ガンダム戦記 side:Zeon (上代)
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序章

『定時刻、作戦開始。各機はブリーフィングの通りに―――』

 

 小さい呼吸音と機器が刻む電子音、これらが響いていたコックピット内に、作戦開始の通達が流れる。母艦の通信担当官の努めて冷静な声が、しかし掠れている事から相手も自分と同じなのだと分かる。

 興奮と緊張、不安が綯い交ぜになった感情から小さく声が漏れ、嚥下した音が耳に障った。

 女の子みたいな甲高いものじゃないだけ、マシと言えばマシである。

 

 そんな精神状態を置いて、肉体はきびきびとやるべきことを処理していく。

 既に行動を繰り返すこと何十回、動作ならば何百回と積んだ行為は頭で考えるよりも先に体が動いた。

 鼓膜に届いたと感じるよりも腕が、手が、指が操縦桿に伸びる。

 握り部分にあるフックを開き、入力キーにアイドリング状態解除の指令を打つ。

 僅かな震動を連れて、発動機が唸り声を上げた。

 電力が供給され僅かな光量のみだったコックピット内の前部が点灯。

 搭乗するモビルスーツ(MOBILE Space Utility Instrument Tactical:機動汎用戦術宇宙機)、全長十七メートルを超える人型機動兵器が鈍い駆動音を上げる。

 その音から複数の電子音が奏でられ前面モニターに立体モデル、スペック覧が次々とウィンドウを開き各部の自己診断を開始する。

 

 骨張った、骸骨を連想させる頭部。モノアイレールの中心にフレームがあるのが一つの特徴の、曲線的な機体構成は見る者に力強さと安心感を与える。

 メインモニター両脇に設置されたサブモニター、左に各部のパラメーターがデジタル表示、右は搭載兵装が表示され、項目に〈問題なし(ノープロブレム)〉と継ぎ足されていく。

 

〈MS-05B、出力安定域、各部異常なし(オールグリーン)

 

 診断結果が流れMS-05B、ザクIの起動シークエンスを完了した。

 最後の診断ウィンドウが閉じ、続いて前面モニターが外部映像に切り替わるとデブリが漂う空間、宇宙が広がる。

 側面モニターも問題なく点灯し、左右に並ぶ友軍機のザクIが映った。

 両機ともこちらと同様に起動を滞りなく終えたのだろう、単眼(モノアイ)が鈍い音と共に光を帯びる。

 

 前面モニターのコンソールを叩き、両機へ通信回線を開く。

 青年は一度唇を湿らせてから言葉を紡いだ。

 

「こちらアロー・ワン。各機応答し状態を報告せよ」

 

『こちらアロー・ツー、問題なし』

 

『こちらアロー・スリー、同じく、以上』

 

 通信先の二人も緊張しているのか、早口に似た即答を受けた。

 バレたら怒られるだろうか、聞き慣れた声に小さく笑みを浮かべ安堵の息が漏れそうになる。

 思ったよりも、緊張と不安に呑まれていた。

 訓練の時とは違う、戦場の空気という奴に当てられたのだ。

 そして、出撃する興奮にも。

 

 モビルスーツのパイロット、メルティエ・イクスはだからと言うわけではないが、心の裡で二人の声と存在に感謝と謝罪を送り、小隊長としての連絡事項を消化していく。

 

「作戦内容を確認する。現地点より最大速度でポイントαのデブリ近郊まで移動、高速状態を維持したままデブリに進行、デブリ群を抜いた先に展開された敵艦に横撃を仕掛ける。質問は?」

 

『アロー・ツー、なし』

 

『アロー・スリー、同じく』

 

 メルティエも、そして二人とも口調が硬い。

 

 彼らは俗に言う士官候補生、新兵、悪辣な人間に依っては「青臭い餓鬼」と称される。

 

 ここから離れたところで進軍を開始しているのであろう主力部隊の面々、先輩方(ベテラン)からはそう思われ、事実口に出された事もある。

 当時は敵愾心やら屈辱を生み出した言葉と意味。

 だが結局のところ彼らは若く、()()()したところで経験の無い新米(ルーキー)

 年長者達は苦い経験を飲み込み、慣れてしまった事でこちらの事を()()()憎まれ口を叩いたのかもしれない。

 

 今から行う事、きっとそれは―――。

 

 ピーン、と警告音ではない電子音が鳴る。

 着込んだノーマルスーツに内蔵された時計を一瞥、時刻は二三時五八分を示していた。

 

「現時刻以降は通信が接触会話のみとなる。

 フォワードはアロー・ワン、サポートはアロー・ツー、バックアップはアロー・スリーだ。

 返事はいい、動作で応答しろ」

 

 通信回線は開いたままだが、沈黙が流れ両機のザクIが各々の武装を構えた後に掲げた手が上下に動いた。

 

 直後、至近距離に居るというのに、通信回線が断絶された。

 これは友軍機から通信が切断されたわけではなく、作戦上必然となる事象の一つだった。

 故に問題はなく、この状態に推移するのは確定事項。

 

(―――事実上の作戦開始の合図、だな)

 

 思わず、操縦桿を強く握り締めた。

 気分を落ち着かせようと呼吸一つ分置く、余り変化がないことに緊張の度合いを理解した。

 訓練時よりも慎重に、自機を前進。勢いを付けるためにスロットルを僅かに絞る。

 ドウッ、と映像分析された音がコックピット内に轟いた。

 重力加速度に内部機材がギシギシと、体がパイロットシートに押し付けられ襲う圧迫感に全身で力を入れて耐える。

 前部モニターの隅に縮図されたザクIの状態に視線を移せば、背部のメインスラスター、脚部のアポジモーターの正常起動と稼働状況が横グラフで表示され速度表示の円グラフが二百度近くまで上がり、瞬きの間に三二十度まで進行する。

 彼は綺麗に円を描いた速度計から目を離す。モニターに注視するためだ。

 粒程のものが次第に大きく、秒間で前面を覆うデブリ群を相手にこれまで散々叩き込まれたAMBAC(Active Mass Balance Auto Control:能動的質量移動による姿勢制御)システムを駆使、バーニア光がデブリの中を縫う。

 躱し、モビルスーツの四肢を振り回し、時には機体全体を一方向に流して暗闇から差し込む星々の、又は予め設置された低光量ライトを頼りにひた走る。

 

 彼らは何故、新兵の自分達にこんな障害物が多く視界も利かない暗礁宙域からの出撃が課されるのか、正しく理解はしてない。

 力量を試されているのか。否、もし試すのであれば、ベテランを先導ないし後続に置きフォローに当てるだろう。これから芽が出る若手を態々デブリの間を縫って出撃させる事なぞ、有り得まい。

 重要なポジションを占めるから。否、それこそベテランを配置するべきだろう。能力の伸び代があったとして、それが分かるのは幾度も戦場を生き残った後でしか判別できないもの。よしんばあったとしても、初陣でこの位置付けは誰もが頭を捻る。

 ならば何故、こうも難易度の高い場所からの出撃か。

 分からない。解る筈もない。

 何故なら彼らは当事者で、司令発行者がジオン公国の国防軍である事くらいしか判らないのだから。

 指令通達後に何度もネガティブな思考に陥った事は記憶に新しい。

 しかし、事が正に現実となった今、余所見をすれば待つのは文字通り”死”である。

 重い息が漏れ出て、四肢が僅かに震え出したのは、決して気のせいではない。

 メルティエにできるのは、操縦桿を握る手に力を通し、足の指先を動ける分だけ動かし、筋肉が硬直する不安に抵抗するくらい。そして、余計な事に流れる思考を食い止めようと、歯を喰いしばるくらいだった。

 

(ビビるな、ビビったら激突して死ぬ。後続の二人は俺のバーニア跡を追尾しているんだ。

トチったら俺だけじゃない、二人とも死ぬ!)

 

 訓練でこの高速機動は何度も行った。

 だが、その時在ったのはデブリに見立てたクッション材で、後続する機体はなく単機だった。

 体が固く、重く感じる。

 

 他人の命を預かる。

 

 格好良い言葉だと思っていたが、実際に負うと腹に冷たい異物を埋め込まれた心地だ。

 数分の事象が倍にも体感させられコックピットにあるはずのない暑さを感じる。

 緊張による発汗よりも、興奮による体温が勝りその副次効果で体の凝りが幾分かマシになった。

 

「見えたっ」

 

 デブリの数が少なくなり、完全に抜き切ると青の中に様々な色彩が共存する星が視界に広がる。

 

(――――ああ、綺麗だ)

 

 地球。全ての原点、生命の故郷、人類発祥の星。

 

 メルティエが地球鑑賞に訪れたのであれば、しばし眺めていたであろう。

 彼はあの色合いに抵抗はなく、むしろ好きだった。

 

 だが彼は軍人であった。

 今は若く古強者達とは認識の差異はあれども正規軍人であり、そうあろうとした。

 

 地球の前に浮かぶ、人工物を視認―――目標対象を作戦通りに撃墜せん。

 

 それこそがここに居る理由。

 行うべき事は十全に理解している。

 

 ザクIが捉えた人工物は、マゼラン級宇宙戦艦。

 その護衛機に宇宙戦闘機セイバーフィッシュが一、二、三機。

 高速で迫っても敵は全機ともに動きを見せない。

 

 この異常な事態を織り込み済みのメルティエは出撃時からザクIに握らせた兵装を構える。

 間隔が三キロメートルまで縮むとセイバーフィッシュが流石に気づいたのか、機首を回頭した。

 

 ――――のろのろと。

 

 相手の動きが悪い理由は知っているし、今は我が身にも降りかかっている。

 要は対処方法ないし対策を理解しているか、していないかの違い。

 そして、考え方を変えれば自分もああなる(・・・・)という事。

 

「――――っ」

 

 構えた兵装ZMP-47D、一○五ミリマシンガンが振動をコックピットに伝えながら発せられる。

 ドドドドッ、とマズルフラッシュと共に二十発程撃ち込んだ銃弾。

 相手からすれば砲弾に等しいそれはセイバーフィッシュの機体に風穴を穿ち、瞬く間に火の玉に変えた。

 

「ああっ!」

 

 つまり、人が死んだという事。

 全身に吹き出る汗の感覚。口内が乾き、呼吸が一段と早く、確実に体の固さは硬度を増した。

 

 ―――ヴィー!

 

 それでも、彼は操縦桿から指を離さずコックピットにけたたましく鳴る警告音に反応し、従う。

 飛来するのはセイバーフィッシュとその僚機。

 二機の戦闘機が四連装三十ミリバルカン、三連装ロケットランチャーの口角が動き狙いを定めたのか発射される。

 

 操縦桿のコンソールを叩き左脚で弧を描くように、マシンガンを握る右腕を上に大きく振るう。

 AMBACが反映されザクIが居た空間を四点から貫くバルカンが、接触すればザクIでも爆砕するロケットが風切り音を残して通り過ぎる。

 

「っしゃおらあぁあああああっ!」

 

 自らを鼓舞する為、雄叫びを上げながらの機体操作。

 セイバーフィッシュと擦れ違い様に、遠心力が適度にかかった左脚で蹴る。

 身体を軋ませる重力加速度でも、銃器の反動とも違う”何かを砕く感覚とその破砕音”が身体と鼓膜に伝わった。

 

(想像するな、考え込むな、()()()()するな!)

 

 蹴り砕いた機体と入れ替る後続のセイバーフィッシュの操縦席が前面モニターに飛び込む。

 高解照度のモニターが映像を、パイロットの表情が見て取れた。

 

「―――あっ」

 

 幸運と言っても良いのだろうか、ヘルメットのバイザーが光を反射し口元までしか見えない。

 恐怖に歪み、絶叫を上げているのか口を大きく開けた。おそらくは、男だろう。

 その操縦席を、アポジモーターの推進力がかかった右脚で踏み抜いた。

意図的ではなく反射的に。寸前に見た有り様に思わず右手が、指先がコンソールを叩いた結果がこれだった。

 

「うぐっ」

 

 喉元にこみ上げたそれを嚥下。

 当然ながら、自らの足で踏み抜いたわけではないから感触はない。

 

 が、感覚とその行動の結果を想像しただけで嘔吐感が迫り上がった。

 先ほどの敵の攻撃がデブリに当たったのか、破片が無数に飛び交う。側面を向けていたおかげで左腕で払いながら避ける事ができた。

 

 ―――ヴィー!

 

 警告音。破片を払う左腕の肘から先が、光に包まれて消失。

 バキィ、ジュウ、ドンッと映像分析した大小の音はコクピット内を騒がせるには十分に過ぎた。

 機体状況を表示するサブモニターを見れば、余波で左脚の曲線部分が溶解。幾つかある操作方法の中でフットペダル、意識したものの機動を脳内に描いて踏む。

 

 無事な背部、右脚のアポジモーターで機体が後方に流れるのを防ぎ、上面に飛んだ。

 ザクIのセンサー有効半径外、二九○○メートルからの攻撃。更に続く熱源を感知した事による警告音。 

 

 さして難しい問題ではない。

 

 戦艦マゼランの主砲、砲塔七基が順次発射されその一発が被弾したのだ。

 

〈左腕部損傷。誘爆の可能性、パージ。左脚アポジモーター部被害大。航行能力に問題有り〉

 

 警告音は止まず、サブモニターには診断結果と対策が縮図されたザクIのモデルに書き込まれ、パラメーターゲージが大きく目減りした。

 それらを一瞥しつつ旋回、下降を行い砲塔の角度から逃れる。

 視認できるマゼランには上下に砲塔を有している。だが、上にいた敵が下に移動したらすぐさま照準、正確な攻撃が出来るだろうか。

 

 メルティエは出来ないと踏んだ、電子装置に頼った方法が()()()()()()のだ。ベテランでさえ、ベテランだからこそ従来通りに攻撃はできまい。

 護衛機を相手取っていた間に体勢を整えたのだろう、後退しながら主砲による掃射。

 消極的だが射程距離、威力共に高く有効的な対応。

 予想していたよりも冷静な艦長、またはクルーが居たらしい。

 

「ミノフスキー粒子でレーダーの類は完全に使用不可能になったはず。いや、手動に切り替える事ぐらいはやるか、普通に」

 

 今まで使っていた機器、設備が故障した中での護衛機消失。

 混乱が長引くだろうと予想していた事、甘く楽な考えがもたらした被害に無意識に自嘲の笑みが刻まれる。

 

 残った右腕、右脚、踝部分を失った左脚でAMBAC。スラスターを最大限に上げ、バーニア光が螺旋を描きつつマゼランに接近する。

 主砲の火線を潜り、対空機銃の範囲内まで肉薄するやマシンガンで応戦。残弾数が一桁に入ると右手の操縦桿、三本の指でコンソールを叩く。

 ザクIは乗り手の指示を直ちに反映、マシンガンを後方に放り投げると腰を左右に振り、ハードポイントから振り子の要領で解放された二八○ミリバズーカを右腕、腰、右脚で支えるように構える。

 ドウゥッ、二、三回とスラスターを噴射。

 ザクIのコンピュータに登録されたファイルをOS(オペレーティング・システム)が認証。

 バズーカの内蔵コンピュータにアクセス、マニピュレーターを通じてプログラムが走り、読み込まれたバズーカサイトがモニター画面に表示、間髪置かずに発射。

 ヘルメットのバイザーが無ければ目を焼く光量が出現、艦橋をバズーカで爆破され沈黙する戦艦。甲板の砲弾痕から内部を覗けば火花が飛散した映像のみで、クルーが脱出艇で逃れる様子がない。

 砲口を向けながら、きっかり三秒後。呼吸せず静観していた事に気づき、深呼吸を繰り返す。

 

「乗組員は全滅か……むっ」

 

『アロー・ワン、損傷しているけど、平気?』

 

 僅かな振動に反応して側面モニターを見やれば、二機のザクIが映る。

 敵残存戦力を警戒して周囲を索敵するアロー・スリーと、こちらの破損した左肩に手を置いて“肌の触れ合い会話”を行うアロー・ツーのザクIが映る。

 

「戦艦と戦闘機と交戦、撃破した。機体は中破。俺は多少胃が痛む程度だ。作戦行動に支障はない。

 ……あ、いや、すまん、マシンガンとバズーカに再装填を頼みたい」

 

 放り投げたマシンガンを探すと、アロー・ツーが回収していたらしく目の前に浮かんでいた。

 異を唱えず了解、と苦笑を含んだ声が届く。

 メルティエは気恥ずかしくなって手早くザクIを操作。再装填されたバズーカを腰にマウントし、マシンガンを残った右腕で握らせる。

 索敵していたアロー・スリーが近づき、ザクIの右肩に手を置くのを見て口を開く。

 

「作戦は予定通り第二段階に移行。我々はこのまま主力部隊と合流、地球周回軌道上の連邦軍艦隊と宇宙ステーションを攻撃すると」

 

『了解。しかし今度はアロー・ツー、スリーが前衛。アロー・ワンが後衛を提案します』

 

 アロー・スリーが操縦するザクIの単眼が向き加減から、半眼に見える。

 狙ってやったのだろうか。

 

「了解した。フォーメーションをV字に。こちらはフォローに入る」

 

 メルティエは離れた二機に追従し、光が瞬く宙域を目指して移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球から最も離れたコロニー、サイド3。

 ジオン公国が誕生してから約十年後の今日。

 U.C.(Universal Century:宇宙世紀)0079年1月3日午前0時。ジオン公国は地球連邦政府に対し、独立を宣言。

 事実上の国家間戦争勃発―――それを、開戦を望んでいた地球連邦政府。

 配置した連邦軍軌道防衛艦隊が万全の防衛体制を敷く中、絶対に勝てる戦争と高を括っていた。

 結果は、連邦軍地球軌道上に配置した宇宙艦隊の全滅。

 広範囲に電波妨害を引き起こすミノフスキー粒子とその散布下で猛威を振るう新兵器。

 人型機動兵器、モビルスーツの前に脆くも崩れ去った。

 

 後の世に”一年戦争”と呼ばれる大戦。

 その緒戦、一週間戦争と区切られる中でジオン公国国防軍所属、メルティエ・イクス少尉は初めて殺人(ミッション)を経験し帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初投稿です。よろしくお願いします。

説明不足なところは話を進める内に明らかにしていきたいです。
誤字、描写の物足りなさがあります。
これでも文章校正、修正済みと白状してみる。
拙い作品ですが、評価・感想をお待ちしております。

*文字群、名称統一のため修正中です。次話以降変なのは修正中と思ってください。


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第01話:帰還者

 

 遺憾ながら、世の中には不条理がよくよく(まか)り通る。

 

 それは往々にして突拍子もなく訪れ、人を当惑し、思考を停止させ、危機感を与えるものだ。

 

 例えば就職を考え、入社を目指すと語ればジオン士官学校に進学と変更されるとか。

 例えば技術士官を志し、必須項目や試験問題を紐解こうとすれば行軍訓練に拉致されたとか。

 例えば初の任務を控え、叱責覚悟で後方任務を嘆願すれば、前線希望に捏造済みであったとか。

 

 ジオン公国国防軍所属、メルティエ・イクス少尉の短い二十二の人生は概ねこんなものである。

 

 彼が住まう部屋には備付けの机と椅子、寝台以外は簡素な調度品しかなく、白を基調とした室内が寂然感を際立たせた。

 

 これには理由がある。

 

 メルティエはここに住み始めてまだ一週間も経過しておらず、正確に言うと半分の四日間は作戦に従事していた為だ。

 

 彼が居るのはズムシティに在る軍事施設、その中の兵舎で割り振られた自室。

 引っ越して来た時に荷物を入れたダンボールが、今も未開封のまま放置されている。

 密閉していたからか、生活感はなくとも埃はありそうである。幸い掃除に邪魔になるものはなく、スムーズに清掃作業は終えた。

 

 その分悲しくなるほどお手軽で、虚しくなったが。

 

 型遅れの掃除機――軽量で小型だが吸い込み量は大きさ相応で遊び機能がない――を片付けながら、メルティエはへばり付く疲労感に苛まれていた。

 

(激務だとは聞いてはいたが、まさかここまでとは思いも寄らなかった)

 

 彼が目指す進路は異なる筈だったのだ、思いを巡らすのも当然と言えよう。

 

(あ、いかん。考えると欝になる)

 

 椅子に腰掛けたままで早一時間。机上には明朝に届けられた封筒。ペーパーナイフで開き内容に目を通してからは絶賛黙考中である。

 

 寝台とは反対側に設置された姿見鏡に映る灰色の混じった黒髪、鋭さを秘めた灰色の瞳に彫りが深い顔立ち、長身の体格にジオン公国軍の通常時の軍服である第二種戦闘服、その上に尉官以上に与えられる丹念な刺繍入りマント。

 襟元にはモビルスーツパイロットを示す徽章――ただしフェルト製――が存在を主張する。

 

 彼は今日も懲りずに自問する。真っ当な企業人になる筈だったと。

 いやさ、なれる筈だったと。

 

 それが今や修正され、軍服を見事に着こなし、対面者に綺麗な敬礼を決める程だ。

 かつて、士官学校卒業後に配属した先で上官に辞令と共に敬礼すると「教本に載せられる」と太鼓判を押された事もある。

 

(本当に、どうしてこうなった。ジオニック社でも、ツィマッド社でも何処の企業でもいい。

 モビルスーツの部品を製造、開発するメーカーに入って仕事すると思っていたのに)

 

 企業に入る為の資格、教育は受けてきた。

 それなのに、メルティエは技師とか職人という類ではなく立派な軍属だ。

 軍事施設、基地に入ればパイロットのイクス少尉として振る舞っていた。

 

 ふと、脳裏に訓練生時代に”教育”を処された記憶が蘇る。

 あれは嫌なものだ。指導(物理)的な意味で。

 

「はいはい、現実逃避しないの。戻っておいで」

 

 彼の鼓膜を甘い声が震わせ、肩を小さく揺さぶられたのは意識が士官候補生時代に至った辺りだった。

 メルティエは天井に移していた視点を下げ、予想していた女性に合わせる。

 

 首の後ろで束ねた蜂蜜色の髪は僅かな光にさえ映える、見つめれば引き込まれる円らな碧眼に、通った鼻筋と桜色に潤う小さな唇、実年齢二十二よりも幼く見える顔立ちのうら若き乙女。

 ジオン公国軍の軍服には身体のラインが浮き立ち、その女性らしい曲線に思わず目を引かれた。彼女もメルティエと同じく軍服の上にマント、モビルスーツパイロットを示す徽章を付けている。

 

 アンリエッタ・ジーベル少尉。メルティエの同僚にして幼馴染、()()()()()()()()()()()であり何かと困惑される事が多い美女。

 彼女が入室しても気づかなかったのか、やはり睡眠不足なのが一番の原因か。

 

「……何しに来やがりましたかねぇ」

 

 思わず口角が吊り上がり、目元の隈も相まって鋭い目が睨んでいるように見える。

 いや、これは明らかに睨んでいた。

 

「あ、ひどいんだ。今頃は悩んでいると思って態々足を運んだのに」

 

 傷ついたと言わんばかりに眉根を寄せ、頬を膨らませる。

 男なら非が有ろうと無かろうと謝り機嫌を取ろうとするだろう、愛らしい彼女に対し。

 

「――へいへい、わたくしめがわるぅござんしたよっ、と」

 

 悲しいかな、彼も男である。

 

 そして、臍を曲げた彼女は色んな意味で強敵である。

 実体験が彼に「波風立てんな」と助言。彼はそれを甘んじて受け入れた。

 

 悪態と嘆息を一つした後に、苦い笑みを浮かべる。

 昔から脹れたり泣いたりした彼女には勝てた(ため)しがない。恐らくはこれからもそうだろう。

 人差し指を宙に浮かべ、そのまま膨らんだ彼女の頬を突っつき、柔らかさを堪能した。

 アンリエッタはむうっ、と目を細めるが何も言わず受け入れている。

 

(あ、なんだか癒された。気分変えなきゃな)

 

 椅子から腰を上げ、充電された電気薬缶に向かう。

 離れた時に彼女の唇から声が漏れたが、聞き取れなかった。

 

「それで、俺が悩んでいるとアンリが思い至った理由はなんだ?」

 

 戸棚から安物のカップと紅茶パックを取り出し、電気薬缶を注いで即席紅茶(インスタント)をソーサーに載せる。二つ用立てた彼は机の上に一つ、寝台で腰掛けるアンリエッタにもう一つを渡しながら促した。

 

「ん、ありがと。メルは今日のお昼まで任務に従事していたから、分からなかったんでしょ? 

 他の同期は昨日受け取っているからね、辞令」

 愛称で呼んだのが良かったのか、紅茶が気に入ったのか相好を崩した彼女が言う。

 

「あ~……そういうことね。しかし、内容が把握できてないんだよ。何せ俺のところに来た内容は

『第八艦船ドックに来られたし』だけでな」

 

 続く指定時刻に視線を移し、粛清とかじゃないよな、と呟くメルティエに彼女は両手でカップを持ち、続ける。

 

「前の戦闘で功績を上げた、もしくは戦果振るわず降格された、とかが昨日までの辞令九割だね。メルに届いたのはそれとは違うみたいだけど」

 

「降格はない、と声を大にしたいが。どうにも、睨まれている感が拭えない、俺は」

 

 肩を落としつつ、紅茶を口に含む。

 

 メルティエ・イクスという一個人には然したる問題はない。

 問題というか、抱える悩みは孤児だった彼の後見人、養育してくれた人物にある。

 ただ彼自身としては養育してくれた恩人に感謝する気持ちはあれど、恨み言なぞ一言も無い。

 

「ううむ……内部闘争とか、政争、権力争いとかはあと半世紀後でもいいじゃないか。

 開戦したのだから、ここは一致団結する時だろうに」

 

「ストップ、それ以上はダメだよ。秘密警察とか、親衛隊がどこで聞き耳しているかわからないんだからさ」

 

 愚痴った男が零した内容に、聡明な女は待ったを掛ける。

 

「う、ぐ。確かに、失言だった」

 

 彼が舌にのせた言葉は街中で話す内容ではない、聞かれたらまず確実にブラックなのだ。個室でもギリギリグレーゾーンと厳しいもの。

 

 ジオン公国の実質的支配者、ザビ家の内部事情に関する事だ。一般人に聴かせて良い類のものでは決してない。

 国家元首は公王のデギン・ソド・ザビで、ダルシア・バハロ首相が政府の首班である。

 しかし、実質的には公王の子息のギレン・ザビが総帥として国政の実権を掌握しているし、権力の度合いは長女キシリア・ザビと続きその下に三男ドズル・ザビと並ぶ。

 末弟ガルマもザビ家に名を連ねているが士官学校を卒業した時分であり関わっていない、筈だ。

 権力争いというのは水面下で行われるものが通常だが、戦時下だからか派閥の露骨な行為も目に付き、黒い噂は絶えない。

 

 しかし、それはジオン公国勢力下に属する将兵全てに関わるものだ。メルティエに関連する悩みはまた別である。

 

「…はぁ、ここで云々と唸っていても仕方ない。腹ぁ括って指定された場所に行くよ」

 

 机の引き出しから支給された拳銃を手に取り、ベルトに吊るしたホルスターに差込む。ポーチに小道具を装填、お守り程度の代物だが無いよりは余程良い。

 ザビ家のお膝元、ズムシティで戦闘に入るとは思えないが軍人の身嗜みである。

 

「さて、決めたらさっさと済ますに限る。飲み終えたらカップは流しに置いてくれ」

 

「ん。鍵とか平気?」

 

「合鍵持ってるでしょ、しらばっくれないの」

 

 バレたか、と小さく舌を覗かせる彼女に一言物申したいが、ぐっと我慢。

 いってらっしゃい、と小さく手を振るアンリエッタに背を向け、力無く掲げた手で応じた。

 後ろ手で扉を閉めながら、手に持った封筒に意識を向ける。

 

「―――よしっ」

 

 嫌な予感しかしないのは、きっと疲れているからだ。

 彼は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たな。作戦明けと聞いていたから、夜に来るものだと思っておったぞ」

 

「いえ、大事なお話かもしれませんし、早めに伺った方が良いと考えまして」

 

 第八艦船ドック、関係者以外立入禁止区域の中でメルティエはとある人物と会い、同ドック内を先導されていた。

 

「はっはっはっはっ、その姿勢は大事だがな。目に隈こさえた男が歓迎されると思うのは捨ておけ。無用の(いさか)いに転ずるぞ」

 

 先導者は肩越しにこちらを見遣り、にやりと笑う。

 

「はっ、返す言葉もございません」

 

 反射的に敬礼。その綺麗な型がますます相手の笑みを深ませる事になった。

 

「変わらんな。どれ、付いてこい」

 

 野太い声で告げると、軍靴を鳴らし歩き出す。メルティエもそれに倣った。

 体感で五分ほど歩いただろうか、幾つかある中で利用されていないミーティングルームに着く。その中に入るよう促され、彼は無言で従った。

 

「久しぶりだな、メルティエ。息災だったか?」

 

 室内の照明が順に点灯、直前まで休憩室に使われていたのか、煙草の臭いが残っていた。

 追い越し、適当な机を見繕い共用椅子に腰掛けた人物。

 

 整えた焦茶の頭髪、戦士の風格を滲ませる巌の如き顔つき、太い眉の下に鋭い眼光。豊かな口髭と三十代半ばにしてがっしりとした体躯。

 隙無く着込まれた軍服は大尉のものでメルティエのマントよりも上質なマント、襟元に在るモビルスーツパイロットを示す金属製の徽章がきらりと輝く。

 彼が孤児であったメルティエを保護し、養育してくれた大恩人。

 

 ジオン公国軍所属、ランバ・ラル大尉。

 青い巨星の異名を取るジオン軍きってのエースパイロットである。

 

「楽にしろ、()()にそう構えられては息苦しいわ」 

 

 ラルとの縁はジオン公国が前身の共和国だった頃にまで遡る。

 ジオン・ズム・ダイクンの急死と彼の関係者が暗殺、事故に見舞われる事件が多発した。

 その事件に運悪く遭遇した結果、メルティエの父母は()()()した。

 親族は無く、両親を失ったメルティエ少年は暖かい家庭から一転、孤児となる。

 死亡した父の友人、そう名乗り現れたのがランバ・ラルだ。

 

 十に満たない歳とはいえ、父母の記憶が確かに在った彼はぐずり、ラルを大いに困らせた。

 両親の死を受けきれてなく、失った姿を求める幼心を理解して接してくれたラルは養子縁組をせず、保護という形で迎えてくれた。

 

 ―――イクスの名を捨てずとも良い。

 

「変わらないね、親父殿は」

 

 一パイロットとしても、一男子としても目標の人物。

 

 それがメルティエにとっての、親父殿(ランバ・ラル)だった。

 

「人間そう簡単に変わるものではない。お前もそうだろう」

 

「いや、まったくもってその通りです……元気そうで安心したよ」

 

 目で座るように指示したラルは、一つ息を吐くと机の下に予め置いてあったのだろう、荷箱を取り出す。

 

「親父殿?」

 

「わしは気が進まんのだがな、上からのお達しだ。謹んで受け取れ」

 

 ラルが荷箱を開封、中には新品の軍服とマント。

 

「メルティエ・イクス少尉」

 

「―――はっ」

 

 立ち上がる大尉に従い、少尉は直立する。

 

「先の戦いで貴官は戦艦三、戦闘機十八を撃破せしめた上、友軍の暗礁宙域を先駆け無事踏破させた。戦術、戦略上貴官のもたらした功績は高く、昇進という形で報いるものである」

 

「はっ、ありがとうございます!」

 

「今後も貴官の活躍を期待する。以上だ、メルティエ・イクス()()

 

「はっ……え、大尉?」

 

 性に合わん事はするものではないな、と呟きながら大尉昇進に合わせて用意された軍服とマントを手に取り、メルティエに差し向けた。

 

「単機で撃破しただろう。二階級昇進は珍しいが、それに見合う功績だった。ようやった」

 

「いや、でも……親父殿は昇進してないじゃないか」

 

 思わず受け取りながらも釈然としない息子に、

 

「わしはもう昇格とは縁がないだろう。ダイクン派と見倣されているからな」

 

 ふっ、と笑う。

 

 ダイクン派。故人ジオン・ズム・ダイクンの信奉者、もしくはジオニズムに惹かれた派閥。

 一族のザビ家にもギレン派、ドズル派、キシリア派と派閥は形成されている。

 ジオン・ズム・ダイクンの急死には暗殺説が根強く、当時側近であり協力者だったデキン公王がその黒幕だ、というものが有力だ。

 

 権力か、人望への嫉妬か、もしくは他の理由かは解らない。

 確かなのはザビ家がダイクン派、それに近しい人物を失脚、粛清した事。

 前ジオン共和国を牛耳り、ジオン公国として名を変え現在は地球連邦政府と国家間戦争に入っているという事。

 ランバ・ラルの父、ジンバ・ラルはダイクン派だった。

 既に死去しているがその嫡男である彼もダイクン派、とザビ家は見倣している。

 他にも理由があるかもしれないが彼の出世、昇格は絶望的だという現実が確かに在るのだ。

 現にラルは予備役とされている。

 ドズル中将麾下に配属されてはいるが、開戦時には召集も無く。それどころかラルの部下を呼び任務を与えたと聞く。歴戦の勇士を出撃させず、その配下を出撃させたのだ。

 

 メルティエをして、挑発とも取れる行動であった。

 彼がザビ家を受け入れ辛い下地は、つまりはこの一点に集約されていた。

 

「親父殿」

 

「馬鹿者、そう暗い顔をするな。出世はもう望むべくもないが、悲観するほどでもない。

 まぁ、そう思えたのは最近だがな」

 

 じっとメルティエの顔を見る。

 

「只々、壮健であれ、息子よ。功を焦るな、大事なものを失う事になる。良いな?」

 

「これ以上出世は遠慮したいよ。椅子を温めるのがお仕事です、何て思われたくないしね。

 そもそも事務屋になりたくて軍に入った理由(わけ)じゃあない、ぃたあっ!?」

 

「ナマを言うな、馬鹿者。素直にわかりました、と何故言えん」

 

「おぐぅう…久しぶりの鉄拳制裁で目の中から星が出そうだ」

 

 ラルの林檎を握りつぶす勢いで固めた拳が脳天に突き刺さり、激痛に膝をつくメルティエ。

 彼は厳しい顔に笑みを浮かべ、今も唸り声を漏らす不肖の子に視線をやる。

 

「甘いな、馬鹿息子。鍛えが足りんよ!」

 

 その目は、どこまでも優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




表現力を養いたいものです。
内容で「え、その人なの」と思えてもらえたら嬉しいものです。
本作品はWikipediaの資料を基に

【作成+捏造=合体事故】でお送りします。

この場を借りて、作成に尽力した諸兄に最大限の感謝を申し上げます。


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第02話:コロニー落とし

『イクス大尉、至急ブリッジへ。艦長がお呼びです』

 

 愛機、ザクIのコックピット近くで各部の分解整備(オーバーホール)状況を聞いていたメルティエ・イクスは、艦内放送で名前が挙がった事でモビルスーツハンガー内に設置されたスピーカーに視線をやった。

 

 彼が居るのはムサイ級軽巡洋艦、ラクメルのモビルスーツハンガー。

 現在は作戦行動中であり、出航前まで機体組立が終わらなかったザクIの状況確認の為ハンガーに降りていた。

 周りを見れば、この無重力を利用した格納庫の上下でモビルスーツが向い合せになり整備工具や資材を携えた整備兵が飛び交っている。

 

 そんな彼らの戦場で、ぽつりと呟いた。

 

「――あ、俺か」

 

「大尉……大丈夫ですか」

 

 頭が、と入れなかったのはこの若い整備兵の優しさに違いない。

 

「いや、名前は間違えんのだが、大尉と付くと、どうもな」

 

 気恥ずかしさも手伝って、メルティエは頬を掻いた。

 

「少尉からの二階級昇進でしたよね。しかもザクIで戦艦三隻撃破! ザクIIでもそうそう稼げない戦果ですよ」

 

「運が良かったからだよ……まぁ、ザクIで、というのが気に入られたのかもしれん」

 

「またまた、ご謙遜を。大尉がザクIで戦艦に吶喊(とっかん)する動画、昨日も整備班の連中と見ましたよ」

 

「プロバカンダで流れた奴か?」

 

「ええ、錐揉み回転しながら戦闘機を蹴り破るとか、なかなかお目にかかれませんよ」

 

 整備兵が携帯端末を操作し、その映像を表示する。

 

 敵の戦闘機、セイバーフィッシュのバルカンとロケットを回避したザクIが擦れ違い様にワン、ツーと蹴り壊す。

 続いてマゼラン級戦艦から発射された主砲に被弾、衝撃を受けるも小刻みにスラスターを吹かして高速機動(ブースト)。間断なく放たれる主砲を潜り、対空機銃に対するように一○五ミリマシンガンで応戦。

 敵戦艦のブリッジに接近するや滑らかな動きで二八○ミリバズーカに切り替え(スイッチ)、発射する。

 そうして、見事に艦橋部を破壊したのだ。

 

 主力モビルスーツがMS-5B、ザクIからMS-06C、ザクIIに変わる中での大戦果である。

 尊敬するもの、羨むもの、謗るもの、妬むもの。昇進と戦闘映像が日の目を浴びた後、彼には様々な声が届いた。

 

 思い出すと正直、気分が下がる。

 人の視線というものが、肌を刺す感覚が怖いという事を改めて実感した。

 

「っと、いい加減向かわないとやばいか。あとでまた話を聞かせてくれ」

 

「よろこんで!」

 

 ザクIの胸部装甲を蹴り、タラップに突進。

 手摺を足場にして通路へ飛び込み無重力内で移動手段に利用されるリフト・グリップを掴んだ。

 低い作動音を引き連れてメルティエはブリッジを目指す。

 

 T字路に差し掛かり、上下に並ぶリフト・グリップの上を掴む。

 何故上を選んだか、それは下のリフト・グリップのレールが既に働いていたからだ。

 

「メル、何か騒動でも?」

 

「それはまた、随分なご挨拶だな」

 

 澄んだ声に振り向けば、薄紫色の長髪を広げてこちらに身を寄せる女性が視界に現れた。

 

「このラクメルに乗り込むまでは基地待機だったし、損傷した機体の補修と点検で演習も無い。 騒動なんて起こせるモンじゃないだろう?」

 

「そう。てっきり例の映像を見て突っかかってきた兵士に暴行を加えたのかと」

 

「お前さんが俺をどう思っているのか、よぉく理解できたよ」

 

 淡々と言葉を送る人物に嘆息を混じりに応える。

 

 彼女の名はエスメラルダ・カークス。

 癖のない薄紫色の髪は小柄な彼女の腰まで伸び、紅の色を帯びた瞳は物憂げで、小さな鼻に桃色の唇、幼さの残る整った容貌と純雪の肌と相まって深窓の令嬢を連想させる。保護欲を掻き立てる少女のようだ。

 

 だが、それは錯覚だ。

 

 彼女はジオン公国軍の軍服に身を包んだれっきとした軍人で、階級は少尉。徽章はメルティエと同じモビルスーツパイロットを示すもの。

 同期で士官学校卒業した彼女はこの部隊に在籍して既に五度、トラブルを起こしている。

 ちょっかいを掛けてきた()()()男相手に。

 

「エダ、気が立っているのか?」

 

「別に、貴方には関係ない」

 

 エスメラルダ。前と後ろを直列してエダ。

 愛称として呼び初めた頃は冷たい目で睨まれたが、今は慣れてきたのか睨まれる事はなくなった。

 彼女は一見して精巧な人形のような容姿、静かな言動なので勘違いした男が口説きに来る。

 

 だが、それは間違いだ。

 

 メルティエの中では、彼女は外見で騙されると危険な人物筆頭である。

 格闘術のセンスが高く、小柄な彼女は身軽に動き易々と捉えさせない。

 彼女は反射神経、動体視力に恵まれた戦士であり、手練れの兵士。

 つまりは体のでかい男は、彼女にとってはただの()()であった。

 士官学校での彼女の渾名は「虎」。

 

 だが、それでは(はなは)だ説明不足である。

 

 彼女は確かに肉体的に強者である。こと格闘や白兵戦の訓練では勝てた者は少ない。

 しかし、知識に於いても常に上位に存在した彼女はただ獰猛なだけではない。

 理解して猛威を振るい(ふるい)に掛けていただけだ。

 対等に付き合える者と、そうでない者を。

 

 メルティエは勝手に声を掛け、勝手に怯える連中から歩み出て、彼女に拒まれながら努めて普通に接してきただけだ。

 少なくても彼はそう思っている。

 その成果が、今の彼と彼女の距離。

 ただし、その距離感が扱い難い彼女を管理できると上役に判断されていたかは不明である。

 理解しているのは、メルティエのモビルスーツ隊にエスメラルダが配属されている事だけだ。

 

「今は聞かないで置くよ。後で落ち着いたら話してくれ、溜めるより吐き出した方が楽になるだろ」

 

「お節介」

 

「いや、お前さんが暴れると大抵俺の所に苦情が……おい、追い越すな、話を最後まで聞けって、おいィ!?」

 

 都合の悪い時は逃げますかそうですか、と零しながらも、出会った時に比べて幾分か丸くなった彼女を追う。

 

(ん。確かに丸い―――ごはっ!?)

 

 彼女の魅惑の臀部に視線が行き、次の瞬間には強烈な後ろ蹴りがメルティエの胸板に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルティエ・イクス大尉、並びにエスメラルダ・カークス少尉。艦内放送を聞き出頭しました」

 

 扉が開きブリッジに到着すると、艦長席に座る壮年の男性とアンリエッタ・ジーベル少尉が顔を向けた。

 他のブリッジクルーは目もくれず、己が任務に従事していた。

 

「よく来た、大尉。早速で悪いが、まずはこれを読み給え」

 

 落ち着いた張りのある声、白髪交じりの金髪に細い碧眼、整えられた口髭に頬に走る銃創、中佐を示す軍服が彼を歴戦の軍人だと見る者に印象付ける。

 齢四十ニの彼は従軍歴が長い。事実、フェルデナンド・ヘイリンはジオン公国が共和国であった頃から従軍、武勲を上げている所謂(いわゆる)古強者だ。

 軍服で隠されているが、彼の体は銃撃戦による銃痕と榴弾の爆発による火傷が残っている。

 

 ちなみに妻子持ちであり、愛妻家。子息に懸ける育成も相当なものらしい。

 情報元は整備兵長である。

 

「はっ、失礼します」

 

 フェルデナンドが渡した電報に視線を走らせ、眉間に皺を寄せる。

 小柄なエスメラルダはメルティエの肩に手を置き、上から覗き込むようにして内容を読む。

 その行動を咎めること無く、艦長は二人が読み終わるのを静かに待った。

 何処か、アンリエッタは不満そうに佇んでいる。

 気にはなったが、任務中のため黙殺した。

 

「艦長、これは」

 

「既にアイランド・イフィッシュには大量の輸送機、作業ポッドによる作業が終わり移動を開始したそうだ」

 

 若いパイロットと熟練の艦長の視線が合う。

 フェルデナンドの表情からは感情が窺い知れない。

 職業軍人とはかくあるもの、そう思わせた。

 例え、地球に住む人間が何千何万と倒れようが、地球の環境を破壊しようが、彼は祖国に勝利を届けるために任務を遂行するだろう。

 

 彼らが遂行する作戦名はブリティッシュ作戦と云う。

 

 内容を簡潔に述べればコロニーを質量弾とし、地球に落とすというものだ。

 費用対効果の話をするならば、質量弾として扱うなら、コロニーよりも小惑星を使った方が簡単で費用もさして掛からない。しかも威力があるのだ。比べるだけでも馬鹿らしい。

 コロニーによる質量兵器は純軍事的視点で見れば無駄も無駄。全くの無駄である。

 しかし、これは移動させたコロニーを地球の軌道上にのせ、地球を一周させる事で地球の住民の絶望的なまでの恐怖感を与え、煽る為のものだ。

 つまりこの作戦の概要は恐怖で敵を陥れ、コロニー落着でこの戦争に終止符を打つもの。

 予定落着地点は南米、連邦軍総司令部ジャブローである。

 

 そして、質量弾はアイランド・イフィッシュという名であった。

 

「サイド2のバンチコロニー群で我が軍が何かをしている、とは耳にしましたが」

 

「私も同じだよ、大尉。全長四十キロを超えるコロニーを丸ごと質量兵器に変え、地球の軌道上にのせる。

 地球全域から、一周するコロニーが見えるのだ。徐々に近付きながら、な。

 青い空の中、摩擦熱で赤く染まったコロニーが、どこに居ようと見える。考えただけで恐ろしい。おそらくは、地震や大気振動で地球環境に甚大な影響を起こすだろうと推測されてもいる。

 だが、これは決定事項である」

 

 メルティエ以下、ブリッジクルーがフェルデナンドに傾注した。

 

「本艦はこれより、アイランド・イフィッシュの護衛を務めるキリング中将の艦隊後詰任務に就く。諸君らには全力を持ってこの任に当ってもらいたい」

 

 途中から艦内放送に切り替えていたのだろう、艦長はそう締め括るとブリッジは元よりラクメル艦内の至る所で「了解!」と応じる声が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵機影感有り、モビルスーツ隊は発進準備を』

 

 オペレーターの目覚ましコールにベッドに体を固定するベルトを外し、ガバッと浮かび上がると宙を漂っていたノーマルスーツを着込み、扉が開くと同時に部屋から出る。

 重く痛みすらある頭を振り、メルティエはヘルメットを被る。

 

 緊急出撃(スクランブル)はこれで何度目だろうか、確か三回までは覚えていたが。

 サイド3を出航後、ア・バオア・クー、ソロモン等と建造・増設工事中の要塞群を経由。

 アイランド・イフィッシュを護衛するキリング中将麾下の艦隊と無事合流できたものの、地球とルナツー方面から集結した連邦軍宇宙艦隊と戦闘に入った。

 先遣隊、いや奇襲を試みた分隊だろうか。

 それらと幾度も戦闘状態に入り、移動するアイランド・イフィッシュに攻撃を加えていく連邦軍。防衛、コロニー移動作業に従事する友軍がその被害に遭いモビルスーツ二七機、ムサイ級軽巡洋艦を含む戦艦四隻が轟沈した。

 主力艦隊は健在、しかし後詰に参陣したヘイリン隊のような部隊は壊滅、もしくは全滅だ。

 

 原因はミノフスキー粒子の乱発。

 同士討ちはなかったものの、ミノフスキー粒子を乱散布して移動する艦隊があり、自軍の配置が見えなくなるどころか連邦軍からは丁度良い印、的となり遠方からの間接射撃を受けたのだ。

 

「どこの部隊だ…士官学校からやり直してこい!」

 

 恐らくは士官学校出の坊ちゃん艦長、だろう。

 名門か、名家か知らんが無駄に高い家柄、出身なのは考えるまでもない。

 加えて高い金でも積んで分不相応の階級に就き、一大作戦で武功を挙げようと己が役者不足だと悟ることも無く、この作戦に文字通り死力を尽くすジオン軍将兵に不必要な出血を強いたのだ。

 血気に逸るメルティエは叶うことならば、この手で八つ裂きにしたいと発熱した感情を腹の中でぐるぐると回していた。

 キリング中将からは「処断した」とフェルデナンド中佐充てに通達してきたのだから、そうなのだろう。そう信じておきたかった。

 

 リフト・グリップに流されるまま、ときに通路の壁を蹴り加速。

 モビルスーツハンガーに飛び出すと作業アームに固定された愛機に向かう。

 近寄るメルティエに気づいたのか、出航後に会話した若い整備兵が慌てて飛んでくる。

 

「大尉!? 休まれていたのでは!」

 

「敵が来ているのだろう、寝てはられんさ」

 

「しかし、大尉の機体は!」

 

 作業アームに固定されたザクI。

 通常の藍色と深緑色で塗装され、左肩に01とペイントされたメルティエ機。

 

 左腕は肘から先が、両脚は踝から先が機械剥き出しの状態で、其処に在った。

 全身に凹凸の傷跡が有りコックピット・ハッチが正常に開かない、頭部のモノアイスリットには中心の支柱に亀裂が入り今にも折れそうだ。

 連続の出撃、思わぬ遭遇戦を強いられた結果がザクIにダメージを蓄積させた。

 ちょうど一日前は五体満足、新品同様だった愛機が、見るも無残な姿に変貌した。

 

 だが、帰還前はもっと酷い有様だった。

 曳航されてモビルスーツハンガーに入ったのは、メルティエにとって最新の苦い記憶だ。

 

「みなが徹夜でここまで直してくれた。それだけで、十分だよ」

 

「は……はいっ!」

 

 口元に笑みすら浮かべ、感謝の言葉を静かに告げると、彼は報われた事に感情が昂ぶったのか、顔を油塗れの袖口で乱暴に拭う。

 ザクIの周りで補修をして居た他の整備兵達も照れくさいのか頬を掻く、整備帽を目深に被る等をした。

 

「尽力に感謝する」

 

「御武運を、大尉!」

 

 狭いコックピット・ハッチに足から乗り込み、敬礼を送ると彼らも応えた。

 コンソールに起動入力、発動機が獣じみた咆哮を上げ、コックピット内が低光量で照らされる。

 発動機の回転音が一定まで上がると続いて操縦桿のフックを解除、入力キーにアイドリンクからフルに変更入力。

 前面モニターにウィンドウが開きザクIの立体モデル、各機体状況が映る。

 警告音。正常な状態ではないから当然だろう。

 

 ――診断結果。

 

〈帰還を推奨、修理作業を受けられたし〉

 

「そうはいかないんだ、相棒」

 

 操縦桿を握り、中破状態のザクIを操作。

 備付けのハンガーラックに差し込まれたバズーカを腰のハードポイントにマウント。マシンガンを右手に、L字に伸びたザクIIの防御シールドを即席盾に転用したものを左手で掴む。

 

「ブリッジ、こちらメルティエ・イクス。聞こえるか」

 

『こちらブリッジ、如何しましたか、大尉』

 

 オペレーターの女性兵(ウェーブ)から明確な声が返ってきた。

 彼女も疲労で頭痛を覚えている筈だろうに、声に乱れを感じさせず見事だとメルティエは思った。

 

「敵の情報を送ってくれ、あと格納庫のハッチを開けろ」 

 

『了解』

 

 ブリッジから転送された情報が次々とメインモニターにウィンドウを開き、彼は目を通した。

 側面モニターに通路から機体に向かうアンリエッタとエスメラルダが映る。

 二人とも整備してくれた兵に二、三言言葉を交わしているようだ。

 

 整備兵あってこその兵器であり、我々パイロット。

 そう士官学校で教えてくれた教官、彼の名前はなんだったか――。

 

『大尉、行けるか?』

 

「無論であります」

 

 前面モニターに通信回線が開き、形成されたワイプにフェルデナンド中佐が映る。

 

『十分後にはアイランド・イフィッシュが地球軌道上にのる、それまで落とされるなよ』

 

「思ったより長くない時間です。問題はありませんよ」

 

 画面越しに目が合い、互いに笑った。

 目の下に隈がくっきりと浮かび、疲労を拭えない顔であった。

 艦長は一睡もせずに指揮を、パイロットは重なる高速戦闘と命のやり取りに消耗していた。

 

『お互い、ひどい顔をしているな』

 

「まったくであります。作戦が終えましたら、寝溜めをする許可を頂きたいものです」

 

『ふむ、考えてみよう』

 

「是非に、よろしくお願いします」

 

 中佐の表示下に追加されたワイプからオペレーターが映る。

 彼女も一目で疲れていると解る、三者とも共通した顔色であった。

 

『大尉。アンリエッタ少尉、エスメラルダ少尉ともにいつでも出られるそうです』

 

 僚機の準備完了を伝えると共に、敬礼を見せた。

 

「了解した。イクス隊、出撃に入る」

 

『イクス隊発進後、交戦予定宙域にミノフスキー粒子散布します』

 

 オペレーターに敬礼を返す。

 コンソールを叩き、作業アーム解除の操作を行う。

 指令を受けた作業アームが掴んだモビルスーツの両肩を解放、ザクIはサブスラスターを気持ち吹かし、上方の格納庫のハッチに位置を合わせる。

 

『イクス隊、出るぞ! 整備兵避難、急げ!』

 

 直前まで整備していた彼らが、キャットウォークや通路に隠れる様子を各モニターで確認。

 フットペダルを軽く踏み、スラスターを僅かに噴射。

 

「ザクI、メルティエ・イクス、出るぞ!」

 

 格納庫ハッチ直前までゆっくりと進み、手前からはメイン、サブスラスターのエネルギーを開放。格納庫ハッチ周囲を僅かに焼く。

 ザクIは満身創痍のまま、しかし力強くバーニア光を散らし交戦空域に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃したメルティエの目前に地球が迫る。

 眼下にはコロニー、アイランド・イフィッシュ。

 コロニー表層部は連邦艦隊の主砲で灼かれ、友軍モビルスーツと航宙機の混在防衛部隊が敵艦隊護衛部隊の航宙機、セイバーフィッシュと入り乱れ混戦を呈していた。

 ミノフスキー粒子下のため通信手段はモビルスーツによるハンドサイン、接触によるお肌の触れ合い会話、あとはモノアイによる光学通信だ。

 

 メルティエ操るザクIは後続の二機に続けと手を振る。

 上面から下面へ。自らを爆撃機とし、左翼に展開する艦隊に飛び込む。

 右手の操縦桿、入力キーを数度叩き握り込む。ザクIはモノアイを一度強く輝かせるとマシンガンとバズーカを切り替え(スイッチ)、マニピュレーターから読み込まれたバズーカサイトが表示。

 目標にしたサラミス級巡洋艦。

 その直衛三機のセイバーフィッシュが接近するザクIに反応、口角を上げた四連装三十ミリバルカン、三連装ロケットランチャーが火を吹く。

 

 メルティエは速度を緩めない。脚部のアポジモーター、AMBACを利用して最大速度を維持したまま突撃、セイバーフィッシュの間を突っ切る。

 回頭する戦闘機に後続のアンリエッタ、エスメラルダ機が丁寧にマシンガンを命中させ爆散した。

 肉迫するザクIに対し、サラミスは主砲、六連装ミサイルランチャーをコロニーに発砲したまま、対空機銃だけで相手する気のようだ。

 

「護衛機が落ちたことに気づいてないのか!?」

 

 セイバーフィッシュが攻撃、回り込むと思っているのか。

 それとも、最期までコロニーを削り取ろうという意志なのか。

 

「落ちろっ!」

 

 ブリッジまで急降下、頂上からバズーカ弾頭を撃ち込む。

 衝撃で潰れるブリッジ、艦船底部にまで通じたのか、くの字に折れて爆発。

 破片が散らばる中、サラミスの残骸を即席の遮蔽物にしてバズーカに弾頭を再装填。

 前面、側面モニター共に幾つもの光芒が瞬き、この宙域全域で戦闘が行われていることが見て取れる。

 

 背後に僚機が接近、マシンガンのドラムマガジンを交換、完了を見届けると次の敵部隊に機体を走らせる。

 次の目標がモニターに出現、短い電子音と共にコロニーに攻撃を続けるサラミスとその上下面にセイバーフィッシュ隊が広く展開した部隊が表示された。

 こちらのバーニア光に気付いたのか、一機を残し四機が向かってくる。

 

 彼らが選択したのは遅滞射撃。

 僅かにずらし、遅れて攻撃をする事で絶え間なく攻撃を続け、こちらを削り取り討ち取るつもりらしい。

 

「ちっ!」

 

 メルティエは舌打ち一つ、前進よりも回避を優先。

 両手の操縦桿を正確に、しかし素早く操作。細かな部分は保持する以外の指で入力キーを叩く。ザクIはフレームの軋み音をコックピットに伝えながら、無茶な機動に応えてみせた。

 

 右腕を振り、更に右脚を振ると同時にアポジモーター、背部メインスラスター、サブスラスターを順次に点火、左脚で蹴り上げ、左腕をなぎ払う動作で弾幕の中から這い出る。

 動作中、警告音が更にけたたましく鳴り響いた。露出した機械部分が軋みを上げるのを映像分析処理された音声で拾う。

 

 それでも、彼とザクIは動きを止めない。

 

 目前に迫るロケットランチャー群、左手の操縦桿の入力キーに鋭く打ち、握り込む。

 手に持った、盾として持参したザクIIの防御シールド。

 

 これを、前方に投擲した。

 当然の如く先頭のロケットに当たり、飛散した。

 

「どうだ? ちいっ」

 

 飛散するときに大量の煙幕が発生。

 一拍置いて煙を切り裂く様にバルカンが迫る。何発かが右肩部に被弾、外装が破壊され関節部分が露わになった。

 ガガガッ、バキィとコックピット内に痛音が差し込む。

 全身を揺さぶられ、衝撃に機体上半身が流れた。

 

 後方から飛来するザクI、アンリエッタとエスメラルダが搭乗する二機がこちらに掛かりっきりのセイバーフィッシュ四機中二機に攻撃。即座に火の玉に変え、残りの二機と空間戦を開始。

 メルティエのザクIは左腕を腰に回しハードポイントのマシンガンを装備、バズーカサイトにガンサイトが加えられた。

 迎撃に出なかったセイバーフィッシュが前進。ついでサラミスからの対空機銃、そして先の攻防でサラミスのやや前面に機体が出たせいか、ミサイルランチャーの援護射撃に入った。

 

 向かってくる戦闘機の銃撃、弾頭を機体スレスレに回避。

 スラスターのみで上面に機体を持ち上げ、セイバーフィッシュに向かい合い相対速度で急接近。そのままセイバーフィッシュの機体を右脚で蹴り折り〈警告、右脚部大破〉、左脚で踏み台にして加速〈警告、左脚部大破〉、全スラスターをフルスロットル。最大速度に達したザクIがミサイルランチャーの群れにマシンガンを中て、僅かに入り込む空間を強引に確保。

 

 ギュン、ギュン、とミサイルランチャーと擦れ違う音がコックピットに反響。吹き出る冷や汗がリアルな生を実感させた。

 

「―――こいつで、落ちろっ!」

 

 ブリッジ直前に機体制御。バズーカの砲口から発射された弾頭がブリッジを貫通、爆発する。

 轟沈するサラミスと、セイバーフィッシュを片付けた僚機の姿がモニターに映る。

 

「はぁ、はぁ……うっ、二人とも、無事か」

 

 サブモニターに映る機体状況がこれ以上の戦闘行動は不可能、と明示。

 事実、バズーカ発射前の機体制御では下半身、脚部のアポジモーターが二割も機能していない。結局、左腕と膝まで残った両脚で無理矢理にAMBACで行ったものだ。

 敵に捕捉され撃墜する前に帰還、そう思えたのは無茶な要望に応え続けたザクIに、整備兵達に対する負い目からか。

 

 機体は大破したが、せめてパイロットは無事に戻ろうと思った。

 

 メルティエ達、ラクメルに所属するモビルスーツ隊が格納庫に収納するその間。

 アイランド・イフィッシュは地球軌道上にのり、地球の大気圏に突入する威容を彼は見た。

 近い未来に赤熱した人類史上最大規模の建造物が、地球に破壊を振り撒くだろう。

 ジオン公国が地球連邦政府に開戦して、十日目。

 

 作戦名、ブリティッシュ作戦。

 俗に言う、コロニー落としが成された瞬間であった。

 

 帰還後、大喜び(貴重な空間戦闘の映像に)の整備兵達と、最初の印象を取り潰す勢いで快活に笑う艦長とブリッジクルー。

 何故か強制的に椅子に座らされ、仁王立ちで説教するアンリエッタとエスメラルダにメルティエは困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上です。読んでくださり感謝。
少し駆け足で物事が進んだ感。
もうしばらく続くんぢゃよ。
遅れながらお気に入り登録、ありがとうございます。
これを励みに、執筆して行きます。

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第03話:ザク(前編)

 ゴウン、ゴウンと低い稼動音。溶接音と視界に入れれば目を焼くアーク光。整備兵達の活気ある声と技術者が議論を交わし、殴り合いに発展する場所。

 

 完成を急がれている宇宙要塞ソロモン。

 そのモビルスーツ工廠である。

 

 独りぽつんと立ち、タラップからその情景を見る青年。

 彼が目立つのは上下左右を行き来する整備兵の作業着でもなくジオン公国軍第二種戦闘服、通常時の軍服だからだ。

 

 やや乱れ灰色の混じった黒髪に憔悴した灰色の瞳、物憂げな表情で何をする事なくその場に居た、メルティエ・イクス大尉は視点を工廠内に転々と移し、最後に一つのモビルスーツデッキで止めた。

 

 MS-05B、ザクI。

 開戦以降の、後に区切りされ一週間戦争と称される期間。

 その内のブリティッシュ作戦まで共に駆けた、彼の愛機である。

 

 激戦を巡った彼の機体は、無事な箇所なぞ一つもない。

 

 頭部はモノアイレール以外焼け、特徴的なモノアイスリットの正面に存在した支柱がいまは無い。胴体部には弾痕と凹凸で損傷したコクピット・ハッチ部が完全に開かなくなっており、背部の回るとバーニア噴射口(フェルターノズル)は所々溶け落ち、左碗部は肩部分から完全に取り外され、右碗部は肩の関節部分が露出し酷使されたであろうマニピュレーターは握れない程に形を変えている。下半身は膝から先が存在せず、アポジモーター部分を含む大部分が消失していた。

 

「ここまで機体を使い潰すパイロットは稀だ」

 

 ソロモン勤務の技術士官にそう言われ、機体の戦闘データを受け取る際。

 

「よくも壊したと怒ればいいのか。よくぞ使ったと喜んでいいのかわからない」

 

 と、コメントを残していった。

 

 メルティエは微妙な表情で彼を見送ると、最早自ら立つ事も叶わないザクIを見続けていた。

 工廠の中では幾つかのザクIとその倍に及び、主力機に変わった機体MS-06C、ザクIIが並ぶ。

 

 開戦前のU.C.0078年の時点で、ザクIIは既に存在、生産されている。

 ベテランパイロットに多く搭乗され、戦果を挙げている現行主力機だ。

 ザクIに抱えられた問題の動力伝達系統、冷却機能の改善が図られ、装甲強化を施されたザクIIは正に改善要求通りの性能を発揮。

 

 軍上層部、特にキシリア・ザビがこれを推したと聞くが一介のパイロットであるメルティエには預かり知らぬ話であった。

 

 彼に理解できたのはザクIの呼称が旧ザクに、ザクIIがザクと呼ばれ差別化がなされている事。

 一線級任務、つまりは今後の戦線を担うのはザクII。ザクIは徐々に二線級任務の補給作業に回されていくだろう。

 

 しかし、ザクIIに搭乗するパイロットに選民意識でも植え付けるやり方なのだろうか。

 兵器の改良・強化を推したのはキシリア少将だったが、名称にはギレン大将が関わっていそうだ。

 

 いや、まて。

 都合が悪い流れになるとザビ家を連想するのは一体いつから――。

 

「まだ、ここに居たんだね」

 

 靴音に振り返れば、アンリエッタ・ジーベル()()が其処に居た。

 彼女は少尉から中尉に昇進した事で少し変わった軍服で、蜂蜜色の髪は工廠内の換気の為に風の向くままに踊り、円らな碧瞳はやや細められ、メルティエの姿を収めている。

 

「昇進おめでとう、アンリ」

 

 口元に笑みを(こしら)え、彼女に向ける。

 

「ありがと。隣いい?」

 

「どうぞ、閑散としているがね」

 

「また減らず口を……ま、いいかな」

 

 手摺にもたれかかった彼の隣、握り拳分の隙間を残して彼女は寄った。

 

「随分と頑張ったんだね、この子」

 

 メルティエの愛機、ザクIを見上げての感想。

 機械を子と喩えるのに、彼は(またた)いたが。今度は自然に笑みを浮かべる事ができた。

 

「ああ、自慢の奴だ」

 

 男らしい野生味のある笑顔に、アンリエッタがこちらを眺める。

 じっと見つめられ、さすがに照れが生まれたのか顎下を掻きながら口を動かした。

 

「そっちは、ここに来るのは珍しいな」

 

「うん。実戦データを提出して、機体を預けただけだから」

 

「まだ動くのだろう? 同じ区域で戦って、こっちは大破でアンリは小破。まったく、大した腕だ」

 

 平静を保とうとする彼に、

 

「無茶な動き、するからだよ」

 

 何事か孕んだ声色が伸びる。

 

 メルティエは返す言葉が見つからず沈黙した。

 無茶、とアンリエッタが言ったが。技術屋から言わせれば、異常の一言に尽きる。

 

 自動体系運動(オートモーション)化されたモビルスーツは、基本的に手動(マニュアル)で都度操作する事はない。

 オートモーションは機体に最小限の負担で、最適に動くよう各OS(オペレーティングシステム)で統制される。

 基本的にモビルスーツは両手の操縦桿と二つもしくは三つのフットペダルで機体を操作する。

 ソフトウェアに事前入力、登録された中で状況に応じてメインコンピュータが姿勢を作り、サブコンピュータによりOSの制御の下、微調整を行う。その過程の改善点を集積(フィードバック)されたものが機体の、パイロットの財産(データ)となるのだ。

 

 メルティエはモビルスーツの操縦に先述の操作方法と操縦桿に格納、備え付けられた入力キーを併用する。主体の運動を操縦桿。細部の動作を入力キーで調整、もしくは半自動設定(セミオートパレット)で機体の負担を考慮しない動作で戦場を駆けた。

 

 結果は、目の前の機体を視ればわかるだろう。

 

 ザクIの機体構造、耐久性の限界。

 その壁に突き当たり、かつ無理に酷使したツケが今の愛機の姿。

 

 アンリエッタのザクIは消耗品の交換と、流れ弾に被弾した脚部の補修で事足りたと報告を受けている。

 まだ任命されて十日も経過していないが彼はこれでもフェルデナンド・ヘイリン()()率いるムサイ級軽巡洋艦、ラクメル所属のモビルスーツ隊小隊長である。隊員の機体状態にも気を配らなくてはならない。

 エスメラルダ・カークス()()のザクIも同様に軽微なものだ。

 彼女の反射神経、動体視力と相まってとんでもなく回避率が高く、更には命中率も高い。

 

 部隊中メルティエ・イクスの機体だけ、大破という結果だ。

 

 いや、正確に述べれば、この工廠内で解体が決定されたものは、この一機だけ。

 改修、補強作業よりも組み立てた方が早いと判断。内部にも損傷が確認されたようで、解体処分が決定された。

 

 思うところがないわけではない、命を預けて駆けた機体だ。

 しかし、兵器は消耗品。いずれは朽ちる。

 それが、他のパイロットの機体よりも早かった。

 それだけ、であった。

 

「必要だったからそうしただけで。あとの事は気にしてないさ」

 

 相棒を失うのが寂しくて。彼はここに居た。

 そうでありたかった。

 

「僕は気にするよ、あの扱いを聞かされたら」

 

 彼女が漏らした声は、暗いものが秘めていた。

 

 ブリティッシュ作戦後、ズムシティに於いて受勲式が行われた。

 記者や一般の民間人が見守る中、デキン・ソド・ザビ公王、ギレン・ザビ総帥と続くジオン公国の重鎮達が一堂に会しての、演出と趣向を凝らしたもので随分と華やかだったそうだ。

 宣伝目的なのもそうだろうが、命懸けで戦った将兵に報いるという意味も見て取れた。

 ヘイリン隊の面々も出席し。違いはあれども全員が昇進、褒賞を得た。

 

 ただ一人、メルティエ・イクス大尉の席だけは設けられてなかった。

 それだけだ。それだけの話だ。

 

 ランバ・ラル大尉。メルティエが父と慕う軍人。

 

 彼はダイクン派とザビ家に目された人物。

 それ故に、彼は出世の芽を摘まれている。

 戦場で大活躍をしても音沙汰がないのが、その証拠だろう。

 彼の保護を受け、養育されたのがメルティエ。経緯から見てもラルとの繋がりは強い。

 今回メルティエは多大な戦果を上げ、作戦遂行に貢献したのは誰の目からみても明らかではある。

 同パイロットのアンリエッタ、エスメラルダに比べても頭一つ以上抜きん出ているのだ。

 

 しかしながら、ダイクン派。

 

 そう捉えられたのか、特に音沙汰なく過ごしたどころか、受勲式にも出席は許されなかった。

 優秀な軍人のランバ・ラルが大尉止まり。

 そして、武勲を上げたその後継と目される、メルティエ・イクスもまた昇進なく大尉のまま。

 

 不満がない、と言えば嘘になる。

 

 ただ、彼は上昇意識が薄い。

 元々企業入りを目指していた程度なのだ。

 士官学校に至るまでひと騒動がありもしたが、ランバ・ラルの背を見て育ったからこそ今は軍人という職業に忌避感はない。

 

 メルティエ・イクスという人間は素直だ、良くも悪くも。

 昇進よりも、よくやったと労いの言葉をかけるだけでも戦えた。

 彼は単純で、扱い易い部類の人間だ。

 

 しかし。

 何も与えられず、言葉もかけられなかった兵士は、何を強請って戦えばいい。

 鬱屈した想いに、表面上は荒れていないだけ彼は自制が効いていた。

 

「あの場所で、何度も思ったよ。どうして活躍した人()が居なくて、ただ後ろで座っていた人達が一等武勲なのかって」

 

 一級ジオン十字勲章、二級ジオン十字勲章、ブリティッシュ作戦功労章。

 これらは受勲式で一等武勲の軍人へ授けられるもの。

 

 そして、それを受け取ったのは――。

 

「アンリ、それ以上は不味い」

 

「でも、僕は!」

 

「ほら、行こう? まだ頭がぼうっとするし。疲れが取れないのかな、部屋に戻るからさ」

 

「あっ」

 

 彼女の手を取り、心配してくれる彼女に心の裡で感謝して工廠を後にした。

 

 握った体温がメルティエの()め切った心に火をくべる。

 だから、その火種が消えない内に。

 

 彼女の憤りを純粋に嬉しいと感じたメルティエは、自分を酷い男だと胸中で(なじ)った。

 心配を掛けさせて、挙句に探しに歩かせた。

 付き合いも長いが、こういう事は初めてであった。

 

 アンリエッタの言葉に嘘はない。

 その通りの心境だったが、口から出して良い事と悪い事は把握していた。

 

 しかし見つけた時の彼は、まるで公園に独り佇み迎えを待つ童子のようで、見ていられなかった。

 だから彼女は、表情を読まれないように前を向いてこちらを引っ張る彼の様子に、笑っていた。

 照れ隠しで急く彼の様子が、本当に童のようであったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「連邦政府との講和、か」

 

 久方ぶりにズムシティに帰還したメルティエは、街頭モニターに映る内容にこれからどうなるのかと考えたが、戦術はともかく戦略を組み立てるのが元来苦手な性質であったので、脇に捨てた。

 

 彼はランバ・ラルと、その内縁の妻クラウレ・ハモンから大尉昇進の折に贈られた、カーキ色の多機能ロングコートを羽織る。その下に黒のワイシャツにチノパンという出で立ちで街を闊歩していた。

 

 日付は1月20日。

 

 世界はコロニー落としから、十日以上過ぎた。

 結果だけをみれば、ブリティッシュ作戦は失敗に終わった。

 

 ジオン軍工作部隊によって大気圏突入の衝撃に耐えられるよう補強工事が行われていたバンチコロニー、アイランド・イフィッシュは連邦軍宇宙艦隊の阻止攻撃で、相当なダメージを受けていた。

 攻撃が最も集中したコロニー後部の熱核ロケット推進器群が相次いで爆発。

 アイランド・イフィッシュはアフリカ上空で大気圏に突入するも、アラビア地区上空で前後二つに瓦解し、予定軌道を大きく外れる。コロニー後部は更に三つに分かれ、北米大陸の北東部、南部、西海岸の沖合に落下。コロニー前部は、オーストラリアの最大都市シドニーに落着してしまう。

 

 当初の、地球住民に絶望と恐怖感を与えることには成功したものの、最終目標であるジャブロー壊滅は阻止された結果となった。

 

 更に過日の1月15日に一年戦争最大規模の艦隊決戦とも云えるルウム戦役が勃発したのだが、メルティエは搭乗するモビルスーツがなく、また所属するラクメルもブリティッシュ作戦時の損壊に加えて物資不足の為、サイド5ルウムに進軍する友軍とは別れて帰還していた。

 

 (もっと)も、帰還途中に地球から密かに上がりルウム援護に向かう連邦軍と遭遇、単独で此れにあたり撃滅する、という戦果を背負っての帰還は、作戦不参加を快く思わなかった上層部を大いに喜ばせた。

 

 ちなみに、この時に高速戦闘が無理と判断したメルティエはラクメルの艦砲上に擱座、接近する戦闘機を相手に自らを迎撃砲台として出撃した。

 敵戦艦はアンリエッタとエスメラルダの二機が肉迫、見事撃墜している。

 

 決戦結果を先に述べると、ルウム戦役は敵味方共に多大な被害を与えた。

 

 ジオン軍は敵対したサイド5、ルウムを制圧、再びコロニー落としの準備に取り掛かるが、到来した連邦軍はコロニー奪還を断念してジオン軍撃破を()()

 コロニーを取り囲むように陣形を組むジオン軍に対し、連邦軍は戦列を横に広く展開、大艦隊を擁する艦砲の密度を上げ、徐々に距離を詰めていく。ジオン軍ごとコロニーを破壊する手段を執ったのだ。

 こうして、連邦軍のジオン軍半包囲陣形を完成しつつあった。

 

 対するジオン軍はコロニー工作を放棄し、盾にするようにして艦隊をサイド中央へ移動後、モビルスーツ隊を投入。艦船と宇宙戦闘機を囮に出撃したモビルスーツ隊は高い機動力で連邦軍艦隊の中央を突破、そして反転すると背面に展開、連邦軍の後背から襲いかかった。

 

 モビルスーツ隊の突破後の強襲、艦船と宇宙戦闘機の粘り強い継戦とで連邦軍は前後から挟撃される形となり、潰走。ジオン軍は逃す事無く艦隊をまとめ、追撃を開始する。

 敵味方交錯する大混戦の中、連邦艦隊の旗艦アナンケが大破、行動不能に陥った。

 

 宇宙艦隊司令官代理レビル将軍はカプセルで脱出しようとしたところをジオン軍の誇るエース部隊、黒い三連星に捕獲される。残された連邦軍宇宙艦隊は司令塔を失う状況に追い込まれた。

 以降は艦隊次席指揮官が立て直しを計るが、戦線の崩壊を食い止めることができず全艦隊潰走に至ってしまった。

 

 他にも様々な要因があるのだが、ここでは割愛する。

 コロニー落とし、ルウム戦役で保有する戦艦の八割を失った連邦軍はジオンとの講話を模索。

 多数のモビルスーツと優秀なベテランパイロットを失い、宇宙戦艦、航宙機の五割を失ったジオンは捕虜としたレビル将軍をサイド5、ルウムを破壊した戦争犯罪人としてサイド3に送致。宣伝に利用している。

 

 以上が街頭モニターに流れる内容と、メルティエが数少ない軍部の知り合いから得た情報を統合、想像した話だ。

 

 街中に居る気が早い人間なぞ「ジオン万歳!」やら「ジーク・ジオン!」等と乾杯を交わす有様である。酒を飲める気配を感じたので、という事だろうか。

 

 妻に尻に敷かれる旦那は大変だな、そう感じさせる一面である。

 

「――んん? 何か寒気が」

 

 びくり、と背筋が冷えた。

 何事だろうか。快適な気温に調整されたコロニー内なので体調を損なうほど寒い、と感じるものではない筈。

 

「メル」

 

「む?」

 

 呼びかける声に辺りを探す。果たして探し人は見つかった。

 そして、三度瞬きした。

 

 其処には薄紅を基調としたレース、フリル、リボンに飾られた華美な洋服。スカートはパニエで脹らませ、靴は編み上げのブーツや厚底のワンストラップシューズという出で立ち。

 薄紫色の豊かな髪にはリボンが飾られた美少女――推定年齢二十二。乙女座の小柄な美女。

 

 メルティエの脳内でカテゴライズされた外見で騙されると危険な人物筆頭、である。

 

「エダ……お前、なんつぅ格好してるのよ」

 

 呆然と近くに出現したエスメラルダを見る。

 ゴシック・アンド・ロリータ。略してゴスロリである。

 身長が百五十を切る彼女はどこに出しても恥ずかしくも、おかしくない程のロリであり、その服装はゴスロリ。

 

 メルティエを見据える彼女は、泰然とした態度でその場に居る。

 外見が美少女。そして人目を引く服装。

 そんな彼女と会話する長身、ロングコートの男。

 

 当然、メルティエとエスメラルダは擦れ違う人間の無遠慮な視線を集めた。

 

「と、とりあえず行こう」

 

「ん」

 

 まさか、憲兵さんとか走ってこないよな等と呟く男を、

 

「思っていたより、マシな顔をしている」

 

「そうか?」

 

「昨日は無表情に近かった」

 

 昨日を思い出そうとする男を、紅色の瞳が瞬きせずに観ていた。

 

「まぁ、気晴らしになるような事があった。それだけだよ」

 

 そんな表情であったか、と(いぶか)しんだが、そのまま足を進める。

 

「アンリと寝たの?」

 

 僅かな段差に躓き、コケた。

 コンクリートに膝と頭を打ち据えてとんでもなく痛い。涙腺が緩んだら涙目確実である。

 

「おまぁ!? 公共の場で何言って」

 

「喧しい」

 

 綺麗に揃えられた手刀。

 それが、吸い込まれるようにメルティエの喉を強かに突いた。

 

「――っ!?」

 

 形容できない声が喉から漏れるが、彼女は平常運転である。

 つまり、のたうち回る男の襟元を掴み、ずるずると引き摺る。

 

「面倒くさい。こっちの方が楽」

 

「ごふ、上官に向かって暴力的な……他の隊なら厳罰もんだぞ、これ」 

 

「いまは私事(プライベート)。上下の区別は瑣末事」

 

 咳き込みながら待遇の改善を申し付けるが、傍若無人な彼女は意に介さない。

 作戦行動中にも蹴りをもらっているのだが。

 

「いや、お前普通に」

 

 思い出そうとすれば、ノーマルスーツの下から主張する、臀部。綺麗な曲線を描いたお尻。

 見事な丸みを帯びたその形。健全な男子である事も手伝いスーツの下を想像して――。

 

落ちろ(シャットダウン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――はっ!?」

 

 気がつけば、最近見慣れた天井。メルティエは自室の床に転がされていた。

 ズキリ、と首に痛みを覚える。

 

 記憶が朧気だ。確か持て余した休暇を解消しようと、ズムシティに――。

 

「う、頭が」

 

 左右に振ること二回、部屋を見渡すと机の上に封筒。蠟で封印されており、その上にジオン公国の国章が在った。

 緊急通達かもしれない、と備え付けのペーパーナイフで中身を取り出す。

 文面に視線を走らせるが。しかし、内容は緊急性皆無のものだった。

 

 所属部隊転籍通知。

 

 中身を見て、思わず舌打ちしてしまう。

 

 彼がそのような不作法を、無意識下でしたのにはある意味当然の事だ。

 ザビ家の抱える問題が浮き彫りになる、その最たるものだからに他ならない。

 

 現在のジオン公国軍は三つに分かれている。

 ジオン軍は連邦軍と比べて戦力が小さい。

 しかしそれを理解してなお、軍を三分割にする愚を犯すのはなぜか。

 

 理由は簡単、というか頭を抱えるレベルの代物。

 兄弟の仲違い、それに由って形成された派閥の組織化である。

 

 階級こそ低いもののザビ家内ではギレン・ザビ大将に次ぐ発言力を有するキシリア・ザビ少将と宇宙艦隊総司令官ドズル・ザビ中将が今後の方針に関する意見の相違から対立。

 キシリア少将は地球上の鉱山基地を押さえ、連邦軍の再建を遅らせると同時にジオンが今後戦い続けるための資源確保が急務と主張。

 対するドズル中将は制宙権を完全に掌握し、戦力が回復次第ルナツーに駐屯する連邦艦隊に進軍する事を主張。

 キシリア少将は今後のジオン戦力拡充と連邦戦力延滞を狙い長期化を見据えてのもの。

 ドズル中将は控えた地球降下作戦の前準備として、地球とルナツーからの二面作戦を阻止する為に攻撃を仕掛けるというもの。

 

 開戦直前まで用兵論の相違から度々衝突していた両者である、鬱憤が溜まりに溜まったのか互いに自分の意見が通らねば職を辞するとまで(のたま)う大騒動となった。

 

 これは既に裁決されている。

 

 後に月面基地グラナダを本拠とし特殊部隊が多く所属する、キシリア少将麾下突撃機動軍。

 建設中の宇宙要塞ソロモンを基点に公国軍最大規模を誇る、ドズル中将麾下宇宙攻撃軍。

 総帥護衛部隊に位置し、また前記に所属しない軍を麾下とした、ギレン大将麾下本土防衛軍。

 以上、三つに分割することで一応の決着をみた。

 

 メルティエに今までこの通達が訪れなかったのは暫定的に宇宙攻撃軍に組み込まれ、戦線に配置されていたためだ。

 そのおかげで同じ宇宙攻撃軍であったから予備役とは言え、親父殿(ランバ・ラル)とも会うことが出来たわけだが。

 現在のジオン軍は戦力が低下しているため、旗色が明確になっていない彼のような人材を水面下で奪い合っている。

 

 フェルデナンド・ヘイリン大佐は宇宙攻撃軍に所属している。この事から自分が抜ければ新たなモビルスーツパイロット、部隊を充てがわられるだろう。

 メルティエとしては戦友とも呼べる間柄の指揮下から離れたくない。

 冷静沈着な彼の指揮と彼に従うブリッジクルーは戦場に飛び込むパイロットに安心感を与えてくれたからだ。

 次も同様な人物と部隊に恵まれるかわからない。

 むしろ、劣悪なのが多いだろう。

 

 次の所属先のモビルスーツ隊パイロットにはアンリエッタ・ジーベル中尉、エメラルダ・カークス中尉が幸いにも記され、他には補充隊員として二名が入る事となっている。

 モビルスーツ隊の隊長は変わらずメルティエ・イクス大尉。

 一先ずは安堵の息を吐く。

 艦隊から引き離されるだけではなく、信頼した隊員も四散させられたら堪ったものではない。

 

 気を取り直して、肝心の所属部隊を確認した。

 

「いや、どうしてこうなった」

 

 何度も視線を行き来するが、それが変わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字連絡・評価・感想をお待ちしております。

ところで、皆さんの原作キャラで好きなのはどれですか?
ちなみに作者は外伝関係のキャラが好きです。
マスター・ピース・レイヤー、ヴィッシュ・ドナヒューとか特に好きです。
「親友になれたかも知れない」の辺りに涙しました。


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第04話:ザク(後編)

「しばし待て」

 

「は!」

 

 将官の身でありながらヘルメットを被り、常に顔の下半分をマスクで隠す女性。

 彼女の為に設えた執務室には、上流階級の者と会談する為に設けられた上質の調度品がその品格を失わず其処彼処に存在しており、彼女の前で直立不動の姿勢を保つメルティエ・イクスにとって、住む世界が異なる人物だと、強く意識させた。

 

 素早く書類に目を通し、その動きに劣らぬ早さでしなやかな指先が備え付けのPCを操作。

 問題が見当たらない事を確認した上で裁決を進めていく。

 積み重なった書類、鈍器にも使えるだろう厚みがあるそれが徐々に目減りして行き、最後の一枚が彼女の手で空間を凪ぎ、滞り無く裁決が済まされた。

 

 不躾ながら、視線で追っていたメルティエは彼女がふっ、と吐いた息で慌てて天井に戻した。

 

「なってないな、大尉」

 

 マスク越しからでも、すっと耳に入る声。

 

「女の動きをいちいち目で追うとは」

 

「も、申し訳ありません。閣下」

 

 気付かれていた。

 

 内心で冷や汗を滝の様に流し、直立の姿勢がより強化される。

 

「なに、冗談だ。見ても面白くなかろうに」

 

「い、いえ、綺麗な所作で――あっ!?」

 

 しでかした、と後悔する。恐る恐る視線を下げてみる。

 対面した女性は僅かに目を見開き、しかし珍獣を見るようにメルティエを眺めた。

 

「世辞か、正直者か。判断に困るな、大尉」

 

「平に、平にご容赦願います、閣下」

 

 空調が効いた室内で汗塗れの若い男に、喉奥で笑う。

 細められた青い瞳は幾分冷たさが強いが、不思議と嫌悪感は覚えなかった。

 

 彼女はキシリア・ザビ少将。

 ザビ家内で発言力が長男ギレン・ザビ大将に次、階級差があれども三男ドズル・ザビ中将と真っ向から対立した女傑。政治・軍事関係にも手腕が発揮され、モビルスーツ開発による軍備拡充を推進している人物でもある。

 

「さて、大尉。しばし興じたいところであるが、建設的な話し合いをしようじゃないか」

 

 ――来た。

 

 メルティエが今この場所に居るのは先日の所属部隊転籍通知にある。

 概要だけを述べれば、突撃機動軍第168特務攻撃中隊の隊長に任ずる。というもの。

 突撃機動軍はキシリア少将麾下の軍。

 メルティエは重鎮や名家の子弟といった後ろ盾がなく、養父にランバ・ラルといったダイクン派と目される人間であるし、彼を囲い込んでメリットがあるのだろうか。

 モビルスーツパイロットを一人でも多く抱え込みたい、そう望むのは何も彼女だけではない。

 ドズル中将麾下の宇宙攻撃軍も、先のルウム戦役で戦力が大きく低下している。

 

「此処に立つ、という事は届け物の中は()た。そう解釈するが?」

 

 如何に、と彼女は念を押す。

 

「はっ。確認しております」

 

「ならば良い。それで、答えが聞きたいな。大尉」

 

「謹んでお受け致します。が、小官に発言を許可して頂きたく」

 

 ほぉ、と眼を細め机の上で腕を組む。更に重圧が掛かったように思える。

 

「構わん。申せ」

 

「大変光栄な取り立てを受けましたが、小官には閣下から御厚意を承る理由が見つかりません。

 ただの一介のパイロットであり、中隊運用に必要なものが多く欠けております。

 許されるのであれば、閣下のお心をお聞かせ頂きたく」

 

 彼女は一つ頷くと、ギシリと椅子に背を預け、珍獣を観る目は先程とは異なる色彩を帯びた。

 

「貴様も知っていようが、我が軍の戦力は先の大戦で大きく疲弊した。

 此れはモビルスーツ(しか)り、パイロットも然りだ。戦力を早急に立て直せねばならん、連邦が息を吹き返す前に」

 

 下から見上げているのに、見下ろされている感覚にメルティエは陥る。

 これが眼力と言うべきものか、と喉を鳴らした。

 

「人材育成もまた急務。しかし、人はすぐに育たん、時間を掛けねばな。

 物資もそうだ。資源を基に精錬、加工し、組立て初めて()()となる。今は講和が成るかどうかの瀬戸際だ。ただし、成れども戦いが終わるとは限らない」

 

 戦争が長期に突入する事を示唆。メルティエは思うに講和は講和。降伏ではない。ならば戦争は続くだろうと、そう解釈した。

 

「大尉、私は無用な無能者が嫌いだ」

 

 目が合う。射抜くかのように鋭く、微動だとしない青い瞳。

 

「しかし、育つのであれば、役に立つならば手を惜しまない。貴様はパイロットとして腕が良いと聞いている。私も観たが、旧ザクにしては随分と、はしゃいでいたようだな」

 

 ぴくり、と反応する男を女は逃がさない。

 

「私に付け、大尉。人を使う事を学び、後進のパイロット育成、敵の資源基地攻略。やる事は幾らでもある。成果を上げれば()()()()報いることを確約してやる」

 

 貴様達に―――どこだ、どこまでを自分に近しいものと判別しているのか。

 養父のランバ・ラルまでか。彼が率いるラル隊までも入るのだろうか。

 

 メルティエは腹芸も出来ず、駆け引きにも疎い。この手の勝負事は昔から苦手だった。

 しかし、ここで受けねば自分には後がないように思える。

 

 キシリアは若い士官の葛藤が手に取るように解った。

 この手の遣り取りで彼女に勝てるのは、長兄ギレン・ザビのみである。

 若い男の考え等、他に作業を並行していてでも寸分違えず読み取る事が可能だ。

 その能力があるからこそ女性の身で軍部、その一組織の長が務まるのだから。

 

 だからこそ。目の前のパイロットに更なる揺さぶり、いや、餌を撒いてやる。

 

「試作モビルスーツの運用試験にも、貴様には役立ってもらう。返答せよ、大尉」

 

 優秀なパイロットは、自らが乗る機体に拡張する力の可能性を望む。

 モビルスーツは兵器として確立してからまだ若い。その伸び代に助成出来るのは乗り手として心惹かれるものが多分に強い。

 

 事実、メルティエは運用試験に携れる事に興味、関心を強めていた。

 過去を検分するに学生時代に大手企業に入ろうとしていた節があり、操縦系統を専攻していた事からテストパイロットを目指していた、とキシリアは推察していた。

 こうする事で相手に判り易いうまみをチラつかせ、引き込む。

 

 人、物、武器。

 何を求めているか、何を与えてくれるかをメルティエは幾ばくか理解できた。

 いや、理解したと思わせる事に成功させた、目の前の女性にさせられた。

 だが、彼は其処に大した問題を見出さず、答えを出した。

 

 結局は自分が出来る事、それを尽くすのみだ。

 今までも、そうやって生きて来た。

 だから、明日もそうやって生きていく。

 彼は道を作り出す事は苦手だ。

 だが、道を切り開く事は得意な方だ。

 

 そういう生き方しか、彼は見出してないのだから。

 

「メルティエ・イクス大尉。謹んで拝命を承ります」

 

「宜しい。今後の事は追って伝える。下がれ」

 

「はっ、失礼致します」

 

 キシリアも「おや」と思うほどの綺麗な敬礼。くるりと百八十度廻り、そのまま扉へ向かう。

 扉は閉じられ、去っていく若い士官。

 

 キシリアは机の引き出しからファイルを取り出す。

 その中に在るものは軍のデータバンクから入手したメルティエ・イクスの公式情報と、彼女独自のルート、諜報組織と言うべきキシリア機関で調べ上げた調査報告書だ。

 綿密な人物経歴を何度も確認し、一つだけ不自然に空白となった項目。

 任官、開戦までは文面が続くのに、一週間戦争に入る時期だけが無い。

 大尉が来る前に傍らに放り投げておいたファイルを手に捲り、とある人物の経歴に視線を滑らせれば彼女は「なるほど」と、平坦な声を空気に混ぜた。

 

「良い目をしていたな。私を落胆させるなよ、()()

 

 冷たいと男に感じさせた瞳。

 その視線を、自身が署名した書類に留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエはその後に自室へと戻り、送られたキシリアからの届け物を受領。

 各事務局に渡り必要な手続きを済ませると、指定された場所へ移動していた。

 行き先はモビルスーツ工廠がある軍事ブロックである。

 

「随分と機嫌が良さそうだな」

 

「ん? そうかな?」

 

 移動途中でアンリエッタ・ジーベル中尉と出会い、最初は驚いていたようだが理由を話すと納得したようで、今から向かう場所にも興味が惹かれたのか同行している。

 

 彼女はよほど機嫌が良いらしく、まるで花が咲いたような綺麗な笑顔を周囲に振り撒いていた。

 通り過ぎる人、特に男は良く振り返る。ぽー、と見惚れているようだ。

 他所見しながら歩いていた男が(つまづ)いて転ぶ。

 

 呻いている様子から、地味に痛そうだ。

 

「まぁ、良いか」

 

「ふふっ」

 

 鼻歌でも流しそうな彼女の口は緩やかな弧を作り、そして(たま)にこちらを見やる。

 メルティエ・イクス()()は彼女の様子に苦笑を浮かべた。

 少佐を表す軍服は開封して一時間も経っておらず何処にも解れがなく、刺繍入りのマントは彼が足を運ぶ毎にゆらゆら揺れる。

 

 アンリエッタはこの出で立ちの彼を視界に収めてからというもの、喜色一面である。

 メルティエ以上に喜んでいたと言っても過言ではない。

 彼女は不当に彼を認めない国の在り方に疑念が生まれ、それが罷り通る周りと何時しか納得してしまう自分が悔しかった。

 ダイクン派とされるジンバ・ラルを実親とする、ランバ・ラル大尉の養子が彼である故に。

 世間のどの職種についてもザビ家が政敵を葬る事はサイド3で多少政治に詳しい者ならばそう憶測しない者は居ない。

 当人だけでなく一族郎党すら事故を装って亡き者にしようとした、等と噂の域を出ないが有力な話でもある。

 

 彼女の実家は所謂(いわゆる)名家である。ザビ家内の重鎮、名家の子弟ほどの発言力はないが発言を削ぐ、決定を遅らせる事は十分に可能だ。

 何か遭ったら最悪実家に頼ろうとすら考えていたが、メルティエは助力を拒むだろう。

 面子等の問題ではなく、咎が累を及ぼす事を恐れる。彼はそういう人間なのだ。

 アンリエッタが幼少期に知ったのは、人を人と思わない人間が跋扈(ばっこ)する政界。

 其処に恐怖しつつも慣れたから、人間臭く不器用に前を向こうとする彼が好ましく見えた。

 だからこそ、アンリエッタは一般的な職業に就こうとした彼を引き留め、説得した。

 一般人のままでは容易く始末される未来図、それが余りにも生々しかったからだ。

 在りもしない容疑で逮捕、処断する手口は古来より為政者の手でなされてきた。

 サイド3、ジオン公国は今やザビ家の独裁政治で回っている。

 彼らは反抗勢力の中でも取り分け、ダイクン派を目の敵にしているのだ。

 

 もし彼が軍の中で一角の人物になると不味いが、遠い辺境にでも左遷させられれば、退屈な余生を過ごす代わりに、死ぬリスクが低下する。

 前者、後者に関わらずに彼女は付いていく心算であった。ある種の覚悟を決めていたのだ。

 それでも就職先を探す彼に埒があかぬと士官学校に放り込み、彼の意に沿わぬ道筋を打ち立てて歩かせた。

 

 あの時はこれが最善だと思ったが、同時に咎でもあり罪悪感を引き摺っているのも確かだ。

 彼が嫌になって後方支援任務を嘆願したときは流石の彼女も焦った。

 だが一度戦場に立つと士官学校の教官のみならず、当時の上官やベテランと偉ぶっていた人間が彼の動きに目を剥き驚愕した事で、自分の判断は間違いではなかったと確信、正当化している(ところ)に悪女の片鱗をみせている。

 縁を結んでから十年の間柄で、彼女は最期まで彼の味方で在ろうと決めている。

 この事が彼にとって最大限の援護であり誰よりも感謝しているものだと、彼女の思いは至っていない。

 

 乙女は実感を得ないと満足しないのだ。

 

「さて、此処だな」

 

 通路を渡り終え、電子ロックされたパネルにコードを入力。

 シュッ、と空気が抜ける音を残して重厚な扉が開かれた。

 中に目を向ければ広い空間、其処にはモビルスーツが作業アームに固定されていた。

 失ったMS-05B、ザクIの、今や旧ザクと呼ばれるモビルスーツの後継機。

 

 それが五機。

 

「あっ」

 

 ビュオウ、と無重力空間が現れたことで外の大気が背中を押し、メルティエの後ろに居たアンリエッタの体が流される。

 慌てて足でブレーキを掛けるが、平均風速十メートル以上の力である。

 反射神経に自信が無いわけでもないが、咄嗟の事では逃げられない。

 

「む」

 

 体がぶつかり、前に押し出された格好のメルティエは反転すると彼女の手を取り、こちらに引き込んだ。

 

「えっと」

 

「少し掴まっていろ」

 

 腕の中で丸まった彼女にそう告げて、閉じられた扉を蹴り、工廠内の支柱、タラップの手摺を次々に足場にして佇むモビルスーツに向かう。

 

 MS-06F、ザクII。ジオン軍の誇る主力兵器だ。

 全長十七・五メートル、自重五六・二トン、全武装搭載が六七・一トンもの重量を秘めた物言わぬ人造の巨人。直線よりも曲線で構成された機体構造。

 頭部のモノアイレールには透明なカバーが取り付けられたまま、特徴的な動力伝達パイプが体の要所に設けられ、左肩には三本の刺付(スパイク)が、右肩には防御シールドが備わる。

 バーニア噴射口(フェルターノズル)、スラスター、アポジモーター共に汚れた跡がなく、剥げていない緑と黒の色分けは正に新品だ。

 最初の機体、その防御シールドには05とペイントされており、順に若い数字に代わる。

 

「これが俺達の新しい機体か」

 

 キシリアから送られ、第168特務攻撃中隊のために用意されたモビルスーツ。

 胸が熱くなる、とは正にこの事。

 期待されていると自惚れたい。そうでなくては最新鋭のモビルスーツを確保なぞしないだろう。

 02までペイントされた機体を眺め、

 

「これは」

 

 現われたのは最後の機体。

 メルティエの搭乗機だ。

 

 頭部には隊長機を示すブレードアンテナ。左肩のスパイクは取り払われており、代わりに設けられた両肩が防御シールドに変わっている。特に通常機とは異なるのは下半身、脚部だ。スラスターを増設したのだろう、曲線が更に緩やかに、肥大化している。

 そして、何よりも機体が()()

 ペイントもそうだ。右肩に01、左肩には「盾を背に咆哮する蒼い獅子」が描かれていた。

 

「お気に入りましたか」

 

 タラップの上から降り、惰性移動でこちらに近付く長身痩躯の男。

 肩まである黒髪、糸目に眼鏡を掛け、中尉の軍服を着ている。部屋に篭り研究をしている印象を持つ。あながち外れではないとメルティエは彼を眺めながら思った。

 

「失礼。突撃機動軍第168特務攻撃中隊に配属になります、ロイド・コルト技術中尉です」

 

「よろしく頼む、同部隊の隊長を仰せつかったメルティエ・イクス少佐だ。

 こちらはアンリエッタ・ジーベル中尉」

 

「宜しくお願いします、お二人方。

 しかし、少佐。出会って早々なのですが、今の状態は風紀によろしくないと」

 

「ん? ……おぉ!?」

 

 そういや、抱きかかえたまま――所謂お姫様抱っこ――だった。

 確かに、彼女を抱えていた腕と触れた胸辺りがいやに熱いなと感じていた。

 用意された機体に感無量で、視線の方に集中し過ぎた。

 

「すまん、アンリ」

 

「いや、大丈夫。大丈夫だから」

 

 謝りながら解放すると、囁き声にも満たない声量。蜂蜜色の髪に隠れ、彼女の表情は窺い知れないが、頬が赤く何度も何度も「大丈夫」と呟いている。

 風邪だろうか、早めに切り上げて医務室へ連れて行かなくては。

 

「恥ずかしいところを見られた、忘れてくれ。中尉」

 

「いえいえ、これから長い付き合いなのです。お気になさらず」

 

 否定しないんですねぇ、とロイドも微妙な表情だ。

 しかし、彼はメルティエが言葉の機微に理解が及んでいないと思っていない。

 実際には、とんと至っていないのだが。

 しかし型破りなのがお好きなのか、次の瞬間には笑みを湛えて言葉を紡ぐ。

 

「少佐の機体は私が設計しましてね。MS-05Bの戦闘データを拝見させて頂きまして」

 

「お眼鏡に叶ったかな?」

 

「ええ、()()そそられます。

 ただ、少佐は友軍の前に出る傾向がお強いので、被弾する確率が高いと感じました。両肩の防御シールドはそれが理由です。

 そして、回避運動が細かい。過ぎるとは言えないところがまた憎いですね。

 少佐専用に増設を施しましたが、本音を申しますと全身に機体制御用のスラスターを取り付けたいくらいです」

 

 危険な言葉が一部入っていたが、聞き流すことに決めた。

 メルティエが左肩を見ていると、

 

「ああ、パーソナルマークが気になりますか?」

 

「それと、色も。知っているのか?」

 

 お話は聞いていますよ、とロイドは答えた。

 

「蒼色のパーソナルカラーは青い巨星、ランバ・ラル大尉と直属の上司でありますキシリア・ザビ少将閣下から許可を。パーソナルマークの獅子はキシリア少将閣下がお決めになられました」

 

 話を聞いて、アンリエッタの顔色が徐々に青褪めるが、メルティエは気づかない。

 身体の奥から吹く興奮を感じていたから、視野狭窄になっていたのだ。

 

「それは本当か!?」

 

「っとと、本当ですよ。指示書も頂いております」

 

 急に大声と腕を掴まれた事に驚くが、眼鏡を空いた手で押し上げながら返答した。

 メルティエは蒼く塗装された機体を呆然と眺め、「親父殿」と口から漏らした。

 

 同じ色を授けられるのは名声が混雑するためマイナスに捕らわれがちだ。

 大抵は「自分こそがこの色に相応しい」となるか「他所は他所、うちはうち」となる。

 パーソナルマークも用意されているので、それで判別できるだろうと言う事もあるが。

 

 ただし、今回はそれには当て嵌らない。

 エースパイロットとして名高いラルが同色系統を承諾した、という事はそのパイロットの腕前を認めたという事に繋がる。

 あの青い巨星が認めたパイロットという付加価値が生じるのだ。

 これは切磋琢磨し技量を認められたいパイロットからしてみれば羨むべきもの。妬む者も出るだろうが名声は色々な場所で融通を利かす事ができる。

 

 そのまま名声を上げるか、認めたラルの名声を貶めるかは今後のメルティエ次第というわけだ。

 

「しかし、獅子か」

 

 描かれた、盾を背に勇ましく咆哮する蒼い獅子を見やる。

 頭に浮かぶのは薄紫色の髪の外見美少女、中身は虎。

 変に対抗意識持たないだろうな、とメルティエは苦笑した。

 

「おや。ご不満で?」

 

「いや、少し思うことがあっただけだ。嬉しいよ」

 

 ロイドは彼を見て子供みたいに笑う人だ、と思った。

 アンリエッタがそんな彼を見て、小さく嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、キシリアが子飼いの部下とメルティエの戦闘映像を鑑賞した話をよくよく聞いた時。

 見識者の彼女が「まるで地球に住まう獅子ではないか」と機体の機動を評し、自ら獅子の構図を決めて発注したと知ってひどく(おのの)いた。

 

 しかし、メルティエは一つ誤解をしていた。

 キシリアはメルティエの配下に美女が複数居り、彼女らの機体が敵の射線と思わしきラインに近づくと高速機動(ブースト)、猛然と突進する男の行動をつぶさに観ていたのだ。

 自分の群れ(プライド)を外敵から守り、敵を文字通り引き倒しでも勝利する。

 猛々しい動きに目も奪われたが、縄張りを守る獣性の男、彼女が戦闘映像から深く読み取ったのはそれであった。

 

 子飼いの部下も詳細は異なるが同じような意見を持っていたようで、上司が抱いた印象を支持。

 こうして守る=盾がデザインに盛り込まれて完成に至る。

 百獣の王、ライオンのような猛者。そういうモノになれという事だと本人は思い。

 評した上司達は、彼の本質を垣間見たからこそ、似ている動物を当てた。

 この意識の違いは明かされる事なく、個々人の胸に留まるのみとなった。

 

 時はU.C.0079年1月17日の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




駆け足で物語を進めた感。


設定が甘いのは愛嬌と笑って許して。

しかし、人の心理描写って難しい。
こう、ドキドキワクワク感が欲しい
これからはゆっくり進めていこうと思います。

ところで、うちのキシリア様をどう思う?
本作品ではこういうキャラになりましたが、どうでしょう。
大きく逸脱はしてないと思いますが。
気に入って頂けたら幸いです。


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第05話:部隊設立

 メルティエ・イクス少佐は目の前の書類の山を切り崩すことに必死であった。

 能力を認めたキシリア・ザビ少将の麾下突撃機動軍に属する第168特務攻撃中隊、その手続きだ。

 事務方が幾らか処理しているとはいえ、メルティエが行うべき事は幾多に分かれ手が回り切らない。

 部隊を設けるという事は思うほど簡単ではない、と身を以て体験している最中だ。

 部隊新設の事務処理が終わっているとはいえ、実際に動く人間の確保、確認は当然の事ながら、実動員の手に委ねられる。

 

 まず確認すべきは保有する戦力。

 第168特務攻撃中隊はモビルスーツ運用を前提にした部隊なので、中核となるモビルスーツ戦力が無ければ立ち行かない。

 次には戦闘区域や偵察に使用する哨戒機の確保と必要な資材。旗艦となる艦船の使用申請と受理後は使用する艦船の状況確認。日用品やらの雑多をまとめた補給物資の申請と受け取り等だ。

 他にも特殊部隊等では使用する機材等で別途手続きが入る。

 今回はキシリアが専属の秘書官を通して手配してくれたので、大いに助かっている。

 

 この話を聞いて、メルティエは手間が減ったと喜び、他の人物は何か有ると訝しんだ。

 メルティエはモビルスーツ工廠で部隊分の機体を受領後、暫定的に旗艦となったムサイ級軽巡洋艦に入るとミーティングルームを執務室代わりとして占拠。

 現在は長テーブルをアンリエッタ・ジーベル中尉とエスメラルダ・カークス中尉、副官に任命されたサイ・ツヴェルク大尉と囲み、山積みの書類と戦争の最中である。

 

「物資搬入に遅れがみられます。出航時間を修正しておきます」

 

「ああ、頼む。こっちの確認は終えた。次はどの問題だ?」

 

「はっ。次の問題は」

 

 副官に登用された、サイ・ツヴェルク。実に有能である。

 金髪碧眼、甘いマスクに冷静沈着な言動は隙がない。淀み無く動き、個人の事務処理能力も高く、他三人の書類審査までする余裕を持つ。更には注釈や修正を入れ、余程の粗忽者でない限り内容が理解できる。

 

 正に世の出来る男代表。

 

 ――原隊から返せと言われても絶対に離さない。絶対に、だ。

 

 メルティエは固く誓った。

 

 そんな阿呆な事を隊長が考えているとは知らず、三人は事務仕事をせっせと励む。

 

 第168特務攻撃中隊。

 部隊人数百十名。保有戦力モビルスーツ五機、宇宙戦闘機三機。軽巡一隻。

 部隊名通りに中隊規模として突撃機動軍に申請、登録済みである。

 他部隊員は現在ムサイに補給物資の積み込み、受け取りに各所を回ってくれている。

 格納庫はロイド・コルト中尉が指揮。モビルスーツの格納と固定、宇宙戦闘機の各部チェック等を行う。彼の下に新人パイロットを当て、搬入作業に従事させてもいた。

 

 物を積み込むだけ、とは言えこれが中々に難しい。力加減を謝れば物資破壊が発生するのだ。

 機体を丁寧に、素早く動かすことが出来るかのテストになり、雑事も片付いて一石二鳥である。

 

「走り回っている皆には配属早々申し訳ない気がするな」

 

 彼が新しく接する部隊員への態度を決めかねていると、

 

「好印象を与えようと皆動いている。評価するのは結構だけど、甘い考えは自重」

 

 エスメラルダが即座に釘を刺す。

 

「む。そうだな、舐められたら後々面倒だし。助言感謝する」

 

「別に」

 

 時折会話を交わしながら山積みの書類を一つ一つ処理。各自持ち込んだモバイルで書類内容を照らし合わせている。

 軍部のデータベースにアクセスし、書類に不審な点はないか確認するのだ。

 開戦から共に死線を潜り信用、信頼できるアンリエッタ、エスメラルダはともかく。

 会って早々のサイ・ツヴェルクを引っ張り込みこの作業に充てる。

 普通の指揮官であれば正気を疑いかねない暴挙である。

 戦時下であれば、如何なる人物でも猜疑心で接し排せねばならない。

 どこに間諜の類が紛れているか判らないからだ。

 だからこそ、部隊長となる者は士官学校、もしくは初期の部隊で苦楽を共にした人間を引き抜く。それができない場合は一人で全てを抱え込むか、小さな雑事から任せ信用できると決断できるまでの距離感を置いたまま接することになる。

 信頼の基準が何処にあるかは、その個人個人で分かれるから明確な線引きなぞはない。

 アンリエッタとエスメラルダは士官学校以来の縁で、為人(ひととなり)をある程度は知り。パイロットとしても絶対の信頼を置いている。

 

 だが、サイ・ツヴェルク大尉にはそれがない。

 部隊設立時は間諜が入り込む絶好のチャンスだ。もしもサイが間諜だった場合、都合が良い様に処理されてしまうケースがある。

 

 例えば、裏で手を引き連邦軍を引き入れる、情報を引き渡す類から大規模作戦をリークして阻止部隊を編成する契機を作る等だ。

 

 無論、サイはその手合いでは無かったが自分の扱いに戸惑った事は確かである。

 入隊のタイミングや、ふとした事で嫌疑を掛けられる等はザラである。

 それでなくても、此処は陰謀渦巻くズムシティ。

 ザビ家のお膝元なのだから。

 

(無辜の信頼、というものか)

 

 普段の彼ならば笑止、と切り捨てるであろう。

 もしくは甘すぎる、とも。

 

(だが、悪くはない)

 

 今しばらく、彼という人間を視てみようとサイは書類を処理しながら考えた。

 人物を知ってからでも、遅くはないのだから。

 有能過ぎる故にかつての上官から妬まれた男。

 サイ・ツヴェルク大尉は面に出ないようメルティエ・イクス少佐の言動を注視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタは落胆を隠せずに居た。

 もちろん、目前の書類を片付ける事を忘れてはいない。

 現にメルティエよりも作業ペースは早い。

 彼女が思う所があるのは、ただ一つ。

 

(部隊副官、僕じゃなかった)

 

 部隊設立式を簡易に行った時の事だ。

 部隊長任命をキシリア・ザビから受けたメルティエ。次は副官。女房役とも言うべき役である。自分が呼ばれるかもしれない。次点でエスメラルダだろう。

 副官には有能な人物を、と考えるのが普通であろうと思われるが。その時々で異なる。

 部隊長と副官は信頼関係が無ければ立ち行かない。

 上層部から充てがわられる事もあるが、今回はキシリアとメルティエが協議しての人事と聞いている。多少は彼の手も入っていると思いたい。

 でなければ遣る瀬無い。

 人事の結果は副官にはサイ。モビルスーツ隊副隊長はアンリエッタである。

 ただし、エスメラルダは隊長補佐となっている。

 

(信用、ないのかな)

 

 士官学校以前から日頃メルティエと行動を共にする事が多かった。意識してやった事もあればそうでない時もある。

 確かに、強引な手を使って彼の此処まで至る道筋を作ったのは自分だ。軍人となって能力を発揮すれば、一般人に紛れての事故死も防げると思っていた。

 現在は専門の諜報組織とやらが存在し、どうあっても出し抜けない事に一人絶望したが子供の頃の自分にそこまで理解が及んでいるわけがない。

 お互い軍属となり、彼に過去の出来事をその都度恨みがましい顔でちくちくと言われたが、偶に感情の赴くままに反撃するも、本心を明かしたい気持ちを押し殺して接してきたのだ。

 

 学生の時分に攫われそうになった少女を、身を挺して救った少年。

 誘拐犯はジーベル家と対立した名家の一つ。

 ジーベル家を取り潰す以外にもそこの当主は好色で有名。捕まれば酷い目に遭っていたと思う。

 拳銃で腕と脚を撃たれながらも耐え、用心棒を生業としていた時期のラルが救援に間に合うまで時間を稼いだ彼女の英雄(ヒーロー)

 それから続く、彼との付き合い。

 副官に任命されると思っていた。期待していたのだ。

 信頼されていると思っていたばかりに、今回の結末に彼女は気落ちしていた。

 

 そんな彼女を見つめるのは、件の男である。

 アンリエッタは真面目だが、会話に相槌のみで全く関わらないのは珍しい。

 何かあったのか、と考えたが確証もなく問うのは下策。

 それが通れば一番楽ではあるが、普段協調性のある彼女が塞ぎ込んでいるのは並大抵の問題ではあるまい。疲れが溜まっているのかもしれぬ。

 時間も都合が良い、休憩を挟むべき。

 決して、メルティエ自身が書類の大地から逃げたかったわけでではない。

 

 そう、ほんの少しだけだ。

 

「一息入れようか」

 

「了解です」

 

「そうね」

 

 メルティエが書類を全て撃破して、ぐっと腕を伸ばす。メキメキ言う関節が少し可笑しかった。

 サイは感情に起伏なく、エスメラルダも書類をファイリングしながら応じた。

 

「……アンリ?」

 

「え、あ、ごめん」

 

「いや、集中していたのだろう。気にするな。一緒に休憩を入れよう」

 

 メルティエはやはりいつもと違う彼女に、しばし訝しげに見ていたが表情を緩めた。

 

「皆は何を飲む?」

 

「私はコーヒーですね」

 

「紅茶」

 

「バラバラだな……俺はどうしようかな。アンリも紅茶派だったな。待っていろ」

 

 彼らは設置されたドリンクバーに向かう。メルティエは一拍遅れて席を立ち、

 

「ん」

 

 蜂蜜色の頭に手を軽く乗せ、幾度か少し強めに撫でた。

 アンリエッタが視線を上げるも、既に男は背を向けていた。

 三人は傍から見ているとドリンクバーに集う学生のようだった。軍服でなく普段着であれば錯覚しそうだ。

 各自が好みの品目を選び、カップに注がれる音を聞きながら。

 この程度で嬉しくなる自分は随分安上がりな女だ、と胸中で溜息を一つ。

 

(――――えへへ)

 

 それでも彼の手があった場所に、自分の手を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生涯初の難敵を、強力な援護射撃の甲斐もあって打倒したメルティエは自室で休憩していた。

 疲労が睡魔を呼び出し、意識を手放すその瞬間を狙ったかの様に、着信を伝える電子音が鳴る。

 名実共に直属の上司となったキシリアからの突然のホットライン。

 すわ何事か、と眠気を手早く引き摺り倒し、顔色を変えて会話に臨んだ。

 

「閣下。それは誠ですか?」

 

 内容をまとめると「急遽決まった部隊同士の演習に参加せよ」との事。

 

 こちらはまだ新設してから日が浅く、全体訓練すら実施できていない。

 予定日を聞くに、一度できるか出来ないか、難しい所だった。

 

『既に総帥から認可を得ている。宇宙攻撃軍にも話は伝わっていよう、中止は有り得ぬ。

 大尉、安心せよ。貴様に必ず打倒せよ、とは言わぬ』

 

 ひと呼吸分の間を取り、通信機越しの青い瞳が冷たく光る。

 

『が、私に恥を掻かせるな、とだけは告げておく』

 

「はっ。重々承知致しました」

 

『うむ。吉報を期待する』

 

 返事を聞いた後に通信は切れた。

 

 ――試金石という事か。

 

 最悪、功績を残さなかった場合は即座に部隊解散の可能性がある。

 彼女は無用な無能者は嫌い、と明言している。

 時期が悪かった、等とは口が裂けても言えない。

 部下を激励、単なる発破を残されただけなのだが、こういった関係に疎い男は退路がないと勝手に思い込んだ。彼にとってキシリアの青い瞳は畏怖そのものだった。

 

 それに十分な戦力を充ててもらっている。主力モビルスーツを五機、うち一機は専用機だ。

 その専用機はメルティエ自身のものであるし、ロイド・コルト技術大尉の手も入っている。

 勝てないにしても、惨敗では立つ瀬がない。

 

 しかも、負ければ今後の部隊士気に影響が出る。

 部隊長であるメルティエの信頼にも関わってくると見て良い。

 

(ここで躓くわけには行かない。自分だけならまだしも、今後の部下達の将来が確定してしまう)

 

 懸命に働く部下に、昇進や褒賞で報いる事が出来ない事が如何に口惜しいか。

 ラルと、それを諌めるハモンの背中を見て感じた事だ。

 こうした彼の周囲を取り巻く背景が、受勲式以降失われた闘争心に火を灯した。

 

(手を尽くし、後は全力を尽くすのみ) 

 

 最低限の功績を確保するか、博打でも勝利を得るかのどちらかだ。

 敗北は許されない。彼自身も許さない。

 恐らくはドズル中将と交わした何らかのやり取りで出現した話だろう。詮無きことだ。

 ベッドのサイドテーブルにある通信回線を開き、サイ・ツヴェルクを呼び出した。

 

『少佐。如何なさいました』

 

「緊急で悪いが、今動ける部隊員を呼び出してくれ。ブリーフィングを始める」

 

『了解です。細かい話は後ほど』

 

「すまん、助かる」

 

 演習場所の、戦場を確認しなくては作戦も何もない。

 キシリアより送られた情報を頼りに、骨子を組み立てていく。

 勝ちよりも敗けない戦いをしよう、メルティエは手元のモビルスーツのカタログに目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドズル閣下も、人使いが荒いとみえる」

 

 白色に角飾りの付いたヘルメットに特注であろう真っ赤な軍服。

 顔半分がマスクで隠れているため、全容は知れないが均整のとれた顔。やはり刺繍入りのマントは彼の動きに合わせて踊る。

 

 担当宙域のパトロール後、機体をモビルスーツハンガーに固定している最中の通信回線だ。

 降って湧いた任務を一方的に告げて切る威圧感のある中将の声と、急に動きを停めたモビルスーツを不審がった整備兵からの問い合わせは厄介極まりない。

 

 恐縮する整備兵に軽く手を振り、ブリッジに移動した彼は副官の大柄な男に声を掛けた。

 

「ドレン、状況はどうか」

 

「はっ。ファルメルに問題ありません。何時でも出航可能です」

 

 ドレンは十歳ほど年下の上官に慇懃に答えた。

 

「に、と言うのが気になるな。どうした」

 

「報告ではモビルスーツの配備数に難有りと。現状少佐のザクを含め四機です」

 

 整った顎に指をやり、少佐と呼ばれた彼は副官に告げた。

 

「互いの部隊同士を演習という形で競わせ、自らの権威の優劣を決めようとしているのだ。

 まさか出し惜しみはせんだろう。再度ザクの補給を打診しろ」

 

「はっ。しかし、少佐の相手は災難ですな」

 

 ドレンは演習相手に同情した。

 聞けば部隊新設直後だという。士気を高くして任務に臨みたいであろうに。

 彼の目の前に立つ少佐はルウム戦役で活躍し名声を得ている。モビルスーツのエースパイロットであると共に戦術、戦略に秀でた指揮官でもあった。

 

「同軍とはいえ、情けは禍を招く。油断するな」

 

 敬礼するドズルから視線を外し、彼は黙考した。

 

(青い巨星が認める相手。蒼い獅子といったか)

 

 他のエースが認めたパイロットを相手に演習とは言え、モビルスーツ同士でぶつかる。

 

「ルウムでは見なかったが。どう出る」

 

 赤い彗星、シャア・アズナブルは笑みを深めた。

 その笑みは自信に裏打ちされており、負ける要素が見つからないと語っていた。

 彼は演習相手の部隊長が異名持ちと聞いていたが、ルウム戦役で名が通るわけでもなく、受勲式にも姿を現していない人物の事なぞ眼中に無かった。

 鳴り物入りは、権力や金で名や地位を買うのだと知っていた為だ。

 実績の無い権力者の子弟。シャアはそう思った。

 

 腑に落ちないのは、あのランバ・ラルが認めたという話だけだ。

 彼の人となりは知っている積もりであったし、権力に媚びるようは人物ではなかった筈だ。

 予備役を強要される中で、遂に折れてしまったのかと悔やんだ。

 

 酷く面子を潰せば、後々五月蠅いだろう。

 出来るだけ、彼ら権力者特有の無駄な自尊心を派手に壊さないよう気を付けるか、と。

 しかし、実戦を模した演習は、訓練と云えども事故はあるのだ。

 

 そう、()()は。

 縁浅からぬラルを歪めた相手かもしれぬ、手は抜く事は決して無い。

 ドレンを始め、ブリッジクルーに真意を悟らせる事無く、彼は決めた。

 

 赤い彗星の名を挙げる、踏み台にしてくれよう、と。

 そして、対峙する男の名を確認しなかったのは、シャアにしては珍しい事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短め。
うんうん唸っても出てこないんだ。すまない。
先生、シャアさんが使い難いです。
ドズル麾下だと他にはマツナガさんしか頭に浮かばない。
ガトーさん? 彼、死に物狂いで突撃してきそうで怖い。

ところで、オリキャラがえらく出る事になるんだが。どうしよう(´д`)


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第06話:蒼い獅子

「赤い彗星?」

 

 サイド3から出航して二日目。

 暫定的な部隊旗艦、ムサイ級軽巡洋艦で比較的広い部屋を用意されたメルティエ・イクス少佐はサイ・ツヴェルク大尉と演習の期日が迫る中、幾度目かの作戦会議をしていた。

 

 その中で投じられた異名。そして彼の名前。

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル。

 

 階級はルウム戦役で単独で戦艦五隻撃破の武勲から、中尉から二階級昇進の少佐。

 赤い専用機ザクIIを駆り、通常のザクの三倍の速度で迫ったという逸話を持つ。

 白に特徴的な角付のヘルメットを被り、顔の傷を隠すためと称してマスクで顔上半分を覆う赤い軍服のエースパイロット。

 

 彼がジオン軍若手のエースパイロット筆頭だろう。

 奇遇にも同時期の異名持ち、同階級である。

 ドズル中将が自信をもって送り出した男。

 しかし、キシリア少将も期待を寄せて彼を送り出した。

 

 蒼い獅子、メルティエ・イクス。

 

 公式には載ってはいないが一週間戦争の緒戦で戦艦三隻、続くブリティッシュ作戦で戦艦一隻余を撃破。

 地球に住むと言われる猛獣、獅子の如く戦い自機のザクIが大破するまで戦い抜いた姿、映像は知る人ぞ知る「鬼気迫るもの」を感じさせた。

 

 当事者二人は知らない事だが、今回の演習は本土防衛軍、宇宙攻撃軍、突撃機動軍全ての将兵に知れ渡っていた。

 自軍のパイロット同士。兵器として未だ十年を数えていないモビルスーツでの戦闘。

 将兵らは期待を寄せて、サイド3から出航するムサイ二隻を見送っていたのだ。

 

 ザビ家内でも同様だ。

 ドズル、キシリアは講話後の地球降下作戦の主導をどちらが握るかをこの演習に賭けていたし、ギレン大将は労せずとも飛び込んできたプロパガンダを歓迎した。

 末弟のガルマだけは一人歯噛みしていたが、割愛する。

 

「ザクの三倍の速度……真実か?」

 

「それは判断しかねます。戦闘中の出来事、それも敵味方入り乱れる大乱戦での話ですから。

 眉唾物と捨て置いても良いレヴェルです」

 

「そうだとしても、捨てきれぬ。だから俺に話してくれたのだな」

 

「さて? 情報は伝えるべきものですから」

 

 自機のカタログスペックに目を通し、紅茶を啜るメルティエに表情を動かさずサイは答えた。

 

「事実だと仮定して、シャア少佐のザクは推進部、足回りを強化していると考えた方が良いな」

 

「隊長と同じタイプですか」

 

 サイは指で顎を挟み、何事か考えている。

 

「一気に距離を詰めてくる、とは思うよ。直進、だろうな。赤い彗星と呼ばれるくらいだ」

 

 カタログをペラリ、と捲りながらメルティエは言う。

 

「隊長の場合は?」

 

「俺だと、そうだな」

 

 カタログをパタン、と閉じ。サイの目を覗き込むようにして言った。

 

「飛び掛るのだろう、蒼い獅子だぞ?」

 

 ごくり、と嚥下しながら胸中で呟いた。

 

 ――気に入ったんですね。その異名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツハンガーに顔を出すと、こちらを見つけたのだろう。二人ほど手を挙げながら跳んで来た。

 

「少佐。モビルスーツの状態は良好です」

 

 タラップで待つと、手摺に手を掛けて止まった少年。

 補充員の一人、モビルスーツパイロットのリオ・スタンウェイ。

 藍色の髪は半分で分けられ、優しげな青い瞳は若者らしい興奮と彼本来の不安で揺れていた。

 十四と聞いているがそれよりも幼く見える容貌だった。体格も小柄で、華奢な手足は変装すれば女性にすら見えるだろう。ノーマルスーツの襟元には伍長の階級章がある。

 

「そうか。もうコンテナを割ってくれるなよ?」

 

「しょ、しょうさぁ」

 

 彼はムサイに搬入するコンテナを一部、モビルスーツの力の加減を間違えて割ってしまっているのだ。

 以来こうして茶化されていた。情けない声をあげるリオの頭に手を置き、わしゃわしゃと指通しの良い髪を掻き混ぜる。

 少年は片目を瞑ってされるがままだ。不快の色がない事にメルティエは密かに息を吐いた。

 

 随分昔に悪戯好きな子が傍に居て、お転婆する度に良く頭に手を置いていた。

 その時の癖。直すべき類のものだった。

 

「あんまし、いじめないでやってくれ。結構気にしてるんだ」

 

 飄々とした表情で手摺を越えてタラップに着地、リオの肩に手を置いた青年。

 ハンス・ロックフィールド。

 同じくモビルスーツパイロットの補充員の一人。

 彼のノーマルスーツには曹長の階級章。

 彼は元々志願兵で適性を認められ、この中隊のパイロットとなった。

 乱れた焦げ茶の髪をそのままに、釣り目の碧眼。細面だが、外見に似ず荒々しい雰囲気を宿している。演習を控える中で年下を気遣う余裕を持つ事から、ある程度はモビルスーツの操縦には自信があるのだろう。そうでないなら、今後の配置を改めなくてはならない。

 

 この場にサイが居るのなら、そう評するだろう。

 

 メルティエはというと、彼を即戦力と見込んでいた。

 理由は養父ランバ・ラルの部下、ラル隊に通じる空気をこの男が有していたからだ。

 

「そうだな、しつこいと嫌われそうだ。ハンスの機体は問題なしか?」

 

「ああ、換装も順調だ。後は実戦次第といったところか」

 

 階級差を感じさせず話し合う二人。

 会ってから何かと馬が合い、世間話に度々興じた。

 

 教育なぞまともに受けてなく、口の悪さは直らない為諦めているとの事。

 実際にもブリーフィングを開いた時にもこの口調で、エスメラルダ・カークス中尉を始めとした幾人かと口論に陥っている。

 幸いにも殴り合いには至らなかった。隊長の怒声が思いの他通り、迫力があったからだ。

 気心知れた仲の二名以外、参加者全員が気をつけの姿勢で固まった。

 

「ロイド中尉に礼を言っておけ、彼が居なかったら叶わなかったのだから」

 

「もちろん、いの一番に言いに行ったさ」

 

「それは結構」

 

 笑い合いながら左肩のショルダーアーマーに04とペイントされた機体を見る。

 

 MS-06F、ザクIIに挟まれながら其処に在る機体。

 MS-05B、ザクI。旧ザクとも呼ばれる機体は各所を換装されてその場所に存在していた。

 長距離射撃を視野に入れたカメラアイを内蔵、モノアイスリットの支柱は撤廃され通常のザクⅠに比べてモノアイレールを広めに取られている。四肢はより曲線に張り専用の長距離狙撃銃の反動を吸収できるよう耐久性を向上させた。

 腰のハードポイントには一二○ミリマシンガンのみがマウント。他武装分の重量は技術班が試作、試験運用を頼んだ七七ミリ狙撃用ライフルに取って代わっている。

 冷却機能向上の為装甲の上に動力伝達パイプを露出。空いたスペースには小型ジェネレーターを増設した。

 本来ならばザクIIを改修する筈であったが、資材が足りずアンリエッタ機とエスメラルダ機であったザクIを解体、改修部材と予備パーツにし完成した。ハンスが乗る予定だったザクIIは分解され補修資材となっている。

 ハンス専用ザクIと呼べる当機は、塗装も緑と黒でザクIIと同じものに変えている。

 手掛けたのはロイド・コルト技術中尉。

 

 作業に入る前に「好きにしても宜しいのですね?」と念を押した彼に任せた結果が、眼前の代物である。

 彼は一つの構想を練っており、それを表現する場に飢えていたらしい。

 部隊責任者のメルティエから許可を得ると、ロイドは凄まじい勢いでMSハンガーに突進。

 ザクIIを無視してザクIに迫り、予備機扱いのザクIを解体し始めたのだ。

 メルティエが早まったか、と頭を抱えた姿をエスメラルダが随分と長い間見つめていた。

 

 無表情に近かったが、瞳が愉悦に染まっていたのをアンリエッタは見逃さなかった。

 

「悪いな。新参者にここまで手を掛けさせちまって」

 

「なに、その分働いてもらうさ。頼むぞ、スナイパー」

 

 そう、彼は元々歩兵科狙撃手の出。

 そのため彼のザクⅠのコックピットにはロイドお手製のガンスコープまで設置した。

 完全な特注品である。

 彼の技能、技量を十全に発揮してもらうための措置だったのだが、これを贔屓(ひいき)と訴える者が続出。

 

「そうか。不満か――――ならば、この機体をハンス以上に扱ってみせろ。

 もしくは、一芸に秀でているものを俺の前でみせてみろ。早くしろ」

 

 沈黙する部隊員に向かい、口だけで吠えるな。能力をみせろ、と更に言い捨てた。

 たかだか二十二の若造、と高を括っていた人間はこれ以降騒ぐ事はなかった。

 

「一芸に秀で、隊長が認めれば重用します。口が悪く素行が乱れていても、ね。

 ハンス曹長を見ればわかるでしょう。これを踏まえて貴方がたは何を披露しますか?」

 

 よからぬ事を企てる前に威圧した、サイのファインプレイが効果を発揮。

 若い指揮官に、ではなく。威圧感を放出した()()に認めてもらえるよう各員が自らの任務に従事している。

 

 この宣言を部隊員と受け、自らを正当評価する隊長にハンスが友情にも似た感情を持つのは仕方がない事かもしれない。

 が、彼らが親しく接するのを面白くないと感じるのも部隊内には存在し、メルティエがハンスの素行を他所の目が在る時は注意しろ、と言うだけで済ますのだからその不満が鎮まる事はなかった。

 

「しょ、少佐もモビルスーツの調整に来られたのですか?」

 

 リオが話に加わろうと声を掛ける。

 

「ああ、演習が明日に迫っているからな。二人とも今日は疲れを溜めずに休め、何か問題があった場合は連絡する」

 

「了解」

 

 語尾が異なるが、敬礼を返す彼らに返礼。

 手摺に足を掛け、自らの愛機に飛び乗る。

 コックピット・ハッチを開き、素早く乗り込むとコンソールに入力。

 停止からアイドリング状態に移ったザクIIは、問題なく計器類に正常値を表示していく。

 

「さて、どうしたものか」

 

 コンソール横の差し込み口にケーブルを差し、その先にあるデータ修正用のモバイルを起動。

 ダウンロードするものはかつての愛機、ザクIで収集した戦闘データだ。

 作成するには膨大な時間を懸けたが、あっさりと今代の機体にダウンロードが終了した。

 関係するソフトウェアのウィンドウを一つ一つ開いて確認する。面倒だが必要な作業だ。

 その中でザクIとザクIIの――専用機が有する性能の差に苦い笑みが刻まれた。

 

「やはり、モビルスーツはエネルギーゲイン、運動性、機動性が変わると大きく変更が必要だな。

 アポジモーターの角度の調整、全重量を考えるとスラスター出力の偏差値も。

 これは中々に骨が折れそうだ」

 

 云々唸りながら、メルティエは狭いコックピット内で作業を進めた。

 最後の整備兵が一声掛けて退出する間も彼は休まず目と指を動かし、前面モニターのウィンドウに映った立体モデルの動き、機体に生じる推定の数値を理想とする機動が取れるまで繰り返す。

 メルティエが意識を失うまでに構築したプログラム、ソフトウェアは正常に読み取られ動作可能とコンピュータが保証。やり遂げた職人の顔で彼は待たせた睡魔にダイブした。

 

 起床し様子を見に訪れたロイド・コルト技術中尉が開かれたコクピット・ハッチに疑問を抱いて中を覗き込んだ。

 其処に深い呼吸を繰り返しながら眠る男と、表示された立体モデルと確定された数値を発見。

 彼はメルティエが飛び起きるほどの大音量で絶賛し、何事かと通路から文字通り飛び出したサイは自分達の隊長が職種を間違えた人だと、強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 U.C.0079年1月26日。

 

 サイド3から大きく離れた宙域で、彼らは対峙した。

 

「日付が変わると同時に、だったな?」

 

「はい。そう聞いています」

 

 蒼いノーマルスーツに着替えたメルティエは、視界が遮られた暗礁宙域に視線を向ける。

 

 サイド3より出航後、シャア少佐率いる部隊はソロモン経由で現地へ向かう。

 メルティエ少佐率いる部隊はア・バオア・クー経由でこの宙域に進軍。

 

 現在時刻は二二五○(フタフタゴウマル)。演習開始まであと僅か。

 ロイド・コルト中尉は自ら各モビルスーツに不備は無いか最終確認。疑問を覚えた所はパイロットに確認する念の入りようだ。

 アンリエッタ・ジーベル中尉、エスメラルダ・カークス中尉は軍のデータベースから交戦地点を割り出そうと情報端末モニターと睨み合い、ハンスはガンスコープと自らが狙撃銃を構えた時の違和感を消そうと試行錯誤している。

 サイは戦闘ブリッジに上がり、ムサイの指揮を執る。そのためブリッジクルーの様子を見ながら目の前の暗黒世界を眺めていた。

 リオは特にやる事も無い為、メルティエに付き添いミーティングルームで休憩を取っていた。

 

「上手く、行きますよね」

 

 ちらり、とリオに視線を送れば、演習とはいえ現場経験が圧倒的に足りない少年は青褪めた顔で俯いていた。メルティエに伺った、というよりも独り言に近いのだろう。

 

 開戦時の自分を思い出し、その心境を理解できた。 

 

「心配か」

 

「はい、どうしても、緊張して」

 

 彼の声を聴きながら、1月3日の出来事を思い出す。

 

 ―――初めて、人殺し(ミッション)を終えた事を。

 

 ひと月も経っていないのに。だいぶ昔の出来事に思える。

 目まぐるしく動いた事態のせいなのか、自分が人でなしなのか。

 若い隊長は前者だと思いたかった。

 

「自信がないから、心配なのか」

 

「……はい、すみません」

 

 気にするべき事ではない、等とは言えない。

 彼は真面目に悩んでいるのだ。

 茶化す雰囲気ではないし、何気ない一言が彼の人生を狂わす事がある。

 戦場という狂気の坩堝に足を踏み入れた時、それは大いに有り得る事ではあった。

 

 キシリア・ザビにとって、この演習はメルティエ・イクスの力量を図る試金石だ。

 それは自分よりも年若い部下を持つ彼にとっても、率いる部隊への試金石でもあった。

 

「なら、俺を信じろ」

 

 ゆらり、と面を上げた少年。顔色が悪い。見方によっては幽鬼のそれだ。

 詭弁でも、戯言でも何でも良い。

 彼が縋れるものを、頼れるものを言葉に出す。

 呆れられようと結構。それで少年が持ち直すなら。

 

「メルティエ・イクスを信じろ。お前が従う、()()俺を信じろ」

 

 彼の両肩にゆっくりと、そして目を合わせて言った。

 

「お前が信じるならば、俺がお前を信じてやる。俺に全て預けて、俺の元で戦え」

 

 力強く、委ねろと言うと目の前の少年はその瞳を強く震わせた。

 見っとも無く頼れ、責任を押し付けてくれても構わない。

 只々、メルティエ・イクスを信じ続けろと不安に苛まれたリオ・スタンウェイに語った。

 それを理解したのか、それとも別の何かを感じたのかは本人だけが知る真実だ。

 確かなのは、少年の震えが治まり、彼の中に絶対的存在が作られたという事。

 

 この日、蒼い獅子は自らの眷属を作ったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長。時間です』

 

 起動シークエンスを終えた蒼いザクIIが、モノアイを輝かせる。

 

「了解だ。アンリ、エダ。状況はどうか」

 

『機体状況問題なし、いつでも』

 

『同じく』

 

「ハンス、リオ。問題はないか」 

 

『ああ、いつでも行けるぜ』

 

『平気です』

 

 隊員の応答を聞き、メルティエは小さく頷く。

 

「演習相手の赤い彗星は恐らく最短距離、或いは死角から仕掛けて来るだろう。

 少なくとも遊ぶような人間ではないはずだ、隙を見せたら落とされると理解しろ」

 

 再び返事を聴きながら、ハンガーラックに手を伸ばし今回支給された試作型ヒートホークを腰のハードポイントに。右腕に二八○ミリバズーカ、左腕に一二○ミリライフルを装備した。

 重量の問題、加速性を殺さない為に他兵装や予備弾倉の類は断念した。

 

「もう一度確認するぞ。赤い彗星は相手にするな、他のモビルスーツと敵ムサイを狙え。

 赤い彗星が幾ら健在でも、相手方のムサイを落とせばそれで終了だからだ。いいな?」

 

 今回の演習ではモビルスーツが五機、軽巡一隻のみ。

 ペイント弾が機体急所、頭部か胴部に命中したら撃墜判定になる。

 勝敗は先に軽巡を拿捕、撃墜判定した時点で決定される。

 演習のため、ペイント弾を使うがそれでも命中すればかなりの衝撃を伴う。

 巡洋艦にもペイント弾が用意されているのは無論の事。

 さすがに主砲、メガ粒子砲は使えないが対空機銃とミサイルは健在である。

 特にミノフスキー粒子下ではないミサイルは脅威だ。自動追尾機能を有しているのであれば回避に手古摺る。最も、時間的なものが無かったし今回はペイント弾頭に自動照準機能なぞ積む事はできなかったが。

 

「遭遇した場合に限り、俺が赤い彗星と交戦に入る。以上、各員の健闘を期待する」

 

『モビルスーツ隊出撃後、ミノフスキー粒子、散布用意!

 対空機銃、ミサイル弾頭切り替え良いか!?』

 

 ブリッジクルーに指示を出すサイの声を聴きながら、作業アームの固定を解除。

 冷静沈着な彼も、声を張り出せば中々に()()()になるものだ。

 

(あいつ、艦隊指示は初めてとほざいた割には様になっているな)

 

 かつての上官、フェルデナンド・ヘイリン大佐を思い出し、にやりと笑みを浮かべた。

 

 彼に比べれば漂う緊張感は倍も違うし、安心感なぞ比べるべくもない。

 しかし自分の部隊、と思えばこれからの展望に期待も込もるというもの。

 カタパルトが存在しないムサイのMS格納庫ハッチが開かれ、位置を調整しながら徐々に前進。

 ライトに依るカタパルトラインが作り出され、蒼いザクIIがそのラインに乗る。

 

「ザクII、メルティエ・イクス、出るぞ!」

 

 ゴウッ、とムサイの格納庫ハッチから飛び出した蒼い巨人は、バーニア光の存在を顕わに暗闇の中へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




休日期間がオワタ。
本日までに比べ更新が落ちますが、今後とも宜しくお願いします。
決して薔薇的なものはない、とだけ明言しておきます。
そんな場面はなかった? ならば良し!
グフを見ると、フィンガーバルカンって有効なのか迷う。
ロマン兵器なのか…ザクバズーカを担いだグフを見かける。

…うっ、頭が。


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第07話:赤と蒼

 デブリが漂う宙域に、バーニア光が点滅を繰り返す。

 

『シャア少佐、開始から三分経過しました。仕掛けますか?』

 

 ムサイ級巡洋艦ファルメルの前方二十キロ地点にミノフスキー粒子を広範囲散布。

 電波障害外にモビルスーツ隊を潜伏させた赤い彗星、シャア・アズナブル少佐は部下からの提案に待ったを掛けた。

 

「いや、向こうの進行ルートは割れているのだ。ミノフスキー粒子下に入り次第攻撃を仕掛ける。各機は何時でも突撃できるよう準備をしておけ」

 

 了解、と返す声を聴きながら、シャアは()()()()を進むバーニア光を凝視した。

 

 一機が先行し、その後方に四機が位置をズラして追従しているようだ。

 暗礁宙域で走り続ける技量は買うが、そんなものが得意なら高速連絡艇の推薦書でも送り付けてやろう。少なくともエースパイロットと称される行動には程遠いものを感じる。

 

 普段のシャアならば、ここまで詰りはしない。

 実際、漂流物を回避し速度を維持する技量は相当なものだ。シャア自身もその機動を得意とするパイロットであったので、素直に認めた。

 バーニアの光が二つに見えるのは、その中心に機体が在って追従する後続の道標となっているのだろう。強行偵察を行いながら隊のガイド役も兼ねているとは、恐れ入る。

 

 それでも、シャアはそれらを横に置き、駄目出しする感情を露にした。

 

(私の買い被りが過ぎたか。あれでは罠に自ら飛び込むようなものだぞ)

 

 幾分か期待していた分、溜め息がコックピット内に漏れる。

 前情報に踊らされる気はなかったが蛮勇に過ぎる、無謀な男と相手を評した。

 シャア達は機体をすぐ飛び出せる状態で維持。

 バーニアは点火できない。こちらの動きを見せる事も、読ませる事もさせたくない。

 僅かな得点も与えるものか、嘲笑の的になるが良いとさえ思った。

 

(しかし、油断はすまい。確実に落とす必要がある)

 

 ミノフスキー粒子散布を指示した位置に、モビルスーツが突入した。

 果たして、蒼いMS-06F、ザクIIF型は動きを鈍らせた。

 ミノフスキー粒子下に入り、まんまと狩場に掛かったのだ。

 通信断絶に、驚いて動きを停めたのか。

 

(愚かな。これではランバ・ラルも浮かばれまい)

 

 何故このような凡愚を推したのだ、とシャアはかつての恩人に落胆した。

 流石の青い巨星も、権力にはやはり勝てなかったか、と無念を抱いたのだ。

 

「各機、攻撃開始。遅れるな」

 

『了解です。手柄立ててやりますよ!』

 

 血気盛んな部下の声を聞き、ザクIIにM-120A1、一二○ミリライフルを構えさせる。

 緑のザクII、その四機の中で存在感を強く出す、赤いザクII。

 先ほど答えた部下であろう、バーニアを吹かして身を潜ませたデブリから飛び出す。他のザクIIも次々と高速機動で駆け、相手の間抜けにも突出したモビルスーツを蹂躙せんと向かう。

 

 ―――その内の一機が、一瞬で黄色く染まった。

 

『うああああぁああぁっ!』

 

 相当に強力な衝撃なのだろう。

 機体の推進力で相殺できず、前に向かって居た筈のザクIIが後ろに跳ね、デブリにぶつかってようやく止まった。

 呻き声が時折漏れる。撃墜判定ものだが、死んではいないようだ。

 

「ちぃっ、狙撃か!? 各機散開しろっ」

 

 デブリの間を縫う狙撃。

 一射目は成功したようだが、それからは回避運動をとったザクIIには当たらなかったようだ。

 待ちの戦術を執り、隠れるに容易いデブリからの多方向一斉射撃による殺し間で終了させようと思っていた。事実突進する勢いでモビルスーツが現れた、その行動に不審を抱かなかったのが失敗か。

 

 こちらの精神状態、意識を読んだとでも言うのか。

 有り得ない出来事であったし、思考を読むなぞエスパーでもない限り無理だ。

 冷静に考えれば、何を馬鹿な、と一笑するものだが先程まで「慢心していた」とはっきり自覚してしまったシャアは舌打ちを抑えることができなかった。

 どうやら、釣り餌にまんまと引き摺り出されたのはこちららしい。

 ならば、認めよう。

 あれらは、ただの獲物ではなかったのだと。

 

「敵射線は確認したな。二機はそちらへ向かえ。連携して追い詰めろ」

 

 であるならば、戦おうではないか。

 既に四対五と数的に不利となったが、巻き返しは幾らでもできる。

 こうして冷静沈着な赤い彗星に戻ったシャア・アズナブルは、相手の技量を正確に把握、能力を認めた。

 

(中々、やるではないか)

 

 作戦は崩れたものの、決定的なものではない。

 しかし、焦るどころか湧き上がるこの高揚感。

 落胆を覚えていたからこそ、ここまで熱くなるとは。

 

「面白い」

 

 スラスターが炎を孕み、続いて近くを漂っていた浮遊物ごと吹き飛ばす。

 

 かつて古代日本の武将、源義経が行った神業。

 シャアは、その高い技量でかの神業をモビルスーツで体現できるエースパイロットであった。

 その神業の名を、伝承にはこう伝えられる。

 

 ――――八艘飛(はっそうと)び、と。

 

 デブリを足場にする。

 言葉でいえば簡単だが。実際に足場にして()()するのとではワケが違う。

 シャアはデブリに接地する瞬間、別ベクトルにスラスターを噴射。

 アポジモーターでモビルスーツの足がデブリの表面に無理なく接地、()()()()()

 この失敗すれば良くて脚部の破壊、悪くて激突死しかねない行為。

 これを()()()()()()()事により、乗機のザクIIは三倍の速度を得られるのだ。

 

 視界に捉えて離さない機体に、神速とも云える速度で迫る。

 

 目前には蒼いモビルスーツ。

 

 急激な重力加速度がシャアを襲うが、彼は苦痛に顔を歪めるどころか笑みを一層深める。

 

「見せてもらおうか。青い巨星が認めたパイロットの腕前とやらを!」

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル少佐。

 蒼い獅子、メルティエ・イクス少佐。

 奇しくも同じ階級、異名持ちのパイロット同士が暗黒の世界で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一目標はクリア、だな」

 

 こちらからはデブリの影で見えなかったが、ハンス・ロックフィールド曹長は発見したらしい。

 そして、敵のザクIIを強かにペイント弾で叩いたのだ。

 

(さすがは狙撃手、目が良い。怖いくらいに)

 

 第一勲功を挙げたハンスは、高速機動しながら狙撃銃を扱えば、射線がブレ当たるものではないと試射時に言っていた。発射は静止状態、特に擱座できれば安定すると言う。

 確かにその通りであるし、二八○ミリバズーカほどではないが反動も中々のものだ。両手でしっかりと保持しなければ腕に重度の衝撃がかかり、破損する恐れがあった。

 また静止からの発射でも、反動で銃口が動く可能性がある。

 その為にスラスターで衝撃を殺し、アポジモーターで機体を乱さないよう調整が必要だ。

 勿論、狙撃銃にも銃身から多方向にガスが噴射、銃口の位置を狂わせないように補正機能が付属している。狙った場所を撃ち抜くには人間の感覚とはまた違うものが必要だと彼は言った。

 

 そして、狙撃体勢に入ったザクIは敵に接近されると為す(すべ)がない。

 そのため近距離戦、特に格闘戦が得意なエスメラルダ・カークス中尉が護衛に就いている。

 二人は会って早々仲が悪いのだが、他の隊員と比べてもインファイト適正が高いエスメラルダは護衛向きだ。小隊時と同じく、隊長機の右翼と左翼の位置には彼女達に着いて欲しかったが、仕方がないと割り切った。

 

 演習開始から間も無く、囮役のメルティエ・イクス少佐は隊より前に突出し、張られている敵の罠に踏み込んだ。

 ミノフスキー粒子下のため通信は不可能だが、心配はしていない。

 後ろからはアンリエッタ・ジーベル中尉、リオ・スタンウェイ伍長のザクIIがバックアップに就いている。

 

 第168特務攻撃中隊が採った作戦は、凡そ作戦とは言えないものだ。

 囮たるメルティエ機が最短距離、最高速度で突出。

 続いて敵が反応を見せたらスラスターを全開。上面、下面に退避してやり過ごす。

 敵の配置を確認したハンスが狙撃を開始。並行してカメラアイで敵機の反応を収集、各機に転送。残りのモビルスーツを掃討するというものだ。

 強化されたスラスター、アポジモーターを有しデブリ内を最高速度で駆け巡るという行為が可能なメルティエの胆力が成した作戦。

 

 提案した時は部隊員が詰め寄り却下された。隊長の事故死を食い止めようとしてくれたらしい。

 しかしこれらは開戦時に出来た行動なので、全くの博打ではないのだ。

 演習に其処までする理由が無いだろうと、粘るアンリエッタとエスメラルダを辛くも説得。

 一日だけ実施できた訓練で実演した所、渋々と納得してくれた。

 後はハンスの狙撃を警戒した敵機が接近したところをエスメラルダが撃破、もしくは相手にしている間にハンスか、アンリエッタとリオが敵ムサイに攻撃を加えれば良い。

 バックアップの二人には必ず守らせた事が一つある。

 

 それはたった一つだけ、

 

(どちらにしろ、俺はもう作戦には加われないだろう)

 

 蒼い獅子が捕捉された場合、赤い彗星を無視する事。

 

 ――ヴィー! 

 

 警告音。方向は特定できない。

 

 だから、()()()()()()()()感覚が在る方向から全力で退避。

 

 操縦桿のスロットルを断続的に絞り、ボッ、ボッ、と脚部のアポジモーターで機体を流す。

 続いて右脚を広げ、左脚を前に出し、最後にフットペダルを踏み抜く勢いでスラスターを噴射。AMBACを利用してその空間から離脱。

 

 高速で飛来した一二○ミリライフルの弾丸はデブリを微塵に砕く。

 一秒遅れていたら自分があの(ざま)になっていた、と思うとゾッとする。

 射線方向にカメラを向け、メルティエは驚愕した。

 

「デブリを、蹴り飛ぶだと!?」

 

 暗礁地域の中、敵のマズルフラッシュで辛うじて見える。

 目を疑う、信じられない光景が視認できた。

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル。

 彼の専用機、赤いザクII。

 

 それが縦横無尽にデブリの中を飛び跳ね、ジグザグに、高速機動しているとは思えない正確さでライフルを射撃。

 

「こいつは、不味い!」

 

 ドウッ、ドウッ、とスラスターを断続噴射。緩急をつけることで敵の照準を狂わせ、細かく機体の位置を変える。AMBAC、アポジモーターでこれを繰り返しながら敵をモニター内に収めた。

 バーニア光を放つモビルスーツを捉えるが、

 

「応戦、できない!」

 

 モニター前面で捉えたと思った瞬間には側面モニター側へ。そして次の瞬間にはレール上を滑るモノアイですら捉えきれない位置に機体を移動させている。

 

(悪い夢でも見ているようだ!)

 

 メルティエは回避に全神経を集中している。一瞬でも別の事に意識を割いたら着弾すると理解したからだ。反撃する機会が訪れるのを待つしか、彼にはできない。

 相手は高速機動を超える難易度の立体機動を行い、かつ正確な射撃をこちらに向けるのだ。

 これが悪い夢でなければ、なんだと言うのだ。

 メルティエのザクIIが回避すればするほど、黄色いペイント弾が四方八方のデブリを破砕していく。紙一重で弾丸が蒼い機体の横腹を駆け抜け、背後のデブリを四散させる。

 

 びくり、と体に震えが走る。

 これが目前の相手による恐怖から来るものか、脳内アドレナリンによる興奮状態が誘発した結果なのかは分からない。

 できれば後者であって欲しい。そう刹那の中で思った。

 

(ここら一帯のデブリが消えるまで、耐えきれるか!?)

 

 警告音が鳴り止まない。モニター画面が赤く染まり出した。

 音声が聞こえない状況に陥ったパイロットに伝えるための光色危険信号が働いたのだ。

 メルティエに一瞥する余裕もないがスラスター限界域に突入し、推進器がジェネレーターの供給するエネルギー以上のものを要求しているのだ。強制停止(オーバーヒート)しないで保っていられるのはロイド・コルト技術中尉が改良したこのザクIIならではの底力だった。

 

 機体性能にばかり頼ってはいられない。

 

 親父殿に笑われるではないか。

 

 メルティエがモノアイから読み取れる情報以外に、己の感覚に意識を割いた。

 

 ゾクリ、と腕を這い上がってくる感覚。

 

 ヘルメットの中で吐いた呼吸が終わり切らないうちに操縦桿、その入力キーを軽快に叩いた。

 AMBACのみ、僅かな動き、惰性すらも利用してライフル弾を躱す。

 

 足の間、腕の横、捻った胸部コクピット・ハッチの前、頭部のすぐ上の空間を弾丸が射抜く。

 本能がモビルスーツの武器を使用しようとするが、理性がそれを阻止。

 反撃に転じようものなら、今の回避運動に射撃の反動が加算され動きが乱れる。

 

 赤い彗星は、きっとそれを狙っている。

 

 メルティエは撃ち返したい衝動を殺しながらデブリを盾、時に回避した延長で蹴り、初速を得ると共にささやかな反撃も混ぜ始めた。

 シャアの跳び蹴る足場が消えれば、かのモビルスーツも速度強化された赤い機体に戻るだろう。

 突き詰めれば問題は、

 

「ちっきしょうがぁぁああああぁぁっ!」

 

 当たれば敗北、という時点で終了するメルティエが何時まで回避できるか、であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こっちは済んだ、そっちは?』

 

「問題ない」

 

 こちらに向かってきた二機のザクIIをハンスの狙い澄ました一撃とエスメラルダのマシンガンで撃墜判定に追い込んだ。

 

 一射目で回避した、と思い込ませ二射目で誤差修正、三射目で必中させる。

 

 駆け引きに強いハンスは狙撃手の距離を詰められると弱い、という弱点を潰した男だった。

 そうとは知らず、貴重な戦力をハンスの護衛に就かせたのは部隊間での互いに正確な能力を把握できなかった点が大きく、隊初めての訓練で其処までメルティエに求めるのは酷であった。

 

 エスメラルダもハンスの技量は認めている。

 ただ、メルティエとハンスが仲良くしているのが面白くないだけだ。

 

(差別、良くない)

 

 もう少し自分のことを見て欲しい。

 演習とはいえ戦闘中にその考えはどうかと自問するが、脳裏に出て来てしまったものは仕方がない、と超理論を展開した。

 

「敵ムサイの索敵急いで」

 

『あいよ』

 

 周囲を警戒しながら、ハンスが操るザクIの索敵終了まで待機する。

 

『アンリエッタと、リオも相手を倒してフリーみたいだな。こっちと同じでムサイを探してる』

 

「そう」

 

 シャアはモビルスーツ隊の潜伏先とは別方向にムサイを配置している。噴射口を見られて位置を特定されぬ様、惰性移動するよう厳に守らせてある。

 万が一、罠に嵌める戦術が敗れた場合に備えての事だった。

 

「見つかった?」

 

『……ああ、見つけたぜ!』

 

 駆動音を鳴らし、ザクIが射撃体勢に入る。

 ガス圧が銃身より吹き出し、銃口から弾頭が発射。排莢された薬莢は赤熱した身を漂流物に当て、余りの熱さに相手を溶かした。

 続いて装填。ザクIに握られたペイント弾、最後の一発を弾倉に送り込み、再度狙撃。

 ドレンが指揮するファルメルの甲板、カタパルトハッチにペイント弾が其々(それぞれ)命中。衝撃で戦艦が大きく揺さぶられたが、それは致し方ない事。轟沈しないだけマシである。

 

良い射撃(ナイスシュート)

 

『ありがとよ。さて、大将に……おいおぃ、なんだありゃあ!?』

 

 ハンスがメルティエ機が突入した地点にモノアイを向け、映像を拡大するや叫び声を上げた。

 

「メル!?」

 

 エスメラルダがモニターで見たものは、黄色い砂嵐が出現した宙域だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も割と短め。
やばい、寝る時間が…おやすみなさい!

しかし、ファルメル隊がモブ過ぎた。
見せ場を残してあげればよかったと思う。
ドレンさん以外この時期にどんな部下が居たんだろう。
デニムさんかな。ジーンさんは確かV作戦間際の新兵みたいな感じだったし。


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第08話:メルティエ・イクス

 かつては戦艦であったのだろう、その艦船の残骸を縫うようにテールノズルが線を走らせる。

 

 数秒間前まで静謐であったこの場所で、二機のモビルスーツが幾度目かの交差。

 

 デブリを蹴り飛ばす赤いモビルスーツが更に加速、直線では追従を許さない機影は正に赤い彗星。

 

 蒼いモビルスーツは艦船の残骸の上を滑るように飛び、やり過ごしては死角から飛び掛る(さま)は獰猛な獅子の如く。

 

 ミノフスキー粒子下での一方的な攻勢が終わり、二機の巨人は光届かぬ暗闇の中を駆け巡る。

 互いのM-120A1、一二○ミリライフルが百発余りの射撃の末。

 周辺のデブリはペイント弾で破砕、黄色い粉塵と化し高速で動く十八メートルの巨人が生み出す衝撃波がその場に撹拌する流れを作り小さな渦、黄色の嵐を出現させた。

 

「獲った!」

 

「甘い!」

 

 メルティエ・イクス少佐が駆るMS-06F、蒼いザクIIF型は二八○ミリバズーカが既に破壊され、残った砲身を投擲。その反動を利用して前転、対面のモビルスーツが放つライフル弾を回避。

 向き直る時期には腰のハードポイントから試作型ヒートホークを握った右腕で、大きく一閃。 

 

 対するシャア・アズナブル少佐はライフルを右肩に当てて保持しながら、連射。相手の行動を読むと左手で同じく試作型ヒートホークで迎撃する。

 

 ――――バチィチチチチッ!

 

 高熱の刃が迫り合い、電磁波が拡散、互いの装甲表面を焼く。

 機体が直接に触れ、二人は互いの声を聞きながら二、三度と斧を切り合う。

 

 前面モニターが連続する大光量に反応、遮光する。

 ヘルメットのバイザーが無ければ視力に影響を残すだろう、注視すればそれも危うい。

 メルティエは目を細め、敵の動きから離すこともできず眩い光景を見続けた。

 

 赤いザクIIが右膝を曲げれば蒼いザクIIが左足で膝頭を押さえ、蒼いザクIIが上体を反らすと赤いザクIIが前のめりに動く。

 反撃を潰し、予備動作を見ると同じ位置に戻るよう仕掛けてくる。

 

 同じような攻防を、赤と蒼は複雑な取っ組み合いを繰り返す。

 既に戦術も存在しない、あるのはお互いの意地だけであった。

 

「「やらせんっ!」」 

 

 がっちりと斧が噛み合い、直近での高熱が機体を通してコックピット内を侵す。

 

 バッ、と音が聞こえるような動きで赤いモビルスーツは右手を、蒼いモビルスーツは左手を腰だめから上げる。

 互いにライフルを押し付け、(かわ)し、突き込み、振り払いながらの連続射撃(フルオート)

 テールノズルが螺旋に走る。互いに廃艦に押し付けようともみ合いながら表面を駆け上がった。

 

「ちぃっ!」

 

 弾詰り(ジャム)を引き起こした赤いザクIIが、蒼いザクⅡの胴体目掛けてアポジモーターを全開にした蹴りを見舞う。

 

「がはっ!?」

 

 強烈な一撃がコックピット・ハッチに直撃。

 一瞬力を失った蒼い機体のライフルに、不具合を起こして使用不可なったライフルを投げ付けて銃身をへし折る。手元にヒートホークを寄せる動作をするが電磁波で溶解を始め、咄嗟に抜ききれなかった。

 

 空いた手で蒼い機体を押さえ付ける。シャアのモビルスーツには既に予備兵装が無く、ヒートホークのみであった。

 

「蒼い獅子、予想以上だ……ぐっ!?」

 

 シャアがぽつりと漏らすと、それが呼び水となったかのように、顎を上げていた蒼いザクIIが顔を向け、モノアイを一層強く輝かした。

 

 ――不味い。

 

 口から言葉が漏れるよりも早く、衝撃が訪れた。

 蒼いザクIIは折れ曲がったライフルで赤いザクIIの頭部を強打。

 (したた)かに打ち据えられる。完全にライフルが壊れ、同時に赤いブレードアンテナも折れ砕かれた。

 

 ――ゴウンッ!

 

 続いて更にヒートホークを押し付けられ、完全にチェーンデスマッチの(てい)を作り上げられると、空いた蒼い左腕が映像分析された風切り音と共に、

 

「メインカメラを!?」

 

 赤いモビルスーツの頭部に蒼いモビルスーツが左ストレート。正面から重量を秘めた高速の突きは、赤いザクIIの頭部を見事打ち抜く。

 金属を捻じり潰す、耳障りな音がシャアの鼓膜を攻め立てた。

 

 喰いしばった歯の間から音が鳴ったのは、騒音を耐えるものか、勝敗の有無を知ったからか。

 

「ええぃ、私がこうもやられるとは!」

 

 モニター画面が完全に死ぬ。

 あれほど五月蝿(うるさ)かった警告音が止まり、小さな電子音と自らが吐く呼吸以外は何も聞こえない。久しく覚える静寂が、シャアを包んだ。

 何も聞こえない。

 

(なんだ?)

 

 訪れるべき衝撃が来ない事、機体が完全にぶつかりあった状況で相手の声も入らない。

 この現状に(いぶか)しんだシャアは、外に出て確認する事に決めるとパイロットシートの裏から赤いノーマルスーツを取り出し、手早く着込んだ。

 

「これは」

 

 シャアがコックピット・ハッチを開けてみたものは。

 

 こちらに掴み掛ったまま完全に動きを止めた蒼いモビルスーツ。

 モノアイが断続的に輝いているのは、機能不全か。それとも何か操作をしているのか。

 蒼いモビルスーツに飛び移り、胸部に近づいた。

 

『メル!? 聞こえてるの!? 返事して!』

 

 機体に接地したからだろう、蒼い機体に通信回線が開いたのか女の声がした。

 腰のエア・ガンで推進力を得ると胸部に降り立つ。

 其処はコックピット・ハッチが完全に破壊され、保護すべきコックピット部分が完全に露出していた。自らが咄嗟にやったとは言え、引き千切るように装甲が毟れている。

 

『メル!! 冗談でもひどいよ!?』

 

 女の怒る口調の中に哀願が籠る。

 聞いていられん、とコクピット内部に侵入すれば。

 

「……何だ、これは」

 

 コンソールに俯せになる、蒼いノーマルスーツ。

 ヘルメット・バイザー内が赤く染まった男。

 其処から覗く、男の貌。

 

 シャア・アズナブルは、この人物を知っている。

 

(何故、貴様が此処に居るのだ)

 

 掴んだコックピットの縁が、ミシリと音を立てた。

 

『メル!』

 

 意識を失った男、メルティエ・イクスが倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり過ぎだ!」

 

 顔に大小の傷を持つ大男は破損、破壊されたモビルスーツと装備の数々、ファルメルが受けた損傷に傷が目立つ顔を赤く染めていた。

 思わず叩きつけた拳が、机にダメージを与え減り込む。

 

「それは承知の上の筈。むしろ、ミノフスキー粒子下である事をいいことに戦闘を継続、我が軍のエースに負傷させたこと。如何する?」

 

「それはお互い様だろう!? ボイスレコーダーを回収した兵からはシャアも、イクス少佐も通信が聞こえず、戦闘を継続するしかなかった。そう聞いているぞ!」

 

「よせ、二人とも」

 

 テーブルに腰掛けたまま、冷たい視線を向けるキシリア・ザビ少将と怒鳴り声を上げて反論するドズル・ザビ中将。同席を許されたガルマ・ザビは先ほど終えた演習の映像と結果に微動だもできずに居た。

 腕を組み、二人を制止するギレン大将は毎度の茶番に溜息を吐いた。

 

「今回の件、あれは事故だ。彼らは己に課された任務を忠実に成し遂げんと戦い、結果を残した」

 

 不満を募らせる両者はお互い睨み合ったまま、長兄の話に耳を澄ませた。

 

「地球降下作戦の采配はキシリア、お前に任せる」

 

「はっ。承知しました」

 

「ドズル。お前は今回の演習であがる損害報告に対応しろ。処理すべき問題は早めに手を打て。

 損害に対する補償は突撃機動軍、宇宙攻撃軍の双方から出せ。将兵が己の職務を全うしたのだ。組織の長たる貴様等がその様でどうする」

 

 切れ長の青い瞳を細めたキシリアと、唸り声を上げるドズルを捨て置き、ギレンは席を立った。

 語るべきことを語った。あとは二人に任せる、とその背は告げていた。

 彼は成すべき事が多忙を極める二人より多いのだ。

 些事に時間を費やす趣味等持ってはいないし、持つ気もなかった。

 

「ガルマ。お前にも近々働いてもらう。学生気分では困るぞ」

 

「は、はい。兄上」

 

 ギレンは今も映像を見続けるガルマを一瞥、返事を待たずに鑑賞室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……どこだ」

 

 ふらつく頭を左右に振り、メルティエは体を起こした。

 

 夜なのだろうか。

 薄暗い室内、何やら機材が多く置かれているが時折聞こえる電子音が時の流れを告げている。

 体に残る痛みより、疲労感が強い。

 考える事も億劫だが、思考を巡らした。

 

「む。確か、演習に出向いていた筈」

 

「そうだ、そして私と戦い、負傷して此処に居るという事だ」

 

 声が届いた方向に顔を向けると白い角付ヘルメット、顔上半分を覆うマスクに赤い軍服の男が腕を組んで立っていた。

 表情を隠し、読み取れない男。

 シャアは平坦な声で訪ねた。

 

「体の加減はどうだ」

 

「ああ、少し頭がぼうっとするくらいだ。そうか、俺は負けたのか」

 

 肩を落とすメルティエ。

 シャアは迫り上がった感情を潰し、

 

「いや、勝ったのは貴様の方だ」

 

 そう答えた。

 

「いや、負傷して入院しているのだろう?」

 

「記憶が混濁しているのか。とにかく、貴様が決死の覚悟で攻撃し、私が敗れた。それが事実だ」

 

「ううむ。敗けた割にはピンピンしているな」

 

 点滴さえ打たれている勝者と、自らの足で立ち見舞いに来る敗者。

 普通は逆ではないだろうか。

 

「ふっ。試合に敗けたとはいえ、無様を晒すことはないのさ」

 

 不敵な笑みを浮かべるシャアに、メルティエは濃い笑顔を返した。

 

「おい、屋上行こうぜ。久しぶりにキレちまったよ……」

 

「粋がるのはよせ、体は満足に動かんだろう」

 

 シャアの言う通り、メルティエは体の動きが酷く重く感じていた。

 力も上手く入らず、いつしか呼吸が荒くなっていた。

 笑みを形作っていた口元が横一文字になり、メルティエの様子を窺った。

 

 何処か観察されていると思った。少なくとも看視ではあるまい。

 

「精々休養を摂ることだ。では、また会える時を願っておこう」

 

「お、おい」

 

 返事をする前に退室したシャアに、幾つか言いたい事があったが。

 

「……まぁ、また会える時を、とか言っていたし。険悪な関係では、ないか」

 

 何時かまた会えるまで。

 思いの他蓄積していた疲労は、全身を苛む痛みを無視してメルティエの意識を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(奴は、私に気づいていないようだ)

 

 とある事情で謀殺の危険に晒されていた彼はランバ・ラルに妹共々救出された経緯を持つ。

 以降は後見人のジンバ・ラルの保護を受けていた。

 その頃に屋敷で同じ時間を過ごした当時少年だった()()()に会っている。

 もし正体を看破されるのであれば、と思っていた。

 

 いや、実際に正体が発覚したとして、自分はどう対処する積もりだったのか。

 障害物として、排除する気だったのか。

 それとも、事情を説明して同志に加わるように説得したのだろうか。

 

 最後に、余りに馬鹿らしい答えがシャアの脳裏を横切ったが、彼は一笑に付した。

 

「何とも度し難い」

 

 シャアが呟いた時、靴音が近くから聞こえた。

 存外に思考にのめり込んでいたらしい。

 シャア自身も疲労が重い。上官のドズル中将から叱責された後だ、色々と溜まっている。

 

「あっ」

 

「ん?」

 

 声がする方向へ視線を向けようとするが、背中に当たった硬質の感触に動きを止めた。

 随分と穏やかではない挨拶だ、シャアは当てられた物騒なものに想像がついた。

 

「おい、てめぇここで何してやがる?」

 

 ドスが聞いた声。

 子供ならば泣きじゃくり、大人でも震え出す声の暴力が叩きつけられる。

 シャアは努めて冷静に振る舞い、腰の拳銃に指を這わせた。

 

「動くな。おい、大将の病室で何してやがった」

 

 険悪さを隠すことなく言葉を叩きつける。

 怒り心頭と受け取れる声音。

 しかし背中に突きつけられた銃身はピクリとも動かず、シャアの心臓を捉えていた。

 

「別に。敗者が勝者に賛辞を贈っただけさ」

 

「ほぉ。ちっと荒ぶってた声が聞こえたがな?」

 

 扉越しに聴けたのか、疑わしいものだがブラフだろうと判断した。

 

「それは君の聞き間違いだ。不審に思うならイクス少佐に尋ねればいい」

 

 むしろ、扉を開けてメルティエに部下の対応を見せ付けてやろうかとさえ思う。

 どういう反応をするか、確かめたいこともあった。

 

「ハンス、そこまで」

 

 第三者の声に、大きな舌打ち。

 銃が引かれるのを確認した後、振り返った。

 

「……」

 

「ふぅ」

 

「ちっ」

 

「あ、あの」

 

 四者四通りの反応である。

 

 アンリエッタ・ジーベル中尉は胸にお見舞いの品だろう、果物が入った袋をぎゅっと抱えながらこちらを感情の籠らない瞳で見つめている。

 シャアは感情が無いというものが、ここまで不気味だと思わなかった。

 

 エスメラルダ・カークス中尉は豊かな薄紫色の髪を振り、額に手を遣り溜息を。

 小柄な女性だが、彼女が制さなければどうなっていたか想像に難くない。

 ただ、剣呑なものが瞳の中に息づいているのを、シャアは見逃さなかった。

 

 ハンス・ロックフィールド曹長は上着の隠しホルスターに素早く銃を戻し、想像した通りの険悪な表情を見せている。

 この中で一番分かり易い部類だ。忠犬、いや猟犬の類かもしれない。

 主が居る間は噛み付く事はしないだろうが、害を及ぼした相手には何処まで自制できるのか。

 

 リオ・スタンウェイ伍長は何か言いたそうに、口を開けたり閉じたりしてまごついていた。

 今のシャアに分かるのは、散策時にサインや握手を求める一般人とは違うという事。

 

 彼らと大きく違うのは、自分に興味がない事だろう。

 

「すいません、アズナブル少佐。大変無礼な真似を」

 

 エスメラルダが代表して頭を垂れた。

 ハンスでは話にならないし、こういった対応に一番柔軟なアンリエッタは今、正常ではなかった。

 

「気にするな、と言いたいがこれは過剰ではないかな」

 

 話が通じる人間が居て助かった、と余計な一言も加えた。

 

「逆恨みに寝込みを襲った、と思われたなら詮無きこと」

 

 ピシャリ、とエスメラルダが返した。

 

「私はそこまで器量が小さい男ではないし、上官侮辱罪も加えるかね?」

 

「ちゅ、中尉、それは言い過ぎですよ」

 

 リオが間に入る。

 エスメラルダは少年の目を覗き込んだ。

 その動きにリオは酷く狼狽した。脚も僅かに震えている。

 

「仲が良いのは結構だが、上官への反逆と取られ厳罰に処す事も有り得る。努々忘れぬ事だ」

 

「へぃへぃ、俺が悪かったよ」

 

 口を開けば次々と言葉が飛び交い、最後はハンスが反省どころか「今から抜いてもいいんだぞ」と言いたげに眼光を細めた。

 

「ハンス!」

 

「くそっ、わぁったよ。大将んところに先に行く」

 

 ポケットに手を突っ込み、メルティエの病室へ足を運んでいく。

 

(ふむ。これは、参った)

 

 意趣返しに拳銃を突きつけてやる、と考えが過ぎるが。

 

(こうも睨まれては、な)

 

 不貞腐れ、ポケットに手を突っ込んだ状態でもすぐに抜けるようにポケットにまでデリンジャーを忍ばせていた。

 

 用心に用心を重ねる男。

 慎重かつ常時攻撃手段を手元に残す彼は、挑発しながら撃てる瞬間を狙っていた。

 厄介な男だが、味方に入れば頼もしいだろう。

 過剰気質な面があるが、全力を尽くしている裏返しと捉えれば救いがある。

 

「す、すいません。ボクもお先に」

 

 スタスタと歩き出す、少年は申し訳なさそうに頭を軽く下げながらも、じっとシャアの顔を見ている。それはまるで、顔を忘れないように脳内に書き込んでいるとさえ思えた。

 

「アズナブル少佐。抗議は後日お願いします」

 

 淡々と声を出しながら、エスメラルダはアンリエッタの肩を軽く押す。

 一言も発しなかった、恐らくはあの時にメルティエを呼んでいた女は小さく頷いた。

 歩き出した女性二人はそのまま、メルティエの病室へ入った。

 針のむしろ、とはこういう事をいうのかと。身をもって体験したシャアである。

 

(まるで、主を傷つけた慮外者を視るかのようだ)

 

 彼らが病室へ入り終えてから、シャアは拭い切れない不快感を味わい、羨ましいと思った。

 孤独に物事を進めてきた彼は、真の友人というものを得た事がなく、不要だとも思っていた。

 

(私には、有り得んかもしれんな)

 

 忠実な部下、心酔する兵を得ようとも共に語り合う同士、腹を割って話す友を、仲間を得る事は不可能かもしれぬと。

 

 そう考え、想いを閉じながら。

 自分と妹と、もう一人。

 黒髪の少年と遊んだ風景を思い出す。

 

 チャリ、と腰のポーチの中で、軽い音が発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はスピーディに書き切れたと思います。

彼は一体何者なんだ(小宇宙感)
オリジナル部分を小出しに出し始めて作者です。
原作キャラのアムロ、シャアが負け知らずで最強!という方は不快かもしれませんが、ご勘弁を。
これも創作って奴のせいなんだ。

赤い人が感想欄でえらい事に…みんなの愛を感じるね!(=´∀`)


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第09話:地球降下作戦(前編)

 ルウム戦役に於いてジオン軍エース部隊、黒い三連星に捕獲され、戦争犯罪人として連邦そのものを悪とする宣伝目的で生かされていたレビル将軍の奇跡の生還。

 

 彼は連邦軍特殊部隊により戻り、

 

『ジオンに兵なし』

 

 と演説。此れを受けた地球連邦政府は態度を一変させた。

 

 結果、ジオン公国に有利な講和条件を拒否。

 

 最終的には核、生物、化学兵器及び大規模質量兵器の使用禁止、月面都市やコロニーサイド6、木星船団の中立確認、捕虜に対する人道的扱いなどを骨子とする軍事協定を締結。

 地球連邦とジオン公国は戦争を継続する事となる。

 

 これは連邦の南極基地で開催された事から、南極条約と定められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 U.C.0079年2月10日。

 第168特務攻撃中隊は演習後、月面基地グラナダに駐留していた。

 現在は外郭が出来つつあるものの、基地内部は未だ建造途中で設備本格稼働も程遠い。

 その中に居られるのはキシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍に限られた。

 

 演習を勝利で飾った彼らは、キシリア直々に労いの言葉を受けこの地に滞在する許可を得た。

 久方ぶりの骨休み、と言うわけである。

 

「メル、其処のソース取って」

 

「あいよ」

 

「……」

 

 軍服の上にエプロン姿の二人。

 アンリエッタ・ジーベル中尉とメルティエ・イクス少佐。

 コーンの優しく甘い香りを漂わせる寸胴鍋、瑞々しい野菜を手で千切り。終わればフライパンを電気コンロに掛け、一〇ミリはある厚みの赤みの肉を惜しげもなく焼いていく。

 肉が焦げる香ばしい匂いが腹を刺激する。

 炒め、油が弾ける音も手伝って共有キッチンには食欲を(そそ)られた人間がちらほら集まっていた。

 

「アンリ、焼き加減はこんなもんでいいか?」

 

「うん~? そうだね、もういいかな。カリカリより柔らかい方が好まれると思うし」

 

「……」

 

 相方に尋ね、問題ないと判断された肉を鉄板皿へ。

 脂がじゅうじゅうと音を立てた垂涎もののステーキは新鮮な野菜で彩られる。ニンニクの香りが強いソース、ワインの風味と苦味、甘さを残すソースの入った小皿と一緒に並べられた。

 ゲストが肉汁溢れるステーキに目を奪われている間に小金色のコーンスープ、パン―――基地内で卸しているパン屋で買ってきた―――を次々と揃えていく。

 

「ささ、メインディッシュをご賞味あれ」

 

「い、いただきます」

 

 スッとよく磨かれたナイフが厚みのある肉を裂き、そこから溢れる肉汁が口の中に唾液を呼ぶ。

 

 知っているのだ、本能が、あれはイイものだと。

 

 切り取った一口サイズの肉にフォークを刺し、ニンニクソースに少し漬けて、口に放り込む。

 

「お、おいしいですっ」

 

 ぱぁっと幼さの残る顔で一杯に喜びを表現する少年、リオ・スタンウェイ伍長。

 ナプキンで服が汚れないようにしつつ、次の肉を切り取りにかかる。

 物静かで穏やかな彼も、この時は一匹のケモノ。

 

 しかし、それでも食べ方が上品なのは如何なものか。

 もっとがっつくと思ったのだが、とメルティエは首を傾げた。

 

「り、リオ! 後生だ、俺にも一口っ」

 

「伍長、俺にも食わせてくれ!」

 

「リオくん、私にも!」

 

「うるせぇぞ、お前ら。せっかくリオが美味そうに食べてるんだから静かにしろ」

 

 ハンス・ロックフィールド曹長他部隊員が情けない姿を晒す前に留める。

 

「だ、だがなぁ、大将」

 

 飄々とした空気を纏い、時に激情家、時に凄腕の銃使い(ガンスリンガー)

 であったハンスが涙――お前それ、涎かよ――を流す。

 

「テーブルマナー、お前やる気がねぇって諦めただろう。確かに戦争には関係ないかもしれんが、お偉い方々と食卓を囲むときにガツガツ食われたらアウトなんだよ。解るだろう?」

 

「くそう、なんで断った。一時間前の俺!」

 

 床に手をつき、項垂れる二十六歳児。

 なんともシュールである。

 

「まぁ、リオがテーブルマナーを予想以上に手馴れている事に驚きが……ないな?

 むしろ、納得する自分が居る」

 

「確かに、そうだね」

 

 流しで水を一杯汲み、喉を潤す。

 

「ほい、お疲れ様」

 

「ん。ありがと」

 

 もう一度水を汲み、それとは別のグラスにも。何時もより離れて立つアンリに首を(かし)げながら、

 

「どうした? 近づくと離れて」

 

「あはは。少し、油臭いかもしれないから」

 

 照れながら言う蜂蜜色の乙女に、距離を詰め手に水を渡す。

 

「そんなこと言ったら俺もだろうよ。大丈夫、気にならないぞ」

 

 アンリの頬近くまで鼻を寄せ、けろりと言う。

 

「ち、近いよ!」

 

「お。すまん。軽率だった」

 

 顎を掻きながら、顔を俯かせるアンリに謝罪。

 

「うん?」

 

 何やら騒がしい方に首を向ける。

 ハンスが堪らなくなったのか、リオの食卓スペースへとにじり寄っていた。

 

「り、リオ。すまん、俺もう我慢できそうにねぇ」

 

「え? ちょ、ハンスさん!?」

 

 何している、と思うが仕方がない事なのかもしれない。

 モビルスーツ、戦闘機パイロットというものは機動兵器に乗り込む。

 第一種戦闘配備時は勿論の事、第二種戦闘配備ですら食事はかなり制限されるのだ。

 栄養素がガン積みのレーション、水分と塩分を補填するドリンクは摂れる。というか、これしか認められない。体はこれで十分だが、当然ながら味気なく味覚に飢える将兵が後を絶たない。

 

 理由は極々簡単なものである。

 高速で、上下左右に体を揺さぶる乗り物に乗るのだ。

 腹にものが入っていたら、大抵は吐瀉物が口から吹き出す。

 内臓系を鍛える、という行為は通常無理な話だ。筋肉を育てる関係で一部鍛えられるものがあるが、繊細な器官が多い。特に人間の躰を維持、エネルギーを燃やす器官はその最たるものだ。

 コックピット内は精密な機械群で構成されている。

 電気系統は勿論のこと。操縦桿、各コンソール等は汚れに敏感だ。塵や異物といった狭擦物が入らないようにゴムシート等で覆う又はシールされているのが通常だ。噛み込むと動きが悪くなり、一度分解しないと取り除くことができない。

 

 そんな設備群を吐瀉物で汚す、ナンセンスだろう。

 こういった背景でパイロット達は戦場が近いと最低限の食事、流動食で済ます事が多い。

 ハンス達が肉料理、味覚を楽しませる食事に涎が止まらなくなったのはこの理由。つまりは出撃していた分、美味い食べ物がお預けだったのが原因、らしい。

 

 仕方がないものなのかもしれん、とメルティエは思い直した。

 自分自身、腹が減ったせいで食欲が点火しそうだ。

 

「おい、ハンス。憲兵隊に突き出す前に思い止まれ」

 

「大将、食べ物の恨みって怖いんだぜ」

 

 遠い目で何事か言い出した、残念狙撃手。

 今奪われかけているのはリオだろうに、ツッコミたかったが面倒になった。

 

「しょうもない奴らめ。残った部分があるし、練習がてら作ってやるから落ち着けよ。

 焼き加減はレア? ミディアム? ウエルダン?」

 

 よくよく溜め息が聞こえるようにしてやった。

 仕方ねぇな、とアピールだ。

 何せ自分も食事を摂りたいのだ、パパッと終わらせたい。

 

「さすが大将、話がわかる! 惚れそうだぜ! レアで頼む!」

 

「少佐、素敵、抱いて! 俺はウエルダンで!」

 

「変なこと言うと睨まれるから。私はミディアム!」

 

 ハンスだけに留まらず、肉食獣と化した暴徒がメルティエに詰め寄る。

 流石のメルティエも、ちょっと引いた。

 

「静かだった奴まで再点火。なんという肉の魅力……!」

 

 ワイワイ騒ぎ始める塊を他所に、エスメラルダ・カークス中尉は呟いた。

 

「馬鹿ばっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイ・ツヴェルク大尉は知らされた作戦について、思考を巡らせていた。

 ハンガー内で忙しく走り飛び回る整備兵達を眺めながら、傍らへと視線を送る。

 

「換装は用意できそうですか、中尉」

 

 同席するロイド・コルト技術中尉は携帯端末を操作しながらモビルスーツハンガーの一点に目を送る。

 

「難しいですね。技術や労力で騙せるものなら騙しますが。無いものとなると(いささ)か」

 

 急ピッチで組み立てられるMS-06F、蒼いザクIIF型。

 メルティエが先の演習で赤い彗星、シャア・アズナブルと激闘を繰り広げ、大部分は問題無いものの中破してしまったのだ。

 

 蒼いザクIIは専用機としてロイド自ら組み立てた機動性重視のモビルスーツだ。

 構成部品の幾つかはザクII以外の予備パーツを必要とするし、専用の部分が発生する為にどうしても共有化ができない。

 専用機という枠組みの機体が、一般整備士から敬遠される理由に今直面していた。

 ロイドとしては承知の上で設計したものだし、自ら整備指揮する機体なので文句は言わせない。メルティエはこちらが望む数値以上の性能を叩きだすのだ。

 技術士、整備士の観点から見てもあの男は面白い。

 自分が考案、搭載した機能は余さず使用している。万全な整備状況がそれを可能としているのだ、ロイドの仕事ぶりがそのまま、メルティエの活躍に繋がる。

 

 パイロットも機体性能を引き出せたのは自分自身だけの功績ではない、と裏方の人間に感謝する姿勢に好感を持てる。士官学校時代来の考え方らしい、彼の教官は良い人間に値する。

 演習時の実戦データ、見る度に次の収集場所は何処か、と逸ってしまう。

 専用機は試験運用の増設バーニア、それに付随する装甲強化が施されているのだ。

 他の隊員が乗るザクIIとは届けられるデータの種類が違う。それ故にデータ不足であった。 

 

「最悪、通常のザクで少佐には出撃願うしかないか」 

 

「いえ、其れには及びませんよ。形振り構わなければ同性能は確保できます」

 

 彼の副官が呟く。

 ロイドは冗談ではない、そんな勿体ない事はさせまい、と充てられるパーツを脳内で上げていく。

 

「ならば、問題はないと」

 

「ええ、今後も宇宙で戦うなら問題はないでしょう。しかし、キシリア少将閣下から通達を受けた任務はもう()()ではないでしょう?」

 

「耳聡いですね。その通りです」

 

「少佐殿と地球の重力下での機動性の確保について、熱く語り合いましたのでね」

 

 何処か誇らしげに顎を反らし、眼鏡をクイッと上げるロイド。

 

 ―――どやぁ。

 

「中尉。その顔は辞めて頂きたい」

 

「おや、何故です?」

 

「私にも判りませんが、なぜか拳を握り締めてしまいます」

 

「ははっ、怖い怖い」

 

 生真面目な大尉は息を吐いた。

 ロイドは優秀な技術者だ。中尉というには収まりきらない視野を持つ。

 彼がモビルスーツメーカーに所属していたらどんな機体が生産ラインに並ぶか、興味が尽きない。

 サイに今分かる事は、彼がこの部隊から去るとモビルスーツの整備が立ち行かなくなるという一点だ。

 

「予定では、来月にでも正式な通達が届くそうです」

 

「なるほど、其れまでには完成に漕ぎ着けましょう」

 

 二人は、再び意識を思考に沈ませた。

 出撃が迫っていると、理解していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 何枚ものステーキを相手に戦い抜いたメルティエは、ようやく自由の身になった。

 共有スペース内に設けられたシャワールームで生成された水を浴び、気持ちさっぱりと自室に戻ろうとしていた。

 

 宇宙環境では特に臭いに敏感だ。密閉された空間が多く、洗浄機能が付いた場所も多いのだが部屋等に染み込むと不快で眠れない。人間が悪臭、刺激臭と感じる類のものは何らかの悪影響を体にもたらす事が解っているので、尚更であった。

 

 ちなみにステーキ枚数以上に乱入者が多かった分、彼は有り付けていない。

 あの後もアンリエッタの血色は良かったままだが、エスメラルダに何事か囁かれると二人は言い合いながら去って行った。口喧嘩のようだが、剣呑なものではなかったので放置しておく。

 

 同性同士で話し合うべき事に異性が口を突っ込むと面倒なことに発展するものが多い。

 次に顔を合わせるときに、いつも通りであればそれで良い。

 

「お。此処に居たか」

 

 ミーティングルームから出てきた金髪碧眼の青年に手を上げて挨拶された。

 

「失礼ですが、所属は?」

 

「おっと。同じ突撃機動軍所属、ジョニー・ライデン大尉であります」

 

「返答感謝。突撃機動軍第168特務攻撃中隊、部隊長メルティエ・イクス少佐です。

 会えて嬉しいよ、大尉。ところで今日は何用に?」

 

 握手を求めると彼は笑みを浮かべながら応じてくれた。

 

 専用機の紅いザクⅡを駆る、突撃機動軍で真紅の稲妻の異名を取るエースパイロット。

 少々軟派な印象を受けるが、持ち前の気さくな性格からジオン国民からの人気は高く、伊達男といった風情がある。

 

「今度の作戦で俺の部隊がそっちの護衛に就く。作戦開始で初めて顔合わせってのも寂しいからな。顔合わせに来てみたんだ」

 

「なるほど。真紅の稲妻が護衛に就くならば安心して作戦に従事できそうだ。先立って感謝を」

 

 敬礼をするメルティエに、ジョニーは慌てて手を振った。

 

「いやいや、そんな恩着せがましい事をしに来たんじゃない。純粋にあんたに会いたかったんだ」

 

「と、言うと?」

 

 共同作戦の通達は、おまけ程度なのか。

 これはまた、個性的なパイロットだとメルティエは思った。

 エスメラルダがこの場に居れば、何を言うのか、と見つめてくるに違いない。

 

「赤い彗星から勝ちを奪った蒼い獅子、そいつを見てみたかった」

 

「ふむ。真紅の稲妻から見て、どう()()()()()?」

 

「あーっと、気を悪くさせたらすまない。キシリア様とあんたの戦闘映像見た時から思ってたんだが、今日会って確信した」

 

 頭を掻きながら、彼は言った。

 

「あんた、恐ろしいな」

 

「……恐ろしい?」

 

「ああ」

 

 頼もしい、ふざけた機動だ、とはよく言われるが。恐ろしいとの感想は初めてだった。

 続きを促すように視線を投げかける。

 

「表情は穏やかな癖に、目が深い。底なし沼みたいなもんだ。不透明感が()()()()んだ。

 暗い部屋に入って扉を締めた時の感じに似てる。でも足を掴んでなんでも引き摺り込む様な野郎の目じゃない。諦めた目でも理想を求めている目にも思えない。

 戦場で障害物を使って敵の視線潰しながら近づいたと思えば、味方が敵の射線に入ったら即座に飛び出して囮になる。理に適った動きをしているのに、感情の赴くままに行動する節がある。

 これが自分なら大丈夫、平気だっていう傲慢な奴だったら、一言いってやろうと思ったんだが、あんたは違うな」

 

「……俺は」

 

「すまねぇ、色々思う所を言ってみたんだが。形にならん」

 

 ただ、と金髪の青年は黒髪の青年に告げた。

 

「あんた、一所懸命って奴なんだな」

 

「一所、懸命……」

 

 一所懸命。地球にある古代のニホン、武士という階級のものたちの間で用いられた語。

 一所の、死活に関わるほど重視した土地を命を懸けて生活の頼みとする事。

 

 メルティエはそう評される場面をジョニーから聞き、唖然とした。

 

「公開処刑じゃないか、それ」

 

「いやぁ、よくよく見なきゃわからんモンだ。俺とキシリア様くらいだろうよ。気にすんな」

 

 頭を抱えたメルティエ。

 ジョニーは軽く励ましながら、その様子を観察していた。

 

(想像していた()()とは違うな、もっと好戦的な人間かと思ってたんだが)

 

 当てが外れたか、と自分の想像図を消しながら目の前の人間を投影していく。

 

 だが、気性が激しい事には変わるまい、と自分の勘を信じていた。

 そうでなければ演習でのあの立ち回り、最後の一撃が発現される事はないだろうとも。

 同じパイロット、異名を持つ者同士のシンパシーを、稲妻は獅子から感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーむ。閃いた事を書き綴ってみました。
文章的にどうだろうか
少し不安なんだ…

さて。
赤い人と紅い人を交互に出してみた。
戦闘描写がないからきっと紅い人は無事な筈!
(赤い人は作者の戦闘描写のせいで変態さんに…なんて作者だ!)

誤字指摘、感想・評価お待ちしておりますぞ(*´∀`*)


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第十話:地球降下作戦(中編)

 第168特務攻撃中隊が旗艦とするムサイ艦内のモビルスーツハンガー。

 ここでは毎日整備兵が飛び交っている。

 それは何故か。

 単純に忙しいのである。

 中破した専用ザクIIの補強作業を回しながら、他のザクII、専用ザクIの解体整備作業と絶賛大操業(フルマラソン)中。ズムシティの艦船ドックに入港はしているが大規模作戦が近いと噂されている為、モビルスーツ工廠の専用デッキと比べるべくもない狭いハンガー内で作業しているのだ。

 彼らが所属する部隊は五割が整備兵、作業員。三割がムサイを動かす為のクルー。残り一割づつが哨戒機の宇宙戦闘機パイロット、モビルスーツパイロットで構成されている。

 人の手による作業が減り大部分が器械設備を多用して進められているが、それでもやはり最後は人が一つ一つチェックし、問題なしの判断を下すのだ。

「もう、ゴールしても良いよね」

「おい、奴が寝言を言っている。叩き起こせ」

「アイサー」

「やめてもう許して、そんな大きなもの、入らないっ」

「なにいってんだ、ここ(・・)はそうは思ってないみたいだぜ」

「アーッ」

 眼下の惨状を特に感情無く、

「問題ないようですね」

 サイ・ツヴェルク大尉はそう言い切った。

「ええ、問題ありませんね」

 相槌を打つロイド・コルト技術中尉は携帯端末を操作、モビルスーツに搭載された前回の戦闘データを抽出し彼ら整備班が保有するデータバンクに通信。財産とも言うべきパイロットの操作傾向、行動の短縮化が成されたデータを吸い上げる。

 こうする事で機体に内蔵されたメイン、サブCOM(コンピューター)が破壊或いは消失した際に対処することができるのだ。そして癖を習熟したデータさえあれば、新型機を充てがわられる際にスムーズに乗り換えることが出来る。ただ、メルティエが以前搭乗していたザクⅠは被弾場所が悪く、サブCOMが無事だったもののメインCOMにダメージが入り、損傷していた故に中途半端なデータが残った。

 其処から専用ザクIIにインストール作業を行っていくのだが、”一週間戦争”時は軍のデータバンクに触れる機会が無かっため開戦前のデータしか保存されておらず。結果メインCOMの分はザクIのデータから全て流用。幸いにも通常とは異なる操作形式で機体制御を行っていたので、メインよりもサブCOMの方が大事、という変わったパイロットだと整備班では話され、

「変態じゃないとエースパイロットになれないんじゃ」

「おいバカやめろ」

「何処で中尉達が聞いているのかわからないんだぞ!?」

「どうしてそんな事を言った! 言え!」

 等と話題の人となった。

 微妙な意味で。

 余談だが、演習でメルティエ・イクス少佐と激闘を演じたシャア・アズナブル少佐のザクIIは以前のデータは有るものの技術班が喉から手が出るほど欲しがった精度の良いエースパイロット同士の戦闘データが頭部を破壊された際に文字通り潰されたので悲嘆に暮れたと言う。

 後日、戦術的にも必要と判断したシャアがデータ共有の為に幾つか条件を(こしら)えて頼みに訪れると、

「やぁ、また(・・)会ったね」

 にやにや、と嫌味交じりに応じた為にひと悶着あったのだが、割愛させて頂く。

 ただ、思いの他簡単にデータ提供に応じたので、

「君は、馬鹿か(交渉のカードをあっさりと、パイロット財産を渡す行為を咎める意味で)」

「おい、屋上へ行こうぜ。さすがにキレちまったよ(額面通りに受けとった+病院の件)」

 赤い人と蒼い人が掴み合いに転じたのは近しい者達だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「演習の件、ご迷惑をお掛けし申し訳ありません」

 ズムシティの政庁、その中にある執務室でメルティエは緊張を面に出さないよう注意しながら直立していた。

 軍服を隙無く着込み、黒く艶のある刺繍入りのマントを無難に羽織る。

 跳ね癖のある灰色の髪をどうにかオールバックで整え、体裁を整えたつもりである。

「私の仕事を忠実に果たそうとした結果だ。少々おイタ(・・・)が過ぎようとも笑って許そう」

 高級感のある机の上で手を組むキシリア・ザビ少将。

 女性でありながらヘルメットを被り、顔下半分をマスクで覆うこの辣腕家を、メルティエは苦手としていた。

 好悪で言うならば好意がある。

 自分には到底身につかない政治手腕や軍事統括。ドズル中将と意見がかち合わなければ滞り無く進行させる戦略眼。所謂(いわゆる)出来る女である。尊敬はすれども蔑視等の感情は生まれていない。

 苦手なのは、彼女の青い瞳である。

 初対面の時から、この覗き込む目が苦手なのだ。

「今回貴様を呼び出したのは他でもない」

 手元の文書を指で挟み、投げて寄越す。

「目を通せ」

 小さく返事を出し、白地に書き込まれた文面に視線を這わす。

 メルティエの表情が強ばった瞬間を見計らったように、キシリアは声を掛けた。

「南極条約以降、我が軍は戦力の回復に余念がない」

 彼女は設置された専用PCに何事か入力しつつ、続ける。

「本来ならば先月の講和である程度は問題を先送りに出来たのだがな、レビルにはしてやられた」

 PCから視線を直立する青年に戻す。

 以前の珍獣を見るようなものではなく、動かせる戦力―――駒を観る冷たい目。

「過ぎてしまったものは仕方がない。故に、先手を取る」

 本題だ、メルティエは直立したまま背筋を伸ばす。

「貴様には地球降下作戦、その先遣隊に入り作戦に参加してもらう」

「は。了解しました」

「気が早い。だから貴様は駄目なのだ、少佐」

「は。申し訳ありません」

 椅子に背を預け、ふぅと息を吐かれる。

 溜息にしか思えないが、気にしない事にした。

「女の話で先を急がせる等とは、禄なものではない。覚えておけ、少佐」

「は。善処します」

 切れ目の長い目を閉じられた。

「まぁ良い。貴様は先遣隊となり中部アジアに降下後、モビルスーツの機動力を以て宇宙への玄関口となるバイコヌール宇宙基地を襲撃、陥落せしめよ」

 彼が返事をする前に、キシリアは机の上にあるマイク―――通信機に向け「入れ」と言う。

 後ろで扉が開けられる音を聞きながら、メルティエはキシリアと視線を交わす。

「私が直接指示を出すが、同様に先遣隊と共に降下する地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐の部隊を援護、支援もしてやれ」

 キシリアが頷き、後ろを向くように促されたメルティエの前には、 

「地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐だ。君の活躍は聞いている、活躍を期待するよ」

 穏やかな表情で優しげに名を告げる、美男子が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、承服しかねます」

 サイは異議を唱えた。

 場所が場所ならば軍事裁判ものだが、特に咎める者はこの場に居なかった。

 ムサイに帰還後、各班の統括者をミーティングルームへ呼び、キシリアから受けた任務内容を説明する中でサイとロイドの両名は険しい顔で静かに口火を切った。

「我が隊はモビルスーツ五機。中隊規模の行動がギリギリ可能な程度です。哨戒機で宇宙戦闘機を扱う班の手が空きますが、戦力の拡充は現在期待できません。ムサイも地上へ降下は出来ずコムサイしか降ろせませんし、送られた垂直形シャトル(HLV)は降下後まともな移動もできず物資の倉庫に使うのが関の山です。我が隊だけで攻略しろ、と言われてはいませんがせめて合同で作戦に臨む部隊と連携を採れなくては」

「補給物資の面は、送られるHLVを確認しています。ひと月は問題なく過ごせる量です。問題なければ、ですよ。ガルマ・サビ大佐麾下の部隊との連携は正直難しいと思います。三十機のモビルスーツと共に降下なされる、と通達を受けていますし下手に歩調を合わせると吸収されかねません。指揮系統の乱れが懸念されますので」

 メルティエは腕を組んで黙考。

「あの、歩調を合わせると吸収されかねない、とは?」

 小さく手を挙げ、パイロットスーツ姿の女性が問う。

 ヘレン・スティンガー軍曹。哨戒班として宇宙戦闘機ガトルに搭乗予定だった。

 赤毛に焦げ茶の瞳で普段は明るい快活な彼女も場の雰囲気に呑まれているのか、声の勢いが全く無い。

 ちなみに、胸のボリュウムが隊で一番豊かである。

 健啖家であり、メルティエが以前用意した肉を五枚ぱくついた挙句お代わりを要求したので教育的指導が入った。

 指導実施者はかの”外見で騙されてはいけない人物”の第一位保持者である。

「数が足りない部隊を数が足りる部隊が吸収、密度を上げるのは古今よく見られる戦術の一つです。ましてや階級はあちらが上です」

「加えてガルマ大佐が、本作戦が初陣なのは知っていますか?」

「えっ!? ザビ家の方ですよね、ドズル閣下みたいに前線に居たり、ギレン閣下やキシリア閣下のように指揮を執っていた、とかは」

「ありません。彼は正真正銘、今回が初陣です」

 うそぉ、と彼女は愕然とした。

(大佐で初陣、かぁ。肩に掛かる負担相当だろうな。真面目そうだったし)

 ヘレンの表情を見ながら、メルティエは暢気に考えていた。

「初陣の戦争初心者は退き際を確実に見誤る。誤らないのは玄人か、側に百戦錬磨がいる場合のみですよ。頭痛がする程意味不明な自信で”突撃”を繰り返すのです。味方にとっては悪夢。敵にとっては狩場でしょう」

「モビルスーツ三十機のパイロットの中に、百戦錬磨が居れば良いのですが…ああ、居ても連携するのは止めておきましょう。こちらを壁にするか、功を全て奪うかのどちらかの未来しか思い浮かべません」

「随分と否定的、というか辛辣だな」

 思わず苦笑を浮かべると、二人は、

「「貴方は以前ご自身がされた事をお忘れですかっ」」

 明らかな怒気を込めた言葉。それにメルティエは肩を竦めて答えた。

「最終的には少佐に、新設部隊の隊長を任じられたんだ。十分だろう」

「一級ジオン十字勲章は―――!」

「ふぅ。止めましょう、大尉」

 珍しく言葉を荒げるサイに、ロイドが大きく息を吐いてから肩を押さえて止める。

「しかし!」

「誰に栄誉を奪われようと、少佐は少佐です。転んでもタダでは起きませんよ。それにあまり責めますと」

「む?」

 ロイドが目を向けている方向から視線を感じ、肩越しに覗くと、

「…」

 虎が、じっとこちらを視ていた。

 低い背、腰まである薄紫色の髪は地に向かって垂れ、小さな掌は握られている(・・・・・・)

 様子に気づいたメルティエが、

「エダ? どうした」

 と声を掛ければ足音を聴かせながら近寄る。

「私、隊長補佐」

「…あ、いや。忘れてたわけではないよ、うん」

 数回の瞬き。はっと目を泳がし始める男に、女は半眼で見詰めた。

「貸し一つ」

「…はい、わかりました」

「ん」

 肩を落とすメルティエの隣に、さり気なく腰を下ろし、無表情だが心なしか口角が緩やかになっている気がする。

「エスメラルダ、恐ろしい子…!」

 何かに戦慄しているヘレンを無視しながら、ロイドは気落ちしているメルティエに向き直った。

「少佐はどう取り組みますか、今回の作戦に」

「ガルマ大佐の部隊、主力戦力と降下後、敵拠点に別方向から強襲を仕掛ける」

「メル」

「別に命令違反をするわけではない。キシリア閣下は俺に作戦に参加と敵拠点攻略を命じられた。が、ガルマ大佐の下で動けとは一言も明言していない。閣下は援護、支援せよ。とおっしゃられただけだ。合流するよりも別戦力として行動した方が援護、支援に成る」

「降下後に合流を求められましたら?」

「ミノフスキー粒子散布下で通信が成功した事は未だ無い。作戦前に合流を要請されても降下地点と合流地点を結ぶ間に敵拠点が在ったら、如何する?」

「迂回を選択せよと言われるのでは」

「ナンセンスだ。モビルスーツの機動力を戦術的に活用するならば速攻。火力で任務に当たれと命じられたなら大人しく援護、支援に入るが。閣下は機動力を用いよ、とおっしゃられている」

「HLVの護衛に戦力を割く?」

「最悪は物資破壊だからな、ハンスとリオか。アンリとエダのペアのどちらかだな。俺が前線に出ない、という選択はそれこそ最悪な結末だろう」

「最悪な結末、ですか」

「怖気づいた、腰抜けのレッテルが貼られる。という事だな。それこそ部隊解散の憂き目に遭いかねん」

 異名持ちが後方で待機、前線は部下に任せる。

 確かに、思う所が方々で出るに違いない。

 それでなくても、このメルティエ・イクスという男は要らぬ妬みと羨望を受けながら此処に居るのだ。

「無茶で結構。部隊運用の観点からもこちらだけで動いたほうが堅実だ。無論、ガルマ大佐が危機に瀕している場合は攻撃を破棄、HLVまで大佐を護衛し作戦を練り直す」

 地球の重力下での戦闘。

 モビルスーツを用いる戦いは何度もあるが、地球の環境下ではどうなるか見当もつかない。

 動きが鈍くなるのは当然だろうが、どのくらい制限を受けるのか

 何れにしても不安定要素が多すぎる。

「それに敵拠点の戦力が未だ特定できていないんだ。長距離砲台(トーチカ)が多数配備とも言われているし。戦闘機や戦車が僅かな部隊ともな。威力偵察も兼ねて別ルートから進軍する、と提案すれば納得してくれるだろうさ」

「解りました。その方向で動けるよう準備をしておきます」

「ああ、頼む。コムサイは確実に用意してくれ、下での移動手段になる」

「了解です。キシリア閣下にコムサイをもう二隻配備してもらえるように具申してもらえませんか?」

「却下されるだろうよ。初陣の末弟が大規模作戦に参戦するのに、モビルスーツ運用を前提に設立した我々の部隊が先遣隊だぞ。動かせる戦力が圧倒的に足りないと見ていいだろう」

「ふぅむ。運べる資材は可能な限りHLVに積み込みましょう。宇宙に残していても意味がありませんからね」

「補給物資のルート開拓が必要」

「意味がないって…ムサイはそのままなんでしょ? それなら」

 男三人と女一人が顔を突き合わせる中、浮いたヘレンが疑問に思ったことを口にする。

「ムサイは突撃機動軍に返却だ。宇宙でしか扱えない軽巡洋艦を部隊所持していたところで何の意味もないだろう?」

「うぇ。降下作戦が終了したら宇宙に戻る、とかは」

 ヘレンが言うと、

「おいおい」

「はぁ」

「これは…」

「帰れないよ」

 呆れ、溜息、苦笑いをされ。最後に聞き逃せない言葉を吐いた合法ロリにヘレンは詰め寄った。

「え、エスメラルダ中尉。どういう事ですか?」

「攻略作戦は降下後、目標施設の奪取。その後には支配領域拡大のために橋頭堡の設営、地元の地球住居者と協力関係を結ぶために交渉等々やる事が沢山ある」

「か、帰れないって」

「一度大気圏外に離脱後、次の攻略拠点へ向けて再降下の作戦は考えられる。でも、現状一度地上へ降下したらサイド3への帰還は各戦線が安定するまではないと思った方が良い」

 スラスラ、と言葉を紡ぐエスメラルダに、隊長は感心、副官は小さく頷き、技術屋は眼鏡を押し上げた。

「そ、そんなぁ」

 がっくりと肩を落とす。

「いや、ヘレン軍曹。確か、最初に説明する時にも俺は伝えた筈だが」

 びくっ、と身体が揺れる。ついでに豊満な胸も撥ねた。

 それを直視する人が一人。

「聞いて、無かったんだな」

「す、すいません!」

 綺麗に腰から身体を折り、九十度の水平を作る。そして、垂れない。何がとは明言はしない。

「…」

 羨ましげに特定の一部を見つめる人には気づかないフリをしつつ、男三人は女性陣から目を離した。

「今のうちに、近しい人には手紙でも送っておけ。ただし、現在は軍機に神経を尖らせている。一文字でも降下作戦、地球の事は書くな。タダでは済まなくなるからくれぐれもな」

「そうですね。まだ日もあります。手紙だけでは、と思うのならば休暇の為の一時離隊申請を提出すれば帰郷もできます。手続きをお教えしましょう」

「私も整備班の人間に声を掛けておきましょう。構いませんか、少佐」

「ああ、長期的に戻れそうにない。出来る限り自由にして構わないだろう。ただし期日までに戻らない場合は除隊処分、と伝えておいてくれ」

「解りました、釘は必ず刺しておきます」

 メルティエ、サイ、ロイドは今出来る事に意識を向け、エスメラルダは何処か気落ちしながらヘレンを慰めていた。

 

 

 

 

 

 時は宇宙世紀0079。2月15日。

 地球へ彼らが赴くまで、あと僅かに迫った日の事である。

 

 

 

 

 

 




反省して執筆にも力が入る。
ああ、連邦軍の現状が良くわからない。
妄想力で切り抜け、れたらイイナァ

真摯に執筆励むのですよ!
メール、コメント、感想、評価、アクセスありがとうございます!
初投稿後、気持ちの赴くままに活動を続け、本日で四日目?あたりですぞ。

UA5000記念に何かしたいです。
好きなキャラの小話とかどうでしょうか。
投稿一週間後の土曜日までに「このキャラの小話作って」
とかメールか何かで残してくれると嬉しいです。

無かったら、まぁ、作者が独り泣くだけです…ハハッ

それでは、閲覧ありがとうございました!


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第十一話:地球降下作戦(後編)

「ガルマ大佐が?」

 具申した補給物資の受領署名を走らせながら、メルティエ・イクス少佐は聞き返した。

 彼に告げた整備兵は少し疲れた顔で書類を受け取りながら頷いた。

 フットワークが軽い彼は執務室、という概念が定着していない。

 時に自室、時にミーティングルーム、時にモビルスーツのコクピット内でペンを握る。

 彼の署名を探す側としては執務室を作ってくれ、と要望を送っているが既に当艦は突撃機動軍に返却予定と相成ったので、その声が上がることはない。

 一介のパイロットが部隊を率いるとこうなる、という悪い見本である。

 かなりの稀な部類(ケース)ではあるが。

 開けたモビルスーツのコクピットハッチから顔を覗かせれば、

「ありゃ、本当だ」

 きっちりと大佐の軍服を着こなし、ジオン軍特有の刺繍入りマントを靡かせる美男子。

 地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐がモビルスーツハンガーのタラップからこちらを見ていた。

「お早くお願いします。周りの連中が仕事に集中できません」

 顔を寄せ小声で願う彼に、メルティエは苦笑した。

「国民に人気の高いガルマ大佐だぞ、そう言わんでおいてくれ」

 蒼いザクIIのコクピット外部を蹴り飛ぶと、組んでいた腕を解いたガルマは優しげな、人の良い笑みを浮かべて迎えた。

「すまないな、イクス少佐。モビルスーツの調整中だったか」

「お気になさらず。念のための確認ですから」

 そうか、と一つ頷き彼は先程までメルティエが搭乗していたモビルスーツに視線を飛ばした。

「少佐、一つ頼み事があるのだが。時間をとってはくれないか」

「承るかは別になりますが、よろしいですか?」

「構わない。できれば引き受けて欲しいとは思う」

(作戦前に厄介事は、勘弁してくれ)

 どうしたものか、と胸中で息を吐く。作業している整備兵の目も気になってきたので、ガルマをミーティングルームに案内する。

「執務室ではないのか?」

「申し訳ありません、大佐。私は執務室を設けていませんでしたから」

「そ、そうなのか? 何かと不便では」

「私よりも私を探す部下の方に苦労させてしまいました。部隊長というのは書類漬けなのですね、一介のパイロットであった時は想像していませんでした」

「君も、苦労したのだな」

 最後は独白のようだったが、メルティエは特に気にせずミーティングルームに入る。

 ドリンクバーからコーヒーを二つ淹れ、佇む大佐の姿を見て気付いた。

(この人、育ち良すぎる、というか礼儀作法しっかりしてる)

「気が利きませんで、失礼しました。どうぞお座りください、大佐」

「ああ、ありがとう。いただくよ」

 人の良い笑みを自然に浮かべ、彼は一口コーヒーを飲み、カップを長テーブルの上に置いた。

 そして、階級の低い少佐(・・)に向かい、大佐(・・)は頭を下げた。

「単刀直入に言おう。私にモビルスーツの技術を教えてはくれまいか」

(厄介所の面倒事が来やがった)

「大佐。理由をお聞かせ願えますか」

 溜息を総動員で防いだメルティエは、険が出ないよう気をつけながら声を出した。

「私は、少佐の…”蒼い獅子”と”赤い彗星”の戦いを見ていたんだ」

 カップに揺らぐ黒い水面に視線を落とし、

「私はシャア少佐と同期だ。しかし、彼は天才で。モビルスーツの技術は神懸かり的なものだった」

 相手になった君ならば解ると思う、と。

 赤いザクIIを駆り高速機動のままデブリを足場に蹴り飛び、幾度も繰り返すことでザクIIの三倍の速度を獲得せしめた驚異の技量を持つ男。ジオンの”赤い彗星”シャア・アズナブル。

「シャアと互角に戦えた君ならば、私の操縦の問題点が見えてくると思うんだ」

 意気込んで言う。感情を込めた言葉に、

「シャア少佐にはこの事は?」

 しかしメルティエは平坦な声で尋ねる。

「彼とは良き友人ではあるが、同時にライバルだ。すまない、察してくれると助かる」 

(親しいが、ライバルと目しているだけに安易に聞けない、かぁ。難儀な御仁だ)

 真っ直ぐな人柄に好感は持てる。

 特に階級差を気にせず、頭を下げて助力を懇願する等ジオン軍の将官、いや軍人に何れ程いるだろうか。

 良くも悪くも、彼は純粋なのだろう。

 実際、手伝えるならば手伝いたい。

 ガルマ大佐とは地球降下作戦の第一目標、バイコヌール宇宙基地への攻撃、占領を合同で執る。

 彼のモビルスーツの扱いが上達すれば、それだけ作戦の勝率が高くなる。

 最前線で戦わなくても、中距離からのモビルスーツによる支援攻撃は十分に脅威だ。

 遠距離からの狙撃は通常のザクIで構成されたガルマ大佐の部隊には不可能。

 メルティエ少佐率いる第168特務攻撃中隊所属、ハンス・ロックフィールド曹長の腕前と専用モビルスーツが在る為に出来る手段なのだ。

 逆にガルマと異なり、メルティエは前線。最前線で戦いを挑まなくてはならない。

 攻撃軍司令のガルマとは立場が違う。パイロットの技量を認められ、異名を取るメルティエは期待される戦果が大きく異なるのだ。

 ガルマは目標拠点を無事占領し、指揮官として最悪座っていればそれで構わない。

 メルティエは前線でモビルスーツ隊を指揮。性能を遺憾なく発揮し敵拠点を陥落させ、自部隊がジオン軍に貢献する存在である事を常に戦果という形で主張せねばならない。

 ガルマは一度や二度の失敗では立場が、居場所が消えることはない。

 ザビ家の子、国民に愛される将来を渇望される彼は他の道でも十分に明るい見通しが立つ。

 それがメルティエには無いのだ。

 作戦に違えれば罰。目標達成失敗も罰。戦闘で仕損じれば死が待っている。

 他の軍人と同じで、たった一人が抱える問題に構っている暇など無い。

 もし作戦失敗すれば―――暗い将来しか先にないのだ。

 しかし、このメルティエという男、

「了解しました。大佐、私等で良ければお手伝いしましょう」

 純粋に頼られ、求められると断れない悪癖を持つ。

 そして代償を支払う時は、相手に求めず自らの身を削るのだ。

「助力、感謝する」

 不安だったのだろう、大きく息を吐いたガルマは長髪を指で弄い始めた。

 ―――だが、待って欲しい。

「それで、どの様な訓練を?」

「ええ、じっくりと矯正(・・)したい所ではありますが。何分時間がありません」

 ガルマの表情が固まる。

 いま、彼は何と言ったのだろう、と。

 ―――彼は一度でも、訓練を手伝うと漏らしただろうか。

「習うより慣れろ、実践よりも勝る教えはなし、です。大佐」

 ゆらり、と立ち上がった彼に言い知れぬ恐怖にも似た何かを感じながら、ジオンきっての御曹司は男を見上げる。

「さぁ、行きましょう大佐…」

「ま、待てっ、少佐!」

 照明が逆光になり男の表情が窺い知れない。

 ―――彼はゲリラ屋、ランバ・ラル大尉の息子であり整備兵から変態(・・)と言われる無茶な男(エース)なのだ。

「時間は待ちません。なぁに、すぐに楽になりますよ(・・・・・・・)

 三日月の如く笑みを貼り付けたエースパイロットは、アマチュアの肩を強く握った。

 ――――これは、地球降下作戦の発動まで後四十八時間に迫った時の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少佐、間も無く時間です』

「了解した。コムサイ、HLVの突入角度は?」

『再三確認しました。これで間違えば学生の時代からやり直す所存です』

「自信有り、だな。信用するさ」

 ゴゥンゴゥン、と機械の蠢動音が届く中、メルティエは愛機の蒼いザクIIに搭乗していた。

 前面モニターにザクIIの立体モデル、稼働状況のログが表示。その脇にウィンドウが開かれ副官サイ・ツヴェルク大尉、技術主任ロイド・コルト中尉の映像が並ぶ。

『少佐。ガルマ大佐から電報。”準備完了セリ”です。返信しておきます』

「そうしてくれ。五分前行動、というか。やはり、彼は真面目だな」

 側面モニターには艦船の内部機構が映っている。

 軽巡洋艦ムサイ。艦内に格納されている大気圏突入用艦艇、コムサイ。

 彼のモビルスーツはハンガーレールに沿ってコムサイの外部ハッチに移動、そこからはハンガーレールが外され小さくサブスラスターで機体位置を微調整。中に滑り込むとコムサイ内部から伸びたマジックハンドに吸着され固定位置へ。

 既に内部固定位置にはハンス専用ザクIが在り、その隣に誘導される。

 ハンス機は両手で専用兵装、長距離狙撃銃を両腕で抱えて静止。腰のハードポイントにはザクIIから流用した一二〇ミリライフルが携行されていた。

 メルティエ機は右腕にニ八〇ミリバズーカ、左腕に一二〇ミリライフルを装備。腰のハードポイントには試作型ヒートホークを選択。

 ”赤い彗星”と勝負した時の装備と代わり映えしない。

 ロイドが用意してくれた武装の中には、爆発と共に鉄楔を周囲にばら撒く手榴弾、クラッカーが存在していたが。重力圏での投擲コースを判別できず、勢いに任せて投げると失敗した時に目も当てられないと判断。他の機体に譲っている。

「ハンス、気圧チェックは問題ないか?」

『へ? ははっ、どうした大将。そいつはパイロットが乗る前に確認するべき事だろう?』

 カラカラ、と上がる笑い声。続いて空いてるスペースに次々とウィンドウが表示。部隊員の映像が表示される。

「ああ、そうだよな。普通は確認するよな」

『? どうした、大将。物憂げな声してんぜ』

「いや、忘れてくれ。俺も忘れたい」

『まぁ、大将がそう言うのなら』

 ハンスは信頼する部隊長のおかしな言動に訝しみながらも引っ込む。

「アンリ、エダ。HLVの状況はどうか」

『問題ないよ。何時でもどうぞ』

『同じく』

 気負いのない二人の声に頷く。

「リオ、そちらは?」

『問題ありません、少佐』

 演習の時よりもしっかりした声。

(あいつも初陣な筈なんだがな、どういう事なの)

 以前に掛けた発破が思いの外効いたのだろうか。

 何か、普段の少年よりもきりっとした表情に幾ばくかの違和感。

 気合が篭もってるのか、目にも力を感じる。

(悪い傾向ではないのなら、黙認しよう)

「ヘレン、コムサイの操縦は既に覚えているな?」

『任せて下さい。ガトルに比べれば可愛いモンですよ、ねっ』

 サブパイロットに訪ねたのだろう。音域の高い声が返ってくる。

「ブリーフィングを開始する。我々は今からガルマ大佐率いる主力部隊と共に地球圏中部アジア地区に降下、第一陣にコムサイ四隻からなる編隊が降下ポイントの制圧。第二陣にHLV十隻が降下を始める。HLVに最低限の戦力を残し北側からガルマ大佐が、南側から我々が攻撃を仕掛ける」

 前面モニターにジオン軍のデータベースから提供された予定作戦領域のマップを表示。タッチ操作でコムサイ、HLVの機体表示と降下ルート。降下後のモビルスーツ進軍ルートを書く。

 最終的に、軍からの情報では長距離砲台(トーチカ)群はない、というものであった。

『大将、俺と大将はコムサイ組だから攻撃に加わるとして。守りは誰に?』

「アンリとエダに任せる。リオはHLVの降下が完了次第、外に出てきてくれ。合流後、すぐに動く」

『了解です』

 すっと出されるのは少年の声のみ。

 返事が来ない二人組に首を傾げ、ああ、と理解した。

「待機組はHLVを、俺達の帰る場所を守ってくれ。頼むぞ」

『ん、了解だよ。そっちも気をつけて』

『是非もなし』

 満足気な声である。

「―――時計合わせ」

 ノーマルスーツの左腕に内蔵された時計に指を掛ける。

 ウィンドゥ内の部隊員も、同じ動作をしている。

 時刻は〇〇〇〇(マルマルマルマル)

 ピッ、と電子音が鳴る。

「作戦開始」

『御武運を』

 サイ、ロイドの敬礼に返礼。

『コムサイ、出ます』

 ヘレンの声が届く。

 ムサイ下部格納庫から放出され、スラスターを噴射するコムサイ。

 遅れて二機のHLVのバーニア群が点火、徐々に速度を上げて追従。

 他のムサイからもモビルスーツを搭載したコムサイが列を成して飛行、メルティエ達のコムサイもそれに倣う。

 更に、横から集結する大多数のモビルスーツ。

 その中で存在感を顕わにする二機の機体。

 ドズル中将麾下宇宙攻撃軍所属、”赤い彗星”シャア・アズナブル少佐。

 キシリア少将麾下突撃機動軍所属、”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン大尉。

 キシリアからの支援要請に渋々応え、ドズルから送られた護衛部隊。

 兄と姉の精鋭部隊に守られながら、弟は中央を走る。

「これだけ見れば、愛されている。と思うんだがね」

 左翼、右翼からエースパイロットがモビルスーツの群れを先導し、地球降下部隊を護衛、支援に入った。

 ルートの途中、哨戒パトロール中だった連邦軍の部隊は奇襲を受けるも、壊滅前に宇宙ステーションに入電。

 地球圏に全軍が歩を進める中、緊急発進(スクランブル)に応じたマゼラン級、サラミス級宇宙巡洋艦が集う。後方に配置された補給艦、コロンブス級宇宙輸送艦から宇宙戦闘機が次々と展開、戦艦を中心に方円の陣形で待ち受ける。

 対するジオン軍は鋒矢の陣。

 守りごと突き破るのだろう、全モビルスーツが武装を構え直す音が聞こえてくるようだ。

「最初の正念場だな」

 艦隊にその威容を遮られても尚、青く輝く星。

 緊張と不安を孕みながら、第168特務攻撃中隊の面々は部隊初となる実戦に赴くのだった。

 

 

 

 

 

 時に宇宙世紀0079。

 3月1日、未明。

 地球中部アジア地区の大気圏上。

 ジオン公国軍、大規模作戦の一つ。地球占領作戦改め、地球制圧作戦の緒戦。

 第一次地球降下作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 




ザクさんにはまだまだ舞台上に立って頂こうと思います。
タグにオリジナル要素有り、と追加致しました。
気づいたらこんな話になっていたんです。信じてください!

未だ戦闘までもつれ込んでないサブタイトル詐欺…
しかし、拳を下ろして作者の話を聞いて欲しい。
作戦は確かに進んでいた、という事を!
サブタイトル変えていこうかなぁ。
ううむ。


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第十二話:大気圏突入

 地球圏へ進軍するジオン軍モビルスーツ部隊。

 地球に降ろすまいと集結した連邦軍宇宙艦隊。

 眼下に青い星、地球。

 地球降下作戦の主力部隊であるガルマ・ザビ大佐と共同で作戦に当たるメルティエ・イクス少佐は普段の彼からは見慣れない様子を晒していた。

「ヘレン、大気圏への侵入角度、どうか?」

『ご安心ください。何度もシュミレートしました!』

 彼の表情は険しく、モビルスーツのコクピット内でシートに固定された身体で腕を組み、指で二の腕を叩いていた。

 コムサイを揺らすのは前部と後部に配置されたスラスターを最小限に操作、角度を保っている為である。地球への大気圏突入まで、あと僅か。想定した時間よりも四分早い。

 それは良い。むしろ一分一秒でも予定前倒しなのは喜ばしい事である。

 要は、メルティエという男は守られ慣れていないのだ。

 現在、地球降下作戦の先遣隊を護衛するモビルスーツ部隊が進軍ルートを封鎖する連邦軍宇宙艦隊と戦闘を開始、多数の宇宙戦闘機、セイバーフィッシュが爆砕するのをコムサイとリンクした外部カメラで確認している。

 そして、戦闘機に挟撃され我が方のザクが火の玉に変えられる様を見せつけられている。

 出撃させろ、等とは言わないし叫ばない。

 彼の役目は安全に地球に降下、目標とされた敵拠点の制圧である。

 宇宙(そら)での仕事は、もう無い。

 しかし、何時もならば空間にモビルスーツを飛ばし、敵と戦闘しているのだ。

 勝手が違う状況に、直接言葉を交わしたことがないとはいえ、散っていく友軍。

 彼は姿が見えない敵に身を削られる思いだった。

『大将、落ち着いていこうや』

 同コムサイ内部で固定されているザクI、専用機化された機体。ハンス機から声が届く。

 既にミノフスキー粒子が広範囲散布されている。その為に会話が可能なのはコムサイを操縦するヘレン・スティンガー軍曹とそのサブパイロット、機体をコムサイに固定設置している為に”肌の触れ合い会話”で話せるハンス・ロックフィールド曹長のみ。

「ハンス」

『こういうの慣れてないって? 今の内に慣れておいた方がいい。攻め一辺倒の戦いなんてそうあるもんじゃねぇよ』

 口を閉じ、彼の話に耳を傾ける。

『待ちの戦い方もあれば、自分の身を他人に任せる事もあるんだからさ。今回の戦闘は良い体験になると思う』

 外では、戦闘機が十六機撃破。

 その代わりに友軍が、ザクIIが四機消える。

『大丈夫、なんて言葉は世の中で一番使い易くて信じられねぇもんだが』

 サラミスに取り付いたザクIIが、至近距離から対空機銃に蜂の巣にされて四散する。その背後から、煙を割いて吶喊(とっかん)したザクIIの二八〇ミリバズーカでブリッジを破壊する光景が映る。

『今回ばかりは大丈夫。なんでかそう俺は言えるんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんだけ湧いてくるんだ、こいつら!」

 突撃機動軍のエースパイロット、ジョニー・ライデン大尉はコクピット内で毒づいた。

 ジグザグに愛機の紅いザクIIを高速機動させ、戦艦の艦砲を回避。予測済みとばかりに上面と下面から挟み込むセイバーフィッシュ。

 それを、下面のセイバーフィッシュに一二〇ミリライフルを掃射。何発が被弾し、姿勢がズレたのを瞬時に察知した彼は、

「舐めんな!」

 上面の相手が撃ち出す四連装三〇ミリバルカン、三連装ロケットランチャーの群れに対して上昇。フットペダルを踏み抜き最大速度を叩き出した負荷がモビルスーツに、パイロットの身体を軋ませる。

 紅いザクIIが右脚を後ろ蹴り、左腕を振り落とす動作で姿勢制御。結果前に進むしかない戦闘機、その船首目掛けて発砲。遅れて突撃、いや世に伝わる”神風突撃”を敢行する機体を、しかしジョニーは相手にせず、スラスターを全開。続いて左脚を前に、その脚部からアポジモーター、機体がくるりと回転。開いた空間を通過した敵に後方から射撃。

「こんな時に、過去最高スコアを叩き出す羽目になるとはな」

 ゴワァ、と広がるバーニア光を供に、先程から何発も艦砲射撃を繰り返すサラミス級戦艦に向かう。

 ダダダダダッと映像分析された音声が耳に入る前にスラスター最高速度で維持。右に、下に、左に、下に、と機体をアポジモーターを吹かせずAMBACのみで方向操作。アポジモーター分のエネルギーを全てスラスター、推進力に全て充てる。

 サラミスのブリッジクルーはさぞ慌てるだろう。

 減速せずに来るのだ、バーニアを一層大きくさせ。

 攻撃を全てを避けるのだ、全長一七メートルを越す巨人が。

 モノアイを鈍く光らせ、艦砲の光でライトアップされた。紅い機体。

 ”真紅の稲妻”。

 ブリッジを撃ち抜き、流れる動作でドラムマガジンを交換。

「ったく、少しは休ませろよな!」

 大気圏に突入を開始するため、完全な無防備を敵に晒すコムサイを援護する為。

 彼の愛機は文字通り稲妻と化して敵艦隊を打倒する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラグラと動く。体が、視界が。

 警告音、大気圏突入を報せるアラーム。

 機体内が赤く染まり、その色が熱を感じさせ息が詰まる。

「はぁ、はぁ」

 気づけば息を切らしている。

 ああ、此れが彼の言っていた実戦の緊張。

 口内は乾き、舌がひどくざらついた感じがする。

 手指は密かに震え、足には力が上手く入らない。

 腹にはまるで冷たいモノを突き込まれたよう。

 それなのに心臓は激しく脈動する。

 なんて、矛盾。

 目は降下時間を食いるように見つめ、今か今かと焦がれている。

 ―――怖い。

 あれほど、自分の晴れ舞台を望んだ癖に。

 ―――怖い、怖い。

 父と兄達を説得、姉に場所を用意してもらっておいて。

 ―――怖い、怖い、怖いよ。

 必死に止めてくれた周りの声も聞かず、挙句に大見得を切ったのだ。

 なんて、愚か。

 ヴィー! ヴィー!

 嗚呼、無機質な音が責め立てているように聞こえる。

 カツン、何かを指が叩いたようた。

 覚束無い視線で、それに焦点を当てた。

 一枚の写真が入ったホルダー。

「―――ああ」

 其処に映る。平和な日々を甘受していた頃の自分と、マスクを付け超然とした笑みを浮かべる男。

 モビルスーツの操縦桿を、ぎしりと握る。

 力は篭らない。それでも、自分には意地というものがあったらしい。

「シャアが見ている」

 操縦桿。フットペダル。シートに身体を押し付け、ヘルメットのバイザー越しに赤く染まった外界をモビルスーツ、ザクIIのカメラ越しに眺める。

 彼が短い時間を推して教えてくれた事を思い出す。

 自分から頭を下げて、少し恥を覚えたのは内緒だ。

 きっと、彼はそれを知れば微妙な顔をして、シゴキに来るだろうから。

「私を、親の七光りとは呼ばせない!」

 大気圏を越え、コムサイのパイロットから聞こえるゴーサイン。

 ガルマ・ザビ大佐は、雄々しく大気圏内に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガルマも行ったか」

 赤く染め上がる複数のコムサイ。

 其れを一瞥、シャア・アズナブル少佐は轟沈させたマゼランから飛び出し、通り過ぎたセイバーフィッシュを一機、二機と撃ち落とす。

 前哨戦で全滅した哨戒部隊。

 しかし緊急出撃を受けて地球圏から戦艦を上げることはすぐには難しいし、敵が迫っている場所に戦艦を打ち上げる行為は愚かの一言。

 恐らくはルナツー方面から送られた部隊。

(なるほど。我々を地球に降ろすのが其処までイヤか)

 残存戦力の足りぬ状況でここまでの艦隊を派遣するのだ、今後の制宙権を放棄ともとれるその行動。

 今後の地球で起きる惨事を鑑みての行動、と取るか。

 連邦軍首脳部に喚かれ、仕方なく派遣したのか。

「どちらにせよ、私が行う事は一つだ」

 方円の陣形を採ったまま、艦砲射撃を繰り返すマゼラン。

 恐らくは旗艦だろう。周りの護衛機、並ぶ戦艦の密度が恐ろしく濃い。

 見れば、紅いザクIIが戦闘機を擦れ違い様に墜とし、高密度の弾幕に対して周囲の敵機、破壊された戦艦を障害物に見立てて高速で接近して行く。

 ”真紅の稲妻”、ジョニー・ライデン大尉。

 彼の後ろから、援護せんと三機のザクIIが続き紅い機体を狙う敵機を撃破、応戦する。

(こうでなくてはな)

 ドンッ、とスラスターを吹かして機体を下降。

 キーッン、愛機が最高速度に到達したのを駆動音で知る。

 ゆっくり流れる漂流物(デブリ)、それを足場に蹴り飛ぶ(・・・・)

 デブリを、時には向かってくる戦闘機、煩わしい艦砲の戦艦を跳躍台とばかりに、しかし戦闘機は右腕の一二〇ミリライフルで、戦艦には左腕の二八〇ミリバズーカでブリッジ、もしくはその下にある機関部を狙って墜とす。

 両手に異なる武器を持つ事は重心(バランス)を狂わせる、最悪デッドウェイトになると敬遠、視野にすら入れなかったが。

「場所とタイミングさえ掴めてしまえば」

(どうという事はない!)

 上面からジョニー・ライデン率いるモビルスーツ隊が、下面から単独でシャア・アズナブルのザクIIが激しい応戦の中、迫る。

「奴には借りがあるのでな」

 旗艦が轟沈。食い散らかされた艦隊が潰走するまで、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――抜けたか」

 摩擦熱で強制サウナを強いられたメルティエは、コクピット内で独り言を呟いた。

 身体をほぐそうとして、やけに重く、倦怠感のようなものを感じる。

(そうか、もう宇宙(そら)ではないんだった)

 当然の事を忘れていた。

 というよりも、ここまで重く圧し掛かるものだとは。

(考えるよりも、体で感じたほうが理解は早いが。こうも重くてはな)

 普段コロニー内で過ごすときに感じる重力感。それよりも強く引きずり込まれるような錯覚。

 落ち着かせようと深呼吸を三回。

『少佐、出撃間も無くです』

 艦内スピーカーから、ヘレンの声が聞こえる。大気圏突入をやりきったからか、声に張りがある。

「了解した、ハンス。行けるか?」

『何時でも行けるぜ』

 向かい合わせに固定されたザクIIとザクIのモノアイがドクン、と起動音と共に光を帯びる。

『外部ハッチ、オープン』

 サブパイロットだろう、若い女の声。

「メルティエ・イクス、降下ポイント確保に向かう」

『同じくハンス・ロックフィールド、出るぜ』

 蒼いザクIIが開いたハッチから飛び出す。

(う、ぐ。これはっ)

 宇宙空間で慣れ親しんだ体に掛かる重さ。それとは別に下へ、下へと引きずり込まれるような焦燥感すら沸き立てる重力。

 操縦桿を握る手が、対抗する筋肉と襲いかかる力の向きで震え、軋む。

 ―――これは、きつい。

 ビュウウオオオゥ、風圧の奏でる声。以前気密ダクトを間違えて開けてしまい、宇宙に放り込まれそうになった事を思い出す。

 ピッ、ピッと正確に鳴る電子音。

「パラシュート、解放まで、あと」

 ―――三、二、一。

 ぐっと掴んでいた操縦桿から手を離し、前面モニター下のメインコンソールにどうにか指を這わす。

 ―――ロック、解除。

 ザクIIのバックアップに追加されたパラシュートが解放。大きく膨らむ白。

 そして重力と加速度に翻弄される体に、更に加わる衝撃。

「が、あ、かはっ」

 息が詰まる。

 意識が飛びそうな、今の一撃。

(な、なるほど。降下作戦でモビルスーツによる直接降下に女性パイロットが外されているのは、こういう事か!)

 きついのだ。揺さぶられる事に加えて、続く身体を軋ませるものもそうだが、この引っ張り込まれる感覚が。

(さ、さすがキシリア閣下。気を遣ってくれているのだな)

 キシリア・ザビ少将は降下作戦前に通信を入れ、こう言って来たのだ。 

「後々後悔したくなければ、女にモビルスーツ降下を命令するな。よいな」

 実際、いまのメルティエはひどい有様である。

 噴出した汗で顔はべとべと、不快感が腹のあたりに溜まり、催す吐き気と現在進行形で死闘中である。

 地表に息づく緑。宇宙にはあり得なかった天然の水、湖。

 夜景とは言え月の明かりに照らされ、この時代では尊厳さが胸を打つであろう。

「ぐ、おぅ、ふぐっ」

 しかし、現実は非情である。

 一生の思い出に成りかねなかった、焼き付けたかった光景は目に映せない。

 彼は顔を上げ、むしろ反らしていた

(下を向いたら、出そうだ)

 何をとは言わない。本人の名誉の為に。

「は、はぁ、う、機体制御を」

 その中でも操縦桿を握り、通常通りに機体を制御、サブスラスターを小刻みに、メインスラスターは最低限の出力で。

 彼は頑張った。

 しかし、現実は無情である。

 ヒュッ、ドンッ。

 衝撃に上へ、続いての重力に体が下へ押さえ付けられる。

「がはっ」

 飛来した砲弾がモビルスーツの右肩部、防御シールドに被弾。

 直撃ではなかったが掠っただけでシールドは半ばから消失、衝撃が機体の自由を奪う。

 大きく体勢を削がれ、パラシュートに伸びた耐久繊維のロープが絡まり、用をなさなくなった。

 ザクIIの、半径三キロメートルのセンサー有効外からの攻撃。

 地表から伸びる砲身。

「情報部の野郎、仕事しやがれっ!」

 長距離砲台(トーチカ)である。

 サブモニターに拡大、映像が出たトーチカは見える範囲で五台にも及ぶ。

(謀られた!)

 彼がそう思い込むのもやむを得ないであろう。

 絶対に無い、そう彼は聞いてここに居るのだから。

「巫山戯やがって!」

 沸騰する意識が、その意識が反骨心を生み、反骨心が重力に恐怖した身体を主の制御下に置いた。

 怒り狂った、と表現しても良い。

 実際、

「がああぁあっ!」

 彼は大気圏を渡る際に染め上がった赤熱に似た感情に支配されている。

 操縦桿に配置されたコンソールに凄まじい勢いで、でも打ち間違えはなく入力。

 蒼いザクIIは俯せに降下した姿勢から、脚部のアポジモーターを利用して前転。そのままスラスターを上空に向けて噴射。

 自ら急降下して見せたのである。

 コムサイでその光景を見ていたヘレンは、

「少佐が被弾して、パラシュート使えなくなって、もう駄目って思ったんですけど。それからの行動で引きました」

 隊長機の有様にザクIでどうにかして援護を、と慣れない空中で四苦八苦していたハンスは、

「いや、あれまじで引くわ。大将だ、って思わなかったらびびって引き金引いてたわ」

 とコメントを残している。

 彼はスラスターで谷間を挟んで並ぶトーチカ群に向き直ると、更に加速。

 ギシギシシシ、ガタガタガガ、と悲鳴を上げる機器を無視して操作。

 急激な重力加速度に視界が一時ブラックアウトするも、其れすら無視。

 獲物は既に捉えている、と言わんばかりに取り乱さない。

 次に視界が回復するとトーチカ群が設置された地表間も無く、三〇〇メートルも空けていない。

 其処で彼はモビルスーツに錐揉み回転(・・・・・)をさせた。

 スラスターで水平方向に、両腕をぶんぶん振り回しAMBACが回転方向を作る。アポジモーターで多方向に噴射、衝撃を機体に与えて無理矢理機体の高度をとろうと断続的に繰り返す。当然それだけでは勢いを殺せない。彼は最初に視界に入ったトーチカに向けて砲撃。二八〇ミリバズーカの衝撃は強く、何も考えずに射撃を行おうものなら発射の際にザクIIの肩部を破壊する程のものを秘めている。以前装備していた先込め式ではなく、自動装填式のバズーカ。

 トーチカが上空に向けて轟音と共に砲弾を放つ。それに隠れるように、紛れるように、数度。

 サブモニターには装填、装填完了、発射、装填、装填完了、発射の表示が繰り返された。

 

 

 

  

 命中した蒼いモビルスーツは凄まじい降下と奇妙な動きを見せるが操作ミス、もしくは機体制御に失敗して「墜落死するだろう」と判断した。

 そう判断した彼らは間違っていないし、まだまだ上空にはジオン軍が降下してくる。

 更に上の高度にはHLVも散見できた。

「狩り放題だ! 見ていろよ、宇宙人め!」

 夢中でトーチカを操作、他のジオン軍を攻撃、轟音、射撃観測を行っていた彼らが気づく時には。

 発する砲音に紛れて攻撃を受けていたのだろう。黒煙を上げる他のトーチカが視界に入る。

 墜落したと思われていた蒼いモビルスーツは未だ空中に、滞空している(・・・・・・)。千切れとんだパラシュートを支えていたロープは風に靡き、大気を灼くバーニアが後ろに、つまりモビルスーツが振り返る。

 左肩の、蒼い獅子がこちらを一瞥。

 正面を向いた蒼いモビルスーツ。モノアイはじっとこちらを見据え、右腕に握られた二八〇ミリバズーカは正確に向けられていた。

 次に瞬いた時、彼らの目の前に迫ったのは、

「あ」

 撃ち出され高速で空を切り裂く弾頭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎っ!」

 ハンスは焦った。

 機体制御のことではない、そんな事よりも目の前の状況に目を奪われていた。

 凡そ二〇メートル程下あたりで自由落下をしていた蒼いザクIIが被弾した。

 大きく体勢を崩され、パラシュートのロープは絡まり、風を受けていた白生地は急激に絞み、不格好な尻尾のように伸びていた。

「不味い、不味いぞ!」

 操縦桿を、ゆっくりと、然し正確に操作。ハンスがこれまで操縦、打ち込んだ経験(データ)を基にメインCOMがスラスターを地表に向け機体制御を執り、サブCOMがアポジモーターは最適解―――空中で直立する姿勢に導く。

 彼のモビルスーツが装備しているのは長距離狙撃長銃(スナイパーライフル)、他には一二〇ミリライフルのみ。

 スナイパーライフルならば、届く。

 地表の敵にも攻撃が可能だ。

 しかし、ブレる。これでは当たりもしない。ガンスコープを覗くまでもなかった。

 未だ距離感を掴んでいないトーチカの砲弾は、幸いにも命中はしない。

 このままでは嬲られるだけ。

 ―――畜生がっ。

 ギリィ、と歯軋り音を鳴らし、其処でふと、下の地表から視線を上げて空を見上げた。

「ははっ」

 思わず笑う。

 ―――俺も大将に毒されてきたな。

「ヘレン、そのまま自由落下してろ」

『へっ!? それよりも少佐が』

「俺を信じろ、悪いようにはしねぇ」

 ザクⅠが上昇。ヘレンの操縦するコムサイの高度に近付く。

『わかった、でも』

「大将は見捨てねぇ、安心しろ」

『―――わかった、信じるよ!』

 余計な動きをしなくなったコムサイに、ザクIが残り一〇メートルほどの所に迫った。

「行くぜ!」

 彼は初めて戦場で操縦桿のコンソールを操作、スラスターを維持したままアポジモーターを一方向に噴射、弧を描くザクIは一秒後には地表を上に見上げる―――スナイパーライフルを支点に逆上がりをしたのだ。

 今度は脚部に埋め込まれたマグネットブーツの機能をON。磁力が通じ、コムサイに足が着く(・・・・)

 ―――思ったより、頭にクルもんだな。

 頭に血が集まり、体に異常が出る前に。

 ―――さぁ、喰い放題だ。

 コムサイ下部に擱座。スナイパーライフルを上、地表に向ける。

 カメラアイが地表の敵を捉え、数度の拡大倍率に掛ける。

 ガンスコープに出力された映像。時折映像が乱れるが、視えてるのであれば問題はない(・・・・・)

「狙い撃つぜぇっ!」

 闇夜に紛れ高度二〇キロメートル先からの一方的な攻撃が始まった。

 

 

 

 

 




表現が纏まらない。
でも、自分らしさが出てきたと思います。
読んでいってくださいな

少し執筆速度を下げます。
どんどん書けばいいってもんじゃないですよね、うん。
描写を細かくして、キャラを活き活きとさせたいものです。

閲覧ありがとうございました!


