水星の魔女OG (ノイラーテム)
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第一部分
プロローグ
●裁けぬ悪を何とする
地球のとある工業エリア、研究棟のある場所でちょっとした変化が起きた。
真夜中にウウ~とサイレンが鳴り、カンカンカンとサーチライトが暗闇を照らしていく。
『ハア……ハア……ハア……』
少し離れた場所にある車の中で、高性能の収音マイクが少女らしき吐息を拾っていた。
ナイトビジョンを使うとカーナビにしか見えない場所に、走り抜ける少女の姿が映し出される。
「マラソンで一時間三十分を余裕で切れそうなペースか。それにあの歩幅、明らかに薬を投与されてるぜ。コース取りも悪かねえ、あいつ逃げ切れるかな?」
車の中で別の少女らしき声がぶっきらぼうに声を上げた。
乱暴な言葉で荒々しいトーンだが、その見立ては優れたものだった。もしかしたら彼女自身が運動面で優れており、それゆえに推測が容易かったのかもしれないが……。
「無理だな。地域住民からの援護も始まったようだが、射撃が手慣れておる。おそらくはこんな『狩り』を何度も行っておるのだろうて。権限が及ぶギリギリの所まで遊ぶ気だろう」
ハンドルを握る男はまるで獅子のような男であった。
男はその厳つい外見にも関わらず、牽制射撃の距離が一定である事を指摘した。本来ならば少しずつ近づいて行くべきだし、逃げる少女が思わぬ足取りをすれば離れるものなのだ。それにも関わらず一定という事は、何度も同じ状況が繰り返されたのだと思われる。
「何とか出来ねえのかよ親父? いつもの調子はどうした」
「正攻法では無理だな。こちらにも義理がある。だが……」
二人は親子なのだろう。逃げる少女を助けたいという娘の逃亡に父親は答えることにした。
だがその方法は尋常ではない。車を走り出させて少女の方へ向かうというところまでは娘の要望通りだ。だがしかし、そこから先が男の酔狂さを示していた。
「お、親父! どういう料簡だ! あいつの邪魔をすんのか!?」
「黙って見ておれ!」
なんと、車を少女を救うために向かわせるのではなく、少女を阻むために最終ラインへ!
そして自らはドアを開け、射撃が継続させられているにも関わらず、外へと飛び出して仁王立ちになった!!
「裁けぬ悪を何とする!」
「そ、そんなの知らない! 私はみんなの希望なの! 『外』へ行って、助けを呼ぶの!」
ここまで走り通したにも関わらず、逃げていた少女は声を上げた。
呼吸困難になりそうな状態にもかかわらず、大声で自らの正義……非道な目に合っていると主張。そして片時も速度を落とさずに走り続けていた。
そして僅かに軌道修正。車の低い部分へと目掛けて跳躍したのである。
「その意気や良し! お主の命、このビアン・ゾルダークが預かった!!」
ビアン・ゾルダーク博士はこの工業エリアにある会社に招かれた技術顧問であった。
それゆえに介入するには正当な理由と、バクチを打つに値する価値が必要だったのだ。それを少女は示した。虐待されているという情報を提示、そして『脱走犯を捕まえに来た』という態で割り込んだビアンと車を利用して、ライフルによる狙撃から逃げ切ったのである。
「聞こえるか、ローズ。お前の伝手でフィリオ・プレスティ博士につなぎを取ってもらいたい」
『聞こえておりましてよ。構いませんけれど、どのような御商談でしょう?』
ビアン博士は車載電話にしか見えない衛星通信を立ち上げるとエージェントに連絡を入れた。
ローズと呼ばれたエージェントは嫣然と笑って続きを促し、どのような内容の会談を行うのか、そして自らにどのような利益がもたらされるのかを尋ねた。それは彼女が商人である以上は当然のことなのだから。
「彼の研究実現に力を貸そう。代わりに彼が抑えている『テスラ・ドライブ』を得るのだ。さすれば……」
『その成果物は『当社』で生産していただけるのですね? 承知いたしました。他に何かご入用なモノはございますか?』
ローズは何処かの会社の重役か何かなのかもしれない。
ビアン博士が強力なマシーンを作ると知って、その技術を報酬として会談のセッティングを請け負った。そして更なる成果を得る為、あるいはビアンの関心を得るために追加の受注を狙う。
「そうだな。数年後で良い、アスティカシア高等専門学園の学籍を幾らか頼みたい。『スクール』の連中を送り込む。ああ、アードラー・コッホ博士にはこちらで話を付けておくとも」
『なるほど、広告塔を用意するという事ですわね? まっとうな戸籍込みで用意しておきますわ」
ビアン博士は車の向こう側で治療を受けている少女にチラリと視線を送った。
彼はまっとうな技術顧問であって、裏で行われていた人体実験には関わってはいない。しかし彼ほどの男であれば知る事は難しくなかった。そして、その研究者と話を付けることもだ。正攻法では難しい交渉でも、相手を知り己をしれば決して不可能ではなかった。
「親父。どうする気だい? あの外道に手を貸すってのか?」
「彼女たち『スクール』のメンバーが本当に学生と成っても問題はあるまい? 年齢も能力も相応しい。それに……」
娘の質問にビアン博士は厳めしい顔で答えた。
博士が語る『スクール』とは娘が言う様に外道なる研究者によって牛耳られた白亜の塔である。ビアン博士はまず少女の待遇をまっとうにするところから始め、正統なる理由を用意し、外道共に研究成果をさらなる目的のために投資させることにしたのだ。研究とは実践データと、次なる目標があってこそなのだから。
「天の裁きを待っては居れぬ! もはや地球圏には明確なる希望が必要なのだ!! 彼女たちこそが地球の希望と成る! リューネよ、お前にも手伝ってもらうぞ!」
こうして数年の時間と、数多くの天才たちを巻き込んだ計画が始まるのであった。
●狡兎死して走狗烹らる
ある年のインキュベーションパーティーに置いて、1つの発表が行われた。
そのマシーンは最初から大手企業によるスポンサードが、主要工場工業建設分の50%の比率であると示されていた。要するにスケールメリットによる量産の為に、共同出資者を募るという形式である。
『この度は我が社のRフレームを元に共同開発で設計した『リオン』の発表をさせていただきます。この機体は高度な空間認識システムと飛行ユニットを一体化したテスラ・ドライブを中核としており……』
「工業の鉄人イスルギにしては微妙な機体だが……。シャディク、お前はどう見る?」
グラスレー社CEOであるサリウス・ゼネリは隣にいる青年に声を掛けた。
己の見立てでは自社製品に全く及ぶ所のない微妙な製品である。しかし新規参入のモビルスーツ開発はともかく、インフラを始めとしたビジネス全体ではイスルギ重工は御三家の上を行く大企業である。その鉄人が満を持して投入した新製品が、この程度の性能というのは不信に思って当然の事だ。
「浮遊を前提にして高度な制御が行われているという事は、被弾してからの能力復元率も高いでしょう。また四肢を完全にペイルロードとして設計し、構造的にも生産・整備が簡略化された設計です。要するに……戦争用の機体ですね」
「……平地に乱でも起こしたいのか? ウチは良い、だが他はどう出るかな」
サリウスの養子であるシャディク・ゼネリは能力以外の要素を冷静に分析した。
能力が低いのではなく、低く抑えて他を高めているという評価だ。リオンの諸元はともかく、追加ユニットを見れば海中用のシーリオンや陸戦用のランドリオンに改修可能など、密閉性の高い構造で場所を選ばぬプラットフォームと化していた。これは完全に量産体制を見込んだ設計であり、世界中で量産されれば何処ででも部品が調達可能という事になる。仮に百機の内半数が破壊されても、翌日に八十機が復帰するのでは戦う方としてはたまったものではないだろう。
「同じように空戦を前提としたペイル社は青い顔をしているでしょうね。その点でジェターク社はどうでしょう? あそこは高価で高性能な重モビルス-ツが得……」
同じ御三家でもそれぞれに得意分野が違っている。
スタンダードな能力に様々な兵装運用で補うグラスレー社。高出力な大型ブースターでの飛行を可能とするペイル社、そして重装甲大出力による精鋭を売りにしているジェターク社では反応が違うのも当然のことであった。
「む。ヴィムの奴が質問を行うようだ。ここは御高説を聞かせてもらう事にしよう」
「そうしましょう。……少し席を外します」
ゼネリの親子が話している途中で、モニターの端に討論の要望が出た。
そのサインは今はなしていた御三家のジェターク社の物である。サリウスが興味深そうに見守ろうというのも当然であろう。しかしシャディクとしては思う所があるのか、席を外して極秘の通信端末を懐から取り出した。
『コスト重視で性能度外視ならば確かにイニシャルコストは良いでしょうな。しかし実際の戦いではそうも行かない。精鋭による強行突破で各都市が荒らされ、守備隊だけが復活しても意味がないでしょう。モビルスーツに機体が託されているのは、都市に住む人々を守る為なのですから。これでは安物買いの銭失いになりかねない』
『当然ですな。その疑問にお答えいたしましょう』
ジェターク社のCEOであるヴィムが直接質問に出る。
これではその辺りの技術者では貫目が足りず、急遽、イスルギのCEOであるイスルギ・レンジが変わって立つことになった。打撃力も防御力も足りないリオンでどう対策するのか? その辺りを聞かされている筈のレンジであれば堪えられるはずであろう。
『当社でもその辺りを懸念してRⅡフレームの新規開発に余念がありません。これはテスラドライブを進化させ、防御フィールド構築を行えるテスラ・ドットアレイを前提としております。しかし開発には難航しておりまして……そこは皆様の機体に対し、胸を借りる所存であります』
(やはり裏で根回し済みか。確かにあの機体とジェタークのディランザは相性が良い。……だが『今』戦争が起きてもらっては困るんだ)
シャディクはこの流れを読んでいた。
正確にはヴィム・ジェタークが聞かされた内容よりも先、イスルギ重工が戦争を望んでいるという未来まで読み切って居たのだ。その上でシャディクの計画としては『今』戦争を起こされるのは困る。もう少し時間を稼いで、彼がグラスレー社を……それ以上を掴んでおく必要があった。
「聞こえますか、ローズ先輩。イスルギ・レンジのスケジュールをお尋ねしたいのですが?」
『あら、スケジュールだけで十分ですか? 何でしたらエルピス事件の実行犯に伝手がありますけど?』
シャディクはエージェントと連絡を取り、イスルギ重工に打撃を与えることにした。
その内容を伏せていたのだが、ローズと名乗るエージェントは凶悪事件を起こしたテロリストを用意すると先手を打って来た。
「そこまで先輩の手は借りれませんよ。高くつきそうだ。もし手が空いてるならば他の戦場に投入しておいてください、その方が次の機会があった時にアリバイ工作になるでしょう?」
『あらあら、警戒されてしまいましたわね。では……貴方が別名義で抑えているイスルギ重工の株でよろしくてよ? ああ、もちろん財務手段としてはそれ相応で金策をお返ししますわ』
シャディクは即座にテロリストの供与を断った。
話に出たエルピス事件が大騒ぎになったこともあるが、ついでに色々と問題を起こしそうだったからだ。そして手段というモノは複数ある方が商談を行い易い。何もかも頼り切りの場合は吹っ掛けられるが、複数あれば安い方を使えると提示できるからである。だからこそローズも、報酬としてイスルギ重工の株を要求するが、別口の資金源は返すと告げたのである。
「怖い人だ軒を借りて母屋を乗っ取る気ですか?」
『ふふふ。別ルートからの要望でアスティカシアに人を送り込まねばなりませんの。しかし今の状況で本社はそこまで投資しそうにありませんので』
そこでシャディクは通信を打ち切った。
彼としてはイスルギ重工の再編で時間稼ぎが出来れば十分だからだ。戦争がよろしくないなど知って居るし、兵器の売れ行きを考えれば戦争は起きた方と良いのも知っている。その上で自分自身の目的のために、今は戦争が起きて欲しくなというだけなのだから。
やがてイスルギ重工CEOであるイスルギ・レンジがテロリストによって襲撃されるという事件が起きた。それはアスティカシア学園の地球寮に大規模な支援が入る前であったという。
ネタの考察だけやって書かないのもどうかと思ったので、前々から考えていたことをお試しで。
●用語
『スクール』
脳科学を中心に人体実験を繰り返していた研究機関。
宇宙・地球を通して最先端の科学者や様々なスポンサーが関わって居た部位ラックな組織。
当然ながら、それがあった工業地帯も非常にブラックである。
『テスラ・ドライブ』
高度な空間認識装置を用い、浮遊状態を前提に飛行しながら戦闘を行う装置。
その認識能力ゆえにダメージを受けてもリカバリーが容易い。
またこの装置ごとの量産を行う事、それも大企業が担う事で、機体コストを大幅に下げている。
『リオン』
リオン・コスモリオン・ランドリオン・シーリオン。その全てが同一のRフレームを元に改装可能。
大量に手に入れれば初期コストも維持コストも非常に効率が良く、個人の戦闘力よりも戦争を行うための機体である。
ただし戦闘力を犠牲にしている為、発展型のRⅡフレームを開発中。
テスラ・ドットアレイは認識した特定空間に防御フィールドを展開して
いわゆるピンポイントバリアを使った防御強化や攻撃が可能になるというモノである。
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第一話
●マーチャント
アスティカシア学園の学園長室に色々な物が持ち込まれた。
他にも汚染されて居ない地球の土や有機肥料、あるいは電源が遮断されてしまった時の為に使う窒素や水などの供給装置など……様々な機材が指定されたエリアに輸送されていると資料を手渡される。
「ミツコ先輩申し訳ありません。お父さんの件があったばかりなのに……」
「いいのよ。ミオリネちゃんに頼まれた件が先約だったもの。お父様、いえCEOならば公私は付けろとおっしゃったと思うわ」
受取人であるミオリネ・レンブランは喪服を着た商人に頭を下げた。
ミツコ・イスルギは経営科の元上級生であり、卒業までは色々な意味で尊敬したくはないが顔を合わせる相手であった。しかし在学当時からその伝手は広く、どうしても欲しい物を確実に揃えるには仕方が無かったと言える。ただ容赦とかモラルとかを投げ捨てた人であり、ミオリネにとって親がクソ親という以外には仲間と思えるところが無かった。
「他に協力して欲しい事はある? 報酬次第で手伝うわよ?」
「いえ。そこまでお世話になるわけにはいきませんし問題ありません。それにミツコ先輩には似合わないでしょうから……」
ミオリネには隠している目標があった。
そこでミツコを頼らなかったのは単に費用が高いからであり、イスルギ重工CEOの娘とあって信用できなかったというのもある。ただ、ミオリネはいつくかの面で心得違いをしていたとも言える。もしここで目的のために巻き込んだならば、勝手に別方面で採算を取って、言質を取った事や契約内容を違えることはなかったのだから。
「汚れ仕事という意味なら別に構わないですのに……まあ受注をしなかった以上は守秘義務はない訳ですし、黙って居る必要はありませんわよね」
ミツコは学園から離れながらデータをとある場所に転送した。
今ごろは『彼』の秘書が確認し、適当なタイミングに紛れ込ませるだろう。そう思っていた所にその『彼』から連絡が入ったのである。
『ローズ、この業者は信用できるのか?』
「ええ、デリング総帥。私と一緒で勝手に別のスポンサーを見つけて採算取るタイプですわ。口にした事や契約した内容は最大限の努力を行って守るはずです。ミオリネさんの決行日と逗留地の予測は、送ったデータのいずれかになるかと」
ミツコ・イスルギという女は徹底した商人である。
一言で言えば『売れるならば親でも国でも売り払え、ただし出来るだけ高く』というのを信条としている。もし宇宙人が居て地球の基地情報やモビルスーツのデータを売れと言われたら、価格次第で平然と売っただろう。ただし、値を高く保つにはそれなりのクオリティと信用が必要なのだ。裏切り行為は働いても、守秘義務や契約の履行は徹底して行う。もしミオリネが彼女と契約し、『彼』……ミオリネの父親であるデリング・レンブランへ情報を売るなと言えば決して口にはしなかったであろう。
「介入なさいますか?」
『不要だ。ただし騙されて居た時のフォローは忘れるなよ。人質にされたら叶わん』
そこまでの会話が終了した所へ、デリングからデータが送られてきた。
アスティカシアの学籍番号が多めに取られており、その範囲でならば好きに人材を入れろ。他の番号は適当に推薦枠としてダミーに使えと言う事だろう。ミツコとしても商売で無ければ必要以上にミオリネとデリングの双方へ関わる気が無いのでここで通信を打ち切ることにした。
「ミツコお嬢様。葬儀に先立ちまして何の御用でしょうか?」
「そこはCEOとお呼びなさいな。……早ければ五年以内に起きる大規模戦争に関する社内会議を行いますわ。先代が生きておられた当時と現状の齟齬を確認。場合によっては修正を行いますので根回しを行います」
呼び出された重役は二の句が告げなかった。
地球圏で不満が累積し、宇宙側が抑圧することでいつ戦争が起きても不思議ではない。そしてイスルギ重工を始めとして、幾つかの企業や有力な個人が協力している事は社外秘であったのだ。もちろん娘とはいえ、一介の学生に過ぎなかったミツコが知っている筈もないと思っていたのだから。
「み、ミツコさま……その件を何処で……」
「ひ・み・つ、ですわ♪ 佳い女には秘密が付きまとう物ですもの。それに守秘義務というのものがありますしね。ともあれ広告塔と囮を兼ねてアスティカシア学園にリオンを送り込みます。できれば人型を送り込みたいのですが……まだフィリオ・プレスティ博士のシリーズ77にはほど遠いのですわよね?」
リオンは低コストの量産機であり、用途に特化して航空機に近い形状だ。
それゆえにイメージ向上も兼ねた人型は次世代機でありエース用に調整されたマーシンが担当することになって居た。中でも主設計者が担当するフィリオ・プレスティ博士のシリーズ77は宇宙開拓用であり、戦闘面ではロマン重視なので広告塔に丁度良いのは確かであったろう。どうしてそんな内部事情まで詳しいのかと重役が首を傾げたのも無理はない。
「は、はい。現在はRⅡフレームからタイプRTを経て、ようやくRA・RB・RGへと分岐したところです」
「ではパーツ取りと他の寮への貸し出し込みで十機ほど地球寮を中心に送り込みなさい」
主力商品はテスラドライブのRフレームで、次世代機はテスラ・ドットアレイのRⅡフレーム。
テスト用のRTから宇宙開拓用向けにタイプRA系からタイプAAという風に進歩させ、同じように重戦闘用に戦車に近い射撃戦メインのRB系、人型に近く様々な場所での防御を得意とするRG系へと分岐することになっていた。現段階ではようやくRTからの脱却が終わったばかりであり、人型へ至るのはもう少し先であろう。それゆえにミツコはリオンを送り込むように手配したのである。
●スチューデント
地球寮やイスルギの協力会社を中心にリオンが次々に持ち込まれていく。
全てを組み上げてから持ち込んでも良いのだが整備の容易さをアピールしたり、拡張性を検証するために地球寮へは三機以外はパーツで持ち込まれていた。学園から支給されるデミトレーナーを合わせれば、相当に事情が改善されたと言えるだろう。
「これだけあったら売っても判らないんじゃ!?」
「好きなくとも今は止めとけ。しっかし、マジでこれ俺たちが好きに使って良いのかよ?」
すっからかんだったケージに三機のリオン、スクラップ置き場だった倉庫には資材の山だ。
メカニック科のヌーノ・カルガンやオジェロ・ギャベルが喜色をあげるのも無理はない。今までは数少ない機体を何とかやりくりしていたのだが、それぞれが専属で一機扱う事すら可能な今の状態は嬉しい悲鳴と言えるだろう。
「一応は……ね。他所の寮からはさっさと動かせって話と、パーツを寄こせって話があるけど……」
「そういう事ならまずは限界を出すために試してみましょ。性能限界が判ったら教えてあげれば良いし、その時に故障気味だったら流石に分けるのは無理かな」
他にも導入した寮からの要望が早くもあるらしい。
寮長である経営科のマルタン・アップモントが苦笑いを浮かべると、メカニックで一番の才媛であるニカ・ナナウラが現実的な提案を行う。その時にパーツの横流しを否定して居ないだけに、マルタンとしては苦笑の度合いが渋面方向に深くなるのであった。
「限界ねえ。どっち方向に舵を切るかにもよるけど、パイロット組の希望はどーよ」
「あーしは良く判らないのに乗る気はないね。良い機会だからいつものを一機もらいたいくらいさ。とりあえず連中にでも聞きに行ったら良いんじゃねーの?」
マニアックな改造に詳しいヌーノへパイロット科のチュアチュリー・パンランチが答える。
機体の改造と言っても方向性が重要なのだ。バランスを重視して自分の操縦に合わせフィット感を重視する者から、重装甲のタンク型や大火力の砲撃型など多岐に渡る。もちろんリオンは飛行を前提にしている為、判り易いのは高機動型だろう。
「じゃあチュチュのはその方向で調整するとして……。ラトゥーニさんだっけ? 向こうの皆の要望はどうかな?」
「我々は機体に合わせますが、この際ですから現存する三機を異なる方向に改造してしまえば良いのではないでしょうか? リオンの特性を考えれば、何時でも元に戻せますので」
ニカの質問へメカニック科として折衝に当たって居るラトゥーニ・スゥボータが提案した。
イスルギとその協力会社からまとめて送り込まれて来た学生の一人でデータ面に強い。今時めずらしく眼鏡を付けているが、データ表示用を兼ねていてその辺りの要望を過去のデータから呼び出したのだろう。
「三機とも全部?」
「はい。装甲を極力省いた高機動試験用、装甲と火力の両立を図る突撃戦用、最後にセンサーのみを強化した長距離航行試験用が妥当であると思われます。もちろんみなさんの要望があれば順次試して行っても良いのではないかと」
「んなら妥当っちゃあ妥当だな。四機目からは適当に思い付きを試そうぜ」
ラトゥーニの提案は事務的でありながら何処か挑戦的だ。
何でもやって良いという言葉に、ヌーノは悪い笑顔を浮かべてどんなパーツを組み込むかを考え始めた。ニカ達も止めない様だし、当面は馬鹿騒ぎが続くだろう。
「そう言えば他のメンツは何処居んのよ? こんなバカ騒ぎに連中が居ないの珍しいじゃん」
「あー……。アラドとアイビスさんは補修です。ゼオラとスレイさんはその付き添いですね。オウカ姉さまは決闘委員会と折衝中になります。こんな時にフルメンバーで相談できず申し訳ありません」
イスルギから送り込まれたのは六名だ。
全員がパイロットをこなせるがその習熟度に大きな差がある。最初に言われた二名はタフネスではあるが色々と難があり、最後の一人は逆に御三家の子息にも匹敵するハイ・スペックな才媛であった。チュチュが言っているのは最初に二名で、どちらも陽気でこういう時には絡んで来た物だ。
「決闘委員会? 何か問題でもあったわけ?」
「……昨晩、機体サイズに関する厳密化が規定されました。これに関する抗議と、聞き入られない場合のO・HA・NA・SHIですね。リオンは20mを越えていますが、他にない訳でもありませんし重量比を考えれば言いがかりなのですが」
「うわっ。きったねー。自分達の都合の良いようにルール替えやがった」
リオンは20mを少し越えているが、重量は33トンと他に比べて遥かに軽い。
これは航空機をイメージして構成されているから当然なのだが、こうなると大型のフライトユニットを使わずとも、出力比だけでかなりの速度が期待できた。ゆえに『大型化で性能を向上させるのは公正に反する』というのは言い掛かりなのだ。しかもルールが納入前日とあって、リオンが成果を上げることを邪魔したいとしか思えなかった。
「そ、それならホルダーの人にお願いしたら良いんじゃないかな? 確かジェターク社とイスルギは仲が良かったでしょ?」
「その人物の性格面と知識を存じ上げませんし、問題はジェターク社が何処まで我々に協力してくれるかに掛かっていると思われます。そこに掛けるのは不安要素が強いので、色々な資料を手にオウカ姉さまは交渉されるかと」
この時、マルタンはラトゥーニの眼鏡がキラリと光ったような気がした。
澄まし顔の少女に腹黒さが伺えて、胃の痛みを感じたという。
お試しなのでサクサクと二話目。
前提になる背景とそもそも時期が違うので、順番が違っております。
また水星の魔女らしさを出すために登場人物を多めにしてますが
実際にはニカ姉とヌーノが相談して、チュチュが文句と自分の意見を言ってるだけで良かった気もしますね。
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第二話
「やってくれるね」
「やり返したまでです」
オウカ・ナギサという黒髪の女にシャディク・ゼネリは笑みを浮かべた。
話をする前に資料を渡され、その結果がコレである。難しい所へ投げたクセ球を打ち返されたのは良いが、強烈なピッチャー返しを放たれたからだ。このままでは自分も痛くない腹を探られることになる。
(まさかクラッキングの捜査要請まで行う準備をしているとはね。だけれど、ただ単にこちらを叩くつもりなら既にそうしている筈……何が目的だ?)
