一般歌手志望ゆかりんとスーパーシンガーIAちゃん (アザミマーン)
しおりを挟む
夢破れた少女と夢叶えた少女
まぁせっかく書いたので供養。
もしこれじゃね?ってのがあったらコッショリ教えてください。
現物を見つけたら消します。
ぷかり、と口に溜めた煙を輪の形で窓の外に吐きだす。下らないことだがこれでも形になるまでそれなりに練習したものだとふと思った。
差し込む西日に目を細め、時計を見上げたらもう17時をとっくに回っていることに気づく。帰ってきてお昼を食べたあとずっとここに座っていたことを考えるとかなり長い時間何もしていなかったことになる。その割には手元の灰皿に溜まった吸い殻は大した数ではなく、これならそこまで喉に影響はないか、などと他人事のように呟いた。
「何をやってるんでしょうかねぇ、私は…」
もう何度目かも分からない自虐の台詞。余計に落ち込むだけだと分かっているのにやめられない、一体誰に向けて言っているのかすら定かではない。いや、一種の自己保身から出てくるものだと本心では分かっているのに、それを認めたくないだけだ。
そのまま夕日がゆっくりとビルの合間に沈んでいくのを眺めていると、玄関からガチャリと音がしてこの部屋の本来の持ち主が帰ってきたのを私に知らせた。
「ただいまー」
透きとおるクリスタルボイス。決して大きな声ではないのに、遠くまで届いて耳に残り、いつまでも聞いていたくなる。こちらに駆け寄る音が聞こえ、振り向いた私の視界に美しい白が入った。
まるで穢れのない、清廉潔白を体現したかのような白髪を腰まで伸ばして、ほんのりと色付いた肌は程よく健康的な印象を受ける。前髪の奥から覗く碧眼は、私を見つけた瞬間嬉しげに細まるが、直ぐに眉根を寄せたしかめ面になった。そんな顔をしても可愛いというのはとてもズルいといつも思う。
「おかえりなさい、IAちゃん」
「あ、ただいま。…って、そうじゃなくてゆかりちゃん!」
「何ですか?」
「またタバコ吸ったでしょ。タバコくさいよ!」
私の手元にある灰皿を凝視してイアちゃんはぷんすかと怒る。はっきり言って全然怖くないが、こればかりは完全に私が悪いので苦笑いを1つこぼす。今日くらいは許してくれないかなと言おうとして、いつもそんな言い訳をしていることを思い出して今回は黙り込む。返す言葉もないとはこのことだろうか。
「そんなに吸ってないですよ、ほら。昼過ぎからここに居たっていうのに、4本くらいです」
「あ…」
昼過ぎから帰っていた、というところでイアちゃんは察したようだった。というのも、実は今日はオーディションがあったのだ。その場で合否が告げられるタイプのもので、合格ならばそのまま1回目の打ち合わせが始まる。そのことを昨日の夜にイアちゃんにも言ったことを覚えていたらしい。
「あの、ごめん…」
「何でIAちゃんが謝るんですか、実力不足の私が悪いんです」
そう、イアちゃんに全く非はない。それなのに、何故かこうして毎回イアちゃんから謝るのだ。そしてその申し訳なさそうな顔を見るたび、その綺麗な声を聞くたび、少しずつ私の心にどろどろとした真っ黒な感情が募っていく。
「ううん、わたしがデリカシーを欠いてた…」
────────なんでそんなに綺麗な声なの
「そんなことないです、IAちゃんが私のことをいつも気にかけてくれてるのはとても嬉しいです」
────────なんで私は心まで汚いの
「ゆかりちゃんも、焦らなくていいんだよ? わたしは、ゆかりちゃんの声大好きだよ」
────────私のことを気遣えるほど余裕があるってこと?
「ええ、分かってます。今更急いても仕方ありませんしね。そういえば、IAちゃんの収録のほうはどうでしたか?」
────────私はあなたに勝っていることなんてひとつもない
「うん、わたしはいつも通りかな。現場の方々も良くしてくれたし」
────────私も大きな仕事をあっさり終わらせて、そんなセリフ言ってみたい
「それなら幸いです。では、今日は無事収録も終わったということでちょっとお祝いにしましょうか。私買い物に行ってきますね」
────────親友の成功も素直に喜べないほど嫌なやつなのか、私は
「わたしも行くよ、ゆかりちゃん!」
────────1人にさせてほしい
「いえ、IAちゃんは疲れているでしょう。ここは今日半分ニートだった私が行きます」
────────なんで余計な言葉が出るんだ、これじゃ皮肉ってるみたいじゃないか
「あ…うん。よろしくね…」
────────ほら、悲しそうな顔をさせた
財布を持って足早に玄関を出る。もう心の内は真っ黒だ。これ以上顔を合わせていたら声を荒げてしまっていたかもしれない。そうしたらあの子はまた悲しそうな顔をするだろうか、それとも怯えてしまうだろうか。そんな顔を見られるのは自分だけだという優越感に僅かに浸ると同時に、自分の性格の救いようのなさに呆れ返る。
もう日は沈み、暗がりが目立つ。駅から少し離れた所に建つこのマンションのそばには、あまり人が通らず、夜になれば尚更だ。ただ、おそらく今私の頬を伝う塩水は周りに人がいようと構わず流れていただろう。また自己防衛の涙。本当に、いつも自分のことしか考えてないな。
零れた雫を乱雑に拭った紫色の袖は、濡れて黒くなっていた。もしかしたら真っ黒な心の中が涙になって溢れたのかなと考え、心の黒い醜い嫉妬が全く衰えてないのを感じてひどく滑稽な気分になった。
(相応の努力もせずにタバコなんか吸って、落ちるのなんて当たり前じゃないか)
フッと思わず出た笑いには、嫉妬して、それでもその相手に依存している、そんな自分に対する嘲りの色が多分に含まれていた。
イアちゃん(IAは芸名)とは高校で知り合った。2人とも同い年、芸能科で歌手を目指していたこともあり、すぐに意気投合した。イアちゃんは普段は少し引っ込み思案だったが、歌にかける情熱は半端なものではなかった。歌のことになると饒舌になり、本当に歌うのが好きだということがよく伝わってくる子だった。
私は高校のときから今までほとんど声質が変わらず、終始落ち着いた声だとよく言われた。しかし落ち着いているのは声だけで、私もIAちゃんに負けないほど歌が好きだった。落ち着いた、というのは抑揚に欠けるというのと同義だったが、私は努力すれば何とかなると本気で信じ、精一杯発声練習などをやっていた。
イアちゃんは当時は今よりも声が通らず、そのせいか細い印象を聴く側に与えてしまう歌声だった。よくイアちゃんと一緒に練習していた私には、イアちゃんの声の良さが分からない教師たちに見る目がないと思っていた。私も負けるつもりはなかったが、それでもこの子は私よりも才能があると確信してしまうほどの差がこの頃からあった。ただ、子供の頃から歌を学んできた私と、中学の終わり頃から歌を始めたイアちゃんとでは流石に技術的な差があり、才能の差があっても実力的には同じくらいだった。
『ゆかりちゃん、ここなんだけど…』
『えっと…ああ、ここは教本通りの歌い方ではイアちゃんには合いませんよ。普通の人よりも繊細な声ですからね。伸ばすのではなく、遠くに届かせる、飛ばすようなイメージのほうがいいかもしれません』
『なるほど…! やってみるね!』