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外伝:託された想い

 サイド3、ズムシティに分けられる区画のうちの一つ。

 第十三区画。繁華街の様相を訪れる人々に観せる場所。

 食事を提供する店は当然の事ながら、飲み屋等娯楽施設には事欠かない。

 表通りから細い路地を抜ければ、うら若き乙女が春を売る売春宿、目深に帽子を被る胡乱げな男が薬物を取り扱う小屋が散見される。

 環境良し、と言えるものではなく、確実に悪い。

 こんな所は情操教育に悪い事でしかなく、子供は近付けさせないようズムシティに住まう”良識”のある親達はこの場所を忌み嫌っている。

 それ故に、ズムシティに住む大半の子供達は第四区画にあるビジネス街や他の区画等にある商店街を観て社会学習をする。

 ”良識”の大人達が”下層”と言って蔑む場所。

 それがこの第十三区画である。

 枯葉色のつば広帽、ロングコートでその場所を歩く男。

 巌の如き顔つき、太い眉の下に鋭い眼光。豊かな口髭とがっしりとした体格は彼を実年齢よりも上方修正を周囲にさせるだろう。

 小奇麗な服装はこの場に相応しくなく、擦れ違う住民は「女を買いに来た”上”の奴か」と思い込んでいた。

 彼が裏道を歩いているのには小難しい理由は無かった。

 ただ道が縮まる、最短距離だったからである。

 裏道を突っ切り、肩を切らせて歩く様に周りが意図せず道を譲るが彼は気にせず、彼らも体が避けていた事に気づかなかった。

 彼はそのまま目的地に着き、他の飲食店に比べると幾らかこじんまりとした建家、酒場の扉を開けた。

 その酒場の名前は「エデン」という。

「ハモン、帰ったぞ」

 彼は中に居るであろう女主人に声を掛けながらつば広帽、ロングコートを脱ぎ彼専用に設けてもらったハンガーに掛けた。

 何時もなら脱がし、ハンガーに掛けてくれるハモンが居るのだが、恐らくは例のアレのせいであろう。すぐには出てこれないと踏んでいる。

 彼―――ランバ・ラルは一抹の寂しさを感じた。

 これが馴れか、とも思う。

「お帰りなさい。すぐに出れずごめんなさい」

「いや、良い。それよりもアイツは元気だったか?」

 入って正面にカウンター、左右には丸テーブルが幾つか並び青系統の落ち着いた内装が来客を歓迎する。

 この酒場を経営する主人、クラウレ・ハモンは頭頂で束ねた金髪にやや釣り目な碧眼、化粧は最低限であったが匂い立つ美女と呼べる容貌の女性。営業時間中はその仕草から妖艶になるが、彼女の本質は情に厚い”イイ女”。

 ラルが第十三区画に来る理由は彼女の為。

 情愛を交わした相手と過ごし、戦いに明け暮れる日常に浸かりきらない様にする。

 彼にとって、この女性とこの場所が補給線。

 絶対防衛ラインなのだ。

「あの子ですか? まだ塞ぎ込んでいますけど、何かと手伝ってくれて助かります」

「そうか…少し顔を出すか」

「そうしてください。ラルおじさんまだかな、ってあの子もボヤいてましたから」

「ほぅ。そうか。しかし、おじさんはまだ勘弁してもらいたい」

「仕方ないでしょう。あの子はまだ」

「ああ、いや。そうだな、呼び方はそれでまだ良いか」

「はい」

 彼の特等席、ハモンに一番近いカウンターの座席から腰を上げ、奥の部屋に続く扉を開ける。

 各種酒のボトルが入った木箱や食料雑貨が並ぶ通路を過ぎ、横並びに設けられた部屋、その一つにノックを数回。

「はい?」

 ぼそぼそ、と聞き難い声だったが、ラルは知っている。

「わしだ。入るぞ」

 間を置かず扉を開けると、

 寝台に机と椅子、クローゼットに服を掛けたハンガーが幾つか。それと小さなテーブルしか無い殺風景な室内が視界に映る。

「相も変わらず殺風景だな」

 コメントすると、昔なら「おじさんはこれに空のボトルが転がっているだけじゃないか」と憎まれ口を出したが。

「…」

 彼は口を出さず、ラルに視線を向けて、

「おじさん、おかえりなさい」

 半年前は明快で活発、感情(みなぎ)る声でラルを迎え入れた少年が。

 感情が衰えた、そう思わせるほどに枯れた声でラルに顔を向けた。

 灰色のかかったぼさぼさの黒髪、灰色の瞳には力無くガラス球のようだとラルに思わせた。実父に似たのだろう彫りが深い顔は今や色は白く、光の加減によっては青褪めているように思える。

 友人、フォッカー・イクスの遺児。

 少年の名はメルティエ・イクスと云った。

 

 

 

 

 

「ハモン様、ラル大尉は?」

 バーテンダーを務める細面の男、クランプは酒場内でのミニコンサートを終えた歌姫、ハモンに声を掛けた。

「まだあの子の所にいると。どうしました?」

「いえ、最近上がったカクテルの試飲をお願いしようと」

「あら。私もご相伴に預かっても?」

「むしろこちらからお願いしたいくらいです。御用意しますよ」

 クランプは小さく頷いて手元に視線を落とす。

「若は、まだ?」

「情に厚く、脆い子です。父を失って五年。次に友達を失ったのですから、塞ぎ込むのを止めろ、とはさすがに」

「フォッカー教授に、ダイクン様の御子、でしたか」

 フォッカー・イクス。

 技術工学専門の教授。

 ジオン共和国の作業用ポッドを改良したものをジオニック社と開発。試行錯誤しながら完成に向けて奔走していると彼とは親交の深いラルから聞いていた。

 噂ではダイクン派とされ、彼と彼の妻が事故死した際にラルが血相を変えて飛び出した事は今も覚えている。

 ジオン共和国の礎を作ったジオン・ズム・ダイクン。

 彼が急死の報はサイド3や他の影響を受けたコロニーでも悲しみに暮れたが、後任に指名されたデキン・ソド・ザビが台頭。

 ダイクン派の一掃粛清は後継者が行うものではない、とパッシングを受けたがそれが更に拍車を掛けザビ家の独裁を印象付ける契機となる。

 ダイクンの子息、二人は迫害を受け地球圏に逃亡。

 この時にフォッカー教授の遺児も地球圏に送り、ラルの父ジンバ・ラルに託している。

 その手助けをした事でランバ・ラル、クランプを始めとするラル隊は予備役編入を迫られラルはここ、エデンの用心棒を。クランプはバーテンダーの真似事をし、幸か不幸か中々に様になっている程手慣れてきた。

 シェイカーで小気味よく奏でる音を聴きながら、ハモンは奥の部屋に続く扉が開くのを願う。

「また二人が仲良く騒ぐのを見たい、でも」

 躊躇いがちに、呟き微笑む。

「少し、妬いてしまうかもしれませんわね」

 まるで童女のようだ、とクランプは見惚れていた。

 

 

 

 

 

「学校はどうだ。試験とか」

「満点とった。ハモンさんに見せたら喜んでくれた」

「運動の方はどうだ。走り方とか」

「長距離走で二位。短距離で一位。一〇〇メートル走でおじさんに教えてもらった走り方したら先生に息を止めて走るのは危険だから止めろ、って」

「そうか。友達は」

「…一人だけ」

「おお、そうか。どんな子だ」

「あまりしゃべりたがらない子。人形みたいで、綺麗なんだけど浮いてる」

「その子は」

「僕と同じ。友達が居ないみたい。だから転校生の僕とも話してくれてるのかな」

 友人フォッカーの子。

 故フォッカーとは年齢が離れ、道も異なったが気づけばよく話しよく共に飲んでいた。

 彼は手掛けてる仕事の事は一言二言愚痴を漏らすだけで、後は溺愛している妻と子の話だけ繰り返す惚気気質の困った男だった。

 苛立ち苦言を呈し、それでも止まらない彼に殴り合いになったのも今や良い思い出だ。

 ハモンに諫められ、学者の癖にやけに喧嘩に強い男と座り直して酒をよく飲んだ。

 ―――あれの良い所は、自分の妻以外女として見ずに話せる事だった。

 仕事の都合上雄の目で視られる事が多いハモンが嫌な思いをせず話せる相手。

 自分以外ではクランプと少数、あとは愛妻家のフォッカーだけだった。

 彼は、最後に飲んだ席でラルに言った。

「今度、自分の子とも会ってくれ。きっと気に入るぞ」

 適当に相槌を打ち、彼を帰らせた。

 その後、彼は事故死した。

 今生の際に出合えた事が、唯一の救いだった。

「メルティエ、お前は」

「明日も学校あるから、そろそろ」

 ―――キャスバル様との事、まだ忘れられぬか。

 何時か、この子が昔のように笑える状態になるだろうか。

「ああ、長居した。おやすみ」

「おやすみ、おじさん」

 それでもラルは、願っていた。

 

 

 

 

 

 

「今日は何処に寄る?」

「私ピアノのレッスンあるから」

「うわぁ、似合わねぇ」

「ちょっと、どういう事よ!」

「聞き耳しといて、そんな事言う。だからあんたは最低なのよ!」

「なんだと! 大声で話してたら聞きたくなくても聞こえるんだよ!」

「なんですって!」

「なんだよっ!」

 ―――五月蝿(うるさ)い。

 喧しい、甲高い声に辟易した。

 静かに席を立つ。

 背の半ばまで広がる蜂蜜色の髪を揺らし、円らな碧眼に級友とされる子供達を特に感慨なく一瞥しクラスを後にする。

 廊下を進めば男子女子限らず彼女の容貌、容姿に振り返る。

 そして決まって云うのだ。

「まるでお人形さんみたい」

 彼らはきっと、褒めているのだろう。

 しかし、その評価はアンリエッタ・ジーベルにとって不快を齎す。

 ―――私は、お人形じゃない。

 彼女の一族、ジーベル家はサイド3の名家であり、ジオン・ズム・ダイクンがジオン共和国と成す頃にはダイクンに近づき、ダイクン派として名を連ねた。

 しかし、デキン・ソド・ザビが発言力を増して行くと今度はそちらに擦り寄り、ダイクン急死後はザビ家一派となった。

 ダイクン派からは蛇蝎の如く嫌われ、ザビ家一派には信用できない厚顔無恥と評される。

 ジーベル家がそれでも名家として存続しているのは舵取りをする現当主の蝙蝠具合と、その一族が有するコネクション。

 地球連邦軍参謀と懇意に、中立コロニーサイド6の内務官とも親しくし情報源や融資を送る事で危害を加えない、加えられない身分を確立している。

 直接的ではなく間接的なものは多々あるが、現当主とその息子達は所謂(いわゆる)やり手であり、証拠を残さなければ何も手を打たないが、証拠を見つけたら最期。

 相手が自己破滅するように操作、導くのだ。

 このため、ジーベル家は影響力と発言力を有するよりも敵対者や反抗勢力が多い名家だった。

 その為、印象を和らげようと様々な趣向を凝らし、見目麗しい娘を政界に連れ出し、緩衝材ともした。

 ひたすら微笑む事を、大人の年若い雌を見る視線に汚されながら立っている事を強要された彼女は疲弊していた。

 耳を塞いでも、彼らの欲望を剥き出しにした声が届いてくるのだ。

 ―――綺麗な事を言って、心で人を蹴落とす、汚すことしか考えてない大人になんて。

 しかし、それは自分の父と兄達も同じだった。

 家族ならば、と思った彼女の期待は壊れ、心の寄り心を失ったままその日その日を過ごしている。

 ―――もう疲れちゃった。笑うにのも、声を聞くのも。

 意気消沈した彼女。

 普段子供ながら廻りの警戒を怠らなかった彼女が、この時ばかりは気を鈍らせていた。

「―――!」

 学校から帰宅する途中、横に脇道が在る通路。

 其処から手が伸び、彼女の腕を引っ張った。

 反射的に声を出す。

 助けて、と。

 一度小さな唇から喉を伝わって大気に発せられたその声、助けを求める声は。

 周囲を走るエレカー等の車両や、生活音に消される。

 引っ張り込まれる瞬間、黒髪の子が見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 大金で少女を誘拐する様依頼された男達は酒臭い息を吐いた。

 日雇いの仕事で日々を過ごしていた彼らだったが、先日何処からともなく現れたスーツ姿の男から一つ頼まれ事を引き受けたのだ。

「この写真の少女を攫い、成功した場合は―――」

 大金をアタッシュケースからチラつかされ、子供を一人攫う事、その後言われた場所に連れて行く事を依頼された男達はその日の仕事を放棄し、少女の下校する道をある程度覚え、攫う時期を計っていた。

 そして今日、ついぞ待った時期が訪れたのだ。

 少女は周りに同級生等が居なく、偶に男子生徒と下校するときがあったがこの日は他の生徒の姿が見えなかった。

 彼らは千載一遇の好機とばかりに先回りし路地裏に潜み、少女が通るのを待った。

 少女より先に件の男子生徒が通り過ぎ、少女の廻りに誰もいないと笑みを深めた彼らは、

「―――!」

 二人が少女の腕を引っ張り、最後の一人が彼女の口をタオルで塞ぐ。

 タオルの位置が悪かったせいか、一声漏れたが、幸いにも車両の音や近くで工事する破砕音に紛れて消された。

 彼女の口を塞いだまま、暴れる手足をロープで手早く結び、見た目が悪いが緩まないようきつく縛り上げた。

 くぐもった唸り声を上げる少女に、

「こりゃあ」

「写真で見たときも思ったが」

「上玉、だなぁ」

 彼らが売春宿で抱く女よりも、一つ二つもランクが違う少女。

 いや、雌。

 誰かの喉が、ごくりと生唾を飲み込む。

 このまま用意した車に運び、指定された場所に連れていけば大金が手に入る。

 ―――しばらくの間はいい暮らしに。

 そう考えてはいたが、彼らは足元で満足に抵抗できず動く少女に釘付けだった。

 すっと三人のうち一人が少女に腰を屈める。

「お、おい。何を」

「べ、別に連れて来いと言われただけで手を出すなとは言われてねぇ」

 何を言ってるんだ、こいつは。

 残り二人はそう思うものの。

「―――っ」

 彼らが自分に何をするのか、予想。いや知ってしまった(・・・・・・・)彼女は表情を青褪め一層激しく抵抗する。

 その動きが、乱れる服装が、扇情的だと男達に思わせるとは思いも寄らなかった。

 息も荒々しく近付く男達。

 拘束された手は上に無理矢理押さえつけられ、縛った足のロープだけ外し、開かされる。

 ビリィ、と力任せに服が裂ける音。

 彼女の肌と同じ白い下着が露わになる。

 呼吸に合わせて上下する胸、引き締まった腰のライン、震える太腿が、そして少女の目を見開いた碧眼の双眸から流される涙が、

 男達の欲望を、嗜虐心を極限にまで高ぶらせた。

 伸ばされる男達の手、其れを現実と知りながら彼女は心で拒絶。

(助けて!)

 だが、彼女には心許せる人は居なく。

(誰か!)

 家族でもなく、身の回りをする家人でもなく。

(助けて! ―――)

 何かと会話する機会が他に比べて多かった、目の死んだ少年が脳裏に過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいよ」

 少女を汚す事に躊躇いがない男に触発され近づいた男二人が横に文字通り吹き飛んだ(・・・・・)

 当然だろう。

 なにせエレカーが突っ込んできたのだ。

「なあ!?」

 驚き、少女の肢体にもうすぐ手が届く所で中断された男は背後を振り返る。

 男二人を吹き飛ばしたエレカーは壁に衝突。ボンネットはひしゃげ、走行できるのか怪しい。

 エレカーを走らせ、そのまま衝突させた相手。

 運転室から飛び降りたのだろう、学生服は泥に汚れ、砂が付いた顔。

 彼らは知らないが、生来の彼の表情に戻っていた。

 ―――友達を、守らなくては。

 生気が宿り、爛々と輝く灰色の双眸。

 厳しい顔つきに、握り締められた拳、仁王立ちするその佇まい。

 誘拐犯の男は腰を抜かし、

(―――メルティエ?)

 少女は出会った頃とは違う、彼の姿に目を奪われた。

 ずん、と一歩踏み込んだ彼に、誘拐犯の男は思い出したかのように拳銃を取り出した。

 安物で照星も怪しいものだが、それでも銃である。

「ち、近付くんじゃねぇ!」

 アルコールが切れたのか、震える手で銃を握り締め、目の前の少年に向けた。

 彼は慌てず、握り込んだ拳の間に隠した携帯を操作。

 ―――♪

 少女が持ち、いまや散乱した鞄の中身。彼女の携帯がクラシック音楽を奏でる。

 平時であれば「ああ、音楽か」で済むものも、緊張し不安定な精神状態では耳に届く音がより大きく、攻撃的に感じるもの。

「な、なんだぁ!?」

 頭で考えるよりも体が動く質だったのも幸いして、男は音源に目を向けた。

 そして彼はその隙を見逃さない。

 ―――おじさんと、ラル隊のみんなが教えてくれた通りだ。

 人間、視野を狭めてしまえば、どんな事でも気になってしまう。

 恐怖、不信、不安。

 何でも良い。

 相手が気になる、嫌がる事をしてやれ。

 小さな事でも、そいつが反応したならお前さんの勝ちだ。

 もう片方で隠した拳大の石。

 それを思いっきり男の顔、頭部に向けて投げ付ける。

 そのモーションに気付いた男は銃を一発、二発と撃ち込んだ。

「ぶげぇ!?」

 石は鼻頭に強打。

 そのまま路地に頭を叩きつけ、痙攣。

「人間殺すのに銃は過剰だ、針一本でいい。確かに石でも十分だったよ。クランプさん」

 呻き声も途切れ、満足に動けるのは少年だけになった。

「ジーベル。少し待ってて」

 穏やかな声で彼は言う。

 この状況を作り出したりしなければ、素直に応じれた。

 しかし、大の男を三人昏倒させ、発砲されたりもしたが勝利した少年。

 怖い。

 先ほど暴行を―――強姦未遂だが、危険に晒されたのだ。

 そして彼女の衣類は裂かれ、白い肌が顕のまま。

 羞恥心も覚えるが、そのまま彼がこの身に覆いかぶさったら、どうなる。

 でも。

 アンリエッタ・ジーベルだからこそ、この恐怖が妄想であると断定できた。

 彼は、

 ―――今度は、今度こそは、友達を守れた。

 この想いで溢れていたから。

 ―――私を汚す声じゃない。

「これで、良いか。声出せる?」

「…うん」

 柔らかく微笑む彼。

 父や兄に連れられて、そのパーティでこんな感じに笑う人は大勢居た。

 彼よりも格好良く。背丈があり、頼れる男と言われる人達。

 でも、

 ―――それでも、私は彼のこの笑顔が一番好き。

「図工で使うカッターがこんな場所で役に立つとは」

「…」

「ちょっとした実践教育だね。よし、これで切れた」

 自由になった手を数度握り、その後に自分の体を抱き締めた。

 少年は泥で汚れてしまったが、上着を脱いで肩に掛けてくれた。

「おし、これでとりあえずジーベルの家族に連絡を―――」

 パァン、と風船を割ったような音が路地裏に響く。

 ぴしゃ、と少女の白い貌に赤い飛沫が当たり。

「があっ」

 呻き左腕を押さえる少年を見て。

 彼の血だ、と判った。 

「この糞餓鬼がぁっ」

 更にもう一発。少年の右太腿が大きく震え、崩れ落ちた。

「ちっ、弾切れちまったか」

 ずかずかと、少年を撃った男は近付き、

「がああぁあっ!」

 脂汗を流して耐えていた彼の銃痕を何度も踏みしだいた。

「この糞が。お楽しみを潰しやがって」

「や、止めなさい!」

 震える体を抑えながら、少女は少年を助けようと声を上げた。

「あぁ、うるせぇ餓鬼共だ、少しこいつに解らせてやってからそっちも可愛がって―――」

「―――撃て」

 パァン、と音が再度、いや正しくは四回聴こえた。

 下卑た笑みを張り付かせた男が言い終わる前に右肩、左腕、両太腿を撃ち抜かれた。

 衝撃に踊り、見苦しく転倒し絶叫を上げる男。

 それを一瞥し、感情が発露しない顔と声で激痛に叫ぶ誘拐犯に枯葉色のつば広帽にロングコートを着た彼は言う。

「拳銃を所持。少年に発砲、更に負傷した少年に暴行。見れば少女にも性的暴行、それに準ずる行為をしていた疑い。子供らを人質にとった犯人に対し、我々は正当防衛及び負傷した子供達を迅速に病院に運び込むため、止むなく」

 そうして、彼―――ランバ・ラルは。

「射殺した」

 パスッ、とサイレンサーを内蔵した拳銃は小さな音を立てて、転がり続けていた男の眉間に穴を穿った。

「そちらは、無事か」

 拳銃をコートの裏に隠し、何時からか携帯を握り締めたまま彼は負傷した少年と少女に近寄った。

「は、はい。私は。それよりも彼を―――」

「メルティエ」

 ラルは、負傷した患部を見、弾が完全に貫通していると判断するや傍らに走り寄ったクランプから医療セットを受け取り、消毒処置を行う。

「ぐ、がっ」

「何故勝手に行動した。わしらに連絡する頭があったのだから、待てば良いだろう」

 続いて止血処理を行い、医療セットをクランプに押し付ける。

「―――」

「む? なんだ、もう一度言え」

 余程の事が無い限り納得はせん、とラルは聞いていたが。

「今度こそ、友達を守れたんだ」

 満足げに笑う、少年に毒気を抜かれた。

 撃たれて、傷を踏みにじられて、耐え切った。

 顔面は脂汗混じりだし、呼吸も痛みで荒い。

 撃たれた箇所は痙攣すらしている。

 ああ、だが。

 この少年は。

 

 

 

 

「ラル、頼む。私の子を、私達の子を」

 忘れない、今生の際に面し、彼が言った言葉を。

「強くしてやってくれ」

 そう伝え、息絶えた友人。

 

 

 

「強いじゃないか」

 思わず呟いた。

「へへっ…」

 褒められたと思ったのだろう。

 ぐしゃぐしゃの顔に、何時かまたと思っていた笑みを浮かべている。

「良くやった、息子(・・)よ。あとは任せろ。いまはゆっくりと眠れ」

 震える手で少年の頭を撫でる。

 其れを受け入れ、鎮痛剤を打たれた少年は疲労も極限状態だったのか、ひと呼吸後には眠りについた。

「ふふ。クランプ」

「は。如何なさいました」

 しかる所に連絡、パトカーや救急車のサイレンを遠くに聞きながらクランプは自らが隊長と仰ぎ尊敬する上官を見た。

「わしにも面白い息子が出来たよ。将来が楽しみだ」

 それは、戦士が後継者を見出したように、彼には思えた。

 

 

 

 

 




過去編のようなもの。
UA5000記念に要望があったラルさんに出演してもらいました。
ちょっと要望内容と異なるかもしれませんが、其処らへんはぐっと涙を飲んで下さい。

本編とUA10000記念に要望があった小話を執筆中です。
要望してくれた方、どうでしょう。
満足していただけたら小生も嬉しい限りです。

では、また次回で!


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外伝:統率者

 地球降下作戦総司令キシリア・ザビ少将は通常の仕事量が倍増し、ながらも煩雑な書類を優先度の高いもの、そうでないものにきっちりと区分けして業務に当たっていた。

 高級感漂う机の上には「裁決済み」「未採決」「要確認調査」と三つに分けられ、彼女の目と指は休む事なく動き回る。

 執務室には正秘書、準秘書官が業務開始から何度も行き来し書類の山を抱えては綺麗なお辞儀を魅せ入退室していく。

 彼女自身が決めた道であり、求めたものだ。

 其処にはやるべき事がそれこそ山のように有り、一つ一つ積み重ねて行く事が彼女の望むものに一歩一歩近付く現実を伝える。

 ―――千里の道も一歩から、だったか。古代人も中々良き事を言う。

 彼女の体力と精神力は高いものであったが、それでも有限だ。無限ではない。

 休憩を間に挟まなければ潰れてしまう。

 普段はヘルメットに収まった背に届く艶のある赤毛を流し、顔下半分を覆うマスクを脱ぐ。

 人の視線がないからこそ隠された美貌を曝け出し、大きく息を吐いた。

 男社会の軍事。

 その場所で上り詰めようとする彼女は女性である事を忘れるため。将官でありながらヘルメットを、優れた容貌をマスクで隠す。ザビ家出身の為、その手の要求をされる事はないが保険はかけるべきしてかける。その慎重さと用心深さが彼女をこの地位まで引き上げる要因の一つなのだから。

 自分の野望、理想の為に身体を汚す事も辞さない女性。

 それは確かに尊敬はする。するが、しようは思わない。

 それも一つのビジネスだろう。

 だが、子は己が望んだ男のものを身籠りたい。

 一夜限りの相手との望まぬ子等、悲劇を呼ぶだけだ。

 男尊女卑の風潮がジオン軍の中で終熄、変わりに平等が強く根付けば、何れは姿を晒し出歩くことも出来よう。

 ―――もっとも、その時期に私の体がみれるものであればいいが。

 ふっ、と一笑し彼女は秘書官が気を遣って淹れてくれた紅茶を飲む。

 紅茶の甘味が口内に広がる。

 レモンを垂らしたのか、風味が違う。

 疲れた頭には丁度良い。

 一息つきながら、彼女は施工前の情報誌や週刊誌に目を通す。

 ゴシップネタ、スキャンダル等の話はチェックする。

 何処で交渉の材料になるか判らないし、有意義なものはそのまま評価するが、そうでないもの、不都合なものは出回る前に処分しなくてはならない。

 組織の長とは、そういうものだ。

 より良いものを伸ばし、切るものはすっぱり切り捨てる。

 間違えない取捨選択を、彼女は何時も迫られていた。

「ふむ…ライデンはウケが良いな」

 入室してきた秘書官に、ちらりと目を向ける。

「はい、ジョニー・ライデン大尉は気さくな人柄で国民からの人気が高く、地球降下作戦の護衛任務でも多数の戦艦を撃破、大活躍でしたから」

 秘書官が弾んだ声で応じる。其処には喜色が濃い。

 彼女はジョニーのファン。

 彼が”真紅の稲妻”と称される初期の頃に虜になった生粋の追っかけである。

 ジョニー・ライデン大尉率いるモビルスーツ部隊は地球軌道上に展開する連邦宇宙艦隊に雄々しく迎撃。

 数で大きく劣るものの、その技量と部隊指揮で勝利に大きく貢献した。

 弟のガルマ・ザビ大佐の地球降下作戦の第一段階成功で誌に載っている項目こそ比べれば小さいが、”真紅の稲妻”の功績は十分に大きい。

「近々少佐への昇進が決まろう。益々勢いがつくな」

 キシリアがそうコメントすると。

「はい、負けません!」

 彼女はファンが多く増えるだろうと解釈したようだ。

 何に負けぬのか尋ねたい所だが、藪をつついて蛇を出す行為を良しとはしないキシリアは捨て置いた。

 乙女というものは扱いが面倒なのである。

「シャアも中々。ルナツーまで喰い込むこの暴れよう。正に”赤い彗星”よな」

 護衛任務で大きく貢献したのが”真紅の稲妻”なら、ルナツーに潰走する部隊を全滅に追い込み、宇宙艦隊に大ダメージを成功させたのが”赤い彗星”。

「ドズル中将の喜び様は凄かったですからね」

 苦笑する秘書官。

 制宙権確保の為にルナツーの攻撃を強固に推した宇宙攻撃軍ドズル・ザビ中将。

 長期化する事態に備え資源確保のために地球の資源を確保を推す突撃機動軍キシリア・ザビ少将。

 この二人は犬猿の仲で有名だ。

 以前からも戦術戦略や部隊運用等で意見をぶつけ合わせていたが、地球降下作戦の是否を巡って対立もしている。

 ある部隊を競わせ勝利した側の所属先が主張を通す、というものすら行った。

 結果は現在までの推移を辿れば、自ずと知れよう。

「今回は部下が気を利かせ、ルナツーの情報を(もたら)した。上機嫌になったのはいいが、調子に乗ってルナツー攻略を蒸し返すようならば釘を刺しておかなくてはな」

「そ、そう言えば。閣下肝入りの彼の記事はないのですか?」

 雰囲気を変えようと声を上げた秘書官。

 ふむ、と記事を捲る上司。

「あるにはある」

 ぴたりと捲る指を休めた。

 左後ろに立っていたから、秘書官にもその記事は読めた。

「うわぁ」

 小声で秘書官が漏らす。

 はっと口を閉じるが、もう遅い。

「地球に住まう猛獣、獅子の如く連邦軍防衛戦力を一蹴。か」 

 映像提供者が居るのだろう。

 降下ポイントが狂い、上空で被弾しながらも長距離砲台(トーチカ)群に怯まず攻撃。

 部隊矢面に立ったまま前進、バイコヌール基地へ強襲を仕掛け、ガルマ大佐率いる主力部隊と挟撃、陥落せしめた。

「これは…」

 ごくり、と秘書官の喉が動く。 

「補給ルートを早々に築かなくては倒れるな」

 記事最後の一文を見て、小さく頷いている。

 ―――地球圏でも”蒼い獅子”は健在也。

「マ・クベは戦力を幾つもってオデッサに降りる」

「あ、はい。ザク五十機、コムサイ予備数合わせて三十です」

「後続戦力は」

「ザク五十、補給物資を積載したHLV五十です」

「ガルマに送った戦力よりも多いな」

「はい。過剰にも…いえ、失言でした」

 キシリアは指を自分の唇に這わせ、決断した。

「ガルマの現戦力はザクは後続戦力が加わりが五十一、コムサイは二十四だったな」

「はい、先遣隊のメルティエ・イクス少佐は―――」

「良い。覚えている。マ・クベに伝えい、後続戦力からザク三十機を中部アジア戦線に渡せとな」

「よろしいのですか?」

「問題ない。むしろ、ザクを百機連れて行く方が馬鹿げている。周囲に心配をされたガルマが合計七十のザクが減り四十で戦線を切り盛りしているのだぞ。それなのに何故軍に身を置いて長い者が倍以上のザクで身を固める」

 深く溜息を吐く。

 父デギンが溺愛するガルマを最前線に送ったのだ。家内で心配する声が多い。

 彼本人が強く希望し、反対する家人を説得して廻った程の熱の入れようは”いい子”だった弟にしては有り得ない聞き分けのなさ。

 ―――二十二の男子にとって過保護だったかもしれない。親の愛が重すぎたのかもしれぬな。

 デギンも末子のガルマが華々しい戦果を上げた事に目を瞬かせ、次いで喜んでいた。

 そして本国に頼らず手元の戦力で遣り繰りをする弟に、ギレンは評価を上げ、ドズルは父と同じく大いに喜んだ。

 姉たるキシリアも喜びはしたが、他の男子もそれくらいやるであろうよ、と冷たい想いが頭を(もた)げる。

 が、身内贔屓とは言え現在もガルマは良く働いている。

 それを、ガルマに戦力を渡さず(・・・・・)後続戦力にザク五十を用意。

 余りに馬鹿らしく自分の人を見る目を疑いたくなる。

「譲渡命令と共にこうも電報を送れ。やる気があるのならば初期戦力の五十でオデッサ及び残存拠点を落としてみせい、とな。返信は受け取らぬとも添えよ」

「は、はい!」

 何を慌てているか、と秘書官を見やる。

「無用な無能者は不要、足を引っ張る愚物も無用、私が欲するのは期待に応え己を示す者のみよ」

 事実、期待に応え続ける者達が彼女の麾下に多く集っている。

 エース部隊”黒い三連星”はその技量と教導能力から現在は各部隊を鍛え直して回っている。

 その為に前線に空いた穴は大きい。

 が、それを補うエースパイロットも彼女には多く居る。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン。

 ”蒼い獅子”メルティエ・イクス。

 他にも挙げれば彼らに負けずとも劣らない者達だ。

 後方支援を差配する者も重要ではある。

 だが、それは効率的に物事を回し、補給分配も執り行える者を指す。

 ―――増長が過ぎた愚物なぞ、不要よ。

「…ふむ」

「閣下、如何なさいましたか?」

 マ・クベ大佐向けに譲渡命令と電報を正式に送った秘書官は思い巡らす敬愛する上官の返事を待った。

「イクス少佐に兵権を預けてみるか」

「…それは」

 ガルマ大佐と並ぶ地球方面軍司令とする、という事。

 地球降下作戦総司令であり、事実上の地球方面攻撃軍総司令がキシリアである。その下にガルマを置いては居るが地球は思うよりも広大だ。後々を師団として分け戦力の再分配をなさねばならぬ。

 ―――いや、奴は自軍に敵が多い。まだ人事を動かすべきではない。

 若く、”青い巨星”の薫陶を受けたネームバリューと若手最有力足るエース”赤い彗星”と引き分けに持ち込んだ男。

 彼を妬むものは多く。現状は気心知れた部隊でしか運用できない。

 妬むのであれば勝ち取れ、と激しく怒りを露わにしたいが。そうもできないのが悩ましい所である。贔屓として映る、もしくはそう捉える者が続出するからである。

 ―――愚物共め。

「冗談だ。となれば制宙権を握り、ライデンを地球圏に送り込むのも妙手、であるな」

 ピシリ、と秘書官が固まる。

「平和な戦場なぞ、奴には退屈であろう」

 さらりと言ってのけると、秘書官は常には見えない感情の沈みを見せた。

 ―――興味深い。

 とは思うが、これでは仕事にならない。

「ふっ、冗談だ。真に受けるでない」

「は、はいぃ」

 大袈裟にほっと息を吐く秘書官。

 その後にはしゃきっと背筋を伸ばし、こちらが積み始めた書類の山に移動した。

「それでは、こちらを」

「うむ。確認調査の方は念入りにやれ。横領、賄賂に我が軍の資源を乱用していた結果が出た場合は」

 秘書官がこちらに向き直り、視線を合わせるや。

 ぞくり、彼女の背筋に悪寒が走り抑えられぬと体が震えた。

「首を落とせ」

 冷たい目、組織の長たるに相応しい威厳と孤高を身に纏った辣腕家に戻っていた。

 

 

 

 

 

 




希望された方、如何でしょうか。
UA10000達成でキシリアさんの話を希望されたので執筆しました。
希望されるのは嬉しいですね、キャラが愛されている感じがします。
希望された方が喜んでくれると作者も嬉しいです。

また節目にこういう希望形式で小話を考えたいです。
少しネタバレのような文章もあります。
避けたい方は本編次話ができるまでお待ちください。
もう少し待っててね
隠しヒロイン、オカン属性ありと評価されるキシリアさんです。

「どうしてこうなった」
「責任を取れ」

アンケートで人気キャラ投票したらキシリアさんがトップに来そうで怖い!
時代はクーデレか、クーデレなのか!?


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第十三話:戦果報告

 宇宙世紀0079。3月1日。

 ジオン公国軍は地球軌道上の連邦軍艦隊を潰走させ、地球降下部隊への護衛を完遂。

 追撃を兼ねたルナツー威力偵察部隊を送り込むと同時に第一次地球降下作戦を実行に移す。

 攻略部隊をコムサイで中部アジア地区に大気圏突入させ人型機動兵器モビルスーツによる自由落下戦法で迎撃戦力を駆逐したのだ。

 防衛能力を欠いた連邦軍のバイコヌール宇宙基地は陥落。

 ジオン軍は地球圏への出入口を一つ手に入れ、連邦軍は一つ失った形となる。

 この作戦内での戦闘データ、特に地球環境下でのモビルスーツによる実戦は有益で有形無形の様々な恩恵をジオン軍に与えるのだが、代償も大きかった。

 事前に獲得した情報では驚異となる戦力が無い又は小さいと見做されたバイコヌール宇宙基地には長距離砲台(トーチカ)群が設置され、戦闘爆撃機、61式戦車等が多数配置されていたのだ。

 後詰となった戦艦を軌道上に配置、大規模な爆撃と”一週間戦争”時に接収した宇宙ステーションから質量兵器(マスドライバー)による軍事基地破壊も検討していた。

 前者は連邦軍宇宙艦隊の抵抗により配置が遅れ、予想よりも降下開始が早まったコムサイらのために満足に援護ができず終い。

 後者は秘密裏に決死隊を組んだ宇宙戦闘機の大軍が急襲。防衛戦力が微々たるものであった事が痛手となりマスドライバー施設は全壊。大気圏外からの支援が全く機能しなかったのである。

 結果は援護、支援が全く無い状態でのモビルスーツ降下部隊のみによる攻略である。

 幸いにもサビ家親族の心配を他所に前線で指揮を()ったガルマ・ザビ大佐の奮闘が功を奏し、主力部隊は順調に軍事基地を掌握、占領。

 降下ポイントのズレから防衛戦力と単独で戦闘状態に入った先遣隊、第168特務攻撃中隊にそのまま加勢。

 戦力が全滅したバイコヌール基地の陥落に成功したのだ。 

 この功績により、ガルマ・ザビ大佐は地球方面軍司令の座に相応しい実力と名声を上げていく。

 後続のHLVが降下し合流した部隊と共に二手に別れ、一方はカスピ海北岸からヨーロッパに。

 もう一方はカスピ海東岸を南下して中東地区に進軍した。

 ジオン軍の驚異的な進軍速度にはコムサイとザクによる空挺戦術も然ることながら、バイコヌール基地にあった連邦軍の”おとしもの”が一役買っていた。

 バイコヌール基地には積載量一〇〇〇トンを軽く超える移民用スペースシャトルが数十機も残されていた。

 ガルマ・ザビ大佐はこれをモビルスーツ輸送機として流用。

 使い捨ての足代わりとしか考えていなかったが、ロイド・コルト技術中尉を始めとする技術屋集団がそれに待ったを掛けた。

 このシャトルの有用性に気付いた彼らが不眠不休で捕獲した移民用スペースシャトルを軍用輸送機に転用、恐るべき早さで改造する図案を作成。

 本国で指揮を執るキシリア・ザビ少将の元へ送り早急に裁決が成された。

 こうして生まれたのがジオン軍を地球圏で支え続けた、ガウ攻撃空母である。

 バイコヌール宇宙基地を拠点に、ジオン軍は地球圏へ補給ルートを開拓するに成功。

 連邦軍に邪魔される事無く継続して補給を受け取り第一次地球降下部隊は僅か三日余でヨーロッパ制圧、つまり主要都市の破壊を完了した。

 続いて3月4日。マ・クベ大佐率いる資源採掘部隊が鉱山基地への攻略。

 文官タイプだった彼が自ら采配を振るい部隊一丸となり見事制圧。

 此れにはジオン軍の将兵達も驚き、彼の評価を改めた。

 が、キシリア少将から大目玉を喰らい、後には退けぬ状態であった事がバレ。ついで内容も将官組にバレ再び評価が下がる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イクス少佐はどこか!?」

 地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐は何時もの余裕をかなぐり捨てて一人の軍人の姿を追い求めていた。

 その人物とは彼にモビルスーツの動きを身体に(・・・)教え込んだパイロットであり、ガルマが大活躍で本作戦を終了に導くことが出来た陰の功労者。

 キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍所属、メルティエ・イクス少佐。

 姉キシリアに生まれて初めて強請(ねだ)って借り受けた人材でもある。

 ざっざっ、と早歩きで移動。

 駆け足で赴きたい所だが、指揮官が走る事は部下達に不要な不安を与えかねない、と友人から釘を刺されている。

 その為に早足、競歩状態である。

 華々しく活躍した司令官が早足で動く。

 そして先遣隊を率いた少佐を探している、焦った様子で。

「ガルマ大佐、どうしたんだ」

「イクス少佐を探してらっしゃるようだが」

「任務通達だろうか」

「いや、それならば通信で事足りるであろう」

「面と向かって話したい事があったのでは?」

「同じ場所で、だと」

「おい貴様なにを考えた」

「訊問が必要だ、来い二等兵」

「や。やめろ! おれをどうする気だ! 乱暴する気だろ、うす」

「言わせねぇよ!」

 ガルマは脇目も振らずに移動していた。

(何やら兵が騒いでいるが、後で副官に確認しておくか)

 彼はそのまま第168特務攻撃中隊が間借りしている兵舎に入る。

「イクス少佐は居られるか」

「ガルマ大佐?」

 癖のない薄紫色の髪を側頭部で結った、所謂(いわゆる)ツインテールの女性士官が彼に気づいた。

(女性士官? いや、余りにも若い。まるで幼女ではないか!)

 完全に十代前半と誤認したガルマは、思うだけで声には出さなかった。

 彼女は二十二歳のれっきとした大人の女性であり、ガルマとは同い年である。

 そして彼が敬服するエースパイロットが心で評した”外見で騙されてはいけない人物”堂々の第一位保持者である。

 彼は自ら及ばぬ所で危険と隣り合わせだったのだ。

「うむ。アポは取っては居ないが、彼に会わせてはくれないだろうか」

 ガルマが此処まで急ぎメルティエの姿を探すのには理由があった。

 話は降下作戦中にまで遡る。

 拍子抜けする程無事に降下ポイントに集結した彼とモビルスーツ部隊は最低限の防衛戦力を残して次の目標たるバイコヌール基地へ進軍を開始。

 上空からはコムサイと、その上面に張り付いたザクによる援護射撃と索敵。

 地上からは本隊のザクによる遅滞射撃と両翼からの挟撃戦法で次々と周辺軍事基地を占領していった。

 先遣隊たるメルティエの部隊が合流しないことに不審がったが、作戦の停滞は失敗を呼ぶと彼に耳にタコが出来るほど事前に教授されていたので、迷わず残りにして本命のバイコヌール宇宙基地へ進軍を開始。

 其処で彼が見たものは、折れた砲身を晒し、黒煙を大気に伸ばす長距離砲台(トーチカ)の群れ。

 戦闘爆撃機の残骸、61式戦車が踏み潰され、中には搭乗区域のみを穿った痕さえある。

 明らかな戦場跡にガルマは最大速度で基地へ急行することを命令。

 巨人達による全力前進は地域一帯に大きな地響きを立て、逃げ遅れた住民は天変地異の前触れと怯え竦んだという。

 バイコヌール基地へ到達したガルマ主力部隊が見たものは。

 降伏した連邦軍兵士に列を成して並ぶようザクIIで威嚇、従わない場合は人間には余りある一二〇ミリライフルでコンクリートを穿ち舞い上がった粉塵で恐怖を刻み込ませる光景と。

 コムサイの上部で周囲を警戒する専用兵装、狙撃銃持ちのザクI。

 右腕を天に突き上げ、勝利の雄叫びの様を魅せる蒼いザクIIであった。

 但し、その蒼いモビルスーツは至る所に銃痕が存在し、左肩は防御シールドどころかショルダーアーマーから吹き飛んだ有様であり、機体は脚部に問題があるのか、管制塔に背を預けたままで停止していたのだ。

 満身創痍で勝利を貢献した。

 そう言わんばかりの姿。

 ジオン軍最新鋭機、ザクIIとはいえ。たった五機で主要軍事基地の陥落。

「これがエースパイロットと彼を支える部隊」

 ガルマが呟くと、その場に居るジオン軍の全機から歓声が上がる。

 彼らを褒め称える声。

 先を越された事に悔しみ、彼らの無事に安心した声。

 彼らの活躍を賛美する声があちらこちらから流れるのだ。

 ―――私は、彼らになりたい(・・・・・・・)

 兄弟が其々持つ才に対する羨望でもなく。

 友であり、ライバルでもある男に対する嫉妬でもなく。

 彼は、ガルマ・ザビはメルティエ・イクスと彼が率いる部隊に憧れたのだ。

 そして、この戦いが終了しても第一次降下作戦が完了したわけでもなく。

 予定通り合流した後詰と共に二手に別れ、一方はカスピ海北岸からヨーロッパに。もう一方はカスピ海東岸を南下して中東地区に進軍した。

 メルティエの部隊は戦力を有していたが、隊長機が中破状態でありバイコヌール基地防衛の戦力として当てる事にし、補給ルートの防衛も兼ねて基地待機となった。

 それからガルマは戦線を拡大し順調に勝利を重ねていった。

 時に連邦軍の伏兵に遭うも、目覚しい活躍を挙げる部隊が多く戦略の不利を戦術で覆す強者が名を連ね打破しガルマを助けた。

 地球環境下での行動は彼ら宇宙移民者の体力を散々に削るが、勝利をバネに戦い続け中部アジアからヨーロッパ地区までを占領したのだった。

 勝利に慢心せず、定石よりも慎重策を取り、問題ないと判断すれば果敢に攻め入る。

 ザビ家の御曹司は、地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐に変貌を遂げていた。

 そして、戦線最端部を各部隊長に任せ、彼はバイコヌール基地へ戻ってきたのだった。

 メルティエの安否の確認と改めて自分を鍛えてくれた事に対する感謝を。

 その為だけに一軍の司令が戻ってきたのである。

 彼の友が知れば正気か、と問うだろうし指揮官ぶりを褒め称えてくれた部下達も良い顔はしないだろう。

 が、一皮むけようと、彼はガルマ・ザビ。

 根が素直で律義者の所は変わらなかったのである。

「問題はないかと。どうぞ」

 淡々と言い、案内する気なのだろう、先を歩いて行く。

 彼女が頭を振ればすっとつられて風に踊る髪が美しい。

(可憐だ)

 はっと意識を覚醒させ、頭を数度左右に振り、ガルマは彼女に付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやね、別に責めてるわけじゃないんですよ」

 ロイド・コルト技術中尉は空調が効いている部屋で額に手を当て、目の前に肩を落として座るメルティエに溜息を吐いた。

「連邦軍が温存していた戦力。それを相手に孤軍奮闘おまけに基地陥落とか、どこの英雄記ですかって思いますよ。まぁ、実際成された事なんですがね」

 室内には苦笑する部隊副官のサイ・ツヴェルク大尉、アンリエッタ・ジーベル中尉が在席し、リオ・スタンウェイ伍長は隊長の背を心配そうに見つめていた。

「まぁ、英雄記ではないので。機体が中破してるわけですし」

 その代わり、部隊の損害ゼロである。

 色々とおかしいが、それを言うと肩を落とした隊長がどや顔するのでロイドは口に出さない。

 言いたいがロイドに睨まれているのでアンリエッタは黙っている事にしていたし、リオはメルティエが落ち込んでいるようなので同じように気落ちしているようだった。

「中尉。此処までにしておきましょう。機体損害もそれほどではないでしょう」

「大尉。お言葉ですが根本的な問題はそこではないのです」

 即答するロイドにサイは眉根を顰めた。

「では?」

「私が物申したいのはですね。機体の損傷等の事ではないのですよ。ハンス曹長とヘレン軍曹が搭乗する機体からの映像記録、目を通しましたか?」

「いえ、私は見ていませんね」

「僕もかな」

「はい」

 三人が三人とも見ていないと言う。

 ロイドは重く息を吐き出し、メルティエは密かに足の筋肉を(たわ)めた。

「隊長機の動き、完全に囮になっているんですよ」

 だっ、と席から脱兎の如く駆け出す。

 しかし、現実は無情である。

 何時の間に其処に居たのか、と言わんばかりの動きでアンリエッタが佇んでいた。

「どうして逃げるのかな。かな?」

「お、落ち着こうアンリ。暴力は何も生み出さない。クールダウンだよ」

「じゃあ、どうしてロイド中尉が発言した後に走り出したのかな?」

「少しランニングをしたい気分になったんだ。衝動的なもので」

「ふぅん、衝動的なもの、ね」

「ああ、其処を通してくれ。そうだ、アンリも行くか。一緒に汗を流そうじゃないか」

「それも良いけど、まずは聞いた事に正しく答えた後かな?」

「オーケイオーケイ。とりあえずそのキッチンナイフを下げよう。刃物は危険だよ」

「大丈夫。メルが正直に素直に話してくれたら用を成さないよ」

「それは脅迫だよ、アンリ。それに黙秘権行使という素敵なものがあってだね」

「じゃーんじゃーん。被告人は、死刑」

「待て! 再審を要求する! 割と真面目に答えますその刃を指一本分でいいので引いてください死んでしまいます」

 冗談のようなやり取りだが、実際アンリエッタはキッチンナイフを握っている。

 円らな碧眼は彼女が逆光に居る為か、いつもよりも暗く(・・)見える。

 メルティエにはキッチンナイフがあと指一本動いたら頬に触れそうである。

 残りの面々は冷や汗をだらだらと流しながらその光景を見ていた。

 ―――中尉やべぇ。

 怖い、でも強いでもなく。やべぇ(・・・)である。

「いやね。最初は被弾した時に情報部の連中仕事しろよ、とかふざけんな殺してやるとかつらつら思ったんだが、戦闘開始してるわけだし、そんな泣き言言ってられないでしょ? でも敵はこっちよりも上空から自由落下に入った部隊のみんな狙い出した。幸いにハンスが機転利かせて威嚇狙撃してくれたから時間稼げた。動ける内に敵潰しておこうって、まぁ無茶な体勢でモビルスーツ動かした」

「毎度の事だね」

「そう言われると辛いんだが。まぁ、いい。トーチカを見える範囲で叩いた後には爆撃機と戦車が大軍勢で向かってきた。まだHLVは上、ハンスも自由落下でコムサイと降下中。動ける戦力は?」

「メルのモビルスーツだけだね」

「そういう事。俺には自分だけ退く考えは毛頭無い。爆撃の雨だろうが砲弾の嵐だろうが、部下を救えるなら突き進む。それが丁度あの時、あの場所だった。それだけだ」

「それだけ、って、メルあのね―――」

 憤慨した、と言わんばかりに口を大きく開けて言葉を発しようと詰め寄るアンリエッタ。

「メル、お客様」

 行動キャンセル気味に入室するエスメラルダと、

「ガルマ大佐?」

 メルティエが呟くのと、彼とアンリエッタ以外がガルマ入室と同時に敬礼したのは同時だった。

「失礼するよ、諸君。…すまない、邪魔をしたかな?」

 見方に寄れば、抱き合うメルティエとアンリエッタの構図である。

 さすがの彼も、困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そう言う事だったのか」

「申し訳ありません、大佐の前で粗相を」

 二人は兵舎から出て、基地内を散策していた。

 時刻は昼過ぎ。中部アジアの熱い日差しが二人の肌を焼く。

 上官の基地内パトロール、というのは思うよりも効果的だ。

 主に味方、自軍の兵士達に。

 弛んで警備を疎かにしていないか、任務を放棄して賭博遊戯に興じていないか等を抑止。或いは強制停止できるからだ。

「構わないよ。それに少佐、敬語で接しないでくれたまえ。私にとって君は部下だが、師でもある」

「いやしかし、周りの者に対する示しがつきませんよ?」

「それこそ、今さらだろう。君の部隊が君に接する態度。あれは如何なものかと私は思うよ」

「む。これは一本取られましたな」

「ははっ、だろう。私もやり込まれてばかりではいられないさ」

「ふむ―――そう言う事ならば、これからもよろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」

 ガルマはメルティエに手を差出し、彼は笑顔で応じてくれた。

 彼にとって、目標とすべき人物を友とした記念とする一日だった。

 

 

 

 

 




ある意味ガルマ回。
やぁ。待たせたね、すまない。
二日に三話分書いて作者の体力は限界よ!

もぅゴールしても良いよね…

作者はガルマを何処に導こうと云うのか。
こんなガルマさんが居る世界。どうでしょう?

それではみなさん、おやすみなさいノシ


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第十四話:先見する若者達

サイド3、本国ズムシティ。

 政庁の中にあるキシリア・ザビ少将の執務室で、彼女は子飼の部下―――自分が最も信頼する者からの報告を受けていた。

「それは誠か」

『は。小官の目でも確認しました。間違いない事実です』

 ノイズの音が彼の通る声を阻害するが、キシリアは一語一句聞き逃すまいと聴覚に集中した。

『連邦軍は我々のモビルスーツ、恐らくはザクIIを捕獲したのでしょう。それを独自に改修、運用しています。能力的には我々のザクの性能より一、二ランクが下がりますが。間違いありません』

「我が方のザク、それの粗悪品(デッドコピー)か」

『は。回収しようとした所、自爆を敢行。敵にしておくには惜しい奴でした…戦果報告として交戦記録と連邦軍ザクの識別反応を送ります』

「大戦果だ、良くやってくれた。無事帰還しろ」

「了解であります」

 彼女、キシリアが軍部に上がる前に負傷した元民間人であった彼を治療してからの縁。

 以来、彼女に忠を尽くし支え続ける突撃機動軍エースパイロット。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン少佐(・・)

(ライデンはやはり勘が良い。ルナツー攻撃をシャアが打診する際、最前線には出ずに情報収集に動くとの報告があった)

 彼女の専用PCには地球降下部隊護衛任務完遂後にライデンからの電報が届いていた。

 極秘コードを使用した、彼女とそれに近しい者でしか行えない秘匿回線でもある。

『シャア少佐ルナツー攻撃ヲ打診。我戦線突入ヲ控エ情報収集ニ当タル』

 彼の気性は長い付き合いでもあり知っている。

 最前線で部下を引っ張り鼓舞する前線指揮官として有能な男だ。人柄も相まって部下からの信頼も厚く、部隊を指揮する上で無茶な行動を控えるようになった所がポイントが高い。

 そして部下想いである彼が部隊員に武勲を立てさせたいと常日頃から思っている事をキシリアは知っている。

 自身と部下の功績を排してまで持ち帰った情報。

 恐らく、特定のポイントに出撃しては狭い情報では無意味と判断、作戦エリアを広く見渡す事で広く浅い情報を持ち帰る事にしたのだろう。

 結果として識別反応が独自に設定された連邦軍ザクのデータ収集、及び撃破記録。

 今後はこの連邦製ザクの識別反応と共に情報を各部隊に通達、混乱を避ける事が出来る。

(シャアめ。上に報告し、ドズルに情報を握り潰されでもしたか) 

 今は宇宙攻撃軍のドズル中将が何かと波立たせてこないが、現状の静けさが異常なのだ。

 常日頃から反目している故に作戦が遅々として進まない事が多々在ったのだから。

 現に、ドズルはシャアから入手した情報を公開して来ない。

 もしかしたら総帥たるギレンには情報を流しているかもしれないが、

「良い根性をしているな。未だ負けた事を悔やみ邪魔をするか」

 ふつふつと煮え滾る怒りをどうにか抑える。

 だが好機とも言える。

 ドズルはシャアに直々に会い別任務を与えている。

 それとは違いキシリアの下にはジョニーは帰還してもいないのだ。

 先に連邦製ザクの情報を開示、ドズルからも情報を提供させる。

 その上で糾弾するのだ「何故帰還が早かったシャアの情報を開示し直様(すぐさま)情報共有を成さなかったのか」と。

 この騒ぎでギレンからの心象が悪くなるであろうが、軍部でのドズルの信頼を失墜させる事が十分に可能だ。

 有益な情報は軍全体で共有して然るべきものだ。

 それに反し前線で戦う将兵や軍の機密情報を奪取されれば目も当てられない。

「ふむ」

 頭の何処かで冷静な自分は何処までも組織に対する益しか考えていないらしい。

 尤も、その”組織”にジオン軍全てが適用されるのか、と問われれば是と答えられない。

(逆の立場であったなら、私もそうするかもしれぬ)

 ふっ、と笑う。

「さて、この爆弾(・・)。どうしたものかな」

 三兄の命運を握っていると思えば愉快だが。起爆してしまえば宇宙攻撃軍は孤軍、最悪分解する。

(ドズルはともかく。属する将兵が哀れ、か)

 いっそドズルを放免させ、宇宙攻撃軍を吸収してしまえば。

「いや、無いな」

 宇宙攻撃軍は武人肌、ドズルの人柄に惚れ込んで傘下に入っている将兵が多い。

 突撃機動軍のキシリアにも魅力があって付いて来てくれる将兵が居る。

 だが、この二つの組織を合併させてお互い反目せず、というものは有り得ないだろう。

(無理だな。内憂外患なぞ、頭痛の種でしかない)

 彼女はジョニーが(もたら)した情報を分析する事に意識を変える。

(私にも多少心得があるが、専門的な分野では判別し難いものがある)

 餅は餅屋、である。

 連邦製は白いザクなのだろう、モニターに表示されたそれは外観では自軍のザクⅡとほぼ同じである。

(送られた情報分析を急がせねば。恐らく、地上にも居る筈)

 彼女は秘書官を呼ぶ鈴を鳴らす。

「キシリア閣下。お呼びでしょうか?」

 間も無く入室する秘書官―――ジョニーのファンである例の女性である。

「うむ。至急地球に居るガルマ大佐とイクス少佐に繋げ。火急の用件とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球、中部アジア地区。

 バイコヌール宇宙基地に於いて、若き将校地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐と第168特務攻撃中隊隊長メルティエ・イクス少佐は一つの事案を元に会議を重ねていた。

 第一次地球降下作戦は無事完了し、鉱山基地の占領も達成した。

 3月5日、占領区には多数のジオン軍が集結し残るアジア大陸の地区へ侵攻。順調に駒を進めている。宇宙から追加戦力も予定されており、疲弊した傷病兵を本国に送る手筈も進めている。

 万事順調である。

 恐ろしいくらいに。

「メルティエ、君の考えを聞かせて欲しい」

「ああ、まずは―――」

 空調が効いている室内は過ごしやすい。

 が、二人はここで四時間程頭を突き合わせて現在の状況を整理、今後の戦線について考察を重ねていた。

 二人とも軍服の上着を脱ぎ、シャツの上からでも判る引き締まった肉体を晒している。

 時折休憩を挟み、女性士官が顔を赤らめて入ってくるが。

「彼女はどうしたんだ?」

「風邪か、体調が悪いのかもしれないな。すぐ休むよう伝えておこう」

 二人は女性の視線に意識を向けておらず、ある意味完全に無防備だった。

「攻撃空母ガウの実戦配備が何よりも心強い。地球環境下では宇宙(そら)のように動けやしない」

「山や谷、地域によっては川や湖がモビルスーツの行軍速度を著しく低下させる。技術班には何か恩賞を以て報いねば」

「ははっ、さすが司令官。人を扱う立場を理解してらっしゃる」

「からかわないでくれ。信賞必罰は上に立つものとして当然の義務、そうドズル兄さんやキシリア姉さんから聞いているし。私もその通りだと考えての行動だ」

「…ギレン総帥は?」

「…ギレン兄さんは、その、大変忙しくて話す機会が中々とれなかった」

「そうか…忙しいのを邪魔しちゃ悪いもんな」

「ああ…」

 苦手意識があるのだろうなぁ、とメルティエは察し。

 今度電報でもギレン兄さんに送ろう、とガルマは考えていた。

「オデッサ鉱山基地の資源確保はマ・クベ大佐だったか」

 ぽつり、と少佐が呟くと、

「確か、キシリア姉さん…少将からきついお言葉を頂いて万事抜かる事無く補給輸送を行え、と厳命を受けたと聞いている」

 端正な顎に指を這わせ、大佐は聞いた事を告げた。

 ちなみに彼は第一次降下作戦終了以降、長髪を束ねている。

 長髪を指で弄るのは男子として如何なものか、と言われこっちの方が男前だ、と第168特務攻撃中隊の面々に囃し立てられた結果である。

 元々美男子だったガルマの子供っぽさが抜け、大人の色気が垣間見えた事で国民受けが更に良く(ひどく)なった。

 そのために髪を弄る癖の代わりに、顎に手を添える事が多くなり知的な青年を演出し部隊女性指揮官が黄色い声を上げている。

 が、当の本人は「何やら騒いでいるようだ」としか感じていない。

「何しでかしたんだ、あの根暗」

 捻りも隠しもしない物言いに、さすがのガルマも反論した。

「メルティエ。その言動はいただけない、人の陰口はよからぬ諍いを生む」

「わかったわかった。そう怒るな。マ・クベ大佐な」

「君は戦場に近いと責任感溢れる人間に成るというに、何故平時ではこうも」

「お説教は勘弁願いたいであります。サー!」

「メルティエ、少しは真面目にだね!」

 息詰まった時はこうしてメルティエが茶化し、ガルマが説教するという構図である。

 実際息抜きにもなるし、彼らはしばらく笑った後に再び会議に意識を切り替えている。

 メルティエは自分には備わらない将器を有した上で配下の意見を汲み上げる事を厭わない、真摯な友人を尊敬していたし。

 ガルマは己の目標たる人物が戦術、戦略にも明るく人の機微にも聡い事に大いに信頼を寄せ、友として隣に居る事に力強さを体感していた。

「ガウの航行距離は戦線が伸びるに連れ安定を欠く。この基地に常時配備する数を決めて、他の拠点へ配備。中継基地に一隻、本拠点になる場所には繋がる基地分のガウ。どうだ?」

「防衛拠点には割かない、という事か。それでは基地陥落時に撤退が出来なくなる」

「ガルマ、落ち着け。基地陥落時にガウを上空に飛ばすのか? 良くて拿捕、最悪蜂の巣にされるぞ」

「ぐぅ…そうか、その為の中継基地と本拠点のガウか!」

「そうだ。脱出出来ないのであれば他の基地からガウで攻撃、包囲する連邦軍へ爆撃とモビルスーツ隊降下で対処できる。防衛拠点には連邦軍の残存兵器、移動式ミサイル台座、迫撃砲で固めよう。時間稼ぎをメインにする」

「ならばその為のマニュアルを整理しなくてはな。あとはレーザー通信設備を基地毎に配備したい」

「ミノフスキー粒子下でもレーザー回線は有効だったな、確か。具申した補給物資の中に入っていないか?」

「オデッサ基地では既に配備されていると聞いた。実際にこの基地とその周辺基地には設置済み、連絡を常に厳にしてある」

 メルティエは大きく頷く友人ににやりと笑を見せた。

「情報の共有化は疎かにしない。基本に堅実」

「ああ、二度と君が矢面に出なくても済むような采配をしてみせるとも」

「大きく出たな…これは性分だから、気にしないでくれ」

 軽く胸を叩いたガルマに、気負いしなくていい、と首を左右に振る。

「意気込むくらいはさせてくれ。君の代理など誰にもできないのだから」

 バイコヌール基地駐屯となっている二人が、既に数えるのを放棄したくらいに戦場に出ている。

 ガウ攻撃空母の初運用を兼ねて三隻のガウ、十五機のザクIIと共に進軍している。

 前線で指揮を執る蒼いザクIIとその後方で援護、挟撃の指揮を執る褐色のザクIIにより連邦軍の防衛はズタズタにされ、他戦線で奮闘を続けるジオン軍により中部アジア戦線は既に大規模な撤退を強いられていた。主力部隊を自ら率い合流した後続部隊は各隊長を中核とした分隊を編成、じわりじわりと逸脱することなく戦線を拡大、補強していく。

 夜襲、奇襲、強襲を巧みに使い分ける。

 平野は元より山岳地帯も、湖畔地域も連邦軍既存兵器と違い踏破が可能なモビルスーツならではの戦術。

 そしてガルマが各分隊長の意見を聞き入れ、信用して任す事による将兵のやる気―――士気の向上が原動力となっている。

 ガウという攻撃と移動を兼任する足を手に入れ、降下するモビルスーツ部隊。

 この戦略も大きなウェイトを占めた。

 そして前線を押し上げる”蒼い獅子”と自軍を鼓舞し戦うザビ家の若き闘士に率いられたジオン軍は連邦軍にとって正に悪夢。

 巨人が列を成して進む姿など、悪魔の大行進にしか見えなかった。

 司令官の友人は常に結果を求められる立場に有り、部下を盾に生きる術なぞ持ち合わせてなく。

 文字通り自らの身体を盾に前に出て猛威を振るう。

 そして彼の部下は隊長を死なせまいと懸命に援護、時には無茶な彼を制止する。

 相互信頼で構築された部隊。

 彼らの代え等誰にも出来はしないし、代えさせる(・・・・・)気なぞ毛頭ない。

(私もあの様に部隊を率いてみたい。共に支え合う根強い絆を共有した私だけの部隊を)

 しかし、こうとも思う。

(彼らが私の手元に居てくれれば、これ以上心強いものは無い)

 憧れとはまた違う。

 欲に駆られた彼は猛省するのだが、この燻る感情は消えそうにない。

「中部アジア地区はオデッサを含めて占領、と」

 友人が悶々としている間、メルティエは暫定的ジオン占領区を地球に降りて手に入れた”世界地図”上に駒を置く。

「あとは北部アフリカ地区、だったか」

「地続きで向かえる場所はそうだが。このまま戦線を拡大しても良いものか」

「ふむ。戦力の拡散を強いられるだけだな」

「ああ、資源開発区等の重点的な拠点だけに絞り、守りを固める戦略も必要になると思う」

「地球は広い、か」

「その通りだ。向かえば勝利、しかし維持できなくては何の意味もない」

 腕を組み唸るメルティエと指で顎を挟み、ふぅと息を吐くガルマ。

 最初に根を上げたのはメルティエである。

 やはり補佐程度ならばやれなくはないが、さすがに戦場全体へは思考が広がらなかったらしい。

「これはキシリア閣下にお伺いを立てるべきか?」

 一番に戦略に秀でる人物の名を挙げる。

 地球方面軍総司令である立場故に、問題はない。

「いや、まだ地球降下作戦の第一次が終了しただけだ。第二次、第三次と予定されているのであれば足踏みはできない」

 そこにガルマが待ったを掛ける。

 用意された戦力が出撃せず停滞するのは不味い、と至る故に。

 姉は聡明、であるから問題点を洗い出し、其処を突き詰めた上で作戦の合否に向かうはず。

 だが、その間に時間がもし取られ、軍の動きが滞ればどうなる。

 先達者に、知恵者に聞く事は問題ではないのだ。

 先達者、知恵者、統率者の全てを纏めてしまっている人物に聞くのが悪手、とガルマは見た。

「戦力が押しているならば、攻めとれるだけ切り取り確保する、かね」

 同じ考えに至ったのだろう、最初に命令された通りに今後を構築していく。

「考えたくないのは、本国が実戦を、戦線の拡充路線に国力が足りうるか把握していない可能性だ」

「ギレン総帥だぞ?」

「ギレン兄さん…総帥とて人の子だ。神ではないし、私も地球に降りて感じたからわかった事なのだが。この大地は広すぎる」

 すっとお互い視線を合わせ、嫌な将来像を二人が共有した時。

「まさか」

「考えたくはない、友よ。ただ、幾度も勝利の熱に浮かれていても、生の実感を得た時も、私が進行具合を確認して地球の地図を見た時に」

「”まだこれっぽっちしか終わっていないのか”か」

「…そうだ」

 戦争が始まってまだ三ヶ月に入っただけだ。

 時間は短いし、大ダメージは連邦軍が被っている。

 ジオン軍もダメージが蓄積しているが、軍の維持にはまだ事欠かないのだ。

 いまは”まだ”。

 

 

 

 

 

 その日、バイコヌール宇宙基地へHLVの輸送団が到着。

 最新のモビルスーツを搭載したHLVは受け入れられ、輸送任務に就いていた人物と共にガルマ大佐の部隊に編入される。

 彼らが持参したモビルスーツ。

 地球環境下での運用を前提に見直され生産ラインに載ったMS-06J、陸戦用ザクII。

 そして、キシリア・ザビ少将より”蒼い獅子”へ送られたモビルスーツ。

 新鋭機YMS-07、先行試作型グフである。

 

 

 

 

 




ガルマさんがどんどん有能な指揮官へ変貌する回
本作のザビ家の人々(特にキシリアさん、ガルマさん)の株価上昇。
なんかすごい事になってるな。
大変嬉しい事だし、このまま突っ切っていいヨネ?

そしてキシリアさんが政敵を失脚させるか否かで悩み始めました。
今後のジオン軍はどうなるのか。

そして主人公グループ。最近スポットライト浴びせてないね。
仕方ないよね、前線描写最近ないから。
オリジナルキャラの見せ場がががが!

*矛盾点を修正しました。今後とも宜しくお願いします<(_ _)>


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第十五話:月光の下で

『久しいな』

 スクリーンに投影された女性。

 時折映像が乱れと声にノイズが走るものの、地球方面軍総司令キシリア・ザビ少将その人だ。

 同司令ガルマ・ザビ大佐と少将麾下第168特務攻撃中隊隊長メルティエ・イクス少佐は敬礼。

 地球のバイコヌール宇宙基地からレーザー通信で点在する宇宙ステーションを中継地点に経由。

 地球の天候に左右され精度も低いがジオン公国軍の本拠点サイド3、ズムシティ政庁に居るキシリアとの対談を可能にした。

「は。閣下も変わらず安心致しました」

「ご無沙汰しております、少将」

 敬服する上司に、理想とする指揮官像に、メルティエとガルマは緊張していた。

『うむ。まず貴公らに良い報せと悪い報せを用意(・・)した。どちらから聞きたい』

 ごくり、と二人の喉が鳴る。

 映像の彼女は机の上で手を組み、声には感情の起伏が顕われない。

 しかし冷たい双眸は二人を見据え強く促してくる。

「それでは、悪い報せからお聞かせ願いたく」

『ほぉ』

 メルティエが口を開くと「面白い」と彼女の双眸が愉快気に揺れる。

『まず一つ』

(複数もあるのか!?)

 戦慄した若い将校達の様子を穏やかに眺めながら、彼女は舌に言葉を乗せて送る。

『連邦が我が軍のザクを捕獲、粗悪品(デッドコピー)として戦場に出した』

「連邦がモビルスーツを持った、という事ですか」

『話が早いな、少佐。しかしまだ終えてはおらぬ。いい加減”待ち”を覚えよ』

「も、申し訳ありません」

 姉に頭垂れる友人にガルマは親近感を覚えた。

『粗悪品は粗悪品。未だ我が軍のザクと同等の水準に至ってはおらぬ。しかし連邦の技術層は見えぬ故、早晩に性能を上げてくるであろう。情報分析が終えたものを送る。有効に使え』

 ひと呼吸置いて、彼女は続ける。

『支援用とも云える、作業用ポッドを改修したモビルスーツモドキもルナツーでは散見されている。こちらは地上では役に立つ情報ではないが、連邦も下準備をしているという認識は持て』

 は、と応える二人の返事に小さく頷く。

『二つ目は我が軍で横領、賄賂を行う者を摘発。粛清した』

 ぴくり、と反応した。

 眉を顰め、不快感を顕にする部下と。

 目を閉じ、憂慮すべき事と認識した弟。

(良い反応をするではないか)

 キシリアはマスクの下で笑みを浮かべた。

『本国ではこの有様だ。地上は最前線。よからぬ企みを察知した場合は二人(・・)の判断で是れを裁け』

「メルティエ・イクス。承りました」

「ガルマ・ザビ、同じく拝命しかと承りました」

 かっ、と軍靴を鳴らし敬礼する。

『次は良い報せだ』

 ふぅ、と心中で息を吐く。

『中部アジア戦線に増援としてザク三十、イクス少佐には新鋭機モビルスーツを送る』

 増援にザク三十機、加えて新鋭機。

 今度の輸送団が到着した時には傷病兵を本国に戻す。

 その中にはモビルスーツパイロットも含まれている。

 当然パイロットが負傷しているという事はモビルスーツも中破、大破しているという事。

 今だに戦線は止まらず、広がるばかり。

 増援の人間は地球環境下での生活から慣らし、馴染ませなくては。

 二人には解決すべき懸案が未だに山積みで、更に積もり重なろうとしている。

 戦場で指揮を執る事だけが仕事ではない、と痛感する二人であった。

『続いて、第二次地球降下作戦の日が近い。各自来る日までに準備せよ』

 第一次より日はそう開いてはいないが、幾度も続いた出撃で二人とも疲労が蓄積している。

 撤退はしたものの、連邦が息を吹き返し向かってくるか気が気ではない。

 資源採掘部隊を率いオデッサの鉱山基地に駐屯するマ・クベ大佐とはルートの繋ぎを得て流通に成功しているが、信用ができない。独自の資源採掘区を手に入れたいとも思い始めていた。

 彼の自業自得が招いた評価である。

「閣下。一つ質問がございます」

『ふむ。申せ』

 話を聞いて、メルティエには一つ引っ掛かる所があった。

「小官とガルマ大佐は中部アジアで占領区域を拡大中です。”各自来る日までに準備せよ”とは、まるで我々に作戦に参加せよ、ともとれるのですが」

『うむ。その通りだ』

 開いた口が塞がらない、とは正にこの事。

 ここはユーラシア大陸である。メルティエの記憶が確かならば、第二次地球降下作戦は北アメリカ大陸を目標とするものだったはずだ。

 横断しろと言うのか、硬直するメルティエと沈黙するガルマは再度戦慄した。

『なっていないな、少佐。話は最後まで聞け』

「は。余りにも衝撃的なものでして、つい」

『まぁ良い。直接作戦に参加しろ、とは申しておらぬ。間接的、つまり中東方面へ進軍し陽動を掛けろという事だ』

「なるほど。時間を切り離して行い、混乱させるのですね」

『そうだ。そそっかしいのは相変わらずだな、少佐』

「…返す言葉が見つかりません」

 ふっ、と映像のキシリアが一笑。

 メルティエはがっくりと肩を落とした。

『作戦決行は今回のようにレーザー通信で直接伝える。が、通信妨害等の可能性も高い。その場合は別の連絡手段で伝える。各自滞り無く任を全うせよ。以上だ』

 敬礼の後、通信が切れる。

 彼らに解った事は、休まる日々とは無縁だ、という事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キシリアとの通信が終えた後、バイコヌール基地にHLV輸送団が到着した。

 輸送任務に従事するザクⅠや修理の為前線から戻ったザクIIがそれを手伝い、次々と物資を運び出している。その代わりに地球環境下で得たモビルスーツ戦闘データや破損した修理台、傷病兵が移し替えられ明日の明け方に地球圏を離脱するのだ。

 本国へ戻る兵と別れを惜しむ遣り取り。

 彼らに手紙等を託し、家族に届くのを願う兵。

 その光景を穏やかな表情で眺めながら、メルティエは基地内を練り歩いていた。

 彼も戦線を共にした兵に声を掛け本国を、宇宙の事を頼むと一人一人声を掛けて廻る。

 世話になった人に声を掛けるのは当然だと、彼は思っている。

 が、軍人としては上官。

 彼は自分が異名持ちという事を失念していた。

 前線指揮官として支えた彼が「よく頑張ってくれた。祖国と宇宙の事は頼むぞ」等と声を掛ければ誰しも期待されている、自分は”蒼い獅子”に頼られていると感じる。実際メルティエもそう思っているのだから間違いではないが。

 結果、古参将官組からは妬み等が多量にある為印象が悪く。新参や現場の士官達からは慕われるという軍人の出来上がりである。

 後日、この件で大掛かりな事件が勃発するのだが、それは後ほど語られるであろう。

 HLVへ運び込まれるのを見送ると、彼はその場を後にした。

 続いて、増援モビルスーツが置かれているスペースに足を踏み入れる。

「っと。これが新しい機体か」

 メルティエが建家の影から出ると、姿を現した蒼い機体に目を遣った。

 蒼いモビルスーツ。

 確実にメルティエの乗機だろう。

 ザクIIと比べるとやや直線的な部分も見受けられるが、曲線で機体が形成されている。

 頭部には指揮官用ブレードアンテナ。

 モノアイの溝の前後高が細く、動力伝達パイプが顔の横まで伸びている。ショルダーアーマーは丸型で一本のスパイクが反り返っている。

 腹部コクピットハッチとバックパックが多少形状が異なる程度。

 腕部がザクIIに比べて大きく形が違う事が気になった。

 そして胸部にペイントされた盾を背に咆哮する蒼い獅子。

「少佐、確認に来られましたか」

 搬入作業を指揮していたロイド・コルト技術中尉が受領書類を片手に歩いて来る。

「ちょうど良かった。署名を宜しくお願いします」

「ああ、構わない。所で、腕部が大きいがあれはなんだ?」

 手早く署名を済ませ、疑問点を尋ねた。

「あれはこのYMS-07、先行試作型グフの固定武装ヒートロッドですね」

「ヒートロッド?」

「対象に接触又は絡みつく事で大電流を、もしくは高熱で溶解するものらしいです」

「…主武装ではなく、補助的なものか」

「でしょうね。しかし大電流で電気回路をショートを狙うにも、熱で溶かすにしても自由です」

「対モビルスーツを意識した、という事か」

「ええ、なんでも何時ぞやの演習で開発陣が甚く刺激され、このモビルスーツにまで漕ぎ着けたとか」

「ああ、あれね」

 ”赤い彗星”シャア・アズナブル少佐と”蒼い獅子”メルティエ・イクスの一騎打ち動画は、今でもズムシティに住まう人々を騒がせる物の一つ。

 今でも”評論家”がこれが事実ではない、非常識とコメントする程だ。

 メルティエ自身、痛い思いをしたので思い出したくはない。

「これは陸戦仕様ですが。動きが素早いモビルスーツに取り付ければ、後は煮るなり焼くなり好きにどうぞ、という事らしいです」

「ふむ。他に武装は?」

「急ピッチで組み立てていますので、独自の武装はヒートロッド以外では盾に収納されているヒートサーベル。これは試作一号機らしく。三号機以降は左腕にフィンガーバルカンという近距離固定武装が内蔵されるみたいですね。ですからフィンガーバルカンの試射は出来ませんよ」

 モビルスーツ格納庫に運び入れられる資材の中に、確かにグフの塗料に合わせた盾が視れた。

「ザクIIとの武装共有化もできます。カタログをお渡ししますので、スペックの参考にご用立てください」

「ああ、助かる」

 グフのコクピットに向かいながらメルティエがカタログを読み始めた頃。

 木陰で休んでいた第168特務攻撃中隊の面々は、

「新型機は大将。とすると、少佐のザクIIは誰が搭乗するんだ?」

 ハンス・ロックフィールド曹長が自然な疑問を漏らした事で微妙な雰囲気を作っていた。

(メルとお揃い…でもあの機体確かやんちゃな子だったよね)

(改修型ザクII。がんばる)

(少佐の機体。使いこなせたら少佐みたいになれるかな)

 其処にざっくりと、

「いや、少佐の愛機は予備機として置く。あの機体は少佐用に引き上げてある。無理、とは言わないが相当の技量を要求されるぞ」

 サイ・ツヴェルク大尉が否定する。

「ありゃ、そうなのか。勿体ねぇな」

「性能を十全に扱えるならば乗ってみるが良い。確実に胃液を吐き出す羽目になるぞ」

「そんなに酷いのか、少佐の機体」

「少佐並に乗りこなそうと思うならな。通常通りに扱うならば問題はない」

 なら、と誰かが零したが。

「言っただろう、通常通りだと。それならば普通のザクIIを使え。少佐の機体はロイド中尉がカスタマイズした事を忘れるな。損傷すれば修理にも時間がかかる」

 ごもっともな次第、とハンスは肩を竦めた。

「第一、今度の機体は先行試作機。損傷すれば代用も利かない。保険の為にも少佐のザクIIは結局残さなくてはならない。付け加えるならば、先日再び中破され少佐のザクIIは現在修理中でまともに動かせない」

 ハンスに説明、というよりも「お前ら滅多な事考えるなよ」と周りに釘をさしているように思える。

 三人が肩を落としている。

 ハンスはそもそも前線で飛んだり跳ねたりするよりも後方からの狙撃をメルティエから期待されているので専用ザクIに不満はない。

 誤解されないように言うのなら、ザクIIも十分いい機体である。

(想い人と同じ色、乗っていた機体に自分も、ってぇ事かねぇ)

「あー…で、新しい機体はどうなんだ?」

「ロイド中尉とカタログスペックを拝見したが、ザクIIをより陸戦特化した機体だ。宇宙空間では使用できないが、装甲と機動性共にザクIIに勝る」

「ほぉ。そいつをキシリア閣下から送られたのか。大将もやるねぇ」

「ただ、搭載された固定武装がな」

「なんだ。おかしなもんでもついてるのか?」

 興味を惹かれたハンスが上体を起こす。

「専用の盾に、ヒートホークを剣状にしたヒートサーベルを収納している。ただな」

「なんだよ、気になる言い回しだな」

「それ以外に腕部にヒートロッドが装備されている。電流を流し、感電させ熱で溶かす。そういう類のものだ」

「ほぉ」 

 思ったより面白そうな武器だ、とハンスは感想を述べた。

「ヒートロッド。つまりは格闘、近接距離戦だ」

 サイの視線の先にはグフ。

「…うん?」

「今までは中距離をメインに戦ってらっしゃったから敢えて諫言しなかったが。格闘戦だぞ。敵に接近し集中攻撃の可能性も高くなる」

「まぁ、なぁ」

 嫌な流れだ、とハンス達パイロット一同は思った。

「撃破される可能性を引き上げてどうするのだと、グフを開発した連中に言いたいのだ」

 不機嫌を隠そうとしないサイに。

「まぁ。うちの大将の事だ。グフを開発した連中が歓喜する戦闘データをすぐ作るだろうさ」

 暢気にハンスはそう言い、燃料を投下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズゥン、と機体を通して身体に衝撃が走る。

 続いてプシュー、と排気音。

 計器類、サブモニターに目を送るが特に異常は見当たらない。

 電子音も静かに刻み、問題らしい問題はない。

 モニターには鬱蒼と生い茂る樹生。

 月明かりの下、夜露に濡れた生命力溢れる緑を存分に鑑賞したいが、現在は生憎と任務中である。

『メル、平気?』

 通信機から流れる馴染み深い声に返事をする。

「ああ、問題なし。駆動系に異常も見当たらない」

 メルティエが搭乗しているのはYMS-07、先行試作型グフ。

 この新しく受領した機体で慣熟機動を兼ねての哨戒任務中である。

 バイコヌール基地からガウ攻撃空母で移動、中東部アジアの境界線上でモビルスーツを降下。

 装備は専用シールド、それに収納されたヒートサーベル。

 空いた右腕にはザクIIで慣れ親しんだ一二〇ミリライフル。

 腰のハードポイントには予備のヒートサーベルを吊るしている。

 現在時刻が二〇〇八(フタマルマルハチ)

 問題なければここより後方のジオン勢力内で二二〇〇(フタフタマルマル)に回収予定となっている。

 僚機となっているザクIIにはアンリエッタ・ジーベル中尉が搭乗。

 残りの部隊員はガウを警備しつつ境界線を警戒している。

「月が綺麗だな」

『えっ!? えと、それって』

 何やらアンリエッタが慌てる。

「どうした。アンリ」

『…あーうん。何でもないよ。そうだよね、メルだもん。意味わかってないよね』

 何やら名誉毀損的発言だ。

 しかし、メルティエも其処は慣れたものである。

 面倒事は流す事を覚えた。

「現在作戦行動中だ。後で話は聞くから、目の前の事に集中しよう」

 操縦桿の動き、フットペダルの踏み心地等を確かめる。

『そっちから言ったのに、なにさ…はぁ、了解!』

(いかん、むくれたぞ)

 これはどうやら、ご機嫌伺いをしなくてはいけないらしい。

 いや、待て。そもそも何故自分がその様な事を。

(別に付き合っているわけでも―――)

 ヴィー!

「ちっ!」

 警告音に咄嗟に反応。

 フットペダルを踏み込み、操縦桿を前に倒すと同時にコンソールを開放、何時でも入力出来る様な体勢を作る。

 彼を良く知る整備兵曰く―――変態の構えである。

 グフはスラスターを起動。バーニア噴射口(フェルターノズル)からの炎が大気を灼き、機体を前へ前へと進ませ、撃ち込まれた砲弾を直進で回避。続いて襲う砲弾をそのまま機体の速度を上げてやり過ごす。

(なるほど、最新鋭機だ)

 ザクIIよりもスマートな加速。

 最高速度に到達する時間が縮まっているし、何よりザクIIよりも速度が出る。

 アポジモーターにエネルギーを傾けたらどうなるか、把握できていないのが悔やまれる。

(だが、やはりっ)

 重力加速度と、地球の引力が宇宙に居る時に比べて体感を狂わせる。

 想定するスピード感に到達できず、焦らされる思いだ。

 どこから狙われているのだろうか。

 グフのセンサー有効半径はザクIIとほぼ同じ三,二〇〇メートル程。

 その間には何も機影はない。

 緑の世界が広がるだけだ。

『メル、攻撃を受けてるの!?』

「! 来るなっ」

 彼女の緊張と不安の声音。

(不味い! アンリはグフじゃない(・・・・・・)ザクだ(・・・)!)

 グフの機動力だからこそ、直進のみで回避できた。

 しかし、加速と最大速度が異なるザクIIなら?

 スラスターを使えば?

 しかし、この場所は樹木が多い。

 地形を有効利用して障害物に?

 しかし、この闇夜。加えてこの場所は馴染みがない。

 彼女が正確に地形把握が出来ているか?

 彼女の声は、自分の危機に駆け付けようという意志(・・)が感じられる。

 自分の安全を度外視している!

「アンリ、攻撃地点を割り出してくれ!」

『メル!?』

 ドゥン!と側面モニターが砲弾で飛び上がった土砂とへし折れ砕かれた木を映した。

 ―――こちらの場所を観測しているのか。

 丘や建造物が存在しない森林地帯。

 身を隠す事はできるとは思うが、障害物には柔い。

 低光量映像視野、赤外線映像視野はモビルスーツにも内蔵されている。

 この二つが計算、測定を元にメインCOM(コンピューター)の演算能力で映像を作り補正される。視界は制限されているが、其れ程酷いものではない。

「お前が”俺の目”だ、頼むぞ!」 

 ドゥン、とフットペダルを通じて発動機の高ぶりを感じる。

 前面モニター、左側面モニターに光。

 右手が握る操縦桿を右に倒し、左手の操縦桿のコンソールを数度叩く。

 グフは右側に飛び、左脚部のアポジモーターで半回転と同時に腰を屈める。

 モビルスーツの全長を越す樹木が密集する場所を一時的な遮蔽物に。

 グフが先程まで居た空間に砲弾がややズレて三、四発と注がれる。

(ミノフスキー粒子は、散布されているか!)

 電波に歪みが出ている。通信はブレードアンテナのおかげか其れ程離れていないアンリエッタとのみ通信が開ける。

 どうする。自分が囮になるか。いや、それで敵の位置を測定しても攻撃を行う手立てが無い。

 完全な敵側からの奇襲だ。

 先手は潰され、主導権はまだ向こうのもの。

「―――やるか」

 灰色の双眸を細め、身体に力を滾らせる。

『メル、敵の砲撃位置、割り出したよ!』

「! 良くやった。位置情報送れるか?」

(なんだ、俺は今、何をやらかそうとしていた?)

 彼女を残して、自分は何を始めるつもりだったのか。

 ぶるり、と体が震える。

 電子音が鳴り、サブモニターにミニマップが表示され、敵との彼我の距離を測定する。

「アンリ。俺がこのまま背の高い木を遮蔽物に見立てて敵側に移動する。挟撃、もしくは反対方向から近づけるか?」

『難しいけど、やれるよ。だからメルは無理しないで』

 ふっと自然に頬が歪み、笑みを浮かべていた。

 身を案じられる事が嬉しい。

(だから、こいつだけは守る)

「安心しろ。後で話を聞くと約束したろう」

 各部の状態、異常なし。

 パラメーター、問題なし。

『―――うん。約束だね』

 体は少し前のめりに。

 操縦桿を軽く握り、コンソールには指を這わせ。

「ああ、約束だ」 

 ドンッ、と衝撃。

 急激な重力加速度に体が軋む。

 こちらのバーニア光を発見したのだろう、再び砲撃が見舞う。

(発見してから、砲撃までの時間が短い!)

 つまり、長距離砲台(トーチカ)等ではない。

 だが、モビルスーツに直撃すれば一撃で破壊されるような威力。

 61式戦車の主砲?

 否。当たり所さえ間違わなければ一撃で破壊されるようなものではない。

 では、この砲撃は一体なんだ。

「拝ませてもらうぞ!」

 ドンッ、ドンッと叩き粉砕され地面が悲鳴を上げる。

 シールドを前面に構え。土砂や木々を突進で弾きながら突き進む。

 時に森林を迂回して身を隠し、時にアポジモーターで弾道から機体を避難させる。

 アンリエッタからの敵砲撃予測位置は三〇キロメートル。

 そして、既に一〇キロメートルを通過した。

(これは、丘? この後ろからか!)

 ギュン、ボゥッ、とサブスラスターで旋回、森林をなぎ倒しながら一時着地。

(アンリはまだ歩行移動で進んでいる。派手に俺が動いているから、向こうはフリー)

 だから、

「終わらせてやる」

 ゴウッ、とメインスラスターからバーニア光を閃かせ突進。

 丘をカーブで登り、砲撃予想地点へ。

 その頃にはセンサーに反応。

 識別反応、データベースに照合有り。

「―――そう来たかっ」

 其処でメルティエの目に飛び込んで来たのは、

粗悪品(・・・)に、グフが負けるわけがねぇだろうがっ!」

 二四〇ミリキャノンを背負う(・・・)連邦製のザク、3機。

 月光が彩る丘の上で。

 地上初のモビルスーツ戦闘が、今始まる。

 

 

 

 

 

 




執筆終えたら8000文字近い。

弛れたらごめん。長すぎですね。
5000文字以下にするよう今後調整を…出来たらいいな。
一気に読まず、数回に分けてもいいかも
メルティエは緊張下、興奮状態になると口調が荒くなります。
つまり、ベットの上だと…?

読み応えあった、と思ってもらえれば幸いです。
閲覧ありがとうございました。

次話をお待ちください!


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第十六話:覚悟

 時刻は二一二〇(フタイチフタマル)

 中東アジア地区、森林地帯。

 住まう動物も眠りにつき植物が月光浴に弛う。

 夜露に濡れた葉から雫が地に一滴、一滴と水の恵みを湿らせる。

 常ならば陽が上がり、穏やかな空気がこの地に住まう彼らが起きるまで静かに流れゆくのみ。

 しかし。

 この日に限ってそれは、容易く打ち破られたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――畜生っ、畜生!

 連邦軍第03機械化混成部隊に所属する彼は焦っていた。

 闇夜に紛れてジオン軍攻略部隊に砲撃し進軍を遅滞させる事が彼らが上層部から授かった任務。

 敵が立ち止まるならば続けて攻撃を加え、索敵を開始されたら身を潜ませ静かに移動する。

 これを繰り返し、ジオン軍には長距離砲台(トーチカ)に類する遠距離攻撃設備があると錯覚させ、疑心に落とし本当ならば何もない平野を、山岳を、森林を用心深く進ませる。

 そして、敵に隙あらば撃滅する為に攻撃を再開する。

 これが彼ら連邦軍モビルスーツ部隊、第03機械化混成部隊の役目。

 彼の部隊は元々戦車部隊、砲撃科の出身者が多く在籍していた。

 その為、一番機が観測射撃。二番機が予測射撃。三番機が本命の直撃射撃として部隊、モビルスーツを運用してきた。

 三機編成で必ず動き、ミノフスキー粒子下でも通信が高感度で取れるよう現場で出来る工夫も設えた。

 其れ故に先手必勝、とまで戦績は行かないまでも常に先手を取る事で敵を困惑の内に中破、大破に追い込み撤退に成功させた事は彼らに自信と敵戦力に絶望し下がるに下がった士気を持ち直させたのだ。

「これで宇宙人共を追い返せる」

 部隊の連中と笑いながらそう話した。

 彼、彼らが搭乗するモビルスーツ。

 ジオン軍のザクIIを鹵獲したものをベースに、開戦前に連邦軍が作り上げたRX-77-01の武装を流用した機体である。

 武装は九〇ミリブルパップマシンガンを片手、または両手に。二四〇ミリキャノン一基を備えたバックパックと、それを補助する砲座を左肩に増設。右肩には近接距離に入られた時に応戦できるよう小型のガトリングガン一基備えている。

 一機一機では心許ないが、三機で弾幕密度を上げる事で驚異的な火力を叩き出す。

 但し、機体を制御するCOM(コンピューター)のノウハウが連邦軍と開発元のアナハイム社に無く、戦闘データを入手する事が最優先の任務となっていた。

 今回も、中東アジア境界線上でモビルスーツの反応を音響探知機(ソナー)で索敵警戒していた戦闘支援浮上車両(ホバートラック)に乗る先行部隊が連絡、万が一の為に彼の部隊は反応を残したポイントに急行した。

 そこで彼が見たものは、蒼いモビルスーツ。

 今まで見てきたザクとも違う外観。

 暗闇映像視野に映る戦闘用に洗練されたフォルム、大型の盾、闇夜の中でも存在を主張するモノアイが不気味に左右に揺らめくのだ。

 ウィルオーウィスプ、鬼火のようだと彼は思った。

 伝承でも、光もしくは火の玉でこちらを惑わし死に追いやる。

 そして、見えたモビルスーツの色。

 蒼いのだ。

 ジオンの主力モビルスーツ部隊の前に立ち、被弾を受けようと腕が飛ぼうと襲いかかってくるモビルスーツの話を彼は聞いた。

 ―――蒼いのだ。

 其の機体は蒼く、蒼い獅子のエンブレムをつけていたという。

 ―――蒼いのだ。

 奴の名は、”蒼い獅子”。

 蒼いのだ、目前のモビルスーツは。

 ―――嗚呼、鬼火がみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタ・ジーベル中尉は自らが操るザクIIを、敵予想地点へ走行移動させていた。

 モビルスーツの足音は大気に隠せない音響を残す。

 ズシン、ズシン、と。

 だが、闇夜の中ではブースターを起動せず、モニターの精度が悪化する事に目を瞑りモノアイの明度を下げれば隠す事も可能であり、隠密行動は出来ないが惑わすことは可能だ。

 装備なしでは大気に響く足音を正確に探ることは不可能に近いし、人間という生物は聴覚より視覚に頼る。聴覚に集中する事もできるが、見る事ができないと不安になる本能が働き意外とあやふやなものだ。

 逆に述べれば、訓練を受け”あやふやさ”を消した人間ほど気配感知に優れる。

 そんな人間が今戦場に居ない事を祈るのみ。

(敵にバレたら本末転倒だけど、急がないと)

 彼女の頭はこの事で一杯だった。

 エースパイロットとは云え、敵戦力が把握できていない状況で進行するのは悪手だ。

 新型機を受領したとはいえ、今回は慣らし運転。

 ぶっつけ本番、というのはギャグの一つだと彼女は思っている。

 予行練習もしないで十全に物事を動かし、測れるのならば勉強とか訓練とかは世の中に必要ない。

 稀にその類の人間が居るが、それはきっと勉強と訓練を骨の髄まで叩き込んだ努力者のみだ。

 ぽっと出の人間が出来てたまるものか。

 理不尽ではないか。

 だから、彼女は彼を信じる(・・・)

 子供時代に恋に趣味に時間を使ったわけではなく。

 生き残る術を得る為にその時間を使用した、彼の事を。

 全ての時間を戦場で生き残る術に費やし、骨の髄まで叩き込まれた(・・・・・・・・・・)男を信じる。

(ラル大尉と、ラル隊のみんなのシゴキは洒落にならないって)

 ザクIIは進む、進む。

 彼に向かって。

(死ぬかもしれない。そう思えるのはまだ余裕だ、って教えられたって)

 緑の海を切り開き、彼女の心を表すようにモビルスーツは月下の世界を走る。

私は(・・)そんな、理不尽な彼が)

 走破したザクIIのモノアイ、対象物を見つけたのかモニターに拡大処理を行う。

 その映像には、バーニア光を上げて突進する蒼いモビルスーツと。

 その姿を闇夜に浮かび上がらせる砲光を吐き出した、三機のザクが視認できた(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘の反対側に廻り、足を踏み入れたメルティエ・イクス少佐を歓待したのは砲弾の洗礼だ。

 彼は知らないが、敵のザクは連邦軍初のモビルスーツが装備した武装を装備し、その装備をクロスレンジならぬトリプルレンジ。三兵装同時発射を敢行する事で三機のモビルスーツでは有り得ない驚異的な火力を叩き出す。

 スラスターを完全に落とさず、アポジモーターには負荷を掛けて居なかったのが幸いした。

 グフはアポジモーターの力を再充填、即開放。

 機体が慣性で進んでいたのもメルティエの命を繋ぐ。

 彼は直進をそのままに丘の坂に機体を沈ませるように屈ませ、地肌スレスレに駆ける。再補足掛けられる前に両脚部のアポジモーターで方向を修正、大きく水平に逸れる(・・・)

 無理矢理慣性を殺した負担が身体に掛かる。

 中距離から近距離に踏み込んだからこそ可能とした接近後にスラスターを停止、アポジモーターの強力な横撃で機体を大きくズラす事であたかも目前でモニター前から消える急激な離脱を実現させた。

 それでも三機のうち一機からは逃げ切れず敵の捕捉から完全に脱しておらず、メルティエは左手操縦桿のグリップを握り込む。

 ガガガガガッと小刻みな振動、続いてドンッと叩きつけられる衝撃にきつく結んだ口から息が漏れる。

 しかし、グフは専用のシールド引き寄せ、身代わりにして難を逃れていた。

 機体に大きなダメージはないが、伝わる衝撃はパイロットを苦しめる。

 盾が完全に破砕される前に突進。

 ヒートサーベルを引き抜き、マニピュレーターから柄を通して伝達。

 核融合の強力なエネルギーが剣を模した発生器を包むように赤い刀身を形成、凶悪な熱量と電磁波が大気を灼き、蹂躙する。

「まずは、一太刀!」

 機体の更なる高速機動(ブースト)に警報が響くが、彼は無視。

 ドズンッ!と大地に減り込む踏み込み。

 弾丸に穿たれ亀裂が走り、遂に盾が完全に砕け散る。その上から削り取る銃弾にグフの装甲を信じて突き進んだ。

 そして空間に線を引きながら、ザクであったモビルスーツ―――最後まで攻撃した機体に打ち込む。

 ザシュ、と喰い込むエネルギーの刃。その下の剣状の発生器が食い込む。

 加熱され、溶断を確認した後、右腕を振り払う。

 敵の機体は耐久度の限界を超える熱量に溶解、切り裂かれた。

 核融合炉と共に。

 ドンッ、と後ろ足で地面を蹴り、足のバーニア噴射口(フェルターノズル)から最大限に放出。

 可能な限り後方へ飛ぶ。

 耳を(つんざ)く音。

 爆音、衝撃に見舞われるが、敵に対する目眩ましにも成る。

 腰のヒートサーベルを抜き、左手に構え爆発した機体と其処から昇る黒煙を遮蔽物に丘から飛び降りる。

 グフ、少なくともメルティエがいま搭乗する機体のレーダー機能は特筆すべき事もなく、平坦な性能だ。

 音響や軍のデータから地形図を照らし合わせて立体図を作る程ではなく、平べったい円に水平線垂直線を走らせ識別反応を点灯させる極簡易のもの。

 しかし、これが有るのと無いのでは位置状況の把握が段違いだ。

 恐らく、敵のザクにもこれと同等か程度の低いものが搭載されているだろう。

 だが、今はこれは確実に機能停止しているはずだ。

 目の前で核融合炉―――ミノフスキー粒子の大爆発を起こした(・・・・・・・・)のだから。

 メルティエのグフ、ブレードアンテナ装備型ですら位置情報どころか完全に通信も遮断された。

 相手も同じ。外界から完全に遮断されただろう。

 そして、目前のグフは舞台から飛び降り、消えた。

 養父はよく言っていた。

『使えるものは何でも使え、戦場では待ったは効かん。臆したら負けよ』

 そう言って、ランバ・ラルは訓練に疲れ倒れ伏した不肖の弟子(マイ・サン)へ、にやりと笑みをみせるのだ。

(―――さぁ、狩りの時間だ)

 メルティエは、常の彼には似合わない獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ、どこに消えやがった!」

 モニター内から完全に消えた。

 あの蒼いモビルスーツ。

(ヘンリーの機体が、爆発したのは見えた)

 その後からは機器が完全におしゃか。

 隣にいる友軍の反応すらレーダーマップに映らない。

 辛うじて、ノイズは酷いが通信だけはできた。

『ジャック、ヘンリーが!』

「落ち着け、まだ奴は居るんだぞ!?」

 思わず操縦桿を後ろに、駆動音が鳴る。

「ま、まずい!」

 音を出してしまった。

 頭部を旋回、首を振る動作でせめてモニター―――視界だけでも確保する。

(来い、来い、宇宙人野郎。蜂の巣にしてやる!)

 操縦桿を強く握り締め、連邦軍士官―――ジャック中尉は腹の中で吠えた。

 その時、モニターに黒い影のようなものが見えた。

「うおぉおおおおおおおおっ!」

 彼は先ほどと同じように三兵装同時射撃を選択。

 ニ四〇ミリキャノンが幾度も爆音を、小型ガトリングガンからは射出音が止まらず、両手の九〇ミリブルパップマシンガンは撃音を上げてジャックの機体を激しく揺らす。

 友軍機も同じ方向に何か見たのか、同様に火力を注ぎ込んだ。

『やったか!?』

「へっ、どうだやろう―――めぇ!?」

 彼の目には、黒い影の正体が映る。

 硝煙が消えた先には、爆発して果てたザクの腕。

 敵は、奴はヘンリー機の亡骸を拾い、目に入りやすい角度で投じたのだ。

 ジャックがその事に気づくと同時に重く腹に響く衝撃。

 体が上下左右に揺さぶられ、後ろに引っ張られる感覚。

「ごはっ」

 瞬いた後に見ればモニターは夜空を映している。

(やべぇ、転んでやがる)

 操縦桿を握って起き上がるモーションを、と思う。

 が、彼は動きを止めた。

 止めてしまった。

「なんだ、ありゃ…」

 彼の眼に飛び込んできたのは。

 こちらに背を向ける友軍機。

 その横からバーニア光を閃かせ、身を低くして突進する蒼いモビルスーツ。

 体一つ分空けて右脚が踏み込み、上体を上に伸ばす。その過程で両肩の反り返ったスパイクが下から掬い上げるようにザクの両腕の下に差し込まれ、両脇にがっちりと入れば。

 グオンッ、と空を切る音と共にザクが夜空に舞い、地上に叩きつけられた。

 まるで生きた人間のように動く、機械巨人。

 ―――蒼いモビルスーツ。

 その後に蒼い機体の左腕から鞭のようなものが走り―――高温を宿しているのか闇夜では酷く恐怖心を煽る―――、触発され起き上がったジャックのザクの両脚を切断、地に叩きつけられると今度は両腕を切断した。

 彼は支えを失い再度地に叩きつけられた。

「くそがぁ」

 友軍機はその隙に起き上がりながらブルパップマシンガンを蒼い機体に向ける。がその前に蒼いモビルスーツの右腕から(・・・・)も伸びた鞭がモニターに迫る。

『ぎゃあぁあああっ』

 僚機から耳を塞ぎたい程のボリュームの悲鳴。

 青く光を帯びた鞭から電子回路をショートさせる程の大電流が流され、関節部やダクトから黒煙を上げる頃に放電が終わった。

 ズゥン。

 友軍機が崩れ落ちる。

 ジャックは蒼いモビルスーツに目を向ける。

 胸には、盾を背に咆哮する蒼い獅子。

「化物め」

 そのモノアイがこちらをじっと見つめていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒートサーベル、ヒートロッドの実戦試行完了。全武装問題なし」

 ピッ、ピッと規則正しい電子音。

 ミノフスキー粒子は完全に晴れたわけではないが、だいぶマシになったようだ。

 レーダーも回復が見られるし、もう暫くすれば通信も元に戻るだろう。

 目前で転がる連邦製ザクを視る。

 専用シールドが破壊されたが一機の敵モビルスーツ撃破、二機の捕獲に成功した。

 捕獲した二機の内一機は情報入手しか取れないだろうが、もう一機は電子回路にダメージを残すものの綺麗な状態。ロイド・コルト技術中尉に任せれば有効活用してくれるだろう。

「自機体のダメージは駆動系に少し。盾が完全に破壊するまで受けたから、左肩部にもダメージ有りか。まぁ、仕方ない」

 戦闘データの回収もできたのだ。

 大満足の結果だろう、とメルティエは自信を以て頷いた。

 ちらり、と二機、恐らく撃破した機体にも繋がっていただろう地面に這ったコードをみる。

「しかし、ミノフスキー粒子対策に有線コードを各機体に直結させて通信密度を上げるとは。考えたな。遠距離戦がでいる機体だから可能、という事か」

 チッ、チッ、チッ。

「む?」

 何やらおかしい音を耳聡く拾う。

 ついで、モニターに映る四肢を両断したモビルスーツの姿。

(―――情報漏洩防止、自爆かっ)

 ドウッ、と後ろに飛び下がる。

 四肢が存在しないザクは道連れとでも言うつもりか、バックパック下のバーニア噴射口から最大限にエネルギーを孕んだ炎を撒く。

 マズルフラッシュで位置を特定されるのを嫌い、一二〇ミリライフルを途中で外したのが悔やまれる。

「ならば、ヒートロッドで」

 グフの右腕から伸びた高温の鞭を前方に伸ばす。

 彼は此処で疑問に眉根を顰める。

(待て。何故奴は外部スピーカーでカウントを聞かせた)

 腑に落ちない。

 それに、ザクの自爆カウントはそこまで悠長ではない。

 グフの立ち位置からしても有効範囲外だろう。致命傷は与えられない。

(―――まさか)

 しかし、いや、やはりザクはこちらへ飛び込んでは来ず。

「しまった!」

 死に体のザクは崩れ落ちグフが機能停止に追い込んだ機体に、爆砕する力を開放した。

 

 

 

 

 

 アンリエッタが辿り着く頃には、損傷はあるものの健在するグフ。

 その周りには部分部分のパーツが四散した、モビルスーツの残骸が点在しているだけであった。

 

 

 

 

 




フラグ立てるのって難しいっすわぁ…

所で陸戦ザクのミサイルって、誘導みたいだけど
ミノフスキー粒子下でちゃんと効くのかしら?
少し調べておこう、やらかしそうだ
さて。
こんなグフはどうでしょうか。

試作機だから好き勝手にできる。
気がするからやってみた。
後悔はしてない。
反省はしている。

少しホラー感出す手口を教わりたい今日この頃


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第十七話:芽生える疑心

 朝方、第168特務攻撃中隊が帰還。

 部隊長のメルティエ・イクス少佐が搭乗する新型機YMS-07、先行試作型グフ。

 この初整備に参加しようと担当モビルスーツがない者、非番以外の者は全員基地滑走路に出ていた。

 最新型のモビルスーツ。

 最新兵器を扱う整備兵達にとって、これ程心惹かれる者はない。

 主力モビルスーツ、ザクIIの性能を底上げされた機体。

 遠目から見ても異なる外観は彼らの好奇心を(くすぐ)る。

 最高速度、加速率、スラスターの燃焼力と効率、センサー感度、機体耐久度etc…。

 扱ってきた機体とどれ程までに違うのか。

 慣らし運転が終えた後、問題がないか分解整備(オーバーホ-ル)の許可も得た。

(真っ新な機体の隅々まで調べ尽くしてくれるわー!)

 徹夜明けの人間が多く、イイ感じのテンション具合である。

 地平線から現れたガウ攻撃空母。

 部隊章のつもりか、機体の側面に蒼い獅子のペイントがされている。

 フラつく事も、機首が乱れる事も無く無事に滑走路に着地。五〇〇メートル程走った後に完全に停止。

 ドドドドドッと走り出す整備兵。

 中には「我に続けぇ!」と叫ぶ者も居る。

 重低音を上げながらガウの後部ハッチ、モビルスーツハンガーに通じる出入り口が開放。

 ガシュン、ガシュンとモビルスーツの足音を聞きながら彼らは最新鋭機(グフ)の登場を待った。

 そして―――。

「なん、だと…」

 彼らの目に映る機体。

 滑走路に現れたグフは、損傷していた。

 当然である。

 パイロットは哨戒任務も兼ねて出撃したのだから。

 遭遇戦も検討はしていた。

 何せ乗っている人間が例のアレである。

 無傷で戻るとは誰も考えては居ない、一種の信頼が構築されていた。

 外観は未だ昨日見たグフのまま。

 上半身の前面装甲に弾痕、凹凸が出来ているが些細なものだ。

 専用シールドがなく、一二〇ミリライフルとヒートサーベルの柄を手に持っている。

 両肩の一本のスパイクは、反っていた部分がやや外側に変形しているが、最悪は外せば良い。

「おお、ジーザス」

 彼らが嘆いていた事。

 それは―――四肢が掛けていない事ではなく。

 グフが片足を引き摺る様に歩行していた事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球方面軍司令、ガルマ・ザビ大佐は設られた執務室で保有する戦力と各地へ伸びた戦線への補給物資輸送率の統計に目を通し、それが終わると第二次地球降下作戦時の行動予測、前日総司令から受けた中東アジアへの進軍ルートを模索していた。

 信頼している友、現状ガルマの右腕と上層部に目されているメルティエに新型機試行に合わせて中東アジア地区への哨戒任務を出した。

(センサー系の感度も見れるし、良い機会だと笑ってはいたが)

 何せ、彼である。

 良からぬものを引き付ける様で心配していた。

 悪運だけは飛び抜けている、帰還する事は問題ないにしても。

「杞憂であれば良いのだが」

 端正な顎を指で挟み、しばし思考していたが空気を裂く音と道路に擦られるタイヤの悲鳴が執務室内に響き渡る。

 ガウの着陸と、ブレーキの音。

 どうやらメルティエの部隊が帰還したらしい。

 当バイコヌール宇宙基地から離陸したガウは彼を除いては居ない。

 他基地からの緊急着陸であったならば、それに入らないが。

 ガルマは執務席の上をある程度、人に見られても乱雑と思われない程度に片付け―――他の者から見れば十分に片付けられた―――、席を立つ。

 別室で他の雑務をこなしていた秘書官に一つ、二つ頼み事をしてから廊下に出る。

 擦れ違う前に敬礼する警備兵や将兵に返礼し、熱気溢れる屋外に出た。

 専用に用意されたエレカーに乗り込み、滑走路へ向けて走り出す。

「うん? 何やら騒がしいな」

 近づけばガウのモビルスーツハッチから出てきたグフとザクに整備兵が群がっている。

「おいおいおい、この左肩、ずれてるぞ。何を受けたんだ」

「敵機の弾幕を正面から、盾で受けた時のものらしい。そして盾が無い。つまり」

「一二〇ミリライフル。やけに小奇麗だな。まるでピカピカだぞ」

「機動力を上げるためにライフルを捨てたみたい。少しでも距離を詰めるために、とか」

「下半身のバランサーにダメージがあるな、宇宙空間のときみたいな立体機動したのか」

「いや、闘牛みたいに肩のスパイクを使ってぶん投げたらしい。モビルスーツ相当の重量を」

「あーだからスパイクが変な方向に曲がったのか」

「整備マニュアル化できてないグフで、ここまでやったか。どうするよ」

「なぁに、お前さんが作成するんだろう?」

「こんな所に居られるか! 俺は担当モビルスーツデッキに戻らせてもらう!」

「ばっか、お前の担当が終わってるのなんざお見通しよ。観念しろ」

「こいつ、綺麗な顔してるだろ? 三徹目なんだぜ」

「立ったまま気絶とかやりおる」

 指差し、議論を交わし本日の予定が確定された事に悲鳴を上げる者、嘆く者、逃げ出そうとして確保される者などで騒いでいた。

 その後方にエレカを停め降りる。

「やはり、連邦軍と遭遇したのだな」

 苦笑いが自然と浮かぶ。

 それでも不慣れな新型で無事帰還するのだ。相当な規格外であろう。

(あの”蒼い獅子”が、遭遇戦で戦闘行動に入らず撤退したとは考えられない)

 もしかしたら部下が制止してくれればと期待したが。損傷したグフを見てそれが成し得なかった、出来なかったのだろうと理解した。

 新型機の実戦データを持ち帰り、哨戒ルートに設定した場所が連邦の網が張られた範囲だと判っただけでも大きな戦果だ。

 これ以上戦果を上げられると、

(いくら姉上の麾下であろうと、口を出さずにはいられない)

 彼の昇進沙汰が訪れない事へ不審の目を向けるのも止む無し。

 第168特務攻撃中隊所属のハンス・ロックフィールド曹長等、機転を利かし降下する他部隊を高高度から援護、無事に降下成功させてもいる。

 それなのに、ハンスは未だに曹長である。

 事実、彼ら以上の戦果がない者達が追い越して昇進しているケースがある。

 今はまだ目の前に連邦軍の脅威があるから一丸となって戦っているが、このままでは不味い。

 後続の者等、彼の部隊が挙げる戦果を(もたら)しても昇進できないのか、と漏らしているのだ。

 挙げた戦果を公平に評価しない事等、戦線崩壊の兆しではないか。

(もし、未だ彼らを評価しないのであれば直談判。最悪は所属を私の麾下にせねば)

 家族に対する不審等、考えた事もないガルマがキシリアの差配を疑う。

 家族をただ信頼すれば良かった昔と違い、現在は前線で戦い将兵の士気を感じ取り采配を振るう立場。

 指揮官としての性質が形成された故の不審であった。

 其処には純粋に彼らを気遣う面が多くを占めてはいた。

 が、有能な軍人であり友人のメルティエと彼が率いる部隊を引き抜きたい願望にも似た感情も秘められていた。

「お。只今帰還致しました、司令殿」

 真面目な言動の中に幾分か混ぜられた親しみ。

 思考の海に沈みながら歩くガルマを、引き上げるように声を掛けた男。

「無事な帰還を喜ぼう、少佐。それでは、散策がてら報告を聞こう」

 灰色の掛かった黒髪を汗で湿らせた友人に、穏やかな笑顔で迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガウ攻撃空母のハッチから出ると、整備兵が悲鳴を上げているのが解った。

 無論、彼らの目線の先はエスメラルダ・カークス中尉の搭乗するMS-06J、陸戦型ザクIIではなくメルティエのグフだ。

 彼女も新型機なのだが、新造された最新鋭機のグフに比べるとやはり印象が違う。

 MS-06Fは地球環境下での行動をも想定した万能モビルスーツ。

 しかし地球では粉塵が可動部分に入り込み動きが悪くなる事や気候変化や様々な地形での行動を強いられ、第一次地球降下作戦では降下ポイント=戦場であったが為に然程問題は上がらなかったが機動力と稼働時間の問題が露呈してきた。

 これらを踏まえMS-06Jは大気圏内では可動、関節部分に粉塵侵入防止材を当てて保護。

 外気温で熱が篭もりやすいジェネレーター周りを密閉型から空冷型に変更、防塵対策処置を施し対策を採っている。

 宇宙対応装備の大部分を省略、推進剤搭載量を削減する事で自重の軽量化に至った本機は重力下での機動性の確保、稼働時間の延長に成功したのだ。

 外観に多少の違いがあるが、MS-06Fとは中身も性能も違う。

 が、見慣れたザクIIよりもグフは外観も性能も違う。

 目立ちたがり屋ではないものの、少し寂しく感じる。

「む」

 おかしい。

 自分は元来人見知りが激しく、人の輪に入る事を苦手とした部類だ。

 逆に人と離れて行動する方を得手とする。

 黙々と作業、課題をする為人が寄ってくる事は稀で、偶にからかい目的の連中や好奇心で遠巻きに見てくる輩が居たぐらい。

 何時だろうか。

 人の体温を感じる事が嫌でなくなったのは。

 何時頃だろうか。

 居て欲しい、居るのが当然と思う様に成ったのは。

 何時からだろうか。

 何気なく視線で追うようになったのは。

「むむ」

 地球に降りて、吹く粉塵と気温調整が完全に成されたコロニーと違い、汗で身体に張り付く長髪が邪魔になり仕方なく断髪の用意をしていた時に。

『長年伸ばしてきた、と聞いた事がある。切るより纏めてみたらどうだ』

 彼は側頭部辺りで器用に結い、髪型を変更する事で彼女の断髪を取り止めさせた。

 手馴れてる事に疑問を抱くと、

『昔、妹分が居てな。その子にした事があるんだ』

 と懐かしむように答えてくれた。

 ツインテールになると基地内では概ね好評を得た。

 訪ねてくる同僚のアンリエッタ・ジーベル中尉に至った経緯を話すと、俯き何故か逆光になって表情が読めなくなったが。

 きっと、些細な問題だろう。

「むむむ」

 今も、ノーマルスーツのヘルメットを脱いで頬をくすぐる髪を指で弄う。

 前面モニターに映るメルティエは、ガルマを発見すると悲嘆に暮れる整備兵から離れ声を掛けている。

 蒼いノーマルスーツに、角の装飾がついたヘルメットを片手にした彼は軍服を完全に着こなす青年と親しげに数度会話した後、いつものように基地内を巡視するのか伴われて歩き始める。

 すっと、宙に浮いた手を、じっと視る。

 なんだ、この手は。

 何を掴みたいのか、彼女は考える。

「難題」

 腕を組み、シートにぽふっと体を預け。

 彼女はしばらく、物思いに耽る。

 それは、機体整備の為に基地格納庫へ誘導しに来た整備兵が声を掛けるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜間も物音が絶えない基地内が日中の熱気活気に後押しされ騒々しい。

 メルティエとガルマは日陰で休憩をとる兵士に労わりの言葉を掛け、隠れて遊戯に興じる者達に制裁を加えながら基地内を時にルートを変え練り歩いていた。

 ルート変更はメルティエの気紛れとガルマの巡回頻度を鑑みて、である。 

 ガルマの巡回頻度はある程度統計を出した上でのルート選別だが、メルティエは気紛れと勘である。

 一度目は注意。二度目は直近の上司へ報告。三度目は制裁、つまりメルティエが拳を振るう。

 ガルマも最初は止めようと思ったものの。

「我々が二度も促し改めてくれと咎めたものの、彼らは懲りていない。体に刻みつけて是正する。警備を疎かにして被害を被るのは彼らだけではなく、基地に所属する皆だ」

 グウの音も出ない正論である。

 多忙な書類仕事のストレス解消ではないなら、止める気も起きないしそもそも招いたのは彼らの職務放棄である。

 メルティエは全員を等しく接することが不得手ではある。

 が慕うもの、尊敬するものでも必要とあれば手を加えるし手を下す。

『己が職務を全うしない者には、優しさは不要である』

 養父母が人に優しくする事が大事だと持論を掲げる少年に、腰を据えて教え諭した結果である。

 出来うる限り優しく伝え、省みてもらおうとするが。

 それが成されない場合は、ラル隊仕込みの格闘術で肉体的に(・・・・)反省してもらう。

 それで恨まれようと悪声が広がろうと彼は受け入れる。

 一人が手を抜く事で全員が死ぬ。

 (ラル)が伝えたい事を理解したが故に、(メルティエ)は違えない。

 蔑視で見下ろすメルティエが呻く兵達に背を向け、それを厳しい目で見ていたガルマは巡視を取り止め執務室へ移動した。

 秘書官に飲み物を頼み、メルティエに座る事を勧める。

 冷たい水で乾いた喉を潤すと、彼らは任務報告に移り。

 戦闘の流れと対処に相槌を打ち、報告を終えた後に感想を述べる。 

「なるほど、連邦が鹵獲したザクを」

「ああ、独自に改修もしていた。モビルスーツの映像記録を参照すれば解ってもらえると思う」

「君の報告を疑ってはいないさ。ただ、前線に敵モビルスーツという問題は出来れば信じたくないものだね」

「実際に遭遇した俺が言うのも何だが、違いない」

 顔を見合わせながら笑う。

 次の瞬間には真顔に戻り、頭を突き合わせた。

「内容を公開すべきか、要らぬ不安を抱かせぬ様にすべきか」

「公開すべきだろう。連邦のモビルスーツ保有の脅威を知らなければ自軍に対し敵の奇襲を増長させる事になる」

「士気は下がるが、仕方ないか」

「何時までも快勝が続くわけではないし。開戦して三ヶ月。鹵獲されていない、調査の手が入っていないと考える人間は少ないだろう」

「中東アジア地区での遭遇、という事は反攻作戦を中東アジアで計画されていると言う事だろうか」

「いや、偶々遭遇した場所がここだった、という可能性も捨てきれない。全軍に通達し警戒を促す事しか今は無理だ」

 地図上の遭遇地域を指で差すメルティエに、ガルマは問う。

「今は、と言うと」

「第二次地球降下作戦の開始に合わせて大規模な陽動を仕掛けるのだろう? 中東アジア地区への橋頭堡確保にもなる。進軍する」

「ふむ。ヨーロッパ地区は制圧できている。半数近くを各基地へ振り分け、残る戦力で進軍を検討するのも必要か」

「可能であれば航空基地を抑えたい。オデッサに駐屯するマ・クベ大佐に援軍を頼めないか?」

 鉱山基地に駐留するマ・クベ大佐麾下のモビルスーツ部隊。

 周辺基地を落とした際に戦力も低下しているであろうが、増援を見込めるならば頼った方が良い。

「彼か。打診を検討すべきか」

「…ガルマ?」

 指を顎に当て、何事か考え出した友人に声を掛けた。

 何故、打診を決定、とは言わず検討と口にしたのだろうか。

「戦力の補強は優先するさ。出し惜しみしては勝てる戦も勝てないからね」

 肩を竦め、ふっと息を吐く。

 その言葉に頷き、先ほどの様子が少しばかり不思議に思ったが、メルティエは気にせず進軍ルートの選定に入った。

 ガルマから目を離した為、メルティエは気づかない。

「信用に値するか、今回で見極めよう」

 指で隠した口元はメルティエには解らず、ガルマは何処か冷たい目で地図上のオデッサを見ていた事に。

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。3月11日。

 地球方面軍総司令キシリア・ザビ少将から第二次地球降下作戦が発令。

 中部アジアに駐屯する地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐はその前日に中東アジア地域へ全戦力の半分を侵攻に当て進軍を開始。

 大規模な陽動作戦を展開し、降下部隊を連邦軍から逸らす為だ。

 その中には盾を背に咆哮する蒼い獅子のペイントを施された新鋭機、グフの存在が確認されたという。

 

 

 

 

 

  




アジア中東部へ向かう。
その為の準備を開始するジオン軍。
前線基地の雰囲気が出ていれば嬉しいです。
遂にいい子だったガルマさんが向けた事のない疑心を家族に。

おかしい、当初ではこんなプランは。
…うっ、頭が。


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第十八話:中東アジア戦線

 第168特務攻撃中隊は中東アジアへ地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐の部隊と共に進軍。

 オデッサに駐屯するマ・クベ大佐の部隊も合流し、全モビルスーツ七十三機もの大部隊に膨れ上がった。

 用意された九隻の攻撃空母ガウ発着に先立ってモビルスーツ部隊が侵攻。

 進軍ルートは二つに分けられ、山岳地帯と森林地帯から攻め取る事となった。

 山岳地帯にはガウ四隻を当て、見通しの良い上空からの高々度索敵で先行する地上のモビルスーツ部隊を支援。丘陵や渓谷ではガウに搭載された絨毯爆撃で殲滅を狙う。

 森林地帯も同じく部隊を前面に送り、伏兵等の横撃、奇襲を受けた場合にガウ五隻が援護に駆けつけられるよう後方で待機となっている。

 連邦軍は航空戦力に富み戦力の分散、挟撃が懸念される。

 その為に敢えて固まった戦力をぶつけ、敵の全容が見え次第ガウの攻撃で一気に決める手筈となっている。長距離からの攻撃も予想されるので可能な限り先行部隊と距離を開けて運用。

 山岳地帯はマ・クベ大佐のオデッサ駐屯部隊。

 森林地帯にガルマ・ザビ大佐の中東アジア攻略部隊と分かれている。

 これは指揮系統の混乱を避け、連携行動の差異がみられた為の措置。

 そして各々の思惑が重なった為でもある。

 マ・クベ大佐は第一次作戦では戦力を一気に投じ、降伏させる為に大部隊を用意したもののこれを過剰と上司のキシリア・ザビ少将に断じられた挙句、背水の陣で攻略に当たった。

 攻略には成功したが、この経緯と内容が漏れ彼の評価は下がってしまう。

 この時の名誉挽回を望むため、文官肌である彼が前線に出ているのであった。

 ガルマ・ザビ大佐はというと今回の作戦で不当に功績を認められないエース部隊に、無理矢理にでも恩賞を正式に認めさせるためにマ・クベとは敢えて別れるようルートを設けていた。

 無論、戦場での功績等は時と場合に寄る。

 しかし、彼らは必ず武勲を上げるとガルマは確信していた。

 友でもあり、”蒼い獅子”の異名を取るメルティエ・イクス少佐が戦場に出て戦果ゼロで帰還した事なぞ一つもなく。前線に出れば敵勢を崩し、哨戒に出れば敵未確認モビルスーツと遭遇する男である。

 戦果を期待するな、というのが無理な話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在―――。

「ハンス! 上の哨戒機、落とせるか!?」

 夕方に差し掛かる時刻。

 赤く装甲表面を染められた機体が落下と同時に立ち並ぶ樹木を押し倒し踏み締め、ドンッと再び飛翔。

 きっかり二秒後メルティエの搭乗するYMS-07、グフが存在した場所に砲弾が数発撃ち込まれ、地面が爆ぜる。コクピット内ではブースターのパラメーターが安定稼動域ギリギリを維持できるかどうか、という状態。しかし彼はモビルスーツの存在を印象づけるように激しく跳躍を繰り返す。

 遅滞戦術を採る連邦軍砲撃部隊の繰り出す攻撃を引き受け、回避行動を継続する蒼い機体。

 ショルダーアーマーは以前の愛機の物に換装され、スパイクの代わりに防御シールドに。

 その分両腕の可動域が狭くなったものの、両肩の防御シールドに加え左手で専用盾を構える姿は鉄壁の如く友軍を魅せた。

 飛び上がりと共に右手に装備された一二〇ミリライフルで応戦。

 幾つか命中したのか、外部マイクを通じてメルティエに破砕音を教えてくれる。

 61式戦車の大部隊が前面に展開する中、彼らは任された拠点制圧を成さんと突き進む。

 森林に視界を遮られ、その奥には塹壕。其処に敵部隊は潜み砲撃を続けている。

 現状では、メルティエに有効打が無い。 

『任せな、大将!』

 コムサイの上面に陣取り、磁力で張り付いたモビルスーツ。

 ハンス・ロックフィールド曹長専用に狙撃に特化されたザクIが両手で構えた長距離狙撃長銃(スナイパーライフル)で、上空から索敵行動に徹していた高々度戦闘機FF-6 TINコッドの機体中心部を狙撃。

 彼が覗き込むガンスコープの中で四散する姿を一瞥、すぐに他の獲物に取り掛かる。

『ちっ、奥に下がりやがる』

 続けざまに一、二機と撃ち落とす中で機首を返して自軍領に戻る数機。

「ヘレン、敵機の進路方向、割り出せ!」

 止まない砲撃の雨の中。

 時に三つの盾で防ぎ、時に森林の樹木を遮蔽物に、最後に回復したスラスターを吹かし飛び退る。

 左肩の防御シールドは半ばから折れ、右肩側は虫食い状態。

 専用盾も何時破砕してもおかしくはない。

 肩部のダメージが腕に伝わり、マニピュレーターを通じて表示されるライフルのガンサイトが定まらない。

 先ほどの応戦射撃で命中したのは偶然の産物。

 今もライフルを撃ち続けているが当たった感じがしない。

『了解。操縦は私に任せて、ルート割り出し、できる?』

『はいっ』

 落ち着いた声のヘレン・スティンガー軍曹と、元気の良い返事が響く。

「アンリ、敵位置把握はどうか!?」

『見つけたよ! リオ、行ける?』

『やれますっ』

 谷を駆け上がった二機がバーニア光を散らし側面から敵塹壕へ向けて降下。

 グフが三度程回避運動をしている間に、激しかった攻撃に衰えが出始める。

 代わりに森の奥から上がる黒煙とドン、ドンと大気を叩く音が木霊した。

(―――いける!)

「ハンス、敵位置は把握できるか?」

『読み通りだ。敵さん慌てて下がろうとしてるぜ』

 グフの左腕を引き寄せ、盾を正面に構え直す。

「アンリ、リオ! 下がれっ」

『了解!』

『下がります!』

 威嚇射撃を続け五秒時間が過ぎるのを待ち二機のMS-06J、陸戦型ザクIIが森の奥から飛び出すとグフの背後に回る。モニターで目視するに、機銃等でザクIIの防御シールドが凹んだくらいで他に外傷が見られない。

「エダ、やれぇ!」

『発射』

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 幾重にも成る断層や褶曲によってできた構造谷の中腹に二八〇ミリバズーカが続けて命中。

 ドドドドド、と衝撃と爆風で抉られた斜面から土が勢いよく噴き上がり土砂が下に向かって流れ濃密な砂煙が視界を黄色く染める。

 一分経過。

 自分の呼吸音と規則正しい電子音、グフの発動機が唸る声だけのみとなる。

 三分経過。

『少佐、敵識別反応消失。及びルート確認完了しました』

 ヘレンの声を聞いて構えを解き、可動音に粉塵が噛み込んだ異音が無い事を確認して、大きく息を吐いた。

「皆、大事ないか?」

 半身を捻り、後方へとグフのモノアイを向ける。

 背後のアンリエッタ・ジーベル中尉、リオ・スタンウェイ伍長が搭乗するザクIIは防御シールドを下ろし、各々が持った武器を構え直している。

 奥から現れたエスメラルダ・カークス中尉はバズーカを片手に油断なく周囲を警戒しながら近寄り、上空を飛行するコムサイからハンスのザクIIが片手を上げる。

 各自が声を上げ、メルティエは部隊員の無事を確認した。

「戦闘継続に影響が出た機体はないか?」

 声が上がらない。問題は無いらしい。

(―――問題があるのが自分だけか)

「ヘレン、コムサイの稼働時間にまだ余裕はあるか?」

『あと五時間は行けます。戦闘を挟むとしたら三時間程に短縮されますが』

 ノーマルスーツの内蔵時計を見ながら、

「日がある内に一度戻ろう。ガウに帰投後、第三補給ラインまで移動。補給後再出撃になる」

『了解、後方待機中のガウに連絡を取ります』

『おし、リオ行くぞ』

『りょ、了解です』

 コムサイが低空飛行を開始するとザクIが上部から飛び、コムサイのモビルスーツハンガーに至るハッチに入り込む。続いて飛び上がったザクIIが同じようにハッチの中へ消え、閉じられた。

『ハンス機、リオ機の固定完了。少し待っていてください、少佐』

「了解だ。ついでで悪い、ガルマ大佐にC地点制圧の報告を頼む」

 苦笑が漏れた了承を聞きながら、ヘルメットを外す。

 ぼさぼさの髪が汗で顔に張り付く。

 操縦桿を軽く押しガシュン、ガシュンとグフを歩行させながら、大きく息を吐き機体状態をサブモニターで確認。

 側面モニターにはザクIIが左右に付き、索敵警戒に入っている。

「流石に盾の損耗が激しい…両肩と左腕に負担が掛かるな、やはり」

 敵火力の矢面に立ったのだ。むしろ撃破されてないだけで御の字である。

「シャア少佐なら。いや、そもそも彼は矢面よりも奇襲を選ぶか」

 宇宙での彼と戦った苦い記憶が蘇る。

 ”赤い彗星”シャア・アズナブル少佐。

 彼ならば地上ではどの様な戦術を採るだろうか。

 本作戦では部隊内での連携を重視し盾を三枚持つメルティエが前衛、中衛にアンリエッタとリオ、後衛にハンスとヘレン、エスメラルダに別れた。

 前衛に三機、後衛に二機で良いと思うだろうが戦場の広さで考えるなら今回は正しい。

 森林に阻まれ構造谷に囲まれては、幾ら高速機動が出来ようとも十分な移動範囲を保てないと判断。

 それが三機も並べば尚更だ。

 持ち前の回避率、防御力と耐久度に秀でたメルティエ機が攻撃を請け負い、ハンス機が上空から援護射撃。

 こちらの動きを見ていた哨戒機を撃破後、迂回していたアンリエッタ機とリオ機が横撃を仕掛ける。

 続いて奇襲に応戦するなら良し、下がるならば敵部隊を土砂で止めとなる。

 今回は後者だったが、前者だったらメルティエ、ハンスとエスメラルダ機も前に出て圧力を掛ける手筈だった。

(今回は敵モビルスーツが出てこない。温存しているのか)

 鹵獲した機体を改修した連邦製ザク。

 グフの機動性と目眩ましが功を奏したから三機を相手に圧倒できたが。

(連邦はまだモビルスーツの戦闘データが圧倒的に足りない、だから動かず長距離砲台(トーチカ)のように一方的攻撃が可能な砲撃タイプに改修したのか)

 全長一七メートルを越える事で観測距離も伸び、発射位置が高いため射程も伸びる。

 固定砲台のトーチカでは不可能な移動も可能だ。

(あの時のパイロットは、道連れではなく、機密漏洩阻止に動いた)

 四肢をヒートロッドで切断されて尚、諦めない闘志。

 後続の仲間の為に自分と戦友を殺す覚悟。

(あの”覚悟”は、俺に必要なのか)

 顔も見えない”誰か”の為に、苦楽を共にした部下を撃てるだろうか。

(わからない。わかりたくもない)

 そう胸中で断じた自分は、きっと軍人失格なのだろう。

 機密漏洩防止の為に自ら命を断つ。

 誰でも出来うる行為ではない。

 彼の成した行動は、素直に尊敬に値する。

 ただ―――。

『メル、敵が来ると危険だから合流ポイントへ進もうか』

『同じく。不必要な戦闘は控える』

 自分には出来そうにない。

「ああ、帰ろう。皆の所へ」

 失いたくないから、敵を食い殺す。

「第168特務攻撃中隊、帰還に入る」

 自分は”蒼い獅子”と云う獣なのだから。 

 夕闇の中、三枚の盾を持つグフに連れ添いながらザクII二機が戦場跡を去っていった。

 彼らの地点から三〇〇キロメートル離れた森林、其処から去る機影に気づかぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽動作戦から生じた中東アジア侵攻は第二次地球降下作戦終了まで続投し、中東アジア地区の大部分を勢力下に治める事に成功。

 しかし逃散した連邦軍は主力部隊が本拠地に戻るとゲリラ活動を開始、中東アジア地区では散発的な戦闘が起こるようになり、防衛部隊と治安維持部隊が結成され事に当たった。

 その為、ユーラシア大陸のジオン軍は広く浅い戦力を展開する事を迫られこれ以上の戦線拡大は維持できず硬直してしまう。

 幸いにもこの侵攻で連邦軍航空戦力を大幅に削り取ることに成功し制空権を長期間維持。ガウ攻撃空母や後のモビルスーツ輸送機、ファットアンクルを大多数揃えることが出来た事が大きく空輸、物資投下する事で各戦線に補給が途切れるという最悪のケースは防げた。

 だがメルティエ、ガルマの警戒心を嘲笑う様に連邦モビルスーツの戦線投入は確認できず終い。

 連邦軍モビルスーツの存在は地上では蒼いグフ内の戦闘データと数少ない残骸から分析するだけとなり、二人の将校に大きな不安を抱かせ続けた。

 マ・クベ大佐は用立てた専用グフで部隊を率い山岳に点々と築かれた航空、鉱山基地を攻略。

 防衛戦力の予想外の抵抗と地形慣れしていないパイロットとモビルスーツに被害が及ぶが粘り強く攻め立て、遂に陥落した。

 ガルマ・ザビ大佐は航空基地を始め大自然を利用した天然の要害を掌中に治めると既存設備を下地にモビルスーツ工廠、大型プラントの開発を技術班と工作班に命じ要塞化を進める。

 施工完了前にこの地はガルマ・ザビ大佐の手を離れ、新たに地球に赴任するギニアス・サハリン技術少将が統轄。

 充実した設備群に赴任当初は驚き、後に来る地球連邦軍の反攻作戦以降に「ガルマ様の先見の明には驚かされる」と側近のノリス・パッカード大佐に漏らしたという。

 第三次地球降下作戦完了後は中部アジア地区にマ・クベ大佐、中東アジア地区にギニアス・サハリン少将と管理地域が分かれ次第に縄張り争いに入りそうになるが「補給線に滞りが見られた場合は”蒼い獅子”を差し向ける」との恫喝を前任者より浴びせられていたので補給物資のみ連携した。

 尤もこれは、

「ガルマ様経由でキシリア様に報告が行ってしまうではないか」と恐れたマ・クベと、

「素晴らしい設備を用意してもらいながら刃向う等、恩知らずもいい所だ」と述べたギニアスの落とし所でもあった。

 事実、”蒼い獅子”がユーラシア大陸に再び渡った時は補給線に意図的な綻びはなく、マ・クベから補給を受け、ギニアスからは中東アジア攻略の立役者として歓待を受けた。

 

 

 

 

 




今回語りが多い。
じ、次回は会話が多くなるかもしれんね!

次回、第168機動戦隊の面々に昇進は成るか。
ガルマさんとキシリアさんの関係はどうなるのか。

そして作者は本作品を何処へ向かわせる気なのか。
閲覧してくれた方、ありがとうございます。

次話をお待ちください!


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第十九話:思惑の先

 宇宙世紀0079。

 3月11日。ユーラシア大陸大部分の占領に成功したジオン軍は第二次地球降下作戦を発令。

 瞬く間に北米にある連邦軍の四大基地(キャリフォルニア、ケープカナベラル、ニューポート、メイポート)を制圧した。

 この背景には設定された降下ポイントが先日の”ブリティッシュ作戦”、コロニー落とし後の津波の影響で東西の両岸がほぼ壊滅していた事にも有るが、作戦前日に開始された第一次地球降下部隊による中東アジア戦線への大規模な侵攻が混乱を増長させた事も大きい。

 十分な余力をもってアメリカ自治州中部地方へ進軍するジオン軍には、一つの目的があった。

 ジオン諜報部、内通者を使い確認を急がせ、現地情報と三ルートから統合して確信したもの。

 旧アメリカ軍基地の位置を正確に特定し、彼らが優先したもの。

 ジオン軍上層部が第二次地球降下作戦の目標に北米を選んだ事には、理由があった。

 ―――核ミサイル施設。

 これを備えた軍事基地を中心に次々に占領、ないし抵抗を続ける場合は施設そのものごと破壊。

 幾つかの核ミサイル施設を支配下に置き、南極条約締結以降”使用しない”とされた兵器を手に入れたのである。

 そして万が一使用されたら脅威となる核の奪取に成功した事も重要だが、この作戦の最大戦果はもう一つの方にあった。

 それは、キャリフォルニア・ベースをほぼ無傷で入手した事。

 確かに、地上設備はコロニー落としの津波で全壊している。

 が、地球連邦軍総司令部であり大規模な地下兵器工廠のジャブローに匹敵するとされる地下施設は健在だったのだ。現に残された資源を活用して降下作戦に使用されたMS-06F、ザクIIを当日から作業に回しMS-06J、陸戦型へと改修可能としたほどである。

 以後同基地は地球攻撃軍の本拠地とされ、各種兵器の開発と生産を行う重要拠点に指定された。

 続く3月18日。

 ジオン軍は順調な作戦進行に戸惑いすら覚えながらも、第三次地球降下作戦を決行。

 コロニー落としの被災地であり壊滅的被害を被ったオーストラリア大陸にジオン軍将兵らが勢いを持って降下。

 彼らの勢いが空回りする程に、抵抗らしい抵抗もなく進軍。

 文字通り無人の野を行くが如く進軍し、大陸全土を制圧した。

 その後の部隊は資源採掘部隊とこれを護衛する一部の戦闘部隊を残し北上、アジア・インド地区の密林地帯を勢力下に収めている。

 この第二次、第三次以降のジオン軍降下部隊に対し、連邦軍はほとんど阻止に行動する事が出来なかった。

 それは何故か。

 理由は極簡単である。

 保有する戦力に底が見え始めたのだ。

 第一次降下作戦の際にルナツーから派遣した宇宙艦隊は壊滅、潰走となり追撃で更なるダメージを被った。

 連邦軍宇宙艦隊は他へ戦力を割く事もできず、ルナツーの完全防衛に移行。虎の子である鹵獲モビルスーツすら出しての防衛戦である。

 撤退する艦隊追撃を打診した宇宙攻撃軍”赤い彗星”シャア・アズナブルのルナツー防衛戦力を探る目論見は見事的中し、引き出しの中身を晒け出されてしまう。

 同戦域にモビルスーツ隊を率い前線に出るものの威力偵察に重きを置いた突撃機動軍”真紅の稲妻”ジョニー・ライデンが持ち帰った連邦製ザクとの交戦情報は連邦軍モビルスーツの投入、開発の可能性をキシリア・ザビ少将を通じてジオン軍上層部に伝わり十分に有益なものとなった。

 この功績でシャア・アズナブルは中佐に、ジョニー・ライデンは少佐に昇進している。

 少なくない出血を流したが、ジオン軍は地球圏軌道上に艦隊を配置。

 地球側から送られる戦力がルナツーに合流しないよう監視体制を採る。

 しかし地球側、地上の戦力はコロニー落としの影響がまだ続き、降下したモビルスーツ部隊の攻撃に遭い続けて余分な戦力等有るはずもなく。参加した将兵を散らし続ける籠城戦、撤退戦を強いられていた。

 連邦軍にとって不幸中の幸いだったのは、ジオン軍の最大動員数限度に限りがあり、それも国力の問題ですぐに到達するという事だった。

 地球の半分、大多数を占領されたとしても戦力分布は広く浅く過酷な地球の環境下は完全に調整されたコロニー内とは違う。

 根を上げずとも、将兵らに厭戦が広がると判断していた。

 それは正しく、同時に間違ってもいた。

 宇宙にはない天然の空気、水。

 それらが育む大自然。

 一日に吸う酸素量を考えずとも良い、摂る水や食料に神経を尖らせなくても良い。

 確かに地球の環境は容赦なく宇宙移民者を苛んだが、同時に恵みも地球居住者と同じように与え続けるのだ。

 宇宙を懐かしむ将兵らも多くは居たが、彼らも順応していき”慣れ”を覚える。

 戦線が広がるにつれて補給線の再構築を迫られ、やむを得ず後退も見られはしたが地上から多数の戦力が宇宙に戻る事態は起きず、着実とジオン軍勢力圏を広げていく。

 中部アジアにマ・クベ大佐、中東アジアにギニアス・サハリン技術少将、オーストラリアにウォルター・カーティス大佐が方面軍司令として配置され地球の豊かな資源を宇宙へと送る。

 第一次降下作戦から前線で指揮を執り続けたガルマ・ザビ大佐は相応の実力を持つと判断され、地球の要衝となった北米キャリフォルニア・ベースの最高責任者として就いた。

 この人事にはデキン公王、ドズル中将の口添えもあったが適正に問題ないとキシリア少将も肯定し、ギレン大将が任命を下した。

 この件でガルマ・ザビは准将に昇格。

 ひと月前までザビ家の御曹司だった彼は、ジオンの大器と称されるまでその名声を高めていく。

 開戦から四ヶ月が経過した時の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエ・イクスが率いる第168特務攻撃中隊は、配置替えのために移動するガルマ・ザビ准将の護衛を命じられバイコヌール宇宙基地から一時大気圏外にHLVで離脱。

 地球軌道上守備隊から代えのHLVを受け取り物資の輸送を済ませると、彼等に守られながら北米大陸に進入角度を設定、再び地球へと帰還した。

 この時に眺められた地球の意識が吸い込まれる鮮やかな青と、身体が飲み込まれる蒼い宇宙(そら)にメルティエは子供のように心躍らせた。

 大気圏を往復移動する疲労に負けまいと抵抗していた部隊員は「タフネス過ぎる」と青い顔を覗かせたが、部隊長も疲労している。以前見られなかった事で今見る光景を焼き付けようと必死だっただけである。

 無事新たな赴任先となるキャリフォルニア・ベースへ准将を送り届け、任務達成と相成ったが。

 バイコヌール基地に比べ高価な調度品に囲まれた執務室、恐らくはザビ家の人間が送り込んだ品々だろうその前で、ガルマは任務報告に現れた彼らに向き直った。

「メルティエ・イクス少佐。護衛任務ご苦労」

「は。ガルマ・ザビ准将、ここで我らは別れますが。お元気で」

 かっ、と軍靴を鳴らす部隊員―――といっても前線任務に就く者達だけであったが―――にガルマは一度頷き。

「うむ。貴官らには世話になった。まずは礼を言わせて欲しい」

「勿体無いお言葉です、准将」

 畏まる期間は短いながらも親交が深い青年に、新任准将は穏やかな笑みを浮かべ質感ある傷一つない執務席の机上から重なった封筒を取り出した。

「私から諸君へ送る。ささやかなものだが、受け取って欲しい」

「御厚意。感謝致します」

 ざっ、と敬礼する部隊員達に向け。

「リオ・スタンウェイ伍長、前へ」

「え。あ、はい!」

 幼さの残る少年がおっかなびっくり前に出る。

 戦場でやや痩せたが、更に凛々しくなった貴公子は変装したら少女にしか見えない彼に辞令を伝える。

「降下作戦以下戦線での功績を認め、貴官を曹長へ任ずる。今後も励みたまえ」

「つ、謹んでお受け取り致します」

 緊張によるものか顔を紅潮させたリオは封筒、ジオン公国の国章が刻まれたものを受け取った。

 敬礼して元の位置に引っ込むリオに苦笑を浮かべながら、メルティエは喜ぶ。

 伍長からの躍進。恐らくは士官学校を経ていないので高い地位には上がれないだろうが、小さな部下の昇進を喜ぼう。

 視線をリオからガルマに戻すと、

「続いてハンス・ロックフィールド曹長」

(―――あれ、続くのか?)

 公式の場では飄々とした態度を崩さない彼も緊張するのだろう、やや動きが硬い。

 彼の辞令が終わるとまた次に名が挙げられ、部隊員が目を白黒させながらガルマの前に立ち、昇進の辞令を受けて行く。

 これは本来ならば第一次降下作戦が終了後の人事だったらしく、続く戦線に部隊が休む暇なく引っ張られた為に遅れた分を合わせた結果らしい。一人当たり二回昇進辞令を行うのが面倒なので、一気に昇進とする事に決めたと後に聞く事になった。

 各々の昇進辞令が進み、アンリエッタ・ジーベル大尉となった彼女が元の位置に下がる瞬間、不安げな色を端整な貌に浮かせた。大尉に任じられたエスメラルダ・カークスを始め他の部隊員も高揚感から一気に鎮静し、ただ一人の人物を見る。

 ”蒼い獅子”の異名を取るエースパイロットにして部隊長メルティエ・イクス。

 彼にどんな沙汰がもたらされるのか、先程まで笑顔で昇進を喜んでいた全員が真顔で注目している。

 水を打ったかのように静まった執務室。

 ガルマはこの室内に満ちる緊張感に、やはり彼は良い部下を持っていると喜んだ。

 己の栄達に浮かれている表情を見せてた癖に、長が未だ賞されないと知ればこの有様。

 彼と生死を共にするパイロット達など、表情を殺しているがガルマの一言でどう転ぶか。

 モビルスーツ部隊を補佐する戦闘機乗り達も冷静な顔を見せているが、焦らすなと目で訴えている。

 ここにクルー達や整備兵達が加わればどうなるのか。

 上に命じられ行動を成す軍人、という雰囲気ではない。

 彼らの中で漂うのは、

(まるで、一族。郎党のようだよ、メルティエ)

 一人を戴き行動する群れ。

「降下作戦以下の戦線で群を抜く功績、司令補佐を成した貴官の貢献を踏まえ」

 ガルマがひと呼吸置く。メルティエを含む部隊員がごくり、と喉を鳴らした。 

「メルティエ・イクスを中佐に任じる」

「―――は。拝命承ります」

 感じ入った部隊員が見守る中、綺麗な敬礼を返す友人へ。

「それに伴い新たに任を受けて貰いたい」

 ガルマは申し訳無さそうに声音を使い、満面の笑顔を彼らに見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む…?」

 メルティエ・イクス中佐はぐらぐらと定まらない焦点に疑問を抱きながら視界が定まるのを待つ。

「ここは、俺の部屋か?」

 カーテンに仕切られた窓際から、うっすらと光が漏れる。

 薄暗い室内。

 天井の広がりは今まで暮らしたどの部屋よりも広い。三人、四人程部屋内に居ても息苦しさを感じない程。

 さすがにまだ調度品はライトスタンド、寝台、机、本棚等の基本的なものしか無い。

 キャリフォルニア・ベースへガルマを送り届けて以来使用を許可された自室。

 地下設備にある住居スペース、大多数が入る兵舎とは別棟の建家。

 其処にメルティエの自室は用意されていた。

 長期滞在を見越しての段取りだったのだろうと、今になって知る。

 数日しか経ってない為、少しの違和感がついて回るが仕方ない。

 一人の部屋にしては広すぎるのだから 

「確か、えぇと」

 昨日は確か、ガルマ准将から新たな任務を受けた。

 その後の記憶が朧ろ気だ。

 これは不味い。

 記憶が確かなら自分は今日非番ではない。

 キャリフォルニア・ベースの防衛兵器群の稼働率と、同基地内の把握に努めなければならない。

 連邦軍本拠地ジャブロー陥落の糸口すら見えてこない昨今。

 占領した軍事基地を強固なものとし、奪還を試みる連邦軍を迎撃する準備を進める事が急務。

 何せキャリフォルニア・ベースはコロニー落とし後の津波で地上設備が全滅、復旧の目処が未だ立っていない。現時点でも警備にモビルスーツ隊を充て、ジオン軍主力戦車マゼラアタックがザクIIが一機につき三両と地下設備で生産終了した機体を優先的に防衛戦力に回している。

 近々陸戦艇が配備されると聞いている。

 戦力拡充は願ったり叶ったりであった。

「…お、視界が、や…っと?」

 メルティエは天井から横に視点を変え、硬直した。

 頭の中で?が乱舞する。

 落ち着こう、もしかしたら眼球に異変があるのやもしれぬ。

 二秒ほど目を閉じ、開く。

(えぇ、どういう事なの)

 薄暗い部屋の中、浮かび上がる人肌。

 すぅ、すぅ、と呼吸に合わせて上下するたわわに実った胸、張りのある腹部、滑らかな太腿は自分の腕を挟み、その奥への防波堤としている。羽織っているのはワイシャツなのかボタンは閉じられてはなく大胆に開かれ、着てはいるが隠すという機能を放棄していた。

(そのワイシャツ俺のじゃ…ああ、右腕の感覚に違和感あると思ったらこれか、って酒臭いぞこの部屋!)

 酒臭い、のワードがヒット。高速で昨日の光景が頭に浮かび、過ぎて行く。

 昇進を祝って部隊全員で祝杯を挙げ、酔い潰れた人間も出たのでお開き、部屋に戻る、寝台に横になろうとしたら先客が居た、しかし疲れと酔いで睡魔に組み倒され、現在に至る。

(昨日の俺前後不覚過ぎて笑えないぞ、おいィ!)

 思わぬ事態に急ピッチで覚醒する意識。

 視覚、良好過ぎてやばい。

 聴覚、鼓膜に届く女の息遣いがやばい。

 触覚、抑え込まれた腕に太腿の柔らかさと質感、彼女の体温が感じられてやばい。

 嗅覚、酒精(アルコール)の臭いに混じる汗の臭い。その中に隠れる女の体臭を感じてやヴぁい。

(深呼吸はするな、戻ってこれなくなるぞ)

 緊張する呼吸器に伝令。サー、イエスサー!と従順な様子にほっとする。

(動くな手、裏切るなら軍法会議に掛ける)

 雄の本能に敗けそうになる腕、手、指を威嚇。女の身体を堪能しようとする動きを渋々止めさせる。

 蜂蜜色の、束ねていない長髪がさらりと流れ男の頬をくすぐる。

 身体を丸めて眠っているのか、彼女の顔が、小さな鼻、唇がすぐ目の前にある。

 彼女の呼気が甘く、意識に靄が掛かりそうになるのを感じる。

「んぅ」

 男の呼吸が当たったのか、睫毛を震わせむずがるように彼女は艶かしく姿勢を変えた。

(――――目は潰せねぇ!)

 寝台の上、シーツとの間で圧迫され、形を変える弾力性に富んだ半球、柔肌、その先の頂きからモビルスーツの高速機動でブラックアウトせんばかりの勢いで視界を封鎖。 

(ちょっとこの子無防備過ぎやしませんかねぇ!?)

 シーツの上にある物体、彼女の衣類を凝視し掛けるが全身全霊の首振りで回避。

 イカン、このままでは。

 血流的、膨張的な何かがイカン。

 待て、起き上がるな、静まれ、銃身を上げるんじゃない。

(朝から逃亡ミッション、発覚したら墓場とかヘビー過ぎとは思わんかね!)

 どういう意味の墓場なのか、ふと連想するが彼は深く考えないようにした。

 今は離脱せねば、と下半身に力を入れる。

 が、自分の脚が重い。というか何かが乗っている感覚。

 視線をそちらに向かわせる。

 薄紫色の髪が視界に入り、自分の足を抱き枕のように小柄な身体が抱え込んでいるのが解った。

 女性として、身体の発展が乏しいと嘆くのを遠くから見たり、聴いたりしてはいたが。

(止めてくれ、俺の自制心をガリガリ削るのは、止めてくれっ!)

 貧相と悩んでいる癖に情欲を誘う魅力が既に一杯一杯の彼を襲う。

 ズボン越しとはいえ四肢に絡み付かれ、普段表情が見えない癖にあどけない寝顔を見せるのは。

 卑怯だと思う、常識的に考えて。

(援軍はぁ、援軍はまだかぁ!?)

 首だけ何とか起き上がらせた彼の目には、

「なんでお前ら其処で寝てんだ」

 壁を背に寝息を立てるハンスとその肩や膝を枕に眠る戦闘機乗り、ヘレン・スティンガー准尉とフェイ・シンリン軍曹。

 一瞬素でツッコミを入れたが、身動きが取れないまま悶々と過ごし。

「中佐、おはようござ―――わあっ!?」

 食堂に現れない皆を探しに来たのか、控えめに扉から顔を覗かせたリオが訪問するまで。

 メルティエは煩悩と戦い続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝からえらい目にあったぞ…」

 頭と身体を何とかクールダウンさせる事に成功した彼は眠り続けるお姫様達がそう簡単に起きないと判断するや身体を引き抜き棚に置いてあったタオルケットを掛け、続いてハンス達を起こして帰らせるとリオに先に食事に行くよう伝えてからシャワーを浴びた。

 体を拭き、脱衣所から室内の様子を探るとまだ寝ているようであり、寝息が聞こえる。

(―――おっと、起つんじゃない。思い出すのも駄目だ。条約違反だ。静かにそいつを降ろせ)

 きかん坊を黙らせると彼は重い溜息を吐き用意された蒼い軍服、中佐を示す新調された第二種戦闘服を着込んだ。

 彼女達の艶のある唇、そこから漏れる寝息を聞きながら扉を閉め、施錠。

 腹の底から絞り出すように息を吐き続け、顔を上げた。

 大体は自室で思い出した通りの日程で問題はない。

 あれからガルマがメルティエ達に通達した事。

 今後しばらくはキャリフォルニア・ベースを拠点にする件。

 その為指揮系統を整える観点からキシリア少将麾下突撃機動軍から出向とし地球攻撃軍、北米方面司令ガルマ・ザビ准将麾下に入る件。

 キャリフォルニア・ベース防衛指揮は最高責任者のガルマが執るが、防衛機能回復後もモビルスーツ隊指揮をメルティエが執る件。

 略したが、だいたいこの三つだろう。

 これは司令部に総責任者が存在しないと有事の際に判断が遅くなる事、中佐のメルティエが大隊規模の指揮を執る必要が今後出てくる為のガルマからの厚意。

 要はパイロット意識よりも指揮者としての振る舞い方を覚えろ、と云うものだ。

 モビルスーツパイロットとして、ガルマに技術を教えた事が遠い昔に感じるメルティエであったが確かに必要な事でもあった。

 彼はモビルスーツ小隊規模の運用は問題ないのだが、中隊規模やそれ以上の指揮は今だに執った事が無い。

 アジア戦線ではガルマを総指揮者として捉え自分はその補佐、ないし実働部隊の一隊という認識だった。

 何時までもガルマが置いてくれるとは限らないし、甘えも良くはないなと考えるメルティエである。

 実はガルマが准将に昇格する時、ザビ家内で聞き届いてもらったのはキャリフォルニア・ベースへの配置替えでも建造される新型巡洋艦の譲渡でもない。

 キシリアの一部隊をそのまま自分の麾下にする事の許可、引き抜きを承諾させるものであった。

 これには流石にキシリアも怒りを覚え口論に入ったが、デギンとギレンの取りなしで暫定的な麾下とする事を認めさせた。

 ドズルはガルマの行動に感じるものがあったのか、始終沈黙を保ち結果を聞くと一言。

「お前の考えるままに成すがいい。俺は支持する」

 と告げ、妻子の元へ帰って行った。

 貸していた筈の部隊を持って行かれたキシリアは不満を隠す事無く退出。

 デギンは子供達の纏まりのなさに嘆くが、ガルマの成長に不安を抱きつつも喜び。

 ギレンは戦力の担い手が増えた事に笑みを浮かべ、末弟が妹と衝突するまで欲した部隊に興味を持った。

 そしてこの顛末はザビ家のみにしか知られず、渦中の人間であるメルティエが悟る事は無く。

(転属か、ガルマの下なら動き易い)

 正直、助かると胸中で思っていたのみである。

 この人事に伴い新しく部隊名も変更され、心機一転と友人の期待に応える為に任務に励もうと決意した。

 その翌日に朝から二日酔いと魅惑的な女体に悩まされ、陰りが表情に出ているメルティエ。

 色々と台無しである。

「どうしてこうなった」

 壁伝いに移動する新任中佐。

 幸い人通りの無い時間だった為、情けない姿を晒す事は免れた。

 しかし、途中で心配になって迎えに来たリオに肩を貸してもらい歩く姿。

 正直助かった、と思いながらも青年は痩せ我慢で頼らず歩こうとし、少年は平気です、任せて下さいと華奢な身体をぴたりと寄せる。

「な、なんて事なの」

 その二人の姿を、基地内勤務の女性兵士が目撃。

「まるで寄り添い合う恋人(・・)のよう…そ、そうか! そういう事だったのね!」

 現実を都合の良い方向へ変換する、妄想力高い人物が娯楽に飢えた基地内に流言。 

 爆発的な拡散をみせて広がるが。

「ふっ。冗談はよせ」

 と、ガルマ准将がコメント。

 その日のメルティエから常と比べて言動に力を感じなかった事を覚えていた彼が弁明。

 英雄でも体調が悪い時がある。それをゴシップとして楽しむとは人間として恥ずべき事だろう、と発生源を強く非難。

 悪質な部類以外は囃し立てる事が無くなったが、一部の女性兵士がメルティエとリオにねちっこい視線を向けることが散見された。

 

 

 

 

 

 余談だが、話を広めた女性兵士を突き止めようと暴走した人物が複数居り、とある内勤の女性兵士が”転属”した事を記す。

 なお、名前は控えさせて頂く。 




閲覧ありがとうございます。

合間に日常を挟んでみた。
こういう隊長職、どうだろうか。
リアルな戦争、重々しい隊員の描写を望む人は受け付けないかな。
こういう作風を受け入れてもらえたら嬉しいです。


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第二十話:彼と彼女と時々あの子

 北米大陸、キャリフォルニア・ベース。

 同基地の司令室で最高責任者であるガルマ・ザビ准将とメルティエ・イクス中佐は、中部アジア戦線当時と変わらない雰囲気で過ごしていた。

 ガルマ・ザビ。

 ザビ家の貴公子、ジオン公国軍司令官として高い名声を持つに至った彼は国民から絶大な人気を誇る。連邦軍との開戦前まではお飾りと思い、実際そうなるだろうと予想していた軍関係者を大いに裏切る結果として彼は此処、北米方面軍司令ガルマ・ザビとして采配を振るう立場に在る。

 開戦前までは坊ちゃん気質が目立ち、長髪を指先で弄う等到底軍人に向かないであろう、将来は学者等に就いて欲しいと願っていた父デギン公王に大変危ぶまれた。

 しかし、蓋を開ければ姉キシリアが地球攻撃軍総司令となった第一次降下作戦の一指揮官として参入。当時のガルマ・ザビ大佐は主力部隊を率い重要拠点バイコヌール宇宙基地の制圧、中部アジア戦線の中核となって前線で指揮を執る。同地区の鉱山基地確保の為降下したマ・クベ大佐と連携して橋頭堡を構築し宇宙移民者として不慣れな地球環境下の中、戦線を滞らせる事なく拡大。

 連邦軍を撤退に追い込み中部アジア、ヨーロッパ地区とジオン軍占領下に治めた。

 その後の活躍も目覚しく、来る第二次降下作戦と共に大規模陽動を兼ねた作戦として中東アジアへ進軍。航空基地、軍事基地を多数攻略すると同時に同地区にモビルスーツ工廠を含む大型プラントの開発と工事に着手。

 ガルマはこの大自然を利用した天然の要害が要塞化するの見届けることが出来ずに終わり、後任のギニアス・サハリン技術少将に後事を託し新たな赴任先であり地球攻撃軍の最重要施設とされたキャリフォルニア・ベースに駐留。

 同基地の最高責任者ガルマ・ザビ准将と成り、南米に在るとされる地球侵攻作戦の最大の難所。

 地球連邦政府総司令部、ジャブローに対する抑えとされた。

 国の期待、将兵の信頼をその双肩に預けるに値する男。

 これが宇宙世紀0079。4月2日現在のガルマ・ザビの評価である。

 その彼に相席を許された将校、メルティエ・イクス。

 軍関係者に「ガルマ准将の活躍はこの男無くしては語れない」と告げられた人物。

 開戦前、宇宙攻撃軍に所属。親類の縁での処遇であったが、ジオン公国軍では対して珍しくないので省く。

 ”一週間戦争”では戦艦四隻余り、戦闘機多数を撃破。”ルウム戦役”には未参加だが連戦で中破した愛機ザクⅠをムサイ急軽巡洋艦の砲塔上で擱座、四肢が動かなくなるまで戦い続けた戦闘映像は鑑賞者に「鬼気迫る」とまで言わしめた。

 但し信じられない事にこの戦闘は交戦記録に載らず、続く受勲式でメルティエ・イクスの姿は現れなかった。

 その為戦時中に大尉まで上がるものも臨時大尉待遇とみなされ、少尉に戻す動きがあったが僚機の戦闘映像、当時彼が所属していた軽巡ラクメルの艦長一同の証言で一時保留とされキシリア少将がメルティエを少佐と部隊指揮官の待遇で召し抱える事で有耶無耶になった。

 しかし数ヵ月後軍のデータバンクから改竄された形跡と彼の功績が他人に譲渡された事が発覚。

 部下の正式な武勲を潰された事にキシリア、政敵である筈が武人肌のドズルによる糾弾が勃発するのだが、それは後の機会に語るとする。

 少佐となった彼はパーソナルカラーに蒼、盾を背に咆哮する蒼い獅子がペイントされた専用ザクIIを駆り”ルウム戦役”で名を轟かしたエースパイロット、”赤い彗星”シャア・アズナブルとただの演習とは思えない激闘を演じその時の戦闘映像が戦意高揚の宣伝目的で流され多数の国民を魅了した。相対したシャア自身が実力を認めた事で戦闘映像が本物であると認められ、これは無名に陥ったエースに血が通った瞬間でもあった。

 名実共にエースパイロットに返り咲いた彼は部隊と共に第一次降下作戦に参加。

 今作戦直前にガルマと接触、何らかの遣り取りを経て彼の躍進を支える功臣(当時彼はキシリア麾下の人物なので支援者だとするものも居る)に名が挙がる。以降ガルマを前面に出し自らは一介のパイロット、中隊指揮官として補佐。

 最前線で突破口を開く蒼いモビルスーツ、その後方で全軍の指揮を執る褐色のモビルスーツが戦線拡張の拠り所となり、今もこの二機と戦場を共にした事は兵士にとっての無形の誉れとされ根強い人気を誇る。

 公私共に行動する事が多く戦場でも抜群の連携をこなす事から、主君と股肱の臣のイメージが付与されて情報誌やパイロットインタビューでも挙げられている。

 最新の情報で中佐に昇進した事。見目麗しい女性、男の娘を囲っている等があり本国ではファンによる「英雄は色を好む」について議論、モビルスーツパイロットを目指す若手に様々な角度から夢を与えている。

 これが宇宙世紀0079。4月1日付のメルティエ・イクスの実績である。

「どうしてこうなった」

 メルティエは本国からの補給物資で届けられた情報誌を読み終え、力無くガラス張りのテーブルに置く。

「君は話題性に富んでいるな」

「好きでこうなったわけじゃないんだが」

「私は少し羨ましいよ」

 同じく情報誌を読み終え、品の良い笑みを浮かべた青年が少し冷めた紅茶を口に含む。

「ガルマ、羨ましいとは?」

 身分の、階級の違いさえ越して築かれた友人に問う。

「君にとってはただのトラブル。しかし、様々な経験を得た。そういう事も多くはないか?」

「ふむ…なるほど。経験か」

 ガルマは降下作戦以降の生死を分かつ戦いの事を指し、

 メルティエは開戦からの出来事を振り返り、今に至る経緯を。

「身から出た錆なのか」

 うんうんと唸り顔色を赤くしたり青くしたり、肩を落としたりする友人をガルマは愉快気に眺めていたが。

「メルティエ、キャリフォルニア・ベースの防衛能力構築の進捗具合を聞いても?」 

 紅茶のカップを音もせずソーサーに置き、手を組んだ司令官に中佐も向き直る。

「モビルスーツ隊を防衛に充て、そのサポートにマゼラアタックの戦車部隊を随伴させている。幸いにも兵器工廠が健在で稼働状況に不具合が出ないならば時間を費やせば費やすほど兵器群は増える」

「問題は人員か。しかし各戦線も人手が足りない。防衛戦力に投入できる余裕はないか」

「いや、それがあるらしい」

 指の腹を顎に当てて思考していたガルマが視線を上げる。

 少し勢いがあったせいか、後ろで束ねた紫色の髪が撥ねた。

「待ってくれ。ギレン総帥にこれ以上遊ばせる戦力がないと通達されている。何処にあるというのだ?」

 防衛戦力を遊ばせる、と断言された事に考え方の違いがあるのだろう。

 思い出したのかガルマの端正な顔に曇りが生じた。

「キシリア少将の所だ」

「少将の所に、か」

 ガルマは何かを考えるように目を閉じた。

 貸しと捉えるか、押し付けられたと感じるかで対応が違う。

 メルティエとは共有できない事柄に心苦しく思いながら、彼は先を促すため視界を開いた。 

「突撃機動軍は戦力を中部アジアのマ・クベ司令に送っている。中東アジアに赴任したギニアス司令とオーストラリアのウォルター司令は地球降下作戦の為に抜擢された軍。指揮系統の上位はキシリア少将だが…其処から戦力を?」

「いや、宇宙(そら)からだ。扱いが難しく残っている部隊を纏めて送るそうだ」

「宇宙で? 馬鹿な、ドズル中将の宇宙攻撃軍は送る戦力がないと」

「キシリア少将麾下突撃機動軍で、だ」

 眉間に皺を寄せて考え出したガルマに、メルティエは苦笑い。

「怪しいだろう?」

「怪しい。怪しむなという方が難しい」

「何を送り込んでくると思う?」

「戦力の無駄を嫌うキシリア少将が送る、と言う事はモビルスーツ実験部隊か戦術試験部隊だろうか」

「何かしら問題を抱えたものだと推測するがね。兵器の実績を上げたいのか、部隊の存在を隠し、こちらに編入する事で”無かった”事にする。どちらかが妥当じゃないか」

「…我が姉の事ながら、酷い言い草だな」

「ま、上司と部下の関係だからおのずと知れよう、ってな」

「しかし、納得はできるのが痛い」

「ああ。願わくば親父殿が降りてきてくれ。来てくれたなら百人力どころの話じゃないのに」

 メルティエが親父殿と慕う人物、養父であり”青い巨星”の異名を取るランバ・ラル大尉である。

 ゲリラ戦の専門家(エキスパート)であり、最小の戦力で最大限の戦果を上げる軍人。

 今日までのメルティエ・イクスを作り上げた男、それがラルである。

「自慢話か?」

「自慢話だ!」

 彼らは時折笑いを挟みながら、その日も遅くまでキャリフォルニア・ベースの展望に会話を重ねた。

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベース地下施設兵器工廠。

 既設の整備台を利用し急ピッチでモビルスーツ開発設備の機械群を構築するジオン軍工作班及び技術班。

 設備は無傷に近いが中身のデータ、つまり連邦軍が有する兵器情報は消去され復旧は不可能と判断。

 この工廠内でちらほら滲む血痕は同基地の陥落までこの施設内でデータ消去を実行した者と、作業者を守る為に最後まで応戦した兵士のものだろう。兵器工廠の管制室、その室内にもある事から最期のギリギリまで”戦った”のだと解る。

 彼らが遺した戦果が現在進行形で開発スタッフ、整備兵達に多大な労力を強いている。一日耐えてもジオン軍が侵攻を止める事は無かったが、一日の遅れは今後のジオン軍の戦力に大きな影を差す。侵攻は止めても落とせばそれまでだが、維持と戦力の回復にはその一日が欲しいからだ。 

 ジオン軍にとって不幸中の幸いは設備稼働プログラムが生きていた事。

 これが破壊されていたら第二次降下部隊のMS-06FをJ型、陸戦型ザクIIに早期改修する事は絶望的だった。

 今も改修を施す機体が列を成し、完了した機体が順次地上に送られキャリフォルニア・ベースの防衛戦力。又は各地の戦線へ供給されて行くのだ。

「やはり、有ったのか?」

「ええ、やはり有りました」

 メルティエは錆びた鉄の臭いが残る管制室でロイド・コルト技術大尉と通信設備群を調べていた。

 管制室、開発室、兵器実験室の三つに有ったもの。

「集積した情報を中継地点で経由して、とある場所に送る。その手合いです」

 取り外された大小のチップ。数にして百余り。

「送り先は解るか?」

 チップを手に取り眺める。

 他にも付けられていないか、手の空いた工作班は調査に基地内を捜索している。彼らは休み無く働き、しかし重要度を理解しているからか食事と睡眠を最低限に摂るだけで動きっぱなしだ。

 彼らは良く動いてくれている。

 戦場で緊張したまま休む事なく進軍を続け、戦闘した事もある。

 その時の経験もあるから、青い顔をしたままの彼らに今は休めとは言えない。

 今手を抜けば後々に響く。それを理解している故に。

「最終的には」

 管制室のPCをチェック、ウィルス等を駆逐した後に使用したものを操作しながらロイドが告げる。

「というと?」

「幾重にも中継地点を経由、枝葉を広げ最終的に何百、何千、何万もの枝のたった一つが」

「ジャブロー、か」 

「そうなりますね。しかし逆探も既に効きません」

「回線を切られている?」

「いいえ、中継地点を一挙に破壊したようですね。御丁寧に枝葉一つ一つです」

「ログを伝って辿り着く事は?」

「ログが一つ入る事に伝達と消去、それを全てが行っています。サルベージも考えましたが」

「数が多過ぎて、手が回らない?」

「それもあります。ですが中継地点を破壊されています。此処からは其処まで、です。つまりその中継地点までのログは追えますが」

「破壊され、今も残った中継地点を潰されている。打つ手なしだな」

「はい。中々、根気と根回しを強いる人間だったようで。惜しい人材です」

 血塗られたPCの一つに視線を置き、ロイドが目を閉じる。

「思考を変えよう。つまりは連邦軍に情報が回る事を阻止できた、と捉えていいな?」

「現在も工作班が捜索しています。手が空いた技術班にも手伝わせています。長く掛かったとしても三日はかかりません、が」

「三日間、そしてそれを過ぎても対応した班員は」

「ええ。本来の仕事には戻れないでしょう。二日。最低でも一両日の休暇を頂きたい」

「ガルマ准将を通さなくてもいい、作業完了後に班単位で休暇を取れ。良いか、班単位だぞ」

「…ふふっ、最後の班には私も入ります。お任せ下さい」

 班単位。つまりは班を区分け三日間複数班を動かせば、一つの班は三日間休暇を取る事ができる。これを交互に取らせて全員が三日間休暇を取れるようになる。許されるならば全員を休ませたいが、現状いつ連邦軍の攻撃に晒されるか判らず、そうもいかない。

 抜けた班の分負担が増えるが、休暇を割増できると伝えれば彼らも無理を押して動いてくれるだろう。

 実際は今が無理をする時と全員が理解しているので頑張っているが、辛いものは辛い。

 休暇もなしで次の仕事、任務だと考えていた彼らは降って湧いた休暇を手にする為遮二無二に使命を果たして行く。

 結果、エスメラルダ・カークス大尉に甘いと言われるメルティエの判断が功を奏し、予定より早く捜索作業が完了。

 その後、整備兵と技術班が本領を発揮。

 充実した設備群にモビルスーツ工廠を加え、改修作業とは別のスペースを次々と拡張。兵器開発実験場、試射施設等を築き上げた。

 こうして迎えた4月4日。

 キャリフォルニア・ベースモビルスーツ工廠でザクIIの地上発展機MS-06D、ザク・デザートタイプ。新型機MS-07A、先行量産型グフの生産に成功。

 各数機を同基地防衛戦力として確保し、それ以外は各地戦線へ譲渡する事に決定。

 各戦線を中古のモビルスーツでどうにか遣り繰りしていた部隊長は補給物資として送られた当時新型輸送機であったファットアンクルとその内で固定された新型機に驚き、思わず「ジーク・ジオン!」と叫んだ事が報告されている。

 この件で中古モビルスーツを最前線に送り付ける行為をしている人物の目星を付け、証拠とその為に後退した各戦線の報告を添えその上司に提出した事を追記しておく。

 

 

 

 

 

 時刻は夕暮れ。

 キャリフォルニア・ベースの近郊、同基地から約一〇〇キロメートル程離れた山岳地帯。

 基地側と反対方向から進行するルートの陰、もしくは構造谷の狭間等にレーザー通信機器や同設備に衝撃あるいは破壊された場合に飛び上がる仕組みの発炎筒を内蔵していく。大きさは四立方メートル程度でモビルスーツのバックパック上に背負う、もしくはモビルスーツ輸送機ファットアンクルで運搬。予め設置するポイントは決められており、現場で行うことは発見しづらい場所を見つけ、安定器を備え据付に不具合が無い様に気を配る事だ。

『これでこのポイントは最後ですね』

 前面モニターの隅にウィンドウが表示、リオ・スタンウェイ曹長の穏やかな顔が映る。

「そうだね。警戒は怠らないように、二人とも」

『これでも目は良い方でね、任せてくれ』

 リオと同様に表示されたハンス・ロックフィールド少尉が飄々とした表情に笑みを浮かべて応える。

 アンリエッタ・ジーベル大尉は対象設備の設置と周囲警戒の為、哨戒任務に就いていた。

 紫色のノーマルスーツ、その下から豊満な肉体が主張するがコクピット内では誰の目の保養にもならないだろう。そもそもパイロットシートから伸びるベルトで肩から胸、腹部を固定している為に覗ける場所など皆無なのだが。

 彼女が搭乗するのは新型機ザク・デザートタイプ。

 本機はMS-06J、陸戦型ザクIIをベースに過酷な環境下、特に熱帯・砂漠地帯での実戦データを基に開発された。

 出力と一部装甲を強化し陸戦型ザクIIで成功した機体軽量化を更に進め、その浮いた分に冷却力の向上のためバックパックには大型冷却装置を増設、移動力向上のため腰部と脚部に補助推進装置を追加と関節駆動部に防塵用処理を施した。結果として本体重量が増し、運動性の低下はあるものの機動力の維持、劣悪環境下での冷却機能不全(オーバーヒート)の発生低減に成功した事により局地戦型ザクとして送り出されている。

 頭部には通信用アンテナが設置され、砂塵や雨天環境下での通信状況の安定度を考慮し三角錐状のマルチブレード式のシングルアンテナと、長短二種類又は等長のタイプも含むロッドアンテナを側頭部に設置したダブルアンテナがある。

 アンリエッタ機はパイロットの要望でシングルアンテナを採用している。

 固定武装に左腕部の増加装甲に装着されるラッツリバー三連装ミサイルポッドを採用。共有兵装が多いザクシリーズでは初となる。これは後に陸戦型ザクIIの左脚部にも増設する事が可能となり、陸戦型ザクIIに慣れたパイロットがザク・デザートタイプで出撃した時に不慣れな要因が消え、安定した運用の助けにもなっている。

 アンリエッタは使い慣れた一二〇ミリマシンガンを手持ちに、腰のハードポイントに二八〇ミリバズーカとクラッカーを二基装備した基本兵装で出撃。

 リオの搭乗する陸戦型ザクIIが通信機器を設置している中、ハンスが搭乗する狙撃専用ザクIと周囲の警戒に当たっていた。

「ファットアンクルの到着まであと八分程かな」

 外部マイクが拾うのは木々の枝葉が風に揺らされる音以外はモビルスーツの駆動音くらいのもの。時間が流れるのを楽しむBGMとしては物足りない。

 ハンスのザクIが見渡しの良い高台の上で膝を突き、狙撃長銃を構えている。モノアイレール上を留まらず流れている事から、彼は視点を変えて監視を続けているようだ。

 安定器上で不具合が見られない事を確認したリオがザクIIを屈んでいた状態から立たせ、一二〇ミリマシンガンを構えた。

『通信機器の設置、完了です』

「了解。連邦軍が来ないとも限らないし、警戒継続してね」

『あいよ』

『わかりました』

 アンリエッタはキャリフォルニア・ベースの状況把握で身動きが取れないメルティエの代理指揮官として部隊を率いている。

 残りのパイロット、エスメラルダはファットアンクル護衛の為に輸送機に同伴。ファットアンクルはキャリフォルニア・ベースで補給後モビルスーツ回収に再度往復する。回収に彼女らが戻ってくるまでは現場待機だ。

 戦闘区域ではないが、戦場。

 本来ならば余計な事を考える事等無いのだが、

(前の事があってから、気まずくてメルと顔合わせづらい)

 私事の件で精神ダメージを負っている彼女は気が緩むと、つい物思いに耽ってしまう。

 彼女は回想する、あの夜の事を。

 昇進祝いをしようと、ミーティングルームを一つ借り受けての事だ。

 祝いの席で飲酒、特に問題はない。

 酔いが回ったので退席、此処も問題はない。

 何時もより酔いの回りが早く、自分が安息できる場所の方へふらふらと。この時に気づけば良かったのだが、酔っ払いに周囲を気にして進めというのは無理だろう。不可能に近い。

 施錠されていたので、予め持っていた(・・・・・)カードキーを幾つかリーダーに差し込み、開くと室内に足を踏み入れた。

 自動で施錠する音を聞きながら、火照った身体の要求のまま衣類を脱ぎ、寝台に散らす。

 彼女には裸で寝る趣味は無かったので棚の上に置いてあったワイシャツに腕を通し、面倒に思えてボタンを掛けずに寝台の上で横になる。

 はて、いつも寝台で迎える匂いと違う。

 しかし嗅ぎ慣れた臭いだ。特に問題はなかろう。

(ああ、なんかあんしんする)

 働かない脳は諦めて、睡眠欲に身を任せた。

 それから、後の事は良く覚えていない。

 朝起きたら裸の上にワイシャツ、タオルケットを掛けられ少し離れた場所にエスメラルダが寝息を立てていた。

 何故に、とは思うが部屋の内装が、広さが違う事に一秒も掛からず気付き本来の部屋の主が畳んでいった自分の衣類を見つける。

 無論、下着込みである。

「にゃあああああぁあぁぁあああっ!?」

 理解した上での絶叫である。言葉に特に意味はない。無意識に叫んだ、それだけである。

 アンリエッタはさっと自分を確認。

 身体に寝起きの汗以外の体液等は付着していないし、痛む場所は一つもない(心理的なダメージで心臓(ハート)にダメージは負ったが)。シーツに目を這わせるがそちらも同様。

(私に…僕に魅力ないって事? どういう事なのさ? わけがわからないよ!?)

 自制心で本能を打倒、手を出さなかった紳士(へたれ)に対しておっしゃる言葉とは思えない。

 ちなみに、彼女は貞操観念がゆるいわけではない。

 十四、二十の頃に性的暴力に未遂とは云え曝されている。その為に家族の兄弟でも身体に触れられると拒否感と生理的嫌悪で精神が不安定になる事がある。以前に比べて大分マシにはなったが、触れられる=襲われるとトラウマが根付いてしまった事で近しい者でも意識しなければ手で払い除ける、悲鳴が漏れる等がある。

 今でもエスメラルダやヘレン・スティンガー准尉等の親しい同性が居なければ街へ出る事すら苦痛を孕むのだ。

 所属先がキシリア・ザビ少将麾下で最も安堵しているのは実は彼女であったりする。

 同じ女性であり、何かと黒い噂が聞こえるが上司として信頼もしている。男性が上司だと色々と考えてしまう事があるからだ。

 メルティエの部隊に呼び込んでくれた事もポイントが高い。

 そんな彼女をして、この言い草である。

 唯一男性で触れても問題がない人物。

 意中の人、というやつである。

 想い続けて幾星霜、とまでは行かないがいい加減進展はしたい。

 客観的に見ても、彼女は理想的なスタイルの持ち主。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 俗にいうボン、キュ、ボンである。何処を歩いても男女の視線が向けられる程に。

 そんな優良物件が無防備で寝ていて、手を出さないとは。

(まさか…いや、でも)

 あの時のエスメラルダ、彼女も同様にただ寝ているだけだった。

 つまり、スタイルの嗜好ではない、と。

 まさか、と睨んで”あの騒ぎ”である。

 流言した人物をあの手この手で突き詰め、尋問もしたが。

「あの二人は絶対にできていますね、私の目は確かです!」

 妄想の産物の上、見事に腐っていた。話にもならない。

 騒ぎの元凶だ、とガルマ准将に突き出したが。

 彼が自分を見る時の畏怖に満ちた感情は何だろうか。

 自分はか弱い婦女子だと言うのに。 

 別に安売りするわけではない。

 が、そろそろ男女の関係になってもいいのではないだろうか。

 両親は応援してくれている。というか彼を気に入っているので仕事の合間に会う度に「早く孫の顔がみたいなぁ(チラッ)」と言葉で括弧内も含めて言う。どうにかしたい。

 政略結婚の見合いを打診してくる兄弟は手を打とう。顔を合わせるだけで嫌悪が沸いてくるのだ。身の丈というものを教えてやらねばなるまい。

 つまり、彼女は自分を取り巻く状況を鑑み、こう思うわけだ。

 私に手を出さないメルティエが悪い!と。

 何と言う事だ、彼は彼女を大事に思っている余り自重したというのに。

 しかし代弁者が居ないため、止む無しである。

(でもなぁ、顔を合わせる度にお互い視線逸らしてるんだよね)

 という事は、相手も意識しているという事。

 押せば、行けるか!?と意気込む彼女。

『大尉、お迎えが来たみたいだぜ…大尉?』

 反応が無い事に訝しんだハンスだが「むむむ」と腕を組んで考え込んでいる彼女をモニター越しに確認。

 ああ、病気発症中ね、と呟く。

『リオ、大尉はもの患い中だ。輸送機に通信入れてやってくれ』

『え? あ、はい…』

 あらら、こっちもか、とハンスはコクピット内で独り言ちた。

『あーもしもし、通信届いているか』

 溜息を吐いたハンスは、夕陽に姿を歪まされたファットアンクルに向けて通信を開く。

 彼は大将居ないとダメだわこの部隊、と確信したくない現実を直視していた。

  

 

 

 

 

 




キャリフォルニア・ベースを確保したら、しばらく内政(という名の開発)ですね。
問題はガンダムは何時出来るのか、それによる。

ハンスは苦労性。これは確定事項。
次話あたりで新部隊名のアンロック予定。

しかしUA30000突破に驚く。
これがガンダムのネームバリューか…影響力すごい。

お気い入り600突破、重ねて御礼申し上げます。
拙作ですが、今後も閲覧していってください!


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第二十一話:キャリフォルニア・ベース(前編)

 モビルスーツ。

 宇宙世紀(U.C.)0074。2月にジオニック社によって現在のモビルスーツの原型となるMS-05、ザクIがロールアウト。

 本機体は搭乗したテストパイロット、整備兵の意見を取り入れ操縦系統やOS(オペレーティングシステム)、整備性等に改良が加えられU.C.0077年にはMS-06、ザクIIの開発に成功している。

 以降マイナーチェンジを加えながらも増産を続け、ジオン公国と地球連邦政府との小競り合いが頻発すると秘密裏に戦場にモビルスーツを投入。実戦での運用データを収集した本機の性能は次世代のジオン軍の主力兵器として更に飛躍的な向上をみせる。

 U.C.0079にジオン公国の独立宣言を受けた連邦軍と本格的な戦争が勃発。

 ”一週間戦争”、地球降下作戦でモビルスーツが戦場に、今までの戦史に変換期を促した。

 それは戦場で目の当たりにする将兵、取り扱う整備兵に深い感慨を与える。

 場所はキャリフォルニア・ベース地下設備、モビルスーツ工廠。

 とある部隊のモビルスーツハンガーで、一人の少女が見上げる機体。

 蒼いモビルスーツ。

 現在生産体制が確立し、順調に組立作業が行われているMS-07B、先行量産型グフ。

 その試作機が目の前のそれだ。

 量産型は青系統で塗装されているが、試作型は蒼く両腕部が一回り太い。

 これは量産型グフにも装備されている固定兵装、ヒートロッドを両腕に内蔵。しかし出力が安定しない時期の開発であったが為に大型化せざるを得なく、その分威力は現行量産型よりも1ランク高いものに設定。左腕部の指先から弾丸を発射するフィンガーバルカンは搭載できずに終わっている。

 後に取り回しや可動部分確保の為にヒートロッド、フィンガーバルカンをオミットしたA型に戻るのだが、現時点では改善点に上げられずそのままB型が生産中だ。

 さらに量産型は肩部が丸い形状のものにスパイクが付いている。が、試作型は何故かザクⅡの両肩に防御シールドとなっているのが特徴的だ。

「へぇ…同じグフなのに、足回りの推進器の配列が違うのね」

 彼女は手持ちのカタログと現物の機体、量産型と試作型に視線を行き来させた。

 量産型は左右に二基並び四基、計八基の推進器。試作型は脚部の後面に二基並び、側面には一基づつで設置数は同じく八基。何かこだわりでもあるのだろうか、気になってしまう。

 身軽な服装にぱっと見、腕白な少年に見えるが僅かに膨らんだ胸元が彼女を女性と教えてくれる。

 ピンクのリボンで束ねた紺色の髪を揺らしながら、髪と同じ色の瞳を好奇心に溢れさせトコトコと試作機に近寄る。

 腹部にあるコクピットハッチの上、右胸には盾を背にする蒼い獅子のペイント。

 この機体には開発後に型番が改められて送られている。

 改修され防御力の向上とパイロット独自の機動戦闘に対応した機体。

 YMS-07M、先行試作型グフ(メルティエ・イクス専用機)。

 地球降下作戦で名を挙げたパイロットが多く居るが、彼もその中の一人。

 エースパイロットとしても有名でもあるが、国民には今や絶大な人気を誇るガルマ・ザビ准将を支えた人物の側面が濃いだろう。

「あれ? あそこに居るのって」

 通路の先、そのエース専用機のグフを見詰める人物に彼女は思い当たった。

 タタタタッと軽快に走り、

「おーい、隊長さーん!」

 彼、ケン・ビーダーシュタット少尉が振り向くと目前に少女は着地。驚く少尉に彼女は人懐っこい笑みを浮かべた。

「隊長さんもこのモビルスーツに興味あるの?」

「ああ、自分たちの隊にはまだ無いモビルスーツだからな」

 分解整備(オーバホール)の途中なのか、外された装甲から内部構造が剥き出しの蒼い専用機。

 専門家ではない彼ではケーブルや噛み合った歯車、核融合炉等の発動機しか見分けがつかない。 

「うーん、でもこのモビルスーツは専用機だから。部隊に回ってくるグフの性能と比較するのは難しいかも」

「む。やはりそうなのか?」

「うん。推進器の配列から、メインとサブスラスターの噴射口(フェルターノズル)の向き加減、スパイク付の肩がザクIIの防御シールドに換装。最高速度と機体の上昇加減、自重すら変わってるもの」

「話を聞くと、まるで別物だな」

「大まかな外観と、固定兵装のヒートロッドくらいじゃないかな。似てるのは」

 後は共通の武装くらいかな、と彼女―――メイ・カーウィンは続ける。

「この機体のパイロットは」

「ん? ”蒼い獅子”メルティエ・イクス中佐だよ」

 ケンはモビルスーツデッキに佇む蒼い機体を再び見上げる。

 異名取り佐官の専用機。

 大抵はお飾りでモビルスーツをステータスのように保有している事が多い。

 実際は後方で指揮する立場だ、前線ではミノフスキー粒子のため戦場全てを見通しながら指揮を執る事等不可能だ。その為に戦艦や駐屯地に腰を据え、部下の報告や経験を基に戦術を組み立て、戦略を構築する。

 だが、目の前の蒼いモビルスーツ。

 補修や改修の跡が目立つ。

 しかしこれは、乗り手が機体を十全に扱いきれていないからの被弾やその類ではない。

 急所は全て外され、腕と肩にダメージが集約されている。全体的に傷が入っているのは目前で散った破片や爆風の跡だ。

 脚部はアポジモーターの影響で噴射口が歪んだのだろう、取り外されたものと規格が同じものが今も作業アームで取り付けらている。

 もしケンがこの蒼い機体の戦闘映像を見る事ができたのならば、確信を決定付けていただろう。

 激戦区を突破した、最前線に常に身を置き指揮を執った話は伊達ではない。

 装甲表面には傷が付いていない場所など幾つもない。素材本来の光沢で照明の中で反射してはいるものの、煌めき輝くものではなく、いぶし銀といっていい。

 これは機体を、自分を盾に戦い続けた男を象徴している。

(―――自分も同じく前線で指揮を執る身だ、こうも見せ付けられては)

 ケン自身も己のモビルスーツを時に部隊の盾とし、扱う事もあった。

 自分の判断は間違ってはいない。

 そう蒼い機体が言ってくれるようにさえ感じる。

「それにメイ。隊長さん、というのは」

「あ、ごめんね。呼び馴れているから、つい」

 苦笑いを浮かべるケンに、メイは頬を小さく掻いて誤魔化した。

 彼―――ケン・ビーダーシュタット率いるモビルスーツ部隊。

 特別義勇兵部隊。通称”外人部隊”はここキャリフォルニア・ベースに補給の為だけに寄ったわけではない。

「さて、イクス中佐と会う時間だ。そろそろ行こうか」

「りょーかい!」

 蒼いモビルスーツに背を向けて歩き出したケン、その後ろを弾むような勢いでメイはついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「補給物資の受け取り、モビルスーツの整備、共に感謝致します。中佐」

「ガルマ准将に代わり、その言葉を受け取ろう。当然の事をしたまでだ、気にする事はない」

 メルティエ・イクス中佐は彼用に設けられた執務室で来客に応じていた。

 金髪碧眼、優れた美貌には蠱惑的な微笑を浮かべ、いたく男心をくすぐる女性士官。

 ジェーン・コンティ大尉。

(魔性の女、ってのはこういう人を指すんだろうなぁ)

 怖い怖い、とメルティエは胸中で零した。

 今回はこちらから彼女が所属する部隊の補給とモビルスーツ整備を持ち掛けたから交渉等は発生しない。

 メルティエは会って早々、頭の中の警鐘が鳴ったのだ。

 話を切り上げて、即帰らすべし。でないと用意した以上のものを獲られる、と。 

 本来対応するはずのガルマ・ザビ准将は勢力下に置いた北米都市の巡察にニューヤークに向かっている。彼の副官も当然同行しているので、暫定的にメルティエが代行司令官となったのだ。

 無論、その手合いに不慣れな彼である。

 可能な所は極力省き、代行できる人物に割り振ってある。

 サイ・ツヴェルク少佐である。

 彼は最初閉口したものの、自分がやらねば立ち行かぬと即座に理解。

 現在も代理業に従事している。

 途中から自分が重要拠点を回している事で精神的負担により胃の辺りを痛そうに押さえていたが、やり甲斐も見い出せた様で隣の部屋で備え付けのPCと睨めっこしている最中だ。

 真面目で有能な副官に仕事を押し付ける。

 なんと言うぐう畜。

 しかし彼は反省しない。如何にサイに大盛り増し増しで仕事をぶん投げ様と必ず自身の仕事は積もっているからである。

 来客の対応もその一つであった。

「それで、用件は以上かな。大尉」

 穏便に御帰り願いたい、彼の心はその一文に集約されていた。

 穏やかな笑顔も付けている。

「はい。後ほどダグラス大佐も足を運ばれるそうです、その時にまた伺わせていただきますわ」

「了解です。では、またその時にでも」

 敬礼を返し、穏やかに別れる事ができた。

 彼女の男の視線を釘付けにする後ろ姿、しかしメルティエは(乗り切った…)等と安堵しており引っ掛かり(・・・・・)はしなかった。

 扉が締まる瞬間、こちらを観ていた女の瞳と合ったが彼は深く考えないように努める。

(誘ってる女の感じがしているようにみえて、ほいほいついて行ったら死ぬほど面倒事を押し付けられる。そう言う感じがするよ、アレ)

 一人になった執務室で、彼は重い溜息を胸の奥から吐き出した。

 気を取り直して、積まれた書類に目を通す。

 分配される補給物資に日用品も混ざっている事を確認。以前に日用品の不足で随分と困っていた部隊を助けてから今日まで、この項目は欠かさず確認している。

 兵士だって人間だ、娯楽に飢えているのもそうだが衣類関係には気を配る。衛生問題は特にそうだ。

 慣れない地球環境下では体を壊す者が後を絶たない。

 その中で彼ができるのは衣類や食事等を出来る範囲で助けてやる事くらいだ。 

 戦場で武威を奮え、戦線を押し上げろ等は幾度もこなしてきたが。

(後方支援任務、気を遣える人間じゃないと任せちゃダメだな。特に頭で考えて終わる奴はだめだ。発想、想像力に富んでるならまだしもこれは実際に経験、その生活で過ごさないと理解できないだろう)

 彼らに必要なものは何か。

 突き詰めればそれである。

 ただただ、戦闘に必要な物資だけを送るだけでは駄目なのだ。

 彼らは生きた人間。

 例え戦争の歯車の一つだとしても、彼らは一人一人生きているのだから。

「くそう、キシリア閣下に駄目出し喰らいながら部隊設立に奔走してた時期が懐かしく感じる…」

 あれからまだ一ヶ月足らず。

 激動の一ヶ月。いや、四ヶ月か。

 少尉の彼が、今では中佐の階級。尉官から佐官にまで昇格しているのだ。

 ちょっとしたサクセスストーリーではないだろうか。

「ええと…次はなんだ? モビルスーツ1機分の補給?」

 ふむ、と腕を組んで考えた。 

 所属を見れば同じ突撃機動軍の部隊。何でも部隊員分のモビルスーツが確保できずに第二次地球降下作戦に参加、北米大陸の制圧後に補給を必要とした為にこのキャリフォルニア・ベースに向かっているとの事らしい。

 所属部隊の(よしみ)、とは行かないが規定した戦力すら満たせずに壊滅では無念だろう。

「確か、モビルスーツ工廠で陸戦型ザクIIが問題なく量産されていたな。それを充てるか」

 メルティエは書類に目を通し、部隊名とその指揮官の項目で視線を止めた。

 MS特務部隊。

 部隊名、闇夜のフェンリル隊。

 ゲラート・シュマイザー少佐。

「うわぁ、大変な事になったぞ」

 養父ランバ・ラルの旧友。

 つまりは、知り合いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動する時間も惜しかったので食事を執務室で食べる事が多くなったメルティエは、その日も同じ場所で同様に摂るつもりだった。

 隣室、秘書官室で同様に仕事をしているサイも同じ心境だったらしいが、食事等の時くらい出歩かないと何も行動できなくなりますよ、と諫言して彼は将兵らが共に食事をする基地食堂に移動していった。

 それもそうだな、とメルティエ自身も思い直し。腰を上げた所で扉をノックする音が聞こえ、浮いた腰を再び椅子に沈ませる。

「アンリエッタ・ジーベル大尉です」

「大尉か。どうぞ」

 入室する女性にほっと息を吐く。

 美貌の女史、ジェーン・コンティ大尉に思う所がないわけでもない。

 が、気疲れする女性とは付き合いたくないものだ。美しい薔薇には棘がある、というが。彼女は棘有り過ぎだろう。触れたくても時間差で刺さりそうだ。 

 高嶺の花より、近くの蒲公英。ではないが、崖上にある綺麗な花よりも身近にあって自分を癒す太陽の香りが、欲しい。

 彼女は両手で盆を捧げ、その上には今日の食事だろう。食器の上にまだ湯気がのぼる食べ物が見えた。彼は移動する手間が省けたと喜んでいいのか、移動する気を失ったと嘆けばいいのか、一秒ほど思ったがどうでもいい事だろう、と切り捨てた。

「食事か。ありがとうな、アンリ」

「うん。どうしたの?」

「ああ、少しな。気疲れのようなもんだ」

 応対に使う長テーブルの上に座り直し、彼女が盆から食器を並べていくのをぼぅと眺める。

 精神的な疲労が重なっている。息抜きをせねば、不味い。

「何も考えず肉をがつがつ食いたい気分」

「ダメだよ、栄養のバランスを考えて献立を作る料理長に失礼。残さず食べなきゃ」

「いや、残さないけどね。心境をぽつりと、つい」

「そんなにエネルギー摂ってどうするのさ」

 スープ、サラダ、メイン、パンと並ぶ。今日のメインは白身魚のムニエルである。

(レトルトのパウチに比べたら天と地の差、だな。うん、贅沢いくない)

 食事を開始するメルティエに話を聞いてるのか、と見やるアンリエッタ。

 その視線に糖分不足で廻りきらない頭で答える。

「うん? 夜の運動とか」

 ごふっ、とアンリエッタが喉を抑えている。

 器官に入ったのか、あれ地味に辛いよね。と彼は思った。

「よ、夜の運動って…何をするのさ!」

「えっと、体に汗をかくまでだから…激しい運動(ランニング、実技訓練の意味)かな」

「激しい運動(男女の夜の営み的な)!?」

「ああ…それくらいやらないと満足(技量上達の意味)できないからな」

「満足(何度もする的な捉え方)できないの!?」

「じゃないとすごさ(部下たちに技量を見せる意味)がわからないだろう?」

「す、すごさ(持続力的な捉え方)をわからせるって…だれに?」

 いま口に運んだ赤茄子のように顔を赤く染めたアンリエッタに視線を送る。

 濡れた瞳と、小さく開いた唇に目を奪われ、いつぞやの危険な感じが湧く。

「時間あるなら、やるか(一緒に運動で軽く汗を流す意味)?」

「や、やるの(合体的な捉え方)!?」

 もじもじと身体を動かしてはオーバーリアクションの彼女に、男は会話に不適切な所があっただろうかと自問。

 いや、ないだろうと自答。

「なぁ、アンリ。もしかして何か食い違いが―――」

「失礼。中佐は居られるか?」

 ピタリ、と宙に手を留めてメルティエは止まり。

 彼の手がこちらに出されていたので、その指先をドキドキしながら視ていたアンリエッタ。

「ええ。どなたですか?」

 もう少し緩んだ空気を楽しみたかったメルティエは渋々仕事モードに戻り。

 動悸が治まらないアンリエッタは慌てて机上に広がった食器を盆の上に片付けていく。

「ダグラス・ローデン大佐だ。ジェーン・コンティ大尉から伺いの話を聞いていると思っていたが」

「ああ、聞いております。少しお時間を。片付けますので」

「急かすようで申し訳ないな。外で待っていよう」

 出て行こうとするアンリエッタに、長テーブルの今まで自分が座っていた場所の右側を指差した。

 指差した場所と、メルティエを交互に見ながら彼女は早歩き気味にその場に移動。盆は出入口から見え難い場所にそっと置く。

 食事の時に座っていた椅子、掛けずに立ったまま外に向かって声をかける。

「どうぞ、大佐」

「すまんな、日に何度も押しかけるような真似を」

 言葉では申し訳そう言いつつも、満面の笑みを浮かべて入る壮年の男と美貌の女性。

 ジェーンはメルティエの後ろにじっと視線を置いている。

(なんだ…彼女は何を見ている?)

「ようこそ、キャリフォルニア・ベースへ。歓迎致します、ダグラス大佐」

「はっはっは、よろしく頼むよ。メルティエ・イクス中佐」

 敬礼をする若い将校に、ダグラスは返礼をして手を差し出した。

 メルティエは間を置かず、彼の太く力強い手を握る。

「立ったままでは話しづらいでしょう。どうぞ、お掛けになってください」

「うむ。失礼するよ」

 大佐が座った後に、中佐は自らの席に腰掛ける。

 彼らが座れば、アンリエッタがその前にそっとソーサーと淹れた紅茶のカップを置く。

「おお、これはすまんね」

 喉が渇いていたんだとそう彼は続け、少し赤みが頬に残るアンリエッタは穏やかな笑みを浮かべて一歩引く。

 そして、ダグラスの後ろにはジェーンが。メルティエの後ろにはアンリエッタが付いた。

「中佐の判断が早いおかげで補給とモビルスーツの整備に取り掛かることができた、改めて礼を言うよ」

「小官は命じられた職務をこなしているだけです。しかし代行司令官としてガルマ准将に代わり、その言葉受け取らせて頂きます」

 ダグラスはメルティエの態度に太い笑みを浮かべ、紅茶を口に含む。

「補給ついでで悪いのだが、しばらく駐留を許可願いたいのだが」

「構いませんよ。その代わりといってはなんですが、有事の際は防衛戦力として助力願いたいですね」

「”蒼い獅子”の采配の下、動けと?」

「いいえ、小官は戦場では前線に出て槍働きをする輩です。後方での支援、全体の指揮を執って頂きたく」

「全体の…正気かね、中佐」

「暫定的な処置としては妥当と思います、大佐。モビルスーツパイロットとして功績を認められた者が後ろで采配を振るう事の方がナンセンスだと思いますが。階級も大佐が上ですし、あくまで准将が戻られるまでの期間です。常の補給物資やその他を託す事はできませんが」

 ダグラスの後ろで、ジェーンが動いた気がするが。メルティエは無視。

「なるほど。何事もなければ補給とモビルスーツの整備が完了次第我々は去る。有事の際は前線で中佐が、司令室でわしが指揮を執る。そういう事だな」

「ええ。いかがでしょうか、大佐」

「いや。特に異議はないよ、中佐。妥当なものだとわしも思う」

 大きく頷き、ダグラスは腰を上げる。

「今後ともよろしく頼む。では、失礼するよ」

「は。こちらこそお願い申し上げます」

 すっと綺麗な敬礼を見せたメルティエに、少し面食らったようだが彼は返礼。後ろのジェーンも続く。

 メルティエが扉前まで送ると、ダグラスは何を思ったのか一歩踏み込み。

「いい娘じゃないか。可愛がってやれ」

「は!?」

 澄まし顔を取り繕っていた若い中佐の背を豪快に叩くと、彼は晴れ晴れとした顔で美貌の大尉を引き連れ退室していく。

「大佐は、何を…ん?」

 訝しむが背に視線を感じ、振り返った先で。

「夜の運動、は。する、の?」

 ちらちらとこちらを見るアンリエッタと目があった。

(―――あの爺、何を勘違いしやがった!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機嫌がよろしいようですね、大佐」

 メルティエの執務室から離れ、通路を曲がった辺りでジェーンが口を開いた。

「ああ、面白い男だ。わしの事を詳しくは聞いておらんようだな」

 ダグラス・ローデン大佐。

 彼はジオン・ズム・ダイクン存命時に彼を支持した軍人。

 つまり、今ではザビ家が牛耳るジオン公国にとってはダイクン派として警戒され、冷遇される身。

 そして今日顔を合わせた青年、メルティエ・イクスは養父ランバ・ラルの繋がりで同派閥とされる。

 ザビ家内でダイクン派とされた将校が昇龍の勢いで昇進を重ねる。

 どんな手管を使って今の身分に入り込んだのかと思えば。

「ふふ。彼は運を味方につけているのかもしれん」

「運、ですか?」

 ガルマを後援者、少なくても味方にした事でダイクン派と警戒される事なく今の地位に至ったのだろう。

 ただの強運でここまで来たのか。

 それとも、人を味方にする誑し(・・)なのか。

 どちらにせよ、面白いとダグラスは感じた。

 しかし。

「あの若いの、女難の相は確実にあるな」

「大佐?」

 刺されなければ御の字よ、中佐。

 彼は心の中で今頃あたふたしている青年を応援した。

 無論、野次馬根性剥き出しの笑顔と共にである。

 

 

 

 

 

 




部隊名アンロックと言ったね、ごめん。ありゃ嘘だ。
言うタイミングが中々出て来ない、次話で見つけたいと思う。
キャリフォルニア・ベースのMS工廠とかも、妄想で少し紹介していきたい。

ダグラスさんのキャラクターは本作品ではこんな感じであります。
”外人部隊”の人もぼちぼち出していく予定。
フライングはケンさんとメイさんでしたね。

誤字・脱字報告、評価、感想等などお待ちしております。
では、閲覧ありがとうございました!


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第二十二話:キャリフォルニア・ベース(中編)

 時は宇宙世紀0079。

 4月4日にジオン軍地球降下部隊、その補充部隊がスエズ運河付近に降下した。

 補充部隊はヨーロッパ方面軍と共に中東でゲリラ活動を続ける連邦軍を攻撃、アラビア半島内部やイラン高原へと追い払う事に成功する。

 ジオン軍はアラビア半島北部からカスピ海周辺域を制圧するや、部隊を再編成。

 三分の一はそのまま中東部方面軍ギニアス・サハリン司令と合流、要塞化した秘密基地とは別に本部基地をカイロに設ける。残る三分の二はアフリカ北部方面軍とし、北アフリカへと進行した。

 補充部隊は数こそ第一次、第二次降下作戦に劣るものとなった。

 が、局地戦用に改造されたMS-06J、陸戦型ザクやMS-06D、ザク・デザートタイプに加えジオニック社の新型機MS-07Bの先行試作型を投入。

 さらに高速陸戦艇ギャロップ。MSを支援するフライトユニット、ドダイYSを加えての連携戦術を行い戦力的には遜色のないものであった。

 アフリカの諸自治州では、かつて地球連邦政府が打ち出した宇宙移民計画、強制移民政策に反発が消える事なく続いており、その際に生じた弾圧が恨みを残し続け、連邦議会内の発言力の低さから反連邦感情が強い。

 そこを突き、開戦前に「連邦崩壊後の独立」を条件にジオン公国への支援を約束した地域も多かった。ジオン軍は他の地区で行ったモビルスーツによる蹂躙や都市群破壊は控え地元政府や住民の協力を得ながら勢力を拡大していく。

 ジオン軍はこうした自治州に降下ポイントを切り替え部隊を安全に送り込むことに成功する。

 しかし、既存の地上兵器に遅れをとるモビルスーツ、ジオン軍ではなかったが連邦軍は圧倒的な物量で対抗しジオン軍の攻勢を耐え抜く防衛作戦を執る。

 アフリカ戦線は両軍が激しい攻防を繰り広げる激戦区と化した。

 開戦の狼煙が上がったのは、4月10日の明朝の頃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベース、モビルスーツ工廠内の兵器試験実験場。

 工廠内では生産設備群と兵器試験実験場が隣接、もしくは同一区画内に収まっている事が多い。

 それは何故か。

 簡単な事である。

 生産完了したモビルスーツの性能試験へスムーズに入れるようにしてあるためだ。

 生産完了後に即性能通りに動く、という保証は出来ない。

 新品と云われているものは、ただ規格品を当てたというだけではない。

 何かしら人の手が入り求められた数値をクリアして納入される。

 モビルスーツも同じ。いやそれ以上に兵器の中でもコンピュータの塊とされているこの精密機械の

塊はクリアしなければいけないものが多い。

 機体の構造耐久テスト、環境下で各機器が正常に動くかどうか、コクピットからの指令が途切れる場所はないか。

 核融合炉の出力上昇率(エネルギーゲイン)安定域、関節部分のスムーズな可動、それに伴う歪み音の有無。

 マニピュレーター感度と装備された武装のデータリンク、ミノフスキー粒子下でのセンサー感度や有効距離等、センサー系統を通じての装備武装の有効射程距離、及びその他の演算処理。

 これら全ての各OS(オペレーティングシステム)の統制、メインCOM(コンピュータ)には機体制御とデータリンクした武装の照準やセーフティ設定等、サブCOMは機体制御に伴う調整や指向制御の規定された制御数値。

 機体の状態が稼働領域、その規定値を満たすか自己診断を正確に下す事ができるか等。

 さらには搭乗予定されているパイロットのデータを入力し、即起動できるよう手回しを行う等がある。

 この項目は多岐に渡り、一つ一つを実行していたらモビルスーツ一機生産するのに莫大な時間がかかる。

 ではどうするか。

 簡単な事である。

 人ではなく、機械で行えば良い。

 規定された数値以上のものを正規パーツとして、下回るものは出戻り再び手直しを経て正規パーツ試験に当てられる。合格したパーツは登録された設計図から読み取っていき、ラインに沿って作業アームが実際に機体を組み立てる。

 これには開発支援システムの存在が大きく寄与。

 部品一つ一つの性能をデータベースに登録、必要な部品を規格化された製品から、求める性能のものを選び揃えていくのだ。運用や研究によって得られた新しいデータを入力、アップデートするだけで諸条件に基づいた部品、部材を必要な性能を満たすものを自動検索、抽出する。

 知識や発想をもとにエンジニア、技術者たちがシステムを活用し設計、開発、生産まで滞り無く進める。

 こうした開発支援システムの完成、モビルスーツ兵器の確立と供給が今日のジオン公国軍の飛躍を支え、助けているのだ。

 では、一度組み立てができてしまえば終わりなのか。

 残念ながらそうではない。

 試作開発された機体は大抵期待値の半分も満たないのが普通である。

 その機体の性能を試験する為、モビルスーツは兵器試験・実験場で何度もトライアルをこなす。

 これは企画された性能に近付き、予定された性能を数値が叩き出すまで続けられる。

 そして規定性能をクリアしてもテストパイロットや実際に現場で面倒を見る整備兵との情報交換を経て問題点を洗い出し、改善点を明らかにするのだ。 

 これが終了して初めて量産体制へ移行する。

 MS-07B、グフはYMS-07の運用データを基に機体性能の規定化が図られついに生産ラインへ。

 しかし、B型は後々問題になった固定兵装の関係で固定兵装をオミットされたA型に戻る。

 これもまた、現場での意見を汲み取って変更された一つの例である。

 では、生産ラインに上がれば試験実験場は要らないのか。

 そうではない。

 マイナーチェンジ、カスタマイズ、追加兵装の考案等にもこの区画は必要である。

 パイロットからの要望、整備側からの希望で外観から内装まで多岐に渡る変更を繰り返すモビルスーツには”完成”という言葉が当て嵌らない。

 人が居る分だけ様々な改良を試みられるモビルスーツが”完成”を遂げた時。

 そのモビルスーツは後期型、新型機に自らが立つ座を譲るという事なのだから。

 キャリフォルニア・ベースモビルスーツ工廠、兵器試験・実験場。

 その一つの区画で搭乗機の運用データを確認していたメルティエ・イクス中佐はケン・ビーダーシュタット少尉からの報告を受けていた。

「連邦軍の偵察部隊?」

「はい。連邦軍の偵察部隊がキャリフォルニア・ベースからニ〇〇キロメートル程離れた場所で発見されたそうで」

 蒼いモビルスーツ、専用グフが整備作業が完了しモビルスーツデッキに固定。モビルスーツから作業アームが順番に外され、アームレールに沿って移動していく。次のモビルスーツへ向かうのだろう。これも全てコンピュータ制御された整備支援システムで動いている。人間は管制室でのモニタリング。後は整備兵が補修作業等で人の目が必要な時に出てくるくらいだ。

 こうして極力人が必要な所を潰し、マンパワーを別に向ける。

 その為、現在の職人は力技よりも知識量を至上とした。

 そしてそれは、力を必要と感じさせないために性別の壁を取り払う事にも成功している。

 モビルスーツパイロット、整備兵、開発班に女性が見られるのもその一つ。

 男だけの職場、というものは前時代的と云われるほどになっている。

 その代わりに風紀の乱れや痴情のもつれ等、管理側への負担が多くなっているのだが。

 ―――閑話休題。

「ニ〇〇キロメートル? 随分近いな。レーザー通信機器の増設は其処まで至ってないのか」

 彼は自分の部隊が毎日キャリフォルニア・ベースの周辺でレーザー通信機器、感知式センサー等を設置して回ってくれている事を知っている。

「キャリフォルニア・ベースの全周囲に設置はまだかかります。一日、二日では到底及びません」

 レーザー通信機器は音響探知機の性質が強く想定された音源に反応するが距離は半径一〇キロメートル、感知式センサーは人や対象する高さに置き、一点の空間を通過したら反応するものだ。

 幾つ設置しても足りる、という事はない。

 少なくてもいまのメルティエたちの現状はそうだ。

「動ける部隊も少ないから、尚更か」

「防衛部隊、工作部隊に力を割いていますからね。仕方ないと思いますが」

 本来のキャリフォルニア・ベース最高責任者はガルマ・ザビ准将。

 その彼が不在の場合はメルティエが代行司令官として指揮を執る。

 しかし、先日からはそれを変更。駐屯するダグラス・ローデン大佐が有事の際は指揮を執る事となっている。事後承諾で准将に許可を得たが、多少のお小言を頂戴するだけで済んだ。

「それで、少尉の部隊と合同で事に当たれと」

「は。他にも参加するようですが、キャリフォルニア・ベースで補給を受けてからと聞いております。本作戦中には合流できないかと」

「了解した。合同作戦、無事終わらせよう。少尉」

「は。一度部隊に戻ります、作戦時間は」

一五〇〇(イチゴウマルマル)だな。こちらも部隊に戻る、また後で」

 敬礼を交わす。

 メルティエは年長の彼に敬われるのに少し慣れが必要だった。彼の部隊は若く、指揮官である彼が有事以外では厳しく律しない事もあるため、厳格な古参兵で固められた部隊に比べると随分と緩い。ケンのように年齢が近く、きびきびとした行動を見ていると毛色は違うが副官のサイ・ツヴェルク少佐を連想させる。

 ケンの方は若くしてエースパイロット、異名を取る人物に礼儀を尽くすべきだろうと思い。また階級も尉官と佐官の違いが在る為にこういう畏まった態度で接している。自分の行動で他者が不快に感じられるのは御免被るし、ケンの部隊は”外人部隊”と言われるほど正規兵から歓迎されず、煙たがられ厄介者扱いされる時もある。

 逆に佐官、将校のメルティエが彼らを迎い入れ、補給物資やモビルスーツの整備に気を遣ってくれる事はこれまでの経験からしてまず有り得ない出来事に入る。

 何かを企てている、良からぬ事をさせる気ではと部隊員が心配を募らせている程だ。

 あべこべではないか、とケンは苦笑した。

「目標から一〇〇キロメートル程の所でファットアンクルから降下、帰りはおよそ九時間後にするか。日付が変わったら撤収することにしよう」

 移動手段の便宜すら図るのだ、この人物は。

 戦場から撤退する時に「貴様らは歩いて来るがいい」そう侮蔑を込められて告げられた事すらもある。「金欲しさの傭兵部隊」と罵られた事も一度や二度ではない。

 同じジオン軍で、こうも落差がある。

 背を向けて自らの部隊が集まっているだろう場所に歩き去る若い中佐。

 ケンは今まで有り得なかった対応に感謝と、自分より力を持っている事に対する劣等感を僅かながらも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は一五三〇(イチゴウサンマル)

 日光の日差しが気分を活気づかせ、燦々と照らす陽気が気分を高揚させる。

 ―――休暇中であれば、の話である。

 メルティエ率いる部隊は哨戒任務、及び占領下に置いたキャリフォルニア・ベース近郊の調査に向かっていた。先の連邦軍偵察部隊の確認、可能ならば壊滅させる事が目的となる。

 既に三隻からなるファットアンクルからは降下、モビルスーツでの歩行で報告が上がった場所へ各自が警戒を厳に搭乗するセンサー類、外界を映すモニターに目を皿のようにさせて移動。以前に設置したレーダー通信機器や感知式センサーに問題や連邦軍の部隊が来てから影響がないかを確認も並行して進められた。

「どうだ二人とも、設備に不具合は出ているか?」

 メルティエ専用機の蒼いグフは一二〇ミリライフルと専用盾を構えたまま、機体を屈ませて通信設備の状況を調べるMS-06J、陸戦型ザクⅡへとモノアイを向けた。

 幾つかある大木の中、其処に隠したレーザー通信機器とその手前にある斜面に向けて発せられた感知式センサーを確認していたリオ・スタンウェイ曹長は、地上に伸ばした自機のマニピュレーター上に乗り腕を伝い、コクピットハッチに飛び移る。

『問題は見受けられません。設置時に映した映像と、現在の位置を照らし合わせても移動された様子はなしです』

 プシュ、と排気音を上げてザクⅡが立ち上がる。一二〇ミリマシンガンを両手で構え、モノアイがレール上を滑りグフに向けられた。

『こちらガースキー。問題ありませんぜ』

 メルティエの前面モニターには今作戦に参加している隊員全員のウィンドウが表示されている。

 右上から順にアンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉、ハンス・ロックフィールド少尉、下の最後にはリオ。

 左上からはケン、ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹、オペレーターとしてユウキ・ナカサト伍長と並ぶ。モビルスーツ八機に戦闘支援浮上車両(ホバートラック)を含む中隊規模となった。

 移動管制室となるホバートラックは通信ユニット、各種センサーユニットを搭載している。車両にはユウキが搭乗し、遠距離通信装置や通信傍受能力などは戦闘で火器支援行動に入れる装甲ホバー・トラックに比べて高い。その代わりに戦闘能力は大幅に削られている。威嚇用の機銃が上に一門ある程度だ。

 これはモビルスーツで前線を構築、移動管制室となったホバー・トラックがこれを情報支援する事を前提にしたもので前線に出る事がない(あったとしたらよほど危険な状態)ために火器を積まず、その分通信装置等の充実化に当てた事による。

 現在の隊列は右翼にメルティエとリオ、左翼にケンとガースキー、中央にアンリエッタとエスメラルダ、ユウキ、高所にはハンスとジェイクという具合に分かれている。

 リオは設置した事から機器の取り扱いを知っていたし、十四の年齢とは思えないほど機械関連の知識が深い。最年少でありながら今後重要とする通信設備の担当になった理由はこれだ。

 ガースキーは従軍経験が長い事から様々な任務に就いた経験で、この手の扱いには慣れているとケンから紹介された。試すわけではないが、自身が信頼する部隊秘蔵っ子のリオと比べてどう違うか気になった。

 知識に経験が伴うと、やはり違うとメルティエは認識した。

 リオは繊細に機器を取り扱い誰から見ても教本に載れる程綺麗に仕上げるが、前線に配置するものなのでダミーコード等を含めた配列にしている。

 それを本人ではないガースキーが確認に手を入れ、探られた形跡や不具合等が出ていないかを判断している。他人が構成したマニュアルにない機械を調べる等、さっと問題があるかどうかを確認する事ができるだろうか。少なくともメルティエには彼らと同等の早さで調べ上げる事は難しい。

 尤も、ガースキーが嘘を言っている可能性がある。

 先に終えたリオに遅れてはならぬと思い、終えたと嘘の報告をする。

 が、メルティエはそう思う前にその考えを消している。

 信頼すべき人物かどうかは目を見て決めているし、ケンが自信を以て推薦するくらいである。プライドを刺激されて嘘を吐くような人間とは思えなかったし。彼は通信伝いだがこう漏らしていたのだ。

「綺麗に作り過ぎてるねぇ、ダミーも入ってるが。もう一つクラッシュも挟んでおこうや」

 彼は追加しているのである。

 無効化、もしくは乗っ取る時に一定の手順以外でコードを解除した場合にクラッシュ、つまりは機器を殺し、その前に異変を伝える発信をするトラップを。

 ケンは職人気質のガースキーに苦笑し、ジェイクは自慢するように鼻を鳴らした。

「芸達者な仲間が居るのだな。ケン少尉」

 つられて苦笑いを浮かべると、モニター越しの彼と目が合う。

『頼りになる仲間ですよ、中佐』

「よし、二人ともこの調子で頼むぞ。ハンス少尉、ジェイク軍曹、ユウキ伍長。敵影は見当たらないか?」

 高台で右、左に別れて周囲を注視している二人と、音響探知機で周囲の音源を探る一人に問う。

『はい、中佐。今のところは何も』

『こっちには見えねぇぜ、大将』

『センサーに感なし、本当に居るのか?』

 真面目に返答するユウキ。ふぅ、と息を吐くハンスに。訝しむ、というよりも疑っているジェイク。

「発見報告された場所はもっと奥だ、ジェイク軍曹。先は長いぞ」

『了解。いつでもかかって来いてんだ』

 好戦的な言葉を吐き、しかしザクⅡの一二〇ミリマシンガンを構える動きはスムーズだ。流れる動作には手練と感じさせるものが、確かにある。

『ジェイクぅ、焦んなよ。派手に転ぶぞ』

『ガースキーさん!』

『二人とも、作戦行動中だぞ』

 茶化すガースキー、怒るジェイク、宥めるケン。

(面白いチームだ。雰囲気が良いな)

 戦場で気負った感じがしない。だが油断や慢心からくるものではないだろう。 

 ただ、

(ユウキ伍長、暗いというか陰りが見受けられるが。ケンは何か知っているだろうか?)

 一人だけ会話に加わらず黙々と従事する姿勢が気を引く。

 真面目だから、仕事に手を抜かないから、とも違う。

(どうしたんだ、彼女は)

『メル…中佐、そろそろ移動開始?』

『周囲に反応なし』 

「了解だ。各機通常移動で前進。間違っても高速機動(ブースト)はするな」

 アンリエッタ、エスメラルダが少しじれたのか移動を促す。

 メルティエは全軍前進を指示しながら、高熱反応を残すブースターの禁止を決めた。

(いかんな、気になるのなら任務完了後にそれとなく聞けばいい。今は前を見よう)

 ズシン、ズシンと巨人達が前進を開始。

 各機のモノアイが動き、一歩進むごとに周囲に目を向け異変がないか気を配る。

 もし、敵が近くに居ると仮定すれば理想は奇襲だが、強襲でも問題はない。

 だが、敵からの先手。不意打ちだけは避けるねばならない。

 予測不可能な攻撃は、どんな人間でも回避できないものだ。

 相手の思考を読み取れない限りは。

「さて、どう出てくるかな」

 蒼いグフは空を仰ぐ。

 反り返る胸部、其処には盾を背に咆哮する蒼い獅子が、太陽に挑もうとするかのように見えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の音が耳朶に届く。

 ベースキャンプの簡易シャワーから注ぐ微温い水を身体で受ける。外の熱気で汗をかき、それに吸い付いた粉塵を洗い落とす。爽快ではないが、幾分気が晴れるので良しとした。

 シャワー水は整った顎に、頬を濡らし額を伝って背の半ばまで垂れた銀髪へ。首から伝わりほっそりとした、しかし肉付きの良い肢体へ道を作る。高名な彫刻家が丹精を込めて仕上げた造形美を持つ彼女の身体は、もしも覗き込む男が居たら生唾を飲み込み、次の瞬間には足を進め彼女に襲いかかるだろう。

 芸術的な美しさと、抗え難い欲を誘う美女。

 備え付けの用途に応じた洗剤で頭髪、身体を洗い水滴を弾く褐色の肌に手に取ったバスタオルを当て、軽く拭く。

 彼女の右の瞳は琥珀色で、射抜くような鋭さを秘めていた。

 しかし左の目は、瞼の上から醜い傷が走り、開かない。

 代えの服、連邦軍士官の軍服の上に投げられた黒い眼帯を手に取り、左目があった場所に当て、後頭部の辺りで紐を結ぶ。

 色気のない下着を身に付け、最後に軍服を着たら彼女はぼぉとしていた意識を切り替える。

 ―――軍人の貌は、情熱的な彼女の容姿とはかけ離れ、冷え切っていた。

「エリー、状況は変わらずか?」

 空気に親密性でもあるのか、彼女のハスキーボイスはよく通る。

 布一枚隔てた所で待機していた彼女の副官、エリー・カワズミ中尉は双眼鏡を下ろし、野戦帽の下から覗く糸のように細い黒瞳を上官が居るであろう場所に向けた。

「は。高熱源反応がなく、視覚頼りですが」

「どう見る?」

「恐らくは先日に偵察した折、捕捉されたものと推測します」

「昨日の偵察は、話を聞かぬ阿呆だったな」

「は。仇討ちと称し、軽率な前進をされておりましたな」

 発言した人物を思い出したのだろう、中尉は細めた瞳を彼らが進軍停止しているであろう場所に向けている。

「確実に、敵部隊と接敵、開戦となります。如何なさいますか?」

 シャワー場から出てきた上官に敬礼、長身の女性は銀髪を吹く風に踊らせて進む。

「阿呆共は当て馬にする。敵の戦力把握に、有効に使わせてもらおう」

「了解であります。こちらからの投入戦力は?」

「小出しにして勝てるものかよ、全力だ。しかし接敵はしない」

 彼女は進む。小休憩をとっていた者たちが後ろに付き従う気配を感じながら。

「今回の目的は敵の殲滅ではない。運用データが最優先」

 視線が向かう先には、夕暮れに染まる空と同じ、赤い巨人。

「目的と手段を履き違える事は無い。精々、動く的になってもらうさ」

 防塵の為に張られたシート。しかし其処から飛び出た二門の砲身を肩に担ぎ、ジオン軍の曲線的なものに対し直線的な外観。片膝を付き、地面に添えられたマニピュレーターに足をかける。

 頭部のゴーグル型のセンサーユニットは光を宿さず、ただ待ちの(てい)で主の帰りを待つ。

「行くぞ。戦場へ」

 連邦軍第16独立機械化混成部隊隊長、エルフリーデ・フレイル大尉。

 彼女は振り返り、見上げる隊員に下知を告げた。

 

 

 

 

 

 




暁の地平線に、勝利を刻みなさい!(違

閲覧ありがとうございます。

キャリフォルニア・ベース防衛のため、基地近郊を調査する。
その彼らに襲いかかる敵。
命運を握るのは、だれか。
第二十三話「キャリフォルニア・ベース(後編)」に続く。







エキゾチックな女性って素敵ですよね。

作者です。ご機嫌如何。
太くて長いものが向けられています。オリ主どうなっちゃうの!?的幕引きです。

では次話をお待ちください。恐らくは今週内に上がると思われますお!


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第二十三話:キャリフォルニア・ベース(後編)

 キャリフォルニア・ベースよりニ三〇キロメートル離れた山岳地帯。

 その高台に囲まれた場所にメルティエ・イクス中佐率いるモビルスーツ部隊は身を潜ませていた。

 ユウキ・ナカサト伍長が搭乗する戦闘支援浮上車両(ホバートラック)音響探知機(ソナー)に反応。

 彼らは元々丘陵だったがキャリフォルニア・ベースにジオン軍が侵攻した際、砲撃や爆撃で地形を変えた場所が幾つか点在する中の一つに移動。小休止を取りながら探査の結果を待っていた。

「ふぅ」

 コクピットの中で軍服の襟元を緩め、ケン・ビーダーシュタット少尉は溜まった疲労を吐き出すように一息した。

 常に気を張るなど、まともな神経ではやっていられない。一息入れて心身を休ませなければどんな優れた兵士であろうと、能力を十全に使え切れはしない。

 考えるまでもなく、当たり前だと思う話。

 だが、脅威や緊張の連続に曝されると、人間はまだ平気、大丈夫と根拠の無い余裕(・・)を露にする。

 虚栄心なのか、意地っ張りなのかは本人のみ、もしくは自身ですら気づいてないケースもある。

 しかし、危険な状態である事には変わりない。

 自らも陥った事がある事から、中佐は休憩を挟むタイミングを大事にしている。

 そう彼の部隊員から聞いた事がある。

 なるほど、ケンも同意見だった。

『伍長、敵はまだ見つからないのか?』

 しかし、気が逸るジェイク・ガンス軍曹は苛立ちを隠さずそう漏らした。

 元々好戦的な人物なのだろう、待ちの戦術には向いてないとみえた。

 彼が搭乗するMS-06J、陸戦型ザクIIは地形が複雑な山岳地帯、砲撃等でくり抜かれたような斜面を難なく通り静かに歩行さえしている。

 これはつまり、彼の操作技術やOS(オペレーティングシステム)を通してCOM(コンピュータ)に蓄積された実戦データが十分に優れている事を指している。

 暴論だが宇宙空間を飛行するだけなら、赤ん坊でも出来る。操縦桿を押せばいいのだから。

 ただし、AMBAC(Active Mass Balance Auto Control:能動的質量移動による姿勢制御)システム等に代表される資質が大きく関与する動きは、パイロットにそれ相応の能力を要求する。

 それは動体視力、判断力、反射神経、耐久度と大きく四つに分ける事ができる。

 対象物を精度良く視認、求められる事態に臨機応変に処理、それに対する自らの動き、機体がかける力に圧壊しない肉体。

 どれか一つでも欠けていれば適正査定に響く。

 適正査定が低ければ当然の事ながらパイロットにはなれない。

 既存の兵器より高価な代物を取り扱う事もそうだが、モビルスーツパイロットにエリート意識を高めてしまう原因はここにもあった。

 そしてここは地球。宇宙とは違う環境下だけに歩行すらままならないパイロットも見られた。

 ジェイク・ガンスという男は己の能力だけでモビルスーツパイロットになり、その操縦技術も自らの努力で高めてきた。

 故に高慢な態度が出てしまうのだが、それだけ(・・・・)で戦争に勝てるわけではない。

 ユウキのようなモビルスーツ部隊を支援するオペレーター。

 ダグラズ・ローデン大佐、ジェーン・コンティ大尉のように前線には出ないが全体指揮、物資の手配、任地先での交渉等の煩雑な手続きをこなす人間が多く居て初めて戦闘、戦争に進めるのだ。

 突撃して勝てるなら苦労しない。

 しかし、目の前の戦闘にのめり込むのがパイロットの(さが)でもあった。

『ジェイク。ちったぁ落ち着け、ピリピリするなよ』

 年長のガースキー・ジノビエフ曹長が呆れを滲ませた声を出す。

 彼はジェイクとは違い、モビルスーツ操縦を一つの技術として捉えている。

 ジェイクのようなエリート意識もなく、モビルスーツパイロットの肩書きを一種のステータスだとも思い込んでもいない。

 扱えるから使い切る。

 パイロットの誇りはあるが、戦場には持ち込まない。

 彼のような認識のパイロットは少なく、そして貴重だ。

 それだけ意識の差による弊害が蔓延しているという現実。

 そして事態に直面したときに緩和、協調性を作る事ができうるからでもある。

「ユウキ伍長は精査中だ、もう少し待とう」

 しっかりした語調で言葉を吐き、ケンは油断なくモニターを見る。ザクIIのモノアイレール上を動かして視点を幾度も変え、前面モニターを切り替え側面モニターにも気を配る。

 彼は元々軍人ではなく、コロニー建造に関する知識を評価され徴兵。それからはジオン国籍のためにこの戦争に参加。他の三人も似たり寄ったりの都合で戦後の国籍を得るためだけに戦場に出ている。独立を叫び戦うジオン軍人にどこか冷めた目で見るのは、なにも不当な扱いを受けているだけではなく、立場からでもあった。

 だからこそ”外人部隊”等と呼ばれている。 

『すいません、もう少し時間をください』

 実際申し訳なく思っているのだろう、彼女の声が通信機からコクピットに流れる。

『気にしないで、戦場で一箇所に留まると落ち着かなくなるものだから』

『探知に集中してくれて良い』

『ま、気長にやろうぜ。この手合いは痺れた方が負けってもんだ』

『途中で確認したレーザー通信も途切れてません。周囲は安全ですから』

 アンリエッタ・ジーベル大尉が気落ちするユウキを励まし、エスメラルダ・カークス大尉は問題ないと告げ、ハンス・ロックフィールド少尉も気を遣い、リオ・スタンウェイ曹長が進軍中に確認したレーザー通信設備に電磁波の乱れが無い事を保証した。

 階級上位の援護射撃に、さすがのジェイクも閉口。

 ガースキーとケンも思う所があるのだろう、黙っている。

 ”外人部隊”と蔑まれてきた彼らは、”この部隊”にどう接すればいいのか困惑するのだ。 

 開戦から今日までで、真っ当な(・・・・)ジオン軍人に期待するのは諦めていた故に。

『はい、ありがとうございます』

 ユウキの沈んだ声に、僅かながら張りが出てきた。

 純粋に応援と受け入れて、礼すら述べる。

『ユウキ伍長。この先三〇キロメートルまでは音源反応がない、でいいのだな?』

 確認する指揮官の声に、

『はい、今も探知していますが反応が見当たりません』

 冷静に事実だけ述べる声。

 勘も鋭い彼女は、確認する中佐の言葉に何か感じたのだろうか。

『よし。ケン少尉、ガースキー曹長、ジェイク軍曹』

 中佐に呼ばれた彼らはコクピット内で思わず身構える。

 このタイミングでの名指しは良い捉え方なぞ、できはしない。

 前進を命じられるのか、と三人―――いや、四人ともそう考えた。

 確かに彼らはメルティエの正式な部下ではない。

 直近の部下を危険に晒すよりも、臨時参入の人間を当てるのは極当たり前だろう。

 信頼とは一朝一夕では築けない。

 信用も同じ、能力を知らなければ同様に。

 彼らは”外人部隊”。

 最初から弾除け代わりに前へ立たされなかっただけでも、まだマシな対応だと思っていた。

「は。何でしょう」

 ケンが代表して硬い声を発する。

 解りきった事を尋ねる自分が少しばかり嫌になる。

 何時もと異なった対応に躊躇っていた意識が、覚めていく。

 自分たちは”外人部隊”。

 正規部隊からは除け者にされ、罵倒される”金で動く傭兵部隊”。

『まずはアンリエッタ大尉、リオ曹長はバックアップ』

 呼ばれた二人のザクIIから排気音、立ち上がる姿をモニターで眺める。 

『ハンス少尉は目で迅速に敵を発見する事に注力、エスメラルダ大尉は』

 ぼぅ、とザクIとはいえ専用機持ちの狙撃機がモノアイを光らせる。 

『ユウキ伍長を護衛しろ(・・・・)。彼女が部隊の目だ、やらせるなよ』

 ガードを託されたMS-07A、先行量産型グフが専用盾を掲げて了解の代わりにする。

 モニター上の部隊員のウィンドウを眺めると各員が納得、あるいは諦めの表情をしている。

 ケンたちは困惑を戸惑いに変えた。

 彼らの反応が掴みきれないのだ。

『改めて。ケン少尉、ガースキー曹長、ジェイク軍曹』

 ごくり、と鳴った音は誰からだ。

 聴覚に集中するあまり、その音がやけに大きく聴こえた。

『俺が突出する。援護を頼む、敵を捉えたら即応戦する。出るぞ!』

 蒼いYMS-07、試作型―――メルティエ・イクス中佐専用グフが三枚盾を構え、その空いた空間から一二〇ミリライフルが覗く。

(―――部隊長自ら囮!? 正気かっ)

 止めなくては、もし彼を失えばどんな仕打ちが自分たちに降り掛かるか予測がつかない。

 彼はキャリフォルニア・ベースの最高責任者、ガルマ・ザビ准将が友と呼ぶ人物なのだから。

 エースパイロットとはいえ慢心に過ぎるとも思う、戦場にはどんな不測の事態が待っているか判らないのだ。

 何時まで舞台の主役(エース)とは限らない。

 端役が主役を倒す事がこの戦場という舞台では見る光景の一つなのだから。

 この場に留めて、我々が、せめて自分が出よう。

 そう思い口を開くが、

「了解!」

 自分の腹から力強く響く声。

 それは自分の意図した言葉ではなくて。

 けれど、自然と喉から外に吐き出された。

 戸惑いもあるし、不信の念は早々取り払われる事はない。

 ただ、背中を守れと言われた事が、嬉しかった。

 続くガースキーとジェイクの声にも戸惑いが多分に含まれている。

 けれど、自分よりも力強い声だったのは、とても記憶に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来やがったな、ジオンめっ」

 キャリフォルニア・ベースから三〇〇キロメートルの高台に機体を隠していた第03機械化混成部隊の生き残りである彼らはアジア戦線からジャブロー防衛に回され、分隊長と隊員を失った憤りを燻らせたままこの地を踏んでいた。

 連邦製ザク、砲撃タイプを戦力とする彼らは高機動戦闘に向かないモビルスーツながらも凹凸の激しい場所でのゲリラ戦は得意としていた。

 敢えて自らの場所を教え、引き込み、二方向、三方向からの射線で敵を蜂の巣にする。分隊長であったジャック中尉の教えをそのままに、彼らは必勝をきしてタイミングを図る。

 荒れた土地での機動テストを兼ねたために、今回はホバートラックの支援を受けられない。

 後続部隊は背後に居るが、その指揮官に接した時の態度がいけなかった。

 昂ぶっていた状態で匂い立つ美人に会う。

 それが何よりもいけない。

 手が早い早漏野郎が、文字通りタマを潰されて悶絶する姿を視界に。

 熱線が注ぐ場所で冷え切った視線を地べたのゴミ(・・)に向ける指揮官。

 怒り狂う彼女の配下は可燃物(・・・)を蹴り上げてこちらに寄越すと一切の助力を拒否。

 荒くれ者で揃えられた第03機械化混成部隊。

 モビルスーツという次世代兵器を扱うためにエリート意識が無駄に高い。

 加えて素行が悪くても使うしかない。モビルスーツを扱う適正値が出ているのだから。

 だからといって何でもまかり通るわけではない。

 ジャック中尉亡き今、分隊長を任された彼は人を襲うのはやめろ、と何度も隊員に言ってきた。

 それでこの始末である。

 彼は泣きたかったが、落とし前にモビルスーツを一機譲渡させられ、余りの事に意識が飛んだ。

 判ったのは自分がクソと思った若いモビルスーツ乗りを射殺し、連携するよう通達された部隊とは絶縁されてしまったという事だけ。頭が沸騰せず、今もモビルスーツを訓練通り動かす自分が信じられないくらいだ。

「お前ら、識別反応が出ないが、モビルスーツに違いない! 視界に入っても決めた場所に来るまで撃つなよ!」

(命令を違えたら、俺が殺してやる!)

 怒りに任せて射殺してから、他の隊員は素直に従い始めた。

 もっと早くしていれば(・・・・・)良かった、と彼はつくづく思う。

 そうすれば、後続部隊と連携できたというのに。

「―――! 来たな、ジオンめ」

 ガシュン、ヒュバッと高台に着地、バーニア光を夕暮れの中で閃かせる機影がモニターに映る。

(―――あれは)

 右手の操縦桿、親指の辺りにある二つのボタン、その下を押す。

 ピッ、カシュン、と電子音の後に拡大される映像。

 重量感を感じさせず、地を蹴る蒼い機体。

 ミノフスキー粒子下で通信が途切れる前にジャック中尉から報告を受けたモビルスーツ。

 ザクとは違う外観、蒼いモビルスーツで、胸部にはエンブレムのようなもの。

 肩部に差異があるようだが、機体色とエンブレムは間違いがない。

 盾を背に咆哮する蒼い獅子が描かれた蒼いモビルスーツ。

「きぃぃさぁまぁかぁああぁぁああああっっ」

 彼はたっぷりと仇敵をモニター内に収め、設定した射撃地点に蒼い機体が踏み込んだ瞬間、両手操縦桿のトリガーボタンを押し込んだ。

 凶相を顔面に刻んだ男は、ジャックの得意とした三兵装同時発射を無意識に行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「中佐っ」

 リオのザクIIがモノアイに映すもの。

 こちらからは全貌を見る事は出来ないが、高台に潜む敵勢力が身を晒し続ける蒼いグフへ砲撃を開始したという事。

 敵勢力―――ゲリラ組織ではなく恐らくは連邦軍だろう、その砲撃はリオのモニターに映る限りは三、四つの方向から射線が通っている。

 高速で飛来する大小の光。それらが全て、触れれば高強度の装甲を纏うモビルスーツを噛み千切り、粉砕し、四散させる。撃音は止まらず山岳地帯に響き渡り、林から一斉に飛び出す鳥類、生い茂った草原から走り去る動物を追い立てるかのようだ。

 しかし敵はそんな事象に目もくれず、跳躍し大地を駆けるグフに攻撃を加え続けている。

 リオは高台にきらりと光る反射に目を細め、操縦桿のスロットルを握り込む。段階的に、しかし拍子を置かないアップにザクIIの発動機が悲鳴を上げる。

 サブモニター上の出力上昇率(エネルギーゲイン)の安定域が降下、その後もリオの願いを聞き入れザクIIがバーニアをゴウゥッ、ゴウゥッと断続的に吹かす度にグラフは上下に乱れる。

 危険域に届かないまでも無茶な機動。

 それはリオ自身も理解している。

 理想とした機動をに程遠く、しかし勢いに乗るザクIIは早い段階で最高速度に到達。

 目前の大岩を踏み台代わりに、大きく蹴って跳躍。代償に大岩に亀裂が入り崩れる。

 その音が、思ったより大きく。

 ヴィー!と警告音が、敵機に照準された事を教える。

 リオを捉えた連邦製ザク、その砲撃タイプが小回りの効く手持ち銃、九〇ミリブルパップマシンガンを向けそのまま射撃。

 脚を体育座りするように胴部に近づけ、脚部推進器を開放。ドウッとアポジモーターが機体を前方に押し出し、そのまま更にスラスターの力で加速。チュン、チュチュチュンとかざしたザクⅡの防御シールドに火花が散り、弾丸に抉られる。

 小さくない衝撃、それが連続にザクIIを、コクピットを揺さぶる。リオの意識にもノイズが走るが、モニターを睨む。

 敵がバーニアを使って後方に飛ぶ、その間は肩に担いだニ四〇ミリキャノンも小型ガトリングガンも撃たない、撃てないのか動作しない。

「―――ふっ」

 短く息を吐き、右手の操縦桿のトリガーを押す。加えて左手の操縦桿を後ろに引き、離す。

 リオのザクIIは右腕に装備した一二〇ミリマシンガン、そのガンサイトを飛んだ敵ザクの脚部に合わせ、引き絞る。

 マズルフラッシュでモニターが染まる中、敵のザクは足に衝撃、弾丸を受けた衝撃で引き倒されたような体勢で空中に浮かぶ。

「やあっ!」

 イメージ通りに崩した敵機。先ほどの操作で腰を屈め、飛んだザクIIの膝蹴りが敵コクピット―――ザクIIのものと同じならば装甲部に守られた胸部と推定―――に重量物と重量物が衝突する重みと轟音が外部マイクから、そして機体から金属の悲鳴がコクピット内に響く。

 力の向きに従ったのか、抵抗する動きを成せなかったのか。

 四肢を地表にだらりと向けて吹っ飛ぶ鹵獲ザク。背中から派手に乾いた大地に倒れ、粉塵を巻き上げ跡を残して止まった。

 膝蹴りに使用した左関節部に不具合が出たのだろう、モニターの視点がやや沈み込むように揺れるが動きを止めた敵機に自機を走らせ、両肩に三発、脚部に四発、固定武装の砲身に一発ずつマシンガンを撃ち込む。撃たれる度にモビルスーツの四肢が跳ね、装甲の破片が飛び散る。

 その姿が人間を想像させ、飛び散る鋼片が夕陽で血に、肉片にリオの目に映る。

 ぐっと歯を食いしばり、嘔吐感を堪えて続ける。

 銃口から昇る硝煙、その先で完全に無力化された鹵獲ザク。

 殺さず、敵戦力を打倒した。

 大きく息を吐き、先ほどのイメージを払拭するため首を振り、青白い顔を上げる。

 リオは兵士に、軍人になってまだ日が浅い。

 モビルスーツパイロットを大きく失ったジオン軍。戦力回復として民間に広めた適正試験の結果、徴兵を受けた少年兵。

 それがリオ・スタンウェイの人生の岐路。

 地球降下作戦から始まった戦線でパイロットとして、純然たる戦力として既に戦果を残している。

 つまり、既に敵を倒しているという事。

 それでも、リアルなイメージはリオの精神に負担をかける。

 何時までも慣れない自分に、弱さを突きつけられるようで嫌だった。

 第一次地球降下作戦が終了した戦場跡で、頼れる狙撃手に相談した事もある。

 彼は最初目を見開いた。その様子にびくりと怯えるリオ。

 しかし、殴る様子も無ければ詰る雰囲気もない。

 それどころか、彼は飄々とした顔に微笑みを浮かべてすらいた。

『馴染まないでいいんだよ。そんなもんは』

 兄貴分として接するハンスは、眩しいものが目に入ったように細めて悩む少年に語ってくれた。

『慣れたらもう戻って来れなくなる。だから、いいのさ。弱いままでよ』

 壊れ物に触れるように慎重に髪を梳くハンスは、どこまでも優しいとリオには思える。

 粗野に振舞う彼は仮面(ペルソナ)で、本当の彼はこっちの方だ。

 そうリオには感じさせた。

 このままで良いと励ましてくれた彼と、

『メルティエ・イクスを信じろ。お前が従う、この俺を信じろ』

 胸に宿る言霊と共に。

 リオ・スタンウェイは戦場に身を置くのだ。

 側面モニターにはズゥン、と重量物が落下した震動と共に排気音を放出して立つ、蒼いグフ。

「中佐」

 敵が寄せたのだろう。火線が飛び交う中、三枚の盾で仲間を守る蒼い獅子。

 そしてその蒼いモビルスーツを守り、障害を蹴散らすように敵へと急襲する三機のザクII。

 ゴウッと再びバーニア光、残火を残して飛ぶ彼は本当に群れを率いる獅子のよう。

 群れのボスたる彼の背後に高速機動(ブースト)して補佐する三頭の精鋭。

 最後に残った敵へ、彼らは容赦なく追い詰め、牙を立てるのだ。

 それはリオの抱いた理想像に似て、呼吸を揃えて駆けるパイロットたちに嫉妬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつで最後だ」

 屠ったどのモビルスーツよりも正確な射撃に、何時ぞやの戦場で相対したモビルスーツと瓜二つな攻撃にメルティエの意識は冴え、その戦闘に没入した感覚はグフの動きをより鋭敏にさせた。

 専用盾を前方、やや上方に向けて投擲。

 鹵獲ザクに向かい、即席の遮蔽物と化して飛来する鉄の塊。

 しかし瞬きの間に弾痕に埋め尽くされ、弾け飛ぶ。

 その瞬きの間に、メルティエは両手の操縦桿、そのコンソールを叩く。

 バシュッ、と排気音とは違う抜ける音を捉え、操縦桿を前に押しながら、再度コンソールに入力。

 バーニアから勢いよく吐き出された炎を背に、蒼いグフは両肩の防御シールドを強制排出(パージ)、両腕をクロスさせて互いに装着されたシールドを掴むと、前方に再度投擲。

 重なり合うシールドが二回遮蔽物の役割を果たし、そして更に上方に向けて投擲した分、敵のガンサイトも上がったようだ。

 後ろ蹴りの要領で上げた脚部のアポジモーターで地表にグフの体を下げ、そのままスラスターの運動力で前方へ頭から突き進む。

 どん、とパイロットの身体に掛かる重力加速度に、ミシリと筋肉と骨格が悲鳴を上げる。

「―――断つ!」

 高さ六メートルにも満たない位置から両腕を振るい、手首下に収納されたヒートロッドがジジジと空気を焦がし、擦れ違い様に敵の四肢を絡みつき、高熱で溶解、両断する。

 ドスン、と自由落下で地上に叩きつけられた敵ザクの胴体。

 ザムッと砂塵を上げて着地する蒼いグフ。

 前方からの奇襲を成功させたメルティエは、身軽になった愛機の上体を起こし、手放す前に盾から抜き取った剣を模した発生器、その柄を握る。マニピュレーターを通じてエネルギーが収束したヒートサーベルはブゥンと音を立て、ダルマとなった敵のモノアイに突き付けた。

「降伏しろ。降伏すれば南極条約に基づき」

「―――ちゅういのぉ」 

 目の前のモビルスーツから外部スピーカーを通じて、

「かたきぃいいい!」

 怨嗟が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連邦軍第16独立機械化混成部隊隊長、エルフリーデ・フレイル大尉は短く言葉を発する。

「撃て」

 ドゥン!と保有するモビルスーツの数だけ砲身から人間大の砲弾が放たれる。

 それを一機につき八発。

 自らが駆る赤いモビルスーツ、RX-77-1A、ガンキャノンAも二基の両筒を肩の専用架台に当て、砲撃に参加。

 前面モニターが砲撃と共に発せられる煙に巻かれ、ホワイトアウトとなるもすぐに霧散。

 照準を合わせたジオン軍の蒼い新型機とその廻りで警戒したモビルスーツ、合わせて敗北した第03機械化混成部隊の残党(・・)に二四〇ミリキャノン砲による一斉射。

 ガンスコープからしばらく射撃地点を伺っていたが、諦める。

「次の地点へ下がるぞ。敵が食いついてくる様ならば迎え撃つ。撤退するならば追撃行動に入りつつ、証拠品(・・・)を破壊する」

 彼女がガンキャノンを下がらせようと一歩引いた空間。

 ―――ギュン!