片腕であるサビーナ・ファルディンにクラッキング容疑が掛けられていた。
並行して学則変更に関する詳細なデータだけはなく、変更のために行われる提案も決闘も行われて居ないことを証明する資料が添付されている。加えてサビーナの端末からのアクセスが改編時間そのままであるとの記録も記載されてあった。もちろんそれだけでは犯罪の証拠にならないが、公開されては対外的に問題となるだろう。少なくとも事情聴取を受ける数日は決闘に関わる事が不可能だ。下手をすればアリバイを口にした他のメンバーまで共犯者とされかねない。
(何を望んでいる? いや……待てよ。そもそも何も望んではないのか?)
シャディクは茶番に意味がない事からおおよその『流れ』を推測した。
仮に強引に捜査を進められても、ホームグラウンドであるこちらの方が有利だから直接叩いては来ないのだ。ただ、こちらが逃げに回って正攻法で攻めたら不利なのは完熟訓練も終わってない向こうの方だ。時間差で押し込んで拘束したら話は別だが、イスルギは不名誉な勝利なんか望んではいないだろう。それならイスルギの工業力を活かして、学園用にサイズを縮めた機体を用意する間に訓練でもした方がまだマシだ。ゆえに仕切り直す事が重要であり、勝利は二の次だと判断したのである。
「では、こちらから決闘を挑ませてもらおうか。理由は機体耐久性に疑義が発生した為。こちらが勝利した場合は調査のために完全可動状態のリオンを引き渡してもらう」
「……? もしかしてこの期に及んでヘタレたんですか?」
決闘を受けてルールを調整するはずのシャディクの側から決闘を申し込んだ。
同じ決闘委員として話を聞いていたセセリア・ドートが驚くのも無理はない。これでは調整するのは受けることになるイスルギ……地球寮側になるだろう。本来であれば学則を変更するために、グラスレー寮に協力を要請するという無理を通す分だけ不利な条件を付けられても文句は言えなかったのだ。シャディクの側から仕掛けておいてこの手落ちはありえまい。
「お受けしましょう。こちらが勝てばデータ検証の動画をグラスレー寮の労力で公開していただきます。戦闘はコロニー内での3対3はいかがですか?」
「君の所は総力戦向きなんだろう? 10機とは言わないが5・6機は出そうよ」
シャディクが勝てばリオンを接収して解析、逆ならばPR動画の作成。
どちらが転んでもグラスレー社にもイスルギ重工にも損はない。これではどちらが先ほどの交渉で有利に立ったか判らないが……あえて言うならばオウカは交渉で有利に発つ気はなかったし、シャデイクはそもそも『今』戦争が起きて欲しくないだけだ。だからこそオウカの考えを読み切った上で自社の利益に振り替えたのだ。
「では最大8機。勝利数に応じてパーツの総量と動画の長さを相談するというのは?」
「乗った。じゃあ詳しい日程を決めないといけないんだけど……グエル?」
「……立会人はジェターク寮寮長であるグエル・ジェタークが務める。双方、魂の代償をリーブラにと言うべきなんだが……」
何処に自分が立ち会う必要があったんだという顔でグエル・ジェタークが宣誓を始めた。
「先ほどの条件で問題はないな? アーレア・ヤクタ・エスト。決闘を承認する!」
双方ともに異議があるはずもない。
むなしく響くグエルの宣誓に、両者は背を向けて準備のために各寮へ向かったのである。
●アサルト・フォーメーション
それから地球寮は修羅場となった。
改造なんかやってる余裕など無く、予備パーツから三機を組み上げることになったからだ。
「嘘だろ!? なんでイスルギから持ち込んだら駄目なのさ! 他の寮に回してる機体だってあるじゃん!」
「仕方ねえだろ。組み上げ時間が早いってのもリオンのウリなんだからよ。まっ予備パーツが売るほどあるのは良い事なんだろうさ」
ヒーヒー言いながらメカニック科が総出でリオンを組み上げていく。
忙しさに文句を言うオジェロ・ギャベルに対し、ヌーノ・カルガンは動画を取ってるカメラの方を指さした。そこでは次々に組み上げられていくパーツをリアルタイムで配信しており、画像加工無しでどの程度の時間を要するのかを何時でも見る事が出来た。こうなれば情けない姿を晒す訳にもいかずオジェロも黙る他はない。
「作業ですがこのまま四機目と五機目に集中していただけますか? 六機目以降が組み上がったらデミトレーナーを予備に戻すという形式で、その代わりに電子機器に関しては当初の予定通りに組み込んでいただきたいんです」
「そりゃ構わないけど……長期戦でも想定しているの?」
ラトゥーニ・スゥボータが用意した資料はリオンを電子戦用で組み上げる事だった。
頭部をレドームにして配線を多少変更する程度の物だが、ニカ・ナナウラはその意図を撹乱しながらの長期戦であると見て取った。リオンは高機動の飛行を前提にする以上、エンジンに負担の掛からない武装であるために火力がイマイチ低い。白兵戦で隊長機のアンテナを折る戦法で無ければ、長期戦を想像するのは当然とも言えた。
「現状の訓練度で正面戦闘を勝ち抜けるとは思って居ません。空間を広く取って戦力を傾斜し、集中投入で一機ずつ仕留めて行く方が建設的だと思います」
「斜めの陣形? とりあえず要望は『みんな』に伝えておくわ」
調整に時間の掛かるブースターではなく追加装甲中心のランドリオン仕様を展開。
これらが前衛を為して時間を稼いでいる間に、相手の布陣を電子戦機で確認しておく。そしてオウカ達を中心にした腕利き部隊を右後方から出撃させるという布陣である。相手の数と配置が丸判りならば、勝てる場所へ腕利きを派遣すれば勝率は高いという作戦なのだろう。ニカとしても反対する要素は今のところないので頷いて工程の手配に入った。
「3対3ならだいぶ違ったんだけど……」
「その場合、パイロットが凄いって事になってリオンの宣伝にならないんじゃないか? オレとしては出番があって嬉しいけどな」
「出番があれば、ね」
スクールからイスルギを経て派遣されたゼオラ・シュバイツァーは相棒の顔を睨んだ。
現状で不利な理由は明らかに習熟不足であり、特に彼女の相棒であるアラド・バランガはスクール出身者で一番下と言ってしまっても差し支えなかった。肉体強度と精神面の安定では群を抜いているのだが、こういった技術を争う訓練戦闘においては足を引っ張っている存在である。彼が本来の用途通りの『性能』を発揮して居れば、二人で相当なスコアを稼げたであろうに。
「なんだよ。オレたちは遊撃役だろ? 出番くらいあるさ」
「それは相手が全員で襲い掛かって来なかったらの話よ。こっちら広く構えたって、向こうが付き合う必要はないもの」
グラスレー社のハインドリーはバランスに優れた機体である。
攻守・遠近ともに隙はなく、その事を考えれば最大8機をこちらの前衛にぶつけてくる可能性は高いのだ。今回の戦いでは勝敗率で持って行かれるパーツが決まってしまうため、向こうからすればリオンに搭載されているテスラ・ドライブのブラックボックスさえ手に入れれば十分。余計な作戦を組むより、全機で必要数を倒してしまう方が確実であると言えた。
(だからこそオウカ姉さまは『資料』を使って挑発した。シャディク・ゼネリが動かなかったとしても、取り巻き達が反応する可能性は高い。ファランクスを組んで地味な戦いをしても、こちらの作戦を逆用しても有利に戦えるならば、向こうは積極的に打って出る可能性が出て来る)
二人と同じくスクール出身のラトゥーニはこの先の展開を予想していた。
おそらくは部隊を二つに分けてこちらの前衛を挟み撃ちにすると見せ、こちらの遊撃隊が回り込もうとしたところで精鋭である取り巻き達が迎撃に出て来るだろう。奇襲さえ潰せば総重量の劣るリオンがハインドリーに勝てるはずがないと踏んでの作戦を執ると予想していたのだ。
平日なので短めです。
「校則を書き換えました! 明日話し合いましょう」「OK即日調査終了」
「千日手だから無かったことにしません?」「OKその代わり取引しよう」
という策略の殴り合いですね。まあお互いにハッカーと企業居ればまあ。
とりあえず地球寮組を少し減らしてOG組を少し増加。
次回以降のメンバー比率の流れを作った感じでもあります。
●今週のメカ
『ランドリオン』余計な装備を外し、追加装甲と大型砲中心の戦車仕様。
『EWACリオン』頭部がレドームになった電子戦装備仕様。
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第三話
●三つ巴の戦い
グラスレー寮の一角ではいつものように通信が行われていた。
私室とは言わないがオペレーション・ルームでもないのに社内最高会議である。
「……と、思っている筈でしょうね」
「なるほど。全ては手の平の中か。ではどうする?」
前後の経緯と地球寮の対策についてシャディク・ゼネリはモニターへと語った。
その向こう側では養父であるサリウス・ゼネリが頷き、その対処をつまらなさそうに確認した。企業単体としてはイスルギ重工の方が上だが、モビルスーツ製造能力そのものとベネリット・グループ全体の規模ではこちらの方が上なのだ。今更何が起きても大きなことはあるまいというのもあった。
「ここは決闘ゲームに興じておきますよ。ダーティな手札を使えるからと言って、常に使う必要はありませんからね。正攻法でも勝てますし、そもそもあそこの技術で無茶してまで欲しいのはテスラドライブ……正確には空間認識機能だけです」
「それもそうだ。効果的に使う時の為にも今は学生らしくしておくことだな」
シャディクは用意できる妨害工作や罠などの手段を封印すると説明した。
言われてみれば8機の組み立てが終わるかどうか怪しい地球寮側と、完全に自分の機体を把握しているグラスレー寮側では熟練度が違う。仮にイスルギから送り込まれて来た数人が完熟訓練を終えていたとしても……正面から打撃戦を挑む限り重量比で勝るこちらの優位は堅い。そしてモビルスーツ技術自体を重視するグラスレー社だからこそ、無理して手に入れるべきものは少ないとも言えるだろう。
なおテスラドライブの根幹を為す空間認識機能だけは別格である。
認識させているのが基本状態である為、移動に掛かるエネルギーや、バランスをコントロールするための燃料噴射を瞬時に計算できるからだ。話に聞く上位技術のテスラ・ドットアレイも、その延長上でバリアー機能を持たせていると思われる。
「すまない。私が『痕』を探られて居なければ……」
「それは良い。オレの為に行動してくれたわけだし、最終的に認可したのもオレだ。それに不利になるほどでもなく、相手の目的を知れたのも大きかったかな」
サリウスとの通信が終わった所でザビーナ・ファルディンが頭を下げた。
しかしシャディクは笑って手を翳す。イスルギ重工の目的が宣伝であり次世代機までの時間稼ぎであるならば、『今は』戦争が起きて欲しくないシャディクにとっては好都合だったのが大きかった。その上で勝っても負けても似たような結果になるのであれば、もはや勝負よりも流れのコントロールの方が重要であろう。
「判った。ここは決闘の中で役目を果たそう、何でも言ってくれ。……しかし斜線陣か、古臭い手を使う」
「そうしてもらえるとありがたいな。斜線陣は目的が判り易く近代戦に導入し易いからね。素人でも己の役目をこなすだけで役目が果たせるから、同数ならば悪くはないかな」
謝罪の儀式が終われば作戦タイム。ここでシャディクは両手を構えた。
左手は広げて『パー』の状態で前に突き出し、右手は拳を固めて『グー』の状態で引いている。要するに防御を固めた左側で受け止めている間に、攻撃に専念する右側で一気にラッシュを掛ける算段だ。左側は防御するだけだし、何だったら長距離砲を持っておけば良い。右側はとにかく火力重視で指示された場所へ突っ込むだけなので作戦がシンプルであった。それでいてカウンター一辺倒ではなく、自分からも攻撃できるので攻撃型の陣形と言えるだろう。
「相手の動きが判ってるわけだし、そこを利用するって訳ね!」
「いや。それじゃあ面白くない。ただ弱点を潰し合うだけなら老人たちで十分だろ? オレたちがするべきなのはオレたちの為の未来を作る事だ。そして今回の戦いで三つの勢力に分かれているという事を利用する」
ニヤリと笑うレネ・コスタの言葉にシャディクは首を振った。
そもそも『古い仕事』には意味があるのだ。いまどき陣形と言うモノは陳腐ではあるが、そこに効果があるからこそ王道として受け継がれているのである。宇宙での宙間戦闘ならまだしもコロニーでの平面戦闘では十分に効果があると言えるだろう。
「三つの? 一つは私たちとして……二つ目がイスルギ重工で、もう一つは地球寮……かな?」
「いいや。オレ達と老人たちと、その他さ。イスルギもうちの老人たちもまあ過去の遺物と言って差し支えないかな。だからこの戦いは、最初から戦いのターゲットは決まっている」
おっかなビックリ指を折るイリーシャ・プネリにシャディクは笑顔を向けた。
シャディクにとっては『流れ』を作り出すための戦いであり、宣伝するのはリオンというマシーンではない。自分達がどこまでやれるかという手腕を見せるためであって、将来の浮動票であるその他大勢を今の内から取り込むための過程に過ぎなかった。
「ザビーナ。さっき言った『何でもする』という言葉に偽りはないな? プライドはどうだい?」
「シャディク。私は嘘を口にした覚えがない。お前のために、いかなる労力も惜しむまい。プライド? そんな物は投げ捨ててしまえ。此処に居る者は、みな同じことを思っている」
「そうよ!」
真摯なシャディクの眼にサビーナは即答した。
裏も表も許容する彼女にとって、何でもするという前言はまさしく手段を問わないモノである。暗殺であろうと枕営業(?)であろうと、やれと言われたらレネとは違って冷徹にやり切るだろう。
「そっか。じゃあカメラの向こう側にいる視聴者のみんなに、もう少しだけドキドキしてもらおうかな」
シャディクが考えたその方法は実に正攻法であった。
ただし斜線陣と同じくらいに古い時代のモノだ。まさしく決闘があった時代の正々堂々とした戦いぶりである。
●
戦いの序盤、それは地球寮にとって作戦通りの結果ではあった。
しかし内容からすればどうだろうか? 防御陣地に対しての攻撃は、想像していたよりもアナクロであったのだ。当初の予想では中・長距離に合わせた武装による集中攻撃が行われると思っていたのだが……。
「げっ。ビームが弾かれたあ!?」
「……なんか空間が揺らいでる。何、アレ?」
地球寮側の前衛三機はランドリオン仕様のリオンが二機、そしてデミトレーナー。
追加装甲に大型シールドで本体を守りつつ、大型のプラズマ・レールガンで敵集団からの砲戦に応じる筈だったのだ。それに対して、やって来た敵は僅か三機のみ、しかも攻撃してくるのは一機のみだった。
「また揺らいで……」
「俺が抑える! アイビス、チュチュ、二人とも下がれ!!」
画面の不調ではないと訴えるアイビス・ダグラスにアラド・バランガが叫んだ。
敵が突っ込んできており、その攻撃を何としても防がねばならない。ならば装甲の厚いランドリオンに乗っており、アイビスよりも操縦時間が長い自分が担当するべきだと判断したのである。
「任せた! ここは下がるよ
「今は地上でしょ! その名前は関係ないし!」
チュチュのデミトレーナーが先に下がり、アイビスのランドリオンが続く。
ブースターを吹かせて急発進するデミトレーナよりも、半浮遊の状態でスティック・ムーバーと呼ばれる高速用靭帯で移動するランドリオンの方が早く体勢を整えた。そこでもう一度大型砲を放つのだが……。
「ザビーナ様!」
「問題ない。消耗率は?」
「23%で冷却中。まだいけます!」
突っ込んできているのはビームランスとバックラーを構えるハインドリー。
その両脇を庇う様に、大型シールドとランタンシールドを装備した防御用のハインドリーがサポートに回って居る。全てを攻撃と速力に回して切り込むザビーナ機に対し、残り二機は大型シールドに仕込まれた機能を使って彼女を守るのが役目であった。
「60%を越えたらメイジーとイリーシャと交代して機関を冷却しろ! それまでは任せる」
「「はい!」」
ここでグラスレー寮側は腕利一人に序盤を任せる構えを取って居た。
相手がし消耗戦重視の機体に乗って居るのである。馬鹿正直に付き合うのではなく、腕前の差を活かして突き付ける戦法に出たのだ。またこれならば、地球寮側の情報をスパイを使って得たなどとは言われないのも大きいだろう。
「かーっ! 今の打ち込みでシールドに穴が開いちまった! もう保たねえぞ!」
「アラド! もう少しだけ何とかして。今限界時間と効果範囲を計算してるから」
千切れたシールドでその辺を殴りつけ、スマートにするアラド。
そこへ中間地点で管制しているラトゥーニ・スゥボータの電子線仕様のリオンから通信が入った。
「ラトゥーニ、知ってるの!?」
「アイビスさん! あれは
I・フィールドとは格子模様状に対ビーム用粒子を並べた疑似装甲である。
疑似装甲がふっ飛ばされつつ斥力を発生することでビームに対するバリアとなっているのだ。ただし色々と問題があり、普通にモビルスーツで行っても斥力が発生する程は並べられない。無理に行うと電力が不足してしまうので、専用の装備を使ったとしても、防御一辺倒になってしまうのだ。ここではその欠点を無視した上で、二機をただの盾持ち(+ジェネレータ担当)として使っていたのである。
(防護力を担保する意味で効果範囲は90度から120度コーンの筈。問題は残りのメンバーは何処? 本来はモビルアーマーに搭載する機能を無理やりモビルスーツ二機に収めてるから継続時間は短いはず。だから後方に予備機が居るとして……)
ラトゥーニはその明晰な頭脳で複数の演算を同時に行っていた。
二機の盾持ち機から円錐状に防御フィールドが展開し、その重なる範囲がザビーナ機である。ゆえに彼女の機体は万全で、狙うだけならば盾持ちを潰した方が早い。だからこそ大型の盾に仕込んでいるのだろう。そして重要なのは、相手が単騎を僚機でカバーするパンツァーカイルで押し出してきているという事であった。
あの三機に加えて最低でも一機の交代用が居るとする。
その機体を後方警戒機に当てるとして、残りの機体は何をしているのだろうか? もちろんこのまま延々と騎士道ゲームをやられたら困るのはこちらの方だ。しかし今の状況を故意に作り出した相手である。相応の戦略があると思われた。ではここでラトゥーニが考えねばならない選択肢は何だろう?
「チュチュさん! アイビスさん! アラドの攻撃に合わせて一点集中で障壁を破壊して状況を替えます。タイミングはこちらで調整しますので、合わせてください!」
「……っんなプログラム、いつ用意したんだよ。ま、判ったよ」
「任せて。何とかやってみる!」
ラトゥーニからの通信で二機に簡単なプログラムが送られてきた。
それはボロボロになりながら頑張ってるアラド機の射撃タイミングだ。複数の射撃の内、大型砲の影響が残っている時間帯を示している。おそらくはその時間帯中に当てれば、斥力を越えてI・フィールドを破砕できるのだろう。
(目論見が後方で待機して居る機体が援護に回るはず。消耗前に出ざるを得なかったのならば、予定を変えて残りの機体も動かざる得ない……。何処にいるの?)