少し声質が特殊なこと、教師の見る目がなかったことがあり、イアちゃんは上手く表現できない箇所があると私に相談してきた。本来ならばいくら同じ学校に通う者同士とはいえ、歌手界の狭き門を考えれば、同い年の私たちはライバルである。教えるなどという行為は敵に塩を送ることに等しいのだが、ライバルである以前に私たちは親友だった。欠席が多い芸能科に通う中で、殆ど取っている授業も同じ、目指す場所も同じ、実力は同じくらい。心を預けられる友達となるのは必然だったのかもしれない。でも、あのときの私は多分そんな難しいことは考えていなかった。私がイアちゃんに教えたことが上手くいくと、イアちゃんは必ず最初に私に報告してきた。
『ゆかりちゃん、ありがとう! 上手くいったよ!』
その、凍りついた雪すらも溶かしてしまうような温かな笑顔が見られるだけで、私は惜しげもなく自らの持つ技術をあの子に教えられたのだ。
高校を卒業した私たちは大学には行かず、すぐに音楽活動を始めた。さまざまな事務所への売り込みに歌番組のオーディション、路上で自作の曲を歌ったりもした。拠点があったほうがいいということで、都内に2人で部屋を借りた。駅から遠いということで値段もそれほどではなく、2人でバイトすれば余裕で賄える金額だった。
最初は大変だった。親元から離れて慣れない自炊生活に、生まれて初めてのバイト。更に、各事務所への売り込み。もちろん練習も欠かさなかった。学校よりも忙しいことがあるなんて思いもしなかった私たちは、よく体調を崩したり、疲れてお風呂も忘れて寝たりもした。苦労も多かったが、それ以上に楽しかった。自主練では少しずつ実力が向上していくのが分かったし、路上でのライブもどきで拍手を貰えたときは嬉しすぎて泣くかと思った。
私はじわりとした成長速度だったが、イアちゃんは技術を習得すると、めきめきと実力を伸ばしていった。もともと才能はあったのだ、それは高校時代から感じていたことだ。声質の違いから2人で一緒の活動をすることは無かったが、それでも同じ業界にいる者として噂はよく耳に入ってきた。
曰く、白銀の天使。
曰く、老若男女を問わず魅了するクリスタルボイス。
曰く、50年に一度の逸材。
嬉しかった。ようやくイアちゃんの才能が認められたのだと、自分のことのように喜んだ。やはりあの教師陣は見る目がなかったのだと、イアちゃんはすごい才能を持っているのだと、それはそれは褒めちぎった。イアちゃんはそれを聴くたびにいつも耳まで真っ赤にし、それでも満更でもなさそうな様子だった。
そこまでは良かった。
イアちゃんの活躍を見て、私もすぐにそこに追いついてみせると息巻いていた。
卒業して1年が経ち、イアちゃんは大御所の事務所に就職が決まった。
2年が経ち、イアちゃんは自分の曲をいくつか出した。もちろん私も全て聞いた。素晴らしかった。
3年が経ち、イアちゃんの名前はIAちゃんに変わった。私も小さなオーディションに受かった。
そして5年が経ち。イアちゃんは今や日本全国を駆け巡る一流アーティストになろうとしている。
そして私は、その場で足踏みしたまま動けていなかった。
いつからだろう、イアちゃんの成功が、素直に喜べなくなったのは。その顔をマンションの部屋よりもテレビで見る回数が多くなったのは。その背中が、 遥か遠くに見えるようになったのは。綺麗なイアちゃんの顔を見るたびに、声を聞くたびに、名前を呼ばれるたびに、醜い汚いどろどろとしたものが湧きだすようになったのは。
いつしか私はタバコに手を出すようになっていた。自主練も最低限になっていた。手当たり次第に応募していたオーディションは、小さな規模のものだけに絞るようになった。そんな風にやさぐれていく私にも、イアちゃんは態度を変えなかった。タバコを注意することはあるけど、止めはしない。悲しそうな顔をするけど、それだけだ。タバコで現実逃避していた私には、そのあまり構わないくらいの態度がむしろありがたかった。
応募して、落ちて、バイトして、自主練して、寝て。そうしてだんだんと気力を失っていく毎日の中で、ふと見ていたテレビに、誰もが知る、私もよく知っている綺麗な女の子が映っていた。こんな番組に出るなんて聞いてないな、と思いながらぼぅっとチャンネルをそのままにしたまま見ていると、画面の前のイアちゃんはインタビュアーに対して透きとおる声でこう言った。
『確かに、最初から生まれ持つ才能というのも勿論あります。ですがわたしは、それだけでは無いと思っています。とてもありがちなんですけどね。〈努力をすれば報われるわけではないけれど、成功した人は皆須らく努力をしている〉。その通りだと思います。そしてもう一つ。努力する人は秀才、ではないのです。努力を続けられるというのもまた、才能なんだと思います』
ぼんやりしていた私の頭の中にも、その言葉はスッと入ってきた。テレビを通しているせいか、いつも私と話しているときの声よりは少し冷たい印象を受ける。だがその冷たさが私の頭を急激に冴えさせた。そうして私は大切な親友からの言葉でようやく、とても遅まきながらその事実に気づいたのだ。
私は結局、生まれ持った才能も、努力を続ける才能も無い、ただ少し歌が上手いだけの凡人だったのだということに。
今日も仕事の予定は無し、ではない。たまたま久しぶりに、バイトではなく、声を使う仕事だ。ただ、歌の仕事ではないと聞いている。詳しいことが分からないのは、2年ほど前、私がやさぐれ始めた頃からお世話になっている弦巻マキさんという先輩が、詳細を語らずに私を今日の仕事に誘ったからだ。マキさんの本業は歌手ではないのだが、歌もできる。一緒に仕事をしたのは2回くらいなのだが、なんだか気があうので、初めて仕事して以来ちょくちょくお茶したり飲みに行ったりしている。
待ち合わせ場所のビルの前に着いたが、マキさんはまだ着いていない。一応先輩なので敬うのが筋なのだが、何というか、マキさんはマキさんという感じであまり先輩という感じがしないのだ。本人もそれを気にする風も無く、いつも適当でいいよーと言ってくる。
ビルの前で待っていてほしいと聞いているので待っているのだが、私が来てから既に20分、待ち合わせ時刻に10分遅れている。流石に場所を間違えたかもしれないと心配になり始めた頃、駅のほうから金色の長い髪が見えた。
「やっほーゆかりん。遅れてごめんね!」
爽やかな柑橘系の香水の匂いを振りまきながらこちらに向けて走ってくる。いつも通り赤を基調とした派手めの服で、胸元は大胆に開かれている。自信満々な格好はその豊かな胸があればこそできることであり、私は自分の胸元に視線を落として小さくため息をついた。いつも通り、遅刻しているのにその声に悪びれた様子はない。
「おはようございます、マキさん。今日はお仕事を紹介していただきありがとうございます。…と言いたいところですが、私はまだ何の仕事をするのかすら伺っていませんが? 声を使う仕事とはかろうじて聞いていますが…」
「そーそー! そんだけ分かってれば十分だと思ったんだよね! ところでゆかりんさ、ゲーム好きだったよね? 前よく話してたじゃん」
「ええ、好きですよ。…最近は遊んでいるだけで現実が私を押し潰そうとしてくるので、集中できなくなって離れていますが…」
「重いよ…それじゃあ今日はそんなこと一旦忘れて、思いっきり楽しもうよ!」