 飛び越えて、後方で砲撃姿勢を取っていたRRf-06、ザニーの右肩部に被弾。

「ほぉ」

 被弾した直後に爆散。頭部と胴部に甚大な損傷を受けたザニーがどうっと地面に叩きつけられる。

 ―――炸裂弾頭式狙撃長銃。 

 彼女は知らない事だが、キャリフォルニア・ベース地下施設に残っていた炸薬を弾頭に成形。

 扱いが難しく、コストが高いものの開発したものだからと無理矢理に狙撃用弾丸に作成した代物。

 実行犯はロイド・コルト技術大尉である。

 そして、

「見つけた」

 ぼそりと告げられる若い女の声。

 崖上から砲撃したエルフリーデの目の前に出現する青い機体。

 ギュン、と膝関節の軋む音を残し飛び退く。

 其処へ振り落とされるヒートサーベル。

 エルフリーデはガンキャノンの頭部に装備された六〇ミリバルカンを掃射。

 回避どころか突進を選ぶ青いモビルスーツ、グフ。

 弾丸を専用の大型盾で受け止め、半身を現わにしてヒートサーベルの突きを放つ。

 機体の上体を反らし、高熱の刀身をやり過ごすが砲身が下から貫かれ、溶断。

「やるな、貴様」

 サーベルを持つグフの拳を掴み、そのまま敵機に向けて残った一基の砲口から一撃。

 しかしその向けた砲身は下から掬い上げるように振り抜かれた盾の先端で射線を変えられ、不発に終わる。

 両手を動かしたグフ、その上半身に向かってバルカンが唸りを上げて撃ち込まれる。

「甘い」

 グフは数発装甲表面に穿たれるも、右脚をガンキャノンの左足に引っ掛け、刈り取り転倒させた。

 モノアイスリットを穿たれ、一部機械部分が露出するが其処から覗く眼光が凄みを増す。

 サーベルを引き寄せ、胴部に向けて突きを放たれるが、ガンキャノンは背部スラスターを最大限に、水平移動で避け左太腿部に裂傷を作るに留まった。

「そちらもだ。はっ!」

 離れ際に右脚を振り上げ、突きのために伸びきったグフの右腕、その肘部を強打。

 バキリ、と嫌な音と共に破壊された右腕が地面に落ちる。

 ケーブルやフレームが無残に千切れ、エネルギー供給が消えたために、刀身が空気中に拡散。

「もう一息だというに」

 しかしエルフリーデのガンキャノンに目標を絞ったのか、一五キロメートル以上離れた先から放たれた弾丸が音を後ろに飛来。

 小刻みに足の裏にあるサブスラスターを使って左右に機体を揺らして躱す。

(この青い奴といい、狙撃手といい、厄介な)

 腕を失い、武器を落としたグフに照準を合わせるとモニターに黒い線が入る。

 身体に走った悪寒に反応、更に機体を後退させると鞭のようなものがガンキャノンのゴーグル型センサーユニットの前で停止。

「―――目眩ましか!」

 バリッと発光、そのままモニターを焼く青白い光。反射的に目を瞑り、潰されるのを防ぐ。

 これも彼女は知らない事だが、ヒートロッドは高熱で溶断する以外にも高電流を流し、ショートさせる使い方もある。

 それを今回は視界封鎖のために利用したのだ。

 彼女の視界が回復する頃に、モニターを埋めるように広がるもの。

「蒼い獅子!」

 胸部の盾を背に咆哮する蒼い獅子が大きく映り、その後に訪れる衝撃。

「がふっ」

 思わず息が漏れる、重い一撃。

 直前までの位置的なものから、蹴り飛ばされたとみる。

 叩きつけられる前に背部、足部のアポジモーターでバランスを取り、地面に着地した。

「―――エリー、煙幕(スモーク)弾掃射」

『了解であります』

 後方で応戦していたのだろう、くぐもった返事の後に打ち出され、敵との間に落ちる弾頭。

 そこら空気の抜ける音を出して白い煙が周囲を包む。

 ダンッ、と飛び上がり機体を後退させながら、コクピット内で反応する友軍機を確認。

(最初のと合わせて、二機やられたか)

 ちらりと視れば、その最初のザニーや倒された機体を抱えて移動する部下の機体がある。

 煙幕の放出を合わせて後退したのだろう、吹き晴れた対峙場所には敵のモビルスーツは存在していなく。

「あのパイロット」

 青いグフを守ろうと飛び込んできた蒼いグフ。

 その左腕は胴部の根元から無く、右腕は手首から先が砕けていた。

 砲撃を咄嗟に防御した結果だろうが、それでも健在だった事に驚きを隠せない。

 満身創痍は自身であろうに、それでも友軍機のため向かってきた。

(死にたがりか? それとも青いモビルスーツのパイロットと親密な関係だからか)

 少しばかり興味が沸いたが、

「また、遭うだろうさ」

 彼女は被った損害を片目で眺めながら、自軍領土へ進路を取った。

 次の戦い、次の次の戦いのために。

 

 

 

 

 

 




やったぜ、おとっちゃん。
10100文字超えだ…ガハッ(吐血)

読み応えがあれば嬉しい。そう思いながら執筆してみたよ(゚∀゚)
戦闘回を挟むと一気に時間の流れる速度が低下するね。
これは長く書けるという事だな(震え声)

大きい矛盾点は追って修正しますが、パラレルなノリで暖かく見守ってね!
(オリ主出てる時点で察してもらってる筈…筈っ)

ところでそろそろ、
「オカンキシリアまだー?」ヽ(`Д´)ノ
されそうで怖い。
宇宙編まで待機しててくれたまへよ。皆の衆…
要望多かったらフライング出演考えようかしら。クフフ

では、閲覧ありがとうございました。
次話をお待ちくだされ!


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第二十四話:訪れる人々

 キャリフォルニア・ベース地下施設、そのモビルスーツ工廠。

 ほぼ専用と化したモビルスーツデッキに佇む、とある機体。

 それを見上げながら、ロイド・コルト技術大尉は眼鏡をくいっと押し上げた。

「これはまた…やってくれました(・・・・・・・・)ねぇ」

 彼が眺めるのは蒼いモビルスーツ。

 YMS-07M、先行試作型グフ。その専用機―――だったもの。

 頭部はブレードアンテナが半ばから折れ、その下のモノアイスリットも大部分が剥がれ落ち、レール可動部とモノアイが剥き出し。夜中にこんなものを見たら竦み上がるだろう。

 胸部はパイロットのエンブレム部分が擦れているが他の部分は装甲部分が飛び、腹部のコクピットハッチ辺りだけが唯一無事な場所であろう。綺麗に残る色加減でいっそ浮いている。

 右肩部はショルダーアーマーがないどころか、右手首より先もない。固定武装のヒートロッドの巻き取り装置もおじゃん(・・・・)になったのか、半端に伸びている。

 左腕なぞ、肩の接合部分から消失している。胴体部まで焼けた跡がある事から砲撃でも受けたのか。ダメージコントロールが出来ているのか判断に困るところである。

 下半身も腰部のアーマーが千切れ、脚部の接合部分が露出。その下のアポジモーターはここに運び込んだ時点で力尽きたのか、デッキ上に無残に転がっている。

 誰が見ても、誰から見ても大破である。

「量産体制が整ったと思ったら試作機が死んだでござる」

「実戦データが色んな意味でやばい。砲弾の爆撃を潜り抜けるとか」

「左腕が吹き飛んだ時の映像、見た?」

「見た見た。リオくんの機体に当たりそうなやつ、ヒートロッドで切り飛ばしたんでしょ」

「その時の衝撃と過負荷で自壊。それでも壁駆け上がって大尉の援護に飛び込むんだもんなぁ」

「必死というか、健気というか」

「ショタロリこそ至高! つまりそういう事ですね!」

「おい、二等兵が復活したぞ。スパナ持って来い」

「【蒼い】うちの部隊長が色々おかしいスレ124【果実】」

「仕事中に何スレ上げてんだ。いいぞ、もっとヤレ」

「職場に腐臭が漂っています。だれかタスケテ」

 はぁ、とロイドは重い溜息を胸から吐き出す。

 この蒼いグフとその部隊は敵モビルスーツ五機撃破、一部奪取に成功した。

 二八〇ミリキャノン砲、小型ガトリングガン、取り回しが良好な九〇ミリブルパップマシンガン等の兵装がそれにあたり、現在は試験実験場でデータを採取中である。鹵獲されたザクIIに搭載されたものであるからして、既存のザクⅡにも有効利用できそうだ。

 特に地上部隊は遠距離への攻撃手段に乏しく、ガウ攻撃空母等による高々度からのビーム砲、爆撃等で支援行動を行っていた。モビルスーツの高さを利用した間接射撃が可能となれば戦術の幅が広がり、状況次第では先手を維持したまま敵戦力を駆逐できる。

 自らが改修を手掛けた機体を大破に追い込まれ、遺憾の至りである。

 が、新しい資材(おもちゃ)を提供されるのであれば、やぶさかではない。

 前線に出るから壊される、ならば砲撃機体をあてがえばいいのでは、と脳裏に横切る。

(駄目ですね。前線でゼロ距離砲撃とかしそうです)

 両腕で敵を掴み、頭部もしくは胴部に砲口を当ててくる絵が易々と描けた。

 結論、意味がない。

(むしろ、多種多様の兵装に重装甲モビルスーツが向いてそうな感じがしますね)

 目線の先の蒼いグフ。

 実戦データ、戦闘映像からしてロイドの閃きが的を得ているように思える。

 部隊内での機動力、重装甲故に先頭を走り囮になった。本人と隊員からはそう聞いているし、佐官を矢面にする事に目を閉じれば実際妥当、いや当然の判断だろう。

 機動力と重装甲を有しておいて後方指揮。確かに勿体無いにもほどがあろう。

 だからといって、鋒矢の陣形で突撃する行為に理解が及ぶ事はないが。

 部隊の目を優先する事は大事だ、モビルスーツにはない情報収集能力を持つ戦闘支援浮上車両(ホバートラック)はあくまで支援車両。火力、装甲はモビルスーツと比べるに値しない。その為にMS-07A、先行量産型グフを護衛に就けた。結果は先遣部隊を囮とした砲撃部隊の攻撃にこちらのモビルスーツ部隊が窮地に立たされ、前線の大規模音響、高熱源反応に緊急事態と察したユウキ・ナカサト伍長に推され、敵軍の第二射目にハンス・ロックフィールド少尉が狙撃で威嚇し、エスメラルダ・カークス大尉のリーダー機への強襲が功を奏して撤退させる事で戦闘が終わる。

 被害としてはMS-06J、陸戦型ザクIIの小破二、中破二。

 グフの小破、専用機グフの大破が報告。

 エスメラルダ機のグフも、A型ではなくB型であれば相手の赤いモビルスーツを捕獲、破壊できた可能性が高い。

 しかし彼女は続いてA型を希望。B型への改修はなしとした。

「関節と指の動きが硬い。だからイヤ」

 フィンガーバルカンとヒートロッドを内蔵した弊害を指摘され、自信満々に彼女へB型をアプローチした技術者が轟沈。床に膝をつき頭垂れる姿は相当にショックだったのだろう。

 しかし其処へ「ざまぁwww」とはやし立てる連中が跋扈、拳で語る社交場に発展した。

 ちなみに件のエスメラルダはその場から足早に去り、興味関心ゼロであった。

 人間、興味のない出来事には無関心で居られる、という見本でもある。

 部隊の状況と指揮官の男が採る行動に思考を戻すが、ぱっと出るようであれば苦労しない。

「ううむ。新しい企画書でもあれば一枚噛ましてもらうのですが」

 ザクII、グフに変わるモビルスーツ。

 企画、開発段階で様々な用途のモビルスーツが打ち出されているが、試作機の試験運用にはまだ道が遠いとロイドはみていた。

 ザクIIは汎用性が高く兵装を変えればどの様な状況にも対応ができる傑作機。

 グフは量産体制が確立した、現行の最新型である。

 これ以上のモビルスーツを用意する事なぞ、出来るわけがない。

「我らがエースパイロット殿には、自重という言葉を辞書で引いて頂きましょうか」

 口元を三日月に変えた彼は、後ろで騒がしくしている整備兵に振り向き、指示を与えだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の裏側、グラナダ基地。

 サイド3に向けて資源を供給する同基地は拡張、発展を続け、表側にある月面第一都市フォン・ブラウンに続く第二都市グラナダとなった。 

 そして現在はジオン公国軍キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍本拠地としてジオン本土最終防衛ラインの一角を占める重要拠点とされる。放射状に広がった地下都市はジオン公国軍の軍事要塞だけでなく兵器工場や試験テスト場としても機能。

 その地にキシリア・ザビは居城を移し、指揮を執っていた。

 ズムシティに居た頃と変わらぬ室内は秘書官が気を遣って用立てたもの、外界の風景こそ変わったがキシリアにはむしろ「我が城」と思えるべきものに概ね満足している。

「随分と勇ましくなったな、イクス中佐」

 スクリーン越しに地球に派遣した、派遣させられた部下に声を掛けた。

『は。キシリア閣下は変わらず、安心しました』

 メルティエ・イクス中佐は宇宙(そら)にいた頃と違い容貌に変化がみられた。

 彼の灰色の掛かった黒髪は心労からか灰色に染まり、同色の眼光は鋭く定まり、野性味が付加された彫りの深い顔立ちは彼女の審美眼からしても十分な男前と云える。

 中佐を示す通常の軍服、ジオン公国軍第二種戦闘服は特注品で蒼いカラーが彩る。刺繍入りのマントを羽織り、以前立ち会った時に挙動不審で落ち着かなかった彼は、もう居ない。

 それでもその灰色の眼に慢心の様子はなく、ただ敬服が見られるのは彼の根っこが、心根が変わらないという証左なのだろう。

「ほぉ。どう安心したのだ」

『御前で会った時と同じ、目を奪われる所作です』

 確かに、メルティエを目の前で待たせた光景が目を閉じれば瞼の裏で現れる。

 今もそうだ。呼び出しはしたが、並行して案件を裁決している。

 面白い男だ、とキシリアは思う。

 当初は珍獣のような見方、早すぎた買い物をしたかと思いもした。

 しかし、ドズルとの権力闘争に使った演習で予想よりも高い成果を残す。

 その後も戦功の機会を与えようとキシリアが采配する事になった地球降下作戦では第一陣を見事に飾り、初陣の我が弟ガルマに加勢。手柄と期待に応える功績をもたらしたではないか。

 ガルマの強い要望により、地球のキャリフォルニア・ベースへ駐留としてはいるがメルティエはキシリア麾下である。地球降下作戦が終了後には昇進をとも考えてはいたが、ガルマの横槍で成し得る事ができず終いとなった。グラナダのモビルスーツ開発部が”蒼い獅子”の戦闘データに刺激されて完成まで漕ぎ着けたYMS-07を一機送るだけにとどまる。

 貢献の度合いをみても、足りないだろう。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン少佐には専用の新型機と、彼のために設えた特殊部隊を設立する予定だ。

 オデッサとその近郊の支配強化を進める中部アジア方面軍司令マ・クベにも建造中の新型巡洋艦を手配している。

 他の配下たちにもそれ相応の褒美を与え、忠誠心に響かせる。

 信賞必罰が上に立つ者の義務。功を以て忠を尽くすのが臣ならば、労を賛え信を置くのが将であろう。

 ギレンあたりには前時代的と笑われ、同政敵のドズルには理解が得るであろう。

 しかしその考えを変える気はない。

 少なくてもこの戦争が終わるまでは。 

「女の扱いがいまだなってないな、中佐」

 ふぅ、と息を吐く。

 スクリーンの中の男は顔に「え、まだ駄目でありますか」と書いてある。

「尚美しくみえる、とせよ。同等よりも上に、磨きがかかったと言われれば悪い気は起きまい。言い方一つにもコツがあるのだよ」

『は。勉強になります』

 うむ、と一つ頷き手前に書類を引く。

「ところで、中佐」

『は。如何なさいましたか』

「連邦軍の鹵獲したザク、その改修型。倒せたようだな」

『おっしゃる通り、撃破に成功しました。その後敵方の砲撃に遭いましたので完全な回収はできませんでしたが、数点ほど確保しました』  

 目線を下げ、今にも頭を下げそうな部下を労う。

「良い。我が方のザクを連邦がどの様にしたか、探る手助けになる。回収したものもグラナダへ送るようにせよ」

『は。現地の技術班が調査したデータと共に送ります』

「うむ。大金星よ。今後も尽くせ、よいな」 

『了解であります』

 敬礼するメルティエに鷹揚に頷き、通信を切る。

 そしてキシリアは部下と会話中、沈黙を守った人物に視線を止める。

「どうだ?」

 艶のある黒髪は腰まで届き、元は快活な女性であろうに今は鳴りを潜め、暗鬱な表情を見せている。

 少佐の軍服に身を包んだ彼女は、ぽつりと声を漏らす。

「どう、とは」

 彼女からしてみれば、わざわざ引っ張り込んで来ておいて、通信会話を聞かせただけ。

 察しろ、というのは中々に酷い。幾つか頭には浮かんではいるが、

「功績を上げた男に、女を充てがうという事で?」

 彼女は、自分にとっての最悪の部類から挙げていく。

「奴は既に囲っている者が居る。其処は心配なぞしておらんよ」

 キシリアは彼女の言葉に嘆息し、混ざりたいのであれば、好きにせよとも添えてやる。

「閣下、私は」

「問題とする件については、耳にしている」

 足元から上がり始めた相手の目を見詰め、キシリアは続けた。

「しかし命令は受理され、行動を採ったのは少佐。それは覆す事が出来ない事実」

「―――あたしはっ」

 感情に火が付いた、そうキシリアは青い瞳を細める。

「催眠ガスだって、眠らせて移送するだけだと、聞いたんだっ!」

 渦巻く怒気に顔を歪め、罪悪感に襲われているのか自身の身体を抱く。

 ぐぐっ、と彼女が握る手から音がする。

「内容がどうであれ、行動は実行され結果が残っている。だろう、少佐」

「―――っ」

 食いしばった唇から赤い雫が覗く。

 許容できない事なのだろう。上からの命令は絶対、と軍人として理解しても。

「故にだ、少佐」

 高級感のある机上で、キシリアは細い指を組んでみせた。

「”蒼い獅子”に(あやか)ってはどうだ」

 ぴくり、と彼女の身体が反応する。

「それは―――」

「媚を売れ、体を開けと言うつもりはない。必要ならば少佐が施して(・・・)やれば良い」

 視線を右往左往する女性、その所作に”初心”だな、と感じたが空気が読める女傑は声を発さない。

「あの男には今後モビルスーツ大隊を率い転戦してもらう。地球か、宇宙かは情勢次第だ」

「地球、ですか」

 降下作戦参加すら禁じられた少佐は、当時を思い出したのか苦い表情を面に出している。

 相当に”溜まっている”のだろう、キシリアを前に感情の表現を止めていない。

 普段ならば無礼であろうが、今はこのままで良い。

 ”素直”になろうとしているのだ、指摘してまた”殻”に入られても困る。

「そうだ。一度少佐の部隊を解散、経歴を白紙に戻した後に地球圏へ送る」

「かい、さん…? ちょっと待ってください!」

「急ぐな、少佐。貴様の部下も同様だ。モビルスーツ大隊分の人員だぞ、貴様の部隊そのままそっくりだ」

「は、はい。すいません」

「良い、今回は目を瞑る」

 頭を垂れる少佐を見やり、

(やはり、激情家よな。アサクラめ、人物像すら偽るか)

 彼女を一目見て疑念を抱き、次に不審が募り、今に至り確信を得た。

 戦時中は(てい)の良い捨て駒、戦争後はコロニー内の虐殺を追求された場合に備えた生贄。

 それが彼女に残った、用意された未来。

 これが戦争、政争。

 人間というものが何処まで非道に、他人を虐げることができるか。

 それを目の前に様々と突き付けられるような、キシリアをして軽くない衝撃を与える。

(メルティエ・イクスは、これを知ればどうなるか)

 以前に軍に横領、賄賂を行う者が存在し粛清したと述べた。

 その時、キシリアを前にして見せた嫌悪を剥き出しにする形相。

 青い、とも。清廉に過ぎるともとれる様子。

 キシリアも戦時中の物資不足でなければ、ある程度は目を瞑り泳がすだろう。

 どこの組織にもこの手の人間が存在するのだから、いちいち相手にはしていられない。

 ただし、見せしめの為に何度か惨たらしい結末、親族郎党に到るだろう罪科は課す。

 締め付けるのも為政者の務め、であるならばと彼女は遂行する。

 彼女は感情のコントロールはできる。

 ザビ家の女だ。出来なくては早晩に死ぬ事も有り得る、十分に。

 そう言う意味では彼女の配下、ジョニー・ライデンやメルティエ・イクス等は危うい。

 マ・クベのように割り切れる人物が好ましい。

 独自の諜報機関を要している彼は、他の者では不可能であろう貢献をキシリアに捧げている。 

 しかし、人心掌握はジョニー・ライデンらの方が上手だろう。

 中々に難しい問題ではある。

 どの様な人材だろうと扱えるマ・クベに委ねるか。

 手厚く扱うジョニー・ライデンに託すか。

 しかし前者は言動に敏感な少佐の手綱を握り続ける事ができうるかどうか。

 後者は一癖も二癖もあるパイロットや、ある機関で育成される人材の適用試験も抱える。

 彼女は今日まで思考を巡らし、白羽の矢をメルティエ・イクスに立てた。

 大隊規模の部隊運用を今だ行動に移せず、地球に居る。

 激戦区の中へ送り出せば、問題が吹き荒れようとも何かと都合がつくのだ。

 キシリアも慈善で少佐を迎え入れるわけではない。

 彼女の指揮能力、モビルスーツ操縦技術は高く第一線級の人物。

 惜しむらくは、開戦時に降れた任務。

 その一点に尽きる。巡り合わせ、運の悪さとも呼べてしまう。

 不運に弄ばれた女を。強運、悪運に愛された男の元へ送る。

 こうすれば彼女が率いる部隊をそのまま、大隊規模を目標にする機動戦隊に転属できる。

 キシリアは貴重な人材と優秀な部隊を手に入れ、構想し望む部隊を増やし。

 少佐は悩む問題、悪名を取り払い。もしかしたら”番い”を手にするやもしれぬ。

 どちらにも得がある。損があるとすれば向こう(・・・)だけだ。

「では、本日付で貴様を原隊から除名。突撃機動軍所属とする」

「は。よろしくお願いします」

「私兵扱いと見倣されるが、そこは融通の代償と割り切れ。少佐」

「いえ、寛大な処置に、御礼を申し上げるだけです。閣下」

 ジオン公国軍から一度除隊。その後キシリア・ザビが擁する私兵に落とし、再度ジオン公国軍突撃機動軍へ参入。

 この手順の中で彼女の、彼らの経歴を洗い落とし、開戦前の実戦経験者として国軍ではなく、キシリア個人が取り立てる。

 後は彼らが抱える悪夢を、罪悪感を薄れさせ自暴自棄にならない事を祈るだけであった。

 後日、キシリアのやらんとしている事を察知したギレンであったが。

「ふっ。茶番事か」

 一笑に付し、この件で有機的に動く部隊が誕生すると思えば良かろう、と相手取ることもなく。

 総帥のお目こぼしを得た少佐―――シーマ・ガラハウは地球圏へ至る行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キシリアとの通信が終えた後。

 メルティエは執務室から自室に戻り、吹き出す脂汗の中、蒼い軍服を脱ぎ私服に着替えた。

 彼の身体には先日の戦闘で受けた裂傷、打撲の痕が痛々しく残る。

 ノーマルスーツの上からのダメージに包帯や治療薬、鎮痛剤で騙し騙し日々を過ごしていた。

 室内には空気の換気をしてくれたのか、見舞いに訪れたアンリエッタ・ジーベルは彼の容態を見て水と各種薬を用意して近寄る。

「―――むっ」

「? どうした、アンリ」

 テーブルの上に置いた彼女に礼を言って薬を水で流し込みながら、円らな瞳をくわっと見開いた彼女に怪訝な目を向ける。

「うぅん、何かこう危険を感じたというか、新手の気配というか」

「ふむ…敵襲なのか?」

 女の勘は時として、最新機の探知機より優れていると聞いている。

 主に養父(ランバ・ラル)から。

 しかし疼痛に苛まれているメルティエは行動不可能である。

 用心だけはしようとは思うが、

「あ、ごめんね。おかしな事言い出して」

「いや、何事もないならそれで良いさ。こっちこそ悪いな、見舞いに来てもらって」

 気のせいだと、メルティエというか自分に言い聞かせているような様子。

 彼女は連日様子を見に来てくれているのだ。その疲労が溜まっているのかもしれない。

「アンリ、今日はもう戻ったらどうだ。疲れているようだし」

「大丈夫だよ。睡眠時間ちゃんと摂ってるし、食欲もあるんだから」

 先ほどの悩みは解消したのだろうか、肩越しにこちらを見て目を細める彼女。

「そうか…無理だけはしないでくれな」

「いや、メルに言われたくはないなぁ。その一言」

「あー…その、なんだ。反省してます」

「ちゃんと学習する反省をしてほしいかなー」

「ぐぬぬ」

「なにが、ぐぬぬ、だよ。まったく」 

 口喧嘩では勝てないと悟り、寝台に倒れ込むように横になる。

「ミルクティでも淹れるね。飲んだら一休みしなよ」

「ああ、そうする」

 ふぅ、と仰向けになって息を吐く。

 服用した薬が効き始めたのか、意識が薄れそうになる。

 耳に届くのは彼女の鼻歌。機嫌は良いようだ。

(なんか、良いな。こういうの)

 漠然とした幸福感からだろうか、ぼぉと彼女の方へ視線を向ける。

 小さなキッチンで沸騰した薬缶を持ち上げ、カップに注ぐ後ろ姿。

 休憩中に顔を出してくれたのだろう、軍服の上にエプロンというちぐはぐさが笑いを誘う。

 蜂蜜色の髪が揺れる、ほっそりとした背中を辿り、何時しか臀部へ至る。

(おいおい、人間意識が弱くなるとその手(・・・)の考えしか浮かばなくなるのか)

 愕然とするも、じーっと見続ける。

 体と心は別物なのだなぁと他人事のように処理した。

「さ、出来たよ」

 振り返りにっこりと微笑むアンリエッタにドキリとしながら、

「お、おう!」

 メルティエは若干覚醒した意識に救われた。

 あのまま、ぼぉと見ていたらどうなっていた事か。 

 身体を起こしながら、彼は益体のない事を考え。

「おじゃまします、中佐」

「お見舞い」

「大将、無事か?」

「ハンス、それってどういう意味なの?」

「中佐、執務室から飛び出したと聞きましたが、問題事ですか」

「いや、普通に自室に戻っただけだろう、ユウキ」

「あのよぉ。お邪魔になってるんじゃないか、俺たち」

「ま、挨拶だけはしとくか」

 カップを受け取ったメルティエとアンリエッタがドアを開けて入ってくる面々に小さく驚き、

「見舞いに来てくれたのか、すまないな」

「今みんなの分、淹れるね」

 お互いに顔を合わせ、くすりと笑った。

 これはそんな、彼らの戦傷を癒す日の事。 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。4月30日。

 キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍所属、メルティエ・イクス中佐。

 彼が率いる部隊は同日、地上部隊と宇宙からの補充部隊により再結成され、本部が設立を受理。

 この部隊はキシリア少将直轄の特務機動戦隊とし、部隊名”ネメア”と呼称。

 飛び掛る獅子のシルエットを部隊章とするこの部隊は地区調査から基地防衛、侵攻援護等多岐に渡る任務を与えられ戦果を残し続けた。

 盾を背に咆哮する蒼い獅子をエンブレムとするモビルスーツは、部隊解散のその日まで先頭を駆け続けたという。

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

さて、作者はえらい勢いで膨らんだ本作品を読みながら、
「どうしてこうなった」
「どうしてこうなるまで放っておいたんだ!」
「ほのぼのストーリーを描くはずが、激戦区突入ストーリーを提出してしまったでござる」
 と戦慄しております。











よし、作者。
夜逃げの準備だお!(ダッ)


誤字情報・感想・お便り(暖かい応援の言葉)をお待ちしております(白目)


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第二十五話:荒野で想う

 北米大陸は戦前から砂漠、荒野地帯が点在した地域である。

 ジオン公国軍の第二次降下作戦以降、戦闘による地形の変化が見られるが大部分は以前のままだ。

 高台やまばらな草木、風が靡けば砂塵が舞う。

 昼下がりの日差しが強く、その中を進むギャロップ級陸戦艇。

 艇体下のホバークラフトと左右の強力な外装ポッド式ジェットエンジン四基により、巨体さに似合わぬスピードで地上を駆け回る高速陸戦艇である。

 艦体後部には補助エンジン噴射口が四つ。艦首には制動用の噴射口が二つ設けられており、これらがギャロップの加速を助けモビルスーツ等には負けるものの機敏な方向転換を可能とした。

 艦体前面にある航行ブリッジから外界を眺めつつ、メルティエ・イクス中佐は口を開く。

「どうだ、艦長。試行運転のほどは?」

「陸戦艇ってところが難ですが、あと三日いただければもの(・・)にしてみせます」

 メルティエが声を掛けた艦長、デトローフ・コッセル中尉。

 ジオン公国軍第二種戦闘服、その軍服の袖を破った海賊同然の格好及び表情をしているが、彼はシーマ・ガラハウ少佐の副官を務めている男だ。

 一見粗暴、しかし乗艦してまだ一両日も経過していない陸戦艇の航行を危なげなくこなす。

 聞けば宇宙ではムサイ級軽巡洋艦、パプワ級輸送艦の艦長を務めていたという。

 その時の経験からだろうか。まったくの別種を扱うというのに、気負いは無く。何処かすっきりとした表情で航行任務に従事している。

 クルーの能力もあるのだろうが。本艦の最大戦速、急速旋回の指揮を見るに問題ないと判断。

 さすがに回避行動は演習や戦闘中ではないからその手腕は窺い知れない。

 だが、シーマが「この男にお任せ下さい」と指名したのだ。

 メルティエに判断材料が不足していたのもあるが、コッセル自身の意気込みも買って今に至る。

「試行運転の内容には砲撃戦、支援行動の類は無い。戦闘では艦長の勘が頼りだ、任せる」

「任せてください。シーマ様の期待を裏切るわけにはいきません」

 彼の返事に思わず苦笑。

 仕方がない事とは言え、彼らからしてみればシーマが上位、メルティエはその次なのだ。

 付き従ってきた絆というものだろう。他の者が聞けば気分を害するだろうが、メルティエは彼らの信頼関係に割り込む気はさらさら無い。

 自分も信頼する直近の部下たちとの間に割り込まれでもしたら面白くない。この感情が面倒なもので、頭では理解しても心のところ、感情が納得しなければ後々禍となって芽吹くときもある。

 そう思えばこそ、彼らを尊重してやりたい。

 それがメルティエなりの、彼らへの配慮だった。

「次にモビルスーツ隊の慣熟機動に移る。他のギャロップはどうか」

「一番艦、三番艦、四番艦共に航行問題なしとの事です」

 オペレーターから報告を聞き、メルティエは艦長席の左にある部隊長席、そこの受話器を取る。

「シーマ少佐、モビルスーツ隊の慣熟機動に移る。用意はどうか」

『問題なし、いつでも』

「了解だ。出撃に入ってくれ」

『はいよっ―――いえ。すいません』

 いつものはその口調なのか、彼女も発してから気付いたのだろう。  

「気にするな、馴れている口調で良い」

 受話器を置き、こちらの様子を視ていたコッセルと目が合う。

「どうした、中尉」

「いえ、なんと言いますか」

 被った帽子の位置を直しながら、コッセルは言いづらそうに口を数回開けては閉じていたが。

「…御大将は、随分と変わっていると」

「中尉の呼び方も随分と変わっているだろうに」

「あ、いや。どうも行儀がいい話し方はできやせん」

「少佐にも伝えたが、気にするな。礼を失ったり、度を過ぎなければ咎めはせんよ」

 そう言ってメルティエは外界が見える位置に立つ。

 ギャロップの箱状の艦体前方には格納庫に直結しているハッチがある。

 ハッチが開くと其処から茶褐色と紫色のMS-06G、陸戦高機動型ザクIIを先頭にMS-06J、陸戦型ザクIIが二機追従して行く。

 先頭にある一番艦のギャロップからはMS-07A、グフとMS-06D、ザク・デザートタイプが飛び出し荒野にバーニア光を閃かせる。

 三番艦からは陸戦型ザクIIが三機降り立ち、フォーメーションを組みながら遮蔽物を利用しての高速機動で移動。

 四番艦からはスナイパーライフルを固有武装とするMS-05L、ザクI・スナイパータイプが高台に飛び上がり、その後ろに右肩に一基のキャノン砲を担いだザクタイプが続く。

「あれが新型機か」

 陸戦型ザクIIを母体にした砲撃仕様モビルスーツMS-06K、ザクキャノン。

 頭部にはザク・デザートタイプと同一の通信用アンテナが設置され、これも同じく砂塵や雨天環境下での通信状況の安定度を考慮した三角錐状のマルチブレード式のシングルアンテナ。

 塗装は隊長機を意識したのか、蒼と紫で色分けされている。

 砲撃武装がランドセルに集約されていて、ランドセルが弾薬格納庫。背後からの攻撃や転倒には十分に留意されたし、と開発陣から通達された。

 固定武装に右肩の一八〇ミリキャノン砲、ランドセル左部に二連装スモークディスチャージャーに腰部の二連ロケット弾ポッド―――通称ビックガン―――があり、モノアイは全周囲型に改良されサブカメラも装備している。

 連邦軍航空機に対する対空砲を装備したモビルスーツ、という位置付けだが支援機としても十分に活躍してくれるだろう。

 特務攻撃中隊ロイド・コルト技術大尉と元MS特務遊撃隊の技術主任メイ・カーウィンが設計、開発に携わった本機は何度もトライ&エラーを繰り返されたザクIIを母体にする事で重量加減、センサー類やキャノン砲の重心、弾薬格納庫の扱いだけに絞った。

 この開発には先日遭遇した連邦軍モビルスーツから回収した兵装と破壊された機体から奇跡的に読み取れた運用データの断片、ジオン軍のデータバンクを掛け合わせて設計。

 連邦軍が既存のザクIIを改修、運用した経緯と現在もグレードアップを図られているザクIIだからこその早期実現である。

 特徴としてセンサー有効範囲が現行モビルスーツよりも広く、半径四四〇〇メートルもの距離をカバーできる。このおかげで長距離武装を有し、中距離での火力も期待できるという地上部隊が求めた支援モビルスーツの部隊参入を可能とした。

 長距離砲台(トーチカ)並の射程距離、接近を許しても高威力のロケット弾もしくは攪乱のスモークディスチャージャー。重量や装備の関係からザクIIには若干劣るものの差を感じさせない機動力。

 今回の開発で六機がロールアウト。内五機がアジア、アフリカ戦線等に送られ、一機がモビルスーツ運用試験も兼ねて特務機動戦隊”ネメア”所属機となっている。

「生産ラインに載るまで、リオの専用機だな」

 思わす笑みを浮かべ、ハンス・ロックフィールド少尉が搭乗するザクIの後ろにおっかなびっくりついていくザクキャノン、それを操縦するリオ・スタンウェイ曹長が緊張しながら慣熟機動に臨んでいるであろうと想像した。

 責任感の強いリオの事だ、機体は丁寧に扱おうとするだろうし問題はないだろう。

「さて、俺も出るか」

「御大将も出撃なさるんで?」

 本来の口調に戻ったコッセルが訊ねる。

 メルティエは艦長席に座るコッセルに振り返りながら自分の蒼い軍服、その首元を軽く叩いた。

「”蒼い獅子”なんて御大層な名前を授かってるんだ。モビルスーツパイロットが本来の職務さ」

 なるほど、と頷くコッセル。

 何かを理解したのか、彼の口は太い笑みを形作っていた。

「ギャロップ一番艦に戻る。長蛇陣形のまま航行を続けてくれ」

「了解でさぁ」

 ブリッジを後にする部隊指揮官を見送り、コッセルは茶褐色と紫色のザクIIが飛んで行った方向に視線を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエは軍服を乾いた風で叩かれながらワッパ、オートバイにローダーを取り付けたような形状の小型攻撃機を運転してギャロップ一番艦に帰還した。

 地球に降下してから幾日も過ぎたが砂埃にはまだ馴染めそうにもない。

 こればかりは彼も自信がなかった。

 ゴーグルをワッパの運転席に放り投げ、モビルスーツ格納庫に移動していると通路奥から手を振る小柄な影が視界に入る。

「あ、隊長さーん!」

「メイ・カーウィンか? っうおっと」

 軽快な走りを見せ、最後にぴょんと跳躍した彼女を受け止めた。軽い体だが勢いが加勢した分、メルティエの身体が通路の壁に押される。

 見ようによっては、大変誤解を受ける構図である。

「んーちょっと勢いつけすぎたかな」

 ぱっと離れながら、メイは失敗失敗と笑う。

 多少背中が痛むが、天真爛漫な彼女にメルティエも文句を言うことはしなかった。

「今は作戦中だぞ、どうして此処に?」

「隊長さんのモビルスーツ、今用意が終わったところなんだ。だから呼びに行こうかなって」

「ああ、なるほどね」

 親切心で探してくれたわけか、と口の中で呟く。

 少し遅れていたら擦れ違いだったのだが、メルティエの所在は掴めてなかっただろうに。

「さっきまで二番艦に居たんだが、戻ってきたのがよくわかったな」

「あれ、そうなんだ?」

 どうやら、わかっていなかったらしい。

「部隊長だから、一番艦のブリッジあたりに居ると思ってたんだけど」

「ああ、少し二番艦の様子を見に行ってたんだ」

 ふーん、と気のない返事を出して格納庫の方へ歩いて行く。

「さて、少し急ぐかなっと」

「わあっ!?」

 ぺしん、と彼女の後頭部を軽く叩き、つんのめるメイを尻目に走り去る二十二歳児。

「ちょっとー!?」

「はっはー、割りかし重いのな、お嬢さん!」

「お、おもっ!? なんてこと言うのさ! 隊長さんはでりかしーってもんがないねっ」

「でりかしー?なにそれ美味しいの?」

「うわぁ…」

 猛然と追いかけてくる、うら若き十四歳。それを相手に早口で捲し立てながら格納庫内に入り、三機分のハンガースペースで唯一残ったモビルスーツに駆け寄る。続くキャットウォークからタラップへ、そのまま開いたままのコクピットハッチに飛び移りパイロットシートにドスン、と体重を掛けて座り込んだ。

「さて、試行運転と行きますかね」

「まてーっ!」

 モビルスーツの足元で少女が両手を力一杯振って騒いでいる。

 その反応に笑みを浮かべ、ふふ、わんぱくだわぁ、とサイドボードのパネルを操作。

 ゴゥン、プシューッとコクピットハッチが閉じ、排気音が重なる。

 ピッ、ピッと電子音。低光量のコクピット内でサイドボードにあるパネルを操作。

 少しばかりの振動と唸り声。核融合炉が発動機を通じて目覚めるのだと教えてくれる。

 ブゥンと前面モニター、側面モニターと続いてサブモニターに電力が供給。

 待機モードからアイドリングに機体状況が変化。各計器にも表示が灯る。

 メインコンソールが入力可能になり、前面モニターにモビルスーツの立体モデル、サブモニターに機体の各部パラメーター、搭載兵装の情報が表れ機体の小さな電子音の後に自己診断が開始。

前面モニターに流れる診断結果「問題なし」の項目に視線を走らせ、内一つで止めた。

「うん? なんだこの、ブースターって」 

〈MS-06G、出力上昇率(エネルギーゲイン)安定域、各稼働、駆動部問題なし(オールグリーン)

 自己診断が完了し、女性の声を模した機械音声が流れる。

 メルティエは考える間もなく外部スピーカーをオンに設定。

「メイ、メイ・カーウィン。其処に居るんだろう?」

『ん? なにさっ』

 前面モニターの隅にウィンドウが開き、顔を膨らませたメイが映る。

 モビルスーツデッキの管制モニター前に移動していたらしい。格納庫ハッチを開けようとしてくれたのだろうか。だとしたら先ほどの悪戯は謝るべきか、と胸中で悩む。

「俺のモビルスーツに何を付けた、そして何故この機械音声が設定されて(・・・)あるんだ?」

『あー。それを説明しようとしたら走ってったんじゃんか!』

「嘘を付け。お前俺に背を向けて行こうとしたじゃないか」

『あ、あれは歩きながら説明しようかと』

「…うん、まぁ、俺が悪かったよ。すまんが、説明頼めるか?」

 目、泳いでんぞ。と言ってやりたかった、が話が進まないのでメルティエから折れる事にする。

 モビルスーツの慣熟機動とはいえ、部隊の皆が作戦行動に出ているのだ。自分がここでもたもたと時間を食うわけにはいかない。

『…仕方ないなぁ、教えてあげよう』

 にこやかに人差し指をぴっと立てて、やれやれだぜ、と目を伏せるメイ。

 小さく体を震わす男の口角が上方七十度に上がったが、少女は気づかない。

「隊長さんのは陸戦高機動型。シーマ少佐と同じタイプのモビルスーツ、ここまではいいね?」

「…ああ。型式も同じだしな」

『これは隊長さんが以前乗ってた改修ザクを参考にしてるんだ。でも追加パーツとか足回りの形状が異なるからオーダーメイド品過ぎるの。グフよりザクの方が安価だし、キャリフォルニア・ベースの生産ラインもザクが主体だからね。高い頻度で機体の関節を壊すような人に高価なグフを回す、なんて勿体無い事しないしない。互換性が高くて、共有パーツが多いザクで新しく設計する事にしたって事。理解できるかな?」

「うんうん…イラッとしたけどな」

『短気な人はモテないよー』

「へいへい…それで?」

『MS-06Jを母体にバーニア増設とグフの装甲を一部追加。今までの運用データと集積したOS(オペレーティングシステム)COM(コンピュータ)をベースにグフの生産ラインで正規落ちしたパーツを流用、ジェネレーターの換装とバーニアを増設。出来てみればJ型より機動力、装甲と推進力を向上させることに成功したの。バーニア増設には足癖が悪いライオンさん(・・・・・・)の実戦データがヒントになったよ。脚部側面にサブバーニアを付けたらシミュレーター上より性能上がるんだもん。ただ、パイロットを選ぶモビルスーツになったのは間違いないけど』

「うんうん、それで」

『真面目に聞く! んもぅ…それで陸戦高機動型が出来上がったんだけどさ。試験運用に隊長さんとシーマ少佐、二機用意してもらったんだけど』

「シーマ少佐もパイロット能力が高い、と聞いているしな」

『そうそう。シーマ少佐にはMS-06Gの性能を引き出して、エースパイロット用に仕上げてもらうんだ。操縦に癖が強すぎて個人データにしかならない人とは違って頼りになる人だよ、ほんっっっっとうにっ』

「うんうん、非道い話もあったもんだ」

 肩を竦めてやると、

『…ふふ、くふふ』

 怪しい笑い声が響いた。

「おい、どうした?」

『それでさ、最初の話に戻るんだけど。同じようにトライアルしたってつまらない(・・・・・)、でしょ?』

「うんうん…うん?」

『脚部にサブバーニア。腰部にもサブバーニア。追加で後付けのブースターを付けたらどう動いてくれるのかな、って』

「おい、それって機体が捻れて壊れないか?」

『シミュレーター上では問題なかったよ』

「実際に動かしてないのか。まぁ、仕方ないか」

『仕方ないよね。ロイドさんと創作意欲が出てきて、余計(・・)にブースター付けても仕方がない事なんだ。うん』

「待て。それはシュミレーターで確認したのか?」

『…くふふ』

「ちょっとその笑い止めてくれませんかねぇ」

『あ、それで音声の件だけど』

「スルーかよ、こっちは命かかってんだぞ…」

『余分にサブバーニアと追加でブースター付けたからシステムダウンしちゃってさ。追加増設した分頭が大きくなってるんだ。それで増設した分メモリーも多少余ってね』

「頭が良いのか、悪いのか…判断に困るな」

『キコエナイナー。それで、音声はねー隊長さんの私物から適当に見繕ったんだ。許可取りにいったよね』

「んん? そんな事…あっ」

 休暇の日にハンスと朝まで飲んでその翌日、確かにメイがAI(人工知能)に音声入れるから希望を聞きに来た。

 頭が回らないから、適当に私物を見て良いとも許可を出した。

 私物をがっつり持って行かれた事に閉口したが、まさか。

『中のデータ見てたらさぁ、憲兵さん呼ばなきゃいけないものもあったんだよねー』

(何選んでんだ、この十四歳。いや、俺か。俺が悪いのか!?)

 紛れて居るかもしれない可能性に冷や汗が。

 主に成人を迎えていない人には見せてはいけないものである。

 だが待って欲しい。違法なものは所持していない。

「いや、アレ合法だから」

『え。そうなの、アレが』

 ―――気が逸れた、今が好機と見る。

「記憶があやふやだから不思議がったが、よくもまぁ音声抽出できたな。素直にすごいと思うよ」

『えっ。あ、そうでしょ!』

 管制前でアタフタしている少女、顔が赤い事は気にしない。

 褒めながら話を打ち切り、メインコンソールに入力。パシュ、と作業アームが外され解放されたモビルスーツを格納庫ハッチまで歩かせる。

「格納庫ハッチ開けてくれ。そろそろ出る」

『了解、問題はないと思うけど気をつけてね』

 応、と言葉を返して開かれたハッチを越えギャロップの進行方向に入らないように飛び上がる。

 メインスラスターのみで機体を浮かし、続いてサブスラスターの”推し心地”を確かめる。

 宇宙(そら)で”赤い彗星”と闘った時の速度と圧し掛かる力、それに近いものを感じる。

 ギュン、ギュン、ゴウッ、ドウッと暗礁宙域での戦闘を思い出しながらメインスラスター、サブスラスター、アポジモーターを起動させあの時、あの場所での高速機動を大気圏内で再現。

〈スラスター稼働率八〇パーセント、留意してください〉

 AIが注意を促してくる。

 目で見る暇がない場合にはこの音声が役に立つが、戦闘中だと聞き取れるだろうか。

 いや。多分、聞き取れるだろう。

 追加ブースターを起動。

 ドンッと今までにない加速と衝撃、続く圧迫が体を襲う。

〈エネルギーゲイン、安定域から下降中。回復を提言します〉

 思い出の中の声が、その声の持ち主を連想させる。

(アルテイシアは。兄が死んだ後、どこで過ごしているのだろう)

 ザムッ、と地上に降り立ったモビルスーツの中で、メルティエは妹分の顔を思い出す。

 AIに付与された音声。

 アルテイシア・ソム・ダイクン―――セイラ・マスの声はキャスバル・レム・ダイクンを失った時の喪失感をメルティエ・イクスに与える。

 ピッ、ピッと計器類の規則正しい電子音が、コクピット内に時の流れを告げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、やるじゃないか」

 陸戦高機動型ザクIIのコクピット。

 宇宙空間で慣れた感覚が時折邪魔をするが空中で、地上での高速機動を難なく行いシーマ・ガラハウは荒野の地にモビルスーツの足跡を残す。

 部下たちもある程度は上と勝手が違うことを知ったのか、体勢を崩すような事は無くなった。

 サブモニターのミニマップは続々と高熱源反応、識別反応、友軍表示と忙しく切り替わる。

 三機のフォーメーションが上手い―――恐らく個人も相当な技量―――遣り手が混ざっている事を早々に察知した彼女は、しばらく三機のザクを注視していた。

 エース小隊として名高い”黒い三連星”と出会った事もその戦闘技術を披露された事も無かったから比べる事は出来ないが、今までシーマ自身がみてきた中では最上に彼らは入るだろう。並んで攻撃等は誰でも出来る事だが、其処に地形に合った機体の動き、制御を挟み視点を次々と変えて把握しながら進む事等は熟練したパイロットでも容易くはない。むしろ難しい。得てしてモビルスーツパイロットは個人プレイに走りたがる。

 エースパイロットというのはそれが顕著だろう。突出して暴れるから誰の目からも注目されるし、覚えが良いのだ。被害を被ったらタダでは済まないが。

 あのザクII、三機の動きはパイロットというよりも兵士、歩兵に近い動き方。

 呼吸の取り方、進むタイミング、待つ姿勢等。彼ら三機の動きは正にそれ。

「いいねぇ。歴戦って感じがするよ」

 厚い信頼、背中を任せる信用が無ければ、こうはできまい。

 それも高い技量を土台にした上で、である。

 これから同じ部隊の人間。

 それが有力者だと知れば自然と笑みを浮かぶというもの。

 少しちょっかいをかけて遊びたくもなるが、配属間も無く問題を起こすのは不味いだろう。

 演習などの訓練も入るであろうし、お楽しみは取っておくタイプでもある。

「ん。あれかい」

 新型機、青いグフが蒼と緑のザク・デザートタイプを僚機に進む。

 何かを相手に見立てているのか、ヒートサーベルと専用シールドを使った攻撃を繰り出している。

 モビルスーツを相手にしてるのか、演舞のようにグフが大地の上で躍動する。

 スラスター、アポジモーターを多用した動き。

 格闘センスが高い。

 あれも有望株だ。覚えておこう。

 僚機のデザートザクは森林に身を置きながら周囲を警戒、いつ気づいたのかシーマの方に一二〇ミリマシンガンを持った右腕を掲げる。

 同じように武器を持った手で返すと、そのまま森林の中を進んでいく。

 生い茂り、入り乱れた森林。

 ぶつかった音や、木を押し倒す音も聞こえない。

 モビルスーツの足音だけが聞こえる。

 それだけ丁寧、正確な操作ができるという事。

 グフのような激しい動きは見せないが、あのデザートザクに乗る人間も中々にやる。

 そうでなければメルティエの、部隊長機の僚機に選ばれないだろう。

「面白い人材が多い」

 ザクIIのモノアイを横に滑らせれば、珍しいスナイパータイプとキャノンタイプ。

 荒野に砲弾を撃ち込んでいるキャノンタイプの砲撃、スナイパータイプがそれを観測しているのか横に並んでいる。

 転がっている大岩やら、森林の中に空いた場所を目標にしているようだ。しかし様子を見ていると精度にまだ荒いものがある。

 スナイパータイプが射撃姿勢を取ることはないようで、観測に徹している。

 ―――そして爆音。

 びくり、とモノアイをそちらの方へ向ける。

 キャノンタイプの射撃による音ではない。位置が違う。

 其処に居たモビルスーツの発する音。

 蒼いザク。

 ミニマップに映るのは自分と同じ陸戦高機動型、MS-06Gの名称。

 しかし、長物のブレードアンテナに後ろに肥大化した兜のような頭部。脚部に補助推進用のサブバーニア、空中で飛行すると背後が見え、腰部のアーマー下に更にサブバーニアが覗く。両肩には防御シールド―――だけではない、その下に追加補助推進器(ブースター)が二基ずつ並び、其処だけ宇宙空間のように縦横無尽に駆け巡る。

 自分自身も機体速度、反応する追従性を気にする質だが。

「ありゃあ、パイロットが死んじまうんじゃないのかい」

 それか機体が折れる。

 純粋な心配を、蒼いザクとそのパイロットに送ってしまった。

 それぐらい無茶な動きと性能を秘めている。

「―――あははっ、面白そうな男だね! 退屈はしそうにない」

 ザムッ、と地上に降り立った蒼いザクII。

 高速機動を終えて着地したシーマのザクIIよりも静かに、だ。 

 その後も蒼いザクIIが再び空に上がるのを見守っていたが。

「調子でも悪くなったのかね」

 待ち続け、ふぅと息を吐く。

 それでもシーマは待ったが、蒼いモビルスーツは空に顔を向けたまま、飛び上がることはなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

作者です。ご機嫌如何。
戦場ではないのでセンチメタリズムに浸る事があっても許される、多分。

今だに全容を明かさない”ネメア”(風呂敷広げたら作者死んじゃうでしょ!)
メルティエは「グフもったいない」といぢめられてしまう。
しかし用意された機体は…!?

おい、コストかかってんよ。おい(脱兎する作者)
いやぁ、ひどい事件だった。



外伝の話は難航中です。八月中に出せればいいな…。

拙作ですが、楽しんでもらえれば幸いです。
誤字連絡・感想・メッセージお待ちしていますぞ。

では、次話をお待ちください!


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第二十六話:芽吹く願望

 声が聞こえる。

『……? ………!』

 懐かしい、声。

 いや、待て。

 懐かしいという事は、自分は何処かで聞いているという事。

 何処でだろうか。

 それに、此処は何処だ。

 曇ったガラス越しに見ているように、視界に入るもの全てが不鮮明に過ぎる。

 靄が掛かっていると言ってもいい。

 ただ、自分は此処が何処か理解はしている。

 思い出せない、それだけだ。

 言葉が喉元まで出かかっている、と表現すれば分かるだろうか。

 もどかしい気持ちをどうにか抑え、声が聞こえる場所へ視線を向ける。

 相も変わらず、ものが明確に見えない。

 湖だろうか、本来なら煌めく水面が映るはずだろうに。今は鈍い光にしか思えない。

 その岸に立っているものが、影法師を通じて人だと解る。

 だがそれも辛うじて、だ。

 影法師の先、いや元が動き回ればこの不鮮明な世界に溶け込んで分からなくなる。

『……? …………。……?』

 複数の声。

 彼ら、だろうか。

 声がまた発せられた。

 聞きたい。

 自分は彼らの声が、聞きたい。

 彼らと言葉を交わしたい。

 口から、喉から、腹から自らの声を出そうとする。

 出ない。

 何故。

 喉に手をやる。

 喉は忙しなく動き、声を其処から出そうと必死に。

 口に指をやる。

 口は彼らに言葉を、声を掛けたくて空気に吐息を混ぜるだけ。

 何故だ、何故。

 ―――俺の声(・・・)は何故彼らに届かないんだ。

 喘ぎに近いものしか漏れない。

 頭を垂れて、腹を見れば。

 黒い空洞、其処には何も存在しなかったのか、血も出なければ肉も見えない。

 確かなのは、何も無いという事。

 不意に冷たい感覚が背を伝い、首に触れ、ぞくりと身体が震えた。

 ―――消える。

 違う、自分はそんなものを望んではいない。

 声だ、声を出せ!

 二人の名を呼べ!

 言葉を、もう会えない彼ら(・・・・・・)に言葉を投じろ!

 呼吸が出来ず、酸素不足で崩れる膝。

 ―――構わない。

 彼らに伸ばした手が、地面に向かう。

 ―――構わない。

 体を動かさない癖に、どくん、どくんと脈打つ心臓がやけに耳に響く。

 ―――構わない、だから。

 不鮮明な世界が何かに濡れる。

 頬に流れる水に似たそれ。

 ―――俺の声を、此処に(あらわ)せ。

 視界の上下が変わる。

 どうっと倒れる身体が、ひどく遠くに感じられた。

『……兄、……たの!?』

『……シア、……つけ』 

 何もかもが判らない世界で、駆け寄る音と視界に掠る金色の房。

 断片でも嬉しい。

 彼らの声が届いた事で世界が更に歪む。

 かちり、かちりと欠けた破片が揃うように。

 腹部は元に、呼吸は整い、心臓は定期的に脈を打つに戻る。

 体に残るのは、脳裏にチカチカとする不快感だけ。

 瞬きしたら、ほら。

『メルティエ兄さん、大丈夫?』

『どうしたというのだ、メルティエ』 

 太陽のように眩しい金髪、澄んだ翡翠の瞳。

 将来は絶世の美人、美女だと囃された二人の顔。

 その彼らの瞳に居る、当時はまだ黒髪だった自分。

「キャスバル、アルテイシア」

 声が、紡げた。

 少年はこちらに先を促すように、じっと双眸に捉えて。

 少女はこちらを不思議そうに、膝を着いて近づいてくる。

 何時かの、木漏れ日の中で過ぎ去った他愛もない時間。

 二人が生きていれば、少年はエドワゥ・マス。少女はセイラ・マスという名前。

 ―――待て。やめろ、見せるな。

 場面が切り替わる。

 少年は飛行機で長い旅路に向かおうとしている。

 ―――おい、やめろ!

 色褪せた風景。

 その中で目前の彼に何事かを話す。

『友人だから困った時には助けに行く、か』

 少年を見送りに行き、最初で最後の約束をした。

『ふっ。期待しないで待っているよ、メルティエ』

 自信家の少年は、言葉とは裏腹に優しい笑顔で。

 ―――やめろ、やめろ、やめろっ!

 間も無く帰った屋敷の前で青褪めて佇む妹分。

 何事かを聞くと、彼女は自分の胸で泣き崩れた。

『メルティエ兄さん、キャスバル兄さんが』

 飛行機の事故。  

 友人の死。

 違えられた約束。

 果たされない想い。

 もう二度と手に入らない刻が、男の意識を浮上させる。

 ―――()それ(・・)を見せるなぁぁぁああっ!

 それは、もう壊れた約束の記憶。

 メルティエ・イクスがキャスバル・レム・ダイクンを喪失(ロスト)した。

 ただそれだけの、咎の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャロップ級陸戦艇は荒れた地を滑るように進む。

 その進路上に湖や河川があれども水上移動で何のその、である。

 砂塵を撒き散らしながらの航行で位置を特定され易そうに思われるが、風が強く空に塵が昇らなければ案外見つかり難かったりもする。

 この高速陸戦艇は主砲に機関砲等の武装群と整備も可能なモビルスーツ格納庫を持ち、小隊規模の移動基地として今後のジオン軍地上部隊に大きく寄与するだろうと見込まれている。

 だが装甲と防御力が戦艦に比べて脆く。また、本艇には居住スペースが存在しない。

 その問題を解消するため牽引するドームのような形状のカーゴがキャンピングトレーラーの役割を担う。

 カーゴそのものは自走不可能だがホバークラフトの浮遊能力を有している。

 内部には補給物資やらを積載するので決して広いとは言い難いが、プライベートスペースの確保ができればよっぽどのものではない限り文句を言わないのが人間である。

 そのギャロップを四隻保有する部隊。

 突撃機動軍所属特務機動戦隊ネメア。

 キシリア・ザビ少将麾下のこの部隊は少々他の部隊と毛色が異なる。

 この部隊は一方面軍駐屯部隊ではない。

 独立部隊として各戦線に出没し侵攻軍の援護、防衛拠点の加勢、新型モビルスーツの運用試験、戦線直近の軍事基地偵察等多岐に渡る事を想定して設立された。

 ネメア機動戦隊統括責任者はダグラス・ローデン大佐。

 ダイクン派と知られる彼をこの立場に据えた理由。

 それはダグラス個人が有する各方面に通じるコネ、豊富な人脈を持つ事。

 そして何よりも確かな戦略眼を有する指揮官が圧倒的に足りない現状を鑑みての人選である。

 部隊長は前身部隊の指揮官を務めたメルティエ・イクス中佐。

 ”蒼い獅子”の異名を取る彼はモビルスーツ部隊を率い、前線指揮の役割を担う。

 後方指揮はダグラスが執るが有事の際、つまりはミノフスキー粒子下での通信断絶時は各艦艇の艦長に委任される。

 当然の事だと思われるが、これは必要な取り決めだ。

 手を抜けば離反行為、命令違反等と取られたり色々と面倒な事態に陥る。

 特に寄せ集めの部隊であれば、尚更の事。

 そして、メルティエは総括責任者のダグラスと同位指揮権が付与された。

 これはダグラスが万が一に暴走した時に対する措置であるが、監視役の意味合いが強い。

 通達を受け「最大戦力が首輪代わりとは」と本人を目の前に豪快に笑うダグラス。

 さすがの”蒼い獅子”も苦笑を禁じ得なかったという。

 こうして大まかにも決めるべき事を済ませた彼らは、早速とばかりに出撃。

 所属機となった新型モビルスーツの試験運用。

 その性能がカタログ通りのものか確認。

 それとは別に大気圏内に馴染んでいないパイロット。彼らに重力の感覚を付けさせるためだ。

 今の特務機動戦隊はお披露目となったMS-06G、陸戦高機動型ザクII。MS-06K、ザクキャノンの性能を都度チェックし、ロイド・コルト技術大尉と随伴するメイ・カーウィンへ問題点と改善点を含む報告書を提出、各ギャロップ搭載機の小隊運用を兼ねた演習の日々である。

 一つ訂正すべきはMS-06Gは二機受領した事。

 うち一機はシーマ・ガラハウ少佐の乗機となり、現在も試験運用中である。

 もう一機はメルティエ・イクス中佐の乗機となった。

 しかし中佐の特性を最大限に活かす為、と大義名分を掲げた変態たちが本領を発揮。

 キャリフォルニア・ベースを出航する前はシーマ機と同じだった筈が、格納庫を開けて出現した奇天烈なモビルスーツは追加ブースターによる推進も合わさって予想以上の高速機動を体現。

 そして、パイロットに掛かる負担も倍増である。

 スラスターの全力全開、それだけでパイロットを危険に晒す代物だと発覚した。

 試験時は数値以上のデータを入手し小躍りしていた変態どもは一斉に動きを停止。

 地上で擱座した蒼いモビルスーツを大急ぎで回収した。

 結果として、追加ブースターを撤去。

 スラスター起動時の姿勢制御、これを確立するまで作業は続けられた。

 実際、パイロットのメルティエは疲労骨折寸前だった。

 これは今までの疲労が蓄積した結果に依るもので、何もこの一件で至ったものではない。

 しかし、そう診察した軍医が迂闊にも(・・・・)この件を外に漏らす。

 幾人かが中佐専用機の改造を指揮した人物を探し求める事態へと発展し、大いに揉めた。

 しかし、ここでは割愛する。

 ギャロップ一番艦のミーティングルーム、というよりも談話室といった感じの場所。

 其処にアンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉、ハンス・ロックフィールド少尉が集っていた。

 この三人のみで席を囲む、というのは意外と珍しい事でもある。

 アンリエッタはともかく、エスメラルダとハンスは仲が悪い。

 というよりはエスメラルダ個人ががハンスを嫌っているというべきか。

 前身の第168特務攻撃中隊に入隊してから、部隊長のメルティエとハンスの仲は「昔からの友人」と思われるほど仲が良い。入隊してすぐザクIとはいえ専用機を用意され後衛、狙撃手として全幅の信頼を寄せられているのは彼だけだ。

 前線で陣頭指揮を執り自ら戦闘に参加するメルティエ。

 その死角から首尾良く攻撃を加えようとするものならば、漏れ無くハンスに射抜かれる。

 馴れのようなものを感じさせる彼らに、何も思うなというのが無理だろう。

 メルティエには累は及ばないが、ハンス個人に対して文句を言う人間は多少居る。

 ほとんど口論で済ますが、頭に血が上ると殴り合いの喧嘩まで発展した事もある。

 風紀を乱した、と問題に挙げられ営倉入りを経験もしている。

 それでも彼は転属願いは出してないし、周りもそのような動きは見せてはいない。

 それは何故か。

 接すれば判るが、彼は言動が乱暴だが面倒見の良い男だ。

 口が悪い事、素っ気ない事を除けば何かと世話を焼き、手伝ってくれる好漢だという事実。

 学がない事を彼は気にしてはいるが、人間性を見直せばそんな事は些細な問題である。

 出来る奴がやればいい、それだけなのだ。

 ではそんな彼を、何故エスメラルダが嫌うか。

 実際は嫌うというよりも、対抗心と表す方が正しい。

 これは自分の定位置だと思っている場所に他人が居座った、と彼女が認識した事に起因する。

 最近は部隊規模が大隊となった分。色々な人種がこの部隊に、メルティエの元へ集う。

 参入した人材は豊富で、それは熟練したモビルスーツ乗りだったり、天才肌なメカニックチーフだったり、一癖も二癖もある初老の大佐に蠱惑的な美女、海賊気質な集団とそれを率いる女傑等。目に入らない人間も入れれば尚増える。

 一気に膨張した部隊員、人材に自分の居場所を盗られそうで大変不機嫌、ご立腹状態である。

 MS-07A、グフの慣熟機動中にヒートサーベルと専用シールドで独自に格闘戦を磨き、今までの一気に距離を詰めるものとは違う、小回りが効く高速機動の上達に精を出すのも其れが理由だ。

 彼女の最近の刺々しさ、その理由を聞けば一笑に付される事だろう。

 気にし過ぎだ、と。

 それでも彼女自身が気にしている。

 其処が問題であり重大なファクターだ。

 故に、今日も彼女は紅瞳を半眼に、周囲を威嚇して過ごす。

 将兵たちが遠巻きに怖いもの見たさで様子を伺うが、目があったら何をされるか堪ったものではないので盗み見るに留まっている。

 アンリエッタは普段、首の後ろで束ねた蜂蜜色の髪を今は下ろしている。

 彼女は所謂名家の人間で所作や座り方、佇まいに生まれの良さが出る。

 無意識に滲み出る品の良さとも言うべきか、それをいつもは意識的に雑にする。

 彼女は以前性的暴行を未遂とはいえ経験した身。

 女性らしい振る舞い、仕草を除こうと生来からの口調を直したりと試みている。

 もっとも、彼女の女性を象徴するスタイルが見事に邪魔をして結果は出せないでいるのだが。

 瞳を伏せた物憂げな表情。

 浅く椅子に腰掛け揃えた足を流す姿。

 小さな唇から時折漏れる吐息。

 思考の海に沈む彼女は周りに深窓の令嬢の印象を与え、通り過ぎる将兵が「!?」と振り返る。

 が、不機嫌を隠そうとせず半眼に睨む虎、手をヒラヒラと振るうハンスに逃散している。

 注目される理由が個々人にある三人が集う理由。

「メル、大丈夫かな」

 ぽつり、と両手で抱えた水入りのコップに視線を落としたアンリエッタが呟く。

 エスメラルダは半眼をすぃ、と彼女に向ける。

「心配?」

「うん。体もそうだけど」

「…ま、大将の憔悴した顔は初めて見た」

 長い足を組み直しながら、ハンスは通路の奥へ顔を向ける。

 その先にはメルティエに割り振られた部屋がある。

「任務に伴った疲労ではない」

「何か、あったのかな。キャリフォルニア・ベースを出た時から?」

「出撃前は問題なかった筈だ。直前に話したメイの奴からも聞いてきた」

 ハンスはテーブル上のコップを掴みぐいっと呷る。

 微温い水に不満があるが、贅沢は言えない。

「モビルスーツに乗ってから、って事なの?」

「其処でしか現状は見えてこない」

「あのモビルスーツか。確か、あれで大将へばってたな」

「疲労骨折寸前だと聞いてる。作った人間は私刑も辞さない(ギルティ)

「んまぁ、下手すると部隊長を事故死に見せかけてって取られるからな」

「大問題」

「へぇへぇ…俺の分も残しとけよ」

「早い者勝ち」

「はんっ、上等だ」

 視線を交わす両者。ぐっとテーブルに手を置き、

「ちょっと、二人とも真面目にしようよ!」

 ばんっ、と叩いた音とアンリエッタの睨みにすごすごと座り直した。

「しかしなぁ、大将も出て来ねぇし。いっそ問題のモビルスーツを見に行くか?」

「メイ・カーウィンに話を聞くのも手」

「おい、俺が聞いてきたって言ったろ」

「時間を置いて思い出す事もある」

「確か、メイちゃんも一番艦の格納庫だったね。ちょうどいいかな」

 考えてもこのままでは埒があかない、動くべきか。

 三人は顔を見合わせ、小さく頷く。

「おや、良い所に。ちょいとすまないね、場所を聞きたいんだが」

 がくっ、と上体を崩した三人は声の主を探す。

「ガラハウ少佐?」

「悪いね、部屋を探すより聞いちまった方が早そうだ」

 彼女自身がモビルスーツパイロットである事から外に出て砂塵に見舞われることも多い筈だが、腰まで届く黒髪は艶があり、彼女の動きに合わせてさらりと宙に踊る。彼女の部下たちとは違い、軍服には特に目立つ特徴は見受けられない。

 気になるのはエスメラルダ。

 彼女がシーマの体、その一部分を凝視している事くらいだろうか。

「案内、と言う事ですが。何処へ」

「部隊長さんに少し、ね。先のモビルスーツ、動きが異常だ。諫言でもとね」

「異常、ですか」

 アンリエッタがシーマに向き直る。

「地上に降りてまだ短いが、中佐の動きは異常さね」

「おいおい、ちっと待てよ。何を根拠に」

「じゃあ、あんたは宇宙空間に居るような機動、出来るかい?」

「再現できる機体、だった」

「再現できても、再現しちゃいけないんだよ。こういうのは」

「何故?」

「…ハァ、近くに居過ぎて毒されたのか。はたまた同じなのか」

 彼女は額に手をやり、大きく息を吐く。

 その態度にハンスがぐっと足を進めようとするが、前にいるアンリエッタがそれをさせない。

「少佐が気づかれたのは」

「機体性能の数値を出す。結構な事だろうけど。中に居るのは人間だよ」

「それは」

「いいかい、良く聞きな!」

 びくり、と三人の身体が震える。

 メルティエも何時かの場所で、たった一度怒号を放った事がある。

 その時は有無を言わせず従わせる、させられる感覚だった。

 彼女の一喝は諭す、問題点を直視させられる。

 そういう感覚に三人は捕われた。

「分かっているようで、解っていない。中佐は人間だ、確かに多少頑強で反射神経が優れている。だがそこまでだ。いいかい、中佐は人間だ。モビルスーツの部品、機械じゃない(・・・・・・)

 彼らが沈黙し耳を傾けた事を確認してから、シーマは続ける。

「技術屋がよく陥る事だがね、人が機械の性能を引き上げると信じてる節がある。これは事実だが同時に間違いだ。人は機械の性能を引き出すことは出来ても引き上げることは出来ない。設定されてる性能以上を顕現できたら、それは人間じゃあないよ。組み込まれた機械か得体の知れないナニカ(・・・)だ」

 彼女自身も、地上から蒼いモビルスーツの動きを見て驚いたのだ。

 だが、あれはなんだ。

 人間はあのような動きについていけるのか。

 自分の乗るザクII、陸戦高機動型でさえ身体に掛かる負担は決して小さいものではない。

 地上に着地した蒼い機体を、最初はまた飛び立たないのかと思い眺めていた。

 しばらくしてから気付いた。

 メルティエの戦績と”蒼い獅子”という色眼鏡で誤解していた。

 初対面の彼女でこう(・・)なのだ。

 今まで同じ戦場、部隊を共にした人間は感覚が麻痺っているに違いない。

 彼は其処を歩く兵士のように、血肉を持つ一人の人間で。

 人体が耐えられない衝撃に勝つ事は出来やしない。

 動かせたから、動くからの話、次元ではない。 

 動かした後に倒れては意味がないのだ。

 メルティエも含め、此処に居るのはモビルスーツパイロット。

 つまりは最前線組である。

 戦場に赴くのだ。少しの手違いで簡単に死ぬ。

 だからこそ、パイロットや整備兵は万全を期すために不安材料を潰しにかかる。

 性能向上を見込まれても、装備を取り外すケースが有る。

 生還を望むからこその処置。

 死んでこい、と送り出す気なぞ無いのだ。

 故に、機体に不安が残る新型機の運用試験は万全の体制で臨むもの。

 前線に出して計るものではない。

 試験無しで投入するという事は、いつ起爆するか解らない爆弾を抱き込むに等しい。

 メルティエの場合、運用試験中に敵モビルスーツと遭遇する等仕方がない状況もあった。

 だがそれはYMS-07の時。

 今回はMS-06Jを基礎にした上の改修機、G型である。

 J型は地上部隊の主力モビルスーツで、今もなお実戦運用データを採取しているだろう。

 だが、一つ数値が入れ替わるだけで連鎖反応のように状態が変わる。

 それがモビルスーツ、高性能機械の塊。

 機械はそれで良いのだ。

 問題は乗り込む人間がいるという事。

 シーマ・ガラハウにとって、メルティエ・イクスは危険感度の低さが目に付く。

 放っておけば確実に命を落とすだろう部類の人間。

 彼も問題だが、周りの人間も問題がある。

 だから、わざと(・・・)場所を聞く(てい)で目前の三人に接近した。

 戦場で怖いのは何も。敵の銃弾ではない。

 味方の過剰な信頼、期待が人を殺すのだ。

 シーマ自身、この問題に直面した事はない。

 ただ、全くもって正反対の問題に直面したことはあり、そこから考えが至っただけ。

 まだ希望も失望も抱いていない男に、勝手に死なれては困る。

 せめて、どっちかを見せてから、だ。

 それに御同輩の連中にも思うところがある。

 だから、彼女は問う必要があるのだ。

「あんたたちが見てるのは、人間かい?」

 彼は成し得た事が多過ぎる。

 それ故の弊害。

 彼ならば大丈夫。

 その甘い考えが、その毒が今回至っただけの事。

「それとも、機械を動かす部品かい?」

 一人のパイロットとして。

 一人の指揮官として。

 一人の部下を預かる身として。

「答えを聞かせてもらおうじゃないか」

 シーマ・ガラハウは考えを改めるよう、直談判に乗り込んできたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…此処は」

 視界が安定しない。ぐらぐらと揺れている。

 だが、何れは治まるだろう。

 それまで呼吸を整えて待つ事にする。

 何か―――大事なモノを、見ていた気がする。

 漠然とした捉え方、けれど夢を見ていたのだろう。

 内容は思い出せない。

 良い夢だったのか、悪い夢だったのか。

 うなされていた、とは思いたくなかった。

「…体、動かん」

 霞がかかった頭、うまく回らない思考は分かり易い体の不調を感知。

 普段の体温とは違う熱を感じさせ、鈍い痛みを伴っている。 

 それに加えて、四肢に力が入らない。

 視界も回復してきた、つまりは目に問題はない。

 首は僅か引き攣るが動かせた。

 熱は体が負傷した部分を治癒しようとする働き。

 痛みはそこに負傷箇所があるのだと知らせてくれている。

 鎮痛剤、体に負担する動きを抑えるための弛緩剤まで投与されている。

 いまのメルティエ・イクスはそれ以上の行動が成せない。

「…熱いな」

 自分は寝台の上か。

 仰向けで助かった。俯せだったら呼吸し辛い。

 今の時刻が気になる。

 窓がない室内は空調が効いている以外は照明も点けてないので完全な暗闇だ。

 照明を付けたくとも、スイッチのある場所まで手が動かなければ届かない。

 これは、参った。

 部隊員の顔が脳裏を過ぎる。

 いつかの時のように、心配になったリオが現れたりするだろうか。

 ハンスが懲りずに酒を持参して入ってくるかもしれない。

 エスメラルダは看病と称して隣で読書に耽る可能性が高い。

 何かと気遣うアンリエッタは、下手をすると体の汗を拭きかねない。

(眠っている、場合じゃ、ないな)

 ぐっ、と体に力を入れる。

(待ってる奴らが居るのに、体が動きやしない)

 無理だと現実を再認識。

 力を抜き、息を吐く。 

 体に走る熱と痛みにも、ある程度馴染みうとうとと意識が沈みそうになる。 

 その瞬間を狙ったように、ノックの音がメルティエを起こす。

「誰だ?」

「シーマ・ガラハウです。御休みのところを申し訳ありません」

「少佐? どうしたのだ」

 頭の中で考えた来客で、該当しない人物が訪れる。

 何事かと思うのは、悪い事ではないだろう。

 彼女の声が硬い事もある。

 問題が発生したのか、とりあえずは話を聞かなくては。

「どうぞ、少佐。恐らくはロックされていないよ」

「では、失礼します」

 シュッ、とスライドしたドア。

 外の照明が差し、室内が僅かに見渡せる。

 シーマは靴音を聞かせて入り、

「中佐殿に話―――いえ、教えておきたい事があり、参りました」

「ん。少佐、口調は普段通りで構わない。それで、内容は」

 男の矜持か、肘と腹筋を意識して使いどうにか上体を起こす。

「それでは」

 メルティエは一瞬何をされたか分からなかった。

 何故、起き上がった体が寝台に押し付けられているのだろう。

 いや、正確には起き上がりきったところで、押し倒された。

「―――人に甘える事を覚えな、坊や(・・)

 思わず寝台の上で体をよじらせながら、

「どういう意味だ、少佐」

「自分に酔ってるわけじゃなさそうだね」

 彼女が覆い被さるように上に居る、動くこともままならない体が更に制限を掛けられた。

「生き急ぐな、ってことさ。それとも死にたいのかい?」

「貴様、巫山戯るのもいい加減に」

 怒りを孕んだ言葉は耳朶に寄せた女の臭い、横顔が真剣だった事で止めた。

「死なせたくない奴が居る、だろう?」

「―――っ」

 確かに、居る。

 そして約束を守れなかった者も、居る。

「あんたが死んだら泣くんじゃないのかい」

 自分が、死ぬ。

 自分が死んだら、彼女は。彼らは。

「死んだらそれまでさね。達観して潔く死ぬより、足掻いて抗って生きた方があたしは好みさ」

 生き足掻け、死を受け入れるな。

 失った人間は戻らない。

 還ってはこない。

「泣かせたくない相手が、自分が死んだら後を追うとも考えなかったんだね」

 ―――身勝手な男だ、と浸透させるように囁く。

 だから、勝手に死ぬなというのか。

(俺は間違っていたのか? 間違いを犯すところだったのか?)

 混乱する。

 そう簡単に、受け入れられる筈がないだろう。

 良かれと思ってやった事が、実は意味のないものだと言われたら。

 己を蔑ろに―――体を盾にすることは、守ることに繋がらないのか。 

「自分よりも、相手に生きていて欲しいと思うのは、傲慢なのか?」

 それは自問自答に近い。返事を期待してはいない呟き。

「自分の命を大事にすら出来ない奴に、他人の命を大事になんてできやしない」

 相手はそうは捉えず、子供に諭すように、言い聞かせるように。

 女の貌は、自分の首近くに埋まっている。

 自分の胸と肩に広がった、彼女の黒髪がひどく綺麗に見えた。

 ―――だから、簡単に人を殺しちまう。殺せるんだよ、坊や。

 聞き難い言葉は、宙に溶け込んですぐに消えてしまう。

 ただ、その言葉は彼女の懺悔に聞こえて。

 ただ、彼女の力強くも無い、言い聞かせるわけでもない呟き。

 それは男が不思議に思うほど、すとんと胸に落ちていった。

 誰かと一緒に居たいなら、生きたいならもっと自分自身にも気を遣えと。

 ひと(・・)の盾になることと、ひと(・・)を守ることは違う事。

 似ているようで、まったく合わないのだと、メルティエ・イクスは教わった。

 ならば、脳裏で横切る人たちを自分が失わないために我が儘になろう、とも。

 誰も彼も失いたくはないわけではない。

 其処まで幸せな頭を持ってはいないし、無理だろう。

 ただ身近な人を泣かすことも、泣かれることも嫌だと思った。

 身近な人間だけ、手の届く範囲にしか伸ばせない。

 人間一人の腕は短く狭いのだ。

 だが、この範囲だけは譲れない。

 なんと言う傲慢か。

 言葉にすれば辟易とするだろう、夢見がちな考えだと、甘いと断じられるやも。

 それでも、自分の新しい願望を歓迎した。

(決めたよ、僕は(・・)

 ひとひとり助けること、救うことは思うよりも難しいだろう。

 ただ、難しいからやり甲斐もあるんじゃないか、と。

(あんな想いは一度で十分だよ。何度も合ったら潰れてしまう)

 屈託なく笑いながら、男は何処か憑き物が落ちたように。

 疲れ切った意識を手放した。

 

 

 

 

 

 時は宇宙世紀0079。5月8日。

 地球攻撃軍総司令キシリア・ザビは連邦軍の潜水艦、その建造ドックを活かす水陸両用モビルスーツを投入。

 これらが中核となった潜水艦隊は連邦軍領海を次々に侵攻、瞬く間に制海権を奪取。

 連邦軍の活動区域を更に狭めることに成功した。

 また、各方面軍ごとにガウ攻撃空母を旗艦とした航空部隊を設立し、戦線に派遣。

 空と陸、場合によっては海からも攻撃を受け、連邦軍地上部隊は壊滅していく。

 その攻撃部隊に、部隊章に獅子のシルエットを戴く部隊が加勢。

 北米から中東戦線に渡り、激化する戦場に投入されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
そしてUA52000突破ですぞ!
原作ガンダムの影響とは分かっているものの、嬉しい限り。
これも誤字指摘・評価・感想等で励ましてくれる方々のおかげです。
重ねて感謝いたしますお!










さて、本日も逃走の時間だぜっ(脱兎)

さて、今回のお話。
内面話を一つ、と思ったんだ。
共感できない事も多々あると思う。
作者も誰かを失って戦時中、なんて経験ないから妄想の産物でして。
赤い人と生き別れしてから、凝り固まった問題に直視。
あと性能限界まで挑めるからって盛り過ぎでしょ、いい加減にせぇや。というお話し。

安全に関しては十分に見るとは思うんですが、戦時下でそこまで頭が回る技術肌の人居るかな?
そう考えて今回の内容になりました。
暴走した結果、とタイトルに書けば良かったかしら。
少し悩む。
おかしい。
弱ったオリ主を抱き締めて慰める、ちょっと濡れ場的お話ができると思ってたのに。
どうしてこうなったんだ…!


感想に寄せられる、本作品を楽しみに待っておられる方が包囲網を気づいてるとの事。
こんなに嬉しいことはない…(そう言いながら包囲網の穴を探す作者)
表現や構成が荒い、設定が甘いながらも待ってくれてる人が居る。
また次回を楽しみに待って頂ければ、執筆の励みになるというもの。

ところで、この時期地上で激戦区って何処でしょ。
第08MS小隊がそろそろ出てきそうな中東?
作者もそう思って本文最後に入れたのですが、どうだろう。
自信がないんだ、すまない。

最近とみに熱中症に陥る人、台風の影響で被災されるニュースが多い。
塩分水分の補給、被災時の用意等気をつけてくだされ!

そいでは、次話をお待ちください!

*第08MS小隊は10月以降の活躍。作者、勘違いしちゃいました
 時間軸が作者を惑わすんだ。誰かタスケテ!


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第二十七話:緑の地で

 ズシン、ズシンと地鳴りを伴う足音。

 最初に聴いた時は御伽噺の巨人だ、と思った。

 けれども、口の中で留めてよかった、と毎日この音を聞く度に思う。

 こう見えても自分は男勝りとか呼ばれ、女では手を出さない荒事に首を突っ込んでいるのだ。

 小さい頃バアバから聞かせてもらった御伽噺を今でも覚えてるし、異国の恋物語に興味津々だったりもする。

 実はお化けも苦手、というか怖い。

 もしバレたら、父からみんなのリーダーを任されているのに恥ずかしい。

 ようやく、大人たちも話を聞いてくれるようになったのだから尚更だ。

 森林の奥、沼地のもっと向こうの方から聞こえる大きな足音。

 近くなれば近くなるほど、その存在感を増していく。

(これ、知らなかったら御伽噺の巨人にしか思えないよ)

 あの時は集落のみんなが大いに慌てたし、自分も同じくらい、いやそれに輪をかけて騒いでたかもしれない。

 前後不覚になる、とはああいうことを言うのだ身を以て体験した。

 良い経験、とは言えないのが切ない。

 でも、良い出会いはしたと彼女は思っている。

 ズシン、ズゥンと森林の間から姿を現したのは、やはり御伽噺から抜け出たような巨人。

 頭の一つ目は爛々を赤い光を帯びて、ブゥンとこちらを威嚇する。

 起動音、モニターの拡大縮尺でこうなるんだ、とあの人は教えてくれた。

 大きな四肢は森林を傷つけないように、静かに、でも人の動きのように躱していく。

 おっかなびっくりといったその姿は、妙な愛嬌があって自分は好きだ。

 最初は怖かったのに、あの人が動かしてると思うと表情が緩むのは何故だろう。

 広場にそのまま足を踏み入れ、停止する巨人。

 プシュー、と体の至る所から空気が抜ける音、足廻りなんか砂を軽く飛ばすくらいの勢い。

 気づけば子供たちが近付き、その風音と勢いにじゃれて遊んでる。

 若い親たちが慌てて止めるけど、見慣れた光景になりつつある事も手伝って他の親たちは笑って見守っている。

 あの人が集落の皆に受け入れられた証拠のように思えて、自分も小さく笑い声を上げてしまう。

 巨人はその大きな体躯を屈ませて、膝を地に着ける。

 左腕をお腹辺りに運び、その位置に固定。

 プシュー、とまた空気が抜ける音。

 その後にゴゥン、と胸の装甲が上方にスライド、左右に有る固定フレームというものが僅かに間を開ける。

 ピッ、ピッと最近聞き慣れた電子音。

 カツン、と装甲板に足を掛ける靴音。

 外に出てきたのはあの人。

 やや乱れた、この地方では珍しい灰色の髪。同じ灰色の瞳は差し込む日の光で細められ、その後に下で集まってる集落のみんなを見て目を丸くする。彫りが深い顔に優しげな笑みを浮かべて、彼は手を挙げた。

「こんにちは、みんな。今日もお邪魔していいかい?」

 蒼い軍服に、湿気を含んだ風が靡かせる黒いマント。

「いらっしゃい、メルティエ!」

 そう言って笑顔を見せる橙色の髪の少女―――キキ・ロジータは蒼いモビルスーツパイロット、メルティエ・イクスを歓迎した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その一週間前。

 戦線に連邦軍の攻勢が見られる、と報告を受けた突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメアの主要陣は所有艦のギャロップ一番艦に集っていた。

「連邦軍が攻勢? この劣勢の現状で、ですか」

 口火を切ったのはサイ・ツヴェルク少佐。

 金髪碧眼に甘いマスクの青年は軽く目を伏せ、何か考えるようにその細い顎に手をやる。

「実際に確認したわけではない。しかし事実として、偵察部隊が未だ帰還していないらしい」

 重く答えたのは同部隊統括責任者、ダグラス・ローデン大佐。

 初老に差し掛かるであろう、彼が持つ落ち着いた雰囲気は適度な緊張感と安心感を与える。そしてダグラスが発言すれば注目が集うのだ。

 豊かな指揮官の経験と、場の操作に長けた老獪。

 それがこのダグラス・ローデンという男である。

「不味いね。時間が経てば経つほど偵察隊の生還は絶望的だ」

 淡々と事実を述べ、しかし眉を顰めて偵察隊の安否を考えるシーマ・ガラハウ少佐。

 腕を組み、彼女の豊かな胸がやや強調される。がこの場に其処に視線を落とす阿呆は居ない。

 心ではどう思っているか判断しかねるが、ここに居るのは空気が読める(おとこ)たち。

 意志力で顔と視線を水平に置いているのだ。

 間違っても、下にではない。

「しかし、我々にこの件を流すという事は探索に赴け、という事ですか?」

 不快を表情に出ないよう磨り潰しながら、ケン・ビーダーシュタット少尉が訊ねる。

 尉官ながら、一隊の指揮官としてこの場に参加した彼は実務的な質問を行う。

 偵察隊の現状がシーマが予想する通りならば、この場で留まっているよりは出撃。

 だが、他者の意思で部隊が動かされるのは面白くない。

 元”外人部隊”と呼ばれた隊出身の彼は、ただの便利屋扱いされる事を許容したくはないのだ。

 そして、同じような気持ちをこの部隊全員に抱かせない為。

 彼は「自分の麾下部隊ですればいいだろう」と言っている。

「確かに、思う所はある。大佐、ギニアス少将は何と?」

 思いを汲んで発言するのは、メルティエ・イクス中佐。

 この場でただ一人、ジオン公国軍第二種戦闘服の軍服に蒼色を許された彼は、その色に因んだ”蒼い獅子”の異名を持つ。

 メルティエは自分たちが今居る地区を任された人物、アジア中東方面軍司令ギニアス・サハリン技術少将の名を出す。

 しかし、ギニアス少将は副官のノリス・パッカード大佐に指揮を一任しているのは周知の事実でもあった。

 とすれば、今回の件はノリス大佐からだろうと至るのは容易な事。

「うむ。敢えて言うなら、皆の思う通りだ。聞けばギニアス少将麾下部隊は防衛ラインの構築及び戦線の維持で手一杯、だとな。通信を入れてきたのは彼の副官、ノリス大佐だ」

「自分たちの部下ですら、助けに行く余裕はない。そういう事かい?」

 ダグラスの口が閉じない内に、シーマの苛立たしさの籠った声が上がる。

「士気が下がると思うが、しかしそれでも助けられるのであれば助けたい。そうノリス大佐は考えたのだろう」

 同じ指揮官からの見地か、ダグラスはシーマに目をやる。

 無論、下ではない。

 彼女の目を見ての発言である。

「上の人間ってのは、どこも一緒かい」

 吐き捨てる声は、彼女が宿す火そのモノに思えた。 

「シーマ少佐、今は現状を踏まえて考えよう。偵察隊の連絡が最後に途絶えた場所は?」

 メルティエは後ろでじっと待機していたオペレーター、ユウキ・ナカサト伍長に声を掛けた。

「はい、本拠点カイロから東南へ向かう予定だったようです。境界線を通過、その三時間後に途絶えています」

「三時間? 向かえばすぐじゃないか!」

 ケンが信じられない、と頭を振った。

「その時間すら惜しい、という事なのか。しかし、他戦線で目立った乱れはない」

 サイも訝しみ、ユウキが表示した地形情報と戦線地区のモニターを確かめる。

「何か問題ごとでも抱えているのか。中東アジア戦線は」

「中佐、その件は後にしよう。今は彼らの安否、その確認からだ」 

「…了解。悩めば悩むほど、不要な諍いの種を蒔きそうです」

「うむ。わしも一発、若造の顔を張らんと気が済まなくなりそうだった」

 メルティエとダグラスが苦い笑みを浮かべ、戦線地区のモニターに視線を置く。

「完全な森林。視界やセンサー類に悪影響が懸念されます」

「この時点でハンスとリオは向かないか。森林を焼き払う前提なら問題ないが」

「確かに、ここいら一帯には今だ暮らす地球住居者(アースノイド)が居る。やったら最後、ゲリラ化だ」

「デリケートな話も噛む、か。地形慣れしたパイロットでないと大惨事になりかねませんね」  

 サイ、メルティエ、シーマ、ケンが意見を述べ、ユウキがくるりとモニターを背に彼らを見る。

「わしはこの任務にメルティエ中佐と、ビーダーシュタット隊を推す」

 ダグラスが声を上げ、モニター前のコンソールを操作。

 名を挙げた一人と一つの隊のモビルスーツを表示した。

「中佐のグフ、少尉の隊はデザートタイプだ。劣悪な地球環境に耐えうるし、前作戦行動では良いチームワークで敵陣に突入している」

 YMS-07M、先行試作型グフ専用機。

 MS-06D、ザク・デザートタイプ。

 共に地球の劣悪環境下で行動することを前提に作られている。

 特にデザートザクは砂漠、熱帯地帯での行動を視野に入れて設計、開発されたモビルスーツ。

 今回のようなモビルスーツのみの行動では正に打って付けと言えた。

「ケン少尉の隊は確かに三機ともデザートタイプですが、イクス中佐が同行するのは?」

 サイが疑問を口にする。

 確かに三機編成かつ、同機体のビーダーシュタット隊はパイロット間の連携も取れている。

 其処にメルティエを付け、行動を共にするということはグフについてこさせるという事。

 機動力、運動性能ではグフに劣る三機。

 メルティエの機体は高機動に設えたもの、完全なワンオフ機と言って遜色がない。

 もしそのグフが先行した場合、意識しなければデザートザクの動きに不調をもたらすだろう。

 視覚に頼る生物は、対象が速く動くとそれに釣られて動こうとする。

 無理をして機体を動かした結果、木に足を取られて転倒する等は想像に難しくない。

 ケンたち優れたモビルスーツパイロットでも、その手の失敗は起こす時は例外無く起こす。

 では、グフがデザートザクと同じ速度で行軍すれば、と思うだろう。

 それだとグフ本来の機動力、運動性能を活かせない。

 結果として三機の後方にグフを置き、遊兵として運用するしかないのだ。

 逆にデザートザクが一機、グフ三機ならばデザートザクを先行させ機動力に優れたグフがそのフォローに入る事も可能だが。最新型のグフは最前線を支える戦線にも配備が滞っている。資源の問題が積み重なり生産体制は確立したものの、素材が無いという事態に陥いっているのだ。

 ジオン軍の慢性的な資源不足が(あらわ)になった結果と云えるが、今回は別の問題も抱えている。

 本国を守護する宇宙要塞ソロモンが完成された。

 続くア・バオア・クーの完成が近づき、内部のプラント群やモビルスーツ工廠の稼働を開始した事が響いているのだ。

 防衛戦力を充実させたが、その分の資源が目減り補填に地球の資源を充てていた。

 当初は宇宙からモビルスーツの補給を送る手筈だったが、キャリフォルニア・ベース等重要拠点がほぼ無傷で手に入り地球でのモビルスーツ設計、開発が可能となる。

 予想よりも相当早いペースでの生産ライン拡充である。

 資源が枯渇するのは火を見るより明らかであった。

 そのしわ寄せがキャリフォルニア・ベースに集まり、ジオン軍が占拠する中でモビルスーツ工廠の稼働が早期に実現したのにも関わらず、現在は既存のザクIIを改修するだけに留まっている。今もピストン輸送で資源、資材が送られており到着次第稼働するだろう。

 しかし、今は無いのだ。

 故に、廃棄予定だった中佐のグフは余った資材で修復。

 搭乗予定だったMS-06G、陸戦高機動型ザクIIはグフから転用したパーツが多い。

 そのおかげでグフの足りない部品やパーツをG型から使い、機体復活となったのだ。

 問題であったメルティエの操縦で損耗する箇所の部品、これはザクのものを使用して対応。一部補強を必要としたが、グフのものよりはと技術班の涙ぐましい働きがこれを支えた。

 ちなみに、残ったものはシーマ機の予備パーツとして置かれている。

「もし部隊を左右する事案が発生したとしても、彼ならば対処可能だ。これはガラハウ少佐にも、ツヴェルク少佐、ケン少尉にも遂行できない。モビルスーツ小隊の連携、技量に優れたビーダーシュタット隊。最前線で選択肢を迫られても対応可能なエースパイロット、イクス中佐。現状これ以上の最善は出てきそうにない。みなはどうかな」

「個人じゃなく、小隊での連携を前面に出されちゃ流石に何も言えないねぇ」

「内容は了解しました。最善を尽くします」

「納得致しました。しかし、イクス中佐にはジーベル大尉、カークス大尉が居ります。彼女たちには何と説明を?」

「二人はイクス中佐とケン少尉らの抜けた穴を埋めてもらう。これ以上の戦力を提供すると、我々に与えられた防衛任務に支障をきたす」

「…なるほど、了解しました」

 サイが気遣うようにメルティエへ視線を向ける。

「まぁ、任務の都合だし、二人も納得するだろうさ」

 そんな副官の肩を叩き、メルティエは彼自身納得できていない任務に当たるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、メル」

「体平気そう」

「ん?」

 ギャロップのモビルスーツ格納庫へ入ると、先客が居た。

 モビルスーツのコクピットへ続くタラップを軽快な音を立てて降りてくる姿。

 アンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉。

「あ、隊長さん」

 弱気な声音で挨拶するメイ・カーウィンの三人。

「三人か、まぁ居ても不思議じゃないか」

 彼女たちのモビルスーツが搭載されているのはメルティエと同じギャロップ一番艦。

 格納庫ハッチを正面に見ると右にエスメラルダのMS-07A、先行量産型グフ。中央にメルティエの先行試作型グフ、左にアンリエッタのデザートザクと作業アームでハンガーに固定されている。

 そして格納庫から艦内に続く通路が中央のモビルスーツの後ろにあり、其処から姿を見せた男に女性陣は気づいたのだ。

「機体の調子を見ていたのか?」

「一応ね。前のザクとほとんど同じだから、僕はあまり変わらないかな」

「グフ、とても良い子」

 尋ねるメルティエにアンリエッタは肩を竦めて、エスメラルダは深く頷きながら答える。

「アンリは機体OS(オペレーティングシステム)の書き換え、相変わらず早いな」

「前の機体からデータをインストールして、微調整するだけだから難しくはないよ」

 微笑み「難しくない」と言う彼女。

 だが、膨大な電子機械の集合体であるモビルスーツがインストールと片手間で問題ないか。

 答えは否である。

 新たな機体にこれまでのデータをインストールする場合。

 主に問題に上がるのは性能差。これは機体性能差が広がれば広がるほど調整に手間取る。

 変換された数値、これをシュミレータ上で確認。微妙な変化を捉え、以前と比べてモビルスーツの動きに差異がないかをパイロットの目で調べていくのだ。優秀なパイロット、そして経験を積ませたデータを保有する者ほどこの作業は長引く。機体によっては四肢の可動領域が異なる事が多いのだ。内部機構の規格、仕様の違いで関節を曲げる、腰を屈める早さ等も僅かな差だが違う。

 例えば腰を屈み、脚で地を蹴る等のタイミング。腰を屈みきるよりも跳躍してしまうとその後の上体を反らす動き、跳躍で得られたはずの高度が下がる等の乱れが生じる。

 その乱れを消す、スムーズにモーションを実行させる為にパイロットは日夜頭を悩ませる。

 この調整作業はモビルスーツパイロットと、自負する人間には避けては通れない。

 なにせ自分の理想とする機動、動きをモビルスーツに覚え込ませるのだ。

 こればかりは整備兵も助言を送ることはできても手は出せない。

 故に、モビルスーツパイロットという職種の人間はただ動かせる()()では足りえない。

 プログラマーの仕事も兼ねていると言える。

 無論、初期状態のモビルスーツには基本的なモーションが登録、実行できる段階で出荷。そのまま手を加えずとも行動出来うるよう施されている。しかし、士官学校や訓練、実戦で自ら培った動き、癖を自機に”自分自身の動き”を伝える事は重要な一つの儀式でもあった。

 彼らの「これからよろしく」という挨拶、自己アピールの場面。

 ただの兵器と捉えず、相棒と見るこのやり取りが生死を分かつ事は珍しくない。

 戦場の刹那の時。脳裏に走る動き、反射的な動きに機体が対応できるか。

 その為に乗り手は機体とのコミュニケーションは欠かせないのだ。

「だとしても早すぎるだろう。さすがだよ」

 アンリエッタはこれを蔑ろにしているわけではなく、単純に作業速度が早い。

 彼女の機体は、綺麗と感じるほど滑らかに動く。

 それだけ、機体とのコミュニケーションに抜かりはないという事だ。

「ん、ありがとう。褒められると嬉しいものだね」

 指と指を絡ませながら彼女は言う。

「メル、後でグフの調整に助言を。機体の癖を知っていたら教えて」

 しかし、ここで小柄な同僚がインターセプト。

「はいよ。今から出る事になっているから、時間取れた時でもいいか?」

 応じた男にぴくりと反応する女。

 そして近しい者しか分からない、口角を僅かに持ち上げ勝ち誇るロリ型美女。

 だが、そんな彼女たちも彼の言った内容に反応する。

「構わない。今から出るなら私たちも?」

「いや、俺とビーダーシュタット隊で東南戦線に」

「別の小隊と?」

「ああ、捜索任務だ。連携が取れているケン少尉の隊と、現場で面倒な事態に対処するための俺だな。要は現場責任者で行ってこいって事だ」

「それじゃ、僕たちが同行できない理由は?」

「防衛戦力にこれ以上穴を開けられない、とさ。頼りにされているみたいだぞ」 

 と、軽く告げると二人は何やら考えている。

(おんや。てっきり、任せてよ的な流れになると思ってたんだが)

 言い方がおかしかったかな、と考えるが然程問題がないように感じる。

(ガラハウ少佐にあんな事言われたばかりだし、メルの分も頑張らなきゃ。でも小隊の連携ならこっちも負けてないと思うんだけど、何か理由でもあるのかな。―――何点か気になる所はある。けれど、私は彼の帰る場所を守ろう。それが今出来る事だから)

(おかしい。隊の練度では決して彼らに負けないし、演習訓練でも互角以上の自信がある。そもそも単独でメルを送る理由が? 現場責任者と彼自身言ったがそれならば尚更自分たちが同行すべき。ビーダーシュタット少尉の階級も私たちの方が上。東南戦線はここよりも地形が悪いと聞く、それが理由か。デザートタイプで構成されたモビルスーツ隊ならば頷ける。しかし、そう考えると最初の問いに戻る。グフ二機とデザートザクで構成された隊をそのまま当てない理由が―――)

 うん、と頷いて彼を映す碧色の瞳に強い意志を秘めるアンリエッタ。

 今まで開いていた赤い瞳を半眼に、高速思考を開始するエスメラルダ。

「気をつけてね、メル。地球は少し場所を移すとがらりと変わるから」

「お。ありがとうな、気に掛けてくれて。二人も俺が離れた後、頼むな。何かきな臭いんだ」

「何か?」

「ああ、なんだろうな。守りに徹してる? 違うな、守りを固めているが近いか」

「謎解き?」

「いや、俺の捉え方だ。すまん、意味不明だったな」

 灰色の青年はそのまま、自分に用意されたモビルスーツに足を運ぶ。

 二人はそのまま彼を見送るが、彼の残した言葉を吟味する事を始めた。

 不可解だが意味のない事を言う男ではない、と彼女たちは知り得ている。

 そんな事とは露知らず、メルティエは内心、自分の口から出た不明瞭さに嘆く。

 彼はそのために、メイの視線に気づくのが遅れた。

「メイ、機体整備ありがとうな。今度はしっかりやるさ」

 少し早口で青年は少女の傍らを過ぎようとして、足を止めた。

「…おい、どうした?」

 裾を引っ張られた。

「あ、あの、ごめんなさいっ」

 勢いよく下げられる頭、手も引かれたのでメルティエの腕もつられる。彼はメイが体勢を崩さないように、腕に掛かる力に流される事を選んだ。

「試験運用の件か。さすがに俺も体が音を上げるとは思わなかった。それに今度はそこも改善されているんだろう? 後はパイロットの力量になる、メイが組み立てたモビルスーツなんだ、乗りこなしてやるさ」

「うん。あ、用意したカタログには目を通してくれた?」

「勿論、其処は抜かりない。安心しろ、”蒼い獅子”はタフなんだぜ」

 少し乱暴に彼女の頭を撫でてやり、不器用なウィンクをする。

 見慣れないものだったからか、それとも滑稽だったのか、少女は大きく口を開けて笑う。

 気落ちしていた体に巡る、光のような彼女の笑顔にメルティエは微笑んだ。

「あははっ、うん、信じてるよ。私のモビルスーツ、お願いしますっ」

「あいよ、任された! メイはそういう顔してる方が良い、好きだな」

 背を向けタラップを上がっていく男。

 後ろで「好き!?」とわたわた両手を大きく振るう少女には気づかない。 

「さて、行こうぜ。相棒」

 腹部のコクピットハッチに足を掛け、乗り込む。

 アイドリング状態で主の帰還を待っていたグフは直ちに起動を開始。

 ブゥン、とモノアイに力が宿る。

 しかし、このモビルスーツを初めて見る者がいれば「グフ?」と首を傾げるだろう。

 かつてのグフの頭部、その造形が残るのは人間で言う顔の部分だけ。他は兜を被ったような肥大化を遂げ、長物のブレードアンテナが日本に存在したとされる古代の戦国武将のよう。両肩はザクの防御シールドよりも厚みと丸みがあるものが張り出し、腕はグフのものを利用しているのか手首下にヒートロッドの先端が覗き、胴体部だけはグフと同一だが腰の下部にはサブバーニア、両脚部には補助推進付きのG型、陸戦高機動のものを流用している。コクピットのフレームには従来のものより優れた衝撃吸収材で囲い、急激な重力加速度にパイロットが耐えうるよう再設計。その分重量が増したが、同機のバーニア群はそれを補って余りあるものであったため、パイロット安全優先の名の元に実行に移された。

 今ある資材、全てを使って建造したモビルスーツと言われても納得してしまう出来である。

 YMS-07M、先行試作型グフ専用機。

 グフ現地改修型。後に型番のMからグフM型と称される機体。

「隊長さん!」

「なんだ、お嬢さん」

「気障な言い回し、似合わないよ!」

「うっせぇ!」

 同機が一人の男を慮って十四の少女が再設計、()()させた機体であると知る者は居らず。

「あははっ、行ってらっしゃい、()()()()()!」

「あいよ―――メルティエ・イクス、グフ、出るぞ!」

 後世では”蒼い獅子”の操縦に応える機体を技術陣が考案、改修を施した機体と伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊ネメアが構える前線基地、元連邦軍防衛施設に土塁や防御機構に原型を留めている建造物を利用しただけの場所から出撃した四機のモビルスーツは、情報通りであれば偵察隊が最後に定時連絡した地点へ足早に到達。

 同地点の索敵、捜索に入るが三十分を切らない内に取り止めた。

 見つけてしまったのだ、彼らを。

 いや、彼らであっただろう、残骸を。

 作戦に使用したMS-06J、陸戦型ザクIIは三機。

 目の前で破壊されたモビルスーツ、その数は三機相当分。

 コクピットハッチは砲撃を喰らったのか、内部構造が剥き出し、搭乗者は即死。

 内一機はコクピット廻りは無事で、脱出できたのか形状が残る右腕を胴体付近に近づけて擱座していた。

 この生き残りを保護する為、メルティエ率いる隊は夜間にも関わらず捜索を続行。

 低光量視野、赤外線視野等のモビルスーツに搭載された視覚機能を頼りに暗闇の森林を歩行。

 それもモビルスーツで。

 戦闘状態と同等の集中力による疲労が彼らを苛む。

 下手をすれば偵察隊を全滅させた敵勢力と接敵するかもしれないのだ。

 神経が磨り減る行為に、しかし彼らは諦めることなく継続。

 メルティエはもとよりケン、ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹もこれには反対はしなかった。

 正直、辛い。緊張で呼吸は乱れているし、空調が効いたコクピット内で汗が額を、顎を滑る。

 ミノフスキー粒子が散布されていない状況。

 通信装置に問題はないが、つまりここは従来の電子機器が遺憾なく発揮されるという事。

 超距離誘導ミサイル等の兵器が猛威を振るう場所に、彼らは身を置いているのだ。

 誰かが大きく息を吐いた時、モビルスーツの赤外線視野に動き回る反応が見られたのだ。

 その時、発砲ないし攻撃する意志を見せていたら、自分たちはこの場にいなかっただろうとケンは回想する。

 人間だと視認した四人はモビルスーツの銃口を下げ、現地住民に囲まれるままに彼らの好意的ではない案内に導かれ、集落へと訪れていた。 

 案内役の十代半ばにしか見えない少女と厳つい男たち、彼ら促されるまま奥へと足を運ぶ。

 ケンたちはモビルスーツで待機。

 メルティエだけが降り、囲まれるまま集落の中を歩いて行く。

 最初はケンが交渉に降りようとしたのだが、メルティエが制止。

 責任者が赴かねば彼らも気を悪くするだろう、とケンに機体を頼んでいったのだ。

 確かにその通りと頷き、今は彼のグフを守るように自機を立たせている。

「―――以上が私から挙げられる内容です。如何ですか」

 指向性マイクをメルティエたちが入った家屋、恐らくは族長の家に向けている。

 盗み聞きとも取れるが、そもそも外に漏れる音が悪いのだ。

 隣でしゃべってるように思えるほどの音声収集に、ケンは苦笑した。

「ふむ。確かに負傷した人間を保護している。謝礼、というのなら物資も受け取ろう」

 傲慢な態度だ、と思わなくはないが偉ぶらなくては舐められるのだろう、と改めた。 

「では、彼を」

「いや、条件を一つ加えてはくれまいか」

 メルティエが話を締結に運ぼうとすると、族長が待ったを掛けた。

「どういったものか、内容を聞いてから返答させていただいても?」

「ああ、構わんよ」

 口調が柔らかくなった、とケンは感じた。

 下手の声、というか。頼み事を漏らす声音に近い。

「では、お伺いしましょう。条件とは?」

「…あんたの話を聞いて確信した。そちらにとっては小競り合いだが、こっちとしては天変地異の前触れにしか思えん轟音、地震の毎日なんだ」

「心労、お察しします」

「それに、あんたには黙っていた事なんだが、ジオンにも連邦にもここは目をつけられていてな」

「…我が方だけではなく、連邦軍にも、ですか」

「ああ、使者と名乗る奴が来たよ。高慢持ちな奴だったから、蹴り返してやったがな」

 周囲の人間の声だろう、野卑な笑い声がマイクを通して聞こえる。

 ケンは眉を顰めた。

 彼らの声がその理由ではない。多少は入るが。

 連邦軍が使者をこの集落に派遣したことも驚くが、それよりもジオン軍も使者を出した事だ。

 彼はこの話をダグラス・ローデンから聞いていない。ブリーフィングを通じて、一言もだ。

 ダグラスは部下を蔑ろにする人物ではない。

 ケンはそう信じている。信じたい。

 ならば、中東アジア方面軍が、特務遊撃大隊を欺いたと取るしかない。

()()なのか! なんで、こうもジオンは人を利用する事しか―――!)

 彼は気を許せば憤慨の声を上げたくなる喉を全力で抑えた。

 族長は行ったのだ、蹴り返した、と。

 つまり高圧的に接した、不当な扱いをした事に彼らなりの流儀で応対したということ。

 偵察隊の件は真意を掴み切れないが、使者の件は完全な尻拭いだ。

 いや、下手をしたらケンたちが知らない事とはいえ前回の件でそれ相応の態度で臨まれていた。

 知らぬうちに命の綱渡りを上官にさせていた、させられていたケンは感情の爆発に頭がどうにかなりそうだった。

 ケンの様子を知ったガースキーとジェイクも、マイクを通して内容を聞いている。

 さすがにケンほど思考を乱される事は無かったが、自分たちが身を寄せた駐屯部隊への疑念が生まれるもの無理はない。よくある事だ、と二人も熟知していて遣る瀬無さを体感していたが、何度身に降ってきても慣れることはない。

 ガースキーはまだ自制できたが、ジェイクは歯軋りの音を止める事は出来なかった。

 中佐を助けるか、と操縦桿を握る手を固くする。

「だが、あんたは別だ」

 族長の続く言葉でぴたり、と三人は操縦桿の手を置いたまま聴き入る。 

「あんた、今まで来た軍人と違うな。こっちを見下ろすどころか、腰を下げて目線を上に置いてくれている。正直、戸惑ったよ」

 ぎしり、と床の軋む音。

「うん、わたしに変な目向けて来ないしね」

「―――あの野郎、キキにそんな目を…ブッ殺してやる!」

「わわっ、父さん! 周りのみんなが追い返すときに代わりにやってくれたから!」

 ―――なんか家庭の声が聴こえた。主に溺愛する娘に対する父親的な何かを。

 毒気が抜けた三人は操縦桿から手を離し、様子を伺うまでに気が戻る。

「あー、その、つまりは?」

 中佐も呆気に取られたらしい。表情が見られないのは残念だ。

「ああ、コホン。あんたを信用したい、できればこの集落に定期的に訪れてはくれないか」

「定期的…パトロールのようなものでよろしいので?」

「ああ、そいつでいい」

「なら、定期哨戒のルートにこの集落を入れてみましょう。隊のものに」

「いや」

 一泊、間を置かれた。

「すまねぇ、あんた以外は信用できん。まだ使者と名乗る奴らにされた行為で頭に血が上ってる者も居る。あんた以外の軍人が来たら、皆が不安がるのだ」

「自分だけ、ですか。同じ軍人の身ですが、怖くないんですかね」

 申し訳なさそうな声音、実際中佐の身分の彼がパトロールに駆り出される等は前代未聞だ。

 他の軍属では拒否。それだけ信用を抱かせるものがメルティエにある、という事。

 元”外人部隊”であった彼らは、思い当たるものがあった。

「こう言っちゃなんだが、あんたは俺たちと似てる気がするんだ」

「似てる、とは。自分は宇宙移民者(スペースノイド)ですが」

「いや、そういう事じゃねぇさ。大地の匂い、というか親近感というか」

 ケンたちは思わず苦笑いを浮かべた。

 表現に困るのだろう。自分たちも似たようなものなのだ。

「あんたが居れば、またドンパチ音が聞こえても気にはしても気にならねぇ、五月蝿いが眠れるだろうとさ。そう思えるんだ」

 ―――あの時、あの場所、あの戦場で”外人部隊”を己の部隊に迎え入れた男。

「具体的な理由じゃなくてスマねぇ。だが、俺も集落の安全を考えなきゃならんのだ」

 ―――獅子は群れ(プライド)を率いる動物だ。

「軍人さん、お願い。あれから眠れない子も居るの」

 ―――ならば、”蒼い獅子”は庇護を求める者にどうするか。

「了解しました。巡回には、私が向かいましょう。今日は遅いので、滞在を許可願えませんか?」

「おお、すまねぇな。軍人さん」

「いえ、それに軍人さん、というより名を呼んでもらって良いですかね」

「確かに、”客人”に失礼だな…聞かせてもらえんかね?」

「おっと、待遇が良くなりましたね。助かります、私の名は―――」

 がやがや、とにわかに騒がしくなる真夜中の集落。

 後世、メルティエ・イクスが”人誑し”と称される逸話。

 その一つが出来上がった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。
今回長文です。
前編、後編に分けようかと思いましたが分けると微妙な感じになると思って決行。
読みづらい?
感想で読みづらい意見が見られたら短縮頑張ろう。
特になければ据置(継続するとは言わない人間)で。

キキさんの登場に「!?」とされている方が入れば嬉しい。

メルティエは人の気分が落ち込んでた時に偶々現れ背を叩いてやったり、励ましたりする。
「こいつ良いヤツだな」と思ったら危険信号。
誑し込まれてます、大いに危険です。
しかし、人が参ってる精神状態に這い寄ってくる。
そして囲い込む(!)。
健全な精神状態であれば「おう、ありがとな」で終わる事。
それを状況と偶然の産物で追い詰め、その支配領域を増やしていくのだ…!
なんというぐう畜。





いや、冗談ですよ。
人間苦しい時に手を貸されたり、優しくされると甘えちゃいますよね。クフフ
ケンたち外人部隊は強制徴兵された挙句に正規軍からあの対応。
さすがに精神的にくるものがあると思う。
若いけど自分たちを迎え入れる正規軍人、かつ陣頭指揮を執る上官。
心揺さぶるものがあった、という描写をして来たつもり。
足りなかったらごめんなさい、もう少し突っ込んでみます。
鋼の精神だから孤独で問題ない、と言われると謝るしかない上代です。
今回は対象が民間バージョンでお送りしました。
心理描写は次話で出せればと思いますが、冒頭のキキさんで少しは伝えられたかのぅ。


さ、上代は包囲網突破に勤しむぜ(逃亡)


最後に、お気に入り登録・評価・感想ありがとうございます。
気づいたらUA60000・登録800越え、感謝感謝でござる。
続く次話をお待ちくだされ!


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第二十八話:獅子の器と森の少女

 

 

 此処は地球の中東アジア地区、勢力で言えばジオン公国軍勢力圏内。

 ジオン軍に所属、階級は曹長のリオ・スタンウェイは駐留するベースキャンプを散策していた。

 普段は静かに読書をして過ごすのだが、兄と慕うハンス・ロックフィールド曰く。

「そんなんじゃ頭でっかちになるぞ、外でろ、外」

 彼は机に向かって本を開く少年を見るなり、こう告げたのだ。

 まぁ、言わんとしている事は理解できた。

 けれども、酷い言い草だと思う。

 もう少し、言い方というものを覚えて欲しい。

 しかし、部屋に籠りっきりは確かに身体には悪い。

 適度に筋肉を解すのも悪くはない、と改めて少年は眩い日の光の下へその姿を晒していた。

 寝泊まりしている陸上艦艇、ギャロップが牽引するカーゴから出れば、目の前には建造物。

 それは兵舎。

 元々ここは連邦軍の防衛拠点で、リオの部隊は前線基地に利用している。

 恐らくは攻撃による被害だろう。兵舎の壁には亀裂が走り、衝撃で全ての窓が割れていた。

 余程堅牢に作ったのか、中は意外とダメージが無い。電気配線やら水回りにも異常が無い。

 外観を気にしなければ仮住まいの住居としては良い部類。

 しかし、元連邦軍のものであった兵舎を利用するのは危険だ、と部隊主要陣が判断。

 その後ろに陸上艦艇を付け、遮蔽物扱いに留まっている。

 巡回する警備兵や、通り過ぎる人と小さい声で挨拶しながら歩く。

 朝方の新鮮な空気、コロニーでは感じ取れなかった”美味しい”という感覚をリオは好んだ。

「んんっ、はぁっ」

 大きく伸びをして、胸一杯に吸い込めば気分が晴れやかになる。

 地球に来て良かった、と思える数少ない出来事の一つ。

 鼻歌の一つでも口ずさみたくなるが、誰かに見つかれば顔を真っ赤にする自信がある。

 彼は惜しみながら取り止めた。

 朝露に濡れる草木、葉から垂れる雫すら美しい。

 豊かな感受性が、地球に来て開花される心地。

 最初は驚いたが、虫たちの鳴き声も今では余裕を持って聞いていられる。

 当初は何かの機械音、もしくはトラップの類かと騒然としたものだ。

 調べてみれば、手もしくは指より小さい昆虫という生物の鳴き声。

 多くの将兵が脱力感に襲われると同時に。地球の生態系、その多さに戦慄したものだ。

 リオは、ハンスと一緒に地に四肢を投げ出して悪態を吐いた、一人の青年を思い浮かべる。

 彼は「地球に降下してから、こんなんばっかだ! どうしてこうなったっ」等と嘆いていた。

 土に塗れようがどうとでもなれ、と言わんばかりに転がるメルティエ・イクス。

 今は灰色に染まりきったが、当時はまだ灰色のかかった黒髪だった。 

 ”蒼い獅子”の異名を取る、ジオン軍のエースパイロット。

 戦場に立つと凛とした勇姿で人を惹きつけ、一度離れれば子供のような様子も見せる。

 実務でも上官足ろうと威厳を纏い、時折思い出したかのように茶目っ気を出す。

 その二面性が人を引き寄せるのだろうか。

 分からないから、その人を知ろうとついて行くのだろうか。

 気づけば、宇宙から此処へ至るまで。彼の周りには随分と人が増えた。

 不思議な人、と自身が尊敬する上官を想う。

 リオが歩きながら物思いに耽っていると、何かが掠める様な感じがした。

 物理的なものではなく、意識的なもの。

「何だろう、空気がピリッとしている?」

 初めは錯覚かとも思ったが、しばらくしても続くこの感覚にリオは首を傾げた。

 感覚を頼りに視線を彷徨わせ、一角で止める。

 其処にはテーブルを囲む、三人の女性が居た。

 蜂蜜色の髪を背に流す、アンリエッタ・ジーベル。

 薄紫色をツインテールにした、エスメラルダ・カークス。

 ヘアバンドをした紺色の髪の、メイ・カーウィン。

「えっと、どうしよう」

 この組み合わせは普段はよく見る。

 しかし、その時は大抵一人分追加されて、である。

 今はその人物が居ない。

 何か、リオの足がその場所から遠ざかるように、いや実際遠のこうと後ろに足が下がった。

 様子を眺めようにも、巻き込まれそうで怖い。

 絵面だけ見れば、三人の魅力的な女性が会しているだけ。

 彼女たちの表情も、剣呑なものではない。

 だが、近づかない方が賢明、とリオは察知している。

 何というか、触れたくはない。

 ささっと、手短な建物の裏に潜む。意図的ではない、条件反射という奴だ。

「ボク、なんで隠れてるんだろ」

 正面から声を掛ければ、いやいや、何か怖い。

(様子だけ、見てみよう。問題なければ、挨拶だけして離れよう)

 彼は思案の末、この場から窺う事にした。

 幸いにも、ここにも彼女たちの話し声は十分に届いた。 

「―――だから、メルティエはちゃんと見てあげないとダメなんだと思うの」

 はて、メイは彼のことを隊長さん、と呼んでいた筈だが。

 何時の間にやら、呼び方を変えている。

「まぁ、メルは無茶をよくするからね。気持ちは判るよ」

 手元に紅茶を寄せ、苦笑するのはアンリエッタ。

「その件には同意。彼は出来る事は無理をしてでも完遂させる節がある」

 こくり、と頷くエスメラルダ。彼女の動きに合わせて二つに括った髪が揺れる。

「しかし、メイ・カーウィンが彼を擁護する理由としては弱い」

「えっ、なんで」

「あのね、メイちゃん。メルが出撃した後、ハッチ閉じるの忘れて見送ってたでしょ?」

「えっ、えっ!? あれは、そのぉ」

 慌てる声。少女特有の高い声音が、澄んだ空気に良く響いた。

 蒼いモビルスーツが出撃した後、リオはダグラス・ローデン、サイ・ツヴェルクの二人と通路で擦れ違った事を思い出した。

 ある一点を見つめて豪快に笑うダグラスと、頭を抱えるサイの対比は忘れられない。

「わしが預かる娘にまで粉掛けおったか。まぁ、責任を取るのなら構わんがな!」

「大佐殿。私は中佐が女性関係で振り回される未来まで、予測つきましたよ」

「なぁに、こういう手合いはな。外から眺めるから楽しいのよ。君もいずれ分かるさ」

「いやいや、止めましょうよ。御令嬢でしょう?」

「何を言う。既に名家の娘との噂が何度上がってると思っているのだ」

「…そうでしたね、今更ですか」

 以上の会話を移動しながら彼らが見守る少女の姿。

 そして、今話題にしている内容でリオは、なるほど、と合点が付いた。

「うん。メイちゃんがまるで、恋人を見送る乙女のようだ、って」

「船旅に出る船員、それを港で待つ女。ここまで想像が膨らんだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしはそういうんじゃ」

「不眠不休で機体組み上げた理由を聞いても?」

「あれは、その、迷惑かけたお詫びというか、ごめんなさいの気持ちでぇ」

「それはロイド大尉も問題あったし、技術班のみんなもそうだよね」

「あの運用試験、ゴーサインを出した輩は今でも私刑を辞さない(ギルティ)

 その場から離れ、視界に入らないリオの背筋に、ゾワッと()()ものがあった。

「ひ、ひぃ!?」

「エダ、エダ。メイちゃん怖がってるっ。赤かった顔が一瞬で青くなってるから!」

「む。少し高ぶり過ぎた。反省」

 ”外見で騙されてはいけない人物”、とメルティエがリオに教えた女性。

 外見美少女、中身は虎、半眼状態が怒りのサイン、目を合わせるな、すぐ逃げろ。

 聞いた時は大袈裟だなぁ、と話半分で受け取っていた。

 しかしなるほど、これは怖い。

 目の前に居たら、逃げたくもなる。

 とはいえ、メルティエはあの状態の彼女を、度々宥めてはいなかっただろうか。

「うーん。じゃあ、あの頑張りはさ。メルに謝りたかった気持ちを表現したものって事?」

「そ、その通りだよ! 機体を回収した時には気絶してたし、怪我もさせちゃったし」

「謝罪の意味も兼ねて。一人で再設計、組み上げた。そういう事?」

「…うん。わたしに出来る事って、それくらいだし」

「いやいや、すごい事だよ。やり過ぎな意味で」

「ふぇ!?」 

「愛が重くて正直引くレベル」

「ふぁっ!? それに愛とか言うのやめてよっ」

 愛は重いもの。

 リオは、なるほどなーと頷いた。

「全面否定。つまり、謝罪だけで思慕の情は無い、と」

「…え、とぉ。は、はい?」

「ダウトォォオオオッ!」

「ひゃあ!?」

 何か、バンッと机を叩く音と「貴様、嘘をついているな!?」と言わんばかりの思惟を感じた。

「ねぇ、メイちゃん。素直になろうよ。嘘は良くないかな。かなぁ?」

「こ、こっちもなんか怖くなってきたぁっ!」

「アンリ、アンリ。髪と逆光で危険な感じ。主に斬りかかってきそうな印象」

「―――おっと、いけない。スイッチが入っちゃうところだったよ」

「もうやだぁ、メルティエ助けてー!」

「被告人が逃亡。速やかに確保、再審する」

「ふふっ、”被害者の会”仲間入りにサインしてもらうよ、メイちゃん!」

 ダダッと走り去っていく足音。

 どうやら、嵐は去ったらしい。

 リオは知らず、息を吐いた。

「―――加えて重要参考人、及び容疑者の確保」

「え?」

 言葉が流れた方向。

 其処には、

「キャリフォルニア・ベースの一件。怪しいと見る」

「なるほど。男の娘、そういう()()もあるんだね」

 エスメラルダと、彼女の脇に抱えられてぐったりとしているメイ。

 にこにこ微笑んでいるのに、落ち着かなくなる雰囲気を内包したアンリエッタ。

 そうだ。目前の彼女こそ、メルティエが何かと頭が上がらない存在。

 公私共に居る事が多く、あれは絶対デキてると噂される女性。

 どっちが先に、と論じられれば四対六で捕食されたと言うだろう。

 ナニをかは、事実無根であるためコメントを控えさせて頂く。

「ま、待ってください。ボクは何も」

「大丈夫大丈夫。話を聞くだけ、だから」

 がしっ、と掴まれた肩。

 振り払う事は可能であろう、彼女の細腕。

 しかし、振り払ったが最後。何処までも追い込んできそうな、意志力を感じさせる双眸。

 その圧力に負け、リオは白旗を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東南アジアの緑豊かな土地、その名も無い集落。

 バレスト・ロジータ族長に請われて、ジオン公国軍のメルティエ・イクス中佐は此処へ巡回士の真似事をしている。無論、モビルスーツにも搭乗していた。

 再設計された愛機のYMS-07M、グフ専用機の調子を見るにはある意味、適した場所でもある。

 これも試験運用の一環と割り切れば、さして苦労は覚えないし、密林地帯へと進むと流石に中々の難易度だが、其処はエースパイロットの腕の見せ所でもあった。

 集落へのルートは獣道、それだけである。

 平地の部分を探しては、ゆっくりとグフの足を置く。踏み締め、強度を計ってから重心を移動。

 この繰り返しである。グフの歩幅といえど、単純な距離では到着時間を測れない。

 そして、その道へと通行することを阻むように入り組んだ土地の守りに、毎回手古摺らされる。

「これは、新兵にやらせたら、大惨事、確定だよ、なぁ」

 コクピット内で操縦桿を握るメルティエのこの発言、実は通る度に漏らしている。

 生い茂る植物、魚介類は集落の民にとっての食料だ。

 下手にモビルスーツの足を踏み入れ草木をへし折る、川の魚の住処を荒らせば、其処で日々をまかなってた人は困るし、幾度も顔を合わせては、郷土料理と言うのだろうか、それを振舞われた事があるのでメルティエの神経はたかが移動といえど、鋭敏だ。

 集落の民、彼らは宇宙移民者(スペースノイド)の青年からしてみれば不便な生活を日々送っている。

 それでも彼らは離れないし、その不便や苦労も一緒くたにして謳歌しているように思える。

 郷土愛、というものだろうか。今だに虫や熱気、湿気に馴染めないメルティエには理解できてはいない。

 元は同じ地球の、人類である筈なのに。

 生まれの違い、文化の違いはやはり、越えられない壁のようなものなのか。

「―――うおっ!?」

 ぐん、と引っ張られる感じに、彼はすぐさま反応した。

 右手の操縦桿を静かに戻し、サイドボードにあるパネルを操作。

 何パターンもある機体制御の内、最も状況に適合したものをOS(オペレーティングシステム)が読み取り、メイン、サブCOM(コンピュータ)が自動的に機体制御を行う。

 モノアイで下部を確認すると、成程。随分水気のある土が映っている。

 つまり、グフの右足が滑ったのだ。重心を左足に戻して、右足の位置を直す。

「随分と柔い地面なんだな。前来たときと比べても、やっぱり、程度が違う」

 メインコンソールを叩き、前日の地形情報を表示。

 その日はまだ、グフが上に来ても崩れたりはしていない。

「あ、そうか。雨だ。夜に雨が降っていたんだ」

 夜間帯に降雨した為、他の土とは違う質のものが柔らかく、粘り気のあるものに変化した。

 まだ確認の抜けがちな、天気情報。

 これも地球にやって来てから、知り得たもの。

 地球降下前に、事前に教習で風土を学んだものだが、やはり体験しないと分からないものだ。

 メルティエの物覚えが悪い、その可能性も否定はできない。

 アンリエッタやエスメラルダ、リオは完全に覚えていたのが証拠である。

 意外にも、ハンスはこれに熱心だった。

 何でも風速や気温の質で狙った所が外れたり、失速が掛かり射程距離に制限がかかるらしい。

 狙撃手からみて無視できない事だ、と自称学がない男は言っていた。

「位置関係からして、もう少しだな」

 何時の間にやら汗が額から流れ、顎に伝わっている。

 やはり、何度来ても疲れるものは疲れるのだ。

「さて、昼頃までには辿り着けるかな」

 汗を拭い、操縦桿を再び握ると、一人だけの行軍を開始した。

 それから悪戦苦闘すること、一時間。

 出発が午前七時だったが、辿り着いたのは午後一時。

 六時間掛けての移動である。

 哨戒任務も兼ねているので、巡回ルートにはレーザー通信設備と感知式センサーをポイント毎に分けて設置している。

 その確認作業も任務内容に入っている、密林の中での降機は面倒の上に害虫の危険もあったが、そこはノーマルスーツで対応した。おかげで、彼の体は蒸れている。

「シャワーでいい。いや、むしろ水風呂がいいかもしれん」

 ズゥン、と集落に立ち寄る前にグフを停止。

 膝を着かせ、降機の姿勢を取らせた。泥が跳ねて装甲板に付着したが、メイには許してもらおうと茹だった頭で考える。

 彼の頭には、目の前で太陽光を水面で反射させる水場しかない。

「よ、っとぉ」

 コクピットから出る前に音声とパスワードの二重認証ロックを掛けた。

 最低限のパイロット心得、という奴だ。

 メルティエはハッチに足を掛けて、手前に置いたグフの左手を足場に膝頭へ移り、地面に着地。

 ノーマルスーツを脱ぎ捨て、下着だけ身に付けたまま、水場に頭からダイブした。

「―――?」

 水面に叩きつけられた体中に衝撃が走るが、モビルスーツの高速機動に比べたらかわいいものだ。

 むしろ、心地良いくらいに感じる。

 そのまま、動く事を放棄して水の中をぷかり、ぷかりと漂う。

 宇宙(そら)の、懐かしい浮遊感に似た感覚が懐かしく思える。

 無重力感。

 瞼を閉じれば養父ランバ・ラル、養母クラウレ・ハモンの姿が思い出され、親しんだ人がそれに続いた。

(―――帰りてぇ、帰りてぇよ。みんな)

 無意識に脳裏を過ぎた心の声に、はっとする。

 これが、郷愁、という奴なのか。

 それともホームシックという類なのか。

 疲労が蓄積した精神状態に、故郷の品物や思い出の品が目に付くと襲われると聞いた事がある。

 だから、ラルたちから送られたコート、懐かしいと連想させるものは故郷のサイド3の酒場、「エデン」に置いてきた。

 唯一持ってきたのは、ラルから餞別に送られたリボルバー式の拳銃、それだけ。

 それも普段は気にしないように、ノーマルスーツのポーチに納めたままにしている。

 まさか、水の中の浮遊感で、こうまで()()()()()()とは思わなかった。

(もう少しだけ、もう少しだけだ。そうしたら、元に戻ろう)

 幸いにも、肺活量には自信がある。

 だから、今少しだけ。

 故郷の感覚に、陥れさせてはくれないか。

(俺は、ここまで弱かったのか)

 軟弱な男になったものだ、と自嘲する。

 部下を率いる中佐殿が、まったくの形無し。

 愛想尽かされる前に、何時もの自分に戻らなくては。

 しかし、戻るとは。

 まるで演じているようではないか。

 自分は自分だ。何者にも模倣はしていない。

 いや、本当にそうだろうか。

 疲れている思考は、後ろ向き的な考え方で一杯だ。

 他のことに意識を向けよう。

 ああ、そう言えば。

「―――っ!」

 水場に突入する前に、何か声がしなかっただろうか。

「――ティエっ!」

 そう、こんな感じの。

「メルティエってば!」

 キキ・ロジータ()()()()の声。

(―――いや、これ本人だろっ)

 如何、意外と長い事水中に居たらしい。

 気づくと息苦しい、どっどっどっと脈打ちの音すら聞こえてくるようだ。

「ぷはぁっ!」

 ざばぁ、と水音と共に出る。

 浮遊感は消失し、水が下に戻ろうよと引っ張っていく感覚だけが残る。

 それはまるで、過去に浸って朽ちていけと、囁かれているようで不快に思えた。

 幸い、足は着く。

 目は反射する光と、濡れた視界でよく映らない。

 とりあえず、寄り掛かれるものが目の前にあるらしい。

「はぁ、潜水してたのか、俺」

「―――っ!?」

 今、何か、胸の辺りから声が上がらなかったか。

(それに、妙に柔らかいな、これ)

 寄り掛かった状態で、そのものに手を這わせた。

「ひゃあ!?」

 瞬きの後、ようやっと視界が回復する。

 自分の目の前には橙色の髪。

 視線を下に向ければ、大きく開いた、しかし濡れた円らな瞳。小さな鼻、震える唇。

 陽の光を浴びた肢体は張りがあり、主張するところはしっかりと出ている。

 細身ながら抱き心地がいいのは、密林で鍛えた身体だからだろうか。

 そして、自分が置いた手の先。

「おぅ。神よ、助け給え(ジーザス)

 少女の臀部、その小さなお尻を覆うように添えられていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、本当に申し訳ない」

「………」

 グフのコクピットに上がり、モビルスーツを起動させた後。

 衣類を身に付けたキキをパイロットシートの裏に乗せ、集落へと機体を向ける。

 あの後、彼女が悲鳴を上げて腕を振り上げた。

 そのまま頬を叩かれる筈が、養父仕込みの反射神経がそれを受け止めてしまったのだ。

 少女にしては中々の威力。しかしエスメラルダには到底及ばないと分析までした。

 ただし、足元は疎かになった模様。

 勢いを付けて張った少女と、その力を受け止めた青年は水面に水しぶきを上げて落ちた。

 暴れるキキを抱き留めたまま水場から上がり、整備兵長から教わった”土下座”なるものを敢行。

 屈辱的なポーズだが、激昂した相手を鎮めたり、謝意を示す(わざ)と信じての行為。

 果たして、その意味は伝わったのか。

 数回頭部を足踏みにするだけで、彼女は慌てて衣類を取り走った。

 足踏みはさほど痛くなく、それが終えてから許してもらえただろうか、と一瞬だけ彼女の後ろ姿を視界に収めたメルティエである。

 なお、網膜に焼き付けたかどうかは、秘匿とする。

「すまなかった。この詫びはいずれさせてもらう。だから機嫌を直してはくれないか」

「………」

 ノーマルスーツは後部パックに収め、蒼い軍服に着替えたメルティエは肩越しにキキの様子を窺う。

「…詫びって、何でもしてくれるわけ?」

 まだ頬に赤みが残る、可愛らしい彼女は唇を尖らせながら、そう言った。

「出来る範囲でならな。さすがに無理なものは取り下げてくれ」

 ズゥン、ズゥンとグフを移動させながら、何とか彼女の機嫌を直せそうだと息を吐いた。

「そっかぁ…ふふ、出来る範囲なら良いんだね」

「ああ。その前に要相談、と入るがね」

「えーっ、そういうの、ズルくない?」

「言わないとえらい目に遭うんだよ…体験談だ、間違いない」

「え? 何それ。気になるよっ」 

「世の中にはな、黙秘権って便利なものがあるんだよ、お嬢さん」

「もくひけん? なぁに、それ」

「なん、だと…」

 頭の上に「?」を幻視させるキキに、軽くカルチャーショックを受けるメルティエ。

「まぁ、いいか。昔の女なんでしょ、そういうのって」

「さてはて。小生には解りかねる」

「ワケ分からないこと言って、誤、魔、化、す、なぁっ!」

「おいィ!? モビルスーツの操縦中に揺さぶるな、こらっ」

 パイロットシートを揺さぶり、不満を現わにするキキ。

「まぁーたく、そういうじゃれ合うのは子供たちとやればいいのに、あの子ら嬉しがるぞ」

 青年が息を吐きながら言ってやると、ピタリと少女は動きを停めた。

「…じゃあ、あたしは誰に構ってもらえばいいのさ」

 呟きは正しく耳には届かなかった。

 が、メルティエは何か、後ろから淀のようなものが肩に這う感じに驚いた。

(何だ、この感覚は。暗い、冷たい、寂しい―――触れたい?)

 それは水場で懐かしい人々を思い出し、彼らと会いたい、話したい、触れ合いたいと願った感情に似ていた。メルティエはあの時の感情が漏れていたのか、とすら不安を抱いたが、呼吸を置いてこの淀のようなものを身に引き入れた。

(何かを求めているのか、この胸を締め付ける感覚は。何を、如何にして俺に求めている?)

 捉えられない。不可解な現象を理解する事は無理なのか。

 朧ろ気に知覚できたものは、この淀のようなものは何かを満たされたがっているという事。

「…わかった」

「…何がさ」

 不貞腐れたような声。実際、表情もそれに似たものになっているのだろう。

 感情豊かなこの女の子の事だ。そうに違いない。

「何でもいいさ。話をしたい時には声掛けろ、したい事が出来たら頼みに来い」

「…メルティエ?」

 シート越しに見つめてやれば、ぱちくりと瞬きをする少女の顔。

「俺に直通できる秘匿コードを教える。集落に居なくても、話せるようにな」

「え、いいの?」

 いいや、大いに不味い。

 中佐クラスの秘匿コード。軍機ものである。

 手軽な電話代わりに使えるようなものではないし、使ったら問題だろう。

 ただし、誰にも盗聴されない。

 そして軍の記録にも残らない。

 本当は、これも違反だ。

 しかし、ダグラス・ローデン大佐は問題発生時の連絡網として、これを容認していた。

 まさか、少女との会話のために使われる日が来ようとは、ダグラスも思いもしなかっただろう。

「水場の近くに、俺が設置したレーザー通信設備があるだろう」

「うん、あの大きな機械?」

「そうだ。あの中には通信機が入っている。本来は緊急時のものだが、電力供給可なら問題ない」

「んーと、使っても良いってこと?」

「ああ、ただ、頻繁に使うと怒られるから。ほどほどにな」

「…っはぁ」

 息を吐く音と、彼女の匂いがメルティエに向けられる。

「ありがと、メルティエ!」

「どわあっ、だから、操縦中はやめろというに!」

 タックルしたのではないか、と思うような衝撃と。

 肩の上から、そして胸の前で組まれた少女の細い手。

 その左肩に、少女の顎が乗り、笑っているのか、小さな振動が伝わった。

「ごめんごめん、あははっ」

 彼女の思わず笑みを浮かべそうな明るい声を聞いて、ふと気付いた。

 後ろから伝わる淀は消えたが、それとは違うものが、メルティエに感じ取れる。

 それは決して悪いものではなく。

 むしろ、見えない疲労を払拭する風のように、男を包むものだった。

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

今回考えたものが、
地球という新しい環境に身を置き、変質する男と年頃の少女の描写。
人間関係を匍匐前進でも進めないと読者さんヤキモキするかも、というもの。

クスリ、と思えるものが幾つかあったら、作者は嬉しい限り。
キキさんを心配していられる方は、今度は違う心配をするかもしれません(;´Д`A

しかし、きっと「こういう作風なら致し方ない」と涙を飲んで堪えてくれる筈。
だがおかしい、BGMにガンダム戦記 Lost War Chroniclesを聞きながら執筆したんだ。

どうしてこうなったんだ(震え声)

あ、あと一つお報せが。
第三十話に突入したら、アンケート取りますお。
小話、つまり本作品の外伝のみたいなものを。
ひとつは以前から要望あったものを考えてますので、あと一つ、二つかしら。

時期が来たらまた連絡しますので。
その時はよろしくお願いします<(_ _)>

では、次話をお待ちくだされ!


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第二十九話:思い出の彼と今のザマ

 

 

 

「そうか。やはり、彼は地上部隊駐留なのだな」

 室内に響く声で目覚めたララァ・スンは、その主を探す。 

 間を置かず、その姿を見つけることができた。

 ベッドから然程離れていない、窓際に立つ青年。

 無駄な肉が無い、絞り込まれた体躯。

 長身の部類に入るだろう、彼は前に会った時よりも背が伸びていたのだから。

 すらりと伸びた手足と合わさり、彼の容姿を目に映してしまうと、雑誌の掲載されたどのモデルも一つ、二つほどランクが下に見えてしまう。

 絶世の美人とは、彼のために在る言葉なのだと。そうララァは思えてしまう。

 彼女の目覚めを察している筈なのに、青年は今だ背を向けて立っていた。

 ぼぅ、と見つめていると、昨夜はその逞しい背に腕を回し、抱かれていた事を思い出す。

 そして、その時読み取った彼の思いも。

 ララァは生来人の思考、考えを読み取る力が優れていた。

 その為、男女の営みを続けている間も思考を汲んでしまう。

 無論、彼女はその手の経験が圧倒的に不足していた故、行為に高揚し快感に流されながらでは、流石の彼女も彼の深層意識まで入る事は出来なかった。

 人を知ろうとしてしまう性癖にも似たこれは、言葉で交わすよりもその人となりを手早く、嘘を混ぜずに彼女に教えてくれる。

 誰も彼も思考を読み取ろう、という事はない。

 あくまでも、ララァ・スンという少女が好奇心を刺激された人間にのみ行う。

 一つの甘えの形なのだが、これを理解し、能力を愛してくれたのは今までの人生で彼だけだ。

 戦争以前から貧しい暮らしの中で、家族を除いては迫害や化物の視線で虐げられた彼女が己を認めてくれた青年を求め、身も心も捧げようとするまでにさして時間はかからなかった。

 彼女は彼を愛し、彼は彼女の中の何かを求め、それを愛した。

 今は離れて暮らしてはいるが、時折彼女の元へ帰って来ては今回のように肌を重ねている。

 彼は通話していた携帯端末を下ろし、こちらを見る少女に視線を向けた。

「ララァ、起こしてしまったか」

「いいえ、中佐。そろそろ起きようと思っていましたから」

 青年の名は、シャア・アズナブルという。

 ジオン公国軍に所属し”赤い彗星”の異名を取る軍人。

 彼は、”赤い彗星”の特徴の一つであるマスクを外しており、その素顔を晒していた。

 傷一つ無い端整な容貌は、彼女が抱いた感想のそれ。

 世の女性たちは、彼が歩いていれば視線を釘付けにされるに違いない。

「…ん」

 ララァはシーツで褐色の肌と、行為の名残を彼の視線から阻んだ。

 胸元まで上げられたシーツは彼女の瑞々しい肢体を覆う事には成功した。

 しかし、その造形の浮き彫りを隠す事はできなかった。

 シャアは扇情的な光景に目を細め、口元に笑みを浮かべた。

「すまなかった、シャワーを浴びてくるといい」

 少女の首まで広がった紅みに、羞恥心を理解したシャアは再び背を向けた。

 彼女の足音がシャワールームへ入り、水音が届いてからベッドに移る。

 ララァとの触れ合いで人の温かみに馴れ始めた彼は、彼女の残り香が漂うベッド、そのサイドテーブルに置いた首飾り―――ロケットを手に取り、その中に隠した写真を眺めた。

「ままならんものだ」

 其処には金髪碧眼の少女、その左右に小さい頃の自分と、僅かに灰色がかかった黒髪の少年が並んで写っていた。

 微笑む少女、穏やかに笑う自分、そして照れたようにはにかむ少年。

「今の私を見たら、怒るか。怒るだろうな、アルテイシア」

 パチン、と軽い音を起てて、ロケットは閉じられた。

「旧友を欺いているのだ。怒るだろうよ」

 ふっ、と自嘲する青年は、

「お前はどうだ、メルティエ。あの頃のように、泣いてくれるか」

 遠く離れた地球に思いを馳せ、それから自分がする事を頭の中で整理し、ロケットを赤い軍服のポーチに押し込んだ。そうしなければ感傷に耽ると思ったからだ。

「…困った時には助けに行く、か」

 ただ、十年前の飛行場で別れた時の少年の顔。

 それが鮮明に思い出されるのが、嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドドドドドッ、ブゥン、ゴスッ、グシャッと大気を震わす音が断続して響く。

 ウー、ウーと喧しいサイレンの音が、不意に止まった。

 ズゥン、プシューと足音、排気音がそれに続き、気温差により生じた霧が次第に晴れてゆく。

 剥がれたコンクリート、その上を踏み締める全長一九メートルを超す巨人。

 ジオン公国軍の切り札にして主力兵器、モビルスーツ。

 その蒼いモビルスーツの足元には、砲撃タイプの鹵獲ザクが上半身を蜂の巣にされて倒れており、周囲を見れば頭部を失い崩れ落ちたもの、コクピット部を重量物で強打され、破砕した機体等が転がっていた。

 轟々と燃え広がる連邦軍駐屯地。

 蒼い巨人は敵戦力が完全に沈黙したのを確認し、静かに佇んでいる。

 特徴的な長物のブレードアンテナ、頭部は兜を被ったような形状で通常のものと比べて肥大化を遂げている。モノアイスリットには支柱がなく、レールに沿って動くモノアイは滑らかに動く。

 両肩には大きく張り出した防御シールド、その下からはブースターが二基ずつ覗き、右腕には一二〇ミリマシンガン、左腕にはスペアの装甲材を流用した専用シールドが握られていた。

 複合装甲が目立つ胴体部の胸に、盾を背に咆哮する蒼い獅子のエンブレムが存在感を放つ。

 腰部の側面にドラムマガジンが装着、背部には左右対の剣を模した発生器、ヒートサーベルが固定され、股関節の下にはサブバーニアが見受けられる。

 脚部側面は増設されたサブバーニアが備わる。装甲版で覆っていないが、これは空冷式を採用しているためではある。被弾すれば使用不可能になるだろうが、新たに図面を引くよりも増設するのが容易い。そして、いざとなれば脱着も可能なので、この状態となっていた。

 YMS-07M、先行試作型グフ専用機。

 グフM型と称された本機は、既にグフというモビルスーツの姿から逸脱した機体である。

 頭部化は各部に増設、埋設したバーニア群のコントロールが従来のグフではシステムに多大な負荷が掛かり、強制停止(オーバーヒート)する事態が発生。システム強化と、ブレードアンテナを活かした長距離通信装置がその肥大化の理由だ。

 ベースとなったグフに比べて使用する各部の供給エネルギー不足を補う為に胴体部の複合装甲、その下に既設のものに加えて補助ジェネレーターを搭載。腹部のコクピットフレームを衝撃吸収材で覆い、機体がパイロットにもたらす衝撃、重力加速度の緩和を図られている。

 両肩部は急旋回、補助推進の役割を担うブースターを二基の計四基となり、その推進部を守る為に防御シールドが張られ、あえてシールドとブースターの間に空間を残すことで直接ブースターにダメージを及ばさない工夫がなされた。

 脚部のサブバーニアはMS-06G、陸戦高機動型ザクII由来のものだが、格闘戦に主眼を置いた為に足の爪先や踵、足首周りを補強。蹴打や悪辣な地面に着地しても脚部を損なう事なく行動が出来るように手が加えられた。

 これらは全て、YMS-07とMS-06Gの有り合わせ、その他資材で再設計された機体である。

 設計者であるメイ・カーウィンが折角なので、とジオニック社へこのモビルスーツの登録申請手続きを行ったところ「情報公開を求める」と通達を受けた。

 後日新たな型番を送られると共に、本社では本機を基に改良版、もしくは性能を落としての普及版モビルスーツを発表するだろう。

 とある人物曰く、やり過ぎた見本。

 とある人物曰く、愛の成せる(わざ)

 本機は突撃機動軍特務遊撃大隊の所属機とされ、搭乗者は”蒼い獅子”メルティエ・イクス中佐。

 強化装甲、高機動力、運動性を実現させたこのグフの進化は、新型機開発に行き詰った開発陣に大きな刺激を与えたとされている。

 パイロットのメルティエが毎日密林地帯を行軍し、微細な機体調整を行った結果が今回の戦闘で反映され、特に近距離戦、格闘戦では敵が対応する前に先手を取り続けた。

 物陰から弾幕を隠れ蓑に忍び寄り、横身や背後を視認するや強襲。

 相手からすれば奇襲。周囲に響き渡るようにマシンガンで敢えて攻撃、容赦無い弾丸の牙に晒されたモビルスーツが崩れる間に、腰のヒートサーベルを逆手で握り、振り向いた新たな犠牲者の首を刎ね、棒立ちにさせるとその”遮蔽物”を最後の一機に蹴り飛ばす。ぶつかり、抱きとめる形になったモビルスーツが胴体部を晒した瞬間、最大高速機動(フルブースト)

 強力な重力加速度を伴い、機体に掛かった加速と自重をブレンドした踵落とし。これが人間で言う胸骨板に相当する部位を粉砕、削り取るように装甲をへしゃげ、中のコクピットに筆舌し難い衝撃を叩き込んだ。

 残るのは完全に無力化された三機の連邦軍モビルスーツ、それを成し得た一機のジオン軍の蒼いモビルスーツが立つのみ。

「敵戦力無力化に成功した。残る機影は見受けられないが、どうだ。ユウキ伍長」

 背の高い建築物の裏で、機体に自己診断プログラムを起動させたメルティエはオペレーターに声を掛ける。

 長物のブレードアンテナが性能を発揮しているのか、ミノフスキー粒子がさほどでもないのかは判断がつかないが、実際に戦闘区域から三〇キロメートル離れた戦闘支援浮上車両(ホバートラック)と通信できうるのだ。

 贅沢な装備だと、彼は苦笑した。

『こちらユウキ。音響探知(ソナー)熱源探知(ヒートシーカー)にも反応ありません…あの、隊長』

「ん。どうした?」

 ピ、ピと前面モニターに表示される診断結果を視線で追い、確かめるように機体を動かす。

 足運び、重心移動、着地後の姿勢。

 診断結果も、パイロットの感覚でも機体に問題は見受けられない。

 戦闘継続に支障はない、ということ。

『無理を、なされていませんか』

「無理無茶が専売特許…ああ、待て。そう睨むな、その問いには再びどうした、と聞くが」

『…血が』

「む? ああ、すまない。そういう事か」

 メルティエは口元に手をやり、濡れた指先を見た。

 どうやら自覚症状が無いまま、身体に負担をかける機動をさせていたらしい。

 内臓を痛めたのか、血が付着していた。

 確かに口の中に粘つき、喉にも張り付くような感じがある。

 つまり、人体を脅かす機体性能をこのモビルスーツは有しているという事。

 メイ・カーウィンは持ちうる技術力と、手元にある最高のもので処置をしてくれた。

 それでもやはり、パイロットに掛かるダメージは存在する。

 本来ならば、人類には対応する事はない速度に身を置き続けているのだ、こうもなろう。

 そして、今回に限って言えば戦闘状態で、機体のスペックを最大限活かす行動を採るとどうなるのかを確認するため、敢えて無茶を冒したのだ。メルティエのこのザマは、自業自得であり彼女が気にする事ではない。

 しかし、教えてくれた事に感謝している。

 他の男もそうだろうが、帰還する度に女に心配げに見つめられると中々に()()ものがある。

 負傷して帰るなどをしてみれば、泣きそうな顔をされるだろう。

 いや、あれは泣く、もしくは気に病む公算が高い。

 生来の活発な性格が目立つが、メイは責任感と誠実に溢れた女性だ。

 外見(そとみ)を気にする年頃の少女が、目に隈をこしらえてまで用意してくれた贈り物。

 それが再び、男に害をもたらしていたと知り得れば、どうなるか。

 必要に迫られる前に性能を確認したのだが、その理由は通じるだろうか。

 整備主任、設計者のメイ・カーウィンにならば通じるだろう。

 しかし、青年の体を気遣う優しい女の子のメイ・カーウィンならば、どうか。

(…自重しよう。怒られるのは慣れもするが、女の涙は無理だ。耐性なんぞ無い)

 彼女の献身の行動は、メルティエという懲りない男に、強力な自制を促した。

 他にも気に掛け、時に彼の無茶を容認、時には叱る有り難い人も居る。

 其処に、メルティエの甘えがあるのは確かだ。

 苦笑しながら「しょうがないね」と言う人に加えて。

 じっと見ながら揺れる瞳が足されたら、どうか。

 過酷な戦闘を耐え抜くメルティエも、こればかりは耐えられそうになかった。

(ガラハウ少佐も、他人に甘えろ、と言っていたし。そこも考えないとな)

 当時は先の事なぞわからん、とばかりに突き進む、目の前を走る事しか頭になかった。

 そんな時期に自身を気遣う事を諭し、我儘な願望を抱く契機になった女性。

 自らにも抱えるものがあるだろうに、見ちゃいられないと世話をしてくれたのだ。

 あれ以降は上官と部下の関係だが、何事かあれば力になろうと思う。

(難しいもんだ。生き残る事すら難しいのに、人間てやつは…ふむ) 

 しかし、ユウキの視点から考えたら気の毒なことをした。

 コールされてウィンドウを開いたら、口から血を流す男が表示されたわけだ。

 外見では判断がつかないが、驚いただろうか。

「被弾を受けると、機体が硬直する危険がある。あのときは一気に仕掛けるべき局面だった。僚機が居れば、また違う展開が望めたのは確かではある」

『…了解です。すいません、弁えない言を申しました』

「いや、気に掛けてくれたのだろう。悪い気はしない。本区域は後続の方面軍部隊に処理を任せ、友軍と合流する、最寄りの隊はどこかな?」

『はい。ジーベル隊、ビーダーシュタット隊が戦闘終了し、艦隊護衛に就いています。離れた場所ではガラハウ隊が戦闘を継続中です』

 前面モニターに送信された戦場の位置関係が表示される。

 マップ中心に彼ら特務遊撃大隊が保有するギャロップ級陸上艦艇が四隻。

 其処に六つの反応が左右に展開、これが護衛に就いたモビルスーツを示している。

「ギャロップ四隻からの一斉射撃は?」

 移動基地としても運用可能なこの陸戦艇は、支援火力に優れた艦艇である。

 艦体前方に有る航行ブリッジの両側に連装大型機関砲が各一基ずつ、後部に主砲、大型連装砲塔が一門。主砲は実体弾式だが、直撃すればモビルスーツですら耐え切れない威力を誇る。

 ただし、仰角を掛けての曲射以外は監視塔やエンジンポッドの位置の都合により、左右三十度ほどに制限される。

 しかし、後方援護としては十分なものだ。

 今回は方面軍の航空隊が索敵、視認した情報をダグラス・ローデン大佐が指揮を執るギャロップ三番艦の戦闘ブリッジに送信。受信した情報を元に艦隊による間接照準射撃を仕掛ける手筈だ。

『射線が通らない事で一時取り止め、現在移動中とのことです。その陣地確保の為に補給を終えたガラハウ隊が先行偵察、接敵となりました』

 相手も長距離からの攻撃を警戒、山等を遮蔽物にして隠れていると言う事だろう。

 その為、伏兵や遊撃隊を危惧したシーマ・ガラハウ少佐が隊を率いて進軍。

 彼女の勘は当たり、現在敵部隊と交戦に入ったというところか。

「なるほど、了解した。ユウキは艦隊に帰還しろ。それと直衛に就いているハンスに伝えてくれ」

『何と伝えましょうか』

「打って出る。例のモノに火を入れろ、と」 

 同胞が戦っている時に、本隊合流などしてはいられない。

 ”蒼い獅子”は、獰猛の上に仲間想い。

 彼の上司、キシリア・ザビ少将が評価し許されたこの異名は、伊達ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林、特に熱帯地域での戦闘は厄介なものだと、シーマ・ガラハウ少佐は舌打ちした。

 砂漠地帯を経験した者から比べれば、まだマシだと思うだろう。

 しかし、彼女はその地域で戦闘行動を採る、ないし執った事はない。

 宇宙では漂流物や、四方八方からの流れ弾に注意しなければならない。

 地上という環境は場所を変えれば注意点がガラリと変わるもの。

 高度差、建造物の有無、気温変化は宇宙でも経験がある。

 だが地形情報、特に地形の強度というやつはモビルスーツパイロットを一層気難しくさせる。

 歪んだ地形や凹凸はモビルスーツの足首、関節部に負担を掛け、両脚の高低差が酷い場合は転倒する事がある。

 そればかりか泥のような脆弱な場所では踏み込んだ分、機体が抜けなくなる可能性が出るのだ。建造物ならばデータがある以上、耐久度チェック等はやろうと思えばできる。

 しかし、一歩踏み込んだら沼地など、視認しづらい密林等では防ぐのは容易ではない。

 熱帯地域も、搭乗者と機体に負担を掛ける意味ならば似たようなものだ。

 機体が駆動する度に生まれる熱とは別に、外気温が拍車を掛け、太陽熱が更に増幅させる。

 隊長機以外も陸戦仕様のモビルスーツと言えど、パイロットは地上経験のない人間。

 出力上昇率(エネルギーゲイン)を安定域に収め、機体内に溜まる熱とスラスターによる負荷で大きく乱れないように何時もよりモビルスーツの操縦に神経を使う。

 砂塵に塗れたが、風も吹きここと比べて気温も低い荒野演習の時に掴んだ癖が、ここで仇となる結果になった。

 そも高速機動を頻繁に行えない状況というのが、苛立たせる大きな原因の一つだ。

 一撃離脱の戦闘こそがモビルスーツのやり方だと彼女は思っているし、実戦で証明してきた。

 今は逆に。この、一手一足に気を配る進軍。

 正直に言えば、この手の類は不得手だ。

 判明している敵方の情報を基に機体速度、加速地点、攻撃、離脱のポイントを定めて徹底するのが彼女が率いるガラハウ隊である。一方的な攻撃、あるいは敵を引き摺り込む戦術で武功を上げ、隊員を失うリスクを殺し続けてきた。

 違えない戦術眼とこの手腕、采配がシーマ・ガラハウを一流と云わしめる所以である。

 この女傑は先手を打つだけではなく待ちの戦術、後手も得意とする指揮官。

 故に、シーマにとって必要なのは圧倒的な物量ではなく、正確な情報だ。

 であるのに、彼女は敢えて先行し接敵するという行動に出た。

 その理由は、然程難しいものではない。

 ピ、ピ、ビン、と電子音が反応。

 識別反応が敵を特定、シーマは表示されたデータに目を細めた。

 彼女が思った通りのものが、モニターに映る。

 ―――鹵獲したザクIIではない、連邦軍が開発した新型モビルスーツだ。

「やはり居たねぇ、大砲付きだ。お前たち、距離を詰めるよ!」

『了解です、シーマ様!』

 連邦軍が展開したと予測される陣地に、メルティエたちが以前遭遇したという中距離、遠距離型モビルスーツが居ると踏んだからに他ならない。

 山岳を前に陣取り、こちらの艦隊と同じく間接照準射撃を狙っていたのだ。

 彼女が睨んだのは、敵方モビルスーツと長距離攻撃可能な兵器群による飽和射撃。

 メルティエと行動を共にしたユウキが通信量増大、音響反応膨大で補足不可能と連絡を入れた事で、シーマは勘づいたのだ。

 ダグラス・ローデン大佐も予想できたのだろう。

 威力偵察を申し出たシーマへ、即座に許可を出した。

(あの嬢ちゃん、いい耳と勘してるじゃないのさ!)

 少し悔しいが、シーマの中で今回の大手柄はユウキ・ナカサトで確定。

 ならば。メルティエ・イクスを越える戦功を立て、あの不器用な坊やに頼りになる人材が多く居ることを突き付けてやろう。

「馬鹿正直に真っ直ぐ行くな! 地雷、速射砲が在ると思いな、相手を舐めると死ぬのは自分だよっ」

 茶褐色と紫色のザクII。MS-06G、陸戦高機動ザクIIのスラスターを噴射させると共に、後ろに続く五機のザクIIに反対側から敵陣地を大きく迂回するルートを転送、真横からはスラスター全開で距離を詰めるよう、指示を出す。

 バーニア光と、高熱源反応を晒すこちらに敵の目が向く。

 ドドドドドッ、と牽制射撃だろう弾幕が張られる。

 ドウッ、ドウッ、とその中に紛れ込ませた砲撃が木々を薙ぎ倒し、地面を抉る。

 大気を震わす轟音、身体に掛かる加速度でコクピット内の機器がガタガタと騒ぎ立つ。

「はん、狙いを付けるのが遅いよ! いいかい、照準てやつはねぇ」

 操縦桿を前に出し、スロットルを絞り、親指のグリップを押し込む。

 彼女の癖を念入りに覚え込ませたザクIIは空中に身を置いたまま脚部の補助推進を利用して鋭角に動き、敵の射線に触れないどころか近づけさせもしない。

 マズルフラッシュ、銃口からの硝煙が敵陣地に煙幕のように広がる。

 しかし、もう遅い。

 ザクIIの彼我距離の演算処理は終えてしまったし、彼女の目は獲物を逃がしはしないのだ。

「―――こうするんだよっ!」

 構えた一二〇ミリマシンガンが火を吹く。

 ダムダムダムダム! 鳴り響いた数だけ正面に捉えた敵モビルスーツに着弾、衝撃により体勢を保てないまま後ろに倒れこむ。其処を逃す事はしない、滑稽にもバーニアを吹かしながら藻掻く相手を冷たく見据え、グリップ下のボタンを軽くタッチ。

 ブゥオン、ザクIIのモノアイが光った事に触発されたのか、鈍重な機体を立たせようと必死だ。

「ほぉら、アタシからのプレゼントさ。受け取りな」

 彼女が選択した兵器は、拡散型手榴弾(クラッカー)

 球状に六つの突起物があるそれを、空中から投擲。腹部の上に落ちるように放り投げる。

 カッと光を発し、突起がそれぞれの方向に爆散。

 断片がモビルスーツの装甲を切り裂き、その中に爆風が入り込み、散々に焼くのだ。

 許容ダメージを超えたのか、それとも核融合炉にまで食込んだのか。

 果たして、そのモビルスーツがクラッカー以上の爆発を見せ、周囲建築物を吹き飛ばした。

 シーマはその光景に一瞥する間も無く、周囲にマシンガンを掃射。ザクIIを着地させ衝撃を殺しきる前に跳躍、形が残る背が高い遮蔽物、管制塔の裏へ身を隠した。

「こっちは一機潰した、そっちはどうだい?」

 オンライン通信はまだ表示されてある。彼女は別方向から攻撃を開始している部下からの返事を待った。

『シーマ様、こっちにも敵がいます。しかし形状が―――』

 ノイズが入り込み、音信断絶。

 ミノフスキー粒子が高濃度散布されたか。

 もしくは、撃破されたか。

 彼女は硬い表情を(こしら)えると、遮蔽物から機体を走らせる。

 戦闘の音は途絶えていない、応戦中という事。

 多弾頭ミサイル架台、敷設された長距離砲台(トーチカ)をマシンガンで破壊し、空の弾倉と腰側面のドラムマガジンを足を止める事無く交換しながら先を急ぐ。

『―――ぃ、しゃら―――せぇ!』

 部下たちと距離を縮めたおかげか、ブレードアンテナが通信を傍受する。

(―――良し、良し、良し!)

 赤い唇の口角を上げたシーマは操縦桿のスロットルをフルに絞込み、フットペダルを勢い良く踏み込む。

 ドンッ、ザクIIは脚部のサブバーニア、背部のスラスターを全開で機体を推して上げた。

 ゴウッ、と最高速度に達した機体は各モニターに風景を正確に処理できないまま施設上を翔ぶ。

 体の奥にずっしりと、抜けずそのまま掛かる重力に抗い、彼女は自機を最前線へ向かわせると、土煙や破砕した断片が舞う場所に辿り着く。そこには鹵獲ザクIIをベースに組み立てたのか類似部が多いモビルスーツとMS-06J、陸戦型ザクIIが組み合い、手に持ったヒートホークをコクピット部があるだろう、その胸に振り下ろした。

 ザグッジュウ、と装甲を溶解し、高熱電磁波で形成された刃が半ばまで至ると、敵モビルスーツは痙攣を起こしたように動き、力尽きたように四肢を投げ打った。

 その機体が最後なのか、五機のザクIIは損壊した箇所はあるもの、欠けずに隊長機を迎えた。

「やるじゃないか。このまま拠点確保と行くよ、敵基地後方から攻撃が来ると思いな」

『了解で―――』

 ヒートホークで敵機を倒した、ザクII。

 その頭部が、爆散した。

「―――散れぇ!」

 頭が認識するよりも、口から指示を飛ばした。

 己も機体を攻撃に晒された方向から逃げるように兵器格納庫だろうか、その影に隠れた。

 シーマ機の方へ二機、他二機は別方向の棟に逃げ込むことに成功した。

 被弾した一機は不揃いに降下する砲弾の中で、倒れ伏したままだ。

 今も、頭部が壊れた事で身動きが取れない右足と左肩に砲弾が命中。

 左肩が設定された衝撃力以上のダメージで自壊、その反動で機体を横滑りさせたが、続く砲弾が楔を打ち込むようにザクIIを地面に抜い立て、爆発。

 パイロットの呻く声が聞こえるが、彼は悲鳴や助けを呼ぶ声を出しはしなかった。

 絶叫は喉元まで迫り上がっている筈だ。

 ひゅ、ひゅと息が漏れる音が聞こえるのだ。息を殺して攻撃から身を隠した部下たちにもこれは聴こえている。

 だが、一人を助けに行けばその仲間が危険に晒される。二次被害だ。

 それを熟知しているが故に、死ぬ恐怖と戦っている男は声を、喉を抑えようと懸命だった。

 何もできず、自身を守ることに集中せざるを得ないシーマたちは、歯軋りや無言を守ることで仲間の無事を祈る事しか出来なかった。

『―――くそっ』

「ヤメな! 見届ける事が出来ないなら、目を背けてろっ」

 我慢できず、機体を中腰から立ち上がらせたザクIIをシーマは制止。

 右腕がまだ存在している。なら、最高速度で飛び出し、擦れ違いざまに拾い上げて退けることも考えはした。陸戦高機動型の、この機体なら部下のザクIIよりもその可能性は高く救助も見込めるだろう。

 しかし、被弾したらどうなる。

 戦場で一番怖いものは流れ弾だ。

 それがいま、目前で飛来し続けている。

 被弾し、倒れたザクIIがまだ爆発せず原型を留めている事が奇跡に近い。

 敵は間接照準射撃すら、まともに扱えてないという情報を入手することはできたが。

 ミノフスキー粒子で構成されたメガ粒子のビームが行き交う戦場ならば、更に砲撃を攪乱する事ができた筈だ。命中せずとも、その地面を穿つ又は空中に軌跡を残せばその残滓からミノフスキー粒子が電磁波を乱す。この方法でシーマ率いる隊は、開戦当初の連邦軍宇宙艦隊を翻弄したのだ。

 ギャロップに搭載された火器は全て実体弾。ザクIIも同じく。

 自らの土俵ではない戦場では、こうも打つ手が限られる。

 宇宙とは違い、地球は手厳しい。

「悔しいが」

 しかし、宇宙に居た時と比べて、変わった事もある。

「あとはさ」

 良くも悪くも、此処は勝手が違うようだ。

 高熱源反応をザクIIが発見。

 それは友軍側、とある前線基地の占領に向かった男たちの識別反応をサブモニターのミニマップに表示していく。 

「アタシらの部隊長サンに、任せようじゃないか」

 爆撃能力を省略(オミット)、搭載機を速やかに前線へ運ぶ事のみ追求、推進器と稼働時間確保の為プロペラントタンクを増設したド・ダイ後期型、実情はその雛形となるド・ダイ爆撃機を改修したものなのだ。戦闘テストを兼ねて運用するド・ダイで空を駆ける蒼いモビルスーツと、その従者のように供をするMS-05L、ザクI・スナイパータイプ。

 ―――ドン、カァン! と被弾、爆砕する音と遅れて響く撃音。

 空中で機動する中、部隊長が隊一の腕前を誇る狙撃手が、敵部隊に攻撃を開始し始めたのだ。

「なんだ、ちゃんと甘えるやつは居るじゃないのさ」

 二条の軌跡を大空に残し、山を越えた先に布陣する敵方へ攻め込むド・ダイ。

 ―――ただ、相手が男なのは、ちょっと頂けないねぇ。

 シーマの口元は綺麗に弧を描き、くっくっくっと笑いを押し殺すのに苦労した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハンス、具合はどうだ?」

『すこぶる悪いね、照準が安定しない。予測射撃で撃ち抜くのが精々だ!』

 再び、爆砕音と撃音。

 それでも外す事なく丁寧に当てていく狙撃手に怖い怖い、と返事してグフのモニターに映る敵陣を見据える。

 確かに、大砲付きが居る。

 しかし、あの時とは違う機影も混ざってはいないか。

 一瞬は見えたが、外観を捉える前に砲撃の硝煙、敵の攻撃を回避することに集中を割いたせいで確認できなかった。

 不安材料が増えたが、ここで帰還するわけにも行かない。

「そろそろ降下に入る。ド・ダイのコントロール、そっちに渡すぞ」

『あいよ。二、三回往復したら陣地に戻る、だったよな』

「それでいい。無理はするなよ」

『大将ほど、無茶はしねぇさ』

 メルティエは専用シールドを腰のハードポイントに設置、マシンガンを持つと空いた左手で基地より持ち出したモビルスーツの下半身ほどある箱状のもの―――コンテナを持ち上げた。

 さすがに一〇メートル近いもの、重量物を片手で持つと重心に異常が入り、コクピット内に警告音が発せられ、

〈過積載による重心変動、バランサーに支障が発生します。不要な装備を破棄してください〉

「はいはい、AI音声でもアルテイシアは説教がお好き、と」

 本人が聴いたらガチ説教待ったなし、である。

 何気に絶世の金髪美女が()()笑顔でフェードアウトしたが、彼は見なかった事にした。

 成長すれば、こんな感じだろうという身勝手な妄想の産物である。

 妄想の、産物である。

『大将』

「どうした?」

『いや、戦場でもよ…昔の女の音声引っ張ってくる奴ぁ早々居ないぜ』

「誤解招く言い方はやめろ。文句はメイに言ってくれ、彼女の仕業だ」

『なるほどな…通信中にその声が混ざったら何事かと思うぜ?』

「ああ、そうだろうよ…ああ、メイに言うの止めておけ。今はちょっとナイーブなんだ」

『あいよ』

 ハンスは敵に殺される前に女に刺されないだろうな、と中佐を心配した。

 蒼いグフはド・ダイ上で機体を屈ませ、跳躍。

 ザクIとド・ダイは直進、その場に残された蒼い機体は自由落下を始める。

 第一次降下作戦の記憶が蘇り、情報部に対する恨みも再燃するが、今は忘れることにした。

 高度差もあるだろうが、目立つバーニア光はド・ダイのみ。

 必然的にそちらへ火線が集中するが、ハンスは更に高度を上げ、ジグザグを織り交ぜて回避。

 その間は反撃できないが、降下する機体に目を向けさせないのが大事だ。

 大気を裂く音、重力に押さえ付けられる感覚に耐えながら、メルティエはサイドボードのパネルを操作。左手のマニピュレーターを通してコンテナの内部情報をリンク、起動設定をメインコンソールに移す。

 高度五〇〇メートルを切った辺りで、流石に敵も降下するモビルスーツを発見したらしい。

 対空砲やらが向けられ、火線があっという間に集まる。

 別れたド・ダイ側に向いていた照準が、こちらに回る。

 しかし、

「対応が、少しだけ、遅かったな!」

 メインコンソールに指定されたキーを入力。

 盾代わりに構えたコンテナに機関砲が着弾、ガガガガッと穿たれるが、その間に展開したコンテナの中身が露出する。

 その中身は、携帯型六連式スモークディスチャージャー。

〈スモークディスチャージャー、セット、発射〉

 スモークディスチャージャーはトトトトトトッ、と軽快な音を残して向けられた地表へ飛び込み、着弾地点からブワッと白、黄、赤、青、黒、緑と発色煙を三キロメートルに及び蔓延させた。

 蒼いグフはその範囲から逸れたザクに酷似したモビルスーツの脳天目掛けて空になったコンテナを叩きつけた。

 コンテナが衝撃と反作用でぺしゃんこになり、その分威力は通ったのか、敵機は横に倒れこむ。

 メルティエはグフにヒートサーベルを左手に構えさせ、頭部と腰部、続いて両肩部を断つ。

 本来なら、コクピットごと潰したほうが良い。

 しかし、それは成さなかった。

「さて、行くか」

 敵兵を生かすべき、などは本当に余裕があるときだけ。

 その信念は尊敬に値するが、自分は其処まで上等な部類ではない。

 理由は、極々簡単なものだった。

 ランバ・ラルの息子は、ゲリラ戦法を心得ている。

 敵の注意を引く音、地雷代わりのものがあるならば、使()()に越した事はない。

 ただ、それだけだった。

「キャスバル、アルテイシア。お前ら、今の俺を見たらどう思うんだろうな」

 信じられないと叫ぶのか、人でなしと糾弾するのか。

「でも、生き残ることに必死なんだ、()()

 蒼いグフは彩られた煙幕の中へ、その姿を消した。

〈視覚状況、悪化。視界確保のため低光量視野、赤外線視野に切り替えます〉

 淡々と報告する、妹分の声を模した機械音声。

 錯覚だろうに。

 まるで彼女が責めているように、メルティエには聴こえた。 

 

 

 

 

 

 

  




以上となります。
上代です、ご機嫌如何。

まず、最初に申し上げることが一つ。
アンケートの件ですが、決して感想の方では募集致しません。
以前にも活動報告の方でアンケートを実施したり、しようとしてましたので。
気遣ってくれた方には感謝と、文が足りず不安に思わせたようで申し訳なく思います。
第三十話以降で、活動報告にアンケートを募集する告知を出しますので、
よろしければ、そちらへコメントをお願いします。

次が第三十話ですので、作者、ガクブルしながらアンケートを上げさせて戴く所存。
コメント0は悲しいので、アンケート募集しましたら活動報告へコメントお願いします。
お願いします!(大事な事なので二度言う必死な人)


さて、今回は赤い人がアダルティ。
資料によると3パターンほどシャアとララァの出会いがあるらしいのですが、
ある程度摘みつつ、本作品ではこのような関係になります。
手に取った事があるライトノベル、ガンダム小説でも臭わせた文があるので、
こんなもんだろうかとチャレンジしてみました。
抵触するなら、文章改竄する予定です。

相も変わらず誤字連絡、感想お待ちしておりますヾ(*´∀`*)ノ
ところで、何かタグ付けたりした方がいいのかしら。
オリジナル展開、独自設定以上に本作品を表現する言葉…

メイちゃんマジ女神、あたりか(`・ω・´)


では、閲覧ありがとうございました。
続きをお待ちくだされ!







さて、作者、逃げるわ!(イイ笑顔でサムズアップ)


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第三十話:身に抱えるもの

 

 

 

 赤外線視野で煙幕の中を突き進む、蒼いモビルスーツ。

 その搭乗者、ジオン公国軍のメルティエ・イクス中佐は適度な緊張と、経験を基にした冷静さによって任務を遂行していた。

 彼が扱うYMS-07M、先行試作グフ改修M型のサーモグラフィックスにより高熱反応を表示する物体、これを展開したヒートサーベルで次々に地面へと縫い付けるよう突き刺した。

 61式戦車四両、多弾頭ミサイルランチャー架台三台、陣地に設置された対空砲台四基。

 銃身、砲身が熱を帯び、動きもままならないものならば単機でもここまで食い込める。

 ついでに瞬間的に出現する高熱の刃が敵方の熱源探知を惑わせる。

 メルティエは防衛部隊の目を奪い、動きを阻害し、混乱させた。

 その中で歩兵の一団、破壊された防衛戦力の操縦者だろう、こちらに短機関銃を向け発砲した。

 熱源で騙されて破壊された、その事で銃器で音を上げる事を見出したのだろう。

 混乱の中にある友軍へ、敵は此処に居ると伝え、判断させるための捨て身の呼び声。

 メルティエはそれを正しく、違える事無く考えを理解した。

 その勇気に感じ入るものがあるが、その音響は()()()()()()

 蒼いグフは躊躇いなく、右腕を一閃。

 歩兵たちの上にある管制塔を切り飛ばし、

「何故、逃げなかった―――と、不思議には思わんよ」

 今だにモビルスーツの装甲表面に火花と僅かな凹みを作る彼らへ、投げ落とした。

 ブシュ、パシャ、と何か柔らかいものを潰す音、水袋が破れ地面を叩く音が、機体の各部に内蔵された収音マイクを通じてコクピットに響かせた。管制塔を構成するフレームがコンクリートに落ちた音よりも、それは酷く耳に残る。

 それでも、メルティエの精神は平坦だった。

 懸命に抗おうとした敵兵に、必要最低限の動作で次の獲物への呼び水を投じた。

 その後、時間としては一秒も経過せず、蒼いグフに向かって赤い線が延びる。

(―――赤外線照準か)

 派手な動きをする事なく、後ろ足で機体を傾けやり過ごす。

 その空いた空間に砲弾が突き刺さり、グフの代わりに着弾した建造物が原型が解らないほど崩れ落ちる。

 攻撃方向を確認したメルティエは理想とする機動を操縦桿を媒介して、グフに伝える。

 砲弾が突き抜けていた、という事は其処には遮蔽物が存在しない、という事。

〈射線方向確認、位置をメインモニター、ミニマップへ表示〉

 交戦に入ってから、この人工知能(AI)の機械音声は、酷く感に触る。

 メルティエの戦闘状態へ没入した感覚。

 それは高速で知覚、演算処理とパイロットサポートを行うAIよりも早い。

 感覚と勘で敵を察知する事を可能とする鋭敏さ。

 機械では再現できない、生の探知能力が発揮されている。

 無論、自分の感覚が間違っていない事をAIが肯定している、という見方もある。

 使えない代物ではないか、とモビルスーツパイロット足る男は断じた。

 しかし。

 ―――メルティエ兄さん。

 草木の薫る湖岸、過ぎた日の少女。

 もう一人の兄と慕ってくれた彼女の顔。

 この模した声に引き摺られて思い出されるものが、青年の何かを繋ぎ留めるのだ。

 ぐん、と押し付けられる力が彼を襲う。

 蒼い機体は操縦者の心境なぞ意に介さず、求められた行動を体現したが故の衝撃。

 モビルスーツが重力に逆らって飛翔する中、不可視の重みに圧し掛かられ軋む身体が、風切り音が彼の意識を戦場へ呼び戻した。

「っぐぅ、切り落とす!」

 ドゥ、ドゥ、ゴウッ。空中に飛び上がったグフは脚部、腰部のサブバーニアで位置を調整、次にスラスターとブースターを開放。

 ヴィー! ヴィー!と警告音がメルティエに届くが、彼は操縦桿を握り締めた指を緩めることも無ければ、踏み抜いたフットペダルを戻す事も無かった。

 ぐんぐんと上がる、機体速度。目減りするスラスターゲージ。

 モビルスーツを知り得ている人間ですら、恐怖を感じさせる速度を、蒼い機体は叩き出す。

 蒼い弾丸、その形容に違えない速度で敵対者の下へ、煙幕を切り裂いて辿り着く。

 高熱源反応を感知したのか、砲撃仕様のモビルスーツからの弾幕が張られる。

 だが、メルティエは馬鹿正直に突っ込んだわけではない。

 最初の射線、その位置から上方百十度を高速移動している。

 モニター画面のその下方を過ぎ去る弾丸、砲弾を一瞥。最高速度に達するや右腕を水平に構え、ヒートサーベルにエネルギーを供給。剣状の発生器、その上に形成された高熱波の刃が大気を焦がし、敵の正面に備えた。

 延長した棒で、ラリアットをするイメージ。

 ヒートサーベルを持つ右腕に抵抗が、負荷が掛かるときっかり一秒後にブースター噴射口の向きを切り替えた。くるりと旋回したグフは左足を大きく後ろに、そして脚部サブバーニアの力を合わせて前蹴りを放つ。

 ヒートサーベルの熱波で払われた煙の先には敵モビルスーツの姿。

 その敵の左腕を巻き込んで胴体、腰部辺りを割いた後、突き刺したヒートサーベルはそのままに、上へ泣き別れした上半身を蹴り飛ばしたのだ。

 彼はそこで操作を止めずに、人差し指と薬指は操縦桿備付のサブコンソールで入力、スロットルはフルに回さず、操縦桿を大きく引く。

 指令を認識した蒼いグフは生じた反動を殺さず飛び退き、メインスラスターで機体を持ち上げ、サブスラスターで地上建築物に引っ掛からないよう位置を整える。

 ヒートサーベルの熱が伝わったのか、核融合炉に刺さったのかは判断できないが、轟音と熱波を広げ爆散したのは確認できた。

 その威力で煙幕が薄れ、晴れた部分の景色が覗く。

 着地の為にスラスターで勢いを殺し、ズシャア、と足裏の滑り止めが無骨なアスファルトを痛めつけ、崩れた瓦礫を吹き飛ばす。

 残った建家まで滑り、遮蔽板の代わりに背を預けた。

 機体のスラスター限界領域が近かったのもあり、冷却期間を置く事にする。

 AIも出力上昇率(エネルギーゲイン)の安定域逸脱を警告しているし、シュウウと排気部から昇る白煙が、愛機が無理な機動を強いていると訴えているように思えた。

「敵戦力は沈黙したのか? もう一機モビルスーツが居たと思うが」

〈高熱源反応なし。当機に接近する機影もありません〉

 屈んでいた機体を起こし、視界を高く取る。

 敵陣地からは空へ昇る黒い煙が点在、無事な建造物は無く、無残な瓦礫の山へと化している。

〈約一キロメートル上空に、友軍識別反応。ミニマップに表示します〉

 ピ、ピとハンス・ロックフィールド少尉のMS-05L、ザクI・スナイパーカスタムと改修型ド・ダイの識別反応が軽い電子音と共に表示。被弾したのか、ド・ダイの推進基から煙が視認できた。

『片付いたのか、大将』

「とりあえず、だな。残存戦力の炙り出しは今からだ。上から見えるか?」

『煙幕が邪魔で上からは見えやしない。下からの方が―――』

 ザザッ、と通信回線を乱すようなノイズ。

 ヒュ、と気にも留めないほどの軽さで黒い物体が飛来。

 それは、メルティエのモニター前で着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、いきなり攻勢が強くなった?」

 損傷したシーマ・ガラハウ少佐の隊と代わり、前進したケン・ビーダーシュタット少尉と彼の隊は連邦軍が想定した防衛ラインよりも出始めたことに対応していた。

 その前面に出ている方面軍駐屯部隊には攻勢を掛けていないところから察するに、防衛ラインの一角が崩された事による奪還だろうか。

 後方からギャロップ陸上艦艇で構成された艦隊の支援射撃も届く、この戦場で矛を交える事を訝しむが、彼は読み取れた状況を指揮を執るダグラス・ローデン大佐へ報告。上官の判断が下るのを前任隊が落とした敵陣地で待った。

 61式戦車部隊による一斉発射が複数に分けて放たれ、穿たれた地面が土を捲き上げ砂塵を生む。

 距離を詰めようにも、フライ・マンタ攻撃機で構成された航空隊に邪魔をされる始末。

 ガラハウ隊が陥落させた敵陣地、それよりも奥を守るように火力を集中しているようにケンには思える。

 現在はメルティエ・イクス中佐、ハンス・ロックフィールド少尉が攻略の途中と聞いている。

(あの陣地に何か隠されているのか?)

 しかし、何を連邦軍が秘匿、もしくは回収したいのかが分からない。

 察するに連邦軍の新兵器、もしくはそれに類する何かだろう。

 事前情報では橋頭堡の一つで、其処を奪取もしくは破壊する事となっていたが。

(いや、もはや信用に値しない。今回も同じようなものだろう)

 ケンはMS-06D、ザク・デザートタイプを物陰に潜ませながら、接近するフライ・マンタを一二〇ミリマシンガンで撃ち落とす。一機落とせば怯むかと思えば、その僚機が果敢にロケットランチャーを撃ち込み、応戦してくるのだ。

 必死さが窺えるこの戦闘行為。

 ケンたちの小隊が動かなければ、彼らも応戦はして来ない。

 ならば、連邦軍が抗戦の構え、あるいは撤退するまで様子を見てから決めるのか。

 残念ながら、それは出来ない。

 奥の陣地、今だ煙幕が晴れず交戦の兆しが見て取れる其処にはメルティエとハンスが単独で戦闘を継続しているのだ。

 自分は友軍を見捨てた、等と言われる気はさらさらない。

 中佐には自分たちが出会ったジオン軍人とは違う、期待させる何かを感じさせた。

 その何かを知るためにも、ケンは彼を見殺しにするつもり等はない。

 もっとも、

(そんな父親じゃ、子供と会わせる顔がない、ものな!)

 サイド3に残した妻子。離れて暮らす我が子を想い、彼はふっと笑う。

 不思議と我が子とあの青年将校に何処か似たものを抱くが、相手はその考えに没頭させてはくれないらしい。

 物陰に利用した建造物が大きくえぐられ、その身を半ば晒すことになったケンはお返しとばかりに進軍を開始した61式戦車数両に左腕部の固定兵装、ラッツリバー三連装ミサイルポッドを向けてマルチロック、ロック完了を確認してから高低差に気をつけて発射。

 白煙を上げ、螺旋を描きながらミサイルは戦車に飛び込み、衝突と同時に爆散。

 三両の戦車は吹き飛び、駆動部に当たり横転したもの、車体に当たり潰された形に変容した。

 ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹も遮蔽物を利用、移動を繰り返しながら敵を討ち取っていく。

 ミノフスキー粒子下ではないおかげか、モニター上にはウィンドウが開き二人の顔が表示されている。

 戦地を巡った彼らも、この状況は苦しい。

 ケンを含め、表情に焦りの色を帯びていた。

『隊長、こいつら、動けば動くほど食いついてきやがる』

 左翼にはマシンガンを両手で構え、射撃を重ねるジェイク機がフライ・マンタのロケットランチャーに狙われ、機体を滑らせるようにスラスターを吹かして避ける。

『まったく、アジア方面の連邦軍は敗退したって聞いたんですがね!』

 右翼でニ八〇ミリバズーカを地上に向け61式戦車の足回り、キャタピラを破壊ないし平地を吹き飛ばし土を盛り上げることで戦車の移動を止めようとするガースキー機。

「ああ、俺も気になっている事がある」

 中翼で応戦を繰り返すケンは、艦隊へと地形情報を転送。

 しばし遅れて飛来する大型連装砲による間接照準射撃。

 連邦軍による攻撃より、一層穿たれ、舞う土煙が威力の違いを見せつける。

 その衝撃と余波が、61式戦車の動きを止まらせ、フライ・マンタの進路方向を狂わせた。

 動きが鈍くなった標的に容赦なく攻撃を加え、撃破していくが。

「うおっ!? 奴ら、まさか」

 後退する先陣部隊、後続部隊と合流間なく撃ち込まれる戦車の二連一五〇ミリキャノンの嵐が三機のデザートザクが籠城する陣地を襲う。

『隊長、こいつぁは不味い』

『あいつら、ここを吹き飛ばすつもりか』

 今度はモビルスーツを狙うわけではなく、この陣地そのものを標的にしたらしい。

 ガースキーとジェイクも悟ったのか、この陣地で一番堅牢な兵器格納庫裏に小隊は集まり、次々と放たれる脅威から逃れた。

「この物量、明らかにおかしいぞ。連邦軍は他の戦線よりも此処を重点的に狙ってきている!」

『くそ、こういう時のための挟撃戦術だろうが。他の奴らは何してやがるんだ』

『ジーベル隊は本隊に急襲を掛けた航空部隊の相手で手一杯だ! 補給と処置が終えたガラハウ隊も加勢してる。こっちに援軍送る余裕が、うおっ』

 ガースキー機が居る位置が、ついに耐久度を越えたのだ。ばらばらと音を残して空間ができてしまう。

 その際に吹き飛んだ瓦礫が装甲板に守られていない角度からモビルスーツの膝関節部に命中、爆風と衝撃も合わさり、彼の機体が前に倒れ、左手と膝を地面に着けてしまう。

「ガースキー!」

『ガースキーさん!』

 左右に並んでいたケンとジェイクのモビルスーツは空いた手でガースキーの両肩を掴み、駆動部のモーターが悲鳴を上げることを無視して引っ張り込む。

 その後に、ガースキーのデザートザクが居た場所が爆ぜ、コンクリート片が三機のモビルスーツに当たり、爆音に紛れて硬い音が響いた。

『すまねぇ、さすがに焦ったぜ』

 冷や汗が出たのか、ウィンドウの中のガースキーは額を手で拭っていた。

 ピピッ、と警告音が鳴り、目を向ければサブモニターに左腕、肩部に軽度ダメージが表示。完全に腕だけでモビルスーツの超重量を動かしたのだ。恐らくはジェイクのデザートザクにも同じ症状が出ているだろう。

「問題はない。それよりも打開策が見い出せないな」

『全く、前にも後ろにも動けやしない』

『完全に籠城戦ですな。敵が補給に下がるか、友軍が到着しない事には手が出ませんや』

 艦隊に敵位置情報を送信しつつも、不利な状況を前に唸るケン。

 現有する兵装をチェック、しかし敵の数に動けない事に歯噛みするジェイク。

 持久戦の中で辛い戦いになる、と予感し自らでは好転させる事が難しいと見たガースキー。

 三対多数の戦況は味わった事があるが、前後に戦場を変える事すら出来ず留まるしかない局面は、彼らにとって初だった。

 被弾覚悟で本隊と合流、先に攻撃部隊を殲滅するか。

 逆に、基地を攻略する中佐を援護するか。

 前者の策では本隊防衛が厚くなる分、ほぼ守りきれるだろう。その分この陣地を破棄した事により連邦軍が中佐を挟撃する可能性が出る。

 後者は中佐の救援に向かえるが、陣地を占拠した連邦軍に分断され各個撃破の可能性が現れる。

「どちらにせよ、我々ができる最善手は決まったな」

『まぁ、それしかありませんな』

『ちっ、仕方ない』

 ならばこのまま、連邦軍戦車部隊、航空部隊を引き付け耐えること。

 これが正解、もしくは正解に近いものだとケンたちは悟った。

 隠れる場所も徐々に削り取られ、身動きが取れない中。

「なに。死中に活あり、さ」

 少しでも隙を見せたら、食らいついてやる。

 劣勢の中で鍛えられた歴戦の三人は、身を震わす轟音の中、静かに闘志を燃やし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駐屯部隊は何と言ってきている!」

「『我、絶対防衛ライン防衛ノ為、動ケズ。貴官ラノ健闘ヲ祈ル』です!」

 特務遊撃大隊ネメアが有するギャロップ艦隊の指揮を執るダグラス・ローデン大佐は、ブリッジにてオペレーターを務める女性士官の悲鳴を聞き額に手をやった。

 方面軍には方面軍の問題があるのだろうが、通信回線すら開かずに電報とは、如何なものか。

「ジーベル隊、ガラハウ隊の戦況は」

 ダグラスは三人居るオペレーターの内、戦況分析を行う男性オペレーターに声を掛けた。

「ジーベル隊、被弾率増加。アンリエッタ機、中破、エスメラルダ機、小破。リオ機、小破。現在は復帰したガラハウ隊の援護に回っています」

「ガラハウ隊、一機欠いていますが問題なしとの事」

 厳しい表情の中で腕を組み、

「ギャロップは対空砲の弾幕継続、主砲はビーダーシュタット隊の援護に回せ。ケン少尉が送る戦地映像を無駄にするな」

「了解。砲術室に伝えます」

「大佐、二番艦のコッセル中尉が艦隊前進を具申しています」

「戦列を乱す愚は犯すな、と再三伝えろ。これ以上異議を申し立てるならば懲罰も有り得ると送れ」

 現状維持を優先するしかないと見た。

 撃破率は考えるまでもない。連邦軍を倒しているのはこちらだ。ザクIIが一機大破しているが、他のモビルスーツは戦線に立てている。

 しかし、この波状攻撃とも言える攻勢。

 戦略的には後手。負け続けていると言ってもいい。

 そこを戦術的勝利を重ね続け、拮抗させているのだ。

 モビルスーツの存在、パイロットの力量が勝因であり。

 連携を取ろうとしない友軍、孤軍奮闘を強いられる状況と数の利が敗因であろう。こうしている間もネメアの面々を今も苦しめている。

 ガラハウ隊の所属艦、二番艦ギャロップを指揮するデトローフ・コッセルが状況を打破しようとする意気は買う。出来ることならばダグラスも前へ押し出したいが、連邦軍の真意が読めない以上は全軍前進を下せない。

 読み間違いが部隊を壊滅に追い込む。

 これが良くある事で、彼自身も熟知しているが故に思うように指揮を執れない。

 敵側も目標を既に二、三度優先順位を切り替えて戦闘に臨んでいるため、ダグラスの指揮が劣っているという事はないし、質で優っていようとも少ない数で拮抗ないし優っている時点で彼が優れた指揮能力なのは確かなことだ。

 しかし、彼はダイクン派であるにも関わらずキシリア・ザビ少将から部隊統括を、彼女の直属の部下メルティエからは全体指揮と信頼を預かっている身だった。

 指揮官として、一人の男としてこのままでは終われない。

 済ませはしない。

 ふと、自分の中で変わった心持ちに小さな驚きと、感慨深いものが湧いた。

 まさか、老成したと思っていた自分に、若きし日の情熱が灯るとは。

「中佐から、連絡はなしか」

「はい。ビーダーシュタット隊が防衛する敵陣地の奥、前線基地へ攻撃を仕掛けていますが」

 統括責任を負う壮年の男はブリッジのモニター画面を静かに見詰め、顎髭を擦る。

「ミノフスキー粒子が散布され、現在は連絡が途絶えています」

「中佐が撃墜されたとは思えん。しかし、良くはないな」

 ガラハウ隊の援護の為に最前線へ向かった事は知っているし、報告を受けてもいる。

 止めてもその場で留まるとは思えないし、事実ガラハウ隊は彼が到着しなければモビルスーツとパイロットを同時に失うところであった。彼の働きで迅速にガラハウ隊は後退できたし、補給を受けた機体から戦線に戻り、艦隊直衛に動いてくれている。疲労が積み重なり、意識に霞がかかっているであろうに、その身を戦場に置いているのだ。彼らはよく動いてくれている。

「ド・ダイはあと何機搭載されている?」

「はっ。全艦合わせ、十一機であります」

 報告を受けた彼は一つ頷き、

「どれ、一つ考えてみようかね」

 口元に太い笑みを浮かべ、モニターを睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、そのような事をしたのだ!」

 中東アジア方面軍駐屯部隊、この指揮をギニアス・サハリン司令より預かるノリス・パッカード大佐は、勝手な振る舞いをした前線指揮官に激昂していた。

『し、しかし、絶対防衛ラインは死守するよう、通達が』

「彼らの戦闘区域はその絶対防衛ラインの隣接区画だ! 橋頭堡を築かれれば連邦軍の長距離攻撃に曝される! その程度も解せぬのかっ」

『えっ。いや、しかしですな』

「―――もう良い。支援行動に移れ、これ以上話す意味等ない」 

 慌てて敬礼した前線指揮官のウィンドウを閉じ、ノリスは重く息を吐いた。

「ギニアス様が病に伏し、アイナ様が宇宙より戻られるというのに」

 彼は早く両親を失った二人の、せめてもの親代わりにと不遜ながらも想い、尽くしてきた。

 宇宙線の曝露に身を侵され、体を蝕まれるギニアスや献身的に看るアイナを支え、頼られる事に生き甲斐を感じている。

 サハリン家再興のために残りの生命を振り絞ろうと励むギニアスの御心が乱れぬよう、指揮を預かりノリスが事に当たっているのだ。しかし、各地戦線が拡大した事と補給物資を滞り無く行き渡らせるかつての約定のため、方面軍本拠地といえども潤沢にあるわけではない。

 彼はせめてもの感謝の気持ちだとギニアスより授かったモビルスーツに搭乗し、連邦軍の勢いが強い戦域に突入していた。

 既に指令を通達、後任に指揮権を与え万全の状態でこの場に立っている。

 背後には彼に付き従うサハリン家の私兵、その彼らが搭乗する機体MS-07B、先行量産型グフ。

 彼が自ら手勢を連れて、急ぐ理由。

「行くぞ。私が不在であったとはいえ、これ以上駐留部隊を蔑ろにするわけにはいかん」

 ギニアスの容態が安定したのと彼からの頼みでもあったので、宇宙でアイナの警護に就いていたノリスはしばらくして彼女へテストパイロットのレクチャー、パイロットの心得等を説き、時には実技を教授する日々を送っていた。

 ある程度はものになったと、一息吐いたところでギニアスの容態悪化であった。

 急いでアイナの下を離れ中東アジア地区に降下、主君の大事に馳せ参じた。

 頬が痩け、生気を失われたギニアスはサハリン家再興のためと、兵器工廠に篭り始め、その間の指揮権を再度ノリスが預かった。

 そこで驚いたのは、かつて地球降下作戦、占領作戦で活躍した”蒼い獅子”がこの中東アジア、その前線基地へ駐留しているという事。

 そして、その彼に補給を渋り、最悪の部類に入る前線基地を使えと申し送っている現実だった。

 指揮権委譲がノリスになった時点から責任者の名前が自分になっているのは、承知していた。

 しかし自分が裁可せず、加えて勝手に名前を使われる始末にノリスは激怒した。

 自分がどう思おうが”ノリス・パッカード大佐は”蒼い獅子”が所属する部隊を冷遇している”という現実が在る。

 第一次降下作戦参加者、特に戦場を共にした将兵から人気が高いパイロット、ガルマ准将の片腕とまで評された男を無碍に扱った、という事件。

(これ以上、風聞を窮せしめ、サハリン家に傷が付かないようにせねば)

 君の恥は臣の恥、臣の恥は君の恥という言葉。

 これがノリスを彼らの戦場に駆り立てた。

 最後の報告には、彼の部隊は敵陣地、前線基地を攻略中という。

 幾ばくかの加勢をせねば、自身に非がなくとも生じたこの有り様を許容できない。

 彼は主君から賜った新型機MS-07B3、グフカスタムを密林に走らせた。

 そうして戦闘の音が止まず、奇怪な六色の煙幕が漂う戦場へ到達する。

「これよりいくさ場に入る。我に続け!」

 先頭にグフカスタム、その後ろを隊列を乱さず五機のグフが続き、砲撃を繰り返す連邦軍部隊へまるで一つの生き物の如く一糸乱れぬ動きを見せて、横撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、大将!」

 ハンスは上空から眼下の戦場、その場に居る筈の上官を呼んだ。

 既に五回ほど呼び掛けてはいるが、応えるウィンドウは、通信回線は開かない。

「返事してくれ、その手の冗談は酷く、笑えないんだ!」

 ミノフスキー粒子下なのかノイズが走り、砂嵐が耳を突く。

 砲撃はブリーフィングで聞いた連邦勢力圏から間断なく続けられている。

 その爆風と衝撃が、立ち篭める煙幕を払い飛ばし攪拌する。

「くそ! てめぇら、正気かよ!」

 あの戦場には、連邦軍の兵士が居る。

 前線基地として機能していたはずなのだ、非戦闘員が居てもおかしくはない。

 其処へ、砲弾を雨の如く降らせ、基地を轟音と共に穿ち、爆風を以て焼いている。

 確かにこれは戦争だ。

 一人一人の命を大事にしては戦局を、大事な局面で見逃すものがある。

 大を生かすために小を殺す、旧世紀からこんな言葉が残るのだ。

 基地を攻略するジオン軍を撲滅する、というよりも基地自体を破壊するように思える攻撃。

 一、二秒だけ見えた、基地の様子。

 探す蒼いモビルスーツは見当たらない、見つけられない。

 しかし、逃げ惑う連邦軍兵士を発見してしまう。

 そして、その兵士が爆発に巻き込まれ吹き飛び、動かなくなるまで。

 視覚強化、映像拡大を付与された狙撃専用モビルスーツは、その様子を克明に映す。

 ハンス・ロックフィールドの視力も、明確にその()()を脳髄に刻み込んだ。

 これは戦争だ。

 ジオン公国が独立を求め、地球連邦政府に挑んだ戦争だ。

 自分たちは侵略者だろうし、それから守ろうと連邦軍は必死なのだろう。

 必要な犠牲と、此処へ攻撃をしている。

 犠牲者の上に成り立つ勝利を、諾と認めてやっているのだ。

 スポーツでも、ゲームでもない。

 生存競争に似た戦争をやっているのだ。

 こういう光景は嫌でも目に付くし、これからも目に入るだろう。

 彼は、ロイド・コルト技術大尉が提供した一品、視覚共有を施されたスコープが付いた銃型電子制御(ガン・コントローラー)を引っ張り、左手で操縦桿を操作、サイドボードのパネルに入力して自動機体制御の指令を機体に走らせた。

 ザクIはド・ダイの推進基を一つ失い斜面となった接地面の高低差を計算、完了するとゆっくりと体勢を整え、炸裂弾頭式狙撃長銃を両手で構えた。

 戦争だ。戦争をしているのだ。

 惨めに殺すのも。

 惨めに殺されるのも。

 理不尽に殺すのも。

 理不尽に殺されるのも、当然だろう。

 これが、戦争だ。

 ぎりっ、と鳴ったのは歯軋りか、ガン・コントローラーを握った指と手の間からなのか、分からない。

「だがよ。謝りながら、撃ってるんだったら」

 不安定なド・ダイの上での射撃体勢。

 ガン・コントローラーに繋がったスコープの中は映像が乱れ、僅かに目標が映り込む程度。

 ド・ダイのコントロールは自動に変更。

 幸いにも、地表への攻撃に躍起になっている連邦軍は高速で上空を駆けるド・ダイにそれほど注意を向けていない。

 火線が幾つか向けられるが、距離が開いているせいか、当たりはしなかった。

 視界は安定せず、しかしド・ダイの動きが直進のみとなったおかげで機体を通じて振動する揺れは予測の範囲で収めることができた。

 故に、照準をワザとズラす。

 その足場も悪く、大気の影響で弾道が乱れた中での彼は狙う。

 ヒュバ、ヒュバ、ヒュバッ!

「てめぇら、最低のクズ野郎だ!」

 ガシュン、三発の薬莢が排出、次弾が装填される頃にドンッ、ドンッと一五キロメートル離れた場所で火柱が複数上がる。

 このスナイパーライフルの恐怖するべき所。それは音速で飛来した弾丸、その弾頭部に形成された炸薬に衝撃を加えられると、爆散する事。

 もし、戦艦や建築物に弾丸が食い込んだら、悲惨な事に成るのは確実だ。

 強度の程度によるが、例えモビルスーツの装甲を突破できなくとも、爆散は()()

 命中したら爆発する弾丸サイズの拡散型手榴弾(クラッカー)

 それを音速で飛ばしてきていると想像すれば、このスナイパーライフルが如何に凶悪か分かるだろう。

 その分、柔らかく衝撃を吸収する素材に当たると不発弾になる可能性があるが、爆発しなくても弾丸の威力は健在である。

 携行する弾数が少なく、成形にも別工程が必要なので数を揃えることは難しいが、彼が躊躇う事はない。弾丸は撃ってなんぼの代物だ。溜め込んで眺めるものではない。

 彼の腕を以てしても当てるのが精一杯。

 いや、悪環境の中で当てる方がおかしい狙撃、それを再度試みる。

()()()()()()()()()()()、なんて。あめぇんだよっ!」

 彼の脳裏に横切るのは、モビルスーツが家屋に突っ込み、理不尽に幸せを奪われた光景。

 住まいが工廠に近かった。

 ―――スラム街に追いやった癖に。

 稼働実験中の試作機で調子が悪かった。

 ―――知ったことか。

 こんなはずではなかった。

 ―――最低な言い訳を吐くんじゃねぇ。

 ガン・コントローラーのスコープに映る、精度の高い画像処理を経てハンスの目に飛び込んでくるもの。

()()()()に居る連中、あの時の連中と同じ顔してやがるっ!)

 その手の顔をする奴には、味合わせてやる。

 理不尽に奪われる、殺される行為。

 ()()()()にもそうした。

 だから、()()()にもしてやる。

 心は熱く、しかし体は精巧な機械のように操作を行いザクIが次の獲物に照準を彷徨わせた。

 その不安定なスコープを覗き込む双眸は相手を睨み殺すかのよう。

「狙い撃つ―――狙い撃つぜぇ!」

 ハンス・ロックフィールドは己の激情に従い、そして宣った言葉通りに敵を穿つ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


戦線が乱れる中、蒼い人がしめやかに退場。
どうなっちゃうの(((゜Д゜;)))


さて、気を取り直してアンケートを取りますぞ。
「アンケートその壱。」を活動報告をあげますので、そちらを参照してくださいまし。
間違えても感想に書いてはダメですよ。
作者が粛清されちゃうんで(震え声)

では、次話をお待ちください。


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第三十一話:其処にある脅威

 

 

 

 夜の帳が落ち始めた時間帯。

 密林のあちこちでモーター駆動音、キャタピラが土を踏み荒らす音が聞こえていた。

「どうだ、ジオンの様子は?」

 前線指揮車輌、戦闘支援浮上車両(ホバートラック)から進軍している前衛隊へと通信を開く。

『静かなものです。前へ進めても、反撃も何もなく』

「待ち伏せの可能性が高い。油断するな」

『了解です。大尉』

 彼ら連邦軍東南アジア戦線の一翼を担う戦車部隊は、八時間前にジオン軍攻撃部隊に奪取された陣地、対中東アジア戦線の橋頭堡を奪還、もしくは破壊を命じられて此処へ派遣された。

 配信された対モビルスーツ戦術。それを用いて確かな戦果を先日上げた彼の隊は、着任前に攻略の憂き目に合っている前線基地、計画通りに事が進めば中継基地となる拠点の後詰援護として進軍を開始。しかし、五時間前には基地から通信が途絶えた。

 進軍ルート上にある、奪われた陣地。これも後方基地が中継基地となれば、前線基地と変わる。

 そのための用意も成されていたが、現状の陣地は見る影もない。

 これはほぼ、彼ら連邦軍の攻撃に依るものだ。

 敵が立て籠った以上、戦車部隊による攻撃よりも航空部隊による爆撃、ないし戦艦を用いた主砲一斉射が有効と指揮官殿に具申したが、却下された。

 何でも航空部隊は、ジオン軍の部隊が後方に艦隊を展開しているために、そちらへ急襲を掛ける必要が出たので総出で狩りにいっているらしい。

 向いているものが違う、弾薬の無駄だと彼自身は強く思ったが、やり方を心得ているために従うしかなかった。どのような兵科で向き不向きがあろうと、求められたものには応える義務がある。彼の軍人としてのプライドがそうさせた。

 ちなみに戦艦は、というと。

「あの大佐、意気込みは買うが、功を焦り過ぎだろう」

 移動司令部となるビッグトレー級陸戦艇、これが攻撃を受けた前線基地の後方に本隊を率いて着陣している筈だ。大尉とその戦車部隊は壊滅した前戦車部隊と交代した別働隊で、陣地に残るモビルスーツ隊を撃破、身動きが取れないよう釘付けにする任を受けていた。

 この戦線の指揮を執るのは、イーサン・ライヤー大佐。

 打って出る気概は基地の奥で燻っているよりは遥かにマシだし、大尉自身も戦線が押されている今、敢えて攻勢に出る重要性を理解していた。司令官としては腰が重い連中に比べれば好印象。

 しかし、本人は紳士を気取っているようだが、眼光に野心が見て取れたのがマイナスであった。

 赴任早々ジオン軍と事を構える姿勢は、大事だ。

 消極的ではジオン軍の戦線拡大を止める事などできはしない。ひいては部隊全体の士気に関わるし、それが連邦軍総司令部ジャブローに伝われば更迭の()()()が届く。

 もっとも、ミノフスキー粒子という魔法のような現象で連絡手段が限られた今、揉み消されたらどうにもならんだろうが。

 ただ、基地奪還は良いとして、困難であれば破壊も容認とはどういう事だ。

 強く奪還を押してはいたが、無理ならばと続いた。

 あの場所は前線基地、これからは中継基地として機能する。

 その為の機材、設備が投じられているし、必要なスタッフも送り込まれていたと記憶している。

 脱出を確認した、と大佐は言っていたが交戦状態になってまだ八時間。八時間なのだ。

 交戦してすぐ基地を破棄する判断を下せれば、時間が短くとも避難はできる。

 しかし、抵抗を続けたのならば、通信途絶したその分を引いては短か過ぎる。

 基地外での応戦ならば裏から逃げればいい。囲まれてはいないのだから。

 もし、基地内で交戦状態に入ってしまえば、どうなる。

 秘密裏に脱出、そんな事ができるのだろうか。

 シオン軍も敵の内情は知りたいし、自軍情報も渡したくはない筈。

 追撃して捕縛ないし、最悪は殺害される。

 捕虜ならば南極条約が適用されるだろうが、撤退中の兵士はその限りではない。

 大尉にとって無事に後方基地へ収容できたのか、それだけが気掛かりだった。

 送り込まれたスタッフ、整備兵のリストには自分の弟の名前が記載されていた。

 偶々、辞令を受けにいった際に見ることができた。

 同じ東南アジア地区だと、メールのやり取りをした事もあったし、まさかとも思ってもいた。

 今回の出撃へ熱が入るのは、地球をジオンから守るためなどではない。

 ただ、肉親の安否を気遣う。完全な私情だ。

 コロニー落とし、その津波で行方不明となった両親や親族。

 唯一の家族となった、弟を助けに行くため。

 その為だけに、彼は戦場に居る。

『大尉、陣地に侵入しました』

 部下からの報告に、彼は意識を戻すと席を立ち、後ろで情報分析をしている部下とそのモニターに向かう。

「陣地内はどうなっている?」

音響探知(ソナー)に反応は、我が方の戦車のみです。熱源を探ろうにも撃ち込んだ砲弾が熱を持っていますし、火災も発生しています。様子を見ていますが、変化が無く」 

「機動力で振り切ることも可能なモビルスーツが、あれで撃破できたのか」

 陣地を破壊するつもりでの一斉射だったが、対モビルスーツ戦術を思案する中で、モビルスーツという機動兵器の運動性をある程度は知っている。被弾覚悟で突破ないし、離脱も出来たはずだ。

「…待て、残った建造物はあるのか?」

 嫌な予感が、口から言葉を吐き出させた。

「はい、他はほぼ倒壊していますが、兵器格納庫はまだ原型を留めています」

「その兵器格納庫は、モビルスーツが入る大きさか?」 

 彼は通信機を手に取り、口元に近づけた。

「恐らくは、身を屈めれば―――」

「全隊員に次ぐ、兵器格納庫へ一斉攻撃を加えろ! その中に奴らは居る!」

 通信機へ怒鳴り、攻撃を命令。

『りょ、了解!』

 驚いたようだが、身の危険が近くにあるのであればと彼らも迅速に応じた。

 遠くから砲撃音。それも途切れることなく続く。

 汗ばんだ手を、軍服で拭いながら、部下からの報告を待つ。

 何かが崩れる音が、木霊した。

「どうだ、中は見れるか?」

『はっ。しかし、動くものはありません』

「…何も無いのか?」

『はい、機材と整備中の戦車しか見当たりません』

「撤退する様子は見られなかった、何処かに身を潜めていると思っていたんだが」

『撃破できた、という事でしょうか』

「いや、ミノフスキー粒子濃度が上がっていない。あの粒子を利用して動いている兵器だ、撃破すれば一定の範囲に拡散する。仕留めたかどうかは、それで判断できる」

『なるほど。では、機能停止の可能性は』

「もし、そうであれば残った僚機が破壊するだろう。敵も鹵獲されたくはないだろうしな」

 つまりは、敵は息を潜めて陣地内に居る。

 あの図体でよくもまぁ隠れたものだ。

 一度後退、炙り出しにもう一手打つべきか。

 被害は覚悟の上だが、これ以上の捜索は危険だろう。

「一度下がれ、炙り出しが必要になった」

『了解』

「こっちは急ぎたいんだがな…腰を据えにゃならんか」

 その時。きーん、と空を切り裂く音が聴こえた。

「なんだ、航空部隊が敵本隊を叩き終えたのか?」

 大尉は後ろを振り返ろうとして、

「うおっ、何事だ!?」

「ば、爆撃です! 敵方から飛来した爆撃機に―――」 

 悲鳴を上げる部下の声、叩きつけられる衝撃、爆音の中。

「奇襲されたってのか!」

 彼の喉から叫びが迸った時。

 ホバートラックは、直撃した爆弾に耐え切れず四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉!? 応答願います、大尉!」

 前衛を務める戦車隊、その分隊長は金切り音、何かが弾ける音が連続して聞こえる事態に胸騒ぎが止まらず、通信機に何度も声を当てるが返事はない。

 彼は格納庫の中を確認するため、戦車から降りていた。大尉の言に従い携帯ライト、銃火器を手に内部の様子を窺う。しかし不吉な音の後に大尉との連絡が途絶えてしまい、中断する事にした。

 半壊した格納庫から飛び出し、大尉が指揮を執っているホバートラック、その方向へと視線を向けるが。

「ジオンの攻撃? 一体何処から来やがったんだ!?」

 彼の目に入ってきたのは夜闇を照らす、不気味なほどに赤い炎。

 演出するのは、上空から攻撃する爆撃機。それを十機、視認した。

 この爆撃機が容赦無く、一輌のホバートラックへ集中攻撃しているのだ。

 周りを見れば、自分と同じように警戒していた戦車乗りも呆然とその光景を見ていた。

 自分たちにとっての司令部、指揮車輌を見つけ出され、撃破されたのだ。

 彼はぼうっと数秒間見た後に現実を受け止め、思考を回し始めた。

 何故ホバートラックの、指揮車輌の位置が分かるのだ。

 周囲を守り、固めていた戦車部隊が前進したのを察知したとでもいうのか。

 ジオン軍の別働隊なのか。奴らの本隊は我が航空部隊が攻撃中の筈、其処から抜けてきたとでもいうのか。

 別働隊とすれば、状況は最悪だ。

 息を吹き返したジオン軍が援軍を得て攻勢に出る可能性が高い。そして敵の攻略隊と本隊、その間に突出する位置に自分たちは居るのだ。このまま何もせずに居れば挟撃されてしまう。

 航空隊の攻撃、追撃を振り切って向かってきたとしても同じこと。

 指揮車輌、部隊長の大尉と同時に部隊の目と耳を失い各分隊長も混乱している。

 爆撃隊が損傷していても、戦車と爆撃機では高度、搭載兵器の差から圧倒的に不利だ。

 ミノフスキー粒子が散布されていない今ならコンピュータによる自動照準が可能だが、散布されてしまえばそれも終わり。

 自分たちがモビルスーツ相手に優位を保てたのはホバートラックに搭載された音響探知(ソナー)により、対象の位置情報を割り出し、長距離からの一方的な攻撃が可能であった為。

 今となっては敵情報は得られず、その場を作る術も無い。

「く、くそっ」

 悪態しか発することが出来ない自分が悔しい。

 だが、このままむざむざとやられはしない。

 自分にも戦車乗りの意地があるのだ。

 座して死を待つことだけはしたくない。

 彼は戦車に戻ろう、と踵を返したところで、

「いま、何か動いた?」

 自分たちが通過した、八時間前は棟が幾つかあっただろう瓦礫の山。

 巻き上がった粉塵が積もり重なった、その下で。

 ―――赤い単眼(モノアイ)と、目が合った。

 その目は大きく。自分の身体、その半分以上はある。

 ブゥン、と瞳孔を開くように輝きを増した、そのモノアイ。

「も、モビルスーツ…!」

 彼が発した声、その兵器の名称が正しいと言わんばかりに大量の砂と瓦礫を振り落としながら、全長一八メートルを超える巨人が立ち上がる。広がる粉塵と砂塵に巻かれながら、相手を見上げた。

 暗がりから滲むように現れた砂漠色の塗装、頭部のブレードアンテナは歪み、装甲板には凹凸が多く、ショルダーアーマーは破壊されその下の防塵材が露出。各部も同じような状況で、亀裂が走っていない場所など一つもない。

「まだ居るのか!」

 その近くから、同じように砂と瓦礫を落としながら姿を現す2機のモビルスーツ。

 左隣は頭部のモノアイスリットが歪み、レールにも影響が出たのか左側へモノアイが移動することはなく、左肩は肩口から千切れ、脚部にも問題があるのか前に屈んでいる。

 右隣のモビルスーツは右脚が破壊されたのか、膝関節部からケーブルと可動部が露出し、その先が無い。膝立ちに近い体勢で機体を起こし、マシンガンを構えると空いた手は地面に着けバランスを取っていた。

 どの機体もダメージが見て取れるがコクピットの位置、そして右胸部の部隊章だけが唯一無事であった。

 飛び掛る獅子のシルエット、その場所だけは彼らにとっての心臓のようで。

 夜闇が濃くなる中で、不思議とそのエンブレムだけは読み取れた。

「こ、こいつら、イカれてる!」

 あの砲撃の中を耐え忍び、唯一無事な兵器格納庫から瓦礫の下へ身を隠す事を選択した豪胆さに、彼は畏怖の感情を覚えた。

 欺くために、安全地帯から踏み出す勇気。

 機を得るために、砲弾が飛来する中で身を隠す度胸。

 その境遇に置かれた時、自分にはできるだろうか。

 強く食いしばった口、其処から漏れた声が、彼の心を吐露した。

「畜生…!」

 自分たちは騙された。

 ―――プシュー、と排気音。

 自分たちはまんまと敵の目前に姿を晒してしまった。

 モビルスーツの機動力と運動性ならば、戦車隊はその攻撃範囲内だ。

 ―――手前にいるモビルスーツが手持ち武器、マシンガンを構える。

 押し込めたと思っていたが、釣り出された事に今更ながら気づく。

「畜生っ!」

 マシンガンから弾丸が発射され、背後にあった戦車を貫く。

 次に生じた爆風と衝撃波に、抗うこともできず意識を刈り取られた。

 その後に響く悲鳴、熱波と破砕音が彼に届くことは、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガースキー、ジェイク、無事か?」

 ケン・ビーダーシュタット少尉はMS-06D、ザク・デザートタイプが以前のザクIIと比べて頑強で装甲強化が成されている事を己の身で十二分に体感した。

『機体は五体満足じゃないが、何とか』

『くそ、脚がやられてる。最悪だ』

 機体の状態は良くないが、通信状態は良好だ。パイロットの声も普段と同じに聞こえる。

 彼らは敵による包囲が完成される事を見越して、行動を開始していた。

 進軍しているのならば、その状況を有効に使うしかない。

 古来より使われた手の一つ。

 敵を陣深く誘い込み、機を見て反撃に移る。

 唯一残るだろう格納庫の周りに点在する半壊した建造物に隠れ、敵の砲撃と必要であれば自ら倒壊させることで機体を下敷きにする。寝そべった状態で打ち付けられる、数瞬前まで構造物だったものに機体を殴られ、潰されながらも耐えに耐えた。

 瓦礫の山、夜間帯、機体の迷彩パターン、砂地という条件が組み合わさった事。

 彼の両翼を務める二人がこの行為を博打と知った上で、応じた事。

 身を隠した後は完全にモビルスーツを停止。

 モノアイも閉じられ、完全な暗闇の中で三人は待ち続けた。

 暗闇恐怖症、閉所恐怖症であれば気が触れる場所で。

 もしも、気づかれれば、そのまま破壊されて終わる戦場の中で。

 一つ、二つ、三つ…十数車両分のキャタピラがコンクリートを踏み砕き、接近する音。

 どくん、どくんと緊張と不安が脈動を、飲み込んだ唾の音を大きく聴こえさせる。

 敵戦車部隊はやはり、無事だった格納庫を包囲し砲撃を開始した。

 振動と爆音がコクピットを揺らす。

 攻撃されているのは自分ではないが、緊張が緩むことはない。

 しばらくして、何かが着地する音が複数。

 人間の靴音を捉える。

 その音を拾ったケンはデザートザクの起動準備に入る。

 機体の自己分析結果は散々なものだ。

 必要な措置とはいえ、敢えて被害を被る事となった。これまで自分が被弾したどの結果よりも酷い。

 ロイド技術大尉や、小さな整備主任から何と言われるかわかったものじゃない。

 ケンの思考に余裕が出てきたのか、戦場外の事すら思い浮かべる。

 出力も安定しないし、モビルスーツのパワーも今ひとつだ。

 しかし、問題はない。

 ケンのザクは立ち上がり、ガースキー、ジェイク機もそれに倣う。

 ノイズが走るモノアイには、戦車とその搭乗者だろう連邦軍兵士が映る。

「急いでるんでな、無力化させてもらうぞ」

 構えたマシンガンで戦車を破壊、続いてザクのセンサーに表示される敵部隊殲滅に機体を走らせる。

 自走可能な彼が囮となって敵の注意を引く。

 スラスターは通常の五〇パーセント以下しか確保できず機動力は大きく低下している。だが、それでも時速一〇〇キロメートル以上は確保できた。後は瓦礫の山、凹凸の地形を利用した高低差で敵の射線を遮り、先手を打って攻撃を続ける。

 ガースキー機は硬い動きだが、その後に続いた。

 ケン機の側面をフォロー、砲身を回頭した戦車を次々とマシンガンで撃ち抜き、敵がまとまった場所、障害物に隠れた時はマシンガンを上空に放り投げ、その間に二八〇ミリバズーカを構え、打ち貫く技量を披露してみせた。

 ジェイク機は脚部のダメージから起き上がれず、しかしマシンガンで障害物を崩し、視界を確保すると左腕部の固定兵装、ラッツリバー三連装ミサイルポッドを発射。火柱を二つ作り、目標を失った一発が瓦礫の中に飛び込み、砕けた破片と粉塵、土煙を一層舞い上げた。

 偶然か、それとも狙ったのか、それが煙幕となって戦車部隊の視界を塞ぐ。

 自走できないジェイク機の周りを掃射、彼の安全を確保すると陣地出入り口付近から砲撃を開始する分隊が迫る。  

『隊長、新手だ!』

「ガースキー!」

『ったく、少しは休ませろってんだ!』

 ガースキー機は空になったバズーカを腰に戻し、マシンガンを撃ち込む。

 背を向けていたケンも反転。火力を集中させ撃破を狙う。

「くそ、こっちも空か!」

 警告音。サブモニターには兵装弾薬切れの表示。

 撃ち尽くしたマシンガンをそのまま、ケンは瓦礫の山に隠れるように迂回。

 ガシュン、ガシュンと足音を夜闇と銃火の中に響かせ、十字路で在った場所で大きく跳躍した。

「うぉおおおおおおおっ!」

 着地先は、戦車隊の真上。

 注目を引きつけていた為にこちらを探っていた幾つかの砲口が火を吹き、それはデザートザクの左腕、右太腿部を貫通、爆破させた。

 ケンは操縦桿を握り、スロットルを絞る。

 ゴ、ゴゥ! バーニア光が黒い空間を裂き、両脚を文字通り使い潰して二輌を撃破。さらに倒れ間際に右腕を振り下ろし、マシンガンを鉄の塊に変貌させる代償にもう一輌を叩き壊したのだ。

『無理し過ぎだ!』

 生き残った戦車が倒れ伏したケンのモビルスーツに砲身を向けるが、その前に降り立ったデザートザクが残りを掃討。そこでスラスターの限界が来たのか、各バーニアから白煙を上げながら落下した。

 着地するも、バランサーがその衝撃で死んだのか。彼の機体もその場に膝から崩れる。

 ガシャア、と金属とアスファルトが喧嘩する盛大な音を上げた隣人に声を掛ける。

「そっちもな、ガースキー」

『これはアレですわ、体が勝手に動いたってやつです』

『三機とも、これで行動不能か。…腹括るか』

「なんだ、腹括ってなかったのか。ジェイク」

『しぶとく生きる気なんでね』

『まぁ、話聞いて頷くの早かったしな、お前。隊長、これからどうします?』

「戦闘継続は無理だ。本隊へ帰還しよう。機体は最悪、爆破しなくてはならないが」

 コクピットハッチを開きながら、粉塵漂う外気に触れる。

 ノーマルスーツのおかげで吸い込む事はないが、長い事居たいとは思わない。

「とりあえずは、友軍と合流する」

 ケンは、こちらへ進路を取るド・ダイを視界に収めながら呟いた。 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピ、ピと電子音が聞こえる。

 コクピット内を照らす機器類の低光量、モニター画面が瞼を刺激する。

 はぁ、と吐いた息が鉄が錆びた臭いに似て、嚥下した唾が酷く喉に張り付いた。

 ズキズキと、鈍痛が頭に響く。

 計器類にぶつけたのだろうか、額から血が出ているし、胸の奥が痛む。

 四肢を軽く張り、痛みが無いか確認。

 打撲以外、突き刺さる痛みも無ければ発熱する部位もない。

「意識を失って、戻ったらベッドの上が最高なんだがね」

 つまり戦闘継続に、何ら問題ないという事。

「自己診断プログラム、開始。友軍に通信回線開け」

〈自己診断開始。現在はミノフスキー粒子下のため、通信断絶〉

 操縦桿に指を這わせ、フットペダルに足を合わせる。

「現時点の兵装、知らせ」

〈ヒートサーベル一、ロスト。他問題なし。

 一二〇ミリマシンガン残弾七十八発。ヒートサーベル二、エネルギー効率一〇〇パーセント。シールド被弾率二〇パーセント。ヒートロッド一、二、エネルギー効率九〇パーセント。戦闘継続可能と判断します〉

 転倒したままのYMS-07M、先行試作グフ改修M型を立たせる。

「各部状況を」

〈全身に微傷レベル。可動部に支障ありません。各部バーニア、問題なし。出力上昇率(エネルギーゲイン)、安定域〉

 蒼いグフは専用シールドを左手で構え、シールドの裏に収納された一二〇ミリマシンガンを右手で取る。

 両手首の下部には固定兵装、ヒートロッドが格納。使用可能表示を信じれば、これも手札に入る。

 ―――さて、いざ参ろうか。

「対象放熱反応、パターン収集開始及び映像記録開始」

〈対象機動兵器の放熱反応、パターン収集開始。映像記録開始します〉

 収音マイクが拾う、ギャリギャリとコンクリートを砕く音。

 兵器格納棟、その奥から聞こえてくる。

「地形情報入手開始。入手後仕掛ける」

〈地形情報入手開始。―――二〇パーセント―――四〇パーセント〉

 モビルスーツに類する高熱源反応がミニマップに表示。

 識別該当なし。未確認機(アンノウン)表記。

 ―――来る。

 メルティエは機体を上空へ。

 メインスラスターが力強く大気を震わし、バーニア噴射口(フェルターノズル)が焼き散らかした。

 その空間にあった格納棟出入り口シャッターを破壊、続いて飛び出した小型ミサイルの群れが撃ち込まれた。ドドドドドッと驚異的なマシンガン並の連射性、装弾数を見せつけ空中に身を置く蒼いグフへと襲いかかる。

 それだけでも恐ろしい性能だが、メルティエを戦慄させたものはこれではなく。

「馬鹿な!」

 悠々と姿を晒した敵機体。

 其処へお返しとばかりにマシンガンを喰らわせてやった。

 高速機動で空中を走ってはいるものの、十発は命中させた筈。

 AIも命中報告をメルティエに伝えている。それはセンサーで感知したという事。

 目の錯覚でも、誤りでもない。

 センサーの誤作動は有り得ない。

 今もAIはパイロットへ正確な情報を伝えているし、現に今も意識が逸れた彼を促して建造物を回避させるのに一役買った。

「マシンガンが、一二〇口径の弾丸では効果がない等と!」

 今まで対面した敵を喰い破った、一二〇ミリマシンガン。

 それを防ぎ切るという。

 巫山戯た装甲強度、性能だ。

 下半身が無限軌道(キャタピラ)式で、戦車に人間の上半身を乗せたような格好。

 背部から延びる砲身は長く、ザクIIの全長に近いのではないかと思わせた。

 両手はマニピュレーターの機能を廃したのか、片手に四門、計八門の射出口が火災で彩られた中で鈍色の光沢を帯びる。火力と連射性に優れたミサイルは、ここから発射されていたのだ。

 キャタピラの下半身、底部から推されるように動く。スラスターがあるのか、器用にジャンプ。背部の姿勢制御用バーニアで体勢を崩すこと無く向かってくる。

 悪路ではキャタピラで地ならし、そこにスラスターで加速。

 障害物があれば飛び越え、しかし照準をも並行で行える技量の持ち主なのだろう。武器腕と砲身が小刻みに動き、メルティエを執拗に追い込む。

 正確にグフの軌道を追うミサイル。しかも直進式で、自動追尾機能を有するタイプのミサイルではないのにも関わらず、蒼いモビルスーツに迫っているのだ。

 ミサイルに気を取られれば、グフの着地地点を読んだ実体弾が飛来し揺さぶりを掛けてくる。

 今のところは回避に成功しているが、相手の高い射撃能力に冷や汗が流れた。

 陣地に飛び込む事が多いメルティエだが、今この時はそれ以上の緊張と死の気配を感じられ、余裕というものが無い。

 だが、余裕がないから焦るというものではない。

 何時しか、彼の呼吸は平時に近いものに戻り、冷静な思考が熱くなる本能を制する。

 朽ちた建造物の上を走らせるように誘導、僅かにでも減速すればキャタピラに射撃。

 それは相手も理解していた、敢えて前進。

 キャタピラの上にある装甲板でカバー。衝撃が機体を揺らすものの、被弾箇所には凹み程度。戦車であれば致命傷のダメージも、この半人半車は意に介さず襲い掛かる。

 ダメージが通らない防御力を前面に出し、轢殺するかのように前進一辺倒。

 それはこの戦場が凹凸が多く、一度蒼いグフから離れれば奇襲するに向いている場所だからだ。今はマシンガンのみの応戦だけだが、メルティエの機体はヒートサーベル、ヒートロッドを装備する近接戦闘特化が成されたモビルスーツ。

 仕切り直し後に不意を打たれるのを嫌い、このタンクモドキは長距離支援型の仕様を無視して距離を離さずにいるのだ。

 煙幕後に兵器格納庫に身を隠し、時期を計る判断。

 応戦後に地形情報を読み取り、例え機体には向いてなくても最善の行動を選ぶ決断。

 その決断を英断にまで昇華する、この技量。

 モビルスーツ開発着手が遅れた連邦軍で、ここまでの戦いができる。

 身に迫る驚異が、”蒼い獅子”の闘争本能を掻き立て、かつて宇宙(そら)で見せた機動を地上で再現。

 肉迫するミサイルにマシンガンを合わせ、数を減らし、誘爆させる。

 爆炎と煙を遮蔽に、メインスラスターを開放。暴風が吹いた音を残して前へ。

 腰、脚部のサブスラスターが約八〇トンもの超重量を力強く動かし、制御に掛かる。

 シールドを離し、左手にヒートサーベルを抜刀。剣状の発生器から高熱波が刀身を形成するのを見届けずに最短の動作、突きを放つ。

 バウッ、とタンクモドキは背部のスラスターを使った横滑りで回避。

 掠めたのかじんわりと赤熱した胸部装甲、庇うように乱射されたミサイルにマシンガンで応戦。下にあるシールドを蹴り上げ、端を掴むとその場から肩部のブースターの力を借りて離脱。

 離れたと思えば砲弾が足場を穿ち、グフの姿勢を崩しにかかる。

「引けば進み、踏み込めば下がる! こいつ、駆け引きが巧い!」

 蒼い巨人と、半人半車は互いの攻撃を躱し、受け、(はじ)く。

 メルティエ・イクスは、この無残にも変わり果てた前線基地跡で強敵と遭遇していた。

 彼にとって幸いだったのは、敵機体の射線は思ったほど広くなく、制限されているという事。

「こうも手が出ないとは。素直に相手を賞賛するべきか」

 メルティエとて、エースと称されるパイロット。

 躱しながら反撃を加え、移動射撃や照準の狂いで外したものもあるが残弾警告がAIに発せられるまで撃ち込んでいる。

 それでも敵機は怯まず、撃破できる様子も気もしないのだ。

「厄介な―――むっ」

 ゴウッ、と硝煙の中から飛び出した敵機。

 両手を突き出す姿勢。その先にはミサイル発射口。

 一気に発射、雌雄を決する気か。

 彼の目が八つの発射口に吸い寄せる中、ガシャと上から落ちるもの。

 砲身が震え、その先から被弾すれば大事に至る砲弾が蒼いグフを目指して突き進む。

 最初に長時間相手にさせられたミサイルで視線を釘付けに、その後に本命のキャノン砲で撃破する。

 奇襲を警戒していた相手からの奇襲。

 意識していた武器は欺瞞、上からという視覚効果も合わさり挙動を制される。

 そして、相手は本命の後にも追撃を行う。

 駄目押しとばかりに、ミサイルも発射したのだ。

 意識外からの攻撃に、意識していたものも向けられ一瞬の隙を作る。

 向けられた拳が突如止まり、無防備な下半身を蹴られたようなものだ。

 相手は蹴りだけでは止まらず、拳を再度向けてきたわけだが、

「―――飛んだな、()()

 メルティエは、攻撃しつつスラスターを加えて距離を詰めた敵機に向けて獰猛な笑みを浮かべる。

 既に彼の四肢は動き、先端の指先は脳からの指令に忠実に動き、蒼いグフがモノアイを爛々と輝かせる。

 彼は、何も新兵よろしくその動きを目で追っていたわけではない。

 飛び込んでくるタイミングなぞは分からない。

 自分は相手の思考を読み取れるわけではないのだ。

 先の先を読め、と戦上手は諭すだろう。

 簡単に読めれば苦労しないし、古来より積み重なる戦術や切磋琢磨の上に築かれる経験が必要だ。

 その手の才能には、生憎と恵まれず素質も宿っていない。

 だからこそ、

()()()()()、その最短攻撃を!」

 シールドを前に構えた蒼いグフ。

 耐え忍ぶ姿勢ではない。

 彼は機体を前に倒し、メイン、サブ全ての推進力が顕現。

 サブモニター上の速度が壊れたようにメーターを振り切り、獣じみた唸り声を発動機が上げて飛び掛る。

 バーニアからは直視できないほどの光量。

 その全てがモビルスーツを前へ前へと推す、推し上げる。

 メキィ、と嫌な音が彼の鼓膜を震わせる。

 ピシャ、と飛沫音がコクピットに木霊した。

 それらを飲み込む、グゥォオオッと咆哮に似た大音源。

 軋む音を奏でながら、彼の指先は操縦桿のスロットルを振り絞り、更に押し込む。

 蒼いグフは撓めた力を開放できる喜びに震えてか、がくがくと揺らし、飛翔した。

 ―――左に。

「―――――――っ!」

 ドドッ、ドウッ! 肩部のブースターが水平移動を掛け、接触位置の砲弾、ミサイルからすいっと身をずらした。臓腑を叩きつけられたような痛みが走り、重く残る。激痛が喉を走るが、彼は犬歯を利かせて食いしばった。

 大気圏、狭所内でロールすら魅せて飛び込む。

 弾幕を振り切り、前傾姿勢を取り距離を詰めたモビルスーツ。

 高速機動に対応してみせるモビルスーツモドキは、容赦無い攻撃を浴びせる。

 着弾、削り取られるシールドが耐久限界を越える前に、蒼い軍服の男は親指の下にある三つのパネルの、その二つ目をぐいっと押し込む。  

 ―――バチィ、バシュウ。

 通電音、何かが外される音を置き捨てて、二つの飛来物がタンクモドキのキャタピラに突進。

 ドォン、と音が二回重なり、爆発すら発生させた痕はキャタピラの履帯を破壊せしめ、剥き出しの車輪を損壊させた。

 パージした脚部補助推進、サブバーニアを即席の弾頭に見立てて打ち込んだのだ。

 直進するだけで当たるこの位置ならではの攻撃手段。

 結果としてタンクモドキは移動が困難どころか、自走不可能。

 対するグフは幾らか速度が落ちるも、目に見えてではない。

 半人半車は掬い上げるような衝撃に上体が仰ぎ、蜂の巣にせんが如き弾幕が乱れる。

 蒼い機体は更に距離を詰め、先ほど相手にされたように両手を突き出した。

 シュ、シュ、と空気を裂く二条の線。

 青い白い軌跡を残すそれは、相手の両腕に絡まった。

 ヒートロッド、伸縮式の電磁鞭が対象を束縛。

 メイン、サブジェネレーターから供給された大電流が、敵機を内側から灼く。

 エネルギーゲインが軒並み減る中、バババババッと電流が、そこから発生した熱が入り鞭が溶け込むように装甲面に沈む。

 電気回路を焼かれる攻撃の中、相手は抗戦するのかグフの肩口目掛けて砲身が降りる。

 その口から砲弾が発射されるよりも早くグフの両肩が砲身下に入り、その勢いのままに軽くなった脚部でドロップキックを胸部へ打ち込み、甚大な衝撃を浴びせた。

 ぐん、と駆け上がればグフの肩部よりも脆弱な砲身はへし折れ、攻撃手段が潰えた。

 ガシャ、と地上に落下したのはタンクモドキの両腕。

 ヒートロッドの高温が、対弾性に優れた装甲板も許容範囲を逸脱したのだろう、溶断したのだ。

「降伏しろ、連邦軍パイロット。応じれば南極条約に基づいた扱いを保証する」

 敵の武装を無力化したメルティエは、相手の腕前を惜しみ降伏勧告を口にした。

 ヒートロッドを格納、腰からヒートサーベルを手に取り刀身を発生させず返事を待つ。

 刀身を向けなかったのは、これ以上戦い続ける意味等ないとアピールするつもりであった。

 故に。

「甘いな、ジオンのパイロット。首元に刃を突きつけないとは」

 グン、とタンクモドキはスラスターに力を込める。

(やはり、駄目か!)

 彼も相手が降伏に応じる可能性は低いと見ていた。

 だが、優れた戦士を散らすには惜しいと。

 ()()()()()()で居た事が命取りだ。

 タンクモドキは体当たりを仕掛け、蒼いグフは赤い刀身で迎え撃つ。

 突く点よりも、払う線を選択したメルティエは突進する機体を薙ぎ払う。

 ヒートサーベルは接触、溶断、切り飛ばそうと当てやすい胴体へと迫る。

 その前に折れた砲身が邪魔をし、胴に切り込むまで僅かな時間が生じた。  

「もらったぞ!」

「なに!?」 

 それこそが、敵の狙い。

 何と、タンクモドキが腹部より上を()()()()きたのだ。

 ヒートサーベルが断つ前に、胴体部から小型戦闘機が飛び出す。排出した頭部近くに近づくと、頭部のゴーグル型センサーだと思っていたが実は其処はキャノピーで、ノーマルスーツの連邦兵が飛び出すと背負った圧搾空気式リフト・ジェットで戦闘機上に移った。

 その曲芸に似た光景に目を奪われ、グフは()()()となったパーツを受け、たたらを踏む。

「あんな機能、あるんだ…」

 呆然と基地跡から遠のく戦闘機を見送り、

〈直近に高熱源反応、すぐに離脱を〉

「―――まさか、核融合炉があるのか!」

 地上に転がる上半身、其れから飛び退ると半壊した格納庫を壁に、両肩の防御シールドをクロスさせた。

 果たして、膨大な熱量とミノフスキー粒子を撒き散らす光が出現。

 起点となった場所に在るタンクモドキの上半身、残されたキャタピラ部はその中へ没し、余波が蒼いグフにまで至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はさすがに肝が冷えた」

「確かに、難敵でした」

 小型戦闘機、コア・ファイターの狭苦しい中で彼らは互いの健闘を讃え帰還の途に就いていた。

 目撃例が少ない敵方のモビルスーツは機動力強化、いや特化型というべき機種。

 モビルスーツが空中でロールすらしてみせたのだ。

 宇宙空間、ルナツー防衛で幾度か目にしたことはあったが、無重力の宇宙でこそだろう。

 重力下で行うなど、正気の沙汰ではない。

 いくら攻撃と回避を両立させる事が出来る、と言えどもだ。

「この戦線も長くは続かないな」

 今作戦のみの相棒となった間柄の二人は同じく元戦闘機乗りだ。

 二人は連邦軍総司令部ジャブローへ向かう途上、この前線基地へ立ち寄っただけに過ぎない。

 辞令を受け、その移動中だったのだ。途中で輸送する積荷があったために大きく迂回する羽目になったが、輸送隊の定期便に乗せてもらっているのだ、贅沢は言えまい。

 問題はこの東南アジア防衛戦線に着任した司令が早々に攻勢を掛けたところだろうか。

 司令には司令なりの勝機が見えたのだろう。そう思わなくてはやっていられない。

 戦車部隊を前衛に、航空部隊を遊撃兵、陸上艦艇を後衛にした部隊は各前線基地と連携を取り、じわじわとジオン軍の勢力圏を締め付けていく筈であった。

 しかし、この前線基地司令は敵が来ると彼らが搭乗していたミデア補給艦を徴発、少ない側近を連れて逃亡。基地防衛戦力とそのまま置き去りにされたが、梱包されたままの積荷が一時仮置きで兵器格納庫に置かれていた事を知っていた彼らは共にジャブロー行きになる筈だったRX-75、ガンタンクに搭乗しジオン軍と交戦することに決めたのだ。

 射撃のセンスが優れる中尉が砲手、操縦と戦闘機の腕に定評があった少尉が操縦士となり。タンクモドキを火器管制が集中した頭部、機体制御と操縦を腹部から操り、それぞれが専任となる事で集中できた。

 ジオン軍のメルティエが優れた射撃、操縦と戦慄したがこのようなタネがあったのである。

 彼らは各操縦席でカタログを開き、早読みで流す内に整備士に気づかれ降りろとまで言われたが、その要求を無視して出入り口へ移動。長距離戦仕様であるならばと自軍と肩を並べて不慣れな間接照準射撃を開始。

 しばらくした時、爆撃機の上からモビルスーツが狙撃、うち一機が降下してきたので撃ち落とそうと四〇ミリ四連装ポップランチャーで迎撃するが五色の煙幕に巻かれたので兵器格納庫内へ後退。

 敵の動きが止まり次第打って出る事に決め、蒼いモビルスーツと戦闘となったのだ。

 まさかモビルスーツのマシンガンを受けても穴が開くどころか損傷が凹みのみとは、最初は信じられない出来事が重なったが連邦軍モビルスーツが戦線へ配備されれば、ジオン軍の猛攻を跳ね返せると希望を抱かせるには十分だった。

 しかし明るい展望とは裏腹に、彼らの表情には暗いものがある。

 それは上層部の腐敗、と言っていいのだろうか。

 部下を見捨てて逃げる。

 この行動を目の前で、実際にされた二人は陰りを生むには十分過ぎた。

 今も続いているだろう、眼下の戦いを指揮する司令にも猜疑の目が向かうのも止むを得ない。

 現実を見つめれば、彼らは正に敗戦の途中であった。

「何故、ライヤー大佐は攻勢に出たのか」

 作戦前から疑問に思っていた。独り言だが、彼はそれを拾う。

「ライヤー大佐はレビル将軍をライバル視しているそうだ。噂話だがね」

「…では、この戦線は」

 ジオン軍に押される戦線を押し戻し、戦果を上げる場。

 点数稼ぎ、ライバルと目す人物を見返す為だけのものだと。

 ただの私情から発し、兵士が血を流しているという事なのか。

「噂話だよ、少尉。我々はベストを尽くす、それだけだ」

 彼にも思う所があるのだろう、でなければ噂話とは言え上官のマイナスイメージを植え付ける事なぞはすまい。

 ベストを尽くす、そう言う彼の言葉には信念が込められている気がした。

「中尉の言う通り、自分もベストを尽くします」

 その後、彼らは語ることは無く。

 合流予定だった本隊が、六機のグフタイプに殲滅され最寄りの基地へ帰還するまで一言も発する事はなかった。

 数ヵ月後、彼らはジャブローで新兵器の訓練を終える。

 数少ない同郷だった二人は挨拶を交わし、その後別れた。

 中尉はオーストラリア大陸へ向かい、同地で特務小隊を率いる指揮官として。

 少尉は各戦線を渡り、モビルスーツの実戦データ収集を目的とした部隊へと。

「蒼いモビルスーツ、か」

 言葉を交わしたあのパイロットとも、何処かの戦場で巡り合う時が来るのだろうか。

 そう遠くない未来だろうと、彼は予感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

活動報告の方でアンケート実施中。
コメントに興味深い内容が多い。何かの際に入れてみよう。

今回はノリスさん出せなかった。
主に文章量の問題で(白目)
インパクトある文面って難しいね、平坦な文字の集まりになっちゃう。
面白いと言ってくれる人たちの優しさで執筆できています、感謝感謝。

次話、もしくは同時進行で外伝も書いていきます。
その分更新が遅れますが、長い目で見守ってください<(_ _)>

最後に誤字連絡、評価、感想毎度ありがとうございます。
次話をお待ちくださいヾ(*´∀`*)ノ

追伸:メルティエを追い込むと執筆が加速する事に気がついた。この流れに乗るべきか…(逃亡)


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第三十二話:爪痕

 

 

 

 聳え立つ山合い、大きく枝葉を広げる大樹の背、地平線から昇る陽。

 激戦を生き抜いた後の夜明けが、こんなに美しい。

 感動を胸に秘めて目を離し、少し視線の位置を変える。

「無残」

 そこには瓦礫跡と化した陣地、前線基地が横たわる。

 空へと延びる黒煙。折れた砲身、残骸と化した鉄の塊が元密林であった荒野に広がる。

 踏み潰された61式戦車、墜落し半ばから消失したフライ・マンタが多数。

 そして荒野の真ん中で巨体の影を落とす、ビッグトレー級陸戦艇。

 その中で、地上から天へと向けられる機械仕掛けの巨人の手。

 胴部を打ち抜かれ、四肢が砕かれ擱座するモビルスーツが点在している。

 随伴機として従ったマゼラ・アタックも、運命を共にしていた。

 戦場跡に降り立った監督官に検分され焼け焦げ、ひしゃげた装甲板に書かれたサイン、刻印から未帰還者が戦死へと書き換えられていく。

 彼らが足早に去った後。

 その物言わぬ骸の前には思い思いの姿勢で、戦友であった人物を偲ぶ兵士の姿が見受けられた。

 独りで歩く、豊かな薄紫色の髪を側頭部で二つに束ねた女性は呟いた。

「居ない?」

 彼女が所属するジオン公国突撃機動軍、特務遊撃大隊ネメア。

 駐留部隊である彼らが連邦軍攻勢の報を受け、駐屯軍へ加勢を決定したのは三十二時間前。

 ギャロップ級陸上艦艇四隻、モビルスーツ十五機、爆撃機十二機の戦力を有する彼らは援軍でありながら、敵の守りが強固な戦線へと配置された。

 敵陣地、前線基地のほぼ正面である。

 期待されてのことだと疑念を一度は払い、ネメア主要陣が練った作戦を前線司令部へ提案。

 しかし、返答は彼らが予想したものとは異なる。

 駐屯軍に拒否された特務遊撃大隊は単独で当たることとなり、駐屯軍に失望したものの交戦。

 会戦から八時間後。支援基地をメルティエ・イクス中佐が奇襲、長距離兵器群を察知したシーマ・ガラハウ少佐が構築されつつあった敵陣地を強襲、共に陥落させる事に成功する。

 敵前線基地と陣地側面からの長距離攻撃によりガラハウ隊は後退、遊撃兵の役割を担うイクス隊が陽動も兼ねて前線基地攻略に掛かり、損害を受けたガラハウ隊に代わりビーダーシュタット隊が陣地防衛に入った。

 モビルスーツ隊が大きく動いた時期に、ネメアのギャロップ艦隊にフライ・マンタを中心とした敵航空部隊が急襲。

 直衛のアンリエッタ・ジーベル大尉率いる小隊が迎撃に入るが、山合いを利用し防衛側であることもあって有効打が打てず厳しい戦いを強いられた。艦隊への損害は軽微に留まるも、モビルスーツ隊にダメージが蓄積、小隊長機中破、僚機小破となった。

 帰還したガラハウ隊が弾薬を補給すると再度出撃、艦隊防衛に回り守りに厚みをもたせ小隊壊滅を防ぐ。その際にシーマの号令の下、ツーマンセルで現存隊を編成。隙を小さく、密度を濃くした采配が功を奏し、中破以上の損害を出さずよく保った。

 矛を交えながらも、膠着状態に入った両軍。

 しかし、会戦から十八時間後に事態が急変する。

 中東アジア方面軍司令代行ノリス・パッカード大佐が直衛の精鋭と共に駆けつけ、単独で強烈な横撃を展開する連邦軍に与え、敵方を大いに混乱させたのだ。

 駐屯軍が目の前の戦線にのみ掛かり、支援行動をろくにしなかった事もあってか、警戒が手薄だった事も大きく起因。たった六機のモビルスーツ隊に、連邦軍は隊列を崩され一部の隊が戦線を離脱するまでに至った。

 パッカード隊が稼いだ時間にダグラス・ローデン大佐は孤立する前線へ、ド・ダイYS要塞爆撃機十機による爆撃隊を編成。苦しい戦いを続ける前線を助けるため、艦隊の守りを薄くするリスクを負い派遣を決定した。

 夜間飛行を強行するヘレン・スティンガー准尉率いる爆撃隊は最初陣地に侵入した戦車隊を叩こうとしたが、通信量が多い一帯を発見。ビーダーシュタット隊が最後に送った戦地情報とも合わせ、隠れる指揮車輌を肉眼で視認する。これを撃破し、敵部隊の目と頭を潰すことを第一とした。

 十機からなる爆撃機の攻撃を浴び、指揮車輌を破壊後はモビルスーツが大破したビーダーシュタット隊を回収。加えて護衛機を就け、残った五機のド・ダイは奮闘を続けると先行して救援に向かった自軍と合流、ノリス大佐の下へ駆けつけ、連邦軍本隊を叩くことに成功したのだった。

 その跡地となる激戦区を赤い瞳に収めながら、小柄な彼女は歩を進める。

 蒼い装甲板が地上に無いことを確認して、しかし機影すら見つからない事に彼女は半眼になる。

「何処?」

 敵別働隊の進軍を単機で留めたハンス・ロックフィールド少尉が、崩壊した前線基地で蒼いモビルスーツを救助。此方のギャロップ艦隊を攻撃。その後の反撃で撤退した連邦軍の残存航空隊、フライ・マンタと遭遇。突破し振り切ったとも報告を受けている。

 彼女の後方には、ド・ダイ爆撃機とその上に載るMS-07A、グフが身を置いていた。

 大きな損傷は見受けられないが、シールドを失い、装甲表面に弾痕が多く残るそのモビルスーツは膝を突き、腹部のコクピットハッチ下に手を添えたまま動きを停止している。

 爆撃隊に先駆けて、ノリス大佐麾下のモビルスーツ隊を援護していた彼女はノリス大佐の駆るMS-07B、グフカスタムが敵陸上艦艇のブリッジにガトリングガンを浴びせ、沈黙させるのを見届けると戦車部隊にグフから一二〇ミリマシンガン、ド・ダイには八連ミサイルランチャーを自動照準で攻撃、航空部隊を失った連邦軍地上部隊を蹂躙した。

 今頃ギャロップ三番艦の航行ブリッジでダグラス、ノリスの両名は面会し此度の件で話し合っているのだろう。駐屯軍に対する意見と、礼に欠けた対応の謝罪を済ませているのだ。

 特に荒々しい面々が揃うシーマ・ガラハウ麾下は訪れたノリス大佐とその配下に狼藉こそ働かなかったものの、歓迎の態度は微塵も表しはしなかった。

 危うく同朋を一人失うところだった事を聞き及んでいたので、ノリス大佐が目を伏せ謝罪の言葉を口にすると苦虫を潰したような顔で下がっていった。

 静かな迫力に当てられたとでもいうべきか、荒くれ者たちは「こいつは相手にしちゃなんねぇ」と零しながら解散している。

 彼の不在中に面倒が起きなくて良かった、と当時の彼女は拳を下げている。

「ん?」

 聞き慣れたド・ダイの駆動音。

 空を見上げれば、改修したド・ダイが片方の推進基で飛んでいる。

 黒煙をもう片方の推進基から漏らし、被弾していることは明確だった。

 そのド・ダイは年若い整備主任が手掛け、部隊長と狙撃手に託された一品。

 攻撃能力を排し、プロペラントタンクを積み飛行時間を延長。空いた積載能力分、モビルスーツを二機搭載可能とした運搬航空機。

 ド・ダイの上、其処には確かに二機のモビルスーツが在る。

 一機はMS-05L、ザクI・スナイパータイプ。

 頭部はモノアイとそのレールが剥き出しで機構部が完全に露出、全身には弾痕が散りばめられ、肘関節部に命中でもしたのか、だらんと左腕が下がっている。

 曲線状のフォルムは欠け、脚部などは大きく穿たれバーニア噴射口が晒されていた。

 バックパックにも被弾したのか、ジジッと漏電音と青白い光を見せている。

 その大破寸前の機体が掴む右手、

「―――え?」

 ザクIが支え続けなければ、ド・ダイから転がり落ちてしまうだろう。

 力無く座り込んだ蒼いモビルスーツ。

 その機体は四肢こそあるが、()()()()()()()

 肩口部は接合こそしているものの、無理な力で動かしたのか通常の位置よりも外へ可動部が出てしまっている。肩から伸びた防御シールドは高熱波を受け続けたのか、形状を留められず端部が溶けて変形さえしていた。

 脚部には、補助推進に設けられたサブバーニアが無く、強制排除(パージ)した名残か増設部と装甲板に焼け焦げた線が走っていた。

 頭部と胴体部は無事だ。

(良かった)

 彼女はほっと安堵の息を漏らし、また随分と酷い有り様だと見上げる。

「――――!」

 ミノフスキー粒子下を突っ切った今でも、ずっと外部スピーカーで話しているのだろう。

 高度差と風に流されて聞き取れないが、ハンス・ロックフィールドの声だと分かる。

 だが、何故。

(ハンスの、声だけ?)