I・フィールドが破砕されてしまえば敵前衛の動きは固定化される。
あんなモノを出して来たのは驚きだが、実戦でそのまま対処してしまえばこちらの宣伝自体は続行できるはずだった。少なくとも四機が倒せるならばそれで良いし、それを放置すまいと飛び出して来れば、こちらの遊撃隊がそれを食い止めてしまべあ良いのである。状況を動かしたこちらが有利なまま戦いを続けられるだろう。
結論からすればラトゥーニは考え過ぎていた。
敵は情報戦でこちらのやりたいことを推測し、場面を広く取って有利に立とうとしていると考えてしまったのだ。しかし相手が目の前の状況しか知らないという仮定で、消耗戦用のリオンに対し『攻城戦』を挑んでいると言う単純な作戦から目を反らせていたのである。
「こいつが最後の一撃だ! 後は任せたぜラト!」
「カウント省略! 全力射撃を掛けてください!」
アラド機が大型砲を放つと同時に敵の反撃で擱座。
ラトゥーニはそれに前後して残り二機に指示を出していた。タイミングを合わせた攻撃はザビーナ機の周囲kで一点に火力を阻止でおり、音も無く見えない障壁が粉砕されていく。再構築しようにも過負荷を受けた機関は停止してしまったのだろう。何発かのビームバルカンが敵機を穿った。
「ば、バリアーが!?」
「I・フィールド破砕したの!? 予定より後ろ早いけど急いでそっちに……」
「っち! 逆だ! メイジーとイリーシャはその場で待機! 我らは全速後退して合流する。今度はこちらが時間を稼ぐ番だ!」
機関に負担が掛かった所で後退する予定だったグラスレーが我が戦術を此処で変更した。
攻め込んでいたザビーナ機を含めた三機が交代。抑えに回って居た二機を含めた五機で陣形を展開する。そして防御態勢を整えたところで……彼女たちの後方から、強烈な光が放たれたのである。
そう、姿を見せない三機は、チャージ式のビーム砲を共同で放ったのであった。
という訳で多人数による地味な戦いです。
コロニー内を使ってド派手な戦いがしたい地球寮(イスルギ側)。
対して相手の宣伝要素を潰しつつ、格好良く戦うグラスレー側。
進歩した技術を使う前者と、枯れた技術を使う後者の戦いです。
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第四話
●
グラスレー寮側の後方陣地。そこから強烈なビームが放たれていた。
チャージ式のビーム砲で長距離に届かせる場合は威力が多少減衰するからこそ、レギュレーションの範疇に収まるという物騒な代物である。技術自体は何処にでもあるがゆえに、簡単に調整ができる。
「ああ! 外した、惜しい!」
「ザビーナ達の後退を援護するだけだから問題ないよ。エナオ、次弾に切り替え」
「もうやってる……射撃と同時に再チャージ」
そこでは三機がジェネレーターを兼ねた大型シールドを展開。
更に隠蔽用の網の影に隠れて、ジェネレーターのサーキット接続を切り替えていた。最初に放ったレネ・コスタ機のシールドから接続を切り、シャディク・ゼネリ機のシールドへ接続。メンバーの中で最も精神性が安定しているエナオ・ジャズが狙撃を行うのだ。
「当たった! 二機とも撃墜!」
「いや、リオンの重装仕様はまだ動く。外見上はボロボロなのに本当にタフだな」
「……次弾装填。敵の来援に備える」
スポッターを兼ねたレネの報告よりもシャディクは自分の知識を信じた。
テスラ・ドライブが基本状態の位置に各部スラスタを調整し、無限軌道でボロボロの機体を後方に下げて行ったのである。そして警戒する三人が思いもしない行動をランドリオンのパイロットが取ったのだ。
「はっ!? 機体を棄てて下へ? ふざけんな! 戻って私と戦え!」
「そんなこと言ったってさあ……ラトゥーニ! チュチュの救助に向かう! こっちに近づけさせないで!」
「え? 何か不調なんですか? バイタルは安定して……ちょっと、アイビスさん!」
激昂するレネの声を無視してアイビスはチュチュ機がふっ飛ばされた障害物の方へ向かう。
機体を降りてまで走る姿に、ラトゥーニ・スゥボータは不信を覚えながらもチュチュ機のデータ走査を始めた。おそらくは自分の位置からは見えないナニカを見つけたのだろう。そう信じて前に出るのだが、流石に自由な行動をグラスレー寮側が許さなかった。
(何が起きたんだろう? アイビスさんの操縦技術はDランク。でもあの人は状態異常に関してとても鋭い……さっきだって)
ラトゥーニはそこにアイビスの才能を見た。
彼女はスクール出身ではなくフィリオ・プレスティ博士のプロジェクトTD出身である。宇宙開拓こそがこのプロジェクトの要旨であり、それを考えればアイビスの能力傾向も判ろうものだ。そもそも本当に無能ならば、推挙されて現時点で送り込まれている筈はないのだ。単純に数合わせであれば、もっと別の人物が送り込まれている筈なのだから。
「……っ! チュチュさんの機体から送られてくる信号はさっきから全く変わってない?! オウカ姉さま! ティルさんを派遣してください。二人で敵部隊を押さえます!」
「仕方ないですね。こちらは三機で何とかしましょう」
ラトゥーニは異常には見えない異常をようやく発見した。
チュチュのバイタルサインは平常を示していたが、さっきから同じパターンの繰り返しなのだ。人間は心理で体調が変わる物だし、敗退した上に障害物に奪っている状態でコレは逆に異常である。ゆえに救助を第一として、敵前衛を抑えつつ後衛に対してこちらの遊撃隊を当てたのである。
「スレイさん! すみません。チュチュさんの機体がさっきから異常なんです。アイビスさんはそれで救助を優先して……」
「くっ。判った。そういう事ならば流星は……いや、アイビスの分だけ私が挽回すれば良いだけだ」
ラゥーニは駆けつけて来たティル・ネイスではなく、スレイ・プレスティへ状況を説明した。
スレイはアイビスと同じプロジェクトTD出身であり、その才能はオウカにこそ及ばないものの凄腕と言って良かった。彼女にわだかまりを持って戦ってもらうよりも、アイビスの行動には意味があると告げることで全力を発揮沿てもらおうと思ったのである。
「あはっ! 何かトラブってるみたい。今のうちに仕掛ければこの戦いは終わりよ!」
(まあそうなんだけどな。さて、どうしたものか……トラブルを起こしたのがリオンなら理想的だったんだが)
レネの言葉を無視してシャディクは冷静に利益を考えていた。
決闘に置いて安全管理は自らに寄る責任であり、対処すべきは自陣営なのだ。だからこそ地球寮側は作戦を変更して何とかしようとしているし、レネもこの機に乗じて攻撃しようと提案していたのだ。しかしシャディクはこの機会を別の目的のために利用しようとしていた。どうせならば自分の目的のために最大限利用するべきなのだ。
(ここで中止を申し出る? ありえない。そんな奴を寮長に据えるような馬鹿はうちには居ない。将来の指導者にそんな甘ちゃんは必要ない。本当にリオンが損傷して居たら、脆弱性を訴えるためにそうしても良かったんだが。しかしこのまま押しても面白くはないな)
「シャディク?」
「ああ、少し考え事をしていた」
シャディクの逡巡に感の良いエナオが気付いた。
銃口はそのままに、トリガーへ駆けた指が僅かに浮いているのを見るとシャディクに戦意がなくなったことに気が付いたのだろう。それでもトリガーに指をかけているのは、この状況で手加減する事などあり得ないと知って居るからだ。
「停戦信号を打ち上げてくれ。改めて代表者同士の一騎打ちを挑む。その方がスッキリするからだけど……一番の理由は勝率が高いからだけどね」
「はあ!?」
「了解した」
ここでシャディクは仕切り直しを提案する事にした。
このまま戦っても勝てるだろうし、一騎打ちに持ち込んでも格闘戦仕様にしたザビーネならばかなり有利だ。そして何より、仕切り直しによって二機を倒して一機を中破させている事実がそのまま残る。一機討ちに勝てば半数を戦闘不能に追い込んだことになるし、負けても僅かに一機に制限できる。相手の遊撃隊の腕前がどの程度か判らないが、リスクマネジメントとしてはかなりのポイントであろう。
「もし引き受けなかったらどーすんの?」
「その時は向こうの責任だよ。オレたちはルール通りに攻め立てて完勝する」
シャディクは戦闘指揮官であるが、同時にグラスレー寮のリーダー(後継者)でもある。
将来のリーダーが無用な生き死にを避け、かつ、センチメンタルな決断ではなく現実的に利益を得る最善の選択肢を提示できたとなれば支持される可能性は高い。なんといっても寮生はみなグラスレー社に所属する誰かの子息であり、同時にこんな状況で思考を鈍らせる子供でしかないのだ。栄光あるリーダーの決断を支持するだろう。
果たして結果は快諾。
一騎打ちを準備する間に、危険な状態にあったチュチュが助け出されることになった。
●
双方にとって都合の良い場所と距離。
それを調整した後に代表者が向かう事になった。負傷したチュチュとそれに付き添う地球寮の生徒たち。ホっと一息吐く光景だが、勝敗としては非常にマズイ関係にあった。何しろ相手を一機も落とせておらず、こちらが救助している間にI・フィールドの冷却化やら、ビーム砲のチャージも終わっているのだ。では一騎打ちは止めようと言われたら、決定的な敗北しかない。
「頼む。代表戦に私を使ってくれ。オウカが出るべきなのは判っているのだが……」
この段階でスレイが一騎打ちに出たいと主張した。
才能という面でオウカに対し自分が勝てない事は重々承知している。スクールとプロジェクトTD他のメンバーを合わせて事前先行する段階で、その差とさらに先を思い知らされていたからだ。現時点でリオンの強みがまったく前に出せていないことを考えれば、最高のパイロットと言えるオウカが出るべきなのは間違いないだろう。
だが、スレイにも譲れないモノがあった。
それはプロジェクトTDに初期から参加し、病弱で実体験を経験できぬ兄フィリオに変わり自分こそがプロジェクトを引っ張る人間だと考えていた。それが勘違いであると、先ほど思い知らされたばかりなのだが。
「スレイ……ごめん。あたしが……」
「アイビス、お前のせいじゃない。開拓団のメンバーとして考えればお前の行動は全く間違ってはいない。これはプロジェクトTD側のリーダーとしてのケジメだ」
スレイはずっとアイビスが足手まといだと思っていた。
体が頑丈で感性的にも不慮の事態に多少耐性がある程度だと思っていた。だがI・フィールドの違和感やチュチュ機の不調に早い段階から気が付いていた。そして間違いかもしれないと考えるよりも先に、即座に行動して万が一の事態に備えていたのだ。これではどちらがプロジェクトTDに相応しいか判ったものではないと苦笑していた。
「スレイさん、判っているとは思いますが、必要なのは勝利ではなくリオンの特性を示す事です。それが判っているならば構いません」
「っ! 感謝する!」
ここでオウカがスレイに華を譲ったのは言葉通りだ。
別に勝っても負けても問題ないように予め交渉していた。企業の社会戦というものはそういうものだが、それならばスクールの手の内を見せるべきではないだろうと考えたのである。見せるべきはリオンの汎用性であり機動性、パイロット一個人の技量ではないのだから。
「ラト。作戦は何かありますか?」
「個人的な技量を言えばどちらもオールラウンダーで互角と判断できます。機体の調整を考えれば向こうの方が有利でしょう。勝つためならば射撃戦に移行するべきですが……」
ザビーナ・ファルデンは暗部方面込みで万能のタイプであった。
一方でスレイは宇宙飛行士という面で万能タイプ。どちらも高い技量で操縦能力を主体としており、同じ機体であればどちらが勝つかは分からなかった。だからこそオウカならば完勝であると推測できたが、今重要なのはスレイがどう頑張るかという話である。
「射撃戦は却下します。回避しながら射撃を続ければ飛行性能に優れたこちらが勝利して当たり前。あのまま戦いを続けた場合にグラスレー側が受ける不利益と同じ轍を踏むことになります」
「そっか。大人げないって訳だね。ただ勝つだけじゃマズイってのがムツカシー」
オウカが注釈するとアイビスが頭を抱えた。
リオンは急制動や急加速に強く、もし初手で逃げを選んで空から攻撃すれば一方的な展開にできる。だがそれでは数に任せ、不調に付け込んでグラスレー寮側が攻めた場合の悪評と同じレベルの無作法だと判断されるだろう。これではスポンサーに意向に従って、リオンの性能を宣伝することはできないだろう。
「すまねえ。あたしがドジって無きゃあ……」
「それは言わない約束って言ったじゃない。ていうか、スレイに止められたあたしが言うべきでもないけどさ」
チュチュとアイビスはお互いの顔を見合わせてクスリと笑った。
共に前向きに突っ込むタイプであり、傷をなめ合って暗い話をするのは向いてないのだ。そんなことをするくらいならばこの戦いで何かできるかを提案し、あるいは次回以降の戦いに貢献すべきなのだから。
「なあラトゥーニ。あたしらが何かできることはないか?」
「……そうですね。お互いの装備を変更し、近接戦闘前提で機動戦を挑むのはどうでしょうか? 高空で逃げ回っては問題ですが、相手の土俵ならば文句も出ないかと」
リオンの売りは機動性と汎用性だ。
ハインドリーも同じ汎用性だが、今回は格闘戦仕様のまま出てくる方が有利なのでその路線で多少調整するくらいだろう。それに対してこちらは遠距離での戦いの方が有利なので、あえて相手の土俵で戦ったというスタイルで機動戦に持ち込んでも逃げたと言われないように対策するのである。
「最初にアサルトブレードとシールド、シールドが破壊されたところで別の武装に切り替えます。その間は常に相手の百メートル以内をキープ。敵方向へ全速で撤退することはあっても、決してこちらの側へ逃げずに戦い抜きます」
「敵方向へ全速で撤退って……」
「いや、それで構わない。後はこちらで何とかする」
アサルトブレードは切り込み用に使う実体剣だ。
サーベル状になっていて機動戦に向いており、ミサイルやバズーカなどの実体弾が条約で規制されている中、アナクロな兵器ゆえに禁止はされて居ない。威力的にはビームランスと互角の勝負ができるだろう。後は予備兵装を持ち込み易いリオンの特性と、テスラドライブを活かしての機動戦に賭けたのである。
そしてお互いに距離を取っての代用戦。
ある程度離れているのでリオン向きと思われがちだが、加速性能を考えれば助走できるハインドリーの欠点を補える距離だと言えよう。
「悪いが逃がさない」
「元より逃げるつもりはない」
ザビーナのハインドリーは大型シールドと追加したビームバルカンのみの変更。
接近しながらバルカンを連射し、増装を切り離しながら突っ込んで来たのだ。これに対してスレイのリオンは地上スレスレを滑走。シールドに仕込んだ粒子ミサイルを放っていった。
「あの速度で急上昇だと? 反重力装置でもついているのか?」
「生憎とそんなオーバーテクノロジーは無いな。ビアン教授ならば面白そうだからで実用しかねないが」
ビームバルカンをリオンは急上昇で回避、同様にハインドリーも盾を翳して突撃を掛けて来る。
ザビーナは粒子ミサイルがビームをばらまく前に突破するつもりであり、スレイはリオンが得意な空中へ移動しつつ、ランスの有効範囲を僅かな時間に絞った。相対速度さえ変えなければ撃たれる前に接近可能、同様にランスで串刺しにされる可能性を極限まで絞ったのだ。
「ミサイルはあの位置で炸裂したか。ならばここはこうするとしよう!」
「土煙の中に突っ込んだ? 華奢な航空機で白兵戦を挑む気か! 射撃戦で来ないならばもう大盾は要らん」
スレイは粒子ミサイルがビームをばらまき、地面を抉って土煙が舞ったのを利用した。
急速な地形変更に即応するのは宇宙飛行士の基本だ。この感性に置いて特化したアイビスにこそ劣るが、スレイの能力は通常のパイロットを遥かに上回るものだった。だがそれはザビーナ機に取っては得意な距離だ。罠を警戒しつつハインドリーから邪魔な大型の盾を棄てさせる。
「そう来ると思ったぞ! 盾を棄てたのは迂闊だったな!」
「残像!? 器用な奴め! だが舐めるな!」
リオンが急制動を掛けて土煙の中を右往左往。
巻き上げた土砂に紛れてレーダーと画像に僅かな遅延が起こり残像が生じたのだ。だがザビーナは慌てず騒がずランスを『横薙ぎ』に振るった。ビームランスは正面への突きこそ最大の威力を発揮するが、別にサーベルの様に斬れない訳ではないのだ。ジェターク社の重モビルスーツならばまだしも、華奢なリオンでは防げまい。
「もらった!」
「想定済みだ!」
ビームランスがリオンのシールドを一撃で破壊した。
だがスレイは既に予想しており、盾をパージすることで本体への大変バック・クラッシュは起きていない。アサルトブレードがハインドリーヘと迫るが……割って入ったビームランスに防がれてしまう。
「今だ!」
「体当たりだと!? 」
その瞬間、リオンが左右から前方への急加速を掛けた。
アサルトブレードを受けている為、ビームランスで攻撃することはできない。仕方なくハインドリーに身をよじらせて、斜め後方へと下がろうとした。しかしそれこそが、スレイが望んだ行動だったのだ。
「ゲットバック。ユア・ポジション!」
「格闘専用のナックルだと! 何故そんな物が!」
急加速したリオンは最速の右回り左向きを行った。
相手が下がったことも合わせて相対位置はあまり変わらない。代わりにハインドリーの真横に回って、盾で隠していたデミトレーナー用のナックルを使ったのである。もちろん重量比ゆえにリオンの拳が砕け散るのだが、ハインドリーは大きくのけぞってしまった。
「おのれ! ここは後退して……違う。これこそが奴の狙いか!」
「ロシュセイバー! アクティブ!」
ザビーナはギリギリの所でスレイの目論見に気が付いた。
倒れながら後退して姿勢を戻したが、その時にはリオンが地面を舐めるように接近していたのだ。慌てて上へ翳したビームランスを戻そうとするが間に合わない。スレイは最初から移動の連続で追い込むことを考えており、白兵戦で有利に発とうとは考えていなかったのだ。予備武装のロングビームサーベルが予想位置よりも手前で延ばされ、ザビーナ機を機能停止に追い込んだのである。
こうして8機対8機の戦いは、3対1の破損比でグラスレー寮側の勝利。
ただし戦闘内容としてはリオンに対する評価を上げるという結果になった。言ってしまえばシャディク個人とイスルギ重工は互いに自分の求める成果を得た。あえていうならば……リオンと構想が近いペイル社のザヴォートとどの程度の差があるのかが疑問視され始めたのである。
という訳でシャディクの一人価値、スポンサーはどっちも満足という感じ。
リオンは30トンでハインドリーは52トン、かつ熟練度が違うので有利。
だけどシャディクは自分の評価を上げつつできればデータ入手。
イスルギ側はリオンの宣伝してるだけなので、こんな感じです。
OGメンバーの背景はちょこちょこ語りながら適当に本編へ。
そろそろスレッタとか出して、ゲイム・システムで対抗しなきゃ!って話にしたいところです。
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第五話
●
四人の女が顔を突き合わせていた。
沈んだ顔で会議をしており、それぞれの報告で一喜一憂している。
「この結果はマズイですわね」
「地球寮以外でも使用例が出て悪くない結果ですって」
ペイル社に持ち込まれた資料にはアスティカシア学園で行われた決闘のデータ。
先日のグラスレー寮戦のみならず地球寮が他でも戦い、その結果を踏まえて提供された一部の寮でもリオンの使用が始まったのである。
「相性の悪いディランザ相手はともかくザヴォートとあまり変わらない戦績だなんて」
「仕方ないわ。あちらは飛行し続けることを前提にしてるのですもの。機動戦になれば巻き返されてしまいます」
「とはいえ、このまま放置できないのは確か」
ペイル社のザヴォートは大型ブースターでの機動戦を得意としている。
だが地形を利用し、障害物と往復しながらの戦闘はともかく……飛び続ける場合はリオンの方が向いている。これは航空機の延長上にあるリオンが、飛行システムの性能面に勝り、軽くて出力比に勝るからであった。もちろん打撃戦仕様のヘヴィ・ザヴォートやカスタム機ならば大きく優位に立てるのだが、リオンは安価なので同じく打撃戦仕様のランドリオンの数を増やされると面倒なことになる。
「いっそのこと『ファラクト』を投入してしまうのは?」
「ダメよ。ガンドフォーマットの問題がまだクリアできていないわ」
「総合性能ではこちらの方が圧倒的に上よ。露骨な対決や比較可能な戦闘を避けてしまえば巻き返しは不可能じゃない。無理してデリング総裁に目を付けられるべきじゃない……」
「……あら。みなさん、朗報よ」
会議は途中でループしそうになっていた。
それも仕方はあるまい。総合性能で圧倒していようと個々の能力では対して差が無く、相手は安価かつ必要とされる能力においては水準以上なのだ。これでは数を揃えてしまえばどちらが有利か判らないし、こういった物は印象が重要なのだ。それゆえにアスティカシアでの決闘が評価に大きく影響しているのは当然と言えよう。
「状況をひっくり返すには高度な単騎性能が重要。そこまでは一致して居るわね? なら……場に風を吹かせる役目は他人にやらせれば良いのよ」
「他社のマシンにやらせるということ? 確かに危険を我々が冒さないのは悪くないけれど……」
「必要とされるのはホルダーを獲れるほどの能力と話題性よ?」
現在問題に成って居るのは、決闘がトップを決める戦い以外にもあることだった。
成績は授業もだが決闘での結果も左右される。スポーツの親善試合よりは殺伐としているが、それは兵器産業ゆえに仕方が無い事だと言えよう。そしてトップであるグエル・ジェタークとでは相性さが激し過ぎて戦って居ない為、どうしても繰り返される中堅同士の戦いで印象が決まってしまうのである。
「それには『ガンダム』こそが判り易い例である。しかし、ガンドフォーマットには重大な倫理問題に抵触してしまう。だからこそ他社にやらせるの。もちろん我が社以外の技術でね」
「そんな都合の良い事態がありえるの?」
「はっ!? だからこその朗報ね?」
「ベルメリア以外に魔女が生き残っていたというの? でも、だとしたら……」
ガンドフォーマットを前提にしたモビルスーツ、ガンダム。
それはある種の禁忌であり、超高性能のモビルスーツを作るという意味では判り易い目標であった。パーメット粒子を大量に投入すれば高性能な反応が返ってくると判っており、その影響で死んでしまったり機械に取り込まれて植物人間化してしまうという問題がある。彼女たちは一切気にして居ないが、これを倫理問題としてデリング・レンブラン総裁が禁忌とした以上は躊躇われる問題であった。
「ええ。だからもう少し待つとしましょう。ファラクトを投入するとしてもその後でも悪くない」
「そうね。ガンドフォーマットが起こす風評被害はそいつが受け持ってくれるでしょうし」
「問題がクリアされていなければ適当に使い潰して、クリアされていれば技術協力という訳ね」
「なら最初くらいは協力してあげてもよろしいわね。では全会一致だと思うけれど決を採りましょうか」
こうしてペイル社は秘密裏に、とある企業とガンダムの登場に協力することになったという。
●
「感想戦すっぞー」
「それは良いんだけどさ。なんでグラスレーの人が?」
ニーノとオージュローが何時もの様に雑談から会議に入る。
もはやここまで来ると様式美ではないかと思う程のノリだが、オージュローは本気で驚いているしニーノの方は何かメリットでもあんのかなと話を伺っていた。
「やだなあ。オレもイスルギの株主になってね。せっかくだからインサイダーにならない程度に協力することになったんだよ」
「それってどう考えてもインサイダーだよな? イスルギに話通してるんなら別に構わねけどよ」
「構えよ!? というか決闘に問題が出たら……」
そこに居たのはシャディク・ゼネリである。
ニーノは頬杖をついてもうけが出れば良いやと流しているが、オージュローは賭け以外では常識人な部分があるのか飛び上がらんばかりに驚いている。
「ははは。そこは大丈夫。もうオレが挑むことはないからね。少なくとも新型が入って来てからかな。その時はさすがに遠慮しておくよ」
「そうならいいんだけどさあ……いや、勘弁してくれってば」
「まあまあ。その辺はこちらの相談に乗ってくれるかどうかで判断したらどうかな?」
「なかなか黒い事いってくれるじゃん。まあ俺もそれでいいけどな」
朗らかに笑うシャディクと頭を抱えるオージュローはまるでコントの様だ。
周囲も適当に受け流し、スパイでなければ良いかと思う事にした。ニカの提案をオージュローが茶化すが、まあこの辺が妥協案だろう。
「とりあえず議題の件だがよ。ウチの頭を避けられて、あとの成績は頭打ち。今んところは操縦と整備の技術が上がってるだけっつー段階だな」
「リオンはコンセプトのハッキリした機体だからね。腰を据えたら勝率はこんなもんだろう」
数が動員できるリオンはパイロット候補とメカニックの良い修業先だ。
地球寮に所属するメンバーはイザという時に備え、全員がリオンの訓練と整備の手伝いを行っていた。壊れても簡単に取り換えが効くし、機体が余ったおかげでデミトレーナーはチュチュら希望者で占有できている状態である。欠点としてはあまり強くないので、一番強いオウカを避けられたら勝率は普通でしかない。
「シャディクさんならどんな手を打ちますか?」
「そうだなあ。一つは君らがやってる極限的な改造を最後までやり切る事。そしてコンセプトを丁寧に踏襲する事。それらが結実する数カ月後に、どんな戦略に打って出るかを今のうちに固めて行く事かな」
ニカが促すとシャディクは地球寮が打っている方針を否定しなかった。
フル改造されたリオンはそろそろ一番機が仕上がる段階だし、売り物として完成されたリオンはそのままコンセプト通りに使いこなすことが重要だった。そもそもシャディクとしては『今』戦争を起こされたら困るだけなので、長期計画に舵を切らせることは理にかなっているのだ。
