無口な無口な神機使い~別に喋れない訳ではないんだが~ (猫丸飯店)
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無口な無口な神機使い

主人公の名前は「ユウマ・マカヅチ」です。
初投稿なので違和感調整はおいおいに。


今もたまに夢に見る。それは嘘偽りない事実だ。

目の前で俺を逃がしてくれた両親が、アラガミの無慈悲な牙の餌食になった光景。

 

確かに今でも夢を見た後は思う。

もしあの時俺に力があったなら、と。

 

しかし、それはどこまで行っても"もし"なのだ。

現実は無常であり、どれだけ後悔しようとも決して覆る事はない。

 

ならばせめて、俺は精一杯生きよう。

俺を生かしてくれた両親に、悔いなく生きてきたといずれ伝えよう。

 

恐れも後悔も己が糧に。

ただただ今という時を生きていこう。

 

…まぁそれはひとまず置いといて。

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

夕方ともなれば任務を終えた面々がやれ今日は映画を見るだの部屋で一杯やるだの楽し気な会話が聞こえてくるが、

流石に今の時間帯からはそんな声も聞こえない。

 

まぁ俺は正直今からでも一杯やりたいくらいだが。

独立遊軍と言えば聞こえはいいが要は何でも屋のお助け部隊だ。

お声がかかるまでは暇なのだ。

 

「………………………」

 

とはいえ今は勤務時間。いくら暇でも流石に飲み出す訳にはいかず、何ともなしにホールにいる面々を観察してみる。

 

あっちでは相変わらずカレルとシュンが手柄がどうのと言い争い。

あっちではカノンとジーナがクッキーを食べながらブリーフィングを行い。

 

ん、今から出ていくタツミといるのは新人か。生きて帰ってこれるといいんだが。

まぁタツミが付いているなら大丈夫か。

 

うん、我ながら中々に偉そうな事を言っている。

まぁ自覚はあるが止めはしない。これでもそこそこ古参なのだ。

 

「………ッ。」

 

おっと、任務の呼び出し通知か。思いに耽るのは楽しいが残念ながらお仕事の時間だ。

ゆっくりと立ち上がって神機保管庫へ向かう。

 

途中、何人か新人が談笑していたが俺が近づくと同時に素早く道を空けてくれた。

おいばかやめろ、その動きは誰かに見られたら誤解されるだろうが。

 

……………………………………………………………………………………………

 

一日が終わり。

 

任務を全て片付けて再びエントランスホールでまったりとする。

 

この時間帯ともなれば火急の事態が無い限りほぼ全ての部隊が帰還しており、

今朝方には聞こえてこなかった余暇の過ごし方などもちらほら耳に届いてくる。

 

お、今入ってきたのはタツミと一緒にいた新人か。無事生きて帰ってこれたか。

まぁタツミが付いていたし心配はしていなかったが。

 

うん、我ながら毎度毎度だが中々に偉そうな事を言っている。止めんがな。

これでも一人で任務をこなすほどの古参だし。

 

しかし…うん。古参と自称するからには。

ここは一つ、先輩として素直に初生還を祝福してやろう。

 

ゆっくりと立ち上がって自販機コーナーに向かう。

着いてみると今朝方任務に行く時にすれ違った新人がいた。

 

「あっ…!す、すいません!今退けます!」

 

だからばかやめろ、その言動は100%誤解されるだろうが。

退けどころか俺は言葉一つ発していないぞ。

 

「コラコラ。割り込みは駄目だよ君ぃ?いけないんだぁ、部隊長が新人いびりなんて。」

 

ほら見ろ、誤解された。最も、懸念していた方面ではなく、面倒くさい方面での絡まれ方だが。

 

「そんな事してたら君の神機メンテしてあげないんだからね。ほら、君も気にせず好きなの買いなよ。」

 

スパナ片手にからかい半分で言うのは楠リッカ。

極東支部でも指折りの技師で神機関連ではまず右に出るものはいない。

おかげで俺たち神機使いは彼女に頭が上がらない。

 

だからどさくさ紛れに割り込みされた事は許しておこう。忘れんがな。

 

エントランスに戻ると新人と一緒にタツミもいた。

しまった、こんな事なら一本余分に買っておくんだった。

 

まぁエスパーではないのでしょうがない。

割り切って先程買ったジュースをもって新人の所に向かう。

 

「…ッ!?あ、貴方は噂の…」

 

ちょっと待て、噂のってなんだ。

流石に新人にまで知れ渡るような実績は持っていないぞ。

 

気にはなったが聞くのは怖い。

うん、ここは一つ聞かなかったことにしよう。

 

気を取り直して手に持ったジュースを新人に投げ渡す。

生きて帰ってきただけあって中々良い反射神経だ。

 

本当はここで気の利いた祝いの言葉でも言おうと思ってたがタツミがいるなら別にいいだろう。

用も済んだし今日はもう部屋に帰るか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「あー、アイツはゴッドイーターになるまでに色々あってなぁ。ぶっちゃけ俺もまだアイツが喋っているところは見たことが無い。」

 

新人の質問に曖昧に答えながらもタツミは昔ユウマと共同で行ったミッションを思い出す。

 

アイツは終始無言だった。

言葉一つ発さず、表情一つ変えず、淡々と命令通りにアラガミを倒していくその姿。

 

暗い過去を持つ神機使いは総じてそのような性格の者が多い。

当初はコイツもそんな過去を持つ人間の一人か程度に考えていたが。

 

いやいやまさか、思いがけず漏れ聞いてしまった話の内容は想像以上に重く。

何ならアリサのに匹敵するレベルのトラウマである。

 

(悪い奴ではないんだがなぁ。流石にこれはおいそれとは話せんし…)

 

長く付き合ってみると決して付き合いづらい人間ではない。

無口無表情なだけで悪い人間ではないのだが、如何せん事情を知らない者にとってあれは中々に威圧感がある。

 

「ま、悪い人間ではないし、アイツの人柄についてはおいおいわかってくるさ。それよりも今日の無事の生還を祝おうぜ。」

 

まぁこればかりは時間が解決するしかない。

話題を切り上げ、差し入れのジュースを進めて乾杯をし…

 

新人が飲んだジュースを勢い良く吹き出した。

"初恋ジュース"と書かれた缶を落としながら。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-その頃、自室のユウマ・マカヅチ-

 

…うん、やっぱこれ美味いな。

 



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無口な無口な新人さん1

短いです。
まぁ気の向くままなのでご容赦を。

追記)タイトルに"1"って付け忘れてた。


「これはまた、ずいぶん陰気な奴が入ってきたな。」

 

ドやかましい、と聞こえよがしに呟いた隊員に睨みを返す。

 

「お前の経歴は聞いているぜ。中々ヘビーな過去を持っているそうだが…まぁこの極東支部では結構ありふれてる話さ。」

 

だから同情はするけど特別扱いはしないぜ、と初っ端に言われた言葉は今でも忘れていない。

根に持っているのかって?逆だ、あの一言がまさに今の俺に至る始めの一歩だった

 

不憫に思うのか哀れみなのか。正直、そんな感情はうんざりしているのだ。

上辺か本心なのかは知らないが…少なくとも俺自身は当の昔にそんな経歴は気にしなくなっている。

 

それなら普通に喋れと?それこそドやかましい。

トラウマ云々を抜きにしても、何で他人の顔色を窺いながら喋らなければならないんだ。

 

「まぁだからこそ俺から言える事は多くない。それでも最初に心構え的な事な事だけは伝えておく。」

 

一つ、死ぬな。

二つ、死にそうになったら逃げろ。

三つ、生きてきた理由を忘れるな。

 

まぁ何とも臭いセリフ回しだ。

若者でもオッサンでもない微妙な年齢の人間が言っているのも拍車をかける。

 

「…いや、何か反応しろよ。恥ずかしくなるだろ…」

 

なら言うなよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

とはいえ時刻は既に正午過ぎ。

普段は一つ二つ任務をこなしている頃合いだが今日に限っては全く音沙汰がない。

 

…これはワンチャン、飲んでも許される状況ではないか?

仕事が無いのは考え物だが、職業柄忙しくないというのは平和であるというのに直結するのだ。

 

うむ、うむ。これこそ正に神託と言うやつだ。

別段特定の宗教に傾倒しているわけではないが、神に感謝を捧げながら飲む酒はまた格別なのだというのは経験上身に染みついている。

 

 

いやぁ、こんな堕落は心からしたくはないのだが。

神に背くは人にあらず。敬虔な信徒の気持ちを胸に、自販機へ向けて歩を進める。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「あっ…!す、すいません!今退けます!」

 

自販機コーナーに着いてみると、そこには先日すれ違った新人がいた。

何を買っていたのかと思えばそこには両腕いっぱいに抱えた500mlのチューハイ缶。

 

「こ、この前タツミ隊長に進められて飲んでみたらこれが妙に後引く味で…す、すみません、この事はどうかご内密に…」

 

うんうん、任務明けのアルコールは堪らないものがあるからなぁ…って、おいばかやめろ、チューハイ缶を差し出すな。この光景は100%誤解されるだろうが。寄こせどころか俺は一言たりとも言葉を発していないだろうが。

 

「あーっ、コラコラ君ぃ。カツアゲはれっきとした犯罪だよ?いけないんだぁ部隊長が新人いびりなんて。」

 

ほら見ろ、めんどくさい奴に捕まった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

お茶の缶と、妙に軽くなった財布を手にエントランスへ戻ってくる。

よもや安物のお茶一缶が冷やしカレードリンク十杯と等価に化けるとはこの部隊長の目を持ってしても(以下略)

 

そして目の前には先程買った酒を遠慮がちに飲む新人の姿。

酒だけでは味気なかろうと特別にツマミ(プリン味のレーション)を差し入れたが、流石に昼日中からエントランスで酒盛りする度胸はなかったらしい。

 

まぁ一般常識は身に付いているようで何よりだ。

これで喜び勇んで酔いつぶれるようなら流石に苦言の一つも呈さなけれなならなかったが。

茶をすすり茶菓子(プリン味のレーション)を口にしながら後輩とまったりとした時間を過ごす。

 

とはいえ、これでも肩書きは部隊長なのだ。

そんな相手と一緒では仕事の一環という感覚は拭えず、せっかくの酒も飲んでる気がしなかかろう。

 

気を利かせて手早く茶を飲み干し、残ったレーションを差し出してエントランスを後にする。

 

…こんな言い方をすると冷たい人間に思われるかもしれないが。

神機使いなんて職に就いている以上、いつ故人になるかなんてわかったものじゃないのだ。

 

情を深めた相手が明日から今生の別れです、何て珍しくも何ともない。

手助け程度ならまだしも過度な感情移入は御法度である。

 

しかし、それならせめて今生きているという事実だけは満喫してほしい。

悔いなく、後悔無く生きたのだといつか誰かに胸を張って言える人生を送ってほしい。

 

「…オッサンの感性が移ったか。いや、俺はまだ若い。若い、はずだ…」

 

いつか昔、初めて隊長と仰いだ人物の姿を思い浮かべながら。

誰に聞かれることもなく、気晴らしに散歩へと出かけるのだった。

 

…なお。

件の"元"隊長と偶然に鉢合わせ、雑談(という名の会話のドッジボール)に花咲かせる姿が噂になったのはまた別のお話。

 

……………………………………………………………………………………………

 

確かに生きて帰ってきた。

だが実感するそれは"生き延びた"などと高尚な表現が出来るものではなく。

 

噂に聞いていたアラガミ。

ゴッドイーターとなったその日から、何度も耳に穴が開くほどに討伐方法を復習したあの存在。

 

蓋を開ければ何のことはない。リアルな死の恐怖から尻餅をつき、小悪党の様に無様に神機を振り回して叫ぶ醜態っぷり。

助けてくれた隊長には感謝しかないものの、下手をすれば文字通り"終わっていた"という現実はそうそう拭えるものではなく。

 

「はぁ…」

溜息と共に自販機のボタンを押し、初日に薦めてもらったアルコールの缶を自販機から取り出す。

 

気にするな、と言ってくれた。

最初は皆そんなものだと言ってくれた。

極めつけには"命が残っただけ儲けもの"だとも。

 

言い返す資格が無いのは重々理解している。

それでも尚、こう反論したいのだ。

 

-自分は、生きていて恥ずかしい、と。-

 

そんな折に飲んだアルコールは正に麻薬のように感じた。

罪悪感は霞と薄れ、隊長が言ってくれた慰めだけが暗示のように脳内に響き渡る。

 

飲んでは誤魔化し、正気に戻っては耐えきれずまた飲む。

後々聞いてみれば神機使いが"死亡"以外で除隊となるのはほぼこれに該当して精神的に再起不能となったケースだとの事。

その淵に自分が立っていたというのは後から思い返しても身の毛のよだつ話だ。

 

「こ、この前タツミ隊長に進められて飲んでみたらこれが妙に後引く味で…す、すみません、この事はどうかご内密に…」

 

そんな綱渡りの毎日を送る中、再び出会ったのは噂の部隊長。

こちらの姿を認識するや否や、次の瞬間に手に抱え込んだアルコール飲料に視線を移す。

 

目は口ほどに物を言うとはまさにこの事だ。

相変わらず言葉こそ発しないものの、その目線と表情は如実にこう告げている。

 

-あぁ。コイツはどうやら、ここで終わるのか。-

 

今思えば掛け値なしの煽りである。

ろくに自分を知らない人間が、一方的にこちらの価値を決めてきているのだから。

 

にも拘らず、出ていたのは気まずさをごまかすためのちゃちな袖の下。

おまけにたまたま通りがかった整備士の先輩に助け舟を出してもらうというおまけ付きだったのだからたまらない。

 

情けない。情けない、本当に情けない。

 

まぁそれに対抗するように奮起したのも束の間、その後の流れについては"アルハラ"と言うより無いのだが。

もしかすると酒に溺れかけていたのを見かねての事だったかもしれないが。

 

「先輩…流石にプリン味とチューハイは合わないですよ…」

 




時系列的にはBURST~2RBまでを想定しています。
時系列の矛盾についてはおいおい調整するかも。


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無口な無口な新人さん2

Q.上官はリンドウ?
A.Nein(いいえ)。


クソが付くほど優秀な後輩だ。

コミュニケーション能力こそ論外だが、それを差し引いても評価に値する。

 

体力、技術、それに度胸。どれをとっても新人とは思えないほど出来が良い。

特に立ち回りが秀逸だ。

 

「こいつはたまげた。いくら何でも新人なんぞに倒せる相手じゃないんだがな。」

 

実地訓練という名のOJTも早三日。

率直に抱いた感想は"こいつなら大丈夫"というよりは、"こいつを受け持っている間は楽に討伐数が稼げるな"と下心。

 

新人教育なんて仕事は人気が無いのだ。

そもそもが命がけの仕事なのにお荷物まで背負わされて働かされる。

おまけに荷物が"ヘマ"でもしようものなら評価まで下げられる。

 

だからスキルアップと言うよりは死なないための心構えを教えたつもりだったんだがな。

この仕事は余程の穀潰しでもない限りクビにならない(というより辞めさせてもらえない)のだから。

 

「中型種でも相手にならねぇか。こりゃあ当面、労せず美味しいおこぼれにありつけそうだ。」

 

真っ二つに叩き割られたコンゴウの亡骸と、無言のまま眉一つ動かさずに神機で捕食する期待のルーキー。

ちょっと失礼するぜと断って隣で捕食作業に参加する。

 

上前を跳ねてるだと?人聞きが悪ぃな、捕食で回収できるコアには神機毎に指向性があるんだ。

なるべく大勢で捕食した方がより資源を稼げるんだよ。

 

(徹夜しながら慣れん推薦書を書いた甲斐があったぜ。まぁこれは教育費って事で、しばらく頼むぜルーキー。)

 

 

彼は知らない。

本当にしばらくした後、"噂の神機使いを育てた名上官"として引っ張りだこの忙しい日々(という名の強制労働)を送る事になることに。

 

「クソッ!優秀過ぎだぞルーキー!お前のせいで俺はなぁ!」

 

いや知らんがな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

高みの見物を決め込んでいたのも束の間、携帯端末が振動して任務の呼び出しを合図する。

今日はお呼びが掛かるのが早いな。これは忙しい日になりそうだ。

 

通知を止めて立ち上がり、受注用の受付端末へ歩を進める。

今更ながら、疑問に思った事が一つある。

 

どうして俺にはわざわざ任務通知用の端末が支給されているんだ?

 

いや、まぁ思い当たる事情が無いわけではない。

人様には公に言えないが、部隊長たるものそれなりに秘密の任務と言うのもある。

 

それでも、だ。通知されてくる任務にいささか節操が無くないか?

討伐任務と書いてあるが、これ要するに「新人教育現場の近くで不測の事態に備える」って内容だろ。

 

重要だろうが少なくとも機密端末で通知してくるような任務じゃない。

だいたいリンドウもソーマも俺みたいな専用端末なんて支給されてないじゃないか。

 

「お?今日も彼女からデートのお誘いか?モテる男はツライねぇ。」

クソッ、今日は非番か?これから任務じゃなかったらその未開封のビール缶を奪ってやったのに。

 

「…フンッ。」

いや、お前は逆に何か言えよ。話しかけてもないのにその反応は気になるだろうが。

 

まぁ内心愚痴を言っても仕方がない。

仕事は仕事、さっさと神機保管庫へ行って準備するとするか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

珍しく神機保管庫の窓口が混んでいる。

どうやら今日は極東全体で忙しい日のようだ。

 

「あっ…!す、すいません!今退けます!」

 

頃合を見計らって申請窓口に着いてみると、そこには先日すれ違った新人がいた。

書きかけの書類を雑にかき集め、慌てて窓口から身を避ける。

 

おいばかやめろ、お前わざとやってるんじゃなかろうな。

退けろどころか俺は一言たりとも言葉を発していないだろうが。

 

まぁ済んだ事を掘り返してもしょうがない。

仕事前にテンションを下げるのもあれなので、気を取り直して出撃申請の書類を提出する。

 

「コラコラ君ぃ、いけないんだぁ部隊長が新人いびりなんて。討伐戦果から色抜くよう告げ口しちゃうからね。」

 

いや、仮にも上から数えるレベルの本職技師だろうが。

何で受付嬢なんてしてるんだよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

討伐対象の撃破に成功し、撤収指示があるまで一時の休憩に入る。

さっき採取したハーブと持参したお湯と混ぜ合わせ、持ち込んだレーション(カステラ味)と合わせて即席野草茶のティータイムと洒落込む。

 

任務中なのにサボりじゃないのかって?

良いんだよ姿まで監視されてるわけじゃないし。

 

そもそも今回の本命は不測の事態に備えた待機要員である。

近いとまでは言わないが、そこそこ遠くない距離で先程あった新人が絶賛OJTの真っ最中である。

 

いや、優秀だとは思っていたが実際は想像以上の逸材みたいだ。

神機使いは"消費資材"と言っても過言ではないが、それゆえ運用方法については意外と慎重が期されている。

 

にも拘らずの実施訓練だ。

"ヘマ"する懸念と成長の可能性を天秤に掛けた結果、保険を掛ければ問題無しとの判を押されたのだ。

 

これは将来が楽しみだ。あわよくば俺の部隊に入って楽させてもらえば万々歳だ。

下衆い感情で妄想していたところ、不意に連絡用の端末が振動する。

 

どうやら不測の事態とやらが起きてしまったようだ。

手早く片付けを済ませて神機を担ぎ、共有されたアラガミの出現予測位置へ視線を向ける。

 

(しばらく頼むぜルーキー。お前が独り立ちするまでの間、精々俺は甘い汁を吸わせてもらうとするよ。)

 

ふと以前世話になった上官の言葉を思い出す。

いかんいかん、年のせいか最近昔を懐かしむような事が増えていけない。

 

…老けたといったやつは前に出ろ。

キレやすい若年世代と言うやつをその身で実感させてやる。

 

まぁどちらにせよ、俺が甘い汁を吸えるのはもう少し先だろうがな。

それまでは新人さんが安心して太れるよう環境整備に努めるとしますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

よくよく縁と言うのは意地が悪い。

正直会いたくないレベルで苦手な人間なのだが、ここ最近は思いとは裏腹にかち合う機会に恵まれている。

 

相も変わらず感情の読めない表情。

ただ何となくではあるが「コイツまだ居たのか。」と言わんばかりの視線なのは感じ取れる。

相変わらず言葉は一言として発してもらえていないが。

 

正直、ストレートになじられでもすれば怒りに任せて感情をぶつける事が出来るのだが。

見方によってはただ不器用な社交性を発揮しているだけの様に見えるのがまた質が悪い。

少なくとも自分はもう、この人の差し入れに口をつけようとは思わない。

 

「す、すいません、今退けます…」

 

不要な諍いを避けるため、大人しく申請の順を譲り渡す。

自分でも若干声が上ずってしまった感があるが仕方ないというものだ。

 

新人の自分と仮にも部隊長のこの人では立場そのものに大きな差があるのだ。

誰かにからかわれたら緊張したのだとでもごまかそう。

 

それにしても。

 

ちらりと覗き見た書類から自分の出撃場所の近くに行くと分かった。それも単独で。

部隊長ともなるとここまで実力に信が置かれるものなのか。

 

いつの日か、自分もその域に達する事が出来るのだろうか。

 

「コラコラ君ぃ、いけないんだぁ部隊長が新人いびりなんて。討伐戦果から色抜くよう告げ口しちゃうからね。」

 

別の意味での繰り返しになるがそれにしても。

 

この整備士の先輩無敵だな。




その内変わりますが現在は旧型神機のバスター使い。
戦闘スタイルについてはおいおいに。


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無口な無口な新人さん3

Q.リッカちゃんは無口な人でも恐れない?
A.神機は口ほどに雄弁。


新人が部隊を去るケースは概ね三つに分けられる。

 

調子に乗ってヘマをこく。

ビビり過ぎてポカをする。

お利口ぶってからの神隠し。

 

この三つだ。

 

あのルーキーの場合は…

 

……………………………………………………………………………………………

 

いっちょ前に神の名なんぞ冠しているが、言ってしまえばその辺の害虫や畜生と違いはない。

そのレベルが熊やライオン以上しかいないってのが問題なんだが。

 

目の前にいるのは真っ二つにされて事切れた大型種のアラガミ。

騎士だなんて大層な肩書を持っちゃあいたが、うちのルーキーの前じゃカトンボと大差なかったっていうオチだ。

 

信じられるか?騎士様の最後は命乞いだぜ?

アラガミが言葉を話す訳もなし、あんまりな姿に俺がそう感じただけなんだが。

 

死角から足を一本一本切り飛ばされ、奥の手の尾槍も叩き割られて。

コイツは攻撃前に防御を固めるんだが、俺には助けてくれって拝み倒してるように見えたね。

 

まぁ顔色を窺ってきた瞬間にうちのルーキーは神機を叩き込んでたがな。

俺が言うのもなんだが命乞いってのはもう少し"人間らしい奴"にやらんと効果ねぇだろと思ったね。

 

んで、実は今回に限ってお偉さん方がモニタリングしてて、是非とも子飼いにって青田買いが始まったって寸法よ。

まぁそれの経緯はお荷物を抱えてるはずの俺の戦果が余りにも羽振りが良すぎるって訝しまれた結果なんだがな。

 

やれやれ、出世レースは完全に負けちまったな。

まぁ少しでも恩に感じてるってんなら、たまには美味しいおこぼれを奢ってくれよルーキー。

 

……………………………………………………………………………………………

 

アラガミの誕生プロセスっていうのは謎が多いらしい。

極端な例ではものの数分足らずでヴァジュラみたいな大型アラガミがいきなり出現するケースもあるそうだ。

 

だから事前の安全確認っていうのも実は気休め程度しかないらしい。

どんなに安全確保を行っても、運が悪いといきなりアラガミ動物園のど真ん中ってこともあるらしい。

 

"らしい"ばかりだから正直気にするのもしょうがないレベルではあるのだが。

何にせよ事前準備で危険性を減らせるのならそれに越したことはない。

 

今回の"不測の事態"とやらは新しい中型アラガミの発生パターンが検知されたとの事。

耐久性は文字通り"赤子”レベルとの事だがとにかく大量に生まれてくる事だ。

 

まぁ不測の事態が起こる事はしょうがない。

気をつけろと言うオペレーターの向こう側から興奮した科学者の声が聞こえるのも許そう。

 

だがいつの間にか任務詳細を新人の御守から"殲滅戦"へと変えた奴。

テメーは駄目だ、何時か目にもの見せてやる。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

結果的に昨日の任務は大成功に収まったようだ。

新人護衛は無事成功。嫌がらせみたいに押し付けられた殲滅戦も、蓋を開けてみれば文字通り大した事は無し。

 

"ケモノ道"と呼ばれるアラガミ専用の通り道から出てきた個体を片っ端から薪割りするだけの簡単なお仕事。

討伐報酬に加えて素材も手に入るのだから存外割に合う任務だったともいえる。

 

さて、こうなると思案するのは臨時収入の使い道。

食う寝る遊ぶに困ってはいないし、使わず貯金と言うのも芸が無い。

 

と、言うわけで。

 

目の前にいるのは件の新人。

この前酒を買い込んでたところから、いけるクチだというのは知っている。

 

ゴッドイーターと言う職業は一般に比べれば遥かに高収入だ。

それを踏まえても酒のような嗜好品はたまさかの御褒美と言っても過言ではない贅沢品だ。

 

そんな代物を取り急ぎ十本ちょっと揃えてみた。

流石に飲み切りはされないだろうが、余ったならお土産替わりに持ち帰ってもらえばいい。

 

「す、すいません先輩…流石にこの量は飲みきれないというか…」

 

おいばかやめろ、誰がこの場で飲み切れと言った。

祝っている側とはいえ、流石にそれをやられたら俺でも引くぞ。

 

ふと気づけば酒飲みどもがチラチラこちらを伺っている。

おうコラ散れ散れ、見せもんじゃねーぞ。何で新人の独り立ち祝いなのに関係無い同期の高給取りに奢らなくちゃいけないんだ。

 

「もぅ、またやってる…コラコラ君ぃ、流石にアルハラは看過できないよ?もう神機メンテナンスしてあげないからね。」

 

見物人をかき分けて世話になっている整備士様がお出ましになる。

ふと新人に視線を向ければ、わからいでかと言わんばかりに嬉しそうな表情をしている。

 

おっと、これはストロベリーなお話の予感か?

 

若人のそれは老若男女問わず体に良い。

いずれガンにも効くようになる。

 

そうと分かれば長居は無用。

独り身の部隊長はクールに去るぜ。

 

こういうのは外から眺めるのが一番美味しいのだ。

祝いの品を置いたまま、上機嫌でエントランスを後にすると、入れ換わるかのように教官殿が向かってくる。

 

「公の場で酒盛りしている奴がいると聞いてきたが…」

 

貴様か?と指さされたので弟君を指さしておく。

酒代ってことで一つ身代わり頼むよリンドウ君。

 

 

俺は茶でも飲みながらストロベリーを見物させてもらおうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「一杯空けたら解散しろよ。」

 

そう言って鬼教官と恐れられるその人は血の繋がる弟を連れて去っていった。

 

 

「…まぁさっきの話の続きだけど。正直ね、ホントにそうかと聞かれたら自信が無いんだけど」

 

何事もなかったようにこちらを向き直し、仕事終わりの一杯だとチューハイ片手に教えてくれるのは整備士の先輩女性。

 

「神機っていうのはただの道具じゃない。文字通り扱う人の人柄が浮き出るものなんだよ。」

 

仲間を想い、守るために身を挺する人の神機にはそういう傷跡が付く。

自分を愛し、守るために身を庇う人の神機にはそういう傷跡が付く。

 

ちなみにこの前の自分の醜態についても同じように傷が付いていたそうだ。

始めはそんなものだよと慰めてくれたが、今となってはただただ恥ずかしい黒歴史だ。

 

ではあの人の神機にはどんな傷が付いてたのか?

聞いてみると答えに困ったように先輩の女性は眉をしかめて答える。

 

「一言で言うと雑に変な傷が付いてる。多分丁寧な使い方をしていないんだろうね。」

 

良い意味なのか悪い意味なのかはわからないが、語る先輩の目は笑っていない。

たぶん、ろくでもない意味ではあるのだろう。

 

「でも、だからこそわかるんだ。きっとあの人の本質は、見かけとは全然違う気がする。」

 

もしかすると実はおしゃべりとか、何だったらネジが外れてるんじゃないかってレベルの天然だったリとか。

 

「それに、本当に他人がどうでもいいと思っている人だったら、こんな風に差し入れなんてしないだろうしね。」

 

ここに並んでいるのはそこそこに高価な贅沢品だ。

本当に他人に無関心なのだとしたら、身銭を切って準備するはずもない。

 

「ま、やり方は大分難有りだと思うけどね。」

「そこは激しく同意です…」

 

目の前には未開封の酒缶が六つ。

解散しろと言われた以上、もうここで飲むわけにはいかない。

 

 

とりあえず、飲みたい人にでも配ろうか。

 




新人シリーズはひとまずおしまい。


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無口な無口な交友関係1

Q.今の時系列はどのあたり?
A.BURSTが始まる少し前。


独立遊軍といえば聞こえはいいが。

要は体のいい何でも屋のお助け部隊である。

ノルマこそはないものの、忙しい時はとことんこき使われる。

 

飛んでくる任務内容にも節操が無い。

討伐、防衛、護衛に救助。偵察、強襲、殲滅戦に陽動、囮、伏兵部隊とまぁまぁ枚挙に限りが無い。

 

うん、これ一人でこなす仕事じゃないよな。

こちとらワーカーホリックじゃ無いんだぞ。

 

 

部下、とは言わないが仲間が欲しいな。

チームを組めるなら別にオールラウンダーで無くてもいいとは思うし。

ものは試しと申請書に役割毎に欲しいメンバーを書き出してみる。

 

討伐、強襲班:リンドウ、ソーマ、カノン

防衛、救助班:タツミ、ジーナ、ブレンダン

偵察、陽動班:カレル、シュン

 

ん、書き出してみると別に俺いらないな。

それこそ隊長の肩書だけでふんぞり返ってても十分回る気がする。

 

…これワンチャンいけるのでは?

言うだけタダだし、これで部隊申請してみるか。

 

…………

 

部隊申請は却下された。

「絶対無理です。」と窓口で十回は連続で拒否された。

 

そんなに全力否定しなくてもいいだろうに。

そこまで言われると黙って引き下がるのが癪になってくる。

 

まぁ言われている事は正論以外の何物でもないので何も言い返せないんだが。

それでも逆転の一言を考えていると騒ぎを聞きつけて支部長がやってきた。

 

困っていた受付係が事情を説明し提出された申請書に支部長が目を通す。

無言のまま読み通していたが、最後まで見終わったところでフッと鼻で笑われこう言われた。

 

「結論から言おう。君の要望は受けられない。」

 

支部長直々に言われてしまった。

まぁ申請した本人が言うのもなんだが、現実的に通る訳ないメンツだしな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

今日の任務は"シユウ"の討伐。

珍しく他チームとの共同ミッションなので、ブリーフィングのためにホールの一角に陣取っている。

 

共同ミッションと言っても実際は穴埋め要員のようなものだ。

自分で言うのもなんだが隊員が一人しかいないのに共同も何もないだろう。

 

今回の作戦メンバーはタツミ、ジーナ、シュン。

前衛3に後衛1とバランス的には悪くない。

 

「基本的な作戦は説明した通りだ。シュンが先行して偵察と小型の排除。俺とマカヅチは主にシユウの討伐。ジーナは状況を見て苦戦してる方への援護射撃だ。」

 

うむ、各々の特性に沿った有効かつ簡潔で分かりやすい説明、極東支部でも指折りの古参と言う評価に偽りなしだ。

質問はあるかと聞かれたが特に無いので無言を持って肯定する。

 

「ちょっと待てよ!何で俺が小型の露払いでコイツが本命の相手なんだよ!」

 

穏便に終わるかと思いきや納得いかないとばかりに叫ぶのは薄赤髪の青年。

いや、青年言うよりは言動的にガ…小僧と呼んだ方がしっくりくるか。

先に言っておくが年齢差がデカいからって訳じゃないからな。

 

いや、お前コンゴウ相手に苦戦するじゃん。

一応俺部隊長様ぞ?今更シユウなんぞに遅れは取らんわ。

 

「適材適所だよ。小型種相手にはバスターよりもロングブレードのお前の方が適任だ。そもそもコイツはブレンダンの代役だしな。」

 

そういや任務説明の時にそんな事言ってたな。

ブレンダンはどうしたんだ?チラリとジーナに視線を向けるが特に答えが返ってくるわけでもない。

 

そんなこんなで揉める事5、6分。

納得どころか不満たらたらと言った様子で引き下がるシュンと無駄に疲れたといった感じのタツミ。

どうやらシュンと俺の役割が入れ替わる形で落としどころが付いたようだ。

 

悪いなとタツミに謝られたがまぁ元からそういう任務だったと思えば問題はない。

問題無いだけで根に持たないとは言わないがな。

 

まぁいいさ。何はなくともお仕事だ。

気乗りはしないが、気合を入れていきますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

結果的に言うと散々だった。

ミッション自体はちゃんと完遂したけどな。

 

小型殲滅も終わってないのにどこぞの誰かが独断専行、あわや袋叩きのところを何とか三人がかりで助け出す。

ボーヤにはまだおしめが必要だったようだ。

 

狙撃兵も参加する大乱戦とか一体どこの脳筋戦術だ。

あのジーナが「帰りたい」とボヤくとかよっぽどだぞ。

 

ちなみに件のボーヤは始末書&数日間の謹慎だ。

一歩間違えたら部隊全員が危なかったし当然だな。

 

全滅の危険を考えたら見捨てた方がよかったか?

まぁあんなのでも死なれると目覚めが悪いし、何とかなったから良しとするか。

 

…さて、それはひとまず置いといて。

 

目の前にあるのは二つの神機。一つは俺のバスターでもう一つはシュンが使ってるロングブレード。

簡単に状態を説明するとバスターの方は刃こぼれを起こし、ロングブレードの方は横一文字に亀裂が走っている。

 

何でこんな傷が付いているのか。

何のことはない。シュンがシユウに喰われそうになっていたので、鍔迫り合いの後ろからチャージクラッシュを叩き込んだだけである。

 

無防備な背中に神機を叩きこまれたシユウは無事真っ二つ、一方シュンは構えていた神機で打ち込みを防いだ形になって事なきを得たという寸法だ。

五メートルくらい吹っ飛んだがな。

 

よろめきながらブチ切れてたが喰われるよりはマシだろう。

コラテラルダメージだと思って納得しろ。

 

さて、神機使いの方はジーナが窘めて納得させていたが。

 

「君さぁ。言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」

 

いつもお世話になっているリッカ様はアドレナリンが絶賛活性化状態のようだ。

下手に言い訳しても火に油だと思ったのでここは沈黙を貫く。

 

神機の破損には報告義務がある。

貴重な戦略物資である事に加え、破損の経緯一つとっても重要なサンプルデータになるからだ。

 

故に虚偽報告などは御法度。場合によっては偽証罪なども適用されかねないほどに重要な義務。

なので作戦終了後の報告書にありのままこう書いたのだ。

 

"種別)バスター 経緯)神機に全力で打ち込んだ。 結果)刃こぼれが発生。"

"種別)ロング  経緯)神機の打ち込みを防いだ。 結果)横一文字の亀裂が発生。"

 

提出後、エントランスでまったりしていたところを怒れる女神(アラガミ)がすっ飛んできて拉致された。

どういうことだオペレーター、緊急警報が無かったぞ。

 

とりあえず。

最初から最後までひどいミッションだったが収穫になったことがある。

 

神機同士なら全力で打ち込んでも折れなさそうだ。

今度気に喰わない奴を助ける時はこの手でいこう。




周りから見たこの人は今回最後まで無言です。


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無口な無口な交友関係2

Q.サクヤさんがいなかったけど?
A.オペレーター勤務の頃の印象が強かったのでメンバー候補に浮かばなかったため。


想定外だが、良い傾向だ。

 

普段滅多に浮かべることのない笑みが思わず上がる。

労せず手駒の懸念要素が解消されそうになっているなど思っても見なかった。

 

却下と共に回収した申請書に改めて目を通す。

こうして見返してみると、よくよく自分との接点が()()()メンバーばかり書き出してみたものだと感心まで覚える。

 

これでも彼の事は高く評価している。

少なくともこんな申請が本気で通るなど露ほどにも思ってないはずだ。

 

では何故通りもしない申請を出してきたのか?

簡単だ、今はこのようなやり方しか思いつかなかったのだろう。

 

自分以外の誰かとの繋がりを求めてみたが、それを実現させるための経験が圧倒的に足りていないのだ。

結果として無駄と知りながらも、縋らずにはいられないジレンマ。

 

良い傾向だ。実に良い傾向だ。

 

もし上手い具合に誘導させられたのなら、洗脳なぞより()()()()()()()()()こちらに依存させることができる。

 

とは言え、精神的なアプローチに対して焦りは禁物だ。

月並みだがじっくり時間をかけてやらねばな。

 

 

…ふむ、とりあえず、他部隊との交流でも増やしてみるか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

同輩である整備士達が忙しそうに工具を振るい、神機の整備を続けている。

 

今日の任務は新型技術を用いた神機の運用テスト。

普段は出撃の時に立ち寄るくらいだが、神機に関係するミッションのためか今日はここでミッションブリーフィングを行うとの事。

 

目の前に置かれているのは"スナイパー"と呼ばれる狙撃に特化した銃型神機。

ジーナが使っているのもこのタイプだったか。

 

ん?でもこのタイプは今じゃもう旧型と呼ばれているような。

新型と言えば銃剣一体型の可変機って形で話が進んでいた筈じゃ。

 

視線を上げるとその先にいるのはいつもお世話になっているリッカ嬢。

ニコニコと笑顔を浮かべているがその目は全く笑っていない。

 

「言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」

 

どうやらこの前神機を壊した件の怒りは収まっていないらしい。

任務前に蒸し返しても厄介なのでここは一つだんまりを決め込むとする。

 

さて、本題だが今回も珍しく他チームとの共同ミッション。

カノン、カレル、ジーナと射撃戦に特化したメンバーだ。

 

「気を取り直して…今回お願いする運用試験だけど君にはこの神機を使ってもらうよ。」

 

え、俺の神機はバスターなんだが。言われる言葉に疑問が浮かぶ。

神機使いが使う神機は一品物の筈だし、他人の神機を使うとオラクル細胞に喰われるって話だが。

 

…もしかして神機に喰われてしまえって暗に言われてる?

 

「心配しなくても大丈夫だよ。見た目こそ銃型神機だけどこれはちゃんとした君の神機。オラクル細胞に浸食されることはないから安心してよ。」

 

どういう事かと思考を巡らせていると今回のミッション目的について説明がされる。

 

端的に言うと今回の目玉である新型技術とは装備の換装を目的としているとの事。

アラガミ毎に有効な属性を持つ神機へと換装する事で討伐効率の向上を目指しているとの事。

 

なるほど、技術的な話はついていけないが戦術的に考えると悪くない。

わざわざ非効率な武器で戦うよりは効果的な武装に逐次変えて戦った方が良いに決まっている。

 

加えてこれは戦力幅を増やすことにも直結する。

射撃の才に恵まれない者が、あるいは近接戦闘のセンスに欠ける者が。

己が資質を生かせる新たな場を探す機会が増やせれば、結果として組織全体の質の向上にも繋がる。

 

うん、これは存外茶化し半分で聞いていい話ではなさそうだ。

何より個人的にも興味がある。

 

「安心した、意外と乗り気みたいだね。…でもまぁ念のため一言言っておくよ。」

 

ブリーフィングの内容も話半分にどのように運用しようか考えていると横から不意に一言告げられる。

 

「壊したら、本気で怒るからね。」

 

心配ご無用、これでもそこそこの古参だからな。

ていうか銃型神機って普通に使ってて壊れるものなのか?