 耳に馴染んだ、メルティエ・イクスの声がない。

 それに、彼の声音に宿るものは何だろうか。

 注意深く二機の姿を見れば、微かに、そう本当に僅かな力でザクIは蒼いモビルスーツを掴んだ胴体部を揺らしている。

 ああ、どこかで見たと思えば。

(何故、そんな事をしているの)

 ハンス機の揺さぶりは、緊急時の救命方法で被災者に声を掛ける動きと似ていた。

 何か、冷たいものが彼女の胸に刺さる。

「―――! ―――だっ」

 そんなに懸命に、あの人の機体に呼び掛けないでほしい。

 嫌な想像が当たってしまいそうで、怖いではないか。

「っ!」

 どうして、駆け始めたのか彼女には分からない。

 気づいたら、愛機のグフへ駆け寄ろうと向かっている。

 薄汚れた黒煙で軌跡を乱し、滑空するように本隊位置へ向かうド・ダイ。

 コクピットハッチに乗り込むまでに、飄々としている筈の―――していなければならない男の声が響く。

「大将! もう少しだ、もう少しで戻れる!」

 その声は励まし、呼び覚まそうとしていたようで。

 彼女の中で、嫌な予感が孕み続ける。

 ゴウン、プシューとハッチが閉じ、外部へ排気したグフが起動を開始。

 コントロールを有するグフの起動に連動して、ド・ダイも機動可能までアップし始める。

「起きろ! しゃべんなくていい、目も開けなくてもいい!」

 ゴウッ、とド・ダイがモビルスーツと共に空へ上がる。

 ハンスの切迫した声は途切れず、地上の兵士たちも何事かと集まり始めた。

「起き続けろ、大将! ()()()()死ぬぞ!」

 聞きたくない言葉が彼女の耳に入る。

 予感が的中したが、心を占める感情は暗いものだ。

 順調に速度を上げ、高度が下がり始めるド・ダイに接近する。

 ハンスの苛立ちと焦りを多量に混ぜた、鋭い舌打ち。

「くそっ、推進力が『ロックフィールド少尉、今通信回線が』―――担架だっ! 軍医と衛生兵をモビルスーツ格納庫に集めろ!」

『わ、わかりました!』

 慌てる中で聞き返さず、求められた行動を遂行するユウキ・ナカサト伍長を見直した。

 損傷がない彼女のド・ダイは推進力を失い降下し始める運搬航空機に接し、前に回ると後部ワイヤーロープを発射。

「ハンス、固定を」

「すまねぇ、助かる!」

 大破寸前のハンス機がこのまま失速する航空機と共にあれば、確実に爆散してハンスも死んでしまう。彼女のド・ダイに乗り移させてもコントロール権はグフに設定されてる。

 再設定はド・ダイのコクピット部で直さなくてはならない。今となってはもう無理だ。このまま墜落しないよう維持しながら、前方のド・ダイで牽引しなければならない。

「容態は?」

 難易度は高い、なんてものではない。

 空中で、別機体を牽引なんぞ何処で学ぶというのか。

 しかも、しくじればハンス・ロックフィールドは愛機と運命を共にし、察するに意識を混濁させ、今にも失いかねないメルティエ・イクスが死んでしまう。

「意識は辛うじて、刺激を与え続けないと不味い。外傷は酷くない。止血処置はしたが出血が酷い分、急がねぇとやべぇ」

 何をやってこうまでなったのか。

 何故、また無茶をしたのか。

 どうして、独り傷つく事が多いのか。

 いい加減、人の心を掻き乱す行為は自重すべき。

『ギャロップ一番艦のモビルスーツ格納庫ハッチに、軍医の方と衛生兵に集まってもらえました』

「了解。すぐに向かう」

 ユウキの報告に応えた後は操縦に集中しようと通信を切る。

 操縦桿を慎重に動かし、サブモニター上に表示されたバランスと推進力に集中する。行き先を入力済みなので、この二つだけに神経を尖らせれば良い。

 気流が乱れ、制御不能にならない事を祈り、ミニマップ上に表示された艦艇へ早く着けと願う。

「馬鹿」

 必ず、問い詰めてやる。

 誓わせてやる、自身を大事にすると。 

 解らせてやる、代えの効かない身である事を。

 それでも、今はただ。

「本当に、馬鹿」

 ただ、生きてと願う。

 エスメラルダ・カークスは背後に犬猿の仲の狙撃手と、その対称の位置に居る男を生かすために、朝焼けの空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次から次へと問題が重なるものだ」

 苦い笑みを浮かべ、肩を回すダグラス・ローデン大佐。

 その向かいでは目を閉じ、厳しい顔のノリス・パッカード大佐。

 本戦線参加者は徹夜であり、二人の顔も疲労の色が濃い。

 休みを入れずに二人は今後連携を密に取り、情報共有化を図ろうと話し合っていた。

 少し雑談を挟み、ノリスが暫定司令部として据える基地へ帰還することを告げ、握手を交わしたところに飛び込ん来た急報。

 メルティエ・イクス中佐、連邦軍新兵器と交戦、負傷。

 現在はギャロップ一番艦、その医務室で現在治療中とオペレーターに詰めていたユウキから報告が上がったのだ。ダグラスは彼が突出型パイロットである事を知っているので、後遺症の残るものでなければ良い、と聞いていた。

 心配はしているが、生きてさえいれば今回の事が良い薬になる。

 苦い経験は彼の血肉となって、より厳しい戦いで生き抜く糧になる筈だ。

(パイロット足りうる男に、指揮官足り得る考えを叩き込まねば…むぅ、難しいな)

 エースパイロットとして名を馳せ、部隊の中心人物であるメルティエ。

 部隊指揮官、パイロットとしても有能なシーマ・ガラハウ。

 小隊運用に長け、柔軟な発想のケン・ビーダーシュタット。

 他にも彼らを支え、指揮官代行を務める人材も居る。

 今回は総戦力で事に当たり、各戦闘区域に割り振った。

 しかし、前線指揮官が複数名居るのだ。

 一気呵成に攻め立て、占領区域を広げる手も有効。

 その後ギャロップで陣地を築き航空部隊で警戒ラインを上げ、電撃戦を繰り返す事も可能だ。

 今回は情報不足もあり、慎重に敵情を探る事を優先した。

 戦況は後手に回ることになるが、慌てて攻め込むのは得策ではないと判断した。

 結局、戦略的なものではなく現場主体の戦術的優位から勝利した。

 悪手ではなかったが、妙手を取れなかった指揮だったのが悔やまれる。

 今回も長い付き合いのケンたち、実行部隊長のメルティエが被害を被っている。

 ケンたちは敵に包囲された中で最良の選択肢、肉を切らせて骨を断つを実践。

 モビルスーツを大破させたものの、見事敵部隊を壊滅させた。

 メルティエは連邦軍が開発したモビルスーツと目される兵器と遭遇、撃破に成功。

 捕獲しようとして、自爆に巻き込まれたと聞いている。

 その前に砲撃に遭い、手傷を負っていたとも。

(運が良いのか、悪いのか。女難の相がある事は確実なのだが)

 ”蒼い獅子”の異名通り、前線で活躍するのも良い。

 だが、やはり格闘戦特化型のモビルスーツはネックだ。

 どうにかして前線、いや、最前線から離すことができないものかと常々考えていた。

 此度の件での悩みではない。以前から抱えるものだ。

 確かに彼が前線に姿を現せば力強さ、頼もしさは他の人間では与えることはできない。

 各アジア戦線でも活躍するエースパイロットは多数存在する。

 その中で”蒼い獅子”と同等、それ以上に味方を鼓舞し敵を射竦める歴戦の勇士は片手の指を満たすかどうか怪しい。”青い巨星”の後継者が下した自らの評価は知れないが、既に戦線に影響を与える人物となっているのだ。

 影響力の度合いでは例外として現北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将が居るが、准将自ら「この身の盾となった獅子が居たからこそ、安心して采配を執れた」と述べている。

 ネメアという屋台骨、その支柱に前身の隊から在籍する古参者とダグラスが目をかけ期待しているケンたち、キシリア・ザビ少将から増員として送られたシーマが勿論居る。

 しかし、大黒柱は間違いなくメルティエであった。

 彼が後方から指揮する人間であれば、ダグラスは用済みとなりうるかもしれない。

 今では、補佐役の立ち位置でも良いとさえ思う。

 あの将校を失えば、部隊は瓦解する。文字通りの中心人物であった。

 彼が自分の立ち位置に座ると言うならば、ダグラスは喜んで譲るだろう。

 だが、あの若獅子はパイロットである事に拘りがあるようで、老指揮官を手放さない。

 自ら腰を上げれば、慌てて座らせようとするだろう。彼はそんな人間だ。

 ダグラスも彼を見守っていなくては、今回のように何をやらかすか心配になる。

 コレさえ無ければ、一軍の長として問題ない男なのだが。

(まったく、難儀な男よ)

 初老の彼には年が大きく離れた弟か、息子が居る心持ちだ。

 それだけに、前に出れば出るほど密度を濃くする流れ弾、可能性が上がる集中砲火が恐ろしい。

 戦場に安全な場所等ないことは十二分に承知している。

 それでも、生存率の向上や被弾を避けるべくして事態に備えなければ。

 スタッフのロイド・コルト技術大尉やメイ・カーウィン整備主任に長距離、せめて中距離に主軸を置くモビルスーツプランを立ててもらうべきだろうか。機動力に優れた機体では前線に飛び込みかねんし、さじ加減というものが難しい。守りを固めようにもその重さで身体に支障が出ているのであれば、意味を成さない。

 開戦時はMS-06、ザクIIに主力モビルスーツが変わった中でMS-05、ザクIを愛機としていたのだ。

 機体性能に頼った戦闘では大戦果なぞ上げられまい、性能を出し切るのならばまだしも。

(ふむ。確か)

 先日、月のグラナダ、キャリフォルニア・ベースからモビルスーツが送られてきている。

 カタログスペックを精査せずに戦場へ送り込むことなど到底無理だったので、作戦には投入していない。技術班、開発陣も前回の失敗でパイロットの安全性確保を優先している。良い傾向だが、パイロットにも無理な操縦を自重するよう求めねばなるまい。

 届いた機体はキシリア少将の御眼鏡に適ったものと、ガルマ准将からは現地適応型だ。

 思えば、不可思議な事象ではある。

 ダイクン派を主要陣に据える部隊に、ザビ家から厚い補給が届く。

 少将はダイクン派でも能力があれば重用する、という考えが見て取れる。

 准将からは派閥など関係なしに、友人に対する心ある援護だろう。

 上下、男女関係なく親しまれる人物。

(悪人では無いことに、ここまで安堵させられる人間はおらんなぁ)

 苦い笑みが、更に深まった。 

 メルティエ・イクスという人間を育てた人物に感謝しなくては。

「ローデン大佐」

「何かな、パッカード大佐」

 航行ブリッジに差し込む朝陽の中、ノリスは佇む。

 何処か、殉教者のようだと初老の男は思った。

「思いの外、貴隊には迷惑を掛けた。何かこちらでまかなえるものはないだろうか」

 責任感が強い(いわお)の軍人は、視線を下げることなく訪ねた。

 謝罪ではなく、助けることで贖う。

 好ましい漢だが、それ故に配下の動きが彼を損なわせているのが惜しい。

 調べたところ、中東アジア方面軍はサハリン家所縁ある者も属しているが、大多数はジオン国防軍に在籍していた者が入り混在しているようだ。

 現に大佐と此処へ来た者たちは質実剛健な将兵。

 駐留してから対談した前線司令官やその周りとは明らかに異なる。

 地球に派遣、ないし降下したものにはエリートやベテラン勢が多い。

 新兵や優秀な兵士でないものに地球環境で軍事行動ができるか危ういし、脱走されてはかなわない。

 そう思っていたが、どうやら”はぐれ者”や”能力欠如者”も降下してきているようだ。こちらの部隊も問題を抱えているが、それはやはりどこの部隊も同じなのだろう。

「一つある」

「聞かせて頂きたい」

 互いに目を合わせたまま、逡巡もない。

「我々が駐留する前線基地、其処から遠くない場所の集落とは協力関係でしてな。

 其処へは中佐が自ら足を運んで巡回士の役を負っていた」

「”蒼い獅子”自ら? そこまで重要な場所とは」

「我が方と連邦軍の境界線上に位置する重要な場所、という意味では正しい。そこには我々が接触するまでに両軍の使者を名乗る輩が訪れていたそうだが?」

 訪ねるが、ノリスは渋面を浮かばせるだけだった。

「存ぜぬか。この集落を束ねる族長からは到底応じれない態度で接せられたとも聞いているが」

「申し訳ない。私の不徳がなした暴挙であろう」

 ダグラスはそうは思わないが、本人が述べているのだ。

 付け込むのが大人の仕事、というもの。

「頼みたいのは、まさにここなのだよ。パッカード大佐」

「…我々が忌み嫌われている場所を、巡回せよと?」

「我が方でも、ここの巡回を求められたのはイクス中佐のみ。彼以外では心象が悪いのは確実だ」

「彼以外は、ですか。いえ、分かりました。こちらで引き受けますが」

「無論、中佐が回復次第変わってもらおう。集落の民を刺激したくはない」

 その言葉を聞いて安心したのか、巌の軍人は息を吐く。

 彼も嫌悪の視線を受ける兵士の心象を考えれば、長く行いたくはないだろう。

 だからこそ、充てがったのだが。

「彼らからは何か対価を得ているので?」

「近郊の範囲で連邦軍の動きを伝えてくれている。レーザー通信設備でな。感知式センサーの網も張っている。座標は後ほど送るが、触らんでくれよ」

「何か問題が?」

「情報の共有化はする。そう睨まんでくれたまえ。点検の手順もあるし、防衛機能も設定されているのでな。間違えて手傷を負わせたくはない」

 肩を竦め、うちの部下は神経質でねとも付け加えた。

 無論、嘘である。

「…随分と過激な通信設備群ですな」

 訝しげにするも、部下を負傷させるわけにはいくまいと頷く。

「うむ。族長の娘が、この点検方法を知っているのでね。彼女が居る場合は離れている事もお勧めするよ」

 この場に中佐が同席していれば咳き込むこと請け合いである。

 しかし彼は此処には居らず、代わりにノリスが顔色を変えた。

「なっ、民間人に機密漏洩とは!」

「信頼関係を構築するために必要だった、と言わせてもらおう。誰のせいでここまでする羽目になったか、理解して頂きたいものだな」

 こちらの不手際ではない、そちらの尻拭いをさせられたのだと声にも怒りを滲ませた。

「それを言われると、弱い」

「何、別に責め立てる事はせんよ。過ぎた事だ。しかし、しかしだ、パッカード大佐。民間人との協力は不可欠だ。彼らはこの土地で生きる術を心得ているし、我々よりも地形に明るい。現地協力者は、信用できる者は大いに越した事はない。そうではないかな」

「そうまで言われれば、納得せねばなりますまい。この件は後ほど話を詰める、でよろしいか?」

「ありがたい、助かるよ」

 敬礼を交わし、ブリッジから去る肩幅の広い軍人を見送る。

「ふふ、若い連中を応援するのは()()()な」

 口角を上げた初老の男は艦長席の隣、司令席にどっかり座る。

「中佐、もう少し人の目を気にせねばな。…仕方がない、さり気なく忠告しておくか」

 その時に、あの青年はどういう顔を見せるのか。

 ダグラスは会話内容を知っているように告げることを、心に決めた。 

 休憩を終えたオペレーター組がブリッジに入ると、ひどく機嫌が良い大佐を見て首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東南アジア地区、連邦軍領域の荒地を走るビッグトレー。

 上空にフライ・マンタ隊、地上は61式戦車隊で固めたこの部隊は中東アジア戦線に楔を打ち込むべく出撃し、敢え無く撃退されたものだ。

 それだけで済めば、まだ良かった。

 勢いに乗じたジオン軍は境界線前に食い込んでいた前線基地、中継基地を奪取。

 幸いにも基地機能を破壊することには成功したが、戦線が東南側へ寄せてしまった事は覆しようのない事実。元の基地があれば内部構造など知れようが、破壊してしまえば建設に時間は取られても、内部事情が分からない。奪還作戦が発令したとき、どちらが有利となるか。

 部隊責任者イーサン・ライヤー大佐は険しい顔で思考に耽る。

 モビルスーツの有用性、戦略的価値は宇宙からここ地上でも遜色ないもの。

 巨砲主義に懸念すべき事があったが、ライバルと見たレビル将軍に異を唱えた事に発した今回の侵攻。大惨敗の結果が彼の肩に圧し掛っていた。

 だが、それは置いておく。

 実際に見るまで、モビルスーツの脅威を正しく捉えていなかった。

 捕虜の身となったレビルの戯言だ、と切り捨てていた。

 それが、大きな間違いであったと悟る。

 縦に大き過ぎる二足歩行で動く兵器。

 戦車で一当て、倒してしまえば鉄屑であろうとさえ、出撃前までは思っていたのだ。

 だが、現実はどうだ。

 奴らは高速で動き、戦車の砲撃を避けて迫る。

 その手に持つマシンガン。

 あの口径なぞ、戦車のものと変わらないではないか。おまけに連射さえ可能ときている。

 射程距離も、あの巨体が向きを変えれば比べるべくもない。

 飛ぶこともできる相手だ、やり方次第で距離なぞ、どうとでもなる。

 彼が率い、戦場に散らしたものが多い。

 戦車五個大隊を率い、帰還できたのはビッグトレーを護衛する二個中隊のみ。

 航空戦力は尚の事酷い。出撃前は三個大隊。この中域に存在するのは一個中隊だ。

 戦力の要、ビッグトレー二隻を投じたが、一隻はイーサンの影武者として討たれ、もう一隻はイーサンが搭乗するこのビッグトレーだ。

 基地に残された連邦軍モビルスーツ、ガンタンクを接収して戦力にする試みもあった。

 しかし中継基地陥落の報を聞き、ジオンに渡すくらいならばと基地ごと破壊するよう別働隊に指示を与えたのだ。

 その後も航空部隊による敵艦隊襲撃、奪取された基地に敵部隊を留めた上で三個中隊に分けて一斉射を繰り返す戦術。物量で圧倒するこの戦術で勝利を掴みに挑むが、大敗を喫した。

 他の戦線ではジオン軍を近寄らせず一方的に攻撃できた。こちらが進めば下がり、引き込みのつもりかと疑ったが、ただ後退していただけだった。

 問題は鋒矢のように基地を陥落させた、獅子をエンブレムにする部隊。

 本隊を警戒させていたパトロール隊も戦力に当てた頃、攻め込んできた六機の手練。

 あの機動兵器、モビルスーツというものは既存の兵器を圧倒する。

(レビル。お前の言うことが、正しかった)

 悔しい。

 悔しいが、レビルの言は正しかったと認めるしかない。

「だが、このままでは終われん」

 車長を含め、意気消沈するブリッジクルーが周りに居る中。

 イーサン・ライヤーただ一人、戦意に燃えていた。

 それがジオン軍に対してのものか、個人に対するものか。

 もしかすれば、彼自身にすら分からなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。5月24日。

 連邦軍内部でとある事件が発生する。

 奇跡の帰還を遂げた、レビル将軍の強硬に推進するモビルスーツ開発。

 これを擁護、後押しする幕僚が現れ始める。

 予想外の味方にレビル将軍と以前より協力して推進していたゴップ大将らは驚くも彼らを望外の援軍と喜んだ。この事件以降、巨砲主義の懐古派は勢いを徐々に削り取られて行く。

 同月。次世代兵器を取り扱う部隊設立案、その適正検査も推められる。

 東南アジア戦線から帰還したFF-X7の実戦データを入手。

 RX-75の廉価型を考案。61式戦車に変わる兵器としての検討と生産ライン確立の計画を発令。

  

 

 

 

 同年。6月13日。公国軍、新型機動兵器試作機の開発に成功。宇宙要塞ソロモンに実戦配備。

 宇宙要塞ア・バオア・クー完成。

 これによりア・バオア・クー、ソロモン、月面基地グラナダによる本土防衛ラインが完成。

 同月。公国軍に資源が正常に回り始まる。

 ア・バオア・クー、ソロモン、グラナダのモビルスーツ工廠にて新型機の開発に着手。

 キャリフォルニア・ベース及び中東アジアの大型プラントが本格稼働を開始。

 MS-07、グフが各戦線に実戦配備。

 固定兵装の扱いに難を示したパイロットの意見を集約。

 結果、固定兵装をオミットしたA型がB型の生産数より上回る。

 MS-06現地改修型が正式採用。

 既存のJ型の生産が多数を占める中。D型、K型、G型が生産、戦線への投入開始。

 潜水艦隊の戦力、水陸両用モビルスーツの開発が進められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

アンケートの小話は、以前から要望があったリオ。
設定があまり露出しないエスメラルダ。
みんなが愛するガルマさん辺りだろうか。

出演求めるキャラクターはユウキ・ナカサト伍長が多いね。
彼女、幸薄いから優しく接したくなる。
作者もゲーム中にオペレーター選択出来る時は大抵彼女です。
気になるところは、幾らかある。
ガンダム戦記のノリで描写していいのか。
それとも頼れるオペレーターさんで活躍すればいいのか。
…え? 悲劇のヒロイン枠?
やったらジャイアント・バズで消し飛ばされそうですから、やらないよ!
…やらないよ!?(読者の武器を下げる事に必死な作者)

連邦軍が動き出しました。
ジオン軍は更にアグレッシブ。


そして、上代は現在柔軟運動中。
何故かって?
逃げるんだよぉーー!(ジョジョ走りをする作者)


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第三十三話:枷は弱らせるものに非ず

 

 

 

 雄々しく繁る熱帯雨林。その上から日光が容赦なく地上を焼く。

 空調が効いたコクピットから覗く外界は、今日も外来者に厳しい対応のようだ。

 前面モニターに広がる密林、左側面モニターには激しく飛沫を叩きつける滝、右側面モニターはその滝から流れる河川を映す。

 ジオン公国突撃機動軍所属、特務遊撃大隊ネメアのモビルスーツ小隊長ケン・ビーダーシュタット少尉は、自らが搭乗するモビルスーツの足音が刻むリズムを聴きながら、左手で寄せたボード、その上の書面に記載された可動部の該当項目に「問題なし」とチェックをしていく。

 各モニターに現時点では特異なノイズも走らず良好だ。

 続いて機動テストに入り通常歩行、走行、跳躍し重心のブレを調整。

 メインモニターに表示された立体モデル、その横に流れる機体の状況報告に逐次目を通す。

 気になった箇所は一度機体を停止させ、手動で設定変更。モニター上の立体モデルに仮想動作をさせ、モーションに納得した上で設定を更新。

 大きなトラブルもなくチェック項目を潰していき、機動兵器として特に重要なテストへ移行。

 ランダムに機体を揺さぶった上でメインスラスター、サブスラスターの推進力、加速性を確認。今まで扱ったモビルスーツに比べて初動はずっしりと重い感じはするものの、運動性と機動力ではこちらの方が高く、日々進化する技術力に感嘆するばかりだ。

 ブレーキ、というか制動力には若干物足りなさを感じたが、それは致し方ない。

 このモビルスーツは運用試験中なのだから。

 機体とケン・ビーダーシュタットのコミュニケーションは今まさに実施中である。

 愛機となる巨人と対談し、機体の特性を教えてもらう。

 代わりに、ケンの操縦の癖を覚えてもらうのだ。

 そして、何よりも。

 この機体の本領発揮は、()()()()()()のだから。

 機動テストを確認後、設定された目標物がミニマップに表示。

 スラスターゲージを最大限まで上げた高速機動で移動すれば、密林の中で不自然に空いた場所に出る。

 其処には巨大な残骸を晒すビッグトレーがモニターに映り、目標物の表示も指していた。

 射程距離内を確認。照準を合わせ、ロックオン。

 サブモニター画面を緊張した面持ちで一瞥、操縦桿のグリップを押した。

 ――――キュィイン、ドゥ、ドゥ、ドウッ!

 発生した光源に無数の小さな光が収束し、放たれた三条の光線はビッグトレーの装甲板をいとも容易く溶解、貫通した。

 機関部にまでダメージが及んだのか内部から爆発が起きる。

 爆発時の衝撃でビリビリとコクピット内まで振動が入るが、ケンはその事よりも今さっき自身が発射した結果、その驚愕から戻ってきていなかった。

「……これは、すごいな」 

 数秒前と比べてエネルギーゲインに乱れが出るが安定域内に収まり、すぐに戻った。

 先ほどの光線こそ、メガ粒子砲。

 ミノフスキー物理学の提唱者、トレノフ・Y・ミノフスキーが発見したミノフスキー粒子がもたらしたものは、強力な電磁波妨害だけには留まらない。

 その一つとしてミノフスキー粒子に電磁波を流すことで生じる磁場、ビームを偏向する特性を持つIフィールドによって粒子を圧縮し、縮退・融合したメガ粒子が挙げられる。

 この変化の際に質量が運動エネルギーに変換、さらにIフィールドによって収束、打ち出すものがメガ粒子砲だ。

 現行の技術ではモビルスーツの核融合炉と直結する必要があるため専用機関を内蔵することが前提、その機関を搭載すれば重量が増すばかりか莫大なエネルギー消費や粒子の収束に威力が左右されるため地球環境下では更に取り扱いが難しい。

 しかし、メガ粒子砲はその名の通り戦艦等に搭載される火砲。

 威力はモビルスーツが携帯する、どの兵器よりも強力だ。

 現に連邦軍陸上艦艇、陸の化物と呼ばれたビッグトレーの装甲に穴を開け、内部まで至っている。

 地上ではメガ粒子の減退率が問題視されているが、十分に過ぎるとケンは慄いた。

 戦艦並の火力を、艦艇より小型で機動力に優れたモビルスーツが有する。

 その脅威は戦場に身を置くケンの背筋に、冷たいものを感じさせた。

「ロイド大尉、メイ。機体のテストはあらかたは終了だ」

 彼は思考を再起動させると、モニタリングしているであろう二人に声を掛けた。

 短い電子音の後に、メインモニター上に二つのウィンドウが開く。

『お疲れ様、ケン。こっちでもチェックしてたけど問題はなさそう』

 一つは見慣れた少女、メイ・カーウィン整備主任。

『お疲れ様です。テストの感じはどうですか?』

 眼鏡を掛けた長髪の男性、ロイド・コルト技術大尉はにこやかに訊ねた。

 ケンが搭乗する新しいモビルスーツ。

 水陸両用モビルスーツMSM-07、ズゴック。

 頭部に該当する部位が胴体と一体化した分、上半身はがっしりと下半身は細い印象を受ける。

 モビルスーツとは別の機動兵器をジオン軍に提供するMIP社が開発に成功した、唯一の水陸両用モビルスーツ。既存の水陸両用モビルスーツに比べても完成度が高い傑作機である。

 モノアイレールは全周ターレットとなり背部の視認性が向上している。出会ったばかりのため、今だ操作性に若干の戸惑いがあるが、後背を目視できるのは心強かった。

 背部には熱核ジェットと熱核ロケットを兼ねた推進器を装備。その機動力は陸上においてMS-06J、陸戦型ザクIIと同程度の軽快な運動性能を持つに至る。

 ジェネレーターの冷却を水冷式から水冷・空冷式のハイブリッドに変更。搭載する冷却水を減らしその自重は主力を争うツィマッド社のMSM-03、ゴッグより二〇トン近いの軽量化に成功している。その分、装甲面ではゴッグに劣るものの十分な防御力を誇り、水中では股間部分の水流ジェット推進器で航行。その速度はゴッグを凌駕する成績を上げている。

 有するパワーは既存のジオン軍モビルスーツと比べても桁違いと評されるほどであった。

「ザクとは比べるべくもないな。運動性が高いし、スラスターの燃焼効率は特に。少し制動が甘い感じがするが、機体制御で脚の踏み方を変えれば問題はない」

 ふむふむ、と頷きながらロイドは手元に視線を落とした。

 恐らく携帯端末に打ち込んでいるのだろう、キーを入力する軽快な音が入り込む。

『身体に掛かる負荷はどうですか?』

 この問いかけでメイの表情に陰が差すが、ケンは触れないでおいた。

「今までのモビルスーツとは加速が違う分、初速に手元がブレそうになるが平気だ。慣れれば気にもならなくなる」

『メガ粒子砲の具合は如何です?』

「これは強力だな。今までの武装に比べてダントツに。ミノフスキー粒子の収束が劣悪な環境下で威力、射程距離に影響されるところでは信頼性で他に負けるが」

『その場合は他の武装で戦ってもらうしかありませんね』

 ロイドは苦笑を浮かべるが、全くその通りであるため頷いてすらみせた。

『他の兵装は昨日確認済みなので、これで上がりますか?』 

「ああ、ここでは他に取るべきデータもなさそうだ」

『では、帰投してください。ジノビエフ曹長、ガンス軍曹も搭乗機のテストが問題なく終えたようですから』

「了解。念のため哨戒ルートに沿って戻る」

 熱心ですねぇ、とロイドが呟き微笑んだのを見て、ケンも口元に笑みを拵えた。

 元来手を抜かない性分であったし、このズゴックはレーダー索敵以外の探知能力を有していた。

 戦場では手探りで敵を探す事が多いため、感度や範囲を正確に知っておきたい。

 一機で攻撃と索敵が両立できれば戦術の幅が広がるし、威力偵察で大いに役立ってくれる筈だ。

(どうにかしてやりたい、とは思うんだがな)

 機体の状況報告をしている間、快活な少女の様子が気にもなっていた。

 彼自身も調子が今一つの部隊に戻り、その雰囲気に当てられたくはなかったのも理由の一つではある。変わらないのはシーマ・ガラハウ少佐麾下の隊員くらいなものだ。

 其処に居るだけで士気が上がる類の人間等、一種の超常現象と信じていただけに、存外身近に居るものだと気づいた時には笑ってしまった。

 その笑いには、苦いものが多分に入っていたけれど。

『ん、了解。音響探知(ソナー)のテストも兼ねるんだね?』

 メイはいつもの笑顔――――いや、やはりケンからすれば無理をしているように思えた。

「そういう事だ。戻ったらチェックを頼む」

 帰投後に機体を預ける旨に了解を得て、そのウィンドウが閉じた後、彼は重い息を吐く。

 ケンはサイド3に残した妻子が居る。

 家族とのサイド3移住権を獲得するため、この戦争に参加している身の上だ。

 メイの姿がその我が子を思い出させ、何かと手を貸したくなる。しかし、この場合はどうすれば良いのか、まだ若い父親の彼には見当がつかなかった。

 今も何とかしてやりたいと思考に出てくるものの、結局はまとまらずサイドボードに手を置き、レーダーとソナーによる併合探知をスタートさせるしかなく。

 ケンはズゴックの足音を鳴らして移動、時に止めてソナーの反応を睨みつつ、特筆する問題も現れないまま基地へと帰投。

 指定されたハンガーにズゴックを停め、作業アームの固定を見届けると降機。

 整備兵に何事か告げると搭乗機、隣接する既に固定されたモビルスーツを眺めていく。

 先に戻っていたガースキー・ジノビエフ、ジェイク・ガンスが近寄ると受領したモビルスーツの見解を聞き、今後の連携について意見を交わした。

「どうかしましたか、隊長?」

 不意に立ち止まったケンに、ガースキーは声を掛ける。

 ジェイクも振り返り、じっとモビルスーツハンガーを見つめるケンを待った。

「いや、何でもない」

 彼はそう答え、踵を返した。

 ガースキー、ジェイクもケンが見ていた方向に視線を向け、しばらくした後に先行したケンの背を追った。

 彼らの視線を留めていた場所。

 其処には真新しい、蒼い機体が在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネメアのギャロップ一番艦。その航行ブリッジ。

 サイ・ツヴェルク少佐は艦長席に腰掛け、ブリッジクルーの様子を眺めていた。

 操舵士、通信士、情報分析及び管制士が己が業務に向かっている。

 余所見もしない姿勢は見ていて気持ちが良い。

「問題はないようですね」

「はい。航行に支障もなく」

 サイが声を漏らせば、オペレーター班のリーダーが応じた。

「それは重畳。もう少しで哨戒任務も終わります。それまで油断無き様に」

「了解です」

 それ以降は言葉もなく、サイは正面にあるモニターと外界の様子を見比べる。

 彼の下に送られる情報でも、特に問題点が見受けられない。

 今回の哨戒任務もほどなく終わりを迎える。

 先日の戦闘時もサイは此処で指揮を執ってはいた。

 全体指揮はダグラス・ローデン大佐で、サイは指示通りに動き、全うしたのだ。

 艦隊直衛のアンリエッタ・ジーベル大尉、シーマ・ガラハウ少佐とも連携を取り、粘り強い抗戦で連邦軍航空部隊を相手取り撤退に追い込んだ。

 無論、サイだけの戦果ではない。

 功績を述べるのであればダグラスが断然上だし、少数で敵と対峙続けたモビルスーツ隊の面々もそうだ。部隊進軍を察知したユウキ・ナカサト伍長、困難な夜間飛行を成し遂げたヘレン・スティンガー准尉らの活躍は知れ渡っている。

 援軍を諦めていたところに参陣した方面軍のノリス・パッカード大佐の横撃は鬼神が如しと謳われ、連邦軍に恐怖を与えた。それは連邦軍の防衛ラインが下がった事が如実に語っている。

 モビルスーツ二個小隊が無防備な側面を晒していたとはいえ、戦車一個大隊を蹴散らし戦艦一隻までも落としたのだ。恐るのも無理はないだろう。

 ネメアとしては援軍に大物を獲られた結果だが、誇るべき戦果であるのは確かだ。

 四隻の戦艦、十四機のモビルスーツ、十二機の爆撃機で連隊規模の部隊を打倒したのだから。

 その数も今は数を減らし、損傷の程度によって破棄が検討されるケースもあった。

 補充されるもの、修理が間に合うもの、予備パーツに分解されるものに分かれた。

 その中で部隊に新型機が回されたのは、戦果を評価してのものだと思いたい。

 我が方も損害は出したが、それも詮無きこと。

 戦争をしているのだから、負傷者も出れば戦死者もでる。

 用いる兵器が破壊されるのは、至極当然の事。

 何も失わず、傷つかない戦闘なぞあるわけがない。

 破壊されず、負傷もしない戦闘行為がある筈がない。

 あったとしても、それは痛みを与えないだけ今より酷くなるだろう。

 ヒトは痛みを伴うから恐れるのだし、忌避するのだから。

 それが無くなれば、きっとどこまでの非道になれるに違いない。

 例えば、後方で采配を執る指揮官なぞがそうではないだろうか。

 だから、痛みを知らないから()()()()撃てるのだろう。

 無残な敵前線基地には、連邦軍のスタッフの亡骸が蔓延していた。

 ジオン軍は防衛部隊と交戦に入っているが、砲撃で建造物を薙ぎ払ってはいない。

 つまりは、侵入したジオン軍もろとも、連邦軍は味方を撃ったのだ。

 戦略、戦術には味方を撒き餌に敵を誘引するものもある。

 それを前提にしたものならば、ジオン軍将兵も連邦軍へ畏敬の念を抱き、恐れるのみで済む。

 だが、非戦闘員をも巻き込むとはどういう事だ。

 彼らは民間協力者の立場が多い。

 戦闘行動に巻き込むことを回避するのが常道ではないのか。

 分からない。

 連邦軍が、分からない。

(当然のように、戦闘が起きたから仕方がないと、そういう事なのか)

 サイはそこで一度思考を切った。

 ちらり、と横の司令席を見る。

 其処に居るべき人物は、今回もこの席へ着いてはいない。

 ”赤い彗星”率いる部隊との演習を前にしたときのように、彼と話がしたかった。

 彼との会話で此度の所業に対する明確な答えが得られるとは思えなかったし、彼自身出そうともしていない。戦いに善悪など持ち出すことは愚かだ。

 ただし、好悪は存在する。

 自分を副官として迎え入れた彼の事は、今も見極めようとしているところで他の部隊員のように全幅の信頼を預けるまでは至っていない。

 ふわふわと浮かんでいる己に溜め息を吐きたくなるが、中立な立ち位置、客観的に見る人間は此処には必要だろうと正当性を持たせた。

 サイは顎に指を這わせ、思考に沈み込む。

(中佐。指揮官というものは中々に業が深い。あの局面で、指揮官があなたなら如何しますか)

 答えは、返っては来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 備え付けの椅子やテーブル、二台あるドリンクバー以外装飾品に乏しいミーティングルーム。

 室内から外の風景が見えるのが、せめてもの救いだろうか。

「ふぅ」

 ユウキ・ナカサトは黒髪を揺らし、ドリンクバーからコーヒーを取ると身近な椅子へ座る。

 グループは幾つかあるが、彼女の話し相手は居らず独りだ。

 彼女らは、衛生兵だろうか。

 それを示す十字の腕章をしているし、休憩中か。

 仲間、友人で固まり過ごす休憩に、彼女は縁遠い。

 ユウキはモビルスーツ隊のオペレーターを単身で担っている。

 戦艦の通信士に入る事もあるが、基本はモビルスーツ隊をサポートするために前線へ出ている。

 ホバートラックで現地情報を入手、通信を傍受する事ができる人材は貴重で彼女の存在が戦況を左右すると言っても過言ではない。戦場では防衛能力、火力が圧倒的に足りないために護衛を必要とするしミノフスキー粒子下では戦況分析を行うと移動も困難だ。

 ネメアの指揮官は前線へ彼女を伴う場合、後方支援機を護衛に当て前衛、中衛を突破されないよう心掛け、万が一にも抜けられる事がないよう各小隊ごとに次善策も整えている。

 目であり耳、通信距離を拡大するため口の役目も負っていのだ。大事にしないわけがない。

 モビルスーツ隊とは接する機会が多いので、何かと話すこともある。

 しかし、他の部署との会話に混ざれないのが目下の悩みであった。

 生来大人しく、物静かな彼女は割って入ることなぞしたことがない。

 あっても数回ほどである。人生の中で。

 人の輪を広げたい、その気持ちは確かにある。

 問題は引っ込み思案な彼女では、話を持ち掛けづらいのだ。

 会話に混ざろうとした挙句、ギクシャクしたとなれば目も当てられない。

 その考えが出たとき以来、積極的なコミュニケーションが取れないのだ。

 戦闘時はある種の使命感に促されて、初対面でも言えてしまうのだが。

(知り合い、来ないな……)

 ふぅ、とまた溜め息を吐いてしまう。

 見つけては話しかける人物も、今は出払っている。

 いや、一人、二人は居るのだが、何と理由を見つけて行こうかと悩んでいた。

「あ、中佐の意識が戻ったみたいだけど、何か知ってる?」

 聴こえた話し声に、ずい、と身体の位置を調整していた。

「んーと、喀血と打撲、額の切傷だったよね。確か」

「蒼い軍服が赤黒くなってたもんね」

「操縦桿握り締めてて離さなかったから、運び出すときだいぶ苦労したみたい」

「んー……軍人というか、武人みたいだね」

「喀血って、内臓も傷つけたって事? しばらく起きても辛いだろうなぁ」

「出血も増血剤あったから良かったね。献血してもすぐに人体には充てられないし」

「いやぁ。逆に増血剤で事足りたことに驚きだよ」

「そうかなぁ。中佐って体の作りイイからいけると思ってたけど」

「増血剤って、血を増やすんじゃなくて血を作る動きに働きかけるだけだもの」

「あー名前で勘違いするやつだよね、これも」

「ところで、体の作りがイイって、あんた何見たのよ」

「…ナニを」

「どさぐさに紛れてなにしてんの!」

「フヘヘ。羨ましかろう」

「痴女だ、痴女が出た!」

「嫉妬が心地いいわ。もっと喚けよ、プギィプギィとさぁ」

「うわ、目が据わってる。何徹したのか聞くの怖い」

 会話がヒートアップしたようだ。

 ユウキ・ナカサトは静かにコーヒーを口に含む。

 彼女の頬に朱が差したのは、きっと光の加減のせいである。

(……どうしようかな)

 猥談はちょっと、そうちょっとだけ気にはなるが、彼の目が覚めたのなら挨拶にでも行くべきだろうか。見舞いというのは嬉しいものだ、と以前寝込んでいた彼自身が言っていた。

(後で様子だけでも、見に行こう)

 そっと席を離れ、ダストボックスにコーヒーカップを入れるとミーティングルームを出る。

 ユウキが去った後も、衛生科の女性陣は話を止めてはいなかった。

「んまぁ、真面目な話。中佐の体すごいよ」

「な、なによ、大きいの?」

「いや、真面目な話って言ってるじゃんか」

「う、うっさい!」

「真っ赤な顔で可愛いわぁ…まぁ、男の勲章ってやつがさ」

「軍人なら傷の一つや二つ、珍しくないでしょ?」

「……ふーん。見てないからそう言えると思うけどなぁ」

 一人だけ声のトーンが落ちた。

 様子が変わり、周りも神妙な顔で先を促す。

「どゆこと?」

「傷の上に傷を作るって、壊した皮膚を更に壊すわけだから、痛いってことよ」

「……あ」

「浮いた話はあるのに、その手の話が進まないのは、そいう事なのかなーってさ」

 ――――勿体ないよね。

 その言葉以降、ミーティングルームに声が灯らなかった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「湿布くせぇ……」

「文句言わないの。五体満足で居る時点で何かとおかしい、って言われてるんだよ」

 メルティエ・イクスは目が覚めた瞬間、反応した嗅覚がもたらしたものに対して一言告げた。

 物音一つ感じなかった室内で、返事が戻ってきたことに微かな驚きを覚えていた。

 過剰な光を出さず、目に優しい照明が点いた天井から、その声が流れた方向へ視線を落とし、目が合うと痛む口元を歪ませる。

「や、アンリ。もう朝かな?」

「残念、夜だよ。午後二十二時でぇす」

 人差し指を立てて、どこか間延びした声。

 それが、ベッドに力無く横たわる患者へ時間を教えてくれる。

「時間感覚が大分、狂ったな……」

「昔から、メルの体内時計は正確ではなかったよ?」

 目尻が赤いままアンリエッタ・ジーベルは、くすり、と微笑んだ。腰掛けていた丸椅子から前に屈み、サイドボードに置いた水差しとコップを取る。

 彼の聴覚がコップに注がれる水音を拾う。身を起こす際、走る痛みが反射神経を。背に置かれた細い白魚のような指先が彼女の体温を伝え、触覚が機能していることを確かめた。

 視覚は、前に屈んだ彼女の胸部に吸い寄せられ、この明度が悪い中でも問題なしだと言わせて頂こう。

「っふう。ありがとう、しばらく何も摂ってなかったんだな、俺」

 水を一杯飲み干し、喉を通った水分が臓腑に行き渡る感覚を堪能した。

(――――生きている)

 たかだか水の一杯で大袈裟かもしれないが、メルティエの五感が回復し始めた今は、特にそう感じさせた。痛覚が体中からのダメージ報告を脳髄に叩き込んでくるし、ヒリヒリとしたのは筋肉の炎症か。通りで湿布の臭いが酷いわけだ。

「む。世界が揺れている。あ、なんか暗い」

 フラフラと上体が泳ぎ始め、視界が一時的に黒く染まったことに感想を述べる。

「立ち眩みみたいなものだよ。メル、いま血が足りないんだから」

 なるほど、最もな理由ではあった。

「はい、横になって。発熱してるとは思うけど、我慢だよ」

 コップを受け取ったアンリエッタがゆっくりと肩を押す。

 彼は抵抗せずに、仰向けに戻された。

 抵抗する力が出ない、が正しい。身体が鉛のように重たいのだ。

「どのくらい寝ていたんだ、俺は?」

「三日かな。あと少し遅れてたら四日目突入だったよ」

「みっ――――おうっ、何か動き難い!?」

 跳ね起きようとしたのだ、力を入れた筋肉が悲鳴を上げるのは至極当然。

 その痛みもメルティエにとってそれほど辛いものではないが、動きを阻害するものには不快感が出る。

「安静にしてなさい、ミイラみたいなんだから」

「ミイラ? どういう――――ああ、わかった。目は良い方なんだ、変わり果てた姿を見せないでくれ」

 化粧道具を取り出したアンリエッタが、メルティエに手鏡を向ける。

 其処には、包帯でぐるぐる巻きにされた、どこからどう見てもミイラの姿。

 しかし、そこには外傷はない。筋肉が炎症を起こした患部があるだけだ。

 包帯の下は、石膏のようなな鎮痛剤が塗布されている。直接皮膚に塗り、布を当てた上に包帯を巻き密着性を持たせ、浸透させているのだ。そのため鎮痛効果が上がるが、臭いもそれ相応にきつい。他の臭いを感じ取る事が不可能なほどだ。 

「理解したらすんごく蒸れてきたんだが」

「うん? 包帯変えるついでに、体も拭こうか。さっぱりするよ」

 ベッドの下から水桶とタオルを引っ張り、にこやかに彼女は告げた。

 何を言ってるんだ、と見つめるが彼女は意に介さないらしい。

「はぁい、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「ちょっと、衛生兵さんとチェンジしようか。看護士さんでも良いよ」

「僕、看護士さん。君、患者さん。OK?」

「No,Thank You.恥じらいを持つんだ――――おい、人の話を聞け! 脱がすな、やめぇ!」

 彼女はにこやかなまま、ミイラ男の包帯を指に絡ませ、スルスルと解き始める。

 抵抗したが、止める気はないようで、結局は為すがままとなった。

 包帯が取られれば、強烈な臭いを発するペースト状の薬剤。

 自分の身体に塗られてることもあり、メルティエには逃げようがない。

「こんなモン塗られてたのか。固形物みたいな硬さだな」

「そだね、塗り方も伸ばす感じだから中々の重作業だよ。()()()もあるしね」

「あ、太腿から下も同じような……ん?」

 ペリペリ、と皮膚から引き剥がされていく塗布剤。

 その下にはかぶれたのか、赤い皮膚が見える。空気に触れると冷たく感じ、身体が震えた。

 彼の上半身、其処には(おびただ)しい傷が刻まれている。

 鋭い切創もあれば、突き刺さった痕、火傷のような痕もある。傷の上に傷が存在し、綺麗な皮膚の場所を、箇所を見つけるのは難しい。首元にもうっすらと傷跡があり、普段は軍服やノーマルスーツ。開戦前後の私事ではコートを着ることで誤魔化していた。

 肩口より先は目立つ傷がないため、半袖でも問題はなかったのが幸いか。

 この醜悪なまでの傷跡で、実戦で負ったものは少ない。

 修練の結果、手酷い失敗をした時の代償がこうまで彼の体に消えない傷を残していった。

 戦闘関連の資質が乏しい彼は、生き残る術を養父から教授された後も、体に覚え込ませた。

 今では同じ武術の土俵でも素質が高い相手に、引き出しの多さで圧倒するまでに至っている。 

 その代償が、この体だ。

 悔いてはいなし、痛みの経験が有る分、ダメージに強い頑強な体躯の土壌となった。

 傷は武人の誉れ、男の勲章と言う。

 しかし、以前身体を盗み見た女性が上げた悲鳴が、今だ耳に残っている。

 異性関係でメルティエが慎重なのは、この身体も一つの原因ではあった。

 その傷跡を見ている女性が、今身近に居る。

 他にも聞かなくてはいけない事が出て来たのもある。

 聞きたくはないが、聞いてしまったからには訊ねなくばなるまい。

「なぁ、アンリ」

「ん~?」

 両腕が解放され、今は背中に付着したものを取ってくれている。

 皮膚が敏感になっているのか、彼女の息がくすぐったい。

「もしかして、毎回これをしてくれてたのか?」

「そうだよ~。今回の戦いは怪我と看護必要な人が多いからね、任せられる人は周りに頼んでるみたい。エダも、メイちゃんも手伝ってくれてたから。あとで御礼言ってあげなきゃ、駄目だよ」

(他にも居んのかよ、これじゃあ晒し者じゃないですかねぇ!)

 傷だらけの男は泣けばいいのか、怒ればいいのか迷った。

 彼女の言も事実であり、先日の戦闘に参加した兵士は大なり小なり負傷していた。

 比較的軽傷が多いが重傷もそれなりに居た為、手が空いている部隊員に手伝いを依頼しているのが現状であった。メルティエは筋肉の炎症は除くとしても昏睡と多量の出血をしていた為、定期的に軍医も往診に訪れていた。

 肌に赤みが差し、意識が回復する前兆を見せてからは往診の頻度が減った。

 他の患者に時間を割く為でもあるが、彼女らに気を遣った分もある。

 軍医も人の子。

 下手に邪魔をして、馬に蹴られたくないのである。

「はぁ……動けるようになったら、早めに言いに行かないとな」

 片手を額に当て、息を吐く。

 しかし、どんな反応をするのか。

 興味があるが、気が気ではない。何か要求されなければいいなぁ、と思う。

 タダよりも高いものはないし、異性に借りを作ると恐ろしいのだそうだ。

 数少ない友人の一人が語った言葉だ。

 本人がげっそりしていたし、重い口調だったのもあって体験談ではないかと思われる。

「……ん?」

 背中も涼しくなる頃に、彼女の指が左の二の腕あたりに触れていた。

 其処には、古い弾痕。

 右の太腿にも、同じようなものがある。

 他に弾痕はないため、一際目立つ。

「気にするなよ」

「……どうして?」

 背中に当たる感触。彼女の頭、額だろうか。

「”あの日”まで、こんな傷はなかったじゃない」

 彼女の声に湿ったもの含まれる。

「切っ掛けは、そうだな」

 何気なく、首元まで伸びた灰色の髪を弄う。

 ”あの日”からは、黒髪に灰色が混じったような頭髪であったと、感傷に浸る。

「なら責任、感じちゃうよ」

「必要だった。()()、必要としていたんだ。アンリが気に病むことはない」

「その言い方は、狡いと思う」

 背中に当たる感触が強く、胴に彼女の細い腕が回る。

「狡くても許せ。強くなる契機になった、アンリには感謝しているんだ」

「感謝?」

「ああ、大事な人を、人たちを守りたい。それが出来るようになった」

 彼女の柔らかい手に、そっと自らの硬い手を重ねた。

 少しだけ、彼女が震えた。

「思ってるだけじゃない、実行力を持てた。まぁ、進路を変更された時は恨んだがね」

 そのおかげで、踏ん切りがついたのは内緒にしておこう。

 灰色の青年は意地の悪い笑みを浮かべる。

 あの頃に養父はもとより、慕う大人たちに頭を下げた。言葉は飾らずに「強くしてくれ」と。

 内緒で話が進んだ事に不貞腐れたのと、背中を押す契機になった照れ臭さもあり。感情が上手く操作できない時期でもあったから、言いたい事をぶつけ合って関係が悪くなったときもあった。

 今はこうして、昔以上に近い関係になっている。

「……まぁだ、根に持ってる」

「当たり前だろうに。人生変わったんだから、これからも言い続けてやるぞ」

 そう言って、茶化してやる。

「ふふっ」

 彼女の腕に、僅かに力が籠った。

 いや、籠り始めた。

「どうし、うおっ」

 後ろに引っ張られ、そのまま倒れる。

 背からは柔らかい感触が消え、それよりも遥かに硬いベッドがメルティエの身体を迎える。

(怒らせてしまったのか、そんな様子は無かったのだが)

 彼女が部屋を出て行く前に、一言声を掛けようとするが、起き上がれない。

「じゃあ、ずっと言い続けてもらおうかな。近くで」

 彼女が、腹の上に圧し掛っていた。

 指を這わせれば食い込むだろうお尻が乗っかり、彼女の指先が彼の胸、その厚い胸板に走る傷を確かめるように沿う。

「アンリ?」

「僕は。私は、大事な人の傍に居たい。傷だらけの人を癒してあげたい」

 鼻先まで近づいた女の唇から、想いが吐息混じりに男にかかり、吸われる。

「お前、そういう事を言うと、抑えが効かなくなるぞ」

「うん、ライオンさんに食べられるしかないね」

 互いの目が合う。どちらが先か、もしくは同時に吹き出した。

「これからも無理はするし、無茶もするような輩だ」

「懲りない人。仕方ないなぁ、でも無謀はしないなら、良いよ」

 男は力が込めにくい手を伸ばし、女は身体を密着させた。

「好きに動くから、振り回されるだけだ。あとになって後悔する」

「メルは、私が離れても後悔しないのかな。寂しいね」

 男は女の言に異を唱えるように抱き寄せ、女は応じた男の頭をかき抱いた。

「一度掴んだら、離さない。離せないからな」

「うん。……大好き」

 情愛に濡れた瞳が、閉じられる。

 薄暗い室内で、男女の息遣いと軋む音が途切れることは無く。

 外が他の雑音で騒がしくなるまで、二人は求め合い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

ケンたちに新しいモビルスーツ。水泳部です。
小説版ではガースキーのみズゴックEでした。
本作品ではまず明らかになったのはケンのズゴック。
他二人は次話以降ですな。
蒼い機体は現在秘匿中。これも次話以降で分かります。


今回はサイとユウキに光を当ててみました。
指揮官とは、で揺れるサイと手持ち無沙汰なユウキです。
サイはともかく、ユウキは日常どんな感じが確定しておきたかったのでこんな場面を用意。

メルティエに枷が一つ付きました。
パワーアップしたねっ!(マテ)
エースの腕前、突出型のパイロットに「死ねない理由」が添付。
慎重な人物になるのか、敵に攻撃させず即殺するようになるか。
それとも変わらないままかは、戦闘局面までお預け。

外伝も徐々に執筆中。
ちょっと短めになりそうだけど、頑張りますお。

さて、次話で出す原作キャラの選定始めるかな…
執筆続けるポーズをすれば、包囲網も密度を濃くせんだろうヾ(*´∀`*)ノ


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第三十四話:取り巻く人たち

 

 客員として搭乗するチベ級重巡洋艦、その通路をリフトレバーで抜けながら、ランバ・ラル大尉はすぐ後ろに居るクラウレ・ハモンに声を掛けた。

「ハモン。本当に良かったのか」

 この会話は既に五回ほど繰り返しているが、それでも心変わりしてくれれば、と僅かな希望を胸に彼女へ問うのだ。

「はい、あなた。此度の戦場へは付いていくと。約束したではありませんか」

 ハモンは涼しい目元を細め、やんわりと窘める様に言葉を紡ぐ。

「思い出の場所だ、手放す気など無いと常々言っていたではないか。今から向かう場所は地球だぞ。一度降下すれば早々と戻れるものではない」

 凛とした表情、頑なな意志もラルの好みとするところではあるが、愛する女に帰る家、場所となってもらいたいと願うのは我が儘なのか。

 ゲリラ戦のエキスパート、モビルスーツのエースパイロットと謳われるラルだが、この難攻不落の相手を突破する術は見当も付きそうになかった。

 それにラルが言う思い出の場所、酒場「エデン」は彼自身にとっても思い入れが深く、ハモンとの出会いの場所でもあった。

「そこにはあなたと、あの子が居るのです。家がないなら、其処へ作って移りもします」

 ニコリと微笑み、私、(したた)かな女ですから、と告げるハモン。

 ラルは遂に観念して背を向けた。

「地球に骨を埋める覚悟と言われれば、是非もない。……わしに付いてきてくれ、ハモン」

「はい、あなた」

 ブリッジへ至る扉が排気音を立てて開かれると、ラルとハモンはそれまでの会話が無かったかのように、表情を消して滑り込む。

 チベの出航準備に入っていた艦長のフェルデナンド・ヘイリン大佐とそのブリッジクルーが二人を迎え、ヘイリンはラルと握手を交わし中へと招き入れた。

「よろしく、ラル大尉。名高い”青い巨星”を地球へエスコートする役目、光栄だ」

 ヘイリンはちらり、と後ろにいるハモンに目をやったが、気にせずラルに戻した。

「こちらこそ、ヘイリン大佐。貴官が指揮する艦隊は精強と聞きます」

 地球降下作戦の降下部隊護衛に就き、何度も連邦軍と交戦したヘイリン艦隊は開戦後に新設された部隊ではあったが高い迎撃、任務遂行率を誇り、宇宙攻撃軍の中でも着実に頭角を現している。

「ルウム戦役には参陣叶わなかったが、艦隊指揮をドズル中将から任されている。中将からの信頼には全力で応える所存だ。それに、今の立場は君の御子息のお陰だよ」

「倅の? 失礼ですが、それは」

 艦長席の隣に浮かびながら、ラルはハモンと顔を見合わせた。

「”軍功帳”には、私の戦績とされてはいるが。私の指揮による戦績に、幾分加味されたものでね。本来ならば、彼が戴く栄達が分配されている」

「大佐、それは」

 確かに、”一週間戦争”後に意気消沈している姿を見掛けてはいたが、それが原因なのか。

 しかし、もし真実そうであったとしても、漏らして良い部類のものではない。

 その話が本当にそうであれば、将兵からの信頼を組織が失い、瓦解されかねないものだ。

 例え一兵士の問題であっても、何れ身に降りかかるものだと捉えれば、どうなるか。

「構わないさ。少なくとも、此処に居る連中は全員知っている」

 ラルとハモンが目を向ければ、クルーたちは静かに頷いた。

()()()を起こした将校が昇進し、前線で武威を示した人間に音沙汰がない。加えて受勲式にも出席できないとなれば、誰でも気づくと言うものだ」

「……それを打ち明けて、小官にどうせよと?」

「別に。君から御子息に打ち明けてもいいし、胸に仕舞っておくのも自由だ。ただ、彼には伝えて欲しい」

 ヘイリンは目を閉じ、過ぎ去ったブリティッシュ作戦時、所属機であったMS-05Bとパイロットの姿を浮かべた。

「”正当に評価するものは必ず居る。フェルデナンド・ヘイリンも其の一人である”、と」

「はっ。承知しました、必ずや伝えましょう」

 ラルが敬礼すると、ヘイリンを始めブリッジクルーも同様の姿勢を取った。

「子は親の背を見て育つというが。”青い巨星”は、”蒼い獅子”を生み出したのだな」

「星から生まれた獅子ですか。ロマンチストですな、大佐」

 ははは、と互いに顔を合わせ、

「良い男だ。わしの娘にどうかね。んっ?」

「本人に直接問われては如何ですかな。わしも馬に蹴られたくはないものでして」

 婿に寄越せ、いいや断る、と即答し笑い合いながら同じやり取りを続ける。

「あの子、行く先々で揉め事に巻き込まれてなければ、いいのだけれど」

 ハモンは腕を組み、困惑したブリッジクルーと共に親同士の語り合いを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。モビルスーツの生産が安定してきたな」

 キシリア・ザビ少将は月面基地グラナダの執務室で、満足げに目を細めた。

 その瞳は備付のPCモニターに向けられ、ザクIIを始めとする既存モビルスーツの生産状況、現在開発を進めている新型機の進捗具合が載った報告書を読んでいた。

 統合整備計画。

 メーカーごとに異なる部材や部品、装備、コックピットの操縦系の規格、生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上、機種転換訓練時間の短縮をはかった計画である。

 また、兵士不足による学徒動員などを見越して、操作系のフォーマットを統一することで未熟なパイロットでもモビルスーツを効率的に運用することも目的としている。

 兵士不足もあるが整備兵、技術者の人材不足も懸念されていたため、共有できるのであれば越したことがない。

 マンパワーは何処も不足していた。連邦軍と比べる国力に大きく差があるためである。

 当初は渋った各メーカーも、各々に類別された商品を任され、買い上げる事を認めた契約書を突き付けられては嫌とは言えず、開戦前に発せられた計画が半年以上の時間をかけ、ようやく軌道に乗ったのだ。現行機は据え置きか、パイロットが望むならば改修される手筈である。

 提唱者はマ・クベ。

 開戦前に計画草案を作り、キシリアを通じてギレン・ザビ大将に挙げられ実行に移された。

 彼はこの功績を以て、地球降下作戦前に大佐に昇進している。

 以降長期戦略、諜報に長けた人物として、キシリアの懐刀とされた。

「キシリア様、ジョニー・ライデン少佐が面会を希望されています」

 受話器のスピーカーから流れる、聞き慣れた女の声。

「ライデンか。良い、通せ」

 何時もの将官用ヘルメットを色艶共に高級感漂う机上に置き、ふわりと広がる赤毛混じりの金髪を背に滑らせ、顔半分を覆うマスクを首筋まで下げる。

 丁度良い、休憩がてらに話を聞こうという(てい)だ。

「畏まりました」

 秘書官に返事をすると、しばらくして紅い軍服の将校が入室した。

 金髪碧眼の伊達男、”真紅の稲妻”ジョニー・ライデンその人である。

 彼は素顔を晒す上官に瞬きしたが、その後は普段通りに戻った。

 瞬きの間に見て取れた感情に薄く笑い、ザビ家の女は近寄る美丈夫を見上げる。

「ジョニー・ライデン、召還に応じ罷り越しました」

「ご苦労。早速だが、経過報告を聞きたい」

 敬礼する少佐に鷹揚に頷き返し、早速訊ねる。

 久方ぶりの部下と話す出来事は多々あるが、まずは面倒事、厄介事を処理するに限る。

 それに、彼女の関心を惹く内容を紅い将校は持っているのだ。

「はっ。フラナガナン機関より当部隊へ配属となった者について、御報告致します」

 ライデンは携えた書類を並べ、携帯端末を操作して近況を伝える。

 静かに聴いていたキシリアは時に質問を交え、ライデンは過不足なく報告を続けていく。

「では、その両名は使えるのだな?」

「小官の目で見て、ですが。どちらも優れた反射神経、動体視力を兼ね備えています」

「ほぅ。”真紅の稲妻”がそこまで推すか。興味深い」

 キシリア・ザビにとって、智ではマ・クベ。武ではジョニー・ライデンを一等重用している。

 他にも人材は居るがこの二人は階級に差はあるものの、別格であった。

 次点で地球降下作戦に従事、今も地上で活躍している佐官も居る。

「このユーマ、イングリットなる者。期待して良かろうな?」

「実戦で鍛え、素質を開花すれば、小官と同程度まで伸びるかと」

「なるほど。それまでの才か。大事にしてやれ」

「はっ」

 来客用ソファーに座るよう促し、彼女手ずから淹れた紅茶を向かい合って啜る。

「して、キマイラはどうか?」

「資材、技術面で問題はありません。どちらかといえば、将兵不足が顕著です」

「仕方あるまい。どの部隊も同じような問題を抱えている」

 特務編成部隊、キマイラ。

 ジョニー・ライデンを実行部隊隊長にした、キシリアが擁する特務部隊の一つ。

 一つの目的を見据えて設立した部隊であり、多くの資金と資源を充てがってもいる。

「メルティエ・イクス中佐の、ネメアとは合流は?」

「ならん。イクスは突撃機動軍の広告塔でもある。今や国民の人気を得るに足るガルマと近しい”蒼い獅子”が表で目を引くからこそ、裏で物事が回るのだ」

「左様でした。ともすれば、人材が育つのを待つしかありますまい」

「近々、宇宙攻撃軍が再度ルナツーへ攻撃を仕掛ける可能性がある。共同戦線を張り、新兵を伴い戦場に慣れさせる事も考えよ」

「検討しておきます。……イクス中佐に関係するものですが、お耳に入っておられますか?」

 カップをソーサーに置き、ライデンは上司に尋ねた。

「現在は中東アジアから東南アジア地区へ、駒を進めているとしか聞いてはおらぬな」

「連邦軍モビルスーツ、それに類似する兵器と遭遇したようです」

 カチャリ、とキシリアのカップが鳴る。

 珍しく、ソーサーへ乱暴に置いたらしい。

「詳しく申せ」

「詳細はこちらに。我が方の技術班も確認しております」

「……何故、イクスは報告を上げてこないのだ」

 記憶媒体を受け取り、軽い失望を抱きながら漏らす彼女へ、ライデンは答えた。

「遭遇戦で負傷、三日間昏睡していたようで。今は意識を取り戻したと」

「それは誠か?」

「三つのルート、うち一つはマ・クベ大佐からのものです。情報確度は信用に足るかと」

 キシリアは血色の良い唇に指を当てると僅かの間、思考を巡らした。 

「そうか、確かライデンは地球軌道上へ部隊を率いて出ていたな。その時にか」

「おっしゃる通りです。通信回線で伝えるべきではないと思い、御前に参りました」

 キシリアは静かに頭を下げる忠臣に手を振り、面を上げさせた。

「良い判断であった。”蒼い獅子”ですら手古摺る相手か、難敵よな」

「ZMP-50Dでは装甲を貫通するどころか、弾かれているそうです」

「あれは我が方のザクが主力とする兵器。それを無効化したと言うのか?」

 疑わしい事実。

 いや、出来れば嘘であってほしい。

 ザク、MS-06シリーズはジオン軍主力機であり、現行保有数が最多なのだ。

 そのザクの基本兵装であるZMP-50D、一二〇ミリマシンガンは広く普及された武器の一つ。

 他にも二八〇ミリバズーカ、クラッカー等の武装は存在するため、ザクの攻撃が完全に無効化されるわけではない。

 それでも国力で大きく連邦軍に劣るジオン軍の切り札、モビルスーツの火力が通じない敵モビルスーツが出現するとは、正直考えたくもない難事であった。

「確か、イクスのモビルスーツは」

「グフタイプをベースに現地改修された機体です。しかし武装はザクと変わらず、グフのヒートサーベルを保有する程度だったかと」

「あれは、どうやって敵モビルスーツを打倒したのだ?」

「ネメアから提供された映像を見るに、圧倒的な機動力で敵の懐に入り、格闘戦を仕掛けヒートサーベルで無力化を狙ったようで」

「ふむ。それは一般の兵士で再現可能なものか?」

「無理でしょう。下手をすれば内臓をシェイクされ、使い物にならなくなりますよ」

 首を振り、即答した”真紅の稲妻”にキシリアは納得したようで頷く。

 ”蒼い獅子”の同僚と上司が、揃って人外と評した瞬間である。

「エース級でなくては、倒せなかった。恐らくは練度を上げていないパイロットを相手にか」

 開戦前に連邦軍モビルスーツと交戦もしている。

 当時は今エースとして活躍しているパイロットが参戦、会戦から圧倒的優位のまま終了した。

 それが地上では、敵モビルスーツの性能に遅れを取ったという。

 全くのゼロからのスタートではないにしろ、こちらの技術力が遥かに上だと思っていたが。

 連邦軍が技術部に、天才でも居るのか。

 それともジオン軍が開発を発注している、どこぞのメーカーを抱え込んだのか。

 内部に情報提供者が居るのか。間諜の類はキシリア機関が始末している筈。

 が、地球のマ・クベにも情報漏洩対策に何か手を打つ事も必要だとキシリアは思い直し、これを最重要案件とした。

「量産されれば、面倒な事になる。報告書を纏め、私宛に送信を。次の会議で総帥に伝えよう」

「今すぐにではなく、ですか?」

「策も何もなくただ報告するのは兵士の仕事。将は打開策も掲示せねばならぬ。そういうことだ、少佐殿?」

 悪戯気にクスリ、と笑った妙齢の女性に、青年将校はドキリとする。

「装甲片でも回収できておれば、良かったのだが。詮無きことか」

 惜しむらくは、話す内容に色気が全くなかった事であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、キャリフォルニア・ベースへ。歓迎するよ、ゲラート・シュマイザー少佐」

 キャリフォルニア・ベース、最高責任者の執務室。

 其処に迎え入れたガルマ・ザビ准将に、シュマイザーは静かに敬礼を取る。

「着任の挨拶が遅れ、申し訳ありません。ガルマ・ザビ准将」

「なに、互いに忙しい身。その点は理解しているつもりだ」

 一特務部隊の指揮と、重要拠点の総指揮では遥かに次元が違う。

 元々第一次地球降下作戦以降、部隊を率いて戦った経験が若い准将にはある。その事から言った言葉であろうが、シュマイザーは内心酷く困惑していた。

 彼は開戦前のガルマ・ザビを知っている。

 士官学校主席で卒業、将来を渇望されジオン公国を双肩に担う人物である。

 が、貴公子然とした振る舞い、隙が目立ち要職に就く一族の中で唯一浮いている青年。

 少なくとも、当時のシュマイザーら一般将校の印象はこんなものだった。

 しかし、地球降下作戦以降、ガルマの戦功は他の将官を押し退けて一際注目を浴びる。

 降下部隊と共に先鋒を任され、文字通り各地を転戦に続く転戦を重ね、ジオン軍支配領域を伸ばしていったのだ。今やジオン軍の中で、彼の実力を疑うものは存在しない。

(デギン公王が溺愛し、ドズル中将が期待する将器があったというわけか)

 シュマイザーの知り合いも、ガルマに一助したという。

 何かと苦労をしたらしく、灰色混じりの黒髪の対比が変わっていたことに同情した。

 白髪ではないのだから、と励ました時に睨まれもしたが。

 第二次降下部隊の活躍、ガルマ准将が防衛戦力を分散せずに集約し、戦力が整え次第順次部隊を派遣した事で攻略した基地に連邦軍が入った事態も遭ったが、基地内部構造を完全に把握している指揮官自ら工作員を率い、奇襲を仕掛け敵戦力をそのまま確保する戦果を上げる。

 この基地内の戦闘機、戦車、輸送機を全てキャリフォルニア・ベースに接収。

 今も技術班が性能を解析中だ。

 もしかすれば、ジオン軍に大気圏内で活躍する兵器、あるいは既存兵器の大幅な改修が見込めるかもしれないのだ。大気圏内のデータ不足に悩まされているジオン軍には、正に天からの贈り物であった。

 現状はモビルスーツに頼っているが、あれは宇宙空間、地上対応も見据えて開発されているが対空能力がそれほど高いわけではなかった。

 戦闘機はほぼ直線、ないし旋回時に大きく膨らむ軌跡を描くので、その時にマシンガンで撃ち落とすしかないのだが、高速で飛来する点を相手に正確な射撃は難しい。

 位置を特定した後の予測射撃が当たるのは半々か、それ以下であった。

 宇宙空間ではないので、戦闘機と同じ軸に機体を寄せることもできないし、AMBACがある分相手より位置移動が容易ではあるが、空中戦を考慮に入れたモビルスーツは未だ生産されていない。

 大きくジャンプ、滑空しながら戦う程度が限界であった。

 その開発に必要な素材が手に入ったのだ、キャリフォルニア・ベースに在籍する技術者が矢次早に兵器群の輸送を求めるのも仕方がない事と、現場の人間も理解を示した。

 この時、基地攻略に工作員を率いたのがイアン・グレーデン中尉。

 現在は功績を認められ、昇進し大尉となっている。

 彼の隊が接収した戦果を輸送する中、護衛任務に就いたのがシュマイザーたち、闇夜のフェンリル隊であった。

 同隊は、試験型のセンサーシステムを搭載したモビルスーツを所属機としている。

 レーダー、センサーを以て敵軍の早期発見、撃破を狙うシュマイザーの部隊方針が正しく機能する任務だった事もあり、少数ながら各個撃破する戦術で連邦軍と矛を交えた。

 彼らが警戒した範囲に敵反応が検出すれば、先手を仕掛け撃破ないし撤退に追い込む。

 首尾良く彼らを出し抜けたとしてもグレーデン率いる直衛隊が控え、撃滅する二段構えである。

 奪還、破壊任務を帯びた連邦軍はその都度、狼に喰い千切られ、荒野や山岳地帯に亡骸を晒すことになった。その分彼らも無傷では居られず、強引な突入を防ぐために立ち塞ぎ、少なくない損害を被っている。

「モビルスーツの補充、物資の受領確認しました。キシリア閣下から任務が下るまで、我々闇夜のフェンリル隊もキャリフォルニア・ベース防衛に就きます」

「それは心強い。音に聞くシュマイザー少佐とその精鋭が守備に入れば、南米から押し寄せる連邦軍も恐るるに足らない。期待させてもらうよ」

「はっ。有事の際は、万全を期して臨みます」

 声や態度に嫌味、厭味も無い。純粋な歓迎と世辞ではない期待が寄せられる。

 この対応がゲラート・シュマイザーをして純朴な青年と器量の深い指揮官が同居する、特異な人間だと感じさせた。

「それで、少佐の隊は今何処に?」

「第五滑走路で物資搬入作業、それが終われば休暇を。許可を頂ければ基地周辺の巡回に出す予定です」

「ふむ。では、これを。役に立つ筈だ」

 大きく頷いたガルマは、予め用意していたのか。封筒を差し出す。

 それを受け取るが、表題も何もない。

「准将。これは?」

「キャリフォルニア・ベースの巡回ルート、及び今現在機能している通信設備の配置図だ。巡回、哨戒に出るときに役立ててくれれば、嬉しい」

「なるほど。十分に役立てて見せます。通信設備は現状、どの程度まで把握できているのですか?」

「私が覚えている限り、キャリフォルニア・ベースの二七〇キロメートルまで。潜水艦隊が編成された事もあって、水中とその区域に対空レーダーを順次張っている」

「……二七〇キロメートル、ですか。確か、キャリフォルニア・ベースの四方二五〇キロメートルには中継基地、更に一〇〇キロメートル先に前線基地が配してありましたが」

 ガルマが今も腐心しているのは、キャリフォルニア・ベースを中核とした防衛網の構築。

 二七〇キロメートルまでレーザー遠方監視、二五〇キロメートルの位置に在る中継基地と定時連絡を交わし有事の際は後詰に向かえる様に取り計らい、中継基地は一〇〇キロメートル先に前線基地を設け、同様の措置を取る。

 海岸側には連邦軍が破壊を試みたデータバンクから幸いにもサルベージに成功した、大型プラットフォームを海上に建造。移動も可能であるため、連邦軍に位置を特定されない様にランダム航行となっている。勿論、キャリフォルニア・ベースのレーダー範囲内を、である。

 さすがに核ミサイル施設の扱いだけは、上官に当たるキシリアにお伺いを立て対応策を練った。南極条約締結時に建造及び使用を禁じはしたが、保有については触れていない。今となっては、核弾頭を所持しているだけで該当基地を侵攻ルートから外す可能性もあるのだ。

 誰も核爆発に巻き込まれて死にたくはない。

 つまりは、そういう事であった。

「前線基地は建築中で、今だ機能していないが。5月に入る前に少し、連邦軍の先遣隊と前線基地を叩いてもらったのでね。時間に余裕がある内に、こちらの防衛能力を高めておきたい。南米がすぐ近くにあるのだからな。何れ来るジャブロー攻撃に備えなくては」

 ジャブロー攻略時には防衛戦力をそのまま、侵攻部隊に組み込む。

 重要拠点の守りを固める戦略が、地球連邦総司令部ジャブロー陥落に向けて用意しているものだと語る。穏やかながら熱意を以て前線に身を置く青年の意気込みを、壮年の指揮官は感じていた。

「感服致しました。ジャブロー攻略には、我々も必ずお供しましょう」

「おお、そう言ってくれると助かる。ならば、それまで互いに壮健でありたいものだ」

 封筒の中に有る記憶媒体を指で確かめつつ、シュマイザーは一つ尋ねた。

「5月に交戦した、とおっしゃりましたが。その部隊は今何処に?」

「うん? 気になるかな」

「連邦軍モビルスーツの噂は良く聞くものですから。実戦データが存在するのならば、是非に」

「それならばキャリフォルニア・ベースのデータバンクにある。検証のために見ておきたいならば許可を出そう。少佐の部隊理念に役立てれば、彼も喜ぶだろう」

 親しみを込めた笑みをガルマは浮かべたが、シュマイザーは自分ではない他の誰かに向けているものだと察した。

 自らを卑下する気はないが、労わる様な感情を向けられるほど少佐は准将に貢献していないと思うが故に。

「彼、と言いますと?」

「少佐。君も良く知る人物だよ。私の代わりに補給手続きを採ってくれた筈だ。直接は会わなかったのかな?」

 シュマイザーの脳裏に思い出されるのは、取り沙汰された灰色の青年ではなく。

 旧知の友人に連れられ、挨拶に勢い良く頭を下げる黒髪の少年だった。

「……メルティエ・イクス中佐ですか。なるほど、合点がつきました」

「うむ。すまないが、そろそろ仕事に戻らせてもらおう。裁可を求めるものが多く上がっているようなのでね」

「はっ。長居してしまったようで。失礼いたします」

 退室し、通路を歩き自分たちに充てがわられたスペースに向かう。

(軍属になった時、私かラルの隊へ配属になると思っていたのだが)

 士官学校以前から目を掛けていた分、当てが外れたときの落胆は大きい。

(良い男に成ったようで嬉しいぞ、メルの坊や。私も負けてはおれんな)

 シュマイザーは気づかず男臭い笑みを浮かべ、心なしか足も軽やかに進む。

 スペースに着き、中に入れば。

「いい加減代わりなさい、今度こそ私が勝つのよ!」

「うるせー! もっかいやれば勝てるかもしれないんだ、黙ってろよっ」

 コックピットを模したシミュレーターの内外で騒ぐ男女、それを呆れた表情で見つめる二人の男たち。

「全く。飽きもせずよくやるものだ」

 ル・ローア少尉が目を閉じ、見飽きた光景に淡々と。

「まぁ、久しぶりの基地内での休暇です。やりたいようにさせときましょうや」

 マット・オースティン軍曹はいかつい顔に似合わない意見を述べ。

「それは何度も聞いたわ! いい加減反省ってものを覚えなさいよ!」

 シャルロッテ・ヘープナー少尉は噛み付きかねん勢いで捲し立て。

「そっちこそ、装備の切り替え(スイッチ)くらい早くしてみせろってんだ! 何回その隙に落とされてると思ってやがる!」

 ニッキ・ロベルト少尉が負けてたまるかと大声で怒鳴っている。

 はぁ、と戦場から離れ感傷に耽っていた指揮官は、己の隊を再び視界に収め、再度息を吐いた。

「何をしている。外部に丸聞こえだぞ、少し外聞を気にしろっ」

 靴音を鳴らし静かに怒りを込めれば、若い男女は恐縮し、眺めていた二人も姿勢を正した。

「自らを省みない者は決まって無残な最期を遂げる。仮想練習でこの有り様なら、やり直しが効かない戦場ではどうなる? 今此処で答えを聞くつもりもない、精進しろ。以上だ!」

 彼は珍しく語尾を荒くし、部下を戒めた。

 人間誰しも、懐かしい記憶に思いを馳せている時に邪魔をされれば、機嫌が悪くなるのだ。

 それは冷静沈着なゲラート・シュマイザーも、例外ではなかった。

 彼は気を取り直し、部下の戦績だけでも確認しておこうと、シミュレーターの画面を覗く。

 其処には、二人が負け続けた仮想敵、蒼いグフが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイド7のとあるコロニー。

 地球連邦政府とジオン公国が戦争に突入する前に建造が開始されたばかりで、今も未完成だったが居住は始まっていた。

 コロニー公社が入り、建造計画自体は進むものの、長過ぎるのではないかと一部の住民は思っていた。

 開戦前から竣工しているのだ。住居スペース、工業地区と並行して開発された一部のスペースと宇宙船ドックが今だ完成を見ない。立入禁止区画化されているのは安全の為だと付近に近寄る事さえ警備員に阻まれる始末であった。

 極稀に、腕白な子供たちが鬼ごっこの鬼役に警備員を見立てて一悶着起こし、罰則こそ無かったが保護者への厳重注意が()()、以降はその手の遊びは禁じられた。

 既に6月が過ぎ、半ばまで差し掛かった。

 それでも、今だ開発終了となってはいない。

 医学生の卵として、実地研修代わりの医療ボランティアに参加していたセイラ・マスは、他愛のない話に興じる付近住民の井戸端会議を聞きながら、確かにと胸中で頷いていた。

 擦れ違うときに流れてくる会話、彼女らは内緒話をしているつもりでも、周りの迷惑を考えない音量だ。

 嫌でも耳に入るし、聞きたくなければ耳を塞ぐしかない。

 セイラもそうしてやりたかったが、奇異の目で見られ、不要な波風を立たせる積もりもないので、日々耐えているのだ。

 しかし、噂話とは言え、貴重な情報源の一つでもあった。

 人の目というものは完全遮断が難しい。

 何時、何処で、どの様な行動を取っているか。自身では把握していないような事でも、他人にとっては印象的なものである場合もある。炊事、洗濯、掃除、家族の世話等であくせく働く主婦層は案外目敏く、何事かを観察している。

 ちょうどセイラの耳に入ったものも、その手の類であった。

「知ってます? また輸送船が入ってきたそうですよ」

「ドックは、確か。使えるものが限られているという話でしたね」

「配給が増えるのは助かります。うちは年寄りが多くて、不安ですから」

「うちも子供が。我が儘ばかりで」

「そうですか? 利発で良い子じゃないですか」

「猫を被るのが上手いだけですよ、まったく」

 現在は戦時中も合わさり、各家庭に配給品が送られている。最近は特に多いと主婦の方々が喜んではいるが、其処まで以前の配給が乏しかっただろうか。

 暴動や飢餓に晒されていないだけマシではあったが、何時までこのコロニーでボランティアに従事したものか。

 疲労や栄養不足、切り傷打撲で診る患者は確かに居る。

 勤務している医療スタッフだけで十分に回せるだろうが、セイラが居る分休憩や休暇を取れる。

 居なくても問題はないが、居てくれると助かるくらいなものだ。

 確かにその程度ではあったが、仕事に関しては大体満足を得ている。

 彼女自身大仕事に関わりたい、という意志はない。困っている人を助けたい一心で医者の道を目指したのだ。治療を受けた人々からの感謝の声と、スタッフから助かったと言われる生活にやり甲斐も感じてはいる。

 ただ、このコロニーには気になる事があって、深入りしたくはないが突き詰めたい衝動も彼女の中に渦巻いてはいる。

 好奇心というものだが、自制できるものではあったので、彼女は長らく放置していた。

 夜勤が終わり決められた居住区を目指しながら彼女は、コロニーを巡る何かと腑に落ちない現状と仕事疲れもあり、僅かに苛立ちを感じていた。

「はぁ……」

 自室に入ると電子ロックを確認して明日の用意を進める傍ら、チャリと金属音を立てたロケットに触れる。

 独りになってから、ロケットを指で弄うのが気を紛らわせる癖になっていた。

 マス家に養子入りしてから、医者の道を志してからも、二人の兄を忘れた事は一度もない。

 一人は事故で失い、もう一人はこの宇宙に居るだろうか。

 セイラと同じ金髪の兄は、良く手を引いて遊んでくれた。

 後見人のジンバ・ラルから、よく説かれた話もあった。兄は立場上聞き入るしかなかった。

 彼女自身は割と流していた。老人の執念のようなものに絡みつかれるようで、嫌だったのだ。

 もう一人の黒髪の兄は、良く構ってくれた。

 昔はやんちゃしたものだ、と思えるくらいに振り回した記憶がある。

 偶に泣きそうな顔で追ってくる彼が好きだった。こういう時は金髪の兄が忙しい時であったから、その分彼に甘えていたのだ。

 パチリ、と軽い音の後。

 今では叶わない、二人の兄に挟まれて微笑む幼い頃の自分。

 キャスバル・レム・ダイクン、メルティエ・イクス、アルテイシア・ソム・ダイクン。

 三人が三人とも笑顔の、今はもう遠い頃の写真。

 彼女たちを取り巻くものに対しては不幸だと言えるが、この時は確かな幸せがあった。

(あれから、会ってない)

 過去に囚われない様、歩いてきたつもりだ。

 ラル家に引き取られた兄と、直接会う事はない。

 連絡は取り合っていた時もあったが、彼が士官学校に入る頃には過疎ってしまった。

 セイラも本格的に勉学に身を入れていた時だ、仕方がなかった。

 疲れている時に昔を思い出すと、ふと考えてしまう事がある。

 泣き虫ではあったが、その分優しく他人に気を遣う少年だった。

 今も泣き癖は治らないのか、不必要な苦労を背負ってはいないか。

 兄キャスバルが既に居なくとも、妹アルテイシアが傍に居なくても。

 彼は、笑っていられるだろうか。

(感傷だわ。今日は酷く疲れているみたい)

 口煩いスタッフは、溜め息を吐く分だけ幸せが逃げると言う。

 幸せが現在進行形で訪れないのだ、溜め息くらい好きに吐かせてほしい。

 気分を変えようと軽く頭を振り、着替えを手にバスルームへ向かう。

 しばらくして部屋に流れる水音が、物悲しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

執筆して来た本作品。
振り返れば結構な人出てます。名前だけしか出てない人も含めるとかなり居ます。
ふふ、間違えないようにしなきゃね…(震え声)

物語が9月突入すると更に出てくる可能性高いからね!
アムロとか白いヤツとか白い悪魔とかがね!

タイトル通り、メルティエさんは今回お休み。
ええ、休みなのでナニしてるか知りません。
……ちょっとクラッカー用意してくる。

初登場のセイラさん。言葉遣いとか長文じゃないと表現しにくいね。
彼女が長セリフ言う時ってあんましないような気がするけども。

ぼちぼち小話も出荷予定。
次話を執筆しながら最終確認ですな。
そいでは、次話をお待ちくだされノシ


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外伝:学ぶ若人の先

『はい、ここで減点な』

 コックピット内に響く声に、リオ・スタンウェイは動きを止めた。

 彼はMS-06F、ザクIIF型に搭乗し、バイコヌール宇宙基地の滑走路に出ていた。

 馴れない地上では実地訓練が必要不可欠、と考えたメルティエ・イクスを教官に指導を受けている最中だ。

「今の、悪かったですか」

 汗で額に張り付いた藍色の髪を手の甲で払い、小さく息を吐きながら通信回線を開く。

 前面モニター上にウィンドウが開かれ、黒髪に灰色が掛かった青年が映る。

『着地する時、ザクIIの足が僅かに下がった。バランスはどうなっている?』

 彼はオートバイにローダーを取り付けたような形状の小型攻撃機、ワッパを運転しザクIIの正面で停める。軍服の上にあるマントが風で踊る中、ヘッドギア型の通信機からリオに問い掛けた。

「あ、着地する時に前に流れるようになってます」

 サイドボードのパネルを叩き、設定一覧をモニター上に表示。

 構築されたザクIIの立体モデルが、着地するときに前へ流れるようなモーションを描く。少佐が指摘する通り足が僅かに下がった分、前へ機体が倒れるように流れていた。

宇宙(そら)で戦う時は、そのままで良い。機体が前に出る分、加速が付き易いからな。だが今現在、俺たちは地上に居る。重力に引かれて機体が転倒しやすくなっているわけだ、修正しておかないと派手に転ぶぞ』

「わ、わかりました。すぐに直します」

 メインコンソール上に指を広げ、キーを叩き始めるが。

『待て、リオ!』

 ザクIIの収音マイクが、慌てた声音を拾う。

「はい? あ、わぁ!?」

 不意に外界を映すモニターがブレ、地上が迫る。

『操縦桿を一段階前へ。他は何も動かさなくて良い、フットペダルから足を離せ!』

「は、はい!」

 操縦桿を前へすっと押し込むと、モニターにザクIIの両腕が現れ、地上に手を置く。

 ガクン、と振動がコクピットを揺さぶった。

 が、それだけで他には何も訪れず、機器の正常な電子音が聞こえるだけだ。

 ゆっくりとフットペダルから足を離し、操縦桿を握る手の力を抜く。ドクン、ドクンと脈打つ鼓動に促されて、胸一杯に呼吸を繰り返した。

『落ち着いたか?』

 十秒ほど置いて、少佐から声が届く。

 モニターを見れば、ワッパを寄せて見上げる青年が映る。

 風に吹かれ乱れる灰色混じりの黒髪、その下にある灰色の双眸が画面越しにリオを射抜く。

 びくり、とモビルスーツ操縦を習った場所で受けた”教育的指導”という名の暴力を浴びた経験を痛みと共に思い出し、リオは体を縮こませた。

 稽古場と称された其処では小さなミスでも殴られ、罵倒される。

 二度とさせないように覚え込ませるため、と言っていた。それは方便で肉体的、精神的苦痛を与えることに快楽を覚える野郎だと共に習った子は言っていた。その子は他の習う教習生よりも細かく見られ、事ある毎に”教育的指導”を受けさせられていた。

 リオも頬を張られ、身体を殴打されたこともある。心無い言葉で悔し涙を流した日もあった。

 その場所から逃げたい一心で、貪欲に技術を磨いたとも言える。

『コックピットハッチを開けろ』

 動きが硬くなる。

 彼も、そうなのだろうか。

 しかし、遅れれば遅れた分、非道い事をされるのは身体が覚えていた。

 手順に従って、ザクIIは乗り手を外気に晒す。

『外に出ろ』

 指示に従い、ハッチの縁に手を掛け外に出た。

 そうして、

「――――わっ!?」

 傾斜している分、リオの体が前に倒れる。

 慌てて手を伸ばすが、ただ空を切るだけ。

 一瞬の浮遊感、続いて下へ引き寄せられる感覚。

(あ、落下しちゃった) 

 呆然とコックピットに視線を向けながら、しかし冷静に現実を受け入れた。

 下へ下へと引きづられ、見えない鎖に束縛されながら、少年は青い空を見上げる形になった。

「よいしょっ、と」

 そんな彼に小さなエンジン音が迫り、胴に衝撃が入る。

「あぐっ」

 それは殴られた時に比べれば痛みもなく、リオの体重を吸収するように迎えてくれた。

「あ、あれ?」

「すまん、まさかそのまま落ちるとは思わなくてな……ある意味、身を以て体験したから良しとしてくれ。まだ生身でも宇宙に居る時の癖が抜けないんだ。モビルスーツの挙動が上手く行かないのも当然だろう。焦らず慣らしていけ」

 片腕一本でリオを抱える青年は、危なげなくワッパを地上に降ろしザクIIの側面に回る。

「今のザクII、その姿勢を見ておくんだ。前に体が流れると言うこと。どうすれば重心が安定し重力圏内でどっしりとした構えができるかを考えろ」

 地面にへたり込みながら、リオはザクIIの姿を視界に収めた。

「わわっ」

 ぐい、と下に視点がずれる。頭の上を何かが押したからだ。

「しょ、少佐?」

 目を向けると、わしゃわしゃと柔らかい髪を乱しながら、メルティエは笑っていた。

 そこに嘲りはなく、温かさがあった。

「俺に見せてくれ。地上でもやれるってところをさ」

 恐怖心を煽らない穏やかな彼の瞳に、期待をされているのだと、リオは改めて気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん。まだ動きが、似てない」

 リオはモビルスーツハンガーで愛機の設定修正を終えると、通路に出た。

 あれから二週間も経過していないが、中部アジアから北米大陸に移り、リオも階級が上がっている。

 怒涛の日々であり、疲労も蓄積しつつあった。

 戦場で劣悪な場所を走り抜けたりもしたが、先頭には必ず技巧者で知られるアンリエッタ・ジーベル大尉が居り、彼女から移動のポイントを教えてもらってクリアしている。

 作戦も問題なくこなせてはいる、が満足はできていなかった。

「あ、ハンス兄さん。コルト大尉」

「ん? リオじゃねぇか。どうした」

「おや、スタンウェイ曹長ですか。調整は終えたようですね」

 キャリフォルニア・ベースの兵器試験実験場でモビルスーツの武器を試用していた二人を見つけ、恐る恐る声を掛けた。

 其処に居たのはハンス・ロックフィールド少尉、ロイド・コルト技術大尉。

 二人が試験しているのは新規格の狙撃長銃(スナイパーライフル)

 銃身を作業アームで交換、固定後に試射。貫通力と命中した際に生じる運動量で射程距離を割り出しているらしい。もっとも、現場の風速や気温に左右されるので、目安程度と割り切っている。ただ、今後必要なデータなのでサンプリングする価値があるとの事。

 スナイパーライフルを搭載する機体にはMS-05B、ザクIが用いられ、銃身の架台も機体構造に即した形を取られている。部隊内でこの兵装を扱う機体がハンスのモビルスーツであるから、当然ではあった。

 ハンスの愛機を組立、要望に応えて作り上げた狙撃用ザクIはロイドの手に依るものだ。完成度が高かったこと、遠距離からの狙撃を可能とした戦術優位性を認められた為に型番を用意され、このキャリフォルニア・ベースのモビルスーツ工廠でもハンス機を基にしたMS-05L、ザクI・スナイパータイプが生産ラインに挙げられている。

 これには補給任務、第二線に落とされたザクIが長距離狙撃機となって戦線に加わることで、愛用していた古参兵は元より、ジオン軍上層部にも大いに喜ばれた。

 稼働時間はさほど変わらないが、冷却問題の改善と増設された小型ジェネレーターによる機動力向上を評価、既存のMS-05Bにも同様の処置が施された。現行機も改修できるよう改造パックが用意され、配布予定だ。

 試験が一段落し、休憩を取っていた二人へ相談内容を説明すると。

「はぁ、なるほどねぇ。大将も随分まどろっこしいことしてるな」

「そうですかね。私はきちんとした人材育成をしている、と受け取りましたが」

 腕を組むハンスが感想を述べ、ロイドが異を唱えた。

「わぁってるさ。思考を止めるなって事だろう。言われた事をこなすだけじゃ、トラブルに巻き込まれた時に対処できないからな」

「そういう事です。答えを明かしてしまうのは簡単ですが、彼のためにもなりません。まずはモビルスーツと”対話”をすることが必要ですね」

「”対話”、ですか?」

 二人の頼れる大人が少年に視線を向ける。

 小さく頷き、眼鏡を押し上げながらロイドがアドバイスを贈る。

「そうです。モビルスーツの動きを受け、知り、感じる事。パイロットの癖を伝え、学ばせ、覚えさせる事を”対話”と言います。一つのコミュニケーションですね」

「こいつはどういう動きが得意で、何が不得手なのか。(センサー)が良いのか、(レーダー)が良いのかってな。んで、機体と自分の操作に合ったモーションを決めていくわけだ」

「えと、ハンス兄さんはどうやってるの?」 

 リオが兄と慕う狙撃手は腕を組み悩む素振りを見せたが、キャラじゃないと首を振って笑う。

「何事も地道なもんだ。歩いて走って、飛んで跳ねて、できる限り想像を膨らませるんだ。どんな体勢でも撃つ、当ててやるってな」

「いえ、それでどんな状況でも当ててくる人は貴方くらいなものですよ、ハンス」

「当てられる状況じゃなきゃ撃たないだけだ。割りと撃てる状況を想定して組み立ててるんでな、()()()は」

「聞いたでしょう、スタンウェイ曹長。天才と変態は紙一重、という奴です」

「あはは……でも、それ言葉違うと思います」

「そうですか? 真実だと思いますが。実際、同じような人が二人以上居る部隊ですし」

「んー? 大将は当然入っているとして、後は。エスメラルダくらいか?」

 本人が聞いたら、顎を破砕されそうな事を彼は言う。

「イクス中佐は当然、ですねぇ。色々と規格外です」

「負けるとは思いたくねぇが、勝てるイメージが湧かねぇしな」

 背丈が近い二人が仲良く笑う。

 彼を認めているのだろう、でなければ朗らかに評する事も難しい。

「ま、大将の事は置いておくとして。注意すべき点は二つだ」

「え。二つだけ守れればいいの?」

 ハンスは指を二つ振り、リオは意外と簡単かもと鵜呑みにした。

「一つ、最適な動作を正確にプログラム化、機体に記憶させる事。二つ、同じ動作、似たようなものは消す事。だ。簡単に思えるか、これが」

「……ごめんなさい、難しいよ。少しでも似通ってたら誤操作する、そういう事だね」

 ハンスが打って変わった調子で訊ねれば、リオはその冷え切った声に反省して答えた。

 行動に秒間、思考でコンマの世界を戦う中で膨大なモーションをCOMに記憶させていたらどうなるか。

 COMの内にあるプログラムを取捨選択し続けた刹那の時間だけ、行動が遅れるのだ。

 戦場では、僅かな遅れが命取りになる。

 その中で機体を自動制御で動かす事は利便性も高く、複雑な操作を省いた分だけ誤操作を潰せると思うであろうが、実際は異なる。

 リアルタイムで地形情報、機体状況をシステムにフィードバック。登録されたデータを読み込み、パイロットの操作をOSが解釈しメイン、サブCOMに指令を送り機体制御を執り行うのだ。

 臨機応変に機体が可動する分、その情報処理にOSが追われることになる。各モビルスーツのCOMには一定量のモーションを登録できるが、その登録数が少なければ少なくなるほど処理が早いのは当然の事。しかし、登録数が少なければその時にマッチしない動作が行われてしまい、体勢を崩す事も有りうるのだ。

 逆も然り。

 似たようなモーションが重なれば理想とする動きから離れたり、最悪は動作硬直(フリーズ)も有り得る。

 こういった経緯で、パイロットは自前のデータを複数所持するのが通例となっている。

 収集した戦地情報次第でデータを交換、インストールする人間も少なくない。優秀なパイロットが地形把握に優れ、プログラマーにも適性があるのはこのような理由が存在している為である。

 故に、少ないデータ。あるいは膨大なデータをインストールしたまま、直接入力で機体を制御するパイロットはかなり異質である。

 コマンド形式で装備を変更、特殊行動を採るような操作もあるが、機体制御で直接入力をこなす人間は当部隊の指揮官やほんの一部のものだろう。

 現在は幅広い動作を有し、細部が異なるソフトウェアも開発されてはいるが、規格や仕様の違いから満足に機能しない事が多くOS、COMの共有化、共通したプログラムを望まれている。

「休憩したら、自分で自分の動きを良く観察してみろ。案外身近にあるもんだぜ」

「幸いにも、パイロット層が厚い基地です。訓練や意見交換等で客観的に見るのも重要ですよ」

 年長者二人の励ましに礼を返し、実験場を去る小柄な背。

「さて、我々も仕事に精を出しますかね」

「そうだな。早いとこ組立ちまおう。実戦で使う日も近いしな」

 コンソールに向かい、表示される数値を睨み、実射を再度行う。

 廃棄処分となったザクIIの腕パーツに、亜音速で飛来した弾丸が穴を開け、続いて内部が大きく爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ど、どうですか?』

 リオはノーマルスーツを着込み、再びザクIIに搭乗していた。

 前回とは違って、下に居るのはメルティエではない。

「動きが硬いな。まずは、関節部分を活かす動きを覚えることから始めよう」

 無線機を片手に、ホバートラックの上で評価しているのはケン・ビーダーシュタット少尉。

 一人モビルスーツのシミュレーションをしているリオを見つけ、実地で教えるのも手だと教官役を買って出たのだ。素直な反応に応援したくなった、という気持ちも多分にある。

「普通に見てる分には問題ないんだが、志が高い坊主だなぁ」

 車輌に背を預け、一般兵程度なら問題ないと採点するのはガースキー・ジノビエフ曹長。

 彼もケンと同様でサイド3に妻子を残している。宇宙と地上を往復する輸送隊に、彼が家族宛ての手紙や品物を紛れ込ませているのは周知の事実である。

 子供と年齢が近い事もあって、リオの訓練を眺めることには苦痛はない。良くやっているとさえ思ってもいた。

 調子の乗るといけないので、間違えても口には出さないが。

「まぁ、努力は認めるさ」

 鼻を鳴らしながら言うのは、ジェイク・ガンス軍曹。

 上から目線なので煽っているように感じられるが、残念ながら素である。

 話を聞き、短期間で習熟した訓練と技量を認めてはいるので、彼なりに応援をしているのだ。

 言い方が不器用なので、大抵は煙たがられてしまうのだが。

 一度膝を突き、動きを停めたザクIIが一分後に立ち上がる。

「お、いいんじゃないか。足を着地させた時、さっきよりも膝関節部に負担をかけず、上体も沈めてる。平地では十分な走り方だ」

 密かに機体状況を繋いでいたケンが、教習生となったリオを褒める。

「良い足捌きだ。これで劣悪な斜面、森の中を動ければ言うことがないねぇ」

 ガースキーも同様だ。次のステップには行かないのか、と促してさえいる。

「水の中、湖面も戦場にはある。足を取られやすいからな。やっておいて損はないぞ」

 アドバイスがジェイクの口から出た。

 思わずケンとガースキーがまじまじと彼を見つめ、からかうのは後にしようと決めた。

『キャリフォルニア・ベース周辺は割と平坦な地形ですけど、すぐ近くに山岳地帯がありましたね』

 教習生もやる気十分だ。

 しかし、今は待機中。連邦軍が攻めてくる可能性は低いが、用心のため此処に居る。

「やる気が出ていて頼もしいが、イクス中佐から許可を頂いていないのだろう? 勝手な出撃は懲罰対象だ、止めておけ」

 数度言葉を交わしただけであったので、メルティエ・イクスという若い将校の事は情報媒体や噂話でしか知らないが、身勝手な行動を許容する上官ではないだろう。

「隊長、俺たちも哨戒任務があります。ここら辺で戻りましょうや」

「敵の後退ルートを追跡、防衛ラインの特定だったか」

「面倒な任務だ。ルッグンあたりを飛ばせれば済むことじゃないか」

「そのルッグンが撃墜されたそうだ。モビルスーツでの威力偵察になるだろう」

 三人は受けた任務に辟易とするが、身分を理解している故に自分たちのスペースへ戻ろうとし、

「あ、あのっ!」

 ザクIIのコクピットハッチが開き、慌てて小柄なパイロットが出てきたので、何事かと目を細めた。

「あ……ありがとうございましたっ」

 大きく頭を下げた少年兵に、三人は顔を見合わせた。

「構わない。次の機会があったら、また教えよう」

「気にするなよ。良い動きしてたぜ、坊主」

「感覚を忘れるな。言いたい事はそれだけだ」

 三者が一言述べ、去っていく姿にリオは敬礼で見送った。

 外人部隊と呼ばれる彼らが第168特務攻撃中隊と会い、共同戦線を張るのはこの数日後の事であった。

 その際に橋渡しとなったのがリオであり、意外な人脈だとハンスに言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信設備の埋設、センサー機器の設置、ご苦労だった。山岳地帯でも動けたそうじゃないか」

 蒼いモビルスーツから降りたメルティエが、下で待つリオに労いの言葉を掛けた。

 基地周辺の地形情報を得るために、出撃していたのだ。

 部隊共有データから抽出すれば早いのだが、ナマの情報を大事としている分、問題がなければ彼はこうして現地へ足を運ぶ。

 データ信用云々の話ではなく、彼の在り方となっているので口煩く言う者は少ない。

「はい、コツを少しずつ掴めてきました」

「そいつは重畳。動き一つで生死が分たれる事が多い、これからも精進しろ。ってな?」

 真面目な顔から一点、軽く笑い飛ばす。

「中佐のグフは、問題なく?」

「今のところはな。中東アジアで損傷した肩周りの具合も良くなった、支障はないだろう。ロイドと整備兵の皆に感謝だな」

 彼が手を振れば、整備兵たちが敬礼や笑顔で返す。

「中佐殿ぉ、今度は機体を壊さないで御帰還願います!」

「徹夜で熱持った機体を弄るのは苦痛であります!」

「中佐の機体だけ、整備に時間掛かるので、尚辛いであります!」

「はいはい、俺が悪かったよ。次もご期待に沿ってやる。絶対だ!」

 寄せられた声援に彼が応えれば、ブーイングを声高に上げる整備兵たち。

 慕われ信頼を得ていなければ、こうも軽いやり取りはできない。

 厳格な部隊では口答え一つで懲罰を受けるそうだ。

 今だけを見れば、規律が緩い部隊と思われるだろう。

「みなさん。いつも真面目なのに、中佐が居るとこうなりますね」

 バイコヌール宇宙基地攻略を皮切りに各戦線を走り抜けた彼らは、ロイド大尉の指揮の下、被弾したモビルスーツを何度も万全の状態で戦場へ送った技術者たちだ。

 今は中佐が矢面で被弾する事が多いので、中佐専用の整備チームと化していた。

「余暇があるから口数も多くなるんだろう。キャリフォルニア・ベースが本格稼働したら、うちも忙しくなる。それに、もう次の任務だ」

「あ、皆さんをミーティングルームに呼びますね」

「おう、頼む。――――リオ!」

 走り通路の奥に消えそうになった少年が振り返る。

「働きに期待しているぞ!」

「――――はいっ!」

 右手を振り上げ、歳に見合った姿を見せたリオに、メルティエは満足げに微笑んだ。

 この後、リオは山岳地帯の戦いで鹵獲ザクを単機撃破する活躍を見せ、補充員から一戦力として見直されることになる。

 戦闘展開がとある佐官に似ている事から大いに危ぶまれたが、本人が後に砲撃タイプの支援機に登場するようになり、一時棚上げとなった。

 共同で作戦に当たった外人部隊がメルティエを援護、敵部隊を切り裂く光景に感情を宿し貪欲に操作技術を吸収し始める事になるのだが、それはまた別の機会に語ろう。

 

 

 

 

 

 尚、リオ・スタンウェイがメルティエ・イクスの男娼という流言がキャリフォルニア・ベースを激震させるが、これはとある女子の世迷言であり、同基地の最高責任者ガルマ・ザビが戯れ言とバッサリ切り捨てた事から基地外に拡散する前に鎮圧された。

 メルティエが遺憾の意を上げ、リオも否認している事から事実無根の話だとされている。

 流言元の女子は人事異動に加え、不要な諍いをもたらしたと罰せられた。

 後日、この話をネタに嘲弄した部隊員が軒並み昏倒させられた珍事が発生。

 口火を切った数人以外後遺症がない為、上官侮辱罪に当たる懲罰として処理された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

外伝、やっと一つ終えた。
バイコヌール攻略後、キャリフォルニア・ベース移動後と間を開けての回です。
降下後隊長機損傷で待機してから、ずっと作戦行動しっぱなしだったから話挟む余裕なかったわ。

主人公たちが行動している分、変に噛ませると問題起きそうで怖いしね……チカタナイ。
最後にオチも付け足し、いい話が出来た――――ハズ。
執筆を並行する本編と次外伝をお待ちください。






さて、スピードワゴンはクールに去るぜ!



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第三十五話:東南アジア戦線

 

 東南アジア地区への橋頭堡。

 元は連邦軍陣地であったが、ファットアンクル輸送機や陸上艦艇ギャロップのカーゴに建築材、もしくはそのものを載せて行き来し、急ピッチで作り上げた基地である。

 防衛戦力にマゼラ・アタック戦車二個小隊、哨戒機にルッグン三機が守備隊として配置。

 急造の基地であるため防衛陣地、対空設備が共に構築中であり、心許ない状況ではあった。

 この微々たる戦力を守備隊と称している現状には理由がある。

 全ては先日の戦いで大きく下がった連邦軍防衛ライン、その空白地帯を埋めるために地区進出を選んだ事に起因していた。

 方面軍が侵攻を選択した背景には、幾つか挙げることができる。

 中東アジア地区へは連邦軍が攻勢に出る事や、反ジオンのゲリラ活動からの被害もなかった事。

 占領区となった地域に、広く公布した声明。事を構えない限り生活の保障を約束、地域住民との努めて公正な物品取引が功を奏し、緩やかにだがジオン軍を受け入れ始めた事。

 他には北京攻略を終えた部隊に余力がある事、連邦軍勢力を駆逐したい事等がある。

 そして、ギニアスが進める計画が重なった結果、敵勢力圏への進軍となったのだ。

 こうした出来事を踏まえた上での宇宙世紀0079。7月5日未明。

 ジオン軍は東南アジア地区へと進出、東南アジア地区に籠城する連邦軍基地へ攻略を開始した。

 連邦軍は先の戦いで失った戦力が回復しておらず、満足な抵抗も出来ずに勢力圏を失う。

 一部頑強に抵抗した基地があり、予想以上の被害を受けた部隊もあったが侵攻軍は順調に推移。7月10日にはジオン軍と連邦軍の占領下がおよそ東南アジアを二分するほどになった。

 戦闘の出血はジオン軍が当初予想していた被害度合いより遥かに低く、方面軍参謀部は連邦軍の戦力が疲弊しているのではと議論が交わされるほどであった。

 このまま東南アジア地区を勢力下に治めるかのように見えたが、進撃が急に止まってしまう。

 停滞は敵戦力の回復を許してしまうが、次々と波及し遂に全軍停止まで至る。

 阻んだのは連邦軍の反撃でもなければ、地元ゲリラの攻撃でもない。

 制御が効かない悪天候、うだるような暑さは将兵の心身を削ったりはしたが、これも違う。

 阻んだのは他でもない、ジオン軍の自壊とも取れる問題。

 簡単に述べてしまうと戦線が伸びた分、補給が滞り始めたのだ。

 整地されていない密林地帯、大陸から分かれ渡海を要する島群により前線と補給ルートが自然に分断された等が主な原因である。

 予め約定に則り、ギニアス少将は補給の打診。他にも侵攻と並行して計画を進めていた。

 中部アジア方面軍司令マ・クベ大佐から、編成が済んだ潜水艦隊による海上からの物資輸送。

 そして、大破したザクI、ザクIIの上半身とマゼラ・アタックを結合させたリサイクル兵器。

 後に型番が付与され名称が統一されたMS-06W、ザクタンクを各基地からのルート開発に当て、二十四時間体制で整地作業を続けている。

 余談だが、これには現地住民から希望者を募り、土建重機用に改造したコクピットで作業に従事してもらっている。ジオン軍に入隊したい者が居れば、これを機に認める方針を打ち立てた。

 彼らとの交流を図りたい考えと、開戦から半年が経過した人材不足をどうにかして埋めたい狙いがかち合った為でもあった。

 続いて地球圏軌道上をジオン軍が維持している分、HLVによる補給物資投下を試みられた。

 しかし、これを察知した連邦軍の攻撃により、全体の二割近くを破壊されてしまう。

 想定してしかるべき被害であるが、その二割分の部隊が補給を受け取れない状況に陥っているのだ。該当した部隊が侵攻予定のルートを物資不足で進めず、後方からの補給が届くまで一時待機となる局面が見られ始め、次第に各戦線が膠着してしまった。

 前線に近い部隊を下がらせ、代わりの戦力投入となったのがネメアである。

 彼らは中東アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将から攻撃部隊兼守備隊として、来る東南アジア侵攻作戦に加わって欲しい旨を直々に伝えられこの地に留まっている。

 先の戦いで鬼神の如しと恐れられた、ノリス・パッカード大佐とその麾下部隊が侵攻軍中核に据えられ、今も着々と軍備を整えている。

 更にギニアス少将自ら出撃する事が告げられ、彼自身からも強い意気込みが窺えた。

 トップであるキシリア・ザビ少将からも指令が届き、受領した新型機の性能試験も兼ねて本攻略作戦に参加する事となった。

 現在の彼らは駐屯軍が軍備を整え終わるまで中継基地で兵站を築き、独自に戦力の補充をしているというわけである。

 そのモビルスーツ格納庫に、数日前から復帰したメルティエ・イクス中佐は姿を見せていた。

 歩き方も普段通りに戻り、痛みで動きが不自由な箇所は見受けられない。 

「イクス中佐、お待ちしていましたよ」

 整備指揮を執っていたロイド・コルト技術大尉はメルティエを見つけると各グループリーダーに後を任せ、所狭しと並ぶモビルスーツハンガーの中を歩く。

「療養中と聞いていましたが、長引いたので皆さん心配していましたよ。あ、ちなみに私もです。

 見舞いに行った皆さんが軍医の見立て違い、ヤブ医者とか言い出すのでヒヤヒヤしました」

 手にしたボードを軽く振り、近くで見ないと区別が付かない羅列や製図の線引き、注釈等が細かく書き込まれた紙が、ペラペラと動きに合わせて揺れた。

「それは……迷惑を掛けたな。軍医に」

 意識を取り戻して一時間以内に激しい運動をしていました、等とは口が裂けても言えない。

 額から汗を垂らした青年を見つめ、今日も暑いですからねぇ、とロイドは一つ頷いた。

「そういえば、ジーベル大尉も体調が優れないそうですね。何事もなければ良いのですが」

「あぁと。新型機、と聞いているが、グフでは駄目なのか?」

 メルティエが言うグフとは、試作機を専用機に改造した先行試作型グフM型の事である。

 彼は話を変えようとして、

「――――ええ。安全装置を手動で解除、何て恐ろしい事をしでかしたパイロットが居ましてね?

 あのグフは高性能機だったのですが、お蔵入りかもしれません。惜しいことを」

 特大の地雷に足を置き、踏み抜いたようだった。

 グサッ、グササッと臓腑に何かが突き刺さったようだ。メルティエが苦悶の表情で耐えている。

 チラ見したロイドはその程度で溜飲が下がる筈がなく、次の口撃を装填した。

「実戦データも足りてません。ああ、()()に性能データだけは揃ってますね。ええ、無駄に。

 後世は不運の名機とでも題されるのが目に浮かぶようです。数値だけなら現存するモビルスーツの性能と比べると頭一つ抜けていますし。それだけに惜しい。実に惜しい!」

 粗忽者が胃の辺りを押さえだしたが、眼鏡で光を反射した技術者は止まらない。

「ご存知の通り。機体の拡張は難しく、完成を迎えてしまう機体です。撃破されて朽ちる事は望まないでしょうが、十分なデータを回収してから眠りたかったでしょう。酷い話だと思いませんか。中佐殿」

 技術屋の表情は笑顔で固まっているが、目が笑っていない。

 冷め切っているとさえ感じられ、苦言と諫言、文句を配合した言葉にメルティエはたじろいた。

 蒼い中佐が技術大尉に押し負けている、その様子を彼、彼女らは覗いていた。

「あらやだ、大尉ネチっこい」

「あれはハマってますな。イイ笑顔してますわ」

「癖になりつつありますね。鬼畜眼鏡とでも呼んで差し上げましょう」

 複数のパイロット、整備兵たちがヒソヒソと囁いている。

 モビルスーツハンガー内は、今も整備中の機体が多数存在する。

 パイロットとメカニックが本音で語り合い時に相談、妥協、拳で語る社交場と化しているのだ。

 その彼らは珍しいものを見たとばかりに、メルティエとロイドの動向に注目している。

「わかった、わかったよ。今後は自重するがすぐには直せん。抑えるようにはする」

「……まぁ、良いでしょう。臍を曲げられても困りますから。小言はここまでとします」

 不貞腐れた子供になりつつあった若い将校相手に、溜め息を聞こえるように吐いた技術尉官は「勘弁してやるよ」と顔に書いて振り返った。

 ギリィ、と中佐の拳が軋んだが、ロイドは気にせず足を進める。

「カーウィン整備主任にも一言お願いしますよ。彼女が暗いと、今ひとつなので」

「…………わかった。気を付けておく」

 その後は無言で歩き、こちらを見ていた人々も職務に戻っていく。

 見世物が終わったとばかりに退散するその動きに、メルティエは舌打ちをしたい心地であった。

 前線とを繋ぐ中継基地なだけはあり、モビルスーツ格納庫は三棟に分けられている。

 一棟は前任のモビルスーツ隊のもので、二棟からは特務遊撃大隊ネメアのスペースのようだ。

 二棟の出入口からはシーマ・ガラハウ少佐の茶褐色と紫色のMS-06G、陸戦高機動型ザクが目に入る。左右の列にはガラハウ隊のMS-06J、陸戦型ザク、新しく加わったMS-06K、ザクキャノンが固定されていた。

 続いてロイドが入っていった三棟目には資料で読んだMSM-07、ズゴックが三機佇む。

 従来のモビルスーツとは違う外観、アイアンネイルと呼ばれる両腕の爪に目を奪われた。

 両肩に蒼い塗装、部隊章の獅子のシルエットが右胸に施され、ネメア所属機を示している。

 ケン・ビーダーシュタット少尉たちの機体であろうと、メルティエは考えた。

 次のハンガーは現在試用運転に出ているのか、寂しい空間が続く。

「ん。あれか」

 メルティエの視界に、二機のモビルスーツが姿を現した。

 首元まで覆う頭部には特徴的な十文字状のモノアイレール。

 ザクIIより一回大きく感じさせる肩幅がある体躯。その身が纏う分厚い装甲はZMP-47D、一〇五ミリマシンガンを受けても貫通させない防御力を誇るとロイド技術大尉は語っている。

 つまりは、開戦前のザクIの主兵装ではこのモビルスーツには歯が立たないという事。

 しかし、油断大敵ではある。

 歩兵の攻撃で大破したザクII等は報告に上がっているのだ、慢心はすべからく敵であった。

 重装甲では移動が鈍重ではないかと漏らすが、その懸念はロイドの説明で解消されている。

 脚部に内蔵された熱核ホバーエンジンにより、地表を高速で滑走する事を可能とする機体。

 MS-09、先行量産型ドム。

 重装甲と高機動を確立させた本機は、地上でザクII、グフに代わる次期主力としてツィマッド社が開発した重モビルスーツである。

 地上戦でネックになるモビルスーツの移動速度の遅さをツィマッド社がライセンス生産で得たMS-07、グフをベースにMS-07C-5、グフ試作実験機を経てYMS-09、プロトタイプドムを試作し、ホバー走行機能を有したモビルスーツの開発に着手。

 脚部に熱核ジェットエンジンによるホバーユニットを有し、高速移動する陸戦用モビルスーツとしての機動力を格段に向上させる事に成功した。

 その先行量産された十二機の内、十機をキシリア・ザビ麾下突撃機動軍に提供。

 三機がプロトタイプドムのテストパイロットを務めたエース小隊、”黒い三連星”が受領。

 そして、二機が特務遊撃大隊ネメアへと送られた。

 指定パイロットはメルティエ・イクス中佐、アンリエッタ・ジーベル大尉。

 実はモビルスーツ提供の際、機動戦に特化したメルティエ中佐のグフM型を望まれた。

 搭乗者が知らぬ間の出来事であったが、既にキシリアの手配でツィマッド社へ向かっている。

 ロイドが述べたお蔵入り、とは同社で機体構造の解析を受け、手元に戻ることはないだろうという比喩であった。

 この件でジオニック社が抗議するも、ネメアが回収した連邦軍モビルスーツの残骸をキシリアが同社に資料として譲渡。三日後に了承の返事を受けている。

 余談だが、”黒い三連星”用は黒と紫、”蒼い獅子”ともう一機は蒼に塗装されていた。

 他の機体は黒と灰色で各部隊に送られ、受領者の要望で変更される予定だ。

「さて、まずは”対話”からかね」

「大事ですねぇ。中佐には()()()意味で大事ですよ」

「何が言いたい、ロイド・コルト技術大尉?」

 苛立たしげに、髪を掻き乱す。

「モビルスーツもそうですが、ね」

「む?」

 肩を竦めたロイドが目を向ける場所。

 ドムの胴体部にあるコクピットハッチ、其処から小さな人影が現れる。

 こちらに手を振る人物に、メルティエは何とも言えない表情を作った。

 彼女の顔を見たせいなのか。

 乗りこなすと宣っておいて負傷した件か。

 彼女からの贈り物――――機体を諸事情で奪われた苦しい立場故か。

 それらが全て、青年の頭目掛けてハンマーを振り下ろし、彼は感情が定まらないままに目を合わせてしまった。

 距離が離れているせいもあったが、その瞳から責める色も、悲しみも無く。

 少女、メイ・カーウィンは普段に近い、日だまりに似た暖かさを秘めている。

 ただ、長く当たると脱水症状になりそうなものを、彼女は内に孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、メルティエ?」

「足が浮いてる分、ブレーキが不満だ。今までと違って滑る感じに慣れていないのもある。

 熱核ホバーが足首と連動か、もしくは足裏に在れば解決するんだがな」 

 パイロットシートのバックパックスペースから顔を覗かせたメイに、メルティエは素直な感想を述べる。彼は飛んだり跳ねたりしていた分、滑るような感覚がまだ定着しないのだ。

 その一方でザク、グフでは保てない速度で移動するドムを、確かに地上の次期主力モビルスーツ足り得るだろうと認めていた。

 モビルスーツの高速移動を可能にする熱核ホバーは、ある種の革命だろう。

 地上に降下して以来、戦略を立てる上で悩ませられたモビルスーツの移動速度の遅さ。

 今までは目を瞑るかド・ダイで補っていた。それをドムは単機でクリアできるのだ。

 戦略、戦術の幅が広がり運用の拡大に繋がるのは勿論の事。

 何よりも宇宙空間での戦闘でモビルスーツが猛威を振るった一撃離脱戦法。

 これが地上で容易になる事が大きい。

 ホバーユニットの恩恵はただ高速移動ができるだけに留まらず、モビルスーツの水上走行を可能にしたのだ。ザク、グフでは水中に沈むと機体内部に浸水等の危険を伴う為に、水辺も極力近付かない様にしていた。

 それが今後は水上すら移動範囲にした行動が採れる。

 やはり距離を詰める必要があるが、水中深く潜られなければ潜水艦にさえダメージを与える事も視野に入る。潜水艦による浮上、ミサイル発射に海上から攻撃を加えて、アウトレンジから一方的な攻撃を許さずに済むのは他モビルスーツに対して大きなアドバンテージだ。

「確かに、次期主力と謳い文句にするだけはあるな」

「でしょ? 色々弄り甲斐もあるし、お買い得だよ!」

「お買い得って、お前なぁ」

「お買い得、でしょ。何を代わりに引き渡したか、知ってるんだから」

 柳眉を逆八に上げ、頬を膨らませた天才少女がご立腹だと態度に現した。

 態度もそうだが、そう言われてしまうと弱いメルティエであった。

 抗弁するにしても、彼は軍人で直属の上司がキシリア・ザビである。逆らったらどうなるかわかったものではないし、知らぬ間に機体を奪われたのはメルティエも同じである。何処から知ったのか、上司自身もグフM型に興味があったようだ。

 気づいたら既に出荷してた事もあり、さすがに怒りを覚えたが泣き寝入りするしかない。

 代わりに配備されたのが、このドムである。

 グフに、M型に未練はあるが、やはり新型機というのはパイロットの心を擽るものだ。

 遠くに行ったものより、近くのものに関心が行ってしまう。

 これは誰しも訪れるであろう、悲しい人間の(さが)であった。

 自分は浮気性なのだろうか、と本気で悩んだりもした。

 それでも今はドムの特性を理解し、使いこなす事に集中している。

 今度こそは、という気概もあった。

 しかし何故か、ドムを把握しようと思うとメイが「へぇ」と冷たい眼差しで見てくる気がする。

「グフの件は本当にすまない。俺が無茶したばっかりに」

「無謀だと思うよ。安全装置解除とかさ」

 彼女が責めているのは、機体を取り上げられた事ではなく。

 各部に設けられた安全装置の解除、機体の全開性能(フルスペック)を引き出した事であった。

 メイは今も責め立てているが、メルティエとしてはあのタンクモドキに対する手段として、間違いだったとは思わない。

 一撃でも当たれば動きを止められ、蜂の巣にされる運命しか残っていなかったのだ。

 機動性に賭けて、距離を詰め一気に打破するしか、あの状況では見い出せなかった。

 もっとも、撃破したと思い降伏勧告してみれば、敵機に自爆され逃げられたわけだが。

 失敗の味は鉄錆びた臭いの、自らの血であった。

 これを教訓に、今度からは降伏を促す前に刈り取る。

 降伏したとしても、胡散臭いと嗅ぎ取ったら潰す事にした。

 彼は東南アジア侵攻の際、基地に容赦無く攻撃を加えている。降伏は完全に基地司令部を叩き潰し、武器を捨てた時のみ。それ以外は手を止めなかった。

 メルティエは痛みを伴う失敗から学び始めていた。あまりにも遅い成長であったが、踏ん切りがついたと思えば安い授業料であった。

 甘い意識があった。それだけに負傷した事が悔しい。

 今度という機会を得たからには、情けは掛けない。掛けれない。

 こんな傷だらけの男を待ってくれる女が居るのだ。

 国とか名誉のためとかではない。彼はそんな綺麗な精神で戦場に立っていない。

 我欲のために戦っているといってもいい。

 キシリアや、他の同僚に知られればどう思われるか恐ろしい。

 しかし、彼は正しく人間であり、生物であった。

 そう強く気づいてしまったからか、純粋に振舞うこの少女が酷く眩しく感じる。

 眩しいから遠ざけたいのか、憧れるから手元に置きたいのか。

 いま彼が出来る事は、ドムの操縦しかなかった。

「やらんようにするよ。さすがに堪えた」

「そうかなぁ、メルティエは学習しないからなぁ」

「八歳下に馬鹿にされた。どうしてやろうか」

「あっ、ライオンさんが獲物を見る目に。これは危険」

 くすくす笑い、耳元で騒ぐ少女にメルティエはうんざりと言った。

「というか、何で乗ってる。モニタリングは基地からできるだろう?」

「あ、そういう事言っちゃうんだ」

 今更ながらのツッコミでテンションが下がったメイに、彼は当惑した。

「他に何を言うか。……まぁ、装備の説明だろう、わかってるよ」

「わかってるなら盛り下がるような事言うなよぉ」

 耳の近くで溜め息をするな、息吹きかけるなと言いたいが、弄られる要因を作るわけにはいかず、彼は耐えた。

「はぁ、とりあえず。兵装一覧を開いて」

 メイは出撃する前に飴でも舐めてたのか、甘い吐息が再度掛かる。

 もう何も言うまい、と決めたメルティエはサイドボードのパネルを叩き、サブモニター上に現在ドムが搭載した兵装を表示する。

 まずはドムの代名詞になるであろうメインアーム、中距離射撃兵装。

 ジャイアント・バズ。ロケット推進の三六〇ミリ実体弾を発射するバズーカである。

 ザクII、グフで使用可能な二八〇ミリバズーカよりも口径が大きく、威力もそれに準じている。

 基地の外で廃棄処分となったザクIIの胴体に撃ち込んだが、ものの見事に爆散した。

 正確に言うと、着弾した胸部は衝撃でごっそりと穴が空き、その周辺部分が潰れた弾頭による爆発で四散したのだ。吹き飛んだパーツや燃え落ちる装甲片、千切れたケーブルが嫌に軽い音を立てて地面に跳ねたのを覚えている。

 試験した時、実際に発射させたメルティエ。その様子を見守るメイ。

 そしてモニタリングしていたロイドたち技術班は、あまりの威力に喉を鳴らした。

 彼らがジャイアント・バズを量産、もしくはそれに近い武装を開発できないか思考し始めたのは無理もない事であった。それも間も無くドムの腕とザクIIらのマニピュレーターの違いで互換性がないと知り、彼らは「やはり現地改修だ」と息巻く始末。

 その時にメイの瞳を覗き込むことは、怖くて出来なかった。

 続いてサイドアーム、MMP-78。対モビルスーツ戦の必要性に迫られ開発された新型マシンガンである。これはジオニック社のMS-06シリーズに今期から配備された武装の一つで、共有化が可能なためドムにも装備されている。

 連邦軍モビルスーツの装甲を脅威とみたキシリア・ザビらが強く要望、開発中の武装を完成させたものがMMP-78である。ZMP-50Dに比べ、貫通力が強化されたこのマシンガンはまだ拡張する余裕があるとされ、現在も開発を進められている。

 他には実体剣を模したヒートサーベルが背部ラックに装備され対艦、対モビルスーツとの白兵戦にも十分対応できる。

 やはり、企業ごとに形状が違うのか。

 グフでは幅広の剣に似た形であったが、ドムのヒートサーベルは直立剣と異なっていた。

 それらを一つ一つメイが説明し、メルティエの中で齟齬があった場合は質問をする。

 そして、最後の項目に向かうにつれて、笑みを深める紺色の小悪魔。

「なぁ。この異様にエネルギーゲインを低下させる装備はなんだ?」

 メルティエも口角を上げた。彼の場合は痙攣をしていたが。

 少女の方はというと、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに小柄な身体で表現。

(おい、色々当たってるぞ、嫁入り前の娘さん)

 仕事着越しにまだ発展途上の胸、硬い筋肉より柔らかい感触が目立つ細腕、弾力に富んだ彼女の上喜した頬が寄せられているのだ。

 少女の健康的な色気、それから離れたいが、密閉空間なので逃げられない。

 メルティエが眉間に皺を寄せてる間に、メイは「じゃじゃーん!」と効果音すら口に出した。

「ズゴックのメガ粒子砲。ライオンさんが寝てる間にドムに搭載してみました!」

「アンリの機体に比べて背中と自重がおかしいと思ったら、また何か付けたのか!」

 後ろから伸びる手が、指先がコンソールの上で軽快な音を奏でながら踊る。

 ドムは操作に従い右腕に持ったジャイアント・バズを腰のハードポイントに固定。

 上にバズーカ、下にマシンガンが並ぶ中、背中のバックパックから伸びたプラグを引き、胸部のコネクタに接続。システムが認証したのだろう、モニター上に測定距離、簡易のエネルギーゲージがサイトと共に表示された。

 くぐもった音を立て、ドムのエネルギーゲインが低下し始める。

 トラブルは御免だと言いたいが、メイが真面目な顔で計器の様子を見ているので反論しにくい。

 サブモニターには使用、いや準備中の武装にゲージが表示され、エネルギーが充填されていく。

「充填まで五〇パーセント……七〇パーセント……九〇パーセント……完了。メルティエ、あの木が密集した場所に撃って」

「ん。あれか……? 確か、この位置は整地計画の」

 出撃前に目を通した前線基地とを結ぶ整地候補に、この場所が挙がっていた。

 木々が集い、これではザクタンクの整地も苦労するだろう。

 一助けも兼ねて、帰りにジャイアント・バズでも撃ち込んでおくかとも考えた。

「早く! 銃身が焼け切れちゃうよ!」

「そういうのは使用前に言おう、なっ!」

 耳元に寄るな、怒鳴るな、甘い匂いで酔わせんなと言ってやりたいのを堪え、操縦桿のグリップを押し込む。

 メルティエに分かったのは、煌々と収束された光が前方に放たれ、ドムの胴体部がすっぽり入る直径の奔流が空間を灼きながら通り、接触した物質を溶融させては吹き飛ばし、光に触れた地形が根刮ぎ抉られ、地肌を曝したという結果。

 ドムはエネルギーを大量に喰われ、コクピット内に警告音を鳴らした。

 複数音混じってる事から、モビルスーツに与えた損耗も酷いようだ。状況を知りたいが、メルティエはこの威力が地上にもたらした暴力に目を奪われていた。恐らくはメイもそうなのだろう、呼吸音しか聞こえない。

 五秒近く、()()を続けたがリミッターが働いたのか光の奔流が失せ、モニターに残滓を散らすだけとなった。

「これが、メガ粒子砲……すごいな」

 計器の鳴らす悲鳴具合もすごい事になってるが、モニターに映る外界の現状もそれ相応だ。

 センサーで測定してみるが、少なくともドムの有効距離五四〇〇メートルは()()()()

 視認できるのは、焼け焦げた黒煙が昇る程度。

 それより先は薙ぎ倒された木や黒煙に遮られ見通せない。

 メルティエは威力による興奮よりも、手に余るものに対する恐怖が勝った。

 彼はドムの左腕を腹部前に移動させるとコクピットハッチを開き、シートベルトを解除して外に出た。

 随分と風が強く、落下しないようにドムの指を手摺代わりにして立つ。

 マニピュレーターの上から肉眼で事象を認め、モニターの映像が嘘ではなかった事を知る。

「なぁ、メイ。これどうなってるんだ?」

「……あ、ごめん。聞いてなかった」

 メルティエが肩越しに見れば、呆けた顔のメイがドムの指にしがみつく様にして立ち、同じく抉られた地形を視ていた。

「いや、威力が聞いたものに比べて強過ぎる気がしてな」

「うん、大分強いね。想定していたメガ粒子の収束率が高いレベルで維持できていた。

 今日の天候だと、ドムの頭部くらいかそれ以上の三、四メートルほどの直径だと思ってたんだけど。

 さっきのは確実に五メートルを超える。ムサイ級軽巡洋艦のメガ粒子砲に近いものだった」

 少女はその幼さが残る顔に似合わない、醒めた色で考えを述べた。

 整備主任の業務を全うしようと、現場の状況を冷静に受け止めているのだろう。

 ロイドたち技術班、ジオニック社の開発陣に送るレポートのためかもしれない。

 ただ、明るく活発な女の子の顔を知る青年は、その女性の貌に頼もしく感じる反面、拭い切れぬ切なさを抱いていた。

「ドムのジェネレーターから抽出するエネルギーとバックパックに内蔵されたサブジェネレーターが相互作用を生み、メガ粒子を収束するIフィールドを更にコーティングする、Iフィールドによる多重層が形成されて威力と射程距離を維持できたんだと思う。恐らくは、だけどね」

「メインでメガ粒子の雛形を作って、サブの力でそれを崩さず押し出したって事か。

 五秒ほどで打ち止めだったのは?」

「それはドムのジェネレーターが過負荷に耐えられずシステムが緊急停止したから、かな。

 メインはドム、供給する側が倒れたら維持する側が居ても何も出来ないからね。

 砲弾みたいなものをイメージしてたけど、ビームみたいな照射だったから驚いたよ」

「確かに威力は相当なもんだが、一発でこの状態なのは看過できんな」

 メルティエはコクピット内から響く、未だ止まない警告音の訴えに辟易した。

「だね……一度撃てればいい方。撃ったら機能停止寸前かぁ。これは計算し直し確定だね。

 でも、ジェネレーターが壊れなくて良かった」

「最新鋭機を独断で積んだ試験兵器で壊しました、ってのは。さすがに不味いしな」

「分かってるよ、その為に同乗したんだし。でもダグラス大佐には許可もらってるもん。

 聞いたら「中佐の機体? ああ、なら構わんよ」って言ってたよ」

「何が構わないのか、帰投後問い詰めたほうが良さそうだな……」

 メルティエは頭痛を覚えたのか、額に手を当てる。

 エネルギーゲインが安定域に戻ったのか、ドムの中を騒がせた警告音も鳴りを潜めた。

「そういや、この武器の名前は決まってるのか?」

「うん? んー……ビームみたいだったし、銃身がバズーカと同じだからビームバズーカ、かな。

 今のドムだと外部装置を背負う必要があるから移動力は下がってるし、タイミングも重要だからデッドウェイトになっちゃうね。基地に戻ったら撤去しなくちゃ」

「試作機だろ?」

「……うん、試作機。メガ粒子砲をモビルスーツに搭載可能かを検証する機体」

「なら、良いんじゃないか。装備したままで」

「メルティエ、気持ちは嬉しいよ。でもバックパックはこのビームバズーカを使用する以外に用途がないの。不要な重量、排除すべき重荷。だからデッドウェイトなんだよ?」

 沈んだ声音に喜色を混ぜて言うものではない、メルティエは弾みさえ感じさせるメイの声を耳朶でしかと聞きながら、そう思った。

「バズーカの予備を積んでると思えばマシだろう。試射の一発だけだが、威力は体感した。

 それにデッドウェイトも使い方次第で面白い動きができる。問題ないさ」

 こちらをじっと見つめる瞳に、何か観察されているような居心地の悪さを感じたが、メルティエはひとまず置き、腰を屈めてドムの指を盾に風から逃げた。 

 メイはとある人物から言われた通りに青年が動くのを見て、心中は呆れ半分驚き半分であった。

 彼は身近な人間が気落ちしていれば無視できない。自分で受け入れられるものなら飲み込むのがメルティエ・イクスである、と人となりを知るダグラス・ローデンは理解していた。

 それ故に、メガ粒子砲を搭載するモビルスーツの存在に刺激され新型兵器導入を検討した技術班とメイ・カーウィンら整備班に受領したドムに追加装備の搭載を許可し、最早娘同然の彼女に一つアドバイスを送った。

「もしも開発した装備に見込みがあるなら、泣き落としをしてみるといい。彼には十二分に効果的だ。

 心配するな、仕込みはコルト技術大尉と済ませておく。それよりも、だ。

 現場での働きは()()()頼むぞ、メイ」

 さすがのダグラスも、娘と思っている少女に女の手管を教授するつもりはない。

 隣で静かに聴いていたジェーン・コンティ大尉が怖かったからではない、決してない。多分。

 察してくれたら、事に及んでしまえば、”帰る場所”を設けてしまえばあの獅子も戦場で自重するのではないか、と考えていたことだけは確かである。

 残念ながら、事に至る術を知らないメイにはそこまで理解はできないし、分かれば混乱すること請け合いである。兄妹のような馴れ合いを好んでいたが、男女の付き合い方はさすがの天才少女も未知の分野であった。

「さて、ビームバズーカ完成期待してるぞ、メイ」

「ぶーっ、シミュレーターでも、計算上でも問題なかったのになぁ。何かが抜けてる?

 威力も射程も想定したものよりあったわけだし、完全な失敗ではないから出力が安定できれば。

 ……ん~、もうっ。キャリフォルニア・ベース並の環境があれば、いいのに!」

 ぼすん、と寄り掛かり右肩に顎を乗せ、ぶーたれ始めたメイに心臓の鼓動が早まる。

 肉感の感触による緊張ではない、両手で踏ん張らなければドムの掌から落とされそうになったからだ。

 そして細い顎は、地味に痛い。しゃべりながらだと、顎が動く度に肩に刺さる。

 色々言いたい事はあるが、彼の口から出たのは抗議の言葉ではない。

「いや、あるぞ。中東アジア地区に」

「え?」

「第二次降下作戦の際、北米大陸から連邦軍の目を離すため中東アジアに侵攻したんだが、天然の要害に守られた基地があってな。少ない戦力でよく粘ってくれたよ。そこを攻略した時にガルマが「攻め難く、守り易いとは正にこの地を評するに相応しい。決めた、此処に要塞を築く!」って、珍しく燃えてな。手持ちの資材、それが無くなればバイコヌール基地からも輸送して作り上げたのがあるんだ」

「で、でも、その話は初耳だよ? ダグラス大佐も知らないんじゃないかな」

 彼は肩越しにニヤリとした。

 自慢気であることが感に触る。しかし、その時苦労したのだろう疲労感が窺えたので、苛立ちよりも労りが面に出た。

「む?」

 不意に頭を撫で始めたメイに、彼は戸惑った。

「続きは? 聞かせてくれないの?」

 何の積もりか問いたかったが、嫌いな感覚ではなかったので彼はそのままにしておいた。

「ん。その要塞にはモビルスーツ工廠、大型プラント他が建造されている。検証する為の実験場もある筈だ。其処でビームバズーカの調査をすれば良いだろう」

「それ本当!? あ、でも、許可くれるかな。ダグラス大佐が知らないような要塞でしょ?

 秘密基地扱いで秘匿されてるんじゃ」

 北米方面軍司令に就いたガルマ・ザビ准将と、その護衛で共に北米大陸へと渡ったメルティエは要塞完成を目にすることが叶わなかった。

 自ら建造地で防衛任務、哨戒任務をこなしていた彼にしてみれば場所と位置を特定するのは容易であったが、確かに中東方面軍司令はギニアス・サハリン少将であり、戦友のガルマではない。

「互いに話をすれば、渡りに船と思うだろうさ。サハリン司令も技術屋でな。もしかしたらだが、このビームバズーカの開発に力を貸してくれるかもしれない」

「大丈夫かな。秘密基地を知ってたら、拘束されるとか」

「今だから、言える話だな。平時であれば、拘束されるかもしれんが今は戦力を確保したい局面、そんな時に自ら戦力を削る真似はすまい」

「うーん……ダグラス大佐と話してみる。こういう話は大佐が頼りになるから」

「ま、そうだな。そうするといい」

 メイが結論を出すと、メルティエは少し面白くなさそうな顔で頷いた。

 彼自身もダグラス、ジェーンの両者以上に交渉上手は居ないと思っているし、頼りにしている。

 降って沸いた感情が、顔に出た。

 それだけだ。

(男の嫉妬は醜い、って言うしな。……ん? 嫉妬、なのか)

 いかんいかん、と首を振るメルティエを不思議そうにメイは見ていた。

「帰投する。ドムの中へ戻って」

「うん、わかった」

 少女がパイロットシートの裏へ戻る際、小さなお尻が左右に揺れたが青年は視線を引き剥がし、きっちり五秒数えてからコクピット内に入る。シートベルトを装着するとドムを操作。

 少女が命名したビームバズーカをバックパックの横にあるハードポイントに戻し、胸部コネクタからプラグを外そうとして、興味深げに計器を眺めている。

「エネルギーゲインに少し波が目立つが、パワーが上がっている」

「ビームバズーカを使用すればがくっと下がるから。それくらいまで上げないと機体がもたない、が正直なところかな」

 それでも内部構造が変わる事はなく、モビルスーツのパワーが逸脱する事はない、と告げる。

「いや、試したい事が出てきた。流石だ、メイ」

「えっと、何が?」

 メルティエの肩に手を置き、顔を覗き込む。

()()機体だ。俺向きのモビルスーツだよ、こいつは」

 剣呑な色彩を帯びた灰色の眼。犬歯を見せる獰猛な口角が肉食獣を彷彿させた。

 其処には常の彼、メルティエ・イクスは居らず。

 ”蒼い獅子”と呼ばれるモビルスーツパイロットが存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、ギニアス・サハリン少将が激励を兼ねて基地視察に訪れた。

 この時にダグラス・ローデン大佐を介し、試作兵器ビームバズーカ搭載型モビルスーツを説明。

 本機は未完成ながらも甚く関心を寄せられ、開発者の整備主任と専任パイロットを招集。

 技術提供、実戦データ提出を条件に秘密基地、クカット要塞の一部設備使用を許可した。

 そして、パイロットには極秘任務を伝え、作戦内容の検討と本任務への出撃を要請。

 基地へ帰還したギニアス少将は出迎えたノリス・パッカード大佐へ、

「私の、サハリン家の再興が夢ではない。その光明が見つかった」

 と己の忠臣へ久方ぶりの苦痛以外の表情、覇気に満ちた顔を見せた。

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。7月15日。

 ジオン軍は東南アジアの中心部、カリマンタン基地へ侵攻を開始。

 空にガウ攻撃空母、ドップ航空部隊が広く展開。

 海はユーコン級潜水艦、水陸両用モビルスーツを中核とした潜水艦隊。

 陸からは方面軍所属モビルスーツ、ザク以外にもグフタイプで編成された部隊が出撃。

 その中に獅子を部隊章とする隊が参戦。同隊は遊撃戦力に数えられ、司令部付となった。

 アジア方面で知られた”蒼い獅子”率いる部隊に中部、中東で轡を並べた将兵が士気を高め。

 中部アジアから撤退した連邦軍部隊がその蒼い機体を発見。狂ったように防衛ライン引き下げを本隊に打診、一部隊列を崩す等の混乱をきたした。

 

 

 

 東南アジア地区、その中で最も流血した戦場。

 カリマンタン攻防戦の開幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。御機嫌如何。

ぼちぼち(既に?)妄想と想像、正史と資料を読みながらの執筆が始まるお。
メルティエが舞台裏から復帰。通常運行になります。
ジオン軍が根を下ろした中部アジア、徐々に流通していった中東アジアからも離れた場所。
東南アジアまでは連邦軍占領下でも整地は進んでないかもしれん、と考えた結果。
みんなのヒーロー、ザクタンクが姿を見せ始めました。
正式名称も混乱しないように早期付与、これで問題はないさ!

主人公を舞台裏に置いて、関係がある人物が現状を語る話とか望まれてるのかしら。
需要があったらまた話を作ろう。

さて、残る外伝も執筆しつつペース崩さずやっていきますお。
暖かい応援とメッセージ、お待ちしております。


じゃ、作者ガウ攻撃空母の乗船許可下りたんで。
あばよ、包囲網。さすがに航空部隊はあるまいて!
ドム、ヅダすら追撃できまい! おそらく! 多分! メイビー?

では、次話をお待ちくだされノシ


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第36話:カリマンタン攻防戦(前編)

 朝焼けに彩られる空。

 雲が魅せる明暗が、自然の尊厳さを訴える。

 それは生命の起源たる地球が、戦いに身を置く種に抗議しているように感じられた。

 

 癖毛だが豊かな金髪の下、蝋のように白い顔に日の光を浴びて、じんわりと入る温かみを感じながら、ギニアス・サハリン少将はこれが感傷だと分かってはいた。

 今からこの地を。自身が知らぬ多種多様の生物が住まうこの場所に、災いを蒔くのだ。

 それを自覚したからこそ、朝焼けの温かみが体に染み渡るこの刹那も、腹の中身が氷に変化したように冷たく感じるのだ。

 眼下の風景を汚すだけではない、多数の将兵も故郷から離れた遠いこの地で命を散らす。

 この世に一人しかいない肉親、妹のアイナ・サハリンにこれから強いる事に対しても。

 採った選択がサハリン家に、自分にとって最良であったのか自問する心の持ち方にも。

 自分にも、良心の呵責というものがある事に何故か可笑しく、何処かで安心していた。

 

 だが、既に賽は投げられたのだ。

 事態は動き、何百何千という将兵たちが一つの目標に向けて行動を進めている。

 彼はガウ攻撃空母の戦闘ブリッジ、その司令席に体を預けながら思考に耽る。

 

 若く未来の展望に目を輝かせていた自分が、大量の宇宙線を被爆してから、何年過ぎた。

 栄華を誇っていたサハリン家が没落してから、何年経過した。

 

 闘病の将来が確定したあの日から目の前には暗闇が広がるだけで、短命の宣告を受けては絶望の淵に追いやられ、庇護者を失い斜陽の名家当主となってから、幾日潰えていったのか。

 

 ザビ家と親交があったサハリン家は、デギン公王のお情けで”名家”のステータスを奪われていないだけだ。しかしギニアスが病に蝕まれてからは、それすらも怪しいと言えた。

 デギン公王よりもその長男、ギレン総帥がジオン公国を動かしていると言っても過言ではない。

 公王の権威が健在である内に、総帥へ力を示す必要があった。

 彼は合理主義者であり、有能な人物を起用する。

 利がある人間だけ、と狭い門ではあったが総帥のお墨付きが入れば、少なくとも取り潰されることはないとギニアスは考えていた。

 ギレン自身が稀有な実力者である上に、その人物から見て有能、取り壊すには惜しいと思われなければならない。

 難事ばかりがギニアスの心中を重く沈ませるが、ここで没するわけにはいかないのだ。

 有力者と目される事。それが成し得なかった場合、サハリン家はギニアスの代で断絶となる。

 

 難病を抱える兄を置いて、妹に当主を譲る事も考えなかったわけではない。

 幸か不幸か、アイナは見目麗しい婦女へと成長はした。

 やはりと言ってしまうべきか、控えめに見ても当主の器ではない。

 万が一継いだとしても、一族郎党の命運を握る舵取りが覚束無いと断じてしまえる。

 理想論者でもある妹には、人の汚い部分を直視させられる政界は荷が重過ぎるのだ。

 

 ギニアスとアイナの幼少期から傍に仕え、見守ってきたノリス・パッカードですら、この意見に対して反論の言葉を飲み込んだのだ。

 あの時ほど、ギニアスは病に侵されたこの身と、既に失せた両親を恨んだことは無い。

 自身もいつ病に敗死するかわからず、独り残す妹とサハリン家に何を遺せるか。

 能力重視となるのであれば、サハリン家の家名(ブランド)を背負える資質ある者を婿に取らせるべきか。

 ギニアス自身は短命と切り捨てていたし、今も戦争で未亡人が増えているのだ。縁談は今も上る話ではあったが、これ以上他者に割く時間もないし、未亡人を作る事も避けたかった。

 

 彼はクリアしなければならぬ難題、雑事が多い事に疲労を感じ、額を揉んだ。

 中東アジア方面軍は占領したマレーシア中心に位置するボルネオ島を拠点に戦力を二つに分け、西カリマンタン、東カリマンタンへ同時攻撃を仕掛ける。

 占領したスリアン、タワウ基地で補給、整備中の部隊も随時出撃する予定だ。

 連邦軍の抵抗、自軍の損耗を考えて中部カリマンタンは東西から挟撃、圧力を掛けて制圧する。

 両軍の最終目標は中部カリマンタンに位置する重要拠点、パランカラヤである。

 

 西カリマンタン攻略はギニアス自身が執る。

 第一目標は内陸部のシンタン、第二目標は湾岸部に位置するポンティアナック基地だ。

 特にポンティエアナックは潜水艦隊を有するという。水深からの魚雷で我が隊の潜水艦隊、海上を走るギャロップが轟沈する事がないよう警戒を強める。

 

 東カリマンタン攻略は彼が最も信頼する武人、ノリスに委任した。

 第一目標はタラカン、第二目標にバリクパパン基地を捉えている。

 東カリマンタンの主要基地は全て湾岸部に存在し、内陸部には支援基地が点在する程度だ。

 

 寄せ集めの色が濃厚な東カリマンタン攻略部隊は各部隊に独自行動を認可。

 ノリスが珍しく強く提言したものは幾つかあるが、特に重点を置いたのは以下の二つだ。

 南極条約厳守、住民に対する行動に幾重にも制限を設けた事。各部隊長に承諾のサインも書かせ、問題発生時は厳罰に処す構えを見せた上で出撃を許可している。

 オデッサ基地、マ・クベ大佐から派遣された潜水艦隊は全てこちらに回した。

 地続きの重要拠点が無い事が大きいが、上陸しても基地制圧までで内陸部に手を伸ばす事がないからだ。援軍だが上位命令が効かない連中を扱うには、ギニアスの経験が足りないのだ。

 

 対する連邦軍も東南アジア地区に残る戦力を掻き集め、防衛の備え有りと報告を受けている。

 これはマ・クベの手の者で、彼が補給以上の手助けをする事にギニアスを含めて驚いた。

 幾つか理由が挙げられるがその中でも最も大きいものは、マ・クベ本人とヨーロッパ方面軍司令に着任したユーリー・ケラーネ少将にある。

 この二人は相性が(すこぶ)る悪いらしく、協力体制を築くならば近くの好かん輩より遠くの顔見知りの方がマシ、とマ・クベが判断したらしい。

 

 無論、諜報部の人間が言ったわけではない。

 ギニアスが全ての内容を聞き終え、マ・クベと旧知のケラーネの人物評を彼なりに照らし合わせた結果である。

 概ねはそうなるだろうと思っていたが隣人、隣地の間柄でこうも上手くならないのだと分かると我が軍の人事配置は間違っているのでは、とさえ思ってしまうのも無理ない事ではあった。

 

 元は人間関係の(もつ)れとは言え、この地を去る前にガルマ・ザビ准将が取り持った誼が、再び重きを成した出来事の一つに数えられる。

 ギニアスはこれを奇貨ではなく奇縁と思い、北米大陸に今も居る若き将官に感謝し、戦功を必ずや挙げてみせようと強く誓う。

 

 作戦時刻に達する時、一技術将官に武官の魂が宿った瞬間でもあった。

 

「ギニアス閣下。ガウ攻撃空母一番艦から八番艦まで、用意完了との事です」

 

 ガウ攻撃空母のブリッジ。

 そのオペレーターが報告した内容を、艦長席の壮年の少佐が司令席に座るギニアスへと告げる。

 ギニアスが搭乗するこのガウ一番艦を司令部にした西カリマンタン攻略部隊は、正に大部隊の名に相応しい陣容を誇っていた。

 

 空にガウ攻撃空母八隻。搭載モビルスーツ二十四機、航空機六十四機。

 海はユーコン級潜水艦五隻。搭載モビルスーツ十機。

 陸をギャロップ陸上戦艇十隻。搭載モビルスーツ三十機。航空機三十機余。戦車三十機余。

 

 更に東カリマンタン攻略部隊には援軍が確約されている。

 現地合流部隊は決戦と聞いてか各戦線からモビルスーツ二個中隊、戦車二個中隊、航空二個小隊までに膨れ上がった。

 合流部隊は陸上戦力に加えられ、ノリス・パッカード大佐の麾下に入ってもらう手筈だ。

 

「よし。現時刻を以って作戦開始とする。各ガウ攻撃空母より、搭載機ドップを出撃させよ。

 予定通りの進路を取れと厳命しておくことを忘れるな」

 

 復唱し、内容を各艦に連絡するオペレーター班。

 

「作戦開始! 航空部隊第一陣、出撃!」 

 

「目標、連邦軍東南アジア地区西カリマンタン、シンタン及びポンティアナック!」

 

「航空部隊第一陣発艦、32機! 隊列は単横陣!」

 

 ガウのモニターに横一列に並ぶ護衛機ドップ、ドダイ爆撃機混成部隊が表示。

 敵基地方向へと進み、二つに別れた。

 

「航空部隊、敵地を視認! 鶴翼陣に移行!」

 

 翼を広げるように、左翼と右翼が先行。

 そのままシンタン基地が在るだろう上空へ向かう。

 

「敵からの対空攻撃なし、基地設備発見できず!」

 

「やはり、射線や攻撃位置から特定されるのは嫌か。航空部隊から敵地情報は送られているな?

 情報分析、急げよ! ドダイはともかく、ドップはあと二往復半しか持たんぞ!」

 

 ジオン軍の狙いは先制爆撃ではない。

 

 航空部隊は連邦軍が攻撃してきた位置を特定する為の囮。ドダイは用途があるのでそのままだが、ドップは搭載火器の弾薬を三分の一に減らした分光学機器を装備。

 敵地威力偵察を兼ねた護衛機として運用している。

 

 これは過日の戦いで、敵航空戦力が半減以下しか無いと断定した上での変更点。

 そして、連邦軍は航空部隊を投入しては来なかった。

 

 まず一手目は成功と見て良いだろう。

 ギニアスは指示を終えると小さく息を吐いた。

 

「了解です、司令!」

 

 一瞬、司令と呼ばれ誰だと思ったが、自身である事に気づく。

 思えば、このような場所で司令と仰がれ、指示を飛ばす事なぞした試しがない。

 常に基地の奥深く、屋敷の中で居た為だ。

 被曝の影響で、命が尽きる日まで満足に身体を動かす事ができない。

 片腕であり、忠勇無比のノリス・パッカードが常駐戦場を心掛けて尽くすに至った理由の一つでもある。

 

 今は隣には居ないが、共に戦地に立っている。

 幼き頃に抱いた、歴戦の勇士と戦列を組む事は、叶うことは決してないだろう。

 

 だが、見よ。

 

 指揮官として、いくさ場に赴けたのだ。

 

 重責と容態で息苦しい肺が、高揚感と長らく捨て置いた夢を吸い込み膨らむ心地。

 

 目を瞑れば彼が師となり、教鞭を取って叱られた頃を容易に思い出せた。

 

(あの頃の、お前がくれた知識と時間、無駄にはせんぞ、ノリス!)

 

 気を緩めれば喉元にせり上がる、何時もの重い塊を留めて殺すと、ギニアスは腕を振るった。

 

 それは大きく、病身の体とは思えない雄々しい動作であった。

 

「各部隊に情報送れ、敵地さえ分かれば各自が採るべき最良の選択が見えて来る筈だ。隊はまだ動かすなとは伝えろ、今動けば次の一手の邪魔になると告げておけ!」

 

「はっ!」

 

 艦長席に座る少佐、サハリン家に長く仕える重臣の彼もギニアスの姿に触発されたのか、司令席に体を向けた。

 

「司令、砲撃長に一言」

 

「――――うむ」

 

 差し出されたページングを受け取る。

 通常ならば艦長が行うべきだが、この一番艦に搭乗した人間は全てサハリン家の人間で占められている。

 遅い初陣となったが、ギニアス自身も声掛けは必要だと理解していた。

 

 長らく待たせた、侘びも兼ねて。

 

「砲撃長、間も無く出番だ。鋭い一撃を期待しているぞ」

 

『お任せください、司令。焙り出しにも貢献させて頂きます』

 

 硬い声と物言いが、ノリスを思い浮かばせる。職業軍人という者たちだ。

 言葉少なげだが、それ以上は意味を成さないと分かった。

 

「うむ、頼むぞ。航空部隊はどうか」

 

「シンタンに爆撃、敵側反応なし!」

 

「ポンティアナックに先行した部隊から入電、敵に動きなし!」

 

「すぐには尻尾を掴ませないか……情報分析、割り出せたか」

 

「敵地特定できず、しかしミノフスキー粒子が散布される地帯を捕捉!」

 

 ギニアスは拳を額に押し当て、何事か思案した。

 

「ミノフスキー粒子は囮、その地から逆方向に港或いは平たい場所が物資輸送の拠点。どうか?」

 

「島ですからな、その可能性は十分にあるかと。ミノフスキー粒子散布時間も気になりますが」

 

 艦長がモニターを睨み、見識を述べた。

 

「最初の火砲を其方で受ける算段やもしれん。少なくとも航空部隊は一度帰投する必要がある」

 

「では、敵物資輸送拠点を叩くので?」

 

「当該地域、出ます!」

 

 オペレーターの声でモニターを見ればポンティアナックは湾岸部であるから当然として、シンタンに繋がる水路が三つ、周辺部には港とそれに面した軍事基地が確認できた。

 

「そうだ。ただし陸と海からでな。陸上部隊、潜水艦隊に座標を送れ。軍事拠点は襲撃し、破壊。港と漁村及び現地民の被害は最小限に抑えるよう厳命。彼らは今後の貴重な情報源、協力者と成り得る。だが、匿った人間には容赦はするな、その手合いはもう引き込めない」

 

「了解しました!」

 

 良く通る声だ、とギニアスは若いオペレーターに感心した。

 

「艦長、ミノフスキー粒子が散布された地域へガウによる攻撃を開始する用意を。

 ミノフスキー粒子は専用機関がなければ蓄積、放出ができん。囮とはいえ、潰す必要がある」

 

 ギニアスはそう言って少佐に目を向けるが、彼が視線を置く位置に気づいた。

 

「む。……すまん」

 

「いえ、ギニアス様も御緊張なされている、と分かり安心致しました。余りに堂々と指揮を執っておられたので小官は不要な存在では、と肩身が狭かったものですから」

 

 にかっと笑う少佐。

 

 コホン、と漏らした咳は、ギニアスの体を蝕む類のものではなかった。

 

「砲撃長、ミノフスキー粒子発生地に向け砲撃を頼む」

 

『はっ。戦果をただちにお見せ致します』

 

 ページングを戻す際、やるぞ、てめぇら!と怒号が流れた。

 

「士気旺盛ですな」

 

「うむ、喜ばしいことだ。オペレーター、各ガウにミノフスキー粒子発生地に一斉砲撃を伝達。

 潜水艦隊が襲撃、陸上部隊が上陸するまで情報をリンク。

 ガウの砲撃と潜水艦隊の攻撃で基地守備隊が混乱している間に、陸の制圧部隊を基地内部へ突入させろ。ミノフスキー粒子拡散弾頭は用意できているな?」

 

「はい、ネメアが用立ててくれました。数は揃えるには足りませんが、先制攻撃分には十分です」

 

 ミノフスキー粒子散布機能がない、またはビーム砲による着弾地点への強制拡散ができない場合に急遽用意された特殊弾頭。

 その名の通り、ミノフスキー粒子を充填された専用の弾頭だ。

 これはモビルスーツに装備されるクラッカーを基にしている。設定時間を切ると五箇所の突起が外に向かって突き刺さると共に、内圧から解放されたミノフスキー粒子が外気に混じり撹拌され、あとは風向きに潜んで地帯に電波妨害をもたらし、風速が無ければ自然に濃度低下するまではその場に滞留し続ける。

 制圧威力よりも敵地に混乱を起こさせる為の弾頭である。

 

 が、見当違いの場所に撃ち込んでは意味がないどころか、ただの不透明地帯を作り出すだけだ。

 取り扱いは十分に注意されたし、とネメアの技術大尉が念を押していたと聞いている。

 

「同時攻撃で敵の情報封鎖、行動抑止ができるな」

 

「はい、未だに敵側から攻撃が無いことが気になりますが、足を見せたくは無いのでしょう」

 

「ならば航空部隊に伝達。陸上部隊が音響探知(ソナー)での情報収集に入り次第、住宅地から森林、山に至る出入り口に爆撃。敵が動かないのであれば、動揺を誘え」

 

「レーダー索敵もガウによるビーム砲、潜水艦隊のミノフスキー粒子拡散弾で高密度に無効になりますからな。連邦の救援、援軍に対する蓋が航空部隊。出て来ずともソナーで爆撃による振動を跳ね返した位置を特定、見つけ出すわけですな」

 

 少佐に頷き返すと、ギニアスはページングを取った。

 

「難しいが、静止パターンを押さえておけば連邦が動き出した時に察知できる。用心の一つだ。

 ――――アイナ、機体に火を入れておけ。そうだ、何時でも動けるようにだ」

 

 ギニアスは気遣いの表情を見せたが、それが妹へのものか、機体に向けたものかは少佐には判別できなかった。

 

「心配する事はない。エスコート役は蒼い獅子だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久方ぶりの大戦(おおいくさ)だなぁ」

 

 ギャロップの後方、本来はカーゴに当たる場所はドーム状のものではなく、艦船の甲板デッキに似たものに変更されていた。

 

 海風に靡く黒髪に波の飛沫に細めた黒眼、元は白かったが強い日差しで焼けた赤銅色の肌、精悍な貌の青年は一見荒ぶる海の男に映るが、生憎と彼の仕事場は宇宙、今は陸地の上だ。

 彼の二十半ばの人生では漁業を営んだ事もないし、海に然程興味もない。精々飲んでみたら塩辛く、酷い目に遭った程度だ。

 裾を捲くり、襟を開いて着崩してはいるがジオン軍の第二種戦闘服が示す通りの軍人。その襟元にはモビルスーツパイロットを示す金属製の徽章。尉官以上に与えられるマントも少し草臥れてはいるが、彼の背で舞っている。

 

 ジオン公国地球方直軍第4地上機動師団所属、サイラス・ロック中尉。

 彼が評価され出したのは中東アジア戦線、その中の対戦車戦闘をMS-06F、ザクIIF型で活躍。

 当時の上官、ガルマ・ザビ大佐から昇進と新型機MS-07、先行量産型グフを受領した。

 その後も戦車部隊を相手に戦い続け、連邦軍から青い虎と恐れられたエースパイロット。

 グフを擬人化したような肉感的な女性「グフレディ」がパーソナルマークな事でも有名だ。

 サイラスは現地合流部隊の二個小隊を率いる身だ。

 戦地に向かう為にギャロップに曳行されている最中で、気晴らしに降りてきたが、あと五分以内に搭乗機のコックピットに戻らなくてはならない。

 

「さすがに、ここらじゃ見えないな」

 

 彼が探しているのは戦場になるであろう、上陸ポイントではない。

 そうであれば、彼の視線は地平線に向いていなければおかしい。

 彼は自軍、友軍機の群れからお目当ての機体探そうとしていたが、見える範囲では無い事を確認して肩を竦めた。

 

「やっぱ。現地合流組に居るわけがない、か」

 

 そうでなくては、と彼は独り喜んだ。

 

 サイラスは本来マ・クベ大佐麾下に入りオデッサ鉱山基地攻略に加わる予定であった。

 しかし、地球攻撃軍司令に就いたキシリア・ザビ少将の采配で急遽配置換えとなり、第一次降下部隊の補充増員としてガルマ大佐麾下に編入した経緯を持つ。

 以来地上で戦い続け、周囲では古株として見做されていた。

 

 であるからこそ。中部アジア、中東アジア戦線と続く中でとある二人と轡を並べ、戦い抜いた無形の誉れが彼と彼の隊で強く息づいている。

 戦場の中央から前で指揮を執るガルマ・ザビ大佐の直衛隊を務め、采配を直に見た事もある。

 補給網に対する電撃戦、山岳地帯を利用した誘引戦法、司令部を急襲し一気に破壊した市街戦。

 

 彼の指揮下で参加した作戦を超える充足感を得る戦場に、サイラスは未だ出会っていない。 

 常に前線に立ち、幾度も集中砲火の中に身を晒し続け友軍を守ったメルティエ・イクス少佐。

 

 無茶と無謀を実践する死にたがりに見えるが、敵に注目させて引き離す動き、追って来なければそのまま強襲を仕掛ける、つまりは敵陣に喰い込む等は他の誰にも真似はできないだろう。

 

 そして、彼が不利に陥る前に確実に入るガルマ隊の横撃、その切り味の良さには何度も驚嘆したものだ。サイラスも戦闘展開に加わっていたが、ああも読めるものなのか、指揮官とは場の読みを違えない超常の生物だと誤った認識をしたほどだ。

 

 ちなみに、誤解は他の指揮下に入った事で確認できた。

 

 あの二人の連携が()()()()()()、という結論に由ってだが。

 

 今はキャリフォルニア・ベースを拠点とする北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将。

 特務遊撃大隊ネメア、その実行部隊長メルティエ・イクス中佐となり、あの連携がもう見れないのだと思うと残念の気持ちが強い。

 

「ああいう信頼関係は、ずりぃよなぁ」

 

 憧れてしまうではないか、自分も何時かは、と。

 指揮者から全幅の信頼を受けて、前線に立つ。

 将兵から厚い期待を寄せられて、戦場に赴く。

 

 何と心躍る晴れ舞台か!

 

 戦う場所でしか身を立てられない人間にとって、これほど渇望するものはあるまい。

 成り代わってやる、と思わなかった時はない。

 だが、あれは予想以上に厄介な人物であった。

 

「来てくれて助かった。次も頼っていいか」

 

 互いの愛機が損傷、パイロットも疲弊した中で屈託なく笑い掛け、あの男は頼るのだ。

 

「仕方ありませんな、次も助けてみせましょう」

 

 いとも簡単に承諾した自分に気づき、メルティエに邪気が混ざらない笑みを返した。

 放っておけば、勝手に死地に飛び込んでいく男なのだ。

 仕方がない。背中を守ってやるか、と。   

 敵愾心で背を追っていた青い虎は、警戒心無く頼る蒼い獅子を戦友と認めた。

 虎視眈々と隙を窺うより、戦列を組んで戦い頼られる昂揚感が勝ったのだ。

 

 あれは人誑しだ、とサイラスは思う。

 

 強者である癖に、弱さを晒して人を惹きつける。

 強者と印象付けた後に頼まれた者は、頼られると満更でもない気分に乗せられ、与したくなる。

 二心が透けて見える、思わせる類が在ればすべからく切り捨てる事もできるだろう。残念な事にメルティエにはそれがない。

 一度手酷く裏切られなければ、あの実直さは変わらないだろうし、ともすればあの男はあのままが良いとさえ思わせる。

 

 無論、彼の経歴や人ととなりに悪感情を抱く人間も多く居る。

 大半の内容が階級差別と羨望による嫉妬なのだから、始末に負えない。

 彼と戦場を共にしていなかったら、自分もそっち側だったのかもしれない。

 

 全くもって、仕方がない。

 

「苦労してるみたいだなぁ、メルの旦那」

 

 心中に雑味なく、助けてやろうと思わせる人間。

 

 サイラス・ロックにとってのメルティエ・イクスは、そういう人物であった。

 彼は時間が迫った事もあり搭乗機のグフ、そのコックピットに乗り込む。

 

「お前ら、行けるか?」

 

『はっ! 問題ありません』

 

『何時でも行けます!』

 

 等と威勢が良い部下の返事を聞きながら、

 

「蒼い獅子に青い虎が加勢するんだ、今回も勝ち獲りに往くぞ!」

 

 グフと多数の陸戦型ザクIIが、モニターに捉えた目的地に向け、モノアイを輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノフスキー粒子拡散弾、まずは成功と言ったとこかい?」

 

 ポンティアナック北部に位置するシンカワン、その港湾部を制圧したシーマ・ガラハウ少佐麾下のギャロップ二隻は上陸前に撃ち込んだ例の弾頭の性能を体験していた。

 

 レーダー機能に重度の電波障害、通信回線も断絶状態。

 効果は抜群だ。腹立たしいくらいに。

 

「これで相手のレーダーにも映りはしないが、情報遮断はやはり痛い。たいしたモンだよ。

 コッセル、隊は何時動ける?」

 

 彼女は戦闘ブリッジで収集、情報解析を進めるオペレーター班の様子を眺め、隣に直立する強面の副官に尋ねる。

 

「シーマ様の一声で、何時でも発進できるようにしてあります」

 

 軍人というよりも海賊という表現が似合う男、デトローフ・コッセル中尉は、基本的にシーマが司令席に居る時は戦闘中でない限りこうして隣に居る事が多い。

 これはシーマ・ガラハウの片腕を自負している所以でもあり、艦長の立場よりも彼女の副官という身分に重きを置いている為だ。

 コッセルがシーマを階級付で呼ぶ事がなく、敬称に様を付けるのは彼女個人に対する篤い忠誠心からくるものだ。

 

 シーマ自身は当初は何度も階級付で呼べと注意したが、コッセルは頑として譲らずに呼び続け、今ではガラハウ隊の中に浸透している。

 

「イイねぇ。それじゃ、始めようかね。ルッグンが先行偵察、次いでモビルスーツ隊、後続に戦車隊だ。

 配置間違がないように伝えときな。格好悪い、ってね」

 

 指揮棒代わりの広がった扇子をヒラヒラと揺らし、隊列に乱れを出すなと副官に告げた。

 頷いたコッセルはやはり、艦長という役職を連想させない隆々とした腕で艦内マイクを握る。

 

「了解しやした。厳命しときます。配置確認、抜かりないか徹底しろ、今すぐにだ。

 ――――いいか野郎ども、早漏野郎はシーマ様に見限られると思え!」

 

 ピシャリ、と扇子が畳まれた。

 

『了解、何時もの三割増しで確認しまさぁ』

 

『そいつは大変(てぇへん)だ!』

 

『おい、誰だよ、今配置換え嘘吐いた奴!』

 

『やらかさねぇようにしねぇと。あ、でも蔑みの視線も』

 

『いいから早く戦車に乗り込めよ、てめぇのケツでかいんだからよ!』

 

 コッセルの指示という名の景気付けに、各格納庫から頼もしい野郎どもの馬鹿騒ぎがブリッジ内に入り込む。

 ブリッジクルーがゲラゲラと笑う中、シーマは頭痛に悩まされたようで額を押さえた。

 

「はぁ、偶には静かにやれんもんかネェ」

 

 まぁ、その方がらしいか、とシーマは口元に弧を形作った。

 

「敵潜水艦、航空部隊による上陸阻止も思ったより抵抗が弱い。むしろ無い。

 コッセル、ミノフスキー粒子下へ入る前に司令部から入電した文、間違いはないね?」

 

 ギャロップからルッグンが、単横陣で飛び立ったのを見届けてシーマが問う。

 

「へい。ダグラス大佐麾下は本隊とは分かれ上陸し進軍開始せよとのモンでした。

 ダグラス大佐はポンティアナック制圧に向かっています、イクス中佐は別任務のようですが。

 我々は別働隊になりこのまま南下、軍事基地制圧が任務と。間違いはありません」

 

「やれやれ。うちの部隊長はよくもまぁ、面倒事を押し付けられる。何度目だい?

 聞いてみりゃあ、降下作戦以来、無茶と無謀しかやってないように見えるよ」

 

 呆れた顔で扇子を開くと、緩慢な動作で扇ぎ始める。

 ブリッジ内は空調が効いている、暑いわけではなかったが熱帯、密林地帯での行軍が多かった為に扇ぐ事が習慣になっていた。

 地球に降りてからの、新たな癖だ。治すほどでもないのでそのままにしている。

 

『シーマ様、お先に!』

 

 モビルスーツ隊の小隊長が出撃前の挨拶を入れた。

 彼女は扇子を畳み、モニター上に映る小隊長の顔に向ける。

 

「稼いできな。トチるんじゃないよ!」

 

『任せてくだせぇ。行くぞ、てめぇら!』

 

 地上であるにも関わらず、三機の陸戦型ザクIIがバーニア光を閃かせて出撃した。

 大きな音とあの光は敵の注目を集める。

 

 そう、彼らは囮役。陽動を兼ねた突撃小隊。

 続く第二小隊とも同じような掛け合いを終える。

 このモビルスーツ隊は先ほどの小隊とは違い、歩行で戦地を進む。

 第一小隊が威力偵察兼敵の気を引き、先手を打たせる。

 そうして敵の位置を特定したところを、第二小隊とそれに続く戦車、マゼラ・アタック隊による攻撃で殲滅するのだ。

 

 本来ならば、シーマも出撃し第一小隊に加わるのだが。

 

「アタシの機体はまだか?」

 

 気を落ち着けて問うた積もりだったが、苛立たしい色が混ざってしまう。

 コッセルは慣れたもので、彼女に体ごと向いて報告する。

 

「今整備中ですが、左肩に一撃受けています。片腕でシーマ様を出撃させるわけにはいきやせん。

 奴らもあと五分も待たせないと言っています。今しばらく、ご辛抱を」

 

 シーマは扇子で口元を隠す。

 彼女の愛機MS-06G、陸戦型高機動ザクIIが出撃できない事には理由があった。

 

 上陸するために連邦軍の部隊と交戦、相手は少数のフライ・マンタ等であったがギャロップはミノフスキー粒子拡散弾頭に切り替えた為に防衛能力が著しく低下、ルッグンは四連装二十ミリ機関砲等を搭載しているがそれとは別にザクIIも出撃。

 カーゴの上やギャロップの主砲周辺部に登り、対空砲代わりにしたのだ。

 戦闘事態は相手が哨戒隊、偵察だったのかそれほど手間取ることはなかった。

 

 問題はその後だ。

 

 中部カリマンタン、ラマ山方面から砲撃が開始されたのだ。

 オペレーターによる情報解析結果では、百キロ以上からの長距離砲撃だという。

 フライ・マンタに紛れた航空機が長距離レーダー搭載機で、ミノフスキー粒子に妨害される前に友軍に敵位置を送信、受信した支援部隊が砲撃開始したと推測するが、百キロ以上離れた場所からミサイルではなく砲撃なのが気になった。

 

 確かにミサイルではミノフスキー粒子下に入った瞬間、誘導先を失い不発に終わる可能性が高いが、長距離砲撃が可能という事はトーチカが配備されているという事だろうか。

 シーマは以前の戦いでネメアが遭遇した連邦軍モビルスーツ、中距離支援型のタイホウツキや長距離支援型のタンクモドキらの存在を懸念していたが、こちらが発射したミノフスキー粒子拡散弾の散布内に入った為に調査を断念した。

 

 把握しているのは長距離砲台に準ずる攻撃を連邦は可能とし、その攻撃にまんまとシーマの機体が被弾した結果であった。

 

 着弾箇所は左肩。

 威力も申し分ないものだったらしく左肩口から先が消失、爆散したのだ。

 現在は予備パーツを接合、操作と可動に問題ないか整備班が確認している。

 

 他にも被弾した機体があったが、それらは前線に出ずギャロップ直衛として残す。

 シーマのザクIIだけ、整備完了後に出撃に充てる。

 何より、人様に一撃与えた連中に”お礼”をしなければ、腹の虫が治まらないというものだ。

 彼女の気勢を知る人間だからこそ、大人しく司令席に腰掛けたシーマの中で渦巻く感情に兢々としているのが解っていたし、尊敬と恐怖は別物だった。

 

 今の状態のシーマの隣に立つコッセルくらいなものだ、同一にしている人間は。

 

「まったく」

 

 彼女が言葉を紡ぐ。

 五分待った、と言わんばかりに司令席を立ち、モビルスーツハンガーに向かう。

 

 扇子でピシャリ、と音を立てながら、

 

「どうしてくれようかネェ?」

 

 彼女の美貌に沿う、妖艶や蠱惑的なものが表現される事はなく。

 

 ただ、獲物を前にした肉食獣がどう狩りとってくれようかと、舌なめずりをする様子に似て。

 

 その紅い唇から覗く舌は、退廃的な魅力を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多数の部隊に混じりシンカワン南部に上陸した、特務遊撃大隊ネメアのギャロップ一番艦。

 その格納庫で任務概要を聞いた件のメルティエ・イクス中佐は感情を隠す事無く、言葉に表した。

 

「ドムで護衛だと? 馬鹿を言う!」

 

 格納庫を忙しく行き来する整備兵、ジオン軍兵士が着込む緑を基調としたノーマルスーツの中で、彼の蒼いノーマルスーツは一際目立つ。

 他者の視線を気にする性質(たち)ではあったが、今はそこまで気にする余裕はないらしく、注目されようが知った事ではないと神経を太くしているようであった。

 

「メル。少し落ち着いて」

 

 任務内容を伝え、彼の肩に手を置いたのはアンリエッタ・ジーベル大尉。

 彼女も同じようにノーマルスーツを着ていたが、その上には軍服を羽織っていた。

 

 そうする理由は、何も難しい問題ではなかった。

 

 ノーマルスーツというのは、身体のラインが浮き出るものだ。

 筋骨隆々なパイロットなら堅い筋肉が目につくし、女性の柔らかい曲線が部分で主張する姿は人の目を惹きつけて止まない。人が通路で転倒したり、壁にぶつかったりする事故はまさかの()()が原因であった。

 

 アンリエッタもその事は知っているし、男性の視線は感じている。男が思うより女は他人の目に敏感、と言われているのは身体に刺さるこの類のものが大きい。

 彼女も軍に籍を置く身。気恥ずかしいが一種の慣れを覚え、前までは軍服で身を隠す事はしていなかったのだが、とある出来事の後に上着を羽織るようになった。

 他者の視線なら無視、気付かない様に流している。

 

「わかってはいる。だがな、余りにもドムの特性を――――どうした?」

 

 メルティエが振り返り、アンリエッタを視界に収めると彼女の頬は朱を差したように染まった。

 

 理由は察して然るべきである。

 

 しかし残念ながらこの男は、すわ風邪か、と驚き彼女の両肩を掴む。

 事実体調を崩す隊員が居た為、過剰な反応ではない。

 

「だ、大丈夫。僕はほら、体温高いから」

 

 それは逆に不味いのでは、とメルティエの瞳に疑念が宿る。

 が、(ようや)くこの男も理解したようで、後ろ首辺りを掻きながら余所を向いた。

 

「いや、すまん。せっかくドムを乗りこなせたと思ったら、こうされればな」

 

「気持ちは分かるよ。でも、周りも見ないと」

 

 彼女の周囲を見渡す仕草に、メルティエも倣う。

 

 整備兵は機体のチェックや、兵装の確認に今も走り回っているが部隊長の苛立ちを気にしているようで幾度か目が合う。

 戦車、戦闘機のパイロットもやはり気になるのだろう、様子を窺っていた。

 

「……配慮が足りなかった。気をつけよう」

 

 彼は一つ深呼吸を置いて、無理やりに怒気を引っ込めた。

 予めメルティエが激昂すると予想していたダグラスは、目の前に居れば彼がいち早く溜飲を下げるであろう女性、アンリエッタに任務内容を伝えメッセンジャーとしていた。

 

 他にも蒼い獅子に意見を述べる事が可能な人物は居るが、現在は別働隊や他の任務で出払っているし、言葉を労さずとも受け入れさせる事が出来得るのが彼女であった。

 

 結果は大成功、ダグラスの勝利である。

 

 その様子に其処ら彼処から安堵の息が漏れたのは、気のせいではない。

 少なくとも、アンリエッタはほっと息をついている。

 

「機体には向いていないかもしれないけど、任務は任務だよ」

 

「解っている。ドムを活かせない任務なのが悔しいだけだ」

 

 メルティエは試用運転を経てドムを高く評価していた。

 熱核ホバーによる高機動、水上移動は他に類を見ない移動範囲をモビルスーツに約束している。

 搭載兵器群も火力に富み、前線で活躍する事間違いなしと断言できた。

 重モビルスーツの名を体現する、分厚い装甲が鎧めいて頼もしい。

 

 しかし整備主任メイ・カーウィンによれば、性能面や図面から読み取れる設計思想を視ると細身になる筈だと言う。建造する際の手直しで重装甲に相応しい堅牢さとなったのでは、と少女は推測していた。

 頷いて理解を示したのはロイド・コルト技術大尉で、他の者も同席して聞いてはいたが話についていけなかった。

 

 意外にもメルティエは合点がついたようで頷いた時に、見栄張るなよ、といった視線が突き刺さりはしたが、彼なりの推察を語るとメイとロイドが感心の目で見た事から、天才と鬼才以外で理解した人間と認められた。

 少女と変態から更なる信頼を勝ち取り、他の技術屋からは羨み、妬みが増した瞬間である。

 

 メルティエは元々企業に属す人生設計だったので、工学関係には明るい。

 彼のモビルスーツ操縦が一般とかけ離れているのは、ここにも要因があったりする。

 

「護衛機で潰す……戦力の無駄遣いじゃないか」

 

 要するに彼はドムの性能を理解したが故に、尚更任務に納得でないのだ。

 駄々を捏ねる子供のような大人に、どうしたものかとアンリエッタが思案していると。

 

「軍人、任務を全うすべし」

 

 二人の前に、仁王立ちする小柄な影。

 

 風に踊る薄紫色のツインテールは艶を秘め、その憂いを帯びた紅い瞳は半眼、人形の如く精巧な容姿。華奢な腕を組み、こちらを見上げる少女と見紛う幼さが抜け切れない見知った女性。

 そして、そのノーマルスーツはえらく平坦であった。

 

「おい」

 

「ちょ、止せ、エダ! 吹っ飛んだ、今整備長吹っ飛んだから!」

 

 何やら察知したエスメラルダ・カークス大尉の鮮やかな後ろ回し蹴りが、彼女の背後で肩を竦める所作をした中年の整備長のビール腹に直撃。

 彼は耳に残して置きたくない類の、豚のような奇声を挙げて機体回収用に積んである大型ネットの山に突っ込んだ。

 メルティエは呆けていたが追撃に入ろうとする彼女を捕まえ、どぅどぅと宥める。

 

「良い蹴りだったぜ、嬢ちゃん」

 

 痛みによるものか、それとも別の類の感覚に酔っているのか。荒い息を吐きながら整備長は親指を立てた。よく見る光景なのか、他の整備兵は見向きもしない。

 整備長も解り切った結果なのか訴えもせず、千鳥足に似た足取りで持ち場に移る。

 

「あ~……つべこべ言わずモビルスーツのコックピットで待機しとけ、そう言う事か」

 

「そう。その通り」

 

 彼女の言いたい事を代わりに述べたメルティエは、振り向く”外見で騙されてはいけない人物”の脅威レーティングを一段階上げた。

 エスメラルダが整備長を睨みながら「しぶとい」と呟いたのを聞き逃さなかったのだ。

 

「そうだな、軍人が任務に私情挟んだら立ち行かないよな。初心に戻って任務に当たるとしよう」 

 

 どうやら、ドムの性能に酔っていたようだ。悪酔いする前に気付いてよかった、と彼は思い直し多分な照れもあってか手短に二人に謝罪と感謝を告げると、ドムのコックピットに繋がる作業台のタラップに足を掛けた。

 

「手綱を握れていない。入る余地あり」

 

「えぇっ、認めてくれてないの!?」 

 

 何やら二人が騒いでいるが、内容は聞き取れない。剣呑な空気は感じ取れないので、放って置くことにした。今近寄ったら被害を被る危険性が高い、と本能が警鐘を鳴らしているのもある。

 

(しかし、何で俺の機体だけじゃなく、アンリの機体も蒼いんだ)

 

 ネメア所属機のドムは二機とも蒼く塗装されている。敵の攪乱を狙っているのだろうか。

 パーソナルマークが右胸部に「盾を背に咆哮する蒼い獅子」がメルティエ機。

 同位置に獅子のシルエット、部隊章が描かれているのがアンリエッタ機だ。

 

 蒼い機体のコックピットに入り、起動シークエンスを確認。グフと比べて少し音が気になるが、停止からアイドリング状態に移る。

 自己診断結果にも稼働状況問題なしと表示され、外部スピーカーで外に出る旨を伝えると、周りで作業していた整備兵たちが離れ、見ればアンリエッタはドムのコックピットに入り、エスメラルダは自機に向かっているようだった。

 

 ドムが問題なく起動すると、熱核ホバーが仕事を始める。

 各モビルスーツハンガーの傍らに在る兵装ラックからMMP-78マシンガン、ジャイアント・バズを手に取り所定の固定位置にマウント。試作型ビームバズーカ、ヒートサーベルは固定装備なので既に背に有る。予備の弾薬、弾頭を腰周りに装備したこの重装備の出で立ちは、要請さえ受ければ何時でも前線に出る意思表示であった。

 

 ふわり、とは浮き上がらないが足を踏み出さなくてもモビルスーツデッキ上を滑るように走る。

 浮遊感、滑る動きに慣れた今となっては熱核ホバーの起動音以外静かなものだ。

 ギャロップの前部ハッチから出ると小ぶりな山々が広がり、密林とは緑の色合いが少ない森林地帯がドムのモノアイに映る。

 彼は自然という名の危険地域を睥睨しながら、任務内容に入っていた合流地点の方角を確認。

 アンリエッタ機が動き次第、向かう事にした。

 

(試験機体を実戦の、大規模作戦中にデータ収集とは。確かに良質のデータは取れそうだが、

 中々に無茶をする御仁だ。その分熱意もあるのだろうが、テストパイロットに妹君とは)

 

 方面軍司令ギニアス・サハリンの実妹アイナ・サハリン。

 彼女が搭乗する試験機体の護衛、実戦データ収集の援護が課された任務であった。

 その試験機体に対する意見が欲しいと、メイとロイドの両名が今現在も司令部に出頭している。

 作戦開始前からなので、意見を交わすだけでも大分時間がかかっているのが気になる。

 二人とも向かう前に自分の仕事を終えているので文句はないのだが、何時も見送ってくれた人間が居ないと寂しいものだ。

 

『大将、お先に出るぜ!』

 

『イクス中佐、お先に出ます』

 

 モニター上に彼の隊の直属機が表示。他にも友軍機の反応がミニマップ上に現れる。

 今回は別行動なので、モビルスーツの群れに混じって横を通り過ぎる二機にドムの手を振る。

 

 一機はリオ・スタンウェイ曹長が乗るMS-06K、ザクキャノン。

 蒼と紫で色分けされた機体で、その名の通り長距離砲撃仕様だ。友軍機にも散見される事から同種の機体で固まった運用になる。広範囲にばら撒く事はできないだろうが、モビルスーツの移動力でこまめな配置変えができるのは大きい。

 

 二機目にハンス・ロックフィールド少尉のMS-06GL、陸戦型高機動ザクII狙撃仕様。

 グフの過剰パーツで装甲面を強化、脚部補助推進器で以前のMS-05L、ザクI・スナイパータイプを大きく離す防御力と機動力を得た。

 

 しかし、シーマが駆るタイプに比べれば機動力では劣る。

 理由は特製のランドセルを背負い、其処にあるメインスラスターが従来のものに比べて七十パーセント程度しか推進力を有する事が出来なかったためだ。

 そのランドセルはどういったものなのか、というと。

 

(あれも、このドムと同じタイプなんだな)

 

 試作ビームバズーカ搭載型ドムを設計する上で、メイとロイドはもう一機用立てた。

 

 バズーカで大火力を試験する一方で、遠距離から狙撃するメガ粒子砲は実用できないか。

 

 ヒントはメルティエとメイが試験した、ビームバズーカにあった。

 メガ粒子を形成したIフィールドに、更にIフィールドでコーティング。多重層を構造化する事が成功すれば、ビーム照射を可能とする兵器が出来得るのではないか。

 

 無論、難題である。

 

 環境下で大きく左右されるのがメガ粒子であるし、減退率の問題が射程距離を短くするのだ。

 気温変化、特に雨や雪といった劣悪環境の中で照射等すればIフィールドが維持できず、霧散する可能性が高い。結局は実体弾を使用した狙撃長銃の射程距離が優れる点がある。

 

 ハンスのモビルスーツは以前の愛用装備、炸裂弾頭式狙撃用ライフルを両手で保持している。

 だが、実体弾も同じく環境で左右される。

 気温変化、風速、風の向きで到達位置、狙撃が狂う。

 

 この問題点をメガ粒子砲による狙撃は克服できる。

 照射はブレなく真っ直ぐに、空間を貫く。それこそ視線が通る様に、だ。

 それを目標にした代物が、手に持った狙撃兵装とはまた違う、長く重厚な銃身がランドセルの下面に固定され、寸胴なチューブで銃とランドセルを繋げている。

 狙撃の名手として知られたハンスが長距離メガ粒子砲、ロングレンジビームライフルを装備。弾頭の計算なしに狙撃を開始すれば、どうなるか。

 

 薄ら寒いものを背筋に感じながら、メルティエは何やら恐ろしい空想をしていた事に頭を振る。

 何せまだ試作段階で満足する距離に達していないと聞く。

 加えて、ザクIIのメインジェネレーターをフルに、ランドセルに内蔵したサブジェネレーターも同様に起動せねばビーム形成を達成しないとも。ドムと違って直結を手動で解除する事もできず、現行のザクIIに比べて駆動音と振動が大きい上に機体に溜まる熱量も相応で、音響探知(ソナー)熱源探知(ヒートシーカー)に容易に反応するのだ。 

 攻撃対象が射程距離内に入るまでは機体を起動できず。またその射程距離も環境で長短がある、という扱いが難しい機体となった。

 

 それでもハンスは喜んでこの機体に乗り込んでいる。

 自分の技量を見込んで用意された専用モビルスーツというものに気分が高揚しないパイロットはそうはいないし、何よりランドセルに内蔵されたジェネレーターは大破した愛機のものだ。

 降下作戦以来の思い入れがある分、どのような機体でも乗りこなす気概がある。

 

 彼はそういう男であった。

 安全装置を解除して自傷した挙句、機体を研究資料として奪われた人間とは大違いである。

 

(あ、いかん。考えると欝になる)

 

 何時ぞやと同じ気分、自業自得な分更にきつくなった。

 

『メル、お待たせ。何時でも行けるよ』

 

 云々と唸っていた頃にモニターに映る蒼い機体。

 よくよく見れば腹部や太腿部、関節部分が橙色だ。蒼一色ではなかったらしい。

 

(視野狭窄、一方的な私見の勘違いか)

 

 最悪、自分の女を弾除けの盾に設えたのでは、と疑念と凶気を伴う嫌悪感に苛まれていたのだ。

 

 奥底に住まう、この雌は己のものだと煩い奴が居る。

 

 彼女が自分の視線から身体を隠そうとするいじらしさに、勿体無く思いながら歓喜していた。

 周りの有象無象ではなく、自分の目を気にしているという意思表示が、酷く昂らせた。

 

(――――うお、独占欲強いな。まぁ、そうだろうとは思ってたが)

 

 小さい頃から自分ものは誰にも渡さなかった男である。

 兄妹のように親しかった金髪碧眼の少年と少女にも、所有物は頑として譲らなかった。

 唯一譲り共有した私物は、今は手元に無い。

 

『護衛対象、合流地点へ移動中。だそうだよ』

 

 彼の中にある、三大欲求の内の一つを燃え上がらせる声が届く。

 

(いい加減にしろよ、猿ではあるまい)

 

 握り拳を愚物の上でチラつかせてやる。自らの体の一部だが、彼は本気だった。

 想像した痛みに欲求が逃げると、メルティエはアンリエッタに応えた。

 

「ああ、わかった。こちらに問題がないよう、各計器類の再チェックしとくか」

 

『了解。でも、メルは何で其処まで重武装なの? 予備弾倉持ち過ぎじゃ』 

 

「万が一の備えだよ、護衛じゃ補給に戻れないだろうしな」

 

 往生際が悪いなぁ、と小さな声が流れたが、黙殺することにした。

 蒼い二機のドムは合流地点へ向かう為に水上を駆ける。

 波飛沫の中を走る爽快感を二人にもたらし、このまま走り続けたい欲求に駆られた。

 

 そう思って、三秒後には横に置いた。

 現在任務中である。

 

「さて、お姫様を迎えに行くかね」

 

 渋面で登場する騎士役が何処に居るのか、と不機嫌な相方に怒られた。

 改めない態度に怒った、というか表現に対する抗議だろう。

 女心は難しいのだ。

 

 しかし、その反応に楽しんですらいる自分が居た。

 

「融通が利かない妹君でなければいいな。本当に」

 

 誰とは言わない。

 散々人を振り回してキャッキャッ笑う金色の小悪魔が脳裏を横切ったが。

 メルティエは大人しい人物でありますように、と願いながら合流地点へドムを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。
断るのが遅いかもしれませんが、妄想と想像で今後も進めていくます。
温かい感想や応援メッセージも多数受け取っています、執筆の励みになるので嬉しい事です。
しかしながら真面目な戦争、戦闘を望む人にも嫌われる作風じゃないかと、一言評価と感想見ながら感じました。
不快感等を覚えた方はここらで切っておく事を推奨しておきます。


え。平気? 
おし、本作品に最期まで付き合ってくだされ。


まずは通例通り、激戦に入る前にのんびりと現状から入る回です。
登場人物追加、数回分だけのスポット参戦な感じ。
サイラス・ロックの登場は中東部で活躍した、とあったので来てもらいました。
勝手にサイラスの容姿を考えましたが、どんなもんかな。
金髪碧眼だと多数の登場人物と被るので、黒髪黒眼の青年に。
彼との関係は描写挟むと文章がえらい事になったので、泣く泣くカット。
ガルマとメルティエの戦いを他者が見たときの感想、大体がこんな感じではと代弁者に。
ギスギスした人間描写や関係をお求めの方は、残念。上代にそんな才能なかった。


カリマンタン攻略部隊。
エースパイロット多い戦場ですね、連邦軍息してますか?な状態。
そして、ビームバズーカ搭載型ドム、サハリン家の令嬢を護衛するため移動中。
代わりにロングレンジビームライフルを携帯したザクIIが戦場に足を踏み入れようとしています。
小型化できないから、大型化。複合型にすれば行けるよ!とメイちゃんが頑張った結果。
仕方ないよね、オリジナル展開と独自設定という奴がいけないんだ。
俺は悪くぬぇ!



ガウ攻撃空母で逃げようとしたから不味かった、ちぃ覚えた。
地道に放置されていたザクIで逃げよう。
補給部隊付です、と答えれば平気だって知ってるんだ。
第二戦級にザクI落ちちゃったからね。補給物資搬送しつつ、隙を伺おう。
見覚えがあるドムとヅダに要注意やで……あとビームザク。ブッパしてくるからね?


では、次話もよろしくお願いしますノシ



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第37話:カリマンタン攻防戦(中編)

 西カリマンタン地区、ポンティアナック港湾。

 数時間前の静かさが嘘のように、その場所は騒音に満ちていた。

 

 砲弾とミサイルが撃ち込まれ、破壊の傷跡が整地された基地内を大きく歪ませた。

 絶え間なく海面、水中に火砲が飛び交う中、港の岸壁に黒い影が生まれる。

 それは瞬きの間に大きくなり、幅二十メートルに達した時、海面が大きく爆ぜた。

 

 三十メートル以上海水を巻き上げ、地を叩く瀑布と共に、水色に両肩が蒼い巨人が降り立つ。

 超重量に根負けしたアスファルトが僅かに窪み、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。接岸部に張られた飲用パイプを固定したアスファルトが窪んだ拍子に拉げ、破れた箇所から多数の噴水場を作る。

 多重音響とその姿に防衛設備群のトーチカ、大型ミサイルランチャーが回転式機構(ターレット)に沿って砲口を向けた。当たれば原型を留めない火力を前に、対する巨人は手を水平に上げる。

 

 「待て」、「降参だ」という意思表示ではない。

 

 もしそうだとしても、トーチカとミサイルランチャーは容赦なく攻撃するだろう。

 

 そして、巨人の手は、五指の類ではなかった。

 

 未発達だとも取れる三本の、しかし巨大な鉤爪が其処には有った。

 広げられた爪元の中央部には、何かの発射口が見て取れる。

 陽とは別種の、黄色い光の粒子がその口先に集う。

 

 グン、と頑強な上半身と違う細身の足が屈み、跳躍。

 人間大の弾丸とミサイルの群れが跳躍前に巨人が居た場所に集い、目標物を失った破壊力が見当違いの場所に次々と着弾。

 粉砕と爆発、それによる火災が発生。サイレンが鳴り止まない湾岸基地を赤く染めた。

 跳躍した巨人、モビルスーツは背中のスラスター、脚部のアポジモーターから推進力を得て図体に似合わない高度へ至る。

 

 開かれた鉤爪の間へ光の粒子が球体状に収束。

 攻撃したトーチカ、大型ミサイルランチャーの頭上に腕先を、位置を合わせた。

 ドゥ、ドゥ、ドウ!と三度、モビルスーツの両手で六回ほど放たれた光条が命中した部位が強固な装甲を容易く溶解、貫通する。光が内部に溜まり、耐え切れず各砲台が爆散した。

 

 滑空しつつ、狙い定めようと口角を上げた防衛設備群を、同じ末路に導いて行く。

 水色と蒼で色分けされた異形の巨人は、正しく破壊の権化であった。

 最後の一基を着地台代わりに踏み締め、百トン近い重量に高度分乗じた加圧に負けて圧潰。

 

 MSM-07、ズゴックは地上に戻るとモビルスーツが入れるほどの出入り口を開けた兵器格納庫に胴体部、その頂上を突き出す。

 この水陸両用モビルスーツには頭部が胴体部と合体しており、頂上部には六つの発射口が存在した。

 其処から、水面に居たのにも関わらず乾いた音が六回と、僅かな白煙が吹く。

 

 空間を割ったのは直径二十四センチの弾頭だ。

 それが合計六発、ちょうど出てきた六十一式戦車を真正面から衝突、爆発により上昇する戦車体の下を残りの五発が飛び込み格納庫に侵入した。

 頭頂部に配置されているのは六連装二四○ミリロケット弾発射器。

 浮上、上陸後また対空に用いられるズゴックに搭載された実体弾。水中でも使用可能だが耐圧の関係上、専ら陸上兵装として扱う兵装だ。

 

 (つんざ)く音が撃ち込んだ分だけ響き、可燃物に引火でもしたのか、一瞬建造物が膨張する動きを見せ、最後に大扉を内側から吹き飛ばした。

 ズゴックはヒョイ、と屈み込み鉄の板をやり過ごす。全周囲ターレット式のモノアイレールに沿って背面部までカメラが向き、大扉だったものが海に沈むのを見届けると正面に移した。

 

 離れた海上から破砕、爆音が響く。

 理由に見当がついているせいか、立ち上がったズゴックはそちらを顧みない。

 続いてアスファルトを踏み砕き、歪みが生じた音が背後から複数聞こえた。

 

『隊長、こっちは仕留めた。管制室を押さえちまおう』

 

 敵潜水艦と護衛機を潰した僚機の内、ガースキー・ジノビエフ曹長が通信回線を開く。

 雑音混じりの声だが、整音されてある程度は聞こえる。

 ミノフスキー粒子拡散弾頭がこの湾岸部に撃ち込まれて、既に十分は経過した。

 ある程度は緩和されたと言え、まだ電波障害は重い。

 

『この先に在る筈だ。情報が正しければ』

 

 油断無く左右にモノアイを向け、二機のモビルスーツが近寄る。

 右はガースキー、左に付いたのはジェイク・ガンス軍曹のズゴックだ。

 目立った損傷なく、海上防衛隊を全滅させた彼らは基地奥に足を進める。 

 

「方面軍航空隊は一度給油に戻る時間だな。第二陣が到着する前に終わらせよう」

 

 先行して陸上戦力を撃破したケン・ビーダーシュタット少尉は、ミニマップを一瞥しズゴックを前進させた。後ろの二人は短く了解を返してケンに従う。

 ドップとドダイ爆撃機を混在して構成された航空隊は今回に限り、対空よりも対地兵装を搭載している。面の制圧能力は、小隊規模で動いているケン達よりも高い。

 敵基地に対する空爆を実施した航空隊は、補給の為に本隊に帰投している。墜落したドップ、ドダイは散見したが友軍がこちらに駆け寄ってくる様子もない。

 

 つまりは、そういう事なのだろう。

 

 ケンは撃墜機からカメラを変えて前を向く。

 よくある光景の一つだ、気にすべきでは無い。

 顔も知らない相手なのだ、同じ軍というだけで気を負うことはない。

 彼は自分にそう言い聞かせ、友軍の末路を頭から振り払う。

 

(銃を向け合っているのだ。撃たれ死んだからといって情けを掛けるのは、ナンセンスだ!)

 

 ポーン、と電子音が彼の意識を救い上げるひと助けになった。

 ズゴックに搭載されたセンサー類の一つ音響探知(ソナー)に感有り、だ。

 

 敵の出現が、ただのコロニー公社の一社員であった男を、ケン・ビーダーシュタット少尉を連れ戻した。フットペダルを踏み、殺戮兵器を、生き残る手段を疾走させる。

 

「行くぞ!」

 

『了解、右は頼まれた!』

 

『左は任せなっ』

 

 応えるガースキー、ジェイクの声が、存在が心強い。

 ケンは仲間と呼べる人間が居る事に口元を歪ませ、戦闘に意識を割く。 

 

 基地奥から展開する連邦軍守備隊を相手にモビルスーツが三機、フォーメーションを組み、時に切り換えて襲い掛かる。メガ粒子砲を内蔵する最新型のモビルスーツは水中のみならず陸上でも俊敏な動きを見せ、守備隊を容赦無く切り崩して行く。

 

 ロケット弾が底を尽き、両手のメガ粒子砲が唯一の射撃兵器となった。

 ズゴックのロケット発射器は三十発、内蔵式なので補填もできない。

 補給の為に帰投、常ならば視野に入るその考えも今は無く。僚機も提案しなかった。

 

 エネルギーチャージの時間を惜しむ場合は距離を詰めて鉤爪、アイアンネイルで直接攻撃を繰り出す。トーチカ、戦車部隊にはそれで誤魔化したが、ミサイルランチャー設備には腕を突っ込む気にはなれなかった。誘爆が怖いのだ。

 火災と爆発に彩られ、黒煙に覆われた連邦軍基地。

 

 その施設屋上で白旗を懸命に振るう連邦軍兵士を捉え、彼らは漸く武器を収めた。

 吐いた息に合わせて、汗が噴き出る。

 ケンは軍服の襟元を緩め、ズゴックのカメラアイを全周囲に回して基地の現状を視た。

 

「不味いな」

 

『やり過ぎだな、こりゃあ』

 

『加減できないんだ、仕方ない』

 

 彼らは仕事を張り切り過ぎた事に気づき、乾いた笑い声を上げた。

 

 ポンティアナック港湾部一帯は会戦して一時間と掛からず、ジオン軍攻撃部隊により制圧。

 ユーコン級潜水艦、ギャロップ陸戦艇から工作部隊が次々に上陸、同基地の管制室を占拠した。

 連邦軍施設は更地にする手筈だったが、ここまで破壊するとは、できるとは思っていなかった。

 

 現地に入った特務遊撃大隊ネメアの統括責任者、ダグラス・ローデン大佐は現場の惨状を目の当たりにして「やり過ぎだ、ケン少尉」と呟いた。

 モビルスーツにメガ粒子砲を搭載した結果。既存のモビルスーツより破壊力があり、突破力も相応に向上している。

 ズゴックという水陸両用モビルスーツの性能を遺憾なく発揮したのだが、やはり破壊力が有り過ぎる。

 

 誤射すればどうなるか、それが彼らの目の前に転がっているのだ。

 そして、メガ粒子砲を撒き散らすという事は、ミノフスキー粒子を散布するに等しい。

 強襲、奇襲に長け水辺が在るならば急襲も可能なモビルスーツにダグラスは戦慄した。

 

 目を掛けていた部下達が小隊のみで敵基地を陥落した。

 その大戦果を喜びたいところではあったが、指揮官の立場上、自軍と敵軍が保有する戦力比較を己の目で確認できたことは幸いか。

 連邦軍がモビルスーツ開発に勤しんでいると察している彼は、ビーム兵器の存在が頼もしく感じる反面、その銃口を向けられた時の脅威を現場の風から感じていた。

 

 西カリマンタン攻略の総指揮を執るギニアス・サハリン少将は、第二目標ポンティアナック攻略成功の吉報を聞き、第一目標のシンタン攻略に手札を切る決意を固める。

 

 勢いに乗る必要と、兵力の消費を避ける為の判断であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「中尉、自分はまだ戦えます!」

 

 マット・ヒーリィ少尉は、担架に引っ張り込んだアルベルト中尉の腕を掴み、抗弁した。

 

 正直に白状すれば、じくじくと左腕が熱を帯びている、触れば突き刺さるような痛みに頭が如何にかなりそうだったが、戦線離脱を認めるわけにはいかなかった。

 

「うるせぇ、お前は怪我人だ! 大人しく運ばれていろ!」

 

 大人しくしなければ殴りつける、と言わんばかりにアルベルトは拳を掲げてみせる。

 ヒーリィは加算される痛みを想像し、それに負けて担架に横になった。

 

 だが、口だけは動かし続けた。

 

「で、ですが、他の連中も()()()ます。中尉の機体しか、もう無いんですよ!?」

 

 衛生兵が担架を担ぎ、搬送されながらヒーリィは叫んだ。

 

 決して痛みを誤魔化そうと、声を張り上げたわけではない。 

 

「わぁってるよ! 俺が部隊長なんだ、そんくらい百も承知だ!」

 

 アルベルトを部隊長とした東南アジア方面カリマンタン基地所属第03MS守備隊。

 六機のモビルスーツで西カリマンタン基地、シンタンの守備に就いていた彼らも既に二人、アルベルトとヒーリィのみとなった。

 他にもこのカリマンタンには守備隊は存在していたが、どうなったか把握できていない。

 

 分かったのは最初にミサイル群、次に砲弾を雨のように撃ち込まれた事だ。

 彼らの頭上をジオン軍のドップ、ドダイによる航空部隊が何度も行き来、所在を掴ませない為に攻撃を控えてみたら、ご覧の通りの有り様だ。

 

 敵の注意を引くと、第01MS守備隊が何かしたようだが、詳細を訊ねる前に通信が断絶された。

 強力な電波妨害で猛威を振るう、傍迷惑なミノフスキー粒子の仕業だ。

 マニュアル203通りにアルベルト以下第03守備隊は行動し、救援要請が届いたポンティアナック基地の防衛に当たる為に出撃。

 

 しかし、到着した頃には基地と呼べるものは瓦礫に変貌していた。

 呆気に取られている間に、上空から迫るジオン軍の攻撃に晒され一矢報いるどころか這う這うの体で後退。攻撃予想位置に何発か反撃を食らわしてやったが、確認できなかった。

 航空隊に発見され、陸上部隊を振り切れず応戦した結果が、今の守備隊だ。

 アルベルト以外のモビルスーツは大破、撃破され隊員は二人のみとなった。

 唯一生存したヒーリィも左腕が折れている。戦線復帰は無理だ。

 

 今はまだ戦闘の興奮で耐えられるだろうが、もうしばらくすれば激痛で声も出なくなるだろう。

 

「衛生兵、負傷した部下を頼む」

 

「はっ。お任せください」

 

 せっせと搬送する衛生兵に、小さく頭を下げた。

 

「中尉! アルベルト中尉ぃ!」

 

 名前を呼ぶ声に非難はなく、哀願の色が濃かった。

 

 マット・ヒーリィという青年は責任感が強い。

 聞けばまた、共に戦わせてくれと言うだろう。

 片腕で、どうモビルスーツを操縦するというのだ。

 馬鹿も休み休み言え、とアルベルトは通路の角に消えた己の最後の部下に心中で毒吐いた。

 

 生き残る可能性が増えたのだ、無駄に死地に足を突っ込むな。

 逃げていいなら、自分は逃げたい。

 

「だがなぁ、そうはいかんだろ」

 

 自分が今逃げたら、今後立ち直れそうにない。

 そいつは不味いのだ。

 

 9月に生まれてくる息子の為にも、父親の格好悪い姿を晒すわけにはいかなかった。

 愛する妻も、向こう見ずながら突っ走る、この馬鹿な男に尽くしてくれた。

 彼は大きくなった腹を擦りながら、穏やかに微笑む妻が好きなのだ。

 何物にも代え難い、あの笑顔を、アルベルトは失いたくはない。

 シンタンの病院に、妻は居る。

 逃げられるわけが、アルベルトは逃げるわけに行かなかった。

 

「部下も逝っちまった。敵討ちせにゃ、()()()()()?」

 

 多勢に無勢。その中で少しでも戦力を削るべしと、指示通りに働き倒れて行った。

 訓練でモビルスーツを転倒させる事しか能がなかった連中だった。

 アルベルトは、そんな隊員達を今では誇りに思っている。

 

 初の実戦で、ドップとザクを。ビギナーズラックでグフすら沈めた恐るべき新米達。

 奴らは、名もない土の上に倒れ、そのままだ。

 

(恨み言もいわずに、勝手に逝きやがった)

 

 幸いにも、ヒーリィは生き残った。

 十分な、戦果だ。

 

 アルベルトは踵を返し、膝を突いて主の帰りを待つモビルスーツに向き直った。

 森林地帯で任務に就いた為、塗装を赤から迷彩色に変えたRX-77-1、ガンキャノン。

 モビルスーツの適性検査で優秀な成績を残し、隊長機としてジャブローから送られたものだ。

 隊員は違う機種であったが、既に使えない。

 

 この一機でどうすると言うのか。

 コックピットに座り、各部状況を調べながら思案する。

 このモビルスーツは中距離支援用だ。下手に突っ込んで接近すれば、蜂の巣になる可能性が高い。

 ジオン軍は接近戦に主眼を置いたMS-07、グフを開発している。相手するには難敵だ。

 距離外からのヒット&アウェイを繰り返すのが定石。

 それも、今は難しい。

 一対一で戦えるならそれに越したことはないが、ジオン軍は必ず複数で動いている筈だ。

 単独行動しているモビルスーツを撃破しても、周りに友軍機が存在すればこちらが危うい。

 

(如何したものかな)

 

 今できる最善の事。それでいて効果的な戦術。

 アルベルトは妻の名をポツリと、気付かない間に口にしていた。

 其処に謝罪が込められていたのか、愛の言葉だったのかは彼自身にしか解らない。

 

「さぁ、一仕事と往こうか」

 

 ただ、その連邦軍パイロットが操縦桿を握り、操作を始めた事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方から急接近する高熱源反応に怯えたアイナ・サハリンは、慌てて識別反応を参照。搭乗機のデータ内、新規登録された中で検索に引っ掛かった友軍機である事に、安堵の息を吐いた。

 カメラアイの視点を合わせれば、海上を滑走し波飛沫を上げる蒼い機体。

 それが二機。

 

「蒼いモビルスーツ?」

 

 兄のギニアス・サハリンから聞いた、エスコート役。

 エースパイロットを、蒼い獅子を就けると言っていたが。

 この二機が、そうなのか。

 いつもノリス・パッカード大佐が率いるドップ隊に護衛されていたから、モビルスーツによる護衛はこれが初めてだ。高度差もあるのだが、平気なのだろうか。

 

「えっと、先ずは」

 

 彼らと通信回線を開かなくては。

 コンソール上に指を置き、眼下に到着した友軍機へのパスを入力する。

 ジオン軍のチャンネルは覚えている。

 

 ただ、アイナ自身が引き受けた任務の都合上、混線しない様に独自に回線を引く必要があった。

 事前に登録されているもので、問題はない筈。

 コール音が鳴り、二度ほど繰り返された後にオンラインの文字が前面モニターに表示された。

 

「任務中に申し訳ありません、私はアイナ・サハリン。現在試作機体の試験中です」

 

 緊張で声が硬い。

 試験中もノリスとばかり話していたこともあって、初対面の人間は特に不安だ。

 

『こちらは突撃機動軍所属。特務遊撃大隊ネメア、メルティエ・イクス中佐』

 

 通信回線が開き、男の声がコックピット内に届いた。

 

(この人が、そうなの?)

 

『ギニアス少将より、アイナ・サハリン殿の護衛任務を承っています。

 私と彼女、アンリエッタ・ジーベル大尉が貴女の護衛に就きます。宜しいか?』

 

 思っていたよりも低い声ではない。

 アイナは怖く感じない若い男の声に、一先ずは安心した。

 

「ええ、了解しました。行軍ルートは?」

 

『そちらに合わせます。追従しますので』

 

 海上移動を続ける分には問題ないか、とアイナは頷いた。

 

「では、機体の試験を継続。護衛をお願いします」

 

『了解』

 

 二機のMS-09、蒼いドムは海上を難なく走りモニターの画面外に移動した。

 ミニマップ上では、自機の後方七十度の位置に居るらしい。

 アイナは操縦桿を軽く握り、計器類に特に乱れがない事を確認する。

 

 出力上昇率(エネルギーゲイン)、安定領域。

 アイナは見慣れたものだが、他の人間が見ればザクとは比べ物にならない値に驚く筈だ。

 今現在も戦場で活躍するケンやガースキー、ジェイクら現行最高峰のパワーを秘めたズゴックに搭乗するパイロットが見ても、それは同じ事。ズゴックを軽く凌駕する出力を、この試作機動兵器は有していた。

 スラスターゲージ、最高速度の値も同じであった。モビルスーツの移動速度を克服、最高速度を塗り替えたドムも、この機体には勝てはしない。

 

 名称をアプサラス。その試作一号機にあたるのが本機であり、アプサラスIとも称される。

 

 本機はギニアス・サハリン少将が設計、開発。U.C.0079年7月14日に漸く組立が終了した。

 モビルアーマー(MOBILE All Range Maneuverability Offence Utility Reinforcement:全領域汎用支援火器)の一種である本機は、MIP社が開発したMIP-X1を原点とする機動兵器だ。

 ジオニック社がジオン軍のコンペティションで披露、次世代主力兵器に据えられたモビルスーツは確かに汎用性が高く、機動力に富んでいた事からギレン・ザビ総帥の心を射止めた。

 

 しかし、その高い汎用性が特定の状況下で十分な能力を発揮できないケースが発生。 

 その打開策として、現行の人型に限定せず特定の目的に限る、拠点防衛や強襲作戦等に特化した大型機動兵器の開発が提唱された。

 こうした経緯で、ジオニック社に敗れたMIP社のMIP-X1に再度目が向けられ、前記通りにMAの名称が与えられると、巻き返しを図る同社は社名を懸けて研究が進められた。

 

 モビルスーツが戦場を支配する中で、ギニアスが目指す難題を満たす可能性がモビルスーツではなくモビルアーマーに有った。

 彼はMIP社から専属エンジニアを招集、極秘裏に開発されたのがこのアプサラスだ。

 本機には現在研究中の最新技術、ミノフスキークラフトが採用。

 これは整列する性質を持ったミノフスキー粒子、つまりはメガ粒子を内包するIフィールドによって制御。反発場を形成、構築する事により物体を浮上させる力を得る、というものであった。

 理論による一応の専用機関開発には成功したものの、モビルスーツに搭載するには巨大に過ぎる為、縮小と能力の確保が進められた。

 それでも尚、モビルスーツには搭載できるボリュームではなかった事に一時挫折を経験。

 苦悩しながら開発は進められ、モビルアーマーの登場によってギニアスは突破口を見出したのだ。

 

 この一見、荒唐無稽な計画はサハリン家を慮った公王デギン・ソド・ザビにより裁可。

 ギニアスは周囲の奇異の目を受ける中、サハリン家の財貨を投資。MIP社の技術提供を受けると共に長期計画の末、漸く試作機アプサラスの開発に漕ぎ着けたのだ。

 全長二十五メートル、全高四十八メートルに及ぶ巨体。

 その半球状の胴体の上部にザクIIの頭部を設置。

 中央にメガ粒子砲口、前後四箇所に地上着地に必要な降着脚が収納され、球体下部に一回り小さい半球部分、ミノフスキークラフトの機関部が一部露出したものがある。

 現在搭載火器、専用メガ粒子砲は開発段階であり、7月17日に試作品がアプサラスに搭載されたがミノフスキークラフトと併用しながらの試射は今回が初となる。

 巨大兵器、アプサラスを見せつける事で敵の不安を煽り、可能であればメガ粒子砲を撃ち込み混乱に陥れるのが今回の肝である。

 

 完成したアプサラスで連邦軍に大打撃を与える事を夢想したが、ギニアスの開発したモビルアーマーが連邦に脅威足り得る事を、本国にいるデギン公王にいち早く届けたかった。

 彼は目を掛けて頂いた御恩を返す、その時だと決断したのだ。

 苦労を掛けたアイナ、支え続けるノリス達に報いる為。

 ギニアス・サハリンは技術屋の自尊心を満足させる事よりも、他者を安心させ得る、その近道を通る事を選んだ。

 

 とある人物がズカズカとデリケートな部分に入り込んできた所が多分にあるが、後日語るべきなので今回も割愛とする。

 

(兄様が言うほど、困った人ではないと思うけれど)

 

 モビルアーマー、アプサラスの旋回機動テスト中、視界に入った護衛機のモビルスーツ。

 右にGB03K、ジャイアント・バズ。左にはMMP-78、一二○ミリマシンガンで武装した蒼いドムをカメラアイに捉えたアイナは、どうやって頑なな兄と打ち解けたのか気になった。

 

『もうすぐ、ポンティアナック近郊です。

 付近は友軍により制圧済み。連邦軍の敵影はないとの事でしたが、油断なさらぬ様に』

 

 件の人、メルティエ・イクスは気負った様子もなく、しかし注意を促した。

 

「はい、分かりました――――あっ」

 

『む。機体に問題が生じましたか?』

 

 アイナが声を出すと、後方に居る蒼一色のドムが加速。アプサラスの前に回り込み、後ろ向きで滑走しながらモノアイを左右に振って周囲の脅威を探っている。

 不時着する際に、安全を確保しようとしているのか。モビルスーツの足幅を広げ、寄せる波を打ち消しながら進む蒼い機体を見る。

 

「いえ、何でもありません。心配をお掛けしました」

 

『問題はなしですね? 了解しました』

 

 彼のさり気無く注意を引く言動、事態を予想して予防線に入るモビルスーツの操縦。

 中佐階級の人間をこう言うものではないが、彼はガイド役に最適だ。

 そう思ったら、納得の声が出てしまった。

 

 彼らは特に気にせず、アプサラスが空を駆ける後を追って来てくれている。

 身が引き締まるノリスと、程よく気を抜けるメルティエの対比が少し可笑しく、アイナは口元を綻ばせた。

 彼女の意識がそちらに向いた時、

 

『問題発生だ。アンリ、彼女を連れて本隊へ帰投しろ』

 

 蒼いドムが海上で止まり、アプサラスと蒼と橙色のドムと距離を取った。

 相方のモビルスーツと通信回線を開いているのか、アイナの方には雑音に混じって女性の声が聞こえた。

 

 その声は、彼を非難しているように聴こえた。

 

『位置から見て、バンカ島方面。残存連邦潜水艦隊だろう、援軍が到着するまで時間を稼ぐ』

 

 アプサラスは空中で旋回、後方にカメラアイを向けた。

 彼女が把握できたのは、背を見せるドム。

 

 そして、静かな航行が嘘のように悲鳴を上げる警告音。

 

 レーダー索敵に引っ掛かった高熱原体、ミサイルの群れがこの海域に殺到する音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。まずは成功だな」

 

 無事に地球へと降下を果たしたHLV。

 単機突入の為に連邦軍の索敵を懸念した青い巨星、ランバ・ラル大尉は落下制御のバーニア系統は使わず、パラシュートのみで降下する方法を採った。

 旧友、ゲラート・シュマイザー少佐率いる部隊、闇夜のフェンリル隊が第二次地球降下作戦時に使用したものと同規格のHLVを用意した上での判断だった。

 

 太陽光の反射を極限まで抑える特殊塗料で外郭を覆い、赤外線放射も極力抑える工夫が施され、HLVの表面は冷え切っている。その為、赤外線探知にはほぼ確実に反応しない。

 フェンリル隊と同様に対レーダー対策は講じられていなかったがミノフスキー粒子下、戦闘区域に突入する予定の為、意に介さなかった。この程度、ラル隊にとって度胸試しにすら値しない。

 

 地球に送り届けてくれたフェルデナンド・ヘイリン大佐は「剛毅な男だよ、君達は」と呆れ半分頼もしさ半分で見送ってくれた。娘の写真を捻じ込まれなければ、最高の別れ方だったと思う。

 こうして彼ら、ラル隊を乗せたHLVは闇夜に乗じて大地に降り立ち、着地後は即座にHLV偽装に取り掛かった。

 

 ラルは見渡すには良い高台に潜み、ステレオ・カメラで周囲を観察していた。

 クランプ中尉、アコース少尉、コズン・グラハム少尉も同じように辺りを探り、タチ中尉とゼイガン少尉は銃火器を手に警戒。残りの隊員はHLVに残ったクラウレ・ハモンと共に雑事を消化している最中だ。

 

「連邦軍の艦隊か」

 

 目前を通り過ぎる艦隊に、ラルは緊張を解しながら見つめる。

 彼らはバンカ島と西カリマンタン、ポンティアナックの間にある名も無い島に身を隠していた。

 ミノフスキー粒子下のため、付近に居る友軍とも連絡が取れない。

 それは想定していた部類のもので、さして問題ではなかった。

 

 どちらかというと、目の前を航行する連邦軍艦隊への対応に苦慮していた。

 ヒマラヤ級戦闘航空母艦、それが五隻。単横陣で海原を進んでいるのだ。

 友軍を叩く為に進んでいるのは十中八九、そうだろう。

 

 ならば潰すべきか、それとも進路方向を確認し友軍への案内役にさせるか。

 自軍の戦力で、空母五隻を相手にやれるのか。

 

 そう問われれば、造作もないとラルは語るだろう。

 ゲリラ戦法の真骨頂は相手が嫌がる事を最大限に、被害を最低限に抑える事にある。

 何度も襲撃を重ねて出血を強いる、一気に敵の喉元まで駆け上がりナイフで突き刺す戦術も大いにアリだ。少ない戦力で相手を打倒するには極端な方法を執る必要も出てくる。

 これらに必要なのは忍耐力。そして、止まらず走り続ける実行力だ。

 目の前の空母は後方支援を主とする。

 つまり、直接叩かれるとその威容に比べて酷く脆い。

 距離もそこまで離れていない。水深がネックだが、モビルスーツのジャンプ力とスラスターを全開に航行すれば十分に撃破できる。やろうと思えばやれる、その位置にラル達は居た。

 友軍の所在が分からなければ、補給も受けれないし彼らは今後所属する部隊へ合流する為に降下している。だが、後ろを見せた艦隊を逃すには少々勿体ない。

 

(降下する時期が悪かったが、早々に稼がせてもらうか)

 

 幸いHLVは無事。補給と多少の応急修理程度は可能だ。

 

「仕掛けるぞ」

 

 ラルは副隊長のクランプに顔を向け、そう言った。

 クランプ以下、ラル隊の面々は静かに頷く。

 

 やるべき事を聞けば、彼らの行動は素早い。

 高台の裏に隠していたMSに乗り込み、順次起動していく。

 

「クランプ、タチ、ゼイガン。貴様らはHLVに戻り索敵を継続しろ」

 

「はっ!」

 

 モビルスーツのコックピット・ハッチに飛び移ったラルは、偵察用バイクを吹かして去る三人を見送るとパイロットシートに身を預けた。

 

「地上の粘つく重さ、慣れんな」

 

 瞑目したラルは軽く体を揺すり、操縦桿をそっと動かした。

 立ち上がったモビルスーツのカメラを向ければアコース、コズンのMS-06F、ザクIIF型がZMP-50D、一二○ミリマシンガンを構える。

 

「機動戦を仕掛ける。ザクでは追い付けまい、援護に徹しろ」

 

『了解です』

 

『集中砲火されます、ご注意を』

 

 ラルはモビルスーツのセンサーの有効射程外に存在する艦船、戦闘空母を水平線に視認。

 海上の敵位置を捕捉すると、戦場に向けてモビルスーツを()()させた。

 

 急激な位置移動に加えて重力加速度が襲い掛かるが、それに屈しては青い巨星は名乗れない。

 脚部に強力な熱核ロケット・エンジンを搭載したモビルスーツは瞬く間に連邦軍艦隊との距離を詰めた。

 相手は標的にされている事に気づかぬままだ。空母は船首前方向に大量のミサイルが発射、続いて対潜攻撃機ドン・エスカルゴ、フライ・マンタを含めた三十機もの航空機が出撃する。

 

(一拍分、遅かったか!)

 

 敵が意識を向ける方角に友軍が居る。

 合流先が見えたと安堵するか、攻撃を阻止できなかったと悔やむべきか。

 何故か、後者の思いがラルの胸を強く打った。

 

 ミサイル群が飛び立った方角から、黄色と青白い光線が空を焼く。ミサイルを追い散らすように動き、誘爆させるその光景に驚くが一度だけしか現れないことに脅威ではないと判断した。

 

「第二射なぞ、させるものかよ!」

 

 不可解な、しかし理解できた感覚に引き摺られて彼は怒声を上げた。

 

 モビルスーツは両手で構えた三六○ミリバズーカ、ジャイアント・バズを空中飛行しながらも発射。

 バズーカから砲弾が放たれる際の衝撃がラルを、モビルスーツを打ち据える。バーニア噴射口(フェルターノズル)が角度を保てず、機体の動きが乱れる。脚部のアポジモーターが力強く吹き、大きく旋回しながら今しがた艦橋部を爆砕した戦闘空母の甲板上に着地。

 二、三回ターンを決めた後に機体が止まる。

 

 ラルが搭乗するモビルスーツは彼の異名そのままに青いグフ。

 ジオニック社が第168特務攻撃中隊の所属機MS-07M、グフM型のデータを転用したモビルスーツ。

 

 MS-07H-2、グフ後期飛行試験型。

 

 本機は地上におけるモビルスーツの移動距離、航続距離の短さを克服するために設計。

 機体そのものに飛行能力を持たせるべく、宇宙要塞ソロモンのモビルスーツ工廠で開発された試験機。

 YMS-07A、YMS-07Bを母体に五機ロールアウトされた、その内の一機である。

 

 地球環境下のデータが少なかった時期の計画案であり、特殊な機構を有するに至らなかった本機は脚部に強力な熱核ロケット・エンジンを二基搭載し、大推力により飛翔させるという半ば強引な方法を採られ、ジオニック社が保有する重力テスト区域で試験を行われた。

 熱核ロケット・エンジンの推進力で空中飛行を可能としたが相応以上の推進剤を多量に消費する本機は、燃料増加のため背部にドロップタンクを取り付け、その後も数回の改良と試行錯誤が繰り返されている。

 総重量七十七トンの自重、構造の複雑な新型エンジンのコントロール系統の動作不調、搭載燃料の限界により航続距離が短いなど問題点が多く。武装面も試験機という形の為に、MS-07Aで大量にオミットされた七十五ミリ五連装フィンガーバルカンを両腕に搭載する程度に留まっている。

 

 問題が重なった為にモビルスーツとドダイ爆撃機と併用するYSプランが移動距離の問題を解決させ、熱核ロケット・エンジンは飛行する用途ではなく地上を滑走する方式に変更。

 試験データはツィマッド社が開発した傑作機MS-09、ドムに活かされる事になる。

 

 ラルが搭乗するグフは開発チームが諦め切れず、生産されたドムのエンジンと電気系統を導入、コントロールの動作不調がなくなり、武装も追加された改修機である。

 燃料消費の問題は解決されなかったが、ド・ダイ等の補助を不要とし幅広く移動範囲を有する本機をドズル・ザビ中将から受領。

 気難しいタイプではあるものの、有用な点も多い。

 

 そして、飛行試験型に利用されたYMS-07はラルの愛機であった為に搭乗機としている。

 ドムの登場で行き場を無くしてしまったが、その機動力は健在だ。

 ジャイアント・バズを腰のハードポイントに固定、両手のフインガーバルカンを離陸間際の戦闘機に掃射。

 青い機体はテールノズルを靡かせて甲板の上を疾走。敵戦力を次々と無力化して行く。

 

 連邦軍兵士が何か喚き立てているが、

 

「ふん!」

 

 再装填されたフィンガーバルカンの嵐に、一隻の戦闘空母が轟沈。

 船体の半ばから歪み、海中に飲み込まれる。

 ラルはアコースとコズンが戦闘空母に集中攻撃するのを見て、他の戦闘空母に向かう。

 

「な、なんだこいつは!?」

 

「ザクじゃないのか!」

 

 三六○ミリの砲弾を馳走しながら、ラルは次の獲物に狙いを定めていく。

 

「ザクとは違うのだよ、ザクとはっ!」

 反撃に転じた航空機の弾頭と爆撃を回避、逆に戦闘空母に対するダメージに利用。悲鳴が木霊する中で、ラルは着実に連邦軍戦力を削り落とす。

 

「むっ!?」

 

 高熱源反応を、グフのセンサーが捉える。

 しかし、友軍機のようだ。

 二隻目を潰し終えたラルは、一隻を落したアコースとコズンのザクIIが合流しようと向かってくる中で、僅かに傾いた甲板に反応した。

 

「――――ほぅ」

 

 自分と同じように二隻潰し、同じ甲板の上に立つモビルスーツを眺める。

 青い機体の前に居る、蒼い機体。

 

 その右胸には「盾を背に咆哮する蒼い獅子」が描かれ、形状こそ違うものの熱核エンジンを搭載していた。堅牢な装甲に守られたその重モビルスーツは、銃痕や燃焼剤に表面を焼かれている。

 背に担いだままの砲身、機体のほぼ全身が波飛沫を瞬間に蒸発させる事から、相当な熱量を抱えていると推測した。

 その後方から蒼と橙色のモビルスーツが走り寄り、頭上には見た事もない機動兵器が滞空していた。

 

 ラルは胴部のコクピット・ハッチを開けると、相手も同じように姿を晒した。

 

 長らく見ていなかった、懐かしみを覚える顔に笑みを作り、灰色に変色した毛髪に目を細める。

 

「久しいな、息子」

 

「久しぶり、親父殿」

 

 轟々と燃える空母の上で。

 

 青と蒼の親子は、戦場で再会していた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 U.C.0079年7月20日。ジオン軍はカリマンタン攻略作戦、その足掛かりに湾岸部を強襲。

 西カリマンタンに位置する連邦軍港湾基地、ポンティアナックがジオン軍に占領された。

 同時に東カリマンタンのタラカンが襲撃され、応戦空しく守備隊が全滅。

 上陸したザク、グフを始め黒い新型機、ドムの小隊が抵抗を続ける基地を次々と陥落。

 

 一部ジオン軍同士による諍いが起きたが、部隊を二つに分け行軍する事で一応の解決をみた。

 これらの侵攻を抑制、跳ね返すためにバンカ島、パル、ポレワリから空母機動艦隊が出撃。

 カリマンタン防衛隊と挟撃させ、ジオン軍攻略部隊に二面作戦を強いるものであった。

 

 しかし、バンカ島側は地球軌道上から援軍として到来した青い巨星、ランバ・ラルが奇襲。

 パル、ポレワリにはゴッグ、アッガイ等による水陸両用モビルスーツ部隊が対処。

 時間を稼ぐどころか、逆に全滅される事態となり、カリマンタン防衛隊には悲壮感と絶望を煽る結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


外伝が終わらない。
カリマンタン編終わるまでこのまま行くしかないかなぁ。
終えたらギニアスとメルティエの内緒話を詰めなくては……今回挟めなかったのは、ギニアスが登場する間が用意できなかったからです。申し訳ない。
あと、メルティエが主役の間が今回ありません。アイナとラルの間に少し居るだけ。
アンリエッタはメルティエが出ると大抵います。不思議ですね?


あ、今回出たマット・ヒーリィ少尉の上官、アルベルトはオリジナルキャラじゃないです。
小説版Lost War Chroniclesに名前だけ出てくる人です。
設定とかはオリジナルです、名前だけ借りた人物とも言う。


アプサラス、グフ飛行試験型(ランバ・ラル仕様)も想像と妄想の産物。
「これちゃうよ」言われても納得する返答はできないので、ご勘弁を。


一言評価で嬉しい応援もらえた。
偶にこういう言葉を頂くとテンション上がる。
テンション上がった結果が、この文章なんだ。
あ、応援してくれた皆さん、見捨てないでください!



それでは、次話をお待ちくださいノシ(しめやかに舞台裏へ逃亡する作者)


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第38話:カリマンタン攻防戦(後編)

とりあえず、一言。

「(読むのが)遅かったな……(遅れた)言葉は不要か」

今回も文字数多い。時間があるときに読んで行ってください。










 西カリマンタン地区、中央部に位置するシンタン。

 その名を冠する軍事基地が街とそう離れていない事に、メルティエ・イクス中佐は不味いとモビルスーツのコックピット内で呟いた。

 彼は戦場と距離が近い事もそうだが、ミノフスキー粒子で付近住民が混乱に陥り暴徒と化さないかを懸念していた。

 元住民による暴走の名を借りた略奪は正直に言って、手に負えない。

 暴力を肯定されたと錯覚した若い男、喧嘩っ早い連中を中心に起こるのだが、一応市民扱いなので射殺でもすれば後々問題に挙がる。

 

 これらに対処するには陸戦隊による歩兵部隊が市街を占拠、鎮圧させた上で軍事基地の制圧に乗り出すのが定石。

 士官学校以前の、常識ではあるのだが、メルティエにはそれを待つ時間を許されていなかった。

 

「試験機体の、アプサラスのメガ粒子砲をここで試せと言うのか」

 

 メルティエは自機に送られた電文、その内容に呻いた。

 

 彼が個別に与えられた任務は、シンタン基地占領ではない。

 中東アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将が建造した試作機動兵器モビルアーマー、アプサラスの稼働試験、その護衛だ。

 シンタン基地への攻略はメルティエが実行部隊長として属する突撃機動軍特務遊撃大隊、ネメアを現在動かしているダグラス・ローデン大佐が任されている。

 指揮下にはケン・ビーダーシュタット少尉率いるモビルスーツ小隊、シーマ・ガラハウ少佐麾下中隊規模の戦力がある。それに加えてメルティエ直属の小隊も。

 戦力的に十分可能だと思っていたし、何よりも彼らを信頼、信用していた。

 

 ネメアの実力を知るメルティエは、攻略作戦自体には問題を見出していない。

 

 頭を悩ませる問題は、アプサラスが持つメガ粒子砲だ。

 

 戦艦並、それ以上の威力を有する事は敵空母機動戦隊相手に立証済みだ。

 艦隊より放たれたミサイル群をビームで焼き払う行動に出た、メルティエの搭乗機、ドムが有する試作ビームバズーカ。

 それよりも高精度で収束され、かつ巨大な直径で撃ち出し、照射したアプサラスのビームは文字通り触れれば破壊される極光の大剣だった。

 

 内包しているメガ粒子、Iフィールドの多重構造の違いなのかは専門家ではないために理解が追いつかなかったが、メルティエに分かったのはその後に訪れたジェネレーターの出力が大幅に低下する問題だ。

 確実な冷却期間を置かなければ強制停止(オーバーヒート)の危険性があるため、海上での最初の一射以外は試していない。

 

 だが、今回はそれを試せと言う。

 街が射程に入らない方角から照射する形で任務を実行に移す積もりだ。

 好き好んで一般人を巻き込む気はさらさら無い。

 

 シンタン近郊の街を破壊しろ、とは命令を受けてないのだから、都合が良いように解釈できる。

 その隙間がある分、まだ温情があると思っていいだろう。

 

 ヨーロッパ方面の破壊活動は、正直趣味ではなかった。

 嬉々として市街を破壊する連中を統制するに苦労したことは今でも思い出したくない類のものだ。

 当時の侵攻軍総指揮を執ったガルマ・ザビ准将からの相談に、メルティエは度々呼び出された事がある。上に立つ者の責任を市民からの抗議と嘆きで十分に思い知ったのは、今のガルマにとってプラスに働いている。

 

 でなければ、あの時の苦労が報われない。

 

『こちらアロー・スリー。アロー・ワン、応答願う』

 

「ん。こちらアロー・ワン、アロー・スリー、どうぞ」

 

 コール音の後に、通信回線が開いた。

 ワイプにノーマルスーツを着用したエスメラルダ・カークス大尉が映る。

 

『侵入経路発見。いつでも作戦開始可能』

 

「! そうか、良くやってくれた。此度の第一戦功はアロー・スリーのものだな」

 

 メルティエは喜色に顔を歪め、ドムのアイドリングを通常起動に切り換えた。

 

『報告の為に一度後退した。ケン少尉のモビルスーツ隊を借り受けたい。内部から攻撃を仕掛ける』

 

「ローデン大佐からは先に許可を得ているのだろう?」

 

『……報・連・相は、大事』

 

 珍しく何か言い淀んだ彼女に、メルティエは不思議だった。

 

(単独行動で緊張しているのか、エダ?

 ――――()()()()終わらせてエダに合流するか、気になる事は潰すに限る)

 

「よし。アロー・スリーはレッドチームを率いてシンタン制圧に向かえ。

 ただし、〇五〇〇(マルゴウマルマル)からだ。それまでは身を潜めていろ」

 

『了解。指示に従います』

 

 エスメラルダのワイプが閉じた後、メルティエは一つ息を吸った。

 

「……アイナ・サハリン殿、聞いての通りだ。

 兄君のため、私の部下のために、アプサラスのテストを進めて頂きたい」

 

 別のワイプには、アイナ・サハリンが映っている。

 

 市街地に影響がある可能性を捨て切れない彼女は、作戦行動を拒否しているのだ。

 

『それは、脅迫ではないでしょうか』

 

 屹然とした顔で睨む女性に、メルティエは肩を竦めた。

 

「そうかもしれませんが、貴女の乗っているものは軍事兵器で、ここは戦場です。

 我々も市街地を狙う積もりはないし、影響がない場所を検討、調査した。

 これ以上は時間を費やせないし、友軍の援護行動も控えている。

 貴女が()()()()のは、理解もした。

 だが、今回は貴女の兄君からの注文(オーダー)です」

 

『それでも、それでも私が指示に従わないときは、どうするのですか』

 

 問答をしている時間はない。

 しかし、メルティエはアイナ・サハリンが一般人だという事をよくよく理解した。

 

 気丈な女に無理強いをさせる気はないが、無理をして壊れる危うさも嗅ぎ取っていた。

 生まれが同じなら、あの逞しい女傑も、このような女性になっていたのかもしれない。

 

 無茶な自分を諌める為に明かされた心情を、シーマ・ガラハウの発露をあの時に聞いていた男は、映像上で苦悶するアイナの精神を病める事態に追い込む気等なく。

 

「自分が突撃します」

 

『え?』

 

 無理強いをさせられると思っていたのか、苦悶の表情が抜けて呆け顔になり、瞬きをしていた。

 

「ただし、試射は実行してください。上空にメガ粒子砲を流すだけで構いません。

 貴女は()()殺さないし、殺せない。

 銃を突き付け合うのは我々軍人だけで結構。

 貴女は兄君を失望させないように、試験機体の運用データだけ回収、本隊に帰投してください」

 

 別に、自棄になったわけじゃない。

 

 基地上空にメガ粒子砲が流れれば、その分広範囲にミノフスキー粒子が散布できる。

 それを隠れ蓑に、ドムのビームバズーカで敵防衛兵器群を破壊、残りは現包囲部隊と攻め込めば何ら問題はない。

 発射地点は割り出されるだろうから、ビームバズーカは一度きり。

 搭載した火器で自衛に専念、その間に包囲部隊が突入、後続部隊が戦線に参加、あるいはエスメラルダの潜入が成功すれば内部から攻撃を加え、管制室を制圧すれば終了だ。

 

『それで、良いのですか?』

 

 良いか悪いかで問われれば、悪いし告げてよいのであらば、最悪の一言だ。

 

 予定していた大型メガ粒子砲の援護。

 これが無くなれば、シンタン兵器格納庫への一射で大幅に敵戦力を消滅できる。

 できなければ、同胞が出血を強いられる。

 

 友軍を生かす事を考えるならば、他の人命は二の次、三の次にすべきだ。

 

 だが、彼女は軍籍に身を置いた人間でも軍属でもない。

 サハリン家の令嬢が、軍事兵器に乗っているだけで確かな司令系統もなく、軍の命令を遂行する義務もない。

 

 名家の令嬢であった女が、自分のために軍属になり、懸命に尽くす姿を知っているが為。

 メルティエは、最低限の試験で帰投させる最悪の判断を下した。

 

 アプサラスのメガ粒子砲で焼き払えれば、シンタン基地等簡単に陥落できる。

 その為のビーム兵器搭載型。

 その為のモビルアーマー。

 その為の”アプサラス”なのだ。

 

 だが、パイロットが()()では役に立たないし、存在するだけ邪魔だ。

 

 そもそも、メルティエ・イクス中佐は「試験機体の護衛」でこの場に居る。

 間違っても「一般人に戦争を教育する教師」でも「御令嬢のお守り」でもない。

 

 在る筈がない。

 

 軍属であれば、ただの一般人であれば、それ相応の対応をしてやる。

 だが。方面軍司令の妹君、戦争を知らない一般人、その護衛をやらされている。

 

(大砲を、簡単に打てる化け物機体に乗っている癖に、「私は撃てません」と言う。

 何の冗談だ、何の茶番だ、何の為の強襲用機動兵器だ!?