「言いたいことは判りますけどー。うちはそこまで余裕ないですよ? 寮費だってギリギリだし」
「いくつか方法はあるけど、楽なのは『他』の生徒を引っ張り込むことかな? 御三家の縁故でも地球でもない連中はいっぱいいるからね。機体の提供やらスタッフの協力するって言えば乗って来ると思うな。例えば母体の強い月出身でもマオ社なんかは寮が無いし、リオンの利用をごり押ししなければ良いんじゃない?」
とはいえやれることには限りがあり、マルタンが悲鳴を上げるのも当然だ。
地球寮はその背景ゆえにスポンサーが弱く援助金が最低限で、当然ながら人数も少ないから学園から支給される補助費も少ない。ダブルパンチで財力面が弱いのだ。イスルギ重工だって沢山支援している一環で地球寮に手を出しているだけだし、宣伝になれば良い程度で協力してくれるので援助資金はそれほど多くないのだ。
「けっ。スペーシアンと一緒におてて繋げってか?」
「そういわないの、チュチュ。人数を割り増しして補助費を増やすって事ですか?」
「それもあるけどメンバーの分母的にね。全体人数が多く成ればパイロットもメカニックも融通が利く。リオンはスケールメリット重視の機体だから最悪、壊れたら改造用のパーツ取りに使うなり工場送りという手もある。……というのは建前で、決闘委員会やイスルギの新役員の一人としては御三家以外の学生にもチャンスを融通したいのさ」
「あー。大人の判断ってやつね」
最初から嫌な顔をしていたチュチュをニカが嗜める。
その後で気にして居ないという営業スマイルでシャディクが説明を始めた。リオンを総合的に売り込む為、そして決闘員会として決闘の回数を増やしつつ質を上げて行くための案であった。確かに回数がこなせなかったり、能力はあっても浮いている人間というモノは多いのだ。そこに数があるリオンを提供するというのは経営判断として間違ってはいない。
「あくまで提案だから話し合ってもらって構わないよ。それと、確認するけど地球寮側でのアテは? 追加人員が多いならこの案は廃案でも問題ないと思うけど」
「リューネさん……。ビアン博士のお嬢さんと数名の方だけですね。リューネさん以外はあんまり……」
シャディクが廃案になる可能性の高い情報を確認するとラトゥーニが情報を確認。
リューネ・ゾルダークがパイロットもメカニックもこなせる人物としてやってくる以外は、パっとしない追加人員らしい。この学校は新入生が新年度に集中するだけで他の時期にも入って来るのだが……それはそれとして真円度ほど追加の学生が多いわけではないのだ。
「んじゃ様子見ってとこか? どうしても必要なら採用くらいで」
「そうね。正直機体が浮いてるのはもったいないしウチの人数が足りてないのは今に始まった事じゃないけど、納得が難しい所でもあるかな」
「好きにすればあ? あーしは認めないけどな!」
どちらかといえばポジティブなニーノとニカが妥協案を出す。
悪くないとは思うが即座に食いつくわけではなく、理由があれば採用するが今のままなら無理に採用する必要はない。だからどうしても人員を増やしたい! という時にのみ利用すると提案したのだ。いずれにせよ、スペーシアン嫌いであるチュチュの機嫌は直滑降であったのだが。
●
そして物語は動き出す。ちょっとしたアクシデントが起きて人が宇宙に投げ出される……。
という事故だと本人が自己主張する事件が起きた。よくあるミオリネ嬢脱出事件の一つでしかないのだが。
『生体反応発見。生体反応発見。リューネ、オキロ。リューネ、オキロ』
「あん? いまので誰か投げ出されたのか? 急いで救助に……ああ。もう! そういや正規ルートで検品させてるんだった!」
AIの報告にストレッチしていたリューネ・ゾルダークが起き上がる。
何が発生しているかは大まかに聞いていたが、生体反応発見との報告があったという事は、授業の一環ではなく事故なのだろう。そして事故であるならば、付近の船は救助に向かうのが宇宙航法上の『慣例』というやつであった。慣例ではあるが、無視したらそいつは船乗りから総スカンを食う事になっている。
何のことはない。その慣習と、救助者が求める『寄港先をある程度』は受け入れることになっているという……シンプルかつ強引なエスケープである。
「ちくしょう! ヴァルシオーネさえあれば!」
昭和の特撮に最強ロボを無くして悔しがる悪役が居る。
その台詞を思い出したわけでもないが、リューネは作ってもらったばかりの愛機が手元にないことを残念がった。ヴァルシオーネという機体は、とある問題回避のためにベネリットで倫理検査中なのだ。
そして物語の配役はそのままに、お姫様を救うお婿さんが現れる。
という訳で原作開始時間に。
シャディクが厚顔無恥に地球寮へ入り込んでるのと、シンセーが組んだ相手が違うのが差分です。
成績はオウカ・スレイ・チュチュの順で後は平均的。
能力が判り易いので、対策されたらそれほど優位性が無い感じですね。
(逆にいえばチュチュが出てくるとメタを外して負け越す)
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第六話
●
アシティカシア学園では生徒自治が基本である。
決闘委員会が生徒会の代わりをしているようなものだが、それ以外にも生徒同士の問題にも基本的に教師は関わって来ない。不正を行った場合は見抜けない方が悪いということであり、同時に教師は重役たちの子女が悪さをしても口出しできぬととでもあった。
「またかよ! おっかしいだろ、コレ!」
「最近勝率が良いから手を出して来やがったな。ここに持ち込んだ機材じゃ塗装を落とすのは無理だぜ。連中が飽きるか奴らが次の授業になるまで、待つっきゃねーな」
メインカメラに吹き付けられた特殊塗料。
それ自体は信号によって暫く視界を遮断する程度の細工だが、その『暫く』の時間だけで試験を不合格にさせる事は出来る。やり直しは幾らでもできるとはいえアラドが激昂するのも無理はないし、何度も使われてる伝統的な手口だけにヌーノが苦笑するのも無理はない。
「教官に何とかしてもらえねえのかよ!」
「ダメだな。なんつーか、この手の手口は気が付かねえほうが悪い扱いだ。先に陣取った他の寮の連中が予備機に細工して、自分たちは周波数を変えるとか、単に何もしてない機体を使うだけだからな。事前の点検でコンディションに気が付かなかった扱いにされちまうのさ」
何度も行われた伝統ゆえに無理なのは判って居る。
吠えるアラドにヌーノの方は既に試験の遅延を覚悟していた。この手口は実際にタイミングを合わせて試験を妨害する必要があるので、相手の生徒が居なくなれば実行できないからだ。幸いにもこの手の介入し易い試験は合格・不合格だけしか関わって居ないので、時間で成績が決まらない分だけ割り切り易かった。
「なるほど。一つ尋ねるが、試験の難易度を上げる申請を行うのは可能か? 要は邪魔をしている連中の想定外であり、試験官としては今やらない課題に差し替えるだけという範囲の提案だ」
「あ? 可能ちゃあ可能だが、試験官ごとに見れる内容は決まってっぞ? 損傷機の補修とか、補給任務とかは申請できねえ」
ここでスレイが割って入った。彼女は近くのレーンでアイビスの面倒を見ていたのだが……。
どうやら向こうでも似たような事をやられて、少し中断して相談に来たらしい。同じ手口かどうかは判らないが、嫌がらせパターン自体は色々と考えられる。たかがそれだけの為にご苦労な事だが、問題があるとしたら組織的な妨害で夕食ごろまで延々と付きまとわれる可能性はあった。
「それで問題ない。アラド、お前はゼオラと組んでいたのだったな? 共同での突破訓練を申し出ろ。ゼオラ機からの画像とサブカメラの画像を組み合わせて補正すれば良い。それとアイビスには、電磁パニックからの再起動をやらせる」
「うわっ。どっちも同じ系統の試験じゃあるが……それ卒業間際の連中でも避ける訓練だぜ」
スレイが提案したのは、同じ形式で難易度を遥かに上げた訓練である。
二機が同時にエリアに侵入し、お互いに情報を伝達しながら突破する訓練がアラド用。そしてEMPミサイルやクラッキングで機体がシャットダウンさせられたという過程で、一から機体を起こすのがアイビス用である。どちらも教育課程の中にはあるが、最上級生がやったり教本で教えられる程度の高難易度であった。
「機体損傷やセンサーの不足を前提にした試験だっけ? 無茶苦茶な……でもまあ泣きを入れるよりは面白いかもな」
「その意気だ。私は教官に話を付ける。その間にゼオラとアイビスに話を通して置いてくれ」
共通するのはどちらも一回の試験時間が長丁場になる物であり高難易度試験だ。
他寮の生徒が介入タイミングを知っているとは限らない事。そして何よりこれが重要なのだが……アラドとアイビスはやった事のある訓練であった。ゆえに初めての機体での戸惑いこそあれ不可能という訳ではない。そして邪魔されて突破が難しい訓練よりは、挑むだけで自分の為になる訓練の方が面白いのも確かであろう。
そして長丁場の高難易度試験のテストが行われる。流石に介入を避けたのか、それとも合否系から得点系の試験に変わったから介入が難しくなったからかは判らない。しかし別の問題がアスティカシア学園を震撼させ、他寮の生徒たちも地球寮の生徒たちも注目を集めることになったのだ。
「大変だ大変大変! ホルダー挑んだ水星のやつ! 勝ったってさ! 大穴だぞ!」
「はっ? あのグエルに? マジで?」
動揺するオジェロの言葉に全員が驚愕の言葉を浮かべた。
No1であるグエル・ジェタークの強さに、博打好きのオジェロはともかく、試験中の皆はそれほど気にしていなかった勝負なのだ。それがまさかの万馬券とあれば驚くなというのも無理はあるまい。
「そいつあーすげーじゃん。幾らになった?」
「それがさー。ガンダム疑惑で連れて行かれたんだよ。これって勝ったことになるのか? それとも勝者無しで払い戻し!?」
ヌーノの言葉にオジェロは頭を抱える。
どうやら水星出身にパイロットが勝つ事に少額ながらも賭けていたようだが、没収試合になったかどうかが気になるようだ。いずれにせよ、この戦いがアスティカシアのみならず、モビルスーツの今後に大きな影響を与えるのであった。
●
ベネリット・グループでの倫理委員会に闖入者が現れた。
ミオリネ・レンブランがその一人であるが、問題なのは同時に現われた二人の科学者である。ベネリットの総帥であるデリング・レンブランは、早い段階から科学者たちを睨んでいた。
「何故お前が此処に居る。ビアン・ゾルダーク」
「娘に頼まれてな。お前と同じでこればかりは治らんらしい」
驚くミオリネを無視して、デリングとビアン・ゾルダークが他愛のない会話から入る。
ここ百年の中で上から数えた方が早い大天才とされるビアンは、超弩級のロボット好きであり娘に甘い事でも知られていた。それと同一視されればミオリネとて驚くし、デリングも鼻白むしかない。
「……。お前もあの機体がガンダムではないと弁護に来たのか?」
「あれはガンダムだ。今では知らん者も多かろうが、コロニーが出来た当時の記述では、角があって目がデュアルモニターの高性能試験機はガンダムと呼ぶことになっている。だが、お前が言いたいのはそんな事ではあるまい。そして……不本意ながら、この余計な同行者にも言いたいことがあるらしいな」
ビアンのジョークを聞かなかったことにしたデリングは直球を投げた。
これに対してビアンは冗談とも本気ともつかぬ言葉を浮かべ、そして隣にいる脳科学者に視線を移す。その男は途方もない悪党であり、倫理的に問題のある人体実験を繰り返してなお……政財界に匿われ、今まで生き延びて来た悪党である。
「アードラー・コッホ……外道め。なんの用だ? お前もガンダムではないと?」
「ガンド・フォーマットなどという遅れた技術などの事はどーでも良いわい! ワシがはるばるここまで来たのは、もっと他に重要なものがあるからじゃ!」
アードラー・コッホはスクールを始め、人体実験で超人を生み出そうとしていた。
その一環で人体の強化のみならず体の長寿化も果たしている。彼はこの場にいる誰よりも歳を経ていたが、鋲止めした顔以外は特にサイバネティクス科した形跡はない。その技術を求めて、政財界の多くがスポンサーとなっているというらしいが……。
「ワシの目は誤魔化されんぞ! ガンダムに使われておるのは完全自立した次世代型AIじゃな?」
「っ!? ……なんのことでしょうか?」
アードラーの指摘にプロスぺラ・マーキュリーが一瞬だけ息を止める。
顔色も伺えないサイバネティクスのフェイスガードだが、この場に居るのは海千山千の会社経営者たちばかりだ。プロスペラが詰まった瞬間だけで、その様相を把握することは難しくない。中でも最近になって交流を行った者……ペイル社やジェターク社のCEO達は特にそうだろう。
「序盤の茶番からのあの立て直し、あの滑らかな動きの補正。間違いない、ガンド・フォーマットを普通に扱ったくらいでは間に合わぬ速度と動きよ。じゃがAIが独自に判断して居るならば、そうでもあるまい? お主のシンセー社では不可能な技術開発も、AIが自己申告してくれるならば難しくは無かろう」
「パーメットの流入をAIが担当……そんな回避の仕方が」
「この場合はAIの補正速度も相当なモノじゃなくって?」
アードラーの言葉をペイル社の女たちが興味深そうに聞いている。
自分で考えて、自分でアイデアを出し、自分でその補正が可能なAI。そんな者があればシンセー社の不可思議な技術開発問題にも納得ができる。普通ならばAIは自己申告しないし、どの場所に強化装置を配置したら良いのか判らないからだ。それを成し遂げる時点で、高度と言うレベルでは無いことが伺える。
「それはそれで問題なのではないか? AIが人間に変わって戦闘をするということだろう?」
「頭が悪いのう。サリウスよ、いつからそんなに老いぼれたのか? AIなんぞ優れたパイロットの付け足しよ。じゃが、パイロットと二足の草鞋で動ける機体ならば、そして次世代の機体ならば話はずいぶん変わって来る。次の時代が見たくはないかの?」
サリウス・ゼネリが冷や水を浴びせるが、アードラーは笑って答えた。
彼も悪人面であり辣腕家だが、アードラーの面の皮の厚さには叶うまい。そして脳科学や生体化学という面では、この外道に勝る男は居ない。そして確かな手腕でAIとやらを解析し、現代技術を発展させるのは間違いが無かった。
「自己回復! 自己進化! 惜しむらくは自己増殖機能が無い事か! あれば既に量産しておろう! そこをワシがやってやろうというのじゃ! どうせバランバランに分解してしまうのじゃろ? ならばワシによこせい! ワシならば幾らでも量産してやるわ!」
「ま、待て! 仮にそれを認めるとしても回収する権利と、それを元に開発する権利は我らにあるぞ! そして不当な技術で勝負を貶められたジェターク社にこそ、決闘をやり直す権利がある!」
どこまでも厚かましい要求に、ヴィム・ジェタークが待ったをかけた。
決闘で負けたグエルは彼の息子であり、ヴィムは息子を使って宣伝工作とグループ内での地位向上を行っていたのだ。そこにミオリネ争奪戦の最前線も加わって居た。しかし気が付けば、『水星の魔女』とガンダムに負けたことで、挽回したいのは彼でありジェターク社であるのは間違いが無かった。
「ほん? 貴様のところで可能なのか? 見たところ全く相手になっておらんかったが?」
「馬鹿にされては困る! 我が社でも第五世代型AIの実用まではこぎつけたのだ。AIが半分というならば、残りはパイロット。この組み合わせであれば、ホルダーを要していた我が社が有利に決まっておるではないか!」
「ちょっとみんな勝手に話を進めないでよ!」
頭の上で流れていく議題は一気に変更された。
最初は重罪であったはずのガンド・フォーマットなど既に押し流され、今は最新型AIを争奪する話し合いになって居た。流石のミオリネもこれには黙っておられず、ヴィムが決闘の話を持ち出したことを良いことに相乗りすることにした。
「小娘は黙ってろ!」
「その小娘を大の大人が奪い合ってたんでしょうが! そして決闘で全てが決まるというなら、私のお婿さんがスレッタで、あのガンダムは彼女のものでしょ? なら私たちに勝ってみなさいよ! 決闘勝てば全部って言ってたのあんたらでしょうが!」
ヴィムが黙らせようとするがミリネは一気に場を持って行った。
此処でベットせねば全てが頭の上で決まってしまう。そして彼女が全賭け出来るタイミングはここしかなかった。
「私達が勝ったら解体も無し、少なくとも花嫁の件はそのまま続行! それがあんたの決めたルールでしょ! 大人を気取るなら自分が決めたルールくらい守りなさいよ!」
「……良かろう。自分で納得した結末であれば受け入れろ。私もそうするし、お前もそうしろ」
こうしてレンブラン親娘は対立しなながらも話を動かした。
無理やり気味なミオリネにデリグンが妥協した形だが、あのままガンド・フォーマットも最新型AIの話も流されるままよりは良いと判断したのだろう。
こうしてグエルとスレッタの二回戦目が組まれることになった。
という訳で最初のグエルは速攻で流して二戦目です。
ただしガンド・フォーマットではなくエアリエルの凄さが判る爺が登場。
自分で考えて動けるエアリエルの争奪戦となります。
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第七話
●
その日のジェターク社技術部では厳めしい顔で議論が交わされていた。
エアリエルが完全自立したAIを搭載していると論証されて以来、その議論が止むことはなかった。そしてCEOを交えて最終的な結論が出る。
「出来んだと? 勝てんという事か? それとも我が社では完全自立型は作れんという事か?」
「その両方です、CEO」
ジェターク社の技術部は無能ではない。
出来ないことを出来ると言って社の評価を下げるようなことはしない。条件付きで左右される程度の事なら別だが、本当に出来ない事を出来ると誤魔化すことはなかった。そして素直に差し出された頭を殴りつけるほど、ヴィム・ジェタークもまた愚かではない。
「あのクソジジイは簡単に作れると言っていたが?」
「それはアードラー教授だからこそです。彼は人体実験で人間をバラバラにしたことも、記憶を薬物消去して人格を一から植え付けた事もあります。むしろ彼でなくば、人間と同じ思考力を持ったAIなど設計できないと言えるでしょう。そして躊躇なくやってしまったからこそ、宇宙アカデミーを追放されております」
ヴィムは『お前正気か?』とでも言わんばかりの顔をした。
今時そんな無体な事をやって良いのか? という意味ではない。普通にやって上層部にバレるような規模で平然と行うとも思えない、大規模査察でなければ分からないように隠した上で、そこまでやって逃げおおせるようなド外道だと言っているに等しいのだ。流石の剛腕ジェタークCEOも鼻白むしかなかった。
「……そこまでは判った。何とかならんのか? ウチが最初に当たると言ってしまったんだぞ? それに勝てば得る成果も大きい。『現時点』ではあの小娘よりもな」
「考えられることは二つです」
作れないからといって、学生たちの様にお手上げするわけにはいかない。
ヴィムも技術者たちも無能ではないし、ジェターク社の社運を賭けて万が一にすがるわけにもいかなかった。これが何も判ってない時ならば相手を爆破でもすればよいが、今となっては注目され過ぎて問題になりかねないのだ。ならば別方向の努力が必要だろう。
「一つ目は条件を付けて小さく抑え込み、勝てる戦いを挑むことです。重モビルスーツの強みであり、ご子息の経験ならば勝てる決闘です」
「もう一つはグラスレーの小僧共がイスルギにやったように、条件を広くしろと?」
「はい」
AIが役に立たない勝負をするか、AIがあっても負けない勝負を挑むのか?
至近距離での短期決戦か、長丁場で大規模な勝負を行うとして、まともな交渉ではそんな都合の良い勝負は挑めまい。グラスレー寮が先手を取って不正を行い、不正を暴かれて手打ちにしたような流れが必要だ。もちろん勝ち切れば問題はないのだが。
「ふん……それぞれが持つメリットとデメリットは?」
「前者の長所は噛み合えば勝つのは難しくない事、短所としては味気なく対抗策があれば危険な事です。勝っても負けても我が社の株価に少なくない影響を与えるでしょう」
狭さで競うなら、極論を言えばロボット相撲でもすればよい。
互いにビーム兵器が使えない状態で至近距離の戦いというルールに『させれば』、重量級モビルスーツを開発しているジェターク社に負けはない。70トン近いMSと30トンも無いMSではその重量差はまさに、『重さは強さ』という原始的な戦いになるだろう。だがそんなショッパイ戦いをして、ジェターク社の株価に影響を与えないとは思えなかった。万が一、対ジェターク社シフトが功を奏すれば恥ずかしいどころではないだろう。
「後者の長所は我が社の総合力を活かせることです。耐久度だけではなくセンサーにしても、我が社のモビルスーツならば拡張性が高いですから。短所としては相手にも華を持たせる必要があるでしょう。勝っても総取りは難しくなりますし、こちらが負けても得る物があるような戦いでは、やはり株価への影響は拭えないかと」
「互いのAIの優秀さを誇示し、未来に向けたアピールとでも言えば言い訳はできるが……」
広く競うなら、アステロイドで宝探しでもすれば良い。
お互いに三機か五機ずつというこことにして、グエルの機体をエアリエルに張り付けて長期戦を挑ませればよいのだ。こちらは新型以外はディランザで向こうは学園が貸してくれるデミトレーナということになるか? まず勝てるしこちらの優位性を示せるが、向こうもある程度の活躍をしてしまう。しかもAIの優位性という勝負であるならば、何かのキッカケで逆転されかねないのだ。これではやはりジェターク社の株価に影響は出るだろう。
「クソ! グエルが負けてこちらから挑んでいる状態なのがネックだな。何をやってもジリジリと我が社の……うん?」
「どうされましたかCEO?」
「フフフハッハハハハ! 俺に良い考えがある!」
ヴィムは高笑いをしたかと思うと、シンセー社に連絡を入れるのであった。
●
「株式会社ガンダム? なんだそりゃ」
「例の水星のモビルスーツ、自分で考えるAIみたいだぜ。その安全性を検証するってよ。ついでにパーメットの問題も」
「グエルが勝っても水星ちゃんが勝っても、新しい会社の出資比率になるってさ。参ったね」
オジェロの疑問にヌーノが応え、シャディクが肩をすくめた。
なんとヴィムはシンセー社のプロスペラに掛け合い、株式会社ガンダムを立ち上げたのだ。そして新会社で研究開発するAIの宣伝と、その安全性を検証するために次の決闘が行われることになる。勝っても負けても重い問題となるのは株式会社ガンダムだ。ジェターク社もシンセー社も大きく影響はしない。むしろ勝てる勝負を捨てたという事になっている、未来に賭けた男としてヴィム個人の株が爆上がりした。
「それで俺たちが何で駆り出されるのさ?」
「次の勝負はレース形式にするんだってさ。グエルと水星ちゃんがパイロットだけど、互いに補佐を付けて艦船込みで勝負を行う。そして中立という事に『なっている』我々は、多目的マシンであるリオンを使って、コースの設定に協力して欲しいんだってさ」
「要するにリオンのアピールをさせてくれる代わりに、ガンダムに協力するなって事だな」
レース形式でコースを回りながらポイントを稼ぐ。
もちろん途中で戦っても良いのだが、遠距離で観戦込みの戦いをすればジェターク側の方が有利になる。そしてスレッタ・マーキュリーに人を雇う伝手が無い以上、中立である地球寮やグラスレー寮に作業を頼んでおけば、公正面から有利に立つのは間違いが無かった。シャディクとしてはビムが土俵際の攻防で勝利をもぎ取った形に見え、ロートルだと思って正直侮って居たと思ったほどである。
「んじゃ俺たちは何をすれば良いわけ?」
「コースに設定するプラスポイントとマイナスポイントの設定かな?」
「後は色んな小道具を設置して、それぞれが任意で使って良い? おもしれーじゃん」
リオンの宙間仕様を使って各種ブイと宝箱の設置。
プラスポイントを割り出してコースを巡れば点数が増えていき、コースをショートカットし過ぎてマイナスポイントに接近し過ぎれば点数が下がるという事らしい。そして各種ガジェットを仕込むことで、それらを利用した戦いやらコースでの有意差が判るとのことである。
「どうしたアイビス?」
「いやさ……この勝負、あたしらでしたかったなって」
「色んなパラメータを見ながら宇宙航行とかプロジェクトPDに必要な事……なんですかね? ならアイビスさんの気持ちも判る気がします」
既にコース設定計画を始めている中でアイビスが羨ましがる。
スレイとアイビスが所属するプロジェクトPDは本来、外宇宙開拓が趣旨だ。メインスポンサーであり技術協力しているイスルギ経由で地球寮に送り込まれており、普段は決闘なんてどうでも良いと思っているアイビスが羨ましがるのも無理はない。
「それなら普通に自主訓練で行けばよいだろう。無理に戦う事も無い」
「それだと船をレンタルするのに補助が出ないんだよな。この形式の勝負が恒常化してくれないかな」
などとスレイとアイビスを中心に話し合いながら作業を進めたのである。
地球寮としては作業への協力でリオンの宣伝ができる他、デミトレーナーの整備費用を決闘委員会が出してくれるという事で概ね好評であった。最初に色々なポイントの設置を行ったという経験も後に活かせるかもしれないのだから。
●
周囲の盛り上がりに対して決闘を行う当事者、特にスレッタとミオリネの心境は複雑だった。
負けたら全てを失うという状態から、株式会社ガンダムの備品であり、職員として勝手に登録されたのだから文句を言うなと言う方がおかしいだろう。
「まったく! 自分たちの都合で好き勝手にしてくれちゃって!」
「まあまあ、ミオリネさんも落ち着いてくださいってば」
「あんたは良いわよね! 負けても困らないから! って……ごめん。エアリエルに人格あるんだっけか」
ミオリネの激怒がのほほんとしたスレッタに向かう。
