『Utopia・online』 〜TS獣人少女は、デスゲームの世界で最凶の悪役になる〜 (カゲムチャ(虎馬チキン))
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第一章
1 プロローグ


 20☓☓年。

 技術が進歩し、少子高齢化が進み続け、貧富の差が更に酷いことになった日本に、一人の少年がいた。

 

 彼の人生はロクなことがなかった。

 幼少期こそ普通の両親に育てられ、ごく一般的な生活を送ることができたが、小学校高学年の頃に、両親がそれはそれは酷い喧嘩をして離婚。

 原因は父親の浮気だそうだ。

 それが原因で母は精神を病み、酒浸りのクズとなって家をゴミ屋敷に変えた。

 仕事もやめ、収入も無く、よく金切り声を上げながら彼に手を上げた。

 

 父親が一応は支払い続けている慰謝料と養育費はあったものの、それだけではとても生活ができず、中学に上がってからの彼はバイトバイトバイトの毎日を送ることとなった。

 遊ぶことはおろか、学業すらロクにできない。

 学校の連中には、自分から笑顔が消えた頃から気味悪がられて遠巻きにされた。

 

 だが、ボッチを嘆いている暇も無い。

 このままでは高校に通うことすらできず、中卒で働くことになってしまう。

 学歴を得られなければ、その先の人生は先が見えたようなものだろう。

 行政機関に相談というか、逃げ込んだりもしたが、彼らは他にも対処しなければならない案件が山のようにあるらしく、少年に手を差し伸べてはくれなかった。

 少子高齢化が極まった日本では、よくあることだ。

 

「……キツい」

 

 それが彼の口癖だった。

 現状ですらキツくて仕方がないのに、未来への希望すら抱けない。

 人生が辛い。苦しい。投げ出してしまいたい。

 彼はいつも、いつもいつもそう思っていた。

 幸せそうな奴らを見ると、身を焼くほどの嫉妬に襲われた。

 なんで自分がこんな目に合わなければいけないのかと、なんで自分はこんなに辛いのにあいつらは笑ってるのかと、いつも世界を呪っていた。

 

 けれど、そんな彼にも、ほんの僅かな救いがあった。

 

 進歩した技術が生み出した、完全没入型のVRゲーム。

 本来ならそこそこ金に余裕のある者達しか買えない贅沢品だが、とあるゲームの開発者に変人がいた。

 『Utopia・online』というゲームの開発者『救世(くぜ)高徳(たかのり)』。

 稀代のヒットメーカーとまで呼ばれた彼の最高傑作。

 それこそが『Utopia・online』だ。

 現実と変わらないほどにリアルなグラフィックに加え、五感すらほぼ完璧に再現してみせた圧倒的なクオリティー。

 発売5周年を迎えた頃には、VRゲームのプレイ人数世界記録を更新した。

 そんな作品を、彼はポケットマネーで無数に購入し、金銭的に恵まれない人々にバラ撒いたのだ。

 

『ゲームの世界とは、酷い現実を忘れられる理想郷であるべきだと思っているんです。

 僕は恵まれない人達にこそ、このゲームをやってほしい。

 是非とも理不尽な現実世界から逃げてきてほしい。

 逃げていいんです。逃げ込んでいいんです。この世界はそんな君達を受け入れてくれる。

 そのための『Utopia(ユートピア)online(オンライン)』なのだから』

 

 ああ、なんて甘美な言葉だろう。

 彼のバラ撒いたゲームの一つを手に入れることができた少年は、心の底から救世高徳に感謝した。

 バイトを終えた後。母親が寝静まった後。

 クタクタの体で仮想現実へと渡る手段であるヘッドギアを被り、少しの間だけでも楽しめる『Utopia・online』の世界が、少年にとっての生きる希望だった。

 

「『アイアンフィスト』!!」

「ぐぎゃっ!?」

 

 彼は現実世界での鬱憤を叩きつけるように、ゲームの中で敵役であるモンスターに殴りかかった。

 バトルスタイルは徒手空拳。

 手足に装備した手甲と足甲が彼の武器だ。

 ……ちなみに、この世界での彼の姿は、狼の耳と尻尾を生やした、露出度高めの白髪の美少女である。

 

『違う自分になりたい』

 

 少しでも現実の自分と違う姿を求め、変身願望に任せてキャラメイクをしていたら、いつの間にかこうなっていた。

 心の中に『誰かに助けてほしい』というお姫様願望的なものもあったので、もしかしたらそのせいでもあるのかもしれない。

 

「オラオラオラァ! 死ねぇ!!」

 

 もっとも、可愛らしい外見に反して、修羅のようにモンスターを殴り続ける姿は、お姫様とは程遠いが。

 せいぜい、も○のけ姫がいいところだろう。

 プレイヤーネームも『殴殺ウルフ』とかいう物騒極まりないものだし。

 やっぱり、お姫様願望に関しては訂正した方がいいかもしれない。

 

『ピピピピッ! ピピピピッ!』

「……チッ。もう時間か」

 

 そうして今日も理想郷での鬱憤晴らしを存分に楽しんでいた殴殺ウルフは、鳴り響くタイマーの音を聞いて憂鬱な気分になった。

 明日も朝早くからバイトがあるため、どうしても長くゲームはできないのだ。

 とっととログアウトして寝て、明日に備えなければならない。

 そうじゃないと、途中でバテる。

 理想郷での暮らしは、決して長くは続けられないのだ。

 

「帰りたくねぇなぁ……」

 

 現実になんて帰りたくない。

 ずっとゲームの世界で生きていたい。

 重度のゲーマーなら一度は考えることを、ウルフもまた考えてしまった。

 考えれば考えるほど叶わぬ夢が辛くなり、気分がどんどん落ち込んでいく。

 

「はぁ……」

 

 それでも、彼は弱音を飲み込んでメインメニューを開いた。

 そして、いつものようにログアウトボタンを押そうとして……。

 

「ん?」

 

 異変に気づく。

 ログアウトボタンが、無い。

 彼を辛い現実へと引き戻す、理想郷からの帰りのチケットが消失していた。

 

「バグか? 珍しいな」

 

 救世高徳の技術力の高さを象徴するかのように、『Utopia・online』ではバグの類いが殆ど検出されない。

 だが、どんなに偉大な天才だろうと人間だ。

 ミスる時はミスるのだろうと、ウルフはむしろ彼に親近感を抱いた。

 明日のことを考えると、早くログアウトさせてくれないと困るのだが、それ以上に少しでも長くこの世界にいたい気持ちの方が強い。

 だからこそ、バグに対してあまりイラ立たずに済んだ。

 ……だが。

 

『メッセージを受信しました』

「え?」

 

 突然、ピロン♪ という音が鳴り、メインメニューからそんな機械音声が聞こえた。

 メッセージとは珍しい。

 彼にもゲーム内にフレンドくらいいるが、その数は非常に少ないし、プレイ時間の短さから、かち合うことも滅多に無い。

 しかし、これはフレンドからのメッセージではなかった。

 

『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』

「んん?」

 

 ゲームマスターからの重要連絡。

 メインメニューが勝手に動き、中空に白衣を着た優しげな男性を映した映像が展開される。

 見れば、周囲にいる他のプレイヤー達の手元にも同様の映像が浮かんでいる。

 こんなことは初めてだ。

 重要連絡というものは今までにもあったが、それらはメールで送られ、時間がある時に確認するという形だった。

 それが今回は、全プレイヤーのメインメニューを強制的に動かすという前代未聞の措置。

 とてつもなく深刻なバグでも発生したか、まさかサービス終了のお知らせとかじゃないよなと、ウルフは不安になる。

 

『『Utopia・online』をプレイしている親愛なるプレイヤーの皆さん。ゲームマスターの救世高徳です。

 本日はとても重要なお知らせがあって、このような措置を取らせてもらいました。

 ああ、深刻なバグが発生したとか、サービス終了のお知らせだとか、そういうことではないので安心してください』

 

 まるでウルフの心をピンポイントで読んだかのようなセリフに、彼は安堵の息を吐いた。

 良かった。

 少なくとも、生き甲斐が無くなってしまうような話ではないらしい。

 だが、バグじゃないとすると、ログアウトボタンが消えているのはどういうわけかと、今度は別の疑問が湧き出してくる。

 

『さて、このゲームの発売時、僕は言いましたね。

 ゲームの世界とは、酷い現実を忘れられる理想郷であるべきだと。

 あの言葉を、今こそ本当の意味で実現させます。

 『Utopia・online』は本日よりログアウト機能を撤廃し、現実世界との繋がりを遮断。

 酷い現実を完全に切り離し、とうとう本物の理想郷(ユートピア)となったことを、ここに宣言します』

「…………は?」

 

 その言葉に、ウルフは呆けた。

 いや、ウルフだけではない。

 ほぼ全プレイヤーが、「何言ってんだこいつ」と思った。

 

『そして、思考加速プログラムを最大出力で起動。皆さんの体感時間を現実世界の5000倍にまで引き伸ばしました。

 つまり、現実世界での一日が、こちらでの約十四年になったのです。

 どれだけ虚弱な人でも、ヘッドギアを付けたまま飲まず食わずで放置されてしまった人でも、現実世界の体が衰弱死するまでの間に、こちらで平均寿命を全うする程度の時間は生きられるでしょう。

 もっとも、このプログラムは脳に負担をかけるので、加速した時の中で悠久を生きることは叶いませんが。

 こちらでの約百年、現実世界での約一週間が経過した時点で、皆さんの脳は焼き切れると思われます。寿命と思ってください』

 

 続いて、救世は更にとんでもないことを言った。

 思考加速プログラム。その存在は知っている。

 イベントの時などに使用され、数時間を一週間程度に引き伸ばすことで、超大規模なイベントの開催を可能としていた。

 しかし、体感速度5000倍などというバカげた倍率は聞いたことがない。

 いや、画面に映る天才なら本当にできるのかもしれないが。

 

『更に』

 

 と、そこで、救世は「パチンッ!」と指を鳴らした。

 

『デスゲームシステムを起動。

 これ以降、この世界での戦いは痛みを伴い、HPの全損は現実での『死』に直結します。

 危機感の無い世界では、人はどこまでも堕落する。

 それでは僕の理想とした世界とは言えませんので、最低限の措置です』

 

 救世高徳は、この世界の神様(ゲームマスター)は、陶酔したような顔で語る。

 理想を語る。傲慢に語る。

 

『そして、もう一つ』

 

 救世がもう一度「パチンッ!」と指を鳴らす。

 今度は目に見える変化があった。

 メインメニューに表示されたステータス画面が変動していく。

 全ての数値が、これまで鍛え上げたレベルがリセットされ、初期状態へと戻っていく。

 

「え!?」

「そ、そんな!?」

 

 周りから驚愕の声が聞こえてきた。

 それを無視して、救世は語り続ける。

 

『今のままではログイン時間の長かった人や、課金アイテムを買い揃えられた現実世界での財力を持つ人が有利すぎますからね。

 新たなる始まりを迎えた今、平等に全員がゼロからの再スタートです。

 遊びではなくなったこの世界で、もう一度頑張ってください。

 ああ、皆さんのレベルに合わせて、各地にいるモンスター達のレベルも下げているのでご心配なく』

 

 誰もが絶句するしかない。

 急展開に頭がついていかない。

 今この瞬間に、冷静に頭を回転させられている者が、果たして何人いるのか。

 

『この世界にいる限り、現実世界のような理不尽なことは起きません。

 全員が同じスタートラインに立っている。

 生まれの差で、貧富の差で、環境の差で、才能の差で、極端な差がつくことは無い。

 頑張れば頑張った分だけ目に見える形で成長し、良い暮らしをすることができるようになる。

 それができない人でも、安全地帯にいれば最低限の生活を送ることはできる』

 

 救世高徳はニコリと笑う。

 

『チャンスは誰にでも平等にある。

 腐ってしまった現実と切り離され、誰にでも頑張る権利が与えられ、頑張った人がちゃんと報われる世界。

 これが真の『Utopia・online』。

 僕が理想とした世界だ』

 

 理想という名の狂気に酔った狂人が笑う。

 稀代の天才が、多くの人を巻き込んで、自らの理想へと強制的に引き込んだ。

 

「ふ、ふざけるな……」

 

 それを理解した瞬間、誰かがそう呟いた。

 ウルフではない。

 彼の近くにいた、名も知らない誰かだ。

 

「ふざけるな……ふざけるな!! 現実に帰せ!! お前の理想を押しつけるなぁ!!」

「そ、そうだ! 家族に会わせてくれぇ!!」

「こんなこと許されないぞ!! 訴えてやる!!」

 

 プレイヤー達が咆える。

 不平不満をぶち撒ける。

 きっと、彼らは現実世界でそれなりの幸福を得ているのだろう。

 現実で培ってきたもの全てを没収され、この世界に閉じ込められるなど、確かに理不尽だ。

 それは傲慢な神様も感じているのか、

 

『もちろん、僕の理想に不満を抱く人もいるだろう。

 だから、僕の理想郷よりも現実世界を選ぶという人には、ちゃんと帰る手段を用意してある』

 

 一筋の希望となる蜘蛛の糸を垂らした。

 

『このゲームには『ラスボス』が存在する。それを倒せばゲームクリアとなり、全プレイヤーをログアウトさせ、この『Utopia・online』を完全に終わらせよう。

 あんな腐った醜い世界を求めるんだ。

 帰りたいのなら、あの世界でも皆さんは輝けるのだと、その美しい努力で証明してから帰ってくれたまえ』

「「「ふざけんなぁ!!!」」」

 

 どこまでも身勝手な言葉に、プレイヤー達は怒りを叩きつける。

 だが、救世はこれ以上の抗議は受けつけぬとばかりに、選択肢はちゃんと用意したとばかりに、話を終えた。

 

『以上で、僕からの重要連絡を終了します。僕の思い描いた理想郷を、心ゆくまでお楽しみください。では』

 

 そうして、ライブ配信モードは終了した。

 残ったのは初期値にまでリセットされたステータス画面と、中身が空っぽになったアイテムストレージ、初心者装備並みの性能へと劣化した現在の装備。

 それと、デスゲームシステムとやらが発動したことによる従来との変更点が列挙されたシステムメッセージ。

 裸一貫とでも呼ぶべき状況。

 プレイヤー達の多くは、その状況を嘆いた。

 

「ああ……! なんで、なんでこんなことに!?」

「せめて貯金くらいは持ってこさせろよぉ!」

「リアルで子供が待ってるのよ!? 帰して! 帰してよぉ!!」

 

 悲喜こもごも。

 理想郷と呼ばれた世界で、人々の悲鳴が響き渡る。

 そんな人々を横目で見ながら、ウルフは自分の頬をつねった。

 痛い。

 どうやら夢ではないらしい。

 ついでに、痛覚の設定も弄られたらしい。

 ゲームとは思えないくらいに痛い。

 

「マジかよ……」

 

 そうして、彼も現状を受け入れて。

 

「マジかよ……!」

 

 彼は━━歓喜の笑みを浮かべた。

 まさか、こうなるとは思わなかった。

 現実になんて帰りたくない。

 ずっとゲームの世界で生きていたい。

 叶うはずが無いと思っていた妄想が叶ってしまった。

 こんな唐突に、彼はクソのような現実から解放されてしまった。

 

「ああ、涙が出てきやがった。涙まで搭載したのかよ」

 

 ウルフは泣いた。

 しばらく、声を上げて泣いた。

 周りには自分達と同じように、現状を悲観して泣いていると思われただろう。

 

 違う。違うのだ。

 お前達のような、現実世界で恵まれた奴らにはわかるものか。

 平等のありがたさが。

 全てがリセットされるということの救いが。

 クソのような家庭環境、抱けない未来への希望。

 それら全てから解放してくれた、普通の奴と同じスタートラインに立たせてくれた神様(ゲームマスター)への感謝の気持ちが。

 

「ありがとう……! ありがとう……!」

 

 人生が辛い。苦しい。投げ出してしまいたい。

 彼はいつも、いつもいつもそう思っていた。

 幸せそうな奴らを見ると、身を焼くほどの嫉妬に襲われた。

 なんで自分がこんな目に合わなければいけないのかと、いつも世界を呪っていた。

 だから、そんな世界から救い出してくれた救世主に、彼は心の底から感謝した。

 

 幸福だった者達に絶望を。

 不幸だった者達に希望を。

 そして、これから頑張る者達に祝福を。

 

 こうして、理想郷での戦い(ユートピア・オンライン)は始まった。



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2 レベル上げ

「うらぁ!!」

「グガッ!?」

 

 粗暴な声と反比例するようなソプラノボイスで叫び、可愛らしい顔に闘志を浮かべながら、ウルフはフィールドマップに繰り出してモンスターとの戦いに明け暮れていた。

 初期資産である1000ゴールドで回復アイテムを買い込み、それが尽きるまで戦い続ける。

 

 全てから解放されたこの世界でどう生きるのかは、まだ決まっていない。

 だが、ここが戦いの世界である以上、どんな生き方を選ぶにしても、強さはあった方が絶対に良いだろう。

 言わば、強さこそがこの世界の学歴のようなものだ。

 現実世界では求められなかったそれに、ウルフが手を伸ばすのは当然と言えた。

 ちょっと前まで人生を諦めていた彼には、デスゲームによる死の恐怖ですら大した足枷にはならない。

 

「グォオオオオオオ!!!」

「ぐっ……!」

 

 対峙する熊型のモンスター『デスベアー』の爪が、避け切れなかったウルフの体を吹き飛ばす。

 手甲に覆われた腕でガードはしたが、熊の怪力は少女の体を軽々と吹き飛ばし、近くの大木に叩きつける。

 背中に激痛が走った。

 

「かはっ!?」

「グォオオオオオオオオオ!!!」

 

 その隙を見逃さず、デスベアーは四足歩行によるダッシュで距離を詰めてくる。

 デスゲーム開始前とは比べ物にならないくらいリアルになった痛覚。

 痛い。苦しい。

 

「けどな……!」

 

 ウルフは本物の獣さながらに獰猛に笑って立ち上がった。

 確かに痛い。確かに苦しい。

 だが、これは現実世界で味わったような、どうしようもない理不尽に耐えるための痛みではない。

 これは挑戦のための痛みだ。

 これは未来へ踏み出すための代償だ。

 今の自分は殴られるだけじゃない。ちゃんと殴り返せる。

 母に殴られた時と違って、目の前の敵と、この世界と、ちゃんと対等に戦えている!

 

「楽しいなぁ……! 今、最ッッッ高に生きてるって感じがするぜぇ!!」

 

 ウルフは右腕を後ろに引き、左足を強く前に踏み出し、腰を捻って拳を突き出した。

 迫るデスベアーの牙に恐怖を感じながらも、その恐怖を生きているという実感に変えて、生存本能を燃え上がらせて、彼は全力の一撃を繰り出す。

 

「『アイアンフィスト』!!」

「グキャッ!?」

 

 怯えつつも臆さずに正面から立ち向かった少年(少女?)の『必殺』の拳が、デスベアーの鼻先を見事に捉える。

 弱点にクリティカルヒット。

 それによってHPを全損した熊は、データの塵となって砕け散った。

 

『レベルアップ。殴殺ウルフがLv4からLv5になりました』

『ステータスポイントを入手しました』

 

「ふぅ。とりあえず、こんなもんか」

 

 今の熊を始めとして大量のモンスターをデータの塵に変え、レベルシステムによって経験値に変えた。

 その成果に満足しながら、ウルフはメインメニューを開き、自らのステータスを確認する。

 

―――

 

種族:ビーストマン(狼) Lv5

名前:殴殺ウルフ

 

HP:35/150

MP:21/50

 

STR(筋力):200

VIT(防御):150

AGI(俊敏):200

INT(知力):50

DEX(器用):50

 

ステータスポイント 50

 

スキル

『格闘術:Lv3』

 

―――

 

 このゲームには、最初に選べる四種類の種族がいる。

 万能型の『ヒューマン』。

 物理攻撃型の『ビーストマン』。

 魔法攻撃型の『エルフ』。

 鈍足器用型の『ドワーフ』。

 この四種類だ。

 

 選んだ種族によって、初期ステータスも変わってくる。

 レベル1の時、ヒューマンは全ステータスオール100。

 ビーストマンはMP、INT(知力)、DEX(器用)が50で、狼や猫といった種族によって、HP、STR(筋力)、VIT(防御)、AGI(俊敏)のうちのどれか三つが150。

 エルフは逆にHP、STR(筋力)、VIT(防御)が50で、MP、INT(知力)、DEX(器用)が150。

 ドワーフはHP、STR(筋力)、VIT(防御)、DEX(器用)の四項目が150の代わりに、INT(知力)とAGI(俊敏)がゼロ。

 

 そして、そんな初期状態からモンスターを倒して経験値を稼ぎ、レベルが一つ上がるごとに、自由に割り振れる『ステータスポイント』が50ポイント手に入る。

 ウルフはビーストマン(狼)なので、初期ステータスはHP、STR(筋力)、AGI(俊敏)が150だ。

 そこから短所を無視して長所を伸ばした形になる。

 

「……そろそろHPがやべぇな。ポーションも殆ど使い切っちまったし、振っとくか」

 

 ウルフは直前にレベル5へと上がって手に入れた50のステータスポイントを、雑にHPに全て突っ込んだ。

 最大HPが50上がり、それに比例して現在のHPも50上がる。

 擬似的な回復だ。

 一応は裏技的なものに分類されるが、わざわざ貴重なステータスポイントを消費してしまうため、やる者はあまりいない。

 しかし、買い込んでおいた回復アイテムを殆ど消費してしまった今は、こんなショボい裏技でもありがたい。

 

「しっかし、我ながら雑な振り方だなぁ。まあ、最悪振り直せるからいいけど」

 

 このゲームにはステータスをステータスポイントへと還元するアイテムが存在し、それは割と簡単に手に入る。

 それどころか、『転生アイテム』というものを使えば、種族すら再選択が可能だ。

 だからこそ、ウルフは自分の雑なステータスの振り方に、大して頓着していなかった。

 別に実用性度外視でネタに走っているわけでもない。

 最悪、デスゲーム化でその手のアイテムが消えていたとしても、どうにかなるだろう。

 というか、そもそも廃ゲーマーでもなかったウルフに、ステータス振りの最適解などわかるはずもない。

 

「ん? あれは……」

 

 と、その時、ウルフは遠目にあるものを発見した。

 異様な雰囲気を放つ、岩壁に直接取りつけられた大きな『扉』だ。

 モンスターと戦うのに夢中で、いつの間にかこんなところまで来てしまったらしい。

 

「迷宮か……」

 

 通常のフィールドとは比較にならない、大量のモンスターの巣窟である『迷宮』。

 中には宝箱もあり、レアなモンスターからのドロップアイテムもあり、ついでに大量の経験値も稼げる、まさに宝の山のような場所だが……。

 

「……さすがに、やめとくか。今のHPじゃ上層で死んじまうわ」

 

 今の自分の状態を顧みて、ウルフは帰還を選択した。

 迷宮に入らなくても、既にスタートダッシュとしては充分な量の経験値とアイテムは手に入れた。

 デスゲームとなったのなら、命は大事にしなければならない。

 大事にし過ぎて動けなくなるのもダメだが、自棄っぱちになって捨てるのもダメだ。

 せっかく手に入れた第二の人生。

 まだまだ楽しまなければ損だろう。

 

「帰るか」

 

 そうして、ウルフは町へと引き上げる。

 迷宮の扉は、ただ静かに、そんな彼の後ろ姿を見送った。



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3 演説

 『Utopia・online』のマップは、三日月のような形の島を表示している。

 全てのプレイヤーが最初にログインするのが、島の中心部にある、始まりの町『アーモロート』。

 そこから島の中心部を取り囲むようにカーブを描いた一本の川が流れ、その外側に未開のマップが広がっている。

 あまり学の無いウルフは気づいていないが、とある古書に出てくる『ユートピア』を模倣したような地形だ。

 

 現在、ウルフはそんなユートピアの始まりの町アーモロートを訪れていた。

 発売から5年の時を経て、数多のアップデートで多くの町がマップに浮かび上がるようにして追加されていき、町同士の間は『転移陣』という瞬間移動装置で一瞬にして行き来することができるようになった。

 その利便性を活かして、ウルフはアーモロートに買い物に来たのだ。

 

「相変わらず、すげぇ眺めだなぁ」

 

 そんなアーモロートの名物を見て、ウルフはなんとなく富士山に目を向ける時のような、なんとも言えない気持ちを久しぶりに味わった。

 この町からは、遥か遠くにある謎の建造物が一番綺麗に見える。

 アーモロートからまっすぐ南の方角、現時点のマップで唯一の海に面した場所にそびえ立つ、超巨大な『扉』が。

 最初にログインしたプレイヤーが必ず見ることになる、ファンタジーな光景が。

 

 迷宮の扉に酷似したデザインの、しかし圧倒的なスケールを誇る大扉。

 この距離からでも見える、扉の左右と上部に空いた、超ド級サイズの三つの鍵穴。

 どう考えても、ゲーム的にかなり重要な要素の一つだろうと、ゲーム開始当初から噂されたものだ。

 しかし、発売から5年が経っても、その謎は未だに明かされていない。

 明かされるとしたら、真の『Utopia・online』という名のデスゲームが始まったこれからなのだろう。

 

「まあ、それはいいとして。……さっすが、ゲーム内最大の安全地帯。陰気な連中がウジャウジャしてやがるなぁ」

 

 デスゲームが始まって一週間。

 何かしらの理由で心折られたのか、生きる屍のようになった連中が、この町には山のようにいた。

 活発に動き回るNPC(ノンプレイヤーキャラ)とまるで違うから、一目でわかる。

 プレイヤー達が生きる屍のようで、人工知能に過ぎないNPCの方がよっぽど生き生きしてるなんて、どんな皮肉だろうか。

 

(情けねぇなぁ。その気になりゃ、いくらでも何でもできる夢の世界だってのに、何もせずに腐るとか。ああはなりなくねぇ)

 

 この世界は現実とは違う。

 ちょっと勇気を出してモンスターと戦いに行けば、ステータスの数値という目に見える形で確実に成長できる。

 現実に帰りたいのなら、もしくは現状を変えたいのなら、戦うべきだ。

 それが無理なら、生産職でもやればいい。

 通常プレイの頃は、華やかな戦闘職の影に隠れて人気の無かった職業だが、今なら危険を侵さずに日銭を稼げる有効な手段だろうに。

 他にも思いつく仕事はいくらでもある。

 

 ここではお金の問題で、家庭の問題で、学歴の問題で、才能の問題で、自分の選ぶ道を諦める必要がない。

 どこまでも自分の意志一つで道を決められる。

 そんな幸福極まりない環境にいるというのに腐る連中を、ウルフは心底唾棄した。

 

「皆、このままでいいのか!? このまま、ここで腐ってるだけでいいのか!? 現実に帰りたいとは思わないのか!?」

「お?」

 

 だが、そんな唾棄すべき連中ばかりでもないようで。

 目が死んでいないどころか、むしろ燃えているような奴もいるにはいた。

 外見年齢18歳くらいの、金髪の青年アバターを使っている奴だ。

 種族はヒューマン。

 彼は街頭で声を張り上げて、死んだ魚ような目をする連中に語りかけていた。

 

「救世高徳は許されないことをやった!

 勝手に人の人生を捻じ曲げて、大切な人達から引き離して、こんな危険な世界に閉じ込めた!

 このままじゃ、僕達はもう二度と現実に残してきた人達に会えない!

 ただ待ってるだけじゃ、何十年経っても帰れやしない!

 そんなの僕は嫌だ!!」

 

 金髪の青年は叫ぶ。

 現実なら喉が枯れてそうなほどの大声で、現実世界への想いを叫ぶ。

 

「僕には向こうに残してきた家族がいる! 絶対にまた会いたい人がいる! だから、僕は戦う!

 戦闘職じゃなくてもいい! 生産職でも情報屋でも何でもいい!

 向こうに、大切な人達のところに帰るために、力を貸してくれ! 頼む!」

 

 その演説に、その熱意に……心動かされた者は確かにいた。

 暗い目で俯いている何百人もの中の、ほんのひと握り。

 そのほんのひと握りが、とても緩慢な動きで、青年の方を見た。

 

「僕はギルド『シャイニングアーツ』のギルドマスター、『ブレイブ』だ!

 僕達のギルドホームは、この町のメインストリートにある!

 力を貸してもいいと思ってくれた人は、そこに来てくれ!」

 

 そうして青年……ブレイブは、仲間達と共に去っていった。

 何人かがその背中を目で追っている。

 

「……ギルド『シャイニングアーツ』」

 

 ウルフはその名前を口の中で転がす。

 聞いたことのある名前だった。

 攻略の最前線に必ず名前が上がっていた、大手のギルドの一つ。

 死も痛みも身近に感じる今の環境で戦意を維持しているメンバーがどれだけ残っているかはわからないが、少なくとも元はかなりの力を持っていたギルド。

 それが、この世界を否定するために動いている。

 

「腹立つなぁ、あいつ」

 

 ウルフは、去っていくブレイブの後ろ姿を睨みつけながら、敵意を剥き出しにした。

 何が、家族にまた会いたいだ。

 自分には会いたい家族なんていない。

 ウルフにとって、家族とは苦しみの象徴だ。

 自分達を裏切って捨てた父も、酒に溺れてクズになった母も大嫌いだ。

 

(あいつとは絶対に相容れねぇ)

 

 自分が欲しくて堪らなかった現実世界での幸せを持っている奴。

 そんな奴が、ウルフにとっての救いであるこの世界を否定した。

 奴はこのゲームをクリアし、終わらせようとしている。

 奇跡に奇跡が重なってようやく手に入れた持たざる者の幸福を、持つ者が奪い取って踏みにじろうとしている。

 

「許せるわけねぇよなぁ……!」

 

 許さない。そんな暴虐は断じて許さない。

 絶対に邪魔をしてやる。

 ウルフはこの日、そう硬く心に誓った。

 

「でも、どうやって邪魔すりゃいいんだろうなぁ……」

 

 そして、次の瞬間には、耳をペタンとさせて落ち込み始めた。

 力の差は明白。

 リセットのおかげでレベル差は大したことないと思うが、人数が違う。

 ウルフ一人が挑みかかったところで、袋叩きにされて終わりだろう。

 

 それ以前にプレイヤーへの攻撃、いわゆるPK(プレイヤーキル)はデメリットが凄まじい。

 町には入れなくなるし、そうなれば買い物もロクにできず、町の転移陣を使えないから長距離移動が大変になる。

 おまけに、PKは識別マークが出てしまうから、プレイヤーとのやり取りにも多大な支障が出る。

 識別マークを消すのにも、結構なリスクが生じる。

 

 正攻法での妨害は、リスクばかり高いくせに、有効ですらない。

 ならば搦め手でと思うが、中学すらまともに行っていないウルフの頭では、妙案など浮かぶはずもなし。

 

「うーん……。あ、そうだ。あいつなら、なんか思いつくかも」

 

 唯一思い浮かんだのは、数少ないフレンドに相談すること。

 思い立ったが吉日とばかりに、ウルフは早速メインメニューを開き、デスゲーム開始から一週間も放置してしまったフレンドへのメッセージを送った。



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4 フレンド

「おーう、生きてるかー?」

「生きた心地がしなかったよ!! デスゲームなんてものが始まったのに、よくそんな平静でいられるね君は!?」

 

 メッセージを送ってみたら、即行で「会いたい」と返信してきた奴のところへ向かったウルフ。

 アーモロートの宿(ソロプレイヤー御用達のレンタル拠点)にいると言っていたので来てみれば、アイドルのような服を着た猫耳の美少女が詰め寄ってきた。

 外見に相当こだわり、なんなら課金アイテムまで使ったと熱く語っていた、目を見張るような美貌は健在だ。

 ゲームアバターゆえに、憔悴が外見に反映されるということも無い。

 ただ、外見に反映されなくとも一目でわかるくらいに、中の人は追い詰められているらしい。

 

「なんだよ。お前だって『現実に帰りたくない。ずっとゲームの世界にいたい』って言ってたくせに。良かったじゃねぇか。夢が叶ったぞ」

「そうだね! 最初はボクもちょっと調子に乗ったよ! でも、モンスターと戦ってみたら痛いんだよ! かすり傷でもめっちゃ痛いんだよ! 即行で心折れたよ!」

「ハッ! 意気地がねぇな」

 

 狼耳の巨乳美少女が笑い、小柄で可愛らしい猫耳の美少女が涙目になった。

 とても目に優しい光景ではあるが、中身はカオスだ。

 ウルフはネカマを公言しているし、目の前の奴も「秘密☆」とか言って正体を明かしこそしなかったが、大方いい歳したニートか何かだろうとウルフは思っている。

 フレンド欄には、いつもログイン状態の表示が出ていたし。

 

「んで、ものは相談なんだけどよ。ゲームクリアを目指してる大手ギルドの邪魔がしてぇんだ。何か良い感じの作戦とか思いつかねぇか?」

「凄いこと言い出したね!? いや、君らしいといえば君らしいけどさ……」

 

 猫耳美少女はどうしようもない奴を見るような目をウルフに向けた。

 心外と言いたいところだが、ウルフとて自分がイカれ野郎に分類されるだろうことは察しているので、口をつぐんだ。

 そして、抗議の代わりに質問を口にする。

 

「なあ、『ミャーコ』。お前はどっち側だ?」

 

 ミャーコと呼んだ猫耳美少女に、ウルフは獣のように鋭い視線を向ける。

 ビクリと、ミャーコの背筋が震えた。

 

「オレは痛くても苦しくても、現実と違って楽しいこともいっぱいありそうなこの世界で生きたい。

 あんな現実には絶対に帰りたくねぇ。

 だから、この世界で『生きていく覚悟』を決めた」

「この世界で、生きていく覚悟……」

「お前はどうする?」

 

 問われて、選択を突きつけられて、ミャーコは悩んだ。

 

「この世界で生きるのか、現実に帰るために戦うのか、それとも腐って終わるのか。

 選べ、ミャーコ。オレはお前の選択を尊重する」

「ボ、ボクは……」

 

 ミャーコは思い浮かべる。

 現実世界を。真っ暗な自分の部屋を。

 外に出るのが怖くなって、親のスネを齧りながら生きるのが申し訳なくて、でも現実逃避のためのお金をついつい使ってしまう。

 クズの人生。

 そんな自分に嫌気が差していた。

 家族にも疎まれているのを知っていた。

 それでも、変われなかった。

 どうしても、変われなかったのだ。

 そんな現実に戻る……?

 

「ボクは……帰りたくない」

 

 ミャーコは、怯えた顔で、恐怖をより強い恐怖で上書きされたかのような酷い顔で、この世界にすがりついた。

 

「やだ……! もう、あんな惨めな思いは嫌だ! 変わりたい! この世界で、ボクは変わりたい!」

「よく言った」

 

 ウルフは、優しくミャーコの肩に手を置く。

 そして、ニカッと笑った。

 

「ま、お前は数少ないダチだからな。多少は手伝ってやるよ。レベル上げなり、なんなりな」

「ウルフ……!」

「ってことで、大手ギルドの邪魔する作戦を考えてくれ」

「ああ、そうだった! 最終的にそこに着地するんだったよ、ちくしょうめ!」

 

 ミャーコは叫んだ。

 叫びながら、ちょっとだけ笑っていた。

 淀んだ暗い気持ちを吐き出して、少し楽になれた。

 まったく、現実に帰りたくないから戦うなんて、とんだ後ろ向きの決意表明だ。

 現実逃避の究極進化系か何かか?

 しかも、その現実逃避で、必死に頑張ろうとしてる人達の邪魔をするっていうんだから、酷い話もあったものである。

 

 人にこんな選択肢を差し出して、悪いことに加担させようだなんて、本当に悪い奴だ。

 でも、その悪い奴のおかげで、ミャーコは立ち直れた。

 いつだって綺麗事は自分を助けてくれない。

 だったら、助けてくれない綺麗事なんか捨てて、助けてくれた悪い奴に恩返ししたっていいのかもしれない。

 

「ああ、もう、わかったよ! この世界が終わったらボクだって絶望なんだし、少しは知恵を貸してあげるよ! その代わり、レベル上げとかちゃんと手伝ってよ!」

「おう! 感謝するぜ、心の友よ!」

「もう! 調子良いんだから、もう!」

 

 ミャーコが赤い顔でポカポカと殴ってくる。

 こうしてると中身を忘れそうになる。

 いっそ忘れてしまった方がいいのかもしれない。

 自分もこいつも、現実に戻るつもりは無いのだから。

 

「うーん、そうだね……。大手ギルドの邪魔をするなら、とりあえず消費アイテムにちょっかいかけるのが良いと思うよ」

「消費アイテム? 回復ポーションとかか?」

「そう。難しいけど、大元になる素材を先に狩り尽くしちゃうとか、こっちで買い占めちゃうとかね。

 そうすれば、NPCの商店からの購入だけじゃ絶対に足りなくなる。

 必須アイテムが足りなければ、何をするにも立ち往生しちゃうはずだよ」

「おお! なるほどな!」

 

 初日に回復ポーションを資金の限り買い尽くしてから狩りに出たウルフだ。

 もしそれが買えなかったらと考えれば、なるほど、確かにあれだけ戦い続けることはできなかっただろう。

 戦えなければレベルは上がらない。

 レベルが上がらなければ攻略は進まない。

 納得である。

 彼は学こそ無いが、理解力はそれなりに高かった。

 

「よっしゃ! なら早速、このへんの素材アイテムを狩り尽くすぞ! 手数がいるから、似たような考えの奴らも大量に探さねぇと。ついでに、お前のレベル上げもだな」

「ボクをついで扱いしないでよ! っていうか、ウルフは今レベルいくつなの? ホントにボクのレベリングができるくらい強いの?」

「くっくっく。これを見てみろ!」

 

 ウルフはメインメニューを操り、自分のステータスをミャーコに見せつけた。

 そこに書かれた数字を見て、ミャーコは絶句する。

 

「嘘っ!? レベル18!? まだリセットから一週間しか経ってないのに……!?」

 

 ビビって引きこもりながらも、掲示板を使った情報収集は欠かしていなかったミャーコは知っている。

 恐らくは信用できるだろうギルドが書き込んでいる情報を信じるなら、現時点での最高レベルは高くて10程度だろう。

 数人でパーティーを組み、安全マージンを確保して戦えば、どうしてもペースは遅くなる。

 まして、今はHPの全損が死に直結し、大ダメージを受ければ激痛に襲われてしまうのだから、なおさら慎重にならざるを得ない。

 そんな中で、このレベルに至っているということは……。

 

「ふふん! めっちゃ頑張った! めっちゃ死にかけたけどな!」

「…………うん。ウルフは頭のネジが外れてるんだね」

 

 目の前でドヤ顔を浮かべながら立派な胸を張ってる奴が、実は思っていたより更に危ない奴だったと発覚し、ミャーコは冷や汗を流した。

 こいつについて行って、本当に大丈夫なのだろうか?

 だが、現時点での彼は間違いなく最強の一角だろうことも事実。

 最強に守ってもらえるなら、これほど頼もしいことは無い。

 それでも万が一は普通にありえるだろうが……ここで動かなければ、多分自分は一生動けない。

 

 変わるって決めたのだ。

 この世界で生きると決めたのだ。

 なら、腹を括るしかないのだろう。

 

「それにしても……」

 

 レベル18。

 束の間とはいえ、後進に凄い差をつけている。

 これだけの力があれば、チマチマとした間接的な妨害なんてしなくたって、もっと直接的な方法に訴えることも……。

 

「ッ!?」

「ん? どうした、ミャーコ?」

「な、なんでもないよ!」

 

 そこまで考え、ミャーコは慌てて頭を振った。

 それ以上考えてはいけない。

 ここから先は禁忌の領域だ。

 ……だが。

 

「妨害♪ 妨害♪」

 

 愉快に鼻唄を歌いながら腕を振り回している、この頭のネジが外れた友人なら、容易くその禁忌の領域に踏み入ってしまいそうな怖さがある。

 そんな考えを努めて心の奥底に沈め、ミャーコはズンズンと進んでいくウルフの後ろに続いた。



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5 迷宮

「さあ、行くぞ!」

「うぅ……。いきなり迷宮かぁ……」

 

 有用なアイテムの回収とミャーコのレベリングのため、二人はアーモロート近辺にある迷宮、通常プレイでは大抵の者が最初に挑む初心者向けの迷宮へとやってきた。

 フィールドで遭遇するモンスターのレベルは、プレイヤー達のレベルリセットに伴って低くなっている。

 だが、迷宮内のモンスターの強さはそのままだと、ウルフは我が身で、ミャーコは掲示板の情報で知っている。

 ゆえに、レベル1のミャーコのために最初の迷宮に挑むのは合理的と言えた。

 

「まずは迷宮の宝箱を全滅させんぞ!」

「お、おー……」

 

 ウルフの宣言に、ミャーコがおっかなびっくりな様子で合いの手を入れる。

 最初は消費アイテムの素材撲滅ということで、仲間を集めて薬草や木の実を狩り尽くそうとしていたウルフだが、すぐに群生地帯が広すぎて無理だと断念した。

 

 これがもっと高位のアイテムになると変わってくるのだが、序盤の回復ポーション程度なら、素材は腐るほどそこらに転がっている。

 モンスターの弱体化と同時に、彼らの生息地で採取できるアイテムの数と質も序盤並みになったし、それを敵の妨害になるレベルまで狩り尽くすのは不可能に近い。

 やるならもっと強い迷宮や、デスゲームになってから解禁されたとシステムメッセージに書いてあった、フィールドエリアの奥地へ挑めるようになってからだ。

 仲間集めにだって時間は欲しい。

 

 ならば今根絶やしにするべきは素材アイテムではなく、一度開けば再設置までに時間がかかる迷宮の宝箱や、一日にポップする数が限られているレアモンスターのドロップアイテムだと思い直したのだ。

 

「……とはいえ、ここはもう手遅れかもしれないけどね」

「え?」

「あ、ほら。やっぱり、いるよ」

 

 ミャーコが指し示した先には……あの忌々しき『シャイニングアーツ』の連中がいた。

 ダンジョンボスでも討伐するのかというほどの大軍勢をいくつかの部隊に別けて、ダンジョンの中に踏み入っていく。

 それを凄い目で睨みつけていたウルフは、視線を奴らから逸らさないまま、ミャーコに声をかけた。

 

「おい。あれ、どういうことだ?」

「どうもこうも、見ての通りだよ。彼らはここをレベリングの場にしてるんだ。

 マップこそ通常プレイの時とは違ってるみたいだけど、モンスターの強さや種類は同じだし、もう取れるものは取り尽くされてると思う」

「ほぉぉう」

 

 ウルフの目がどんどん据わっていく。

 怖い。超怖い。

 そして、彼はクルッと踵を返した。

 

「ミャーコ、他の迷宮に行くぞ。そっちのアイテムを取り尽くす」

「待って待って!? ボクはレベル1だよ!? ここじゃない迷宮なんて入ったら、一瞬でモンスターのご飯になっちゃうから!」

「ゲームなんだから食われはしないだろ」

「そういう問題じゃないよ!?」

 

 ミャーコは必死であった。

 ここでウルフの勢いに飲まれたら死ぬ!

 そう確信して、必死に引き止める。

 泣き落として、拝み倒して、

 

「…………しゃーない。まずは、お前のレベリング優先でいくか」

「よっしゃぁ!! ありがとう!」

 

 ミャーコは、どうにか生存を勝ち取った。

 ただし、迷宮に入る前から異様に疲れた……。

 

「んじゃ、入るぞ」

「う、うん……」

 

 ずっしりと重い疲労感と、ぶり返してきた恐怖と戦いながら、ミャーコは堂々たる足取りで迷宮へと突撃するウルフに続く。

 嫌悪感からか、それとも獲物の取り合いを防ぐプレイヤー同士のマナーを一応守ってるからか、シャイニングアーツの面々からは距離を取ってのダンジョンアタック。

 獲物を既に狩り尽くされていることも危惧したが、シャイニングアーツもさすがに迷宮をローラー作戦できるほどの戦力を一度に投入したわけではないらしく、ほどなくして一体目が現れた。

 

「ギィ!」

「ひっ!?」

 

 緑色の肌をした醜い子鬼、ゴブリン。

 言わずと知れた最弱モンスターの一角。

 だが、そんなゴブリンにすらミャーコはビビっていた。

 

「おいおい、ゴブリンだぞ? 前は笑いながら蹂躙してたじゃねぇか」

「しょ、初日に寄ってたかって殺されそうになったんだよぉ……! それ以来、トラウマになっちゃって……!」

「ふぅん」

「ギィ!!」

「ひぅっ!?」

 

 二人が会話しているのを隙と見たのか、ゴブリンが襲いかかってくる。

 ミャーコは反射的にギュッと目を瞑ってしまい、

 

「なら、これでトラウマ克服だな」

「ギギャ!?」

 

 ウルフが飛びかかるゴブリンを適当に蹴り飛ばして、あっさりとデータの塵に返した。

 瞬殺だ。

 まあ、最弱モンスター相手なら当たり前なのだが。

 

『レベルアップ。ミャーコがLv1からLv2になりました』

『ステータスポイントを入手しました』

 

 パーティーを組んでいたので、何もしていないミャーコにも経験値が山分けされて入ってくる。

 初日に心を折られるまでの間に稼いだ経験値と合わせて、レベルが一つ上がった。

 

「ふぇ……?」

「今のオレは、こいつが何匹束になっても軽く蹴散らせるくらいには強い。

 そんなオレが守ってる限り、お前はこいつらには殺されない。

 なら、怖がる必要はねぇ。

 そうだろ?」

 

 至極簡単な計算式を教えるように、ウルフはサラッとそう言った。

 その簡単な言葉が……トラウマに怯えるミャーコの心の隙間に、するっと入ってきた。

 

「あ……」

 

 ふっと、心が軽くなる感じがした。

 寄りかかれる頼れる相手を見つけて、その活躍を目の前で見せられて、経験値という目に見える形の証拠まで残されて、頭ではなく心が納得した。

 こいつについて行けば大丈夫なのだと。

 子供が親に抱かれて泣き止むように、ミャーコは強者(ウルフ)に庇護されているという実感を得て安心できた。

 

(え? 何そのイケメンムーブ? やばい、ウルフがやけにキラキラして見える……!)

 

 吊り橋効果なのか、心臓が恐怖とは全く違う種類の鼓動で跳ねた気がした。

 思考加速プログラムのせいで、現実の体の心臓が気持ちについてきてくれるはずがないのだが、それでもだ。

 ミャーコはヒッキーではあったが、別にネカマではない。

 自分のことを『ボク』と言っちゃう系女子だ。

 乙女心は普通に持ち合わせていた。

 

「ん? どうかしたか?」

「な、なんでもない! そ、それより次の奴が来たね! 『シャインボール』!」

「ギギッ!?」

 

 それをごまかすように、ミャーコは続いて現れたゴブリンを光の魔法で消し飛ばした。

 もはや、トラウマは完全に克服されていた。

 

「……せっかくリセットされたのに、その戦闘スタイルは直さなかったのかよ」

「しょ、しょうがないじゃん! これが体に染みついてるんだから!」

 

 ウルフがミャーコの戦闘スタイルを見て呆れる。

 彼女のアバターのコンセプトは『猫耳魔法少女』であり、服装も魔法少女っぽい可愛い服、装備も魔法の杖っぽいワンドだ。

 そして、使うのも魔法少女っぽい光の魔法。

 INT(知力)の初期値が低いビーストマンでやることじゃない。

 

「転生アイテム手に入れたら、さっさと変えろよ」

「この姿、死ぬほど気に入ってるんだけど……。ウ、ウルフがこれからも守ってくれない?」

「調子に乗んな」

「あうっ」

 

 図々しい猫に軽くチョップを入れながら、二人は迷宮を行く。

 結局、その日はこの迷宮の適正レベルを大きく超えるウルフが無双し、ミャーコもトラウマを克服して通常プレイ時代の感覚を取り戻したことで、特に苦戦することもなくザコを大量に討伐して終わった。

 

 ミャーコのレベルは、ここで効率良く上げられる上限である7に到達。

 手に入ったステータスポイントは、元から高かった逃げ足と、被弾した時のためのVIT(防御)の強化に費やされた。

 これで、そう簡単には死ななくなっただろう。

 レベリングは大成功に終わった。

 そして━━

 

 その翌日、事件は起きた。

 

 彼女達だけでなく、『Utopia・online』全体の今後を左右することになる大事件が。



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6 『真』プロローグ

「決めたよ、ウルフ! ボクは商人になる!」

「ふーん。そうか。頑張れ」

 

 レベリングの翌日。

 昨日はミャーコの部屋に泊まらせてもらったウルフは、朝一番でそんなことを言い出したミャーコに適当に返した。

 別にどんな生き方をしようと、ミャーコの自由。

 戦闘を強制する気も無い。

 商人だって立派な職業だ。

 やりたいのなら、やればいい。

 

「絶対に他のプレイヤーとソリが合わなくなるウルフのために、生産職とか情報屋との繋ぎ役になってあげるよ!」

「お、それはありがてぇな」

 

 ウルフの目的、ゲームクリアの邪魔というのは、あまり歓迎されるものではないだろう。

 似たような思想の奴は必ずいると確信しているが、それを表立って言うのは難しいだろうとも思っている。

 だって、町を見渡してみれば、このゲームを悲観的に捉えている奴らばかりが目につく。

 現実に帰れないというのは、死が身近にあるというのは、頭のネジが飛んでいると称されたウルフでは想像もつかないほどのストレスなのだろう。

 そんな中で、ゲームクリアの邪魔がしたいですなんて、大声で言えるはずがない。

 

 だからこそ、そんなウルフを商人として支えてくれるというミャーコの存在は大きい。

 さながら、ヤクザにブツを流す仲介人だ。

 そう考えると、ミャーコも結構な修羅の道を行こうとしていると言えよう。

 

「いっぱい儲けて、こういう美味しいご飯を食べまくってやるんだーーー!」

 

 自分が修羅の道を選んだと自覚できていないのか。

 ミャーコは昨日狩ったモンスターのドロップアイテムを売り捌いて得た金で買った『まともな朝食』を、感動の表情で食い荒らしていた。

 

 ここはゲームの世界だ。

 別に食べなくても生きていける。

 だが、人間やっぱり美味しいものが食べたいという欲求は強い。

 食べたいのなら、食料を買う金がいる。

 金が欲しいのなら、頑張って稼がないといけない。

 まさに救世高徳が最初に言ったように、良い暮らしがしたいなら頑張れということだ。

  

「美味しい! 美味しいぃ!」

 

 心が折られてニートをやっていた一週間、素食生活を送ったミャーコは、反動で食への執着に目覚めた。

 金の大切さを思い知った今、これからは金に貪欲な商人として頑張ってくれるだろう。

 実に頼もしい。

 

 ……と、ミャーコの食い意地に苦笑していた、その時だった。

 

『『メッセージを受信しました』』

「「!」」

 

 突如、二人のメインメニューが同時にメッセージの受信を知らせる。

 共通の知り合いなどいない二人が同時に。

 いや、窓の外からも同じ機械音声が折り重なって聞こえた。

 つまり、全プレイヤーへの一斉送信。

 デスゲーム開始宣言の時と同じ現象に、嫌でも二人は緊張感を高めた。

 

『『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』』

 

 そして、これまたあの時と同じように、強制的にライブ配信モードが起動。

 ただ、そこに映るのは前回と違って救世主(狂人)ではなかった。

 ライブ配信モードに映るのは、古代の壁画を思わせるような映像。

 それが動画として流れ、同時に厳かな老人の声で、ナレーションのようなものが聞こえてくる。

 

『勇敢な旅人達が成し遂げた。

 第一の試練を成し遂げた。

 一つ目の『鍵』が彼らの手に渡った。

 十五の鍵を揃えて海の扉を開きなさい。

 十五の鍵を揃えて地の扉を開きなさい。

 二十の鍵を揃えて天の扉を開きなさい。

 天、地、海、三つの鍵を揃えて最後の扉を開きなさい。

 さすれば、故郷への道は開かれん』

 

 とてつもなく意味深な言葉。

 どう考えても、ゲームの根幹に関わる情報。

 謎解きでもさせる気かと思った瞬間、動画は終わり、新たなメッセージが送られてきた。

 

『プレイヤー達が第一の迷宮を攻略し、『迷宮の鍵』を入手しました』

『第一の迷宮が消滅しました』

『十五個の鍵を『ウェストブリッジ』の町近郊にある大扉に差し込むことで『海の大迷宮』が開放されます』

『『迷宮の鍵』が破壊されることで、対応する迷宮は内部マップを書き換えて復活します』

『『迷宮の鍵』の位置情報を全体マップに表示します』

 

 立て続けに送られてきた情報。

 それを最後に、メインメニューは沈黙した。

 どうやら、これが今回のメッセージの全てらしい。

 

「え? え? 何? つまり、どういうこと?」

 

 ミャーコが混乱している。

 そりゃそうだろう。

 ウルフだって混乱している。

 いきなり話が進みすぎだ。

 こんな重要な話をするのなら、せめて前置き的な何かが欲しかった。

 ……だが、そんな思いよりも遥かに。

 

「マズい……」

 

 ウルフの心を支配したのは。

 

「やばい……! やばいやばいやばい……!!」

 

 尋常ならざる焦りであった。

 

「ついさっきまでクリアへの道筋すらわかってなかったのに……!? くそっ、油断した……! こんな一気に事態が動くなんて思わなかった……! まだ一週間しか経ってないんだぞ……!? この調子じゃ、オレが死ぬまでの間にゲームがクリアされかねない……! 嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だ……! 絶対に阻止する……! 絶対にこの世界を守る……! どんな手段を使ってでも……!!」

「ウ、ウルフ……?」

 

 どう見ても尋常ならざる様子の、狂気すら感じる顔でブツブツと呟き出したウルフを見て、ミャーコは思わず気圧された。

 彼の内包する想いは。

 現実世界への尋常ではない嫌悪と恐怖は、ミャーコのそれよりも遥かに深刻だったのだ。

 

 ウルフの脳裏に現実世界での記憶が過ぎる。

 金切り声を上げる母。

 掌で叩かれた時の、酒瓶で殴られた時の痛み。

 かと思えば、急に泣き出して許しを乞う姿。

 過去の、幸せだった頃の思い出が邪魔で、心の底からは恨み切れなかった。

 その過去の思い出が、辛い日々の中でどんどん汚されていくような苦しみ。

 未来になんて一欠片の希望も抱けず、絶望だけを抱えて生きていた。

 

「うっ……!?」

 

 気持ちが悪い。吐き気がする。頭が痛い。

 トラウマのフラッシュバックは、いつ味わっても辛い。

 だが、トラウマで動けなくなったミャーコとは逆に、ウルフはトラウマによって突き動かされた。

 もう二度とあの世界に帰りたくないという絶望が、この理想郷という希望を失うかもしれないという恐怖が、彼を突き動かす。

 

「ミャーコ、お前、昨日言ってたよな? 他の奴らのレベルは、高くて10くらいだろうって。

 だったら、あの迷宮のボスを倒してレベルが上がったとしても、15は行ってないよな?」

「ひっ!? う、うん、多分……」

 

 狂気の眼差しに射抜かれて、ミャーコは反射的にそう答えてしまった。

 口に出してから「しまった」と思った。

 別に間違った答えを出したわけじゃない。

 だが、だからこそダメなのだ。

 

「行く」

 

 ウルフは立ち上がる。

 メインメニューに表示された鍵の位置情報を睨みつけながら。

 表示される座標は、昨日レベリングに使った、初心者向けの迷宮がある場所だ。

 タイミングからして、恐らく攻略したのはシャイニングアーツの連中だろう。

 

 倒さなくては。

 奪わなくては。

 壊さなくては。

 この世界を守るために、この世界を崩壊させうる鍵を壊さなくては。

 

「ミャーコ、悪いが今日の予定はキャンセルだ。いいな?」

「ウルフ……」

「いいな?」

「は、はい……!」

 

 ミャーコは恐怖に負けた。

 ウルフの放つおどろおどろしい威圧感に負け、それはやっちゃいけないと言えなかった。

 

「この埋め合わせは今度する。またな」

 

 そうして、ウルフは風のような速度で走り去っていった。

 何をする気なのか。

 何をしてしまう気なのか。

 ミャーコには手に取るようにわかる。

 わかったところで……何もできない。

 

「ご、ごめんね……! ごめんね、ウルフ……!」

 

 止められなかった無力な自分を、ミャーコは責めた。

 あの子の狂気を、頭のネジが飛んでいることの意味を、もっと深く考えるべきだった。

 そうすれば、友達として止められたかもしれないのに。

 友達を、自分のトラウマを吹き飛ばしてくれた恩人を、彼女はみすみす行かせてしまった。

 

 この日の恐怖と後悔はミャーコの心に強く刻まれ、その後の彼女の人生に大きく影響を及ぼすこととなった。



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7 因縁の始まり

「よし! 倒したぞ!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

 初心者向け迷宮のボスが、HPの全てを失ってデータの塵となる。

 ギルド『シャイニングアーツ』のギルドマスター、ブレイブは剣を高らかに上げて勝鬨を上げる。

 ギルドメンバー達が雄叫びを上げた。

 

 本来なら、この程度のボスの討伐なんて喜ぶほどのことじゃない。

 ましてや、ここは誰もが一度は攻略したような迷宮だ。

 自分達のレベルが下がってしまったとはいえ、ボスの強さや能力は以前と同じ。

 HPこそ数十人単位のレイドを組まなければ削り切れないほど圧倒的だが、攻撃は単調で読みやすく、搦め手も無い。

 

 だが、デスゲームともなれば、そんな相手でも慎重に慎重を重ねて挑まなければならない。

 つまらないミスをして誰かを失うことなど、あってはならないのだから。

 そうして、慎重に慎重を重ねて挑んだ結果が、犠牲者ゼロでの勝利だ。

 嬉しくないわけがない。

 雄叫びの一つも上げたくなるというものだ。

 

「やったな、ブレイブ!」

「や、やればできるものですね!」

「ふっ。我らの力を持ってすれば当然だな」

「お疲れさん」

 

 仲間達、その中でも特に仲が良い面々が、ブレイブの背中をバシバシと叩いていった。

 豪快なドワーフの重戦士『戦車』。

 気弱なエルフの回復魔法使い『タロット』。

 タロットの姉で、同じくエルフの正統派魔法使い『アルカナ』。

 爺アバターを使っている虎ビーストマンの剣士『コジロウ』。

 死の恐怖を跳ね除けてブレイブについて来てくれた、大切な仲間達。

 

「皆のおかげだ! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 彼らを始め、ここにいる数十人のメンバーは、ブレイブに賛同してくれたメンバー達だ。

 だが、当然のごとく、往年のシャイニングアーツのベストメンバーではない。

 かつて攻略の最前線を突き進んでいた猛者達、いわゆるゲーム廃人と呼ばれる者達は殆ど残っていない。

 

 廃人達は、初日にゲーム感覚が抜けないままモンスターに挑んで、痛みに怯んだところを狙われて殺されたり。

 生き残ったものの、心が折れて引きこもりになったり。

 あるいは、ゲームクリアなんかより、この世界で好きに生きてやるぜ! とギルドを脱退したりした。

 

 前任のギルドマスターもそうだ。

 彼は何も言わずにギルドを去った。

 理由はわからないが、大方上記の三つのうちのどれかだろう。

 ギルドへの登録も抹消していったので、空いたギルドマスターの地位にブレイブが就いた形だ。

 運動神経と経験を活かしたプレイヤースキルこそ高いが、ゲーマーとしてはガチ勢ではなくエンジョイ勢だったブレイブが、その強固な信念と人望を見込まれて、シャイニングアーツのトップに立った。

 

 シャイニングアーツは大きく弱体化している。

 だが、戦えなくはない。

 僅かに残った猛者達から、このゲームの情報や攻略法は聞けている。

 粘り強い演説の効果があったのか、戦闘員も後方支援の人員も増えてきている。

 そして今、ダンジョンボスを倒した。

 死と痛みに怯えながらも成し遂げた。

 

 やれる。できる。

 絶対にこのゲームはクリアできる。

 絶対にこんなふざけたデスゲームを終わらせて、現実世界に、家族のところに帰るんだ。

 ブレイブは改めて強く決意を固めた。

 

「ん?」

「なんだ……?」

 

 その時、ボス部屋の奥にあった壁画のようなものが、光り輝き始めた。

 まさか、ボスを倒したのに、まだ何か出てくるのか!?