 ふざけるなよ、ギニアス・サハリン。

 ()()覚悟がない人間を戦場に放り込んで、何が司令官か!)

 

 初陣は済ませていると、よくぞ蒼い獅子に吠えた。

 

 ただの素人、善人ではないか。

 

 直下で起こる戦闘は、善人に見せるには惨い事になる。

 帰らせなければいけない類の、人間だ。

 

「ええ、構いません。私が()()になれます。貴女は人を撃たなくて済む。

 互いに良い条件です。作戦開始時間は聞いていましたね?

 その時間きっかりに、シンタン基地上空にメガ粒子砲を放ってください。

 終わり次第全速力で帰投しなさい、()()()

 

『――――ッ』

 

 アイナは怒りに美貌が歪めるが、煽って早急にこの場を離脱させた方が互いの為だとメルティエは悟っていた。

 

 傲慢な男だ、とアイナは思ったが、彼女は聡明だった。

 

 足手まとい、役立たず、人の命を奪う恐怖に縛られたアイナは、唇を噛む事でその場をやり過ごすしかない。

 

『あなたが此処で、そのモビルアーマーの実績、功績を残さなければ、あなたのお兄さんは立場が危ういよ』

 

 ――――其処で冷たい囁きが無ければ、そうであったろうに。

 

「アンリ? 一体何を」

 

『ギニアス・サハリン少将は公王デギン・ソド・ザビ自らの裁可を得てそのモビルアーマーを建造している。

 つまり、公王の期待に応えなきゃいけないんだ。解るかな?

 ギニアス少将は今回の大規模作戦で確かな功績を求めてる。

 基地一つ分を大混乱に陥れるような、強力で防ぐ手立てがない威力の顕示をね。

 そのアプサラスは、それが出来る。出来てしまう』

 

 アンリエッタ・ジーベル大尉は押し黙るアイナ・サハリンに優しく、鼓膜に響かせていく。

 突如起こした彼女の行動に、何か理由があると察したメルティエも同じく沈黙した。

 

 自分が知らない女の顔をしていると、興味があった事もある。

 何か問題が発生したとしても、自分が被れば良い。

 男はそう決め、耳を澄ませた。

 

『知っている筈だよね。サハリン家の財貨からも供給があるとはいえ、ジオン公国から充てられる資源からすれば微々たるもの。

 ここで望まれる功績を残さないと、あなた達は本国から切り捨てられる可能性がある。

 当然、アプサラスの開発計画は良くて凍結、悪くて封印、抹消。

 デギン公王の期待に応えられなかった()名家に、帰る場所は在るのかな?

 

 ――――無いよね』

 

 今後の展望、今すべき事を述べ、放置すれば進む明日を広げて見せた。

 そして思考が追い付いた頃合いに、落とす。

 

 前文は優しく、後半に掛かるにつれて甘く語りかけ。

 最後は、淡々と告げる。

 

 ワイプ上のアイナは苦しむように胸に手を当てた。

 ヘルメットのバイザーで顔色は確かめようはない、ただ肩が上下している事から心理的圧迫感を与えられているようだ。

 自覚が、心当たりがある故のものだ。

 

 其処を突かなければ、こうもなるまい。

 外せば、先ほどのメルティエのように反感を抱かれて、後の禍根になるだけだったろう。

 

『あなたが乗っているのは軍事兵器だよ。

 それに乗ったという事は、人を殺す事に同意したのと同義語なんだ。

 そんな積もりは無かったとか、兄の為とか、そう言う詭弁は良いんだよ。

 実際動かして、アプサラスの実験に関わっただけで同じ類と見られるんだから』

 

『わ、私は』

 

『綺麗な手のままで、体で居たいなら、屋敷の奥でお人形のように居ればよかったのに。

 でもあなたは外に、よりにもよって戦場に出てきてしまった。

 戦争する道具を駆って、あなたは今此処に来てしまった。

 あなたがここで尻込みすれば、あなたを守ろうとした人、支えた人の意志が無駄になるね。

 アイナ・サハリンは、多数の人間が望まぬ道を辿る事より、自分が綺麗なままで居たい?

 なら、ここで別れましょう。

 

 あなたは、サハリン家を()()()()()()

 それで、この話は終わるよ』

 

 愛する女が誰かを唆す。

 いや、死地に向かう愚者の為に、彼女は魔女になる事にしたのか。

 

 メルティエは、ただ綺麗なままで居たいならそれでも良いだろうと、と捨て置く積もりだった。

 彼なりの優しさ、譲歩であり、一般人というカテゴリーが思考を狭めていた。

 

 アンリエッタは、場違いな所に足を踏み入れ、人を傷付ける兵器に乗って人を傷付けたくないと訴え、行動を否定する相手を許せなかった。

 そうであるならば、何故テストパイロットを引き受けた、と問い詰めたい所を抑えて、自分が望む道筋に誘導する。

 

 彼女は自身が酷い女である事は、十年前から知っている。

 家名を背負う重責を知らぬ温室育ちの御同輩に、一つ教授してやろうとさえ思ってさえいた。

 

『私は、私が、守る』

 

『無理しないで良いよ。人間誰しも大事なものがあるんだから。

 手、綺麗なままで居たいんでしょう?』

 

『――――いえ! いいえ! 

 私はサハリン家の女です。家を守る義務と使命が、この血にはあります。

 私は、アイナ・サハリン、なのだからっ』

 

 血を吐くような声色で、サハリン家の令嬢――――アプサラスのパイロットは叫んだ。

 

 メルティエはアンリエッタが映るワイプに視線を置く。

 

 彼女の満足げに、しかし陰りが見えるその微笑みが、どうしてか嫌いになれなかった。

 

 人がそれぞれ持つ責というものを、感じさせたからなのか。

 

 惚れた女の貌は、どれも綺麗だと毒されてしまったからなのか。

 

 彼が確信したものは、シンタン基地は確実に墜ちる。

 それだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンタンへ三方向から至る水路、その北側の川に身を潜めていたエスメラルダはノーマルスーツに内蔵された腕時計を見た。

 時刻は〇五〇〇。作戦開始時刻だ。

 

「こちらアロー・スリー。レッド・ワン、応答を」

 

『こちらレッド・ワン。通信良好です』

 

 エスメラルダは手早く起動シークエンスを終わらせると、モニター上に映る自己診断結果、機体の各部状況に視線を走らせ、モビルスーツを立ち上がらせた。

 水の中で動く為、水泡が漏れるがすぐに止む。

 

「これより作戦開始。私が先行する。貴方達は一キロほど離れて、後方警戒しながら追従を」

 

『了解であります。ご健闘を、大尉』

 

 レッド・ワン、ケン・ビーダーシュタット率いる小隊はMSM-07、ズゴックを起動、警戒体勢に移行した。

 

 エスメラルダは一呼吸置いたあと、MSに備わった音響探知(ソナー)熱源探知(ヒートシーカー)でセンサー有効範囲三千メートル程を索敵、水中航行を開始する。

 青白い光が空中を焼いたようだが、あれがメルティエが言う援護射撃なのだろうか。

 光が閃いた先、基地内から強力な電波障害が発せられた事から、あれがミノフスキー粒子によるメガ粒子砲なのだと理解した。

 

 作戦は予定通りらしい。

 戦闘を予見して緊張が体中に走るが、エスメラルダは控えめな胸を膨らまし、深呼吸を繰り返し平常に戻そうと努めた。

 

 薄暗い河川を約五キロ潜航しながら、事前に目星を付けた藻の密集地帯に機体を寄せる。

 

(間違いない。此処)

 

 彼女はケン達が追従している事を確認すると、右腕を藻の密集地帯に向けた。

 黄色い粒子が収束し、三秒後に発射。

 メガ粒子砲の一撃を受けた藻は蒸発、消滅しその裏に隠されていた非常用ゲート、シンタン基地内部に至る通路に風穴を開ける。

 ゲートの四方にメガ粒子砲で穴を開け、左手に六本の鉤爪、アイアンネイルを突出させると大きく振りかぶり、殴打。

 

 中心線を打ち抜かれたゲートが内部にくの字に倒れ、エスメラルダは赤外線をモビルスーツに当てられるが、特に動じずカメラに向けてメガ粒子砲を放った。

 

「レッドチーム、進撃開始を。隊列を組み換える」

 

『了解、基地に攻勢を仕掛けます。

 しかし、その機体はステルス性が高い。追うのも苦労しましたよ、センサーが騙されるので』

 

「この子は隠密奇襲用。強襲用機体のMSM-07と一緒にしてもらっては、困る」

 

 エスメラルダが搭乗するモビルスーツ。

 MSM-04、アッガイ。

 本機はジオニック社が開発した水陸両用モビルスーツの一つ。

 焦茶色とクリーム系ブラウンで塗装された、全体的に丸みを帯びている形状。

 モノアイレールは横方向の全周ターレットに加え、上方向にも設置されており、頭部はあるが首が無い独自の外観をしていた。

 水陸両用モビルスーツとしてMSM-03、ゴッグやズゴックの開発に着手したが、これらは高出力のジェネレーター搭載のため生産コストが高いという問題点を抱えていた。そこでコストを抑えた廉価版の水陸両用MSの開発が計画される。

 先のモビルスーツとは違い高出力の水冷式熱核反応炉ではなく、生産コストを抑えるため水冷式に改造したMS-06、ザクIIのジェネレーターを流用した結果、非常に低コストのモビルスーツとして完成。

 

 しかし開発チームはただの廉価版ではなく、一つの方向性を定めて本機開発に臨んでいる。

 

 それは、ステルス性。

 これを活かした敵占領区への潜入偵察、強行偵察による直接偵察行動である。

 

 ミノフスキー粒子下では索敵が難しく、MS-06等の従来のモビルスーツはレーダー波に対する考慮はほぼされていない。その一方で敵陣奥へ電子システムによる索敵が非常に難しくなり、本機はそれを打開する為に開発、建造されたと言っていい。

 ほぼ全て偵察行為は車両や航空機任せだが、これらの機能をモビルスーツに搭載、運用しようと試みた。

 ステルス性を上げる為に、モビルスーツの可動部数削減を目指し、適した作動油と部材間のすり合わせ、防音材により外部への音漏れ軽減に成功し静粛性の確保に至る。

 また、丸い独自の形状はカメラや赤外線への探知を低減させるべく排熱も考慮され、頭部一箇所に集約される等。レーダー波対策に機体の各所を曲面で構成、レーダー波の反射率を低く抑える事でミノフスキー粒子下外へのステルス性を向上させている。

 

「私も、前に出る」

 

 エスメラルダが操縦桿の入力キーに指定コードを打ち込む。

 

 アッガイは指令通りに、偵察モードから戦闘モードに移行。

 静粛性を保つために可動部数を固定したロック機構を解除、前身するズゴックより長い伸縮自在の両腕を披露した。 

 右腕をアイアンネイル、左腕を六連装ロケットランチャーに変更したアッガイは、軽快な足音を立てながら基地内部へと侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――電波障害!? 基地に攻撃してきたのか」

 シンタン基地、兵器格納庫で機体の最終調整を終えたアルベルト中尉は愛機に乗り込み、現状況を確認。RX-77-1、ガンキャノンのレーダー索敵が完全に麻痺っている事で敵到来を把握した。

 逃げ惑う整備士の中に、警備兵やパイロットが居た事を認めた。

 だが、去来するものは無かった。

 

 逃げたければ、逃げる努力をすればいい。

 彼は、そんな些末事に構ってはいられなかったのだ。

 

「高熱源反応!? もう基地内部に居やがるのか!」

 

 敵の位置が分からない、まずは外に出るべきだとスラスターを吹かして格納庫外に出る。

 そのままカメラを左右、上下に走らせ、サイレンが鳴る響くシンタン基地を見回す。

 

「うっ!?」

 

 直後、アルベルトの視界を光りが焼く。

 

 反射的にガンキャノンの腰を屈め、衝撃に備える動きを取った。

 まず耳に入ったのは水が蒸発する音、次にチリチリと溶ける音。

 その後に爆音、悲鳴、何か重量物が落ちる音に加えて、再びの爆音。

 

「一体、なんだって――――うおっ!?」

 

 視力が回復次第、モビルスーツを立ち上がらせて周りを見渡せば、先ほどまで在った兵器格納庫が消失していた。

 

 兵器格納庫から思い切り良く飛び出していなければ、自分はこの世から消えていた。

 

 嫌な汗が顎を伝い、叫びだしたい衝動を殺すのに奥歯を強く噛みあわせる必要があった。

 心臓の音が五月蠅い。

 それが、自分が正直者である反応に思えて、何処か可笑しかった。

 

「う、おぉおおおっ!」

 

 電子音を聞き、アルベルトはカメラをその方向に回し、操縦桿のトリガーを引く。

 

 バシュ!と噴霧器のような音を立てて、明るい赤色の光線が発射される。

 基地内部に足を踏み入れたMS-06J、陸戦型ザクが横からその腕を射抜かれ、胴体部を貫通し、更に抜けて左腕をも断撃した。

 何が起きたのか分からない、とザクの頭部が青空に向けられ、どうっと斃れる。

 

 正式型番XBR-M79-a、通称ビームライフル。

 ガンキャノンに装備される主力兵装、その一つがザクIIをいとも簡単に撃破した。

 フォアグリップに左手を添え両手で持つ、アサルトライフルのような形状のそれは、ジオン公国の象徴であったモビルスーツを打倒するに相応しい威力を有している。

 

「くそ、くそ、何だこの威力は!? もう少し早く用意しろよ!

 部下どもを失った代わりが、この銃一丁かよ、ふざけるな、ふざけるなよ!」

 

 異変に気付いたジオン軍のザクIIがマシンガン、バズーカを向けて前進。

 アルベルトは基地建造物の残りを盾に、両肩の二四〇ミリ低反動キャノン砲で応戦、足元に着弾し体勢を崩したザクIIにビームライフルを撃ち込む。

 光線が前に倒れたザクIIの胸から股間部まで貫通し、機体は爆散した。

 

 荒い息を吐きながら周囲を確認すると、基地の防衛兵器群は外部に向かって掃射している。

 中に侵入した敵は、先駆けか。

 

 アルベルトは基地外縁部に面した飛行場を見る。

 もうすぐ、傷病兵や機密資料を満載したミデアが出る。

 

 それまでは、持ち堪えなくては。

 

 最後の部下が、あそこに居る。

 

 最愛の妻と、生まれる子が、後ろに。市街地に居るのだ。

 

「くぅっ!」

 

 先ほどのザクIIを率いた小隊長機なのか、グフタイプが外壁を飛び越え、右手を向ける。

 その指先から発射された弾丸が、ガンキャノンの上半身に跳弾。

 コックピットを衝撃が揺さぶり、ビームライフル、キャノン砲の照準が合わない。

 

 バーニア光を見せつけながら肉迫するグフに、

 

「おりゃぁああっ!」

 

 頭部に備わった六〇ミリバルカン砲を浴びせ、左手の大型シールドで防御した隙に足で駆けながら、スラスターによる推進力で突撃。

 覗き込み窓が無いシールドで視界を遮られたグフは、ガンキャノンの接近を許し、両手で構えられた銃身が赤く光った後に胸部を撃ち抜かれ、背面から倒れ込む。

 

 もう一撃加え、爆発を確認した頃にエンジン音を集音マイクが拾い、ミデアが視界に入る。

 一、二、三隻のミデアはアルベルトからすればノロノロと、姿を現した。 

 

「馬鹿野郎、早く行け!」

 

 暖機運転を終えたミデアが徐々に滑走路へ進む。

 

 アルベルトはミデアの護衛に入ろうと飛び、直後衝撃で地上に叩きつけられた。

 

「っぐ、がはっ」

 

 サブモニター上では、ガンキャノンの左脚消失と出ていた。

 彼は呻きながら操縦桿を押し、ガリガリと装甲表面とコンクリートを削り合わせながら進み追撃から逃れる。残った右脚のアポジモーターでうつ伏せから仰向けに体勢を変え、飛び込んで来たモビルスーツにビームライフルを放つ。

 

「うっ、回避するのか!」

 

 空中で回避したモビルスーツは頭頂部をガンキャノンに向ける。

 

「ごめんなさいの癖に、撃ち込んでくるのかよ!」

 

 頭垂れた謝罪のポーズはブラフとでもいうのか、頭部にある六つの穴からロケットランチャーが射出され、幾つかをバルカンで撃ち落とすが残りが右肩と胴体部に着弾した。

 機体を揺さぶる振動でコックピットの機器にヘルメットが当たり、バイザーが砕ける。

 

「ぉおおおっ!」

 

 バルカンで応戦しながら、ビームライフルを発射。

 でかい図体だが装甲はそれほど自信がないのか、バルカンから身を逸らした。

 その位置に予測射撃したビームライフルの光条が突き進む。

 

「当たっ――――嘘だろ!?」

 

 撃ち抜いたと思ったのは、水色と蒼の機体色の残像。

 そのモビルスーツ、ズゴックは両腕の鉤爪を開き、発射口をアルベルトに向けた。

 

「出鱈目すぎる、ジオンってのはこんな奴らばっかか!?」

 

 追突の警告音に従い、バーニア噴射口の向きを変え、敵のビーム攻撃から致命傷を避ける。

 

「――――くあ、しま、ぐおっ」

 

 操縦桿を握りしめた拍子に指がズレ、肩のキャノン砲を発射。

 低反動とはいえ、浮いた状態では衝撃をうまく拡散する事等できず、ガンキャノンはコンクリートに機体を滑らせ、摩擦抵抗の末、動きを止める。

 

「怪我の功名って、やつか……ザマァ、みやがれ」

 

 アルベルトの視界――額が割れて血が目に入ったのか、赤い――にはキャノン砲を予測していなかったのか、二発中一発を受けたズゴックが左腕を破砕され、その衝撃で空中回転しながら地上に落ち、同じようにコンクリート上を滑って行った。

 爆発の音が、しない。

 まだ、あのモビルスーツは破壊できていない。

 

 肘を立てて上体を向けると、ミデアが三隻、飛び立つところだった。

 

「あばよ、ヒーリィ。達者でな……」

 

 アルベルトの意識は、其処で途切れた。

 

 彼のガンキャノンを、ズゴックのアイアンクロウが貫いたからだ。

 

 その光景を、マット・ヒーリィ少尉は、上空から目撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の輸送艦か」

 

 ランバ・ラル大尉は率いた部隊と共にシンタン基地外周部に設置された砲台を破壊し終え、上空を飛行するミデア輸送艦を捉えていた。

 

『ラル大尉、あのミデア輸送機は傷病兵を移送しているそうです』

 

「そうか。その情報が届いた、という事は管制室を占拠したな」

 

 青いモビルスーツ、グフ後期飛行試験型は両手の指先から昇る硝煙に包まれながら、輸送機の軌跡にモノアイを向ける。

 

『撃ち墜とさない、のですね』

 

「気に喰わんか、クランプ?」

 

 ラルはネメアから譲渡されたギャロップ陸戦艇、その戦闘ブリッジで指揮を執っているであろう副官に問うた。

 

『いえ。我々は軍人であって、殺人者ではありません。

 若も同じお考えのようですし、胸を撫で下ろしているところです』

 

「ほう。違いが分かるようになったか、あの愚息も」

 

 彼は整えた口髭の下で、満足げに笑い、グフの針路を基地内部に向けた。

 

 粗方破壊されたシンタン基地。

 思ったよりも敵兵器の残骸が少ない。

 兵器格納庫に向けて大型メガ粒子砲を照射したと聞いたが、あの大きく穿たれたクレーターがそうなのか。

 話では戦艦並と聞いているが、それ以上の破壊力を有しているように思える。

 

「ポンティアナックも落ち、シンタンも落ち、西カリマンタンはこれで仕舞いだな」

 

 基地出入り口で破壊されたザク、グフを見るにある程度の戦力があったのか。

 カメラを滑走路に向ければ、斃れている敵モビルスーツと片腕を失った我が方の水陸両用モビルスーツが座り込んでいた。 

 回収班、衛生班が囲む中、ネメア技術班のロイド・コルト技術大尉が敵モビルスーツに走り寄り、検分を始めていた。

 小さい女の子、メイ・カーウィン整備主任だったか、が同じように近寄ろうとして蒼いパイロットスーツを着た男、メルティエに掴まっていた。

 

 その機体はつい先ほどまで稼働していたモビルスーツ。

 

 コックピット内には、亡くなったパイロットがまだ居るのだ。

 

「技術屋、というのはやはり好かんな」

 

 遺体を切り開いて弄ぶ。

 機械群に対して、その考えは当てはまらないだろう。

 

 中に死んだままの人間が居ることを除いては。

 

 潰されたコックピット・ハッチから、血が流れているのが見て取れた。

 その部分を取り除かない限り、あのモビルスーツは人体と何ら変わらない。

 

 棺桶だと称しても良い。

 つまりは、墓泥棒と同じというわけだ。

 

「まぁ、街の被害がゼロというのは上出来だ。息子よ」  

 

 基地から二十キロほど離れた場所にある、水運都市シンタン。

 

 その市街には、戦争の傷跡は見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東カリマンタン地区。

 ジオン軍の猛攻を立て続けに受け、主要拠点とされたボンタン湾岸基地、サマリンタン中継基地と周辺部を失った連邦軍東南アジア方面カリマンタン駐屯部隊は戦線を大きく後退、バリクパパンに籠城。

 彼らはアムンタイ基地からの援軍が来ることを願って、最後まで抵抗を続ける決断を下した。

 中部カリマンタンの中心部、カリマンタンの最重要拠点、パランカラヤには最新型の兵器が導入されている筈であったが、ジオン軍によるミノフスキー粒子高濃度散布をされた今となっては、後詰要請が本部に届いているかどうかさえ、怪しかった。

 

 サンピト、パンジャルマシン基地はパランカラヤの支援基地である為、この緊急事態に於いても援軍到来は期待できない。東、西方面が崩され陥落すればパランカラヤ最後の防衛線がこの二つの基地になるからだ。

 南カリマンタンのマルタブラは要塞化が進んでいたが、連邦軍占領下であった為に防衛部隊をそれほど割いているわけではなかった。その戦力は既にボンタン、ポンティアナックに割り振られており、両基地が陥落したという事はつまり、そういう事なのだ。

 

 絶望感に彩られる中、バリクパパン基地司令は不退転の決意の下に集結した残存戦力で同基地を固め、押し潰しに掛かる敵軍の侵攻を迎撃、ひたすら時間を稼ぐ事に専念した。

 

 ――――この一戦が、カリマンタン防衛部隊の一助になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイラス・ロック中尉は次々に放たれる砲弾に「奴らは無限に生まれる弾薬庫を持っている」と半ば信じかけた。

 飛来するフライ・マンタはカミカゼ仕様なのか、恐怖という感情を置き忘れたパイロットが操縦しているのか、森林や山岳を利用した低空飛行による至近爆弾により友軍機を爆散させている。

 

「こいつはたまげた。あいつら、生きて帰るつもりがない」

 

 サイラスは配備が間に合ったMMP-78、一二〇ミリマシンガンでフライマンタの機体中央部、あるいは操縦席のあるキャノピーを撃ち抜きながらMS-07A、グフを大きく後退させた。

 

 彼が率いるモビルスーツ二個小隊が、左翼に展開した部隊の最後尾。

 

 つまりは、殿軍だ。

 

 彼が所属していた大隊はこの豪雨とも、嵐とも取れる砲弾に激しく打ちのめされ、応戦の甲斐も無く撤退している。

 残存戦力しか無いとたかを括った大隊指揮官、少佐階級の男を役者不足とは思っていたが、まさか()()()()とは恐れ入る。

 

「お前ら、まともにやり合うな。ありゃ冥土の土産に首獲りに来てやがる」

 

 指示に意識を割いた瞬間、マシンガンの牙を抜いたフライ・マンタの接近を許す。

 

「はっはー! 気骨のある奴は、大好きだぜ!」

 

 サイラスはグフのスラスターを全開で前進させ、左手に持った専用シールドで船首を殴り潰すと、その機体を思いっ切り蹴り飛ばした。

 内部に抱えた爆弾と共に爆発四散した航空機、それには一瞥もせずに再びグフを後退させる。

 

『隊長、敵が圧力を強めてきました、後退速度を上げた方が!』

 

「焦んな。足元を掬われるぞ、地上に倒れた連中の仲間入りをしたいか!?」

 

 サイラスのグフを一番最後に後退している隊、つまりは敵との最前線に居るグフの周囲には砲撃や爆弾、混乱した友軍機の誤射で斃れた友軍機の成れの果てが転がっていた。

 

(後ろには鈍行の友軍、前には距離を詰める連邦軍、足元には障害物と化した亡骸ときたもんだ。

 くじ運の無さを恨むね、いやマジで)

 

 横一列に並んだ戦車部隊。

 機動力に頼って突撃、内部から食い荒らす事も考えたが、すぐに断念した。

 

 その五百メートル程度後方から、更なる戦車部隊がある。

 絶え間ない砲弾、着弾地点が大幅に違う理由にも合点が付いた。

 

(戦車による二段撃ちというわけか。古来からの戦術に外れが無いってのは、嫌だねぇ。

 人類に進歩がないって云われてるようで)

 

 変化するのは、用いる兵器の違いだけ。

 

 サイラスはグフにサイドステップをさせて砲弾を回避、じりじりと迫る戦車の群れを見て笑った。

 

「大量だ、大漁だ、大猟だ!

 まったくもって、獲物を目の前にする虎の気持ち、あんたらに分かるかい?」

 

 返事の積もりか、砲身から二八〇ミリの鉛玉が見舞われる。

 

 背後からバズーカ、マシンガンの援護射撃が引っ切り無しに懸かる。

 部下達のお蔭で、サイラスは今も命を結んでいられる。

 孤軍奮闘であれば、エースパイロットと云われる彼でさえ既に地上に転がる鉄の塊に変えられていただろう。

 

 応戦しながら、しっかりと大地を踏みしめ後退するグフ。

 

「わぁからねぇよな? 分かったら、俺やメルの旦那と同じ、獣だもの」

 

 ――――虎は、機会を待つ。

 

 それが正しい戦闘の仕方だと、彼は弁える故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 質量弾が地面に衝突、膨大な土砂を空中に放り投げて飛散、ばら撒かれる。

 

 その中を黒と紫、灰色の機体色を見せて疾駆するモビルスーツ。

 MS-09、先行量産型ドムは飛来する長距離砲台、トーチカの砲撃を悠々と回避し、接近。

 右肩に担ぎ、その手に握られたGB03K、ジャイアント・バズから直径三六〇ミリもの弾頭を発射。

 衝撃音を残して爆散するトーチカには目もくれず、戦車部隊による濃密な弾幕にドムは熱核ジェットエンジンによる高速機動で難を逃れた。

 

 ――あと一瞬遅れれば、幾らドムとは云え、撃破されていた。

 

 ミゲル・ガイア大尉は、宇宙とは違う環境での戦闘に疲労を覚えたが、闘志を前面に出しこれを黙殺した。

 

 一基失ったトーチカ群より下がりつつも、連邦軍戦車部隊は交戦の意思を崩さない。

 三機のドムによる小隊以外、この地で戦い続けている隊は左翼から進行するモビルスーツ二個小隊のみ。

 他の部隊は被弾や補給、砲弾の雨に恐れをなして下がる始末だ。

 順調に勝ち星を挙げた連中は、ここで死んだら稼いだ勲功が消えると及び腰になった。

 

 そう、ガイアは認識していた。

 

「腰抜けどもめ、弱者をいたぶるしか能がない兵士しかおらんのか!」

 

 現場視点でしか理解できないガイアには知り得なかった情報だが、彼が侮蔑した友軍は実際はこの雨、嵐ともいえる攻撃の散々に受けて壊滅。全滅は免れたものの、再編と救助を必要としノリス大佐が自ら野外病院の護衛に就くほどの悲惨な状態であった。

 左翼で戦い続ける青い虎、サイラス・ロック中尉も所属する大隊が撤退。

 その殿軍を二個小隊で実行する等、過酷な状況に追い込まれていたのだ。

 

 エース小隊の位置付けで自由に戦線に加われるガイア達は、その内情を知らないが為に怒鳴り続ける。

 

 ガイアは自軍の体たらくに、苦虫を潰したような渋面になった。

 彼は先ほどの攻防で、果敢に挑んでくる連邦軍に頼もしさすら感じてしまったのだ。

 乗り越えるべき敵だと、ただの鴨打ちの標的ではないと。

 

 エース小隊。黒い三連星の一人に、確かな脅威を感じさせたのだ。

 彼らをして一個師団級の戦力と見る、レビル将軍がこの心境を知れば、この地で戦う将兵を大いに惜しんだ事だろう。

 それほどまでに、ガイア達は敵方のレビル将軍に評価されていた。

 

「オルテガ、マッシュ! 生きているな!?」

 

 ガイアは信頼する自らの両翼に問うた。

 

『守りは厚いが、攻められないほどじゃないぜっ』

 

 右翼のオルテガも現状に焦りを感じているが、頼もしい言葉を返した。

 

『仕掛けるタイミングは、大尉に合わせます!』

 

 左翼に居るマッシュも攻勢の意志に陰りが無いようだった。

 

「よし、一度迂回すると見せかけ、戦車部隊が釣れたら肉迫。

 用心深い奴が指揮官だった場合は、そのまま迂回。別働隊の援護に回る!」

 

 応、と答える部下の力強い返事を聞きながら、ガイアは上空から爆弾を投下するフライ・マンタに返礼としてMMP-78、一二〇ミリマシンガンを馳走してやった。

 薬莢が地に落ちるよりも早く、ドムはその場から退避。

 爆弾はその役目を果たす事ができず、地上を悪戯に穿った。

 

 ガイア達の小隊がこの地にいる理由は、ちょっとした事情が絡んだ結果だ。

 元々は中部アジア方面軍司令マ・クベ大佐が本拠点とするオデッサ鉱山基地に配属されたガイア達は、自らテストパイロットを務めた試作機YMS-09、プロトタイプドムで蓄積されたデータをフィードバック、先駆け量産されたこのドムで守備隊に就いていた。

 その彼らに、マ・クベは任務を言い渡したのだ。

 

「東南アジア、カリマンタンに中東アジアの連中が進軍するそうだ。

 エースである貴官らも、ここでパイロットシートを温める事に飽き飽きだろう?

 カリマンタン攻略の任、引き受けては如何かな」

 

 彼らが所属する突撃機動軍を統括するキシリア・ザビ少将の懐刀、マ・クベは上に報告する議案に飢えていた。

 採掘した資源は順調に宇宙や地上の生産プラントへ送られているし、占領下の住民に対する慰撫政策も彼なりに進めている。

 彼の地区は他に比べて万事順調であり、彼自身も裏で活動する諜報組織がもたらす情報の収集にも余念が無い。

 

 ただ、キシリア少将へ贈る()が足りないと感じていたのだ。

 

 そう思案していた折に、カリマンタン侵攻の軍を挙げる為に援軍要請を受けた。

 彼は7月10日に地球に降下したエース小隊がキシリアの肝入りで来ていた事に不満を感じていたこともあって、黒海の海域を防衛、哨戒させる為に編成した潜水艦隊を共に付けてガイア達を戦地へ送り出す事に成功した。

 勝利すればキシリア少将へ報告する内容に華を添える事ができるし、敗北してもガイア達が散れば不満の種を消す事もできる。彼はどちらに転んでも構わなかったのだ。

 

 当のガイアは見え透いた謀略を感じてはいたが、ドムのコックピットに居るだけの仕事に飽いていたのは確かにマ・クベの言う通りではある。

 信頼する部下と戦場に立つのはむしろ望むものではあったし、エースパイロットの矜持が戦時下で安穏と過ごす日々に強い拒否反応を起こしていたのだ。

 

 こうして、彼らは東カリマンタン攻略作戦に参加。

 中東アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将の副官、ノリス・パッカード大佐の指揮下に入りボンタン、サマリンタン基地を陥落させてこの地、バリクパパン湾岸基地に歩を進めていた。

 

 先の戦いで撤退した残存部隊と合併したのか、このバリクパパン基地は予想以上の堅牢さを誇る。

 誤解してはならないのは、ここがただの湾岸基地である、という点だ。

 西カリマンタン基地のポンティアナック基地より僅かに基地面積が広い、対潜兵器が多い程度。

 それ以外の対空、対地設備はボンタン、サマリンタンと同じか下回る。

 

 であるのに、今だ攻略が出来ていない。

 

 この戦線、この戦域は異状だと、ガイアの勘が告げていた。

 

「砲弾で釘付け、足を止めれば爆弾、逃げればトーチカか。徐々に身を隠す場所も潰すやり方だ。

 連邦軍も中々味な真似をするじゃないか。えぇっ!?」

 

 急旋回、背後に迫ったフライ・マンタを撃ち落とし、迂回する動きを敵側に見せる。

 オルテガ、マッシュ機もそれに倣い、追い縋る連邦軍の手を振り払いながら追従した。

 

「――――釣れん、か。

 冷静な指揮官が居るな。オルテガ、マッシュ! 予定通り別働隊援護に向かうぞ!」

 

 トーチカの砲撃をジグザグ走行で巧みに躱し、土煙と吹き上がる土砂の中、彼らは撤退した。

 

 左翼で殿軍を担っていた友軍に迫っていた連邦軍航空隊、戦車隊を逆に挟撃したガイア達は視界に入るザクやグフ、マゼラ・アタック隊の残骸を見届け、戦意を高めた。

 黒い三連星が援軍に駆け付けた為、サイラス達の殿軍は損害を出しつつも、全員が撤退に成功。追い縋る連邦軍も後退し、再び戦線は硬直の度合いを強める。

 

 友軍と合流して初めてその内情を聞き知り、ジオン軍が被った被害を悟るガイア達の背筋に冷たい汗が流れた。

 

 レビル将軍すら恐れるエース小隊。

 黒い三連星以下大部隊を多大な出血の下、撤退に追い込んだ守備隊。

 

 彼らは特に感慨も抱かず、生き残った将兵達は死んだ同僚、友軍へ静かに黙祷を捧げ、再び銃を手にする。

 補充や整備に行き交い、乱れる中で誰も一言も漏らさず、やるべき行動に乱れも無い。

 

 現地で戦い、一つの意志で繋がる群体を相手にしている、そう判断したノリス大佐は今まで相手にしてきた”連邦軍”という考えを捨て、死兵をどう相手取るか、その一点に思考を定めた。

 

 一度体勢を整えたジオン軍はパル、ポレワリから発せられた空母機動艦隊を駆逐した潜水艦隊、水陸両用モビルスーツの部隊と合流。

 

 敵湾岸部を黒い三連星、水陸両用モビルスーツ部隊が挟撃、制圧すると本隊を率いるノリス大佐が包囲網を築き圧力を掛け、抵抗が薄い部分から青い虎率いる部隊が基地内に突入、管制室を占拠。

 ジオン軍は空、陸、海の三方向から猛攻を一気に仕掛け、遂にバリクパパン基地の陥落に成功したのだった。

 

 そして、やはり。連邦軍守備隊は最後の一兵になるまで、抗戦の意志を覆す事はなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 後世の軍事関係者、戦史研究者はこの一戦についてこう述べている。

 

「彼らは生存を取るべき道を自ら捨て、死地に留まり続けた。

 同地で苦戦する同胞を敵から守る為に、敢えて孤軍で戦力比が凡そ二倍に匹敵するジオン公国軍に抗い続け同基地守備隊は全滅、所属した人員は全て戦死している。

 多種多様な人種が混在する連邦軍では、この劣勢の中での一致団結は非常に稀な意識統一が必要であり、戦況から見ても不可能に近い。

 だが、この奇跡が起きたからこそ、後退を続ける他部隊はパランカラヤに無事合流できた。

 バリクパパン基地の死力を振り絞った戦闘が起きなければ、ジオン軍は行軍速度を緩める事無く侵攻し、パランカラヤは交戦さえ許されず陥落していたと思うのは、この戦闘に参加していたジオン軍のパイロット、部隊の名を挙げれば至極当然の成り行きであり、我々からすれば決定事項のようなものだ。

 

 ほとんどの人間が後の一大反攻作戦オデッサやジャブロー攻防戦、キャリフォルニア・ベースでの派手で喧伝された戦闘に目を向けがちだが、このカリマンタン攻防戦こそがルウム戦役の後に挙げるべき、連邦軍とジオン軍の決戦に他ならない。

 

 この地で散った将兵達こそ、地球連邦政府が鎮守すべき英霊達である」

 

 ジオン軍が突破するに、旧世代兵器群に対し二倍の戦力を要した激戦の地。

 カリマンタン攻防戦の中で、”バリクパパンの嘆き”と語られるこの戦闘区域は、開戦以来辛酸を舐めさせられた連邦軍の意地が垣間見える戦場の一つとなった。

 東南アジア戦線で名を馳せたノリス・パッカード大佐や黒い三連星、青い虎の異名を取るジオン軍エースを何度も跳ね返し続けた同戦域は、快勝を続けたジオン軍に陰りを示す第一歩であるとされている。

 

 青い巨星、蒼い獅子が到来すれば、ここまで掛からずに勝てたと論ずる者も居た。

 しかし、大多数の人間は西カリマンタンで戦った二人のエースがこの地に投入されたとしても、籠城した守備隊が全滅するまで戦い抜いた結果には変わらず、下手をすれば単身突出傾向にあった蒼い獅子は戦死していただろうと推測している。

 事実、この戦域だけで激突した両軍とも全体の三割強近い損害が集中しているのだ。

 

 敵兵力と戦力、その喉笛を噛み破って死んでいった英霊達が眠る場所。

 

 自らを矢玉とし、戦い散っていた戦士達の慰霊石は、U.C.0083年7月20日、陥落し全員討ち死にした同月同日に有志と遺族達の手で設けられたという。

 

 そして、U.C.0079年7月28日。

 

 西、東の防衛ラインを欠いたカリマンタン司令部、パランカラヤは劣勢に立たされ、降伏。

 ジオン軍総司令部は占領した連邦軍主要施設から有力な情報を求めたが、陥落間際までに機密データは全て処分され地球連邦司令部、ジャブローに関するものは消去済みであった。

 また、同基地の司令官は陥落寸前に拳銃による自決をしていた為に、ジャブローへの糸口は完全に途絶えてしまう。

 

 メルティエ・イクス中佐以下ネメアの主要陣はこの報に焦りを募らせたが、カリマンタン攻略を成功したギニアス・サハリン少将は本作戦完遂と自らが開発、建造させた機動兵器、アプサラスの戦果に満足しており本拠を置く中東アジアに凱旋した。

 

 ネメアはラル隊に補給物資を分譲した後、中東アジアへ帰還。

 ラル隊は北米大陸へと去って行った。

 

 黒い三連星、青い虎らは防衛体制が構築されるまでの戦力として現地に留まった。

 

 カリマンタンは突撃機動軍から選抜された司令官が入り、主要基地以外の構築以外は住民の慰撫に心血を注ぐようキシリア・ザビ少将から厳命された事もあり、ゲリラ活動が一時頻繁に起こるもジオン寄りに傾いた住民による告発で一斉討伐された。

 住民による協力を見据えた行動なのかは未だ不明だが、キシリア少将が海底資源に興味を持ったのは確かであり、大型プラットフォームの建造を内々に進め、調査を行っていた事はU.C.0086年の追跡調査で発覚している。

 

 こうしてカリマンタン攻防戦は幕を閉じ、同地ではU.C.0087年まで大規模な戦闘は確認されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




閲覧ありがとうございます。

上代です。ご機嫌如何。


ま、待つんだ。
アンリエッタはメルティエの為に暗黒面に落ちただけなんだ、つまり悪いのはそこのライオン。
彼女は(話の)犠牲になったんだ!

最近、尽くすヤンデレも可愛いやん、と染まりつつある作者です。


心残りは「アッガイ、活躍させたかった」。
ただ、戦闘描写が現状難しい(連邦軍MSは出すのに制限有り、戦車、航空機等では描写しづらい)
作者の力量不足か。アッガイたん、ごめんよ……。


では、次話で会いましょうノシ


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第39話:呼び寄せるもの

 キャリフォルニア・ベース地下設備群の一つ、モビルスーツ工廠。

 生産工程が満了し次々とモビルスーツが所定のハンガーに作業アームで固定される中、一つの目的の下に編成された部隊へと与えられる機体が、其処には在った。

 

 MS-06P、ザクII狙撃型。

 長距離支援用モビルスーツとして開発された本機は、突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアに所属するエース、ハンス・ロックフィールド少尉のMS-05L、ザクI・スナイパーカスタムの実戦データ並びに運用データを骨子に設計、開発が進められ、遂に完成した”狙撃用モビルスーツ”の一つ。

 通常のタイプとは違い、地形や気温情報収集性能の向上と共にセンサー有効範囲の拡大を高める為に頭部のモノアイを複合式に変更。これによりセンサー範囲内に限定されるが、コックピットのモニターはリアルタイムで戦闘区域の気象情報を取得できる。

 また装甲面はJ型より劣るものの、軽量化と追従性が計られ機動性を確保。

 この効果は開発陣の意図するものより大きく、十七メートルを超える巨人が微動、コンマのズレに反応し動く機構を作り上げた。

 バックパックは専用のレーダー装置、光学レーザー通信機器を装備している。

 条件が合致すればミノフスキー粒子下ですら明瞭な通信、情報リンクを可能とし部隊の目、耳となる機能を付随され、荒廃地等の戦闘支援車両や歩兵部隊では踏破できない場所での情報収集役を期待されている。

 専用武装として主力戦車の大砲、マゼラ・トップ砲を改良した一七五ミリ狙撃用ライフル。

 環境に左右されるが、同基地の兵器試験実験場の試射では威力による衝撃、弾道から約二十キロが射程距離とされている。

 また、MS-06シリーズとは武装共有化が成されている為、各パイロット特性に合わせて搭載火器の変更を可能とし、狙撃用と謳っているが選択する武装によって如何様にも変えられる。

 

 こうして開発陣がキャリフォルニア・ベースの最高責任者、北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将の依頼に応え誕生したモビルスーツが本機である。

 ザクII狙撃型は彼の直属部隊に配備、運用予定とされ前線を援護する支援戦闘部隊の編成を急いでいた。

 

 そのモビルスーツを通路から見下ろす一人の男。

 額の真ん中で分けた黒い長髪を首元で束ね、神経質な細い黒眼、細面の顔は生まれたばかりの真っ新なモビルスーツに向けられている。

 襟元の階級章から男が中尉であることが分かる。地上に居る大半の将校がそうするように、人気があるが儀礼的な意味合いが強い刺繍入りマントはその背には無く、上から注ぐ照明で深緑を基調とした軍服が映えていた。

 

「ここに居たのか」

 

 男は背後から掛けられた声に振り返り、静かに敬礼した。

 

「これはガルマ閣下。ロールアウトしたモビルスーツの下見ですか?」

 

 男の外見に合う、低く掠れた声が空気に漏れる。

 

 視線は基地唯一の将官であり、上官である若者に向けられた。

 

 僅かな明度の中で光沢を持つ紫色の髪を後ろで束ね、端正な甘いマスクは微笑みかければ大半の女子を魅了するだろう。

 穏やかな声も耳に気持ち良く残り、耳障りだと思う人間は居ないと断言できるものだ。

 この基地で最高の戦績を有し、今も保持する歴戦の勇士が目前の彼だ。

 

 ジオン公国に属する者、地球降下作戦参加者では彼を知らぬ者なぞ存在しない。

 

 ジオンの大器、北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将その人である。

 

「うむ。どうだろう、MS-06Pは?」

 

 気に入ってくれたかな、と尋ねる上官に男は口を開く。

 

「カタログを拝見しました。データ上では最高です。試用運転が楽しみで仕方ありません」

 

 ニコリともせず言う部下に、ガルマは小さく頷いた。

 

「これは私の友が贈ってくれたデータを基に建造されたモビルスーツ、その一つだ。

 多機能化され操縦が複雑だと開発スタッフから聞いている。

 だが、中尉の腕ならば安心して任せられると信じている。

 編成する部隊の長は君だ。所属パイロット、支援人員の招集は一任するよ。

 私の期待に応えてくれると嬉しい、ジャコビアス・ノード中尉」

 

 細面の男――――ジャコビアスは軍靴を鳴らし、再度敬礼する。

 

「お任せを、ガルマ・ザビ閣下。

 キャリフォルニア・ベース直属支援戦闘MS特務小隊長の任、全力を以て当たります」

 

 後に「キマイラのジャコビアス、ネメアのハンス」と狙撃モビルスーツ乗りから語られる男、ジャコビアス・ノードはここ北米大陸で専用モビルスーツを前に胸を高鳴らせていた。

 

 ポーカーフェイスで名が知れていた彼の内情を知る者は、少ない。

 

 その中に、特異な二人の友人を持ち、人を見る目に定評があるガルマ・ザビは当然入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネメアから譲渡されたギャロップ級陸戦艇、その航行ブリッジにラル隊の面々は在った。

 思わぬ所から移動拠点を手に入れたランバ・ラル大尉は、上官であるドズル・ザビ中将から頼まれた任務遂行の為に北米大陸、キャリフォルニア・ベースへ針路を向けている。

 

 彼がドズル中将から直々に頼まれたものは三つある。

 一つ目は、ギニアス・サハリン少将のカリマンタン攻略作戦への参加だ。

 同作戦の目的は、戦果を挙げて宇宙攻撃軍の武威を敵味方に示す事ではない。

 現在の連邦軍が前線にモビルスーツ、またはそれにとって代わる兵器を運用しているかをラルの視点から見定める事にある。

 

 これはシンタン基地で鹵獲された連邦軍モビルスーツがある。

 ドズル中将にこの件を報告し、ギニアス少将か彼が属する地球方面軍を指揮するキシリア少将と交渉してもらうしかない。これ以上はラルには踏み込めない領域だ。

 戦術的問題ならば如何様にでも打破する気概を持つが、前線指揮官のラルは性格的にも政治は向かないし、その気も無い。

 

 二つ目は、突撃機動軍直属特務遊撃大隊ネメアの戦力調査だ。

 同部隊所属機、モビルスーツは各企業の最新鋭機を多数配備され、これを乗りこなすエースや準エースが多く所属する厚いパイロット層が他に比べ高い戦力を維持している。

 専門エンジニア、メカニックを揃え支援体制も万全の稀有な部隊は現地改修機、専用兵装も多く見られ戦力が充実した部隊であった。

 

 特に保有する優れた火器類には目を見張った。

 メガ粒子砲を搭載するモビルスーツが五機存在し、その搭乗者はラルからしても良いパイロットだと思わせる人間ばかり。威力も戦場跡から確認でき、マシンガンやバズーカ等の実体弾とは違う貫通性は十分に脅威足り得た。

 ただし、専用のメンテナンスや環境下で左右される兵器だと聞いている。

 小隊規模のモビルスーツ部隊が持つには中々に難しい代物だと言えた。

 多種多様な状況が発生する地上と違い、宇宙は一定の環境しかなくモビルスーツを運用する艦体そのものがメガ粒子砲を搭載する分、その性能を十二分に発揮できるだろう。

 

 三つ目はザビ家の末子、ガルマ・ザビ准将への力添えだ。

 彼が指揮を執る北米大陸キャリフォルニア・ベースは、地球連邦軍総司令部ジャブローが存在する南米の直上にあり、奪還作戦がいつ決行されてもおかしくはない位置にあった。

 弟を溺愛するドズル中将が百戦錬磨のラルを送る事に、然程疑念は無い。

 ドズル中将は策謀渦巻くザビ家の中で武人肌と異例であり、情に厚い御仁である。

 

 属する組織こそ違えたものの、地球で戦い続ける弟の一助を行うに不思議はなかったのだ。

 

(最初通達を受けた時は、難儀な任務が下ったものだと思ったが)

 

 ラルは前を見据えたまま、意識を別の事に割いていた。

 

(まさか、親のわしが息子の部隊を調査するとはな。

 ドズル中将もお人が悪い……いや、息子の顔を見させてもらったと取るべきか。

 髪の色も変わり、勇壮な面構えにはなってはいたが子は子だ。

 わしにとっては十年前と何も変わらん)

 

 亡き友人、フォッカー・イクスの遺児は彼の願い通りに強い人間に育っている。

 しかし、今も時折横切るものがあるのだ。

 あの子を、泣き虫坊主だった少年を軍人に仕立て上げて良かったのか、と。

 

 ジオン公国は現在、地球連邦政府から独立を勝ち取るための戦争を続けている。

 緒戦から戦い続けた息子は、気付けばジオン軍のエースパイロットに成長していた。

 ラルの青から蒼を継いだ子、メルティエはひょっとすると最高戦力を有する部隊の長だ。

 

(フォッカー。わしは、間違った選択してしまったのではないかと、今でも思っている。

 先に逝ったお前は、向こうでわしを責めてはおらんか)

 

 瞼を閉じれば今際に頼まれた言葉が、男同士の約束を思い出せる。

 

 ――――私達の子を、強くしてやってくれ。

 

 どう、とは言わず。

 それだけを遺して力抜けていく友に、軍人の道しか知らぬラルは応えた。

 

(――――強さとは、何ぞや)

 

 応え続けたその結果、息子は死に瀕する場面に何度も身を晒している。

 敵と銃を向け合う軍人だ。

 死ぬのも仕事の内だ、とも言う。

 

 死なす為に強くしたわけではない。

 だが、軍に身を置く以上はいつどこで簡単に死ぬか分からない。

 

(お前の言葉は難しいぞ、フォッカー)

 

 ラルは胸中、故人に文句を言った。

 

「あなた、どうしました?」

 

 司令席に座るラルは声に反応して顔を向けた。

 肘掛けに置いたラルの大きく無骨な手。

 その上にクラウレ・ハモンが自らの繊細な指先を添えていた。

 

「ん。特にどうという事はない。……いや、息子の事を考えていた」

 

「あの子の事を、ですか?」

 

 首を傾げる内縁の妻。

 ハモンと悩みを共有しようとして、ラルはその思惑に制止を掛けた。

 

 あれは、男と男の友情であった。

 であれば、愛する女にも伝える事は能わぬ。

 

「そう、あれのな。――――嫁は誰になるのか、とな」

 

「……確かに悩ましいものですね」

 

 口元に指を当てながら、彼女は思案する。

 ラルはといえば、何気なく言ってみただけだ。

 

 軌道上で一悶着あったフェルデナンド・ヘイリン大佐との事が尾を引いているのか。

 それとも戦争終わったら挙式だろうな、と思わせる息子の周りがいけなかったのか。

 

 彼はきっと両方に違いないと思った。

 

「まぁ、当人同士が悩むべき――――」

 

「ジーベル家のアンリちゃんがリードしている感じかしら」

 

 声が流れた方へ「うん?」とラルは尋ねた。

 息子の幼馴染の名に、思わず聞き返したのだ。

 

「エスメラルダさんは、踏み込む機会を狙っているように見えますね。

 元気の良いメイちゃん? だったかしら、あの子は兄妹の関係がまだ続きそう。

 滞在中に基地へ乗り込んできたキキちゃんは、何かの拍子にくっ付きそうだし。

 薄幸そうなオペレーターの子は、メルティエが踏み込めば受け入れそうでしたね。

 ガラハウ少佐はメイちゃんと逆の姉弟の関係になってそうですね、面倒見が良さそうでした。

 他には――――」

 

「は、ハモン? そんなに女子が居たか?」

 

「ええ、居ましたよ。候補者みたいな子達が」

 

「あの愚息は、何をしているのだ」

 

 思わず呟き、顔の上に掌を被せる。

 ハモンはその言動に頷いて、

 

「そうですね。男の甲斐性を見せるべきです、あなたもそう思いませんか?」

 

 ラルの嘆息を別の意味で捉えていた。

 

「いや、ハモン」

 

 困惑した彼は「お前が何を言っているのか、理解できない」と口の中で呟く。

 外に出さなかったのは「男の甲斐性」辺りから女の視線がきつくなったからだ。

 

 二人の養子、蒼い獅子メルティエ・イクスの交流関係は男女問わず広い。

 

 キシリア・ザビ少将を始めとした突撃機動軍に属する者、パイロット達とは特に親しく異名持ちのエースとも友誼を結んでいると聞く。

 直属の上司、キシリア少将からは最新鋭機を送られただけに留まらずパーソナルマークの図案化を自ら手掛けられる等、彼の烏帽子親が如く密接だ。

 特務遊撃大隊ネメアの前身、第168特務攻撃中隊の隊員も彼女が各部隊から選抜したとされている。

 

 パイロットで述べれば、真紅の稲妻ジョニー・ライデン少佐の名が上がる。

 彼はメルティエが第一次地球降下作戦に臨む際に励ました、と情報誌に掲載されていた。

 地球降下作戦を察知した連邦軍艦隊に大打撃を与える活躍も、戦友を無事任地へ送り届ける為に決死の覚悟で戦場を駆けた、と一面記事に載っている。

 

 同じパイロットで言えば、赤い彗星シャア・アズナブル中佐も除く事はできまい。

 演習訓練で互角に戦い、メルティエの実力を喧伝するに利用されたとシャアのファンは声高に叫んではいるが、この二人以外であの域まで戦闘を継続、魅せる動きを行えるかと問われれば、どのエース級パイロットでも難しいだろう。

 戦闘最後に乗機の頭部を破壊された事で実戦データ収集に難が生じ、メルティエからデータを譲り受けて以来交友関係が結ばれたとされている。

 

 情報源は互いのファン階層からだが、シャアとメルティエのファンが衝突した出来事は無い。

 仲間意識のようなものが形成されたのかもしれない。

 

 また、それら以上にガルマ・ザビ准将は無視できない存在だ。

 

 地球降下作戦以降。中部、中東アジア、ヨーロッパ方面の制圧指揮で築かれた親交は、固い。

 蒼いモビルスーツ、褐色のモビルスーツは同地域の連邦軍守備隊から死神として語られる存在になり、轡を並べたジオン軍将兵からは熱狂的な支持を受けている。

 キャリフォルニア・ベース司令官に就任する際、直衛部隊にメルティエの名を挙げる等してその上司キシリア少将と確執を作り、関係者を大いに困惑させた出来事は余りにも有名だ。

 一時的に専属部隊に持って来たが後にキシリア少将から特務遊撃大隊ネメアの編成、その部隊長に指名され、メルティエ自身が知らぬ間に配属が突撃機動軍、地球方面軍と行き来している。

 

 中東アジアに派遣された今でも、仲は変わらず、ガルマはキャリフォルニア・ベースで建造された新型機を送り、メルティエは収集した情報、実戦データをキシリアの居るグラナダへ送った後にガルマへ渡している。

 二人の蜜月関係に割って入れた人間は今も居らず、ガルマ・ザビがジオン公国内で勢力を作る際、招集される第一の人物としてメルティエ・イクスの名は各メディアから注目され続けている。

 

 次に女性関係だが、これは初期から行動を共にする二人がすぐ出るだろう。

 

 アンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉は開戦時からの退かぬ仲だ。

 それ以前から親密な関係があったのは確かで、メルティエが己の意見を曲げる、留まる際は必ず二人の姿があるとまで言われていた。

 単独突出傾向にある蒼い獅子が部隊間の連携を大事にするのは彼女らのおかげ、とまで陰で囁かれている。

 

 ネメアの部隊規模、階級からすれば三人とも別々に分けられ部下を持ってもおかしくはない筈だが、任務上別行動をする事はあってもメルティエ直属は変わらない。

 メルティエを嫌う連中からは「気に入った女を囲う男」と叩かれてはいるが、逆に言うと其処しか叩くべきところがない。戦績、軍功、階級が髙過ぎる為、下手な事を言えば様々な罰則の下処罰されるのが目に見えているからだ。

 

 彼を相手にするときは上役の二人から睨まれる可能性があり、反感はあるが尻込みして同じ舞台に立てない輩が多いのが実情であった。

 アンリエッタの生家、ジーベル家がメルティエを気に入っている為、下手を打てば政界で干される事も忘れてはならない。

 

 アンリエッタ自身の立ち振る舞いは、男に寄り添う女のそれだ。

 献身的に支え、大抵は傍に居るアンリエッタはメルティエの内心を聞くに近しい位置に居る。

 彼女がやんわりと窘め、励ます姿は恋人同士のものより夫婦を連想させた。

 

 ちょうど、ラルとハモンのような関係が見れたのだ。

 その事に気付いたラルは苦笑い。

「女の趣味も似たのか」と息子に問い掛けたくなった。

 

 エスメラルダの静かに問題点を指摘する姿勢を二人は気に入っていた。

 不必要に騒ぎ立てず、しかし修正を要する場合は口と、時には手を使ってでも止める姿は見ていて頼もしかった。

 時折情が混ざる視線に、ハモンは鋭敏に反応していた。

 

 待ち望んだものが得られない、飢えたものに似た瞳。

 放って置いても関係を持つと踏んだ。

「静の質だと思ったら、動の人間だった」と彼女は語る。

 

 次にネメアのエンジニア、メイ・カーウィン整備主任が挙がる。

 メイの手掛けるモビルスーツはメルティエ専用機が多い。

 特に彼女が現地改修したメルティエの専用モビルスーツ、グフM型は所属するジオニック社、資料機体として譲渡されたツィマッド社から高い評価を得ている。

 ジオニック社は推進器、その配備列と制御プロトコルは多数のバーニアを状況対応で順次噴射、断続噴射させるに画期的な形式と褒め称えている。

 ツィマッド社は機体強度の補強、限定的なフレーム交換で構造疲労が集中しない様分散させる事で類稀な急加速、急旋回に耐えうる性能に舌を巻いた。

 現在は両社の同意の下、研究資料として互いにデータを提供し合い解析、次のモビルスーツ開発に活かされている。

 

 その機体が、男を慮って十四の少女が再設計、完成させた機体である事は秘匿事項だ。

 今は歳が離れた兄を追い駆ける妹、の関係ではある。

 ただ、カーウィン家からザビ家との仲改善・修復を狙う親族から、キシリアやガルマと近しい男、メルティエとの婚姻を何時薦められるかは分からない。

 

 東南アジアにある集落の少女、キキ・ロジータとの関係は親しい友人の域、だろうか。

 会う為に軍事基地へ訪れる行為は褒められた事ではないが、話を聞けばメルティエが全面的に悪いと断じ、ラルとハモンは彼女の味方に付いた事がある。

 少し前まで頻繁に連絡を取り合っていたが、急に音信不通になったと聞いている。

 ジオン軍が陸路拡張政策を採りMS-06V、ザクタンクによる整地作業者の一般第一募集に参加、会える機会を待っていたと言うではないか。

 そんな健気な子を放って置いた男は、ラルとハモンの説教という口撃で撃沈している。

 

 慌てたキキが取り成してくれなかったら、二十歳を超えた男が体育座りで塞ぎ込む姿が晒されていたところだった。

 凹んだ男を慰める少女の構図に、ハモンが満足そうに微笑んでいたのが印象的だった。

 

 ネメアに所属する通信士、ユウキ・ナカサト伍長は判別するに難しい女性だった。

 陰りがある表情で観察する眼差しは、メルティエに興味を抱いているのか。

 メルティエ・イクスという男、蒼い獅子というパイロットのどちらか。

 

 それともその全てにか。

 ハモンでさえ彼女の着眼点が見えなかった。

 

 ラルが見ていれば、判断できたのかもしれない。

 彼女の目は、戦場から生還した時に酒場で迎えてくれる女が見せる瞳に似ていたからだ。

 

 途中からネメアに合流したシーマ・ガラハウ少佐は良き姉のように思えた。

 荒くれ者を配下に従えた彼女は自身が優れたパイロットであると同時に指揮官だ。

 部下を率い、部隊運用に追われるメルティエと同じ視点で語れる理解者の一人であり、シーマも引き摺る過去があるのか、ふと酷く疲れた表情を露わにする。

 

 メルティエも少年期に友人、キャスバル・レム・ダイクンを失った過去から解放されていない。

 似たような傷を抱える者同士のシンパシーとでもいうのか、ネメアの流儀なのかは解せなかったが二人は歯に衣着せず言い合う事もある。

 

「ん、んむ。ハモンの言いたい事も分かった。

 しかしだな、あれの周りに居る女はお前が思っているほど物分りが良いかわからんぞ。

 考えても見ろ。ジーベル家にカーウィン家、地球の少女に、軍籍持ちと。

 抱え込めば不利な点が色々と浮き彫りになるだろう?」

 

 ラルの言を聞いて艦長席に座る副官のクランプが、真面目な顔で頷いていた。

 彼は小さい頃からメルティエ少年を知っている。

 その少年が成長し、パイロットになってからも陰ながら応援した男だ。

 

 メルティエが不幸の路に進むなら、彼は体を張って止めるだろう。

 

「ええ、ですから先ほどから申しているではありませんか」

 

 ハモンは綺麗な、しかし薄い笑みを浮かべて二人の男を見た。

 

「女を幸せにしてこそ、男の甲斐性。そうは思いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!? 何だ、急に冷え込んだな」

 

 ぶるり、と震えた体に声を出しつつ、メルティエ・イクス中佐は操縦桿を握り締めた。

 搭乗するMS-09、ドムのコックピットの中は適温に保たれていたし、彼は専用の蒼いノーマルスーツで身を固めていた。

 冷気に晒されておるわけではないのに、寒気を感じたのだ。

 地球に降下して以来、あちこち負傷はしたものの風邪等の病気を患いはしなかった。だが、知らぬ間に疲労が蓄積しているのかもしれない。

 

 今日は帰投後すぐに休もう、メルティエは今後のスケジュールを修正、組立始めた。

 

「ユウキ伍長、聞こえるか? こちらメルティエ。敵戦力の索敵を頼む」

 

 彼の蒼いモビルスーツは重厚な足で大地を踏み締め、熱核ホバーエンジンの空冷に入る。

 夜の帳が晴れないこの森林地帯は、雲が月を隠している為に黒一色に塗り潰されていた。

 熱された装甲板が夜風に当たり、その温度差から空気が歪む。

 日中であれば、ドムの機体を包む蜃気楼が見れただろう。

 

 その光景を見るものは、この場には居ない。

 

 駆動音を途切らせた蒼い機体の周りには連邦軍の戦車部隊の名残が見られた。

 砲塔部から真下まで溶融された穴が通り、操縦部が完全に消失している。

 それが八つ。

 破壊されたジオン公国軍輸送機、ファットアンクルの残骸を盾に展開していた敵の躯だ。

 

 友軍輸送機が消息を絶った位置、そのポイント付近を移動していたメルティエに連絡が入り現地に急行。センサーに捉えた映像、炎を上げるファットアンクルの状況から突撃を選択した。

 彼はドムの機動性で戦車の狙いを翻弄、ビームバズーカを搭載したバックパックを利用して急激な旋回を行いつつ、ヒートサーベルを次々と突き立てていったのだ。

 機械的な作業速度で同胞の仇を討ち、現在は生存者捜索を続けている最中であった。

 

『こちらユウキ。中佐、そのポイントで存在する反応は中佐のドムだけです。

 他に反応は無く、人間大の足音となると判別が難しい為、索敵に協力できません』

 

 現在のポイントより離れた場所、戦闘支援浮上車両(ホバートラック)からサポートするユウキ・ナカサト伍長の申し訳なさそうな声が耳に入った。

 雑音が混じり、判別し難い声はモビルスーツに搭載された整音機能により、ノイズを幾分省かれたものとなってパイロットに伝わる。

 

 つまり、微量ながらミノフスキー粒子散布下にメルティエ・イクスは居るのだ。

 

「生存者、少なくとも遺品を発見するまでは帰投できんな。

 ユウキ、駐屯部隊に連絡を。捜索隊の派遣要請だ、俺は捜索隊が到着するまでこの場に残る」

 

 陽が出るまで、気味が悪いがこの場に居る必要がある。

 もし、生存者が居るならドムを目印に近づいてくるかもしれない。

 

『了解です。帰投したアンリエッタ大尉、エスメラルダ大尉がそちらに向かわれます。合流を。

 捜索隊はビーダーシュタット隊が務めるそうです、ご安心ください』

 

 ユウキの行動を見越した報告に、メルティエは表情を緩めた。

 

 二人が来るなら、少し油断しても平気だ。

 その上、ケン・ビーダーシュタット少尉率いるチームが来るならば護衛に不備はない。

 

 万事上手く行くと思わせる、心強い仲間達だ。

 

「了解だ。現地の安全を確保しながら待機する」

 

 メルティエはサイドボードに指を這わせ、低光量視野から赤外線視野にドムのモノアイを変更。

 短い電子音の後にはモニター画面がサーモグラフィーに変わり、撃破されたファットアンクル内部から漏れ出る機関部の、戦車がヒートサーベルに貫かれた部分から発する熱以外に目を引くものはない。

 

「まるで、世界が眠ったみたいに静かだな」

 

 パイロットシートに体を沈ませた時に、チャリ、と彼の胸元から響いた金属音。

 ノーマルスーツの上から音の出所に手を置く。

 

 其処に在るものを、彼はよく知っていた。

 

「キャスバル。俺はもう十分な人殺しらしい。殺したと理解しているのに、指がもう震えない。

 手慣れてきた感じさえする。酷く、作業的にできるんだ。

 あの”泣き虫兄さん”がだぞ? 笑っちまうだろ、アルテイシア」

 

 ”敵”を撃破した時に悲鳴に似た声を上げた人間はもう、居ない。

 

 彼はモビルスーツを無駄なく移動させ、戦車にヒートサーベルを刺し込んだ。

 

 時折聞こえる”声”にも慣れて来た。

 それは言葉にならない、ただ叫ぶだけの声だった。

 あれが良心の呵責による幻聴なのか、それとも死ぬ人間が現生に残す怨嗟の跡なのか。

 

 今も彼は分からないままでいた。

 

「ん?」

 

 メルティエは感傷に耽るのを止め、モニターを注視する。

 メインコンソールにある集音マイクの感度を最大限に上げた。

 

「……何も聞こえない? さっきのは――――うっ!?」

 

 ヘルメットに覆われた頭を抱える。

 

 中の頭部にではなく脳内に。意識に刺さるものがあった。

 

 ――――けて。

 

 ”声”だ。

 ”声”が、聴こえる。

 

 男なのか、女なのか。

 子供なのか、大人なのか、老人なのか。

 それは判別できないが、確かに”声”が聞こえる。

 

 ――――助けて。

 

 何時もと違う”声”に、男は頭を左右に振り操縦桿を通してドムに指令を与える。

 モノアイを鈍く輝かせたモビルスーツは、一時空冷が完了した熱核ホバーエンジンを起動。

 自身が発する衝撃で木々を傾けさせながら、踏破する。

 

 ――――誰か、助けて。

 

 男は”声”が聞こえる方へ急ぐ。

 

 か細い声が、昔の記憶を掘り起し、迷子になった金髪の少女を連想させた。

 共に探してへとへとになった金髪の少年と、笑い合う光景すら鮮明に思い出させた。

 

 ()()()、この男は何も考えずに走るのだ。

 

「ドム、お前の脚を痛める事になるが、勘弁してくれ!」

 

 彼は重モビルスーツを浮上させる熱核ホバーエンジンを停止させ、地上に足が着くと同時に摺り足に近い動きで暗闇の奥へと進み続ける。

 付近には山からのものか、岩石がありドムの足に細かく不細工な傷を付けた。

 金属特有の金切音が、無様な歩きをさせられた愛機の抗議に聞こえる。

 

 もしメルティエの脳に働きかける”声”が幻聴ではなく真実、声であるならば生存者が居る事を示すセンサーに他ならない。

 

 ドムの熱核ホバーエンジンは約六十三トンもの重量を大地から浮上させる。

 そして、蒼い獅子が搭乗する機体は試作ビームバズーカを搭載した超重量機。

 現行のドムには起きる筈がない熱核ホバーエンジンの空冷は、この重量物の浮遊維持にエネルギーを必要とする事に起因する。

 浮上、維持するに周囲に風圧をもたらす為、メルティエはドム特有の移動機能を停止させたのだ。

 大の大人ですら、ドムが接近すれば体勢を乱されるのだ。

 

 怪我人がその場に居れば、どうなるか。

 出来れば、考えたくない類のものだ。

 

「”声”が弱くなった!? えぇい、待っていられるか!」

 

 一際”声”が大きく聞こえた後に、弱くなった。

 モビルスーツに立膝姿勢を取らせ、コックピット・ハッチが開放されるとサバイバル・パックを片手に、メルティエは夜闇の中へ飛び込む。

 

 彼の姿を見る者が居たとすれば、奴は暗視でも持っているのか、と驚いたに違いない。

 それほどまでにメルティエは寸分狂わずドムの腕、膝、脚の上を走り地上に降り立った。

 

「こいつか、俺を呼んだのは!?」

 

 不時着ないし、撃破される前にファットアンクルから飛び出したのか。

 メルティエは半壊した圧搾空気式リフト・ジェットを背に倒れる人間へと駆け寄る。

 

 無意識の内に軍用拳銃を抜き、腰を低くして近づいた。

 

「おい、しっかりしろ、聴こえるか? おい!

 ――左腕、左脚が異常なほど熱い。骨折したのだな。発熱と発汗はそのせいか?

 口から吐血のあとはなし、呼吸は少し早いが、正常か?」

 

 メルティエに医療知識は然程ない。

 精々が応急手当程度、簡易診断が出来るくらいだ。

 

「鎮痛剤……いや、身体が冷えると、この子が危ない。腕と脚に添え木、程度か。くそ!」

 

 小柄な身体。正常な呼吸をしているのは上下する胸、口の動きで分かる。

 彼は自身に悪態を吐きながらも、今できる処置を素早く行う。

 

 不要のものとなったリフト・ジェット、そのベルト部をアーミーナイフで切り、折れた腕や足に負担を掛けないよう注意しながら外していく。

 痛覚が刺激するのだろう、引き攣るような動きを断続的に見せる。ヘルメット、ノーマルスーツの中を汗で蒸らしながら今できる行動を速やかに終わらせていく。

 サバイバル・パックから毛布を取り出し、体力を消耗していく体を包むと抱き上げた。

 

 その軽さが、酷く不安を感じさせる。

 

「もう少し辛抱してくれ、必ず救ってみせる」

 

 小さく語りかけながら、メルティエは自らの揺れる動きに腕を合わせ、振動を与えないように歩き始める。

 

 黒い世界を進む蒼い人、その腕の中で痛みに苛まれる子。

 

 その髪もまた、蒼かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


申し訳ない、改稿作業が遅々として進みません。
そちらも並行しながら執筆しています。結構な話数だけあって、大変です。ハイ。

遂に、遂にキマイラのジャコビアスさんが登場しました。
有名どころはフェンリル隊、イアン・グレーデン、合流予定のランバ・ラルと続きます。
ガルマ勢力、徐々に拡大中。
連邦軍はキャリフォルニア・ベース奪還できるのか!?

さて、今回はメルティエの身辺整理回とでも言うべきか。
40話近いストーリーだと、キャラも多いね。
まぁ、更に増えるんですがね(白目)。

次話で、救助された子が判明しますお。
読者の皆さんはすぐ想像がつくだろうと作者、信じてます!

では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第40話:子は親を求め

 U.C.0079年8月4日。

 残存する連邦軍潜水艦隊、空母機動戦隊が太平洋に位置するハワイ軍港奪還作戦を発令する。

 本艦隊には東南アジア地域、カリマンタン攻防戦より撤退した一部の部隊が合流した。

 しかし、合流部隊はジオン軍との雪辱戦に燃えるかと思えば、彼らは作戦中止するよう求めた。

 艦体を指揮するブーフハイム中佐はこの諫言を作戦妨害行動とし、処罰した。

 同行するクランシー少佐はこの対応に疑念を抱くも、作戦は強行され従軍を余儀なくされる。

 

 そして、命を賭して諫言したカリマンタン攻防戦経験者の言葉は、正しかった。

 

 彼ら連邦軍艦隊は北太平洋、ミッドウェイ諸島近郊にてジオン軍潜水艦隊と遭遇する。

 

 潜水艦同士の戦いでは連邦軍に一日の長があり、ジオン軍潜水艦を追い立てるほどであった。

 だが、ハワイ攻略部隊はカリマンタン生存者の言葉に耳を貸さなかった事が此処で災いする。

 

 ジオン軍は水陸両用モビルスーツを戦線へ投入し、連邦軍艦隊を一網打尽としたのだ。

 この戦いで自軍敗北を悟ったブーフハイム中佐は連邦軍艦隊旗艦アナンタへ秘密裏に搭載された「気化弾頭ミサイル」をハワイに向け射出する行動に出た。

 

 同艦隊クランシー少佐率いる潜水艦は、戦闘敗北よりも人道的見地からアナンタのミサイル阻止に入り、これに同調した戦闘機乗り達による「同士討ち」が開始される。

 連邦軍の不可解な行動に戦闘を一時取り止めたドルフ艦長らは、全チャンネルで訴えるクランシー少佐の一時停戦を受け入れ、提供された情報通りに高高度へ垂直発射されたミサイルを、空中より迫るFF-X7、コア・ファイター、海上から飛び上がったMSM-03、ゴッグらの多方向射撃によりミサイルが落下姿勢へと入る前に撃破した。

 

 海戦に勝利したジオン軍は、結果的にハワイを救った連邦軍残存艦隊撤退を黙認する。

 奇妙な一体感が生き残った将兵に、これ以上の戦闘は”勿体無い”と思わせたのだ。

 互いに救助した兵士達を”捕虜交換”し、敬礼を以て彼らは別れた。

 

 こうして、北太平洋上で起きた戦闘は終わり、連邦軍艦隊が壊滅した事実だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 中東アジア地区に駐留した特務遊撃大隊ネメアは、必要な補給と前回の大戦で損傷した各機体の整備を完了し、キシリア・ザビ少将から通達される次任務まで基地待機となっていた。

 長らく取れてなかった休暇消化も兼ねて、パイロットやクルー達は久しぶりの休日を謳歌する。

 

 無論、この間に働く人間も存在した。

 休日返上で動く彼らの任務内容は7月28日に終息したカリマンタン攻防戦で各戦場を闊歩した、部隊所属モビルスーツの整備である。

 中東アジア方面軍司令代行ノリス・パッカード大佐より基地の利用を許可され、基地内のモビルスーツハンガーに並ぶ機体は補修された箇所の新しい装甲版と塗装が如何にも悪目立ちしていた。

 今は休憩時なのか整備兵達が思い思いの場所に座り込み、外から入る風の通り道に身を置いたり扇風機前に陣取っている。

 

 夏季という気温と湿気が髙い時期とモビルスーツの整備、試運転時に籠った熱とで整備場内がサウナと化していた。

 作業場所毎に設置された給水機は水分補給を摂る人々で埋まり、中には給水機に抱き着き温度差を体全体で味わっている者も居るのだ。

 

 その様子を整備工場の安全通路、白線で区切られた場所から見る男女。

 

「皆さん、だいぶお疲れのようですね」

 

 ポツリと、黒髪を肩上で切り揃えた女性は呟く。

 彼女の額にも汗が滲み、健康的な肌を滴が滑り落ちている。

 羞恥心よりも体温調整を採ったのだろう。野戦服の前を開いて外の空気を招き、汗を吸収した白いシャツは不透明ながら下着を浮き上がらせ、顎を伝う汗を拭う時にその事を理解したのか暑さとは違う熱で頬を染めていた。

 ネメアのモビルスーツ隊通信士、ユウキ・ナカサトは「冷たかったドリンクが温くなりました」と頬に当てたボトルの中身を振るう。

 散った水滴が思わぬところに命中したのか「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた。

 

「空調が完全調整されたコロニー育ちには、かなり厳しいだろうな」

 

 その様子に薄く笑みを浮かべる男性。

 伸び放題となった灰色の蓬髪が、獅子の鬣を髣髴させる。

 日に焼けた肌が赤銅色の色に変わり、宇宙(そら)から地上に降りて以来、彼の外見は変貌していた。

 彼も隣の彼女と同じく野戦服の前を大胆に広げ、濡れた白いシャツに風邪を当てて体温調整を図り、首元に温くなったドリンクを密着させていた。

 様々な位置から送られる視線が自身の胸板や露出した腕、汗を垂らす顔に触れるが、彼は一向に気にせず「男の身体なんぞ見て楽しいのだろうか」と暑さでやられた頭でぼんやりと考えていた。

 

「ああ、それ分かります。わたしも、地球に降下してから驚きました」

 

 くすりと笑う彼女は、何処か遠い場所を見るように目を細めた。

 懐かしさの中に、哀愁が漂うのは儚い印象を与える横顔のせいなのか。

 それとも、心に傷を持った者特有の侘しさなのか。

 

 蒼い獅子と呼ばれ、味方を鼓舞し敵方に恐れられるメルティエ・イクスには分からなかった。

 感じ取れたのは、淋しさ、それだけだ。

 

「ケン少尉達は、別行動中か?」

 

 気を利かした話題も見つからず、身近な人達の事を聞いてしまう。

 メルティエという男のコミュニティは酷く狭い。

 学生、士官学校時代は友人と呼べる人間は片手で足りるほどしか存在しなかった。

 主に彼が修練、鍛練に時間を割いたせいだが、後悔だけはしていない。

 未練も、今は無くなっていた。

 

「あ、ケン少尉はサイド3に居る奥さんとお子さんへ手紙を送ると言っていました。

 ガースキー曹長も輸送部隊が来ると、必ずと言っていいほどですね。

 写真を見せてもらった事があるんですが、どちらも綺麗な奥方でした。

 お子さんも、可愛らしい子で。あ、女の子でしたよ?」

 

 ネメアに属するモビルスーツパイロットのケン、ガースキー共に愛妻家だ。

 年頃の子供を持つ男親で、子煩悩だと彼らを良く知る人物は言う。

 

 ユウキはしゃべり疲れたのか、ドリンクが口元に運ばれる。

 ボトル口に唇が触れ、その前に見えた舌先が酷く卑猥に思えた。

 こくこくと動く喉、ボトルが離れるや「はぁ……」と漏れた呼気がそれを助長する。

 

「子供か。前に救助した女の子も、そろそろ意識が回復するそうだな」

 

 努めて目前の光景から目を逸らし、温いドリンクを口に含む。

 塩分が入ってるせいか、喉がやけに渇きを覚えた。

 

「……起きたら、心細いでしょうね」

 

 メルティエが戦闘区域から救出した女の子は戦災孤児だった。

 墜落したファットアンクルはドップ戦闘機を護衛にした、前線基地からの搬送機だったらしい。

 他にも連邦軍の捕虜が居たとされるが、あの状況では絶望的だろう。

 撤収した捜索隊から報告が来ないのだ。

 あの少女以外ジオン軍兵士だけではなく、連邦軍兵士も死亡していると見ていいだろう。

 

 展開していた戦車部隊は、それを理解して火砲を向けたのか。

 ただ単に、敵輸送機が網に掛かったから攻撃しただけなのか。

 後者であれば、尚更救われない話だ。

 

 隣を見れば、表情を曇らせた彼女の貌があった。

 その想いはメルティエが救った少女に対するものなのか。

 それとも、少女を通じた何かが思考を乱しているのか。

 

「身元確認を急いだが、どうやら天涯孤独の身らしい。

 1月20日には既に親を失い、他に頼る者も無かった状態。

 原因は我々の起こしたコロニー落としだ。その余波と混乱の中で彼女の両親は亡くなった。

 連邦軍施設を制圧した友軍が、山で倒れている子供を救助した、と報告していたらしい。

 あとは捕虜と一緒にファットアンクルで後方に搬送中に撃墜された、という事だな。

 ……優しいな、ユウキ伍長は」

 

 彼女は他人を思い遣る心を持っている。

 自身を身勝手な男と理解しているメルティエは、少女に対して助けた責任と子供に対する義務感しか働いていない。

 だが、ユウキは性格から救助された少女に同情と憐憫を持っているのだろう。

 

 あるいは、他にも何か思う所があるのだろうか。

 

「そんな事、ないです」

 

 顔を俯かせた女性の表情は窺い知れない。

 青年に分かるのは風に運ばれる作業場の錆びた鉄の臭いと機械油に混じった、彼女の汗と甘い体臭だけだ。

 

「ん。そろそろ時間か。

 悪いな、休憩に付き合ってもらって。もし良ければまた頼む」

 

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 敬礼するユウキに「真面目な女性だ」と印象を強めたメルティエは背を向け、手を振った。

 

 通路の奥へ姿を消した中佐を見送り、伍長は瞼を閉じた。

 

 彼は気にした様子を見せなかったが、やはり人目を引くのは体中に走る夥しい傷の群れだ。

 肌着の下から這い出るそれは、綺麗な傷が少なく醜い痕が大半を占める。

 メルティエ・イクス中佐はモビルスーツパイロット以外にも前線部隊の指揮を執り、管制室確保に歩兵隊と突入した事もある。

 

 ただし、その時に怪我をしたというのは聞いたことが無い。

 ユウキ・ナカサト伍長が聞き知っているのはモビルスーツ搭乗時に負傷したものだけだ。

 

 赤い彗星シャア・アズナブル中佐との演習時やメイ・カーウィンが再設計したMS-07、グフ改修機によるパイロットへの過負荷を原因としたもの。

 生身を晒す対人の銃撃戦ではなく、モビルスーツの中でのみ負傷するとは。

 相変わらず、自分達の部隊長はあべこべだと思い知る。

 

「傷だらけの獅子」

 

 傷は男の勲章と言うが、正視するのも憚れるその身体は、何時からなのか。

 そこまで自身を追い込んで、晒し続けて辛くはないのか。

 蒼い獅子の逸話と、戦場を舞台に作り上げた伝説しか、彼女は知らない。

 

 何の為に戦っているのか。

 彼女も救助された少女と同じで身寄りは無かった。

 

 ジオン軍のコロニー落とし、ブリティッシュ作戦に使われたサイド2のコロニー。

 それが彼女の出身地、帰る場所だったのだ。

 開戦時期に偶々サイド3に旅行に来ていた間に生まれ故郷は地球に墜落、オーストラリア大陸へ質量弾として落着している。

 当然、肉親も全滅。彼女は事実を把握する前に戦争犠牲者にされていた。

 彼女がそれらを正しく理解する前に、感情が爆発する前に採った行動は「今後どうするか」であった。孤独となった身上と生存本能は、路上でめそめそ泣く事よりも現実に向き直る強さを彼女に与えたのだ。

 

 その問題を打破したのは、皮肉にもジオン軍であった。

 戦争開始と同時に、サイド3の国籍を持たない人間は当局により拘束される。

 最大級の不幸に見舞われたユウキにとって、唯一の救いだったのは親身になって接するジオン軍の人間だった。

 肉親を奪った敵、大量虐殺を行う軍隊の兵士は、個々人が善良な人間であって悪魔の落とし子ではなかった。自らを不幸のどん底に叩き付けた癖に、彼らは総じて優しくサイド間の異邦人であるユウキを同じスペースノイドとして扱った。

 彼女は本来善良な人間が「戦争」により虐殺者に歪められ、変質する現実をまざまざと突き付けられた。

 

 スペースノイド独立を勝ち取る為に正義を口に、他者を殺す彼らもまた、実は戦争被害者だと思った彼女はジオン軍に志願する。

 暖かく迎え入れるジオン軍兵士と共に歩く中、彼女は思った。

 

 自分は「悪人に成ろう」と。

 

 正義による殺人が肯定されるならば、自分は悪人になって人を救う努力をしよう。

 それが失った肉親の悲しみから逃避させるものであったとしても。

 今後を励ましてくれる人達、ジオン軍に対する意趣返しでもあり、彼女の心を支える想い。

 

 彼女はその考えを示したわけではないが、同じく部隊に配属された人達もまた同士であった。

 ケン・ビーダーシュタット少尉、ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹。

 三者ともサイド3国籍を得る為に、戦い続ける。

 家族、思想、生き残る為に「悪人に成ろう」とする。

 

「中佐」

 

 開いた視界の先にはもう、蒼い獅子の背は其処には無い。

 

 ただ、拒まれても投降を促し、必要最低限の人命を救おうとした男。

 

 その結果は散々だろう。

 

 投降を促せば自爆され、その度に体を削られた。

 そうして、遂には相手が投降する意思を見せるまで、牙と爪を振るう殺戮者になった。

 ユウキはその現場を瞬きせず見ながら「ああ、この人は諦めたんだ」と秘かに落胆した。

 

 なのに、彼は少女を救出して戻ってきた。

 ボイスレコーダー、ドムのカメラに残る映像を精査する記録室で、偶然に知ってしまった。

 戦場で畏怖される獅子が、か細い生命を前に大いに慌てて駆けだしているではないか。

 彼女の思いを裏切り、また裏切った酷い男は正しく「悪人」だった。

 

「あなたは、ひどい人です」

 

 蒸し暑い中で一人、彼女は涼やかな声色で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロイド・コルト技術大尉は上機嫌だった。

 彼からすれば全て宝の山に等しい存在である、連邦製モビルスーツを見上げる。

 

 物言わぬ赤い巨人の破砕された胸部、脱着式コックピットだと判明した小型戦闘機は排除され、空洞ができている。

 ケン・ビーダーシュタット少尉が操縦するMSM-07、ズゴックとの戦闘で焼けた装甲には引っ掻き傷が多く、破壊された左脚と破損した右肩がその名残を感じさせていた。

 搭載された火器は現在取り外され、特にメガ粒子砲発射機構を有するライフルは厳重な警戒体制の下で解析中だ。今はライフルに内蔵されたコンピュータにハッキングを掛け、情報抽出作業を行っている。

 この内臓コンピュータがモビルスーツのマニピュレータと連動。使用火器の情報をモビルスーツのOSとリンク、照準や火器情報を交信する事で精密な射撃を可能とするのだ。

 

 モビルスーツは精密機械の塊であり、これを統括するコンピュータは各部機動状況の監視を始め出力モジュール統制や姿勢制御、バーニア方向制御等と多岐に渡る。

 其処に組み込まれる前提の固定搭載火器ならいざ知らず、手持ち火器のコンピュータも載せる事は複雑な回線混雑となり情報処理の妨げが発生する。固定兵装のみに変えれば、作戦毎に都度装備変更を求められるモビルスーツの汎用性を損ねると共に柔軟な戦闘展開を阻む。

 その結果として統制するコンピュータが内蔵され、最小限の負荷でモビルスーツの制御下に置かれる形式となった。これが片手にそれぞれマシンガン、バズーカ等を持ったクロスリンクの各武装並列演算を可能とする要因である。

 

「武装面もそうですが、装甲強度も搭載するコンピュータも中々侮れない。

 開発した人間は天才ですね。ザクを遥かに超えるポテンシャル、スペックがその人物を有能だと叫んでいるように聞こえますよ。

 腹立たしいよりも、まずは尊敬してしまいます」

 

 ロイドは眼鏡を押し上げながら、技術班総出で掛かるこの赤いモビルスーツから吸い上げている情報に恍惚とした。主の昂りに同調したのか、その指先は神業めいてコンソールの上を縦横無尽に駆け続け、今何本動いているか視認するのが困難であった。

 

「ははぁ? これはこれは。厳重にプロテクトされてますねぇ。

 ですが、生粋の技術畑の方ですね。この手の類は諜報部の手伝いで嫌というほど壊しました。

 私、その時に数種類のドアノッカー作りましてね。

 ――――こういう手合い、大好物です」

 

 モニターを見下ろし口角を限界まで引き上げた彼は、エンターキーを軽く数回押す。

 耳に心地よい電子音が何度も鳴り、ウィンドウが次々と開かれては内部情報を晒していく。

 

 瞬間、狂相が嘘だったかのように真面目な顔に変化した。

 

「――――不味いですね。これが量産されれば、ジオンは負けます。

 学習機能搭載型コンピュータ、メガ粒子砲の小型化、一二○ミリの弾丸に耐える装甲強度。

 離れてもビーム兵器は脅威です。地上で減衰四散しようとも、宇宙ではそれは望めない。 

 ザクの攻撃をほぼ無効化する上に、中距離支援モビルスーツ。そもそもの主戦場が違い過ぎる。

 ううむ。この学習機能コンピュータだけでも、複製できないものか」

 

 嫌な汗が頬を伝う。

 

 一撃でも掠れば、その位置が消失する小型ビーム兵器。

 エネルギーがモビルスーツ直結型ではない、内蔵式のようだ。

 つまり、モビルスーツのエネルギーゲインを乱す事無く、連射すら可能だという事か。

 ジオン軍の技術力が負けているとは思いたくはない。

 が、このビーム兵器については確実に後れを取っている。

 さすがに大量生産はできない代物らしいが、地球連邦政府の有する工業力、生産能力はいまだ高い状態で維持されている筈だ。

 

 ザクを蹴散らす、小型ビーム兵器を有する量産モビルスーツが現れる。

 

 その可能性は、現実味を帯びている。

 その成果が、ロイドの目の前に、ある。

 

 ゴクリ、と嚥下する音が一際大きく聞こえた。

 

「イクス中佐も、ビーダーシュタット少尉もよくこの化け物を倒せましたね。

 相手の一撃に当たればゲームオーバー、相手は無敵防御持ち。

 ああ、少尉はズゴックでしたね。状況的に五分五分ですか。

 ――――やはり、”ネメアの獅子は人の手に負えず、正しく幻獣である”ですね」

 

 この赤いモビルスーツに遭遇、同等機体に出会った部隊員は三名。

 

 メルティエ・イクス中佐、エスメラルダ・カークス大尉、ケン・ビーダーシュタット少尉。

 全員機体にダメージは負っているが、無事帰投している。

 中佐と大尉は手持ち火器が通用せずにヒートサーベルで対応し、少尉はズゴックのメガ粒子砲で戦い、最後はアイアンネイルが変形するほどの威力で、あの装甲をぶち抜いている。

 

「これは、早々にレポートをまとめてキシリア・ザビ閣下に届けねばいけませんね。

 遅れればその分だけ、我が方の致命的要因になりそうです。

 ううむ、今日も徹夜ですねぇ」

 

 彼はチラリ、と床を見る。

 

 其処には気絶したように眠る技術班が居た。

 何徹したか、ロイドも意識があやふやで覚えていない。

 多分、四時間前までは何人か動いていたと思ったが。

 

 彼らは電気が切れたロボットのように眠っている。

 呼吸は正常に刻んでいる。起こせばまだイケるだろう。

 

「いやぁ、これは滾りますねぇ」

 

 時折咳をしながら、彼は解析を再開する。

 

 特務遊撃大隊ネメアが誇る技術官ロイド・コルトは、己の戦場に突入して行く。

 細面にある彼の目は、獲物を追い詰める獣の如く鋭かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 キシリア・ザビ少将は提出された案件を手元に引き寄せた。

 

「ほぅ。中々面白いものがでてくるものよな」

 

 興味がそそられたのか、彼女の青い瞳が細められる。

 常にある顔下半分を隠すマスク、その上から分かるほど彼女は笑っていた。

 機嫌が良いかと問われれば、彼女はすこぶる悪いと答えるだろう。

 だが、彼女は笑っていた。

 

 丁度任務報告に出頭していたジョニー・ライデン少佐は、不幸にもその現場に居合わせていた。

 この金髪碧眼の伊達男は敬服する上司と縁が深い。

 故にキシリア・ザビがこの笑い方をする時は、どういった事態かよく知っていた。

 

「ライデン、受領したMS-06R-2Pとやらの慣熟飛行は終えているか?」

 

「はっ。長期航行は終えていませんが、他は終了しています」

 

 彼女がこの手の表情を浮かべる時は、政敵の証拠を握ったか、粛清対象の洗い出しが完了した時か。

 

 もしくは、身内で裏切りが発覚した時の、殺す意思を固めた時だろう。

 

「フラナガン機関の一部が脱走だ。それを討て。一人も生かさんで良い」

 

 その言葉は軽く、其処に在る書類をシュレッダーに掛けてくれ、と言った程度であった。

 

「フラナガン機関……脱走ですか。しかし、どのルートを通ったかはご存じで?」

 

 席から見上げるキシリアが、初めてジョニーに顔を向けた。

 

 無表情に近いが、その目に映る色から苛立ちは窺い知れる。

 

「サイド6よりサイド7、ルナツー、それとも地球への降下か。

 ふん、(きゃつ)らの目的は連邦軍への亡命らしいな。

 直近は地球か。ネメアのイクス中佐に届けるものもある、指令書を持って一度地球へ赴け。

 ルナツー付近の宙域は確か、パトロール隊を組んでいるのはシャアだったな。

 気は進まんが、警戒要請を送るべきか」

 

「其処までのものを、亡命者は持って行ったという事ですな。

 早速根回しをしときましょう。最短で二時間ほどで出立できます」

 

 真紅の稲妻は予定にない出撃に応じ、異常なほど早い準備時間を申し出た。

 

「さすが、稲妻よな。

 新造艦の乗り心地は良さそうと見える。それともモビルスーツを乗り回したいか。

 目標はクルスト・モーゼス博士。

 連邦軍との合流地点に出遭えば戦闘は必至だ。用心しておけ」

 

 腹心が足早に退出した後に、彼女は目を通していた文書を机に投げた。

 

「キマイラ本来の目的に使うものを建造する役、投げたのか逃げたのか。

 それとも、見つけたのか。

 確認できん事だけが残念だ」

 

 その紙面には初老の老人と、少女の顔写真と個人情報が記載されている。

 二人の文面には共通した文字があった。

 その部分は「EXAMシステム」とあり、その開発責任者と、被検者とあった。

 

「優秀な一部軍閥による反旗。

 それを速やかに鎮圧、打倒する為の部隊がキマイラなのだがな。

 ここに至ってはライデンらの技量に頼む他あるまい。支援部隊を用立てて補填するか。

 私は用心深いのだ、すまぬな」

 

 もう一枚、彼女は机に投じる。

 

 其処には、とある人物の戦歴が掲載されていた。

 撃墜スコアには敵艦船六隻、航空機三十四、車台四十二、モビルスーツ七機と記されている。

 ジオン公国軍に属する全パイロットの中で、五位以内に入る功績だ。

 開戦からの作戦参加率も高く、ルウム戦役を除きほぼ全ての大規模作戦に参戦している。

 その内でカリマンタン攻防戦以外は全て最前線に立ち、生還した結果があるのだ。

 

 そして、そのモビルスーツパイロットの動き。

 超反応とも言える回避運動、()()()予測していたような動き。

 ミノフスキー粒子下で離れているというのに、部下の窮地を察知し()()()()行動。

 被弾する中で致命傷を避け続ける、理解して受け止めた節がある損害報告。

 

 数多のベテラン、エースが戦場に散る中において、抜群の戦績を持つ男。

 

 ダイクン派に連なる者達を敢えて集結させて編成した部隊、ネメア。

 不穏な情勢下に派遣しても、幾度戦場へ送り出しても今だに人員損害ゼロの戦闘部隊。

 

 地球で語り継がれた伝説にある、十二の難行。

 神話の大英雄ヘラクレスが、その膂力を以て棍棒で殴ろうとも毛皮に傷一つ付かず、矢を用いてもその皮膚に通る事能わず。遂には、三日三晩の間首を締め上げる事で仕留めた幻獣。

 

 大英雄でしか倒す事ができない、ネメアの獅子。

 

 武功に期待を寄せて創設した部隊が築く類稀な戦績と、フラナガンの研究結果がもたらしたもので、飼い主たるキシリア・ザビに「警戒心」を抱かせる。

 

「メルティエ・イクス。

 貴様は、私を裏切ってくれるなよ。

 ネメアの獅子とキマイラの、幻獣同士による兄弟喧嘩なぞは見たくないのだ。

 だが、最悪の事態を見据えるのが上に立つものの責務ではある。

 二手、三手先を読む行動が大事だとも。

 ――――お前の可能性が、心底頼もしいと感じる反面、恐ろしい故にな」

 

 警戒してもなお、彼女は獅子を重用する。

 初めて会った時の珍獣を思い出し「あの男が裏切る筈はない」と思うのだ。

 だが、信じた挙句手酷く裏切られるのは御免だ。

 

 キシリア・ザビ少将は、霜が降りた瞳で「灰色が混じった黒髪の青年」の写真を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さい電子音がリズムを刻み、カーテンから差し込む白光が、室内を薄く浮かび上がらせる。

 目が覚めると生じる左腕と左脚から上る痛み。

 蒼い髪の少女は喉奥から悲鳴を漏らし、苦労してベッドから身を起こすと見知らぬ場所に居る事に気付いた。

 

「ここは、何処?」

 

 呆然と室内を見渡しながら、少しづつ思い出す。

 

 食べる物もなく、街に居ると石を投げられたから痛くて怖くて山に逃げ込んだ。

 まだ幼く、知識も乏しい子供にサバイバル経験などはなく。

 力尽きて山で倒れていたら、軍服を着た大人達が飛行機に乗せてくれた。

 大人達は待機室なる部屋に運んでくれて「もう大丈夫だ」「よく頑張ったな、嬢ちゃん」と口々に声を掛け、冷たいココアを持って来てくれた。

 しばらくしたら飛行機が大きく揺れて「おい、この子だけでも逃がすんだ!」と大人達に大きなリュックを背負わされ、次の衝撃で飛行機から投げ出されていた。

 直前まで傍に居た、腕だけになった人の手が取っ手に引っ掛かり、横に倒してからは覚えていない。

 全身が引っ張られる痛みで、意識を失ったのだと思う。

 

「う、あ、ああ……」

 

 コロニー落とし、消えた両親と家、独りになって見上げた蒼い空が不気味だったのを覚えている。

 宇宙に在る筈のコロニーが迫って、何処かに落ちてから彼女の世界は一変した。

 今年の年始まで、家族と平穏に過ごしていたのに。

 

 動く右手で自身を抱く。

 意識がはっきりしてから思い出すものは恐ろしく、彼女の身体を震わせた。

 

「コロニーが、空が落ちてくる!」

 

 少女は戦災孤児だった。

 

「誰か、誰か助けて!」

 

 少女は病室に入る事は初めてで、ナースコールの位置なぞ知らない。

 手を伸ばせば、押せば係りの人間が駆け付ける仕組みを、説明なしでは分からない。

 

「だれかぁ!」

 

 泣くだけだ。

 小さなこの身に出来る事は、見っとも無く泣いて誰かに気付いてもらう事だけだ。

 だから、少女は泣き続ける。

 

 ”声”を上げ続ける。

 

「おとうさん! おかあさん! 怖いよぉ!!」

 

 両親は死んだ。

 その断片が彼女の頬にべったりとくっ付いた時の事を、感触を覚えている。

 それでも、既に居ないと分かっていても名を呼び続ける。

 

 親しか、助けてくれる人を知らないが為に。

 

 顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いて喉が枯れた時に、突然開かれた扉に少女は驚いた。

 

「おはよう。起きたみたいだな」

 

 耳に優しく入る声。

 

 いや、努めて声を変えているのだと、少女は分かった。

 

「泣いているみたいだけど、怖い夢でも見たのかい」

 

 息切れた呼吸と混ざる高い声が、無理に出しているのだと白状していたからだ。

 

「お……」

 

 少女の喉から声が漏れる。

 大きな身体、逆光で顔はよく見えないが少し緊張した男の人。

 亡くなった父によく似た背格好に、不器用な接し方だった。

 

「お?」

 

 首を傾げ、続きを待つ彼。

 

「お、おとうさん!」

 

「……え」

 

 そう呼ばれた彼は、ぴしり、と固まった。 

 

「あ、あの」

 

 蒼い髪の少女は黙ったままになった相手に声を掛ける。

 

 この時の少女は必死だった。

 相手を気にする余裕など無く、半年間で遭った出来事から逃げ出したくて仕方が無かった。

 彼女は親代わりになる人を探し、求めていた。

 その代替行為を悪い事だと思わない。

 誰かに縋り付かなければ、この世界は余りに痛く苦しいものだと、身を以て知ったから。

 

「お、おとうさん。わたしのおとうさんになってくれませんか?」

 

「あー、初めての告白がそれかぁ……あ、いや、アンリとは互いに告白したか。

 危ない、黒歴史に刻まれるところだった。

 とりあえず、照明付けるよ? 目を閉じてた方がいい、明るさに慣れてないと痛める」

 

 慌てて少女が目を瞑ると、それが分かったのか出入り口にある照明スイッチに手を掛けた。

 軽い音を立て、瞼の上から刺激が訪れる。

 恐る恐る目を開ければ、世界が白に染まっていた。

 

「さて、まずは自己紹介から始めようか」

 

 その中に立つ、長身痩躯の男性。

 彼女はおとうさんと呼んだ人を見て「動物園で見たライオンさんだ」と思った。

 

「俺はメルティエ・イクス。君の父親じゃないんだ、すまない。

 君の名前は何て言うのかな。教えてくれるかい?」

 

 備え付けの椅子に座りながら、メルティエは尋ねた。

 

「ロザミア。ロザミア・バタム、です。

 あっ、おとうさんの子になるんだったら、ロザミア・イクスって言うべきですか?」

 

「挨拶から養子縁組の話か、随分と積極的なお嬢さんだ。

 ……生きる事に必死で、相手のことを考えろってのも酷な話か。こいつは分が悪いな。

 泣かれても困るし、どうしたもんかね」

 

 じっと見るロザミアの頭に、自然と手を置いた。

 彼女はそれを受け入れ、気に入ったのかもっと撫でろと頭を突き出してくる。

 

 蒼い少女は人の温かさに飢えていた。

 メルティエが「困ったな」と零しながら手を離さないで居てくれた事が、純粋に嬉しかった。

 

 悩む声を出しつつ「安心して怪我を治せ、守ってやるから」と掌から伝わる”声”に、ロザミアはまた泣きながら撫でられ続けた。

 

 それは親切な人を利用する呵責だったのか。

 

 失った隙間を塞ぐ事が出来た喜びからなのか。

 

 まだ小さな少女は、よく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


嬉しい評価もらえたんで、つい六時間ほどで書き上げちゃったんだ。
修正は必要だと思いつつ、投稿しちゃう作者を許してください。

あ、改稿はいつも行っているから然程変わらないか。ハハッ!

今週はこれで少し休もう。連日投稿みたいなものだし……クフフ。
MH4Gとか、あるんですよ。ええ。

それに、別作品の次話も作らんといかんしの。
来週までしばしの別れですお。

決して別作品に逃亡したわけじゃない。イイネ?


次回もよろしくお願いしますノシ


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第41話:かの檻は破れない

 U.C.0079年8月10日。

 ジオン公国が有する月面基地グラナダより、二隻の巡洋艦が出航する。

 丸みを帯びた形状は艦艇というより航空機に近い外観で、宇宙船を巨大化させた印象が強い。

 事実、このザンジバル級機動巡洋艦は宇宙空間のみならず、大気圏突入と大気圏内の巡航能力を持つ大気圏内外両用艦であった。

 

 この性能はジオン公国本土、サイド3から地球までの長大な補給線を維持することを目的として建造されたもので、大気圏離脱時には打ち上げ用ブースターを装着しカタパルトを使用する必要はあるが、航行速度に優れた長距離移動艦船である。

 モビルスーツ搭載数は艦体側面と下部に設けられた格納庫を換装、または拡張する事で変動する独自の形式を採用している。更には部隊編成や作戦に応じてモビルスーツ、現在試用試験中の新型機動兵器モビルアーマーの配備可能と柔軟性に富んだ造りだ。

 ジオン公国宇宙艦隊主力を形成するムサイ軽巡洋艦に比べて太く、ずんぐりとした艦体は、全長二五五メートル、全幅二二一・八メートル、全高七〇・五メートルと大型艦船の部類に入る。

 この巨体を支える熱核ロケットエンジン四基は艦体背部に集中した分、強力な推進力を得られるが上下左右に配備された推進器は無く、小回りが利かない構造となっている。

 

 艦体自体の攻撃能力も高く、従来のジオン軍艦体と同じく主力のメガ粒子砲は前方固定式だが、主砲や対空砲は格納式を採用する事で大気圏内の空気摩擦抵抗軽減に一役買っている。また主砲は主戦場が地上に移った事で間接照準射撃を考慮し、火薬式の実体弾砲使用案を採った。艦首両舷には超大型ミサイルが埋め込み式に一発ずつ配備され火力に優れた設計を成されている。

 

 この新型巡洋艦は突撃機動軍のものであり、所属先の部隊も確定済みであった。

 先頭を行く緑色のザンジバルは、特務編成大隊の母艦キマイラ。

 続く黄色のザンジバルは、特務遊撃大隊の旗艦となるネメア。

 

 それぞれ地球に伝わる幻獣の名を冠した艦船は、その名が生まれた星へと針路を取る。

 

 宇宙に閃く真紅と明るい赤、青いモビルスーツを中核にした部隊がその二隻を護衛する中では、ルナツーにて戦力の温存と増強を行っていた連邦軍宇宙艦隊は手も足も出せず、敵部隊の降下予測地点に居る友軍へ迎撃要請を送るだけに留まった。

 

 しかし、ルウム戦役以降宇宙基地ルナツーで籠城策を執っていた彼らは気付いてはいなかった。

 

 その降下予測地点であるカリマンタン及び中東、東南アジア地域は既にジオン軍の手で陥落しており、その通信を受け取る施設があるバリクパパン基地は既に陥落し、後世語り継がれる激戦区であった事を、彼らは知らなかった。

 

 部隊長ジョニー・ライデン少佐の古巣である、プリムス艦隊と合流した彼らは最終調整を終えたザンジバルの大気圏突入試験に入る。

 道中の地球衛星軌道上にばら撒かれていた機雷群と設置していた哨戒部隊を撃破したキマイラ隊は、二隻の新造艦を伴い赤い流星となって地球へと降下した。

 

 宇宙を駆ける稲妻と、地上で戦い続ける獅子の邂逅は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアが駐留する基地は、中東アジア地区の東南外縁部に位置する。

 前線基地の役割もあるが、周囲は友軍で固められたこの立地は、ピリピリした空気には縁遠い。

 その宿舎のミーティングルーム兼フードコートに集った隊員達は各々が雑談に興じていた。

 幾つかある長テーブルの上に雑誌や菓子類を広げ、丸椅子に腰かけている。

 

 戦いに明け暮れた日々に、一時の安らぎは必要不可欠なもの。

 ネメア構成員と現地協力者の組み合わせは既に見慣れたもので、誰も咎めたりはしない。

 最初はどう接するべきか悩んでいた彼らも、快活なキキ・ロジータを次第に受け入れていた。

 良くも悪くも裏表が無い彼女は、付き合い方が分かれば良い友人足り得る。

 生活に地球由来の自然を取り込んだ地球住居者(アースノイド)の彼女と、機械に囲まれて生活する宇宙移民者(スペースノイド)の間には考え方の違いが有り、話好きなキキの性格も相まって退屈しないのだ。

 

「今日も賑やかな時間が過ぎる」

 

 誰もが思っていた、戦時下でも珍しい平和な午後の事である。

 

 しかし小さな来訪者が投じた一言で、この場は魔女裁判へと転じたのだ。

 

「お、おとうさん!」

 

 ――――その時、特務遊撃大隊ネメアに電流走る。

 

 矢先の出来事に全員が硬直し、僅かな沈黙を経て今まさに、活発に動き始めた。

 

「め、メル? どういう事なの、”お父さん”って。何なの?」

 

 小さく震える彼女の表情は、逆光で窺い知れない。

 ただ、きつく結ばれた唇が何かよからぬ決意をしていそうで、怖い。

 

「メル。事と次第に因っては、私刑も辞さない(ギルティ)

 

 淡々と宣べながら近寄る、ツインテールの虎は今にも踏み出しかねない勢いである。

 その手刀は地上に降りて磨きが掛かったとでも言うのか、嫌な凄みを見せる。

 

「え。えぇ!? こ、この子わたしより小さいんだけど! あれ、むしろ普通? あれ!?」

 

 頭脳明晰な天才少女にもバグが出る時はあるのか、側頭部に指を当てて云々唸り出した。

 できれば、始終そのままで居てもらいたい。爆弾発言は恐ろしいのだ。

 

「あり? メルティエ、実は手が早いの? おかしいなぁ、あたしの時は何も……」

 

 燃料を投下せん勢いの直情径行型少女には、是非とも黙って頂きたい。

 腕を組んだまま「でも、あんなに強く掴んで来たし……」とか言ってる場合か。

 

「中佐、やって良い事と悪い事、あると思います!」

 

 珍しく柳眉を逆立てた物静かな女性は、いつもの陰りは何処へやら声高に責める。

 何か手酷く裏切ったとでもいうのか、机を叩いて耳に痛い音を発してさえいた。

 

「んー? いつの頃に誑し込んだ女の子供だい?

 坊やの歳と嬢ちゃんじゃ、腑に落ちない点が……ああ、周りも聞いちゃいないネェ」

 

 器用に眉を上げ、扇子で口元を隠した女傑が疑問を呈した。

 もっと大きな声で言って欲しい。くっくっく、と笑っている状況ではないのだ。

 

「中佐。身から出た錆、という言葉は知っていますか?」

 

 実務で頼りになる副官が、あっさりと見捨てる。

 この手の助け舟は出さないと学んだらしい。雑事を叩きこまれる未来が自ずと確定した。

 

「七徹から解放されてみれば、面白い事になっていますねぇ」

 

 寝起きなのか、眼鏡を押し上げながら千鳥足そのままに寄って来た。

 眠った割には解消されない目の隈は濃く、不気味ですらある。

 

「ちゅ、中佐。ボクは信じてますから!」

 

 胸の前で手を握る藍色の少年は、紅顔を向ける。

 どういう意味の信じるなのだろうか、残念ながら問う機会はないようだ。

 

「大変だな、中佐。いやぁ、大変だ。実に。……わくわくしてきたよ」

 

 年輪が刻まれた沈痛な顔から一転して、愉快気に。いや、愉悦だと言わんばかりに顔を歪める。

 本音を隠さなくなった老人に、殺意が生じても仕方がない事ではなかろうか。

 

 この事態になった経緯は、然して難しいものではなかった。

 

 怪我が治り、両手両足が動けるようになった蒼い少女は退院の日を迎えていた。

 彼女は何か不安を抱いたのか、病室の一件以来見舞いに訪れる大人の連絡先をナースセンターより入手すると恐るべき行動力を発揮した。

 

 子供が利用した場合に採用される、保護者が代金を支払う後払い方法でタクシーを利用し目的地への突入を成功させた。それだけに終わるわけがなく、少女は対象を視認するや喉を震わせて声を出し、物理的に気付かせたのだ。

 

 ――――周りの人間も含めて。

 

 戦場で不意に訪れる危機に何度も直面し、その度に打倒してきた灰色の男もこの手の奇襲は即座に対応できなかった。時間が経過しながらも、何ら行動が取れない時点で”詰み(チェックメイト)”である。

 

 一瞬のうちに包囲網を築かれ、退路を遮断された渦中の男は胸中で叫ぶ。

 

(どうしてこうなった!)

 

 男の獅子の鬣を髣髴させる灰色の蓬髪が、今この時は萎びた蔓のようである。

 眼光鋭い灰色の瞳と戦場で研磨された精悍な顔は、今や精彩さに欠けていた。

 ジオン公国軍の野戦服を着崩し、捲った袖から覗く大小の傷で固められた両腕は、鼻息荒く接近する人間を押し留める最終防衛ラインであった。

 

 人生初の大敗を喫する、メルティエ・イクスは状況に凍り付いた思考をどうにか氷解させようと必死になるが、果たしてこの行為に疑問を抱く。

 

 別に疚しいことをしたわけではあるまい、と。

 ただ、この子との間で出来た自分への愛称が「おとうさん」であるだけではないか。

 特定人物との間で育んだ男女関係でもないし、周りが何やら喧しいが非難される筋合いはない。

 

 そう思うとこの状況は甚だ不本意なものであり、異議申し立てするべきだと奮起した。

 

「待て、騒いでいるようだが俺とこの子は別に」

 

「お、おとうさん。そっち行ってもいい?」

 

 小さな鞄を胸に抱いた少女は、ロザミア・バタムはタイミングを見計らっていたのではないかと訝しむほどの、狙い澄ました言葉を被せて来た。

 彼女はトコトコと小さな足音を立てて、周りの大人達の視線に晒される中で座った。

 

 ――――メルティエの膝の上に。

 

「お、おい。何を」

 

 突然の行動に驚き、狼狽えた。

 その反応が、周囲に更なる波紋をもたらした。

 

「メル、その子との関係、聞かせてくれるよね?」

 

 軋む音が、アンリエッタ・ジーベルの握った机から鳴る。

 背中を半ばまで覆う蜂蜜色の長髪が、今は彼女の貌を隠す幕となっていた。

 その整った顔立ちが見れない事に、これほど救われた心地はしない。

 恐らく彼女は、深い関係にある男の不貞をどう制裁するか考えを広げているに違いない。

 

 いつぞやの時とは違い、刃物を持ち出さない辺りは彼女の温情だろうか。

 

「時間切れはなし。きりきり吐くといい」

 

 重圧(プレッシャー)が増したエスメラルダ・カークスの視線が相手を射抜く。

 懐かしくも彼女を「エダ」と呼び始めた頃の、吹っ飛ばすぞ的なものを感じる。

 いつも興味なさげな表情だった彼女が、こうも感情を面に出すのは珍しいものだ。

 残念ながら睦言を交わすわけではなく、物理的な衝撃が襲い掛かりそうな現実が怖い。

 

 全力で脱兎したいが、側面どころか背後まで囲いが出来ている為に撤退不可である。

 

「何か、面白くない、胸がムカムカする」

 

 眉根を寄せ、胸に手を当てるメイ・カーウィンは視線を下げていた。

 これを機に直面する事案でも出たのだろうか、その湖色の瞳は揺れている。

 彼女を実の娘のように思っているケンやガースキーが近くに居れば良かったのだが、二人は宇宙に居る家族に送るプレゼントを求め、市街地へと向かっていた。

 何かを探るように、天才と称される少女は前を見る。

 

 嫌悪とも侮蔑とも違う、苛立ちを募らせた眼差しにメルティエは困惑した。

 

「何か二人とも、殺気立ってきたね」

 

 後ろ髪を撫で付けながら、キキは乾いた笑いを上げた。

 知らない子がメルティエを求めて来た姿に、自分を重ねてしまったのもある。

 それよりも問題なのは、真っ先に反応した二人だろう。

 会話が弾み親しみ易いアンリエッタと、掴み難いが相談に乗ってくれるエスメラルダの豹変だ。

 これはもしかして、男に気が有る女の行動に違いないのでは。

 

 他人を慕う感情をどう整理すれば良いのか、こっそり聞きに来たキキは目の前の状況に焦った。

 

「落ち着け、まずは誤解をどうにかしたいと思う。

 この子はロザミア・バタム。先日救助した民間人の少女だ。

 知っている人間も居るとは思うが、俺はここ数日はこの子の見舞いに行っていた。

 身寄りも無く、親戚縁者も居ないようだったから、助けた手前どうも気になってしまってね。

 この子が俺の事を”おとうさん”と呼ぶのは、親を求めた故だよ。

 まぁ、流石に挨拶もそこそこに養子縁組を迫られた時は驚いたが」

 

 軽く跳ね癖がある蒼い髪を撫でながら、メルティエは全員の顔を見ながら告げる。

 アンリエッタとエスメラルダに視線を置いた時間が長かったのは、彼にも理由が分からない。

 長い時間を過ごした二人にだからか、それとも彼個人が持つ情からのものか。

 

 とりあえず、流血沙汰は回避したいと思っている事は確かである。

 

「え、あ、そ、そうなんですか。すいません、早とちりを」

 

 話を聞くにつれて、ユウキの顔色は青くなったり赤くなったりと忙しい。

 しかし、恥じて頬を夕焼けの如く染めた彼女も、いつもと違った側面が見られて新鮮ではある。

 後ろで様子を見ている事が多いあのユウキが、机を叩いてまでメルティエを批判したのだ。

 

 彼女の珍しい姿に「何故こうも怒るのか」と内心首を傾げたが、近しい人に向ける感情であれば嬉しいものだと、怒鳴り返そうとする自身を引き留めた。

 その甲斐あって恥じ入るユウキを見る事ができたので、咄嗟の判断としては上出来であった。

 

「別にユウキが悪いわけではない。突っ込んできたこの子のせいだろうしな。

 アンリもエダも、とりあえずは落ち着け。個人的な話は後で必ず聞こう。

 養子縁組は、やはり俺個人の問題もあって承認できん。後見人か、保護者が良い所だ。

 ……ロザミア、そう嫌な顔をするな」

 

 面では至極冷静に、内心ヒヤヒヤしながらもどうにか二人の進軍を停止させたメルティエは奥に居る初老の男、何故か落胆した表情をするダグラスに視線を向ける。

 メルティエの正面に座るリオは、蒼い女の子の表情が曇った事に気付いてはいたが、膝に座らせている中佐がいつロザミアの表情を知ったのか分からなかった。

 

「ダグラス大佐、戦時中の民間人収容はどう対処すべきですか」

 

「基本的には安全地域、もしくは収容施設への護送が通例だ。

 同意の上で同行する事も可能だが、我々は教師でもなければ、ここはスクールでもない。

 戦場に連れ回す行為は咎められて然るべきだし、更にはこの子を保護すれば責任も付随する。

 私としては彼女の生まれ故郷へ帰す、安全地域への護送を提案する。

 其処がジオン軍占領地域であれば、輸送部隊へ預けるのも一つの手だ」

 

 頼られたダグラスは顎髭をしごき、先程までの茶目っ気は鳴りを潜め、真面目に答えた。

 彼は現実的な問題解決法を掲示して「如何するのかね?」と返した。

 

「おとうさん」

 

 登場時の積極性は何処へ捨てたのか、ロザミアが不安を隠さずにメルティエを見上げている。

 

 灰色の男も当初は駐屯軍へ、中東アジア方面軍の輸送部隊へ彼女を託す選択肢を選ぶのが妥当と思っている。

 

 その方が戦闘部隊に属する軍人としては間違えていないし、モビルスーツを主に扱う彼の部隊は軍事機密に溢れている。民間人を在籍させるのは大いに問題であった。

 当然の事ながら、ジオン軍尖兵の役割を課せられる彼ら戦闘部隊は常に生命の危険に晒される。

 前線でモビルスーツを操縦するメルティエ達もそうだし、後方指揮のダグラスや整備主任として参加しているメイも、協力者であるキキもそうなのだ。

 敵の立てた作戦如何によっては、後方襲撃等が立案されてもおかしくはない。

 

 むしろ大いに有り得る話であった。

 

 現在のネメアはガラハウ隊が矢面に立ち、イクス小隊とビーダーシュタット小隊が横撃を加え、多方向から攻撃を仕掛ける戦術を執っている。

 構成人数が多いシーマ麾下のモビルスーツ一個中隊が相手取り、敵に一当て、もしくは受け止めている間に強襲や奇襲を実行するのだ。

 これは速攻を優先している、というよりも後方へ敵の手が伸びる前に打倒する為である。

 彼らモビルスーツ隊を支える艦隊や支援部隊に被害が入る前に敵を潰す。

 ネメアの作戦参加率と転戦範囲が広い由縁は、この後方への被害を嫌う部隊損害軽減のやり方と引き際を違えない戦闘熟練者による戦力健在が多い事にあった。

 

 前線の将兵も大事だが、それを支える人間もまた大切である。

 工作隊を有する事もそうだが、モビルスーツを改修する技術班は貴重だ。

 戦場や環境に則した兵器運用は戦術の要となる。

 試行錯誤を繰り返しながらモビルスーツの可能性に挑戦する彼らは、代え難い人材であった。

 中隊長のシーマが前線で指揮を執り、メルティエやケンが率先して機動戦を臨む戦術はこうした部隊独自の理由が絡んでいた。

 

 それでも、過去に航空部隊の襲撃を許してしまっている。

 戦場に鉄則はあっても、絶対はない。

 

 それでも身近に置いている方が安全だろうと思える。

 自惚れた考え方だが、遠い地で失うよりは遥かにマシではないかと。

 

 少年期の慟哭が「もう手が届かない場所で喪いたくはない」とメルティエを動かすのだ。

 

「親の仕事都合で北米から中東まで渡って来たこの子は、帰る場所がないそうです。

 出身地があるならば帰した方が良いかもしれませんが、サンフランシスコと聞きました。

 あそこはキャリフォルニア・ベースが近い。我が方の最重要拠点の一つです。

 いつ連邦軍が攻めて来るか判りませんし、付近は要塞化が進んでいる話もあります。

 其処に子供一人では危険が過ぎるでしょう」

 

 事実と憶測を混ぜ合わせ、メルティエは「少女を保護する話」で進める。

 予想していたのか、ダグラスは口元に笑みを浮かべていた。

 だからこそ、彼は一般的な軍人が行う対処法を述べてくれたのだろう。

 

「まぁ、そうですねぇ。

 私も自分の妻子が戦場に成り得る場所に居ます、と言われれば手元に置きたがるでしょうし」

 

 話を黙って聞いていたロイドが、するりと同意した。

 何人かが「えっ!?」と彼を見るが、ロイド・コルト技術大尉は既婚者で二人の子持ちである。

 地球降下作戦前にロイドの部屋で、モビルスーツが地上で行動する際の注意点を技術屋の視点からレクチャーされていたメルティエは、その時に彼の机に飾られた家族写真を確認している。

 

「そうなると、事務手続きが必要ですね。

 中佐の弁も納得できるものでしたから、民間人保護の話を進めておきましょう。

 ……ああ、協力者も居ましたね? 同時進行でやりますよ。三日程度で済ませます」

 

 サイ・ツヴェルク少佐は期待を込めた視線に少し顔を顰めたが、軽く手を振って踵を返した。

 

 ネメアは特務遊撃大隊と呼称しているのに、実際は定数割れの部隊である。

 中東方面軍司令ギニアス・サハリン少将が施行した、募兵政策に民間人を軍人または協力者として取り立てる政策を人員不足のネメアも採用する事にした。

 キキ曰く族長は渋ったそうだが、条件付きで許可されたらしい。

 彼女の集落と縁が深いメルティエを通じて部隊統括責任者のダグラス、副官のサイと秘書官ジェーン・コンティ大尉を交えた面談で無事登用となった。

 

 その条件を聞いて大いに笑ったダグラス、呆気に取られたサイと最後まで上品な微笑みを絶やさなかったジェーンの三者三様の態度があり、後日とある基地で「どうしてこうなった!」と叫び声が上がるのだが、それはまだ先の話である。

 

「では、これで――――」

 

 閉廷します、そう締め括りたかったメルティエである。

 

 が、そうは問屋が卸さないのだと、身を以て知った。

 

「次のお題に行こうじゃないのさ。はい、メイ嬢ちゃんからいきな」

 

 肩をポンと叩かれたメイは椅子から立ち上がる。

 

「え、えと!」

 

 メイは反射的に立ったはいいが、内容が整理されていないのか、視線を彷徨わせた。

 

 照明を浴びて煌めいた蜂蜜色に、彼女は何か思い出したらしい。

 

「朝、メルティエの部屋からアンリエッタが出て来た件について!」

 

 ガタッ、と室内の至る所から音がした。

 

「にゃ、にゃにを言ってるのかな、メイちゃんは!?」

 

 慌て始めた女性に「コイツ、今噛んだぞ!」と注目した人間の心が一つになった。

 

「アンリ、儚い友情だった」

 

「え、ちょ、エダは知ってたでしょ!?」

 

「メルティエ、白状するんだよ!」

 

「朝、部屋から出て来た? うん? 何がおかしい……あっ」

 

「中佐、不潔です!」

 

 包囲網が縮まる中、口撃による集中砲火はジオン軍がエースパイロットも五分と耐え切れない。

 三十六計逃げるにしかず、と敵中突破を試みる。

 

 ――――が、駄目。

 

 彼女達はメルティエの呼吸すら読んでいるとでもいうのか。アンリエッタが袖を引くことで動きを殺し、エスメラルダに足を刈られては無様に倒れ、メイはその背中に飛び付き、キキも腰に張り付いて動きを制限する。

 出入り口にはユウキが回り込み、完全に退路が断たれた蒼い獅子は(ケージ)に拘束される動物の様相を晒していた。

 

「おっと、こいつはのっけから飛ばしてるネェ」

 

「そうだよ、私はこういうものを求めていたんだ。はっはっはっ!」

 

「随分と過激なスキンシップですねぇ……見てて飽きませんよ、本当に」

 

 傍観者になった三人は目の前の寸劇に愉悦を感じたのか、人様に見せられない表情をしていた。

 

「ボクはリオ・スタンウェイ。よろしくね、ロザミアちゃん」

 

「うん、よろしく。リオお兄ちゃん」

 

 先に安全圏に避難していたリオはロザミアと親交を深めていた。

 さり気無く体でメルティエ達を遮っている辺り、気遣いが出来る子である。

 もしかすれば、醜い争いは見せられないと彼なりに考えた結果かもしれない。

 

 ロザミアの相手をしながら、リオは肩越しにその現場を見る。

 

 そして、やはり自分の判断は正しかったのだ、と少年は思った。

 

 其処には抵抗すら許されなかった哀れな男の姿があった。

 雁字搦めに拘束されたメルティエが倒れ伏し、包囲者達は生け捕りに成功した狩猟者よろしく、ズリズリと長身痩躯の体を引き摺って去って行く。

 

 その光景を目撃した見学者達は、

 

「蒼い獅子、乙」

 

「酷くヤツレタ中佐と、ナニか漲った捕食者が見れそうですね」

 

「羨ましい、もげ……れそうだな、ありゃあ」

 

「ううむ、あの立ち合いでテーブルとイスが乱れていない。やりおる」

 

「いや、今見るべきところそこじゃないんじゃ」

 

「そんな事より幼女だろ、常識的に()考えて()

 

「中佐は犠牲になったのだ。我々の娯楽のな」

 

「おい、誰か憲兵呼んで来い。やばいのが混じってるぞ」

 

 等と、然程動揺もせずに見送った。

 彼らもまた、伊達に部隊発足時から行動を共にしていないのである。

 本人からすれば納得できないかもしれないが、実務と戦場以外ではメルティエ・イクスの評価はこんなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張によるものか、誰かの喉が大きく鳴る。

 ブリッジのモニターには、地球へ向けて降下する二隻の巡洋艦が映っていた。

 大気圏突入時に発生する摩擦熱が艦船を赤く包み、残滓を散らして青い地球へと飲まれていく。

 戦闘ブリッジから固唾を飲んで見守っていたブリッジクルーの、安堵した息が零れた。

 

「あと十分、大気圏離脱が遅れていれば、危なかった……」

 

 キャプテンシートが軋みを上げ、硬い反動が重装宇宙服の中に入る。

 緊張から解放されたあとも、無意識に力みがあったらしい。

 気恥ずかしさを感じて宇宙服のヘルメットを外し、軍帽を被り直した。

 

「周囲に他高熱源反応はないな?」

 

「はっ。有視界監視では確認できておりません。

 レーダー索敵はミノフスキー粒子濃度が高く、今しばらく時間を必要とします」

 

 情報担当士の報告に艦長、パオロ・カシアス中佐は頷く。

 

「恐らく、あれはジオン軍の新造艦に違いない。

 撃破するに絶好の機会だったが、本艦は予定通り任務を遂行する。

 今後も敵との遭遇が懸念される、第一種戦闘配置は継続、このまま針路をルナツーへ向けよ」

 

 指示を受けた操舵士が針路を連邦軍宇宙要塞ルナツーへと向ける。

 その様子を視界の隅に捉えながら、パオロ中佐は皺が目立つ顔を厳しいものに変えた。

 

 彼が艦長を務める戦艦はペガサス級強襲揚陸艦二番艦であり、ホワイトベースと呼称される。

 

 その規模は全長二六二メートル、全幅二〇二・五メートル、全高九三メートルもあり、連邦軍の宇宙艦としては初のモビルスーツ搭載運用能力を持つ。

 最新技術が盛り込まれたこの宇宙戦艦は、モビルスーツ運用を前提に建造されている為に攻撃の遠距離と防御の近距離と火力充実化を図られている。

 これは中距離は展開するモビルスーツ隊に任せ、他をカバーする戦術思想である。

 また、あらゆる作戦行動に参加出来うるように設計され、火力は戦艦並となり航行速度は高速艇に次ぎ、物資積載スペースは補給艦に次ぐという万能仕様であった。

 更には単独での大気圏離脱、突入能力を有する本艦は、今後の中核を担う戦力として高い期待を寄せられている。

 

 搭載予定のモビルスーツは、構成する素材都合や安全に開発する理由から連邦軍とジオン軍の間で戦争が勃発した際に早々と中立を宣言したコロニー、サイド7にて建造を進められている。

 中立と謳いながら連邦軍研究施設を秘密裏に用立て、反攻作戦の肝であるモビルスーツ開発に手を貸してさえいるのだ。

 パオロ中佐は政治屋の宣誓ほど信用できないものはこの世に無いと、改めて思い知った。

 

 サイド7の態度は、ジオン軍に発覚されれば明確な敵対行動として攻撃される危険性がある。

 それでも連邦軍に肩入れしたのは、ジオン軍が実行したコロニー落としにあった。

 サイド規模で大量殺戮を行うジオン公国は、地球連邦政府が倒れれば他コロニーに対しても同様の措置や武力制裁を行うと想像させるに足りたのだ。

 何れは自分達も、と考えが及んでしまえば連邦軍が秘密裏に援助要請を打診してきた際に、拒否できるはずが無かった。

 

 尤も、其処には連邦軍がこの戦争に勝利すれば、協力者として恩恵に(あずか)ろうとする思惑もあるのだろう。

 将兵が命を燃やし、血の河を築く戦争すらも、彼らにとっては経済を回す一つの手段でしかないのか。

 

「やはり、政治屋という輩は好きになれんよ」

 

 好悪で物事を図る事はよろしくはない。

 が、パオロ中佐は胸に溜まるものを無理に治めようとは思わなかった。

 

「パオロ艦長」

 

 名を呼ばれた方へと目を向ける。

 

「ノア中尉か。どうかしたかね?」

 

 何処か血気に逸る若い尉官に用件を促した。

 

「はっ! 何故ジオン軍の新造艦を見逃したのでしょうか。

 大気圏突入時は如何な機動兵器であっても完全に無防備を晒します。

 本艦に搭載された火砲による斉射であれば、二隻とも撃沈できたと少官は思います」

 

 これが戦功稼ぎによる言であれば、パオロ中佐も相手にはしない。

 だが、このブライト・ノアという青年はこの場に詰めているブリッジクルーに聞こえるよう声を出している。

 ブライトはパオロのとった行動を理解していたが、クルーには考えが至らない者も多いだろう。

 

 艦船クルーは一つに向けて全員が行動する。

 パオロが優れた指揮能力を持っていようが、指揮下に入ったばかりのクルーとは絶対服従するに足る信頼が築かれていないのだ。

 その状態で誰の目から見ても「打ち倒せる好機」を逃せば、疑問を抱かれるのは当然の事。

 ブライトは極秘任務と、長い船旅に出たばかりで今後に差し障る”しこり”を作らないようにと「勲功稼ぎに熱心な素人」という泥を被りに来てくれたのだろう。

 

 でなければ、優秀な成績を残した士官候補生がこの類の質問をするわけがなかった。

 

「なるほど。尤もな質問だ、ノア中尉。

 確かにこのホワイトベースが有するメガ粒子砲であれば、大気圏突入に全神経を傾けた戦艦一つ撃ち抜くに容易いだろう。その能力はあるのだから。

 だが、我々は現在極秘任務中である。

 目的はジオン軍打倒ではあるが、本艦にはその手となり足となるモビルスーツが一機も無い。

 仮に、あの二隻撃破に成功したとしよう。

 この宇宙では戦闘の光がよく目立つ。メガ粒子砲の光線はさぞや主張するだろう。

 そして、ミノフスキー粒子を撒き散らして光は消える。残るは高濃度のミノフスキー粒子だ。

 ジオン軍の哨戒隊がそのどちらかを見れば、追跡行動に入るだろう。

 秘匿しなければいけない状況で、それが如何に危険な事か。

 目先の事に囚われ、本来の役目を疎かにしてはいけない。理解してくれたかな?」

 

「はっ! 艦長の御指摘通りであります。御教授痛み入ります!」

 

 さっと敬礼をして元の位置に戻る若手を見送り、中佐は落胆を感じていた。

 

 ブライト・ノア中尉に対してではない。

 

 士官候補生にこの茶番を演じさせた、ブリッジクルー達にだ。

 パオロ自身も配慮が欠けていた。これも反省するべき事だが、下の者にこうまでさせた尉官以上の人間は何を考えているのか。

 

 苦いものを感じていたパオロ中佐とは裏腹に、要塞ルナツーへ航行を開始した連邦軍最新鋭艦、ホワイトベースは順調に黒い海原を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

本作品のザンジバル級機動巡洋艦はこの設定で行きます!
搭載数が統一されてない=変更できる或いは拡張できる、とするしかなかったんだ。
キマイラのザンジバルは追加ユニット更に搭載数が上がるお。
ネメアのザンジバルも改造したいですね。

うん? 修羅場?
そんな事は無かったよ。人の話を聞かず感情をぶつけて去る、とかは無かったんや!

ズルズル引き摺られた中佐の運命は、そうだな。

タンパク質を搾り取られてるんじゃないかな、ええ。

今回初のパオロ中佐とブライト少尉。
作者、パオロをパウロとミスしていまして慌てて修正しましたよ、フフ。
ファンの方ごめんなさい。

ジョニー・ライデン一行とメルティエ・イクスと愉快な仲間達が遭遇した場合はどうなるのか。
んん、話に不要ぽいし、ザックリ切ろう。
そうしよう。

白い悪魔が起動し始める前に、作者は紛れ込んだホワイトベースに潜みつつ、逃亡するんだぜ。
宇宙でしかも連邦軍艦に潜入してしまえば、追っ手も断念するに違いない。

では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第42話:得難い、休息の日(前編)

 軍隊というものは上下関係から成る組織である。

 上に昇り詰めればその分だけ良い思いが出来るのは万国共通のものであり、これは他の組織にも言える事で、誰しも一度は夢見る「将来の自分は」というやつだ。

 

 組織で上役に成れば権力を持ち、影響力を有するようになる。

 その力の及ぶ範囲が拡大するほど、身には責任という重荷が積まされるわけだが、これを正しく理解せずに転がり込んできた力だけに目がいってしまうのが、人間という悲しい生き物だろう。

 身の丈に合わない、目に見えない力に振り回されて、大抵は身を破滅させる路へと知らずに足を進める。

 

 では、自分はどうだろうか、とメルティエ・イクスは思う。

 

「俺は、真っ当な人間だ……と、思いたい……です」

 

 彼は今し方目覚めたベットの上で頭を抱えた。

 

 昨日は久方ぶりに穏やかな時間を過ごせる、と創設以降忙しく戦争の準備と戦いばかりであった部隊員らと語らっていた。

 用事や急用で一人、また一人とその場から離れても残った面子で賑やかな話し合いの場は終わる事無く続けられた。

 メルティエが秘かに懸念していたキキ・ロジータは現地協力者として部隊に受け入れられ、軋轢も無さそうだと安心していた時に、それは来た。

 

 蒼い少女、ロザミア・バタムの乱入と「おとうさん」発言以降は会話の矛先が全てメルティエに向かい、詰問される事態に陥ったのだ。

 

 加えて言うなら、退院直後に見も知らぬ地でメルティエの下へ辿り着いた行動力にも驚いた。

 彼はロザミアから経緯を聞いて「さすが挨拶直後に養子縁組を提案する子」だと納得した。

 ふらりと現れた副官のサイ・ツヴェルク少佐から「立て替えておきました」と言われて首を傾げていたのだが、その理由も判明して幾分スッキリもした。

 同様に財布の中身も軽やかになったわけだが。

 

 だが、それらでメルティエは頭を抱えていたわけではない。

 

 責められる事に困惑はしたが、ほとんど誤解であったしそれは既に晴れている。

 それに見目麗しい女性達に迫られるのは、若い男には刺激的だった。内容が相応しくないものだったが、それは致し方ないというもの。

 気心知れた仲間と私事にも一歩踏み込んだ関係になれたと思えば、悪い気はしない。

 

 問題はその後の出来事に在った。

 

 彼は起きてから、さっと自室を見た後に再び目を瞑っていた。

 先に言うならば、二度寝の類ではない。

 起きた後は瞑想を行う等の趣味や日課があるわけでもない。

 

「どうしてこうなった」

 

 さぁ、メルティエ・イクスよ。

 目の前に横たわる、不動なる現実を直視しようではないか。

 

 ベッドの中で自分に寄り添って眠る、()()の美女をその(まなこ)でしかと見よ。

 

 右へ視線を向ければ、飛び込むのは男を情欲に狂わせた肌理が細かい白い裸身。

 その上には彼女の甘い味を思わせる蜂蜜色の髪が乱れ、呼吸に従い起伏する豊かな胸は細い腕とベッドに窮されて淫らしくも形を変え、男の視神経を、その雄の本能を刺激する。

 あどけない無防備な寝顔を晒すのは、メルティエ・イクスの人生に不可欠で、大事な女性。

 

 アンリエッタ・ジーベルは寒さを覚えたのか、それとも離れた体温が恋しいのか。

 そっと彼女の顔を隠す髪を払ったメルティエの指先に触れ、擦り寄って来た。

 動きに合わせて艶めく腰がシーツから覗き、其処から現れたのは女性特有の丸みを帯びた臀部。行為に夢中になる弾力と肌に吸い付く感触が蘇り、男の血流が一部分に集結し始める。

 

 一呼吸置いて、彼は手を伸ばす。

 健やかな寝息をたてる彼女の身体に、ではなく。

 肌蹴たシーツをゆるゆると、アンリエッタの肩まで隠すように引いた。

 

(睡姦してどうする。目と目が合ってするからイイんだ)

 

 猛烈に抗議する分身の意見なぞ一蹴し、起きる前から拘束され続けている左腕に注意を向ける。

 

 豊かな髪がベッドに広がり、さながら薄紫色の海原に浮かぶ花の如く在る幼さの残る端整な貌。

 抱き枕と化した左腕を通じて襲い掛かる、男の脈動を促す触感。気を許せば、筋肉のしなやかさと女性の柔らかさを両立させたその肉体を、また堪能しようと動くに違いない。

 今も耳朶に残る、普段の淡々とした口調が生態の色欲に嬲られて乱れる声色は、それだけで情欲を昂らせるに足る。

 

 彼女とは時には苦言を呈し、時には身体を張って止めてくれる相棒のような間柄だった。

 

 その相棒と男女の関係になってベッドを共にしている事も、昨日の出来事が起因している。

 

 ロザミア救助の一件、顛末ではなく経緯を漏らしたのがいけなかったのだろう。

 闇夜の中でモビルスーツの上を疾駆する、その姿もモノアイの記憶媒体に映っており、人命救助に赴いて二次災害を起こす積もりかと問い詰められた。

 反射的な衝動だった、と白状したメルティエをベッドに組み敷いたエスメラルダ・カークスは、ジオン公国の軍人になってから男の行動は度を逸したものだと、命知らずだと指摘したのだ。

 

「残される者の気持ち、理解しろ。この馬鹿!」

 

 不機嫌にはなっても、ここまで激昂した彼女は見た事が無い。

 そのエスメラルダに言われて、漸く判った事がある。

 突き付けられたものは、メルティエ・イクスが愚者であり、本質が変わっていないのだという事だ。

 

 女は怒っている癖に、悲しみを男に叩きこんでくる。

 それはシャツを濡らす滴と、小さな躰から発せられる波紋のようなもので理解できた。

 

 彼は十年前に自身が消化するに苦労した想いを、今度は自分が他者に与えようとしていたのだと気付いた。

 エスメラルダの赤い瞳に魅入られながら、己を鍛えてくれた養父ランバ・ラルと教師役に付き合ってくれたクランプに申し訳なく思う。

 

 キャスバル・レム・ダイクンを喪って「そうならない為に強くしてくれ」と頼み込んだ少年は、肉体に関連する体力と技術を体得した。知識も現場主体のものだが豊富に学んだ。

 であるのに、大人になった後も意識改革が手付かずだったとは、どういう事なのか。

 

 エスメラルダの言葉が、正にその通りだった。

 

 メルティエは過去の「残された者の気持ち」で戦っていただけで「残される者の気持ち」を汲む生き方をしていなかった。

 暗礁宙域突破機行から始まる、最前線で身を盾にする行動と敵地に踏み込む行為は、過去を引き摺った男の有り様でしかなかった。

 思い出に引き摺られて、記憶に囚われて、何時まで友達を喪った子供のままで在り続けるのか。

 

 確かに、手の届く範囲で欲張った生き方をすると決めた。

 優れた技量を見せた連邦軍パイロットに降伏を促したり、助けを求めて叫ぶロザミアを救ったのはその為だ。

 

 だが、己が身を顧みる余裕はあっただろうか。

 無茶をしてはメイ・カーウィンに心配を掛けさせ、ユウキ・ナカサトに身を顧みない行動を咎められ、シーマ・ガラハウには他者に委ねる度量を身につけろと言われたではないか。

 

 半年ぶりに再会した、親父殿の視線を受けて、何も感じなかったのか。

 あの頼もしくも巌しい、子供時分に憧れた大人の表情に。

 戦場の真っただ中で疲弊した子を想う、親の顔をさせたのは誰の所為だ。

 

「いい加減にしろ、人は成長するものだ」

 

 今も耳に覚えがある、懐かしくも色褪せないものが、何処かで聞いた声が脳内に響く。

 金髪碧眼の少年が、もたついて歩けない背を押している。

 過日を振り返れば、その超然とした態度と、自信に満ちた声がとある人物に重なる。

 

 いや、まさかと男は思った。

 気になりはしたが、同じような声等はよくある事だ。

 

 だが、あの手合いが隔てずに気安く接する理由は、何処にあるというのか。

 

 広がる違和感に思考は高速で巡るが、それも長くは続かない。

 触れる人の温もりは、意識を引き剥がしに掛かってくる。

 逃避は許さない、と。

 自分を見ろと訴えているようで、下の男は上に居る女を捉えた。

 

「メル」

 

 見慣れた顔の、濡れた瞳と潤んだ唇がある。

 

「エダ」

 

 間違えた道を教えてくれた女性に感謝と敬意が溢れ、次にそれらを凌駕する愛情が芽生えた。

 

 関係を結んだ女が居るのに、胸の上で頭垂れる別の女を抱き締める。

 自らの不誠実な行動は、弱い男の(さが)を認めるものであった。唾棄すべき汚い男の側面であった。

 それを恐る恐る抱き返された事で、男を止めるものが一気に砕けた。

 

 呼気が直に当たる距離の小さな唇に吸い付き、その拒まれない様子が、男の劣情を掻き立てる。

 見慣れた互いの野戦服を脱ぎ散らし、瑞々しい肢体を好きにされては押し殺した声を可愛く漏らす姿が、筆舌し難い支配欲を獣に煽り続けるのだ。

 痛みに身を震えさせながら受け入れる女に、男は何度征服の証を注ぎ込んだか分からない。

 

 理解できたのはエスメラルダを手放す事は無いという確信と、烏滸がましい故に蔓延る独占欲だ。

 

「――――ふぅん」

 

 この男女が共有したのは繋がる悦びと、行為途中を第三者に見られる気恥ずかしさだった。

 男は少しの困惑後に「刺されるのは俺だけだ」と腹を括ったが、男の強靭な腰から身を上げない女は「我勝利せり」と涙目で相手に報告していた。

 

 第三者は演出用に手に持っていたアーミーナイフを溜め息と共に放り投げると、理解が及ばない男に言ってやった。

 

「責任はとってね。()()だけは認めないよ」

 

 綺麗な笑顔を見せながら、目だけで獲物の姿を射抜く。

 

 其処から先は、男と女がまぐわう体臭で頭の中が塗り潰されて、正直よく覚えていない。

 

 メルティエの心中を占めるのは「やっちまった」感が半端ない事と、二人を含めた周囲との今後の接し方、婚姻は戦時中は難しそうだというものだった。

 冷静を装って前向きな検討に傾倒しているが、それは自分が「複数の女を囲う」人間だと無意識に理解していた事に他ならない。

 

「可愛い嫁さんが二人も出来ました、そう言ったら親父殿達、どんな顔するかな」

 

 これも親孝行に入るのだろうか、と。できれば説教だけは勘弁してもらいたい息子であった。

 だが、この事態を認めてもらえるのであれば、親父殿の鉄拳制裁も甘んじて受ける覚悟だ。

 エッジとスナップが効いた養母の意識を刈り取る平手打ちすらも、臨むところである。

 ただ、恩師のクランプがその為体に嘆くのか、それとも全面協力するのかが気懸かりだった。

 彼は忠義篤く有能で、ラル達が世を忍ぶ時も共に耐える副官の鑑だ。

 

 心地よい疲労感に襲われながら、ラル隊に合流する時はクランプに先ずは話を通そうと決めた。

 橋渡しする存在はいつの世でも大事である。

 

 決して、養い親の攻撃に及び腰になったわけではない。

 

「あと、二人の家族にも面通ししなくちゃな」

 

 そう言い、ウトウトと微睡始めた為に男は、気付かなかった。

 

 独白の聞き相手が虚空ではなく両隣の女達で、男が寝入った後も熱い視線を寄越していた事に。

 

 眠りに就いたメルティエを見届けた二人は、顔を僅かに上げて目を合わせる。

 

「これは、宣言?」

 

「いや、メルの事だからね。隠す気はないって言いたかったんじゃないかな」

 

 概ね、その通りである。

 

「……すごい臭い。まずはシャワーを浴びたい」

 

「ん、そうだね。後で換気と掃除かな」

 

 起き上がるエスメラルダが、身の奥から響いた粘着音に、全身を真っ赤に染めた。

 同様のアンリエッタは頬を染めるが、動きを硬直させる事なく。シーツから抜ける。

 彼女は薄暗い中に裸身を晒して、末永い付き合いになるだろう同僚に手を差し伸べた。

 

「腰、辛いでしょ。手を貸すから」

 

「助かる。正直、これほどのものとは思わなかった」

 

 アンリエッタは、小柄な身体の彼女にはあの”獅子奮迅”は辛いだろうか、と思った。

 

 けれど、彼は”獅子”と呼ばれ、彼女は”虎”と称される人間であった。

 

「癖に、なりそう」

 

 エスメラルダの視線の先を捉えながら、順応性が高過ぎやしないか、と呆れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 クカット要塞の兵器生産プラントに詰めるギニアス・サハリンは、リアルタイムの報告を上げるノリス・パッカードに尋ねた。

 

「キシリア閣下子飼いの部隊が、我が方に降下中だと?」

 

 聞き捨てならないものが幾つかあり、作業の手を休める。

 彼は同要塞の保有する試作モビルアーマー、アプサラスの更なる改良と拡張を進めていた。

 そのアプサラスの試験場となった区域はシンタン基地といい、目標とする建造物は基地内で最も防御能力の高い兵器格納庫だった。

 重要施設は外観よりも内側に力を入れるのが普通であり、例に漏れずこの兵器格納庫も一見地味な倉庫に見えるが、幾重にも張られた構造は砲弾を撃ち込まれても貫通せず、内部で爆発したとしても他の棟に火災が広がらないように対策がなされている。

 基地に空爆があったとしても、唯一残る建築物が兵器格納庫だ。

 

 が、その堅牢な防御能力も、アプサラスの大型メガ粒子砲の前では紙の砦に等しい。

 

 触れれば差別なく溶融し、蒸発させ、消し飛ばす。

 この悪魔の兵器は基地攻略部隊の先触れとして投射され、想像以上の破壊力と戦果は開発者たるギニアスを魅せた。

 

 護衛部隊と共に降下し、防衛設備群の射程距離外から一方的に攻撃を行う。

 目標地域の破壊と殲滅のみに的を絞った最強の兵器が、アプサラスだ。

 

 ギニアスが思い描いていたものを形にしてから世に出す予定ではあった。

 それも「誰もがこの計画に価値ありと認める戦果を出すべき」と述べる男の意見と、これに賛同するノリスに後押しされ、初めて戦場に配備した。

 

 結果は、先述の通り。テストパイロットを務めてくれた実妹のアイナ・サハリンの協力もあり、現在のアプサラス計画はデギン公王のみならず、ジオン公国自体からも援助を受けるに足るものとされ、ジオン軍が抱える軍事プロジェクトの一つと正式に認定を受けたのだ。

 当然の事ながら、ギニアスはその責任者に任命されている。

 

 サハリン家の、自分の積み重ねた苦労が遂に報われた。 

 この想いに彼は酔ったが、技術屋の面を持つギニアス・サハリンは納得していなかった。

 

 ――――まだだ。アプサラスの、私の力はサハリン家を更なる高みへ昇らせることも出来る!

 

 家督を継いでから、蔑にされ続けた名家の当主の瞳が濁り始めたのはいつ頃か。

 彼の家宰であるノリスは、ギニアスの様子がおかしいとは思ったが分不相応な諫言はできない。

 二人の兄妹が幼少の頃から支え続けたこの無骨な男は、自身の揺るぎ無い忠誠心が主君の描く道筋に物申す事を躊躇わさせるのだ。

 

「はっ。ローデン大佐のネメアに、キシリア少将から戦勝祝いの品を預かって来た、と」

 

 ダグラス・ローデン大佐が統括する突撃機動軍特務遊撃大隊ネメア。

 彼らは最新鋭機のモビルスーツやグレードの高い改修機を扱い、配備された兵器機材は元より隊に配置する人材も秀でた、正に粒揃いの部隊であった。

 この精鋭部隊の多くが特異な人物で構成され、名目上はローデン大佐麾下だが、実質的な部隊長は蒼い獅子の異名を持つメルティエ・イクス中佐とされる。

 開戦以降頭角を現したこの蒼い獅子は、ジオン公国が発するメディアを通じて爆発的に広がり、今や知らぬ人間を捜す方が困難な存在となった。

 この中佐を筆頭に数々の戦歴がネメアの実力を内外に示し、特にヨーロッパ方面やアジア各地では験担ぎに機体を一部「蒼」で塗装する一種の信仰さえ広がっている。

 

 噂では、ヨーロッパ方面軍司令ユーリ・ケラーネ少将がこの()()に遭っているとされた。

 現地で戦い続ける多数の古参兵がガルマ派、蒼信者である為に同地の部隊を自分色に染める事を早々に断念したと聞く。

 作戦初期に地球へ降下した第一次降下部隊が今も士気高く、ガルマの残した物資循環策が機能しているとは言え戦線に綻びが見えないのは驚異的であり、かの両雄と轡を並べた事が無い将兵からすれば不気味でしかないだろう。

 

 軍事に関しては知識しか持っていないギニアス・サハリンも中部アジアへ着任した際に、施行されたガルマ・ザビの防衛策と建築したこのクカット要塞に敬服しているほどだ。

 

 連邦軍にもガルマとメルティエの影響力は傷跡として残り、遭遇した部隊やその生き残りは「撃っても倒れない蒼い獣、それを使役する死神」だと身を震わせて告げる。

 蒼い塗装が見えただけでも恐れる者が居るし、逆に一部分が蒼いだけなら「奴じゃない」と果敢に攻める者も居る。

 この実情は教材にも使われ、理知的な戦術だけでは戦場は回らないのだと訓示する生きた実例として若手育成の場で紹介されている。

 

 こうした両軍に与える有形無形の効果は、二雄が北米方面軍司令、遊撃部隊に分かれた今現在も敵味方問わず共に高い。

 

「ローデン大佐に? イクス中佐の間違いであろう。

 しかし、月のグラナダから地球へと、態々信を置く部下に送らせるとはな。

 ……ふん、キシリア閣下の懐刀はマ・クベ大佐と聞いていたのだが。

 果たして、誰がそうなのか判らないものだ」

 

 ギニアスはそう漏らした。

 これが優秀な配下を揃えた人間への嫉妬なのか、それとも女は気が多いと誹ったのか、もしくはその両方を内包しているのか。

 

 間違いないのは彼が不機嫌である、という事か。

 

「ギニアス様、僭越ながら申しますと。あまりその物言いは感心しません。

 シンパが居るとは思えませんが、少なくとも少将麾下の部隊が駐留する間は、言動に注意を」

 

 恐れず述べたノリスをギニアスは鋭く睨む。

 

「分かっている。ノリスの前だから言っただけだ、他では言わん。

 本国にアプサラスをお認め頂けたのだ、今更計画の妨げになるような事はなさらぬ筈だ。

 作業はこのまま続ける。すまんが、ノリスは彼らの動向を視ていてくれ。

 下手に刺激はしたくないが、何を運び込んだのかは気になるのだ。

 ……アイナの様子も見てくれると、助かる」

 

 苛立ちを自覚したギニアスは感情に熱が籠るのを実感した。

 だが、顰蹙を買うと知りつつ敢えて言うこの壮年の副官を信用しているし、信頼もしている。

 長い付き合いの人間に少し甘えただけで、実務もそうならば、また家族の問題で彼に頼る事を申し訳なく思いつつ、他に頼る人間が居ない青年将官は心中で頭を下げるしかなかった。

 

 妹のアイナは、戦闘時のストレスで塞ぎ込んでいる。

 致し方ないのだと、今にしてみれば思う。

 

 アレは元来優しい性質だ。

 自らが乗る兵器の性能が、どれほどの人命を奪ったか。

 それを風聞で知ったのならまだしも、しっかと目にすれば相当なショックを覚える筈だ。

 片田舎の娘であれば、それも許せる。身を置く場所が全く違う世界なのだから。

 だが、政界に必ずある政争に、サハリンの名前を持つ故に今後こういう事に関わるのは明白だ。

 自身の成したことに、どれだけの人間が巻き込まれ、人生が変化していくか。

 荒療治ではあるが、これは妹に必要なのだと、兄は思い込むしかなかった。

 

 自分も、兄妹でサハリン家を再興させる事で視野狭窄になっていた。

 アプサラス計画も、もう少しで次の段階に推移する。

 ギニアスは、アイナと話し合う時間を設けようとも考えた。

 

「いえ。お分かり頂けたのでしたら、小官からは何も申す事はありません。

 ――――小事はお任せください、ギニアス様。アイナ様の事も気を配っておきます。

 今はご自身のやるべき事を成就なさってください。

 では」

 

 厳しい顔の中で、目に優しさを残す軍人が去るとその空間をしばらく見つめ、背後の建造物を視界一杯に入れた。

 

 工事現場さながらの物々しい騒音は止まず、幾つもあるケーブルが各接続部から伸びるのは、彼の”夢”だ。

 

「せめて、最後の肉親を喪おうとも、サハリンの家だけは妹に遺したい」

 

 この夢が成された時には、ジオン公国の中でもサハリン家はそれなりの立場と発言権が許されるようになる。軍閥は作れないだろうが、名家として存続はできるのだ。

 後援者であるデキン公王と、秘密裏に通じたギレン総帥からもお墨付きを得ている。

 キシリア少将の部隊がネメア以外にも駐留するとなれば、地球攻撃軍は突撃機動軍の下部組織なので、派閥が異なるギレン総帥との連絡は一時中断するしかあるまい。

 

「――――うぐ、ごふっ」

 

 全身を苛む寒さと、胸の中を這い回る塊に、彼は口元を手で覆う。

 

 強く咳き込んだ彼の掌には、血がべたりと付着していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わぬ再会というものは、攻撃意識の無い不意打ち的な事をいうのだろう。

 事実として、同じ軍閥に在るキマイラの襲来はネメアの面々にとって好意的なものではない。

 連絡の一つも寄越さず、自分達の都合で参上されても困るのだ。

 

 軍隊というものはとかく、消費者である。

 軍事行動は当然の事ながら、移動だけでも相当な物資を消費する。

 聞けば月面基地グラナダより出航し、航行ルート上を哨戒する連邦軍部隊を撃破しつつ、最低限の補給のみ済ませて大気圏突入に臨んだというではないか。

 

 つまりは、ネメアと合流したら受領したものと引き換えに補給物資を頂くわけだ。

 無論、合流先の部隊から次の任務に必要な物資を分けてもらう行為はおかしくはない。

 彼らネメアも中東アジア方面軍からそれを受けているし、どの軍でも規模は違うが同じ事は何処もしている。

 

 問題は無断で地域を跨ぎ、金食い虫の軍艦で突入して来た挙句、その二隻の内の一隻を譲渡し、どちらも物資が空に等しいものを補給してくれと催促する面の皮の厚さである。

 

「ジョニー・ライデン少佐。私は他にやりようは幾らでも有ったと思うのだ。

 だがまずは、其方からの言い分を聞こう」

 

 顔色が悪いジョニー・ライデンは居心地も悪かった。

 罪状を聞こうとでも言わんばかりにテーブルに肘を突き、低い声で尋ねる初老の軍人を見る。

 伊達男の前に居る人こそ、完全に仕事モードに入ったダグラス・ローデン大佐である。

 

 金属の冷たさを覗かせる眼光に、しゃべる以外はぴくりとも動かない表情筋が言い知れぬ凄みを感じさせ、普段のダグラスを知る人ほど、その怖さが分かるだろう。

 

 現に真紅の稲妻を一目見ようと彼らが居る食堂に訪れたミーハーな連中は、しんと静まった室内の中心で尋問室の雰囲気を作るに至った人物と、お目当ての英雄が対面する現場に出くわした。

 そして、野次馬する勇気すら湧かなかったのか、即座に退散した。

 

「我々はキシリア少将より指示を受けまして、それに沿った行動をしたまでの事。

 指示書の内容を確認した我々は事を迅速に進めねばならなかったのです。

 確かに連絡を済ませずに来訪した件は我々に非が有りますが、物資不足でこの動きを止めるわけには参りません。

 指示書にある幾つかの指示には、少将が進めていた軍事物資の譲渡に在ります。

 受けてもらわなくては、我々はこの地を離れる事が出来ず、少将の命に背く事になります」

 

 発奮したジョニーの言い分に「ほぉ」とダグラスは目を細める。

 

「本拠地に近い宇宙とは違い、地球降下部隊は常に物資不足に悩まされている。

 ()()の将兵ならば、知らなかったで通じる事もあるだろう。

 だが、部隊指揮官の少佐が、()()真紅の稲妻が赴く地の情勢も知らず出て来たとは信じ難い。

 もしや、地上で困窮に苦しむ同胞に、関心を示さなかったという事かな。

 少将の御命令さえ有れば、地上部隊もすぐに物資を都合できると。

 ジョニー・ライデン少佐は思っているわけか」

 

 ジョニーは「あ、やべぇ地雷踏んだ」と胸中で呟いた。

 勢い込んで言った端々に「任務の事しか頭になく、他は気にしていない」と取れる言葉がある。

 更には、脅しも含んでいる事に気付いたのだ。

 

 キシリア・ザビに近い人間とされる少佐は、例に漏れず腕一本でこの地位まで来た人間である。

 実戦や部隊戦術ならば名うての軍人だが、事弁舌を用いるこの戦場は管轄外だ。

 対面に座る人物は実戦指揮官の経験豊富で、尚且つ弁舌や交渉術にも長けている。

 そもそもが勝負にならず、早めに「考え不足でした、ごめんなさい」すれば、ダグラスから口撃される事もなかったとも思い至った。

 

 今や苛立ちを隠さなくなった上官に、ジョニーは突破する糸口を掴み切れない。

 赴く際にイングリットやユーマが「ぽかするなよー」と言っていた事が、まさか事実そうなるとは。

 笑いながら「今日中に話を付けてくる。子供は大人しく待ってろ」と切り返した三時間前の自分を止めたい。

 今なら、投げ飛ばされてきたヘルメットや靴にダメージを負う事無く回避できそうな心地だ。

 無駄に派手な動きをせずに、腰を屈めれば回避できるだろうから。

 

 ダグラスから「抗弁はなしかね」と催促されたが、何を言っても良くならないだろう。

 嫌な汗が出始めた時に、歳が近い上官が現れた。

 

「遅れて申し訳ない。

 久方ぶりだな、ライデン少佐。何やらキシリア閣下から贈り物があるとか?」

 

 現れた青年に、ジョニーは助かったと思った。

 

「本当に久しぶりだ、イクス中佐。

 できれば、再会ついでに大佐を説得してもらえないだろうか」

 

「ん?」

 

 ダグラスの隣に座るメルティエに願い出たが、ジョニーは勘違いしていた節がある。

 

「説得も何も、指令書を盾に物資を強請ろうとしてるのは誰が見ても明白だろうに。

 間借りしている当部隊にはそのような余裕もない。贈り物は受けるが物資はこの地の駐屯部隊に都合してもらうのが正道だろう。

 としか言えんよ、幾らなんでも」

 

 彼はネメアのモビルスーツ部隊長であり、次席責任者である。

 これがガルマ・ザビであれば、友人の為にメルティエは各基地へ働き掛けるだろう。

 蒼い獅子と真紅の稲妻の間柄は、メディアが勝手に戦友の関係と謳っているが実際はただの知人である。情け容赦ないのが普通であり、正常であった。

 

 がっくりと顔と肩を落とすジョニー。

 

「まぁ、司令代行を執っておられるパッカード大佐へは願い出てみる。

 だが近日中には無理だぞ、こっちもカリマンタン攻略からそう日が経っていないのだからな。

 早急に動きたくとも、物事には順序が有る」

 

 がばっと顔を上げたジョニーは、メルティエの手を掴んだ。

 

「本当か! やはり、持つべきものは理解者だな、恩に着る!

 情報を入手する名目で滞在するが、それは許可してくれるんだろ?」

 

「あ、ああ? この基地には空き部屋もあるし、其処を共有スペースにすればいい。

 寝泊まりは軍艦の方がいいかも知れんな。重力下に慣れない間は疲労感に苛まれるし、住み慣れた場所の方が良い事もある。

 先にそちらの部隊員に伝えてくれないか? 自分の立ち位置が不明のままだと不安がるからな」

 

 連絡事項を幾つか伝え、足早に去る少佐を彼らは見送る。

 

 中佐は収まりが悪い後ろ髪を撫でながら、漸く平常運転に表情を戻した大佐を見た。

 

「ローデン大佐。確か、ライデン少佐が来た場合はこうする手筈だったのでは?」

 

 メルティエは自身が発案した事項に触れず、ジョニーを責め立てていたダグラスに目を向ける。

 

「なに、噂の稲妻は弁も立つのかと思ってな。つい、試しただけよ。

 これを経験に、角が立つ言い方をせぬようにしてくれれば幸いである」

 

 莞爾と笑う老練な男は、こうも続けた。

 

「それに、圧迫された後に助け舟を出されると、良い印象を与えると言うではないか。

 私は自分の繋がりを持っているが、中佐は確かに有力者と繋がりがあるかもしれない。

 だがそれも、狭いものしかないだろう。

 人脈は常に作りたまえ。良いも悪いも関わらず、だ。

 いつどこで役立つか分からん縁も、思わぬ時に重宝するものさ」

 

 彼は「だから。私が損な役回りをする間に、人との縁を作りなさい」と、若者の背を叩いた。

 

 そっと席を立ち、出入り口に歩を進めながら。

 

「私も誑し込まれたようだ。全く、油断も隙もないな」

 

 出来が悪い息子を想うように、ダグラスはふっと笑う。

 

 その背を、メルティエは見る事ができなかった。

 他者より向けられた厚意が有り難くて、頭を下げていたからだ。

 僅かに身を震わせた彼は、今の顔を見られたくなかったのかもしれなかった。

 

 何時までも動かない足元に、透明な滴が、音を立てて散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




区切ってこれまでの登場人物をちらほら出す予定でござる。

キャリフォルニア・ベース組は出るね、間違いなく。
現在いる人物は……結構居るね。

中東アジア組もそうだが、中々にカオス。

当作品は「この混沌具合、嫌いじゃないわ!」な読者様のおかげで成り立っております。
この場を借りて感謝(拝み倒しつつ、退路方向を模索する作者)

ところで、主人公が刺されなくて残念に思って居る人。
本当に、残念だったね(にこぉ)。

ジョニーが政治もやり手だとは思えなかったので(ジョニー・ライデンの帰還から察するに)、直情径行の人になりつつある。恐らくはジオン軍の前線で活躍する佐官って誰も彼もがこんな感じなのではないかと思うんだ。

戦争も政争もできる完璧超人は、劇中で居ただろうか。
シーマさんが舵取り上手い印象はあるな、他はどうだろうか。

しばらく物語の進みが遅くなりますが、ご勘弁を。

さて、次は主人公以外のところにカメラ回さなくては。
やはり、ガルマ辺りが有力だろうか。うちのガルマ、読者に人気あると良いなぁ。
例え、イセリナとよろしくやってても「モゲロ」コール来るどころか「幸せに暮らせ」と励まされるかも、しれない。

では、次話もよろしくお願いしますノシ


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第43話:得難い、休息の日(後編)

 北米基地の一つ、キャリフォルニア・ベース。

 同基地はU.C.0079年3月11日に開始されたジオン軍の第二次降下作戦で占領して以来、地球攻撃軍が最重要拠点に設定した要衝である。

 その地下にある兵器工廠は連邦軍の擁する地球連邦総司令部ジャブローには負けるとされているが、本拠を宇宙に置くジオン軍からして最大規模のものだ。

 ジャブローがある南米と隣接するこの北米地域は、戦略的見地からも非常に重要な位置にあり、またこの広大な大陸に住まう市民との折衝にも気を配らなくてはならない。

 

 この軍事、政治面共に難所である地を守るのは、サイド3ジオン公国に於いて国民的人気を博す英雄ガルマ・ザビ准将その人であった。

 彼は赴任するや支配領域拡大は視野に入れず、徹底的に守勢の構えを見せる。

 降下作戦以降は戦線を広げず、軍備の充実化と拡張のみに重きを置いたのだ。

 打ち立てた方針に一部の将兵から不満が出たが、これに勲功しか目に収めない輩と見定めると連邦軍攻撃部隊と衝突し易い、哨戒ルートの防衛に就かせた。

 

 その地で戦闘の手練れに成長、戦争の本質を理解するなら良し。

 何も学ばず、敗退し戦線を下げるものならば、厳しく当たる。

 ガルマ・ザビという男は、立身出世する人間が嫌いというわけではない。

 ただ、現実を見ずに粋がる輩を目の当たりにすると、第一次降下作戦前の自分を見せられ、突き付けられるようで、それが嫌なのだ。

 

 ――――私を、親の七光りとは呼ばせない。

 

 無理を言って参加した第一次降下作戦。

 あの身を躍らせれば吹き潰されそうな、大気圏を抜けて地上へと降下する際に口から自然に漏れ出た言葉は、間違いなくガルマの赤心であり、自らに対する宣誓であった。

 

 思えば、あれから自分の世界は輝きを増したと言える。

 

 それはどれも、今までの人生で得たものとは比べる事が出来ないほどに苦難の日々であった。

 気が弱った時は故郷の宇宙へ、サイド3に戻りたいと思った事は一度や二度ではない。

 生まれ育ったコロニーとは違い、制御できない天候というものは行軍や少ない休日の度に恨んだものだし、劣悪な環境は気温を完全調整された中でしか生きた事が無い彼を含めたジオン軍兵士を苛み続け、中には力尽きて倒れた者も少なくない。

 図鑑でしか見た事が無い害虫というものは、とても厄介だと己の身で知ったし、毒素を持った奴には恥も外聞も無く飛び退った事さえある。

 

 だが、この日々を乗り越える度に体感を通して深まる経験という武器は、ガルマの知らず鬱屈した感情を解き放ち、ある種の余裕さえ持たせた。

 それは、他のザビ家の皆では到底知り得なかったもので、味わえない体験の連続だったからだ。

 

 ギレン兄さんは文化も考え方すらも異なる人々と付き合い、その中で相手の気持ちを理解し、彼らと共にある誇りを持った事はあるのか。

 ドズル兄さんは雨がこんなにも冷たく、人を打ち据えるものだと、雪は冷たく人を凍らせて、金切り風で皮膚を割くのだと知っているのか。

 キシリア姉さんは自然が生み出す、透き通った水がどれほど喉に甘美で、顔を上げれば見えるその地の光景が美しい山野だと己の目に移した事はあるのか。

 

 どれも、無かろう。

 この全ては、ザビ家内でガルマのみがその心身で受けた衝撃と驚愕の上で成り立っている。

 

 特に熱帯や密林地帯の行軍は、原生生物との戦いでもある。 

 今もその地で戦う友に想いを馳せながら、遠い地に居る彼は荒涼した風を身に受けていた。

 恩師でもある友人が去ってからこの地も気温が上がり、じりじりと熱射が肌を焼くものの、比較的過ごしやすい気候だと宇宙移民者(スペースノイド)の自分も思える程度には慣れてきた。

 やはり日差しが辛いものだが、日陰で風に当たればその温度差に涼を感じ、汗が流れる中で口にするキンキンに冷えた飲み物は、また別格の美味さだとも。

 

「ガルマ様、どうかされましたか?」

 

 生々しい記憶が色濃く喉の渇きを覚えたガルマは、耳にすっと入ってきた女性の声に散っていた意識を覚醒させた。

 

「イセリナ……? いや、すまない。少し考え事をしていた」

 

 陽は既に地平線に隠れ、黒い帳の中であった。

 ラウンジに出て、風に当たっていたガルマ・ザビは自らに寄り添うイセリナ・エッシェンバッハの靡く豊かな金髪に目を奪われ、続いてその整った顔立ちに笑みを返す。

 ジオン公国代表としてニューヤーク市を訪問したこの貴公子と、ニューヤーク市長の麗しき令嬢は互いに一目惚れであり、若さも手伝ってその距離を詰めるのに時間は掛からなかった。

 両者とも障害多き立場を理解した上で恋仲になり、他者の視線が途切れるこの場所で身を寄せていたのだ。

 

「パーティもそろそろ終わる。

 少しずつだが、ジオンを支持してくれる人達が増えて、安心していた」

 

 ジオン公国と北米の懇親会(パーティ)がニューヤーク市街で催され、主賓に招かれたガルマはその右腕こそ不在ではあったが、脇を固める頼もしい同胞と共に出席していた。

 

 人物眼確かなランバ・ラル大尉が護衛に就き、スーツ姿の彼はクラウレ・ハモンと共に在った。

 情熱的な赤いドレスで着飾ったハモンは淑女そのものであり、唇を隠して艶やかに微笑む彼女は男共の注目の的だ。

 その視線を背で黙らせるラルは手でグラスを弄いながら、市長の取り巻き――――幹部達と談笑している。

 幹部連中もラルの左腕に控えるハモンへと視線を送っているが、明らかに力不足であろう。

 

 離れた所にはイアン・グレーデン大尉ら将校が紛れ、こちらは軍服のまま出席していた。

 会場へ入っている為さすがに銃器類は携帯していないが、彼らは生身でも屈強な兵士である事は変わらず、戦場で鍛えた勘が下手なセンサーよりも事態を鋭敏に察知する。

 さらには、ジャコビアス・ノード中尉率いる特務小隊が搭乗機の優れたレーダー性能を活かし、モビルスーツによる警備をするという鉄壁の布陣であった。

 そのモビルスーツも来賓を刺激しないよう、間借りした貨物倉庫や市街から離れた港湾部に配備する等徹底した。

 

 また、キャリフォルニア・ベースとニューヤークを結ぶルート上には、ゲラート・シュマイザー少佐麾下闇夜のフェンリル隊が三つのポイントを要所に防衛任務に入っていた。

 このパーティ内外を警護するジオン軍の様相に、連邦軍は基地司令を欠いた要衝を攻められず、また要人が集まる場を制圧する事も許されない。

 

 開戦から八ヶ月が過ぎ、戦線拡大による膠着状態は両軍共に戦力回復の好機ではあった。

 

 ジオン軍は制圧地域の慰撫政策やその防衛、反抗勢力鎮圧に注力せねばならなかったし、連邦軍は痩せ細った戦力を整える事は勿論の事、モビルスーツの研究や戦術の確立、その人材育成に傾倒している筈だろう。

 

 司令官ガルマ・ザビはモビルスーツを有していても未だ南米地域への境界線突破に至らず、守りに入った自軍の危うさを現場の空気から感じ取っていた。

 生半可な攻撃部隊は、かえって戦力浪費と大差ない。

 そう考えたからこそ、彼はキャリフォルニア・ベースを含む近郊基地の防衛設備拡充を推進する。

 攻勢か守勢か、どちらを取るかと問われれば守りを固める。

 古代軍法では攻撃側は防衛側に比べ、籠城した戦力の三倍は要すると言うではないか。

 

 そして、ガルマ・ザビ准将は自身の友人達と違い、攻めるよりも守る方が性に合っていた。

 シャア・アズナブル中佐のような速攻と内部工作等で敵方を崩す手腕、突撃隊を率いる才覚に自分は劣っていると、漸く認める事が出来た。

 メルティエ・イクス中佐がする攻勢部隊による半包囲指揮はともかく、自機突出や囮役を担う身を削る行動は真似しようとは思わない。

 どちらも前線指揮を前提にした作戦行動であるし、かつては同様に敵軍を目の前に指揮を執った男としては思う所が無いわけではなかった。

 しかし、ガルマはザビ家の人間である。

 彼はその双肩に掛かる重責を背負い、期待に応え続けなければならない。

 後方で指揮する立場に、気付けばガルマは収まっていた。

 

「ガルマ様?」

 

「ん。すまない、イセリナ。……少し、感傷的になっていた。

 せっかく君と居るのに、私は他の事を考えてしまっている。どうか許してほしい」 

 

 表情を曇らせた青年は、見上げる乙女の瞳に映る己が顔を読む。

 

 ――――ああ。やはり、悔しいのか。

 

「こんな私にも、頼りになる友人が二人居てね。どちらも甲乙付け難い一角の男達だ。

 そんな彼らだから。いや、彼らだからこそ、私は肩を並べて立ち続けたい。

 追い縋り、追い抜き、また追い抜かれて。目標に向けて邁進していたい。

 ……彼らの背を見る事は構わないが、遠くに行かれるのは、辛い」

 

 イセリナは、饒舌に語るガルマの左腕をそっと指を添えた。

 

 交際相手の、不意に漏れた心中の吐露に動揺したのは、確かではあった。

 共に居る時は穏やかに笑いエスコートする若い紳士に、箱入り娘の純情な彼女は胸のときめきに従って熱を上げたのだから。

 しかしながら、今まで弱い部分を見せてくれなかった彼の姿は、一面しか知らなかった彼女の心を波立たせた。

 

 それは決して不快なものではなく、むしろ抱き締めたい心にさせる。

 流麗な所作から垣間見れる少年の意地、男の誇りといったものが可愛く感じられた。

 青年の「情けない姿を見せてしまった」と呟くその様が、等身大のガルマ・ザビが、傍で見守るイセリナ・エッシェンバッハの”女”を刺激する。

 

 恐らくはガルマが地球に降下してから、友人とさえ満足に語り合えなかった脆い部分だろう。

 その”弱み”を自分にだけ見せてくれた。

 常に与えられ受ける側であった彼女に、母性が芽生えた瞬間でもあった。

 

「ガルマ様はガルマ様の、人には人の歩幅があると思います。

 焦らずしっかりと歩んで行きましょう。その人達の背が見えずとも、足跡は残ります。

 私もガルマ様が遠くに行かないよう、付いて行きますから」

 

 驚いてこちらを向く愛しい人に、彼女は勇気を出して背伸びをした。

 いつもと違い自ら唇を重ねる大胆さに、イセリナは首元まで真っ赤に染める。

 ガルマはそんな彼女の腰に手を置き、ぐっと自身に引き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場は重苦しい雰囲気に支配されていた。

 宇宙要塞ソロモンが司令室に集う将兵は、通信機を握り締めて動かぬ主君を仰ぎ見る。

 室内で聞こえるのは空調音とその恩恵の下に繰り返される呼吸、そして通信機のグリップが軋む悲鳴だけ。間も置かず、砕ける音と共にそれも止む。

 

「何故だ。何故、兄貴はジャブロー攻略を発令せぬのだ!」

 

 ドズル・ザビ中将は、要塞内に響き渡るのでは、と配下の者達が苦慮するほどの轟音で叫んだ。

 彼が先ほどまで連絡を取っていたのは実の兄であり、ジオン公国総帥ギレン・ザビであった。

 ソロモンを本拠とする宇宙攻撃軍の長ドズルは、己の立場を超えた物言いと重々承知の上で総帥に一つ案件を提示した。

 

 それは地球方面軍の全戦力を傾けてのジャブロー攻略作戦であり、この戦争に終止符を打つための現有戦力最大動員による、戦域殲滅戦であった。

 本作戦の第一段階として、北米を除いた各方面軍による一斉攻勢を起こし、膠着した戦線に火を点けて連邦軍の目を釘付けにする。

 開始されれば、南米を除く連邦軍の大混乱は必死だ。

 何故ならば、地球規模で一斉に戦線が動けば前線部隊と司令部の連携は乱れ、ミノフスキー粒子を広範囲散布する事で通信網を断絶、孤立させる事も容易い。

 十キロ先の相手とも連絡が取れなくなり、そこに攻撃による重圧を掛ければ生半可な精神力では恐慌状態に陥る。

 この方法は今も有効で、ギニアス少将率いる中東アジア方面軍がカリマンタン攻略時に一つの島をまるまるミノフスキー粒子下に置き、連邦軍を混乱の坩堝に叩き落としている。

 作戦発案者は突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアのダグラス・ローデン大佐であり、彼の部隊は本作戦でたった三機のモビルスーツで前線基地を破壊、占領すらしてのけた。

 

 第二段階には北米方面軍による南米地域に軍を発し、同時に宇宙から降下部隊を地上に降ろす。

 陸路と海路から北米基地の戦力が迫り、上空からは次々と大気圏を突破する降下部隊が矛先を向ける。

 当然の事ながら、作戦開始の時差を設ける。

 方面軍が侵攻開始と共に、降下部隊を移動させ、地上で戦闘突入を認めらた時に始めて降下するのだ。

 方面軍の侵攻を止めるのに、相手は大規模な戦力投入を講じる筈であり、その戦力が抜かれた南米地域に虎の子の降下部隊を降ろす。

 温存された防衛戦力が降下部隊に反撃をすれば、即ち其処にジャブロー在り。

 反撃が無ければ、そのまま降下ポイントを占領し南米の隅々まで侵攻するのみ。

 

 第四次降下作戦とも呼べるこの骨子は、前線が膠着状態に入り且つ相手が反撃に転じない事だ。

 間近にある相手を殴りつけたくとも殴る手が、拳が振るえない”今”でしか行えない。

 連邦軍がモビルスーツ生産を本格軌道に乗せていない、この時期しかないのだ。

 戦力が整い、相手が反撃する機会を与えてはならない。

 

 ドズルはその為にギニアス・サハリンが推進するアプサラス計画の全面支援に踏み切っている。

 あのモビルアーマー群により高々度掃射する大型メガ粒子砲で南米大陸を焼き、地下に存在するというジャブローを燻し出すのだ。

 無論、南米の生態系は致命的なダメージを被り、環境は汚染されるだろう。

 しかし、現状この作戦を実行するしか、ドズルをして勝利が見えない。

 

 この戦争前は自分は戦術だけを考え、戦略は全て兄が言うままに実行していた。

 そうすれば万事上手く行くと思っていたし、実際独立に向けた準備を阻む障害を物ともせず進めて行ったのはギレンの手腕に依るところが大きい。

 思えば、その頃には思考を放棄していたのかもしれない。

 その結果が、ブリティッシュ作戦ではないか。

 何千何万、何億という生命が一瞬で文字通りに消失したのだ。

 質量弾を幾つか用意し、南米へ投げ続ければそれで終わるのではないか。

 

 なるほど、地球をぐるりと回り落着するコロニーは地球住居者(アースノイド)に忘れられない恐怖を刻み、反抗する意思を擂り潰すに至っただろう。

 だが、現に地球連邦政府は降伏していないし、ジオン公国は未だに独立権を勝ち取っていない。

 自分達がもたらしたのは、必要最低限の殺戮ではなく必要外の虐殺でしかなかった。

 

 コロニーではなく、幾つかの隕石をマスドライバーで南米に叩き付け、目標地を焦土に変えればこうも続かなかった筈だ。

 過剰な演出、莫大な生命の死、元に戻らない大地。

 不必要なものが重なった結果が、ブリティッシュ作戦の結末なのではないか。

 

 ドズルもこれがただの結果論でしかなく、後悔しようにも自らコロニー落としの指揮を執っていた。

 ギレンを批判すれば、その言動に素直に聞き入れ行動した自身は一体何者だというのだろう。

 

 しかし、しかしだ。

 愛する妻ゼナとの間に生まれる命を、母の胎から出て世に産声を上げる子ミネバを思えば、その度に積み重なる咎を認めずにはいられない。

 

 自分は何百、何千、何万、何億もの誕生する命(ミネバ)を殺したのだと。

 だからこそ、全てを終わりにする覚悟で作戦提案を打診した。

 折り合いが悪い妹キシリアにも頭を下げるし、それで足りぬと申すならば、この作戦後は地位を譲っても良い。

 ドズルは愚かしくも潔い武人の性質と、生誕する我が子を想う親心に突き動かされていた。

 腹心共には、自らの胸の内を明かしている。

 家臣一同欠ける事無く大反対を受けたが、赤心を露わにこれ以上の戦争は不必要だと語ると、皆やはり思う所があったのだろう。遂には全員頷いてくれた。

 

 自分には勿体無い信頼と忠誠を捧げてくれる。

 忠勇無比の将兵らに万感の感謝を告げ、ドズルは彼らの視線を背に受けギレンへ直訴していた。

 

 ――――だが。

 

(いたずら)に戦線を広げ、疲弊した国民は戦後を生き抜く力すら怪しい。

 今を以て全力でジャブローを落とさねば、ジオンに明日など無い! 何故、それが解らんのだ!

 愚物の俺とて、ここまで考えが行き着くと言うのに、天才だという兄は何故……何故だ!」

 

 激昂の声には、怒りに染まるものと理解されない弟の悲哀が籠もっていた。

 

「ドズル閣下。総帥が裁可を下すまで、我らお供致します」

 

 気付けば、大柄の男に向け室内に居る将兵達が敬礼を示していた。

 

 何処へ供をするのかは、彼らの目を見れば解った。

 

「すまん……皆、いま少し。いま少しだけ俺と修羅の路を歩んでくれ」

 

 ――――何時か、裁きを受けるその日まで。

 

 宇宙要塞ソロモンを守護する男、一族より愚鈍と誹られた司令官ドズル・ザビは独自に戦力確保の為に行動を起こす。

 

 後世は彼が連邦軍の脅威を早期に捉えた一人とし、独自に活動開始する事や同要塞攻防時の指揮手腕が際立った事により、当時の評価を塗り替えジオン公国軍屈指の名将に挙げられている。

 逸話としてドズル・ザビは家族を慈しみ、その想いから才能を開花させたと残すが、詳細はU.C.0086年の追跡調査でも明らかにされていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白を基調にした小奇麗な家屋、そのテラスにある肘掛け椅子に身を預けるシャア・アズナブルはいつしか微睡んでいた。

 此処は彼が購入した隠れ家のようなもので、住んでいる人間はシャアが認めた一人だけだ。

 手が空いているときに掃除しているのだろうが、良く手入れされ久方ぶりに自分の城へ戻る彼を歓迎してくれる。

 これに「使用人ではないのだから、気を遣わなくても良い」とシャアが言えば、相手は何処か誇らしげに「家事もちょっとしたものでしょう?」と得意気に笑うのだ。

 何度がそうしている内に、自分にとって良い女であろうと励むいじらしさにシャアは降参した。好きにすれば良いと考えるようになったし、出来る範囲で家を綺麗にして待ってくれる彼女に悪い気なぞ持つわけがない。

 

「中佐? 寝てらっしゃいます?」

 

 今では枕元でも聞く女の声に、シャアは瞼を上げ身を起こした。

 

「どうした、ララァ。軍から連絡でも来たのか?」

 

 何時連絡が来ても出動できるよう、シャアは軍服のままで居た。

 この場所を知っているのは、住居人のララァ・スン以外では副官のドレンだけだ。必然的に連絡してくる相手も限られる。

 シャアは軽く体の感覚を調べながら家の中へ入り、テレビの映像を見るララァに歩み寄った。

 

「ララァ?」

 

「中佐がおっしゃっていた方は、この人ですか?」

 

 金髪碧眼の青年が呼び掛けると、青みがかかった黒髪の少女はテレビを指差した。

 

「ん。……ああ、そうだな。彼が、そうだ」

 

 決して小さくないテレビの中で、蒼いモビルスーツが所狭しと言わんばかりに駆け巡る。

 映像の右上に見出しで「戦場カメラマンが目撃した蒼い獅子!!」と書かれているが、これは軍事関係者が映像記録から抽出したものを加工した類だろうと、シャアは見破った。

 部外者にしては視点が近いし、一二〇ミリマシンガンらしいマズルフラッシュが映像の下から眩しい。

 MS-06系統であろうモビルスーツの映像記録を何者かが入手、マスメディアに流したのか。

 しかしこれは、完全に情報漏洩の範疇だ。

 ザクが歩行する動きだけならば、然程問題ではない。

 だが、これは高速機動を仕掛け、その挙動を映している。

 理論やシミュレーター上での動きではない、生の動作が外部へ発信されている事になる。

 小金稼ぎの腹積もりだろうが、検分される戦場と当時の隊列、そして該当機整備者が判別されれば秘密警察が身柄確保に向かうだろう。

 

「メルティエ・イクス中佐は、今や時の人だな」

 

 そのまま眺めていたシャアは「相変わらずの、無茶な機動をする」と零し、ララァの視線に気付くと彼女が座るソファに腰を下ろした。

 

「中佐は……シャア中佐も同じような動きが出来るのでは?」

 

 問い掛ける身近な女性に、赤い軍服の青年はマスクで覆われていない素顔に笑みを浮かべる。

 それは不遜な印象を見る者に植え付け、シャア・アズナブルを超然とさせる自信の表れであり、事実そうであった。

 

「出来ない、とは言わない。

 が、彼は地上で戦い、私は宇宙で戦う者だ。

 地球降下作戦から地上の重力の中で走る男に、今だ地上のノウハウを知らぬ私がどうこう言える立場ではないさ」

 

 シャアは蒼いモビルスーツが戦う姿をぼんやりと眺めながら、

 

「このままでは、()()()()()は死ぬな」

 

 そう、かの男を評した。

 

「中佐?」

 

「動きも機体の限界値に近いものを出している。複雑な地球の地形も利用している。

 ()()()が扱う機体は、完璧に近いモビルスーツ運用に見えるだろう?

 だが理論上の理想的な動きに、モビルスーツと人体を酷使している。

 機体は摩耗部品、消耗品を交換すれば元通りになるだろう。

 しかし、あれではパイロットの身体が保てまい」

 

 ――――そして、映像は僚機を庇い被弾した蒼いモビルスーツを映す。

 

「変わらんな。まだ他人を庇い続けているのか」

 

 現行のMS-07、グフとは異なる両肩に防御シールドを持つその蒼い機体は、両肩が破損し関節部が露出した状態でも矢面で戦い続ける。

 そうして戦闘が終えた蒼いグフは、酷い有り様であった。

 スマートに戦い、被弾を避けるシャアからしてみれば、泥臭い事この上ない。

 テレビでは司会の人間と解説者が何やら語っているが、彼の耳に入ることはなかった。

 

「生き急いでいる。見ていられん」

 

 シャアは吐き捨てる物言いで席を立ち、部隊招集時間になったのか二、三言ほどララァと話した後に外へ向かう。

 

 ララァはシャアを見送ると、今も流れるテレビの電源を切った。

 外部の”雑音”を入れるのは不味かったのかと思ったが、彼女は青年の顔と様子からして、それはないと考えた。

 

 確かに彼を評する時に目は鋭く、険がある顔をしてはいた。

 しかしその中に、他者を思い遣るものをララァは感じてもいた。

 普段は理路整然と振る舞い、感情をひた隠す人であるのに特定の話題になると感情的になる。

 肯定したと思えば、否定的な事も言うし、それが不思議であった。

 先ほどもそう、看過できぬものだと態度で示しているのに、口元は綻んでいた。

 

 変わらないものを見た安堵と、あとは何だろうか。

 複雑な思考の絡み合いがシャアから覗けて、それは他人の思惟を感じ取れるララァにとって他では味わえない刺激的な刹那であった。

 青年が訪れる度に抱かれる肉欲と、時折見せる精神の揺らぎに少女は虜になり、最初に芽生えた恩義から奉仕する意志よりも、強い意味合いを持ってしまう。

 何時しかララァ・スンは、シャア・アズナブルと名乗る青年に体も心も夢中になっていた。

 

「そろそろ、私も行かなきゃ」

 

 彼女は自身が持つ強い素養から、フラナガン機関に所属している。

 技術員ではなく、兵士でもなく、今はただの被検体の身ではあった。

 その身上から、今日もこれから実験に参加する予定となっていた。

 実験中は自分をモルモットとして見る連中と接しなければいけない。その扱いが酷く精神を摩耗させる。

 シャアとの時間が無ければ、潰れてしまうかもしれなかった。

 いや、逆にこの得難い休日を過ごせるからこそ、心が疲弊する実感が強いのかもしれない。

 

 最近ドタバタと施設内が騒がしかったが、ララァはシャアとその周りにしか興味が湧かない。

 その為に些事を気にしなくなっていた。

 広い視野で物事を見るべき、とシャアが言うので思い直してはいるが、早々意識の切り替えができるものではない。

 興味の対象が身近に居れば、他に回す余裕も出てくるのだろうか。

 その日が待ち遠しいと、ララァ・スンは家を出る時に思い、家を出てからは思考を閉ざしフラナガン機関へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この動き……モビルスーツって奴はこうも動けるのか」 

 

 ぼそり、と光源がテレビだけの暗い室内で独り呟く。

 毛布に包まり、ピントがズレた事を言う司会者とよく分からない解説を偉そうにしゃべる中年を冷えた目に映しながら、少年は見続ける。

 テレビの中で戦地を走る蒼い機体はザクとは違う接近戦仕様の、白兵戦に重きを置いたモビルスーツらしい。連邦軍がまだモビルスーツを開発してないというのに、随分と対モビルスーツ戦を視野に入れたものだと少年は思った。

 

「あ、また被弾した。下手くそなんじゃないか、このパイロット」

 

 シールドで身を守りながら、戦車の砲撃を受け止めたモビルスーツ。

 その様子に感想を述べ「あ、こいつ背後のザクを守っているのか」と次の映像で理解した。

 体勢を崩したザクが復帰すると、その蒼いモビルスーツはモノアイを有機的に動かし、大地を蹴って飛翔する。

 前へ出る蒼い機体に追従してザクが前進、攻撃を開始する様はあの蒼い奴が隊長機であると判断できた。間を置かず攻勢に転じたモビルスーツ部隊は、守勢に押された連邦軍の戦車、航空部隊をあっという間に蹂躙してしまう。

 

 連邦軍とジオン軍の攻防は、始終モビルスーツの脅威を知らし示すものであった。

 モビルスーツの映像が終わると、ぐだぐだと会話する大人達に嫌気が差し、テレビを消した。

 リモコンで電源を切った姿勢のまま、少年は先ほどの映像を反芻する。

 

「モビルスーツって、ああも頑丈なのか」

 

 戦車の砲弾を受け止めたり、航空機を蹴り落したりと強靭なフレームを持っているのだろう。

 少年は学業を工学科に進んでいたが、機体強度の算出式等は覚えていない。

 電子工学なら、自信があるのだが。

 

「ん……父さん、向こうで泊まり込みかな」

 

 少年の父は軍に身を置く技術者で、長期的に軍事基地で寝泊まりする事も珍しくない。

 今日も帰ってこないという事は今も煮詰まっているのだろうし、地球から離れたくない母とは別居生活になってはいるが、この件で父を恨む事は無かった。

 願うとすれば、もう少し息子と話す時間を作ってくれればと思う。

 不器用な人間ではあるが、子に対する気配りを忘れない良い父親であったので少年は何だかんだ言っても好きなのだ。

 のそりと毛布から抜け出し、薄い蛍光を発する時計を見る。

 お昼時だと分かると、腹の虫が情けない音を立てた。

 

「そういや、配給品受け取りにいかなきゃ。またフラウにどやされる」

 

 照明を付けなくとも、部屋の内装は理解している。

 そして、その散らかり具合も。

 

「部屋の中見られる前に、さっさと用意するか」

 

 世話好きな隣家の幼馴染は、少年の部屋を見る度に「掃除しろ」「不衛生だ」と五月蠅いのだ。

 暗い為室内の惨状は見れないが、彼女が見れば発奮するに違いない。

 

「まったく、放っておいてくれればいいのに……」

 

 ぐちぐちと言いながら、少年は寝間着から外出の服に着替える。

 積み重ねたダンボールの上にある身分証明書を取り、懐に仕舞う。

 これが無いと配給品が受け取れないので、今も長蛇の列となっているだろう配給所に向かって、何も入手できずに終わるのは御免だった。

 

「偶にはフラウをこっちから呼ぶか。ふふ、驚くだろうな。フラウ・ボウめ」

 

 感情豊かな少女の素っ頓狂な声を出すザマを思い浮かべ、少年はほくそ笑む。

 嫌々運んでいた重かった足取りも、目標を掲げると身軽になった。

 

 コロニーの管理された空調の中、少年は住まいから外に出る。

 久しぶりに家の外へと出ると、広い場所に出た事で体の凝りを解そうと大きく伸びをした。

 

「――――うんっ」

 

 工事の音が耳に障るが、サイド7は今日も平和だ。

 少なくとも、表面上はそう思えた。

 

 時にU.C.0079年8月20日。

 ジオン公国が地球連邦政府に対し独立戦争を挑み、半年が経過していた。

 数々の軍施設を占領したジオン軍は、伸び切った戦線の為に侵攻を一時取り止める。

 連邦軍は物量の優位性を誇っていたが、新兵器とミノフスキー粒子に謀れ劣勢を強いられた。

 睨み合いの様相を晒す両軍は、自然と膠着状態に入り銃火が空気を汚す事が無い日々が続く。

 

 後に「最強のニュータイプ」と歴史に残す一年戦争の英雄アムロ・レイ。

 その彼もこの時はまだ幼馴染に怒鳴られ、父親の帰りを家で待つ内向的な人間でしかなく、世の何処にでも居る少年でしかなかった。

 

 ひたひたと這い寄る運命が、命のやり取りをする場に身を置く赤と蒼を結び付け、長閑な日々を甘受していた白を戦地へと(いざな)う時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

挨拶もマンネリ気味ですが、このまま行きます。ハイ。
久しぶりに執筆したので、粗が目立つような。
しかし、どこを直せば良いのか見当が付かない。

え、文章全部?
それは新しく書いた方が早いから却下ですね(キリッ)

記憶力が良い読者の方は気付くかもしれませんが、シャアとララァ、アムロが見ていた映像はキャリフォルニア・ベースに連邦軍が襲撃してきた時の映像です。
当時のメルティエの乗機がグフだったので、そこから思い立った人も居ると良いなぁ。

次回もよろしくお願いしますノシ


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第44話:蒼紅の結託

 突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメアに譲渡されるザンジバル級機動巡洋艦は、ジオン軍次期主力に目される新造艦だ。

 以前乗艦したムサイ級軽巡洋艦に比べ搭載火器やその装備数と同様に他も充実しており、気になるモビルスーツ搭載数もハンガーが一個中隊規定数分の九つと多く、更には整備スペースも三機分用意されていた。

 しかも、これで増設余地もあると言うのだから恐れ入る。

 二個小隊が待機し、一個小隊は分解整備(オーバーホール)できる余裕というのは贅沢に過ぎるのだが、このザンジバルはそれを実現していた。

 特徴的なずんぐりとした外観はそのまま内部の広さを表し、各室の間取りはともかく、部屋数の拡張が成されていると思っていい。

 パイロットやクルーの搭乗員数もそれ相応なのだから、当然と言えば当然ではあるが。

 軍艦にしては居住性も十分確保されているし、下手な基地の宿舎を借りて駐屯するよりも艦内で寝泊まりした方が良さそうに見えるのは、果たして気のせいだろうか。 

 

「脱走者?」

 

 そのザンジバル艦内を先導する同軍特別編成大隊キマイラ部隊長、ジョニー・ライデン少佐の背へメルティエ・イクス中佐は声を投げた。

 

「ああ。正確に言うと、連邦への亡命者か。

 フラナガン機関でとある研究をしていた技術者なんだがな、こいつがまた厄介でな」

 

 気に障らない程度に靴音を鳴らし、淀み無く歩く二人の姿は熟練した兵士のそれだ。

 自軍圏内、その基地内であるのに弛まない緊張を保ったまま、平然と言葉を交わす。

 尤もこれは敵対行動への準備ではなく、ただ単純にそう身体を維持する事に慣れただけだった。

 

 両者にとって幸いな事に、ライデンはメルティエに悪感情を持っていなかったし、メルティエは同じ上司を戴くライデンをどうこうする気も無かった。

 更に踏み込んで言えば、蒼い獅子は行動力に富み、気遣いが出来るこの伊達男は好ましい(おとこ)と見ていたし、真紅の稲妻は己が全力で支える女性の下に、自身と同等の力量を持つ人間が居る事を頼もしく思えていた。

 

 ――――但し、必要であれば即座に対処する。

 

 崩れる事無く間に横たわる緊張感を残したまま、しかし互いに立場関係なく話せる人間に飢えていたのか。

 彼らは階級や年齢の上下を気にせず、言葉を重ねていく。

 

「亡命者とは……情勢だけを見る分に、連邦よりもジオンが優勢だと思うだろう。

 現場を知らない一技術者なら、尚の事そうじゃないか?」

 

「簡単なグラフで推し量れば、な。

 様々な要因と今後の伸び代で考えれば、どうだ? 少なくとも楽勝で終わる戦争じゃないだろ?

 んま、それよりも標的の話をしようや」

 

 ちょうどブリーフィングルームに到着したのか、ライデンは軽く手を振って入室する。

 メルティエは先ほどの言葉に在った、標的という呼び方に眉根を寄せた。

 

「身柄の確保、ではないのか。

 標的と聞くと殺害が主な任務に聞こえるんだが、どうか?」

 

「間違いじゃないもんでね。訂正する気もおきやしない」

 

「馬鹿な。フラナガン機関がどのような研究機関かはよく知らないが、持ち去った技術と敵側に渡った技術の摺り合わせとその対策が必須だろう。

 殺して終わるのは、最後の最期で行う要人暗殺だけじゃないのか?」

 

「キシリア様からの御注文(オーダー)だ。

 ――――と、言っても納得しないだろうしな。

 野郎がジオンで何をしていたか、口外しない事を条件に提示しても良いと許可が下りている。

 間違っても、破り捨てないでくれよ?」

 

 室内の司会席上にある書類を手に取り、ふっ、と軽く息を吐いたライデンが文書と写真で覆われたものを向けた。

 ライデンが感情の下で黒いものを漂わせた事に、メルティエは緊張の段階を一つ上げたが、自分にではなく手渡されたものに向けられていると悟り、視線を下げた。

 

 紙面の内容を思い出したのだろう、ライデンの表情筋が動き、そのまま適当な椅子に腰掛けた。

 乱暴な座り方だったが、それだけ不快だったのだろう。

 顔に険があるまま目を瞑り、メルティエが読み終えるのを待つ姿勢を取った。

 

 文書の触りの部分は、然して問題はない。

 内容はかつてジオン・ズム・ダイクンの提唱した人類進化説、ニュータイプの研究なのだろう。読み始めれば、宇宙に適応した人類の能力は地球に住まう人々に比べ優れている、と人種の差別化を刷り込ませる事から始まるのはいただけないが。宇宙に追いやられた意識が強い宇宙移民者(スペースノイド)からすれば、そうした考え方をしなければ、精神を守らなければやっていけなかったのかもしれない。

 過酷な宇宙環境に進出、適応する事で生物学的にも社会的にもより進化した存在へ。地球移住者(アースノイド)を進化できない人類、オールドタイプと定め、我らこそがニュータイプという新しい人類だと、高位に上げなければコロニーに住まう人々は地球連邦政府に未来永劫の隷従を強いられる。

 少なくともかつて聞きかじったニュータイプ説をメルティエが解釈したものはこうした精神的抑圧に耐える為の方便、虚構のヒトであり、空想の産物だと理解していた。

 

 これもそうしたジオニズムとも呼ばれる思想に賛同する文書なのかと思ったが、どうやら違うものだった。

 

「――――何だ、これは」

 

 その声は低く、冷たかった。

 女子供が耳にすれば、いや大の男でも聞けば震え竦むに違いない。

 

 モビルスーツではなく、人間を研究するフラナガン機関。

 これについて理解できたのは開戦後、一部のパイロットが高速の荷電粒子(メガ粒子砲)を高確率で避けるという事象を解明するためキシリア・ザビ少将が創設した研究機関であり、その所長がフラナガン・ロムという男だという事だ。

 旧時代にも残る、エスパーじみた能力を示唆する文面が所々見受けられるが、ライデンの機嫌を害しメルティエを憤慨させたものは、そんなものではない。

 標的となる亡命者クルスト・モーゼスがフラナガン機関で費やしていたものは、ニュータイプを打倒する為の研究。その研究内容と、ジオンを脱する前に行っていた過程だ。

 

「こんな事を、ジオンは、認めていたのか?」

 

「誓って違う。そいつの研究目的に通じるだけの、独断だ」

 

 逸る獅子に、稲妻は即座に否と投じた。

 

 戦争勃発前から地球連邦政府とジオン公国との諍いで親を喪った孤児達を保護の名目で収集し、素質がある子供を研究被検体に、そうでない者達は続く文面が黒く塗り潰されているので、詳細は不明だが幸せな未来ではない事だけは確かだろう。

 被検体に名前が挙がるマリオン・ウェルチという少女の経歴も似たり寄ったりだったが、彼女の項目は最後まで語られていた。

 フラナガン機関で公式ニュータイプとされている彼女は、クルストにデータを提供し尽力していたようだ。

 少女マリオンの持つ素質に、クルストがニュータイプに対する危機感を抱いていたのは確かなようで、データを基にしたシステムを組み込んだ試作実験機を建造している記述が有る。

 

 焦点は、そのシステムが作成された経緯だ。

 

「人の恐怖を、機械に転写だと? 何を考えている!?」

 

 生物が持つ原初の感情、恐怖が戦闘の感覚をより鋭敏にさせ、目に見えないものを知覚できるとクルストは踏んだ。

 事故で基地内のブレーカーが飛んだ時、実験中のマリオンを突然襲う暗闇に対する恐怖がその身の感覚を拡大、理解したというのを根拠に二度、三度と同じ状況に晒したとも。

 尤も、漠然とした恐怖は指向性が煩雑で、クルストとしては不満だったらしい。

 そうした中で一つの事件が起きる。

 少女が、女性が恐怖を明確にする行為とは、状況とは何だろうか。

 

「下種いだろ。やった奴も、それで仕上がったと喜ぶ野郎もよ」

 

 身が汚される、人格を否定される、人間の尊厳を奪われる事ではないだろうか。

 メルティエが視線を走らせた文面には、とある軍人から性的暴行を受け、被害者の少女が恐怖と忌避で精神を閉ざし昏睡したという記述。

 その彼女の状態をモニタリングしていた事実と、システム構築完成がクルスト・モーゼスの研究結果であった。

 

「恐怖で意識を拡大、忌避で敵を明確に視野へと収め、攻撃する」システムプログラム。

 そのシステム名が、EXAM(エグザム)

 名の由来が「裁くもの」とは、皮肉が効き過ぎてはいないか。

 

「事件の後に協力者マリオン・ウェルチが目覚めなくとも、必要なシステムは完成した。

 そこから実験機運用を目標に、軍は高性能試作機をあてがったらしい。

 しかしながら、どうも野郎は満足しなかったみたいでな。

 結局は連邦に高飛び、ってわけさ」

 

 手の中で紙が擦れる音を耳にするが気にせず、疑問を口にする。

 

「まて、そこで何故連邦なんだ?

 ジオンの高性能試作機で対応できないものを、連邦が用意できるわけが」

 

 ライデンは破り捨てない代わりに握り潰され、皺だらけになった書類をメルティエから取り上げ、ぶつぶつ文句を言いながら紙面を伸ばし始めた。

 

「はぁ、答えはカリマンタン攻防戦の際にネメアが回収した、連邦製モビルスーツだ。

 グラナダの技術班が一週間、二十四時間体制で解析した結果を何処からか閲覧した疑いがある。

 機密漏洩も含めて、現在調査中だ」

 

「カリマンタン、か。

 確かに、タイホウツキを原型留めて撃破した。その時の機体か。

 素材と共にうちの技術班が解析した結果と資料も添付したと言っていたが、連邦の技術力がそこまで来ていると信じられなかった、いや、信じたくなかったのか」

 

 当時解析に取り掛かったロイド・コルト技術大尉は、連邦製モビルスーツの性能はジオン軍のMS-06、ザクIIを遥かに凌駕する性能だと断定していた。

 その装甲は一二〇ミリマシンガンの直撃に耐え、ジェネレーター出力は新型のMS-09、ドムすらも上回る代物だというのだ。

 機体の追従性はMS-07、グフと同等だろうと報告されているようで、性能を述べればジオン軍のモビルスーツに迫るどころか、追い越してさえいる。

 敵として遭遇し、戦闘に入った経験のあるメルティエも同意できる内容ではある。

 何よりも、ロイドを始めグラナダの技術班が驚愕したのはコンピュータ群だと言う。

 規模がザクとほぼ同等でありながら、その倍以上のキャパシティを有しており、機体操作と火器管制に加え脱出機能等の管理も並行して処理できる。

 

 そして、恐るべきは教育型コンピュータと呼称される箇所だ。

 これはパイロットの操作を通じてコンピュータが学習、経験値を積み重ねていくというもので、手を加えずとも「現時点で最良の操作と判断を下す」プログラムだ。

 恐ろしい、というのはこのプログラムを複製、配布できるという点である。

 もし、エースパイロット級のモビルスーツにこの教育型コンピュータが内蔵され、経験値としてパイロットの操作技術を集積した後に全モビルスーツに搭載されたら、どうなるか。

 

 それはつまり、全軍がエース級の動きを見せるモビルスーツ部隊ではないだろうか。

 手動(マニュアル)制御であったものが、自動(オート)制御になる。

 無論、全てが自動制御化できる筈も無く、パイロット自身の力量もやはり必要ではある。

 だがパイロットの負担が大幅に削られ、他に思考を割く事が出来る点は大きい。

 訓練を終えたばかりの新兵は、姿勢制御だけでも苦労するのだ。それを肩代わりし、簡易的なものにする事が出来れば早期投入も見込めるし、失った戦力の補填も効くようになる。

 

 モビルスーツの装甲を易々と貫通する小型化に成功したメガ粒子砲、ビームライフルと表記されているその威力にも目を見張った。

 しかしジオン軍にとって悪魔的存在なのは、このコンピュータではないだろうか。

 コンピュータが蓄積した経験値分、機体の動きをスムーズにする。

 ジオン軍パイロットは個人がモビルスーツのプログラムデータを所持しているが、それは都度修正する必要があるものだ。

 そのところ、この教育型コンピュータは細微な手直しこそ必要ではあるが基本的に集積すればするほど、より良い動作と反応速度に上書きされていく。

 突き詰めれば機体に許された性能の中、僅かな操作で()()()動き、反応が()()()モビルスーツの出来上がりである。

 コンピュータ性能に問題があるように思えるが、機能の強化は難しいが劣化はそう手間が掛からない。反応を遅らせるスロットを挟むか、チップを噛ませれば済む。

 ともすれば要求される繊細な操縦技術を満たせるエース級が乗ればいいし、対応できないのであれば能力に見合った域まで機能を低下させれば良いだけの話になる。

 

 これを知ったキシリア・ザビ少将は、教育型コンピュータの複製を急ピッチで進め、生産可能になるや広く普及させる心算だとライデンは言う。

 どうやら独占する気はないらしく、それを聞いたメルティエは内心安堵していた。

 ドズル・ザビ中将麾下宇宙攻撃軍と、キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍は組織長同士の折り合いが悪い為に相反する事が多い。

 互いの機密を巡って争うほどだとも聞くし、同軍で睨み合いする余裕が無いのだから、これを機に関係改善が良くなるよう強く願った。

 

「なるほど。つまりは」

 

「超能力じみた知覚を付与する攻撃プログラム。

 こいつを十全に使用可能なコンピュータが、OS(オペレーティング・システム)が欲しかったってわけさ」

 

 ライデンは紙面に刻まれた皺の修正行為を諦め、そのまま封筒に放り込んだ。

 恨めしい視線がメルティエに刺さるが、何処吹く風よとばかりに流す。

 ついでとばかりに怒気も連行させた彼は、一度目を瞑り、一呼吸置く事で意識の切り替えを図った。

 

「さて、納得してもらったところで。どう割り振るか決めるか」

 

「そうだな。

 連邦軍に亡命すると発覚しているが、拠点を虱潰しとは行くまい。

 キシリア閣下が不特定多数に部隊を派遣するわけがないし、幾つか候補があるのだろう?」

 

「ああ。中立地帯のサイド7、連邦軍宇宙要塞ルナツー、そして地球の三ヶ所だろうとな。

 サイド7は中立だが、コロニー建造中であるし侵入しようと思えば幾らでもやりようはある。

 ルナツーは宇宙での連邦軍拠点ではあるが、此処は孤立しているから行き着くかどうか。

 既に地球へ降下していたとしたら、探し出すのが困難になるな」

 

「最悪は、その攻撃プログラムの大量生産に繋がるのか」

 

「いや、それはできないらしい。

 既にクルストがシステム複製を試みていたが、何故か上手くいかなかったそうだ」

 

「というと、システムはその実験試作機だけなのか?」

 

「ジオンに残った実験試作機に一つ。

 クルストが持ち去った三つの、計四つだな」

 

「四つ? おい、複製できてるじゃないか!」

 

 腕を組んで複製は不可能と語るライデンに、複製できた実績を知ったメルティエが矛盾を突く。

 思いの外室内に響いたのか「そう怒鳴るなよ」と耳を押さえる金髪の伊達男。

 

「今さっき読んだろうよ、モニタリングしていたって。

 つまりは、その四つが最初で最後の少女の叫び(フィードバック)って事さ。誰もがぶっ壊す気になるだろうよ」

 

 二人の青年は視線を合わせたまま、嫌悪剥き出しの表情を隠そうとしない。

 対面する相手にではなく、現在も逃亡した犯罪者への火種が積まれていくからだ。

 何も足のつま先から頭髪の先まで、義憤からこのシステムを破壊しようと燃えているわけではない。

 互いに軍人であるし、暴行を受けた婦女子を見た事が無い筈も無く、ましてや女の味も知っていた。

 少女マリオン・ウェルチが知人であるわけもなし、彼女を強姦した軍人やクルスト・モーゼスが仇敵であるわけもなかった。

 

「ああ、そうだな。その通りだとも」

 

 ただ、身近に近しい年齢の少年少女が居る。

 彼らは戦災孤児の身であったり、フラナガン機関に属していた子供達だが、マリオン・ウェルチではない。

 だが、境遇を重ねてしまえば、他人事と思えないのもまた道理であった。

 メルティエの部隊に居るリオ・スタンウェイやロザミア・バタム。

 ライデンの部下であるユーマとイングリッドが、これに当たる。

 短くはない時間を過ごし、命のやり取りをする戦場を駆けた人間達の絆は、血よりも濃く情が深いものだ。

 非凡な才や資質を持ったあの子らが同様の目に遭う、そう一度でも考えが()ぎれば、話は酷く簡単なものになった。

 

「で、兄弟(ネメア)。どう刈り取る?」

 

「無論、全機破壊する(息の根を止める)まで、だ。兄弟(キマイラ)

 

 殺害同意を交わした両者は、部隊間の情報共有と航行プランを詰めて行く。

 EXAM搭載機の完全破壊と開発者の絶対討滅は、恐るべき速度でさらりと決断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駐屯する基地の中で一番高い管制室に届きそうな巨体。

 黄色いザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」を見上げながら、リオ・スタンウェイは呟いた。

 

「……目立ち過ぎじゃないかなぁ」

 

 新造艦が降り立って以来、一目見ようとする野次馬が後を絶たない。

 軍務をちゃんとこなしているのか気にはなったが、問うのも野暮だろうと少年は思った。

 

「おっきー!」

 

 基地や軍艦等と縁が無かった筈の少女ロザミア・バタムすら気持ち騒いでいるのだ、軍属の身で落ち着けというのも酷なのかもしれない。

 軍属だからこそ落ち着かなくてはいけないのかもしれないが、真新しいものを見た時の高揚感を蔑にするほど逼迫した状況でもないし、問題はないのだろう。

 

「あまり近付いちゃダメだよ。人が多いから、ぶつかっちゃうし」

 

 離れないように手を繋いで来た二人は、軍艦周辺に集った将兵達から離れて見学していた。

 部隊内で歳が近く、メルティエから世話を頼まれたリオはロザミアの警護という名の”お守り”を任され、こうして行動を共にしている。

 持ち込んでいた書籍もあらかた読み終えた身としては、休憩時間を持て余していたので彼女と共に居るのは然程苦ではなかった。

 

「リオお兄ちゃん、今日からあの中で住むの?」

 

 年下の女の子から兄と呼ばれる事に、くすぐったさと照れを感じる。

 頼れる年上に囲まれたリオにとって、ロザミアとの時間は全てが新鮮な経験で少々お転婆が過ぎようとも不快ではない。

 哨戒任務から帰還したハンス・ロックフィールド少尉とヘレン・スティンガー准尉からは「本当の兄妹みたいだ」と囃し立てられ、買い出しから戻った部隊員からも同様にからかわれた。

 茶化されても怒りが湧かないのは、暖かみがある人達だったからかもしれない。

 触れた頬が熱いと感じるほど照れていたから、反撃できなかったのもあるけれど。

 

「えっと、確か設備視察と引き継ぎの取り交わしは昨日終えたから。

 ……うん、さっき中佐が最終確認に乗艦して行ったでしょ?

 問題点が見つからなければ、そうだね、今日からあの艦がお家になるね」

 

 そう教えてあげると、蒼い髪の少女は「お引越しだね!」と握った手を上下にブンブン振って顔色以外でも感情を表現した。

 急に腕が引かれて体のバランスを崩しそうになる。転ぶ事は無かったが、前後にふらついてしまった。

 

「わっ、ロザミィちゃん、いきなり動くと危ないよ」

 

 やんわり注意すると、小さな唇から舌を覗かせて「ごめんなさぁい」と言う。

 少女の様子に「あ、この子反省してない」とリオは悟った。

 

「……()()()()()に怒ってもらおうかな」

 

「え、ダメだよ、リオお兄ちゃん! おとうさんはダメ!」

 

 顔色を変えて握っていた手に縋り付くロザミアに、何気なく言ったリオは慌てた。

 ロザミア・バタムの保護者は唯一彼女にお灸を据える事が出来る人物で、リオ・スタンウェイに「あの子は相当のじゃじゃ馬だ、気を付けろ」とアドバイスしたのも彼である。

 少女の様子から怖がっている、というよりも嫌われたくないという面が強いのか。挙げるだけで効果覿面だった事に狼狽すらした少年だった。

 

「だ、大丈夫。本当に言ったりはしないよ。

 でも、謝るならちゃんとしなきゃダメって、中佐も言うと思うよ?」

 

「ちゅうさ? あ、おとうさんの事……? わかった、ちゃんとする。

 ごめんね、リオお兄ちゃん」

 

「うん、わかってくれて嬉しいよ」

 

 しっかりと頷くロザミアの頭を撫でる。

 こうした所作が自然に出来るメルティエとハンス、妻帯者のケンやガースキー達といった慣れた大人と比べるとリオの動きはどうしてもぎこちなく、緩慢だ。

 

「ん、えへへっ」

 

 けれど、不快ではないと笑顔を見せる少女に、少年は胸の内が暖かく満たされ手や指に絡む髪と、頭皮の撫で方で僅かに差がある変化に夢中となった。

 肩の力が抜ける、和むという感覚にリオは自らの相好が崩れている事を理解する。

 他人の視線を気にするタイプの少年ではあったが、今日はその意識を外しに掛かった。

 

「なぁ、そこの」

 

 そう最近できた妹分に大部分の意識を割いていたリオは、心休まる領域に踏み込んだ相手に対して表情が曇るのを止められなかった。

 ここまで「邪魔だな」と思ったのは、戦場にてメルティエの後背を守る事を取られた時以来だろうか。

 

「何でしょうか」

 

 自身でも驚くほど素っ気ない声に、しかし躊躇いはなかった。

 近づいてきた二人が、何処か不気味に思えたから。

 

「ほら、ユーマくんが空気読まないから(KYだから)、向こうも気を悪くしてるよ」

 

「ハァッ!? 別に邪魔してねぇし、一声掛けただけだし!」

 

「その”一声”が邪魔なんだよ。わっっかんないかなぁ~」

 

 視界に入った姿を見て、リオは何とも言えない印象を抱いた。

 其処に居たのは、癖の無い青髪の腕白少年と少し跳ねた金髪ツインテールの勝気な少女だ。

 両者とも、それぞれとある人物を二回りほど小さく、表情豊かにしたらそっくりそのままではないだろうか。

 

「あの、何か御用ですか?」

 

 が、似ている部分があろうとも既知の人とは違う存在だ。

 リオは普段よりも低い声音で尋ねた。

 

「あー……アンタら、ネメアだろ? オレ達はキマイラだ。

 周りが大人で固まってるのに、同じくらいの年の奴が居たもんで、声かけてみたんだよ」

 

「同じ突撃機動軍の特殊部隊、そんな中に自分達と似たような子が居たから、ついね」

 

 面倒だと乱暴に頭を掻く少年と、顔の高さまで手を上げて「ゴメンネ」と言う少女。

 初対面ながら同世代の相手に興味があるのか、ロザミアは声を出そうか迷っているようだ。

 握っている手に力が込められ、彼女が緊張しているのが判った。

 

「えっと、ボクはリオ・スタンウェイ。そちらの言う通り、ネメア所属隊員です」

 

 軽く握った手を振ると、促されたことに気付いた蒼い少女が髪を揺らして対面者に顔を向ける。

 

「ロザミア・バタム、です。よろしくお願いしますっ」

 

「お、オレはユーマ。キマイラのユーマだ!」

 

「イングリッド、だよ。ヨロシクね」

 

 気分を変えて言葉を交わすリオ、歳が近い相手と会話するのが嬉しいロザミア、パイロットとして関心がある搭乗機の話題に持っていくユーマ、その情報公開を阻止しながら小馬鹿にするイングリッド、と話題に花を咲かせる子供達。

 一通り艦内の案内が終わったのか、タラップからそれぞれの保護者が下りてくると、彼らは手を振りながら走り出した。

 

「ガキ共は、平和だねぇ」

 

「いや、悪くない。こういう日もアリだろう」

 

 慕う子供達に向けて肩を竦める伊達男と、表情を緩めた灰色の男。

 戦場に似つかわしくない雰囲気の中で集う彼らは、この時はこれが長い縁になるとは露ほどにも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、ロイド・コルト技術大尉は困っていた。

 悩ましい日々は途切れる事無く続くが、彼が純粋に困る出来事というものは少ない。

 その彼がほとほと困っている現実が、目の前にあった。

 ロイドが居る場所は今後自分達の仕事場になる、ザンジバル級機動巡洋艦ネメアのモビルスーツハンガーである。

 今も背後では所属機の搬入が続き、作業アームによって固定位置に付けられている。威勢のいい整備班の声、金属同士が擦れ合う音が響き合い、滞りなく進む作業は気持ちの良い眺めだろう。

 雄々しい山々や青い空、流れる雲という地球が育む自然には感動はしたものの、ロイドは機械的な色合いが濃い現場を見る方が好きだった。

 何も考えずに振り返り、その様子を時間が許す限り堪能したい。

 

「ドムが来たと思ったら、また面倒な子が来たーっ!?」

 

 ――――が、無理。

 大仰に頭を押さえ、発狂寸前な様子の歳が離れた同僚を放置するほど彼は薄情ではない。

 本音を言うなら、そんな親だと妻子に思われたくないから、だ。

 

「メイ・カーウィン整備主任、気持ちは私も同じですよ。全くもって。

 隊の性質上、潤沢な資材があるわけでもないのに。上から寄越されるものは生産ラインに乗ったものではなく、部品が乏しい試作機ばかりです。

 ええ、理由は存してますとも。ええ」

 

 眼鏡を押し上げついでに眉間を揉み解してから、前に立つ少女がわなわなと肩を震わせて凝視する()()を捉える。

 

 蒼い獅子のかつての愛機YMS-07M、先行試作機の専用機グフM型。あの機体に酷似する肥大化した頭部と長物のブレードアンテナは継承されてはいるが、その首から下は今まで見た事も無い外観であった。

 本機もビーム兵器搭載を念頭に置いているのか、形状が大型化されてはいるものの肩幅を狭めて可動部を確保した胴体は、どうしてか胸部が前後に張り出している。肩部は棘付を廃したグフのものに似ているが、肘から先は一回り大きいものとなっている。

 その理由は大気圏内での機動性向上のため、ジェットエンジン補助推進システムが内蔵されている事だ。前腕部はその衝撃荷重に耐え切る為の堅牢な規格を設け、先述の胸部は衝撃吸収と拡散を図る為に伸びる形に構造となった。

 腰部及び脚部はフレア状に広がったものとなり大型スラスターを各三基設けられ、合計九基からなる莫大な推進力を有し、行動範囲の広さこそMS-09、ドムに劣る代わりに瞬発力に優れ、空中戦や宙間戦では最高峰に位置すると送り付けたグラナダ基地開発陣は太鼓判を押しているとの事だ。

 更にはメインスラスターとなる大型バックパック、プロペラントタンク二基に加えその先端部に補助推進用バーニアスラスターが備わるアタッチメントも用意された、正に高機動モビルスーツであった。

 

 ロイドは統合整備計画後の開発機である事を何度も確認し、共有部品が意外とリスト内にある事に驚き、安堵した。

 最悪は構成部品が流通するまで死蔵する考えすらも内にあっただけに、戦力に加算して良いものならば前向きに検討しようと。しかし、暫定パイロットだろう彼には既に試験機体がある。だからといって、他の部隊員に「このあからさまな暴れ馬を御せ」と言うのは、正直気が引ける。 

 

「はぁ。誰宛てに送り付けて来たのか、論ずるのも野暮ですねぇ」

 

「ぐぬぬ……グフM型を踏襲している部分もあるけれど、全くの別物だよ。

 だけど! 各スラスター連動の、コンピュータ統制用にあの子から頭を剥ぎ取って、手に余った高機動パーツをまとめた感が半端ないよ!

 宇宙でも扱うのに支障がありそうなもの、地上にこんな、推進剤の代わりにロケットをぶちこみました的なモビルスーツを持って来られても!?」

 

 激昂するメイは自らが手掛けた作品を奪われ、良いように利用された形となっている。その為に私情が混じった思考に陥り、頑なに目前の機体を拒否したいのだろう。

 ロイドは当事者ではない。そのおかげか努めて冷静に、有するポテンシャルが十全に発揮された際に生じるパイロットへの負荷を吟味できる。

 また、月面基地グラナダに座す突撃機動軍の長キシリア・ザビ少将が教育型コンピュータに酷く興味と関心を示し、搭載機を早期に打ち出したい事も理解していた。

 グラナダ開発陣の提出した機体に。教材に使えると踏んだパイロットの技術提供をさせる為に。少将は可能な限り高性能機体を建造、用意して寄越した。

 戦争の長期化を見据え、地球の豊富な資源採掘に余念が無かった彼女らしい。

 今後生産されるモビルスーツに広く普及できる機体制御ソフトの開発は必要不可欠である。

 成程、尤もな話だった。

 だが、それはつまり。メルティエ・イクスの操作技術を搾取するためだけに、搭乗者のダメージを度外視した破格性能の機体を送り込んで来た、とも取れるのではないか。

 

「うーん、怪我が完治すれば、意外と乗りこなしそうで怖い……おや、どうしました?」

 

 ともすれば彼が機体性能を確かめる前に、安全装置(リミッター)を噛ませる必要性が顕在した。

 過去の運用データを洗い出し、エースの技術提供に相応しく又パイロットの安全を確保しなければならない。

 現場の”勝手な判断”でリミッターを取り付けるのだから、一人でこの件を処理しなければ。

 そうして5月頃に負った怪我が完治したことを確認した上で、リミッターを外した本来の性能を乗りこなしてもらう。

 これがロイドの立場で出来る最善だろう。彼は必要な制御装置とそれを設ける位置を見極めようと手元に在る機体の図面に視線を走らせ、ふと沈黙した少女の様子を訝しんだ。

 

 俯いたまま表情が窺い知れないが、突如その唇が言葉を紡いだ。

 

「け、が?」

 

 その声音が鼓膜に達した際に、長身痩躯の技術屋は自分がしでかした事を痛いほど理解した。

 他に意識を割いていたとはいえ、本人と軍医、部隊責任者であるダグラス・ローデン大佐以外では極限られた人間しか知り得ない情報を、うっかりと漏らしてしまった。

 キャリフォルニア・ベースに駐屯していた頃の機体試験中に負傷したメルティエの怪我は、実は完治していない。休み無く戦場に立たざる負えない状況と持ち前の責任感が悪い方向に回った結果なのだが、止まらない青年の容態を配慮しつつ各自が立ち回っていた。

 中東アジアでの戦いで傷口が戦闘中に開き、意識が混濁したまま重態となったが僚機として控えていたハンス・ロックフィールド少尉の尽力もあって、大事には至らなかった。

 その後はケン・ビーダーシュタット少尉やシーマ・ガラハウ少佐の部隊に最前線を担ってもらい、極力激戦区投入を控えるように検討する等を行う。当人は前線配置でない事に不満を漏らしていたが、関係者全員が黙殺。

 これらの甲斐もあって、8月が終わる頃にメルティエの怪我が完治するところまで漕ぎ着けた、というのに。

 

「あ~、いや。その、ですね?」

 

 珍しく焦るロイドはどう挽回すべきか、その方法を模索する。

 思わず口を手で覆い、メイと視線が交差しないようにハンガー内を彷徨わせた。

 コツ、コツ、とゆっくり近付く十代半ばの女の子に、二十代後半の男はたじろぐ。妙な迫力を身に纏った相手には性別も年齢も関係がないのかもしれない等と、益体もない考えが浮かぶが現実は逃避すら許さなかった。

 

「ロイド()()。話して、くれるよね?」

 

 仰ぐ少女の瞳は、深海の如く底を見通せないものだった。

 呑まれたロイドは心中でメルティエに深く謝罪しつつ、彼を売り飛ばした。

 何時の間にか彼女が手に持っていたスパナが、嫌に光沢を放っていた事も関係してなくもない。

 

 数時間後、話が飛び火した事で新造艦の内部が騒がしくなるのだが、とある男性が不幸な事故に遭う程度で問題はなかったと当直の警備兵は報告している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


久しぶりの投稿です。今後ともよろしくお願いします<(_ _)>
メルティエ・イクス中佐に送り届けられたモビルスーツ、型番と名称は次話で明らかに!
賢明な読者は、文章を追いながら既に最適解を出しているだろう……タブン。

ん? メイちゃんがヤンでるって?
そんな事あるわけないじゃないですかぁ、ヤダナーモウ。
ちょっとおこになっただけです、ちょっとだけネ。

次回もよろしくお願いしますノシ


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第45話:先行試作機

 煌々と地上を照らす日差し。

 それを遮蔽しようとする霧の中を光が差し開いては道を作り、幻想的な世界が姿を現す。

 コロニーの中では光と影の演出でしか見れないが、此処には天然ものがある。

 現地人ではない、生粋の宇宙移民者(スペースノイド)がこの風景を目にしたのなら、感嘆の声を上げるだろう。

 金髪碧眼の青年も観光目的でこの地を訪れていたのなら、確実に心を動かすに違いない。

 だが、生憎と彼は旅行客ではなかったし、目を見張る光景に感動するどころか忌々しげに舌打ちすら立てる。

 

「参ったな、地球の地形情報がこうも安定しないものだとは」

 

 小声で情報不足の身を嘆くが、それで右往左往しているわけではない。

 各モニターに視線を散らしカメラから出力される映像を逐一チェックするが、お目当てのモノは一向に現れない。どうやら、相手は中々焦らすタイプだったらしい。

 緊張と興奮に晒されているせいか、空調が効いている筈のコックピット内で青年はじとりとした暑さを肌で感じていた。

 

 愛機が宇宙用であった事から新しく用立てた真紅のMS-06G、陸戦高機動型ザクIIは初乗りにも関わらず、身体に染み込むほど慣れ親しんだ操縦性からか、しっくりくる。

 統合整備計画以前のものだったから対応できたが、その後の生産ラインで組み立てた機体だったのならば、こうはいかなかっただろう。

 懸念するべきは搭乗したモビルスーツは陸戦仕様ではあるが、それを操るパイロットが地上にまだ馴染めていない事か。

 無重力地帯で武威を誇った青年も、重力下に置かれては理想とする機動はおろか移動も難しい。

 これが経験の少ない新兵であれば不安を抱かずモビルスーツを歩行させ、泥濘や脆弱化した地面に足を取られ無様に転倒している。彼は起動前に地形情報を抽出し、無難な場所に重心を移動させて進むと共に、実際の地形をコンピュータに計測させながら行動していた。

 酷く地味な作業ではあったが、兵士として戦地を知る事は必要不可欠な要素である。直情径行の人間にしては意外な神経質さに、普段の青年を知る連中が今の姿を見たら驚くに違いない。

 もしくは「おい偽物、本物を出せよ」と暴言を吐かれるかだ。

 

「向こうは仕掛けて来ない、か。

 場所を理解するまで手を出さないってワケか、舐めてくれる」

 

 作戦が開始されてから、二十分が既に経過していた。

 視界の状況から早期捕捉が困難だとしても、時間を掛け過ぎだ。

 相手は地球に降下して間が無い不慣れな自分とは違う。半年もの間この重力に抗いながら戦闘を繰り返しているのだから。

 可能な限り近い状況下で戦いたいのか、勝負にならないだろうと高を括っているのか。

 前者なら敵に対する姿勢が甘い野郎だと嗤い、後者だと是が非でも叩き伏せなくては気が済まなくなる。

 不利だと重々承知した上で沸々と闘志を燃やし、それでも待ちの姿勢を守り地形データをザクIIのコンピュータが収集し終えた頃、

 

「――――来たか!」

 

 ザクIIのセンサーが感知し警告音(アラート)が鳴る前に金髪碧眼の男、ジョニー・ライデンは反応した。

 

 ライデンが戦士の勘とも呼べるもので気付いた方向は、ザクIIの左手側であった。

 主兵装のMMP-78、一二〇ミリマシンガンの射程距離にも関わらず、マシンガンは右手に備えているため左後方から迫る相手に対し自身が邪魔で射線が通らない。必然的に機体を旋回させるか、足を動かして向き直る必要があった。

 判断する刹那の間、同装備の弾丸をばら撒くように発射されたマズルフラッシュを認める。

 その次の瞬間、真紅のモビルスーツは旋回も向き直りもせず、垂直方向に跳躍した。

 背のメインスラスターから伸びる高熱の炎と衝撃波に霧は吹き飛ばされ、地上に漂う泥水の群れが大気に上がる。

 重力が正しくライデンの体躯をシートに圧し付け、その力に負けじと抵抗する全身の筋肉が悲鳴を漏らす。

 瞬きせずに睨んだザクIIのカメラには水面を大きく叩く音と共に火線が走り、密度が薄れた霧の中で走る銃火がリアルタイムで流れた。

 ばら撒かれた鉛の牙は、こちらを探る為の餌だ。

 慌てて反応し、反撃に転ずればこちらの場所を知らせてしまう。

 それだけでなく、最悪は相手の術中にハマる可能性すらあった。

 ならば敢えて無視し、敵の射線から位置を測定し、かつ即席の遮蔽物を生み出す事で奇を衒う。

 迫る敵への対応を一先ず置き、相手も自分と同じ視界不良の中に居る事を再認識したライデンは逆に敵の位置を確認し、一時凌ぎとはいえ壁を作り視界を封じる事に成功した。

 果たして、この即断即決は妙手か、悪手か。

 

「これでも、撃ってくるかよ!」

 

 撒き上がった大量の泥と水が地上に叩きつけられる打音が、機体の各所に設置された集音マイクを占領する。それに紛れるのは、ライデンの搭乗するザクIIのスラスターが大気を燃やす噴射音と同様のもの。加えて位置を把握しているとばかりに放たれる、弾丸の空間を裂く音だ。

 急場凌ぎながら自分が形作った視覚と聴覚を幻惑する戦場だというのに、変わらず今も追い立てられる状況。

 

(――――上等だ! 首根っこを押さえ込んでやる!)

 

 尚更負けられぬ、と軽く痺れが走った四肢に喝を入れた。

 加速に震動した操縦桿を握り締める指が、手が淀み無く動く。

 真紅のモビルスーツは乗り手の導きを従順に辿り、空中に身を置いたまま殺到する弾丸を捌き、宇宙(そら)での動きには及ばぬもののAMBACを利用した舞踏にも似た動きが、装甲表面をなぞる程度の損害に抑えた。

 滞空維持にメインスラスターが、位置取りに脚部の補助推進用スラスターが吼える。

 もし、ライデンのザクIIを視認できる者が居たとすれば、地上に向けて真っ逆さまの体勢を取る全長十七メートル越えの巨人を仰ぎ見る事が出来ただろう。

 小刻みに機体を動かした結果、相対する目標に対して機体の被弾箇所を限定する、宙間戦闘の癖が現れてしまったのだ。

 射撃地点を捉えたが、急激な重力加速度に臓腑が悶え、続いて視界が黒く染まる。

 反射的に喰いしばって胃液の逆流を防ぎ、暗転する前に特定した標的に向け、撃音(トリガー)

 

「ならぁぁぁあああっ!」

 

 地上から対空砲が如く撃ち出される質量弾の群れ、その中をジョニー・ライデンは真紅の稲妻が異名の如くモビルスーツを疾駆させる!

 

 コックピット内に響く軋む機材、それらに気を配る余裕を許さずパイロットの戦意を奪おうと身体を捩じる圧迫に抗うライデンは脂汗と苦痛に塗れたまま、しかしモビルスーツの動きを細微まで支配した。

 発光が交差する中で紅い残像がジグザグに大空を走り、地表まで二〇〇メートルを切ると、応戦はそのままにザクIIの下半身で反動を作り、転じて足先を下へと戻した。

 重量物が大地を踏み締める前に少しでも緩和しようと各部バーニア噴射口(フィルターノズル)から轟き、暴風にも似た風圧が着地点一帯から霧を退ける。

 そうして至近距離に出遭うモビルスーツの姿が前面モニターに映ると、ライデンは疲弊した貌に獰猛な笑みを至極自然に刻んだ。

 

 真紅と対峙したのは、蒼いモビルスーツ。

 天空から飛来した稲妻、是を迎撃するは巨躯の獅子。

 

「ハッ、捉えたぜ、メルティエ・イクス!」

 

 大兜下のモノアイレールを滑る単眼が、その言葉へ応じるように、鈍く輝いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃機動軍のエース同士が機体慣熟を兼ねた演習訓練を行うと聞き、興味を惹かれた事もあって見学席へと招かれたアイナ・サハリンは、目前の光景に酷く困惑した。

 第一作戦会議室、と書かれた部屋に入ると正面にある大型モニターには銃火器とテールノズルの発光現象が瞬き、三秒に一度は蒼か紅どちらかの機影が映る。

 室内が暗いために何人居るのか判らないが、全員が目に飛び込む映像に意識を奪われていた。

 正面最前列に座るノリス・パッカード大佐が気付き、身振りでアイナの席を案内すると彼に軽く頭を下げながら近付く。

 やや音量を抑えてあるとはいえ、モビルスーツの足が地を踏み締め、草木を散らして跳ねる音は耳に優しくない。

 外見を気にする立場ではあるが少し険が出てしまうのは仕方ない事だったし、表情が見えない程度に暗い状況はアイナにとって救いだった。

 漸く席に辿り着き腰掛けるとモニター画面に集中する事ができた分、視覚と聴覚から提供される情報にたじろいだ。

 上空から観測する側から見れば本格的。否、純然たる戦闘行動に移行した二機のモビルスーツは、今も着色弾頭とはいえ至近弾を撃ち合い、降り掛かる泥水を高速機動の際に発する衝撃と風圧で吹き飛ばし、局地的ながら霧を物理的に晴らしていく。

 兄ギニアス・サハリンが建造したモビルアーマー、アプサラスのテストパイロットであるアイナは、以前は試験用モビルスーツに触れていた経緯からライセンスを有している。

 であるから、モビルスーツがこうも動ける事実に驚愕していた。

 

「あの、これって演習……ですよね?」

 

 その驚きも回りに回って、困惑に突入してしまったが。

 

「うむ、演習だよ。……名目上はね」

 

 司会壇上でアイナの呟きを聞き、見学席を設けた男は答えた。

 特務遊撃大隊ネメア統括責任者のダグラス・ローデン大佐は、ギャロップ級陸戦艇に代わり部隊旗艦となったザンジバル級機動巡洋艦のブリーフィングルームに必要な機材を運び込み見学会場にすると、先述の演習訓練とは別にジオン軍最新モビルスーツ性能のお披露目と称して多数の人間を呼び込んでいた。

 エースと称されるパイロットの動きを見て各自に感じて欲しかったのもあるが、正しくはモビルスーツ同士の戦闘に陥った場合の対処を既存の兵器と間違えないよう意識を変えるためだ。

 完全に量産体制に入った連邦軍は、質はともかく量はすぐにでも優位となるだろう。

 そうした同戦力を持つ敵との戦いは、今までと違う戦場になるという事だから。

 

「確かに演習ではある。

 アイナ、機体各部に感知器を張り付けられているだろう?