ここで問題となるのがエアリエルの人格であり人権であった。AIに人格があるのかを議論するタイミングはとうに過ぎているが、人格があるならば人権があるのかという事になる。外道なアードラー教授は別にして、人格のある存在をバラバラにして再構築するとか、少しためらわれる話であった。もちろんアド・ステラの国際法においてはロボット三原則に近いものがあるので人権など認められない。
「中を見せてもらうとかはナシよね?」
「えっとちょっと待ってくださいね……ふんふん。ミオリネさんの頭蓋骨を開けて中を覗いても良いなら良いって言ってますよ。もちろんブラックボックス(?)に手を付けるのはナシってことらしいです」
「なら良いわ。人の都合で他人を同じ目に合わせたくないしね」
おっかなビックリ尋ねるミオリネにスレッタが通訳(?)する。
どうやら人格があるというのは本当らしく、実に的確で皮肉の効いたユーモアが帰って来た。おそろしいことにソレはユーモアではなく、本当に頭蓋骨を開けて脳髄を解明させて欲しいと思って居るかもしれないのが笑えない所である。
「すまねえ! まさかオヤジに口添えを頼んだら余計な奴が付いてきちまったみたいだ!」
「いいんですよリューネさん。リューネさんが協力してくれなかったら、今ごろどうなったか判りませんし」
「それよりもあのアードラーっての何とかならないの?」
ここで二人の間柄を取り持ったリューネ・ゾルダークが頭を下げる。
リューネは自分の機体であるヴァルシオーネが倫理検査を受けていることもあり、父親であるビアン博士を巻き込んで再検査させれば良いと思ったのだ。ビアン博士は有名な科学者であり、その知見があればパーメット粒子の過剰流入『データストーム』の問題は回避できると思ったのに……。その結果がアードラーに介入を許す事になってしまい、今に至るとも言えた。
「そいつあ無理だな。あのクソジジイは権力者に取り入ってやがる。一時的に捕まえても、すぐ出て来るだろうよ。むしろ半年ほど頑張りな! そしたらオヤジの事だ。エアリエルの仲間みたいなAIをみよう見真似でなんとかするだろうさ」
「あっそ。信用の出来るお父さんで羨ましいわ。それより……」
ビアン教授は娘に甘いが、それはそれとして天才だ。
理論も何も無いならまだしも、エアリエルという現物がある以上は近い物を何時か作り上げるだろう。データだけならばジェターク社の高性能AI並の物を今ごろ作り上げていてもおかしくはあるまい。それでも人格を持つ完全自立型AIなど即座に作れはしないだろうが。
「問題なのは勝てるの? この勝負で負けたら私は籠の鳥なんですけど」
「エアリエルは軽量だから装備一式とクルーを揃える事ができればなんとかなるんじゃねえか? 同じ推力でも軽量な方が有利だしな。戦艦自体は学園から借りることができる」
問題なのは今回がレース形式の決闘と言う事だ。
ある程度の距離を離れ、スピードを競いながらコースを巡るという系式。途中で戦闘を挑んで撃破するにしても、そもそも移動できなければ勝つどころの勝負では無かった。だが、第三者から見れば軽量級で自在に動けることになっているエアリエルの方が勝負し易いのは間違いないだろう。残念なことに装備もクルーも今から集める必要があることだ。
「そういう事ならボクらに協力させてくれないかな? いまウチは大変なことになって居てね」
「あんたは……」
「エランさん……」
こうして予期せぬ第三者の介入により、勝負は最後まで分からなくなったのである。
という訳でAI制御のダリルバルデはキャンセルされました。
なんというか自分で考えられるAIという話を聞いて、そのまま出すはずがない。
宇宙でMSと戦艦による障害走を行う感じですね。
「磯野~宇宙でダカール耐久レースやろうぜ!」
みたいな感じですね。ジェターク社の株は上がり、ペイル社の株は下降中。
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第八話
●
グエルとの再戦がレース形式に決まった後……。
メンバーの調達に困って居たスレッタたち株式会社ガンダムの元へエラン・ケレスがやって来た。
「協力を申し出にやって来た理由として、先にペイル社の苦境を説明させてもらうよ。今、ウチの商品は評価価格が下がって居てね。決闘しても直いのに無いのに評価が下がり、では戦おうとすれば避けられているんだ」
「そうなんですか? ちょっとソレおかしいですよね」
「……ああ、お生憎様ってやつね」
無表情なエランよりもスレッタの方がオロオロしている。
何かに気付いたらしいミオリネだが、御三家嫌いともあってヒラヒラと手を振って居た。
「ど、どういうことなんです? 評価無しで性能を決めつけられるのっておかしいですよね?」
「この場合は格下の筈の対抗者が、ペイル社の得意分野だけほぼ同じ性能ってのが問題なのよ。性能自体はザヴォートの方が上でも、機動性能が同じで総合性能が低い上に新型のリオンがいるなら、そりゃデータ盗むにしても実績稼ぎにしてもリオンを狙うわよ」
軽中量級で機動戦重視のザヴォートは御三家の製品とあって性能も良い。
しかしリオンは機動戦専用の機体で、飛行性能のみを比べたら同じか向こうの方がやや上なくらいだ。そのくせ新開発だから挑むならリオン、量産性の為に総合性能が低いので地道な勝負をすれば勝ち易いのもリオン戦。この評価で固定されてしまい、ジリジリとペイル社の株価が下落している為、決闘を挑むな活躍させるなと親元から注意されている者は多いだろう。
「だから協力するって? どうせ条件として決闘しろ、それも機動戦でって言うんでしょ? そんなのこっちの不利になるだけなんだから受けないわよ」
「人手はどうするの? 協力者が揃う事はないだろうね。ボクらは同じ運命の呉越同舟さ」
「船の操縦だけなら何とかなる。航法も相手を追い掛けるだけなら……」
ミオリネは即座に断ろうとした。良い条件ではないと判っているからだ。
しかしエランが口にした通しメンバーが足りないのは確かだ。リューネが可能な範囲で協力してくれるとしても、舵取りと航法要員で精一杯、補給やら武器交換をスレッタ一人でやる羽目になるだろう。唯一の勝機はグエルを撃破する事だが……そんな状態でグエルが一対一の勝負を受けてくれるとは思えなかった。
「あんたを信用するとしても、ペイルの連中を信用できないって言ってるの! データを引っこ抜く程度ならまだマシよ! エアリエルに何か仕掛ける程度の事はやるはずよ!」
「確かに否定できねえな。どうせ指定宙域にロボットカメラくらい仕掛けてんだろ? トレーサーがありゃあ後は簡単だ」
「なるほど。それは通りだ、では別のモノを賭けよう」
問題なのはペイル寮で親の言いなりになっている連中だった。
場合によっては工作員を送り込み、トレーサーでカメラを動かし、レースで見せたデータを全て記録。それだけではなく、次の決闘になったときに誘導性の高い攻撃を使うためにトレーサーを使えば相当有利になるだろう。
「別のモノ?」
「ああ。協力を申し出るのはペイル社じゃなくて、ボク。賭けるのは進退じゃなくて、ペイル社の重大な……まあ今となってはそう重要でもないけどね」
エランは自分の胸に手を置いて、視線は周囲に向けた。
そのいずれもが盗聴器の類を仕掛け易い場所であり、ハッキングを掛ければ監視記録を盗み易い場所でもある。
「あんたなんか貰っても意味はないんですけど? 別に面食いじゃないし」
「ふふふ。ボクなんかあげても意味ないよ。何時まで価値が有るか分からないしね。まあ、ボクの命をベットするという意味じゃあ嘘じゃないけど」
「……とりあえずジャミング掛けとくぜ。この話を続けるんだろ?」
エランとミオリネはリューネの問いに頷いた。
ミオリネたちが困っているのは確かだし、普段顔色を変えないエランが自嘲気味に笑ってまで重大情報を漏らそうというのだ。盗聴など許せるはずはないし、十代でなくとも個人のプライバシーを利かせる訳にもいかないだろう。
「それで?」
「ボクはガンダムのパイロットなんだ。ペイル社に魔女の末裔が居てね」
「っ!?」
そう言ってエランは腕まくりをした。
その上は細く、当然ながら筋肉を見せつけたいわけでもない。その生態組織は傷ついており、もし細胞学の権威であるか……そこまでいかずともパーメットの過剰流入による異常を見た者ならば劣化した体を見て取れるだろう。
「お生憎様という意味ではボクの方がザヴォートより酷いかな。完全自立型AIに任せてパーメットの問題なし? はは……この時点でボクの境遇は何だったのか笑ってしまえるくらいだね」
「エランさん……」
ザヴォートとリオンの関係はまだ良い。
性能評価が終わり、やはりザヴォートの方が優秀となれば。大量購入でコスト勝負しないならば身内びいきも合わせてザヴォートにしようという購入者は多いはずだ。しかしエアリエルがパーメットを幾ら流入してもデータストーム問題を全く起こさないのであれば、既存技術の延長戦でしかないペイル社のガンダムと……そのパイロットであるエランはくたびれもうけどころの話では無かった。
「それがペイル社の秘密……」
「正味三割ほどだよ。もっとひどい秘密もあるけれど……まあ話を聞いてもらうための下拵えでしかない。同じ船に乗っても良いという程度の秘密であって、ズブズブの共犯者になってもらえるとも、なりたいとも思えないからね。ペイル社に対する想いと、そこから抜け出したいと言う想いだけ理解してもらえば良いさ」
ミオリネの目が少しだけ優しかった。
会社に良いように扱われて酷い目に合っているという意味でなら、ミオリネ達はエランとよく似ている。傷を舐め合って生きるような性格はしていないが、詳しい話を聞いても良いかと思えるような気分に成ったのは確かだ。
「復讐に力を貸せ、その為に共犯者に成れって事ね?」
「より詳細には境遇からの脱出……まあそれが無理ならどこかでビアン教授の伝手で探して欲しい分野の科学者がいるくらいかな」
「治療か? オヤジなら構わねというと思うぜ」
ミオリネとリューネは話を聞くことにしたようだ。
元より食事を差し入れてくれたエランにスレッタとしても協力したいと思っていた。そもそも困っているのはこちらだし、もっとはやく協力を申し出ても良かったくらいだろう。しかし話を聞いていたスレッタは、治療と聞いて複雑な笑みを浮かべたエランの表情が気になるのだった。
●
結局、ペイル寮からの手を借りることになった。
決め手となったのはエランからの紹介で、ひも付きではなかったり、他社に務める事が出来る者を優先的に紹介してもらった事だろう。また決闘委員会のロウジ・チャンテが個人的に協力してくれることになったのも大きい。
「よろしく! エアリエル」
「うわっ……あんたいつもとテンション違うんじゃない?」
ブリオン寮からやって来たロウジは大のメカ・マニアだ。
普段はボーっとしているような印象があるのだが、世界で唯一の完全自立型AIだと聞いてキラキラした目でエアリエルを見上げている。一応は同じ寮であり決闘委員会に所属するセセリア・ドートが若干引いているようだ。
「でも良かったの? 決闘委員会は『公正』ってことになってるんでしょ?」
「うはっ。ばっかみたい。今時そんなことあるわけないじゃない。まあこいつは今回こうなるだろうと見越して、最初から関わって無かったけどね。意地でもこの機体を触るんだとか、ビアン教授大好き―とか言ってんの」
「あー。偶にいるよな」
どうやらセセリアは協力しないようだが、ロウジに情報を止められていた様だ。
もし知って居たらロウジが協力する時に、同じブリオン寮だから話すかもしれないと予防していたらしい。まあセセリアは何処にも協力する気が無いので、残ったシャディクが今回の立ち合い人となり、得た情報を各方面に売り払うだろうことは、予想していても黙っているのだが。
「とりあえず自動制御のロボットアームを何種類か用意したんだ。全部が全部じゃないけど、基本作業はコレで短縮できる。作業台自体を監視するプログラムも付けているから、その辺りはエアリエルに権限を渡しておくね」
「ここまで笑顔でやってるとむしろ信用できそうな気がしてくるわ……」
「そこは同感。でも、あたしはこれ以上協力する気はないから、後は好きにしてれば?」
時に傍若無人過ぎると、一周回って信用が置けるから不思議なものだ。
ミオリネはひとまずロウジとセセリアを今回ばかりは信用することにした様である。もっとも人手を借りたとしてもやる事が多過ぎるので、ようやく勝負が挑めるかという程度でしかないのだが。
「ええとミオネリさん。時々この船に戻って補給。後は情報を集めながらコースを回るという事でよろしいんでしょうか?」
「そうね。ショートカットできる場所は相手にもバレバレだから、そこを上手く使う必要はあるだろうけど。後はギミックを拾う時に、何処まで頼るって事かしらね」
基本的なコースは既に発表され、ポイントを回って点数を稼いでいく。
時間でも点数になるが、ショートカットし過ぎるとマイナスだ。また計測は幅を広くとる方が正確になるし、詳細なポイントが途中まで分からない以上、マイナスになるほど無理してショートカットするほど時間への点数配分は多くはない。もちろん直接戦闘での一発逆転もあるので、どこで仕掛けるかは重要だろう。
「ギミック……ですか?」
「そっ。大型ブースターにサポートの飛行システム。燃料にEパックに補助武器その他もろもろ。そういった物を回収して、勝負に持ち込むか否かも重要なファクターね。機雷なんかは拾ってもそのままじゃただのデットウェイトだけど、アステロイドで戦うつもりなら悪くはないわ」
「船に持ち帰っても良いしな。そういう意味じゃ人手はマジで助かるよ」
レースはデータを貰いながら詳細なポイントを回っていく。
だがその中には必要だから回っていく以外に、コースの途中に設けられたギミック供給ポイントがある。鉄球がブースターで飛んで行くようなトンデモな武器もあれば、メガ・ビームライフルやシールドなどもあるという。途中で拾ったそれらを活かすも捨てるもメンバーやAIの判断次第という事だろう。
という訳でスレッタ側の準備とレースの大雑把な説明です。
ついでにペイル社の株が下がり、エラン四号の勝ちがストップ安になった件。
なお、この話は次回でレース終了。
次にペイルとの話が出て、その辺で第一部の話が終わる感じになります。
その後に今回みたいな、原作に無い話をでっちあげるかは微妙な所。
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第九話
●
『これより双方の合意のもと、決闘を執り行う。立会人はシャディク・ゼネリが務める』
『決闘方法は一機のモビルスーツと随伴する戦艦一隻によるレース形式』
『勝敗は総合点による採点式、またはブレードアンテナを折ることで決するものとする』
『両者、向顔』
今までの形式に類似した決闘の開催。
その対決も注目ながら、新方式による決闘ゆえに注目度は高い。
『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』
『操縦者の技のみで決まらず』
グエルとスレッタの対面が行われ、周囲の空間が表示された。
共にスタート地点であり、周囲に互いの船はまだ存在して居ない。今ごろはスペースポートで缶を温めたまま待機し、決闘開始と共に駆けつける算段であろう。
『『ただ、結果のみが真実』』
『フィックス・リリース』
二人の宣誓と同時に両機がカタパルトで宇宙へ放り出される。
データ信号が両機に、そして大気中の戦艦へと送信された。アフターバーナー染みた使い捨てのブースターで一気に加速するジェターク艦と、基本性能自体が移動力の高いペイル艦の差はあれど、最終的には同じようなタイミングで到着するだろう。
「ジェターク艦に向けて移動する熱源を確認。これはグエル?」
「だと思うよ。AIに任せてデータを読み込んでるか、休んでるんだろうね」
ミオリネが相手の動きを表示した。ジェターク側は双方ともに接近しV字の動きを見せる。
対するこちらは第一の目的地に向けた中間地点での合流を目指し、緩やかな山成りに成って居た。これは両者の船の使い道の差であり、バックアップ体制の差であろう。ジェターク側は重モビルスーツなのでグエル機を拾った方が早く、燃料も節約できる。逆にこちらは軽いので、燃料よりも移動距離を重視していた。
「そんなの良く判るわね」
「動きに優雅さが無い。エアリエルならもっと良い軌道を選んだと思うよ」
ミオリネはデータを読み込みながらロウジの冗談ともつかない話に苦笑した。
決闘委員会に所属してブリオン寮に所属しているくせに、エアリエルの事を知りたくて味方になる事を宣言する奴は違った。自分が信じた方が無条件で素晴らしいと言える辺り、おそるべきメカオタクぶりであろう。
「第一ポイントの位置を確定。15分後の位置で再計算するわ。このライン以外でお願い」
「「
ミオリネが測量の為に軌道を支持するとエラン以下ブリッジ・クルーが反応した。
今回は基本的にミオリネやスレッタの戦いであり、他の者は手助けでしかない。それぞれの目的のために、船を同じくする呉越同舟の間柄なのだ。その結論がどうであれ、全てを受け入れると決めていた。
「間もなくエアリエルとの合流地点。ジェターク側は既に拾って航行中」
「スレッタ。何か気付いた?」
「ええとグエルさんの機体は射撃兵装を持たない近接仕様です。接近までの時間は拾ったアイテムを使って済ませる気なのかと」
最初に相手の姿を認めたスレッタの知見を確認。
あまり賢そうではないスレッタだが……シュミレータ経験は多く、戦闘の為の意図に関しては推測が適格だ。まあグエル専用のディランザや新型のダリルバルデは最初から射撃兵装を持たないのだが。
「AIは? あまり大したことはないと言ってる奴がいるけど」
「少し堅い子ですね。杓子定規な所があるので単純に戦闘したら直ぐに片付くと思います。これだけ広い場所で戦うなら、むしろグエル先輩の操縦の方が怖いですね」
「やっぱり? でも……意外とスレッタさんって自信家だね」
操縦している時のスレッタは断定的だ。
地上に降りている時の挙動不審ぶりとは別に、データに裏付けされた自信がそこらかしこに伺える。迷いのない判断と躊躇の無い行動はそれを伺わせた。ミオリネは感心するだけだが、自信を裏打ちする経験をエランは垣間見る。おそらくはエアリエルが用意した汎用AIとのシミュレーションを何度もやったことがあるのだろう。
「それならギミックを拾えるエリアで邪魔しに行ってみる? 遠距離武装を拾わせなければ有利に戦えるわよ」
「むしろ貰ってるデータの方を疑うべきだとエアリエルが言ってます。出来るだけ追加情報を得るために動くべきかと……で良いんだよね? だ、そうです」
「ボクも賛成。シャディクが通り一辺倒のデータを用意しているとは思えない」
ミオリネは相手を封じる攻撃的な策を提案し、スレッタ(エアリエル)とエランはデータを重視した。
レース形式は初回ゆえにコースに対する工夫がまるで分って居ない。何らかのダミーが用意されていたり、ポイント標識がエネルギー流によって流されている可能性は否定できないという。
「あっそ。それならとっくにコース取してるわよ。十分に離れたところで二度目の計測をするつもりだけど、この調子ならもう何度かした方が良いかもね」
「さすがミオリネさん!」
これは経過報告のようなものなので誰も口を挟まない。
三角測量のような感じで指定ポイントを確認し、航法データとして打ち込み途中までは自動操縦で移動。繊細な操船やセンサーの管理が必要な所までは楽をして数が少ないメンバーを労わっておく。いまはエアリエルの推進材補充位だが、戦闘が起きればビームライフル用のエネルギーパックや簡易補修も必要なのだから。
●
ある程度の移動をしたところで、第一ポイントの詳細と第二ポイントの簡易データが送られてきた。意地が悪いのはポイントそのものの配置は変わって居ないが、マイナスポイントのエリアとギミック配布の領域が少しずつずれている事だ。
『指令の開示。機密モビルスーツが盗まれたという過程でレースを行う。第一エリアは軍指定の工場で、ルートは暗礁区域。第二ポイントは敵の収容艦と目される。以後、途中で送信されるデータは開示権限のある者にのみ口頭で開示する事』
「うわっ……意地の悪い。あいつらしいけど」
「……私たちの場合は考えるのはミオリネさんですからね。そこだけは迷わなくて良いかと」
シャディクが寄こした詳細な情報には以上のような音声文があった。
最初から全てを秘匿するとブリッジクルーが混乱するし、同時に判断する者が多くても船頭多くして何とやらだ。ゆえに上位者のみが全ての状況を知り、その他の者はサポートに回るというのは間違ってない。その上でAIは、パイロットの精神状況をサポートしてくれるだろう。
「こうなってくるとマイナスポイントは暗礁区域の中でも危険エリアって事ね。抜けるならご自由に、だけどそこで損害が出たという扱いかしら? とりあえずマイナス区域の移動半径を計算して、それでエネルギー流の動きが逆算出来るわ」
「「
航法データにマイナスポイントの分布が記される。
それは暗礁区域扱いになった場所の中でも移動速度が違っている。そこから考えられるのは、何かの理由でそれらが流されているという事だ。判り易い例としては爆発物があげられるだろう。そしtれ前提条件を想定できるならば、色々と考慮出来る事がある。
「……急ぐのが最優先だけど、ギミックを一つは回収してみましょ。それともう幾つかを眺められる程度のルート取りができれば良いんだけど……そこは仕方ないわね」
「どの程度の装備が拾えるかくらいは確認した方が良いだろうね。装甲版の為にマイナスじゃあ割りに合わない」
ミオリネの案にエランが頷いた。提案する気はなくとも妥当な意見は出すという所だろう。
ギミックに関する問題としては、内容によっては完全に無視するわけには行かないという事だ。途中まで開示されなかった『任務』というファクターがある以上は、他にも隠された情報があると見えるべきである。
「それなら私とエアリエルが行きましょうか?」
「そうね。危険そうな状況だったら自分を優先して。その上で優先順位は要救助者や秘匿データの確保で、ぶっちゃけ武装や燃料なんか要らないわ。サブフライトシステムはグエルに渡さないのが最優先、なんだったら壊すなり別の方向に飛ばしても良いわ。後はそうね……コード……なんでもない」
スレッタたちの出動に許可を出しつつミオリネはギミックを想定した。
冗談で沢山入れている事も考えられるが、想定すべきは『研究所から持ち出された』『研究所の爆発で四散した』物であろう。
「……ふうん。相手の様子を見るって?」
「そ。当然色々と仕掛けて来てるでしょ。ソレを注意しても絶対に認めないから、予め計算しておくだけよ。向こうが気付かなきゃむしろ利点になるものね」
エランが推測し、ミオリネが想定の最後に入れたのはコードブレイカーだ。
マイナスポイントの指定情報を解除するツールをジェターク側が渡されている可能性は高い。グエルは認めないだろうが情報閲覧レベルを次回の情報から設定されるのである。無理に教えなければ良いし、最低限の情報として『アステロイドにでも注意しろ』とでも言えば騙されてくれるだろう。
そしてミオリネはジェターク側がシャディクなりポイント設定した相手に話を付けていることを計算に入れた。判ってさえ居ればコースの取り方なりを調整できるものだ。
(……そしてスレッタ・マーキュリーには何も告げない。部下に全てを話す必要は無いし、盗聴やスパイ対策何だろうとは言えるけど……それほど親しい訳じゃないのかな?)
そういったやり取りをエランは顔色を変えずに静かに見守った。
スレッタとミオリネに信頼関係が無いのであれば利用できるかもしれない。あるいは自分を信用させるために、仲がこじれかけた時に取り持って見せるというのもアリだろう。
(とはいえ報告の必要はない。ボクだけが覚えておけば良い事だ。ボクの目的を叶えるために)
エランには目的がある。だから二人の齟齬を利用するだけのこと。
しかしソレはペイル社の利益と必ずしも一致しているわけではない。それだけならばこのレースの後に行う戦いで十分に果たされるだろう。重要なのはあの後に繋ぐことができるかどうかなのだ。甘ちゃんでしかない二人を利用するとしたら、そのためにこそ相応しい。いや、エランが使える手札など他にないのだから。
「エアリエル、ギミックのエリアに到着。付近の捜索を開始しします。リミットまであと180」
ロウジが事務的にタイムリミットを申告。
考え事をしている者たちも、この時間だけは息を止めているかのように静かだ。果たしてグエル機からの牽制はあるのか? それとも彼はギミックを放置して先に行くのか? もしレギュレーションを無視して船に武装やら色々と搭載しているならば無視するだろうが……。
「グエル機を確認。うわっ……何、あれ。アレもドローン? 違うよね」
「ただのワイヤーでしょ? クラッチアームが付いてるだけの。まあ使いこなしてるだけ変態チックだけど」
ロウジが引いたのはグエルの操るディランザ(?)が足からワイヤーを飛ばしたことだ。
それを暗礁区域の残骸やら、隕石に掴ませてショートカットをしている。直線的に移動するために収縮させ、収納しながら隕石を蹴る事で推進剤を節約しているかのようだ。結構な離れ業に見えるがミオリネからみれば曲芸でしかないのだろう。
「無理に確保しに行ってるところがグエルらしいね。遠回りになる場所以外はあえて拾ってる」
「あいつにとっては私もギミックもスコアの一つでしかないんでしょうね。トロフィーか加点かの差で……あんなに持ち帰ってナニをする気なのかしら」
エランとミオリネは顔を合わせないが意味を共有している。
グエルは自分と言う器を満たすためにあれこれと勝負を挑み、無理をしてはいないが無茶をしている所があった。本当であればレースの本筋には必要が無いギミックを必要以上に拾う意味など無いのだ。彼の技量ならば大した回り道ではない場所を選んでいるとしても、余計な事でしかない。
さて、重要なのはジェターク艦に乗って居るスタッフにとってもそうなのか?
