である為に、その精神と肉体を支配し強制的に搾精する。相手に自分の精神を乗っ取られるリスクもある危険な術だったので、術を使う前に相手を甚振り精神を疲弊させる必要があった。
……だからこそ。
「………は?」
少年は、胃袋で溶かされながら笑っていた。
少年は、意中の相手に蹂躙される感覚を心底楽しんでいた。
少年は、カエルと殺し合う事を甘露でも舐めるように味わっていた。
一瞬、アケミの思考が止まる。
アケミは生きる事だけを考えて外道に堕ちた女だった。アケミにとって、死は忌避する物以外の何物でも無かった。
だからこそ、
故に、相手と自分の精神が繋がっている状態で思考を止めるという致命的な隙を晒してしまった。
「………っっ!?!」
(こ、このガキ………!! 私の中に入って、来やがる……!!)
幼いながら、それは確かに殺意の発芽だった。
生まれて初めての感覚に身を任せ、
それはひょっとすれば善意だったのかもしれない。
自分を
純粋な殺意だった。悪意も敵意も無く、ただ相手を殺す事だけを考えて実行する生き物がそこにはいた。
「う、おああぁああああぁぁあっっ!!!?」
自分の思考が侵されて犯されて冒されていく事に耐えられず、
ブツリという鈍い痛みが走り、
(はぁーっ、はぁーっっ……………。せ、精神世界を半分以上持っていかれた!! あ、後少しで廃人になる所だった!!!)
自分の精神世界を半分以上侵食され、ボロボロと涙を流しながら
しばらく嗚咽を漏らしていた
(声が、声が聞こえんっっ!! ヘカトンケイルが居ないっ!!)
ヘカトンケイルはただの式神ではない。
ヘカトンケイルはその出来損ない、デウス・エクス・マキナの残骸の山。
精神世界にヘカトンケイルを閉じ込めていたのはただの道楽ではない。ヘカトンケイルは
しかし今
「——グェっ!!?」
ゆっくりと
『でれた?』『でれた』『…れた』『でれた』
『でれた』『でれた』『しね』
『殺してやる』『でれた』『ころせ!』
幼い声が
それと共に
「殺すなよぉ、ヘカトンケイル。僕がトドメを刺すんだからな」
言葉と共に一閃。
鮮血が溢れ出し、ボドボドとミモレ丈のスカートを汚していく。
子供の目にも分かる致命傷に、
(な、めんなぁっ!!)
「ギっっ!?」
首を横一文字に切り裂かれた程度では死なないし止まらない。
トドメを刺したと思い油断した
「急急如意令!!」
瞬間、迸る閃光。
閃光を正面から受け止めた
急急如意令。「この主旨を心得て、急々に、律令のごとくに行なえ」という命令の言葉。
悪霊退散の術としても有名なこの術は、相手の肉体をコントロールする呪いとしても扱える。
荒い息を吐き出しながら
「………ちっ」
舌打ちをしながらやめる。
ヘカトンケイルは宿主の願望に従って動く。そういう風に作られている。
今
もし
(……落ち着け。落ち着け。まだ手はある。……目の前の爆弾が解体出来ないのなら、逃げてしまえばいいのだ。最低限の処理をした後で)
「急急如意令。………お前の記憶、貰っていくぞ」
こうして。
いつものようにご飯を食べて、親の愛情を受け、学校に行った。
『殺す』『ころす』『殺す』
『コロす』『殺してやる』『ころしてやる!!』
『なんであいつは生きてるんだ』『僕たちはどこにも行けないのに』
ただ一匹、
食事も出来ず、親とも会えず、学校にも行けず。
ただただ
『殺す殺す殺す殺す殺す』『ふくしゅうしてやる』
『あいつを見つけないと』『どうやって』『願って貰えばいい』『願いさえあれば』
ヘカトンケイルが憎悪を募らせながらも、時間は過ぎていく。
小学生だった少年は中学生になり、失敗を繰り返しながら大人に近づいていた。
大人に近づくという事は、当然色々な物に興味が湧いてくるのだ。
それは将来だったり。オシャレだったり。異性だったり。
だから中学生になった
「………彼女、欲しいなぁ…………」
『これだ』『願いだ』『願われた』
『用意してやる』『相応しい女がいる』『殺しても死なない、キミにピッタリの女がいるよ』
『導くんだ』『導け』『あいつのもとにしまざきをつれていくんだ』
『願いを叶えるんだ』
『今度こそ』『今度こそ』
『『『『『あの女を殺してやるんだ』』』』』
……そうして。
物語は、現在へと動き始める。
Q.結局五話で島咲が見た夢は何だったの?
A.シンプルに淫夢です。ハジメテの相手(殺しの)であるカエルに似た敵をぶっ殺した事でむらむらして淫夢見ました。
Q.カエルの声は?
A.神格化の術式を施され、魂の格が上がった事で島咲の記憶の封印は解けかけています。
カエルの声が聞こえていた時は記憶の封印が解けかかっている時です。
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殺意の発芽
「邪魔だなぁ、コイツら! ヘカトンケイル、食っていいぞ!!」
それは爆発的に広がり、
それは式神の後ろに陣取っていた呪い師達も例外ではない。
「なっ、ぐぁぁあああっっ!!?」
「いぎゃあぁあっっ!!!?」
「た、食べないでくれぇえええぇええええっ!!」
十人が何も分からずに腕の波に攫われた。
三人が身近に迫った脅威に気付き、絶叫を上げながら波に飲まれた。
七人は式神を出して数秒間、腕の波に抗ったが、押し寄せる波に数秒と持たなかった。
「
「了解した、ご主人様(真正)」
「承知。全て石化させる」
老人は素早く
滑らかな動きで音もなく抜刀。瞬間、老人めがけて押し寄せた腕の波が、真っ二つに裂ける。
真っ二つになった腕の波に、星条旗ビキニを身に纏った金髪の女が触れた。
瞬間。真っ黒な腕が灰色に染まる。
一瞬で石のオブジェとかした腕達を、警官女の振るうバットが打ち壊していく。
老人達が津波に抗っている間、遠くから絶叫が溢れた。
数分間の破壊の後、大波はゆっくりと引いていく。
所狭しと並んでいた店は全てが原型を留めず破壊され、百を超える式神達はヘカトンケイルに全てが飲み込まれた。
「ふーっっっ……。……お嬢、アレなんです? 尋常じゃない化け物ですが……」
「失敗作だ。封印したつもりだったが……ちっ、忌々しい!」
額に汗を浮かべた老人の疑問に、
対する
「よぉーい、スタートぉ!」
その声と共に
瞬間、陥没する地面。暴力的な身体能力に身を任せ、
その射線上にあるのは
「死ねぇええぇええっっ!!」
「誰が死ぬかっ! 来い、
巨大な手が床から突き出し、
「あ?! 手!?」
驚愕して動きを止めた
そのまま
「がぁっっ!!」
全身を何処かに叩きつけられ、
そこは広い洞窟のような場所だった。
剥き出しの地面が広がっており、地下街の施設ではないらしい。
そこに、一人のメイドが立っていた。白と黒で彩られ、リボンが散りばめられた可愛らしい服に身を纏っている。
しかし、サイズがおかしい。
その手のひらは
八メートルはあろうかという巨体からは可愛らしいという印象は感じられず、肌を刺すような威圧感があるばかりだった。
「で、デカすぎだろ……」
「うるせぇええ!! 可愛いに身長制限はねぇんだよ!!!」
身長に見合った声が洞窟に響く。
それと共に、巨腕の拳が
思わず飛び上がって逃げる
それと共に全身に走る衝撃。
巨腕の拳を全身にお見舞いされ、ダンプカーに跳ね飛ばされたかのように、
宙を舞う
「洗脳なんかされてんじゃねぇよ、バカ
「さえねぇよ、ご主人様(仮)」
その腕が、大量の手錠によって絡め取られた。
「どんな顔が好きか言ってみろ。固めてやる」
気を取られているうちに、
「ま、他勢に無勢……って事ですかね」
咄嗟に殴り返すが、柳のような動きで躱わされる。
「舐めるなよ、ガキが。錬生に使うガキどもが反旗を翻した時の対策くらいしてあるんだよ。……くたばれ」
その瞬間、
▷▷▷
「ちっ、外したか……」
私はそういいながら、担いだ対
このライフルはいざという時、半神どもが反乱を起こした時の為の特別性だ。.50 bmg弾を、ブラフマーストラの神話を元にした術式で射出する。
一発ずつしか撃てないのが欠点だが、破壊力は
「お、おぉおおっ!!!」
奴はじじいに体を切りつけられながら、石化した自分の足を自分でへし折った。
そのまま膝と両腕で四つん這いになり、獣のように這いずって私の方へ突っ込んでくる。
「バカがっ、今度こそ殺して……!?」
は、速いっ!
四つん這いの体勢の癖に、異様に速い。どんどん加速していく……!
「行かせるかよ、ご主人様(仮)」
婦警の格好をした、拘束フェチの
動きが止まった隙をついて
「邪魔するなぁっっ!!!」
「うぉっ……!?」
メギャリ、と嫌な音が辺りに響く。
次の瞬間、拘束フェチの
全身から真っ赤な血飛沫を吹き出しながら、二十いくらかの肉片になって体の内側から破裂した。
「は……?」
思わず間抜けな声が出る。
今度は石化フェチの
三度、トンカチが振るわれた。
今度は巨人フェチの
戦闘用に洗脳、調整を施した半神存在が、一国の軍隊でさえ返り討ちに出来る戦力が。
それが死にかけだったガキに、鎧袖一触でやられてしまった。
……バカな!?
いや、そもそもが
………そうか、これが奴の
「じじい! 奴の攻撃は全て躱わせ! 防御はダメだ!