 

まぁいいさ。これはれっきとしたお仕事だ。

胸の高鳴りは否定しないが、任務はきっちりこなして見せるさ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

本題こそ新型技術の運用テストだが、一応これは討伐ミッションも兼ねたものとなっている。

射撃の的代わりと言わんばかりにオウガテイル八匹の討伐も副目標に設定されている。

 

「ほら、また呼吸に銃口が引きづられてるわよ。獲物を狙って。息を吸って、止めて…今。」

 

パァン、と銃声が響くが当たったのはオウガテイル…の後ろにあった朽ち看板。

狙撃されていることにすら気付かず、落下した看板の陰に対して警戒を強める小型アラガミ。

 

下手ね、と耳元で囁かれてしまう。

時間の無駄だ、と皮肉を言われてしまう。

努力すれば何時か多分…と慰められてしまう。

 

止めてくれ、これでも古参の自負はあるんだ。

最後の奴が一番メンタルに効く。

 

銃型神機使いで統一された理由は一つ、文字通り射撃に関してのレクチャーを兼ねての事だ。

最も、今回生徒になった神機使いに才能はなかったようだが。

 

終いにはオペレーターから「作戦終了時刻が近づいてきました」とまで言われてしまう。

畜生、極東支部の女性は男のプライドを傷つける趣味でもあるのか。

 

まぁいいさ、とりあえず自分に狙撃のスキルが無い事は分かった。

であれば次はそれなりにどう運用していくかを考えればいいだけだ。

 

"あえて使わない"のと"そもそも使えない"のでは文字通り天地差だ。

戦略の幅は多い事に越したことはない。

 

俺の場合、あくまで"狙撃"スキルが無いだけであって、"射撃"自体は新型技術のおかげで実現可能な話ではあるのだ。

加えて自称するのもなんだか近接スキルに至っては中々のレベルだと自負している。

素手で倒せる…なんて事は言わないが、凌ぐだけなら神機無しでも十分やりあえる。

 

戦闘準備を始める同行メンバー同様、神機を構えなおして気持ちを引き締める。

 

距離はとりあえず気にしない。

 

蝶のように躱し、蜂のように"撃つ"。

まずはここから始めていこうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

結果的に言うと上々だった。

遠距離狙撃は難しくても、多少近接慣れした神機使いなら近~中距離での射撃戦も十分こなせると言えよう。

 

実践してみた身としては多少安全距離を取っても有効射程内なので比較的安定して攻撃を加えることが出来た。

もし射撃の素質がある神機使いなら一層生存率の高い戦術も視野に入ってくる。

 

ちなみに今回のミッションでは小型種の乱入もあったが、特段問題も無く片付いた。

カレルに至っては労せず臨時収入が入ったと珍しく上機嫌だ。

 

…さて、それはひとまず置いといて。

 

目の前にあるのは運用試験を行った銃型神機。

簡単に状態を説明すると銃身がざっくり40度はひん曲がっており、少なくとも"歪んでいる"などと生易しい表現が通るレベルではない。

 

何でこんな状態になっているのか。

何のことはない。背後に突如出現したオウガテイルに振り向き様チャージクラッシュを叩き込んだだけである。

 

ドンピシャのタイミングで神機を叩きこまれたオウガテイルは爆発四散。銃型神機でも破砕タイプとして使えそうだと感心した矢先、曲がった銃身に気付いて青ざめた。

 

「ちょ、貴方ねぇ…あんな花の咲かせ方ってある?」

 

この光景にジーナは滅多に見せない大爆笑をしていた。

出現を察知して狙撃モーションに入っていたところ、銃身で殴られて吹っ飛んだオウガテイルをもろに見てしまったらしい。

 

うーん、美人なんだがいまいち笑いのツボがわからない。

一般的にはスプラッター映像の類だと思うんだが。

 

「…あのさぁ、聞いてる君?言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」

 

現実逃避している横では絶賛怒れる整備士様(アラガミ)が活性状態だ。

弁明したいところだが誤解を招きそうなので沈黙を貫く。

 

銃型と言っても本質的には近接神機と変わりはない。

神機を構成するオラクル細胞がアラガミのオラクル細胞を接食破壊するのが基本の仕組みに変わりはなく、神機本体も同様にオラクル細胞をベースに構成されている。

どういうことかと言うと別に撃たなくとも、銃身本体による打撃でも細胞にダメージを与える事が出来てしまうのだ。

 

そして神機と言うのは金属パーツを多数使用している。

例え刃は付いていなくても、アラガミにとっては鈍器と言って差し支えないのだ。

 

加えて神機での銃撃と言うのは従来火器による射撃機構とは文字通り一線を画している。

レーザーガンやビームライフルと表現すればわかりやすいだろうか。

 

結論から言ってしまうと"銃身が曲がっていても射撃可能"である。

狙撃であるならいざ知らず、ほぼ近距離での白兵戦であれば曲がった銃身を意識しての射撃は特段の問題を感じることはなかった。

 

仕方ないじゃないか、もう銃身は曲がってしまったのだ。

せめてこの状態で撃っても問題無いというデータくらいは取っておかないと。

多少ヤケクソ気味に吹っ切れて、殴りまくって撃ちまくったというのも否定できないが。

 

…まぁそれを差し引いたとしても。

 

近接では神機本体による白兵戦、中~遠距離では銃形態での射撃戦。

新型神機のように銃剣一体型で無くとも、この戦闘スタイルの拡張幅を見逃すというのは中々惜しいところ。

 

強いて言うならもう少し近接もこなせる程度の強度は欲しいか。

なので作戦終了後の報告書にありのままこう書いたのだ。

 

"種別)スナイパー 所見)遠近両用のコンセプトは良好。白兵戦において神機強度に不安有り。 要望)小型種と打ち合える程度の強度改善を望む"

 

 

提出後、エントランスでまったりしていたところを怒れる女神(アラガミ)がすっ飛んできて拉致された。

どういうことだオペレーター、今回も緊急警報が無かったぞ。

 

とりあえず。

今回のミッションでは中々新しい見解を深めることが出来た。

機会があるかどうかはさておき、次の任務までにバレットエディタについて勉強してみるか。




リッカ「新しい技術が確立できた!早速運用試験だ!」

リッカ「えっ、壊した!?壊れたじゃなくて壊したってどういう事!?」
ユウマ「……。(アラガミ殴ったら壊れた…んだが、言うと怒りそうだから黙っておこう)」
ジーナ「あぁ、この子銃身でアラガミ殴り飛ばしてたわよ。(←笑ってる)」

以降、神機保管庫でのやり取りに続く。


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無口な無口な交友関係3

Q.銃型神機でアラガミを(物理的に)倒す方法について。
A.力こそがパワー。


早速件の神機使いが問題を起こしたそうだ。報告書には仲間と諍いを起こした際、神機を用いたと書いてある。

念のため最後まで読んでみたがやはりただの杞憂だった。

 

神機で仲間に斬りかかる。

本来なら除隊どころか処罰ものの事態であるが、前後の経緯を見れば異論を挟む者もいなかろう。

 

未だ自身を知らぬ愚か者が、あるいは己が技量を弁えぬ未熟者が。

好んで死地へと突出し、そのまま帰らぬ人となる。

 

ある意味でこれもありふれた話の一つになるところだったにも拘らず。

結果だけ見れば件の未熟者はこの上ない幸運の持ち主だったのだ。

 

仲間が助けてくれたのだ。文字通り、わが身を顧みずに助けに来てくれた仲間が。

その中心人物がほぼほぼ接点を持っていない人間だというのが何とも言えないところだが。

 

メンバーに恵まれていたという意見は否定しない。

しかし、少なくとも彼無くしてこの結末はあり得たとは私は思わない。

 

それにしても、そうそうお目にかかれない面白い報告書だ。

小型種とは言え、オウガテイル三匹を蹂躙し、神機を振りかざして助けに来られても相手は困惑するだけだろうに。

 

もっとも、一番不幸だったのは最後だったばかりに両断されてしまったアラガミだな。

彼を知る身としては()()()()()()()()のは悪手以外の何物でもないからな。

 

…ふむ。問題は起こしているものの、正直予想の範疇と言えなくもない。

もうしばらくは様子を見てみることにするか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

同輩である整備士達が忙しそうに工具を振るい、神機の整備を続けている。

 

今日の任務も新型技術を用いた神機の運用テスト。

本日使うのは"ブラスト"と呼ばれる広域射撃に特化した銃型神機。

 

事前準備はばっちりだ。

本職並みとは言わないまでも、技量を埋める程度には多種多様な弾種を揃えてきた。

 

持ち上げてみると意外と軽い。

バスター使いの身としては正直ロングブレードより振り回しやすい。

 

「先に言っとくけどね、今日試験するのは君じゃないから。」

 

声の方に視線を向けると、毎度お世話になっているリッカちゃん。

スパナを片手に腕組みし、怪訝そうな視線をこちらに向ける。

 

「君はすぐ神機壊すからね。今日はカノンにお願いするんだ。」

 

本日のミッションは今までと異なり、既存技術に対する拡張対応を試みるとの事。

"オラクルリザーブ"と呼ばれる、増設エネルギーパック(?)のような機能の運用試験らしい。

 

余剰に溜まったエネルギーを退避しておき、必要な分だけ弾薬として利用する。

用途によっては一発に凝縮して高エネルギー弾として使う事も可能らしい。

 

…うん、軽く言ってるけどすごい革新的な技術なのでは?

デメリット無しで弾倉/火力の両面強化なんて、素人目に見ても偉業にしか見えない。

 

射撃については門外漢だが、存外茶化し半分で聞いていい話ではなさそうだ。

その運用試験にカノンが選ばれたというのも感慨深い。

 

「………………………」

 

…カノンが選ばれたというのも感慨深い。

大事な事なので二度(以下略)。

 

待って、これ俺が同行しなきゃいけないミッションなの?

それ以前にカノンがテストするなら俺がブラスト神機じゃなくても良くないか?

 

「君の神機は修理中なんだ。雑に扱って壊したんだから仕方ないよね?」

 

大丈夫、その神機のデータは十分取った後だから。

もしアラガミ殴って壊しちゃってもいいからね。

 

ニッコリ笑顔で告げられる。

ちくしょうコイツ可愛いな。信頼ってこんなに残酷なものだったか?

 

あれはただの事故だ。常識的に銃型神機をバスター代わりって無理だろう。

助けを求めるようにカノンを見る。

 

「は、はいっ!期待に応えらえるよう頑張ります!」

 

ふんす、と擬音が聞こえそうな感じで決意表明される。

ちくしょうコイツ可愛いな。信じるってこんなに過酷なものだったか?

 

まぁ愚痴を言っても仕方ない。これはれっきとしたお仕事だ。

これでもそこそこ古参兵。任務はきっちりこなして見せるさ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「確かに借りは返すといったが…お前、存外性格悪いな。」

 

任務状況もほどほどに、そろそろいいかとブレンダンに皮肉られる。

すまん、正直悪いと思いはしたが他に頼れる相手がいなかった。

 

タツミは視線を合わせてくれなかった。

ジーナには笑ってごまかされた。

カレルとシュンは言わずもがな。

 

リンドウにはもう飲んじゃったからとビールを見せつけられ、

ソーマには「俺はこれからデートだ」とにべもなく拒否された。

 

何がデートだ、お前そう茶化したらブチ切れるだろうに。

腹いせにお前がその台詞を言ってたって言いふらしてやるからな。

 

そんなこんなの所にブレンダンとすれ違い、この前ミッションの代役を務めたことを思い出す。

良い機会だ、この前の借りを返してもらおう。

 

オペレーター経由でミッションを受領したブレンダンだったが、メンバーを知ったところで顔が歪む。

俺とカノンの名前があったところで大体察しがついたようだ。

 

……………

 

ミッションは滞りなく進んでいく。

新機能の運用も順調らしく、アラガミが現れる度に瞬く間に榴弾が雨あられと降り注ぐ。

 

「アッハハハハハハハ!ねぇ良いの君ィ!?早く逃げないと挽肉になっちゃうよぉ!?」

 

ご機嫌な叫び声を聞きながら、グボロ・グボロの巨体を壁代わりに爆風から身を隠す。

決してアレが俺に向けてる言葉ではないと信じたい。

 

だいたい俺だってこんな戦場逃げたいよ。

でも射撃が下手だからこのくらい近くじゃないと当てられないんだ。

 

ちなみにブレンダンは既にキャンプまで後退している。

良い奴だったよ本当に。

 

現実逃避もそこそこに、突然グボロの体がプルプルし始める。

可哀そうに、もうこの盾も限界だ。

 

まぁいいさ、一応コイツが最後のターゲットだ。

次の爆撃が来る前に、連続射撃で足でも止めてやるとするか。

 

-カチンッ-

 

あ、しまった弾が切れ-

 

……………

 

…誰もいなくなった戦場跡。

 

頃合を見計らってアラガミの下から這い出す。

思う存分撃ちまくったからか、極東の誤射姫様はご機嫌そうだ。

 

「やりました!私、今日誤射が少なかった気がします!」

 

言い切りやがったなこのやろう。

いつか絶対のし付けて取り立ててやる。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ミッションは色々酷かったが。

本来の目的である弾倉/火力の両面強化という観点では間違いなく大成功だ。

 

誤射の可能性は戦術運用で潰せるし、面制圧が可能な火力も出せるので使用者の練度も低くて済む。

一人の猛者はもういらない。数と作戦さえ整えば、新人だけで大型アラガミと渡り合うのも夢ではないのだ。

 

 

…さて、それはひとまず置いといて。

 

「…あのさぁ、聞いてるカノン?言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」

 

差し入れのクッキーを食べながら報告書を仕上げる横では、最近よく見た光景がリプレイされている。

チラチラ助けを求める視線を感じるが、お茶を飲むのに忙しいので知らんぷりする。

 

傍らにあるのは運用試験を行った銃型神機。

見た目は何も変わっていないものの、話を聞くに発射機構が焼け付いて使い物にならなくなってるらしい。

 

何でこんな状態になっているのか。何のことはない、撃ち過ぎである。

そりゃ外付けタンクにかこつけて、ノータイムで高火力弾撃ち続けたらそうなるわな。

 

ちなみにそれでも普通に使っていれば問題無いレベルのバッファは設けていたらしい。

ハイになり過ぎてOアンプルを使いまくったカノンがやりすぎだったというだけだ。

 

「わ、私も頭では駄目だと思ったんです。でも…」

嘘つけ、俺もろとも挽肉にする気満々だったじゃないか。

 

「マカヅチさんが一人アラガミと戦ってるのを見ると、心がぶわーっと沸騰する感じになって…」

…何?何だって?誰が一人戦ってたって?

 

「少しでもアラガミを引き離せたらって…でもマカヅチさん全然アラガミから離れる様子もなくて…」

冗談言うなよ、あんな爆撃の中で逃げられるか。

三歩と行かずに吹き飛ぶわ。

 

ていうかちょっと待て、明らかに風向きがおかしいぞ?

顔を上げると二人揃って視線がこちらを向いている。

 

ちなみにカノンは涙目だ。

ちくしょうコイツ可愛いな。ははーん、さては思った以上に一杯一杯になってるな?

 

…まぁいいか。ちょうど報告書もまとめ終わった。

 

カノンに書類の束を手渡して軽く背中を叩いてやる。

えっ?えっ?ときょどっていたものの、意図を理解すると大きく頭を下げてから慌てた様子で部屋を後にする。

 

甘いんじゃないかって?

しょうがないじゃないか、もう賄賂(クッキー)に手を付けてしまったんだから。

 

とりあえずここにはもう用はない。

俺は神機壊してないしな。

 

部屋に帰ろうとすると服の裾が摘ままれる。

振り返ると最近見慣れた女神様(アラガミ)が活性状態でおわせられる。

 

「カノンの事はまぁともかくとして…君、今回のミッションの責任者だったよね?」

そうだったか?まぁ言われてみればメインのミッション受注者は俺名義だったか。

 

「君、一応部隊長様だよね?」

まぁな。一人しかいないがれっきとした部隊長様だぞ。

 

「…監督責任って言葉は知ってるかな?」

…知らんな。言ったら殴られるから口にしないけど。




カノン(お詫びにクッキー作ってきたけど…流石にこれだけじゃ許してもらえないよね…)
ユウマ「……。(美味いなこれ。仕方ない、今回だけは水に流すとするか。)」 ← 今期通算7回目
リッカ「君、意外と甘い人だよね(クッキーのおこぼれ貰いながら)」


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無口な無口な交友関係-幕間-

Q.味覚音痴なの?
A.何でも美味しく食べられます。


どうやら思った以上に扱いに困る人物のようだ。

反抗的なのとはまさに逆、どんな無理難題でも文句一つ言わずに引き受ける。

 

そのうえで明らかな無茶をやらかすのが厄介なのだ。

少なくとも、銃型神機で()()()()アラガミを倒したという実例は私をして初めてお目にかかった。

 

「銃型と言っても本質的には近接神機と同じ物質構成だ。強度と言う点に目を瞑れるのなら、確かに近接神機と差異は無いと言っても過言ではないね。」

 

何時になくペイラーも上機嫌のようだ。

上機嫌過ぎて話が専門分野の域に入っており、誰もそれについていけていないようだが。

 

しかし、忠実すぎるというのも考え物とはな。

不満の一つも言ってくれればわかりやすいが、拒絶されないとあっては彼に不要な消耗を強いてしまっている。

 

考えるほどにソーマとは別ベクトルで扱いづらい人物だ。

しかしこれほど優秀な手駒をみすみす逃す手も考えられない。

 

…ふむ。そういえば最近の彼の任務は交流も兼ねた後方での兵器運用試験だったな。

ちょうどいい、今回はメインではなくサポートとして交流してもらう方向に調整するか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…そういえば、誰かアイツの声って聞いたことある奴いるか?」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

集まっているのはいわゆる"防衛班"に所属する面々。

珍しく空き時間が重なり合い、ホールの一角で暇つぶしがてらに駄弁っている。

 

話題に上がったのは極東支部でも有名な無口無表情の神機使い。

きっかけは謹慎明けでテンションの高かったシュンとカレルのやり取りである。

 

「アイツ本当ありえねぇよ!人をぶっ飛ばしておきながらゴメンの一つもねぇんだぞ!」

「それはお前の自業自得だろうが、ああいうやつとは要領よく付き合うんだよ。…アイツ実力だけは確かだからな。ミッションに付いていくだけでも我慢に見合うだけの実りが入るぜ?」

 

ぎゃあすかと中々に姦しい光景。

多少人を選ぶであろうが、これはこれで賑やかで味がある。

 

そんな喧騒の中で不意に出てきたのが先程の質問である。

 

「ブレンダンは?この前一緒の任務だっただろ?」

「いや、多少文句は言ったが別に反論の一つもなかったな。…その後の俺はベースキャンプ勤務だったしな。」

「カノンは?お前もこの前一緒だっただろ?」

「わ、わたしはその、正直あまり記憶が残っていなくて…」

 

まぁカノンはいつも通りのカノンだったとブレンダンから既に話は聞いている。

 

「ジーナは?この前ミッションで射撃のレクチャーをしてたって聞いたんだが。」

「私も無いわね。というより、呼吸の波は分かるのに全く声色が聞こえないって不思議な感じだったわね。」

「シュンとカレルは…まぁ聞くまでも無いか。」

 

アイツに対してもっとも愚痴を言っているのはこの二人だ。

罵りあいの一環で声を聴いている可能性もあるが、アイツの声の想像がつかないのでそちらの線もイメージ付きにくい。

 

「決めつけんなよ。まぁ確かに無いが…」

「ケッ、無口がカッコいいとでも思ってんのか?これだからガキは…」

「で、でも私は良いと思いますよ!?それに意外とあの人天然と言うか…」

「あぁ、そういえばあの後も確かリッカに怒られていたわよね。殴ったら銃が壊れたって常識的に考えて…ねぇ?ふふっ…」

「不慣れな武器でもそう感じさせないくらい動きが良いしな。あれは学ぶところが多い。」

 

一部不平不満も出ているがまぁ現実的には妥当な評価の部類だろう。

寧ろ一言も声を出した事の無い人間に対してはかなりの良評価ともいえる。

 

うーん、言うべきかなぁ。

デリケートな問題ではあるものの、知ってるだけでも受ける印象は大分違うはずだ。

うーん、でもなぁ。

 

「中々、興味深い人物の話をしているね。」

 

不意に聞こえたその声に思わず驚き居住まいを正す。

周りの反応も似たり寄ったりだ。

 

「あぁ、楽にしてくれて構わない。今は私も休憩中だからね。」

 

ヨハネス・フォン・シックザール。

「フェンリル」創設メンバーの一人にして、極東支部の長。

 

爽やかに微笑みとともに話しかけられるが、仮にも相手はこの極東支部の最高責任者である。

わかりましたと先程と同じノリで会話を再開するには無理がある。

 

「そういえば彼の話をしていたね。ちょうどいい、良ければ私から説明しておきたいと思うのだが…」

 

構わないかね?と視線と共に尋ねられる。

元々自分にそんな権限は無し、ましてや上役自ら説明すると言っているのであればそれを遮る道理はない。

 

許可が出たと判断されたのか、支部長が淡々と話し始める。

初めて聞く内容である周りは元より、聞きかじった以上の情報を含むそれに俺も息を飲んで話に聞き入る。

 

ありふれた。そう、今のご時世では本当にありふれた話だ。

 

裕福とは言わないながらもそれなりに暮らしている一般の家庭。

それが不幸にもアラガミに襲われ、目の前で両親が喰われてしまった。

 

不幸だったのは一人逃げ出すには彼は()()()()()()

身動き一つとれぬまま、両親がこの世からいなくなる様を最後まで見てしまったのだ。

 

気を失っているのかと思ったが、そうではなかった。ただ声一つ上げず、眉一つ動かさない。

おそらくはあまりのストレスから身を守るために、彼は感情そのものを破棄して対応してしまったようだ。

救出に入ったゴッドイーターの報告書のその文に、読んだものは全員言葉を失った。

 

「その後は恐らく君たちも知っての通りだ。身寄りの無い彼は孤児院に引き取られ、やがて神機使いの素質を見出されてゴッドイーターとしてこの極東へやってきた。」

 

ゴッドイーターというのは半ば強制的に就かされるものでもある。

精神的に問題があるという程度ではそうそうお役を免除される事などないのだ。

 

壊れた心が癒される前に、強制的にトラウマの元凶と向き合わされる。

否やの選択肢など与えらえず、下手をすれば死と隣り合わせの恐怖と共に。

 

もし。自分がその立場になったらな。

自分は今の自分のままでいられただろうか。

 

「…だが。ここにきて変化が発生した。君たちも心当たりが無いかな?彼は人との接点を求め始めたのだ。」

 

言われてみれば俺にも思い当たる節が無くもない。

この前俺が教えていた新人にわざわざ差し入れをしていたのだから。

 

「まぁとは言っても、まだまだ問題は山積みではあるのだがな。いくら助けてもらえるとて、毎回神機でアラガミごと斬りかかられては堪らないだろう?」

 

水を向けられてシュンが言葉を詰まらせる。

普段なら強がりの一つも言ってるところだが、相手が相手だけに素直に現実を受け止めているようだ。

 

「君たちが許容できる範囲で良い。願わくば、彼も仲間の中に入れてやってほしい。」

 

言い終えた支部長が振り返り、誰かの肩を叩いて斜めに歩き出す。

 

…件の人物がそこにいた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…いや、盗み聞きするつもりはなかったんだが。

 

これも最近よく任務が一緒になっていた縁だと思って、飲み物を手土産に話に混ざろうかと思ってただけなんだが。

飲み物を買って戻ってくると、いつの間にか支部長が話の輪に入っていた。

 

いや、俺ら一応下っ端なんですが。

お偉さんが混じってたら正直話しづらいと思うんですが。

 

輪に入るタイミングを逃してしまったので聞き耳を立てていると、どうやら俺の生い立ちの話をしている。

 

…うん、間違いでは無いけれど真実と言うには大分語弊がある気がする。

何か言葉を喋れない人の様に見られていないか?

確かにトラウマの影響は一時期あったけど。

 

というか感情が無いっていうのは完全に支部長の思い込みでしょうに。

昔はともかく、わかりづらいかもしれないがこれでも色々考えたりはしているぞ?

 

そんなんだからソーマと仲が悪いんですよ。

アイツもあれで根っこは激情家ですからね。

 

お、話が終わるか。

この雰囲気で会話に混じるのも気恥ずかしいし、飲み物だけ渡して帰るとするか。

 

…この人いきなり何言いだしてるんだ?

"仲間の中に入れてやってほしい"ってこの流れで参加なんて余計出来るか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…アイツ、何しに来たんだ?」

「わからん。まぁちょうど茶も無くなってたし、いいタイミングの差し入れではあったがな。」

 

頭に疑問符を浮かべながらも差し入れ()()()となる二人が缶を空ける。

 

俺ともう一人の経験者、そして話だけは聞いている他二人は警戒して缶に手は付けていない。

 

…いや、シュンはもう少し警戒しろよ。

お前は一回斬られかけているだろうに。

 

ほぼ同じタイミングで口をつける二人。

ところが予想とは反して吹き出したのはカレル一人。

 

「うわっ!?汚ねぇ何しやがる!」

 

何時もならここで喧嘩の一つも始まるところだが、思いの外相手のダメージが大きいようだ。

むせかえるばかりで立ち上がる気配がまったく無い。

 

「お、おい大丈夫かよ。何事だよ一体。」

 

地面に付した人物がむせ返ったまま床に転がる缶を指さす。

 

-美味しい()茶(微糖)-

 

示し合わせたように全員手元の缶を確認する。

 

-美味しい()茶(微糖)-

 

(うーん、コミュニケーション能力の問題かこれ?)

 

どうやら一本だけジョーカーが混ぜられてようだ。

こんなユーモアは求めていないんだが。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-その頃、自室のユウマ・マカヅチ-

 

…買ってきた緑茶が紅茶に化けてるんだが。




トラウマはあったが克服済み。
克服の経緯はおいおいに。

なお味覚については元からです。


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無口な無口な特務兵1

Q.この人はバーサーカー?
A.どちらかと言うとアサシンです。


-時は少し前に遡る。

 

まだ一般隊員として任務をこなしていた頃。

いつものように出撃準備を行っていると招集を告げるアナウンスが入った。

 

向かう途中でリンドウとすれ違う。珍しく今日は真面目そうな表情だ。

気にはなったが呼び出されてる途中なので特に会話せずにスルーする。

 

「単刀直入に言おう。君には今後、フェンリル極東支部長の名において発行する特別任務も受けてもらう事にする。」

 

特別任務とは初めて聞いた。

具体的には何をするのだろうか。

 

「基本的には通常のミッションとそこまで内容に差異は無い。異なるのは対象となる情報の秘匿度にある。」

 

接触禁忌種。終末捕食。特異点。

なるほど、確かに内容を聞けば秘匿と言うのもうなづける。

 

というかどの単語も初めて聞くようなものばかり。

わかるのは一般にも流布されているエイジス計画くらいか。

 

どんなアラガミも防ぐというから何か特別な素材を使っているとは思っていたが。

なるほど、アラガミも捕食するような凶暴なアラガミの素材で作っていたとは。

 

そりゃ確かに建設など進むわけがない。

素材が無いというより取ってくる人間がそもそも少なすぎるのだから。

 

最初は特別任務なんて聞いて身構えていたが。

うん、これは少々真面目に取り組まないといけないようだ。

 

「便宜上、特務を受注できるのは特務部隊に所属する人間に限られる。従って君についても本日付けで特務部隊への所属も兼用してもらう。」

 

あ、兼用なんですね。専属じゃないんだ。

確かに特務部隊と言うのも初めて聞いた。

 

「先ほども言ったように機密性の高いミッションを請け負う部隊だ。情報漏洩の可能性を下げるため、必然部隊そのものも機密情報として扱われる。故に…」

外では特務部隊所属である事を公言しないようにと告げられる。

 

もっともな話ではあるが兼用という部分を考えると若干懸念事項がある。

特務優先なのは言うまでもなさそうだが、今の部隊任務とバッティングした場合にどうやってごまかし続ければいいだろうか。

 

うちの隊長話たがりだからな。いつかボロを出してしまいそうで怖い。

考えている事を察してくれたのか支部長が続きを話してくれる。

 

「心配する事はない。特務を優先しても疑念を抱かれないよう、それに配慮された配属へ合わせて変更となる。」

 

一例としてリンドウとソーマがあげられた。

なるほど、リンドウは部隊長だしソーマは同じ部隊の隊員だ。お互いで上手い事ごまかしているという事か。

 

となると自分の配属も特務部隊所属の部隊長の所になるのだろうか。

うちの部隊長が実は…と言う線もまぁ無くはないだろうが。

 

「フェンリル極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールの名において辞令を下す。」

 

-本日付けで、君を現在所属する部隊の部隊長に任命する。-

 

「君の一層の努力健闘に期待する。」

 

…何だって?

 

ちなみにうちの現部隊長は教官任務へと転向になった。

これで前線勤務からもおさらばだと喜んでいた。

 

…神機が使える教官は実施訓練の名目で普通に前線に駆り出されるらしいですけどね。

まぁ嬉しそうなところに水を差すのもあれなので黙っておいた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは通称"嘆きの平原"。

中央に渦巻く巨大な竜巻が印象的なフィールドだ。

あの竜巻は高濃度のオラクル細胞が混じっているらしく、何とあの竜巻の中からアラガミが生まれて来るとの事だ。

 

爆弾か何かであれを吹き飛ばせば少しはアラガミの発生頻度も下がるのでは?と思ったが。

直ぐに現実的じゃないなと頭を振る。あの規模だと最低でも爆撃機か何か無いと話にならんだろうし。

 

荒れ狂う暴風とアラガミが全てを薙ぎ払った後の荒野。

そんな寂しくも騒がしい場所に今俺はいる。

 

何故いるのかって?もちろん任務さ。

平原に生まれたてのアラガミがいるから脅威になる前に倒してこいとのお達しだ。

 

オペレーターから任務を受注して現地に向かう。

ヘリから降りて準備をしていると、中央の竜巻から平原の覇者の異名を持つアラガミ"ウロヴォロス"が出てきた。

 

…中央の竜巻から()()()()()()が出てきた。

大事な事なので二度見返して確認した。

 

周りを見回す。荒廃した荒野に人気は無い。

まぁ受注時点で単独ミッションだと言われていたしな。

 

後ろを見る。急ぐようにヘリが飛び去った。

まぁ武装ヘリ一機でどうこう出来るならゴッドイーターなんていらないしな。

 

「………………………」

 

前に向き直る。ウロヴォロスの全複眼がこちらを見ている。

こっち見るなよ照れるじゃないか。

 

手元の端末でミッション内容を確認する。

…うん、ウロヴォロス一体の討伐と書いてある。

ついでに言うと先日説明を受けた特務である事を表す専用マーカーも付与されている。

 

「………………………」

 

神機を構えて向き直る。

向こうも殺る気満々と言った感じだ。

 

うん、色々言いたい事は山ほどあるが。

 

まずは生き延びてから考えよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

刈った。狩った。勝った。

いや、正確にはまだ決まっていないが。

 

こんなデカブツとまともに戦り合えるかとまずは触手を刈り飛ばした。

SF映画のように再生するかと思ったが、どうやらアラガミは違うようだ。

 

次にレーザーを放ってくる厄介な複眼を狩り潰した。

中央は流石に無理だったがまぁ問題無い。

 

最後に角を折り壊したところで勝利を確信する。

慢心するのはいけないが、逆に言えば油断さえしなければ後は作業のようなものだ。

 

背後に回ってチャージクラッシュ。

オラクル細胞が弾け飛び、苦痛に怒る雄叫びが上がる。

 

振り向こうと暴れるが巨体故か流石に遅い。

と言うか()()()複眼が潰れていては、俺の位置を掴むことも難しかろう?

 

背後に回ってチャージクラッシュ。

オラクルコアがむき出しになり、雄叫びが悲鳴へと変わり始める。

 

なりふり構わず、巨体を回転させて抵抗するか。悪くはないが、ちょっと判断するのが遅かったな。

残念ながら、俺はお前の周りにはもういない。

 

早く振り落とさないと大変なことになるぞ?

 

背中の上からチャージクラッシュ。

脅威の位置が判明し、払い除けるように触手が伸びる。

 

正に悪手。いや、ここまで来ると奇手の域だな。

もう()()()()()()()()()()()()

 

ほら、手先はそこに転がっているだろう?

 

背中の上からチャージクラッシュ。

悪足掻きとばかりに残りの複眼からレーザーが飛ぶ。

 

ナイスジョーク、正面に撃ってどうするつもりだ?

反射でもさせるならいざ知らず、この荒野に鏡らしき物は見当たらないが?

 

背中の上からチャージクラッシュ。

悲鳴がいよいよ叫びへ変わる。抗う術はもはや無い。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

アラガミはまだ倒れない。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

巨体が徐々に崩れ落ちる。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

地面に付して呻きが上がる。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

ピクリと震えはするものの、ついに呻きすらも消え果てる。

 

すまんな。俺は特別でも何でもない、一山いくらの神機使いなんだ。

バケモノ相手に慢心出来るほど、自信家でも偉大な人材でも無いんだ。

 

悪いがお前はここで確実に死んでもらう。

もう死んでるって?いやいや、お前はまだ()()()()()だろう?

 

背中の上からチャージクラッシュ。

アラガミは僅かに震えて見せる。

振り下ろす神機は止まらない。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

もうアラガミは動かない。

終わったか?じゃあ駄目押しと言うやつだ。

 

振り下ろす神機は止まらない。

 

背中の上からチャージクラッシュ。

背中の上からチャージクラッシュ。

背中の上からチャージクラッシュ。

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ウロヴォロス討伐のアナウンスが流れ、にわかに同輩達が騒ぎ始める。

 

うん、流石に一言文句言っていいか?

 

()()()()ってどういう事だよ。

こちとら冗談抜きで死にかけたんだぞ。

 

ウロヴォロスの反応が完全に無くなったことを確認してコアを回収したものの、待てど暮らせど迎えのヘリがやってこない。

不思議に思ってオペレーターへ確認メールを送ったところ、なんとミッションの受注履歴そのものが存在していないとの事。

 

そう言えばこれは特務任務だったか。

秘匿性を考えるとオペレーターのアクセス権限では確認することができないのかもしれない。

 

支部長宛へミッション完了報告と迎えのヘリを寄こしてほしい旨のメールを送る。

一分と経たずに支部長からの返信が飛んでくる。

 

『ウロヴォロスの単独討伐に成功したのか?』

 

しましたよ。死ぬかと思いましたが。

それなのに迎えのヘリが来てないんですが。

 

『討伐対象は間違いない。だがそれは特務部隊複数人で請け負うよう発行したミッションだが。』

 

手元の端末でミッション内容を確認する。ウロヴォロス一体の討伐と書いてある。

ついでに言うと先日説明を受けた特務である事を表す専用マーカーも付与されている。

 

言われてみれば単独任務とは一言も書いていない。

まぁ複数人で請けろとも書いてはいないが。

 

スクショを取ってメール返信した。

再び一分と経たずに支部長からの返信が飛んでくる。

 

『すまない、直ぐに迎えのヘリを手配する。本件はこちらの発注ミスだ。君が帰還次第、改めて謝罪の場を設けさせてもらう。」

 

…で、先程まで支部長直々の謝罪を受けていたという所だ。

忠誠心が3は下がったな。元がいくらかは知らないが。

 

そして手渡されたのは特務専用の任務受注端末。

何でも支部長の個人アドレスへのホットダイヤルが繋がっているらしい。

 

要するに今後特務に関する疑問があれば直接聞いてほしいとの支部長の考えだ。

まぁ考えてみれば今回の件は自分にも過失が無いとは言えなくもない。

 

いくら特務でもウロヴォロスの単独討伐は無いわな。常識的に考えて。

厄介な相手ではあるが、よくよく思い返せばデカいだけで接触禁忌種でも何でもないからな。

 

…まぁいいさ。ウロヴォロスの素材はレアなんだ。

防壁素材としては十分役立つだろう。

 

終わり良ければ全て良し。

エイジス計画の達成に一歩近づけたと考えるとしよう。

 




ヨハネス「ウロヴォロスが単独で倒されるとは…リンドウ君にぶつける予定だったが、これは予備の矢も用意しておくか…」
そしてBurstのあのシーンへ続く。


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無口な無口な特務兵2

Q.何故話さないの?
A.何時も話そうとしたタイミングの間が悪い。


あぁ、やっぱりコイツもそうなったのか。

 

ブリーフィングを行う予定のホールの一角に歩いてくる人物を見て、紫煙を中空へふかしながら物思いにふける。

 

少し前にすれ違った時から何となくそんな気はしていたが。

まぁ一神機使いが支部長に単独で呼び出されるなんて、常識的に考えればまずありえないしな。

 

昇進や配置換えにしても普通は部隊の上官か教官クラスの人間を通して通知されるものだ。

優秀な人員が一人お偉いさんに呼び出される用など…まぁ推して知るべし。

 

ゴッドイーターなんて仕事は碌なもんじゃない。

どんなにやる気がある奴でも神機が適合しなければ絶対になれない。

 

代わりに適合してしまったのならどんなに嫌であっても徴兵のような形で就役させられてしまう。

んで特務部隊ってのはそんな不運な奴らの中でも特にツイてない奴らに回されるお役目の事だ。

 

秘匿性が高い任務と言うもっともらしい言葉で説明されるが…

要するに他に出来る奴がいないから何とかしてくれと貧乏くじを押し付けられているだけの話だ。

 

まぁ不運な奴らの中でもさらに選ばれた不幸者、と考えれば一周回ってツイてるのかもしれんがね。

 

…っと。イカンイカン、考え事をしてたらいつの間にかソーマも来てるじゃないか。

まだ残っている煙草を灰皿へ押し付け、気を取り直して端末を操作する。

 

「揃ったな。んじゃ、ブリーフィングを始めるとするか。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

接触禁忌種。

その危険性から一般の神機使いは接触を禁じられているという危険な存在だ。

 

当然、戦闘などもっての外なのだから通常の討伐ミッションなど出せる訳もない。

つまりは特務部隊の出番って訳だ。

 

今回の討伐対象は"スサノオ"と呼ばれる、第一種接触禁忌種に分類されるアラガミ。

 

選ばれた他のメンバーはリンドウとソーマ。

小隊としては一人少ないがそこは技量と経験、作戦でカバーしろとのお達しだ。

 

「そういやお前とミッションに行くのは初めてだったな。」

 

話を振られて思い返すと確かに一緒になった記憶が無い。

同期と言うには微妙に時期がずれているからか、新人ミッションで一緒になる事もなかったな。

 

ソーマもだよな?とリンドウが話を振るが、こちらもフンと何時も通りそっけない。

そういえばコイツはコイツで俺より早くからの神機使いだったような気がする。

 

「お前ら何か言ってくれよ、俺が嫌われ者みたいだろ…まぁいい、とりあえずブリーフィングを始める。」

 

いや、今のは話し相手を変えるのが早いよ。

無視じゃなくて単に相槌を打ちそびれただけだよ。

 

………

 

接触禁忌種といえど今回は別に新種のアラガミと戦うわけではない。

 

少ないながらもある程度の交戦記録が残っており、おおよその戦闘パターンも事前に知る事が出来ている。

だがそれだけで討伐できるほど接触禁忌種というのは甘くない。

 

そこで戦術や作戦が重要となってくるのだが、如何せん腕利きとはいえ急造チームと言う事には変わりない。

結果取れるものと言えば基本レベルの簡単なものになってくるのだが。

 

今回の作戦の基本は概ね二つ。

 

リンドウとソーマが正面から、俺は背後からアラガミを攻め立てる。

前後が入れ替わった場合はリンドウが俺のカバーに来る。

 

要するにただの挟み撃ちだ。

ちなみに俺がやられた場合でも挟み撃ちの形は取り続けるとの。

 

俺としては自分がやられてしまった後の事までは流石に面倒見切れんが。

まぁこの二人なら十分何とか出来るだろう。

 

…何だか特務兵になってから命の危険を実感するような事が増えてる気がするな。

 

まぁいいさ、文句を言っても始まらない。

今回は古参の神機使いが三人もいるんだ。

 

ちょちょいのちょいと任務をこなしてくるとしますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

話が違うぞリンドウ君。挟み撃ちだって言ったじゃないか。

リンドウに言っても詮無い話ではあるのだが。

 

アラガミの前にいるのは神機使い三人。

ミッション開始からしばらく経つものの、未だに挟み撃ちには至れていない。

 

原因は単純明快、コイツが思ったより手強いのだ。

回り込もうとする度にそうはさせまいと距離を取られるし、深入りせずに三人全員が正面に入るよう軸合わせしてくる。

 

うむ、コイツ恐らく作戦を読んでるな?

アラガミに知性は無いという話だが、あくまで今までの通説がそうなのであって、そういうアラガミが出てきても不思議じゃない。

 

さて、よろしくない状況だがどうしよう。

少なくともこのまま大型アラガミと正面から殴り合うほど、俺は酔狂でもバケモノめいた体力もしちゃいない。

 

パッと思いつくのは誰かが囮になっている間に残ったどちらかが回り込むという感じか。

一度回り込んでさえしまえば、あの距離を置く動きの対策も無くはない。

 

となると誰が囮になるべきか。

リンドウは若干位置が悪いので俺かソーマの二択だが。

 

「…おい。」

 

前にいるソーマが振り返って話しかけてくる。

どうやら同じ結論に至ったようだ。

 

何だ、それなら話は早い。

 

()がアイツを引きつけるから、その隙に()()が回り込め。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

接触禁忌種討伐の一報が漏れることもなく、任務を終えた神機使い達がいつもと変わらない休息の時を過ごしている。

 

あの後めちゃくちゃソーマに文句を言われた。

「馬鹿かお前は!?」って突っ込んだ瞬間にも罵倒された。

 

いや、普通あの流れで他人を囮にはせんだろう?

馬鹿かお前はこっちのセリフだ。

 

仲良く同時に突っ込んで、そのまま正面で大暴れってどこの世界の高等戦術だよ。

リンドウどころかアラガミも心なしか呆れてたような気がしたぞ。

 

おまけに戦闘中に怒鳴るものだから途中で良いのを貰いそうになってたし。

ほれ、助けてやったのに礼はどうした。余計な事するなって?

