終末に少女は世界の終わりを旅して廻る【完結】 (皇我リキ)
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旅する世界

 この世界は三日後に滅びる。

 

 

 

 気が遠くなる程高い城壁を見上げた。

 これほどの高さなら、空飛ぶ絨毯でも越えることは難しいだろう。

 

 強固な作りの外壁に守られた街。色々な世界を旅してきましたが、これ程の物は珍しい。少し驚いて固まってしまった。

 

「──あなた、旅人さん?」

 城壁の出入り口で突然、声を掛けられる。

 

 短く整えられた綺麗な黒い髪に、キラキラと輝く何も知らなそうな綺麗な青い瞳が印象的だった。

 

 

「いえ、旅人という訳では……」

「それじゃ、この街に住みにきたって事?」

 少女とも少年ともつかない黒髪の幼い顔付きの人間。

 

 彼女もしくは彼は、私の顔を覗き込む。

 

 

「……綺麗な目」

「どうも。……そうですね、どちらかといえば、私は旅人というカテゴリーに属すると表現する事も間違いではありません」

「難しい言葉だ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」

 首を傾げる彼女もしくは彼は、少し目を細めてから「あ、自己紹介してないね!」と綺麗な青い瞳を私に向けた。

 

 

「ボクはミカエル! 旅人さんの名前は?」

「イヴ」

 短く答える。

 

 彼女もしくは彼──ミカエルは、私の手を取ってこう続けた。

 

 

「旅人さん、()()って信じる?」

 この世界は魔法の世界。

 

 

 分かりやすく空を飛ぶ箒や絨毯。

 調理や灯りに使う炎は魔法の杖から、食材を冷やすのは氷の魔水晶、学校では魔法を教わり、大人は魔法で生計を立てる。

 

 化学など微塵も存在しない。魔法の世界だ。

 

 

「……いいえ」

 この世界は三日後に滅びる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 視線を感じた。

 

 

「──つまり、化学っていうのはね。林檎が木から落ちる現象の事を言うんだよ! 誰も信じてくれないけど、魔力以外による物理的現象はこの世界に沢山ある! けれど、それをタブーとして皆は見ないようにしてるんだ!」

「どうしてその話を私に?」

「キミの目が綺麗だったから!」

「それはどちらかというと、魔法的な発言ですね」

 この()()だと呼称するとして。

 

 旅の途中で立ち寄った街。この世界で一番の力を持った国の都市。

 

 何故かこの世界にはもう存在しない筈の()()という言葉を口から漏らす彼女もしくは彼を、私はあまり気にせずに歩く。

 しかし、彼女もしくは彼──個体名『ミカエル』は執拗に私へ語り掛けてきた。

 

 周りからの視線が痛い。

 

 

「宿を探しています」

「それならコッチだよ! あ、ボクは街の案内が仕事なんだ!」

「少し納得しました」

 街に入るなり突然話しかけて来た理由がやっと分かる。しかし、淡々と()()について話をされる理由は分からない。

 

 

 少し歩くと、周りの建物が高くなってくる。発展した都市にありがちな喧騒は、何処も同じ様な物だ。

 

「賑やかですね」

「うるさいでしょ! 元気が有り余ってるんだ」

「豊かな証拠です。静かな街よりは良い」

「そうかな? あ、ここだよ」

 青い屋根の建物に案内される。周りの建物と違ってあまり背の高くない、狭苦しくない空間だ。

 

 

「旅人さん荷物は?」

「ありません」

「本当? どうやって旅して来たの?」

「ご想像にお任せします」

「もしかして凄い魔法使いだったりする?」

「さぁ」

 部屋に案内され、一通りの設備を見回った後にカーテンを開ける。

 

 丁度太陽は世界の真上に登っていた。黒い影が、部屋に一つだけ点を付ける。

 

 

「旅人さんは観光で? ボク、色々紹介出来るよ! 世界樹を祀る時計塔に、この世界の中心にあるって言われてる神秘の泉、世界中の魔術本を集めた図書館に……なんと、少しお金を弾んで貰えば大聖堂にある世界時計を覗き見させてあげる! 裏道を知ってるんだ」

「世界時計……この世界が始まってから時を刻み続けている時計でしたっけ?」

「そう! 触ってないのに勝手にひっくり返る砂時計なんだけど、中の砂が半分も移動しない内に不規則にひっくり返っちゃうから不気味なんだって有名でしょ。見た事ないよね?」

「ありませんね」

 普段は立ち入り禁止の大聖堂の奥にあるという世界時計。

 

 ミカエルは、それを見せてあげると言って私の手を取った。

 

 

「イヴさん、で良い?」

「構いません」

 何故か宿の床にあった隠し通路を抜けると、狭い洞窟へと案内される。

 

 街の地下を抜けるように掘られたような洞窟。

 明らかに公的な洞窟ではない。手で掘った、なんて馬鹿な話の方がしっくりくる作りの洞窟だ。

 

 

「イヴさんはなんで旅をしてるの?」

「何故でしょうか。目的はそうですね、色々な世界を見るためでしょうか」

「なんだか抽象的だ」

「そうでしょうか。ところで、この洞窟はあなたが?」

「ミカエルだよ。皆にはミカとかエルとか呼ばれてる!」

「あなたが?」

「距離を置くタイプなんだ」

「旅人ですから」

 端的に答えると、ミカエルは不満げに口を尖らせてからこう口を開く。

 

「ボクじゃなくて、ボクのひいおじいちゃんかな。ひいおじいちゃんは化学を信じてた。その化学で、この世界は百年もしない内に滅びるんだって分かったみたいで」

「滅びる世界から逃げる為に、この洞窟を掘った」

「違うよ。滅びない為に、前に進む為に」

「滅びない、為に」

 世界が終わる事が分かっていて、どうしようもなくても争う為に。

 

 しかし誰もその人間の言葉を聞く事はなかった。

 だからこうして、この洞窟は無意味な裏道になっている。

 

 

「その《化学》というので、この世界が滅びるという予言のような事が出来るわけですか」

「予言じゃなくて計算、かな。街でも聞いたけど、イヴさんは化学を信じるの?」

「数万年前に滅びたとされる文明の持つ技術。はて、私はいいえと答えた筈ですが?」

「それにしては否定的じゃないよ」

「なるほど」

 不敵に笑うミカエルは、してやったというような表情で私の顔を覗き込んだ。

 

 

「やっぱ綺麗な目だ。水晶みたい」

「それで、世界はいつ滅びるんですか?」

「信じてるのか信じてないのか分からない口調だ。キミ、無愛想って良く言われない?」

「愛想良くした方が良いですか? 出来ますけど」

「無理にしなくて良いよ。そうだね、いつ滅びるか」

 歩きながら、ミカエルは少し目を瞑って顎に手を当てる。そして思い出したように、彼女もしくは彼はその瞳を開いた。

 

 

「数日の内に」

「また急な話ですね」

「最近お日様の影、あるでしょ。黒い点」

「ありますね」

 太陽の影に出来る黒い点。

 

 コレは数日前から少しずつ大きくなっている。街では日の神様が泣いているのだと、数日の内に大雨が降るのだと言われていた。

 

 

「アレ、大きな星なんだよ! あ、星っていうのはボク達が今こうして歩いてる大地の事で! えーと、実は世界は平らな大地じゃなくて、球体なんだ!」

「えー! この世界は丸いんですかー!」

「なんで突然反応が良くなるの!? 馬鹿にしてる!?」

「愛想良くしろと言われたので。いえ、実に興味深い話ですよ。なるほど、この世界は球体だと。そうなると、ずっと同じ方角に歩くと一周して戻ってくる事が出来るという訳ですね」

「そう! イヴさんは賢いね。それで──」

 ノリ良く返事をすると、ミカエルは得意げに星の動きの話をし始める。

 

 

 曰く、この街よりも大きな星が少しずつこの世界──星に近付いているらしい。

 星の光や日の光に映る影から計算したという話で、幼い見た目からは考えられない程しっかりした内容だった。

 

 

「──だから、この()はもう数日でボク達の星に落ちてくる! その時、どうなってしまうのかは分からないけど……。もしこの星が、ひいおじいちゃんが言っていた星だとしたら、この世界は無くなってしまうかもしれない」

「そんな話、誰も信じないのでしょう」

「うん。誰も信じてくれない」

 途方もない話。

 

 誰も知らない()()という与太話から導き出されたこの世界の終わり。

 信じる者が居る筈もなく、ただ静かに時が来るのを待つのみ。

 

 

「イヴさんは信じてくれる?」

「さぁ」

「やっぱりか。でも、キミはなんだか他の人とは違うね。いつも誰に話しても馬鹿にされるのに、キミはそうじゃない。優しいんだ」

「優しい、ですか。そんなつもりはなかったのですが」

「あ、ほらここだよ!!」

 急に立ち止まって、ミカエルは洞窟の天井に設置された蓋を開く。

 

 そこは丁度大聖堂の真下に位置するようで、小さな覗き穴から巨大な砂時計が見えた。

 

 

「アレが……」

「うん。世界時計。この世界の始まりから時間を刻み続けて──」

「世界時計が……止まっているぞ!!」

 口を開いたミカエルの言葉を、大聖堂の中にいる何者かの声が遮る。

 

 

「な、何故だ! この世界の始まりから時間を刻み続けていた時計が……止まる? この世の終わりだとでも言うのか?」

「落ち着け。まだ何も分からん!! 原因を調べるのだ!!」

「そもそも世界時計が何なのかすら、我々は何も分かっていないのですよ!?」

 そんな悲鳴のような声が洞窟にまで響いた。余程、そのような事は過去にはなかったのだろう。

 

 

「大変だ……」

「あながち、間違いではないのかもしれませんね。その、()()という与太話も」

「本当に……星が降ってくる?」

 ゆっくりと蓋を閉めて、ミカエルは私の手を引いた。

 

 

 

 もう何もかもが遅い。

 

 

 

 洞窟を出て宿に戻る。

 街は来た時と変わらない喧騒に包まれていた。平和そのものである。

 

 

「それで、次の観光地は?」

「イヴさん聞いてなかったの? 世界時計が止まっちゃったんだよ?」

「そう言われましても、その()()という与太話が現実だとして、私に何が出来るという訳でもありません。怖がって伏せていても時間は勝手に進んでいきますから」

 そう言って、私は宿の玄関の扉を開いた。

 

 どのみち残された時間は決まっている。ここでのんびりしている理由もない。

 

 

「案内、してもらえないのでしょうか?」

「……す、するよ! ちょっと待って!」

 私が外に出ると、ミカエルは表情を歪ませながらも着いてきた。

 

「分かってるよ。初めからどうしようもないから、誰も信じてくれないって」

「いえ、もし誰かが信じてくれていたら結果は変わっていたかもしれません。何か別の結末を得られたかもしれません。……もう、遅いですけどね」

「まるで他人事だ。イヴさんは怖くないの?」

「そうですね。……残念ながら、他人事なので」

 ゆっくりと歩く。

 

 

「ここが商店街。色々売ってるよ。あそこの閉店セールは毎日閉店セールだから気にしちゃダメ」

「何故毎日閉店しているんですか……」

 騒がしい街並み。

 

 

「ここが世界樹を祀る時計塔だよ! ほら、大きな樹木をそのまま使って時計塔にしてるんだ」

「なるほど、これは新鮮な光景です」

 澄んだ景色、綺麗な夕焼け、活気に溢れる人々。

 

 

「夜は星が綺麗に見える場所を教えてあげるね!」

 日が落ちて静かになり、光る空と街。

 

 

「おはよう! 今日は何処に行く?」

 再び日が登れば、毎日寂しさを忘れられる人々の喧騒が嫌でも聞こえてきた。

 

 

 そうして時間が過ぎて行く。

 

 

 

「──ここが、世界の中心だと言われている神秘の泉だよ。世界の中心かはさておき、綺麗でしょ」

「良い場所ですね。世界の中心にしたいという気持ちも分かります」

 この街に来てから三日が経ちました。

 

 

 ミカエルの案内の元、私は街の観光名所を回っている。

 曰く普段から騒がしい街の喧騒は何も変わらない。世界時計というこの世界で重大な意味を持つその時計が止まったという事実は、誰にも知らされていないようだった。

 

 

「次はどうしようか」

「もう少しここに居ても良いでしょうか?」

「良いけど。イヴさんは冷めてるのかそうでないのか偶に分からないな」

「体温は人並みですよ」

「偶に変な事言うし。この景色、気に入ったの?」

「はい。なので、目に焼き付けています」

 記録する。

 

 

 それが、私の役目だから。

 

 

「……預言者とか、騒ぎそうな物ですがね」

「星の話?」

「はい。世界時計の事といい、()()をともかくとしても、何かしら反応する人達は居るのでは?」

「うーん、預言は余程の事がないと世間には発表されないから。何か魔的な王様みたいなのが現れても、基本は勇者様が何とかしちゃうし」

「なるほど」

 この世界には絶対的な力を持つ勇者様が居るのだとか。

 

 だから、世界の危機を預言しようが、魔王が現れようが、勇者様がなんとかしてくれるらしい。

 世界時計の事もその勇者様には伝えてあるのかもしれない。もっとも、勇者様になんとか出来るものではないでしょうが。

 

 

「戻りましょうか」

「え? あ、うん」

「世界の中心にある湖、か」

「どうかしたの?」

「出来た話だと思いまして」

 私がそういうと、ミカエルは首を傾げた。今日も()()()が落ちていく。

 

 

 

「──ちょっと早いけど今晩はカレーだよ!」

「必要ないと言った筈ですが」

 夜。宿の部屋にミカエルが入ってきた。

 

 宿主権限で鍵を掛けても意味がない。セキュリティーとプライバシー問題が終わっている。レビュー星一個。

 

 

「そんな事言わずに。イヴさん、ボクが見てる限り何も食べてないんだもん。せっかくだからこの街の料理ちゃんと食べてよ! もしかしてカレー苦手?」

「そういう訳ではありませんが」

「それじゃ、食べよ!」

 何故か自分の分まで皿を用意するミカエル。

 

 この図々しさはどう評価したものか。しかし、ここまでされて断り続けるのも不自然だと判断しました。

 

 

「分かりました」

「やった! ほら、熱いから気を付けてね」

「そうですか。……なるほど、痛覚を刺激しますね」

「どんな感想?」

 カレーを口に運ぶ。一般的なソレよりも強い辛味のある料理でした。

 

 なるほど他の客が居ない訳です。

 

 

「あまりにも今更ですが」

「うん」

「貴方はこの仕事に向いてません」

「そんな!?」

 街の案内人。

 

 案内と一緒に宿も経営しているので、相場から見ると安めに街の案内と宿を確保出来るサービス。

 一見お得ですが、プライバシーの問題と提供される料理を評価すると人を選ぶサービス内容でした。好きな人は好きそうですが。

 

 

「イヴさんは、いつまでこの街に?」

「……そうですね。今日で一旦旅を辞める予定なので」

「それじゃ! しばらくこの街に居るの?」

「はい。しばらくの間」

 本当にしばらくの間。私はこの街──ここに居るでしょう。

 

 

 それが、どのくらいの長さなのかは私にも分かりません。

 

 

「ん? 今日で?」

 ふと、私の言葉の中にあった不自然な言葉を聞き返すミカエル。

 

「はい、今日です。今日でこの世界は終わりますので」

「え?」

 キョトンと、彼女もしくは彼は目を丸くして固まった。

 

 

「どういう事?」

「あなたも言っていたじゃないですか。星が落ちると」

「でも……」

 少し、手が震えている。

 

 同情はしない。そんな事に意味はない。

 

 

「南緯48度52分5秒、西経123度23分6秒。午後16時45分0秒」

「それは?」

「星──隕石が堕ちる場所と時間です。場所は先程見に行った、世界の中心にあると言われている神秘の湖の中心。隕石の大きさは直径約10キロ。衝突地点から半径100キロ以内に存在する物は全て一瞬で蒸発します」

 ミカエルはカレーを食べる手を止めて、私の目を真っ直ぐに見ていた。

 

 

「止められないんだ……」

「信じるのですね。信じない理由もないでしょうが」

 突拍子もない事を言っているように聞こえるでしょう。

 

 それこそ、この()()()()の話をするような。そんな話だ。

 

 

 部屋にある時計の針は16時40分を指している。

 

 

 

「隕石の衝突による衝撃波により、更に広大な地域に物理的な被害が出ます。環境的な影響まで考慮すれば、世界の反対まで、この星の文明は滅びるでしょう」

「世界の終わり……。キミは──イヴさんは、何故それを? 預言? それとも……化学?」

「さぁ」

 短く答えて、窓を開いた。

 

 

 星が降っている。

 

 

 街に広がる悲鳴。この世の終わりの光景。

 

 唐突に、何の前触れもなく、ただ淡々と、この世界は終わりを迎え始めていた。

 

 

「あなたは助かりません。助ける事もしません。しかし、お礼を言わせてください」

「イヴさん……」

 彼女もしくは彼の目をまっすぐに見て、私はこう続ける。

 

 

「この三日間、この世界の景色を案内してくださりありがとうございます。また、多少過ぎた行為もありましたが世話をして頂いたのも嬉しかったです。個人的な見解ではありますが、カレーライスも美味しく頂きました」

「えへへ、そっか。ねぇ、キミは……神様の使いかなにかなの?」

「いいえ。ただの、()()ですよ」

 そう言って、私は()()()()()()()()ミカエルにその繋ぎ目を見せた。

 

「首が取れた……。ぇ、本当に……ただの旅人さん?」

「はい。()()を旅する、旅人です」

 あなたが夢見た()()の結晶。

 

 ソレを説明するにはあまりにも時間がなく、ソレを理解するにはあまりにも科学という文明がこの世界には薄い。

 

 

「この世界が終わってしまうというのに……ボクは、夢でも見てるのかな。これが、ひいおじいちゃんの言っていた事なんだ……。ありがとう、イヴさん。ボク、間違ってなかったんだ」

 その言葉に、答える事は出来ない。

 

 

 轟音が街を包み込む。

 

 

 

「ところで、最後に聞いておきたい事が一つだけ」

「え? 何かな?」

「あなたの性別は女性ですか? 男性ですか?」

「え、そんな事? えーとね、ボクはお──」

 音が消えた。

 

 

 光が世界を包み込む。

 

 

 

 この世界は滅びました。



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滅びる世界

 ソレは突然この世界に現れました。

 

 

「なんだ? ゲームのモンスターみたいな──」

 魔物。

 

 物理──この世界における化学では測れない、魔力的生物。

 

 

「ば、化け物!!」

「助けて!!」

 ソレらは突如としてこの世界に現れ、それまで平和そのものだった世界の秩序を乱していく。

 

 一夜にして滅びた一つの国。

 周辺国は一週間も経たずに魔物に蹂躙され、人類が反撃の準備を整えるまでの間に世界地図から国の名前は失われました。

 

 

 しかし、唯一魔物の侵攻を抑える事が出来た軍事大国も消耗戦を強いられる。

 

 人類に残された唯一の場所。

 生き残った人々は集まり、魔物から世界を取り戻す為の戦いを始めました。

 

 

 この世界にソレが現れてから三十年後の事です。

 

 この世界()ゆっくりと、終わりを迎えようとしていました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ガタガタと、立て付けの悪い床が音を立てる。

 

 

「この床、突然落ちたりしないっすよね?」

「馬鹿言えピーター。いつ落ちるか分からねーよ」

「嘘でしょジョージ隊長!?」

 頭がツルツルの()()の返事を聞いて、金髪の若い少年は顔を真っ青にして脚を浮かせた。お尻が床についているので、そんな事をしても意味はない。

 

「年代物の飛行船だからな。飛んでるのが不思議なくらいだ」

「うわぁ……でも、そうっすよね。使い捨てるには丁度良いって事なんでしょ。帰りの事なんて考えなくてもいいんすから」

 不貞腐れたように、少年──ピーターはそう声を漏らす。

 

「そう言うなピーター。大丈夫だ、俺達は必ず生きて帰る。食糧プラントに侵入した魔物達を皆殺しにしてな」

 隊長──ジョージは、年季の入った拳を反対の掌にぶつけて、周りに居る()()隊員に視線を向けました。

 

 

「俺達は死にに行くわけじゃない。そうだろ? 皆!」

 隊長のその言葉で、飛行船に乗っていた隊員達が雄叫びを上げる。

 

 その衝撃で、床が文字に出来ないような音を上げ、隊員達は一瞬で静まり返った。

 

 

 

「……そもそも食糧プラントなんて大切な施設、なんで人類生活圏の端っこに作ったんだよって感じっすよね。イヴちゃんもそう思うでしょ? もっと安全なさ、中心地に置くべきじゃないかって」

 沈黙に耐えられなかったのか、ピーターが()にそう問い掛けてくる。

 

「人類に残された直径百キロの生活圏。その中心にあるのはお偉いさんの屋敷です。お偉いさんが残された他の()()()()()()の食事の為に、自分達の安全を配ると思いますか?」

「お、思わない……」

 初めから黙っていた私がそう淡々と述べると、ピーターは目を半開きにして納得した。

 

 

 魔物がこの世界に現れて三十年。

 生き残った人類が団結したとしても、社会の仕組みが変わる事はありません。むしろ表面上に強く出たと言っても良いでしょう。

 

 偉い人が偉くない人を使う社会。

 偉くない人は──自分が生きる為に──偉い人の言う事を聞かなければならない。

 

 

 そういう社会の仕組みは、終末が近付けば近付く程に顕著に見えてくるものだ。

 

 

「お前が産まれる頃にはもう、世界はそういう仕組みになっていたからな」

 ピーターの隣で、ジョージ隊長がそう漏らす。

 

「魔物がこの世界に現れたのは、俺が十五の頃だった。お前より少し若いくらいか。……あの時は生きるのだけで必死だった。その、お偉いさんが生き残りの人類を集めてなきゃ、今頃俺達も死んでる」

 そう言って、隊長はピーターの髪の毛をワシャワシャと揉んだ。

 

「や、辞めてくださいっすよ隊長! 自分がハゲだからって人の髪の毛攻撃するの!」

「誰がハゲだ!! これはスキンヘッドだ!!」

 揺れる電球が隊長の頭を照らす。光が眩しく反射していた。

 

 

「俺達は生まれた時から世界に魔物が居たから、ちょっと分かんないっすよ。ねぇ、イヴちゃん」

「え? あー、はい。そうですね」

 そうではない。

 

「魔物より歳下の子供が戦いに駆り出される。……こんな戦いは、早く終わらせなきゃいけないのにな。俺達大人は、こうして情けなく子供の手を借りるしかない」

 私の隣で、もう一人の隊員がそう口を開く。

 

 彼は左腕を魔物との戦いで失っていた。

 そんな彼だけではない。隊員達の殆どが、身体を欠損していたりそうでなくても大切な物を失っている。

 

 

「子供じゃないっすよ! 俺は……母ちゃんの仇を取りたくて、自分で志願したんすから!」

 このピーターという少年も、その一人だった。

 

 

「意気込みは大事だ。だが、大切なのは今ある自分の命だぞ。分かってんな?」

「はい! 隊長!」

「返事だけは良いんだよなぁ」

 世界の終わり。

 

 魔物が現れて三十年。

 

 

 残された人類の安全な生活圏は、高さ五十メートルの巨大な壁に守られた、直径百キロの小さな楽園だけ。

 

 そんな中で、生活圏の端にある食糧プラントが魔物達に襲われたと連絡が入る。

 巨大な壁で守られている筈の生活圏に侵入した魔物達を撃退する為、駆り出されたのがジョージ隊長が率いる私達の部隊でした。

 

 

「さぁ、そろそろ降下地点だ。必ず生き残って、我等が人類の食糧プラントを奪還する。なんなら、ご褒美につまみ食いしたってバレやしない!」

 ジョージ隊長がそう言うと、隊員達は嬉しそうに笑う。

 

「腹一杯食おう」

 飛行船の床を蹴る隊長。同時に、床が落ちた。どういうカラクリなのか。

 

 

「あー、本当に床が落ちるんですね」

「えぇぇ!?」

 端的に漏らした私の横で、ピーターが悲鳴を上げる。

 

 床と一緒に、私達()()は高度二千メートルから落下。一瞬で地面との距離は半分になり、その瞬間にパラーシュートが開いた。

 

 

 目に映るのは燃え上がる食糧プラント。

 魔物の攻撃で職員は全滅。魔物はその性質上、人類の生活圏中心に向かい進軍していて食糧プラント自体は手薄になっている。

 

 

 この降下作戦の目的は食糧プラントの奪還だ。

 

 まずは空から奇襲し、魔物の軍隊の中心に穴を開ける。

 後は防衛戦。正面からやりあって大量の魔物を相手にするよりか幾分かはマシな作戦だ。

 

 

「数が多いですね……」

 先に投下された爆弾がそれなりの数の魔物を葬る。

 

 しかし、想定より魔物の数が多い。

 安全に着地出来るのか、それすら疑問だった。

 

 

「反撃が──」

 突然、近くにいた筈の仲間の声が消える。

 

 振り向くと、仲間の一人が燃えて灰になっていた。魔物が炎を吐いてきたらしい。

 

 

 更に上空。

 魔物の攻撃でパラーシュートを破られた隊員が、私の目の前を通過して落ちていく。

 

 それはそのまま地面に落下して、地面に赤い染みを作った。

 

 

「くそ!! 予定より魔物が多い……。イヴ!! 避けろ!!」

「え」

 下から聞こえる隊長の声。

 

「パラーシュートを外せ!!」

 次の瞬間、一瞬の衝撃と共に降下速度が上がる。パラーシュートを破られたらしい。

 

「……流石に、これは」

 言われると同時にパラーシュートを外した。

 

 落ちる身体。

 下にいた隊長が、上手く姿勢を制御して私の手を掴み上げる。

 

 

「ナイスキャッチ……」

「良く判断した、イヴ」

 その剛腕で私の身体を抱き上げる隊長。その後直ぐ、私達は無事に着地する事が出来た。

 

 しかし気を抜く事は許されない。ここからが本番なのだから。

 

 

「施設の壁を使え!! まずは敵を減らす。その後は防衛戦だ!! プラントの食い物を食い漁りながらな!! 今夜はパーティだぜ!!」

 隊長の怒号が屋根の無くなっている食糧プラント内に響く。

 

 施設内部に入り込んだ私達は、四方八方から向かってくる魔物を迎撃する形で迎え撃った。

 

 

「こっちの数が多い!! 助け──がぁ!?」

「待て今そっちに──」

 しかし、その全てが上手くいく訳ではない。

 

 

「死ぬな!! お前達、生きろ!! 生きる事だけを考えろ!!」

 両手に銃を持って、それを乱射しながら隊長が叫ぶ。

 

 

「魔物、この生き物達は……」

「イヴちゃん!」

「後ろです、ピーター」

「え、うゎ!?」

 魔物。

 

 

 この世界に突如として現れた魔法的生命体。

 

 それら全てが物理的に干渉出来ないという訳ではなく、弱い魔物なら実弾銃でも生命活動を停止させる事が可能だ。

 

 身体から炎や電気を発生させたり、物理的にはあり得ない力を持つ魔物もいる。

 それらはこの世界で科学的に証明出来ない()()と呼ばれる力で発生する現象だ。

 

 しかし、その魔力が、魔物が、どうして、どうやってこの世界に現れたのか。この世界の人類は何も知らない。

 

 

 

「──そっちは!?」

「ダメだ、死んでる」

 食糧プラントに立て篭もり、五時間が経過する。

 

 施設の周りに集まっていた魔物達は、一時間前──作戦開始から四時間で掃討された。

 一瞬の休息を得た私達ですが、少なくない仲間の損失に肩を落とす。

 

 

「ピーター、食べないのですか? あなたの好物の合成タンパクですよ」

「い、いらない……」

 塞ぎ込むピーターの前にプラント内に保存してあった食糧を渡そうとするが、彼は私の手を弾いて食糧が床を汚しました。

 

