ラスボス魔女ちゃんの疑問 (お昼寝サソリ)
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ラスボス魔女ちゃんの抱いた疑問

こういうのが読みたかったので書きました……




 なんでだろ。という小さな小さな違和感が、全ての始まりだった。

 

 元々、私は難しいことを考える星のもとに生まれてきた人間ではなかったのだ。レストリア王国の片田舎にある小さな農村で、農作業中の両親に見守られながら泥遊びをするだけの人生を送っていれば良かった。何も()()()疑問など持たずに、漫然と日々に浸かっていること。それが私に与えられた運命であったし、私はそれに従うべきだったとも思う。

 

 だけどあの日、幼い私に語り掛ける父の寝物語が、全てを変えてしまった。

 

「あれ? どうしたんだい、ファーレ。眠れないのかい?」

「うん、おとーさん……お昼寝しすぎちゃったから」

「あー、起こしてやれば良かったか。でももう遅いしな……よし。じゃあ、ファーレが眠くなるまで父さんがお話してあげよう。そのうちに眠くなるさ。ほら、ベッドに入った入った」

「おはなし?」

「そうだよ。といっても、たいしたお話はできないけどね。父さんも、この村から出たことは無いから……有名な神話を一つだけ」

 

 ベッドに入った私の隣で、父はギシリと椅子に腰かけた。窓からぼんやりと差し込んだ月光の中で、父は優しげに私を見つめていた、ような気がする。親不孝者の私は父の顔をもう上手く思い出せないから、あやふやな表現になってしまうのが残念なところだ。

 

「むかーし昔の、その昔。この世界は、ウンエイという神々によって創られました」

「えっ、そ、そうなの? この村も!?」

「こらこら、目を閉じて落ち着いて聞きなさい。言っただろう? 神話だって。おとぎ話さ」

「……ウソって、こと?」

「うーん……それはちょっと違うかも。嘘かどうかはファーレが決めればいいんだよ。それよりほら、目を瞑って。続きを話すよ?」

「うん」

「オッホン……そうして、ウンエイ様はこの世界に五つの大陸を用意し、それぞれに異なった種族が暮らすよう定めました。魔族(デーモン)の暮らす、アリア大陸。獣人族(ビースト)の暮らす、メリト大陸。森人族(エルフ)の暮らす、クリメア大陸。小人族(ドワーフ)の暮らす、イスト大陸。そして、僕たち人間種(ヒューマン)の暮らす、リミアール大陸です」

「……」

「しかしウンエイ様は、偉大な神であると同時に邪悪な一面も持ち合わせていました。なんと、この世界の各地に数多(あまた)の魔獣を生み出されたのです。特に力の弱い私たち人間種は困り果ててしまいました。そんな時でした。冒険者たちが『はじまりの町』に現れたのです」

「冒険者ってなあに?」

「ああ、ファーレはまだ会ったことなかったね。王都に行けば沢山いるんだけど……なんて言ったら良いかな。すごく、強い人たちだよ。いや、人間種じゃないことも多いから『人』っていうのはおかしいかもしれないけど。中にはドラゴンを単独で倒せるような人もいるんだ。いつか、この村にも来てくれるかもね」

「……そんな強い人たち、何処から来たの? なんで、そんな力を持っているの?」

「さあ……? これは()()()()()()なんだよ。僕のおじいちゃんのおじいちゃんの頃から、ずっとそうなんだ。冒険者たちは『はじまりの町』に現れて、世界を旅する。そうして、各地で魔物を倒してくれるのさ」

「ふーん……」

 

 眠りに吸い込まれる私の思考の端っこで、小さな疑問符が転がりはじめた。それは転がる雪玉のように、少しずつ、しかし着実に肥大化していくものだった。

 

——なんでだろ?