誉め言葉として受け取っておこう。

 

ちなみに背後に回ったのはリンドウだった。

挟撃してアラガミを討伐した後、「お前が悪いわな」と苦笑いながら断言された。

 

確かに最初の作戦では背後に回るのは俺の役割だったが。

文句はあったが正論を言われてしまったので何とも言えず引き下がる。

 

「まぁまぁ、そう不満そうな顔するなよ。せっかくのビールが不味くなるぜ?」

 

既に始めてるリンドウに言われて我に返る。

指指す先にはキンキンに冷えた水滴の滴るビール。

 

ふと思ったが最近飲食物を差し入れられる事が多いな?

まぁ美味しく食べられる物なら遠慮なく貰うが。

 

「気に入ってもらえて何よりだ。まぁなんだ…ソーマの奴もあれで結構、仲間が傷付くってのは好きじゃない人間なんでね。」

 

飲む手を止めて話を聞く。

どうやら少しばかり真面目な話のようだ。

 

「あれもお前が傷付くよりはって考えた結果なのかもしれないんでね。アイツの所属部隊の隊長として、そこんとこ汲み取ってくれると助かる。」

 

言われるまでもない…と思ったが。

そう言えば影で死神とか呼んでいる奴がいたか。そりゃいくらソーマでも多少は気にするか。

 

まぁ俺は気にしないがな。死神の姿知ってるし。

そうさな、例えば…

 

 

 

 

 

-俺の両親喰ったやつとか-

 

 

 

 

 

…おっと、少し酔いが回ったか。

イッツ・ア・ブラックジョーク。しかし寒すぎて笑え、ない。

 

「お?もういいのか?俺のオゴリなんだし遠慮しなくていいんだぜ?」

 

そう言われると名残惜しいが酒で失敗する方が嫌なんでね。

ここらでお暇させてもらおう。

 

………

 

「…酒でも入ればガードが緩むと思ったんだがなぁ。」

 

さっき見たアイツの遠くを思う目。

相変わらず言葉は発しなかったが、少なくともあの表情はここにきて初めて見た表情だ。

 

-彼は人との接点を求め始めたのだ。-

 

支部長の言葉に乗るのは癪ではあるが、それ自体を否定する気は全くない。

むしろこちらから協力を申し出てもいいくらいだ。

 

しかし前途は多難である。

ブリーフィングどころかミッション中も喋らないし、ソーマの罵倒にも表情一つ変えやしない。

 

鉄仮面ここに極まれりである。

恐らく素面のままで言葉を待っても埒があかない。

 

幸いと言うか酒はイケる口のようだし先程の様子を見るに僅かではあるが効果はありそうだ。

気のせいかもしれないが、さっき何かを口走るかのような動きも見えた。

 

今後は"特務仲間"という建前を生かして飲みに誘ってみるのもいいかもしれない。

 

「俺もつくづくお人よしだな。アイツといいソーマといい、どうしてこうも言葉が足りない奴ばかりなのか…」

 

ま、いいさ。支部長も言ってたが、こういうのは焦らずじっくり時間をかけてだ。

 

とりあえず配給のビールを増やしてもらうよう、嘆願書でも出しておくか。




Q.実は酒癖悪い?
A.自覚してるので自制が出来る。


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無口な無口な特務兵3

Q.この人怖いものあるの?
A.幽霊がダメです。ただし見得張って隠そうとします。


「特異点を、探してほしい。」

 

言われた瞬間、疑念が確信へと変わった。

 

コイツがやろうとしているのは選抜だ。

選ばれた人間だけが次世代へと繋がれ、それ以外は軒並み淘汰される。

 

フェンリル()()から秘密裏に接触を求められた時こそ眉唾物だったが。

今ならその疑念が然るべき懸念だったのだと断言できる。

 

人類の未来のために、未来に生きるべき人そのものを選定する。

全員を生かす術が無い以上、理屈だけなら矛盾は無いな。

 

矛盾が無いから問題も無い。

そんな単純な理屈で納得できればどれほど気が楽だろうか。

 

何様のつもりだ、どんな権限を振りかざして選定など馬鹿げた行為に走るというのか。

選ばれなかった人間は?候補にすら上がらなかった人間は選定の対象外とでも言うつもりか?

 

悪いが支部長、生憎俺はこれ以上の賛同は出来ない。

賢い生き方ではないのかもしれんがね。

 

精々足を掬われないよう気を付けるんだな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「特異点を、探してほしい。」

 

開口一番、告げられた言葉に疑問符が頭を満たしていく。

 

特異点?何の事だ。

確か終末捕食を引き起こすトリガーになる存在だとは聞いているが。

 

疑問符の整理に勤しんでいると支部長が訳知り顔で話を続ける。

 

「何、そう難しく考えることは無い。要するに終末捕食のトリガーとなる存在を先に抑え、こちらの準備が整うまで活性化しないよう制御しようというだけの話だ。」

 

あぁ、要するにこちらの勝ちが確定するまでゲームを長引かせようという話か。

俺は勝ちを確定させたい側であるので、特にそれを否定する要素もない。

 

「話が早くて助かる。直近の解析状況から、特異点は"鎮魂の廃寺"で多く痕跡を残している。ついては…」

 

-三日間ほどの間、当該エリアで特異点の探索に努めてほしい。-

 

ぶっ飛ばすぞナイスミドルが。あの雪の廃墟で三日も野宿しろってか。

 

まぁそんな暴言を吐いた日には営巣行き確実だ。

仕方が無い、従わざるを得ないのが宮仕えの辛い所か。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

そんなこんなでミッション初日。キャンプの準備を整えてサバイバル生活を開始する。

 

いや、別にアウトドアは嫌いじゃないが。

この距離ならアナグラに帰投しながらでもいいじゃないか。

 

降り積もった雪を選別し、溶かしてろ過して飲料水とする。

食事は配給の缶詰と万事屋で購入したレーション。味が多種多様なのがせめてもの救いか。

 

もぐもぐと携行食を食べながら持参したハーブを使ったお茶で一息付く。

…おかしいな。ゴッドイーターは比較的衣食住に恵まれているはずなんだが。

 

遠い目をしながらお茶を啜っているところ、不意に神機使いの第六感に何かが引っかかる。

 

感覚的には大型どころか中型ですらない。にも関わらず、感じるオラクル濃度(?)のようなものが段違いだ。

なるほど、こういう事があるというなら特務扱いも納得だ。神機を片手に警戒を強める。

 

-ヒョコッ-

 

女の子が顔を出した。

目を擦り、シャキッとした視線でもう一度向き直る。

 

「………」

 

女の子がいる。何でこんなところに女の子が?

もしかして少女型のアラガミか?そういう可能性も無くは無いだろうが。

 

しかしサリエルやザイゴードを知ってる身としてはいまいちそちらの線は想像しにくい。

仮に少女型だとしても、もうちょっとこう似通った形になる気がする。

 

それはさておき、場所も場所なので油断せずに神機を握りしめる。

 

-…サッ-

 

逃げられてしまった。

うん、まぁ普通そうだよね。

 

……………………………………………………………………………………………

 

サバイバル生活二日目。

昨日見かけた女の子の姿は無い。

 

まぁ冷静に考えればこんなところに女の子なんているわけないしな。

服装もボロボロだったし、とてもじゃないがここの寒気に耐えられるわけがな…

 

-ジーッ…-

 

見られてる。

いつの間にか見られてる。

 

遠目に見える程度だがやはりまともな衣服ではない。

それどころか素足である。

 

…なるほど、読めたぞ。

 

()()だな。

 

廃墟と言ってもここは寺だし、そういう類の一つも出るか。

結論が出たところで焦ることなく荷物をまとめ、外に向かって歩き出す。

 

落ち着け、俺は冷静だ。

焦っているだと?馬鹿言うな、俺は冷静だ。

 

こういうのはあまり信じていない性質ではあるが、流石にそれらしいのがいる場所でキャンプを張るような趣味は無い。

どうせ明日には帰還なんだ。一日くらい、どこか適当な場所でもなんとかなるさ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

サバイバル生活最終日。

 

最終日にしてアラガミの反応を検知。

目標発見かと向かってみれば、そこにはでかいコンゴウがいた。

 

うん、確かに普通かと言われればそうではないと言えなくも無いが…

コンゴウである。でかい事はでかいが特異点かと聞かれれば、なぁ…

 

ウロヴォロスよりは小さいし。

あっちが特異点だと言われた方がまだ納得できる。

 

まぁいいさ。今回の任務は探索が第一目標だ。

見つからないというケースも十分想定されている。

 

もしかすると強さ的な意味で特異個体なのかもしれないし。

とりあえず、コイツを討伐してから考えるか。

 

………

 

目の前には標準より大きめのコンゴウがピクリともせず転がっている。

 

コンゴウだった。うん、知ってた。

結局件の特異点については影も形もなかった。

 

スマン。多少手強い相手ではあったが、幽霊と比べるとまぁ…

ぶっちゃけ殺せば死ぬ相手なんぞ、別にどうと言うことは無い。

 

とりあえず現在までの調査内容を報告し、迎えが来るまでしばしのティータイムと洒落込む。

うむ。こんなご時世に自然の中でキャンプとは、考えてみれば中々に贅沢な…

 

「帰るー…のか?」

 

…心臓が飛び出るかと思った。

用心して神機は手元に置いてあったが、流石に耳元で囁かれる事態は想定していない。

 

神機を握りながら正面へ飛び出し、勢いを利用して声の主へ向き直る。

 

白い髪。白い肌。衣服どころかぼろ切れと言っても差し支えないそれ。

おまけにこの雪の中で素足と来ている。

 

うーん、やっぱりこの子…

 

()()だよな?

ここ寺だし。全身白装束みたいな色合いだし。

 

さてどうする。

アラガミならいくらでも戦いようはあるが、流石に幽霊相手に神機は通じんだろう。

と言うか正直に言えば戦いたくない。

 

だって怖いじゃないか。殺せば殺せるアラガミとはそもそも勝手が違うのだ。

いくら準備してきたとはいえ、あいにく清めの塩までは常備していない。

 

内心ビクついているこちらとは裏腹に少女の幽霊はいまいち状況を掴めていないような表情をしている。

こちらとコンゴウを交互に見ながら、時折伺うように首を傾げて見せてくる。

 

「あれー…食べてもいいか?」

 

指さすのはコンゴウの遺骸。コアは抜き取った後だし、別にどうこうされても問題は無い。

むしろあれ差し出してどうにかなるなら遠慮なくお供え物にくれてやる。

 

「そっかぁ!ありがとな!」

 

幽霊とはいえ、無邪気な少女の笑顔は癒される。

おや?何だか彼女の腕が変形して…うん、プレデターフォームみたいな腕になったが、元神機使いの幽霊だと思うことにしよう。

 

現実逃避をしているうちに迎えのヘリが回収ポイントの座標を送ってくる。

モグモグ捕食し始める様をもう少し観察してみたいと思い始めてきたものの、残念ながら今回は任務で来ている身だ。

 

名残惜しいが出直すとしよう。

死人と接点が深まるのも考え物だしな。

 

…まぁしかし。これもせっかくの縁だし、挨拶しておくのも礼儀と言うものか。

 

捕食に夢中の少女に声をかけてみる。

反応が無ければ諦めるつもりだったが、声をかけられたことに気づくと捕食を中断してこちらに駆け寄ってくる。

 

またな、お嬢ちゃん。

急に現れるとびっくりするから、今度は一声かけてから出て来るんだぞ。

 

撫でてあげるとむず痒そうに頭を振られる。

幽霊だから触れないかと思ったが、妙な感触ながらも意外とちゃんとした触感があるんだな。

 

挨拶を済ませて回収ポイントへ向けて足を進める。

少女はしばしこちらを見ていたようだが、やがてコンゴウの捕食再開に興味を移していく。

 

…うん、どうやら()いてきたりはしてないようだ。

 

それにしても本当に幽霊なんてものがいたなんて。

報告書に書けるようなものではないが、これはこれで貴重な体験だった。

 

終わってみれば何だかんだ無邪気で可愛らしい子だったしな。

気が向いたら、これからも少しは気にかけてみるか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ところ変わってしばらく後。

なんとアナグラの一角であの子を目撃してしまった。

 

相変わらず白を基調としてるものの、纏っているのはボロ切れとは程遠い女の子らしい服。

 

「おー?おー!」

 

目が合った。こっちに走り寄って来る。

失神しそうなところを気合と根性で踏み留まった。

 

「しばらくだなー?うん、しばらくだなー!」

 

若干だが語網力が上がっている気がする。

うん、代わりにお兄さんちょっと気分が優れないかな。

 

そっかー。

()いて来ちゃったかー。

 

とりあえず遠い目になるのを堪えて頭を撫でてやる。

この前撫でてあげた時と同じような、人とも何とも言えない妙な撫で心地だ。

 

「お?おっ…!?チクチクくすぐったい…あ、ソーマ!」

 

声につられて視線を向ける。珍しくフードを被ってないソーマがそこにいた。

…おい待て、何でそんな人も殺せそうな視線を向ける。

 

俺は何もしていないぞ!

 

弁明しようと思ったが犯罪者の言い訳だと気づいて黙ってしまった。

 

ソーマには胸倉掴まれて脅された。解せぬ。




「シオ、アイツと会ったことがあるのか?」
「んー?ソーマ達と会う前に外でアラガミ食べさせてもらったぞー!」
「ッ!?」

…アイツ、支部長にシオの事を言わなかったのか…

-ソーマの友好度が1上がった。-


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無口と無口な新型さん1

Q.本編開始?
A.新型さんもまぁ無口。

追記)タイトル間違えてたので修正。


ついに期待の新型使いがやってきた。

当分はリンドウ率いる第一部隊で経験を積んでいくそうだ。

 

ちなみにもう一人一緒に入ってきた新人がいる。

こちらは新型ではなく従来通りの銃型神機使いだ。

 

たまたまホールに居合わせた時にリンドウが紹介してくれたが、中々好感の持てる好青年だった。

言っちゃあ何だが神機使いって結構性格がアレな人が多いからな。

 

何より家族のためにっていう意気込みが気に入った。

自分以外の誰かのために戦う奴っていうのは、土壇場でも最後まで生きる事を諦めないからな。

 

俺はもう家族がいないからな。これがお話の中でなら生まれ育った孤児院の皆とでもなるんだろうが。

フェンリル直営といえばまぁ言わずもがなわかるだろう。

 

「あぁ、返事が無いけど気にするな。コイツは色々あって喋れないんだ。俺もまだ声聞いたことが無いんだわ。」

 

おい待て、何を勝手に変な属性足してきている。

その色々とやらを俺はご存じないぞ。

 

視線を向けると"ごまかしといたぜ"とばかりに目配せされる。

誰もそんな事頼んでないだろ馬鹿野郎。

 

ほら見ろ、「あっ…」って言われちゃったじゃないか。

今更訂正なんてしたらそれこそ変な空気になるだろうが。

 

余計な事しやがって。

今度お前が飲んでるビール奪い取ってやるからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

朽ちかけた建物が並び立つ前時代の遺物。

かつては繁栄を象徴していたであろう街並みも、アラガミの襲撃に曝された今は廃墟と表現するより他は無い。

 

人っ子一人いない寂れた街。

俺の他にはもう一人。"新型"の期待を一身に浴びる噂の少女がそこにいる。

 

装備はロングブレードにアサルトとシールドの新型可変神機。

元々の装備はショートブレードだったらしいが、訓練を通じてこれに落ち着いたらしい。

 

うん、中々活発そうな見た目なんだか。

顔を見た瞬間、そんな第一印象は吹き飛んでしまった。

 

あぁ、可哀そうに。この子もこちら側の人間か。

 

道理でリンドウが俺に頼むと言ってきたわけだ。

何しろあのビール好きが、礼代わりと今度の配給をこちらに回すと言ってきたくらいだからな。

 

改めて噂の新人の表情を伺う。

どうしたんだお嬢さん、そんな暗い顔じゃせっかくの美人が台無しじゃないか。

 

もっとも、ここでそんな軽口を叩くほど空気の読めない人間ではない。

ミッションを開始する前に改めて、事前に渡された新人の経歴について目を通していく。

 

…うん、悲惨。

いや、お前もだろと言われると何も言えなくなるんだが。

この子の表情を見る限り、明らかに時期尚早と思えてならない。

 

この子の傷はまだ癒えていない。

恨み、怒りという痛み止めが効き過ぎてて、心身の上げる悲鳴が聞こえていない。

 

とはいえ、ゴッドイーターになってしまったからにはのんびり癒していく時間など無い。

である以上、取れる手段は荒療治しかないんだよなぁ。

 

ちなみに神機使いになってから知ったやり方で、別に俺がそうやってトラウマを克服したわけではない。

 

…うむ。この子にそこまで肩入れする義理は全くないが。

知ってしまった以上素知らぬ振りも目覚めが悪い。

 

手荒なやり方で申し訳ないが、まずは()()()()()()()()()()

 

感性が人並みになったところで今一度、自分の声に耳を傾けてもらおうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今回のミッションは小型アラガミの掃討だ。

群発的に小型アラガミが大量発生する事象を利用して、主に新人訓練も兼ねたミッションとして利用されている。

 

「………………………」

 

コクーンメイデンが湧いて出る。

少女は突っ込んで足元付近から刈り飛ばし、宙に浮いてるそれを捕食してそのまま大地に叩きつける。

 

オウガテイルが湧いて出る。

少女は跳び掛かってくるそれを意に介せず、正面から力押しに顎から上を跳ね飛ばす。

 

ザイゴードが湧いて出る。

少女は先程のオウガテイルを真似るように跳び掛かり、地面に叩きつけながら首筋に神機を突き付ける。

 

-うん、まだまだ余裕がありそうだ。-

 

「………………………」

 

コクーンメイデンが湧いて出る。

足元付近を斬りつけるが刈り飛ばすには至らず、射出される針に手こずりながらも唐竹割に仕留めて見せる。

 

オウガテイルが湧いて出る。

跳び掛かってくるそれに力負けしてしまい、地面に押し倒されるが零距離からのインパルスエッジでアラガミを吹き飛ばす。

 

ザイゴードが湧いて出る。

銃形態に切り替えて撃ち落とそうとするが攻めきれず、逆に突っ込んできたアラガミに苦戦しながらも剣形態に切り替えて切り伏せる。

 

-うん、まだまだいける。問題無い。-

 

「………………………」

 

コクーンメイデンが湧いて出る。

勢いよく切りつけるも致命傷には至らず、針と射撃に翻弄され始めてしまう。

 

…ここまでだな。

針が射出される直前、後ろから真っ二つにして終わらせた。

 

オウガテイルが湧いて出る。

跳び掛かってくるそれを迎撃するほどの余力もなく、喰いつかれないよう防戦一方の様相を呈していく。

 

…ここまでだな。

跳んだ瞬間、喰われる前に横一文字に引き裂いて終わらせた。

 

ザイゴードが湧いて出る。

流石に飛び掛かる気力も残っていないか。

 

…ここまでだな。

問答無用のチャージクラッシュで地面に叩き落として終わらせた。

 

-うん、まぁそろそろ頃合か。-

 

「………………………」

 

前に進み出ようとすると少女がこちらを睨んでいる。

まだやれる、とでも言いたげな視線だが肩で息しているその様に説得力などありはしない。

 

精神は肉体を凌駕する、なんて謳い文句はよく聞くが。

肉体も精神を凌駕するものなのだ。しかもこっちは生きてる限りほぼ永続。

 

所詮負の感情なんてドーピングみたいなものだしな。

長続きなぞするはずも無し、ちょっと数で押されてしまえば語るまでもなくご覧のありさまだ。

 

疲労が満ちて少しは頭が冷えただろう?

 

さて、次は客観的にさっきの君を見てもらおうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

コクーンメイデンが湧いて出る。

足元付近から刈り飛ばし、宙に浮いてる神機の表で殴り飛ばす。

飛んでった、これは大きい、ホームラン。(一句)

 

オウガテイルが湧いて出る。

跳び上がる前に縦切りし、僅かに繋がり残った細胞を鋸引きのように引き切ってちぎり飛ばす。

跳ばせるか、甘いわ犬ころ、遅すぎる。(二句)

 

ザイゴードが湧いて出る。

出現と同時にチャージクラッシュを叩き込み、体が二つになるまで地面を引きずり駆け回る。

しゃらくさい、これでも古参だ、なめるなよ。(三句)

 

適当な俳句を詠みながら流れ作業のようにアラガミを討伐していく。

傍目には真面目に仕事していないように見えるが、これでも至って大真面目だ。

 

無駄に、不要に、かつ大げさに追撃を加える。

周りの人間からしてみれば感情的になっている以外の何物でもない無駄な動き。

 

そう見えるように倒していくのが目的だからな。

 

二週目、三週目、四週目。

繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 

斬って、千切って、刈り飛ばして。

潰し、引き裂き、抉り出す。

 

気付けば神機がアラガミの破片で変な色に染まっている。

 

わかるかルーキー?

さっきまでのお前はまさしくこれだ。

 

死に体の相手に無駄な追い打ちをかける。

体力の消耗を気にせず無駄に力任せにごり押しする。

待てばいいのに自分から無駄に仕掛けていく。

 

まさにそういう感情に侵された人間の典型例。

効率よりも自身の気持ちを納得させる事を優先する。

 

否定はしないさ。()()()()するだろう?

俺も覚えがあるからな。

 

だが感情任せのそれがいつまでもまかり通るほど、この仕事は甘くない。

何より周りが見てて良い気分しないしな。

 

俺?俺はまだまだ体力持つよ。

これでも一応古参だからな。鍛え方が違うのだよ。

 

気付けば睨んでいた少女の視線が変わっている。

どうやら言いたかった事は伝わったようだ。

 

疲労の色はまだ残っているものの、その瞳に初めの頃に感じたよろしくない感情は見受けられない。

 

うん、いい表情だ。憑き物が落ちたかな?

やはり女の子にはそういう顔がよく似合う。

 

まぁここでこんな臭い台詞を言おうものなら査問会待ったなしだから言わないが。

とりあえずリンドウが期待していた成果は出せただろう。

 

あと適当に二、三体倒したらミッションは上がろうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、苦笑するオペレーターの前で報告書とにらめっこしている。

 

うん、やり過ぎた。

いや、討伐数が多いのは別に問題ではないんだが。

 

神機使いはアラガミの討伐だけが目的ではないのだ。

小型であろうと、退治したアラガミのコアは数少ない貴重な資源となる。

 

「討伐数と回収したコアの数が合っていなくないですか?」

 

言われて気付いた。コア回収していない。

ていうかすっかり忘れてた。

 

仕方ないじゃないか、討伐よりも新人訓練の方が目的としてはメインだったんだから。

噂の新人が思ったより地雷案件だったのと、更生が上手くいったようでちょっとだけテンションが上がってしまったんだから。

 

アラガミ?みんな挽肉になりました。

…うん、真実なんだがこんな事口走った日にはサイコパス認定待ったなしである。

 

マズい、このままだと怒られる。

助けを求めてホールを見渡そうとすると、不意に横から申し訳なさそうな声が紡がれた。

 

「ごめんなさい。私が足を引っ張ってしまって、先輩がコア回収をする余力を奪ってしまいました。」

 

大きくはないがはっきりと、よく通る声でそう言われた。

 

あ、君普通に喋れるのね。




-その後の神機保管室-

「あの子の事はちょっと気にしてたんだ。迷いが晴れたようでよかったよ。」

「………………………」←冷やしカレードリンク飲んでる。

「…で、君の神機なんだけど。この凄まじい使いっぷりについて何か言い訳はある?」

「………………………」←言い訳が思いつかなくて黙ってる。

「それに新型君の神機も傷だらけだよね。君は他人の神機も大事に扱えない人なのかな?」

「………………………」←言い訳すると怒られそうなので黙っている。

「…黙ってやり過ごそうとか思ってない?」


結局やり過ごせずにめちゃくちゃ怒られた。


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無口と無口な新型さん2

Q.新型さんはしっとり?さっぱり?
A.アリサやリッカと同じくらい。


本物を見た。

あるいは、私自身の成れ果てとも。

 

他の奴には内緒だぞと、リンドウさんから今日一緒になる神機使いの経歴は聞いていた。

知った瞬間、私と気が合いそうだと柄にもなく喜んでしまった。

 

コウタの戦う動機は嫌いじゃない。

でも、私にとってそれは既に失ってしまったものなのだ。

 

アラガミはただの仇に他ならない。

結局のところ、私の戦う動機は自己満足の復讐でしかないのだ。

 

きっと今日一緒になる人もそうなのだろう。

 

………

 

戦えと言ってくれた。

聞いてた通り、言葉にはされなかったが思う存分やれと示してくれた。

 

やっとだ。やっと、やっとこの時が来たんだ。

任務だからとか、そんな複雑な理由など付ける事無く。

 

好きなだけ、アラガミを殺せる。

心の赴くままに、アラガミを殺せる。

 

許さない。絶対に、一匹たりとも生かしておくものか。

私の家族を奪ったコイツらを、私は決して許さない。

 

…あれ?

 

私の家族を奪ったのって…

 

-こんなアラガミだったっけ?-

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

忙しそうに任務を受注して出かける同僚をしり目に、一人昼間から酒をかっくらう。

 

サボりじゃないぞ、珍しく非番なんだ。

ブラック全開な職場なだけに、たまの休みは嬉しいものだ。

 

目の前にあるのは新入荷していた酎ハイ缶。

蛍光色が眩しいが飲んでみると予想に反して悪くない。

 

うん、戦いばかりじゃ精神が摩耗するからな。

こういう穏やかな日も悪くない。

 

不意にミッション受注用の端末が鳴動する。

画面を見て若干考え、見なかったことにしようとしまい込む。

 

だってもう飲んでるもの。

緊急性は無さそうだし、その内誰か行くだろう。

 

「ミッションですよ。どうぞ、アルコール分解特化のデトックス錠です。」

 

あぁ、これはどうも親切に。

職業柄か、疑う事無く差し出されたそれを飲み込んでしまう。

 

「………………………」

 

薬の効果でみるみる酔いが冷めてきた。

顔を上げると件の新型神機使いがそこにいる。

 

「私が受注しておきました。今日も同行メンバー、よろしくお願い致します。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは通称"愚者の空母"。

以前は大海を悠々跋扈していたであろう軍艦も、今となっては亡骸のように無残な身体を曝している。

科学の粋を集めたそれも、全てを喰らうオラクル細胞には歯が立たなかったという訳だ。

 

エイジス計画の要である島が一望でき、神機使いからは中々景観の良い場所として好評を得ている。

 

空母と言うだけあって人の集まる中心部からはそれなりに距離が開いている。

その立地も相まって、この近辺に出没したアラガミはここにおびき寄せて討伐し、被害を最小限に食い止めようという方針がある。

 

「ここは絶対に超えさせない…」

 

期待の新人は今日も絶好調だ。

初めて会った時のようなヤバさは感じないが、それでも少し気負い過ぎな面が見えなくもない。

 

うん、憑き物と言うか迷いが晴れたのは良い事だと思うんだが。

 

よくわからんが妙に懐かれてしまった気がしないでもない。

事あるごとにミッションに連れまわされるのだ。

下手したら第一部隊との出撃とどっこいどっこいかもしれない。

 

-よう、色男。どんな手管であの手強い新人落としたんだ?-

 

大事な後輩なんだから取ってかないでくれよな。

ケラケラ笑うリンドウに、この前公の場でそうからかわれた。

 

おいばかやめろ、言いがかりにも程があるだろうが。

いくら一瞬だけとはいえ、この周りの突き刺す視線はめちゃくちゃ痛いぞ。

 

覚えておけよ、第一部隊の隊長さんは新型さんにお熱だと、サクヤにチクってやるからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今日の獲物はコンゴウ二匹。

個別に戦うならまだしも、まとめて相手取るには少々面倒な組み合わせだ。

 

しかも残念ながら到来予定時刻も同じらしい。

俺一人なら奇襲で一匹討伐し、残った奴と一騎打ちという形を取るんだが…

 

チラリと横の少女を見る。

最初に会った時からは考えられない、見違えるような意思の強さがそこにある。

 

「行けます。やれます、やってみせます。」

 

オーケーわかった、これでも一応部隊長だからな。

根拠の無い言葉でも、信じてみせる度量を持つことも必要か。

 

こっちは任せろ。

そっちの一匹、任せたぞ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、苦笑するオペレーターの前で新人にジト目で睨まれている。

 

「…任せてくれたんじゃなかったんですか?」

 

初めの頃とは質の違う、湿った感情がこもった声で問い詰められる。

 

いや違うんだ。信じていたんだ信じてくれ。

技量も心も、問題無いと思ったから背中を任せたんだ。

 

悪いのは全部アラガミ、それもコンゴウが一番悪いんだ。

だって、あんな無防備に()()()()()から。

 

これでも古参、万全の状態で一対一ならコンゴウなんかに遅れは取らない。

速攻で倒して振りかえるとまだ戦闘中の君達がいた。

 

実力伯仲の猛者二人。

俺は片方の敵であり、同時にもう片方の味方である。

 

うん、普通不意打ちするだろう?

相手はアラガミ、尺度する義理も義務も無いんだし。

 

ちなみにこの前のシュンとの一件で神機の脆さは学習済みだ。

鍔迫り合いは避け、離れたタイミングを見計らって後ろの袈裟からずんばらりん。

 

見事アラガミだけを真っ二つだ。

君もお疲れ新人さん。

 

ねぎらいの言葉が出る前に。

不満全開の神機使いがそこにいた。

 

 

報告の後、ご機嫌取りの甘味を相当数奢らされた。

リンドウは何かを察したのかビール片手に爆笑していた。

 

覚えておけよ、サクヤにある事無い事吹き込んでやるからな。




新型さんは親しくなると口数増えるタイプです。


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無口と無口な新型さん3

Q.この人のバスターブレードは?
A.ソーマと同じノコギリタイプ。


ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

珍しく朝一からミッション依頼が入っていた。

大型アラガミの発生を検知したので、事前に脅威を排除してほしいとの依頼だ。

 

今日のターゲットはヴァジュラの討伐。

出現数が増えているにも関わらず、まだまだ討伐できる神機使いが少ないという現状だ。

 

故に小隊単位でのミッションが基本となるので、大抵は特定の部隊に対してミッション発注される形となるのだが。

何故か俺の所に回ってくる際は一人で行ってこいとの指示が多い。

 

何だイジメか?部隊の所属隊員が俺一人な事に対する当てつけか?

 

いや、まぁ倒せるけどさ。

でも一人で大型アラガミ倒してるとか、傍目に見るとハブられてる人みたいじゃないか。

 

うん、最近誰かとミッションに行く機会が増えたせいか。

一人きりのミッションに妙に抵抗を覚えるようになってきた気がする。

 

誰か暇してる奴いないかなぁ。

ホールを見渡し、暇してそうな神機使いを探してみる。

 

「ヴァジュラですか、私でよければ同行しますよ。」

 

後ろからの提案に首だけ向けて確認する。

ここ最近、俺を連れ回し続けているルーキーちゃんがそこにいた。

 

ちなみに同行を要請された場合、基本的に俺に拒否権と言うものは存在しない。

表向きには他部隊支援を目的とした独立遊軍的な立ち位置だからと言うのもあるが、実際は特務任務のために半ば無理やり再編成されたような部隊である。

故にカモフラージュ的な観点から、基本的に特務が無い限りは他部隊からの要請を断る事は出来ない仕組みになっている。

 

まぁこのルーキーちゃんはそこまで知る由も無いだろうが。

どちらかと言うと単に俺が頼みを断れない系の人間だと思っている節すらある。

 

しかし、うーん。

同行申請は普通に嬉しいところだが、欲を言えばもう一人か二人は欲しいところ。

 

実力は十分でも俺から見ればまだまだヒヨッコなのだ。

新人と言う殻が取れていない以上、御守が必要と言う認識からは免れない。

 

んー、誰か暇してそうな人いないかなぁ。

 

「不満ですか?…そうですか、では誰か女性の方を呼びますね。」

 

おいばかやめろ、なんでわざわざ女性に限定して募集をかける。

そういう方面で不満だなんて一言たりとも発していないだろうが。

 

マジか、と言う視線が向けられる。

そういう人だったんだ、と言う視線が向けられる。

最低、と言う視線が向けられる。

 

ちくしょう誤解だ。

こいつ等全員、肉体言語で弁明してやろうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは通称"贖罪の街"。

朽ちかけた建物が並び立つ前時代の遺物。

まぁ前にも来た事がある場所だし、細かい説明は割愛しよう。

 

あの後同行メンバーを募集したところ、ちょうど手空きになっていたサクヤとコウタが名乗りを上げてくれた。

近接、射撃、支援が一人ずつにどれでもこなせる新型1と構成的には悪くない。

 

強いて何か言うならこれ普通に第一部隊の作戦行動だな。

部外者感がそこそこするが、まぁ気にしないことにしよう。

 

ちなみにコウタはミッション条件をよく読んでいなかったようだ。

女性限定という文言に応募が済んでから気づいたらしく、「俺は男ですよ…?」とミッション前にご丁寧に説明してくれた。

 

どつくぞお前、見りゃわかるわい。

なおルーキーちゃんが当てつけだと説明してくれたので誤解は解けた。

 

現地に付いてからコウタが分けてくれたガムを食べながら待つことしばらく。

オペレーターが目的のアラガミが出現したことを告げる。

 

さて、今回のミッションなんだが最近受注したものに比べると正直楽な部類である。

 

特殊個体でなければ変な条件がある訳でもない。

おまけに今回は単独ミッションではない上に、連携も期待できる面々で味方側の懸念点も無いに等しい。

 

久しぶりにのびのびした気持ちで戦えそうだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

はい瞬殺。流石に四対一で袋叩きにすると楽勝だな。

明日までに何で負けたか考えてくるように。

 

「私、何だかんだで貴方とのミッションは初めてなんだけど…」

「あ、やっぱりサクヤさんから見てもそうなんですか?」

 

何だ?言いたい事があるならはっきり言いなさいな。

会話はコミュニケーションの基本だぞ。

 

「エグいというか効率的と言うか…一撃で仕留めようという感じの戦い方ではないわよね。」

 

言われてみればそうかもしれない。

俺的には神機使いとして研修を受けた時の話をそのまま実践しているだけなんだが。

 

ゴッドイーターは偏食因子の影響で身体能力が向上しているが、それでも中型以上のアラガミとやり合うには分が悪い。

それゆえ正面から正攻法で押し込む事はせず、体力を削って弱ったところを仕留めるという戦術をまず初めに叩きこまれる。

 

背後から仕掛けて体力を削る。四肢を削って動きを鈍らせる。

互角以上に弱ったのを見計らって、全力かつ間断無い攻撃で反撃許さず仕留めて見せる。

 

何だかんだでこれが最も効率よく討伐できるのだ。

一人でも出来るし仲間がいるなら殊更楽だ。

 

「前足全部切り離して、終わったら今度は後ろ脚って…貴方くらいの実力ならそんな事しなくても倒せるでしょうに。」

 

…ちょっと待て、何か残虐な人間のように言われていないか?

 

僅かな隙を突いて一瞬で命を持っていくのがアラガミと言う存在なんだ。

間隙すら紛れないレベルで戦局を詰めていくのは基本中の基本だと思うんだが。

 

ちなみに斬り飛ばした足はその辺に転がっている。

ゲームであれば足とか尻尾と言った部位別の資源として回収出来たりするのだろうが。

 

アラガミの場合は細胞レベルでそれっぽく見せているだけなので足だけ切り離しても別に特有の資源が手に入る訳ではない。

言ってしまえばヒレもロースもタンもホルモンも全部"アラガミのお肉"と表現されると言えばわかりやすいか。

 

当然足を捕食してもコア回収は行えない。

まぁ仮にできたとしたら足の先に心臓があるようなものだしな。

 

まぁいいや、とりあえず倒したアラガミのコア回収に…

 

おや?コイツまだ生きてるな。

反応はもう死にかけだけれど、睨むその目が()()()()()()()()()()

 

いいね、俺はその眼は嫌いじゃない。

でも悲しいかな。俺は神機使いだから、助けてやるわけにはいかないんだ。

 

お休み、また会おうな。

 

止めを刺そうと思った瞬間、ルーキーちゃんが進み出る。

何のことは無い、コア回収しようと前に出てきただけの話だ。

 

あ、ちょっと待った。コイツまだ生きてるから-

 

言うが早いか、肘から先の無い腕が新型神機使いに繰り出される。

首根っこを引っ張って位置を入れ替え、勢いのままに後ろへ投げ捨てる。

 

痛かった?悪い、流石に余裕が無かった。

次の瞬間、身体は空中に吹き飛んだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部の救護室。

怪我をした神機使いがお世話になる場所だが、実は利用率はそこまで高くない。

 

何しろ大抵はここを()()()()事態が多いからな。

命が残っているならただそれだけで儲けものと言う話だ。

 

さて、何故俺がこんな場所の世話になっているのか。

真っ先に思いつくのは先程ルーキーを庇った時に受けた一撃である。

 

死にかけとは言え大型種に属するアラガミの一撃。

庇うために無理やり体勢を入れ替えたこともあり、そのまま木っ端のように宙を吹き飛ばされてしまった。

 

不意を突かれて軽く脳震盪を起こしたのかもしれない。

受け身を取る事も無く、近くの廃材の山へ叩きこまれたらしい。

 

…まぁ実は言うとノーダメージなんだがな。

アラガミ相手に防具も無しに挑むわけなかろうに。

 

大枚はたいて調達していた防弾チョッキ。

防刃性や防貫性こそ持たないものの、衝撃に関して言えば密接した状態からのC4爆破すら無効化すると謳われる代物だ。

 

大型アラガミの腕力は認めるが、それでも零距離発破と比べれば分が悪いだろう。

ましてや死にかけのその様でどんな奇跡を起こせばこの重装備を貫けるのかと言う話だ。

 

ただまぁ流石に吹き飛ばされた際の衝撃までは無効化できなかった。

軽くピヨっている内にサクヤが駆け付け、意識がはっきりする頃にはブチ切れた新人ちゃんが手足をもがれたアラガミを嬲り倒していた。

 

―軽い脳震盪ですね。念のため今日一日は安静にして様子を見てください。-

 

やった、今日はお休みだ。

寝たふりしながら聞こえた言葉に危うく小躍りして喜びを表現しそうになる。

 

「…ごめんなさい。私のせいでこんな事に…」

 

あ、君付き添いだったのね。

顔を見るとなんかボロが出そうな気がしたので、寝返りの振りして壁向きに体勢を切り替えた。

 

 

…寝たふりがバレ、グイと身体を引き戻されて睨まれた。

何故わかったし。




何か一話一話が長くなってきた気もしますが、即興書きなのでご容赦を。
ついでに新型さんとの話は長くなりそうなので別口に切り分けました。
投稿するかはその内に。


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無口と無口な新型さん4

Q.ちゃん付けするほど年の差が?
A.元上官の口調がうつっているだけ。


ここ最近、例のルーキーの調子が悪いらしい。

動きが鈍いというのではなく、粗が目立つ動きが増えてきたとの事。

 

話を聞いた時、正直大して気にも留めなかった。

前と違ってアラガミ絶対許すまじといった感じでも無かったし。

 

むしろ今までが迷いに対して遮眼帯状態で戦っていたようなものなのだ。

復讐心のように一つの感情で心を満たしてしまっていれば、そこに迷いが湧き立つ余地は無い。

 

結果的に頭空っぽで戦っているのと同じ状態だ。

迷う余地が無いのと迷いそのものが無いという違いはあるが。

 

ところがあの子にはそれが無くなってしまった。

感情にどう折り合いをつけたかまでは分からないが、心に余裕が生まれたことで文字通り余計な事まで考えてしまえるようになったのだ。

 

迷いは動きの精度、粗さに直結する。

今まで気付く事の無かったそれであれば、その影響は普通よりも顕著に表れるだろう。

 

まぁこればっかりはある程度慣れてもらうしかない。

そのうち時間が解決するだろう。

 

…何て事をつい先日まで考えていたのだが。

 

「とまぁ、まだ問題が大きくなってない内に何とかしたいんだが…何か良い方法無いかねぇ?」

 

そう言ってビールをあおるのはあの子の直属上司であるリンドウ君。

適当な話しぶりに聞こえるものの、その表情はいたって真面目である。

 

「お前、この前アイツ庇ってヴァジュラに吹っ飛ばされてたろ?サクヤが言うにはどうもあれから調子が崩れ始めたみたいなんだわ。」

 

あー察しがついた。そっち方面で新しい傷が出来ちゃったか。

まぁ人間一人、目の前で空中飛んでいったらそりゃしばらく引き摺るか。

 

となると時間任せの解決だと長引くな。

言ってしまえば軽いトラウマになってるようなものだし。

 

しょうがない、俺が吹っ飛ばされたのが原因の一端だからな。

とりあえず()()のための道具を準備しますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

この手の話に対応するのは初めてではない。

まだ上官の下に付いていた頃、痛い目にあった隊員の動きが明らかに鈍くなるのを何度も見聞きしている。

 

迷いが原因というのは変わらないが。

大抵の場合、そうなってしまう原因は次のどっちかに大別される。

 

【被弾を恐れて判断が遅くなる】か、【ミスを恐れて判断が遅くなる】か。

被弾もミスも同じ意味に聞こえるが、実のところその意味合いは全く異なっている。

 

被弾を恐れるというのは人間としての本能であり、正しい反応である。

痛いだけならまだしも、大ケガや最悪死に至るという話なのだから判断に迷うのも当然の話だ。

結果として恐れているそれが現実となる可能性を高めてしまっているというのが何とも皮肉だが。

 

だが件の新人はこのケースには当てはまらないように見える。

簡単な判断基準として戦闘開始に躊躇いが現れるのがこのケースだが、話を聞く限りではそんな感じではなさそうだ。

 

となるとレアケースで無い限りは後者のパターンとなる。

端的に言えば()()()()()()()()()()()()()を怖がっているのだ。

 

あの子の場合だと不用意にアラガミの前に進み出た事を"判断ミス"と捉えていそうだな。

その結果俺はあの子の代わりに廃材の山へ打ち込まれた訳だ。

 

結果は見ての通りノーダメージだ。まぁこんなでも古参だし、予期せぬ事態の一つや二つ、備えくらいは当然してる。

ちょっとピヨりはしたけどな。

 

ただあの子のメンタル的にはそうでもなかったらしい。

何事も無かったのはただの結果論であり、そういう事態になってしまった時点で大問題だと考えてしまったのだ。

 

次にそんな事態があってはならない。

思考に吟味を重ね、間違いが起こらないよう慎重に行動する。

 

結果、迷いで動きに粗が出るという不調に至ってしまったのだ。

 

ではどうすればこの不調は治るのか?