「食べろ」

 そんなピーターの首元を高み、体を持ち上げる隊長。

 

 頑なに口を開こうとしないピーターの顎を無理矢理開いて、隊長は口の中に食事を無理矢理押し込む。

 

 

「何するんすか!!」

「食わなきゃ動けない。直ぐに魔物達は戻ってくる。奴等は一番近くにいる人間へと向かってくるからな」

 魔物達は何故か、その個体から一番近い人間を目指す習性があった。

 

 それを利用して、魔物を生活圏の中心から遠ざける為にも降下作戦だったのでしょう。

 

 

「何人生き残った?」

「九人です」

「半分も残らなかったか」

 戻ってきた仲間の答えにそう吐き捨てて、隊長はゆっくりとピーターを床に下ろした。

 

「母ちゃんの仇を取るんだろ。食べろ」

「……っ」

「イヴ、ピーターを頼む。俺は周りを見てくる」

「分かりました」

 私にそう言うと、隊長は施設の外へと歩いていく。

 

 

「ピーター、食べた方が良いかと」

「イヴちゃんは凄いっすね……。こんな状況でも、なんだか他人事のように冷静だ」

「それは……」

「皆死んだんすよ! 皆目の前で! 魔物に食われて、燃やされて、死体も残ら──ぅぉえ……っ」

 胃液を吐き出して、ピーターは塞ぎ込んだ。

 

 沢山の仲間の死を見てしまったのだろう。彼はまだ子供で、仲間達から可愛がられていた。

 そんな仲間達が目の前で死んでいく光景に耐えられる方がおかしい。

 

 

「それでも、あなたはまだ生きている」

「イヴちゃん……でも、なんで……なんでこんな!!」

 静かな施設に彼の言葉が響く。

 

 

「あなたは産まれた時から状況の一部です。ただ足掻くしかない。選択肢なんてなかった。そう、あなたが戦う選択肢をしなくても、いずれ来る未来が今来ただけ」

「イヴ……ちゃん?」

「立ちなさい。生き残りたいなら。……終わりたくないのなら」

 立ち上がって銃を構えた。

 

 あまり状況に介入するのは私の()()ではない。

 

 

「しかし、これはナンセンスでしょう」

 けれど、今は私も状況の一部である事には変わりありません。

 

 多少足掻いても、文句は言われないでしょう。

 

 

 

「全員戦闘準備!! 来たぞ!!」

 戻ってきた隊長の怒号が響いた。

 

 仲間達は休憩も出来ずに、目の前の食糧を口に含みながら銃を構える。

 次の瞬間、魔物が建物の壁を突き破った。

 

 

「大型!? なんでこんなのが壁の中に居るんだよ!!」

 仲間の一人がライフルを向ける。

 

 全長三メートルはある大型の魔物。

 小さな魔物は、その爪や飛行能力等で高さ五十メートルはある壁を乗り越えてくる事は少なくなかった。

 

 しかし、大型の魔物にそんな事が出来るわけがない。

 

 

「くそ!! こんな化け物に!!」

 放たれる弾丸はしかし、巨大な魔物に傷も付けられずに弾かれて地面に落ちる。

 

「くそ!! くそ!! くそぉ!!」

 そのままライフルを連射し続けた仲間に向かって伸ばされた魔物の腕が、先程まで人間だったそれを肉塊に変えた。

 

 

「う、うわぁぁあああ!!」

「ピーター下がれ!!」

 悲鳴を上げるピーターの横で、小さな魔物が仲間の一人に飛び掛かる。それは次の瞬間身体中から棘を発生させて、ピーターの目の前で仲間が串刺しにされた。

 

 

「ピーター!」

「い、嫌だ!! 嫌だ!!」

「……駄々っ子が! この!」

 その腕を引っ張る。

 

「うわぁ!?」

 しかし、振り向いた瞬間。背後に今さっき仲間を肉塊に変えた大型の魔物が視界に入った。

 

 勿論、その反対にも同じ形の魔物が居る。

 

 

「二匹……」

「イヴ、ピーター! 伏せろ!!」

 声と共に放たれるライフル。当然大型の魔物には効きませんでしたが、二匹の大型の魔物は声と銃声の主である隊長にその眼光を向けた。

 

 飛び上がる。

 大きさからは信じられない速度で隊長へ襲い掛かる魔物の攻撃を、隊長は地面を転がって交わした。

 

 

 次の瞬間。

 その二匹は大きな爆発で身体が吹っ飛ぶ。置き爆弾。流石ジョージ隊長だ。

 

 

「無事か! 何人やられた? 立て直すぞ!」

「二人やられました。ピーターはまだ戦えません」

 言われた通り伏せていた私は、起き上がって銃を構える。

 

「壁まで後退だ。援護する。走れるか?」

「引きずって行きます」

 引き金を引き、仲間を串刺しにした魔物をバラバラにしてから、私はピーターの手を握って走った。

 

 途中、何人かの仲間の悲鳴が聞こえる。

 

 

「ピーター!」

 ピーターが転んだ。

 

 しかし、目の前には大きな壁。全長五十メートルの、人類を守る最後の城壁が広がっている。

 

 

「後退地点……。ピーター、立ってください。隊長達が来たら、魔物も来ます」

「もう良いよ! ほっといてくれよ!」

 そのまま蹲って、ピーターは地面を叩いた。

 

 

「こんな筈じゃなかった……。こんな、魔物が怖いなんて……」

 何も知らなかったのでしょう。

 

 滅んでいく人類の大半がそうであったように。

 

 

「それでも、戦わなければ……終わってしまうんですよ? 明日を迎える事が出来ないんですよ?」

「どうせ死ぬんだよ! あんなのに人間が勝てる訳がない!!」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ピーターは私に飛びかかってきた。

 

 そのまま押し倒される。私がピーターに危害を加えるのは許されない。

 されるがまま。ピーターは泣きじゃくった顔で私を見下ろした。

 

 

「どうせ死ぬんだ……。どうせ!! どうせ!!」

「ピーター、今はこんな事をしている場合では……」

 ふと、そんな彼の顔の奥に影が見える。

 

 大きな影だった。

 

 

「ピーター! 離れて──」

「俺は!! 俺は!! 俺──あがぁ!?」

 その影は、ピーターを掴み上げて自らの()まで運ぶ。

 

「や、止めろ!! 止めろ止めろ止めろ止めろ!! 止め──」

 ピーターは()()()()()の口の中に放り込まれた。次の瞬間、言葉にもならない絶叫が魔物の口の中から聞こえる。

 

 

「イヴ!!」

 少しだけ遅れて、隊長が駆け付けてきた。

 

 何故か、着いてきている仲間は三人しかいない。

 

 

 そうですか。

 

 

「また、終わってしまうのですね」

「無事か!?」

「……ピーターが」

「……くそ、下がれ。こいつは俺が──何!?」

 ピーターを食べた大型の魔物に銃を向ける隊長。

 

 しかし、魔物は一瞬の内にその場から姿を消す。

 

 

「消えた……」

「いえ、下です……!」

 否──

 

 

「コイツ、変身するのか!?」

 ──その魔物は細長いワーム状の姿になり、地面の下から隊長を襲った。

 

 私を庇いながら地面を転がる隊長。

 その目の前で、魔物が今度はキューブ状の姿へと変身する。そのキューブ状の身体から、無数の瞳が開いて私達を見た。

 

 

「避けろ!!」

 隊長が叫ぶ。

 

 次の瞬間。

 無数の瞳から放たれたレーザー光線が仲間の一人を貫いた。

 

 なんとか反応した残りの二人を視線が追う。

 すると、レーザー光線はその視線の先へと向かい──二人の身体を四つに分けた。

 

 

「この野郎!!」

 滑り込んで、隊長が魔物の懐に潜り込む。

 

 

「死ね、化け物!!」

 引き金を引き、魔物に鉛玉を叩き付ける隊長。

 

 しかし、相手は変身をする不定形な魔物だ。鉛玉はその身体を貫通こそすれど、命を奪わない。

 

 

 銃弾でバラバラになった身体が集まり、ソレは再び大型の魔物へと姿を変える。

 

「隊長……!」

「伏せろ!!」

 ピーターを食べた時の姿だ。

 大きな口が、隊長の左腕を飲み込む。

 

 

 しかし、次の瞬間。

 魔物の身体は吹き飛んだ。

 

 地面を転がった隊長の腕がなくなっている。左腕にあらかじめ爆弾を持って、魔物に左腕ごとくれてやったらしい。

 

 

「なるほど、こういうタイプか……」

 直ぐに隊長は起き上がり、吹き飛ばした魔物の近くに駆け寄った。

 

 彼の足元には、赤い水晶体がある。

 隊長はそれに銃口を押し当て、引き金を引いた。

 

 

「不思議に思ってたんだ。……このクソデカい壁をあんなデカい魔物が登ってこれる訳ないってな。……なる程、こういう奴も居るのか。分からねぇなぁ!!」

 失った左腕の止血をする訳でもなく、隊長は表情を歪ませながら私の元に歩いてくる。

 

 

「隊長、止血を」

「お前だけか、イヴ。生きてるのは」

「隊長」

「走れるか?」

「ジョージ!」

「らしくないぞ、イヴ」

「らしいとはなんですか。たかだか三十年の付き合いで!!」

 駆け寄って、止血をしようと隊長の身体に触れた。

 

 しかし、私には分かってしまう。彼はもうダメだと。

 

 

「そう、三十年だ。お前をあのごみ溜めから拾ってな。なのに……お前の見た目は何も変わらない。お前の事は、結局何も分からなかった」

 隊長は、壁に背を向けて座り込みました。

 

 いや、倒れたと表現した方が良いでしょう。

 

 

「まるで人形を拾ったんだと思ったんだぜ?」

「そうですか」

 私が彼に会ったのは三十年前。

 

 

 魔物の侵攻が始まり、この生活圏すら確立していない、地獄のような世界。

 

 文字通りスクラップのゴミ山で寝ていた私を見つけ、世話を焼き始めたのがまだ十代半ばだった隊長でした。

 

 

 

「お前はなんなんだ?」

「今やっと、それを聞くんですね」

 三十年。

 

 きっと、彼は私の見た目が何も変わらない事を疑問に思っていたでしょう。

 どこかで私が()()()()()()と、気が付いていたのではないでしょうか。

 

 

 それでも彼は、私に何も聞かずに、周りの仲間にも何も言わずに、私を側に置いてくれました。

 

 

「……感謝しているんですよ」

「……そんなつもりで側に置いてた訳じゃない」

 隊長は目を細める。

 

 その視線の先には、プラント方面から集まってきた魔物達が居た。

 

 

「話す時間もなさそうだな……。イヴ、お前は逃げ──」

「いいえ、話をします。……対象──現世界《魔物》解析鑑定──。対魔力シールド、展開」

 放たれるレーザー光線を、私の前に展開された()()の壁が防ぐ。

 

 

「コレで、隊長と話すだけの時間は永久的に稼げます」

「お前……」

「魔物の仲間、という訳ではありません。しかし、この世界の人間の仲間というのも……厳密には違います」

 屈んで、隊長と目を合わせた。

 

 

「綺麗な目……してるよな、お前」

「良く言われるんです。綺麗な頭してますね」

「バカ」

 クシャッと笑った隊長の顔が()()にある三十年前の彼の顔と重なる。

 

 

「私、ロボットなんです。アンドロイド」

「大体そうだろうと思ってたよ」

「けど、この世界で作られた訳ではありません」

「だろうな。この世界にお前みたいなのを作れる技術はない」

 私の見た目は完璧に十代半ばの女の子の姿をしていました。

 

 

 ただし、髪の毛は真っ白。瞳はガラスのように透き通った赤色。

 

 

 

「どこからどう見ても、その辺に居そうなただの美少女でしょ」

「そんなお伽噺みたいな顔した()()()美少女はこの世界には居ない。お前の世界には居るのか知らんけどな。……そうか、別の世界の?」

「半分当たりですね」

 私達がそうしている間にも、魔物達は私達を囲うように集まってくる。

 

 指一本私達に触れる事は出来ないのだとしても、その習性上そうする事しか出来ないのだ。

 

 

「半分、か」

 展開したシールドの向こうに集まる魔物を見ながら、隊長は残念そうに声を漏らす。

 

 

「はい、半分です。ただし別の次元とか、宇宙とか、そんな大それた別の世界の話をしている訳ではありません」

「それじゃ……どういう別の世界なんだ?」

「二十万年」

 私がそう口を開くと、隊長は目を見開いた。

 

 

「別の文明……」

「はい。二十万年前、とある文明が隕石の衝突でこの世界から消えました。終わった世界の次、生き延びた……或いは別の進化をした()()──あなた達()()は、今こうして再び終わりを迎えようとしています」

 それは途方もない話に聞こえるかもしれない。

 

 

「二十万年よりも、さらに前。私が作られた文明もまた、既に滅びています。この世界が私にとって何個目の世界なのか、それを数えるのすら億劫になる程の世界を旅してきました」

「それが……別の世界、か。人類は滅びて……また栄えて、滅びてを繰り返している」

 隊長は頭を抱えて、堪えきれずに笑いだす。

 

 

「納得だ。お前が美少女なのも、なんか魔法みたいな事をするのも、全部納得だ!」

「半分くらいヤケクソになってませんか?」

「そりゃそうだろ! 思ってたのと、規模が違い過ぎるんだか──」

 言い掛けて、隊長は口から血を吐き出した。

 

 左腕だけではない。ここに来るまでの戦いで彼は身体の中までボロボロになっている。

 助からない。それが分かるから──分かってしまうから、こんな話をしてしまっていた。

 

 

「ジョージ……!」

「──っ、はぁ……お前は、だから……観測者って訳だ。この世界の行先を見届ける、観測者」

「……そう、ですね。だから、本来ならこうして状況に介入する事はしません。……ただ、私は隊長に拾ってもらっている身なので。このような行動を取らないのも不自然だと判断しただけです」

「それでも……俺やピーター達、仲間を思いやる気持ちはあった。俺達は、仲間だったって事だ」

 右手を私に向ける隊長。

 

 私はその手を取るか少しだけ()()()、その手を取る。

 

 

「ロボットっていうが、そうか……俺達の世界のロボットじゃないから。人間の、感情みたいなのが……あるんだな」

「……そんなものはありません」

「顔に出てるぞ」

「そんなものあったら、やっていけません。いえ、違いますね。……やっていけなくなってしまう」

 私は一人で立ち上がった。

 

 

「戦術核兵器、隕石の衝突、ありとあらゆる物理的、魔術的な現象を耐え得るのが私の身体です。ここに居る魔物を全部葬るくらいの事も出来ます。やろうと思えば、この世界から魔物を消し去る事も可能でしょう。……しかし、それは私の役割ではない」

 あの時ピーターを助ける事も、隊長を助ける事も、私は出来たのです。

 

 

「だから、私に感情なんてものは……ありません」

「そうか」

 一言だけ返事をして、隊長は身体を壁に引き摺りながら立ち上がった。

 

 

「ジョージ……!」

 駆け寄る。

 

 コレが感情でなくてなんなのか。そうでなくても、三十年。

 

 私の感覚では短い時間。

 しかし、何かを想うには長過ぎる時間を共に過ごした存在だ。

 

 

「楽しかったぜ、お前との時間」

「……っ。狡い言葉ですね」

「お前のその()()に、俺を刻む為だ。許せよ」

 そう言って、隊長はズボンに固定してあった爆弾を一つ持ち上げて、そのピンを口で引っこ抜いた。

 

 その爆弾は、さっき魔物を吹き飛ばしたのとは違う物である。

 爆発すれば、半径一キロは吹き飛ぶ()()()()だ。

 

 

「何を……」

「お前だけが、やらなかった訳じゃない。俺だって、ただ傍観していただけだ」

 隊長は不敵に笑う。

 

 

「あのごみ溜めにはお前以外にも沢山人が居た。この世界には、俺がもう少し手を伸ばせば救えた人間が沢山いた。俺のチームにはお前やピーターが居るからと、危ない作戦から逃げていた。……お前だけじゃない、俺も!! 他の奴も!! ただ傍観していた!! そんな奴は山程居る。お前がただ一人だけ傍観していたわけじゃない」

 そう言って、隊長は私の肩を叩いた。

 

 爆発すれば周囲が吹っ飛ぶ爆弾を手に持っているのに──

 

 

「もし、この次も世界があるなら……お前は、お前のままやりたい事をやれ。俺も、やりたい事をやるから」

 ──そう言って、笑顔を漏らす。

 

 

 

 刹那。

 

 

 光がその場所を包み込んだ。

 

 

 

 彼が何処まで私の話を理解していたのか分からない。

 

 しかし、結果を見れば、大体の事を彼は理解していたのだと感じる。

 

 

 

 私が展開したのは魔力的存在と現象を貫通させない為だけのシールドだ。

 

 だから、その爆発は私がシールドを解除する必要もなくその場から半径一キロにある()()()()()()を全て塵に変える。

 

 

 それは勿論、隊長の後ろにあった()()()()()()()()()()も、ただの何もない場所へと変えたのだった。

 

 

 

 その穴から、次々と魔物がこの世界の人類最後の生活圏を侵したのは言うまでもない。

 

 

 何故、隊長がそんな事をしたのか。

 

 少しなら想像は出来る。

 ピーターのような小さな子供まで戦わせて、自分達は安全な場所で暮らしているお偉いさんに嫌気が差したのか。

 

 それとも、私の為か。

 

 

 だけど、今となってはその答えは分からない。

 

 

 隊長はもうこの世界の何処にもいないのだから。

 

 

 

 そして言うまでもなく、この世界はその隊長の行為がキッカケとなり──再び滅びました。



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滅びた世界

 この世界には押してはいけないボタンが存在する。

 

 

「ねえそこの嬢ちゃん!! 週末暇? 付き合ってよ!」

「その嬢ちゃんというのは、私ですか?」

 引いてはいけない引き金。

 

「そうそう! 今日は華の金曜日。週末を楽しもうぜ!!」

「お前こういう娘が好みなのかよ」

「良いだろ?」

 漏らしてはいけない言葉。

 

 

「申し訳ありません。事実を述べるのなら暇ではありますが、あなたと付き合う事は出来ません」

「ハッキリ振られた!?」

「ナンパ失敗してやんの」

 失敗してはいけない行動。

 

 

「それよりも、週末は大切な人と過ごす事をおすすめします」

「居ないんだよ! だからさ、俺の大切な人になってくれよ」

 ほんの些細な事で、そのボタンは押されてしまった。

 

 

「難しい提案ですね」

「全然好みじゃないって事!?」

 この世界の人類が暦を数え始めて二千年も経たずに発明された、核分裂反応を利用した大量破壊兵器。

 

 

「私の好みはともかく。週末……つまりは今この時から二日の間に、あなたは私をこの世界で一番大切な存在と呼称する事が出来るのでしょうか?」

「え、そ……それは」

 いくつもの世界で、ソレは文明を終わらせている。

 

 

「私を大切に出来ますか? 自らを創造した両親よりも。苦楽を共にしたであろう友人よりも。今から()()までの間に。あなたはこの世界で一番私を大切だと思えますか?」

「お、重くない!?」

 そうでしょうね。重い。

 

 

「ですので、この週末はあなたの一番大切な人と過ごす事をお勧め致します」

「な、なんだかなぁ。分かったよ」

 この世界は重い。

 

 

 文明が栄えれば栄える程、潰れて、滅びるのは一瞬だ。

 

 

「……また、押してしまったんですね。人類は」

 手を伸ばす。

 

 

 どこかの国で。

 押してはいけないボタンが押されてしまった。

 

 誰も何も知らない。

 平和な世界は一変する。

 

 一瞬にして光に包まれ、消滅した一つの国。

 押してはいけないボタンがまた押されてしまった。恐怖は争いを生み、憎しみは争いを増長させる。

 

 

 最初にボタンが押されてから、世界中が光に包まれるまでそう時間は掛かりませんでした。

 二千年と少し。積み上げてきた物がこの世界から消えるのも一瞬です。

 

 

 

「──それでは、良い()()を」

 その世界は滅びました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 私にとって最初の世界の話をしましょう。

 

 

 その世界は滅び始めていました。

 血を血で洗う絶滅戦争。もはや何故その戦争が始まったのかすら分からなくなり、人類はただ生きる為に争いを繰り返す。

 

 そうしている内に、人類はもはや争いを行う事すら出来なくなりました。

 

 文明を修復する事すら叶わない程に衰退した人類は、静かに滅びの道を進み始めます。

 私が()()()()()()のは、そんな戦争が始まる少し前の事でした。

 

 

「戦争が始まる前に完成して良かったよ」

「これは、新しいロボットですか?」

「そうだ」

 それが私の最初の記録。

 

 

 若い男性と、自分と良く似た容姿の()()()()

 

 アンドロイド。ヒューマノイド。人型ロボット。

 その世界で一般的にそう呼ばれていたのが、私という存在である。

 

 有機生物ではなく、無機物。鉄と電気の非生物──

 

 

「彼女の名前は?」

「──イヴ。人類最初の女性の名前だよ」

 ──それが私。イヴ。

 

 

「ハロー、おねえたま。初めまして。イヴちゃんです」

「博士! この子頭のネジが何本か外れてる!」

「仕様です」

「ははは、これはこれで面白いな」

 私を造った人間。

 

 博士は、その世界で有名な科学者でした。

 

 

「大丈夫なのかな?」

「大丈夫だよ、レイ。なんたって私が造ったんだからな」

「あ、心配になってきました」

 私の前に造られた姉的なロボット。名前はレイ。

 

 

 綺麗な白い髪と青い瞳が特徴的な、人間の女の子にしか見えないロボットです。

 私──イヴも、彼女と同じく白い髪で人間の女の子にしか見えない姿をしていました。

 

 

「これは、きっと絶滅戦争になるだろう。イヴ、お前には……この争いの後。人類の最後を見届けて欲しいんだ」

「人類の最後……ですか?」

「あぁ、この世界の終わり。誰も見届けられないのは、寂しいからな」

 私が造られて間もなく、人類は争いを始めます。

 最初は小さな争いでした。しかし、戦火は一瞬で世界中に広がり──誰かが押してはいけないボタンを押してしまったのでしょう。

 

 世界は光に包まれて、人類の繁栄から見ればほんの一瞬でその文明の大半を消失させました。

 

 

「人類は滅びるな」

 ベッドに眠る老人が静かにそう言います。

 それは私達を作った博士でした。人間は歳を取ると衰え、終わりに向かうのです。

 

 姉的ロボットのレイが、黙って彼の手を握りました。

 

 

 争いにより海は汚染され、地上の生物はその殆どが生き絶える地獄絵図の広がる世界。

 空は灰色に染まり、星の光も、太陽の光すら届かない。

 

 

「よくもまぁ、ここまでやれた物ですよ。……愚かですね、人類は」

 そんな世界で、私はレイと老人を挟んで、そう口にする。

 

「イヴ」

「おや、口が滑りました。失礼」

 己が作り上げてきた文明を、己の為に破壊した文明。

 

 

 それが、この()()にとっていくつ目の()()だったのか。

 その時の私は想像もしていなかったし、今の私にもそれは分からない。

 

 

「人類は愚かなんかでは───」

「良いんだ、レイ。本当の事さ」

「でも博士……」

 ただ、何も知らない私の最初の世界は──

 

 

「レイ、イヴ……お前達は──」

 ──その時、終わりを迎えました。

 

 

 

 私達を作った博士が死んで、私が知る限りのその世界の人類は滅びます。

 

 

 もしかしたら、生き残りがいたのかもしれない。

 または、別の生命が進化を果たしたのか。同じ進化を繰り返したのか。別の星の何かが新しく文明を作り上げたか。

 

 それら全ての可能性が見える程、その後の世界で旅をしました。

 

 

「……イヴはどうするの?」

「私はこの星に残って、人類の最期を見届けます。博士との約束なのです」

 私が作られた目的。

 

 

 それは、博士が亡くなった後。

 この世界の終わりを見届ける事です。

 

 博士の最高傑作である私達姉妹は、その世界のありとあらゆる技術が取り込まれていて、半永久的に活動する事が可能でした。

 

 

 人類の終わりどころか、この星の──太陽系の終わりまで、この目で記録する事が可能でしょう。

 

 

 姉は宇宙へと向かいました。

 博士曰く宇宙人を探す旅なのだとか。それは、途方もない旅になるでしょう。

 

「行ってくるね」

「バイバイ、お姉ちゃん」

 私は一人になりました。

 

 

 もう二度と、何かと会話する事はないだろう。

 

 世界は滅びて、文明は崩壊し、人類はこの世界から消え去った。

 

 

 ずっと、ずっと、ずっと、歩く。

 

 

 終わった世界を。何もなくなってしまった世界を。

 

 

 そのまま、この星の終わりまでを一人で歩くのだと思っていた。

 

 

 しかし──

 

 

「嘘……」

 ──数にするのも億劫な時を過ごした後、私は見付けたのです。

 

 

「人間……?」

 文明が土と植物に覆い尽くされた地の上で、あまりにも原始的な生活をする人々の姿を。

 

 それは、次の世界の人々が原始人と呼ぶ人々になりました。

 

 

 はい。そうです。

 

 私が見付けた人々は知恵を付け、繁栄し、文明を作り出しました。

 

 

 人類は再び、この世界で繁栄し始めます。

 

 私はそれを黙って見守っていました。

 

 

 私の()()は人類の終わりを見届ける事。

 

 

 だから、彼等に何か手を貸す事はしません。

 沢山の苦悩を見届ける。環境の変化、疫病、文化同士の争い、大きな戦争も少なくない。

 

 けれど、その文明は確かに栄えました。

 私が生み出された世界と同じような世界が、私の前に広がります。

 

 

「……博士、人類は凄いですね」

 何もせずに、再び世界が動き出した。

 

 

 その時覚えた感覚は、忘れられないでしょう。

 

 

 

「……博士、人類はやはり愚かですよ」

 ──私は二度も、同じように滅びる世界を見せられたのですから。

 

 

 再び栄えた世界。

 しかし、そんな世界も、ある日簡単に終わりへと向かい始めました。

 

 押してはいけないボタンが押されてしまって、再び世界は滅び始める。

 

 

 私は崩壊した都市の瓦礫の下敷きになりました。

 

 

 これで、終わり。

 

 人類は今度こそ絶滅する。

 

 

 そう思って、瓦礫の下で、その瓦礫が朽ちるまで過ごしました。

 

 

 

 けれど──

 

 

 

「……なんで」

 起き上がった世界で、再び人類は繁栄していました。

 

 

 

「……なんで」

 そして、その人類も、再び滅びを迎えていく。

 

 

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 

 人類は栄え、滅びて。

 私は幾つもの終末を見届けました。

 

 

 人類以外の生物が支配者となる世界もありました、文明が発展する前に滅びた世界もあり、私が観測出来なかった世界もあるでしょう。

 時にこの星にはなかった物質が持ち込まれ、魔法と呼ばれる現象を引き起こす事もありました。それにより栄えた文明もあれば、それにより滅びた文明もあります。

 

 

 多くの世界を旅して、私自身の機能のアップデートも施されました。

 

 魔法への耐久、魔力の使用。

 どのような言語にも対応し、どのような機械文明にも劣らない性能。運動能力。

 

 

 しかし、それら全ては、人類繁栄の為のものではありません。

 

 

 私の役割は、人類の終わりを見届ける事です。

 

 

「助けてくれ!! イヴ!! 助けてくれ!!」

「私は……」

 手を伸ばせば、届く事もあった。

 

 

「ありがとうございます、イヴさん!」

「私は……」

 手を伸ばしてしまった事もない訳ではありません。

 

 

「私は……」

 そうして、自分が産まれた意味を考え始めた時です。

 