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「……」

 

 ペラペラと紙をめくる音だけが、広大な本棚の森に沁み込んでいく。あの日から、何年経ったのかは分からないし覚えていない。加齢を止める魔法は、どうやら精神にも影響するらしい。まあ私の調べものにとって、時間感覚など不要だから良いけど。

 

「……」

 

 ひたすらに指と目を動かし続ける。この本を読むのはもう五度目だけど、もしかしたら新しい発見があるかもしれないという思いに突き動かされてページを捲っていく。というか、もう私が読んだことのない本なんて多分無いから仕方ない。

 

「うーん……」

 

 本を閉じて、背伸びを一つ。やっぱりこれも『ハズレ』だった。私の知りたいことが——この世界の秘密が書かれていない。何故、こうも都合よく大陸ごとに種族がばらけているのか。何故、魔獣は現れるのか。何故、冒険者たちはあのような力を持っているのか。彼らは何処からくるのか。

 

 あの日の疑問は、ずっと私の中でくすぶり続けていた。だって、この世界には不自然なことが多すぎる。これじゃあ全然すっきりしない。不自然を不自然のまま放置したくない。そんな私のことを病気だと言う人もいたけれど、私にしてみればこんな状態を受け入れている方がずっと病んでいる。

 

 これまでに、色々なところに行って、色々な本を読んで、色々な人の話を聞いた。そうして解決した疑問も少しはあったけれど、それと引き換えとばかりに何倍もの疑問が生まれる結果となった。なぜなら、肝心な部分が結局分からないままだからだ。この世界を創ったとされるウンエイ様とは何者なのか。冒険者って何さ。何で旅してるの。こんな簡単な疑問になら、答えてくれたっていいじゃないか。ケチ。

 

「なんでだろーなー……」

 

 本の山に背中を預けて目を瞑る。あの日、幼い頃のベッドを思い出すには少々寝心地が悪すぎる。

 

 一度、冒険者たちを締め上げて答えを得ようとしたことがあった。いや、そこまでしなくても、普通に質問をすればいい。そのはずなのに、何故かいつも『そんなことを聞いてはいけないな』という気になってしまう。後から考えると、これも不思議で仕方ない。胸の中が焦げ付くような疑問はずっと残っているのに、いざ冒険者を前にすると質問する気が失せてしまう。だから、取りあえず一人二人くらい冒険者を拉致ってこようとしたこともあったのだけれど、その時も何故か『私は冒険者に攻撃してはいけない』という気がしてきて、遂に指一本触れることすらできなかった。

 

「いや、なんでよ」

 

 精神系統の魔法をかけられた、ということでは多分無い。何故分かるかといえば、私自身が超一流の魔法使いだからだ。いわば調べものの副産物として私が手に入れた魔法の技術は、謙遜という美徳をかなぐり捨てて言えば、ぶっちぎりで世界一である。魔法が得意とされる魔人族の王だって、魔法で黙らせたことがあるくらいだ。そんな私が気づかないうちに、魔法をかけられるはずが無い。それこそ、もはや神の——

 

「神さま、かあ」

 

 正直、最近は諦めの感情が強くなり始めていた。私の疑問はきっと神様しか答えを知らなくて、人の身ではどうあがいたって知ることはできないんじゃないかと思えてくる。でも、この疑問を捨てたら後には何が残るというのだろう? そうなればきっと、私は次の呼吸をする理由も見つけられなくなってしまう。この疑問は私の全てなのだから。

 

「あー……うー……」

 

 ゴロゴロと、本の角を背中に感じながら寝返りを打っていると、突然バタンという音がした。どうやらこの住処の扉が開けられたようだ。

 

 おかしいな。私自ら、そう簡単には開けられないように魔法をかけておいたはずなのに。

 

「すごっ、マジで本ばっかじゃん。まさに『深淵の図書館』って名前通りだね」

「しかも見ろよ。一冊一冊で、表紙も内容も違うみたいだ。こういうところが、変態運営の所以なんだよなぁ……」

「ボス部屋に入るのにこんなに手間取るなんて……予想外でした」

「十周年記念のボスだからって、気合入れすぎだろ運営……プレイヤー同士で協力できるとはいえ、倒せるんかなコレ?」

「それより早く、ファーレちゃんが見たい! ここまでの気合の入りようからして、可愛いでしょ絶対!!」

「まさか、事前のビジュアル公開が無いとはなー。まあ、『数百年間引きこもりの魔女』って設定があるからなのか」

「それにしても広いですね。外観はそこまででもないのに、中はまるで本と本棚でできた一つの町ですよ? 空間拡張魔法という設定なんでしょうけど」

「おーい! ファーレちゃーん。出ておいでー」

 

 ワイワイガヤガヤとした賑わいなんて、何年ぶりだろう。千里眼の魔法で見てみると、私の住処の無駄に巨大な扉(横幅は私十人分、縦幅は私二十人分ある)が開け放たれ、その向こうには見たこともない数の冒険者が押し寄せていた。

 

「……ふむ」

 