 あれに彼らが撃ち合っている着色弾頭が当たるか、もしくはそれ並の衝撃が加われば該当部位が停止するように制御機器へ指令が出るようになっている。

 弾丸自体も装甲を撃ち抜くほどのものではないし、弾頭も柔らかく着弾した際に円状に広がり、衝撃が一点に集中しないように出来ているから、機体に対するダメージも少ない筈だ」

 

 アイナの隣に座るギニアス技術少将が普段と違い、角が取れた声音で語る。

 出会った時に比べて少し頬がこけているが、傍らに控える側近のノリス・パッカード大佐がギニアス少将に何も言わない事から、外様のダグラスも多少は推察できた。

 

「驚嘆すべきは新型機の瞬発力、それに乗ずる加速度ですな。

 このモビルスーツが実戦配備されれば、迅速な部隊展開と攻撃速度で連邦を翻弄できます。

 問題は、この暴れ馬を乗りこなす人材を多く揃える事が出来るのか、という点でしょうか」

 

 ノリスは胸を張った堂々たる姿勢を崩さず目で見たものを評価し、最後に戦力として数えて良いものなのか疑問であると口にする。

 一般兵向けではないな、とギニアスも頷く。

 画面内では一気に距離を詰めた真紅のモビルスーツがマシンガンを向けると蒼い方は飛び退り、追撃を右方向に三六十度ロールすることで回避した。

 

「あれじゃ、中佐の身体が……」

「おとうさん、スゴイ!」

「……なぁ、今のジョニー、零距離射撃狙ったよな」

「そうね。かなり頭にきたんでしょ、被弾覚悟で胴中心部に射線を取ったように見えた」

 

 右中列で見守る子供達の色が異なる声が上がる。

 先日に隊長の実情を知ったリオ・スタンウェイ曹長は不安を隠せず、戦火から救ってくれた大人に全幅の信頼を寄せるロザミア・バタムは裏表のない感想を、指導者が見せた確実に仕留める動きにユーマは戦慄し、たかが演習でどうして熱が入ったのか理解できないイングリッドは嘆息した。

 仲良く固まって居るが、互いが演習相手の連れである。

 勝負が決まったら幼心に第二戦が此処で開始されないか、周囲の大人達は多少気を揉んでいた。

 

「相変わらず、中佐の動きはおかしいな。それとも例のコンピュータのおかげなのか」

「おかしい、というか。チラッと見ましたが操縦機器が今までと違うものですよ、あの新型。

 手癖が染み付いたままだと、乗り換えに苦労しそうです」

「地球降下してソツなく機体を動かす真紅の稲妻が異常なのか。

 操縦系が変更された機体で平常運転のままの蒼い獅子が変態なのか、難しい所だぜ」

 

 子供達の後ろ、右後列に陣取り戦績を認められ階級が上がったネメア第二小隊の面々は、苦笑いを禁じ得なかった。

 ケン・ビーダーシュタット中尉は耳にしたジオン軍を超える連邦軍のコンピュータが気になり、機体の動きはその影響なのか判断に困っていた。

 小隊長に別方面の問題をもたらしたガースキー・ジノビエフ少尉は漸く手に馴染み始めた愛機が実は統合整備計画前の機体で、また同様の悩みに直面する日が近い事に苦いものを感じていた。

 じっと画面を見据えるジェイク・ガンス准尉はというと、褒めているのか貶しているのか、微妙な事を口走っていた。

 顔が笑っている事から、口が悪い彼なりに賞賛しているのかもしれない。

 ケンとガースキーは目が合うと、不器用なジェイクに溜め息をついた。

 

「そろそろ、決着が付きそうですかね」

「いや、大将の動きが攻め一辺倒になってねぇ。まだ慣らしてる最中だろう」 

「……長く地上で戦っているイクス中佐は、まぁ納得できる部分があるのですが。

 地球に不慣れなライデン少佐が攻勢に転じてますし、エース級というのは全員おかしいですね」

 

 自身がモビルスーツパイロットではないサイ・ツヴェルク少佐が隣に尋ね、七割方が守勢の蒼い機体をハンス・ロックフィールド少尉は静観していた。

 ロイド・コルト技術大尉もハンスに倣うが、戦場では経験がものを言うと普段から聞いていただけに、真紅のモビルスーツに不自然な挙動が見られない現状はおかしいと結論する。

 そうしてる間に真紅のザクIIが押していた攻勢を止め、大木等の物陰を移動しながら距離を取った。

 

「あっ、それは」

「まぁ、そうなるだろうな」

「あー、大将の勝ちだな」

 

 リオは状況に驚き、ケンも終着が読めたのか頷き、ハンスが口角を上げて顔を歪めた。

 

「ジョニー、()()()は不味い!」

「あいつ、ジョニーの機体に熱が()()()()()まで待ってたんだ」

 

 ユーマが自身の認める最強のパイロットに叫び、イングリッドは獲物が弱る時期を待つ獣じみた思考に嫌悪を感じた。

 

 見学者達が騒ぎ始める中、蒼いモビルスーツはフレア状の脚部から一際大きくバーニア光が膨らみ、目前の障害物を文字通り薙ぎ払いながら真紅の機体へと突き進む。

 進路に迷いが無い事から熱源探知(ヒートシーカー)まで正確ではないが、高熱体を追跡できる赤外線視野にカメラを変更したのだろう。

 最短距離で攻める積もりなのか一直線に走り、排熱していた真紅の機体に迫る。

 攻勢を強め、追い付き脅威を与え続けた真紅のモビルスーツは”息切れ”を起こしていた。

 無論、当人も排熱管理を疎かにしてはいない。

 地球は宇宙と違い、空気がある。

 温度差による空冷は発生するものの、絶対零度の宇宙空間とは異なる環境であった。

 得手した戦場に比べ、その上予想よりも冷却期間が遅い。

 最初こそは用心深く各部稼働、冷却状態に意識を割いた。理想とする機動と、現実の鈍足の折り合いをつけるのには苦労したが、既にタイミングを覚え、機体が必要とする”一休み”を把握した。

 だからこそ、確認作業を省いた分だけパイロットの意識は戦場に集中し、微かな隙も逃さない。

 これは操縦環境が酷似した機体ならばこその、体感で機体状況を理解するジョニー・ライデンほどの手練れだけに可能な芸当である。

 事実、対するメルティエ・イクスは搭乗経験のあるザク、グフ、ドムとも似通った、または別物の操縦性に四苦八苦していた。

 メルティエもライデンと同じく感覚で機体を動かす事に長けていたが、今回はそれが悪く作用している。

 体で覚えた操作が一方で動き、また一方では動かない。

 経験した感覚の混乱が機体の挙動を鈍らせ、彼本来の尖った行動が出来ないでいた。

 このパイロットとモビルスーツの行動不一致が、メルティエよりもライデンの攻勢が多く占めた原因であった。

 

 個々人の機体と環境に、また宇宙と違うものがあった。

 それは機体の表面に付着した泥、である。

 場所が霧の中であったり幾分かの水冷効果もあって気にはならなかったが高機動戦闘中に着地、跳躍を何度もする間に飛散した泥が張り付き、それが乾燥して固まると機体内部に溜まった熱を封じ込める層を作り上げたのだ。

 排熱状況が悪くなるころには既に遅く、地上戦闘のノウハウが無い側が術中にハマった。

 稲妻が距離を取った事で”攻め時”を理解した獅子は、猛然と攻め掛かる。

 何故ならば、乾燥した泥は強烈な圧力を加えれば思いの外容易く払い落とせるからだ。

 モビルスーツが最高速度で跳躍すれば、ある程度の泥は取っ払える。

 そして其処に思考が辿り着くまで、排熱するまで待つ気は攻守が切り替わった側からして更々ない。

 動けないならば迎撃するまで、とばかりに真紅のザクIIは応戦するが、先程まで攻撃すれば反撃もそこそこに空中へと飛び退った相手が、鋭角な動きを見せる。

 高速機動のままに左右へ不規則に動き、射線を定めさせず迫ってみせた。

 但し、左右に動く時は両腕部に内蔵されたジェットエンジン補助推進システムのみ、である。

 両腕を交差させ、その一時噴射のみで機体を逃がし、メインスラスターは一瞬でも目標物に至る為に、全力突進の構え。

 

 背のバックパック、腰部、脚部のバーニアは二基以上設けられ、バランスを考慮して配置されている。だが腕部のジェットエンジンは確かな力を有するが補助推進用で備わったもので、片腕に一基しかない。

 本来の用途は同一方向へ航行中に加速を得る為の使用であるから、急旋回や進路変更に用いるものではない。

 その力で、高速飛来するものの一点に力を加えたら、どうなるか。

 

 ――――正気ではない。

 

 力を加える角度を間違えれば悪戯に回転するだけとなり、最悪は制御不能となって其処らに生える樹木か地上に激突するだけだ。

 宇宙攻撃軍が赤い彗星と戦った結果が、旧第168特務攻撃中隊の面々を恐怖させた。

 あの時はコックピット部に損傷しただけで負傷したが、今度はどうなる。どうなるというのだ。

 

 真紅の機体が異常な行動に出た同胞を機能停止させようと、マシンガンの銃口を定め、撃音(トリガー)

 

 ――――だが、蒼い機体は止まらない。

 

「う、腕が!」

 

 肉迫する蒼い機体の変化に、室内で誰かの悲鳴が広がった。

 マシンガンの弾丸は確かに当たった。そう、当たったのだ。

 ジェットエンジン補助推進システムが内蔵された、()()に。

 機能停止の指令が走り、だらりと下がった両腕。

 スラスターは、解除されない。

 放たれた銃弾は両腕の機能を止めたが、胴体部と脚部には命中しなかったからだ。

 つまりは、直進するのみ。

 そして、距離は既に五十メートルを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っしゃおらぁぁぁあああっ!』

 

 突如響いた声に、二人の女性は反応した。

 新兵だった頃に、ある男は飛来する戦闘機をモビルスーツで蹴り砕いた事がある。

 その時に自身を鼓舞する為、コックピット内で叫んだとも。

 

 バックパックの推進を停止させた蒼い機体は脚部のスラスターを全開のまま左脚を振り上げて機体を無理矢理上げると、右脚を大きく振るい機体を旋回させそのバーニア光で目前のモビルスーツのカメラを焼く。

 見学席のモニター内で蒼い残像が映る次の瞬間には、既に”蹴り”のモーションを始めている最中であった。

 体勢修正と並行して腰部スラスターを最大限に出力を上げ逆噴射を利かし、制動を生じさせる事に成功した蒼いモビルスーツは推進部が強制停止(オーバーヒート)した頑丈かつ太い脚を相手の胴体部に叩き込む。その拾われた金属同士の衝突が戦闘を見守る人々の下へ大音響を送り込んだ。

 耳を塞ぎ目を閉じて耐えるもの、喚き叫んで音を相殺しようとするもの、ただ映像を睨み結末を見届けるもの等に分けられ、画面の動きに中てられたのか歓声を上げるものすら存在した。

 頭を音撃されながら見学席に居る人々は仰向けに転倒する真紅の機体から、蹴り抜いた際に推進力が偏り気味になった結果不格好を晒し、腰を屈め右足を軸にした体勢で泥濘の上で六度旋回し、垂れ下がった両腕が粘り気のある地面に置かれると四足歩行の獣が如き姿で佇む、蒼いモビルスーツを見つめた。

 排熱が呼気に、駆動音が唸り声に、爛々と蠢くモノアイが生物の眼にすら思える。

 それが十秒か、一分か、五分か。

 時間の感覚が定まらないうちに、蒼いモビルスーツのモノアイが光を無くす。

 再起動する様子が無い事に、誰かが息を吐いた。

 

「……相討ち、なのでしょうか」

「いや、演習のルールで言えば先に機能停止した方が負けだな」

「最後は強襲かと思えば、奇襲とは。……幾つか苦言を呈した方が良さそうな最後でしたが」

 

 アイナが呆然と、ギニアスは努めて冷静に、ノリスは真面目にコメントした。

 流石のダグラスも言葉が出ないのか、顔を手で覆っていた。

 

「は、早く救助班を!」

「世話が焼けるなぁ、もうっ」

「メルティエも心配だけど、機体の損害も気になるよ! 予備パーツ余裕ないのにぃ」

 

 ユウキ・ナカサト曹長とキキ・ロジータが廊下へと飛び出し、続くメイ・カーウィンも損害状況確認のために現地へと向かった。

 他の面々も沈黙から回復すると席を立ち、各々行動を開始した。

 その人波から勢い良く、飛び出す二条の薄紫色の髪。

 

「さっき、メルの声が聴こえた」

 

 慌ただしく移動する群れを背に、ぽつり、とエスメラルダ・カークス大尉は呟いた。

 耳に残る怒号であったのに、他の人は聞こえていなかったのかパイロットの声に反応すらしない。

 

「うん。聞こえたね……僕達二人だけなのかな」

 

 隣を走るアンリエッタ・ジーベル大尉が同意した。

 蜂蜜色の髪が乱れ、足は一歩でも早く進もうと床を蹴る。

 

「分からない。でも、あの時動いたのは私達だけ」

「幻聴、じゃないね。二人同時に聴こえてるから」

「謎は深まるばかり」

「意外と、難しい話じゃないのかもしれないよ?」

 

 二人の身長差から、エスメラルダがアンリエッタを見上げる。

 興味深い、先を話せと目で伝えると彼女は唇に人差し指を当てて、微笑んでみせた。

 

「求め合っているから、大事な時に声が聴こえる。

 ――――なんて、どうかな?」

「最近のアンリは、思考がおかしい」

 

 自然に見せた所作が可愛く思えた事に、エスメラルダは何処か刺激されたようで公私共に親友の物言いを辛辣に、バッサリと斬った。

 むっ、と不満を表した後に「ちょっと恥ずかしい、かな」と発言内容を省みたようで、白い頬に朱が差した。

 

「乙女になると夢想家。確かに覚えた」

「う、うるさいな。少しくらい、別にいいじゃないか」

 

 むくれ始まるアンリエッタに、エスメラルダは確認を取った。

 

「つまり、演習で”大事に至る”行為をした、そういう事」

「……今日はお説教だね」

「そう、お説教(物理)」

 

 アンリエッタは小さく溜め息を吐き、エスメラルダは不機嫌さを隠さずに告げた。

 また彼女らが回収に向かう現地では、

 

「おい、さっきのノーカンだろ、ノーカン!」

「ところがどっこい、これが現実、圧倒的現実!」

 

 機能停止したモビルスーツから這い出た大の大人が、取っ組み合いをしている最中であった。

 移動する際に泥を被った紅いノーマルスーツの男が「もう一度勝負しろ」と再戦を求め、それに加速度と衝撃で千鳥足となった蒼いノーマルスーツの男は「勝ちは勝ち」と頑なに応じなかった。

 ライデンは蹴りを入れられた事で敵愾心が燃え上がり、メルティエは命の駆け引きまで至らないと引き分けか、勝ちを拾わせない赤系統のパイロット達にお腹一杯だ。

 

「くそっ、俺も同じ機体だったら!」

「いや、其処は腕で勝ってやる、とか言うとこでしょ」

「機体も同じモンでやれば、技量差で俺の勝ちだ!」

「ハッ、抜かせよ。()()蹴り飛ばしてやろうか!?」

 

「ちょ、何してるの、あの二人!?」

「イクス中佐、ライデン少佐、止めてください!」 

 

 ファットアンクルを飛ばし回収班が現地に到着して第一に行ったものは、モビルスーツ回収作業やパイロット救助活動ではなく、リアルファイト開始に陥った二人の仲裁であった。

 離された後も子供のように罵り合うエースパイロット同士の言い争いは、ダグラス大佐の一喝と叱責を浴びるまで続けられたという。

 

 その様子を眼下に収める蒼いモビルスーツ。

 これは試験運用が終了し近々生産ラインが構築されるMS-06R-2、高機動型ザクIIの問題点を改善されたものだ。

 MS-06R-03の型番を有する本機は実験機として開発された数機の一機であり、連邦軍の教育型コンピュータを模造した代物を搭載後、突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアへと送られた機体である。

 後世の研究では連邦軍の教育型コンピュータと比べ、明らか劣悪品(デッドコピー)であり集積能力、処理能力が劣っていたとされる。

 また限定生産であった為、戦闘データ収集が悪く十分に推し量るものに不足し、当初期待されていた「モビルスーツのOS強化」は半分も満たなかったと記録されている。

 しかし機体性能は高く、本機は名称を改められ一部のパイロットに長らく使用されたという。

 

 新しい名は、先行試作型ゲルググ。

 後にジオン軍モビルスーツの中で傑作機と評されるMS-14、ゲルググの先駆けであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です、ご機嫌如何。

年が変わる前に投稿できた……年始までまったりと過ごす所存ですぞ。
皆様、良いお年をノシ


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第46話:訪れるもの、迫る刻

 その空間は、多重音に満ちていた。

 コンソールの上を踊る華奢な指先による軽快な音、操作に求められた答えを掲示する規則正しい電子音、その合間を縫うのは桜色の唇から洩れる呼吸音だ。

 淀みなく乱れなく滞りなく繋がる空間を震わす連鎖は、不思議と耳に障らず心地良い。

 子守唄ではないが、目を瞑り気を静めていると眠りに誘われそう。

 それがこの音域による慰撫だからか、それとも彼女が近くに居るから安らぐのか。

 あるいは、その両方か。

 

「ふふっ、眠いの?」

 

 穏やかな声音に揺すられ、ぼやけていた意識が少しずつ色を戻す。

 もう少し眠りたい欲求に抗い難いものを覚えるが、視界に収めた女性の貌を、微笑みを認めれば起きなくてはと思う。

 このまま眠りに就いても彼女は怒ったりせず、気分を害しはしないだろう。

 余程の度を過ぎなければ、自分を許すだろうことも知っている。

 何時も「仕方ないなぁ」と付いて来てくれる、自分を見つめてくれるヒトだ。

 

 ジオン公国軍の主力兵器、モビルスーツのコックピットに座るアンリエッタ・ジーベル大尉へと視線を置きながら、そのコックピットハッチ縁部に背を預けていたメルティエ・イクス中佐は自分が微睡んでいた事に気付いた。

 霞が掛かった頭を振るう。確かMS-09、ドムの微調整があるという事で同機種を扱うメルティエの意見を聞きたいと呼ばれたのだと思い出す。

 

「……ん」

 

 はて、此処は何処か。

 アジア中東方面軍に属する軍事拠点の一つ、自分達が活動する為の仮の拠点。そのモビルスーツハンガーである、筈だ。

 開かれたコックピットに入り込むのは、整備班の声と機械が噛み合い、反発した金属音だ。僅かに漂う溶接の臭いが、鼻孔の奥で不快に広がる。おかげで、というのもおかしいが意識を浮上させる一助になった。

 しかし、知らない間に疲れが蓄積しているのか、堪える間もなく「墜ちる」とは。

 自身の体調に違和感を抱きつつも、彼は僅かに口角を上げて応える。

 

「ああ。少し、少しだけだ」

 

 メルティエは無意識に、背の半ばまで流れる蜂蜜色の房へと手を伸ばした。

 さらり、と梳いた指先から広がる感触に目元が緩む。

 作業をしている彼女はされるがままで、柳眉を下げて円らな碧眼を軽く閉じる。

 嫌ではないけど、少し困る。そんな表情が見て取れた。

 

「あっ、と。それで、何処の調整をしている?」

 

 完全に意識が覚醒した彼は勝手に動いた腕を戻し、照れが現れたのか少し早口で尋ねる。

 アンリエッタは近くに在った傷だらけの手櫛を見送ると、快調にはほど遠い顔色をその瞳に映し、続いてメインコンソールの上に身を乗り出した。

 焼けた赤銅色の頬を大切なものを扱うように優しく包むのは、僅かな冷たさとその奥にある暖かみを示す、女の手。指先が触れて体温が自らの中に混ざり合うまで、男は反応を起こさなかった。

 メルティエは彼女の姿が視界を占めるまで、その動きを眺めていた。

 ただ、ぼんやりと。

 

「メル、調整の手伝いはまた今度で良いからさ。ちゃんと休める所で横になった方が」

 

「ん、ああ……そうだな――――ッ」

 

 焦点が今合った、とでも言うのか。生返事を呟いた後に瞬きをして、漸く視界内の情報を精査し始めた。何時もと違うメルティエの様子に、アンリエッタは無言で灰色の瞳を覗き込む。

 蒼い獅子と呼ばれるモビルスーツパイロットは、居心地が悪そうに身を揺すろうとして、その動きを殺した。

 顔色から始まり、脈拍や心拍数を診始めたアンリエッタの邪魔をする気はなかった。軽装の上、胸元を開いていたのは好都合とばかりに直に胸に手を当てた時は流石に焦りもしたが、遊びの欠片も無い彼女の表情から真剣さが伝わったから、抵抗することなく身を任せる。

 

 彼からしてみれば、情を交わした相手が心配してやってくれているのだ。身にこそばゆい感覚が這うが、それも心中を満たす嬉しさを加算するだけのもの。

 僅かながらも俯き加減で赤面しているのは、何も背中に刺さる視線だけのものではない。互いに肌を重ねた間柄とは言え、異性が呼吸の味さえ分かるほど近くに居るとなれば、顔が熱くなるのは仕方がない事であった。

 

「ん。おかしな所はない、かな」

 

 唇から洩れた吐息が口元に掛かり、続いて畏まっていた嗅覚が離れる女の体臭に焦がれ始めた。

 自重せよ、とメルティエは口の中で唱えながら解放された身を起こす。覚醒する前に違和感のあった身は、芯が入ったようにしっくりくる。この状態になるまで時間を要していた、という事は確かに疲労がある証左だろう。

 アンリエッタに目を向ければ、立ち上がる動き、姿勢すらチェック項目だったのか様子をつぶさに見ていた。

 極自然に口元に刻まれた苦い笑みは、抜け目無い彼女の態度にか、それとも気を遣わせた我が身に対してか。

 

「少し怠い程度だ。……あまり、心配するな」

 

「ダメだよ。もうメルの身体は自分自身だけのものじゃないんだから」

 

 問題ないだろうと手を振れば、下がっていた柳眉を逆立てて物申される始末。

 強い調子では無いから反論し辛く、事実だと耳に入った時点で認識してしまっては否定する事は出来ない。

 メルティエ・イクスはジオン軍が誇る異名を持つエースの一人であり、特務遊撃大隊を率いる長であり、内外への影響が決して少なくない人物である。

 ただのパイロットでは無く、身命には既に部隊員二七〇余名の責任を負い、討たれれば寄る辺としている将兵の士気が落ちるだけに止まらず、敵軍の士気高揚にすら利用されるだろう。

 少し唸った後に、呼気を肺から吐き出した。

 

「前線で飛んだり跳ねたりしてる方が、向いてると思うんだがなぁ」

 

「……だから、心配なんだよ。バカ」

 

 ――――力無い拳が、胸を打つ。

 

 身体は完全にメルティエの下にある。微動だにせず、そのまま繰り返し打たれるのも彼が良しとしているからだ。

 確かにメルティエは重心が移動する音を機材越しに感知していたし、アンリエッタの打突に向いていない拳を目で追ってもいた。胸に到達する前に零れた言の葉も、鼓膜を震わせた。

 そうであるのに、男は女の行動を止めも咎めもしない。

 責められている身をそのままにして、相手の心を浸透させようと一打一打を大事に受け取ろうと、普段らしくはない酷く穏やかな笑みを浮かべて。

 

 ――――何時からだ。

 

 その表情を消し去りたくて、彼女は抵抗の代わりとでもいうように拳を振るう。

 アンリエッタは、かつて暴漢から我が身を救った少年を男に重ねる。

 灰色がかかった黒髪が、心労による為か完全に灰一色に。気にはならない程度の小さな傷が首や胸元に新たに刻まれ、軍服の下もそうなのだろう。不変であるのは灰色の瞳、いや、愚直に前へと進む意志を称えていた、彼の溌剌としたものが濁りのようなものにいつしか侵されている。

 

 ――――このヒトは、何時から悲鳴を上げていた。

 

 命のやり取りで疲弊し始めたのは、何時からだ。

 ブリティッシュ作戦、地球降下作戦、カリマンタン侵攻戦の、どれからだ。それともそれらが今まさに浸食しているのか。

 心理的圧迫というものは、何も珍しい事ではない。アンリエッタ達も同様に様々な葛藤を抱えて前線に立っている。それらに陥らないのは生粋の戦闘狂か、いくさ狂いの輩であろう。

 何らかの理由で戦う事を決めたとして、それがそのまま結果を甘受するものと直結する事は無い。

 であるからこそ人間は、戦争参加者は免罪符を欲する。

 正義を声高に叫び、正当性を訴える事で自らを守り敵を強かに討つ事が出来うるのだ。

 古来と違い、敵の顔を視認して矛を交える戦争は現代ではほぼ無いと言っていい。互いに距離を取り機械越し、兵器越しに戦争に加わる事が精神の抑圧を緩和している。人間とは想像する事が出来うる生物だが、現実に直面しなければ個体差もあれど然程ダメージを受けないものでもある。

 ならばこそ、断末魔の声と形相を一度刻まれれば、戦争の狂気に呑まれる。

 そして、生物は視線や気配というものに敏感である。

 最前線で正面から敵の死線を受け持ち、背には味方の期待を背負うとしたら、果たして()()()()ココロが保つのか。

 戦闘中であれば、極度の興奮状態や高揚感で誤魔化す事は可能であるとして、平時はどうやって受け流すのか。

 ストレスという誰にでも訪れるものが、生物に必ず内包されるものが彼を襲う災禍の名であり、蝕む正体であった。

 

 強固な意志力は自らを踏み止まらせる事に関して、強力なアドバンテージを秘める。

 メルティエ・イクスはこれを武器に、心身を酷使して戦い続けて来た。

 それがストレスを隠匿する隠れ蓑となり、今回に限って言えば裏目に出ていた。

 当然の事ながら、個人個人が自己を確立しない限り他の将兵も苦しめられるものだ。

 その苦しみから逃れる、離れる方法は多種に分かれるが、特に多いのは他者に委ねる事だろう。

 責務を、権利を他者に委ねる事で己を保守する。

 統率者、先導者、先駆者。呼び方は変われど、人を束ねて連れ行く者が居るから将兵は良心の呵責をある程度緩和し、付き合う事が出来る。

 例えば特務遊撃大隊ネメアに所属する隊員達は、寄り掛かる大樹が多く存在した分だけ身に掛かる負担が軽減されている。

 部隊指揮者であるダグラス・ローデン大佐、戦闘部隊にシーマ・ガラハウ中佐、ケン・ビーダーシュタット中尉等が在籍し、各班にも中核を担う人材に事欠かない。

 その彼らも、部隊名の由来である獅子が()()()()()から、自らに課せられた任務に従事、専念できる。

 では、結果として部隊全てを双肩に担う男は、誰と重荷を分かち合えれば良いのだろう。

 

 色褪せない記憶にある、少年はこう言っていた。

 

 ――――「今度こそ、友達を守れたんだ」と。

 

 守るために、身を盾にして、それでも倒れず爪牙を振るう。

 

 ――――何時から、その呪詛は彼を蝕んだのだろう。

 

 かつて少女だった時分に、彼を軍人の道へ(いざな)った瞬間からか。

 いや、覇気の無い少年を見知っているからこそ、それは正解ではないと悟る。

 あの時の少年は、救出する少女越しにダレカを見ていた。

 敢えて酷な言い方をするならば、過ぎし日の囚われたアンリエッタ・ジーベルを救出したのは、行動理念を形成中のメルティエ・イクスにとって、予行練習のようなもの。

 己の手で誰かを拾い上げる事が、果たして出来うるのか。

 無自覚な打算による悲鳴を契機にした刹那の行動が、只々実を結んだだけ。

 当時は養父らの援軍が到来した事で可及的速やかに”敵勢力”は排除されたが、もし到来が遅れたとしても銃弾で体を穿たれたまま嬲られて終わっていたのか。

 知人を守る為とはいえ、至極簡単に他人を轢き捨てる男が、其処で止まるだろうか。

 

 ――――何処で、彼はソレを植え付けられたのか。

 

 灯された火が、薪をくべられ一層激しく燃えるのと同じく。

 知らぬ間に方向性が定まっているからこそ、ただ強くあろうと。

 無意識に強者であることを、己に課したのだ。

 

 でなければ、人生に一度の青春時代を自己研鑽に費やし続けられはしない。

 でなければ、血反吐で身を拭い自傷行動にも似た試行錯誤を繰り返しはすまい。

 でなければ、他者に自らの道を定められて黙って居られる性分の男ではない。

 その道が最短であると、表層意識は拒んでも本能で悟るからこそ、だというのに。好意を抱いた相手が、手痛い目に遭わせた張本人が「人を殺すことが商売」に進ませた認識による拒否反応が、裏切られたと受け取る心境があったのは確か。

 それだけは、本能が望んだものだとしても。其処だけは、折り合いをつける時間を必要とした。

 

 ――――故に。

 

 つまりは、遅かれ早かれ同じ結果に収まるのだろうということ。

 彼は世間から認められる強者になり、過去に戻る事(失うだけの日々)を良しとしない。

 根強い存在意義(アイデンティティ)は、今後もメルティエ・イクスに変化はあっても、変質はせず。

 その呪いの恩恵を受けて救われたアンリエッタ・ジーベルは、愚直な男を見続けた賢しい女は、そんなヒトだから何時も味方であろうと決めたのだから。

 

「本当に、バカだよ」

 

 女が繰り返し打つ度に、男は欲張りな自分に餌をやる。

 様子を窺おうにも彼女を隠す蜂蜜色を、彼女の色彩を眼下に収めながら。

 

「ごめんな、性分なんだ」

 

 あやすように紡がれる優しい声音を、好きな声であるのに、今だけは聞きたくはなかった。

 胸に置かれた手に重ね、灰色の男は自覚し掲げた願望に、胸を暖かく満たす愛しい人の体温に、背を向け無い事を改めて宣誓する。

 

 ――――ネメアの獅子は、英雄に殺される(等しく訪れる最期の日)まで、幻獣のまま。

 

 嗚呼、それなのに。

 

 男の脳裏を横切る在りし日の兄妹は、何も語ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、高い所で何してんだか」

 

 モビルスーツハンガーに訪れたシーマ・ガラハウ中佐は畳んだ扇子で肩を軽く叩き、呆れからの溜め息を出してやった。

 背に広がる艶のある緑がかかった黒髪が動きに合わせて波打ち、比べて肩に引っ掛けた硬い軍服はユラユラとみせる。釣り目がちである髪と同色の瞳は、蒼と橙の復調二色(ツートンカラー)で構成されたドムのコックピットに向けられ、やはり何となく察した彼女は、先ほどより深い息を吐き出した。

 シーマが靴音を鳴らすハンガー内はドム以外の機体も並べられており、陸戦仕様のザクやグフ、水陸用モビルスーツのズゴックが整備を受けている。現行主力機がほぼ全て集結している様相は、パイロットやメカニックマンからすれば圧巻の一言だろう。

 新型の試験運用も部隊に課せられた任務とはいえ、それも加えるとここまでヴァリエーションに富んだ所属機で固めている部隊も珍しく、また用いる戦術に頭を捻るに違いない。

 

 軍事行動を執る際に気を配るのは単一の突出した戦力では無く、多数の平均的なものだ。優れた個は確かに能力だけを見れば成程、重用に値するかもしれない。しかし、戦争は狭く限れらた範囲で行うものではない事は明らかだ。

 戦力は点では無く面で、一角だけではなく多角的に用いるのが正しい戦争の仕方である。

 異なる性能の機体を混在させた愚連隊は、同一行動に向かない。

 見ればすぐに判る事だが、まず機動性の違いが如実に表れる。であるなら、同等まで下げれば行動できるだろうと思うだろう。

 だが、それは間違いである。

 満足に性能を発揮できない配置は、戦力の無駄以外の何物でもない。

 等しく同じ性能で固め、適切な戦力配置が戦争を勝つ条件である事は古代から通じるもの。最強の戦力を用意できたとして、それ一つで戦争に勝利する事はできはしない。

 現代兵器最強の座に君臨した、このモビルスーツもそうだ。

 主力兵器がモビルスーツに移ろうとしても、空挺部隊等による偵察、戦車を中核とした陸戦隊による拠点制圧、更にはこれらを維持する補給部隊が損なわれば戦闘継続なぞ、夢のまた夢である。

 一ではなく十の、十よりも百による部隊の連携が勝利の鍵であり、戦場の趨勢を有利に進める上での鉄則であった。

 

「ウチの隊も、漸く元通りになりそうだね」

 

 下がる一方の気分を仕切り直そうと、着々と揃えられるモビルスーツに意識を投じた。

 型はMS-06、ザクではあるが用途に応じたタイプの機体が彼女の瞳に映り、これらを誘導、整備するメカニックマン達の姿を満足そうに眺めていた。

 意外と思われるかもしれないが、態度とは裏腹にシーマ・ガラハウ中佐は職務に真面目な女性兵士(ウェーブ)である。出身と成長する過程で姉御肌が似合う女傑となっただけで、従軍経験から蓄えられた知識や技術がしっかりと備わっているのも生来の勤勉さが培ったものだ。

 加えて、面倒見の良さもあって当時数少ない女性兵士が中心であった隊が、それを上回る野郎どもが付き従う大所帯となったわけである。

 でなければ、腕っぷしの立つ荒くれ者を配下に出来はしないし、恐怖だけで縛れるほど男は女に従順ではない。

 そもそもがジオン公国の前身、共和国の時代より義勇兵が戦列に加わる事を許可されて以降、シーマの人柄を慕う連中が徒党を組み、膨張したのが彼女を頂点としたガラハウ隊の発足である。

 戦場で助けられた者、拾われた者、貧民階層から立身した彼女を支えたい連中を基幹とするこの部隊は正規、不正規を問わず他と比べて連帯能力が抜きん出ている。それだけに仲間意識が強く、シーマ・ガラハウでなければ扱えない。

 

 窮地に陥った仲間を救う為、敵拠点に突撃したメルティエ・イクスとハンス・ロックフィールドは認められたものの、同部隊であるネメアの所属隊員と打ち解け合う様子は、彼女の目からしても少ない。

 同じ部隊だから仲良しこよし、といくわけが無く。部隊間の連携を強化すべきなのは理解している。彼女の一声があれば、戦列を共にすることも可能だろう。が、それも「命令だから従う」なのだ。強制で築き上げたものが正念場で信用できるのか、不安要素は未だ拭えずにいるのが現状であった。

 信頼関係の切っ掛けがあれば気の良い奴が多い彼らも共に在る事も吝かではないだろう。

 だが、その切っ掛けが中々に難しいのだ。

 問題は彼らが頑なに、ある種の臆病になっているのは、以前在籍していた場所が特殊であったから。

 

(もう、吹っ切りたい……んだけどね)

 

 軍の暗部、所謂汚れ仕事を強いられてきた過去が暗鬱とした思いにさせるのだろう。

 睡眠ガスと称されて配備されていたものが毒ガスで、気付いたらコロニーを一つ壊滅していたのだと。騙されて行った己の所業に、独りコックピットの中で絶命した誰とも知らない人間に懺悔した過去は、経歴を抹消された今でも拭い切れるものではない。その惨状を視認してしまっては、重く引き摺る罪の意識という鎖から逃げられるものではなかった。

 ネメアという部隊で一括りにされた今も、”自分達とは違う”彼らに対してどうしたら良いのか、正直シーマもまだ分からない。

 知らない間に戦争犯罪者に、戦後の生贄と末路を決定された身である。彼らは知らなくても、自分達が理解している限りこれは付いて回る意識の垣根だろう。

 それでもシーマ自身は協力的に、与えられた任務に対して従う姿勢は崩す事はない。失うところであった軍人の誇りを、紙一重で救ってもらえたからこそだ。

 こういった経緯から彼女は、ガラハウ隊はキシリア・ザビ少将に恩義がある。部隊指揮者であるダグラス・ローデン大佐に従うのも「キシリア少将がこの身をネメアに配したから」でしかない。

 個々人でネメア部隊員と友誼を結んだ者もいるようだが、大多数はまだ()()の付き合い方ができていないのだ。

 幸いにも、隊員同士の衝突や諍いは起きていないが、このままでは不味いとシーマ自身痛感している。

 

「あれ、シーマ中佐? 機体の様子を見に来たの?」

 

 振り返れば、長身のシーマから頭二つ分ほど低い位置からまた声がした。

 

「確か、威力偵察して来たんだよね。連邦軍と接敵は無かったの?」

 

「ああ、確かに見つけたさ。ただ、正面からぶつかるのも馬鹿らしくてね。

 こっちから、鉛玉をたらふく食わせてやったのさ」

 

 紺の髪をヘアバンドで留めた幼さの残る容姿、活力に満ちた表情が眩しい少女が其処に居た。

 メカニックマンに混じって、いや彼らの指揮を執るこの小さな才媛の名は、メイ・カーウィン。

 先ほどのように物怖じしない態度で接する事が多く、生意気盛りの子供と言えるがシーマ個人はメイを気に入っていた。

 手に職を持ち、それに自信を引っ提げてこの少女は大人しかいない世界に踏み込んで来たのだ。

 自分が同じ年頃はどうだったか考えて、たいしたものだと尊敬すら感じている。

 

「あー、なるほどぉ。だから弾薬の補給と簡単なメンテで済むんだね」

 

 納得したように頷くと、彼女はお手製のモバイルと一緒に小脇に抱えたボード、そこに挟まれた書類を幾つか捲って、またコクコクと頷いた。

 

「下手にドンパチするのは三流さね。上手な戦い方ってのは、こっちの被害を最小限にして」

 

「敵さんの被害は最大限に、でしょ?

 メンテする側としても、そっちの方が助かるよ。パイロットも機体も、無傷が一番!」

 

 シーマが扇子を軽く振りながらレクチャーの素振りを見せると、メイは続きを合わせてニシシッと笑う。その対応にクックックと笑いながら、歳の離れた妹が居たらこういうものだろうかとも。

 存外に悪くない、と幾らか気が紛れたシーマは靴音を鳴らしながらハンガー内を進む。

 それに付いてくる小さな足音に、

 

「こっちが働いてた時に、面白い見世物があったんだって?」

 

 この場所に立ち寄った目的のものを捜し始めながら、問い掛けてみる。

 ガラハウ隊が連邦軍との境界線上を越えた威力偵察を行っていた頃、この拠点では新型機の披露を伴ったエース同士の演習が始まっていた筈。

 今後ネメアの旗艦となるザンジバル級機動巡洋艦が到来し、その搭載機が新型機と聞いている。連邦軍が開発したモビルスーツのコンピュータを複製したものに、ジオン軍のモビルスーツを構成する部品群を統合したもので組み立てたのだと。

 生産性や、部品共有化はモビルスーツの整備性に直結するものであるから、その点は大歓迎ではある。

 だが、コックピットの中でも変化があり、機器の配置違い、操作に慣れを要すると新型機を覗いたパイロット達から聞いてもいた。

 今は新型機という事もあって少数生産であろうが、生産体制が整えば近い将来乗り換える可能性が大きい。

 ならば、訪れる機会の為に情報を収集しようと思うのは当然の事であった。

 

「見世物って……演習の事?」

 

 声のトーンがあからさまに落ちた事に、シーマは「またか」と胸中で呟いた。

 

「なんだい、またイクス中佐が何か起こしたのかい?」

 

 うんざりした様子に、年少の女の子は「まぁ、ちょっとね」と言って誤魔化した。

 実際はちょっとどころの話では済まなかった。

 新型機がお披露目の当日に、動作不良を起こしたのだ。

 演習終了時に発覚したので整備班は大いに慌てたが、パイロット搭乗時には問題が発生していなかった事が不幸中の幸いと言える。

 現在は総点検の為に分解整備措置を採り、他に異常が無いか確認作業を行っている。

 頭の痛い事に演習時損傷した脚部の修理、それに連結した腰部の軸が僅かにズレている事が分かり、調整作業も並行して進められていた。

 整備主任であるメイもこれに憤慨し、現地で勝敗を決した後も醜い争いをしていたイイ歳の大人を相手に物申した。

 

「まぁ、馬鹿な男に苦労するのは良い女だけさ。頑張んな」

 

「うぅぅ、でも、もう少し、ううん、もっと機体に無茶させない操縦はしてほしいんだよ!」

 

 思い出して怒りがぶり返したのか、目線まで両手を上げてぐっと握るメイに、おざなりなエールを送っていたシーマは、小気味良い音を残して開いた扇子をヒラヒラと揺らして、目を細めた。

 

「やれやれ、補充員がやってくるっていうのに、これじゃ先が思いやられるネェ」

 

 目的の場所に到達した彼女らの前には、四肢が完全に分離した状態で整備を受ける蒼いモビルスーツの姿があった。

 

「あれ、ロイド大尉が居る。作業進捗でも確認しに来たのかな」

 

 モビルスーツの頭部に接続された太いケーブルが集結したモニターの前に陣取り、忙しくコンソールを叩いては液晶の光で眼鏡を光らせている長身痩躯の男が、其処には居た。

 ロイド・コルト技術大尉は時折作業員を捕まえて二、三ほど会話をしては作業に戻るを繰り返していた。

 その光景に首を傾げながら、しかしその場に居ても不思議ではない男ではある。

 二人はしばらく作業風景を眺めていたが、突然メイが「あっ」と声を上げた。

 

「シーマ中佐、補充員が来るって初耳だよ。何人来るの?」

 

「今更それかい? まぁ、いいけどね。確か、予定では三名だったそうだよ」

 

「うん? ……予定では?」

 

 言い回しに引っ掛かりを覚えたメイは、隣に立つシーマの顔を見上げた。

 

「……ま、運が無かったんだろうね」

 

 彼女はそう言って、

 

「移動中に連邦の哨戒隊に見つかって戦闘。三名中一名が戦死だとさ」

 

 昨日の天気を振り返るような、何でもない事を口にするように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救助、感謝致します。パオロ艦長」

 

 年若い連邦士官は、極秘任務に臨む新造艦ホワイトベースのブリッジ・ルームにて良く通る声を上げた。

 パオロ・カシアス中佐はそれに頷きながら、対面した二人を改めて視界に入れた。

 先に口を開いた方が階級が上なのだろう、少尉の階級章を襟元で確認できた。

 ヘルメットを脱いだ時に跳ねたのか、収まりが悪い黒髪に意志の強さを感じさせる黒眼、優しげな風貌が軍人には似つかわしくないように思えるが、強面ばかりの軍隊もそれはそれで味気ないとパオロは思い直した。

 その後ろに控えるのは、階級章から軍曹だと分かる。

 こちらはファッションなのか、民族の習わしなのか今一つ理解出来なかったがドレッドヘヤーであった。先の少尉に比べて体格の輪郭が太く、硬い。対照的な強面であるが、緊張しているのか顔が強張っていた。

 

「友軍を助けるのは当然の事だ。気にせずとも良い。

 ……原隊は残念であったが、今は君達二人の命が繋がった事を喜ぶとしよう」

 

 前に立つ二人はホワイトベースの航行ルート上で戦闘中であった哨戒部隊の生き残りであった。

 二人は同部隊ではなく、担当区域が重なった宙域でジオン軍の輸送部隊を発見、戦闘に入ったのだという。

 パプア級補給艦は撃破できた代わりに、直衛部隊からの反撃に遭い壊滅したと聞いている。

 事実、パプア級の残骸を捉える事もできた。ホワイトベースが宙域に進行するまでにジオン軍は撤退したのか、既に消えていた。

 戦闘中であればホワイトベースがジオン軍に露見する事を恐れ、極秘任務中という大義名分を利用して見捨てるという選択肢もあったが、戦闘が終わり生命反応を探知してしまえば後の判断は迅速であった。

 

「重ねて、ありがとうございます」

 

 一拍溜めがあったのは、戦死した原隊員を思い出したのか。

 二人の様子を観察しながら一つ頷いて、パオロは今後の話を切り出した。

 

「まず、我が隊は現在極秘任務中である。

 既に承知しているとは思うが、これが完了するまでは、二人を本艦から降ろす事はできない」

 

「はっ、了解であります」

 

 反論も返事に淀みも無い事から、予想はしていたのだろう。

 その反応に、ある程度の想像力は働くか、とパウロは少尉を値踏みした。

 

「うむ。今後は臨時編入扱いとして我が隊預かりとなる。

 よろしく頼むぞ、シロー・アマダ少尉、テリー・サンダース軍曹」

 

 二人の了解を聞き、パオロは彼らがクルーに何らかの変化を起こす事を期待していた。

 その思案が、吉と出るか凶と出るか、神ならぬパオロ・カシアスには未だわからなかった。

 思わぬ救助者を拾いながらも、ホワイトベースは粛々とサイド7へ航行して行く。

 

 時に、U.C.0079年9月10日の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

今年初の投稿です、しばらく執筆から離れていたので文章がやヴぁい(震え声)
……こう考えるんだ、読者の皆さんは其処までのレベルを上代に求めていないと(自爆)

さて、物語は徐々に進行中。
メルティエは、アンリエッタはどう行き着くのか。
その前にエスメラルダの場面を作らんといかんね、あと他のキャラも。

シーマさんとメイちゃんが居たら、こんな風になっちゃったんだ。
意外と合いそうじゃない? そう思ってくれた方が居ると嬉しい。




あ、シローとサンダースはホワイトベース隊が頂いて行きますね^q^
これ予見していた人、果たして何人いるだろうか。
アイナさん出したら、シローも出さないとね……(使命感)
原作浸食し始めたので、各原作に思い入れがある人は今後閲覧注意ですぜ。

感想への返事も、ぼちぼちしていく次第であります。
今後も当作品をよろしくお願いします<(_ _)>

では、次話で会いましょうノシ


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第47話:彼らの拠点

 スペースコロニー、サイド7に移住したアムロ・レイは親一人、子一人の父子家庭で育った。

 誤解無きように言うならば、数年前までは母親は確かに居た。

 母親不在となった理由は然して珍しいものではない。

 ただ、父テム・レイの仕事の都合の関係で住み慣れた地球から離れ、宇宙に上がらなければならなかったという事で、その際に母は嫌がり地球に残った。それだけの話であった。

 夫婦仲が冷え切ったが為の離婚、別居ではない。

 只々母は地球移住者(アースノイド)である事にこだわり、父は無理強いをするほど母に強制はしなかった。また父は一定の理解を持った人であったから、人生の伴侶と決めて一緒になった母を地上に残すのも納得したようだった。

 別れる際にも「地球に戻ったら、また一緒に暮らそう」と母に告げてさえいた。

 母は頑固であったが、父は不器用であるとアムロは幼心に思った。

 ただ、離れたくないと。一緒に宇宙へ行こうと父が口説けば、あの母も最終的には折れ今も同じ住居で暮らしていたかもしれない。

 

 サイド7に住み始めた当初はよく浮かんでいた、そんな「たられば」の考えも何時の間にか頭の片隅にしか存在しなくなった。

 母が恋しいと思った事は、確かにあった。

 それは独りで起床し朝食を食べ、学校に通っていた頃は特に顕著だ。

 自分で父と共に宇宙へ行くことにしたのにも関わらず、家を何日も空けて仕事場から戻らない父を恨んでいたのも丁度この時期だろうか。

 そんな鬱屈とした日々も、父の着替えを届けに行った時に目に留まったもので一蹴した。

 書類で白い山を築いた父のデスクに飾ってあった写真立て。青い山々を背に親子で撮った写真、昔ピクニックに行った頃のものが真ん中でしっかりと陣取っていたものを見てから、不器用ながら家族を想う父親を知ってしまったから。家庭を省みない父親、というアムロが抱いていた像が霧散してしまった。

 それからは、ただ親に腹の中で文句を言うだけの自分が哀れに思えて、何か熱中するものを捜すようになった。それは逃げでは無い、視野が広がっただけだとアムロは思いたかった。

 帰宅した父にろくに返事もせず、自室で機械製作――父の得意分野の真似事――をしているのも、どうしてこんな事をしているのかアムロ自身良く解っていなかった。

 

 ただ、不器用な父が少年心に好きだった。

 

 父が高度で複雑な回路を作っていると思えば、その分野に足を踏み入れればテム・レイという男を少しは理解できるかもしれない、と。

 実際は到底及ばない代物だったと気付いたのは、さすがに心配になった父がアムロの自室に入り、外食に誘った時だったが。

 母との思い出を言うのは嫌なのか、それとも照れているのかムスッとした顔で黙り、我が子の学業で成績不振になった時も「お前が後悔しないなら、それでも良い」としか言わなかった父だ。

 その父が専門分野に話題が移った瞬間、まるで人が変わったように饒舌になった事は多分、一生忘れられないだろう。

 話を理解していないと悟るや、声高に教鞭を取り始めた時には焦った。

 入店した先の店員が、酷く嫌な顔をして父と自分を見ていた事も、遺憾ながら覚えている。

 

(まったく。親父ったら、子供みたいにムキになってさ。

 話の邪魔をするな、って店員を叱り飛ばすんだもの。参っちゃうよな……)

 

 嫌な思い出の一つだ、とアムロは断じていた。

 それでも何処かクスリと笑えるのだから、家族って、親子って不思議だなと思った。

 

「アムロ、ちょっと、アムロってば!」

 

 体を揺さぶる振動に、アムロは瞼を開ける。

 それでも暗い、黒い世界に「あれ?」と呟き、仮眠する前に自分でアイマスクを装着したのだと思い出した。

 寝汗だろう僅かな不快感にぶるりと震え、アイマスクを取り外す。

 

「もうっ、早く起きてくれても良いのに!」

 

 エレカーの運転席で仮眠をとっていたアムロは、甚く御機嫌が斜めのご近所さん、フラウ・ボウの怒り顔と見事に対面した。

 言葉少なに謝罪すると、睨んでいた少し雀斑が目立つ愛嬌のある顔が離れた。

 路面に置いていた配給品だろう荷物を両手に抱え直し、後部座席に次々と積み込んでいく。その姿を横目に薄手のジャケットとフレアスカート、運動靴という動き易そうな服の合間から見えた、若い少女の肌が少年の眠気眼に手厳しい。

 

 フラウの接し方というか、この近所付き合いの延長線上にしては距離感が近く、彼氏彼女の仲ではない現実がアムロを困惑させ、苛立たせる。

 彼女自身が世話好きな部類である事と、父から頼まれているからアムロを何かと気に掛けてくれているようだが、そういう関係ではないのに家や私生活に踏み込まれる身としては御免被りたいところであった。

 それでも強く言ったり、彼女を如何こうする気が起きないのは、フラウの存在を受け入れているのか、自身がただの面倒くさがり屋だからか。

 

 恐らくは後者だろう、とアムロは分析していた。

 

「趣味に没頭するのも、こんな時だから仕方ないとして。

 それで夜更かしで寝不足なんて、自己管理が出来ていない証拠よ!」

 

 フラウの言動に「君はいつから僕のお母さんになったんだ」と言ってやりたい。

 が、彼女の言っている事は非の打ち所がないほど正論であり、自分が悪い上に状況も不利と理解していては反論するのも億劫だった。

 フラウが助手席に乗り込み、シートベルトを取り付けた事を音で確認したアムロは、またブツブツと小言が続く前にエレカーを起動し、自分達と同じように配給品を受け取り家路に就く車両の群れに進入した。

 

「もうすぐ、テムおじさんが戻ってくるんでしょう?

 また不衛生な部屋だと怒られるんじゃないの、アムロ」

 

 えぇぃ、またかとアムロは知らず舌打ちをした。

 それを見咎めたフラウは、眉間に皺を寄せて渋面を作ってみせた。

 

「それに、勝手におじさんの仕事を盗み見る行為は褒められた事じゃないわよ。

 ほら、情報漏洩とか。露見した時の罰則が重いって聞くわよ?」

 

「フラウが黙っていてくれれば、良いだけの事じゃないか」

 

 勝手な言い分を口から放ち、その苛立ちが筋肉を動かしたのか、アクセルを踏む。

 ぐん、と加速したエレカーに、アムロの横から可愛らしい悲鳴が上がった。

 

「フラウ、運転に集中させてくれよ。事故は怖いんだから」

 

「まぁ!」

 

 それらしい理由を盾にフラウを黙らせようと、アムロは適当な事を口走る。

 彼女は目を真ん丸にして、言いたい事を理解したのかそっぽを向いてしまった。 

 カッとなって黙らせてしまったが、フラウが心配してくれた事はアムロも考えていた。

 サイド7の建造に技術派遣されたのだと、そう父から聞いていた。

 最初はちょっとした好奇心で、父が書斎に利用している部屋に忍び込んだ。

 何か面白いものでも、何か親子の会話にネタになるものはないかと。

 そんな軽い気持ちで、父が今何をしているのか知ってしまったのだ。

 

(コロニーの建造に、どうしてジオンのザクが出て来るんだ。

 外壁補修、組立なら作業用ポッドだろう。コロニー公社だってそうなんだから。

 でも、父さんのファイルから出て来たのは、ザクなんだ)

 

 流れる風景も、アムロの目を楽しませてはくれない。

 今は少しでも早く、自宅のモバイル内にある電子ファイルを読破したかった。

 

(RX-78、固有名ガンダム。父さんは、モビルスーツ開発に関係してるんだ。

 誰でもない、父さんだけができる。それはきっとスゴイ事だろうけど。

 でも、そのせいで、父さんは母さんと離れる事になったんじゃないか)

 

 ジオンに対する反撃の狼煙は、父の手で形を成すのだろう。

 戦争という政治手段を理解できない子供でも、そこまでの想像はついた。

 

(大人って、好きな事だけしてて幸せだなって思ってたけど。

 でも、やっぱり。全然、違うんだな……思い通りに出来なくなっちゃうのが、大人なんだな)

 

 地球から宇宙へ上がる時の、父が母に告げた言葉が、テム・レイという男の願いではないかと。

 渋滞に巻き込まれ鈍行する車体の中で、アムロ・レイは想像し続けた。

 そうして結局、沈黙に耐えかねたフラウ・ボウが声を投げかけるまで、アムロは大人になる事への不安と、面倒くささに頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運搬用大型トレーラー、サムソンやファットアンクルから次々と搬出されるコンテナの山。

 組織が、軍隊が行動する上での生命線である補給物資が集積するその地が、とある部隊にあてがわれてから既に五ヵ月が過ぎようとしていた。

 かつて中東区第三八〇集積所と呼称されていた場所は、周囲の森林を利用した迷彩処理(カモフラージュ)されたトーチカ、堀と土嚢で凹凸を設けられた塹壕とその内に隠された機関銃等により軍事拠点の体裁を整えつつあった。

 簡易テントや廃墟を利用した住居スペースもある程度は改善され、仮設住居が列を成し古来日本で言う”長屋”の様相を見せている。

 行き交う人間はジオン軍の軍服から分かる通り、数ヵ月前までこの地を()()していた地球連邦政府に連なる者達ではない。むしろ、今や不倶戴天の敵とされている人達であった。

 そんな彼らと言葉を交わし、釣った川魚や収穫した青果を卸しているのは現地民、地球に住まう人々である。彼らの表情に恐れや怯えといった忌避的なものは見受けられず、逆に井戸端会議よろしく兵士達と談笑に興じる仲の販売員も居た。

 値段交渉で白熱しているのか、「これは高い」だの「それじゃ売れん」と口論している場面さえあり、それも良くある光景なのか立ち止まる足はなく、通り過ぎる彼らは「またやってんのかい」「飽きもせず良くやるねぇ」と笑い捨てる始末であった。

 

 その中に混じり、三人の軍人が散策していた。

 きっちりと着込まれた軍服に靡く佐官を示すマント、背筋を正し腰の後ろに腕を置いて歩く初老の男。擦れ違う将兵達はみな敬礼し、彼はそれに頷きながら返していた。

 オールバックに整えられた白髪混じりの銀髪、年輪のように刻まれた皺は彼の経験と知識を伺わせ、目尻が下がり細まった青い瞳と穏やかに緩んだ口元には慈しみが覗く。

 ジオン公国突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメア指揮官ダグラス・ローデン大佐は、三歩ほど離れて追従する二人に意識を向けた。

 

「遠路はるばる、よく来てくれた。

 話は聞いているよ、着任前に大変な目に遭ったようだね」

 

「お心遣い、感謝いたします。ローデン大佐」

 

 ダグラスに返答したのは、尉官を示す胸章を軍服に飾る女性兵士であった。

 首後ろに流した黒髪は癖無くまとまっており、釣り目気味な黒瞳は映す風景に瞬きこそすれ動きが無く、注意深く周囲の物事を観察している事から彼女は冷静な人柄であると伝えてくれる。

 スラリとした脚と細い腰に華奢な印象を与えそうではあるが、捲った袖から延びる両腕にはしなやかな筋肉が主張しており、見る者が見れば鍛え込まれていると分かる。

 

 その後ろを歩く上背のある男は、野戦帽を目深に被り黙々と歩いていた。

 視線は先頭を行くダグラスから外さず、しかし不用意に近づいてきた民間人には反応するのか、振り幅の少ない両手は常に腰のポーチ辺りへ置かれている。

 短く切り揃えた金髪、今までと熱帯地帯では環境の変化がはっきりとしているのだが、表情筋は変わらず一文字に引かれた口元が彼を寡黙な人物だと物語っていた。

 骨格がしっかりとした大柄の体格は威圧感があり、身辺護衛としては頼もしく思える。

 

「本日付で我が隊に加わる人間だ、私も大事にしたいと思っている。

 本来ならもう一名此処に居たのだが、戦時中の不幸というものは何処にでも転がり、忍び寄ってくるものだ。君達に忘れろ、とは言わんが必要以上に気に病む事は無い。

 むしろ、意識が引っ張られる恐れもある。早い時期に折り合いをつけることだ」

 

 背中に当たる短い了解の言葉を聞きながら、ダグラスは二人の新参者を都市部の市場、とまではいかないがそれなりに賑わう広場へと連れ出した。

 一定の距離を保ち大佐の後を追う二人は、道中の異常さに気づいていたが、やはりその異常だと判別する感性が()()であることを確信できた。

 定められた区画に沿って立ち並ぶ晴天市場は、生鮮食品やそれを調理する出店、衣類や装飾品を販売するものから娯楽品を取り扱うものまで多岐に渡る。

 当然の事ながら基地周辺を巡回、もしくは休憩の合間に訪れた兵士達は周囲何処にでも視界に入る。彼らが拠点とする場所なのだから、不思議な事なぞ何もない。

 そう、不思議ではないのだ。

 この地を訪れて間もない二人の兵士の中で不思議、理解不能であるのは軍事拠点の周辺、敷地内に民間人が店を広げて商いをしている現状であった。

 それでなくとも彼らジオン公国軍は侵略者である。

 元々が地球連邦政府管理下の地へ侵攻し、占領している敵対国なのだ。

 であるのに、この光景はなんだ。

 地球降下前に入手した情報によれば、ヨーロッパ、アフリカ地域等は連邦軍と反ジオン組織との攻防で占領地域慰撫政策に四苦八苦していると聞く。

 例外と呼べるのは北米地域だ。コロニー落としの余波で一部深刻な被害を被った同地は、人々の内心は別として支援物資を配給するジオン軍を受け入れているとも。

 北米地域はキャリフォルニア・ベースを中心に部隊を広く厚く展開し、ニューヤーク市も庇護下に置く事で現地民との交流を深めているとサイド3、本国では流れていた。

 中東アジア地域はカリマンタン攻略以降の情報が途絶えていた事もあって、現地ゲリラとの攻防も懸念されると配属前に匂わされていたのだ。

 

 そういう緊張感を持って着任した二人であったから、目の前に広がるものが早々飲み込めるわけがなく。何時現地民が自分達を、全体指揮官であるローデン大佐に牙を剥くか手に汗握り、万が一の事態に即応しようと戦闘態勢を維持し続けていた。

 気さくにダグラス大佐と挨拶を交わす者は皆無であったが、存在に気付くと頭を下げる程度には認知されているらしい。

 そうした反応があればニコヤカに応じるダグラス・ローデンに、とうとう二人は混乱の極みに陥る寸前である。

 後ろの様子を知ってか知らずか、ダグラスは店頭に並んだ装飾品の吟味をしている一人の女性に目を留めた。

 

「ちょうど良かった。ナカサト曹長、今良いかね?」

 

「はい? あ、ローデン大佐。どうかされましたか」

 

 見定めていた品物を実際に手に取ろうと腰を屈めていた女性は、自分を呼んだ人物を確認すると立ち上がり、堅苦しくない程度に敬礼の体勢を取った。

 ユウキ・ナカサト曹長――他の隊員らと同様に昇進した――は、ダグラスの後ろに控える二人へチラリと視線を向けるも、特に何も示さず上官の言葉を待つ。

 

「休憩中にすまない。イクス中佐の所在を知りたくてね」

 

「イクス中佐ですか? 確か現在は地形探査の為、モビルスーツで出撃していますが。

 急用でしたら、副官のツヴェルク少佐に言伝を頼めば良いかと」

 

 ダグラスの質問に首を傾げながら、彼女はサラリと答えてみせた。

 

「ふぅむ、入れ違いになってしまったが。

 ツヴェルク少佐が居るのであれば、引き継ぎに問題はないだろう。

 どれ、彼なら艦のブリッジに居るだろう。二人とも、ついてきたまえ」

 

「あ、ローデン大佐。案内なら私が」

 

「いや、休憩がてら散策していると思えば問題はあるまい。

 ワシも体を動かさなくてはな、イスに座るだけが仕事ではないからね」

 

 休憩を返上して職務に戻ろうとした部下を手で制し、ダグラスは踵を返した。

 そうして後ろの二人を抜くと、反転して彼らの肩を叩く。

 気配無く肩を叩かれた二人は驚いてか僅かに体が動き、その様子にニヤリとした初老の大佐は、正面で目をぱちくりとさせる若い下士官に笑いかけた。

 

「ついでと言ってはなんだが、紹介しよう。

 本日より我が隊に着任となった、トップ少尉とデル軍曹だ。

 編成の都合でイクス中佐の隊へと編入される。よろしく頼むよ、部隊通信官(オペレーター)殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もうローデン大佐行っちゃったんだ」

 

 移動する三人を見送るユウキの隣に、購入した品物が入った袋を抱えた少女が並ぶ。

 橙色の癖の強い髪にアクセントの緑色のバンダナが目を引き、活発な印象を与える大きな青い瞳はキョロキョロと右往左往している。前を開けた野戦服の下に黒のタンクトップ、ホットパンツと身軽さを重視した服装であり、日差しに負けない瑞々しい若さを惜しげも無く晒していた。

 民間協力者としてネメアに関わる事を決めた少女、キキ・ロジータは露天商との値切りに白熱していた事もあって出遅れてしまった。

 恐らく遠目で気付いたのだろう。ユウキは彼女が交渉に取り掛かった青果屋は確か百メートル程離れ、その間も人々の往来で視界が通らないと思いはしたが、ローデン達が居たことをしっかりと把握していた事実に口を閉じた。

 

「ええ、新しく部隊に配属となった人と。

 それよりも目当ての物は買えたの? 今日はキキちゃんがメインなんだから」

 

「ん、ばっちりだよ! ばぁばがよく作ってくれたジャムの材料揃えたし。

 甘いのは疲れた時に良く効くって聞くからさ、働き尽くめの人に振舞おうと思って」

 

 ニカッと笑うと袋を軽く揺らし、中にある果実の存在をアピールする。

 天真爛漫なこの少女につられて、思わずユウキも微笑んだ。

 自分も人に気を遣う事はあれど、事務的なものや言葉を掛ける程度で何かを贈ったりはほとんどした事が無い。お節介だとか、ありがた迷惑と受け取られやしないかと思考が奔ってしまい二の足を踏む事が多々あるのだ。

 実行できたとしても、それらは以前の部隊から付き合いの長いケン・ビーダーシュタット中尉達やメイ・カーウィンら懇意にしている同性だけと数えるほどである。

 けれど、キキは気付いたのなら、自分にできる範囲でその人の為になるものを作り、与えようと動いている。生まれた環境の、育った過程の違いはあれど”気になったところ”は同じなのに。

 それが性格の持ち味だと、個性だと言い切るのは簡単な事だ。

 だからと言って、そのまま終わりにはしたくない。

 自分も気付けたのだから、其処から先に続くことをしたいと。

 最近になって時折現れる心の在り方、その変化に少なからず戸惑いはあるものの、ユウキは好意的に受け入れていた。

 

「そ、そうなんだ。んんっ、その、キキちゃん。ジャム作るなら、手伝っても良いかな?

 あの、私この後、時間まだあるから」

 

 頬が熱い。その自覚がある。上擦った声に、どもりもした。おまけにとって付けたような理由を口にしてから、更に体温が上昇した気さえする。

 視線もキキと合わし辛く、どうしても下を向いてしまう。

 慣れない事はするものじゃない、と胸中で呟く。

 自分という殻から、普段通りの自分という枠組みから一歩進むというのは、きっとこういう想いを重ねた先にあるんだろう。

 今までは通り過ぎるだけだった目に捉えた事に積極的になろうと、「悪人になろう」と決めたあの時から知らず置いたヒトとの距離感を少しずつ詰めたい。

 けれど、いざ”モビルスーツ隊通信士”の仮面を取り払うと、ユウキは元々内気なタイプであって、他人に提案する時はそこそこな勇気を必要とした。

 

「ほぁー、珍しい助っ人だ。うん、そうだね。二人でやった方が作業も進むし、楽しそうだし。

 いよーっし、今日はそれでやってみよう!」

 

 思わぬ助っ人の出現に、キキは瞬きの間だけ呆けていたが笑顔で承諾した。

 許可されたユウキは安堵の息を吐き、知らず緊張していた肩の力を抜く。

 

「おっと、今日も人が多いね。はぁーっ。

 人で溢れ返る都市部に興味持ってたけど、この人波でわたしはお腹一杯かな」

 

 周りを気にせず通行する連中から身を捻り、回避しながらキキは笑う。

 宇宙暮らしであったユウキも、戦争開始から久しい人波に揉まれる感じを味わい、微妙な表情を浮かべた。

 

「一年前までは、ここは軍の駐留所で、地元民は嫌って近づかなかった。

 そう言って、どれくらいの人が信じてくれるかな」

 

 行き交う人々の流れから抜け出し、一息吐いたキキは賑やかに売買をする地元民を眺めた。

 そうしている少女の横顔にある色は、ユウキには読み取れない。

 ただ、その地に住まう人々を変える事について、歓迎はしているのだと思いたかった。

 

「今は、嫌われる人達が居ない。だから、みんな寄って来たのかなって」

 

「人の気持ちって、真っ直ぐじゃないから、難しいかな。

 その時その時で、人間の感情は揺らぐもの。もちろん、最初からブレない人も居るけど」

 

 好悪の差でこうも違うと目を細めたキキに、ユウキは肯定も否定もせずに言葉を零す。

 

「本当、難しい」

 

 ユウキはこの人波を、活気を作った人間を知っている。

 

 彼はある村と懇意にあり、巡回士の真似事をしていた。

 行方不明者捜索の際に譲渡した物資以外にも提供したものがあるらしく、それを嗅ぎ付けた村々からも救援物資を望む声が上がっていたと聞く。

 が、彼はそれらには応えず、関係がある村にのみ交流を深めた。

 各村長は物資が供給される村に頼み込み、物資供給先の拡大を願う。

 懇意にしていた村長からも依頼された彼は、延ばしていた返答の中で物々交換を条件にした。

 これに村々は反発したが、彼は一顧だにせず「村の中で不用なもの、余ったものと交換する」「取引場所は自分と関係がある村と、駐屯地のみ」と強調して交渉の場を後にしたと言う。

 各村長は”彼らにとって価値のあるものと物々交換する”と思っていただけに首を傾げ、後日言われた通りに村では不用なもの、余りものを積んで向かえばそのまま救援物資と取り換えてくれた。

 自分達にとっては無用なものでも、相手にとっては有用だと知った村々はこぞってそれらを運び込む。対価に梱包された衣類や雑貨品、食糧を渡されて。

 次第に運搬する村の代表者達が彼の駐屯地に集い、その中で代替品や品物の交渉を重ねて行くと奇妙な物流が形成されていく。

 閉鎖気質な村々が一箇所に集い交流した結果が、現在の集積所の姿であった。

 既に彼、ジオン軍とは取引せず地元民のみでやり取りをする村も出始めている。

 逆も然りではあるがその量も月々減っている。ジオン軍の救援物資の上限もある為にこれは嬉しいと、佐官達は笑っていた。

 今や彼らジオン軍に望まれているのは、貧困に喘ぐ一部の村への物資提供とこの集積所及び道中の治安維持、取引場の提供である。

 これを狙って画策したのか、とシーマ・ガラハウ中佐は問うたというが。

 

「何処も物資不足だし、余裕あるうちは良い顔してて、無くなったら門前払いとか最悪だろう?

 人が集まる場所を作って、後は交わるかそのまま流れるかは賭けだったよ。

 流石に誘導はしたりもするが、強制は反感の芽を生むだけだから。こればっかりは運任せだ。

 ……上手く行って良かった、本当にそう思うよ」

 

 対する彼は、失敗したら目も当てられない騒動になると、虚ろな目と半笑いで。

 この返答を受けた途端、シーマは額に手を当て溜め息を吐いたと。

 その後に「博打は成功してなんぼ、だね」と彼を半ば肯定したというから、悪い受け方ではなかったと問答の場に居たエスメラルダ・カークス大尉から聞いている。

 彼が提供したのは交流の場と、それが実を結ぶまで時間を稼ぐための物資であり、その物資もまた彼ら現地民からもたらされる不用なもの、余りものを加工して充てていたのだ。

 それでも、生水を濾過する浄化装置や太陽光充電式の発電機は村々の救世主、代え難い存在で。これらを用意してくれた彼の人気はこの地では不動のものだ。

 

「難しい、か」

 

 そう言う彼女はある一人の男を脳裏に浮かべ、どうなのだろう、と口の中で呟いた。

 

 キキ・ロジータにとって、彼は異邦人である。

 地球に住まう彼女は侵略側に属する男と、当初は外敵として面通しの場で会っている。

 戦闘で負傷したパイロットを保護したキキの村に、捜索任務を帯びた男は兵器という名の巨人を従え、かといって護衛の共も無くを堂々と一人で乗り込んできた。

 先に出遭った連邦政府関係者との交渉で苛立ちが尾を引く村人達の”外の人間”に対する不信感は相当なものだったと、今でも彼女は思う。

 幾つもの敵意の視線が体に刺さる中で、男は交渉の席に着いた。

 敵対心露わに銃火器をかざす人の輪に踏み込んだ。その胆力と度胸にキキの父バレストが興味を惹かれ、次に交渉の中で戦時下で乏しくなった物資の譲渡を聞いた村人達が、キキ自身は何時から興味が芽生えたのか判らない。

 それは彼が現れた瞬間かもしれないし、連邦の交渉人らがイヤな目で見て来たと告げた時に激昂するバレストとキキのやり取りに笑った時かもしれない。

 期限の無い巡回の約束を律儀に守る彼は、パトロールに来る度に事情を知らない村人から銃を向けられ、キキ達が説明に奔走するという事もあった。

 手土産と称して持ってくる機材にバレストら年長者達が目を輝かせたのも覚えているし、それらを用いて焼き菓子や遊び道具を子供らに振る舞う彼は次第に打ち解け合う姿も。

 彼の人柄がこの地に住まう人々の感性に合うのか、次第に”外住まいの家族”扱いを村中からされていた。

 彼自身も「ここに来ると嫌な疲れが抜けて、何て言うか心地よい疲労感だけ残るんだよ」と身体に張り付いた子供達と遊びながら朗らかに笑う。

 水浴とその後の一件もあって、キキも彼を慕う感情に嘘を付けない。

 しばらくして、彼の代わりに訪れた兵士達に村中が詰問した。

 その「何故お前らが来る」よりも「どうして彼は来ないのか」が多くを占める事に、キキの胸を熱くさせた。

 村人の多くが、彼を余所者ではなく身内と見做している表れを実感したから。

 そんな彼と多くの秘密を共有している――実際はバレストも知っていた――事に、感情の高ぶりを覚えてしまうのも仕方がないと思う。

 時折疼くように胸を締め付けられる、しかし温かい気持ちが育まれる中で、彼が作戦中に怪我を負った事も、武勲を上げた事も村や近郊を巡回する兵士達から聞けた。

 父が言うに、その頃が一等挙動不審であったと。

 確かに、その時期は何も頭に入らず、フラフラと時間を浪費していた気もある。

 村の奥方曰く、旦那の帰りを持つ新婚妻だと。

 確かに、彼が来訪しなくなってから、何時も姿を現した方角を眺めて過ごした。

 キキを小さい頃から面倒を見ていた連中も、心配で飲酒の量が増えたと言う。

 いや、それは勝手に人を酒の肴にして騒いでただけだろうと、キキは憤慨した。

 

 そうして悶々と日々を過ごすうちに、民間協力者を募る旨を耳にした。

 その知らせを手にしたキキは正に獅子奮迅の働きを見せる。

 村を出るにあたり、溺愛する父を条件付きとは言え説き伏せ、許可を得た。

 キキのお供にと募る村人――実際はキキと同じ考えを持った村娘達だった――を家族に知らせ、家出同然の突発思考型突撃娘群を逃散させた。

 巡回兵士の基地帰投時に合わせ、その同行をもらうとそのまま既知のノリス・パッカード大佐に願い出る。あまりにあっさりと願いが通った事に拍子抜けするが、対応したノリスはキキがネメアの協力者と聞いており身辺調査も不要である事と、個人を勘ぐる趣味も持ち合わせない男であったが故に「有力協力者」と判をされる。

 用意された機体、慣れない操作に四苦八苦したが、其処は初心者であるから仕方が無く。

 しかし、行き場の無い感情をぶつける相手が出来た事は喜ばしく、発散するかのように操作習得にのめり込んだ。

 結果としてMS-06W、ザクタンクの操縦は民間協力者の中で抜きん出た実力者になったのは誰しも予想外の出来事だった。

 だがそれよりも配属先、受け入れ先が決まった方が彼女にとって大きい。

 ジオン公国突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメア第一中隊への配属。

 彼が指揮をする部隊、彼の最も身近に、キキは今その身を預けて居る。

 再会した時の、驚愕した顔とその後に露わになった破顔した笑いはすぐに思い出せる。

 尤も、その後事態を理解した彼がキキを村へ戻そうと動いた時は大いに慌てたが。

 父の承諾を得ている事と、彼の上官が既に認めた事であった為に結局彼も頷かざるを得ない状況になり、編成と部隊配置に更なる考慮を加味しなければならなくなるのだが、其処は部隊長の責務であって、キキの問題ではない。

 迎え入れた時のような笑顔で接してくれるだろうとは思わなかったが、即刻帰るべきだと真剣な顔で迫られた事が悲しかった。命のやり取りをする場所に親しい人が来れば当然の反応なのだが、キキは久方ぶりの交遊を温めたかった。

 なので、云々唸りながら部隊表と睨めっこしていた彼の隣にちょこんと座り、「もっと困れ」と念じる等情け容赦なしの心持ちだ。

 当日は悲しかったり恨めしかったりしたのでそうしていたが、翌日から気分を変えて普段通りに戻ったキキである。切り替えが人より上手いのかもしれない。

 であるから、彼の反応はいただけないわけだが。

 一般人と比べて多少の荒事には慣れていても、彼女自身は一人の少女でしかない。生粋の軍人ではない為に始めから円滑に進むわけがなかったが、キキの明るさと小さな気遣いが実を結び大概の部隊員とは良好な関係を構築している。

 その事で気を揉んでいた彼が仲良く話し合うキキと隊員達を発見し、ほっと安堵の息を吐いていたのも彼女は知っていた。

 

 会えない間に変わったのかもしれないと思いもした。けれど、自分の事を気にしてくれた彼は村に訪れていた頃の彼と変わらない。自分が想っていた通りの人であった。

 しっかりと認識したキキは、今日も「働き尽くめの人」に差し入れを持っていく。

 

 ちょっとしたサプライズにも喜び、気分転換に良いと会話に時間を割いてくれる彼の為に。

 メルティエ・イクスが稀に覗かせる、あの苦い顔を和らげたい。

 今はそれだけで、十分だと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。寒気の中、如何お過ごしですか。
嬉しい評価と一言もらえたから、遂書ききっちゃったんだ。すまない。


第47話をお送り致します。
メルティエが出て来ない回も久しぶりだな、うん。

冒頭からアムロ出て来たとき、身構えた人居ますかね。
まだ彼、素人(民間人)ですから、あしからず。フフリ

補充員はトップ少尉、デル軍曹と第08MS小隊で出て来た軍人さん達です。
さて、これでメルティエ率いる第一中隊の面々が揃った事になります。
シーマ率いる第二中隊との溝が埋まるのはあるのかないのか、どうなるか。
大隊、というにはあと一中隊規模が必要なのですが、まだ足りませんね。
増援が来るのか、はたまた現地徴用なのかは先の事ですな。

気になるのはメルティエの行為、これグレーゾーンなのかな。
現地民慰撫の名目で物資譲渡やらしているので問題はないかと思うけど、基地周辺に街ができちゃう勢い。本人は点と点を結んで物流を繋げただけ、のつもり。
裁量範囲の中で行っているので、彼個人は問題ないか。

うん? モビルスーツの姿が見えないって?
大丈夫、上代の作品内だと良くある事なんだぜ。

ところで、うちのキキちゃんどう思う?
良妻賢母になりそうな逸材だと、そうは思わんかね……。


では、次回もよろしくお願いしますノシ

*タイトル付けるの忘れてた(*ノДノ)ヒェー


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第48話:戦慄のブルー

 晴天だった青空はどんよりと曇り、緑深い森林を抜けた平野は何処か物寂しい。

 随分と長い事、この地球が育んだ自然に身を置いたせいだろうか。嗅ぎ慣れた土の匂いを飛ばす風の悪戯か、九月の気候にしては肌寒く感じる。

 今にも泣きだしそうな天候がより一層陰鬱さを漂わせると、空を見上げていた彼は思った。

 

「んーむ、こいつは不味いな」

 

 緊張感の欠片も無い口調でぼやく男、メルティエ・イクスは腰を屈めると乾いた土を掴み、質感を確かめた。

 砂より粒が大きく、土というには湿気が無い。

 しかし、足跡やらはくっきりと残せるほどのものではある。

 彼が居る場所は、戦場跡。

 ジオン軍の主力モビルスーツであるMS-06J、陸戦型ザクIIが三機で編成された哨戒隊が巡回ルート上で突如消息を絶ったと、中東アジア方面軍司令代行ノリス・パッカード大佐より緊急入電と出撃要請を受け、こうして出向いたのだが、事は既に終わってしまったらしい。

 

 物言わぬ巨人と化した亡骸が、其処に在る。

 原型を留めているものは胴体部を撃ち抜かれ、空を仰ぐ状態で放置されていた。

 穿たれた痕を検分するに、着弾による爆発や質量弾で打ち抜いたように見受けられない。損傷部を観察しても、擦過による裂傷で引き千切られたにしては内部が綺麗過ぎるし、通過したと視られる部分の金属表面が滑らかに過ぎた。

 その一機以外の姿は無く、他の機体は爆散四散しているのか、近くで視ればザクの構成パーツだと判別できるものが辺りにしっかりと残っている。

 現場検証しているメルティエは別段酷いとは思わないが、麾下部隊が全滅したと聞けばあの人情家の司令代行はどう感じるだろうか。

 きっと静かに怒りを溜めるのだろう、と思考を切り上げ自らに課された仕事へ戻る。

 移動した厚底の軍靴の下で、プラスチックの乾いた音と、それが減り込む土の感触が酷く不快だ。

 

 目前にある横倒しのものは胴体部だろう、人間一人分ある装甲板が転がる場所に辿り着く。他を探す前に、大体のパーツがその場所には在った。

 食い潰された、ザクIIの骸。一歩近付く事に、熱気が露出した肌を焼く。

 薄ら寒い風を受けているのに、密林地帯の暑さと質が異なる乾いた暑気が酷く煩わしい。

 こちらは弾痕が複数口径分あり、衝撃で装甲が消し飛んだものや高熱で溶融した部分から察するに、余程多種多様な攻撃方法で撃破されたのだと判断できる。ザクIIの主兵装であるマシンガン、ZMP-50Dとニ八〇ミリバズーカでも同じような状況にはできる。過去の戦場でもこの程度の残骸は嫌というほど目にしてきたし、自分で作り上げてもいる。

 メルティエの頭に引っ掛かるのは、爆発した部分はともかくとして弾痕の口径が違う事にある。

 ジオン軍にあるモビルスーツも口径が異なる武装で同一射撃は可能だ。MS-07、グフB型であれば右腕に装備したマシンガンと左手の内蔵式フィンガーバルカンで同時に攻撃を加えればこうもなるだろうし、単純に異なる口径の銃器を二丁構えればいいだけの話だ。

 そして、原型を留めた機体以外は無残に散った四肢や動力パイプの部分部分を一つ一つ数えていけば成程、確かに三機分であろう。

 そう、三機分しか存在しない。

 つまり、その事から現状を把握するに、

 

「不味い、なぁ」

 

 敵は、一撃でザクIIの胴体部、装甲が一等厚い部分を一撃で抜ける火力を有していると言う事。

 敵は、両手或いは内蔵した武装を併用した同時射撃をこなし、反動で暴れる機体を制御化に置いた上で友軍三機からの反撃を回避し続け、これを倒したという事。

 敵は、一切の攻撃を受けず戦闘を終わらせる技量の持ち主、或いはザクIIの機体性能を凌駕する可能性を秘めているという事。

 口調は変わらず、されど細まる目付きと頬の歪みが男の心境を代弁していた。

 

「この足跡。ザクでも、タイホウツキでも、タンクモドキの轍跡でもないぞ」

 

 そして、敵の保有するモビルスーツは、()()()と違うという事。

 メルティエ・イクスが、地上で戦い続けた男が見た事の無い、()()()()()()の足跡。

 それも複数ある。踏み締めた分だけ今現在も痕跡はあるが、正確な数は専門外である為に判別は不可能だった。

 

 ゾクリ、と何ものかが背に這う感覚がメルティエの身体を震わせる。

 

『メル、現在も索敵に反応なし。そっちはどう?』

 

 胸元の無線機から抑揚のない、しかし信頼厚いヒトの声が流れる。

 嫌な汗が背に伝う中、無線機に手を伸ばしたメルティエは口角を無理矢理引き上げる。

 そうしなければ、間抜けな悲鳴が上がりそうだったからだ。

 土を蹴る足が早まるのは、どうしてだろう。メルティエ自身もわからない。

 

「敵影はない。が、どうやら遅かったようだ。

 友軍は全滅、生存者はゼロ。繰り返す、生存者はゼロ」

 

 偵察用に所持していたカメラに現場の状況を幾つか収め、愛機へ足を向ける。

 確定された結末に儚い希望は不要だと、灰色の蓬髪を風に弄ばれる男は繰り返した。

 内容を理解したのか、無線機からは声が漏れない。息遣いだけが、通信感度を教えてくれる。

 

『……そう。パッカード大佐には、連絡を入れておく。報告を待っているだろうから』

 

「ああ、そうしてくれ。きっと、待っている筈だ」

 

 自分達よりも長い軍歴を持つノリス・パッカードは、こうした別れ方も経験しているし承知しているのだろう。軍に身を置くという事は、そういうことだ。

 ましてや今は戦時中、死傷する行為は何処にでもある。惜しむらくは遺品の一つでも回収できれば良かったのだろうが、それは後続の部隊に任せるしかない。

 別段近しい者ではないが、メルティエも士官学校の同期や知人が戦死している。だが、悲しいと思う事は無かった。「そうか、もう居ないのだな」と戦死者のリストを流して終わりだ。

 しかし今回のように、ノリス・パッカード大佐のように麾下部隊から帰らぬ者が出てきた時に、自分はどう感じるだろうか。

 

(ビビるなよ、メルティエ。()()()()()()()()()()時、解ってる筈だろうが)

 

 割かれた思考が、子供時代に味わった感覚が形作ろうとする。それを頭を振るって押し留め、有耶無耶にするには些か努力を要した。

 家を出る時に「行ってきます」と挨拶を交わした相手が戻らない、あの消失感。

 父と母の部屋に、親子で暮らした家が静かだと理解すればするほど胸を穿つ、あの喪失感。

 静寂な家に来訪した今の養父ランバ・ラルを、両親の最期を看取ってくれた男に対して問い掛け、ただ自分の親を返せ、帰せ、還せと行き場の無い怒りを撒き散らしては叫んだ、あの視界の色を染め上げた絶望感。

 そうして、最後にやってくる空虚感は、ソチラへ行きたいと願い始める虚脱の一歩だった。

 あの時はラルが押し留め、養母クラウレ・ハモンが傍に居てくれたから。

 その後に送られたジンバ・ラルの邸宅でも、キャスバルとアルテイシアが日向に誘ってくれたから。

 空で帰らぬ人となったキャスバルの時も、やはり”家族”の助けと支えがあったから。

 

 ――――キミは、またダレかを喪ったら、ボクに戻るの?

 

 ざんばらな黒髪が目元まで多い、生気が感じられない青褪めた肌の子供が、現在の自分に問う。

 心の底で燻る切り外せない実親への慕情、過ぎ去ったかつての記憶を引き連れた心理現象(フラッシュバック)は、導きも誘う事もせず、ただ問い掛ける。

 また、あの状態へ戻るつもりか、と。

 存在しない言及なら、無視すればよい。誰も気にしないのだから。

 けれど、メルティエ・イクスだけは目を留めるしかないものであることは、確かだった。

 姿形から見做せなくとも、過去(少年)現在(大人)を見続ける。

 同じ灰色の瞳で、無言で尋ねて来るのだ。

 メルティエ・イクスに、未だ生き続ける意志はあったのか、と。

 

(黙れ、黙れよ。大事なヒトを守る、その為に俺は生きるんだ。生き続けてやるんだ。

 見っとも無く、泥に塗れようとも、身体を切られようとも!

 父さんも、母さんも、ユルシテクレル筈だ!

 何時までソッチに居るのかなんて、あの人たちは絶対に言わない。言わないんだ!)

 

 先に歪んだ表情を見せたのは、どちらだったか。

 鼓動が煩く、息が荒い。身体が揺れるザマは芯が無いかのようで。

 

(――――ッ、何か、来るっ!?)

 

 その思考停止に一役買ったものが、戦場という現実だったのは如何なる皮肉か。

 過去を振り切ることも出来ないまま、意識が肌寒い空の下に戻される。

 間を置かず、首筋辺りが寒気に震えるようなこの感覚が、メルティエ・イクス中佐を帰還させた。

 

 何処かで大気が、地面を通じて伝わる震動がメルティエを囃し立てる。

 虫の知らせとも言うべき焦燥感に身を侵され、鬱蒼と乱立する森林に飛び込む。全力疾走で丁度一分間走り切った先に、彼の蒼いモビルスーツは僚機として同行しているMS-06K、ザクキャノンに護衛され主の帰還を待っていた。

 構えたマシンガンを掲げる僚機に、足の勢いは緩めず大きく腕を振るう。

 

「リオ、戦闘態勢を! どうやら、居過ぎたらしい!」

 

『了解です、中佐はモビルスーツの起動を!』

 

 頷いて見せたメルティエがモビルスーツのコックピット・ハッチに取り付くと、その姿を見届けたリオ・スタンウェイ曹長はマシンガンを構え直し、ザクキャノンを起動状態に入る蒼いモビルスーツ前に移動させた。

 言葉少ないやり取りで動く年少の部下に、頼もしく感じると同時に誇らしい。

 初対面の時はおどおどとした様子の少年が、今や頼りになる仲間へと成長している。

 人は成長するもの、その障害は克服しなくてはいけない。

 例えどのような形であれ、生きて行かなければ。

 

「エダ、索敵に反応はないままか!?」

 

『アッガイのカメラシステムに異常なし。ソナー波にも反応は――――!』

 

 モビルスーツがアイドリングから起動状態に推移する状況を見守る中、メルティエは通信機に言葉荒く問う。対応したエスメラルダ・カークス大尉はそれに反応せずMSM-04、アッガイのシステムが正常であると答えようとしたが、異変があったらしい。

 メルティエが搭乗するMS-09、ドムのセンサー有効範囲よりもエスメラルダのアッガイのセンサー系は充実している。

 偵察機としてのセンサー類の性能に優れている分、湖に面した場所にアッガイを潜ませ監視役を頼むと共に波の流れに留意してくれている。

 

『反応有、但し敵勢力圏側からではない、自軍勢力圏から。

 メル、そっちが――――――』

 

 接敵するとしても敵地からだろうとアッガイは敵勢力圏側に配置していた。距離は十キロ以上二十キロ未満だったと思うが、まさか自軍勢力圏から反応が出て来るとはメルティエは思いもよらなかった。

 友軍到来の可能性もあるが、あのノリス大佐が緊急出動を依頼するのだ。早急な対応が出来なくこちらに回したと見ていい。

 となれば、やはり敵。連邦軍に属する何者か。

 エスメラルダの声が聴こえ辛くなり、完全に遮断された事からミノフスキー粒子による高濃度散布は決定的だ。

 

「してやられたっ!」

 

 四方を囲まれた死地、敵陣奥で息を殺し続けた胆力に敬服すべきか。それとも同胞の亡骸を撒き餌にして、この地を狩場と見立てた奴に怒り心頭すべきか。

 メルティエは一パイロットとしては前者を、一軍人としては後者であり、この両方を是とした。

 今日この日に遭遇した事は不幸な出来事では決してない、と。

 むしろ、この日打倒しなくては友軍を食い物にされるとまで、確信に似た思いを抱いたのだ。

 だがこれは不意打ちに等しい。

 敵戦力の情報が無い戦場は幾つもあったが、蒼い獅子と呼ばれるこの男は、これまで奇襲の類は受けて来なかった。受ける事無く戦場を渡り歩いてしまっていた。

 満足な体制で戦闘に入った事もあるし、損傷した機体で出撃した事も数えるのが面倒なほどに。

 だが、心理的圧迫感に晒されて戦闘に雪崩れ込んだことは、幾つあっただろうか。

 強襲と奇襲はした事もあれば、接敵し防衛線も構築した事もある。

 その結果も、メルティエ・イクスが生き残った事が何よりの証左だ。

 

 それに、今度は自分が晒される。

 正面から打倒する以外に敵を斃し、かつ簡単な方法を知っている。

 無防備な背中を撃つ、横腹を切り裂く容易さを戦果として残している男だからこそ、自身の状況を正しく理解できた。

 ヘルメットを被った後の息苦しさと窮屈さが、早鐘のように鳴る鼓動音をより意識させた。

 口の中が乾く、息が荒くなる、視界は変わらないのに一点しか判らなくなる。

 モビルスーツ三機を潰した敵が、今も接近して来る。

 まだか、まだ機体は動か――――。

 

 ――――恐慌(パニック)症か。無理をするな、お前は以前二発、撃たれているからな。

 

 遠く離れた地に居る養父の憧れた背中が、諭す声が響いたような気がして、男はざわつく意識をピタリと停止させた。

 かつて少年期に拳銃で撃たれた恐怖心から、実物を触れて握るだけで体を見っとも無くガタガタと震わせた時分があった。その時は情けないよりもその黒金色と重みが怖くて、次に撃たれる対象があの頃の自分を彷彿とさせた事に恐がった。

 それをあの人は笑いもせず殴りもせず、こちらと目線を合わせて瞳を覗き込むように、ただ肩を掴んで淡々と起こり得るだろう事実を述べた。

 その言葉が、ちょうど今のように身体の震えを止めた事を憶えている。

 

 ――――だが、躊躇えば、次に死ぬのはわしらやお前の仲間だぞ。

 

 不意打ちを理解したが為の混乱が、頭の中から引いていく。

 次第に悪寒の震えが、興奮によるものに書き換えられる。

 思考を阻害する強敵、命の危険という名目が。脳内で獲物、撃破目標に据え変えられる。

 がちがちと鳴っていた歯が、合わさって力を溜める余裕になった。

 

 ――――良いのか、メルティエ。

 

 あの頃、自分はどう答えたか、頭が回る前に口が裂けた。

 

「――――よくねぇッ!」

 

 自己診断終了を報せる電子音が、モビルスーツが起動音を発した。

 エネルギーゲインの上昇が高まり、それに伴い各部可動域問題なしとサブモニターに次々と表示しては消化される。

 ドムのカメラが外界の様子を各モニターに映し、排気と共に重モビルスーツが起き上がる。熱核ホバーが正常に稼働する中で、リオ機と同じくZMP-50Dの改良型MMP-78を左腕で構え、右腕にはジャイアント・バズを握り迎撃態勢を取った。

 エスメラルダが居る場所にまで反応が観測できたという事は、敵の位置は近いと断じて良い。

 間もなく接敵する敵勢力機に、どう対応すれば有利か。

 

「リオ、ドムの機動性を有効に使う。

 俺は接近する敵と殴り合う。お前はフォローと周辺の観察、出来るな?」

 

 遠距離支援が可能なザクキャノンは森林の中に隠したまま、ホバー移動による高速機動が持ち味のドムは遮蔽物が少なく広く開けた平野へ。

 カメラを回せば、ザクキャノンがその名を冠する理由となった砲身を俯仰させ、発射姿勢の確保に動いていた。

 

『先制に一射します。敵は既にこちらを把握していると見て良いと思いますから。

 目に見える脅威ほど敵の動きを鈍らせる最適な方法はありません、どうでしょうか』

 

「敵はこちらを把握済みだからこそ動いた、そう見るのが自然ではある、か。

 不意打ちに出てきた頭をハンマーで叩くみたいなもんだな。

 いいぞ、やれ!」

 

 戦況分析が済んでいる冷静なリオに、先程混乱の中にあったメルティエは己を恥じた。弟のような年下の後輩に芯の強さで負けているのか、と苦悶した彼は、それを誤魔化すように強く命じる。

 意外だと思われたリオからしてみれば、信頼する上官が前に出る為に今自分が出来る最適解がこうであった、というだけで別段特別な事では無い。

 またメルティエほど危機感に溢れているわけでもなければ、心理的外傷も少なく被害に遭う自身の想像力も働かなかった事もあり、只々メルティエへの支援を行う事に思考が全振りしている。

 地球降下以前から蓄積された信頼の成せる業なのだが、寄せられている厚さに気付かない男は「こいつ、強くなった」と勘違いをしていた。

 

『了解。――――間接照準射撃システムの補正完了、撃ちます!』

 

 一八〇ミリキャノン砲の口から砲弾が発射されると同時に、ドムの装甲板を強かに叩く轟音。

 それも一射ではなく、二射、三射まで続いた。

 広がった硝煙の幕が晴れる頃には、ランドセルの自動装填装置が働き、排出された空薬莢が音を立てて着地し背の低い樹木を巻き添えに減り込んだ。

 ドムのカメラではキャノン砲の着弾地点は観測できない。

 前方の平野から響く音は拾えるのだが、果たして結果は如何なものか。

 

『以前接近する高熱源反応有り、来ます!』

 

 速度変わらず突っ込んでくる相手に、メルティエは戦慄した。

 着弾せずとも撒き上がった土煙で目眩まし効果は期待していた。高速で走行しているうちに視界が一時的にしろ閉ざされば異常事態に停止、ないし速度を緩ませるものだ。

 その中を突っ切るということは、やはりこちらの戦力を把握しているのか。それまで気取られる姿を晒していたというのか。

 何よりも、発射地点を確認したにしては、接近する動きが早くはないか。

 まるで、其処に居るのを始めから知っていたような、予測以上のものを感じる。

 

「リオ、援護よりも敵と距離を取る事を忘れるな!」

 

『中佐!?』

 

「距離を保つ、敵の反撃が届かない場所からの攻撃は、何処の教典にでも乗ってる、戦術だぞ!」

 

 ドムの重装甲に守られた体躯がホバーユニットにより浮遊し、バックパックのスラスターと脚部のアポジモーターにより、一気に加速する。

 後方に置いて行かれたザクキャノンがマシンガンと固有武装の二連装ロケットポッド(ビッグガン)を握り森林の中に身を隠した事を見届けたドムは、正面に向き直るや一撃必殺のジャイアント・バズを前方に向ける。

 距離を詰め、敵との殴り合いに赴いたメルティエの目に映るものは。

 

「この嫌な感じは、貴様かっ」

 

 対峙者も最高速度なのか、後方に砂塵を撒き散らし淀んだ空を汚し続ける。

 形状は異なるもののタイホウツキを連想させる、ゴーグル型の頭部。その奥で煌々と赤い光を灯す人間に似た二ツ眼が不吉であり、光の加減で血が滴るように大気に零れる赤を見れば見るほどに生理的悪寒がメルティエの感覚に奔った。

 何より、敵の機体色が気に喰わない。

 

「面倒な奴、だなっ!」

 

 互いに蒼を基調とした両機は速度を緩める事無く、更なる加速を行う。

 速度を減衰させずジャイアント・バズを構え、システムによる照準計測が終了する前に発射。

 加速度と衝撃による相対衝撃にメルティエとドムは軋みを立てながら抗い、発射速度で仰け反る動きを利用して左腕のMMP-78の銃身を跳ね上げた。

 敵機は反撃する気が無いのか、両手を下げた状態で飛翔する砲弾に突進し、脚部のアポジモーターで体勢を変えて回避してみせた。

 メインスラスターをそのままに回避運動を行う機体制動が、真紅の稲妻ジョニー・ライデンを思い出させる。けれど、彼は技量であの機動を維持したまま走破出来るのだ。

 ただ足を振って向きを変えるだけでも難しい操作を要求される。足を振るという事は反動で胴体が前に押し出されるか後ろに引かれるかのどちらかだ。現に、目前の敵機は回避した反動を上手く消化できず上体がブレている。それはつまり、メインスラスターの推進力が乱れに繋がり、加速度の減衰と機体の進行が乱れる事に他ならない。

 機動に歪みを生じた相手にマシンガンの銃口を向け、撃音(トリガー)

 ホバーユニットで足を踏ん張る事も出来ないが、背中を押す推進力と胴体部の可動域、肩と腕を直線で維持した射撃は驚くほど集弾率を誇る。

 胴体部に向けた火線、十六射がそのまま吸い込まれ、衝突する。

 

「おいおい、以前と違う改良型だぞ、それなのに貫通弾はナシなのか!?」

 

 金属同士のぶつかり合いは閃光の如く火花を散らし、しかし乾いた音を立てて装甲面を窪む程度に終わる。

 ダメージとして貫通はしなかったものの、衝撃力を全て吸収できるものではない。敵機は機動を乱された事もあってバランスを崩せざるえなくなり、見事に転倒した。

 ドムは操作に従い、腰を捻り進行ルートを迂回させてその無様な障害物を回避する。

 片足を上げ、残った足とバックパックにあるビームバズーカの重心を軸に急速旋回したドムは、装填が終えたジャイアント・バズを向けようとして、

 

「う、おぉおおおっ!?」

 

 モニター越しにメルティエは驚愕した。

 

「こいつ、転がってた癖に!」

 

 幽鬼のように浮かぶ眼光と顔面が前部モニターを占領し、シールドを固定した左腕が向けられ、その手が掴みかかろうと開かれる。

 転倒した筈の敵機が、ドムが旋回した僅かの間に起き上がり肉迫していた。

 いや、既に距離が詰められている。止めを刺そうと最小限の動きで旋回し、距離の開きを潰した事が逆に仇となってしまった。後退するにも上体を後ろに傾けてスラスターの角度を、位置取りをしなくてはそれも叶わない。

 敵機は右腕に握っていたマシンガンをドムの胴体中央部――――コックピットに向けようと肘を上げる。

 その刹那にメルティエは操縦桿のコンソールを素早く叩く、ドムは指令に従い制限射角を無視し左腕のマシンガン、その銃口で敵の銃身に当て、発砲。二機のモビルスーツを連続マズルフラッシュが照らし、カメラを、モニターを焼く。

 

「出鱈目な、奴、めっ!」

 

 急激な光量に目を細め、敵の状態を想像で描いたメルティエは続けてドムの左脚を浮かせ、前蹴りを放つ。

 硬いものがぶつかり合う音とコックピットを揺さぶる衝撃に息を吐きながらも、マシンガンの発射は継続したまま。

 其処にガキン、と金属音が鳴ると共に電子音が一つ。

 

「弾切れ……!? くそ、弾詰まり(ジャム)かよ!」

 

 サブモニターに視線を走らせれば残弾の数字は六八発のままで止まり、武装表示の図案の上に「動作不良」の文字が点滅していた。 

 そうなれば、ある程度は予測がつく。

 先ほど敵の銃身にマシンガンを当て、そのまま射撃した事で動作不良を起こしたのか。

 まさか、整備ミスとは思いたくない。

 このモビルスーツは信頼するロイド・コルト技術大尉や整備士達、それにメイ・カーウィン整備主任が手を入れ、万全の状態でメルティエ・イクスに渡してくれたものなのだから。

 ならば、自分の不手際だ。

 焦りでコントロールが乱れ思いの外勢い良く銃身を当てた、衝撃が緩和され安定した状態になるまで待たず射撃をした、己の所為だ。

 

「がはっ」

 

 後悔する間もなく、身体が浮き上がるような、臓物を揺さぶる衝撃がメルティエの身体を強かに叩く。視界が定まらない中で、モニターの映像を見れば敵機の膝がカメラに映る。

 ドムの左脚で蹴り飛ばした筈の敵機が硝煙の中から現れ、お返しとばかりに右膝をこちらの腹部に――――コックピット部に叩き付けた衝撃が、今メルティエを痛めつけるものだ。

 くの字に、()()()浮き上がる。

 重モビルスーツと謳われるドムが、六三トンもの重量を身に負う機体が、自らの推進力では無く相手の衝撃力によって空中に浮かんだ。

 強打されたドムの胴体、それに接合している腰部とが軋み、金切り音が響く。

 嫌に耳障りな音だと、メルティエは鈍い頭で捉えた。

 

 ――――ドウシテ、イジメルノ?

 

「な、にを」

 

 声が、聴こえる。

 少女の声だろうか。成熟したものとは違う、若い女の声。

 ロザミア・バタムのものとは、また違う。

 助けを求める声では、ない。

 恨むような、拒絶するような、人を避ける類のものがメルティエの思考を汚染する。

 続いて敵の左腕が大きく振りかぶられ、腰の動きによる加速力が乗った打突を可能とするシールドの、その先端が胸部に突き刺さる。

 初突で動きを止められながらも、無理矢理傷口を押し広げるように突き込まれ、ビームキャノンと接続するプラグが存在した箇所を貫いたそれは、下部にあるコックピット内へと金属を引っ掻く特有の騒音を、メルティエの脳髄に刻んでいく。

 

「が、ああぁぁあっ!?」

 

 ――――ワタシハ、イラナイ子ナノ?

 

 敵機の二ツ眼がモニターを、ドムのカメラを覗き込む。

 その間にも、敵は破壊されたマシンガンの代わりのものを用意していた。

 右腕に握り込まれた、筒状の柄が見える。

 

『中佐!』

 

 切羽詰まった聞き覚えのある声が、男の朦朧とした意識を繋ぎ止めた。

 敵機の横っ面を殴りつける礫は、マシンガンの弾丸はザクキャノンが横撃を仕掛けたのだと衝撃消えぬ思考で理解する。そのままスライドした敵を追撃するように、ビックガンのロケットが滑空し左上腕部に直撃した。

 

『御無事ですか、中佐!』

 

 森林から進み出たザクキャノンは、マシンガンを連射したまま前進する。

 蒼い獅子を追い込んだ相手に油断はすまいと、リオの気概が見えるようだった。

 

「リ、オ」

 

 不味い、と。

 聴覚と触覚を攻撃されダメージを負った身ながら、他人を案ずる余裕はあるのか。

 メルティエはリオがこの手の戦況を経験していないのだと、

 

「さ、が、れ」

 

『中佐?』

 

 経験している人物は部隊の人間でもケン・ビーダーシュタット中尉と、恐らくこの場に急行しているエスメラルダ・カークス大尉であり、メルティエ・イクス中佐自身もそうである。

 リオ・スタンウェイ曹長は射撃センスもあり、メルティエ達と行動を共にしてから自身の努力もあってモビルスーツの操縦能力に優れたパイロットだ。

 だがその経験の中で、

 

「ぐぅ、下がれ、リオっ!」

 

『中佐!? え、嘘、無傷……』

 

 無傷ではない、一定の破壊力の前には敵機の装甲――ルナチタニウム合金と称される――も無敵ではない。装甲表面には凹凸もあれば内部機構前にまで喰い込んだ部分もある、加えてロケット弾による攻撃は装甲を破砕し、左肩と上腕部を剥き出しにしている。

 新たな相手に向き直った敵機は、損傷部を死角にして立っているだけでダメージは着実に蓄積されていた。

 ザクキャノンのカメラには映っていない。少なくとも左腕は消失ないし破壊できたと思い込んでいたリオは、顕在した左下腕部を見てしまったが為に、無傷と捉えてしまったのだ。

 

 ――――傷ツケル人ハ、嫌イ!

 

 メルティエに更なる念波を叩き付けた敵機は、ザクキャノンに向けて胸部と腹部にそれぞれ埋設された二門のマシンガン、二基のミサイルを発射した。

 銃弾はザクキャノンの各部に被弾するも、負けじとマシンガンを掃射した事が功を奏したのか、飛来するミサイルを一つ撃ち落とす事に成功する。

 残りのミサイルを回避しようとするも、マシンガンがザクキャノンをその場に縫い付けるように浴びせられ、衝撃も相俟って躱し切れず命中した。

 最後まで抵抗して胴体部を旋回させた事が良かったのだろう、ミサイルは突き出た右腕に衝突し、これを身代りにすることで胴体部を守れたようだ。

 

「……この、電波野郎め。ドキツイのを馳走してやる」

 

 メルティエは背部ラックのヒートサーベルを引き抜き、側面を見せる敵機に切り掛かる。

 敵はスラスターで機体を浮かせ、飛び退ろうとする。

 脚部で跳躍行動を取らなかった分、機体が宙に浮いた時に生じる幾何かのタイムラグに、右腕に保持していたジャイアント・バズを向けた。

 

 ――――ヤメテ、痛イノハイヤ!

 

「……何だよ、言葉、通じるのかよ」

 

 締まりの無い文句を血と共に零し、メルティエはドムに発射させる。

 その砲撃を、ザクキャノンが先ほど見せたように、敵機も旋回して胴体部への直撃を避けた。

 自身を貫いたシールドが爆砕するのを見届けながら、スラスターを全開に突進。爆破による煙の外で不時着した敵機の脚が痙攣したように動く。人間の脊髄反射じみた動作が、まるで人間そのものを相手取っている感覚に襲われる。操縦している人間が居るのに、視覚で捉えないと人間と思わないその感性に虞を抱きながら、ヒートサーベルを突き入れた。

 

「なるほど」

 

 突き入れたヒートサーベルが、何かを溶け破った手応えを感じつつ、パイロット・シートに身を置くメルティエは、身体に迫る熱を感じていた。

 

「それが、ザクの胴体を貫通した正体か」

 

 ドムの機動を読んだように、そのタイミングを狙ったかのように。煙を晴らして伸び出た光が、粒子を結束した剣のようなものが、ドムのカメラ一杯に広がる。

 抱き着くように接触した、敵である蒼い機体の二ツ眼から零れ落ちる不吉な赤い光が、その時になって、まるで涙のようだと、メルティエは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか、セイラさん?」

 

 一緒に行動していた女性が急に立ち止まった事に、フラウ・ボウは怪訝な顔で振り返った。

 モデル顔負けのスタイルと容貌を持つ金髪碧眼のその女性は、突如起きた避難勧告に慌てる事無く振る舞い、騒ぎ始める人達を冷静に避難場所へと誘導していた。

 立派な人だと思うフラウは、アムロがこの場に居ない事が不安になっていたこともあって、強い存在感を与えるこのセイラ・マスと名乗る女性の近くに寄っていた。

 

「いえ、平気よ。問題はないわ」

 

 俯いていた顔をすっと上げ微笑むセイラに、フラウは小さく頷いて避難勧告が出た際に指示された地区へ移動を始める。セイラはフラウの一歩後ろを歩きながら、胸元に忍ばせたロケットを――――”家族”の写真がある宝物を、握り込む。

 其処に居る二人の兄は、昔のように駆け寄れる場所にはいない。

 一人は何年も前に空で行方不明になり、もう一人は世話になったジンバ・ラルの子、ランバ・ラルが引き取り宇宙(そら)に戻って行った。

 今も生きているだろう残った兄の連絡先も分からない。今後はかつての名を語る事が無い以上、会わない方が良いと養親のマス家に言われては探す事も出来ずに今日まで時間が過ぎた。

 淋しい時、辛い時にロケットを握る癖は、何時からだろうか。

 もう大分前の、寒いだけの記憶は思い出す気にもならない。

 

(――――兄さん)

 

 なのに、今さっき心の臓を打った嫌な感じは何だろう。

 今まで起きなかった感覚に新鮮さはあっても、歓迎する類のものではない事は確かだった。

 一瞬の温かさはあっても、冷え込んだ心を癒してはくれず、燻るような不快感だけを残すコレは何なのか。不快感の癖に、消え去らないようにとも抱く気持ちは、何をもたらしてくれるのか。

 何時しかセイラの心は渇きによる飢えは得ても、満たされる幸福感とは縁遠いものになってしまっていた。寂しさを紛らわす為に人の輪に入ろうとしても結局は意味も無く、気付けば人と接する時は仮面を付けるようになっていた。

 仮面を要する今に比べて子供時代の僅かな、兄と三人だけの狭く短い記憶が今までで一番幸せなものだったと言える事は、悲しいことなのか。

 それは蝋燭の火のような揺らめきだけれど、思い出すだけで心の暖をとれたのもまた事実で。

 機転が利き、頼りになる実兄と何処か抜けた、優しく包み込む義兄が好きだったのに。

 

(キャスバル兄さん。メルティエ兄さん。私は何処で、満たされるのでしょう)

 

 アルテイシアという名前を封印せざるを得なくなった女は、仮面の裏で今日も兄達に問うた。

 されど、心の内に居る二人に問い掛けても、彼らは何も答えてはくれない。

 ただ、笑い掛けてくれる思い出の兄達が恋しく、その中に自分も入れない事が悲しい。

 

「あ、アムロ! こんな所に居て、心配したんだから!」

 

 張りのある声を聴いたセイラは、少しばかりの暖を取り終えた心に仮面を付けて補強する。

 そうしてから、フラウが駆け寄る相手に視線を置いた。

 

「そりゃ、こっちの台詞だよ。避難の放送が流れる時に、家に居なかったのはそっちじゃないか」

 

 アムロと言う少年が、口をへの字にして反論した。

 此処は商店街に近い道路上だから、彼は商店街に買い出しに居るのかと探しに来たのではないかと、セイラは思った。

 何処か、昔に遭った出来事と同じ感じに、セイラはクスリと笑った。

 確かあれは、外出先で姿が見えなくなった兄達を探そうとして迷子になり、結局は血相を変えて走り回った二人の兄が見つけてくれた時だったか。

 息切れでへとへとになりながらも見つけてくれた兄が、座り込んで小さく震えていた自分を抱き起してくれた時の感情と想いを、今も覚えている。

 

「良かったわね、フラウ。探していた人が見つかって」

 

 声を掛けると、フラウは照れながらも元気よく返事をして、アムロは急に現れた女性に目を白黒させていた。隣に立ったフラウが仲良さげに事情を説明するとアムロは成程、と一つ頷いてみせた。

 初対面の異性に照れがあるのだろう。それを隠す様子も無く軽く頭を下げる少年に、セイラは何度も形作った微笑みを一つくれてやる。

 

「アムロ君、でいいのかしら。貴方も避難場所へ向かいましょう。

 その方がフラウも安心するでしょうし」

 

 こちらを見て頬を赤らめた少年を、傍らの少女が睨み付ける。その二人が微笑ましく、羨ましいと思えるのは過去の幻影を追う己のせいだろう。

 

「わ、わかりました! そうします……イタッ」

 

 返事したアムロの耳を引っ張ったフラウが、悔しそうにセイラを見た。

 フラウに続きアムロという知人が出来た事以外に関心が無いセイラは、フラウの心配が杞憂であると言ってやってもいいのだが、この少年と少女に悪い印象を与える気も無いので、そっと笑みを零すだけで終わらせた。

 

「もうっ……わたし、お母さん達呼んでくるから、アムロもセイラさんも其処に居てね!」

 

「あ、ああ……僕もハロを車に置いてきたままだし、ひとっ走りしてくるよ」

 

 フラウが母親が居るのだろう、避難民の列を指差した。

 アムロもハロというものを置いた車の位置を指差し、二人は走ろうと腰を屈めた。

 

「――――待って、二人とも」

 

 小さく、しかし良く通る声で制止したセイラは、二人の肩を掴む。

 セイラの整った顔を肩越しに見た二人は次の瞬間、背後から広まる白光と熱風、衝撃音に体勢を崩された。

 事態に驚く彼らを視界に収めながら、セイラは危険だと察知した自分に驚き、また目前に広がる光景に慄いた。

 

「何て事、なの」

 

 爆発による衝撃と熱風に倒れ伏した人々と、視界の奥で動く高さ一七メートルを超す機械仕掛けの巨人の姿は、テレビや情報媒体で戦争を知るよりも強烈で、残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。指先が冷たいです。


今回は攻防共にイケる口だと思われたメルティエが、実は攻められると脆いという話。
不意打ちに来ると、驚いたり怯んだりしますよね。
それが一瞬で生死が決まる戦場だと、どうだろうと想像した次第。
思考が単純だから、切り換えると復旧するメルティエ。
洗脳? 刷り込み? ハハッ、ラルさんがそんな事するわけないじゃないのさ。
どっちかというとハモンさんの方が……アーッ!?

あ、タイトルで展開読めました?
一発で分かっちゃうよね、うん。でもこの”そのまま”は譲れないと思うの。
読者の皆なら、理解してくれる。作者はそう固く信じる!

徐々にアムロ達が現れ始まります。
セイラさんが精神弱そうだって?
頼りになる人物が、一気に二人も目の前から消えればこうもなると思ってくれれば幸いです。先頭部分を心の拠り所と据え変えても可。

もう少しばかり、原作沿いで進むんじゃよ(アムロ側)。
オリジナルティがない、と物足りなさを感じる人はすいません。
アムロがスムーズにガンダムに乗る理由が、どうしても浮かばなかったんです……これが才能の無さというやつか!

ところで、依存系美女になりつつあるうちのセイラさん、どう思う?
お兄ちゃんと遭遇した時の感情の爆発は、きっとヤん……おや、こんな朝方にお客様が。


――――その後は「次回もよろしくお願いします」と看板だけが残されており、作者が現れる事は無かった。


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第49話:北の地より、東の友へ

「連邦軍の反攻作戦、か」

 

 キャリフォルニア・ベースの司令執務室、その主たるガルマ・ザビ准将は帰還報告書に目を通し呟く。不穏なものを臭わせる内容に、眉目秀麗な貌も僅かながら歪む。

 開戦から今日まで、既に九ヵ月が過ぎようとしている。

 一サイドのジオン公国と、人類生活圏の支配者として君臨する地球連邦政府では元々国力の差も大きく、それがそのまま投入できる物量と人材に直結しているのが悩みの種である。

 開戦初期の電撃戦、その要諦であるブリティッシュ作戦の失敗は痛恨の極みだと言われているが、ガルマとしてはそう捉えていなかった。

 よしんばブリティッシュ作戦の要であるコロニー落としが南米に着弾、連邦軍総司令部ジャブローに甚大な被害を齎したとしても、ジオン公国と地球連邦政府との間には国力という壁が依然として横たわっているのだ。

 一週間戦争と区切られる続くルウム戦役、地球降下作戦の地上施設攻略と制圧を成して、漸く連邦軍が一時的に沈黙した。ガルマはこれまで現地で矛を交え、戦場の砂塵に塗れながら戦った経験からそう判断していた。

 作戦失敗による各地球地区制圧はジオン公国にとっては全て、必要不可欠な軍事行動である。

 一対十以上に内在する敵国力を削り取らなければ地球連邦政府は息を吹き返し、必ず反撃に出るのは火を見るよりも明らかなのだから。

 古来より、軍事力で征服を成し遂げた国家はその数年は維持できたとしても、時代を経て更なる軍事力を背景とする国家に打倒される運命にある。

 ガルマ・ザビ。いや、ガルマ個人として思うべき所はただ一つ。

 ルウム戦役で捕虜となったヨハン・エイブラハム・レビル将軍を、重戦争犯罪人と本国へ更迭し「連邦の悪の象徴」と国民の戦意向上のプロパガンダに利用する事無く、即刻銃殺刑に処していたのならばと悔やむ。

 かの将軍が南極条約締結と戦争継続の決定打となった「ジオンに兵なし」の演説を行わなければ、戦争の早期終結は夢では無かった筈だと。

 

(彼が今の連邦軍を動かしているならば、我が方は決定的な一撃を穿たれる事となる。

 それまでに、この膠着した状況から抜け出なくては……我々に、ジオンに未来はない)

 

 敵本拠点に近い位置まで侵攻したというのに停滞した戦線が、そのままジオンの有り様を語っているとガルマは思えて仕方ない。

 一気呵成に攻め込み、この戦争を終わらせたい気持ちはガルマ以外にこの地へ詰めた軍人全ての総意であろう。

 しかし現実として、将兵を活かす補給線構築は急務である。

 このキャリフォルニア・ベースを核とし各戦線へと延びるラインは、ジオン軍北米方面軍全師団の物資を貯蓄、流通させる要衝である。生命線と称しても過言ではなかった。

 疎かにすれば、その分だけ部隊が潰え、万が一にもこの地が奪還されてしまえば北米大陸に駐留する全ジオン軍は撤退を余儀なくされるだろう。

 地図上を眺めれば、手を伸ばせばすぐに、易とも簡単に覆える地域だと言うのに。

 なんと、歯痒い事か。

 

(本国からジャブロー攻略作戦が未だ発案されず、宇宙のルナツー攻略作戦も同様だ。

 まさか、戦勝に浮かれているわけではあるまい。何故大々的な挟撃作戦が発令されんのだ!?

 我が方の切り札、モビルスーツは既に鹵獲され、解析されている節があるというのに!)

 

 ガルマとしては、まだ九ヶ月ではない。もう九ヶ月である。

 拭い切れぬ焦燥感が彼を悩ますのは、彼自身が起こした戦績によるものだ。

 第一次地球降下作戦に参加しヨーロッパ、中東アジアの前線で活躍したガルマは士気盛んな将兵を引き連れ、連邦軍が籠もる軍事拠点を電撃戦により次々と攻略した将帥である。

 この功績は全てガルマのものではない。彼の麾下ないし一時参入した中に、今となっては集結する事叶わぬ強者ばかりが揃い踏みした事もあるし、支える意気軒昂な彼らの意志を汲み取り、その上で熟慮断行な姿勢が結果に繋がったのだから。

 総指揮官たる彼が意思を統一し、その下で手となり足となる将兵が分隊規模で奮闘する様は味方にとって正に天兵の如き勇者の集団であり、敵にとっては地獄の悪魔が群れを成して攻めて来たと変わりない。

 彼らと一つの生物となって我武者羅に戦った結果、古参指揮官がぐうの音も出ない実力と英気、家柄も相まった故に「ジオンの将器」と称えられるまでになった。

 かつて親の七光りと目されるのを嫌がり、同年代の佐官に無理言って同行した青年が、こうも化けるのだ。

 連邦軍の反攻作戦が発令され、一致団結した敵部隊の中に自分達のような存在が居るとしたら、その被害はどれほどのものか。

 一地域解放されるだけで留まるだろうか。

 もしくは、現戦況を一変される事象が生じるかもしれない。

 それほどまでに、強力な個が集った軍団とは恐ろしいものだ。自分自身で体感し客観的に見ても身震いする結果が残っているのだから、嫌でも分かるというもの。

 ガルマは悶々とした思考を一時封じ、目の前の仕事に戻ろうと意識を切り替えた。

 まずは目先の事を処理しなくてはならない。

 自分も今報告に訪れた彼も、互いに時間を遊ばせる余裕はないのだから。

 

「V作戦というのを耳にした事があるが、どの地域奪還を狙ったものかは判らず仕舞いか」

 

 細い顎に指を当て、報告書を再度確認しながら執務席前で直立する佐官に問うた。

 彼、ゲラート・シュマイザー少佐は厳めしい顔のまま口を開いた。

 

「はい、残念ながら。

 その情報もパナマ攻略作戦を控え、偵察任務に就いた我々が敵拠点近郊へ進軍、航空輸送部隊を拿捕した中から入手したものです。最終目的地はジャブローに取っていたようですが」

 

 シュマイザー少佐率いる「闇夜のフェンリル隊」は新型機試験運用と勢力圏内の遊撃を課された特務遊撃大隊「ネメア」と違い、センサーシステム等の新型機材を搭載したモビルスーツの運用を基に設立された特殊部隊である。

 その特異性から接敵する敵軍を早急に察知する、死角から接近し奇襲を行う事を可能としたこの部隊は現在キャリフォルニア・ベース近郊の防衛と敵情視察を兼任していた。

 

「ジャブローだと? ならばルートを……いや、先があるのだな。続けてくれ」

 

「は。ジャブローまでにパナマを含む数ヵ所の拠点を経由し、到達するプランであったらしく直接のルートは引いてはおりません。恐らく、ダミーも幾つかあると見て良いでしょう。

 我々がミデアのコントロールを掌握しようとした所、機内で手榴弾を使用され、パイロット及びシステム部は」

 

「わかった! ……もういい。

 ジャブローに繋がる糸口は、全て勇気ある連邦軍の人間が潰しているのだな。

 それが再確認できただけでも収穫がある。ありがとう、少佐」

 

 労いの言葉を送りながら、ガルマは忸怩たる思いであった。

 このキャリフォルニア・ベースを占領する際も、ジオン軍上層部からは隣接地域の南米に関する情報入手を期待されていたが、徹底抗戦の姿を崩さない守備隊は孤軍奮闘の末に全員戦死を遂げ、コントロール・ルームでは射殺されるその瞬間まで作業を継続したスタッフにより、ジャブローに関するデータは全て消去され、リンクも解除される結果に終わっていた。

 ジオン軍に勇者は健在だが、連邦軍にも勇者は居るのだ。

 それが個人個人が今出来る最善手を採ったとしても、決死の覚悟というのは生半可なものでは辿り着けない境地なのだ。

 伝え聞くだけでも固い執念のようなものを感じ、今だ若い将官は瞑目した。

 

「実りもあった。報告書に在る連邦軍新兵器が確認できた事は喜ばしい。

 対モビルスーツ用の兵器では無く、モビルスーツ専用の武装。

 連邦軍がモビルスーツの実用化に向けて動いているという情報、その裏付けにもなる」

 

 連邦軍のモビルスーツ運用が間近に迫っている。

 敵モビルスーツは現時点でも少数は確認されており、それは中距離型と長距離型と火力支援を念頭に企画されたモビルスーツだと知ってはいる。アジア方面に駐屯しているツテから、情報提供と素材の一部を譲渡されているし、その解析と研究も基地内で進められていた。

 聞いている所では、我が方のザクによる攻撃を跳ね返し、パワーは現行新鋭機のドムにまで及ぶと聞いている。尤も構造規格の問題で、パワー比べをすればドムに軍配は上がるという話だったが。それは推論であって実証できてはいないのだから、信用はしなかった。

 希望的観測は油断となり思わぬ落とし穴になる事を、戦場で友と共に味わった事があるからだ。

 

「は。残念な点を挙げれば、我が方でも十分製造できる兵器群であり、転用したとしてもそう変わりはありません。欲を言えばアジア方面で確認されたという、ビームライフルなるものを入手したかったのですが」

 

「そればかりは仕方あるまいよ。専用武装と目されると、ネメアの技術官が言うのだから。

 タイホウツキを鹵獲しなければ、それも使用できないと断言されている。

 尚の事仕方がない」

 

「モビルスーツ個別の専用武装ですか、贅沢な事です。

 ですが、共有武装を入手できたのはある意味僥倖と言えるかもしれません」

 

 シュマイザー少佐が至極真面目に切り出した。

 ガルマも一つ頷き、基地開発部直通のコールに視線を置いた。

 

「モビルスーツの武装には必ず電子コンピュータが、システムとリンクするに必要な機材が搭載されている。ジオンのモビルスーツを手本としているならば、システムの円滑な機能の為に外部武装の精密な処理は其処に任せるのが合理的と見るに違いない。

 システム解析を急がせ、基地内のモビルスーツに武装とリンクするための認証コードを登録させておこう。マニピュレータの規格次第で正常動作に不安が残るかもしれないが、武装を現地調達できると分かれば今後は有利となる」

 

「はい。私も同意致します。継続戦闘能力は必須ですし、あちらには既に我が方の認証コードが割れていると考えて良いでしょう。

 連邦軍が武装の流用化を防ぐ為に規格を変えていれば良し、我が方は例え精度が落ちようと代用品として使えれば構わないのですから。

 射撃能力を失い、マシンガンの銃把で戦闘機やら戦車を潰すのはナンセンスですからね」

 

 冗談のつもりなのか、シュマイザーは口元に笑みを拵える。

 ガルマはそれがウケたわけではなく、思い出して小さく吹き出した。

 

「ですが、そうしてでも打倒しなくてはならない戦局は幾つもあります。

 敵より少しでも有利に事を運べるのならば、その為の努力を怠らない事が肝要ですから。

 ……説教じみた事を言いました、申し訳ありません」

 

「いや、構わない。

 むしろ、若輩者である私にとって、少佐のように歴戦の勇士から受ける言葉は千金に勝る。

 経験に基づいた話は、得難いものだ。今後も、機会があったら話してはくれまいか。

 ガルマ・ザビとしてではなく、ただ個人のガルマとして、貴方の話が聞きたい」

 

 視線を下げた壮年の佐官に、彼は頭を下げて頼み込んだ。

 その言動に目を見張ったシュマイザーはいかつい顔に似合わない穏やかな笑みを一つ、父性を感じさせる目で「構いませんよ。後ほど語り合いましょう」と言ってくれた。

 一礼して退室するシュマイザーを見送り、ガルマは時間と今後のスケジュールを見比べ、そっと席を立った。

 

 彼はバイコヌール宇宙基地駐屯時から変わらず時間を見つけてはキャリフォルニア・ベースを回り出会った兵達と言葉を交わしていた。一人ひとりと意思疎通するにはこうした方が近道だ、と友とする男と共に各部署の将兵らと言葉を交わし廻って以来の、ガルマ・ザビの日課であった。

 かつて、鼻歌を口ずさみ巡視という名目で基地内を散策する友に、ガルマは尋ねた事がある。

 こんなことが本当に必要な事なのだろうか、と。

 

「演説ってのはその日限りの燃料でしかないし、長く以て一週間程度だろうよ。

 過ぎたらどうすると思う? 演説に沿ったやり方で、それに見て解る戦果を要求されるんだ。

 大仰な事言ってその日誤魔化しても、明日は? 明後日は? 将来はどうする?

 人間ってのは学習する生き物だろう。何時までも誤魔化し何て効くわけないぞ。

 それでも何とか皆の意志をまとめなくちゃいけない、一つの目標にぶつかる仲間が必要だろう。

 偉そうな事吐かなくても、やるべき事やりながら一人ひとりの目を見て話して行けば、為人を知った人間は必ずとついて来てくれる。間違っちゃいないんだからな。

 信頼を築くのに近道なんざあるわけがない、ボタン一つで数値が上がるもんじゃないんだから。

 だからさ、ほれ、地道に行こうぜ。

 俺達が作るのは、その場凌ぎの信頼関係じゃないんだろう?」

 

 数歩先を行く友に、それでも食い下がると彼は怪訝な顔をして振り返り、一つ息を吐くと不意に一歩踏み出し、ガルマの瞳を覗き込むように言った文句を憶えている。

 

「話をした事もない人間を信用できるのか? 俺には無理だ」

 

 そう言われると、成程、と不思議に納得できた。

 反芻するように言葉を心の中で呟いた後に「だから君は、私に良くしてくれるのか」と友の目を見て返せば、驚いたように灰色の瞳を瞬かせ、照れたのか当時は赤銅色に侵されていなかった頬を掻いて「悪いか。真っ直ぐ過ぎるんだよ、ガルマは」と笑ってくれた。

 

 であるからこそ、世に名を馳せる若き将器は自身が信じた事を一つ、また一つ積み重ねて行く。

 

 ――――私は私らしく。君から、君達から受けた信頼と共に進もう。

 

 かの地でそう語った時に友は、メルティエ・イクスは子供のように笑い、賛同してくれた。

 

 ――――おう、ついて行くぜ。進路確保は任せて下され、我らが御大将殿!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な事態に、カレン・ジョシュア曹長は舌打ちした。

 そもそも、通達された任務からして嫌な予感がしていたのだ。

 敵陣で孤立した友軍の援護、もしくは目標モビルスーツの確保がその通達内容。

 カリマンタン陥落からこちら、敵の動きに戦線恐々しながら日々を過ごしている。

 カレンを含むアジア方面軍残存部隊はモビルスーツ適性検査を受け、現存する地下施設で秘密裏に建造されたモビルスーツのRGM-79[G]、先行量産型ジムの専任パイロットに任命され東アジア奪還任務を帯びたコジマ中佐麾下部隊に編入されたのが、つい三日前の出来事だ。

 日々モビルスーツの訓練に明け暮れ、色鮮やかな赤毛に陰が広がるほど疲労した中での緊急出動である。

 士気なぞ上がるわけも無く、他の部隊員も同様だ。

 上官である隊長だけはそうではないのか、声を張り上げて任務達成を胸に進軍していた。

 無駄にやる気に満ち満ちている上官に引いているパイロットは少なくない。

 その手合いは大抵早死にすると相場が決まっているからだ。

 軍人というのは験を担ぐ。

 科学的根拠も無いと分かってはいても、生死を決する最後は神頼みなのだ。

 ある種の信仰と言っても良いソレは、やはり的中した。

 情報通りだと目標が存在する平野に恐る恐る前進していた折に、ソレは来た。

 

『た、たいちょおぉぉぉっ!?』

 

 隊長機であるジムが、頭部を爪のようなもので破砕され、コックピットブロックがある胴体部にも同様に叩きつけられた。一点に揃えられた六本の爪――――実体剣は、寸分狂わず胸部にあるコックピット位置を貫き、その衝突と破壊力を示すように背面のランドセルすら穿ち抜いて、カレンのモニター画面に出現した。

 

「隊列を崩すな! 敵を囲うように動け! アイツを挟撃するんだっ」

 

 頬を伝う汗に触発されたカレンは、情けなく悲鳴を上げた同僚を叱咤するため通信機に怒鳴り、乗機が装備する一〇〇ミリマシンガンを連射した。

 隊長が戦死し、副隊長であるカレンに指揮系統が移ったものの、彼女もモビルスーツ戦はこれが初めてである。連邦軍には未だモビルスーツのノウハウは確立されておらず、彼女はこれを手探りで形作る人間の一人として選任されたのだ。

 

「畜生っ」

 

 自分を含める幾つものマズルフラッシュが全モニターを白色に染め、その光が彼女の生気に満ち溢れた褐色の肌を照らす。

 だが、その一斉射撃も、ぶらりと浮かんだ()()全て受け止められた。

 銃弾が命中する毎に人形のように手足を一貫性なく動かす、その滑稽であり哀れな姿がカレン達に耐え難い絶望感を刻み付ける。

 

「畜生っ」

 

 ジオン軍のザクIIの攻撃を弾き返した防御力、と豪語した整備主任を殴り飛ばしたい。

 易とも呆気なく、瞬時に目の前で骸にされ盾の代わりに扱われるモビルスーツ、ジムを睨みつけながら、カレンは見っとも無く震え上がりそうな体を抑えようと、マシンガンの反動で振動するコックピットの中で踏ん張った。

 

「ちくしょうっ!」

 

 盾代わりのジム、その物陰から伸びたものにカレンは息を飲んだ。

 その先を視線で追えば、一番近くに寄っていたジムのコックピット部に、あの爪が突き刺さる。

 金属がぶつかり合う衝突音、その後に爪と爪の間から光が溢れ、一息の間に突き刺さった胴体部、その後背から筒状の光が飛び出した。

 

 ――――あれは、即死だ。

 

 隊長機のように鉄の塊でぐしゃぐしゃに、ではない。

 その部分ごと焼き潰されたのだと、爪が引き抜かれた後に倒れ伏すジム、その胸に開いた穴から奥の風景を見てしまったが為に、カレンは理解できた。

 

「何なんだ、コイツは!?」

 

 影から覗くモノアイの光が鬼火のように、次の獲物を見定める肉食動物の目にも見える。

 マシンガンの弾数も尽きかけている。友軍機が銃弾を浴びせている間にジムを一歩分だけ後退させ、マガジンを交換する操作を行う。

 ゆらり、ゆらりと揺らめいていたモノアイが、カレン機で不意に留まる。

 ぐっ、と持ち上げられた隊長機の残骸が、軽く振られたと思った瞬間、急にモニターの中でその姿を肥大化させた。

 

「――――しまっ!」

 

 投げつけたのだ、奴は。

 モビルスーツ一機分の重量を片手で持ち上げ、それを投擲したのだ。

 そう理解するのに幾何かの時間を必要としたカレンは回避行動を取れず、マシンガンのマガジンを交換していた事もあって背中からボールよろしく投げ付けられたジムと衝突した。

 

「だっ!? この、好き勝手やってくれる!」

 

 怒りに思考が浸食されたカレンは足で衝突荷重を逃がし、その間にスラスターを吹かす事で体勢を維持する事に成功した。推進力を糧に勢いをつけて四肢が欠け、空洞の出来た胴体だけとなった元ジムを薙ぎ払う。

 其処には隊長だった人間が居たという認識はなく、既に邪魔な障害物と捨て置く見切りが出来ていた。生き残る為に思考が簡略化し、自らの生存率を上げる為に必死だったからだ。

 

 その折に、カレンの意識を引っ張る声が外部の音を収集する集音マイクから流れた。

 

『よくも』

 

 女の声だった。

 抑揚のない、女の声。

 ただ、這い寄るように耳に入る声が、コックピット内に響いていく。

 

『よくも』

 

 今度は先ほどの声よりも情感がある。

 聴覚に浸透するそれは震え、何かを堪えるように絞られた弦のよう。

 聞いているだけで、ゾワリと鳥肌が立つ幽世の住人の如き、コエ。

 

『よくも、よくも、あの人を』

 

 深い情念を感じたのはカレンが同じ女性だからか。

 揺るぎ無い怒りは極まった感情に駆り立てられた復讐者(リベンジャー)であり、しかしながら恐怖心を煽り忌避を呼び起こす声は、何処か美しい。

 艶やかさは無くとも、鼓膜に届く声は耳に残り惹き付けられる。

 

『お前らは、生かしては帰さない。――――帰すものか』

 

 モビルスーツ二個小隊で編成された救出部隊が一機、また一機と怨嗟の声を振り撒き舞う復讐鬼に潰され、焼かれて行く。

 距離を保とうにもあの両腕は伸縮自在なのか僅かな身体の動きと共に飛び掛かり、マシンガンで撃ち落とす前にスルリと戻る。そして物陰から飛び出した頭部が大きく、丸みを帯びた形状の機体は軽快な動きを遺憾無く発揮し、迎撃しようものなら鉤爪を突き立てられ、逃げようとすれば横腹や背面を容赦なく粒子を纏う光の線で穿ち抜いた。

 

「うあっ」

 

 カレンのジムに光線が当たり、その位置が右大腿部であった事もあり、大きく体勢を崩す。自走不能なダメージにコックピット内は今も続く呪詛に加え、耳に障る警告音の合唱する場となった。

 土と砂を削りながら横倒しとなるジム、そのカメラがあの復讐鬼が現れた方向を収める。

 

 其処には、カレン達が目標とする蒼いジムと、同色のモビルスーツが互いの胸にサーベルを突き立てて沈黙していた。

 その光景を目にしたとき、ああ、結局任務は失敗か、と他人事のように思い、カレンは何が可笑しかったのか狭いコックピットの中で嗤い、画像が乱れ始めたモニターに拳を叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイド7に寄港した強襲揚陸艦ホワイトベースは予定とする物資搬送を、その五十パーセントも満たす事が出来ないでいた。

 搬送開始から約三時間後にジオン軍の攻撃がサイド7内部で始まり、コロニーは現在混乱の坩堝と成り果てていた。

 今後の要となる新型モビルスーツの受領及び予備機材等を積載し、地球に帰還する筈だった計画に今亀裂が入り、刻々と破綻し始める中でホワイトベース全クルーはじわじわと広がる不安と緊張に晒されていた。

 

「艦長、サイドの住民は?」

 

 ブライト・ノア中尉は警報鳴り止まぬ艦船ドック内から視線を引き剥がし、艦長席にどっしりと座り戦況報告に耳を傾けるパオロ・カシアス中佐に向けた。

 

「無論、見殺しにはできん。誘導して艦内に収容しろ。

 ……ただし、事情が許す限りとする。この旨を各所にも伝えよ」

 

「了解、各所に伝達致します!」

 

 ブライトが忙しなく声を上げるオペレーターの元へ行くと、先の戦闘でホワイトベースに収容されていたシロー・アマダ少尉は居ても立っていられず、パオロに出撃許可を願い出た。

 

「パオロ艦長、私に出撃許可を。

 敵が内部に侵攻して来ているというのなら、その足となる敵母艦が必ずある筈です。

 其処へ向かい攻撃を加えてきます。良くて敵艦中破、最悪私の撃たれ損で終わるでしょうが、敵の注意を引きつけるには十分な筈です。お願いします、私に出撃許可を!」

 

 若い士官が放つ捨身の意志に、しかしパオロは応じず静かに首を振った。

 

「少尉、今は時期を見る時だ。我々に出来る事はジオンを叩く事か?

 違う筈だ、少尉。

 今成すべき事はサイド住民を可能な限り収容し、今後の戦いで必要となるモビルスーツを地球、ジャブローに送り届ける事に在る。その為にもジオンの動向を把握し、コロニーを出るタイミングを計るべきだ」

 

「ですが、このままでは!」

 

「……ホワイトベース出航に先駆けて、一撃見舞う必要がある。

 今ある気概はその時まで堪えるのだ。焦りは隙を生み、隙は即ち死につながる。

 わかるな、少尉」

 

 項垂れたシローからブリッジ・モニターに向き直ったパオロは搬出状況を確認する為、担当部署へ通じるインターホンを手にする。

 

「テム・レイ大尉、搬出状況の進捗を知りたい」

 

『――――は。現在モビルスーツ五機の搬入が終了し、各予備パーツも同様に終了しております。

 ただ、最重要機であるガンダムが試験場で調整を行っていた為、遅れています』

 

 技術士官であり、モビルスーツ整備主任として乗船する男の声が淡々と現状を報告する。

 想定していたし覚悟もしていたが、やはり現実のものとなると頭が痛いものだ、パオロは顔を手で覆いたいのを我慢した。

 V作戦と名付けられた一大反攻作戦の要、それがガンダムである。

 現在連邦軍が保有する技術の粋を結集して建造された最強のモビルスーツであり、反撃の狼煙を上げるに足る存在だとレビル将軍から聞いている。

 よりにもよって、その搬入が遅れているとは。

 

「大尉、無理を承知で言おう。可及的速やかに搬入を急ぎたまえ。

 アレは、ガンダムだけは何としてもジャブローに送らねばならん、今日まで計画を秘匿するために散った将兵が浮かばれないのだ。

 そして、ジオンは待ってはくれん。あれを拿捕されるなどもってのほかだ」

 

『理解しております。作業を急ぎます、艦長』

 

「頼む」

 

 小さく息を吐きインターホンを戻しながら、パオロは敵陸戦隊の侵入を阻む為に、機関室要員を残し全クルーを防衛に当てる決断を下す。その中にシロー・アマダ少尉、テリー・サンダース軍曹は配置せず、ホワイトベース出航時の護衛機として彼らと共に回収したセイバーフィッシュによる出撃を命じた。

 

 ガンダムの搬送が先か、ジオン軍による内部制圧が先か。

 軍帽を被り直し、時間との勝負だな、とパオロは口の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 時にU.C.0079年9月18日。

 この日、地球連邦政府とジオン公国との戦争に中立を宣言したサイド7が協定を破り、連邦政府に加担している証拠と実情を下にした攻撃が開始される。

 攻撃部隊はジオン公国宇宙攻撃軍、シャア・アズナブル中佐。

 中立を謳う各サイドが抗議するも、物的証拠を掲示したジオン公国はこれらを一蹴すると共に、ギレン・ザビ総帥は協定を破った地球連邦政府がサイド一つを接収し、それを隠れ蓑に長期間軍事行動をしていた事実を公表。更には今回の事件とサイド5を攻撃した無差別大量殺人を改めて弾劾し、地球連邦政府を支持する民衆と中立派に波紋を残し、ジオン公国に賛同する国民から爆発的な支持を得る事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。花粉症なのか、くしゃみを頻発する人が増えました。
いや、マスクしようよ、皆さん。


第49話を読者の皆さんにお届けします。
ガルマさんが主人公みたいだって? ハハッ、こやつめ。
闇夜のフェンリル隊を出すと「我が隊による任務報告を申し上げます」とか言って難易度髙い情報入手してきそうで怖くね? 作者は怖い。不思議じゃない所が怖いの。


遂に解禁、アッガイタン無双。
いやぁ、アイアンネイルって、ガンダムの装甲普通に貫通できるんだね。
……あれって実体剣だよね、どんな合金で錬成されてるのよ。

アイアンネイル「ところで、こいつを見てどう思う?」
ルナチタニウム「すごく、大きいです……アッー!」


ホワイトベース隊に、シローさんが自然に入り込んでそうな気がする。
サンダース、しゃべれなかったな。次回以降に期待しよう。

最後に数行あるギレンの網はお気にせずに、さっと流し読みしてください。
コロニー落としで叩かれているジオンですが、コロニーごと攻撃して壊滅させた連邦が今度は中立協定を結んでいた筈のコロニー利用してたよ!って言いたかっただけです。ハイ

内容勘違いしてたら、すいません。


あ、今月これ以降ペースダウンかと思います。
逃走するフリではないので、気を長くして次の投稿を待って頂けたら幸いです。

??「ちょっと長めのオフいただきま~す。おやすみなさーい」


では、次話で会いましょうノシ


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第50話:心の在り方

 朝露零れる夜明け時。雲の厚い層を突破せんと溜まる光りは、空を青白く見せる。

 生物が起き上がり、其々の営みを始める大事な時刻に、その一団は活発に動き声を上げていた。

 辺り一面に飛散している金属の、熱で至る所が融けた塊を検分する者。

 空輸された機材を降ろし、頭に設計図でもあるように素早く組み立てる者。

 作業に没頭する彼らの周りを歩き、銃器を構え様々な声を灯す周囲に視線を走らせる者。

 その地に足を踏み入れた彼らは一言も発しはせず、各々が課された職務をこなそうと脇見もせず手と足、目を動かした。それが今の自分達にとっての使命と信じているからだ。

 彼らが一つの群体が如く動くこの地はアジア中東部に位置し、幾度も銃火が飛び交い力ある勢力が衝突した地区でもある。

 開始から一時間が経過する頃には、組立が終えた重機や設備群が存在し、求められた仕事の処理に追われて行く。休み無く次々と組み立てられたは現れる様は、まるで魔法のよう。

 

 そうして、生物の関節から発する音、金属が組み合う音、土を踏み締める音以外のものが、遂にこの地へ落とされた。

 

「鑑識班、目星は付けたな!? ――――よし、敵モビルスーツのパーツを回収しろ!」

「まだ熱がある? クレーンで吊り上げろ! 多少は変形しても構わん!!」

モビルスーツ搬送車(ナガモノ)、回せ! 阿呆みたいにスペース取んな、積み込むモンくらい見てやれ!」

敵機の兵装(落とし物)なんぞ扱いが判らん! 連邦の武器に詳しい奴は居ないのか!?」

高所作業車(クビナガ)、急げよ! 戦闘が終わってから時間が掛かり過ぎなんだ!」

「其処のレッカー邪魔だ、退け! 人命救出が先だ! 中佐がまだ中にいんだよ!」

「運搬用のザクがあんだろ!? ()()のっぺらぼうを中佐のドムから引き剥がせ!」

「訓練でしか四肢微細操縦(オテダマ)した事が無い? シロートかよ、テメェ本当に中佐の部下か!?」

「馬鹿野郎! 動力炉が生きてる可能性があんだぞ!? ノーマルスーツでやれ!」

「衛生兵、連邦兵にまだ息がある! 担架持って来てくれ!」

「おい、しっかりしろ、指が何本か見えるか? ……ダメだ、意識が無い!」

「死なすな! 生かし続けろ! 殺すなら情報を聞き出して(ゲロさせて)からだ!!」

「ヘリはまだ来ないのか! くそ、駐屯軍サマは何してんだよ!?」

「何時もの事だろうよ、あのクズどもめ! おい、コックピット・ハッチを溶断する。退いてろ」

「……あ、あった! ちゅ、中佐のだ! ドムの中から生命反応、出たぞぉ!」

「ホントかよ!? …………反応、ちいせぇじゃねぇか。急いでくれ! 生きてっけど、やべぇ!」

「急かすな、トーチがズレるだろうが!? ――――おし、ハッチを降ろすぞっ」

「中佐、中佐! 聞こえますか!? もう少し、もう少しだけ辛抱してください!」

「よし、このまま……あん? モビルスーツで降ろせ? 中佐を?

 ――――ふっざけるな! 下手クソな餓鬼を寄越しやがって、テメェらあとで殺してやるぞ!?」

「基地までファットアンクルで飛ばせ! 資材? そんなモンは後でどうとでもできるだろ!?」

 

 上下左右で繰り広げられる怒号と要請の最前線から離れた野営テントの下、作業状況を見守っていたサイ・ツヴェルク少佐は漸く息を吐いた。

 最悪の展開にならなかった事に独り喜び、強行軍で指揮を執った身だが今はその疲労感すら心地良い。各地へ展開した全部隊への吉報が、一先ずは約束されたのだ。普段は無愛想なサイもこの時ばかりは表情筋を勝手に動かしては広がる笑顔を止める気など、起きはしなかった。

 

「信じ難く捉え所が無い話でしたが、まずは良かった。

 ただ、帰還報告書を提出するに、内容は考えなくてはなりませんね」

 

 連絡が途絶えた先遣隊に異常を感じ取った人物のおかげではあるが。正直何と評してよいのか、扱いに困っていた。恐らくは上官のダグラス・ローデン大佐もそうであろう。

 夕暮れ時にメルティエ・イクス中佐が保護している少女、ロザミア・バタムが緊急救援要請の為に出撃した彼の姿を求めて基地内を彷徨い出し、それに呼応するようにアンリエッタ・ジーベルがブリッジ・ルームに出現し後詰部隊出撃の許可を願い出た時は流石のサイも大いに慌てた。

 

 ――――彼女の奇行の始まりが、メルティエに危機を伝えたのだと知る者は、存在しない。

 

「蒼いのが、怖いのが来る」

 

 そう譫言のように呟いては、親を求めて歩く少女。

 陽が落ち始めた頃であったのも手伝って、彼女を不気味に思ったのはサイだけではあるまい。

 衛生兵が精神疾患かと慌てて捕まえようとすれば、尚更声を上げて泣き叫ぶのだ。

 気が触れたのか、と身を案じる者達が周囲に居たから助かったものの、悪意ある人間がその光景を見れば要らぬ誹謗中傷を撒く可能性もある。

 幸いにネメア部隊員で占められている事もあって、厳密に部外者と指せる者は件の少女だけであった。

 民間協力者のキキ・ロジータやユウキ・ナカサト曹長が傍に居てくれる事になったが、時折跳ね上がるように動いては「おとーさん、おとーさんっ!」と悲鳴を上げる少女は伝え聞く悪魔憑きのようだと、不謹慎ながら思ってしまう。

 

 そして、ミノフスキー粒子が世界に存在する事が立証されて以来、連絡が途絶える事は戦場ではあまり珍しくない事象となっている。

 敵部隊と遭遇した地へ出向いた事もあるし、先遣隊として出撃したメルティエ達と一定の場所から音信不通となっても不思議ではない。それが何度も経験した、日常的に起こるものだからこそ、”慣れ”というものが出来上がってしまった。

 常勝部隊と持て囃された慢心、平常通りと思い込んだ油断、幾度も重ねた感覚の麻痺、都合良く討たれる危険性から目を逸らした心の隙間。

 特務遊撃大隊ネメアは、それらに該当すると同時に全てに侵されていた。

 個々人の勝敗は置いとくとしても、部隊戦績としては事実負け知らずでこの戦争を泳いでいた。

 どの戦線も圧倒的な戦力で勝利したことなど一度も無い。

 僅かな差で勝者となった、それが実際の部隊成績。

 だと言うのに、勝利者として酔えるのはたった一つの特異な理由があったから。

 

「自惚れていた、わけです。

 まさか、一等嫌っていた部分が知らぬ内に根付いていたとは、滑稽ですよ……。

 私も皆も、等しく愚かしい」

 

 ――――戦死者ゼロ。

 

 戦争をすれば必ず付き纏う異例の数字が、「ネメア」の名を貶める毒であった。

 危機感を失った兵士など、脅威足り得ない。

 誤解していたのだ。これが我らの力だと。

 必死に戦う一部の人間だけが異なり、他は只々群れる有象無象に堕ちる処であった。

 部隊設立当初は、この身にも引き絞られた弦に似た緊張感が、確かに在った筈なのに。

 蒼い獅子の為人を見定めると決めた癖に、最前線に挑み続ける彼が助けた女の子を気味悪がり、挙句に精神病患者と誹った自身を撃ち殺したい。

 常の自分ならば、受領した艦の試乗運転に丁度良いと進言して、彼の出撃に同行していた。

 

「友軍機が消息を絶った場所には、敵部隊が展開している可能性が高い事は分かるはず。

 もしこれが撒き餌であり、イクス中佐が罠で敵の輪の中へ誘導されたとしたら危険です。

 ザンジバル級機動巡洋艦ネメアの試乗運転を名目に、援護に出るべきと具申します」

 

 感情が灯らない瞳で、無機質な声色で、行うべき事を何故やらぬのかと。

 そうアンリエッタ・ジーベル大尉が申し出た時、部隊設立時に副官のポストを狙っていたと耳にしていたのを思い出し、今がその時だと動いたのかとサイは邪推した。 

 気付いたのは、いつもメルティエを労わっていた時の彼女と今は違うという事だけ。

 優しげな印象など捨て置いたかのようにその貌は霜が張ったように冷たく、纏った冷気が伝播したのか灰色の青年を追っていた瞳は、只々上位軍権を持つだけのサイを突き刺し、抜身の刃じみた鋭さを称えていた。不要な言葉を吐けば、斬られるとさえ思うほどに。

 外聞も無く白状すれば、サイはアンリエッタに恐怖していた。

 彼女が豹変した事もある。

 アンリエッタの唇から吹雪いた文句、それは一々が正論である。

 但し、正論がその場に響くという事は、それに反する行いの者が多く存在するということで。

 この場に居るサイを含める者達で、ストンと話を飲み込み同意できた同胞は何人居ただろうか。

 そして、宇宙世紀に入り身体よりも知識が優先される時代となっても、男女の差別化が難しくなった世の中で今も男尊女卑の思考を持つ者は何処にでも居るのだ。

 現にメルティエの副官の位置に居た彼も相手の弁を理解していながら了承できず、思考が空回りしていた。

 よりにもよって、世には情婦が男の権力を笠に着て暴走する話も実在するのだから、アンリエッタがそうでないとも限らない等と。

 今思えば、何と馬鹿な事を思い付いたのだろうか。

 

 今後の計画を詰める為にダグラスやシーマ・ガラハウ中佐が居なければ、心中から漏れ出た言葉が現実となる可能性があった。サイにしてみれば首一枚で繋がった心境である。

 四者による話し合いの末、新造艦であるネメアは使用せず、出撃するのはドダイ爆撃機に搭乗したモビルスーツ隊による後詰に決定した。

 静かに拝聴していたアンリエッタは、これに短く感謝すると踵を返しその場を去った。

 

 その後、僅か二十分で出撃したアンリエッタを隊長とした小隊は、月光が僅かに零れる夜間帯にも関わらず低空飛行を慣行し、メルティエ達が進軍した地点へと向かった。

 連絡要員に帰還した後詰隊員が一時報告する内容は、ブリッジ・クルー全員の顔を青褪めさせるに足るものだ。

 

 ――――敵モビルスーツ部隊に奇襲され、隊長以下全機損傷アリ。

 

 僚機として出撃したザクIIのカメラから転送された映像を見て、やっと重い腰を上げたと思われても仕方がない。

 

 少なくとも、元第168特務攻撃中隊から籍を置く者はサイを信用しないだろう。

 アンリエッタ以外にハンス・ロックフィールド少尉、ヘレン・スティンガー准尉以下動ける人間が全員出撃しているのだ。

 彼らは出撃にもたつく上の判断に「正気か?」とアンリエッタを問い詰めたと聞く。

 迅速な戦闘展開が可能な男が、即断即決で事を成してきた人物が居ないだけで、こうも隊は割れる。現に、以前から付き合いがある隊員の信頼はこの件で崩れたと言っていい。

 忠言しに現れた彼女に暴言を吐いていたら、どうなっていたか。

 恐らく、二度と味方と思われないだろう。その想像は然程難くない。

 

 だが、それだけではない。

 今も安否を気遣われる人物の事を、前に出ては機体を破壊して帰ってくる、成長しない奴だと。そう部隊内で思う人間は少ない。

 思っている人間は前線の恐怖を知らない後方担当か、彼を妬む輩だと今回の事で思い知った。

 

 敵が詰める陣地から密集攻撃をされる恐怖を体感して、生きて戻った人間が居るのか。

 名声を得た身で前線に立ち、その身を隊員の盾代わりに扱うエースは居るのか。

 情報が皆無の敵モビルスーツと幾度も遭遇し、正面からぶつかっては敗北する事無く戦い抜いたパイロットは居るのか。

 

 これを理解して出来るなら、やってみるが良い。

 他人を生かす為に死地に飛び込む獅子の生き様を、僅かでも感じ取れ。

 あの男が前線に拘る理由は、功名心に非ず。

 只々、同胞を生かして帰したい。それだけなのだ。

 それだけの為に、アレは幾度も被弾しながらも、必ず還って来た。

 次の戦場でも仲間を守る、その為だけに。

 

 他者には理解出来ない異常性。

 その行動原理に甘え、のうのうと基地に駐留していた。

 果たして、負傷する度に彼だけを心配した人間は、この部隊の何割に達するのだろう。

 この部隊で一番代えが利かない人間であることを忘れ、ていの良い弾除けだと嗤うのか。

 本来の弾除けは己らの癖に。

 長を守り死ぬ責任を放棄した軍隊など、価値はあるのか。

 必要ない。そんな能無し共など。

 存在してはならない。「ネメアの獅子」は彼の、彼の為の部隊なのだから。

 例え一度だけ。一度だけでも彼より自分を上だと。守られて当然だと思い違いをしたウツケは、須らく名を連ねる意味等無く。

 

「本当に、滑稽です」

 

 サイは、見誤った。

 何も自分だけが値踏みしていたわけではないのだと。

 見定められていたのは、蒼い獅子(メルティエ・イクス)ではない。

 副官の器(サイ・ツヴェルク)の方であったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、連邦のモビルスーツですか」

 

 後詰部隊としてアンリエッタ率いる部隊に帯同したケン・ビーダーシュタット中尉は夜通しの警護を終え、休憩前に立ち寄った屋外ハンガーを見上げた。

 直立に固定された、欠損が多い蒼い連邦製モビルスーツ。

 ジオン軍に代表されるザク、グフ等のブレードアンテナやスパイクアーマーといった刺々しいものが見当たらない。外観も直線的な形状が多くを占め、全体的にスマートな印象だ。

 頭部カメラの外観もモノアイではないゴーグル型であり、しかもその中はデュアルセンサー形式で外面は一ツ目だが内部は二ツ目という隠し構造のようなもの。デュアルセンサーの恩恵なのか、センサー有効半径もザクIIの約二倍ほどだと言う。

 今まで目にしてきたモビルスーツと比べると細く、耐久性に難があるように思える。

 が、これは新型機のドムとパワー比べをして拮抗し、その駆動部はあのドムを、重モビルスーツを空中に蹴り上げても戦闘継続になんら支障が無い強度があると実戦で証明してみせた驚嘆すべき構造を有している。

 全身に圧倒的な堅牢さを誇るルナチタニウム合金を使用し、一二〇ミリマシンガンの至近距離弾を受けても損傷を与えられない防御力を持つ。これに効果的な攻撃はバズーカやミサイル等の爆砕か、白兵戦用武装による肉弾戦、またはケンが搭乗するズゴックに搭載されたメガ粒子砲だろう。

 この装甲を有する機体とは、出来れば戦場で相対したくない敵だと、カリマンタン攻略時にケンは思い知った。

 攻撃能力の低下はそのまま生存率に繋がる。ズゴックではなく、ザクIIであの作戦に参加していたら今此処に居たかどうか、考えたくもないが怪しい所であった。

 

「おや、ビーダーシュタット中尉もこちらに来られたのですね」

 

 嫌な思いを浮かべたケンは、投げ掛けられた声にこれ幸いと振り返る。

 ボード板を片手に歩くロイド・コルト技術大尉は、今から休憩に入るのかコーヒーを美味そうに啜っていた。

 長い黒髪に野暮ったい眼鏡、インドア派を主張する白い肌に着崩した軍服の彼は、ペタンペタンと情けない足音を立てながらケンの隣で薄い笑みを浮かべる。

 相性的に良さそうに思えないだろうが、ロイドはメルティエ・イクス中佐、ハンス・ロックフィールド少尉といった毛色が異なる人種と仲が良い。

 信頼するメルティエ以外の言葉をまるで汲まない問題漢ハンスがその耳を貸す、数少ない人間に挙がる人物がこのロイドであった。

 そのため技術官以外の評価も高く、整備手腕も優れた彼は担当職務以外でも人望がある。

 

「ええ。ジーベル大尉が後詰に向かうと聞いたので、心配し過ぎとも思ったのですが。

 ……できれば、杞憂であってほしかった」

 

 連邦モビルスーツは頭部以外の損傷が大きい。

 胴体部はコックピット部に当たる部分が溶融し、電子機器の重要部位が溶断されては正確な情報を抽出する事が難しい。機関部は幸いなことに無事だが、ジオン軍の現行モビルスーツとの規格が異なる為にその流用は現実的ではない。

 左腕は上腕部から消し飛んでおり、防塵処理を施された内部構造が覗く。右腕は下腕部まで現存しているが、その手首から先はまるで()()()()()()ように惨い断面を晒していた。

 下半身のアポジモーター部は高熱により所々が溶け込み、自壊していた。他に目立ったダメージは見当たらないが、自走は出来ても推進器の復旧は難しいだろう。

 背面は胴体部を貫通した時にランドセルが爆発したのか黒い煤に覆われており、辛うじて形は保っているが内部機構は壊滅的だろうと推測されていた。

 

「気持ちは分かります。私も分解整備中(オーバーホール)()()()にネメアに搭載予定のMS-06R-3を中佐専用機に仕立て上げようと奮闘していたので作業を続けたいし、ミノフスキー戦闘濃度地域での行動なんて、それこそ毎度の事だと頭では理解してたのですがね。

 ……でも気になるんですよ。居ても立ってもいられないくらいに。ふふっ、可笑しいでしょう?

 嫌な予感ほど当たるなんてモノは、迷信の類と信じたかったのは、皆そうだと思いますよ」

 

 その隣に設置されたハンガーに、二人は視線を送った。

 蒼いドムが、其処に在った。

 其れをドムと呼べるのは、かつての外観を憶えているのは二人にとって、今もこの地を走り回る隊員達にとっても大事な人物が扱う機体だったから。

 ハンガーに()()()()()()、大破したモビルスーツ。

 頭部にあった特徴的な十字のモノアイレールは破壊され、モノアイは運搬時に脱落したのか在るべき場所に存在しない。

 胴体胸部を大きく穿った傷跡は下から上に突き放たれたのか、胴体中央を大きく抉り抜いたまま上に至り頭部を破壊したと視られる。その左胸部には鈍器で無理矢理こじ開けたような醜い痕があり、そのまま奥へと突き込まれたのか、奥にある内部機関は手酷く潰されていた。

 その惨状の真下にあるコックピット・ハッチは熱が伝わったのか形状が変形し、中へ侵入する為にハッチ部が溶断されていた。高熱に弱い機材防護膜がパイロットに付着し、救出する際に何人もの隊員が熱の残る装甲板の上で引き抜いたと聞く。

 どれほどの衝撃を受け止めたのか、胴体と腰の接合部にあるジャイロバランサーが完全に死んだと整備班から報告を受け、青い顔をしながら従事していたメイ・カーウィン整備主任が卒倒した。

 不幸中の幸いか、その下のホバーユニットには問題ない。左足先に凹みがある程度だ。

 尤も自立歩行を司る部位が破壊されているので、このドムが立つ事は二度とないだろう。

 現在取り外し作業が続くビームバズーカ格納バックパックは、現在流用先を検討中である。

 データも満足に収集できたと言えず、再収集の為に残しておきたいのだがしばらくは日の目が当たる事はないだろうと、ロイドは梱包先のコンテナに目を細めた。

 

「メイが倒れたと耳にしましたが、平気でしょうか?

 ……あいつは、中佐の状態を見たのでは」

 

「いえ、近くに私共も居ましたが、その目で見てはいない筈ですよ。

 恐らく、彼女はドムの惨状と中佐の容態を重ねてしまったのではないでしょうか。

 感受性が高い子は、想像で身体にダメージを作ってしまうこともあります。

 今は休ませてあげましょう。彼女が居ない間は何とかフォローしますし」

 

「ありがとうございます、コルト大尉。

 ……メイの事は此処の所、中佐達に任せっきりでした。

 少し余裕が出来たので、宇宙に居る家族の事を考える時間が作れたものですから」

 

「それは間違いではありません。

 私も同じく家族を持つ身ですから、中尉の気持ちも分かります。

 ……今の彼らを見ると、そんな気も失せますがね」

 

 とある方角にロイドが目を向けると、釣られてケンも見た。

 救出されたメルティエ・イクス中佐を搬送するファットアンクルが離陸準備を開始するようで、付近は艦体側面から伸びるローターの風力で突風のように凪いでいる。

 其処に収容されているのは、メルティエだけではない。

 彼が戦死したと思い込み、殉死する覚悟で敵部隊と交戦を続けたエスメラルダ・カークス大尉が、今も興奮状態から脱し切れず苦しんでいる。

 損傷したザクキャノンと共に回収されたリオ・スタンウェイ曹長は軽傷ながらも、その目でメルティエが相討ちになる瞬間を目撃したのだろう、中佐を守れなかったと悔やみ、最小限の受け答えしかできずにいた。

 孤軍奮闘するエスメラルダ機を援護し終えたアンリエッタ・ジーベル大尉は、本部への救援要請をガースキー・ジノビエフ少尉、ジェイク・ガンス准尉に託し、残存敵の索敵を自ら行う等精力的に動いた。

 その彼女は到着した救出部隊が行動を開始すると、あっという間に蒼い敵モビルスーツへ肉迫し腕を斬り飛ばし、機体を蹴り飛ばした。

 これは救援部隊がザクIIの慎重な操作に難色を示したからではなく、一番にやりたい事を我慢していた彼女が、遂に限界へ達したのだとケン達は理解していた。

 

「敵モビルスーツも回収できますし、それは捕虜も同じ。

 彼らにとって幸いなのは、相手をしたのがカークス大尉だったことの一点に尽きますね。

 これがロックフィールド少尉であったのなら、全機ともコックピットを射抜かれて終わりです」

 

「それは…………そうですね、彼ならば機体確保の意味では無く、射殺する事に重きを置く」

 

 交戦開始直後は頭部とコックピット部を完全に破壊して無力化していたのだろうが、そのエスメラルダもアンリエッタと合流以降は残存する部位を集めれば機体を何機か組み立てられる程度にはある。関節部を次々両断して行った手口から、恐らくはアンリエッタによるものだろう。

 今もメルティエの傍を離れない彼女に其処までの技量があると、そう正しく理解しているのは昏倒している彼だけだろう。「格闘センスならエダに、精密性ではアンリに負ける」と苦い顔して笑っていたのを、ロイドは覚えている。

 だからこそ、他の隊員ほど驚きはしない。

 あのメルティエ・イクスは世辞が下手で、迂遠な言動も同様だ。

 初対面のキシリア・ザビ少将に失笑され、以降対面する度に指摘される経緯から本人はその苦手を克服しようとしている、らしい。 

 尤もこの類の成果は芳しくなく、内勤に転向するなら出世は見込めないだろう。腹の探り合いが出来ない人間には息苦しい世界でもある。

 

 その男が、我らの最強戦力が彼女達を手放しで褒めるのだ、つまりはそういう事だ。

 

「イクス中佐が最前線で奮闘する影には、彼女らの働きが常にありますからね。

 彼女達が居ない時に限って連邦の新兵器とぶつかり合うのは、くじ運が悪いのか、はたまた生還を貫いてる分だけに悪運が強いのか。うーん、実に難しい所です。

 其処をロックフィールド少尉が狙撃やフォローで助けていますが、彼も問題はありますし」

 

「ロックフィールド少尉の実力は誰しも認めます。ただ、行動指針に感情的な部分が大きい。

 彼を強力な個として活用、戦列に組み込める指揮官は今までもこれからも、一人だけでしょう。

 狙撃以外の技量も高いパイロットなので、何処の部隊も欲しがるでしょうが……彼は、彼が心服する人間にしか扱えません。

 イクス中佐が敵兵に降伏を促し、その結果も知る彼は味方以外徹底的に排除する傾向が強い。

 今回に限って言えばカークス大尉もその面がありますが、一対多の局面でそれを問うのは酷ですし、ナンセンスです。戦力比に差が開き過ぎてますしね。

 ただし、ロックフィールド少尉は違います。余裕があろうとなかろうと、潰すでしょう。

 もしかすれば、中佐よりも彼の方が仲間を意識しているのかもしれません」

 

 ロイドとケンが危惧する通り、ハンス・ロックフィールドという男ははそういった”今後に活かす倒し方”をしない。

 出来ないのではない、()()()()のだ。

 特に今回のような”弔い合戦”とも言える場合、彼は()()()殺しに掛かる。

 ハンスの機体が整備の都合により遅れた為に、降伏の意志を見せた敵兵士殺害などという最悪のケースは避けれた。

 だが、彼の中でメルティエ以外の佐官陣に対する不信が芽生えたのは免れない。

 同じ隊で在ったとはいえサイ・ツヴェルク少佐は完全な裏方であるし、関係も薄い事に加え今回の出来事はある種の自業自得とも見れる。

 シーマ・ガラハウ中佐はアンリエッタの言に「過保護ではないか」と一笑したとも。その結果がこの有り様では、蒼い獅子を「大将」と呼び慕うあの忠誠無比の狙撃兵がどう構えるか、考えるまでも無く仇と大差ない視線を叩き付けるだろう。以前彼女の部下を救出するために無茶をしたのも、彼ら二人なのだから。

 唯一、メルティエ・イクスを正当に評価するダグラス・ローデン大佐のみ安全圏だろう。彼だけがアンリエッタの考えに同意し、その甲斐あって後続部隊が編成できたのだから。部隊員に気さくな態度で接するこの初老の指揮官が今回の件を受けてどう対処するかが部隊全体に関わってくる。

 戦場で何度もハンス達と連携し、確固たる信頼関係を築いているケン達は、部隊内に漂う空気を感じてから戦々恐々である。

 

「穏便に物事を進めたいところですが……良くて短期間の各中隊行動、悪くて部隊間連携の消失ですかね。最悪は部隊間の対立ですが」

 

 軽く首を振り、技術大尉は肩を落として重い溜め息を吐く。

 ケンも軽いものだが、時折走る頭痛を感じずにはいられない。

 

「補充員も追加、民間協力者も部隊内に多数参加しています。

 以前はガラハウ隊が数の多さから主力の位置に居ましたが、現在は名実ともにイクス隊が我らの”顔”です。外聞ではなく()()()メルティエ・イクスその人を頼り、慕って来る人間が多い。

 今の彼らは後続部隊派遣の内情を知りません。根が純粋な若者が多く、壮年の方でもイクス中佐を家族のように想ってくれている人ばかりです。

 ……もし、もしもですよ? ()()()英雄(メルティエ・イクス)を貶める事が起きれば、どうなると思います?」

 

 ネメアに続々と入るのは、キキ・ロジータの故郷や所縁のある地から選出された人材が多い。

 彼らの出身は中東アジア方面から連邦軍が撤退する時に食糧等の徴収を受け、女子供に手を出す等山賊行為とも呼べる被害に晒されたのだ。

 その地へ侵攻作戦で活躍した蒼いモビルスーツが出現し、巡回に何度も訪れれば一度は村を脅して上手く隠れたとしても、その後は時間の問題だと頭の残念な者でも勘付く。実際、この手の行為に手を染める輩は自らの保身か刹那的生き方に逃げるかのどちらか。

 保身に走るものは奪えるものだけ奪って逃走し、刹那的な思考の人間はその行動が蒼いモビルスーツのカメラに映り、駆逐されている。

 そして逃走するにしても、日に日にジオンと連邦の勢力圏が塗り替わった事で他の哨戒隊と遭遇し同じ道を辿る。

 こうした直接的、間接的なものが日々蓄積し、また物資の流通を促した事でメルティエ・イクスは中小規模の村や街での人気が凄まじい。

 ケンやガースキー、ジェイクも手が空いてる時に手伝い、その影響力は肌で感じていた。

 だからこそ、彼らは一刻も早いメルティエの回復と復帰を、英雄の帰還を祈っている。

 

「正直な所、考えたくありませんね。

 私が彼らなら、拳の一発でも食らわさないと収まりがつかないと思います」

 

「でしょうね、判りますよ。中尉の目は存外主張が激しいようですし」

 

 ケンはニコリともせず、蒼いドムに視線を戻した。

 それにつられて、ロイドも満身創痍で戦い抜いたモビルスーツを見やった。

 

 ケン・ビーダーシュタットは待ち続ける。

 以前外人部隊と呼ばれ蔑まれていた状況に楔を打った恩人を、ダグラス・ローデン以降現れる事が無かった信頼できる正規軍人を、自分達が一丸となって支えるべき男の帰還を、蒼い獅子に救われた男は待ち続ける。

 

 ――――俺が突出する。援護を頼む、敵を捉えたら即応戦する。出るぞ!

 

 あの一言が、一人ひとりを守るべき部下だと、仲間だと伝えてくれた男を。

 

 ――――了解!

 

 彼を自分達の指揮官だと認めた、あの時の信頼感と心を震わせた昂揚感が、揺らぐことなく今もこの胸の中で燃えている。

 

「彼は――――我々の部隊長は、必ず戻る。

 彼が我々の信頼を裏切る事は、今まで一度として無かったのだから」

 

 そう言ったケンに、ロイドは眼鏡の奥で目を細めて頷いた。

 二人の視界に映る蒼いモビルスーツは、主の代弁を聞かせてくれはしない。

 

 それでも。

 ただ、陽の光を浴びて、力強い輝きを魅せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。毎年影響力が高まる大雪、強風に恐々しております。


うん? ああ、確かに気を長くして待てと頼んだな。
スマン、ありゃ嘘だ。


冒頭近くの会話連続シーンは最近御無沙汰だった”彼ら”です。
普段の”遊び”なしの本気具合が、読者の皆様に伝われば嬉しいところ。

慢心してる人達と、最初から変わらない人達の差が激しい。
厳密に言うと慢心というよりは「間違えた信頼」ですね。
誰しも一度は経験した事がある「手抜いてもいいかな」的なもの。
大抵、そういう時は手痛いしっぺ返しが来ますよね、アレです。アレ。

問題はその手抜きで蒼い人の救援が遅れ、彼に「好感度、信頼度共にMAX」の連中がマジギレ入った事ですが。
色々アウトで次話以降厳しい展開になりそうですが、寄合所帯の集団がそうそう上手く機能するわけないじゃない、という話は必ず付き纏いますからね。
これも当然起こるべき事の一つであります。
シーマさん、強く生きろ。偶にはその勘も外れる事あるって。

ロイドとケンは安定のコンビだなぁ。
見識あるキャラで出しても違和感ない二人(と作者は思う)だから、話がポンポン出るのが書き手に優しい。
……メイちゃんは想像力豊かな女の子。ナマの現場知らない子だったし、ある意味勉強になった回かな。

サイド7? ああ、何か赤い人が協定違反だってカチコミかけて、崩壊したらしいよ?
全部の描写をやると原作そのまま乗っけるだけになりかねないので「その頃サイド7は」で切る事にしました。

おっと、読者の皆さんその引き金に指が掛かった拳銃を下げるんだ。
話せば分かる(ドンッ)ギャー!

……(ムクリ)ホワイトベースは出航まで描いた方がいいのかしら。
うーん。出航後の幾つかは載せるつもりなので、それで勘弁してもらおう。
ガンダム起動 ⇒ ザク撃破は、みんな他媒体で嫌になるほど見てるだろうし。

ちなみに分岐次第でサイド7に主人公勢が入ってセイラと出会うシーンもあったのだけど、何か後々怖い展開に在りそうだったので没にしたんだ。
うん。そうそう、修羅場って怖いやん?


では、次話もよろしくお願いしますノシ


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第51話:始動と蠢動

 U.C.0079年9月18日。

 この日、三つの事件が起きた。

 

 一つ目は連邦軍新型モビルスーツの秘匿に一助していたコロニー、サイド7の崩壊である。

 同コロニーは連邦軍が秘密裏にモビルスーツを開発、建造する為の工場プラント及び施設群を「コロニー拡張工事」と称して建築、提供していた。実際にコロニー公社を雇い、予定を何ヵ月も遅らせた上で工事施工を始めさせ、公共事業を隠れ蓑にコロニー住民を欺瞞しながらと非常に手の込んだ偽装工作であった。

 これがジオン公国軍部、ドズル・ザビ中将率いる宇宙攻撃軍に属するシャア・アズナブル中佐によって看破され、サイド7は中立から敵対に目されると「敵勢戦力の残滅及び敵性勢力の駆逐」を掲げたジオン軍の攻撃に晒され、一両日の内にサイド7は崩壊、新たな暗礁宙域の一つとなった。

 

 二つ目にサイド7を辛くも脱出した、連邦軍強襲揚陸艦ホワイトベースに関して。

 サイド7にて複数のモビルスーツとそれらの予備パーツの搬入及びコロニー住民を収容した同艦は先述の通り、サイド7を脱出した。

 しかしながら、無事とは到底言い難いのが現状であった。

 機材搬入率は予定した数値を満たせず。非常事態とはいえ多数の民間人を軍の最高機密に当たる新型モビルスーツとそれを運用する新造艦に乗せているのだ。

 

 この事態を悪化させるに足る原因として、ホワイトベース隊クルーの損耗度がある。

 同隊指揮官パオロ・カシアス中佐はコロニー内に侵攻したジオン軍を遅らせる為に正規クルーを迎撃部隊としたが、これが悪手となった。

 まさかの、正規クルー全滅である。

 パオロ中佐は時間稼ぎの為に出撃を下したのだが、モビルスーツが猛威を振るう戦地へ送り出された隊員達は元々戦車や航空機の出が多く、手慣れたもので応戦を開始した。

 ジオン軍は迎撃に出てきた部隊を発見するや、サイド7を連邦軍を匿ったコロニーと認定し強行偵察に移る。実際は偵察部隊長のデニム曹長が突出するジーン軍曹を制止できなかったと報告されているが、この行動がホワイトベース隊の戦力を著しく疲弊させた要因となっている。

 尤も、彼らが命を賭して迎撃したおかげでジオン軍の侵攻が遅れたと言えた。候補生や予備パイロットが居た事もあるが、ホワイトベース自体にダメージが無かった点が大きい。

 そのホワイトベースが停泊する艦船ドック前でジオン軍の侵攻を押し止めたのは、連邦軍モビルスーツのRX-78-2、ガンダムであった。

 同機は敵モビルスーツ、ザクIIと交戦した後にホワイトベースへと収容され、遅れてテム・レイ技術大尉の指導の下で稼働したRX-78-1、試作型ガンダムも民間人を誘導すると合流を果たした。

 両機共にパイロットが先の迎撃で戦死した為に今回の操縦者が暫定処置ながらメインパイロットに任命され、うち一人はテム大尉の子息、アムロ・レイと報告されている。

 

 またサイド7から報告に帰還した偵察員により、事情を汲んだシャア中佐は、ムサイ級軽巡洋艦ファルメル他二隻をサイド7に近付け中佐自らMS-06S、指揮官用ザクIIにて敵部隊の威力偵察に出撃するとドッキングベイよりホワイトベースが出航し、両軍は再び交戦状態となった。

 連邦軍がコロニー外にある時点で、ザク五機からなる偵察部隊全滅を理解したシャア中佐は交戦の中で連邦軍モビルスーツの装甲と火力を肌で感じ取り、連邦軍が開発したモビルスーツの性能に驚愕した。この間にホワイトベースを護衛する制宙戦闘機FF-S3、セイバーフィッシュによりムサイが一隻撃沈される等も重なり、相手取ったモビルスーツを翻弄し小破させるも現戦力では撃破叶わずと撤退する。

 多数の人材を失ったホワイトベース隊は乗船した民間人を臨時クルーに徴用し、連邦軍宇宙要塞ルナツーへと針路を取った。

 その背後に撤退したフリを見せて追跡行動に入った、赤い彗星を連れて。

 

 最後に連邦軍モビルスーツが、コロニー内に侵入したジオン軍モビルスーツを撃破した事だ。

 その題目だけ見れば、今も地上で繰り広げられる両軍の攻防に強い影響力を持つものではない。既存武装をベースに対モビルスーツ兵器の考案と開発、使用する連邦軍地上部隊は勢力圏を大きく塗り替えられながらも一定の戦果を上げているのだから。

 だが其処に、新型モビルスーツにはジオン軍の主力機ザクIIの攻撃が全く通じなかった事と、稼動間もない状態でモビルスーツ同士の戦闘に入りこれを撃破したとなれば、また違う視点で評価できるというもの。

 前者はジオン軍モビルスーツに比べ、連邦軍のものは性能高くザクIIを圧倒した現実を。

 後者は実戦経験の足りないパイロットでもモビルスーツを用意できれば即戦力足り得るという、連邦軍上層部にとって都合の良い事実であった。

 この件で連邦軍総司令部ジャブローにて指揮を執るヨハン・エイブラハム・レビル将軍は、身を以て体験した事もありモビルスーツ開発を強化する考えを更に固め、軍政に専念するゴップ大将の強力な後押しと各戦線を支える将官等の支援も加え、開戦以前から蔓延る大艦巨砲主義者の駆逐に成功し、以降連邦軍内の意識改革が滞り無く進められる事となる。

 

 旧来者の圧力や横槍を封じ込めた連邦軍は、ジャブローを始め工場プラントを有する拠点にモビルスーツ生産を改めて通達し、現存する部隊とは隔て新たなモビルスーツ部隊を編成しては戦況が劣勢または膠着状態の戦線へ投入する事を決定。

 部隊再編制による混雑と労力を除くと共に、再編するにあたり戦線が下がる事を憂慮したこの人事による隔たりが、前線を維持する現場部隊と戦線に逐次投入される遊撃部隊の間で差別という軋轢を生じさせ、異なる部隊同士の連携が難儀かつ困難なものとなるのだが、部隊が混在する現状では手の施しようが無く。幕僚会議の結果、大事の前の小事と切り捨てられる事となる。

 またジオン軍部にも動きがあり、シャア中佐から彼の私見と共に情報を入手したドズル中将は、ギレン・ザビ総帥に報告すると同時に突撃機動軍と地球攻撃軍を統括するキシリア・ザビ少将へ、シャア中佐の私見を除いた情報を提供し、先に連邦軍モビルスーツの脅威を知り得る少将と情報の摺り合わせを行い、敵モビルスーツに関して提携する事を確約させた。

 意外にもキシリア少将との交渉で事がすんなりと通ったドズル中将は訝しんだが、彼なりに迂遠に問うと「新型機を失い、部下も危うく()くすところだったので」と答えられ、元々武人肌であるドズル中将は納得し、其れが異名持ちのパイロットだとも知り、理解を深めた。

 

 これを知った総帥府が急に連携する両軍へ危機感を募らせたが、以前から情報交換のやり取りを内偵で確認していたギレン総帥は「漸く協力という言が辞書に載ったらしい」と一笑したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急激な重力加速度の連続から生還したアムロ・レイは左肩部が損傷したモビルスーツ、ガンダムから降り久方ぶりに味わう宇宙酔いに苛まれていた。

 モビルスーツハンガーに固定されたガンダムに、整備兵が声を上げて作業に入って行く。素人目からも慣れた動きに見えない彼らに心配になるが、アムロ自身は天井と床の区別がつかず腹の中でぐるぐる何かが動く不快感に襲われていた。吐き気もじわじわと食道辺りに上がり、喉元を緩めて口を覆うのが精々だった。

 

「よくやってくれた、アムロ君!」

 

 そんな少年の肩に手を置き、先程の戦闘結果に笑顔を浮かべて喜ぶ青年は相手の顔色が悪いことに気付いたのか、身体に負担がない程度に引いて誘導する。

 体調不良を起こして空間を漂う少年を放置して整備兵達が作業に没頭する中から抜け出ると、白を基調としたノーマルスーツを着込んだ青年はハンガーから通路に移ると壁にアムロの背を預け、息苦しそうに肩で息をする少年の様子を見守った。

 落ち着いたのか、アムロの呼吸が整い始める。しばらくして上下の認識が正常に戻り、壁に足を置いてぐるりと頭を天井に向けた。

 

「すいません、助かりました。えっと……アマダ少尉」

 

 小さく礼を言う赤毛の少年に、ヘルメットを脱いだシロー・アマダ少尉は笑い掛けた。

 彼の純朴そうな笑顔と穏やかな声が、脳内の口煩く高慢な軍人と比較され、やはり”らしく”ないなとアムロは思ってしまう。

 

「シローで構わないよ、アムロ君。

 それに、苦しんでいる人をそのままにはしていられないからね。気にしなくていい」

 

 腰の収納スペースにドリンクをセットしていたシローは、一つをアムロに手渡すと自分の分に口を付けた。受け取ったアムロはおずおずとストローを介して中身を飲み始める。

 

「ふぅ。……さっきも言ったけれど、良くやってくれた。アムロ君には感謝してもし切れない。

 キミやみんなのお蔭でホワイトベースは無事出航できた。

 さっきの戦いでも、モビルスーツで出撃してくれたもんな。本当に、ありがとう」

 

「あ、いえ。少尉が其処まですることは」

 

 目を見て話し、礼を重ねて頭を下げるこの青年に、アムロは困惑していた。

 モビルスーツに乗った責任、とやらで命令を一方的に押し付けるブライト・ノア中尉に苛立ちを募らせていたアムロだ。軍人という生き物に苦手意識もあれば、反骨精神も生まれている。

 であるのに、こうも真っ直ぐに年下の自分に接するシロー・アマダという人物は、ある意味強敵であった。

 シロー自身に問題がないとは言えないが、部外者が協力してくれた事に感謝するのは何も間違いではない。人として当然のことだからだ。

 問題は連邦軍最高機密である新型モビルスーツ、ガンダムを動かしているのが軍が用意したパイロットでは無く、民間人の少年という一点にある。

 軍人だけの事ではないが、職務に誇りを持って向かう人間の中に部外者が乱入し、直面した事柄に自分達ではなく部外者側に適性があったとすれば、素直になれないのもまた人間という生き物である。その感情が正しいかは別として。

 そうした人を呼びつけてモビルスーツに押し込んだ連中と、目の前でドリンクを美味そうに飲むシローが同じ生き物だとは思えない。

 勿論、彼以外にもアムロに同情的かつ友好的な軍人にリュウ・ホセイ曹長やテリー・サンダース軍曹等も居た。

 軍人に対する苛立ちは消えないが、ガンダムに乗らされて出撃したアムロを援護してくれたのも、目前のシローやリュウ、サンダース達であった。

 

「いや、当然のことをしているだけなんだ。

 本当は俺達がしっかりしなきゃいけないんだが、キミより上手くモビルスーツを動かす事が出来なかった。

 自分のことながら、不甲斐無いと思う。

 守らなきゃいけない人間に、これじゃ銃を握らせて撃てと強要したのと何ら変わらない。

 アムロ君は撃ちたくないのに、その引き金を引いてくれたんだ。

 ただ、知ってほしい。覚えてほしいのは、キミのお蔭で助かった人達が大勢居ることだ。

 これは俺達にとって事実で、すごい事なんだ」

 

「は、はぁ」

 

 これだ、とアムロはたじろいだ。

 この真っ直ぐで素直な軍人を、都合の良い大人と罵れない時点でアムロにとって強敵だ。

 口車で唆してまた出撃させ戦力として組み込む為の打算的な行動ではない、シローの邪気のない心根にどうしたものかとアムロは悩んだ。

 彼の言葉を素直に受け取るべきなのか。それとも、もう少し様子見するべきなのか。

 熱意を込めて語るシローを前に葛藤する中、通路に設置されたリフト・グリップに引かれ大柄な人物が二人に近寄る。

 

「褒め殺しは、人の成長を止めると聞きます。確かに彼の働きは目覚ましい。

 ですが、褒め過ぎると増長する危険性もある。

 アムロ自身も対応に困っていますから、其処までにしてください。少尉」

 

 黄色を基調とするノーマルスーツのサンダースが、シローを窘めた。

 アムロは天狗になっていると思われてカッとなったが、サンダースの厳しい顔に苦笑いをこさえた今の言葉が本音ではなく、困っている自分を助ける為のある種の方便だと悟り、勢い良くドリンクを飲む事で感情をクールダウンさせた。

 

「うっ、ゴホッ」

 

 突発的に咽る。どうやら器官に入ったようだ。

 苦しむアムロの前で、目を閉じたシローが一つ頷く。

 

「そうだな。言い過ぎると言葉の重みが無くなるというし、悪い影響があるかもしれないな。

 ありがとう、サンダース。気をつけるよ」

 

「いえ。気をつけてくれれば構いません。

 それに少尉もムサイを墜としています。功績としては大きく、大金星では?」

 

 今だ苦しむアムロの背を擦ってやりながら、サンダースがシローに話題を変えた。

 ゴツゴツとした力強い手に助けられ、アムロは感謝を伝えて一息つくと改めてシローを見やる。

 

「赤いザクを狙うにも動きが速いし、ガンダムの左肩にバズーカの一撃が当たるのを見たからな。

 あれを撤退させるにはどうすれば良いか考えたら、敵艦撃破しかないと思って。進行方向を逆算して向かってみれば丁度ムサイを発見できたんだ。後はありったけのロケットを撃ち込んで、偶々そのうちの一発がブリッジに命中したから、助かったよ」

 

 運が良かったとシローは照れ笑いする。

 つまりはガンダムを、アムロを救う為に敵陣に突っ込み、敵部隊の撤退要因を生み出す為に敵艦を墜としてきたという事。

 赤いザクの僚機と交戦していたサンダースやリュウは、シローのセイバーフィッシュが突如吶喊した事に「カミカゼか!?」と慄き、バズーカ被弾で混乱していたアムロは追撃して来ない赤いザクから距離を取る事が出来た。

 思い返せば、あの赤いザクはシローが向かった先に勘付いたように銃口を向けていたし、それを阻むようにサンダースやリュウが攻撃して、アムロも機体制御を取り戻したガンダムで反撃した。

 友軍を助ける行動に出たシロー、その意図を見抜いたサンダースとリュウも有能なのだとアムロは改めて思い知った。

 そして、知らない内に自身も援護行動をしていたと理解して、仲間意識のようなものに触れた気がした。

 

(こういうのも、悪くない、かな)

 

「少尉も自重してください。今回は仕方が無かったとはいえ、そのままで居ると命が幾つあっても足りませんよ。身を犠牲にして戦局を乗り越えるのは、物語の中だけです」

 

「手厳しいな、サンダースは。

 別に俺も戦死したいわけじゃないし、次はもう少し考えて動くさ」

 

「そうしてください。堅実的な行動をしてくれると、フォローし易いので」

 

 敵モビルスーツ四機、敵艦三隻を相手に無事生還した二人は笑い合う。

 そんな彼らを視界に収めながら、アムロは以前見た映像を思い出した。

 僚機を守る為に敵の攻撃を受け止め、立ち続ける蒼いモビルスーツの事を。

 

(サンダース軍曹がシロー少尉にそう言うのは分かる。実際、単機突撃なんて無茶だ。

 なら、あの蒼いモビルスーツに乗っているパイロットは、誰にも止められずに味方を庇いながら戦い続けているのか。

 誰もそいつに言えないってことなのか?

 ……それって、何か悲しいな)

 

 あのパイロットは、何という名前だったか。

 目の前で見落とした戦術や航行姿勢を採点し合う、頼れそうな軍人二人に聞いてみるのもいいかもしれない。

 確か、あのパイロットには異名が在った筈だと記憶から掘り起し、アムロは口にした。

 

「あの、蒼い獅子って、どんな奴ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メル、おはよう。気持ちの良い朝だよ」

 

 其処は白い部屋だった。

 彼の部屋は予め備わった家具以外の私物が少なく、それらも几帳面に整理されている室内は光を反射する白い布地が目立ち、全体的に白い印象だけが残る部屋となっていた。

 カーテンを引き、太陽の光を取り入れると更に顕著だ。白い色は目に優しいと聞いたが、この部屋は光量次第で瞳を刺激する。これでは逆効果ではないか。

 起こす度に彼へ眩しいと文句を言い「分かった分かった、今度良さげな家具を見繕うさ」と言質を引き出したのは何時だったか。

 忙しい人だから、自由な時間も限られている。

 それは理解していても、中々納得できないのが難しい所だ。

 

「今日も寝坊助かな。仕方ないなぁ……でも起きようよ、ね」

 

 ベッドで横になる彼に、アンリエッタ・ジーベルは微笑む。

 日頃からそうして、睡眠時間を削って職務に精を出す彼を起こしてきた。

 実務以外頼りない佐官と思われている彼が実は勤勉家で、事務能力が高いと知る人間は何人居るだろう。恐らくはエスメラルダ・カークスと上官のダグラス・ローデンだけ。

 エスメラルダは彼の行動を良く見ているし、ダグラスは彼の能力を見込んで部隊全指揮権を譲る話を内々に持ち掛けてもいた。

 他は知らない。知る筈も無い。

 知る必要も無いと、彼の「蒼い獅子」だけを見るのだから。

 

「みんな待ってるから、早く起きないと大変だよ?

 あれからエダは機嫌悪いままだし、リオも長いこと気落ちしてるんだから。ハンスなんか目付きがますます悪くなって、擦れ違う人が怯えてるし。ヘレンやロイド大尉もさ、心配で何度も見舞いに来てくれたんだよ。前の部隊の人、全員来ちゃったんだよ?

 ケン中尉やガースキー少尉、ジェイク准尉は出撃した帰りにいつもメルのドムを見て、拳握り締めてるんだ。思い詰めた顔してるから、早く起きて声掛けに行かなきゃ」

 

 けれど、彼を待ち望む人達は「蒼い獅子」以外の部分を見てくれている。

 彼が普段見せない姿を知って、理解してくれる貴重な味方だ。

 等身大のメルティエ・イクスを分かり合える、本当の仲間だ。

 

「メイちゃんがさ、必死にメルの戦闘データを修復してるよ。破損してるから大変だけど、それしかできないからって。ユウキも過去のデータからサルベージして手伝ってるよ、出撃後だから疲れてるのに。起きたらお礼とお詫びを考えなきゃいけないね。

 ロザミアちゃんも最近は落ち着いてるけど、毎日同じ時間になるとメルの顔見に来るんだよ? それが貴方のドムが機能を停止する時間だから、驚いちゃった」

 

 彼が意識を失ってからの出来事を話すのも、何度目だろう。

 軍医の診断結果では、身体の治癒機能が活発であるから身体に異常はないと言っていた。

 肉体的に再生が始まっている以上問題は無く、目覚めないのは精神的なものが関わっているかもしれないと。メルティエを起こすには物理的ショックは効果が無く、自然に目覚めるか声を掛けて覚醒を促すしかないと。

 それでも彼の身体に電気を通し、強制的に起こそうと考えた人間の顔を、アンリエッタや彼らは忘れはしない。

 耳にした瞬間にダグラスが激昂し、ソイツを殴り飛ばさなければ自分達がどう行動するか簡単に想像できる。

 

 彼の身体に危害を加える輩を通さない、彼が起き上がってくれるのを待つ彼女は、今日も変わらず声を紡ぎ続ける。

 忍び寄る諦観に声が震えるのを防ぎ、以前からメルティエを起こしていた声音で。

 

「キキちゃんが毎朝様子見に来てくれるから、僕も少し休憩しようかな。あの子の差し入れ、日に日に上達してる気がするから、食べて褒めてあげようよ。

 照れて顔真っ赤にするか、殴りながら抱き着いてくるかのどちらかだと僕は睨んでいるんだけど、メルはどう思う?」

 

 蜂蜜色の髪が、呼吸を繰り返すだけの男に零れる。

 指先に触れた彼は温かく、彼自身の生命力を表すように熱い血潮が巡っている。

 

「まったく、今まで足りなかった睡眠時間を今取り戻してるのかな。

 余り寝る時間が長いと身体に悪いしさ、そろそろ」

 

 髙温度の熱波が通過、貫通したドムの胸部下にあるコックピットは無事ではあった。

 

「そろそろ、さ」

 

 だが、内部は無事なわけがない。

 何時間もその高温度に晒され、発生器がエネルギーを失おうと残熱はそのまま有るのだから。

 

「そろそろ、起きよう」

 

 そうして衰弱した身体が再生を始めたのは、昏倒してから何日目だ。

 

「貴方と逢って変わった()が、貴方に遭う前の()に戻る前に」

 

 アンリエッタ・ジーベルは、メルティエ・イクスの頭を抱く。

 呼吸音が、彼の息吹が確かに在ると感じたいから。

 

「貴方が居ない世界は、酷く冷たいの」

 

 女を抱き締めてくれた男の両腕は、動かないまま。

 

 けれど僅かに。

 彼の心臓が、強く打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆらり、ゆらりと揺蕩う感覚。

 それは、離れて久しい宇宙(そら)の、働けばその方向へとひた進む無重力空間とは違い、身体を優しく揺さぶられているような、心地よいもの。

 豁達な森の少女と遭遇した水浴場での波打つものとは違い、波紋も無ければそれを起こす相手も無く。只々静かな空間を流れてゆく。

 おかしな事に此処に居るのだと頭で理解はしても、今自分の身体は下がっているのか、それとも上がっているのかさえ分からない。

 肉の感覚が死んでいる、とでもいうのか。

 脳裏を過ぎた嫌な考えに、ドクン、と鼓動が否定した。

 心の臓はまだ己が生きていると、雄弁に語り始める。

 光が差さないこの空間は暗く、昏く。視界が死んでいると錯覚するであろう世界だ。

 このまま、此処で朽ちるのだろうか。

 益体も無い考えだけが浮かんでは消える。それも囀り一つない静寂と、瞬きを幾度しようとも映すものが無いこの世界が原因に決まっている。

 だから、そう。

 

 このまま、消えるのも悪くはない、と。

 

 口にした水が五臓六腑に染み渡るような、極自然な浸透さに。

 微睡むように今の状況を受け入れようと、抵抗する気が失せている自己に、恐怖した。

 

(ああ。今、逃げようとしたな)

 

 硬直した顎はまるで縫い付けられたようで、ギチギチと筋肉の繊維が悲鳴を上げた。

 空気を取り込み呼吸を繰り返していた筈の肺は、肉と血で構成された器官である事を忘れたような冷寒さだ。それでも肺胞を収縮させ、宿主の意志の下で活動させる。

 

(こんなモンを受け入れて、たまるものかよ)

 

 身体の中に巣食う冷害に、男は牙を剥く。

 このようなものに負ける理由等在る筈が無いと。

 起き上がりで前後不覚に陥ったようなものだと、滑稽な嘘を真実(まこと)にして。

 障害を駆逐するように、弱った己を鼓舞するように男は身体その全てに血潮を巡らせて、

 

「――――――――――――――――――――――――ッ!」

 

 限界まで開き切った口角、その奥から放たれた大音声は、しかし空間を震わせることが無い。

 それでも、構わない。

 この身は既に、己だけのものではないと。

 消え墜ちることを飲もうとした、そんな愚かしい男を待つ大切なひとの下へ。

 故に帰還すべき、あの場所へ。

 自分が在るべき、彼らの待つ処へ。

 

「――――――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 吠えよ。吼えよ。咆えよ。

 例え、喉破れ顎を切り落とされようと。

 例え、肺を侵され声漏らすこと叶わぬとしても。

 例え、心の臓を穿たれる一撃を、その身に受けたとしても。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

 

 異分子を嗅ぎ付けた()()()に肉を切られ、腕を刺され、脚を潰されようと。

 ()()()()()を途切れさせるもの等は無く。

 律動を刻むが如く、その体躯を奮わす。

 逃避を闘争に、不安を闘志に、思考回路を闘争本能に明け渡したモノは、見得ぬ灰色の眼で世界を睥睨する。

 四肢に絡み付いた黒い泥は無数の手で出来ているのか、それらは幾年も焦がれた代物に手が届いた亡者のようで、生命力に溢れる身体を這い回る。

 獣性に思考を染め抜いた男は、邪魔をするなとそれらを蹴散らし、一拍も間を置かず密集しては群がる粘り気が強い靄のようなものを()()()()()

 何事か囁く声が耳にではなく、頭の中に響く。

 それは彼らの妬みであり、生者への僻みであり、男を誰か知っての恨みであった。

 千切られようと追い縋る黒い群れの中で、まだまだ死ぬには早過ぎると、同じ手ではあるが彼らと違い二組の掌が男の背を押す。

 触れて瞬きの間に離れたものが、かつて自分にとって何者であったか。肉体の繋がりでしっかりと思い知らされた男は、再び別離を告げる事叶わぬまま、最期に願われた想いと共に意識の坩堝を突破する。

 

(簡単にくたばる理由が、消えちまったよ。父さん、母さん)

 

 離れる群集の内から助け、子から死ぬ理由を引き剥がした存在が還る。

 孝行等一つも果たせぬまま、彼らは去ってしまった。

 何処か満足そうに消えて行った二つの意志は、語りかけても既に無く。

 そうして荒ぶる感情が鳴りをひそめる頃、突き抜けた先に瞼を打つものがあると気付いた男は、長く機能を奪われていた視覚を開いた。

 

「――――これは?」

 

 蒼い世界が、男を包む。

 宇宙で感じた色とは違う。まるで絵具で塗りたくったような配色で、何処か淋しい情景。

 先程の堕落する空間とは違う、何も無くただ蒼い世界が尚更と気になる。

 境界を抜いた結果として身体感覚が蘇ったのか、今はしっかりと上下を認識できる。

 墜ちる感覚から解放された余裕が、意識を情報収集に傾けさせた。

 此処がどういうものか好奇心が刺激された事も、それに拍車を掛けていた。

 

 そうして視線を彷徨わせた先に、其れは居た。

 膝を抱えたまま動かない、触れたら折れてしまいそうな、線の細い人物を。

 この蒼一色に塗れた世界で、その人はぼんやりと青白い光を放って其処に居る。

 

 奇特な世界で独り在る人間に、関心を引かれない筈がない。

 どうしてこの場所から離れないのかも、()()戻らないのかも気になる。

 白色の粒子が頭上から零れていることに気付いた男は、その先に脱出口があるのだろうと見当を付けた。もしもまた妙な場所へ出たとしても、其処から出口を探れば良いと開き直る事にした。

 脱出に急き立てられた男が、出入り口の捜索よりもこの世界の住人と接触を優先したのは、確認したい事があったからだ。

 

(気のせいか? いや、それならそれで、構わない)

 

 蒼い世界を泳いで、青白い人物の下へ向かう。

 距離を詰めれば、その住人の輪郭が、容姿が鮮明に映った。

 明るい青色の髪は短く少年と見間違えそうで、その印象を強く否定するのは肉付の薄い女性特有の丸みを帯びた、不健康なほどに白い裸身であった。

 

 年若い乙女の裸身を見る男の身は、不可思議な事に一切の興奮を覚えなかった。

 彼女に魅力が無いわけではない。男の趣味趣向に合わなかったという事も無い。

 ただ、その方向に反応する余地が無かっただけのこと。

 

 男は、この少女を知っている。

 言葉を交わした事はおろか、こうして対面するのも初めてではある。

 ただ、男は少女を見聞きして覚えていた。

 

「君は」

 

 ――――下種な男共に汚された、哀れな犠牲者として。

 

「君の名は」

 

 ――――その犠牲者を生贄に誕生したシステムの名は、EXAMと云う。

 

「マリオン・ウェルチ、か」

 

 呆然と呟いた男の声が届いたのか、小さな体を抱く腕から俯いたままだった顔を上げる。

 その顔は裸身と同じく、雪化粧をあしらったように幻想的な美しさを匂わせた綺麗な貌で。

 彼女の姿を眼で捉えれば、世の男共は必ず鼓動を高鳴らせるだろう。

 だが、彼女の前に立った男は、別の感情に支配されていた。

 ポツリ、と。

 諦観を滲ませる淡々とした声が、男の動きを封殺する。

 

「今度は貴方が、私を犯しに来たんですか?」

 

 輝いていたであろう円らな紅石の瞳は人を惹きつける筈、だったろう。

 其処に生気は無く、底無し沼が如き淀みと泥濘が混在した、くすんだ瞳孔が男を映していた。

 ギチリ、と男の――――メルティエ・イクスの両拳が軋んだ。

 

「抵抗は、しません。

 だから、もう、殴らないでください。お願い、します」

 

 メルティエの身体はマリオンに縛られたように、その場から動けずにいた。

 いつかの、ロザミア・バタムの叫びをキャッチした時のように。

 目前で無感情に見上げる少女も、声にならない悲鳴を上げ続けていた。

 無意識の声なき声が、メルティエの脳髄を容赦なく攻撃する。

 

 痛い、と。

 触れないで、と。

 どうして酷いことをするの、と。

 

「ぐ、お」

 

 その声こそ、あの蒼いモビルスーツから送られた思念の根源であり、彼女を此処に縛り付ける鎖であり牢獄であった。

 

(何だ、これは。マリオン・ウェルチが体感した恐怖とでもいうのか?

 身体に圧し掛かる黒い、影? 全身の皮膚に突き刺さるこれは、視線なのか?

 ……まて、まさか、連中は。この影が、視線の群れが指すものが人間だというのなら。

 父のように想っていた人間に。気になる異性と認めていた人間に。

 抱いていた心を壊されたから、この子は此処に居るのか!?)

 

 子供が懸命に塗りたくった、昏く蒼い世界の中で。

 帰還を渇望される男は、冷たい世界に囚われた少女に出会ってしまった。

 

 ――――来ないで。

 

 蒼い世界の少女は、その瞳に”蒼い獅子”を映したまま。

 何処か溶け込むようにその場に居る獣の魂に、拒絶の言霊を投げかける。

 

 もう、裏切られたくはない。傷付きたくないから。

 信頼していたヒトと慕っていたヒトに、心身を踏みにじられたから。

 

 だから、マリオン・ウェルチは、メルティエ・イクスに期待しない。

 

 彼らと同じ()()であるヒトに期待なぞ、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
花粉症と勘違いした風邪引きが多いと思う、上代です。
後書きには今回のネタバレがあるので、不要とする方はここでストップなんだぜ。
特に問題ない人は読んで行ってください。













それでは。







キン〇・クリム〇ン!
アムロがガンダムに乗った、という結果だけが残る!!(マテ)

さて、作中文を追うと意外な場面が想像でき……おっと、ゴホンゴホン。
作者のアムロ、シロー、サンダースはこんな感じ。
シローとサンダースがギスギスしたままアムロと接する想像ができんし、問題ないかなーって。
読者の皆、一つ寛大な心で受け入れてくれ。
ちなみにシローはホワイトベースの真下から航行し、赤い人とザクII二機を抜いてムサイまで到達した模様。
サンダースとリュウが「KAMIKAZE」と勘違いしても仕方がない特攻状態です。

アンリエッタの場面は然して言わなくても分かるね。
ところで、傷付いた人間に更に追い打ちをしようと提案する奴、皆はどうしたい?
作者は射撃訓練の的にする。
ダグラスがブチ切れたのも「自分が殴らなければ、誰かがコイツ殺す」と即判断した為。
指揮官は辛いね。

メルティエの場面は生死の境から、精神世界に移った感じを表現してみました。
肉体的な文は彼の意識がそう感じたから、としか言えない。
想像しやすい単語を抜くとえらくふわりとした表現しか残らなかったんだ、すまない。

マリオンはクルストを信頼し、ニムバスと良い関係を構築していたと思っていた。
ここらへんはもう少し先の話で詰めて行こう。
まだまだ本作品にお付き合いください。


では、次話もよろしくお願いしますノシ


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第52話:忍び寄るもの

「ブルーが敵に鹵獲された?」

 

 話に耳を傾けていた初老の男は連邦軍に帰属する研究所、その試験記録室で怪訝な声を上げた。

 ジオン公国、フラナガン機関から地球連邦に亡命したクルスト・モーゼス博士は、自身が開発したシステムを搭載したモビルスーツの略称名を呼び、続いて性質の悪い冗談を言う男だと通信端末越しに睨んだ。

 モニターに映る血色の悪そうな男、アルフ・カムラ技術大尉は博士の態度に立腹したようだが、荒れる気を静めて冷静に言う。

 

「間違いではありませんよ、クルスト博士。

 博士の開発したシステム、EXAMを搭載したモビルスーツ。RX-79BD-1、ブルーディスティニー1号機は中東アジア地区に三度目の出撃をした時に突如、帰還命令を無視しました。

 そのまま敵陣に籠もり、ジオン軍と交戦を繰り返し、同地で敵モビルスーツと相討ち。

 ……私もこれが性質の悪い冗談だと思いたい所ですがね。事実なんですよ、これがっ」

 

 しかめ面を晒すアルフに対し、クルストは「ほう」と息を吐いた。

 顔を歪ませ「帰還命令を無視した」と、不可解極まる事態に悩む男とは違い開発者である博士は納得してすらいた。

 理解できない徒からすれば、パイロットが起こしたある種の暴走だと見るだろう。

 その反応を理解できるのは、恐らくこのクルスト・モーゼスという男と極々僅かな人間だけだ。

 出撃した”ブルーディスティニー”が()()を感知し、行動に移ったのだと。 

 クルストも立ち会って過去に数回しかない現象ではあったが、この突発的な行動はパイロットを介したものではない。EXAMの内に宿るものが活動を始めてしまい、内外問わず全ての指令を無視したのだと確信しているものだ。

 地球連邦に籍を置くアルフには解らぬ事であったが、クルストは元々ジオン公国で研究を進めていた。当然あちらに残してきた同システム搭載機が存在する。

 システム開発段階でジオン軍から提供されたMS-08TX、イフリートを母体として改修したEXAM実験機、イフリート改がそれに当たる。

 モビルスーツ分野で連邦軍の上を行くジオン軍が用意した中で、システムに耐えられる機体がイフリート以外に無かった、という理由で決定されたものだ。

 ()()の特徴的な外見を思い出し、クルストは独り嗤う。

 

「敵のモビルスーツは、頭が大きかったろう?」

 

 初期のEXAMは構成上全ての機器を大型化する以外方法が無く、通常機と比べて頭部が大型になっている。他のジオン製モビルスーツに比べても目立つ筈だ。

 博士自身がブルーディスティニーの性能に触れているのもあり、最近出来たばかりの機体より幾度も実地試験を経たイフリート改とそのパイロットが遭遇すればどうなるかを検討すればその解も自ずと知れるというもの。

 如何に素晴らしいモノが造られようとも、扱う人間次第で如何にでもなるのが世の常だ。

 新しく組み立てた”作品”が旧いものに淘汰されるというのは気分的には良くはない。が、EXAM同士が出遭えば即戦闘に入る。

 例外もあるがそういう絡繰りが仕組まれているのだ、博士自身の手によって。

 クルストはマシンの性能にパイロットの技量で打ち勝った、その結果等はどうでも良かった。

 ただブルーディスティニーに搭載されたEXAMの存在と、戦闘データを求めるだけ。

 最悪は鹵獲したジオン軍の基地へ攻撃を仕掛ける必要もある。アルフがEXAMに嫌疑的な考えを巡らせてなければまだ連邦を利用できる。クルストは自分主体の考えを巡らし、

 

「……いえ? 頭部は普通の()()でしたよ」

 

「なに? ……ド、ム?」

 

 予想外の単語からオウム返しに尋ねた。その思わずといった様子にアルフも驚く。

 彼が知る限り亡命者クルスト・モーゼスという男は、常に不機嫌な面を張り付かせている気難しい老人だ。今も間抜け面を晒している、鳩が豆鉄砲を食らったような顔はした事が無い。少なくともアルフは見たことが無かったし、開発状況の問い合わせや情報の摺り合わせ等で面通しする事態は珍しくもないが、この類の表情は見た覚えが無かった。

 例え見受けられたとしても、親しみが湧くほどクルスト個人と友誼を結んでいるわけではない。ただ珍しいものを見た、と感想を抱くだけで終わるのも、この二人の関係であった。

 そして、クルストが固執するEXAM搭載機の行方が知れぬ現状況で、彼がアクションを示さない様子から疑念が募るのもまた無理からぬ事であった。

 

「ええ、ドムです。近々ジオンが開発したモビルスーツで、ザクやグフ以上に装甲と機動力が向上したもので、武装も一部グレードアップされているらしく火力もある。厄介なヤツですよ。

 投入時期は確か、カリマンタン陥落頃だったと記憶しています」

 

 アルフが指を額に当て、記憶を呼び起こそうと目を瞑る。

 その様子を一顧だにしないクルストは、久方ぶりに研究以外の事で思考を巡らしていた。

 

(ドム? イフリートではなく、あのドムか?

 確かに装甲と機動力は特筆すべき所があった。ツィマッドの売り込みが鼻息を荒くするほどに。

 しかし駆動系や出力、システム関係からEXAMの負荷には到底耐え切れないと見送られたモビルスーツだった。私がジオンを出るまでは、そうであった筈だ。

 性能でイフリートに負けたドムに、EXAMが関係ない相手にブルーディスティニーが負けた?

 機体許容を超えるスラスター限度や、パイロット負担を考慮した安全装置を解除してまで瞬発性を底上げする、指令コードも追加されているのにか?)

 

 他にも比較する要素がクルストの脳裏を横切るが、彼はそれらを留めた。

 

(違うな。ハードではなく、ソフトが影響していると考えた方が道理かもしれん。

 あの男をイフリート改より降ろす事無く、他にパイロットと専用モビルスーツを用立てた?

 ブルーに対抗できるものは。同じEXAMか、あるいは)

 

 思案に勤しむクルストに声が届いている、と勘違いしているアルフは言葉を吐き続ける。

 

「カリマンタンで投入されたドムは、ルウム戦役から名高い黒い三連星」

 

 エース小隊の名を耳にしたクルストは、予想が外れたのか渋面の上で眉間に皺を寄せ、

 

「地球降下作戦以降知られる、蒼い獅子ですな」

 

「蒼い、獅子――――メルティエ・イクスか」

 

 合点がいったのか、博士はポツリと呟いた。

 

「名前までとは、良く御存じで。

 ブルーと交戦に入ったドムのカラーは蒼かったそうで、恐らくは」

 

 クルスト・モーゼスは、メルティエ・イクスを知っている。

 軍人としてではない。被検体になる可能性があった男だったから、その名を憶えていた。

 フラナガン機関へ提供された戦闘データの一例に、メルティエのものが送られその解析及び研究を任されたチームにクルストは一時在籍していた事がある。

 

 あの男の戦歴を「運が良かった」で済ませるには、余りにも多様な戦闘展開が過ぎた。

 開戦初期に高速で飛来する制宙戦闘機をモビルスーツで蹴り飛ばすことから始まり、地球降下作戦以降は昼夜問わず最前線に身を置き銃火を浴びている。

 僚機を守る為に砲弾をMS-07、グフのヒートロッドで()()に切り爆ぜた行動や、空間が限られた屋内で敵機へ接近するに空中戦闘機動を取る行動は、まだ良い方だ。

 動体視力、反射神経を鍛えた上で戦闘経験を有するパイロットならば出来うるかもしれない。

 技量面では養父のランバ・ラルから教授された経緯が、土壌がメルティエ・イクスには存在した。

 

 また、宇宙空間の戦闘では機銃やロケット等の実体弾は命中するというのに、ミノフスキー粒子を有するメガ粒子砲の直撃は開戦時の一撃だけで、それも脚部を掠めた程度だ。

 実際には当時の乗機MS-05B、ザクIの装甲が高熱波に耐え切れず破壊されているが、それもモビルスーツの巨大な四肢の先端部からで、誤差の範囲と切り捨てられる所だ。

 そして、敵情視察や情報解析による索敵、発見よりも感覚的なもので捉えている節がある。

 情報管制士が部隊に配属されてからは鳴りを潜めていたが、クルストが連邦軍へ亡命する寸前に手に入れた情報では、中東アジア地区で撃墜された輸送ヘリから唯一の生存者を保護する時に同様な反応を示したとあった。

 

(機関に協力する被検体、ララァ・スンでも、クスコ・アルでもないとはな。

 素質だけならともかく、素養では到底二人に敵わない不適応者だとフラナガン博士が語っていた人間が、ニュータイプを駆逐する為のシステムに対抗した、最初の人間になるとは。

 敵地に隠れたブルーを、EXAMを触発し、戦闘の末がこの結果だと言うのならば、あの男は現人類(オールドタイプ)の敵――――新人類(ニュータイプ)かもしれん)

 

 クルストがフラナガン機関で見出した一つの答え。

 協力者マリオン・ウェルチを研究する事から恐怖した、新しい人類の可能性の芽を摘むに必要な手段がため、クルストはEXAMの開発と性能向上に全てを費やしている。

 ニュータイプによるオールドタイプの排斥を未然に防ぐ、オールドタイプによるニュータイプの抹殺こそがクルストの願い。

 現にオールドタイプの人間では打ち勝つ所か満足に手綱さえ握れないモビルスーツ、ブルーディスティニーを撃破して除けているのだ。ニュータイプの数が増え続ければ、いつの日かオールドタイプが打倒される未来は現実のものとなる。

 その答えが、やはり間違いではなかったと、クルスト自身に告げている。

 

「あの男と交戦し、生存した連邦軍兵士は居るのか?」

 

 クルストからの妙な問いに、アルフは首を傾げた。

 

「はぁ……ああ。確か交戦後に帰還したパイロットが、二人居ますな」

 

「二人、か。その者の行方は分かるかね」

 

「正確なものではありませんが、行方を知ってどうするので?」

 

「今建造中のブルーに乗せる」

 

「……生き残った彼らを当てると? しかし、ブルーは」

 

「君の考えは聞いていない。その二人をパイロットに抜擢できるのか、それを聞いている」

 

 アルフはクルストの発言に呆気に取られた。

 一方的な要求を突き付けるこの博士には何かと面倒を焼かされてきたが、ここまで酷い話は今回が初めてであった。

 そもそも技術屋のアルフが情報を入手するにあたり、大分無理がある。

 彼個人は情報局に特別有能なコネがあるわけでもなく、ほぼ”趣味”で情報収集をしている。今の仕事に有効に作用するから多少は労力を傾けているが、普通は噂話以上の情報を拾う事は難しい。軍関係者とはいえ、部署が異なれば担当する機密保護が薄くなるわけではないからだ。

 まず、危険な橋を渡っているのは間違いない。しかし、これがクルストに対する献身からの行動では無いのも間違いなかった。とはいえ、人間的魅力が欠片も見当たらない男だとしても、その異常な信念でシステムを構築した技術力は純粋な尊敬に値する。

 一人の技術者として、その能力だけは評価している。ただそれだけのことだった。

 

 だからこそ、技術士官アルフ・カムラは自らの手で、クルスト・モーゼス博士が求めるモビルスーツを建造してみたい。

 RGM-79[G]、先行量産型ジムの開発に携わったアルフは、ジムの性能を凌駕するモビルスーツに強い興味を持っている。EXAMシステムも当初はジムを搭載したものの、機体がシステムに耐え切れるものではなかった。結局はジムの原型となった高性能機RX-78、ガンダムを構成するパーツに要求スペックを満たせなかった不採用品、厳しい品質管理から外れた規格落ち部品を用いて建造されている。

 

 ガンダムを超えるモビルスーツの開発が、アレフの目標であり夢である。

 であるから、EXAMを十全に発揮できるモビルスーツの設計、開発を主導しているのだ。

 その目標へ、夢へ至る為にクルストとブルーディスティニーを踏み台にする。

 

「はぁ。わかりました、上と相談してみますよ」

 

 アルフはこれ以上クルストと会話する気力が消えたのか通信を切り、どうやって要求された人物のヘッドハンティングを成すか思案に暮れる。

 

 その努力が実るのは、約一ヵ月後のU.C.0079年10月中旬頃であった。

 件の一人、マスター・P・レイヤーは来たるオーストラリア奪還作戦へ参加する特務遊撃小隊、ホワイト・ディンゴの隊長として内定した事もあり動かせずに終わる。もう一人はモビルスーツの実戦データを収集する実験部隊、通称モルモット隊へ配属された事から実験機搭乗許可が下り、どうにかクルストの要求を満たす事が出来たのだった。

 

 ジオンの蒼い獅子と遭遇し、戦い生存したモビルスーツパイロット、ユウ・カジマ。

 彼は様々な思惑に因って自らも蒼い機体を駆り、メルティエ・イクスと再び対峙する定めとなる。

 

 少女の囚われた意志に導かれ、男達が戦場で激突する刻が、動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエ・イクスがまず感じたのは、身体の重さだ。

 四肢が鉛になったように鈍く、繋がった胴体はベッドに括りつけられているのかと錯覚するほどに固い。それらが現実では無く自身が何ものにも拘束されていないと理解した時には、目を瞑るほどの頭痛が彼を襲った。

 この刺激は長時間瞼の奥に隠されていた瞳が、急に飛び込んで来た光量に驚いたのだと分かる。以前、閃光弾で目を焼いた体験から来る自己判断だ。恐らくは正解だろう。視神経が正常に稼働するまで幾何かの時間が必要だとも。

 次第に大きくなる各部痛覚の主張に唸り声を漏らし、凝り固まった筋肉が悲鳴を上げるのを黙殺して体を起こす。

 其処まで動き、自室に眠っていた事と誰かが近くに居る気配に漸く気付けた。

 

「メル、起きたの?」

 

 その耳朶に入る声音に、メルティエは驚いた。

 

「この声は、エダか? なんて声出してるんだ」

 

 鼓膜を震わせるのは、か細い声だった。

 ベットの横にある椅子に腰掛ける女性、エスメラルダ・カークスとの縁は長く深いものだ。

 士官学校時代から同軍同隊でそれは今も続いているし、現在は男女の仲でもある。

 精巧な人形の容姿、華奢な印象が強い外見からは想像不可な打撃、体術を得意とする女性兵士(ウェーブ)。常の半眼から見開かれた紅の瞳の威圧感は半端なく、士官学校時代に渾名された「虎」は伊達ではない。実技教練で屈強な大男を、たった一撃で昏倒できうる事からきている。

 静かに淡々と述べる口調から、感情の起伏が然程無いように振る舞っているが。彼女自身中々の情熱家だとも知っていた。

 

 そんな彼女が、外見通りの弱々しく細い声を、唇から零しているのだ。

 すわ何事かとメルティエが慄くのも無理からぬ事であり、好意以上の感情を交わす間柄故に彼女の声が発せられた方へ向き直る。

 また身体の彼方此方で抗議が上がったが、彼はこれまた封殺した。

 

「六十四時間三十二分十七秒」

 

「うん? 何の時間だ?」

 

 メルティエの記憶に在る淡々とした、いつもの調子に戻りつつあるが感情のブレが覗く。

 彼女から伝わる、最初に耳にしたものより明るいイメージにメルティエは安堵したが、代わりに呟かれた意味に疑問を覚えた。

 

「ドムから救出後、メルが治療処置を施行され、自室静養となり経過した時間」

 

「み、三日間意識が戻らなかったのか。俺は」

 

 昏倒していた時間を述べられ、気付いた彼は問う。

 それに彼女は僅かに首を振り、薄紫色のツインテールが動きに合わせて揺れた。

 

「今の時刻から言うならば、ドムが機能停止してから七日間は経過している。

 メルの意識はその前に失われているから、正しい時間は計測できない」

 

「……そうか。ドムは逝っちまったか。

 再生案が出るといいんだがな。こうも機体を失うと、さすがの俺も自信が無くなる」

 

 専用機化したグフと交換で宛がわれたとはいえ、申し分ない機体ではあった。

 十全に性能を発揮出来ただろうかと、あの乗り心地に慣れるまで苦戦したのも、懐かしい記憶に刻まれるのだろうと。メルティエは先立った相棒に瞑目する。

 五体満足で愛機と別れた事なぞ皆無であるこのパイロットは、胸中でただ詫びた。

 また、独りで逝かせたと。

 

「メル。今、貴方は思い違いをしている」

 

 空間に広がる声に、怒気が籠った。

 他人が聞いても判らぬ変化ではあるが、エズメラルダを知るメルティエは即座に反応した。

 しかし、思い違いとは何だろうか。見当が付かない彼は()()()()()視界で彼女を探した。

 

「モビルスーツは機械。貴方は人間。

 機械は部品を交換すれば何度でも蘇る、復帰できる。消失しなければ在り続ける事が出来る。

 でも貴方は人間で、身体を損なえば再生できるか難しい。()()()になんて、成らない」

 

 自身を大事にしろと。

 一つ間違うだけで、簡単に人間は死ぬ事を忘れるなと。

 

「メル」

 

 彼女のほっそりとした指先が、男の無精髭が伸び野性味が増した頬に触れる。

 エスメラルダのひんやりと、しかし内に宿る熱を感じるメルティエは只々黙った。

 言わんとしている事は理解できる。言葉と想いで心身を大事にしろと伝えてくれるのだ。成程、至極当然の事である。

 

 けれど、そうかと納得できる時は決まって――――。

 

「今、私が見える?」

 

「……………………………すまない」

 

 間を置いて、何か水音が跳ねる音と、触れる指先が震えていることから察する。

 嗚呼、今彼女は泣いて居るのだと。

 視界が歪んだ世界で、不思議と知覚出来る理由なぞ理解はできない。

 だが、(エスメラルダ)(メルティエ)を慮って泣いてくれている。

 その現実だけで。事実だけで彼には十二分な打撃を与えてくれた。

 

「安心してくれ。直ぐに治すし、捨身な行動は無くすよ。

 退き時を違えず退くのも約束する。酷い目に遭った、いくら俺でも学習するさ。

 だから頼む。泣かないでくれ」

 

 つくづく阿呆な男だと自嘲しながら、僅かに早口で言う。

 身に傷を付けるほど、訓練で痛い目に遭う度に”次は間違えない”と戒めた癖に。時折、生死の境を彷徨う悪癖が中々治らなかった。誰かを守る為に身を盾にして此処まで来たが、泣かせる為に戦い続けているわけではない。

 例え劣悪な条件下で戦闘していたとしても、それを理由にしてはいけない。

 不意に死ぬ事が多い戦時下なのだから。それに対して万全を敷くべきで、仕方がない等とは負けた言い訳にしかならない。そして負けてしまえば、高い確率で死ぬのだから。

 そして生還する意味を、メルティエ・イクスの勝利条件を今後は”違えてはならない”のだ。

 

「確約する」

 

 酷く緩慢な動作で、彼女の手に重ねる。

 体温が低い人は情が厚いという迷信が、強ち的外れではないと薄く笑う。

 

「どう、確約するの?」

 

 何処か期待するような、情熱が秘められた質問に。

 

「生き残る事に”容赦しない”ことを。

 盾を背にした獅子の、()()()()()を見せ付ける事にする」

 

 起動を開始する意志に呼応してか、心臓が強く脈打ち血熱を帯びると、全身に痛みが合唱する中で閉じかけていた感覚が再び機能し始める。貪欲に復調を求める身体が聴覚を回復させれば、彼女の呆れたように息を吐く音と、小さく零れた笑い声を彼が聞き逃すわけがなかった。

 

「そう。”おかえり”、メルティエ」

 

「ああ。”ただいま”、エスメラルダ」

 

 その返答に満足したのか、言質を確保したのか。

 エスメラルダは口元を緩め、メルティエの肩に額を押し当てた。

 

「帰るのが遅い。バカ」

 

 間近にあるエスメラルダの表情は、文句の割には穏やかで。

 

「悪かった、今度は遅れはしないさ」

 

 そう言って、背に回された腕の硬さと小柄な体躯を引き寄せる彼の強引さに、待ち焦がれた彼女は俯いたまま微笑む。

 

「次は無い、から」

 

 抱擁されたまま厚い胸板に吐息を当てて、体温と体温を交わす相手が戻った事にこの定まらない感情の高ぶりをどうぶつけてやるか、その答えを出すのに四苦八苦していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさんっ」

 

 開けた空間の出入り口に差し掛かったメルティエ・イクス中佐は、腰辺りに女の子にしては猛然と突進して来た蒼い少女を受け止め、くっ付くばかりで動こうとしない状態を打開する名目で抱き上げた。針のように細い身体は基地の防衛機構にと積み上げた土嚢一つよりも軽い。

 喜色で満ちた少女、ロザミア・バタムはさながら無邪気な仔猫のように、父と慕う男の腕の中で丸くなり、小さく喉を鳴らして甘える。

 

「まったく、お転婆盛りだな。もう少しお淑やかな方が男の子ウケ良いんじゃないか?」

 

 背に触れる程度に揃えた蒼い髪の少女は、頬を刺激する灰色の蓬髪がこそばゆいのかむずがる。頭を振ってイヤイヤする様子に苦笑を落とし、メルティエは視線を室内に向ける。

 特務遊撃大隊旗艦、ザンジバル級機動巡洋艦ネメア艦内の隊員食堂であるこの場所は、現時刻が午後四時という微妙な時間なこともあって閑散としていた。

 備付のテーブルや丸椅子は規則正しく並べられており、これらは備品も艦自体が新造艦である事もあって、目立った傷も無く真新しい状態を維持している。

 メルティエの存在を目視したのだろう、厨房の奥から料理長や給仕が頭を下げていた。其方に手を軽く振り、少女を片手で抱える男は自分を注目する人達の席へと歩を進めた。

 

「すまないな。随分と、待たせたようだ」

 

 声を掛けるより早く、彼らは腰を上げ敬礼を取った。目尻を下げて見渡せば真新しい顔もあり、補充員だろうと当たりを付ける。

 

「本当にね。寝坊助にも程があるよ?」

 

 艶のある蜂蜜色の髪を揺らした、アンリエッタ・ジーベル大尉が円らな碧眼、その片目を瞑ってクスクスと笑う。釣られてメルティエが笑みを浮かべると、綺麗な貌を魅せてくれた。

 

「御無事で何よりです、中佐」

 

 ケン・ビーダーシュタット中尉と視線を交わせば、親しみを感じさせる穏やかさで迎え入れた。不在中に苦労を掛けただろうとメルティエが思うと、ケンに通じたのか「如何という事はない」と小さく首を振る。

 

「少しは自重してくださいや。信頼してても気が気じゃありませんよ」

 

 呆れ混じれに、ガースキー・ジノビエフ少尉が言う。この場では年長者の彼が憎まれ役を買って出たのだろう。声に不満は混じるが、不愉快さが無いのがその証左ともいえる。苦笑して返せば、彼も笑みを浮かべてくれた。

 

「完全復活には程遠いみたいだな。その分俺達を頼ってくれ、大将」

 

 普段の歩き方、所作とを比べて今の体調を読んだハンス・ロックフィールド少尉が不敵な笑みを浮かべた。何処か猛々しい感じを受けて訝しんだが、メルティエは「頼りにしてるさ、いつも」と答える。しかし、その言葉を額面通り受け取らないのか、彼は肩を竦めていた。

 

「中佐が寝てる間、基地周辺の警戒は密のままだ。五月蠅くなかったろ?」

 

 自ら警戒に当たっていたガンス・ジェイク准尉が薄く笑う。

 労わりの言葉を掛けながら、珍しくノーマルスーツ姿ではなく尉官の軍服を着ているこの男に、その理由を尋ねると「……蒸れたんだよ。そう何着も持ってるわけじゃない」と成程、納得の返答であった。

 

「中佐、先日はボクが支援する筈が、守って頂き、その」

 

 視線を床に落とし俯いたままの、少年の頭に空いている手を置き、乱暴に撫でてやる。

 なすがままのリオ・スタンウェイ曹長が驚き、騒いでもメルティエは動きを止めてやらない。

 リオは落ち込んでいるのか、それとも悔しいのか。少年の湿り気を帯びた青い瞳が、怯みながらも上へ向かう。

 其処に在る灰色の双眸は、地球に降下する以前に見た獅子の眼は、あの頃と何ら変わらず少年を映していた。

 

「大丈夫だよ、リオ。メルティエはちゃんと頑張った人に叱責はしないって」

 

 リオの肩に手をやり、続いてメルティエの顔を覗き込むキキ・ロジータが明るい声を上げた。

 赤毛の少女に目をやると、その瞳は僅かに潤んでいた。彼女にも心配を掛けさせたのだと解し、一言詫びると「ん、いいって。ちゃんと帰って来てくれたし」と頬を夕陽のように染めてニコリと微笑んでくれる。

 その暖かな想いに、視線を交差させた男は動きを止めてしまう。

 

「突撃機動軍特務遊撃大隊ネメア配属となりました、トップ少尉です。

 地球に降下してまだ日も浅く、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

 咳払いをしてから挨拶した新任尉官に、メルティエは視線を送る。

 挨拶を交わしながら二、三の質問をし何か合点がいったのか、中佐は頷いて見せる。黒髪黒瞳の女性は訝しげにその様子を捉え、赤毛の少女が恨めしそうにしているのに気付き、内心で慌てた。

 

「同じくネメア配属となりました、デル軍曹です。

 微力ながら部隊を支える一員として尽力しますので、よろしくお願いします」

 

 壮年の軍曹に歓迎の意を示し、メルティエ以外の人間が軍曹に視線を集める。

 共に地球へ降下して来たトップもそうなのか、一様に驚き「お前、しゃべれたのか」と顔に書いてある。彼らの思考を察したメルティエは思わず吹き出し、アンリエッタに横腹を突かれて反省を促され、腹筋に力を入れて自制する。

 

 中佐復帰を聞いて食堂へゾロゾロと集まり出した隊員達に手を振り、言葉を交わすメルティエに甘い吐息が掛かったのは丁度人波が穏やかになって来た頃合いだった。

 

「快気祝いに立食パーティでもしたいところだけど、問題事が多く積み重なってるよ。

 ニュースもそれなりにあるけど、どれから聞きたい?」

 

「一番上と、三番目、七番目からで良い」

 

 灰色の男に言われ、目を瞬かせた蜂蜜色の女は「何か根拠はあるの?」と聞く。

 相手は「厄介なのと、面倒なのと、俺が聞きたいのがその順番にあるだろうな」と答えた。

 

「んん~? まぁ、いいかな。

 まず一番目、北米と南米を繋ぐ要所パナマ基地攻略のためネメア投入が決まったみたい。

 ガルマ准将がキシリア少将に要請を出して、正式に指令が届いたって」

 

「よくキシリア閣下が応えたな。いつからかは記憶にないが、一時期両者に緊張状態が走ったと耳にした事があるんだが。解消されたんだろうか」

 

「それは僕に聞いても分からないよ。気になるなら頑張って情報を入手して欲しいな?

 三番目はメルのモビルスーツ、また不具合起こして現在調査中だって。ロイド大尉とメイちゃんがこの場に居ないのはそのせいだね。

 メルのモビルスーツから戦闘データ抽出にユウキと、エダが立ち会ってるみたい」

 

「おいおい、俺はモビルスーツのパイロットだぞ。乗るものが無ければ何もできんじゃないか」

 

「これを期に艦隊指揮を執るのも手だよ。本当は出来るでしょ?」

 

 渋面を張り付けたメルティエに、サラリと突き付けるアンリエッタ。

 初耳な人間が多く「蒼い獅子の艦隊戦か……何か無理矢理砲撃戦で敵の頭抑えてきそうだな」と素直な感想を言い、他も似たようなものなのか頷く者がチラホラとあった。

 

「あー……アンリ、お前あとで覚えておけよ。

 それで、七番目は?」

 

「あはは、優しくしてね?

 七番目はメルが倒した連邦のモビルスーツ、それの解析が一応済んだみたいでさ」

 

「一応?」

 

「うん。機体に使われた材質、システムも今のジオンじゃ再現できないものらしくて、梱包が済んだら宇宙に送るらしいよ。月のグラナダか、モビルスーツ製造会社に研究資料として。

 機体に補助動力を差し込んで動かそうとしても、何故かシステムが起動しないんだってさ。機体を立ち上げる事も出来ないから、流石のロイド大尉も白旗上げたみたいだよ」

 

「そう、か。アレはもう動かないか」

 

 何処かほっと安堵したメルティエを、アンリエッタ達は不思議そうに見つめた。

 起動しないなら、まず一機目の撃破は完遂できたと。

 稲妻との約定を果たす為に、クルストと残りの機体を破壊しなければと。

 人知れず、獅子は弱った体躯に喝を入れた。

 

「おとーさん」

 

 メルティエから離れて様子を窺っていたロザミアは。

 

「どうして、()()()()()()()()女の人が居るの?」

 

 蒼い髪の少女は、獅子を連想させる男を覆う、蒼い意思を捉えていた。

 それは本来彼が発する生命に溢れたものではなく、暗く粘りがあるもので。

 

 ―――――。

 

 何処かで、声が聴こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

某ガンダムゲームでもBD2号機と3号機が遂に来ました。
そして本作品でも、開発に着手されてそうな描写が。

ところでウチの蒼い人、乗機ないんだけど。
彼の変態機動はもう見納めなのか……!?


次話に続くノシ


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第53話:疲弊という名の傷痕

 マリオン・ウェルチは”夢”を見る。

 

 それはある男を通して望む外界の風景であり、目にする事はできようとも触れる事能わず。空気に溶け切らぬ人々の体臭を嗅ぐ事も、食物の味覚に想いを馳せる事も出来ない。

 例えるならば、テレビ・モニター越しに見る情景だ。

 視覚を頼りにしたものとはいえ、様々な情報をマリオンに()()()()は伝え、融けていく。

 孤児として拾われ、かつては養父と慕った男の研究を協力、今に至るまで見た事が無いモノばかりが誘惑し、蒼い海に沈んだ彼女の惹きつけて止まない。

 

 そうした中でマリオンは自身と外を隔てる窓であり、無自覚に外意からの遮蔽物となって彼女を守る男へと、意識を向ける。

 獅子を髣髴させる灰色の蓬髪に、同色の双眸は如何なるものに研磨されたのか鋭く、その風貌も獰猛な肉食獣のように締まった、二十代半ばに見える男性。

 ジオン公国軍佐官の軍服を身に纏い丁寧に刺繍されたマントを羽織った彼は、斯くも一軍の長と言える風格で自らを囲う人々と言葉を交わし、従わせていた。

 幾人もの、様々な人種の大人達が灰色の男を訪ねては何事かを話して去って行く。

 ただ、言葉が耳へ届かない蒼い世界に囚われている少女は、彼らの声が聴こえない。

 その代り、伝わるのだ。

 一人一人が想い抱く感情、内なる言の葉が。思惟ともいうべきそれが、彼らの身から透けて見えるのだ。マリオンも明確に言語化できない情報の一辺ではあるが、そのニュアンスを掴み取るには申し分ないものであり、齢十五に満たない少女を特別視させる能力の一片でもあった。

 

 これはつまり、言語を介さずとも意思疎通が可能ということ。

 例えるなら磁石のようなもので、度合いの強弱もあれば反発、読み取る事が出来ない人も居た。

 それは感受性の強い人だったり、意志が頑なな人、思考が他とズレている人だった時もある。

 尤も、彼女が経験した事は程度はあれど一方的に思考を読むもので、両者の間に意志が通い伝わった試しはない。

 実験を重ねても、これだけは上手く行かなかった。

 結局は断念し、別の研究を進める事になったのだが――その記憶は、思い出は信じていた人達によって、裏切られ汚されてしまった。

 自分のようなチカラをもった人間は、きっとシアワセになれないのだと。

 事が終わった後に、諦観の海に沈んだのはいつだったか。

 誰も触れない。誰も近寄らない。誰も傷つけたりしない。

 蒼色の世界へ()()()、静かに――静かに、自分は何をしたかったのだろうと。

 

 ――――マリオン・ウェルチは、己の思考へ浸る。

 

 わからない。

 分からない。

 解らない。

 判らない。

 

 誰も踏み込めない世界へ行って。痛みも苦しみも熱さも無い場所へ去って。その後は……?

 考える事もせずに、思考を眠った状態にして、只々過ごしていたのに。

 冷たい蒼い世界に訪れた、同じ色なのに温かい波を放つ、自分を傷つけた人達と同じ男のヒト。

 

 どうか、教えて欲しい。

 どうして、アナタは身近な人にバケモノ扱いされないの。

 どうして、アナタはわたしと同じ人の考えを読めるのに、心を閉じないの。

 どうして、アナタはイタクテクルシイノニ、その場所で笑っているの。

 

 妬ましい。アナタが妬ましい。

 同類の癖に。人の意志を解せる化物の癖に。

 ()()()()()が無くても、相手と心を通わせて生きられるアナタが妬ましい。

 相手の醜い部分を耳では無く心で聞いているのに、歪まないアナタの心の在り方が妬ましい。

 アナタ自身を見てくれるヒト、支えてくれるヒトに守られたアナタの存在が妬ましい。

 

「わたしは」

 

 羨ましい。アナタが羨ましい。

 本当は怖い癖に。誰かを失う事が、傷付く事が人一倍怖い癖に。

 傷ついても立ち上がる、折れない心根を持ったアナタが羨ましい。

 自分がおかしいと自覚しているのに、排斥を恐れず人の輪に居続ける覚悟が羨ましい。

 アナタが求め、アナタを求めている人達が、帰る場所が在るアナタが羨ましい。

 

「どうして」

 

 手を伸ばせば、触れる距離にアナタは居る。

 一歩進めば、此処から離れられる場所にアナタは居る。

 それはとても優しい距離で、それはとても残酷な位置。

 優しさに触れれば、わたしは還れる。苦しい肉の世界へ。

 そうして、アナタはわたしを理解する。

 わたしが()ったアナタは、わたしを助けようと手を差し伸べる。

 

 研究素材と言われたわたしを、アナタがどう救うのか先が読めてしまう。

 一人の人間ができる裁量を越えてしまうアナタは、疎まれ悪意ある人に苛まれる。

 純粋なあの人は敵意に敢然と立ち向かう事はできても、その身にへばりつく悪意に心が耐えかね潰れてしまう。庇護者である故に逃げる事もできず、鋭い爪牙で打ち破ろうとも立場が邪魔をして揮う事もできず苦悶の内に倒れてしまう。

 自分に嘘をつけないから、つきたくないから。

 手放す、見捨てる事ができない、正直で強欲な人だから。

 

 そして、アナタは―――――。

 

 そうなる、なってしまう一端にわたし(マリオン・ウェルチ)という存在が、視えてしまった。

 

 だから、わたしが目覚めないことは、きっと良い事で。

 

 其処に在る人達は、自分のような人間も受け入れてくれると。

 何故か確信さえ抱かせる、優しい獅子が統率する群れで。

 蒼い世界の少女は灰色の男の背中に、滴さえ零れない泪を落とした。

 

「どうして、この場所に居ないんだろう」

 

 少女が意識を閉じる頃に、男が何か気付いたように振り向き、目を細めた。

 

 ――――――。

 

 マリオン・ウェルチは、夢を見る。

 優しい眼で見守る蒼い獅子が、日だまりの下へ連れ出してくれる、都合の良い夢を。

 寒い色である此処とは違う、蒼い魂の獣を支える輪の中へと溶け込む、温もりに包まれた夢を。

 

 傷つける男性に期待しない少女は、暖かい夢を見たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、良いのだろうか?」

 

 執務席に座り緊張した面持ちで通信を切ったガルマ・ザビ准将は、正面に立つ二人へ尋ねた。

 

「満点とは言い難いものですが、一先ずはよろしいかと」

 

「難攻不落と言わしめたパナマ。其処を叩くならば、戦力は過剰なくらいが丁度良いものです」

 

 ゲラート・シュマイザー少佐が頷き、その隣に居るランバ・ラル大尉が捕捉する。

 両者とも歴戦の勇士足る軍人であり、優れた指揮官でもある。輝かしい大功を戴こうともこれを制し自らを律するガルマにとって、経験に裏打ちされた彼らの言と、齢を重ね低く耳朶に残る声は如何にも頼もしく、万の軍勢を得るに等しい。

 以前から話し合いの場を設けていたシュマイザーに、新たにキャリフォルニア・ベースへ配属となったラルを迎えてのこの三者会議は今回が初めてではない。

 夕方、深夜帯にのみ開かれるこの会議は対諜対策が施された上に、一部の人間しか知り得ない。シュマイザーが部隊長を務める、闇夜のフェンリル隊は基地近郊の巡回任務に就いているし、腹心のみで構成されたラル隊も、現在は支給された機材と装備の総点検中である。

 二人ともこの会議は部下にも黙っているか、近しい者のみにしか明かしていない。ラルでいうならクラウレ・ハモンがそれに当たる。

 

 空は既に夜の帳が下り、人工物の光が闇夜に浮かぶのみだ。

 その時刻にガルマは地球攻撃軍を管理下に置く実姉、キシリア・ザビ少将へ連絡を取っていた。

 内容は十月上旬に予定される侵攻作戦、第三次パナマ攻略部隊の戦力増強の打診である。

 遠く離れた宇宙で三兄、ドズル・ザビ中将が停滞した戦況とその現状に苦心するのと変わらず、末弟であるガルマも地上部隊が南米へ侵攻する糸口を掴めずにいたのだ。

 三月に発令された地球降下作戦以降、領土を失い挽回できずにいる連邦軍と、何割かの緑溢れる大地を占領したものの人員や物資不足から足を止めてしまったジオン軍。

 六月に各地の戦線が停滞し、両軍が膠着状態に入って三ヵ月が過ぎようとしている。

 ジオン軍が地球の重要拠点とする北米、キャリフォルニア・ベースの司令官であるガルマはこの現状を打破するには一度地球から退くか、足を止めず南米を攻略するかの二つの選択肢しかないと、独り結論を出していた。

 モビルスーツの情報解析が済んだ、連邦軍の新兵器の脅威に想像の中で苦しむ彼が視野狭窄に陥っていたことは否めない。

 しかし、現実味がある恐怖に踊らされていたわけではなく、現状出来うる対策に権限が及ぶ限り枝葉を広げていた。

 そうした中で、理解ある相談役を得る事が出来たのは、正に僥倖であった。

 

「パナマ陥落は、ジャブロー攻略の橋頭堡以外に重要な意味を持ちます」

 

 シュマイザーが手に持ったリモコンを操作し、執務席の壁に設置されたモニター・パネルに北米と南米を繋ぐ要衝、パナマを表示した。

 衛星軌道上から読み取った情報では、砲撃や爆撃により地形が穿たれては歪み、森林は消失したか薙ぎ倒され、自然が形作った流麗な湖の岸辺は無秩序に変形され拡張すらされていた。

 土着した動植物の生命を奪った各映像に入る、朽ちた兵器の数々が戦場の悲惨さと等しく散った人命を物語る。

 それらを見た二人の古強者は巌の下に隠したのか、表情を動かさない。

 ガルマは生来穏やかな気質であった為に瞳を揺らがせはしたが、自らがこの事態を作った一軍の長と自認しているだけにその感情を恥じ、また悔やんだ。

 

「橋頭堡以外の意味。それは敵本拠点を追い詰めた以外にもある、ということか」

 

「その通りです。我が方に二つ、敵方にも二つあります」

 

 ガルマが細い顎に指を当て考察を開始すると、シュマイザーはまるで生徒へ問題を提示する教師のように、手に持ったリモコンで南米大陸を指した。

 その様子を眺めていたラルが「ほぅ。面白い考えだ」と笑い、その言葉を聞いたシュマイザーは「使わない手はないだろう」と返した。

 

「そのために、東アジアに居る倅を呼ぶのか」

 

「キシリア少将からせっかく借り受けた戦力だ。有効に使うのが礼儀だろうさ。

 メルの坊やも嫌とは言わんだろう。戦場において遊撃戦力の重要性を理解してくれるし、効果的な戦術だと頷いてくれる。好む好まざる関係なしにな」

 

「まず、好かんだろう。倅はキサマが言うほど物分りが良い部類ではない。(いにしえ)の武将が如く陣頭で指揮を取り、自ら槍を取る戦い方が持ち味よ。

 アレも自分を理解しているから、後方指揮を執るべき佐官の身で前線に身を置いているのだ。

 シュマイザー、キサマも分かっている筈だろうに」

 

「個人を分かってはいるが、戦況を打開するに有効ではある。

 趣味で戦線を変化させるなど、愚者の極み。整える時間を稼ぐのに幾つの人命と装備を浪費させる積もりだ? 今回の作戦が失敗すればパナマ攻略は不可能になる。そうなればジャブロー陥落なぞ夢のまた夢だ。これ以上防衛戦力を割く事はできないし、将兵の士気も然りだ。

 ラル、これは我が軍が前に出る、最後の機会だよ」

 

「……これだけの戦力が揃って、余裕なし、か」

 

 大きく息を吐いたラルは北米と南米を繋ぐ要衝、パナマへ目を留めた。

 ジオン軍北米領内にあるキャリフォルニア・ベースを始めとした各基地より矢印が引かれ、始点は違えど最終地点は同じである。

 北米方面軍司令ガルマ・ザビの権限に於いて発令される第三次パナマ攻略作戦は北米の各基地、部隊より選出され大攻勢に転じる為の狼煙だ。内在する反ジオン組織や潜む連邦軍部隊を無視し、南米へ渡る道を作る。

 占領したとはいえ完全に北米を掌握していない現状において、一見愚挙と思われるであろうこの行動を暴走と断じるには、実は中々に難しい。

 部隊を率い前線に赴くシュマイザーは守りに徹すれば良い時期ではないと感じ、この作戦を英断と見ている。

 同じく前線で勲功を重ねたラルも補給線の綻びが生じている現状で、各戦線が破綻する前に進撃し連邦軍へ大打撃を与えることへは賛成している。

 作戦に同意しているシュマイザーとラルの間に確かな温度差があるのは、遊撃戦力として抜擢された幾つかの部隊が担うその目的に因る。

 彼らもその中に入っているが、主力部隊や補給支援部隊以外抜きん出て戦力を有する一つの部隊が、今回で三度目となるパナマ攻略作戦の是非を問う事になる。

 

 既に二度攻略に失敗している要衝、パナマ。

 第二次パナマ攻略戦から参加しているシュマイザーは、攻め入り撃っても討っても続々と現れ、退けば押し寄せ、但し兵力は変わらずに在る連邦軍パナマ基地に、拭えない畏怖を抱かされた。

 まるで、性質の悪いホラーゲームのようだと。

 

「出来うる限りの事をやり、各員が己が責務を全うするしかない。

 戦争を終結させようにも、パナマを突破しなければ、我々はジャブローに辿り着けない。

 ……私も、面倒を見ていた子を難所に配置するとは、思いもよらなかったさ」

 

「いや、わしがつまらんことを気にしたせいだろう。忘れてくれ。

 既に一端の軍人となった男だ。いつまでも子供扱いは失礼というものだな。

 配置については、追って報せてくれ。

 大事な作戦前に不備があっては不味い、わしは点検に抜けが無いか確認に回ってくる」

 

「わかった。後日開かれる作戦会議で話を詰めたら、連絡する」

 

「そうしてくれ。

 ガルマ様。戦場ではこのランバ・ラルに、”進路確保を任せて下され”」

 

 作戦とは別にある考察をしていたガルマは、向き直り退出の声を掛けるラルの言葉に、懐かしさを覚えた。

 

「うん……蒼い獅子を育てた青い巨星の働き、期待させてもらおう」

 

 スルリと出た自らの声に驚き、子と比べられて怒るかとも思ったがそんなことはなく。

 

「はっは! 獅子が咆哮する(メルティエ・イクスの)前に、星が敵を砕いて(ランバ・ラルのいくさを)見せましょう。

 では、失礼いたします」

 

 笑うのは自信に溢れた軍人。いや、武人を世に送り出した漢もまた、一人の武人だった。

 踵を返した背中には、立ち昇るような戦意をガルマへ見せる。

 

(ドズル兄さんに似た、でも何処か違う感じだ。何だろう。何が違うんだろう。

 ……やはり、私には”友”が必要だ。

 この感じを掴むためにも。そして、目標を追い駆け続ける為にも)

 

 ラルが抜けて行った空間をじっと、意志を込めた瞳で見つめたガルマは久方ぶりの邂逅を遂げるだろう友人を求めた。しばらく見ない間に彼は何処まで研鑽したのか、その彼に自分はどう映るかを想像し、気が逸ったのか緊張まで心身を走る。

 

「……フッ」

 

 武者震いのように震えた青年に、シュマイザーは口角を少し歪めた。

 それは嗤ったのではなく、先達者が次世代の若者へ期待して後事を託す、その顔に似ている。

 何故ならば、誰彼の希望をその双肩に負う男が成長を止めてはいなかったからだ。

 

 ジオンの将器は、己を知り拓こうと道を歩む。

 其れが家の為では無く、共に戦う皆の明日に繋がると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と機嫌がよろしいですね」

 

「うん? そうかね?」

 

 基地内を移動する中で、ジェーン・コンティは前を行くダグラス・ローデンに尋ねた。

 辞令を届けた彼女からしてみれば憤る事は有れど、今の彼のような含み笑いする問題ではないと感じていたし、ダグラス自身に落ち度が無かったが為に尚更であった。

 何よりも、ジオン公国の軍人とはいえ彼がザビ家の指示に諾々と従う姿に彼女は戸惑っていた。ジェーンはダグラスの秘書官ではあるが、実態はキシリア・ザビがダイクン派に属すダグラスを警戒して付けた監視役である。

 その彼女自身がザビ家に対して良い感情はもっておらず、ダグラスが何か企んでいようとも余程疑わしい動きさえしなければ見逃す積もりである。

 今回の辞令を受ける前から、ジオン軍の本国サイド3より遠く離れたこの地球で彼が何らかの行動を起こすかもしれないと考えてはいたが今日までそうした素振りは一切なく、部隊総指揮官として采配を振るって来たのだ。

 忠実に任を遂行しているのに、彼はその位置を動かされる辞令を受けたのだ。

 栄転ではないことは明らかだろうに、当の本人が毛ほども気にしていない。

 むしろ、したかった事に後押しでもされたかのようで、ダグラスの表情は明るかった。

 

「ふふっ。後方で楽が出来る、等と思わないでもないがね。

 あちらは子飼いの部下を上にする事でこちらを牽制、動きに制限を掛けようとしているかもしれんが、私個人としては今回の話は渡りに船というものでな。

 彼は働き過ぎなので、首に縄でも付けておきたかったくらいだ。前々から座っていた席を譲渡したかったし、私よりも上位の命でそうせざるを得ないのだから断れんだろう。

 幾ら嫌がろうと渋ろうと、上官の意向じゃあ聞くしかあるまい?」

 

「……そうなのですか? 私にも相談くらいはしてほしかったのですが」

 

「いやぁ、悪い悪い。これを職務放棄と取られては敵わんからな。彼と私だけで事を進めたかったのだよ。尤も、今日に至るまで平行線ではあったがね」

 

 皺が目立つ顔に愉快、と表現する初老の指揮官がカラカラと笑う。

 その様子にしばし呆気に取られていたが、彼女もクスリと表情を綻ばせた。

 

「お嫌でなければ、次は私も混ぜてください。人を説得するのには自信がありますから」

 

「ああ、構わないとも」

 

 二人が外へ出ると晴天の空、木々が彩る緑よりも隊員達が築いた大行列を目の当たりにした。

 が、人の密集した光景に驚かず二人は近寄る。すると姿に気付いた少女が飛び跳ねては小さな手を振るい、良く通る声で招かれ二人はまた笑った。

 

「まったく。あの子も現金になったな」

 

「四日前に比べ元気になられましたね。良いことです」

 

 二人は優しい気持ちで自分達を呼ぶ少女を見つめ、大行列に加わる。

 

「さて。後は待とうじゃないか」

 

 指定席が無いこの人だかりで、ダグラスは一人の観客になり先に集った彼らを見やる。

 

 彼らは、ある人物の登場を待っていた。

 九月の半ばも終わろうとしているが、彼らの住まう地は密林の蒸れた風を吹かしては、じんわりとした汗を体感させてくる。ただ湿気を運んでくるだけではなく、土の匂いと樹木の息吹を感じさせる香りで包んでは去って行くのだ。生きている実感はすれど、体感温度は留まる事を知らない。

 普段ならば、暑さに軍服を緩め肌を覗かせる女性へ熱い視線を送る彼らも、この日ばかりは本能に唆されずに、ただ待っていた。

 整地したばかりなのか、余分なものが一つも無いグラウンドに述べ三〇〇余名が整列している。

 彼らの前に有る艦は、光の当たり具合で金色にも観れるザンジバル級機動巡洋艦を始め、砂色のギャロップ級陸戦艇が複数並び、名実共に艦隊の様相を呈していた。

 力強い鼓動を発する艦隊は、言葉無く眼下に在る彼らを睥睨し、彼らもまた睨み返す。

 両者の睨み合いがこれからの船出、戦いへの不安と興奮を物語っていた。

 

「傾注!」

 

 学校にある朝礼台に似たものの上で、若い士官が大人しい外見に似合わぬ怒声を放ち、皆の注目を集める。

 ざわめきこそすれど、騒がず動く彼らをさざ波と称するのならば。彼らの視界に映る人垣は、さながら岩石の如く微動だにしない。

 過日の現地徴用により軍属となった彼らが憧れと、僅かだが其処へ確かに込められた嫉妬の視線を浴びせ、またその身に受けるのはジオン公国軍が正規軍人達である。

 ある種の敵愾心と取れる無数の眼に晒されながら、やはり将兵達はただの一人も動じず、むしろ誇らしげに胸を張る。その日々に揉まれ色褪せた軍服の方が、パリッとした真新しいものより数段も格好良く思えてしまうのは、如何なる技法を使ってか。

 

「部隊長殿より、挨拶がある。清聴せよ!」

 

 他の軍人より背丈も小さく、少女と間違えそうな童顔の士官は真横に身を引き、背後から現れた()()に場所を開けた。

 土を踏み締め、湿気を含んだ軍靴が鳴る。

 その自然体ながら堂々とした一歩一歩に、かの姿を視界に収めた者は固唾を飲み、集った全員がある感情を共有していた。

 

「多忙の時に、まずはご苦労」

 

 見る者全てに獅子の鬣を髣髴させる、灰色の蓬髪を風に踊らせ。

 

「耳聡い者は既に聞き及んでいるとは思うが、改めて告げる」

 

 刃物の如く鋭利ながらも、何処か暖かみを残す不思議な灰色の双眸は、彼の下へ集った一人一人の瞳を覗き込むかのよう。

 

「我々の新たな戦地が決まった。北米と南米、大陸間を繋ぐ要衝。パナマだ」

 

 その声が耳に障ることは無く、かといって小さくも無く。幾つもの緩衝がある空間を縫うように伝い、響いては跳ね。力強さと心地よさを同居させた肉声が、皆の耳朶を打つ。

 

「南米は連邦軍が総司令部ジャブローの地。敵は死にもの狂いで我々ジオン軍の突破を阻止せんと立ち塞がり、銃火が止まぬ日々が続くだろう」

 

 腰の後ろに回していた手を緩やかに目の高さまで掲げ、

 

「だが、我々は行く」

 

 ギシリ、と握り込んだ拳を軋ませた。

 

「何処へ赴こうと常と変らず。やるべき事もまた同じ。

 我々は進軍を務める一振りの槍であり、敵を討つ矢玉であり、陣を打ち崩す騎馬隊だ。

 そして、戦場では幻獣(ネメアの獅子)が如く、脅かすのが課された役目。

 これは単純な戦力では計れない、我々だけの強みであり、また責務である」

 

 かの人を見上げる将兵達は、朗々と語る男の姿をしかと視る。

 基地内に流れる噂では、先日の出撃で生死の境を彷徨ったとされ、瀕死だとも囁かれた。

 それが根も葉もない噂であると言わんばかりに獅子が部隊章の由来、部隊設立の発端である人物は衰え、病み上がりとは到底思えない存在感と覇気を発しては二の足でしかと立っている。

 

「だが間違えてはならない大事なことが一つある。敵を恐れる事は恥ではない。

 敵を知る上で最も重要なことは恐れと、それを乗り越える勇気だ。恐れを知らない蛮勇は無駄死にを招く、不要なもの。我々は戦いに往くが、死にに行くのではない。

 兵法曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず、と云う。敵を知るということは、敵の恐ろしさを正しく理解し、勇気をもってこれを打倒することだと思う」

 

 そう言って、大佐の階級を示す軍服に身を包んだ男は地平線にでも挑もうとするのか、獣じみた獰猛な笑みを張り付けた。

 

「再度、告げる」

 

 穏やかな中に戦意を感じさせた声の質を変えて、男は視線を戻しある一点に置く。何処かで誰かが身動ぎをしたのか有象無象の中で、艶やかな黒髪が揺れた。

 一呼吸ほどの”ため”を作り、 

 

「いざ、パナマへ! 難攻不落を我々が仕留めに向かう! 全軍出撃せよ!」

 

 大空に拳を突き上げた男が、咆哮を上げる。

 それが伝播したのか、全将兵が拳を空へ突きあげ追従の怒声を迸らせた。

 

「パナマへ!」

「友軍を援けに!」

「おれ達がパナマを落とすんだ!」

「連邦の野郎どもを蹴散らしてやる!」

「やぁってやるぜぇ!」

 

 其処に新参や古参といった隔たりは無く、只々視界に収める男と戦地を駆ける者の眼であった。

 膨大な声量と足踏みで大地を揺らす今の彼らに、出身や経歴等といったものは関係が無く。

 各艦の機関部から漏れ出る駆動音が、まるで獣の唸り声にも似て。

 獅子と称される男と、それに従う者達が新たな戦地へと向かう。

 

 数分前までこの場に渦巻き、身に巣食った不安と興奮を昂揚に変化された者達の中で、

 

「中々腹に響く声じゃないか。悪くないね」

 

 静観していた彼女は世に流れる人物ではなく、今其処に居る個人を見た。

 風に踊る黒髪の下、その貌を歪めたものは好戦的な色合いが強く。されど齎した人物を憶え刻むには申し分は無いと、弧を描いた鮮やかな赤い唇が称えた。

 

「――――っ」

 

 思い思いの雄叫びが咲く”群れ”に背を向け、乗艦するザンジバルに足を進める男は地面が()()()ような感覚に陥り、その歩みを止める。太陽の眩しく身体を刺すような熱射にやられたのか、汗が顎を伝い地へ零れ落ちた。

 周囲の人間は今後世話になる艦を見上げているのだろうと、そう思っていた。

 彼が間を置かず歩き出し、昇降タラップへ向かったから。

 その後も滞り無く動き、艦隊指揮を執る姿を見たから。

 補充兵や部隊人数が膨らんだが為に空きのモビルスーツが無いどころか足りないと聞き、整備中の愛機を何とかして使える状態にできないかロイド・コルト技術大尉に頼み込み、素気無く断られ落胆する、いつもの彼を目撃したから。

 

 だから、男の状態を正しく知っているのは、一握りの人間だけで。

 

「それはまた……よくこの時間まで立っていられたね。嘔吐感も酷かったろうに。

 君達も大佐の様子に良く気付いたね。それに運び込むのは大変だったんじゃないかな」

 

 医務室の主、軍医ヘンリー・ブラウンは診察したメルティエの症状と来るまでに処理した仕事量に目を細め、続いて任意では無く強制連行した彼女達の行動力を讃えた。

 

「しんどそうに顔色悪くしてるんだもの、丸分かりでしょ」

 

 ベッドに横たわり気分が楽になったのか、静かな呼吸だけ漏らす男を見つめるキキ・ロジータは呆れたように息を吐き、医務室に入っても変えずにいた仏頂面から力を抜いた。

 

「ちゅう、いえ、大佐の表情が硬かったのでもしやと思い……本当に悪かったんですね」

 

 一先ずは安静にすれば問題ないと聞き、ほっと安堵するユウキ・ナカサトは「困った人です」と眠り始めた様子に眦を下げた。

 

「本当にね。脂汗かいてる癖に空調の所為にするなんて。子供じゃないんだからさぁ」

 

 問答から始まり、遂には此処へ連れて来たアンリエッタ・ジーベルは苦しい言い訳をしたザマに嘆息する。そうして彼を眺めながら、自己管理ができないならこっちも考えが有ると睨んでやる。

 

「常のメルなら躱せた。それが当たるという事は、躰に力が入らない証拠」

 

 他の誰でもなく抵抗した彼の意識をすぱっと奪い、運び易くしたエスメラルダ・カークスは半眼で淡々と言う。私は怒ってるとばかりに、射抜かんばかりの視線である。

 

「では、自分はこれで」

 

 艦に慣れようと通路を歩いていたデルは、目の前で倒れる上官に驚き駆け付けたが下手人である彼女らの動機を知り、此処まで運ぶ役を買って出たのだ。

 

「ありがとう、軍曹。悪いけどこの事は内密にお願いね。必要だったとはいえ、上官に手を上げちゃったからさ」

 

 分かっています、と首肯したデルは静かに退室していった。

 強面で寡黙ながらも頼れる人員に、アンリエッタは「ああいう人は貴重だね」と語り、ユウキも「話を理解してくれる人は貴重ですね」と同意した。

 

 一部始終を見ていたヘンリーは、部隊戦力というより理解者として信頼されるデル軍曹を不憫に思ったが、自分も同じような立ち位置に居る事に気付き苦笑した。

 

「今日は今の点滴が終えたら帰っても大丈夫だね。

 ただ、こういう事が多発すると士気にも関わるだろうし、大佐を定期的に診ないといけないね。前々から無茶して此処のお世話になってた常連さんだし」

 

「うん、それはもう。此処にいる僕らとメルと良く話す人で様子を見るようにする。目が届かない場所で倒れられたらって思うと、気が気じゃないよ」 

 

「首に縄を付けたい心境」

 

「それは……気持ちは分からなくもないけど、やり過ぎじゃない?」

 

「大佐の威厳を損ねることはできません。……あの人は自然体で居てくれるのが良いんですけど」

 

 談議に熱を入れ始めた女性陣から離れ、壮年の軍医は健やかに眠る青年を診た。

 

「本当に、ウチの親分は大変だ」

 

 休まる暇がない、というのはこの男に似合う言葉だろう。

 せめて、今しばらくは良い夢を。

 

「おやすみ、大佐」

 

 そして、一日も早い復帰を。

 

 ”群れ”のリーダーが居ないと、彼らが寂しがるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
新型機が出ると思った? 残念、大佐に昇進して指揮権譲られた蒼い人でした!