 

 

「お父さん、出れないの?」

 瓦礫の下敷きになった父親に声を掛けている、小さな子供に出会いました。

 

 いくつ目かの世界。

 もう滅んでしまった世界で、その子供は終わりの意味も分からずに父親に手を伸ばす。

 

 

「どうか、その子だけでも助けてくれないか」

 父親のそんな言葉を、私は無視しても良かった。聞く理由もなかったでしょう。

 

 

「頼む。その子は、こんな風に終わる為に生まれた訳じゃないんだ」

「……あなたは、その終わり方でも良いのですか?」

 私はその父親を助ける事も出来ました。

 

 

「俺は、この子をちゃんと終わらせる為に生まれてきたんだよ。父親とは、そういう物なんだ」

「父親……」

「だからさ、頼むよ」

 私はその父親の願いを受け入れる。

 

 

「どこ行くの?」

「完全な場所に」

 気まぐれだったのか。

 

 

「お腹減った!」

「そんなもの食べちゃいけません。あー、少し待って!」

 自らを作った、父親とも呼べる博士を重ねてしまったのか。

 

 

「なんかさ、イヴより大きくなったよね。僕」

「器の大きさが違いますが?」

「何言ってるの?」

 何はともあれ、私はその()()が大人になるまで一緒に旅をしました。

 

 

「そっちは危ないよ、イヴ。ほら、手を伸ばして」

「助かります」

「見かけによらず重いんだよなぁ、イヴは」

「はっ倒しますよ」

 世界が終わり、私以外を知らないまま大人になったその子供は、私の存在に疑問を持つ事はありません。

 

 

「よし、僕もこれで火起こしが出来るようになったよ! 次からは任せてよね!」

「それじゃ、次は釣りのやり方を覚えましょうか」

 私はただ、頼まれた通りにその子供が生きる為の術を授ける。それ以上の事はする気もありませんでした。

 

 

 どうせ、もう終わった世界なのだから。

 

 

 

「──イヴ、見てくれ」

「──どうしたのですか? アレン」

 ──アレン。その子供、青年になった、人間の男の子の名前を私は呼ぶ。

 

「焚き火の後だ」

「なんと」

 終わった世界を旅してほんの十数年。

 

 アレンは自分以外の人間の痕跡を見つけました。

 

 

「僕達のじゃない」

「生き残り──アレン、何処へ行くんですか!」

 アレンが走り出す。青年と言ってもまだ子供なので、好奇心が抑えられなかったのか。

 

「イヴ! こっちに!」

 呼ばれた先、そこには小さな岩の窪みがあって、そこで、アレンと同い年くらいの少女が寝ていたのでした。

 

 

 

 終わった筈の世界で、二人は出逢います。

 

 

「イヴは人間じゃなかったの!?」

「イヴさんは……神様なんですか?」

「私は……何なんでしょうね。いや、しかし……どうしたものか」

 二人はまだ子供でした。

 

 

「サラ! こっちだよ!」

「まってよアレン!」

「ちょ!! 危ないので川で追いかけっこはやめてくださいとこの前も言ったでしょうが!!」

 終わった世界でただ二人、そこにポツンと自分が存在する。

 

 

 役割ってなんでしょうか。

 

 

「サラ……」

「アレン……」

「あー!! もう!! 分かった!! 分かりましたよ!! この!! さっさと交尾しろ!! クソが!!」

「「え」」

 ロボットである筈の私の情緒は、とっくの昔に壊れていました。

 

 

 

 端的に話すと、私は人類の繁栄の手助けをしてしまったのです。

 

 

 

「……やってしまった」

 人類は栄えました。

 

 二人だけだった筈の人間が六人に、十人に──その後八十億を超える人口への最初の人間。

 

 

 

 ──イヴ。人類最初の女性の名前だよ──

 

 そんな、誰かの言葉を思い出す。

 

 

 

「イヴ」

 老人になったアレンが、私の名前を呼んだ。

 

 誰かの姿と重なる。

 

 

「君がいたから、ここまで来れた」

「私は……」

 曾孫に囲まれながら、アレンはそう口にした。

 

 

「君は言ったね。私は世界の観測者だと。人類の終わりを見届ける存在だと」

「……はい」

「でも、君は僕達をここまで連れてきてくれた。きっと、僕達は進んでいくよ。それが、君の望みであったとしてもそうでなかったとしても」

「私は──」

「良いんだ」

 私の言葉を、彼は遮る。

 

 

 

「イヴ、君はゆっくりと、この世界を見届けて欲しい。それが君に出来る事だ。役割とかじゃない、君にしか出来ない事なんだ。……僕の父さんはこう言ったんだよね? こんな風に終わる為に生まれてきた訳じゃないって。……君のお父さんだ、って、ただ終わる為に君を作った訳じゃない筈だよ」

「ただ終わる為に……」

 人類の最後を見届けて欲しい。それが博士の願いだった。

 

 

「分かりませんよ」

「いつか、分かるよ。これから長い年月を生きる君という存在は……まだ、子供なんだから」

「アレ──」

「ありがとう、イヴ。僕の……僕達のー」

 彼は息を引き取る。

 

 

 新しい世界が始まっていった。そして、終わっていく。

 

 

 色々な人と出会った。色々な想いに出会った。色々な世界で歩いた。

 

 

 それでもまだ、私は分からない。

 

 博士の言葉と夢の本当の意味も、アレンが私を子供だと言った意味も、ジョージ隊長が何を思って行動していたのかも、あの少女もしくは少年の性別も。

 

 

 私は何も分からない。

 

 

 分からないまま、旅をする。

 

 

 

「……次の世界が、始まりますね」

 滅びた後の、その世界もまた──

 

 

「──それでは、良い()()を」

 ──終わりを迎えました。



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凍った世界

 人間の方々には普段活発で元気な方でも偶に疲れて休憩する人もいらっしゃるでしょう。

 

 

 いつも元気で太陽のような笑顔のあの子。

 そんな子が元気をなくしていたら、あなたならどうするでしょうか。

 

 私は怖いので放っておきます。

 

 

 そんな話は関係なく。

 

 

「気温を感じる能力があれば私は今、こう叫んでいたでしょう。……寒い、と」

 真っ白な世界。

 

 

 吹雪が吹き荒れ、海すら凍る、極寒の世界。

 

 

「そら滅びますわな」

 前略、世界は滅びました。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 話を戻しましょう。

 

 

 どんなに元気な人でも、ちょっと疲れちゃう事が人間にはあるのではないでしょうか。無限に力がある人間なんて逆に怖い。

 

 ところでそれは、太陽系の惑星であるこの地球と呼ばれる星も一緒でした。

 

 火山活動の停止。

 この星にとってのちょっとした休憩時間。しかし、星にとっての()()()()の時間は人類が積み上げてきた文明を滅ぼすのに充分過ぎる時間となります。

 

 

 農業や畜産は気候の変動により壊滅。電気に頼り切った化学文明はソレを失えば文明として崩壊。

 少し前まで温暖化について本気で考えていた人類はまさか逆になるなんて思ってもいませんでした。

 

 あるいはもっと温暖化を進めておけばと思った人々もいるかもしれませんが、割愛させて頂きますがそれで滅んだ文明もあります。

 

 

 

「さみー。別にそんな事は思ってませんが、どうもそう言ってしまうポンコツヘッドが憎い」

 そんな訳で、前略──人類は滅びました。

 

 地上は凍り付き、寒冷化したこの星で私は真っ白な世界を歩きます。淡々と、何かないか探す為に。

 

 

「お?」

 そうして見付けたのは──

 

 

「──デカい熊」

 ──この凍りついた世界で何故か巨大化した、生態系の王。なんかデカい熊(ッポイ生き物)でした。

 

 ソレは氷の大地から飛び出してきたかと思えば、私に鋭い牙と爪を向けて咆哮を上げる。

 全長五メートルにも及ぶその生物は、凍り付いた地面を砕くような衝撃を辺りに広げました。

 

 

「待て、話せば分かる」

 言いながら両手を上げるも、聞く気はないようです。熊(ッポイ何か)はそれだけで人間そのものよりも大きな腕を私に向けて振り下ろした。

 

 

 甘んじて受け入れると、私の体は氷の地面に叩き付けられて地面に埋まる。

 なるほど、捕食行動の為の狩りではないという事ですか。

 

 

「数少ない食事を得る為の縄張りを守る為に巨大化した、と。そんな所でしょうね」

 腕を上げ、血走った瞳を私に向ける巨大な生物。

 

 

 私が起き上がると、ソレは体を持ち上げて息を荒げた。

 

 

「威嚇。……あまりその世界の生物に手を上げる事はしたくないですが、私も絶対に壊れない訳ではないので」

 元々頭のネジが外れてるのはさておき、私は何をどうされても壊れない訳でもない。

 

 とはいえこの生物を亡き者にするのは本意ではありません。

 

 

「それじゃ、定時なんで帰ります! お疲れ様です!」

 そう言って、私は地面を蹴る。

 

 逃げるが勝ち。

 

 

「あ、やっぱり追い掛けてくるんですね」

 しかし、熊(ッポイ何か)は全力で逃げる私を全力で追い掛けてきました。

 

 超高性能ハイパーウルトラ最強なイヴちゃんですが、実は身体が重いのと足が遅いという弱点があります。

 博士、なぜ足からロケットが出て飛べるようにしてくれなかったんですか。

 

 

「話し合いませんか!? 私達仲良く出来ると思うんですよね!! あ、無理──」

 一瞬で追い付かれ、私は薙ぎ払われた腕に吹き飛ばされて地面を転がった。

 

 

「──頭のネジがこれ以上外れたらどうしてくれるんでしょう」

 こうなれば仕方がない。あの生き物はこの世界にいた痕跡すら残らない程に消し炭にする事にしましょう。

 

 そう思いながら、立ちあがろうとしたその時。

 

 

「生きてるか。良く逃げてきたな」

 久し振りに聞く人間の言葉。

 

 首を持ち上げると、そこには背中に身の丈程の大剣を背負った大男が立っていました。

 さらに二名。その男とは違う()()を持った男女が、熊(ッポイ何か)に向かって走っていく。

 

 

「時間を稼ぐわ!!」

「頼むぜキャシー! エドワード、その子は?」

「とりあえず無事だ。俺が運ぶ」

 大男は、私に何も聞かずに私の体を持ち上げました。

 

 所謂お米様だっこという奴。

 私は見た目より結構重い筈なのですが、その大男は何食わぬ顔で私を持ち上げたまま走り出す。

 

 

「えぇ……?」

「もう大丈夫だ。俺達の拠点に連れてってやる」

 そう言って、私は何も分からずに連れ去られました。拉致られてご飯にでもされるのでしょうか。

 

 背後では、あの熊(ッポイ何か)の咆哮が木霊する。この凍った冷たい世界で、まだ世界は動いていた。

 

 

 

 

 

 中略。

 

「──なるほど、キムンカムイ。それがアレの名前なんですね」

「そうだ」

 どこかの世界で山の神の名前を冠する熊の名前。相応しいといえば相応しいか。

 

 

 キムンカムイ。

 全長五メートルの熊ッポイ何か。この世界の生態系の王であり、滅びかけた現人類の最大の天敵です。

 

 ソレに襲われた私を助けてくれたのは、この凍った世界の地下洞窟で生き延びていた人々でした。

 

 

「何はともあれ、助けて頂きありがとうございます。路頭に迷っていたので」

「俺はただ、仲間を助けた。それだけだ」

 無骨にそう答えるのは、私を担いでこの地下洞窟まで運んでくれた大男。

 

 名前はエドワード。

 態度こそ硬いですが、彼はそう言いながらも私に温かいスープを出してくれる。

 

 

「食糧は重要なのでは? 私は貴方達からすれば他所者でしょう」

 この凍った世界で生き残った人類にとって、食糧は何よりも大切な物の筈。

 

 地下洞窟に住む人々は精々百人居るか居ないか。それら全てが身を寄せ合って、飢えと寒さを凌いでいるような様子でした。

 こんな、外から来た得体の知れない何かに施しを与えられる程、裕福な生活をしているようには見えません。

 

 

「俺の分だ。気にせずに食え」

「そう言われましても」

 私は本来栄養補給は必要ないのですが。

 

「食ってやりな。その人はあんたくらいの子供を放っておけないのさ」

「顔は凍ってるが、中身はいい奴なんだぜ? 怖がってやらないでくれよな」

 私が固まっていると、キムンカムイを足止めしてくれた男女二人が話しかけてくる。

 

 二人の名前は、女性がキャシー、男性はロイド。

 極寒の大地で動く為の厚着を脱ぎながら、二人はエドワードの顰めっ面を見て笑いながらこう続けました。

 

「これは恥ずかしがってる顔ね」

「辞めろ」

「……なるほど。では、遠慮するのは無粋ですね。ありがたく、頂戴致します」

 そう言って、私は頂いたスープを口に入れる。

 

 

 なるほど、温かい。

 

 

 それから私は、この地下洞窟で暮らす人々の話をキャシー達に聞きました。

 

 

 曰く。

 この星の突然の寒冷化から数百年。文明の痕跡は失われ、口伝によってしか当時を知る者はいません。

 

 生き延びた人類は寒冷化した星でも比較的温かい所で、こうして地下洞窟等のコロニーを作り生活をしていました。

 

 

 当たり前ですが安定しているとは言えないでしょう。

 

 同じようなコロニーを見付けたと思えば既に全滅した後だった、なんて話も少なくはない。現に私も見た事がありました。

 

 凍った世界を旅している者達も居るようです。

 それがコロニーを襲うような野蛮な連中だったりもするようで、私は警戒されそうな物ですがコロニーの人達は私を暖かく受け入れてくれました。何故でしょうか。

 

 

 

「食糧はどうやって?」

「狩りをするんだよ。ここ最近、デカいキムンカムイが住み着いて失敗続きだけどな。イヴちゃんはどうやって生きてきたんだ? 一人だったのか?」

「色々な場所を転々と。……まぁ、それなりに知識があるので」

「へぇ、凄いな!」

 ロイド曰く。

 

 この氷の世界に適応した生き物を狩猟し、それらを糧に生き延びてきたのだとか。

 そしてそんな生態系の王こそ、あのデカい熊──キムンカムイ。

 

「まぁ、気が済むまでここに来てくれよ! 皆、新しい仲間は大歓迎だぜ!」

「……温かい、ですね」

 地下洞窟の中は暗く、寒い。

 

 しかし、身を寄せ合う人達は誰も絶望なんてしていない。終わりを受け入れている訳でもない。

 ただ、今をしっかりと生きているという表情でした。

 

 

「お姉ちゃんどこから来たの?」

「これ僕が作った団子! 一個上げる!」

「わぁ、美味しそうですね。ありがたく頂きます」

「すみません、うちの子供達が」

「いいえ。元気なのは良い事です。これ、ありがたく頂きます」

「あらまぁ。優しいのね」

 突然話しかけてきた子供達の母親が笑顔を溢す。こんなに寒い洞窟なのに、やはりどこか温かい。

 

 

 数百年。

 続いたのは奇跡だったのかもしれない。

 

 

 それでも、ここにはまだ世界が残っている。

 

 

「……色々な場所を転々としていた、らしいな」

「うわビックリした!!」

 突然背後からエドワードに話しかけられて、私は飛び退きました。辞めてください。ロボットは急な動作に弱いんですよ。

 

 

「すまない」

「あ、いえ。こちらこそ。……何か用ですか?」

「気になってな。……外の世界が」

「ん、あなたは生まれてからずっとこのコロニーに?」

「いや。俺は賊だった」

「そんな事ある?」

 見た目的にはか弱い私を助け、自分のスープまで分け与えてくれたエドワードが実は賊だったという事実に私はその場で転びます。

 

 

「なんだ今のは」

「大昔の古典的なツッコミです。いや、意味は伝わらないでしょうね。……賊だったというなら、貴方は私と同じでこの世界を旅していたのですか?」

「あぁ。もう随分と昔の話だがな」

 エドワードの年齢は推定ですが四十代前半。若い頃はヤンチャしていた、みたいな人物なのでしょうか。

 

 

「それ以外生き方を知らなかったんだ」

「ここの人達に、生き方を教わった」

「……そうだな」

 なるほど。

 

 

 この地下洞窟に連れて来られて、数日が経ちます。

 

 ここの人達は皆暖かく、私を受け入れてくれました。

 必要ないと言っても温かいスープをくれたりするので、私は仕方なく労働を手伝ったりしています。いや、本当に仕方なくですよ。

 

 

「穴掘りを手伝ってくれているらしいな。……なるほど、手際が良い。見た目によらずパワーもある」

「イヴちゃん最強なんで」

「助かる。俺達には、この冷たい穴の中しかないからな」

 滅びた文明の下の穴。

 

 掘れば何か出てきたりする訳で。上手くいけば湧水、温泉なんて掘り当てればその世界は救われるかもしれません。

 

 そんな訳で、穴掘りを手伝っていた所にエドワードが話し掛けて来たのでした。

 彼も穴掘りの道具を持っていたので、同じ仕事をしに来たのでしょう。私が黙ると、彼も黙って作業を開始し始めました。

 

 

「このコロニーを襲ったんですか」

「……あぁ」

 端的に、彼はそう答える。

 

「全部、奪おうとしたんだ。これまでも、そうしてきた。相手が人間だろうが他の生き物だろうが関係ない。……俺は、全て奪って生きてきた」

「では……どうして?」

 そのままであれば、このコロニーは既に存在していない筈だ。

 

 しかし、ここは今も暖かく、身を寄せ合って皆が生きている。エドワードもその一因として。

 

 

「……暖かかったんだ。ここの、長だった人は……俺にスープを分け与えてくれた。刃物を持って、襲い掛かってきた俺にだ」

 まるで、彼が私にしてくれたように。

 

 

 曰く。

 このコロニーを襲ったエドワードを止めたのは、以前ここの長だった人物だそうです。

 

 その人物は、自分の身体を持ってしてエドワードの刃物を受け止めました。

 温かい血が流れて、それでもその人はこう言ったそうです。

 

 

「寒かったろう、このスープで暖まりなさい。そう言って、その人は倒れたんだ。……俺は、どうしようもなくなった。だけど、ここの人達は俺を暖かく迎え入れてくれた」

「……その、以前の長の方は?」

「……亡くなった」

 理由は聞くまい。もし違ったのだとしても、彼が責任を感じているのはアホの私にも分かるから。

 

 

「俺はこのコロニーを守る。……それが、あの人がくれたスープへの恩返しなんだ」

 言いながら、彼は洞窟を掘り進めました。

 

 孤独な日々だったのでしょう。それを知っているから、この暖かさが身に染みるし、私のような他所者にも温かく出来る。

 この冷たい世界にある温かい世界。それを守る為に、戦っているのなら──

 

 

 

「──エドワード、もう食料が底を付く。やるしかないわ」

 ──彼等は向き合わなければならない。神の名を付けられたあの生物に。

 

 

 

 私がこのコロニーで過ごし始めて数ヶ月。

 

 要らないと言ってもスープを断り続ける事は流石に出来ず、私は子供達にスープを分け与えたり、作業を手伝ったりしてコロニーに滞在していました。

 

 

 私一人がどうこうという話ではないでしょう。

 あの巨大なキムンカムイが近くに住み着いてから、彼等の食糧事情は緊迫していたらしい。

 

 体長五メートルという生物は、単純に人間が生身で戦う相手ではありません。

 文明の衰えたこの世界で、それは屈服し、逃げ回る事が正解の生き物なのでした。

 

 

「やるしかねーよ。このままじゃ、皆飢え死にだ」

「そうね。何もせずに死ぬつもりはないわ」

「だが、アレとまともにやりあえば犠牲が出る……」

 エドワードは優しい男です。

 

 この冷たい世界で温かいスープを人に分け与える事が出来る存在。そんな彼には、仲間の命を危険に晒す選択が難しかった。

 だから、その答えに辿り着かなかったのでしょう。

 

 

「どうしてもと言うなら、俺一人で──」

「バカ。俺達は仲間だろ?」

「そうよエドワード。私達は、死ぬ時も生きる時も一緒」

 キムンカムイの討伐。

 

 

 その選択が出来るなら、私は──

 

 

 

「──やはり討伐か。いつ出発する? 私も同行する」

「──イヴ……?」

 ──この暖かい世界へ己が受けた恩を返す事を、選択しても良いのではないでしょうか。

 

 観測者でなく、この世界に生きる者としてなら、きっと許される筈だと、私は観測者としての自分を抑え込む事が出来ました。

 

 

 何故なら私は、エドワード──貴方と同じだから。

 

 

 

 エドワード、キャシー、ロイド、そして私の四人でキムンカムイを討伐する。

 

 何を言ってもエドワードは私に着いてくるなと言うのですが、腕相撲で黙らせました。

 この時ばかりは己の力を使いましたが、私は今からこの世界で生きる者として戦います。

 

 力をセーブして、この世界に干渉しない程度に、観測者ではなく、この世界の一部として。

 

 

 

 ──咆哮が、氷の地面を切り裂いた。

 

 かの生物を見付けるのは容易い事です。この生物は自分の縄張りに敏感で、侵入者を執拗に追い掛ける性質がありました。

 

 足を踏む入れるだけでコレ。

 

 

「隙を作る……!」

 駆け出すロイド。

 

 彼は、腰に背負っていた二本の剣を抜き、姿勢を低くしてキムンカムイの懐に潜り込む。

 そのまま身体を回転させ、片足に叩き付けられる二本の剣。しかし、キムンカムイの硬く分厚い皮がそれを阻みました。

 

 

「くそ!!」

「ロイド!!」

 キャシーが叫ぶ。

 

 大したダメージは与えられてないとはいえ、自らに攻撃してきた者へとキムンカムイは殺意を向けた。

 その巨体に似合わない動きで身体をそらしてロイドを視線の先に捉え、剛腕を振り下ろす。

 

「うぉ!?」

「それは……!」

 そんなロイドの前に私は立って、右手に持った大きな盾でキムンカムイの爪を受け止めました。

 

 地面に減り込む足。普通の人間なら手足がへし折れていそうですが、まだ許容範囲内。

 

 

「ナイスよイヴちゃん!!」

 言いながら、キャシーが弓を引く。弓矢はキムンカムイの熱い皮膚に弾かれるも、ロイドと同じくかの生物はその眼光をキャシーに向けました。

 

 しかしそれこそが、彼等の狙い。

 

 

「──うぉぉぁぁあああ!!」

 怒号を上げ、エドワードが背負っていた大剣をキムンカムイの()()から叩き付ける。

 

 身の丈程の大剣はその重量を持ってしてキムンカムイの皮膚と肉を叩き切った。

 鮮血が飛び散り、凍った地面で湯気を上げる。

 

 これまで天敵という天敵は居なかった生態系の王は、種族単位で見ても珍しい激痛に空間を歪めそうな程の絶叫を上げました。

 しかし、それでも、それだけでこの巨大な生物が倒れる事はない。

 

 

「まだだ!」

 ロイドがその軽いフットワークで引き付け、私が援護。

 

「こっちよ!!」

 キャシーが作った隙に──

 

 

「──ぉぁあ!!」

 ──エドワードが本命を入れる。

 

 

 未発達で、未熟な文明。

 だけどそこには確かに熱がありました。

 

 

 まだ、終わらせてはいけないと、心の底からそう思っている人達がそこに居る。絶望的でも、諦めていない人達がそこに居た。

 

 

 だから私は──

 

 

 

「ロイドさん! それ以上は!!」

「しま──」

 ──本当に一瞬の隙です。

 

 戦い始めて数十分。

 この極寒の地で無理に身体を動かして、体力の消費は計り知れない。

 

 しかし、相手も命を賭けて戦っている生き物だ。こちらの事情なんて知った事ではないでしょう。

 

 

 足をもつれさせたロイドの身体を、キムンカムイがその爪で引き裂いた。

 

 

「ロイドぉ!!」

 キャシーの悲鳴が氷の大地に響く。

 

 私は動けなかった。

 

 

「……なんで」

 それは、確かに普通の人間に判断でき、反応し、動く事が出来る事ではなかったかもしれない。

 けれど私にはそれが出来る。それが出来る力と能力を私は持っている。

 

 だけど、これは、私が人類を観測する為の力だ。人類を救う為に使って良い力ではない。

 

 

「動け!! イヴ!!」

 エドワードの怒号が響く。

 

「……っ」

 まだ、キムンカムイは私達を殺す為に動いていました。

 

 ロイドの身体が地面を転がる。

 地面が赤く染まった。

 

 

 ──お前は、お前のままやりたい事をやれ──

 

 ──君のお父さんって、ただ終わる為に君を作った訳じゃない筈だよ──

 

 

「私は──」

「イヴ!!」

 固まった私の身体を、エドワードが押し飛ばす。

 

 

「──な」

「ぬぉぉぁああ!!」

 振り下ろされる爪。

 

 エドワードの右腕が削ぎ落とされ、暖かい何かが私の顔を赤く染めた。

 同時に左腕だけで振り上げられた大剣が、キムンカムイの腕を引き裂く。

 

 

「エドワード……!!」

「逃げろ、イヴ。初めから分かっていたんだ。こんな化け物に、勝てないってな。……コロニーの皆を、頼む」

「そんな……」

 どうして。

 

 私はこの世界の存在ではない。だから、彼等を手伝う必要もない。

 

 

「あなたの命は、こんな所で使って良い物じゃない……!」

「イヴ……」

 私は観測者だから、彼等に力を貸してはいけない。

 

 

「そんな終わり方をする為に、スープを恵んでもらった訳ではないでしょう……!!」

「お前は……」

 ──それは、全部言い訳だ。目の前の現実から逃れる為だけの言い訳だ。

 

 

 ──だから私は、やりたい事を、終わらない為に、自分という存在を使う。

 

 

 

「対象──現世界《生物》解析鑑定──。軌道推定、今……!!」

 私が手を伸ばしたと同時に、激痛に表情を歪ませるキムンカムイが腕を振り下ろした。

 

 その腕を引いて()()()()

 

 

「イヴ……お前」

「腕、痛いでしょうが耐えてください。ロイドはまだ生きています。彼を安全な所へ!」

 言いながら私はエドワードから大剣を奪って、受け流して地面を割ったキムンカムイの腕を大剣で()()()()()()

 

 

「そうか……。分かった」

 痛覚が麻痺しているのか、彼は右腕を失っているにもかかわらず地面を蹴ってロイドの元へ向かう。

 

 

 状況を整理。

 

 ロイドは重傷。助かる可能性は低い。切り捨てて──違う。

 キャシーはショックで動けなくなっている。キムンカムイがそれに気が付かなければ問題は──違う。

 

 

 ──私がしたい事は、なんだ。

 

 

「……暖かいスープと、居場所のお礼」

 孤独な氷の世界で、得体の知れない私にスープを、泥団子を、居場所を与えてくれた人達への感謝の気持ち。

 

 

 ごめんなさい博士、私はポンコツなんです。それとも、貴方はそれを見越して私をこう作ったのですか。

 何も分からない。だけど、今は──

 

 

「──この()()()に従います」

 視線を向けた先。

 

 キムンカムイは狙いをキャシーに変え、人間を一口で飲み込めそうな大顎を開いた。

 

 

 地面を蹴って回り込む。大剣で顎を切り上げ、盾を投げ飛ばして頭蓋を砕いた。

 

 

「それでも、立つか」

 しかし、その生物は立ち上がる。

 

 この世界の生態系の王である誇りか、信念か。

 血走った眼を私に向けて、牙と爪と、生命を尽くして私を殺そうという瞳でした。

 

 

「……それでも、私は──」

 対物理流動魔力展開。対象──現世界《物質》解析鑑定──。切断強度クリア。

 

 

「こい、化け物(モンスター)

 走ってくるキムンカムイに大剣を振り下ろす。

 