現実改変能力により、触れた相手を死体に改変する。
それが恐らく奴の能力。恐らく奴はネクロフィリア、生者より死者に興奮するのだろう。
トンカチによる攻撃だったのに、鋭利な刃物で斬られたように真っ二つにされた石化フェチの
現実改変による自動回復も、同じ現実改変能力によって打ち消されているのだ。
もっと言えば、死にかけて素早くなったのも奴の
ボコボコという音と共に、
さすがに腕は、対万物ライフルに組み込まれた呪いの効果で治癒しないらしいが……。
「ヘカトンケイル、僕の腕の代わりをしろ」
………クソっ。ヘカトンケイルを上手く使いやがる。一撃で殺す以外、奴を止める方法は無いらしい。
先程見つけた
「比較の
先程の攻撃の中で、一人無事だった
最近洗脳したばかりの、相手を縮める能力を持つ
じじいの方向では、こいつは
攻撃が出来ない訳ではない。先程、
恐らく、自分の手で攻撃したくないのだ。
なぜなら、興奮できないから。
石化フェチの
半神の能力は願望の具現化。
性癖由来の能力は、性欲の対象にしか効果を及ぼさない。
男の時の姿を知っている相手には、奴は興奮できないのだろう。
「クソっ、纏わりつくな
私の予想は当たっていたらしい。
ヘカトンケイルに比較の
いいぞ、その調子だ。
私は倒れ伏す巨人フェチの
「必ず、生き残ってやる……!!」
▷▷▷
「だぁああぁっクソっ! 鬱陶しい!!」
僕は思わず怒声を上げた。
老人への攻撃は
そのコンビネーションに僕は太刀打ちできていない。
くっそ〜〜。
だってこいつ性格悪いもん!! 嫌い!!
「ふぅ……。少し気になる事があるんですが、よろしいですかね?」
戦いの間、唐突に老人が話しかけてくる。
……なんだろうか。僕は思わず動きを止め、聞く姿勢に入る。
「この
「……うん」
「……つまり、逆に言えば。私は……好みの内だと?」
「? うん」
老人はしわくちゃの顔をさらに歪め、気味の悪い物を見る目で見られた。解せん。
やっぱ人間は外側より
お腹の中に真っ赤な血と臓物が詰まっているならそれ以上は求めないよ。
………いや。それだったら
なんで
………僕って、なんなだろう。
何を基準に興奮するかどうかを決めてるんだろうか?
普通にカエル相手でも興奮出来るしな……。
「ぁああぁああああぁっっ!! クソ親父クソ親父クソ親父!!」
「うるさいなぁ。ヘカトンケイル、もっと気合い入れろよな!」
絶叫を上げながら突っ込んでくる
その手を老人が素早く切り飛ばす。さっきからこの繰り返しだ。
……そう言えば、さっきからあいつ、クソ親父って煩いな。
なんだろ。家庭環境あんま良くないんかな。
家庭内暴力とかうけてたんかな。それでいじめとかするようになったんかな……。
昔の
……あ。
ちょっと。ちょっとだけ、
死体に上書きするのは出来ないけど、普通に殴り飛ばすのは出来るようになってきた。
マジでどういう基準なんだろ、僕の守備範囲……。
「?! バカなっ! この短期間で性癖を拡張しただとっ!?」
人を変態みたいに言うのやめてほしいな。傷つく。
今一度、僕に突貫してくる
僕は繰り出される拳を捌きながら、思わず
「殺すっ、お前、殺す、殺す!!」
「………お前さ、何そんなに怒ってんの?」
「何だとっ!! お前、お前が俺を否定したんだろうが!」
力任せな拳の嵐。僕が質問したと共に、
う〜ん。これじゃマトモに話を聞けそうにもない。
………あ。そうだ。
「ヘカトンケイル、壁!」
僕がそう叫ぶと、ヘカトンケイルの腕がドーム状に変形。
僕と
よし、これで多分大丈夫だ。
僕は襲いかかってくる
「はれぇくりしなはれぇくりしな……」
アケミ姉さんの精神支配の魔術。前に姉さんと精神が繋がった時に魔術の知識が流れ込んできたから、僕は幾らかの魔術を行使できる。
指の先から、糸が飛び出すような感覚がする。その糸は
怒りが、自分の中に入ってくる。悲しみが、自分の中に入ってくる。
見える。
『お前は俺がいなきゃ生きていけないんだぞ!! お前は壊れてるんだ!!』
『なんだよこの点数。なんで真面目に生きていけないんだよ』
『育て方を間違った。お前は失敗作だ』
聞こえる。
怒りも悲しみもあるが、一番強いのは自己否定だ。
常に能力に父親の罵声が染み付いている。自分を惨めな存在だと思っている。
今分かった。
他人と自分を常に比較しているから、相手をちっぽけな存在に貶めないと
「誰が失敗作だ! 失敗作はお前だ! 殺す、殺す殺す殺す……」
僕は暴れ出す
全力で、この男を抱きしめたくなった。
「失敗作なんかじゃないよ。僕はお前と出会えて良かったって思ってるぜ」
耳元でそう囁いてやれば、
今、
そりゃあ、こいつのイジメとかを肯定する気持ちは無い。ただ、
そう思えば、愛しさが心の中から湧いてくる。
僕は抱きしめた
理解した。
僕は殺人が好きなのでは無い。「価値のある物をぐちゃぐちゃに壊す事」が好きなのだ。
そして僕にとって価値のある事といえば、「生きる意思」だ。
だから僕はアケミ姉さんが好きなのだ。
ただ生きる為に外道をひた走る、あの女性に恋をしている。
だからあの老人にも興奮をしている。アケミ姉さんと組んでいるという事は、あの人も不老不死を求めているのだろうから。死にたくないのだろうから。
あのカエルに興奮したのもそういう訳なのだろう。動物の生存への意思は、人のそれよりも分かりやすい。
というか、あらゆる生き物は生存の為に活動しているのだ。
そう考えるともしかして、人類ってエッチなのか? 生物ってエッチなのか……?
……アケミ姉さんをぶっ殺し終えたら、人類滅ぼそうかな。
うん。ありだ。
▷▷▷
「神格が、上がっている……?!」
思わず私は唾を飲み込んだ。
突如、
神には格が存在する。
そしてその格は、簡単に言えば自分をどう定義するかによって決まる。
自分には
この気配は……地母神だ。
そもそも、奴の殺意は怒りや悪意から出力される物ではない。
私は一度奴の心に触れてしまったから理解している。奴は私の人生に心の底から価値があると認め、その上で殺そうとしてきたのだ。
死を司る地母神。抱きしめたその胸の中で相手を腐らせるグレードマザー。
今から産まれようとしているのは、そういう存在だ。
冷や汗が流れる。
一刻も速く、奴を排除しなければいけない。
対万物ライフルを構え直し、引き金を引く。
ヘカトンケイルにより作られた簡易的な結界は粉々に砕け落ち、中から
炎のように流動する長髪はさらに勢いを増し、その笑みは先程より禍々しい弧を描いている。
「………っっ! 悪鬼招来っ!!」
私は無数の札を宙へ投げ飛ばす。札は宙で破裂音と共に赤鬼の姿へと変化する。
その数、四百八匹。私の呼べる最大の式神だ。
「じじい!」
「分かっています」
赤鬼の波で私の姿を覆い隠し、その間にじじいと合流する。
私は自分に札を貼り付け、指を下に振る。縮小化の魔術だ。
これを使い、じじいの懐に潜り込む。
わざわざ動き回るアイツに対万物ライフルを直撃させる必要は無い。
数年前のように、急急如意令で記憶を封印してしまえばいいのだ。
今までの人生経験全てを封じ込めた後、赤子のようになった
じじいは赤鬼の群れを縫って素早く移動し、忍びのように音もなく
そして神速の抜刀。
相手が並の人間、いや半神でもなすすべなく死んでいただろうが今の
死の一撃がじじいを捉える前に、私はじじいのポケットから飛び出し術を解除。
ここだ。
私は再び縮小化の魔術を使用。体のサイズを変え狙いを逸らす!
完全には避け切れず、トンカチは私の肩を掠めたが問題は無い。
私は既に「錬生」を自らの体に施している。
この程度の攻撃では、私の肉体を死体に改変しきる事は出来ない。
勝った。私は印を結ぶ。
「
……は?
なんだ、なんだこれは。
私が口を開くたびに、水が口の中から溢れ出る。
呪文が、呪文が詠唱できない!!!
「溺死ってのもいいもんだよね。血が出るのもいいけどさ、それだけじゃ飽きるじゃん?」
こ、こいつ!! 私の動きを読んで……!
いや、そもそも錬生状態の私の肺を水で満たすだと?! こいつの格は一体どこまで高まるんだ!!
「じゃ、ばいばい」
待て、ぃやだ、やめ——————。
▷▷▷
トンカチを振り下ろす。トンカチを振り下ろす。トンカチを振り下ろす。
また取り逃したりしないよう、アケミ姉さんの体を念入りに殺し切る。
十発ほど殴っていたらアケミ姉さんは頭から地面に倒れて動かなくなった。頭から、とは言っても頭部はもう原型を留めてないんだけど。
……死んだかな? 案外あっさり終わったな。
嬉しいっちゃ嬉しいけど、やったー! って感じじゃない。
なんていうか、重い荷物を下ろした時みたいな気持ち良さがある。
『………しんだ?』『死んだかな?』
「ああ、死んだと思うよ」
『…………はははあはあははっっ!!!』『やったぁああぁっっ!!』
『しんだ! しんだ! しんだ! しんだ!』『ざまぁみろざまぁみろざまぁみろっ』
ゲラゲラ、ケラケラ。
頭の中で子供特有の大合唱が響き渡る。ちょっとうるさい。
僕よりヘカトンケイルの方が楽しそうなの、ちょっとアレだな。負けた気持ちになるな。
ま、でもちょっといい事した気分だ。殺人がいい事な訳ないけど。
んーー。なんていうか。
「消化不良……かなぁ」
『……え?』
「ああ、なんていうか……もっと殺したいんだよなぁ」
ザワザワと、頭の中でヘカトンケイルがどよめき始める。
『ま、まだ殺すの?』
「? うん」
『……だ、ダメだよっ』『これで終わりでいいじゃん』『殺人は良くないよ』
『バカっ俺たちがそんな事言える立場かよ』
何やら言い争っているが、僕には関係ない。
ヘカトンケイルは宿主の命令には逆らえない。僕の殺人を邪魔する心配はない。
そういう訳で一旦ヘカトンケイルの声を無視し、アケミ姉さんの死体を見て固まってる老人に向き直る。
このお爺さんも、ちゃんと殺さないとな。
僕はそう思い、トンカチを振り上げて。
「……何をしている? っていうか、どっちだ?