少し前であればおぼっちゃんの言う事を唯々諾々と従っていただろう。だが、今の状況でそんな無駄を許すだろうか? むしろ積極的に作戦として拾わせているかのようではないか。
「ミオリネさん! エアリエルが無人機を発見しました。間もなく攻撃範囲です!」
「っ! 防御を優先して! 適当に回収したなら留まる必要はないから! センサーは最大距離でグエル機を追跡! ストレージから補修材と推進剤を用意! エアリエルが帰って来たら応急修理をお願い、直ぐにここを離れるわよ」
「「
考えを推し進める前に状況が推移した。
スレッタからの緊急報告で船のエンジン出力を上昇させる。どうやらエアリエルもギミックを回収していた様で、間もなく合流を果たしてその場を後にしたのである。
状況はいまだグレーのまま、レースは進行していく。
思ったよりも話が進まなかったので、戦闘は次回です。
もうちょっと判り易く、説明が不要な内容にしておけば良かったかも。
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第十話
●
第二のエリアは無数の攻撃端末にオートで動くモビルスーツが沢山。
ドローンもあれば簡単な自立制御を施されたモビルドールというべき存在もあった。その中を二機のモビルスーツが駆け抜け、あるいは突破していく画像が映し出される。
『邪魔だ! 自動追尾開始、スラッシュ・リッパー!』
ディランザをベースにした機体が大楯を掲げてビームの中を突破していった。
大楯を掲げた態勢なのだが、背中の方から巨大なブーメランか何かが曲射され攻撃端末の一部を対象を切り裂いていく。無数に浮かんでいる中の一部でしかないのだが、搭乗者であるグエルの行く手を阻むモノだけを狙って撃ち落としたのだろう。
「ガンダムの方は流石だけどグエルはボッコボッコじゃん」
「いいえ。受けた射撃の総数に比べれば極めて軽微です。おそらく大盾以外にもI・フィールドでもあれば無傷と言ってさしつかえないレベルかと」
チュチュとラトゥーニがその様子を眺めている。
自分達であればどうやって潜り抜けていくかを計算しつつ、スレッタたちの動きを推し測っている。地球寮のメンバーが雇われて設置した場所だけに何処程度の罠があるかは推測できる。全てを知っているわけではないが、他の仲間の作業量を考えれば大きな差ではあるまい。
「I・フィールドねえ。あんなもの手に入れて直ぐ使いこなせんのか?」
「それも含めてAIの性能を競う勝負と言えますね。先ほどのブーメランもそうでしたがジェターク側は可能な限りのギミックを入手して、その中で使いこなせる物のみを前面に押し立ててポイントと同時にAIの経験値入手に当てる心算かと思います」
チュチュの疑問にラトゥーニが地図を簡単に作成していった。
エアリエルが最低限の侵入で抜けて行ったのに対し、グエルが操る機体はコースをジグザグと移動しながら精力的にギミックを拾っていた。そのほとんどは装甲版やら推進剤などの消耗品であるが、中には有用なギミックも存在している筈である。
そして二人は推測もしていないが、これだけ拾えば予め用意されたコードブレイカーなどイカサマの類があったとしても覆い隠すこともできるだろう。
「でも……エアリエルの機動……綺麗。まるでオウカ姉さまの動きみたい」
「そうですね。私も短い間ならばこの位の動きは可能です。しかし……長時間動き続けるのであればそうも行かないでしょう。本当にあのガンダムが完全自立型AIであるというならば、おそらく最後までこの調子なのでしょうけれど……」
ラトゥーニの呟きを近くに居たオウカが拾った。
スクール出身者の中でも最高峰の能力を発揮した彼女ならば今のエアリエルと同じ動きをパーメット抜きで可能である。しかしその緊張感は人間ゆえに長続きはしない。スクールならば躊躇なく薬物を投与したであろうが……レースであればそんな事は出来まい。もちろんギミックの中には非常用として用意されているとしても、だ。
「……? やはり何か懸念が?」
「流石ですねラト。確かに私はこのレースが公正ではないと思って居ます。それを発見し、覆すのは彼女たちの役目とはいえ……。もし私達が同じ任務を請け負ったのであれば、どう動くか考え物だと思ったのですよ」
オウカはパイロット・経営・メカニック全ての分野で能力が高い。
記憶への焼き付けという非人道的な裏技ゆえであるが、その膨大な知識と技術ゆえに現時点で何が起きているかをほぼ正確に把握していた。このレースを仕組んだシャディクと、こうなるように要請したであろうジェターク側の判断を考察したのである。
「……? 何か問題あるんすかパイセン?」
「このレースは幾つもの思想が絡み合って居ます。まずは株式会社ガンダム、ジェターク・ヘヴィーマシーナリー、そして決闘委員会。ですがもう一つ……このレース形式自体にも、思惑を付与されているのですよ。それを理解できないのであれば、ガンダム側の苦戦は免れないでしょうね」
二つの三角形が交差する六芒星。それがこのレースの本質だった。
生き残って自分たちの意志を貫きたいスレッタやミオリネ。泥にまみれた栄光を取り戻し、やがてベネリットを掴みたいジェターク側。そして両者を利用して自分が欲しい物の為に暗躍するシャディク。そしてその様相は……レースのとある仮定にも当然反映されていたのだ。
ミオリネが予想したコードブレイカーなどは、その一端に過ぎないのだろう。
●
目標である第二ポイントは『賊の収容船』がある位置とされている。
当然ながらレースが続く以上は、逃げられて別の場所に移動されてしまうのだろう。無人機のエリアを抜け、二機のモビルスーツを回収したそれぞれの母船は、己が得意なコースで予定地点へと向かっていた。
「エアリエルへの推進剤補充を急いで。それと手の空いた人は回収した耐熱性FRP樹脂の解析をやっといて。どこまで信用できるか怪しいけど、特に何も無いなら装甲補修材に使うわ」
ミオリネは拾ったギミックの中で一番使いそうな消耗品にのみ指示を出した。
他にも拾ったが数が少ない無い事もあり、それほど意味のある物はなかったからだ。サブマシンガンの様な予備兵器サイズならともかく大型ビームランチャーなどエアリエルにはあまり相応しい武装ではないだろう。艦のデット・トウェイトになるなら捨ててしまっても良いくらいだ。
「ジェターク艦。暗礁宙域を大回りして予定地点へと移動中」
「向こうは大出力のエンジンで振り回すタイプだからね。イザとなればグエルのみを出して調整する気なんだろう。こっちはどうするの?」
「付き合う訳ないでしょ。少し待ってて」
観測手からの情報を参謀役のエランが簡単に説明する。
ミオリネにも当然判って居るが、会話の相手というものは居た方が考え易い物だ。特にエランは成功失敗に関わらず、次の戦いを受けてくれれば良いので冷静である。日ごろからの態度のままと言えるが、こういう時は逆にありがたかった。
「……こっちは最短ルートを少し逸れて
「それはそうだね。こっちは対テロのエリート組織というわけ? 随分と皮肉なものだ」
ミオリネは『標的』の思考を考慮し、ジェターク艦と挟むコースを取った。
収容艦が逃走するという過程で次のコースが移動するのだろう。そしてジェターク側が正規軍に近い動きで『研究所の成果』を回収しながら動くとしたら、ミオリネ達は逆にそういったものに興味を示さない対テロ部隊が採るべきコースを選んだと言える。
GANDフォーマットを研究する組織を襲ったのは、その対テロ部隊であるドミニコス隊である。エランはその事を皮肉り、ミオリネは詳しく知らないなりに不快感を覚えた。
「想定内容はともあれ、向こうの方針と真正面からぶつかるのも馬鹿馬鹿しいわ。私たちは各ポイントを先に回る方針を採る。ギミックは最低限だけど回収するし、グエルを狙えるなら狙うけど」
「異論はないよ。
どうにも敷かれたレールの上を走らされている気がする。
それを判って居て規定範囲から逃れられない状況にはイライラさせられた。ミオリネの気分は判るし、かといって意見するような気力も意欲も湧かない。エランは頷いて特に何も言わないことにした。
そして予想通り第二ポイントは移動を開始した。
二隻の船がある程度の距離を詰めたところで『収容船が判断を変えた』ということなのだろう。第三ポイントとしてまったく別のエリアが示され、第二ポイントの方向から少しずつ離れていくのが判る。
「話の流れとしては、別の船を調達することにしたって事ね。それでいて収容船をフリーにする訳には行かないから撃沈しろと。シャディクの奴……」
おおむね予想通りであるが、第三ポイントはジェターク艦の方がやや近い。
時間差でジェターク艦から遠ざかる第二ポイントの移動先を抑えた筈のミオリネだが、『収容艦を諦めて別の船を目指す』という行動内容に歯噛みをしそうになった。確かに自分が標的ならばそんな感じで移動するのだが、これではジェターク側をアシストしてやったようなものだ。たかが決闘ゲームであるのに、そこまで話を作り込まなくても良いのにと思わなくも無かった。
それでもミオリネが言葉をそこで止めたのは、指揮官は感情を表さない……からではない。
そこまでミオリネは上に立つ者として出来た人格を持っていない。まだ学生なのだから仕方がないが、だが学生だからこそ自分の為に行動してくれるスレッタに弱みを見せて不安に思わせたくないと思ったのだろう。
「ミオリネさん。ど、どうしましょうか?」
「スレッタは敵艦を大型ビームランチャーで狙撃する準備をして! どうせなら使ってしまいましょ。もちろん他のクルーは第三ポイントへ向けて艦を回頭!」
ミオリネは溜息もつかずに言い切った。
過ぎたことに愚痴を言うのではなく、現状で最も適切と思える行動を選ぶ。収容艦が敵側であり、見逃せば何処かでまた現れるという想定ならば撃沈しない手はない。もし拾ったギミックの中に職員という点数扱いのモノがあるならば、敵艦を撃沈したという点数も稼げるはずなのだから。そしてそれを可能なのはジェターク側ではなくこちらであるのは間違いがないのだろう。
「エアリエル、ビーム砲の発射シークエンスに入ります。初撃は観測弾とのこと」
「こっちはこっちで妙に本格的ね。まあ好きにやらせといて。私達は第三ポイントへの最適コースを選定するわよ!」
「「
やがてターンを掛けるペイル艦から大型ビーム砲が放たれた。
都合二発、一発目はエネルギーを絞った観測射撃。続いて放たれた二発目は、第二ポイントの指定宙域を貫通。ポイントの推移を計算していたマーカーを撃ち抜いた瞬間、ポイントが加算されたと通信が入ったのである。
●
そして第三ポイント周囲のエリアが本命の戦闘区域だ。
そもそも長丁場のコースを決闘委員会は用意できていないので、本物のレースの様にポイントは何か所も存在しない。また、もしこのレースが『二つの派閥に分かれて追いかけている同じ軍隊』だとしたら? そんな想定があった場合、何度も抗戦することはあり得ないからだ。
そしてこのことを予想できるかどうかが戦いの分かれ目となる。
戦いたいのであれば短期決戦を挑む必要があるし、戦いたくないならば離れておくしかない。このことを読めない者は、一方的に相手の脅威にさらされるだろう。
「スレッタ。次のエリアでグエルと交戦した場合、時間制限を設けるわ。途中までは好きにして良いけど、何かの通信が入ったら何時でも止められるようにしておいて」
「え? ……? 判りました。
ミオリネも既に全容を把握している。
このレースはまさに『出来レース』なのだ。発起人はジェタークCEOのヴィムであり、その目的は当然ながらジェターク社の製品を誇示しつつ勝利を目指すことである。だが現時点での関心はAIの性能に移っており、エアリエルから情報を抜き出しつつ、自社のAIを次世代型として完成させるべきなのだ。ゆえに戦闘を真面目にする気はなく、かつ、チャンスがあるならば積極的に狙えるなら狙う程度なのだろう。
対してミオリネやスレッタはどうなのか? 勿論どうもしない。
株式会社ガンダムというタイトルを押し付けられ、そのCEOとその目玉としてのガンダムであると定義されてしまった。だがあくまでエアリエルは倫理問題を起こさないAIであり、GANDフォーマットもまた倫理規定に反しないと示せば良いだけの事だった。
「そうね。アドバイスをあげるとしたら……。別に撃墜しなくても良いわ。手か足にキツイ警告射撃でも食らわせてあげなさいな」
「そ、それなら問題ありません! やっちゃいますね!」
具体的な指示に見栄て意味もない言葉。
スレッタはその言葉を聞いてなんだか嬉しく思った。それは指示ではなく、ミオリネがくれた思いやりの言葉だからだ。スレッタの気持ちを和らげて、思いっきり戦わせてくれる配慮に他ならないのだから。
「勝たなくて良いの?」
「勝つわよ。今のところ『読み』は私の方が上だし、AIとしては向こうのよりエアリエルの方が何倍も優秀。だったらスレッタに思いっきりやらせてあげればよいだけだと判っただけよ」
このレース自体は『急場で何か起きた時にどう判断するか?』が重要だ。
指揮官役のミオリネとラウダでは専門のミオリネの方に一日の長がある。ラウダも優秀であるがあくまでパイロット科の生徒であり、色々と詰め込み教育をされただけの話だ。『様々な人物の判断』を考察するなどという問題は経営戦略科にあってもパイロット科にはないのだから。
「エアリエル、間もなく第三ポイント付近へ。グエル機も同様のタイミングで接触します」
「素敵なランデブーというところかしら? まさかスレッタの奴、ロミジュリったりしないでしょうね」
「ノーコメント」
仮想敵の動きを読んで、先ほどのマイナスを挽回した。
結果的に二機は第三ポイントである『仮想敵』と同時に遭遇する事になった。不意の遭遇戦であり使用する機体がまるで異なる派閥であれば、敵味方を取り違えて戦うこともあり得るだろう。だからミオリネは最初の間は自由に戦わせ、途中で問題であると発覚した場合に止めるように指示を出していたのだ。
『スレッタ・マーキュリー!』
『グエルさん、勝負です!』
第三ポイントを回ったという表示が出た瞬間、その表記が一時的に消えた。
不意の遭遇戦が始まり、混乱したという想定の下に一時的にマーカーが消されたのだろう。逆に言えば暫くはフリーの戦闘タイムであり、『実は味方だった』などというくだらない水入りで止められたくなければ早めに決着をつけるしかない。
『俺はお前に勝つ! だがそれはミオリネを手にする為じゃない! 俺のプライド、いやお前に勝ちたいという気持ちの為だ!』
グエルのディランザ改二は専用機に新型機のパーツを組み込んだものだ。
手足を中心に破壊されて中破しており、そこにダリルバルデの手足と意思拡張AIを組み込んだ形である。親でありCEOであるヴィムとしてはダリルバルデそのものを渡したかったらしいが、完全な新型を出して破壊されるとジェターク社へのダメージが増えかねない事。そして乗り慣れた機体を強化する方が、グエルとAIに採って良いと判断されたのである。
そしてこのチョイスは今回の戦いにおいて図に当たった。
複数のギミックからグエル向きの装備を調整し、複数搭載した上で『グエルがそお時に臨んだ武器を即座に選べる反応速度を有していた。エアリエルとの差をグエルの経験と、『グエルの反応学習』に特化したことで補ったのである。
『ニュートロンビーム! から~の! おうりゃあ!』
『っ! みんな、散って! それは受けちゃ駄目! ……はああ!』
エアリエルがエスカッシャン陣形でビームを受け止める。
その一瞬でグエルは突撃を掛けた。ビームパルチザンを伸ばしながらの抜刀攻撃! 徐々に伸びることで間合いを惑わせるが、このパルチザンは本体そのものが鋭利な刃と化している。ビームと合わせて二種類の間合いを持っており、狙いはエアリエル……ではなくビットそのものであった。
『このモビルスーツ腕が四本あるの!?』
『本当は六本だったんだがな!』
ディランザ改二はダリルバルデのパーツを使っているが、完全に合一出来てはいない。
ゆえに盾も合わせて六つあるはずの能力は、合わせて四つにまで落ちていた。だが今までの延長上の動きができるという意味ではグエルにとって理が大きい。
(……しかし、なんだ今のは? なんで下がる? 奴の秘密か? ……いや、今はそんなことを考えている余裕はない!)
グエルはドローンを盾として使い切らなかったスレッタに違和感を覚えた。
もしかしたら機体の秘密に繋がるのかもしれない。だが、勝負には程遠い事でもあると直感的に結びつける。エアリエルを倒すためにビットを破壊する事が近道だったとしても、この戦闘で残された時間はあまりにも短いのだ。それはグエルが己の意思を貫き通せる時間であり、やるべきことはもっとあるのだと気が付いたのだ。
『残り時間が例え十分だろうが一分だろうが問題ない。俺は俺のやり方でお前を圧倒して見せる!』
グエルにとって父親に約束された勝利の意味は理解している。
それでもその道を進むのが正解だと判って居ても、自分が自分であるためにはやらねばならない事はあった。相手の足を引っ張っての勝利に意味はあるか? 相手を出し抜いての勝利に意味はあるか? あるのかもしれない、だがそれはグエル自身の努力の上に立ってこそだ。卑怯な手段を用いるとしても、それは彼自身の血と汗の先にあるべきだろう。その先が卑怯な方法ではなく、正道の上にあるならば猶更だった。
『予備武器と盾、そして二本の腕。そのどれもが脅威を感じます。それに足も?』
『そうだ。それで正解だ! お前ならどれを防ぐスレッタ・マーキュリー!』
銃を持った予備の腕、盾を持った予備の腕。グエルはそれらを突撃させる。
同時にパルチザンを振り回しつつ、隙あらば足にあるワイヤーを回し蹴りの要領で飛ばすつもりだった。その全てにタイミングを付け、ほぼ同時タイミングで繰り出せるようにAIへ調整させていた。最初にダリルバルデで試した時はヘキヘキしたものだが、指示通りにモーションを組み立てる性能だけは認めても良いと思った。
『銃も盾も打撃に? なら!』
『それを待っていた!』
エアリエルは高速で突撃して来る予備の腕に体当たりを掛けた。
全てを避けることも防御することも難しいからこそ、体当たりで銃身を破壊すれば最も火力の低い銃を持つ予備の腕を狙ったのだ。しかしそれはグエルもまた想定していた。予測済みの行動は対策にはなり得ない。いや、そもそも彼のオールレンジ攻撃は、このタイミングこそを掴む為であったと言える。
『掴まれた?! でも、このタイミングなら!』
『これで終い……銃を持ってない? くそっ!』
銃を砕かれた予備の腕はそのままエアリエルを掴む。
その腕が逆制動を掛けているうちに、グエルが放ったパルチザンが回転方向を変えたのだ。ディランザ改二の腰回しを使い、柄を回転させる武術の応用である。だがグエルはその好機を棄て、咄嗟に片方のブースターを止め機体を捻る事で窮地を脱出した。
片側だけブースターの出力を落としたディランザはスピンを始め、天頂方向から放たれる集中射撃を回避。予備の腕が砕かれはしたが許容範囲だろう。そして身を捻ったことでエアリエルの頭を捉えた筈のパルチザンも相手の肩から肘を斬るに留まったのだ。
『まさかこのタイミングで割って入られるとはな』
『エアリエルなら問題ありません!』
グエルが咄嗟に判断出来たのは、エアリエルが誤射を警戒したからだ。
計算され尽くしたビットの砲撃であろうとも万一があり得るし、AIの倫理問題もまた重要視されている。だから誤爆しかねないビームライフルを事前に手放したし、グエルはその行為を罠の一環だと思って咄嗟に避けたのである。どちらも普通のAIには不可能な組み立てであり、先行するエアリエルはともかく、ジェターク社の方はもっと改良が必要であると思われた。
血が沸騰しそうな数分間、それは果たしてグエルだけのものか?
それともスレッタもまた、シュミレータでは不可能な戦いに興奮しているのだろうか? それを判別するまでに発光信号が宇宙を染め上げる。
『……ちっ。時間切れか。またな』
『あ、停戦信号ですね』
敵味方の識別が終了し、共に同じ陣営の別派閥であると判定された。
仕切り直して第四ポイントへ移動することになったが……共に大きな破損をしてしまい、修理可能だとしても、ミオリネもラウダも暫くはこれ以上の戦闘は避けさせるだろう。残る戦いは最後の最後、その時までに修理がどれだけ進むかがポイントであると思われた。
予定外に長引いたので、もう一話追加。
無理に話を終わらせようとして書いたり消したりして、最終的に追加です。
やはり原作にないことをやると、スケジュールが組みにくいですね。
とりあえずダリルバルデ戦でスレッタがAIにやった罠をアレンジ。
グエルは咄嗟に回避して痛み分けに終わった感じですね。
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第十一話
●
その後のレースは必然的に消極的になった。
短期決戦を挑んで双方ともに痛み分けに終わったため、そのリカバリーを行いながら終盤での戦いに備えての為だ。もう一度戦う可能性を考慮しつつ、レースを同時にこなそうと思えばこうなろう。
「やったね兄さん! こっちは二本とは言え予備の腕だ。盾の方を装備すれば……」
「ラウダ。あいつらにとって左腕はドローンをマウントする場所に過ぎない。油断は禁物だ」
励まそうとするラウダ・ニールをグエルは推し留めた。
ここで良い気になって最後に撃破されたのでは何のためか分からない。だから最後まで戦力を調整し、改めて挑む覚悟が必要だと告げたのだ。
「でも父さんは無駄な戦いをするな。このままでも勝てるから無理するなって」
「……第三者からの連絡は違反だぞ。それに俺は俺の意志を貫きたいんだ」
ラウダが漏らした余計なことにグエルは顔をしかめる。
少ない情報と人員をやりくりする戦いなのに、第三者の援助があったのでは不正でしかない。仮に問題のない範囲で連絡を入れたとしても、誰かに知られたら問題だろう。それゆえに怒りを覚えていても怒鳴らないだけの分別を発揮せざるを得なかった。
(用意された出来レースに外付けの助言かよ。これじゃあ勝ったとしてもとうてい俺の勝利とは……ん? 待てよ、外付け……?)
グエルはジェターク社のブレーンが父親経由で見ていると気が付いた。
現時点で色々と口出しして居ないのは、このままでも十分に成果を果たせるだろう。こちらは十分な点を稼いでいるし、そもそも『今までの延長上のAI』という意味では、エアリエルよりもこちらのAIの方が信用され易いのだから。それゆえにグエルは愚直に戦う軍人として演技染みた行動を採って居たのだ。
(外付け? そうか。うちのAIでもギリギリだっていうのに、何処にそんな容量があるのかと思ったら……)
不甲斐ない自分から、いっそ外の連中を取り払えたら。
ラウダはともかく考察に加わって居るブレーンだけでも……そう思った時、ふと閃くものがあった。先ほどエアリエルは不思議な事をしなかったか? ビットが許容量を越えて破壊されるのを慌てて回避したように見えたのだ。
「……兄さん?」
「ラウダ。もしかしたら完全自立AIとやらの尻尾を掴んだかも知れない。最後に仕掛けるぞ。カミル、ペトラ! 拾ったギミックの中にアンチドートはあったか!?」
「アンチドート?」
グエルはあえてブレーンたちが興味をそそる言い方をした。
あくまで可能性に過ぎない内容でも、そう言えば研究のために調べさせたくなるだろう。そして優位に立つ自信があるのであれば、このまま逃げ切るのではなく、調査のために戦いを許可する可能性は高かった。
「あったと思うが、そんな物何に使うんだ? これだけ広い空間で上手く使うのは難しいぞ」
「それを使いこなすのは俺とうちのAIの役目だ。後は現場で何とかする。おそらくだが……」
グエルのディランザ改二はかなり無茶をしている。
お陰でダリルバルデに搭載されていた四つの腕と盾型ドローンは絞る羽目になったのだ。他にも色々オミットしているのだが、こういった過程もあって、より小型のエアリエルがどうやったのか前々から不思議だった。
「あの完全自立AI、一つだけじゃ完成していないんだ」
「独立して居ない?」
「そうだ。あのシールド型ドローン! 妙にでかくて堅牢だと思ったら……あれはサブユニットなんだよ! 外付けの補助AIなんだ!」
これこそがグエルの至った結論である。
自分が外付けのブレーンの補助を受けていると思い、苦笑しながら我が身を省みたことで思い至った。パーメットで情報をやり取りするのだから、補助端末が考えたり、計算上の負担を代用しても良いはずだ。仮にデータストームの問題も同じように割り振り可能なのであれば、ジェターク社の思考拡張型AIが追い付けないのも納得である。シールドは頑丈なのだから実弾兵器が禁止されている間はサブAIを隠していても安全だろう。
すくなくともスタッフと、ラウダを通してジェターク社側も納得した。
これにより拾ったギミックを可能な限り取り付け、時間をかけて最終調整。最終決戦に備える事が決定したのである。
●
一方でスレッタたちの側も同じように備えている。
腕一本が失われたが、短期間に応急処置を終えている。後は最終戦までにどれだけ現状を快復できるかが鍵だと思われていた。
「モーメントバランスの調整を確認。エアリエルはすごいね……モーションだけで見ると損傷があるなんて思えない」
ロウジは汗が背中を流れるのを感じていた。
失った腕の代わりに棒状のパーツを取り付けてアーム代わりにしたのが……その制動バランスはまったく損なわれて居ない。恐ろしい事に足のやら胴回りに付けたギミックの補助ブースターも含めて微調整されている。少なくともシールドをマウントしてビームを防いだりドローン攻撃を掛けるのにはまるで問題が無いだろう。
「お、お手数おかけしました!」
「別に何もしてないから良いよ。ただ気を付けるべきは左右の手で銃を持ち替えるとか、両手で支える事が出来ないことくらいかな? まあ大楯やビームランチャーの類はエアリエルには似合わないから問題ないと思うけどね」
普段のロウジはスレッタと大して変わらないほど表ではあまりしゃべらない。
だが好きなメカの話になると口数が多くなり、注意すべき事項に関しては完璧主義なのか不要な事と言いつつも詳しく説明している。その上でエアリエルの事を眩しく見つめるのは、きっとエアリエルのような高性能AIを作るのが夢なのだろう。
「でも、これでまた戦えます! だからありがとうございます。って……あれ、ミオリネさんどうしたんですか?」
「グエルの奴まで出るのを控えてるのが気になってね。あっちの方が表向きのダメージは少ないはずなんだけど」
お礼を告げたスレッタは、その間にずっと黙っていたミオリネに関心を向けた。
気になっているのは損傷の少ないディランザ改二が出てきていない事だ。グエルの性格とその目的を考えれば、ここで積極的に動いて自陣営が健在であることを示す方が良いはずなのだが……。
「現状で満足して出来るだけ失点を抑えてカウンター……。そんな消極的な策に出てくるような奴じゃないのは判るでしょ?」
「だとしたらもう一度全力で戦うために備えているということでしょうか?」
「そういうこと。だとしたら、こっちがどう出るかで悩んじゃってね」
今の時点でグエルが何をしているかは分からないが、何をしたいかは判る。
スレッタと決着をつけるためにギリギリまで何かの調整をしているのだ。それこそ予備の腕を追加でっちあげているとか、あるいはギミックを本体に追加していたとしても驚きではない。
「そうかな? 彼はともかくラウダ『たち』が勝てると思って止めている可能性も有るけど?」
「それはならそれで構わないわよ。ジェターク社が望みそうなことくらいは私にも判るわ。でもね、今のモビルスーツにちょこっとAIを足した程度で、エアリエルと比べられると思う?」
推している意見というよりは、念のための確認と言った風情でエランが口を挟んだ。
だがミオリネはその意見を一刀両断する。ディランザ改二は様々な武装を使いこなし、色々な地形に対応している。だが、現在エアリエルがやって見せた『損傷した部分と遜色ない程度のバランス補正』など不可能だ。この技術があれば、人間の欠損した手足を元の様に動かし、まったく齟齬のない内臓器官も作れてしまうかもしれない。
とはいえミオリネはジェターク社側が『現状では全く勝てない』ことを先に認識していたとまでは気が付かない。彼らは互角の勝負を演出して見せるだけで良いと思っていたのだ。その意味で買いかぶりであろうが、グエルという存在がその差し引きをゼロにした。
「その辺はもっともな話だな。でよ、んじゃあこの後はどうするワケ?」
「それで悩んでるのよ。グエルが何かに気付いてエアリエルを攻略できると思ったのは間違いないわ。その手段が思いつかないから困ってるってわけ」
「だ、大丈夫、です。ミオリネさんならきっと思いついてくれます」
リューネが尋ねるとミオリネは笑って肩をすくめた。
このレースが始まったころは肩肘を張って誰にも弱みを見せまいとした。だが今ではスレッタと手を取り合い、少しでも現状を変えようという逞しさが見て取れたのだ。
(……こんな短い時間でも君たちは変わっていけるんだね。その事が心底羨ましいよ)
そんな様子をエランは冷たい目で眺めていた。
羨ましいとは思いつつ、まったく踏み出そうと考えもしない自分を笑いながら。
いずれにせよ株式会社ガンダム側も、幾つかの工夫をしながら最終戦に備えるのであった。
●
そしてレースが最終段階に入り、それぞれのモビルスーツも最終調整を終えた。
研究所から盗まれた物を取り返したが、それぞれの意見が対立して戦闘になった……という設定で戦いが解禁される。話としては危険な研究をその場で破壊しようというチームと、任務なので持ち帰ろうというチームの対立であろうか?