簡単である。

 

"失敗してもまぁいっか"と思ってもらえばよいのである。

優秀な神機使いにはある程度のちゃらんぽらんさが必要なのだ。

 

もっとも、それを思い込ませるというのが普通は手間暇かかる話なのだが。

"失敗なんて気にするな"で事が足りるならカウンセラーなどという仕事は存在していない。

 

そう。普通は大変なのだ。

普通は、な。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

所変わって再び"贖罪の街"。

相変わらず定期湧きしてるヴァジュラの討伐が目的である。

 

メンバーは絶賛不調中のルーキーに、ソーマとリンドウが参加している。

今回は第一部隊としての任務ではなく、俺が発注したミッションに同行してもらっている形だ。

 

さしずめチーム特務部隊と言ったところか。

ルーキーちゃんは違うがその内任命されるだろう。知らんけど。

 

ルーキーちゃんの様子を伺う。

アラガミを恐れている様子は無いが予想通り妙に緊張して身体が強張っている。

 

うん、事前の予測と相違なし。

大方、自分がヘマしてまた俺が吹っ飛んだらどうしようとか考えてるんだろう。

 

己惚れるなよルーキー。

新人なんぞのお世話が必要なほど、足手まといの老害になった覚えはない。

 

まぁ"老"害と呼ぶには俺はまだ若過ぎるしな。

 

おっとアラガミの反応が近くなってきた。

そろそろ真面目に始めようか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今回の俺の主目標は一つ。

想像力豊かな新人ちゃんに、考えるだけ無駄だと頭に叩き込むことである。

 

"気にしない"というのはある意味でそのように物事を考える必要がある。

ところがこれは"気にすべき"と言う考えと競合してしまうので、"気にしない"の割合が大きくなるまで不調は解消しない。

これが普通の手段では時間がかかる理由である。

 

俺がやろうとしているは横車を押すやり方だ。

"気にすべき"と言う思考の先に"考えるだけ無駄"というロジックを仕込んであげるのだ。

 

この手法であればいくら気にし続けようと問題無い。

何しろ気にした結果で"無駄"と言う結論が出て来るので、結果的に気にしなくなるのと同じ事になるのだ。

 

さて、本題に戻ろうか。

 

先頭に俺が立ち、その後ろに三人が続いている。

合図をすれば戦闘開始という訳だ。

 

この角を曲がればその先にヴァジュラがいる。

もう少し進めばあちらも目視圏内だ。

 

よし、それでは治療を始めよう。

 

…あ、言い忘れてた。

ここから先はカウンセラー以外ご遠慮願います。

 

言葉代わりに後ろへスタングレネードを放り投げた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

予めピンを抜いて時間調整しておいた二発目をヴァジュラの前に放り投げる。

 

ほぼゼロ距離で閃光を直視してしまい、苦悶の表情で顔を反らすヴァジュラ。

アラガミ相手には十秒も持てば良い方のそれであるが、不意打ちを仕掛けるには十分だ。

 

回り込んで後ろ足に横薙ぎを叩き込む。

一本はそのまま切り飛ばせたが流石に二本目までは無理だった。

 

まぁいいさ。しばらく使い物にならんだろう?

それにこの時点でもう俺の勝ちは確定してる。

 

ヴァジュラが咆哮を上げながら腕を振り抜かんと向き直る。

お手じゃなくておかわりの方とは芸が細かい。

 

意思表示できる奴は嫌いじゃない。

構わんぞ、既に()()()()()()()()

 

閃光と共に三発目の爆音が響き渡る。

若干耐性を得たようで顔を反らすには至らなかったが、視界が眩んだせいで盛大に空振り、その勢いでそのままズテンと派手に転んでしまう。

 

仕上げである。

口に含んでいた筋力増強錠を飲み込んでドーピング。

 

狙いは鬣のような甲殻の裏側。

流石にこのサイズを一刀両断という訳にはいかないんでね。

 

ヴァジュラの視界が戻ったようだ。

瞳孔の無い点のような瞳がまっすぐこちらを見返してくる。

 

残念、少し遅かった。

 

………

 

時計を取り出してタイムを確認する。

うむ、レコードタイム更新だ。

 

顔を上げれば一緒に来ていた三人が駆け寄ってくる。

何かを叫んでいるようだが流石にスタグレ三発分の爆音を聞き続けたのでまだ聴覚が元に戻っていない。

 

とりあえずミッションコンプリート。

 

どうよルーキー、隊長さんは()()()()()

新人程度がいくらヘマしようと、別にどうという事は無い。

 

俺だから強いという訳じゃないぞ。ソーマとリンドウも多分同じ事出来る。

極東の古参兵の肩書は伊達ではないのだ。

 

今後はもっと気楽な気持ちでミッションに来るんだな。

お嬢ちゃんにあんな緊張されると、お兄さん気になって仕方ないからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、一人片隅で頭を抱える。

 

悩んでいるわけではない。

物理的に痛むのだ。

 

あの後めちゃくちゃぶたれた。

頭が結合崩壊するかってくらいボコボコにされた。

 

それも三人がかりである。

リンドウはともかくとしても、ソーマとルーキーは俺より階級下だろうが。

直属ではないが俺は上官だぞ。

 

まぁ悪かったとも思っていたので何も言わずに甘んじてボコられた。

流石にスタングレネード使ったのはやりすぎだったか。

 

でも今回の目的を達するには必要だったんだよ。

ここまで圧倒的な実力を見せつければ、間違っても()()()()()()()()()なんて考えなくなるだろう?

 

もっともこれに甘えられて手を抜かれるようになっても困るが。

もしそうなったらツバキさん辺りにチクってしごき回してもらおう。

 

ま、その心配はなさそうだが。

散々殴られはしたものの、その後の表情はどこかスッキリしていたような気がする。

 

殴ってスッキリしたのではないと信じたい。

 

まぁいいさ。迷える後輩を導くのも先輩の大切なお役目だ。

これも立派な仕事さね。

 

「………………………」

 

-ズキズキズキズキ-

 

「………………………」

 

でもソーマ、お前は駄目だ。

後輩どころか同期という方が近いだろう。

 

良い機会だとばかりに遠慮無くどつき回しやがって。

いつか仕返ししてやるからな。




例のペンギンのコラ画像(ただしどつき回されるおまけつき)。
ちなみにいつかが来た試しは無い。


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無口と無口な新型さん-幕間1-

Q.喋らないと周りからどう見える?
A.こう見えます。


もうどのくらい()()()んだろう。

沸き立つ感情が収まらない中、思考の一部が焼け切れたのか不意に疑問が浮かび出る。

 

腕が重い。足が重い。頭が重い。体が重い。

音が遠い。視界が暗い。感触が鈍い。

 

おかしい、どうして。

さっきまで何も感じていなかったのに。

 

今まで夢見心地に認識出来ていなかった苦痛のそれが、麻酔でも切れたかのように身体中を浸食し始める。

 

アラガミの体が開き、串刺しにせんとばかりに針が構えられる。

意識は避けろと命じるが、身体は石のように動かない。

 

…針が撃ち出されるより早く、アラガミの体は左右に裂けた。

 

猛攻に体勢を崩してしまい、好機とばかりに飛び掛かるべくアラガミの四肢に力が籠もる。

意識は被弾を覚悟して、身体を石のように硬直させる。

 

…飛び上がったのとほぼ同時に、アラガミの体は上下に分かれた。

 

新手が離れた位置からこちらを見据えて攻撃準備を整える。

避けるべきが防ぐべきか、決めかねたままに向かってくるアラガミを成すすべなく見定める。

 

…何かをどうこうする前に、アラガミの体は虫のように叩き潰された。

 

………

 

オラクル細胞で構築された屍の山が、自然分解されて塵へと姿を変え始める。

重なった屍に目もくれず、次だと言わんばかりに前へと進み出る神機使い。

 

跳びかかろうとしたアラガミは瞬時に地面に切り伏せられた。

僅かな痙攣しか出来なくなったそれは、削り削ぐかのように切り千切られた。

 

新手と勇んで現れたアラガミは、足元から宙へと刈り飛ばされた。

既に致命傷に達していたそれは、抗う術無く無残に砕き飛ばされた。

 

勢い頼みに突撃してきたアラガミは、ただ正攻法で地面に打ち落とされた。

神機に手をかけて逃れようとしたそれは、そのまま地面を引きずり回されて引き千切られた。

 

ここに至って、私は今までの自分がおかしかった事を自覚した。

自分以上の異常性を目の当たりにして、ようやく自分がまともな状態ではなかったのだと理解したのだ。

 

無言のまま、無表情のまま。

感情の揺らめきすらも無いままに、現れたアラガミを蹴散らしていく。

 

楽に仕留めるわけではない。

苦しめ嬲る訳でもない。

 

その瞬間、その時々で殺し方を決めている。

自分にはその権利があると言わんばかりに。

 

仇を討てたという達成感も無ければ、まだ終わっていないという焦燥感も無い。

アラガミを殺すという目的だけが、ただただ完全に独り歩きしている。

 

私は違った。達成感もあれば焦燥感もあった。

 

アラガミを倒した後は仇が討てたという達成感に満たされた。

新しいアラガミを見つける度にまだ終わってないという焦りが心を浸していた。

 

ただ幾度繰り返してもそれが終わる事は無い。

当然だ。終わらせる契機など当の昔に失っていたのだから。

 

私は既に敵の姿を思い出せない。

仇を討ったと喜んでもらう家族の姿()思い出せない。

 

空っぽの動機を燃料に、中身の無い感情を燃やし続けて。

ゴールの見えないその道を、ただ止まる事も出来ずに進み続ける。

その先にある物は…

 

「………………………」

 

感情の籠らない冷たい瞳が、真っすぐこちらを見据えていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

あれから少し、世界の見え方が変わった。

正直アラガミへの恨みはまだ消えてはいないものの、前に比べれば幾分心に余裕が出来たような気がする。

 

もしあそこで立ち止まれなけばどうなっていたのだろう。

目の前の神機使い同様、最後には機械のような人間になり果てていたのだろうか。

 

今思い返してもぞっとする。

復讐を糧にしていた事を否定するつもりはないが、人間を辞めてまで突き進むのかと問われれば流石に二の足を踏む。

 

それでは憎きアラガミと同じではないか。

もっとも、以前の私ならそれでも構わないと答えたかもしれないが。

 

私が求めているのは力だ。

復讐と呼ぶには大分色褪せてしまったかもしれないが、それでも当面はアラガミを倒すという目標に変わりはない。

 

それには今のままでは駄目だと気づいた。

感情任せのままでは、いつか私は私で無くなってしまうとわかったから。

 

…それはともかく。今気になっているのは目の前の神機使いである。

相変わらず言葉一つ発した所を見たことが無いが、とりあえず付き纏ってみてわかった事が一つある。

 

この人、()()()()()()()

冷やしカレードリンクを好んで飲んでるだけでも奇異なのに、わざわざホットで飲んでる人とか初めて見た。

 

温めるのに何で"冷やし"を選んでいるのか。選択理由が矛盾で結合崩壊を起こしている。

おまけに昼食なのかレーションも一緒に食べているのだが、ちらっと見えたパッケージにはプリンの柄が書かれていた。

 

カレーとプリン?認識するだけでまた頭がおかしくなりそうだ。

トラウマで言葉を失っているとリンドウさんが言ってたけど、それ以外も色々失ってるのではないだろうか。

 

「………………………」

 

いつの間にか青い寒冷色の瞳がこちらを見ている。

言いたい事があるのかもしれないが、相変わらずこの人は何も語らない。

 

「ミッションの同行をお願いしたいのですが。予定の都合は付きますでしょうか?」

 

敬語で話しかけるが反応は無い。

ただ無言で立ち上がって神機保管庫へ向かいながら、端末を取り出して操作をしている。

程なくして同行申請に承認の返事が返ってきた。

 

相変わらず付き合いづらい人だと思う。

自分も口数が多い方ではないが、それでもここまで極端ではない。

 

まぁ、拒絶されてないという事は少なくとも嫌悪はされていないのだろう。

実は…と言われたら流石に傷ついてしまうが、とりあえずはこの状況に甘んじるとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…任せてくれたんじゃなかったんですか?」

 

数日後のミッション後。

普段ならお礼の一つも言う所だが、流石に今日は腹に据えかねて不満が出た。

 

相手はコンゴウとはいえ立派な中型種だ。

少なくとも新人一人に任せるような相手ではない。

 

白状すると少しは見得もあった。

それでもやってみせると言った後、無言で背中を預けられた時はえも言えない嬉しさが身体を満たすのを感じた。

 

信頼されている。

一人の人間が、私という人間を信じてくれている。

 

少し前の自分なら馬鹿らしいと鼻で笑ったところだろう。

それが否定できるくらいに、今の自分は()としてアラガミに相対する事が出来ている。

 

復讐心からじゃない。

誰かの仇でも、自分の感情を満たすだけでもない。

 

一人の人間として、誰かのために刃を振るおうとしているのが実感できるのだ。

それで高ぶらない方がどうかしている。

 

神機を振り上げ斬りかかる。

距離が開けば形態を切り替えて、射撃戦を展開する。

 

いける。実力は伯仲。けれど負ける予感は全くしない。

…などと思っていた矢先にアラガミは斜めに肩からずり落ちた。

 

「…私の事、信じてなかったんですか?」

 

自分なりにわざとらしくジト目で問い詰めてみるが、相変わらず無言、無表情の先輩だ。

最近思うのだがこの人、トラウマで喋れないのを良い事に都合の悪い事はわざと知らんぷりを決め込んでいるのではなかろうか。

 

「知っていますか?女性への謝罪には甘いものが効果的だとこの前ニュースでやっていましたよ。」

 

視線を感じる。まだだ、振り向くにはまだ早い。

というかこの人、やっぱり喋れないだけで感情の機微は普通に持ってそうな気がする。

 

アラガミを罠に嵌めるのと同じだ。

十分に引きつけたところで一撃を浴びせる。

 

「私、甘いものが食べたいです。」

タイミングばっちり、振り向いた視線は青い瞳を確実に捉えた。

 

「………………………」

 

無言が続く。

 

「………………………」

 

無言が続く。

 

「………………………」

 

無言が続く。

心なしか周りも声を潜めているような気がする。

 

「………………………」

 

視線が切られる。

無表情のままよろず屋さんの位置を確認し、懐手のままでそっちへ向かっていく。

 

…この人、何ならチョロいというまであるのでは?

自分でやっておきながら少し心配になってしまった。

 

ほら、周りの人も嘘だろマジかって呟いてますよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

・幕間の幕間その1_カレーとプリン

 

「ねぇソーマ。カレーとプリンって一緒に食べれる?」

「食えるわけねぇだろ。どこのアホだよ。」

「………………………」←ここのアホだと言いたいが、いい大人なので我慢している。

 

 

・幕間の幕間その2_無口と無口と万事屋さん

 

「………………………」←懐手のまま近寄ってくる。

「ッ!?…な、何だアンタか。いつも言っているが、そうやって脅かすの止めてくれねぇか?」

 

アナグラにいたらわからねぇかもしれないが、外のスラムとかだったら懐から色々出てくるもんなんだよ。

 

-周りの評判が1下がった。

 

 

・幕間の幕間その3_無口と新型と整備士さん

 

「リッカさん、一緒にクッキー食べましょう。」

「え、いいの!?…ってずいぶん買い込んでるね。どうしたのこれ?」

「女心を裏切られたお詫びに奢ってもらいました。」

「えっ!?それってどういう…あっ。」

 

「………………………」←予想以上に買わされてちょっと不機嫌。

 

「…ありがとう!あ、これこの前出た新商品!実は結構気になってたんだよね。」←気付かなかった振りして食べ始める。

「私は前からあるこっちの味が好きですね。」←そもそも気にすらしていない。

 

「………………………(モキュモキュ)」←俺が買ったんだしせっかくだからと食べ始める。




長くなったのでさらに区切ります。
投稿するかはその内に。

ちなみに「嘘だろマジか」はルーキーちゃんに向けられた言葉です。


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無口と無口な新型さん-幕間2-

「……。(何かないか、と聞かれても。)」
「……。(…特に無いな。新人だし、失敗しても普通だろう。)」
「……。(…寝るか。貴重な合法の休日だ。)」

NORMAL COMMUNICATION!(友好度±0)



油断、そして死。

 

ギロリと点のような瞳に睨まれた次の瞬間。

頭によぎったのがそれだった。

 

肘から先の無い腕が、貫かんとばかりに突き出される。

それは瀕死のそれからは想像出来ないほど鋭く、力強く。

 

躱す?もう遅い。

防ぐ?間に合わない。

…耐える?…不可能だ。

 

腕が迫る。

ゆっくりと、スローモーションで真っすぐ体の中心を目指してくる。

 

首根っこが引っ張られる。

同じように、スローモーションで突き出される腕から遠ざかる。

 

食らった。が、想像以上にダメージは無い。

神機使いというのは自分が思っている以上に頑丈なのだと感心する。

 

これならいける。

直ぐに体勢を立て直して…

 

…?

 

いやおかしい。

いくら神機使いが頑丈だと言えど、アラガミの一撃が直撃したにしてはあまりにダメージが無さすぎる。

 

そもそも前提がおかしい。

腕が触れてもいないのに、どうして身体が吹っ飛んでいるのか。

 

…違う。認識が間違っている。

吹っ飛ばされたのではなく、誰かに後ろへ引っ張り倒されたのだ。

 

理解と同時にスローモーションの世界が解ける。

合わせたように思考速度も急速に加速していく。

 

そうだ、私はアラガミの一撃を食らいそうになった。

 

なったが、()()()()()()()()

当たる直前に誰かに後ろへ引っ張り倒されたのだ。

 

(そうだ!まだアラガミが生きて…)

 

覚醒した意識が体勢を立て直そうと身体を起こす。

 

-ドンッ-

 

「…えっ?」

 

人から出たとは思えない。

 

否。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

目の前で先達の神機使いが吹き飛ばされる。

 

次の瞬間、私の視界は鮮やかな赤一色に満たされた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…あれから数日。

自分でも自覚するくらい、動きと思考が噛み合わなくなった。

 

幸いにして吹き飛ばされた神機使いは何事も無かった。

衝撃で軽い脳震盪こそ起こしたものの、命に別状はなかった。

 

せめてもの責任と付き添いを願い出た。

同時に消えかけていた感情が、再び奥底から噴き出してくるのを認識する。

 

私のせいだ。

私の、私のせいで。

 

防げた事態だった。

以前の私なら、アラガミが死んだくらいでは攻撃の手を緩める事は無かっただろう。

 

私は弱くなった。

人で無くなる事を恐れるあまり、人が亡くなるという現実を忘れようとしてしまった。

 

そうだ思い出せ。

私は何のために神機使いになったのだ。

 

姿が思い出せない?

それがどうした。それがアラガミというのなら、()()()殺しても一緒だろう。

 

姿が思い出せない?

それがどうした。それが家族というのなら、()()仇を捧げても一緒だろう。

 

思い出せ。思い出せ。

()()出せなくとも問題無い。

 

ただアラガミを殺せれば、それでいい。

 

「………………………」

 

視線に気付いて身体が跳ねる。

この人、目が覚める時すら無言なのか。

 

「あぁ起きてましたか、ちょうどいい。」

 

後ろからの声に連続してビクリとしてしまう。

どうやら自分でも気付かないくらいに自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。

 

「軽い脳震盪ですね。念のため今日一日は安静にして様子を見てください。」

 

脈を測り終えても特に所見が見られなかったのか、当直の医師が診断結果をそう告げる。

良かった。別状が無いようで本当に良かった。

 

安堵したのも束の間。

当直の医師が去ってしまえば、残されるのはヘマをやらかした当人とその割を食らって救護室送りになった部隊長。

 

「…ごめんなさい。私のせいでこんな事に…」

 

色々考えてみたものの、これ以上の言葉が出せなかった。

怪我がなかったからよかった、などと言う単純な話ではない。

 

自身の未熟、慢心が原因で危うく人一人が死にかけたのだ。

償おうにも、償う術すら今の自分には思いつかない。

 

「………………………」

 

いつもと変わらない、感情の無い瞳がしばらく見返してくる。

 

が、次の瞬間。瞬き一つした後に身体ごと壁の方へ寝返りを打ってしまった。

 

…え?

 

後ろ姿だけでも十分わかる。

これは普通に寝ようとしている人間の息遣いだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。」

 

予想外の動きについ乱暴に体をこちらに向け直した。

結果開いたままの瞳と視線があって三度驚いてしまうが、それをごまかすためにしばらく視線と向き合ってしまった。

 

…いや、そんな事はどうでもいい。

 

何か、何か無いんですか?

私のせいで、貴方は危うく大怪我するところだったんですよ。

それどころか、下手をすれば命に係わるかもしれない所だったのに。

 

「………………………」

 

青い瞳は答えない。

いつも通り無表情のまま、一言も発しないまま時間だけが過ぎていく。

 

…本当に、何も無いんですが?

言葉は喋れないかもしれませんが、貴方は感情は普通に持っているでしょう?

 

―私はそんなに、感情すら伝えるに足りない人間ですか?―




さらに長くなったのでさらに区切ります。
投稿するかはその内に。


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無口と無口な新型さん-幕間3-

Q.ソーマとリンドウは何故呼ばれた?
A.万が一の時の用心棒。

あまり分割するのもどうかと思ったのでとりあえずこれにまとめます。


溜息をつく。

ジュースを飲み終えた身体が単に酸素を求めただけなのかもしれないが。

 

ここ最近、まともに戦果を挙げられていない。

ミッション自体は失敗こそしていないものの、以前からは考えられないような平凡なミスが増えている。

 

原因は既に分かっている。

動きの前にあれこれ考え過ぎなのだ。

 

目の前に敵の手が迫っているのに、そこから避け方を考えたって遅すぎる。

攻撃と同時に、何なら攻撃の前段階で既にどう避けるかなど決まっていなければならないのに。

 

攻撃にしたって同じだ。

武器を構えてから"さぁ、どこを斬ろうか?"なんて話が通じるのはアニメの世界だけでしか通らない。

 

どこを斬るか、決めてから武器を振るうのだ。

こちらに至っては構えるという動作すら悠長が過ぎる。

 

わかってはいるのだ。

誰かに言われるまでもなく、こんな初歩の話など疑う余地なく理解はしているのだ。

 

急に出来なくなったからここまで困惑しているのだ。

今まで実感する事の無かった考えの数々が、瞬時の動きをこれでもかと阻害してくるのだ。

 

おまけに最後に浮かぶイメージは決まって同じような光景が再生される。

 

アラガミに斬りかかる。

後は振り下ろすだけのそれに他の選択肢は存在しない。

 

-もし躱されたら?-

 

振り下ろす神機に急ブレーキがかかる。

躱されはしなかったものの致命傷を与えるには至らず、そのまま乱戦の様に発展してしまう。

 

アラガミが腕を振り上げる。

予備動作も既に把握しており、少し身体を屈めてやればそれはもう当たらない。

 

-もし躱せなかったら?-

 

咄嗟にシールドを展開して構える。

防いではいるので怪我には至らないものの、動きを止められてしまったためにそのまま力押しの戦いに移行してしまう。

 

自分ながらほとほと嫌になる。

こんな状態でも結局あれからは一度も無いというのに、想像力だけは無駄に豊かなのだから。

 

自分が痛い目を見るのは別にいい。

そのせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして最後には今のように一人反省会を開き、最終的に"あの先輩が悪い"と嫌悪を抱きながら悪態をつき。

最終的に"私が弱いから"と言う結論に落ち着く。

 

「…嫌味の一つも言ってくれればいいのに。」

 

喋れなくとも、感情を表に出すくらいは出来るでしょう。

 

お前のせいで怪我をした、と。

不満の一つも見せてくれれば、悔しさと言う感情をバネに出来たのかもしれないのに。

 

仮に伝えたところでそんな事知るかと一蹴されればそれまでなのだが。

結局のところは私の未熟と己惚れが元凶であることに変わりはない。

 

しかしいくら奮起しようと現状はこれだ。

僅かずつ、などと控えめな表現すらお世辞にも言えたものではない。

 

何とかしなくては。しかしその感情所以にドツボに嵌る。

お手本のような悪循環だ。

 

再び溜息をつく。

既に手の缶ジュースは残っていない。

 

「よぅ、お悩みの様子だなお嬢さん。」

 

不意に声がかけられる。

顔を向けた先には直属の上官がいつの間にかコーヒー片手に立っていた。

 

「今日はお酒じゃないんですね。」

「ははっ、軽口叩ける元気は残ってるようで一安心だ。」

 

隣いいか?と聞かれたので頷いて了承する。

 

「はぁー、やれやれどっこいしょっと。」

 

…いい人なのだが若い見た目に反しておじさんっぽい言動が多いのが玉に瑕である。

 

「…んで、何か良い解決策は浮かんだか?」

 

質問諸々をすっ飛ばし、いきなり本題とばかりに投げかけてくる。

こちらも説明は不要だろうと判断し、首を振って芳しくない様子を伝える。

 

「まぁそうだろうな。こういうのは慣れるしかないってのが一般的なお話だし、正直俺も何か良い案を持ってる訳でもない。」

 

これは意外だ。てっきり良案を教えてもらえるのかと期待していたのだけれど。

付き合いこそまだ長くないものの、それでもそう思えるくらいにこの人の事は十二分に信頼している。

 

「…が。こういうのは考え過ぎても良くないって事だけは知っている。という訳で…」

 

懐から何かの用紙を取り出してひらひらさせている。

察するところに何らかの要望書か辞令の類だろう。

 

「どうだお嬢さん。気晴らしにデートにでも洒落込まないか?」

 

あぁ、任務ですが。何を討伐するんです?

もうコウタくらいしかデートの言葉に騙される人はいませんよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…リンドウさんもいい性格をしてる。

あの人が不調の発端だと知っているにも関わらず、あの人からの同行依頼ミッションにサインさせるのだから。

 

「睨むな睨むな。個人的にも上官としても、お前さんが不調のままってのはちょいと見過ごせないんでな。」

 

睨んでません。ジト目で顔を見つめているだけです。

 

「というかヴァジュラの討伐ミッションだとは聞いてますけど…それだけが目的のミッションではないですよね?」

 

通常の小隊編成でこそあるが部隊長二人に古参の神機使い一人。

精鋭と表現しても言い過ぎではなく、ヴァジュラ一体を相手にするにはいささか過剰戦力のように思えてならない。

 

「ソーマは何か…」

「俺が知るか。」

 

言い切る前にぶっきらぼうに返答される。

リンドウさんに視線を向けるが、俺も詳細は知らないと簡潔に返されてしまう。

 

「…まぁ、ここだけの話だが。」

 

アラガミの反応が近づいてきたところでそっと耳打ちされる。

 

「このミッションは俺がアイツに相談したのが切っ掛けなんだよ。お前が不調で困ってるから、何か良いアイディア持ってないかってな。」

 

アイツも色々経験してる身だ。

もしかしたら俺たちは知らない解決策を知ってたりするかもしれないってな。

 

んで、相談した矢先にこのミッションが飛んできた。

俺にはどうもわからんかったが、アイツには特効薬的な良案があるらしい。

 

「ま、何にせよ始まってみなくちゃわからないってのが正直なところだ。気負う必要は無い、お前さんはいつも通りやればいいだけさ。」

 

そこまで話すと耳打ちを終え、リンドウさんは再び周囲の警戒に意識を戻す。

 

詳細を知らない以上、私がこれ以上事前に何か出来ることは無い。

本番でヘマをしないよう、改めて気を入れ直すくらいだ。

 

…そうだ。今度こそ、あの時のようなミスは起こさない。

気合を入れ直し、目の前の古参兵の背中を見つめる。

 

-ピンッ-

 

「…え?」

 

スタングレネードが飛んできた。

 

防ぐ間も無く、閃光と爆音に私の意識は包まれた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

誤解の無いよう、明確に宣言しておきます。

 

私は何も悪くない。

私は何も、悪くない。

 

とても大事な事なので二回宣言した。

そうでしょう?スタングレネードを投げつられているというのに、私の何処に非があるというのか。

むしろ私が被害者だ。

 

確かに気負いがあったのは認めます。

ここ最近の実績が上がってなかったのも確かです。

腕利きのベテランから見れば足手まといと思われても仕方ありません。

 

だからってスタングレネードは無いでしょう。

 

視界が戻り、駆け出すリンドウさんの姿が映る。

聴覚も戻り、「またかあの馬鹿っ!」と怒鳴るソーマの声が隣から聞こえる。

ていうか常習犯なんですか。

 

遅ればせながら私も駆け出す。

十秒と経たずに件の馬鹿先輩の姿が見えた。

 

すぐ傍には首の無いヴァジュラが横たわっている。

考えるまでもなく、確実に息の根が止まっている。

 

私達の眼が眩んでいたのは精々十数秒。僅かその間に起こった出来事がこれだ。

極東支部ではヴァジュラを単独討伐出来て一人前と評されるが、ここまで出来ないとお話にならない世界とは。

 

神機使いがこちらを向いた。

何も言わず、何も語らず、表情すらも変わらない。

 

…わかりました。えぇ、言葉にしてもらわなくても結構です。

 

そうですか、()()()()は戦わせてももらえませんか。

文句があるならこれくらいやってみせてから物を言えと。

 

そうですよね。仮に不調で無くとも今の私の実力ではこれと同じ真似は不可能です。

おまけに実力不足も甚だしいのに、誰かの事を考えながら戦うなんて烏滸がましいにも程がありました。

 

理解しました。えぇ、心の底から理解しました。

文句は言いませんよ。()()

 

…ただし。

 

そう遠くない内に私の実力を認めさせます。絶対に。

 

覚悟しておいてくださいね?

その時もしも今回と同じような真似をしようものなら、そこに転がっているアラガミと同じくらい酷い目に遭わせますから。

 

…あぁ、それと。

 

「何やってんだこの馬鹿っ!」

「何も言わずに突っ込むなこの馬鹿っ!」

 

二人は当然、()()()()その資格がありますよね?

止めませんよ。何なら私も参加したいくらいですから。

 

…いや、勝手に突っ込んだ事に対してなら。

 

当然、()()()()()()()()()()()()()()

 

「私、今日の事は忘れませんから。」

 

心なしか助けを求めるようにこちらを見ていた鉄仮面に。

 

一言断ってから拳を叩き込んだ。

 




ユウマ「………………………」←渾身のドヤ顔(無表情)

袋叩きまであと十秒。


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無口な無口な運用テスト1

Q.この人ワーカホリック寸前じゃ?
A.定時、良い響きだ。滅多に見ないからこそ価値がある。


「………………………」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

同輩である整備士達が忙しそうに工具を振るい、神機の整備を続けている。

 

ここに来る途中、何人かの神機使いとすれ違った。

記憶違いで無ければ全員普段使っている物と異なる刀身や銃身の神機を持っていた。

 

そう言えばちょっと前に装備の換装を目的とした新型技術の運用試験をやらされたな。

あれから話は聞いていなかったが、どうやら上手く本番運用までこぎつけたようだ。

 

うん。テスターとはいえ、自分が関わった技術が世の役に立つのは喜ばしい。

それに討伐効率の向上や新たな才能の発掘などは間接的に自分にもメリットがある。

 

心なしかブラスト銃身に換装している奴が多かった気もするが多分大丈夫だろう。

誤射姫様は一人だけで十分だ。

 

さて、ここに呼ばれた時点で察しはついていたが。

今日のミッションも新型技術を用いた神機の運用テストである。

 

ちなみにまた俺が選ばれた理由は分かっている。

この前の突撃の一件でリンドウが裏から手を回してきたのだ。

 

端的に言うと"しばらく後方勤務で反省してろ"という事だ。

ちくしょう、頼まれて善意でやったのにこの仕打ちか。

 

まぁ実害は無いので別に文句を言ったりはしないが。

後方勤務、たまにはのんびり出来ていいじゃないか。

 

「お待たせ!神機の準備が出来たからこっちの部屋に来てくれる?」

 

おっと、整備士様からの御指名だ。

待たせちゃ悪い、さっさと入るとしますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

槍が置いてある。

いや、現実にあるような一般的な槍とはちょっと違う見た目だが。

アニメやマンガとかに出てくるようなデカい槍と言えばわかりやすいか。

 

え、これを使えと?冗談だろう?

思わずリッカの方に顔を向ける。

 

ニコニコと上機嫌そうに笑っている。

良い笑顔だ、可愛いなコイツ。

 

しかしこういう笑顔を浮かべている時は要注意だ。

何故なら笑顔の理由はそれまで難航していた課題が一気に解消したからに他ならない。

 

だからといってねぎらいの言葉などかけてはいけない。

かけたが最後、ここまで来るのにどれだけ大変だったかを詳細込みで延々と聞かされる羽目になる。

長い苦労がようやく報われたのだ。解放感だけでは満足できず、誰かの共感にも飢えている。

 

要するに話が長くなる。

沈黙は金。さっさとミッション概要を読んで出撃するとしよう。

 

「いやー苦労したんだよホント。アプローチからして今までの技術と一線を画す所からのスタートだったんだから…」

 

ちょっと待て、おかしいだろ。

ねぎらいどころか俺は言葉一つ発していないぞ。

 

文句をつけるよりも早く、リッカ先生の神機講座(1h)が始まった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今日のターゲットもおなじみオウガテイルだ。

ヴァジュラに行けって?初めて使う武器で大型なんか討伐に行けるか。

 

というか槍自体使うのが初めてである。

長柄武器なんて神機じゃなくても使った事無いし。

そもそもこんな穂先がゴツい槍なんてフィクションでもそうそうお目にかからんぞ。

 

極めつけは各所に取り付けられている小さな噴出孔。

何とこの槍、ジェット噴射で短時間ながら空も飛べるのだ。

実際は飛行ではなく滑空と表現するのが正しいが。

 

「原理的にはジェットと言うより銃型神機の射撃に近いんだ。神機使いのオラクルエネルギーを利用して…」

「技術進歩で耐久性と軽量性を両立出来たから見た目よりも軽いんだ。理論上は短時間なら空だって…」

「密着状態でもジェット噴射すれば十分な威力が出せる。これさえあれば仮にアラガミに覆いかぶされたって…」

 

良い笑顔で懇切丁寧に説明するリッカを思い出す。

正直かなり辟易したがあの笑顔を見れた対価だと思う事にしよう。

 

これ相当苦労して作ったらしいからな。

あの笑顔の理由がただの深夜テンションだとかいうオチではないと信じたい。

 

ただまぁ一言言わせてもらうなら。

 

これスピア(槍)じゃなくてランス(馬上槍)だよね?

馬はいない?代わりに自分で騎馬の速度を出せるじゃん。

 

………

 

気を取り直してミッション開始。

レーダー反応のあったアラガミを見つけ次第蹴散らしていく。

 

神機のテストもそうだが如何せん槍を使った戦い方なんて知らないからな。

自分自身の慣らしも兼ねて、まずは手堅い戦い方を繰り返す。

 

後ろに回り込んで横薙ぎに払い飛ばす。

流石にバスターブレードのようにはいかないが、小型種くらいなら余裕で蹴散らせそうだ。

 

次は正面から。

慣れない武器とはいえ、オウガテイルと一対一でやり合うくらいなら問題無い。

 

飛び掛ってきたそれを叩き落とし、間合いの外から突き刺して仕留める。

剣よりもリーチが長いので、慣れればこれも長所になりそうだ。

 

斬る、薙ぐ、突くは問題無し。

次はお待ちかねのジェット機構を使ったテストである。

 

色々ケチを付けておいて何だが実は個人的には気になっていた機構である。

ブースターによる高速移動を駆使した機動戦、ときめかない方がどうかしている。

 

軽く操作テストをした後、いよいよオウガテイルに向かって槍を向ける。

 

-ブースト点火、フルスロットル!

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

同輩である整備士達が忙しそうに工具を振るい、神機の整備を続けている。

 

楽しかった。

正直こんな楽しいミッションになるなんて予想だにしていなかった。

 

試験としては間違いなく成功だ。

耐久性や取り回しに問題は無く、ジェットを用いた機動戦術も考察に値する。

 

やはりスピアではなくてランスじゃないかというツッコミはさておき。

この機動戦術がとにかく強かった。

 

遠距離から一瞬で間合いを詰められるので文字通りの強襲が可能。

相手の状態によってそのまま急所を貫くか、斬り抜けながらそのまま離脱するかの選択肢も選べる。

 

強いて課題をあげるなら高機動力に振り回せれないよう、多少習練に時間がかかりそうと言う点か。

あとは剣型よりも間合いが広いので、乱戦中の味方に気を付けなければいけないというくらいか。

 

どちらにせよ訓練次第でいくらでもどうにか出来る部分なのでそこまで問題にはならないだろう。

 

「…ふーん。試験自体はちゃんとやってくれたんだね。レポートの()()素直に感謝するよ。」

 

さて、現実に戻る時がやってきた。

楽しい時間と言うのは過ぎ去るのが早いものなのだ。

 

神機が置いてある。

壊れてはいないし壊してもいない。

 

ちょっと柄が曲がっているだけで普通に使える。

ちょっと刃こぼれしているだけで普通に使える。

ちょっと泥土で汚れているだけで普通に使える。

 

仕方ないじゃないか。レポートにも書いてあるだろう?

高機動力に振り回せれないよう、多少習練に時間がかかると。

 

それは俺だって例外じゃない。

古参とは言えどこにでもいる、一山いくらの一般的な神機使いなんだ。

 

突き刺したアラガミを引き抜けず、何回か引っかかったまま引きずり回した。

斬り抜けた後も速度を殺しきれず、何回か勢い余って刃を壁に叩き付けた。

加速し過ぎて吹き飛びそうになり、何回か地面に突き刺してブレーキをかけた。

 

結果、操作に慣れた頃には"ちょっと柄が曲がって"、"ちょっと刃が欠けて"、"ちょっと泥と土にまみれた"だけ。

あ、ちなみに継戦能力には問題無しだ。ちゃんとアラガミ倒せたからな。

レポートでもちゃんと評価しといたぞ。

 

まぁヤバイ予感はしてたのでレポートだけ出してさっさと逃げようとしたんだが。

今日に限って帰還口で鉢合わせ。神機を見られた結果、そのまま保管庫へ拉致されて現在に至るという訳だ。

 

「言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」

 

声のトーンが低い。残念ながら深夜テンションはもう終了しているらしい。

であればねぎらいと称賛の言葉でごまかすのも手の一つか。

 

流石は天才技術者リッカちゃん!こんなすごい神機を発明した君は偉い!