聞き覚えのある声が後ろから投げかけられて、思わず動きを止める。
振り返れば眼帯をつけた刑事さん達が、神妙な顔をして僕を見ていた。
いいタイミングだ。
僕は体を四人に方に向け、トンカチを構え直す。
『だ、だめだ!』『友達だろうっ!? そんな事しちゃいけないよっ!!』
『やめて!』『やめろ』『ダメっ!!』
ヘカトンケイルの声を無視して、僕は舌なめずりをした。
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死戦の先へ
「僕は僕だぜ、刑事さん」
刑事さんの問いかけに手を振って答え、トンカチを振りかぶる。
今の僕の身体能力に物を言わせ、刑事さんの頭を叩き潰そうとして。
僕がトンカチを振り下ろすよりも速く、刑事さんの拳が僕の顔を殴り飛ばした。
「ぶ………!?」
思わず声が漏れる。
速い。
そして重い。
この一撃だけで分かる。さっき襲いかかってきた時、この人全然本気じゃなかった。
思わずたたらを踏んだ僕に、刑事さんが話しかける。
「お前はなんだ? 何が目的だ」
「あー、それはちょっと話すと長くなって……」
事の発端は数年前まで遡るのだ。
殺し合いを中断してまで、そんな事説明する必要は無い。
『……
『いまのトシヒロはこころをぼうそうさせられてるだけ』
『お願いします』
『今の敏弘を本当の敏弘だと思わないで下さい』『助けてあげて下さい』
うぉっびっくりした。
ヘカトンケイルが急に喋り出したかと思えば、なんか僕の命乞いをしてくれてる。こいつ本当に優しいな。
ヘカトンケイルの声を聞いて、刑事さんと黒服のお姉さんは僕に武器を向ける。
まぁ、向こうも躊躇いが無くなったみたいで良かった。
殺し合いはお互い全力じゃないと楽しくないもんな。全力で死に抗ってくれないと。
「ヘカトンケイル! あの二人の動きを止めろ!」
僕の影から無数の腕が這いずり出し二人に殺到する。
少なくとも、刑事さんは強い。
真っ向から向かって行くだけじゃ殺せない気がする。
「「祓へ給え 清め給え」」
二人がそう唱えると、ヘカトンケイルの腕が二人を不自然に避ける。まるでそこだけ空間が捩れてるみたいだ。
尋常じゃない験力だ。言葉一つでヘカトンケイルを退けるなんて。
黒服のお姉さんが動いた。
僕に向かって大太刀を構え、突撃してくる。
接近戦は望むところだ。
僕の死体改変は、掠り傷一つでもつけられたら発動する。接近戦ではこっちが圧倒的に優位だ。
しかし油断はしない、僕はあえてトンカチを大きく振る事にした。大振りな動きで隙を見せて、油断した所を左手の拳で仕留める計画だ。
一回、二回。
黒服のお姉さんになんなく攻撃を躱わされ、僕のトンカチが空を切る。
……よし、ここだ。僕に近づいてきたお姉さんに、不意打ちの左ストレートを放つ。
僕のフェイントに驚いたらしく、お姉さんは一瞬目を見開いた。
そしてお姉さんは左右に動いて攻撃を避けるでもなく、後ろに下がるでもなく、自分から僕の方に近づいてきた。
「!?」
今、目を見開く事になったのは僕の方だ。
お姉さんは僕に近づきながら、拳が顔に当たる寸前で顔を捻る。それだけで僕の拳は虚空を殴る事になった。
そしてお姉さんは大太刀から手を離し、僕の腕を両手で絡めとる。
瞬間、暗転する視界。
僕はお姉さんに、投げ飛ばされたのだ。
「ぐっっ……」
背中を地面に叩きつけられ、口から空気が漏れる。
次の瞬間、左腕に鋭い熱が走る。
お姉さんの大太刀に腕を切断されたのだ。
全力で地面を蹴り飛ばし、お姉さんから距離を置く。
めっちゃくちゃ強い。身体能力が高いって感じじゃなくて、経験値が違うって感じだ。
切断された僕の腕を掴み、傷口にくっつける。
……再生能力が発動しない。あの刀、なんかの力が宿ってるな。明らかに僕みたいな不死者を相手にする為の武器だ。
「ヘカトンケイル! 僕の腕の代わりをしろ……!」
クソっ、両腕が真っ黒になっちゃった。ちょっとカッコ悪い感じがする。
「……
「了解。油断なくいくぞ」
お姉さんは地を蹴り、僕を切り刻まんと突撃してくる。
僕も負けじと攻撃を繰り出すが、全く歯が立たない。
トンカチによる殴打、左手のジャブ、足払い、タックル。色々試してみるが全て受け流される。
そうやってお姉さんに対して手をこまねいていると、突然腹部に思い衝撃が走る。
視線を下に下げれば、お腹に何かが刺さっている。
あ、これゲームで見た事がある。確か、三鈷杵……だっけか?
視界を上げれば、刑事さんの姿が。戦いの隙を突かれ、三鈷杵を投げつけられたらしい。
「蔵王権現に希う。……喝!!」
刑事さんの大きな大きな声が轟いた瞬間、腹部の三鈷杵が熱を持ち始めた。
あまりの痛みに耐えきれず、思わずうずくまる。
熱い。熱い。熱い。
内臓を炎で炙られてるみたいだ。
「あぁあぁあっっ!!!」
絶叫を上げながら身を捩る。そうでもしてないとこの熱に耐えきれない。
視界の端で、泣きそうな顔の
そんな顔しないでよ。僕は二人の事も殺すつもりなんだぞ。
苦痛にのたうちまわりながらも、なんとかお姉さんから距離を取る。今の状態じゃお姉さんの斬撃を回避出来っこない。
「どこに行く気で?」
突然後ろから声が聞こえた。次の瞬間、足に力が入らなくなる。足を切断されたのだ。
すっかり忘れていた。
黒服のお姉さんは胡乱な目を老人に向けるが、それも一瞬。すぐに僕に向き直り、懐から三鈷杵を取り出して僕に突きつける。
一対ニどころか、一対三。
それも二人は僕より格上だ。
背筋に冷や汗が走る。このままでは殺されてしまうかもしれない。
死んで、しまうかもしれない。
「………ふ、ふふはっ」
燃えてきた。萌えてきた。
こんな状況でワクワクしない程、僕は男の子の心を捨ててない。
僕の燃えさかる髪の毛が熱量を増したのが分かる。
カエルの声が何処からか聞こえてくる。殺意がむくむくと湧いてくる。
………しかし、どう殺そうか。
やはり、性癖全開か?
神性存在が権能を全力で振るった際に起こる現象。
現実世界を自分の精神世界で塗り替える、擬似的な世界創造。……アケミ姉さんの記憶は、あの現象を「胚を開く」と呼んでいた。
今の僕が性癖全開をすれば、入るだけで即死する世界が全方位に展開されるだろう。
しかし、もし防がれたらどうする?
性癖全開は諸刃の剣だ。自分の精神の力で物理的な現象を起こしている訳だから、逆に言えば物理的な攻撃で精神に影響を与えられてしまうのだ。
もし刑事さん達の験力が僕の性癖全開を押し返した場合、この溢れ出るリビドーが止まってしまうかもしれない。
もしそうなれば、僕は負ける。
どうする。
どうする。
どうする。
思考が加速する。何か相手の弱点はないか、何か僕の強みはないか。
思考を続けながら相手を観察しろ。何かないか。何か。
「おら、よそ見してんじゃねぇ!!」
「っっ!」
僕が思考を続けてる間にも、刑事さん達の猛攻は止まらない。
投げられる三鈷杵を紙一重で躱わし、振り下ろされる大太刀をトンカチでなんとか防ぐ。
……刀。なんらかの力が込められた妖刀。
外敵を殺す為の、相手を殺す為の形。なにか、なにかを思いつきそうだ。
老人とお姉さんの斬撃をヘカトンケイルの腕で振り払い、距離を取る。ワンパターンだが、今はこれが精一杯だ。
「……が、………に………せ」
戦いの最中、自分の足元から何かが聞こえた。
下を見る。
アケミ姉さんの、半壊した顔と目が合った。
生きてる筈のない存在が言葉を発し、口を開いている。思わず背筋がゾッとした。いつのまに僕の足元まで移動してきたんだ。
「永遠たる我が威光にひれ伏せ」
足首をアケミ姉さんに捕まれる。
それと同時に、アケミ姉さんの精神世界が展開される。
突如として無骨な洞窟は辺り一面に灰が降り積もる農村へと姿を変えた。
アケミ姉さんの心の奥、決して晴れない飢饉の冬だ。
くそ。
まだ死んでいなかったのか。
頭部を半壊されられ、死の情報を体に十回以上叩きつけられてなお、死んでいなかったのか。
流石、二百年の妄執の到達点。生きる事だけを目的とした、錬生された肉体。
………錬成?