 この世界では観測出来ていない魔力を大剣表面で流動させ、本来の切断能力を遥かに超えた大剣が、かの生物の首を切り落とした。

 

 

「──私は、この人達を守りたい。だから、こうする」

 誰かの言葉を思い出す。

 

 

 これが正しいのかすら、私は分からない。

 

 

「……氷が、溶けていく?」

 だから私は、これからもきっと──

 

 

 

 

 

 

 

「──出ていくのか?」

「──はい。長居し過ぎました」

 ──キムンカムイ討伐から数ヶ月。

 

 右腕を失ったエドワードはしかし、仏頂面は変わらず私の横に立っていました。

 キムンカムイの骨や皮で作った装備を身に纏っているぶん、仏頂さ加減はむしろ増しています。

 

 

「俺達がまだ生きてるのは、お前のおかげだ。出来るなら、お前にはずっとここにいて欲しい」

「これ以上は流石に私の役割から大きく離れます。貴方達の事は助けたいと思いましたが、これ以上居ると余計な事までしてしまいそうで」

「そうか」

 キムンカムイを討伐し、エドワードやロイドの治療。洞窟の補強や食糧の調達法。

 

 正直なところ、人類の最後を見届けるという私の役割からは大きく逸脱した動きをこの数ヶ月続けてしまった。

 もう手遅れかもしれませんが、これ以上自分の存在を否定するような事をするのも本意ではありません。

 

 

「どこへ向かうんだ?」

「次の世界へ」

「そうか。また、会えると思うか?」

「難しいと思います」

「だろうな」

 無骨に、彼はそう返事をする。

 

 

「エドワード?」

「お前、人間じゃないだろう」

「バレていましたか。流石に、あんな戦いを見せてしまえば突然ですが」

「いや、俺は初めから分かっていた」

「え?」

 ふと、エドワードはどこか遠くへと視線を向けました。何処を見ているのか、私には分かりません。

 

 

「この世界をそんな身なりで旅するなんて出来ない事は、俺が一番知ってる。だから、お前を始めて見た時から……分かっていたんだ」

「……では、なぜ私を助けたんですか?」

 初めましての時はともかく、あの時キムンカムイから私を助けていなければ、彼は右腕を失う事はなかった筈です。

 

「俺と同じ目をしてたからだよ。どこかここじゃない虚空を見てて、この世界に自分が居なかった時の俺と同じ目だ。……助けなきゃと思ったのさ。コロニーで俺にスープをくれたあの人が、俺にしてくれたみたいにな」

「この世界に自分が居ない……」

「そんなお前の目も、なんだか少し変わった気がする。だから、少し残念だ。だから、そうだな……お前もこの世界に居るんだって、それだけは伝えておく」

 そう言って、彼は私を見て()()()()

 

 

「……もう少し」

「イヴ?」

「……いえ。もう少し、頑張って下さい。きっと、この世界は暖かくなる。そうした時、貴方達のような方々なら、変わっていく世界でも歩いていけます」

「良く分からないな」

「私も分からないので、今はそれで良いんです」

 この世界に自分が居る。そんな彼の言葉を記録に刻んで、私は歩き出しました。

 

 

 

 世界は進んでいきます。

 

 

 それからしばらくの月日が経ちました。

 俯いていたあの子が顔を上げるように、陽の光が世界を照らし始める。

 

 暖かくなっていく世界が、凍った世界を溶かしていきました。

 

 

 きっと、彼等もこの世界を歩いていく事でしょう。

 

 

「私も、この世界に居る」

 そんな言葉の記録を噛み締めて。私はまた、新しい世界を歩き始めた。



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魔王の世界

 前略。世界は滅びました。

 

 街を炎が包み込む。

 

 

 それは、地獄のような光景だった。

 

 逃げ回る人々。

 叫び、嘆き、悲しみ、絶望を絵に描いたような、非情な世界。

 

 

 押し寄せる魔物。街が燃える。世界の終わり。

 

 そんな世界で私は──

 

 

 

「──フハハハハハハ!!! そうか、貴様が勇者ナオキか!!」

「──おのれ!! 良くも俺の故郷を!! 許さないぞ!! 魔王イヴチャン!!」

 ──私は、魔王になっていました。

 

 

 

 どうしてこんな事になってしまったのでしょう。

 

 

 

 前略。世界を滅ぼしました。魔王イヴちゃん爆誕。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時は少し遡ります。

 

 

 その世界は魔王軍の侵略で滅びかけていました。

 

 否、人口の七割を損失した時点で殆ど滅びたと言っても過言ではないでしょう。

 

 

 

「魔王軍の次の狙いはこの場所。しかし、私は観測者……無闇に人類の行く末に手を出すのは良くないですね」

 終末を見届ける為、私はそこに居た。

 

 

「おねーちゃん遊んでー!」

「おねーちゃん頭から変な音するー!」

「おねーちゃんこれ泥団子あげるー!」

「子供は何処の世界でも純粋ですねー。頭を叩くのは辞めなさい」

 そこに居ただけの、つもりだったのです。

 

 

 

「フハハハハハハ!! 私は魔王ハデス!! この街を滅ぼせ!!」

「助けておねーちゃん!!」

 そうして街に現れた魔王軍。

 

 しかも魔王直々にご登場。

 

 

「……っ。その子を離してください」

「私は魔王。そんな事をする訳がないのだ!!」

 そして私は──

 

 

「離しなさい!」

「馬鹿め。そんなにこの小さなガキが大切か。ならば目の前で惨めに殺してやろう! 人間の絶望の表情こそ、私の──」

 言い切る前に、吹き飛ぶ魔王の頭。子供を即座に取り戻し抱き上げる私。

 

 

「──離しなさいと言った筈です」

 ──私は、やってしまった。

 

 

 

「……あ、魔王倒しちゃった」

「おねーちゃんありがとう!」

 私は、人類を救ってしまったのです。

 

 

 

 それはまずいでしょ。

 

 

 

「それはまずいでしょ!!」

 大失態でした。

 

 私は人類の行く末に干渉してはいけません。

 個人を助けるならともかく、これまで何度もやってしまっていますが、今回は滅びの元凶である魔王を私が殺してしまったのです。

 

 

 これは良くない。

 

 

 

「──良いですか、子供達。今から鬼ごっこをします」

「うん!」

 なので私は決めました。

 

 

「私は悪の魔王という設定です。貴方達は、泣き喚きながら逃げなさい」

「分かったー!」

 私が──魔王になると。

 

 

「子供は純粋で良いですねぇ。……では、始めましょうか」

 私は子供を追い掛けます。

 

 

 そこに、彼が居る事を知っていたから。

 

 

 

「待てゴラァ!! このクソガキぃ!!」

「わー! 魔王怖ーい! きゃっきゃっ!」

「そこまでだ!! 魔王!!」

 逃げ回る子供の前に立ち、剣を私に向ける一人の青年。

 

 遅れて盾を持ったタンクと、魔法の杖を持ったウィッチ、身軽な姿のシーフ、弓を構えるアーチャーの五人パーティ。

 

 

「なんだ貴様!! この魔王イヴちゃんに消し炭にされたいようだなぁ!!」

「俺は勇者ナオキ!! この世界を救う男だ!!」

 彼は勇者ナオキ。

 

 一週間前に王国で勇者に選ばれて旅を始めたばかりの駆け出し勇者でした。

 

 

「あれ? 魔王の名前ってハデスじゃなかったか?」

「その筈だけど……。もしかして、魔王は二人いる!?」

「それでも、私達がやらないとこの世界は救えないわ!」

「そうだ。俺達は世界を救う為に旅に出たんだからな!」

 普通にイヴちゃんと名乗ってしまったのはダメでしたね。このポンコツヘッド。

 

 

「フハハハハハハ!!! そうか、貴様が勇者ナオキか!!」

「おのれ!! 良くも俺の故郷を!! 許さないぞ!! 魔王イヴチャン!!」

「なんでちゃん付け!! そう名乗ったけど!!」

 剣を構え、突進して来る勇者ナオキ。

 

 いやいや、あなたレベル1でしょうが。私がハデスだったらもうこの時点であなた死んでますからね。

 

 

「ふん!!」

「グハッ!!」

「勇者ナオキぃぃいいい!!」

 私はナオキを片手で跳ね飛ばす。滅茶苦茶痛そうですね。ごめんなさい。

 

 

「他愛もない。……興醒めです!! この街の侵攻は終わりにします!!」

 私はそう言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間達には魔物達が撤退していくように見えたでしょう。

 

 

「な、なに……!! 待て!! 魔王イヴチャン!!」

「フハハハハハハ! 人間、取るに足りないぜ!!」

 私は何をやっているんでしょうか。

 

 魔王っぽい事を言って、私はその街を離れました。

 

 

 やってしまった事は仕方がない。私は魔王としてこの世界に存在するしかないのでしょう。

 自分がやった事なので責任は取らないといけません。

 

 

 まずは魔王城からですね。

 

 

 

「──つ、強過ぎる。我等四天王がこんなにも簡単に!」

「これからは……このイヴちゃんが魔王です。何か文句があるのなら、死んでもらいます」

 中略。私は魔物の王になりました。

 

 

「まずはあなた! そう、貴方です四天王の一人! 半魔人マコト!」

「はい。私は四天王の一人マコト。新たなる魔王、イヴチャン様。なんなりとお申し付け下さい」

「この世界には勇者が居ます。素晴らしい素質を持った勇者です。あの勇者ナオキという勇者。……貴方はスパイとしてあの勇者パーティに入り、彼等の力となるのです」

「え、殺すんじゃないんですか?」

「殺しちゃダメですよ!!」

「勇者は敵では!?」

「いいえ!! あの勇者は素晴らしい素質を持っています。つまり、将来使える駒になると思う訳ですよ!! なので、貴方が丹精込めて育てるのです!! そしてこの魔王城まで連れて来なさい!! 分かりましたか!? 分かりましたね!? 魔王イヴちゃんの命令は絶対!!」

「わ、分かりました!!」

 私は何をしているのでしょうか。

 

 

「そして貴方はテントウムシになりなさい!!」

「なんで!」

「テントウムシになって村の人達の食物に住むアブラムシを討伐するのです!!」

「なんで!?」

「アブラムシは人間の好物なのです(大嘘)。それを奪う事により、人間の指揮を低下させます」

「さ、流石魔王イヴチャン様!! 分かりました。これより私はテントウムシになります!!」

 あまりにも酷い嘘に騙される四天王。

 

 

「そして貴方は人間の家のトイレを次々と掃除するフンコロガシになりなさい!!」

「マジで意味が分からないけど魔王イヴチャン様の言う事なら間違いはないのですね!!」

「そして貴方は……今すぐ爆発して故郷の母親の元に帰りなさい!!」

「分かりました!! しかし爆発する意味──うわぁぁあああ!!!」

 そして突然一人脱落する四天王。

 

 

 

「ふふふ、完璧な布陣ですよ。魔王イヴちゃんの世界征服は目の前です!! フハハハハハハ!!」

 こうして、魔王イヴちゃんの魔王生活が始まったのである。

 

 

 

「……何してんですか、私は」

 やるだけやって、魔王の椅子でふんぞりかえる私。衣装もちょっと魔王っぽくしましたよ。格好良いですね。

 

 そうじゃないでしょ。

 

 

「しかし、やはりこうなった以上はやり通すしかない訳です。私は人類の行く末に干渉してはいけませんが、それは滅びないように手伝っていけないだけではなく、私が滅ぼしてもいけません。……つまり、そう。私は……!! 今……!! 存在がもう矛盾している……!!」

 崩れ落ちました。

 

 

「もう自爆するしかねぇ……」

「魔王様! マコトから連絡です!!」

 私が魔王城の自爆スイッチを押そうとしたその時、部下の魔物がそんな連絡をしにやってくる。

 

 危なかった、危うく爆発オチになるところでした。

 

 

「要件は」

「無事に勇者パーティに潜入。勇者を魔王城に導く作戦に入る。との事です!」

「順調のようですね。良いでしょう、次の作戦に入ります」

「はい!! 魔王イヴチャン様!!」

「そのイヴちゃん様って呼び方辞めませんか? あ、もしかしてイヴ()()()ではななく《イヴチャン》だと思われてます?」

 自己紹介の時に自分をちゃん付けで呼ぶのは良くない。私はまた一つ賢くなったのです。

 

 

 おわり。

 

 

 

 おわりません。

 

 

 

 

 魔王イヴチャン様の世界侵攻が始まりました。

 

 

 

「キャー! 家の畑のアブラムシが大量のテントウムシに食べられているわー! 作物があまりにも元気に育っていくー!」

「なんか俺の家のトイレをフンコロガシが掃除していったんだけどー! いやなんか怖い!!」

 人々は魔物の侵攻に絶望の声を上げます。

 

 

「こ、これは!! 俺様が王国に献上した酒に少量ずつ入れる事で地味に国を乗っ取るために作り上げた毒薬の解毒薬じゃないかー!! 誰がこんな恐ろしい事を!!」

「逃げ出した凶悪犯が知らない間に独房に戻っているー!? 一体何があったというのだー!!」

「僕は事故で両足が使えなかった筈なのに朝起きたら足が動くようになっていたー!!」

 人々は恐怖のどん底。

 

 

 魔王イヴチャン様は、この世界を滅ぼす恐ろしい存在なのでした。

 

 

 

 中略。

 

 それから数年の月日が経つ。

 

 

 

「まさか、ここまで本当にやって来るとは思いませんでしたよ。……勇者ナオキ、そして裏切り者のマコト」

「お前の悪行もこれまでだ!! 魔王イヴチャン!!」

「俺は裏切ったんじゃない。お前が間違っていると気が付いた、それだけだ!!」

 なんだかんだあって最終戦になりました。

 

 

 略し過ぎたのでこの現状を少し説明します。

 

 

 魔王である私からの差し向けで、半魔人であるマコトを仲間に入れた勇者パーティ一行。

 

 マコトは勇者パーティと長い月日を共に過ごす中で、自らの裏切り行為と葛藤していました。

 そんな中、四天王の一人()()()()()()がナオキやマコト達勇者パーティの前に立ち塞がります。

 

「何を仲間面してるフンコロ! 教えてやるガシ。ソイツは──マコトは我等が四天王の一人なんだフンコロガシ!!」

「な、なんだって!?」

「本当なのかマコト!?」

「お、俺は……。ち、違う! 俺は!!」

「マコト」

「ナオキ……」

「俺はマコトの事を信じるよ」

「ナオキ……!!」

「こ、この裏切り者フンコロガシー!!」

 なんか良い話だったのにフンコロガシのせいで台無しですね。誰ですかフンコロガシを登場人物に入れたの。私でした。

 

 

 そんな訳で私を裏切ったマコトを含めた六人の勇者ナオキパーティ。

 

 マコトの案内で魔王城に辿り着き、四天王の一人テントウムシを倒してここに居ます。

 

 

 

「気を付けろ、ナオキ。この魔王は前魔王ハデスを亡き者にしてその力で魔王軍を我が物にした恐ろしい魔王だ」

「分かってるぜ、マコト。でも俺達は! 魔王を倒して世界に平和を取り戻す!! そうだろ皆!!」

「「「おう!!」」」

 武器を構える六人。

 

「小癪な。血と肉の塊にしてやりましょう」

 私はそう言って両手を持ち上げ、掌に魔力を集めました。

 

 黒い雷となった魔力を勇者ナオキに向けて放つ。

 

 

「ナオキ!!」

 盾を持ったタンクがそれを弾いた。同時に、アーチャーとウィッチが私に矢と魔法の火球を向ける。

 

 

 対象──現世界《物質》《魔力》解析鑑定──。対物理シールド、対魔力シールド展開。

 

 

 矢と炎は、私の前に生成された盾に阻まれました。

 

 

 

「フハハハハハハ!! その程度か人間!!」

「……人間を舐めるな。遅い!」

「……ほぅ」

 火球に紛れ、シーフが私の背後を取る。

 

「死ね……魔王!」

「十三億年早いですよ、私に勝とうなんてね!!」

 私はナイフを振りかざすシーフの腕を掴み、迫ってきたマコトにその身体を投げ付けました。

 

 そして、ナオキの剣を人差し指と中指で掴む。

 

 

「く……!!」

「止まって見えますよ」

 そのまま指を捻って剣を折り、私は勇者ナオキを蹴り飛ばしました。

 

「ナオキ!!」

塵芥(ちりあくた)と成り果てるが良い」

 そしてその手を天井に伸ばし、私は周りの魔力を集めて巨大なエネルギーの塊を形成する。

 

 バチバチと雷のようにエネルギー体から魔力が漏れて、白の床を粉々に砕き始めた。

 

 

「こ、これが……魔王の力なのか」

「私達じゃ……勝てない」

 絶望に顔が歪む。

 

 

「アッハッハッハッ!! そうだ!! その顔が見たかった!!」

 もう私はノリノリでした。若干どうやって収拾をつけようか悩んでいます。

 

 

 

 しかし、今の私は魔王イヴチャン。

 この世界を混沌に陥れる(予定だった)魔王ハデスの代わりを務めなければいけない。自分がやった事の責任くらいは取れ。

 

 ただ、それなりの所で負けてあげないと人類大変な事になってしまいますし。適当に「うわー」とかどこかで言わないといけませんね。

 

 

「絶望しろ!! これが力だ!! 争う事の出来ない絶対的な破壊!! お前達はここで滅びるのだ!!」

「俺は諦めない!!」

 蹴り飛ばした勇者ナオキが立ち上がった。

 

「俺は勇者だ。……俺を信じてくれた人達の為にも、こんな所で負けるわけにはいかない!!」

「フハハハハハハ!! 言葉だけで何が救えると言うのだ!!」

「それでも、俺は勇者だ!!」

 剣を持って走る。

 

 無駄の多い走り方。隙を突いて倒してしまうのは容易い。

 

 

 しかし、気持ちが伝わってきました。

 彼が本気でこの世界を救おうとしている気持ちが。それだけは、本当に強いという事が分かります。

 

 

 その気持ちを踏み躙るのは、なんだか心が痛むので──

 

 

 

「ふん!! 雑魚が!!」

 ──私は少しの間、勇者ナオキパーティを痛ぶりました。

 

 

 それでも彼等なら立ち上がってくると、信じられたからです。

 

 倒しても倒しても倒しても、彼等は立ち上がってくる。

 まるで何度滅びても文明を築く人類のようで、私は少し嬉しかった。

 

 

 ボロボロの勇者ナオキを守る為にタンクが体を張り、ウィッチとアーチャーもナオキを守る為に奮闘する。

 シーフとマコトが私の隙を作れるように動いて、遂にナオキは折れた剣を私に振り下ろしてきた。

 

 

「どうして争う!! どうして争う!!」

「この世界が……好きだからだ!!」

「……っ」

 折れた剣を私は受け止めて、それでも勇者ナオキは私を真っ直ぐに睨む。

 

 強い気持ちが伝わってきました。

 私にはない、強い気持ち。すこし、羨ましい。

 

 

「……これが、力」

 その剣が光を放つ。

 

 折れた部分から伸びた光の剣。それが、私の胸を貫いた。

 

 

「魔王イヴチャン、お前の負けだ……!」

「ぐ、ぐわー!! この私が遅れを取るとは!!」

 剣を引き抜かれ、私はよろめいて崩れ落ちる。

 

 別に避ける事も防ぐ事も出来ました。

 けれど、なんでしょうね。気持ちに負けたんでしょう。そういう事にします。

 

 

 しかし自己修理に時間が掛かるタイプの壊し方をしやがってこの勇者。末代まで呪ってやりますよ。

 

 

「……良いだろう、この世界は貴様らにくれてやりましょう。けれど、これだけは覚えておくが良いですよ!!」

 言いながら、私は玉座の裏に向かって歩きました。念の為に()()を用意しておいてよかったぜ。

 

 

「貴方が好きと言ったこの世界も、いつか簡単に手からこぼれ落ちでしょう。精々足掻いてみせなさい。ふふ。……フハハハハハハ!! さらばだ!! 勇者ナオキ!!」

 用意しておいた捨て台詞を吐きながら、私は用意しておいたアレ(城の自爆スイッチ)に手を掛ける。

 

 

「待て!! 何をする気だ魔王イヴチャン!!」

「精々足掻くが良い!! 必殺!! 城の自爆スイッチのボタン!!」

「マジで何をするんだ魔王イヴチャン!!」

「ナオキ! こっちだ、脱出するぞ!!」

 元四天王であったマコトが先導して、勇者ナオキパーティ一行は城を脱出する。

 

 

 同時に私は城の自爆装置を押しました。我が(ハデスからパクった)魔王城は自爆して粉々になります。

 

 ドカーン(擬音)。

 

 

 こうして魔王イヴチャンは討伐され、世界に平和が戻ったのでした。

 

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

「……こんな事あります?」

 瓦礫の中で、私は自分を治しながら問い掛ける。

 

 

 

 なんだかんだ人間に手を貸してしまった気がしますが。

 

 こんな事もあります、という事で。

 

 

 

 前略。

 私の──魔王の世界は滅びました。おしまい。



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小さな世界

 扉が開く。鈴の根が鳴る。

 

 人が一人住むには少し大きいくらいの、沢山の棚が並ぶ建物。

 棚には食糧や日常品、雑誌。この場所は様々な物を購入する事が出来る場所だ。

 

 

「いらっしゃいませー」

 人が入って来ると、私を含めた()()はこう口を開く。

 

 

 ここはコンビニエンスストア。

 

 

◾️◾️◾️(店舗特定防止の為編集済み)チキ下さい!」

◾️◾️◾️(店舗特定防止の為編集済み)円になります」

 なんでも売ってるし、なんでも買えるし、なんならここで一ヶ月くらい過ごせるような場所。

 

 

 そんな、何処かにありそうな小さな世界だ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 前略。

 

 

 人類の行く末を観察する為には、その世界での通貨が必要な事が多い。

 

 世界によっては大陸を移動するのに船や飛行機に乗る為お金が掛かる。

 私は重くて泳げないですし、足からジェット噴射が出て空を飛ぶ機能もありません。

 

 この姿が故に人に紛れて行動する事を余儀なくされるので、つまりはお金が必要という事。

 

 

 

「バイトだりぃ〜」

 そんな訳でイヴちゃんは絶賛コンビニのバイト中でした。

 

 

 中略。

 

 

 

「イヴちゃんさー、彼氏とか居ないの?」

「仕事中ですよ、アカネさん」

 そんな訳でバイト中。

 

 時刻は夜の十時前。どんな季節でも外は真っ暗。良い時間。

 

 

 コンビニがあるような世界は大抵、それなりに安定しています。

 そしてそれなりに安定してあるので、この時間は大抵自宅にいる人が多い為お客さんは少ない。

 

 それでも、お菓子が食べたいジュースが欲しい、小腹が減ったお酒が飲みたいアレが足らないコレが必要。

 様々な理由でこの時間にはほとんど開いてない店の代わりに、ちょっとお値段高めでもこの時間に空いているコンビニという場所は便利だ。

 

 だから、こんな時間に働かされる人が居るわけです。

 

 

 

「いや、そんな真面目な事言いながらイヴちゃんソシャゲやってるじゃん!」

「暇なんで」

「暇ならお話しようよぉ!!」

◾️◾️◾️(ゲーム特定防止の為編集済み)の周回に忙しいので」

「お仕事中だよ!?」

 キレの良いツッコミを入れて来るのは、バイト仲間のアカネさん。ピッチピチの女子大学生。

 

 

 学生はお金が必要な生き物で、友人との付き合いに飲み会にお洒落。

 様々な理由でこの女子──アカネもバイトをする私の仲間でした。

 

 

 それなりの付き合いである彼女の事を一言で表すなら、お喋りさん。

 

 仕事そのものはちゃんと取り組むのですが、相手がバイト仲間ならともかくお客さんとも普通に会話をし始めるタイプのお喋り大好き女子です。

 

 

「ねー、お喋りしようよー」

「彼氏なら居ません。これで良いですか」

「話をスパッと終わらせようとしないでよ! 彼氏なら居ません……って来たら、私が! えー、イヴちゃん可愛いのにって返して、イヴちゃんが、私なんてそんな……って返す所でしょ!?」

「解像度が低い。やり直しです」

 私はナルシストなのでそんな自分を肯定しない事はしない。

 

 

「あー、確かに。イヴちゃん若干ナルシストだもんね。彼氏出来ないのそれが理由かな?」

「はっ倒しますよ!?」

 言い方があるでしょうが言い方が。

 

 

「そもそも仕事中だという事をお忘れなく。どうしてもお喋りしたいのなら、一人でどうぞ」

「分かった!」

「分かった!?」

 何が。

 

 

「イヴちゃんさー、彼氏とか居ないの? 彼氏なら居ません。どうして? 私はあまりにも美しいので男性一人にどうこう出来る存在ではないのです。でもイヴちゃんはそれで良いの? 寂しくないというと嘘になりますね。だったら! いえ……私の美しさは国の宝なので私を取り合う事はこの世界の終焉を意味するのです。そんな、それじゃイヴちゃんは! 孤独ですけど、私には貴方がいますから……アカネ。イヴちゃん!!」

「やめーや」

「痛!! チョップは辞めてよチョップは!! え、滅茶苦茶痛い!?」

「これは人を玩具にした制裁です」

 本当に一人でやる奴が何処にいるんですか。ここに居たわ。

 

 

「えー、ここからが良いところだったのに!」

「むしろあそこから続きがあるんですか!?」

 怖い。止めて良かった。

 

 

「……で、そう言うアカネさんは彼氏が居るんですか?」

「あ、お話付き合ってくれるんだ」

「一人で喋られると大変な事になる事が分かったので仕方なくです」

「イヴちゃんのツンデ──チョップは辞めて」

「ほらとっとと話せよ」

「えへへー、実は居るんだよねー」

「あら、初耳です」

 彼女は割と多めの頻度でバイトのシフトに入っているので、少し驚きです。

 

 

「こんな所でバイトなんてしてる場合なんですか?」

「彼氏も普段忙しくてあんまり遊べないんだー。でもね! 明日久し振りのデートなの!」

 言いながら、アカネは目を輝かせました。

 

「なるほど、それでこんな話を持ち掛けてきた訳ですね。自慢したかった訳ですね」

「そう!!」

「少しは否定せーや」

「痛ぁ! なんで肩を揉むのぉぉおおお!? 肩凝りがぁ!! 肩凝りが改善されていくよぉぉおおお!!」

 イヴちゃん式スペシャルマッサージをくらえ。

 

 

「で、明日は何処に?」

◾️◾️◾️(施設特定防止の為編集済み)ランド!! 一泊二日なんだぁ」

 明日のデートに思いを馳せ、頬を持ち上げるアカネ。

 

 余程楽しみなのでしょう。普段よりも、彼女の声色が高い。

 

 

「それは楽しんできて下さい。中々チケットを取るのも大変な場所だった筈ですし」

「えへへー、そうなんだー。彼氏が取ってくれたの!」

「優しい彼氏さんなんですね」

「うん! 中々会えないから、会える日は記憶に残る思い出にしたいって言ってくれるんだ!」

「青春が眩し過ぎてメインカメラが焼ける……」

「なんで突然サングラス掛けたの!? お仕事中だよ!?」

「お仕事中だよ、はあなたが言っていい台詞ではありませんが?」

 彼女にとって、今がとても楽しい時間なのは間違いありません。

 

 

 輝かしい青春の一ページ。安定した世界だからこそ、こんな普通に笑える誰かとの一時は心地が良いと思いました。

 

 

 中略。

 

 

「アカネさん、時間過ぎてますよ」

「あー、本当だ。もう終わりかー。イヴちゃんと話すの楽しいからバイトの時間あっという間だね」

 十時半になって、アカネの就業時間は終わります。

 

 ここからは私一人で勤務。時間が時間なので、お客さんも来ませんしね。

 

 

「お仕事中ですよ」

「もう少し残ってよっかな──痛!」

「明日デートなんですから。今日は早く帰って万全な状態で挑みなさい」

「イヴちゃん……。うん! 分かった」

 そう言って、アカネはレジ裏で着替えてきました。

 

 本当なら明日デートと分かっていたらもっと早く帰らせたかったのですが、そもそも私にそんな権限はありません。

 

 

「気を付けて帰ってくださいね」

「うん! あ、お土産期待しててね!!」

「お土産は金になる奴でお願いしますね」

「さ、最低! あはは、一銭にもならない変なの買って来る!!」

「いらねー」

「またね!」

「はい、それではまた」

 お客さんも居ないので、私はコンビニの外でアカネを見送ります。

 

 

 安定した世界。

 それでも、突然の事故や事件がないわけではありません。

 

 だから、ただ無事を祈りました。

 私がそれに直接関わるのは、おかしな話ですからね。

 

 

 

 なので──

 

 

「──彼女の家付近の交通事情と防犯カメラをチェック。不審者なし、暴走車なし。明日の雨天レーダーに懸念なし。交通網の懸念を徹底的に排除。スマホをハッキングして寝ている間にはヒーリング効果のある音を流し、絶対に寝坊しないようなアラームをセット。……よし、私がしていいのはこのくらいですね」

 ──私は手を出しません。

 

 

 そう!! 手を出しません!! 