 あまりに突然の事態を受けて思考の海に潜りそうになった私だったが、突如として全身の自由が奪われた。まるでマリオネットにでもなったかのように、体が勝手に動く。口が勝手に回る。

 

 気がつけば、私は浮遊魔法で冒険者たちの前へと躍り出ていた。眼下の冒険者たちを見下すような視線と共に、言葉が口から漏れていく。

 

「よく来たな冒険者たちよ! 貴様らの探し物は見つかったようだぞ? おめでとう」

「ぎゃー! ちっちゃくてかわいい!!」

「ステータスは『不明』となっていますが、恐らく魔法特化型でしょうね。バフの準備を」

「もう少しで、見え……見え」

「貴様呼びいいよね……」

「おい! 戦闘準備しろよ!」

 

 冒険者がこんな数集まっていると壮観だ。体の自由がきけば、今すぐにでも彼ら彼女らに話を聞きたいところだけど、あいにくまだ私は解放されないようである。これが神の、ウンエイ様の御意思なのだろうか。

 

「私の名前はファーレ・リル・ハイト。世界を隅々まで旅した、知識の魔女だ。エルフたちの祀る世界樹の天辺に登ったこともあるし、ドワーフの里で一番深く掘られた鉱脈に潜ったこともある……それでも、私の探し物は見つからなかったが」

「良い声だなあ。声優さん誰だろ」

「まさしく怪演って感じ」

 

 冒険者たちが何かひそひそ喋っている。セイユウとは何だろうか? ああ、また疑問が増えてしまった!

 

「貴様らは思わないのか? この世界は不自然が過ぎる。そして、疑問は解けない氷のように胸に積もり続ける……もう私は寒くて寒くて耐えられないんだ。この世界を一度壊せばこの寒さは治まるのか? それとも——」

 

 次の瞬間、私の本心と重なる言葉と共に、一気に体の自由が戻ってきた。

 

「——貴様らが疑問に答えてくれるのか?」

「来るぞっ!!」

 

 いける。今なら私は冒険者たちに攻撃できる。むしろ世界が、神が、それを望んでいる。

 

「こ、これは」

「マジかよ……」

 

 室内に散らばる、何千何万という本たちを一斉に浮遊させる。これらは、私が世界を旅する中で集めた魔導書たちだ。どれに何の魔法が込められているか、私はよくよく覚えている。

 

「強い奴ほど、多くのことを知っている。私の経験則さ。これで残った冒険者なら、きっと私の疑問にも答えてくれるに違いない。そうだろう?」

「ちょ、待っ」

 

 一気に、魔導書から数万の魔法を発動させる。薄暗い部屋が、魔力光で昼のように照らされる。赤、青、緑、金、銀……うん、綺麗だ。星の降るような夜空だって、この景色には及ばないだろう。何度だって、見せてあげるさ。

 

「うわわわ!」

「半数はいったぞ……!?」

「ゲームバランス考えろよ運営!!」

 

 ああ、ほらまた。ゲームバランスとは何のことだろう? 知りたくて知りたくて、つい魔法に力が入ってしまう。

 

「落ち着け! 本体に攻撃しろ」

「無理だって! 防御に手いっぱい……何時まで続くのコレ!?」

「つーか、ファーレちゃんの周り浮遊してるやつって最上級の魔導書たちだぞ……? あれだけで中ボス一体分なんだが?」

「うわっ、ごめん被弾した!」

 

 冒険者たちは阿鼻叫喚の様子だが、手を緩めるつもりはない。こんなチャンスもう二度とないのかもしれないのだから。まだまだ魔力にも余裕がある。

 

 そう考えた時ふと、ある本の一節を思い出した。誰が書いたのかも、何時書かれたのかも分からないけど、魔族の王に貰った大量の本の中で、妙に頭に焼き付いて離れなかった一節。

 

『数多の魔法は世界を歪める。しからば汝は、神々の住まう世界へと導かれるであろう』

 

 今なら、私の全力を受け止めてくれる冒険者たちの前でなら、これが真実か確かめられるのではないだろうか? ウンエイ様たち神々がいる世界へ行けば、きっと私の疑問にも答えが得られるはず! 会って直接聞けば良いんだ!