 勘弁してくれという気持ちで、メンバー達は武器を構える。

 しかし、違った。

 出てきたのは、新しい敵ではなかった。

 

『勇敢なる旅人達よ。よくぞ、第一の試練を成し遂げた。

 汝らの偉業を称えよう。心の底から称賛しよう。

 そして、汝らを認め、授けよう。

 持っていくがよい』

 

 厳かな老人の声で、そんな言葉が紡がれた。

 壁画の輝きが増し、その光はやがて一点に集中して、一つのものを形作った。

 それはボス部屋の中空に浮遊する、一本の大きな鍵だった。

 いや、本当に大きい。

 短杖くらいのサイズがある。

 

「えっと……あれは迷宮クリアの報酬、ってことでいいのかな?」

「じゃろうな」

 

 ブレイブの自信なさげな言葉に、残った数少ない廃人の一人である虎の老獣人、コジロウが答える。

 

「しかし、通常プレイの時は、初攻略の時でもこんなものは無かった。

 デスゲームになってから追加された要素と見て間違いなかろう。

 であれば、文字通りゲームクリアの鍵となるキーアイテムかもしれん」

「「「おお!」」」

 

 メンバー達から歓声が上がる。

 ずっと求めていた、ゲームクリアに向けた手がかりだ。

 レベル上げをしつつ、できることは片っ端から試していこうということでボス戦をやったが、どうやらビンゴだったらしい。

 ボスも倒して、ゲームクリアの手がかりまで得た。

 彼らの胸は達成感に満たされる。

 

「ほら、ブレイブ! とっとと取ってこい!」

「……ああ。そうだな」

 

 ちょっと感動して浸っていたブレイブが、ドワーフの重戦士、戦車の言葉で我に返り、鍵に手を伸ばした。

 

『このアイテムを所持しますか? 所持しない場合は破壊されます。 yes/no』

(妙なテキストだな……)

 

 若干怪訝な気持ちになりながらも、ブレイブは『yes』を選択。

 鍵は一瞬輝きを増した後、姿を消した。 

 ブレイブのアイテムストレージに入ったのだ。

 

『メッセージを受信しました』

『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』

「「「うおっ!?」」」

 

 全員のメインメニューが強制的に開かれ、デスゲーム開始のトラウマワードと同じメッセージが聞こえてきたので、多くのメンバーがビクッとしてしまった。

 ただ、今回は内容をなんとなく予想できるので、前回ほどの動揺は無い。

 

『勇敢な旅人達が成し遂げた。

 第一の試練を成し遂げた。

 一つ目の『鍵』が彼らの手に渡った。

 十五の鍵を揃えて海の扉を開きなさい。

 十五の鍵を揃えて地の扉を開きなさい。

 二十の鍵を揃えて天の扉を開きなさい。

 天、地、海、三つの鍵を揃えて最後の扉を開きなさい。

 さすれば、故郷への道は開かれん』

 

 さっきボス部屋に響き渡ったのと同じ、厳かな老人の声で紡がれるメッセージ。

 そして━━

 

『プレイヤー達が第一の迷宮を攻略し、『迷宮の鍵』を入手しました』

『第一の迷宮が消滅しました』

『十五個の鍵を『ウェストブリッジ』の町近郊にある大扉に差し込むことで『海の大迷宮』が開放されます』

『『迷宮の鍵』が破壊されることで、対応する迷宮は内部マップを書き換えて復活します』

『『迷宮の鍵』の位置情報を全体マップに表示します』

 

 迷宮全体が光の泡のようになって消えて、彼らは入口のマップに戻された。

 同時に聞こえてきたメッセージにより、ゲームがチュートリアルを終えて、次の段階に移行したことを実感させられる。

 

「おお……。なんか普通にカッコよかった」

「デスゲームじゃなければなぁ。素直に感動できたんだがなぁ」

 

 メンバー達は今のイベントの感想を言い合い、次いであの意味深なメッセージや、今回判明した情報について話し出した。

 

「十五の鍵を揃えてって、十五個の迷宮を攻略しろって意味だよな?」

「それ以外に無いでしょ。ちょうど、今ある迷宮の数も十五個だったはずだし」

「ウェストブリッジの町近郊の大扉ってあれだよな? アートモートから見えるあれのちっちゃいやつ」

「だな。発売から5年経って、ようやく発見された二つ目の大扉」

「次のアップデートで、ついに謎の一端が明かされるのか! ってことで楽しみにしてたんだがなぁ」

「良かったわね。謎が明かされたわよ」

「デスゲームじゃ喜び半減だよ! いや、ある意味ではもの凄く嬉しいけども!」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 戦勝の喜びもあってか、あるいはゲーマーのサガか、考察談義が止まらない。

 ここは町中のような安全地帯じゃないというのに。

 

「ええい! 者ども、気を抜くな! そういう話はホームに戻ってからにしろ! 私だってソワソワしてるのに我慢してるんだぞ!」

「へーい」

「すんません、アルカナさん」

「アルカナさんって『者ども!』とか言っちゃう中二病のくせに変なところで真面目だよな」

「わかる」

「そこ! 聞こえてるぞ!」

「でも、お姉ちゃんが中二病なのは本当だし……」

「タロット! 何か言ったか!」

「い、言ってないです」

 

 エルフ姉妹の姉の方、アルカナの注意喚起で、お喋りは多少マシになった。

 そのアルカナが騒いでいるので、マシになった止まりだが。

 締まらないが、彼女もあれでギルドに残ってくれた良識的でまともな廃人の一人。

 皆から頼りにされてはいるのだ。

 

「鍵の位置情報の表示、か……」

「お? どうしたよ、ブレイブ。浮かねぇ顔して」

 

 帰り道を進みながら難しい顔をするギルドマスターに、戦車が話しかける。

 ブレイブは眉間にシワを寄せて、

 

「嫌な予感がするんだ。鍵の位置情報の表示。これだけ明らかに毛色が違う」

 

 全体マップに表示される鍵のマーク。

 数は一つ。場所はここ。

 恐らく、鍵を所持している自分の位置情報が、全プレイヤーにバレている。

 嫌な感じだ。

 

「ワシも同意見じゃな」

「コジロウ……」

 

 古強者を思わせる容貌の虎耳達人剣士が会話に入ってきた。

 彼はアバターだけでなく、リアルでも結構な年齢という話だ。

 年の功で若者よりは思慮が深い。

 ゲームクリアに向けて一歩進んだという喜びで頭がいっぱいの若者達よりも。

 

「若造どもに警戒を促した方がよい。この仕掛けは、明らかにゲームのシナリオとは別の戦いを煽っておる。

 鍵の破壊に関する項目も、扉に差し込むまで無事に守れという意味ではなく、もっと悪辣なものじゃろうて」

「……やっぱりか。考えたくはなかったけど」

「お、おい、どういうことだ! 二人だけでわかり合ってないで説明くれ!」

 

 脳筋のケがあるドワーフが叫ぶ。

 彼への説明も兼ねて、全員に言った方が良いとブレイブは判断した。

 せっかくの勝利の喜びに水を差し、士気を低下させてしまうかもしれないけれど、それでも。

 自分一人の憶測ではなく、コジロウと合わせて二人分の推測ならば、なおのこと無視はできない。

 

「皆! ちょっと聞いてくれ!」

 

 ブレイブは声を張り上げた。

 いつもの演説の時のように声を上げた。

 だが、━━その判断は少し遅すぎた。

 

「え? ぎゃ!?」

「うわっ!?」

「ぎゃああああああああ!?」

 

 突然、森の中から白い影が飛び出してくる。

 露出度が高めの服を着た、白髪の狼獣人の少女だ。

 彼女は進路上にいた何人かのメンバー達を殴り飛ばし、蹴散らし、一人の少女を人質に取った。

 エルフ姉妹の妹の方、タロットを。

 

「全員動くな。こいつをどうにかされたくなきゃ、大人しく鍵をよこせ」

「ひっ!?」

「タロット!?」

 

 少女は背後から小柄なタロットの首に腕を回して拘束し、タロットは首を締められる痛みと減っていくHPに恐怖の声を上げた。

 姉のアルカナが焦った様子で反射的に動こうとして、少女の眼光に射抜かれて、その場に縫いつけられた。

 

「……落ち着け。落ち着いて、話をしよう」

 

 そんな中で、ブレイブは仲間の窮地に冷や汗を流しながら、努めて冷静に話し合いを選択した。

 ……最悪の予想が、想像よりも遥かに早く実現してしまった。

 警告が遅れてしまったことへの後悔を強く感じながら、ブレイブは目の前の白い狼の少女と、狂気を秘めた目で自分を睨みつける少女と向き合った。



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8 交渉

「鍵は渡す。だから、彼女を解放してくれ」

 

 ブレイブはそう言って剣を手放し、戦意は無いことをアピールしながらメインメニューを操作した。

 仲間の命に比べたら、鍵なんて惜しくはない。

 迷宮攻略で誰かを犠牲にしたわけではないのだから、もう一度挑めばいいだけだ。

 その時こそ、こういう輩への対策を徹底した上で。

 ……しかし。

 

『このアイテムは、アイテムストレージから移動させられません。十五の鍵を同時に『海の大迷宮』の大扉の前に揃えることで、自動で効果を発動します』

「…………は?」

 

 予想外のことが起きた。

 アイテムストレージから取り出そうと『迷宮の鍵』の欄をタップしたところ、そんなメッセージが流れたのだ。

 しかも、ボイス付きで。

 思いっきり、目の前の少女にも聞かれた。

 

「え? え?」

 

 これには、さすがにブレイブも動揺し、何度もタップを繰り返した。

 だが、返ってくるのは繰り返されるメッセージだけ。

 

「どういうことだ……!?」

 

 ブレイブは本気で焦る。

 鍵を渡さなければならない状況で、肝心の鍵が出てこない。

 制作者の悪意しか感じない状況だ。

 しかし、その余裕の無い必死の様子が目の前の少女……ウルフに、恐らくこれは演技ではないだろうという感想を抱かせた。

 

「『迷宮の鍵』はアイテムストレージから動かせないのか……」

 

 据わった目でウルフは思考を回転させる。

 彼の精神はトラウマのフラッシュバックの時から回復していない。

 表面上は冷静に話を進めているように見えるが、内心はドス黒い狂気が渦巻いている。

 それこそ━━ミャーコの懸念通り、人としての越えてはならない一線を、容易く踏み越えかねないほどに。

 

「おい、お前。ブレイブって言ったよな?」

「あ、ああ」

「お前、そこに転がってる剣で首かっ切って死ね」

「え……?」

 

 あっさりと。

 あまりにもあっさりと、ウルフはブレイブに自殺を強要した。

 

「プレイヤーが死ねば、所持してるアイテムはその場に散らばる。自分で取り出せねぇなら、それしかねぇだろ」

「ッ!?」

「なっ!? お、お前、何言ってんだ!? 本気でイカれてやがるのか!?」

 

 ブレイブが息を呑み、戦車は信じられないものを見る目をウルフに向ける。

 自分達を襲撃し、人質を取って身代金(カギ)を要求する。

 そこまではまだわかる。

 いや、充分に犯罪ではあるのだが、まだ取り返しがつくレベルだ。

 

 だが、これはそんな取り返しがつくラインを軽く逸脱している。

 失った命は戻らないのだ。

 この世界なら、もしかしたら蘇生アイテム的なものが手に入るかもしれないし、そもそも救世高徳の発言が悪質なイタズラであるという可能性も微粒子レベルで存在するが、少なくとも現時点では、デスゲーム開始以降に死んだプレイヤーの蘇生は確認されていない。

 

 なのに、目の前の少女は、微塵の躊躇いもなく死を要求してくる。

 

「イカれてる? ああ、そうかもしれねぇな」

 

 ウルフは、戦車の発言を肯定して。

 

「だけど、オレはこの世界を守るためだったらなんでもやるぜ。━━なんでもだ」

「ッ!?」

 

 狂気に満ちた視線が、戦車を射抜いた。

 戦車は確信した。

 理屈よりも先に、本能で確信した。

 ああ、こいつはイカれてると。

 あの救世高徳と同類のイカレポンチだと。

 だって、あの狂人の演説を聞いた時と同じように……。

 

(ふ、震えが止まらねぇ……!)

 

 こいつを見ているだけで、気持ち悪くて、理解ができなくて、怖気が止まらないのだから。

 少女の頭上に表示されているアイコン。

 他のプレイヤーに危害を加えた証明である、ドクロ印の識別マーク『罪の烙印』。

 それが、これ以上ないほどにおどろおどろしく見えた。

 

「ほら、早く死ね。そうじゃねぇと、こいつをぶっ殺すぞ」

「ぐっ……!?」

 

 ブレイブは選択を突きつけられ、震えた。

 自分は死ねない。死ぬわけにはいかない。

 帰らなければならないのだ。大切な家族のところへ。

 だが、だからといって仲間を見殺しにもできない。

 

「それと、そこの爺。動くな」

「!」

 

 ウルフの意識がブレイブに向いている隙に、密かに人質のタロットを救出できる位置を確保しようとしていたコジロウが見咎められた。

 そして、

 

「ああああああッッ!?」

星羅(せいら)ぁ!?」

 

 その罰を与えるように、ウルフはタロットの指を躊躇なくへし折る。

 現実と違って最低位の回復ポーションや回復魔法で治る傷ではあるが、痛いものは痛い。

 苦しむ妹を見て、姉であるアルカナが思わず妹の本名を叫びながら泣き出してしまった。

 

「オレは敵意には敏感なんだ。ずっと、そういうのを警戒する生活をしてたからな」

「お主の中身は裏稼業か何かか……! これは本当に参ったのう……!」

「やめてくれ!! 妹に酷いことしないでくれ!! この通りだ!!」

 

 アルカナが中二病特有の高いプライドをかなぐり捨てて、土下座をした。

 ウルフはそんな彼女に一瞥もくれないまま、

 

「おう。すぐに解放してやるよ。そいつが死んで、迷宮の鍵が壊れたらな」

 

 冷たい声でそう言った。

 慈悲は無かった。

 

「…………わかった」

「ブレイブ!?」

 

 だが、アルカナの思いは、届いてはいけない奴に届いてしまった。

 急かされて思考時間を削られ、仲間の苦しむ姿を見せつけられて余裕を失わされ、彼の思考は短絡的で最悪な選択肢へと誘われてしまった。

 

 それも仕方がないだろう。

 今までの彼の人生に、ここまで悪辣に追い詰められた経験は無い。

 勇気と意志と行動力を持っていたとはいえ、ただの一般人にこの状況は過酷すぎる。

 焦って当然。間違えて当然。

 ブレイブは自分で投げ捨てた剣を手に取り、震える手で己の首筋へと持っていく。

 

「ブレイブさん!?」

「おい、ギルマス!?」

「やめなさい! 早まるんじゃないわよ!」

「皆。僕が死んだら、家族を頼む。多分、ジャンヌはこっちに来てしまうはずだ。あの子から僕の家族のことを聞いて、向こうに帰れたら助けてやってくれ」

 

 メンバー達が慌てて止めたが、ブレイブは首筋に当てた剣から手を離さなかった。

 自分は死ねない。死ぬわけにはいかない。

 大切な家族のところへ帰らなければならない。

 けれど、ここで自分が死ななければタロットが死ぬ。

 

 究極の二者択一だ。

 どちらも選べるはずがない。

 選べないはずの選択肢を、傾かないはずの天秤を無理矢理傾けられるとすればそれは━━仲間達への信頼。

 こんな状況でもついて来てくれた彼らなら、残していく家族を悪いようにはしない。

 その確信が、ブレイブに覚悟を決めさせた。

 決めさせてしまった。

 

「約束してくれ。僕が死んだら、必ずその子を解放すると」

「ああ。テメェが死んで、迷宮の鍵が壊れるのを確認したら、すぐに離してやる」

「……信じるぞ」

 

 信じられる要素なんて無い狂人の言葉。

 だが、さすがにこの数を相手に勝てるなんて思ってないはずだ。

 鍵の破壊という明確な交渉材料があれば、交渉でどうにかなる余地はある。

 その小さな可能性を信じて、ブレイブは首筋に当てた剣に力を……。

 

「ダ、ダメぇ!!」

 

 ……込めようとして、止まった。

 静止の言葉。

 それを言ったのが━━他ならぬ人質にされているタロットだったから。

 

「ブレイブさん、リアルに奥さんがいるんでしょ!? 生まれたばかりのお子さんにデレデレだって、ジャンヌちゃんが言ってたじゃないですか!?」

「タロット……」

「そんな簡単に死なないでください!! 私は、大丈夫ですから……!」

 

 痛いだろうに、怖いだろうに。

 タロットは、必死に強がって泣き笑いのような表情を浮かべた。

 彼女は、強かった。

 中身はただの女子高生だというのに、本当に強かった。

 

 ブレイブの手から完全に力が抜ける。

 決めたはずの覚悟が霧散し、自ら命を断つ勇気が失われる。

 追い詰められて慌てて選んだ間違った道から、引き戻された。

 引き戻してもらえた。

 

「……やばいな」

 

 それを見て、ウルフはポツリと呟く。

 これはダメだ。良くない流れだ。

 なんとなく、このままじゃ目的は達成できないと感じた。

 ウルフは別に交渉の達人ではない。

 中身はまともに授業も受けられていない中坊だ。

 だからこそ、ここから話術だけで目的達成まで持っていく自信が、彼には無かった。

 

 ついでに言えば、余裕も無かった。

 ウルフの精神はトラウマのフラッシュバックと、ゲームがクリアされるかもしれないという焦りでいっぱいいっぱいだ。

 リスクを計算に入れず、こんな危ない橋を躊躇なく渡ってしまうくらいには平常心を失っている。

 悠長に構えていられるだけの、精神的余裕が無かった。

 

「いいぜ」

 

 ゆえに、彼は。

 

「そんなに言うなら、返してやるよ」

「え?」

 

 ことを急いて、すぐに次の手を打った。

 タロットを拘束していた腕を外し、彼女の体をブレイブ目がけて思いっきり突き飛ばす。

 彼女は呆けたような声を上げながら、ブレイブの胸に吸い込まれるように収まった。

 

「は?」

 

 人質が解放された。それはもうあっさりと。

 まさかの事態に、誰もが一瞬思考を止めた。

 思慮の足りない者が起こした急展開が、奇しくも相手の意表を突いた。

 

「死んでくれねぇなら、オレが殺すだけだ!!」

「ッ!?」

 

 突き飛ばしたタロットを追いかけるようにして、ウルフは一瞬にしてブレイブの懐に飛び込んだ。

 不意を打たれ、迎撃態勢なんて整っているはずもないブレイブに、ウルフは奇襲をかけたのだ。

 足りない頭で考えた、渾身の奇襲作戦。

 それがブレイブに牙を剥いた。

 

「死ねぇ!!」

 

 ウルフの拳が、持たざる者の絶望が込められた拳が、ブレイブに迫った。



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9 『死』闘

「死ねぇ!!」

 

 ウルフの拳がブレイブに迫る。

 顔面を狙った軌道。

 速い。

 恐らくは自分よりレベルが高い上に、AGI(俊敏)にそれなり以上にステータスポイントを振っている。

 迫りくる死を前に高速回転した頭が、咄嗟にそんな分析を済ませた。

 

「ッッ!?」

 

 ブレイブは必死にそれを避けた。

 不意を打たれた上に、腕の中には解放されたタロットがいる。

 ここから取れる回避行動は限られている。

 ウルフの狙い通りに。

 ブレイブにできたのは、僅かに顔を横に倒すことだけ。

 結果、避け切れず、ウルフの右拳がブレイブの顔面左側に炸裂した。

 

「うぐっ!?」

 

 左眼が潰れた。

 ゲームだから、そこまで具体的で生々しい感触は無い。

 左眼のあった場所から激痛を感じるだけだ。

 僅かでも回避行動を取れたことで、致命傷を避けることができた。

 だが、喜んでいる暇も余裕も無い。

 

「!」

 

 残った右眼が、仕留め損なったことを認識して、容赦なく追撃を繰り出そうとしているウルフの姿を捉える。

 ウルフが左拳を構える。

 ブレイブは咄嗟に左腕を盾にした。

 次の瞬間、恐らくは『格闘術』のスキルで武器化しているのだろうウルフの拳が、初期装備に毛が生えた程度の性能しか持たないブレイブの手甲を打ち砕いて、彼の左腕を粉砕した。

 

「ぐぅぅ……!?」

 

 けれど、これもまた致命傷ではない。

 そのまま拳の勢いに押されて、ブレイブは腕の中のタロットと共に吹き飛ばされた。

 

「チッ!」

 

 またしても仕留め損なった。

 不意を打たれ、腕の中に足手まといがいたというのに、あの反応。

 ウルフは思わず舌打ちした。

 今ので決められなかったのはマズい。

 ブレイブとの間に距離ができてしまった。

 ならば、当然……。

 

「若造どもぉ! ギルドマスターを守れッッ!!」

「「「! うぉおおおおお!!!」」」

 

 コジロウの活によって、突然の急展開に呆けていたシャイニングアーツの面々が動き出し、ブレイブを守るべくウルフに襲いかかってきた。

 ただ殴るのではなく、掴んで拘束してから殴ればよかった。

 そうすれば、奴らが吹き飛ぶこともなく、こんな状況を招く前に終わらせられたのに……!

 ウルフもまた、焦りで判断を誤った。 

 悪手の代償に、何十人もの戦士達に群がられる。

 

「おらぁああああ!!!」

 

 先陣を切って突っ込んできたのは、巨大な盾と斧を装備するドワーフの重戦士、戦車。

 彼は鈍足ではあるが、ブレイブに一番近い位置にいたため、いの一番にウルフに飛びかかることができた。

 

(こいつだけは許さねぇ!!)

 

 大切なリーダーを殺そうとし、大切な妹分を酷い目に合わせた。

 その怒りに任せて、戦車はウルフ目がけて斧を振るう。

 報いを受けろクソ野郎と思いながら。

 ……しかし。

 

「あ? 随分と遅ぇな」

「何っ!?」

 

 ウルフは戦車の攻撃をあっさりと躱し、反撃の拳を繰り出してきた。

 確かに、戦車は鈍重だ。

 ドワーフという種族を選んだためにAGI(俊敏)が極端に低く、ステータスポイントも得意を伸ばすように振ってきた。

 彼のスピードは最低限。

 迷宮のボスのような大型モンスター相手の壁役としては非常に頼りになるが、ウルフのような小さくてすばしっこい相手は苦手としている。

 だが、それを加味しても、今のはあっさりと避けられ過ぎている。

 

「おらぁ!!」

「がっ!?」

 

 ウルフの左フックが戦車の頬に突き刺さった。

 鈍い痛みが走り、彼のHPが減る。

 

「この程度ぉ!!」

「!?」

 

 だが、さすがは防御に優れるドワーフと言うべきか。

 彼はブレイブのように吹き飛ばされることは無く、それどころか自分の頬を殴り飛ばしたウルフの腕を、咄嗟に斧を手放した右手で掴んで拘束した。

 

「チッ!」

「捕えたぞぉ!!」

「よくやった、おっさん!」

「食らえやぁあああ!!」

 

 戦車がウルフの動きを止め、そこに他のメンバーが踊りかかる。

 剣が、槍が、レイピアが、拘束されたウルフに迫る。

 

「舐めんなぁあああ!!」

「なっ!?」

「うおっ!?」

「嘘でしょ!?」

 

 しかし、ウルフは拘束された左腕を力任せに振り回し、大盾と全身鎧を装備した巨重の戦車を、あろうことが武器のように振るった。

 振り回された戦車の体が、後続の戦士達を薙ぎ払う。

 華奢な見た目をしているくせに、とんでもない馬鹿力!

 

「ガァアアアアアアアアア!!!」

「ぐえっ!?」

「こ、こいつ、レベルいくつだ!?」

「どんだけSTR(筋力)にポイント振ってるのよ!?」

 

 獣のように咆えながら暴れるウルフに、シャイニングアーツの戦士達は手が出せない。

 明らかに自分達よりもレベルが高い。

 おまけに、そんな奴が味方の体を振り回して暴れているのだ。

 このゲームにはフレンドリーファイアがある。

 デスゲームとなった今、どうしても味方を巻き込みかねない攻撃は躊躇してしまう。

 

「小娘、ちと灸を据えてやる」

「あぁ!?」

 

 そんな中で飛び出したのは、ギルド内で1、2を争うほどの猛者。

 単純な技量だけであれば間違いなく『最強』である老剣士、コジロウだった。

 彼は腰の刀に手をかけながら、戦車が振り回される暴風圏の中に飛び込み……。

 

「『居合・一閃』!!」

「ッ!?」

 

 ウルフの動きを完璧に見切って繰り出した抜刀術によって、戦車を振り回していた左腕を斬り飛ばした。

 ただの居合斬りではない。

 『必殺スキル』。

 武器スキルのレベルを上げることで習得できる、高火力の必殺技だ。

 発動には少々の溜めが必要であり、対人戦では使いづらいが、決まれば強力なのはご覧の通り。

 

 ウルフの左腕と共に、振り回されていた戦車がどこかへ飛んでいく。

 そして、ウルフを激痛が襲った。

 

「ぐぅぅぅ……!!」

 

 痛い。痛い。死ぬほど痛い。

 だが、━━それがどうした?

 

「らぁああああああああ!!!」

「ぬっ!?」

 

 ウルフは痛みを無視して動く。

 まさか、腕を斬り飛ばされてからノータイムで反撃してくるとは思わず、コジロウの刀はまだ引き戻されていない。

 その明確な隙を目がけて、残った右腕を使った渾身のボディブローが、コジロウの胴体に突き刺さった。

 

「ごはっ!?」

 

 内臓が破裂したような激痛と共にコジロウは吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。

 HPの八割が吹き飛んでいる。

 それ以上に、激痛でとてもではないが動けない。

 

「爺さん!?」

「嘘だろ、達人の旦那……!?」

 

 最強剣士のまさかの敗北に、メンバー達の間に動揺が広がる。

 そうして足並みが乱れた連中に、隻腕となったウルフは突撃した。

 

「おおおおおおお!!!」

「ひっ!? やめっ……ぎゃああああああ!?」

「腕が!? 腕がぁあああああ!?」

「痛ぇ!? 痛ぇええええええ!?」

 

 シャイニングアーツが、かつての大手ギルドが蹂躙されていく。

 たった一人の手負いの獣に。

 レベルで劣りはするが、この人数で囲めば、本来負けるはずのない相手に。

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!!」

「あ、ああ……!?」

 

 その理由はひとえに━━恐怖であった。

 腕を失い、反撃でいくつもの武器に貫かれ、それでも全く止まらない人の姿をした化け物に、彼らは気圧されたのだ。

 仲間の悲鳴が足を竦ませる。

 自分もそうなるという恐怖によって動きが鈍る。

 そうなればウルフの独壇場だ。

 どれだけスペックが高くても、カカシのように動かない兵隊なんて敵ではない。

 

(痛い……!)

 

 だが、当然ウルフも痛みを感じていないわけではない。

 恐怖を感じていないわけではない。

 意識が飛びそうなくらい痛いし、HPが半分以下になっているのは死の恐怖を感じる。

 それでも、彼は止まらない。止まれない。

 現実世界に戻りたくないという更なる恐怖が、彼の背中を押し続けているから。

 

「やめろ……! もう、やめるんだ!!」

 

 そうして暴れ続けるウルフの前に、一人の男が立ち塞がった。

 ブレイブだ。

 ウルフと同じく片腕に深刻なダメージを受け、右腕一本で剣を構えたブレイブだ。

 

「ああ、そうだ」

 

 ギョロリと、ウルフの眼がブレイブを睨みつける。

 

「お前を、殺さないといけないんだった」

「ッ!?」

 

 痛みに思考を乱され、朦朧とする意識のまま、ウルフはブレイブに突撃した。

 殺意を叩きつけるようにして拳を振るう。

 

「死ネェエエエエエエエ!!!」

 

 ウルフの拳を、ブレイブは避ける。

 距離感の掴みづらい片眼の状態で、それでも必死に避ける。

 体が痛い。

 回復魔法使い(ヒーラー)のタロットに治してもらったが、彼女自身のレベルが低いため、気休め程度の回復しかできていない。

 回復ポーションは、ゲーム開始直後の低ランクのものしかない上に、それも迷宮攻略で殆ど使ってしまった。

 ゆえに、彼の痛みは殆ど引いていないし、左腕は動かないままだ。

 それでも、彼はそんな状態で勇敢に戦った。

 

「ハッ!!」

 

 拳を避け、反撃に繰り出した突きがウルフの太ももを抉る。

 まずは機動力を削ぐ!

 走れなくなれば拘束も容易だ。

 

「ガァアアアアアアアアア!!!」

 

 だが、やはりウルフは足の痛みなど無視して動く。

 痛みでは止まらない。

 足を斬り落とすか、関節を砕くか、そうして物理的に動けないようにしなければ止まらないだろう。

 それほどに、この少女は鬼気迫っている。

 

「『シャインボール』!!」

 

 ならばと、ブレイブは魔法で光の弾丸を生み出し、発射した。

 まずはこれで吹っ飛ばして距離を稼ぎ、遠距離戦で削る。

 彼の戦闘スタイルは剣と魔法を同時に使う魔法剣士だ。

 重傷を負っても、メインウェポンを魔法に切り替えれば、まだまだ戦える。

 

「シッ!!」

 

 しかし、ブレイブの目論見は外れた。

 ウルフは光の弾丸を蹴りで迎撃し、相殺してみせた。

 直前にブレイブが斬りつけた足を使った蹴りでだ。

 痛いはずなのに、なんの躊躇もなく、それをやった。

 

「どうして、そこまで……!?」

 

 思わずといった様子で、ブレイブの口からそんな言葉がこぼれ落ちる。

 何故、ここまでできる?

 現実に帰りたいというのならわかる。

 そのために死にものぐるいになるというのなら、ブレイブは共感できる。

 だが、彼女の目的は鍵の破壊。

 帰還の願いとは正反対、この死亡遊戯を続けるために戦っているのだ。

 

 愉快犯的な考えで鍵を狙う輩は出てくるかもしれないと思った。

 けれど、こんな強固な意志の塊みたいなのは想定していない。

 だって、ここはデスゲームの世界だぞ?

 死が身近にある、痛みを堪えなければ何もできない、地獄のような世界だ。

 そんな世界のために、何故ここまで死にものぐるいになれるのか。

 ブレイブにはわからなかった。

 

「お母さんの……!」

 

 そんなブレイブの言葉に反応したのか、

 

「お母さんの、掌の方が、痛かった……!!」

「ッ!?」

 

 ウルフもまた、殺し合いの最中にそんな言葉を漏らした。

 ブレイブの思考が驚愕に染まる。

 わかってしまったからだ。

 その一言だけで理解してしまったからだ。

 彼女がここまで必死になる理由を。

 だからこそ、━━それが彼の動きを一瞬止めた。

 

「フッ!!」

「しまっ……!?」

 

 ウルフがブレイブの剣を掴んで止める。

 そして、その剣を思いっきり引き寄せながら前に出た。

 武器を封じながらブレイブの懐に入った。

 左腕を失い、右腕を武器封じに使い……。

 

「!!!」

「ぐぁ!?」

 

 ウルフは、ブレイブの首筋に思いっきり噛みついた。

 獣人の牙がブレイブの首を噛み千切る。

 血が噴き出すように、真っ赤なポリゴンの飛沫が舞う。

 急所に直撃。クリティカルヒット。

 視界に表示されている自分のHPがどんどん減っていく。

 ああ、これは……助からない。

 

「……ごめんな」

 

 彼は最期に謝った。

 残していく妻と子供に。そして妹に。

 帰りたかった。

 帰って妻と子を抱きしめたかった。

 あいつが、妹がこの世界に来る前に終わらせてやりたかった。

 けど……ダメだった。

 最後の最後、目の前の少女が抱える闇を垣間見て、動きが止まってしまった。

 

 このゲームをクリアするには、ふざけた開発者に立ち向かうという気概だけではダメだったのだ。

 自分達が死の恐怖を乗り越えるだけでは足りなかったのだ。

 自分はそこのところの思慮と覚悟が足りなかったから負けた。

 ゲームの用意したモンスターにではなく、ブレイブが見えていなかった弱者(こども)の手によって。

 

「ごめんなぁ……」

 

 ブレイブは涙を流しながらそう言って━━データの塵となって消えた。

 彼は、死んだ。

 それを証明するように、彼のアイテムストレージに入っていたアイテムがあたりに散らばる。

 その中には、光り輝く大きな『鍵』もちゃんと含まれていた。

 

『このアイテムを所持しますか? 所持しない場合は破壊されます。 yes/no』

「『no』だ」

 

 朦朧とした意識で、ウルフはその鍵を拾い上げ、テキストに従って所有権を放棄した。

 その瞬間、彼の掌の中で、鍵は粉々に砕け散る。

 ゲームクリアに向けた最初の希望が、砕け散った。

 

『殺害による『迷宮の鍵』の強奪と破壊を達成しました』

『条件を満たしました。殴殺ウルフの種族が『魔族』に強制変更されます』

「あ?」

 

 そして、彼の勝利を称えるように、あるいは罪深き者にその烙印を刻むかのように、彼の姿が変わっていった。

 白かった髪が黒く染まり、白雪のようだった肌が褐色に染まり、碧かった眼が金に染まり、頬に禍々しいタトゥーが刻まれる。

 それだけに留まらず、変異は更に進んだ。

 

 ウルフの体が巨大化していく。

 爪が伸び、牙が伸び、全身が毛皮で覆われ、骨格すら変わっていく。

 数秒をかけて変異を終えた時、━━そこにいたのは、一匹のモンスターだった。

 禍々しい漆黒の毛皮を身に纏った、二足歩行の『狼』。

 『人狼』とでも呼ぶべき姿。

 

「なんだこりゃぁ……」

 

 そんな自分の変異を、ウルフの疲れた頭では上手く飲み込むことができなくて、彼は不思議そうに首を傾げた。



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10 『魔族』の誕生

「なんだこりゃぁ……」

 

 自分の変異に戸惑うウルフ。

 だが、彼にそんな暇は無かった。

 

「『シャインアロー』!!」

「!?」

 

 彼に向かって魔法攻撃が放たれる。

 高速で飛翔する光の矢の魔法。

 さっきまでは、ウルフの近くにずっと味方がいたせいで、フレンドリーファイアを恐れて使えなかった魔法。

 だが、ブレイブが死に、彼の近くに誰もいなくなったことで、ようやく使えるようになった。

 

「チッ!」

 

 ウルフは咄嗟にサイドステップで光の矢を避ける。

 想像以上の速度が出た。

 身体能力が異様なくらい上がっている。

 しかし、攻撃者はそんなウルフを見ても、全く戦意を衰えさせなかった。

 

「よくも、ブレイブを……!!」

 

 大切な妹を人質に取られ、大切なリーダーを目の前で殺されたエルフの女魔法使い。

 アルカナが憤怒の表情でウルフを睨みつけていた。

 その近くでは、彼女の妹であるタロットが泣き崩れている。

 他の面々の反応も、彼女達と同じように二つに別れた。

 

「そんな……嘘だろ……?」

「ブレイブ……?」

「あ、ああああ……!?」

 

 呆然とし、あるいは泣き崩れ、ブレイブの死を信じられずにいる者。

 

「う、うぉおおおおお!! よくも!! よくも、ブレイブをぉおおおおおおおお!!!」

 

 激高し、痛む体に鞭を打って立ち上がり、仇討ちに燃える者。

 戦車やコジロウは後者だった。

 怒りに燃える者達が、さっきまでとはまるで違う形相でウルフを取り囲む。

 さっきまで、彼らの中には躊躇があった。

 人を殺してしまうのが怖いという、現代人であれば当たり前に持っている躊躇が。

 だからこそ、攻撃が中途半端なものになり、ブレーキのぶっ壊れたウルフに蹂躙されたのだ。

 

 だが、今の彼らにブレーキは無い。

 ウルフと同じく狂気を、復讐の狂気を身に宿した彼らのブレーキはぶっ壊れた。

 今の彼らにさっきまでのウルフが突撃したら、ものの数分で血祭りに上げられるだろう。

 

「ああ、なんだろうなぁ」

 

 そう。

 さっきまでのウルフであれば。

 

「なんだか、異常に気分が良い」

 

 人狼となったウルフは、凶悪な狼そのものとなった顔を歪めて笑った。

 牙を剥き出しにして笑った。

 痛みでハイになったのか、それとも殺しを経験してぶっ壊れちまったのか。

 まあ、なんでもいい。

 

「そっかぁ。酷いことしてくる奴をぶっ殺すのって、こんなに嬉しいことだったのかぁ」

 

 とにもかくにも、今のウルフは最高にハイってやつだぜぇえええ! 状態だった。

 

「「「死ねぇ!! クズ野郎ぉ!!」」」

 

 復讐者達が突っ込んでくる。

 さっきまで動けなかった魔法使い達は、フレンドリーファイア覚悟で魔法を放とうとし、前衛はそんな魔法使い達が見えていないかのように突撃してくる。

 それをグルリと見渡して━━ウルフは跳ねた。

 急激に上がった身体能力を活かし、上空へと飛び跳ねることで彼ら全員を射程に収めた。

 

「『必殺スキル』」

 

 ウルフが拳を振りかぶる。

 右拳を引いて、ぐぐっと力を込めて。

 その技の発動条件である溜めの時間は経過した。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「「「ッッ!?」」」

 

 ウルフの拳から、極大の衝撃波が放たれた。

 それはもはや、拳というより魔法のような威力だった。

 魔族に墜ちたことで大いに強化された必殺の一撃が復讐者達を飲み込み……。

 ウルフが着地した時には、誰一人として立ってはいなかった。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 狂ったようにウルフが笑う。

 気分が良い。

 本当に気分が良い。

 今の一撃で結構な数が死んだ。

 その証拠に、ウルフのレベルが上がった。

 このまま全員にトドメを刺してやろう。

 この理想郷を脅かす『悪党ども』を根絶やしにしてやろう。

 そう思って一歩を踏み出し……。

 

「おぉ?」

 

 ウルフの体がグラリと傾き、膝をついた。

 体が上手く動かない。

 痛くて上手く動かせない。

 ……どうやら、いよいよ限界らしい。

 目的を果たし、おまけに一発大技を放ってスッキリしたせいで、気力が途切れてしまった。

 

 魔族化しても蓄積したダメージはそのまま。

 斬り飛ばされた左腕もそのままだし、HPは残り三割を切っている。

 あと、何故か凄い勢いでMPが減り続けていた。

 今ある低ランクの回復ポーションじゃ、何本も飲まなければ全快できないだろう。

 しかも、

 

「う、おぉ……!」

「ぐ、ぅぅ……!」

「なんの、これしき……!」

 

 シャイニングアーツの強者達は立ち上がった。

 HPの残っている者は、立ち上がる気概の残っている者は立ち上がった。

 ……こいつらを前にして、回復ポーションをガブ飲みする余裕はさすがに無いだろう。

 これ以上の戦闘は、さすがに死ぬ。

 目的は果たした。迷宮の鍵は破壊した。

 なら、これ以降の戦いに命を懸けるほどの意義は無い。

 だからこそ、━━ウルフは踵を返して走り出した。

 漆黒の人狼の姿がどんどん遠くなっていく。

 

「逃げるな……!」

 

 その背中に、戦車の言葉が突き刺さる。

 ウルフに動揺は無かった。

 彼は別に誇りを賭けて戦ったわけではない。

 自分の幸福を奪おうとする奴らに抗っただけだ。

 見事に目的を果たした以上、彼の心は晴れやかだった。

 

「逃げるなよ、ちくしょう……!」

 

 戦車の体が崩れ落ちる。

 膝をついたまま、強く地面を殴りつける。

 

「ちくしょぉおおおおおおお!!!」

 

 大切な仲間達を奪われた敗北者の慟哭が、理想郷のフィールドに響き渡った。

 悲しみと怒りが彼らの心に深く刻み込まれた。

 

 こうして、因縁は始まった。

 ゲームクリアを目指すプレイヤー達と、それを阻止せんとする魔族の、長い長い戦いの因縁が。



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11 休息と現状確認

「うっ……」

 

 走って現場から去ったウルフは、充分に距離を取ったところで、ついに力尽きた。

 どこぞの泉のほとりで座り込み、それと同時に人狼の姿が解除され、彼の体は狼耳の獣人少女に戻る。

 

「ハァ……ハァ……。疲れた……。というか、マジでどうなってんだこりゃ」

 

 痛む体で這って泉を覗き込み、そこに映った自分の姿を確認した。

 白かった髪も肌も黒く染まり、碧かった眼は不気味に輝く金色に変わり、頬には禍々しいタトゥーが刻まれている。

 顔以外にも目を向ければ、肘から先と膝から下は漆黒の毛皮に覆われたままだし、人狼状態が解けても元通りとはいかないようだ。

 

「前の姿、気に入ってたんだがなぁ……」

 

 可愛くて、真っ白で、現実の自分とは正反対なところが変身願望を大いに満たしてくれていた。

 しかし、失ったものは仕方がない。

 鍵の破壊や、魔族化とかいう大きな力の代償と考えれば、安い部類だろう。

 

「とりあえず……」

 

 ウルフはメインメニューを表示させて、まずは回復ポーションを取り出して飲む。

 それが効き始めているのを感じながら、彼は自分のステータスを確認した。

 

―――

 

種族:魔族(魔狼) Lv19

名前:殴殺ウルフ

 

状態異常:罪の烙印

 

HP:170/600

MP:1/200

 

STR(筋力):400

VIT(防御):250

AGI(俊敏):350

INT(知力):50

DEX(器用):50

 

ステータスポイント 50

 

スキル

『獣化:Lv1』

『再生:Lv1』

『HP自動回復:Lv1』

『MP自動回復:Lv1』

『格闘術:Lv16』

『索敵:Lv1』

『隠密:Lv1』

 

―――

 

「なんだこりゃぁ……」

 

 容姿と同じように大きく様変わりしたステータスを見て、ウルフはまたしても、そんなセリフを呟いた。

 

 まず目立つのは種族と、追加された四つものスキルだ。

 本来スキルを習得するには、面倒な条件を満たさなければならない。

 例えば『格闘術』のような武器スキルは、ゲーム開始時に一つを選んで獲得できるが、それ以外のものを正攻法で覚えようと思ったら、何十時間も対応する武器を使い続ける必要がある。

 『索敵』と『隠密』は、この一週間でその面倒な条件を満たして得たスキルだ。

 

 しかし、『獣化』『再生』『HP自動回復』『MP自動回復』の四つには見覚えが無い。

 通常プレイ時代ですら無い。

 まず間違いなく、魔族となることで獲得したスキルだろう。

 『HP自動回復』だけは、もしかしたらデスゲームで追加されただけで通常の方法で取得した可能性もあるが、取得のタイミング的に他の三つとセットの可能性の方が高い。

 

―――

 

・獣化

魔族専用スキル。

獣に変身する。

変身時は対応するステータスが二倍に上昇する。

発動中はMPを消費し続ける。

 

―――

 

 これは、あの人狼のような姿になるスキルだろう。

 強力だが、制限時間があるらしい。

 試しに発動して変身してみたら、STR(筋力)、VIT(防御)、AGI(俊敏)の三つが二倍の数値に跳ね上がった。

 しかし、一瞬にしてMPが尽きて変身が解けた。

 時間にして1秒といったところか。

 どうやら、1秒につきMPを1消費するようだ。

 MPが全快の状態からでも200秒、約3分ちょっとしか保たない。

 

「どこのウ○トラマンだよ」

 

 しかも、MPは必殺スキルの発動でも消費するので、併用すればますます制限時間は縮む。

 ウルフは必殺スキルをそこまで乱用しないため、MPは大して重要視していないステータスだったが、これからは変わってきそうだ。

 

「そのMPも、というか殆どのステータスが変なんだよな……」

 

 ステータスポイントも振っていないのに、INT(知力)とDEX(器用)以外の数値が、最後に見た時から100ほど上昇していた。

 これも魔族化の影響なのだろう。

 だとすると、魔族強すぎである。

 

―――

 

・再生

魔族専用スキル。

損傷した肉体の回復速度が大幅に上昇する。

 

―――

 

・HP自動回復

魔族専用スキル。

HPの自動回復速度が大幅に上昇する。

 

―――

 

・MP自動回復

魔族専用スキル。

MPの自動回復速度が大幅に上昇する。

 

―――

 

 こっちは大体予想通りの性能。

 魔族専用というところも含めて。

 元々このゲームではHPもMPも失った手足も、回復アイテムを使わなくても時間経過で回復するようになっていた。

 まあ、微々たる回復量だが。

 失った手足が元に戻るのにも30分もかかる。

 連続戦闘をしたいなら、回復アイテムか回復魔法使い(ヒーラー)に頼るしかないというのが常識だ。

 だが、この三つのスキルのレベルを上げていけば、もしかするとその常識を覆せるかもしれない。

 

「どう考えてもチートだよなぁ……」

 

 凄まじい力を得た。

 だが、ウルフは別に喜んでいない。

 むしろ、その逆だ。

 猛烈に嫌な予感がしている。

 

 昔、ミャーコに聞いたことがある。

 ゲームというものは、バランスが大事なのだと。

 特に大人数がプレイするゲームほど、公平性を重視して過剰なチートやバランスブレイカーのような能力は廃されると言っていた。

 つまり、ウルフはこう思うわけだ。

 絶対にこれだけの強さと釣り合うだけのデメリットがあると。

 

「ああ、やっぱりな。大正解だ」

 

 今度は魔族の欄の詳細説明を表示させた時、ウルフは己の考えが間違っていなかったことを悟った。

 

―――

 

・魔族

プレイヤー達の希望を打ち砕く敵対者。

魔族は『罪の烙印』を消すことができない。

 

―――

 

 PK(プレイヤーキラー)の証である罪の烙印が消えない。

 それはつまり、二度と町に入れないことを意味する。

 町はこのゲームで唯一の『安全地帯』、戦闘を行えないエリアだ。

 そこに入れないということは、魔族は安全な寝床を得ることすらできないということ。

 町にある転移陣も使えず、長距離移動も困難になる。

 おまけに、このデスゲームで罪の烙印なんて引っ提げていたら、まともなプレイヤーは友好的に接しようなんて思わないだろう。

 

 ボッチ確定。

 生産職の力を借りることも不可能となったわけだ。

 プレイヤー謹製の高位の武器やアイテムは、多分奪うことでしか入手できない。

 町にある店で買い物もできない。

 村になら入れるかもしれないが、あそこは安全地帯でもなければ、売っている商品の品質も町に比べて大きく劣る。

 

 とてつもないデメリットだ。

 まさに、これだけの力に釣り合っている。

 いや、むしろデメリットの方が大きいかもしれない。

 人殺しなんだから、巨大な(デメリット)を受けるのは当たり前なんだろうが。

 

「ああ、そうだ。オレ、人を殺したんだよなぁ」

 