目的地はどうやらこのビルの上階らしい。エレベーターで上がりつつ説明を何となく受ける。どうやら仕事の内容はゲームの実況であるようだ。新作の発売に際し、旧作で使用されていた戦闘システムなどが重複する部分があるので、制作会社主導で公式の旧作実況を作成するという企画だ。
本来ならばマキさんの事務所に所属する後輩が行うはずの企画だったが、大きな仕事が舞い込んできたことで、期待の新人であるその後輩はそちらに回されたらしい。とはいえもともと決まっていたこの企画をポシャる訳にもいかず、しかし他の人には他の仕事が当然あるので代役が見つからなかった。そこで今回はこのゲームを過去にやったことがあり、そしてなかなか良い声をしていて尚且つ暇そうな私に話が回って来たという訳だ。
暇そうなどと歯に絹着せぬ物言いは普通に失礼だが、私はこの気の置けないやりとりが案外気に入っていた。最近イアちゃんと物理的にも精神的にも距離が離れてこういう会話が出来なくなっていたので、こうしてマキさんと下らない話をするのがかなり心の安定に寄与していた。週に一度くらいは電話している気がする。
「本当なら、いくらゲームの実況なんて小さめの仕事とはいえ、外部の人間に頼んだりはしないんだけど────」
マキさんは少し溜めを作り、こちらにウィンクしていかにも楽しげに言う。
「ゆかりんは何度か私とかウチの事務所と一緒に仕事してるしさ、そんときの仕事ぶりとか見てゆかりんなら大丈夫かなーって私とか上が判断したんよ。信頼してるよ? ゆかりん!」
マキさんはこんなちゃらんぽらんな見た目と性格をしているのだが、事務所内では結構上の地位にいる。なので、マキさんのお墨付きがあると言うことは、マキさんの所属する事務所からお墨付きがあるというのとほぼ同義だ。そんなに評価してくれているのかと思うと、顔が熱くなる。耳まで真っ赤になっているかもしれない。照れた私は顔を背け、ちょうど目的の階に到着エレベーターの扉を半ばこじ開けるようにして外に出た。マキさんがニヤニヤしているのが気配だけでも分かるが、決して振り返らないという鋼の意思を持って、用意された実況部屋の扉を力強くノックした。
簡素な部屋に用意されていたのは、カメラとマイク、ヘッドフォンにゲーム機材など。実況に使うものが机の上に所狭しと並べられていた。軽くつまめるお菓子なども用意されていて、ご丁寧に汚れた手でコントローラーを触らないための箸もついている。
「ここで良いんですね?」
「うん。それで、ゆかりんはこのゲームやったことあるんだよね? 私は無いんだけどさ」
「ええ、以前そこそこやり込みましたよ。操作は任せてください」
「お、頼もしいね。とは言っても、今回は交代交代でやるよ。あと、次回からは私は来れないことが多くなるから、ゆかりん一人でやることも多くなると思うよ」
「そうなんですか?」
「うん。まぁでも、気楽にやりなよ。この仕事はそんなに緊張してやるものでもないからさ。私もいくつかやったことあるけど、やっぱりコメントの反応が面白いし嬉しいよね」
この実況動画は録画したあと動画サイトに投稿されることになる。そこでは動画にコメントをつけることができるので、視聴者がどんな反応をしているのか分かりやすい。私もたまに見ていたから一応知識はある。
「今後評判が良ければ生放送とか、もしかしたら顔出しとかもあるかもね。ま、それはゆかりんが良ければだけど」
「私としては、名前を知ってもらえるだけでも十分なのですが…他の方の売り出しの機会を外部の人間が奪ってしまっても良いのですか?」
「いやいや、こっちにはまだ良い仕事も残ってるからね。これは所謂余りってやつだからね」
わざとらしく念を押すように言うマキさんの目には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。いたずらが成功したときの子供のようなその表情に、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。クスリ、と笑いがこぼれる。こんなに自然に笑ったのはいつぶりだろうか、マキさんには感謝せねばなるまい。
「マキさん、今日は本当にありがとうございます」
「…どうしたのゆかりん、そんな突然。もしかして、私の魅力に気づいちゃったかな? 好きになっちゃったかな⁈」
「別に、マキさんのことは結構前から好きですよ。もちろん、友達的な意味ですが」
「…ゆかりんがデレた」
「デレてません!」
その後終始テンションの高かったマキさんをどうにか鎮めた後、ようやくゲームの実況に入ることができた。よく考えたら実況なんて初めてで、手が震えそうだが、大丈夫。あの子には遠く及ばないけれど、私は、声には自信があるほうなんだ。
「皆さん、初めまして。YUKARIと申します」
「いつもお馴染みのマキちゃんだよー! 今回はウチの事務所の所属じゃないんだけど、良さそうな野良の子を連れてきちゃった!」
名前は捻らずそのままにした。私はこういった場に名前が出るのは初めてなので、特定はできないはずだ。マキさんが明るく自己紹介をしつつ、今回私が出演することになった理由を語る。
「いやー、仕事を貰ったは良いんだけど、空いてる子が居なくて! 急遽代打を頼むことにしました!」
「私も昨日急に言われて驚きました」
「その割には落ち着いてるけどね。実況初めてなんでしょ?」
「ええ。普段は歌の仕事なんかをしてたりします」
「知ってる。さて、前置きが長くなっちゃったね!」
「では始めましょう。この動画を見ていただき、まずは御礼申し上げます。この動画は、◯×ソフトウェアで新作ゲームであるアーマーアーミー4が発売されることになりましたため、その前作であるアーマーアーミー3を応援として実況するという主旨で行います」
「あ、実況者を交代することはちゃんと◯×ソフトウェアさんの許可は取ってるからねー!」
「ありがとうございます。さて、新作では3の操作システムが重複するところが多くあるということなので、今回の実況ではその復習も兼ねて解説していきたいと思います。────」
このゲームは巨大なロボットを操り、また自らカスタムすることで強くし、ミッションをクリアしていくゲームだ。ロボットの形状は脚のパーツによって大きく分けられ、戦い方、使える武器などが異なる。今回は初心者のマキさんもやるため、1番使いやすい普通の二本脚を作成することにした。
「二本脚は1番初心者向けの脚ですね。積載量、移動速度、耐久力共にバランスのいい足です。今回はスタンダードに行きましょう。安めの単発銃に近距離ブレードで、遠近共に隙のない型です」
「積載量って普通に上に乗せられる量でいいのかな?」
「はい。このゲームでは脚の積載量を超える重さになると動作が非常に遅くなり、まともに動きません。では積載量が多ければいいのかといえばそんなことはなく、積載量が多い足はそもそも余り機動力がありません」
「なるほど。それで今回は1番その辺のバランスがいいやつを選んだってわけね。他の脚は今後紹介するの?」
「もちろんそのつもりです。それぞれの脚に特色がありますしね」
それに加え、最初から選べる脚で二脚以外のものは性能が著しく低い。途中ミッションをクリアしていくことで作成できる脚も増えるので、それまでの辛抱ということだ。