 

 

「手は出してませんよ、えぇ。もし付近に不審者が居ても? それはこう私の活動に支障が出るかもしれないので排除するだけです。はい。別に彼女のデートが上手くいこうがいかまいが? 人類の行く末に関係なんてありませんからね」

 言いながらコンビニ店内に戻り、私は溜め息を吐きます。

 

 

「良いですねぇ……純粋って」

 私にはそういう感情は理解出来ません。そこまで高性能ではないので。

 

「おねえたまを思い出しますね……」

 私の姉ロボットは博士にゾッコンでした。だからでしょうか、女の子の恋愛感情的な物に弱いんですよね。

 

 

「あ、お客さん。……いらっしゃいませ」

 ふと、お店にお客さんが入ってくる。

 

「うぃ〜」

 お客さんは酔っ払いのおじさんでした。

 

 こんな夜中なので、外に出ている人は限られています。

 

 

 飲み会の後とか家で飲んでて変な感じになってしまった人でしょうか。

 何故か手には発煙筒のような大きさで赤いボタンが着いた棒を持っていました。宴会の一発芸の道具ですかね。

 

 

 先程、周囲の監視カメラをハッキングした時にも見付けていたので特に不審な点はないでしょう。

 

 ただの酔っ払い。

 私は──そう思っていました。

 

 

 

「うぇーい、ついに完成したぞぉ!」

「お客さん、ここはコンビニですよ」

「へへへ、お前さんも見るかい?」

「完全に出来上がってますね……」

 かなりアルコールが回っているのか、お客さんはフラフラとレジ前まで歩いてきてその場に崩れ落ちる。

 

 手に持った何かのボタンのような物がついた棒はそのまま。

 

 

「はい、お水ですよ。しっかりしてください。お家に帰れますか?」

「へへ、もう帰る必要なんてないんだぁ。コレが完成したからなぁ」

「コレ?」

 不敵な笑みを浮かべるお客さんが掲げる、ボタンの付いた棒。

 

 

「コレは?」

「聞いて驚け!! 世界破壊爆弾だ!!」

「世界破壊爆弾???????????」

 どうしてそんな物騒な名前の物が突然出て来るんですか。

 

 

「これを押した時|◾️◾️◾️が◾️◾️◾️◾️◾️し◾️◾️◾️◾️◾️により◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️となり◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️《多発世界終末回避の為編集済み》が起きて!! この世界は終焉を迎えるのだ!! ついに完成したぞ!! これでこの世界は終わりだぁ!!」

「なんでそんなものを作ったんですかぁ!?」

「よく聞いてくれた!!」

 終末スイッチ(俗称)のボタンに親指を掛けながら、お客さんは声を上げた。

 

 待て、その指を離せ。

 

 

「俺はその辺の一般企業の平社員だ」

「その辺の一般企業の平社員がどうやってそんなこの世の終わりみたいなスイッチ作っちゃったんですか!?」

「俺は所謂社畜でな、来る日も来る日も残業残業。会社に忙殺され続け四十年。いつかは結婚出来ると思ってた、いたって平凡な家庭を築けると思っていた!! けれど、毎日毎日職場と家以外はただ往復するだけの時間!! 気が付いたら人生の半分以上がもう終わっていたんだ!! 俺はこんな世界嫌だ!!」

 そう言って、お客さんはスイッチに手を向ける。待て、早まるな。

 

 

「落ち着いて下さいお客さん!!」

「うるさい!! お前に俺の気持ちが分かるか!! 四十年仕事以外の時間は家で寝るだけ。こんなのは人間の生活じゃない!!」

「それはそう!! 本当にそう!! だけどとりあえずそのスイッチから手を離しましょう!! 話はそれからです!! てか仕事しかしてないのになんでそんなもん作れちゃったんですか!!」

「仕事以外の時間全てをこの世界破壊爆弾に費やしたのだ!! 完成に十年を費やした!! この十年だけは俺の人生は楽しかったと言えるだろう!! 何せ完成すれば世界を終わらせられるんだからな!!」

「あまりにも悲しいでしょうがよ!!」

 油断していました。

 

 まさかこんな安定した世界で突然終末が訪れると誰が予想したでしょうか。

 

 

「さあ終わらせよう!! 皆さん終末でーす!!」

「辞めてーーー!!!」

 そんな終わり方があってたまるか。それに──

 

 

「何故止める!!」

「せめて!! せめて後二日待ってくれませんか!?」

 ──それに、明日はアカネが楽しみにしているデートの日。デートを楽しみにしていた彼女の顔がどうしても頭を過ぎる。

 

 

「二日ぁ!? 知るか!! 俺は今すぐこの世界を終わらせたい!!」

「そう言わずに!! もしかしたら二日待ったら良い事が起きるかもしれないじゃないですか!? ほら、こんな所に居るよりも最後の晩餐的な!? どうせなら持ってるお金全部使い果たしてからパーっといきましょうよ!! パーっと!!」

「どうせ金なんて使えないからこの世界破壊爆弾の為の費用以外は全部世界の恵まれない子供達に募金したわ!!」

「根は良い奴じゃねーかよ馬鹿野郎!!」

 良い人が恵まれない世界、確かにこんな世界は滅びて然るべきなのかもしれません。

 

 

 いやいや待て待て。

 

 

「でもほら、明日を楽しみにしている人が沢山いるんですよ? この世界には」

「そうじゃない奴も沢山いるんだ」

「それは……」

 正しい。そう思いました。

 

 世界は安定しているように見えても、何処かでネジが外れ掛けているものです。

 何かの衝撃でそのネジが外れて、バラバラに壊れていくのを私は何度も見ました。

 

 

「……そうですね。私にあなたを止める権利はないです」

「よし!! じゃあ、この世界を終わらせよう!!」

 そう言って、お客さんは終末スイッチに親指を乗せる。

 

 

 このボタンを押すだけで世界は終焉。

 

 

「でも、終わらせる前に一杯如何ですか?」

 そう言って、私は缶コーヒーをお客さんに手渡しました。お店の商品ですが、私は自分の財布からお金を出してレジを通します。

 

 

「これは私の奢りです」

「最後の晩餐って奴か」

「チキンもありますよ」

「要らないね。けど、コーヒーは貰う」

 そう言って、お客さんはコーヒーを手に取った。まだ少し熱いので、そのまま手に持っている。

 

 

「お喋りしませんか」

「コイツを飲み切るまでなら良いぞ」

「ありがとうございます。……これは知り合いの話なんですけどね」

「それは自分の事を話す時の文句だろう?」

「いえ、本当に知り合いの話ですよ。バイト仲間のA子ちゃんのお話です。彼女はお喋りさんで、よく仕事中なのに話しかけてきます。とても迷惑なバイト仲間ですね」

「仲が良さそうだな」

「どうでしょう。側から見たらそうかもしれません」

「友達なんじゃないのか?」

「……どうでしょう」

 これまで色んな世界で、色んな人々と関わってきました。

 

 けれど、私はこの世界に居るだけで、結局同じ世界をずっと歩く事は出来ない。

 別れるのにも慣れてしまった私にとってアカネのような存在が自分にとってなんなのか、呼称しずらいのが現実です。

 

 

「嫌いなのか?」

「嫌いではありません。好意的ですよ。少し面倒ですが」

「そんな風に言えるなら、友達なんだろうな」

「友達……か。……では、その友達なんですが。明日デートなんですよね」

「へぇ」

「へぇ、じゃなくて……。明日、デートなんですよ。あまり沢山会える相手ではないらしくて。でも、予約の取りにくいテーマパークの予約を取ってきてくれる優しい彼氏さんらしいくて」

「それで?」

 お客さんはコーヒーを飲み終えました。

 

 その指は、まだ終末スイッチに指を掛けている。

 

 

「……お願いします。そのボタンを押すのを辞めてくれませんか」

 私はお客さんに頭を下げました。

 

 恥とかプライドなんてロボットの私にはありません。必要もないでしょう。

 けれど、友人を思う気持ちはあっても良いものだと思いました。

 

 

 だから、何度もあった別れを辛く思うことも出来るのです。

 

 

 

「……あの子に、そんな終わり方をしてほしくないんです」

「友人個人の願いとして、正しいな」

「だったら!!」

「でもそれはその子個人に対しての気持ちだ。俺を含めて、明日なんて来ないでくれと思う奴は山ほど居る……けど──」

 そう言って、彼は終末スイッチから手を離しました。

 

 

「明日が来て欲しいと願う奴も沢山居るんだ。……そういう奴が、俺みたいのを止めて、世界は真っ直ぐ進んでいくんだなぁ」

「お客さん……」

「よーし、辞めだ。世界を終わらせるのは辞め辞め!!」

 言いながら、お客さんは立ち上がる。

 

 

 そして、私に終末スイッチを手渡しました。

 

 

「これは君にあげよう」

「こんな物騒な物いりませんけど!?」

「君に、持っていて欲しいんだ」

「わ、分かりました」

 私に終末スイッチを渡すと、お客さんは棚からおにぎりを取ってレジの台に置きます。

 

 

「チキンもくれ」

「はい。ご来店ありがとうございました」

 そうして、お客さんはお店を出て行きました。

 

 

 

 今日も明日も、平和な日が続きます。

 

 

 

「お土産だよ!! イヴちゃん!!」

「うわ、マスコットの耳。いらねぇ……」

「そんな事言わないでよ!! ほら、イヴちゃん似合ってるー! 可愛くなったねー!」

「私は最初から可愛いですが!?」

「なんで偶に凄いプライド剥き出しにするの!?」

 アカネは二日間のデートをとても満喫して無事に帰ってきました。

 

 

 これで良かったんですよね。

 

 

 きっと──

 

 

 

 

「──そう……ですよね」

 ──きっとあの日、私が彼と話さなければ、こんな結末にはならなかった筈だから。

 

 

 

 その後、私はお客さんと再会します。

 

 

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終った世界

 その世界の終わりは突然でした。

 

 

 誰が何の為に、もしくは自然か、神の怒りか。

 

 始まりは何でもない田舎の学校だったという説がデータ上の定説です。

 

 

 

「なんだあれ? 不気味だな」

「腐ってる人のコスプレ?」

「ゾンビだよゾンビ」

「まさかー」

 学校の校門に現れた一体の()()

 

 学生がネットに流したその動画が、確認出来る最初の()()でした。

 

 

 校内に潜入した()()は、生徒や先生を次々に襲います。

 襲われた人々は()()と同じになって、次々と人々を襲い始めました。

 

 

 それがこの終わりの始まり。

 

 

 ソレは小さな国から世界中に広がっていく。

 

 

 

 この世界にはもう安息の地なんてありませんでした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 半壊したビルの間を走る。

 

 

「イヴ!! 走れ走れ!!」

「走ってます走ってます!! 待って下さいアズマさん!!」

「ったく。……先に行け」

「え、ちょ……」

 私の背中を押して、背後に掌をかざす一人の男性。

 

 

「燃えろ……!!」

 次の瞬間、()()による発火現象がビルの間を燃やし尽くしました。

 

 何かの呻き声が聞こえる。

 

 

「……っ」

「魔力の使い過ぎです。無茶しないでください」

「……仲間を守る為だ。それより、行くぞ」

「は、はい。大丈夫ですか? アズマさん」

「大丈夫だ」

 男性──アズマは、黒い髪に爪を立てながら表情を歪ませた。言葉と表情が合致しない。

 

 原因は魔力使用による頭痛。

 この世界の人間は魔力を使用する事が出来ますが、その使用には身体に膨大な負担が掛かります。

 

 先程のようなレベルの魔法を使おうとすると、常人なら気を失うかそのまま死んでもおかしくない。

 

 

 この世界の魔法は精々が鍋に火を付けるとか、銃弾の威力を上げるとか、その程度の物でした。

 

 

 

「全員無事か?」

 建物の中。

 

 アズマはこの終わりかけた世界で生き延びた人達を集めた一つの集団のリーダーです。

 

 強力な魔法が使え、精神も肉体も鍛え抜かれている人物。

 

 

「一人噛まれた……すまねぇ」

「──っ、くそ!!」

 ──そして、その優しさ故に誰もが彼に着いて来ました。

 

 

 それでも、守れない物がある。

 

 

 

「アズマ……俺、死にたくねぇよ」

「あぁ、そうだな」

 ソレに噛まれた者は例外なくソレになってしまい、もう二度と人に戻る事はない。

 

「俺、まだ……だ、ぁ……あ」

 座り込んでいた青年が白目を剥いて口を開き、暴れ始めた。アズマさんは彼を押さえ付け、頭に銃口を向ける。

 

 

「すまねぇ」

 破裂した火薬の音だけが、建物の中で木霊した。

 

 

 

「アズマさん……」

「囮作戦……()()だ。付き合ってありがとな、イヴ」

「いえ……」

 私達──アズマの仲間達は、この世界でもがきながら生きています。

 

 文明が崩壊してから、食糧の調達は命懸けになりました。

 

 ソレらの五感は弱く、大きな音や直接視界に入らない限りは襲って来ません。

 しかし、ソレらは爆発的に広がって世界中の何処にでも居ます。山に入って野鳥を捕まえようとしても出会す程でした。

 

 

 そんなソレらに見つかった場合、逃げる事だけが人類に残された選択肢です。

 

 足は早くないですが、一度大きな群れに見付かると何処からともなく湧いて来てソレらに囲まれて終わり。

 

 

 誰かが大きな音を立てて囮になるのは、大勢が生き残る為に考えられた術でした。

 

 

 

「もうやってられないわよ!!」

「おい、こら大きな声を出すな」

「だって!! こんなの!! このままじゃいつか皆アイツらみたいにされるだけじゃない!! もう嫌……こんなの嫌!!」

 女性が一人大声を上げて、建物を出ていく。

 

 

 誰もソレを止める者は居なかった。

 

 そんな体力も精神も、誰にも残されていない。

 

 

「俺が……」

「辞めとけアズマ。お前は疲れてるだろ」

「だが」

「良い口減らしだ」

「お前な!!」

 仲間の一人に掴みかかるアズマさん。

 

 けれど、誰もその仲間を咎めようとはしない。口にしないだけで、皆が同じ事を思っているから。

 

 

 

 その後直ぐに、女性の絶叫が建物を揺らす。

 

 

 都市は廃墟となった今、ソレ達の小さなうめき声以外の音は聞こえない。

 誰かが悲鳴を上げればそれは静かな街で悪目立ちさせて、沢山のソレを呼んでしまうのだ。

 

 

「ここはもう危ない。移動しよう。なぁ、アズマ」

「……あぁ」

 それでも、彼等は生きなければならない。

 

 

 人であるから。人である内は。足掻かないといけない。

 

 

 

「私が先導します。アズマさんは疲れてるでしょう」

「お前も一緒に囮をやっただろ。変わらない筈だ。……何でお前はそんな無理をする。もう辞めてくれ。仲間が居なくなるのは怖い」

「それはアズマさんもですよ」

 正論パンチで黙らせる。

 

 そもそも私は噛まれた所で、元々人間でもないし血も肉もないのでソレになる事はない。

 

 

 人類を助けてはいけない──とはいえ、この世界で私を仲間にしてくれたアズマさんへの個人的な恩が私にはありました。

 

 

 ソレらに囲まれて、どうしたものかと固まっていた時に、彼は命懸けで私を助けてくれたのです。

 事実上意味がなかったのだとしても、彼の想いには私は答えなければいけません。

 

 それが、私がこの世界に存在するという事だと──そう認識したいから。

 

 

「俺は……。ただ、皆を助けたいから」

「その優しさが誰かを殺す事もあります。あなたを失ったら、ここの人達は心の支えがなくなって終わりでしょう。……すり減った心でも、身内で争わないだけマシなんです。それは、あなたが居るからですよ」

 こういう世界では直ぐに人は他人を売る。

 

 

 今彼等がそうならないのは、彼の精神的な支えと肉体的な実力による実積があるからでした。

 

 彼に着いていけば大丈夫。

 そんな小さな動機だけが、極限状態の彼等彼女等を繋ぎ止めている。

 

 

「あなたは失われてはいけない」

「イヴ……。いや、だが──痛」

 チョップ。

 

「え、痛い。凄い痛い。怖」

「大丈夫、私最強ですから」

 いざとなれば、彼だけでも救う事が私の選択肢にはありました。

 

 

「早く進めよ」

「ほら、行けって」

「少し待って下さい。安全を確認してからです」

「腹減ったよ」

「お前いつもあんま食ってないだろ、くれよ」

「あ、いやでもコレは……」

 この人達を救う選択肢を用意出来ないのは、私の身勝手なのでしょうか。

 

 

「や、ヤツらだ!!」

「誰か囮になれよ!!」

「お前!! お前またやれよ!! なぁ!!」

 私はアズマさんに助けてもらってここに居ます。

 

 そして、彼以外はこうして他人に対して冷たい態度を取る事が多い。

 この事に関して特に思う事はありません。ロボットなので心が傷付いたとかのたまう事もありません。

 

 けれど、観測者でなくこの世界に個であるとするなら、私が一番に優先するべきはアズマさんしか居ない。

 

 

 これは間違っているのでしょうか。

 

 

 私が勇者を、コンビニのバイト仲間を、雪の世界の狩人を──私が助けたのは、間違いなのでしょうか。

 

 

 

 分からない。何も分からない。

 

 

 

「嫌だ!! 来るな!! 助けてくれ!! 嫌だぁぁあああ!!」

 絶叫が木霊した。

 

 

「おいお前!! 俺が!! 俺が悪かった!! 俺が悪かったから、助けてくれよ!! なぁ!!」

「それは……」

 私には彼等を助ける事が出来る。

 

 

 この世界からソレらを根絶やしにする事だって出来る性能が私にはあって、行使しない理由はまだ言い訳でしかなかった。

 

 でも、それをして良いのかもどうかも私には分からない。

 

 

 誰も私には教えてくれない。

 

 

 

「二人だけになってしまいましたね。……冗談を言っても良いですか?」

「はは、辞めてくれよ……。こっちは参ってるんだ」

 崩れ落ちて、頭を抱えるアズマ。

 

 

 気がつけば、仲間は居なくなって二人きり。

 

 仲間だった人達が全員ソレと同じになってしまって数日。

 

 

 アズマは最後の缶詰を開けて、それを持ち上げる。

 

 

「食べるか?」

「必要ありません。あなたが食べてください、アズマさん」

「食えよ。コレが最後だからな」

「必要ありません」

「食えよ……」

「ですから、必要な──」

「食えよ!!」

 大きな声が木霊した。

 

 

「アズマさん……?」

「……悪い。でも、食ってくれよ。……頼むよ」

 アズマさんは私に頭を下げてくる。

 

 けれど、そんな事は出来ない。

 

 

「……私は、食べなくても大丈夫なんです。本当にそういう存在なんです。だから、その缶詰はアズマさんが食べて下さい。お願いします。あなたは食べないと、生きていけません」

「そんな事は分かってるんだよ……」

「え?」

 何が分かっているのか。

 

 

 彼には何が分かるのか。

 

 

「俺は死ぬ。そんな事は……分かってるんだ」

「死にません。あなたは! 私が──」

「お前が人間じゃない事も、分かってるんだ」

「──なら、なんで!!」

 私はアズマさんの肩を叩いた。

 

 私が人間ではない事がバレるのはいつもの事です。けれど、いつもいつも、特定の人達は私の事を受け入れてくれた。

 だから、私はその人達にだけは報いようと、助けようと動いてしまう。

 

 それが間違っているのか、私には分からない。

 

 

「なら、なんで? ならなんで……俺以外の奴を助けてくれなかったんだよ」

「ぇ……」

 歪んだ表情で、彼は顔を持ち上げた。

 

「お前には力があった筈だ!! 俺よりも強い力が。皆を守れる力が……あった筈だ!! なのに……なんで!! なんで助けてやらなかったんだよ!!」

「それは……その、だって……私は……あなたに助けて貰ったから」

 彼と出会ったのは数年前。

 

 沢山のソレに囲まれて、けれど私はソレに襲われようが壊れる事はない。

 諦めて消えるまで耐えようとしたその時、彼は必死になって私を助けてくれたのです。

 

 

 私は人類の観測者。

 

 けれど、この世界にいて良いのなら、この世界に存在する一つとして、許されるなら、恩を返したり、友達と笑い合ったり、そういう事をしても許されるって──

 

 

 

「お前は見捨てたんだ……俺達を」

「ち、違います。それは!!」

「何が違うんだよ」

「それは……」

「言えよ。何が違う。俺以外をなぜ助けなかった。何が違うんだよ!! なぁ!! 言えよ!!」

 分からない。

 

 

 何も分からない。

 

 

「私は……」

「俺だけ助けて、それで満足か。他の奴はどうでも良くて、お前は!! 俺さえ助けれれば良かったのかよ!? なぁ!!」

「いや、だって……私はアズマさんに……」

「俺が助けたからか? お前を、助けたからか。……そんなの!! 当たり前だろ!! 俺にはその力がある。だから、お前を助けた。……皆を助けたかった!! なのにお前は!! その力があるのに、誰も助けない!! なんでだよ……なぁ、なんでだよ!!」

 その力が私にはあった。

 

 

 彼等彼女等を助ける事が私には出来たし、この世界の終焉を回避する事だって私には出来る。

 

 

 

 隕石が落ちる事を知らせる事も出来た。魔物達を全て葬る事だって出来た。押してはいけないボタンを止める事も出来た。

 

 でも、私はソレをしなかった。

 

 

 個人を助ける為に一つの命を奪い、気紛れで世界の行く末に介入して、友達の幸せを願って私は──

 

 

 

 私は──

 

 

 

「何故だ……教えてくれよ、イヴ。なんで皆を助けてくれない。助けてくれなかった。……俺だけ助けるなんてよ、そんな……自分勝手だろ? エゴだろ? 俺は、そんな風にして欲しくてお前を助けたんじゃない……!!」

「私は──あ、アズマ。来ます……」

 声を出し過ぎたのでしょう。

 

 ソレらが私達の場所を嗅ぎ付けてきた。ここも早く出ないと囲まれる。

 

 

「この話は後です。今は逃げない……と」

 アズマさんの手を取ろうとして、弾かれた。

 

「アズマさん……!!」

「俺はもう良い」

 言いながら立って、彼は銃を持って歩き始める。

 

 

「何処へ……」

「一匹でも殺して、何処かの誰かの為に……そうありたいと俺は思ってるんだ。別に誰だって良い。俺は……ただ、皆が笑顔でいて欲しかっただけなんだよ。特定の誰かだけじゃなくて、皆がな」

「私は……」

「お前には、分からないか」

 そう言って、彼は扉を開いて駆け出した。

 

 

 建物の外に出る。

 

 ソレらが集まってきた。

 

 

 私は手を伸ばす。けれど、どうしたら良いのか分からない。

 

 

 

「俺達は終わっちゃいない!! いつか必ず、俺達はまた立てる!! だから!!」

 弾が切れるまで銃を乱射した。

 

 

「……お前は、いつか()を救ってくれよ」

 街が燃える。

 

 

 対魔力シールド展開。

 

 

 

 彼が放った魔法により、廃墟都市は一瞬で炎に包まれた。

 

 

 ソレらが呻き声を上げて倒れていく。

 

 

 彼も、灰になった。

 

 

 

 私はその灰の上に立っている。

 

 

「私のエゴなんでしょうか。身勝手なんでしょうか」

 エドワード達を助けたのも、勇者なおきを導いたのも、アカネのデートを守ったのも、全部私の身勝手だった。

 

 

 分かっています。

 

 

 いや、分かりません。

 

 

 正しい行動なのか、間違っていたのか、誰も教えてくれない。教えてくれなかった。

 

 

「何が……いけなかったんですか」

 ノイズが走る。

 

 

 

 ──やあ、コンビニの店員さん。

 

 声が聞こえた。

 

 

 削除した筈のデータが再生される。

 

 

 辞めろ。

 

 

 私にソレを見せるな。

 

 

 

 

「──っ、あ……」

 私は別の世界に居た。

 

 

 その世界で、私はコンビニで働いていて、世界を終わらせる事が出来る物を発明した一人の男性とお話をする。

 

 

「……お願いします。そのボタンを押すのを辞めてくれませんか。あの子に、そんな終わり方をしてほしくないんです」

「友人個人の願いとして、正しいな」

「だったら!!」

「でもそれはその子個人に対しての気持ちだ。俺を含めて、明日なんて来ないでくれと思う奴は山ほど居る……けど──」

「明日が来て欲しいと願う奴も沢山居るんだ。……そういう奴が、俺みたいのを止めて、世界は真っ直ぐ進んでいくんだなぁ」

「お客さん……」

「よーし、辞めだ。世界を終わらせるのは辞め辞め!!」

「これは君にあげよう」

「こんな物騒な物いりませんけど!?」

「君に、持っていて欲しいんだ」

「わ、分かりました」

 彼は世界を終わらせる事を辞めてくれました。

 

 

 

 その数日後、私はバイト終わりの帰り道に彼と再開します。

 

 

 

 歩道橋の上で。

 

 

「あら、こんな所に」

「やぁ、コンビニの店員さん。奇遇だ」

「本当に」

 彼は私を見て笑いました。

 

 

「友達のデートはうまく行ったのかな?」

「そのようです」

「それは良かった。……なぁ、店員さん」

「はい」

 彼は、歩道橋の柵を乗り越える。歩道橋の高さは四メートル弱。そうでなくても、トラックが迫って来ていた。

 

 私は手を伸ばせなかった。伸ばさなかった。

 

 

「俺は、どうしたら良かったのかな」

 そう言って、彼は歩道橋から飛び降りる。

 

 走って来たトラックが彼を弾いて、引き摺って、彼だった肉片を沢山の車が磨り潰した。

 

 

 

「私は──」

 どうしたら良かったのでしょうか。

 

 

 助けられたのでしょうか。助けて良かったのでしょうか。

 

 

 ミカエルも、ジョージやピーターも、私をナンパして来た名前も知らない男性も、彼も、アズマさんの仲間達も。

 

 

 私はどうしたら良かった。どうしたら良い。どうしようもない。

 

 

 顔も名前も知らない人達も、大切な仲間も、友達も、その家族も、私には関係なくても、この世界の誰かであって、全員を助ける事なんて出来ない。私はそもそも、その為に存在している訳ではない。

 

 

 

 なら私はなんで存在している。どうしてこんな事を続けている。

 

 分からない。誰も教えてくれない。答えてくれない。

 

 

 私は──

 

 

 

「世界なんてもう……」

 懐から、何処かの世界で誰かに貰った()()()()()()を取り出した。

 

 

「……見たくない」

 ボタンを押す。

 

 

 壊れればいい。自分ごと。

 

 無くなればいい。世界ごと。

 

 

 消えてしまえばいい。そうしてら、分からなくていい。

 

 

 

 さようなら。

 

 

 

 ──讖滉ス薙↓逕壼、ァ縺ェ謳榊す縺ィ繧ィ繝ゥ繝シ繧呈、懃衍縺励∪縺励◆縲ゆソョ蠕ゥ繝「繝シ繝峨↓遘サ陦後@縺セ縺吶?