 そこでようやく、ウルフはその実感を得た。

 さっきまでは最高にハイってやつで、正常な精神状態とはほど遠かった。

 だからこそ、戦場から離れて冷静になってしまった今になって、ウルフは殺人の業と向き合い……。

 

「……どうしよう。何も感じねぇ」

 

 自分の中に、罪悪感とかそういうのが全く湧いてこないことに困惑した。

 そもそも、どうして人を殺してはいけないんだっけ? とか考えてしまう。

 ウルフは学の無い足りない頭で考えた。

 人を殺しちゃいけないのは、あれだ。多分あれだ。

 やっちまったら、逮捕されるからだ。

 

「あれ? なら、警察のいないこの世界じゃ、殺人って無罪なのか? ……いや、さすがにそれはねぇか」

 

 警察がいなくても、殺人犯を罰したいという奴らはいるだろう。

 特に大切な人を殺された被害者遺族なんかは、そういう思いが強そうだ。

 むしろ、法律という枷が無い分、与えられる罰は現実よりもエグいことになるかもしれない。

 それでも、まあ。

 

「現実に帰るよりはマシだよなぁ」

 

 ウルフは心の底からそう思う。

 たとえ復讐者達に捕まって、いたぶられた末に殺されたとしても、それは自分の行いの結果だ。

 許せないことに全力で反発し、全力で戦い、力及ばなかった末に辿る末路。

 誠実に頑張っていても、クソな世間様に黙殺され、圧倒的な力の差で押さえつけられて、戦うことすらできなかった現実よりは遥かにマシだ。

 

 現実でも、この世界でも、力があれば自分の主張を通せる。

 でも、現実は努力したって、家柄や才能で限界が決まってしまう。

 バイト三昧で中学すらロクに通えなかったウルフと、金持ちの子供に生まれて大学まで出た奴。

 選べる選択肢の広さも、将来得られるだろう社会的な地位と力も、比べ物にならない。

 力の差があり過ぎて戦いにすらならない。

 ウルフが一方的に押さえつけられて終わりだ。

 

 けれど、この世界なら、頑張れば誰でも確実に強くなれる。

 家柄なんて関係ない。全員が裸一貫からのスタートだ。

 才能なんて関係ない。モンスターを倒せば誰だって強くなれる。

 安全地帯にいるだけで最低限の生活を送れるのだから、現実世界のウルフのように生きることだけで精一杯で、努力する余裕が無いなんてこともない。

 現実世界に比べれば、ずっと公平でバランスが取れている。

 

 その公平なルールの中で戦い、勝った方の主張が通るのだ。

 殺人犯(ウルフ)のことが許せないのなら、ウルフより強くなって、捕まえるなり殺すなりすればいい。

 こっちも、この世界を壊そうとする破壊者どもが許せないから、殺してでも止める。

 公平だ。

 殺人はダメと言いながら、自分のような弱者を黙殺することは良しとした現実世界の法律(ルール)よりも、遥かに良心的だ。

 

「思いっきり戦おうぜ。お互いの『正義』のためにな」

 

 世間様から後ろ指を差され、『悪』と呼ばれるだろう少女が、『正義』を語って戦意を新たにした。

 ……と、その時。

 

『プルルルル』

「お?」

 

 メインメニューからそんな音が鳴る。

 今までに二度あったゲームマスターからの重要連絡ではない。

 メッセージではなく、通話。

 この世界における『友達』からの連絡。

 

「あー……」

 

 メニューに表示される相手の名前は『ミャーコ』。

 ウルフは、さすがにバツの悪い気持ちで、ミャーコとの通話の応答ボタンを押した。



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12 友達との通話

『もしもし、ウルフ?』

「あー、うん。ミャーコか」

『そうだよ。そっちは大丈夫?』

「……まあ、大丈夫と言えば大丈夫だ」

 

 左腕は失ったが、HPは魔族化と自動回復とポーションのおかげで余裕がある。

 左腕もしばらくすれば元に戻るだろう。

 痛みは酷いが、それも徐々に治ってきている。

 大丈夫と言えば大丈夫だ。

 

『何その玉虫色の答えは? 絶対大丈夫じゃないでしょ。位置情報を教えて。助けに行くから』

「ああ、いや、ホントに大丈夫だ。来なくていい。来なくていいから」

 

 ウルフはミャーコを遠ざけた。

 殺人すら開き直った彼だが、友達に拒絶されるのは怖かったのだ。

 あるいは、これこそが彼の受けるべき本当の罰なのかもしれない。

 

『……そっちの事情はなんとなく察してるよ。全体マップに表示されてた鍵のマークが消えたからね』

「……そうか」

『もしかして……殺しちゃった?』

「………………うん」

 

 蚊の鳴くような声で、ウルフはミャーコの問いに答えた。

 まるで叱られるのを待つ子供のような、弱々しい声だった。

 とてもシャイニングアーツの面々を蹂躙した化け物とは思えない、普通の子供のような声。

 

『そっかぁ……』

 

 ミャーコはそう呟いてから、少しの間、黙った。

 何を考えているのかわからない。

 怖い。

 

『ねぇ、ウルフって確か、中学生なんだよね?』

「え? ああ、そうだけど……」

 

 突然、話が飛んだ。

 ミャーコは再び『そっかぁ……』と呟いた後。

 

『……ボクはね、リアルでは22歳の引きこもりなんだ。高校の頃にイジメられて、外に出るのが怖くなって、親のスネを齧りながらゲームしてたの。最低でしょ?』

 

 ミャーコは戯けたようにそう言った。

 イジメられて引きこもる。

 ウルフにはイマイチわからない出来事だ。

 彼はむしろ、家の中にいる方が怖かった。

 スネを齧らせてくれる親がいるなんて羨ましいとも思った。

 ……けれど、家庭環境が悪化した後、笑顔の消えたウルフを気味悪がって遠巻きにした、友達だった(・・・)奴らの目。

 あの排斥の目の怖さは知っている。

 現実に帰りたくないと叫んだミャーコの姿は共感できる。

 ミャーコはミャーコで辛かったのだろうと思える。

 

『君はどうなの? 君は、どうして現実に帰りたくないって思ったの?』

「…………」

 

 ゲームの頃は、お互いのリアルを追求するのはマナー違反だった。

 ウルフだって話したくなかったし、冗談交じりに「君、中身おっさんでしょ?」と言われた時に「はぁ!? 中学生だぞ!」と反論した時くらいしかリアルのことは話さなかった。

 今だって話す必要は無いだろう。

 現実世界のことなんて、全てを忘れてしまった方が楽だろう。

 

 けれど、ミャーコは話したくないリアルの姿を話してくれた。

 なんのためにと一瞬思って、すぐに気づく。

 ミャーコはきっと、今のウルフを理解しようとしてくれているのだ。

 何を思って人を殺したのか、知ろうとしているのだ。

 そのために、まずは自分のことを話した。

 ウルフだけ話すんじゃ不公平だから。

 

「オレは……」

 

 そんなミャーコの気持ちを無下にできなくて、ウルフは話した。

 それ以上に、きっと彼も本心ではわかってほしいと願っていたから。

 だから話した。

 自分の過去を。リアルでの自分を。

 

 両親の離婚。

 母親の破綻と暴力。

 貧困。

 学校にもロクに通えないバイトだらけの毎日。

 未来への希望なんて抱けなかった絶望。

 相談員に切り捨てられて以来、一度も誰かに話せなかったことを、ウルフはミャーコに話した。

 そして━━ 

 

『うわぁ。ボクなんかより、よっぽど辛い人生送ってきてんじゃん』

 

 ミャーコは、実に重い話を聞かされて、なんとも言えない声を出して。

 

『そっかぁ……。そういうことだったのかぁ……。

 うん。それなら、こうなっても仕方ないのかもしれない。うん。仕方ない。仕方ないよ』

 

 必死に噛み砕いて、飲み干して、仕方ないと言ってくれた。

 彼女は、今のウルフを否定しなかった。

 

「ミャーコ……」

『大丈夫。大丈夫だよ、ウルフ』

 

 労るような優しい声で、ミャーコはウルフに語りかける。

 

『誰が許さなかったとしてもボクが許す。君は悪くない。いや、悪いかもしれないけど、現実世界に絶望したこともない奴らなんかに、君を否定させはしない』

 

 それは、きっと悪いことだろう。

 どんな理由があるにせよ、殺人を肯定するなどあってはならない。

 彼女の発言は、間違った道に進んだ子供の背中を更に押す、許されざる行いだろう。

 それでも、ミャーコはウルフにそう言った。

 他ならぬ彼女自身が、彼には到底及ばずとも現実世界に絶望した経験のある彼女自身が、今の彼を否定することなんてできなかったから。

 

 世の中には、綺麗事じゃ救われないことが山のようにある。

 ウルフも、そしてミャーコも、その被害者だ。

 綺麗事が救ってくれないのなら、そんなものは放り捨てて、別のものにすがりついたっていいじゃないか。

 

『大丈夫。ボクは……お姉さんは君の味方だよ。君が人殺しだろうと知ったことか! 文句があるなら、君と同じ目に合ってから言えってんだよ!』

「!」

 

 ミャーコは、歳上として力強くそう宣言した。

 ウルフが自分を立ち直らせてくれた時のように、ミャーコもまた綺麗事ではなく、悪い言葉でウルフを救う。

 そんな彼女の言葉で、彼は━━確かに、心が軽くなるのを感じた。

 

 思わず、ウルフの瞳から涙がこぼれる。

 拒絶されると思っていた。

 ウルフがどんな自己弁護をしたところで、人殺しは人殺しだ。

 そんな奴が誰かに受け入れられるわけがない。

 ウルフが変わった途端に離れていった友達だった奴らのように、ミャーコもいなくなってしまうのだろうと思っていた。

 

 けれど、違った。

 ミャーコは受け入れてくれた。

 こんな自分を受け入れてくれた。

 彼女の悪い言葉で、彼は確かに救われたのだ。

 現実世界では誰もが救ってくれなかった少年を、この世界で出会った友達は救ってくれた。

 

 しばらく、通信はウルフのすすり泣く音だけを拾った。

 

『ウルフ。君を助けたい。君のところに行っていいかな?』

「うん……。待ってる」

 

 その後、ウルフが発信した位置情報をもとに、ミャーコが合流。

 疲れ果てたウルフを膝枕して寝かせ、彼に引き上げてもらったレベルを活かして、寝ている間の護衛を行った。

 魔族に安全地帯は無い。

 けれど、ミャーコの膝の上だけは、ウルフにとっての安全地帯だった。



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13 これから

「ミャーコ! オレは決めたぞ! これからは手段を選ばねぇ! 悪党やるなら、とことんまでやってやる!」

 

 ミャーコの膝枕でぐっすりと快眠した後、ウルフは憑き物が落ちたような顔でそう宣言した。

 ミャーコは思った。

 あれ? これ、なんか変なスイッチ押しちゃった? と。

 

「この世界を壊そうとする奴らは皆殺しだ! どんな手段を使ってでも世界を守る! 地獄の果てまでついて来い!」

「……なんだろう。セリフだけ聞いてると、勇者と魔王がごっちゃになってるみたいで混乱するよ」

 

 世界を守るというフレーズは勇者っぽくて、皆殺しというフレーズは魔王っぽい。

 だが、そんなミャーコの様子を否定的に捉えたのか、ウルフは真っ黒になった耳をペタンとさせて、落ち込んだ様子になった。

 

「やっぱり、振り切れちまったオレには、ついて来てくれないか……?」

「ッ!? そ、そんなことないよ!!」

 

 ミャーコは息を呑んだ後、凄い勢いでウルフについて行く宣言を口にした。

 息を呑んだのは、ウルフの傷ついたような顔が見ていられなかったから……ではない。

 いや、それも間違ってはいないのだが、それ以上に見るからに不良って感じの見た目に変わった美少女が、すがるような目で自分を見てくるという光景の破壊力がやばかったのだ。

 何か新しい扉を開きそうだった。

 

「良かった……。こらからも、よろしくな! お姉ちゃん(・・・・・)!」

「はうっ!?」

 

 続いて、輝くような笑顔と共に、まさかのお姉ちゃん呼び。

 ミャーコは新しい扉が開かれる音を聞いた。

 やさぐれTSオレっ娘素直な妹系美少女……良い!

 良すぎて鼻血が出てきた。

 そんなところを凝らなくていいぞ、救世高徳。

 

「さしあたって、当面の目標と作戦を決めるぞ! オレは全然思いつかねぇから、何か考えてくれ!」

「わーい、清々しいほどの丸投げー」

 

 ミャーコは素面に戻った。

 まあ、それだけ信頼してくれているのだと思えば悪くはない。

 TSオレっ娘素直な妹系美少女にお姉ちゃん呼びされてすっごい頼ってもらえるとか何そのご褒……。

 

(じゃないよ!)

 

 素面に戻ったはずなのに、一瞬にしてダメな方向へと再び突き抜けた自分の思考回路に危ないものを感じつつ、ミャーコは努めて冷静になって頭を回した。

 

「とりあえず、君の身の安全が最優先事項だ。戦うって言うなら止めないけど、せめて寝てる間の安全くらいは確保しないと、ボクの方が不安で倒れちゃうよ」

 

 ウルフがなってしまった魔族というものについて、ミャーコは既に説明されている。

 罪の烙印が消えず、二度と町に入れないというのは、やば過ぎるリスクだ。

 何を差し置いても、安全地帯に入れないことによって生じる危険を、まずはなんとかしなければならない。

 

「しばらくは、ボクも一緒に行動する。交代で見張りをすれば、睡眠時間くらいは確保できるはずだからね」

「助かる。あ、そうだ! どうせなら、お前も魔族にならないか?」

「それはやめとくよ。二人揃って町に入れなくなるのは、さすがにマズい」

 

 町に入れないことによるデメリットは、想像以上にキツいだろう。

 そのハンデを覆すために、ウルフには表社会で動ける協力者が絶対に必要だ。

 そこのところを、ミャーコはウルフにコンコンと説明した。

 

「そっか。確かにそうだな。お揃いになれるかと思ったんだけど……」

「うぐっ!?」

 

 大きく心が揺れた。

 リスクとか度外視で、そういうのもアリかなと本気で思ってしまった。

 いけない。これはいけない。

 ここは心を鬼にしてでも、ウルフと世界のために良手を選ばなくては。

 

「煩悩退散……! 煩悩退散……! ……よし。

 というわけで、ボクはしばらくしたら商人ルートに入る。

 その後の君の守りだけど、『傭兵NPC』を使ってみるのはどうかな?」

「傭兵NPC?」

 

 傭兵NPC。

 お金を払って契約することで雇うことができる、戦闘用のNPCだ。

 ボッチだけどパーティーじゃないと倒せないようなボスに挑む時とかに重宝する。

 通常プレイの時は、ウルフもミャーコもお世話になった。

 

「あれって、魔族でも雇えるのか?」

「少なくとも、罪の烙印があるプレイヤーでも雇えたのは事実だよ。ならず者傭兵団みたいなのがあるんだ。……質はあんまり良くないみたいだけど」

 

 それでも、いないよりはマシだ。

 寝てる間に周囲を警戒して、何かあれば起こしてくれる。

 ただそれだけのNPCでも、いるのといないのとでは大違いだろう。

 

「ただし、傭兵NPCは契約料が高い。いっぱい稼がないと、とてもじゃないけど長期契約なんて無理だ。

 つまり、ボク達が最初にやるべきことは……」

「金稼ぎか!」

「その通り」

 

 お金は大事だ。

 お金が無いと食事すら満足にできないし、護衛だって雇えない。

 商人になるための頭金だって欲しい。

 世の中、結局金なのだ。

 世知辛い理想郷もあったものである。

 

「ゲームクリアの妨害に関しては……そうだな。手始めにこんなのはどう?」

 

 ミャーコは悪い顔でウルフに作戦を話していった。

 やると決めたら、悪どい作戦が意外なほどよく出てくる。

 なんか変なテンションになってきて楽しい。

 悪巧みって意外と楽しい。

 

(ああ、これが『グレる』ってやつなのかなぁ)

 

 そうだとすれば、グレる若者達が数多く出てくるのも納得だ。

 鬱屈とした不満を解放し、社会にぶつけてやろうとするのは、そりゃ楽しいだろう。

 苦しんでる奴ほど、堕ちやすい。

 ウルフに引きずられて、ミャーコもまた、既に引き返せないところまで堕ちているのかもしれない。

 

(まあ、それでもいっか)

 

 刹那的に生きるのは、グレる者の特権。

 お互いに現実世界での苦しみを打ち明けた『親友』で、この世界で自分を立ち直らせてくれた『恩人』でもある彼と共に堕ちるのなら、それも悪くない。

 

 そうだ。

 考えてみれば、ウルフを止められなかったのは自分だ。

 彼が殺人を犯すかもしれないとわかっていながら、止めてあげられなかったのは自分だ。

 なら、その責任を取ろう。

 止めることができなかったのなら、せめてその代わりに、行くところまで一緒に行こう。

 ウルフの望み通り、地獄の果てまでついて行こう。

 

 この時、ミャーコは本当の意味で覚悟が決まった。

 世界を守るだとか、悪に染まるだとか、人を殺すだとか、そんなんじゃない。

 この子と一緒に、堕ちるところまで堕ちてやるという覚悟が決まったのだ。



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14 葬儀

「う、うぅ……!!」

 

 ギルド『シャイニングアーツ』のギルドホーム。

 そこでは今、葬儀が執り行われていた。

 勇敢なギルドマスターと、彼と共に散っていった仲間達を送るための儀式が。

 

「ブレイブぅ!! 必ず、必ず仇は取ってやるからなぁ!!」

 

 豪快に男泣きをしながら決意を新たにするのは、ドワーフの重戦士、戦車。

 彼は後悔している。

 人殺しに躊躇なんかせず、最初から全力を出せていれば。

 全力であの狼娘に攻撃できていれば、ブレイブ達は死なずに済んだんじゃないかと、自分を責め続けている。

 そんなこと、まともな感性を持っていれば不可能だとわかってはいても。

 

「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私が、私が人質になんて取られたばっかりに……!」

 

 ずっと泣き続け、戦車以上に己を責めているのは、ウルフに人質に取られたエルフの回復魔法使い、タロット。

 確かに、見方によっては彼女に責任があるように見えなくもない。

 だが、ちょっと前まで普通に暮らしていた女子高生が、あの状況であれ以上どうしろと言うのか。

 むしろ、勇気を振り絞って、一度はブレイブの自殺を止めただけでも讃えられていいだろう。

 それでも、自責の念は止まらない。

 失った命は返らないのだから。

 

「タロット……」

 

 そんな妹を優しく抱きしめながら、不甲斐なさに涙するのは、タロットの姉。

 エルフの正統派魔法使い、アルカナだ。

 自分は何もできなかった。

 ブレイブが死ぬまで、フレンドリーファイアを恐れて一度も魔法を撃てなかった。

 

 こんなんじゃいけない。

 二度とこんなことはあってはならない。

 そう強く心に誓って、彼女は戦い続けることを選んだ。

 けれど、今は、今だけは、妹と共に泣かせてほしい。

 

「不甲斐ないのう。不甲斐なさ過ぎて怒りすら覚える……!」

 

 ギリッと強く奥歯を噛みしめたのは、ウルフの片腕を奪った達人剣士、コジロウ。

 あの時、彼ならば腕ではなく、ウルフの首を刎ねることもできた。

 それをしなかったのは、やはり殺人への躊躇があったからだ。

 

 情けない。

 老い衰えて、腑抜けにまでなったか。

 若い頃、戦場にいた頃は、数え切れないほどの命を奪ってきたというのに。

 権力者の都合で始まった無意味な戦いであれだけ殺しておきながら、殺すべき時に殺せないとは、なんたる間抜け。

 

 老兵は己に活を入れ直した。

 兵士を辞め、ただのゲーマーになっていた己を、今一度無慈悲な兵士へと戻す。

 次は躊躇わない。

 殺しにくるのであれば、人も怪物も関係なく、その首を落としてくれよう。

 

「ブレイブさぁぁん!!」

「くそぉ! くそぉ!!」

「なんで……? なんでこんなことに……!?」

 

 メンバー達は涙する。

 怒る者。悲しむ者。

 等しく、自分達を襲った悲劇を飲み込み切れていない。

 この先、彼らの道は分かれるだろう。

 怒りを糧に奮起する者。

 悲しみに心を折られて足を止める者。

 だが、どんな道を歩もうとも、今日の出来事が心に刻まれて消えなくなることだけは確実だった。

 

「どもー!」

「「「ッ!?」」」

 

 そんなギルドホームに、似つかわしくない元気な声が響き渡る。

 致命的に空気が読めていないのか?

 いいや、違う。

 この声の主は、たった今、()()()()してきたのだ。

 

 デスゲーム開始から一週間と少し。

 体感速度5000倍のこの世界での一週間など、現実世界ではほんの数分に過ぎない。

 まだデスゲームの情報が、現実世界では広まっていないのだ。

 だからこそ、この一週間、新たな犠牲者達は次々とこの世界に来てしまっていた。

 救世高徳の言っていた、体感速度5000倍などという戯言が真実であることを証明しながら。

 

 最も実現するのが難しそうなシステムが本物であった以上、嫌でもHP全損=死という発言の説得力も増していく。

 ログアウトを無くし、激痛を与え、体感速度5000倍まで実現した。

 これで死ぬのだけはジョークでしたなんて、そんな楽観的なこと、現実逃避以外で考えられるわけがない。

 

「え? 何この空気? 皆、なんで泣いてんの? どっかのボスに大負けした……とかじゃないよね?」

 

 ただ、今回の来訪者は、この子だけは、絶対に来てほしくなかった。

 何も知らないだろうが、何かあったのだと瞬時に察して深刻そうな顔になった金髪の少女。

 ブレイブが、なんとしても早期にゲームをクリアしようとした理由。

 

「あ、あぁ……!」

 

 タロットが姉の腕の中から抜け出し、フラリと少女のもとへと向かった。

 泣き崩れた顔で。

 憔悴した姿で。

 ここがゲームでなければ、げっそりとやつれていただろう痛ましい様子で。

 

「ごめんね……! ごめんね、ジャンヌちゃん……!」

「ちょ!? タロット!? 本気でどうしたの!? ええっと、よしよし?」

 

 プレイヤーネーム『ジャンヌ』。

 ブレイブの、リアルでの妹。

 まだ何も知らない彼女は、泣き崩れるタロットを必死に慰めようとして、抱きしめながら頭を撫でた。

 この優しい少女が兄の訃報を聞くまで、あと……。



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15 三年後

「おうおう、姉ちゃぁぁん」

「ダメだぜぇ? フィールドを一人で歩きまわっちゃ」

「怖ぁいお兄さん達に出くわしちゃうからねぇ」

 

 とある町の近くのフィールドで、大勢の男達が一人の少女を取り囲んでいた。

 全部で三十人はいる屈強な男達だ。

 彼らのうち、二十人くらいの頭上には、PK(プレイヤーキラー)の証であるドクロの識別マーク『罪の烙印』が浮かんでいる。

 

 PKの集団。いわゆる盗賊団というやつだ。

 デスゲームが始まって、早三年。

 この三年で、彼らのような輩は急激に増えた。

 PKをやる上でのマニュアル本のようなものが過激な掲示板にアップされ、実際有用だったそれを踏襲して、悪役プレイに走る輩が急増したのだ。

 

 法律という鎖から解き放たれれば、人間は容易く獣になる。

 死と痛みへの恐怖だけでは縛りつけられないほどに、人間のドス黒い欲望の力は強い。

 それは歴史が証明している。

 

 デスゲームになって以降、R18なところまで割とリアルに再現されたこのゲームでの女性の一人歩きは、もう殆ど自殺と同義だ。

 恐らく、この少女は道中で仲間なり傭兵NPCなりを失ったか。

 あるいは何も知らずにログインしてきて、アップデートで追加された後続救済措置『人造迷宮』でPKに出会わないままレベルを上げて調子に乗った、悪の怖さを知らないデスゲームルーキーなのだろう。

 鴨が葱を背負って来たこの状況に、男達の顔は嗜虐心で醜悪に歪んだ。

 

「そうだな。フィールドを不用意に歩き回っちゃいけねぇよな」

 

 その少女が声を発した。

 可愛らしい高い声と裏腹に、はすっぱな男のような口調だ。

 もしかしたら、ネカマかもしれない。

 だが、そこらへんの葛藤を、既に男達は乗り越えていた。

 中身がなんだろうが、顔とスタイルが良ければ、それでいい。

 そして、キャラメイクをかなり自由にできるこのゲームにおいて、ブサイクなプレイヤーというものは基本存在しない。

 やったぜ! パラダイスだ!

 ……彼らは色んな意味で剛の者であった。

 まあ、そんな彼らに誤算があったとすれば。

 

「怖ぁいお兄さんに出くわしちまうからなぁ!」

 

 目の前の深くローブを被った少女が、絶対に手を出してはいけない存在だと気づかなかったことだろう。

 少女がローブを脱ぎ去るようにしてアイテムストレージにしまい、その下に隠されていた露出度の高い姿を晒す。

 それに鼻の下を伸ばしそうになった瞬間、少女の体が変異し始めた。

 身長が伸び、横幅が伸び、全身が毛皮に覆われ、骨格まで変わっていく。

 気づいた時、彼らの目の前には、身長2メートル半はある二足歩行の狼がいた。

 

「へ?」

「は?」

「ま、まさか、こいつ……!?」

 

 殆どの男達が呆然とし、一部の者だけが瞬時に相手の正体に思い当たって絶望した。

 各地でプレイヤー達を狩りまくり、彼らからすれば絶対的な強者である攻略組すら何人も屠っている、最凶のPKの一人。

 

「『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』!?」

「ワォオオオオオオオオオオン!!!」

「ひ、ひぃ!?」

「や、やめてくれぇ!?」

「ぎゃああああああああああ!?」

 

 狼らしく雄叫びを上げ、人狼と化した少女が男達を蹂躙していく。

 格下をいたぶることには慣れていても、格上にいたぶられることには慣れていなかった連中だ。

 ものの1分もしないうちに全滅し、悲鳴を上げながら地面に転がった。

 

「なんだよ。いくらなんでも弱すぎだろ。ちょっとは期待してたのによぉ」

「た、助けて……! 殺さないでぇ……!」

 

 少女の姿に戻った狼は、リーダーと思われるリーゼントヘアの男の首を掴んで宙釣りにした。

 散々調子に乗って弱者をいたぶったくせに、自分の番となると情けなく泣き喚くド三流の小者に、彼女はニッコリと笑いかけ。

 

「安心しろ。殺さねぇよ。お前らみたいなのが普通のプレイヤーの足を引っ張ってくれれば、オレとしても好都合だからな」

「ほ、本当ですか!?」

「おう。ただし、有り金と武器以外の金目のもんは全部置いてけ」

「喜んでぇ!!」

 

 リーダーの男は歓喜の表情でメインメニューを操作し、言われた通りに有り金と金目のものを全て差し出した。

 彼の仲間達も怯えた目をしながら、同じく奪って集めた財産を吐き出してくれる。

 

「お前ら、ギルド名はなんだ?」

「はい! 『暴走倶楽部』であります! わたくしがリーダーのリーゼント・ドライブです!」

「ほぉ。カッコイイ名前じゃねぇか」

「ありがとうございます!」

 

 リーダーの男、リーゼント・ドライブはとても従順になっていた。

 やはり人間は獣。

 あんな凶暴だった連中が、躾をされるとこの通りだ。

 

「お前ら全員、オレとフレンド登録しようぜ。

 オレ、基本的にボッチだからよぉ。横の繋がりで情報集めないとキツいんだわ」

「はい! よろこんでぇ!」

 

 そうして、彼女はフレンドという名の、体のいい使いっ走りを手に入れた。

 この三年間で特に力を入れていることの一つ、仲間集めである。

 

「じゃ、なんかあったら連絡するわ。お前らも、なんかあったら連絡しろよ? ハミダシ者同士、仲良くしようぜ」

「サーイエッサー!」

 

 そうして、天災のように現れて猛威を振るった狼は、脱ぎ去ったローブを纏い直して去っていった。

 彼らは、あんなものと遭遇して生き残った。

 

「い、生きてる……? 俺達、生きてるよな……?」

「ああ、生きてる! 生きてるんだよ!!」

「お前らぁ! 生きてるって素晴らしいなぁ!!」

「「「ホントだぜ、リーダー!」」」

 

 暴走倶楽部の男達は、肩を抱き合って大いに喜んだ。

 ハミダシ者の外道ども。

 しかし、共に死線を乗り越えたことによって、彼らの仲は非常に良くなり、身内にはとても優しい外道集団に生まれ変わったそうな。

 なんだ、結局外道じゃないか。

 世の中、そう簡単には綺麗にならないものである。



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16 現状

「というわけで、新しいパシリが手に入ったぞ」

『ご苦労様。で、肝心の『お忍びローブ』の使い心地はどうだった?』

「おう! 罪の烙印を隠せるってのは、油断させられて便利だな! 使い方次第で攻略組にも通じそうだぜ!」 

 

 暴走倶楽部とかいう連中をぶちのめした後。

 現在の拠点としている名も無い洞窟へと帰ってきたウルフは、何人かの傭兵NPCに見張りを任せて、ミャーコとの通信機能を使ったお喋りに興じていた。

 傭兵NPCは、本当に魔族でも雇えるのがいた。

 弱い上に毎月の契約料が高くて仕方ないが、『索敵』のスキルを持っているので、大真面目に助かっている。

 おかげでミャーコの膝枕ほどではないが、少しは安心して眠れる。

 

「けど、これもホントになぁ。こいつで町にさえ入れれば、こんなに悩まなくて済むんだけどなぁ」

『仕方ないさ。神様(ゲームマスター)もさすがに、そこまで気前は良くないってことだよ』

 

 ウルフは最近の外出では常に纏っている『お忍びローブ』というアイテムを手で弄びながら、愚痴のような声を漏らした。

 これは現状最も難易度の高い迷宮の宝箱から手に入れた、かなりの貴重アイテムだ。

 纏えば『隠密』のスキルが使えるようになり、自前で『隠密』のスキルを持っている場合は、その効果を増幅させてくれる。

 そして、二重の『隠密』はなんと、罪の烙印を覆い隠してくれるのだ。

 

 これにはウルフもビックリして、早速町に突撃しようとした。

 だが、入口で普通にバレて、衛兵NPCに追いかけ回された。

 衛兵が優秀なのか、そういうシステムなのか、とにかく町への侵入には使えない。

 本当に町に入れさえすれば、今頭を悩ませている問題の多くが解決するというのに。

 

「ま、お前の言う通りだな。ダメなもんはダメって諦めるしかねぇか。ミャーコと密会で会えるチャンスが増えただけでも大感謝だし」

『はうっ!? も、もう! またそういうことをサラッと言う!』

 

 どうしてくれよう、この天然ジゴロ。

 彼と共に堕ち始めてから三年。

 そろそろ、そういう方向に堕ちてしまいそうなミャーコだった。

 

『こ、こほん! それより、そろそろ本題に入ろう。ウルフも知っての通り、いよいよ十五個の鍵が揃いそうになってる』

「……ああ。そうだな」

 

 ミャーコは無理矢理話を進め、話題が話題だったので、ウルフも真剣な顔つきになる。

 この三年間、鍵の争奪戦は一進一退の攻防だった。

 最初の数ヶ月は、ミャーコが匿名の掲示板を使って、ブレイブの死亡と、鍵を狙ってるプレイヤーがいるって情報を大袈裟に拡散し。

 更に、ウルフが見つけたプレイヤーを片っ端から狩り殺し、わざと一人二人逃して、恐怖で錯乱した姿を町の連中に見せつけることで、怯えさせて戦意を削いだ。

 まともにゲームクリアに向けて攻略を進めているのは、仇討ちに燃えるシャイニングアーツくらいだった。

 

 しかし、さすがに一年も経つ頃には、多くの連中が引きこもり生活に嫌気が差してきたようで。

 かつての、通常プレイ時代の大手ギルドを筆頭に、動き出すプレイヤーが少しずつ増えていった。

 そうなると、ウルフ一人ではとても手が回らない。

 彼は町に入れないから、町と町の間を瞬間移動する転移陣が使えず、スピードは速くても移動速度はやたら遅いのだ。

 この広大なマップに散らばったプレイヤー達を一人で牽制し続けることなどできはしない。

 

 そこで、ミャーコと共に頭を捻って、またいくつか作戦を考え出した。

 この頃にはウルフも経験を積み、ミャーコに任せ切りではなく、一緒に考えられるようになったのは密かな誇りだ。

 

 とにかく、それで考えついた作戦の一つが、今も継続して行っているパシリ、もとい仲間集め。

 ウルフの一年間に渡るPK生活で学んだコツをマニュアルのようにして纏め、いくつもの過激な掲示板に上げた。

 すると、少しずつだが感化された外道達が現れ始めた。

 最初はカツアゲ程度の軽犯罪から始めるのだが、あれよあれよという間に行いがエスカレートしていって、あっという間に強盗殺人犯に進化していく様は、性悪説というものを強く感じさせる。

 

 そいつらがただ暴れてくれるだけでもプレイヤー達の妨害になり。

 上手く接触してパシリにできれば、ミャーコが仕入れてくれる大手ギルドの情報に合わせて、より的確な妨害工作を指示してやらせられる。

 

 とはいえ、刹那的に生きている外道達が、効率を考えて動いている大手ギルドに勝てるはずもない。

 レベリングの効率からして段違いなのだから、彼らにできるのは間接的な妨害がせいぜい。

 大手ギルドに直接挑みかかるのは無理だ。

 

 できれば、外道ではなく志を同じくする同志が欲しかったのだが……。

 一応、そういう人材もいないことはない。

 いないことはないが……欲望のために人を殺せるようになる奴はビックリするくらいいたのに、信念のために人を殺せるようになる奴はビックリするくらい少なかったのだ。

 

 多分、まだゲームクリアに対する危機感が足りないのだろうと、ミャーコを始めとした協力者達は言う。

 最初に迷宮の鍵なんてものが出てきたと思ったら、一時間もしないうちに破壊され。

 その後は鍵が全体マップに表示されては消えを繰り返し。

 三年が経っても、まだ第一の大迷宮すら開放されていないのだから、これで危機感を持てという方が難しいのかもしれない。

 

 外道達が頑張って攻略組の足を引っ張ってくれているので、彼らに任せておけばいいやと考えている者も多いだろう。

 誰だって自分の手を汚したくはないものだ。

 ウルフは根性の足りない同類達にイライラしていた。

 

 なので、今のところは外道達を味方にしていくしかない。

 その外道達を攻略組と直接やり合えるレベルにまで引き上げるべく、更に一計。

 タイミングを見計らい、力を求める外道達が飽和してきた時期に、凄まじい力を得る方法、すなわち魔族化の情報を流したのだ。

 殺害によって迷宮の鍵を奪い、破壊することで魔族になれると。

 

 信じさせるために、パシリにした連中を何度か手伝って条件を満たし、何人かの魔族を誕生させた。

 そいつらは苦労して魔族にしてやったにも関わらず、力に酔って暴走し、大手ギルドに次々討伐されるか、捕縛されて衛兵NPCが管理する牢屋にぶち込まれていったが。

 魔族になれるのは強奪した鍵を破壊した一人だけなので、滅茶苦茶貴重なのに……。

 それでも奴らは死ぬ前に大暴れして、魔族の情報が本当だったという事実を拡散してくれたので、無駄死にとまでは言うまい。

 

 そこまで行けば、ウルフ達が何もしなくても、魔族の力を求めて外道達は動く。

 一時的に徒党を組み、大手ギルドに対抗できるだけの数を揃えて、何度も何度も鍵を狙った。

 成功もしたし、失敗もした。

 その全てがゲーム攻略の邪魔になった。

 

 そんな地獄の大乱戦が続き、デスゲーム開始から三年が経った今。

 勝敗の天秤は……残念なことに攻略組の方に傾いている。

 

 迷宮の鍵には、かなり安全な保管方法が存在する。

 それは、鍵を所持するプレイヤーを安全地帯である町に閉じ込めて守ること。

 町の中には魔族はもちろん、罪の烙印を持つプレイヤーも入れない。

 

 とはいえ、安全地帯と言われていても、攻略法が無いわけではない。

 町の中の安全を担保しているのは『モンスターや罪の烙印を持つ者は入れない』『町中での戦闘ではダメージが発生しない』という二つのシステムだけだ。

 つまり、戦って殺すのは無理だが、縛り上げて町の外まで拉致ることはできるのだ。

 もちろん、その場で罪の烙印を刻まれるのと引き換えにだが。

 なお、R18な狼藉はダメージとして扱われるので、本番はおろか服を破くことすらできないと明記しておこう。

 

 これは多分、安全地帯が完全無欠に安全だった場合、ウルフみたいな奴が、迷宮の鍵を罪の烙印の無い協力者に渡して安全地帯に入れてしまえば、攻略組も手が出せなくなって詰むからだろう。

 頭の良い外道がその作戦を思いついてくれて、一回それをやってみたのだが。

 協力者(針のむしろになるのが確定なので、脅して無理矢理協力させた生贄用員)は、多少の罪を背負うことを覚悟した過激派によって見事に縛り上げられて、攻略組に鍵を一個献上してしまう形になってしまった。ガッデム。

 

 そんな感じで、必要だからこそ存在する安全地帯の穴。

 そこを突くことを思いついた外道達は頑張った。

 まだ罪の烙印が刻まれていない犯罪者予備軍や協力者、もしくは投獄されて、犯した罪に応じた分の拘束時間とレベルダウンと引き換えに罪の烙印を消した連中が、どうにか鍵の所持者を狙おうとした。

 

 しかし、ことごとくがダメージを受けない不死身の軍勢と化したプレイヤー達や衛兵NPCに取り押さえられた。

 一応、魔族のステータスがあればやってやれないことはないんじゃないかと思っているが、期待していた『お忍びローブ』でもダメだった以上、頭の良い誰かが裏技を発見してくれるまで、町への侵入は無理だ。

 

 よって、攻略組は迷宮の鍵を確保した後、所持者を町まで護衛できれば勝ちなのだ。

 その後は転移陣で、いつでも海の大迷宮近郊の町『ウェストブリッジ』に送り出せる。

 迷宮攻略の直後で疲弊したところを、待ってましたとばかりにハイエナどもが狙ってくるので、言うほど簡単でもないのだが、三年も頑張っていれば少しずつでも鍵は集まる。

 

 現在、安全地帯の中で守られている鍵の数は、十四。

 あと一つで海の大迷宮が開いてしまう。

 とはいえ、

 

「それは絶対にさせねぇけどな」

 

 今、ウルフはウェストブリッジと海の大迷宮の間にあるフィールドを根城としている。

 付近のモンスターもプレイヤーも狩り尽くしてレベルを上げながら、攻略組が十五個の鍵を揃えた後、必ず通らなければならないエリアで待ち伏せているのだ。

 

 十五番目の迷宮はあえて守らない。

 間違いなく、向こうはそこに最高戦力を差し向けてくる。

 シャイニングアーツの連中は当然として、他の大手ギルドとの連合軍くらい組んでくるだろう。

 大手ギルドはゲームクリアのためというより、自分達の利益優先で動いてるところも多いため、足並みが揃わないことも多い(byミャーコ情報)。

 

 だが、第一の大迷宮の開放を目前にすれば話は別だ。

 迷宮の鍵の所持者達は、各ギルドに散っている。

 海の大迷宮の扉を開くためには、十五個の鍵を揃えた状態で大扉に辿り着かなければならないので、どうせ一度は足並みを揃える必要がある。

 だったら、予行演習とばかりに今から手を組むだろう。

 そんなことも考えつかないようなバカを相手にしているなら、これまでの戦いはもっと楽だったはずだ。

 

 それだけの戦力が集まったら、ウルフ一人ではとても太刀打ちできない。

 パシリを全員引き連れていっても、絶対に負ける。

 先に十五番目の迷宮を攻略して、自分で鍵を持って逃げることも考えた。

 だが、鍵を持っていると位置情報がバレてしまうので、安全地帯に逃げ込むこともできないウルフが昼夜を問わずに追い回されたら、さすがに死ぬ。

 そもそも、足並みの揃わないだろうパシリ達との連携で、膨大なHPを持つ迷宮のボスを倒せるかも怪しい。

 

 だからこそ、狙うのは十五個の鍵が揃って護送されるタイミングだ。

 十五個もの鍵という特大の餌があれば、必ず大量の外道達が食いつく。

 そいつらを利用して数を揃え、こちらもまた大軍勢でお相手するのだ。

 

「天下分け目の大戦だ。絶対に勝つ……!」

 

 ウルフは凄まじい形相で戦意を高めていく。

 現実的に考えて各地の迷宮を守り抜くことは諦めたが、それでも迷宮の鍵が揃っていくのを見るのは、拷問のような苦しみだったのだ。

 ミャーコのカウンセリングと膝枕が無ければ突撃していたかもしれない。

 溜まりに溜まったフラストレーションを、この戦いに全てぶつけてやる。

 あのにっくきクソ聖女を、今度こそ血祭りに上げてやる!

 

『ウルフ、気をつけてね。最終決戦じゃないんだから、命は大事にしなきゃダメだよ?』

「……わかってる。ホント、お前がブレーキ踏んでくれんのはありがてぇよ、お姉ちゃん」

 

 ウルフにも、残して死ねない相手ができた。

 これがゲームクリアを賭けた最後の戦いであれば別だろうが、次がある限り、ウルフは生にしがみつくだろう。

 もしかすると、命を捨てるような勢いでブレイブを殺した時よりも弱くなったかもしれない。

 それでも良い。

 瞬間的な強さを失った代わりに、必ず最後に勝って笑ってやるんだ。

 

「つーわけで、ミャーコにも協力をお願いするぜ。ならず者どものための物資を手配しといてくれ」

『はいはい。まったく、死の商人は忙しいね』

 

 ミャーコは肩を竦めながらそう言う。

 その声は弾んでいた。

 ウルフの狂気を抑え、命を大事にさせるための枷に自分がなれていることが嬉しかった。

 人殺しの準備をしておいて、そんな感情が浮かんでくるあたり、自分も随分と墜ちたもんだなぁとは思ったが。

 

「あと、もう一つ。あいつら(・・・・)の協力も取りつけてほしい」

『……うへぇ。気持ちはわかるけど、そっちは確約できないよ? あの人達の相手は、君の相手以上に疲れるし』

「頼りにしてるぜ、お姉ちゃん!」

『もー! 都合の良い時だけお姉ちゃん呼びして!』

 

 プリプリと怒りながらも、ミャーコは頼みを聞いてくれた。

 都合の良い女扱いするクズの所業に見えるかもしれないが、愛情も信頼も本物なのでセーフだ。

 

『じゃ、行ってくるよ。健闘を祈っておいて』

「ああ。お前も絶対に死ぬなよ?」

『縁起の悪いこと言わないでほしいなぁ』

 

 まあ実際、洒落になってない奴らのところに行くのだから、ウルフの言葉は大袈裟でもなんでもない。

 だが、いつもいつもウルフだけに命を懸けさせるつもりはない。

 直接戦闘で役に立てない分、こういう時くらい自分も命を懸けなくてどうする。

 ミャーコは頬を叩いて「よっしゃぁ!」と気合いを入れながら、ウルフとの通信を切った。



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17 攻略組

「皆さん、よく集まってくれました」

 

 始まりの町『アーモロート』のメインストリートにある巨大な建物。

 大手ギルド『シャイニングアーツ』のギルドホーム。

 その会議室には今、そうそうたる面子が集まっていた。

 

 兄の想いを受け継ぎ、この三年間、新しいギルドマスターとしてシャイニングアーツを引っぱってきた少女。

 『聖女』ジャンヌ。

 そして、彼女を始めとしたシャイニングアーツのメンバー達。

 

「ふん。お前達がリーダー面をしてるのは、気に食わないがな」

 

 そう言って鼻を鳴らしたのは、シャイニングアーツと勢力を二分する攻略組の片翼。

 大手ギルド『ドラゴンスレイヤー』のギルドマスターである獅子のビーストマンの少年。

 『竜殺し』ジークフリート。

 通常プレイの時には『最強』の一角として知られていた男だ。

 デスゲーム開始以降もソロで戦い続けてきた豪傑。

 フレンドに請われてギルドマスターに就任したことで、ドラゴンスレイヤーにかつての隆盛を取り戻した実績がある。

 少々過激すぎる派閥ではあるし、実績で勝るシャイニングアーツを若干敵視してもいるが、ゲームクリアを目指す味方として頼もしいのは間違いない。

 

「まあまあ、そう言わんと。あんたらは攻略組の双翼なんやから、仲良うしてほしいわ」

「ふん」

 

 胡散臭い関西弁でジークフリートを宥めたのは、和服を着た狐のビーストマン。

 商業系ギルド『フォックス・カンパニー』の社長(ギルドマスター)、『女狐』ルナール。

 現実世界でも企業の経営者だったらしい彼女は、他の面々がデスゲーム開始で絶望に沈む中、これはチャンスとばかりに、いち早く商人としてのスタートダッシュを切った。

 商売において、他者より先んじることがどれだけ重要かわかっていたからだ。

 

 そのアドバンテージと、かなり初期の段階でとある人物をスカウトできたという幸運も加わり、彼女は一躍この世界の大商人となった。

 彼女の今の心境を一言で表すなら、「戦争は書き入れ時だからウハウハ」である。

 とんだ外道だった。

 

「チッ……!」

「女狐が……!」

 

 攻略組の面々が、そんなルナールを見て小さく舌打ちする。

 彼女は攻略組の足下を見て、購入も売却も結構な値段をふっかけてくる。

 商業系ギルドはフォックス・カンパニーの一強であり、攻略に必須の高位アイテムの大部分は彼女のギルドを通さなければ手に入らないので、価格設定は思うがままなのだ。

 それでいて我慢できなくはない価格設定にしているのがまた嫌らしい。

 おまけに、彼女のギルドは民意を味方につけるために、安全地帯から出られないプレイヤー達に炊き出しや娯楽の提供などを積極的に行っているので、人々に訴えかけて排斥するのも難しく、攻略組以外からの強い支持のおかげで揺らがない。

 

 金、流通ルート、民意。

 力押しが通り辛く、無理矢理通そうとしたら罪の烙印を刻まれることを覚悟しなければならない安全地帯において、戦闘力以外の力の殆どを揃えている彼女は最強だ。

 下手な魔族より、よっぽど厄介な女狐なのだ。

 

「険悪だな! 良くない! これは良くないぞ!」

 

 大手ギルド同士の間に漂う仲の悪さを見て、一人の男が声を上げた。

 身長2メートルを越える大男。

 筋肉ムッキムキで、それを誇示するようなピッチリとしたスーツを着込んだ変態だ。

 顔の上半分をマスクで隠し、背中にはマントがはためき、まるでヒーローのパチモンのようだった。

 

「君達は悪のマッドサイエンティストから人々を救わんとする正義のヒーローだろう! 少なくとも、民衆の方々からはそう見られるのだろう! ならば、もう少しヒーローらしくしたまえ!」

 

 彼は『超英雄(スーパーヒーロー)』ジャスティス仮面。

 ふざけた名前と、ふざけた格好。

 しかし、その強さと実績は本物である。

 各地を飛び回って悪逆非道のPK達に立ち向かい続け、多くの外道どもを牢屋にぶち込み、時には魔族すらも単独で撃退してみせた。

 対人戦の経験が突出しているため、こと対人戦に限れば彼こそが最強かもしれない。

 PKや魔族は、殺害ではなく捕縛することでも経験値が入るので、単純なレベルとステータスもトップクラスに高い。

 それを買われて今回の作戦に呼ばれた、力を持ったソロプレイヤーの一人だ。

 

「ケッ! なぁにが正義のヒーローだ。こちとら、そんなもんに興味はねぇっての」

「何ぃ!?」

 

 そんな正義の味方の発言に水を差したのは、実用性重視とばかりに不揃いな装備を身に着けたポニーテールの男。

 『傭兵王』アヴニール。

 特定の集団に属さず、傭兵NPCの真似事のように、金で雇われて戦う変人だ。

 ただし、その実力はNPCごときとは比べ物にならない。

 口が悪いのが玉に瑕だが、仕事はできるし頼りになる。

 そのことは、ここに集まったギルドの大多数が知っている。

 

「そんなピッチピチのスーツを恥ずかしげもなく着るようなヒーローオタクが、わかったような口利いてんじゃねぇよ」

「ぬぅ……! なんという暴言! 謝罪を要求する!」

 

 まあ、彼の口の悪さも大多数のギルドが知っているが。

 また始まったよと、慣れている面々は苦笑を浮かべた。

 しかし、慣れていないヒーローオタクは激怒している。

 そのまま引っ込みのつかない口喧嘩が始まりそうになり……。

 

「やめて」

「「ッ!?」」

 

 そんな二人の喧嘩を、静かな声が止めた。

 大きな声ではない。

 力強い声でもない。

 少女の可愛らしい高い声。

 だが、妙に迫力を感じる声だった。

 それこそ、一瞬言葉に詰まって喧嘩を止めてしまうほどの。

 

「ジャスティスさん、正義のヒーローらしくしなさいって言ったのはあなたよ。なら、ヒーローらしく口喧嘩なんてやめて。カッコ悪いから」

「カ、カッコ悪い……!?」

 

 ガビーン! という擬音が聞こえてきそうな感じで、ジャスティス仮面が止まった。

 

「アヴニールさんも。あなたの性格は知ってるけど、ここは仕事の一貫だと思って我慢してください。お願いします」

「……チッ。わーったよ」

 

 『仕事』として『お願い』されて、アヴニールも黙った。

 彼は性格が悪いわけではない。ついつい悪態をついてしまう癖があるだけだ。

 止まれる状況を作れば、ちゃんと止まってくれる。

 彼の扱い方を心得ている、というより人を扱うのが上手い奴の話し方だった。

 

「皆さん、それぞれ言い分も不満も主義の違いもあるでしょうけど、今回だけは目的を同じくする『同盟』として、力を貸してください。この通りです」

 

 二人を止めた少女が……今回の集まりの発起人である『聖女』ジャンヌが頭を下げる。

 その姿には、有無を言わさず人を従わせるような力強いオーラがあった。

 安い言い方をすれば『カリスマ』だ。

 デスゲーム開始直後に人々を動かしてみせた兄と同じように、彼女にはそれがあった。

 三年間の死闘を経て、その才能は兄以上に花開いた。

 

「……ふん。利害だけは元より一致している。今さら頼まれるまでもない」

「う、うむ! 私はヒーロー! 正義のための戦いに助力しないことなどありえない!」

「金が貰えて、ゲーム攻略が進むんなら、それで文句はねぇよ」

「ふふ。ウチは元々仲良うやるつもりやったから、安心してや」

 

 そのカリスマに導かれて、この癖の強い連中が一応の纏まりを見せた。

 集まってくれた他のギルドからも、ジャンヌには信頼の視線が向けられていた。

 カリスマ性に加えて、確かな実力と実績を積み重ねてきたからこその信頼だ。

 

「よっしゃぁ! 勝つぞぉおおおおおお!!!」

「「「おおおおおおおお!!」」」

「「「お、おーーー!!」」」

 

 それを見たシャイニングアーツの幹部、戦車が雄叫びを上げ、同ギルドのメンバー達が同調して鬨の声を上げた。

 すると集団心理に当てられて、他のギルドの者達も乗ってくる。

 ジャスティス仮面なんかも叫んでいた。

 ジークフリートやアヴニールは乗ってこなかったが。

 

(随分とリーダーが板についてきたのう)

 

 そんな連合軍の様子を見ながら、戦車と同じくシャイニングアーツの幹部、コジロウは誇らしげな目で『聖女』なんて呼ばれるようになった少女を見やる。

 最初は大変だった。

 何も知らずにログインしてきて、デスゲームのことも、兄の死も飲み込めるはずがなく、彼女は大いに混乱して錯乱した。

 そんな彼女を戦いの場に出すつもりなど、ブレイブの悲劇を経験したメンバー達には無かった。

 

 しかし、すぐに彼女は奮起した。

 現実世界に戻って、兄の残したものを守らねばという強い意志が、彼女を前に進ませた。

 メンバー達の反対を押し切って戦場に立ち、通常プレイ時代ではそれなりに名の知れた実力を遺憾なく発揮し、兄譲りのリーダーシップも発揮して、気づけば彼女が新しいギルドマスターになっていた。

 ブレイブの正統後継者となっていた。

 

(繰り返させんぞ。あの悲劇は)

 

 コジロウは強く拳を握りしめながらそう思う。

 ジャンヌだけは死なせない。

 決して、兄の二の舞いになどさせない。

 雄叫んでいる戦車も、同調しているアルカナも、必死でノリに合わせているタロットも、それ以外も。

 あの悲劇を経験した全てのメンバーの総意だ。

 

「来るなら来い、狼の小娘。今度こそ、その首、叩き落してくれる」

 

 老兵は戦意を高めていく。

 彼だけではない。

 魔族に、PKどもに苦渋を舐めさせられたのはシャイニングアーツだけではない。

 この場に集ったほぼ全ての者達が、奴らとの正面衝突を心待ちにしているのだ。

 それぞれ最優先する目的は違えど、クズどもを一網打尽にしてやるという強い意志だけは、殆どの者が共有している。

 

「やる気充分ね。頼もしいわ。では早速、具体的な作戦を決めていきましょう」

 

 そうして、彼らは戦いの準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、『聖女』とか『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』とか『竜殺し』とかの二つ名は、誰かが勝手に言い出して定着するようになった、この世界の文化である。

 決して、彼らが好きで名乗っているわけではない。

 二つ名を自称してたり、喜んでたりする中二病もいるにはいるが、大多数はそうではないと明記しておこう。



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18 ならず者同盟

「お前ら、よく集まってくれた」

 