「あれ、この単発銃と同じくらいの値段のやつあと2つくらいあるけど。そっちじゃダメなの?」
「あの2つは、それぞれマシンガンと光学系武器ですね。マシンガンは装填数が通常の武器よりも多いのが特徴ですが、連射速度も相応に速いです。なので、調子に乗って撃ちすぎるとすぐ弾切れになってしまいます」
「光学系武器ってのは、つまりビームってことでしょ? カッコいいじゃん! 使ってみたい!」
「光学系武器は威力が多少実弾武器より低いかわりに、圧倒的な超射程と機体のブーストを消費して撃つので弾切れがないという特徴があります。使いこなせれば強力な武器ですが、機動力が重要な二脚ではブーストを多用する戦い方をするので、あまり光学系武器は合いません。撃ちまくってたら大事な場面でブースト切れて攻撃が避けられませんでした、では話になりません」
「なるほど、色々あるんだねー」
「この辺はおいおい見せていくことにします」
最初のミッションは動作確認のようなものなのでマキさんにやらせた。次に、戦闘ミッションも体験して貰う。
「これで最後! いやー、ブレード振り回すの楽しいね!」
「ブレードは射程が非常に短くほぼ接敵状態でしか当たらないのが難点なのですが、それに反比例するように、威力は全武器種の中でぶっちぎりで最高です。この辺の雑魚機械の群れでブレードが必要になる機会は正直無いのですが、楽しいので持ってます」
「この単発銃装填数多いしね。でもやっぱりロマンは必要だね」
「その通りです。ただ、今後使うと思いますが他の脚だと、機動力が足らずにブレードを持っていてもそもそも当たらないということになってしまうので、基本的にブレードは二脚と、逆脚と呼ばれる関節が逆方向についている二脚専用になります」
最初は説明が長かったので、戦闘ミッションを1つ終わらせたところで20分を少し過ぎてしまった。今回はこの辺で終わりにして、次回からはもう少しサクサク進めていきたいと思う。
「それでは今回はこの辺で。見て下さった方、ありがとうございます。おそらくこれからメイン実況になるであろうYUKARIと」
「ちょくちょくお邪魔することになると思うマキでした! じゃあねー」
ぶち、と録音機を切る。同時に張り詰めていた緊張の糸が切れ、思わず膝から力が抜ける。椅子に座り込んで動かない私に、マキさんが冷蔵庫からジュースを持って来てくれた。
「お疲れ様、ゆかりん。めちゃめちゃ良かったよ!」
「ありがとうございます…正直、緊張しすぎて自分で何を話したかさえあんまり覚えてないです」
「いやいや! 分かりやすい実況で助かったよ。一回も噛まないしね。何より、ゆかりんの落ち着いた声は頭にすっと入ってくるからなぁ〜。これからファン増えるんじゃない?」
「そうだと良いんですけどね。何はともあれ、今日はこの仕事を紹介してくれてありがとうございます。何とかやっていけそうです」
「うんうん、その調子だよ。これが上手くいけば、今度はゆかりん個人に実況のお仕事とか来るかもしれないしね!」
そんなに上手くいくことは無いと思うが、満面の笑みで自信満々に頷くマキさんの顔を見ていると本当に上手くいきそうな気がしてくるから不思議だ。私はマキさんに軽く笑い返し、夕飯に誘うことにした。たまには外食もいいだろう。マキさんは勢いよく頷き、全身で賛同を示してくれた。
帰り道にふと、昨日まで目から溢れ出すほどに溜まっていた黒い感情が、今日は存在感を消していたことに気づいた。
続きは気が向いたら書きます。これ書いたの何年か前ですしね笑
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
夢に追いつきたい少女と心に秘めた少女
続くとしても超不定期更新ですね笑
『この辺ちょっとうろ覚えなんですよね…罠があったような気もするんですけど。…えっ⁈後ろ⁈あ、これ間に合わな、うわあああああああああ!!!!!!????? 』
前回投稿した動画を見ていた私は、流れるコメントに思わず顔が赤くなった。仕方ないじゃないか、このゲームを最後にプレイしたのはもう4年ほど前の話なのだ。
しかもストーリーは一度か二度やったきりで、あとはネット対戦モードばかりやっていた。
攻略サイトを見ながらやっているわけではないので、細かい場所まで覚えていない。私をイメージしたミニキャラが画面の端で慌ただしく動いているのを見て心の中で言い訳する。
『うああ…今日は死にまくってますね…1ミッションしか終わらないとは不覚です。でも、今日は時間的にここまでです。次回こそはサクサクと進めたいですね。ではこの辺で、また来週』
もうこのゲームの実況を引き受けて2ヶ月ほど経った。最初は4年以上前のゲームのプレイ実況ということであまり再生数が伸びなかったが、公式がSNSで拡散したり、動画サイトの人気ランキングに載ったりして、着々と視聴者が増えている。
たまに来るマキさんの声を目当てにしている人も稀に見かけるが、コメントを見る限り私の実況に好意的な人が大多数だ。初回では『誰? 』とか『マキマキだけでいいよ』といった声もあったが、回を追うごとに無くなっていった。
聞いていて落ち着く、解説が分かりやすいといった意見も多く、最近話し方を意識して実況している私としてはとても嬉しい。
けれど何故か、私が予想外のことが起きたときなどにやってしまう素の絶叫が一番人気であり、それに関しては誠に遺憾だ。私だって好きで驚いてる訳ではないのに。
だからタグにプロの絶叫とかプロの断末魔って付けるのをやめろ。
さて、今回は記念すべき10回目を数えるので、1時間枠を取って生放送を行う。前回動画の冒頭や投コメ、公式での告知はしてあるので周知はされていると思いたいが、実際どのくらい来るのかは分からない。
一応毎回動画を見返すたびに再生数は増えているのだが、1人が何回も見ることもあると思うので、それで視聴者数を把握することはできない。水増し工作がされていないことを祈るのみだ。
それともう1つ、今回は顔出し生放送だ。いつもは私のイメージキャラを編集で入れて動かしているので、顔を出すのは初めてだ。
正直、容姿についてはあまり自信はない。
自分の見た目を悪いと感じたことはないが、それはあくまでも主観だ。イアちゃんはいつも可愛いと言ってくれたけど、私としては目の前に可愛さの化身のような存在がいたので苦笑いすることしか出来なかった。
マキさんにお願いすればスタイリストさんが手配され、別人のように綺麗になることもできたと思う。でも、私はそうしなかった。画面の向こうの人たちとはいえ、私の声を聞いて、実況を楽しんでくれている人たちなのだ。自分を偽りたくなかった。そんなちっぽけなプライドが勝り、私はいつもの簡単な化粧、紫を基調とした私服でカメラの前に座っている。
もうすぐ生放送が始まる。マキさんは来れたら来ると言っていたが、どうやら来れないようだ。やっていることはいつもと同じのはずなのに、視聴者の反応が直接来るとなると、顔を見られるとなるといつもより緊張してしまう。
だが、私は最近緊張を解く方法を編み出した。それは、心の中でこの言葉を思い浮かべることだ。
(イアちゃんは数万人の観客の前で歌うんだよ?)