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科学の世界

 この世界は三ヶ月後に滅びる。

 

 

 

 あってもないような低さの柵を見上げた。

 これほどの高さなら、普通の人でも登っていく事が可能でしょう。

 

 ただ、それを許さないのが設置された防犯カメラ。どうやら不法入国者を感知すると柵に電流が流れるんだそうな。

 それが全部自動だというのだから、進んだ化学にはソレ由来である私も驚きを隠せませんでした。

 

 人間の向上心は恐ろしい。

 

 

 

「──あなた、旅人さん?」

 柵の出入り口で突然、声を掛けられる。

 

 短く整えられた綺麗な黒い髪に、キラキラと輝く何も知らなそうな綺麗な青い瞳が印象的だった。

 

 

「いえ、旅人という訳では……」

「それじゃ、この街に住みにきたって事?」

 少女とも少年ともつかない黒髪の幼い顔付きの人間。

 

 彼女もしくは彼は、私の顔を覗き込む。

 

 

「……綺麗な目」

「どうも。……そうですね、どちらかといえば、私は旅人というカテゴリーに属すると表現する事も間違いではありません」

「難しい言葉だね」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」

 首を傾げる彼女もしくは彼は、少し目を細めてから「あ、自己紹介してないね!」と綺麗な青い瞳を私に向けた。

 

 

「私はミカ! 旅人さんの名前は?」

「イヴ」

 短く答える。

 

()()──ミカは、私の手を取ってこう続けた。

 

 

「旅人さん、()()って信じる?」

 この世界は科学の世界。

 

 

 分かりやすく空を飛ぶ鉄の塊。

 生活に必要不可欠なガスや電気。夜ですら星の光よりも輝く街と、便利な機械や技術の数々。私と同じロボットも歩いている。

 

 魔法など微塵も存在しない。科学の世界だ。

 

 

「……いいえ」

 この世界は三ヶ月後に滅びる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 視線を感じた。

 

 

「──つまり、魔法はね、この世界が出来る前にあった世界では存在していた現象だと思うんだよね! 誰も信じてくれないけど、物理的な現象で説明出来ない歴史の痕跡は沢山ある! けれど、それをタブーとして皆は見ないようにしてるの」

「どうしてその話を私に?」

「貴方の目が綺麗だったから!」

 彼女は何処かで聞いた事があるような気がする言葉を、私の目を真っ直ぐに見て口にする。

 

 

「……確かに、魔法的な発言ですね」

 この()は終わりませんでした。

 

 

 

 自らごと消滅させるつもりで()()()()()()を使用して、世界を終わらせた筈なのに。

 

 私は今、こうして次の──もしくは幾つか後の世界を旅している。

 

 

 どうやら私は己の決定で己を終了させる事が出来ないらしい。

 

 なるほど、頭のネジがなくなっているポンコツだから人のような心でも芽生えたのかという憶測は間違っていたようですね。

 

 

「宿を探しています」

「それならコッチ! あ、私の仕事は街の案内なの」

「なるほど」

 ところで、彼女の顔とこの会話内容。何処かの世界で同じような会話をした記録が見付かりました。

 

 

 色々な世界を旅してきたので、顔が似ている人間くらいなら珍しい話ではありません。しかし、光景や動向が重なる事は初めての経験です。

 

 こんな事もあるんですね。

 

 

「どうかしたの? ぼーっとしてるよ」

「いえ……。ところで、貴方は女性なのですか?」

「し、失礼じゃない!? どう見ても女の子だよ!!」

「──それは失礼しました」

 ──ミカエルも、女性だったのでしょうか。

 

 

「着いたよ、ここが私の経営してるホテル!」

「街案内と併せてお安く出来る訳ですね」

「そういう事! よく分かったね」

 有無を言わせない態度で歩いて、私の手を引っ張る()()

 

 

「……いえ、以前にも同じような──」

 カレーを食べさせて貰った民宿の記録が蘇り──

 

 

「──事は、ありませんでした」

 ──目の前の地上四十五回建ての高層ビルを見て、私は首を横に振りました。

 

 

 そんな、同じような事ばかりではないという事です。

 

 

「なかったんだ」

「こんな高層ビルではありませんでしたね。こんな巨大なホテル……を、一人で経営しているのですか?」

「うーん、なんていうんだろう。少し違うかな。旅人さん……えーと、イヴちゃんはもしかして知らないの?」

 苦笑いのような表情で、彼女は私の目を覗き込んだ。

 

 

「この世界、三ヶ月後には滅んじゃうんだよ」

「なんと」

 知っている。

 

 

「隕石がさ、落ちてくるんだって。今の私達の科学力じゃ、どうしようもないくらい大きな隕石が」

 三ヶ月後、この星に巨大な隕石が落下する。

 

「殆どの生き物は死んじゃうって。人間が生きていける世界じゃなくなっちゃうって」

 この星の九割の生命が滅びてもおかしくない。

 

 

 あの世界と同じく、この世界も一瞬で全てが灰になる未来は確定していた。

 

 

 

「そうなんですね」

「うん。それで、偉い人達は皆地下シェルターとか? 宇宙に逃げちゃったの」

「しかし、そんな事しても……」

「そうだねー。多分生き残れない。……それが分かってるからかな? 皆、思い思いにやりたい事やって生きてる」

 そう言って、彼女は巨大な高層ビルを見上げる。

 

 

「ここ、偉い人に貰ったんだ。私は将来こういうお仕事がしたいって思ってたから、今は夢を叶えてるところ!」

 この状態で暴動が起きたりしていないのは珍しい。

 

 

 満たされていたのか、諦めが早いのか、けれど──彼女の瞳からは寂しさを感じた。

 

 

「けど、お客さん来ないから全然お仕事出来なくて……。だから、イヴちゃんが私の最初で最後のお客さんだよ!!」

「私は了承していないのですが……」

「ガーン!!」

「了承しないとも……言っていませんよ」

「イヴちゃん!!」

「お客様ですよ、私は」

「イヴちゃん!!」

「はぁ……」

 どうも、私のポンコツヘッドは終末スイッチで大破した後の自己修復でも治らなかったらしい。

 

 

 諦め、か。私はどうしたらいいのでしょうか。

 

 

 

 それから二ヶ月。

 

 私は()()のお客さんとしてこの街で過ごす。

 

 

 なんと高層ビルを独り占め。

 何度か行ったミカへの悪戯──私は何処の階のトイレに居るでしょう──はあまりにも疲れたのでもう辞めてと土下座されました。

 

 残り数ヶ月で滅ぶとは思えないほど、街の雰囲気は穏やかなもので──勿論使えない施設もありますが、普通にデパートや施設で働いている人達もいる。

 

 

 曰く、最後まで普通でいたい。この仕事が好きだから。

 

 

 

 とても良い世界だ。

 

 

 滅びて欲しくない。

 

 

 

 これは気持ちでしょうか。

 

 

 

「──カラオケ、ですか?」

「うん! カラオケ行こうよカラオケ!」

 人類滅亡まであと一ヶ月という所で、ミカがお出掛けの誘いをしてくる。

 

 断る理由もありません。

 

 

「……そうですね、良いですよ」

「やったー! この間のボウリングも楽しかったよねー。明日は何しよっかなぁ」

「まだ今からカラオケだというのに明日の話をしてどうするんですか」

「だって、後一ヶ月しかないんだよ? 楽しまなくちゃ」

 けれど、忘れた訳じゃない。

 

 

「え、百点ってカラオケの採点で本当に出せるんだ!!」

「満点になるように行動しただけです」

 誰もがそれを考えないようにしていただけ。

 

 

「ダーツの矢がダーツの矢に刺さってる!? どういう事!?」

「朝飯前ですが。所で夕飯どうします? あ、夕飯前というのでしょうかコレは」

 終わってしまう現実から目を逸らそうとした。

 

 

「カレー屋さん閉まっちゃったね。このお店美味しくて好きだったんだけどなー」

「仕方ないでしょう。お店で具材を買って、自分達で作ってみますか?」

 それも少しずつ崩れていく。

 

 

「え? イヴちゃんカレー作れるの!?」

「貴方も作ってくれたじゃ──あ、いえ……違いますね。貴方は──ミカは作れないんですね」

 この世界は確実に終わりに向かっていました。

 

 

 

 

「作れないよ。難しいよ、カレー」

「教えてあげますよ」

「えへへ、ありがとう。それじゃ、今度は私が作るね!!」

「今度……。はい、今度はお願いします」

 今度、と──後、何回言えるのでしょうか。

 

 

 それも現実逃避の一環なのかもしれない。

 

 

 私には分からない。

 

 

 

 終わる事すら出来ない私には、分からない。

 

 

 

「カレーのルーはね、この会社のが美味しいんだよ!!」

「そんなに買ってどうするんですか」

()()作る時にも使うからね」

「なるほど」

 お会計を済ませる。

 

 

 お店の人もミカも、普段通りに接していた。

 

 

「今日はカレーなんだね、ミカちゃん」

「うん! イヴちゃんが作ってくれるんだって!」

()()作ってもらう時の為に脳味噌に直接作り方を叩き込みます」

「怖!!」

 異常ではない。

 これが彼女彼等の選択なのだから。

 

 

「毎度あり」

()()くるね!」

「おう。《また》来てくれ」

 残り三十日。

 

 こんな会話も、腕が六本あれば指の数が足りるだけの時間。

 

 

 

「良いですか? 今から教える事は全て脳味噌に焼き付けなさい。出来ないのならその頭をこじ開けて電流を流し、私が直接記憶させましょう」

「なんでそんなにバイオレンスなの!?」

「さて始めますよ」

「待って!! 心の準備が!!」

「カレー作るだけなのになんで心の準備が必要なんですか」

「イヴちゃんが脅すからだよ!!」

 人と話す時間は短く感じる。

 

 

 この世界が時を刻む時間は、その存在の移動速度さえ変わらなければ一定である筈なのに。

 

 こうして誰かと話す時間は、いつも一瞬で終わってしまうように感じました。

 

 

 そうして待つ。

 

 次の世界が来るのを。

 

 

 いつもそうしてきた。なんの為に。

 

 

 

「イヴちゃん?」

「……すみません。考え事をしていました」

「今日沢山遊んだもんね! 疲れてるのかも」

「そんな筈は……」

 完成したカレーが盛られた皿を見下ろす。

 

 

 いつか、誰かに作ってもらったカレーと同じ味を再現した。

 

 どうしてそんな事をしたのか、自分でも分からない。

 

 

 

「……魔法の話、してましたよね」

「あれ? イヴちゃんその話興味ないと思ってた」

 私がカレーを口にしながらそう言うと、ミカは少し目を丸くしてスプーンを置く。

 

「冷めちゃいますよ」

「た、食べてからお話しする!」

「大した話ではないです。……どうして、魔法を信じるのですか? そう、聞きたかっただけなので」

 いつかのどこか()()()()で。

 

 

 少女もしくは少年──ミカエルは、魔法の世界で()()の事を話していた。

 

 あの世界にはない筈の、夢物語。

 立場は反転していますが、ミカのソレはあの世界での少女もしくは少年の言葉と一致する。

 

 

「イヴちゃん、私と会った時の事覚えてる? もう二ヶ月も前の事だけど」

「魔法を信じるか? と、問い掛けて来ましたね」

 残り少しだったカレーを流し込んで私に問い掛けるミカに、そう返事をして食器を二つ手に取った。

 

 片付けながら、彼女の言葉を待つ。

 

 

「イヴちゃん、サラッと……いいえって答えたから。全然興味がないのかと思ったんだけど」

「ふと、思い出しまして」

 あの世界とは状況が違う事は理解しつつも、どうしても重なる光景。同じカレーの味。

 

 

「何を?」

「以前、同じような質問をされた事があったな……と。私はこの時も、同じ返答をしました。しかし、その質問をしてきた方は聞いてもいないのにペラペラと話し始めたのです」

「わぁ! 私と同じだね!」

「本当に。……自慢気になられても困ります」

「ご、ごめんなさい……。でも、私は……魔法を信じたかった。沢山調べたんだよね。お化け、怪異、特異性、魔法。人生の裏技って言うのかな……この世界にはない力。そんな力に縋りたかった」

 終わるのが嫌だから。

 

 

「隕石が落ちてくるってニュースで知った時、勿論皆はパニックになった。変な事する人も居た。だけど、偉い人が本当にどうしようもないんだって、懇切丁寧に皆に伝えてくれたの」

 ロボットが街を歩くような世界。

 

 この世界の科学力はかなりの高水準に達していました。

 

 

 しかし、それでも。

 人類の叡智を持ってしても、隕石の衝突も、それによる人類の滅亡も、誰も止める事が出来ない。

 

 

 

「……でも、諦めたくなかった。皆色んな事を考えた。私も……考えたかった」

「それで魔法ですか」

「あはは。私、馬鹿だからさ。そんな馬鹿みたいな事しか思い付かなかった。あったら良いなって。アニメとか映画みたいにさ、魔法の力でドカーンって! 隕石をなんとかしちゃうの。そしたら、()助かってさ……死ななくて良いんだよ」

 最後の言葉は、掠れて殆ど口に出来ていない。けれど、私には分かってしまう。

 

 

「最後、なんと言いました?」

「ごめん。なんでもない! そうだ! 明日どうしようか? ボーリングもダーツもカラオケも勝てなかったから、そろそろ私イヴちゃんに勝ちたいよ!」

「何をされても私が勝ちます」

 終わりたくない。

 

 

 皆が思っている事でした。

 

 

 私はそれを何度も踏み躙ってきて、あまつさえ前の世界は既に終わっていたのだとしても自分の手で幕を引いてしまったのだから。

 

 

 

「ミカ」

「何? イヴちゃん」

「あなたにもし、この世界を救う力があったとします」

「唐突に凄い前提だね」

「そしてあなたは、世界を救わなくても死なない強靭な肉体を持っていたとします」

「凄い人になっちゃったね私」

「あなたは自らの……親と呼べる存在に、人々の終わりを見届けろと言われました。つまり、人類を救ってはいけないと言われました。……あなたは、どうしますか?」

 私の問い掛けに、ミカは瞬きを数回繰り返してから少しだけ考える仕草を見せる。

 

 

「うーん、なんでん 人類を救っていけないって……そんなふうに言われた事にはならなくない?」

「え……」

 彼女が漏らした言葉の意味が理解出来なかった。私はそれ以外の音声を発する事が出来なくなって、彼女の言葉を待つ。

 

 

「えーと、終わりを見届けろって言われたんだよね? その、凄くなっちゃった私は」

「はい」

「でも、それ以外は特に何も言われてないよね。今の所。私は他に何か言われたのかな?」

「いいえ」

「じゃあ。どうしますか、の答えは自分のしたいようにする……じゃないかな。私だったら……そうだな。救っちゃうな、人類!」

 白い歯を見せて、彼女は笑った。

 

 

「ミカ……」

「私に出来る範囲で、救って……それでもダメだったら悲しく思うんだと思うけど。それでも……私は、私に出来る限り頑張る。だって、イヴちゃんがそこに居るから。友達とか……家族とか、仲間とか。大切な人が居るなら、世界ごと救っちゃう! 私がそうしたいから!」

 屈託のない表情でそう語るミカ。

 

 

 私にはなかった答えが、そこにある。

 

 

 

 

「イヴ、お前には……この争いの後。人類の最後を見届けて欲しいんだ」

「人類の最後……ですか?」

 博士はそう言っていた。

 

 

「あぁ、この世界の終わり。誰も見届けられないのは、寂しいから」

 博士。

 

 

 

 私は、()()()()いいのですか。

 

 

 

 答えてくれる人がここにいたなら、私は──



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繋がる世界

 隕石が落ちる場所に足を運ぶ。

 

 

 そこには巨大な銅像が建てられていた。

 それは何処かの国からの贈り物らしく、自由の証なのだとか。色々な世界で見掛ける話ではある。

 

「ここ、隕石が落ちて無くなっちゃうんだよね」

「丁度この場所に落ちる……。それが分かっているのに、どうしようもないのですね」

「魔法があったらなぁ」

 困ったように、少女──ミカは笑った。

 

 

 

「そんなものは……」

「ない。分かってるよ」

 そんな事はない。魔法はある。奇跡もあった。私がここにいて、それが分かっている。

 

 それなのに、私は何もしようとしない。

 

 

 して良いのかが分からない。

 

 

 

「さて! 泣いても笑ってもあと一週間だよ!! 楽しも、イヴちゃん!」

「ミカ……。はい」

 手を繋ぐと、暖かさが伝わってきた。

 

 

 この感覚も、視覚も聴覚も。味覚も嗅覚も全て偽物で、データによってプログラムが会得している物だとしても──

 

 

「楽しみましょう」

 ──この気持ちだけは、本物であると願いたい。

 

 

 

 この世界はあと一週間で滅びます。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 この街に来て三ヶ月が経とうとしていた。

 

 

 その頃は賑わっていた街も、少しずつ静かになっていく。この世の終わりが現実味を増してきた。

 

 二人で行ったボーリングセンターも、カラオケBOXも、色々なお店が空いていない。

 

 

 静かな街。

 我慢していた人達が、我慢できなくなってしまう。

 

 

 初めは誰もがそうだった。

 

 最後の時間。

 

 

 国が、世の中が、この世界が滅ぶ事を伝えたその日から。

 

 誰もが後悔しないようにしようと励んで、隕石の衝突を防ぐ事を考えて、最後まで楽しむ事を考えて。

 けれど、そのどれもが叶わない夢となって消えていく。

 

 

 耐えられなかった、考えられなかった、怖くなってしまった。

 

 

 

 街には煙が上がっている。

 

 その煙をどうにかしようという人すら、もうどこにもいない。

 

 

「寂しくなってしまいましたね」

「そうだね」

 そんな街を二人で歩いた。

 

 何度か暴漢に襲われて、私がそれを撃退する。

 それくらいの事をするだけで、いつかの世界で言われた言葉が聴覚器官にノイズのように流れた。

 

 

「なのにお前は!! その力があるのに、誰も助けない!! なんでだよ……なぁ、なんでだよ!!」

 この街にも私が救える人が沢山いる。

 

 

 私が撃退した暴漢が誰かの命を殺めるのを見て見ぬ振りをした。その暴漢が他の誰かに殺められるのを見て見ぬふりをした。

 いつかカレーの材料を買ったお店の店員さんが首を吊るのを見て見ぬフリをした。これから歩く道の先で暴徒が子連れの家族を襲っているのも、私は分かっている。

 

 

「ミカさん、偶には他の道で帰りましょうか」

「なんで?」

「普段しない事を経験しておくんですよ、今のうちに」

「なるほど。流石イヴちゃん」

 見せないようにした。見ないようにした。

 

 私はそれが出来る。しようと思えば出来てしまうし、こうやってミカの事を守ってしまっているのに、この世界に自分がいるという事を言い訳にして、人類という大きな枠組みに対して向き合う事から逃げていた。

 

 

 ミカは、自分なら人類を救うと言って私に寂しそうな笑顔を見せる。

 

 

 私はそれをして良いのか分からない。

 

 

 

「ミカ……」

「何? イヴちゃん」

「……その、えーと……いえ。なんでもありません」

「珍しいね? どうかしたの?」

「なんでもありません」

「そっか」

 彼女に聞いて良いのだろうか。

 

 それは彼女を傷付ける言葉にならないだろうか。いや、私は恐れているのかもしれない。彼女が彼のように私のこれまでの行いを否定して、拒絶されるのを。

 

 

 怖い。

 なるほど、自分が他者に対して抱く感情において一番分かりやすい物。

 

 私が壊れていないなら、そんな事で行動を制限される理由はない。

 

 

「ミカ、私は──」

「大丈夫だよ」

 ふと、ミカが私に抱きついてきた。人の体温の温もりが伝わってくる。

 

 

「……ミカ?」

「……怖いよね」

「……何を分かったつもりで」

「……誰だって怖いよ。死ぬの。この世界、終わっちゃうんだもん」

 勘違いか。

 

 

「命がなくなって、何も分からなくなるのが怖い。それ以上に、この世界から自分が居なくなるのが怖い。怖いよね。誰も自分の事を覚えていてくれない。この先ずっと、私がこの世界に居た痕跡も残らないで、何もかも消えちゃうんだ。……私の大切なこれまでの人生も、これからの一週間も、全部残らない。この世界から離れてひとりぼっちになっちゃう。怖いね」

 何処か遠くを見ながら、彼女はそう言った。

 

 

「それが……怖い、ですか」

「うん」

「……分かりません」

 自分で自分を終わらせる事すら出来ず、この世界から消える事も出来ないで、自分だけが世界に残る。

 

 

 けれど私はずっと記録して──覚えていた。忘れる事すら出来ない。

 

 一緒にカレーを食べた少女もしくは少年の事も、共に戦った隊長も、私をナンパしてきた青年も、世界の始まりになった少年少女も、凍った世界の狩人も、魔王を倒しにきた勇者も、コンビニのバイト仲間も、私を否定した彼も、私に終末スイッチを渡してこの世界から消えた彼も、私の姉も、私を作った博士も──私は忘れる事すら出来ない。

 

 

 全て記録されて、私の中に残り続けていた。きっと、私はミカの事も忘れる事が出来ない。

 

 

 彼女が消えても、私の中の残響として、記録され続ける。

 

 

 

「一人になるから、怖いのでしょうか」

「うん。皆居なくなっちゃうのが、怖い」

「……なら、私は怖いのかもしれませんね」

 置いていかれるのが、一人になるのが、あまつさえ記録にそれが残り続けるから、ミカの言う一人になるのが怖いという感情の仕組みが理解出来た。

 

 

 だからといって、私に何が出来る。

 

 

「ミカ……私は人間ではありません」

「うーん、なんとなく分かってた」

「私は世界を救えません。……いえ、場合によりけりです。今回のような事象の場合、私に与えられた単体の力で隕石の衝突から人類を守る事は不可能です。しかし、隕石の衝突に耐え得る結界を張る事は出来ます。この街一つくらいなら……この世界から消えずに守る事くらいの事が出来る。あなた()を守る事が、私には出来る。しかし、私がそれをした所でこの世界は──」

 突然私の口が動かなくなった。

 

 

 自分の言動を処理出来ていない。自分は高性能な筈なのに、どうして《友達を助ける》という事すら出来ない。

 

 

 

「それは、イヴちゃんがしたい事?」

「それは──」

「自分を作ってくれた人が、イヴちゃんにしなさいと言った事……だっけ。この世界の最後を見届ける、格好良いなぁ。凄いなぁ……。けど、イヴちゃんはそれが嫌になった。違う?」

 覗き込む青い綺麗な瞳。

 

 私の顔が映っている。無表情。

 

 

「私はこの前さ……世界救っちゃう! みたいに言ったけど、簡単じゃない事くらい分かるよ。どんなに凄い力があっても、どうしようもない事があるのも分かる。隕石だもんね、無理だよ」

「でも……」

「もしこの街だけでも守れたとしたって、その後の事はどうしようもない。イヴちゃん頭良いから、多分それが分かってるんだよね。……だから、そんな事はしても意味がない。分かってるから、出来ない。そうじゃない?」

 全て正解だった。

 

 

 この街だけを守り抜いたとして、この世界にただ一つ残されたこの小さな世界で人々は苦しむだけだろう。

 

 ミカも、その苦しい世界に巻き込まれて、隕石の衝突で一瞬で蒸発するよりも耐え難い人生を送る事になる筈だ。

 

 

 

「魔法があったらなぁ」

「魔法……」

 魔法はある。

 

 魔法がある世界があって、私はその世界で魔法と呼ばれる現象を使用する事が出来る性能も手に入れた。

 しかし、私が使える程度の魔法でどうにか出来る問題ではない。

 

 

 魔物が世界を駆けているだけなら、死者が蠢いているだけなら、魔王が世界を侵略しているだけなら、疫病等人知の力でどうにか出来る物なら──私はやろうと思えば確かに人類を救えるのかもしれません。

 

 だけど、どうしようもない世界も沢山あって。

 この星の機構だとか、全人類を巻き込んだ戦争だとか、それこそ隕石の衝突だとか。

 

 

 私がどうしたって救えない世界があった。

 

 

 けれど、守れた世界もある。

 

 

「──明日久し振りのデートなの!」

 小さな世界の、小さな想い。

 

 だけど、彼女にとっては大きな世界だった筈だ。

 

 

 私は彼女の世界を守れたと思いたくて、けれど──あのボタンを作った人の世界を守れなかった。

 

 

 

「魔法が使えたって……全知全能ではないんです。私一人が何をした所で、滅びる世界は滅びてしまう。どうしようも……ない」

「じゃあ、皆で頑張れたら良いのにね」

「皆で……?」

 私の問いかけに、ミカはその場で一回転してからこう答える。

 

 

「全知全能スーパーヒーローな一人じゃなくて、なんでもない私とか、知らない人も。沢山の人が協力したら、世界だって救えちゃうかもしれない。……この世界はダメだったかもしれないけど、もしかしたら魔法が使える人が! 凄く強い人が! 凄く頭が良い人が! 凄く勇気のある人が! 諦めない人が! 誰かを大切だと思って動ける人が。……そんな皆が力を合わせたらさ! 世界だって救えちゃうと思わない?」

 真っ白な歯を見せて、ミカは笑った。

 

 

「皆……」

 私はやはりポンコツだったのでしょう。

 

 

 自分一人で何かをしなければならないと、そんな概念でしか動いていなかった。

 

 

 この世界に自分がいて良いと言うのは、そういう事じゃない。

 

 その世界の誰かと関わって、学んで、楽しんで、力を合わせていいという事。

 

 

 でも、私は見届けなければいけない。力を合わせるのではなく、世界の終わりを見届けなければ──

 

 

「──だからさ、一緒に()()()()()()()

「──え?」

 真っ直ぐな青い瞳が、私を見る。

 

 

()()に?」

「うん、一緒に。……見届けるって、最後を見届けるんだよね。最後ってさ、多分……本当に誰も彼もがどれだけ何をしてもダメだった時だと思うんだ。私達の今みたいなさ」

 そう言って、彼女は寂しそうに笑った。

 

 

 隕石の衝突が分かって、この世界では色々な人が奮闘したらしい。それでも、ダメだったから、彼女はこんな風にしか笑えない。

 

 違う。

 

 

 私は何もしなかった。

 

 

 この世界が滅びるのを、今も黙って見ている。

 

 

 わがままで、エゴで、友達になってくれたミカだけを助けようなんて算段を立てて。この世界と一緒に考える事をしなかった。

 

 

 

 もっと早く、私が何かをしていたら、この未来は変わったかもしれないのに。

 

 

「どうしてもダメだったってのは、やっぱりあるよ。でも、出来るだけやってみたり。誰かを助けたりして……それでもダメだった時が最後なんじゃない? そんな最後を、見届ける事が願いなんじゃないかなって」

「それでもダメだった時……」

 結局の所。

 

 

 人類は何度も滅びて、その度に立ち上がっている。

 

 私が手を差し伸べてしまった事もあれば、私が終わらせてしまった事もあった。けれど、その度に、いつも、これまでずっと、この世界は再び動き出した。

 

 

 この世界が終わっても、もしかしたら次の世界があるかもしれない。ないのかもしれない。

 