「し、ね」
アケミ姉さんの声が聞こえる。
それと共に、僕の体が足から段々とミイラのように痩せ細っていく。
これがアケミ姉さんの殺意の形。餓死こそが、アケミ姉さんにとって最も忌避すべき死なんだ。
死。
死のイメージ。殺意の形。錬生。錬生。
………あ。
思いついた。起死回生の一手を。
錬生だ。
僕の体は本来、錬生をする為にある。
アケミ姉さんが自分の体を錬生する為に調整してある。
ならば。
錬生こそが、僕の体が最も得意とする行為なんだ。
刑事さん達に勝つには、僕の体を全部使わないと勝てない。全ての手札を注ぎ込まないと勝てない。
産もう。
武器を、産もう。
女神はあらゆる方法で、あらゆる物を生み出す。
食物も、宝も、概念も、神だって。
ならば武器の一つ、産めない道理は無い。
僕の為だけに存在する、僕が振るう武器を錬生しよう。
熱は心の中にある。
素材も、僕の中に極上のがある。
『だめだ!!!』『やめろっっ!!』『止めて』『ダメだよぉっ!』
ごめんな、ヘカトンケイル。その願いは聞いてやれない。
お前は小さい時から僕の中にいて、ちょっとした僕の願望を叶えてたりしてくれていたよな。
哀れな境遇に同情する気持ちもある。
だけど、今の僕にとってはそれだけだ。
殺し合いより大事な事は無い。性欲を満たす以上に大事な事は無い。
『ダメだってば』『止めてください』
『戻れなくなる!!』『これ以上はキミが戻れなくなる』『人間でーー』
ヘカトンケイルを、僕の体内にしまい込む。心の中の炉に焚べる。
イメージするのは、僕にとっての武器。それは暴力だ。痛みだ。死だ。
リビドーの火でヘカトンケイルを熱していく。
ふいごを吹き、ハンマーを打ち付け、僕の中の殺意の形に錬成していく。
気づけば僕の身体は全身が萎びたナスみたいになっていた。アケミ姉さんの殺意が、僕の身体を侵食していた。
だけど、それでも構わなかった。すでに武器は錬生し終わっていたから。
僕の枯れ木みたいな指には、新品のカッターナイフが握られていた。
何かを感じ取ったのか、刑事さんが恐ろしい形相で僕に三鈷杵を投げつけた。
お姉さんも同じくらい恐ろしい顔で僕に向かってきていた。
でも、もうさっきみたいな脅威は感じなかった。
そうだ。
せっかく良い武器が手に入ったんだから、技名をつけよう。
「
僕は左腕を横に伸ばし。
全員に攻撃が当たるように、水平にカッターナイフを振るった。
「———
アケミ姉さんの精神世界が崩壊していく。
周りを見る。
刑事さんが倒れていた。黒服のお姉さんが倒れていた。老人が倒れていた。
三人とも、首が無かった。
「………っっ♡♡♡」
なんとも言えない高揚感が僕を包む。
今まで感じた事のない感覚。人を殺めた充実感。
思わず僕はへたり込んで、自分の体を抱きしめる。そうでもしないと嬌声が口から溢れてしまいそうだった。
「あ、あ、あ………」
ふと、声が聞こえた。アケミ姉さんの声だった。
……ああそうか。アケミ姉さんは直接
あくまで精神に壊滅的なダメージを受けただけで、死んでないんだな。
アケミ姉さんは四つん這いになって、涙を流しながら
近寄れば、少しアンモニアのような臭いがしていた。どうやら漏らしてしまったらしい。
もしかしたら、アケミ姉さんは精神世界を破壊し尽くされたショックで幼児退行してしまったのかもしれない。
アケミ姉さんは、それでも生にしがみついていた。
四つん這いになりながら、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、それでも懸命に懸命に生きていた。
誰がこの人を笑えるだろうか。
僕には今のアケミ姉さんが、どんな名画より美しく見えた。
僕はアケミ姉さんの前に回り込んで、声をかける。
「大丈夫だよ、怯えないで。
「あ、あぅあ……………?」
自分でも驚くくらい、優しい声が出た。
そういえばさっきからちょっと思考が変な感じだ。
なんていうか……愛しさとでもいうのだろうか。そう言った感情が溢れて止まない。
アケミ姉さんの殺し方はもう思いついた。
錬生の要領だ。僕の精神世界で、情欲の火で永遠に焼き続ければいい。
死なないなら、死ぬまで殺し続ければいいのだ。なんなら、アケミ姉さんも武器に錬生してもいいかもしれない。
「さぁーーーおいで」
そう言って、アケミ姉さんに一歩近づく。
その瞬間、発砲音が響いた。それと共に、僕の肩に鈍い衝撃が走る。
今の僕には大したダメージじゃないが、以前の僕なら肩を撃ち抜かれていたかもしれない。
後ろを振り返る。
そこには、青ざめた顔でライフルを構える
……ああ。お前はそういう奴だよな。
だから
「……一つ、聞いていいか?」
「お前は、楽しくってこんな事をやってるのか? これがお前の性癖なのか?」
「そうだぜ親友。これが
「お前は、殺人行為でヌけるのか?」
「ヌけるね。
そういい、僕はカッターナイフを構える。
このカッターナイフの能力はシンプルだ。折れず曲がらず、何処までも伸びる。そこに
「………親友として、魔法少女として。お前の蛮行、止めさせて貰うぞ」
「嬉しいね。抵抗が激しいほど興奮するたちなんだ」
全く、最高の友人達だぜ。
「じゃあ行くぞ! 大口叩いたからには一撃で死ぬなよ!! ———
▷▷▷
俺は
「お前は、殺人行為でヌけるのか?」
「ヌけるね。
俺は、その言葉を聞いて
これなら、
「………親友として、魔法少女として。お前の蛮行、止めさせて貰うぞ」
「嬉しいね。抵抗が激しいほど興奮するたちなんだ」
俺は一歩前に出た
「聞いてくれ、俺に作戦がある」
「なっ………。……作戦だと?」
「ああ。多分だが、成功する。ただし一回きりだ。俺が突っ込むから援護を頼む」
「分かった、お前を信じよう」
「じゃあ行くぞ! 大口叩いたからには一撃で死ぬなよ!! ———
「俺の姿を見ろ。希望たり得る俺の姿を見ろ」
それに対抗するように、
6m程の長さに伸びたカッターナイフの刃は、円を描くようにしてリボンの結界に突き刺さった。
「っっっぐぁぁあああぁあっっ!!!」
「
「大丈夫、と、言いたい、が………! 早く行けっ、もう持たんっっ」
カッターナイフは凄まじい速度でリボンの結界を侵食していた。
まるでバターに熱したナイフを当てるように、束になったリボンをするすると切り裂いている。
俺は心の中で
「おおっと、そう簡単に近づけるかよ!!」
カッターナイフが凄まじい勢いで縮み、そして俺へ向かって再び伸びてくる。神速の突きだ。
あまりのスピードに反応が追いつかない。
不意を打たれたから、作戦を今ここで発動する事も出来ない。視界がスローモーションになっていく。
俺は回避も反撃も出来ず、迫り来る死に思わず目をつぶった。
突然、むにゅんと柔らかい物に突き飛ばされ、俺は仰向けに倒れこむ。
「わぷっっ、な、なにが……!?」
目を開けた俺の目に飛び込んできたのは——デッカい、ブルマに包まれたお尻だった。
「悪ぃな、ピンチだったもんでよ。でもアイツから目を離すのも怖いだろ? って訳で尻で突き飛ばしちまった」
お尻を突き出したポーズで俺に話しかけるのは、全身を体操着に包んだ可愛らしいツインテールの少女だった。
顔は人並外れた美人という訳では無いが、クラスで2番目くらいの美人さんと言った感じだ。
体勢的にしょうがないが、視界に入ってくるのは彼女の豊満なお尻だ。明らかにお尻だけが年齢不相応に大きい。
よく見れば、彼女は手に錫杖を持っている。
そしてこの口調。まさか、この人は———。
「あんた、
「おうよ。話は聞いてたぜ。作戦があるんだろ? 俺が守ってやるから突っ込め」
「っていうか、なんで魔法少女に……」
そこには倒れ伏して動かない、老人の首なし死体があった。
「あのじじいのせいだ。カッターナイフの一撃が届く前にあのじじいに俺達は首を刎ねられたんだ」
「俺達って、事は………」
「っっっ、ガァああぁああぁああぁああっっ!!!」
俺が言葉を紡ぐより早く、凄まじい咆哮が響いた。
その方向を見れば、そこには怪物が立っている。
隆起した筋肉。浅黒い肌。見上げるような巨体。狼の頭部。
人狼としか形容の出来ない巨大な怪物が、大太刀を持って
「あ、あれが
「おうよ。まさかアイツの性癖が人外だとは………。…こんな事言ってる場合じゃねぇ。俺の後ろに続け! 作戦、頼んだぞ!」
そう言い残し、
「っっはは!! 楽しくなってきた……!!」
どんどんと、
それと同時にカッターナイフの斬撃もどんどん素早くなっていく。最早目で追えない速度だ。
「祓へ給えっ 清め給え!!」
二人の助けが無かったら、俺は何回死んでいたか分からない。
「グ、ガァあああっ!!」
「うぉおあぁあ!!」
炎の髪を振り乱す死神と、大太刀を構えた人狼が雄叫びを上げながら斬り合う。
一秒。二秒。三秒。
それが限界だった。
人狼はその体を横一文字に切り裂かれ、崩れ落ちる。
だけどその三秒で、俺は
俺の姿を捉えた
左手のカッターナイフにだけ気を取られていた俺は、その一撃に反応しきれなかった。
空を切りながら、トンカチが俺の頭を砕かんと迫り来る。
俺が足を止めるより速く、
トンカチは
「行け」
そう言い残して、
俺は足を止めなかった。なんとか止まらずに走り続けられた。
アイツは既に、カッターナイフを振りかぶっていた。
三歩。
カッターナイフが俺に届くより速く作戦を発動できれば俺の勝ちだ。
懐に手を突っ込む。
長く伸びた刃が俺に迫る。
間に合うか。間に合え。間に合え。
その瞬間、カッターナイフが手からすっぽ抜けた。
「は?」
「え?」
思わず二人で宙を舞うカッターナイフを見る。
カッターナイフは、明らかにさっき見た時より縮んでいた。
「おれ、を、無視してんじゃ、ねぇ!」
声が聞こえた。
力が、弱くなっている。
これで、
既に作戦の用意は済んでいる。
「勝負だ!!」
俺は叫んだ。
笑って、自分の首に指を突き立てた。
首のアザに。鍵型のアザに。
「
▷▷▷
「
確信があった。
全身が熱い。
僕の魂に、僕の体が耐えられないみたいだ。
僕の足に、亀裂が走った。
そこから黒煙がもうもうと漏れ出てくる。地獄の業火と黒煙が、ここに溢れ出そうとしている。
黒煙が空中に曼荼羅を描き出した。
それはどこまでも大きくなっていく。
ああ、出る、出る、出る、でる、でる———。
対する
冷静に、僕にむかって何かを投げた。
……なんだ。これは。スマホ?