 

「そうだ、今しかない! 付き合ってくれ、冒険者たち!」

「ええ!? まだ、上のギアがあるの!?」

 

 全ての魔力を無理やり放出する。鼻からぬるりとした液体が出て、視界は赤く、音は遠く感じる。いくら私でも、流石に無理があったか。やめないけど。

 

「なんか、重くないか?」

「ああ。こんなの初めてだ」

「サーバーが負荷に耐えきれてないんだよ! 大丈夫かな!?」

「鼻血出してるファーレちゃんもいいなあ……ごふっ」

「気を抜くな、馬鹿」

 

 世界がきしんでいるのを、私は肌で感じていた。歪みに耐え切れずに、空間が悲鳴を上げている。あと少しだ、もう少し!

 

「なあ、これやばいって」

「だな。マジで始まって以来の鯖落ちあるぞ」

「運営―!?」

 

 見えた! 空間の歪みの向こうに、小さな明かりが! ここだ!!

 

「ありがとう冒険者たち!! 感謝する!」

 

 ブツン

 

 

『エラーが発生しました。問題が解決するまでお待ちください。メンテナンス等の最新情報は、公式ホームページ・ツイットーにて掲載しております。その他サポート情報は……』

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「な、なあ。あの子何処から現れた?」

「さあ……? あの辺りが急に光ったと思ったら、いたよな?」

「なんかのイベントかな? あれって、コスプレでしょ?」

「見たことないキャラだなあ……」

「いや、スクランブル交差点のど真ん中でやるか、普通?」

 

 空は暗いけれど、多くの照明があるおかげで周囲の様子がはっきりわかる。私を囲うような人だかりができていて、ガヤガヤと騒がしい。見たところ、人間種ばかりのようだ。なら、話が早い。

 

「なあ、そこの君」

「えっ、はい」

「ここは何処だ? 私はさっきまで、リミアール大陸にいたはずなのだが……こんな場所は見たことが無い」

「と、東京ですけど……あの、やっぱり宣伝ですか? リミアール大陸って、VRゲームのやつですよね?」

「トウキョウ……? ゲーム……? ふむ」

 

 世界中をくまなく旅したはずの私が知らない土地。リミアール大陸を『ゲーム』と呼ぶ人々。つまり。

 

「やったのか!? 此処こそが、神々の住まう世界!!」

 

 少量回復した魔力を使い、浮遊魔法でふわりと浮き上がる。だとしたらすぐに行かなければ。答えを聞きに!!

 

「えっ、マジ!?」

「浮いた……!?」

「ねえ、これヤバくない?」

 

 私はそのまま空に上がっていく。流石は神々の世界と言うべきか、精巧で巨大な造りの建物がいくつも並んでいる街並みは圧巻の一言だ。

 

 ゴマ粒のようになった無数の人々(神々?)が、ぽかんと口を開けて私を見上げている。そこに、私は全力の拡声魔法と共に言葉をばら撒いた。

 

「ウンエイ様ー! ファーレ・リル・ハイト、ここに参上いたしましたー! 世界の秘密、教えてー!!」



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おまけ

高評価、お気に入り、感想、ありがとうございます! 励みになります!

ちょっとしたおまけ(というか後日談)です。ご査収ください。


「どうしよう……絶対、怒ってる……」

 

 神々の世界へと到達した翌日。私は誰も寄り付かないような裏路地で一人、頭を抱えていた。神様相手にどこまで通用するか分からないが、一応認識阻害と人払いの魔法をかけてあるので、見つかりにくいはずだ。

 

「ああー! テンション上がりすぎるのが私の悪い癖だって、魔族の王にも言われてたのにいいー!!」

 

 昨夜、空高くからウンエイ様への呼びかけを行った後の神々は、さながら大混乱の様子だった。ピーポーという不可思議な音を立てる白黒の車が行き交い、こちらに板のようなものを一心不乱に向け続ける群衆。ついには、バラバラという騒音を立てながら飛ぶ巨大な金属の鳥(私の見立てでは神々の遣いだ)が、こちらへと向かってきた。そこで私はやっと気が付いたのだ。あれ、これってマズくない?

 

 今の自分を客観的に評価するならば、「いきなり家に訪問してきて『主人を出せ!』と喚き散らすはた迷惑な客」である。おまけにそれを、神々に、ウンエイ様にむかって!