 そんな可能性の考慮すらしなくなる程の多くの世界を旅して──

 

 

「次がある内は最後じゃない。その最後を見届けてねって、そんな約束だったらさ。それ以外は何しても良いって事じゃない?」

「だったら……私は」

 それでも、今はどうしようもない。

 

 

 私はこの世界を救えない。次の世界が本当にあるのかも、分からない。

 

 

「だから、一緒に見届けようよ。私……バカだからさ、イヴちゃんが言ってる事も思ってる事もちゃんと分からないけど。……私が終わっちゃうって事だけは理解してるんだ。それを、ちゃんと見届けて欲しいなって」

「ミカ……」

 彼女の事は救えない。

 

 

 この世界は確実に終わってしまう。彼女だけを救ったりしても、彼女に残っているのは地獄だけだ。

 

 

 だから、私は彼女の終わりを見届ける事しか出来ない。

 

 

 

 いや、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「だからさ」

 そう言って、彼女は私の手を掴む。

 

 

「あと一週間、私の事見届けて欲しいな」

 その手を、離したくない。

 

 

 そう()()()しまった。

 

 

 

 

 

「──はい、出来た!!」

 カレーライスを完成させたミカは、自信満々な表情で机の上に皿を叩き付ける。

 

 カレーのルーが飛んで私の目に入った。

 

 

「赤点です」

「許して!?」

「あのですね、今日くらいは──」

 ふと、ミカの顔を見る。

 

 口にしようとした言葉を止めた。それは、今は必要ないと感じる。

 

 

「──いえ。許しません。私はお客さんですよ? こんな事が許されるとでも?」

「え、今それ言うの!? 狡いよイヴちゃん!! そんなカレーが目に入ったくらいでさ!!」

「狡いもクソもありませんが!? お前の目にカレーを入れてやろうか!?」

「ごめんなさい!!」

 時間が過ぎるのは一瞬でした。

 

 とても長い時間を過ごした私にとって、この一瞬はその長い時間から比べれば本当に刹那の出来事です。

 それでも、一秒一秒を大切に過ごしました。

 

 

 それでも、時間は経ってしまう。

 

 

 

「……仕方がないので、今回は許しましょう」

「……許してないよ。目がとても痛いよ」

 ミカの眼球に丁度良いダメージを与えてから、私はカレーライスをスプーンで掬いました。

 

「……()は許しません」

「き、気を付けます。はい」

 そうして、カレーを口に運ぶ。

 

 

 私は食事を摂取する必要はない。しかし、する事が出来るような機能があって、味覚も感じる事が出来た。

 これまでその意味について考える事もなかったのですが、今なら言えます。

 

 

「……上出来ですね」

 ……この機能があって良かったと。

 

 

「はー、良かった。これで心残りはないや!」

「ミカ……」

「ダメだからね」

 手を伸ばそうとして、彼女がそれを止めた。

 

 

 

 隕石衝突まで残り十分を切っています。

 

 

 

 十分後には、隕石は上達地点から半径100キロメートルを一瞬で蒸発させ──ミカは骨も残らない。

 この世界全ての生態系が狂う程の大災害。

 

 人類はまた滅びるしかありませんでした。

 

 

「私は……あなただけを助ける事は出来る。あなたが寿命を全うして死ぬまでのたった数十年程度なら……あなたを生かす事も出来る」

「でも、イヴちゃんはそんな事したくないんだよね」

 そうです。したくない。

 

 

 そんな事をした所で、ミカが残りの時間を苦しんで生きる事が分かってしまうから。

 

 

「私は……確かに死にたくないよ。凄い魅力的な提案だと思った。お願いしたいと思った。……けど、馬鹿な私には分からない辛い事があるんだよね」

 一日だけ。

 

 

 彼女は昨日、私に言った。

 

 

 

 泣きながら「死にたくない。助けて」と。

 

 

 

 私は彼女を助けられない。

 

 

 隕石の衝突でどうしようもなくなってしまったこの世界の後で、彼女が苦しむだけの世界を望めない。

 

 

 一日だけ。

 彼女は目一杯泣いて、今日を、今を、笑顔で過ごしている。

 

 

 

 

「少しだけ時間が短かったけど、私は人生楽しかった。こんな終わり方にも、納得してる」

「ミカ……」

「イヴちゃんもきっと、見付けられると思う。納得出来る終わり方。どうしてもダメで、けれど、満足のいく終わり方。終末の旅……かな。これからも、きっとイヴちゃんは見届けてくれる。私が怖かった、この世界から消えるってのも……なんとイヴちゃんが覚えていてくれるから大丈夫!」

 残り十秒。

 

 

「イヴちゃん!!」

「ミカ……」

「この世界に居てくれて、ありがとう。次の世界に、行ってらっしゃい」

「ミカ、あなたは──」

 音が消えた。

 

 

 光が世界を包み込む。

 

 

 

 私の目の前で、彼女は空気と混ざった。

 

 

 最後の瞬間、彼女に抱き付く。彼女も私に触れてくれた。

 

 

 

 大丈夫。絶対に忘れない。

 

 あなたは──あなた達は、ここにいる。この世界にいる。私が終わらない限り。この世界にいる。

 

 

 

 だから──

 

 

「──あなたは一人じゃないですよ。だから、私も一人じゃない」

 ──だから、この先も歩いていける筈だ。

 

 

 この世界が本当に終わるまで。



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最後の世界

 この世界は三十年後に滅びる。

 

 

 

 気が遠くなる程高い城壁を見上げた。

 これほどの高さなら、空飛ぶ絨毯でも越えることは難しいだろう。

 

 強固な作りの外壁に守られた街。

 色々な世界を旅してきて、同じような光景を見るのも幾度目か分からない。

 

 

「──君、旅人さん?」

 城壁の出入り口で突然、声を掛けられた。これも、幾度目だろう。

 

 短く整えられた綺麗な黒い髪に、キラキラと輝く何も知らなそうな綺麗な青い瞳が印象的だった。

 

 

「……そうですね、旅人です」

「それじゃ、この街に住みにきたって事?」

 少女とも少年ともつかない黒髪の幼い顔付きの人間。

 

 彼女もしくは彼は、私の顔を覗き込む。

 

 

「……綺麗な目」

「どうも。……宿を探しているのですが、あなたは街の案内屋さんだったりしませんか?」

「よく分かったね。うん、俺はこの街で案内屋をやってるんだ!」

 そう言って自分の胸を叩いた彼女もしくは彼は、少し目を細めてから「あ、自己紹介してないや!」と綺麗な青い瞳を私に向けた。

 

 

「俺はエル! 旅人さんの名前は?」

「イヴ」

 短く答える。

 

 彼女もしくは彼──エルは、私の手を取ってこう続けた。

 

 

「旅人さん、()()って信じる?」

 この世界は魔法の世界。

 

 

 分かりやすく空を飛ぶ箒や絨毯。

 調理や灯りに使う炎は魔法の杖から、食材を冷やすのは氷の魔水晶、学校では魔法を教わり、大人は魔法で生計を立てる。

 

 化学など微塵も存在しない。魔法の世界だ。

 

 

「はい」

 この世界は三十年後に滅びる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 性別を聞くと、少女もしくは少年は目を細めて苦笑いをした。

 

 

「俺は男だよ!!」

「そうでしたか。失礼」

 唇を尖らせる少年──エルの横顔を見て、私は自分の中にある大切な記録をいくつか読み起こす。

 

 

 

 沢山の世界を歩きてきました。

 

 色々な人や気持ちに触れて、世界を廻って、関わらなかったり傍観したり、関わったり自ら滅ぼしたり。

 

 何度も何度も繰り返して、やっと私は自分が生まれた意味と込められた願いを理解して。

 

 

 いくつもの絶望も、希望も、諦めも、乗り越えた先の世界で歩く。

 

 あれからどれだけの世界を歩いてきただろうか。

 

 

 

「それでは、街の案内をお願いします」

「分かった! けど、案内の前に宿を紹介させて欲しいな。俺がやってる宿があるんだけどさ! どう? 今ならセットでお得だよ」

「それは良いですね。ぜひお願いしましょう」

 それでもやはり、どうしようもない事は沢山あって。

 

 

「話が早くて助かるよ。旅人さん……イヴさんで良い?」

「ご自由にお呼びください」

 私が何をしようと、世界は何度も滅びてしまいました。

 

 

 

「それじゃイヴ」

「はい」

「君がお金に困っていても大丈夫! 俺の宿はこの街一番の格安物件だからね!」

「へー、それは助かります。私は貧乏なので」

 この世界も、いや──そんな()()も、このままでは後三十年で滅びてしまう。

 

 

 私は、まだ納得がいっていない。だからこうして、足掻こうとしていました。

 

 

 

「ここが、俺の宿!」

「あぁ……なるほど」

 そうして辿り着いた街で、私はボロ宿に連れて来られて頭を抱え込む。

 

 想定していた以上の物件に私は目を丸くしました。

 ミカの宿は綺麗なビルを丸ごと一件だったのに。

 

 

「辞めても良いですか?」

「そう言わずに泊まってくれよ頼む! これ以上客が来ないと俺は飢え死になんだ!」

「私には関係ありません」

「頼むよ!! お願い!! この通り!!」

「……はぁ」

 立てかけの悪そうな扉。風通しが()()()()()()()な薄い壁。埃っぽい外装。

 

 おおよそ人が一目見て泊まろうとは思わないだろう宿を見て、私は少年の顔を覗き込む。

 

 

 ところでミカエルは結局、どっちだったのでしょうか。

 

 

 

「……あなたの顔に免じましょう」

「ど、どういう意味?」

「なんでもありません。……化学、とかなんとか言ってましたね」

 宿の扉を開いて、私は明かりも付いていない埃まみれの宿に足を踏み入れる。

 

 

「そうだ化学! 君は、化学を信じてるんだよね!?」

「えぇ」

 そう言いながら、私は魔法の杖(道中適当に拾った木の枝)を懐から取り出しました。

 

 その棒を振って、物質を動かす風の魔法を発動する。

 魔力の流れが空気の流れ──風を再現して、散らかった部屋と溜まっている埃を綺麗に流した。

 

 

 そして、火の魔法でランプに灯りを着ける。

 

 

「──しかし、この世界はこういう魔法の世界。……あなたが化学と読んでいる現象はこの世界に認知されていません」

 そう言って、私はランプの火に木の棒を向けました。

 

 乾燥した木の棒に火が着いて、燃焼が始まる。

 この現象すら、この世界では魔法と呼ぶらしい。火の魔力が転移したとかなんとか。

 

 

「それでも、尚。どうしてあなたは化学という眉唾を信じるのですか?」

「終わりたくないから」

 少年は、私の目を真っ直ぐに見てそう言った。

 

 

 あなたがそう望むならわ私はその手を引こう。きっと、私はその為にここに来た。

 

 自分が後悔しない為に。そうですよね、皆。

 

 

 

「イヴは、世界消滅の予言の事を知ってる?」

「はい」

 この世界は魔法の世界です。

 

 高度に発展した魔力の読み取り能力。つまりは、魔力の流れを掴む力。コレから何かが起きる事の前兆を感知する力。

 

 

 それが予言。

 

 

「この世界は消滅する。そんな噂が広まったのは数年前でしたか。……今は禁忌扱いされているようですが」

 数年前、この世界を震撼させる予言が世に放たれました。

 

 その内容は『世界の消失』という化学的な世界なら馬鹿にされていたものです。

 

 

 しかし、この世界で()()は予報と対して変わらない意味を持っていました。

 

 人々はこの世界の終わりに震え、暴動を起こします。

 おかしな話ではありません。

 

 

 しかし、いつからかそんな暴動も──予言の話すら、この世界からは薄れていきました。

 

 世間が、世論が、その予言を禁忌として扱い。時には()()()使()と、弾圧と、同調圧力もあったのでしょう。

 

 

 

 今この世界では終末の予言はタブーとして、誰も大声で話しません。

 

 心の隅に小さな不安を残しつつ、この世界は()()に終わりを迎えようとしていました。

 

 

 

「そう、皆あの予言を忘れようとしてる。けど俺は……怖いんだ」

「世界的にタブーとされてる予言を信じて、それを恐れている。それは分かりましたが、それが何故化学に繋がるのですか?」

 この世界に化学は存在しない。

 

 

 否、化学とは創造の産物であり()()()()()()だと思われている。

 

 この世界では魔法の力が現実であり、化学とは神話や御伽噺の題材でしかありませんでした。

 

 

 つまり、彼はフィクションの力に頼ろうとしている。

 

 

 

「化学があれば……。いや、違う。化学と魔法があれば、どんな困難も乗り越えられると思ったんだよ。予言は結局、予言でしかない……魔力の流れで結果を読み取るだけの物だ。でも! 物語にある化学なら! この世界で何が起きているのか分かると思うんだ!」

「……なるほど」

 観測。実験。実証。化学とは人類が行う事が出来る未来予測と言っても過言ではない。

 

 

 それは魔法の預言のように輪郭のボヤけた物ではなく、中からパーツを組み立てて分かりやすくする作業。

 今この世界に何が起こっているのか、それを知る事が出来るのは魔法ではなく化学でした。

 

 

「そして俺は突き止めた。いや、突き止めようとしてる! この世界で何が起きているのか! イヴ、化学を信じてくれる君になら見せたい物があるんだ! 見てくれないか?」

「見せたい物?」

 エルは自信満々な表情で、屋根裏へと続く梯子を下ろす。

 

 どうやらこのボロ宿の屋根裏には彼の秘密基地があるようで。

 

 

「これは……天体観測?」

 屋根裏に登ると、二枚のレンズで遠くを見る為の──所謂望遠鏡──が窓に向けられている光景が視界に飛び込んできました。

 

 

 この世界では、星は力の源であり、実際に星々から届く光をエネルギーとして魔力を生成しています。

 それは科学ではなく魔法の力でした。だからこそ、この文明の人々は化学を信じない──信じる必要もない。

 

 

 だから、空の上に何があるのか。

 そんな疑問を持つ者は居ません。空は力の源である星々の在処。魔法の世界の人々は()()()()()()()なんて思いもしていない。

 

 

 ──しかし、彼は違ったらしい。

 

 

「てんたいかんそく? よく分からないけど。俺は星に注目してるんだよ」

「星といえば、魔力の源。この世界の動力源……エネルギーの事ですよね」

 惚けて見せる。

 

 すると、エルは得意げに口角を釣り上げた。

 

 

「違うんだな、コレが。イヴは星がこの世界の端にあるエネルギーの源だと思ってるのかもしれないけど、実は違うんだ。この世界に端なんてない! 星は、この世界からもっと遠くの場所、それこそ全部の星が違う場所に存在してるんだよ!!」

 この世界に端はない。

 

 そう言った彼は、極めて初歩的な──しかし化学的な見解を元に星々は違う距離に存在する事を私に説明する。

 

 

「──で、一番分かりやすいのは月と太陽。アレは巨大なエネルギーって訳じゃない。俺達が住んでるこの世界に近い所にある()なんだよ!!」

 この魔法の世界で。

 

 己の探究心と向上心だけで()()に辿り着いた少年はこう語りました。

 

 

 

「予言が語るこの世界の消滅。もし俺達にどうしようもないという現実が突きつけられているなら、その理由はこの世界と同等の大きさを持つ()がこの世界にぶつかってくる。……そんな可能性があるんじゃないかって思うんだよね!」

「よくもまぁ……」

 素直に驚いた、と言っても良いでしょう。

 

 

 この世界の終わりの原因が、彼の考えた結末と一致していたのはただの偶然としか言えません。

 しかし、その結末に、この魔法の世界でたどり着く事がどれだけ困難か。

 

 それはもう、奇跡と言っても違いない。

 

 

「な、なんだ!? 馬鹿にしてるの!?」

「いえ、関心……。違いますね、感動しています」

「イヴ……。君は、なんだか不思議だ。俺がこの話を誰にしても、笑ったり馬鹿にされたりで……誰も信じてくれなかったのに」

 エルは自分で語っておいて、否定されなかった事に目を丸くしました。

 

 私がミカエルに会った時、こうしていたらどうなっていたのでしょうか。

 二度と分かることはない。同じような後悔をしない為に、悔いのない終わりを迎える為に、私は──

 

 

「信じますよ。私は、その化学の結晶なのですから」

「あ、頭が取れ!? えぇ!? 何!? 化け物!?」

「化学です」

 自分の頭を外して、エルに見せる。

 

 

 あなたが信じた化学の結晶。電気とエネルギーと、0と1が作り出す一つの世界。

 

 

「あなたの想像……いいえ、実証は素晴らしい物でした。きっと、化学文明の世界はあなたのような人が作り上げていくのでしょうね……。生まれた世界を間違えたとも言います」

 魔法文明は実際の所、化学で成り立つ文明よりも便利で強固でした。

 

 化学ではどうしようもない()()を生み出すのが魔法です。

 ある程度の自然災害、魔物等への恐怖、環境への配慮。物理的ではなく魔力的だからこそ解決出来る問題は多数ありました。

 

 そうなると、その世界で化学をやる理由は殆どありません。魔法の世界で化学が存在しないのは、それが一番の理由です。

 

 

 だから、彼のような事を考える人物は珍しい。逆もまたしかり、ですが。

 

 

「何を言ってるか分からない……」

「褒めているのですよ」

「本当に?」

「はい。……さて、結論から言いますが私は化学そのものであり、あなたの考えを肯定する存在です。そして、あなたの想像は偶然にもこの世界の消滅の原因そのものでした」

 この世界は魔法の世界だ。

 

 

 

 私は存在する筈のない、化学の化身。

 

 

 

 エルが多少、この世界の可能性として化学を掴んだとしても、この世界の()()を防ぐ事は出来なかったでしょう。

 

 

 

 しかし、私は今ここに居て、この世界は魔法の世界で、エルがここに居て、化学を信じて、足掻こうとしていた。

 

 

 

 ──私は、最後まで足掻くと決めている。

 

 

 

「──あなたに、この世界の終わりを説明しましょう」

 化学の結晶である私はそう言って、エルにこの世界で何が起きようとしているのかを根本的に話す事にしました。

 

 

 一つ。

 この世界は何度も繰り返しているという事。化学は存在していて、私はそんな繰り返した世界の何処かで産まれた化学の結晶だという事。

 

 二つ。

 私は愚かな存在だったという事。ただそこにいて、この世界の終わりを見届ければそれで良い。自分の産まれた意味なんて考えていなかった。けれど、それは変わった。

 

 三つ。

 そうして私が廻ってきた()()も、今度こそ本当に終わってしまうかもしれないという事。私一人では本当にどうしようもない。誰かの力があっても、どうなるか分からない。

 

 

 

 

「──君は……一体何者なんだ?」

「──私は旅人ですよ。この()()を旅する、旅人です」

 だから足掻きたい。こうして巡り会えた、あなたという存在と。

 

 

 

 

 四つ。

 この世界を終わらせようとしているのは、直径3,268kmの巨大な()

 

 隕石とはもう呼べない、月の大きさと大差もない、この()()()()させる事も簡単な質量の塊。

 

 

 

「……端的に言います。この世界は、後三十年で滅びます」

 それが今、この世界に降り注ごうとしている《終末》の原因だった。



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無限の世界

 空に星が流れる。

 

 

 この世界で流れ星は空の涙と呼ばれていた。

 誰かが命を落とし、神がそれを悲しむと星が流れるのだとか。

 

 

 ロマンチックですが、化学の世界では笑い事でしょう。

 

 しかしこの魔法の世界では、誰もそれを笑わない。

 流れ星の正体を知らなくても、裕福に暮らせる力がこの世界にはあるからだ。

 

 

 

 流れ星に手を伸ばす。

 

 

「誰が、この世界から消えてしまったのですか?」

 誰も置いていかないことは出来ない。どうしてもこの手を擦り抜けるものはあった。

 

 

 けれど、この世界だけは──

 

 

「──イヴ、俺は行くよ。世界を救いに!」

「──はい」

 ──私が旅する、何度も旅する、廻っていく、この世界だけは、手放さない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 三十年後にこの世界は消滅する。

 

 

 それは魔力の流れを読む()()によって予報された終末のシナリオでした。

 化学的な《予報》をするのなら、もう少し話は難しくなる。何が起きるのか。それが問題でした。

 

 

「この世界は球体の()で、この世界と同じくらいの()が降って来る……。あまりにも、無茶苦茶だね」

「そうですね。私もこんな事は初めてです。何か奇跡的な確率でいろいろな事が起きてしまった結果だと言えますが」

 外宇宙からの巨大隕石が、木星等の他の惑星の引力の影響を受けて尚地球に衝突。

 

 この広い宇宙でそんな事が起きる確率は数字にしてしまうと大変な事になってしまいますが、それこそこの宇宙の広さは数字にしてしまう事すら出来ない。

 こんな事もあるのだと、諦める──のは簡単でしょう。

 

 

「直径3,268kmってなんだよぉ……想像もつかないよそんなの」

「そうでしょうね。月と同じくらいとか言った所で、エルには分からないでしょうし。そもそも化学文明の人達に月と同じくらいの隕石が降ってきますと言っても想像は出来ないでしょうが」

 月が降って来ると言えば言葉は簡単ですが、あまりにも現実味がない表現としか言えません。

 

 

「でも、そうなると世界消滅って言葉にも納得いくよね」

「現実味、感じられますか?」

「コレが俺達の住んでる()()だとする」

 そう言いながら、エルは魔法でその辺の埃をガラス玉に変えました。原理は省略します。

 

「そんで、コレがその降って来る星」

 そしてもう一つ、前に作ったガラス玉よりも少し小さなガラス玉を生成。

 

 そしてその二つを風の魔法で浮かせ──ぶつけました。

 ガラス玉は二つとも砕け散り、床に転がる。

 

 

「こういう事でしょ?」

「概ねそうですね」

「怖過ぎるね」

 それは世にも恐ろしい光景になる事は違いありません。

 

 

 私だって体験した事がないのですから。

 

 

「俺達の住んでる世界が砕けて無くなる。……世界の消滅。予言の真実か。俺、何も分かってなかったんだね」

 エルは脱力したように座り込み、溜め息を吐いた。

 

「化学があれば……どんなに大変な事もなんとかなると思ってた。予言がなんだって。……化学さえあれば、世界なんて救えると思ってた」

「……かつて、真逆の事を言っていた女の子が居ました」

 座り込むエルに、私はそう語り掛ける。

 

 

「真逆? かつて? それは、イヴが言っていた沢山の世界の事?」

「はい。かつて、化学文明の発達した世界でも同じような事がありました。巨大な隕石……まぁ、この星が破壊されるような物ではありませんでしたが。……隕石が、この星に落ちてきたんです」

「その世界はどうなったの?」

「滅びました」

 目の前で空気に溶けていく大切な友達と、目の前の少年の面影が重なった。

 

 

「隕石が衝突した周辺は跡形もなく蒸発し、隕石の衝突の影響で星は文明が栄えるのが困難な状態に陥りました。それでも、人々は何度も繰り返して……今のこの世界がある訳ですが」

「化学でも……ダメだった」

「はい。……だから女の子は言いました。魔法があったらな、と」

「魔法……」

 エルは自分の手を見詰める。

 

 

 今さっきも無意識に使った魔法。

 その程度の事すらあの世界では出来ませんでした。

 

 人類の叡智の炎を打ち込んでも軌道を変える事すら出来なかった隕石。

 もし、そんな隕石を破壊出来てしまえる魔法があったら──

 

 

「この世界には魔法がある。物理的な、化学的な現象を否定出来てしまう力が。そして、今ここに化学もある」

 簡単な話ではない。

 

 

 文章にしてしまえば「三十年後にこの星に降って来る月と同じ大きさの隕石を破壊しよう」という物。

 

 

 それは魔法の力を持ってしても困難でしょう。

 けれど、魔法と科学の力があるなら、あるいは──

 

 

「星すら消し飛ばせる魔法があったとして、隕石がこの星に近付いてからではもう遅い。隕石が星に近付く前に隕石に辿り着いても、月と同じ大きさの隕石をどうこうしようなんて難しい。……しかし、魔王を打ち倒せる魔法の力と、この星からの脱出が出来る科学の力があるのなら──」

「この世界は──」

 ──この世界は、終わりから逃れる事が出来る筈だ。

 

 

 

「だから、私とやりませんか?」

 エルに手を伸ばす。

 

「この世界、救っちゃいましょう」

 私の中で皆が見ている筈。

 

 

 最後まで抗って、諦めない。

 

 私を──この世界を見届けてください。博士、ミカ……皆。

 

 

 

 

 

 

 

 三十年。

 この世界の、星の──そもそも人類史にとってはあまりにも短い時間だ。

 

 しかし、人が何かを成し遂げるには、それなりに猶予のある時間でもある。

 

 

 

「まず整理しましょうか」

「その前にイヴ。その格好はなに?」

 白衣を着た私を見て、エルは目を丸くしました。

 

「あー、凄い魔法を使う人はなんかローブを着る傾向があるじゃないですか」

「確かになんかそんな気がする」

「凄い化学を使う人は大体こんな感じの格好をするのです」

「おー! なんか凄いね! よく分かんないけど!」

 世の中そんなもんです。

 

 

「という訳で、整理します。今、私達に必要なのは二つの力です。それはなんでしょうか?」

「はい! 魔法と化学!」

「バカが。廊下に立ってろ」

「俺の宿に廊下なんてないよ!!」

 ボロ宿が。

 

 

「今、私達に必要なのはまず月と同等の質量の星を破壊する力です。破壊と言わず、軌道を逸らしてしまうくらいでも良いのですが……あの質量なので破壊するつもりで考えた方が良いでしょうね。そしてこれは化学では成し得ません」

 厳密に言えばこの世界中に存在する物質を大量に使って人類の叡智の炎でドカンといく話がある訳ですが、物理的に可能でもそもそも行動に移すのが現実的ではありません。

 

 ここは魔法に頼るしかないでしょう。

 

 

「大司教とかに頼み込むしかないのかなぁ……。ハルマゲドンみたいな魔力兵器、でどうにかなる物なのか?」

「そこは……この世界の魔法事情について私は詳しくないので。あなたが頼りです、エル」

「えぇ!? 俺!?」

「世界、救っちゃいたいでしょ?」

「それは……勿論!」

 頼りになる相棒ですね。

 

 

「もう一つ、必要なのはそれこそ正しく化学そのものですね。これは必要な魔法を手に入れてからの話になりますが」

「というと?」

「例えばなんでも一刀両断出来る魔法のスーパーハイパーウルトラソードが手に入ったとします」

「ネーミングセンス……」

「黙りなさい」

 私は紙にスーパーハイパーウルトラソードを持った勇者を描きました。絵心は丸です。

 

 

「このスーパーハイパーウルトラソードで降ってきた隕石を真っ二つにぶった斬ります。何が起こると思いますか?」

「世界が救える!」

「テメェの脳みそを二つに割ってやろうか」

「イヴって突然キャラがブレるよね!?」

「正解は世界が消滅する、でした〜」

「なんで!?」

「降ってきた隕石を二つに割った所で、同じ質量の物がこの星にぶつかる事には何も変わりません。四等分しようが同じです」

「それは確かに……」

「もう少しいうと、地球すら粉砕出来るミラクルハンマーがあったとします。そのハンマーで降って来た隕石を粉砕すると、あら不思議。粉砕された隕石の破片が地上に落下。そもそも粉砕の衝撃で星が半分消し飛ぶ……なんて結末が起こり得る訳ですね」

「え、どうしたら良いの!?」

 もし隕石をなんとか出来る魔法があったとして、時と場合によってはそれは意味をなさない。

 

 

 そこで必要なのが化学だ。

 

 

「もしこう、物理的に隕石をなんとか出来てしまうウルトラマジックアイテムが存在するとして。それを地上で使用出来ないのならば隕石がぶつかる前──宇宙で隕石をなんとかしてしまえば良い訳です」