 とある名も無き洞窟の中。

 迷宮でもなく、モンスターのポップする場所でもなく、恐らくは日陰者達が拠点として使う用にデザインされたのだろう殺風景な場所。

 アイテムストレージに収まりきらなかったものを雑に入れた木箱が散乱する、なんともみすぼらしい空間に今、そうそうたる面子が集まっていた。

 

「ヒャッハー! 姉御の命令なら喜んでだぜぇ!」

「このリーゼント・ドライブにお任せを! あなた様のためなら、どんなことでもいたしましょう!」

「何すんだ!? 今回は何するんだ!?」

「俺知ってる! 攻略組を派手にぶっ殺すんだろ!?」

 

 キャラメイクのおかげで顔だけは整っているが、装備は攻略組に比べれば低ランクで不揃いだし、強者のオーラも感じないし、どう贔屓目に見ても世紀末なチンピラ止まりの連中が歓声を上げる。

 彼らはそうそうたる面子に含まれていない。

 数合わせの雑兵だ。

 

 しかし、数だけなら本当に凄い。

 この洞窟にいるリーダー格の連中だけでも、軽く三十人はいる。

 つまり、三十近いならず者どもの組織が近くに待機しているということだ。

 総数は数百人に上る。

 数だけなら攻略組の連合軍にも匹敵するだろう。

 地道な友達作りの成果、それと情報を流して釣り上げた分だ。

 クズがこんなにいるとか、この理想郷はもうダメかもわからんね。

 

「うふふふ。こんなに集まるなんて予想外でした。これは楽しいお祭りになりそうですね」

「よぉ、『鬼姫』。気まぐれって評判のお前が勧誘に乗ってくれて感謝してるぜ」

「思う存分に『この子』と一緒に楽しめるんですもの。来るに決まってますよ」

 

 この集まりの発起人であるウルフの言葉に、うっとりとした表情で手に持った『刀』に頬ずりしながら答えたのは。

 色素が抜けたような真っ白な髪と肌を白い着物で包み、真っ赤な瞳を爛々と輝かせる、額から二本の角を生やした少女だ。

 生き残っている数少ない魔族の一人、『鬼姫』キリカ。

 人を斬ることを至上の喜びとする快楽殺人者だ。

 

「いやはや、気後れしてしまいますねぇ。私のような肝の小さい小市民に、この場は少々刺激が強い」

「よく言うぜ、『死神』」

 

 なんとも気弱な発言をしたのは、言葉に反してこの場で最も威圧的な風貌をしている輩だった。

 漆黒の外套に包まれた、骨だけの不気味な体。

 背負っているのは『死』を連想させるデザインの巨大な大鎌。

 『死神』デスター。

 最近はこのあたりを縄張りにして動かなかったウルフに代わり、今最もプレイヤーに被害をもたらしている最悪の魔族。

 

「……薄汚い場所だ。嫌なことを思い出す」

「ウルフ、兄さんが困ってる。場所を変えて」

「話が終わるまででいいから我慢しろ」

「『ダークランサー』」

「おい!?」

 

 とあるプレイヤーが、いきなりウルフに向かって強烈な闇の魔法をぶちかましてきた。

 ウルフは放たれた闇の槍を素手で弾き飛ばし、それが洞窟の壁にぶち当たって風穴を空ける。

 フィールドを破壊するほどの威力。

 自分達が食らえばひと溜りもないだろう魔法にも、それを簡単に弾き返すウルフにも、チンピラ達は滅茶苦茶ビビった。

 

「やめろ、オードリー。彼は私達の恩人だ」

「はい。兄さん」

「……ったく、相変わらずだな。『吸血公』に『闇妖精』」

 

 こいつらとは既にフレンド登録が済んでて良かった。

 さすがに、ちょっと癇癪を起こしただけで人を殺しかねない奴のところにミャーコを向かわせたくはない。

 彼らは魔族化の情報を広めるために、ウルフが手伝って魔族にしてやった二人だ。

 同じように魔族にした他の連中は、降って湧いた力で調子に乗って討伐されたが、この二人だけは生き残った。

 

 貴族のような豪奢な衣装を着込んだ銀髪の男、『吸血公』エドワード・アリスト。

 外見年齢10歳ほどのダークエルフの幼女、『闇妖精』オードリー・アリスト。

 魔族二人が兄妹という絶対の協力関係にあるというだけで、その脅威は語るまでもない。

 

「さて、我慢し切れない奴は『闇妖精』以外にも多そうだし、とっとと本題に入っちまうぞ」

 

 頼もしい外道どもに囲まれながら、ウルフは牙を見せてニヤリと笑いながら告げる。

 

「察してる奴も多いだろうが、今回お前らを集めたのは、攻略組との全面戦争のためだ。

 奴らはつい先日、とうとう十五個の鍵を集めやがった。

 つまり、近日中に十五個の鍵を纏めて海の大迷宮まで護送するはずだ」

 

 ウルフはそこで、ダァァァン! という轟音を響かせながら、洞窟の地面を踏みつけた。

 先ほどの幼女の魔法と同じように、フィールドが破壊されてポリゴンが舞う。

 現時点でのトップクラスを超えるステータスが無ければできない所業。

 獣化すら使わずにそれをやる自分達のリーダーの姿に、チンピラ達はテンションを上げた。

 

「オレ達はそこを襲撃する! 喜べ、テメェら! 鍵は十五個! 最大十五人が魔族になれるぞ!」

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」

 

 目の前の圧倒的強者に匹敵するだけの力を得られる。

 餌を目の前にぶら下げられた人間(けもの)達は、それはもう頑張ってくれるだろう。

 

「決行はこの一ヶ月以内だ! 詳しい日取りは追って知らせる! それまでせいぜい、首を長くして待ちやがれ!」

「最高だぜ、姉御ぉ!」

「このリーゼント・ドライブ、一生ついて行きます!」

「絶対ぇ魔族になってやるぜ! ヒャッハー!」

 

 雑兵達の士気は充分。

 ここに有り金の殆どを叩いて傭兵NPCを追加するので、戦力はまだ上がる。

 そして、

 

「ウフフフフフ」

「さて、今回はどれだけ地獄に落としてやれますかねぇ」

「乞われた分の仕事は果たそう。お前も気を引きしめておけ」

「はい。兄さん」

 

 こっちの重要戦力である魔族達も、やる気充分。

 数人程度とはいえ、鍵の破壊を餌にできない魔族の勧誘を成功させてくれたミャーコに感謝だ。

 物資も既に必要な分が届いているし、あとは敵が進軍を開始する詳しい日時と、できれば陣形などの情報が届けば完璧。

 最悪そっちが失敗しても、現時点の情報から大雑把な日程は把握しているから戦える。

 時間をかければ仲間割れで空中分解する恐れがあるのは、向こうもこっちも同じだ。

 決戦は必ず、近いうちに始まる。

 

「来るなら来いよ、オレから奪おうとするクソ野郎ども。今度こそ息の根止めてやるぜ……!」

 

 幼女にぶち空けられた風穴から町の方を睨みつけ、ウルフは据わった目で殺意を迸らせた。

 強さのためでも、快楽のためでもなく、この世界にある幸せを守るために、彼は殺意に染まっていく。

 だって、そうしないと守れないから。

 必要だから、殺すのだ。

 

 そうして、決戦開始までの時間は瞬く間に過ぎていった。

 

―――

 

種族:魔族(魔狼) Lv61

名前:殴殺ウルフ

 

状態異常:罪の烙印

 

HP:1100/1100

MP:750/750

 

STR(筋力):850

VIT(防御):650

AGI(俊敏):600

INT(知力):50

DEX(器用):50

 

ステータスポイント 0

 

スキル

『獣化:Lv50』

『再生:Lv55』

『HP自動回復:Lv61』

『MP自動回復:Lv53』

『格闘術:Lv62』

『生命:Lv63』

『魔泉:Lv59』

『剛力:Lv57』

『鋼体:Lv56』

『疾走:Lv60』

『索敵:Lv54』

『危機感知:Lv61』

『隠密:Lv54』

『追跡:Lv50』

『不動:Lv50』

『採取:Lv31』

『運搬:Lv50』

『斬撃耐性:Lv50』

『打撃耐性:Lv50』

『衝撃耐性:Lv40』

『火耐性:Lv30』

『水耐性:Lv26』

『風耐性:Lv22』

『土耐性:Lv19』

『雷耐性:Lv29』

『氷耐性:Lv25』

『光耐性:Lv36』

『闇耐性:Lv31』

『毒耐性:Lv30』

『麻痺耐性:Lv22』

『呪耐性:Lv35』

『モンスターハンター:Lv61』

『人類の殺戮者:Lv59』

 

―――



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19 進軍開始

「さて、━━行くわよ」

「「「おお!」」」

 

 作戦決行当日。

 シャイニングアーツのギルドマスター『聖女』ジャンヌは、陣形を組んだ仲間達の陣頭に立って、作戦開始を宣言した。

 この作戦開始日時を悟られないために、今日この時まで色々と策を弄して……はいない。

 無駄だとわかり切っているからだ。

 

 確かに、作戦開始を悟らせさえしなければ、この作戦は間違いなく成功するだろう。

 罪の烙印を持つ敵の連中は町に入れず、転移陣も使えず、移動速度が致命的に遅い。

 タイミングをズラして、奴らが他のエリアへ散ったところを狙えば、簡単に海の大迷宮まで走り抜けられる。

 

 だが、これだけの大作戦となると、動かす人員の数も半端じゃない。

 それだけ派手に動けば、嫌でも目立つ。

 敵は罪の烙印を刻んだ実働部隊だけでなく、一般プレイヤーを装って涼しい顔で町の中に紛れ込んでいる協力者だって大勢いるのだ。

 派手に動けば、そういう奴らに簡単に察知される。

 

 よって、隠密作戦は不可能。

 できたのはせいぜい、焦らせるだけ焦らして、敵が勝手に離散するのを期待した程度。

 それも正直、どこまで効果があるかわからない。

 PKは自分勝手な奴らが多いからワンチャンあるとは思っているが、敵のリーダー格に意外と人望があることもわかっている。

 リーダーが抑えつければ、しばらくは組織の形を保てるだろう。

 

 おまけに、今までの奴らの動きを見るに、攻略組の中にも情報提供者がいる可能性が高い。

 そいつからより具体的な内部情報を漏らされてしまえば、向こうは自信を持って待ち構えることができる。

 こっちだって一枚板じゃなく、主要なギルド同士は決して仲が良好とは言えない。

 どこに裏切る者がいるかもわからないし、準備を終わらせた状態で「待て」と言って、全員が大人しく従ってくれることもない。

 皆、やるべきことを一旦脇にどけて、今回の作戦のために無理して集まってもらってるのだ。

 いつまでも準備完了状態のまま静止はできない。

 ゆえに、我慢比べはここまで。

 

「進軍開始!!」

「「「おおおおお!!!」」」

 

 隊列を組み、十五個の鍵の護衛隊が町を出発した。

 隊列の中心に鍵の所持者達を集めた馬車を配置し、そこを各ギルドの精鋭でガッチリと守る。

 ここが最大の急所なのだから、最大の戦力を割り当てるのは当然だ。

 

 先頭や殿には、死んでも大丈夫な傭兵NPC達を配置。

 その後ろに数を揃えた主力部隊。

 傭兵NPCを盾にしながら迎撃を担当する。

 

 今回の作戦を大雑把に言うと『なんとしてでも、鍵の所持者達を大扉まで辿り着かせろ』だ。

 あくまでも最優先事項はそれで、不本意だがPK達の殲滅は二の次。

 ゲームを進めなければ、いつまで経ってもこの状況が続いてしまうと、誰もがこの三年間で思い知っているから。

 

 迷宮も消滅し、迷宮とほぼ同等のフィールドエリアの奥地まで踏み入っても、効率的なレベル上げはできなくなった。

 現時点で開放されているフィールドだと、レベル50に到達したところで上限に達したかのように成長速度がガクッと落ち、それ以降は遅々とした成長しかできなくなる。

 まあ、レベル50に到達できたのは、痛みと恐怖に怯まず、かなり積極的なレベル上げに挑んで生き残ったトッププレイヤーだけだが。

 それでも、攻略の最前線を突き進むトッププレイヤー達の成長が止まってしまったというのは大きい。

 

 レアアイテムの収集、資金集め、このあたりはエンドコンテンツのごとく、やってもやっても足りないが、そればかりを何年も何年も続けていたってどうにもならない。

 ここでゲームを次のステージに進め、盤面を大きく動かさなければならないのだ。

 

 ゆえにこそ、基本的に戦闘は防衛と進軍重視。

 倒せそうな敵は倒すが、魔族を筆頭とした手こずりそうな相手は無理に倒そうとせず、誰かに足止めを任せて、鍵の所持者達を乗せた馬車とその護衛だけでも、先へ先へ進む。

 なんとしても、海の大迷宮の扉を開く。

 もちろん、状況に応じて臨機応変に対応するつもりではあるが。

 

『ジャンヌ! 敵発見! 迷わずお前らの方に向けて進軍してる!』

「……そう」

 

 偵察に出していた部隊の一人から、通信機能を使ってジャンヌに情報が届いた。

 迷わず向かってきているときたか。

 確かにこちらは目立つ大軍だが、向こうの斥候に見つかったにしては早すぎる。

 通る道だって、それなりに工夫しているのに。

 やはり、裏切り者が作戦か位置情報を流していると見るべきだ。

 

「敵の数と魔族の有無は?」

『数は見えてるだけで500人はいる。モンスターが結構な割合で混ざってるから、かなりの数のテイマーがいるのかもしれない。魔族は……ぎゃあああああ!?』

「ッ!?」

 

 その瞬間、悲鳴と共に通信が途絶えた。

 敵に発見され、奇襲を受けたのだろう。

 やられた。

 

「……ごめんなさい」

 

 また仲間を死なせてしまったことに、ジャンヌの心は張り裂けそうになる。

 けれど、それを無理矢理飲み込んで、味方全体に向かって声を張り上げた。

 

「斥候から連絡! 敵がまっすぐこちらに向かっているそうです! 数は最低500! 魔族の有無は不明ですが、いるものと考えて警戒してください!」

「「「! 了解!」」」

 

 すぐにシャイニングアーツや友好的なギルドから返事が聞こえ、ドラゴンスレイヤーなどの友好的でないギルドも情報として聞いてはくれた。

 開戦が近いと知って、連中軍の間に緊張が走る。

 戦意を高める者。萎縮する者。高揚する者。集中する者。

 それぞれがそれぞれの形で開戦に備え、そして━━

 

「来たぜ、ジャンヌ嬢」

「ええ。私でもわかるわ」

 

 馬車の護衛の一人、高レベルの『索敵』スキルを持つ『傭兵王』アヴニールが声を上げ、ジャンヌも敵の存在を感じ取る。

 前方から音が聞こえてくる。

 大勢が地面を踏み鳴らす、進軍の音が。

 音はすぐに近づいてきて、耳ではなく目で捉えられる場所に、そいつらは現れた。

 

「全軍停止!」

 

 事前に決めていた通り、万全の状態で戦端を開くべく、一度止まって進軍中に多少乱れたフォーメーションを整える。

 対して、向こうはフォーメーションもクソも無いような乱雑な並びで相対する。

 

「久しいな、攻略組の諸君」

 

 敵の一人が、ご丁寧に挨拶をしてきた。

 鱗の生えた馬に跨り、外見年齢10歳くらいの幼女を相乗りさせている、貴族風の装いをした銀髪の男だ。

 

「『吸血公』……!」

 

 攻略組の前に姿を現すことはあまり無いが、大勢の弱い者達を狙い、命と共にお金もアイテムも奪っていく、卑劣な強盗殺人犯。

 馬に相乗りしているダークエルフ、『闇妖精』も共犯だ。

 見た目こそ幼い少女だが、この世界で見た目の幼さなんて何の判断基準にもならない。

 あれもまた同情の余地の無い、倒すべき敵だ。

 

「さて、大人しく鍵の所持者と金目のものを置いていけ……と言いたいところだが、それで素直に応じるお前達ではないだろう」

 

 『吸血公』はそう言いながら、腰にある深紅の鞭に手を伸ばし。

 

「━━始めよう。開戦の時間だ!!」

「「「ヒャッハーーーーーー!!!」」」

 

 彼に率いられたならず者達が、歓喜の声を上げながら武器を高らかに掲げた。



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20 開戦

「始めよう。開戦の時間だ!!」

「「「ヒャッハーーーーーー!!!」」」

 

 ならず者達が武器を高らかに掲げる。

 同時に、『吸血公』の周辺に複数の魔法陣が発生。

 その中から、狼やコウモリやカラスなどのモンスターが現れる。

 『眷属召喚』のスキル。

 魔族になることで手に入れた、『吸血公』の十八番。

 

「迎え討ちます! 構えて!」

「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」

 

 対抗して、攻略組も雄叫びを上げた。

 だが、最初にぶつかるのは彼らではない。

 この手の戦いにおける初手は、遠距離攻撃と相場が決まっている。

 

「「放て!!」」

「『ダークネスレイ』!!」

「『シャイニングブラスター』!!」

 

 ほぼ同時に、両軍の魔法使い達が攻撃を開始する。

 ならず者同盟の主力は、規格外の魔法能力を有するダークエルフの『闇妖精』。

 攻略組の主力は、シャイニングアーツの幹部、エルフの魔法使い『妖精女王』アルカナを始めとした魔法攻撃部隊。

 平均能力値では正義が上。

 突出した能力値では悪が上。

 異なる強みをぶつけ合った結果……魔法の撃ち合いでは、攻略組が優勢。

 

「進め!!」

「よっしゃー!」

「やったるぜぇ!」

 

 その分の不利を埋め合わせるべく、ならず者同盟の近接戦闘部隊が前に出てくる。

 先頭は『吸血公』の召喚したモンスター達。

 彼のMPさえあれば、いくらでも補充の利く捨て駒上等の部隊。

 その少し後ろから、真っ赤な毛皮の虎、古傷だらけの猪、小型のドラゴンなどなど、合計10体程度の、召喚獣とは毛色の違うモンスター達が続く。

 

 彼らは『調教』のスキルを持つテイマーでもある『吸血公』が、フィールドエリアで捕まえて従わせたモンスター達だ。

 フィールドエリアも町から離れた奥地まで行けば行くほど、迷宮のモンスターと遜色ない強獣達が出てくる。

 さすがに、ボスモンスタークラスを使役できるほど『調教』のスキルはぶっ壊れていないが、それでも一体一体が現時点のトッププレイヤー達ですら片手間では倒せないほどの強さ。

 

 『眷属召喚』と、現時点での実質的な成長限界を超えるほどにまで鍛え上げた『調教』のスキル。

 この二つによって、『吸血公』はたった一人で、下手なギルド顔負けの『軍勢』と化しているのだ。

 その分、本人の個としての強さは魔族の中で最下位だが、『闇妖精』が護衛についていれば問題にならない。

 この兄妹、大分えげつない性能をしていた。

 

「「「死ねやぁ!!」」」

 

 そんなモンスター達に守られながら、ならず者傭兵部隊とPK達が攻略組に向かって肉薄する。

 召喚獣、使役獣、傭兵NPC。

 三重の盾に守られたPK達は強気だ。

 不利になれば逃げるだろうクズどもを、実に上手く運用している。

 

「ここは通さんぞぉ!!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

 クズどもの行く手を阻むのは、こちらもまた敵より質の良い傭兵NPCを盾にし、ついでに自前の盾も装備した壁役部隊。

 彼らを率いるはシャイニングアーツの幹部、ドワーフの重戦士、『重戦車(チャリオット)』戦車だ。

 似たような字が多くて混乱する肩書だが、何度も重いと繰り返されるだけあって、彼の守りはまさしく『不動』。

 彼の前に来る者は、モンスターだろうがPKだろうが、尽くその守りを突破できずに立ち往生し、振るわれる斧の餌食となる。

 敵を踏み砕きながら戦線を押し上げていく様は、まさに戦車。

 

「モンスター狩りは俺達の領分だ。行くぞ!」

「「「おう!」」」

 

 戦車に続くようにして、ドラゴンスレイヤーのギルドマスター、『竜殺し』ジークフリートが、仲間達を引き連れて前に出た。

 ドラゴンスレイヤーの精鋭のうち、守りの得意な者達は馬車の護衛についているが、ジークフリートを始めとしたアタッカー達は前線に配置されている。

 適材適所だ。

 その采配は間違っていなかったようで、彼らは一番厄介な使役獣達を次々と討ち取っていく。

 

「順調ね。……今のところは」

 

 ジャンヌは正面からの攻勢を跳ね除けながら押し上げられていく戦線の様子を見ながら、難しい顔でポツリと呟いた。

 戦況はこちらが優勢。

 このまま進めば勝てるだろうし、押し通れるだろう。

 しかし、このまま何事もなく終わるなんて誰も思っていない。

 何故なら、

 

(ウルフがまだ出てきてない)

 

 『殺戮魔狼(ウァアウルフ)』。

 攻略組の妨害、ひいてはゲームクリアの妨害に最も積極的な魔族。

 シャイニングアーツにとっての、そして攻略組の大多数にとっての憎い憎い仇。

 他の誰がいなかったとしても、あれがいないなんてことはありえない。

 それに、

 

「ジャンヌ、気づいておるか? 目の前の連中……」

「ええ。気づいてるわよ、コジロウ。……あいつら、『吸血公』と『闇妖精』以外、名の知れてる奴が殆どいない」

 

 二つ名で呼ばれる悪党は、何も魔族だけではない。

 話題になるような事件を起こして、情報がそれなりに出回れば、娯楽に餓えてる人達が掲示板で喋り倒して、勝手に二つ名をつける。

 スクリーンショットつきの手配書が出回ってる連中も珍しくない。

 なのに、要注意人物として手配書で確認しておいた顔が、正面の集団には殆どいない。

 突出したステータスで暴れ回っているのは、『吸血公』と『闇妖精』の他に、一人か二人程度だ。

 

 そいつらが来ていないという可能性もなくはない。

 PKに限らず、大体の人間は強くなるほど協調性を失う。

 自分勝手な犯罪者なら、なおさらだ。

 恐らくはウルフが発案したんだろう作戦に、気に食わないからとか、その程度の理由で参加しなかったという可能性はある。

 

 だが、今回は十五個の鍵なんて極上の餌があったのだ。

 普通に考えて、気に食わなかったとしても、利用してやるくらいの気持ちで来るのではないだろうか?

 そういう戦力が隠れていると考えるなら、目の前の連中の役割は……。

 

「! 両脇からなんか来るぞ!」

 

 『傭兵王』アヴニールが声を上げる。

 

「この距離に来るまで気づかなかった……! 多分、全員が高レベルの『隠密』スキル持ち! 敵さんの精鋭部隊なんじゃねぇか!?」

「やっぱり、そう来たわね!」

 

 正面の大軍は囮。

 戦力と注意を正面に引きつけ、警戒の薄れた横腹を精鋭部隊で奇襲する作戦か。

 シンプルだが、効果的な作戦だ。

 囮だって充分に強いから、読めていても対処にリソースを持っていかれてしまう。

 何より、

 

「アハハ! さあ、一緒にいっっっぱい斬りましょうね! 『咲紅』!」

「「「ぎゃあああああ!?」」」

 

 右側から現れた小隊。

 全員が手配書で見たことのある顔だが、特に目立つのは高揚した様子で刀を振り回す魔族。

 『鬼姫』。

 魔族が最初に現れた二人とウルフしかいないのではという希望的観測は、脆くも崩れ去った。

 

「ああ、楽しぃーーー!! もっと泣け! もっと苦しめ! 泣き叫びながら死ねぇええええ!!」

「ひっ!?」

「あがっ!?」

「ぐぅぅぅ!?」

 

 左側から現れた小隊を率いるのも、また魔族。

 高揚どころか狂喜乱舞した様子で大鎌を振り回し、攻略組に死と苦痛を振りまく、黒い外套を纏った骸骨。

 『死神』。

 プレイヤーのキル数であれば、ウルフすら超えかねない最悪の魔族。

 

 『鬼姫』と『死神』。

 両サイドを魔族に挟まれた。

 

「アヴニールさん、コジロウ! 両サイドの応援に向かって! ここは私達が守るから!」

「わかった! 任せろ!」

「心得……いや、待て! ジャンヌッッ!!」

「え?」

 

 その時、何が起こったのか、ジャンヌは一瞬わからなかった。

 『鬼姫』の方へ向かおうとしていたコジロウが、突如何かに気づいた様子で、ジャンヌの背後に向けて刀を振るった。

 

「チッ!」

 

 そこには、深くローブを被った誰かがいた。

 シルエットからして少女だろう。

 彼女はジャンヌに向かって拳を突き出していた。

 ギリギリで気づいたコジロウの居合斬りが、少女の腕に炸裂する。

 しかし、漆黒の毛皮に覆われた腕に刃は通らず、拳の軌道を歪めることしかできない。

 

「うぐっ!?」

「ジャンヌちゃん!?」

 

 軌道を歪められた拳が、それでもジャンヌの肩に炸裂した。

 肩が弾け飛んで、接合部を失った左腕が宙を舞う。

 激痛がジャンヌを襲い、馬車の護衛の一人として近くにいたタロットが悲鳴を上げる。

 しかし、タロットは思考停止することなく動いて、即座にジャンヌに杖を向けて回復魔法を行使した。

 かなりのレベルに達したタロットの回復魔法でも即座には治せないほど傷は深く、ジャンヌは痛みを堪えながら襲撃者を睨みつける。

 

「よく気づきやがったな、爺! せっかくの初見殺しがパーだぜ!」

 

 襲撃者の少女は、コジロウの追撃をガードしながら飛び下がっており、そこでローブを脱ぎ払って消した。

 アイテムストレージに収納したのだろう。

 ローブの下から出てきたのは、見覚えのあり過ぎる顔だった。

 漆黒の長髪から伸びる狼の耳。

 露出度の高い服から覗く褐色の肌。

 頬に刻まれた禍々しいタトゥー。

 それはまさしく、ブレイブの死後も何度も激突してきた、シャイニングアーツにとっての不倶戴天の敵……。

 

「ウルフ!?」

「よぉ、クソ聖女! 殺しにきてやったぜ!!」

 

 『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』。

 最凶の魔族が、まるで守りをすり抜けたように、作戦の根幹を担う最重要地点に突然現れ、ジャンヌ達に牙を剥いた。



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21 ウルフ参上

 正面の大軍を囮に、両サイドからの奇襲も囮にして、多分まだ敵にバレてないだろう『お忍びローブ』で罪の烙印を隠し。

 あたかも攻略組の一人ですよみたいな顔をしたウルフが、鍵の所持者達にダイレクトアタックを仕掛ける。

 相手だって寄せ集めなんだから、見知らない奴が一人紛れ込んだくらいじゃバレないだろう。

 だから、顔を隠して乱戦に紛れればいけると思ったのだ。

 それが今回考えついた作戦。

 無学の自分にしては、よく考えついたと思う。

 まあ、忍び込むところ以外は、頭の良い外道達が考えた作戦だが。

 

 しかし、その作戦は失敗した。

 鍵の所持者ではなく、敵のリーダーに不意打ちをかまそうとしたせいで、やたら勘の鋭い爺に捕捉されてしまった。

 判断をミスったかもしれない。

 迷宮を再攻略すれば替えの利く鍵の所持者よりも、替えの利かない敵のリーダーを潰した方が戦果として大きいと思ったのだが、欲張り過ぎたか。

 いや、ウルフの判断ミスというより、これに気づいたコジロウが凄かっただけか。

 

「罪の烙印を隠してた!? しかも、『危機感知』のスキルまで反応しなかった……! まさか、そんな方法があるなんて……! 抜かったわ……!」

「さっきの外套を秘密がありそうじゃのう。どうなんじゃ、狼娘」

「ハッ! 教えるわけねぇだろ!」

 

 わざわざ種明かしをしてやるほど、ウルフはバカではない。

 種がわからなければ、しばらくの間、こいつらを疑心暗鬼に陥れられるかもしれないのだから。

 三年間の戦いで経験を積み、ウルフは脳ミソの方もそれなりに鍛えられていた。

 

「そうか。ならば、聞くことは無い。死ね」

「テメェらが死ねぇ!!」

 

 ウルフとコジロウが激突した。

 コジロウは再びの居合斬りを使うために刀を鞘に戻し、ウルフは初手から切り札である獣化を使う。

 ……ちなみに、獣化はスキルレベルを上げても何故か効果が全く変わらないため、ウルフは内心首を傾げているのだが、それは余談だ。

 

「オォォオオオオオオオン!!!」

 

 それはともかく、温存はしない。

 ジャンヌの暗殺にこそ失敗したが、ここまで潜り込むことには成功した。

 このままゴリ押しで鍵の所持者どもを殺し切ってしまえば、こっちの勝ちだ。

 ゆえに、ウルフは目の前のコジロウにではなく、所持者達が乗っている馬車に向かって飛びかかった。

 

「しまっ……!?」

 

 コジロウはブレイブを失ったトラウマのせいで、ジャンヌを守ることに意識を割き過ぎ、反応が遅れる。

 ウルフの直前のセリフと殺気を使ったフェイントも上手かった。

 殺意に染まった雄叫びを聞いて、他のギルドの護衛達も、反射的に我が身を守ってしまった。

 誰も彼もが、ウルフの怖さを骨身に染みてわかっていたから。

 己の中に渦巻く怒りと殺意までも囮に使い、漆黒の人狼と化したウルフは、その拳を攻略組の急所に届かせ……。

 

「させるかよ! 『ストライクランス』!!」

「あぁ!?」

 

 その直前で一人の男に阻まれた。

 不揃いな、けれどPK達とは違って一級品の装備を身に着けた、ポニーテールの男。

 『傭兵王』アヴニールが、槍の必殺スキルでウルフの拳を弾いたのだ。

 別にウルフに対して因縁もトラウマも持ち合わせていない彼だからこそ、この場の誰よりも冷静な動きができた。

 

「こいつは俺が抑える! その間に、進むなり両サイドの援軍に行くなりしろ!」

「アヴニールさん!」

 

 金で動く傭兵らしからぬ、貧乏クジを進んで引くかのごとき宣言。

 けれど、彼には金以上に大事なことがある。

 

「現実世界に帰りたいのは俺も同じだ! こんな俺を受け入れてくれた女房が待ってるんでな! そのためにも、ここであんたに死なれちゃ困るんだよ!」

「!」

 

 それが彼の戦う理由。

 どうやっても直せなかった口の悪さのせいで、彼は団体行動が苦手だ。

 特定のギルドに身を寄せても、トラブルの原因にしかならない。

 だから、傭兵の真似事なんて始めた。

 こんな自分なりに、少しでも攻略組の助けとなって、少しでも現実世界に帰れる確率を上げるために。

 

「かかって来いや、現実逃避のクソッタレ野郎ぉぉ!!」

 

 ここが正念場だと見て、アヴニールは賭けに出る。

 自分の命をベッドして、この最凶の魔族の足止めを敢行する。

 死んでも止めるなんて気概は無い。

 絶対に生き残った上で止める!

 

「鬱陶しい!!」

「ぐっ!?」

 

 だが、実力差は明白。

 アヴニールのレベルは50。

 現時点での実質的な成長限界に到達した、数少ないトッププレイヤーの一人ではあるが。

 相対するウルフは、魔族としての高いステータスと自己回復能力を最大限に活かした無茶なレベリングを三年間続け、効率最悪の中でレベル61にまで至っている。

 それが獣化を発動して、肉弾戦で使うステータスが二倍になっているのだ。

 どれだけ意気込んでも、彼ごときでは数秒耐えるだけで精一杯。

 

(つ、強ぇ……!? 他の魔族とは比べ物にならねぇじゃねぇか!? ああ、くそっ! カッコつけるんじゃなかったぜ!)

 

 思わず心の中で弱音を吐く『傭兵王』。

 だが、こうなることは予想できていた。

 アヴニールではなく、ウルフとの交戦経験の多い他の者達には。

 

「助太刀する! さすがに、お主一人では無理じゃ!」

「クソッタレ……! 情けねぇが、助かる!」

 

 コジロウが即座にアヴニールの援護に入った。

 馬車の護衛に就いていた、他のシャイニングアーツのメンバー達もコジロウに続く。

 

「バフを!」

「は、はい! 『ディフェンスブースト』! 『スピードブースト』!」

 

 ジャンヌの指示で、対象のステータスを底上げする支援魔法の使い手が、味方に強化をかける。

 攻撃力よりも、まずは生存に必要な能力を優先して。

 

「皆さんは予定通り馬車を死守してください! あいつの相手はシャイニングアーツが引き受けます!」

「あ、ああ!」

「わかった!」

 

 他のギルドの者達は、あらかじめ決めておいたこういう事態への対処法に従って馬車を死守。

 迷宮のボスのような超大型モンスター相手ならともかく、魔族のような的の小さい相手だと、下手な連携はむしろ味方の足を引っ張ってしまう。

 だからこその役割分担だ。

 

「歯がゆいわね……!」

 

 ジャンヌは両サイドで暴れ回る二人の魔族に目を向けて苦々しい顔をした。

 ウルフへの対処に加えて馬車の守りを固めたことで、動かせる戦力が無くなってしまった。

 これでは『鬼姫』と『死神』のところへ応援を送れない。

 

「お願い……!」

 

 もう、彼らを信じるしかない。

 奴らの迎撃をしているのもまた、強さを見込まれてこの作戦に呼ばれた精鋭達だ。

 魔族を相手にしても、一方的な蹂躙にはなっていない。

 

 応援はあくまでも被害を抑えて確実に勝つための索。

 無くとも互角の戦いになるだけだ。

 互角であれば、彼らを信じて任せ、自分達は馬車の護衛という本来の役割を全うする!

 

「『シャインアロー』!!」

 

 未だ治療中のジャンヌも、魔法でウルフと戦う仲間達を支援。

 彼女の戦闘スタイルは兄と同じ魔法剣士。

 負傷しても、メインウェポンを魔法に切り替えれば戦える。

 そして、シャイニングアーツの魔法使い達は、フレンドリーファイアを恐れて動けなかった苦い経験を活かして、DEX(器用)のステータスを徹底的に上げることで魔法の命中精度を向上。

 乱戦の中でも狙った相手だけを撃ち抜ける技術を獲得した。

 

「チッ!」

 

 ウルフが思わず舌打ちする。

 彼に向かってくる馬車の護衛、総勢15名。

 動きを見るに、恐らくは全員がレベル40以上の精鋭部隊。

 連携も取れている。

 ウルフに飛びかかってきているのはシャイニングアーツと、誰かに合わせた戦闘がやけに上手いポニーテールのおっさんだけ。

 他は徹底的に馬車のガードを固め、役割を分担することによって、寄せ集め特有の連携の拙さを解消している。

 

 飛びかかってきてる連中だけなら、ダメージ覚悟で強引に振り払うこともできる。

 だが、振り払って馬車に突撃したところで、その先の守りに足止めされて、結局は振り払った連中に追いつかれてしまうだろう。

 

「終わったよ、ジャンヌちゃん!」

「ありがとう、タロット! ウルフ! さっきの借りを返すわよ!!」

「チィィ!!」

 

 そうこうしている間にジャンヌの治療も終わってしまい、彼女も戦いに参戦してくる。

 ジャンヌの実力は精鋭部隊の中でもコジロウと並んで突出しており、どう考えてもレベル50の限界を軽く突破しているだろう。

 そういう一騎当千の『英雄』は一人増えるだけで戦況を左右する。

 

「お待たせしました! 『ハイ・ヒール』!」

「ありがてぇ!」

「よっしゃ! これで、あと十年は戦えるぜ!」

 

 更に、ジャンヌの治療に専念していたタロットまで復帰してしまい、シャイニングアーツの回復速度が大きく向上する。

 『癒天使』タロット。

 彼女もまた、レベル50のトッププレイヤーの一人。

 ゲーム内最高の回復魔法使い(ヒーラー)の一人。

 集団戦におけるヒーラーの重要性など語るまでもない。

 彼女もまた、一人で戦況を変えうる英雄なのだ。

 

(ちくしょう! 手詰まりか……!?)

 

 ウルフは狼の顔を忌々しそうに歪めながら頭を回す。

 今のウルフは孤立無援だ。

 奇襲を仕掛ける代償として、一人で突出し過ぎてしまった。

 その奇襲が失敗してしまい、初撃で崩した陣形も立て直されてしまった今、このまま戦い続ければ負ける。

 撤退は容易だから、最悪はミャーコとの約束通り、命を惜しんで逃げるが……。

 

 けど、せっかくここまで来たのだ。

 初見殺しの手札を切ってまで忍び込んで、成果無しというのはあまりに悲しい。

 撤退するにしても、せめて、こいつらに一杯食わせたい。

 この精鋭部隊の誰か一人でもいいから殺して、連中に消えない傷を与えるか?

 しかし、精鋭はしぶとさも超一流だ。

 首から上や心臓など、クリティカルヒットで即死判定が出る急所への直撃だけは意地でも避けて、ヒーラーやポーションによる回復で命を繋いでしまう。

 それがこんなに群れて連携しているとなると、今のウルフでも殺すのは容易じゃ……。

 

「ん?」

 

 と、そこでウルフは閃いた。

 精鋭を殺すのは容易じゃない。

 なら、━━精鋭以外を狙えばいいのでは?

 

「おお! 冴えてるぜ、オレ!」

 

 ウルフは天啓を得たような顔をして……馬車に対して背を向けた。

 逃走のためではない。

 馬車の、鍵の所持者達の護衛という精鋭部隊ではなく、その外側に配置された連中に狙いを定めたのだ。

 馬車の近くにいながら、連携の不安によって手を出せずにいた、他のギルドの連中を。

 

「なっ!?」

「おらぁああああああああ!!!」

「がっ!?」

「ぐべっ!?」

「おごっ!?」

「「「「ぎゃあああああああ!?」」」

 

 驚愕するジャンヌ達を尻目に、ウルフは雑兵を相手に無双を始める。

 彼らとて弱くはない。

 この作戦のために声をかけられるくらいには強い。

 しかし、シャイニングアーツのようなトップレベルの大手ギルドと比べてしまえば、どうしても劣る。

 そして、今のウルフはトップレベル以外が相手にできる存在ではない。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「「「ッッッ!?」」」

 

 溜めが大きくて、精鋭相手には使えなかった必殺スキルまで惜しみなく使って、ウルフはなるべく被害を拡大させるように暴れた。

 何人ものプレイヤー達がデータの塵になって消え、彼らの持っていたアイテムが地面に転がる。

 それを戦場をチョロチョロと走り回っている、無数のネズミが回収していった。

 『吸血公』の召喚獣の一種だ。

 相変わらずの金の亡者っぷりに、ウルフはちょっと苦笑した。

 

「やめんか!!」

「おっと!」

 

 そこへ馬車を離れて追いかけてきたコジロウが肉薄。

 怒りの表情で刀を振るった。

 ウルフはそれを腕で防ぐ。

 人狼状態を解いても戻らないこの手足は武器扱いなのか、他の部分に比べて明らかに硬いのだ。

 

「よぉ、爺! 一人で追ってくるたぁ、いい度胸じゃねぇか!」

 

 最凶の魔族の前に単騎で現れたその勇気を称えるように、あるいは嘲笑うように、ウルフは虎獣人の老剣士に向けて獰猛に笑った。



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22 乱戦

「一人で追ってくるたぁ、いい度胸じゃねぇか!」

 

 ウルフの言う通り、彼女を追ってきたのはコジロウ一人だ。

 馬車の守りを手薄にし過ぎるわけにもいかないからこその苦渋の選択。

 だが、

 

「舐めるなよ、小娘! 貴様なんぞ、ワシ一人で充分じゃ!!」

 

 気炎を上げながら、コジロウはたった一人でウルフと渡り合ってみせた。

 彼一人では、まず間違いなく勝てない。

 しかし、防戦に徹すればそう簡単には負けない。

 コジロウのレベルは56。

 攻略組の中でも有数の超高レベルに加え、達人級の剣技を持つ。

 技術でステータスの差を埋め、彼はウルフに食らいついてみせた。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅん!!!」

「チッ! しぶてぇな、おい!!」

 

 ウルフは少しイラ立ちながらも、的確に攻撃を繰り出していく。

 コジロウの体には、確実にダメージが蓄積していった。

 だが、倒れない。

 倒れないまま、ウルフの足止めという己の役割を全うする。

 できることなら、ブレイブの仇を討ちたい。

 その思いを心の奥底に沈めて、老兵はただ忠実に任務を果たすための『兵士』となって、最凶の魔族に食らいつき続ける。

 ……しかし。

 

「アハッ! 楽しそうですねぇ、ウルフさん!」

「ぬっ!?」

 

 ここは戦場。

 別に一対一の決闘ではないのだから、当然のごとく乱入者が現れた。

 割り込んできたのは、白い着物を身に纏い、禍々しい刀を振りかざす、白髪の女鬼。

 

「おう、『鬼姫』か! あ、そっか。オレとお前で挟む形になってたんだな」

 

 ウルフが閃きをそのまま行動に移した、馬車の外側の部隊への突撃。

 そっちには『鬼姫』達が側面からの攻撃を仕掛けていた。

 奇しくも、魔族二人に前後から挟撃される形になってしまったわけだ。

 ご愁傷様としか言いようが無い。

 

「このお爺様はわたしくが貰ってもよろしいですか?

 攻略組最強の一人、『刀神』コジロウ。

 同じ『刀』を使う者として、刀の神なんて呼ばれるお方には興味がありましたので!」

「別にいいぞ。持ってけ、持ってけ」

「では!」

「おのれ……!」

 

 女鬼が老兵を攫っていく。

 ウルフは彼女の強さを噂でしか知らないが、コジロウと互角以上に渡り合っているのを見るだけで、達人級だというのは疑いようもない。

 技術じゃ完全に負けている。

 もし敵対したら逃げようとウルフは思った。

 プレイヤーの邪魔をしてくれる魔族と戦う気なんて、ウルフにはこれっぽっちも無いのだし。

 

「ふぅ」

 

 そこでウルフは一息ついて、獣化を解除した。

 MPが残り三割を切っている。

 『MP自動回復』のレベルが上がりまくった今、少しすれば全快するだろう。

 だが、それまで休ませてくれたり、ポーチやアイテムストレージに入っている魔力回復ポーションを取り出させてくれる暇は、どうやら無さそうだ。

 

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」

 

 さっきまで蹂躙されていた雑兵達が、群れを成してウルフに襲いかかってくる。

 『鬼姫』は『刀神』が止め、『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』は何やら変身を解除した。

 魔族二人の脅威が緩まった。

 チャンスだ。

 ここでどうにかしないと、やばい。

 その思いに突き動かされて、彼らはウルフに向かってきた。

 

「ハッ! テメェらごとき、切り札を使うまでもねぇ!」

 

 対して、ウルフは逃げも隠れもせず正面突破。

 獣化を解除してステータスが半減しようとも━━それでも彼は強い。

 

「オラオラオラオラァ!!」

「ぐはっ!?」

「あがっ!?」

 

 振るわれた剣を左腕で防ぎながら、右腕で殴り飛ばして頭部を爆散させ。

 突き出された槍を掴んで止めて、槍ごと持ち主を振り回して他のプレイヤーにぶつけ。

 首筋目がけて振るわれた刀を、歯で噛み砕き。

 ラリアットで首を折り、掌で頭を握り潰し、タックルで全身を粉砕し、倒れた奴を踏み砕いてトドメを刺し。

 

「くたばれぇええええ!!」

「「「ぎゃああああああああああ!?」」」

 

 野蛮で暴力的な、ステータスに任せた我流の戦い方。

 されど、三年に渡る壮絶な殺し合いを続けた結果、我流ながらもそれなりに洗練された喧嘩殺法へと至っている。

 ちゃんとした武術や技術を修めた達人とはまた違う、まるで暴れ回るモンスターのごとき、純粋な暴力。

 

 獣化が無くとも、彼はレベル61のステータスの化身だ。

 各種ステータスの増強スキルも揃っており、魔族としての最低限の強化である五項目のステータス+100、つまり10レベル分の底上げも消えていない。

 獣化を解いても名残のように残る、肘から先と膝から下の漆黒の毛皮に覆われた手足は、トッププレイヤー達が使う最高峰の武器にも匹敵する。

 トッププレイヤーから一段も二段も劣る、レベル40にも満たない者達。

 しかも、『鬼姫』とぶつかって主力が何人もやられてしまった状態では止められない。

 獣化状態に蹂躙されていた時よりは遥かに『戦い』になってはいるが、それだけだ。

 戦えはしても勝てない。届かない。

 

「い、嫌……!」

 

 仲間を殺され、自身も重傷を負った一人の少女が、絶望の涙を流した。 

 怖い。痛い。

 誰か……。

 

「誰か、助けてぇええええ!!」

 

 少女の悲鳴が戦場に響き渡る。

 それに全く頓着せず、全く心動かされず、暴虐の狼は動きの止まった獲物に拳を振りかぶる。

 

「死ね」

 

 無慈悲な一撃が、また一人のプレイヤーの命を……。

 

 

「遅れてすまない!!」

 

 

 ……奪う直前、一人の男がそこに割り込んだ。

 身長2メートルを越える大男。

 筋肉ムッキムキで、それを誇示するようなピッチリとしたスーツを着込んでいる。

 顔の上半分をマスクで隠し、背中にはマントがはためき、まるでヒーローのパチモンのような姿。

 そんな男が、ウルフの拳を受け止めていた。

 

「ヒーローは遅れてやってくる!!」

 

 『超英雄(スーパーヒーロー)』ジャスティス仮面。

 開戦当初は最前線で暴れ回り、先ほどまでは『鬼姫』が引き連れていた名のある悪党どもの相手をしていた男。

 その制圧を完了させて、対人戦最強と謳われるトッププレイヤーが、消耗したウルフの前に立ち塞がった。



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23 正義のヒーロー

「なんだ、テメェは?」

 

 いきなり現れた筋肉モリモリマッチョマンの変態を見て、ウルフは訝しげな顔をした。

 しかし、その特徴的な見た目から、すぐに相手の素性に気づく。

 

「ああ、テメェが『超英雄(スーパーヒーロー)』とかいう奴か。オレのお友達(・・・)が何人も世話になったって聞いてるぜぇ」

「そうか! やはり、貴様が悪の親玉! この私が駆けつけた以上、貴様の悪事もここで終わりだ! 覚悟しろ!」

「ハッ! オレの胸元に目が行ってるエセヒーローが言うじゃねぇか!」

「み、見とらんわ!!」

 

 ジャスティス仮面が動揺した。

 その隙をセクハラ被害者の当然の権利として狙いすまして、ウルフは拳を繰り出す。

 

「ぬっ!?」

 

 顔面を狙った拳。

 ジャスティス仮面はのけ反ってそれを避けるも、動揺のせいで体勢が崩れた。

 恨むなら、中身を隠そうともしていない自分にすら反応する、己のエロスを恨むがいい。

 そんなことを思いながら、ウルフは一撃死させるくらいのつもりで次の攻撃を放つ。

 

「『アイアンフィスト』!!」

 

 数瞬の溜め時間と貴重なMPと引き換えに、通常攻撃よりも遥かに高い殺傷能力を誇る『必殺スキル』を放った。

 直撃すればトッププレイヤーでも大ダメージは確実。

 だが、

 

「なんの!」

 

 ジャスティス仮面はのけ反った体勢のまま、後ろに飛び退いてウルフの攻撃を回避。

 バク転しながら体勢を立て直し、ついでに後ろに庇っていた、さっき悲鳴を上げた少女すらもお姫様抱っこで回収してみせた。

 

「動けるね? さあ、早く逃げるんだ!」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 少女は泣きながら感謝の言葉を告げて、凄い勢いで戦場から逃げていった。

 この作戦に参戦できるほどに戦い続けていた勇敢な戦士が一人、戦場から逃げ出した。

 その代わり、掛け替えのない一人の命が救われた。

 

「ほぉ。ヒーローを自称するだけのことはあるなぁ。反吐が出るぜ」

「それは貴様の性根が腐っている証拠だ! 誰かを助けることの何が悪い!?」

「別に悪いなんて言ってねぇよ。反吐が出るって言っただけだ!」

 

 イラ立ちを力に変えながら、ウルフはジャスティス仮面に向かっていく。

 奴が飛び退いてできた距離を一瞬で詰め、突撃の勢いも威力に変えた拳を放つ。

 

「ハッ!!」

「!?」

 

 そんなウルフの攻撃を……ジャスティス仮面は半身を逸らして躱し、そのまま突き出したウルフの手首を掴んで投げ飛ばした。

 攻撃の勢いを投げる力に変換され、ウルフの体が宙に舞う。

 そうして頭上に来たウルフに向けて、ジャスティス仮面は拳を放った。

 

「『アイアンフィスト』!!」

「ッ!?」

 

 お返しとばかりに放たれた自分と同じ必殺スキルを、咄嗟に左腕でガードする。

 だが、ガード越しとはいえ直撃だ。

 そこそこの痛みが左腕から発生し、HPがそれなりに減り、ウルフは拳の勢いで吹っ飛ばされて地面を転がった。

 

「いってぇ……! 武術か、今の?」

「そうだ。柔道、合気道、空手、ボクシング、ついでに体操など、ひと通り齧っている。それを貴様ら悪党との戦いで研ぎ澄ましてきた」

 

 脳筋の筋肉ダルマみたいな見た目しておいて、技巧派だったとは。

 いや、そういえば『超英雄(スーパーヒーロー)』は武術の達人だって話を、ミャーコからの情報で聞いてたような気がする。

 今の今までかち合うことがなかったから、頭から抜けていた。

 これはいけないと、ウルフは猛省する。 

 

「地道な努力による積み重ねの力。好き勝手に暴れ、弱者をいたぶることしか考えない貴様ら悪党には持ち得ぬ力だ!

 ゲームのステータスなどに頼り切りの貴様に、現実に生きて研鑽を積んだ私を倒せると思うな!」

「ハハッ! 面白ぇ! リアルチートってやつだな! ああ、本当に、どこまでも……! テメェはオレの神経を逆撫でしやがるなぁ!!」

 

 ウルフの心が怒りに満たされる。

 何が地道な努力による積み重ねの力だ。

 何が現実に生きて研鑽を積んだだ。

 その現実で頑張る余裕すら奪われた奴の気持ちが、こんな奴にわかって溜まるか!!

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

 

 怒りに染まったウルフの次の攻撃は、より大きな溜め時間とMPを引き換えにする攻撃。

 拳によって衝撃波を発生させる必殺スキル。

 肉弾戦の技術で負けているのなら、まずは避けられない遠距離からの広範囲攻撃を叩き込む!

 お前が現実の技術(リアルチート)を振りかざすというのなら、こっちはこの世界(ゲーム)特有の必殺技で攻める!

 

 怒りに染まっても、ウルフの判断は冷静で的確だった。

 何度も死線を越えてきたことで成長した精神性と戦闘技術。

 この世界で積み重ねた力。

 彼のそれは━━リアルチートのヒーローに対して有効だった。

 

「ぬぅ!?」

 

 ジャスティス仮面は両腕を交差させて盾にして、衝撃波を堪える。

 これは武術ではどうしようもない攻撃だ。

 彼のHPがゴリッと減る。

 本来ならこの距離でこれほどの威力が出るスキルではないのだが、ステータスの暴力が為せる業だった。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「ッ!?」

 

 ジャスティス仮面の様子を見て、この戦法が有効であるという確信を得たウルフは、衝撃波パンチを連打し始めた。

 獣化よりもMPを消費してしまうが、必要経費だ。

 その獣化を必殺スキルと併用せずに温存しているだけ、まだマシ。

 目の前のエセヒーローは心の底から腹の立つ存在だが、実力だけはさっきの攻防で認めた。

 こいつは、これくらいしなければ倒せない相手だと。

 

「ぐぅ……!? あまり調子に乗るなよ、悪党!!」

 

 だが、このまま終わる正義のヒーローではなかった。

 必殺スキルには溜め時間がいる。

 衝撃波と衝撃波の間には、ほんの数秒程度だが確実なインターバルがあるのだ。

 その隙を突く!