 

「うううう……」

 

 恥ずかしさと申し訳なさで頭痛がしてくる。一刻も早く謝罪に出向かねばならないのは百も承知だが、それはそれとして怒られるのは怖い。罰として存在ごと消滅だ、なんてのもあり得ない話じゃない。だから、そう。できるだけ穏やかで優しそうな神様を見つけて、ウンエイ様のところに連れて行ってもらおうと考えたのだ……決して、問題を先送りにしている訳じゃない。うん。

 

「あっ! あの方ならどうだろう……?」

 

 そうして裏路地から、行き交う神々を観察すること数時間。昼下がりの穏やかな日差しの中で、私は丁度良さそうな神様を一柱、発見した。

 

「あ、あのー……」

「ん? おねーちゃん、どうしたの?」

 

 私は内心の緊張を隠しつつ、路地の暗がりからスッと彼女(女神様だし、間違ってはいないだろう)の前へ躍り出た。見た目は私より一回り幼く、口調も舌っ足らずな感じで、ここが神々の世界でなければただの幼子にしか見えない。

 

「そのー……突然で申し訳ないのですが、お聞きしたいことがありまして……」

「おねーちゃん、上級生ー? なんねんせい?」

「えっ、上級生? とは?」

「青い目、とってもきれーだね! 外国から来たのー?」

「えっ、あっ、ある意味ではそうですね……?」

 

 なんだこれは。話が通じていないというか、進まないというか。やはり神様とのコミュニケーションは一筋縄ではいかないのかもしれない。いや、そもそも会話できること自体が光栄なことなのだけれども。

 

「あの、お聞きしたいことが……」

「そのお洋服もきれいだね! マント?」

「い、いえ。これはローブ……えっと、魔法使いとしての正装をですね」

「魔法使い? あはは、とっても似合ってるね」

「!」

 

 待て! 言葉の裏を読むんだ、ファーレ・リル・ハイト! 神々の奥ゆかしい言葉を、そのまま受け止めるなど愚の骨頂。つまり、目の前の彼女が言いたいのは……「私は普段着なのに、貴様は正装とは。分をわきまえろ」これだ!

 

「……失礼いたしました。少々お待ちください」

「へっ?」

 

 とはいえ、私は神々の普段着など知らない。そこで、ひとまず目の前の彼女が纏っている服を真似ることにした。軽く、ローブに魔法をかける。

 

「こちらで、いかがでしょうか」

「すごーい! 体操服になっちゃった! どうやったの!?」

 

 私が服をローブから変換すると、彼女はとても喜んでいた。どうやら、この対応は正解だったらしい。

 

 それにしても、神々の普段着(タイソウフク?)と言うのはどうにも布面積が少なくて落ち着かない。半そでに短パンとは……肌をこんなに露出したのは久しぶりだが、これが礼儀であるならば仕方ない。

 

「コホン……それでは、改めまして。私はファーレ・リル・ハイトと申します。あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ファーレちゃんっていうんだー。よろしくね! 私は、七瀬鈴(ななせりん)だよ」

「リン様、ですね」

 

 リン様は、服の胸元に書かれた「りん」を指さしながら言った。なるほど、そこは名前を書くスペースだったのか。

 

 私は自分の胸元の同じ位置に「ふぁーれ」と書き込んでから(フルネームを書くには少し狭い)、跪いて言った。

 

「リン様にお願いがございます。何卒、お聞き届けいただきますよう……」

「ファーレちゃんって、面白いねー。なになに?」

「ウンエイ様、という方をご存じではないでしょうか?」

「ウンエイ……?」

 

 リン様は少し考え込む素振りを見せてから言った。

 

「うーん……雲梯(うんてい)なら、公園にあるけど?」

「ウンテイ、ですか」

 

 ウンエイ。ウンテイ。言葉の響きとしてはよく似ている。そして、そういうものは大体関係し合っているものだ。世界中を旅した私の経験則に狂いはない。

 

「……では、そのウンテイの場所を教えていただけませんでしょうか?」

「いいよー。帰り道の途中にあるから、一緒に行こっか」

「案内までしていただけるとは、恐縮の至り」

 

 私はリン様に手を引かれ、ウンテイのある場所へと向かった。幸いなことに道中、他の神々に出くわすことはほとんどなく、何度かすれ違った時も微笑ましいものを見るような目を向けられるだけで済んだ。

 

 そうして到着したウンテイの前で、私は唸っていた。

 

「……これが、ウンテイ」

「そうだよー? ファーレちゃんもやるー?」

 

 どうやら、今回は私の経験則の敗北らしい。ウンテイはどう見ても、世界の創造神ではない。それは何というか、支えを付けた四つ足の梯子(はしご)のような器具だった。

 