その背中が果てしなく遠くなったとしても、未だに私の中で彼女はライバルだ。はっきり言ってとても烏滸がましいが、私が勝手に思ってるだけなら誰にも迷惑はかからない。
高校のときはイアちゃんに向かって公言していたが、流石に今では面と向かって言うことはない。こんな底辺人間が日本最高峰の歌手のライバルを名乗るのは、ちょっと有り得ないだろう。
でも意識は切り替わった。あとは、いつも通りだ。
5
4
3
…
「こんにちは、生放送に来ていただき本当に…あ、カメラOFFになってた」
「改めまして、こんにちは。時間的にはこんばんはですかね。もう夜の7時ですし。さて、今回は10回記念ということで、ご存知の通り生放送をしています。マキさんも来れたら来ると言っていたのですが、連絡がないところを見るに前の仕事が長引いてるみたいですね」
考えておいた言葉を話す。どうやら私にこの仕事は向いているのか、これまで一度もセリフを噛んだことはないし、聞きにくいというコメントが来たこともない。
ただ、いつもは動画にいくつもコメントが付いているのに、今日は「わこつ」などの最初の挨拶がいくつか流れた後にコメントがさっぱりない。地震でもあったのだろうか。
「コメントがなくて心配になりますね…人数は増えてると思うのですが。いえ、催促とかではないです。なんかのバグですかね?まぁこんなことで時間取るのもあれですし、さっそくゲームをやっていきましょうか」
コメントが帰ってきた。どうやら何か事故があったわけではなさそうだ。私の顔を見てびっくりしたというコメントが多い。かわいい、美少女などが多く、嬉しいが少し恥ずかしい。
「かわいい、ですか。友達以外から言われるのは初めてですね。ありがとうございます。こうも沢山言われると、少し照れてしまいますね。ですが、私はこれでも一応20歳を超えているので、少女の範囲には収まらないと思うのですが…」
おそらく画面の前の方々は本物の美少女というものを知らないのだろう。イアちゃんと私では天と地ほどの差があるので、一緒に見かける機会があれば私の顔など一瞬で忘れると思うのだが…そう考えたところで、もうイアちゃんと一緒にどこかに行くということもなくなるのかもなと思い、少し落ち込んだ。
ダメだ、今は仕事中なんだ。色々と考えるのはやめにしよう。
「お世辞でも嬉しいです。あ、かわいいと言われたことがないっていうのは本当です。ちょっと親友が目を疑うほどの美少女なので…その子と一緒にいると私は目に入らないみたいなんですよね」
「その辺は秘密で。そろそろ実況に行きましょうか。時間も勿体無いですしね。最後のほうに時間があれば質問にも答えますので。あ、もちろん私やゲームに関しての質問でお願いしますね。とりあえず前回できなかったミッションをさっさとクリアしてしまいましょう」
「今フラグ乙とか言った奴覚えてろよ」
いつもの動画は2~30分くらいで今日は倍近い時間があるとはいえ、時間は有限である。今日の放送では新しい脚も紹介したいし、サクサクいこう。
「今回使用する四脚の特徴は旋回力と小回り、あと最大の利点は安定性です。ただ積載量は若干少なめで、比較的重量のある狙撃銃を載せると容量が若干キツくなります。ただ、四脚はその安定感から狙撃の性能が非常に高いので狙撃銃がメインウエポンになります。それで、狙撃銃は遠距離専用なので、近づかれたときの対策としてパルスガトリングを積んでおきます」
「光学系武器はブーストを消費するので高機動型には相性最悪で、でかい図体の割に地上をシャカシャカ動く結構四脚にもあんまり良くないですね。ただ今回は特殊構成でほとんど動かないので大丈夫です」
「それはこの『その他』の武装を使います。今まで完全に空気でしたが、このミッションくらいから役に立ってきます」
私が選択したのは球状の小型の武装。肩に付けるタイプのソレは、ともすれば爆弾にも見えるが攻撃系の装備ではない。
「知らんのか、雷電…。説明しよう! これは小型浮遊位置偽装装置、デコイという奴です。使用可能数たったの5回、その上何故か肩付け型ミサイルポッドとほぼ同等の積載量を食う重量、さらには一度の使用で1発しか身代わりになってくれないという、普通に考えたらゴミのような性能のこの装備…」
「と、思うでしょう? 今回はそんな皆様のためにこのデコイくんが使える装備であるということを証明して見せましょう!」
散々な言われようだが、今回選択するようなミッションでは役に立つのだ。選んだのは中盤の難関。敵のスナイパーが超遠距離から高威力の攻撃をしてくるステージで、なんと低耐久の機体だと2発貰っただけで死ぬ。しかも敵はスナイパーだけではなく、複数の雑魚敵が接近してくる。
「ミッション名は砂煙を切り裂く弾丸、張り切って行きましょう。ここは中盤の最難関と言ってもいいステージです。やったことのある方は苦労したんじゃないでしょうか?」
「ここは相手に超遠距離スナイパーがいるステージです。1発1発がとんでもない威力で、前々回の動画で使ってた高機動低耐久の機体だと2発で死にます。この四脚は耐久も中々高いですが、それでも4発も食らえば大破は免れないでしょう。また今回はあんまり動かない構成なので避けません。というか狙撃銃とデコイとパルスガトリング積んだ時点で重量オーバーで碌に動けません」
「しかも敵はスナイパーだけでなく、雑魚敵が複数出てきます。このステージの基本的な戦法は、逆関節二本脚の機動力でスナイパーを躱しつつ雑魚を処理してスナイパーを倒す、タンクで耐久を上げまくって敵の攻撃を受け切って雑魚を倒してスナイパーを倒す、といったものが挙げられます。まぁそれらの方法ではどっちにしてもスナイパーは後回しになります。攻撃が届きませんからね」
「ええ、スナイパーは打つ瞬間銃口が光るので、難易度は高めですが高機動型ならそのタイミングでサイドステップとかすれば避けられます。ただ雑魚が邪魔ですけどね」
「そうなんですよね、結局その2つの戦法では如何に速く雑魚を倒しきるかが重要になってきます。でもそれ雑魚の行動パターンとかで乱数が入るので私は嫌いなんです」
そうこうしているうちにミッションが始まる。場所は見晴らしのいい砂漠、地平線に見える建物の屋上にスナイパーが陣取っているのがズームアップされた。そしてその周りに雑魚敵が控え、今回のミッションの概要が説明される。
「通商部隊を妨害しているスナイパーを倒すミッションです…と、説明が入ったところで始まりましたね。ここは射線を遮るものが少なく危険ですが、このスタート地点はまだ相手の索敵範囲外であり、まだ襲ってはきません。最初はスナイパーも雑魚も同じ位置で待機してますが、そこに見えるサボテンを通り過ぎたくらいから遠距離攻撃と雑魚の特攻が始まります」
私は言いながらも機体を前に進める。サボテンはもう目の前だ。
「もちろん危ないですよ。さて、ここから一歩でも前に出れば攻撃が始まります。ただ、今回私が担いでいる狙撃銃は、相手が使っているものと性能がほぼ互角なのです。つまり、相手の攻撃範囲ということは私の攻撃範囲でもあるのです」
「ええ、さっきも少し言いましたが、今回の四脚は機動力に難ありです。まぁ、四脚は過積載じゃなくても狙撃するときは動けなくなって、狙撃体勢から動くのに多少の時間を要しますが。つまり、先に雑魚を狙うと相手のスナイパーのカモになってしまうんです。かと言って、普通に相手のスナイパーと撃ち合うとスナイパーを倒す頃にはこっちも瀕死になって、丁度その頃にここに辿り着く雑魚にやられます」