 

「お返しだ! 『インパクトスマッシュ』!!」

「!?」

 

 ウルフの動きを読み切り、彼と全く同時のタイミングで、ジャスティス仮面も衝撃波を放つ。

 ステータスの差によって相殺とはいかなかったが、大きく威力を削ぐことはできた。

 『不動』のスキルによる踏ん張りと合わせて、前に出られるだけの余裕ができた。

 

「ジャスティスダッシュ!!」

 

 ヒーローは走る。

 必殺スキルでもなんでもない、ただの全力ダッシュでウルフとの距離を詰める。

 次の衝撃波は間に合わない。

 

「『アイアンフィスト』!!」

 

 己の間合いまで走り抜けたジャスティス仮面は、走りながら溜め時間を確保した必殺スキルを放つ。

 渾身の右ストレート。

 これで倒せるとは思っていないし、それどころか避けられるだろうと確信してすらいる。

 

 だが、向こうが使うのは素人拳法。

 達人ではない以上、どんな動きにも粗が出る。

 回避すれば、必ず僅かでも体勢が崩れる。

 そうして崩れた体勢を、次の攻撃で更に崩し、その次の攻撃で更に崩し、最後には致命の一撃を食らわせてやる腹積もりだ。

 隙が無いのなら作ればいい。

 多くの悪党を成敗してきた黄金パターン。

 そんなヒーローの思惑は……。

 

「オォォォオオオオオオオン!!!」

「なっ!?」

 

 温存をやめたウルフによって打ち砕かれた。

 ウルフの体が変異し、一瞬にして身長2メートルを越えるジャスティス仮面より更に頭一つ分以上デカい人狼の姿へと変わる。

 獣化を解禁したウルフは、ジャスティス仮面の拳を二倍になったVIT(防御)に任せて腹で受け止めた。

 

「ごふっ!?」

 

 直撃だ。

 HPが大きく減り、内臓を抉られるような激痛がウルフを襲う。

 その代わり、ウルフはジャスティス仮面の頭上で組んだ両手を、全力で彼の頭に振り下ろした。

 ダブルスレッジハンマー。

 相打ち覚悟のカウンターが、弱者をいたぶることしか考えない悪党と呼んだ相手の、痛みと苦痛を覚悟した一撃が。

 正義のヒーローの頭部を捉えた。

 

「あがっ!?」

 

 直撃。

 頭部を打ち据えられ、急所へのクリティカルヒット判定で、ジャスティス仮面のHPが風前の灯火レベルにまで減少する。

 ゲームゆえに脳が揺らされて意識が混濁するなんてことはないが、感じる激痛だけでも意識を薄れさせるには充分だった。

 ウルフは即座に獣化を解除し、人型形態に戻って、倒れ伏すジャスティス仮面の頭を踏みつけた。

 

「ぐ、ぅぅ……! ま、まだだ……! 私は、正義のために……!!」

 

 それでもまだ、ジャスティス仮面は立ち上がろうとした。

 パチモンのような見た目だったが、その信念は本物だったのだと証明するように。

 悪を許せず、人々を救うために戦い続けてきた正義のヒーローは、頭を踏みつけられながらも立ち上がろうとした。

 

「なぁ、お前の言う『正義』ってなんなんだ?」

 

 そんな彼に、ウルフは問いかける。

 

「オレはよぉ、現実世界じゃお母さんに叩かれてたんだ。お父さんが浮気して出ていっちまって、酒浸りのクズになっちまったお母さんにな」

「!」

 

 起き上がろうとするジャスティス仮面の力が弱まった。

 逆に、ウルフは踏みつける力を強めながら言う。

 

「家にいるのは怖ぇ。学校にも居場所はねぇ。そもそも金が足りなくてバイト三昧だったから、授業もロクに受けられねぇ。

 テメェみてぇに、無駄に沢山の習いごとをする暇なんざ無かったよ。

 行政は助けてくれねぇ。未来に希望はねぇ。

 そんなオレの唯一の救いが、救世高徳がバラ撒いてくれたこのゲームだったんだ」

 

 踏みつける力を強める。

 風前の灯火であるジャスティス仮面のHPが、更に減っていく。

 

「テメェらはゲームクリアを目指してる。オレの唯一の救いを奪おうとしてる。

 だから、オレはテメェらを殺してでも止めるんだ。

 なぁ、おい、正義のヒーロー様よぉ。

 教えてくれよ。

 こんなオレをぶっ飛ばして、夢も希望も無い地獄に送り返そうとしてたテメェの、どこが正義なんだ?」

「わ、私は……」

 

 ジャスティス仮面が弱々しい声を出す。

 今までの強い信念を感じる声とは真逆の、実に弱々しい声を。

 

「そ、それでも、人を傷つけるのはいけないことで……」

「じゃあ、オレを傷つけてきた現実世界はいけないところだよなぁ?

 そんな場所に送り返そうとしたテメェらは、とんでもねぇ極悪人だよなぁ?

 極悪人の横暴から身を守ろうとしたオレの方が正しいよなぁ?」

 

 ウルフは切って捨てる。

 ジャスティス仮面の弱々しい反論を、容赦なく切って捨てる。

 

「さ、先に手を出してきたのはお前だ! わ、私は、そんなお前達から罪無き人々を守るために……」

「はぁ? 何言ってやがる? 先に手を出してきたのはテメェらだ。

 テメェらがゲームクリアなんて目指さなければ、やっと掴みかけたオレの幸福を奪おうとしなければ、オレだってテメェらを殺そうなんて考えなかったっての」

 

 切り捨てられる。

 切り捨てられる。

 一方的な正義が否定される。

 自分が正しいと思っていた男の、根幹の部分が否定される。

 

「なぁ、おい。もう一度聞くぞ、正義のヒーロー。

 テメェの言う『正義』ってなんなんだよ!?」

 

 踏みつける力を強める。

 

「教えてくれって言ってんだよ!!」

 

 踏みつける力を強める。

 

「あ、あ……」

 

 だが……そこが限界だった。

 ジャスティス仮面の頭部が踏み砕かれ、彼のHPがゼロになる。

 正義のヒーローは、データの塵となって儚く散った。

 

「……チッ。まだ答えを聞いてねぇぞ」

 

 ウルフはイラ立たしげに舌打ちした。

 しかし、やってしまったものは仕方がない。

 対人戦最強と謳われたプレイヤーを殺せたのだ。

 それで良しとしておこう。

 

「くそっ! 手放しじゃ喜ばせてくれねぇか!」

 

 戦場の方へと視線を戻せば、正面の軍勢が突破されていた。

 まだ戦いは続いているが、こっちの陣形は見る影もなくズタズタだ。

 そして、肝心の鍵の所持者達を乗せた馬車の姿がどこにも無い。

 正面の軍勢を突破し、そのまま残りの戦力をこっちの足止めに使って大扉へと向かったのだろう。

 雑兵とコジロウとエセヒーローと戦ってる間に、まんまとやられた。

 

「まだ間に合う……!」

 

 ここから大扉までは、馬車を全力疾走させても一時間はかかるくらいの距離がある。

 それだけの時間があれば追いつけるはずだ。

 見た感じ、『竜殺し』や『重戦車(チャリオット)』や『妖精女王』を始めとした主力はこっちに残っている。

 『刀神』は『鬼姫』と、さっき手こずった『傭兵王』は『死神』とぶつかっている。

 馬車の護衛は手薄とまでは言わないが、さっきよりマシな程度に弱体化しているはず。

 

 そんな馬車を追って、ウルフは走り出した。



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24 決着

「見つけた!」

 

 魔力回復ポーションを使い、強引に獣化を使い続けて馬車を追いかけたウルフは、しばらく走ったところで、ようやく馬車を視界に収められるところまで辿り着いた。

 だが、もうゴールである大扉が見えるくらいの位置に来てしまっている。

 一刻の猶予も無い。

 

「クソ聖女ぉおおおおお!!!」

「!」

 

 怒りの咆哮を上げながら、ウルフは獣化状態のまま突撃。

 凄まじい速度で馬車を追う。

 

「全力疾走! 一歩でも大扉に近づいてから私達で迎撃します!」

「「「了解!」」」

 

 比較的AGI(俊敏)のステータスが低い魔法使いのタロットをお姫様抱っこしながら走っていたジャンヌが、迫るウルフを見ながら冷静に指示を飛ばした。

 あの人狼になるスキルは消耗が激しいことを知っている。

 ならば、少しでも時間と距離を稼いでから相手をする。

 まさに最善手だった。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「「「!」」」

 

 そうして、できる限りの距離を稼いだ後、ついにウルフの射程距離にまで近づかれた。

 拳から放たれる衝撃波を食らい、何人かが体勢を崩す。

 距離があったのでダメージは無いに等しいが、全力疾走中に体勢が崩れるのは無視できない隙だ。

 

「……ここまでね。シャイニングアーツの皆は反転! ウルフを迎撃するわ! 他の皆さんは大扉へ!」

「「「おう!」」」

「「「わかった!」」」

 

 ジャンヌの指示に従い、さっきも戦った面子が反転してウルフに向き直る。

 タロットもジャンヌの腕の中から飛び出した。

 残った他のギルドのメンバーもまた指示通りに、後ろを気にせず海の大迷宮の大扉に向かって馬車と共に突き進んでいく。

 

「どけぇえええええ!!」

「行かせるわけないでしょ!!」

 

 そして、ついにジャンヌとウルフが真っ向からぶつかった。

 ウルフは突破を主眼として腕を盾にしたタックルを行い。

 ジャンヌはそれを読んだのか、すれ違いざまにウルフの足に剣を叩きつけてたたらを踏ませ、スピードを削いだ。

 体勢を崩したウルフに、他のメンバーの攻撃が襲いかかる。

 

「『フレイムランス』!!」

「『ボルトスパイク』!!」

「『アースランサー』!!」

「チッ!!」

 

 手始めに放たれたいくつもの魔法を、ウルフは転がるようにして強引に回避。

 さっきジャンヌにもらった軽い一撃以外のダメージは全快しているが、無駄に攻撃を食らってやる理由も無い。

 しかし、魔法だけ撃って終わりなんて話があるはずもなく、次は近接戦闘組が肉薄してくる。

 

「『パワーアックス』!!」

「『ギガントハンマー』!!」

「ぐっ!?」

 

 先行してきたビーストマン二人が放った斧とハンマー、重量級の武器二つによる必殺スキル。

 ウルフは転がり回避の体勢から飛び起きながら、それを両腕を盾にして受け止める。

 獣化状態の武器腕によるガードすら貫通してダメージが通るが、それを無視して両腕を振り払った。

 

「おおお!!」

「「ッ!」」

 

 斧使いとハンマー使いが吹き飛ばされる。

 だが、その直後には別の奴が走り込んでくる。

 

「「『シールドクラッシュ』!!」」

 

 次に現れたのは、盾を攻撃に使った突進を繰り出してくる二人。

 飛び起き、多少なり崩れた体勢を立て直した今、安易に攻撃特化をぶつけてこないところが嫌らしい。

 

「らぁああああ!!!」

「「ぐっ!?」」

 

 ウルフの二人纏めて薙ぎ払うラリアット。

 それで盾持ち二人は吹っ飛ぶ。

 しかし、追撃してトドメを刺すことはできない。

 攻撃直後の隙を、また別の奴が狙いすましているから。

 

「『フレイムランス』!!」

「『ボルトスパイク』!!」

「『アースランサー』!!」

「あああ! うざってぇ!!」

 

 またしても魔法による狙撃。

 追撃を諦めることと引き換えに、今度こそ余裕を持って回避すれば、その先にはジャンヌが走り込んできている。

 

「『トライスラスト』!!」

「ぐっ!?」

 

 高速三連撃を放つ必殺スキル。

 斬撃の軌道は固定されているため読み易いが、当然そんなものを真正面から使ってくるわけがない。

 今のように隙を突いて、側面や背後を取って繰り出してくる。

 仲間がいるおかげで、比較的簡単に必殺スキルの溜め時間を確保できるというのもズルい。

 

 三連撃のうち、二発は両腕を盾に防いだが、最後の一発は腹を斬り裂いた。

 激痛が走り、HPが減る。

 

「『ハイ・ヒール』!」

 

 傷つくウルフを尻目に、さっきの攻防で吹き飛ばした四人のダメージがタロットによって治される。

 そして、

 

「「「おおおおおおお!!!」」」

 

 シャイニングアーツは手を緩めない。

 当然だ。

 相手は自分達の倍以上のステータスを持つ怪物。

 少しでも余裕を与えれば、容易く喉元を噛み千切られる。

 スピードも段違いだから、一度この陣形を抜けられれば、馬車まで一直線だ。

 さっきと違って馬車までの距離がある以上、振り切られたら追いつくまでに時間がかかる。

 

(((たたみかける!!)))

 

 だからこそ、絶え間ない連続攻撃でこの場に縫いつけなれればならないのだ。

 シャイニングアーツは攻める。

 自分達が優勢であるなどとは考えず、攻めて攻めて攻め続ける。

 ……だが。

 

「ガァアアアアア!!」

「ぐっ!?」

「バネッサさん!!」

 

 ジャスティス仮面戦でも使ったダメージ覚悟のカウンターを避け切れず、アマゾネス風の斧使いが頭を鷲掴みにされる。

 そのまま、彼女は地面が砕けてポリゴンが舞うほどの威力で、下に頭を叩きつけられた。

 

「くそっ!!」

「ちくしょうが!!」

 

 その攻撃に耐えられず、一人の戦士がデータの塵となって散る。

 ウルフは牙を剥き出しにしながらニヤリと笑って、

 

「『刀神』とあのポニーテールが抜けてんだ。そりゃ、さっきよりは善戦できるわなぁ!!」

「「「ッ!」」」

 

 ウルフの反撃が始まる。

 まだシャイニングアーツが押してはいるが、欠員が出たことで、どうしても攻め手が緩む。

 その隙を突いて、ウルフが攻撃を繰り出せるチャンスも増えてきた。

 ……やはり、コジロウとアヴニールが抜けてしまった穴は大きい。

 他のギルドの者達を蹂躙し始めたウルフに対してコジロウを、思ったよりも被害を出してくれた『死神』への対処のためにアヴニールを派遣したことは後悔していないが、キツいものはキツい。

 

 だが、キツいのは決してシャイニングアーツだけではなかった。

 

(やべぇ……! そろそろガス欠だ……!)

 

 ウルフは視界に表示される己のMPを見て、凶悪な笑みの仮面の下で密かに焦っていた。

 獣化はMPの消耗が激しい。

 『MP自動回復』である程度は相殺できるが、それでも減少速度の方が早い。

 開戦時の戦いでの消耗は、馬車を追いかけている時に魔力回復ポーションをガブ飲みして回復させたが。

 追跡スピードを優先して獣化を使い続けたため、そのポーションもとっくに使い果たし、この最後の戦いが始まった時点で、残り七割程度にまでMPは減っていたのだ。

 

 それがここにきて、いよいよ枯渇しかけていた。

 表情の読みづらい狼の顔に変身していて助かった。

 弱みを悟らせてはならない。

 余裕綽々のような顔をして、敵に圧力をかけ続けろ!

 

「ガァアアアアアアアアアアアア!!!」

「ぬぅ……!?」

「うおっ!?」

 

 ウルフは暴れる。

 敵の陣形を瓦解させ、そこを突破して馬車を追うために。

 この状態でジャンヌ達を倒し切れるとは思っていない。

 だが、馬車に追いつき、一人でも鍵の所持者を殺してしまえば、とりあえず今回は勝ちだ。

 鍵は十五個揃っていなければ、大扉は反応しない。

 一つでも鍵を破壊できれば、こいつらにまた迷宮攻略からのやり直しを強いることができる。

 そうして、世界は守られるのだ!

 

「行かせるかぁあああ!!!」

「「「ああああああああああ!!!」」」

 

 シャイニングアーツは耐える。

 このデスゲームを終わらせるために、仲間の死を無駄にしないために、死力を尽くして耐え続ける。

 

 譲れないものがあるのは互いに同じ。

 正義だろうが、悪だろうが、希望だろうが、絶望だろうが。

 ウルフも、ジャンヌも、想いの強さだけは同じだ。

 誰かが彼らの想いに優劣をつけるだろう。

 悪を許さぬ者がいるし、正義を嘲笑う者もいるだろう。

 それでも、人の想いに貴賤は無い。

 誰かがつけた優劣など、その誰かの主観でしかない。

 人の想いは『平等』なのだ。

 

 ……だからこそ。

 勝敗を分けたのは彼らの想いの強さではなく、他の要因。

 単純にして明快な━━作戦勝ち。

 

「!?」

 

 遠くで何かが光った。

 十五本の細い光の線が宙を走り、遠くに見える大扉の十五の鍵穴へと吸い込まれていく。

 その瞬間、世界全体に「ガチャン」という音が響き渡った。

 解錠の音。

 第一の封印が解けた音。

 

『『『メッセージを受信しました』』』

 

 この場の全員のメインメニューが勝手に表示される。

 

『『『『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』』』』

 

 そうして、メニュー画面に映るのは、彼らなら肉眼でも見える位置にある大扉が開いていく映像。

 

『海の扉は開かれた。

 勇敢なる旅人達よ、深海の底まで潜るがいい。

 母なる海の神が君達を待つ。

 彼が守りし『海の鍵』を手に入れたくば、苦難を乗り越え、先へと進め』

 

 三年ぶりに聞く、厳かな老人の声によるメッセージ。

 相変わらずの意味深な言葉が終わり、かつてと同じように具体的な情報が明かされる。

 

『『海の大迷宮』が解放されました』

『『海の大迷宮』を攻略することで『海の鍵』の入手、及び新エリアへの通行が可能となります』

 

「私達の勝ちね!!」

「くそっ……!!」

 

 負けた。

 ゲーム攻略が進んでしまった。

 やっと逃げられたはずのあの地獄の世界が、再び近づいてきてしまった。

 ウルフの脳裏に、久方ぶりに強いトラウマのフラッシュバックが起こる。

 絶望が脳髄を満たし、思わず両手で頭を抑えてしまう。

 そこでついにMPが切れ、ウルフの姿が少女のものへと戻る。

 

「テメェらは、そんなにオレから奪いたいか……!!」

 

 ガリッ! と、鋭い爪のついた五指がウルフの顔を抉った。

 美しい少女の顔が、真っ赤な血を思わせるポリゴンの傷で歪む。

 このゲームには『痛覚耐性』のスキルが無い。 

 痛いはずなのに、痛みを感じていないかのように、ウルフは憎悪に染まった瞳で目の前の敵を睨みつけた。

 

「許さねぇ……! 絶対に許さねぇ!! 次は必ず殺してやるッッ!!」

 

 そうして彼は━━シャイニングアーツに背を向けて、撤退を開始した。

 友と交わした約束の言葉。

 それがギリギリ憎悪に打ち勝って、MPを使い果たした状態での戦闘続行を許さなかった。

 

 去っていくウルフを、シャイニングアーツは追わない。

 ウルフは獣化無しでも速い。

 AGI(俊敏)に特化した者しか追いつけないし、そんな限られた人員で追撃しても返り討ちにされるのがオチだ。

 それがわかっているからこそ追わない。追えない。

 

「許さない、ね……」

 

 ウルフの残した捨てゼリフを口の中で転がして……ジャンヌは、ギリッ! と剣を強く握りしめた。

 

「こっちのセリフよ、クソ狼……!」

 

 ジャンヌの顔が歪む。

 『聖女』の二つ名に相応しくないほどに。

 先ほどのウルフと同じだけの憎悪に染まる。

 

「いつか必ず、お兄ちゃんの仇を討つ……! そうして、私はお義姉ちゃん達のところに戻るんだから……!」

 

 ジャンヌもまた、ウルフに対して殺意を漲らせた。

 仲間達はそんなジャンヌに同調し、同時に凄く悲しい気持ちになる。

 何故、この子がこんな感情に身を焼かれなくてはならないのだろうと、下手人であるウルフと、元凶である救世高徳に対する怒りを強めていく。

 

 こうして、今回の戦いは終わった。

 何人もの犠牲と引き換えに、攻略組の勝利という形で。



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25 その後

「うううううううう!!」

「よしよし。辛かったね、苦しかったね。大丈夫、大丈夫だから」

 

 海の大迷宮が開いてしまった直後。

 誰かから情報が漏れた場合のことを考えて拠点を移したウルフは。

 「会いたい」というメッセージを送っただけで、即座にそこに来てくれたミャーコの腰に思いっきり抱きついていた。

 ミャーコは抱きつかれながら、そんなウルフの頭を優しく撫でている。

 前に膝枕した時に覚醒した母性が、彼女をとても優しい気持ちにしていた。

 

 ちなみに、彼女の種族は転生アイテムの使用を勧められてから三年が経っても猫耳のままだ。

 商人なのだから戦闘力よりも生存能力を優先してステータスポイントを振った結果。

 逃げ足の速いビーストマン(猫)で、行動阻害の魔法を遠距離から放つという戦法は、意外と理に適っていた。

 わざわざ入手が面倒で危険な転生アイテムに手を出す必要はなくなり、お気に入りの姿を失わなくてミャーコはホッとしたのだが、そんなこと今はどうでもいい。

 

「ううううううううう!!!」 

 

 ウルフは言葉もなく、ただミャーコに甘えた。

 憎悪、絶望、恐怖、怒り、悔しさ。

 色んな負の感情がごちゃ混ぜになり過ぎて、上手く言葉にできないのだ。

 だから、言葉ではなく行動で救いを求めた。

 その結果が、『ウルフ の あまえる』だったのだ。

 

「……ふぅ」

「落ち着いた?」

「ああ。ありがとな、お姉ちゃん」

 

 精神の均衡を取り戻し、ウルフはミャーコから離れた。

 お互いにちょっと名残惜しいと思っているのは、微笑ましいと見るべきか。

 片や人殺し、片やその協力者という、微笑ましさとは無縁の極悪人ではあるのだが……。

 しかし、極悪人だって人間なのだ。

 人間なら、こういう一面を持っていたって何もおかしくない。

 

「攻略組には、どれくらい被害を与えられたんだ?」

「ちょっと待って。……ああ、やっぱり社長から報告書が届いてる」

 

 ミャーコはメインメニューのメッセージ欄を表示させ、そこに送られてきていたメッセージを確認した。

 ウルフを慰めるために、雰囲気をぶち壊しにしかねない通知音を切っていたのだ。

 

「ええっと。六つの大手ギルドと、在野のトッププレイヤー達による連合軍。

 作戦に参加したのは、最低でもレベル30以上の精鋭、約400人。

 死亡が確認されたのが50人。

 トッププレイヤーでの死亡者は『超英雄(スーパーヒーロー)』だけだって」

「……そうか。完敗だな」

 

 ウルフは天を仰ぐ。

 自分しかトッププレイヤーを仕留めていないというのは、他の連中もうちょっと仕事しろと思わなくもないが……。

 だが、そもそもの話、こっちの軍勢は餌をぶら下げて、焚き付けて呼び寄せただけの烏合の衆だ。

 ちゃんとした仕事をしようなんて意識の奴は殆どいなかっただろう。

 奴らに責任転嫁するのは間違っている。

 悪かったのは、奴らを上手く運用し切れなかった自分だ。

 

「そっちの被害は?」

「フレンド欄の半分くらいが灰色の表示になってた。

 作戦に参加したのが500人くらいだから、半分が死んだか牢屋にぶち込まれたかだな。

 けど、魔族の四人は無事に撤退したっぽいぜ。

 『吸血公』なんて、『儲けさせてもらった。感謝する』とか送ってくる始末だ」

 

 ミャーコを待っている間に、落ち着かない気持ちでメインメニューをポチポチして得た情報だ。

 ちなみに、『鬼姫』からのメッセージには『刀神』を仕留め損なったことに対する愚痴が延々と書かれており、『死神』からのメッセージには、やたらキッチリカッチリした文面でお悔やみとお疲れ様の言葉が書かれていた。

 他にメッセージを送ってきたのはリーゼントくらいだというのに……。

 魔族は意外とメル友が欲しいのかもしれない。

 あとで返信をしておこう。

 

「そっか。とりあえず、こっちの主力は失わずに『超英雄(スーパーヒーロー)』を倒せたのは大きいと思うよ。

 ただレベルが高いだけの人はこれからも育つけど、ああいうリアルチートを持ってる人って替えが利かないから」

「……まあ、そうだな。確かに、あのエセヒーローは強かった」

 

 相性によっては魔族ですら危なかったかもしれない。

 そんな脅威を仕留められたのなら、ギリギリ痛み分けと言えなくもないか。

 こっちの痛みの方が大分酷いが。

 

『プルルルル』

「あ、社長からだ」

「出てくれ。あいつも今回の作戦の功労者だ。礼くらい言っておきたい」

「ウルフって意外と律儀だよね。わかった」

 

 ミャーコは応答ボタンを押した。

 相手との通信が繋がり、若い女性の声が聞こえてくる。

 

『あ、ミャーコか。ウルフさんはどうやった? やっぱ荒れとったか?』

「今、隣にいますよ。ちゃんと落ち着いてるので、代わりますね」

「よぉ、『女狐』。今回は助かったぜ」

『その名前で呼ぶのやめてくれへん? ぶっちゃけ、ウチのそれは二つ名やのうて悪口やで?』

「そうなのか? カッコイイのに」

『……ウルフさんのセンスは独特やなぁ』

 

 通信の向こうで微妙な顔になっているのは、商業系ギルド『フォックス・カンパニー』の社長(ギルドマスター)、『女狐』ルナールだ。

 今回の戦いにおいて、攻略組の足下を見て必要物資を結構な高額で売りつけて荒稼ぎした女。

 その上、ウルフ達にも大量のアイテムを買ってもらえてウハウハだ。

 『吸血公』が可愛く思えるほどの、本物の金の亡者。

 それがウルフがルナールに抱いている印象である。

 

 なお、二つ名は本心からカッコイイと思っている。

 ちょっとズレた中二病的な感性を持つウルフにとって、二つ名とはついているだけでカッコよく感じるのだ。

 

『ま、それは置いといて。今回は残念でしたなぁ。

 今度は海の大迷宮のアイテムとか横流ししてもらえたら、またいくらでもこっちの情報を流しますさかい。今後ともよろしゅう頼んますわ』

「ああ。こちらこそだ」

 

 ルナールとウルフの関係は、彼女が商売の頭金を稼ぐためにフィールドに出たところを、ウルフが狩りかけたことに端を発する。

 殺されかけたルナールは、泣いて喚きながら、自分を生かしておけば得だという話をウルフに持ちかけた。

 自分は現実世界でそこそこやり手の経営者だったこと。

 これから、この世界で大きな商業系ギルドを作ろうとしていること。

 殆どの連中がデスゲーム開始に絶望している今、スタートダッシュさえ決められれば絶対に上手くいくはずだということ。

 

 ウルフはそれを聞き届けた。

 学の無い頭では難しい話はわからなかったが、経営者だというのなら、当時商売のノウハウがわからなくて右往左往していたミャーコの助けになるんじゃないかと思って、ルナールを生かした上でミャーコと引き合わせたのだ。

 結果、ルナールはミャーコを商人として育てること、加えてこれから立ち上げる商業系ギルドを使ってウルフ達に協力するという条件で、どうにか生き延びた。

 それどころか、ミャーコの持っていた結構な金額の頭金と傭兵NPC、ウルフという商売仇を物理的に排除できる協力者を得たことで、ルナールは大躍進。

 並ぶ者のいない大商人の地位を手に入れた。

 

 両者はそれはもうズブズブの関係だ。

 ウルフが一方的な搾取ではなく、ルナールにも利があるWIN-WINの関係を選んだおかげで、極めて良好なお付き合いができている。

 最高レベルの情報漏洩に加えて、自分達にはお得意様価格で、攻略組には高値でアイテムを売りつけてくれるのだ。

 

 少し形は違うが、ミャーコが一番始めに提案した、必須アイテムをこっちが握るという戦略を達成したような状態。

 ぶっちゃけ、当時のミャーコは焼け石に水くらいの効果しかないだろうけど、それくらいしかできることないし……と、まだ人殺しに染まる前の思考回路で思っていたので、本当にできちゃったのは本人が一番ビックリしている。

 

『ウチとしても、傾いた経営に四苦八苦しとった現実に帰るより、大成功して盤石の地位を手に入れたこっちにずっといたいんや。

 これからも、攻略組の怒りを本格的に買わない範囲で搾り取って、足引っ張ったる。

 情報もガンガン流すし、お互いにゲームクリア妨害に向けて頑張りましょ』

「……そうだな。まだ絶望するには早すぎる。まだまだ頑張らねぇとな」

 

 ウルフは、パンッ! と両手で頬を叩いて「よっしゃ!」と気合いを入れ直した。

 

「ルナール、これからもよろしく頼む。ミャーコのことも頼んだぞ」

『任せとき! ミャーコはウチの懐刀やからなぁ。言われんでも大事にするわ!』

 

 そして、ルナールは『あ、そうや』と何かを思い出したように呟いて、

 

『ミャーコ、今日は特別休暇ってことにしといたる。ウルフさんと一緒にいてやりぃ。この忙しい時に、特別やからな?』

「ありがとうございます、ルナールさん」

『気にせんでええよ。その分、明日からバンバン働いてもらうつもりやから』

「うへぇ……」

 

 『ほな、そういうことで』と言って、ルナールは通信を切った。

 そして、新しいアジトの中は、再びウルフとミャーコだけの空間に戻る。

 

「ウルフ、今日は一緒に寝てあげるからね?」

「…………頼む」

 

 さすがに、そういうスキンシップに恥ずかしさを覚えるようになってきた思春期狼。

 だが、今は甘えるモードが持続しているので、素直にその提案に頷いた。

 対して、今のミャーコは母性全開モードだ。

 邪な気持ちなど欠片も持ち合わせていない。

 

 というわけで、この日、二人はミャーコの持ってきた布団で実の姉妹のように仲良く一緒に眠って英気を養った。

 ウルフの雇ったならず者傭兵NPCだけでなく、ミャーコが雇った質の良い正規の傭兵NPC達もいたので、穏やかに眠ることができた。

 

 そうして、明日からもまた、戦いの日々が続く。



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26 傲慢で狂った救世主

「素晴らしい」

 

 『Utopia・online』のゲームマスタールームにて。

 この世界の創造主にして、デスゲーム開始からの三年間、現実世界換算で僅か5時間程度の間に何万人もの人々を殺戮した世紀の大罪人。

 救世高徳は、ゲーム内で繰り広げられた戦いを見終えて、パチパチと惜しみない拍手を送った。

 

「現実への帰還を望む者。現実を拒みこの世界を望む者。

 どちらの想いも等しく尊い。

 己の理想を胸に抱き、そのために努力を積み重ね、必死に生きようとする姿の、なんと尊いことか」

 

 世紀の大罪人は涙する。

 まさに、これこそが己の望んだ理想郷だと。

 

「現実世界のような腐った(しがらみ)など、ここには無い。

 勇気さえあれば、誰もが等しく夢を追えるのだ。

 帰還の願いも、現実の拒絶も、悪を許さぬ心も、誰かを踏みつけて快楽を得たいという欲望すらも。

 どれもが等しく人の夢。人の願い。人の想い。

 僕はその全てを否定しない。誰が否定しようとも、僕だけは君達の夢を否定しない」

 

 現実世界に絶望し、この世界を救いだと言って、この世界を守るために戦う狼がいた。

 現実世界に残してきた大切な人達に再会するため、痛みに立ち向かってゲームクリアを目指した勇気ある青年がいた。

 青年の想いを継ぎ、彼の仇討ちと、彼の残したもののために戦う少女がいた。

 

 可哀想な狼を大切に想い、彼を支えていくことを誓った猫がいた。

 己の不甲斐なさを恥じ、悪を斬る覚悟を決めた老人と重戦士がいた。

 勇気ある青年を死なせたことを悔い、その妹だけでも守り抜こうと誓った姉妹がいた。

 愛する者のもとへと帰るために、不器用ながらも自分にできることを全うしようとする傭兵がいた。

 暴虐を振りまく悪を許せず、正義を志して戦い続けた英雄がいた。

 どんな形でもいいから栄光を欲した獅子がいた。

 

 贅沢な暮らしがしたいだけの狐がいた。

 誰かが作ったルールに否定され、この世界でしか生きられなかった鬼がいた。

 理不尽に踏みつけてきた社会を呪い、その怒りを人々に叩きつけた死神がいた。

 貧困に喘ぎ、かつての栄華を取り戻したいと願って歪んだ兄妹がいた。

 欲望のままに暴れ回る外道達がいた。

 

 その全てを、救世高徳は肯定する。

 正義だとか、悪だとか、高潔だとか、自分勝手だとか、そんなものは誰かが決めつけただけの、ただの腐った柵だ。

 人の想いに貴賤は無い。

 想いに優劣の差は無く、あるのはそれを叶えるためにどれだけ頑張れるかという、想いの強弱だけ。

 

 現実世界は、その想いを実に理不尽に踏みにじる。

 出る杭を打ち、誰も彼もを窮屈な型に無理矢理押し込んで、型に合わない者達の悲鳴を黙殺する。

 運良く型に適合しただけの者達が、型に適合できずにハミ出してしまった者を、押さえつけられて腐ってしまった者を否定し、弾圧し、まるで自分達が正義であるかのような顔をして踏みつける。

 生まれの差。貧富の差。環境の差。才能の差。

 そうした本人の努力ではどうしようもない出来事が、さも当然の真理のように絶対の差となって世界を支配する。

 

 なんて理不尽。なんて不条理。なんて不平等な世の中だ。

 救世高徳は、そんな醜い現実世界を唾棄していた。

 だから、作り上げた。

 真に平等な理想郷を。

 皆が同じスタートラインから始めて、努力が必ず自分の力になって、誰にでも夢を叶えるチャンスがあって、より頑張った者が報われる理想の世界を。

 

 ログインが遅れてしまった者達に対しても、エリアごとの実質的なレベル上限や、アーモロートの町に設置した人造迷宮などの後続救済措置を行い、可能な限りの公平性を維持した。

 頑張れば充分に追いつけるだろう。

 

 罪の烙印によるパワーバランスの調整には苦心したが、上手くいっているようで安心した。

 何故人を殺してはいけないのか? 何故社会のルールを守らなければならないのか?

 答えはルールを破れば社会に殺されるからだ。

 

 罪の烙印はそんな人間の本質的なルールの再現。

 ただし、ルールを守って清く正しく生きても守り切ってくれないくせに、破れば容赦なく弾圧し、かと思えばルールの穴を突いたり、ルールを支配する側に回って好き勝手にやることもできてしまう不平等な現実社会と違って。

 理想郷は、守った者には守った者の恩恵を、破った者には恩恵の剥奪と引き換えの自由を、それぞれきちんと保証する。

 

 真に尊いのは『平和』ではなく『平等』だ。

 世の中には争いの中でしか充足感を得られない者がいる。

 憎い者を攻撃することでしか救われない者がいる。

 平和とは、そんな者達を押さえつけて、見ないふりをして、数の暴力によって、争いを望む少数の者達を弾圧して黙殺する不条理でしかない。

 しかも、それだけ強引なことをしておいて、結局は目に見える暴力だけしか縛れない。

 あの狼を踏みにじったような、目に見える暴力よりもよほど醜悪な『目に見えない暴力』が横行してしまっている。

 これでは平和とすら呼べないだろう。

 

 そんな不条理極まりない平和などいらない。

 欺瞞に満ちた平和などという妄言ではなく、平等こそが真の理想。

 そんな思想のもとに作り上げた理想郷(ユートピア)に、彼は多くの人々を引きずり込んだ。

 望むと望まざるとに関わらず。

 知ってほしかったのだ。

 一人でも多くの人に思い知ってほしかったのだ。

 この無慈悲なまでに平等な世界で、平和を謳った地獄の中で自分達が押さえつけて踏みにじってきたものを直視してほしかったのだ。

 

 あの狼の憎悪を。

 あの猫の悲鳴を。

 あの死神の怒りを。

 あの鬼の苦しみを。

 あの兄妹の歪みを。

 無視せず、目を逸らさず、正面から向き合ってほしかったのだ。

 

「さて、第一の大迷宮の扉は開かれた。

 果たして、このままゲームクリアは成し遂げられるのか。それとも阻まれるのか。

 実に楽しみだ。

 存分に自分達の主張をぶつけ合ってくれ」

 

 押さえつけられて声も上げられない現実世界ではできなかった、とても健全な行いだ。

 救世高徳はそう言って、本当に嬉しそうに笑う。

 

「ああ、できることなら、この世界に終わりなど来ないでほしい。

 けれど、僕はあの腐った世界に帰りたいという君達の想いも否定しないよ。

 そうでなければ平等じゃないからね」

 

 ゲームがクリアされたのであれば、彼は宣言通り全プレイヤーをログアウトさせ、この『Utopia・online』を終わらせるつもりだ。

 そうでなければ平等じゃない。

 この世界を望まざる者達は、現実世界という居場所を無理矢理に奪われて連れてこられた。

 ならば、この世界を望む者達もまた、理想郷という居場所を無理矢理に奪われる恐怖を味わわなければ不平等だ。

 どちらの主張が通るのかは、それこそ平等な競争の中で決めればいい。

 自分はその果てに訪れた結末を受け入れよう。

 

 それが──自らの死であろうとも。

 

「最後の扉の向こうで、僕は君達を待っている。

 辿り着くのか、辿り着けずに終わるのか。

 君達の健闘を祈っているよ」

 

 そうして、傲慢なる救世主は笑みを深めた。

 『平和』ではなく『平等』こそを何よりも尊ぶ理想郷の最果てで、彼は勇敢なる旅人(プレイヤー)達を待ち続けている。




第一章 終


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第二章
27 海の大迷宮


色々あって投稿するか悩みましたが、せっかく書けた部分をお蔵入りさせるのもアレかなと思ったので放出します。
あんまり期待しないでね!


「さて、行くか」

 

 第一の大迷宮『海の大迷宮』への扉は開かれてしまった。

 ワンチャン、大扉から鍵を引き抜けば閉まるんじゃないかと思ってダメ元で色々試してみたが、やっぱりダメだった。

 大扉は不動のオブジェクトと化しており、どうにもならない。

 鍵と違って、扉の開閉は不可逆のようだ。

 もしかしたら、何かしら閉じる方法もあるのかもしれないが、現時点では見当もつかない。

 ゲームクリアに向けた確実な一歩が刻まれてしまったことに途轍もない怒りと恐怖を覚えるが、なんとかそれを飲み干して、切り替えていくしかない。

 

 今から、ウルフはその海の大迷宮へと挑む。

 目的はレベル上げとアイテム集めとマッピングだ。

 大迷宮と言うくらいだから、まず間違いなく今までよりも強いモンスターが出てくるだろう。

 そいつらを倒して経験値にすれば、今の実質的なレベル限界を打ち破れる可能性が高い。

 だったら、行くしかない。

 リアルチートを持たないウルフにとって、レベルとは生命線だ。

 上げられる時に上げられるだけ上げなければ、とてもじゃないがこの先の戦いを生き抜けない。

 

 もう一つの理由であるアイテム集めは、前回の戦いで傭兵NPCを雇いまくったせいで底を突きかけている資金の確保。

 及び、ルナールへの賄賂のためだ。

 できれば先に宝箱の中身とかの目ぼしいアイテムを取り尽くして、あわよくば攻略組の取り分を大いに減らしてやろうとも目論んでいる。

 

 そして、最後の理由であるマッピング。

 これは海の大迷宮の攻略終盤、攻略組との再びの決戦の時を想定した備えである。

 今までであれば、攻略組が迷宮を攻略した直後の疲弊した状態を外で待ち伏せていた。

 迷宮は攻略されると消えるし、ミャーコやルナールを始めとした協力者達が、どこの迷宮がどれくらい攻略されていて、いつ頃ボス戦が行われるのかという情報を流しまくっていたため、外での出待ちが一番効果的だったのだ。

 当時は魔族同盟も組めていなかったので、動員できる戦力は弱いパシリ達ばかり。

 その弱いパシリ達を守りながら迷宮の最奥まで行ってボス戦に乱入するというのもキツかったし。

 しかし、今回ばかりは少々話が違う。

 

『『海の大迷宮』を攻略することで『海の鍵』の入手、及び新エリアへの通行が可能となります』

 

 気になったのは、海の大迷宮が解放された時に送られてきた、このシステムメッセージ。

 海の大迷宮を攻略することにより、新エリアへの通行が可能となるという一文。

 

 このゲームの全体マップは、三日月型の島を表示している。

 島はカーブを描いた一本の川を境として、今まで自分達が活動してきた中心部と、まだ行くことのできない外輪部とに分かれている。

 そして、海の大迷宮があるのは、島の中心部の最西端だ。

 中心部と外輪部の間を流れる川の浅瀬に大扉がある。

 海の大迷宮のくせに川にあるのは不思議だが、まあ大人の事情的な何かがあるのだろう。

 

 それはともかくてして。

 つまり、ウルフ達はこう考えたわけだ。

 海の大迷宮を攻略すると、攻略した者達はそのまま外輪部の新エリアに出るのではないかと。

 

 もしそうなら出待ち作戦が使えない。

 奴らが一番疲弊したタイミングを叩くためには、こっちも海の大迷宮に潜って、ボスモンスターとの戦いの直後、あるいは戦闘中を狙う必要性が出てくる。

 今回の戦場は今までの通常の迷宮ではなく、このゲームの重要ポイントである大迷宮だ。

 そのくらいのギミックがあってもおかしくない。

 思い過ごしの可能性もあるが、そうやって楽観視していた場合、万が一の時にタダで『海の鍵』を持っていかれてしまう。

 それはダメだ。絶対にダメだ。

 

 ならば、その可能性を潰すためにも、マッピングを進めるのは必要。

 自力でボス部屋に辿り着けなければ、最適なタイミングでの奇襲も乱入もできないのだから。

 ルナールから攻略組がマッピングした地図を横流ししてもらうというのも手だが、できれば奴らの知らないルートとかも開拓しておきたい。

 その方が悪巧み的な意味でも、普通に攻略レースをする的な意味でも有利だ。

 

 というわけで、以上三つの目的を達成するべく、ウルフは海の大迷宮に足を踏み入れた。

 

「なるほど。こんな感じか」

 

 川の水に足首まで浸かりながら歩き、開け放たれた大扉を潜った先。

 そこに広がっていたのは、海の底のような暗い雰囲気の空間だった。

 足首までの深さの水も健在。水の下に床がある。

 だが、その床も途切れ途切れになっていて、見た感じフロアの七割以上はただの水面だ。

 あそこを泳いでいけたりすれば、かなりのショートカットができるかもしれない。

 

(泳ぐか? いや、まずは普通に行くか)

 

 泳いでる最中にサメにでも襲われたら敵わない。

 それは決して考えすぎなどではなく、むしろ、かなり可能性の高い未来だ。

 別にウルフもカナヅチというわけではないし、水中エリアの敵に挑みかかったこともあるが、それでもまだ通常プレイ時代に見かけた『遊泳』というスキルすら獲得していないくらいに経験が浅い。

 いきなりの水中戦はやめておくのが賢明だろう。

 

「お?」

 

 その時、いきなり『索敵』のスキルに反応があった。

 次の瞬間には『危機感知』のスキルも発動し、水面が跳ねて小さな影が飛び出してくる。

 

「ーーー!!」

 

 それは、ピラニアだった。

 ピラニアっぽいモンスターが、鋭い歯を剥き出しにしてウルフに飛びかかってきた。

 頭上に表示される名前は『ピラニーア』。

 ちょっと適当すぎやしないか、救世高徳。 

 ひょっとするとあの天才、ネーミングセンスだけは才能が無かったのかもしれない。

 

「よっ」

「ーーー!?」

 

 飛びかかってくるピラニア改めピラニーアを、ウルフは拳で簡単に叩き潰した。

 頭上に表示されているHPが一発でゼロになり、ピラニーアはデータの塵となって消えた。

 ドロップアイテムである小さな牙が足下の水に落ち、ウルフに経験値が入ってくる。

 

『レベルアップ。殴殺ウルフがLv61からLv62になりました』

『ステータスポイントを入手しました』

 

「おお。やっぱり、たっぷり経験値が詰まってやがるな」

 

 いきなりのレベルアップ。

 前回の戦いでエセヒーローを始めとした連中を葬ったので、元々レベルアップ直前くらいには経験値が溜まっていたが、それでも今までのフィールドの敵であれば、もっと何体も倒す必要があっただろう。

 それが、こんなザコ一匹倒しただけでレベルアップ。

 

(いや、別にザコってほどでもねぇか)

 

 ウルフは心の中で、ピラニーアの評価を修正する。

 確かに耐久こそ紙だったが、スピードはかなりのものだった。

 『危機感知』のスキルだって反応していたし、最低でもレベル30はないと、首なりなんなり噛み千切られていたかもしれない。

 レベル30といえば結構な数字だ。

 痛みを恐れて温いレベリングしかしなければ、三年かけても到達できない領域。

 町で雇える正規の傭兵NPCの最高レベルが35と考えれば、いかにピラニーアがやばかったかわかるだろう。

 

 正規の傭兵より遥かに劣るならず者傭兵を連れてこなかったのは正解だったなとウルフは思った。

 まあ、連れてこなかったというより、金欠で雇えなかっただけなのだが。

 ミャーコに金を借りれば雇えただろうが、そんなヒモのような真似はしたくなかった。

 

「よっしゃ! ガンガン行くぜ!」

 

 足下の牙をアイテムストレージに収納し、ウルフはヒモにならないためにもと気合いを入れて、先へ進んでいった。



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28 海原を行く

「シャアアアアア!!」

「『アイアンフィスト』!!」

「シャ!?」

 

 必殺スキルによる強パンチでサメが散る。

 やっぱり、サメはいたのだ。

 泳がなくて良かった。

 

「ふぅ。大分潜ったな」

 

 ウルフは視界の端に表示されるミニマップを見ながら、そう呟いた。

 迷宮内では、自分の歩いた部分だけがこのミニマップに表示されていく。

 あちこち歩き回って、このミニマップの空白を埋めていくのがマッピングだ。

 この情報を紙に写し取れば、それが地図になる。

 もっとも、その地図が攻略組に渡ってしまったら嫌なので、ウルフには地図を描く気などサラサラ無いが。

 

(しっかし、ここまで潜っても、第二階層への階段どころか、エリアの端にすら辿り着かねぇか)

 

 ミニマップを見る限り、もう10キロ以上は歩いている。

 なのに、次の階層は影も形も見えないし、エリアの全容すらまるでわからない。

 階段が無いタイプの迷宮で、この大フロアを攻略したらいきなりボス部屋という可能性も無くはないが、さすがに大迷宮でそれをやるとは思いたくない。 

 恐らくは、1フロアだけでも異常に広いのだろう。

 『大』迷宮と言うだけのことはある。

 

(でも、出てきたのはピラニアとサメだけだったなぁ)

 

 ここまでの道のりで遭遇したのは大量のピラニーア、たまにサメこと『メガシャーク』が出てくるだけだ。

 メガシャークはそれなりに強かった。

 ウルフでも獣化を使わなければ一撃では倒せない。

 今までのフィールドであれば、奥地まで進まなければ出会えないレベルだ。

 水面から飛び出して噛みつきにきたところを殴ってるからいいものの、もしあれと水中戦をしたら、それなりに苦戦するかもしれない。

 つくづく泳がなくて良かった。

 

(レベルアップが遠いぜ……)

 

 しかし、その程度の相手を狩りまくったところで、ウルフのレベルは上がらない。

 確かに、今までのフィールドに比べたら経験値効率の良い狩り場ではある。

 それでも、せいぜい時給10円のバイトが時給15円になった程度。

 多分、ウルフのレベルは、この階層での実質的なレベル上限すら越えてしまっているのだ。

 半年足らずでレベル50に到達し、そこから二年半以上の間、時給10円のバイトのごとき苦行のレベル上げを延々と続けてきた成果ではあるが、なんとも物悲しい。

 

「お、宝箱発見」

 

 だが、良いこともある。

 宝箱の中身をいくつも回収できたし、集めれば金になりそうなピラニーアとメガシャークのドロップアイテムも随分と集まった。

 特に宝箱は一度中身が回収されると、再設置までにしばらく時間がかかる。

 まだ海の大迷宮が解放されてから数日程度。

 攻略組は前の戦いの後始末と、本格的な攻略に向けた準備で動けない。

 今のうちに、魔族の強さと継戦能力を活かして宝箱の中身を回収しまくり、奴らに嫌がらせをしなくては。

 

「お?」

 

 と、そこでウルフは、水が下へと流れていく穴のような場所を見つけた。

 よく見てみれば、穴の中には水に浸かった階段がある。

 第二階層への階段だ。

 

「運が良いなぁ」

 

 ミニマップを見るに、偶然別れ道の中から最短に近いコースを選べていたようだ。

 まだフロアの全容どころか輪郭すらわからないのに、もう階段を見つけてしまった。

 本当に運が良い。

 運が悪ければ、このフロアの探索だけでどれだけかかるかわからないのだから。

 

「行くか」

 

 まだ行けるはもう危険なんて言葉があるが、今のウルフはまだ行けるどころか、まだ全快だ。

 HPMPは満タン。

 ここまでアイテムに頼ることもなく、ミャーコが差し入れとして置いていってくれたアイテムは手つかずでアイテムストレージの中に入っている。

 気力もこの程度で消耗するほど柔じゃない。

 というわけで、ウルフは早速、第二階層に足を踏み入れた。

 

 

 第二階層も、見た目の雰囲気は第一階層と大差が無かった。

 相変わらずの薄暗く、足下には水が流れている。

 だが、少し進んだところで、第一階層との明確な違いを発見した。

 

「ギョギョ!」

「おっと!」

 

 不意打ち気味に放たれた水の弾丸がウルフを襲う。

 『索敵』と『危機感知』のスキルで攻撃を読んでいたウルフは簡単に避けたが……問題は相手の居場所だった。

 

「ああ、なるほど。そういう感じか」

「ギョギョ!」

 

 敵は火縄銃を無理矢理魚の形にしたような、不格好なモンスター。

 頭上に表示される名前は『ミズナワジュウ』。

 救世高徳のネーミングセンスはともかくとして、問題なのはミズナワジュウの陣取っている場所だ。

 

 奴がいるのは海面。

 足場の無い、プールのようになっているエリア。

 ミズナワジュウはそこに潜み、遠距離攻撃の水鉄砲でウルフを狙ったのだ。

 避けるのは簡単だが、あんなところにいられては反撃の手段が限定される。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「ギョギョーーー!?」

 

 ウルフの必殺スキルによって拳から発生した衝撃波によって、ミズナワジュウは爆発四散。

 データの塵となって消え、ドロップアイテムが奴のいた海面に散らばる。

 ……そう。海面に。

 あれじゃ、泳いでいかないと回収できない。

 

(おまけに、『インパクトスマッシュ』は燃費も悪いんだよなぁ……)

 

 この技は前方広範囲を一度に攻撃できる優れた必殺スキルだが、その分MPをそれなりに消費する。

 いくら自動回復があっても、先の長い迷宮攻略で連打していれば、あっという間にガス欠だ。

 

(一応、燃費の良い遠距離攻撃も無くはねぇが……)

 

「ギョギョ!」

 

 そんなことを考えている間に、二体目のミズナワジュウが現れた。

 ウルフは水鉄砲を避けつつ、先ほど脳裏に思い浮かべた技を使う。

 

「『フライングブロー』!!」

 

 拳撃を空気弾のようにして飛ばす必殺スキル。

 インパクトスマッシュに比べて攻撃範囲は劣るが、消費MPは最も使い勝手が良い初期スキル、アイアンフィストと大差ないくらい。

 ウルフのMPなら数百発は放てる。

 しかし……。

 

「チッ。やっぱ、当たらねぇか」

 

 空気弾のように飛んだ拳撃は、ミズナワジュウに掠りもせず、見当外れの場所に着弾した。

 この手の攻撃は、DEX(器用)をそこそこ強化していないと当てられない。

 ウルフのDEX(器用)は、ただでさえその項目が低いビーストマンの初期値。

 肉弾戦という図抜けた強みを手に入れるために、切り捨てた要素の一つだ。

 もう少し近ければギリギリどうにか当てられるかもしれないが、ミズナワジュウは近づいてくる気配を見せない。

 

「ギョギョ♪」

「『インパクトスマッシュ』!!」

「ギョギョーーー!?」

 

 AIが良くできてるのか、距離を保ったままバカにするような鳴き声を上げたミズナワジュウを、インパクトスマッシュで爆散させる。

 こいつもピラニーアと同じで耐久は紙だ。

 多分、レベル30を超える魔法使いなら、弱めの魔法一発で爆散させられる。

 それが無いウルフは、狙いが雑でも当たる広範囲攻撃の大技を、いちいち使わざるを得ないのだが……。

 

「……あれをやってみるか」

 

 それじゃ先が見えてると考え、ウルフはここであれを試してみることに決めた。

 この迷宮に入った時から考えていたことを。

 

「よっと」

 

 できるだけ助走をつけて、ミズナワジュウのいたあたりに向かってジャンプ。

 ざぶん! という音を立てて海面に着水する。

 流れていこうとするミズナワジュウのドロップアイテムを、泳いで回収してアイテムストレージに入れた。

 

(まあ、小学校の頃はプールの授業もあったし、泳げなくはねぇわな)

 

 平泳ぎで元の場所へ戻りながら、ウルフは自分の水泳のリアルスキルが使えないことはないことを再確認。

 普通に泳ぐだけなら、これで問題ないだろう。

 泳ぎ続けていれば、いつかは『遊泳』のスキルも取得できると思う。

 だが、果たして泳ぎの練習なんてしている余裕があるかどうか……。

 

「シャアアア!!」

「来やがったな……!」

 

 平泳ぎしているウルフに向けて、奴が向かってきた。

 第一階層でも見かけたサメ、メガシャークだ。

 飛び跳ねているところを狙えば楽に倒せた敵だが、水中戦となると……。

 

「おらぁ!!」

「シャアアアアアアア!!」

 

 狼VSサメ。

 B級映画のような戦いは熾烈を極めた。

 メガシャークは一撃離脱戦法で、ウルフの攻撃の届かない海底に逃げてしまい。

 ウルフの方は水の中ということで行動が制限され、得意の拳すら満足に繰り出せない。

 

「くたばれぇ!!」

「シャ!?」

 

 最終的に、メガシャークがウルフの腹に噛みついてきたところを絞め上げてデータの塵にしたが、何匹も現れるようなザコにこんな苦戦しているようじゃ、この先の攻略は困難だろう。

 足場のある場所へと戻ったウルフは、どうしたものかと頭を捻った。

 

「あ! あいつらの力を借りればいけるんじゃね?」

 

 そして、ウルフの脳裏に、とあるプレイヤー達の姿が浮かんだ。



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29 イカれたメンバー

「いやー、助かったぜ! 来てくれてサンキューな!」

 

 海の大迷宮へのファーストアタックの翌日。

 あの後、素直に撤退したウルフは、フレンド機能で協力者候補達に連絡を取り、一夜明けた今日になって、了承してくれたメンバーと落ち合っていた。

 

「兄さんを働かせるなんて万死に値する。殺す」

「言うな、オードリー。ウルフ、気にしないでやってくれ」

「わかってるよ。こいつが捻くれてんのは知ってるからな」

「兄さん以外が頭を撫でるな! 殺す!」

 

 耳の尖った褐色肌の幼女に魔法を撃ち込まれながら、ウルフはカラカラと笑った。

 幼女の方は、兄の「やめなさい」という言葉で素直に止まったので問題ない。

 

 海の大迷宮攻略に向けてウルフの頭に思い浮かんだ協力者は、この二人だ。

 『吸血公』エドワード・アリスト。

 『闇妖精』オードリー・アリスト。

 実の兄妹だという魔族の二人。

 

 魔法という遠距離攻撃に秀でたダークエルフである『闇妖精』が協力者として真っ先に思い浮かび、彼女から連想する形で、海の大迷宮での『吸血公』の有用性に思い至った。

 

 『吸血公』は『調教』というスキルを獲得したテイマーだ。

 野生のモンスターを使役することができる。

 それで海の大迷宮の中にいる遊泳に適したモンスターを手に入れられれば、あの海原を一気に渡れるのでは?