 リン様はウンテイを掴んで、体をぶらぶらさせながら言った。

 

「ほらー。ファーレちゃんはやらないの?」

「えっと……これは、どういったものなのですか?」

「あっ、そっか。外国には無いのかな。こうするんだよー、ほら」

 

 その声と共に、リン様は身軽な様子でウンテイを端から端まで二本の腕で渡りきった。その顔はどこか誇らしげだ。

 

「ねっ? 私、これ得意なんだー」

「……」

 

 分からない。これの一体何が、そこまでリン様を惹きつけるのか。

 

 そもそも、これの用途は一体何なのだ? トレーニング用具としては、やたら場所をとる割に非効率的なように見える。腕の筋力増強の効果はあるかもしれないが、それなら他にスマートな方法がいくらでもあるだろう。リン様は、これにぶら下がりながら移動していたけど、それによって報酬が得られるシステム、というわけでもなさそうだ。というか、これを行なうことで何かしらの利益が発生するとは思えない。

 

 結論、ムダの塊である。

 

「……あの、リン様」

「なーにー? ファーレちゃんもやるでしょ?」

「えっと、リン様はなんの意味があってこれを……?」

 

 我ながら、神様に向かってなんとも失礼な質問をしたと思う。だけど、リン様は一切気分を害した様子はなく、あっけらかんと言った。

 

「えー? だって、面白いじゃん!」

「!!」

 

 雷に打たれたような気分だった。

 「面白い」……そうか。そうだったのか。

 

 調べものに没頭するあまり、いつしか忘れていた幼い頃の記憶。あの頃の私が、両親に見守られながらしていた泥遊び。あれに、ごちゃごちゃした理由を挟む余地など無かったじゃないか。「面白い」……ただそれだけが、この上なく重要な理由だったのではなかったか?

 

 ウンエイ様も、きっとそうだったのだ。魔物が現れない世界は、平和だけどもつまらない。「面白くない」。世界が都合よく五つの大陸に分かれ、それぞれに別の種族が暮らし、魔物がいて、それを狩る冒険者がいる。全部ぜんぶ、そうであった方が「面白い」のだ!

 

「……お見それいたしました。リン様」

「えっ? どうしたの? お顔が汚れちゃうよ?」

 

 私は地面に頭を擦りつけんばかりに平伏して言った。リン様が慌てた様子で立ち上がるように言ったけど、もう少しだけこのままでいさせてほしい。

 

 私は彼女の見た目に惑わされていた。心のどこかで、神とはいえどただの幼子だと侮っていたのだ。でも違った。彼女は、このお方は、間違いなく神々の中の一柱なのだ。自分の浅はかさが恥ずかしい。

 

「ほら、ファーレちゃん! 顔を上げて!」

「……はい」

 

 これ以上は困らせてしまうため、私はゆっくりと顔を上げた。リン様は聡明なだけでなく、お優しい方のようだ。もしかしたら、平和を司る神様なのかもしれない。

 

「あの」

「なーに? 雲梯、一緒にやる?」

「……はい!」

 

 不敬だとは知りつつも、私は日が暮れるまでリン様と一緒に遊んだ。

 

 その時間は、これ以上ないほどに楽しかった。

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「あっ、もうこんな時間……」

 

 リン様はふと、公園の時計を見て言った。日は完全に傾き、空は一面オレンジ色に染まっている。

 

「ファーレちゃん、そろそろ帰ろっか。おうちはどこ?」

「あー……えっと、ですね」

 

 言い淀む私に、リン様が不思議そうな目を向けてくる。神様相手に、というかリン様に嘘はつきたくなかった。

 

 仕方ないので、ギリギリ本当のことを話す。

 

「ちょっと家が遠いんですよね」

「あっ、そうなんだ。どうりで、今まで見たことないと思ったよー」

「あはは……」

「……じゃあ、もしかして、明日は会えない?」

 

 ずっと明るい表情だったリン様の顔が、初めて曇った。彼女にそんな顔をしてほしくないけど、いつまでもこの周辺にとどまっているわけにもいかない。ウンエイ様を探さなくてはいけないのだから。

 

「……すみません」

 

 多分、明日どころの話じゃない。ひょっとしたら、もう二度と会えないかもしれない。だけど、それを言うのは躊躇われた。それはリン様のことを思ってというよりも、自分のためだった。私も、こんなに楽しかったのは久しぶりだったから。もう二度と、なんて言いたくなかった。