想定外の行動に僕は思わず、そのスマホを観察した。してしまった。
そこの画面に写っていたのは。
「
▷▷▷
数日前の会話。
「好きな異性のタイプぅ?」
「おうよ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、親友の
「学校じゃ言いにくいだろ? ちょっとくらい下世話な話しようぜ
「……そう言われてもなぁ…」
「カマトトぶんなよーっ、いいじゃねぇか人っ子一人いない夜なんだから」
公共の場で猥談をかます事を躊躇っていた僕はそう言われて周囲を見渡す。映画好きの
時刻も遅くなく、春の快適な気温の夜なのに本当に一人もいない。
「…この状況下ではやぶさかでは無い」
「おっイイねぇ、そう来なくっちゃ。どんな女の子がタイプですか?」
「ご飯を作るのが得意な子とか」
「料理か。性癖って感じじゃ無いがまあ良しとしよう。…料理かぁ。俺のクラスで一番料理得意な奴誰だと思う?」
「料理の腕前とか家庭科の班で一緒にならない限り分かんないよ。…委員長とかは料理出来そうって感じするね。あとは
「男じゃねーかよ。マ、確かに上手そうではあるけどさ。…あ、そういえばお前の姉ちゃんは料理上手いんだっけ」
「上手いね。いつもお世話になってます」
「お前姉ちゃんの事どのくらいスケベな目で見れる?」
「なんでそんな質問するんだお前っ!!? 実の姉相手はキツ過ぎるッ!!」
▷▷▷
「実の———」
「姉じゃ———」
「——————ヌけねぇぇえええええああああぁあああぁぁぐわぁああぁあああぁあああぁああああああああっっっっっっっっっっ!!!!!」
イく寸前、オカズが実の姉に差し代わった。
そういえば、彼の苦痛は理解出来るだろうか。
展開されていた地獄の業火は、スマホを避けるように真っ二つに割れた。
もうもうと猛っていた黒煙は勢いを弱め、最早蝋燭の火にも等しい。燃え盛っていた性欲は、一瞬にして鎮火してしまった。
「がぁあぁあぁっ、力、力が……! 抜けていく………!!」
ありとあらゆる生き物を愛せると豪語した女神は、唯一自分が愛せない人間を見つけてしまった。
自己の定義と現実との矛盾。
人の身で有れば耐えられた矛盾は、神たる身では耐えきれない。
それにより起こるのは、神格の零落。
死の概念との合一にさえ手が届きそうだった少年は、落ちぶれた神としてそこに倒れ伏していた。
彼の目には、濡れ羽色の魔法少女と、金色に染まった魔法陣が映っていた。
「これで終わりだ……! フルチャージ……アルス・マグナぁああぁあぁっっ!!!!」
魔法陣から放たれる極大の光の奔流。
主人公の一撃は、零落した神も、ちろちろと燻っていた火も纏めて飲み込んだ。
▷▷▷
光の奔流が消えていく。
抉れた大地に、大の字になった
俺はゆっくりと、倒れている
呼吸は……してるな。生かさず殺さずって感じだ。
俺は思わずへたり込む。
「うぁ〜〜〜、上手くいって、良かったぁ〜〜〜〜………!!」
いやもう、大変だった。
マジで紙一重で、何かがミスったら死んでてもおかしくなかった。
俺はとりあえず、
お、結構重いな……。意識のない人間抱き上げるのって結構大変だ。
遠くの方で
周りを見渡せば、死体になっていた人達の肉体も元に戻っている。
とりあえず、ハッピーエンドって事でいいらしい。
視線を下に落とす。
綺麗な表情で、
クソっいい表情で眠りやがって。あとで一発ぶん殴ってやる。
そんな事を考えながら顔を見つめていると、音もなく
「うぉ…………っ!?」
「………」
思わず
え、いや、え? こいつタフすぎだろ。え? え? どうしよう。この距離なら何やっても俺死ぬよな。
頭がパンクして、何を言ったらいいのか分からない。何をしたらいいのか分からない。
思わず固まって、見つめ合う事数秒。
「………
「お、おう…………」
………あれ? なんか、正気っぽいな?
あれか? ビームの衝撃で正気を取り戻したのか?
そ、そんな事あるのか……?
……いや、そもそもあのビームは
心の力を現実にするって事は、いわばあのビームは
そう考えると、精神に働きかける力が多少あのビームに含まれていてもおかしくない気がする。
おお、なんだなんだ。
マジでハッピーエンドじゃん。もう全部解決じゃん。
そう思っていた俺の鼓膜を、すっかり高くなってしまった
「おい!! 今すぐそいつを気絶させろ!! 死ぬぞ!!!!」
「ちょ、聞いてくれよ
「
数秒、言われた事を理解できなかった。いや、数秒立っても本当の意味では理解できていなかった。
俺は何が何だかよく分からないまま、
太ももに何か、ヒビが走っている。
よくよく見れば、足の先がない。いや、足が先から無くなっていってる。
チリが風に吹き飛ばされるみたいに、足先から
「
「ただ、し。ぼく、さぁ。なんでこんなこと、しちゃったんだろうな」
「
ヒビは
「貸せっっ!!」
「
「………簡単な話だ。正気に帰って、死にたくなったんだろ」
「え?」
「神ってのは、そういうモンなんだよ。死にたくなったら本当に死んじまうんだ」
そう言って、やるせない顔で
『アイツは人を傷つけられるような人間じゃない』
俺も、そう思う。
もしそんな人間が、自分が大量に人を傷つけてしまった事を自覚したら。
いったいどうなってしまうんだろうか。
何だか急に希望が見えなくなって、無性に泣きたくなった。
刑事さん:中学の頃見た初恋の子のブルマ姿が未だに忘れられない。お尻の大きさには思い出補正が入っている。
黒服のお姉さん:ケモナーというより筋肉フェチ。変身した姿は、彼女が今まで出会った人の中で一番マッスルなヴォルフガングさん(人狼)。
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エロスとタナトス
白で統一された、無機質な病院の廊下。
俺と
この病院は、全国に存在する、霊的組織の息のかかった病院の一つらしい。
念の為に体を検査されて、異常のない事を確認された俺らは廊下で二人を待っていた。
数分もせずに
「お疲れ様でした。体に異常は無かったでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは、貴方達のその力を封じさせてもらいます。……いいですね?」
そりゃこんな力を普通の学生が持っているのは治安維持組織としては不安だよなぁ。
「この術式は貴方達の命の代わりをしている。完全に消し去る事と貴方達が死んでしまう、なので封印です。変身出来ないよう、鍵穴を埋めさせてもらいます」
微かな衝撃が俺の首に走る。
思わず首を抑えると、首にあった鍵穴型のアザが消えている事に気がついた。
「はい、これで大丈夫。これで問題なく日常へ戻れます」
「……一つ、聞いていいですか?」
不意に、
「
「………彼は、その。まだ検査中でして」
「なんで言葉を濁すんですか。俺達にやったみたいに、
沈黙が流れた。
その言葉を聞いて、
「…………彼は。向こう側に近づきすぎた。………もう人間には戻れません。神として、生きていくしかないんです」
▷▷▷
しゃくしゃくと、りんごを食べる音が僕の病室内に響いた。
「ん? 何よそんなにジロジロ見て……。りんご食べる?」
「いや、いいよ……」
そう言って僕にりんごを差し出してくるのは
僕はもう人間には戻れない。それに今はその、精神が不安定な事もあり家にも帰れない。
流石に家族に僕の今の状態を隠し通せる訳もなく、刑事さんが
姉ちゃんは一通り驚いた後、無言でお見舞いにと買ってきたりんごを食べ始めた。尋常じゃなく神経が図太い。
「……そりゃさ、初めは信じられなかったけど……。もう、あんたの身体が普通じゃないって事は嘘じゃないって分かったからね。現実逃避したって仕方がない。一応言っとくけど、父さん母さんの前で自分の腕切り落とすのやめな? ショックで失神するよ?」
「……うん」
「別にカミサマだろうが何だろうが、あんたはあんたのまんま何だろ? じゃあ姉ちゃんとしては何も求めないよ。ちゃんと体を休めて、元の生活に………。あぁ、まぁあんたが健康ならなんでもいいや」
「元の生活に戻りなさい」。
姉ちゃんはそう言おうとして、辞めたのだろう。
刑事さん曰く、元の生活に戻れるのは僕の精神が安定してからだそうだ。
僕はもう、人じゃない。僕は今、この病室軟禁されている。
人じゃない物が人に混じって生きるには、ソイツが人を傷つけない事が大前提だ。
僕には、無理だろう。
僕は、人の死を願いながら生きるのだろう。
僕は、危険な爆薬として生き続けるのだろう。
「……チョップ!」
「へぶっっ! な、何すんのさ?!」
「なんか良くない事考えてたでしょ。ダメだよ、今のあんたは精神状態がモロにお肌に出るんだから」
……気づけば、僕の手の甲にヒビが入っている。
この姿では隠し事も出来ないのだ。憂鬱な気分になる。
「何があったかとは聞かないけどさ。言いたくなったらいつでも話してくれていいからね」
「……うん」
そう言って、姉ちゃんは病室のドアから去って行った。
………心配を、掛けている。それが、たまらなく嫌だ。
もっと言えば、この程度で悩んでいる自分も嫌だ。心配させないだけの能力もないくせに、悩みだけは一丁前か。
「うーす。大丈夫か?」
姉ちゃんと入れ替わるように、刑事さんが部屋に入ってくる。