 ウルフはそう考えたわけだ。

 ちなみに、『調教』のスキルはとある町にいるテイマーのNPCから教わることによってのみ獲得できるので、魔族になる前に覚えていなければ、現時点では一生習得不可能。

 なので、ウルフが調教を覚えてモンスターを仲間にすることはできない。

 

「ふふ。誰かと一緒に迷宮攻略なんて久しぶりですね。とても楽しみです」

「私なんて初めてですよ。キリカさん、本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、デスターさん」

「……まさか、お前らも来てくれるとは思わなかったぜ。ダメ元だったんだがなぁ」

 

 丁寧に頭を下げ合う鬼と骸骨を見て、ウルフは苦笑した。

 『鬼姫』キリカ。

 『死神』デスター。

 魔族兄妹に声をかけるならということで、他の知り合いの魔族にもダメ元で声をかけたら、なんと全員が集まってしまった。

 仲良しかよ。

 

「それはそうでしょう。第二階層への案内をしてくれると仰るのですから。ねぇ、デスターさん」

「本当ですねぇ。快楽殺人鬼だって、損得感情で動くことはあるんですよ?」

「まあ、そりゃそうか」

 

 殺人鬼どもが言うと説得力が違う。

 というわけで、ここに夢の魔族五人によるパーティーが結成された。

 凄まじい戦力だ。

 シャイニングアーツと真正面から全面戦争ができそうである。

 

「じゃ、パーティー申請を送るぞ」

 

 四人に向けてパーティー申請のメッセージを送り、それを四人が受諾したことで、ここに魔族パーティーが結成された。

 パーティーメンバーのレベル、HP、MPといった情報が視界に浮かんで共有され、組んでいる間は誰が倒した獲物でも、経験値は五等分だ。

 ドロップアイテムも五等分という話も、昨日のメッセージで纏めてある。

 

「おお、ウルフさん、レベル62ですか」

「いやはや、お強い。レベリングの秘訣を知りたいですねぇ」

「それは私も興味があるな」

「……ズルい」

 

 四人がウルフに視線を向ける。

 ちなみに、彼らのレベルは『鬼姫』と『死神』が56、『吸血公』と『闇妖精』が52だった。

 全員が実質的なレベル上限である50を突破しているのはさすがだ。

 

「別に特別なことはしてねぇぞ。

 毎日大扉の周りを周回して、見つけたモンスターもプレイヤーも全員経験値に変える。

 予定のある日以外は一日も欠かさず、朝から晩まで狩りを繰り返す。

 それだけだ」

 

 ウルフは特に隠すことなく、彼らの質問に答えた。

 攻略組と絶対に相容れない魔族が強くなる分には、ウルフは大歓迎だからだ。

 しかし、まあ……。

 

「……なんというか、ストイックですね」

「昔の私の労働環境ばりじゃないですか。それを進んでやられるとは……」

「あの最悪の効率の中、よくやる」

「ウルフって、バカ?」

「誰がバカだ。学はねぇが、頭の回転自体は悪くねぇってお墨付きだぞ」

「頭をワシャワシャするなぁ!」

 

 失礼なことを言った『闇妖精』をモミクチャにする。

 そんなウルフを見て、多少は付き合いのあった『吸血公』以外の二人は意外そうな顔をした。

 

「んじゃ、海の大迷宮に向けて出発だ!」

 

 そうして、イカれたメンバーを引き連れたウルフは、海の大迷宮へと再びやってきた。

 昨日と同様、大扉の前には誰もいない。

 

「あら、残念。攻略組が出入り口を固めているやもと思っていたのですが」

「もしそうなら、とても楽しいことになっていたんですがねぇ」

「……兄さん、こいつら怖い」

「……諦めろ。今では私達も同じ穴のムジナだ」

 

 快楽殺人鬼二人組が残念そうにし、『闇妖精』がまるで普通の子供のように怖がり、この中では比較的常識人の『吸血公』が頭痛を堪えながら、『闇妖精』を自分の後ろに庇った。

 やっぱり、仲良しではなさそうだ。

 

「なぁ、もう少ししたら、攻略組が大扉の守りを固めてくると思うか?」

「半々といったところだと思いますよ」

「同意見だ。それができれば奴らにとって最良なのだろうが、そのために絶大な戦力を釘付けにするのはリスクが大きい」

 

 ウルフの質問に『鬼姫』と『吸血公』が答えてくれた。

 概ね、今後奴らがどう動くのかと聞いた時に、ミャーコが言っていた予想と同じ意見だ。

 

「我々が徒党を組んで突破してくることを想定するのなら、大手ギルドでも単独では戦力が足りない。

 複数のギルドが協力したとしても、いつ来るかもわからない敵を警戒して絶大な戦力が長期に渡って動けなくなり、いざぶつかってしまった時は多大な被害が出るとなれば、発生する不利益は想像を絶する。

 そんな貧乏クジを持ち回りで引くほどの団結力が向こうにあれば、やるだろうな」

 

 『吸血公』の解説を聞いて、「じゃあ、無理だな」と全員が思った。

 一応は攻略組の一角であるルナールと繋がっているウルフ以外は、敵の内情をそこまで知っているわけでもないが。

 それでも、それぞれが持っている情報網からの情報だけでも、大手ギルド同士が一枚岩ではないということくらいは知れる。

 

 しかし、向こうもいざという時は団結するというのを、この前の戦いでは思い知った。

 ゆえに、確率は半々とし、どちらの可能性も考えておく。

 それが最善だろう。

 

「ま、帰ってくる時にバリケードができてるかもしれねぇから、それは警戒しておくか」

 

 そう言って、ウルフは先陣を切って海の大迷宮へと入った。

 第二階層への道を知っている彼が先行しなければならないのだから、先頭を務めるのは当然。

 殺人鬼達に背中を任せるのは少々怖いが、まあ、それは仕方がない。

 ウルフは背後に警戒を払いながらも堂々とした足取りで、大迷宮の奥へ奥へと進んでいった。



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30 過剰戦力

「さて、ここからが本番だな」

「本当に、何事もなく第二階層に着きましたね……」

「なんだ? 疑ってたのか?」

「ええ、それはもちろん。ご不快でしたか?」

「んなわけねぇだろ。お前の判断は当然だよ」

 

 『鬼姫』の言葉にサラッと答えるウルフ。

 殺人鬼を警戒するのは当然と言い、確かに彼の方からも自分達への警戒心を感じる。

 しかし、警戒心は感じ取れても、敵意や悪意は感じられない。

 四人にとって、それがどうにも不思議な感覚だった。

 

「ギョギョ!」

「そら、来たぞ! 頼んだ、『闇妖精』!」

「命令しないで。『ダークボール』!」

「ギョギョ!?」

 

 『闇妖精』の放った闇の弾丸によって、顔を出したミズナワジュウは瞬殺。

 あれは威力が低い代わり消費も少ない最下級の魔法なので、視界に表示される『闇妖精』のMPは殆ど減っていない。

 というか、『闇妖精』はMPが膨大すぎて、ホントにミリ単位で減ってるような気がしないでもないという程度の減り方だ。

 実に頼りになる。

 

「今のが遠距離攻撃してくるモンスターですか」

「なるほど。確かに、レベル30程度なら、何発も食らえば致命傷になりそうだ」

「エドワードさん、テイムされてはいかがですか?」

「耐久力が低すぎる。乗り物にもならないほど小さいし、いらん」

 

 『鬼姫』の提案を『吸血公』は却下した。

 別に仲間になりたそうな目でこっちを見ていたわけではないが、ミズナワジュウは振られた。

 

「っていうか、お前って何体までテイムできるんだ?」

「11体だな。スキルレベル1の時に一体、そこからスキルレベルが5上がるごとに一体、使役できる数が増える」

 

 『吸血公』は隠さずに答えた。

 このくらいなら別にいい。

 信用できない相手にでも、パーティーを組んだ以上は、最低限の情報共有が必要だ。

 それに、このくらいはテイマーのことをちょっと真剣に調べれば、すぐに察しがつく。

 

「ホント、便利だよなぁそれ。オレも魔族になる前に覚えりゃ良かったぜ」

「その代わり、色々と制約も多いがな。支配者プレイを楽しみたいのでなければ、あまりオススメはしない」

 

 じゃあ、お前は支配者プレイを楽しみたかったのかと、妹以外の全員が思った。

 だが、それは性癖の深淵を覗く行為なので、全員が疑問を口にするのを自重した。

 賢明な判断だろう。

 

「シャアアアアア!!」

「お、サメだ。あれはどうだ?」

「ふむ……。一人乗りならまだしも、五人で乗るのは無理だな。

 テイムするのも楽ではないし、できれば五人を一度に運べるモンスターがいい」

「了解っと」

「シャ!?」

 

 今回は第一階層では出くわさなかったメガシャークを、ウルフが右ストレートで仕留めた。

 水中戦をせず、飛び跳ねて襲ってきたのが運の尽きだ。

 足場のある場所で仕留めたおかげで、ドロップアイテムが普通に取れる位置に転がった。

 

「まあ、フカヒレですか?」

「みたいですねぇ。ゲームとはいえ、こんな高級食材は初めて見ました」

「オレもだ。こいつのドロップアイテムは牙ばっかりだったから、多分レアドロップだぜ」

 

 ウルフはフカヒレを拾って喜んだ。

 

「なぁ、帰りにどっかの村の料理人NPCに渡して皆で食おうぜ!」

「いいですねぇ。フカヒレで一杯やりたいものです」

 

 『死神』は高級料理の魅力にやられた。

 仕方ないのだ。

 現実世界にいた頃に憧れ、結局は一度も手が出なかった思い出があるのだから。

 

「うふふ。わたくしも構いませんよ」

「まあ、あえて断りはすまい」

「兄さんがいいなら」

 

 二人が賛同したことで、残りのメンバーも乗ってきた。

 なんか流れで打ち上げ的な会の開催が決まってしまった。

 仲良しかよ。

 

「さあ、ガンガン行くぞ!」

 

 魔族パーティーは大迷宮を突き進む。

 遠距離攻撃担当がいるので、水の中からの一方的な攻撃に苦戦することもなく、第二階層のマップをガンガン埋めていった。

 さすがに、ウルフが第一階層を突破した時のような豪運は続かず、第三階層への階段はまだ見つかっていないが、トップレベルの魔族が五人も集まっていれば、向かうところ敵無しだ。

 誰一人として、掠り傷一つ負わない。

 彼らの強さに見合う階層は、まだまだ先だろう。

 

「ジャアアアアアアア!!」

「お任せください」

 

 メガシャークの進化系のような鱗を纏った大鮫が襲ってきて、一瞬で『鬼姫』の手でお刺し身に変えられた。

 

「「「ーーー!!」」」

「『ダークウェーブ』!!」

「手伝いましょう。『カースブレス』!」

「「「ーーー!?」」」

 

 全方位からピラニーアの群れが襲ってきたこともあった。

 片側を『闇妖精』の範囲魔法で全滅させ、もう片側は『死神』の放った赤黒い靄のような魔法で全滅した。

 そして━━

 

「ボォオオオオオオオオ!!!」

 

 随分と進んだ頃。

 彼らの前に、見るからに強そうな一匹のモンスターが現れる。

 ゴツゴツとした甲羅を持つ、大きな亀。

 全長10メートルはある、全員で乗っても余裕で運べそうな大きさの亀。

 

「『吸血公』、こいつなら文句ねぇんじゃねぇか?」

「そうだな。強さは戦ってみなければわからないが、乗り物としては悪くなさそうだ」

「うっし! 決まりだな! やるぞ、お前ら!」

「協力プレイですか。いいですね」

「ハハハ。何やら、楽しくなってきましたよぉ」

「勘違いしないで。私は兄さんの手伝いをするだけ」

 

 亀が口を開く。

 その口の中には、吐き出してブレスになるのだろう水流が渦巻いていた。

 ウルフが拳を構え、『鬼姫』が刀を抜き、『死神』が大鎌を担ぎ、『闇妖精』が杖を向け、『吸血公』が鞭を手に取る。

 

 そうして、魔族パーティーVS亀の戦い(リンチ)が始まった。



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31 亀

「ボォオオオオオオオオ!!!」

 

 頭上に『ビッグタートル』という名前の表示された亀が、ブレスの照準をこちらに向ける。

 またしても、そのまんまなネーミングだ。

 やはり、救世高徳にネーミングセンスは無いのかもしれない。

 

「任せろ!」

 

 そんなそのまんまな名前の亀に向かってウルフが跳躍。

 倒してしまわないように獣化は使わず、亀の額を上から殴り飛ばした。

 

「おらぁ!!」

「ッッッ!?」

 

 ウルフのパンチによって亀の口が無理矢理閉じられ、ブレスが口の中で爆発する。

 しかし、パンチと自爆のダメージを足しても、亀のHPは一割も減らない。

 確かに手加減はしていたが、それでも最凶の魔族の攻撃を食らってこれとは、凄まじく頑丈な亀だ。

 

「いいな! オレ達のペットなら、強い方が好きだぜ!」

「あの硬さ、どう考えても普通のモンスターではありませんね」

「エリアボス、あるいはレアモンスターでしょうかね?」

「『オレ達の』じゃなくて、兄さんのペット」

 

 ウルフの発言に文句を言いながら、次は『闇妖精』が攻撃を放った。

 

「『ダークスラッシュ』!!」

「!!!?」

 

 斬撃の形をした闇の魔法が、亀の右前足を斬り飛ばした。

 亀が痛がるように悶えながら倒れる。

 まあ、全てAIによって決められたモーションなのだろうが。

 

「おいおい、そんなに傷つけちまっていいのか? この後、乗り物にするんだぞ?」

「手足も治せる回復魔法があるから平気」

「そういうわけだ。できれば四肢をもぎ取ってダルマにしてしまってくれ」

「ほほう。そういうことでしたら遠慮なく」

 

 斬っていいと言われて嬉々として動き出したのは、やっぱりと言うべきか『鬼姫』。

 彼女は大事に大事にしている愛刀を振るい、亀の左前足を狙った。

 

「『飛斬』!」

「!!!!!」

 

 飛翔する斬撃、僅かな溜め時間と少しのMPで放たれた下位の必殺スキルが、亀の左前足を簡単に切断する。

 それなりに強い魔法を撃っていた『闇妖精』と違って、下位の必殺スキルであれだ。

 凄まじい斬れ味だった。

 

(あれがあいつの固有スキルか?)

 

 魔族になると合計で500ポイント分、つまり10レベル分のステータスが上がり、『再生』『HP自動回復』『MP自動回復』のスキルが手に入る。

 そして、もう一つ、個々人で違う固有のチートスキルが得られる。

 ウルフの場合は『獣化』で、『吸血公』の場合は『眷属召喚』、『闇妖精』は『闇属性強化』。

 あの二人はウルフが魔族になるのを手伝った相手なので、固有スキルのことも知っている。

 

 ウルフは、あの異様な斬れ味が『鬼姫』の固有スキルによるものではないかと睨んだ。

 まあ、敵対するつもりはないので、深入りしてまで探る気もないが。

 

「では、私はデバフを担当させてもらいましょう」

 

 次に動いたのは『死神』。

 禍々しい大鎌を構え、うっかり亀を仕留めてしまわないように、振るうのではなく杖のように構えて、大鎌の先から魔法を放った。

 

「『オールダウン』!」

「!?」

 

 悶える亀の動きが明らかに鈍った。

 道中でも使っていたが、あれは多分『呪魔法』だ。

 対象者を強化する『支援魔法』の真逆で、対象者を弱体化させる魔法。

 取得条件がかなり面倒で大変らしく、あまり習得してる奴は見ない。

 

 しかし、『死神』の使うそれは、普通の呪魔法に比べて随分と強力な気もする。

 単純に魔法の威力に直結するINT(知力)のステータスが高いのか、それともこれが彼の固有スキルなのか。

 彼とも敵対する気はないので、やはりこちらも深掘りする気はないが。

 

「ボォオオオオオオオオ……!!」

 

 亀が弱々しい声を上げた。

 『鬼姫』が残った後ろ足も斬ってしまい、もうブレスくらいしか攻撃手段が無いのだが、それも使おうとする度にウルフが頭を殴って阻止してくる。

 まさに、リンチ。

 魔族の名に恥じない極悪非道な戦い方。

 今回はモンスター相手だからまだいいが、普通に人間相手でもこれをするのが魔族クオリティーだ。

 

「よし、そろそろ始めよう。『ルーラーウィップ』!」

「!?」

 

 最後に『吸血公』が動き、鞭の必殺スキルで亀を叩き始める。

 ただの必殺スキルではない。

 この技は溜め時間も少し長く、そのくせ威力はゴミカスに等しいが、当たると『調教』のスキルの判定が入る。

 成功すれば、その場でテイム完了だ。

 

「どうだ?」

「ダメだな。もう一度だ。『ルーラーウィップ』!」

「!?」

 

 まあ、これが中々成功しないところが、テイマーが不人気な理由の一つだが。

 試行回数を稼ぐために『吸血公』は鞭で何度も亀を叩く。

 まさに本物の調教のような光景。

 しかし、これを一般プレイヤーがやろうと思ったら大変だろう。

 溜めの大きい必殺スキルを、強敵相手に何度も当てなければならないのだ。

 弱っていなければまず間違いなく失敗するし、かと言って痛めつけ過ぎると、この攻撃で倒してしまいかねない。

 絶妙なバランス感覚が要求される。

 今回は魔族どもが寄ってたかってダルマにしたので、こんな簡単な作業風景になっているが。

 やがて……。

 

「ボォオオオ……」

「お、なんか頭下げたぞ?」

「成功だ。今からこの亀は、私の使役獣となった」

 

 とうとうテイムが成功。

 伝説のポ○モン並みに何度も支配を弾いてくれたが、ようやくテイムすることができた。

 

「『ハイ・ヒール』。『ハイ・リペアヒール』」

 

 そして、『闇妖精』が回復魔法をかけて亀を回復させた。

 圧倒的なINT(知力)のステータスによって使われると、回復魔法の効果も段違い。

 亀はものの1分程度で全快し、魔族達の乗り物と化した。

 

「よろしくな、カメ吉!」

「カメ吉はやめてくれ。名前はあとで私がつける」

 

 それよりも乗れ。

 『吸血公』はそう言って、亀の背中に飛び乗った。

 亀が抵抗する様子は無い。

 

「ふふ。これで移動が楽になりますね」

「海の大迷宮で亀に乗ることになるとは。これは、ボス部屋が竜宮城になっているかもしれませんねぇ」

「兄さんに感謝して」

 

 そうして、魔族パーティーはイジメられていた亀ではなくイジメた亀に乗って、竜宮城ではなく迷宮の奥地を目指した。

 酷い浦島もあったものである。



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32 打ち上げ

「ってことで、カンパーイ!!」

「「「「カンパイ」」」」

 

 海の大迷宮から帰還した後。

 近場の村に直行して、宣言通りフカヒレを持ち込んで打ち上げを始めた魔族パーティー。

 ちなみに、使役獣は召喚獣同様に消したり召喚したりできるので、亀を迷宮に置き去りにしてたりはしない。

 

「まさか一日で第三階層まで行けるとは思わなかったなぁ! カメ吉様々だぜ!」

「だから、カメ吉はやめろと。奴の名前は今から考える」

「カメ吉……可愛い」

「オードリー!?」

 

 いつもウルフに噛みついていた妹のまさかの裏切りに、『吸血公』は驚愕の声を上げた。

 いや、良い傾向ではあるのだが。

 しかし、やっぱりカメ吉はちょっと……。

 

「いいじゃないですか、カメ吉。わたくしも可愛らしいと思いますよ」

「昔飼っていたミドリガメに同じ名前をつけましたねぇ。途中で沼に離してやりましたが、果たして彼を天寿を全うできたのかどうか……」

「あら? それ条例違反ですよ?」

「え?」

 

 こっちはこっちで、『死神』が骸骨の顎を外さんばかりに驚愕していた。

 どうやら知らなかったらしい。

 ペットを野生に逃しちゃダメ、絶対。

 なお、彼は舌も胃袋も無いはずの骸骨の体だが、普通に飲み食いができる。

 そこらへんはゲームということだろう。

 

「まあまあ! 現実世界の法律の話なんざどうでもいいじゃねぇか! オレ達は魔族! 罪なんざ犯してなんぼだ!」

「そ、そうですよね。魔族万歳!」

 

 『死神』はごまかすように万歳と叫んで、酒を一気に飲み干した。

 この場で一番多くの人を殺しているはずなのだが、今の彼は小市民にしか見えない。

 

「……それにしても」

 

 『鬼姫』は静かにお酒を嗜みながら、『死神』と一緒に酒を飲んで「背徳感!」とか言いながら盛り上がっているウルフにチラリと目を向けた。

 

「今日一日で、なんだかウルフさんの印象が変わりましたね」

 

 初めて会った十五個の鍵を巡る戦いの時。

 その時の彼女のことは、粗暴で冷酷な殺戮者にしか見えなかった。

 一見すれば快活にも見えたが、本性はひたすらに攻略組の死を望み、狂気を秘めた目をして戦い続ける悪魔。

 それが『鬼姫』が『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』という魔族に対して抱いた印象だ。

 

 なのに、今日はどうだ?

 集合場所では幼女を撫でてウザがられ、道中では打ち上げを開こうなんて言い出し、今は酒を飲んで楽しそうに騒いでいる。

 まるで普通の、まともな人間だ。

 それでいて、自分のような破綻者のことを、警戒はしても敵視はしない。

 なんというか、チグハグに感じるというか。

 

「恐らくは、あれがウルフの素なのだろう。

 殺戮は必要だからしているだけ。

 しかし、己が殺戮を肯定したのは変わらないから、同類である私達のような輩にも何か事情があったのだろうと考えて否定しない。

 否定しないから、ああして普通に接してくる。

 奴は少々、持っている常識というものが一般人と違う」

「エドワードさん……」

 

 ほろ酔い気分の『鬼姫』に、妹がウルフに捕まって手が空いた『吸血公』が話しかけてくる。

 妹の方は店内で魔法を使うのはマズいと思ったのか、それとも料理がダメになることを恐れたのか、珍しく魔法での迎撃を自重していた。

 結果、頭をワシャワシャされ放題になっていた。

 可愛い。中身の凶悪さを考慮しなければ。

 

「『常識とは、18歳までに身に着けた偏見のコレクションである』」

「偉人の名言ですね。いきなりどうしたんですか?」

 

 とある天才科学者の名言をいきなり口にした『吸血公』に、『鬼姫』は訝しげな目を向ける。

 

「いや、ウルフと出会った頃、奴は自分のことを中学生だと言っていてな。

 奴は18歳になる前に、殺戮というものを肯定した。

 だから、常識が一般人と違うのではないかと思っただけだ」

「中学生、ですか……」

 

 これには『鬼姫』も驚いた。

 『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』の情報はデスゲーム開始直後から広まっていたが、悪名が轟くほどの殺戮を繰り返した大悪党が、当時はただの中学生だったとは。

 それが本当なら、まさに驚愕すべきことだ。

 けれど、なるほど。

 常識が形成され終わる前の思春期に、あんな常識外れにもほどがある経験を繰り返せば、かなり歪な常識を持った存在が誕生してもおかしくはないのかもしれない。

 

「奴は言っていた。自分はこの世界を守るために戦っていると。

 現実世界は辛すぎて、絶対に帰りたくないと。

 だから、この世界を終わらせようとする攻略組が許せない。殺してでも止めるのだと」

「……なるほど。それがウルフさんの行動原理ですか」

「ああ。あの言葉に嘘は無いと思っている。

 私達が攻略組の敵である限り、私達がどんな外道であろうと、奴は私達の味方だ。

 ……外道に堕ちても普通に接してくれる存在が嬉しくてな。

 恩を差し引いても、どうにも力を貸したくなってしまう」

「…………」

 

 優しげな顔でじゃれ合う妹とウルフを見ている『吸血公』の横顔を見て、『鬼姫』は少し考えた。

 

(嬉しい……ですか)

 

 それは……自分も確かに思っていたかもしれない。

 どうしても抑え込めなかった欲求を爆発させてしまい、非道に走り、もうこんな自分は誰にも受け入れられないと思っていた。

 けれど、今日のパーティーを組んでの迷宮攻略は楽しかった。

 久しぶりに、屈託の無い顔で笑えた気がする。

 

 彼女は確かに破綻者だ。

 だが、破綻者でも人間だ。

 人間なら、人恋しくなることだってある。

 好きで壊れたわけでもないのだから。

 

「……本当にウルフさんは、こんなわたくしの敵にならないのでしょうか」

「攻略組の味方になったり、奴の唯一の『本当の友達』に手を出さない限りは大丈夫だろうな」

「本当の友達?」

 

 『鬼姫』はウルフのことを見る。

 死んだ目をした『闇妖精』を抱っこしながら、『死神』と共に一升瓶を一気で飲んでいた。

 

「ぷはぁ! やるじゃないですか、ウルフさん! 飲みっぷりしか褒めるところが無いと言われたこの私と張り合うとは!」

「随分と悲しいこと言うじゃねぇか! 攻略組をぶっ殺しまくってくれる今のお前は、褒めるところの塊だぞ!」

「嬉しいですねぇ! もっと飲め!」

「おう!」

 

 『死神』も実に楽しそうにしていた。

 なんとなく、彼とは同類の匂いがしている。 

 何かしらの欲求を抑えられず、道を外れてしまった者の匂いだ。

 道を外れてしまった者にとって、自分を肯定してくれる存在は得難い。

 見失ってしまった道の代わりに、ここにいていいと思わせてくれるから。

 もしかしたら、彼も似たような気持ちなのかもしれない。

 

「ウルフさん」

「ん? どうした、『鬼姫』? お前も飲むか!」

 

 ウルフが一升瓶を差し出してくる。

 『鬼姫』はそれを受け取り、珍しく下品に一気に飲み干してみた。

 

「ぷはぁ!」

「おお!」

「やりますね、キリカさん! これは私も負けていられない!」

 

 『死神』がまた新しい酒を飲み始める。

 なんというウワバミ。

 ゲーム内でも『状態異常:酔い』は結構リアルに再現されているというのに。

 彼、明日大丈夫だろうか?

 

「ウルフさん……」

 

 けど、今はそれよりも。

 

「今度、お友達、紹介してくれませんか?」

 

 『鬼姫』は、酔いが回ってきた頭でそう聞いた。

 ウルフはキョトンとした顔になった後、『吸血公』の方を見て何かを察したようで。

 

「おう! 今度一緒にレベル上げ行こうぜ!」

 

 ニカッと笑ってそう言った。

 後日。魔族パーティーに、攻略組への身バレ対策で変装した仲間が一人増えた。



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33 次の標的

「順調だなぁ! レベルも到達階層も、攻略組に結構差をつけたんじゃねぇか?」

「ボクは毎回、レベル上げに誘われる度に生きた心地がしないよ……。まあ、頭のネジが飛んでるだけで、根はそんなに悪い人達じゃないってことはわかったけどさ」

 

 海の大迷宮の攻略開始から二ヶ月。

 たまにレベル上げのためにミャーコを加えることも増えたウルフ達魔族パーティーは、カメ吉の尽力もあって、第十五階層にまで到達できるようになった。

 そこまで行くと、ついに自分達の適正レベルの場所にまで来たようで、レベル上げがかなり捗る。

 ウルフのレベルは70まで上がった。

 そこで成長速度がガクッと落ちたので、また事実上のレベル上限にぶち当たってしまった感はあるが。

 

 対して、攻略組のレベルは、情報が確かなら最高で60程度。

 そんなんじゃ、パワーレベリングによってレベル61まで上げたミャーコにすら届かない。

 まあ、戦闘経験が違いすぎるので、実際に戦ったらミャーコのボロ負けだろうが。

 

 そもそも彼女のステータスはVIT(防御)とAGI(俊敏)に最優先でステータスポイントを振った生存&逃げ足特化なので、戦って勝つことは考慮されていない。

 その代わり、罠にでも嵌められない限り、逃げるだけなら魔族パーティーからでも逃げられるだろう。

 『索敵』『隠密』『危機感知』のスキルも高レベルだし。

 

 それくらいミャーコの生存能力に自信があるからこそ、魔族パーティーに紹介したのだ。

 いくら仲良しとはいえ、いくら『こいつだけは殺すな』と言っておきたかったとはいえ、殺人鬼に無策で弱点を曝け出すほどウルフはバカではない。

 

 それはともかく。

 

「つーわけで、そろそろ攻略組にちょっかいかけたくなってきたぜ」

「うわ、悪い顔」

 

 現在の拠点である、海の大迷宮から少し離れた洞窟にて。

 レベル上げ帰りのウルフは、今日は泊まっていってくれるらしいミャーコの前でニヤリと笑った。

 普通の子供のように振る舞う時とは全く違う、狂気を孕んだ殺戮者の顔で。

 

「攻略組は相変わらずか?」

「うん。相変わらず足並み揃えてチンタラやってるよ。

 前回の団結した魔族が相当トラウマみたいだね」

 

 現在の攻略組は、シャイニングアーツに合わせてるというか、すがってる感じで一塊になって動いている。

 大扉を封鎖するといったような部隊を分ける作戦にも消極的らしい。

 迷宮攻略は常に主力が揃った状態で、足の遅い大軍を強引に動かして、少しずつ少しずつ進んでいるそうだ。

 

 それがまた、好都合とも厄介とも言えない。

 時間をかけてくれるのは、その分人生を謳歌する時間が増えるし、他にも色々と好都合。

 だが、攻略組の主力が揃っているところへ飛び込むのは、かなり危ない。

 

 前回、ウルフは獣化まで使って、レベル50超えのトッププレイヤーがジャンヌとタロットしかいない集団と互角だった。

 『刀神』と『傭兵王』が一緒にいた時は押された。

 魔族は強いが無敵じゃない。

 所詮は10レベル分の底上げとチートスキルがあるだけの存在だ。

 討伐不能の化け物じゃないのだから、負ける時は負ける。

 ……だが。

 

「なぁ、ミャーコから見てどう思うよ? 今のオレ達なら、主力が揃ってる攻略組を潰せると思うか?」

「う〜ん……」

 

 ウルフはミャーコにそう質問した。

 スパイ活動の一環として、たまに『フォックス・カンパニー』の戦闘部隊として、攻略組と共に海の大迷宮に潜っているミャーコに。

 

 今のウルフ達は強くなった。

 レベル70のウルフに、レベル68の『鬼姫』と『死神』、レベル65の『吸血公』と『闇妖精』。

 大迷宮深部にて、カメ吉より強いモンスターを一度に使役できる上限数まで揃えた。

 対して、攻略組は安全を最優先してレベル上げが進んでいない。

 これならば、ひょっとすると……。

 ウルフがそう思うのも当然と言えた。

 

「……やっぱり、難しいと思うよ。今の攻略組って、敵を見つけた瞬間に百人単位で魔法の雨を叩き込むところから始めるから。

 オードリーちゃんだけじゃ相殺できないし、カメ吉の耐久でも一瞬ですり潰される。

 前の時みたいに、こっちもそれなりの数の魔法使いを揃えてからじゃないとキツいと思う」

「……そっかぁ」

 

 ウルフは残念そうに耳をペタンとさせた。

 ミャーコが反射的に頭を撫でてくる。

 あわよくばと思ったが、やはりそう簡単にはいかないらしい。

 今回は前と違って餌も無いし、前回の作戦失敗でウルフの求心力も下がっているから、大勢の外道達を釣り上げることもできない。

 一応、魔族パーティーがお休みの日に、未だにウルフに好意的な外道達を集めてレベリングは行っているのだが、その数は50人足らず。

 攻略組とぶつけるには心許ない。

 

「そうなると、奴らを叩くのは予定通りのタイミングにしとくのが無難か?」

「そうだねぇ」

 

 今のところ考えているのは、やはり迷宮のボスと攻略組がぶつかっているところに乱入するプランだ。

 大混戦になることが予想されるので、連れて行くのはボスの攻撃に巻き込まれても死なないだろう少数精鋭。

 恐らくは、魔族パーティーでそのまま突撃することになるだろう。

 

 メンバーの了承は取ってある。

 『鬼姫』と『死神』はジェノサイドパーティーが大好きだし、『吸血公』と『闇妖精』はなんだかんだでウルフに優しいから。

 とはいえ、それも確約というわけではなく、状況次第ではドタキャンになる可能性もあるが。

 その場合に備えて、というより普通に戦力を増強するべく、ミャーコがフリーの魔族の勧誘を頑張っているが、そもそも、それができるなら前回の戦いの時に呼んでるわけで……。

 中々上手くいかないものである。

 

「あ、でも……」

 

 と、そこでミャーコが一つの追加情報を口にした。

 

「最近、攻略組の中で一つだけ、足並み揃えないで勝手に進軍し始めたギルドがあるんだ。

 あんまりオススメはしないけど、そっちを狙ってみるのも手ではあると思う。オススメはしないけど」

「足並み揃えてないギルド?」

 

 ミャーコが二回もオススメしないと言う連中。

 そこはかとなく嫌な予感がするが、だからこそウルフは興味を持った。

 そういう連中とも、いつかは必ずぶつかることになるのだ。

 嫌な敵は潰せるタイミングで潰しておきたい。

 

「どんな奴らだ?」

「君も何度かぶつかったことのある、有名なギルドだよ」

 

 そうして、ミャーコはそのギルドの名を告げた。

 

「シャイニングアーツと並ぶ、攻略組の双翼。

 大手ギルド『ドラゴンスレイヤー』。

 最強のプレイヤーの一人って呼ばれる『竜殺し』が率いるギルドだよ」



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34 襲撃前

『ちょっとだけど、わかったよ。ドラゴンスレイヤーの動向。

 今日のお昼から海の大迷宮に潜るみたい。

 多分、そのまま彼らの到達階層、第七階層まで一気に潜ると思う』

「となると、今から引き返せば、ちょうどかち合いそうだな。

 サンキュー、ミャーコ」

 

 ドラゴンスレイヤーの情報を聞いてから数日後。

 良い感じに、魔族パーティーとドラゴンスレイヤーが大迷宮内にいる時間が被った。

 まあ、今までにも被ってる時間帯はあったのだろうが、1フロアだけでも直径10キロを越える広さの巨大迷宮の中で、探してもいない相手と遭遇するのは難しい。

 特にウルフ達はカメ吉の機動力に任せて水路を進み、攻略組がまだ到達していない深部への最短距離を行っていたのだから。

 ドラゴンスレイヤーは攻略組本隊ほどではないものの、最低限、徒党を組んだ魔族とやり合えるだけの数は揃えているそうだ。

 全員をモンスターに乗せて水路を一気に渡るみたいな方法は使えない。

 

『……最終確認だけど、ホントにやるんだね?』

「おう。どうせいつかぶつかるなら、潰せそうな時に潰す」

 

 本気で心配そうなミャーコに、ウルフはそう答えた。

 大迷宮内で突出してしまったギルドなど、もう狙ってくださいと言っているようなものだろう。

 向こうは大軍で移動速度が遅く、逆にこっちは水路を移動できるモンスターが複数いるから、いざという時の撤退も容易。

 

 暴れるだけ暴れて、ちょっと危なくなったら、とっとと逃げる。

 ゲリラ戦ってやつだ。

 歴史が効果を証明しているほどに強力な戦術。

 それを魔族が五人も揃った今の戦力でやる。

 油断しているわけではないが、正直、ウルフには圧勝の未来しか見えなかった。

 だからこそ、圧勝できる条件が整っている今のうちに攻めるべきだと考えた。

 

 もう少しすれば、『鬼姫』と『死神』はここで効率的に上げられる上限であるレベル70に届く。

 二人とは結構仲良くなれたと思うが、さすがに共通の目的を達成した後まで、ほぼ無償で力を貸してもらえるような関係ではない。

 レベル70になったら二人は、いや『吸血公』と『闇妖精』も含めた四人は再び自由に生き、ボス戦の時か、もしくはまた何か旨みのある話が出た時に再集結。

 そういう約束だ。

 

 つまり、奴らを叩くなら今がベストタイミング。

 ミャーコが渋る理由を聞いて、それでもウルフはここで戦うことを決めた。

 

『……わかったよ。確かに、ウルフの言う通りではある。

 くれぐれも気をつけてね? 相手は何をしてくるかわからない集団なんだから』

「ああ。間違っても油断はしねぇから安心しろ。あの状態の人間の厄介さは、オレが一番よく知ってる」

 

 そうして、ウルフはミャーコとの通信を終えた。

 パーティーメンバー達に向き直り、今得た情報を告げる。

 

「聞いてたと思うが、獲物が上から来るそうだ。引き返して喰い殺すぞ」

「うふふ。了解です」

「そろそろ、モンスターではなく人を狩りたいと思っていた頃です。腕が鳴りますねぇ」

「お前ではないが、私達もこの世界にしがみつく身だ。力を貸そう」

「兄さんに感謝して」

 

 嬉しそうに笑う『鬼姫』と『死神』。

 相対的にかなりまともに見える『吸血公』に、相変わらずブラコン全開の『闇妖精』。

 好き勝手に自分の道を行くことの多い魔族達が、大きなイベントでもないのに同じ方向を向いている、またとない機会。

 実に頼もしい仲間達を見て、ウルフはニヤリと笑った。

 

「行くぞ! 竜殺し狩りだ!」

「なんだか語呂が悪いですね」

「殺しと狩りで、似たような単語が連続してますからねぇ」

「じゃあ、世界の敵をぶっ潰しに行くぞ!」

「口上など、どうでもいいわ」

「兄さん、カッコイイかけ声は大事」

「……お前が自分の意見を言ってくれるようになって嬉しいよ、オードリー」

「えへへ」

 

 実に魔族らしい纏まりの無さ。

 好き勝手なこと言って、好きに生きて、必要な時だけ協力し合う。

 そんな関係に、ウルフはもはや安心感すら覚えた。

 

 そうして、魔族パーティーは大亀に乗って上層へと向かっていった。

 道を外れた者達の悪意が、ドラゴンスレイヤーに牙を剥く。



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35 ドラゴンスレイヤー

「おらぁあああ!!」

「死ねや経験値どもぉおおおお!!」

 

 海の大迷宮第七階層。

 攻略組の片翼『ドラゴンスレイヤー』の精鋭達は、約50人という大軍で大迷宮内を突き進んでいた。

 これだけいると経験値が分散されまくってしまってもどかしいが、この数を揃えなければ群れた魔族に対処できないのだから仕方ない。

 効率を求めて全滅しましたでは、せっかく稼いだ経験値も無駄になる。

 

 これでも数百人で行進している攻略組本隊よりはマシだ。

 向こうを指揮する『聖女』の方針は『人命第一』。

 必要な時にはリスクを冒すが、できる限りは安全策を取ろうとするのが、彼女の良いところであり悪いところでもある。 

 おかげで海の大迷宮を開放するのに三年もかかった。

 今のペースだと、この大迷宮を攻略するのにも数年かかるだろう。

 

 だが、ドラゴンスレイヤーは違う。

 安全確保は最低限。

 最低限でもこんな大所帯に膨れ上がってしまったのは遺憾だが、とにかく安全よりも効率を優先する。

 何故なら……。

 

「ああ、くそっ! 足りねぇ! こんなんじゃ足りねぇ!」

「もっとだ! もっと殺すぞ!!」

「「「おおおおおおお!!」」」

 

 誰かが言った殺戮宣言に、多くのメンバーが同調して雄叫びを上げる。

 彼らの表情は鬼気迫っているというか……正直、狂気すら感じる。

 

「もっと強くなって、必ずあいつらをぶっ殺すぞ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 ドラゴンスレイヤーは叫ぶ。

 怒りを込めて、憎しみを込めて、決意の雄叫びを上げる。

 彼らは━━PK(プレイヤーキラー)に大切な人を奪われた復讐者達だ。

 攻略組の片翼なんて呼ばれているが、彼らはゲームクリアなんて目指していない。

 ただ、極悪非道の連中を殺したくて殺したくて仕方ないから戦っている。

 

 ドラゴンスレイヤーに所属しているのは、ここが一番奴らを殺せる可能性が高いからだ。

 攻略組の片翼と呼ばれるくらいに戦力が充実していて、他の大手ギルドが『PKは可能なら捕まえて投獄』を基本方針にしているのに対して、ドラゴンスレイヤーは積極的なPKの殺害、いわゆるPKK(プレイヤーキラーキラー)を許している。

 だから、このギルドの一員として戦うのだ。

 安全なんてかなぐり捨てて、怒りと憎しみを原動力に、死にものぐるいで戦うのだ。

 

「あ、あの、ジーク……」

 

 そんな復讐者達を見て、ドラゴンスレイヤーの幹部の一人である幸薄そうなエルフの魔法使い、『電撃』のクリームなんて呼ばれている女性は。

 熱狂するメンバーを無表情に眺めている、獅子のビーストマンの少年。

 ギルドマスター『竜殺し』ジークフリートに、恐る恐るといった様子で声をかけた。

 

「本当に、これで良かったのかな……」

 

 クリームは暗い顔でそう言った。

 彼女はこのギルドの古参だ。

 だからこそ、知っている。

 元々のドラゴンスレイヤーはこうじゃなかった。

 通常プレイ時代は言うに及ばず。

 デスゲームが始まって、一度は壊滅寸前にまでメンバーが減り、そこから『もう引きこもってるのは嫌だ! 俺達もシャイニングアーツに続く!』と奮起した者達が、かつての大手ギルドという看板に釣られて集まって、どうにか建て直した新生ドラゴンスレイヤー。

 あの頃も、まだこのギルドはまともだった。

 

 しかし、先代のギルドマスターが迷宮攻略で戦死し、トッププレイヤーと呼べる存在がいなくなり、彼に代わってギルドの柱となれる存在を求めて、クリームは通常プレイ時代のフレンドだったジークフリートを頼った。

 そこから、ドラゴンスレイヤーは変わっていった。

 ジークフリートは確かに、クリーム達の期待に応える活躍を、否、期待を遥かに超える活躍をしてくれた。

 ソロプレイで磨き上げた圧倒的なレベルとプレイヤースキルを存分に振るい、迷宮を攻略し、遅いくるPK達を叩き潰し、魔族すらも討伐して、彼の活躍に惹かれた者達を続々と加入させて、ドラゴンスレイヤーを一気に攻略組の片翼にまで急成長させた。

 

 だが、そのためにジークフリートはかなりの無茶をした。

 安全よりも効率優先で戦い、迷宮を攻略したものの、PK達に迷宮の鍵を破壊されることだって何度もあった。

 鍵を失ってもボスを倒して得た経験値は無駄にならず、何度もリトライして、その度に生き残った者達のレベルは上がっていったが、ついて行けないとギルドを去ったメンバーも大量にいる。

 

 失った戦力を補充するためにジークフリートが目をつけたのが、恨み辛みを募らせた復讐者達だ。

 勧誘された彼らは、我が身を顧みないレベリングで強さを求める姿勢と、復讐を許容してくれるジークフリートに心酔した。

 この頃は、まだドラゴンスレイヤーに見切りをつけられなかった古参メンバー達が残っていたので、復讐者組とまとも組でギルド内に二つの派閥が出来上がり、ギリギリまとも要素が残っていた。

 

 そのまとも要素が決定的に壊れたのが、前回の十五個の鍵を巡った戦いだ。

 あれでまともだった古参メンバーも多くが死に、生き残った者達が復讐の狂気に飲まれ、更にあの戦いで仲間を失った者達を大量に勧誘したことで、一気にギルド内の復讐者比率が跳ね上がった。

 もはや、対人戦より対モンスター戦を得意としていた頃のドラゴンスレイヤーの面影は無い

 まともなのは、憎しみよりも仲間達への恐怖が先行して復讐心に飲まれなかったクリームを含む数人程度。

 それもいつまで保つか。

 

 クリームはジークフリートを勧誘してしまったのが自分だという責任感だけで、このギルドにしがみついている。

 その程度の意志で、集団心理で染めようとしてくる狂気にどれだけ抗えるか。

 近いうちに限界を迎えて染まるか、あるいは逃げ出してしまう予感しかしない。

 

 だから、クリームは今のうちにジークフリートに問いかけた。

 ドラゴンスレイヤーをこんな風に変えた彼に、本当にこれで良かったのか、本当にこれがあなたの望みだったのかと。

 そんな問いかけに対して、最強のプレイヤーの一人と呼ばれる少年の答えは……。

 

「安心しろ、クリーム。俺達は『正義』だ。

 正当な大義のもとに悪を断罪し、この狂った世界から皆を解き放つ『英雄』だ。

 何も心配することは無い」

「…………そっか」

 

 ジークフリートは、別に復讐の狂気に飲まれているわけではない。

 ただ、復讐者達を利用しているだけだ。

 狂気に飲まれず、狂気を利用しているはずの彼こそが……実は一番狂っているのかもしれない。

 復讐ではない何かに取り憑かれたようなジークフリートの横顔を見て、クリームはそんな風に思ってしまった。

 

 自分がいなくなった後、歯止めが利かないドラゴンスレイヤーがどこまで行くのか。

 クリームは恐ろしい未来予想に対する恐怖と、彼を勧誘してしまった者としての罪悪感で震えが止まらなくなった。

 

「『索敵』に反応あり! 次が来るぞ! 数は三体!」

「三体か……って、おいおい。随分可愛いお客さんだな」

「「「きゅーい」」」

 

 と、その時、新しいモンスターが現れた。

 水面から顔だけを出して泳いでくる、三体のイルカだ。

 水族館の人気者。

 愛らしい顔で戦意を削いでくる強敵だった。

 

「見たことねぇ奴らだし、レアモンスターかもしれねぇ! 狩るぞぉ!!」

「「「おう!!」」」

 

 しかし、可愛くてもモンスターはモンスター。

 一部のメンバー以外は微塵の躊躇もなく、イルカ達に魔法や弓矢を向けた。

 復讐に取り憑かれ、彼らを経験値としてしか見れなくなっている。

 いや、復讐云々に関係なく、この場ではそれが最適解なのだが。

 

「「「死ねぇ!!」」」

「「「きゅ」」」

 

 放たれる遠距離攻撃の嵐。

 だが、イルカ達は瞬時に水底に潜ることによって回避した。

 

「逃がすか!」

 

 何人かが追撃をかけるべく、水面に向けて走っていく。

 雷魔法の使い手達だ。

 大抵の魔法は水の中で威力が減衰するが、雷魔法は逆に強力になる。

 通電が再現されているのか、水の中全体に攻撃が行き渡るのだ。

 水面に撃っても電撃が表面を流れるだけだが、水に杖を突っ込んで行使すれば、水中の敵を一網打尽にできる。

 うっかり水に触れていると自分も感電するので、そこは注意が必要だが。

 

「お前は行かなくていいのか?」

「わ、私はちょっと……」

 

 『電撃』の二つ名を持つほどに雷魔法を鍛え上げているクリームもジークフリートに追撃を勧められたが、ちょっと今は可愛いモンスターを虐殺する気力が無かった。

 何人も行ったし、自分が行かなくても大丈夫だろうという気持ちもあった。

 ……しかし。

 

「きゅきゅー!」

「ぐぇ!?」

 

 クリームの予想は外れた。

 水面に杖を突っ込んだ雷魔法使いの一人が、強烈なアッパーカットを食らって吹き飛ぶ。

 彼はINT(知力)極振りで、VIT(防御)をあまり上げていない魔法使いだったことが災いし。

 人体急所である首から上に渾身の一撃を食らってしまったことも相まって、一発でHPを全損した。

 

 一人のプレイヤーがデータの塵となり、消える。

 

「え……?」

「「きゅきゅ!」」

「あがっ!?」

「ごはっ!?」

 

 それに呆然としているうちに、また二人やられた。

 今度の二人は被弾した時のためにVIT(防御)を少しは上げていたので、一撃死はしていない。

 だが、一撃でHPの七割以上を消し飛ばされている。

 三人がやられるまで、僅か二秒弱。

 そこでようやくドラゴンスレイヤーは正気に戻り、仲間の仇に武器を向けた。

 

「な、なんだこいつら!? 気色悪っ!?」

「「「きゅーい」」」

 

 仲間を殺したのは、さっきの三体のイルカだった。

 しかし、さっきと同じ目では見れない。

 仲間を殺してくれたからというのもあるが……奴らの姿が思っていたのと全然違ったからだ。

 

「うっ……!」

 

 さっきは水面から頭しか出していなかったから気づかなかったが、こいつらイルカなのは頭だけで、首から下は人間体だ。

 それも、未来から来た殺戮ロボット並みの筋肉の塊。

 筋肉モリモリマッチョマンの変態だった『超英雄(スーパーヒーロー)』すら超える、筋肉ゴリゴリマッチョマンのイルカもどき。

 頭上に表示される名前は『マッスルドルフィン』。

 愛らしい顔と声との恐ろしいまでのギャップに、先ほどあれを可愛いと思ってしまったクリームは、猛烈な吐き気に襲われた。

 

「「「きゅきゅー!」」」

「うわぁ!? こっち来たぁ!?」

「おえっ!?」

 

 イルカを冒涜するがごとき、あまりにもあんまりなビジュアルに、復讐者達は今までとは別種の精神攻撃を食らって動きが乱れた。

 ……だが。

 

「情けない。『ブレイクソード』!!」

「きゅ!?」

 

 ギルドマスターである『竜殺し』ジークフリートが即座に動き、大剣の必殺スキルでマッスルドルフィンを真っ二つにした。

 残り二体のマッスルドルフィンは警戒するように距離を取り、ジークフリートはこんなのに動揺させられた仲間達に活を入れる。

 

「お前達! こんな悪ふざけに翻弄されるなんて、情けないことこの上な……」

「ギルマス! 新手です!」

 

 しかし、ジークフリートの言葉を遮るように『索敵』持ちが声を上げた。

 見れば、マッスルドルフィンが現れたのとは反対方向の水面から、巨大な亀が浮上してきていた。

 見覚えがある。

 あれは階層間を移動する、極端に数の少ないレアモンスター……。

 

「ビッグタートルか!」

「ボォオオオオオオオオ!!!」

 

 巨大な亀、ビッグタートルが咆哮を上げ、その口の中に水流が渦巻いた。

 ブレスの予備動作。

 

「迎撃しろ!」

「は、はい!」

 

 ジークフリートの指示に従い、クリームを始めとした魔法使い達がビッグタートルに杖を向ける。

 

「『ダークネスレイ』」

「何っ!?」

 

 だが、本命の一撃は全く違う方向から放たれた。

 マッスルドルフィンが出てきた方向とも、ビッグタートルが浮上してきた方向とも違う場所から、とんでもない威力の闇の光線が襲ってきた。

 それに飲まれて何人もがデータの塵になって消える。

 

「くっ……!」

 

 なんとかジークフリートが大剣を振るい、超遠距離から放たれたせいで威力の減衰した魔法を両断したが、少なくない被害が出た。

 

「ーーー!!!」

 

 そして、ビッグタートルの方も攻撃を待ってはくれない。

 渦巻く水流のブレスがドラゴンスレイヤーに叩き込まれる。

 

「『ライジングボルト』!」

「!!!?」

 

 しかし、さっきの闇の光線に比べれば弱々しい攻撃だ。

 威力でも相性でも上回るクリームの雷魔法が水流のブレスを押し返し、そのままビッグタートルに直撃した。

 ブレスである程度は相殺できただろうが、水棲系モンスターに対して効果抜群の雷魔法、それもトッププレイヤーの一人であるクリームの魔法の直撃。 

 耐久力が自慢のビッグタートルも無事では済まず、一撃でHPの一割が消し飛んだ。

 

 ……だが、敵の本命はそのどれでもなかった。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「『三日月斬り』!」

「『デスサイズキル』!!」

「「「ッッ!?」」」

 

 今までの襲撃と攻撃、その全てが陽動。

 本命は各方面に意識を散らされたこちらにの懐に、ブレスと魔法の派手なエフェクトと轟音を隠れ蓑にした三人の化け物が潜り込むこと。

 まるで十五個の鍵を巡る戦いの時のような、陽動&不意打ち作戦。

 モンスターとは比較にならない、悪意に満ちた攻撃。

 

「よぉ! 喰い殺しに来てやったぜ! クソ野郎ども!」

 

 三つの必殺スキルで甚大な被害を被ったドラゴンスレイヤーに対して、漆黒の人狼が牙と殺意を剥き出しにしながら咆えた。



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36 竜をも殺す者達

 魔族パーティーの作戦は成功した。

 ビジュアルにインパクトがあり過ぎるマッスルドルフィンを先行させて注意を引き、別方向からカメ吉を向かわせて更に注意を引く。

 彼らは海の大迷宮でテイムしたモンスターなので、ここまでなら魔族の仕業と勘づかれることはないだろう。

 

 そして、カメ吉のブレスを見せ札として使い、魔法使い達にその対処を強いたところで、『闇妖精』の魔法をドーン。

 混乱したところにカメ吉のブレスを叩き込み、それが迎撃されるエフェクトを目眩ましにして、ウルフと『鬼姫』と『死神』が突撃。

 『索敵』のスキルは敵の存在を発見はできても、その種類まではわからない。

 モンスターなのか、魔族なのか、PKなのかもわからない。

 その特性を利用し、モンスターの仕業に見せかけて、こっちの戦力を誤認させて奇襲を成立させた。

 