『この時を待って居たぞ、スレッタ・マーキュリー!』
『あんたね、人の花婿にしつこいっての! プロポーズはハッキリ断られたでしょ!』
『み、ミオリネさん! そんなことを……今言わなくても……』
『エアリエルだっで許さないって言ってるわ。多分!』
そんな感じで両者の通信が飛び交うほど母艦もモビルスーツも近い位置に居た。
何しろ今回は一応は味方なので船同士の戦いは行わないと言う設定だ。ならば互いの船をギリギリまで利用して何が悪いのかというところだろう。
『兄さん。最終地点は……』
『今は良い! ここで決着をつける!』
(やっぱり何か考えてるわね。……上手くいくといいけど)
ラウダからの連絡をグエルは切り捨てた。
その様子を聞けていたわけではないが、ミオリネはグエルの交戦意欲から察する。最終目的地まで辿り着けば戦いを打ち切れるのに、ここで仕掛けて来るならばその気があるとしか思えまい。
『
『質量弾!? スレッタ! それを受けちゃ駄目よ!』
『判ってます!』
グエルはまずワイヤーで牽引して来た大型フレイルを放った。
巨大質量が盾を支えきれない仮設の腕を狙うと見せたのだ。あくまで応急処置に過ぎないアームは脆くもへし折れ、ビームに対してシールドを構えることも、攻撃用ドローンとして保持することも出来なくなるだろう。
『そうそう避けさせるかよ!』
『だからと言って、エアリエルを傷つけさせるわけにはいかないんです!』
同時にディランザ改二が突っ込んできたことでスレッタはライフルで牽制した。
グエルは既にフレイルを棄てており、質量弾に構うよりはそちらを撃たざるを得なかった。此処までの組み立てはジェターク側に軍配が上がったと言えるだろう。
(予定通りだ。……位置はあそこか。少し遠いが何とかなる)
グエルは大型フレイルに偽装したギミックが無事なことに安堵した。
似たような物をもう一つ用意しているが、あれこそがアンチドート用の装備。パーメットを阻害するノンキネティックポッドである。グエルはシールドを構える腕が破損している事を念頭に、質量弾に偽装することでさりげなく戦場の一角に配置したのである。
弱った相手の弱った部位を狙うのが正当な勝負なのか?
そう問われれば返す言葉はない。しかしその傷をつけ戦いは己が為したことであり、罠にはめる行為自体は己が計画して立てた物だ。何ら恥じることはなかった。
『勝負だ! これで決着をつけてやる!』
『連続攻撃! でもさっきほどの組み立てじゃない!』
グエルは腰にマウントしておいた装備を手に取った。
右手にバースト・ビームレールガンを構え左腕へ装着した予備兵器のレーザー速射砲を放つ。連続射撃しつつも、レールガンに付属したビーム銃剣や、左手に待機させたビームトーチもある。とはいえ先ほどと違って予備の腕が無いため、全体的な圧迫感が低いのも当然だろう。
これに対してスレッタは前回は使わなかったライフルで牽制しつつ、シールドを分解して攻防一体型のドローンとして一斉射撃を開始した。大型フレイルを振り回すためにグエル機がシールドを構えていない為、小細工するよりも撃ち合った方が良いと判断したのである。
『ああ、そう来るだろうよ。そんな事は判ってるんだ!』
『足のワイヤーが! でも!』
防御にも使うため、スレッタ側の射撃回数もそう多くはない。
しかし全体として火砲の数はエアリエルの方が上回っている。そこでグエルは前回には使わずじまいであった足のワイヤーも延ばさざるを得なかったのだ。しかしこの悪あがきこそが、グエルの望んだ奥の手であった。
『まずは一本!』
『残り一本あれば十分だよ!』
回し蹴りの態勢で放たれるワイヤーが伸びる。
だがエアリエルの制御による攻撃で、スレッタはうまく狙撃に成功した。ワイヤーの一本を撃ち落とし……残るもう一本の回避に成功してしまった。もしもう一本を受け止めていたらこの後の展開は変わった物になっただろう。
射撃はあくまでエアリエルの位置を誘導する為、ワイヤーは最初からノンキネティックポッドを引き寄せるために組み立てていたのである。狙いは一つではなく二つの内どちらか、エアリエルかドローンの群れのどちらかが入れば良いと最後まで仲間達と計算していたのであった。
『アンチドート、アクティブ!』
『え? ……なんで!? みんな、みんな! どうして動かないの!? エアリエルも何とか言ってよ!』
引き寄せられた質量弾からアンチドートが起動する。
それに巻き込まれてエアイエルの動きが途端に鈍くなるが、その動きは完全には止まって居ない。だがスレッタに取って、それは止まったも同じ意味である。思わず混乱するのも無理はないだろう。
『ドローンが制御を失ってる? エアリエルもなんだか……』
『アンチドートだね。パーメット粒子の機能を抑制させるやつ。よくもまあこんなものが紛れ込んでいたものだ』
驚くミオリネの耳に他人事のようなエランの声が響く。
思わずミオリネも驚愕のあまり思考を止めそうになった。戦いにはこの僅かな時間が命とりである。もし何の対策も取って居なかったら、エアリエルのアンテナは破壊されていただろう。あるいはディランザ改二が回し蹴りなどという無茶な態勢で攻撃などしなければ、あるいは違っていたかもしれない。
『スレッタ! あれを使いなさい! 切り札ってのはこういう時に使うのよ!』
『え? あ……はい! 点火!』
『なにぃ!?』
ソレはただの追加ブースターであった。
拾ったギミックの中には幾つか量産された物がある。推進剤や補修材にエネルギーパック、あるいはアポジモーターの様な追加ブースター。ソレを使ってエアリエルは一気に距離を開けたのである。
距離にして大した移動などしていない。
当たり前だ、試験用の高性能なギミックとはいえ所詮は拾える程度の代物である。だが重要なのはアンチドートの効果範囲から距離を開けることである。それだけでエアリエルは機能を回復するのだから。
『あんたが最後に得意な白兵戦を選ぶなんてのは、その機体を見りゃ判るのよ! スレッタ、直ぐに制御を回復して!』
『了解です!』
『逃がさねえ! アレが効いたんだ……まだチャンスはある!』
不格好に飛ぶ体勢からエアリエルが軌道をまともに修正する。
添え付けられた追加ブースターは数の問題で歪な恰好であった。その制御をエアリエル自身が調整し、まるで最初から設計されている様に機動性を発揮させているのだ。そこへ諦めきれないグエルがドローンの攻撃から銃剣を振りかざしてビームトーチを守りながら接近していく。
『こいつが最後の一撃だ!』
『え? さっきのがまた来る? でも、判っているなら何とか出来るよね!』
グエルの構えていたライフルが一斉射撃でふっ飛ばされる。
だが右手は損傷しつつもまだ無事であり、新しいビームトーチを引き抜きながら左手のビームトーチもどきを振るった。それは至近距離専用の試作作品であるが、当たればパーメット粒子を抑える事ができるだろう。光はあくまで誘導灯その効果距離は見た目よりも僅かに広いのだから。
この時、エアリエルが輝き出した。
パーメットスコアが上昇し、アンチドートが低下させている状況を上書きしたのである。常人であれば死を覚悟しかねない状況だが、スレッタにはデータストームが向かわない。エアリエルは右手のビームトーチを肘で弾きながら、鉄拳でディランザ改二の頭を狙った。
『いけー!』
『させるかよー!』
避けるにはエアリエルの動きが的確過ぎる。
グエルは仕方なく、まるで抱きつくようにして格闘戦の間合いとしては内側へ入り込んだ。そして両機はブースターを吹かして、互いの上を取るべく意地を張り合ったのである。
『兄さん! もっと右!』
『スレッタ! 左よ左!』
(どっちがやられるにしろ、どっちが勝つにしろ、ボクの役目はここまでだな)
ラウダとミオリネが互いに叫ぶ。
そんな様子を見ながら(正確にはラウダの声は聞こえないが)、エランは冷めた目で決闘の行方を見守るのであった。最終的にエアリエルが体当たりでディランザの角を折ったが、ゴールの前後で意見が紛糾しているという。
ようやくレースとジェターク編終了。
次回からエランとペイル社の話を片付けて第一部は終わります。
戦い自体はダリルバルデ戦とアンチドート食らった後の話を混ぜた感じになります。
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第十二話
●
薄暗い部屋に住人が戻って来た。
そこは部屋と言うよりは、魔女の薬が詰まった陳列棚のような陰気さだったけれど。それでも『彼』が戻るのはこの場所しかなかった。
「約束は取りつけて来た。それほど悪くない条件で決闘できる」
「ご苦労様。何か収穫はあったかしら?」
努めて平坦に振舞うが、出迎えた女は疲れた表情であった。
先の決闘レースを見て、どうにも希望が見いだせないのだ。『彼』が同じ思いを抱いていないのは、単に最初から諦めているに過ぎない。陰気な陳列棚に相応しい消耗品。その処分が多少早まった所で何のことはあろう。
「グエルと意見交換をする話が出た。必要なら情報を交換して来る。でも、そうだな。ファラクトはとっくに時代遅れになっていたって結論くらいかな」
「そんなに世代差があるの?」
「比べるのが馬鹿馬鹿しい程にね」
彼……エラン・ケレスと呼ばれている少年は自嘲気味に吐き捨てた。
他人の名前であり商品番号である強化人士四号という呼称の上に張られるレッテル。その剥がれる日も近いかもしれない。それはそれで構わないのだが、彼にはやりたい事があった。だから時間稼ぎのためにグエルと情報交換もするし、ミオリネの所に居たリューネ・ゾルダークとも話をしてきたのだ。
「天頂方向や後方から攻撃しても、エアリエルは当たり前のように反応する。AIにとって目は前だけに限らない。人間はソレを真似るだけでデータストームになりかけるというのにね。オマケに消耗はまったくなし、レースの最後を見たろ? あんな長丁場の戦いでゴール方向に偶然跳び出した? ありえない」
レースの最終局面で意地の張り合いを行った。
殴り掛かろうと互いに詰め寄り、体当たりを繰り返してゴールを目指した。エアリエルがリードしてゴールの前後でアンテナをへし折っていたが、それを偶然と見るかどうかで話は変わって来る。アンチドートから逃れるために無茶苦茶にブーストして効果圏内から飛び出したのだ。『偶々』ゴール方向に飛び出して居なければ、もしかしたら負けていたかもしれない。
「では『スレッタ』ちゃんは?」
「……? アンチドート状態ではそれなりでしかない。だけど決まりきった反応に対してレスポンスが機械以上だ。あれは相当にシュミレータをやり込んでるな。だから出し抜こうと思ったら、エアリエルと同時に嵌めなきゃ無理だ」
声に少しだけ親しみが感じられたがエランは無視した。
魔女同士で親近感があるのかもしれないが、彼には関係ない。重要なのはスレッタとエアリエルが二人三脚で動いているという事。現時点で訓練した人間の反応速度はAI以上であり、それはエアリエルも変わらないのだろう。だから集中力が途切れそうな部分や人間には存在しない部分をAIが担当し、人間の方が優れた能力を活かせる部分では人間がAIに勝る点を最大限に用意するという訳である。
「性能勝負をするなら勝算なんかカケラも見いだせない。同じコンセプトでファラクトを作り直した方が早いよ」
「そんな……諦めるの?」
「まさか」
自暴自棄になったのかと思われても仕方がないだろう。
それほどまでに性能差は絶望的なのだ。いや、AIに目を向けても居なかったことから、それ以前の問題だろう。だが、エランとしては正面決戦は無意味だと言わざるを得なかった。
ファラクトの大口径ビームライフルはシールドで無効化される。電磁スタンも奇襲する段階で見抜かれ、先にガンビットで撃ち落とされたら意味がない。だから足を止めての戦いは無謀以前の問題だと告げただけである。
「地球寮とグラスレー寮の戦い。あるいはこの間のレース。戦い方次第で評価も変わるさ。ペイル社として評価を何とかしている間に、ファラクトを作り直せと言ってるだけだよ。少なくとも現状ではパーメットを使うだけで死にかねない。そういう契約だとしても、無駄死にはごめんだな」
強化人士四号になった段階で、記憶を消されて消耗品となった。
パーメットが流入するたびに寿命が削れていく。その前の段階でロクでもない人生を送っており、そこから抜け出すための消耗品契約だったのだろう。その事を嫌と言う程に判っているが、だからといって死にたいわけでは無かった。
操縦に不要な部分はAIに任せ、普段はパーメットをAIに引き受けさせ、どうしようもない時に自分が直接介入する。そうするだけで現状よりマシになるとは判っているのだ。四号としても話はそこからだと言いたかった。もちろんペイル社のCEOたちが『やれ』と言えば、無駄死にと知っても戦う必要があるのだが……。
「そうね。まずはそこから改善しましょうか。新型の調整装置を使えば、体の方も多少はマシになるはずよ」
「そんな物が? ……目先の問題も解決できてないのに、よくそんな余裕があったもんだ」
「体調が改善するのは本当よ。私じゃなくて『お母さま』にいただいた技術だから」
「へえ。あんたにもそういう人がいたんだ」
女が用意したのは、謎の液体に満ちたタンク型ベットだった。
体を水溶液に浮かばせて、その薬剤効果に身を任せながら体と精神をリラックスさせるらしい。どう考えてもまともな薬だとは思えなかったが、この技術の試験用に四号は使用されるらしい。GANDフォーマットではなく調整技術の為の犠牲とは、ペイル社の株だけではなく四号の価値も底値らしい。
ただ、強化人士四号が知らないことだがこの技術だけは本物であった。
犠牲はとっくの昔に支払われており、無数の屍の上にデータは取られていたのだ。今回は掛け値なしに四号をまともにする為であり、同時に別のデータの為の礎ではあったのだが。
「ヒョッヒョッヒョ……。この液体はパーメットによって精神の動きを記録する性質があるから、リマコンするのに丁度良い代物でのう。まあ他ならぬお主が安全だと証明したじゃろう。そう心配せんでもええ」
「お母さま……。この技術を完成させるために何人を犠牲にしたのですか?」
「アードラーの爺ならば数えきれんと切り捨てるじゃろうがの。ワシはこの手のデータ収集に余念がない。本当に必要な問いであればデータをやるぞい」
四号が眠りについたところで、老婆が女に声をかけた。
その女、ベルメリア・ウインストンにとって母にも匹敵する親愛なる恩師はカルド・ナボだけだ。それを考えればこの老婆を母と呼ぶのはおかしなことである。そう……ベルメリアの記憶はとっくに書き換えられていたのだ。四号から情報を引き出し、改造するのに必要な記憶調整は既に行われていたと言える。
「新しいガンダムの操縦技術でも、まずは叩き込んでおくかの。アウルム1……この学園ではオウカ・ナギサと呼ばれて居ったか。あのくらいの性能を出せれば文句なしなのじゃが」
「あの娘も強化人士だったのですね……」
老婆……アギラ・セトメ博士はスクールで精神医学を中心に担当していた。
深層心理が人間にどのような影響を与えるかを知り抜いており、ベルメリアを娘として調整したのもその一環だ。その方が裏切り難いし、何よりも相談すれば応えてくれると思いこませやすい。そして四号に色々と喋らせていたのは、消された記憶の中でどんなことに執着しているかを調べるためだったのだ。
「それはそれとして、新しいガンダムなんてそんなに簡単には……」
「この小僧も言っておったじゃろう。同じコンセプトで組み上げる方が早いとな。ある技術は全て使おうて、でっち上げてしまえば良いわ。その上で他社の技術を不要とする完成機を拵えれば良いのじゃ。間に合わなんだなら、
実体実験を繰り返したスクール出身だけあって、アギラには禁忌がない。
ペイル社の新製品として他の会社が持つ技術を盛り込んで新型を作れと平然と口にした。どうせガンダムなど売り物にならないのだし、軍の発注だったらそのくらいのことはするだろう。一度実機を作り上げてから、些末な技術など後から追い付替えれば良いのだという。
「ペイルの慣性制御技術にジェタークの意思拡張型AI、イスルギのテスラドライブ、必要ならばグラスレーのアンチドートも搭載してしまえ。ああ……そうじゃの。グエルとかいう道楽息子との会話で引き出せる情報があるなら全部手に入れて来ればええ。代価なぞ安いじゃ」
「判りました、お母さま」
アギラに洗脳されていたこともあり、ベルメリアはその意見を素直に受け入れた。
こうしてファラクトはお目見えする前から改良が施されて、歪な形で組み上げられることになったのである。
その話を後から聞きつけたニューゲンやカルたちは当然許さないつもりであったが、現状では打開策が無い事、そして新たなモビルスーツの登場が状況を変えたのであった。
●
株式会社ガンダムに新しい機体……一見、重装甲の機体が登録された。
当初ソレは大して評判にもならなかったが、何度目めかの決闘中に外部装甲が剥がれたことで、一気に学園中の評判となる。
『なんだ……その中身は』
『悪りぃな。コイツはただのオーバーボディだ。ヴァルシオーネの真骨頂はここからだよ!』
宙を舞う重装甲のマシーンというのウリであるはずだった。
機体を設計したビアン博士はテスラドライブを載せた機体の共同設計者でもある。当然、ヴァルシオーネと呼ばれる機体にも搭載されているのだろう。だから、そこまでは不思議では無かった。しかし、この機体はまだまだ神秘を隠していたのだ。
「中から女の子が出て来た?!」
「か、可愛いですね」
ミオリネやスレッタたちもその話は初耳であった。
いや、オーバーボディまでは聞いていたのだが、まさかこんな趣味丸出しの機体であるなどとは聞いて居なかったのだ。その造形たるや、ビアン博士おそるべしと一部のマニアたちに激震が走ったという。
『アッハッハ。こいつは、というかヴァルシオン・シリーズのコンセプトは『驚愕』だよ。親父のヴァルシオンは見ただけで敵対者が怯えすくむ姿、そしてあたしのヴァルシオーネはメカではあえりえない可憐さ……というわけ』
「え? あの機体……笑ってません?」
「強化人工筋肉ね。まだまだ未完成の代物だと思ってたけど、ビアン博士は完成させたんだわ」
ヴァルシオーネの恐ろしい所は、可愛いだけではなく表情やポーズが自然であることだ。
それは未完成の技術である人工筋肉や人工神経を、ロボットのサイズまで拡張することで無理やり完成させたのである。そして操縦方法はモーション・トレース。以後、この技術は縮小化によって人類に貢献するだろう。
そして、この新しいモビルスーツが話題をさらった事で……ペイル社のCEO達はアギラ博士の方針に納得せざるを得なかったのだ。もう直ぐ決闘があるというのに、コエアリエルやヴァルシオーネに匹敵する性能を出せるのか? と言われたら当然であろう。
『それじゃあ場も温まってきたことだし、決着をつけるよ。クロ……ス……マッシャー!』
『馬鹿な! バリアが破られて? なんて出力!』
ヴァルシオーネが両掌を合わせ、新しい技術を公開した。
パーメットにより二種類のビームを螺旋状に練り合わせ、今まで以上の出力を発揮する新世代のビーム砲である。これまでの汎用ビームバリアでは防ぐことが出来ず、少なくともビーム専用のバリアか大出力のバリアないしI・フィールドが必要になるだろう。もちろん消費するエネルギーはとんでもないのだが、それは皆が知る話でもない。
「新型の調子は良い様だね。そっちはどう?」
「エランさん。エアリエルの改修は終わりました。何時でも行けますよ」
強化人士四号は再びエランという名のレッテルを張って挨拶にやって来た。
心なしか調子も良いようで、氷の貴公子と呼ばれた頃よりも表情が豊かに見える。どうやらペイル社側でも上手くいっているのだろうと伺えたのだ。……表面上は、であるが。
「それは良かった。ボクのガンダム、ファラク・カタクラフト……略してファラクトの準備もようやく出来上がってね。今回は決闘内容についてお願いに来たんだ」
「……騎士を呑む大蛇ってとこ? 砂漠ステージででも戦いたいの?」
エランが予約していた決闘について情報を渡して来た。
事前の取り決めで、彼の機体がコンセプトを発揮できる決闘を受ける代わりに、機体のデータを教えてもらうという約束だった。エランにペイル社への恩はないし、そもそも決闘を受けてもらえる立場では無かったのだ。そのくらいの便宜は必要であろう。
なお、ファラクとは砂漠地方で有名な世界を呑む能力を持つ大蛇であり、地獄の守護者だ。
そしてカタクラフトは重装騎兵の事であり、この両者を結び付けてミオリネはおおよそを把握したのだ。足が遅い相手を一方的に叩き潰す存在であると。
「それだとボクに有利過ぎてそっちが対策するんじゃない? それなら普通のステージや宇宙で構わないよ。距離や障害物の数に言いたいことはあるけどね」
「条件闘争……ね。なんだか本当の決闘染みてきたじゃない」
エランはミオリネの予想に頷いた。重装型の敵を完封する狙撃兵であると告げる。
彼の要望はそれなりに距離を開け、あまり障害物が多過ぎない場所ならば何処でも良いと言う。自信に満ちたその態度は以前には無かったもので、よほどモビルスーツが完成したのだろうと伺えた。
そして騎士時代の決闘とは、互いの戦力と得意技を交えて条件をすり合わせる物だ。
エアリエルとファラクトが互いに己の力を発揮できるステージで戦い合う。久しぶりに気分の良い戦いであると、ミオリネは誤解していた。この学園での決闘は互いのバックボーンを削り合う代理闘争なのだ。スポーツではないというのに。
「スレッタ・マーキュリー。君とエアリエルに僕とアルバァアールヴが挑ませてもらう。ああ、こいつはボクに合わせたAIだよ。もう一人のボクが完成したんだ」
「はい! お互いに悔いのないように頑張りましょうね!」
ペイル社が辿り着いた技術はもう一つ。
繰り返される強化人士たちの洗脳の結果、エラン・ケレスという人格に近い意思拡張AI。アルバァアールヴ……四番目の白い鳥、あるいは妖精がエアリエルに牙を剥いた!
と言う訳で最終話の前編です。
エラン君とベルメリアさんは洗脳されてストレスが消滅しました。
人格洗浄というほどではないですが「希望を叶えてもらってる」と同時に
「些末な問題を忘れている」状態なので、精神面でかなり気楽(?)です。
●今週のメカ
『ヴァルシオーネ』
スパロボOG謹製の女の子型ロボット。
この世界のクロスマッシャーはパーメットのお陰で強化されている。
『ファラク・カタクラフト』
ファラクトを改造し、各社の技術を盛り込んで強引に完成させた機体。
エランとグエルが互いに情報を交換し合った内容なども採用されている。
ファラクとは砂漠地方の伝承にある世界蛇、カタクラフトとは重装騎兵のであるという。
『アルバァアールヴ』
四というアラビア数字と、白い鳥ないしエルフという意味の古語を混ぜたモノ。
意思拡張AIの上後漢で、エアリエルの下位互換。中間と言うにはいささか歪。
洗脳のプロフェッショナルであるアギラ・セトメ博士が完成させた、エランが考えそうなことを
強化人士との協調で代行するAIである。エアリエルと違って能動的ではない。
その代わりに強化人士のしたいこと・して欲しい事をパーメットでAI側が広い、パイロットには影響を与えずに代行する。
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第十三話
●
スレッタとエランの戦いは山岳ステージに決まった。
何も無い宇宙や砂漠ではエランが有利で、市街地のような隠れる物が多い場所ではスレッタが有利になり過ぎる。そう言った場所を避けて、互いに利のある場所を選んだ結果である。
それはエランがファラクトの情報にこだわらなかった結果であり、同時に誘導でもあった。
「……前に見た時と少し変わってるな」
「あれえ、グエル先輩。あの黒いザヴォート知ってるんです? もしかして勝てないからエラン先輩と相談なんかしたんですかぁ」
グエルはセセリアの嘲弄を無視した。
今の彼にとってこの程度の事は挑発にもならない。スレッタとエアリエルのコンビを強敵であり乗り越える壁と認識したことで、彼本来の闘士としての性質と、ジェターク社の御曹司という性質が良い具合に交じり合っていた。ぶつける者のいなかった彼の闘争心を向ける相手が出てきたのだ、セセリアなど視野に入って居ないと言っても良かった。
「頭部と足が大きくなって、背中に追加ブースター? ペイル社のモビルスーツとしては判らなくも無いが……少し過剰じゃないか」
「ちょっと! 無視しないでくださいよ!」
グエルはエランと情報交換し、その時にファラクトを見せてもらった。
ドローンにサポートAIがあるという情報を渡し、代わりにAIの視点は人間とはまるで違うと言う情報を貰ったのだ。その上で改装した部分は、その対策として追加した物だと思われる。自分が再戦する時のための考察として、グエルが関心を持つのは当然だろう。
「何が何でも水星ちゃんを引き離して遠距離から狙撃するとか?」
「それで勝っても次の勝負で同じようなブースターを用意されたら終わりだ。少なくともイスルギの機体と差別化できない以上は、ペイル社のお先は真っ暗なままだな」
シャディクが言うように、移動距離を底上げして銃撃戦を行う意味は分かる。
元もとペイル社は高機動のモビルスーツを主力製品としていた。ゆえに大型ブースターで移動速度を高めるという方針は判らなくはない。だが、それでは同じタイプのリオンに商品として負けてしまうのだ。機動戦では同レベルであり、コストでは遥かに低価格。この状態をひっくり返しつつ、エアリエルの登場による『次世代AI』ショックに対抗せねばならないのである。もし勝ちたいばかりに何の魅力も無い商品をデビューさせたら、市場はペイル社の決断を嘲笑うだろう。
(頭部はAI周りだろうな。GANDフォーマットを手直しするのに必要だったんだろう。だが、あのブースターはなんだ?)