「それは勿論────こうします」
私は躊躇なく一歩踏み出す。当然このままでは相手の反撃を食らうし、過積載で動きが鈍いので今から動いても間に合わないが…
「今です! デコイくん発動!」
相手の初撃が来る前に右肩から横方向にデコイを発射する。すると、相手のスナイパーの弾が逸れてデコイを貫いた。
その瞬間狙撃体制に入り、カウンターで相手のスナイパーに1発入れる。
「デコイはその名の通り囮で、相手の弾丸を引き寄せてくれます。まぁデコイくんは1回しか狙撃を耐えられない上に使用回数は5回なのですが…相手の耐久はこっちの狙撃を4発しか耐えられないので、相手と同じ数だけ撃って外さなければ、今回デコイくんは余るくらいです。幸い相手のスナイパーは動かないので、いいマトです」
危なげなくスナイパーを撃ち抜き、再びデコイを射出。4回それを繰り返すと相手のスナイパーが沈黙したので、そのまま接近してきた雑魚をパルスガトリングで処理し、無事にミッションをクリアした。
「はい、これにてこのミッションはクリアですね。最初フラグ乙とか言ってた人見てますか〜??」
「それでいいんですか…。まぁ初の生放送なので私も気合い入ってますし、出来るだけミスはしないよういつもより丁寧にプレイしてます。なので上手くいったときは存分に褒めてください」
「では、今日は四脚で他のミッションもやっていきましょう。もちろん普通の四脚もやるので、四脚の強みを見せられたらいいなと思います」
「よし!」
私の撃った弾丸が壁を跳弾して大型機を撃ち抜き、そのまま破壊した。難しいミッションだったが、僚機を呼ばずにクリアできたので嬉しい。
「漸くクリアですね。一回失敗してしまいましたが、このミッションで試行回数2回は中々運がいいと思います」
「さて、今日は三つミッションをクリアしたところでゲームは終わりです。残り時間は…15分くらいですか、それでは予告通り質問を」
そこまで言ったところで撮影室のドアが乱暴に開けられた。関係者の中でノックもなしに入ってくるのは1人しかいないだろう。
「おや、マキさん。お疲れ様です。遅かったですね、大丈夫でしたか? 何かトラブルが?」
「おーっす、遅れてごめーん! トラブルってほどじゃないんだけど、撮影が長引いちゃって…でもお詫びにケーキ買ってきたよ! 一緒に食べよう!」
マキさんの登場でコメントが一気に盛り上がる。今日1番の盛り上がりに、売れっ子の底力を垣間見た。私が主体の生放送なのでちょっと羨ましい気持ちもあるが、放送が盛り上がるのは素直に嬉しいので何とも言えない。
「マキさんも来ましたし、ケーキ食べながら質問コーナーに行きましょうか。時間もありませんしね」
「じゃあ私から! ずばり、彼氏いる?」
「なんでマキさんからなんですか…まぁいいです。彼氏はいませんね」
「来るな。では次の質問お願いします」
「23です」
そのままどんどん質問に答えていく。私に関する質問には素直に答え、私以外が関わってくる質問はお茶を濁していく。
特に親友…イアちゃんに関しては絶対に情報を出すわけにはいかない。あの子は確かに親友だが、それ以前に今一番売れているシンガーだ。私の一存で情報を出していいわけもないし、どこからイアちゃんの存在がバレるとも限らない。
バレたらあの子の歌手活動の邪魔になってしまうかもしれないと考えると、絶対に明かせなかった。
「うさぎは好きですね。でもこの衣装は今回の生放送用ですよ? 普段から着てませんから。こんなかわいい格好を普段着にするのはちょっと…」
「今回の放送が好評だったら生放送枠を増やす予定だったんだけど…これならもっと増やしていいね! 私も見たいし!」
「まぁあのミニキャラの人気も高いですしね。私も毎回顔を出すとなるとちょっと恥ずかしいので…」
「ありがとうございます。では、時間も来ますし今回はここまでですね。初生放送でしたが如何でしたか? 今回の放送はいつも通りのYUKARIと」
「途中から乱入したマキでお送りしました! じゃあねー!」
ぷち、と放送ボタンを切る。水を一口含み、漸く息を吐いた。隣でケーキを食べているマキさんに向き直り頭を下げる。
「今日は来てくれてありがとうございます、そちらの撮影も忙しかったのでしょう?」
「いやいや、かわいいゆかりんのためだからねー。結局最後の質問コーナーしか来れなかったけど、私が来たからって視聴者が特別増えたわけでもなさそうだし、上手くやれてたと思うよ?」
仕事の経験が豊富なマキさんからそう言ってもらえてとても心強い。失敗してはいないと思ったが、自分では客観的な評価は下しにくいのだ。それに、最後だけでも来てもらえて助かったのは本当のことだ。
「さてゆかりん、今回の放送で無事10回の放送を終えました。固定ファンも付いてきてるみたいだし、毎回の反応も上々だよ」
「それはありがとうございます。何ですか急に、ちょっと気味が悪いですよ?」
マキさんが居住まいを正して真剣な顔で私を褒めた。少し面食らってしまい茶化してしまったが、働きぶりが評価されるのは嬉しい。
「酷いな! まぁ、いいや。で、だ。ゆかりん、君には実況者としての才能があると思う。私やゲーム公式のサポートがあったとはいえ、今回の企画が成功しているのはゆかりん自身の力によるものが大きいよ。噛まないし、適度な解説を挟みつつプレイングも上手い。何より声がいい。綺麗な声だし、聞き取りやすい」
「な、何ですかほんとに。遂におかしくなっちゃいましたか?」
「ゆかりん。ウチに来ない? 私は、ゆかりんと一緒に仕事がしたい」
頭が真っ白になった。
意味は理解しているはずなのに、何も考えられなかった。マキさんが何も言わずにこっちを見ている。私は口を無意味に開閉させるだけで何も言えない。一緒に仕事がしたい? つまり、私をスカウトしているということか。何のために? もしかして、私をそこまで買ってくれているのか。
「…ゆかりん? 大丈夫?」
「確認したいのですが」
「なに?」
「私をスカウトしているんですか?」
「そうだよ。一緒に仕事がしたいって言ったじゃん。ウチに入社してよ、ゆかりん。ゆかりんが必要だよ。友達としてだけじゃない。私も動画を見てファンになっちゃったんだ。ねえ、お願い?」
上目遣いでマキさんがこちらを伺ってくる。彼女のファンなら必見の表情だと思うが、私はそれどころではなかった。平凡な才能しかないくせに、それらしい努力も疎かで、親友に嫉妬して黒い感情を持ち、夢を追うことすら諦めかけていた。
そんな私に、期待してくれている人がいるなんて、思いもしなかったのだ。
だからだろうか。
「…え? ち、ちょっとゆかりん?! 何で泣いてるの?! そんなに嫌だった?!」
「え」
頬を伝う生暖かいモノに気づかなかった。止めようと思っても、止め方が分からない。頭の奥からどんどん溢れていく。
「あ、えぅ、ひぐっ」
「ああ、ごめん! ごめんてゆかりん! 急だったよね?! びっくりさせちゃったかな! この話は無かったことにしようか? うん、それがいいかな!?」
「ひっ、ち、違う、違うんです、嬉しくて。こんなダメな私に、き、期待してくれる人がいる、いるなんて思わな…」