メルティエの乗機は既にある機体なので、しばらくは変更ないと思います。思います!
他の人物が何に乗るかは、予想しながらお待ちください。

作者から言える事は一つだけ。
そして、読者の皆さんも思うことの一つ。


()()の敵と戦え、メルティエ・イクス。」


では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第54話:齷齪働く人、見守る人

 特務遊撃大隊ネメアが中東アジアから北米大陸へ向け出立し、早数日が過ぎた。

 現在は各地域の友軍基地から護衛が派遣されては別れを繰り返し、太平洋上を航行している。

 この護衛は中東方面軍司令ギニアス・サハリン少将の厚意で働き掛けられたもので、また対象が要人ではなく部隊という所にネメア隊への期待が読み取れる。

 加えて通常の二割増しの補給を皮切りに既存、新規問わず隊員への日用雑貨品支給、機材運搬用に輸送機を譲渡する等物資面での都合も(すこぶ)る良い。着任当初は満足な補給も支援も受けられず、一時期冷や飯扱い同然であった対応に比べ雲泥の差がある。

 あの対応は本意でなく、司令代行のノリス・パッカード大佐が任務の為同地を離れていた時期に不在を任せた者が行った、と聞いている。単独で戦線を支えるネメア隊救援に帰還したノリス大佐が駆け付けた事と戦闘後の謝罪から、努めて疑いはしないようにしていた。

 今回の優遇はカリマンタン攻略作戦での謝意と先の疑念を取り払う為と取れた。

 

 こうした事の理由としてネメア隊、中東アジア方面軍との関係が上げられる。

 まず、ネメア隊は突撃機動軍を統括するキシリア・ザビ少将直属の部隊であり、援軍要請により方面軍が展開する戦線へ入りはしたがネメア隊がそのまま麾下に収まった訳ではない。

 何故ならば、ネメア隊の属する突撃機動軍の下位に設けられた組織が地球攻撃軍であり、方面軍であるからだ。

 方面軍からすれば同位以上の部隊が着任したという事になり、下手をすれば今後の作戦に支障を齎す存在でもあったのだろう。ギニアス少将が自ら手掛けるアプサラス計画の件もあり、必要以上に関わりたくなかったのだと推測できる。

 また、キシリア少将からネメア隊へ宛てた指令書にも「同地方面軍と戦線を維持、打開せよ」とあるだけで如何様にも取れる内容である。解釈のしように()り自由性は高いものの、戦果が挙げられずに日が過ぎれば何らかの指令を下す可能性もあり得た。

 この問題に対し、隊総責任者であるダグラス・ローデン大佐が現地部隊との連携は重要であり、作戦行動上不可欠と理解している故に根気よく方面軍との情報交換、確度を強める体制を推進し、遂には確立した。これによりネメア隊と中東アジア方面軍は歩調を合わせ、以降の作戦行動や雑多な任務に臨めたのだ。

 此処まで至れたのは忍耐強いダグラス大佐、彼に協力したノリス大佐の存在が大きい。

 二人のどちらかが欠けていればカリマンタンへの道はおろか共同戦線構築すら遥か遠く、もしかすれば突撃機動軍と地球攻撃軍に属する部隊同士が衝突し、背後や内部に敵が居る状態で連邦軍と戦う羽目に陥っていたかもしれない。

 これらの成果は功績に残らないものの、職務を全うしようと粘り強く、其れを貫こうとする意志がアジア戦線を突破させ、勢力圏拡大へと踏み出させたのだ。

 同地を離れた後に、老練な手腕を解したメルティエ・イクス大佐は『指揮官、責任者、代表者』という不慣れな三重苦に苛まれつつ、大多数の人間に知られずとも事を進めてやり遂げた”大人”の両者が越え難い壁のように思え、足元が覚束ない感覚に囚われていた。

 先達者の彼らと同格にまで昇進した今になり、分不相応な地位に居る自分を感じて意気消沈し、しかし二人と肩を並べる人間に成りたいと心に芽生えたのはどうしてか。

 憧憬が生んだ向上心の為せる業なのか、子供のような拙い対抗心からなのかはメルティエ本人にも解らない。子供が大人に憧れるものに似ていると、僅かに掴める程度だ。

 そして、只今在る海上に、空に身を置いている間にもやれる事は多い。手が空いている時は以前にも増して精力的活動し、各部署へ出現している。

 シーマ・ガラハウ中佐、ケン・ビーダーシュタット中尉らが古参、新兵交えモビルスーツ運用を題材に開いた講義へ参加し、時には自ら教鞭を取った。それは航空、戦車、歩兵科でも変わらずに赴き同様のことをしている事から全体を通して部隊指揮官の認知度が高い。

 また、講義内で専門外の事は積極的に聞き知ろうとする姿勢は既知者特有の嘲笑を受けるも概ね好意的に受け取られた。

 何より兵科に合った戦術を知らず指揮を執られる事の方が恐ろしいし、理解しようと少なくない時間を削って動く男に悪感情が湧かなかったからだ。

 この行動と距離感がジオンの蒼い獅子、メルティエ・イクス大佐というビジョンから脱し、一人の青年メルティエ・イクス個人に向けられ始める。これまでの功績と逸話、風聞で塗り固まった評価から戦闘狂、命知らずな戦争屋と思われていた目が緩和するに、そう時間を必要としなかった。

 部隊員の心象が移り変わる中で、渦中の男は視線と手元を忙しく動かし、本日の事務処理に追われていた。各部署から上げられる報告書に目を通し、受領報告書と共に送られる署名証とを確認しながら進めている最中である。

 現時点でメルティエの著しい成長と云えば、地球降下以前は慣れない事務作業に処理能力が陥落寸前だった彼が過去の三倍の速度で遂行していく今の姿こそ、正しくその証左ではなかろうか。 

 

「………ん、これは装備リストに抜けが有るだろう」

 

 移動が多い身上故にモバイルPCで作業を進める中、あるモビルスーツ小隊の装備に抜けがある項目を見つけ、チェック欄にレ点を付けた。これ以外にも陸戦隊の中で同様のものがあり、各隊の直責任者が慌てて確認作業に入っている。

 

「了解。担当者へ問い合わせを」

 

 補佐役に就いてくれる馴染み深い声へ頷いて返事をして、新任大佐は疲労が色濃い息を吐いた。

 チェックに引っ掛かった者の殆どが現場からの叩き上げ――――つまりは、管理する側ではなくされる側だったのだ。自己管理と少しばかり周りに気遣えば良いだけだったのに、急に目配りしろと言われても困惑するというもの。

 その目に見える反応として、今回のような報告書の手直しや装備リストの項目抜けがある。とは言え、これらは然して難しいものではない。日頃から続ければ嫌でも慣れるし、要点を押さえたものに仕上げる人間も居るのだ。

 つまり個々人の人間性は幾らかは加味するが、一度”作業”として定着すれば時間が解決する問題である。まずは面倒だと認識しつつやろうとする意識付け、その次は脳内のスケジュール表に書き込まれるほどの日課になるまで、最後は意識せずとも体が動くようになれば工程修了である。

 自分もそうだったと述懐するメルティエは当時を思い出し、自然と苦い笑みが浮かぶ。

 

(一パイロットの身から小隊長に任命されたら、色々と勝手が違うのは当然だ。

 彼らの気持ちはわからんでもない。俺がそもそも、そうだったんだからな)

 

 先程まで精査せずとも問題が無い報告書に目を置いていたから、それが尚更思い募る。

 確認できるデータ上、ガラハウ隊とビーダーシュタット隊は抜けがない。

 隊長自身の気質もあるだろうが、戦場の過酷さを身を以て知る彼らは生死が関わる問題にシビアでリアリストだ。装備項目一箇所どころか、弾丸一発分のミスもないのだから確認する側としては安心して捺印できるというもの。

 とはいえ他の隊は未だ抜けが有り、各隊長クラスに問い合わせが発生するのはよろしくない。

 見習うべきは見習い、正すべき所は正すべし。

 尤も、此れが大いに難しいものではあるのだが。

 

「熟練者だけで構成された隊は必須だが、新人を教育する隊も同じ。

 ガラハウ中佐あたりに教導隊でも組織してもらうべきか?」

 

「中佐はパイロット、指揮能力が共に高い。教導隊長としては確かに適任。

 けれど、中佐が抜けるとガラハウ隊弱体化に繋がる。この人事を通せば部隊全体の戦力が下がる一因になりかねない」

 

 ザンジバル級機動巡洋艦ネメアの私室でメルティエは眼精疲労とはまた異なるものを覚えつつ、一定の音感で打っていたキーボードから指を離し、執務席代わりに利用している丸テーブル、その真向いに座るエスメラルダ・カークス大尉へ視線を留める。

 

「シーマ・ガラハウが抜ければ隊が危うい、か。

 女性兵士が多い時代とはいえ、本当に優れた出来人だな」

 

「本領はモビルスーツ戦だけど、他に艦隊戦、陸戦隊の指揮もできる。

 ガラハウ中佐は戦隊指揮官か、重要施設の防衛隊長に収まっていても不思議ではないヒト」

 

「実質、ウチのナンバーツーは彼女だろうな。

 パイロット気質だけどマルチに動ける人だし、下の人間からは良く慕われている。部署が違っても顔が利くのは強みだ」

 

 メルティエが指揮する特務遊撃大隊ネメアは他のジオン軍と同じくモビルスーツが主体となる。ミノフスキー粒子を最大限に活かす兵器がモビルスーツであり、世に初めてモビルスーツを出した組織がジオン軍である事からこの体制は当然と云えた。

 モビルスーツは全長が十八メートルを超え二足歩行の機械仕掛けの巨人であり、宇宙空間ではAMBACを利用した優れた旋回能力を有し、地上では悪路を越える走破性と跳躍、空中機動も可能とし、巨体な分武装も強力で火力が充実している。

 しかし戦場はモビルスーツで出撃、突撃、制圧で終わるものではない。

 戦場が地球に戦場が移った今では、拠点攻撃や前線に出るモビルスーツを火力支援する戦車と、敵地偵察や施設占拠を旨とする歩兵で編成された陸戦隊が必要だ。

 また、空からの偵察任務と戦車や艦船の弾道射撃観測、または爆撃等を行う航空部隊は制空権を確保する上で欠かすことができない存在であるし、作戦行動を継続させるに必要な弾薬と資材等の物資調達から運搬を担う補給部隊は文字通り戦線を支える大事な部署だ。

 これら兵科の重要性はモビルスーツが戦場の王者となっても変わらず、互いの優位点が重なる事で強力な部隊が誕生するのは自明の理であった。

 特務遊撃大隊ネメアはその名の通り各戦線に遊撃戦力として投じ戦果を挙げることを期待され、是に臨む部隊である。アジア戦線の中、単独で事に当たる頻度と現地の友軍と足並み揃える難しさを身に染みて痛感した前任ダグラス・ローデン大佐により、主力に据えるモビルスーツ以外の兵科も見直され戦力拡充へと走っていた。

 現在のネメア隊はザンジバル級機動巡洋艦一隻、ギャロップ級陸戦艇六隻を所属艦とし、更には輸送機ファット・アンクル六機も有する大所帯となっている。

 ザンジバルはモビルスーツ九機を搭載し、その整備スペースをも確保することで高い継戦能力を持つ。各ギャロップはモビルスーツ以外にもマゼラ・アタック、ドップ、ルッグン等が搭載され、一隻が移動基地として機能することからさながら移動する拠点が出来たようなものであった。またカーゴ後部にファット・アンクル専用の着艦デッキを設け、輸送機から直接搬送できるよう改造が施され、他にも改修されている。

 この規模まで膨れ上がった同隊の指揮官が開戦時期は尉官の身分で、今年の初めにモビルスーツ小隊長となったばかりの男だと聞いて驚かずにいられる人間が居ようか。

 

「全体の約六割弱が現場叩き上げの人間で、うち開戦以前から職業軍人であった人間は三割未満、下手すりゃ二割まで喰い込むとなんと少ないことか! 他の部隊も同じような現状だろうが、保有する戦力に比べて人材が若々し過ぎる」

 

 階級が上がろうと現場気質、パイロット気質の傾向が強く、この人事も分不相応と自己評価するメルティエは目下の悩みと直面していた。

 彼の所へ届く情報を整理すれば、ジオン軍の慢性的な資源不足は地球の豊かな鉱物資源を抑える事である程度水準までは満たされた、と聞く。オデッサ基地を始め地球降下作戦で占領した鉱山群から資源を宇宙へと送り、軍の現状はこれを基に軍を回していると言っても過言ではない。

 ルウム戦役で連邦軍宇宙艦隊に大打撃を与えたとはいえ、同宙域で消耗した戦力はジオン軍にとっても大きく、そのツケに今も振り回されていると言ってもよい。

 そうした中で漸く目処が立ち、宇宙攻撃軍再編が徐々に進められているという。

 この流れは一軍人として大変喜ばしいものだったが、部隊長としては頭を抱える悩みであった。

 宇宙攻撃軍の再編が進められる、という事は本国や協力関係にある各サイドから選出、募兵で集った人材が宇宙(そら)で止まるという事に他ならない。サイド3防衛の要衝である宇宙要塞ソロモン、ア・バオア・クー、月面基地グラナダから代表される防衛戦力は地球降下作戦、攻略の際に一時期大きく下がっている。先述のルウム戦役で損耗した戦力のまま攻略作戦を発令したのだ。軍全体の士気高く、国民の強力な後押しがあったがために現在の勢力図となってはいるが今も昔も綱渡りのような状況である事に変わりはなく。それはつまり、低下した戦力で地球攻略作戦を継続している最中であり。漸く戦力回復の兆しが見えたと思えば補充人員を宇宙に留め、地球へ送らないという有り様であった。

 無論、本土防衛を疎かにしてよい筈が無い。その事は百も承知ではあるが、宇宙で連邦軍に残された拠点はルナツーのみで地球近郊の宇宙ステーション、中継基地はジオン軍に制圧、占拠されている。今日に至るまで宇宙艦隊の七割弱を失った連邦軍が、ジオン軍の宇宙要塞に近寄る所か地球とルナツーのルートを潰されている状況では作戦行動出来うるか怪しい。

 ルナツー攻略作戦が温まっている、発令されるのであれば宇宙に戦力を留めるのも成程、納得できるというもの。しかしその指令が届くどころか、聴こえてすら来ない。

 如何にか資源不足が賄えたと思えば、同時に浸食していた人材不足の影響力がより濃く浮き彫りになり、苦しい状態には変わりない。

 ネメア隊は裁量の範囲で現地徴用、募兵で凌いでいるが、人員調整を行おうにも他戦線の部隊と同様、指揮官不足に喘いでいるのが実情である。

 

「ケン中尉は?」

 

「ケン中尉は元々正規軍人ではない。パイロット技量が高く、前線での目利きが優れてるからこそ指揮官に抜擢したいが、義勇兵であるという点がどうしても尾を引く。中尉の下に入る人間全てが義勇兵や現地徴用の兵士であるなら問題はない。

 だが、そういう人員配置ができない現状がスムーズに人事をやらせてはくれん。当然隊の中には少なくない正規軍人達が居るし、増員で入った人間は指揮経験はおろか実戦経験もなく今回の作戦が初陣になるのがほとんどだ。

 …………それに、ケンは古参に入る。ハッキリ言うなら、俺と親しい人物だ。

 正規軍人を差し置いてモビルスーツ隊の中隊長に任命したら、贔屓だと要らんやっかみを受ける可能性もある。全くもって面倒だよ、ほんっっっと!」

 

 エスメラルダが黙って聞いていると、次第に話の内容が愚痴一色になり「管理職は面倒くさい、まだ目前の敵と読み合いしてた方がマシだ」とダグラスの幕僚が聞いて居れば喜び告げ口するようなものを垂らし続ける。

 これが重責の身上で精神的に弱っていると診るべきか、自分の前だから胸の内を吐き出しているのかを悩みつつ。遂には頭を抱え唸り始めた青年を捉えながら、彼女は意見を求められていると悟った。

 

「トップ少尉、デル軍曹はルウム戦役へ参加経験有り。加えて、少尉は後詰とはいえモビルスーツ隊を率いて戦闘を重ねているから指揮経験もある。軍曹はその指揮下で戦い、今日まで生き残っている。他にもルウムの帰還者は居たみたいだけど、地球降下部隊配属の折に別部隊へ再配置。

 良い人材ではある。けど惜しむらくは隊の新参であるから隊の上位に押し上げるには中々勇気が要る、というところ」

 

「少尉と軍曹か。二人ともこれまでの戦績は十分、地上機への転換訓練でも適応判定が高く即戦力成り得る。今は確か、新しい機体の慣熟機動中だったか?」

 

「ドダイに乗っての哨戒任務も兼ねている。昨日までの操縦を見るに、問題はないと判断した。

 但し、まだ重力圏内の機動戦闘には不安が残る。これはキャリフォルニア・ベースで演訓を行い確認する予定。私的意見を含むも、実績と経験を見れば二人とも小隊を率いて何ら問題が無い」

 

 唸りをピタリと止めたメルティエが顔を上げ、エスメラルダに向き直る。

 部隊の実利と隊員の感情を推し量っていた男が惹かれたのは、平坦ながらもつらつらと流れる言葉か、それが齎される小さな桜色の唇なのかは本人しか分からない。

 ただ判るのは、余分なものを背負い込み過ぎたせいで大佐の思考の海が淀み、其処へ大尉が一石投じて波紋を生んだという事か。

 

「ローデン大佐が任せた以上、ネメア隊はメルの部隊(もの)

 

 会話を切ってから丁度十分が経過する頃に発せられた声。

 二人だけの空間で広がったその意味に、考えを纏めようと瞑目していた男は眉根を寄せる。

 

「隊員の部隊配置の一つで悩んでいては身が持たない。それは理解している筈」

 

「…………ああ、成程。俺は()()思い違いをしてたワケか」

 

 何事か理解したのか天井を仰ぎ「参ったなぁ」と呟いた。

 数分放心したようにそのままで居たが、緩やかに口角を引き上げたメルティエは火傷が目立つ手で顔を覆い、くぐもった笑い声を漏らした。

 

「近日中に、全隊の人員配置が適切かどうか検討し、必要であれば再配置とする」

 

 姿勢はそのままに硬い声で、はっきりと宣言した。

 その声音は云々唸り悩んでいた先程とは比べるべくもなく、彼本来の力強さを感じさせた。

 何かに削られていたメルティエ・イクスが戻りつつあると、補佐として駐在するエスメラルダは彼を眺めながらコクリと頷く。

 

「そう。貴方の差配に私達は従う」

 

 もう思い違いしてはならない、と。

 ()()がどういうものか、解らないのなら解らせれば良い。

 彼に異を唱えるならば捨ててしまえば良い。彼を蔑にするならば除けてしまえば良い。

 蒼い獅子が築き上げたものが、此処であり其のものなのだから。

 蒼い獅子に従うならば、誰も彼もが同胞だ。

 蒼い獅子に反するならば、誰も彼もが唯の敵だ。

 

(だから、貴方はもう一歩下がって仲間と共に在るべき)

 

 エスメラルダの瞳の奥には、まだあの”時間”が残されていた。

 自軍勢力圏側からの不意打ちという事態に思考を真っ白にしたまま現場に到着し、ミノフスキー粒子に浸食された通信機能が経過時間と距離を詰める事で回復した際、彼女の耳へ入ったのは隊最年少のリオ・スタンウェイ曹長が自身の直視した現実を否定する慟哭だった。

 変声期を通っていない透き通った声が、悪感情によって喉から歪められていたのだ。

 そうして、エスメラルダも己の眼で知った。

 重モビルスーツと謳われたドムの、メルティエが搭乗する蒼い機体の胸部が無残にも破壊され、内部機構を晒されたその中心部、頭部まで光の剣――連邦軍が開発した新兵器だろう――によって串刺しにされた姿を。

 

(貴方がああなるのは、ああなってしまうのは、()()()なければならない)

 

 まるでメルティエの肉体が刺殺されたような幻視は、エスメラルダを苛み続ける。

 彼が今此処に居るのだと、共に呼吸して言葉を交わしていようとも彼女の中を占めるのは安堵では無く不安であり、男を喪う恐怖に慄く女が其処に在った。

 幾度も機体が損傷しようと、負傷しようとも生還している彼も不死身ではない。

 前線で戦う他の兵士同様、行動の積み重ねの上に命を賭け、生死を分かつ中で勝ちを拾っているから生き残っているに過ぎない。

 それはエスメラルダも同じだし、戦場に居る全ての将兵が負うものだ。

 戦場に安全な場所等は無い。

 最前線で銃弾の雨から生き残る者も居れば、自陣奥で指揮を執る者が敵の奇襲に遭い戦死するのが戦場と云う暴力の世界だ。

 彼女がそうなる順番を求めても、死は等しく降り掛かるもの。

 それを懸命に薙ぎ払うか、躱し切ることができなければ死ぬだけ。

 自分だけを守るのに精一杯である過酷な場所で、困った事にメルティエ・イクスという男は他人をも守ろうとする。

 以前言っていた「欲張り」がどういったものか理解している彼女は、遮二無二キーボードを打ち続けては事案を練る彼を横目に重い溜め息を吐く。

 

(エースを奥に引っ込めようとする部隊は、此処だけ。きっとそう)

 

 なんて、可笑しな部隊。

 でも、何処か自分達らしいと思えるのが不思議だ。

 何故ならば、ジオンの旗に集ったのではなく。蒼い獅子という英雄の下へ集まったのだから。

 最初は宇宙移民者の独立を勝ち取るために意気軒昂だろうと、いずれ士気は尽きるもの。

 今のネメア隊に名を連ねる人員、協力者達はそんな大仰な思想で戦争を続けているのは少数で、珍しい部類なのだ。ジオン軍部隊としては可笑しい事に。

 思想に共感したわけでも、約束事に縛られて戦うわけでもない。

 気付けば心に残り厄介ながらも頼れる、それでいて鉄火場へ逡巡せず足を踏み入れるこの危うい大馬鹿者が好きなのだ。 

 職業軍人に有るまじき、軍隊から逸脱した集団が此処の連中なのだから。

 それでいてジオン軍では存外に珍しいものではないのだから、軍上層部からしてみれば恐ろしい事態だろう。

 

「馬鹿ばっか」

 

 メルティエが作業に没頭する中、聴こえた文句にPCの液晶画面から引き揚げ目にしたのは。

 

「……なに?」

 

「ん。いいや、何でもない」

 

 はぐらかして、また作業に戻る。

 何故そんな行動をしたのか、彼にも不明だった。

 

 ただ、彼女の夕焼けの色にも似た瞳が、誇らしげに輝いていたから。

 それに照れて、まともに目を合わすことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくもまぁ、これだけの機体を用意したもんだ」

 

 ネメア隊が擁すギャロップ艦隊が二番艦、そのモビルスーツハンガーでシーマ・ガラハウ中佐は目に映ったものを認めて愉しげに笑う。

 航行中の為足下が揺れ不慣れな整備兵がよたよたと動き作業を進める中で、彼女はそうした艦船の動きに慣れたものだと合わせてさえいた。

 作業場独自のものに加え機械油の臭いが鼻を衝くが、それらの集合体を操作するシーマにとって嗅ぎ慣れたものだ。腐臭、血臭に比べれば不快感すら湧かない。

 

「で、手懐けられそうかい?」

 

 彼女が見上げるモビルスーツ。MS-06G、陸戦高機動型ザクIIのコックピット・ハッチから部下の一人が顔を覗かせる。シーマの姿を視認すると満面の笑みを見せ、ガッツポーズまで取ったのだから、十分な戦果なのだろう。

 

「シーマ様、こんな良い機体、本当にアタイが乗ってもいいんですね!?」

 

「ああ、好きにしな。本日付でソイツはもうアンタのもんさ。精々可愛がっておやりよ」

 

「よっしゃー! 返せったって返しませんよ!?」

 

 うら若き乙女がドデカイ人形をプレゼントされて大いに喜ぶ。それも如何かと思いもしたが、新しい機体に御満悦のようで何より、と笑い掛けてやる。自分達パイロットにとって戦場で運命を共にする乗機なのだから、優れたモノにした方が断然良いことではある。

 そして、付け加えるならこれは完全な新品ではない。

 今も部下達がモビルスーツを起動させ、静止状態で異常が無いかを確認している。それが万が一にも滞る事はないことをシーマは知っていた。新しい機体と喜んでいるこれらは、全て現存のザクを改修されたもの。慣れ親しんだ愛機に改良を施したのだから、新品に乗り込むよりもOSや行動設定をいじらなくて済む。

 パイロットは乗機がグレードアップした事で加速性や機動戦闘時の機体体勢等、システムの修正が発生したが完全な新型機を渡されるよりもこちらの方が早熟できるし、何よりこれまでの戦闘を駆け抜けた分愛着がある。

 彼らも一パイロットだ。確かに新型機への憧れはある。あるのだが、機体転換訓練を作戦航行中に実施し、十全に成れるかと問われれば難しいものだ。

 所謂、現実を見据えた妥協である。

 これらはネメア隊首脳陣が現戦力の底上げを狙い、その一環として企画されロイド・コルト技術大尉、メイ・カーウィン整備主任ら整備班、技術班に骨を折ってもらった結果である。

 戦力強化と即戦力化を可能とする今回のやり方は小隊規模で順次回し、中東アジアを発つ前に隊所属機全てを完了させたというのだから頭が下がる。

 ザクIIというヴァリエーション豊かなモビルスーツ、それに慣れたパイロット、作業を統括する有識者、熟練の整備兵、モビルスーツ整備環境。全てが噛み合ったからこそ実現できた。

 実現させる土壌と隊員を信頼する上官、信頼に応える部下。

 当然の事とはいえ、これらが現実にある部隊はそう多くないだろう。

 長い戦闘によるストレス、不満による上下の軋轢は何処にでも転がっているし、モビルスーツの整備環境が良い所も限られている。戦地によっては野戦キャンプすら構築できず機体は雨ざらし、砂塵塗れだとも聞く。

 それらに比べれば間違いなく、自分達は恵まれている。

 着任当初は重力、自然環境と云うヤツに悩まされたものだが半年近く地球にいると心身が慣れ、適応していた。忙しさの内に気にしなくなった、という方が正しいのかもしれない。

 

(しかし、アレだね。我らが指揮官殿はいつ休みを入れているのやら)

 

 メルティエは部隊長の仕事をこなした後、モビルスーツハンガーに出没しては愛機の整備状況を聞き、各部署の担当者へ改善点と激励をして動いている。執務室と化している私室で今も作業している。本日のお目付け役としてエスメラルダが入室しているし、適宜休憩を進言するだろう。

 昨日はアンリエッタ・ジーベル大尉、一昨日は引き継ぎを兼ねてダグラス・ローデン大佐、ジェーン・コンティ大尉が同席していた。

 部隊間の情報摺り合わせの他、コミュニケーションの一つではあるからシーマもローテーションに入っている。

 ただ、モビルスーツ関連でロイドとメイの名前が載っている事は良いとして、キキ・ロジータ等が連なっているのは如何なものか。

 ケン・ビーダーシュタット中尉を始め隊の古参兵以外、新兵達とも意見交換の席を設けている。が、それも部隊長の身分からしてみれば異例過ぎる。部隊内の円滑な意思疎通を目指してるのだとしても、それは各隊長クラスまでに留めるだろう。末端兵士までその範疇に入れるのは特殊な部類ではないか。

 

(飯時まで食堂に顔出すしね。あれじゃ、他の佐官連中が真似しなきゃならんだろうに。

 ……いや、其処まで狙っているのか。釜飯を囲めば将兵の間に一体感ができるって?

 古代の戦場じゃないんだし、そいつは幾らなんでも難しいと思うけどねェ)

 

 何にせよ、フットワークが軽過ぎる。その一言がメルティエ大佐の特徴であり、類を見ない特性であろう。その軽さが戦場でも発揮されるのが恐ろしいことなのだが。

 だが、それもある程度は緩和されるに違いない。

 なにせその為に、彼の座乗艦としてザンジバル級機動巡洋艦は配備されたのだ。

 これはつまり、蒼い獅子は前線を駆けるエースとしてではなく、士気を維持するシンボルになれと期待されているに違いなく。本人がどう思おうと、上はそう考えているということ。

 真紅の稲妻ジョニー・ライデン少佐自らザンジバルの護衛に就き、指令任務のついでと思い込んではいたが「賜るものから察せ」というキシリア・ザビ少将からのメッセージだろう。

 しかし、それを言うなら試作機も運び込んでいる事実がある。

 それがシーマの考えに波紋を呼び掛けているのだ。

 態々ダグラス・ローデンではなくメルティエ・イクスの座乗艦とした理由が、シーマ・ガラハウには分からない。

 艦隊指揮をそのまま任せるなら、ダグラスの座乗艦にするべきなのは明白。だが現実はモビルスーツで出撃する頻度が高いメルティエの座乗艦である。

 ならば何故、性能の高い試作機を預けたのか。

 

(艦隊指揮を執るなら後方に引っ込まざるえない。モビルスーツを活用するなら前線に出なくてはならない。あの試作機は見た所、キャノンや遠距離兵装は積んでいない。追加パックでも開発中なのか? それなら、追加パックの開発終了後送ればいい。そうすりゃ、後方支援をしろという意思が見える筈)

 

 其処までの考察がシーマの悩みの種であった。

 上官であるキシリア少将の思惑が理解できないのだ。エースが前線に出張るより、温存を考えて艦船を与えたのか。実戦データを収集、機体完成度を上げる為に試作機を寄越したのか。

 ザンジバルはもとより部隊責任者がメルティエだとして、その彼がモビルスーツで出撃、戦死したとすれば大いに混乱が起きる。

 

(――――いや、まさかね)

 

 何にせよ、試作機のパイロットはメルティエなのだ。

 ザンジバルの指揮は艦長を指名し、その者に預けても問題はない。ギャロップ艦隊もダグラスが司令として据わっている。ネメア隊の今後は機動力に優れたザンジバルとそのイクス隊、部隊支援火力に富んだローデン艦隊とその援護を受け突撃するガラハウ隊、現在改良中のファットアンクルからなる空挺部隊が在る。

 

(私らはもうやるだけ。先の事は蒼い獅子が導いてくれるさ)

 

 過去を捨てる、その契機を与えてくれたキシリア。共に並ぶことを良しとするメルティエ。

 他にも自分達と戦う、気の良い連中が大勢居るのだ。このネメアという隊には。

 

(難しい事は棚上げして、目の前の仕事に取り掛かるのも悪かない)

 

 その後も部下と機体の様子を観察し、次の戦場でも問題ないとシーマは判断した。

 作戦の前に余計な考えは隙を生む。それでなくても大規模作戦なのだから意識を集中すべき。

 真正面を向く彼女の判断が正しかったか確かめるのは、いましばらくの時間を要する。

 

 確かなのは、彼女を始め隊員達の戦意が高まっていることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。現在艦これの第十一号作戦に参加ですわ。


今回は旅立った彼らの近況、といったところ。
近々戦闘に入る、予定です。ハイ。


では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第55話:エンカウンター(前編)

「こちらニッキ。所定のポイントに着きました」

 

 ジオン公国突撃機動軍が特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」に所属するニッキ・ロベルト少尉はMS-06J、陸戦型ザクIIのコックピットでモニターに表示される情報を睨みながら口を動かした。

 地球に降下して以来、ニッキにとってザクIIのコックピットは弛まぬ訓練と実戦を経て躰に馴染ませたもの。今では目を閉じたままで望む操作が可能である。

 その彼が只今在る場所はパナマに近いサンチアゴ山の麓、時刻は部隊名と同じく闇夜の中だ。

 彼らがこの場所に足を運んでいるのには、幾つかの理由があった。

 一時期は苛烈に追い込みパナマ運河までを境界線に切迫したジオン軍であったが、現在は連邦軍の長距離砲撃からの度重なる反撃に戦線が後退していた。

 これは連邦軍の重爆撃機デプ・ロックによる髙々度上空からの絨毯爆撃等ではない為、対空兵器等による対策が講じる事が出来ず射程距離からの離脱を強いられている。

 この際、地球軌道上から監視する宇宙攻撃軍により地上発光現象が着弾地点から一三〇キロ程の所からのものであることが判明しており、その内の最大射程が二六〇キロ前後が確認されている。

 だが、この射程距離は然程驚くものではない。

 重篤な電波障害を齎すミノフスキー粒子外からならばミサイル攻撃は有効ではあるし、そのミサイルは三〇〇〇キロ以上離れた場所から打ち込める。

 その手段が採れないのは先述にあるように、進路上にあるミノフスキー粒子が散布された地帯へミサイルが侵入すると現在位置、目標地点を管理するコンピュータのシステムがダウンし、見当違いの方向へ飛来するか自壊する、したからである。

 他にも戦地とは言えその場所に住まう住民の存在や単純に得られる戦果と消費される戦費の釣り合いがとれない事も重なり、現時点でのミサイルを使用した攻撃は両軍共に行われていない。

 そうした現状の環境と物資面の問題から旧世代の有視界戦闘が主となった中で、二〇〇キロ超えの射程距離を有する攻撃は脅威であり、戦線が後退しつつある中で早急に打開せねばならない事は誰にでも理解できるものであった。

 他の北米駐屯部隊と同様に、ニッキが名を連ねる「闇夜のフェンリル隊」もこの問題に苦慮する北米方面軍司令部より指令を受け戦地に臨んでいた。

 

『了解、ニッキのザクはその位置で待機。ル・ローアとマッドからの合図を待て。

 シャルロッテ、リィも問題なしか?』

 

 通信機から「闇夜のフェンリル隊」を束ねるゲラート・シュマイザー少佐の声が出力される。

 目前では低く硬い声のため威圧感はあるものの、戦場と云う極限の場所に於いてこれほど頼りとなる声源は無いだろう。

 実直な軍人然としたシュマイザーは規律を重んじる一方、戦況に合わせ臨機応変な指揮を執る。淀み無く冷静に判断を下し、安心感すら与えるこの指揮官は若いニッキにとって尊敬に足る上官であり、戦意を維持する上で欠かせない存在なのだ。

 尤も、これは他の隊員も同様の気持ちを抱いていることと想像に難くない。

 

「はい、後続共に問題ありません。少し木が多くて視界が利きませんが、行動に支障なしです」

 

『ん。……ニッキ、小隊長だからといって力み過ぎた。もう少し肩の力を抜け』

 

「え? いや、はい。すいません」

 

 ニッキはそう言われ、初めて自身の硬さを感じとれた。

 気付けば指が無暗に動き操縦桿を擦っているし、口の中も乾いているようでザラザラとした感触がある。思えばヘッドアップディスプレイの数値を正しく認識していたか怪しいことにも。

 シュマイザーに指摘されなければ分からなかった事もあり、自分は緊張していたのだとニッキは痛感した。

 

『いつも通りで構わん。視界を広げて行け』

 

「りょ、了解です!」

 

 ディスプレイ上にワイプが表示されてはいるが、通信状況が不安定なのもあり相手の顔は映らず「SOUND ONLY」の字幕があるだけ。

 互いに顔色が分からない。なのに声だけで相手の状態が判る上官に、改めて尊敬の念を抱いた。

 

 ヘッドアップディスプレイに変化があり、登録された僚機の反応が自機後方に就いたことを知ると、ニッキは深呼吸を一つ置き汗ばんだ首元を拭う。

 隊員が補充された事から部隊編成が一新され、隊を二つに分ける事となった。

 アルファ小隊にル・ローア少尉、マット・オースティン軍曹。ブラボー小隊はニッキを小隊長に、シャルロッテ・ヘープナー少尉、リィ・スワガー曹長となっている。

 この組み分けは経験と技量があり、連携もとれるル・ローアとマット、他三名の間で確かな力の差があった為である。単純な戦力はブラボー小隊より少ないが、能力は遥かに上回っているのだ。

 この人事に難色を示したニッキとシャルロッテであったが、シュミレーター上で二対三の模擬戦に加え、各小隊で挑んだ仮想敵『蒼い獅子』との成績から納得せざるをえなかった。

 なお、勝率については小隊員の事情(プライド)を鑑み黙秘とする。

 

『ちょっと、シャンとしなさいよ。私達の隊長なんだから』

 

 ブラボー隊機のみでリンクされた通信コードから、勝気な女性の声が入る。

 部隊発足当時からニッキと度々衝突しあったシャルロッテからだ。今回の人事で一番反応が激しかった人物であり、性差別に過敏な女性である。

 

『ニッキ少尉、シュマイザー少佐がおっしゃってくれたように、普段通りで大丈夫です。

 意識しない方が良い事もあります』

 

 何処か上から目線のシャルロッテに苛立ちを覚えたが、落ち着いた声のリィが励ましを受け、ぐっと堪える事にした。

 些細な事から転じ、戦場で口論なぞ以ての外である。

 有り難いことにリィが緩衝役、二人を宥める人柄であったから喧嘩腰にならずに済んでいるが、もし場を掻き回す類の人間だったら最悪の展開が予想されるだろう。

 古株のシャルロッテより新参のリィを有り難がるのもおかしな話だが、実際ニッキはそう思っていた。

 彼らの場所はサンチアゴ山の南側ジオン勢力圏寄りで、ル・ローアらアルファ小隊はサンチアゴ山近郊の北側森林地帯へ配置する手筈だ。

 連邦軍に所属するものは発見次第撃破が当然のことだが、今回はある目標物を索敵、撃破する事が最優先目標である。

 その目標物を探るスカウトとして、アルファ小隊は先行している。

 単純火力、手数があるブラボー小隊は後詰であり、迅速に撃破する役目を割り振られていた。

 此処にもパイロットの力量差が窺えるが、事実斥候役は情報が不透明な地帯を進軍する困難な任務であり、若輩者に任せられるものではない。特に連邦軍が前線を押し返す場所なら尚更である。

 むざむざ戦死させる気はない、というシュマイザーの親心のようなものだが。正しく理解すべき若手の心中は如何か。先の件から汲み取れるだろうか。

 

「――――合図だ! 二人とも、情報取得完了したか!?」

 

 作戦コード「デルタ」がディスプレイに表記され、次に意味不明な記号の羅列が浮かび上がる。ニッキは素早くサイドボードに手を伸ばし暗号コード解読キーを打つ。

 認証したシステムは問題なく情報受信を開始し、アルファ小隊からの送信データを受領する。

 データ内容を要約すると「目標発見、座標を送る」とあった。

 一拍分遅れてシュマイザーからも通信が入り、アルファ小隊のものと同様にプロテクトされている事から、内容がル・ローアからのものだと分かった。

 基地の通信施設を利用できない「闇夜のフェンリル隊」は、指揮車両として利用している戦闘支援浮上車両(ホバートラック)の通信設備から部隊間の連絡、情報を共有して任務に当たっている。

 通信もシュマイザーの指揮車両を経由して行われるのが通例であり、秘匿コード以外隊員の会話は彼の耳に入る事になる。

 内容にも因るが会話程度なら所在地、作戦目標、具体的な数字等NGワードを盛り込まなければそれほど深刻な問題はない。

 これ以外の任務に支障が生じる、自軍や敵地情報等は強度の高い暗号で行うのが一般的である。強度が高いとその分解読が困難で時間を費やす必要があるが、時間の制約が厳しい戦場では、其処までの強度を要求されるものは少ない。

 シュマイザー少佐と同じく、実直なル・ローア少尉の事だから添付ファイルにある座標の重要性を鑑みたのだろう。

 

 今回の作戦で重要な目標物とは敵長距離砲撃の案内役、ビーコンを発見し破壊する事にある。

 先の戦いを通じ、連邦軍の砲撃が正確過ぎた事に懸念を覚えたシュマイザーが部隊を率い戦地痕を捜索すると、多層に盛られた塹壕よりビーコンの残骸が発見された。

 当然ジオン軍のものではない。

 連邦軍はパナマ基地まで撤退する間に特定のポイント、敵軍が布陣、進軍する地点にビーコンを埋設し、反撃する段階に至り利用する腹積もりだったのだろう。

 ジオン軍も過去に被害を被った地雷撤去等で周辺の調査を実施している筈だが、戦線が伸びた、前線が遠退いたことを理由に熱心に行ったとは言い難いものがあった。

 またビーコンは強力な電波を発する類のものではなく、その電波もある程度強度があるが通信量で云えば微々たるものだ。ミノフスキー粒子散布下では到底発信できるものではなく、一言以下の通信量では仮に反応を探知したとしても近隣の住民が連絡を取り合っているものの方が多く隠れ蓑は幾らでも有るという。

 そしてビーコンの特筆すべきは頑丈な構造と、簡易だからこそ長期間生存する、この二点だ。

 上を戦車やモビルスーツが通過しても荷重が分散され、一年以上は性能を保つこのビーコンは、埋設側が破壊するその一瞬まで己が役目を果たしていたという事になる。

 「闇夜のフェンリル隊」の指揮官シュマイザー少佐は、これらの結果から戦況を理解しビーコン埋設を執行したのであれば敵指揮官は恐るべき先読みが出来る人物であり、撤退戦を凌ぎまだ存命であれば今後脅威であると判断した。

 シュマイザーは北米方面軍司令官ガルマ・ザビ准将に掛け合い、正式に指令を受けてこのビーコン索敵と破壊を行っている。

 彼らはモビルスーツ隊の機動力を遺憾無く発揮し、部隊独自のレーダー機材を用いて自軍領のビーコン破壊を完了させ、以降の砲撃を食い止めたのだ。

 そして最前線に近いこの場所で同様の反応が検出され、目標のビーコン破壊を達成するため現地入りしたのだ。

 

 ニッキは暗号の解読キーを入力して、ザクIIに搭載されたコンピュータの暗号解読率に少し時間が掛かるのは不自然なものを感じたが、努めて気を落ち着かせた。

 添付ファイルにある敵地座標を入手後は、自分達ブラボー小隊が攻撃を仕掛ける番なのだ。

 最前線のビーコンは埋設するのに時間を要する作業から護衛部隊が存在する。これを排除するのがブラボー小隊に任された仕事であり、攻撃の矢面に立つ事を意味する。

 初の実戦以上に身体が硬く感じるのは、小隊長とはいえ憧れがあった指揮官という要職の重み、その一端を感じ取れたからだろうか。

 

「よし、情報の受領完了。これより作戦を……待て。これは何だ?」

 

『こっちも情報受領したけど、何かの間違いじゃないの、これ』

 

『同じく受領しました。……ニッキ少尉、シャルロッテ少尉、空を見てください!』

 

 ファイルの内容に思考を停止していたニッキは、シャルロッテが自分と変わらず事態を飲み込めていない事、リィが事態を把握しようと動き行動した事で、止まっていた頭を再起動するとザクIIの視点を黒い帳が下りている空へと向ける。

 その暗い空は曇りのせいか月明かりも僅かで、星々は煌めきも乏しい。十全とはお世辞では言えないが、それでも低光量視野で見渡す事ができた。

 

「なんだ、アレは……流星ってヤツか?」

 

 突然の事態に硬直するブラボー小隊の面々が食い入るように見詰めたのは、大気圏から地上へと降下する、一隻の軍艦だった。

 

『――――アルファ小隊、ブラボー小隊、状況を説明せよ』

 

 戦地の異変を感じたシュマイザーが問い掛けるまで、ニッキ達は動けずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガンダムの収容を急げ!」

 

 連邦軍ペガサス級強襲揚陸艦二番艦、ホワイトベースを指揮する二代目艦長ブライト・ノア中尉は大気圏を無事抜け安堵するよりも、艦の前部ハッチ上で擱座するモビルスーツの事が気懸かりだった。

 今もインターホンに向って怒鳴っているのが、その証左と言える。

 

『収容したくとも、ガンダムは摩擦熱で触れる事すらできませんよ!』

 

 整備長に怒鳴り返され、反論に窮するのが今のブライトの正しい精神状況だろう。

 ホワイトベースの全クルーと同じく、余裕が無いのだ。

 

 この艦を本来操艦するべき正規クルー、大人達はジオンの『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐の度重なる襲撃に遭い、機関室要員を除く悉くが戦死していた。

 一時寄港した連邦軍宇宙要塞ルナツーに於いても追撃は止まらず、むしろ逃げ道が無い袋小路に入ったのだと言わんばかりにシャアは工作部隊を率い白兵戦を挑んで来たのだ。

 ホワイトベース初代艦長パオロ・カシアス中佐が混乱するルナツー司令部より防衛隊を借り受けると、老兵自ら銃を取り陣頭指揮を執る荒業で一基の艦船ドックが破壊される程度で収まり、この難局を切り抜ける事が出来た。

 しかし、その代償に人望があり不安に潰されそうな非正規クルーを統率した艦長、パオロが工作部隊を追い返した後にルナツー司令部へと向かう陸戦隊と遭遇し、交戦の中で戦死してしまう。

 これにクルーを始めルナツーの軍人全てが彼の死を悼んだが、ホワイトベースをジャブローへ届ける任は解除されてはおらず、履行せねばならない。

 当初はルナツーから艦長代行を派遣しジャブローへ向かう案があったものの、パオロ中佐を慕うワッケイン司令が承認せず、故人から託された頼みを果たし後任として推薦されたブライト中尉を二代目艦長と認め、サラミス巡洋艦一隻を護衛艦につけ地球へと送った。

 だが、ルナツーでのホワイトベース破壊を防がれたシャアはその追撃の手を休めず更なる攻勢に出た。

 有史以来初の、大気圏突入を前にした戦闘である。

 これにホワイトベース側は全ての戦力を投入し、『赤い彗星』も温存した手勢に加え新たに補充されたザクII三機を率い自ら前線に出た。

 ホワイトベース隊は機種が異なるとはいえ、敵軍六機に対し八機ものモビルスーツを放出する事で数的有利を得ていたが、パイロットの技量差が克明に浮き彫りとなった為、『赤い彗星』のいいように振り回されてしまう。

 ところが不思議な事に、幾つか被弾はするもホワイトベースの航行自体に支障は無く、出撃したモビルスーツ、パイロットも生存している。

 逆にあからさまな損害を出したのは『赤い彗星』側であった。

 シャアは対面したRX-78、ガンダムを圧倒するも、その間に後続で出撃したもう一機のガンダムが各機のサポートを行いながらサクIIを撃破して除け、三機を墜とすと黒いガンダムに組み付いた赤いザクIIに横撃を仕掛けて来たのだ。

 機有れば鹵獲しようとしていたシャアは目論見が外れ、その目前に連邦軍の最新型モビルスーツ二機、更に合流しようとする敵数機を相手にする利はないと撤退する。

 それを阻もうと白いガンダムが接近するが、逆にシャアはそれまであった距離を潰す勢いで加速し強力な蹴りを胴体部に撃ち込み、ガンダムタイプを一機大気圏に放り込む事に成功してしまう。

 蹴撃で発生した反動を活かして退がり、潰したサラミス護衛艦の残骸を足場に跳び、生じた距離を広げて離脱して行った。

 その後、ガンダムのパイロットは乗艦するテム・レイ技術大尉に従いRXシリーズに搭載された特殊機能を用い、モビルスーツ単独で大気圏突破の偉業を果たしている。

 

 しかしながら、ガンダムとそのパイロットの生存、地球に入った事に喜ぶ間もなく事態は悪い方へと推移していた。

 今ホワイトベースが降下している地点は当初の目標から反れ、連邦軍総司令部ジャブローがある南米大陸ではなく、その北方にあるジオン軍勢力圏内の北米大陸であった。

 彼らにとって時期が悪いことに、現在の最前線が連邦軍によって押し上げられ、ホワイトベースが降下する地点は敵軍のルート上にある確率が高かったことだ。

 抗戦するモビルスーツより、ザクIIがホワイトベースを執拗に攻撃していた結果に、ブライトは『赤い彗星』に針路を変更されたと知り、歯噛みする。

 冷静になろうと頭を振り、ブリッジ・ルームに表示されたホワイトベースの位置を見ると、それは追い打ちを掛けるかのように思えた。

 

(ヨーロッパ、アジア戦線で友軍を駆逐した、あのガルマ・ザビが近くに居る!?)

 

 ホワイトベースの位置は北米地域ネバタの北北西にあり、ネバダと隣接した区域にジオン軍のキャリフォルニア・ベースが存在するのだ。

 同基地は数有る武勲と手腕から『ジオンの大器』と評される名将であり、ジオン公国を代表するザビ家末子、ガルマ・ザビ准将が司令官として就任する地上で最も堅牢な要塞である。

 ルウムの英雄で知られる『赤い彗星』を退け、命からがら地球へ降下したブライトからすれば、この世に神様は居ないのだと嘆くレベルの話ではない。

 神も仏も無いのだと、彼はそう理解した。

 

「リュウとアマダ少尉達は?」

 

 今は置かれた状況を教え、今後の方針を決めなくてはならない。

 ホワイトベースの責任者は艦長であるブライトだが、将校さえ全てを背負い込んで進むにはそれなりの度量を求められる。キャプテン・シートに座って間もない若手ならば尚更のことだ。

 しかし、ブライト・ノアという男の非凡な所は二つある。

 一つは悔やみはするも、現実から目を逸らさない強かさである。

 事実ルウム戦役で目覚ましい戦果を挙げた難敵を前に、彼は怯む事無く指揮を執り続けている。それも訓練を受けた正規クルーではなく、少し前までは民間人であった非正規クルーを相手にだ。

 逆境と圧倒的不利な中でホワイトベースを導く彼の素質は、そうしたどん底で開花したと言っても良いものだ。

 今は亡きパオロ・カシアス前艦長も、遺された艦とクルーが困難に晒されると予見していたのかもしれない。ある意味、ブライトは今現在の環境下で打って付けの人材と云える。

 ホワイトベースの人事をパオロの遺言だからこそ受け取ったものの、ワッケイン司令は会って間もない事もあり、ブライト・ノアという男をそれほど信頼してはいない、できないのだ。

 そのワッケインに承認されたブライトは彼の信用に応えると同時に、託したパオロに泥を塗るような操艦はできない。

 寄せられる重さがブライトの精神を削っているのだが、彼は想像以上にタフであった。

 収容してブリッジに上がって以来辺りに喚き散らし、愚痴しか零さない男。護衛の任を全うできずに撃沈させた元サラミス艦長、リード中尉に比べればその差も分かるというもの。

 

「機体整備を見届け、こちらに上がるそうです」

 

 通信士の一人、オスカ・ダブリンが報告する。

 ブライトは返事をしてキャプテン・シートから腰を上げた。

 

「うっ。……地球の重力というのは、粘りを感じるな」

 

「でも、それは人間がこの地に居る最低限の条件だった筈よ」

 

 無事大気圏を突破した事に操舵手のミライ・ヤシマが相好を崩して言う。

 成し遂げた出来事に確かな達成感を味わっているのだろう。ブライトも平時であればそんな彼女を称えたかったが、今は先の事で頭が一杯なだけにその余裕も無かった。

 何より自分より年上であるのに建設的な意見を出さす只々五月蠅いリードに対する不快感と嫌悪が、彼を殊更追い込んでいた。

 

「ああ、そうだな。ある意味これは歓迎とでも受け取れば良いのか?」

 

 言葉に棘があるのに気付いたが、ブライトは訂正することはせずに置いた。

 それはブライトの、ある種の甘えだったのかもしれない。

 

「地球が招いてくれていると思えば、不快感も緩和されるのではなくて?」

 

 サブ・オペレーター席に座るセイラ・マスが通りの良い声でフォローしてくれる。

 一瞬だけミライの顔が曇ったのを見ていただけに、その心遣いは心底有り難かった。

 

「ん。そういう捉え方もあるか。勉強になるよ」

 

 内も外も一難去ってまた一難だ、とブライトは心中で思い、慌ただしくブリッジへと迫る靴音を聞いて、すぐさま思考を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火急の件と聞きブリッジに上がったメルティエ・イクス大佐は、目に入るブリッジ・クルーらの委縮している様子を訝しげに眺めながら召喚した相手が映るモニター画面、その正面に立つ。

 半年近く顔を合わせていない、友人と互いに呼べる間柄の青年は、北米の地で大分揉まれたのか険があるように思える。

 北米方面軍司令官ガルマ・ザビ准将は、画面越しにメルティエを発見するや幾らか表情を緩め、敬礼する様を見届けてから口火を切った。

 

『メルティエ大佐、我が方のキャリフォルニア・ベースへ航行中にすまない。貴官のザンジバルが北太平洋を抜け、北米地域上空に進出している事はこちらでも把握している。

 遠路遥々来た所、申し訳ないが一つ頼みを聞いてはくれまいか』

 

「は。どういった内容か、お尋ねしても?」

 

『うむ。貴官も知っている通り、現在我が方は控える作戦に向け戦備を整えている所だ。詳しくはキャリフォルニア・ベースに到着次第話をしたいと思う。

 今諸君ら「ネメア」に対応してもらいたいのは、北米上空に出現した連邦軍艦船の拿捕、もしくは破壊だ。先の二つが不可能な場合は最低限、北米にある友軍の駐屯基地に降下するのを阻止してほしいのだ』

 

 内容を耳に入れる間に受信したのか、ブリッジ・モニターの一つに北米大陸が2D映像で入る。次に西部が拡大しキャリフォルニア・ベースが表記されると、その北西側へ画面がスライド操作しネバダ地区が映る。更に地区内で幾つかの光点が浮かび、それらが友軍基地だと分かった。

 問題は、ネバダ地区の北西側へ大気圏を突破した何らかの物体が降下し、それが連邦軍新造艦の疑いがあるという事だ。

 

『すまない、メルティエ大佐。今送った情報は十分前のものだ。更新する』

 

 ガルマがそう言うと一度画面がブラックアウトし、新たに更新された情報が映る。

 其処にはネバダ地区へ降下したものが連邦軍艦船である事が追加され、コード名なのか「木馬」と記されていた。

 

「木馬、ですか?」

 

 メルティエが怪訝な声を上げると、ガルマは一つ頷いた。

 

『連邦軍の極秘作戦、V作戦という名前を知っているか?』

 

「いえ。恥ずかしながら情報部への繋がりが無いもので」

 

『そうか。ならばV作戦から説明しよう。

 V作戦とは連邦独自のモビルスーツ開発、その運用を前提とする宇宙空母の建造計画だ。

 これは長らく裏付けが取れず存在を怪しまれていたが、『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐がこれをキャッチし、中立を謳うコロニー、サイド7の工場ブロックがモビルスーツ工廠に偽装し、秘密裏に連邦軍モビルスーツを生産していた事を発見している。

 『赤い彗星』はモビルスーツ工廠と艦船ドックの破壊は成功したが、問題のモビルスーツと宇宙空母には逃げられてしまった』

 

 ガルマは拝聴するメルティエが難色を示したので、一度区切る。

 彼は言うか言わないか悩んでいたが、サイド7の結果は黙っておく事にした。

 公に中立を宣言しながら、片一方と秘密裏に繋がっていたコロニーが既に崩壊している等は不要な情報であるし、当然の報いだと心の何処かで思っていた為である。

 とある理由から公式記録にはないが、メルティエがコロニー落とし、ブリティッシュ作戦へ参加していることは事実であり、史上最大規模の人災を起こした側の人間である。

 ガルマの視点からすればメルティエという男は人情家であり、コロニーに住まう人々が作戦行動に巻き込まれたと知り反感を抱きかねないと思ったが故の措置であった。

 その心遣いも、戦場で命の遣り取りを繰り返す内に変質していった男には不要なものであったが、ガルマはアジア戦線で友人が経験した事を知る術は無く、彼なりの優しさが空回りする結果となっていた。

 

「あの『赤い彗星』を振り切って、地球に降下して来た連邦軍の新造艦とモビルスーツですか。

 そんなエリート部隊が連邦軍にあったとは、驚きを禁じ得ませんな」

 

『私もそう思う。

 しかし、事実だ。『赤い彗星』自ら情報を提供しているのだから間違いはないだろう』

 

「准将手ずからお話しいただいたとはいえ、正直、話を素直に飲み込めません。

 『赤い彗星』の恐ろしさは、彼の凄さの一片を自分が身を以て知っているものです。到底、対面して無事離脱できる人間が存在するとは思えないのですが」

 

『メルティエ大佐、事態は逼迫しているのだ。私は君の感想を聞いている時間も惜しい』

 

 苛立ちを糧に、ガルマの細まった眼が威圧する。

 メルティエの周辺では、巻き添えで准将閣下に睨まれたと錯覚したブリッジ・クルーが、委縮し事の成り行きを見守っている。

 怯えているクルー、部下達とは違い凄まれている当人は内心喜んでいた。

 

(男前が上がったな、我が御大将殿は)

 

 半年前までは貴公子然とした優男も、今では一人前以上の凄みを利かせるほど逞しくなった。

 メルティエにとってガルマは気心知れた友人とはいえ、目上の人間から睨まれているのだから恐ろしくあるが、それより頼もしさの方が勝っていた。

 

「失言、平に御容赦頂きたく。

 では、我らはこの「木馬」を叩きに迎えという事で宜しいか?」

 

『……ああ、そうしてくれ。ネバダ地区の各基地には伝えておく。

 頼むぞ、メルティエ大佐。吉報を期待する』

 

 通信が閉じる前に一瞬だけ、ガルマが苦笑を浮かべていた。

 どうやら悟られたようだと、メルティエも笑った。

 

「――――フゥ、冷や冷やさせないでください。大佐」

 

 キャプテン・シートで微動だにしなかったサイ・ツヴェルク少佐が普段聞かない声を漏らすものだから、メルティエは思わず吹き出してやった。

 上官が指を差して笑う姿を前に、憮然とした態度でサイは唸った。

 

「大佐、針路はネバダ地区に向けるとして。編成はどうします?」

 

「はっはっ……はぁ? ああ、スマンスマン。

 ……くくっ、編成も何も、実情を見れば出せるものは少ないぞ。北大西洋上で空輸を受けたとはいえ、横断したギャロップ艦隊は一度整備して潮による塩害の有無を除かねばならんし、山を越える事は不可能だからな。必然的に、ザンジバルだけで向かう事になるだろうさ」

 

「勝算はあるので?」

 

 強力な戦闘支援を約束するギャロップ艦隊を共にできないとあれば、空挺部隊との連携を取る為に配備されたファットアンクルも使用できないということ。

 僚艦もなく戦力が大幅に低下する中で、『赤い彗星』を退けた連邦軍のエリート部隊と目される連中を相手に何処までやれるというのか。

 

「勝算? そんなモンあるわけないだろう」

 

 その呆れた物言いを放つ上官をサイは呆然と見る。

 ともすれば殴り掛かりたくなる衝動に駆られるが、どうにか思い留まれたのはメルティエの眼が剣呑なものになったからだ。

 

「お前、()()がいつ勝算のある戦線に投入されたか、知ってるのか?」

 

 サイは、動けなかった。

 先のガルマの睨みとは違うメルティエの眼力に、動けば如何なるか見当が付かなかったからだ。

 

()()宇宙(そら)に居た時から、勝算のある戦場に出た試しがない。

 勝算があると思い込まされて挑んだ戦闘なら幾らでもあるさ。全部が全部、各自が健闘した結果なんだよ、其処を貴様は正しく理解しているのか? 勝利しているのは只の結果論だ。お前はいつから演算者になったんだ?」

 

 士気低下を防ぐためにクルー達の前で「勝算がある」とメルティエの口から言わせ、戦力不明の難敵へ当たろうと画策していたサイは当てが外れた所か責められている状況に目を白黒させた。

 嘘や出鱈目でも士気を向上させようとしたサイには理解できない。

 古来から「嘘も方便」という諺があるように、指揮官ならば理解できるものだと話を振ったのだが、それがそもそもの間違いであった。

 

「……お前は知っている筈だがな。俺が『赤い彗星』と戦った結果を」

 

 そこまで至り、サイは己の過ちを悟った。

 宇宙の演習訓練で『蒼い獅子』メルティエ・イクスは『赤い彗星』シャア・アズナブルと戦い、結果こそルールに基づき勝利者となってはいるが、戦闘中に意識を失った『蒼い獅子』が実戦では負け、戦死している筈なのだ。

 何事も結果しか見ていないサイと、戦場を仮定して吟味するメルティエの差が此処には在った。

 ルールに縛られた中の勝者が『蒼い獅子』であっても、この獣の内で『赤い彗星』の勝利は揺るぎ無く、払拭できないのだ。

 其処には何人たりとも侵入できない、誇りと云うものが鎮座していたから。

 モビルスーツパイロットとしての矜持が、『赤い彗星』が『蒼い獅子』より優れていると訴えているのだ。

 だからこそ、メルティエは己より技量があるシャアの追撃に抗戦し続けた連邦軍の部隊に、侮り等生まれる事は無かった。

 

「ユウキ。ガラハウ中佐に伝えろ」

 

 固唾を飲んで見守るユウキ・ナカサト曹長は、急に水を向けられ驚いたが努めて平坦な声を捻り出した。

 

「通信内容は如何しますか?」

 

「我が方で「木馬」と称される連邦軍エリート部隊と交戦する為、一時ザンジバルに乗艦せよ。

 敵は『赤い彗星』を退けた猛者であることから、隊を三つに分け多方面から挟撃する。

 隊内訳は以下の――――」

 

 

 時にU.C.0079年9月25日。

 後世、一年戦争と銘打ちされた大戦。その代表格となる戦艦「ホワイトベース」を巡る戦いが遂に地上で勃発する。

 一年戦争を通じて名高い『赤い彗星』シャア・アズナブルから逃れた「ホワイトベース」。

 これに地上で対峙するは『蒼い獅子』メルティエ・イクスである。

 戦地は北米ネバダ地区であり、ジオンのキャリフォルニア・ベースと近い事から救難物資の配給が早く、細やかながらも復興の兆しを覗かせる場所で、其れは起こった。

 

 コロニー落としによる爪痕が生々しく残る、真新しい湖を挟んだ両軍が儚い街の灯りを震わし、モビルスーツという機械仕掛けの巨人を用いて激突せんとする。

 

 ジオンの無慈悲さ、連邦の無頓着さを嘆く住民が名付けた「セント・アンジュ跡の戦い」が今、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




不思議な事に、ニッキ・ロベルトさんに出演を依頼すると何故かシャルロッテ・ヘープナーさんが共演しているという事実。
リィ・スワガーさんはブラボー小隊の良心。誰でも分かんだね。

ブライトさんはストレスを与えればその分だけ強くなる。
一年戦争の正史が作者にそう囁くんです。アニメ版を見ると……ネッ?

メルティエが多少情緒不安定、沸点が低いように見えるのはパイロットにこだわりがあるから。
作者がサイに冷たくないかって? そんな事はないさ。
ちなみにシーマ・ガラハウさんに次話の出演依頼しました。
機嫌が悪くなければ舞台に上がってくれるでしょう( ゚д゚)


では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第56話:エンカウンター(中編)

 湿気を吸った金色の前髪から滴が零れ、しっとりとした唇を濡らす。

 ノーマルスーツのヘルメットを脱ぎ、ブロンドの髪を掻き上げたい衝動に駆られるが、モビルスーツの操作を学ぶ時に安全上脱がないよう、厳しく言われているのを思い出した。ついで戦闘時に発生する閃光で目を焼く事もあるから、バイザーを開閉する事も厳禁と指導されていたことも。

 首元を濡らす汗を拭いたい衝動と戦い、辛くも勝利したセイラ・マスはコックピットの閉塞感とノーマルスーツの窮屈さに内心辟易しながら、しかし鉄の如き心持で表情を消すと今やるべき事へ改めて意識を集中する。

 

(身を隠す所が無い。……いえ、あるにはある。けれど、アレは盾にできない)

 

 モビルスーツがカメラから入手した地形情報が、逐次ヘッドアップディスプレイ上へ更新され、OSが地形情報をコンピュータにフィードバックする。

 そうしてシステムに異常が無い事を知ると操縦桿、フットペダルをゆっくり動かしモビルスーツの可動具合を確認しながら、セイラは建築物の群れを視界に入れた。

 外部情報が映し出されるディスプレイには、土埃が舞う荒涼の地に小さな街並みが在る。

 尤も、歴史ある建造物も無く風情も無いもので、大凡街の情景とは呼べる絵は無い。

 其処はただ単に人口数だけで「街」と呼んでいるような所であった。

 在るのは真新しい仮設住宅、修繕後が目に付く家屋、所々アスファルトが剥がれ窪んだ道路。

 「街」ならば必ずある人々の活気や息遣いが感じられず、物音はセイラが搭乗するモビルスーツの駆動音だけではないかと錯覚するほど、耳に当たらない。

 纏う雰囲気は、さながらゴーストタウンと言える。

 

(イヤな感じがする)

 

 しかしながら、人の存在は感じられた。

 それは家の窓や建物の物陰から飛ばされる、忌避するヒトの視線だ。

 別段忌み嫌う類の眼に敏感な訳ではない。好奇や好色に染まったものなら日常茶飯事ではある。が、嫌悪一色のものは向けられて久しいもの。

 どうして人の視線だと理解できるのか、常の彼女であれば不思議に思っただろう。

 けれど、今此処に居るセイラ・マスは「何者かに見られている」という意識が先行して、思考が其処へ留まる事は無かった。

 

(ジオン公国の侵攻から救う地球連邦軍の筈が、酷い嫌われよう。

 まるで山賊、野盗を見るように……そう、今の私達は彼らにとってはそういうものなのね)

 

 占領された連邦市民を救い侵攻軍から解放する立場であるのに、この地に住まう人々からは歓迎されるどころか「知らない」態度を取られる。

 それ以上の反応は存在せず友好も敵視も無く、ただ無視するだけ。

 しかも屋外に人は出さず、生活音すら消す徹底ぶりである。

 とはいえ、彼らの気持ちもわからないではない。

 戦場で散ったのは将兵ではあるが、戦火に晒されたのは彼ら一般市民だ。

 連邦市民と一括りで枠に放り込んではいるが多種多様な人々が存在するし思想の違い、考え方はそれこそ千差万別である。

 となれば戦争という行為を忌避し、何事があろうと無視を決め込む人も当然あるべきなのだ。

 それは我が身可愛さだったり、家族を守るための防衛であったり、生きることに疲れた人の逃避であるかもしれない。

 

(惰弱――――いえ、人は強くない。彼らを誹る事は傲慢に過ぎる。

 生き死にを安易に決める人間がきっと、異常なのね。現実は作り話(フィクション)ではないのだから)

 

 負担が掛かる緊張と疲労から発汗していたセイラは、横になるかシートに背を預けたかった。

 その欲求に従わないのは、何故だろう。

 彼女の生い立ちのせいか、育まれた教育の賜物か、それら全てにより形成された彼女の性質か。

 或いは、何か他の理由からか。

 体調不良の真っ只中に放り出されているセイラは、不可思議な状態を継続したまま操縦者と対極の位置にあるモビルスーツの手綱を握る。

 

『セイラさん、大丈夫ですか?』

 

 離れた場所に隠れている「ホワイトベース」から発信された、フラウ・ボウの心配そうな声がコックピット内に伝わる。

 レーダー索敵、管制担当で手一杯の正規通信兵の補助として、民間人のフラウが通信士の真似事をしているのだ。

 あの「ホワイトベース」に収容されてから生活班のお手伝いをしていた筈の彼女が、とある少年を案ずるが余り軍機に関わっているのは内緒の話だった。

 しかし彼女自ら選んだ道とはいえ、考えなしに過ぎるのではないかとセイラは思ったが、部外者に過ぎない自分が何を言っても響かないだろうと、見守る程度にしていた。

 きっと、純朴な彼女な根っからのお人好しなのだろう。

 其処が彼女の魅力であり、また危うさを感じさせる。

 ちゃんと、この少女(フラウ・ボウ)の想いがあの少年(アムロ・レイ)に伝われば良いのにと、思わずにはいられなかった。

 

『セイラさん? 大丈夫ですよね? ……セイラさん? セイラさん!?』

 

 不安げな声が通信機から漏れ出てくるようになり、セイラは力が入っていた柳眉を緩めた。

 今はモビルスーツに搭乗しているが、セイラはサブ・オペレーターを務めた事もある。

 先任者から見ると、感情混じりの声は相手を苛つかせたりするもので、ともなればフラウの仕事ぶりは目に余るものだが、相手を慮って必死になるフラウが可愛く思えた。

 

「感度良好よ、フラウ。返事が遅れてごめんなさい」

 

 謝意を含んだ返事を送ると、通信機の奥から男の声が走った。

 恐らく、ブライト・ノア艦長が急かしているのだろう。

 

『い、いえ! 大丈夫ならいいんです! えっと……わっ、ブライト艦長が前に出てくれって、言ってます?』

 

 予想通りだったので、セイラは「そう」と答えておいた。

 精神的余裕の無さを露呈するのは、上に立つ人間としては減点だと思うセイラである。

 先程とは違う意味合いで眉根に力が入るが、息を吐いて余分なものを抜くと、覚悟を決めた。

 

 彼女はちょっとした偶然からモビルスーツを操縦する事になり、この状況がセイラ・マスを説明していると言っていい。

 セイラは現在のホワイトベース・クルーと同じく徴用された軍属の民間人であり、暫定的軍人という中途半端な位置にあった。問題は待遇に対して拒否権が用意されていなかったことにある。

 その理由として、彼女がモビルスーツの操縦適性をクリアしていた事が大きく占めていた。

 ジオン軍がサイド7を襲撃した時に混乱に陥ったコロニーの住民に押し流され、けれど離ればなれになったアムロとフラウを放っては置けず、二人を探している時に搬送レールから逸走した貨物車を発見したのだ。その時、軍事関係のものは厄介だと近寄らなければ良かったのだが、呻き声を耳にしたのがいけなかった。

 搬送中に攻撃に遭い負傷したテム・レイ技術大尉が、軽くない怪我を押してモビルスーツを動かそうとしていたので、見て居られず手順を聞きながら動かしてしまったのが、更にいけなかった。

 モビルスーツ自体に問題はなかったとはいえ、初期状態のOSで難なく移動行動してのけた事態が、セイラの運命を狂わせたと言っていい。

 テムも最上位の軍規扱いである連邦軍試作モビルスーツを民間人に触らせた事で問題はあったが、敵軍による施設襲撃という非常事態、その緊急措置だったということで三日間の営倉入り程度で済んだ。が、巻き込まれたセイラは堪ったものではなかった。

 尤も、テムの息子であるアムロが単独で別のモビルスーツを動かし、敵モビルスーツを撃破した件が重大であった為に殆どの注目が彼に集まり、セイラの罪状は有耶無耶になった。

 その結果、お咎めは無くなったもののモビルスーツを動かした実績は残っており、なし崩し的に連邦軍モビルスーツパイロットとして組み込まれてしまったのだ。

 その彼女にとって救いだったのは、テムの救護にアムロやフラウから感謝されたことだ。

 厄介事が積み重なる中で、テムを救出した自分を迂闊と罵った日もあった。

 

 それでも、人命優先の行動は間違いではなかったと思える。

 色褪せずにある思い出の中、二人の兄がいつかの彼女を見て「アルテイシアは優しいな」と褒めてくれたことがあった。

 あの時は、猫や小鳥といった小さな命だった。

 今は医者になろうと勉学を修め、流血した人間を救えるようになった。

 また、何処かで「家族」に逢える日に、何事か言ってもらえるように。

 

 そして、その願いは案外早く叶うかもしれないのだ。

 宇宙での、銃火飛び交う空間での出来事が、セイラの背を後押しする。

 

「RX-78-1、ガンダム一号機。全機能問題なし(オール・グリーン)。セイラ・マス、前進します」

 

 セイラはまだ違和感の残るモビルスーツの操縦を行いながら、赤い機体を探していた。

 

(きっと、あの人はホワイトベースを追って地球に降りて来ている)

 

 宇宙で赤いザクIIに組み付かれた時に、敵パイロットと言葉を交わした。

 そのパイロットの声は、生き別れの兄と同じものだった。

 別人に成りすまして行方を眩ませていたこの世で最後の肉親。

 セイラにとって、失われた家族の匂いを持った、数少ない人物。

 

(キャスバル兄さん。どうしてジオンの軍人なんてしているの)

 

 実兄キャスバル・レム・ダイクン。マス家の養子となった時にエドワゥと名前を変え、飛行機の爆破事故で故人となった、セイラの家族。セイラの本名はアルテイシア・ソム・ダイクンといい、双方ともジオン公国の国父であるジオン・ズム・ダイクンの実子だ。

 これが世に流れれば一大スクープになろうが、奇異の視線を浴びてまで注目される生き方は好きではない。「ダイクン」を偲ぶ人々には悪いが、セイラ自身は名乗り出る気なぞ無いのだ。

 突然の墜落事故で実兄を失い、義兄が去った後の妹は、人間の喧騒を嫌う傾向にあった。

 世捨て人のような人生を送るのだろうと、そう心の何処かで悟っていたのに。

 完全な不意打ちで、実兄が敵側(ジオン)として出て来るのは、酷い冗談だと思う。

 拘束する赤いザクIIから伝わる言葉が降伏勧告であっても、それに反応したセイラが声を出すと相手も驚いたようで、捕獲する気であったくせに離れ、距離を開けたのだ。

 

(確かに、あの人は言った。アルテイシアか、と)

 

 だからきっと、あの『赤い彗星』シャア・アズナブルは、キャスバル・レム・ダイクンなのだ。

 自分がそうであるように、兄は妹の存在に動揺して撤退したのだ。

 ならばやはり、兄は生きていたのだ。

 どうやってシャア・アズナブルとなり、ジオンの『赤い彗星』と畏怖される人間になったのか。今まで離ればなれであっただけに聞きたい事、知りたい事は幾らでもある。

 

(あとは、メルティエ兄さんと連絡が取れたら……)

 

 モビルスーツが乾いた大地を踏み締める感覚をコックピットを震わす揺れで覚えながら、セイラは今頃産業メーカーの技術者となっているであろう義兄を想い、かつては失ったと思い込んでいた家族を取り戻せると、明るい未来があると希望に胸を膨らませいていた。

 

 ――――そう、()()()()()いたのだ。

 

 セイラの「あの人は暴力を振るえるような人間ではない」という想いから、義兄と慕う男と同じ名前のモビルスーツパイロットが存在する事を情報媒体から知っていたが、同一人物である可能性を無意識に拒み続けて来たから。

 以前と違い、その人物が記憶にある容貌と異なっていた事もある。当時の黒髪が灰色のものへと変わり、穏やかであった同色の瞳が鋭利な刃物のように尖っていたとなれば、同姓同名であっても別人、と認識したのは仕方がない事かもしれない。

 

 前に歩を進め、丘の陰に身を隠していると随伴機のRX-77-2、ガンキャノンが二機合流する。

 こうなればホワイトベース先遣隊として、威力偵察を開始しなくてならない。

 後続のアムロ達が出撃する事無く終われば良いと思い、またそうはならないだろうという予感がセイラにある。厭な出来事が起こる前触れとでもいうのか、背筋をゾワッとした怖気が鋭く走る。

 無意識に、胸元に忍ばせたロケットの上へと手を置いた。

 

『せ、セイラさん! 接近する敵影有り! え、えっとこれは』

 

 慣れないフラウがまごついていると、焦ったブライトの声がノイズ交じりに飛び込んで来た。

 

『先遣隊は現地点を防衛ラインとし、七時方向から接近する敵攻撃部隊を食い止めるんだ! 

 修理が完了次第、アムロとガンダムを出す! ホワイトベース警備任務のリュウ達はガンタンクで火力支援を開始しろ! 良いかリュウ、七時方向だぞ!?』

 

『艦長、接敵まであと僅か!』

 

 開きっぱなしのインターホンを通じて、マーカー・クランの悲鳴混じりの報告を耳にした。

 

『敵攻撃部隊の映像、出ます!』

 

『――――敵は、シャアじゃない……? だが、通常のザクではないな。ジオンの新型か?

 いや、アレは……!?』

 

 大気圏突破から一両日が経過し、初となる重力圏内戦闘の緊張がホワイトベース隊に走る。

 

『へっ、結局はなるようになるしかないじゃない、いやだねぇ』

 

「カイ、口を慎みなさい」

 

 随伴機のガンキャノンからカイ・シデンの自棄にも似た気勢が届き、セイラは窘めた。

 

『各員、機体の一部を蒼く染めたモビルスーツは相手にするな、全身を蒼一色のモビルスーツ一機を狙え、アレが隊長機だ。敵が気付く前に先手必勝、火力を集中して叩く!

 『赤い彗星』のシャアだって抜いた俺達ならやれる、今回も切り抜けるぞ。

 各員、敵部隊先頭にいる『蒼い獅子』を撃破しろ!』

 

 送信された敵地映像がディスプレイ上に展開し、全身蒼一色のモビルスーツが映る。その後背を一部同色にしたモビルスーツが護衛していた。

 踏み締めた大地から乾いた砂が舞い、晴天の陽射しに焼かれた装甲表面が陽炎を生む。

 右肩に「盾を背に咆哮する獅子」が描かれた、今まで見て来たザクIIとは違う新型の姿。

 

「……あれが、敵……」

 

 自分達とは違い驚くほど上体のブレがない静かな歩行、生物のような自然な足運びが『蒼い獅子』との間にあるパイロット技量の差を見せ付けられるようだ。

 しかし、此処を突破はさせない、とガンスコープを引き降ろし覗き込む。

  

(兄さん達と会うまで、私は銃を捨てないと決めた)

 

 艦船すら貫通させるビーム・ライフルにエネルギーを送り込み、リュウ・ホセイ曹長ら後方からの火力支援、その第一射を待った。

 後方からの火力支援による砲撃音に紛れ、狙撃する積もりなのだ。

 

(それを阻むなら、誰であろうと斃してみせる)

 

 アムロが搭乗するガンダム二号機のトリコロールカラーと違い、セイラの一号機は黒を基調としていた。試作機の意味合いが強い一号機は目立たない色を採用したのに対し、二号機は喧伝目的があった為に派手な塗装となっているからだ。

 黒いガンダムは両手でビーム・ライフルを構え、収束する光が発射の機を待つ。

 

 一呼吸置いた後に短い電子音が、セイラにエネルギーチャージ完了を告げる。

 

(このビーム・ライフルなら――――!)

 

 黒いモビルスーツ(アルテイシア・ダイクン)が、蒼いモビルスーツ(メルティエ・イクス)コックピット(心臓)に、狙いを絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――掛かった』

 

 決して遠くない場所で、砲撃の着弾音の塊が鳴る。

 『蒼い獅子』は隊の先頭に出る、突出傾向の評判を利用した誘引はどうやら成功のようだ。

 シーマ・ガラハウ中佐は耳朶を打つ男の声に従い、情報を受信したヘッドアップディスプレイの更新結果を一瞥すると、気味悪げに口元を歪める。

 敵は部隊長機を仕留め、指揮系統の破壊と士気崩壊を狙ったのだろう。

 それは間違いではないのだが、大隊規模の部隊になると各隊に指揮官が当然存在する。それでも部隊長を喪えば一時的に混乱は起こるだろうが、特務遊撃大隊(ネメア)は作戦内容によっては隊の独自行動を認め、指揮官の裁量に委ねる所があった。

 カリマンタン攻略戦時に執ったガラハウ隊の別行動もその一環である。

 今回はそれほどの強権はないが、シーマは別働隊としてメルティエと同等の指揮権を得て行動していた。

 手早くMS-06G、陸戦高機動型ザクIIの方向を修正すると、ディスプレイ上に提示された位置へ推進剤を撒き散らして飛び、シーマ機が動くと一拍遅れて同型機が二機追従する。

 眼下に荒野が広がる真昼間の陽射しを背に滑空すると突如視界に入ったのは轍跡だ。それが続く先にクレーターがあり、其処からは硝煙を延ばす砲身が突き出ているのを発見する。

 このあからさまな標的に対し、腰撓めに構えたZMP-50D、一二〇ミリマシンガンを向けた。

 

「喰らいつけ!」

 

 小隊長機の号令に合わせ、三機から成る銃弾の雨を悉く受け、タンクモドキ――RX-75、ガンタンクは装甲板を穿たれ、重なる振動で機体が痙攣するように小刻みに動く。

 射撃を継続しながら着地し、脚を張らせる事で反動を地面に逃がせるようになり、集弾率を更に上げた横殴りの鉛の雨がガンタンクを強かに打つ。

 如何に一二〇口径の弾丸を防ぐと言えど、一点に集中すれば多装甲層を叩き折り、貫通することが可能だ。優れた耐久性、衝撃分散能力に長けた物質でも繰り返し荷重を掛けられれば弾性限度に届くように、永遠に防ぐ事などはできない。

 しかし、このルナチタニウム合金を突破するには「練度の高い射撃手」と「一点を撃ち続ける」が絶対条件となる故に、小火器で相対するのは避けたいところではあった。

 

「これで漸く一機、か」

 

 そう、まだ一機()()撃破できていない。

 装甲がザクII同様のモビルスーツ、これまで撃墜した艦船なら蜂の巣になっていてもおかしくは無い攻撃だった。

 その攻撃を受け続けて胴体に二箇所の覗き穴、右肩の破壊だけに留まるのは、矢張り出鱈目ではないか。敵はダメージが機関部に入ったのか機能停止したようだが、各機がドラムマガジンを使い切ってこの程度では、割に合わない所の騒ぎではない。

 この手合いが戦場に配備されれば、今後の戦闘展開はクラッカーとの併用攻撃(コンビネーション)、メインウェポンは二八〇ミリバズーカ一択しかない。相手の防御力が髙過ぎるのだ。

 そして、この地点に居た敵機は今撃破したものだけではない。

 突如ザクIIが三機が飛来する事態に呆然としていたようだが、僚機を破壊され漸く正気に戻ったのか残った三機が応戦してくる。が、反応は「遅い」の一言に尽きた。

 荒野とはいえ凹凸が激しい地形であったのも手伝い、予備のドラムマガジンを交換しながら跳躍し、対空火器なのか小型ミサイルによる連続掃射から逃れる。工夫も照準もあったものではない、ただ横薙ぎに放たれる火線に掴まる間抜けは部下に居ない。

 この狙い所か操縦桿のトリガーを引いただけのように思えるこの為体は一体何なのか、シーマは甚だ疑問であった。

 緊急任務の為出撃を命じられ、相手が連邦軍エリート部隊と聞き厳しい戦いになると踏んでいたシーマにとって、敵のまるで新兵のような動きは肩透かしもいい所だ。

 しかし、メルティエ・イクス大佐は何やら確信を抱いてる様子だった。

 恐らく『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐の追撃を受け続け、それでもまだ墜ちない敵部隊という情報が彼を狂わせているのではないかと。メルティエの判断能力を疑わざるを得ない。

 如何に『赤い彗星』がルウムの英雄と謳われようと、中身はただの人間なのだ。もし超人だとしても元は同じなのだから、人間と云う枠から逸脱した存在ではない。

 

(大佐は人間に夢を持ち過ぎだ。……いつ裏切られるかわからないってのに)

 

 メルティエを笑ったシーマだが、しかしそう思うと如何にして『赤い彗星』から逃げ切ることができたのかが次の疑問として浮上する。

 手応えから弱卒兵と評価を下したが、もしや何か隠し玉があるかもしれない。

 今はメルティエの判断を尊重して敵の追い込みに専念する事を決めると、シーマは林の中へ潜み散発的に発砲して攪乱を始めた。

 三機が移動しながら敵の方角へタイミングをバラバラに撃ち込み、相手の恐怖心と混乱を煽る。

 個々人の培った経験に因るが、攻撃側の意図を見抜いたり、障害物を利用して抗戦する、自軍領に退きながら応戦する等選択肢は多岐に渡るものだ。

 実戦で揉まれ都度行動して良かったものを無意識に選択するのが普通であり、戦場の状況次第で臨機応変に行動する人間はベテランと呼ばれ、各戦線からも引く手数多の人材となる。

 そして、そのベテランであるシーマらに追われる敵機は、

 

「こんな所へのこのこと、ピクニックでもしに来たのかい?」

 

 クレーターから必死に這い出ると、キャタピラが撒き上げる粉塵を被り抜いて後退して行く。

 回避運動も忘れたのかほぼ一直線で走る姿を見て、シーマは何とも言えない顔になる。

 一瞬は自軍が行った誘引戦術かと警戒したが、その可能性は低いと考えを捨てた。

 まるでなってない戦術機動が、演技のようには思えないのだ。

 散発的とはいえ命中はさせているし、追い込んでいるのだから嫌でも分かる。

 

(……何なんだ、コイツらは。新兵だとしても”逃げ方”くらいは覚えるもんだろう?)

 

 モビルスーツが生産されて間もない為に、扱うパイロットが育っていないのは理解できる。

 だが、この戦う覚悟すら出来ていないような為体は、一体何なのだ。

 その答えは、案外近くから発せられた。

 

『シーマ様、こいつらド素人ですぜっ』

 

 僚機から入る部下の声に、シーマは眉間に力が入るのを止められない。

 

「だろうね。“誘い”の積もりかとも思ったが、アレは違う」

 

(混乱して逃げ惑う新兵って所か。……エリート部隊ってのは、ハズレのようだね。

 しかし、だとしたら尚更『赤い彗星』を抜いた理由が見えてこない。

 まさか名声が地に堕ちた……いや、ルウムは生易しい戦場じゃない)

 

 敵機が恐らくは友軍と合流するだろうルートを急ぐのを止めず、しかし走る足を囃し立てる手は休めずマシンガンの照準も外しはしない。

 粘るかと思いきや、戦場から逃げる動きは正しく敗走のそれだ。このまま圧力を掛け続けて敵を追い込み、本隊の居場所を教えてもらうのも有効な手ではある。

 

「油断だけはするな。素人同然の兵隊にやられたなんて、笑い話にもならない」

 

 敵は、弱い。

 単純な火力、装甲は敵が上でもそれを活かせるパイロットでないならば恐れるに足らず。

 それでも部下を戒めたのは、戦場では何が起こるか分からないからだ。

 迂回して死角から敵が奇襲して来るなぞ、命の遣り取りの場では定石である。

 今この場所が長距離からの砲撃により、一瞬で焼け野原になる可能性だってあるのだ。

 だからこそ、

 

「――――全機、跳べっ」

 

 コックピット内で鳴る警告音に、シーマ達は素直に反応できた。

 各自別方向へ跳躍しながら、一秒前まで居た空間を赤い光が奔るのを見た。

 

『シーマ様! 奴ら、メガ粒子砲を』

 

「ちっ、厄介だねぇ。アレに当たるとお陀仏だ。撃ってきた方角は分かってるな? ザンジバルに位置情報回せ!」

 

 咄嗟に空中へと跳んだ為に機体が暴れる。

 重力によって地面に引かれ重心が捉えづらくなる最中、しかし墜落することなく機体を制御下に置くと滑空し、両脚に増設されたアポジモーターの推力により攻撃を受けた方角へとマシンガンを向け、威嚇射撃を行いつつ物陰へと滑り込む。

 屈めばモビルスーツ一機分潜む事が可能なクレーターは他にも点在し、僚機はシーマを倣うように身を隠した。

 頭上に走る赤い光線を忌々しく睨み、追撃を断念せざるを得ない状況に歯噛みする。

 

「……敵の弾も無尽蔵じゃない、マガジンなり交換しなきゃならない筈だ。

 攻撃が止んだら機動戦を仕掛けて仕舞いにする。

 お前達、覚悟決めな」

 

『了解です』

 

『へへっ、お供しやす!』

 

 こうしてシーマ達が足止めされている分、他の小隊に火線が集中している可能性がある。

 敵が従来の兵器群を使用しているなら問題は無かろうが、モビルスーツ相手となれば話は別だ。熟練の度合いにも因るが連邦軍は独自のモビルスーツを開発し、ジオン軍が唯一長じていた分野に足を踏み入れたのならば、今後苦戦は必至となるだろう。

 ジオン軍ですら一部のモビルスーツしかないメガ粒子砲搭載機が目の前に居る現状、その想像は俄然現実味を増す。

 

 であるならば、此処で撃破し敵モビルスーツの分析を急がなくては。

 多少の無理を押してでも、今後に繋がる成果を残す。

 シーマ達は先ほどまで胸中にあった侮りと油断を捨て、敵撃破を目標に行動を開始する。

 

「――――かかりなっ!」

 

 光線が途切れると目晦まし代わりにクラッカーを投擲、続く爆発と熱を帯びた煙幕にザクIIを突っ込ませる。機体が置かれた状況に警告音が鳴り響くが、シーマは当然の如く無視した。

 シーマ機と同様にクラッカーを使用した部下達と、受けた一撃が致命傷となる敵機へ肉迫する。可能な限り位置を隠す為にこちらからの攻撃はなしだ。

 先頭を走るシーマはここで敢えて再度クラッカーを投擲し、攪乱を狙う。視界が閉ざされた中での爆音は否が応にも注意を引かれる。

 相手が前後不覚に陥るか、それとも前方に集中し続けるか。

 ある種の賭けだが、何もせずに高速で接近するよりはマシだ。

 推進剤で大気を焦がし進む陸戦高機動型、その最高速度で迫るシーマの耳朶を、

 

『ゥオオオオオオォォォッ!!』

 

 敵軍と混信でもしたのか、部下とは違う野太い声が叩く。

 煙幕の薄い所、其処から半透明の覗くゴーグル型のセンサーユニットから漏れる光、それとは別に揺らめく赤い光は尾を引き、鬼火めいていた。

 ディスプレイ上にその映像が入った次の瞬間、センサーユニット近くから掃射される対空兵器が煙幕を穿ち、間髪置かずに空間を蹂躙する砲弾がシーマ機のすぐ横を通過する。

 

『うっ、其処か!?』

 

 周囲を覆う煙幕を力技で取り払ったタイホウツキ――RX-77-2、ガンキャノンの手に保持された赤い光を収束するライフルが、ほぼ直線で駆けるシーマのザクIIに定まった。

 

「チッ、動きが正直過ぎたか!」

 

 察知したシーマはスラスターの推進を維持したまま、脚部のアポジモーターで急旋回、進入角をズラしてメガ粒子の一撃を回避する。その光線は表面を掠る程度だったが、耐熱限度を超えたのか右肩のスパイクアーマーの一部が歪む。

 敵の射撃に反応した部下達がZMP-50Dから銃弾を放ち敵機を襲うも、ガンキャノンの装甲表面を抉るだけで致命傷には至らない。この左右から挟撃されている状況で機体の頑丈な部分で孔隙を受け、関節部を守りダメージコントロールしている敵パイロットは相当な胆力だ。

 

「一対三でよく、やる」

 

 こちらのマシンガンでは仕留めるのに時間が掛かり、対する敵ビーム兵器は必殺の威力を有する。

 故に、守勢に傾き反撃する機会を削られた相手へと接近した。

 その際に腰のハード・ポイントからヒート・ホークを引き抜き、白熱した刀身を態と視界に入るよう掲げてみせる。

 

『くっ、させん!』

 

 機体の上を跳び苛む弾丸より対艦兵装のヒート・ホークを脅威とみるのは妥当だ。

 如何に防御力があろうと、この一撃は防ぎようも無く装甲を高温で焼き切る。

 多少のダメージ増加を覚悟でシーマ機の迎撃を採った敵に、

 

「人間って奴は目の前で拳を振り上げられたら、どうしてもその先を見ちまう。

 今のアンタみたいにねぇ……トコロで、大事なことを忘れちゃいないかい?」

 

 火砲が向けられる前にシーマはザクIIに回避運動をとらせ、その場から退く。

 

『なっ』

 

 正面に武器を構えているガンキャノンは、左右両側から肉迫するザクII二機のヒート・ホークに対処できる筈が無く。

 更にその場へ釘付けにするマシンガンの衝撃で、回避するにも機動制限が掛かる。

 

「――――しっかり仕留めな」

 

 ガンキャノンの胴体部にヒート・ホークが振り下ろされるのを、シーマは冷静に見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シーマさんが渋々出演を承諾してくれました。
彼女は自分で止めを刺すよりも、状況を利用して敵を倒す人ではないかと思い、こんな展開に。
ちょっとした思い込みなんだ、異論は認める。

執筆速度が徐々に下がっていますが、続く後編をお待ちください。

次回もよろしくお願いしますノシ


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第57話:エンカウンター(後編)

 此処、ネバダ地区で連邦軍とジオン軍の戦端が開かれる丁度十分前。

 突撃機動軍特務遊撃大隊「ネメア」の先発隊として、『蒼い獅子』は現地へ赴いていた。 

 

「各機、ザンジバルから送信される地形情報と機体がリンクしているか確認急げ。齟齬がある場合は機体側の情報をベースに修正して構わん。完了次第処理中の機体をフォローしてやれ。

 ……これは、砂漠化が進んでいるのか?」

 

 モビルスーツのカメラ越しに見る砂塵に塗れた街。

 かつては街の歴史を感じさせる家屋が並ぶ、これといった名物もなく只々穏やかな雰囲気だけが持ち味の小さな街が、在った場所。

 今は「コロニー落とし」により壊滅的被害を受け文字通り消滅してしまったが、それでも故郷を離れる事が出来ない住民が細々と暮らしている、被災地である。

 ジオン軍が齎した甚大な被害、それを端的に表している場所であり、また同様の被害が地球上の至る所にあると確かに主張する場所でもあった。

 しかし、その被害で困窮する人々を救い支援しているのもまた、ジオン軍であった。

 十分とは言えずとも生活ができる物資を手渡し、仮住居を提供しては時折起こる暴徒を鎮める為の巡回を行い、彼らを保護する立場を維持していた。

 過日に「コロニー落とし」を実行したジオン軍であったが、連邦市民を根絶やしにする為の攻撃をしている訳ではないし、顔を合わせてしまえば同じ人間であるから相手が拳を振り回さなければ穏便な姿勢を取っていた。

 これらが実を結んだのか、顔馴染みらしい兵士と挨拶を交わす子供達さえ居る。

 その中には暴力の象徴たるモビルスーツ、蒼い機体へ手を振る子供すら居た。

 

(ガルマの慰撫政策の一環か。

 北米で表立った反乱が無い事と云い、軍人よりも政治家の方が向いているのかもしれんな)

 

 数ヵ月前発った北米の地に戻って来たメルティエ・イクス大佐は、友人の気質が剛より柔であると認め、口元に笑みを拵えた。

 地球の一区域を任されたガルマ・ザビ准将は同地で大きな武功は挙げていない。

 しかし、降下作戦以来のものに補充部隊を合流させ師団規模の部隊を幾つも麾下に収めており、これを他地区への攻略部隊として派遣するわけでなく反抗勢力の鎮圧部隊として占領区域に広げ、治安を一定水準まで引き上げていた。

 今や個人の武功より北米方面軍司令としての軍功が大きく、ヨーロッパとアジア地区での活躍も合わさり文武兼ね備えた人物として名高い。

 そのガルマの最も恐るべき所は統率力だと、メルテイエは理解していた。

 戦果を挙げれば咎めなしに功として認める気風がある事もあり、我が強く単独行動を取りがちなジオン軍に於いて、ガルマ麾下は問題行動を起こす者が少ない。

 ガルマが命令を徹底しているという事もあるだろうが、それに唯々諾々と従う麾下部隊が良くもまとまっていると言える。

 殊更驚くべき所は、ガルマ麾下はドズル中将が派遣した宇宙攻撃軍、キシリア少将の突撃機動軍を原隊とする部隊が混同しているという事実にある。

 これは両軍の長が犬猿の中である事から敵対一歩手前と評される軍閥であり、両軍閥の部隊が戦場に立つと連携が取れない等の問題が多々あった。

 メルティエとその養父ランバ・ラルなど一部例外はあるものの、軍閥が違えば所構わず対立するという目を覆いたくなる事実がジオン軍にはあるのだ。

 それが一箇所に纏められているとすれば、火種が入った火薬庫の番をさせられるようなもの。

 仲違いの軍閥が入り混じるという事態は絶対に避けるべき、であったのだがこのガルマ麾下では問題らしい問題が浮上しないのだ。

 ガルマの麾下に入った養父ラルからは「まるで魔法だ」と聞いていた。

 どのような手法を使ったのかメルティエには想像もつかないが、ガルマの下では原隊所縁の諍いが起こらず、占領した地域の防衛能力と治安回復を優先していることから、小規模な反抗勢力による散発的な活動こそあるものの被害らしい被害は出ていない。

 互いに友人と認め合う男の非凡さ、有能さを自己の領分である戦場でも感じてしまう。

 胸の奥からじんわりと熱くなるのを知るに当たり、メルティエは身に自嘲を刻む。

 

(それに比べて、俺の所はちとギスギスしてる空気がある。ガルマの人心掌握術に是非とも肖りたいものだ。頭を下げて請えば教えてもらえるだろうか?)

 

 全体的に見れば悪い所は見受けられないが、メルティエの特務遊撃大隊『ネメア』で今まで顕現していなかった亀裂のようなものがあるように思える。

 それが何なのか彼には分からなかったが、肌で僅かに感じられるようになったのは自分が負傷し寝込んでいた時辺りだろうと推測していた。

 事が大きくなる前に修復ないし除去したい所だが、何分忙しい身分のため調査もできない。

 最近まで別の件で悩んでいた事もあり、問題解決に行動できないでいた。

 

『大佐、ミノフスキー粒子が濃い場所が複数あります。囮でしょうか?』

 

「十中八九そうだろう。このネバダ地区に連邦軍の艦が潜んでいるのは間違いない。

 ただ、一箇所だけ本丸で他は囮の可能性もあるし、全て囮でまったく別の所からこっちの様子を見ているかもしれん。今出来ることは警戒を怠らず前進するだけだな」

 

 随伴するザクキャノンから通信が入り、リオ・スタンウェイ曹長の神妙な顔がディスプレイ上のワイプに映る。

 火力支援機らしくメルティエ機の後背に就き、搭載された間接照準射撃システムの恩恵もあってリオ機が今回小隊の目を担っていた。

 常ならばユウキ・ナカサト曹長が索敵支援用に特化したホバートラックで小隊をサポートするのだが、接敵した後の混戦を考えれば自衛能力に乏しい彼女は同伴する訳にはいかなかった。

 何も情報が与えられず、作戦内容が連邦軍部隊を撃滅であるならばユウキの情報収集、索敵能力は大変魅力的である。何故ならば情報不足分は自らの足で、敵地に踏み込むならば手探りで相手を調査しなければならないからだ。

 とすればガルマ准将から受領した情報が満足か、と訊かれれば「否」である。

 上官からの情報は敵宇宙母艦が大気圏内でも行動できる、搭載モビルスーツが各種何機ある程度のものであった。その上、戦艦並の威力を有するビーム火器を有する事もあり、敵部隊の情報は幾つあっても足りるものではなかった。

 

(相手はシャア中佐を出し抜いて地球に降りた連中だ。敵の索敵に引っ掛かったら先手とばかりに奇襲されるとみていいだろう。

 ……そういう手合いなら、まずは部隊の目を潰す筈だ。モビルスーツの機動力、戦艦並の火力を有しているというなら、索敵に専念した支援車両は格好の的になる。どの程度が有効射程距離なのか分かる術もないが、戦艦を落とせるビームという事は相当の出力を要する筈だ)

 

 その際に生じるビーム光、大気に放出されるメガ粒子は地球上でも目立つ。

 ホバートラックでは回避できずとも、モビルスーツの機動性ならばその弾道から退く事もできるだろう。問題はその時のモビルスーツに高速機動に入る為の初速を得られているか如何かに因るが、こればかりは戦闘に入ってみなければ判らない。

 戦車や爆撃機の攻撃から随伴機を守り抜いた事もあるメルティエだが、戦艦並の火砲に身を晒す無謀さは流石に持ち合わせては無かった。

 

『センサーには感なし。大佐、周囲に金属反応や高温物の類はないようです。

 まさかとは思いますが、ミノフスキー粒子の中に身を潜ませているやもしれません。

 分かっておいででしょうが、十分に注意して下さい』

 

 トップ少尉から耳障りな雑音混じりに危機感度を促され、短く返答しておく。

 実戦経験者とはいえ、彼女は地上での戦闘は今回が初となる。北米へ至るまで大気圏内の訓練を課していたが、宇宙空間での機動やコロニー内の戦闘とは違う戦地だ。緊張していて当然である。

 口数が多いのは無意識に不安を紛らわせようとしているのかもしれない。

 少尉とは会話なぞ数えるほどしかしていないが、それでも”硬い”と思えた。

 

「少尉、通信のチャンネルを合わせろ。恐らく下二桁が違う」

 

『え? ――――りょ、了解です』

 

 驚きの声がした後に、音声が明瞭に聴こえるようになった。

 彼女のワイプが表示されないのは、さすがに指摘しないでおく。

 ただ、しっかりした女性がちょっとした事で気恥ずかしくするのは中々に乙なものだ、と感想を抱いたメルティエである。

 尤も、通信チャンネルの違いは敵方への情報漏洩や情報伝達の誤報を招く重大な問題ではあるのだが、ミノフスキー粒子高濃度地帯が点在する現状ではジオン軍の偵察機ルッグン並の電子性能がなければ通信傍受なぞ不可能だ。

 

「ん。作戦を継続する」

 

 初体験は誰しも緊張する。

 それは冷静沈着に見受けられたトップ少尉も例外では無かったと、新しい部下の人間味を発見できたことで先の件を不問とした。

 戦場では些細なミスで窮地に陥ることが不思議ではない。

 二度と同じ事をしないよう注意喚起も必要だが、指摘を素直に受け入れられる場合と逆に思考が頑なになってしまう場合がある。

 これが実地訓練の一環であるならば『何故ミスを犯したか』を追求するのが上官の役目だ。

 実戦では次があるとは限らない。

 その為にミスは可能な限り潰し、リスクを低減する事が求められる。

 しかし、メルティエ達は訓練でこの地を行軍しているわけではない。

 本人が理解しているのであれば、メルティエは敢えて言及をしない。

 緊張状態の中で過ちを理解した時に「ここを直せ」と云われても頭と体に入るわけがないのだ。

 例え金言を送ろうとも、今効果が無いのであれば、その言葉は只の雑音でしかない。

 

 そして、此処は敵味方が入り混じる戦場である。

 

『――――大将! ビーム光だっ』

 

 ハンス・ロックフィールド少尉が搭乗するモビルスーツ、視覚強化が施されたMS-06GL、陸戦型高機動ザクII狙撃仕様からの通信で、メルティエの思考が戦闘状態に没入した。

 赤い光の到達前に各機へ散開指示を飛ばし、別働隊へ交戦状態に入る通信を送ったメルティエは緊張とはまた違う感覚に浸食される。

 幾度か体験したことがあり、正しく身に覚えがある。

 けれど、筆舌し難いその感覚は何と言えばいいのか分からず、彼は困った。

 それは聞き分け音を探る聴覚とも、臭いを嗅ぎ分ける嗅覚とも違う。

 いや、そのどちらも混じり合わせたような、もう一つの感覚と称すべきか。

 だが、己の身に沸き起こる異常よりも、彼は外界の状況に慄いた。

 先ほどの被災した跡が痛々しい街は、すぐ近くにあるのだ。

 

「ビーム砲を撃つのか? 此処には連邦市民が居るんだぞ!?」

 

 ――――だからこそ、アナタは往ってしまう。

 

 何処か遠くから覗き込む、何者かの視線を背に受けながら。

 身体の奥底から湧き上がる想いと共に、男は自らが望む行動を取るのだ。

 主人の求めに応じ、蒼いモビルスーツは攻撃を受けた方向へとひた走る。

 後方の僚機が迎撃態勢を取る時間を稼ぐ為に。

 後方の市街が()()に入らないよう立ち位置を変える為に。

 

(くそっ。怪我が回復してから、感覚が何処かおかしい!?

 気味が悪いが、今はまだ身体の動きを取り違えてないだけマシ、なのか?)

 

 じわりじわりと広がる体調不調の訴えを噛み殺し、復帰した『蒼い獅子』は此れに臨む。

 砂埃だけが舞う大空へ、遮蔽物がない戦場へとメルティエ・イクスは躊躇なく踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンダァァァァァァアアスッ!」

 

 ガンキャノンのカメラに飛び込む映像に反応したシロー・アマダ少尉は、ザクIIが三機に包囲された友軍機を救う為行動を起こした。

 シローの操るモビルスーツは、テリー・サンダース軍曹のガンキャノンを正面から抑え込む銃撃に対し自機の左腕を差し出して受け止めると、左右からヒート・ホークを振るう二機へ右腕に装備したビーム・ライフルを撃ち込む。

 挟撃していたザクIIのうち一機は肉迫するガンキャノンを捉えたのかステップで射線から退避するも、片方は振るったヒート・ホークがサンダース機の左肩部を切り割った事により僅かに気付くのが遅れ、ビームが胴体部に命中し爆発した。

 強引に生み出した一拍の隙に、サンダースは引き撃ちを行い敵機と距離を取る。

 それらが敵機に命中することは無かったが、難なく距離を稼ぐ事に成功した。

 

『助かりました、少尉!』

 

「礼は後にとっておく! 今は、この戦局を打開するぞっ」

 

 損害を出し後退したガンタンク部隊の護衛に就いていたシローは、前線に復帰すると共に戦意を燃やしていた。

 敗退し負傷した兵士を見れば少なからず士気が下がりそうなものではあるが、シロー・アマダという青年は「これ以上仲間をやらせない」と息巻き、戦いに臨んでいる。

 ともすれば猪突猛進のきらいが見えるものの、前のめりな動きがサンダースの窮地へ来着させ、更には敵を一機撃破する結果に導いた。

 

(思いの外上手く行った、が――――不味い) 

 

 シローの不意打ちは成功した。

 頭数を減らし、敵味方の数は同じとなった。

 つまりこれで、両軍とも膠着状態に陥った事になる。

 先手後手、仕掛けるか仕掛けざるかは互いの胸一つとなる。

 となれば、状況的にシローらが不利であった。

 

(だけど、どうにかしなきゃな)

 

 敵はこのまま前進することも後退することもできるが、防衛ラインを維持する為にこの場に立つシロー達は退けない。

 退いてしまえば敵は前進するだろうし、シロー達は「ホワイトベース」を銃火に晒すことができない。

 今後の連邦軍にとって必要な母艦――――という以外にも、「ホワイトベース」にはコロニー、サイド7の住民が避難しているのだ。

 軍人として、民間人をこれ以上巻き込みたくない。

 そう、民間人を戦火の犠牲にしたくないのだ。

 

「もう、サイド2の二の舞はごめんだ!」

 

 両手で構えたビーム・ライフルに背から伸びる二八〇ミリ低反動キャノンを加え、ガンキャノンのカメラに留まらない敵機を穿たんと必死に姿を探す。

 しかし、敵機は粗い映像をディスプレイに残すだけでシローの照準が定まるどころか、触れさせてもくれない。

 

 ――――高機動戦闘。

 

 制宙戦闘機乗りであったシローは、自身が敵に翻弄されている事が漸く判り、熱くなっていた顔面に冷水を浴びせられた心地であった。

 ビギナーズラックを狙うワケではないが、捉えきれない相手に業を煮やしたシローは威嚇ないし敵の動きが鈍ればと思い、ライフルとキャノンを発砲していた。

 その間、サンダースもシローと同様にしていた。

 そう、攻撃の撃音は全て二人だけのもの。

 火力に勝るこちらが有利だと、反撃される前に墜としてやると息巻いていたのは否めない。

 対する敵は反撃を採らず、只々回避に専念していた。

 

「しまった!? サンダース、足を止め」

 

 僚機に足を止めるなと、警告を発し終わる前にシローは真横から強い衝撃を受けた。

 

『火力はピカイチ』

 

 それがガンキャノンの脇腹を蹴られた衝撃によるものだと、ディスプレイにザクIIが突如現れたことで理解した。

 相対するパイロットは只々回避行動を採っていたワケではない。

 

『装甲も頑丈ときたもんだ』

 

 恐るべき事に、敵パイロットは実戦の中でこちらの視界と武装の射角を読み、死角が生じた瞬間に最大戦速で接近し、コックピット位置に当たる胴体部にモビルスーツを十分に加速させた推進力をそのままに活かす、格闘戦による突撃を敢行したのだ。

 目測と自らの勘だけを頼りに、銃火に身を晒して接近する度胸は並々ならぬ胆力を必要とする。それだけなら土壇場で覚悟を決められる者も居るだろうが、この敵パイロットは接近する間にモビルスーツの機動力で距離を詰めている。それも、火器等の兵装は一切使わず格闘を選択してだ。

 タイミングが僅かでもズレてしまえばただの特攻と大差ない行動を、「戦術的優位」を獲る手段として確立している技量が、明確かつ堅牢な壁としてシローと敵との間に存在した。

 

『とくれば、後は』

 

 マシンガンによる発砲はマズルフラッシュから位置を特定されてしまうし、何よりガンキャノンのルナチタニウム装甲に阻まれる。ヒート・ホークは発現すると局部的ながら高々度の気温変化を触発させ、これは目敏い人間だと発覚してしまう。

 これらを排除した結果が、四肢を使った格闘戦なのだろう。

 中、近距離の間合いで”奇襲”を成功させる、パイロットの場を掴む能力にシローは慄いた。

 

『パイロットの器量、って言うもんさね』

 

 ルーキーの領域を脱しないシローを、嘲りを宿した声音のベテランが嗤う。

 反骨心に火が点くが、衝撃が抜け切らないシローは機体制御を失い転倒し掛けるガンキャノンに翻弄されていた。

 それでも反撃してやると操縦桿を動かし、ペダルを踏むが。

 

『ムキになるところが』

 

 手の平で踊らされるという感覚をリアルタイムで味わう羽目になったシローは、それでも足掻く事を止めずにモビルスーツの操作を続ける。

 しかし、さも予知されていたようにガンキャノンの頭部に内蔵された六〇ミリバルカンは虚空を穿ち、本命のライフルを差し向けようと振れば旋回方向にこれまた用意されていたヒート・ホークの刃で寸断され、

 

『素人だってのさ!』

 

 格闘技の訓練で教官に散々決められた足払いをモビルスーツで強制体感させられた。

 その一呼吸程の浮遊感の後に。

 

「がっ!?」

 

 地上に叩き付けられ混乱の極みに遭ったシローは、

 

『――――部下の仇は獲らせてもらうよ』

 

 心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える、冷たい女の声を聞く。

 

「このっ、やらせるか!」

 

 転倒しているだけに砲撃の角度が制限されてしまうが、幸いにも相手は近距離にいる。ザクIIがヒート・ホークを振りかぶる間に、シローはガンキャノンの上体を起こし両手をつっかえ棒代わりに地上へ着けた。砲撃の反動で機体が泳ぎ発射角度が乱れない為の措置だが、これは現状で最適解であった。

 そしてヒート・ホークを振り下ろす動作以上に、キャノンは砲弾を発射するだけであるから時間的都合にも勝る。

 

(反撃が成功すれば、最悪相討ちまで持って行ける!)

 

 自分が倒され、このまま敵が解放されれば「ホワイトベース」に甚大な被害が及ぶのは明白だと。

 この敵以外にもジオンの襲撃部隊が来ているなら、尚の事此処で仕留めなければならない。

 ガンキャノンの装甲が高熱電磁波に耐えるか、ザクIIが零距離砲撃を回避できるか。

 シローが覚悟を決めた時、

 

『シローさん!』

 

 不意に、少年の声がコックピットに響く。

 稀有な能力でモビルスーツを扱い、あの『赤い彗星』と大立ち回りを演じてホワイトベース隊をジオンの攻撃から守る地球へと降り立たせた少年の声だ。

 

『新手か!? ここらが潮時だ、一度退く!』

 

 空間を赤いビームが二条走ると、ザクIIはシローに止めを刺さず退避を優先した。

 部下を殺した仇敵を前にして、戦場の不利を悟れば反転する。

 シローでは堪えられそうにもない精神を、相手は塗り替えて行動できるということ。

 軍人としても、パイロットとしても負けたシローは故郷のサイド2を壊滅させた憎むべきジオン軍人に、少なからず敬服していた。

 先程の敵の言葉には、確かに怨嗟と強い感情のようなものが乗っていたと思う。

 失った部下との間と親交があったから、シローに怒り憎むのだ。

 それでも、戦場で生き続ける為に感情を抑えて実行できる人間に、同じく戦場に立つ一介の軍人として考えずにはいられない。

 

(これが、俺達の敵。か)

 

 ザクIIは僚機と互いに連携して去ると、コックピットの中でシローは項垂れた。

 生き残れたという思いと、お目溢しをもらったような悔しさで瞼をきつく閉じる。

 ダメージ警報を鳴らすコックピット内は静けさとは無縁で、チラリとディスプレイを見れば右肩から先が無い。立ち去る時のザクIIが何か片手で抱えていたから、握っていたライフルごと右腕を持ち去ったのかもしれない。

 死を覚悟するほど圧倒された挙句、機体の一部を奪われた。

 

(完敗、だな……ちくしょう……畜生!)

 

『シローさん、ご無事ですか!?』

 

 ワイプが開き、ノーマルスーツを着込んだアムロ・レイが映る。

 年下に情けない顔を見られたくない。

 その一心で、シローはどうにか笑みを浮かべる。

 

「ああ、アムロくんのお蔭で助かった。礼を言うよ」

 

『互いに無事のようですね。私の機体もやられましたが少尉のもですか』

 

 歩行するサンダース機と並ぶ白いモビルスーツ、ガンダムの姿を視界に認める。

 直接ではないとはいえ、大気圏の摩擦熱を突破した事実を知っているだけに存在感があった。

 搭乗している中距離支援用のガンキャノンに比べ、白兵戦用のガンダムは操縦難易度が上の筈。

 その機体を操るアムロという少年はやはりスペシャルなのか、とシローはぼんやりと思った。

 

「移動はできるが、戦闘は難しいな。武器も失ってしまったし」

 

『少尉、我々は生き残ったんです。現状ではこれ以上の戦果はないでしょう』

 

「そうだな……きっとそうだ。アムロくんのガンダムは、整備が完了したのか」

 

『地上戦用にOSを少し弄ったくらいで、他は問題ないと。……父が太鼓判を押してましたよ』

 

 頭部に包帯を巻きながら整備現場の指揮を執るテム・レイ技術大尉を思い出し、シローとサンダースは苦笑した。ガンキャノンやガンタンクの設計にも携わっている彼は、二種のモビルスーツの状況と状態を確認しながらガンダムの整備を見ているのだから、正に八面六臂の活躍をしていると言える。

 モビルスーツを現状最善の状態にするテムと、ガンダムという最高性能のモビルスーツを操縦するアムロのレイ親子は「ホワイトベースの最大戦力」と称して過言ではないだろう。

 

「そうか。……確か、遊撃戦力として数えられていたな、アムロくんは。

 俺とサンダースは機体の状況から一度下がるが、キミはどうする?」

 

『カイさんの所に合流してみようと思います。ホワイトベースの離陸準備まであと僅かだそうですから、あまり敵を釘付けにすると逃げれなくなりますので』

 

「了解だ。簡易整備が終わり次第、アムロくんのバックアップに就く」

 

『となれば、敵の目を欺きつつ戻りませんと。少尉、移動は可能ですか?』

 

「無理でも行くさ。機体は捨てたくないしな」

 

 軋むガンキャノンを起立させ、サンダース機を追う。

 ガンダムは二機を見送ると、その場から離れた。

 

 後方から、その機体をカメラに収めるザクIIに、気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしている、ブライト中尉!? 敵が目の前に居るんだぞ!」  

 

「あなたに言われなくともわかっています! しかし、今はもう撃てないんです!」

 

 ペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」のブリッジで、ブライト・ノア艦長の采配を責めるリード中尉はシートの肘掛けを殴りつけながら尚も怒鳴った。

 

「馬鹿を言うな! メガ粒子砲のチャージは済んでいるんだろう!? あの蒼いモビルスーツをさっさと撃ち落としてしまえばいいではないかっ」

 

「あなたの視界には、あのモビルスーツの近くにある町が見えないのですか!? メガ粒子砲は物体に接触すればカノンの実体弾と同じように爆発します、地上で暮らす人々にビームの雨を浴びせたいのですか!?」

 

「ならホワイトベースは沈むぞ!? あれは『蒼い獅子』だ、開戦時からマゼランとサラミスを墜としているシップスエースなんだよ! いいか、それもザクIIではない、ザクIでだ! 撃墜数は違うが『赤い彗星』はザクII、『蒼い獅子』はザクIでやるんだよ、意味が解るか!?」

 

「なっ……機体が、違う……?」

 

「パイロット達に発破を掛ける時に聞いて、もしやと思ったが。ブライト艦長はアレの認識不足だったようだな?

 『蒼い獅子』が新型で前線に出ているのは最近だ。前はザクIでやってたんだよ、奴は!

 いいか? 『赤い彗星』はザクIIで我々を追尾して来た、それが『蒼い獅子』は()()の新型で迫っているんだぞ! 同程度の戦力だと思う事態が間違いだ、大間違いなんだよっ」

 

「っく。だからといって、町が近くにあるんですよ? ミノフスキー粒子散布だけでも問題だというのに、これ以上は」

 

「か、艦長!?」

 

「な、今度はなんだ!?」

 

 オペレーターのオスカ・ダブリンの悲鳴混じりの呼び掛けに、挑発的なリードと睨み合いしていたブライトは向き直る。

 

「ガンタンク隊壊滅、ホワイトベースに帰還! アマダ少尉らが撤退支援を行った模様です!」

 

「うっ!? リュウ達は無事なのか?」

 

「リュウ・ホセイ曹長らパイロットは無事です。ただ機体は相当な損傷を受けているらしく、レイ技術大尉から再出撃は困難と報告を受けています」

 

「……アムロのガンダムは?」

 

「既に防衛ラインへ到達……『蒼い獅子』と交戦するセイラ機の援護に向った模様!」

 

「ガンダムとガンキャノンを当ててもまだ倒せていないのか?」

 

「はい……あ、カイから通信。『蒼い獅子』は町から距離を取ったそうで、援護射撃を要請しています。セイラ機から送られた位置情報を見るに、射線に町は入りません!」

 

「市民を盾にする気はない、ということか……!? ダメだ、尚更メガ粒子砲を撃てない!」

 

「何故だ、ブライト艦長!? 唯一の懸念事項は町への被害だった筈だ。態々敵が離れたのなら仕留めるチャンスではないか!?」

 

「いいですか、リード中尉。『蒼い獅子』は一度町へ近づき、その後離れたんですよ?

 戦端を開いたのは我々連邦軍です。そして、ジオン軍は襲撃された側だ。町の心象はどう傾きますか? “連邦の攻撃に巻き込まないようジオン軍は離れた”と思いませんか? 大多数の人間が“巻き込まれずに済んだ”と思っていても、“ジオン軍が連邦軍の攻撃から守ってくれた”と思う人間が出てこないと何故思われますか!?」

 

 ブライトが額に流れる汗を拭わず、リードへ畳み掛けるよう問う。

 若輩者と見ていた艦長に圧力を覚えたリードはどうにか反論しようとして口を開くが、何かを悟ったように舌打ちした。

 

「此処が、ジオンの支配領域で……任されているのがガルマ・ザビだからか?」

 

「そうです。地球の各地で反ジオン活動が継続してあるのにここ北米大陸は他地域を比べても行動が断続的です。小康状態と言って良いほど市民は落ち着いているんです。

 もしかすれば、北米大陸の連邦市民はジオン側に傾いている可能性すらある」

 

「ば、馬鹿なことを言うなっ! オ-ストラリア大陸と違い直撃こそしなかったが、あの“コロニー落とし”の余波で北米は荒れたのだぞ!?」

 

「荒れたのは確かにジオン軍の愚行によるものです。しかし、荒れた北米で生きる市民に手を差し出して救援したのも、ジオン軍なんですよ!」

 

「ジオンが行っている慰撫工作がそれほどまでに市民に喰い込んでいると、そう言いたいのか?」

 

「恐らくは。でなければ、民間に協力を仰いで拒否された事に納得がいきませんよ!」

 

 ブライトは勢いが萎んだリードを更に委縮させるほど怒鳴り、キャプテン・シートの肘掛けを叩いた。無機質な悲鳴を上げるが、誰もそれを咎める事はできなかった。

 何故なら、ブライト・ノアの心情を良く理解できたからだ。

 コロニー公社に所縁のある工場や会社に連絡し、推進剤や消耗品を調達しようと考えていたブライトらは、問い合わせた各所全てに譲渡拒否をされていた。

 内容を要約すれば「救援物資を配布し、援助を継続しているジオン軍に背く事はできない」と。各社の内情はともかくとして、連邦軍を支援すれば都合が悪くなるということは理解できた。

 援助を継続している事からそれが打ち切られれば立ち行かなくなること、もし何処かで連邦軍を支援する所が在れば、その情報をリークしてジオン軍に覚え目出度くしてもらおうという考えすら見え隠れする。

 窮地を救ってもらったという情と、支援者という立場を用いて利で釣る。

 古来より、人間は感情と理性で生きる動物だ。

 義理で生きる人間もいれば、利益を求める人間もいる。

 それらの大多数と言えなくとも、半数近くがガルマ・ザビの統治によってジオン寄りに染まっているとすれば、北米の連邦市民はジオンの国民に準じていると見ていいのかもしれない。

 

「ジオンは……いえ、連邦の最大の敵は、ザビ家なのかもしれません」

 

 ジオン公国総帥であり本国サイド3にて現在も継戦を邁進させる長兄、ギレン・ザビ。

 ルウム戦役の立役者にして宇宙要塞ソロモンで宇宙攻撃軍を束ねる三兄、ドズル・サビ。

 月面基地グラナダを拠点に突撃機動軍を擁し地球侵攻作戦を執る長姉、キシリア・ザビ。

 侵攻軍でありながら北米大陸に確かな人気を根付かせた末弟、ガルマ・ザビ。

 他兄姉に比べその才覚を遅く芽吹かせたものの、ガルマの影響力に静かな恐怖を感じたブライトは思わず呟いた。弱気に呟いてしまった。

 ブライトが気付いた時には既に遅く、ホワイトベース・クルーの何人かが心配そうに彼を見やる中で、通信音だけが嫌に響いた。

 

「艦長!」

 

「……今度は何だ?」

 

 溜め息を落とさぬよう努めて返したブライトに、

 

「蒼いモビルスーツが依然防衛ラインへと進行中! 更に新たな機影が出現しました!」

 

「ここで、更なる敵か!」

 

 若き艦長は「ホワイトベース」を託して逝った前任パオロ・カシアスを想い、淀み無く押し寄せる現実に諦観せず立ち向かう事を決意した。

 

「識別コード判明、映像出ます!」

 

 ブリッジのメイン・モニターに表示された情報をしっかと目に入れ、

 

「これは――――!」

 

 ミノフスキー粒子で解像度が劣化したその映像に、ブライトは腰を浮かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警告と操作による多重音が喧しいコックピット内で、セイラ・マスはタイミングを計っていた。

 装甲表面に砂塵を滑らせながらRX-78-1、ガンダム一号機は照準補正の効いたビーム・ライフルを空より迫り来る蒼いモビルスーツに向けては撃ち込む。

 その発射から僅かな時間で命中するであろう一撃は、蒼いモビルスーツが腰を捻り、左足が弧を宙に描いた動作だけで躱された。セイラも当たるとは思わなかったが、その回避運動は相手の気に留められなかった印象を残し、彼女の中でしばらく眠っていた負けん気を叩き起こす。

 

「動きが、速い……!」

 

 ならば地上に降り立ち硬直するであろうその瞬間に攻撃するまでと、照準を追尾させる。

 その間もカイ・シデンが搭乗するガンキャノンの火砲が果敢に挑むも、蒼い敵機は最小限の動きだけで回避して見せ、反撃の一射がカイ機のビーム・ライフルに当たり、銃身をへし折られた。

 銃器が破壊された際に着火したのか、小さな爆発がガンキャノンの右腕を包み舐め、通信機からカイの悲鳴が漏れる。

 

『こンの、やろ――――うわぁっ!?』

 

 怯んだガンキャノンに、一定の間隔で追従する高機動型のザクIIが弾丸による圧力を掛けた。

 マシンガン程度では装甲を貫通しないとは言え、カイは訓練を受けていない民間人であったし、今まで受けた事のない衝撃に朦朧していた分だけ酷く体勢が脆い。

 カイが怯めば怯むほど、蒼いモビルスーツを追従――――否、後背を守る護衛機は前進する。

 派手にマズルフラッシュを散らし、弾幕を形成しつつ動く二機の護衛機はガンキャノンの頑丈な装甲を削り切ろうというのか、目に見える効果が期待できないのにも関わらず射撃を止めない。

 

「カイ!」

 

 銃弾を浴びるガンキャノンに意識が割かれ、セイラの照準が迷い始める。

 そうした中で風切り音を供に何処からともなく飛来した砲丸が着弾する。ガンキャノンが左膝を砕かれる姿を目にしてしまえば、人命優先の生き方をしてきたセイラには耐えられなかった。

 蒼いモビルスーツを仕留めるよりも僚機を援護しなくては、と。その行動は優先順位の評点からすれば間違いではあったが、操作に慣れ始め想像の動きを可能にできるパイロットとしては妥当ではあり、顔見知り程度とはいえ人間を切り捨てる人生とは縁遠いセイラにとって、極々当然の行動でもあった。

 しかし、ライフルを向ける頃には二機のザクIIはガンキャノンを盾にし、射線を封じていた。

 

「これでは……ああっ!?」

 

 ろくに反撃もできず膝を屈したガンキャノンを放置するのかと思いきや、上体に弾丸を当て続けられ衝撃に負けたバランサーが遂に断末魔を上げる。仰向けに転がされたカイ機はコックピット部を接近したザクIIにスタンプされ、既にされるがままだ。

 パイロットが居るコックピットを衝撃で制圧し、気絶させる腹積もりなのか。もう一機はその場から下がり、反撃の対処とこちらへの威嚇なのだろうマシンガンをセイラのガンダムに向け、射撃を開始した。

 

(地上に降りて来たばかり……いえ、これは相手が悪過ぎる!)

 

 つまらぬ言い訳が脳裏を掠めたが、明らかに分が悪い。

 こちらはザクIIの装甲をいとも容易く貫通せしめるビーム・ライフル。マシンガン程度ではビクともしない装甲を有している。数的不利があったとしても地球降下前の迎撃戦や遭遇戦では性能差を武器に勝利して此処まで来た。

 それは、ここ地球でも同じである筈なのに。

 

『だめ……セイ……さん…………逃げ……』

 

 断片的に流れるカイ・シデンのくぐもった声が、容赦ない事実を押し付ける。

 セイラ自身は知る術もないのだが、火力支援を担うリュウ・ホセイのガンタンク隊、遊撃戦力として配置してあったシロー・アマダとテリー・サンダースのガンキャノンは損害著しい為にこの場におらず、戦闘開始から二十分も経たないうちに防衛ラインが瓦解していたのだ。

 

 そして、

 

『戦場で棒立ちか。随分と余裕だな?』

 

 ダメージ警報前にセイラの鼓膜を刺激する男の声は、懐かしい人のもので。

 

「――――え?」

 

 ヘッドアップディスプレイに電子文字が書き込まれ、画面内で赤く点滅していたとしても。

 まるで引っ繰り返され、強かに叩き付けられた痛みが全身に走ったとしても。

 思考停止状態に陥ったセイラ・マス――――アルテイシア・ソム・ダイクンは只々呆然と、かの名前を呟くしかできず。

 彼女の囁くように紡がれたか細い声が、

 

「メル、ティエ、兄さん、なの……?」

 

 胴体部へ一拍の間もなく降下し絶命させる、筈だったヒート・サーベルの刃先が装甲板に触れる直前で押し留められた。ディスプレイを縦一文字に走る夕陽色の剣が、主の動揺を表すように揺れる。

 それまでの俊敏な動きがまるで嘘だったかのように、ぎこちなく離れた蒼いモビルスーツ。

 ザク、最早ザクIIに類似した頭部以外はそうと呼べない頑健な体躯を誇る、その蒼い機体の右肩に在る「盾を背に咆哮する獅子」の図版が、アルテイシアを震わせる。

 

「あ、あぁ……」

 

 もしかすれば。

 いや、きっとそうなのだ。

 自分は、さっき。

 

『其処に居るのは、アルテイシア、か?』

 

 宇宙で再会した実兄(キャスバル・レム・ダイクン)と遜色ない思い出と温もりが心の奥で息づく家族を。

 探し求めていたこの義兄(メルティエ・イクス)を、殺そうとしていた。

 

「ち、違うの……私は、わたしは……!?」

 

 確かな意志の下で何度も義兄へと向け射撃した、家族と手を繋いで体温を交換し合った指先が。今は酷く冷たいように感じられ、自分の身体ではないように感じられた。

 

『どうして、こんな所に……いや、すまない。無事で良かった』

 

 戸惑いから心底ほっとした、安堵の声がアルテイシアの混乱を鎮めてくれる。

 久しく聞いていなかった、昔はよく自分を宥めやさしくしてくれた、傍に居てくれた人の声。

 心から甘えられる存在に飢えていた頃に出逢った、かつての少年は声変わりしていた。

 けれど。困らせる事が楽しみで悪戯したり、我が儘を言って振り回した時からアルテイシアの中に根付いた肉声の名残が、今も彼にある。

 

「兄さん、メルティエ兄さん!」

 

 気付けばコックピットを開放し、砂の雨が止まない外へと身を晒していた。

 蒼いモビルスーツは武装を解除すると膝を曲げて屈み、左腕をこちらに伸ばしてくる。

 ジオンの軍人である義兄の、その手に乗ってしまえば近い将来「ホワイトベース」で出逢った人々と敵対する可能性が生まれるだろう。

 だが、元々連邦寄りの人間でもなければこれに与する軍人でもない。家族と別れた頃から仮面を被って生きて来た彼女にとって、今はもう養子として受け入れてくれたマス家とダイクン家を守る為に奮闘しその為に没落、犠牲となったラル家以外はその他大勢に分類される。

 理由は定かではないがシャア・アズナブルと名乗りジオン公国の軍人として生きる実兄と、こうして手を差し伸べてくれる義兄が居るのなら彼女にとって問題は無く。

 いつからか根付いていた「また家族と暮らしたい」という願いに、希望と云う水を与えられれば抗える筈も無かった。

 

『……()()()()民間人を救助、一度退く』

 

 コックピット内で何事か話していたメルティエは、妹がモビルスーツの掌に乗ったのを見届けると機体を起立させパイロットを失ったモビルスーツ、その開かれたコックピット目掛けてヒート・サーベルを差し込み、頭部へと走らせ破壊した。

 乱暴ながら連邦軍に「パイロットは戦死した」と信じ込ませる工作である。それはパイロットだったアルテイシアを思い、彼女が高度の急上昇と風にやられて瞼を閉じ、開くまでの僅かな間に実行された。

 

『少し揺れる、我慢してくれ』

 

 彼は急いでいるのか妹の身を案じつつも、返事を待たずその場から飛び立った。

 少し所の騒ぎではない揺れから守るモビルスーツの巨大な指、その間から覗くと。

 

『カイさん、生きてるんでしょう!? 返事をしてく……セ、セイラさん? 嘘だろう? どうしてあの人が、どうして、こんな……!?』

 

 カイが乗る沈黙したガンキャノンと破壊されたガンダムを庇ってビームを撃つ、アムロ・レイの操る白いガンダムの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




問題1.:今話を糧に成長する可能性がある人物は誰でしょうか?

①アムロ・レイ
②ブライト・ノア
③シロー・アマダ
④その他





問題2.:ガルマ・ザビ、シャア・アズナブル、メルティエ・イクスが同作戦に参加すると戦場で
     何が起こるでしょうか?

①最大の戦果が見込める、連邦軍支配圏に特大ダメージが発生する
②私情による謀殺が発生し、ジオン支配圏に特大ダメージが発生する
③「二人の友人に負けていられない」とガルマによる督戦が発生し、ジオン軍の士気が最大になる
④その他





正解1.:【貴方のセキュリティ・クリアランスでは閲覧できません。】

正解2.:【貴方のセキュリティ・クリアランスでは閲覧できません。】



追記:遭遇(エンカウント)するのはアムロだと思った方、攻撃し合うけどそのまま別れる展開を
   想定した方、残念無念。下拵えにはまだ時間が必要なのです!

 次話もよろしくお願いしますノシ




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第58話:北の大地 〈その1〉

 

 セイラ・マスにとって、アルテイシア・ソム・ダイクンという名は楔だ。

 ジオン共和国の国父であるジオン・ズム・ダイクンの娘であり「偉大なるダイクンの子」という存在の重荷を背負う、決して逃れられない楔を示すもの。

 兄のキャスバル・レム・ダイクンと共に、何れは将来の共和国を担う人物として様々なメディアから賞賛され、物心つく前から未来のレールが手早く敷き詰められる運命であった。

 そう、幼心なりに理解していた。

 しかし、事態は父ダイクンの急死によって流転し、走る筈だったレールは全て歪められた。

 ダイクンを支えていたザビ家を避け、彼の家と対立するラル家に身を寄せてからはそれまで当然のようにあった煌びやかな暮らしは鳴りを潜め、ダイクンを信奉する過激派に母を奪われてからは逃亡生活を強いられた。

 その後はランバ・ラルに守られ、彼が父ジンバに幼い二人を託すと地球に住むマス家を頼った。

 其処で同じように両親を喪った少年メルティエ・イクスと、彼らは出逢う。

 

 セイラ・マスにとって、アルテイシア・ソム・ダイクンという名は楔だ。

 兄キャスバルと同様に慕うメルティエを、三人を繋ぐもの。父と別れた寂しさ、母を偲ぶ切なさを懸命に埋めようと求め、これに応じた二人の兄を結ぶ、家族の絆でもある。

 幾年か経ったキャスバルがマス家を離れた時に遭遇する、飛行機事故が起こるまで三人が育んだ家族と云う絆を固くする楔で。キャスバルを喪い、メルティエを失ってからもアルテイシアの心に暖を与える幸福の灯火であった。

 それは少年が青年となり、二人の兄妹が美しく成長した今も変わらない。

 例え、ジオン公国の軍人として頭角を現した兄らと、地球連邦軍の艦に乗り結果として地球連邦政府に与する立場に居た妹であったとしても、三者が抱くものは不変であった。

 

「アルテイシア」

 

 その記憶に色濃く残っている黒髪の少年メルティエ・イクスは当時の印象を裏切り、がっしりとした男らしい偉丈夫となっていた。

 セイラからして目つきが悪くなったように見えるが、その灰色の瞳は昔から変わらない優しさをたたえていたし、大気に乱され踊る同色の蓬髪が精悍になった顔を粗暴に、神秘的にもみせる。

 大きく違わないのは耳にすっと入る涼やかな、聴けば彼だと分かる声だけ。

 

「アルテイシア」

 

 九月が終わり、十月の足音が訪れる地球では暑さが抜けた気候が多く過ごし易い。

 とはいえ、数年ぶりに地球に降りて来たセイラにとって北米大陸の風は当たりが強く、時折風に運ばれる砂粒が目に入って少し辛い。

 そんな中でメルティエは軍服の上を脱いでおり、肌着の下から主張する鍛えられた筋肉がセイラを視覚的に刺激する。一見興味なしに見やる彼女の表情にこそ現れてはいないものの、いつ朱が色を差すか分からないほど胸が高鳴っていた。

 

「さっきは緊急事態とはいえ、すまなかった」

 

 メルティエが頭を下げて謝る。その意味を理解するのにセイラは一呼吸程の時間を要した。

 彼女は無言で羽織っていた上着の襟を胸前で重ねる。それは佐官のみが着用を許された軍服で、持ち主を示す蒼色を基調としていた。常ならば主の動きに合わせて靡く刺繍入りマントも、今は只無気力に軍服の上を広がるのみだ。

 セイラの視線の先には今だ謝罪する兄と、焼け焦げ異臭を放つ衣類の残骸があった。

 衣類は完全に焼失しなかったのか、風に流されて黄色い布地が宙を舞う。 

 それが十数分前にセイラの身体を包んでいたノーマルスーツだと、誰が分かると言うのか。

 

「兄は、鬼畜です」

 

 今し方された事を思い出し、余りの事で思考が緩んでいたうら若き乙女はそう男を評した。

 恥じらいと怒りで全身を紅潮させたセイラは、兄の軍服に抱かれながら当人を睨む。

 性急すぎた行動を今更ながら反省しているメルティエは、妹の肌が目に入らないよう極力低身のまま頭を垂れ続けた。

 

「……すまん」

 

 この情けない姿を晒している人物が、故郷で名を馳せた軍人だと誰が信じるだろうか。

 あれから白いモビルスーツの追撃を振り切り、逆に反撃を喰わせたメルティエは追従する部下達に周囲の警戒を頼み、適当な岩陰に蒼い高機動型ザクIIを擱座させると、名を変えてから音信不通であった妹と再会していた。

 昔と比べればきつく、男女としては控えめな抱擁を交わした後、何か告げようとするセイラを制止したメルティエは、漸く連邦軍のノーマルスーツ姿であった彼女を認識したのだ。間が抜けているにもほどがあるが、彼は行動力に定評がある男である。先に「民間人を救助した」と報告を入れており、実際にそうなってもらおうと手っ取り早い結果を求めた。

 つまりは、文字通りノーマルスーツをひん剥き、下着以外身に着けていない状態のセイラの前で問答無用に燃やしてせん断したのだ。女性物の衣類なぞ持っていない状況でコレである。

 機転が利き、理知的な女性に成長した妹だったから良かったものの、赤の他人にしようものなら反論を認められず即刻御用となっていた事は想像に難くない。

 しかしながら、結果はご覧の有り様である。

 仕事を成し遂げた男の顔で一息ついたメルティエは、艶めかしい肌を晒す羽目になり女性の部分を手で隠し今や羞恥と怒気で赤く熱く震えるセイラを見て蒼白の面を晒し、己の服を献上して妹の怒りが静まるのを待っているのだ。

 一般常識を捨て置くほど混乱していたとみるべきか、強引さと積極性が振り切った行動がコレなのだと理解すればいいのか。あまりの無体さに久方ぶりの感激も急速冷却されたセイラである。

 

「兄は、きちく、です」

 

「……本当にすまなかった。俺は少し機体の様子を見てくるから、ここに通信機を置いていくよ。気持ちが落ち着いたら連絡してくれ」

 

 音もせず立ち上がった兄に、蒼いモビルスーツにとられてしまった兄を寂しげに見つめながら、セイラは金属が擦る音を耳にした。

 金色の妹は軍服の下で首から垂れるロケットを握り、巨人のマニピュレーターに足を掛けた灰色の兄の、その首に同じものが吊るされているのを視認する。

 

(アレは思い遣りと行動がダイレクト過ぎる、でしたね。キャスバル兄さん)

 

 普段は人の話を聞くタイプなのに、事があれば猪の如く突撃するメルティエ少年を、かつて傍に居た実兄キャスバルが呆れながらも苦笑していたのを思い出す。

 そう。つまりあの人は、間違いなくメルティエ・イクスなのだ。

 けれど、記憶の中に居る彼は柔らかい笑顔をみせる少年の姿で。目の前に居る青年のように死と暴力の世界で名を成す人物ではなかった。

 何処で彼が変わらざる得ない事件が起きたのかは、セイラにはよく分かる。

 彼女自身もキャスバルが事故死したと報道されて世界が揺らいだのだ。他者と壁を隔てて接するキャスバルが家族以外で唯一親しく、また共に居たメルティエのこと。彼も自身の世界が揺らいだのではないだろうか。

 セイラも父を喪い続いて母を失って幼心に空虚さを経験したことがある。あの頃はまだ身の回りに優しくも頼れる人が多くいてくれたが、この変わり果てた青年の当時はどうなのだろうか。

 何かを求めて、その結果が今のメルティエ・イクスなら。

 そして、変質した原因が己に在るとキャスバル・レム・ダイクンが知ったら。

 

(なんて……不憫な)

 

 壁を隔てずに過ごせたのに、この事実を知ったキャスバルは以前と同じように彼と笑い合えるだろうか。死んだと思っていた親友があれから世を偽って生きて来たと分かれば、あの感情で暴走する気質のメルティエはどう動くのか。

 恐らくその結果は、家族が(誰も)幸せにはならない。

 でも、秘密を打ち明けるなら早い方が良い。

 直感がある実兄と変に勘が鋭い義兄のことだ。妹が隠し通そうと決めても当人同士が何かの拍子に気付く事もある。いやもしかすれば、既に『赤い彗星』シャア・アズナブルとして生きる兄は『蒼い獅子』メルティエ・イクスを正しく見ているのかもしれない。

 

「今はキャスバル兄さんのことを、メルティエ兄さんに伝えないと」

 

 それでもセイラは真実を知るべきと、自らに言い聞かせるように己の役目を舌に乗せる。

 例え火種になろうとも、これは未来永劫隠し通せるものではない。加えてシャアと名乗りマスクで顔を隠しているが、「キャスバル」を棄ててはいないのだ。キャスバルの顔を知る人間が見れば看破するのは難しくない。四六時中マスクのまま過ごす事は難しく、彼も人の子である以上他者に素顔を晒していても何らおかしくはないのだ。

 また同軍の指揮官という立場上、何度か顔を合わせているだろうしその後もある。

 既に事態は遅いか早いかの段階にまで来ている。来てしまっている。

 戦時中であることも重なり、急死した指導者の嫡子生存が報じられればダイクン派とジオン公国を支配するザビ家の確執と利権争いから、内乱か次の戦いを呼ぶ可能性は十分にある。

 秘匿するのも難しく、事が発覚すれば争いの種になる。

 であるからこそ、彼女は思うのだ。

 

「今後すべき事とできる事を、三人で考えないと」

 

 二人の兄達にとって、アルテイシア・ソム・ダイクンという存在は楔だ。

 ルウムの英雄、『赤い彗星』シャア・アズナブルをキャスバル・レム・ダイクンに繋ぎ止める楔であり、事に逸る彼を押し留める頼りなくも確かにある一打だ。

 地上に墜ち、戦場を走る『蒼い獅子』メルティエ・イクスが獣に堕ちるのを留める一助であり、人命の価値が軽い世界でなお己の在り方を問い掛け思考の鈍化から精神を守る楔だ。

 

 男は知らない。肉親を傍に置いて事を成す難しさを。

 男は知らない。家族を抱えて戦う意味と辛さを。

 二人は判らない。身を案じるが故に前に進む妹の果敢さを。

 

 「ダイクンの子」という重荷を知るセイラ・マスは、内に在るアルテイシア・ソム・ダイクンというレールを自らの手で形作ろうと手を開いた。これに誰彼問わず触れる事を良しとせず、家族にのみ手を借りて敷いて行こうと、青臭いながらも純粋に心を定めて。

 

 見目麗しく陽の如き金髪の妹が名を呼ぶと、灰色の蓬髪を乱す野性的な兄が振り返り、金属特有の軽い音を奏で同じ写真の入ったロケットが互いの胸で揺れる。 

 碧の瞳と灰色の眼が交わされる間を、風に吹かれた黄色い布切れが通り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錆びた蝶番の軋む音が、埃の舞う室内へと流れる。

 開けば開くほど耳障りな悲鳴を上げる扉は、そのまま限界まで至ると所々色落ちした白い壁へと当たり、また不愉快極まる声を上げた。

 きっかり三秒後に砂を噛む靴音が連続して室内へ推し入り、電気メーターだけが寂しく回る部屋を大いに騒がせた。侵入者達は壁を背に動き、手に持った小火器から発せられる赤外線照準を忙しなく移動させ、自分達以外動くものが無い事を確認すると二手に分かれ他の部屋へと足を進める。

 部屋に残った数人のうち、真紅のノーマルスーツを着用した男は拳銃をホルスターに戻すと倒れたまま放置されている椅子を直し、どかりと座った。

 

「ここも空振りか」

 

 言に苛立ちを滲ませるのは、『真紅の稲妻』ことジョニー・ライデン少佐だ。

 彼は突撃機動軍の長キシリア・ザビ少将より命を受け、機材と“成果”を手土産に連邦軍へと亡命したクルスト・モーゼス博士の足取りを追っていた。進捗具合は芳しくないものの、クルスト博士が確かに居た証拠は押さえている。その内容も彼の研究テーマを臭わす類のもので、キシリア少将のサブ・オーダーに添えるものだったから、ジョニーとしても幾らか溜飲は下がる。

 しかし。戦場の機動力、行動の迅速さから「稲妻」と称される身としてはこの手が届かない状況に苛立ちが止まらず、些か所か顔面に表すまでこの仕事に飽きてもいた。

 地球に降下してから続くこの拠点調査も、もうすぐ二桁に届こうとしていた。大気圏内での準備体操代わりに行った「演習訓練」の効果も、徐々に忘れ始めている。

 ジョニーを部隊長とする特務編成大隊キマイラも定員こそ満たしていないが純然たる戦闘部隊である。間諜のような内情調査や要人確保の真似事もできなくはないが、彼らの本分は戦場での闘争であり、“分かり易く”敵を倒す事に在る。

 キマイラにはもう一つの役割がある、と部隊責任者のヒュー・マルキン・ケルビン情報局大佐が嘯いていたが、戦闘部隊長であるジョニーは部隊発足後の戦闘らしい戦闘が、地球降下前までの敵パトロール隊とのものだけである事を嘆いていた。

 さっさとクルストを抹殺(デリート)し、研究成果ごと消し飛ばしてやりたいが中々尻尾を掴めない。

 

「ジョニー。あまりカッカするなよ」 

 

「ジーメンス……分かっちゃいるんだ。ただ、進展しない任務は」

 

「苦痛だ、ってか? 俺も他の連中も同じだが、そもそもドンパチやってナンボの兵士に人探しを命じた理由が分からんし、研究者数名とそいつらのノートを入手した所で何になるか」

 

「ああ、本当にな。まどろっこしいったらありゃしない……すまん、少し愚痴ったな」

 

「いや、俺も相当に吐き出した。……ダメだな、地球の重力ってヤツは。居るだけ酷く疲れる」

 

 退路確保の為残ったジョニーと、同じモビルスーツパイロットのジーメンスは胸中に渦巻くものも同じようで、声こそ潜めているが不満が噴き出ていた。

 ジーメンス・ウィルヘッドはジョニーにとって頼れる仲間であり、モビルスーツ小隊長を務めるキマイラ戦闘部隊のサブ・リーダーでもある。今は陸戦隊に紛れているが、本領はモビルスーツの操縦だ。得意分野と心境も同じジョニーの鬱憤を諌めようとしたのだろうが、ジーメンス自身も身に宿るストレスを誤魔化せなかった。

 

「最初はジャコビアスのヤツに同情したが、どうだろうな? 逆にされかねん」

 

「今はガルマ准将麾下だ。話じゃ狙撃専用機体なんぞを用意されたと聞くし、拝命時はむすっとしてたが今は任務に専念しているだろうさ。俺達の中でもジャコビアスは特に真面目だからな」

 

「ああ、それは分かるな。頼れる相棒が不在で寂しくなったか、ジョニー?」

 

「援護がないのは淋しいが、支えてくれる奴らが居るから寂しくはないさ」

 

「はっ、言うねぇ……ん。エメからだ」

 

 バイザー越しににやりと笑ったジーメンスがヘルメットを押さえる。

 音量が低いのか、彼はそのままの姿勢で会話を続けていた。

 

「どうした?」

 

「やれやれ、だ。待機しているガキ共がまた“いつもの口論”で騒いでいるらしい、エイシアとエメが宥めてるんだが……後は分かるか?」

 

「またか。あいつらもよく飽きないな」

 

 心なしかうんざりとしたジーメンスが親指で出入り口を示し、痛いほど理解したジョニーは立ち上がると大きく伸びを一つして求められている場所へ向かう。

 残った数名の、協力の為現地から派遣され陸戦隊が本業の兵士達は、二人のやりとりに口を挟む事無く己の役目に忠実だった。

 

 ジョニーが真昼の熱射を浴びながらキャンプ・ベースに戻ると、擱座したモビルスーツの下では二つの小さな影が引っ切り無しに踊っていた。

 既に見慣れた光景とはいえ、ジョニーは嘆息せざる得ない。

 彼の姿を見つけた女性が小走りに近付き、目が合うと困り顔の上に笑みを浮かべて迎え入れた。

 目の角度が斜め上がりになっていたジョニーに、それは精神的癒しであったようで僅かながらも下げる効果があった。帰還報告代わりに手を軽く上げると、彼の手に比べ作りが違うように思える華奢な指が留め、小さく引く。

 

「エイシア、またやってると聞いたんだが」

 

「ええ。またよ、ジョニー」

 

 感じるもの、触れるものが柔らかい印象のエイシア・フェローに誘われ、移動の間だけの僅かな休憩から期待と共に背を押され、問題児二人に向く。

 

「まずは其処に座れ! 話はそれからだ」

 

 話題の主が出現したことに顔を輝かせる少年少女、ユーマとイングリッドが何事か発する前に、ジョニー・ライデンは先手をとった。

 

 ジーメンスらが仕事を終えて帰投する頃には、腕を組み仁王立ちで叱るジョニー、愛機と同様に項垂れて説教を受ける生意気盛りの子供達、その子供達の肩に手を置いて言い聞かせるエイシア、物資コンテナに腰を掛け目前の光景を眺めて笑うエメ・ディプロム、他手透きの隊員達が遠巻きに見ては任されている作業を終わらせようと通り過ぎて行く。

 憧れの大人(ジョニー・ライデン)に諭されてユーマが不承不承頷こうとした矢先、イングリッドに何事か焚き付けられまた掴み合いの喧嘩になった。

 

「お前ら、そんな事で喧嘩するな!」

 

 二人の間に割って入ったジョニーがユーマを、エイシアがイングリッドを引き寄せる。

 唸り声を上げて威嚇するユーマと、その彼をしたり顔で嗤い舌を見せて挑発するイングリッド。

 次に肩を震わせながら顔を背けているエメを見て、ジーメンスは首の後ろを掻き嘆息した。

 

「……まぁ、ジャコビアスが見たら“戦場の風景ではないな”とか、言うんだろうなぁ」

 

 数名の部下を連れ立って、ガルマ・ザビが発足する特務小隊を纏めているキマイラのナンバーツーを思い、しかめっ面だったジーメンスも笑う。

 

 その場にいる人々は何処か毒気が抜けたように、四者から成る寸劇を観ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は月面基地グラナダが最奥。

 ゴンゴン、と硬く重厚な木製の扉を叩く音が、この居城が主へ来訪者を告げる。

 

「入れ」

 

「失礼致します、キシリア様」

 

 優先度の高い報告書から処理していたキシリア・ザビは入室する秘書官の姿を認め、席に就いてから休まず動き続けていた指先を漸く止めた。波のように寄せては引く途切れない疲労感を感じ、一つ息を吐く。

 規律ある歩みで進む秘書官は分厚いファイルケースから幾つかの書類を抜き、指を組んで構えるキシリアの席へと乗せる。秘書官の手が離れてから視線を紙面へ走らせ、自身が求めていた内容と認めるや満足げに頷いた。

 

「ご苦労。問題は?」

 

「特筆すべき点はありません。過日のクルスト・モーゼスによる連邦軍への亡命もあり、警備体制の見直しと動員枠の確保を行っています。研究所責任者のフラナガン・ロム博士も同意していますので」

 

「アレは身内から出た火の手を如何にかして消したいのだろう。未だ成果らしい成果も提出できていないのだからな。いや、成果が形作られたと思えば、消え失せたと言うべきか」

 

「それを気にして、今回は全面同意した、といった所でしょうか?」

 

「クライアントの意向を聞く程度には恩を覚えているらしい。実に結構なことだ」

 

 含む言い方をしたキシリアは椅子に背を預け、執務席に設けられた大型スクリーンを見やる。

 スクリーンにはジオン軍によるこれまでの進軍ルート、連邦軍と色分けされた占領地域が映っており、既に地球の半分を手中にしたといっても過言ではあるまい。諸々の事情により戦線が停滞しているとはいえ、地球攻撃軍は課された任務を遂行していた。

 尤も、占領地域の細部を見れば反抗勢力の顕在化や地域住民との折衝要等、何処も大なり小なり問題を抱えてはいる。支配する組織が変わっただけとはいえ、開戦初期の「コロニー落とし」による心象はいかんともし難いのであろう。

 これを除くには長い時間を掛けねばなるまい、とキシリアは目を細めた。

 続く報告書に目を通し、細い顎に添えていた指が跳ねた。

 

「くくっ」

 

「キシリア様?」

 

 突如笑みを零した主に秘書官は疑問符を投げる。

 普段と違い嘲る類では無く、酷く機嫌が良さそうな、珍しい現象だったからだ。

 

「ふふっ、ガルマめ。ああも懇願するから、箔付けの為に地球へと降ろしてみれば中々どうして。元気にやっているようではないか」

 

「北米方面軍司令、ガルマ様ですね。キャリフォルニア・ベースの要塞化、これによる周辺の防備充実化、更には拠点間の移動ルートの確保と物流の促進は各軍閥からも高く評価されていますし、近隣住民からの評判も大変よろしいと。

 ブリティッシュ作戦の余波で壊滅的ダメージを受けた北米の市民からすれば、この評判は並大抵の事ではだせません。ガルマ様のお人柄、能力、働き全てに由るものかと」

 

「ん。地球に降りる前は立場を親の力で得たものだと気にしていた。これで不要なコンプレックスも消え失せよう。父上達もさぞ、才能が開花したのだと喜ばれよう」

 

「特にドズル中将の喜びようは」

 

「……子供のようなはしゃぎっぷりであった。一児の親になったというに」

 

 父デギン公王と頂点に座すギレン総帥、宇宙要塞ソロモンを守るドズル中将、キシリアらによる定期連絡会で末弟ガルマの活躍が上がった際に流れた空気は、彼らが久しく忘れていた「家族」を感じさせる温かみのあるものだった。

 長兄ギレンはともかく、父親であるデギンと三兄ドズルは我が事のように喜んでいた。ガルマを軍人ではなく学者にさせたがっていたが、これで父も考えを改めるかもしれないと。

 その席でドズルは更に戦働きができるよう自らの戦力を割こうとしたが、ランバ・ラルを派遣したばかりだろうとギレンに咎められていた。

 ギレンは言葉少なく自重せよと言っただけだが、それを聞いていたキシリアにはランバ・ラル等ダイクン派が活躍するのを留めたいようにも思える。

 ダイクン派は人事管理や内部統制により評価が一定より上がる事はほぼ無いが、マスメディアを通じて国民は誰某の働きを知ることができるのだ。

 

「ああ。面白いのは、他にもあった」

 

 キシリアが読む項目に察しがついた秘書官は、

 

「メルティエ・イクス大佐ですか」

 

 順調に出世する、不穏分子になりつつある男の名を挙げた。

 キシリアは秘書官の言に下がっていた眦を上げ、彼女の瞳を覗き込む。

 

「最初はドズル中将の手から零れた、思わぬ拾い物だった。

 だが地球降下作戦から続く攻略戦の武功、モビルスーツの新型機材への改善案、改修等の報告書による軍功が他と比べて頭一つ所か二つ以上飛び抜けている。あの男から送られる敵情考察も中々に面白い。マ・クベからの話によれば、戦場跡が多いアジア地域に街を作ったそうだぞ?」

 

 思えばあの男の転機は、ザビ家に忠誠を誓う者とダイクンを信奉する者を混在させることができなかった事が背景にある。メルティエ・イクスを佐官の待遇で招聘し、人材がありながら諸事情により扱えなかった者達を配下に動員し、芽が育てば都度補充する考えであった。

 果たして目論見は上手く行き、行動の中にガルマとの交友もあってか国民への受けも良い。

 流石のキシリアも、戦地で街を構築した報を腹心のマ・クベ大佐から齎された時には驚いたが。

 

「街、ですか? それは」

 

「イクスが作り上げた訳ではない。奴は物流ルートの起点になっただけのようだがな、其処に住む住民が作り上げた街だ。ネメアの獅子(メルティエ・イクス)が住まう土地としてな」

 

「……()()()()の拠点を作り上げた、と?」

 

「軍事拠点となるようなものは、精々半壊した連邦軍の基地跡だ。修繕はしていたようだが、今回イクスを北米へ送ったが為に施工は遅れるだろう。基地警備と街を含める一帯の備えに、最低限の人員だけ配置しているのは、奴らしい点だな」

 

「赴任地としてアジア地域を指示したのは、キシリア様。その地域を統括するギニアス・サハリン少将が割譲した場所で、新しい街ができている……」

 

「面白いだろう?」

 

「い、いえ、これはイクス大佐に出頭を命じ事実確認を急ぐべきでは? 幾ら派手な喧伝を求める広告塔といえど、想定外に過ぎます。敵基地の接収となれば、大隊規模戦力を収容する基地の所持になりますし、物流拠点を内包している点からも内密に物資貯蔵できる可能性が」

 

 ある男が齎したよく解らない現象に思考停止し掛けていた秘書官は、すぐさま再起動すると自分を愉快そうに見る主に事の危険性を述べる。

 

「何故だ?」

 

「……キシリア様?」

 

 泰然と席に座る主へ、再度疑問符を投げる。

 メルティエ・イクスという男は、養父にランバ・ラルを持ったダイクン派の第二世代と云える。例え過去に派閥争いで負けた者達といえど、貢献するならば重用するというキシリアの存在と価値をジオン軍内部に広く浸透させる為に利用したものだ。

 秘書官の見地からしてみれば、彼にこれ以上の功績は必要なく。エースパイロットの異名持ちであり、掲げた看板を外せない現状では戦死させる訳にもいかず、何処か僻地にでも送るか、いっそ此処グラナダ基地の防衛に就かせる方がよいと思えた。

 ダイクン派と目されるのも問題だと言うのに、月面基地から遥か遠地であり目が届き難い地球、その一地域の中に拠点を構えられると何かと邪推してしまうのは至極当然の事であった。

 

「確かに、開戦前であったなら処断対象にしていた。

 アレに目を掛けてやったのは私自身であるし、期待以上の貢献もしている。情を掛けていないといえば嘘になるが、イクスは現状までの功績を以て盤上からは外せぬ」

 

 そう言い切るキシリアに、秘書官は押し黙った。

 彼女は納得したわけではないが、仕える主君がそう断言するのであればそれに沿って働くのみと自粛したのだ。

 

(ある程度の人心掌握を成した指揮官、戦い慣れた戦闘部隊、周りからの期待に潰されぬ心身。

 これら全てを満たす者は、両軍合わせどれだけ居るのだろうな。

 ギレンの下は内部調査と特権を用い蛇蝎の如く嫌われ、戦力は分からぬがまずはおるまい。

 ドズル麾下はルウムでの躍進を支えた者どもだ。今は戦力拡充に専念していると聞く。目新しい活躍もないままだが、油断はできんな。

 私の所は、まずはガルマ。次にイクスがある。他の部隊も強化している事から、二人に追い着く者が現れても不思議ではない。問題はギレンやドズルに比べ、連邦軍の動き次第で痛手を被る点だが、そこは仕方がないと諦めるしかない)

 

 スクリーンにある北米と、東アジア。

 北米はガルマそのものが支配しているし、東アジアはメルティエの影響力が強まっている。

 諜報部によれば、東アジア方面軍司令のギニアスはサハリン家の窮状を打開せんと動いているという。恐らく自分以外のザビ家に連なる者と通じているだろうと、キシリアは目星を付けていた。

 余程兵器に明るい配下が居るのか、メルティエの報告書にギニアスが設計したモビルアーマー、アプサラスの推定数値が考察と共に書き込まれている。これが友軍に在れば頼もしい存在だが、敵として現れれば恐ろしい。

 

 そう、敵として。

 

「古来より、信じて用いるのが上に立つ人間に必要なものだと云う。

 ガルマはともかく、イクスにはどのような人間であれ思う所があるだろう。

 だが、だからこそあの男を重用するのだ。私以外が意味を理解する必要はない。お前はただ自身の職務を全うすればそれで良い」

 

「は。差し出がましい事を致しました。申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げる秘書官に軽く手を振り、下がらせる。

 彼女が恭しく礼をして退室するのを見届けると、キシリアは最後の報告書を手に取った。

 

 ニュータイプ兵器の進捗具合、被験者MAN-08達の能力開発状況、対ニュータイプ部隊の強化と高機動戦闘によるパイロットへの負担軽減と資材検討等々。

 実地訓練以外での想定対象に『蒼い獅子』のパイロット・データを提供した際、得られた数値と改善すべき点等。彼らとの親和性があるのか、他のデータに比べて事細かく綴られている。

 

「“何事も問題があり、対処すべき点を改善するからこそ安定へと繋がる”、か。

 まさに金言よな、フォッカー・イクス」

 

 ()()()した教授の教え子が、彼の息子に対して備えていると聞けば、故人はどう思うだろうか。

 その姿勢で良しと云うのだろうか。それとも拳を振り上げ非難するのだろうか。

 

 キシリアに分かるのは、為すべき事を進める充実感だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





作者「(話の展開が)どうしてこうなった」
読者「逃避するのもいいけど、責任はとってね」


プロット? なにそれおいしいの?を地で行く作者です。
着地点だけ決めて書き続けてたら合計話数60切ってたよ! たまげたなぁ……。
展開がまだ10月入ってないって、信じられますか? でもこれ現実なんですよ。

あっ、区切りが良い所で小話アンケートでも取ろう(←更に話の展開が遅くなるフラグ)。

(次話投稿期間を考えながら)まずは、読者さんに見捨てられる前に完走したい所ですな……。
ところで、励ましのお便りとかくれたりしないだろうか(真顔)


次回もよろしくお願いしますノシ



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第59話:北の大地 〈その2〉

 北米方面軍拠点、キャリフォルニア・ベース。

 同基地はジオン軍の地球に於ける重要拠点の一つとされ、ガルマ・ザビ准将が北米方面軍司令として就く地球攻撃軍の要衝である。

 単一の戦力も然る事ながら、点在する近隣基地により幾重にも張り巡らされた防衛ライン、内部には要塞と呼んで過言ではない強固なライフラインが形成され、兵器工廠以外に艦船ドック、兵器開発研究施設等々が充実しており、敵本丸の地球連邦軍総司令部ジャブローが存在する南米と隣接する立地から、特に戦略性の高い軍事基地として両軍に知られている。

 コロニー落としの余波で壊滅した地上設備も復旧、構築した防衛兵器に加え同基地に配備されたモビルスーツと戦闘車両、航空機から成る戦力は現時点の最高水準と評すべきものである。

 地下に在るモビルスーツ工廠は昼夜問わず稼働しており、キャリフォルニア・ベースは逐次新型機が導入され、他部隊より早い段階で運用している。

 これは単純な戦力拡張だけではなく、ロールアウトしたばかりのモビルスーツを想定する環境下で実動出来うるかの最終試験も兼ねていた。

 キャリフォルニア・ベース周辺は山岳、沿岸部等の地形に事欠かず試験場としては上々であり、水陸両用であれば重要な耐圧試験も実施できる。流石に熱帯地帯は臨めないが密林がある南米地域に踏み込み、強行偵察を兼ねたデータ収集をすることで補填していた。

 こうした実情を踏まえた連邦軍からすれば、キャリフォルニア・ベースという基地は厄介な新型モビルスーツを開発しては多数に打ち出す魔窟であった。

 とはいえ、何も実機データ入手に勤しむのはジオン軍だけではない。

 開戦より苦戦を強いられ続けている連邦軍も、新型モビルスーツ開発に成功している。

 開発された連邦軍モビルスーツは機密保持を名目に敵全滅を最優先目標に掲げ行動すると共に、実戦データ収集を目的とする事から編成が済み次第各戦線へと投入されているのだ。

 友軍基地からの定時連絡が途絶え、不審に思い部隊を派遣すると既に壊滅していたケースが九月に入り増加傾向にあった。中には確認へ赴いた部隊が未帰還の所もあり、恐れていた連邦軍の反撃と慄くジオン軍将兵は多い。

 

 それは此処、キャリフォルニア・ベースも同様であった。

 如何に堅牢な要塞、戦力を揃えようとも敵が強化されれば恐れるのは当然のこと。

 未だ北米地域奪還の動きは見られないが、南米とを結ぶパナマに近いジオン軍制圧区域は恐々とした緊張感に晒されている。

 

 ――――何時敵部隊が侵攻して来るか判らない。

 

 これまで侵攻する側だったジオン軍に侵攻される側の心境を植え付けたのは連邦軍にとって開戦以来の快挙であり、前線兵士へ強いストレスを与えたのは無形の反撃と云って良い。

 僅かな護衛を連れお忍びで前線基地激励へ赴き、将兵達の状態を直にその目にしたガルマ・ザビは息苦しく、頭を押さえ付けられるようなものを感じていた。

 かつては最前線で采配を振るっていたガルマには、彼らの心境を正しく理解できる。

 不穏な気配が胸中に忍び込んだような、其処に在るだけで口の中が乾く、精神の環境汚染ともいうべきものが兵士達の精神を連日削っているのだ。

 ガルマは基地の防備、戦力現況を視察しながら境界線上で過ごす彼らを慮り何らかの対策を講じられないものかと腐心するも、考えられた殆どのものが焼け石に水程度のもので、結局は現状を打開しなければ意味がないのだと知る。

 戦力を強化しようとも、身近にある脅威に対し果たしてどれだけの効果が得られようか。

 上官の来訪を受けて胸を張り、敬礼を返した彼ら防衛隊の心中に溜まるものは熱く温かいものだったのか。それとも冷たく重いものだったのか。

 彼らと視線を合わせ辛かったのも、其処に気後れのようなものがあったからだとガルマは思う。

 九月中旬に差し掛かった頃には、自軍とこの身に浸り包むものを払拭したいと願うほどに。

 

 そうして気を揉んでいた彼の下に、其れ等は来た。

 かつてこの地を飛び発った将と、彼が率いる兵士達と共に。

 戦場で背を預け合った戦友が、再び轡を並べる為に。

 

「よく来てくれた!」

 

 その日は涼風が肌を撫でる過ごし易い日であった。 

 ガルマの通りの良い声が空間を伝播したその先に、幾重もの軍靴が在る。

 キャリフォルニア・ベースの艦船ドックへ入渠するのは、獅子の紋章が描かれた新造艦を先頭にして複数の陸戦艇、輸送機である。

 それらの固定作業が進められる中、続々と途切れず降艦するジオン軍人の群れへ、基地司令官として歓迎の意を示す。

 先頭を歩く佐官が足を止め、綺麗な所作で敬礼を返した。

 ガルマはその相手の顔を見やり、多少外観は違えどこの人物が誰なのか、刹那に理解したことに納得がつき自然と口元が綻ぶ。

 

「突撃機動軍特務遊撃大隊ネメア。メルティエ・イクス大佐以下、到着致しました」

 

 厳かな目に合わせばそれは急に優しいものになって、無言の労わりを伝える男。

 性質はかつてこの基地から発った者と同じもので、纏う雰囲気は密度高く濃いものとなった。

 

 ガルマ・ザビが己が出世よりも望んだ人物、メルティエ・イクスの着任である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわー……メルティエって、この基地の偉い人と仲良しなんだね」

 

 可憐さよりも野性味が勝る赤毛の少女、キキ・ロジータは慣れない軍服に身を包み、自分が良く知る男性と、一時的ながら指揮下に入る司令官をスロープの上から眺めていた。

 ザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」直衛隊所属であるキキは、真新しく清潔感すらあるキャリフォルニア・ベースを歩くのは、飛び入りで転がり込んできた自分の立場的に酷く場違いな所だと気後れしてしまい、物見遊山気分で散策に歩く他クルーとは別行動をとっていた。

 ブラブラと歩いている内に異色な組み合わせの隊員達が集っているのを見つけ、彼らの視線の先を追ったという訳である。

 流れとしては新造艦を一目見たいとガルマ准将が言い、案内役のメルティエ大佐が艦内を先導しているのだが。何というか、彼女の目にはただの上下関係という間柄には見えない。

 彼らが時折挟む会話は、メルティエがノリス・パッカード大佐やダグラス・ローデン大佐、キキの父であるバレストとしているものと何処か雰囲気が違うと思えるのだ。

 目上の者とはできない、砕けた感じとでもいうのだろうか。

 固くならず、それでいて余所余所しくない。

 二人の近くに居たとしても立ち入れない、不思議な空間が其処にあった。

 

「地球降下作戦以来の仲だそうだから。古株連中以外だと、准将が一番付き合いがあるかもな。

 俺達が大佐と会ったのは、このキャリフォルニア・ベースからだったし」

 

 そう言うジェイク・ガンス准尉は常と変らずノーマルスーツを着込み、手にしたドリンクを口に運んでいた。過ぎた日に意識を飛ばしているのか、少し遠い目をしている。

 かつて”外人部隊”と友軍である筈の人間から侮蔑の目で見られていた頃に比べ、今は部隊規模の違いから幾らか窮屈になったが、その分だけ日頃溜まっていた鬱屈が減った。

 同階級であっても下に見られ、モビルスーツを補修しようにも機材は他の部隊が勝手に使い、満足な整備もなしに騙し騙し使っていた事もある。それがメルティエと隊と合流後は戦果を認められ昇進、扱うモビルスーツも高性能の物を預けられている。

 あれから随分変わったな、とジェイクは呟いた。

 

「私は隊の新参者だから余り知らないのだが、前に所属していた基地ではガルマ様とイクス大佐は懇意の仲だと流れていた。何処かの情報誌が販売数売上を狙ったかと疑ったが、真実のようだ」

 

 野戦服の上着を腰に巻き、タンクトップから伸びた腕を胸の下辺りで組むトップ少尉は、以前耳にした情報が単なる捏造ではなかったと修正する。

 ザビ家末子と親しくする特殊部隊の部隊長、僅か九ヶ月で尉官から佐官に成り上がった男。

 『蒼い獅子』と呼ばれ各地を転戦、敵機密情報を入手する個人の武勲もそうだが、何よりも最前線で部隊を率いながら開戦から先月まで隊員を一人も失わず至った戦歴が尋常ではない。

 また隊員を喪った事も彼が率いている隊では無く、違う指揮官の下に入った者だ。同隊の責任者だから、という理由で彼の偉業は潰えたわけだが、それでも異常の一言に尽きた。

 これが単なる偶然、幸運が為せる事象だとしても彼と彼が率いる部隊は連続で肖り過ぎていた。

 上官に対して不敬とは思うが、ネメアは特に際立った戦術、戦略を駆使して戦う部隊ではない。逆に他部隊の方がそれらを駆使して立ち回っている可能性があった。それほど、特殊な戦闘行動は見受けられない。

 そうした中で過去の戦闘データを閲覧する許可をもらい、確認したトップだからこそ思えるのだ。

 この部隊に在るのは、異常性だと。

 その異常性の中でも一際目立つのは、エース級を盾に戦線を押し上げる所にあった。

 ネメアという部隊は部隊長を筆頭に、各前線を支えるエース級が多く属している。

 負傷頻度が高いメルティエ・イクスを皮切りに、第二部隊長シーマ・ガラハウ中佐も陣頭指揮を執る傾向が強く、カリマンタン攻略戦では狙撃を受けている。第一部隊に属するケン・ビーダーシュタット中尉にいたっては、同攻略戦で敵基地に一番槍すら挙げているのだ。

 他にも同様のパイロット、準エース級らが前へ前へと出る事で部隊の突破力を底上げしている。戦術的には大いにアリだが、戦略的には間違っているともいえる。

 何故ならば、”勿体無い”のだ。

 戦場に於けるエースという存在は戦線で活躍し、自軍の士気を上げるまでに至った特殊な兵士を分けるカテゴリーのようなもの。

 敵を多数撃墜した、施設を破壊しただけでは得られない。戦いの目利き、状況判断に聡い彼らの価値は単純な戦力計算だけで終わるものではない。その存在が戦場に到来した、それだけで兵士達のモチベーションを引き上げる所にある。

 今だ検証されてはいない事ではあるものの、名を馳せた人物と共に在る事で精神が昂揚する他、敵の注目度(ヘイト)が偏り一部兵士達の生存に繋がった等もある。

 事例としてあるのは、エースと見做される或いは見做された者が戦場に在れば士気崩壊を免れるという、この見逃せない効果だ。

 こと戦場において、士気低下による壊走は古今問わず不変的なものであり指揮者を悩ませる種である。戦況の勢い、敵による襲撃、物資不足、環境悪化等挙げればきりがない。

 戦場と云う魔境の中にあって、士気崩壊の防波堤と成り得る人材。

 彼らの実績、評判が醸成されて生まれる切り札(エース)と称すに値する人物は、どの戦場でも得難い。

 逆に考えればエースが撃墜、戦死する事件は極力避けなければならない。

 個人とそれがもたらす戦力強化がそのまま反転するのだから、指揮者は戦略兵器を取り扱うように戦場に配備する必要に迫られるのだ。優秀だからと最前線に置けば、撃墜リスクを高めるだけではなくその後のヘイトすら押し寄せる、諸刃の剣なのだ。

 切り札、鬼札を切った後に多大な戦果を得るか、失うか。

 指揮者側に正しい戦略眼、価値観を要する故に。期待できる戦力であることから頼もしい反面、均一的能力を望まれる軍隊において突出しているだけに扱いが難しい。

 

 それらが多数在籍している部隊に、今トップ少尉は居る。

 上層部から彼らと同程度と思われているのか、それとも数合わせに入ったのか。

 恐らくは後者だろうが、それを飲み込むにトップは小さくない抵抗があり、開戦前からのモビルスーツパイロットであったプライドが邪魔をしていた。

 

「ま、馬が合う二人だからこそ上手くやれるんだろうさ。ケン達が乗ってる水陸両用モビルスーツだって、その誼で譲渡されてるんだ。ダグラス司令が骨を折ってくれてた所もあるけどよ、俺達(ネメア)が物資不足に困窮せず済んでいるのはキャリフォルニア・ベースが本格稼働を始めてから、だ。

 その分だけ前線に立ったり、実戦データを送ってる。一方的にもらうだけじゃなくて、お互いに体張って其処に居るってことさ」

 

 軍服を着崩したハンス・ロックフィールド少尉は、手摺にもたれつつ周囲を監視していた。話に合わせて視点を動かし、会話に注目する素振りを見せるのも視界の切り替えの為だ。

 キャリフォルニア・ベースの最重要人物であるガルマには当然幾人かの護衛が固めているが、彼はメルティエの警護を務めている。他にも見合う人材は居るが、上官の案内に護衛官を伴う人間はいない。相手が用意していないならまだしも、受け入れる側で護衛を揃えるのは示威行為と捉えられてもおかしくない。

 そういった事情から必然的に護衛対象と距離が開くため、目端が利く狙撃兵に警護を任せているという訳だ。

 各区画にも警護を引き受けた人間が散っており、不審者や部外者の対処に抜かりはない。

 

「話には聞いてたが、大佐と准将の繋がりがそのまま俺達の行動を左右していたってわけか。准将の取り巻き連中からすれば大佐の存在は厄介極まるだろうし、面倒な事にならなきゃいいが」

 

 ジェイクは心底面倒そうに顔を歪め、ガルマとメルティエの後ろに居る一団を睨む。

 それを聞いたハンスとトップは目尻を上げ、キキは首を傾げた。

 

「ちょっと、ジェイク。どうして仲が良いメルティエが厄介者なのさ?」

 

「はっ、それくらい――――あ、村の中じゃ想像し辛いか」

 

「むっ! 今馬鹿にしたでしょ? そうなんでしょっ?」

 

「ち、違う! 村の中じゃ起こらないかもと思い直しただけだ!」

 

 掴み掛からん勢いで前進するキキに、ジェイクは空いている手を懸命に振って否定する。

 彼なりに弁明しようとしているが、残念ながら嘲りに頬肉を動かした後では説得力に欠けるというもの。他者を下に見る傾向があるジェイク・ガンスの悪癖であるため、ハンスは無視を決め込みたい所だったが騒がれると五月蠅い事この上ないので、仕方がなしに口を開いた。

 

「准将に取り入ろうってゴマスリしてんのに親しいヤツが現れた。それも自分達より仲が良いときたもんだ。面白くないだろうよ、上を目指している奴からすりゃあな。

 キキの親父さんの所にも、そういうのあったろ? 大将が村のパトロールに行ってた時、理由も無く反対してた奴とか居なかったか?」

 

 問い掛けられた言に心当たりがあるのか、眉間に力を入れたキキにそれ以上言葉を重ねずハンスは己の仕事に集中する。彼が手摺の上に腕を置き、だらりとしているのは脇に吊るした小型拳銃を素早く抜く為だ。そのハンスの目は護衛する兵士達にも注がれている。

 彼に限らずジェイクはノーマルスーツの収納ポケットにサバイバルナイフを忍ばせているし、トップも腰に巻いた軍服で隠してはいるが支給品の拳銃を装備している。キキだけ基地の中に居る時は武装を解除するものだと思っていたから、何も用意していない。

 彼らの話を聞いてから、メルティエとガルマの後ろを追っている連中を観察すると。キキは感じが悪いと言うか、以前村にやって来たジオンと連邦の気に喰わない奴らに似ていると気付いた。

 

「此処は今までのどの基地よりも人間が居る。ってことはだ。その中にゃよからぬ事を考える人間もその分増えているってことだろ?」

 

 鼻を鳴らしたジェイクは理解したのだろう。

 かつて厄介者扱いされた過去があるだけに飲み込むのが早い。ドリンクを片手に空いた手を腰に置いたポーズもただしているわけではないのだ。

 ジェイク個人としてもメルティエに恩を感じている。この地で出会ってから何度も戦線を潜り、また此処に居るのも仲間であり信を置くリーダーだからだ。

 そのリーダーに危険が及ぶならば、例え基地司令の目の前だろうと、彼は構わず抜刀する。

 同僚のガースキー・ジノビエフならもっとスマートに事を成すだろうし、隊長のケンならばそのような事態にならないよう対策を講じるだろう。

 ただ思考よりも行動が早いジェイクは二人に比べ、逡巡する事無く武器を構えられるという事。

 

「否定したい点だが、どこの組織でもある程度そういった動きはあるものだ。何があっても動きに乱れが出ぬよう、心構えだけでもしておいた方が良い」

 

 トップも同意し、次第に顔色が悪くなったキキを諭す。

 心の在り方次第で如何様にも動きようはある。そうトップに指導してくれた教官はルウム戦役で名誉の戦死を遂げている。戦線を突破しよう試みるサラミス級宇宙巡洋艦を中心とした部隊を小隊で迎撃し、最期はサラミスに特攻して見事阻んだと。

 故人に倣う訳ではないが、自分のみならず友軍が危機に瀕すれば必要な行動を常に模索し、最善を尽くさねばならない。教官はそれを有言実行してみせてくれたのだと、トップは思う。

 問題は、守られるべき筈の人間が矢面に立ち過ぎる点だろうか。

 

「……大将を狙う奴は、誰であろうと許さねぇよ」

 

 耳にすればゾッとする呼気を昇らせるのは、普段の飄々とした態度から想像させないハンスだ。

 彼がメルティエへと向ける忠誠心の理由は参入が遅いトップやキキ、古参に数えられるジェイクすら知らない。彼らが理解できるのは、この男は本当に誰であろうとメルティエに害をなす輩には容赦しないという事、する理由がないという恐ろしい点である。

 以前アジア地域において、パトロール隊襲撃の報を受け救援へ向かったメルティエが連邦軍新型モビルスーツと交戦し、重傷を負ったのはまだ記憶に新しい。

 先行したメルティエへの援護とし、増援を送る案を進言したアンリエッタ・ジーベル大尉もそうだが、僅か一個小隊しか許可しなかった佐官勢に対するハンスの怒る姿は凄まじいものがあった。

 トップにしてみれば常識的な対応と思えたが、古参として在籍する隊員からは「馬鹿げている」判断だったらしい。結果を告げるアンリエッタに掴み掛かろうとした所を、鋭い叱責と共に手首のスナップだけで払い除けたアンリエッタも相当だが。

 結局は大隊旗機の大破、僚機の小破と中破という有り様なのだから、顛末を聞いた時のトップは身震いしたものだ。

 所謂虫の知らせ、動物的直感能力とでもいうものを備えているのか。何事かが起きたと理解している上で、周りが付いて来ないから怒り狂ったように思える。

 他にも理由はあるかもしれないが、あの時救援に向かった殆どが潜在的な怒りを「他の連中」に覚えているのだ。幸いメルティエが復帰した事で下火となったが、もし後遺症があれば恐ろしい状況になっていた事は想像に難くない。

 

「じゃあ、じゃあさ……」

 

 滴が零れるような声音で漏らしたキキに、感覚を鋭敏にしていた彼らは注目する。

 ジェイクは珍しく真面目な顔で、トップは常の静かなまま、ハンスは固い表情で傍らに立つ赤毛の少女を見た。

 

「メルティエ、可哀想だよ。いつもいつも周り敵ばっかりで。基地の中なら味方に守られている筈なのに、また敵ばっかりで。私達以外、全部が全部敵ばかりじゃんか」

 

 キキにとってのメルティエは、其処ら辺を歩いている偉そうな軍人ではない。

 突如現れた異邦人の彼は、森で再会した彼は見ず知らずの自分に優しくしてくれた。

 戦いを持ち込んだと厄介者の眼で見る、詰る村人達に怒りもせず、優しく接してくれたのだ。

 便利な道具や設備を「献上品だ」と笑う老人衆も居たが、皆が皆そうではなくて。彼は怖がられようとも村人と時間を過ごし、群がる子供達と遊び次第に打ち解けていったのだ。ひとたび戦闘となれば豹変する彼をまた怖がる人もいたが、感じ入った人もいる。

 軍に入って分かった事だが、軍備の私物化は刑罰対象らしく。あの時村長の娘という立場に疲れていたキキへ秘匿コードを教えてくれた彼は、最大限の優しさと思い遣りをみせてくれて。もしかして口説かれたのかとも、後で顔を赤くして悶えていたのも良い思い出だ。

 そんなに良くしてくれる人なのに、どうしてこうも敵ばかり多いのか。

 キキには目に入る人間が、どれも酷く醜い存在に見えて仕方がなかった。

 

「痛いのに。痛い筈なのに。あの人バカだから、()()()()、って言える人なのに」

 

 満身創痍でなお走ろうとする、愚物とさえ云える男に。

 そんな男を守ろうと、素直に怒れる仲間達に。

 その男を貶めようとする、笑顔を被ったケダモノ達に。

 辛く、切なく、悲しいと。

 

「……がんばれ。がんばれ、メルティエ」

 

 男を想い応援する声は、とても澄んだ響きで空間を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日に必要な諸々の手続きを終えたメルティエは自室へ戻り、休む間もなく上がってきた報告書に目を通していた。

 苦しく慣れない作業を続けた賜物か、捌く手の動きと文書の要点を見出す速度は確実に上がり、印を捺さないものは修正点とその注釈を添えて再提出のケースに載せていく。

 その様子を視界に収めながら、自らの作業ペースを落とさないアンリエッタは無言であった。

 メルティエにとって、ダグラス大佐の秘書官ジェーン・コンティ大尉のような位置付けの彼女はその実、最も近しい間柄の女性だ。

 互いを理解している分、常にあった労わりの言葉や気遣いが垣間見えない事と彼女の態度から、思考は簡単に読める。

 

(いかん。アンリのヤツ、完全に頭にきてる)

 

 静かな、怒気である。

 温かみのある柔らかさでメルティエの近くに在る彼女は、怒ると大概反応を返さない。

 その癖、射抜くような視線で観察するのだから、じわじわと寄せる恐怖に似たものがある。

 彼にとって何が悪くて、どうして彼女の機嫌が悪いのか。

 無音ながら言わんとしている事も、そうなってしまった事も分かっている。

 メルティエにとって果たしてそれが悪かったのか。はたまたアンリエッタにとって都合が悪い点があったのかまでは分からない。

 普段と違う彼女を傍に置くのも一興ではあるが、怒っているままでは彼にとって意味が無い。

 メルティエは、冷気を伴う目で見られ快感を覚える性質ではないのだ。

 そして、彼は単純明快な直情径行の猪武者である。

 

「被災者を救助した件の」

 

 彼は続く、アルテイシアの事か、と問うことはできなかった。

 アンリエッタの白い指先が、体温を互いに交換し合った掌が、メルティエの口を覆ったからだ。

 並べていた書類の内、軽いものが彼女の腕に扇がれて宙を舞う。

 メルティエの視線を遮る「承認済み」の紙面が過ぎると、眉根を寄せて見据えるアンリエッタと今日初めて目を合わせた。

 男は女の貌を眺めながら、どうして辛そうにしているのか尋ねたかった。

 

「民間人、()()()()()さんを救助したのは問題ない。……問題は、ないの」

 

 語気を強めた上で言い淀んだアンリエッタに、何を言いたいのか見当が付いたメルティエは目を細める。悩んでいるのは彼女自身の事では無くて、この綺麗な碧の瞳を独り占めにしている灰色の男にまつわる事なのだ。

 また、心配を掛けさせている。苦労を掛けてしまったのだと。

 口を覆う彼女の手に、無骨な己の手を重ねた。

 

「分かってるよね? どういう事になるか。保護すればどうなるのか、メルは分かるよね?」

 

 セイラ・マスと名乗る人間のもう一つの顔を、本来の名前を知っているのだろう。

 偉大な指導者と称えられるジオン・ズム・ダイクンの子を、サイド3の名家に連ねるジーベルの息女が知らない筈がない。その子が今のジオン公国ではどういった扱いになるのか、現れればどうなるのかを想像しない理由が無いのだ。

 

(ああ、やっぱり。君は)

 

 昔から変わらず見守り援けてくれるこの人は、賢しく聡明なままで。

 なのに自分は、今も目に見えぬ何かを求めて、足掻き続けるだけだった。

 アンリエッタ・ジーベルは、メルティエ・イクスの欲求を知っている。

 俯き蜂蜜色の房で目元を隠した彼女は、獅子の鬣を髣髴させる灰色の彼に、こう言いたいのだ。

 

 ――――ダイクンの子に関われば()()、と。

 

 それは、この男が築き上げた功績と身分なのか。

 それは、生き方を通じて男と仲間達を結ぶ縁と絆なのか。

 それは、旅路の過程で交わした友誼と住処なのか。

 それとも、男の命と名なのか。

 

 各地を転々とする事で派閥争いから抜け出せたのに、自ら凶星と共に歩むのか。

 もしダイクンの子が神輿となる事を認めた時、寄るべき所は定めているのか。

 重荷を捨てて、ただのジオン軍人として生き抜く道を模索しないのか。

 

 アンリエッタ・ジーベルは、メルティエ・イクスを喪う事を恐れている。

 それは彼の命であり、彼の意志であり、彼の生き方そのものだ。

 だからこそ、彼がどう生きて進むのか、察することができた。

 

 彼にとって単なる親しい兄妹の姓が、彼女にとっては災いの種であった。

 男には思い出から蘇った人物で、女は過去の故人であって欲しかった。

 

「アンリ。俺は」

 

 優しく拘束を外したメルティエは、のろのろと顔を上げるアンリエッタを見る。

 濡れて震える彼女の瞳が、顔をそむけて耳を塞ぎたいのに、それを堪えているのだと分かる。

 男の心身を削る毎日を隣で支えてくれた人が、今は暗闇に怯える幼子のように映って。

 滅多に見せないアンリエッタという女の弱さに。想いを交換し合った夜より、肌を重ね征服した時よりも強い慈しみと愛おしさを、メルティエの深い所に刻んだ。

 情と体が求めるままに引き寄せ、腕の中に招いた女の匂いに欲が燻るも、現世で獅子と謳われる男はその動物的衝動をどうにか叩き伏せた。

 アンリエッタは極寒の地にいるように震え、メルティエの胸に触れる指先が軍服を強く握る。

 それは男の劣情に晒されることに恐怖した訳ではなく、彼が離れ居なくなってしまう不安に駆られたから。

 

「過去の人間に興味はない」

 

 灰色の男は、子供をあやすように華奢な背を撫で、穏やかな声で言い聞かせる。

 耳朶に入った意味を解しているのか、前髪の間から見上げる瞳は続きを待っていた。

 

「思い出の故人を偲ぶよりも、今を生きてる人間にこうして触れていたいんだ。

 今みたいにアンリやエダをもっと抱きたいと思ってるし、幸せな家庭ってものにも憧れてる。

 ハンスにリオ、ロイドやケン達ネメアの連中とまだまだやりたい事はあるし、やらなきゃならんこともこれから増えるだろうさ。ロザミアだって養子にするか、一保護者のままでいるか決めなきゃいかんし。キキの村、ってか基地にできちまった街の事でバレストのおやじさんと話し合って良いものを作ってかないといけないしさ。

 親父殿や世話になったラル隊とクラウレ母さんが作るメシを食って、みんなで母さんの歌を聞いて過ごすのもいい。……改めて二人に紹介したいしな」

 

「……うん」

 

「取っ掛かりに色々あって揉めたけどさ、俺はモビルスーツパイロットが性に合ってるんだ。

 戦うってことがじゃない、モビルスーツを動かして手足のように使う仕事を気に入ってる。実はシステム構築とか興味があって、退役したらその手の職種に転向してみるのもありかなって」

 

「……うん」

 

「まぁ、すんなり今の身分を捨てられる筈ないけどさ。他はともかくとして、俺は軍の機密情報に触れている。情報が完全に過去のものになるか、意味が無いものに成り下がるまでは軍が手放してくれんだろうし。こりゃ、自由の身は遠いな」

 

「ごめん」

 

 彼女は自分が彼を士官学校へ入れた事を、軍属になって大きな影響を与えた事を謝る。

 ダイクン派一斉粛清後の、再びサイド3が慌ただしくなった時期。

 アンリエッタがメルティエを知る上でダイクン派の情報を入手し、守り生かす最善手として彼の意見を聞かず、人生の岐路で強行手段をとっている。

 

「ん。別にこうなるって分かってた訳じゃないだろ?

 俺が周りを見ず我武者羅に過ぎたってだけで、アンリのせいじゃないさ」

 

「でも」

 

「いいさ。許すよ」

 

 類のない心地良さと、これからに怯える彼女を安心させる男の抱擁は何処までも優しくして。

 女を受け入れる灰色の眼は、生気に満ち溢れた男の眼差しだった。

 それはかつて少女の身を救った、少年の頃と同じ純粋なもので。

 

「このメルティエ・イクスが許す。それ以上は必要ない」

 

 童のような純真さと、貫録を兼ねた不思議な物言いが涼やかな声に乗せられて届く。

 これが本来、疲弊する日々で薄れ掛けていた男の持ち味で。擦り切れてしまわないよう、その色を雑多に染められないように守ってくれていた女の前で復活した瞬間でもあった。

 

「メル」

 

 男の胸板に額を擦り付け、良人の帰りを迎える。

 それが今の時代に於いて、とても幸せな事だと女は思う。

 

「あっ、でも前に言った”ずっと言い続けてやる”ってのは止めないからな?」 

 

 アンリエッタの頭頂部にキスを一つ落とすメルティエは、甘える姿勢で沈む彼女へ釘を刺した。

 勢いよく浮上した蜂蜜色の房に顔を煽られ、視線が合えば睨んでくる大事な人に対し、口の角度を愉快気に引き上げる。

 

「メル!」

 

「いや、だってなぁ。言い続けていいんだろう? ずっと近くで」

 

「む、うぅ……もうっ!」

 

 先程までの相手を思い遣って抱くのと違い、乱暴な体当たりで再び腕の中へ飛び込む。

 悪戯っ子が好きな子をいじめるのに似たものを。酷く懐かしいやり取りをするメルティエに、彼の首元に伏せるアンリエッタは微笑んだ。

 

「アンリ」

 

「うん?」

 

「俺は、粗忽者と呼ばれるのかもしれん」

 

「時流を読めなかった男、って残るかもね」

 

「だが、俺は俺自身が遣りたいようにやって生きたい。悔いを残して死にたくはない」

 

「その言い方は止めてよ! ……でも、信念を通したいんでしょ?」

 

「自然と取捨選択できるようになっただけで、そんな大層なものは持ってないさ」

 

 苦い笑みを浮かべるメルティエを、アンリエッタは困り顔で見上げた。

 前進のみであった男は目に見える範囲だけでなく、先を見据える余裕をいつしか備えていた。

 代償に自分を労わり、癒してくれる存在の重さと尊さを。失う恐怖と不安を鋭く認識させる。

 今を守る事に固執して、不要なものを捨てよと囁き掛ける声がなかった訳ではない。

 それは男にとって魅力的な要談で、飲むに破格の報償が用意されているのは考える間もなく理解できた。推し量るまでも無いと天秤を片付けてしまうほどに。

 

「メル、決まったの?」

 

「とりあえずは、かな。後はエダにも伝えなきゃダメだろう。近しい連中にも追々と」

 

「発覚すれば予備役だけじゃ済まないよ。降格や身分剥奪もあり得るんだから」

 

「もっと最悪な結末も、ちゃんと分かってるよ。……だからさ」

 

 柔らかい髪に手櫛を通してから、この男ですら口に出すのが苦しい一言を舌に乗せようとして。

 こちらを覗き込む彼女の瞳に霜が降っていることに、鈍い恐れを抱いた。

 

「ダメ」

 

「えっ。でも」

 

「イヤ」

 

「あのな、少しは」

 

「五月蠅いなぁ……去勢するよ?」

 

「おま、それは洒落にならん!」

 

 彼女の手が男の敏感な箇所を一つ撫で、次第に握る素振りをみせるので大いに慌てた。

 男女の営みでも獅子の異名に恥じない働きをするが、弱点は他の人間と変わりはしないのだ。

 その力加減から、若干所か本気を感じ取れたのならば、尚更の事である。

 身の安全の為に自分と距離を取れ、等と口にすればどうなっていたのか。

 正直、考えたくはない。

 

「オーケーオーケー、分かった! ……お互い前言撤回無しな」

 

 形勢不利とみたメルティエが両手を上げて降参を示すと、アンリエッタは満足気に頷く。

 それでも彼女が”男の急所”を解放したのは、彼が両手をパタパタ振ったのを見届けてからだ。

 

「手離さないって言ったんだから、ちゃんと守らないと……ネ?」

 

「ハイ、ソウデスネ」

 

 この小憎たらしくも愛おしい存在を抱きかかえているのは自分なのに、何やら包み覆われているように感じるのは気のせいなのだろうかと。この手合いの経験値が足りないメルティエは悩んだ。

 悶々と思考する事を嫌う彼は、十を数える前に諦観の息を吐く。

 一先ず棚上げする事にしたのだ。

 

「ミノフスキー粒子の中に在るような艦だから、電波障害に脆い盗聴器の類はないとして。

 問題はザンジバルのクルーか?」

 

「搭乗してたクルーは全員キャリフォルニア・ベースで降ろす手筈だよ。ローデン大佐の指示で、地球降下作戦前にムサイを運用していたクルーをそのまま当てるって」

 

 他はともかく、メルティエの周りを古参兵だけで固める方針らしい。

 確かに安心できる布陣だが、反発や不満が噴き出て当然の人事だ。

 しかしながらそれらが表面化していない現状から、ダグラス・ローデン大佐が何らかの手を使い黙らせたか従わせる切り札を持っていたと見て良いだろう。

 降艦するクルーと会話らしい会話をしておらず、すなわち彼らから避けられたのだと理解した。

 部隊所属後、メルティエが負傷して休養を摂っていただけに。何処か余所余所しく感じた理由の一端を教えられた気がする。

 

「……成程。何かブリッジで違和感を感じていたんだが、そういう事か」

 

「そ。この部隊旗艦(ネメア)だけクルーが離れていないのはそういう事だよ。今も担当部署ごとに操作、設備習熟に励んでいる。上官冥利に尽きるね、メル」

 

「また思い切ったことをする。搭乗員として送り出したキシリア閣下の面子を潰す気か?」

 

「所属した時点で人事は部隊責任者に一任されるから、問題はないって。他ならぬローデン大佐が言っていたし、思う所があったのかも」

 

「ん。そういう事なら平気か?」

 

「……新参者に注意を払うってことは、彼女の」

 

「いや。俺が言うのも何だが、物事を早急に決めるのは良くない。時と場合に因るがね。

 ただこの手の話はデリケートに過ぎる。焦って台無しにする悪癖は持っていない積もりだ。

 民間人セイラ・マスの対応については、この件を預けるべき適任者が居る」

 

「それって――――あっ」

 

 抱擁を解き離れるメルティエを、何処か不満気にアンリエッタが見やる。

 お蔭で一歩引こうとしていたのに、彼女が軍服を握ったままだから半歩程度しか動けない。

 顔を隠す前髪を払うと、思った通りの表情が現れた。

 

「機嫌が今一つな所、申し訳ないが」

 

「うん。ランバ・ラル大尉に、メルのお父様に連絡しておくね」

 

 彼は頷いて、個人の手に余る問題を託すべき相手の名を認めた。

 メルティエの養父でありダイクンを支えたラル家の現当主、ランバが適任と。

 

「やれやれ……久しぶりにガルマと再会できたのに、問題を抱えて来る羽目になるとは」

 

「え。メルって問題を抱えてない時があると思ってたの?」

 

「おいおい、それは――――――――あるって言える自信が無い、な」

 

 瞬きの間だけ過去を巡り、空しい笑い声を出し始めた。

 彼は顔を両手で覆うと、淡々と嘆きを漏らした。

 

「どうしてこうなった」

 

「逃避するのもいいけど、責任はとってね」

 

 頭の中だけでも逃避しようとした男は、無情にも現実を突き付ける女に項垂れる。

 メルティエはだいぶ参っているのか、少し押せば倒れかねないほどに脱力していた。

 地球に降下して以来お目に掛からない彼の情けない姿に、アンリエッタは目を細めて。

 

「ふふっ。仕方ないなぁ」

 

 先程とは逆に、アンリエッタが静かに寄ってメルティエの頭を胸に抱き、硬い背を撫でる。

 明日も変わらず任務が待ち受けている中で、二人は静かに触れ合い、体温を確かめ合う。

 

 今日までとは違う変化を、予感しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうにか小説あらすじ台詞の所まで来れました。
これも感想や評価等で励ましてくれた読者皆様のお蔭です。感謝致します。
ギリギリ一週間投稿できたかな?


今回はキャリフォルニア・ベースと秘かに人気が高いガルマ。
そして毎度お馴染み、メルティエを中心とした話です。
アンリエッタとイチャイチャしている回とも言う。

読者が望んでいるナイス・ボート的な展開は未然に防がれ……たのか!?
あ、懲りずに次話も期待して下さい。
作者も懲りずに励ましのお便り待ってます。
実際、燃料にしている部分は否めないからね……!

???「補給は大切じゃん?」


次回もよろしくお願いしますノシ


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第60話:北の大地 〈その3〉

 ザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」のモビルスーツハンガーにて、メイ・カーウィン整備主任は子犬のような唸り声を上げながら、ある一機のモビルスーツ前を右往左往していた。

 

「ぐぬぬ」

 

 まだ幼い印象が残り迫力も欠ける彼女が睨み据えるのは、キシリア・ザビ少将より『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐が賜った蒼いモビルスーツ。

 生産された高機動型ザクIIの中でも毛色が異なるこの機体は、現在主な外装が排除され内部機構を晒したままとなっていた。

 しかし、この様相と成り果てたのは本機が解体処分となった訳ではない。

 試作機の意味合いが強い背景から実戦データや稼動効率、戦況から望まれたパッケージを追加すべく改造を施されているのだ。キャリフォルニア・ベース内でも実験試料扱いでフレームやパーツを製作しているが故の「現地改修」措置である。

 組立図とマニュアルを手に指揮を取る現場監督、ロイド・コルト技術大尉の鋭い指示が機械油と錆臭い中で映える。その普段と違う様子は不用意に近づけばメイも注意されかねないほどで、今も不用意に近づいた整備員が「何用か?」と現場監督に詰問されていた。

 一部フレームを変更するのか、モビルスーツ一機に四基の作業アームを導入した大工事である。作業員も相当数欲しい筈なのに、ロイドは改造開始時に居た人間以外を入れようとしない。理由は分からないが、少なくとも聞いて楽しい話ではないだろう。

 整備主任の立場でありながら、メイは外野でモビルスーツ完成後インストールするプログラムの確認をしていた。これも大事な作業の一つであるし、操作精度と密接な関係を持つ点からロイドがメイを蔑ろにしている筈が無い。むしろ、操縦指令を整調し、調整する作業を全て彼女任せにしている事から厚い信頼が伺える。

 大人に混じって子供が仕事をする、一風おかしな職場でもありながら彼らからメイへ向けられる信用は一技術者以上のものだ。

 最初に彼女を見た者は多少なりとも吃驚するが能力と実績は部隊長と責任者、及び同僚らの折り紙付きであり、ある種ネメア隊を象徴している人物でもある。

 そんな才媛である少女を悩ませるものは、この空間に複数あった。

 

「湿地帯から北米の環境に合わせるプログラム、もうちょいで終わるのにぃ……」

 

 作業を進めながらも彼女の意識を引くのは、蒼いモビルスーツ以外にもあるのだ。

 彼ら整備班、技術班は過去の北米地域の実戦データを参考に機種ごとのプログラムを作り、現在通常整備作業を施されているモビルスーツらを最適化させようと渡米中に励んでいた。

 そうして最終調整まで漕ぎ着けた所に、また大隊旗機に新開発機材を搭載する仕事を催促されたのだ。部隊内の機体関係に多大な影響力を持つメイ達整備班も、「最重要機密」と「最優先項目」を突き付けられれば承諾するしかなく。こうした上層部のやり方から二重の意味で、メイ達現場の人間は苛立ちを覚えていた。

 

(だいたい、外からこっちの機体を指示して欲しくないんだよ……あまりに怪しくて解析掛けなきゃ怖くて使えないし。カタログスペックが機体性能を十全に表現しているか疑問……前にメルティエを怪我させたから、どうしても不安になっちゃう)

 

 これも天才故の悪癖か、彼女は以前『蒼い獅子』のパイロット・データを閲覧した事を切っ掛けにモビルスーツの性能限界に挑戦した時期がある。

 何度シミュレーションしても問題らしい事項を検出できず、彼の操縦から成る機動力を底上げさせようと講じた、好ましくない結果が過去にはあるのだ。

 

(一回反省したのに、新しい機体でまた興味に火がついちゃって。

 わたし、なにやってるんだろ。子供扱い嫌いなのに、子供っぽいことしてた)

 

 脳裏を横切るのは、血糊が付いたヘルメット。

 好奇心に踊らされた彼女へ向け、汗に塗れ痛みに耐えながら作る男の笑顔。

 こんなモンはパイロットだから当然、と。

 気にするな、と。

 痛みが走るのか、時折震える手で頭を乱暴に撫でてくれた。

 思えば、あの事件が人を理解しようと接するようになった契機なのかもしれない。

 メイの生家であるカーウィン家は、ダイクン派だった経緯から政敵のザビ家に追いやられ離散している。父の友人であるダグラス・ローデン大佐の好意で麾下部隊所属となったもののメイを奇異の目で見る者は多く、それらから逃げるように得意分野で働く自己へと没頭していたから他者との距離感を忘れていた。

 いまも瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる。謝ることもできず青褪めるだけの彼女を撫でた、あの乱暴な手と優しい眼差しが「メイ・カーウィン」を、本来の人懐っこい少女を揺り起こした。

 だからこそ、慕う人が乗り込む機体に「おかしなモノ」が取り付けられる現状は看過できない。

 

(今度こそ、メルティエを守ってあげなくちゃ。

 そうしないとあの人また無茶ばかりするし、これ以上傷が増えるのかわいそう、だし。

 ……一回ビシッと、注意しなきゃダメなんだよね。

 でもメルティエを止められる人ってすんごく限られてるしなぁ。立場関係なくあの人が話を聞くのってアンリエッタさんと、他に誰が居るんだろう? あ、エスメラルダさんだ。医務室に連れて行こうとした時、メルティエが暴れてそれを一発で止めたもん!

 あれ、これは話じゃなくて説得(物理)ってヤツかな? 

 とすると……う~ん。なんかアンリエッタさんが猛獣使いに思えてきた!?)

 

 メイはため息ついでに思考を変え、ハンガーを見渡す。

 ハンガー内に整列している他ザクタイプのモビルスーツは、前回の戦闘でショルダーアーマーや機体の堅牢な部分に被弾したもの、消耗部品を交換するため一部外装が取り外されたものがあり、全てのモビルスーツに整備班の人間が張り付いていた。

 作業アームに合図を出す誘導者の張りのある声がハンガースペースに響き、電動工具の金切りと金属同士を溶接する音が木霊する。可動部に塗布する潤滑剤、焼けた鉄の臭いが何処からともなく漂う中でコンピュータ制御された機械群を操り、時に自ら手を入れる。

 此処が、彼らメカニックマンの戦場であった。

 

「トップ少尉とデル軍曹は初の地上戦なのに問題なし、かぁ」

「パイロットも機体も無事なのは良いことだな」

「お前ら、それ大佐の前でも言えんの?」

「うーん。目立った損傷箇所がないのがまた」

「そうだなぁ。改修と称して試験兵装積めないのが残念だ」

「もう少し様子見かしらね? どのくらい動けるのかデータがないと不安だし」

「おたくら、まだ懲りてねーのかよ。前に大佐が負傷してからメイちゃん達の監視が厳しいのに」

「いや、あれ俺らのせいじゃねーし」

「ちょっと、私達でもないからね!? あんなパイロットに負担が掛かる状態で渡さないよ!」

「そういや、大佐用のドムのパーツどうすんだろうな?」

「んー……あれは触らないでおこうや。メイちゃんが気にしてる」

「今は別の問題で頭抱えてるみたいだけどね。いいんじゃない?」

「大佐は居ても居なくてもメイちゃん困らせるのな」

「そりゃあ、大佐だしなぁ」

 

「おい。ガラハウ隊の、一機少ないが?」 

「ああ……撃墜された、らしい」

「連邦軍のモビルスーツにか。ガラハウ隊のパイロット、腕は確かだった筈だろ?」

「例のビーム・ライフルってヤツだよ。ガラハウ中佐が敵モビルスーツの情報持ち帰ってるから、今は技術班の解析待ちだそうだ」

「一撃でザクを撃破かよ。……おいおいおい、ウチのザクとパイロットで防げないって」

「まぁ。他の部隊じゃ、難しいだろうよ」

「こりゃ先送りされてた支援火力の充実化、再検討の余地アリだな」

「ガラハウ中佐が破損したビーム・ライフルを回収しているから、多少は進展するかもな」

「あー……確か、カリマンタンで入手したのはグラナダに没収されたんだっけ」

「徹夜でコルト大尉が調査してたから、何もできずに獲られたわけじゃあないけど。面白くない」

「まったく。上前だけ跳ねるから月にいる連中は好きになれねぇんだよ」

「大佐名指しで支給された機体が不具合の固まりじゃあ、信用も信頼もないだろうに」

「データ提供はほぼ強制だし、不良品押し付けられて調整させられている心境だわ」

「キャリフォルニア・ベースの設備、使わせてくれればなぁ」

 

 出撃前は其処に在った、今は空席となった一基のハンガーがもの寂しく思える。

 損害に大小の違いはあれど、これまで未帰還となったモビルスーツとパイロットはいない。これが日々戦場を闊歩する軍隊でどれだけ珍しく、類稀な出来事だったのか痛感した。

 

「ほれ。仕事まだまだ山積みだし、さっさと済ませようや」

「あいよ。……関節の防塵膜、ちっと切れ目あんな。取り替えるぞ、アーム回せ!」

「焼き付いているライニングはなし、と。ん~摩耗がチョッチあるね」

「それ、リオ曹長の機体だろ? あの子も大佐の真似する事あるから消耗が他より目立つんだよ」

「おほぅ。憧れの人に追いつこうと背伸びする、みたいな?」

「まぁ、じゃなきゃ砲撃機で大佐の機動に合わせようと思わんだろ」

「ハンス少尉なんて積載バランス崩れた機体で合わせるもんな……あれ?」

「言わんでもいい。言いたい事は大体見当付くわ」

「部隊長が『蒼い獅子』だからな。種別の差はあれど機動力は気にするんだろうさ」

「それで納得できるから、なんかウチの部隊長はズルイ」

「バッカ。部下守るために射線に割って入ったり、砲弾を白兵兵装でカチ割る人だぞ?」

「……やっぱ、色々おかしいわ。ウチの親分」

「でも、好きなんでしょ?」

「嫌いじゃないわ!」

 

 帰らない戦死者と失機へ僅かばかりの想いを送り、彼らはまた自分達の仕事へと戻っていく。

 彼らの中で共通しているものは、最善の状態で機体をパイロットへ戻すという使命感だ。

 こうして整備班は今日も作業を徹しで完遂させ、朝方様子を見に来たメルティエ・イクスを驚かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連邦軍がペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」。

 本艦は度重なるジオン軍の新兵器モビルスーツに苦慮した連邦軍が建造し、反撃の兆し足り得る切り札を収容する連邦軍初となるモビルスーツ搭載艦である。

 処女航海から様々な制限を課された本艦は、新型モビルスーツを受領したその日から激戦を踏破しており、ジオンの『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐の追撃に幾度も晒され、地上に降り立った後も『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐の強襲を耐え切ってみせた。

 僅か一月足らずで武勲艦と称せられる働きを成した「ホワイトベース」は、戦果に比例した本艦含む搭載機の修理とクルー及び搭乗員の休息を必要としていた。

 そんな彼らホワイトベース隊も、やっと幸運に見舞われたというべきか。

 火線に追われながらネバダを離脱し、南東へと退いた「ホワイトベース」は戦闘の最中に連邦軍総司令部ジャブローから派遣されたミデア補給部隊と合流しており、困窮していた物資不足も乗り切り束の間の休暇をとっていた。

 

「フラウ君。少しいいかね?」

 

 ホワイトベースの生活班に入り働くフラウ・ボウが声を掛けられたのは、干された大量の洗濯物が泳ぐ青空をぼんやり眺めていた時だ。

 呼び声に応じれば、テム・レイ技術大尉が甲板の出入り口に立っており、神経質そうな顔で口を開けたり閉じたりしていた。

 

「テムおじさん? どうかしましたか?」

 

 馴染みのある大人の様子に、首を傾げながらフラウは近寄る。

 軍属となれば立場的にアウトな接し方だが、親しい大人であるテムには余所余所しい態度は取りづらかったし、何より本人が了承しているのでテムとフラウの間に堅苦しい空気は流れず。

 

「いや……すまないが、アムロのことでな」

 

 ホワイトベース隊の整備班に尊敬されている技術士官は其処にはなく。ただ、子供の扱いに苦慮している父親の顔があるだけだった。

 

「アムロがどうかしたんですか?」

 

 テムの息子、アムロ・レイはミデア補給隊と合流してからは貴重なモビルスーツパイロットとして意見やデータ抽出に協力させられていた。このまま新型モビルスーツをミデアに搭載するのかと思えば、運用は現状維持とされ任務はおって通達すると告げられたと聞く。

 これにブライト・ノア中尉らは困惑したが「重要な任務」と「上層部からの期待」という言葉に踊らされ、ついでリード中尉を引き取る条件で承諾したとも。

 ミデア補給隊を率いるマチルダ・アジャン中尉の軍人らしい頼もしさ、大人の余裕を感じさせる「強い女性」にやられてしまったのだろうとフラウは思っている。

 このマチルダ女史にアムロも憧れを持っているようで、フラウは今の彼が嫌だった。

 

「少し、アムロの様子を見に行ってもらえないだろうか。どうも、私は避けられているようでな」

 

「えっと……はい、わかりました」

 

「申し訳ない。一時期は塞ぎ込んで心配してたんだが、今度は何か調べ物に夢中のようでね。

 手伝おうかと声を掛けると、嫌がられるんだよ。困った子供だ」

 

「はぁ……あっ」

 

 ――――親を失った子供に、よくもそんな事を頼めたものですね。

 

 フラウの、幻聴だろうか。

 彼女が居れば、そう言ってテムを詰ったかもしれない。

 補給物資の手伝いと備品チェックに追われ――――いや、考える事から逃げていたフラウは漸く帰らなかった人を受け止めようとしていた。

 サイド7を襲った大混乱の中で、助け連れ立ってくれた女性を。

 地球での初戦で、未帰還者となったパイロットを。 

 

(セイラ、さん)

 

 子供を心配する親、いや自分本位な振る舞いが目立つテムが姿を消すと、フラウはアムロに割り当てられた部屋へ向かう。

 フラフラと足取りが覚束ないのは親しい人を失ったと実感したストレスからか。それとも家族を亡くした悲哀の感情が再燃したのか。

 心が不安定のまま、フラウは彼を訪ねた。

 

「アムロ、いる?」

 

 その平坦な言葉が逆に部屋主を呼んだのか、少年は珍しく自分から扉を開けた。

 

「フラウ? 元気がないようだけど、何かあったのかい」

 

「あ、れ? アムロ、元気そう」

 

「へ? 一体何なのさ」

 

 何の用だよ、と苛立った声で言われればフラウも困る。

 テムからはアムロの様子を見に行ってくれと頼まれただけで、特にどうこうとは言われてはいないのだ。ある意味いつものアムロであるし、気落ちしている彼を想像していたフラウは目を回し手を振ってわたわたとするだけで。

 

「あっ」

 

 視点を迷走させていると、偶然に部屋の中を覗き込んでしまい。

 

「ん? ああ、ちょっと……考えてたんだ」

 

 アムロが部屋に閉じこもっていた理由に、行き着いた。

 少年が扉を開けっ放しにして戻る。それが入ってもいい合図だと分かったフラウは暗がりの室内へおっかなびっくり入る。

 作業中だったのか、アムロは椅子に座るとモバイルPCを操作する事に集中していた。

 目に悪そうな作業を黙々と続ける彼にフラウは注意しようとしたが、視界の明暗を無視してまで没頭するものは彼女自身も気になる映像だった。

 

「アムロ、これって」

 

 音声入力を外しているのか、当時の映像が流れるだけのもの。

 ディスプレイの奥に在るのはマシンガンを構え警戒するザクIIと、敵機に踏まれたまま沈黙するガンキャノン。そして、隊長機なのか一際存在感を放つ蒼いモビルスーツ。

 丁度膝立ちから直立する所で、その動作の間に手に持ったヒート・サーベルが閃き、真下にあるナニカを斬り割った。ディスプレイの中が拡大――――接近すると応戦せず、素早く跳躍して離れる。

 画面の右下から赤い光、ビーム・ライフルから光線が放たれるも蒼いモビルスーツは脚部から推進炎を散らし、一射、二射と回避する。三射目はガンキャノンの近くに居た敵機に向けるが、その前に二機のザクIIは地形を利用しながら後退しており、バック移動しながらマシンガンをガンキャノンに発射しようとしていた。

 すぐさまディスプレイが慌しく動き、倒れ伏したガンキャノンを越えると画面左下からシールドが出現し、画面が細かく震動する。

 

 戦いの経験が皆無のフラウは理解できなかったが、アムロの搭乗するガンダムが気絶したカイのガンキャノンのフォローに入り敵の攻撃を防いだ。いや、防がされたというべきか。

 映像をよく見れば、後退する二機のザクIIはガンキャノンに照準を合わせていた。敵はガンダムが攻撃する意思を示したから発砲したのだと分かる。

 そうして蒼いモビルスーツに追い縋ろうとガンダムが機動に入れば、ガンキャノンに攻撃を開始し止めを刺すか、ガンダムが反応すれば防衛に入った所で釘付けにすれば良い。

 ビーム・ライフルの銃口を向けようとすれば、空中にいる蒼いモビルスーツがライフルの弾丸でシールドの下部を強かに打ち据えた。次第にシールドを持つ左腕が下に引っ張られ、姿勢が前のめりになるガンダムの四肢を踏ん張らせ、転倒しないようにするしかなくなる。

 身動きが取れなくなった所で、ザクIIが腰部マウントから手榴弾をガンダムの足元に投げ込む。

 固唾を呑んで見守っていたフラウが小さな悲鳴を上げるが、彼女が想像する未来図が開かれる事はなかった。

 手榴弾は爆発する事無く、白い煙を拡散する。あっという間に視界を封じられたガンダムは敵の攻撃に備えるが、煙幕が晴れる頃には敵は完全に姿を消していた。

 残ったのは破損箇所の目立つガンキャノンと、腹部から頭部へ溶断されたガンダム一号機だけ。

 

「あっ、あぁ、セイラさん、そんな……そんなぁ!」

 

 オペレーターをしていたフラウも、ガンダム一号機にセイラが乗っていた事を知っている。

 だから、未帰還なのは分かっていた。

 ただ、戦死したことは分からなかった。

 親しい人の死を目で認めてしまったフラウは崩れ落ち、微動だにしないアムロへ縋り付く。

 彼女が訪問するまでこれを何度も目にしていた少年は無言で、また映像を見直す。

 パイロットの立場からすれば、ザクIIの連携は敵ながら流石と言わざるを得ない。

 事実戦闘分析のためこの映像を観たシロー・アマダ少尉、テリー・サンダース軍曹の両名は舌を巻き、リュウ・ホセイ曹長は「この速度でバックしながら、当ててくるのかよ」と呻いていた。

 しかしアムロが注意深く、審査するように注目していたのは蒼いモビルスーツ。

 情報から知る『蒼い獅子』に、払拭できない違和感をアムロは覚えていた。

 自ら注意を引きながら敵と衝突し、そのまま躍りかかる獣の如く敵を屠るのが『蒼い獅子』だと思っていた。言葉にすると単なる特攻、突撃兵にしか聞こえないが、その行動は驚嘆に値する。囮戦術かつ無視できない単一戦力で敵軍を翻弄し、脅威であるから否が応にも注目せざる得ない。

 誘引戦術も兼ねているこの戦闘スタイルは連邦、ジオンの両軍を合わせても極稀だろう。

 類似点から挙げるとしてホワイトベース隊で例えるなら、アムロとガンダムがそうだ。

 この最新鋭モビルスーツは火力、装甲、機動力を高い次元で確立している。

 『蒼い獅子』と同様の行動をやれ、というならアムロもできる。

 だが、友軍の損耗を防ぐ為とは言え、必然的に集中する火砲を潜り抜けることは生半可な覚悟では実行できるものではない。ザクIIのマシンガンを無効化するガンダムといえど、バズーカは内部機構にダメージを与えるし、ヒート・ホークが当たれば切断されもする。

 無効化するマシンガンも、その衝撃は「明確な殺意」としてパイロットのアムロに伝わるのだ。

 そうして実戦を経たアムロだからこそ、この『蒼い獅子』と呼ばれるパイロットは生還する思考を破棄している、もしくは恐怖が麻痺しているのではないかと疑いたくなる。

 

「……やっぱり、妙だ」

 

 その『蒼い獅子』が今回に限って退いている。

 それも僚機が後退する前よりも早くだ。

 セイラのガンダム一号機に止めを刺すまでに攻撃を受け損傷をした、その可能性はゼロではないが限りなく低い。

 派手な立ち回りこそないが蒼いモビルスーツは問題なく移動しており、微細な機動でアムロのビーム・ライフルを回避している。

 操縦に支障もなく、外観からも損傷は見受けられない。

 加えて、この蒼いモビルスーツの動きから更に湧き出る疑問がある。

 

「どうして、コイツは片腕だけで反撃しているんだ? 腰のシールドを構えもせず」

 

 退くならシールドを構え、生存率を上げる筈だ。

 どうして、無事な左腕を胴体前に固定しているのか。

 防御体勢だというなら、腰のハードポイントからシールドを握って構えればいい。

 パイロットがシールドの存在を失念していた、その可能性もあるだろう。

 しかし、搭乗者は『蒼い獅子』だ。

 複雑な操縦を駆使し高速で飛来する宙間戦闘機を蹴り砕くような人物が、友軍機を守る為に砲弾を受け止める行動を採るパイロットが、シールドの有無を忘れた等あるのだろうか。

 決定的なのは、ビーム・ライフルの射角から逃れるときも、左側からということ。

 ()()()、左腕を中心に攻撃を避け続けている。

 何かを守ろうとする、そんな意志をアムロは感じ取った。

 

「フラウ。僕の話を聞いてくれるかい?」

 

 しゃくり声を漏らす少女の肩に手を置きながら、少年は自身の答えを信じるように。

 目元を赤く腫れさせたフラウの瞳に合わせながら、アムロは祈願にも似た考えを告げた。

 

「セイラさんは、もしかしたら生きているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベースの通路にて、風を肩で切って歩くランバ・ラル大尉は我が子との再会に思いを馳せ、抱えた包みを持ち直した。

 ただ単に親が子の顔を見に行くのとは違い、今回の訪問には理由がある。

 当直の夜間パトロールからラルが帰還すると、間を置かずアンリエッタ・ジーベル大尉から連絡が入り「メルティエ大佐の個人的な相談を受けて欲しい」と話を持ち掛けられたのだ。

 ラル達親子にとって親しい間柄とはいえ、本人からではなく彼女を通してコンタクトを取らざる得ない時点で息子が面倒な事態に巻き込まれた可能性を示唆していた。だが、軍人と云う職業以前に人間は大なり小なり抱えているもので。自分の子なら尚更しがらみがあろう、とラルは苦い思いを噛んだ。

 彼は不意に立ち止まり、重く息を吐くと淀みにも似た諦観を振り払い、手に伝わるじんわりと温かい包みを大事そうに抱え歩き出す。

 中身を知っているラルは巌の顔をやわらげ、目元を緩めた。

 

(まったく、ハモンめ……仕方がない奴だ)

 

 同室のクラウレ・ハモンがキッチンで何を調理しているのかと思えば、彼女が用意していたのはメルティエが昔よく強請っていたシナモンケーキだった。

 手早く包みに隠れてしまう前に覗いたあの香ばしい匂いと、生地の触感を想像させる絶妙な焼き加減が食欲を誘発させる。

 家族で囲む食卓に異常な執着をみせるメルティエにせがまれ、よく共に食事を摂った。

 流石に士官学校へ入ってから疎遠となったが、帰宅すれば必ず席に座っていた記憶がある。今にして思えば、子の我が儘はあの「食事を一緒にする」ことだけだったとラルは回想した。

 作って持たせたクラウレは、息子の相談事にお呼びが掛からなかった為に甚くご立腹だったが、ラルが男同士の話し合いも時には必要と宥めたのだ。

 自己申告の内容ほど平常ではなかった内縁の妻に、ラルは心の中で苦笑する。

 つまり、このシナモンケーキは母親が子を想う愛情と「誰か忘れていないか」という怒りが見え隠れする一品なのだ。息子が頼ってこない寂しさで拗ねていると言ってもいい。

 そういった思惟に敏感なメルティエのことだ、拗ねる養母の機嫌をどうやって直してもらうか頭を抱えるに違いない。ラルはこれから会う倅を少し哀れに思ったが、偶には家族の事を考える時間もあって良いだろうと考え直した。

 とはいえ、メルティエがクラウレよりも自分に相談を持ち込んだことでらしくない喜びを抱き、口髭に隠れた所で笑みを浮かべるラルである。

 

(戦線が一段落したら席を設けてやるか。

 今となっては互いに立場がある。が、偶には仕事を忘れて家族団欒も悪くあるまい)

 

 意外に、彼も子煩悩であった。

 目的地に到着したラルは小さく咳払いをすると、小気味よくノックをする。

 間を置いて、インターホンから聞き慣れた声が出力され間違いがない事を確認した。

 

「ん。……メルティエ、わしだ」

 

『親父殿? 少し待ってて』

 

 施錠が解除される音が鳴り、扉が開くと灰色の蓬髪が目の前に現れた。

 クラウレが作ったシナモンケーキの匂いをすぐさま理解したのか、子供の頃へ戻ったように随分と相好を崩したメルティエに招かれ、中へと進む。

 大きくなろうとも、やはり根っこの部分はそう変わらない。以前戦場で出会ったメルティエの面構えを見間違えかと思いそうになる。しかし意固地でもあった我が子であるから、観察の余地有りとして様子見する事にした。

 困ったものだ、と胸中で零した壮年の軍人は外気とは違う空気に触れ、

 

「他に誰かいるのか?」

 

 其処で、ラルは気が付いた。

 室内へ足を踏み入れた瞬間、奥のほうで小さいながらも僅かな物音が聞こえたのだ。

 生き物は己の感覚に正直にできている。

 特に聴覚があるものは、小さな音ひとつにすら反応を返すもの。

 人間という五感に優れたものなら、どれかの感覚に刺激され自らをよくよく制動していなければ体が動いてしまう。不意を打たれれば尚更のこと、正直になるのだ。

 少なくとも、犬猫の類ではない。

 特有の獣臭さがないし、なにより少年期のメルティエが愛玩動物に然して興味関心を示さなかっただけに断言できるものがある。

 であれば、件の相談事というのは対人関係なのだろう。その相手が奥に居るということ。

 看破したラルは包みを受け取ったメルティエに訊ねるが、

 

「ああ。……詳しくは、会ってからで」

 

 歯切れの悪い返事にラルは眉を顰めたが「良かろう」と返す。

 メルティエが言い辛そうにするのは、決まって説明できない事象か何処から話せばよいか困った時だけ。それ以外は包み隠さず自分達に打ち明ける子供だった。大人になって多少は変化しているだろうし、隠すべき所は隠すだろう。それでも嘘だけはつかないとラルは信用している。

 どのような人物がいるのか興味も湧き、一歩ずつ相手の出方を探るように押し入る。

 

 果たして、巌の軍人が視線は室内に居た人物へ注がれた。

 

「む――――――――ッ!?」

 

 その人物を目にしたときの衝撃は、『青い巨星』ランバ・ラルが完全静止し、指一本動かすことを忘れさせるほどのもので。

 彼が再起動したのは、呼吸すら忘れ見入り、自らの生存のため慌ただしく肺を動かす頃だった。

 

「こ、この方は!?」

 

 振り返ったラルはメルティエに問うが、

 

「親父殿」

 

 普段は表さない冷静な面で、養父を見つめていた。

 

「親父殿が思った通りだよ。間違いない」

 

 その答えを聞くや、メルティエの襟首を掴み荒々しく引く。

 

「ならば何故、このような場所に置く!?」

 

 淡々と述べる我が子に、ランバ・ラルは激昂していた。

 養子に迎えてから、メルティエを怒鳴ったのはさりとて少ない。

 叱咤激励の類は数え切れぬほどあるが、完全な怒りに支配されたのは今回が初めてだろう。

 部屋に入るまでは確かにあった暖かな感情は、一瞬の内に吹き飛んでしまった。

 

「偶然に戦場で保護できた。自室に匿う以外、此処じゃ無理だ」

 

「部隊長、大佐となったお前の部屋は出入りが激しい。最適な隠れ処と熟慮したのか?」

 

「俺は此処では監視されている。ガルマの側近に。いや、下手すれば部下達にも」 

 

「……アンリちゃん、ジーベル大尉をメッセンジャーにしたのは?」

 

「既に大手を振って親父殿に面会ができないからだ。

 このキャリフォルニア・ベースでは電話もメールも信用するのは難しい。秘匿回線も上位者なら盗聴できる可能性もある。相談にのってもらう体で来てもらうしかなかった。

 ……アンリは事情を知っている味方だ。少なくとも、俺が俺で在る間は」

 

「メルティエ、お前」

 

 モビルスーツの腕前で佐官に登り詰めた成り上がり者。

 開戦から今日まで墜ちる事無く、ザビ家のキシリア、ガルマに期待される男。

 名声と影響力が増すほどに、いつしか『蒼い獅子』の異名は敵味方から恐れられ、疎まれた。

 若者らしく我武者羅に、務めを果たそうと勇往邁進したのだろう。

 その結果が削り取られ疲弊した心身と悪意の坩堝に引き込まれる瀬戸際だというのなら、なんと性質の悪い結末だろうか。

 しかし、その道程に養父のランバ・ラルは共感できる。できてしまう。

 子の歩む道は、そのまま若りし頃の『青い巨星』がジオン・ズム・ダイクンのため、革命のために立ち上がり戦った記憶を呼び起こしたから。

 ジオンと共に立った束の間の充実感を経て、予備役という閑職に追いやられた事も。

 

(孤立したのは、わしら(ダイクンの名)のせいか)

 

 口から漏れ出る言葉を留められたのは、(ジンバ)を想う故か。それとも(メルティエ)を想う故か。

 もしかすれば、不慮の死を遂げた友人(フォッカー)の為なのかもしれない。

 落ち着かぬラルに解るのは、目前にある灰色の瞳は曇っていない事だけ。

 

「ラル、おじさん」

 

 酷く懐かしい呼び名が、過去を振り返る男を揺らした。

 その若干の照れ臭さと親しみが込められた通称は、幼い彼女の背が自分の腰までしかなかった頃の古い思い出だ。

 

「長らく連絡が取れず、申し訳ありません」

 

 凛とした表情は父譲りなのか、それとも兄譲りなのか。

 ただ慈しむその瞳は、間違いなく母譲りだろうとラルは思った。

 

「お久しぶりです。私――――アルテイシアは、懐かしいおじさんにまた会えて、嬉しいです」

 

 そして、成長しても愛らしい彼女のはにかんだ微笑みが、ラルから力を奪った。

 不要な分を抜いたようで、苛立ちが生んだ粗暴なものが失せたとでも言うべきか。

 身の奥底から湧き立つものは久しく忘れていた、若々しくも滾る活力と称すべきか。

 メルティエを解放し、美しい姫君に成長した女性へ。

 

「わしも嬉しく思います。大きくなった、綺麗になられました。アルテイシア様」

 

 慇懃に一礼したランバ・ラルは、小さくも確かに肩を震わせた。

 相対するセイラ・マス――――アルテイシア・ソム・ダイクンもまた、笑顔の貌を雫で濡らす。

 邂逅を果たした養父と義妹を、メルティエ・イクスは静かに見守る。

 

 

 

 後に地球連邦軍独立機動戦隊と呼称されるホワイトベース隊が、マチルダ・アジャン中尉率いるミデア補給隊より予備パーツを受領し、総司令部ジャブローを目指して南下。

 この情報をキャッチした北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将は南下を阻止すべく動く気配を見せたが、呼応するかのように各地で蜂起した反抗勢力鎮圧のため木馬破壊作戦を断念する。

 が、ガルマ准将は少数による追跡任務をかの両名に命じた。

 一人は控えるパナマ攻略作戦がため招集した『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐。

 もう一人は木馬破壊任務のため、指揮下に入った『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐である。

 

 ――――しかし。

 

 このホワイトベースを巡る戦いの裏で、一つの事態が動こうとしていた。

 時にU.C.0079年。10月01日の出来事とされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者からの作戦依頼『アンケート(其の弐)』

60話を迎えることができたので、記念に小話でも設けようと思います。
詳細は活動報告を閲覧してくだされ。
間違えて【感想に要望を送らない】よう、注意してくださいな。

では、次回もよろしくお願いしますノシ


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第61話:北の大地 〈その4〉

 現在ジオン軍と連邦軍のミリタリーバランスは、危うい均衡の上で成り立っている。

 ジオン軍においては、地球侵攻作戦の要諦である降下作戦そのものは成功したものの、広大な地球の大地、海原を支配するには人的要員が足りなかったのだ。(いたずら)に占領域を拡大すれば、管理運営が疎かになるだけにとどまらず、防衛能力の低下等の問題が積み重なり、自らの首を絞めかねない。

 では連邦軍はどうかというと、宇宙艦隊の壊滅的打撃と緒戦から続く敗戦が度重なり、熟練した将兵や有望な若者達の流血を代償に、まだ抗戦を続けられる余地を残していた。ジオン反抗作戦の一環として新型モビルスーツ開発に着手してからの速度は凄まじく、加えて既存艦船の改修と今後の戦いを踏まえた新造艦の建造に腐心していた。

 時間を掛ければ掛けた分だけ、両軍とも問題点を改善、解消でき得るだろう。

 一部例外を除いて、各地域の前線は停滞していたのだから。

 

「その状況から脱する為にパナマ攻略作戦を練っていた、という訳か」

 

 ザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」のブリッジは、普段とは異なる空気が流れていた。

 無論、険悪な雰囲気や殺伐とした類のものではない。

 部隊長と馴染み深いクルー達は、己の職務を果たそうと真摯に取り組んでいる。

 艦長席のサイ・ツヴェルク少佐は航行状況を確認しつつ、到達予定地の情報を取り纏め司令席に座るメルティエ・イクス大佐へ提出していた。彼は項目に目を通しながら副官へ一言、二言送るとブリッジのフロント部に立つ人物へ答える。

 

「ガルマ閣下の考えに賛同はできる。そうでなければ、太平洋を渡って来るものか」

 

「不満が見え隠れしているように聞こえるが、構わないのか?」

 

 白色に角飾り付いたヘルメットに赤い軍服、顔半分を覆うマスクが特徴的な軍人は不敵な笑みを浮かべながらメルティエを窺う。

 仏頂面を隠さない彼へ注意を促しているとも、本意を探ろうと尋ねているようにも思える。

 

「はて。シャア・アズナブル中佐はいつからタレコミ屋に成られたのかな?」

 

「フッ、密告等はしないさ。

 ただ、メルティエ・イクス大佐の指揮下に入るのなら方針を聞いておかねばなるまい」

 

「それはそれは? 職務熱心で助かるよ。

 ……しかし、実動員がシャア中佐だけとはな。何かと勘繰ってしまうが」

 

「こちらはまだ、地球に降下してまだ一週間も経っていない状況だ。

 コムサイに搭載しているモビルスーツは宇宙仕様で、部下達のものを用意できていない。

 私は副官の操艦技術は信頼しているが、白兵戦ができるとは思っていないのでな。戦力が整っていない状況で他部隊と合流するのは得策ではない。ならば、私だけでも”指揮下に入る”事で体裁をとるしかあるまい」

 

「一々ご尤も。それで、持参したモビルスーツは使えるか?」

 

 ならば「戦力足り得るか」と問われ、シャアは細い顎に手を当てる。

 マスクの下でどのような思考を巡らせているのか、メルティエには解らない。

 しかし、視点を変えれば何処か懐かしいものを覗かせてくれるようで。他の階級が高い者なら「不遜」と怒るだろう仮面の男に、その仕草と癖に懐旧していた。

 

「過不足ない、と答えたい所ではある。

 実情は心許無いな。私の機体を調整してくれた者達はまだ宇宙にいる。地上には地上のやり方があるのだろうが、やはり機体の調子を理解できる人間に任せたい。

 これが単なる我が儘ではない事は、イクス大佐にも理解してもらえると思うが?」

 

「理解できるが、それは武器にならんよ。同情を買ってくれと言っているようなものだ。

 ガルマ閣下へ補給申請はしたのであろう? 任務に赴くのにそれもなしでは話にならんぞ」

 

 肘掛けに体を預ける灰色の男に、仮面の男は肩を竦めてみせた。

 隣に居るサイにとって、シャアの態度は上官を挑発しているように見える。

 だが、メルティエの人となりを紐解けば、こうした相手を許容できると納得してしまう。

 腕利きの狙撃兵ながら前部隊で問題を起こしているハンス・ロックフィールド少尉然り、若輩ながら整備主任を任せているメイ・カーウィン然り。前歴が不透明なシーマ・ガラハウ中佐然りだ。

 そうした様々な人間を内包するのがネメア隊であり、メルティエ・イクスの麾下部隊である。

 潜在的なダイクン派も所属している等、他では難色を示すだろう将兵らが集い過ぎていた。

 

「何処もパナマ攻略作戦を見据えて行動している。名札の付いていない機体は少ないのだろう。

 無論予備機もあるだろうが、それはキャリフォルニア・ベースの防衛戦力になる。簡単に譲渡できるものではない、そう言われてしまったよ」

 

「ふむ……シャア中佐の言い分とガルマ閣下の返答を聞くと、嫌な予感がする。

 もしや、モビルスーツの換装作業すらしてないのか?」

 

 額に拳を当てるメルティエの様子に、

 

「整備と称して分解されたくはなかったもので」

 

 しれっと答えるシャアである。

 

「……これから部下になる男の傲岸不遜ぶりに、俺は呆れて物が言えぬよ」

 

 言葉を裏切るように渋面に顔を歪めず、薄い笑みすら浮かべている。

 その反応は想定していなかったのか、流石のシャアも「おや?」と様子を見ていた。

 息を一つ吐いたメルティエはシートから腰を上げると副官の肩に手を置く。シャアから死角になっているため表情を読み取れないが、その横顔が見えるサイには口元が斜め上へ引かれている事が丸分かりである。

 

「サイ、後は任せる。何かあれば連絡してくれ」

 

「は。地形情報収集のためポイント21-25へ偵察機を向かわせたいのですが、よろしいですか?」

 

「なら、ルッグンだけでは敵軍と鉢合わせたとき火力不足だろう。ドップをつけて出せ」

 

「了解しました」

 

 手を軽く振り「ついて来い」と意思表示をするメルティエを追い、シャアも退出しようとする。

 そのとき、身に迫るものを感じて振り返り、

 

(――――なるほど、『ネメアの獅子』という二つ名は伊達ではないのだな)

 

 クルー全員の視線が己の身へ針の筵の如く刺さっていたのだと知る。

 まるで振り返るのを待っていたように、彼らは部隊長とは異なる意思表示をしていたのだ。

 それはシャアをして着目せざる得ない強固な結束力であり、一人の男を案じるが故の警戒心とも縄張り意識とも呼べる類のもの。

 ”同胞”なぞ持たざるものである『赤い彗星』のシャアは、自身の意識へ触るものが酷く癇に障るものに覚えた上で、()()らしいと自然な苦笑いを浮かべた。

 上下関係から成る「縦の結束」ではなく、仲間意識からの「横の結束」から部隊を纏め上げた。これは部隊責任者のダグラス・ローデン大佐の仕業ではなく、ほぼ間違いなく『蒼い獅子』のメルティエが形作ったのだろう。

 其処へ至るまでにどれほどの事があったのか、部外者であるシャアには分からない。

 ただ。容易く理解できるのは確かにあった。

 此処へ集う者達は軍隊である前に、とある獅子の下へ集った一つの”群れ(プライド)”である、と。

 

 

 

 大方の作業は済んだのか「ネメア」のモビルスーツハンガーは普段に比べ穏やかだった。

 休憩時間なのか整備士も疎らで、各々が世間話に興じている。

 

「おや、大佐ではありませんか。如何しました?」

 

 モビルスーツデッキへ足を踏み入れた蒼と赤の軍人を発見したのはロイド・コルト技術大尉だ。彼は最終チェックをしている最中だったのか、手元の携帯端末を操作し何か計測をしていた。

 メルティエはシャアとロイドに互いを紹介すると、早速とばかりに用件を切り出す。

 

「どうだろう、例の機体は?」

 

「あぁ、進捗を確認に来られたのですね。機体の方は仕上がっております。

 どうぞ、此方へ」

 

 ロイドはタブレッド型の端末を脇に仕舞うとハンガーの奥へ足を進め、二人のやり取りに訝しむシャアを置き去りにしてメルティエも続く。

 シャアは胸中で「まさかな」と呟きつつ、実は良く知る彼とこの場所へ案内された流れから否が応にも期待してしまうのは仕方がない事であった。

 

「ジェネレーターの出力は安定域に収まりましたが、試乗運転がまだなので完全とは言えません。通常機動は問題ないと断言できますが、長時間の高速機動はどのような負荷が機体に掛かるか見当がつかない、と言わざるを得ないのが現状です」

 

「機体状況を都度確認しながらの作戦行動は難がある。改善はできそうか?」

 

「限られた時間と機材で組み立てたものなので、こちらも難しいと言うしかありません。

 尤も、推進剤や機体の調子、パイロットの呼吸にもよりますが高速機動の時間は大凡三分前後。それ以上続けると機体がオーバーヒートを起こすか、パイロットの身体にダメージが生じます」

 

「ふむ。……後はパイロットとモビルスーツの相性次第と?」

 

然り(イクザクトリィ)。そのような考えで宜しいかと」

 

 ピタリ、とロイドの足が止まる。メルティエは数歩進んだ所で向き直り、シャアは話の内容を心に留めていたせいもありロイドの背後で停まった。

 

「これが?」

 

 シャアの目前にあるのは、防塵シートを掛けられたハンガーだ。

 モビルスーツらしい姿はおぼろげにうかがえるが、愛機であったザクIIと比べるとややサイズが異なるように見える。

 ロイドが操作台に立ち作業アームを器用に動かすと防塵シートが取り除かれ、その下から搭乗者を指名するかのように赤い機体が姿を現す。

 

「これで、予備パーツはほぼ使い切りました。補給申請が通るまでは厳しくなります」

 

「問題ない。此処に居る『赤い彗星』と、俺が信頼するパイロットが操縦するんだ。総合整備計画が間に合ったおかげで共用消耗品の流用が利く。やってくれるさ」

 

 戦闘機の機銃をものともしない頑強な装甲と体格、熱核ジェットエンジンを脚部に搭載する事で最高水準の機動力を誇る重モビルスーツ、ドム。

 左肩のラックには直立型のヒート・サーベルがマウントされており、かの機体から引き継がれたのであろう背中に装備されたビーム・キャノンが存在感を放つ。

 ネメア隊所属機のドム、アンリエッタ・ジーベル大尉の機体と異なる箇所は、腰のスカート部が肥大化し推進器が増加されている事と脚部の構造に補強が施され、耐久性の向上から急激な制動と格闘戦に長じている点である。

 MS-09、ドム『赤い彗星』専用機と称した、前所属機の流れを汲むモビルスーツ。

 彼のカラーを反映し、既に赤く塗装されている事から搭乗者は揺るがないだろう。

 新鋭機、その改良されたドム改とも呼べるものを用意され喜ばないパイロットはいるだろうか。

 そもそも、シャアはメルティエ直属の部下ではない。

 部下持ちであるし、宇宙にはまだ彼の座乗艦「ファルメル」もある。突撃機動軍と宇宙攻撃軍という枠組みもあり、一時的に指揮下に入るだけの身だ。

 であれば尚のこと、破格の待遇である事は間違いなかった。

 

「パイロットからの改善点を聞く前に、改修とは」

 

 額面通りに受け取るなら文句だが、シャアは笑っていた。

 今までの質とは違うのは、そこに親しみが込められていたこと。

 

「搭乗予定のパイロットに合わせて機動力を底上げ、装備も試作品ながら高火力のものを用意させてもらった。どうする『赤い彗星』、言っとくがこれ以上のものウチにはないぞ? 