 

…駄目だ、そんな事宣おうものなら次の瞬間には冗談抜きに神機のエサにされる。

 

「…黙ってやり過ごそうとか思ってない?」

 

観念してリッカの方を見るとニコニコと()()()()()()笑っている。

声のトーンは変わらず低い。

 

良い笑顔だ、可愛いなコイツ。

でもゴメン、今その笑顔は見たくなかった。

 

 

結局めちゃくちゃ怒られた。

まぁ殴られなかっただけでも良しとしよう。




「いいんだよ?言いたい事言っても。」←ニッコニコのいい笑顔。

「………………………」←言い訳すると更にヤバくなりそうなので黙っている。

「ちなみにね、わかってるとは思うけど。」←ニッコニコのいい笑顔。

「………………………」←聞きたくないので黙ってる。

「言っても言わなくても。どっちにしても怒るから。」←ニッコニコだが声のトーン一段下がった。


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無口な無口な運用テスト2

Q1.趣味と浪漫に走るとどうなるのか?
A1.不明なユニットが接続されます。

Q2.神機壊し過ぎじゃない?
A2.ひと手間加えてやらかす人。


独立遊軍といえば聞こえはいいが。

要は体のいい何でも屋のお助け部隊である。

ノルマこそはないものの、忙しい時はとことんこき使われる。

 

飛んでくる任務内容にも節操が無い。

討伐、防衛、護衛に救助。偵察、強襲、殲滅戦に陽動、囮、伏兵部隊とまぁまぁ枚挙に限りが無い。

 

おまけに最近はここに新型技術の試験運用も加わった。

"試験運用"と言えば聞こえはいいが、要するに体のいいモルモットである。

 

文句の一つも言いたいところだが、残念ながらそんな事言えるほどいい御身分ではない。

宮仕えの下っ端の辛いところだ。

 

そんな訳で今日も今日とて神機保管庫にお呼ばれだ。

可愛いレディからの毎度の御指名、男冥利に尽きるね全く。

次の休みは何時だろうか?

 

「よぉ、また彼女からデートのお誘いか?色男は大変だねぇ。」

 

向かう途中、すれ違った元凶そのものが軽口を叩いてくる。

不満の一つも言ってやりたいが、今日の所はリンドウに構っている暇はない。

 

寝坊して結構時間がギリギリなのだ。

覚えておけよ、今度サクヤにある事無い事吹き込んでやるからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「やぁやぁ待ってたよ!早速だけど今回使ってもらう神機について説明するね!」

 

部屋に入った瞬間理解した。

あ、これヤバイ案件だと。

 

ハンマーが置いてある。

金槌とかそんな生易しい代物じゃない。

何だったら"戦槌"って表現すらまだ足りないくらいだ。

 

これを使えと?冗談言うなよ、ファンタジーじゃないんだぞ。

思わずリッカの方に顔を向ける。

 

ニコニコと上機嫌そうに笑っている。

良い笑顔だ、可愛いなコイツ。

 

可愛すぎてちょっと怖いくらいかな。

 

だってこの子、目にハイライトが無いんだもの。

張り付いた笑顔にハイテンション、極めつけは目の下のクマである。

 

油汚れだって?騙されんぞ。

何年顔を突き合わせてると思ってる。

 

ははーん、さてはコイツ寝てないな?

何徹目かは知らないが、たまに寝ずに色々やってるという噂は聞いている。

 

よし、気付かなかった事にしよう。

 

神機に視線を戻す。

どう見てもハンマーである。

 

いや、バスターブレードにもハンマーあるだろう。

何でわざわざポールウェポンとして作り直した。

 

「これすごいんだよぉ~?見ててね見ててねー…」

 

ニッコニコだ。この笑顔で目のハイライトオフと言う君の方がすごいと思う。

一部の人種にクリティカルヒットしそうだな。

 

リッカが手元の端末を操作する。

神機がガシャンと音を立て、ハンマーの形が変化する。

 

待って。まさか君、これ作るために徹夜したの?

何をどうすれば()()()()()()()()()()()()()なんて発想が出てくる。

 

何?チャージスピアの時といい、今のムーブメントはジェットなの?

お兄さん年だから最近の流行りわかんない。

 

「すごいでしょ?いやー苦労したんだよホント。この前の試験データを基に一から組み直して…」

 

前回同様、リッカ先生の神機講座が始まる。

いや、説明は良いから寝なさいよ。何だったら子守唄でも歌ってやるから。

 

途中、言葉が怪しくなってきたのであやしつけたら寝てしまった。

…ちょうどいい、今の内にミッション行くか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今日のターゲットはコクーンメイデンだ。

小回りの利く相手は相性が悪いとみなされたのか、動かない相手を対象にデータを集めるとの事。

 

こうして見ても本当にマンガに出て来そうなハンマーだな。

軽く振り回してみたものの、案の定かなり扱いづらい。

 

何故ハンマーなのかという話だが、何でも破砕属性に特化した武器を模索した結果らしい。

神機の比重に偏りを持たせることで遠心力を生み出し、そこにジェット噴射で更なる速度エネルギーを加える事で威力向上を目指したとの事。

 

なるほど。マニュアルを読んでみた限りだが、思った以上に計算されて作られた武器なんだな。

先程の徹夜テンションを見た後でなければ素直に感心出来たんだが。

 

まぁいいさ、アナグラの技術班の腕前は信用している。

彼らが丹精込めて開発整備した神機なら、使うに何も心配はない。

 

良いデータが残せるよう、頑張るとしますか。

 

………

 

…と、考えていたんだが。

有り体に言って、この武器は課題点が山積みだな。

 

まずブーストを駆使した機動戦についてだが、如何せん調整が難しすぎる。

チャージグライドの機動力でチャージクラッシュの威力を叩き込める、と言えば聞こえはいいのだが。

 

不安定な重心で急加速するので姿勢制御が難しく、止まっている相手に対してすら当てづらい。

当たったら当たったで反動で体勢を崩しやすいので一撃離脱と言うにも安定性に欠ける。

 

速度を落とせばとも考えたが、それだとそもそものコンセプトから外れてしまう。

中途半端な威力向上と引き換えで扱いづらさが増すくらいなら、多少威力が低くても確実に安定した武器の方が信頼できるというものだ。

 

いっそブースト無しで運用するという手もあるが、そうなると今度は重量そのものがネックとなる。

神機使いは身体能力に補正がかかっているとはいえ、それでも振り回しているだけスタミナを消耗するくらいの重量がある。

 

ブーストを付けて振り回した日にはさらに倍疲れる。

バスター使いの俺ですらそうなのだから、恐らく相当使い手を選ぶ神機になるだろう。

 

ついでに言うなら俺にはこの武器合わない。

相手の死角に潜り込んでの一撃が基本戦術なんだが、この武器でその立ち回りをするには少々難がある。

 

スタンス的にも性格的にも正面からの戦いは苦手なんだ。

逆に()()()()()()()()()()()使()()()なら相性ばっちりかもしれないな。

 

…さて。

ここまでの運用結果で言えば、はっきり言って失敗作の部類なんだが。

 

「………………………」

 

…うん。あの笑顔を見てしまった以上、このまま成果無しで終わるのは忍びない。

徹夜云々を抜きにしても、これだって考え抜いて開発してくれた神機なのだ。

 

何とかして良い話の一つも残したいと考えるのが人情。

 

目にハイライトが無かった点はもう忘れよう。

気にしたら負けである。

 

--そうだなぁ。こうなったらいっその事、趣味と浪漫に振り切った運用を考えてみるか。

 

………

 

まずは発想を変えよう。

前提としてこの武器は使いづらい、即ち使い手を選ぶ武器である。

 

つまり一回でも使いこなす事が出来るなら、とりあえず短所には目を瞑れる。

では現実的に使いこなせそうな部分はどこになるか?

 

重量は流石にどうしようもない。

なのでここは最大の売りとして実装されているブースト機能に焦点を当てる。

 

ブースト機能のコンセプトの一つは"加速による威力の向上"である。

重さ×速さ=破壊力の方程式に従い、速さの部分を増加させるというのが目的だ。

 

短所はもう評価出来ているので割愛する。

長所を簡潔に評価し直すとどうなるか。

 

簡単である。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

当然、加速に伴って途中の制御は難しくなっていく。

これも解決すべき短所だが、じゃあどうするか?

 

これも簡単である。

()()()()()()()()()()()

 

狙いは最初に添えるだけ。後は野となれ山となれ。

 

これなら途中の制御の難しさなど何の問題にもならない。

何故なら途中で制御する必要がそもそも無いからだ。

 

ここまでが"使いこなす"と判断するために必要な最低ライン。

だがこれだけではまだ足りない。

 

これに浪漫を一つまみする事でようやく運用レベルに到達する事が出来る。

 

最後の課題だ。浪漫とは何ぞや?

これに至っては皆大好き"アレ"しかない。

 

「………………………」

 

…うん、理論は出来た。後は実戦でどうなるか。

そこまで思考を整理した所で緊急を告げるアラートが鳴り響く。

 

どうやら想定していなかった中型種のアラガミが接近しているようだ。

ちょうどいい、小型種では流石に運用テストにならないからな。

 

一撃離脱、なんてケチな事は言わない。

それでは浪漫足りえない。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()、してやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

怪我をした神機使いがお世話になる場所だが、実は利用率はそこまで高くない。

 

と言っても最近は利用する奴が増えてきているらしい。

無茶をする馬鹿が増えたのか、生き残る確率が増えたのかは判断に悩むところである。

 

やはり趣味と浪漫に走るとそれなりに代償を伴うようだ。

アラガミは無事倒せたものの、対価として右手の手首を持っていかれてしまった。

 

まぁちょっと捻っただけだがな。

使い手にもダメージが跳ね返るあたり、やはり浪漫に留めておいた方がよさそうだ。

 

限界まで加速したブーストハンマーによる全力の一撃。

その威力は受け止めたシユウをそのまま建物の角まで運搬し、端っこで挟み込んで上下に潰し千切った。

 

当然勢いなんて殺せるはずもないのでハンマー部分が壁に叩きつけられるが、それをブレーキ代わりに利用して数メートル先の所で停止した。

この前使ったチャージスピアの経験が生きた瞬間である。

 

しかし自分でやっておきながら凄まじい威力だ。

シユウの翼手は相当硬いはずなんだが、受け止めた両手ごと胴体を千切り飛ばすとは。

 

奥の手として考えればワンチャンありかもしれない。

本格配備が始まったら、真面目に考えてみてもいいか。

 

さて。そろそろバレる頃合か。

用も済んだし、さっさと自室に逃げるとしよう。

 

下手したらハンマー同様、()()()()()()()()()()()()()

 

………

 

まぁ同じアナグラに住んでる以上、逃げ切れる訳が無いんだが。

後ほど普通に呼び出されてしばかれた。




Q.アリサまだ?
A.もうちょっと。

間に差し込むかは考え中。
元々即興投稿なのでご容赦をば。


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無口な無口な運用テスト-幕間1-

Q.この人年幾つなの?
A.ソーマより年上でリンドウさんより年下。

リッカちゃんの愚痴&ジーナさん回想の回。



任務が終わり、神機返却のために保管庫へ足を向ける。

ちょうど入れ替わるように出てきたタツミとカノンと目が合い、軽く右手振って挨拶をする。

 

「お疲れ様ですジーナさん。今任務上がりですか?」

「えぇ。例のあの子のお供の帰り。二人はこれから?」

「あぁ、外部居住区の近くに反応があってな。シュンとブレンダンも先に行ってる。」

「あら大変。手助けは必要かしら?」

 

提案してみるが小型種の群れが数グループ程度だから問題無いとタツミが軽く返事を返す。

中型以上が混じっていれば気にもなったが、その程度であれば確かに一小隊だけで十分対処できる数だ。

 

「ところでジーナさん。その、左手に持っている神機って…」

 

カノンが視線を向けるその先には普段とは違う鎌型の神機。

ちなみにいつも使っている愛用の神機はケースに入れて右肩に担いでいる。

 

「リッカに頼まれているのよ。帰還したらあの子から神機を取り上げて持ってきてほしいって。」

「えっ!?じゃあそれあの人の神機って事じゃ!?だ、大丈夫なんですか!?他人の神機に直に触っちゃって…!」

「カノン…お前神機使いになってもう一年だろう?もうそれくらい覚えておけよ…」

 

何食わぬ顔で答える私。

オロオロと急に慌てだすカノン。

それを見て呆れ顔で溜息をつくタツミ。

 

「そうね。私の神機じゃないから…今まさに左手からオラクル細胞に浸食されてる所じゃないかしら?」

「えええぇぇぇっ!?」

「煽るな煽るな。何だジーナ、冗談言うなんて何時になく機嫌がよさそうじゃないか。」

 

当たり前の話だが捕食されると分かっているのに他人の神機に触る訳はない。

戦闘中や整備中であれば直に触れることは大変危険だが、帰還時に既に神機の不活性処理は済ませてある。

この状態なら他人の神機であっても素手で持ち運ぶことが可能だ。

 

「あら、わかるタツミ?」

「普段お前はこういうノリはしないからな。」

 

心外ね。あの子に比べれば私は随分人付き合いの良い方だと思うのだけど。

意地悪く微笑みながら毒づいてみたところ、そりゃアイツと比べればなと苦笑気味に返される。

 

「おっといけね、あまりのんびりしてるのもマズい。後で何があったか教えてくれよ。」

「い、行ってきますジーナさん!後でクッキー持っていきますから!」

 

……………………………………………………………………………………………

 

駆け出す二人に手を振って見送り、神機保管庫に入る。

保管庫に入るやいなや、待ってましたとばかりに目当ての人物が出迎えてきた。

 

「お疲れ様ジーナさん!今回は本当にありがとね!」

「ただいまリッカ。あの子はもう来た?」

 

軽く室内を見渡してみたが件の人物の姿は見えない。

 

「さっき評価シートだけ先に持って来てたよ。後でレポートも書いて持ってくるんじゃないかな。」

「流石、付き合いの長さが違うわね。会話は無くともツーカーって奴かしら?」

「違う違う、あの人喋らないだけで結構わかりやすい人だから。」

 

あぁ、それは確かに。

少し前まではクールとかミステリアスといった印象が強かったのだが。

 

差し入れに一つだけ変な味の物を仕込んできたり。

神機を壊してしまったので怒られる前に逃げようとしたり。

機嫌を損ねた後輩にお菓子を奢らされてたり。

 

わかりやすいかどうかはさておき。

少なくともこれをクールとかミステリアスと呼ぶ地域は無いだろうと私は思う。

どちらかというとそれは噂の新型使いの子の方がしっくりくるイメージだ。

 

「ね、ね。それはともかくとして…早速だけどあの人が使ってた神機、見せてくれる?」

「あらいけない、すっかり忘れてたわ。はいこれ、私が見た感じは特に問題無いように見えるけど。」

 

そう言って差し出した神機を受け取ると、おもむろにそれを作業台に置いて目検していくリッカ。

技術者として観察するその眼は正に真剣そのものと言った表情だ。

 

「うん、うん…可動部もポール部分も問題無し…刃渡りの潰れも想定範囲…」

 

時間にして数分くらいだろうか。

一通り見終わったところでリッカが大きく息を吐いて安堵する。

 

「…あぁよかったぁ~!やっぱりジーナさんにお願いして正解だったよ~っ!」

「何?そんなに今回の試験は不安だったの?」

「"試験が"じゃないよぉ!いくら貴重なデータを取ってきてくれるって言っても、あの人絶対に神機壊してくるんだもの!」

 

あぁ、それは確かにリッカからすれば重大な問題だろう。

この極東で彼女ほど神機を心から大事に扱う人間を私は知らない。

 

何しろ神機の傷跡からどのような人間なのかわかると豪語しているくらいだ。

故に壊してくると分かっている相手に神機を預けざるをえないのは中々に強い葛藤があるのだろう。

 

それにしてもあの子、そんなに毎回神機を壊してるのかしら。

剣と銃の差異はあれど、神機はそんなにやわな作りではないと思っていたのだけれど。

 

…言われてみれば。

一緒になったミッション、全部神機を破損させてたわね。

 

シュンごとアラガミに斬りかかって神機を折りかけてたし。

銃身でアラガミを殴り飛ばしてへし曲げてたし。

 

そう考えれば今回お目付け役を頼まれたのも当然の流れかもしれない。

何かやらかしそうな時は狙撃してでも止めてほしいと。

 

まぁ、その判断は正解だったのだけれど。

初めてよ?誤射じゃなく、意図的に()()使()()()()()()()のって。

 

……………………………………………………………………………………………

 

初めはテストする神機の感触を調べているのかと思った。

手に取って眺め、くるくると手の中で回し、次いで棒術のように両手で鎌を回転させ始める。

 

…いやおかしいでしょ貴方。アクション映画の撮影じゃないのよ?

近接と遠距離のスタイルの違いと言われてしまえばそれまでなのかもしれないけれど。

 

でも遊んでるというには動きがとても滑らかね。

もしかして本当に準備運動か何かなのかしら?

 

…ちょっと止めて、何で急にこっちを見るのよ。

思いっきりスコープ越しに見ちゃったじゃない。

 

そうね。リッカにも変な事し始めたら狙撃してでも止めてって言われてるし。

 

 

-とりあえず、一発撃っておこうかしら?

 

……………………………………………………………………………………………

 

「撃ったの?」

「撃ったわよ。アレ、どう見てもふざけてたもの。」

 

もっとも、当然ながら実弾ではない。

 

そもそも私のミッションだって正確には新しいオラクルバレットの運用試験が目的だ。

要請があったとしても一神機使いの素行監視に人員を割り当てるほど、この極東支部は暇ではない。

 

「ちなみに当ててみた感触はどうだった?」

「着弾速度には問題無しね。通常の()()()同様に威力の方も特に無し。」

 

狙撃弾。

最近極東支部で開発された速度と貫通性能に優れた新型のオラクルバレット。

しかし優秀な性能なだけあって制御機構が難しく、今のところはスナイパー銃身で無ければ扱う事が出来ない専用弾。

 

そこで高速で射出されるという点のみに着眼し、装飾弾と呼ばれる他のオラクルバレットを補助する弾丸として使ってはどうか?

それならば制御機構も単純で済み、スナイパー銃身以外でも用いることが可能になるのではないか?

 

そんな背景の元に試作開発されたのが今回渡された銃弾だ。

威力を犠牲にしているので当然アラガミには通じないが、代わりに人間に当たったとしてもダメージはほぼない。

文字通り豆鉄砲程度にしか感じないだろう。

 

とはいえ、弾速と発砲音は本物同様だ。

撃たれる側からすればダメージは無くても良い気分はしないだろう。

 

「大丈夫。あの人、自分に非があると思ったら結構素直に怒られてくれるから。」

「えぇ…」

 

怒られるのと撃たれるのではまた違うと思うのだけれど。

まぁ実際あの後は大人しくしていたので認めるしかない。

 

……………………………………………………………………………………………

 

テストが本格的に始まった。

弾丸をアラガミ用の実弾に切り替え、こちらも真面目に討伐任務のつもりで気持ちを切り替える。

 

(凄いわねあの子。本当に初めて使う武器種なのかしら?)

 

不測の事態に備えて狙撃体勢のまま待機するものの、目の前で繰り広げられるのは数の優位も虚しく蹴散らされていくオウガテイルの群れ。

 

斬られ、刺され、そのまま振り回され。

叩きつけられた拍子で身体を鎌で引き千切られる。

 

捨て身の様相で跳びかかろうものなら、いつの間にか背後に周り込まれて首を刎ね飛ばされる。

何とか踏み留まる個体もいるにはいたが、その場合は後頭部を踏みこまれて無理やり刃に押し込まれる。

 

武器の見た目も相まってさながら死神のそれと見まごう程…いや、むしろそっちの方がまだ仕留め方に温情があるように見える。

無表情で淡々とやられては見ているだけでも神経が摩耗していく気がする。

 

(正直、欲求不満ね…まぁ、本当はそれが良いのかもしれないけれど。)

 

みるみる内にオウガテイルの反応が消えていく。

今の所、自分が咲かせられる蕾は残らなさそうだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「うーん。それだけ聞くとあの人、普通に怖いけど実力も確かなんだよねぇ…」

「確かなんてものじゃないわよ。単純な戦闘力だけで言うならソーマかリンドウさん並みじゃないかしら?」

 

確かにオウガテイルは小型種に分類される。

他所の支部なら一人で倒せて一人前と評価される程度の力しかない。

 

だが、それはあくまで一対一という前提の話だ。

アラガミと言う事を差し引いても大型の肉食獣に引けを取らない存在であり、複数体で囲まれれば人間一人、成すすべなく餌にされるのが普通だ。

 

それを囲みを物ともせず同時に制圧する。

支援射撃も無しに単独で、しかも使ってる武器も普段使い慣れた物ではないのにというおまけ付きだ。

 

「………………………」

 

パサリと目の前にレポートの束が置かれて会話が中断される。

顔を見上げれば件の神機使いが立っていた。

 

「あら、噂をすれば。どう?貴方もお話ししていかない?」

 

茶化し気味に誘ってみるが反応は無い。

そのままクルリと背を向け、そのまま部屋を後にされる。

 

「…嫌われちゃったかしら?」

「いや、多分後でお菓子持ってきてくれるよ。あの人その辺りもよくしてくれるから。」

「本当?アラガミみたいに後ろから首を刈られたりしない?」

「しないしない、怖い事言わないでよジーナさん。ていうかむしろ、それやったの私の方だし…」

 

…え?




-幕間の幕間_無口な無口な部隊長の視点1-

先日しばかれたその後。

(散々ボコられた挙句、次の試験の時は監視役付けるからねって脅された。)

(…そんな暇な神機使い、いるわけないだろ。)

(何だかんだで忙しいからなここ。ジュース賭けてもいいね。)

………

ブリーフィング前。

(ジーナがいる。…え、マジで?)

(コイツが使ってるのは銃型神機だよな。それもスナイパータイプの。)

(…流石に撃ってくるとかないよな?)

(俺一応部隊長なんですけど。ジーナよりも階級上なんですけど。)

………

ミッション開始直後。

(ちょっと映画の真似しただけで撃たれた。解せぬ。)

(いや待って、マジで撃ってくるの?流れ弾ってレベルじゃないくらいガチに狙撃されたぞ?)

(…今居る奴片付けたら隠れよっと。)

………

ミッション終盤。

(ハッハッハ。流石にこの高さにいればジーナもアラガミも狙撃できまい。)

(ってヤバ。近接の俺が隠れてたら狙撃手のジーナがアラガミに襲われるじゃないか。)

(仕方ない、ちょっと高さはあるが強襲するか。)

(なぁに、相手はアラガミ、慈悲は無い。戦場で背中を見せる方が悪いのだ。)

-アラガミのくせに、まさか卑怯とは言うまいな?


To be continued.

後編へ続きます。


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無口な無口な運用テスト-幕間2-

Q.喋れないの?って聞いたらどうなります?
A.喋れるぞって返してくれます。


試験もそろそろ大詰め。

既に小型種は刈りつくされ、数分後にエリアへ乱入してくる中型種の撃破を持ってミッションは完了となるのだけど。

 

「あら?あの子何処に行ったのかしら?」

 

ふと周りを見渡せばいつの間にか同行者の姿が消えている。

一瞬はぐれたかとも思ったが、そもそも作戦圏内がそれほど広くない事を思い出す。

 

「かくれんぼでもしてるの?まさかね…」

 

-変な事し始めたら狙撃しちゃっていいからね。-

 

(それってつまり、変な事するような人間だって事よね…)

 

不意にミッション前に言われたリッカの言葉を思い出して考え込んでしまう。

味方に弾が当たっても問題無い事を確認するためのミッションでもあるとは言われてるけれど。

 

何なら開始直後で既に前科が発生している。

だからと言って仲間に銃口を向けられるかと言われると流石に、ね…

 

物思いにふけっていたところ、アラームが鳴り響いて中型種の乱入を告げる。

まぁあれだけの実力者だし、アラームを聞けばそうかからない内に戦闘を始めて…

 

「…えっ!?」

 

思わず声が上がった。

 

乱入してきたのはサリエル種に属するアラガミ。

フワフワと空中を浮遊し、オラクルエネルギーを用いたレーザーで攻撃してくる厄介な相手だ。

 

それがエリアに入ってきた次の瞬間。

それよりもさらに上空から突如強襲され、肩口から牙のように鎌を突き立てられて地面に叩き伏せられる。

 

「嘘でしょ、いつの間にあんな高所に…というかどうやって移動したの?」

 

サリエルの浮遊している高度はジャンプした程度では到底飛び越すことは出来ない。

私はスコープで捉えていたにも関わらず、あの神機使いは明らかにその範囲外の高さから襲い掛かってきた。

 

確かにこの付近にいくつか建物は存在しているものの、既に崩壊しかけているものが殆どなので階段を使ってという訳にはいかない。

一体全体、この短時間でどうやってあんなところまで移動したのだろうか。

 

(いけない、今は目の前の敵に集中して…って、何してるのあの子!?)

 

サリエルが引きずり回されている。

それはさながら、肉食獣に背中から噛みつかれた草食獣のような様相だ。

 

アラガミも追尾型のレーザーで抵抗を試みるものの、巧みに相手の身体を盾にして防ぐ神機使い。

自身の攻撃で逆に自傷してしまい、悲痛とも感じる叫び声がサリエルから上がる。

 

その間も隙を見つけてはアラガミを引きずりまわして地面や壁に叩きつける。

オラクル細胞で構築されるアラガミに対して、叩きつけそのものによる物理的なダメージは発生しない。

しかしその衝撃で肩から深く突き刺さった神機がえぐりまわされ、その度にアラガミの体力は容赦なく奪い取られていく。

 

傍から見れば惨く、悲惨な光景。

しかし私は神機使いだ。アラガミに同情するような感情は生憎持ち合わせてはいない。

 

「可哀そうではあるけれど…ごめんなさいね。これが私のお仕事だから。」

 

銃声が響く。

サリエルの頭部に的中し、弾け飛んだオラクル細胞が花を咲かせる。

 

サリエルの悲鳴が響き渡り、同時に四方八方へレーザーが射出される。

本来であれば追尾性を持った危険極まりない攻撃であるのだが。

 

「…残念ね。貴方の言葉は、私の心に響かないの。」

 

一直線にレーザーが向かってくるが、狙撃体勢は崩さない。

銃身の先まで届いたところでそれは急速に色を失って消え果てる。

 

単純な話、射程距離外である。

然るべき距離が確保できているのであれば、近~中距離用のホーミングレーザーと長距離特化の狙撃弾では勝敗は火を見るより明らかだ。

 

ましてや彼女の背後には死神が取り憑いている。

もう彼女が助かる術はもはや残されていない。

 

-ギィヤアアァァッ!!-

 

悲鳴が響き渡ると同時に次弾が着弾する。

着弾前の悲鳴と合わせ、いよいよ最後の時が見え始める。

 

(…って、あら?ちょっと、どこへ行くの貴方?)

 

既にレーザーも撃てなくなるほどサリエルの抵抗は弱まり、もって数分だろうと見たところで死神の気まぐれが発動した。

動くこともままならなくなったアラガミを背負い、少しずつどこかへ向かって移動を始める。

 

警戒は解かず、狙撃体勢のまま追尾する。

建物の角を曲がったところで、アラガミの断末魔が響き渡った。

 

恐らく彼が止めを刺したのだろう。

しかし何故このタイミングで?別に目の前で仕留めても不都合は無いと思うのだけれど。

 

建物の角を曲がる。

先程まで戦っていたアラガミ"サリエル"の身体と首が転がっていた。

 

近寄ってみるが完全に反応が消失している。

肩から背中にかけて切り開かれ、その上で首まで斬り飛ばされている。

 

(やっぱり、あの子アラガミを憎んでいるのかしら。)

 

以前聞いた彼の生い立ち。

変わろうとしていると支部長は言っていたけど、やはり心に刻まれたトラウマはそうそう癒えたりしないものなのだろうか。

 

「それにしてもどこに行ったのかしら?」

 

既に辺りにアラガミの反応は無い。

安全は確保されていると言えるが、その静けさが今は逆に不穏さを増している。

 

ここにはもう一人、確実に存在してるはずなのに。

周りを見渡せど動く生物は一人としていない。

 

まるでホラー映画にでも入り込んだ気分だ。

そしてそういう話ではお約束のように次の瞬間…

 

-ドンッ!-

 

突然背後で物音が響く。

前方に飛び出しながら振り返り、咄嗟に神機を構えなおす。

 

…何もいない。

そう思った次の瞬間。

 

-ガシッ!-

 

肩を掴まれ、悲鳴が上がった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…ホラーかな?」

「どちらかというとコメディよ。あの子、絶対撃たれた事根に持ってたわよ。」

 

缶コーヒーとクッキーでティータイムと洒落込みながら女性二人の雑談は弾む。

リッカの言う通り、本当にあの子はお茶菓子を持ってきてくれた。

 

ちなみに脅かされた腹いせに今度は本気で狙撃した。

近距離の初弾こそ直撃させたが、二発目以降は全弾避けられたというのがまた腹立たしい。

 

「えっ!?あの人狙撃弾躱せるの!?ど、どうやって!?」

「タネがわかれば簡単よ。ちなみに短時間で高所へ移動したのも同じ方法。」

 

彼は今回、運用試験と言う事で鎌型の神機を持っていた。

実際の刃物と違って神機の斬撃は喰い千切っていると表現するのが正しく、刃部分もそこまで研ぎ澄まされた作りはしていない。

 

要するに色んな所に引っ掛ける事が出来るのだ。

窓辺だろうと壁の縁だろうと、その気になれば鉤爪代わりにする事が出来る。

 

おまけに神機使いは偏食因子の影響で身体能力が非常に高い。

その気になればそれこそ忍者ムービーのように動き回る事も不可能ではないだろう。

 

恐らくだが高所に移動したのも同じ方法だと思う。

窓辺などに引っ掛けて壁を上り、そのまま屋上に潜んでアラガミを強襲したのだ。

 

「えぇ…神機使いってそんな事出来るの…?」

「あくまで理論上はって話よ。私は無理。どう考えてもあの子が異質なだけ。」

「撃ち落とすのも無理だった?」

「無理よ。あれ、人の動きじゃなかったもの。まぁ最後に一泡吹かせる事は出来たけどね。」

 

これでも狙撃兵としての自負がある。

狙撃弾の弾速があれば平面上を移動するターゲットを外したりはしない。

しかし流石に三次元移動で逃げ回る相手は分が悪い。

 

挙句、弾丸が尽きたと見るや"弾切れか"と言わんばかりに逃げるのを止めるのだ。

悔しかったので後ろを向いてる隙にOアンプルを飲み、ダメ押しの一発を撃ち込んでおいた。

 

それを聞いたリッカはケラケラと楽しそうに笑った。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…で、どうだった?あの人とのミッションは。」

 

話が一段落したところでリッカが切り出してくる。

 

「そうね…月並みだけど、人の噂は当てにならないって感じかしら。」

 

例えるなら人型神機。

語らず、感じず、何も思う事無く戦い続ける神機兵。

 

この極東で実しやかに語られる、彼と言う人間を表す総評だ。

嘘か誠かは知らないが、裏では本部直属の部隊として色々後ろ暗い事もやっているだとか。

 

噂とは関係なしに自分もそう感じていた一人ではあった。

もっとも、そんな前評判は今日のミッションで綺麗さっぱり覆ってしまったのだが。

 

「あんな行動を取る性格の持ち主がそんな生き方するのは無理でしょ。」

「だよねぇ~…」

 

会話をしていない以上、これもあくまで推測の域を出ない話だけれど。

これで評判通りの人間だとしたらそれはそれで末恐ろしい物を感じる。

 

「ちなみにリッカは何時ぐらいから気付いてたの?」

「んー、結構最初の方からかなぁ…だって神機の扱い雑なんだもの。」

 

そういう人って良くも悪くも丁寧だし。

神機に並大抵ではない熱情を捧ぐ彼女に言われてはもう返す言葉が無い。

 

「…と、言う話なんだけれど。貴方はどう思う?」

 

背後に気配を感じて振り返りながら話しかける。

ミッションの時と変わらず、感情の無い表情でこちらを見返してくる。

 

「………………………」

 

相変わらず返事は無い。

それにしてもここまで筋金入りだと、むしろミッションの時に見たあの行動の方が異常なのではないかと思えてきてしまう。

 

「君さぁ…本当は優しい人なんだから、偶には返事の一つも「リッカ。」

 

言い切られる前に言葉を遮る。

そう言えば私達と違ってリッカはあの話を知らないのかもしれない。

 

「それは言っちゃダメ。後で教えてあげるから…ね?」

 

許可を取るように神機使いの反応を伺う。

青い瞳は何も答えず、そのまま神機保管庫を後にした。

 

(ままならない話ねぇ。)

 

いつの間にかクッキーも最後の一切れだったようだ。

ちょうど時間も頃合、今日の所はお開きにするとしましょうか。




-幕間の幕間_無口な無口な部隊長の視点2-

サリエルに襲い掛かった後。

(奇襲成功。流石にこの体勢からは逃げられまい。)

(おっとレーザー、だが甘い。それは既に織り込み済みよ。)

(暴れるな暴れるな、傷が開いてすごい事になるぞ。まぁ黙ってても俺が暴れまくるんだがな。)

(おっとジーナも撃ってきたか。だがカノンの爆撃をも凌ぎ切る俺に死角はない。)

………

サリエルが瀕死になった頃。

(流石にもう秒読みだな。すぐ楽にしてや…待てよ?)

(いくらふざけた俺が悪かったとはいえ、流石に警告無しの発砲はやりすぎなのでは?)

(うん、ちょっとくらい仕返ししても許されるだろう。さてどうしてくれようか?)

(…古典的だが、後ろから脅かすか。)

………

脅かしました。

(ちょっと待った!本気で撃ってきてる!)

(待て!話せばわかる!軽いスキンシップじゃないか!)

(…おっと、弾切れか?マジでビビった。全く…)

(どうしたお嬢さん?撃てるものなら撃ってみな。)←この後普通に撃たれた。

………

神機保管庫、ジーナがリッカを遮って目配せしてきた。

(…何の目配せだ?)

(よくわからんが…まぁ女性同士の話題に野郎が割り込むのも野暮な話か。)

(男がいると話しづらい事もあるだろうしな。ここはクールに去るとしよう。)

NORMAL COMMUNICATION!(友好度±0)


一部の人にはちょっとづつ地金がバレてきた模様。
ただしそれでもトラウマで喋る事が出来ないと思われてます。


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無口と新型とカウンセラー1

Q.この人騙されやすいの?
A.人を見る目は確かです。

時系列がちょっと進みます。


長らく続いた後方勤務もようやく終わり。

今回から再び前線勤務に戻るらしい。

 

…おかしいな、後方勤務って本当はもっとのんびり出来たはずなんだが。

こき使われた挙句に毎度のように怒られた記憶しか残ってない。

 

支部長、俺頑張りましたよ。

ボーナスの一つも欲しいんですが。

 

そんな事を考えていたら支部長直々に呼び出された。

 

………

 

「よく来てくれた。」

 

机に座ったまま、支部長が正面から声をかけてくる。

 

しかしこの部屋、相変わらず高そうな調度品ばかり並んでいる。

絵画や陶器の価値はよくわからんが、これも経費で買ってたりするのかな。

 

そして隣のおじさんは誰でしょうか。

俺もそこそこ古参のつもりだが、少なくともこの人は見たことが無い。

 

「紹介しよう。この度ロシア支部から配属されてきたオオグルマ博士だ。」

 

「オオグルマだ。博士と言っても本業は医者、心理カウンセラーのようなものをやらせてもらっている。」

 

なんとお医者様。それも心理カウンセラーとは。

見た目は中年過ぎのオッサンなのに、人は見かけによらないもの…いや、初対面でこれは流石に失礼か。

考えてみれば支部長や榊博士の若作りの方が違和感あるし。

 

まぁ俺は純粋に若いんだけどね。

 

「皆に伝えるのはもう少し後だが…近く、この極東支部に二人目の新型神機使いが配備される。彼はその子の専属カウンセラーとして招かせてもらった。」

「普段の業務は他の神機使いの心理ケアも兼ねさせてもらうがね。聞くところによると…君も色々複雑な生い立ちだと聞いている。」

 

まぁ複雑かどうかは置いといて。

それなりにアレな人生は歩んでいると思う。

 

何せ目の前で両親食べられてますからね。

素面の時はそうでもないんだが酒が入るとこう、フィルターが外れて鮮明になるというか。

 

「私は、君の助けになりたいんだよ。支部長からも、同じ気持ちだという事は既に言質を取っている。」

 

あ、読めたぞ。これ君のトラウマ云々って話だったのか。

というか支部長、まだ勘違いしたままなのか。

 

うーん、正直、金一封でも貰えたらそれで満足だったんだけれど。

考えてみればちゃんとした心理ケアって受けたことなかったな。

 

仕方ない、恩を感じたように見せておくのも処世術の一つか。

ここは一つ、支部長様の思惑に乗らせてもらうとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…調子が良い。

いや、正直カウンセリングというものの効果を舐めていた。

 

靄が消えたというかなんというか。

まるで今までが()()()()()()()()()()()()()()()()()()錯覚してしまう。

 

とうにトラウマなど乗り越えたかと思っていたのだが。

実際は俺が思う以上にそれは俺を蝕んでいたらしい。

 

腕が軽い。足が軽い。

頭が軽い。神機が軽い。

 

むしろ今までよく戦えていたと感心してしまう。

まぁ正直言うとたまに二日酔い気味の時が無かったでもなかったが。

 

うん、これは金一封なんかよりずっと得したかもしれない。

一人頷いているところに新しい大型種の接近を告げるアラームが成り響く。

 

いいぜ、来いよ?

紳士たるもの、淑女の誘いは断らないのが常識だ。

お前がレディかどうかは知らんがな。

 

 

アラガミ?上等だよ。

 

 

 

 

 

今の俺は、()より強いぞ。

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、一人片隅で勝利の美酒に酔いしれる。

 

大型2、中型4、小型種多数。

それが本日叩き出したミッションの成果である。

 

いやぁ、我ながら頭がおかしい。

単独でこの戦果とか、これはソーマも超えちゃったかな?

 

まぁ単に調子が良かっただけなので慢心したりはしないけど。

 

しかしこれがカウンセリングの成果なのか。

ぶっちゃけると()()()()()()()()()()で、何がどうこうした記憶はないのだが。

 

「調子がよさそうだね。」

 

顔を見上げる。

腹の出た黄色いバンダナのオッサンが立っている。

 

やぁ先生、これは気付かず失礼を。

こんなに調子良くしていただいて、貴方には足を向けて眠れませんよ。

 

もっとも、古参兵と言う立場上、感謝はあれども大っぴらにそんな事をいう訳にはいかない。

何だかんだで古株と言う肩書きは面倒くさいのだ。

 

代わりに買い込んでいた酒を差し出す。

今日は思わぬ臨時収入が入ったので、珍しく良い所を買い込んでいる。

 

「あ、あぁすまない。ありがたくいただくよ。」

 

ん?思ったより反応がよろしくないな。

もしや先生下戸だったか?

 

んー、じゃあ次は普通に食べ物をチョイスしておくか。

あ、先生。とりあえずその酒全部上げますよ。

飲めなかったら周りの奴らに振る舞ってやってください。

 

アナグラには酒好き多いですから。

分け合うだけで好感度が鰻登りですよ?

 

……………………………………………………………………………………………

 

「ちょっといいですか?」

 

後ろから声をかけられる。

おっとこれは失礼。見慣れないお嬢さん。どこかでお会いしたかな?

 

「貴方、ここの旧型神機使いみたいですけど…オオグルマ先生の知り合いですか?」

 

オオグルマ?あぁ、あのオッサン先生の知り合いか。

そう言えば元々専属カウンセラーとして招かれたって言ってたか。

 

という事はこの子が例の新しい新型神機使い?

 

「アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。この度極東支部の配属となりました。…失礼ながら、貴方には先に言っておく事があります。」

 

あ、嫌な予感。

こういう事言う人って、何故か前振りが似たり寄ったりなんだよな。

 

「先生は私のカウンセリングに来てくれてるんです。旧型は旧型なりに迷惑かけずに…ってちょっと!どこ行くんですか!」

 

ん?ちょっとジュース買いに。

だって絶対これ口悪いアレだもの。

 

それに先生に酒上げちゃったから口さみしくて。

 

「人が話してる途中で帰ろうとするなんて…何ですか、奢りませんよ!自分のお金で買ってください!」

 

自販機を指差したら怒鳴られた。

 

いや、何飲むかって聞こうとしたんだが。

むしろ俺が奢ってやろうかと…

 

あれ?もしかしてこの子、結構面白い子か?

打てば響くし、何かからかい甲斐が凄くあるぞ。

 

…カウンセリング必要かこれ?




糸目の胡散臭い科学者とむさい腹出た医者のオッサン。
どちらを信じると言われれば…ねぇ?