「やられたな」

 

 『竜殺し』ジークフリートが、あたりを見渡しながらそう言った。

 今の奇襲だけで、50人のうち30人は倒された。

 やられた30人の中の10人は死んでいる。

 プレイヤーはしぶとい。

 腹に穴が空こうが、半身が吹き飛ぼうが、HPさえ残っていれば死にはしない。

 それが一瞬で10人も殺され、20人が戦闘不能にされた。

 初撃の成果としては大成功も大成功。

 ……だが。

 

「『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』……!!」

「『鬼姫』に『死神』までいやがる……!」

「ありがてぇ……! 俺の親友はあの骸骨にやられたんだ……! ようやく仇が討てる……!!」

 

 残った20人は、ほぼ全員がまるで戦意を喪失していなかった。

 クリームだけは顔を真っ青にしているが、残りは皆、殺意マックスのやる気全開だ。

 死んだ仲間も、倒れて激痛に呻く仲間も、目に入っていないのではないかとさえ思わされる凶相。

 

「なるほど。確かに、前回とは大分違ぇな」

 

 ウルフはそんな彼らを、実に冷ややかな目で見た。

 復讐心を向けられても、同情も反省も後悔も感じはしない。

 感じるのは奴らと同じ、ひたすらの殺意のみ。

 

「魔族が三人。いや、さっきの魔法を見るに『闇妖精』もいるか。

 『闇妖精』がいるってことは、多分『吸血公』もいるよな。

 魔族が五人。凄い戦力だ。

 ああ、まったく、()()()()

 

 敵の首魁『竜殺し』がニヤリと笑った。

 仲間が死んでいるのに、倒れているのに、全く気にした様子もなく、大剣の切っ先をこちらに向ける。

 

「━━全員討伐するぞ! 勇敢なる仲間達よ、俺に続け! 共に大悪を討ち倒した『英雄』となろう!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 ドラゴンスレイヤーが雄叫ぶ。

 殺意の咆哮を上げながら、残った20人が三つに分かれて、ウルフ、『鬼姫』、『死神』に向かってきた。

 比率としてはウルフに5人、『鬼姫』に6人、『死神』に9人。

 これは多分、戦略的なチーム分けじゃない。

 それぞれが恨んでる相手に突撃しただけだ。

 

「うふふ。気概のある相手は好きですよ。斬り甲斐があって!」

「私はもっと絶望して泣き崩れてくれるのが好みなんですがねぇ……」

 

 同じ快楽殺人鬼でも趣向が違うのか、『鬼姫』は生き生きと、『死神』はややげんなりとしながら迎撃を開始した。

 

「かかって来いよ、カスどもぉ!!」

 

 ウルフに関しては、やる気など心配する必要もない。

 彼の攻略組への殺意はいつでもマックスだ。

 まして、今回は海の大迷宮を開放された時の恨みも加算されて、殺意120%。

 ドラゴンスレイヤーにも勝る咆哮を上げながら、獣化発動中で漆黒の人狼となったウルフが駆ける。

 

「「「死ねぇ!!」」」

「うるせぇ! テメェらが死ねぇ!!」

 

 ウルフの拳が先頭を走っていた盾持ちに叩き込まれ、彼は盾ごと拳にぶち抜かれて一撃で死んだ。

 レベル70に至ったウルフの獣化状態での一撃だ。

 半端なステータスでは受けられない。

 

「ハァ!!」

「ぎっ!?」

「ぶべっ!?」

 

 ウルフはあっという間にもう二人潰し、自分に向かってきた最後の二人へと接近する。

 残る二人のうちの一人は『竜殺し』、もう一人は杖を構えたクリーム色の髪の女。

 女の方はわからないが、『竜殺し』は最強のプレイヤーの一人と呼ばれる男だ。

 瞬殺したザコどものようにはいかないだろう。

 

「らぁああああ!!」

 

 相手を侮らず、ウルフはまず体重の乗っていない軽めの拳を牽制として放った。

 ボクシングのジャブのようなものだ。

 三年も戦っていれば、独学でも多少の駆け引きくらい覚える。

 武術の達人だった『超英雄(スーパーヒーロー)』とぶつかったことで、少しは駆け引きの精度も上がったかもしれない。 

 

「ふっ!」

 

 だが、駆け引きに関しては、向こうの方が遥かに上だ。

 ジークフリートはウルフの左拳をサイドステップで回避。

 回避行動を取りながら力を『溜め』、ウルフの腕の外側から必殺スキルを繰り出した。

 

「『クロスブレイド』!!」

「!」

 

 ☓字を描く二連撃の斬撃を高速で繰り出す必殺スキル。

 そこそこ強力で、その分溜め時間も数瞬ではなく数秒は必要な必殺技。

 それを、かなり的確なタイミングで繰り出してきた。

 恐らく、仲間がやられるまでに稼いだ僅かな時間を溜め時間に使ったのだろう。

 仲間を肉壁扱いする姿勢はともかくとして、必殺スキルの使い方が上手い。

 基本的に自前の技術で戦い、必殺スキルは補助程度にしか使わない『超英雄(スーパーヒーロー)』や『刀神』とは、また違った強さだ。

 

 ジークフリートは、通常プレイ時代初期からこのゲームをやり込んできた廃ゲーマーである。

 純粋な技術では武術や剣術の達人である『超英雄(スーパーヒーロー)』や『刀神』に及ばないが、その分、彼にはこのゲームに適合した強さがある。

 ……とはいえ。

 

「ふん!!」

 

 放たれたクロスブレイドを、ウルフは即座に引き戻した左腕を盾にして防ぐ。

 リーチが短い代わりに、取り回しがしやすくて回転率が速いのが徒手空拳の強みだ。

 加えて、さっきの拳が牽制の軽い一撃だったからこそ、即座に引き戻せる。

 

 クロスブレイドは強烈で、ガードの上からでもウルフのHPを削ったが、それも致命傷どころか重傷にすらならない軽傷。

 レベル差と獣化による、圧倒的な防御力が為せる業だ。

 ジークフリートと同じく最強の一角と呼ばれる『刀神』ですら、獣化したウルフを相手にしては防戦一方だった。

 なら、この結果は至極当然。

 

「くたばれ!!」

 

 ウルフが温存していた右拳に力を込め、攻撃直後の隙を晒すジークフリートに殴りかかる。

 ……だが。

 

「『ボルティックランス』!」

「!」

 

 奥にいたクリーム色の髪の女が、ウルフ目がけて雷の魔法を放つ。

 頭の中にアラートが響き渡った。

 『危機感知』のスキルによる警告音。

 それがそこそこの音量で鳴るということは、この雷の槍は今のウルフでも、食らえばそれなりのダメージを受ける攻撃であるということ。

 間違いなく並の攻略組が放てる攻撃じゃない。

 彼は咄嗟に飛び退いて雷の槍を避けた。

 

「テメェ、トッププレイヤーだったのか……! 覇気が無さすぎて、まんまと騙されたぜ……!」

「うっ……。よ、弱そうですみません……」

 

 思わず謝ってしまうクリーム色の髪の女こと、『電撃』のクリーム。

 表情も雰囲気も本当に弱そうに見えるが、古参プレイヤーとしての確かな力量を認められ、経験値を得る機会を優先的に回された彼女のレベルは58。

 このメンバーの中では、ジークフリートに次ぐ高レベルだ。

 

(さっき、カメ吉のブレスを押し返したのは、こいつの魔法か。見てなかった)

 

 カメ吉がブレスを放った時、ウルフ達は『吸血公』の使役獣達に牽引されながら水中を猛スピードで移動していた。

 おかげで、ウルフ達の『隠密』を見抜けるほど高レベルの『索敵』持ちの声が、ブレスと魔法の轟音にかき消されている間に奇襲できたのだが、代わりに迎撃の魔法が放たれる瞬間を目撃できていなかったのだ。

 

「まあ、別に構わねぇ。たった二人のトッププレイヤーで、オレに勝てると思うな!!」

 

 ウルフが強気に咆える。

 別に強がりでも敵を侮っているわけでもなく、レベル差を考えた上での当然の結論だ。

 

 敵のレベルは60前後。

 第七階層ごときでモタモタしているということは、ミャーコの情報に間違いは無いだろう。

 対して、こちらはレベル70+魔族の力全開だ。

 『MP自動回復』のスキルレベルも随分と上がった今、獣化もかなりの長時間保つ。

 これで負けるのなら、もうどこを反省すればいいのかすらわからない。

 

「確かに、俺達二人じゃ、お前には勝てないだろうな」

 

 ジークフリートはその事実を認めた上で━━ニヤリと笑った。

 

「だが、誰が俺達二人だけで相手すると言った?」

「は? ……ッ!?」

 

 その瞬間、ウルフに襲いかかってきたのは、無数のゾンビ達だった。

 いや、ゾンビと見間違いそうになるほどボロボロのプレイヤー達だった。

 最初の奇襲で倒し、即座に戦闘可能な状態にまで回復するのは無理だろうと判断して、トドメを刺すのを後回しにしていた奴ら。

 それがボロボロの体を、激痛が走ってるだろう体を引きずりながら、ウルフに特攻を仕掛けたのだ。

 

「俺達は『ドラゴンスレイヤー』。竜すらも殺す者達。たとえ塵になろうとも、強大な怪物であるお前達と刺し違える覚悟がある」

「「「死ねぇ!! クソ野郎ぉ!!」」」

 

 復讐の狂気に駆られた者達が、ウルフに向かって押し寄せる。

 ブチ切れてる奴が一番怖い。何をするかわからないから。

 底知れない怒りを攻略組に抱く自分の行動を振り返って、ウルフは同じく怒りに支配されたドラゴンスレイヤーを警戒していた。

 なのに……。

 

「……チッ。悪かったなぁ。我ながら腑抜けたこと考えてたぜ!!」

 

 初撃で相手を瓦解させ、調子に乗って警戒が緩んでしまっていた。

 ウルフはそんな腑抜けた思考に活を入れ、兜の緒を締め直して、向かってくる復讐者どもに牙を剥いた。



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37 復讐者VS殺戮魔狼

「うぉおおお!!」

「コロ太郎の仇ぃ!!」

「報いを受けろぉぉ!!」

 

 痛む体を怒りで無理矢理動かして、復讐者達がウルフに襲いかかる。

 技術も何もない、ガムシャラな突撃。

 当然、そんなものが超格上(ウルフ)に通じるはずもない。

 

「失せろ! 死に損ないども!!」

 

 腕を振るう。

 圧倒的なステータスの差によって、薙ぎ払うウルフの腕に当たった者達は簡単にHPを全損し、データの塵に変わった。

 元々、最初の魔族四人がかりの不意打ちで、本来なら立てないほどにダメージが蓄積していたのだから、さもあらんだ。

 だが、

 

「「「あああああああ!!」」」

 

 仲間が死のうがお構いなしに、復讐者達は突撃をやめない。

 このままでは無駄死にだ。

 それがわからないほどに、思考回路まで復讐の狂気に染め上げられているのかとウルフは訝しみ……直後に行われた異様な攻撃に目を剥いた。

 

「『ボルティックランス』!」

 

 まず放たれたのは、クリームからの援護射撃。

 これは普通だ。

 ちゃんと仲間を巻き込まないように、身長が高い獣化状態のウルフの頭を狙っている。

 先ほどと同じく鳴り響く警告音に従い、彼はサイドステップで雷の槍を避け……。

 

「『ノックアップスラッシュ』!」

「ッ!?」

 

 避けようとした瞬間に、前方から必殺スキルの一撃を受けた。

 背を屈め、復讐者達の中に埋もれるようにして紛れて近づいてきていたジークフリートが、下から上へと斬り上げる強烈な必殺スキルを放ったのだ。

 

 ━━先行した仲間を斬り裂き、その体を目眩ましに使いながら。

 

「おいおい、マジか!?」

 

 クリームの魔法と肉壁、二重の目眩ましによって撹乱され、咄嗟に反応はできたものの、完全には避け切れずに脇腹を斬られてしまったウルフは驚愕の声を上げた。

 

 今のは上手かった。

 ウルフの回避能力の根幹を担っている『危機感知』のスキルは、食らったら受けるだろうダメージに比例したアラートを鳴らしてくれるというもの。

 今みたいに殆ど同時の攻撃を仕掛けられてしまうと、より強い攻撃に対するアラートが、もう片方の攻撃に対するアラートを塗り潰してしまう。

 だが、もちろん問題はそんなことではない。

 

「パーティー内、ギルド内、同盟内でのフレンドリーファイアは事故にカウントされて罪の烙印は出ない。

 あまりにダメージを与えすぎれば故意と判断されるが、それも相手側が事前に了承の契約をしていれば問題ない。

 知らなかったか?」

 

 ジークフリートが平然とそんなことを言う。

 復讐者達にも動揺は無い。

 最初からそう決めていたと言わんばかりに。

 たとえ塵になろうとも刺し違えるという言葉に嘘は無いのだと言わんばかりに。

 

「イカれてんなおい! オレ以上にトチ狂ってんじゃねぇか!」

 

 見れば『鬼姫』と『死神』の方も、このゾンビ肉壁戦法に苦しめられていた。

 特に『死神』の方が少しやばそうだ。

 彼の固有スキルは滅茶苦茶凶悪だが、死を恐れない死兵どもとは相性が悪い。

 

 ウルフはパワーで、『鬼姫』は刀の圧倒的な斬れ味で雑兵どもを鎧袖一触できるが、シンプルな攻撃力に関しては二人に劣る『死神』はそうもいかない。

 あと、単純に彼に群がってる連中が一番多い。

 一番殺してるから、一番恨みを買ってるのだ。

 

「「「死ぃぃぃねぇぇえええ!!!」」」

「参りましたね、これは……!」

 

 『死神』が苦々しい声を出した。

 雑兵と言っても、さすがは命よりも効率を求めるドラゴンスレイヤーと言うべきか、全員が最低でもレベル40を超えている。

 中にはレベル50を超えてそうな奴も何人もいる。

 

 そんなのが何人も何人も、命を捨ててでも道連れにしてやるとばかりに群がってくるのだから、堪ったものではない。

 死の神と呼ばれた男に最も有効なのが、死を恐れぬ者達による特攻というのは、中々に皮肉だ。

 

「おおお!!」

「「きゅい!?」」

 

 そんな『死神』を助けるべく援護に回っていた、二体のマッスルドルフィンがやられた。

 他のモンスターはまだ来ない。

 不意打ちのための隠密を優先して、『吸血公』は『闇妖精』と一緒に、彼女の最大射程ギリギリの場所で隠れていたので、彼の近くにしか呼び出せない召喚獣や使役獣が来るまで、まだ少し時間がかかる。

 『闇妖精』による援護射撃も、距離があってはフレンドリーファイアの可能性が高くて撃てない。

 それはカメ吉も同じだ。

 

「イカれてるだと!? お前が言うな!! お前にだけは言われたくない!!」

「お前が俺達をこうしたんだろうがぁ!!」

「自分の罪の報いを受けて死ねぇ!!」

 

 ウルフの「イカれてるな」という発言を聞いて、復讐者達の特攻は苛烈さを増した。

 怒りに任せて、恨みに任せて、憎しみに任せて、彼らは命を捨てる。

 

「お前のせいだ!! お前のせいであいつは!!」

「返せ!! 私の恋人を返せ!!」

「なんでだ!? なんで平然と人の命を奪えるんだ、この悪魔がぁあああ!!」

 

 彼らは叫ぶ。

 憎い仇に向けて、溜まりに溜まった激情をぶち撒ける。

 なんで自分達の大切な人達を奪った?

 なんで大切な人達が、あんな目に合わなければならなかった?

 

「お前のせいだ!!」

「お前のせいだ!!」

「お前のせいだぁああああ!!」

 

 目の前の敵は、自分達のことをイカれていると称した。

 お前にだけは言われなくない。

 自分達がイカれているというのなら、その原因は間違いなくお前だ。

 

 お前のせいで自分達はこうなった。

 報いを受けろ。

 報いを受けろ、報いを受けろ、報いを受けろ!

 彼らはそう叫びながら、魔族達に襲いかかる。

 

 己の罪の象徴。

 己が狂わせてしまった被害者達。

 そんな彼らの憎悪を叩きつけられて、ウルフは……。

 

「うるせぇえええええええ!!!」

「「「ごふっ!?」」」

 

 懺悔するどころが、逆にキレた。

 キレて復讐者達を力の限り殴り飛ばした。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、ギャーギャーと……!」

 

 ウルフは、イラ立っていた。

 彼らの()()()()()()()()()()()()に、怒り狂っていた。

 彼の全身から、ドス黒く悍ましい威圧感が放たれる。

 

「踏みつけられて奪われたのがそんなに憎いか? ああ、そうだろうなぁ。オレもそうだった。

 社会に見捨てられて、誰も助けてくれなくて、地獄の底で死んだように生きてたよ。

 オレが苦しんでるのに、平気な顔して回ってる社会を憎んでたよ」

「「「!?」」」

 

 ウルフの眼光が復讐者達を射抜く。

 ━━怖い。

 何故か、そう何故か、彼らは反射的にそう思ってしまった。

 

「なぁ、おい。オレが苦しんでる時に、テメェら何してた?

 のほほんと笑って生きてたか? 自分のことで精一杯だったか? オレのことなんざ知りもしなかったか? それとも、オレみてぇな奴がいるって知ってて無視してたか?」

 

 怖い。

 その眼から感じるあまりの怒気に、あまりの殺意に、体が勝手に震える。

 

 今まで殺してきたPK達は、ドラゴンスレイヤーの狂気に怯えて飲まれて死んだ。

 殺すことはできても、殺される覚悟が無い奴らばかりだった。

 けれど、目の前の狼は違う。

 怯えるどころか、自分達以上の殺意で、逆にこっちを飲み込もうと……。

 

「━━どうでもいい」

 

 その時……フッと、ウルフの目から色が消えた。

 

「テメェらの事情なんざどうだっていい。

 テメェらがオレの事情になんざ見向きもしなかったのと同じだ」

 

 ゴミを見るような目で、ウルフは復讐者達を見た。

 

「オレを助けてくれたのは救世高徳と、同じく現実に絶望するダチだけだ。

 なのになんで、それ以外の奴らに、助けてもくれなかった奴らに、オレが配慮しなきゃならねぇ?

 テメェらは苦しんでるオレを見捨てたのに、オレにはテメェらを傷つけるなってか?

 ふざけんじゃねぇ。ふざけんじゃねぇぞ!!」

「「「ッ!?」」」

 

 ウルフの眼に激情が戻る。

 復讐者達は、それに気圧された。

 

 相手が悪で、自分達は被害者。

 この行いは正義じゃない。

 けれど、正当な復讐である。

 そんなドラゴンスレイヤー達の認識が、ウルフの憎悪に満ちた言葉で揺らぐ。

 

「何もしなかったことが無実と同義だと思うな。

 テメェらは普通に生きてるだけで、オレみてぇな奴を踏みつける腐った社会を回してるだけで、オレ達を見捨てて踏みつけて苦しめてるんだってことを自覚しろ。

 報いを受けろだと? こっちのセリフだ!!

 テメェらがオレを恨むように、テメェらもオレに恨まれて当然の立場なんだって知って死ね!!」

 

 ウルフの憎悪。

 それは、社会全体に向けられている。

 現実世界では、誰も彼もが彼を助けてくれなかった。

 彼のように苦しんでいる者達がいるということは、社会問題として何度もニュースで取り上げられていたはずだ。

 なのに、皆が彼を無視した。

 町行く人達は皆が皆、彼になんて見向きもせずに、自分のことだけを考えていた。

 

 ウルフは憎んでいる。

 そんな腐った社会を。腐った現実世界を。

 恨んでも憎んでも、圧倒的な力で押さえつけられて、ロクに歯向かうことすら許されなかった地獄のような世界を。

 そんな地獄に送り返そうとする攻略組は特に嫌いだ。

 けれど、

 

「この世界は平等だ! 相手のことが気に食わなけきゃ、強くなってぶん殴ればいい!

 テメェらはオレが許せねぇ! オレはテメェらが許せねぇ!

 なら、正々堂々と勝負しようじゃねぇか! 同じスタートラインから積み上げてきた力を使ってよぉ!

 生まれの差、貧富の差、環境の差、才能の差、色んな差で喧嘩すら成立しねぇ、あの腐った現実と違って、ここではそれが許されるんだからなぁ!!」

 

 奇しくも、救世主が言いたかったことを誰よりも実践している狼が、押さえつけられることの無くなった殺意を全開にして、目の前の敵に襲いかかった。

 牙を剥き出しにして、殺意の拳を握って、憎悪の化身となった漆黒の人狼が迫ってくる。

 

「ガァアアアアアアアアアア!!!」

「ぁ……」

 

 復讐者達は……意気込みで負けた。

 激情をぶつける復讐だけを考えていた彼らは、自分達以上の激情をぶつけ返されることを想定していなかった。

 あまりにも強すぎる感情の宿った言葉と威圧感によって、ほんの少し、ほんの僅かにでも『悪いのは自分達じゃない。全部こいつが悪い』という思想が揺らいでしまった者達の動きが乱れる。

 

「おらぁあああああああああ!!!」

「あがっ!?」

「ぐぎゃっ!?」

「ひぃ!?」

 

 ウルフの拳に叩き潰され、牙に噛み千切られ、掌に握り潰され、脚に踏み潰され。

 そして、何より殺意に飲まれて。

 彼らは次々にデータの塵となって死んでいく。

 

 集団心理による高揚で纏まっていたのだから、一部の者達がそれ以外の感情に飲まれてしまえば、飲まれた者達の弱気と恐怖もまた、即座に伝播してしまう。

 それが徒党を組まねば復讐などできなかった者達の致命的な弱点。

 

「ブルルル……!」

「ギョギョ!」

「キィ! キィ!」

「カァアアーーー!」

 

 更に、ここで魔族側に援軍。

 『吸血公』の使役獣と召喚獣が到着し、互角だった『鬼姫』との戦いも、優勢だった『死神』との戦いも、全てがひっくり返されていく。

 

「『ダークランサー』!」

「ッ! 『ボルティックランス』!」

 

 『吸血公』と一緒にいた『闇妖精』も、援護射撃ができる距離まで近づいた。

 それでもまだ距離があり、距離による威力減衰があるおかげでクリームがどうにか相殺できているが、今だけだ。

 

 もう少し近づかれたら、レベル差と種族差で押し潰される。

 それを覆すための数の差は、モンスターの援軍と、ウルフと相対していた者達の心が折れたことで瓦解している。

 

「……ここまでだな」

 

 そんな酷い戦場を見て、ジークフリートがポツリと呟いた。

 彼は即座に行動する。

 ウルフに蹂躙される仲間達を見捨て、一番優勢だったおかげで、まだ付け入る隙の残っている『死神』のところへ走った。

 

「『ヘビースラッシュ』!」

「む!?」

 

 ジークフリートが『死神』に向けて必殺スキルを放つ。

 重さを大きく増しているかのような強烈な一撃。

 『死神』はそれを大鎌で受けたが、目の前の復讐者達の対処に必死で、不完全な体勢で受けたことが祟り、押し切られた。

 

「うぐっ!?」

 

 『死神』の左腕が切断されて宙を舞う。

 思わず残った右腕で左腕の切断面を押さえてしまい、大鎌は左腕と共に地面に落ちた。

 その代償に、ジークフリートという戦力を失った対ウルフ部隊がやられるスピードが跳ね上がる。

 

「『死神』の象徴は奪った! そのまま押し潰せ!!」

「「「うぉおおおおおお!!!」」」

 

 ギルドマスターの活躍に奮起し、対『死神』部隊の指揮が跳ね上がる。

 狂気を引っ剥がされたのは、ウルフと相対していた者達だけだ。

 他の者達は、未だに復讐の狂気で狭まった視野のまま、命を捨てた特攻を続けている。

 

「撤退するぞ、クリーム。少し苦しいが、この腕と大鎌を証拠に、奴らにも痛みを与えることには成功したという設定で、他の連中を納得させる」

「ちょ!? ジーク!?」

 

 だが、彼らを焚き付けた当のジークフリートは、『死神』の大鎌と左腕を回収し、その足で一番使えるクリームも回収して、彼女を無理矢理肩に担いで二人だけで逃げた。

 当然、最高戦力二人が抜けてしまえば、残った者達に勝ち目は無い。

 無いのだが……皮肉なことに、復讐心に染まって視野の狭まっている者達は、自分達のリーダーが逃げたことに、まだ気づいていない。

 

「逃げんなコラァ!!」

 

 ウルフが彼らに向かって咆えるが、実際に追いかけることはできない。

 このままジークフリート達を追えば、目の前で片腕とメインウェポンを失って追い詰められる『死神』を見捨てることになるからだ。

 

「……チッ!」

 

 ウルフは忌々しそうに舌打ちしながら、『死神』に加勢した。

 こんな勝ち確定の場面で欲をかいて、貴重な協力的な魔族を失うなんてバカげている。

 相手の思惑に乗るのは癪だが、ここはこちらの損耗を最小限に抑えつつ、残った敵を確実に殲滅するのが正解。

 

「も、申し訳ない……。助かりました、ウルフさん」

「気にすんな!」

 

 その後、ほどなくして逃げた二人以外の敵は全滅。

 こちらの被害は『死神』の大鎌と左腕、あと使役獣が何体かやられた程度。

 召喚獣も結構やられたが、あれは『吸血公』のMPがあればいくらでも召喚できる上に、召喚してから30分で消える使い捨て戦力なので問題ない。

 その程度の損耗に対して、敵はレベル40以上の精鋭が48人も死亡。

 完全勝利と言って差し支えない戦果だ。

 

「……チッ」

 

 しかし、敵の首魁である『竜殺し』を逃してしまったことに、そこはかとなく嫌な予感を覚えて、ウルフはもう一度舌打ちをした。



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38 外道達の友情

「ウルフさん、今回は本当にありがとうございました」

「だから、気にすんなって。つーか、元々オレの依頼で戦ってもらったんだから、お前はオレに大鎌の弁償を請求したっていいんだぜ?」

 

 律儀にペコペコと頭を下げてくる『死神』に、ウルフは戦闘中に見せた憎悪を綺麗サッパリどこかへと隠して、カラカラと笑いながらそう言った。

 一番殺してる大量殺人鬼のくせに、『死神』は魔族パーティーの中で一番礼儀正しい。

 そんな彼にとって、今回のことは頭を下げて当然の出来事だった。

 

「弁償なんて、そんなことは言いませんよ。

 私は納得した上で戦い、自分の不始末によって追い詰められ、武器と腕を失った。

 そして、あなたに助けられた。

 上司の責任を被らされたり、誰かのミスを押しつけられた時と違って、頭を下げるべき正当な理由がある。

 必要な時に頭を下げられなければ、私はあの畜生どもと同じになってしまう」

 

 『死神』の中には、彼なりの信念があった。

 トチ狂って外道に堕ちようとも、もっと醜悪で陰湿で卑怯だったあの畜生どものようにはならないという信念が。

 

「……ウルフさん。あなたが奴らに言ったセリフ、聞こえていましたよ」

 

 『死神』は目も口も無い骸骨の顔に、なんとなく穏やかな表情を浮かべていそうな柔らかい雰囲気で、そんなことを言い出した。

 

「心が洗われるようでした。

 あれは私が心の中に溜め込んで、上手く言葉にできずに呪いに変えてしまった感情そのものだった。

 あなたの叫びは、私の心の中からも、澱んだ感情を解き放ってくれました」

 

 『死神』は思い出す。

 苦しい苦しいと、心の中で叫び続けていた頃のことを。

 誰も手を差し伸べてくれなかった時の絶望を。

 絶望が身を焼くほどの憎悪へと変わっていった瞬間を。

 

 奴らは『死神』が抱いていたものと同種の憎悪を全力で表に出したウルフを恐れた。

 それでいい。理解できなくていい。理解できるはずがない。

 あれは心の底から追い詰められた者にしかわからない感情だ。

 わからないからこそ怖いのだ。

 

 だが、『死神』にとっては違う。

 ずっと自分の中に溜まり続けていた黒い感情が言葉に変わり、一緒に酒を飲んで騒いでくれた、彼が呪わずに済んだ人の口から飛び出してきてくれた。

 それがどれほど嬉しかったか。

 まるで、上手く言葉にできない自分の代わりに怒ってくれたかのような、そんな喜びを『死神』は感じていた。

 

「……別に、お前のために言ったわけじゃないぜ?」

「ええ。わかっていますとも。私が勝手に救われただけです。

 それとも、あなたに手を差し伸べなかった私が勝手に救われるのは、お気に召しませんか?」

「いや、不思議とそうでもない。多分あれだな。今はこの世界にいるおかげで余裕ができて、目的は違えど、世界を守るために一緒に戦ってくれたお前のことが、そんなに嫌いじゃないからだろうな」

 

 ウルフは社会を憎悪する。

 自分を助けてくれなかった奴らを憎悪する。

 けれど、魔族パーティーの仲間達は、ウルフと一緒に戦ってくれた。

 目的はまるで違うが、結果的にウルフの大きな助けになってくれた。

 利用するような形の他の外道達とは違って、ウルフと対等の立場で、同じくらいの強さで、共に戦ってくれた。

 ウルフは助けてくれなかった奴らを憎悪する。

 ならば、助けてくれた奴らを嫌わないのは、道理なのかもしれない。

 

「ハハ。そうですか」

 

 ウルフの言葉を聞いて、『死神』は嬉しそうに骸骨の顔でカタカタと笑った。

 そして、この色んな意味での恩人に告げた。

 

「思いましたよ。あなたとは敵対したくないと。

 これからも、何かありましたらお呼びください。

 できるだけ友好的な関係を築けることを祈っています」

「お! そいつは嬉しいな! 協力してくれる魔族は貴重だ。これからも、よろしく頼むぜ」

「ええ」

 

 狼と骸骨が握手を交わす。

 多分、友情と呼べなくもないもの。

 それが二人の間に結ばれた瞬間だった。

 ……しかし、その様子を不機嫌そうな顔で見ている第三者がいた。

 

「むぅぅ」

「お?」

「おや?」

 

 『闇妖精』が、二人の繋いだ手をペチペチと叩いてくる。

 その頬は不満そうに膨らんでいた。

 

「むぅぅ」

「おいおい、どうした?」

「ウルフ、察してやってくれ。多分、仲間外れにされたみたいで、あるいは自分のポジションを取られたみたいで気に食わないのだろう」

「ほほう。可愛いとこあるじゃねぇか。これが噂のツンデレってやつだな!」

「違う!」

 

 『闇妖精』がより一層頬を膨らませる。

 兄である『吸血公』も、『鬼姫』と『死神』すらも微笑ましそうにふくれっ面幼女を見ていた。

 二ヶ月も一緒に冒険していたからか、仲間意識の一つでも芽生えたのかもしれない。

 

「心配しなくても、お前らのことも嫌いじゃないぜ。

 恩を着せて始まった関係だが、お前らは充分すぎるくらい律儀に恩を返してくれたからな」

 

 そんな誠実な連中を嫌いになるはずもない。

 たまに魔法は撃ち込まれるが、あれはじゃれ合いの範疇だ。

 今回、長期間に渡ってパーティーを組んだことで、ウルフの二人への好感度は確実に上昇していた。

 多分、二人が死んだらちゃんと泣けるだろう。

 

「やれやれ。このままでは、わたくしだけ置いていかれてしまうかもしれませんね」

 

 そんな仲良し達を見て、ここまて会話に入れなかった『鬼姫』が肩を竦めた。

 

「別にお前のことも嫌いじゃないぜ?」

「そう言ってもらえると嬉しいですが、わたくしももうちょっと特別っぽいことをして、皆さんと仲を深めたいなと思ってしまったんですよ。ですので……」

 

 『鬼姫』は掌を上に向けた状態で、両手を前に出した。

 天から降ってくる何かを受け入れるような体勢。

 そして……。

 

「『鬼刃』発動」

「「「「!」」」」

 

 彼女がそう呟いた瞬間……鬼姫の手の中で、赤黒い不気味な光が発生した。

 すわ攻撃かと思うような光景だが、誰一人として『危機感知』のスキルは発動しない。

 やがて、赤黒い光は収束するように何かを形作っていき……。

 

「おお!」

 

 『鬼姫』の手の中に、一つの武器が生成された。

 先ほどジークフリートに奪われたのと酷似したデザインの、『死神』が持つに相応しい禍々しいデザインの大鎌が。

 

「これがわたくしの固有スキル『鬼刃』です。

 とても頑丈な上に、誰かを斬れば斬るほどに使い手に合わせた成長をしていく武器を、MPの大量消費と引き換えに生成するスキル。

 罪の烙印を持つ者にしか使えない、わたくし以外が使うと大きく劣化する、最初は本当に初心者装備程度の性能しか無いと制限も多いですが、それでも斬り続ければトッププレイヤーの武器をも凌駕する大業物になるはずですよ」

「カッケェな! お前の刀もそうやって作ったのか?」

「ええ。この子はわたくしの実家にある刀をモデルに作り、数多くのプレイヤーとモンスターの血を吸わせて育て上げた、自慢の子です」

 

 『鬼姫』がうっとりと笑う。

 そして、生成した大鎌を『死神』に差し出した。

 

「差し上げます」

「よろしいんですか?」

「ええ。その代わり、わたくしとも仲良くしてくださると嬉しいです。

 わたくしはあなた達と違って憎悪で道を外れたわけではありませんが……仲間外れになってしまうことの恐ろしさは知っていますので」

 

 自分の抱えた苦しみは、彼らが味わったものとは種類が違う。

 『死神』とは同類の匂いがしていたが、どうやら根本的なところは全く違ったらしい。

 同じでないのなら、きっと理解してはもらえないだろう。

 だから、せめて実益のある関係くらいは維持したい。

 魔族パーティーを居心地良く感じているのは、彼女とて同じなのだから。

 けれど、

 

「別にお前を仲間外れになんてしねぇよ」

 

 ウルフは、あっけらかんとそう言った。

 

「その顔見りゃ、お前もお前で辛かったんだろうなってことはわかる。

 オレ達の気持ちだって、普通の奴らはきっと理解できずに唾を吐いてきやがるんだ。

 なら、普通の奴に理解されない者同士ってことで、オレ達は多分同類だろ。

 同類同士、仲良くやろうぜ」

 

 そうして、ウルフはニカッと笑った。

 含むところがまるで無いように見える笑顔。

 どうしようもない外道に、それでも向けてくれる笑顔。

 正当な理由がある復讐者という、ちゃんと世間に理解はしてもらえるだろう者達にはあれほどの憎悪をぶつけたというのに、世間に理解してもらえないだろう自分には、こうして屈託の無い笑顔を向けてくれる。

 正道に唾を吐き、そこから外れてしまった外道を肯定してくれる。

 ああ、『吸血公』の言う通りだ。

 この笑顔は、どうにも心地が良すぎて困る。

 

「うふふ。あなた、ジゴロとか言われませんか?」

「何故か言われるな。ミャーコの奴に。不思議だ」

「あらあら、浮気はいけませんね」

 

 その時、フォックス・カンパニーで仕事をしていたミャーコの背筋に悪寒が走った。

 嫌な予感を覚え、通信機能でウルフに連絡を入れる。

 しかし、彼の通信機能は、戦闘中に受信したら気が散って命取りという理由でオフになっていたので、ミャーコの通信が届くことはない。

 彼女は不安に苛まれた。

 後で悪寒の真相を知ったら、殴っても許されるかもしれない。

 

「ウルフさん、それとエドワードさんとオードリーさんにも、今度何か作ってきます。

 もっとも、わたくしは刃のついた武器しか作れないので、お三方にとっては実用性に欠けてしまうかもしれませんが……」

「構わねぇぜ! さっきのやつはカッコよかったからな! たとえ使えなくてもカッコよさは正義だ!」

「友好の証と言うのであれば、素直に受け取らせてもらおう。代わりに、私も何かお返しを考えておく」

「……どうしてもって言うなら、貰ってあげなくもない」

「そういうことであれば、真っ先に大鎌を貰ってしまった私も、何かお返しを考えなくてはいけませんねぇ」

 

 何やら、プレゼント交換みたいな雰囲気になってきた。

 あえて、もう一度言おう。

 仲良しかよ。



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39 策略

『ふーん。それでまた打ち上げまでしてきたんだ。ボクの通信に気づかないまま。呑気なもんだね』

「悪かったって。今度なんか埋め合わせするからよ」

 

 ずっと通信機能をオンにし直すことを忘れていたウルフは、翌朝になってからそれに気づき、ミャーコからの不在着信が死ぬほど入っていたことで、顔を真っ青にしながら弁明のための通信をかけた。

 ミャーコはプリプリ怒っている。

 だが、なんだかんだで、すぐに許してしまうだろう。

 彼女はウルフに甘いのだ。

 

『はぁ……。とりあえず、君達にやられた後のドラゴンスレイヤーの動向を伝えておくよ。

 やっぱりと言うべきか、一筋縄では崩れてくれなかったからね』

 

 そうして、ミャーコはため息を吐きながら、その情報を教えてくれた。

 

『まだ一夜明けただけだから、大した情報は入ってないけど……。

 一つ確かなのは、ドラゴンスレイヤーは何事も無かったかのように、今日も海の大迷宮に向かったってことかな』

「……どういうことだ?」

 

 昨日、間違いなくウルフ達は奴らの主力部隊を潰した。

 最高戦力の二人こそ逃したが、明らかに精鋭と呼べるメンバーの大半を殺し尽くした。

 なのに、翌日にはケロッとして再出撃?

 ありえない。

 どんな魔法を使ったんだ。

 

『奴らの主力は君達が叩き潰したっていう連中で間違いない。

 けど、ドラゴンスレイヤーのメンバーは、主力以外にも沢山いる。

 多分、別の場所でレベル上げをしてた二軍以下からメンバーを補充したんだ。

 精鋭がやられたっていうのに、どうやってギルドマスターへの信頼と士気を維持したのかはわからないけど……『竜殺し』は演説がやたら上手いって話だし、口八丁で上手く戦意を煽る方向に誘導したのかな?

 だとしたら、仲間が死んでもまるで折れない復讐者メンタルと合わせて、敵ながらあっぱれって言うしかないね』

「…………」

 

 そこまで聞いて、ウルフはギリッ! と強く奥歯を噛みしめた。

 精鋭48人よりも、ジークフリート一人の方が厄介な敵だったようだ。

 あの時、無理をしてでも殺しておけば……。

 いや、それで『死神』に万が一があったら元も子もなかった。

 仮にあの場面に戻れたとしても、ウルフは同じ選択をするだろう。

 敵が一枚上手だったと言うしかない。

 

「けど、精鋭を丸々潰せたのは事実だ。向こうも確実に一歩後退ではあるだろ?」

『当たり前だよ。一歩どころか百歩は後退したと思うよ?

 ドラゴンスレイヤーはしばらく、攻略組本隊が進んでる第五階層あたりで足踏みすると思う。

 二軍以下の戦力じゃ、ウルフ達がもう一回来た時にどうにもできないし、攻略組本隊に合流するか、最低でもいざって時に助けてもらえる位置にいるのが最善手。

 早く強くなりたい復讐者達としては、腸が煮えくり返る状況だろうね』

 

 ミャーコの言葉を聞いて、ウルフは少しだけ溜飲を下げた。

 ドラゴンスレイヤーに致命傷を与えることこそできなかったが、かなりの嫌がらせはできている。

 これで迷宮攻略は大きく遅れたはずだ。

 時間はかければかけるだけ、こっちが有利になる。

 この世界が存続する時間が確実に伸びるというのもそうだが、それ以上に……。

 

「ルナールの方はどうだ? 『パラダイス計画』、上手くいってんのか?」

『うーん……現時点では微妙かなぁ。

 狙い通りになってくれる人達も多いけど、逆に奮起しちゃう人達も多い。

 社長曰く、やっぱり時間が経過するほど成功率が上がるそうだから、今まで通り攻略組を妨害しまくってほしいってさ』

「了解。結局、やることは変わらねぇな」

 

 表向きは攻略組を支える大商会にして、裏ではウルフ達の最大の協力者となっている、最大最強の商業系ギルド『フォックス・カンパニー』。

 その社長(ギルドマスター)、『女狐』ルナールが水面下で進めている、ゲームクリアに対する最大の妨害工作。

 『パラダイス計画』と名づけられたそれが効果を発揮するまでには、やはりまだまだ時間が必要なようだ。

 

 ならば、稼ごう。

 一年でも、十年でも、必要なだけの時間を。

 ウルフは元より、自分一人ででも寿命というタイムリミットまで逃げ切って、この世界で人生を謳歌して逝くつもりだったのだから。

 

「さて、じゃあ次の妨害策を考えるか。もうじき魔族パーティーは解散しちまうんだが、どうしたもんか……」

『仲良くなったなら、解散しないって手は無いの?』

「オレの効率最悪、地獄のレベリングツアーに付き合わせるのか? 愛想つかされる気しかしねぇぞ」

『……まあ、それもそうだね』

 

 一回それに付き合ったことのあるミャーコは納得した。

 

『それなら、逆に考えてみるのはどう?

 パーティーが解散した後、レベル70に上がった魔族の四人に、ボク達にとって都合の良い場所で暴れてもらえるようにお願いするとか。

 あくまでも強制じゃなくて、オススメって形で』

「なるほど。それなら、あいつらが好き勝手やってる間も、事実上協力してもらってるのと同じになるわけか。お前も悪だなぁ」

『いやいや、ウルフほどじゃないよ』

 

 二人は悪巧みを続ける。

 それが確実に攻略組の足を引っ張り、ゲームクリアを遅らせていく。

 けれど、時間をかけても確実にという『聖女』の歩みを止めることはできず、やがて攻略組は海の大迷宮最下層である第二十階層へと辿り着いた。

 必要経費として、海の大迷宮の大扉が開いてから『二年』、デスゲーム開始から『五年』という年月を犠牲にして。

 

 それが魔族の思惑通りとは気づかぬまま。



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40 攻略組

「とうとう、この時が来たわね……」

 

 海の大迷宮最下層、第二十階層。

 シャイニングアーツのギルドマスター、『聖女』ジャンヌは今、攻略組の仲間達と共に、迷宮の入口にあるものと酷似した扉の前に辿り着いていた。

 この扉は、ボス部屋の特徴だ。

 今までの迷宮でもそうだったし、既に偵察は終えているので、この大迷宮でもそうだと確信している。

 この先にいるのだ。海の大迷宮の守護者が。

 第一の大迷宮を守護する、最後の番人が。

 

「皆、覚悟はいい?」

 

 ジャンヌは己の背後に並ぶ仲間達に振り返って、改めて問いかける。

 ここまで共に来た以上、今さら返事は聞くまでもないだろうが。

 

「いいに決まってんだろうが!」

「必ず勝つ。我が全てを賭けて」

「が、頑張ろうね!」

「やる気は充分。そうじゃろう、若造ども!」

「「「おおおおおおお!!」」」

 

 戦車、アルカナ、タロット、コジロウ。

 それ以外の面々も燃えている。

 シャイニングアーツは問題無し。

 

「これを成し遂げれば、悪党どもは震え上がるだろう。

 現実世界に帰ってしまえば、奴らは人殺しの重犯罪者だ。ロクな未来は待っていない。

 奴らの心を揺さぶれ! 怯えさせろ! そのためにも必ず勝つぞ!」

「「「うぉおおおおおお!!!」」」

「お、おー……」

 

 ドラゴンスレイヤーの面々も殺る気、もとい、やる気充分。

 ギルドマスターであるジークフリートが、復讐者達のターゲットを上手くボスモンスターに向けさせた。

 復讐者達が雄叫びを上げ、まだまともなクリームが小さく合いの手を入れる。

 ……本当に、ゲームクリアを目指す味方としては頼りになるのだ。

 その他の部分が致命的にやばい代わりに。

 

(歯がゆいわね……)

 

 彼らの暴走をどうにもできないことに、ジャンヌは密かにため息を飲み込んだ。

 シャイニングアーツにも、ドラゴンスレイヤー以外のギルドにも、PKは基本的に捕縛、やむを得ない場合だけ討伐という方針をお願いしている。

 これは別に復讐は何も生まないとかそういう綺麗事ではなく、いくら犯罪者とはいえ積極的に殺すようになったら、現実世界に帰った後の人生に多大な支障が出ると確信しているからだ。

 

 仲間達の、そして自分の未来のためには、殺しなんてしない方が絶対に良い。

 復讐の狂気に飲まれた末路は、ドラゴンスレイヤーが証明している。

 人を殺したPKが投獄されれば十年単位で出てこれず、出てきた時にはレベルの全てを奪われている。

 その頃には自分達はゲームをクリアして、奴らを現実の刑務所にぶち込む。

 

 今はその罰で納得しておかないと、未来が無い。

 ゲームクリアが人生のゴールではないのだ。

 ジャンヌもまた、現実世界に帰った後に、兄の想いを継いで義姉と姪を守っていかなくてはならない。

 そのためにも、復讐の狂気に囚われるわけにはいかない。

 それでも……。

 

(……ダメね。やっぱり、羨ましいと思っちゃう)

 

 怒りのままに仇をぶっ殺せたら、どれだけ嬉しいだろう。

 ジャンヌだって、できることなら兄と仲間達の仇を、この手でズタズタに引き裂いてやりたい。

 その思いを我慢して、未来のために、奴を投獄することが仇討ちだと定めている。

 まあ、実際に戦えば、十中八九そんな余裕は無くなって殺し合いになるだろうが……。

 それでも、復讐の愉悦に任せて殺すことだけはしないと決めている。

 でないと、戻れなくなるから。

 

 そうして我慢している人間はジャンヌ以外にも沢山いて、そんな自分達にとってドラゴンスレイヤーは毒だ。

 ふとした拍子に共感して、我慢することに疲れて、向こうに行ってしまいそうになる。

 

 それを避けるためにも、ドラゴンスレイヤーのこともどうにかしたいと思ってはいるのだが、あれだけ大きくて攻略組に深く食い込んでいるギルドには、中々手が出せない。

 ままならないものだ。

 

「セラフィ、扉の防衛は任せたわ」

「はい。お任せください、ジャンヌさん」

 

 気を取り直す意味でも、ジャンヌは生真面目そうで優しそうな女性に声をかけた。

 フォックス・カンパニー戦闘部隊隊長、『迅速』のセラフィ。

 あそこの社長は信用ならないが、彼女に関しては安全地帯から出られないプレイヤー達への炊き出しを積極的に行い、怯える人々を励まし続け、このふざけたデスゲームを終わらせるために自らも剣を取った善人だ。

 彼女の献身のおかげで奮い立ち、安全地帯から出て戦い始めた者達も多い。

 日頃の交流で、彼女のありがたさは痛いくらい身に沁みている。

 

 だからこそ、彼女になら任せられる。

 ボス部屋の扉の死守。

 ボスと戦っている間、恐らくは来るだろうPK達がボス戦に乱入するのを食い止めるという大役を。

 

 彼女達に加え、少しでもPKと戦える可能性の高いところで戦いたいと主張したドラゴンスレイヤーの約半数が出入り口の防衛担当だ。

 何故、復讐に命を賭けているドラゴンスレイヤーが半数しかこちらに参加しないのかというと、予想としては奴らは来るだろうと思っているものの、大迷宮の外で出待ちに徹している可能性もあるからだ。

 何せ、今までの迷宮攻略の時は、外での出待ちが奴らの基本戦術だったのだから。

 

 考えてみれば当然の話ではあるが、ボス戦に乱入するためには、自分達も迷宮の最奥まで到達しなければならない。

 足並みを揃えるのが大変そうな無法者の集団を引き連れてだ。

 正直、それは結構な難題である。

 それをやるくらいなら、素直にこっちが鍵を入手して、迷宮が消滅するタイミングを狙った方が良い。

 腹立たしいことに、攻略完了の大雑把な予想タイミングを教えられる協力者が奴らにはいるのだから。

 

 しかし、今回は特殊な事例。

 海の大迷宮を攻略すれば新エリアが開放される。

 全体マップを見る限り、その新エリアとは、今いる島の中心部から海の大迷宮を挟んだ向こう側にある外輪部だろう。

 もしかすると、海の大迷宮を攻略した後、攻略組はそのまま新エリアに出るのかもしれない。

 迷宮の出口が次のエリアの入口になっているというのは、結構ありそうな話だ。

 

 そうなった場合、奴らは島の中心部と外輪部を隔てる大河に阻まれて、こちらが大迷宮の攻略直後で疲弊してるところへハイエナのごとく襲いかかることができない。

 仮に新エリア開放というのが、大河に橋でもかかる形になるのだとしても、中心部と外輪部は目算で数キロは離れている。

 大急ぎで橋を渡ったとして、その間にこちらが町でも見つけてしまえば最悪だ。

 安全地帯に逃げ込まれ、『海の鍵』は奴らの手の届かない場所へ行ってしまう。

 

 かなり希望的観測ではあるが、攻略組としてはこのパターンが一番助かる。

 そして、これは絶対にありえないとまでは言い切れないパターンだ。

 あの『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』であれば、万が一を警戒して、出待ち作戦ではなくボス部屋への乱入を画策してくる可能性が高い。

 

 だが、そうなると今度は、無法者の軍勢で迷宮攻略なんてできるのかという問題が奴の前に立ち塞がることになる。

 ゆえに、攻略組としての予想は「多分来るだろう」止まりなのだ。

 だからこそ、ドラゴンスレイヤーはその可能性に賭けてPKを狩りたい派と、確実に奴らの精神を追い詰められるボス戦をやるぞ派に別れた。

 その結果が、半分ずつ出入り口の防衛とボス戦とに人員が分かれるという形だ。

 まあ、どちらも必要な役割なので、別に問題があるわけではないのだが。

 

「皆さんも、よろしくお願いします」

 

 そんなことを考えつつ、ジャンヌは他の面々にも声をかけた。

 

「任せろ!」

「この二年、あんたらには死ぬほど世話になったからな」

「恩を返さないクズになった覚えはないよ!」

「その通りだ!」

 

 海の大迷宮の攻略中、シャイニングアーツと行動を共にしていたギルドの面々がそう答える。

 最初は二年前の戦いで魔族達にこっぴどくやられ、その時の恐怖からシャイニングアーツにすがりついたような関係だった。

 けれど、ジャンヌ達はそんな自分達を見捨てず、二年もの時間をかけて、ゆっくりとでも全軍を強くしてくれた。

 今こそ、その恩を返す時だ。

 二年前のトラウマを乗り越え、恩返しに燃える彼らの士気は高かった。

 

「アヴニールさん達も、お願いしますね」

「金貰ってんだ。腑抜けた真似するようなザコは、俺がぶん殴ってやるよ」

 

 二年前の戦いで大変お世話になった『傭兵王』アヴニールを始めとした在野の強者達も一同に会している。

 彼らは攻略組が団体行動でモタモタとし、その攻略組に魔族の注意が向いている隙にレベリングを成功させていたりするので、実は攻略組よりレベルの高い猛者が何人かいる。

 アヴニールもそうしてレベル70に至った、安定のトッププレイヤーだ。

 実に頼りになる。

 

 これが攻略組の精鋭戦力。

 シャイニングアーツ、ドラゴンスレイヤーの双翼。

 他の大手ギルド四つの連合軍。

 フォックス・カンパニー戦闘部隊。

 『傭兵王』を始めとする、在野のソロプレイヤー、パーティー、中小ギルドが複数。

 

 総勢562名。

 海の大迷宮の開放に希望を持ち、安全地帯から飛び出して武器を取ったプレイヤー達による戦力の底上げで、二年前よりも数を増している。

 そこに宝箱から出てきた『紹介状』というアイテムによって雇えるようになった、レベル50の傭兵NPC100体を加えた大軍勢。

 彼らと共に、必ずやボスを討伐する。

 ジャンヌは今一度、己に強くそう言い聞かせた。

 

「作戦開始!!」

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 

 そうして、攻略組は海の大迷宮のボス部屋へと雪崩れ込んだ。



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41 海の守護者

「突撃!!」

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 

 攻略組がボス部屋へと雪崩れ込む。

 海の大迷宮のボス部屋は、入口から一直線に伸びる道以外の全てが水面になっているフロアだった。

 部屋全体の広さは、直径数百メートルほどの円形。

 足場があるのは、その中のほんの僅かなエリアのみ。

 扉の防衛に就いたフォックス・カンパニー戦闘部隊とドラゴンスレイヤーの半数、それと傭兵NPCの三割を除いても500人を軽く越える大軍勢が動き回るには、あまりにも狭い。

 事前の偵察でわかっていた情報だ。

 ゆえに、攻略組はまず足場を作るところから始める。

 

「アルカナ!」

「任された! 『アイスバーン』!」

「「「『アイスバーン』!」」」

 

 シャイニングアーツ幹部の魔法使い、アルカナを始めとした氷魔法を習得している者達が、一斉に氷結の魔法を使って水面を凍りつかせた。

 モンスターは種類によって弱点となる属性が違うので、魔法は複数種類を覚えるのが推奨されている。

 複数の魔法スキルのレベル上げは大変だが、やっておかないと相性の悪い敵を前にした時に何もできなくなる。

 

 アルカナは基本的に光魔法を好んで使うが、補助として他の属性全てに手を出している努力の人(廃人)だ。

 アバターのレベルはモンスターやプレイヤーを倒すことで上がるが、スキルレベルはそのスキルを使い続けなければ上がらない。

 とんでもない時間を魔法スキルの強化のために捧げ、全属性の魔法スキルを、戦闘スキルの実質的なレベル上限であるアバターのレベルと同値にまで鍛え上げた廃神。

 ゆえに、暇人達は彼女を魔法使いの王と呼び、『妖精女王』の二つ名をつけた。

 そんな彼女を筆頭とした氷魔法使い達の活躍により、ボス部屋は一面の銀世界と化し、大軍勢が十全に暴れられる足場が出来上がる。 

 