その手には、ボロボロになった札が握られていた。
この病室にはお札が張り巡らされている。
僕が万が一暴れ出した時の為の、封印用のお札だ。
今の僕の精神状態に反応して、膨れ上がる僕の力を押さえつけているらしい。
「……すいません、お札、壊してしまって」
「んにゃ、元から壊れる事前提の物だからいいよ」
そう言って、刑事さんは僕に笑いかける。
下手くそな笑顔だった。笑顔になれていない人間という印象を受けた。
「……ヘカトンケイルは、大丈夫ですか?」
「おうよ。少しは俺に懐いてくれたのかねぇ」
そういい、刑事さんは懐からカッターナイフを取り出す。
……ヘカトンケイルは、もう喋れない。僕がそういう風に産んでしまったから。
僕の振るう武器としてデザインされたヘカトンケイルは、目も、鼻も、口も無い。
刑事さん曰く、ヘカトンケイルは一種の神だから、時間が経てば自分で自分の存在を改変して普通の人間と同じ事が出来るようになるらしい。
ただしそれにはかなりの時間がかかるらしいが。
「………ごめんなぁ、ヘカトンケイル……そんな風に産んじまって………」
「そんな思い詰めすぎるなよ。第一、産んでごめんなんて言われた方が困るぜ」
そう言われて、言葉に詰まる。
「そう、ですよね。……すみません」
「いいって。俺も少し言い方がキツかったかな?」
刑事さんはまた笑った。
そうやって刑事さんと数分話していると、コンコン、とノックの音が響く。
「私です、
「帰って下さい」
二人の名前を聞いた瞬間、自分でも驚くくらい低い声が漏れた。
「え…」
「帰って下さい。お願いですから」
「………おい
刑事さんが病室から出ていく。
僕は布団に包まって、足音が何処かに行くのを待った。
数秒だったか、数分だったか。少しの間話し声が聞こえて、その後ここから離れていく足音が聞こえた。
「……よかったんですか?」
黒服のお姉さんが、僕の病室に入ってくるやいなや心配そうな声を掛けてくる。
思わず苛立ちを覚える。こんな殺人鬼が、友達にも性欲を向けるような奴が、二人みたいないい奴らに会っていいわけないじゃないか。生きていて、いいわけないじゃないか。
「どんな顔して、会えっていうんですか」
そんな声を出すだけで精一杯だった。
「……一応言いますが、貴方に責任は無い。貴方は誰も殺していない。ヘカトンケイルが飲み込んだ呪い師達も、きちんと吐き出しましたよね?」
「でも!! ……僕が、自分の意志で友人に性欲を向けたのは事実です。僕は、友達を殺せる人間です」
「ですが、貴方は今まで誰も殺さなかった」
「それがこれから誰も殺さない証明になりますかっ!!!?」
僕の怒鳴り声が病室に響く。
黒服のお姉さんはバツの悪そうな顔をして、僕から目を逸らした。
……はは。殺人鬼が自分の悪性を証明しようと躍起になっている。あべこべだ、こんなの。
「……すいません。感情的になりすぎました。外の空気を浴びて、頭を冷やしてきます」
そう言ってお姉さんは大太刀を背中に背負ったギターケースにしまい直し、部屋から出ていく。
叫び過ぎたせいか、喉が痛い。
くそ、何をやってるんだ僕は。気遣ってくれてる人に当たり散らして。
でも。だけど。僕の救い難さは事実なのだ。僕が危険人物なのは、ただの事実なのだ。
「悪いな。
「………言い訳って?」
「アイツはな、呪いを受けてんだよ。定期的に人を殴れないと発狂するんだ」
「……!!」
「北欧の呪いだったか? 本来は親父さんにかけられた呪いらしいんだが、効力が強すぎて娘のアイツにもかかっちまったらしい」
「も、もしかして刑事さん達が定期的に喧嘩してるのって………!?」
「いや、それはただ単に俺とアイツの仲が悪いだけ」
………。
仲が悪いだけなのか……。
「とまあ、そんな訳でな。アイツはお前と自分重ねて、色々お節介焼いちまう訳だよ。……悪いな」
「いえ、そんな訳が………」
「……俺も言っておくが、お前の友達はいい奴らだよ。案外、お前の事も受け入れてくれるんじゃねぇの?」
分かっている。
アイツらがどれだけいい奴かなんて、そんなの分かっている。
「……僕が、アイツらを受け入れていないんです」
「そりゃまた、どういう……」
「僕は、心の底では二人を馬鹿にしていた。おっぱい星人も、ロリコンも……。気持ち悪いと、思っていて。………僕が受け入れなかったから、僕も受け入れてもらえる気がしないんです………」
結局の所、僕は何一つとして受け入れられない。
自分の性癖も、他人の性癖も、気持ち悪いと思って受け入れていない。
こんな自分がどうして誰かに受け入れられるのだろう。
こんな自分がどうやって受け入れろというのだろう。
「……刑事さん。こんな人間が、どうやって生きていけばいいんですかね?」
「…………難しい質問だな。俺には答えられそうもない」
ふぅ。と刑事さんはため息を一度ついた。
「もしかすると、こういう時のために神様がいるのかもしれねぇな」
「……神様、ですか」
「おうよ。他人も自分も信じれない時に……な」
▷▷▷
僕の全身から炎が放たれる。
僕の振るうカッターナイフで何人も死んでいく。
死んでいく。死んでいく。死んでいく———。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……………」
暗い病室の中。
悪夢を振り払って、僕はベットの上で荒い呼吸を繰り返す。
「う、うぷ、うぇぁ………!」
僕はトイレに駆け込んで、思いっきりゲロを吐き出す。
気持ち悪い。気持ち悪い。自分が気持ち悪い。
死のう。そうだ死のう。
そう思って自分の顔を殴りつける。
クソ、クソ、クソ。
なんだよ。
僕、どこでおかしくなっちゃったんだよ。それとも元からおかしかったのか?
クソ、クソ、クソ!
何度も何度も自分を叩く。
腕を、顔を、腹を、足を。
一心不乱に殴りつけていると、手首を誰かに掴まれた。
自分じゃない他人の気配を感じて、だんだん心に理性が戻ってくる。
正気に戻った僕は、ゆっくり後ろを振り返った。
そこにいたのは、刑事さんでもお姉さんでもなく。
「………
「おうよ」
「お、前……。何でここに居るんだよ」
「お見舞いだよ、馬鹿野郎」
そう言って
「俺は今さっき目覚めたんだ。それでここに来た。……一応ちゃんと、ノックもしたんだぜ?」
「………何でだ? お前、そんなキャラじゃないだろう」
「……お前が使ったあのナンチャラって呪文、あるだろ。あれで俺もお前の心の底を覗いちまった。……お前が死にたがるってのも分かっちまったんだ。放っておけねぇだろ」
「………お、おお。ありがと」
思わずそう言葉を返すしか無い。
……うん。お前はそういう奴だ。周りからの圧力が無ければ、そうやって人に優しく出来る奴だ。お前の心を覗いた僕は、それをよく知っている。
「……お前さ。
「無理だよ。どんな顔して会えって言うんだよ……。知ってるだろ。僕がみんなを心の底では受け入れてなかった事」
喋り出した口は止まらない。
薄ら笑いを浮かべながら、僕は言葉を続ける。
「俺はバニーガールも、魔法少女も。これっぽっちも受け入れて無かったんだぜ? こんな僕が、殺人鬼の僕が。どうやって受け入れられるんだよ」
「……でも、お前は言わなかったじゃねぇか」
「あ?」
「他人を拒絶しなかった。嫌悪感を攻撃に変えなかった。悪口を言わなかった。……それでいいんじゃねぇか? 受け入れなくても。お前は他人を尊重していただろ。………俺と違って」
「自分の事も、受け入れなくていいんじゃないか。……でも、自分を雑に扱うのはやめろよ。それは自分を不幸にするから」
「勇気出せよ。救われる為の準備をしろよ。……俺も、頑張ってみるからさ」
そう言って
僕は殆ど何も喋れなかった。
病室のドアが閉まる。
一人きりの病室で、僕はベットに横になった。
……救われる為の準備、か。
「僕は十分頑張ってる。一歩ずつだが行動している。大丈夫、未来はきっと明るいさ」
自分で自分に言い聞かせるために放った言葉は、笑ってしまう程白々しかった。
それでも、言葉を続ける。
僕の傷を、ふやけるまで舐め続ける。
側から見れば滑稽だろう。
それでも、言葉を続ける。笑われようと、勇気を出して舐め続ける。
「大丈夫さ。大丈夫さ…………」
こんなのただの自慰だ。
鬱陶しい。辞めちまえ。
僕の頭の中で誰かが叫ぶ。
……でも。
それでも、続ける。
そうだ。これはまさしく自慰だ。自分で自分を慰める、そんな時間がきっと僕には必要なのだ。
頭の中で叫ぶ誰かを無視する。勇気を出して、今自分が正しいと思う事をやる。
そうやって唱え続けていたら、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
昔の夢を見た。
▷▷▷
「そういえばさ、
次の日の昼。
僕と立体四目並べをして遊んでいた刑事さんは、唐突に僕にそんな事を言った。
「俺はアイツの事よく知らないけど、何か心変わりするきっかけでもあったのかねぇ。お前はアイツと幼馴染だったらしいじゃねぇか、何か知らないか?」
「いえ、特には……」
……きっかけ、か。
僕はふと、あの夜を思い出す。
『失敗作なんかじゃないよ。僕はお前と出会えて良かったって思ってるぜ』
もしかすると、あの言葉は
僕は、アイツの心を少しでも慰められたのだろうか?
だから昨日、わざわざお見舞いに来てくれたのか?