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無口と新型とカウンセラー2

Q.洗脳されちゃうの?
A.同じトラウマは二度通じない。

※タイトル間違えていたので訂正


調子が良い。驚くほどに調子が良い。

 

腕が軽い。足が軽い。

頭が軽い。神機が軽い。

 

目の前にはアラガミ。

俺の両親を喰らってくれた、忌々しいクソどもだ。

 

こっちにもアラガミ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あそこにもアラガミ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

来いよ。来いよ。来いよ。

どいつもこいつも八つ裂きにしてやる。

 

俺の両親を喰らってくれた忌々しいクソ種族は、一匹残らず根絶やしにしてやる。

 

 

…いや、ちょっとタンマ。

何かおかしいな。

 

俺の両親喰ったのってコイツらじゃないんだが。

目を閉じてあの時の光景を思い返す。

 

酒入れてないから若干フィルター付きではあるが。

うん、やっぱりアラガミ違いだな。

 

あーそうか、カウンセリングってこういう奴か。

やっぱりフェンリルの関係者は信用ならんな。

 

ちくしょうあのオッサンめ。今度医務室から常備薬くすねてやる。

まぁ実際やったら物資横領で営倉行きになるんだが。

 

「ちょっと!何ぼさっとしてるんですか!」

 

あ、やべ油断した。

新しいルーキーちゃん…もとい、アリサからの怒声が飛んでくる。

 

ヴァジュラの猫パンチを喰らって、華麗に横に吹っ飛んだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、一人片隅で頭を抱える。

 

やっちゃった。

いや、ミッション自体はちゃんとこなしてきたけれど。

 

久方ぶりの悪夢で油断していた。

調子が良かった?そりゃ悪感情がフルドーピングされてたからな。

動きだけなら合格点だ。

 

だが感情任せのそれがいつまでもまかり通るほど、この仕事は甘くないんだよ。

長続きなぞするはずも無し、いつか必ずボロが出る。

 

いやぁ、今回ルーキーちゃんがいなくてよかった。

あれだけドヤ顔かましといてこのザマとか、立つ瀬が完全に無くなるからな。

 

ちなみに立つ瀬はもう半分ほど無くなっている。

吹っ飛ばされた後、すぐに立て直してヴァジュラを倒したが時既に遅く。

 

「旧型がでしゃばるからそうなるんです。見得張らないで、それなりの働きをしてください。」

 

止めろアリサ、俺はこれでも古参なんだぞ。

その言葉は俺に効く。それにちゃんとガードして無傷だったろうが。

 

まぁだからどうしたと言われればそれまでなんだが。

我ながらとんだ無様を晒したものである。

 

ちなみにアリサは周りからは名前呼びされているので俺もそれに倣っている。

この前リンドウがルーキー呼ばわりして、もう一人の方からも同時に怒られていたからな。

 

「よぉ色男。流石のお前も、立て続けに新型二人の相手は疲れたか?」

 

出たな諸悪の根源。

誰の頼みのせいでこんなザマを晒したと…

 

…うん、キンキンに冷えている。

このビールに免じて、今回は水に流してやろう。

 

………

 

「ま、よくよく考えてみれば神機使いってのはある意味選ばれた人間の集まりだからな。その中でもさらに選りすぐられた新型ともなれば、あの態度も仕方ないのかねぇ。」

 

ビールを片手に心配そうにリンドウが呟く。

まぁそれは俺も同感ではあるのだが。

 

今の状況は明らかに俺がヘマしたせいで余計拗らせてしまっている。

そもそもそれを是正したくてリンドウが頼んできたのが事の発端だしな。

 

…仕方ない。個人的にもこのままっていうのは寝覚めが悪いし。

 

自分の不始末のツケは、自分で払いに行きますか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"。

信心溢れる人々が集っていたのも今は昔。

仏の代わりに荒神がこぞって鎮座している、何とも皮肉めいた場所である。

 

「貴方、何考えてるんですか。」

 

後ろから不満全開の声がする。

 

「この前のミッションの事、もう忘れたんですか?」

 

知らんな。過去は振り返らない主義なんでね。

優秀な神機使いには記憶力の欠如が必要なんだ。

 

「私、このミッション失敗しても責任持ちませんからね。」

 

そりゃそうだ。これでも部隊長だからな。

新人に作戦失敗の責任を押し付けるとかしませんよ。

 

「…それで?コンゴウ()()、どうやって討伐するんですか?」

 

返事を返さなかった事がお気に召さなかったのか、いよいよ爆発しそうな不満声で質問される。

良い質問だアリサ君、やはり噂の新型は優秀だな。

 

作戦は三つ。

 

一つ、背後を取る。

 

二つ、チャージクラッシュで真っ二つ。

 

三つ、残り三匹、繰り返す。

 

最後にコア回収して終了だ。

どうだ、完璧な作戦だろう?

 

…しまった、これじゃ四つだ。

数え間違いとかリンドウじゃあるまいし。

 

ドヤ顔で説明しなくてよかったよ。

恥ずかしいからさっさとミッション始めるか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、一人片隅で頭を抱える。

 

やっちゃった。

いや、ミッション自体はちゃんとこなしてきたけれど。

 

三匹までは何事もなくズンバラリン。

最後の一匹になったところで悪戯心が湧いてしまった。

 

噂の新型さんなんだし、コンゴウ一匹くらい倒せるよね?

俺旧型だしー。期待の新型さんの実力見てみたいなー。

 

ちなみに私見だがアリサの実力なら問題無いと判断した上でのそれだ。

ヤバかったらサポートする気だったし、実際問題も無かった。

 

ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は気になったが。

基礎戦術は出来てるし、どこぞのルーキーちゃんみたく感情全開な様子も特にない。

 

なので、仕留めるのを中断して最後の一匹を譲ってあげた。

急に振られて驚いていたようだったが。

 

直ぐに気を取り直してコンゴウと戦闘、無事討伐してくれた。

コングラチュレーション、これでミッションコンプリートだ。

 

「馬鹿に、しているんですか…」

 

神機で身体を支えながらアリサが睨んでくる。

 

滅相も無い、流石は噂の新型さんです。

ちゃんと一人で倒せたじゃないですか。

 

肩で息しちゃってるけどー。

俺の倍以上時間かかってるけどー。

まだルーキーちゃんだから仕方ないかなー。

 

口にしたら多分殴られるので心で思うだけに留めておく。

リンドウと違って、俺はちゃんと人の機微がわかる人間なのだ。

 

…で。

 

「………………………」

 

ミッションの受注端末が鳴動する。

頭痛いから当然のように無視を決め込む。

 

「…鳴ってますよ、それ。」

 

顔を上げるとアリサがいる。

ついでにルーキーちゃんもそこにいる。

 

「………………………」

 

受注端末に目を向ける。

ミッション…というか実地訓練の同行依頼だ。

 

ご丁寧に直属上司であるリンドウのサインも入ってる。

 

「旧型呼ばわりして侮った事は謝ります。だけど…」

 

-あの未熟者扱いするような蔑んだ目、忘れませんから。-

-絶対、直ぐに見返させてあげます。-

 

おかしいな、俺あの場で一言も発していないはずなんだが。

それじゃ後輩いびりする意地悪い先輩だったみたいじゃないか。

 

しかもルーキーちゃんまで「私もですよ?」みたいな目で睨んできてるし。

助けてリンドウ、おたくの部下に絡まれてるの。

 

「ハッハッハッ、いやぁモテる男はツライねぇ。ただ火遊びもほどほどにしとけよ?」

 

はっ倒すぞお前。

これが女侍らせてるように見えるのか。

 

今度サクヤに、おたくの隊長が部下二人に粉かけてたって吹き込んでやるからな。

 




どっかでシリアス入ります。


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無口と新型とカウンセラー3

Q1.この人嫌われてるの?
A1.不機嫌だと(無言無表情で)人並みに圧が出るだけ。

Q2.辛辣じゃない?
A2.それくらい好意的には思っている。

Q3.鋼メンタル?
A3.形状記憶メンタルです。

シリアスタイムに入ります。
何があったかはBURST本編を参照。


「…そうか、手駒に引き入れるのは難しそうか。」

 

「も、申し訳ありません。途中までは上手くいっていたのですが…。」

 

「ふむ、時間をかければ取り込める可能性は?」

 

「それも難しいかと…専用の薬の使用を認めていただければまた別かと思いますが…」

 

「壊れる可能性の方が高い、か。…いや、そこまでの手間とリスクを賭けるほどのメリットがあるとは思えない。」

 

「………」

 

「現状、彼のフェンリルへの忠誠心は高い。計画を進行させるのに不都合はない。」

 

「では…」

 

「あぁ。頼んだよ。」

 

--オオグルマ博士。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ある者は悲壮感に打ちひしがれながら、ある者は焦燥感に駆られながら次々任務を受注していく。

 

かくいう俺も内心穏やかではない。

こういう感情はとっくの昔に割り切れていたと思っていたんだが。

 

足音がした方に視線を向ける。

目が合った神機使いがそそくさと早足に出撃ゲートへと向かっていく。

 

うん、皆任務が忙しいんだな。

決して俺が嫌われている訳ではないと信じたい。

 

受注端末を確認する。

普段はミッションの一つ二つは残っているものだが、最近の極東支部ではバーゲンセールのごとくミッションが品薄状態になっている。

 

たまにミッション失敗の報告を受けて後始末に出向いたりもしているが。

 

理由は確認するまでもなくわかっている。

全く、リンドウも()()()()()()()をしたものだ。

 

事の発端は先日発生したとあるミッション。

端的に言うとアリサやルーキーの面々を逃がすため、リンドウ自ら囮になって時間稼ぎをした。

 

その隙に第一部隊の面々は戦線を脱出。

折を見てリンドウも離脱して万々歳…となればよかったんだが。

 

まぁ現実は厳しいというのは身に染みている。

そうじゃなければ俺も今頃家族とワイワイしていたかもしれないしな。

 

問題が顕在化してきたのはその後だ。

未帰還のリンドウを探索するという名目で次々にミッションを受注し、挙句目的度外視で探索に精を出す馬鹿共が急増した。

 

確かに俺も空き時間を利用して探してみたりはしているけどな。

流石にミッション目標も達成せずにやるほどアホな真似はしていない。

 

おまけに結果がミッション失敗だと?

何度俺に尻拭いをさせるつもりだ。

 

気付けば既に缶の中身が空になっている。

舌打ちと同時に握り潰し、テーブルに投げ捨ててソファーに座り直す。

 

これも全部リンドウの馬鹿野郎のせいだ。

数どころか自分の命令すらわかってないのか。

ビールの一つ二つじゃ済まさんぞ。

 

…ミッション受注端末が鳴動する。耳障りな音だ。

わかりきった内容なので見向きもしないが、一周回って逆に頭が冷え始める。

 

うん、まぁ神機使いと言うのは因果な商売だ。

どんな腕利きのベテランでも、運が悪ければそういう時はあっさり訪れる。

 

それ自体は否定しないし、周りが万が一を引き摺ってしまう事も否定しない。

さっきも言っているが現実は厳しい。皆仲良く生存エンドなんて、そんな優しい世界ではないのだ。

 

それを認められない輩がいるというのも現実ではあるのだが。

ただまぁ機械のように割り切れとまでいうつもりはない。

人の感情は複雑なのだ。

 

「…鳴ってますよ、それ。」

 

おっと、この前聞いたセリフだな。

言ってるのは別人だけど。

 

………

 

独立遊軍といえば聞こえはいいが。

要は体のいい何でも屋のお助け部隊である。

ノルマこそはないものの、忙しい時はとことんこき使われる。

 

飛んでくる任務内容にも節操が無い。

討伐、防衛、護衛に救助。偵察、強襲、殲滅戦に陽動、囮、伏兵部隊とまぁまぁ枚挙に限りが無い。

 

最近のトレンドは探索任務の同行補助だ。

まだ未熟な神機使いでも、ベテランが補助についていればある程度ランクが上のミッションも受注できる仕組みになっている。

 

…ふざけているのかお前ら?俺の仕事はガキの御守じゃない。

自分の身の丈くらい、鏡見てしっかり自覚してこい。

 

最近になって急に俺の仕事を勘違いし始めた馬鹿共が急増したのもイライラの原因だ。

そしてその最たる例が目の前に一人。

 

自分で受注していく分には問題無い。

自力でミッションを達成し、他所様に迷惑をかけてないのであれば、むしろ俺が口出しする方が変だしな。

 

だが人のミッションまで当てにして探索に精を出すのは筋違いだ。

それ専用のチームも組まれている以上、そこまでやるのはでしゃばり以外の何物でもない。

 

「…同行お願いします。私はあの場にいたから、探索の効率も上がるはずです。」

 

リンドウの探索自体は否定しない。個人的には魅力的なお誘いだ。

だが生憎、俺に探索ミッションの指示は出ていない。

 

宮仕えの下っ端風情が、勝手に動き回る訳にはいかないんでな。

 

「…心配じゃ、ないんですか。私が言えた義理じゃないのは分かっています。けど…」

 

おいおい、泣きそうだな。紳士たるもの、ここで甘い言葉の一つもかけてやるべきなんだろうが。

それをやるわけにはいかないのが隊長さんの辛いところだ。

 

「…貴方、そんな冷たい人間だったんですか。」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

普段は種々様々な喧騒溢れるこの場だが、今この瞬間は時間が止まっているかのような静寂に包まれている。

 

…やっちまった。

いや、まだそこまでの事態にはなっていないんだが。

 

売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。

まぁ俺から売った言葉は無いんだが。

 

やっぱりあのカウンセリング受けたのは失敗だったな。

どうも最近、感情が突沸する回数が多くなってきた気がする。

 

うーん、気は進まないがメンタルケアでも受けてみるか。

正直、あの糸目のオッサン(?)の方が胡散臭い感がしてならないんだが。

 

閑話休題、現実に戻ろう。

いい年こいた野郎が、そこそこの少女相手にガンを飛ばしている状況である。

 

…これ、治安部隊来たら言い訳出来なくないか?

 

男と女、年上と年下、上官と下士官。おまけに一触即発のこの空気。

俺が保安員だったら、男が悪いと査問会通報待ったなしの場面である。

 

マズい、誰か止めてくれよ。

少なくとも俺の方は頭が冷えたぞ。

 

助けを求めようと視線を逸らすとサクヤが見えた。

よし、もう大丈夫。後は待ちの一手だな。

 

…おい待て、誰がリッカまで呼んできた。

レンチ片手に突っ込んでくるとか、武力鎮圧までは求めていないぞ。

 

 

数分後、読み通りやってきた二人に引き離されてひとまず場は収まった。

 

 

…収まった。収まったから。

とりあえずレンチをしまってくれ。




感情豊かなポーカーフェイス。
某正規空母と一緒です。

気性が荒い?男の子だもの。


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無口と新型とカウンセラー4

Q1.この人オオグルマ先生に甘くない?
A1.中の人なのでそこまで裏事情は知りません。

Q2.トラウマ突かれても効かないの?
A2.突っつかれてるのは()地雷です。


(幼い君は、さぞかし自分の無力さを呪った事だろう。)

 

えぇもちろん。何しろ目の前で生み育ててくれた親が消えていきましたからね。

 

(だが、今の君には力がある。憎い仇を討ち滅ぼす力がある。)

(戦え。喰い破れ。今度は君が。力を手にした君が。)

 

(憎い仇を、喰い破れ!)

 

…いいよ、もうそういうの。正直お腹一杯なんだよ。

どいつもこいつも、何で同じ事を言うんだか。

 

………

 

(こいつらが君たちの敵、アラガミだよ。)

 

えぇ存じてますよ。何しろ目の前で生み育ててくれた親を消してくれましたからね。

 

(そしてコイツが、君の両親を食べてしまった…アラガミだよ)

 

…いいえ、ひと違いです。

というかそれ、アラガミですらないんですが。

 

(でも、君はもう戦える。憎い憎いコイツらを殺すための力が。)

(怖がることは無い。私が、勇気の出る()()()()()を教えよう。)

 

-один(アジン)、два(ドゥヴァ)、три(トゥリー)-

 

いや、何でロシア語だよ。

俺がロシア人に見え…るかもしれんな。アイカラー的に。

 

(そうだよ。そう唱えるだけで、君はどこまでも強くなれる!)

 

「………………………」

 

 

 

 

 

そうですね先生。そう唱えるだけで、俺はどこまでも強くなれます。

ありがとうございます先生。俺を強くしていただいて、先生には感謝しかありません。

 

腕が軽い。足が軽い。

頭が軽い。神機が軽い。

思考が軽い。気持ちが軽い。

今ならどんなアラガミが相手でも怖くない。

 

素晴らしい、やっぱり先生は優秀なんだな

この言葉は忘れません。これからもありがたく使わせていただきますよ。

 

よくも人様のトラウマをえぐりやがって。

この御()は絶対に忘れないからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

怪我をした神機使いがお世話になる場所だが、実は利用率はそこまで高くない。

 

おまけに今の利用者は二人だけ。

カウンセリングに来た古参一人と、心を怪我して入院中の新人が一人だ。

 

いや、正直迷った。迷ったんだ。

あのオッサンのカウンセリングを受け続けていいものかと。

 

でもこれってそもそも支部長直々の好意なんだよ。

立場的なものもあるし、理由なしに無下に断るのもちょっとまずい。

 

それに榊博士に頼むっていうのも悪手な気がする。

だってあの人、支部長と長い付き合いなんだろ?

 

何かやられても、そのまま握り潰されそうじゃん。

 

悩んだ挙句、結局オオグルマ先生のカウンセリングを受け続ける事にした。

まぁ手の内は分かったし、それならそれで対処法はあるからな。

 

これが()()()()()()()とかだったらわからんかもしれんが。

何だかんだで俺も男だからな。色香に惑わされるというのはあるかもしれん。

 

思考に耽っていたところで名前が呼ばれる。

後は診断結果を受け取ってカウンセリング終了だ。

 

…と、思っていたんだが。

 

叫び声が木霊する。

よく聞き慣れた、現実と認識のズレから生じる金切り声だ。

 

…仕方がない。所属は違うが可愛い後輩には違いない。

 

ちょっとだけ様子を見ておくか。

 

………

 

わぁ悲惨。

絵に描いたような光景ですね。

 

金切り声を上げて暴れる少女。

取り押さえる看護師。手には鎮静剤とおぼしき注射器も見える。

 

まぁそうだよな。

いくらお見舞いと言ってもタイミングが悪すぎたか。

 

生憎俺に医療知識は無い。

手伝おうにも足手まといにしかならないのが現状だ。

 

仕方ない出直すか…

 

-パリンッ-

 

あ、鎮静剤が。

でも予備が…って無いのかよ。

 

出番ですよ先生…ってオッサンもいないのか。

おいおい、あの先生肝心な時にどこ行ってるんだよ。

 

こういう時にああいう()()を使わなくてどうするんだ。

 

…仕方ない、経験頼みの素人療法で申し訳ないが。

看護師を押しのけ、正面から力任せに抱きしめる。

 

 

暴れるな暴れるな。大丈夫、大丈夫だから。

ゴメン?いいよ別に。お前は悪くないからな。

 

何をそんなに気に病んでる?

あぁわかってるわかってる。言われずとも全部わかってる。

 

私のせいで?なんだそんな事か。

何でもないよそんな事。親として当然の事だからな。

 

娘を守るのに理由がいるのか?

俺だったら娘を守る時にそんな事考えてたりはしない。

 

落ち着いたか?

良い子だ、良い子だ。だから…

 

 

 

今はおやすみ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室…の、外の廊下。

慣れない事をしたせいか、ちょっと頭が疲れた気がする。

 

連絡を受けたのかオオグルマ先生がやってきた。

おい、ヤニ臭いぞオッサン。一体どこで煙草を売っていた。

 

仮にも専属のカウンセラーだろうが。

次やったらガソリン押し売りしてやるからな。

 

入れ替わるようにすれ違い、缶コーヒーを買って一息入れる。

思い返されるのはさっきアリサを宥めるのに言ったあの言葉。

 

なるほど、親として当然の事か。

我ながら大した人生観を積んできたものだ。

 

-貴方、そんな冷たい人間だったんですか。-

 

止めろルーキー、その言葉は俺に効く。

自覚している欠点を突かれるのは滅茶苦茶精神に来るんだよ。

 

コーヒーの苦みが頭をスッキリさせていく。

そういやルーキーと言えば。

 

-あの子が悪いのは分かってる。けどここは一つ、先輩として度量の広さを見せてあげてもいいんじゃない?-

 

先日我らがリッカ様から言われた言葉を思い出す。

何で様付けかって?だってレンチ片手に脅してくるんだもの。

 

しかし、まぁ、うん。

度量云々はともかくとして、リッカがそういうのもわからん話ではない。

 

期間は短くとも十分交友は結べていたようだしな。

それにサクヤのあの顔を見続けるのも忍びない。

 

仕方ない、損を引くのも先輩の役目か。

 

次のミッション、同行頼むぞルーキー。




赤は即ち情熱の色。
ひっくり返っても赤はAKA。

信用ならんが優秀なオッサンっていうのが隊長さんの評価です。


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無口と新型とカウンセラー-幕間_アリサSide-

Q.今のアリサの実力は?
A.チーム戦なら中の上。


「あの人、頭おかしくないですか?」

 

いい加減堪えかねて求めた同意がそれだった。

後々考えてみても失礼極まりない感想ではあったが、周りの反応を見るに特段間違った認識ではなかったのだと安堵する。

 

「あー、あの人は確かに、なぁ?」

「おかしいというより馬鹿なんだアイツは。」

「私はそれほど一緒になったことは無いけど…確かに意思疎通が足りてないとはよく聞くわね。」

「喋れない理由はわかるんですけど…何かあの人、それを悪用してる節ないですか?」

 

コウタ、ソーマ、サクヤさんと順に意見を述べてくれる。

うん、思ったより周りも同意見だったようだ。

 

というかあのソーマが意見を言う辺り中々良い性格の持ち主のようだ。

僅かに燻っていた罪悪感が綺麗に吹き消されていく。

 

「その様子だと何かあった?」

「何かあったなんてものじゃないですよ…」

 

最初の同行ミッションはヴァジュラの討伐だった。

この極東では単独討伐出来て一人前と評される辺り、この支部のレベルの高さが伺える。

 

旧型とはいえ、きっとこの神機使いのレベルも相当な物なのだろう。

そう思っていた矢先にアラガミの前でフリーズし、そのままペシりと吹っ飛ばされたのだから堪らない。

 

この人、本当に熟練の神機使いなのか。

新人補助役として着いてきているはずなのに、これでは自分の方が補助役ではないか。

 

「ヴァジュラ相手に吹っ飛ばされてた?」

「…アイツがか?」

 

怪訝そうな声を上げたのは私と同じ新型使いと彼と同じくらいの古参兵。

反応の仕方こそ違っているが、どちらの瞳も"ありえない"と言いたげな視線を向けてきている。

 

「…体調でも悪かったんじゃないのか?」

 

今度はソーマに周りの視線が向けられる。

ニュアンスは違えど、こちらも同じく"ありえない"と言いたげな視線だ。

 

「…何だ。」

「いや…お前、他人の心配も出来たんだなって…」

「そうね。ソーマがそんな風に言うのって何時ぶりだったかかしら…」

「チッ…」

 

口が滑ったと言わんばかりに舌打ちしてソーマが場を後にする。

 

「…照れてやんのアイツ。」

「止めなさいコウタ、後で殴られるわよ。」

 

すっかり場の興味がソーマに移ってしまったが、私の中には先程よりも強い疑問が燻ってしまった。

 

強い弱いで語るなら、恐らく彼は極東でも指折りの実力者だ。

私が呈した疑問に疑問で返されている事がその証拠。

 

ではあの様は何だったのか?

本当に体調が悪かっただけであるなら、それはそれで失望を覚えるところだが。

 

体調管理もまともに出来ずに、よくこの極東支部で生きてこられたものだ。

そんなだらしのない人に教えてもらうことなど、正直あると思えませんが。

 

まぁいいです、私の所属は第一部隊。

あの人の部下になった訳ではありません。

 

もう一緒になる事は無いと思いますし。

ついてなかったミッションだったと割り切る事にします。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…何でまたこの人と一緒のミッションなんですか。

 

何とか取り繕ってはみたものの、正直表情が誤魔化せているかは自信が無い。

何しろ今回のミッションはこの前とは比べ物にならないほど厄介だ。

 

ターゲットはコンゴウ。

この極東では珍しくもない、神機使いとしての入門編代わりに討伐される相手。

だがそれには当然、一対一という前提条件が付いているのが暗黙の了解だ。

 

アラガミの膂力は小型種の時点で大型の肉食獣にも匹敵する。

中型種ともなれば既に比肩しうる動物はおらず、囲まれたりすれば人間など一瞬のうちに餌にされてしまうだろう。

 

「貴方、何考えてるんですか。」

 

はっきりと不満を載せて後ろから問いかける。

当然だ、何しろターゲットの数が入門編どころか常軌を完全に逸している。

 

「………………………」

「この前のミッションの事、もう忘れたんですか?」

 

反応が返ってこないことに苛立ち、語気を強めてさらに問いかける。

相変わらず正面の神機使いからの返答は返ってこない。

 

コンゴウ()()()()()()()

それが今回私たちが受注したミッションの全容だ。

 

一匹程度なら私でも倒せる。

二匹同時でも時間稼ぎぐらいならやって見せる自信はある。

 

だが四匹同時と言うのは流石に無理です。

いくら新型の自負があると言っても、出来る事には限度があります。

 

ましてやヴァジュラ一匹に不覚をとっているような旧型使いにこなせるミッションとは到底思えない。

 

「私、このミッション失敗しても責任持ちませんからね。」

 

ついに我慢の限界を迎え、吐き捨てるように告げる。

ミッション失敗が目に見えている以上、先走った不始末の責任まで押し付けられては堪らない。

 

「………………………」

「…えっ!?あ、ちょっと!」

 

無感情の青い瞳がこちらに振り返る。

次の瞬間、前を向き直した目の前の神機使いが突如何も告げずに駆け出した。

 

………

 

不意を突かれた特攻に思わず声が上がる。

慌てて駆け出そうとしたのも束の間、曲がり角からアラガミの反応ありと携帯レーダーがアラームを鳴らす。

 

数秒と経たずにアラガミが姿を現し、物音に気付いてこちらにその巨体を向けてくる。

 

(こんな時に面倒なっ…えっ?)

 

咄嗟に射撃体勢を整え、アラガミの正面に銃口を構える。

引き金を引くよりも早く、アラガミの身体は肩から斜めにずり落ちた。

 

「………………………」

 

無感情の青い瞳が、アラガミの向こうからこちらを見ていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

この人、色々おかしすぎる。

 

ミッション開始からしばらくして出した結論がそれだった。

この前ヴァジュラに弄ばれてたあれはいったい何だったのかと問い詰めたい気分だ。

 

確かにコンゴウは強いアラガミではない。

しかし四匹という数の暴力は、既に個体の強さだけで推し量れる戦力ではなくなっている。

 

小隊クラスが連携を取り、場合によっては犠牲も覚悟しながら討伐に挑むレベル。

少し前…いや、今時点の私だってそのように認識している。

 

対する神機使いは二人だけ。

一人は新型とはいえ新人で、もう一人はベテランといえども旧型使い。

ミッションの成否についてなど、火を見るよりも明らかだったはずなのに。

 

残りターゲットはもう一匹だけ。

戦力としてはもはや壊滅状態と言っても過言ではない。

 

対するこちらは全くの無傷。

それどころか私に至っては剣戟、銃撃の一つすら放ってはいない。

 

三匹ともまともな抵抗すらあげられず。

人間一人仕留める事も出来ずに逆に斬り倒されてしまった。

 

一匹目は振り向き様に後ろから。

二匹目は振り向く間もなく後ろから。

三匹目は振り向いた直後に後ろから。

 

どの個体も接敵とほぼ同時、ものの一分と経たずに真っ二つにされてしまった。

 

本当にヴァジュラに手こずっていた人間と同一人物なのだろうか?

何なら双子の兄弟とでも言われた方がまだ信憑性がある。

 

…携帯レーダーに最後の一体が反応する。

近くの物陰に身を潜めていた私たちの目の前に一際大きいコンゴウが飛び込んでくる。

 

(っまた、いつの間に…!)

 

隣にいた人物はもういない。

コンゴウが私に気付いて威嚇してくるが、私の視線はその後ろから伸びるバスターブレードに釘付けになっている。

 

刃が縦に振り下ろされて見事両断かと思いきや。

私の予想に反して、それは急に横一文字に軌道を変えた。

 

当然急な軌道変更に威力が乗るはずもなく、両断とはいかずに真横に吹っ飛ばされるコンゴウの身体。

 

「………………………」

 

青い瞳が静かにこちらを向いている。

やがて一度アラガミへ視線を向けたかと思うと再びこちらに視線を戻し。

しばらくしてまたアラガミに視線を向け直す。

 

「そういう事ですか…」

 

そう言えばこの神機使いは喋れないのだったと思いだす。

そしてこのミッション…というか彼の本来の目標は新人補助。

つまりは私の実施訓練が目的だ。

 

-コンゴウ一体、まさか倒せないとは言わないな?-

 

青い瞳が何も言わずにそう語ってくる。

 

馬鹿にして。

馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして!

 

いいです、わかりました。

私の、新型神機使いの実力を見せてあげます!

 

……………………………………………………………………………………………

 

エリア奥の廃講堂。それが私の戦場だった。

隠れる事は出来ず、正面からアラガミとの戦闘を強制させられた。

 

求められていたのは戦術ではなく。

もっと基本の、アラガミとやり合うだけの基本的な身体スペック。

 

強いアラガミではないとはいえ、コンゴウは歴とした中型種だ。

倒す手段はいくらか練ってはいたものの、正面から戦術無しの正攻法でやり合うというのは、今の私ではまだ荷が重かったらしい。

 

予想外に体力とスタミナが削られる。

せめて地の利を生かせればと恨めしそうに神機使いに睨みを飛ばす。

 

青い瞳は何も答えない。

弱卒に用はないと言わんばかりに、品定めするかのようにただこちらを見返している。

 

(ヴァジュラなんかに吹っ飛ばされていたくせに…!)

 

悪態をつく。が、今の自分にそれを口にするだけの余力はない。

むしろ毒づいた後でそのまま自分自身の皮肉になっていると気付く。

 

今の自分はヴァジュラどころかコンゴウ一匹に手こずっている状況だ。

自覚した瞬間、苛立ちから余計動きが荒くなってしまう。

 

それでも少しずつ食らいついてコンゴウの体力を奪っていく。

やがて堪えかねたのか、コンゴウが背を向けて逃走を図る。

 

しまったと不意を突かれて悔やむ感情。

これで一息付けると安堵する感情。

 

二つの感情が交差したのも束の間、件の神機使いが出口に立ちはだかる。

次の瞬間、顔面を割られながらコンゴウが廃講堂の中へ叩き返された。

 

-どうした、戦え。逃がす訳ないだろ。-

 

-お前もだ。コンゴウ一匹、()()()()()()倒せないのか?-

 

感情を感じさせない表情で、青い瞳がそう告げるかのようにこちらを見ていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

アラガミの反応が消える。

緊張の糸が切れると同時に、身体が酸素を求めて大きく肺に空気を取り込んでいく。

 

この人、本当に色々おかしすぎる。

改めて今回のミッションの異常さを理解した。

 

コンゴウ四匹の討伐、それに求められる戦力と戦術。

その判断基準について、私は少しも間違っていないと思っている。

 

現に私一人でも倒す事が出来た。

一匹当たりに一人ないし二人で立ち向かい、連携を阻害しながら戦うのであれば同時討伐も不可能ではない。

 

ところがこの人は違う。

同時討伐どころか遭遇と同時に討伐、理想的な各個撃破の様相でミッションを進めていった。

 

実力が無いから戦術で…という訳ではない。

一対一でコンゴウを文字通り瞬殺できる実力があり、最後に戦った個体も結局この人から逃げだす事が出来なかったのだから。

 

だから、厳密には私一人で討伐したわけじゃない。

逃げ出すたびにペナルティを受けてコンゴウが衰弱し、そこを私が突いたというのが正しい評価。

 

要するに。

徹頭徹尾、サポート付きでの一対一だったという訳だ。

 

不意に肩に手を置かれた。

息もまだ整わない中、顔を上げる。

 

「………………………」

 

青い瞳がこちらを見ている。

無言無表情、変わらぬ鉄仮面がそこにある。

 

だからこそ、この人の所業が許せなかった。

 

微かに。本当に、見落としそうなほどに微かにではあるが。

鉄仮面の口元が確かに動いた。

 

この人、()()()()()のだ。

見間違えなんかじゃない、流石にこの距離なら間違えようはずがない。

 

ねぎらいでも称賛でも何でもない。

明らかな侮蔑と嘲笑を籠めて。

 

「馬鹿に、しているんですか…」

 

怒りを込めて悪態を返す。

整わない息でどれほど通じたかは定かではない。

 

青い瞳は、もうこちらを見てすらいなかった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

あれから数日。

ミッションの合間合間に実地訓練の申請を提出している。

 

本来は上司であるリンドウさんにお願いするのが普通だけれど。

 

「訓練?あぁ構わん構わん、アイツに同行依頼出しといてくれ。承認サインは書いておくから。」

 

そう言って白紙の申請書にサインが書かれる。

前から思ってはいましたが、あの人も結構いい加減ですよね。

 

「…まぁそれがあの人の良い所だから。」

 

隣の新型神機使いも苦笑気味に答えてくれる。

この人もあまり話が得意な方ではないと言っていたけど。

 

共通の話題があった事もあってか、思いの外ここ数日で距離が近くなった。

二枚の申請書に記入して承認申請が通るまでの間、他愛の無い話に花を咲かせる。

 

「…承認、来ませんね。」

「…行きますか。」

 

なかなか返ってこない出撃承認。

止まっている原因は分かっているのでその理由の元へ二人で向かう。

 

………

 

「………………………」

 

ミッションの受注端末が鳴動している。

が、頭痛がすると言わんばかりに頭を抱えて無視を決め込む人物。

 

「…鳴ってますよ、それ。」

 

青い瞳が見上げてくる。

何だ、顔色良いじゃないですか。

 

「旧型呼ばわりして侮った事は謝ります。だけど…」

 

受注端末を確認する相手に、答えを求めずに言葉を続ける。

 

 

「私、あの未熟者扱いするような蔑んだ目、忘れませんから。絶対、直ぐに見返させてあげます。」

 

「………………………」

 

「嫌そうな動きしないでください。というかどういうことです?私の時は戦わせてすらもらえなかったんですが。」

 

嫌そうな動きって猫ですか。というかその話、私も気になるんですけど。

 

私、コンゴウと一対一で正面対決させられたんですけど。

同じ新型なのに、私の時だけスパルタ過ぎません?

 

「ハッハッハッ、いやぁモテる男はツライねぇ。ただ火遊びもほどほどにしとけよ?」

 

リンドウさんが私達を見て面白そうにからかってくる。

 

 

…あ、今不機嫌そうな動きした。




滅相も無い、流石は噂の新型さんです。
ちゃんと一人で倒せたじゃないですか。

肩で息しちゃってるけどー。
俺の倍以上時間かかってるけどー。
まだルーキーちゃんだから仕方ないかなー。

「………………………」←まぁ言ったら殴られるだろうから言わないでおくかと思ってる。

実は笑ったのではなく、口から出そうになったのを堪えただけ。


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無口と新型とカウンセラー-幕間_新型Side-

Q1.悪戯好き?
A1.何も言わずに変な味の飲食物を仕込まれたらそう思うかも。

Q2.ルーキーちゃんは良い性格?
A2.根っこはいろんな意味で良い性格。

後半ちょっとシリアス気味。


「あの人、頭おかしくないですか?」

 

私と同じ新型神機使いの言葉に思わずうんと頷いてしまった。

 

流石にこれはと思ったのも束の間、周りからも肯定の言葉が次々上がる。

やっぱりあの人、誰に対してもそうなんですね。

 

出会った当初は、こんな人間だとは欠片も思いもしなかったけど。

 

無口で、無表情で。同時にアラガミに対してはどこまでも無慈悲で。

機械のように淡々と処理しながら、時折思い出したかのように残虐性が剥き出しになる。

 

仇討ちという大義名分に休むこともできず。

擦り切れた心をさらに燃やして、無理やり次の仇を探す燃料にし続ける。

 

そんな姿を見せつけられたおかげで、私は自分と言うものを見つめ直すことが出来た。

今ではもうそんな心配はしていないけれど、もしかするとあんな()()に成り果ててたかもしれない。

そんな予想を思い返すだけでも、背筋がゾッと冷え込んでいく。

 

まぁ実際はあの人、そんな人間ではなかったようだけれど。

喋らないという一点を除けば普通の…いや、それを除いて考えても変な人か。

 

この前ミッションでスタングレネードを投げつけられた時などはその最たる例だ。

リンドウさん曰く、仲間の強さを信じる大切さを伝えたかったとの話だが。

 

「まぁ、あれは無いわな。ソーマの奴もお冠だったし。」

 

同感である。普通に口で言ってください。

いや、喋れないのはわかっていますけど。

 

不器用なのにも程がある。

文句の一つも言いたいところだが、なまじ生い立ちを聞いてしまったばかりにそれすら言えなくなってしまった。

 

「この前のミッション、あの人ヴァジュラの前で棒立ちだったんですよ?咄嗟に声をかけたから大事になりませんでしたけど。」

 

何かデジャヴを感じる話だ。

もっとも、私の時は私自身のヘマが原因ではあったけど。

 

一時期引き摺ってしまったのは忘れたい過去でもあるのだが。

それと同時に、今にして思い返せば不満に思わない事も無くは無い。

 

人が散々悩みながら謝っているのに、何も言わずに普通に寝直そうとするし。

 

今だから言いますが。文句を言うのもコミュニケーションの一つですよ。

喋れないならせめて行動で意思表示してください。

 

…だからと言って、またスタングレネード投げてきたら怒りますけど。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…どうだった?あの人とのミッション。」

 

まぁその姿を見れば聞くまでも無いような気はするが。

 

「その様子だとスタングレネードでも投げつけられた?」

「いや、どの様子を見ればそんな見解になるんですか。味方にスタングレネード投げられるなんて話、聞いたことありませんよ。」

 

残念ながら事実です。

何なら私の他にも二名ほど被害者がいます。

 

「…本当の話ですか?」

「うん、本当の話。」

「…ドン引きですね。」

 

私もそう思う。

挙句にその言い訳が私の事を思ってだとか宣うのだからふざけた話だ。

 

まぁ言葉としては一言も口に出されてないけれど。

 

「ちょっとコンゴウと正面から戦ったから疲れちゃって。駄目ですよね、せっかくの新型神機を使ってるのにこんなんじゃ。」

 

コンゴウか。そう言えばあの人を見返してやると誓ったのもコンゴウの討伐ミッションだったか。

背中を任せてもらえたと喜んだのも束の間、時間切れとばかりにあっさり獲物を取り上げられてしまった。

 

あんまりと言えばあんまりな話。

まるで私など最初から戦力として計算していないかのような戦いぶりだ。

 

行動で意思表示しろというのはこういう事じゃありません。

お菓子奢ってもらったくらいじゃ忘れませんからね。

…あぁそうだ、良い事思いついた。

 

「疲れた時は甘いものがよく効くよ。」

「甘い物、ですか?」

「うん。それも人から奢ってもらったものは特に、ね。」

「…え?」

 

……………………………………………………………………………………………

 

 

……

 

………

 

リンドウさんが未帰還になってから、もう三日が経過した。

 

ミッションをこなす傍ら、時間さえあれば付近の捜索に精を出すが成果は無い。

 

ままならなさに気持ちが焦る。

ままならなさに気持ちが苛立つ。

 

他の神機使いも同様に探索に精を出す。

ミッションが奪い合うように受注され、同時に達成率の低下に上層部の目も厳しくなり始める。

 

…ままならなさに気持ちが焦る。

…ままならなさに気持ちが苛立つ。

 

リンドウさんが未帰還になってから早五日。

いよいよミッションの受注条件に制約が設けられ、満足に探索に行くことも難しくなった。

 

帰還して横になっても気持ちが休まらない。

引きづられるように身体の疲労も蓄積していく。

 

見つけなきゃ。早く、早く見つけなきゃ。

けれどどうすれば。どうすれば、探索に行く理由が付けられる?