 それとも、持参したザクIIで地上戦をやってみるか?」

 

「フッ。そこまで期待され、煽られては乗りこなすしかあるまい。

 有り難く頂くとしよう、メルティエ・イクス大佐」

 

 両手を上げて降参するシャアに、鼻息で勝ちを誇るメルティエである。

 どうにか仕事が一段落したロイドは、二人の様子をみて意外に仲が良いことに聊か驚いた。

 動と静の人物と思える両者が会しているのに反目し合わず、それどころか日常会話の延長のように楽しんでいる節すらある。

 演習訓練で相当にやり合った筈なのだが、意外に馬が合うのかとロイドは思った。

 

「ザクIIとはコックピット形式が違うだろう。ご対面がてら説明しよう」

 

「私はそこまで手間が掛かる人間ではない積もりだが、せっかくなので頼もうか」

 

 そのままコックピット・ハッチを開放し中へ乗り込む二人の姿に、子を持つロイドは小さな冒険へ出掛ける子供達を思い出して静かに笑った。

 

「ザクを凌駕するとは聞いていたが。なるほど、これは確かに」

 

「単純なパワーだと数値通り。重モビルスーツの名に恥じない防御と頑丈さ、耐久性もある。

 が、ドムの素晴らしい所はその機動力だ。試乗運転は本日行うかね?」

 

「是非頼みたい。機動の癖と瞬発力を体感しておきたいからな」

 

 モビルスーツの機動戦で最有力者である赤い軍人に、蒼い軍人は至極当然に頷いた。

 一通りのレクチャーを済ませると、メルティエはドムのモノアイを動かし、

 

「それで。これからどうするんだ――――――()()()()()?」

 

 突如浮上した名前に、瞬間風が凪いだ。

 狭所のコックピットで両者が互いの拳銃を引き抜き突きつけ合い、貌を隠すキャスバルと能面を晒すメルティエは視線を交差させた。手にした拳銃は支給される一般的なもので、既にセーフティは解除され弾丸が装填済みの銃口は心臓の上に置かれている。

 無駄な動きを一切省いた体裁きは狭い空間でもその性能を発揮し、空間を押して除けた程度で静穏に過ぎた。

 

「やはり気付いたか。いや、違うな――――先日の戦いで保護した女は、もしや」

 

「耳が早い。何処から仕入れたんだ? 保護した女は、お前が想像している通り妹だ」

 

「敢えて聴こう、何故だ?」

 

「何故? 何故と聴くのか、お前が!?」

 

 目を細めた幼馴染に対する応えは、ただ銃口が押し付けられるだけ。

 即死の弾丸を放つのに震えもしない銃身、引き金に掛けられた指先が今の彼なのだろう。

 不意に「アイツなら迷わず撃てる筈だ」と内なる声がメルティエを揺らす。

 

「彼女のことなら、あの木馬の戦いでだ。パイロットをしていたよ、モビルスーツの。

 戦いを嫌っていたあの子が軍人の真似事で戦場に居たんだ、おかしいと思わないか?

 何かあったと思えないか? それとも――――原因だから、答えられないか」

 

「私は諭した! お前に戦いは似合わないと。静かな場所で過ごせと」 

 

「それで忠告を聞くような、素直に頷く子だったのは昔の話だろう?

 彼女はもう大人だ。やりたい事もあれば、しなければいけない事も分かる歳だ」

 

「だが、今は貴様が保護しているのだろう。戦火が届かない場所へ匿ってやれ。

 ――――アルテイシアには、もうダイクンの名に振り回されずに生きて欲しいだけだ」

 

「責任感が強い、お前の妹だぞ? 兄を放って置いてのうのうと生きれるような子か?

 お前が何をしようとしているのか想像はつくが、それを止める為に行動したんじゃないか?

 なぁ、キャスバル。お前が目的を達成した時に、ジオンの名を冠する国は其処に在るのか?」

 

「父ジオンが今の公国の礎を築いた。国盗りのザビ家を放置することはできん!」

 

「国盗り? 結果からしてみればそうとれるが、ザビ家が国父を(しい)した証拠は?」

 

「……私達を匿ったジンバ・ラルの証言だ。何か確証があったように思える」

 

 メルティエは目を見張った。

 ()()キャスバルが。キャスバル・レム・ダイクンが言う余りにも幼い動機の理由に。

 そうして思い知った。老害は思いもよらぬ負の遺産を遺すからこそ老害なのだと。

 

(よくもコイツを、キャスバルを歪めて逝ってくれたっ!!)

 

 公務中に急死したジオン・ズム・ダイクンは当時暗殺説が飛び交っていた。

 毒物や物的殺傷が無かった事と生前大病を患っていた事から、ダイクンは発作による病死と公表されている。ザビ家による謀殺が根強いのはダイクン派の粛清と独裁体制に因るものだ。

 尚且つ、ジンバ・ラルとデギン・ソド・ザビは政敵の間柄であった。デキンはダイクンの死後、迅速に行動を起こし混乱を治めジオン共和国のトップとなった。今までの地位を追われ、口惜しくも逃亡する羽目になったジンバからすれば恨み骨髄であろう。

 メルティエにとって養父ランバ・ラルの親とはいえ、出会った当初から目もくれない所か邪険に扱われた過去もある。単純に嫌いだった点を除いたとしても、あの老人はよからぬモノにとり憑かれたような、鬼気迫るものを感じていた。

 日々繰り返される老人の恨み言に、両親を殺し離されたと洗脳すらされた。そうとして人の中に溶け込み、狂人とならずにすんだのはキャスバル自身の精神力の賜物か。

 今となっては本当に病死だったのか、ジンバ・ラルの言葉が正しかったのかは立証できない。

 だが、既にジオン共和国は公国と名を変えて地球連邦政府と独立戦争の真っ只中なのだ。

 ダイクンを偲ぶ人々にとってザビ家が仇敵だとしても実質的サイド3を運営し、継戦を維持しているのはザビ家の力である。ダイクンの求心力よりザビ家の支配力が上回っているとみていい。

 この独立戦争に勝利し、平穏な時代にザビ家を打倒するならばそれも善かろう。

 しかし、今この時に事を成すのは不味い。メルティエ自身が当世のキシリア、ガルマと縁があるというのもあるが、ザビ家を失うとジオン公国の屋台骨が崩れてしまうのだ。

 ダイクン派を糾合しザビ家に取って代わるとしても、ザビ家に恩顧ある人々も必ずいる。重要なポストに収まっている人間も少なくない事から、大規模な混乱が必至なのは想像に難くない。

 そうなれば今の形勢が逆転する事は必定であり、宇宙移民者(スペースノイド)が再び地球住居者(アースノイド)に搾取される。

 否、戦争を実行できる事を証明してしまっただけに更なる重課となるは火も見るよりも明らか。

 自分如きでも此処までは想像できる。

 ならばメルティエ・イクスの最善とは、何なのか。

 

(どうすれば良い!? 成功する可能性が低いとはいえ、ザビ家打倒の意志が見えてしまった!

 キャスバルの行動が時代、スペースノイドとアースノイドの関係を左右させる事になるのは間違いない。だが老人の妄執が毒となってヤツの血肉に回っている、どう取り除けば正気に戻るのだ?

 もしくは。もしくは、今此処でキャスバルを誅殺するのか?

 俺の、この手で?

 そうすれば、いやしかし、残されたアルテイシアはどうする?

 俺が殺し、キャスバルが殺されたと知った後の、あの子はどう生きるんだ。

 ……待て、落ち着け! そんな誰も救われない解決方法を模索してどうする。

 たかが、手段の一つだ。……友人を殺すことが? 妹を泣かせることが?

 ――――くそっ、俺は、どうすればこの兄妹を助けてやれる!?)

 

 目視できない、思考の袋小路に囚われたような錯覚が襲う。

 友人が老害の妄執を断ち切り、今の時勢を読んでくれる事をメルティエは切望した。

 

「いいか、よく聞けよ」

 

 頭は沸騰しそうなほど茹っている。

 心はとうの昔にくたばった爺を絞殺する事を夢想する。

 なのに、口から出た言葉は冷え切っていて。

 手にした拳銃は「もし撃たれてもやり返す」だけの力をトリガーに掛けている。

 

「ジンバは、政敵のザビ家を恨んで死んだ。お前に復讐心を植え付けてな」

 

 互いの心臓を賭けた説得は、自分自身が招いた事ではなくて。

 

「ザビ家が行ったのは確かに独裁政治だ。国父ジオンの政治とは違う。それは確かだ。

 だが、急死した先代の意志を継いだ訳ではない。ザビ家の思うが侭になるのは当然だろう。遺言をデギン・ソド・ザビへ遺している訳でもない、血判状と宣誓をしていた訳でもないんだ」

 

 過去に起きた出来事と、過去の人間が遺したものを除くためのもの。

 

「一部の人間が冷遇され、死んだのも確かだ。俺の生みの親もきっと、その内に入るんだろう。

 それが人間の組織だ。自然の摂理と同じように排斥されたんだよ、ラル家はザビ家に。

 政争に敗け、淘汰されて地に墜ちた。結果はもう分かるよな、キャスバル。

 ジンバは単なる私怨を、ダイクンの死を利用して復讐代行をお前にさせようとしてるんだよ」

 

「私の行いを、其処までして堕としたいのか、メルティエ!?」

 

「昔のことだ。断定はできないし、証拠も揃えられない。

 だがな、お前も腑に落ちない点があるんじゃないのか? 疑問があるんじゃないか?

 デギンは正しく謀叛人だったのか? ジンバは真実忠臣の鑑だったのか?

 なぁ、もし知っているなら聞かせてくれ。当事者なのはお前自身だし、俺は部外者だ。

 どうか、俺にも分かるように教えてくれ。キャスバル・レム・ダイクン。

 どうして、ダイクンが死んだ時。駆けつけて保護したのはラル家だけだったんだ?

 他の、ダイクン派はその時どうしていたのか、知ってはいないのか?」

 

「……今更それを掘り返して、何があると言うのだ?」

 

「キャスバル、お前の正当性だ。俺は復讐を行うに足るお前の大義名分を問いたい。

 お前が老人の復讐代行人なのか、偉大な指導者を亡き者にした一族への鉄槌なのかを。

 ――――もしかしたら、お前は哀れな道化(ピエロ)でしかなくなるんだぞ!?」

 

 仮面の男は語らない。シャア・アズナブルは答えない。

 キャスバル・レム・ダイクンは、メルティエ・イクスへ言葉を紡がない。

 灰色の男が感情を剥き出しにすればするほど、仮面の男は静謐さを取り戻すのか沈黙を返す。

 二人に共通するのは、相対する碧眼と灰色の眼が同質の温度を持っていたこと。

 

 そして、ふと息が漏れる頃に。

 ただ、パンッ、と。

 何かが破裂する音と、軽い金属が床に跳ねる音だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベース地上施設にて、ダグラス・ローデン大佐率いるギャロップ艦隊は補給物資の搬入とそのリストの提出に追われていた。

 あまり欲張れないが、いざという時に地力を出させるのは根性でも気合でもなく、その場に必要な物資の量である。現場経験が長いだけに此処は誰もが生真面目に働き、小さなミスも許さない。

 先行したザンジバル「ネメア」の後詰を任されたギャロップ艦隊は自前の補給物資は勿論の事、「ネメア」の補給物資も運搬しなくてはならない。

 ギャロップが牽引するカーゴの最大積載まで積んでおきたいところだが、自分達の拠点ではないだけにキャリフォルニア・ベースの担当者と長く粘りのある交渉を必要とした。

 それもジェーン・コンティ大尉が対応することで一応の決着を見たが、流石にガードが固かったのか出撃予定日近くまでかかってしまった。

 

「やれやれ、慌しいったらないねぇ」

 

 同艦隊のモビルスーツ隊を率いるシーマ・ガラハウ中佐はややげんなりとした顔で、しかし扇子で表情を隠しながら搬入作業を見下ろしていた。

 ギャロップ二番艦はシーマの座乗艦となっており、ブリッジも搬入作業の進捗確認と航行準備の為に騒がしい。

 シーマは騒がしいのを嫌う性質ではない。むしろ観るだけにとどまるが活気ある喧騒を好む。

 とはいえ、漸く許可が下りてから昼夜問わず作業されれば疲れもするのだ。

 佐官階級のシーマも現場指揮をする事はあるし、物資受領の認可を受け取るためにこのキャリフォルニア・ベースを走り回ったりもする。

 

「シーマ様、ビーダーシュタット中尉がお見えです」

 

 副官のデトローフ・コッセル中尉がブリッジの窓際に立つシーマへ報告する。

 彼女は扇子をヒラヒラと揺らし了解を伝えた。

 

「ケン・ビーダーシュタット、出頭致しました」

 

 振り返ったシーマの視界に、青みがかかった黒髪に鳶色の眼をした士官が現れる。

 顎を引き、直立不動の姿勢で待つ彼は真面目な人物なのだと解る。実直さ責任感を匂わせる男にシーマは歓迎の意を示した。

 

「忙しい身でよく来てくれた。歓迎するよ、ビーダーシュタット中尉。

 太平洋横断で懸念されていた塩害と防錆処置、モビルスーツの整備状況はどうだい?」

 

「はっ。塩害は比較的軽微で済みました。防錆処置も滞りなく完了致します。

 モビルスーツの整備状況も同様に完了しております。我が隊は問題なく出撃可能です」

 

()し。中尉が乗るギャロップの搬入作業は?」

 

「先に大型機材から搬入しましたので、残りは小さいものだけとなっています。

 手が空いている人間全員で掛かっていますので、あと一時間以内に完了する予定です」

 

「……ふふっ」

 

 不意にシーマが扇子で顔を隠しながら肩を震わせ、ケンはその態度に僅かながら片眉をつる。

 

「そうまで急いで、大佐が心配かい?」

 

「無論」

 

 じゃれる程度に遊ぼうとしていたシーマに対して、ケンはぴしゃりと小気味良い言で返す。

 『蒼い獅子』が信頼厚い小隊長の問答を両断する勢いに、シーマはますます笑みを深めた。

 相手を嘲笑する類のものではなく、微笑ましい形を彼女の赤く濡れた唇が描く。

 

「ガルマ閣下から直々の命とはいえ、イクス大佐は何も慌てて出て行った訳じゃない。

 あの人のことだ、敵軍の戦力を甘く見ることはせず先行偵察程度で収めている筈。

 ……押っ取り刀で駆けつけて、大佐に気苦労をさせる積もりじゃないだろうね?」

 

「そんな事はありません。機材のチェック、モビルスーツの稼動率に対する整備も万全です。

 懸念すべきところは、大佐自身が渦中となる事が多い点です」

 

「ほぅ? 大佐が心配で、だから緊急出撃並みの時間で準備したのかい?」

 

 ケンは戸惑った。彼女の言葉に困惑したからではない。

 開いた扇子から覗く半面の、シーマの瞳があまりにも優しかったから。

 

「人間ってモンは、何かと急いで事を成すときに失敗を起こしちまうもんなのさ。

 過去の偉人達が、それこそ様々な言い方で後世の人類を諭していないかい?

 向かう先ばっかり見て、足元を疎かにしちまってる。

 足元を掬われるって意味、アンタなら解る筈だ。ケン・ビーダーシュタット中尉」

 

「確かに、性急であった点は認めます。

 ですが、私は、私達は大佐を失う訳にはいきません!

 あのようなことは――――もう二度と、我々は遅過ぎた援軍などしてはならんのです!

 ……止めようとも、私達は往かせて頂きます。シーマ・ガラハウ中佐」

 

 敬礼のあと、素早く踵を返すケンに。

 

「待ちな」

 

 扇子を畳み鋭い音を発したシーマが溜め息を一つ吐いてやった。

 

「性急だったと認めたわりには、分かった訳じゃないらしいねぇ」

 

「? それは」

 

 どういう事か、とケンが聞く前にシーマは己が声をブリッジに響かせる。

 

「コッセル、搬入状況報せ!」

 

「搬入状況九九パーセントです。残り一パーセントも間もなく完了します」

 

「航行準備はどうか?」

 

「エンジン稼動率は五〇。六〇を切れば問題なく航行できます」

 

「全クルー及び戦闘班、各機材チェックは?」

 

「滞りなく完了しております。シーマ様の指示通り、二重チェック済みです」

 

「――――好し! エンジン稼動率を持ってギャロップ二番艦は先行発進する。

 後続艦と情報リンク、迷いたくなければトレースして来いと伝えろ!」

 

「アイ・アイ、マム! ――――野郎ども、出るぞ! 腑抜けの連邦だからって油断すんな!」

 

 固唾を呑んで見ていたケンは、刹那の間に戦闘体制を構築したシーマに、いやガラハウ隊の戦意に呑まれていた。それと同時に、彼らもまたネメア隊である事を再認識する。

 自分達こそ駆けつけるべきと思っていた。

 そんなケン達の考えが薄い思い上がりであると言わんばかりに、彼らもまた準備を入念且つ早急に行っていたのだ。

 

「悪いねぇ、ビーダーシュタット中尉」

 

 行動と思考で上を行った者達を呆然と見やるケンへ、彼女は楽しげに宣う。

 外界へ向けた扇子、その先を覗くのは快活に吼える女傑。

 

「皆が焦がれる『ネメアの獅子』への後詰第一陣は、あたし達さ!」

 

 黒瞳の目元を緩め、穏やかな表情の中で映える赤い唇が笑みを深める。

 茶目っ気を敷きながら視野狭窄に陥っていたケンを正し、過去の対応を悔やんだ事から先読みと実行力で一番乗りを決めるは戦闘部隊長次席(ナンバーツー)のシーマ・ガラハウ。

 煙に巻く態度と言動ながら、猛々しい戦意を燃やす彼女達も『ネメアの獅子』に集う獣なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャスバル兄さんのことを、メルティエ兄さんに話して良かったのでしょうか」

 

 ぽつり、と漏れた独白にランバ・ラル大尉とクラウレ・ハモンは顔を見合わせた。

 次善策として多数の人間が足を運ぶメルティエの自室から、ラルのギャロップ級陸戦艇へ移ったアルテイシア・ソム・ダイクンはキャスバルの件で悩んでいた胸の内を明かせた事と、話を聞くにつれ表情を冷凍させたメルティエに後悔を覚えていた。

 ラルやハモンも同様に衝撃を受けたのだが、二人はダイクンの代から騒動に巻き込まれているお蔭で立ち直りも早かった。第一にアルテイシアの安全優先に動いてくれたのも二人である。ラルのギャロップへ移動する際も、メルティエの反応は乏しかった。

 航行ブリッジからキャリフォルニア・ベースを観れば、ネメア隊のギャロップが一隻地上を滑走していく。出だしは穏やかだったが速度がのるとすぐに視界から姿を消す。

 指揮云々よりも立場的な点から司令席に座っているアルテイシアは、その美貌を曇らせ遥か遠方に居る二人の兄を想っていた。

 ラルとハモンは観照していたモニターから視線を外し、物憂げな姫君を見上げる。

 

「アレは自由奔放に見えて責任感もある。悪いようにはせんでしょう。

 ただ、キャスバル様が御存命だと知り驚いてしまったのは確かです。亡くなられたと思っていた時に、強くなりたいとせがまれ戦い方を教育した事もありましたので。今までの自分の行動と現実の情報に折り合いがつくまでは」

 

「今は忙しい時期なのでしょう? 時期を考えず急ぎ過ぎたのは私です。メルティエ兄さんもそうですが、ラルおじさんとクラウレさんにもご迷惑を」

 

「気になさいますな。我々が必要なときは決まって忙しいのが普通です。倅もそこは良く分かっているでしょう。地球降下作戦から今日まで、満足に休む暇もなかった筈でしょうから」

 

 悩み考える暇もないから、気にするなとラルは言いたかったのだが。

 アルテイシアが小さく唇を震わせ、ハモンに肩を引かれて慰めは失敗したのだと理解した。

 

「親の贔屓目ですけれど、あの子は心身共に強く成長してくれました。

 あの子を称える宣伝にある「逆境をものともせず、戦いに身を投じる獅子」という文句は流石に言い過ぎでしょう。けれど、それは下地があってこその言葉だと私は思うのです。

 今はメルティエの強さに甘えてしまいましょう、アルテイシア様」

 

 柔和に微笑むハモンの優しさに触れ、下がり気味であったアルテイシアは顔を上げる。

 クラウレの言を借りて翳りを払う彼女は、どうにか自責の念から逃れられたようだった。

 

「ありがとうございます、クラウレさん。ラルおじさんもありがとう。

 メルティエ兄さんには悪い気がしますが、今回は兄の度量に甘えることにします。

 今後の予定はどうなさるのでしょうか?」

 

「そうですな……我が隊は現在遊撃戦力として数えられております。危険を伴いますが作戦予定地の下見と称して南米へ寄ろうかと。敵境界線上の巡回も任されておりますので」

 

「パナマ攻略作戦の為にメルティエは招聘されております。事が終われば任地へ戻れるでしょう。その時にアルテイシア様はメルティエと共にこの北米から脱出なされませ」

 

「メルティエ兄さんの任地は此処ではなかったのですか?」

 

「左様です。倅は本来アジア圏の制圧を任されております。アジア方面軍と繋がりがあり、其処で連邦軍が破棄した基地を丸まる譲ってもらったとか。嘘か誠か分かりませんが、新しい町までできたそうで」

 

「基地? 町? すいません、メルティエ兄さんは然るべき地位を与えられ、任地に封ぜられたのですか? まるで領地持ちのように聞こえるのですが」

 

「……いえ、正確な情報では基地は譲渡されております。半壊している基地を。

 あー……町については、付近の住民が次第に集まり形成して行ったとしか」

 

「……今のメルティエ兄さんが、理解できません」

 

 アルテイシアは両手を膝に置きシートに身を預けると顔を反らした。

 我が子の事ながら何とも言えない状況にラルは困り、隣に立つハモンはしなやかな指先で細い顎を沿わせ、一つ頷く。

 

「うーん、私もその点だけは弁明できませんわ」

 

「ハモン? それ以外は了承済みなのか?」

 

 思わず言ってしまったラルは、失言だったと後に語る。

 たおやかに笑うハモンはいつもと変わらず良い女のままだったが、何処か浮ついて見えた。

 言い知れぬ予感にラルが話を流そうとするが、

 

「はい。私はあの子がどんな女性と付き合おうと、それこそ複数であっても驚きませんよ。全員を平等に愛せるのならば、むしろ応援するくらいです」

 

 そう、遅かった。

 歴戦の勇者であっても、口撃の抜き打ちは女に勝てないのか。

 威力も中々のものだったらしく、背筋を痛めんばかりに身体を起こしたアルテイシアを目にすればどれほどのものか想像できるというもの。

 

「その話、詳しくお願いします」

 

「えぇ、構いませんよ。でも場所を変えませんか? なるべく分かり易く説明したいので」

 

「是非に」

 

 コツ、コツ、と口を挟む間もなく二人の女性がブリッジを後にする。

 ラルは件のシナモンケーキを思い出し、報復行動に出たハモンに溜め息を吐いた。

 しかし、あの時は仕方がなかったのだと親父殿は思う。

 キャスバル生存を聞いたメルティエは、ハモンと満足に会話できないまま呆けていたのだから。

 

「許せ、息子よ」

 

 ご愁傷様です、とクルーらが言う中でラルと副官のクランプだけはメルティエに同情した。

 女性の攻撃はねちっこいと、ハモン自身が言っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二次作品の三種の神器。
それはつまり、「オリジナル展開」「独自設定」「原作改変有り」である。

後は読者層が許容してくれれば波風が立たない。
そう。この上代は初投稿の段階から、既に予防線を張っておいたのだ……!

「な、なんだってーーー!?」

と、茶番劇は置いといて。第61話をお送りします(ぶん投げて退避するとも言う)。
アンケートは継続して収集してますので、興味がある方は作者の活動報告を参照してくださいな。
気のせいか、若い女性より幼女と妙齢の方に票が来ているような……まさか、君ら(ガクブル)


では次回もよろしくお願いしますノシ


追伸:執筆速度低下するかもしれんけど、笑顔で許してくれ。
   いつもの事だけどね!

※問題が発生したので修正、追記しますた。


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第62話:北の大地 〈その5〉

 ジオン反抗作戦。

 埋設型ビーコンによる長々距離砲撃が功を奏し、南米と北米を繋ぐパナマ基地近郊からジオン軍を北米側へ撤退させる事に成功した連邦軍は、更なる圧力を掛けるため遂に反撃へと打って出る。

 其の一手として進められたのが、連邦軍総司令部ジャブローの生産プラントで秘かに開発、生産されていたモビルスーツの順次部隊配備である。

 サイド7で開発されたガンダムのコストを削減した簡易量産型RGM-79、ジム。

 この先行量産型をモビルスーツ操縦教育が修了したパイロット一期生と共に各地へ派遣し、まずは歴史の浅い兵器であるモビルスーツの練度と理解を深める事に重点が置かれた。

 いまだ本格的な実戦配備前のモビルスーツは挙動がぎこちなく、ジオン軍のそれに比べるとより機械的な動きが目立つ。角張った動きというか、必要以上な硬さがあるのだ。

 これは開戦前のジオン軍も通った道なのだが、即戦力を期待されている連邦軍パイロットは実戦でコンピュータを”育成”する他なく。現場では人命よりもデータ、つまり機材が優先された。

 その運用データ収集の為に設立されたのが第11独立機械化混成部隊、通称モルモット隊だ。

 先述の通り、機材を最優先する事から花形である筈のモビルスーツパイロットの生存率は低く、これに所属するフィリップ・ヒューズ少尉は部隊初期メンバーや補充パイロットが戦場で”消費”されていく光景と現実を目の当たりにし、迫る死の足音と恐怖を「ジオン憎し」の怒りで上書きする毎日であった。

 また、モビルスーツの存在を隠す秘匿性も重要視され、隊の基本目標が()()()の全滅である。

 これは敵軍という縛りでは収まらず、目撃者を含む全てと規定された。

 同目標を第一に設けられた彼らモルモット隊も敵軍及び基地を制圧し、情報漏洩元を失くす事が優先事項に上げられている。

 敵軍を、モビルスーツを相手に戦うだけに留まらず「見てしまった」人間にも銃を向けた。

 それも一度や二度ではない。彼らは苦く後味の悪い仕事を「任務」としてこなす。

 随伴する後方支援部隊に陸戦隊が居ることが、せめてもの救いだろうか。

 直接手を下すのは、恐らくは彼らの「任務」なのだから。

 

 時刻は〇〇三〇(マルマルサンマル)

 モルモット隊を運ぶ足、ミデア輸送機から出撃した彼らモビルスーツ隊は高々度からの夜襲を敵軍へ仕掛け、基地中央部を占拠。そのまま二機編成で左右に別れ、残存戦力掃討に移る。

 パナマ基地に連なる元連邦軍基地を奪還する任務を帯び、五機のザクと防衛設備群を殲滅させたモルモット隊は、迎えのミデアが到達するまで付近を警戒しつつ現場待機を続けていた。

 ジオン軍に占領された地を奪還する。

 単なる任務達成というよりも、僅かながら戦争が収束へ向かうような気がしてフィリップは悪い気分ではなかった。何より「勝利」という分かり易い結果が良い。

 このまま基地を押さえつつ、いつも通り陸戦隊や解析班が現場入りするまで待てば今日の仕事も看板だ。しばらくすれば、自室に戻って好きな曲を聴きながら健やかに眠れるというもの。

 同僚と軽口を叩き、緊張していた身体をほぐそうと揺すり、生欠伸に身を委ねる。

 

 ――――そして、夜闇に紛れて到来したミデアの着陸を待ち侘びている時に、ソレは来た。

 

 圧倒的な速度で戦闘区域に到着した識別不明機(アンノウン)は、遭遇したアレックス軍曹のジムを真正面から両断し、モビルスーツが爆炎を発する前に飛び出すとサマナ・フィリス准尉のジムが応戦するのをせせら笑うようにジグザグに移動して回避する。

 サマナ機はシールドを投げつけその間にビーム・サーベルを展開、敵のヒート・サーベルと切り結ぶが、見せびらかすように抜き出たもう一本のサーベルで膝から切り捨てられ、電灯を巻き添えにしながら横倒しとなり沈黙した。

 僅か二〇秒の内にジムが一機撃墜、一機が中破されたモルモット隊は、迎えに来た筈のミデアが行方を眩ませた事で連戦する羽目となり、更に二〇秒が経過した頃には、フィリップのジムは左腕がシールドごと溶断され、目の前で爆発拡散した榴弾の影響か足回りの感度が悪くなっている。

 それでもフィリップは遮二無二操縦桿を動かし、四つのフットペダルを複雑に踏み込む。

 

「何なんだ、こいつァ一体ィ!?」

 

 ジムは残った右腕で迫るヒート・サーベルを捌き、握った九〇ミリマシンガンを撃ち放つ。

 かつて教官の”しごき”に対して「いつか殴り殺してやる」と血反吐の思いで必死に修得した機体操作は、今正にその本領を発揮している。銃口が定まるは回避なぞ許さぬ必殺の距離だ。

 機動力が何処まで上がろうと、瞬間的な攻防の結果は抗えない。

 機動戦闘は一気に畳み掛けるか、次なる手を仕掛けては読み、また返す応酬となる。

 今この時で言えば、フィリップが相手にチェックメイトを仕掛けたのだ。

 敵モビルスーツがどう機体を逸らそうと只の悪足掻きに過ぎず「鉛弾を腹一杯食わせてやる」と彼は勝利を確信していた。

 

 しかし、今日まで死神の鎌から逃げてきたが、遂に鎌の刃先はフィリップを捉えたのか。

 マシンガンから発射された弾丸は敵機の僅かに前方を通り過ぎ、濛々と煙を上げる基地施設へと吸い込まれ、破砕音と炎の舌を大気へ伸ばし崩壊した。

 撃破したと思っただけに、フィリップは次の動きが遅れる。

 だが、それは仕方がないと言える。彼にとってはあり得ない結果だったのだから。

 

「避けたっ? この距離でか!?」

 

 弾丸が放たれる直前、マシンガンの銃身を剣の柄で押し上げ射角を操作されたのだ。

 精密な、人間的な小細工にフィリップは唖然とする。その間も敵から発せられる攻撃を躱せたのは彼がただのパイロットではない証左だ。

 しかし、土壇場の底力で戦っていたフィリップの呼吸は先ほどの「受け流し」で乱れてしまい、致命傷は避け続けるものの彼を仕留めんと閃く二本の顎にじわりじわりと追い詰められる。

 

「ちっくしょう! 俺はぜってぇ死んでやるもんかいっ!」

 

 それでも諦めない男フィリップは、失った左腕の代わりにジムの頭部にある六〇ミリバルカンで牽制し、無理矢理作った隙間を通るように後退する。

 現状は完全にフィリップが不利である。その事は本人自身が痛いほど分かっていた。

 片腕を失ったことで予備マガジンと交換することもできない、今しがたの機動でアポジモーターが音を上げたらしく、サブディスプレイにあるジムの自動診断機能が警告音を発し、早急な基地への帰還を打診している。

 帰れるなら今すぐ背を向けて走り出したい。

 が、それはできない相談だった。

 状況的なものもそうだが、転倒したままのサマナを敵前に放置できず、殺されたアレックスの仇を討つ気持ちがフィリップにはある。

 同僚達には「生きてナンボよぉ!」と謳う男だが、フィリップは義侠心のある男でもあった。

 モルモット隊に課された制約もあるが、彼自身も撤退を拒んでいた。

 

「くそったれの、宇宙人野郎めっ!」

 

 自身が知っている以上に、フィリップ・ヒューズという男は仲間思いの奴だった。

 そう、それだけだ。

 それだけのために、彼はまだ夜の帳の中で自壊寸前のジムを立たせ続け、己を奮い立たせる。

 敵のモビルスーツが右のサーベルを振るえばバルカンで退かせ、左のサーベルを横に滑らせれば只の鈍器と化したマシンガンの銃身で敵の拳を殴る。

 銃口部が完全に埋没したマシンガンを敵へ放り捨て、断ち切られる様を見届けた。

 ランドセルからビーム・サーベルを抜くも、状況が好転する事はなく。

 

「うぉぉぉォオオッ! 早く起きやがれっ、サマナ! 死にてぇのか!?」

 

 彼は焦る。

 死の恐怖に屈したから?

 否。この男は、そんなものでは膝をつかない。

 勝てない相手に根負けしたから?

 重ねて否。フィリップ・ヒューズは勝敗、己の限界を既に理解してる。

 では何故、彼は焦るのか。

 

「くそっ、オーバーヒートかよ! ハッ、ザマァねぇな……」

 

 フィリップ・ヒューズはただ、これ以上場を持たせられないことに、焦ったのだ。

 彼は緊迫した中でも、機体状況を把握しながら戦闘していた。

 敵の攻撃を回避して凌ぐ間に機体内の発熱が冷却能力を上回り、パイロットよりも先にモビルスーツが陥落したのだ。機動力の著しい低下は即ち死を招く。

 硬いもの同士が衝突する音がコックピットを揺らし、内臓を背中に置き去りにされたような感覚に呻いた末に、彼は地面に叩きつけられたのだと漸く理解した。

 今更になってシートベルトの肩と腹に食い込んだ痛みが迫り、歯の根から嘆きが漏れる。

 相変わらずな高熱源体接近と機体損傷拡大の泣き声が想像以上に騒がしく、まるで下手な合唱のようだと彼は思う。

 

「ったく、お目覚めの警告音(アラーム)が、ここまで五月蝿いモンとはなァ」

 

 ぼやけた視界の中でフィリップは笑った。

 罅割れ亀裂が走ったディスプレイに、重量感を表す太い脚が踏み出る。

 蒼い脚部のそれは、バランス感覚が狂ってるのか側面部にミサイルなんぞを装備していた。

 それもただのミサイルポットではない、六連式だ。

 スマートな外見のジムを扱うフィリップにしてみれば、態々無駄な重量をこさえているようにしか感じられない。機動力を損なう所か下手すれば転倒するようなものだ。

 ジムのカメラを上げれば、腕部に榴弾を射出する機構が見え、その先の手には高熱発生器の剣が爛々と熱気を放つ。

 

「オイオイ。蒼い肌してんのかよ、今時の宇宙人ってぇのは」

 

 蒼い巨人は何か意味があるのか、両肩を赤く染め上げていた。

 それは、敵の返り血を浴びたと、そう言いたいのか。

 きっとパイロットは自信家で、傲慢な鼻持ちならぬ奴に違いないとフィリップは嗤う。

 一向に攻撃して来ない相手を訝しんだが、次の動作で彼は理解した。

 

「こンの野郎、いい趣味してやがるぜ……」

 

 蒼い敵モビルスーツは、恐らくフィリップがカメラで見上げるまで待っていたのだ。

 でなくては、殊更ゆるゆると右手を振り翳し、ヒート・サーベルの先をジムのコックピット部に狙いなぞつけまい。

 敵は手間を掛けさせたフィリップを串刺しにし、勝利の余韻を十分に味わう積もりなのだ。

 

「典型的なサディスト野郎だ……噂と本物は違うなァ、『蒼い獅子』サンよォ?」

 

 蒼いモビルスーツと操縦に長けたパイロット。

 数日前に北米大陸に渡ったとされる、ジオンの『蒼い獅子』。

 その情報を作戦前に聞いていたフィリップは、目の前に存在するこのモビルスーツとパイロットこそがそうだと決め付けた。

 でなれば、ジオンのザクより高性能のジムがこうも手玉に取られて堪るかとも。

 

「何が、英雄だ。ただの人殺しの、クズ野郎じゃねぇか……!」

 

 夜空に掲げられたサーベルの狙いが定まったとき、フィリップ・ヒューズは吼えた。

 アジア方面での住民に慕われるという噂もでっち上げで、実際は恐怖で従えているに違いない。

 でなければ、地球にコロニーを落され苦しい生活を強いられた連邦市民が靡く筈がないのだ。

 モビルスーツの腕が止まり、刺し殺されると悟った瞬間。

 

『――――フィリップ、応答しろ!』

 

 蒼い機体の右腕にマシンガンが食い付き、拳ごとヒート・サーベルの発生器を破壊する。

 爆音を共に突進してきた白い影を左のヒート・サーベルが迎撃するが、衝突音と軋む唸り声がフィリップを励ます。カメラの前で土煙と激しくダンスする乱入者の事を、彼は良く知っていた。

 蒼いモビルスーツは右腕のグレネードランチャーを向けるが、打突用シールドがその手首を突き上げ射角を殺し、続けざまにマシンガンの小気味良い音が響き渡る。

 

「まったく、おせぇんだよ……」

 

 思わずぼやいてしまったが、フィリップは戦闘に突入した時の状況は分かっている。

 フィリップ、サマナ、アレックスが蒼いモビルスーツに遭遇している時に、彼は一機でザク三機を相手にしていた。腰の予備マガジンがない所を見るに弾倉が空になるまで撃ってきたのだろう。

 右手を失くした蒼いモビルスーツに、到来したジムは果敢に圧力を強いる。

 両脚のミサイルを封じる為に肉薄し、小火器程度しか使用できない間合いで戦闘継続するスキルは素直に流石だと思わずにはいられない。

 ジオンのエース級がやりたい放題した分だけ、モルモット隊のエースが敵の包囲網を壊滅させて戻って来た。

 

「わりぃが……ちっとだけ、休むぜ……ユウ」

 

 不吉な両肩を持つ蒼いモビルスーツに危なげなく激突するジム。

 抜刀したビーム・サーベルと残るヒート・サーベルが暗闇の中でエネルギーをぶつけ合い、眩い光源として戦場を照らす。フィリップはヘルメットのバイザーに感謝しながら、意識を手放した。

 突撃に無理に当たらず一旦退く蒼い敵機を更に押し出し、倒れ伏す友軍機から距離を稼ぐのは先に相手にしていたジムと比べ、同性能とは思えないほど機敏に動くモビルスーツとパイロット。

 両腕の射出口から出るグレネードは建物の倒壊跡を作るだけで、新手のジムには通用しない。

 まるで俊敏な相手と何処かで出会ったかのように、フィリップよりも多段な引き出しと踏み込みでジムを凌駕する蒼いモビルスーツと互角に渡り合う。

 

 かつてアジア方面で()()『蒼い獅子』と遭遇し、生存したパイロットの片割れ。

 第11独立機械化混成部隊のユウ・カジマ少尉は、再び蒼い機体と対峙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルティエの内偵? ……姉上は、自身の部下を何だと思っているのか」

 

 キャリフォルニア・ベースの執務室にて同基地最高責任者であるガルマ・ザビ准将は、此処より遠い月面基地で指揮を執る姉を静かな怒りをもって批判した。

 サングラス越しに室内の調度品を眺めながら、その声を受けるは長身痩躯の男。

 突撃機動軍特務編成大隊責任者、ヒュー・マルキン・ケルビン情報局大佐。

 大佐の地位にある人間が、若くとも方面軍を束ねる青年に対してとる態度ではない。

 そのあからさまな態度が鼻につくと同時に、何かを釣り上げようと画策しているようにも見え、警戒心をざわめかせた。

 

(以前メルティエを直属にしたいと申し上げた時の意趣返しの積もりか?

 いや、ならば北米への援軍を打診した時点で断るだろう。何が狙いなのだ……?

 そもそも、私から内偵の許可なぞ取ってどうするというのだ。一時的に指揮下に入ってもらうが、メルティエの上は依然として姉上の筈だろう。それに、私が内定を認める訳がない!)

 

 上司部下の間柄以前に、ガルマ・ザビにとってメルティエ・イクスは恩師だ。

 ガルマは地球に降りて以来、様々な角度から自身の思考を改めさせられた事がある。その起点や場所に居たのがメルティエという男だ。そうでなくとも共に戦場を駆け、背中を預けた二人の仲は他者が思う以上に堅い絆で結ばれている。

 銃火飛び交う前線を維持し、突撃力に長けたメルティエ。

 一歩引き全体を見る眼を養い、指揮能力を上げたガルマ。

 ヨーロッパ、アジア方面で武名を馳せた両者は、能力が高いものに有りがちな競争心に踊らされることなく、反目する所か合力して基地攻略と防衛ラインの選定に動いた。油断もなく縫い目すら見せぬものだから、当時の連邦方面軍が恐れたのも無理からぬことであった。

 その後も変わらず、北米大陸に残ったガルマとアジア方面へ戻たメルティエは、距離など関係がないとばかりに情報交換や物資のやり取りを行い、間に入る隙間がないほどに更なる信頼と信用を構築した。北米と南米の戦線が停滞したというのに真新しい敵情と細かな対応がとれた理由の一部がここにある。

 メルティエも規模こそ異なるものの拠点を有するに至り、一角の人物となった。

 両者の志向も似通った部分がある今では、公然に盟友と呼んでいいだろう。

 友誼を交わす男の内情を探るなど、ガルマに許容できる儀ではない。

 

「どういう事か、答えてもらいたい。ケルビン大佐」

 

「は。どういう事か、と申されましても。小官には答えられぬ問いでございます」

 

 慇懃な姿を晒しつつ若き雄を観察する壮年の佐官に、ガルマは苛立ちを隠さない。

 否、隠すことができないと言える。

 士官学校で苦楽を共にした気が合う友人、シャア・アズナブルとは異なる友情が、メルティエとガルマの間には在るのだ。

 能力を高め合ったライバルとは違う、互いを尊敬し合う関係といってもいい。

 不可侵の領域とは、こういう事を指すのだと彼は思う。

 其処へ土足で踏み込んできたのだ、この姉の部下は。

 到底許せるものではない。個人の友人としても、信頼に足る部下としてもだ。

 無礼な目前の男もそうだが、諜報部を有するキシリアも何かと黒い噂が絶えない。

 当初から怪しかったヨーロッパのマ・クベ大佐も何事か動いていると聞いている。

 

(……突撃機動軍の人間は信用できない。誰も彼もが好き勝手に過ぎる)

 

 好き勝手の度合いで鑑みれば件のメルティエも相当なのだが、彼が私腹を肥やす人間ではないと理解している。部署を越えた情報交換や敵鹵獲品の提供も、本来ならば軍規を乱す事に繋がりかねない問題なのだが、危険を孕みながらも貢献してくれた事実を蔑ろにはできない。

 何より個人的に好いている所が弱点だが、その甘さも受け入れている。

 彼に出会い、人生観すら広がっているのだから。感謝こそすれ恨む事なぞある訳がなかった。

 

「正式な指令書ならばともかく、メッセンジャー程度で動けるとでも?

 逆にケルビン大佐、君が今後の作戦に支障をきたす為に派遣された諜報員、とも言える訳だが。これについてはどう抗弁するのかね?」

 

「これは痛い所を突かれました。正式な書類一式を携えていない私には説得力がありません。

 かわりに、メルティエ・イクス大佐はガルマ閣下が北米に招聘した人間。どちらを信用するかと問われれば、私もイクス大佐を推すでしょう」

 

 淡々と語りながら、癇に障る笑みを口元に浮かせる男。

 ヒュー・マルキン・ケルビン情報局大佐は油断ならぬ食わせ者かもしれない。

 執務席に腰を下ろしたまま、ガルマはまた警戒度を上げる。

 

「ですが、イクス大佐は色々と問題を抱えていましてね。

 ガルマ閣下もお分かりの筈です。今の特務遊撃大隊ネメアは戦力が整い過ぎているのですよ」

 

「それが何か? 彼は自ら矢面に立って敵軍戦力低減に尽力している。

 整い過ぎていると君は言うが、彼らが手を尽くし戦力を増やしていただけだろう」

 

「……ガルマ閣下。我が方の事で誠に恐縮なのですが、少しお教えしましょう。

 私が属する突撃機動軍という組織はキシリア少将より様々な役割を与えられています。

 名に特務が付く部隊はその傾向が強い。キマイラ然り、ネメア然りです」

 

 真面目に語り始めたケルビンにガルマは耳を貸す。

 だが、若い司令官は表情を消していた。

 

「我らキマイラは少将自ら初期メンバーを選抜され、続く構成員も職種に長じた者達で固められています。キシリア少将からの特殊なオーダーを受理する為の専用スタッフのようなものです。

 ネメアも同様ですが、こちらは初期メンバー及び宇宙側から送った補充以外全て現地調達で員数を確保している部隊です。その中に連邦軍諜報員が居る可能性もありますし、声高に申し上げられませんが、イクス大佐は身近な所にダイクン派が多過ぎるのですよ」

 

 饒舌となったケルビンを、ガルマは机の上で手を組んだまま眺める。

 それを話を聞く姿勢とみた壮年の佐官は、ただ一人の拝聴者へ言葉を贈る。

 

「戦線が停滞したこの時期に内部から問題事を起こしたくない、と。

 無論、イクス大佐が潔白だと証明できれば何も起きたりはしません。その為にはまず、調査の手を入れなくては何事も先へは進みませんので」

 

「わかった。君達キマイラが北米で独自の活動を取る事を認めよう。

 但し、幾つか条件を加えさせてもらう」

 

「条件ですか。伺いましょう」

 

 サングラスの奥で眼が細まるのを感じながら、若獅子と友誼を結ぶ青年は告げる。

 

「まず第一に、北米での行動は認めるが便宜を図ることはない。

 第二に、私の命でイクス大佐が行動している際は接触すること禁ずる。

 第三に、調査で知り得た事を私にも報告すること。

 以上、三つの条件だ。」

 

「ふむ。なるほど……独自行動は自己責任の範疇で。

 ガルマ閣下の指示でネメア隊が作戦行動している時は同行も許可しない。

 北米での行動は全て報告せよ、と言う事ですか」

 

「特に問題はあるまい。

 君達突撃機動軍は私の指揮下にない。キシリア少将麾下部隊であるからね。

 私が任されたここ北米で行動を取るならば、当然報告は上げてもらわねばならない。

 既にイクス大佐とネメア隊は私の指揮下にある。作戦行動中に割って入られるような事をされれば支障をきたす恐れもあるのでな、こればかりは罰則も発生すると忠告しておくよ。

 ……私の発言と条件に、何か問題点はあるかね?」

 

「いえ、至極真っ当な話です。条件のことは了解致しました」

 

 今の問答でケルビンは正しく理解した。

 ガルマ・ザビの最大の支援者はザビ家だろう。それは彼の血筋と御家から寄せられる期待と信頼からみて確実だ。国民から愛され、実力ある功労者なのだから至極当然と云える。

 では、この若い傑物の協力者は誰か。

 

「近々大きな作戦が控えているのでね、余り手広くしてもらいたくない。

 ケルビン大佐ほどの人間なら、解るだろう?」

 

 穏やかな笑みを口元から覗かせ、一つ頷いてやる。

 ガルマは執務席からそのまま、敬礼を済ませ去るケルビンを見届けた。

 執務室から通路を静かに、澱む事無く進む男の顔は確信に彩られている。

 愉悦と評してもよいだろう。

 なにせ彼は『ジオンの将器』と称えられる青年を観察できたのだから。

 

(メルティエ・イクスを封殺すれば、ガルマ・ザビは大々的に動けない。

 事が始まる前に信頼が厚く、信用がある男がダメージを受ければ歩を鈍らせる。

 大隊指揮官の不在程度ならば、その部隊を併呑して采配を振るえるのだろう。

 前線指揮官が足りないならば、キャリフォルニア・ベースの人材を投入して埋めるのだろう。

 それだけの地力と手数が此処にはある。ガルマ・ザビが創り上げた精鋭部隊がな。

 だが、限られた切り札は何処で補充する?

 地盤と駒を相当数持ち込んだ能力は高く評価できるが、ここぞとばかりに叩き付ける鬼札は揃えることはできただろうか?)

 

 軍靴が通路に響く。

 北米方面軍直轄基地の中を、突撃機動軍特務部隊の男が遮るものなしとばかりに進む。

 

(闇夜のフェンリル隊、ゲラート・シュマイザー少佐は突撃機動軍属の実験部隊。

 彼らの機材と戦力は設立目的と遊撃が主なことから過剰戦力を有することはできない。

 『青い巨星』ランバ・ラル大尉とその麾下部隊も同様だ。

 困ったライオンが秘密裏に陸戦艇とモビルスーツを譲渡したようだが、戦力増強の為と言ってしまえば宇宙攻撃軍は反対できない。無償でもらうのだからな。

 イアン・グレーデン大尉の戦闘支援小隊もネメア隊からの運用データで砲撃機のアップデートを済ませていると聞く、中距離以上からの火力支援ならば期待できるのだろう。

 派遣したジャコビアスも狙撃機動小隊を任され、どうやら上手くやっているらしい。

 其処にもネメア隊の運用データが絡んでくる……ご苦労な事だ)

 

 階層ごとに設けられた複雑な通路を歩き、迷わず駐車スペースに出る。

 職務熱心な巡回士に階級章を提示し、エレカーに乗り込み一息吐く。

 ケルビンは部下を伴わずキャリフォルニア・ベースに居る。単独で行動するなど、彼の階級からすれば余りにも軽率過ぎるが

 

(そう。メルティエ・イクスがガルマ・ザビの協力者、いや最大有力者か。

 ()()()()()を教育し、鍛え上げ、非の打ち所がない指揮官を――――自身の隠れ蓑を作った。

 単なる善意と敬意でそこまでやれるとは到底思えない。損得なしでできる訳がない。

 でなければ、キシリア・ザビに警戒される所以がない……ふふっ、恐ろしくも滑稽な男だ。自らの行いで監視の目を強化させるとは、先見性がある人間とは到底言えんな。

 我が方に多大な貢献をもたらしたとはいえ、『蒼い獅子』は所詮武一辺倒な成り上がりの男。精々点数稼ぎに使わせてもらうとしよう。

 戦力と拠点を有し、地位ある人間との間にコネを作った。その上で腹に何を抱えているか知らんが、中身を暴かせてもらおうか。キシリアからの覚えが良くなれば、建造している「ミナレット」のアクセス権を有する私の影響力がやがてキマイラを統率する。

 幻獣が相手では、いかにジョニー・ライデンと言えど聊か心許ないのでな)

 

 ケルビンは何事もなかったかのようにキャリフォルニア・ベースを去る。

 しかし、彼はエレカーを追跡する視線を察知できなかった。

 確かにケルビンは追跡者を惑わす手段を講じていたし、進路は迂回ルートを取り、巧妙に群衆の中へ紛れ込んでいた。

 エレカーも一般車両と同じものを利用していた。特別なものはないが迷彩は周りが勝手にしてくれる、そうしてケルビンは行動の隠密性について妥協していた。

 車内では当然視界を制限され、距離を取らなければ目の高さ以上のものは視界に入りづらい。

 軍事基地であるキャリフォルニア・ベースも近く、航空機の騒音もそれなりにある。

 その中に混じる音を感知しろ、というのは酷な話であろう。

 ケルビン本人もモビルスーツパイロットであったが、航空機の音調など知らないのだから。

 遥かに距離も離れていれば、聞き覚えのあるモノアイの作動音も分からない。

 

『目標を捕捉、追跡を再開します』

 

「了解。位置取りも大事だが、連邦との境界線にも留意しろ」

 

『任せてください、小隊長。……第二班と情報リンク完了しました。

 ポイント地点通過後、帰還します。』

 

 モビルスーツのコックピットで指揮を執るジャコビアス・ノード中尉は、久方ぶりに見るかつての上官に然したる感情も表れぬまま指示を出す。

 部下のザクIIから送られる高々度からの地上映像を眼に入れながら、追跡機として出したモビルスーツを載せるドダイの推進残量を確認した。

 上空から監視されている事に気付かないケルビンに、ジャコビアスはただ淡々と計器チェックをするだけだ。

 ふと脳裏に過ぎるものも、

 

(ジョニー達は上手く地球の重力とやれているのか。まぁ、辟易しているだろう。

 最近は境界線上に連邦軍らしき影が伸びている。私達が連中と合流できるのがいつ頃になるかは読めんが……あの腕白小僧とお転婆娘の躾は望むべくもない、か)

 

 追跡対象ではなく、自分の家族達に関するものだけだった。

 彼らは幻獣(キマイラ)。架空の獣足れと命を受けた人間達である。

 その彼らが、家族以外に情けを掛ける事はなく。

 ジャコビアス・ノードは、標的と成った男の行き先を只々追うだけだった。

 

 誤解、という現象は如何なる状況でも自らを死地へと投げ入れる。

 ケルビンは一つ、痛恨の誤りを抱えていた。

 過去少なからずザビ家の情報を得てしまい、評価を下したのがケルビンの限界と云うべきか。

 ガルマは既にサイド3で育てられた坊やではない。

 先ほどの会話でガルマが瞳に宿すもの。内で熱を孕んで燻り、しかして冷たく覆うもの。

 幻獣であるキマイラ、想定敵と認識する『ネメアの獅子』と其処へ集う”群れ(プライド)”を飼うキシリアが同色の瞳と温度だと気付けず、見過ごした。ケルビンが無自覚に「ガルマは下の人間」と認識していた故の事故だ。だが、看過できない事実でもある。

 他人が踏み込んではいけない、交渉に使ってはいけない所に触れてしまったら。

 その不快な蟲をどうしてやるか、彼は己の主人であるキシリアの下で知っていた筈だった。

 

 権謀と政治寄り、支配者の思考をとるヒュー・マルキン・ケルビンは知らない。

 ガルマ・ザビとメルティエ・イクスの間に在る、上下関係を越える繋がりを。

 共に戦い生き抜いた者達の、絆の固さと情け深さを知らなさ過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしい……書き直しても「ジャコビアスの搭乗する狙撃仕様ザクに射殺されるケルビン」が何度も何度も出てきてしまう。何たる登場>退場の鮮やかさよ……!
こいつは事件だ(謎)

モルモット隊の話は然程問題なく書けたのに、ガルマとケルビンの話がまとまらなかったんだぜ(即退場過ぎて)。
……殺意高いなぁ(他人事)

では、次回もよろしくお願いしますノシ

※アンケートは今週の土曜日で締め切ります。気になる方は作者の活動報告へドウゾ※


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第63話:再会と回帰

 

 今はシャア・アズナブルと名乗るキャスバル・レム・ダイクンは迷っていた。

 いや、彼の過去を思えば漸く迷いを持ったというべきか。

 

 幼少時の彼は故国を追われて以来、父の側近ジンバ・ラルの保護を得て地球に移り住んでいた。キャスバルは父と生活環境を奪われた恨みよりも、生きる母親との別離に妹アルテイシアと同じ、あるいはそれ以上のストレスに苛まれていた。

 偉大な指導者と言えど、立場から万全の愛情を注ぐことができなかった父ダイクンより、惜しみなく深い感情を寄せて抱いてくれた母アストライアを慕うのは子供として至極当然のことだった。

 父の急死から今まで暮らしていたサイド3を去る時に比べ、父の知己に囚われ籠の中の鳥として過ごす母を偲ぶ気持ちの方が遥かに重く、辛い。

 亡き父は、確かに国民から愛され慕われる稀代の革命家であったのだろう。

 だが、子に「一人の父親」として接しその大きな手で抱き上げてくれたことは、果たして何度あっただろうか。常日頃「ジオンの指導者」として振る舞い、衆目に身を置く事で生の充実を滾らせてはいなかっただろうか。かつての「人類の救世主(イエス・キリスト)」が生誕と我が子を重ねていた節もあり、長じて自己を高みへとおいやってはいなかっただろうか。

 疑問は疑念を呼び、疑念は不審を招き、不審は不信を育てる。

 水面下でうねるキャスバルの感情は、失脚させたザビ家への恨み言をつのらせるジンバによって「人間への不信」へと昇華し、キャスバルは何処か他人を醒めた目で見るようになる。

 この目線の違いを「落ち着いた子供」と捉えられ、「相手の話をよく聞く若様」と大人達に称えられたキャスバルの心境は如何程のものか。

 過日にアストライアが独り寂しく世を去り、再会を果たせず親の死に目にも会えず終わった事で、ダイクンの遺児が他者との隔たりを更に強固なものとするのは自然な成り行きであった。

 これが非力な自身への怒り所以なのか、それとも自分達を翻弄する運命に対するものなのかは、いかに聡いキャスバルといえどまだ掴み切れずにいた。

 

 そうした最中で人間不信に陥ったキャスバルが心を許せるのは、アルテイシアと彼ら兄妹に似た境遇の少年だった。

 彼ら三人は共通して親を喪う、大事な存在を失った虚無感に真実触れた。

 同じ位置に居たから、心を理解できたからこそ当人同士分かり合うのも早かった。

 彼らの仲を取り持つものは辿って来た道筋であり、その先を照らすものすら似ていたから距離が縮まったのか。同じ目線の人間に飢えていたからなのかは、彼らだけが知る事情である。

 揺るがない共通点は、大人の事情に振り回されている、という点だろう。

 ラル家次期当主のランバが引き取った養子に関心がなかったジンバは、ダイクンの遺児達と懇意の少年を視界に入れ、其処で初めて存在を認識した。其れほどまでに他の事に夢中で、思考を割く余裕がなかったのだ。ジンバにとって、今はダイクン急死の騒動とザビ家との確執で揺れる最中であり、降って湧いたように現れた子供のことなぞ眼中に入る筈がない。

 勝手に養子縁組を済ませた息子へ憤りを吹かせるが、それだけだ。その行動だけで養子とはいえ孫となる少年の存在はジンバにとって消失した。

 それを哀れに思ったのか、もしくは好ましくない優越感を覚えたのかキャスバルはジンバの話に耳を傾けるようになった。この老人を祖父と呼べない少年に同情したのかもしれないし、何かしら感情を挟むことで思う所があったのかもしれない。

 問題なのは「老人の話を内に留め置いた」事にある。

 無意識に聞き逃し、流していた呪言を記憶に残してしまえば、其れは項目によっては長く最新の情報となる。そして、キャスバルは才覚を評すれば類稀な傑物であり、記憶力も恵まれていた。

 彼の記憶に老人の言い分が刻まれ、世間でザビ家の圧政が専横を極めたと話に上がれば、過去と現在の情報が統合され加味した結果が「シャア・アズナブル」である。

 どのような形であれ関与していた事は揺るがないと信じれば、手どころか目の届かない所で親を失い、醒めた世界に放り出されたキャスバルの情が、その矛先が鋭く指し示す相手は限定された。

 

 であればこそ。もうすぐ望まぬ境遇を生んだ一族の首元へ、己の指先がかかるというのに。

 自分達兄妹と同様に喪失を体感した、共感を得た幼馴染はやめろという。

 復讐者と化していたシャア・アズナブルはこの制止に対し手酷い裏切りだと、馴染みある人間といえど所詮他人でしかなかったのだと切り捨てようとして。

 嗚呼、しかしこの友人は――――メルティエ・イクスは利己的な人種ではなく、義心の愚者であったとキャスバル・レム・ダイクンは憶えていた。

 

「ならば……どうすれば、良いと言うのだ?」

 

 今此処に『赤い彗星』シャア・アズナブルを知る人間が居れば驚いたに違いない。

 士官学校で友人の間柄となったガルマ・ザビすら知り得ない表情と声音を、苦悶に歪ませて助言を請う姿なぞ想像もつくまい。

 それほどまでに世間で知られるシャア・アズナブルは超然とした存在であり、出来人であった。

 優秀な軍人を演じるキャスバル・レム・ダイクン自らが友と――――家族と認めた男に頼る。

 用意してくれた赤いモビルスーツ、そのコックピットの中で、キャスバルはシャアの仮面を外していた。胸中を吐露する時何処かへ落としたように、彼は本来の人間に戻りつつあった。

 

「復讐鬼と化したならば、俺の声なぞ届いていない筈だ。聞く価値すらないのだから。

 ……まだ迷いがあるのなら、今しばらく抑えてはくれないか。行動を起こしても”正当な復讐”だと云えるものが不足しているように思える。いま実行すれば、正当なジオンの後継者よりも単なる復讐心に踊らされたテロと大差がない。多少の同意と同情は得られようが、其処までだろう」

 

「……私が親の仇を討つ。それだけでは終わらないのか?」

 

 キャスバルが問うと、メルティエは静かに頷いた。

 

「それは問いかけではないな。お前の事だ、理解しているのだろう。

 自己満足を満たす為だけに復讐を果たすなら、お前が言う親の仇を討つ、それだけで足りる。

 だが、ヒトの人生は其処で終わるものじゃない。その先が()()には必要で、必然のものだ。

 敵討ちだけで終わるなら、お前は逃亡の先で生を終えるだろう。

 それ以外を望むなら恐らく、ダイクンに近しかった者達が後継者として推すに違いない。血筋と素養をキャスバル自身が、確固たる名声をシャアが満たしているからな。ザビ家を排斥したい立場の人間が見逃すはずがないだろうさ」

 

「私は父に成り代わる積もりも、国民を背負って立つ訳でもない。……その勇気もない。

 父と違い人を導く事への情熱がないのかもしれん。隊員を預けられ率いて戦っているのも、軍人という在り方を模倣し、意外にも苦ではなかったからだ。

 ダイクンを望む人々には悪いが、私は御輿も旗役も御免こうむる」

 

「別に今此処で決める事ではないだろう。そういう流れも現れるという話だ。

 無論、シャア・アズナブルという軍人のままでいるのならば関係はないだろう。ジオン公国の『赤い彗星』として生きるなら、所謂たらればで終わる。そういう類のものだ」

 

「ザビ家を打倒すれば()()()()を望まれ、ジオンの尖兵として生きれば」

 

()()()()()が死ぬ、だろうな」

 

 ふと気付けば、二人は拳銃を下げていた。

 狭いコックピットの中で心臓を狙い合っていた両者は、今や共通の難題に悩む同志であった。

 負いたくもない役割を架せられるか、それとも過去を白紙にして仇敵に使われる道へ進むか。

 ともあれメルティエという相談相手を()()()()()キャスバルは、久しく忘れていた緊張の抜き方を思い出したように息を吐くと、

 

「だがしかし、まだ先の話か」

 

 メルティエにとっては懐かしく頼もしい、あの不敵な笑みを浮かべた。

 いつも難題をすらりと答え、課題をいとも簡単に終わらせては先を行く少年だった彼へ。

 

「そうだな。当面の問題をこなしてからの、先の話だな」

 

 温かみのある笑みで同意する灰色の男は、やはりキャスバルが唯一認めた人間のもので。

 男女の仲にあるララァ・スンにも踏み入れさせていない領地を闊歩し、副官のドレン以上に寄せられる信頼は過日の分だけ厚く揺らぐことがない。

 それは男同士の友情であり、互いにかけがえのない存在と認める故に。

 

「すまないが、私に時間と力を貸してくれ。自分が納得した上で事に当たりたいのだ。

 これを有耶無耶にして動けば、取り返しのつかない問題になりかねん」

 

「取り返しのつかない問題か。確かにそいつは不味いな。ならば時間を掛けて答えを出してくれ。後悔しないで済む最良のものなら尚良しだ。

 できればアルテイシアが怒らないヤツを頼みたい。あの子は怒ると宥めるのが大変なんだ」

 

 わかるだろう、と口元を歪ませる幼馴染にキャスバルは呻いた。

 小さい頃からアルテイシアは聞き分けの良い妹だったが、三人で行動するようになってからは他愛のない我が儘をするようになっていた。

 整った顔立ちや佇まいから「人形のよう」と称されていた妹からすれば、喜怒哀楽の感情を少しばかり素直に出すことはむしろ歓迎すべき変化ではあったのだが。誰の影響か少し腕白に、というか人を引っ張り回す行動力にキャスバルも驚かされた。

 分別のある大人に成長したとしても、行動力は変わらないと兄は見ている。

 なにしろ、軍を抜けろと諭しても兄を止めるために軍艦に居座り、モビルスーツを動かして出てくるのような妹なのだ。奇しくもキャスバルの見立ては間違っていない。

 彼は知らない事ではあるが、その妹が乗るモビルスーツを倒し奪取したのはメルティエである。

 

「善処はする。だがな、万人が受け入れられる話なぞ出来る筈がないだろう?」

 

「ふむ? じゃあ、こうしよう。あの子が泣かなければいいさ」

 

「……善処はするさ」

 

 そう言い、ヘルメットとマスクに触れるキャスバル――――シャア・アズナブルに、メルティエは苦笑した。その所作で()()()()の会話は終わりと分かったからだ。

 モビルスーツのマニュアルを手にする彼から視線を外し、コックピットから出ようとしたとき。

 

「メルティエ!」

 

「――――ぐおっ!?」

 

 何かを察知したシャアから警戒を含んだ声を掛けられ、一拍も置かず身を屈めたメルティエの首に圧迫が生じる。筋肉が引き絞る音と共に狭まる喉はすぐに息苦しさと血流を阻害する力に悲鳴を上げ、メルティエを苛んだ。

 一瞬背後から首絞めを受けていると考え、肘打ちをするも空振る。背後には誰もおらず、しかし首はそのまま締め付けられている。

 不可思議な事態に陥ったメルティエは空間が爆ぜるような、何かが破裂する音を耳にし、続いて抗え切れないほどの力で後ろへ引っ張られた。

 

(ここは、モビルスーツの、コックピット位置――――墜落させる気か!?)

 

 浮遊感に襲われるメルティエの目前でシャアが拳銃を構え、やや斜め上にずれた先へ銃口を向けるが制止の手が出されその動きを止める。

 此処が艦のモビルスーツハンガーの中であり、発射された弾丸がもし対象を外せば空間内を跳弾し機材や設備に当たる可能性を恐れた為だ。

 

「撃つ、な!」

 

「しかし! チィ!」

 

 問答の間にメルティエが乱入者と共に飛び、残されたシャアも拳銃を片手に遅れてコックピットから出る。珍しく焦る彼の脳裏に横切るのは、軍の諜報部がシャアかメルティエのどちらかに探りを入れていたのかもしれないということ。

 今の会話を聞かれていたとすれば、キャスバルその人であるシャアが危ういのは勿論、協力的な態度を取っていたメルティエも同様だ。

 

(むざむざ失ってたまるものか!)

 

 キャスバル・レム・ダイクンにとって、メルティエ・イクスという男は理解者であり。

 『赤い彗星』にとって、『蒼い獅子』は競い合うに足る強敵である。

 得難い友人を二度と奪われてたまるかとシャアは彼の姿を探し、

 

「む!?」

 

 眼下にいる多数の陸戦隊員とその銃口を相手にし、動きを止めた。

 自動式小銃と防弾装備で身を固め、モビルスーツデッキを囲むのはネメア隊の陸戦隊だ。

 彼らの長であるメルティエを救助する為に馳せ参じた、というものではないことはシャアを注目する数と対応から分かる。つい先ほど展開した速度ではないからだ。

 

(動きが早過ぎる……いや、メルティエが私を裏切ることはない。アレはそういう男だ。

 であるならば、盗み聞きした人間がいるか。もしくは)

 

 シャアは視線の先にあるものを収め、口角を上げた。

 モビルスーツのコックピットを見上げる中に、見覚えのある人物がいたからだ。

 

「抜き打ち訓練かな、これは」

 

 眼鏡の縁を指で押し上げるどこか学者然としたロイド・コルトは、モビルスーツを紹介した時に比べ感情が薄いままに返答する。

 

「ええ、そのようなものです。危機管理は持たないと、いつ何があるかわかりませんから。

 今度は、狭所で銃を突きつけられたとき、とかどうでしょう?」

 

「成程、具体的な状況を想定した訓練はためになる。今度実施してみるといい。

 イクス大佐から認可を得てからな」

 

「検討してくださるでしょう。大佐は下の意見を汲み取られる方ですから。

 ……今度は映像だけではなく、音声付で行う必要があるかもしれませんが」 

 

 そう言って彼はモビルスーツデッキのコントロールパネルがあるモニターを叩いた。

 整備や調整をする際パイロットとコンタクトを取る為にモニターのディスプレイはコックピットと繋いでいる時がある。

 そして、ロイドは動作チェックや機体の感想を聞こうとモニター前に居たのだ。ディスプレイで細部は分からないとしても、メルティエとシャアが銃を突き付けあう現場を見ていてもおかしくはない。異変を見て取ったロイドは二人が会話している間に「上官を救助する段取り」を進めていたのだろう。緊急で呼び出せばこの部隊展開にも頷ける。

 ロイドが言葉で現場を見ていた事を示唆している。シャアはそれをどう扱うかメルティエに聞けと返した。これに対しメルティエは何事も部下と向き合える人間で大事にはしないだろうと告げ、最後に映像だけで話の内容は把握していないと、しかし今後は音声も取らざるを得ないとした。

 上官を守る行動を成し、上官に信を置いていると言い、相手に怪しい行動は控えよと釘を刺す。

 ただの技術士官と思っていたシャアはたいしたものだとロイドを見直し、その彼がメルティエの副官ではない事に勿体無く感じた。

 

「ん。イクス大佐は良い部下をお持ちだ。羨ましい限り」

 

「ありがたい御言葉です」

 

 二人の話が終わると、銃を向けていた人物が『赤い彗星』のシャアだと分かった陸戦隊から戸惑いの視線がロイドに集中し、その彼はある場所へ顔を向け様子を伺う。

 

「あー……大佐は無事ですか?」

 

 言葉を受けるノーマルスーツ姿の小柄な女性――――エスメラルダ・カークスは背を見せたまま首を振る。彼女は咳き込み続けるメルティエの背中を撫で、何事か囁いていた。

 本来なら彼の背中に抱き付き、背負った巻き取り式ワイヤーで離脱する手筈だったのだが、直前にメルティエが屈んだことで確保する予定の手が空振り、足が首を絞めるという事態を引き起こしたのだ。それだけならまだしも、ワイヤーロープの長さから制限が掛かり、彼女の上半身がコックピット付近で止まり足しか目標に到達しないという不具合付である。

 彼女が小柄な為首を絞めたまま立たせると、見事にメルティエの影となって全く見えない。流石のシャアも隠れた相手を射撃することは出来ず、意表を突かれた登場に困惑してしまったのだ。

 また、演習訓練時に負傷したメルティエの見舞いに行った折、エスメラルダ達とは諍いもあって好意的な間柄でもなかった。シャアからしてみれば八つ当たりに等しかったが、上官のドズル中将も損害率を鑑み「やり過ぎ」と評しているので外野からすればそうなのだろうといった所もあり、手を緩めるべき相手ではなかった。

 瞬間的な判断で拳銃を構えていたが、メルティエが止めなければどうしていたか。

 彼女が今も蹲りダウン中の友人にとって大事なヒトなのは、何となく分かった。

 『蒼い獅子』が見目麗しい女性を囲っている噂は耳にしていたし、かつての口論も彼女達からは上司を慮る部下というより、想い人を痛めつけられて怒る情人のような感じがあったからだ。

 そんな女性を身近に置いておいて、そのままの関係で流れるほど枯れてはいまい。恐らくは男女の間柄となっていても不思議ではないだろう。

 

 ――――メルティエの大事な人(家族)を、自分が手にかける。

 

 シャアの視点ではなく、キャスバルとしては考えたくない未来であった。

 

「――――――――」

 

「――? ――――ッ!」

 

 背を撫でていた彼女の手が拳に変わり、ゴスッ、と重たい一撃がメルティエに見舞われる。

 無表情に近いエスメラルダの頬が若干赤く、メルティエが何か羞恥心を刺激することを言ったのだろうが周囲に響くほどの打撃音はシャアを含め陸戦隊員が驚く。

 

「カークス大尉、その、大佐に手を上げるのは」

 

 陸戦隊の小隊長が意見を述べるが、何故か及び腰である。

 他の隊員達も手に小火器を握っているのに、何処か無手の女性を恐れているようだ。

 彼らの階級章をみれば、成程確かに立場的に言い難い事もあろう。上官に意見を求められている時以外に口を出せば”修正”される事も珍しくない。そういう職種に就いているだけに慎重に言葉を紡ぐのも大事なことだ。

 しかし、その一般的な見地から幾ばくかズレがあるように思えるのはシャアの気のせいか。

 

「気付けです」

 

 振り返ったエスメラルダは、小隊長にしれっと答えた。

 いつの間に冷めたのか、貌には何も感情が乗せられてなく淡々とした物言いは温かみを感じられない。それでいて堂々とした態度であるから、見咎めた大柄の小隊長もたじろいている。

 

「気付け、でありますか?」

 

「はい。大佐が朦朧としているので、その一助となる気付けをしているのです」

 

 何かおかしいですか、と締められては小隊長も口を閉じるしかない。

 彼女の瞳の色に苛立ちが浮かぶも、勇気を奮い申し立てた彼を責める者は誰もいないだろう。シャアは差し迫った問題事でなければ触れたくないし、ロイドはこの一連の”救助活動”を依頼した身なので黙殺している。

 そうした中で大佐を気遣う小隊長が声を上げたのだが、結果は先程の通りである。

 

「心配してくれたのだろう、あまりに大きな音が出たからな。気遣い感謝する」

 

 痛みを発する部位を撫でながらメルティエが立ち上がり、エスメラルダと小隊長らに今回の経緯を聞いて笑う。ざわめき出した場へとシャアはモビルスーツから降り、ロイドもモニターから離れ大佐を囲む輪へと混ざった。

 緊急な為の措置とはいえ、訓練の名を借りた”催し物”に縁があるなと、シャアは人知れず笑う。

 可笑しなものだ、と口にして彼が笑う。

 

 その”笑い方”はネメア隊――――初見の人間が思わず目を引かれるほど爽やかなもので。

 メルティエ・イクスにとっては昔よく目にした、遠い日に別れた友人との邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロザミア・バタムは退屈であった。

 それは日々を無意味に過ごしていたという訳ではなく。怠けるという行為に慣れていない少女であるから年相応に勉強し、好奇心の赴くままに緑の大地を散策したりもする。

 

 今のロザミアはキキ・ロジータの父親が治める地、かつては村や集落といったところであったが人の出入りや流通から規模を広げ今や一つの町となった其処へ預けられていた。

 彼女が父と慕う男は”お仕事”で大勢の大人達と共に海を渡り、目的地へ辿り着いた頃だろうか。

 まだまだ親に甘えたい年頃のロザミアはついて行きたかったけれど、最後まで連れて行くことに悩んでいた父以外の大人達がいい顔をしなかったこともあって、父から留守を任された人達とこの地に残っている。

 彼女にとって「子供だから」は理由にならない。

 何故なら歳が近いメイ・カーウィンが一緒に行っているのだ。ロザミアはどうして自分だけ駄目なのか訴え、駄々を捏ねた事もある。

 どうしてロザミアを置いて行くのか、幼い心ながら不公平だと思った。

 それはメイに対する嫉妬も含まれているが、親を失う事への恐怖心からくる訴えでもあった。

 独り残される不安はいとも簡単にロザミアを怖がらせ、父と彼に近しい人達を困らせた。軍人である彼らからしてみれば非戦闘員をこれ以上連れ回したくない思いだったが、ロザミアからすれば「捨てられた」と同じだったのだ。

 今まで優しくしてくれたみんながロザミアを説得する中で、父だけは出立する前日まで苦心してくれていた。だというのに顔を合わせると聞きたくない事を言われそうで、逃げるような行動をとって。ちらりと後ろを見れば呼び掛けようと手を上げていた父の姿が寂しそうに見えた。

 それでも、やはり此処へ残るように告げられた。

 だから俯いて泣くのを我慢していたのに、静かに膝をついて抱き締めるのだから、両手で力いっぱい殴りながら泣いた。

 口に出さず謝る父を、只々子供の我が侭を受け止めるメルティエ・イクスを責めて泣いたのだ。

 最後に言われたメルティエの「いってきます」に、どうしてもロザミアは「いってらっしゃい」と返せなかった。言わず黙って見送ったのは自分自身なのに、日付が変わるごとにチクリチクリと胸のところが痛くなるのはどうしてだろう。

 

「……まだなの」

 

 あの日は、其処に在った時は一言も零さなかったのに。

 ロザミアは今日も、メルティエ達が飛び立った方角を眺める。

 一人野原に座り込み、膝を抱えて見上げる空は青々と澄んだままで。

 寂しさを退屈といって誤魔化し、同年代の子供達から離れて大空へ想いを飛ばす蒼い少女は、

 

「おとうさん。ここは寒いよ」

 

 小さく揺する膝にぺたりと額を当てて、絞るような声を滲ませた。

 天候はやや日差しが強い程度の穏やかさで、ロザミアの頬を撫でる風も優しい。

 まだ子供達の遊ぶ選択肢の中に川遊びが入るほどの、そんな天気なのに。

 肌に感じる暖かさより、別の温かみを望むのはイケナイコトなのか。

 ただ今はこうして耐えていれば、あの遠くからでも聞き分けられる声を上げながら、いつも頭をくしゃくしゃに撫でる、傷だらけの大きな手が訪れるような気がして。

 

「おとうさん」

 

「なんだ、迷子なのかい?」

 

 聞いた覚えのない声に反応し飛び跳ねたのは保護者であるメルティエ達の影響か。それとも子供ながらに防衛本能が動いた反射的なものなのか。

 ともあれ、ロザミアの前に居る人は大人の女性だった。

 身なりは町の人達と大差ない軽装で、紺のズボンとタンクトップ、茶色のジャケットを着ており特別関心を呼ぶものはない。けれどロザミアが驚いたのは彼女の服装ではなく、その姿にあった。

 彼女の顔左半面を覆う包帯、吊るし固定され右腕は負傷者のそれであり、露出した肌にも小さな傷が見え隠れするだけに痛々しい。

 相手の女性が整った顔立ちをしているから、怪我の具合が可哀相に見える。子供の身で驚き逃げ出さなかったのは全身に傷がある父を知っていた事もあるが、こちらを見る女性の目が優しかったのも多分にあった。

 

「お姉さん、痛くないの?」

 

 質問に質問で返すのは失礼にあたるが、それもロザミアが純粋な気持ちで尋ねるから相手の女性も苦笑で済ませ、腰を下げてロザミアの視線に合わせると少し考える素振りを見せながら答える。

 それが痛みが辛いというより、何処か寂しげに感じられたのは子供特有の観察眼からか。

 

「少し、ね。こういうのは慣れっこだから、平気さ」

 

 この人も遠い目をしながら話すんだ、とロザミアは思う。

 蒼い少女の身近な人々も彼女と同じ、ふと何気ない所から思い出したようにものを見ているようで見ていない、不思議な眼差しをするコトがある。

 それが大人の顔なのかは判らない、分からないけれど悲しそうで。

 大人になるにはその悲しい経験を必要とするのなら、大人にはなりたくないとロザミアは思う。

 ロザミアも両親を失い、地上を彷徨い歩く事もあった。

 でもそれは悲しい感情よりもただ辛く、苦しい道のりで。親を亡くして寂しく泣きたい心もあるものの、それに縋る悲しさに包まれるはしなかった。悲しさよりも他の感情が大部分を占めた点が大きく、日々を独りで生きる間に両親を偲ぶ余裕がなかったのかもしれない。

 今からでも亡くなった両親を思えば悲しみに暮れるだろう。

 親からの愛情を忘れるには記憶がまだ色濃くて、涙を拭うには彼女の手はまだ重過ぎる。

 

 ――――こいつか、俺を呼んだのは!?

 

 おぼろげに覚えている、あの声はまだロザミアの耳にある。

 何て事はない普通の言葉と慌ただしい口調で、それでも心に響くのはどうしてか。

 闇夜をひた走るメルティエが必死にロザミアを救おうと働きかけていたから?

 それとも意識が混濁する中で、もう駄目かもしれないと諦めていたから?

 もしくは、彼の言葉が耳から伝えるのではなく、想いが心に直接届いたから?

 

 メルティエが言う呼び声、何か声以外に発信するやり方ができたのはあの時だけで、どうやったのかロザミアはわからない。無我夢中で”叫んだ”感覚はあるけれど、其処からどう出したのか憶えていない。メルティエ達と出会い、日々を過ごす間に忘れてしまったのだ。

 だが、ああいう経験を経なければ身につかないものなら、要らないと少女は思う。

 それが子供の我が儘なのか、痛みへの恐怖なのかは判別できない。

 

「あ、あの、わたしはロザミア・バタム。お姉さんのお名前は?」

 

 だから、辛い事を塗り返すくらい暖かい日々を過ごそうと思うのだ。

 少しずつ知り合いを増やし、楽しく笑いながら、偶にぶつかるような何気ない日常を。

 そのために、この何処か父と同じ匂いがする女性とトモダチになろうと少女は一歩近づく。

 あの遠いところをみる眼差しも、させたくなかったから。

 

「私か? 私はカレン。カレン・ジョシュア。よろしく、おチビちゃん」

 

 そう名乗るカレンの、さっきまで優しかった瞳が茶化すように揺れて。

 馬鹿にされたと感じたロザミアが猛烈に抗議し、カレンが笑う。

 

「わたし、そんなに小さくないです! お姉さんが大きいんです!」 

 

「いやいや、私は普通だよ、普通。まぁ、おチビちゃんは実際小さいからね」

 

「ま、またおチビちゃんって言った!? わたし、男の子とそんなに背変わりませんから、大人びてるって言われますから!」

 

「それはお世辞ってヤツさ。言われて嬉しくなかったかい? その反応を見たいから言ったのさ」

 

「お、おとうさんがそんな……あ、でもわたしが嬉しいの見ておとうさん喜んでたのかな? それなら良いかな……難しいな」

 

 急に何事か考え自分の頭に手を乗せた少女にカレンは怪訝な目を向ける。

 別段特異な行動ではないのだが、むくれていたロザミアが不意に頬を緩め、逆立っていた眉根が下がれば気にもなるだろう。

 

「こりゃまた、面白い子と会ったもんだね」

 

 怪我を治すまでの話し相手になってもらおうかと、カレンは物思いに耽る少女を見つめる。

 戻ってきたロザミアは様子を見ていたカレンにまた茶化されながらもしばらく話し、看護師らしい女性が迎えに来た事でお開きとなった。

 

「あれ?」

 

 看護士と共に去るカレンを見送ると、彼女達に近寄る影に気づいた。

 ロザミアが不思議に思ったのはその影が見覚えのある人達で、

 

「バレストおじさんのところの」

 

 キキの父バレストの、この町を治める人物の屋敷を警備する私兵がカレンを警護、というよりも包囲しながら移動している事に首を傾げた。

 自分と同じくカレンもバレストの”お客さん”なのだろうかと。

 他に誰彼を預かっていると聞いていない少女は単純に屋敷でも会えるかなと思い直し、寂しさが幾分和らいだのか日が傾いた空へ拳を突き上げ、大きく伸びをする。

 

「おとうさん、みんな、早く帰ってきてね」

 

 ロザミア・バタムは家族を思い、彼らがいる方角からくるりと背を向け家路につく。

 帰って来たら「おかえりなさい」と言ってやるんだと、一つ決心しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次弾装填(次話投稿)までしばらくかかるやも。
時間が掛かって申し訳ない。

小話も少し待ってて欲しいんじゃよ!


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第64話:形作るもの

 

 ジオン軍から奪還した前線基地、その宿舎を仮宿としたモルモット隊の面々は整備班が働く姿を眺めながら休憩を取っていた。

 可能な限り戦線へ投入され実戦データ収集に駆り出される彼らが休めるのも、部下思いの上司が束の間の休暇を用意してくれた訳ではなく、現実的に使用できるモビルスーツが軒並み損傷を受けているからだ。

 敵地だったとはいえ、自分達が攻め入った爪痕が生々しい場所で休憩するのは億劫になる。

 街にある住民の活気とは違い、人の営みが薄い軍事基地だろうとも破壊された光景を見るのは心が荒む。例えそれが己の手で作られたものだとしてもだ。

 基地周辺にはまだ自然が根を張っており緑地が疲れた目を癒してくれるが、大小の銃痕が視界に入り、へし折れた電灯やアスファルトのクレーター、倒壊した建物が何処でも視界に入ってくる。

 位置取りや方角を考えたものの、結局はそれらに背を向けてモルモット隊の日常を占めるモビルスーツの整備状態をぼんやりと眺めることになった。

 最初の一人がそのままで過ごしていると似たような境遇の人間が一人、また一人と増え気づけば実働隊員が整備場の休憩所の一角を占領していた。

 彼らはテーブルを囲い、支給されたコーヒーを手に緩い時間を過ごす。

 戦闘後の緊張が解れ、頭が弛緩し始めた頃にある話題が上った。

 

「あの蒼いモビルスーツがジオンの『蒼い獅子』じゃない?」

 

 雑談に興じていた折に内容が先日の戦闘へと移り、発せられた言葉に反応したサマナ・フィリス准尉が疑問を返した。

 モルモット隊に召集された面々は、人格に多少の難があろうと適正選抜試験を通過した腕利きが召集されており、他のモビルスーツ部隊に比べ熟練度が違う。それなのに敵一機にいいように食い散らされた結果が現状なのだ。

 初撃でやられたサマナにも、選ばれたモビルスーツパイロットとしてのプライドがある。

 相手が名のあるエースならまだ我慢ができる。生き残ったならば雪辱戦もあるのだから。

 だが、それでもないとすれば普段温厚なサマナも憤りが沸く。

 

「そうだ。あれは違う」

 

 短く答えるユウ・カジマ少尉は手にしたマグカップを傾け、コーヒーを静かに飲む。

 彼は単機でザクを三機撃破し、蒼いモビルスーツと激突した後も戦闘を継続したパイロットだ。応戦を続けた末に敵を撤退まで追い込んだユウはモルモット隊のエースと目されている。

 そのユウが違うと言うのだから、周囲の人間は困惑する。

 であれば、あの蒼いモビルスーツは何なのかと。

 

「おいおいユウ。それじゃぁ、何か? あのサイコ野郎は『蒼い獅子』の熱烈なファンなのか?

 見事なまでに蒼い機体だったんだぞ、アイツはよう」

 

 壁にもたれながら腕を組むフィリップ・ヒューズ少尉も納得できない。彼はサマナとは違い何合も凌いだものの倒れたのは同じだ。

 それでいて自分達より技量があり、高性能のモビルスーツに乗るジオンのパイロットが其処彼処に存在されては大いに困るのだ。戦場を渡り歩くモルモット隊であるから、難敵が多くいればそれだけ遭遇する確率も上がり、対して帰還率は下がる。

 

「どういう事なの、ユウ。あなたは『蒼い獅子』を知っているの?」

 

 ユウの隣に座るモーリン・キタムラ伍長がそう聞くと、彼は自機を見やる。

 モビルスーツデッキにある彼のジムは、その両足を解体されていた。どうやら許容外の荷重をきたすほどの機動を強いた為に関節部分がイカレてしまったらしい。

 現在のモルモット隊は実戦データを持ち帰れた機体も含めて全滅である。そのおかげでしばらくは骨休めができる筈なのだが、緊急出撃も考慮に入れて前線基地に缶詰となっている。

 

「アイツは、余計な動きが多かった。最短の行動よりも恐怖を煽るような動作を入れる。

 前にアジア方面で遭遇した『蒼い獅子』はその真逆で、最速で詰めに掛かる。獣のような俊敏さで獲物を仕留めに来るのがそうだ」

 

「お前さん、前に()()とやり合ったのか? サシでか?」

 

「二人でだな。あの時とはお互い違う機体だったが、パイロットが取る行動に差はない。

 限定された訓練ならまだしも、戦場だと無意識だったり、反射的な操作が機体に表れる。

 そのパイロットの癖とも言える動きはそうそう変えられるものじゃない」

 

 語るユウはかつての戦闘を思い出してか、何処か遠い所を見ていた。

 コーヒーを一口啜り、気持ちを努めて切り替えたサマナは疑問をあげた。

 

「とすれば、あの蒼い機体は何なんでしょう? 噂ではヨーロッパ方面の一部のジオン兵は『蒼い獅子』に肖って機体の一部を蒼く染めているそうですが、ここは北米大陸でどちらかというと赤い両肩が異様過ぎますね。蒼より赤の方が目立ちますし」

 

 コックピットのディスプレイを占める蒼い機体、その赤い両肩とその先から振るわれたヒート・サーベルが記憶に新しい。

 先に仕留められたアレックス軍曹のジムは機体が完全に破壊されており、内部爆発もあって遺体が残らなかった。

 思い出せば体が震え、トラウマになりかねない。

 だが、サマナの心はまだ折れずに此処に居る。

 ユウが到着するまでの間フィリップが奮闘しなければ自分も戦死者リストに載っていたのは間違いなく、素直に礼を受け取らずに茶化すフィリップは苦手だが「次は俺を助けてくれりゃいい」と肩を叩いてくれたのも彼だ。

 普段の態度を裏切って、恩着せがましく言わず、相手が気落ちしないよう軽い空気を作り、最後は励ましてくれる男なのだ。

 次を作ってくれた同僚の為にも、このモルモット隊を去る訳にはいかない。

 除隊が許可できる、できないに関わらず、サマナは静かに決意していた。

 

「出てきたタイミングも、遅れての援軍と判断していいか、迷うところだな。

 戦闘が終了したと思わせ、気が緩んだ時に仕掛けてきたと考えるべきかねぇ?」

 

 小癪な野郎だとフィリップが吐き捨て、

 

「……戦術としては、有りか」

 

 ユウは心情的に納得できなくとも認め、

 

「味方が劣勢なのに動かない、敵が背を向けるまで待ち続ける忍耐があるってことですか。

 自分にはできそうにない戦い方ですね……あの時に緊張が緩んだのは認めますけど」

 

 サマナは自身と違う相手を否定しつつ、

 

「復讐、仇討ちってこと? だから片手を失っても撤退しないでユウと戦い続けたのかしら」

 

 モーリンは何かに憑かれたようにユウのジムと切り結んでいた敵の行動を鑑みた。

 

「へっ、そんな大層な理由なのかねぇ。暴れ所を物色していたのかもしれんぜ?」

 

「そんなの、尚更嫌な相手じゃないですか!」

 

「多対一で勝利できると考える相手か……確かに厄介だな」

 

「戦いたいから、様子見してたって事なのかしら?」

 

 世間話から一転、戦術評価に移った面々は難しい顔で思案を始める。

 以前の彼らは各部隊から選抜されたパイロットだけに命懸けの戦場に身を置きながらも形式だけのチームワークだった。結果としては全機損傷、一名戦死にはなったものの、この痛手と強敵との遭遇が部隊内の結束を高める事に繋がった。

 更に部隊オペレーターや休憩がてらに立ち寄ったメカニックマン達を巻き込み、各パイロットと機体の改善点やらを出し合い始める。

 それは陽が隠れてからも熱が入ったままで、誰かの派手なくしゃみが場に響くまで続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵が我が方の防衛ラインを?」

 

 真昼の日差しが機体表面を熱し、外界を移すカメラの奥には陽炎が昇る。

 受領したMS-09、ドムの試乗運転がてら地上を移動していたシャア・アズナブル中佐は通信内容に機体を止めた。

 重モビルスーツでありながら十分な機動力を保持するドムはホバー推進により運用に癖があり、シャアが体感していたこれまでの機体と制動が異なる。

 が、思いの外に安定性が有り小さな驚きがあった。自身の感覚に従い特定の機体制御プロセスを参照すれば、腰と脚の方向性や僅かに上げた足裏と地上の角度で反発力を生む事で自機の制動力に一役買っていた。

 シャアは友人が部下達を信頼し、信用している点に一先ず頷くことにした。

 現場の視点から見ても、彼らは良い仕事をしている。

 複雑なプロセスをプログラムに走らせると誤作動、誤認識から機体制御が崩れる。特に地上では地形や環境次第で多様性を求められ、パイロットへより多くの操作調整を求められた。

 ただ操縦桿を握っていればよい、という事などある筈がなく。整備士や技師は元よりパイロット自身による機体調整が必要なのは明白で、大多数のパイロットはモビルスーツの知識以上に優れた感覚と経験を必要とする。

 そしてシャアはモビルスーツ知識、操縦技術共に優れたパイロットである。

 初乗りであるから確かに微調整をする余地があるが、それも彼の癖によるものだけだ。

 出来映えも良く、上下運動に不満はあるがドムの機体特性上それは仕方がない。

 満足、と言っても差し障りの無いのだが。

 

(あぁも部下自慢をする人間は早々おるまい。

 しかし、口にしている言葉は誰もが吐く類のものなのに、相手が素直に喜ぶのは何故か。

 メルティエがこれまで経験してきた事に起因するのか、もしくは元々の気質であったのか。

 ふむ――――そういえば、アルテイシアも嬉しがっていたな。

 ……フッ、下心が無いだけに自然に受け取れるのか、私も)

 

 脳裏に友人の顔がチラついたが、一笑に付すとディスプレイのワイプに向き直る。

 仮面で顔を隠しているとはいえ、臨むべき仕事以外のことを考えている姿を他人の視線に晒して好いものではない。付け加えるなら、そういった傾向の趣味も持ち合わせていない。

 シャアに通信を入れた彼女もまた、メルティエ・イクスのお墨付きがある。

 語る部分を省き端的に言えば、真面目で有能と。

 

『はい。前日に我が方の前線基地が陥落しており、防衛ラインに乱れが生じています。

 敵はこれを好機と見たのか、メキシコ地区に点在する基地へ散発的な攻撃を開始しており、友軍防衛部隊による迎撃が展開しています。

 また、現在確認できている中でネリダ基地が奪還されたと』

 

 冷静にユウキ・ナカサト軍曹が報告する中で、シャアはほぅと感心した。

 敵方の動きが予想よりも早い。

 秘匿性かつ防衛・防諜能力に富んだジャブローに引き篭もると考えていただけに、今回の反撃は思いの外感じ入る所がある。反撃の可能性も視野に入れなかった訳ではないが、連邦軍の性格から嵐が過ぎ去るまで地中に隠れる公算が高かった。

 反抗作戦の計画は当然温めているだろう。

 鹵獲したザクIIを解析しモビルスーツという兵器を吟味した上で開発、生産された「白いヤツ」はいまだシャアにとっての脅威だ。ネメア隊より受領したこのドム専用機ならば、と思いたい。

 しかし、過度な自信は失敗に繋がる。

 この生来の素質、能力から自信家で超然としたシャアの精神に待ったを掛けるのは、再会した友の影響も手伝いそう易々と拭い去れるものではない。常に己を試そうとする傾向があるシャアに、失敗や疲労から外見を変貌させたメルティエの存在は、時折安全装置のような働きを示す。

 それでも、性というべきシャアの好奇心が疼くのだ。

 あの「白いヤツ」がプロトタイプとすれば、量産された敵モビルスーツは如何ほどのものか。

 ジオンのザクを超えるのか。もしやグフを超え、このドムにすら並ぶやもしれない。

 工作を得意とし敵情視察、強行偵察の類はシャア・アズナブルが好む行動である。

 

「ナカサト軍曹、母艦より降下する時気になる所があった。

 連邦の部隊かもしれん、イクス大佐へ偵察の許可を取り次いでもらえないか」

 

「……お言葉ですが中佐、偵察に中佐の機体は向いておりません。

 ザクに比べドムは出力の違いから熱源探知(ヒートシーカー)に反応し易く、音響探知(ソナー)に関しても独自のパターンから特定される危険性があります。北米ではドムタイプのモビルスーツを運用した、また現行機体が鹵獲されたケースも無い事から注目を集めてしまいます。

 斥候や偵察は陸戦隊、もしくは航空部隊に任せた方がよろしいかと」

 

 シャアが気になったポイントを送信すると、ユウキは数秒の間を置いてから彼の行動を諌める。

 北米ではドムのデータは皆無である。初期生産で実戦配備されたものは全て突撃機動軍だけで、残った僅かな機体はギレン総帥の差配で宇宙攻撃軍に譲渡されていた。

 これは開発と生産に労力を支払ったキシリアに全て送るのが筋ではあるが、別途宇宙仕様を検討せよとドズルにも差し向けることで軍事に傾倒している三弟の不満を緩和する事に使われた。

 対するキシリアの不満は独自部隊の設立を認める事で帳消しとなり。ギレンはかねてから要請、要求されていた案件を消化する形で玩具の奪い合いを平然と行う弟と妹に切ってみせたのだ。

 ドズルは労せず新型機を受け取って喜び、キシリアは打診した件が通った事で頷き、ギレンは留め置いた項目を処理した点と戦力の隔たりを広げぬよう調整をしていたのだ。

 こうした兄妹間の遣り取りは開戦以前からのもので、割って入れないガルマが属する地球攻撃軍はドムの量産体制が整うまでは未配備のままであった。

 その一地域である北米に、ドムタイプが現れれば連邦軍が警戒するのは極々自然なこと。

 メルティエも先の戦いではアンリエッタ・ジーベル大尉を出撃させていない。ザク改良型に位置する自機で出ているが、それだけドムの運用に慎重なのは当然と言えた。

 

 カリマンタン攻略戦以降、メルティエは降伏以外で戦闘を止めたりしなかった。

 新型機材を扱う、機体を用いる点からすれば何らおかしくは無い。

 情報隠蔽も求められているのだから、敵全滅を自ら行う彼は万全の姿勢で任務に当たっている。

 唯一木馬と戦闘をした時だけ、彼は敵機破壊後退いていた。

 機体の外的数値は防げなかったとしても、彼は『真紅の稲妻』との演習時に出した機体性能を露呈していない。僚機に合わせた機動以外は、射撃の腕と戦域離脱の判断程度である。

 そうしてまでドムという機体を隠す、戦力を温存するメルティエに対するシャアの行動は、例え階級差があろうと素直に従う訳がなく。

 

「敵部隊を叩き、連邦の企みを取り除く。これには相応の判断と迅速さを要求される。

 今動かねば敵に利となる。その可能性があるならば動く必要があるのだ」

 

「威力偵察を、僚機もなしで戦闘ですか? お言葉ですが、中佐。

 宇宙と違い、地球環境は地面強度、湿度、高低さに神経を費やします。宇宙と同様の、()()()()()()()()()()()、とイクス大佐が用意してくれたそのドムも全環境対応型ではありません。

 兵は拙速を貴ぶと言われますが、事前準備を疎かにしては足をとられます。お考え直しを」

 

 シャアはふむ、とワイプに映る女性を見やる。

 彼は『赤い彗星』の雷名に動じず物申すユウキに好感情を持った。名声というのは一つの指標であり、端的に人物を表す評価だ。

 その生業で名を馳せると、如何な言動にも「かの人物ならば、何かしら理由があるのだろう」と不用意な推察が入り、妙な納得をしてしまうケースが多い。

 名に踊らされる顕著な例ではあるが、シャアはよくその反応を知っている。

 彼の行動に異を唱える者が少ない事こそが証であり、副官のドレンですら言葉の確認はすれど、その背景には踏み込んでこない。

 が、ネメア隊の面々は『赤い彗星』の言葉に異を唱える。

 あけすけに言うならば、相手の立場を考えず状況を鑑みて答えている。

 軍という、上に逆らわずただ従う組織からすれば異例であるが。

 

(そうか、()()か。メルティエに従う、慕う理由は。

 ……自由意志を奪わず、思考させて戦わせる。確かに有用、有能でなければ務まらん。

 だがこれは、意に反する行動を執れば離反するのではないか、メルティエ)

 

 個々を嫌う組織の中で、個々を育て配下に置く。

 シャアからすれば不安要素はあるが、ネメア隊が機能している分には問題は無い。

 だが、そうした体制で用いる事に一抹の(おそれ)が生じる。

 軍という組織が上司を指揮系統と規律で守るから、部下に無理な命令も諾と言わせるのだ。

 しかしこれでは、理屈ではなく感情で認めさせなければ、ここぞという場面で彼らは従わない。

 

「そうだな。私も初の地上戦を控えて気が急いでいたようだ。

 忠言確かに受け取ろう、ナカサト軍曹。早速で悪いが、私が送信したポイントに偵察部隊の派遣要請を頼みたい。イクス大佐に取り次いでくれ」

 

「了解しました。中佐は現在地より九キロ離れたポイント25へ移動願います。

 其処で偵察部隊を合流、作戦概要を確認後行動開始となります」

 

「ん。……話が早いな」 

 

「安全を脅かす内容と『赤い彗星』の要請ですから。

 必要最低限の用意を済ませれば『蒼い獅子』は応えてくれます。……そういう方ですから」

 

 クスリ、と微笑む女性の貌に。

 シャアは言葉こそ己に向けてあるが、感情はとある人物に発していると察しがついた。

 短い返事をユウキへ送り、彼はドムの移動を開始する。

 友人への心配事は杞憂になりそうだ、と思う裡で、奴はいつの間に誑しになったと悩みながら。

 

 

 

 

 

 二時間ほど待機を置き、砂風が猛威を奮う荒野にて偵察部隊は到着した。

 彼らはシャアと彼に随伴予定のモビルスーツより先発して確認に向かっている。

 陸戦隊は年齢で云う中堅層が多く見られたが、気負う事無く装備とルートのチェックが終わるとすぐさま赴いた。

 彼らは歩兵を中心としているが、小型攻撃機であるワッパを足とした機動小隊である。小回りが利く機動力と形状から、成程モビルスーツで確認するよりも隠密性が高い。

 火器も単純な歩兵よりワッパに搭載された大型突撃銃、バックパックに携帯式バズーカ等があり充実している。工作員として現場入りする事が多いシャアも、彼らの動きに頷かざる得ない。

 高速で走りながらルート上の障害物を遮蔽代わりに使い、視界から消え行く姿を見れば不安なぞ萎むしかなく、残るのは頼もしさだけだ。

 

「見事なものだ」

 

 彼らを見送ったまま、シャアが呟く。

 

「我が隊の熟練を選抜しています。危険な任務ですから大佐も人選に苦慮していますし、後続の我々も間もなく出立します」

 

 やや乱れた青い髪に意志の強さを感じさせる黒眼のケン・ビーダーシュタット中尉が伝える。

 それを背に受けたシャアは了解を返し、振り向いた。

 まず、彼の視界に入るのは偵察部隊を運んできたファットアンクル。

 その両脇に簡易式モビルスーツハンガーが並び、シャアのドムとケンのモビルスーツMSM-07、ズゴックがある。ドムは試乗運転後である為に整備兵によって各部の点検が進められ、ズゴックの点検は既に終了したのか付近に人気が無かった。

 

「ほう。これが中尉の機体か」

 

 一時編入とはいえ、指揮官であるシャアは限定こそされるもののネメア隊所属機のカタログを閲覧できる。流石に機密情報で固められている大隊旗機は許可されなったが、生産体制が確立された機体であればスペックを知る事を認められた。

 各戦線の後詰、遊撃戦力を有するこの部隊は、今後投入されるモビルスーツ試験とこれに用いられる新機材の実用性判断を目的としている。

 第一陣としてグフと現地改修機の有用性とポテンシャルを。以降も戦場に合った試作機を運用し、戦果と改善案を報告する事でジオン軍上層部と各企業の開発陣にネメア隊の存在を是とさせているのだ。

 その中にはズゴックも当然ある。

 ケンのズゴックも大まかな性能は変わらない筈だが、一部異なる点が目を引く。

 装甲板等で四肢が補強されている事から多少外観が違う。それも角張ったものではなく、曲線で形成されており水流や空気抵抗を視野に入れているのだろう。安易に耐久性を求めていない辺り、考案した技術士官に好感が持てる。

 恐らくは搭乗する人間の拘りなのか、右腕だけ塗装が変わっていた。

 

「首は、無いのだな」

 

 モビルスーツの水陸両用という異なるカテゴリ、メガ粒子砲搭載機という点もシャアの知識欲を刺激するが、連邦軍基地をたった三機で陥落せしめたパイロットにも興味があった。

 実直そうな堅さがある、信頼が置ける人物なのは幾度か会話して理解できる。

 では、腕前の方はどうなのか。

 パイロットの技量を踏まえた上で、戦術と戦略はどれほど通じているのか。

 もしくは、機体と状況に恵まれた一時的な戦果なのか。

 

「カメラはターレット式を採用しております。不要な可動部を排した、と思って頂ければ。操作に多少手間取りますが、慣れてしまうと身動ぎなしで後方も見れますから」

 

 意外に便利ですよ、とケンはシャアに答える。

 ザク、ドムとも違う操作性に気を引かれたが、関心がある事を述べると荒野の地平に目を置く。

 偵察隊から目標及び類似するモノの確認が取れ次第連絡が入る段取りから、彼らの任務遂行を待つ身である。それまではこの体を叩く砂粒とざらついた風を相手にせねばならない。

 これが億劫だから、とモビルスーツのコックピットへ登るのは只のパイロットがする事だ。

 今のシャアは自らを含めた二機だけとは言え、モビルスーツ隊と偵察隊の混成部隊を預けられた指揮官である。つまりは、部下の視線があるという事だ。

 一過性の、しかしながら「ネメア隊前線指揮官」の看板を背負った立場がある。

 そうでなくても、シャア・アズナブルは『赤い彗星』なのだ。

 彼はネメア隊指揮官達との違いは勿論のこと、名声が齎す色眼鏡にも晒されていた。

 

「中尉の機種変換訓練は?」

 

「私は凡そ一週間ほど。その中でもパトロールの真似事を買って出たりしましたので、多少は濃い時間を作れたと思っています。

 ただ、水中での航行時間は任地が内陸であった為にそれほど取れず仕舞いでしたが」

 

「一週間か。短いな」

 

 シャアは優秀なパイロットだと、端的ながらケンを認めた。

 ジオニック社のザクとツィマッド社のドムを比べても操縦性、追従性が異なるのだ。生産元が変わるだけで機体の動き、コックピットの機器配置もがらりと変わるもの。シャアがドムの試乗運転を無事終えたのも、持ち前の操縦センスと天性の感覚が大きい。メルティエから事前のレクチャーは受けているが、これはシャアの才覚が八割を占める。

 人は自身で体感したことを目安、基準にする。それが一番理解し易い指標だからだ。

 しかし「一般的なパイロットならばどうか」という客観的な視点を持つシャアは体感した現実に囚われず、異なる着眼点を備えていた。

 その彼が、先述の二社と毛色が異なるMIP社という企業製のモビルスーツを操縦するケンを、一般的と評価することはなく。

 パイロット層の厚いネメア隊の実態が、シャアは良く分かった。

 少なくとも、その一例であるケン・ビーダーシュタットというパイロットは宇宙、地上、水中の三面に於いて作戦行動を無理なくこなす、という事なのだから。

 

「中佐は、一日でドムを扱っていますが」

 

 賞賛と受け取ったケンが苦笑する。

 謙遜している訳ではないが、ネメア隊でも数少ないドムはシャアの機体だ。慣れない機体に加えホバー移動という独自のシステムがある。ズゴックをものにするに七日間かけた自分より、一日でドムを把握する『赤い彗星』はやはり別格なのだと再認識させられた。

 

「意外に馴染んだ、と言うべきか。確かに、ザクの動きに捕らわれてはドムに戸惑うだろう。

 だが、モビルスーツの経験が白紙になる訳ではない。要は応用という事だな」

 

「応用ですか。……確かに、ズゴックにも通じる点があります」

 

「それは良かった。実は的外れな物言いではないかと、少しばかり後悔した」

 

「いえ、的を得ていました。気付いた点が頭に浮かびましたので」

 

「ふむ。できれば、後で聞かせてもらいたい。私もあの機体には興味があるのでね」

 

 ケンが了解の返事を送ると、ユウキが居るホバートラックのドアが開いた。

 移動通信室、と呼べる車両に詰める彼女は偵察部隊と交信していた。

 その彼女が勢い良く出てくる。

 これはつまり獲物が網に掛かった、ということ。

 

「中佐、偵察部隊より入電。酷似点から()()()()と思われます!」

 

 陽が駆逐され、夜の勢力が覇を謳う頃に。

 カスタマイズされた赤いドムと右腕を()()()()()ズゴックが今、出撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊旗艦「ネメア」のブリッジにて、メルティエ・イクスは状況に気を揉んでいた。

 地球に不慣れなシャア・アズナブルにドムの試乗運転を許可し、その途上で敵部隊発見の報告を寄越したまでは許容範囲内である。

 かくいう自分がその手の遭遇戦を経験しているからこそ、動くべき時機にも理解があった。また現在地が連邦軍との境界線に近く、敵の動きを掴みたかった点からも何ら問題はない。

 案内役(ナビゲーター)として同行したユウキ・ナカサトからの要請に応え、メルティエは偵察部隊を派遣すると共に補佐としてケン・ビーダーシュタットをつけた。『赤い彗星』の能力を考えればシャアに追従できるパイロットは限られ、その内で最低限の連携をとれる者は更に絞られる。

 豊富な地上戦の経験もあり、部下持ちでもあるからフォローは自然と行える貴重な人材である。ケン直属のガースキー・ジノビエフ少尉とジェイク・ガンス准尉も送りたかったが、彼らは三機でのフォーメーションを組めば単純戦力以上のものになる反面、異分子として他者が介在すれば息が乱れ、崩れる可能性があった。

 以前メルティエに帯同した時は問題なかった。それは『蒼い獅子』が戦線突破した点を拡張させ援護に徹していた背景がある。

 しかし、言葉にすると簡単に思えるが実際は至極難しく、誤射も無ければ進路上の敵へ牽制攻撃も行う力量は並大抵の事ではない。

 更にガースキーとジェイクは「ネメア」の直衛を兼ねているため、防衛戦力低下を認める訳にもいかない。ザンジバル級機動巡洋艦は数が少なく、その存在と艦船能力を知られるのも避けたい。発見された場合は全力で撃滅する必要もあるので戦力を割けずにいた。

 

 メルティエも現場へ向かいたかったが、愛機が整備中の為これを断念。これに彼をどうにかして司令席に留め置きたいサイ・ツヴェルク艦長らブリッジ・クルーが大いに喜ぶ。ネメア隊の誰しも『蒼い獅子』の技量と生存力を疑ってはいないが、メルティエが矢面に立つ事は避けたいのだ。

 彼らは、ネメア隊は蒼いドムが大破した光景を目に焼き付けていた。

 それは、御伽噺の英雄が悲惨な最期を遂げる姿にも似て。

 それは、神話に住まう幻獣が太古の英雄に打ち倒される幻視のようで。

 それは、メルティエ・イクスの圧倒的帰還率に翳りを滲ませるに十分な記憶だった。

 考えれば当然のこと。

 呆れてしまうほど簡単で、思い返せば失笑してしまうだろう。

 彼は、御伽噺の英雄ではない。

 彼は、神話の獣が人のカタチをとった存在ではない。

 彼は、自分達と同じただの人間で、少しばかり無理と無茶をする男だった。

 自分達と同じなのだから、彼がしたように彼を守ろうと。

 設立後半年もかけて、ネメア隊は一丸になりつつあった。

 その切っ掛けが、部隊長の瀕死、とは当人は知らないままである。

 要は、手から零れ落ちそうなものが、自分達にとってどれほど存在価値があり、代えのきかないものであったか気付けたということ。彼らにとっての幸運は零れ落ちる前に掬えた、否。

 零れ落ちるまでの時間を、何者かが保たせてくれたのだ。

 その何者かは誰も分からない、ただ本人が分かっていれば良いことであった。

 

「ギャロップ艦隊の状況は?」

 

 指で肘掛け相手にリズムを刻むメルティエは、オペレーター班に訪ねた。

 主席通信士がインカムに手を添えながら顔を向ける。さらりと流れる金髪に意識を取られるが、その房から現れた生真面目な碧眼に視線を合わせる。

 鼻筋の通った綺麗な貌だと思う。

 けれど、主席通信士を通して蜂蜜色の彼女が脳裏を横切った。

 

「既にキャルフォルニア・ベースより全艦出撃しています。

 二番艦が先行していますが、何事も無ければ合流するのは三時間、それ以降かと」

 

「友軍の動きは掴めそうか?」

 

「我が方と歩調を合わせる部隊はなし。境界線上に連邦軍の機影有りと報告が数件あり、恐らくはこの対応に追われているものと」

 

「了解した。シャア中佐には現行戦力で事に当たってもらうしかない、か。

 いつも通りの展開過ぎて、面白みが無いが……サイ」

 

 目を細めたメルティエは頬を親指でなぞりながら、傍らの副官を呼ぶ。

 艦長席のサイはコンソールに走らせていた指を止め、ディスプレイから視線を外した。

 

「は。本艦は現在位置で待機、ミノフスキー粒子は現状維持とし、航空部隊は警戒を密に。

 直衛のモビルスーツ隊はドダイに搭乗、別命が下るまで待機せよ」

 

 司令席に座るメルティエが指示しても構わないのだが、それではサイの面目がない。

 今もメルティエの欲しい情報を整理している彼は、自分の仕事を奪われたとは思わないだろう。艦長席に居ながらも地形情報や現区域で起きた過去の戦闘データを抽出している辺り、前線に集中してしまう個人の補佐に回ってくれていた。

 「ネメア」を山間に隠しているので操艦はしていないが、情報統合するのはサイの頭脳による。それでいて部隊長の意思を汲み、状況判断に翳りがみえないのだから頼りになる副官であった。

 気のせいか、サイを筆頭にブリッジ・クルーらのコンディションが良いように見える。先ほどの主席通信士とやり取りしている時も、漠然ながらも空気が違ったような。

 

(やる気に満ち溢れている……ように思えるんだが、どうだろう。

 ううむ、あまりブリッジに居ないから判別できんな。いつもの光景なら、別に構わないか。

 ……いや、こうも気を張り過ぎては戦闘時に抜けてしまわないか心配だ)

 

 ブリッジのモニターを眺めながら、周囲との温度差に困る部隊長と。

 肩肘に若干の力が入っているクルーらは、不在がちの席に居る男に気を配る。

 

(主席だからって、全部話さなくてもいいのに)

(ククッ。いつもより声が上擦ってた中尉、カワユス)

(過去の戦況分析してたら、サイ少佐が全力で追い上げて大佐にパスしてる件)

(大佐と自然に話せる好機(チャンス)が…………出来る人って、嫌いよ!)

(フッ、航空部隊の燃料と進路ルートを記録している私には隙が無かった……!)

(オイオイ。アンタ、地味な仕事拾いに行ったと思ったら、そういう事かよ)

(うぅっ、大佐が後ろに居るから、ハンドルから手が離せないよ)

(緊張し過ぎだろ、アイツ。肩凝る…………ま、まさか大佐に声を掛けて貰う為に!?)

(操舵士ィッ!? 微妙に肩を動かして誘ってんじゃねぇ!)

(胸にデカイのつけやがって。格差か、格差社会の象徴かっ。くそ、捥ぎ取ってくれる!)

(にゃろう。「気を張るな。休め、軍曹」「は、はいっ!」とか……狙ってたな)

(――――こいつら、楽しんでんなぁ)

 

 表情に出さず悩むメルティエと、声を掛けられるのを待ち続けるクルー達の図である。

 しばらくして、メルティエから見るに挙動不審であったり力み過ぎたクルーに声を掛け始めた。彼が気を廻すと相手に緊張が走り、その後は個人毎の反応を露呈しては赤く、または青くなって場の空気を塗り替えていく。

 それらの様子を眺めては愕然と気落ちした者をフォローしたり、ブレーキを効かす所かアクセルを踏んだ者を一喝しながら彼は感じ、思うのだ。

 

(こいつらなりに気に掛けている、というコトか。ふっ、はは。

 参ったなぁ……まいった。こういうときは、どうすればいいんだっけ。――――)

 

 彼らクルーの視線や態度から伝わるものを、彼は知っている。

 常世では小さかった彼を庇い亡くなり、幽世では黒い影から守り逝った両親の想いに。

 彼らの心は、最期までくれた、親の無償の愛ではないけれど。

 それでも胸に内に留まって、メルティエの活力足りえるもので。

 

「――――」

 

 ぽつり、とブリッジに流れた言葉は土に吸い込まれる水滴のように。

 なのに、浸透力と効果は抜群で。耳にしたブリッジ・クルーは己の仕事を止め、あるいは集中を途切らせて彼を見上げる。確かに聞こえた、その言葉の主を探して。

 その時のメルティエを見て、ブリッジ・クルーらは十人十色の反応を見せる。

 

 今の男を彼女達が見たら、どうしただろう。

 アンリエッタ・ジーベルならば、傍で優しく微笑んで彼の肩に手を置くだろう。

 エスメラルダ・カークスならば、想いを汲んで何も語らず寄り添うのだろう。

 メイ・カーウィンは珍しいものを見たと、茶化しに来るかもしれない。

 ユウキ・ナカサトは少し離れた所から、彼の変化を慈しむのだろう。

 キキ・ロジータは驚いた後に、太陽のように笑い掛けてくれるに違いなく。

 シーマ・ガラハウは、扇子で表情を隠しながら眦を下げるのかもしれない。

 

 そして、キャスバルとアルテイシアの兄妹は、懐かしい記憶を掘り起こしていただろう。

 何故ならば、

 

「ありがとう」

 

 少年の時分に戻った、屈託の無い笑い方を晒す彼が居たから。

 何処か見る者を惹きつけるような、翳りを含まない人好きのする笑顔が本来のモノであり。

 真実の「メルティエ・イクス」を覗いたブリッジ・クルーらは、一つ共通した思いが湧いた。

 この熱を孕み、胸の奥に届く言葉を喩えるものは、陳腐に過ぎる。

 だけど、飾りっ気の無い表現は勿体無い。

 であるなら、心に波紋を投げた感情が消える前に。

 

 ――――この人を、裏切ることはすまい。

 

 かつて遠い宇宙の故郷から排斥され、惑う身を彼に掬われたのだから。

 この想いを何者にも棄却できぬよう、誰彼にも切られぬように。

 統率者足り得る「ネメアの獅子」に誓おう。

 我々の寄る辺は、今を以って此処に在る。

 

 

 

 

 

 

 

 




現在外伝、幕間的なものを執筆中。以前アンケートで案をもらった例のヤツです。
並行して進めてましたが、本編が先に出来上がったのでお届けします。

外伝の方は四月中に出せればいいな(遠い目)
まだ猛威を奮う花粉症、気温変化に負けないよう体調管理を努めましょう。
感想の方、返信できずに申し訳ない。徐々に返していく所存にござる。

では、次回もよろしくお願いしますノシ



追記:久しぶりに主人公が主人公している。作者満足


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幕間:彼らの日常 〈その1〉

【注意】

幕間=アンケートで要望があった内容を展開する話となります。
今話の時期は北米大陸に渡る前としています。





 柔らかい日差しに起こされ、エスメラルダ・カークスは瞼を震わせた。

 頬に零れる暖かみを感じ取り、酷く幼い声が漏れる。

 ブラインドから差し込む僅かな光が室内の様相を浮き彫りにする中、ベッドの上にある小さな山が身じろぎする。シーツの中でもぞもぞと身動ぎをし、その間にできた空間から温もりが奪われると彼女はぺたんとうつ伏せになって、動きを止めた。

 低血圧気味の彼女は猫のように身体を丸め、まどろみに浮かぶ意識はすぐに起きる事を良しとはせず、外部からの刺激に徹底抗戦の構えである。

 しかし、無慈悲な室温は立て籠もる彼女に開城を要求してきた。

 このままでは門を突破されてしまう。

 そう意識外で感じた彼女はうつ伏せのまま行軍を決行し、

 

「…………?」

 

 後詰である筈の場所へもぞもぞと向かうが、どうもおかしい。

 彼女が困れば何を言わずとも合力する味方の体温、その相手が其処に居ないではないか。

 どうした、まさか城外(ベットの下)かと動きを止めたが、そもそも彼の寝息が聞こえない事にエスメラルダの意識は感付いた。というか、だいたい起き始めた。

 僅かに体を起こし、寝惚けた眼で部屋を見回しても目標は発見できず。

 彼の部屋に居るのに、当人が居なければ駄目ではないか。

 これは案件ものである。

 

「……………………躾が、必要」

 

 普段は無表情と薄っすらとした感情が持ち味のエスメラルダだが人の情は理解している。

 というか、感情の振れ幅を彼が開拓したと言うべきか。

 その結果が昨夜の営みにもあったのだが、肝心の男は起きると女を置いて外出したようだ。

 起きてから外出までの間でエスメラルダが反応できなかった点もあるのだが、心地良い疲労感に屈服してしまったのだから、仕方がない。

 そう、仕方がないのだ。

 軍人の上司と部下ではなく、男女の時間だけは人並みに甘える彼女にとって。

 起きるまで一緒に居ない男は、制裁案件であるのは仕方ないのだ。

 

 ――――つまり、彼女は寝惚けたままだった。

 

 薄紫の髪を水中に咲いた睡蓮のようにベッドに広げていたエスメラルダは、彼と過ごしたねぐらから離れがたいのか、シーツに包まったまま動こうとしなかった。それも男が残した体温の残滓が消えるとむくりと起き上がり、瞼が擦りながら小さい欠伸を漏らす。

 不機嫌な半眼のままベッドから抜け出た彼女は、ブラインドからの日光にその白く瑞々しい裸身を触られながらテーブルに近付き、椅子に掛けてあったワイシャツを手に取るとそれを引っ掛け、明らかにエスメラルダにはサイズが合わないぶかぶかのワイシャツ、その裾を揺らしつつテーブルの上にあったページが開かれたノートをチラリと眺め、用意されたグラスをお供に冷蔵庫へ赴く。

 勝手知ったるなんとやら。牛乳パックを拝借すると自然に手に持ったグラスに注ぎ少し乾いた唇に当てるとくぴり、と一口飲む。

 一息ついたのか、彼女はテーブル上にあるノートを手に取った。

 

「……おはよう、メル」

 

 朝の挨拶と不在の理由が添えられた書置きに、気を緩めて声を紡ぐ。

 その後に携帯端末で時刻を確認し、滞在期間に余裕がない事を知って嘆息した。

 身嗜みを整え、常のエスメラルダ・カークス大尉へシフトし外界と遮断していた扉をくぐる。

 非番の日が待ち遠しい、と微かに心中を吐露して無人となった部屋に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中東区第三八〇集積所――――オブメルと定まった地名は、中規模な軍事拠点を起点区画として急激な発展を遂げた中東アジアの都市である。

 物流地区とされる当都市の誕生は、六月頃にジオン公国軍突撃機動軍の特務遊撃大隊が駐留し、戦争の影響で住まいを失った者や物資の流通が途絶えた事により一部機能不全に陥った町村の問題を転機に、暴徒の略奪とその兆候が見え始めた事に危機感を抱いた村長バレスト・ロジータが懇意とする軍人メルティエ・イクス大佐に頼み込んだ事を発端とする。

 当初は救援物資の配布から始まり、立ち寄る町村の代表が郷土品や畜産物を軍事拠点付近で交易を行い、兵士崩れや暴徒対策はジオン軍と共存する事で落ち込んだ物流の回復を図ると共に一定の治安を確保するという、特殊な状況下によるものとはいえ侵略者が地元住民に迎え入れられる稀有なケースと言えた。

 オデッサ基地を預かる同軍のマ・クベ大佐からは「難民の受け入れ先」と揶揄されたこの地は、刻一刻と膨張する人口密度に耐える為にメルティエ個人の伝手を活用し、北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将から支援を受けつつ、アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将とマ・クベ両者から補給物資を”盟約”により譲渡してもらい凌ぎ切った背景がある。そのお蔭か、他地区に比べて友好的に労働力を供与され以前の恩を返したギニアスはともかく、これを徴収と受けたマ・クベは面白くなかったが、今後の軍事行動に対する住民の理解を得られたことで表面上は静かなものだった。

 こうして各部隊の長が身銭を切った甲斐もあってアジア方面にジオン公国寄りの土壌が作られ、ガルマが統治する北米地区にこそ範囲では負けるものの都市オブメル近郊に限定すれば親交が深いアースノイドとの繋がりを得たのだ。

 同地でジオン軍の徴兵に応じるあたり、その度合いが知れよう。中破以降のモビルスーツを転用して街道の整地や伐採で活躍するザクタンクの搭乗者は彼らを中心として形成されていた。

 土建工事や交通機関の整備を念頭に企業が立ち上がる動きもある事から、オブメルは常に働き手を求めると同時に活気に満ちた地方都市となっている。

 

「あれ? シーマ様じゃないですか。こんな所で何してるんです」

 

 中心区画から二つ離れた商店街、その雑踏を進んでいたシーマ・ガラハウ中佐は聞き覚えのある声に振り返り「あぁ」と相手を認めた。

 小麦色の短髪、やや釣り目の青い瞳に化粧っ気のない顔は多少の砂埃で汚されていた。服装も軍の支給品で固めており、素材は良いのだがお洒落とは無縁に見える年若い女性。その両手に雑貨品の類がこれでもかと入った紙袋が抱えられている。

 時刻は昼過ぎ、テイクアウトのものに見えなくも無いが湯気や暖かみが袋からは感じられない。あったとしても携帯食か、その代わりとなるスナック等だろう。

 

「買出しかい?」

 

「あ、そうです。今日非番だったのでまとめ買いを。今度長旅になるって話じゃないですか、それで――――アイタァッ!?」

 

 畳まれた扇子の先で相手の額を強かに打ったシーマは、紙袋を抱えているからこそ激痛を発する所を押さえられず珍獣のような呻き声を上げるうら若い乙女へ、溜め息をくれてやった。

 

「アンタはもう少し考えて話す事を覚えな。人通りが多い所で話して良い内容なのか、その類すら解らないのか。ったく、嘆かわしいねぇ」

 

「しゅ、しゅびばぜん……」

 

 痛みから目を閉じ涙声混じりの情けない有り様を一瞥し、己の額を人差し指で軽く押さえながらシーマはもう一度息を吐いた。

 普段の勝気な表情とは裏腹に、へこたれると小動物化し保護欲を掻き立てるこの珍妙なイキモノはガラハウ隊に属しシーマ自ら鍛え上げたモビルスーツ隊の一人である。

 教導官をしていた頃に巡り合い、同郷の誼で何かと気遣い配属先がシーマの部隊という事で完全に師弟の間柄となった両者はバディとしての相性も良く、シーマが出撃する際はその後背を任されるほどの実力者にまで化けていた。

 レベッカ・ブラウン少尉は個人の技量も部隊上位から見た方が早い能力を有していながらも、人懐っこい性格と難しいことを考えるのが苦手な面から親しみ易く、部隊の内外から人気が高いマスコット的存在でもあり、猫科の外見でありながら犬属性持ちというけったいな少女であった。

 シーマとレベッカのような気安い掛け合いに心惹かれる者も多い。

 が、卑しくも立場を間違えた場合はガラハウ隊の強面勢とOHANASHIしなくてはならない。

 

「と、ところでシーマ様。シーマ様こそ、ここで何を」

 

 若干涙目でありながら聞くレベッカは、シーマの腰辺りで何か動いた事に反応し視線を下げた。風に押されて揺れる緑色の外套、その裾の下に彼女はしばらく注目し、驚きから目が点になった所でシーマは扇子を肩に当てながら左手を軽く動かした。

 

「ほら、挨拶しな」

 

 ――――その時、レベッカ・ブラウンに電流走る。

 

「うん。こんにちは、お姉さん」

 

 なんと。

 何と其処には、シーマに促されて挨拶する子供の姿があるではないか。

 蒼い髪の子供が上官と手を繋ぎ、迷子のお手伝いをしている雰囲気でもなく、路地に連なる露店を冷やかしながら散歩をしているような仲良し感を露にしていた。

 直立したレベッカが突如身体を戦慄(わなつ)かせると眉根を寄せるシーマであったが、大体何事か把握した彼女は面倒だと内心で零しながら口を開く。

 が、その前にレベッカによるインターセプト。

 

「し、シーマ様! シーマ様が、ご、ご結婚されていた、いや、それどころかこんな大きな子までいたなんてイタッ、イタァッ!?」

 

 案の定暴走していた頭の可哀想な弟子に、仏頂面の師匠は二度扇子で突いた。先程よりも若干力が入っており、手荷物を抱いたまま堪えていたが駄目押しに扇子で頭頂部目掛けて振り下ろされると遂に膝から崩れ落ちた。

 またもや珍獣のような呻き声を上げる弟子を眺め、多少の溜飲は下がったシーマは答えてやる。

 

「私はまだ、独身だ。手の掛かるヤツが多くてねぇ、本当に困ったモンさ。……そんで、こっちのはイクス大佐の子さ。私は偶々面倒を見てるだけだ」

 

 それも、爆弾発言以外の何ものでもない。

 シーマが言った通りだとすれば、ジオン公国軍の中で有数の家庭持ち軍人となる。

 メルティエ・イクスの出身は名家ではないが、養父ランバ・ラルはサイド3の名門であるラル家当主である。次期当主として名が挙がっている訳ではないが、ランバに嫡子が生まれず代替わりを迎えればメルティエが継ぐ可能性が高い。ラル家に連なる一族郎党から後継者を選ぶことも考えられるが、親子仲が良いことで知られる二人の間に割って入るのは厚顔無恥を通り越し、単なる阿呆の所業とされる。ランバが子を託された経緯を解けば、迂闊に踏み込めない域だと分かるのだから。

 そのメルティエの子と言うのなら、将来はジオン公国を背負う子と目されても仕方がないこと。

『青い巨星』が名門ラル家を継承し、養子『蒼い獅子』の子息ならばその未来を渇望されるべき身となるのは当然だろう。政界からは離れつつあるが、軍部でのラル家の影響力はジオン・ダイクンの御世に戻りつつあるとされている。階級こそ低いものの、ランバを慕いメルティエに憧れる者が多く属している点も大きな強みであり、目前の小さな子は総じてジオン公国の重要人物となる。

 以上は一般的な見解と言えるもの。

 しかし、世情に疎くスラム街に近い出身のレベッカからすればまた違う。

 

「ウチのボス、手がはやっ」

 

 見た目十を越えたあたりの少女を前に、二十を越えていない彼女は純粋な驚きを言葉にした。

 公式ではメルティエ・イクス大佐の年齢は二十二、少女の外見年齢から読むと成程、”早い”の意味がよく分かる。事実ならば色々と問題が起こりかねない事案発生待ったなしである。

 レベッカが驚きと顔を赤らめて何事か騒ぐからシーマの左手を握る手に力が籠もり、握られた彼女は緊張と困惑を感じ取ってか、また腕を軽く動かす。

 

「あぁ、アンタの考えている事は違うよ。この子の保護者がイクス大佐ってことさ。実の親は……ま、分かるだろう?」

 

「あ、そっか。

 ごめんね、ちょっと騒いじゃって……お名前、教えてくれるかな?」

 

 いそいそと体勢を変え、シーマの連れ子もといメルティエを保護者とする少女の目線に合わせて尋ねる。表情豊かな相手に戸惑いの色が濃いのか、華奢な手がまた緊張で固くなりシーマは小さく苦笑した。

 

「ロザミア。ロザミア・バタム、です」

 

「ロザミアちゃんだね。アタイ……アタシはレベッカ。レベッカ・ブラウン。よろしくね!」

 

 満面の笑みで握手するレベッカに、ロザミアは困っていた。

 自分より年上の女の子による邪気の無い歓迎もそうだが、新しい友人が増えたと喜ぶ態度は幼い印象を受けるから。成熟に向かう女性らしい丸みを主張する肢体と素直な性格が一致しないと言うべきか、本来ならロザミアの方がこういう明るさを示すべきなのではないか。

 そうして黙考していた少女の瞳に入るのは、レベッカのタンクトップから覗く古い傷跡。

 どういった傷なのかは分からないが、傷というキーワードからある人の姿がおぼろげに浮かび、ロザミアはレベッカの手を握り返した。

 

「よろしくお願いします」

 

 そう言うと嬉しかったのか、小麦色の少女はブンブンと手を振り、またロザミアを困惑させた。シーマが扇子で小突くと先ほどのように悲鳴を上げ、また涙目になる。

 紙袋を抱え直したレベッカは帰らず、シーマとロザミアの二歩後ろを歩き供をする気のようで。しかし立ち止まった店の品揃い、香ばしい匂いで腹具合を刺激する屋台に誘惑されていた。

 

「豚肉の匂いがアタイを誘ってる……魚の香りも辛抱たまらんっ。でも昼飯ガッツリ食べちゃったしこれ以上食べるとウエスト計るの怖くなるし」

 

 ブツブツ呟いては一喜一憂するレベッカに老若男女問わず微笑ましい視線が送られる。

 彼女が良くこの通りを使いお金を落としてくれるという理由もあるが、分かり易く取っ付き易い人柄も噛み合い店主や同じ客から親しみを受けていた。内外の人間が会えば多かれ少なかれ衝突してしまうのが常ではあるが、レベッカという少女の社交性が此処では遺憾なく発揮されていた。

 尤も、それは彼女がジオン軍の人間である一点があればこそだが。

 

「あの子は能天気だけど、人の事はちゃあんとみてやっているよ。嬢ちゃんが気にしなさんな」

 

「……ごめんなさい」

 

「ふぅん? 謝るような事考えてたのかい」

 

「あ、やっ、違います。……小さな子供みたいな人だなって」

 

「くくっ、そいつは十分失礼だねぇ。小さな嬢ちゃんにそんな事思われてたなんてさ。アレが素だから今はいいんだよ。仕事してる時は随分とマシな面してやってくれてる」

 

「仕事してる時……おとうさんみたいにですか?」

 

 見上げてくるロザミアに、シーマは目を細めた。

 その様子に少し怖くなって足を止めると、店の前で云々唸っていた筈のレベッカがすぐ後ろに立っていたから、尚更怖くなった。

 気付けば三人は通りを抜け、喧騒は後ろに下がっていた。

 

「大佐は子供に軍人の顔を見せないと思うんだけどね。何処で見掛けたんだい?」

 

「……初めて会った時」

 

「初めて? 確か嬢ちゃんは病院で……そうか、助けてくれた時にかい」

 

「うん…………ずっと、ずっと助けてって誰かを呼んでいたの」

 

 当時のことを思い返しているのか、瞳を閉じたロザミアを二人は見つめた。

 戦争の痛みを知る者が、此処には多過ぎるのだ。

 当事者のシーマもレベッカも、以前の部隊で背負った事件と罪過に精神を苛まれ押し潰されそうになる。静かな場所に居ると忍び寄り襲い掛かるこの痛みは、今後も消えることは無いのだろう。”スペースノイドによる独立戦争”の言葉に熱を帯びて乗せられ、人工の大地(コロニー)を地球へ落とした事が恐るべき人災ではある。だが、そのコロニーを調()()した者達は、如何なる罪科に問われるのか。

 

「それで……その時助けてくれた()()は、なんて応えてくれたんだい?」

 

 立つ事に疲れたような、掠れた声が流れた。

 それは何処か助けを求めるような、普段聞くことが出来ない女性の弱さを示しているようで。

 レベッカの瞳には、偉大な指揮官である恩師の背が小さく見えた。

 

 ――――必ず救ってみせる。

 

 蒼い少女はかの言葉を反芻しているのか、空いている右手を胸に置き動きを止めた。

 余裕の欠片もなかった剥き出しの決意だから、今もロザミアの心に根付いている。

 幾千幾万もの人間に目に見える死を叩き落した人間が吐いて良い言葉とは思えない。それでも、少女の心を温める男の声は薄れることは無く。

 

「有言実行、しちまってる訳か。難儀な男だね」

 

 明らかに呆れている言動で、シーマは空を仰いだ。

 ロザミアはメルティエの良さを知ってもらえなかった、と俯くがレベッカからはそうは思えず。彼女の目にはむしろ、鍛え甲斐のある部下を持った時のような、これから期待をかける時に敢えて突き飛ばす時の言い方と態度に映って。

 

「アタイ達も、期待して良いのかな」

 

 シーマに倣って青い空を見上げたレベッカは、誰の耳にも聞こえないように。

 それでも、童女が祈るような想いで晴天を仰いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生物は基本骨子に争う因子が必ずあると云う。

 それは人類も同じだ。一人で生きるのなら平穏無事で終わるだろうに、二人になると好悪等から意見が分かれ、三人以上になれば多数派、少数派から成る派閥ができる。

 主義主張から組織を形成し己を守ろうとする、属することで安心を得る行動は誰もが持つ根本的動機の一つであり、それは人類の歴史が宇宙世紀へ時代が移ろうと普遍的なものである。

 彼ら特務遊撃大隊ネメアに於いても、それは例外ではなく。

 幸いと言えるのはメルティエ・イクスという部隊長の気質からか、所謂「ネメアの獅子」という名を乱す癌細胞が蠢動しない所か。特定個人による派閥の形成は免れなかったものの、部隊運用に大きな障害を孕む危険思想を持つ人種は生まれなかった。

 

 ――――言葉を正しく当てるのならば、()()()()()()()と言うべきか。

 

 その派閥の中に、特異なものが存在する。

 参入する条件はたった一つのみ。それには階級や出身、能力等は一切関係ない。

 ただ、とある人物に対しての感情と態度だけが唯一にして無二の条件である。

 この条件から少数派の派閥ではあるが、多数派の派閥を相手にしても優に競り勝つほどの歪んだバワー・バランスを保持し、部隊内の不和を迅速に()()する役割を持つ。

 

「メルの操縦データ?」

 

 関係者が「お茶会」と呼称する定時報告会の場で、アンリエッタ・ジーベル大尉の声が通る。

 カチャリ、と薫り高い紅茶を揺らすカップをソーサーへ乗せる姿は正しく貴婦人のそれであり、軍服ではなくドレスを身に纏えば政界のパーティに足を踏み入れたとしても何ら問題にならない。

 別段気品漂う調度品に囲まれているわけでもなく、居住区の何処にでもあるような椅子に腰掛けているだけなのに、一般人と比べれば彼女の佇まいと所作は良い意味で線引きされていた。

 

 事実、彼女はジオン公国の名門ジーベル家の息女だ。普段は部隊構成員に合わせて崩しているがアンリエッタ・ジーベルという令嬢の在るべき姿は銃火飛び交う戦場ではなく、煌びやかの裏で腹の内を探り合う政界に身を置く筈であった。とある理由から紆余曲折を経て、ジオン軍を代表する特殊部隊に配属されている現状は他所から見れば理解に苦しむことは想像に難くない。

 本人からすれば、欲と利だけで塗り固められた世界より価値ある場所へ。生の感覚に乏しかった人形を辞めて、自由に呼吸できる日向を好んだ結果なのだ。

 権力者の嗜みとはいえ騙し合い、化かし合いが日常茶飯事の生き方は遠慮したいのである。

 

 そういった経緯から、この場に居る「お茶会」のメンバーは”観察”しないで済むだけに気の置けない間柄と言える。肩肘張らずに付き合える相手はどの世界でも貴重なのだ。

 気になるワードが登場したのは、主催者であるアンリエッタを含めたメンバーが橙色を基調とした彼女の自室へ集い、近況を話し合う最中であった。

 報告者はユウキ・ナカサト軍曹。この「お茶会」に招かれた彼女は、趣旨はともかくその理由を説明された時は酷く狼狽し、いかに他者の視線が潜んでいるかを恐怖したが喉元過ぎれば何とやら。今では通信士の触る内容から貴重な情報源となっている。 

 

「はい、操縦テレメトリーですね」

 

 彼女は紅茶で唇を湿らせてから、やんわりと補足した。

 手に持ったソーサーにカップを置くと、まろやかさを求めてかミルクを垂らす。白い筋が緋色の水面に溶け込んでいく様子を見つめる。

 

「出先はグラナダ基地技術開発部、キシリア少将からの催促です。何度目かは分かりませんが」

 

「またグラナダ、か。宇宙にも優秀なモビルスーツパイロットは多いのに。どうしてメルのデータに拘るのか……企業との交渉に機体を奪われたりするのも納得がいかないし、普通じゃない。

 確か、実戦データの提出指示が来てたよね?」

 

「そうです。キャリフォルニア・ベースのレーザー通信で衛星軌道上の艦隊へ送れ、と。

 上官命令とはいえ、巡回任務途上で待機指示を受けた隊は大変でしょうね」

 

「……だね。ルナツーは開戦初期に受けたダメージからしばらくは攻勢に移れない、情報局の話が本当なら危険度はそう高くない」

 

 笑みを唇に残しながら、アンリエッタは柔らかい口調のまま止めた。

 ユウキも同意を返し、紅茶を口元に運ぶ。

 だが、メルティエかエスメラルダがこの場に居たのなら、アンリアッタに何事か尋ねるだろう。

 彼女の瞳は、思考の海に沈んでいた。

 

(――――メルの実戦データを、行動パターンが記録されている情報を、態々巡回任務をダミーにしてまで受け取りに行かせたんだ。ルナツーの戦力は第一次地球降下作戦の折に衛星軌道上の防衛で大敗、壊滅的被害にまで陥ったのは地球降下部隊援護に就いていた『赤い彗星』率いる追撃隊がルナツー防衛ラインを寸断まで追い込んだから、連邦軍との境界線は地球から大きく離れている。

 つまり、()()()データを受信できるタイミングは()()()

 北米方面軍は戦力の調整と進軍ポイントの割り出しに全能力を傾けている。防諜の類は下げないだろうけど、ガルマ准将は上の兄姉と違って家族のやる行動に然程忌避を感じない。感じなければ何故、既に地球へ降下したパイロットのデータなぞ欲しがるのか疑問に持ち辛い。キシリア少将と万事相性が悪いドズル中将と違い、ガルマ准将はキシリア少将の行動を掣肘しない公算が高い。

 専用機のグフを取り上げたり、部隊内で保存するデータを提出させるのはやはりおかしい。

 ネメア隊全員に提出させないのは何故? ネメア隊は機体性能を底上げしたカスタム機が多い。原型機の性能上限を調べるなら全パイロット、全機のデータを抽出するべきだ。優れたパイロットのデータだけ掬い上げても、その個人だけをベースに作られるだけ。多種多様なデータ収集をしなければ幅広いパイロット層に対応できる後期型、新型機にまで繋がらない。モビルスーツを扱う者からすれば、キシリア少将の行動は意味不明、無意味なデータを集めているだけにしか思えない。

 そう――――メルティエ・イクス専用機を造る積もりでもなければ、意味が無い。

 もしくはエースを、メルティエを対象にしたプログラムを…………それなら、有り得る。メルを仮想敵に設定し、行動パターンを先読み、移動ルートに攻撃を合わせる。プログラムを走らせればトレーニング役にするのも可能。だけど今まで重用してきたメルを仮想敵にする意図は……いや、ザビ家だ。相手はキシリア・ザビなんだ。メルの両親は事故死、養父は閑職に追い込み憤死を狙うような輩、当人なんだから、”まさか”は有り得る。油断はしちゃ駄目だ、アンリエッタ。

 嫌な感じがする。ただの思い違いかもしれない、拾ってもらった恩を仇で返す勘違いなのかも。それでも、厭な感じがするんだ。……メルが倒された時のような、冷たい感じが。

 でも、どうすれば。ジーベルの力は使えない。物資の斡旋程度なら動かせるけど、それも難民を救う為に負担を掛け過ぎた。それにサイド3から地球までは遠い。明確な指針を伝えないと、幾ら何でも力を貸してもらえない。メルを助けてって、漠然過ぎて手の出しようが無いじゃないか。

 メルとガルマ准将の交流、友誼に賭けるべき? でもそのガルマ准将もザビ家。個人の友情より家族を優先するのは、人間として間違いじゃない。そう、ヒトとして間違いじゃ――――)

 

 揺さぶられた、そう気付くまでアンリエッタは思考の袋小路に陥っていた。

 肩に伸びた腕を視線で辿ると、良く知る顔があった。

 小柄で華奢なように見えて、実は相当な猛者である彼女の顔が。

 

「どう。正気に戻った?」

 

 親友以上の仲であるエスメラルダ・カークスは、そうぶっきら棒に言うのだ。

 余りにぞんざいであるから、その言葉に毒気を抜かれてしまう。

 考え事をしている間に合流したのだろう。開いた扉に反応できなかったのは頂けないが、体の感覚が低下しているのだろうか。メルティエではないが、疲労が蓄積しているのかもしれない。

 エスメラルダの後ろに様子を見守るユウキの姿が覗く。どうやら心配をかけてしまったようだ。

 

「ごめん。少しぼんやりしてたよ」

 

「そう。頬を叩いても反応がないから」

 

 言われてみれば、右頬がじんじんと熱を帯びている。

 気付いてしまうと痛みが自己主張するのか、ぶたれた頬を思わず押さえてしまうくらいの痛覚がアンリエッタを襲う。ユウキが心配そうに見ていたのはこの張られた頬のせいかと冷静に分析してみる。残念なことに気晴らしにならなかったが。

 

「っつう。ちょっとは加減してよ、腫れちゃうじゃないか!」

 

「問題ない」

 

 エスメラルダに触れられた肩にも痛みが走る。仲が良いとは言え、乱暴に過ぎるのではないか。

 とんだ怪力型合法ロリである。その内に気付けと言いながら暴力を振るい出しそうで怖い。

 痛みに対する不満から、馬鹿力め、と胸中で毒づく。

 

「逆に考える。左も腫れちゃっていいさ、と」

 

「……何処の聖書の引用かな、それは」

 

 心を読まれたと背筋に冷たいものが流れたが、彼女の胸をトンと叩いて押し退ける。

 頬をぶたれたり、肩を強く掴まれて揺さぶられたりと小さくない苛立ちがあっただけに力任せに押した。僅かばかりの弾力を経て手の平に訪れるのは、芯に触れたかのような触覚で。

 そして、その胸は平坦だった。

 

「うわっ、危ない!」

 

 どう見ても細く軽い腕が、空気を震わせるほど唸りを伴ってアンリエッタが一瞬前まで居た空間を薙ぐ。筋骨隆々の者が具えた豪腕が如き様に、傍観せざる得なかったユウキも驚いた。

 

「チッ…………!?」

 

 アンリエッタが屈めてやり過ごした時に、彼女の胸が膝に圧迫され持たざるモノから昏く羨む姿に変わった。無性にもう一撃発すべく腕を軽く引くと、

 

「カークス大尉、ダメです!」

 

 肘辺りに柔らかい感触、続いて手首から下をほっそりとしたユウキの手が包む。

 そう、柔らかく包み込む感覚なのだ。

 振り返れば、女性らしい造形がエスメラルダの視覚情報を刺激する。

 

「…………もか」

 

「はい? カークス大尉、何を」

 

 ユウキが聞き返す中、エスメラルダは全身を震わせてた。

 身長差から上目遣いで、しかし子供が癇癪を起こしたようなお冠である。

 二人にとって不幸だったのは女性の、情緒不安定な日が偶々今日だったということ。

 そのエスメラルダの精神を波立たせる事といえば、大規模な作戦と期日が迫った行軍航程で多忙を極める男との時間が削られていたり、過日に酷使した代償かアッガイの駆動系に支障が発生しており海底探査あるいは海上護衛任務にかこつけて複座型コックピットの本領を発揮しようと秘かに練っていた計画が水泡に帰していた等がある。

 表情にこそ現れないが、内心ストレスが溜まっていたのだ。

 その折に、無い者特有のコンプレックスを刺激する事象が短い時間で多発していた。

 ともすれば、

 

「お前もか、ユウキ・ナカサト」 

 

 爆発するのは、必然である。

 ゾッとする冷たい声を伴った焦点が合っていない瞳は、息が掛かる至近距離だからこそ身を竦ませる恐怖を励起させた。エスメラルダから香る、ユウキも好んで愛用する柑橘系の匂いが今この時は別の類にしか思えなかった。

 

「ちょ、エダ、シャレになってないからストップ!」

 

「こ、これってイクス大佐じゃないと止まらないんじゃ……きゃあ!?」

 

「ごめーん、ちょっと仕事長引いちゃった――――ってなんだこれぇー!?」

 

 遅刻したメイ・カーウィンが入室した時には、普段から整理整頓されていたアンリエッタの室内が小さな子供が玩具箱をひっくり返した並の惨状になっていたと言う。

 

「この世に神など居ない……!」

 

 悲哀を滲ませる背中が、其処にはあった。

 暴れ回られ実害を被った部屋の主と、何故か己の胸を両手で抱く通信士を震わせながら。

 

 余談だが、この事件は通報を受けたメルティエ・イクス大佐が駆けつけ迅速に()()した。

 これを機にメルティエは急遽秘書官を用立てる事となり、その役は各部署から選抜された人物が一定期間毎に就く異例の持ち回り制を導入する。横の繋がりを強化することで部署間の連携と部隊長の事務管理及び動向を把握する為に必要な措置とし、上層部より承諾された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




冒頭はいつも通り。
しかし、最後の文まで書き切った辺りでふと思う。
本編の足りないピースを嵌めたような補填回のような……。
これは需用があるのだろうか、と。

しかしながら、書き終えたならば致し方が無い。
消去するのも心苦しい。

故に、新規投稿(ワンクリック)
読者の方々が、僅かでも俗世を忘れ物語に没入できれば幸いである。



作者の目標が「読者の時間泥棒」なだけに( ゚3゚)

今回の幕間はエスメラルダ、アンリエッタ、シーマ、気持ちユウキ辺り。
次の幕間はアンケートが多かったロザミアを候補にする……したいな。ハイ。
他のキャラにもライトを当てたい……が、あまり期待しないで待っててね!

本編の投稿はGW期間中にできれば。感想お待ちしてます( ゚д゚)ノ


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第65話:かの者よ、来たれ 〈その1〉

 ――――『赤い彗星』。

 

 ジオン公国軍を代表するエースパイロットとして、その雷名は敵味方問わず知れ渡っている。

 最大規模の宇宙会戦ルウム戦役において戦艦五隻を撃沈し、地球降下作戦ではその第一陣の援護に入ると共に衛星軌道上に展開した連邦軍迎撃部隊の突破に貢献、更に追撃を断行しルナツー要塞の防衛ラインを散々に破り、同要塞から鹵獲されたモビルスーツを引き摺り出しこれを撃破した。

 この甚大な被害を被ったルナツー攻撃も、彼からすれば戦力懺滅を兼ねた威力偵察の積もりだと云うのだから恐ろしい。

 事実物資不足から撤退したが、もし十分な補給を受けた侵攻であったなら連邦軍は宇宙の拠り所を失う危機にあった。あれから半年が経過した今でもルナツー要塞は万全の状態ではない事から、ジオン軍がルナツー攻略に踏み込まないのは不幸中の幸いであったとしか言い様が無い。

 こうした戦果からジオン軍にとっては救国の英雄であり、連邦軍からすれば地獄の使者である。

 U.C.0079において、最短日数で尉官から佐官へ昇った軍人はシャア・アズナブルしかおらず。一流の戦術家でもあり華々しい戦果と大功成し得た実力を備え、モビルスーツパイロットのカテゴリーでは史上初の成績をキープし続けている。

 その『赤い彗星』ことシャア・アズナブル中佐が今正に攻撃を仕掛けてきたとすれば、どうか。

 開戦中期の中でモビルスーツという兵器を恐怖の代名詞としか知らず、ルウム戦役の痛手を聞いたばかりの将兵ならば及び腰で済めば重畳と。一戦交えず撤退もありえた可能性が高く、士気消沈から続く部隊離散も想像に難くない。

 

 偵察隊から送られる情報を精査していたシャアは現在時刻を確認する。

 時刻は〇一五五。日付が変わってから約二時間が経過しようとしており、彼が定めた作戦時間に迫っている。適度な緊張を感じながらも呼吸の乱れは無い。

 相変わらずノーマルスーツを着用せず専用の赤い軍服でモビルスーツのコックピットに居るが、これは「自分は撃墜されない」という自信の表明と決意でしている。一見傲慢な自信家と受け取れ兼ねない立ち振る舞いだが、最近再会した友人が「それだけ慎重に行動するってことだな」と人が多い中で言うものだから、ネメア隊内に限れば異なる印象が芽生えつつあった。

 

 ドムのディスプレイは電源を落としたように真っ暗で、表示計の類が映らなければカメラが壊れたかと思うほどだ。

 だが、この時を嵐の前の静けさと云うのならば、この暗闇もそう悪いものではない。

 何故なら、間もなく自らが嵐の央となるから。

 

「偵察隊による目標確認から四時間。人員配置やこちらの動きが悟られたか様子を見ていたが」

 

 赤外線カメラから送信される映像を見るに警戒態勢に動きは無い。反応がないとも言って良い。敵地に侵攻している緊張は無いのか。防衛戦力に余ほどの自信があるのか。あるいは自分達の所在がばれない理由でもあるやもしれん。

 が、敵監視システムの埋設位置と歩哨の見回りルート、野営拠点の兵舎及び物資貯蔵庫等の所在を把握している。加えて、交代制で警備をしようにも仕事に集中できる時間は長くないものだ。

 どれだけの期間を此処で過ごしているかは判らないが、初日でなければ幾日も同様の行動をしていては気が抜ける。ヒューマンエラーというのは、そうした日常の陰に隠れているもの。

 

「随分と待ってやった。私としては」

 

 即断即攻をする性質ではないが、ある程度の情報を拾った上で攻撃を仕掛ける筈だった。

 今更敵を打ち倒す事を躊躇った訳でも、弾丸を撃ち合う事に恐怖した訳でもない。

 ただ、信頼できる者達に守られている妹と今後の展望を語り合える友が己の帰りを待っている。

 自分自身が始めた事とはいえ、ジオン軍人の『赤い彗星』シャア・アズナブルの戦果ではなく。一個人のキャスバル・ダイクンの帰還を待っている人達がいる。

 復讐を志す輩からみれば、なんたるくだらぬ感傷だと思う。

 しかし、一度でもそう響いてしまったのならば、仕方がない。

 才を有するが故に敵の致命傷を突き詰めるで終わらず。堅実に状況を見据え万全を期すのだ。

 今から相対する連邦軍の兵士にはその予行練習、道筋の道標となってもらう。

 

「人員配備も申し分なかったが、マンネリ化対策を講じなかった指揮官は詰めが甘い」

 

 ドムの起動はストレスを感じさせない、極めてスムーズに行われた。

 低くしっかりとエンジン音がアップする中で、ディスプレイ上に展開された簡易マップに友軍機が表示され、僚機のズゴックが戦闘態勢に移った事を報せる。

 赤いドムは発進と同時に重心を移し、上体を前へ倒しながらホバー移動を開始した。

 モビルスーツが加速する間に、作戦開始時刻となる。

 

「まずは先手を取らせてもらう」

 

 機体が加速限界に入るとドムはビーム・バズーカを展開し、両手と右肩でホールドする。

 数秒のチャージを経て、収束したビームが空間を灼きながら監視システム埋設地を破壊し、そのまま後方の物資貯蔵庫を爆破し崩壊へと導く。夜が深まった空気を震えさせ竦ませた光は自己主張の塊であり、遠目から良く判る光量と独特の音響をお供に甚大な破壊力を披露してみせた。

 メガ粒子の爆破はそのままミノフスキー粒子を拡散させ目眩ましにもなる。宇宙ではムサイ級巡洋艦からの一斉射撃でダメージと遮蔽空間を展開するのが常道であったが、この赤いドムはモビルスーツサイズで同様のことが可能だ。

 さすがに巡洋艦並のメガ粒子は充填していないが、極一部ながらも着弾地を起点とした通信遮断と電子機器障害は指揮系統の混乱と意識の硬直期間を発生させる。

 その間に、赤いドムは連邦軍野営地へ肉薄する。

 バズーカと機体の冷却が生じているが、シャアのドムは速度を維持したまま走り続けるのだ。

 つまり、この赤いモビルスーツは多くの戦術的有利を内包した先制攻撃を可能としている。

 被害を受ける側からすればそれだけでも大事であるのに、この機体は『赤い彗星』が搭乗しているのだから、敵からすれば顔を覆いたくなるような状況だろう。

 加えて、部隊編成時に手土産を持参できなかったシャアはやる気も満ちていた。

 決して上司に自分を高く売り付ける算段ではなく、旧い友人に活躍を見せたいだけだが。今から渾身の力を込めて殴られる相手からすれば、どちらも同じような事柄であった。

 

 かつて『蒼い獅子』の愛機であったドムの実戦データを基にしている本機はジェネレータ、出力強化を命題に改修されている。静止あるいは通常移動時のみ発射可能とされたビーム・バズーカを高速機動で使用できるよう出力の強化と安定を徹底的に見直しを計り、実戦で発生した出力低下と機能不全を克服せんとトライ&エラーを重ねた末に完成したものが本機である。

 機体の外観そのものは前身の蒼いドムと瓜二つだが機体スペックは飛躍的な進歩を遂げている。機体性能を損ねる事無く最大火力であり最大の悩みでもあったビーム・バズ-カが問題なく使用できるのだ。現状での高火力、高機動、重装甲を成し遂げた脅威のモビルスーツである。

 その結果としてスペックこそ最上のものとなったが、機材や消耗品の共有化はほぼ絶望的でありメンテナンス性は最低のものとなっている。特にビーム・バズーカは技術主任のメイ・カーウィン謹製のため再現するのも難しく、彼女自身試行錯誤して搭載した背景から量産は不可能に近い。

 原因の一つに、苦心したモビルスーツのパイロットが『蒼い獅子』ではなかった事がショックだったのか、当人の顔面に設計資料を叩き付けた経緯があり、その際に必要な図面が紛失してしまったという裏話があるが、ネメア開発陣は黙秘権を発動している。

 

「さて。問題は私にメルティエのような動きができるかだが」

 

 物資貯蔵庫といえど幾つかに分けられており、更に東西へ分割されている。シャアの一射は東側の二棟を焼き払ったが、それで今回の襲撃が終わることは無い。

 これ以上は連邦軍部隊と直接銃火を交える必要がある。敵が迎撃に出て来るのならば正面から潰して立ち回り、存分に注目を引いて偵察行動から鎮圧に切り替わる陸戦隊の侵攻を援けなくてはならない。僚機の援護も過不足なく受けられるだろうが、矢面に立ち続けるのはシャアの一機だけとなる。これは完全に敵を殲滅する為の第一段階であり、単なる通過点に他ならない。

 シャア率いる攻撃部隊は一度に攻撃するより、時差を挟んで攻撃する事を今回は選んだ。

 ビーム・バズーカの試験も兼ねているが、地上でのビーム兵器による先制攻撃は事例が少ない。ガウ攻撃空母による艦隊砲撃もあるにはあるが、どちらかと言えば高々度からの絨毯爆撃による面制圧が多く互いの射線上で撃ち合う砲撃戦は敬遠されていた。

 ジオン軍にビーム兵器の有用性が乏しければ、即ち連邦軍の対策は無いに等しい。東からのシャアによる攻撃でミノフスキー粒子の混乱も少なからず発生し、収束する前に西からズゴックのメガ粒子砲の射撃も加わる。事態に緩急をもたせながら相手側の沈静阻止と攻撃対象の散逸を誘発させ、モビルスーツの襲撃に意識を割かせた上で陸戦隊が敵拠点を制する。

 その為に作戦の基礎骨子たるシャアは部隊全体の盾であり、同時に矛でもあった。常の彼ならば僚機と並び攻撃を仕掛け緩んだ防衛線を突破口に敵を撃滅する。戦況の移ろいが速い電撃戦じみた攻撃戦術を好むが、少ない戦力で優位に立ち続ける作戦も得意であった。

 

 二射、三射と攻撃を続けながら砲身の冷却状況と機体の出力推移に目をやり、僅かな変化も見逃さぬよう気を配りながらドムを走らせる。

 管制塔代わりなのだろう敵指揮車両、ホバートラックが砂塵を撒き散らした。ドムはそのホバートラックを一瞥した後に西側の物資倉庫へモノアイを向ける。高熱源をキャッチした為だ。

 

「報告では東西どちらにも金属反応があった。東側にもこれと同じものがあったと思いたいが」

 

 高熱源反応は五秒以上その位置に留まっている。

 察するにドムが搭載しているビーム兵器のもの、ミサイルの類でもないと見た。

 メガ粒子のチャージは収束効率で左右されるが臨界点以上その場で蓄積させようとすると暴発の恐れがあった。集中して存在したメガ粒子が衝突し合い自爆とも呼べる爆発を起こすのだ。シャアの想像以上に連邦軍の技術力がメガ粒子の収束率を上げている可能性もあるが、艦船でもなくそのような設備群が移動しながら存在しているとは考え難い。

 宇宙で遭遇した『白いヤツ』も、一秒以上三秒未満で射撃していたのだ。一月の間でビーム兵器の向上を成し遂げた等思いたくない気持ちもあった。

 ミサイルの噴射熱による反応もあるにはあるが、高速以上で飛来するミサイルがその場に佇む事は物理的に不可能であるし、熱量の違いがあり過ぎた。

 

「任務目標ではないが、戦場で私と遭った不幸を呪うがいい」

 

 野営地を走り荒らしながら起動した白いモビルスーツ、ジムの胴体にビームの砲弾を叩き込む。倉庫の出入り口を一歩出た出会い頭の交差だっただけに碌な反撃も講じられずジムは爆散した。

 モビルスーツの爆発が光源にもなり暗がりに浮き上がった倉庫の規模を確認できる。斥候の報告通りモビルスーツ保管庫なのだろう。ジオン軍の野営地ではモビルスーツハンガーを野晒しにする傾向が強いが、モビルスーツの情報を秘匿したい連邦軍は遠方からの偵察を嫌い態々建造物を設けてまで隠したかったようだ。対策を講じていた彼らにとって無念だったのは、モビルスーツ規模の火器類搬入を偵察隊に見られた事と、モビルスーツ試験部隊の側面を持つが故にネメア隊の関係者は周辺設備の知識がそれなりにあった事か。

 

「夜襲とはいえ警戒しない道理も無い――――むっ!?」

 

 ついでとばかり倉庫に向けてビーム・バズーカを発射せんと旋回するが、倉庫の壁を内側から切り破って出現したジムがそのままビーム・サーベルを投擲する。

 膝を曲げつつ腰のひねりだけでその投剣を回避したドムは、シールドから覗くマシンガンを見て横に身を退く。曲線を描いたビーム・サーベルはそのまま地上に突き刺さり、エネルギーの充填が僅かだったのかただの筒となって地面を窪ませた。

 銃口から弾丸が連続して発射されるが、ドムは射線を悉く避けながらジムに接近する。近接距離まで許したジムは一歩引き次の一歩で空中へ跳躍、スラスターの噴射力を頼りに間合いを取ろうとした。上下左右にブレながらもマシンガンの射撃を止めなかった判断は牽制の積もりなのだろう。

 距離を開けようとする動きは良い。戦場の状況把握や地形変動の移動制御が満足にできていないのならば、障害物と衝突したり躓き転倒する可能性を考慮し自由な空中へ退くのも有効である。

 推進剤が十分にあるコンディションなら、多少推進力に重きを置いて高速機動するのも当然だ。

 このパイロットの教官がどのような教育を施したのかは知る由もないが、シャアは笑う。

 宇宙で相打った『蒼い獅子』なら、逆に『赤い彗星』へ接近戦を挑んだ。

 理由は簡単ではあるが、踏み込むには()()()()()勇気を要する。

 

「射線を退かすのではなく、逃げるのではな」

 

 その勇気が足らなかった者は、遭えなく空中で爆発四散した。

 射撃の正面に在ってはパイロットの射撃センス次第で命中するし、相手は『赤い彗星』である。ビーム・バズーカの砲口の死角へ身を置かなければ絶対回避の結果は得られない。『蒼い獅子』との戦いでは両機共に取り回しの良いマシンガンであったから、尚更互いに超接近戦を強いたのだ。

 結末は酷いものだったが、対『赤い彗星』で勝ち星を拾ったのはあの男だけだろう。

 あの戦いが終わった時分は気付かなかったが、今のシャアなら―――――キャスバルの面を顕にした彼には分かる。二人の戦いが演習訓練の時間だけだとしても、パイロットの資質と性格はそう簡単に変わるものではないから。

 

(死中に活を見い出す、などは生き急いでいる証拠だぞ。メルティエ)

 

 破壊されたジムの部品が地上へ降り注ぐ中、ドムに接近する高熱源反応が複数感知した。

 二機撃破されても抗戦する士気はあるようだ。

 尤も、三機のモビルスーツが戦力として残っているなら当然か。

 壊滅判定が出てもおかしくはない被害が出ている筈だが、どうやら敵は全滅するまで降伏しないのだろう。モビルスーツが五機以上配置されていた点から北米奪還作戦に向けた尖兵である公算が高く、この場で叩くべきと判断したシャアに間違いは無かった。

 フォーメーションを組んだ三機は倒壊していない倉庫等を利用しドムとの距離を詰める。

 敵は有効射撃距離まで到達したのか、携帯火器を向け攻撃を開始する。マズルフラッシュに遅れ九〇ミリの牙が空を裂くが、シャアはドムの機動力をもって十全に躱す。モビルスーツが出て来た倉庫を遮蔽板代わりにするが、倉庫外壁にあった亀裂からもたないと判断。ドムが一呼吸分の距離を取った時点で倉庫が火力に屈し倒壊した。

 倒壊すると同時にチャージしたビーム・バズーカを発射し、それをシールドで受けたジムが爆煙に呑まれ踏鞴を踏む。ビームの砲弾はシールドの取っ手以外を破砕し余波でショルダーアーマーを焼く程度だ。取っ手を投げ捨て両手でハイパー・バズーカを構え撃ち返した様子から継戦に支障はないように見える。

 シャアは存外頑強だったシールドに興味を引かれた。

 ビームとなったメガ粒子は接触面で球体状に変化し、其処へ更なるメガ粒子が溜まり爆発する。ある一定値の強度から溶融の勢いが止まる為に起きる現象であり、照射型と違い砲弾に性質が近いからこそのビーム・バズーカだが、シールドを侵食して内部に食い込み貫通し爆発するとシャアは推測していた。

 

「無いと思っていたが、ビーム兵器の対策はそのシールドか!」

 

 ジオン軍にもシールドを携帯するモビルスーツは存在するが、グフのシールドにここまでの強度はあるだろうか。恐らくシャアの考え通りシールドを突破され機体は深刻な損傷を受けるだろう。

 あの『白いヤツ』も同じようなシールドを持っていた。

 とすれば、ビーム兵器を搭載するモビルスーツは何らかの対策を施してあるということ。

 モビルスーツの開発はジオンが先だが、携帯火器の威力は連邦軍に越されている。

 

「開発段階でジオンのアドバンテージを追い越す……連邦軍の技術力は侮れんな」

 

 思考しながらも危なげ無く応戦するシャアは再チャージしたビームの砲弾を敵の前へ撃ち、爆発で生じた煙とミノフスキー粒子で撹乱する。

 そして西から迎撃に来たモビルスーツ隊がドムを追い中央へ移動した時点で、

 

「個人で決しても良いが、私も立てた作戦は完遂したいのでな」

 

 敵方の背後から強襲するズゴックが両手からメガ粒子砲を乱射する姿を確認し、挟撃へと移る。赤いドムと蒼い腕を持つズゴックに退路と活路を封鎖されたモビルスーツ隊は事態を認識する間もなく沈黙した。キャタピラの音を鳴らす戦闘車両やホバートラックはモビルスーツ隊が全滅したのをみて戦意を喪失したのか、白旗を振って降伏を示してきた。

 陸戦隊が捕縛と護送の手配をする様子を見守り、シャアは難なく敵勢力を制圧した結果に頷く。

 あの木馬と遭遇してから久しい損耗ゼロの戦闘報告を旗艦へ送信しながら、彼は酷く物足りなさを感じていた。

 

「白いヤツと酷似していると聞いたが、ここにあるのは色と外観程度のものだけか。

 いや、真新しい轍跡がある……何処かに移送されたか」

 

 撃破したモビルスーツが報告にあった機体なのか、一度偵察した人間に確認せねばなるまい。

 宇宙でのシャアの追撃を払い除け地球へ降下した『白いヤツ』――――ガンダムタイプのモビルスーツならば、今後の為にも鹵獲か破壊をしておきたい。

 あのモビルスーツの生産体制が完全なものとなれば、パイロットの技量はともかくとしても性能だけは脅威だ。そしてそのパイロットも経験を積めば恐ろしい戦力となるだろう。

 パナマ攻略作戦を間近に控える段階で、この敵戦力情報は代え難い戦功に違いない。

 この情報を基に今一度作戦を練り直して挑むか、懸念事項の一つとして置き決行に踏み切るかでガルマ・ザビの器が試される事にだろう。

 とはいえ、問題がそこで終わらないところに悩みの種はある。

 作戦の時機にもよるが、各部隊より一時的に借り受けた人材をそのまま置くことは難しい。

 現在の各戦線は停滞しているものの、一部ではあるが最前線を担い敵軍を睨むべき将兵を集結させているのだ。今作戦行動が元で戦線を突破され防衛ラインに変化が生じれば少なくない責任問題が浮上する。起こりえれば通常は降格か左遷の沙汰が下るだろうが、ガルマ・ザビはザビ家の人間であり内外的にもジオン公国を代表する有名人である。

 問題発生による責任追及を受ければ、ガルマ・ザビ准将という司令官の下で機能しているキャリフォルニア・ベースの戦力が、宇宙攻撃軍と突撃機動軍及び地球攻撃軍を束ねる要が外れることに他ならず、混在する火種が派手に爆発しかねない。

 しかし責任追及が果たされなければ、不満の種が何処かで芽吹く可能性もある。

 対象がガルマなのでそこまで激しいものは広まらないだろうが。もしこれがドズル・ザビであったり、キシリア・ザビであったなら軍閥を巻き込む諍いとなるのは火を見るより明らかであろう。

 故に。シャアとしては”騒動”を引き起こすのも、己の願望を鑑みれば至極当然のこと。

 ジオン軍の戦力が低下すれば、それだけ復讐の刃が届こうというもの。

 その為には各司令部が点在する宇宙(そら)へ戻る必要があるが、そもそもシャア自身宇宙攻撃軍所属の人間である。軍閥同士の削り合いが発生すれば、戦力や抑止力として機能する『赤い彗星』を呼び戻さない選択肢は有り得まい。

 

 だが。そうなれば、同じく宇宙へ戻るだろう『蒼い獅子』と戦場で衝突する。

 彼の、シャア・アズナブルは「立たれては厄介だ。面倒になる前に殺せ」と云う。

 彼の、キャスバル・ダイクンは「相手は同じ親の仇なのだ。同士にしろ」と云う。

 そうして、()自身は友人を見定めたいと踏み止まっている。

 己が火薬庫足り得る秘密を握るのは、今はまだ彼と近しい二人だけ。

 今はセイラ・マスと名乗っている妹アルテイシアは、ラル家に保護されている。

 同じ軍に属する友人メルティエは、頼もしい部下に守られている。

 これに胸を撫で下ろしている自分が居て、危険な情報源が息をしていることに不安を抱いている自分が居るのだ。

 

 無意識に、右手がドムの操縦桿を握り、左手が胸元のペンダントを探った。

 独りサイド3に戻り、軍人として復讐の機会を狙っていた男は葛藤する。

 

 是、成すべきか。

 偉大な父の提唱したニュータイプ論を、選民思想に染めた一族への誅殺を。

 温かな母の温もりを奪った、ジオンの名を冠する国への破滅を。

 

 あるいは、成さざるべきか。

 妹と共に世を見つめ、父の言うニュータイプの何たるかを求めるか。

 理解者に近い友を引き連れ、歩む道を定める所から始めるのも良いかもしれない。

 

「フッ、ままならぬものだ」

 

 彼がいつの間にか塗り潰していたものが、好奇に探究にも似た心が隙間から滲み出るように自身が定めた方針をブレさせる。これらは思いを巡らせば巡らすほど絡み、しかし強く引けば千切れる糸のようなもの。容易くはないが無理をすれば断ってしまう緊張が、かえって彼の意思を留める。

 彼が思案に暮れる此処は戦場で。機体の足元では事後処理の光景が続いていた。

 蒼い腕のズゴックが降伏した連邦兵に睨みを効かす中で、赤いドムはビーム・バズーカを構えた姿勢を維持する。捕虜となった連邦軍兵士達は蒼と赤の巨人に挟まれながら、移送トラックへ押し込められた。

 トラックの護衛をズゴックのケン・ビーダーシュタットに任せ、シャアは基地施設の一次調査に入る陸戦隊の即時戦力として現地に留まった。

 機体に支障はないが、状況把握の為にファットアンクルが回収に着くまで各部チェックを行うとケンに伝えたのが功を奏したのだろう。遠方よりドムの高機動戦闘を見ていたケンは成程と納得し特に疑問を挟まず動いてくれた。

 

「コックピットで思い悩む、か。初めての事かもしれんな」

 

 シニカルな笑みを浮かべながら、シャアは思考の海に潜る。

 悩む先について、かつての自分が見れば「随分と贅沢な事だ」呆れるかもしれず。

 けれど、決して悪い気分ではないと認めている点がおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が差し込むミデア輸送機の操縦席に、溜め息が漏れた。

 まだ道半ばとはいえ、胸の内を占める不安要素が薄らいだことは大きく、重きを成す。

 上位命令による事情説明なしの緊急発進であったが為に護衛機どころかフライトコースすら指定されないまま陸から飛び立ったのだ。ジオン軍にキャッチされ敢え無く撃沈されるか、敵制空内に迷い込み拿捕される可能性もある。幸いにも、職歴がベテランの域に入る機長の経験が活き事無きを得たが目的地までは遠い身であった。

 受け入れる基地までは近いようで遠い。

 これは物理的な距離ではなく、精神的負圧が強い為にそう思えてしまう。

 北米領内では制空権は連邦軍が劣勢で、優勢に秤が変わるのはいつ頃になるか見当もつかない。

 陸では巻き返しを計りパナマ近郊に迫ったジオン軍を追い払ったようだが一部を除いて膠着状態に陥っている。噂ではヨーロッパ、アジア方面で友軍を喰い散らかした『蒼い獅子』が渡米したと聞くし、更には宇宙からあの『赤い彗星』が墜ちて来たと言うではないか。今後の兵站任務は困難を極めるだろうとこのミデア輸送機を任された中尉は苦々しく思い、また息を吐く。

 

「……ん? 振動? 気圧変化か?」

 

「いえ。外圧に変化は…………自分の感覚が間違いで無ければ、貨物コンテナかと」

 

「奇遇だな。俺もそう思ったところだ」

 

 実直な副機長、少尉に笑い掛ける。何処かぎこちないと自分で思うのだから、それを横目にした相手はどう感じるだろう。

 あの貨物コンテナをミデアにロックし、空に上がってからは何と言うか。酷く居心地が悪い。

 漠然とした気味の悪さ、背中に這う冷ややかな感覚が、胸を詰まらせる。

 少年時代に「此処の空き家、出るみたいだぜ」と当時の友人達とふざけながら足を踏み入れた、あの誰も居ない空間で感じたもの。

 

 ――――そう。視線のような、首筋と肩にヒヤッとしたものが触れる感覚。

 

「今回の積荷は、曰く付きのものか何かか?」

 

「確認しましたが、特機と聞いているだけです。決して中身は見るなと厳命されてますし、万が一敵の手に渡るような事があれば、爆破せよと……」

 

 少尉が後部へ視線を向けた。つられて顔を向けると、仰々しいジェラルミンケースがある。

 恐らくは其処に遠隔式の爆破スイッチあたりがあるのだろう。

 ゴクリ、と喉奥から音が聞こえる。

 機密機材を輸送している時にも、こうした指令を受領した事はある。

 今は戦争の最中なのだから。敵の技術力に迫るもの、追い越すものを成せたならその事実を隠し来る日まで隠蔽するのは当然だ。不利な戦況が続く自軍が息を吹き返す。そのための一手を自分達が運んでいる事を誇りに思うことはあれど、厄介だと感じたことはない。

 今日までは、だが。

 

「積載量から察するに、モビルスーツとその機材って所か?」

 

「中尉。積荷は詮索しない方が」

 

「バカ野郎! 運んでるモンを分かってないままアクシデントが発生してみろ。その積荷を何処で破棄し、破壊すべきか分からんままなのはヤベェんだよ! ただの機材資材ならかまやしねぇが、モビルスーツは核融合炉で動いてるんだぞ? 例えジオンのクソヤローに狙われてようが人が住んでる場所に、近い所でこんなモン棄てられるかっ。

 ……上は簡単に爆破しろって言うがな。爆発範囲、環境汚染、住民の苦情が極まっちまったら俺達はオシマイなんだよ」

 

 中尉が苛立つのは何らかの問題が発生した際の責任の行き先だ。

 秘匿任務を任される、と云うことは指令自体が隠されている。つまり指示した軍が自分達を守らず切り捨てる可能性が濃厚なのだ。兵站任務を廻しているのは自分達だけではない。尉官程度ならトカゲの尻尾切りよろしくスケープゴートの役割を押し付けられる。

 加えて述べるならば、積荷を爆破するとしてその際に何処まで威力があるのか彼らは教えられていない。中尉の読み通りモビルスーツを輸送しているとして、特別な装備がないにしても環境汚染の度合いはどの辺りまでなのか。市民の住居近隣で事が起きた際に寄せられる苦情は補償、賠償で済む話なのか。

 

「――――中尉、高熱源反応有り!」

 

「くそ、やっぱ来やがったか!」

 

 レーダーに引っ掛かったその高熱源体は、二人の恐怖心を煽るように徐々に近付く。

 データ検索をしても連邦軍の識別コードに該当機種なし。僅かながら複数観測された抽出データから推測される類似機は、ドダイ爆撃機と敵モビルスーツのグフタイプと表示される。

 モビルスーツの空中戦を可能にしたドダイと地上専用機のグフは相性が良く、グフ自体の運動性も高い為に追撃を振り切ることは難しい。

 しかし幸か不幸か、機影は一つだけ。

 積荷をパージし、敵がそちらに興味を引く事を祈るならば逃げ切る目は十分にある。

 逆に言えば積荷を抱えたままではこれ以上の速度は出せず、敵攻撃の有効射程内に触れてしまうだろう。このまま拿捕されるくらいなら、積荷を破棄し爆破させる方が自分達の、連邦全体の為にもなる。

 積荷の確保に敵が向かえば、爆発で斃せるやもしれない。

 追撃を優先するなら、積荷が敵の真下か手前あたりで爆発させれば最低限の目眩ましにはなる。

 問題はタイミング、敵の注意を引きつつのコンテナブロックパージだ。

 敵の武装が分からないため、相手の初動を見てから判断しなくては。

 

「少尉、レーダーから目を離すな。後方観測班なんてこいつ(ミデア)にはねぇんだからな、レーダーで距離を計るしかねぇ」

 

「そんな事急に言われても……て、敵速度上げました!」

 

 レーダーマップにある敵の位置表示が中心、ミデア輸送機に進み始めた。瞬きの間で接近していると分かるのだから、相手は最大戦速で向かって来ていると見ていい。

 操縦席はキャノピーとなっている為ある程度の角度、視界は確保されているが後方から迫る飛行物体の確認と間合いの把握は至難の業だ。

 少尉が極度の緊張と死の恐怖から目が血走り、指先は震えている。それでもレーダーから目を離さず、操縦に固さはあるもののミスは犯していない。中尉自身も現実(リアルタイム)に這い寄る死から気を呑まれそうになる中で必死に操縦桿を握り締め、やけに煩くはっきりと聞こえる心臓の鼓動に揺らされながらタイミングを見計らう。

 

「――――ッ」

 

 中尉が目を見開きコンテナパージの操作を入力し、レーダーを見張る少尉の口から悲鳴交じりの敵接近を知る。あと一つキーを押せばコンテナブロックが解放され自由落下する。そうすれば逃げ切れると、生き延びられると彼らが信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――其処に居たか、マリオォンンンッッッッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男の声は歓喜のようにも。怨嗟のようにも聴こえた。

 確かなのは生存に全力傾注した二人の行動を竦める感情があった事と、懸命に生きる努力をした二人の行為を無に帰した事か。

 ドダイを足場に加速し急接近したものは、ミデアの機上から圧し掛かり操作不能に陥らせた。

 それは振り下ろす動きにもなる筈だが、取り付いたモビルスーツが墜落することはなく。

 朝日を遮断する山のような陰が、操縦席を覆うまで時間を要せず。

 古代東洋に実在した武者のような出で立ちの蒼いモビルスーツが、おぞましい色を湛えた一つ目(モノアイ)が彼らを射抜き。その赤い肩から伸びた腕がキャノピーを二人の体躯ごと叩き潰した。

 

 そして、呆気無く彼らが絶命する刹那。

 若い女の悲鳴を、耳にした。

 此処に居る筈の無い、少女の叫びを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





少女の魂を封じた巨人は流血を強い、戦武に酔った戦士は狂気を飲み嗤う。

心を裏切られ、閉じ込められた少女は叫ぶ。

其れは、分かたれた己の身を求めてか。

其れは、汚された己の身を嘆いてか。

其れは、痛みからの救いを請うてか。

応えるは何者ぞ。

暗雲を貫き地を彷徨う稲妻か。

他者を導く定めにある彗星か。

黄泉路から復活を遂げた獅子か。

あるいは、蒼い運命に招かれた旅人か。



――――応えし者よ、疾く少女の魂を解放せよ。




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第66話:かの者よ、来たれ 〈その2〉

 緑豊かな、生物が帰属するべき母なる大地。

 その地に古来より根付く鳥獣類の姿や鳴き声、今此処に在る生臭さが本来体感する生物との触れ合いと言うべきものなのだろう。博物館や電子媒体でしか知る事がなかったスペースノイドとしては望外の経験であり、大半の宇宙移民者からすれば夢にまで見た光景でもある。

 コロニーにも人間以外の生物は居るが、それは人の手によって完全に管理された動物園だけだ。

 宇宙という環境は自然が皆無のため動物達の寿命は短く、空気に雑じる獣臭さの除去等の手間暇が掛かる事や動物達のケアや餌代等の維持費も重なり頭数は限りなく少ない。

 他のスペースノイドと同じ身上であるジョニー・ライデンは自然豊かな地球に漠然とした憧憬の念を持ったし、アースノイドに対し持たない者特有の葛藤が僅かながらもある。

 彼も少年時代に地球の傲慢な圧力に苦しみ、それに忽然と立ち向かった大人たちを見て育った。宇宙移民者に対して圧制圧搾を是とする地球に住まう人々へ良い感情が育つ訳がなく、しかし其処に棲む生物全てを悪感情で塗り固められる訳もなかった。

 主観で物事を捉え易い少年期ながら、親や大人の言葉を鵜呑みにせず自意識を保った聡さ。それ故に抱いた感情を捨てず掲げず、客観的に受け入れる土壌を育みつつも直感を判断基準の一つに据える、視野の広さを有した人間となった。

 その彼がジオン公国の尖兵となり、人生の大半を過ごした宇宙から地球へ降り立っている。

 兵士ならば敵陣地へ踏み込む事は然程珍しいことではない。佐官に昇進してから哨戒パトロールや調査員の真似事が多くなったが、彼はモビルスーツで強襲兵まがいの事を常としていたのだ。

 むしろ、銃火止まぬ鉄火場こそが『真紅の稲妻』ジョニー・ライデンの真骨頂である。

 

「――――ふっ!」

 

 森林を脅かせず疵付けずに高速機動をこなす真紅のザクは、幾重にも飛来する一〇〇ミリの弾丸をものともせずその包囲から易々と突破するや、右脚のアポジモーターで制動と位置調整をこなしながら旋回、敵の射線に対して半身を保ちつつ振り向きざまに上空へMMP-78マシンガンを寸分の狂いも無く当ててみせる。

 ジョニーのザクを追い込むべく加速していた敵モビルスーツは頭部、右脇腹、腰部をタイムラグを挟みつつも強打され。仰け反り、飛行体勢を崩され、最後の一撃で脚部への伝達に支障が出たのか墜落し緑の絨毯へ強制ダイブを余儀なくされた。

 仕留めた光景を見届けず、ジョニーの手指は操縦桿へ次なる操作を、足は備え付けられたフットペダルを正確かつ幾度も踏んで休まない。

 命じられた紅い巨人はパイロットの指示通りに強弱を交えてスラスターとアポジモーターを吹かし反転するや、土煙を上げながら突撃するジムに向き直った。腰だめに構えたマシンガンを連射しつつ白兵戦仕様のシールドが打突を狙っているのか手を引く動きが見え、射撃で回避方向を制限しながら白兵戦に持ち込む魂胆が浮き彫りになる。

 接近戦を挑む相手パイロットに好感を持ったジョニーは、

 

「いいぜ、来いよ!」

 

 彼はマシンガンの銃口を反対側へ向け、敵の銃弾を半身の体勢のまま微細な操作で回避する。

 近付く白い巨人と光線が何度も走っては抜いていく映像がディスプレイに映され、常人なら震えるか、怒声紛いの叫び声をもらす状況で。ジョニー・ライデンは好戦的な笑みを浮かべ相手の狙いに合わせてすらいた。

 距離を詰めているのに攻撃が当たらない真紅のザクに戸惑わず、勢いはそのまま立ち向かってくる敵へジョニーは益々笑みを深める。思い切りの良いヤツは嫌いじゃないのだ。

 下から掬い上げる動作で迫るシールドクローに、

 

「ストレートなヤツだ―――――あと、お前は邪魔だ!」

 

 真紅の稲妻の渾名通り、迅速な対処を機体に処理させる。

 迎え撃つべき敵はカウンターで左足の爪先で胴体を蹴り飛ばし、回り込み死角からの不意打ちを画策してきた輩にはマシンガンでタイミングを狂わせ、旋回する時間を稼ぐと腰のハードポイントから抜いたヒート・ホークを顔面に叩き付け、コックピット上まで切り割ると脚部に負荷が掛からないよう高度を徐々に下げて着地した。

 活劇が如き業前を終えたザクも流石に堪えたのか、各部に設けられた排気口から吐かれる熱風はしばらく続いた。それはジョニーも例外ではなく、人間と機械仕掛けの巨人主従は揃って深呼吸を繰り返した。

 第二波に構えるが敵の後続は無く、倒れたジムから青白い火花がバヂバヂと鳴るだけ。

 かち割る積もりはなかったのだが、胴体まで食い込んだヒート・ホークは幸い機関部までは届かなかったようで。誘爆の危険があるのでヒート・ホークの動力を切り、無造作に引っこ抜く。

 内部状況は不明だが、コックピット・ハッチをこうも損傷されてはパイロットは自力で脱出できまい。先に倒したジムも同様にしておいたので、システムが生きているなら自走できるだろうが。

 自機の七時方向にカメラを向けると、頭部と右腕を紅く染めたザクが仕留めたジムへ銃口をそのままに付近を警戒している。

 強化パイロットと称されたユーマとイングリッド、二人のモビルスーツ適性を実戦評価する為に交互に出撃させているが、ジョニーからして問題らしい問題は見受けられない。

 今回の僚機はイングリッドで、ジョニーの援護をメインに敵の足並みを乱す事に徹していた。

 ユーマの方は歳相応の若々しい突撃が見られるが、ジョニーの言う事は必ず聞くのでそれほど問題視はしていなかった。イングリッドからは時折邪気の無い悪態は聞こえるが、指示は受け入れるし柔軟な思考を見せており、これといった問題点が浮かび上がらない。

 そう、浮かび上がらないのだ。

 初陣の兵士が当然襲われるPTSD(Posttraumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)を発症してもおかしくはない。それが少年兵ならば、人生で一番多感な時期に人の死や暴力を目にすれば、当事者になれば精神的ストレスに苛まれるだろうと、ジョニー達は気を揉んでいたのだが彼ら二人は簡素な作戦報告を終えるや普段通りの食事を取り、普段通り小さな事で喧嘩をしてジョニーとエイシア・フェローが仲裁に呼ばれた。

 戦場で精神(こころ)を壊さないのなら、それに越した事は無い。

 だが、それで終わりにして良い問題ではないと。ジョニー・ライデンは二人に気を配っている。

 皆に『真紅の稲妻』として慕われる軍人ではなく、単なる一人の大人として。

 

『ジョニー、こっちは片付けた。状況は?』

 

 ディスプレイ上にジーメンス・ウィルヘッドのワイプが表示される。あちらも作戦の進捗は上々で他者を気遣う余裕すらあるようだ。

 軽い口調で「問題ない」と返してやり、四肢をヒート・ホークで寸断し敵モビルスーツを無力化する。捕虜にするにしろ、機体調査をするにしろ敵の無力化は必須と言える。誰も後ろから撃たれたくはないし、もし死んだフリを決め込まれ程なく到達するだろう後方支援隊に襲い掛かられては堪ったものではない。

 残念ながら地上に降りたキマイラ隊に過剰戦力はない。補充人員と装備が手配される予定ではあるが、今は二個小隊以下の戦力しか保有していないのだ。

 ただの遊撃部隊ならば十分と評すものだが、上はそれで満足する気はないらしい。

 一年戦争前は尉官より下であった自分にとって、これ以上の部隊拡充は手に余る。

 が、その気持ちより何処かキナ臭いものを感じながらも、不満をおくびにも出さず腹に仕舞えるのがジョニー・ライデンという男だった。

 戦場に出ているお陰か、余計な事に意識を割かずに済んでいるのは助かる。

 僅かながらも先の事を考え、ジョニーは片目を閉じた。

 

(クルストの所在が分かったのはいいが、オーガスタとはな)

 

 現在キマイラ隊はクルスト・モーゼス博士の追跡を進め、南米から此処北米へと移っていた。

 独自行動の許可を上官のヒュー・マルキン・ケルビン大佐が北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将より了解を得ているとはいえ、便宜を図ってもらえると都合良く解釈してはいない。

 キマイラ隊は地球侵攻軍総司令はキシリア・ザビ少将直属であり、一方面軍司令のガルマ准将はキマイラ隊の作戦内容を知る権限はないのだ。自治領を秘密裏に動き回る上位部隊など邪魔者以外の何者でもあるまい。ケルビン大佐は何事か発生した折には報告を義務付けられたそうだが、彼が素直に欺瞞なく報告するかと聞かれれば、難しい問題だとジョニーは答えるだろう。

 身近で我が軍が一枚岩ではないと分かるのは、何とも言えない気分にされる。

 

(随分と守りが堅い。偵察の積もりだったが、藪をつついて蛇を出したか?)

 

 北米奪還、ひいてはキャリフォルニア・ベースへの侵攻を計画していたのか、北米地区の連邦軍残存戦力はよくまとまっている。

 防諜機能の全てを確認できている訳ではないが、この鬱蒼とした森林に恐らく特定のポイントを通過すれば位置をキャッチされるセンサー類があるに違いない。モビルスーツ地雷等が埋設されていないのは、設置ポイントを割り出されたくないからだろう。一つ程度では分からないが、定量の地雷が爆破すれば設置する場所や範囲が絞り込める。それはセンサーも同様で、爆破の影響で性能低下や破壊できる可能性もある。

 一度だけの攻防戦ならセンサーで位置を特定、爆破の戦術も大いに有りだろうが、小出しに侵攻して来る相手には一回で終わるものより何度も利用できる機材は有効なのだ。

 であれば、この緑豊かな場所は連邦軍の壁と耳の役目をしている。宇宙世紀初期の地球再生計画で人の手によって生み出された木々は天然のものより背が高く腕も広い。ザクの視界どころか身を隠せるほどのものだ。上空より降下作戦を検討するのも悪い手ではないが、敵が基地の対空能力を拡張しない筈もないだろうし、現状のキマイラ隊は移動拠点のザンジバル級機動巡洋艦しか有していない。決死の任務でもないのに、家代わりの戦艦を危険に晒す事もなし。

 ともすれば、このまま警戒しつつ行軍をするしかない訳だが、ジョニー達はまだ敵の敷地外に居る。強襲を掛けるには遠く、橋頭堡を築くには近過ぎる。トラップが敷き詰められている森の中でキャンプを張る訳にもいかず、二個小隊以下の戦力で強行突破するリスクは大き過ぎて部下を失うにはリターンが限りなく小さい。

 そして、最大戦力であるモビルスーツ()()手札にない彼らキマイラ隊と違い、敵軍は防衛戦力の名の下に各種兵器で守っているのだ。同戦力に位置するモビルスーツを数機撃破できた点は大きいが、これで終わりではない事は明白だ。

 

(面倒な事を……駐屯部隊と連携して攻略をするとなると、腰を据えて作戦を練る必要がある。

 基地攻略の手柄を譲渡すれば乗ってくるか? いや、そもそも駐屯基地の戦力が当てに出来る程のものか? 前線基地は防衛程度のもので、後方が戦力拡充し易い事もある。

 それに。宇宙(そら)じゃ気にしなかったが、此処は北米だ。ガルマ准将の下で独断専行をもって功績を上げる、野心持ちの人間が都合良くいるか難しいな。

 あー、くそっ。統制が取れている友軍に苛立ちが出てくるなんて、おかしい筈なんだがな!)

 

 ジョニーは口の中で悪態を溜め、一緒に息を吐いて気を切り替えた。

 考えるのは得意ではないが、やるべき事は理解している。

 ならば、目標達成をするべく動くべきだ。

 

「ジーメンス。敵の防御は固い、一度仕切り直す」

 

『了解。強行突破するんじゃないかとヒヤヒヤしたよ』

 

 茶化す響きを乗せた返答に、安堵の色が見えるのはそういう事なのだろう。

 疲労感に包まれながら苦笑を浮かべたジョニーがモビルスーツに方向転換をさせる。ザクの駆動と土を踏み締める重低音が場を支配し、人工の巨人が自然の動植物に背を向けたとき。

 

『――――なにか、く、る?』

 

 その聞き逃してしまう程度の少女の呟きに、イングリッドのぼうっとした声に反応できたのは、三条の光を僅かな挙動で躱して退けた手腕は、流石は『真紅の稲妻』と言わざる得ない。

 彼も完全に見切れた訳ではない。しかし動体視力に引っ掛かった極々小さな赤い点から本能的に回避し、ザクの装甲板を照らし一部溶かす程度に被害を抑えたのだ。ジョニーはその間も射線の先を睨み、射撃地点を看破した赤いザクはライフルをもって返礼する。

 マズルフラッシュの瞬きと違う火花が散る光景にジョニーは「当たった」と同時に「まだだ」と理解した。戦闘状態の緊張感が身体に残っているし、着弾して爆発するにも光源が小さ過ぎた。

 

「イングリッド、呆けるな! できるなら応戦、無理なら退がれ!」

 

 彼女の様子がおかしいとは思う。

 此処でPTSDを発症したのかもしれないし、これがフラナガン機関から資料提供された例の作用かは見当がつかない。補佐兼軍医のエイシア・フェローなら分かったかもしれないが、拠点に居る時は相談できても戦場ではそうはいかない。

 精神に不安が残る兵士は足手まとい、戦闘続行は厳しいとジョニーは判断した。イングリッドに選択肢を与えたのは、負けん気が強い少女の奮起に期待して発破をかけたのもある。が、彼個人としては後者の答えを聞きたかった。

 

『っ! やれる、やれるよ。変な気を回さないでよね!?』

 

 弾かれたように動く僚機を横目に、赤いザクはマシンガンのマガジンを交換しつつ敵を警戒する。当然ながら敵は射撃地点を変えて応戦をしており、逆にジョニーはイングリッドの正気が戻るまで移動すら制限されていた。

 しかし、少女への不安は晴れないが自衛行動は可能にまで回復はできた。

 ならば、赤いモビルスーツは枷を外されたと解すべき。

 

「――――そうであってくれると助かる」

 

 かの稲妻は迅速を以って戦場を駆ける。

 踏み込みからの加速、加速からの最大戦速へ。

 機動補助のアポジモーターは余分な回避より加速に助力。 

 一瞬、ビームが掠めた様に見えるが初撃以外『真紅の稲妻』に当たりは無い。

 センサー有効半径にあった敵機へ。三、四発だけ射撃する時間だけで肉薄した赤いザクは両手で構えたマシンガンでしっかりと狙い、連続射撃(フルオート)

 マガジン一つ撃ち尽くしたジョニーは、再装填よりも腰のハード・ポイントからクラッカーを手に取り、投擲する前に横へ跳ぶ。

 その赤いザクが居た空間の奥には、イングリッドの操るザクがマシンガンを構えていた。

 敵の銃口を釘付けに、後続機の射線から退く。

 些か前のめり過ぎるコンビネーションではあるが、機動戦闘を主体にしているモビルスーツ部隊では見られる構図ではある。

 

「マガジンを空にして、更に追加しても()()()

 

 着弾に装甲が削られ、煙に巻かれながらもその場に立つ敵モビルスーツに暗澹たる思いだ。

 ジオン軍の曲線で構成されたものに比べ、直線で組まれた連邦軍のモビルスーツはスマートと言っていい。それでいて勝る要素が全く無い、むしろ劣っているという戦力比がある。

 当たる箇所(ヒットボックス)は狭く、しかし機動力は同等で、装甲は堅牢という言葉すら可愛く思える頑丈さ。

 おまえに、火力も段違いときている。

 

(それにしても、嫌な色だ!)

 

 赤いザクは地面を蹴り煙を穿ち来るビームを回避、クラッカーを投擲するが対空射撃のバルカンで払われ空しく爆発した。

 対する蒼いモビルスーツは破壊されたシールドの取っ手を放り投げ、先ほどの集中射撃で崩壊した追加装甲らしき破片を振り落としながら脚部の収納部から筒状のものを取り出す。

 爛々とした赤いデュアルアイが、何処か生物的で不気味さを漂わせる。

 

『ジョニー、そいつ何かやばいヤツだ!』

 

 焦りを多分に含ませたイングリッドの叫びに、ジョニーは口の中で「だろうな」と返した。

 上司のキシリア・ザビ経由で紹介された映像閲覧で、彼はこいつの同類を観ていた。

 体感している差からか、命中精度もダメージコントロールも眼前の方が優れているように感じられ、それがジョニー・ライデンの戦意を萎縮させる所か却って向上させた。

 

()()()()より先に、俺が墜とす!)

 

 『蒼い獅子』を昏倒にまで追い詰めた、蒼い敵モビルスーツの存在を。

 一人の少女を犠牲にして誕生した、破壊すべきシステムの名(EXAM)を。

 

 展開するビーム・サーベルと抜刀したヒート・ホークが衝突し、激しい電磁波を発生させディスプレイに青白い光と赤熱光が乱発する。鬩ぎ合いはしばらく続くかのように見えたが、推進力を重ねて漸くの拮抗だったらしく、地力の差から赤いザクが押され始める。

 互いの銃器も銃口が当てられないように牽制し合い、敵機の頭部に搭載された六〇ミリバルカンが赤いザクを狙うが、脚部のアポジモーターの角度を変えた噴射によって放たれた膝蹴りが敵機の胴を強かに打ち体勢を崩させた。

 これに乗じてヒート・ホークを一度引き、切り裂かんと横に滑らす。が、それを見破ったのか蒼いモビルスーツはザクの胸部を蹴り、それを足場に跳び間合いを取った。

 

「ちっ、まさか蹴り返されるとは……インファイトが得意な奴か」

 

 十分な威力は乗っていないとは言え、モビルスーツの蹴りという少なくない衝撃が残る。彼我のスペック差から勝負を決めようと急いでいたのもあり、舌打ち一つでジョニーは自分を戒めた。

 最後の回避行動は目を見張るものがあったが、まだ攻撃は力押しの印象が強い。機体の性能からしてそれは悪くない。だが攻撃よりも防御、回避に長けているとは。

 いや、待て。

 

「――――ああ、そういや。アイツは、両方とも()()()()な」

 

 尖り過ぎて。攻撃の中で機動回避し、その回避の裏で突撃の機会を企てるような輩であった。

 ジョニーも出来なくはないが、あれの真似をすれば肉体ダメージが許容範囲外に至るだろう。

 一度の戦闘で数回も行えば蓄積されたダメージが今後にどう影響するか分かったものではない。外野から見れば両者とも同類に見えるだろうが、一貫性の速度によるものと多方面から加わる圧力は別のものだ。真っ直ぐ走るのと、ジグザグに動きながら走るのとでは違う。アレはジグザグに走りながら、真っ直ぐに走る人間と同じかそれ以上の速度を出している、出し続けているのだろう。

 

 ――――最大速度を維持しながら敵攻撃を機動回避、加えて旋回を行い敵の懐に潜り食い破る。

 

 間合いを詰め、相手に圧力を掛けて潰す。

 成程。威嚇して獲物を畏縮させ、自慢の爪と牙で仕留めるのは獣には似合う。

 だが、何時までも獣の動きが出来る訳ではない。

 そして、無理を可能にする手段は、自力以外でも補えるのだ。

 

「……リスクが高い。俺とお前じゃ戦術も違う。考え方もやり方も、似てるようで違うもんだ。

 ――――イングリッド、()()()()()()()、一斉射撃だ」

 

 蒼いモビルスーツが気付いた時には遅く、四方から弾丸が襲う中央に立っていた。

 防御姿勢を取りながら跳び退るが、全てを防げる事はできない。

 関節部、駆動部に着弾すれば千切れ、爆発する。

 

『あうっ!?』

 

 イングリッドの悲鳴にジョニーは訝しんだ。

 彼女の乗るザクにダメージはないし、そもそも攻撃はこちらがしている。

 負担が掛かる事は何もない筈だが。

 

「なにっ!?」

 

 ディスプレイの中で、推進剤を撒き散らして旋回した蒼いモビルスーツ。

 左手を盾に、二の腕まで破壊された敵機は右腕を振るいビーム・サーベルの健在を示している。そのまま撤退するかと思いきや、一直線に降下したのだ。

 不自然に動きが悪くなった、イングリッドのザク目掛けて。

 

「な、イングリッド!」

 

 弱った敵を倒す、倒されるのは戦場でよくある光景だ。

 戦線の突破口を開くにも、カバーが必要な足手まといを作り部隊の機能不全を計るのは当然だ。弱い者から淘汰されるのは、此の場以外でもよくある事である。

 むしろ、突かないのは不可解な出来事と言ってもよい。

 故に、イングリッドには先ほどの問答で退いて欲しかった。

 マシンガンを向け発砲するが、

 

「弾切れ――――避けろ、イングリッド!」

 

『エメ!』

 

『こいつさっきよりも、速い!』

 

 即座にジーメンスとエメのザクが森林から姿を現し援護行動に入るが、まるで蒼い機体は水の中を泳ぐ魚の如く。弾幕の流れを予め解っているかのように、淀みなく進んで駆け抜けた。

 機体の性能差からか、敵モビルスーツの速度がいやに早く感じる。

 エメの機体が加速し最大速度に乗る頃には、蒼いモビルスーツが己が剣を振るう距離にあった。

 ジーメンスはマシンガンの照準を合わせ射撃するも、柳のように揺れる敵機に当たらない。

 二人にとってイングリッドは生意気盛りの妹分のようなもの。「運がなかった」の一言で諦める訳にはいかない。少女に迫る害に対して、二人は最大限に最良の行動を選択している。

 それでもこの蒼い敵に手をかける所か、影さえ踏む事ができない。

 退くと見せ掛けてからの強襲は二人の想像を超える速度で迫る事で成功させ、射線を読み取ったように回避する動きは予想外の出来事である。二人はコックピットの中で唸り声と少女の名を呼ぶことしかできない。

 イングリッドのザクを敵のビーム・サーベルが切り裂き、一人の生命が終わる。

 キマイラに召集される前に経験した、同胞が散る間際の光景がまた起こる。

 優秀なパイロット、エースと称えられながらも戦友を救えなかった事実を味わわせる。

 またあの、苦い感情に支配される。

 

 ――――そう。二人だけならば。

 

『くっ、ぉぉぉおおおおっ!!!』

 

 二人は視た。

 己の幻視を突き破り、払い除いて「家族」を『蒼い死神』から救う『真紅の稲妻』を。

 余分なパーツ、武装を外し軽くなった機体で割り込んだ紅いザクは、再び蒼い機体と鍔迫り合いを演じる。エネルギーが磁場を作り、眩い光源となって戦場を照らす。

 

「ジョニー!」

 

「無茶だジョニー! パワー比べじゃ勝てん!」

 

 敵機と密着状態にある紅いザクを援護できず歯噛みするエメ、計測された推進力と出力比からジーメンスが叫ぶ。事実ジョニー・ライデンのコックピットではヒート・ホークを持つ右手の稼動限界をアラートが報せていた。

 パワー比べを強いられ出力を割いている現状、インパクトからの次行動は不可能。

 かといって仕切り直しは認められず、後退はイングリッドの死を意味する。

 この蒼い機体が狙いを絞っている以上、ジョニーやジーメンス達は二の次なのだろう。

 押し負け始めた機体が悲鳴を上げている。

 ミシミシ、とコックピットに伝わる不気味な音が恐怖を煽る。

 激突した空中で競り負け、地面に押し付けられた脚部は負担が許容外に及ぶのか、パイロットの操作を乱れさせ圧力を散らす困難さが増す。

 

「っつあぁあ!」

 

 そんな中で一度機体の重心を下げ、敵のパワーを抑える。

 一際大きな音と共に右腕から火花が散り、ヒート・ホークを持った手が弾かれ、押し切ったビーム・サーベルが易々と紅いザクの右肩を抉り、そのまま切り落とす。

 だが、此処まではジョニー・ライデンの予想の範疇である。

 彼は、『真紅の稲妻(ジョニー・ライデン)』は押し切られたままに、右肩を切られ更に身軽になった機体をもってアポジモーターとスラスターを一際吹かせ、腰の旋回と引き絞った左腕により、極々狭い距離に身を置いた中で速力と芯を捕らえた左ストレートを敵機の胸部へ突き刺した。

 ダメージは測定できないが、放った左拳を自壊させるほどのものとすれば、その威力が想像できよう。直撃したモビルスーツが硬直し、推進器に変調が生じたのか青白い炎が勢いを弱めた。

 

(あまり褒められた手じゃないが、このままやらせてもらう!)

 

 機体には負けるが、パイロットを止めることはできる。

 如何に堅牢なモビルスーツであろうと、搭乗者はただの人間に違いなく。生物である以上は生理現象があるという事に他ならず失神、気絶も有り得るということ。

 意識が飛ぶほどの衝撃を加え、脳震盪を起こして行動不能にする。

 その為には執拗にコックピットにダメージを与え、揺さぶりが必須だ。

 しかし、ジョニー・ライデンの機体は両手を失い、内蔵武器が皆無のMS-06Gである。継戦能力向上の為に脚部にミサイルポッドを装備する案もあったが、加重を嫌った彼の意向から装備されていない。

 今は戦闘能力を失い、敵と密着姿勢にあるという最悪の状況だ。

 おまけに相手はこちらよりパワーがあり、片手を失ってはいるが戦闘能力は残っている。

 

『ジョニー離れ――――うそぉ!?』

 

『お、おいおいおぃっ!』

 

 否。後先考えないやり方ならば、この状態でも戦闘は可能だ。

 ジョニー・ライデンらがかつては一つにまとまっていたジオン公国軍国防隊、その初期配置されたモビルスーツパイロットは例外無く()()()技量が高水準であった。

 無数にあるデブリの中を飛び回る機動戦、敵中枢へ肉薄し吶喊する白兵戦、適切な間合いを計る射撃戦は当然として、その原点に存在するのはAMBACの技術だ。

 この技術こそジオン軍モビルスーツパイロットの宝であり、此れがあるからこそ戦闘機より小回りが利き、一八メートルの巨体で戦場を縦横無尽に駆け巡る事を可能としていた。

 間接的に他者の四肢を、全身を操り望み通りの行動を取らせる技術。

 それを修めた一人であり、戦場で恐れられる『真紅の稲妻』が、両手がない状態をもって無力化できたと言えるのだろうか。

 

「貴様は! ここで! 墜ちろ!」

 

 各推進器の上限一杯に吹かしたまま、初手は右膝蹴り。

 高度を上げての一撃は目論見通りコックピットに刺さり、推進力の後押しを足場代わりに左前蹴りでそのまま地面に縫い止める。噴き上がった土砂がザクのカメラを妨ぐ中でジョニーは慌てず、相手の反撃を想定して空中へと退避する。

 握られていたビーム・サーベルが、紅いザクが居た空間を薙ぐが推進剤の残り火を散らすだけで空振りになり、しかし開放された蒼いモビルスーツがスラスターの力で離脱しようとする瞬きの間に、背部のスラスターを限界出力(オーバーロード)させた紅いザクが、相手のコックピット()()目掛けて急々降下で再度縫い止め、アポジモーターから火花が発す勢いでスタンピングを繰り出す。

 

 金属同士の衝突を幾度も繰り返し耳を劈く音を聴き、敵機のコックピット部が陥没したのを確認してか、ジョニーのザクは力を無くした右膝から崩れ落ち、蒼い敵機の隣で擱座した。

 出力低下により精度が下がったディスプレイを睨み、煌々としたツインアイが沈黙したのを数秒待ってから、ジョニーはヘルメットを乱暴に脱いで深呼吸を繰り返す。

 各モニターをチェックするが、紅い陸戦高機動型ザクIIはほぼ死にかけとなった。

 なにせ、無理な機動と可動、衝撃を休み無く与え続ける羽目になったのだ。AMBACを応用した格闘戦を重力下の地球で行えば各部の寿命が減るのは当たり前と言える。むしろ、戦闘中に両脚が自壊しザクが空中分解しなかっただけ、モビルスーツがパイロットによく応えてくれたと評せた。

 性能による力の差ではなく、技術力と経験にモノを言わせたゴリ押しというべきか。

 恐らくは、コックピットに居るであろうパイロットは良くて重傷、悪くて死んだだろう。

 自身による機動も負荷のかかりうる動きであったし、そもジョニーの攻撃は手加減なぞ挟む余地が無い圧殺の行動だ。

 身体をシートベルトで固定しているとしても、首は折れている可能性がある。ヘルメットごとシートに固定する方式なら衝撃も分散、吸収できるが視界を固定するような愚を機動兵器のパイロットがするだろうか。

 

「ジーメンス、エメ。イングリッドの回収を頼む」

 

『ジョニーはユーマ達に任せても?』

 

「ザンジバルの防衛戦力が落ちるが、直衛部隊に俺のザクを牽引してもらうさ。

 すまないが、ユーマ達と交代でザンジバルの備えに入ってくれ」

 

『了解した。派遣要請しておく』

 

 コックピットハッチを開放して外に出ると、イングリッド機を両脇から支えて飛ぼうとする二機のモノアイと目が合った。ジーメンスはマシンガンを掲げ、エメの方は片手をヒラヒラと動かし、息の合ったタイミングで飛び上がり危なげなく去って行く。

 練度の高い二人だからこそ出来る芸当だな、と離れる三機を見送ったジョニーはハッチの端へ背を預け、ずるずると下がっては座り込み、大きく息を吐いた。

 戦闘の緊張が抜け始めた途端に、ジョニーは押し寄せる疲労と軽くない眩暈に襲われていた。

 敵が行動する前に一打、もう一打と繰り返して行った代償と思えば軽いもの。

 バックアップに残しておいたユーマ達が動けば数分程度で此処へ到着するだろうし、不調が治まるまで息を整えるには丁度良い。

 先程の戦闘があったというのに敵援軍が来る様子もなく、無音で接近するのは駆動が必須の兵器では難しい。熟練度の陸戦隊ならば可能であるとして、モビルスーツ戦の真っ只中に派遣する事は考え難い。事前に配置しているなら理解できるのだが。

 そもそも、この場所はジョニー達がオーガスタ基地へ威力偵察に進入した地点とは異なる。素早く警戒態勢を敷き、撤退時に通るであろう侵入ポイントへ伏兵を置いたとしても、ジョニー達がそれを嫌い別ポイントへ離脱していた最中なのだ。

 地上戦のデータも収集でき、敵防衛戦力もある程度撃破し見繕えた。収穫は大きく今後の作戦で大いに役立つ事は明白である。

 発生した問題点は、本来の愛機ではないとはいえ、ジョニーの機体が大破している点か。

 補給ができれば幸いだが、最悪はこの機体を修理して使える状態まで戻さなくては。

 

「機体が無いパイロットほど、悲しいものはないしなぁ」

 

 そうジョニーが嘆いても、今やコックピット内はアラートの大合唱であり、五月蝿くとも通信やGPSの兼ね合いからシステム遮断はできない。この口煩いシステムをシャットダウンする時はザンジバルへ収容された後になるだろう。

 ヘルメットともしもの為に、サバイバルキットや携帯火器等が入ったバックパックを引き寄せて、ジョニーはその動きを止めた。

 

「こいつは……冗談だろ」

 

 モニターに表示された数値を見やり、先程とは異なるアラートと警告表示に表情を強張らせた。

 その数値が示すものは、ジョニー・ライデンをして悪い冗談と思わせたい類のもので。

 外気に乗って流れる重低音と、けたたましく鳴るアラートが「これは現実だ」と疲労の色が濃いジョニーへ突き付ける。

 

「騙まし討ち、狸寝入りってヤツかよ!」

 

 ハッチ上へ移動したジョニーを迎えるように、聳え立った巨人の影。

 沈黙していた『蒼い死神』は再び立ち、死に瀕していた『真紅の稲妻』を睥睨する。

 胴体部の夥しい損傷をそのままに、屹立した蒼いモビルスーツはツインアイを煌々と瞬かせた。

 後にガンダムタイプと評されるフェイス部と、その二ツ眼から滴る赤い光を間近に視て。

 まるで、怒りの形相だと、ジョニーは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

随分と間が空いてしまった。約半年ぶりの投稿にござる。
まだ待っててくれた読者の方は居りますかね!?
間隔置かずに次回投稿できればいいのですが、中々上手く回らないもの。
もう少し簡単に話を進めれば良いのだろうか……描写端折るか(´・ω・`)

本話にて、ジオン公国の国防軍に所属していた経歴があるパイロットは技量高い、と評していますが作者の妄想または本作品のみの話なので、鵜呑みにしないようにお願いします。
優秀なパイロットが輩出されていたので、さほど離れた考えではないと思いますが念の為に。

面白いガンダムゲームがあると、創作意欲かき立てられるのだけど。
うーむ……新作Gジェネに期待しよう。

最後に誤字連絡、評価、感想毎度ありがとうございます。
次話をお待ちくださいヾ(*´∀`*)ノ


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第67話:かの者よ、来たれ 〈その3〉

 ――――十月下旬の頃。

 ジオン、連邦の両陣営が抱える問題により、膠着状態となった各戦線に変化が起こり始めたのは恐らくこの時期と云われている。

 何故確定されていないのかは、後世の戦史研究者達が論争を続ける諸説の為である。

 一年戦争を通じて武勲艦として名高い「ホワイトベース」の地球降下を起点とする説もあれば、特務遊撃大隊ネメアがユーラシア大陸からキャリフォルニア・ベースへ召集された為同地の戦力が偏った説もあり、範囲を広げ一年戦争期の著名人が北米大陸へ集結している事を推す者も居た。

 彼らの共通認識として。連邦軍のモビルスーツ導入は不可欠だが、幾ら研究されていようと実際に操縦するパイロットを研鑽する時間が圧倒的に足りない事から、僅かな期間で爆発的に戦力の差が広がるとは考えられない、というものがあった。

 ジオン軍はルウム戦役、地球降下作戦と続きベテランパイロットを多数失った事から新兵を用いる必要性に迫られていた。事実こうした背景から戦場を生き抜き、実戦で練度を高めた生粋の叩き上げが各戦線で活躍し、モビルスーツパイロットの層は他の職種と同じくスペースノイド特有の風潮もあって老若男女問わず志願者を募り兵力に充てていることでまかなわれていた。

 かたや連邦軍は当初人型巨大兵器を侮った過去が有り、その煽りからモビルスーツ導入が大幅に遅れ、設立時は小規模であった対策委員会に巨額の投資と人材を投入し、鹵獲したモビルスーツを研究し尽くして漸く連邦軍()()モビルスーツの量産化である。当然パイロット育成等のマニュアル確立さえ怪しく、適正テストと称する選別も謎に包まれている。

 現実に連邦軍はモビルスーツ部隊を編成しては派遣し、この歴史が浅くも強大な兵器を我が物にせんと実戦データの収集を第一に各戦線へと配置している。人命より機材を優先した指令から当時の連邦軍が如何にモビルスーツの情報に貪欲であったのかは想像に易い。

 一年戦争中期での連戦に連戦を重ねたジオン軍パイロットは慣れない地球環境もあって心身共に苛酷であった。が、連邦軍パイロットは更に過酷な状況下に置かれており、十月半ばまでは戦闘終了後に次の戦場へ案内される状況で満足な休息なぞ許される身分ではなかった。

 地球から最も離れ一サイドに限定された国力とブリティッシュ作戦以降”コロニー落とし”による各サイドの反発から安定した人材確保に悩み、支配領域の拡大から兵力の枯渇を招いたジオン軍。

 モビルスーツ部隊設立を急務と主導するレビル将軍らは、古い価値観を是とする上層部及び反レビル派に妨げられ、モビルスーツの実用性を早急に認めさせねばならない連邦軍。

 両陣営の内情に差はあれど侵略側と防衛側へ切り替わった立ち位置からジオン軍は足が止まり、連邦軍は足並みが揃わず時間だけが過ぎていく――――筈であった。

 

 その連邦軍モビルスーツ部隊の運用が切り替わったのは、十月中旬以降と確定されている。

 この時期で最も有力な説は、マチルダ・アジャン中尉のミデア補給部隊がホワイトベース隊より受領した、モビルスーツの教育型コンピューターに収集された実戦データが要因という説である。

 僅か一月とはいえ、精度の高い純データは喉から手が出るほど求めらたもので、モビルスーツ運用の早期実現を掲げ多大な人材消費を覚悟し、またダメージを負い続ける連邦軍の姿勢を制止した事も大きく。特にRX-78-2、ガンダム二号機から抽出された「量より質」を体現したデータは、初陣に当たる新兵の生存率を約一〇パーセントも向上させた結果があり、既存機を含む全モビルスーツの基本ルーチンとして搭載される事となった。

 この得難い戦果に、教育型コンピューターの設計・調整はテム・レイ技術大尉が、実戦データ及び最適化を計ったのは実子アムロ・レイ暫定曹長の親子が関わっており。後にコンバートされたデータを受領した連邦軍はこれを非の打ち所の無い有形財産(データ)とし、その出来栄えはU().C().0()0()9()3()まで世代交代を必要としない高いレヴェルのものだった。

 そして恐ろしい事に、性能の裏付けは計画実施数日後にもたらされる。

 アップデートされた連邦軍モビルスーツ部隊はパナマ基地の橋頭堡と成り得るジオン軍のコスタリカ基地攻略に進軍し、コスタリカ基地防衛隊と援軍に駆けつけた特殊部隊闇夜のフェンリル隊を相手に戦況を優位に進め、損耗度から撤退はしたものの基地機能の消失からジオン軍をコスタリカより後退させる戦果を上げた。

 この試金石により連邦軍上層部が考えを改めると反レビル派は息を潜ませ、漸く反撃の糸口を掴んだレビル将軍の地位は不動のものとなる。この目に見える吉報を届けたホワイトベース隊の働きは比類なく、単純戦力以上に戦略的価値さえ付随する存在となった。

 

 ――――ジオン軍に開戦時はあった『モビルスーツ』というアドバンテージの喪失。

 

 これに気付き見識ある者達が独自に行動を執る中で、評価が分かれる人物がいる。

 闇夜のフェンリル隊のゲラート・シュマイザー少佐から戦闘報告と見分を聞き、パナマ攻略作戦を一時凍結させたガルマ・ザビ准将を時勢を読んだ名将と呼ぶ一方、不慮の事態に弱く引き篭もる守勢の人と称する見方に分かれ、物議を醸す題材となっている。

 異説として、メルティエ・イクス大佐をキャリフォルニア・ベースへ呼び込む為の策略だったと唱える者もいるが、推測の域を脱しない説であり退けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊旗艦「ネメア」のモビルスーツハンガーにて、モビルスーツ隊の整備報告を聞いていたメルティエ・イクスは、通信端末越しにサイ・ツヴェルクの表情を見据える。

 両者とも苛立ちより困惑が強く納得していない心中は同じだったが、『蒼い獅子』が副官の青年将校は努めて表情を消し平坦な言葉であるよう心掛けた。

 なにせネメア全隊員が慕うこの指導者はいかに状況分析が優れていようと主観的な判断が多い。その分だけ麾下から人情と親しみを受けているが、客観的に見渡せる視点と意見で支えなければ、何処かで派手に転びそうに思えてならない。

 戦場で『蒼い獅子』に続く猛者達が多い中で、彼の隣でただ同意するだけの人間は不要だ。

 サイ・ツヴェルクの役目は、メルティエ・イクスの定まった思考に別口の判断材料を揃え、再度確認を促し熱した頭に冷や水を浴びせる事にある。

 下手すれば忌み嫌われる損な役回りかもしれないが「副官とはそういうものだろう」とサイは己に答えを出していた。それが自らに信を置く、この危なげな上官への忠誠だと。

 

『ガルマ閣下より緊急入電がありました。

 内容はパナマ攻略作戦の一時凍結及び所属基地への帰投命令です。本艦も追随する僚艦と共にキャリフォルニア・ベースへ帰投するよう求められています』

「全軍帰投……作戦前に我が方の情報が漏れた、と言う事か?」

『恐らくはそれに値する事態が発生したものかと。キャリフォルニア・ベースから全軍へ帰投命令が下っている時点で、作戦中止を下すほどの重大なアクシデントがあったと推測されます。

 我が方の攻撃部隊により、連邦軍の前線基地を叩いた現状から本艦の位置が連邦軍との最前線とみれます。友軍の後続部隊が基地接収に動いている筈ですが、今回の事態でそのまま撤退する可能性が高いことも懸念されます』

「ふむ。どうにも情報が足り無さ過ぎるな。

 まずはガラハウ中佐と連絡を取り、全艦転進。キャリフォルニア・ベースへ針路をとる。

 道中友軍を確認次第情報の共有、同行を求められたら可能な限り回収してやれ。そうだな、モビルスーツハンガーに空きがない場合は、ザンジバルはともかくとして、ギャロップなら艦上で砲塔代わりをしてもらうよう指示を出しておくか」

『過剰積載で航行速度が減速する恐れがありますが、よろしいので?』

「混乱した友軍をそのままにしておくことはできんし、事態を飲み込めたとしても行軍に時間が掛かる部隊があれば捨て置けんだろう。そのような状態であれば、往復分の物資があるとは思えん。

 考えてもみろ。ガルマ・ザビ准将の呼び声に応じ困窮の身なれど馳せ参じた、と駆けつけた恩顧の部隊が居ないとも限らないんだぞ。北米に腰を下ろしてから麾下問わず厚く報いてきた男だ。

 一方面軍司令の枠に収まらないガルマ・ザビ個人の人気に、有り得ないと言い切れるか?」

 

 でなければ、天領を得た『蒼い獅子(メルティエ・イクス)』が動くことも無かった。

 ヨーロッパ、アジア地域のジオン軍占領地は広く、各方面軍との緩衝地帯になりつつある位置に拠点を構える事となった特務遊撃大隊ネメアは、ライフラインの構築が終えたものの本隊が動いた今防衛戦力が乏しい。教導隊の編成や練度不足で予備戦力に数えられているものを残してはいるが心許無く、許されるのであれば時間と労力を惜しみなく掛けるべきところだ。

 近郊にオブメルと定まったまだ生まれたばかりの街を有するネメアの基地は発展途上、設備構築以前の問題を抱えているのだ。友軍を頼り色好い返事を得た事が無い軍歴が、メルティエに少なからず猜疑心を刻んでいた。

 叶うなら問題事を潰して掃き取り、腰を据えるべき場所へ還りたい。

 あちらに残したロザミアへの気遣いもある。アジア地域で築いた交友関係を思えば、彼が此処に居るのはガルマへの義理でしかない。要請者が違えば当たり障りの無い理由を盾に動かなかっただろう。

 

『いえ、閣下の影響力と人柄を考えれば断言するのは難しいかと。了解しました。

 ガラハウ中佐から帰投命令承諾がとれましたので、友軍部隊回収の件を説明しておきます』

「そうしてくれ。問題が発生したらこっちに上げろ。手早く済ませて帰還する」

『了解しました。では』

 

 通信を切ったメルティエは思うように動かない事態に歯噛み、苛立っていた。

 此処で喚き散らす、八つ当たりをする程度であれば陰口で云う「腕一本でのし上がった粗忽者」だろう。彼は溜め息一つで感情を制御すると鬱屈する内面を組み敷き、部隊全員の信を得る”常の自分”へ戻る。そうであれと振舞う己に思う所がない訳ではないが、これも正しい一つのカタチなのだろう。ただ、演じるのが上手くなった、と寂しそうに語る人を前にすると困ってしまう。

 艦一隻で動き、モビルスーツを駆っていた時期が懐かしい。

 地球に降下して以来どう自分は変わったのか。変わったのは階級、立場だけだろうか。

 不安になるときは必ず、メルティエ・イクスという一個人が変質していないか自問する。

 見上げるばかりで足元が疎かになる前に、いつしか陥っていた癖の一つだ。

 

「メル」

「うん?」

 

 二の腕に触れる指先が、男の意識を戻していく。

 虚空を彷徨っていた視線を落とす。其処にあるアンリエッタ・ジーベルの顔を見て頬を緩めた。

 

「どうした?」

「どうしたって……メイちゃんが呼んでるよ」

「ん?」

 

 蒼いモビルスーツの足元に、腕を組み苛立った表情を隠そうともしない少女を確認した。

 メイ・カーウィンは彼女お気に入りの、ピンクのカラーにお手製の動物なのかをペイントしたタブレット端末を振っている。瞼は閉じられているが、メルティエの位置を体の正面に捉えており、時折薄目でこちらを盗み見すらしている。

 隣に立つロイド・コルトは小柄な整備主任の為さりように呆れ――るどころか「早く、急いで」と手招きして居る。二人の機嫌を損ねるような心当たりは、かなりというか、結構の数であった。

 

「ありゃあ、小言いわれるのかねぇ」

「小言なら、まだ良いんじゃないかな? 仕方がないね、付き合ってあげるよ」

「そりゃ、嬉しくて涙出るね! 逃げられないようにホールドもされてるし」

 

 すすっと近寄るアンリエッタから腕を絡められ、空いた手で背を押され始めては歩くしかない。

 問題事ばかり続く機体を見上げながら「お前も大変だな」と胸中で語りかける。

 しかし、刑罰執行人への歩みは止まらない。ぐいぐいと押す力も心なしか強まっている。

 これらから察するに――

 

「まさか、アンリ」

「人の話より物思いに耽る方が好きなんでしょ? ほら、そろそろ現実に戻ろうよ」

 

 にっこりと笑っている彼女の目が、据わっていた。

 どうやら思っていたより長い間アンリエッタの声も無視していたらしい。体感ではサイとの通信を終えてから一分も経過していない筈だが、

 

「目の前で無視されるのって、結構心にくるんだよ。メル?」

「ごめんなさい」

 

 周囲を慮ってか囁き声で心中を吐露するアンリエッタは、十分以上相手にされていなかった。

 最初はメイやロイドと同じ場所に立っていた。三人で呼び掛けても返事すらしないメルティエを不審がっていたが、代表してアンリエッタが呼びながら寄っても反応がない。虚空を見つめる彼に怖くなり、触れたら即座に動いて笑い掛けられた。

 アジア地域から離れて以来、最近はこんな調子だ。

 軍医に相談したが、会話も出来るし、意味不明な妄言も吐かない。

 精神的な症状とみて、一度診察に連れて来るよう頼まれたが、定期診断の日までこの男はのらりくらりと躱すのだ。

 二人の目の前まで連行し、最後に勢いつけて後ろから押してやる。

 だが、強靭な足腰は健在なのかびくともせず。後ろ手で頭を掻きながら歩く彼の背中を見ながら少しほっとした。

 

「大隊司令官殿、少し宜しいですか」

「貴方の機体のことでぇ、確認したいことがあるのですぅ」

「すまん、ちと疲れが溜まっているようだ。反省しているから普段通りにしてくれ」

「根を上げるのが早いですねぇ、遊び足りません」

「ですですぅ」

「お前らなぁ、そのうち不敬罪でしょっ引くぞ!?」

「嫌ですねぇ。権力を持つと人は変わります。そうですよね、メイ整備主任」

「いつもメルの機体に時間かけて整備しているのにこの扱い。酷いんだよ!」

 

 案の定合流したロイドとメイに構われ始めた。抵抗を試みているようだが、すぐに謝罪してされるがままになるだろう。引かない時は頑固そのものだが、そうでなければ受け流すタイプなのだ。

 モビルスーツの事で世話になる二人だけに、機体の不調やら損傷から頭が上がらない。

 今回ばかりはメルティエが原因ではないものの、大隊旗機が不調のまま、というのは誰もが落ち着かない案件であった。

 メルティエのモビルスーツ――ネメアの象徴が動かない。

 逆に読めば『蒼い獅子』は出撃できないことを意味する。これはイクス大佐を最前線より離そうとする隊員達の希望に沿う。しかし、『蒼い獅子』が出撃せずに指揮を執るのが最良である。

 彼らにとって蒼い機体とは単なるカラー分けされたものではなく、戦場を駆けるに必要な精神的支柱なのだ。パイロットが考えるよりも、その役割は重い。

 

「しかし、いつになったらコイツと戦場に出れるんだろうな?」

「通常機動は問題ないんですがね。どうもフルスペックを発揮すると稼働時間が」

「おいおい、そいつは……また傷病兵扱いになるのは勘弁してくれ。自由に動けないのは辛い」

「ベッドの上は我々としても看過できません。キャプテンシートに座れる程度に善処しましょう」

「怖い怖い。そんな機体はこっちから願い下げだ! ……キシリア閣下からの届け物だ、そうは言っていられんのが辛いところではあるが。軍隊として見るなら取り扱いは難しいな」

 

 蒼い機体を見上げるメルティエは腕を組んだまま疑問を投げ掛け、汲んだロイドが不可思議な機体性能に難色を示し、軽口を叩き合いながらタブレット端末に表示されるデータを目で追う。

 彼のモビルスーツはネメア所属機のどれと比較しても性能が異なる。

 ザクIIの小隊にカスタマイズした指揮官機を配備しても問題はない。それは他も同様だ。

 ただ機種混合は不味い。速度にバラつきがあれば、足りない機体に合わせなければならない。

 警戒態勢の前衛二機、後衛一機のV字隊列なら、機動力に長けた二機をフォワードに、一機をカバーとすれば良い。しかし、巡行速度に差があれば小隊全体の速度を落とす。

 メルティエのモビルスーツは、他と馴染めず浮いたような存在となっていた。

 唯一問題にならない運用が単機遊撃なぞ、誰が認めるというのか。

 

「予備機ないし同型機が補充されるまでは、艦直衛隊の予備が関の山か」

「もしくは、ギャロップ艦隊所属のザクタンク部隊が砲撃地点へ移動する間の防衛、ロックフィールド少尉達と側面攻撃を支援ですかね。主力部隊より離れ別働隊を率いるのもよろしいでしょう」

「メルティエは突進力があるからね。過去の戦術分析を参照しても『蒼い獅子』が突出して他が追い縋るデルタ状になっているの。ケンや直属部隊のみんなが強いから問題はなかったけど、他部隊と連携を執るなら二歩進んで一歩下がる、くらいの動きをしなきゃいけないよ」

「メイちゃんの言う通り。誘引戦術なら今まででも問題はない、けれど敵の攻撃が集中する形のままだから、危険なのは変わりないね。装甲と機動力重視なのはその為かな?」

「ジーベル大尉の指摘通りです。大佐の戦術に合致する方針でモビルスーツを改修すると、大概は装甲強化と機動力の維持です。これは昔から変わりませんので、機体の拡張度合いを粗方埋めることで折り合いをつけています。無論、武装も限定されますが」

「その武装のせいで出力が安定しない、ってことだな。なら俺の機体にはいっそ不採用で」

「できないよ!? 知ってるでしょ、このモビルスーツの是非でビーム・ライフル正式採用が認められるんだから!」

 

 メイが小柄な身体を怒らせ「それができるならどんなに楽か!?」と頭を押さえている。

 量産化の決定打に自分の機体を使うな、とメルティエは言いたいがグラナダ経由で運び込まれたモビルスーツは様々な思惑が絡んでいるのだろう。専用機だった蒼いザクとグフがしっくりきていただけに、新型機のサンプリングは勘弁願いたい心境だ。

 ロイドは彼の考えを見透かしながら、装甲強化と追従性を底上げしているだけに正常なサンプリングとは言えませんよ、と心の中で苦笑した。

 一歩引いた位置から三者三様の思考を計っていたアンリエッタは頬を掻き、彼らを悩ませる蒼いモビルスーツを眺めながら、前線へ身を置きたがる困った人をどうやって留めるか考える。

 

「困った人に、困ったモビルスーツか。本当に大変だよ、僕達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャロップ二番艦のモビルスーツハンガー内は人波が交錯してた。

 関節部が損傷したのか、引き摺るように歩行するザクIIを誘導する整備兵。負傷した兵士を搬入するワッパを迎えた救護班が容態確認に入り、回収出来ない戦闘車両や装備に頭を垂れ、これらの破壊を依頼するやり取りがなされていた。

 茶褐色と紫色の陸戦型高機動ザクIIのコックピットハッチから姿を見せたシーマ・ガラハウは、ヘルメットを脱ぐと窮屈な思いをさせた髪を広げ、眼下で忙しく動いて回るうねりを俯瞰した。

 

(いやだねぇ。まるで敗戦のようじゃないか)

 

 事実、艦隊より先行したシーマは敗走する友軍部隊と遭遇していた。

 コスタリカ基地守備隊――所属名に元がつく彼らは主力が壊滅的被害を受け、防衛目標から基地機能が失われたことで同地より撤退を決定。追撃に晒されながらも他モビルスーツ部隊による援護のお陰でジオン勢力圏へ撤退の最中だったらしい。

 詳しい話はまだ隊長代行より聞いていない。彼らとシーマ率いる小隊が擦れ違い様に確認したのは、本来の権限を持っていた人間は連邦軍の初撃で戦死しており、次席は弔い合戦と宣言して粘り続けた結果、敵モビルスーツに踏み潰されたというどうしようもない顛末だけだ。

 ついで、代行が撤退に踏み切れたのも防衛線を展開していた友軍部隊の支持を得たから、というのだから頭が痛い。重なった指揮系統の麻痺も原因の一つだろう。それでも自分達が不利な状況で退避する算段も出来ないとは。

 

(その友軍部隊ってのが我関せず撤退していたら、私らの艦に辿り着くこともできなかった。

 貧乏くじ引かされたんだろうが、こっちは収穫が懐に飛び込んでくれてありがたい。

 ま、無傷で帰れるなんて虫の良いことは考えちゃいないからね。拾った誼で一発キツイのくれてやった。連邦の戦力を削れて()し。お仲間からは敵討ちの感謝と情報を入手できて好し、ってね)

 

 高低を活かした奇襲で敵部隊を攻撃したシーマは、モビルスーツ一個小隊を中破、二個小隊を小破に追い込んでから帰投した。彼女は一個小隊を引き連れ三方向から一斉射撃を開始した後白兵戦を挑み、森林や丘陵を利用して次々と中破させていったのだ。

 おかげで装備一式の弾薬を失い敵の反撃で二機ほど小破はしたが、実働に支障はない。

 むしろ、想定していた被害よりも少ないくらいだ。

 弾薬は装備そのものを交換で済むし、撃破されていなければ修理に回せば直る。

 死ななければ――部下を失わなければ、戦果などいつでも稼げるのだから。

 それに、彼女が中破に追い込んだものの撃墜しなかったのには訳がある。

 敵軍のモビルスーツ、恐らくは新型か先行試作機と見做せる機体だ。謂わば最新技術の塊であるモビルスーツの機密漏洩を避けたいだろう。となれば、機密保持の為に自爆するか、全滅するまで徹底抗戦するかの二択であろう。()()これの脚部、即ち足回りを重点的に狙い転倒させ行動阻害を目的に留めたのだ。

 自爆は巻き込まれたくはないし、徹底抗戦で痛手を被るのも御免被りたい。

 なので、彼女はまず自軍の為に追撃の手を緩めさせる作戦に出た。

 進軍するモビルスーツ一機を集中放火で行動不能まで追い込み。次に僚機のカバーに入った二機目は足回りを重点的に。小隊を組んでる別働隊がフォローに動けば即座に下がり、追撃してくるなら間抜けにも突出したヤツの頭を丁寧に叩いてやる。

 これを繰り返しつつ、友軍の撤退ルートとは別ルートを使い追撃が弱まれば攻勢へ転じ、追われれば崖や林の濃い場所を利用して身を隠しては下がる。

 そんな追いかけっこを続け、相手が完全に根を上げ後退したのを見届けシーマも頃合と判断して合流して此処に到る。

 今頃は損傷したモビルスーツを回収している頃だろうか。身動きが取れないモビルスーツなど大仰かつ厄介な置物と大差ない。敵軍が回収に時間を掛ければ掛けた分だけ自軍が安全圏へ到達出来るのだから、せいぜい手間取ってもらうとしよう。

 今回に限って言えば見栄えの良い戦果に恵まれなかったが、友軍の被害抑止と敵軍の進攻阻止を鑑みれば貢献したとみてくれるだろうか。

 上層部は敵モビルスーツの鹵獲が叶わなかったことに不満を述べるかもしれない。

 だが、自分達を束ねるあの男は人的被害ゼロで帰還したことを喜ぶだろう。

 

(ある程度の人と物の損失は当然勘定に入ってて、少ない被害で最大限の戦果を上げる。

 短期間で頭角を現した実力者は大概野心家と決まってるモン、なんだけどねぇ……そういう所、ウチの大佐は至って平凡だ。身を削って挙げた戦果に反比例するが如くね。

 ま、下からすれば犠牲を厭わない名将より、被害を嫌い避ける凡将の方が助かるってね。

 御国の為に、なんて言葉。今の私らには反吐が出る)

 

 ――――忘れたくとも忘れない。

 シーマ達は遭遇した出来事を、死ぬ際まで忘れられそうにない。

 本国で、故郷でぬくぬくと暮らしている連中が自分達に与えた命令を。

 開戦時のブリティッシュ作戦の基本骨子――必要な弾頭(コロニー)を調達する為に受けた指令の事を。

 それを受けた当時のシーマは、ジオン公国に対し反対運動を掲げる人々からコロニーを奪い強制従属させるやり方は只々反発を増長するだけだと危機感を持っていた。手を取り合う事無く一方的に拳を振り上げるだけでは融和など望めず、先にあるのは歪な共存関係になるだろう。更に宇宙という過酷な状況下で住居(コロニー)を奪う行為は彼らへの死刑宣言に等しい。同じスペースノイドに自分達がやってよい事ではないとも。

 けれど、シーマ・ガラハウは軍人で。彼女自身が貧しい出身から国が謳う「地球政府の圧政から独立する」戦争への意気込みは確かだった。

 実行する自分達は忌み嫌われる兵隊に堕ちるだろう、と理解していた。それでも誰かがやらればならない仕事であるなら、と。自らが了解できない任務を部下に指示し、納得は出来ずともスペースノイド独立のためと飲み込み臨んだ――――のに。

 

(だから、かねぇ)

 

 本国から彼女が指揮する海兵隊に支給されたものは「催涙ガス」と偽装された()()()、だった。

 無力化する為の作戦が、無秩序に一掃する大量殺人計画へとすり替わっていた。

 敵ならず味方も虚報で操り、望んでもない虐殺行為(ひとごろし)をさせたのだ。

 それから、何度汚れ仕事を言い渡されただろう。

 どれくらい、同胞である筈の友軍に侮蔑しか映えない目に晒されただろう。

 正直自暴自棄になるか、腐らないとやってられない状況に浸り続けた。

 それでも腐り落ちなかったのは、シーマ自身の精神力と彼女に付き従う荒くれ者達(バカども)が居たから。

 逆の見方をすれば、境遇が底辺に近かった。

 なら底辺スレスレの自分達は、どん底へ降るかマシな場所へ這い上がるだけだ。

 幸か不幸か、

 

「シーマ様ァ!」

「どうした、敵の追撃が来たか!?」

「いや、逆です! 援軍が向かってると!」

「ちっ、何処の部隊だ? 私は足元見られるのは嫌いだよ」 

「それが、イクス大佐が救援に来て下さるそうです!」

「は? ぁあ~…………そうだった。ウチのボスはフットワーク軽過ぎだったねぇ……」

 

 差し伸べられた手はアグレッシヴ過ぎて、彼女に払い除ける時間もくれやしないのだ。

 大隊長自ら赴くなぞ、重要度が高い作戦区域が妥当であるべき。

 部隊戦力が拡充されても気質は変わらないようで、シーマ個人としては頭が痛い。

 軍人として資質を問いたい所ではある。

 階級はただの戦果目安ではない。煩雑化している指揮権を上位者の名の下に統一する権能を有しているのだ。司令官空位時の臨時指揮権はその為に存在している。

 

「まぁ『蒼い獅子』がやるコト。ゆるく考えないと疲れる、か」

 

 ともかく、メルティエ・イクスとその直属部隊による救援は戦力的にありがたい。

 シーマと部下のやり取りを聞いた元コスタリカ守備隊の士気も息を吹き返していた。彼らの残存戦力である数機あるモビルスーツのうち一機は一部蒼い塗装が施されていた。察するにパイロットは『蒼い獅子』を目標にしている人間なのだろう。

 ジオン軍の名立たるエースパイロットの中で、メルティエは個人識別のカラーを占有していない。『赤い彗星』等に憧れを抱いていても赤い塗装を施したモビルスーツが戦場に複数機現れる事はないが、『蒼い獅子』に肖って肩や腕などを同色にしたモビルスーツは数多く存在する。

 煌びやかな武勇伝は確かに少ない。しかし、部隊先頭に在り被弾しながら駆ける姿は生存能力の高さが垣間見え、身を張ってまで味方を守る戦闘スタイルは不破の盾を想像させた。

 思い返せば、撤退途上でも殿軍最後尾を務めたのはあの『蒼い獅子』のファンだった。

 単なるミーハーではなく、戦場で実践するとは見上げたもの。指揮関係はぐだぐだであったが、現場の人間には見るべき所があるとシーマは思い直す。

 本国の連中を毛嫌いするようになった彼女も、同じ場所で戦う人間に忌避感は抱いていない。

 嫌悪対象は一向に変わらないが、これは仕方がないものだ。

 自分も案外、寒色系は嫌いではない。

 

「援軍を盾にこのまま自軍勢力圏へ撤退するか、それとも転じて追撃部隊の傷口を広げるか。

 さて? どうしてやろうかねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

物語進行と投稿更新具合が亀の如く。
コイツぁ、不味いですよ……!?

でも仕方ないね。これが現実だもの。
無理に上げて変な話投稿する方が失礼だもの、と更新遅れを正当化するテスト。
更新待ってくれている方、何人居られるのか不安ですがまったり進行なので過度な期待はしない方がいいんだぜ? ……いいんだぜっ!?

最後に。誤字連絡、評価、感想毎度ありがとうございます。
次話をお待ちくださいヾ(*´∀`*)ノ


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