流石にガンダムである事は迂闊に口にはできない。
拡張型AIを提供する代わりに、GANDフォーマットの技術に関しても受け取っているが、その上で考えられることは限られている。エアリエルに乗っている限りスレッタは幾らパーメットを使っても死にはしないし、廃人にもならない。少なくともその段階だけでもクリアする為、頭部を拡張して機能を追加したのだと思われた。
「エランの機体もドローンを使った? ロウジ、パーメットは?」
「増大中。でも、あの様子だとデータストームは起きてないかと」
(ここまでは予想通りの流れだ。ここからが勝負の分かれ目だな)
ファラクトは高速機動を掛けながら同時にドローンを展開した。
物陰に隠れながらスタン型ビットのコラキを射出し、正確な総数を隠して展開させている。その上でライフルを構えてエアリエルから離れていくのだが、こんな事をやるにはパーメット・スコアは2以上出ているのは確定だ。こんな序盤からフル稼働させているのだから、データストームの危険性を排除したことまでは誰にでも判る状況であった。
『速い! でも追い付けないほどじゃありませんよ!』
『ビットが機体にまとわりついて加速を? そんな使い方が……』
スレッタは山に隠れながら突撃を掛けた。
その折りにガンビットを機体各部に接続し、速力を一時的に増していた。それもただ強化されるだけではなく、各部が調整することで機敏性も増しているし真っ直ぐ時は移動力も一点強化されるという小憎らしい性能であった。今までのドローンでは、ここまでの操縦性は見込めないのは間違いが無かった。
『まずは第一段階だ。パーメット・スコア3!』
だが前回の戦いでエアリエルが、破損をその場で行ったことをエランは知っている。
ゆえにこの程度の強化は想像済だし、そもそもコロニー内の山岳ステージゆえに、戦場サイズの限定があることもあって追い付かれることなど想定済であった。ゆえに山の裏側にコラキを待機させていたのだ!
『ここで攻撃が有るのは想像済みです! ……あれ?』
「エアリエル側のドローンが防御してない? あれはビームじゃないのかな」
「それもあるが……滓っただけにしてはエアリエルの動きが鈍いな。今の攻撃は大した被害じゃなかった筈。アンチドートには見えないが」
山に隠れながらの接近へ、待機していたコラキが挟み込んだ。
見え見えの伏兵に対してスレッタはガンビットの一部を即座に防御態勢に切り替えた。相手から見えない位置での配置であったが、不思議な事にビームバリアでは防御しきれなかった。それどころかビットの一部、そして掠ったエアリエルの足が機能して居ないかのように見える。スレッタはエアリエルが不調に成ったことが問題なのか、それともビットが動かないことに驚いたのか、一瞬ほど焦った様子が伺えた。
『スタン性のビーム攻撃? だから何も無い平原では私が不利だと言ってたんですね。……でも、この程度なら!』
「ライフルで山を撃ち抜いた? 土煙を巻き上げているのか。上手い!」
(俺でもそうする。瞬時の判断が上手いな。しかしどうしてまだ後退しているんだ? エアリエルは何を見た?)
暫くして動かなくなったビットも、エアリエルの足も元の性能を取り戻した。
スレッタはその事で冷静さを取り戻し、後方に飛びのく姿勢のままライフルで間にある山を貫いていた。ビームというものは煙や水蒸気で遮断されてしまう性質を持つ。大抵は熱量で押し切るのだが、スタン性の電磁ビームていどならば防げると判断したのだろう。だがグエルにとって不思議なのは、咄嗟の判断で後退したエアリエルがそのままだということだ。今まで距離を詰めようとしていたのだ、ここは土煙に紛れてでも接近すべき時ではないのか?
『っ! 静電気か。あれを利用すれば……ダメか』
『接近しちゃ駄目ってどういうこと、エアリエル?』
知恵と理性がある事を知られてからのエアリエルは恐ろしい。
人間には不可能な知識と注意力で、エランが電磁スタンの応用を思いつくよりも先に防御行動に出た。やもすれば過剰な逃避であるが、未知の危険に対しては重要な対策だろう。エランはその逃げっぷりに、エアリエルが自分よりも先に気が付いたのだろうと容易に判断できた。
こうなれば中々勝負はつかないし、電磁スタンを潜り抜ける手段を思いつかれてしまうかもしれない。そこでエランは二枚目の手札を切ることで、電磁スタンを有効的に使う事にしたのである。
『ここが勝負の賭け所かな? パーメットスコア4!』
「っ! 第三のブースターもビットだったのか!」
ファラクトが背中に背負った大型ブースターが切り離された。
さきほどグエルが疑問に思ったように、既に二基のブースター……それも最新鋭のブラストブースターを装備したファラクトに追加推力は過剰だ。しかし大型ビットと考えればどうだろうか? 自力でのエネルギー生成も踏まえれば、あのくらいのサイズは必要だろう。
『上? 衛星射撃……じゃない?』
『ビームアルケビュースとの同調開始』
大型のビットはエアリエルの頭上に位置したが、特に何もしてこない。
変化が見られたのはファラクトの方で、エアリエルの機動予測が正確に成った。もちろん観測の為だけの専用機であるはずがない。ここからがビットを大型化させて使う事の真骨頂である。無論、エアリエルの方もそのまま棒立ちではなく、斜めに移動しながらファラクトの方を目指した。
『さあ……狩りの時間だ』
『直撃軌道じゃない? でもどうしてだろ……っ? 後ろから!? さっきのが後ろに回ってる!』
ファラクトの射撃がエアリエルの脇を通り過ぎる。
牽制射撃でしかないので必要以上に避けなかった。だが、それが今回は悪い方向に進んでしまう。先ほどのビットが想定以上の火力でビームを放って来たのだ。正確には……大型の狙撃用ビームライフルである、ビームアルケビュースを反射したのだが。
「っ! リフレクター? 今時珍しい物を……」
「I・フィールドを持ち出したお前に言えた事か。だが、これは面白いチョイスだな」
ビームの軌道をビットが反射させた。
それはリフレクターと呼ばれる技術であり、I・フィールド技術の発展形と言える。ビームを防御するのではなく、偏向させて向きを変えるというのが主な差であった。この技術にもいろいろ欠点はあるのだが、それを克服したのか、あえて欠点には目をつむって使って来たのだろう。
「ねえロウジ、あれってなんで廃れたの?」
「ちょっと待ってください。ええと、I・フィールドよりもエネルギーを使う事。そして反射行為自体に意味が薄い事ですね。特定の方向に曲げても当たるとは限らず、周囲に拡散させたのでは威力が殆どありませんから。その上で、I・フィールド自体がエネルギー問題やサイズ面で廃れたなら使いようは無かったんでしょう」
セセリアの質問にロウジが検索して説明した。
防御手段としてリフレクターを見た場合、、I・フィールドよりも劣っていると言える。反射して上手く敵に当たれば良いが、そんな都合の良い操作は難しい。では拡散モードで巻き込めばよいかと言うと、それでは威力が低すぎるのだ。
「おそらくですけど、あの黒いザヴォートやリフレクタービットにもAIが搭載されてるんだと思います。両機がパーメットで情報を伝え合えば、反射もあんな当てられると判断したんでしょう。大型のビットを使ってるのは、開発が間に合わなかっただけではなく、リフレクターの為のエネルギー生成装置を必要としてるんじゃないかな」
(50点だな。それだけなら牽制射撃で行う必要はない。見せつける理由があったと見えるべきか?)
外付けのAIを守るためのリフレクターだというロウジの判断にグエルは半分だけ頷いた。
いきなりサポートAIを作って、本体のパーメット操作強化に使おうとして間に合うはずがない。小型化できなかったから大きなまま利用しているのと、ジェネレーターでエネルギーを生成する為に大型のまま使用しているのは間違いが無い。だが、それでは今の使い道に大きな疑問が残るのだ。
どうして連射することで、本命の攻撃を強引に当てに行かなかったのか?
確かに一発目は油断するだろうが、それなら別に戦いながら奇襲をかけても良かったはずだ。つまり、今の行動はファラクトとリフレクターに目を向けさせるための行動と言える。
(後ろからだろうが天頂方向だろうが、エアリエルに死角はない。そういったのはエランの奴だ。何を目論んで……土煙?)
グエルはエランからの忠告と、先ほどの光景を思い出した。
例えリフレクターで後ろから攻撃しても、エアリエルにとっては前から射撃しているのと変わりない。現に油断している所へ奇襲攻撃を放ったにもかかわらず致命的なダメージには成って居なかった。つまり、この一連の攻防は仕組まれた罠に過ぎないという事だ。では本命の攻撃は何なのだろうか?
そこで目に入ったのが巻き上がる土煙であり、先ほどの過剰なバックであった。
(そうか! あの土煙じゃスタンビームを完全に防げねえってことか! だからエアリエルは先んじて回避し、後から気が付いたエランはその下準備に入ってる……)
咄嗟に山を撃ち抜いて土煙をあげたスレッタの防御。
その行為はビーム攻撃対策としてはアリだが、スタンビームが完全に防げないどころか、広範囲攻撃を誘発してしまうとしたらどうだろう? もちろん分散するので電子機器が停止する時間は短くなる可能性はあるだろう、だがスタンは一瞬だけでも十分に致命的なのだ。ゆえにエランは布石として行動しているのだと思われた。
『勝負だスレッタ・マーキュリー! そして、エアリエル!』
『っ! いくよエアリエル! エランさんが勝負を付けに来た。でも、私達なら!』
頃合いになった所でファラクトが距離を詰めながら攻撃を掛け始めた。
狙撃用から連射用にモードを切り替えて射撃し、さらに足を折りたたんで脚部に装備したビーム砲も連射する。更にこの攻撃の一部をリフレクターで反射させながら、必要ならばサーベルで切り掛かってトドメを刺すくらいの意気込みだろう。そしてスレッタに方も罠があるとは気が付かずとも、何らかの方策があると予感しているのは確かであった。だが長距離戦ではラチが開かないと見たのか、距離を詰めて至近距離での戦いに勝機を見出したのかもしれない。
こうして予期せぬホットなバトルに、決闘委員会のメンバーですら目が離せないのであった。
エアリエル改修型ver1とファラクト改良型の戦いです。
流れ的にはレゴリスを使った戦いの再現ですね。
エランが思いつく前からエアリエルは危険性を見抜き、仕方ないのでアレンジとなります。
●今週のメカ。
『ガンダム・ファラクト改良型』
1:頭部と脚部が延長され、キュベレイみたいな長さになっている。
2:背中に大型ブースターを背負い、これがリフレクタービットである。
3:サポートAIを本体とリフレクターに仕込んでいる。
エランの考えに近いAIが、パイロットのエラン達の思考を呼んで操作補助。
このためにパーメットスコア4くらいまでなら負担なしで可能。
欠点としては『読む』という仮定が入っているので、エアリエルが副操縦士をやってる分だけレスポンスが劣っている。
これを補うために遠距離戦・機動戦を挑み、リフレクターで攻撃力・防御力を補完している模様。
なお、脚部の強化は純粋にブースターのバランスを調整する為。
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第十四話
●
急接近しながら攻撃を始めるファラクトの内部。
そこでミッションコンプリートの言葉が響いた。ファラクトに与えられた『表向きの役目』は、多面的な進撃ルートを抑えるための機体だ。攻めるにしても守るにしても、何処が戦場になるか分からないのが宇宙だ。それをたった一機の高速マシンで調査し、可能ならば単騎で殲滅。必要ならば狙撃によって拘束し、同じく高機動のザヴォートを援軍として呼び寄せるというコンセプトだという事になっている。
『もう逃げ回る必要はない。ここからはボクの為の戦いだ』
ライフルだけではなく、複数のビーム砲による猛射が最後のアピール・シーンだ。
少なくとも購入者から見て役目が実現可能だと思える戦闘力、その性能を示した。この時点でファラクトを改良した機体と、エラン・ケレスを名乗る少年の役目は終えたのだ。ペイル社が課した任務が達成されたことを告げると同時に、万が一にも見つかってはならないコピーパーツへの対策が始まると告げているのだ。ゆえにエランと名乗る少年に残された時間は少ない。
『初めて戦いで勝ちたいと思った! おばあ様の為に……ちがう! 本物の母さんへの記憶を取り戻すために、ボクは勝利を掴む!』
記憶調整……リマコンによる呪縛がアギラ・セトメ博士の真骨頂だ。
人の心理の中に潜む心の基準を操り、既に何かの要望を持つならば、その刺激をも利用する。自分を保護者や理解者であると刷り込み、馬に与える人参として強化人士四号の消された記憶を戻してやると告げていたのだ。今のエランは無気力な今までとはまるで違っていた。
『わわっわっ。……前はともかく、後ろのが面倒くさい。エアリエル、お願い!』
これまでにない猛射が前後からエアリエルを襲っていた。
ファラクトが持つビームアルケビュースは単発式の狙撃モードから三連射のバーストモードに切り替わり、足に設置したビーム砲も解放されている。それだけではなく、リフレクタービットが後方や天頂方向へと移動しながら、ビームの軌道を変えて来るのがうっとおしかった。正面だけならばシールドビットで防げるのだが……。
この問題に対し、スレッタとエアエリルは驚愕の方法で潜り抜ける。
散漫であった後方・天頂側の回避がクリアになり、逆に反撃として隙を見て放つビームライフルの命中精度が落ちたのである。スイスイと後ろや上空からの反射を回避し始め、ビームライフルは突っ込んで来るファラクトへの牽制として放たれるに留まっているのだ。
『っ!? まさか、視界を回転させたのか? ありえない。だけど……。ダイレクトコントロール! カウント10!』
まるで前後が入れ替わったような動きにエランは驚愕した。
エアリエルはカメラとレバーの配線を巧みに入れ替えることで、スレッタが回避に専念できるようにしたのである。どのみち前面はシールドビットがエスカッシャン陣形をとってビームバリアとして防いでいる。こちらの攻撃も圧倒的な速度で避けられてしまうので、今は前面に集中する必要がないと割り切ったのだ!
『ぐうっ……エアリエルにぃ、多面攻撃が効かないのは先刻承知! だから……こうする!』
『え、え、え。残像を残した!? 嘘、こんなことも出来るの!? でも、まとめて攻撃すれば一緒だよね……って違う! これは囮だよエアリエル!』
ファラクトは攻撃の一部を地面に放ち、上がった土煙に隠れた。
盛んに左右に移動して、残像が残る様な複雑な計算で接近していたのだ。これはブラストブースターという、パーメットによりバーニア出力を任意の方向に調整する機能を使った無茶なのだが……AIをオフして詳細な直接操作した影響も少なくない。また足のビーム砲が減ったことでビットを守りではなく、攻撃に使う余裕が出来た。
だが、スレッタは良くあるフェイントであると見抜いたのだ。
AIでは騙されてしまう人間の深い読み、そして機械よりも速い神経反応。それを補う最後のパーツこそがスレッタ・マーキュリーであった。こればかりは急増の強化人士では不可能な事だろう。
「攻撃態勢を解除した? 何を考えてるんだ水星ちゃんは」
「エランの仕込みだからだよ。問題は俺と同じ所まで読んでるかだな。読めてないならエランの勝ち、読めているならスレッタ・マーキュリーの勝ちだ」
驚くシャディクにグエルがコメントした。
効率重視のシャディクからすれば、残像程度はドローンで撃ちまくればなんとでもなるし、ファラクトが高機動マシンである以上はその方が勝率が高いと思った。だがグエルには先ほどの……スタンビームを放つコラキを巡る攻防が脳裏に刻まれている。その脅威を重視するかどうかの着目点とカンに関して、グエルの勝負勘はスレッタ以上だろう。
『もらった! だから!』
『なんだか良く分からないけど、マズイのは判りました! だから!』
『『これで終わり……』』
左右に機体を揺らした分だけ強襲が遅れた。
スレッタはその間にエアリエルを立て直し、エランは最終局面に陥れるために最後の罠として逆用する。所詮は残像などカメラを誤魔化す為の小細工……いや、これこそが最後の手段だと思わせる程度のブラフに過ぎないのだから。
『だ!』
『です!』
読まれるための罠。それを挟んで両者が相対した。
ビームアルケビュースをランス代わりに突っ込み、逆手にビームサーベルを。それがエランの攻撃と見せて、コラキによるスタンビームがエアリエルを襲う。これに対してスレッタは、横っ飛びに避けることで離れようとしたのだ。
だが、周辺に立ち込める土煙を介してエアリエルにスタンビームが放射される。
ゴロゴロと転がる様に、エアリエルの左半身が動きを止めた。いや、高度と範囲の問題で、下半身もまた動きを止めている様に思われた。
「どうして停まったんです? スタンってのは何となく想像できますけど」
「あの土煙というか……地形全体がレゴリスの再利用だからな。おそらく帯電したんだ」
「そうだね。レゴリスをプリントして、その上から着色している。様々な戦場を再現するのに、その方が手っ取り速いからさ」
首を傾げるロウジにグエルが説明し、細かい部分をシャディクがフォロー。
そこまで行けばロウジにも、後から気が付いたシャディクにも仕組みが理解できた。月で採れる砂状のレゴリスを利用して、要望に面した地形を再現しているのだ。レゴリスそのものが帯電し易いのもあるが、固めて地形にする為の処理をしているのも原因かもしれない。
「ということは水星ちゃんの敗北か。ミオリネの花婿も……」
「いや。スレッタ・マーキュリーの勝利だ。先を読めているなら……俺なら攻撃手段だけを残す」
「あっ! エアリエルのライフルが!」
三人が見ている間に、ファラクトはトドメを刺すべく戻って来た。
だが、それはスレッタも同様である。この距離ではファラクトの装備はビームサーベル以外が使い難い。その一瞬を突いて、『右手だけを残した』エアリエルが攻撃をしたのだ。右半身だけが残されたのではなく、右半身だけは残したのだとグエルは理解した。
『ぐ……ううああ。後少しなんだ、動け、動け! 動けボクの体!』
『チャージ完了! 照準調整なんかいらない! 撃って! エアリエル!』
エアリエルのビームライフルにビットが接続されている。
近距離だが砲撃モードに移行した事で、少々の照準など不要だ。ファラクトの頭部を狙った強烈なビームが周辺を染め上げた。AIをオフしたことでパーメットの流入による苦痛に耐えるエランも、流石にその全てを避けることは出来なかったのである。
頭部損傷によりファラクトの敗北が決定。エアリエルの勝利でこの戦いが終わった。
そして機体各部から上がる煙は不具合によるバックファイアとされ、エランとファラクトが速やかに回収された。即座に提出される『エランは無事だが経過を観察する』という文言だけが不自然であったが。
●
エラン・ケレスと名乗った強化人士四号は最後の瞬間を迎えていた。
AIを用いないパーメット・スコア4を含めた様々なデータ提供を行った事で、記憶再現というボーナスを貰ったおかげか安らかな笑顔をしている。少しだけ奇妙なのは、今まで強化人士を葬って来た機材とは少し違っている事だ。
「ボクは焼却処分されると思っていたのだけれど、方針が変わったのかな?」
「いんや? 必ず処分して証拠を残すなとうるさく言われておるわ。じゃがどうせ焼却するならば、おぬしを再利用して悪い事は無かろうて」
どんなに貢献してもペイル社が逃すはずはない。
アギラ博士は笑ってそう告げた。処理する運命なのは同じなのに、ワザワザ記憶を再現などというひと手間を加えたのには理由がある。再利用するからこそ、その精神調律の一環として骨の髄まで利用しただけの話である。
「以前におぬしを漬け込んでいた液体は精神の動きを記録する作用がある。アレの気体版として実験するのよ。その時のデータともリンクしておるし、上手くいけばお主はAIとして蘇るじゃろう。いや、再誕するというべきか」
「そっか。今度こそ本当にあなたが、ボクのおばあ様と言う訳だね」
強化人士四号がリマコンを乗り越えたことで、精神強度に着目された。
このレベルの記録を残せるのであれば、AIの材料として利用できるだろうとアギラ博士は判断したのである。とはいえAIの材料としてパーメットが作用する気体であり、良くてガス状生命体が精々だろう。まさしく外道の所業と言える。
だが、今の落ち着いて満足した四号はその運命を受け入れた。
そう、アギラ博士はこの為にこそ記憶を再現してやったのだ。記録に残るほどの強い精神、そして自らへ親和性を抱かせる為だけに。先ほど、まさしく外道と言ったが訂正しよう、まさに魔女の所業である。
「ハッピバースデー♪ トゥ……」
「……ハッピーバースデー」
静かに燃え尽きる四号にアギラはニタリと笑った。
たかが誕生日の歌ではあるが、歌と言う物は精神を高揚する能力がある。こんな手段があったのか、そんな手段を使って実験してくれた四号に、心からの感謝としてエラン型コンピューターの誕生を祝った。
『おや、ローズ。御久しい、今度は何の商談で?』
『ペイル社の依頼でテロリストを募集しておりますの。名目上は兵器産業への不満とか』
その頃、より大きな隠蔽作業が計画されようとしていた。
闇バイトどころか、れっきとしたテロリストの派遣業務である。ローズと呼ばれた仲介者自身が兵器産業にも関わっているのだが、良い面の皮である。
『あそこの開発チームを襲って、機体を奪取して欲しいとか。ああ、破壊しても構いませんわ』
『構いませんが、兵器産業への不満と言う事ならば貴女のところはどうなんです?』
『どうぞご自由に。必要ならば地図と警備システムに関しても請け負いますわ』
ペイル社は他社製品を使って無理やりファラクトの改修を間に合わせた。
その埋め合わせはするとして、ガンダム疑惑があれば倫理委員会に査問されるかもしれない。そこで自分の所の開発機関を襲わせ、証拠隠滅と共に開発期間を稼ぐつもりなのだろう。ジェターク社の最新型拡張型AIはともかく、イスルギのテスラ・ドライブなどはブラックボックスがあるので一朝一夕には行かないからだ。
『請け負うって、依頼料を値切るつもりですか? それなら相応の装備も用意してくださいよ。あと、できればベネリットも攻撃したいな~なんちゃって』
『そう言う事ならば各方面からの依頼も同時にお願いしますわ。グラスレーの御曹司からも打診が来てますしね』
テロリストは値切りの相談に平然と応じた。
世の中にはテロがしたいのでテロに走るというどうしようもない男もいるからだ。テロリストの全てが主義者ばかりではなく、この男……ア-チボルト・グリムズの様に、正真正銘のクズも居るのだ。
『ほう……多少、派手に成っても良いので?』
『なんでも今すぐに地球側が革命を起こすのは困るんですってよ。お好きになさってくださいな』
ローズという仲介人もまた平然と自社工場への襲撃を認めた。
地球方面での技術分散・工場疎開として、テロリストの占拠は十分な理由になるからだ。また、リオンのパーツが調達し易い方が、イスルギから戦力を提供する時にも良い理由になるのだろう。
『それは素晴らしい! ようござんしょ。こっちでの教導もそろそろ終わりますしね、可愛い教え子を連れてお伺いしますとも』
『ああ、ガンダムのパイロットを鍛えておられるんでしたか。そちらも楽しみにしておりますわ』
アーチボルトはテロリストである『フォルドの夜明け』の元に居た。
主義などない彼とフォルドの夜明けとは意見が合わない事も多い。しかしスタイルや利害としてはそうではなく、今回はフォルド側の要請で襲撃やパイロットとしての訓練を施していたのだった。
「と、言う訳で! 愉快な遠足の準備を始めますよ」
「はーい、マスター! いっぱいいっぱい殺そうねー」
「マスター・グリムズがそうおっしゃるなら」
アーチボルトが手を叩くと、二人の少女が応じた。
一人は人を殺せることに喚起しており、アーチボルトの影響が悪い方向に出ていた。もう一方は無表情な顔ながら声のトーンは優れない。
「おんやあ? ノレア君は御不満で?」
「宇宙人たちは好きではないですしね。ただ格好はなんとかならなかったんですか? キモイ」
「我が家は貴族の出でしてねえ。金持ちに戻れないまでも、せめてメイドさんが欲しいなあって」
そこにはエセ貴族と、エセメイドが居た。
グリムズ家が貴族だったのはイギリスがまだある頃どころか、日の沈まない王国だと言われた当時の話だ。既に衰退して久しく、スペーシアンも嫌いだが……金持ち嫌いなノレアが反発しない程度の資産しか持って居なかった。まあ、宵越しの金が入ったらテロの準備に使うので、大好きだと主張するアールグレイの紅茶も、インスタントでしかないのだが。
こうして兵器産業への大規模なテロが計画されたという。
ひとまず第一部の所まで終了、テロは第二部開始時のストーリー調整用になります。
襲われるのはプラント・クエタだけではなく、あちこち一斉になる予定ですが
ひとまずペイル社との対戦とエラン君の顛末で話は終了し、第二部を待ちます。
●今週のメカ
『エラン型拡張型AI.バージョン4』
四番目と言う意味ではなく、強化人士四号を使ったAI。
なお生まれ変わったというよりは、より四号の反応に近い答えを返す気体である。
この気体の導入によりAIに使うスペースを圧縮、その分の重量をコンピューターの強化に宛ている。
エアリエルのバージョン・スレッタという名前と、ファイブスター物語に登場するガス状生命体シンファイアをモデルとしている。
とはいえやってることはFSSにおけるパーメットとエアリエルみたい存在なので、調べる必要はない。
『レゴリス』
月の砂には様々な素材が含まれているが、そのままでは何の価値も無い。
そこで別の素材と混ぜて3Dプリントして地形を作っている……と判断しました。
ビームの伝達を阻害するためにレゴリスを使ったら、電磁ビームを伝達してしまい、逆用されたというのは原作と同じです。
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