「宇宙……」

 彼はこの魔法の世界でその存在を自らの知識で掴み取っている。

 

 だからでしょうか、彼の目が輝いて見えたのは。

 

 

「この世界の外に、行けるんだ……化学は」

「そうですね。勿論、とても大変な話ですが」

 とある世界で、その世界で初めてこの星を宇宙から見た人は「地球は青かった」と言ったらしい。

 

 もし、それがエルなら何をいうのでしょうか。

 

 

「宇宙に行くのは大袈裟だとしても、例えば滅茶苦茶最強ビームが撃てる魔法の杖があったとして。そのビームをどの方向に打てば良いのか、そこで科学が必要です。そもそも、星をなんとか出来る魔法を凡人である私達二人だけでなんとかしようというのも無理な話。……誰かの助力を願うなら、まずは()()を証明してこの()()を動かさなければいけません」

「う、難しい話だね……」

「そうですね。……でも、終わりたくないのでしょう?」

 私がそう言うと、エルは目を細めてから口角を釣り上げた。

 

 

 そしてこう口を漏らす。

 

「……勿論! その為に、化学を信じた!」

「そうですね。とはいえ、やはり魔法がなければ話になりません。科学の力だけでどうにか出来るのなら私がとうにどうにかしているのですから」

 私にも魔法は使えますが、それは化学による現象の模倣でしかない。

 

 

 本物の魔法は0と1を切り替えるのではなく、0から1を産み出す現象。

 

 

 それをもってして隕石をどうにか出来る《魔法》をまずは探さないといけない。

 

 

 

「忙しくなるね!」

「で、心当たりは?」

「ない! いや、ない事はないけど。それこそこの世界の禁忌だよ」

「というと?」

「ハルマゲドン。魔法大戦で使用された古代兵器」

 それっぽい名前のが出て来ましたね。

 

 

 

 曰く。

 この世界における旧世紀──終わってしまった世界。私の記録にはないそんな世界の最後の大戦──魔法大戦。

 私が再起動で眠っている間に世界が滅びてしまうなんて事はなくはない話でしたが、この世界の前を私は観測出来ていなかったらしい。

 

 そしてその世界では、世界を二つに分けてどちらかが滅びるまで終わらない大戦が続いていた。

 

 しかし、その大戦は一つの兵器によって終止符が打たれたという伝説がある。

 

 

 それが魔力兵器ハルマゲドンでした。

 

 歴史の教科書には世界に穴をあけたとかなんとか書かれている、文字通り伝説の兵器です。

 伝説なのでもはや本当に存在するのかどうかも怪しいですし、戦争を終わらせたとか都市を一つ消滅させたとか、話の尾鰭がどうなっているのかも分かりません。

 

 

 しかし、私達は藁にもすがる思いなので、目の前にぶら下げられた餌には食い付くしかありませんでした。

 それが、骨だけになって尾鰭だけがくっ付いた物だったとしても。

 

 

 

 三年が経ちます。

 

 

 私達は図書館で資料を集め、街の偉い人に話を聞いたり、時には危ない橋を渡りながら魔力兵器ハルマゲドンという物を探しました。

 

 そして辿り着いたのです。その真相に。

 

 

「存在してないじゃん!!」

「尾鰭でしたね」

 三年間、パァでした。

 

 

「そんな物は存在しない」

 コレ、なんとかツテを作って会話をする事が出来た街の大司教様のお話です。

 

 紀元前。

 最終戦争は魔力兵器ハルマゲドンというとんでも兵器によって収束した──というのは作り話だと。大司教様は語りました。

 

 

 それは、ハルマゲドンという兵器が存在する事を過程とし──その恐怖により戦争を終わらせる為の詭弁による幻想だと。

 

 事実。どのような歴史を辿っても、世界に穴を開けただとかいうとんでも兵器の痕跡は見つからなかったのです。

 使用されていないという事は、存在していなかったと同義ではありませんが。私達はハルマゲドンの存在を否定されてしまいました。

 

 

 

「ハルマゲドン、作っちゃうとか?」

「それが出来るなら苦労しない訳で。存在しない物は作れません」

「それはそうだけどね……」

 そう言ってから、彼は大きな溜め息を吐いて大の字で倒れた。

 

 

 初めて会ってから三年。

 

 人間は成長が遅い生物ですが、エルくらいの年齢の子供は目に見えて大きくなる成長期という物がある。

 

 彼はもう少年と言える顔付きではありませんでした。

 

 

「ミカはこうはならないでしょうが……。不思議な感覚ですね」

 三年前までミカエルやミカと全く同じ顔をしていたのに、今やエルは二人を成長させてもこうはならないだろうという顔になっている。

 

 当たり前ですが、やはり彼はエルであって、ミカエルやミカではない。

 

 

「どうするかなぁ……後、二十七年か。あっという間だったよ、三年間」

「そうですね……」

 猶予があるといえど、時間というのは進んでいく事しかない。

 

 

 時間が巻き戻る事はあり得ない。

 

 

「時間がないといえば、ないのは確かにそうです」

「時間かぁ。……なんなら、時間を巻き戻す大魔法とか使っちゃえば良いのかな」

「は?」

 エルの言葉に私は一瞬フリーズしました。

 

 

「今なんて?」

「時間を巻き戻す大魔法?」

「そんな事が可能なのですか……」

「禁忌だけどね」

「当たり前でしょうが」

 そんな現象が許されるのか、魔法。

 

 化学、完全に敗北していますね。しょうがないですが。

 

 

「まぁ、根本の解決にはならないけどね」

「というと?」

「時間が巻き戻るだけなんだよ、本当にただそれだけ。この()()全ての時間が巻き戻る。記憶も意識も全部巻き戻るから、自分が巻き戻したという記憶もなくなる。そうなると、どうなると思う?」

「巻き戻した記憶がないから、もう一度同じ事が起きると……」

「そういう事。それをやったが最後、この世界は一生同じ時間を廻り続ける事になる……かもしれないってさ。魔法そのものは発明したけど実証が出来ないし出来ても困るから禁忌だって話」

「恐ろしい話ですね」

 証明しようがない現実。

 

 もし時間を戻したとして、世界そのものが同じ道を進めば結果は変わらない。

 

 

 しかしそうなるとも限らない。

 その魔法を使わない世界にたどり着くかもしれない。ただし証明する事は出来ません。

 

 

 

「パラレルワールド……」

「何? それ」

「並行世界と言って……。私達が今こうして話をしている世界は、実は無数に存在して色々な可能性に枝分かれしている。そういう思考です。少し化学よりではないですが」

「例えば俺が今から屁を出す世界とは別に俺が屁を我慢出来た世界がある……みたいな?」

 言いながら屁をこくエル。私は彼のケツを蹴り飛ばす。

 

「そういう事ですね。理解が早くて助かります」

「ゔぉ……」

「そもそも、その大魔法は使った事を認知出来ない訳で。誰かが実際に使っていたとしても誰も分からない訳ですよね。知らない間に世界をクルクルと廻っているか、実は案外ほんの些細な事で世界は変わってしまうので時間を戻すというループから抜け出すか。それは誰も分からない」

「それが怖いから……誰もやらないって話だけど。確かに言われてみたら、誰もやってないって証明するのは難しいよね」

 お尻を押さえながら立ち上がるエル。

 

 

「しかし、それこそ悪魔の証明と言います。これは化学的な話ですが」

 存在しない事を肯定出来ない物の存在を否定する事は出来ない。

 

 

「そうか……悪魔の証明ですか」

「どうしたの? イヴ」

「いえ、確かに大司教様には否定されてしまいましたが。ハルマゲドンが存在していないという証明はされていません」

「それはそうだけど……」

「火もないところに煙は立たないと言います。実際に使用されていないにしろ、実は何処かで使われていたにしろ……ハルマゲドンという噂が出来上がる何かがあった筈です。……それこそ、戦争を終わらせてしまう程の何かが」

 人はそう簡単に戦争を終わらせる事は出来ません。

 

 

 それは私がよく知っている事ですが、問題はその戦争の()()が私にはない事でした。

 

 世界の終わり方によっては、私は再起動するのに時間が掛かる事があります。

 泳げないので海に沈められるとちゃんと困ったりする訳で。

 

 

 そんな中で起きた世界の出来事を私は知る余地がない。

 

 己の性能不足が歯痒いですね。文句は言いませんが。

 

 

 

「戦争を終わらせた何か……か」

「調べましょう、エル。私はまだ……諦めていません」

「そうだね、イヴ。まだ諦めるには早い!」

 この世界が電子の世界なら、世界中のパソコンをハッキングして情報なんて調べたい放題ですが今はそうもいかない。

 

 諦めるには早いと言いますが、時間はあまりにも限られている。

 

 

 二十七年。

 私にとっては、本当に一瞬だと言っても過言ではありません。

 

 

 

 私達はそれから六年、歴史を地質等の観点からも洗いざらい調べました。

 

 人間の寿命からすると六年は長い年月です。

 もう九年の付き合いになりますが、人生を無駄に消費させてしまっているのではないかと悩んだ事もありました。

 

 

「いや、俺は楽しいよ」

 男前になったエルは、私が紹介してからお気に入りになった白衣を翻してそう笑う。

 

 大人になってしまって、イヴお母さんは嬉しいですよ。

 

 

「どう! 新しい白衣買って来たんだけど。これ! 生地が軽くて凄い風に靡くんだよね! 格好良くない!?」

「前言撤回します。あなたは一生子供のままです」

「突然なんで!?」

 そうですね。楽しいですよ、私も。

 

 

 

 

 そうして私達は見付けたのでした。

 

 

 

「見付けたよ! イヴ!!」

「コレが……この世界の終わりを回避する魔法」

 それは、この世界の前の世界を終わらせた力。

 

 

 

 世界に終わりをもたらした力で、世界の終わりを回避する。

 

 私達はまだ、終われない。



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終末の世界

 もし、この世界が終わってしまうのなら。

 

 

 あなたは、誰とその時間を過ごしますか。

 最後の時間をどう過ごすでしょうか。最後の瞬間何を思うのでしょうか。

 

 そして世界ではなくて、あなたが終わる時なら。あなたはどう過ごしますか。

 

 

 私は──

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 これまで沢山の世界の終わりを見て来ました。

 

 

 人間同士の争いで終わってしまった世界、巨大隕石の衝突で終わってしまった世界、魔物に襲われて終わってしまった世界、気候変動や病原菌により終わってしまった世界。

 

 様々な終わり方があった中で、最も多かったのは大量破壊兵器による人類同士の衝突です。

 それは化学の世界でも魔法の世界でも同じ。

 

 

 しかし化学の事ならある程度は把握出来ますが、魔法となると物理的な現象を超えている為に私には知覚する事すら出来ない事もありました。

 

 だから、私は魔法でもないと救えないような世界は救えません。

 

 

 

 けれど、ここには私以外の人が居る。

 

 

 

 まだ、終わらない。終わらせない。

 

 

 

「ハルマゲドンが存在しないのは本当だったんだね。けれど、前の世界の人達はハルマゲドンを作ろうとしていた……いや、完成させる前に──」

「世界が滅んだ」

 比較的近い歴史間での世界の繋がりはあったりなかったりで。

 

 この世界は、前の世界を旧世紀と呼べる程度には繋がりがある世界でした。

 

 

「生き延びた人達が終末の理由をハルマゲドンだと思っていたから、伝説が語り継がれてきた。……そんなところでしょうね」

 私とエルはその旧世紀の研究を進め、ハルマゲドンという魔力兵器の実態に辿り着きます。

 

 

「おい!! 何をしている!!」

「やば、見つかっちゃいました。逃げますよエル」

「わ、本当だ! 逃げよう!!」

 ──まぁ、研究というか。秘密の書庫的な場所に忍び込んで禁忌の黙示録を閲覧しただけなんですけどね。

 

 

 そういう事をしないといけないくらいには、切羽詰まっていたという訳でした。

 

 何故なら、残された時間は二十一年しかないのですから。

 

 

 

「──ハルマゲドンの事をあやふやに隠してたのは……なんでだと思う? イヴ」

 ボロ宿でカレーを作りながら、エルがそう語り掛けてくる。

 

 私が何か教えた訳でもないのに、そのカレーは()()()()()と似た味をしていました。

 

 

「単純に大量破壊兵器ですからね。存在してるだけで怖い物ですよ。逆に存在してる事を仄めかすだけで、相手を怖がらせる事ができます」

 どんな兵器を持っていても、人類が群である以上個人の身勝手にその兵器を使う事は出来ない。人は一人では生きられないから。

 

 だから、その兵器は存在している──もしくは存在しているかもしれない。それだけで存在意義を持つ事が出来る。

 

 

「成程……」

「だから、その存在を知っていても現実に作る事はない。時間巻き戻しの大魔法と同じですね。……怖い物には触りたくないでしょう、誰だって」

「確かに。てかイヴ、カレー作る時だけご飯食べるよね。普段栄養摂取は必要ないとか言うのに」

「カレーは特別なんですよ」

 あの味のカレーを片付けて、錆び付いたキッチンで皿を洗いながら私はそう言いました。

 

 私の中の大切な物なので。

 

 

「それはともかく、十年近く掛かってしまいましたが目的の存在は確かめました。問題が増えただけとも言えますが」

「問題が見えたとも言えるよね」

「あなたのそういうポジティブな所は好きですよ」

「そ、そう? あはは」

 照れられても困りますが。

 

 

「そうですね、問題が見えて来ました。一つはハルマゲドンを作らないといけないということですね」

 魔法の事なので原理を物理的に分かりやすく説明するのは困難な代物です。

 

 簡単に言ってしまえば魔力により魔力を生み出し、それをループさせて膨大なエネルギーを発生させるという代物。要するに化学の夢、永久機関。恐ろしいな魔法。

 

 

 要するにハルマゲドンの威力は時間の制約がありますが無限大。

 月を木っ端微塵にしてこの世から消し去るのも容易だとか。

 

 

 前の世界の人が存在を秘匿する訳だ。

 

 魔力により消費した魔力以上の魔力を生成するというとんでも兵器を作り上げる事。

 当たり前ですが一般人の私達にそんな事が出来るわけもなく、俗にいう()()()()使()()の力が必要不可欠です。

 

 しかし凄い魔法使いなら、その危険性について分からなない訳がありません。

 協力を得る為の交渉。これが問題点の一つでした。

 

 

 

「後はハルマゲドン、使ったら大変な事になるって事だよね」

「はい。結局は超出力のエネルギーを放出するだけの存在なので、この星で使えば隕石の前にこの星がなくなるんですよね」

 無限大に生み出したエネルギー。それがハルマゲドンの正体なので、ただの破壊行動ならともかく降ってくる隕石をどうこうしようとした場合にこの星への影響を考えなければいけません。

 

 

 そうなると、やはりこの星の外──宇宙に出て隕石に取り付き、ハルマゲドンを使用するしかないという事。

 

 

「だから、宇宙に行かないといけない。そこで化学が必要なんだね!」

「そうなります。……後は、ハルマゲドンを使う為に魔力が必要ですが、これは機械制御出来る物ではありません」

「つまり?」

「誰かが直接使わないといけないので……。当たり前ですがハルマゲドンを使った存在はそのエネルギーにより消滅します」

「うわ」

 星がなくなる程のエネルギーを浴びれば、私でも消滅する事になるでしょう。

 

 

 要するにこの世界を救うには、確実に誰かの犠牲が必要でした。

 

 

 だったら──

 

 

「──だったら俺が、ハルマゲドンを使いたいな」

「──は?」

 エルのそんな言葉が聞こえて、私は固まる。

 

 

「何を言っているんですか。死ぬんですよ」

「イヴは自分がやるって言おうとしてたでしょ」

「それは……」

「ダメだよ」

 真剣な表情で、彼はそう言った。

 

 

「しかし、あなたは……この世界に生きる人間です。私はあなた達の事を──」

「イヴが居なかったら、俺は今ここに居ない。いや、今もここで化学について分からなくて頭を掻いてたと思う」

 ボロ宿を見渡しながら、彼はこう続ける。

 

 

「世界を救いたいんだよ、俺は。この世界だけじゃない。この後の世界も、全部!」

「エル……」

 色々な面影が、エルに重なった。

 

 

 沢山の世界があって、終わりを見届けて、別れを積み重ねて、私は今ここに居る。

 

 納得の出来る終わり方で見届ける為に。

 私が終わる訳にはいかない。

 

 

 そんな事は分かっていました。見届けるのが私の役目なのです。

 

 

「辛い役回りですね」

「ごめん。でも、きっと()そう言うんじゃない?」

 そうかもしれませんね。

 

 

 

 私に感謝をしてくれた人がいました。

 

 自分のやりたいようにしろと、言ってくれた人がいました。

 

 私に世界を見届けてくれと頼んでくれた人達がいました。

 

 私もこの世界に居るのだと教えてくれた人がいました。

 

 私を倒して世界を救ってくれた人がいました。

 

 私の友達になってくれた人がいました。

 

 前に進めない私を否定してくれた人もいました。

 

 そんな私を前に進めてくれた大切な人達が、私の中に居ます。

 

 

 

「エル」

「うん。何?」

「この世界を救って下さい」

 私はまだ──終われない。

 

 

「任せてよ!」

 屈託のない笑顔で、彼はそう言いました。

 

 

 

 それからの準備に掛かった十年。

 エルは、良い歳のおじさんになってしまいます。最近の悩みは腰が痛いだとか。

 

「アレほど座り方を直せと言い続けた理由がやっと分かったようですね」

「イヴはいつも正しいなぁ。うぉ……そこそこ。そこが気持ちいい」

「このまま腰を砕いて私が()()に乗っても良いんですよね」

「イヴは重いからロケットの積載量が変わってく──グボォァッ!!」

 デリカシー。

 

 

「食糧を乗せないで良くなるので大丈夫です。……さて、これで最後のマッサージも終わり」

「最後の奴はマッサージじゃなかったよね? 攻撃だったよね?」

 腰を抑えて涙を流しながら立ち上がる一人のおじさん。

 

 

 そんな彼が見上げるロケット。

 

 

 国の偉い人を説得し、本当にごく僅かな優秀な人材だけに終末の予言で起きる事を説明。

 

 その週末を回避する為の唯一の方法。ハルマゲドン。

 

 

 その魔力兵器を乗せた、化学燃料ロケット。

 

 化学と言いますが実は魔法とのハイブリッドです。

 宇宙に行ったり宇宙で行動したりする為には化学が必要ですが、化学でどうしようもない部分は魔法に頼っている所がありました。

 

 例えばその一つが通信です。

 化学では光の速度を超える事が出来ないので、どうしてもロケットがこの星から遠ざかるとタイムラグが生じてしまうという点はかなり問題でした。

 エルには的確な指示が必要です。そこで、魔力通信──要するにテレパシーと呼ばれる魔法──を使用。

 

 ロケットを一人で操縦し、隕石に辿り着いたり障害を除去する為に魔法によるズルを搭載しているのがこのロケットでした。

 

 

 化学の世界の人類が到達出来るか出来ないかのスペックがこのロケットには組み込まれています。

 

 

 このロケットは十一年後に地球に到達する位置にある()()に向かい、そこでエルがハルマゲドンを起動する為に開発されました。

 

 

 

 今日が、その発射日になります。

 

 

「本当に……もう行くんですか? あと数年の猶予はあるんですよ?」

 ロケットが隕石に到達するまでの時間を考える必要はありますが、それでもギリギリの時間という訳ではありませんでした。

 

 私達は余裕を持って、世界を救おうとしている。

 

 

 だから、まだ時間は残されている筈でした。

 

 

 

「俺が失敗した時の事を考えたら、今からでも遅いくらいだと思うんだけど」

「失敗は許しません」

「もしもの話だよ」

「許しません」

「……そうだね。だから、ギリギリになってダメにならないように今……行きたいんだ」

 そう言うエルの手は震えている。

 

 

 

「ダメとは?」

 私はその意味が分からなかった。

 

 

 

「何でもない。……イヴ、俺は行くよ。世界を救いに!」

「はい」

 エルが乗り込んだロケットは無事に打ち上がり、この星の──地球の外に飛び立つ。

 

 

 

「成功したかね?」

 大司教の問い掛けに、私は強く頷きました。

 

「通信、お願いします」

「必要かね?」

「ロケットの中がどうなっているのかは分かりませんから」

「なるほど。世界の命運が掛かっているのだ、君に従うよ」

 何を隠そうハルマゲドンは存在しないと語った大司教さんこそ、この計画の影の立役者だったりします。

 

 終末の予言をタブーにする意味は私も分かりますから、最低限の人数でこの世界を救わなければいけません。

 

 

 でもそれはつまり、エルが今から命を賭けてこの世界を救うという事を知る人が少ないという事でした。

 

 

 

 だからこそ、私はここで見届けなければ行けない。

 

 

 

 一瞬、私の五感にノイズが走る。

 

 魔力による通信。私からすると多少バグ紛いな挙動ですが。

 

 

 

「──世界って、本当に丸いんだ」

 それが、エルが宇宙で発した最初の言葉でした。

 

 

「映像送るよ!! 見てくれイヴ、丸いぞ!! この世界は本当に丸い!! 宇宙は本当に真っ暗だ!! 天井なんてない、何処までも広がって……凄い。凄いよ!!」

「何度も教えたでしょうに。そういえば、画像は見せませんでしたね」

 全てはこの時の為。

 

 

 

 どうですか、エル。この世界は綺麗でしょう。

 

 

 

 エルは暫くの間、宇宙を堪能しました。

 丸くて青い星。思っていたよりも遠い月。無重力。

 

 

 そして、旅に出ます。

 

 

 

「俺達の世界ってさ……狭いんだね」

 地球の軌道から離れていくエルは月に近付く時にこんな事を言いました。

 

「そうですね」

 思えば──私が大層な想いを馳せるこの()()という物は、宇宙からすればあまりにも小さな存在です。

 

 そんな宇宙に向かった姉は、今何をしているのでしょうか。ひょっこり帰ってきたりしないですかね。

 

 

 

 ロケットは順調に()()から離れて行きました。

 

 月の近くを通って、火星や木星等も見えるコースを選んだのは私ではなくエルです。

 彼はこの世界の狭さと広さをその目に焼き付けて、太陽系の外に向かいました。

 

 

 それから五年。

 

 

 エルは隕石に到着します。

 

 

 

「聞こえていますか? エル」

「オーケー、聞こえてる。今隕石に着陸した所。隕石っていうか、星だよね。広過ぎるよ」

「まぁ、月と同じサイズですからね。月面着陸は叶いませんでしたが、大体同じような感じだと思っていただければ」

「これ、もう動いているのかどうかすら実感湧かないよ」

 そんな巨大な()()()として地球に落下するというのは、その星に降り立ったエルですらこの感想でした。

 

 

「それじゃ始めるよ」

「エル……」

「何?」

「い、いえ……何も」

 今から彼はこの世界から消える。

 

 

 私はそれを見届けなければいけない。

 

 

 

「ハルマゲドン、起動」

 映像はありません。

 

 ハルマゲドンはエルが発生させた魔力により、魔力を生み出し続けました。

 エネルギーはエルが魔力を与え続ける限り永遠に増え続け、魔力の供給が消えた途端、魔力による魔力の発生というエネルギーの消費が消えた事でそのエネルギーを全て放出するというもの。

 

 

 その魔法は発動した時点で、発動した者が消し飛ぶ未来が確定される。

 

 

 

 私は、声をかける事が出来ませんでした。

 

 

 見届ける事しか、出来ませんでした。

 

 

 

「イヴ、話したい事があるんだ」

「エル……」

「俺、今凄く怖い」

 その時、やっと彼の手の震えの意味が分かる。

 

 

 いや、私は、また、見て見ぬふりをしていた。そこまで私はポンコツではない。でも、そうすると決めたから。

 

 

「今から俺が何をしても……俺は死ぬんだ。この世界から消える。死体も残らない。何も残らない。自分が生まれた場所で死ぬ事すら出来ない。世界を救うとか大袈裟な事してるのに、俺の事はイヴや大司教しか覚えていてくれない」

 声が震えている。

 

 

「……でも、俺を送り出してくれてありがとう。イヴ」

「エル」

 その声の震えは、少しずつなくなった。

 

 

「きっと、そうしなかったらずっと後悔していたと思う。やろうと思えば俺だけこのロケットで逃げる事も出来た。俺達の世界が壊れるのを黙って見ている事も出来た。別に一緒に終わる事も出来た。……でもそうしたら、どちらにせよ、俺は最後の瞬間絶対に後悔してた。こんな終わり方間違ってるって、もっと良い終わり方があった筈だって、納得行かずに、なすすべなく終わっていた。……けど今は違う。俺は、この終わり方に納得してる」

 雑音が酷くなる。

 

 ハルマゲドンにより作られたエネルギーが溢れ出しているらしい。

 この時点で、星を砕くには充分だった。

 

 

「イヴ……」

「はい」

「俺の事、ずっと覚えていて欲しい」

「私が消えるまで、勿論。いえ、例え私が消えようと、終わろうと……時間が巻き戻る大魔法なんて使われようと。絶対に私の中から消えることはありません。()()を見届けるまで」

「ありがとう、イヴ」

 フゥ、と。溜め息が出る音が聞こえる。

 

 

「エル──」

「イヴ!!」

「はい」

「好きだよ!!」

「ぇ」

 次の瞬間、音が消えた。

 

 

 

 何が起きたのかは、分かる。

 

 

 

「……なんですか、最後の」

「なんの話かな」

 大司教に話し掛けるも、彼は目を細めて空を見上げるだけでした。

 

 

「世界は救われたのかね?」

「……はい」

「そうか。私は願いを捧げよう。彼は、立派な男だった」

「ちょっと、私の質問に──はぁ」

 呆気ない物でしょう。世界を救うなんて。

 

 

 

 

 

 星の輝く空に、月よりも明るい光が輝いていました。

 

 人々はソレを奇跡だのなんだの、言いたい放題に語ります。いや、奇跡なのかもしれませんね。

 エル、あなたの事をこんなにも多くの人がちゃんと見ていますよ。

 

 

 

「ライクかラブかくらい、最後に言えって話なんですよね」

 そんな光を見上げながら、私は再び旅に出ました。

 

 

 

「ミカエルのはこう、私が悪いですよ確かに。ちゃんと時間までに聞けば、あの子が男の子だったのか女の子だったのか分かったかもしれません。ただ、エルのはこう……あえて言わなかった感がありますよね。別にどっちでも良いんですよ、はい。ただ気になる言い方をするのはどうかと思う訳で、私はこれからまたずっと……アレはどっちだったのか? と、悩み続ける訳です。ズルいですよね、まったく」

 この世界の終わりを見届ける旅。

 

 

「……忘れられる訳、ないじゃないですか」

 数年経って、空を見上げる。

 

 

 大量の流れ星が、この空を彩っていた。

 

 

 

 世界は変わっていく。

 

 

 

 この流れ星を見た人々は、とある少年が夢見た化学に興味を持ち始めました。

 

 とある少女が夢見た魔法の世界。

 

 

 これから様々な事もあるでしょう。

 

 

 沢山の魔物が発生するかもしれません。大きな気象変動があるかもしれません。世界侵略を企む者が生まれたり、病に苦しむ事も──世界が終わってしまう事もあるのではないでしょうか。

 

 誰かが一生懸命守った世界だって、どうしようもなく滅びてしまう事もありました。

 

 

 

「あなた、旅人さん?」

「はい。そうですね、私は旅人です」

 そんな世界を、私は廻り続ける。

 

 

「──ねぇ、あなたはこの世界が終わってしまうって言ったら……信じる?」

 本当に終わってしまうその日まで、その終わりを見届ける為に。それが博士や皆の願いでした。だから──

 

 

 

「──はい」

 ──私は、歩き続ける。



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