 

…そうだ、あの人なら。

あの人ならきっと、私達の気持ちを分かってくれる。

 

 

--あの人は、()()()()()()()

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…うん。流石にそれは、君が悪いよ。」

 

エントランスでの一悶着の後、飲み物片手にはっきり言われた。

 

「仮にもあの人は部隊長だからね。立場もあれば責任もある。それに…」

 

人の優しさに漬け込むようなやり方、私は嫌いだね。

 

面と言われたその言葉に、反論一つ出来ず下を向く。

正に正論。それこそぐうの音の一つも出せない。

 

わかってはいた。わかってはいたはずなのに。

都合の良い自己解釈の産物に、愚かにも飛びついてしまった自分がいる。

 

先程睨まれたあの瞳が頭をよぎる。

 

相変わらずその表情に感情は見えなかった。

けれど、睨みつけてくる青い瞳には、表情以上のそれが込められていた。

 

-もう一度言ってみろ。-

-お前に俺の何がわかる。-

 

文字通り、目が口ほどに物を言っていた。

 

決して軽々に口にしたつもりではなかったのに。

その瞳を前にして、私はもう先程の言葉を繰り返せなくなっていた。

 

静まり返るエントランスホール。

程なくして事態を聞きつけたサクヤさんとリッカが、私達の間に割って入って引き離す。

 

しばらくサクヤさんに宥められて頭が冷えた頃、入れ換わるようにリッカがやってきた。

私の話を聞き終わると目に見えて不機嫌そうな表情をし、先程の言葉を告げられた。

 

「…今すぐじゃなくていい。後でちゃんと、あの人に謝っておきなよ。」

 

返事をする事は出来なかったが、それでも何とか頷いては見せた。

 

………

 

「…さて。それじゃどんな理由であの人のミッションに同行するか、作戦会議を始めようか。」

「え?」

「え?じゃないよ。君だって半端な気持ちであんな事言ったわけじゃないでしょ?」

 

事態を飲み込めずに思わず変な声がでてしまったが、重ねるように言葉が続けられる。

 

「あの人は冷たい人間なんかじゃない。言葉こそは喋らないけど、君の気持ちは痛いほどわかってくれている。」

 

だからこそ、ちゃんとあの人の都合も考えて頼みに行こう。

都合良く解釈した優しさを当てにするんじゃなく。

 

お互いの立場を尊重した上での頼みなら、きっと答えてくれるから。

 

「…ね?」

 

優しく微笑みながら聞いてくるリッカ。

そうか。この人も、あの人を優しい人間だと信じてくれている人なのか。

 

「…うん。」

「ん、良い返事。それじゃまずは…どうしよっか?」

 

折よくサクヤさんも戻ってきたところで作戦会議が始まる。

 

…リンドウさんが未帰還になってから、六日目が終わろうとしていた。




-少し前のエントランスホールにて-

「君!一体何があって女の子相手にあんな…ちょっとどこ行くの!」
「………………………」←興奮しながらレンチ持ってる相手と会話なんてできるかと逃げている。


何気にリッカもテンパっていたというお話。
なおこの後普通に捕まった模様。


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無口な無口な名探偵1

Q.逃げ出す割には捕まり過ぎじゃ?
A.瞬発特化なのでスタミナG。


「あの子が悪いのは分かってる。けどここは一つ、先輩として度量の広さを見せてあげてもいいんじゃない?」

 

「…うんわかる、わかるよ。君の立場や事情も分かってる。」

 

「それでもさ、あの子が半端な気持ちで言ってきたわけじゃないって事は君もわかるよね?」

 

「それに私もサクヤさんも、ちゃんと君に協力するからさ。」

 

「だからお願い。今回だけでいいから、何とか彼女達に協力してあげて。」

 

 

わかったわかった。

何とかする、何とかするよ。

 

女性には優しくしろって親に教育されたからな。

もっとも言葉がわかる頃には…まぁこんな話はどうでもいいか。

 

全く女性の上目遣いは反則だな。

だからレンチはさっさと置いてこい。

 

仕事道具?

お前は廊下にまでレンチを持ち歩いてくるのかよ。

 

これなんて言うか知ってるか?

棍棒交渉っていうんだぞ。

 

貸しにする気はなかったが。

脅されたから気が変わった。

 

今度何かたかってやるからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

朽ちかけた建物が並び立つ前時代の遺物。

先日のミッションで崩れた瓦礫が、今も協会の入り口にいくらか残っている。

 

うん。予想通り、話で聞いたよりは既に撤去が進んでいる。

撤去というか付近のアラガミが邪魔だとばかりに吹き飛ばしたんだろうが。

 

ちなみに今回のミッションの目的は新種のアラガミの索敵と偵察、及び可能であれば討伐というもの。

明確にターゲットが捕捉されているわけではないので、もしかすると空振りに終わる可能性も無くは無い。

 

索敵が必要、つまり付近の探索を行う人手が必要な任務である。

 

「それじゃヒトフタマルマルになったら、この教会前に。」

 

サクヤが手慣れた様子で指示を出す。

コウタとルーキーもそれに従い、各位付近へ散開していく。

 

一人残されたところで探索開始。

付近の探索?それはもう専門の部隊がやっている。

 

こういう言い方はしたくないが、正直サクヤたちの行動はほぼ無益だ。

潜んでるにしろ動いてるにしろ、俺たちで見つけられるくらいなら、とっくの昔に発見されてるはずだからな。

 

もっとも、そんな事をいちいち言ったりはしないが。

 

何か行動をせずにはいられないという気持ちはよくわかる。

それにわざわざ水を差すほど、俺は冷たい人間ではない。

 

なら俺は何をしようとしてるのか。

端的に言うと現場検証をするのである。

 

あの時の状況は詳細に聞いている。

質問するまでもなく、事細かに語ってくれたので正直助かった。

 

瓦礫を避けて建物に入る。

ふむ、ここが件の現場ですか。

 

入ってすぐに感じた違和感。

これが良い結果に繋がるかはまだわからない。

 

 

さて、昔読んだ小説のように、探偵の真似事でも始めてみようか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

まず第一の疑問を定義しよう。

"リンドウは最初の襲撃で命を落としたか?"

 

まず解決すべき疑問はここである。

もしそうなら文字通りここで話は終了だからな。

 

まぁ新種のアラガミが相手とは言え、リンドウが一対一で負けるとも思えんが。

 

そしてこれは早々にNOという結論が出ている。

何故か?この部屋…というか建物内には()()()()()()()()

 

聞いた話ではヴァジュラタイプのアラガミである。

獲物が動かなくなったのであれば頭からバリバリというのが定石だ。

 

人間が頭から喰われるとどうなるか。

簡単な話、周囲に血液が噴き散らされる。

 

流れるなんてレベルじゃないぞ、文字通り炸裂するって感じだ。

目の前で見た事あるんだから間違いない。

 

だが見渡した所、そのような痕跡は見当たらない。

ましてやここは建物内部、雨風で流されたという線はありえない。

 

お行儀よく全部舐め取られたとか言われたら流石に知らんが。

とりあえずは生きてるという前提で話を進めるとしよう。

 

次に取り出したのは煙草。

といっても本物ではなく、紅茶の茶葉を薄紙でくるんだだけのもどき煙草だが。

 

だって俺喫煙者じゃないし。

おまけに本物高いんだもの。

 

口にくわえて火を付ける。

ふぅ煙い。こんなの吸って、本当に気分転換になるのだろうか。

 

一人愚痴りながら辺りをうろつく。

時折煙草を吸い直し、漂う紫煙に次の思考を巡らせる。

 

……………………………………………………………………………………………

 

第二の疑問を定義しよう。

"襲撃を凌いだリンドウは何をしていたのか?"

 

命からがら敵の襲撃を退けたリンドウ君。

状況は予断を許さないと理解しながらも、彼はきっと一時の憩いを求めた事だろう。

 

普段リンドウは憩いを求めて何をしていたか?

 

御存じの通り煙草である。

俺にはよくわからんが、喫煙者にとっては文字通り一服入るには最適らしい。

 

ならばどこで、どのように一服入れたのか?

 

立ちながら?歩きながら?

座りながら?寝ころびながら?

 

辺りをうろつきながら喫煙を続ける。

吸いきってしまったところで新しい煙草もどきを取り出し、先程と同じようにウロウロと彷徨う。

 

「………………………」

 

違うな。

 

「………………………」

 

…ここじゃない。

 

「………………………」

 

こっちか?いや違う、むしろこっちの方が…

 

「………………………」

 

…ここか?この辺りなのか?

 

「………………………」

 

…ここだ。きっとここに違いない。

 

入口付近の大きな瓦礫。

そこに背を預けて座りかかり、穴の開いた天井を見上げて煙を吐き出す。

 

ここが一番しっくりくる。

緊張した中で一服入れるには最高の場所だ。

 

喫煙者であるリンドウなら恐らくノータイムで見つけた場所だろう。

ティータイムと洒落込む時の話であれば、俺も多分同じ事出来るからな。

 

焚火のような臭いの煙が空中を漂う。

最後に一息吸いこんで、指先でピンと煙草をポイ捨てする。

 

 

…ビンゴ。

我ながら探偵の素質ありだな。

 

 

火のついた煙草の飛び先に。

 

()()()()()煙草の吸殻が転がっていた。




○○探偵?何のことやら。


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無口な無口な名探偵2

Q.暗示って自力で解けるの?
A.もっと強烈なもので上書けばよい。

解くよりも擦り付ける方が簡単。
どっかでよく聞く話です。


とりあえず一回目の襲撃は退けた事と、その時点では致命傷は受けていないことは分かった。

致命傷だったら逃げられずに痕跡が残るはずだしな。

 

そこで第三の疑問だ。

"ここを出た時のリンドウの装備は何か?"

 

あの時はアラガミに包囲されていたらしいから何回か襲撃はあったのだろう。

しかしこの建物の中でやられていない事は確定的だし、脱出した後にやられたとなればもうこちらに調べる術は残っていない。

 

流石にエリア全域でさっき見たいな真似は出来ないからな。

とりあえず襲撃の方は捌き切った体で話を進めるとしよう。

 

装備を確認する理由はリンドウが未だにアナグラに未帰還だという現実からである。

単純に考えてみれば不思議な話だ。生きてるなら()()()()()()()()()()()()()

 

大きな負傷も無く、神機等も失ってないなら付近に陣取って救援を待っていればいい。

捜索隊が来るのはまず確定しているのだから、もしこの推理通りならこれが最も生存率の高い方法である。

最悪、徒歩でアナグラへの帰還を目指すというのもまぁ出来なくはない。

 

では何故それをやらなかったか?

やらなかったのではなく、やれなかった理由があるからだ。

 

想定されるケースは三つ。

 

神機は失っていないが大怪我をしているケース。

負傷はしていないが神機を失っているケース。

もしくはその両方。

 

まぁ最後のケースは考えるだけ無駄なので他二つについて考察する。

野暮な言い方だが最後のは普通死ぬしな。

 

代わりに前二つに共通するのは、この付近に陣取り続けるのが難しいという点だ。

 

大怪我してたり対抗策である神機を失ってたり。

そんな状態でこんなサファリパークみたいな場所でキャンプとか無理だろ。

 

とくれば、少なくとも安全な場所まで退避しようと考えるはず。

 

アラガミの出現情報が少なく。

救助が来るまで拠点に出来る建物があり。

 

かつ、救助以外で仲間の神機使いが訪れる可能性のある…

要するにミッションの候補地となっている場所。

 

…うむ。読んでてよかったミステリー物。

一見繋がりが無さそうな事でも、一つ一つ可能性を潰して拾い上げていけば意外とそれっぽい答えに辿り着くものだな。

 

--鎮魂の廃寺。またはその近辺。

 

もっともリンドウが潜んでいそうだと、俺の直感もそう囁いている。

 

……………………………………………………………………………………………

 

さて、四つ目の疑問だ。

ここから先は、推理内容如何でこの後取るべき行動が大きく変わる。

 

"リンドウは怪我をしているのか?それとも神機を失っているのか?"

 

前者なら話は早い。今すぐ総勢で現場に殴り込みをかければいい。

スタングレネードを撒きながらローラー作戦の一つもかければ、ものの十分と掛からず済む話だ。

 

…が、残念ながら恐らくこっちではない。

未帰還になってから時間が経ち過ぎているからだ。

 

偏食因子の影響で神機使いの身体能力は非常に高い。

違う作戦エリアまで逃げ切れる程度の負傷なら、流石にある程度動き回れるくらいには体力が戻っているはずだ。

 

体力が戻りさえすれば潜んでいる必要は無い。

さっき言ったようにさっさと目立つ場所に出てきて救援を待てばいい。

 

だが神機を失っているのであればそうはいかない。

無防備にのこのこ出歩くような真似はいくらリンドウでもしないだろう。

未だに発見報告が無いというのを考えれば、まぁ後者で確定だ。

 

…そして最後の疑問である。

 

"今のリンドウの、オラクル細胞の侵食具合は?"

 

"アラガミ化は、どこまで進んでいる?"

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

 

今日でリンドウ未帰還から七日目。

偏食因子の補給無しでも、影響が発生しないと言われる最終リミットである。

 

()()()()()()()

 

無駄に危険を冒すような真似をしないのは当然だ。

だが今はもう、危険を冒すような真似をすべき時期に入っている。

 

俺たちが探しているのは分かるだろう?

 

生きるか死ぬかの瀬戸際。

ベットするのが身の安全だとしても、賭けるのも已む無しのタイミングだろう?

 

何故姿を見せない?

それとも。

 

出てこれない事情でもあるのか?

例えば…

 

 

 

 

 

腕輪も失っていて、既にアラガミ化が始まっているとか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

推理をまとめよう。

 

まず最初にアリサに閉じ込められてアラガミとやり合った件。

これはまぁ生きてたと判明したから良しとしよう。

 

別にアリサが直接撃った訳ではないしな。

アリサに言えば多少は肩の荷も降りるだろう。

 

というか。

よくよく考えてみればアリサがやらかしたのって絶対あのオッサンが何か変な暗示かけたせいだろ。

この前の病室の件といい、意外と無能かあのオッサン?

 

やっぱ対策しておいてよかったな。

まぁこの話はいいや。本題に戻ろう。

 

一服入れたリンドウはその後何度か襲撃を退けたが、結果として腕輪を破損、または損失してしまった。

これによって神機を使用する事が出来なくなり、結果としてこの付近に留まる事も出来なくなってしまった。

 

次。

 

いくらゴッドイーターとはいえ、神機が無ければアラガミ相手とは戦えない。

救助が来るまで潜伏するための拠点が必要だ。

 

かといってあまりに引きこもった場所では救助隊と遭遇する可能性まで下がってしまう。

従ってこの辺りから近くて建物が残っており、尚且つ救助以外でも神機使いが訪れる"鎮魂の廃寺"付近を潜伏先に選んだ可能性が高い、と推測される。

 

最後。

 

腕輪が機能を失って既に七日。

個人差はあると聞いてるが、アラガミ化の兆候が顕著になる頃合である。

おまけに言うならあくまで個人差であり、それより早く、何だったら既に手遅れという事も考えらえる。

 

…総評。

 

-リンドウ本人は生きている。ただし既にアラガミになっている可能性が非常に高い。-

 

「………………………」

 

アッハッハッハッハ。

笑うしかねぇわこんなもん。

 

 

 

 

 

サクヤに言えるかこんな事。




どう対策したのかはその内投稿するかも。


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無口な無口な名探偵3

Q.推理結果言わないの?
A.今は語るべき時ではない。


ここは極東支部のエントランスホール。

普段の喧騒はすっかり形を潜め、最近は暗い雰囲気漂う広間になっている。

 

今日のミッションは無駄ではなかった。

無駄ではなかったが、余計な事まで気付いてしまった。

 

生きているってところまでで良かったんだよ。

誰がアラガミ化してそうって所まで推理しろと言った。

 

しかも何があれかって我ながら妙に説得力のある裏付けまでしてしまった事だ。

そりゃ死んでないのに自力帰還も救助要請も出来ないって事は、つまりそういう状況だってことに他ならない。

 

これサクヤに言うべきか?

言った瞬間、阿鼻叫喚になる未来しか見えない。

 

じゃあ黙っているか?

不安と焦燥で心身共に摩耗していく図しか浮かばん。

 

…詰んでないかこれ?

 

仮にそれを乗り越えたとしても問題がもう一つ。

 

誰がリンドウの事、介錯するんだ?

 

もうほぼ確定事項だから断言してしまおう。

その方が俺も踏ん切りが付くしな。

 

規定では部隊長がやるケースしか記載はないが。

筋で言えば同じ部隊の隊員が行うのが道理である。

 

で、そうなるとその役目は副官だったサクヤに御鉢が回ってくる訳だ。

 

介錯するの?サクヤが?あんな精神状態で?

おまけに秘匿義務があるから誰も連れていけないし、誰にも言う訳にはいかない。

 

冗談抜きで壊れるぞ。

やっぱ詰んでないかこれ?

 

言っても言わなくてもサクヤが壊れかねないし。

乗り越えたとしてもその先にはもう一個、剥き出しの核地雷が置いてある。

 

アッハッハッハ、もう笑うしかないなこんなもん。

シェイクスピアも脱帽物の悲劇だわ。

一周して喜劇の域だよ。

 

舌打ちして酒を呷るが中身が無い。

いつの間にかすっかり飲み干してしまったようだ。

 

一缶開けたのに全く酔った気がしない。

どうやら俺も相当参っているようだ。

 

カフェインに切り替えていったん思考をリセットしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「隣、いい?」

 

顔を上げるとリッカがいた。

 

ちょうどいい、今回の礼に慰めてくれよ。

一人で抱えるには結構辛いぞ。

 

まぁ実際に言うわけは無いんだが。

荷物と違って話したから重荷が減るというものでも無かろうさ。

 

「………………………」

「………………………」

 

無言である。

正直、言える事何にもないぞ。

 

いや、よく見るとリッカの方は何か言葉を選んでいるように見えるな。

 

どうした?

聞きたい事があるならはっきり言えよ。

答えるかどうかは知らんがな。

 

「…こっち向いて。」

 

何?

 

「目。見せて。」

 

答える前にぐいと顔を引っ張られる。

近い近い、年頃の女の子がそんな大胆な事しちゃいけません。

 

「………………………」

「………………………」

 

無言である。

 

いや、どうしたリッカ。何が言いたい。

無言じゃ何もわからんぞ。

 

やや明るめのブラウンの瞳が真っ直ぐこちらを見据えてくる。

ていうか困りますよお嬢さん、そんなに見つめられちゃ流石に照れt「生きてるんだね、リンドウさん。」

 

エスパーかコイツ。

何故わかったし。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「………………………」

「………………………」

 

十センチも間が無いほどに顔同士を突き合わせ。

無言真顔でお互いを見つめる男女の姿。

 

傍から見れば中々異様な光景である。

 

と言うかこれは何かヤバイ。

このままだと色々ボロが出そうな気がする。

 

俺の中でもまだ整理が付いていないんだ。

今の段階でペラペラ喋る程口の軽い人間ではないつもりだ。

 

「逃げないで。」

 

アッハイ。

 

顔を背けようとしたら思いっきり引き戻された。

首が少しコキャッと嫌な音を立てた気がする。

 

「………………………」

「………………………」

 

近い、近いってば。

普通なら嬉しいシーンなのかもしれないが、目が真剣過ぎて普通に怖い。

 

「手がかり、あったんだね。」

 

黙秘します。

 

「リンドウさん、生きてたんだね。」

 

黙秘します。

 

「…帰ってこれる状態じゃ、無いんだね。」

 

黙秘してる意味が無いんだが。

何これ、マジで思考でも読まれてるの?

 

………

 

尋問終了。

結局余すところ無くバレてしまった。

 

俺一言も自白なんてしてないのに。

そんなに俺って顔に出る人なの?

 

「………………………」

「………………………」

 

無言である。

気まずい。

 

とりあえず空気を仕切り直すために、飲み物を買ってきた。

 

うむ、我ながら良案だったようだ。

とりあえずプルタブを起こせる程度には気持ちの整理が付いたと見える。

 

「………………………」

「………………………」

 

「…君は、さ。神機使いがアラガミ化した後の話、聞いたことある?」

「………………………」

 

おいばかやめろ、何のために気持ちを整理させたと思ってるんだ。

 

「介錯、してあげないとダメなんだ。同じ部隊の誰かが、出来うるならその人の神機を使って。」

「………………………」

 

言葉が止まる。

だから言わんこっちゃない。

 

…はぁ。まったくしょうがない。

わかったわかった、お兄さんの負けだよリッカ君。

 

俯いてしまった頭を乱暴に撫でてやる。

優しくない?贅沢言うな。それにこのくらい刺激あった方が精神的に楽だろうよ。

 

覚悟は決めた。腹も括った。

なぁに、今更一人二人増えたところで変わらんよ。

 

場所の当たりはついている。

今なら間に合う公算も高い。

 

汚れ仕事は大人の役目。

サクヤの方が年上だが、まぁ一年程度は誤差だ誤差。

 

 

 

 

 

俺が、介錯しにいくよ。

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

 

 

…いや待てよ?

 

そうか、その手があったか。

でもどうだ、実際いけるのかこれ?

 

…いけるな。いや、我ながら完璧な作戦だろこれ。

今日はマジで名探偵の頭脳が乗り移ってる。

 

もう一回頭を乱暴に撫でてやる。

ちょっと雑過ぎたのか、今度はうにゅっと声がした。

 

「ちょ、ちょっと急に何するの。私は真面目な話をしてるんだよ。」

 

不満が上がるが気にしない。

感謝の気持ちだ受け取っておけ。

 

おっと、こうしちゃいられない。

早速支部長に頼んで手を回さなきゃ。

 

 

 

 

 

--リンドウの探索、()()()()()()()()()()




リンドウは生きているがアラガミ化している可能性が非常に高い。

アラガミ化していれば介錯という名で討伐しなくてはいけない。

討伐してしまえばリンドウの死が確定してしまう。

逆に言うと討伐しなければリンドウが死ぬことは無い。
しかし発見されれば流石に討伐指令が出てしまう。

発見されなければ良い。そもそも介錯は秘匿義務があるので、表沙汰にさえなっていなければ指令が出てもまず特務扱い。

特務部隊の自分が握り潰せばOK。
神機使いのアラガミ化はまず接触禁忌種確定なので、野良アラガミに狩られる心配も無し。

治療法が見つかったらそれを持ってGO。
リンドウ帰還ENDでミッションコンプリート。


以上、完璧な作戦の概要。
なお翌日のサクヤさん見て滅茶苦茶良心が痛んだ模様。


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無口な無口な名探偵-幕間-

Q.相談しないの?
A.自力では閃けなかったので(結果的に)相談したのと一緒。


-Side_部隊長-

 