「ええ? …なんかよく分かんないけど、ほら、これハンカチ。使ってよゆかりん」
マキさんを心配させてしまった。私も話の続きをしたい、でも感情の波が引かないのだ。
それから暫く私は泣き続けていた。その間マキさんは私に水を渡したり目元を吹いたりティッシュを渡したりなど、甲斐甲斐しくお世話してくれた。
「…お騒がせしました」
「いいっていいって。驚かせちゃったのは本当だしね。それに、ゆかりんの泣き顔なんてレアなもの見れちゃったしねぇ」
「わ、忘れてください!」
「え〜? 忘れないよ〜」
先程とは打って変わって、ニヤニヤしながらこっちを見てくる意地悪さんを睨んだ。流石に茶化しすぎたと思ったのか、マキさんは咳払いを一つした後にまた真剣な顔になる。
「…それで、どうする? ゆかりん。さっきは勢いで押しちゃったけど、別に今すぐに決めて欲しいというわけでもないよ。しっかり考えて、ゆかりん自身が来たいと思ったらでいい」
「ありがとうございます、マキさん。私をそこまで高く買ってくれてすごく嬉しいです。正直に言うと、私がこの話を断る意味は無いです」
「なら…」
「でも!! もう少し待って欲しいんです。私を評価してくれるのは本当に、本当にありがたいことです。しかし、だからこそもう少しの間だけ私のことを見て、決めてくれませんか? 具体的には、このゲームの実況が終わるまで。そこまで見て、まだ私のことを雇いたいって思って頂けたなら、そのときはよろしくお願いします」
「必要ないと思うけどなぁ…。まぁゆかりんがそこまで言うならもう少し待ってみるよ。私としてもゆかりんの魅力を深掘りできるなら悪い話じゃないしね」
我儘を言っている自覚はある。私を評価してくれたマキさんに対して失礼だということも分かっている。でもだからこそ、一時の評価だけで決めて欲しくないのだ。もしこれで私を雇いたくないと考え直したなら、それはそれだ。ただ私の実力が無かったというだけの話。…ぬか喜びになることも無くなる。
マキさんは気にした風もなくケーキを食べるのを再開している。ゲームのストーリーは今丁度半分を超えたくらいだ。手古摺らなければ、あと10回ほどの放送で終わるだろう。私のことを評価してくれる人のために、私のことを見てくれるファンのために、出来ることを全力でやる。私はマキさんの買ってきたケーキを頬張りながら気合いを入れ直して頑張ろうと決めた。
…とりあえず、このケーキを食べ終わってから。
『いやー、色好い返事を貰えて良かったよ! 実はこの話もう社長に通ってるんだよね、良さそうな子がいるから連れてきますって! 今回の仕事も実績作りにはぴったりだし、これは世界がゆかりんにウチに来るべきだって言ってるんだよ!』
帰り際、マキさんがそんなことを言っていた。まさか今回の仕事は最初から私を会社に取り込むために仕組んだものかと疑ったが、人手が足りなくなったから外部の人間を呼んだというのは本当のことらしい。自意識過剰で恥ずかしかった。思い出した羞恥で顔が赤くなる。時間が夜で本当に良かったと思う。お陰で周りの人に顔色を見られずに済む。
(あ、今日はイアちゃん帰ってくるのかな…)
今をときめく超売れっ子歌手であるイアちゃんは、私とは違ってとんでもなく多忙だ。そのため家にいないことなどザラで、一か月もの間一度も家に帰らないときも普通にある。
今回は特に長く家を空けていて、最後に会ったのはこの実況の仕事を始める前日、つまり二か月前である。全国ツアーと言っていたので仕方がないと思うが、顔を見るどころかろくに電話もできていない状況なので、ぶっちゃけて言えばとても寂しい。マキさんから頂いた仕事も楽しいが、イアちゃんと会えない寂しさを完全に埋めることはできない。
それ程までにイアちゃんに依存してしまっている。一度考えてしまうと余計に会いたくなってきた。しかし、私から会いに行くなどという迷惑行為が出来るはずもなく、いつもただひたすら耐えて待つのだ。
しかし、今回のツアーライブは昨日で終わり、今日は家に帰ってくるはずである。昨日のメールにそう書いてあったので間違いない。ただ、時間は夜遅くなるかもしれないとあったので、そういう場合は夜に家に帰ってもイアちゃんがいないことが多い。
それでもいい。二か月会えなかったことを考えれば、数時間なんて微々たるものだ、そのくらい幾らでも待てる。現在時刻は午後21時。19時から1時間の生放送をして、その後マキさんとお話ししていたので少し時間を食ってしまった。
(今からスーパーで買い物して料理して…イアちゃんが帰ってくるまでに間に合うかな?)
もしかしたら夕飯を食べて帰ってくるかもしれないが、そのときは私の夕飯になるだけだ。余ったら翌日に回せばいい。会えないせいで寂しさが限界突破するかもしれないが、それは私にしか影響がないので大した問題ではない。もし料理がイアちゃんの帰りに間に合わなかったら…手伝って貰うかな。
ついでに安物で悪いがツアー完走を祝うケーキも買っていこうと、私は小走りで帰り道の途中にあるスーパーまで駆けて行った。
「あ、ホタテ安い。たくさん買って今日はホタテ尽くしかな」
イアちゃんの好物が安く売ってるのを見て、私は頬を緩めた。
「…んぅ?」
ふと、背後に人の気配を感じて眼が覚めた。寝惚け眼でゆっくり振り返ると、そこには変わらない白の輝きを放つ待ち人が立っていた。
壁掛け時計を見ると時間は午前2時。完成したホタテ尽くし料理に満足し、イアちゃんのことを座って待っていたらいつのまにか寝ていたようだ。イアちゃんは何故かこちらに両手を伸ばした状態で固まっている。
起こそうとしてくれたのだろうか。
「あ、イアちゃん、おかえりなさい。ごはん、もうたべてきちゃいましたか…?」
「あ、えっと、ただいま、ゆかりちゃん。まだ食べてないよ」
起きたばかりで頭が回らない。鈍った思考を戻すために、とりあえずイアちゃんをからかうことにした。
「何ですか、意味深に伸ばされたこの手は。さてはイタズラしようとしてましたね?」
「あ、う、うん、えへへ、バレた?」
「もう…メッ、ですよ。何はともあれ、ツアーお疲れ様でした。一応ご飯を用意していたのですが、もう遅いですし、明日にしますか?」
「ううん、食べるよ。明日は休みだしね。それに、ゆかりちゃんも食べてないんでしょ? ここで座って待っててくれたんだよね?」
「ええ、それくらいでしかIAちゃんを労われませんから。でも、IAちゃんの好きなホタテをたくさん使った料理を用意しましたよ。ほら、このグラタンなんて自信作です」
「すごい…。私の好きなものばっかりだね。ありがとう、ゆかりちゃん!」
イアちゃんがにっこりと笑う。それだけで日頃の疲れなんて吹き飛ぶようだが、イアちゃんの笑顔に少しだけ違和感を感じた。
気のせいかもしれないが、笑顔が固かったような…。
「…大丈夫ですか? 疲れていませんか? 何か、悩み事でもあるんですか?」
「ど、どうしたのゆかりちゃん。何か変だったかな、私」
「少し笑顔が固かったような気がして…気のせいだったらいいのですが」
「…やっぱりすごいね、ゆかりちゃんは。何で分かっちゃうのかな?」
「勿論、私はIAちゃんの親友ですから。それで、何か悩み事なら聞きますよ。解決はできないかもしれませんが…」