……いや、やめよう。
考えても意味のない事だ。
「……そういえば、
「ああ、
そう言った刑事さんの懐から、けたたましい携帯の音が鳴った。
「もしもし」
『……も、もしもし。
「なんだよ
『……まぁ、はい。……その。
「……………おいおい。まさかお前……」
『口論になってぶん殴っちゃいました。それも警察の前で。今留置場にいます』
「ば、馬鹿野郎!!!!」
……何やら凄い話が聞こえてきた。
大丈夫なのかこれ。やばいんじゃないのか。
刑事さんは一言二言喋った後、電話を切った。
「…………はぁ…………。すまんな、ちょっと急用が入った。好きにしててくれ。スマホ持っていくなら外に出ててもいいから」
「え、外? 行っていいんですか?」
「おうよ。昨日ならいざ知らず、今日のお前いい顔してるぜ」
刑事さんはそう言って、上着を来て外に出て行った。
……今日の僕は、そんなにいい顔していただろうか。
刑事さんのさりげない言葉に、胸がほんのり熱くなる。
さて、久しぶりの自由だ。どこに行こうか。
「………あそこ行くか」
▷▷▷
見慣れたREDライトの明かりに照らされた、沢山の映画が収納された棚の間を僕は歩く。
平日の昼間という事もあり、TSUTAYAにいる人は少ない。
数日前に魔法少女アニメを借りに来た筈だが、数週間はTSUTAYAに来ていなかった気がする。
きっと、僕にとって日常とはこういう空間なのだ。
友達と一緒に映画を借りる。そういう事に、僕は日常を実感するのだろう。
どんな映画を借りようかと視線を彷徨わせていると、ふと、ホラー映画のコーナーで目が止まった。
僕の視線の先では、恐ろしげな怪人が美人の顔にナタを押し当てているポスターが壁に貼られていた。
それを認識した瞬間、僕の背筋に電流のような感覚が走った。
顔が熱い。ポスターから目が離せなくなる。
…………。
もしかして。
もしかして、だが。
僕って、スプラッター映画でも興奮出来るのだろうか……!?
僕は人を害する以外で、性欲を鎮められるのか!?
もしそうだとしたら、これはかなりの前進じゃないか?
僕が人間社会で暮らせる可能性も見えてきたんじゃないか……!?
僕はまじまじと目の前のポスターを吟味する。
……エッチだ。大変エッチだ。
女性の怯える表情も今にも動き出しそうな、恐怖の感情がありありと浮かんでいるし、殺人鬼もグロテスクな容姿をしていて中々に唆るモノがある。
今まではヘカトンケイルに性欲を封印されていたから気づかなかったが、スプラッター映画、大変エッチだ……!
いや、こうなると話が変わってくる。
僕は限られたお小遣いで、性癖にブッ刺さる一枚を借りねばなるまい。
「……
声をかけられて僕は思わず飛び上がった。
後ろを振り返ると
クソっ何呆気に取られてんだよ。驚きたいのはこっちだよ。
「……な、何でここに居るんだよ。平日だぞ」
「あんな事があった後で普通に学校に行けるかよ。第一、何でここに居るんだよはこっちのセリフだわボケ。お前、外出ていいんだ……?」
やめろよ、そんな目で僕をみるなよ。
立ち直ってから真っ先にお前達に連絡しなかったのは僕のミスだよ悪かったよ。
僕の背中をそこはかとない罪悪感と気恥ずかしさがつたう。知り合いだけには今の僕を見られたくなかった。
黙っている僕を見て、何かを察したらしい。
「
クソっ! 何でエロ方面にばっかりお前は勘が良いんだ!!
やめろよ! ピンときてない
崩れ落ちる僕の肩に
「……
「う、うん……」
かなり真面目なトーンで僕の性癖事情を祝福されてしまった。
いや、確かに大事な事だけどさ。スプラッター映画の有無で僕が社会で生きていけるかってのがかなり判断されるけどさ。
「……よし! 今日は俺ん家でホラー映画パーティするか?!」
く、クソぅ………!
こうなればヤケだ。
良いよ、とことん付き合って貰うぞ!!
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エピローグ
「
「ええ、お疲れ様です」
挨拶を終えて、俺——
分かっていた事だが、中学生教師は大変だ。
書類印刷に課題のチェック、生徒の日誌へのコメント。
今はまだ新任だが、その内、生徒の部活動までやらなくてはいけないそうだ。
小さい頃はある種の憎悪さえ抱いていた存在に自分がなるとは我ながら以外だが、存外に気分は悪くない。
最後の書類に印鑑を押し終わって、軽く伸びをする。
気づけば時刻は十時を過ぎていた。残業は悪しき文化である。
心の中で毒付きながら、書類をバッグに入れて帰宅の準備をする。
職員室の電気を消し、暗くなった廊下を真っ直ぐに歩く。
昼間の空気とは対照的な暗闇は、いかにも何か出てきそうだ。学校の怪談がいつまでも人気な理由が少し分かる気がする。
下駄箱を抜けて校門を出て、いざ帰ろうという時。
誰もいない筈の体育館から大きな音が聞こえた。
大きな物が高い所から落ちたような、鈍い音。
「……?」
何事だろうか。
まさか不審者か? 体育館に?
………む。むむむ。
もしも本当に不審者だった場合、このまま帰るのは不味いだろう。
それともまさか、幽霊か。
七年前のあの日からそういうオカルトが実在すると知った身からすれば、怪異は不審者より恐ろしい。
仕方なく、自らの怠惰な心に蓋をして職員室へと足を運ぶ。
体育館の鍵を取り体育館入り口へ。
重めの扉を開けば墨汁をこぼしたかのような暗闇が俺を出迎えた。
そして聞こえる、タッタッという足音。
「……! 誰かいるんですか?」
返事はない。
痛いくらいの沈黙がそこにあるばかりだ。
俺はゆっくり、音を立てないように動きながらスイッチを押し、体育館の電気をつける。
パッと天井の明かりがつき、暗闇が消し飛ばされる。
広い体育館の端。
そこに、一人の少女が蹲っていた。
「……
見覚えのある少女だった。
いわゆるギフテッド持ちというのか、テストの点数がすこぶる良い。
周囲との関係性も悪くないらしく、優等生の名前を欲しいままにしている。
彼女は冷や汗を流しながら、泣きそうな顔でこちらを見ている。おさげと共に、
「せ、せんせ………逃げて………!」
その言葉がきっかけだった。
鉤爪は空を切り裂きながら俺に向かって振り下ろされる。
「うわぁっ!!」
俺は声を上げながらその場所から飛び退いた。鉤爪が床に打ち付けられ、鈍い音を奏でる。
たまらず俺は
後ろからびたんびたんと重い物がのたうち回る音が聞こえてくる。
俺はバックからスマホを取り出し、携帯を取り出す。
かける相手は
こういう事は、
『もしもし、どうした〜〜?』
「いや今ちょっとヤバくて、ヤバくて!! なんか、なんか生徒の背中からなんか生えてて!!」
やばいマジで何から話せばいいか分からない。
しかもこうやって話している間にも後ろから音が近づいてくるし。
『ん? もしかして今ヤバい? 死にそう?』
「死っ、死……にそう! 多分あれ一撃でも食らったら死ぬ気がする!!」
そう言った瞬間、足に鈍い痛みが走った。思わず前のめりに地面に頭から突っ込む。
後ろを振り向けば、鉤爪が俺の真後ろまで来ていた。鉤爪の先には真っ赤な血が滴っていて、ああ足を切り裂かれたんだなと実感する。
「うわぁ、いや、いや!! やめて!!」
俺の惨状を見た
その悲鳴に呼応するように、
鉤爪はさらに速く、さらに縦横無人に俺に襲い掛かってくる。
ぼきり、という音と共に自分の腕がへし折られた。
思わず声が喉から捻り出される。痛い。痛い。痛い。
その衝撃で思わずスマホを床に落としてしまった。不味い。
思わずスマホに手を伸ばす俺の腹に、鉤爪の一撃が突き刺さった。
肺から空気が吐き出される。腹が、痛いを超えて熱い。表面を鉤爪に切られたんだ。
あまりの痛みに俺は床に崩れ落ちる。あまりの痛みに涙が出てきた。
絶叫を上げる
その声をスマホが拾ったのか、電話越しに
『封印を解いた! 変身しろっ!!』
俺は痛みに震える体をせっつきながら、左の首筋に指を当てる。
かちゃりと音がして、首に指が沈んでいく感覚がした。
俺は指を右回転させる。
全身が開いていく、変身時特有の感覚が全身に広がっていく。
腕の痛みが引いていく。視線の位置が少し変わった。
目を下に向ければ、赤いバニースーツに包まれた豊かな双丘が見える。
………七年ぶりだな。変身をするの。
「しぇ、しぇんしぇい……??」
ごめんな
俺は右手に持ったスナイパーライフルで、鉤爪へと殴りかかった。
▷▷▷
「……なるほどね」
三十分程だろうか。
とりあえず俺は職員室に
夜になると勝手に暴れ出し、周りの物を壊してしまうそうだ。
だから下校の時間に体育館の窓の鍵を空けておき、夜になると誰もいない体育館に忍び込んで鉤爪を暴れさせていたそうだ。
「大変だったなぁ……」
月並みな感想だが、そんな言葉しか出てこない。
異形の爪が出るというだけでも気持ち悪くて仕方ないだろうに、あまつさえそれが周囲の物を壊してしまうのだ。
大変という言葉では物足りない程のストレスが彼女にかかった事だろう。
それにしても、驚くべきは
仮にもし俺の背中から異形の爪が出た所で、
「わ、私の事情はこれで全部です……。今度は、私から質問していいですか……?」
「おう、いいよ」
「先生、なんでそんな……扇状的な格好を……??」
言葉選んだなコイツ。
いや確かに気になるよな。今の俺、パツキンバニーガールだもんな。
「……俺な。実は昔、魔法少女だったんだよ」
「い、意味が分かりません……」
バッサリ切られた。当たり前だった。
「なんて言うかな……。俺も昔、
「……それで、バニーガールに……?」
「まぁ、うん」
かなり納得いかない顔してんなー。でも本当なんだけどな……。