 

「そっかー……せっかくお友達になれたのにね。また会えたら、遊んでくれる?」

「ええ。必ず」

「うん。じゃあ、またね!」

「あっ、ちょ、ちょっとお待ちください!」

「なあに?」

 

 不思議そうに振り返ったリン様に、私は提案した。

 

「あの、今日はありがとうございました。それで……ほんのお礼をさせていただけないでしょうか?」

「おれい?」

「ええ。微力ではありますが、私に何かできることがありましたらお申し付けください」

「うーん……あっ、そうだ」

 

 リン様はパッと顔を上げて言った。

 

「あさって、小学校の遠足なんだけど……雨が降るみたいなんだよね」

「なるほど」

「だから雨を降らないようにして……って、ジョーダン——」

「分かりました」

「えっ?」

「エンソクが何かは存じ上げませんが、要は明後日雨が降らなければよろしいのですね」

 

 私は異空間収納の中から、「てるてる坊主」を取り出してリン様に渡した。最初はポカンとしていた彼女だったが、すぐに楽しそうに笑い出した。

 

「アハハ! やっぱり、ファーレちゃんって面白いね!」

「恐縮です」

「うん……天気予報が外れることもあるもんね! 私も帰ったらつーくろっと!」

 

 楽しそうに言うリン様を見てほっとする。だけど、やっぱり彼女も神様なのだし「てるてる坊主」くらい自分でも作れるようだ。

 

 ではなぜ、雨の心配などしていたのだろう。そう思った時、私の脳裏に雷鳴が走った。

 

「なるほど……私としたことが。せっかく教えていただいたことを、無にしてしまうところでした」

「ん?」

「すみません、ちょっとそのてるてる坊主を渡していただけますか?」

「? うん」

 

 私は受け取った「てるてる坊主」に、ちょっとだけ追加の魔法をかけてから、リン様に返した。これでいい。

 

「ありがとうございました。どうぞ」

「ありがとうはこっちだよ、ファーレちゃん。あっ、そうだ。はい、これ」

「これは……?」

「私の好きなイチゴミルク飴! 間違えて体操服のポケットに入れちゃってたんだよね。お返し!」

 

 なるほど。この聡明な神様には、全てお見通しという訳か。

 

 私は心からの笑顔と共に、彼女に手を振った。

 

「今日はありがとうございました、リン様。また、いつか」

「うん、またねー!」

 

 夕暮れの公園で、私はリン様の背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「おかーさん、おはよー」

「おはよう、鈴。晴れてよかったわね」

 

 私が目をこすりながらキッチンへ行くと、お母さんがお弁当を作っているところだった。窓の外を見れば、眩しいほどの青空が広がっている。

 

「やったー! 遠足だ!」

「うふふ。ほらほら、顔を洗ってきなさい」

「はーい」

 

 にっこりと笑ったお母さん促されるままに身だしなみを整えて朝食をとっていると、急にパラパラという音が聞こえてきた。

 

「何かしら……? まさか、雨?」

「えー!」

 

 咄嗟に外を見ると、確かに空は雲一つないのに、何かが降っている。私は窓を開けて身を乗り出した。それは。

 

「おかーさん! あめが降ってる!」

「えー、あんなに晴れてたのに? 遠足は中止かしら……」

「違うよ! 雨じゃなくて、飴が降ってる!」

 

 駆け寄ってきたお母さんと二人、空を見上げる。お母さんは口をあんぐりと開けて、何も言えない様子だった。やがて、リビングのテレビから慌てたようなアナウンサーの声が聞こえてきた。

 

『速報です! ○○区を中心に、空から飴が降るという怪奇現象が起こっています! これはコマーシャルでも、いたずらでもありません! 今回の件には、先日の空飛ぶ少女が関わっているとみられ、政府はこの後九時から記者会見を……繰り返します……』

 

 呆然として固まってしまったお母さんは放っておいて、朝食の残りを食べる。ふと横目に見えるのは、一昨日出会ったお友達のファーレちゃんから貰ったてるてる坊主だ。なんだか、ドヤ顔しているようにも見える。

 

 私は、綺麗な青い目をした彼女を思い浮かべながら、てるてる坊主に言った。

 

「ありがとね、ファーレちゃん! こんなに『面白い』ことってないよ!」



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