イアちゃんは私の言葉に明らかに顔を歪ませた。何か言葉を選んで迷っているかのような、複雑な表情だ。親友相手に水臭い話だ、と思う。
それと同時に、もしかしたら私はもう友達として認識されていないのか、とも考えた。有り得ない、なんて口が裂けても言えないことだ。最近はゲーム実況をピンチヒッターで行なっているが、それまではバイトしてるだけで夢を追うことも諦め掛けていたろくでなしだ。よく考えたら私と同居する意味ももう無いし、そろそろ縁を切られてしまうのだろうか。
私がただイアちゃんの優しさに縋って、親友だと思い込もうとしているだけなのか。独り善がりな考えから来る依存と、歪な愛情。
もし否定されたら。
拒絶されたら。
出て行けと言われたら。
貴女に否定されてしまったら、私はもう──────生きていくことすら、出来ないかもしれない。
そんな考えが頭の中を巡り、それでも表情には出さないように気をつける。もし顔に出したら、それだけでこの優しい人を心配させてしまうかもしれない。
拒絶された結果私が絶望しようと、この際それはもういいのだ。これからも輝かしい道を歩き続ける貴女を、傷つけることだけはしたくないのだ。どうしようもない私の、ちっぽけなプライドを守るために自然体を装う。イアちゃんは少し間を取っていたが、俯いて顔を伏せ、ポツリと零した。
「…それなら、言わせてもらおうかな」
「ええ、なんでも言ってください」
「何で私の親友さんは、私をIAって呼ぶのかな。私はもう、名前ですら読んで貰えないのかな…?」
「…‼︎」
虚を、突かれた。こんな私を、まだ親友だと思ってくれているのか。
「その顔、やっぱり意識してそう呼んでたんだね。いつからかはもう覚えてないけど、最近はずっとそう呼んでた」
イアとIA。イントネーションも同じで、心持ちの問題だ。しかし、分かるはずもないと私が密かに芸名で呼んでいたことは、鋭い親友にはバレていたようだ。
私はイアちゃんがIAとして売れ始めた頃から、意図的にイアちゃんを名前で呼ばないようにしていた。そうしなければ、羨望と嫉妬で親友の名前すらも塗り潰してしまいそうだったから。私が羨んでいるのはIAであり、イアちゃんではないと自分で思い込みたかったから。
そうしないと、私はイアちゃんの目を見て話すことすら困難になってしまっていた。
「さっきゆかりちゃんが寝ぼけて私のこと名前で呼んでくれたとき、すごく嬉しかった。だから、またIA呼びになったのが悲しかった。普段なら耐えられたんだけどね。一度名前をちゃんと呼ばれたこともあって顔に出ちゃったみたい。…ゆかりちゃん、私のこと嫌いになっちゃった? 私、何かやっちゃったかな、謝るよ、ごめん、だからわたしのこときらいにならないで…」
「違う!」
私は咄嗟に叫んでいた。私はまた詰まらない身勝手でこの子を傷つけたのか。自分で自分を殴りたくなる。でもそんなことをしたらこの子は悲しむ。今はイアちゃんに私の本心をぶつけるべきだ。
「私は! イアちゃんを嫌いになったことなんて一度もない!」
「ゆかりちゃん…」
「イアちゃんの笑顔が好き、透き通るような声が好き、センスのある曲が好き、私のことをまだ親友だと言ってくれることも、全部好きだ!」
思っていることを全部吐き出す。普段使ってる丁寧語も今は要らない。少しでも装飾のない言葉で伝えたい。
「私はイアちゃんに嫉妬してたんだ。同じ学校を出て努力して、何でイアちゃんばっかり注目されるんだって、歌う才能があるんだって嫉妬してた! そうして勝手にやさぐれて、いつのまにかイアちゃんをIAって呼ばないと目もまともに見れないくらいにおかしくなってた…」
「…」
「嫌われるのは私の方だ…なのに何でイアちゃんが傷つくんだ。私、最低じゃんか…」
必死に涙は堪える。私に泣く権利はない。今泣いていいのはイアちゃんだけで、罵倒する権利があるのもイアちゃんだ。私は頭を垂れて静かにイアちゃんの沙汰を待った。
一体何分経ったのだろうか。実際には一瞬だったのかも知れないが、私には永遠のように長く感じた。遂にイアちゃんが言葉を紡ぐ。
「ゆかりちゃん」
「…」
「私のこと、こんなに好きでいてくれてありがとう」
「…え?」
ふわり、と。イアちゃんが私のことを抱きしめていた。私の顔の真横にあるイアちゃんの表情は見えない。しかし、なんとなく微笑んでいるように感じた。
「ゆかりちゃんの気持ち、十分伝わったよ。苦しませてごめんね。泣きたいときもあったよね。泣いていいんだよ、我慢しなくていいんだよ」
「…っ、私は、自分勝手な事情であなたを傷つけたのに、何で何も言わないんですか…」
「私も、学校にいた頃はゆかりちゃんに嫉妬していたもの。何で私はゆかりちゃんみたいに上手に歌えないんだろうって。だからおあいこ。それに、二人して似たようなこと考えたことがあるって、何だか面白いでしょ?」
この子はどこまで心が綺麗なんだろうか。許されるはずないのに。また私は涙が出た。今日はマキさんに泣かされ、イアちゃんにも泣かされた。よく泣く日だ。涙が枯れるなんて表現があるが、私には無いかもしれない。
「まだ、完全に心の整理がついたわけではありません。ごめんなさい、私はまだイアちゃんのことをIAと呼んでしまうと思います」
「…うん」
イアちゃんはゆっくり頷く。最低なことを言ってしまったと思ったが、本心を伝えたからか、イアちゃんは少しだけ機嫌がいい、ように見えるかもしれない。
「ですが、私も立ち止まったままではありません。きっとこの癖は自分に自信がないことが原因だと思います。だから、イアちゃんの名前を堂々と呼べるほどの自信を、すぐにつけて見せます。それまで、待っていてくれませんか」
「待つよ、いくらでも。ゆかりちゃんが約束破ったことないもんね」
やはり聖人か…。イアちゃんが光り輝いて見える。確かに約束を破らないことは私の密かな特技と思っているが、今回はどうなるか分からない。ただ、根拠が無いわけではない。なにせ本職からお墨付きを貰っているのだ。私は私自身を信じられないが、私を信じてくれた人なら信じられる。
「メールで少し言いましたが、私は今新しいことに挑戦してます。それが上手くいったら、私も少しは自信がつくと思います」
「そういえば書いてあったね。知り合いから貰ったお仕事だっけ。結局何の仕事してるの?」
「それは…今は秘密です。さて、ご飯食べますか。すっかり冷めちゃいましたが、温め直せば良いですしね」
私はお茶目を気取ってウィンクした。教えてもいいが、せっかくならちゃんと就職して、軌道に乗ってから言いたい。正直に言えば、私はまだ歌に未練がある。しかし、そんなことを言ってられる時期は終わったのだ。ここからは何をしてでもイアちゃんに並び立たなければならない。引きずっていた歌への気持ちも、イアちゃんのお陰で覚悟が決まった。目指した夢と少し方向は違うが、わたしはそれでも貴女に追いつきたいんだ。
このとき、私は自分のことでいっぱいいっぱいだった。だからだろうか。
「…ぇ? ゆかりちゃんがわたしに、隠し事…?」
イアちゃんの小さな呟きを聞き逃していた。そして、夕飯を温め直そうとイアちゃんのほうを見ていなかったことで気がつかなかった。
イアちゃんの顔から表情がストンと抜け落ちていたことに。
ちなみに某コアの新作が発売することと本編の内容は全く関係ないです。書いたの前ですしね。
目次 感想へのリンク しおりを挟む