流石に生徒に性癖云々は言えない。ギリギリセクハラとして成立しそうな気がする。
「ま、とにかく。重要なのは、俺がそういうオカルトの専門家の友達が居るって事と、バニーガールの時の俺は
「ほ、本当ですか………?!」
「おうよ。幸いにも明日は休日だしな。時間はある。いくらでも頼ってくれていいぞ」
俺がそういうと、
「……胸、貸そうか?」
今の俺は女の体だし、普段よりも接しやすいだろう。
そう思って声をかけると、
俺は黙って
少しでも、この少女の重しが取れるように祈りながら。
その後、顔を赤らめた
まぁまぁな深夜だ。子供一人じゃ危ない。
俺は再び
「なぁ、
『ん〜〜……。それは見てみないと分からないんだよな。でも今日昨日じゃそっちまで行くのは中々厳しいんだよな。……よし。決めた』
「決めたって何を?」
『リモートお祓い、しよう』
▷▷▷
「先生、き、今日はよろしくお願いします……!」
「おう、頑張ろうな」
俺は緊張しっぱなしな
昨日から一晩明けた今日、俺達は街の外れ、山奥の古ぼけた神社に来ていた。
神社といっても、鳥居はボロボロ、社は廃屋。今はもう誰にも参拝されなくなって久しい。
「神様が不在だから、顕現できる」。意味はよく分からないが、
いざという時のために、俺はすでに変身しっぱなしだ。
社に入り、持ってきた座布団を二つ引く。
そしてその一方にパソコンを置いた。
『もしもし、聞こえてる? 僕もリモートお祓いって初めてでさ』
「はい、聞こえてます……!」
パソコンの顔では、朗らかな顔で笑う
話し込んでいると、社の扉が開く。そこから現れたのは、濡れ羽色をした美しい少女だ。
「すまん、遅れた。……君が
「わ……! は、初めまして! 今日はよろしくお願いします……! 先生、魔法少女云々って本当だったんですね……!」
魔法少女らしい可愛らしい姿をした
俺は
『それじゃ、服を脱いで背中を僕に見せてくれるかな? もちろん男性陣は外に行っててね』
なるほど。
少し
「……
「みなまで言うな。張り倒すぞ」
バカ話をしながら、俺と
社の扉を閉めると、
「………そうだ。一応言っておくが、俺の性癖はロリコンでは無かったらしい」
「え?」
「見ていろ」
すると、一回転する毎に少女の背丈が大きくなっていく。
まるで早回しの映像を見ているかのように、四肢が太くなり肉つきが良くなっていく。
数秒と経たずに濡れ羽色の魔法少女は、ゴシックロリータな衣装に身を包んだ乙女へとなった。
「え………は……??」
「ロリはロリでも、俺はゴスロリフェチらしい。年齢が高かろうと今の俺には性癖の範囲内だ」
……でもさっきまでロリだったじゃん。やっぱロリ好きなんじゃん。
そう思ったが俺は言葉を飲み込む。胸を張って性癖が拡張した事を胸を張って報告するコイツが、なんだか可愛いかったから。
「あの……。すいません。終わったので入っても大丈夫です」
「了解した」
……な、なんか納得いかねぇ。ロリコンじゃない事を示すならずっと大人のままでいろよ。
いやいや、そんな事より今は
俺は
「なんか分かったのか?」
『うん。これは憑き物筋だね。……完全に祓う事は難しい。落ち着かせて、弱体化させた後は付き合い方を考えなきゃね』
「そ、そんな……!!」
完全に祓えないという事を突きつけられ、
「……どうにかなんないのか?」
『難しいね。……一つ聞かせてくれ。お父さんやお母さんはこの症状の事は?』
「し、知らないみたいでした。さりげなく聞いても、特大反応はなくて……」
『……ふむ』
一瞬の間の後、
『多分、この怪異が暴れ出した原因は……。
「え……?」
『憑き物筋っていうのは、家系につく怪異でね……。両親にも取り憑いてる筈なんだ。だけど君だけが背中から鉤爪を出したって事は……』
「そっ、そんな訳無いじゃないですか!?! 私が何をしたって言うんですか!!?」
普段の
そんなイメージとは裏腹に、今の
『君が悪い事をしたって言いたいんじゃない。そうだな、なんて言うか……。君は頭が良いんだってね?
「わ、私が、私が原因って、そんな訳……」
『人を怨むのにも才能が必要でね。呪い師なんかにも多いんだよ、ギフテッド』
俺も確か聞いた事がある。
カメラアイと呼ばれるギフテッド持ちは、カメラを使ったように風景なんかを記憶できるが、その代わりに嫌な記憶も忘れられないんだそうだ。
「
俺の言葉に、青ざめた
その瞬間、彼女の背中から鉤爪が生えた。
昨日よりも、太く、鋭い鉤爪。それが八本、爆発するように
明るい昼間にそれを認識した事で、それの正体が分かった。
蜘蛛だ。
それが大きくうねり、俺らに向かって四方八方から振り下ろされる。
「グゥううっっ……!!」
咄嗟にガードしたが、俺の体は後ろに大きく吹き飛ばされた。
社の扉をぶち抜き、頭を強く打つ。
「俺の姿を見ろ。希望たり得る俺の姿を見ろ」
蜘蛛の足目掛け、リボンの波が殺到するが、蜘蛛の足は素早い動きで
「いやぁぁぁあっっ、もう嫌ぁああぁっ!! なんでこんな気持ち悪い物が生えるの?! なんで先生を傷つけちゃうの!!?」
八歩の足に吊り上げられ、
その度に、蜘蛛の足が太く大きくなる。
直感した。あの蜘蛛は、
「生まれてこなきゃよかった!! 全部あたしのせいなら、あたしなんか生まれてこなきゃよかった!! あたしなんか、あたしなんか死んじゃえば良いんだ!!!」
その声が響いた瞬間だった。
青い空に、黒煙が走った。
「……え?」
「
ゲコゲコと、背骨を揺らすようなカエルの合唱が地面から響いてきた。
そして熱が。
溢れんばかりの熱気が、神社の社から湧いてくる。
黒煙が空に曼荼羅を描き出した。
カエルの合唱はどんどんと勢いを増していく。
きっとこの場所にいる全員が、自分の首筋に刃物を突きつけられている様な感覚に陥っただろう。
あのバカ、「神様が不在だから顕現できる」って、こういう意味かよ………!!
黒煙が社の一ヶ所に集まっていく。
そこに、いた。
燃えさかる髪の毛を纏い、黒いスーツ姿に身を包んだ
手には一歩のトンカチを持っており、後光のように黒煙で出来た曼荼羅を背負っている。
「……
その言葉と共に、
めしゃりという音と共に、蜘蛛の足の一歩を殴りつけた。
「うわぁっ!」
殴られた衝撃で
今の
「
「分かった!」
俺が言葉を言い切らないうちに、
無数のリボンが、
これで、間違っても
俺は素早くスナイパーライフルを構え、蜘蛛の足を撃ち抜いた。
一本の足が千切れ飛んで、宙を舞う。
仲間もいる。敵との距離も十分。俺もしっかり戦える。
俺は親指を立てて返事をしてやった。
「ギィいっ、ギィいぃいいいっっ!!」
本体のお出ましって訳だ。
蜘蛛の足が、勢いよく
しかしその内の三つは俺に撃ち落とされ、その内の四つはリボンに巻き取られて動けなくなる。
「おおぉおあぁああっっ!!」
トンカチを振りかぶり、横薙ぎに蜘蛛の頭部をぶっ叩く。
「ギぃあぁあぁあっぁああーーーーっっ!!」
蜘蛛の頭部は形容しがたい金切り声をあげ、血飛沫をあげて雲散霧消した。
▷▷▷
「……わたし、本当は体育の時間が好きじゃないんです」
蜘蛛との戦いが終わった後、
「小学生のころ、体育の先生にみんなの前で出来ない縄跳びを何回も飛ばされて。その記憶が、今でも消えないんです」
自分でも小さな事だと思うんですけどね、と彼女は笑う。
「わたしが体育館で暴れてたのもこの記憶があったからかも。先生を襲ったのも、体育教師への恨みがあったのかも。もしかするとわたしは心の奥底では、凶暴な人格を飼ってるのかもしれませんね」
「……でも、俺を傷つけたくなかったのは間違いなく本当だろ?」
「……!」
「少なくとも、俺にはそう聞こえた。……自惚れてるみたいに聞こえるかもしれないけど、それでいいんじゃないか?」
もしかすると自分は気持ちの悪い最悪な存在かもしれない。
もしかすると自分は凶悪な殺人鬼かもしれない。
でも、きっと他人を思った瞬間がある筈だ。
それが確かなら、それでいいじゃないか。
少なくとも、俺はそう思う。
「………さて、この壊れた社、どうしようか」
「ま、誰も使ってない神社みたいだし、いいんじゃないか?」
俺のぼやきに、
……ま、そうだな。神様もいないらしいし、罰当たりって事もないだろう。
俺らは適当な事を話しながら、パソコンを回収しに社へと向かう。
『……おい! 大丈夫か? 急にどっかに言ってんじゃねぇ!!』
パソコンの中では、見たことのない女性が大声を出していた。
……見覚えがない。誰だ? どことなく、男の時の
「あ〜、そいつ
「はぁ〜〜なるほど……。…………え?」
いやお前、同棲ってえ?
しかもお前、
え?
え??
え???
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島咲:霊的兵器として公安に就職。柊や鏃の同僚になる。人生において死の影は常に付き纏うという所から、どんなに辛い時も見放さす一緒にいてくれる死の神様として自分を定義している。
四谷の好意には気づいていない。マブダチだとは思ってる。
四谷:島咲に自分の人生を肯定された時点で堕ちた。島咲を追って霊的兵器として公安に所属。半神として怪異と闘う日々に身を投じている。
他人と自分を測るものさしはすでに捨てており、今は一本の槍を自分の武器にしている。
島咲に異性として意識されたくて日常生活でも変身している。
ヘカトンケイル:自分の姿を現実改変能力で変える事が出来るようになり、今はカッターナイフと少女の姿を使い分けて島咲と暮らしている。
島咲をママと呼んで甘えている。
四谷をパパと呼ぶ気は断じて無い。
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