「━━━━━━━━」

 

 そして、己の居城を滅茶苦茶にされたことに怒ったかのように、それ(・・)は現れた。

 海の化身を思わせる、美しい蒼水晶のような鱗を全身に纏った『龍』。

 伝説に語られる東洋の龍のように手足は無く、蛇のように長い体。

 尾の先は神話の海神が持つ武器のごとく、三叉の槍のような形状となっていた。

 

 『深海龍』ポセイドン。

 頭上にそんな名前の表示されたモンスターが。

 この海の大迷宮を守る守護者(ボスモンスター)が。

 凍りついた水面を叩き割って、攻略組の目の前に姿を現した。

 

「攻撃開始! あいつらが来る前に、迅速に終わらせるわよ!」

「「「了解!」」」

 

 ジャンヌの号令に従い、前衛は武器を構え、後衛の魔法使い達は杖を構える。

 大迷宮のボスとの戦いが始まった。

 

「「「『ディフェンスダウン』!」」」

 

 最初に動いたのは、取得条件が面倒なせいで使い手の少ない呪魔法の使い手達。

 対象の防御力を下げる呪いの魔法が、ポセイドンに命中した。

 

「タロット! アルカナ!」

「『マジックブースト』!」

「『ライジングボルト』!!」

 

 そして、シャイニングアーツが攻撃を開始。

 支援魔法も使えるシャイニングアーツ幹部、『癒天使』タロットを始めとした支援魔法使い達が他の魔法使い達にバフをかけ、強化された魔法使い達が、水棲系モンスターの共通の弱点である雷魔法をポセイドンに叩き込んだ。

 

「クリーム! 遅れを取るな!」

「う、うん! 『ライジングボルト』!」

 

 ドラゴンスレイヤーもそれに続き、『電撃』の二つ名を持つくらいには雷魔法を鍛え上げているクリームが、アルカナにも勝る雷魔法を、的の大きい蒼の龍に叩き込む。

 

「『ボルティックランス』!」

「『シャイニングブラスター』!」

「『ウィンドカッター』!」

「『アースランサー』!」

「『ダークネスレイ』!」

 

 他の魔法使い達も、続々とトッププレイヤー達に続いた。

 一番有効と見られる雷魔法か、あるいは各々の磨き上げてきた魔法を連打して、魔法の雨を食らわせていく。

 

「━━━━━━━!」

 

 当然、相手もやられっぱなしではない。

 ポセイドンは体をくねらせ、凍った水面をものともせずに、泳いで攻略組に突撃してきた。

 的が大きいから、対象が動いても魔法の雨はほぼ全弾命中している。

 だが、この程度ではポセイドンの膨大なHPの一割どころか1%程度しか削れていない。

 

「迎撃!」

「『パワーブースト』!」

「『ディフェンスブースト』!」

「『スピードブースト』!」

 

 支援魔法使い達が前衛達にもバフをかけていく。

 

「行くぞぉ!」

「「「おお!」」」

 

 強化された彼らは、凍った水面を踏みしめて、迫ってくるポセイドンを迎え撃った。

 魔法の雨によって突撃の勢いは削れている。

 それでも全長数十メートルの巨体から繰り出されるタックルは脅威の一言だ。

 だが、

 

「『フルガード』!! ぬぅぅぅぅぅん!!」

「「「はぁあああああああ!!!」」」

 

 シャイニングアーツ幹部、『重戦車(チャリオット)』戦車を始めとした盾役が前に立ち、ラグビー選手のごとき一塊の壁となって、ポセイドンのタックルを真っ向から受け止める。

 全員が防御の必殺スキルを使い、最前列の盾持ち達の背中をSTR(筋力)の高い者達が支える。

 避けるという選択肢は無い。

 巨体のくせに素早いポセイドンの攻撃を、足の遅い者も含めた500人以上の全員が避けるなんて、まず不可能。

 

 ゆえに、止める。

 これができなければ話にならない。

 そんな重要な役割を任された戦車達は、渾身の力を振り絞って蒼の龍の突撃を耐え……。

 

「よっしゃぁ!!」

 

 耐え切った。

 ポセイドンのタックルは完全に受け切られ、動きが止まる。

 チャンスだ。

 攻略組を率いる指揮官達は、こんな明確な隙を見逃すほど温い鍛え方はしていない。

 

「一斉攻撃!!」

「削れ!!」

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」

 

 ジャンヌとジークフリートの指示に従い、近接武器を構えた前衛達が突撃。

 ポセイドンの体の側面に、各々の必殺スキルを全力で振り下ろす。

 

「『シャインブレイド』!!」

「『ブレイクソード』!!」

 

 指揮官を兼ねるジャンヌとジークフリートも一時的に前に出て、トッププレイヤーとしての優れた攻撃力を存分に振るう。

 前衛達の武器が体を傷つけ、後衛達の魔法は彼らに当てないように頭に集中し、ポセイドンの全身が流血を思わせる赤いポリゴンで染まっていく。

 

「━━━━━━━━!」

 

 これはさすがに効いたのか、ポセイドンのHPの5%ほどが消し飛んだ。

 ……それでも5%程度。

 500人以上で攻めてこれだ。

 他の迷宮のボスと比較しても、異常なほどにタフ。

 まあ、このゲームの重要ポイントを任されるボスなのだから、このくらいの強さはあって当然か。

 

「━━━━━━━━!!」

 

 ポセイドンが反撃に出てくる。

 体をくねらせ、たったそれだけの動きで何人かの前衛を振り払いながら、薙ぎ払うように尾の一撃を繰り出してきた。

 

「回避!」

 

 ジャンヌが短く指示を出す。

 それを聞くまでもなく、ポセイドンへの直接攻撃役に抜擢されるほどの精鋭達は、大質量の尾の攻撃を避け切ってみせた。

 ある者は盾役の後ろまでダッシュして、ある者は高レベルのステータスに任せてジャンプして。

 

「━━━━━━━━!」

 

 だが、ポセイドンは、そうしてジャンプした者達に狙いを定めた。

 空中で身動きの取れない彼らに向けて、大きく口を開く。

 その口の中に水流が渦巻く。

 海の大迷宮に出現するモンスターの多くが使ってきた攻撃。

 水のブレス。

 

「させん! 『エクスプロージョン』!!」

「━━━━━━━!?」

 

 しかし、ブレスを撃とうとしていたポセイドンの顔に、強烈な爆発の魔法が叩き込まれた。

 ノックバック効果のある炸裂系の魔法。

 その中でも特に強烈な火属性の爆発。

 相性不利な属性ゆえにダメージはほぼ無いが、行動阻害という意味でなら満点の攻撃。

 それによって、ブレスは見当違いな方向へと放たれた。

 

「ナイス! アルカナ!」

「ふっ。当然だ」

 

 それを成した『妖精女王』にギルドマスターが称賛の声を送り、彼女は即座に次の仕事に取りかかる。

 

「『アイスバーン』!」

 

 ポセイドンが暴れたことによって砕け、水面が見え始めていた氷の床を補修する。

 実に有能な働き。

 通常プレイ時代からの廃人は伊達ではない。

 

「行ける! たたみかけるわよ!」

「「「おおおお!!」」」

 

 この調子で攻めれば倒せる。

 その手応えを得た攻略組は、より一層士気を高めてポセイドンに向かっていった。

 

「『ストライクランス』!」

 

 『傭兵王』の一撃が、龍の脇腹を穿つ。

 

「『居合・大閃』!」

 

 『刀神』の放った大斬撃が、龍の首筋に直撃する。

 

「ジークフリート! 合わせて!」

「指図するな! 『ブレイクソード』!」

「『シャインブレイド』!」

 

 尾の先にある三叉の槍での強烈な突きに対し、『竜殺し』の異名に恥じぬ一撃と、『聖女』の剣術と光魔法を融合させた必殺スキルを側面から叩き込んで、強引に逸らす。

 

「『電撃』!」

「わ、わかってます!」

「「『ボルティックランス』!」」

「━━━━━━━━━!?」

 

 アルカナとクリームの放った雷の槍が、逸れて地面に突き刺さったポセイドンの尾に直撃した。

 赤いポリゴンが舞い、尾の一部が抉れる。

 良いダメージだ。

 もう何発か似たような威力の攻撃を叩き込めば部位破壊、あの恐ろしい三叉の槍のついた尾をポセイドンから奪うことができるだろう。

 

(順調……!)

 

 ジャンヌは全体を見ながら、心中で期待を高めた。

 ポセイドンのHPは順調に削られていき、残り七割を切った。

 想定していたよりも、かなり良いペースだ。

 対して、こちらの死者はゼロ。

 たまに攻撃を避け切れずにぶっ飛ばされてしまう者もいるが、即死した者はおらず、救出と治療は充分に間に合っている。

 ポセイドンが放ってくる即死級の攻撃を、ことごとく妨害できているからこその戦果だ。

 

(これなら……!)

 

 ジャンヌは期待する。

 これなら、あの宿敵達が来る前に終わらせられるかもしれないと。

 ……そんな希望的観測をした矢先だった。

 

 ━━ギィィィ、という音を立てて、ボス部屋の扉が開かれた。

 

「『ダークネスレイ』」

「なっ!?」

 

 直後に扉の奥から襲いくる、闇のレーザービーム。

 『妖精女王』よりも『電撃』よりも、攻略組の誰よりも強烈な魔法。

 

「予備班!」

「「「おう!」」」

 

 万が一に備えて温存されていた予備戦力。

 突然の攻撃に備えて盾役が多く配属されていたグループが、我が身を盾として闇のレーザービームを防いだ。

 それでも、彼らのHPは削られる。

 VIT(防御)に優れた者達を盾の上から削る、とんでもない威力。

 

「きゅーい」

 

 闇が晴れた後、扉から最初に出てきたのは、顔と声だけは可愛くて他の全てが気色悪い、二足歩行で筋骨隆々のイルカだった。

 第十五階層以降に出没する強敵、マッスルドルフィン。

 しかも、通常のマッスルドルフィンと違って、サーフボードのように平べったい大剣で武装している。

 その姿を見た瞬間、このモンスターにトラウマのあるクリームが「ひっ!?」と悲鳴を上げた。

 

「ブルルル……!」

「ゴッ。ゴッ」

「ギョギョ!」

「━━━」

 

 続いて現れたのは、牛のくせに水中でも陸上でも超高速で動いて突進してくるモンスター『スイギュウ』。

 もはや竜の一種と言われた方が納得できる巨大なワニ『ドラゴゲーター』。

 大砲を無理矢理魚にして手足をつけた感じのモンスター『ミズタイホウ』。

 蒼い水晶を削り出して作ったような美しい騎士甲冑『ムーライダー』。

 どれも海の大迷宮深層に出没する強敵達。

 それが合計で十四体。

 更に、

 

「「「カァアアーーー!」」」

「「「ワォオオオオン!」」」

「「「キィィィ!」」」

「「「ぁぁぁ……」」」

 

 人間と同サイズの巨大なカラス。

 赤黒い毛並の狼。

 漆黒の翼を持つコウモリ。

 うめき声を発するゾンビ。

 明らかに海の大迷宮の傾向に合わないモンスター達まで現れた。

 しかも、こっちは合計で100を越えるような、とんでもない数が。

 

 強烈な闇の魔法に、モンスターの軍勢。

 攻略組にとっては、とてつもなく見覚えのある組み合わせだ。

 

「やっぱり……!」

 

 モンスターの群れに続いて、見覚えのある二人が現れる。

 貴族風の装いをし、先端が刃のようになっている鞭を手にした銀髪の青年、『吸血公』。

 彼と同じ銀髪を綺麗に纏め、短剣のような杖を構えた幼い少女、『闇妖精』。

 魔族の兄妹が二人揃って、まるで二年前の戦いの時のように、魚の尾ビレが付いた馬に相乗りしながら現れた。

 

「あいつらは……!!」

「ッ!!」

 

 更に追加で二人。

 大鎌を担いだ骸骨と、着物を身に纏う鬼。

 『死神』と『鬼姫』。

 先の二人と違い、最近も元気に各地のプレイヤーを襲い続け、攻略組の手を煩わせてくれた怨敵。

 彼らを見たドラゴンスレイヤーの面々など、ポセイドンそっちのけで、完全に意識が魔族二人に向けられてしまった。

 

 そして、この面子が集結しているのであれば当然……。

 

「ウルフ……!」

 

 最後に、露出度の高いワイルドな服を着て、その上から黒いコートを羽織った漆黒の獣人が現れた。

 『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』。

 敵のリーダーにして、最初の魔族。

 それが、ならず者風の姿をした傭兵NPC数十人を引き連れて現れた。

 

(嘘でしょ……!?)

 

 ジャンヌは心の中で戦慄した。

 出入り口の防衛を任せていた部隊は決して弱くなかった。

 フォックス・カンパニー戦闘部隊は信頼できる相手だったし、ドラゴンスレイヤーの半数もある意味ではとても信頼していた。

 敵が二年前と同等クラスの大軍勢を率いてきたとしても、充分に足止めが成立する戦力だと思っていた。

 それが足止めどころか、襲撃の情報を伝えることすらできずにこうなるとは……!

 いったい、どんな魔法を使ったというのか。

 

「セラフィ……!」

 

 そんな疑問よりも先に、ジャンヌの口は防衛を任せていた友の名前を紡いだ。

 奴らがあんな堂々と現れた以上、生存は絶望的であろう友の名前を。

 ギリッ、と。

 怒りと絶望を堪えるように、ジャンヌは強く奥歯を噛みしめた。

 

「おーおー! やってんなぁ! オレ達も交ぜてくれよ!」

 

 そんなジャンヌの視線の先で、ウルフが凶悪な笑みを浮かべながらそう言った。

 口元は牙を剥き出しにするほど裂けていても、目は全く笑っていない。

 ただひたすらに、理想郷を壊そうとする者達への怒りに染まった目で、ウルフは攻略組を睥睨した。



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42 悪の善行

 魔族達の参戦から、少し時は巻き戻り。

 出入り口の防衛を任された、フォックス・カンパニー戦闘部隊隊長『迅速』のセラフィは。

 周囲を警戒しつつ、扉の中で戦っている友の無事を祈っていた。

 

「ジャンヌ、皆さん……どうか、ご無事で」

 

 胡散臭い胡散臭いと言われるフォックス・カンパニーの所属だが、彼女は本当に裏表の無い善人である。

 元々、彼女はデスゲームの開始に恐れ慄き、安全地帯で引きこもっている小市民の一人だった。

 家族や友達のいる現実世界に帰りたい。

 けれど、戦うのは怖い。

 モンスターは怖いし、プレイヤーを見境なく襲うという『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』はもっと怖い。

 

 そうして怯えて、引きこもって、できる仕事も無いのでニートになった。

 彼女のいた町には、シャイニングアーツのように演説をした者もいなければ、非戦闘員の人材を求めたギルドも無かったので、できる仕事が本当に無かったのだ。

 ……いや、それは言い訳か。

 どこかの職人NPCのところにでも行って、何十時間もかけて生産系スキルでも獲得すれば、ちゃんと稼ぐことはできたはずだ。

 けれど、当時の彼女にはそこまで頑張れるほどの気力が無かった。

 鬱屈として腐ってしまっていた。

 

 苦しかった。

 なんで自分がこんな目にと思った。

 そんな彼女に手を差し伸べてくれたのが……フォックス・カンパニーだったのだ。

 

『よってらっしゃい! 今からここで炊き出しやるでぇ! 美味いもん食いたい人は寄ってってや!』

 

 エセ関西弁で話す胡散臭い狐のビーストマンが、良い匂いのする鍋を並べながら、路上でそんなことを言っていた。

 最初は何かの詐欺だと思った。

 けれど、素食生活が続いていた彼女は、良い匂いに我慢できずにフラフラと引き寄せられてしまった。

 彼女だけではなく、結構な人数がだ。

 ここはゲームの世界であり、別に食べなくても生きていけるが、やはり人間の食への欲求というものは強い。

 何せ、三大欲求の一つに数えられるほどなのだから。

 

『どうぞ』

『あ、ありがとうございます……』

 

 狐の人の部下と思われる猫の人に手渡された、カレーライス。

 炊き出しの定番のようなメニュー。

 その味を今でも覚えている。

 

『お、美味しい……。美味しい……!』

 

 涙を流しながら食べた。

 美味しかった。本当に美味しかった。

 こんな美味しい食事を無償で、次の日も、その次の日も配り続ける人達は、聖人か何かに見えた。

 だから、自分を含めた食によって活力を得た人達が、彼女達の助けになりたいと思い始めるのは、至極当然のことだったと思う。

 

『歓迎するで、セラフィ! ようこそ、フォックス・カンパニーへ!』

『これから、よろしくお願いしますね』

 

 力になりたいと言えば、すぐにギルドに迎え入れてくれた。

 その頃には炊き出しとは関係なしに、恐らくは素食生活に我慢できなかった人達が次々に立ち上がり、色んなギルドが活性化していた。

 だからか、セラフィも彼らに釣られて、戦闘の道を志すようになった。

 

 なんだかんだ、この世界では強さが一番重要視される。

 レベルとステータスという目に見えた強さがあれば、安全地帯を飛び出して、金になるアイテムを取ってくることができる。

 当時のフォックス・カンパニーは、NPCの店よりも良い値段で素材アイテムを買い取って、それを提携している生産職に渡して武器やポーションなどの必須アイテムを作り、NPCの店よりも良い品質として売却することで利益を得ていたが、やはり自力で素材を取ってこれる戦力はいた方が良い。

 フォックス・カンパニー戦闘部隊の誕生である。

 

 恐怖はあった。

 しかし、赤信号、皆で渡れば怖くないとも言う。

 何万人という人々が次々に武器を手に取るビッグウェーブに乗れさえすれば、集団心理的な何かで恐怖を払拭することはできた。

 

 セラフィは頑張った。

 社長であるルナールへの恩を返すべく、そして自分と同じように絶望に沈んでしまった人達の助けとなるべく頑張った。

 迷宮やフィールドエリアに繰り出して素材を集め、休日には恒例行事となった炊き出しに毎回参加した。

 卑屈になってしまった人達のお悩み相談のようなこともやった。

 他にも色々と、ギルドや誰かのためになるようなことをやった。

 ジャンヌ達と知り合ったのは、その頃だ。

 

『セラフィさんは、なんというか、凄いですね……。頭が下がります』

 

 顔見知りとなったジャンヌからは、そんな風に言われた。

 だが、セラフィからすれば、自分よりずっと危険な戦場に立っているジャンヌや、この世界全体のことを考えている社長の方がずっと凄い。

 そう。社長は凄いのだ。本当にこの世界のことを考えていたのだ。

 攻略組からは、足下を見てくる金の亡者と呼ばれていたが、そんなことはない。

 事情、攻略組から搾り取った金の大部分は、デスゲームに適応できずに、昔のセラフィのごとく苦しんでいる人達への救済に当てられていたのだから。

 

『ウチは思うんよ。ゲームクリアに向けて頑張るんは確かに立派や。

 けど、その過程で、戦いに適応できんかった人達を見捨てていくんは違うんやないかって』

 

 その言葉通り、ルナールは戦えない者達の生活を大いに助けた。

 炊き出しを続けていくのはもはや当然として、戦い以外の、ゲームクリアの役に立つこと以外の才能や技術の発掘に精を出した。

 

 漫画、小説、ボードゲーム、スポーツ、音楽、その他諸々。

 ルナールはこの世界では需要の無かったものをかき集め、五年の歳月をかけて少しずつ、少しずつ、それで食べていけるような環境を整えていった。

 戦士以外の適性がある人達が掬い上げられた。

 娯楽が増えたことで、町行く人々の顔には笑顔が増えた。

 昔のセラフィのように、ただ俯いて絶望している人はどんどん減っていった。

 

『凄いです、社長』

『ふふ。ま、これも頼りになる協力者達のおかげや。もちろん、セラフィも含めてな』

 

 その言葉が、とても嬉しかった。

 だから、より頑張ろうと思えたのだ。

 

『皆の生活に笑顔が増えた。これで、あとはゲームをクリアするだけですね!』

『……せやなぁ』

 

 ゲームクリアへの過程で見捨てられかけていた、戦いに適応できなかった人達は救えている。

 ならば、あとはこの状態を維持しつつ、ゲームクリアへの道を邁進するのみ。

 この世界も悪いことばかりではなかったと、家族や友達に笑顔で報告しよう。

 

 そう決意を新たにして、セラフィは今回の作戦に臨んだ。

 海の大迷宮の攻略作戦。

 任されたのは、PK達からボス部屋を守るという大事な役割。

 一緒にいるドラゴンスレイヤーの人達は怖いが、それも仕方のないことだろうと理解はできる。

 フォックス・カンパニーは幸運なことに、モンスターとの戦いで仲間を失ったことはあっても、まだPKとの戦いで仲間を殺されたことが無いので、理解はできる止まりだが。

 二年前の十五個の鍵を巡る戦いの時は、作戦に参加できないほど弱かったし。

 

(いつかは私も、ああなってしまうのでしょうか……)

 

 戦いを続けていれば、悪党達に仲間を奪われることもあるだろう。

 その時、果たして自分はジャンヌのように、復讐ではなく未来を見据えて戦うことができるだろうか。

 ドラゴンスレイヤーのような狂気の復讐者にならずに済むだろうか。

 考えただけでゾッとする。

 

「大丈夫ですか、セラフィさん?」

 

 その時、同じ部隊に所属する仲間、いや先輩が心配そうに声をかけてくれた。

 

「……すみません。リーダーが不安を顔に出してしまうなんて」

「あはは。気にしなくていいですよ。ボクだって怖いですもん」

 

 先輩、猫のビーストマンのミャーコは、本当に無理に浮かべたような笑顔でそう言った。

 彼女はフォックス・カンパニー最古参の一人であり、一番最初にセラフィにカレーを渡してくれた人でもある。

 セラフィからすれば、社長と同じくらいに恩を感じている人だ。

 

「なんなら、逃げ帰って他の部署に転属しますか? 社長なら笑って許してくれますよ、きっと」

「ハハッ。魅力的な提案ですが、遠慮しておきます。扉の向こうの戦友を見捨てて逃げたら、社長が許しても私が自分を許せなくなると思うので」

 

 冗談めかしたミャーコの言葉に、セラフィも笑って答える。

 笑ってはいるが、今のは紛れもないセラフィの本音で、彼女の覚悟だ。

 最初は恐怖で動けなくなっていたとはいえ、デスゲームが始まってからもう五年だ。

 それだけあれば、こんな弱虫でも一端の戦士になる。

 ゲームクリアのために、共にそれを目指す戦友達のために、命を懸けられる戦士に。

 

「頑張りましょう。皆でこの世界から抜け出すために」

「……そうですね」

 

 セラフィの言葉に、ミャーコはぎこちない笑顔で答えた。

 まあ、この程度の言葉で不安や恐怖が抜ければ苦労は無いか。

 けれど、自分より緊張している人を見たせいか、セラフィは少しだけ気持ちが落ち着いて……。

 

「ッ!?」

 

 直後、何者かが猛スピードでこちらに接近していることを『索敵』のスキルで感知した。

 

「敵襲! 魔法部隊、構え!」

「「「はい!」」」

 

 セラフィはすぐに情報を声に出し、仲間達を動かす。

 敵はこのフロアに湧き出るモンスターではないとすぐにわかった。

 モンスターにしては速すぎるし、敵は既に前方30メートルほどの距離にいる。

 高レベルの『索敵』を持つ自分達が、遮蔽物の無いこの場所で、こんな近距離に来るまで気づけない存在など、自分達の『索敵』を凌駕するほどの、超高レベルの『隠密』スキル持ちしか考えられない。

 このフロアに生息するモンスターに、その条件に該当する奴はいない。

 ならば、結論は一つ。

 今近づいてきているのは、十中八九魔族だ。

 

「撃て!!」

「『フレイムアロー』!」

「『アクアランサー』!」

「『ストーンバレット』!」

 

 魔法使い達の攻撃が、超スピードで接近してくる敵対者に向かって、雨のように浴びせかけられる。

 海の大迷宮では相性不利な火や水の魔法も、魔族が相手なら十全に効果を発揮できる。

 敵は全身をすっぽりと覆うような蒼い水晶の盾で身を守っているが、何十人もの魔法使い達によるこの集中爆撃は耐えないだろう。

 仮に目の前にいる敵が、最凶の『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』だったとしても。

 

「伝令を!」

「了解!」

 

 しかし、セラフィは油断しない。

 敵は無策でこんなことをしてくるバカではないと知っている。

 恐らく、この突撃は陽動か何かだろう。

 ならば続く攻撃を警戒し、万が一自分達が突破されてしまった場合の備えとして、扉の向こうの戦友達に襲撃があったことを伝えねばならない。

 この距離であれば通信機能を使うよりも走った方が手っ取り早いため、事前に決めていた伝令役がボス部屋へ向かおうとして……。

 

「『シャイニーバースト』」

「え?」

 

 その時、魔法が放たれた。

 大爆発を起こす光の魔法。

 使い手のレベルの割に、威力は大したことがない。

 しかし、それはノックバック効果のある炸裂系の魔法だ。

 使用者本人すら巻き込む自爆のような形で放たれた光の大爆発が、二つのギルドを丸ごと飲み込む。

 その結果、魔法使い達の弾幕が一時的に途切れた。

 

「ナーイス!」

「ぐぎゃ!?」

 

 その隙を突いて、敵対者は大ジャンプ。

 驚異的な跳躍力で布陣していた全員を飛び越え、ボス部屋の扉に向けて走ろうしていた伝令役を踏み潰した。

 踏み潰された者がデータの塵になって消える。

 ついでに、敵対者の持っていた蒼水晶の大盾も、耐久力の限界を迎えたのかデータの塵となって消えた。

 

「怖ぇ怖ぇ。予想してたとはいえ、激レアアイテムを一瞬で壊しやがって。

 これが噂の臆病魔法弾幕か。

 今日この時まで襲撃を思い留まっといて正解だったな」

「怖いのはこっちだよ。なんて作戦考えるのさ。ボクはやる前から緊張でどうにかなりそうだったんだからね」

「悪ぃ悪ぃ。けど、おかげで作戦通り後ろを取れた。こうなっちまえば盤石だ」

 

 襲撃者……漆黒の人狼と、とある人物が親しげに会話を交わしていた。

 人が一人死んだというのに、人を一人殺したというのに、その屍の上で楽しそうに喋っていた。

 悍ましい光景。

 だが、それ以上に、セラフィは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

「なんで、あなたが……!? ミャーコさん!!」

 

 漆黒の人狼『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』と親しげに話しているのは、セラフィが最も信頼していた先輩。

 炊き出しの頃からの恩人である、ミャーコだったのだ。

 攻略組に裏切り者がいる可能性は考慮されていた。

 恐らくは情報提供がメインの協力者で、正体がバレる上に罪の烙印が出かねない危険を冒してまで直接的な攻撃をしてくる可能性は低いだろうと思われていたが、それでもここ一番のタイミングでは警戒しろと言われていた。

 

 だが、今のは無理だ。

 戦略的にも心情的にも、今のを対策するのは不可能だったと断言できる。

 裏切り者(ミャーコ)がやったことは、ほんの一瞬、魔法弾幕を途切れさせただけ。

 その一瞬の隙にこちらの懐にまで入り込める、『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』の規格外のスピードとタフネス、加えてあの距離まで接近を悟らせない隠密能力。

 ぶっちゃけ、今の作戦は八割が圧倒的なステータスに任せたゴリ押しだった。

 圧倒的にシンプルで、攻防も僅か数秒間の出来事だったからこそ、対策などという小細工が挟まる余地が無い。

 

 それに加えて、心情的な問題。

 ミャーコは、フォックス・カンパニーの中で最も信頼されているプレイヤーの一人だ。

 あまり表立って活動しているわけではないが、炊き出しにも、戦闘にも、他の業務にも、色んなところのフォローに回って、縁の下の力持ちのようにギルドを支えてきた最古参のメンバーなのだ。

 最も長い時間、信頼を積み重ねた人だったのだ。

 だからこそ、時間をかけて積み重なった分、その信頼が崩れた時の動揺も隙も大きい。

 実際、セラフィはこんな状況でも信じられないという思いばかりが先行し、何一つとして行動を起こせなかった。

 『迅速』の二つ名を持つほどに、普段は素早い判断と行動が得意分野だったというのに。

 それこそが、八割ゴリ押しで残りの二割が不確定要素だった『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』の突撃作戦を成立させる最後のピースだった。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

「ッ!?」

 

 『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』が衝撃派の拳を放つ。

 セラフィが混乱している間にも、奴はこの技を放つために溜めていた。

 盾役のいない背後を取られて放たれたそれに、二つのギルドは為す術もなく直撃を食らうしかない。

 

「ウルフ、油断せず、即行で終わらせてね。通信の隙を与えちゃダメだよ」

「了解っと!」

「「「ぎゃああああああ!?」」」

 

 背後という陣形の死角から飛び出して、暴力の化身が暴れ出した。

 しかも、それだけではない。

 

「わたくしも混ぜてくださいな!」

「ズルいですねぇ。耐久力があれば私が先行したのに!」

「きゅーい!」

「ブルルル……!」

 

 前方からも敵の増援がもの凄いスピードで突っ込んできた。

 『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』が盛大に暴れている状況で魔法使い達が弾幕を張れるはずもなく、敵部隊の接近を簡単に許してしまった。

 前と後ろから挟まれて、部隊があっという間に壊滅させられていく。

 時間をかけてでも全体の底上げをという方針によって、全員がレベル50を超える精鋭100人以上が、一瞬で皆殺しにされていく。

 連携もクソも無い。

 目の前の敵に立ち向かおうとしたら、背後から即死攻撃が飛んでくるようなクソゲー状態でどうしろと言うのか。

 

「なん、で……」

 

 そんな地獄絵図の中で、何もできないまま死に体となってしまったセラフィは、未だに混乱から立ち直れない思考のまま、一歩離れたところから戦場を俯瞰するミャーコを見ていた。

 裏切ったなとか、よくもとか思う余裕すら無い。

 全てが悪い夢なんじゃないかと思ってしまうくらい、唐突に襲ってきた地獄のような現実を受け入れられない。

 罪の烙印なんて刻まれていないミャーコを見ていると、より一層彼女が裏切ったという事実が本当に現実なのかわからなくなる。

 あの程度の攻撃一発だけなら、ただのフレンドリーファイアにカウントされて、罪の烙印なんて出ないだろうと頭のどこかでわかっていても。

 

「仕方なかったんですよ。セラフィさん達がゲームクリアなんて目指すから。遠回しにやめさせるように誘導してみても効果無いから」

 

 そんなセラフィに、ミャーコは目を向けた。

 いつもの優しげな表情ではなく、瞳の奥にドス黒い狂気を、暴れ回る『殺戮魔狼(ウェアウルフ)』にそっくりな狂気を覗かせた目で、セラフィを見ていた。

 

「あなたは良い人だ。なのに、なんで思い至ってくれなかったんでしょうね。

 ゲームクリアが救いにならない、それどころか悪夢にしかならない人達がいるってことに」

 

 攻略組とばかり交流していたからか、そういうことを表立って言うのは一部のPKばかりだったから、所詮は悪人の戯言と切り捨ててしまったのか。

 ミャーコはそんなことを考えながら、少しだけ悲しそうな顔でセラフィを見た。

 そして、次の瞬間……。

 

「きゅーい!」

「あ……」

 

 マッスルドルフィンの振るったサーフボードのような大剣が脳天を直撃して、セラフィはデータの塵になって消えた。

 宙に溶けていくデータの塵を、セラフィだったものを見ながら、ミャーコは……。

 

「少しでもお腹の中を見せて説得できてれば、何か変わったのかなぁ」

 

 少しだけ寂しそうに、そう呟いた。

 ウルフに協力していることまでは話せなくても、現実世界での苦しみを打ち明けて、あの世界に帰りたくないと思ってる人もいるんじゃないかという話ができていれば、あるいは……。

 まあ、そんなことをすれば、攻略に否定的な意見を持つ者として裏切り者疑惑を抱かれていたかもしれないのだから、無意味な想像でしかないのだが。

 彼女には現実世界での再会を望む大切な人達がいた以上、どんな経緯を辿ったところで、結局は相容れなかっただろうし。

 

「はぁ……」

 

 ミャーコはため息を吐きながら無意味な想像を振り払い、ウルフ達に蹂躙される仲間だった人達を眺め続けた。



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43 乱入

「お疲れ様です! ホント凄かったです! この世界を壊そうとするクソどもをバッタバッタと! マジ尊敬してます!」

「おう。応援ありがとな」

 

 ボス部屋の出入り口を守っていた部隊を全滅させた後。

 ウルフは魔族パーティーと共に体を休めながら、キラキラとした目で自分を見てくる少女から称賛を受けていた。

 彼女はフォックス・カンパニーの裏職員、社長の本当の意向を知っていて、ゲームクリア妨害のために動く死の商人の一人。

 要するに、ミャーコの本当の同僚だ。

 今回の作戦に動員されたのはミャーコだけでなく、あと数人ほど紛れていたのである。

 最初からミャーコの近くにいて、蹂躙が始まってからも彼女の脇を固めて動かなかったので、巻き添えにならずに済んだ。

 

「じゃ、ボク達は予定通り、セラフィさん達が必死に逃してくれたって設定で帰還するよ」

「おう。気をつけて帰れよ」

「気をつけてはこっちのセリフ。……ウルフ、死なないでね」

「……ああ。必ず生きて成し遂げる。だから、心配すんな」

 

 ウルフは安心させるように笑いながら、けれど瞳には強い意志を宿らせて、ミャーコの肩をポンッと叩いた。

 まるで戦いに行く勇者と、それを見送るヒロインのようだ。

 見た目は完全に百合だし、勇者じゃなくて魔族だし、色々と間違っているような、そうでもないような……。

 けれど、一つだけ確かなのは、たとえ悪党だろうと、二人の間にある絆の感情も本物だということ。

 そんな二人を見て、裏職員や魔族パーティーの仲間達が、とても生温かい好奇の視線を向けていたのだが、残念ながら二人の世界に入っているミャーコとウルフは気づかなかった。

 

「さ、もう行け」

「うん。外で待ってるからね」

「おう!」

 

 ミャーコが去っていく。

 裏職員達と、僅かに残った傭兵NPCを連れて。

 あの戦力なら、大迷宮の入口まで戻るくらい楽勝だろう。

 

「お前ら、準備はできたか?」

「ええ。さっきの戦いのダメージも疲労も回復しましたよ」

「右に同じく」

「使役獣と傭兵NPCの回復も完了した。やられたのが捨て駒の召喚獣ばかりだったのは幸いだな」

「むしろ、ウルフは大丈夫なの?」

「問題ねぇよ。『マリンクリスタルの盾』を使い潰したおかげで、大して痛くもなかったしな」

 

 そんなことを言うウルフだが、実際のところ最初の魔法弾幕でHPが三割くらい消し飛んでいたし、盾越しの衝撃でも相当痛かった。

 しかし、彼にとってあの程度は『痛くない』の範疇だ。

 消し飛んだHPも自動回復によって全快したし、準備は万端。

 

「さて、━━行くか」

「「「「了解」」」」

 

 ウルフの言葉に全員が戦意を高める。

 そして、彼らはボス部屋の扉へと近づいた。

 接近する者を感知して、ギィィィと、扉が独りでに開いていく。

 

「『ダークネスレイ』」

 

 開幕速攻。

 まずはご挨拶とばかりに『闇妖精』の魔法が扉の中に向けて放たれる。

 闇のレーザービームが攻略組に迫り、ボスと戦わずに待機していた連中に止められた。

 まあ、最初はこんなものだろう。

 既にボスとの戦いで満身創痍だったりしないかなと少し期待していたが、さすがは久遠の仇敵ども。

 ヌルゲーで楽勝とはいかないようだ。

 

「きゅーい」

「ブルルル……!」

「ゴッ。ゴッ」

「ギョギョ!」

「━━━」

「「「カァアアーーー!」」」

「「「ワォオオオオン!」」」

「「「キィィィ!」」」

「「「ぁぁぁ……」」」

 

 『闇妖精』の魔法に続いて、『吸血公』のモンスター達がボス部屋の中へと踏み入っていく。

 使役獣の何体か、武器を持てる姿をしている者は、『鬼姫』の魔族固有スキル『鬼刃』によって生み出された武器によって武装している。

 魔族パーティーが解散してからの二年で、『吸血公』はそれぞれの武器をちゃんと最大限まで鍛え上げた。

 今のあれらは、トッププレイヤー達の武器をも凌駕するだろう。

 

「行くぞ、オードリー」

「はい。兄さん」

 

 そんなモンスター達に続いて、魔族パーティーもボス部屋へと入っていく。

 魚の尾ビレが付いた馬『ケルピー』に乗った兄妹が、モンスター達を指揮するように彼らの後ろへ。

 

「うふふ。二年ぶりの大戦。楽しみです」

「腕が鳴りますねぇ……!」

 

 彼らの少し前、モンスター達を盾にできる位置に、『鬼姫』と『死神』が進み出る。

 そして……。

 

「おーおー! やってんなぁ!」

 

 最後にウルフがボス部屋に足を踏み入れる。

 宝箱から手に入れた『紹介状』によって雇えるようになった、レベル45のならず者傭兵NPC20人を引き連れて。

 

「オレ達も交ぜてくれよ!」

 

 ウルフは、ポセイドンの相手で忙しい仇敵達に笑いかけた。

 ミャーコに笑いかけた時とは全然違う、獰猛な肉食獣のような顔で。

 憎悪に燃える亡者のような目で。

 

「今日こそくたばれ! 攻略組ッッ!!」

 

 そうして、魔族パーティーは、海の守護者との戦いに乱入した。



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44 かき回される戦場

「『吸血公』!」

「ミズタイホウ! 溶かせ!」

「「「ギョギョ!」」」

 

 『吸血公』の指示により、大砲を無理矢理魚類にして手足をくっつけたようなモンスター、三体のミズタイホウが水のブレスを放つ。 

 ただの水ブレスでもなければ、攻略組を狙った攻撃でもない。

 これは、火属性を複合した熱湯のブレス。

 狙いは攻略組によって凍らされた水面だ。

 彼らから足場を奪い、氷で動きが鈍っているポセイドンを解放するための行動。

 

「ッ!? 雷班と氷班以外は奴らを狙撃! 絶対に阻止して!!」

「了解! 『シャインアロー』!」

「『トルネードランス』!」

「『アースランサー』!」

 

 当然、攻略組はそれを阻止するべく、かなりの数の魔法使い達がポセイドンに背を向けてまで、ミズタイホウを狙ってきた。

 ここまでボスモンスター相手にかなり一方的な戦いができていたのは、水面を凍らせ続けてポセイドンの動きを制限していたからこそだ。

 それを破られれば、一気に形勢が変わってしまう。

 魔族の乱入だけでもキツいのに、ポセイドンまで強くなってしまったら最悪だ。

 だからこそ、攻略組はポセイドン攻略に必須の雷魔法と氷魔法を得意とする者達以外の魔法使いを惜しみなく魔族に差し向け、全力で仕留めようとした。

 

 200人以上の魔法使い達による、色とりどりの魔法の雨が降り注ぐ。

 ウルフが強行突破した時の数倍の密度。

 『闇妖精』でも相殺は不可能だ。

 正面から挑めば、すり潰されて全滅だろう。

 

「「「カァアアーーー!」」」

「「「オォオオン!」」」

「「「キィィィ!」」」

「「「ぁぁぁ……」」」

 

 そんな魔法の雨に対して、カラス、狼、コウモリ、ゾンビの四種類のモンスター達。

 『吸血公』の召喚したモンスター達が身を盾にして、強引に防いだ。

 彼らは凄い勢いで倒されていくが、それと同時に凄い勢いで補充されていく。

 『吸血公』のMPが切れない限り、彼らは無限に湧き続ける。

 おまけに、召喚獣は倒しても経験値が得られない。

 それを許してしまうと、味方に倒させて安全レベリングができてしまうからだ。

 敵の糧になることもないモンスターの壁。

 まさに、使い捨て上等部隊の面目躍如。

 

「ガァ!?」

「ギギャ!?」

 

 しかし、それでも全ての魔法を防げはしない。

 何発かは肉の壁をすり抜けて、ミズタイホウに迫る。

 

「「「━━━」」」

 

 それを防いだのは、巨大な盾と槍を装備した、蒼い水晶の騎士甲冑『ムーライダー』。

 三体のムーライダーが三体のミズタイホウの前にそれぞれ立ち、装備した盾で魔法を防ぐ。

 これは『鬼姫』製の武器ではなく、自前の盾だ。

 元々、ムーライダーは海の大迷宮最深部付近に現れる強敵。

 自前の盾でも充分に強いし、硬い。

 

「「「ギョギョ!」」」

「くっ……!」

 

 そうして、肉盾達が時間を稼いでいる間に、ミズタイホウは氷の一部を溶かすことに成功し、氷に空いた穴から水中へと飛び込んだ。

 ムーライダーもそれに続き、ミズタイホウの背中にライドする。

 ライダーという名前が付いていることからもわかる通り、このモンスターは元々、水中を泳ぐ他のモンスターの背に乗って戦うのだ。

 遠距離攻撃に優れるミズタイホウに、モンスターの中では屈指の近接戦闘能力を持つムーライダーの力が加わってしまえば、その厄介さは想像を絶する。

 

「行くぜ! 飛び込め!」

「ケルピー! 進め!」

「濡れるのやだな……」

「まあまあ、寒中水泳も乙なものですよ」

「私、現実だと泳げないんですよね……」

 

 更に、魔族達も残った使役獣や傭兵NPCと共に、ミズタイホウのこじ開けた穴から水中へ。

 肉盾で魔法の雨を防げる時間は短い。

 この密度の砲撃を前に真っ向勝負など、愚策中の愚策だ。

 ゆえに、敵の懐に入るまでのルートに水中を選んだ。

 使役獣を水棲系モンスターで揃え、各々が『遊泳』のスキルを習得し、傭兵NPCも高い金を払って『遊泳』持ちを雇い入れて、この時に備えた。

 攻略組よりもずっと前にボス部屋に辿り着き、あらかじめボス部屋の情報を得て、長い時間をかけて作戦を練ったからこそ、有効な作戦を即座に実行できる。

 

「出ろ! カメ吉!」

「ボォオオオオオオオオ!!」

 

 大き過ぎてボス部屋の扉を通らない上に、陸上ではいい的にしかならないので出さなかったカメ吉こと、ビッグタートルを『吸血公』が水中で召喚。

 そのまま、カメ吉は三体のミズタイホウと共に、水中から水ブレスを連射して氷を砕きつつ、氷の上にいる攻略組を攻撃する作業に入った。

 

「『ダークネスレイ』!」

 

 加えて、『闇妖精』も兄と共にケルピーの背中に乗りながら、強烈な闇魔法で氷の上にいる攻略組を狙撃。

 氷に阻まれて目視はできなくても、『索敵』のスキルで大体の居場所はわかるので、そこに向けて撃てばいい。

 

「ぎゃあああ!?」

「くそっ!? それは反則だろ!?」

 

 攻略組からすれば堪ったものではない。

 暴れるポセイドンの相手をしなければならないのに、その最中に足下から狙撃されるのだから。

 角度のついた攻撃は盾役がいても防げない。

 脆いところへダイレクトアタックだ。

 

「雷班! 砕けた氷のところから通電攻撃を……」

「させると思うかぁ?」

「ッ!?」

 

 ポセイドンへの最大のダメージソースを差し向けてでも、水中の魔族達を狙おうとした攻略組。

 しかし、指揮官であるジャンヌの足下の氷が砕け、そこからウルフが現れて、指揮官への直接攻撃を仕掛けてきた。

 『追跡』のスキルでジャンヌをロックオンし、かなり頑張って鍛えた『遊泳』のスキルを使って猛スピードで泳ぎ、一気に懐まで入ったのだ。

 ウルフに続くように、彼の空けた氷の穴からならず者傭兵NPCが次々と現れ、共にシャイニングアーツとぶつかった。

 それだけではない。

 

「雷班というのは、あなた方でしょうか?」

「有効打は真っ先に潰す。当然ですねぇ」

「ひぃ!?」

 

 『鬼姫』と『死神』が、クリームのいる雷魔法使いの集団に狙いをつけて現れた。

 魔族パーティーへのトラウマから、思わず悲鳴を上げるクリーム。

 しかし、

 

「「「『死神』ぃぃぃぃ!!!」」」

「「「クソアマぁぁぁぁ!!!」」」

 

 恨みを買いまくっている魔族が現れれば、当然彼女の頼りになる()仲間達が駆けつけてくる。

 ドラゴンスレイヤーのもう半数、ポセイドン討伐に参加していた者達が、ポセイドンそっちのけで魔族二人に襲いかかった。

 

「こうなったら仕方がないか……。同志達よ! まずは悪逆非道の外道どもを誅伐せよ!」

「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」

 

 ドラゴンスレイヤーのギルドマスター、『竜殺し』ジークフリートもここに参加し、『鬼姫』と『死神』に向けて突撃を開始した。

 制御不能の復讐者達を無理矢理制御しようとしても無駄だ。

 なら、彼らに乗っかって最低限の手綱だけでも放さないようにした方がまだマシという判断。

 

 それは間違っていない。

 二人の魔族に一つのギルドを丸々ぶつけるという形も悪くはない。

 先ほど、ドラゴンスレイヤーのもう半分が為す術もなく蹂躙されたのは、ウルフに背後を取られた上に、『吸血公』のモンスター達の動員によって数対数の戦いになったからだ。

 

 しかし、今のウルフはジャンヌに突貫し、モンスターの軍勢は他のギルドに向かっている。

 今なら魔族二人を袋叩きにできる。

 その判断は正解で……だからこそ、どうしようもなかった。

 

「『呪殺・脆弱の罪』!!」

「「「ッ!」」」

 

 『死神』の必殺スキルが、最前列を走る者達に直撃した。

 レベル70を超える魔族の一撃。

 当然、強烈な一撃ではあるが、相対するドラゴンスレイヤーも一人一人がレベル50を超える精鋭達。

 この程度でやられはしない。

 ……しかし、この一撃の真骨頂は威力ではない。

 

「刻み連舞・尽殺!!」

「「「ぎゃあああああ!?」」」

 

 『死神』の必殺スキルを防いだ者達に向かって『鬼姫』が突撃をかまし、流れるように刀を振るって斬り殺していく。

 必殺スキルではない。

 ただの熟練の技、現実世界では否定され続けた流派の技。

 それがドラゴンスレイヤーの構えた武器も、纏った鎧も、鍛え上げたVIT(防御)も、全てを紙のように斬り裂いて殺していく。

 

 『鬼姫』の魔族固有スキル『鬼刃』によって生み出された刀を、その性能を最大限に引き出せる本人が振るうことによって得られる、恐ろしいまでの斬れ味。

 正面から打ち合えば、現時点での最高峰の武器ですら、十度とぶつからぬうちに破壊されるだろう。

 だが、一撃死というのは、さすがにありえない。

 ただでさえ恐ろしい鬼刃を一撃必殺にまで昇華させているのは、『死神』の固有スキルだ。

 

 彼の魔族固有スキル。

 その名は『呪殺魔法』。

 敵のステータスにデバフをかける『呪魔法』の超強化版。

 『死神』の攻撃を受けてはならない。

 直撃はもちろん、たとえ防御に成功したとても、ガードの上から強烈なデバフをかけられる。

 通常攻撃を受けるだけでもデバフはかかり、必殺スキルを受けてしまえば、致命的なまでにステータスは低下する。

 

 今回はVIT(防御)を下げる必殺スキルにより、『鬼姫』の攻撃を一撃必殺へと変えた。

 二年前はステータスの低下をまるで恐れず、弱体化した味方を踏み越えて襲ってくるドラゴンスレイヤーを前に不覚を取ったが、今回は『鬼姫』と組むことによって、弱体化からのトドメを流れるように行うことができる。

 加えて、

 

「「「『死神』ぃぃぃぃ!!!」」」

 

 かつては呑まれかけた、自分への恨み辛みで狂気に染まった者達の姿。

 しかし、ウルフのあれを聞いた今では、彼らを見ても何も感じはしない。

 自分が世界に絶望する中、誰一人として手を差し伸べなかったくせに、見捨てた奴から反撃されただけで喚き散らすクズどものことなど知るか!

 

「『呪殺・足削ぎの恐怖』!」

「うぐっ!?」

「あがっ!?」

「ぐぅぅぅ!?」

 

 呪殺魔法によってAGI(俊敏)を下げ、動きの鈍った者の命を大鎌で刈り取る。

 

「「「あああああああ!!!」」」

 

 それでも一切怯まず、痛みも恐怖も感じでいないかのように飛びかかってくるドラゴンスレイヤー。

 かつては恐れたそれも、今では畜生の鳴き声にしか聞こえない。

 

「ハハハハハッ! 死ね死ね死ねぇ! お前らに大義なんて無かった! お前らに復讐者を名乗る資格なんて無かった! 私と同じ、ただの外道として死んでいけぇぇぇ!!」

「「「ぎゃあああああああ!?」」」

 

 『死神』と『鬼姫』が暴れる。

 狂気の死兵に怯むことなく、万全の状態で暴れ回る。

 彼らは二年前のように多対一を二つではなく、コンビとして多対二で戦った。

 相性の良い二人が、魔族パーティーとして培った連携プレイをしてくるのだ。

 その脅威は尋常ではなく、ドラゴンスレイヤーは圧倒された。

 蹂躙にこそなっていないが、このまま戦闘不能になる者が増え続ければ時間の問題だ。

 

「くそっ……! この悪党どもが……!」

 

 劣勢に晒され、ジークフリートが悪態をつく。

 隣のクリームは二年ぶりの窮地に真っ青な顔だ。

 それでも戦意を喪失せずに戦い続けられるのは、さすが五年の戦闘経験を持つトッププレイヤーと言うべきなのだろう。

 

「ガァアアアアア!!」

「くっ……! コジロウ、ドラゴンスレイヤーの援護を! せめて『鬼姫』だけでも封じられれば勝機はあるわ!」

「ぬぅ……! 致し方なし……!」

 

 一方、ウルフとシャイニングアーツがぶつかる戦場。

 ドラゴンスレイヤーが劣勢と見て、ジャンヌは最高戦力である『刀神』コジロウを向かわせることを決めた。

 誰よりも優先してジャンヌを守りたいコジロウだが、戦線が崩壊すればジャンヌもろとも終わってしまうため、断腸の思いでドラゴンスレイヤーのもとへ走る。

 彼の剣技であれば、同じく剣技に秀でた『鬼姫』を引きつけておくことができる。

 ステータスと武器の差で勝利は絶望的だが、足止めならば可能だ。

 そうして相手が『死神』だけになれば、疲弊したドラゴンスレイヤーでも勝ち目はあるだろう。

 

「ハッ! そりゃ悪手なんじゃねぇのか、クソ聖女!」

 

 ウルフはそんなジャンヌの判断を嘲笑い、

 

「『クラッシュフィスト』!!」

「なっ!?」

 

 足下の氷に必殺スキルの拳を叩き込み、全員から足場を奪った。

 それなりに溜めのいる大技。

 コジロウがいなくなって攻撃の密度が薄れたからこそ、簡単に発動できた。

 高速戦闘中だったがゆえに、ジャンヌ達は最初のように飛び退いて足場のある場所まで下がることもできない。

 そして、

 

「よっ!」

 

 ウルフが猛然と泳ぎ出し、シャイニングアーツから離れていく。

 ジャンヌ達は追いつけない。

 彼女達もこういう事態に備えて『遊泳』のスキルは鍛えてきたが、この二年間、安全マージンを確保した上でのレベル上げに必死だったジャンヌ達と、悠々と『遊泳』を鍛え上げる余裕のあったウルフとではスキルレベルが違う。

 

 そうして、ジャンヌ達を水の中に置き去りにして一時的に無力化し、ウルフが向かったのは……ポセイドンが氷を砕きながら暴れている方向。

 

「ッ!? 『シャインストリーム』!!」

「『ブラックアロー』!!」

「『ストーンバレット』!!」

 

 ウルフの狙いを察し、ジャンヌ達は魔法でウルフを狙撃する。

 だが、水中で威力も速度も落ちた魔法ではウルフに当たらず、残ったならず者傭兵NPCに邪魔をされて、魔法による妨害すらロクにできない。

 そして……。

 

「『クラッシュフィスト』!!」

「「「!!」」」

 

 ウルフは氷を溶かそうと奮闘するミズタイホウやビッグタートル、それと戦っている攻略組の水中部隊すらも追い抜いて、ポセイドンの近くに到達した。

 そこで粉砕の拳を連打し、海の守護者を封じ込める無粋な氷を砕いていく。

 

「ここは海の大迷宮! ズルしねぇで、ちゃんと海の戦いをしやがれ!」

 

 ウルフが拳を引いて力を込める。

 単発ではなく、広範囲を攻撃する技の構え。

 正義のヒーローを削り倒した技の構え。

 

「『インパクトスマッシュ』!!」

 

 広範囲に拡散する衝撃波の拳が━━今までのウルフの攻撃でボロボロになった氷の床を完全に破壊した。

 張り直すための氷部隊は、『闇妖精』の狙撃で右往左往している。

 もう、この化け物を封じる術は無い。

 

「━━━━━━━━━━!!!」

 

 海の守護者、深海龍ポセイドンが。

 まるで今まで封じられ続けた怒りに身を焦がすように。

 絶望の咆哮を上げた。



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