神機使い・雨宮リンドウ少尉の捜索について

 

~~~

 

1.戦闘現場において死亡、または重傷を負った痕跡無し。

2.現場付近の捜索で発見できないことから、近辺に潜伏している可能性は低い。

3.現時点においても未発見である事から、自ら姿を見せる事が出来ない状況である可能性が高い。

4.上記3の理由は神機の喪失、または腕輪の機能不全により神機を使用できないためと推測される。

 

以上の理由より、現時点においても救助要請の痕跡が無い事から偏食因子の投与猶予期間前にアラガミ化している可能性が非常に高いと推測される。

危険性を考慮して一般隊員による探索を打ち切り、特務案件として処理する旨を提起する。

 

なおソーマ特務曹長は対象と深い交友関係にあり、任務遂行に当たっては懸念点が存在する旨を合わせて提起する。

 

 

--報告者:ユウマ・マカヅチ特務少尉

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ヨハネス・フォン・シックザール-

 

…全く、ほとほと優秀が過ぎる。

手駒に出来ないと聞いた時は少し残念に思った程度だったが。

 

時間外に送信されてきた報告書を見終え、一息入れるように天井を見上げる。

 

邪魔者は排した。

これで計画の妨げとなる者は存在しない。

 

後は穏便に事を収束させるだけ。

 

神機使い達は近頃のミッションに対する成果を理由に押さえつける事が出来るのだが。

上層部の人間をどのように黙らせるか思案していたところにこの報告書だ。

 

本当に手駒で無い事が悔やまれる。

忠誠心は疑うべくも無い。が、首輪の着いていない猟犬など、いくら優秀であろうとも他人から見れば畏怖の対象でしかない。

 

私とて時間が許すのであればこの報告書に頼る気など起こらない。

都合とタイミングが余りに良すぎて、もはや疑わしさしか感じない。

 

だが事は既に進むべき時に達している。それにリンドウ君の事もある。

これ以上時間をかければ、どこから新しいネズミが入り込んでくるかわかったものではない。

 

しかし、惜しいな。

 

ネズミの件さえ目を瞑れば、リンドウ君は優秀な神機使いだった。

計画のためとは言え、失ってしまった事は正直損失に他ならない。

 

実力は彼に匹敵し、忠誠心は彼を凌駕する。

そんな逸材を野放しにするほど、生憎私はお人よしではない。

 

おまけに最近はもう一人。

 

 

そうだな、良い機会だ。

 

この際、彼女と合わせて彼とも機会を設けてみよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_サクヤ-

 

無駄だって、頭の中ではわかってはいる。

けれどそれでも、何か行動せずに入られない。

 

神機使いはそれぞれの役割が明確に決まっている。

属している組織の構成においてもそれは同様。

 

私達はアラガミと対峙し、それらを倒す事が役割だ。

言ってしまえば戦闘部隊のようなものであり、探索においては素人同然。

 

そんな私達が少し探したくらいで見つかるのなら、とっくの昔に見つかっているはず。

頭ではそれが理解できても、心がそれを受け入れる事が出来ずにいる。

 

ふと起こした視線の先には今回のミッション責任者である彼の姿。

いつもの鉄仮面はこちらからは見えず、ただただ窓の外の風景を眺めているように見える。

 

(…もしかしたら、近くの別のエリアに移動したのかも。)

 

あれだけ捜索して見つからないのだ。

既にあの場にはいない可能性が高い。

 

窓の外には雪景色が見える。

鎮魂の廃寺と呼ばれる、ミッションでも訪れる機会の多い場所。

 

(あそこなら風雨を凌ぐ建物も残っている。十分移動できる距離にあるし、怪我をしていてもあそこなら…)

 

折よく近辺を飛行中だ。

少しでいい、今から頼んで寄ってもらえば…

 

(…駄目。いくら何でも、そこまでの迷惑はかけられない。)

 

言いたい。言いたい。

少しで良い。私だけでも構わないから。

 

出来る事なら何でもする。

どうか、どうか頼みを聞いてほしい。

 

心が悲鳴のように叫びをあげる。

声に漏れ出てしまわないよう、唇を噛みしめて顔を伏せる。

 

この任務への同行だって、相当無理を通してくれたと聞いている。

リッカに言われるまで、そんな当たり前のことにすら私は気付けていなかった。

()()()()()だって、もしかしたら私が当事者になっていたかもしれないのだ。

 

それでも彼は、最終的に自分勝手な頼みを通してくれた。

文句どころか態度にだって殆ど出さず、ミッション無視ともいえる探索行為を完全に黙認してくれたのだ。

 

これ以上は頼めない。

私の勝手な感情で、これ以上他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

景色が流れて、雪原の切れ間が映る。

 

 

(…リンドウ。)

 

何処にいるの?

生きているの?

 

…死んでなんか、いないわよね?

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_リッカ-

 

「駄目だよ、渡さない。ツバキさんには私から説明しておくから。」

 

目の前の神機使いにはっきり告げる。

 

私も人の事を言えるほど身だしなみに詳しい訳では無いけれど。

それでも目の前の女性の有様は目に余る。

 

泣き腫らした目に酷いクマ。

どう贔屓目に見てもミッションなんかこなせるメンタルだとは思えない。

 

「でも…!」

「鏡見てきて。そんな顔して出撃しようとしてる人に、私が神機を渡すと思う?」

 

目の前の女性は食い下がる。

納得して引き下がってくれればよかったのだが。

 

私に出撃要請を却下する権限なんて無い。

これは単なる時間稼ぎに過ぎないし、ツバキさんに言ったところで命令となればそれに従わざるを得ない。

 

私だってリンドウさんの件は納得も諦めたつもりもない。

でもだからと言って、それを理由に自棄になっていい訳がない。

 

サクヤさんだって本当は分かっているはず。

分かっているけど、感情の整理が追い付いていないだけ。

 

「………………………」

 

ふと気配を感じて視線を向けると彼がいた。

こちらが気付いたのを認識すると、手に持った紙をこちらに見せてきた。

 

サクヤさんの出撃に関する申請書だ。

 

「ッ貴方ねぇ…!」

 

承認欄には彼の名前が書いてある。

 

紙の中央には()()の文字が押印されていた。

 

………

 

「ゴメン。嫌な役やらせた」

 

謝罪を紡ぐが返事は無い。

代わりに無表情の顔が何も言わずにこちらを向いて…

 

「わっ!?わっ…!」

 

言葉ではなく缶飲料が飛んできた。

急に放られたそれに不意を突かれてしまったものの、何とか落とさずにキャッチする。

 

「………………………」

 

相変わらず言葉は無い。

表情もいつも通りの鉄仮面。

 

-気にするな-

 

ただ、缶を受け取ったのを確認する瞳が、心なしかそう言っているような気がした。

 

缶飲料のラベルを見る。

正直、美味しくはなさそうだ。

 

「…ありがとう。」

 

用は済んだと背中を向けようとした人物にそう呟いた。




次あたりでちょっと時系列が進む予定。


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無口な無口な復帰訓練1

Q.リンドウの件、気にしてないの?
A.生きてるならセーフのスタンス。

某霧映画の結末は認めない。


ここは極東支部のエントランスホール。

暗かった雰囲気も徐々に収まり、ようやく普段の喧騒が戻り始めている。

 

リンドウの捜索が打ち切られてからしばらく。

そろそろアリサが原隊復帰するらしい。

 

とは言ってもしばらくは訓練も兼ねての経過観察との事だが。

まぁ普通に怪我して離れてたのとは少々事情が違うしな。

 

-あの新型、そろそろ原隊復帰するらしいぜ-

-ハッ、ていうかどの面下げて復帰するって言うんだよ-

 

案の定、聞こえてくるのは陰口ばかり。

おいおい止めろよ、どうせ聞くなら前みたいな他愛の無い喧騒の方が聞きたいよ。

 

というかお前ら、俺に何度も尻拭いさせた馬鹿共だろうが。

謝罪はどうした謝罪は。

 

礼は言ったって?

感謝とは言葉じゃなくて金額で表す物って親に習わなかったのか。

 

親はいない?

俺にそれが通じる訳ないだろう。

 

まぁいいや、金を要求したら脅迫だしな。

お仕事と思って割り切ろう。

 

いつか誠意を見せて貰うぞ?たんまりな。

 

さて本題。目の前にいるのは噂の新型。

ある意味、今極東で一番の人気者だ。

 

本当に戦えるようになったのか、原隊復帰の前にある程度実地訓練を挟むという話だ。

俺が呼ばれた理由は単純で、復帰まで面倒を見てやるというお話になったのだ。

 

本来ならリンドウの役目なんだが本人いないし。

タツミも隊長格だが所属が違うし。

経験の長さで言えばソーマでも良いんだが…まぁ不向きか。

 

つまり適材適所と言うわけだ。

決して一人部隊で暇だろうと思われてる訳ではないと信じたい。

 

リンドウ、貸し二つな。一つじゃないのかって?

利子というものを知らんのか。

 

………

 

さて、そんなこんなで引き受けた訳だが一つ問題点がある。

 

アリサは今をときめく新型使い。

近接用の剣形態の他、当然射撃用の銃形態にも対応出来る。

 

俺はご存じの旧型使い。

換装すれば銃型神機も使えないことは無いが、お世辞にも射撃が上手な方ではない。

 

これはちょっと困り事だ。

白兵戦を教えるならまだしも、遠近両用の戦闘スタイルは訓練出来ない。

命がけの戦場行くのに変な癖がついても困るし。

 

まぁ今日の所は置いておこう。

頼むぞ未来の俺。文句は鏡に向かって言ってくれ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

さて現場にやってきた。

 

アリサの様子は…うん、意外と大丈夫そうだ。

まぁ恐怖じゃなくて暗示があの件の原因だしな。

 

один(アジン)、два(ドゥヴァ)、три(トゥリー)だっけ?

1、2の3で発動とかホント腕前は確かだなあのオッサン。

 

カウンセリング帰りにうっかり話を聞いてしまって、気まずいったらありゃしなかった。

おまけに腹いせにお礼参りに行ったら何時の間にか異動になってて、挙句お亡くなりになってたんだが。

 

恐ろしい速さでの因果応報。やっぱり神様って見てるんだね。

ちなみに極東じゃこういう結末を草生えるって言うらしい。

 

大自然の糧になったと表現する辺り、八百万の国の言葉は一味違う。

 

閑話休題、ミッションに戻ろう。

なお今回はアリサは戦闘に参加せず、後ろで見ているのがミッションとなる。

 

まぁさっき見た感じならすぐに戦わせてもいいかなと思ったが。

一応専門家が組んだリハビリミッションなのでそれに従う事にする。

 

アリサに視線を向けると力強く頷きを返される。

うん、良い目だ。意思の力を感じるな。

 

ターゲットが現れる。

スマンな、可憐なレディが見ているんだ。

 

男の子だからな、滾らん方がどうかしている。

やる気を見せないと性的嗜好を疑われてしまう。

 

--恨みは無いが、瞬殺させてもらおうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

暗かった雰囲気も徐々に収まり、ようやく普段の喧騒が戻り始めている。

 

はっはっは、たやすい。

まぁオウガテイル相手にイキるのも恥ずかしいので言わないが。

 

配給ビールで祝杯を挙げる。

リンドウ君貸し三つな。これ俺の配給ビールだから。

 

隣にはアリサが座っている。

目の前にあるのは缶ジュース。流石に酒進めたらアルハラだしな。

 

…いや、ロシア出身だからウォッカの方が良かったか?

ごめん、甲斐性無しの上官で。そこまで強い方じゃないから部屋にも置いてないんだ。

 

耳を澄ませばひそひそ声が聞こえてくる。

まったく、陰口しか叩けんのか。

 

-新型の奴、あの鉄仮面に目を付けられてるぜ-

-そりゃそうだ、あの人なんだかんだでリンドウさんと仲良かったからな-

 

ちょっと待て、聞き捨てならんぞどういう事だ。

まるで俺がアリサにハラスメントしてるような言い草じゃないか。

 

…いや、普通にハラスメントだなこれ。

任務が一緒になっただけの上官が、任務上がりの晩酌に付き合わせてるんだから。

 

おまけに相手はメンタル不調のか弱い女性。

言い訳無用のこの状況。

 

ごめんなさい、そういうつもりじゃないんです。

残りの飲み物全部置いてくから査問会は勘弁してください。

 

「あっ…」

 

後ろから声が上がるが気にしない。

長居は無用、さっさとずらかるとしよう。

 

………

 

「…やっぱり、あの人も私の事…」




どんどん短くなってる気がするが気にしない。
その内短い奴はくっつけるかも。


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無口な無口な復帰訓練2

Q.アリサ曇り気味じゃない?
A.道中はどれほど曇らせてもよい。


ここは通称"鉄塔の森"。

森と言っても木々は無く、鉄塔と言うより廃工場と呼んだ方がしっくりくる。

長年放置された人工物には穴が開き、臭いだけでも身体に悪そうな汚水が水たまりを作っている。

 

「ハアッ!」

 

訓練ついでに、おなじみ定期湧きしてる小型種の掃討が目的だ。

今日の主役はアリサ嬢。気合一閃、アラガミの身体が両断される。

 

うん、順調な回復ぶりだ。

元々実力はある方だったしな。

 

ブランクさえ埋まれば特に心配するようなこともない。

ただまぁ一つ、懸念点があるとすれば。

 

「次ッ!」

 

「そこですッ!」

 

「まだまだぁ!」

 

気迫は良い。

良いんだが。

 

白兵戦ばかりで一度も銃形態を使ってないな。

 

まさか本当に変な癖つけちゃったか?

…あぁいや、多分違うな。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

うん、これはあまりよろしくない。

使わないのと使えないのとではまるで違う。

 

切れる手札は多いに越したことは無いのだ。

 

とはいえどうしよう。

戦線への復帰予定日も近いし、お決まりの時間が解決という手は使えない。

 

いっそ二、三発撃たせてみるのも手の一つか?

的になるのは正直嫌だが、最初から撃たれると覚悟しているならまぁ堪えられない事もない。

 

いや、でもそれで裏目に出たら目も当てられんな。

何か良い手は無い物か。

 

「………………………」

 

…閃いた。別に()()()()撃つ必要は無いのか。

 

極東にはいるじゃないか。

うってつけの教官様が。

 

ついでに言うなら、アリサへの当たりがほとんど無いというのもポイントが高い。

 

思い立ったが吉日。

端末取り出しポパピプペっと。

 

………

 

帰還するヘリの中で端末を確認する。

 

()射姫様からデート了承の返事が届いていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

次の日。

 

昨日と同じ作戦エリアへ降り立ち、神機を担いで前に出る。

今日も今日とて的…もとい、小型種の掃討任務である。

 

なお今日のアリサは訓練の名目で銃形態のみ使用を許可している。

普通に剣で戦われたら何の意味も無いからな。

 

そして隣には臨時講師としてお呼びしたカノン教官。

うむ、思ったよりも良好にコミュニケーションが取れているようで何よりだ。

 

やはり女性同士の方が精神面でよさそうだ。

何より見てる方も心が和む。

 

どうだ羨ましかろうブレンダン君。

今からミッションに飛び入りしてもいいんだぞ?

 

飛び入りしてもいいんだぞ?

遠慮するなよさぁおいで。

 

出撃前にサポート要請したんだが、カノンと一緒の所を見るなり拒否られた。

畜生、要請する順番を間違えた。

一隊長程度の権限じゃ、無理やり連れていけるのは一人までだからな。

 

-えっ!?今日は好きなだけアラガミを撃って良いんですか!?-

 

良い笑顔だ、可愛いな。ミッション指令を見て綻んだ笑顔が忘れられない。

そして愛らしさに目が眩んで、甘い読みをかましたあの時の俺を殴りたい。

 

まぁいいや、済んでしまった事を悔やんでも仕方ない。

諦めて的に徹するとしよう。

 

………

 

カノンを連れてきた理由は簡単で。

自分より酷い人物を見れば、アリサも多少は心の負担が減るかなと思ったからである。

 

自分の意志ではなかったにしろ、結果としてあの有様だったからな。

気にするなという方が無理筋な話である。

 

チラリと二人の方に視線を向ける。

アリサが信じられない物を見るような目で隣の人物を見ている。

 

わかるぞその気持ち。

信じられるか?そこの人、100%自分の意志で引き金引いてるんですよ。

 

カノン曰く、誤射するよりも射線上に入った方が悪いらしい。

俺近接神機だからその辺の感覚がわからない。

 

装填しているバレットもまたひどい。

的になっても大丈夫な算段を立ててたのに、文字通り全部消し飛ばされた。

 

以前一緒になった時に見たカノンのメインバレットは三つ。

近距離用の放射弾、中距離用の重力弾、遠距離用の大型弾の三種類だ。

 

今回二人は射撃戦に専念するので放射弾で焙られる心配は無い。

重力弾…もとい、着弾時爆発の榴弾は弾速が遅いのでその気になれば十分避けられる。

 

大型弾は比較的弾速が速いが、今回の俺の神機はいつものバスターブレードである。

最悪刀身を盾代わりにする事も十分できる。

 

どうだカノン、お前の手の内は全て見切ってる。

アリサのPTSD解消のためにも、思う存分撃ってこい。

 

…そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

あ、ヤバイ。

とっさに近くにいたオウガテイルと体勢を入れ替える。

 

次の瞬間、高速で飛んできた何かにオウガテイルが吹っ飛ばされた。

 

………

 

"極東の誤射姫"の異名は伊達ではなかった。

このタイミングで新兵器を引っ提げて来るとは恐れ入る。

 

その一つが今オウガテイルが吹っ飛ばされた高速弾。

SSサイズの装飾レーザーに()()放射バレットを付けただけのシンプルな代物だ。

 

しかし放射弾だけあって威力は折り紙付き。

おまけに防いだ所で突き刺さるという様は、さながらバリスタのそれである。

それを自身のオラクル量に物を言わせて乱射してくるのだ。

 

一言言っていいか?

こんなの止められるか馬鹿野郎。

装甲どころかアラガミの身体すら貫通してくるんだぞ。

 

アリサ、見てないで早く止めてくれ。

隣のその人正気なんだよ。

 

正気だから、止めないと延々とぶっ放してくるんだよ。

一緒になって撃たなくていいから。

 

………

 

「私、今日誤射が少なかった気がします!」

 

良い笑顔だ。狙って撃ったと申すのか。

隣見てみろ、アリサが何も言えなくなってるじゃないか。

 

いつか絶対仕返ししてやる。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

暗かった雰囲気も徐々に収まり、ようやく普段の喧騒が戻り始めている。

 

今日の打ち上げはカノンも交えてのお茶会である。

飲み物こそ缶の紅茶だが、カノンの手作りクッキーが添えてあるのでティータイムとしては悪くない。

 

まぁ俺は少し離れた位置でお仕事中なんだが。

 

カノン。お前、あのバレット禁止な。

壁にも突き刺さる放射弾とか、マジで死ぬかと思ったぞ。

 

と言うわけで使用制限を提起した報告書を作成中である。

賄賂(クッキー)食べてるのに酷いって?規律と感情は別物です。

 

一段落ついて顔を上げるとさっきのミッションについて話している二人の姿。

うん、アリサの方も色々吹っ切れたようで何よりだ。

 

逆に引き金軽くなってたりしないよな?

怖いからしばらく正面に立つときは気を付けようか。

 

耳を澄ませばひそひそ声が聞こえてくる。

まーたアイツらは性懲りもなく。

 

-新型の奴、今度はカノンと一緒のミッションに連れてかれたのか…-

-もしかして誤射に見せかけてってやつか?あの人もえぐい事思いつくな…-

 

ちょっと待て、聞き捨てならんぞどういう事だ。

まるで俺がカノンを利用してアリサを嵌めようとしたような言い草じゃないか。

 

言いがかりにも程がある。

一回本気でしばき倒して…

 

「君、ちょっといい?」

 

ちっ、命拾いしたなお前ら。

内心毒づいてから声の方に顔を向ける。

 

リッカがいる。

何か知らんがニコニコ顔だ。

 

ちょうどいい、一緒に茶でも飲む?

同じ"しばく"と言うのなら綺麗な女性とお茶する意味の方が良いからな。

 

「カノンの神機の事なんだけど。点検したらリザーブタンクが取り付けられてたんだ。」

 

視線の端、アリサの手を引いて逃げ出すカノンの姿が目に映る。

ちょっとまて、お前何をやらかした。

 

「危ないから、カノンは使用禁止の筈だよね?」

 

知らん。いや、マジで知らん。

重ねて言うがちょっとまて、それが俺に何の関係がある。

 

「君、今回のミッションにカノンをわざわざ指定してたよね?」

「………………………」

 

…ははーん、理解したぞカノン。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()って、そういう意味で言ったのね。

 

………

 

カノン発見、ここであったが百年目だ。

今までの件も含めてたっぷりと…

 

「………………………」

 

…ちっ、命拾いしたな。

今日の所はプリンに免じて許してやるよ。




カノン「お菓子作り置きしておいてよかったぁ…」


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無口な無口な復帰訓練3

Q1.この人食べ物に弱すぎでは?
A1.欲求>感情の人。

Q2.じゃあ食べ物あげれば餌付けできる?
A2.試して駄目だった時は責任取れません。

Q3.カノンちゃんよくやれたね?
A3.怒らせる常習犯なので慣れている。

なおソーマには通じなかった模様。



ここは極東支部のエントランスホール。

少しずついつもの喧騒を取り戻し、神機使い達がせわしなくあちこちを往来している。

 

珍しくターミナルをポチポチいじる。

普段は専用の端末を持っているのであまり触る事は無いのだが。

 

アリサの実地訓練も次で最後。

ちょうどいい相手はいないものかと発注されているミッション一覧をスクロールする。

 

一番手頃なのはコンゴウ辺りなんだが。

最近はめっきり数が減っている。

 

リンドウ捜索の名目で一時期乱獲されたからな。

残念と言うべきかアラガミが減って喜ばしいと言うべきか。

 

代わりに増えているのは大型種。

訓練相手と称するにはちょっと無理がある。

 

おっ、コンゴウ見っけ…と思ったらハガンコンゴウか。

流石に接触禁忌種はNGだ。

 

んー、無い。

まぁ無いんだったら仕方がない。

 

今日の所はお休みにしておこう。

休息を取るのも立派な訓練だ。

 

アリサに連絡を入れておく。

俺も部屋に帰ってティータイムと洒落込むか。

 

 

…え?俺は普通に任務に行かされるの?

 

……………………………………………………………………………………………

 

あれから三日、ようやく訓練にちょうどいいミッションが見つかった。

と言っても受注してるのはルーキーなんだが。

 

結局よさげな獲物が見つからず。

延々と訓練が先延ばしになってしまってた所にルーキーからお誘いされた。

 

まぁ女性からのお誘いは断れないな。

これ幸いと二つ返事で了承した。

 

ターゲットはグボログボロ二体。

通常種と堕天種で飽きがこないのもよさそうだ。

 

それに今回のミッションはルーキーも一緒。

受注主だから居るのは当然なんだが、おかげで万が一の備えも完璧である。

 

見た感じアリサの方も特に問題は無し。

正直、今日の訓練は消化試合みたいなもので終わると思ってる。

 

うむ、今日は楽が出来そうだ。

偶にはこういう役得もいいだろう。

 

 

…どうせ消化試合というのなら、さっさと狩って終わろうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「私達、そんなに信用できませんか?」

 

一匹仕留めたところでルーキーに睨まれた。

ついでにドスの聞いた声でも脅される。

 

いや、どうせ消化試合なら俺が仕留めた方が速いかと思って。

 

だってお互い、その方が楽じゃない?

心配しなくても悪い評価は書かないよ。

 

「………………………」

 

やだ、ちょっとこの子怖い。

黙ってたら目線に殺気が籠められてきた。

 

おかしいな、俺一応上官なんだけど。

そんな目で睨まれたら、お兄さん怖くて何も言えないよ。

マンガやアニメならここで軽口の一つも叩くんだろうが。

 

残念ながら彼女の担ぐ切れ味よさそうなロングブレードがそれを許さない。

ついでにインパルスエッジも付属しているから、焼くも焙るもお好みのまま。

 

戯言なんぞほざこうものなら、十中八九、偏食因子の肥やしにされる。

刺身が本命、対抗でハンバーグ、大穴でたたきが一丁と言ったところか。

 

「…はぁ。」

 

溜息まで付かれてしまった。うーん、最近の娘は扱いが難しい。

まぁ俺は十分若いけど。

 

「アリサ、行ける?」

「…はい、行けます。」

 

ガン付けから解放されたと思ったのも束の間、ルーキーが俺そっちのけでアリサに話しかける。

アリサもアリサで同じように俺そっちのけで返事を返す。

 

うん。これ、普通に俺いらないな。

 

仲睦まじさの中に感じる確かな信頼関係。

やっぱり同年代の方がこの辺の意思疎通はしやすいのか?

 

まぁ俺は若いから関係ないけど。

世代じゃなくて男女差だという事にしておこう。

 

というかルーキー、こうしてみると意外とカリスマもあるみたいじゃないか。

第一部隊の()()()()()()と言う噂も納得だ。

 

とか言ってる間に二匹目のグボロが来た。

さぁ二人とも、気を引き締めて討伐に…

 

あれ?何か向こうも二匹いないか?

残り一匹って話の筈だが。

 

あーそうか、近くに居すぎて一匹分の反応と誤認したって奴か。

良くある話だ仕方ない。

 

アリサとルーキーの表情が強張る。

一匹だと思ってた所にもう一匹付いてきたんだから驚きもするか。

 

まぁいいさ、こういうイレギュラーに備えて補佐役がいるんだ。

一匹は俺が片付けるとしよう。

 

知ってるか?

こういうの、極東じゃ"百合の間に挟まるな"って言うんだぞ。

 

俺の代わりにお前を刺身にしてやるよ。

 

…刺身の方が挟まりやすいような気もするが気にしないでおこう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール…の、片隅に陣取られてるよろず屋。

多少お値段は張るものの、配給では出回らないような嗜好品などを入手できる場所である。

 

「ほらアリサ、遠慮しないで好きなの買いなよ。」

「い、良いんですか本当に?ここ、結構高いみたいですけど…」

 

ルーキーに促されてはいるものの、書かれた値札にアリサも若干引き気味だ。

 

「大丈夫だよ。私たちが払うわけじゃないし。」

「いや、だから余計に気にしてるんですが…」

 

片やジト目で、片や心配そうな目でこちらに振り返る。

いやぁ参ったな。こんな可愛いレディ二人の視線を独り占めとか、男冥利に尽きるというものだ。

 

まぁ現実を直視すると何のことは無い、ただの財布係なんだがな。

勢いに任せて、うっかり獲物を横取りした代償は高かったという事だ。

 

訓練とはいえミッション報酬は変わらず頭割りなんだが、この買い物で俺の取り分は綺麗に吹き飛びそうだな。

 

…いや。これむしろ若干、足が出るかも。

アニメに出てくる上官役がよく金欠描写されている理由がちょっとわかった気がする。

 

というかルーキー、お前菓子ばっかり選びすぎだろ。どんだけ甘味が好きなんだよ。

アリサも吹っ切れたのか遠慮なく砂糖菓子を選び始めたし。

 

太るぞお前ら。

ぷにぷにになったら大笑いしてやるからな。

 

まぁ言ったら刺されるだろうから言わないが。

せっかくアラガミにお刺身役を押し付けたのに、わざわざ串刺し役に立候補する必要は無いからな。

 

-おい見ろよ、今度はもう一人の新型も一緒だぜ。そういやあの二人は仲良かったな。-

-あの人味覚が狂ってるからな。流石に友達が変な物食わせられる所は見てられなかったか。-

 

二人の買い物を見ていたところ、おなじみのひそひそ声が聞こえてきた。

またお前らか…ていうかちょっと待て、聞き捨てならんぞどういう事だ。

 

俺が何時他人に変なものを食わせた。

 

自分が不味いと思う物を勧めるとか普通に嫌がらせだろうが。

俺は()()()()()()()()()()人に勧めた記憶は持っていないぞ。

 

まぁ人の噂なんていい加減だからな。

とはいえ、変な誤解が広まっているのも考え物だ。

 

必要無いとは思うが、一応俺の味覚センスも披露しておくとしよう。

ふむ、茶菓子と言って欠かせないものと言えば…

 

-ペシりっ-

 

「…私達が選びますから。先輩は選ばなくていいですよ。」

 

ごく普通に手をはたき落とされた。

嘘だろ、俺が金出すのに自分で好きなの選べないの?

 




「ちょ…流石にそれはひどすぎなんじゃ…」
「駄目だよアリサ、そんなんじゃこの先、いつか必ず後悔するよ。」

勢い余って二匹倒したらマイナス報酬になったって話。
ちなみにまだ出てないけどルーキーちゃんにはちゃんと名前があります。


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無口な無口な復帰訓練-幕間1-

Q1.(ミッションの)やる気が出たの?
A1.(アラガミを)殺る気が出たの。

Q2.この人知識偏ってない?
A2.セッツブーンに落花生を撒き散らす人。


訓練初日。

耳を塞ぎたくなる衝動に何とか抗ってみせる。

 

耳を塞いではいけない。

これは当然の報いなのだから。

 

あれだけの大口を叩いておいてあの有様。

挙句、私はリンドウさんを…

 

-じゃあ、諦めて受け入れる?-

 

頭の中で反芻される言葉。

迷いを払うように帽子を押さえながら頭を振る。

 

-犯してしまった以上仕方がないと。自分の意志ではなかったにしろ、抗えなかった自分が悪いのだと。-

-許さないよ。私は、それは許さない。-

 

そうだ。私は立ち止まる訳にはいかない。

私にはもう、膝をつく資格なんてものは無い。

 

過去は覆らない。

私がリンドウさんにやってしまった事は変わらない。

 

ならば、ならばせめて私は。

 

-けどね。もし、少しでも諦めようとしない気持ちがあるのなら…-

 

大丈夫。

()()()()()()()()()は、もうあの人に貰ったから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

訓練を終えて帰投し、ソファーに座って手渡された缶ジュースに口を付ける。

 

…ッ!?

 

と同時に思わずえづき、顔を伏せる。

 

何これ?おでんソーダ?

爽やかな醤油の清涼感って…

 

ミッションに同行した人物に目を向ける。

普通に配給ビールを飲んでいる。

 

すみません。私、そっちが良いです。

思わず口から出かけたものの、そんな事を言える立場ではないと頭を振る。

 

復帰に向けた第一歩は、一匹のアラガミを倒すことも無く終わりを迎えた。

訓練向けの討伐ミッションとは言え、ものの十分と経たないうちに小型種の群れは壊滅した。

 

この人の戦闘スタンスは知っている。

けれど今日の戦い方はそれとは違った。

 

文字通りの一方的な蹂躙。

いくら小型種が相手とは言え、並みの神機使いではこうはいかない。

 

…私には到底無理だ。

振るいかけていた心に揺らぎが起こる。

 

いや、ダメだ。

立ち止まる訳には、私はいかない。

 

私にそんな資格は無い。

立ち止まれない理由を、もうあの人に貰ったから。

 

ミッション結果の書類と一緒に、事前に説明された訓練プログラムのリストを読み返す。

 

長期間の不安と抑圧、それに瞬間的に極度のストレスが加わった事が原因のPTSD。

それが私に出された診断結果だ。

 

治療を兼ねた訓練課程は概ね三つに分かれている。

 

第一段階はアラガミそのものに対する恐怖、忌避感の払拭。

第二段階はアラガミとの戦闘。

最後に作戦行動を意識した他者との連携確立。

 

今日のミッション目標は最初の一つ。

 

戦闘行為を行う事無く、可能な限りアラガミと至近距離で対峙する。

捕食の恐怖に曝されながらも、折れることない精神の構築が目的。

 

…大丈夫。私はもう、アラガミごときを恐れない。

それは顔の見えない誰かの侮蔑嘲笑に対しても同様だ。

 

言い訳出来る立場であろうはずがない。

笑われて、見下されて当然じゃないか。

私は、それだけの事を犯したのだから。

 

だけどそれは諦めではない。

受け入れ、その上で恐れず、絶対に乗り越える。

 

きっとそれが、私にできる唯一の償いだから。

 

…ただ。

ただ許されるなら。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

ただそれだけが今は怖い。

 

それまで無くなってしまったら、きっと今度は立ち上がれなくなってしまうから。

 

すがるように顔を上げる。

そこに神機使いの姿は無く、見えたその背に声が上がる。

 

 

青い瞳がこちらを振り向く事は無かった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

訓練開始から数日。

自分の予想より早く戦闘訓練へと移行した。

 

戦闘は良い。

身体を動かすたびに淀んだ感情も振り払われていくような錯覚を感じる。

 

アラガミの身体が二つに分かれる。

手に残る感触に、少しずつだが私はまた戦えるようになってきているのだと実感する。

 

…そう思ったのも束の間。

神機を変形しようとして吐き気を覚える。

 

よぎったのはあの日のリンドウさんの背中。

情けない。私はまだ怖がっている。

 

そんな資格、私にあると思っているのか。

 

もういい構わない。新型が何だというのだ。

変形出来ないのなら、いっそそんな邪魔なものは無くていい。

 

-один(アジン)、два(ドゥヴァ)、три(トゥリー)-

 

リンドウさんを殺してみせた、忌まわしいあの言葉を唱える。

 

-そうだよアリサ!そう唱えるだけで、君はどこまでも強くなれる!-

 

煩い、煩い、煩い。

そんな気休めなんか少しもいらない。

 

アラガミ一匹殺せない女の、いったい何処が強いというのか。

 

-один、два、три…-

 

(один、два、три…)

 

「один、два、три…」

 

один、два、три!

 

咆哮一喝、アラガミを叩き切る。

手の感触はもう気にならない。

 

私は立ち止まらない。立ち止まれない。

()()()()は、もうあの人に貰ったから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…私はそんなつもりで言ってない。」

 

ペチリと両頬を手で挟まれ、不満顔で呟かれる。

 

「呆れた。最近様子が変だと思ったら、そんな事を悩んでたの?」

「ちょ、ちょっとやめてください。恥ずかしいです…」

 

むにむにとそのままこねられてしまった。

鏡を見ずとも、変な顔になってしまっている事くらいは理解できる。

 

「でもよかった…と言っていいかは微妙だけど。てっきりあの人が何かやらかしてるのかと思ってた。」

 

安心したように話してくる声に心が救われる感じがする。

出来れば頬をこねるのを止めてもらえたら嬉しいのだけれど。

 

「大丈夫?ちゃんと訓練させてもらえてる?」

「えぇ、今日もオウガテイルを何匹も斬ってきました。」

「…やっぱりまだ銃は怖い?」

「…はい。」

 

諦めて身をゆだねながら答えを返す。

新型特有の感応現象により、私の心象はこの人には筒抜けだ。

 

「いっそ私を練習台に二、三発撃ってみる?吹っ切る切っ掛けにはなるかもよ?」

「冗談でもそんな事言わないでください…それに、もう頬をこねるのも止めてください…」

 

ちなみにこの人の心象もある程度私に筒抜けである。

今の姿からは想像できない、少し前の彼女を知る事が出来たせいか、その台詞にもあまり動揺せずに返すことが出来た。

 

というか流石にこれ以上こねくり回すのは止めてほしい。

陰口には堪えられても、こっちはこっちで恥ずかしくてつらい。

 

女子二人でじゃれ合う事しばらく。

通信端末が音楽を奏で、メッセージの到達を告げる。

 

送信者は近頃同行を続けている部隊長。

端末を取り出してメッセージを確認し、思わず「え?」と声を上げてしまった。

 

「何て内容?」

「明日のミッション、銃形態のみの使用を認めるって…」

「あの人はまた…それだけ?」

「あと…カノンさんが一緒のミッションだそうです。」

「………………………」

 

こねてくる手が止まった。

チャンスとばかりに抜け出して頬を自分でマッサージする。

 

「どうしたんですか?」

「…私、もしかして発想があの人と同じなの?」

 

…今頃気付いたんですか。

 

貴方たち、意外と似ている所多いですよ。

 




ちなみに隊長さんは遠くで見ていたり。
話かけないのは男が割り込むのも無粋かなと思ってるため。

長くなったので区切ります。
行は増えてるのに文章量は減ってる不思議。


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無口な無口な復帰訓練-幕間2-

Q1.懐から何を出すつもりです?
A1.懐から出るものと言ったらアレしかないやろ。(昔読んだSSより)

Q2.fc(フェンリルクレジット)は電子マネーじゃ?
A2.いつもニコニコ現金払い。


私は幻覚でも見ているのだろうか。

それにしてはリアルな光景で、おまけに爆音と狂気的な笑い声が隣から聞こえてくる。

 

「それは私の獲物だよッ!」

「ちょ、カノンさん!?」

 

射線上には味方がいるが、止める間も無く引き金が引かれる。

この人、躊躇いが無さ過ぎる。

 

向こうも向こうでアラガミを盾にして銃撃を防いでる。

傍目に見れば討伐相手がアラガミなのか神機使いなのか、よくわからない光景だ。

 

「どうしたのアリサさん!さっきから全然撃ってませんよ!」

 

新手が来るまでの若干の間。

先程のテンションを引きずりながらカノンさんからどやされる。

 

「撃たないと訓練になりませんよ!アリサさんの腕なら大丈夫ですから!」

 

その言葉にハッとする。

そうだ、これは訓練だ。撃たない事には何も始まらない。

 

銃器を構える。

昨日のような吐き気はもうなかった。

 

前衛の神機使いに跳びかかろうとするオウガテイル。

牽制とばかりに小口径弾をばらまいて注意を引きつけ、合わせるように前衛が切り捨てていく。

 

「また盗った!私の獲物だって言ってるでしょう!?」

 

ほっといても息絶えるであろうアラガミの破片が木っ端微塵にされる。

 

待ってください、趣旨変わってません?

このミッションって私のメンタルケアも兼ねてるんですよね?

 

別の意味で新しいトラウマが出来そうなんですが。

あの人もあの人で避けれているのがおかしいですし。

 

…駄目だ、これは考えても仕方ない。

私は私で、与えられたミッションをこなすとします。

 

………

 

「私、今日誤射が少なかった気がします!」

 

言葉が出ないとはまさにこの事。

嘘でしょカノンさん。アレ、本当に狙って撃ってたんですか?

 

-いっそ私を練習台に二、三発撃ってみる?-

 

あの人の言葉が頭をよぎる。

いえ、もう大丈夫になりました。

 

今日の光景を見た後なら、私は誤射なんてしませんから。

 

…それにしても。

この人もよくこんな無茶苦茶な事をミッションメニューに組み込んで…

 

 

「………………………………………………」

 

 

いや、これ物凄く怒ってません!?

カノンさん、あれって話し合った上でやったんじゃないんですか!?

 

…まさかこの人、自分に対してもスパルタなんです?

 

……………………………………………………………………………………………

 

何だかんだで訓練も進み。

いよいよ次が最後の訓練となる。

 

終われば晴れて前線復帰。

第一部隊で再び神機使いとして戦場に立つ事になる…のだが。

 

「…はぁ。」

 

端末を見て溜息をつく。

映し出されたのは本日全休とする旨の連絡。

 

かれこれこれで三日連続だ。

 

ここに来て急に足止め。

訓練を終えていない以上、他の隊員についてミッションに赴くことも許されない。

 

何か不手際をしてしまったのだろうか。

思い当たる節は無いのだが、言いようのない不安に心がざわついてしまう。

 

「また何か悩んでる?」

 

顔を上げるとお世話になってる彼女がいた。

缶ジュースを差し出しながら「隣、座るね。」と一言告げて腰を下ろす。

 

「いえ、悩みと言うほどではないんですが…もう三日も訓練がお休みで。」

「…どこか体調でも悪いの?」

 

若干心配そうにされてしまったので慌ててそれを否定する。

 

「私自身は上手くやれているつもりだったんですけど…何か不手際でもしてしまったのかと思って。」

「うーん、それは流石に私にもわからない。いっそ聞いてみたらどう?」

 

なるほど直接聞いてみる手があるか。

しかしそれには問題が一つ。

 

「教えてくれますかね?」

「…駄目かな、自分で言っといてなんだけど。あの人、都合の悪い事は喋れない事を利用するから。」

「最近は聞こえてない振りもしますよね。」

 

無表情なので相手からすればわかってないのか無視しているだけなのかよくわからないのだ。

近くで観察すれば何となくわかるのだが、都合の悪い場合はあっという間に逃げてしまう。

 

ちなみに私達がそれを知ったのはリッカさんとのやり取りを見てたから。

怒るリッカさんを後目に鉄面皮のまま無言の行。挙句逃げ出そうとして後ろから叩かれたのだからしょうもない。

 

となるとやはり待つしかないか。

もどかしさはあれども、文句を言えるような立場ではない。

 

「意外と単にちょうどいいミッションが無いだけだったりして。」

「まさか…」

「物は試し。明日アリサも含めてあの人に同行申請出してみる。」

 

ミッションが無いからお休みってそれも中々すごい話だと思うけど。

ふんす、とやる気の彼女に水を差すのも悪かったのでありがたく受け取る事にした。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…本当にミッションが無かっただけかもしれませんね。」

「むしろ休みを貰うためにアリサをダシにしてた可能性もある。」

 

彼女が申請した同行依頼はものの数分もしない内に承認の返事が返ってきた。

余りの返信の早さに私も彼女も、しばらく開いた口が塞がらなかった。

 

「流石に忘れてただけとかは無いですよね?」

「わからないよ。あの人結構天然だから。」

 

中々酷い評価だ。

でも否定しきれないというのがまた悲しい。

 

…本当に忘れてただけですと言うなら、私怒っていいですよね?

流石にそれぐらいは言う権利があると思うんですけど。

 

まぁ愚痴を言っても仕方ないです。

どうせ真実を知る手段は無いんですから。

 

そうこうしている内に携帯レーダーがアラームを鳴らす。

どうやら討伐対象がまもなくエリアに到達するらしい。

 

ここからが本番だ。

犯してしまった過ちを償うためにも、失敗するわけには…

 

-ぺちっ-

 

「気負い過ぎ。」

 

頬を軽くはたかれる。

不思議と身体から良い感じに力みが消えた気がする。

 

「…はい。」

 

一言だけ返事を返し、気持ちを入れ替える。

同時に討伐対象が姿を現して…

 

あれ?そう言えばあの人はどこに…

 

 

疑問に思った次の瞬間。

 

二つに裂けたグボログボロの向こう側から件の人物が姿を現した。

 

………

 

凄い剣幕だった。彼女の本性を垣間見た気がする。

派手さは無く、静かな感じではあるけれど。

 

後ろ姿からでも感じる威圧感。

多分あれ、睨みつけてもいますね。

 

おまけにこれ見よがしに不機嫌そうに神機を揺らしてる。

雰囲気も相まって、彼女の持つロングブレードが大きな鉈か何かのようにも見える。

 

それでも相手は相変わらずの無言無表情。

本当に鉄でも張り付いているかのような鉄面皮だ。

 

しかしすごいなこの人。

神機凶器を持っている相手に対してもこの態度を貫くのか。

怖い物とかないのかな?

 

「…はぁ、アリサ、行ける?」

 

待つ事数分、恫喝…もとい、威圧する彼女の方が先に折れた。

不意に話かけられて反応が遅れたが、問題無い旨をはっきり返す。

 

再びレーダーに反応あり。

直ぐに残りの一匹がやってきて…

 

「ッ二匹!?」

「近くにいたのね。大丈夫、やる事は変わらない。」

 

視線を交わしてお互い頷く。

元々は二人掛かりで挟み撃ちにする予定だったが。

 

前と違って今回は地の利が生かせる。

中型種一匹程度なら十分渡り合う事が出来る。

 

…ふと初めの頃の同行ミッションを思い出す。

コンゴウ一匹と正面から戦わせられ、情けない姿を晒してしまったあの日の事。

 

ふつふつと気持ちが湧いてくる。

 

あくまで冷静に。

ただちょっとだけ、あの日の悔しさを込めて。

 

 

--今度こそ、私の実力を認めてもらいますから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

いや、個別に対峙した時からそんな予感はしてたんですけど。

 

挟み撃ちが出来なくなったのでお互い正面から一対一の体勢になる。

そうなると必然、三人目は頭数的にノーマークとなるわけで。

 

そして死角や後ろに回り込んでの一刀両断があの人の戦闘スタイル。

そんな人がフリーな状況になったらどうするかなんて、わかりきってたはずなのに。

 

いえ、信じてはいたんですよ?

直前にあれほど怒られたんだから、流石に舌の根も乾かない内にやらかす筈は無いだろうって。

 

二匹が近づいたタイミングでまとめて()()()()

縦に切るなって意味で怒った訳じゃないんですけど。

 

もしかしてこの人。

わかるのは感情の機微だけで、実は人の気持ちと言うものは理解出来ていないんじゃないでしょうか。

 

あの後がまた大変だった。

文字通り激昂して殴りかかる彼女に、所属違いの部下にボコボコにされる部隊長。

 

そのくせ二人して一言も喋らないのがシュールさを加速させる。

私は一体何を見せられていたんだろう?

 

…で。

そんな暴行劇を終えてアナグラに帰投してきたわけですが。

 

「ほらアリサ、遠慮しないで好きなの買いなよ。」

「い、良いんですか本当に?ここ、結構高いみたいですけど…」

「大丈夫だよ。私たちが払うわけじゃないし。」

「いや、だから余計に気にしてるんですが…」

 

チラリと振り返って様子を伺うが、そこにあるのはいつもの青い瞳の鉄仮面。

何を考えているのかはわからないものの、終始懐に手を入れているので少し怖い。

 

というか貴方、あれだけボコボコにした挙句お金まで巻き上げるんですか。

 

「あ、これとかどう?新しい甘味料を使用したビスケットに…あ、こっちは本物の砂糖をコーディングしたドーナツがあるよ。」

 

無邪気にあれこれ選んではいるが、付いてる値札が中々エグい額をしている。

 

「ね?アリサもこれ、一緒に食べよう?」

 

 

……

 

………

 

…ごめんなさい先輩。私、この誘惑には勝てそうにないです。

 

お世話になっている人の無邪気な笑顔。

見ているだけで思わず唾飲む、美味しそうな甘味。

 

あ、これマルメラードに似てる。

でも結構いいお値段…

 

「これ美味しいの?じゃあ一緒に食べようか。」

 

躊躇いゼロでカゴに放り込まれた。

ほ、本当に良いんですかこれ?

 

チラリと後ろを振り返る。

青い瞳は何も答えない。

 

…まぁ何も言わない以上、私があれこれ悩むのも変な話ですね。

割り切って私もお菓子選びを楽しむことにしましょう。

 

………

 

-ペシりっ-

 

「…私達が選びますから。先輩は選ばなくていいですよ。」

 

後ろから伸びてきた手が、ごく普通にはたき落とされた。

嘘でしょ、お金巻き上げられた上に、自分が食べたい物も選ばせてもらえないの?

 

 

…この人だけは怒らせないようにしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_エトセトラ-

 

「いやぁ災難だったな兄ちゃん。まぁ俺は儲かったから良いんだが。」

 

「んで金額なんだが…まぁ多少おまけしてxxxxxってところだな。」

 

「どうした?いつになく固い顔して…てか前にも言ったがその懐に手を入れる癖直してくれよ。」

 

「外じゃ色々物騒なんだ。早く金を払って…ッ!?…ってなんだ、カードじゃねぇか。ビビらせるなよ全く。」

 

「知ってるだろ?うちは現金専門なんだ。カードだと色々面倒だからな。」

 

「どうしてもっていうならそれなりに手数料をいただくが…どうした?」

 

「…マジか。アンタ、マジで有り金全部むしられたのか。」

 

「俺が言える立場じゃねぇのはわかっちゃいるが…アンタ、嫌なことは嫌ってはっきり言った方がいいぞ。」

 

………

 

「マジかよあのルーキー、鉄仮面の有り金全部むしりやがったぞ。」

「新人のやる事じゃねぇな。…ここだけの話、何でもあの鉄仮面と兄妹だとかなんとか。」

「はぁ?ありえないだろ。髪も目の色も何一つ似てねぇぞ?」

「だからだよ。よくあるだろ?"血の繋がらない"って奴さ。」

「…確かにありえそうだな。あの鉄仮面が女に狂うってのも想像できないしな。」

 

 

 

 

 

(…何か今日は妙に視線を感じますね?)

 

(まぁアリサの事を言ってそうな雰囲気でも無し。)

 

(特に気にすることも無いですね。)




なお後日、滅茶苦茶後悔する模様。

いつの間にかアリサの悪評が消えたって?
逆に考えるんだ、それよりヤバいのが現れたと。


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無口な無口な風評被害

Q.何でこの人の下に部下付かないの?
A.会話しないし、単騎特攻するし、フレンドリーボムをお見舞いするから。

駄目な隊長の見本例。
なお、言えば普通にしてくれる模様。


ここは極東支部のエントランスホール。

以前の喧騒を取り戻し、神機使い達がせわしなくあちこちを往来している。

 

今日は久方ぶりの休暇である。

アリサの訓練が終わった後、ようやく()()()お仕事に精を出す事が出来た。

 

リンドウの一件を経て他の神機使いの意識にも変化があったらしい。

救援依頼は目に見えて数が減り、代わりに万が一に備えた後方支援の件数が増えた。

 

うん、こういう依頼の仕方であればまぁ許容範囲だ。

欲を言えば自分たちで済ませろと言いたいところだが、それを言ってしまうと俺の仕事がなくなってしまうからな。

 

身の丈知らずの無茶をしといて"死にたくない"と叫ぶ馬鹿は気に入らんが。

"死にたくないから"と事前に助けを求めてくる奴は嫌いじゃない。

 

人間、死んだらそれでおしまいだからな。

目の前で両親喰われた俺が言うんだ間違いない。

 

まぁ俺の話はどうでもいいや。

 

とにもかくにも、ここ最近はお忙しく働かせていただいた結果、ようやく仕事も一段落してお休みタイムと言うわけだ。

報酬で懐も少し温まったので言う事無しである。

 

…ん?あぁ、第一部隊は今から出撃ブリーフィングか。

 

しょうがない、ここのテーブルは明け渡すとしよう。

流石に真面目に働いている同輩の邪魔は出来ないからな。

 

 

まぁ後で煽りはするけど。

これも愛嬌という奴だ。

 

………

 

階下に移動し、壁際に寄りかかって酒を呷る。

ビール一缶で十分酔える体質、安上がりで大変よろしい。

 

「…またお酒飲んでる。」

 

人聞きの悪い事を言うな、誰がアル中の酒カスだ。

休暇中に酒を飲んで何が悪い。

 

部屋で飲めと言われたら言い返せないが。

というか今話しかけてきたの誰だ?

 

わざとらしくキョロキョロして子供心を煽ってやる。

わかってるけど、からかうと反応が楽しいし。

 

「もう!貴方わざとやってるでしょ!」

 

イエスレディ、よくご存じで。

()()に似て聡明でなにより。

 

視線を下げれば裕福そうな少女がそこにいた。

表情は華麗というより年相応の可愛らしい怒り顔をしていたが。

 

「何時もそうやって子ども扱いして…それより!何時になったらミッション受けてくれるの!」

 

ふてくされてたと思ったら急に怒りの矛先が変わる。

やれやれ、お子ちゃまはこれだから。

 

というかはて、何の話だ?

民間向けのミッション受注なんて聞いた事無いんだが。

 

「貴方の噂は知ってるの。お金を積めば仕事請け負ってくれる"何でも屋"さんだって聞いている。」

 

おい待て、何だその悪意全開の肩書は。

どこの誰が金を積めば何でもするって…

 

「………………………」

 

あながち否定出来んかもしれん。

独立遊軍といえば聞こえはいいが、要は体のいい何でも屋のお助け部隊みたいなもんだからな。

でもだからって金で何でもするわけじゃ…

 

いや、ミッション報酬出てるからそれも強く否定しきれん。

実際、タダ働きだったら怒るしな。

 

待って。まさか俺、巷でそんな風に言われてるの?

納得いかねぇ、真面目に働いてただけなのに。

 

少女が何か言ってるが気にしない。

どうせいつものお兄様の事を調べてきてって話だろうし。

全く、ソーマも変に隠すからこういう面倒な話になるんだ。

 

しかし何でも屋ねぇ…

味覚音痴とか後輩いびりとか、根も葉もない悪評よりはマシかもしれんが。

 

俺、一応正式な部隊長なんだけどな。

他に隊員いないけど。

 

………

 

階上からルーキーのリーダー着任についてのあれこれが聞こえてくる。

 

「こういうの、何つったっけ…下剋上!?」

 

止めろコウタ君、その言葉は俺に効く。

 

あのルーキーもこのミッション明けには正式に部隊長。

隊員数は総員五名の大所帯だ。

 

片や隊員数ゼロの幽霊部隊。

おまけに主要な任務内容も特に決まってたりはしない。

一応特務もあるんだが、公に出来ない以上は無いも同じ。

 

「………………………」

 

いいさ。俺、少尉様だし。

頭が高いぞルーキー、こちとら上官様だぞ。

 

まぁ一月もすればあっちも昇進すると思うけど。

短い間だが、精々上官面させてもらうとするか。

 

 

というか支部長、マジで俺の部隊増員してくれよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の支部長室。

着任時を除いて一般隊員が訪れる事はほぼ無く、上層部や隊長クラスの人間のみが訪れるような場所。

 

部屋に入るとルーキーがいた。

まぁ呼ばれた要件を聞いた時点でいるとは思ってたが。

 

何の事は無い、ルーキーも晴れて特務部隊の仲間入りである。

これで名実ともにリンドウの代わりとして抜擢されたと言うわけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

権限付与されたら特務案件も閲覧できるようになるからな。

今時点で下手に探索に行かれても困るし。

 

まぁそれ以外の心配は特にない。

今となっては普通に優秀だしなこのルーキー。

 

この前のアリサのミッションでも思ったが、動きや判断には迷いが無い。

不測の事態に対しても咄嗟に最適解の戦術を組み立てる事が出来る。

 

それに本人の戦闘能力も上々。

自分を犠牲にしてとかやらない限り、俺から言う事は特にない。

 

「まぁ、そうは言っても急にリーダーに任命されて君もまだ困惑する部分はあるだろう。差し当たり、今後の事はそこにいるユウマ君に相談すると言い。」

 

…何だって?

視線が思わず支部長の方に向く。

 

「知っての通り、彼はリンドウ君に並ぶベテランだ。リーダーとしても特務隊員としても高い経歴を持っている。会話だけは難があるだろうが…普段の君達の話を聞く限りでは問題無いだろうと判断した。」

 

リンドウ君に並ぶベテラン。

うむ、事実なだけに鼻が高い。

 

特務隊員としても高い経歴を持っている。

うん、相当こき使われてますからね。

 

リーダーとしての経歴?

万年一人部隊の何処に経歴が積まれているんだ。

 

普段の君達の話?

上官なのに有り金全部お菓子に変えさせられたんですが。

 

「表向き上、正式な形には任命できないが…君もようやく、念願の部下が出来たな。」

 

微かではあるがいい笑顔だ。

イケメンってこういうのを言うんだな。

 

でも違うそうじゃない。

まさかそれ、ドヤ顔の微笑みなんじゃあるまいな。

 

俺は表向きで欲しいんだよ。

 

だいたい同じ特務部隊なんだから、部下じゃなくて同僚じゃん。

既にソーマが同僚だよ。

 

隣を見るとルーキーもこっちを見ている。

 

「そう言えば部隊長でしたね。就任祝い、期待してます。」

 

張り倒すぞお前。

可愛いは正義と言っても限度があるぞ。

上官から金巻き上げて楽しいか?

 

頭きた、いい機会だしルーキー扱いは止めてやろうと思ってたが。

就任祝いに、これからも【ルーキーと呼んで貰える権利】をお前にやるよ。

 

 

差し当たり、次の同行申請にルーキーって書いてやる。




-後日の出撃前-

「…あの人、まさか私の名前を知らないの?」(←メンバー欄の名前を見て震えてる。)



改めて見返したら和風趣味は榊博士の方だった件。
しれっと直しておきましょう。

続けばタイトルに"1"って付くかも。


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無口な無口な風評被害-Outer_Side-

Q.ルーキーちゃんの名前なんて言うの?
A.これがハルオミさん流ナンパ術(白い目)

ルーキーちゃんの名前登場。


最近気になる事がある。

 

ここに来た当初は噂の新型として。

鳴り物入りで入ってきたそれを、周りは文字通り"新型使い"と呼称した。

実は最初、周りの旧型使いの人達にアリサと同じような感情を抱いていたのは内緒だ。

 

部隊に所属してしばらくは新人として。

語呂が良かったのか、リンドウさんは事あるごとに私を"ルーキー"と呼んでいた。

アリサが文句を言った時は便乗して怒ったものの、後々考えるとあの呼ばれ方に慣れていた自分がちょっと怖い。

 

そして現在は隊長として。

第一部隊を率いるものとして専ら"リーダー"と言う呼び名を頂いている。

 

それ以外にも"アンタ"とか"君"とか"貴方"とか。

全部、私を呼ぶときに出される言葉だ。

 

「………………………」

 

もしかしてですけど。

 

私の名前、実は知られていなかったりします?

 

……………………………………………………………………………………………

 

-コウタの場合-

 

「え?アンタの名前?もちろん知って…あれ?そう言えば聞いたこと無いような…」

 

「タンマタンマ!待って、今思い出すから!えっと、…ルーキー…じゃないよな?」

 

残念ですコウタ。

良いお友達になれたと思ってたのに。

 

リーダー命令です。ちゃんと覚えてくださいね?

とりあえず拳でおつむにインプットしておきましょう。

 

………

 

-アリサの場合-

 

「貴方の名前ですか?いえ、当然知ってはいますけど…」

 

「ルミナですよね?確か"光"を表す言葉だとか…キャッ!?」

 

正解です。やっぱりアリサは優秀な人です。

御褒美のハグをあげましょう。

 

ハグは親愛の基本。

ノルンのアーカイブにも書いてありました。

 

あれ?でも私、名前の由来まで話した事ありましたっけ?

もしかしてこの前の感応現象で知ったとか…

 

 

うん、他の人にも聞いてみましょう。

 

………

 

-リッカ&サクヤの場合-

 

「君の名前?もちろん知ってるけど…サクヤさんは?」

「えぇ、当然知ってるけど…どうしたの急に?」

 

当然の疑問ですね。

付き合いもそこそこになる人間が、突然名前を知っていますかと聞いてきているのですから。

 

理由を説明して再度聞いてみる。

ありがたい事に二人とも当たり前のように名前を答えてくれた。

 

「ちなみに由来とか知ってます?」

「"星光"とか"月明り"を表すんだっけ?」

「淡い光とか、確かそんな感じじゃなかったかしら。」

 

素晴らしい、二人とも完璧です。

お二人にも御褒美のハグを進呈です。

 

二人してちょっと困惑しているような顔をしていますが気にしないでおきます。

リーダー権限と言う事で納得しておいてください。

 

ここまでの戦績は三勝一敗。

もう勝ちは確定してはいますが、一つ懸念点が残ってますね。

 

 

最後の確認に行きましょう。

 

………

 

-ソーマの場合-

 

「…お前の名前?」

 

「知るかそんな物…おい、何を妙な動きをしている。」

 

まぁソーマはそう言うと思いましたが。

私が求めている答えはそれではありません。

 

真面目に答えないと面倒な事になりますよ?

 

「…チッ、ルミナだろ。ルミナ・フォンブラウン。何なんだ一体…ッおい何しやがる!」

 

正解です。フルネームで答えてくれたので由来についてはおまけしておきます。

それではご褒美のハグをプレゼント…何故嫌がるんです?

 

女性からの抱擁は嬉しい物って前に雑誌で読んだんですが。

私では嫌ですかそうですか。

 

 

何かムカムカするので、今度は皆の前でやってあげますね。

 

……………………………………………………………………………………………

 

その後も色々な人に聞いてみましたが。

やっぱり皆さん、普通に私の名前は知っているようです。

 

流石に由来まで知っている人はそこまでいませんでしたが。

まぁ普通はそんなものでしょう。

 

あ、ただし私の名前を"R"で書きながら答えた人は許しません。

何で許さないかは次の時までに調べておいて来てくださいね。

テストに出しますから。

 

「"リーダー"って呼ばれるの、そんなに気にいってなかったりします?」

 

いや、別にそんな事は無いのだけれど。

そもそもこんな聞き込みを始めたのにはちゃんとした訳がある。

 

「これ、この前のミッションの同行申請なんだけど。」

 

書類をアリサに手渡す。

上から順に目を通していたアリサだが、あるところで怪訝そうな表情を浮かべて目線を止める。

 

「あの、ここに書いてある"ルーキー"って。」

「うん私。何がひどいって、それで普通に私宛に申請が発注されてきたんだよね。」

 

つまりこのアナグラでは"ルーキー=私"の構図が出来てしまっているという事だ。

まぁちょっと前までは確かにその通りだったし、それ自体に反感はそこまでないのだけれど。

 

「もしかして、自分の名前がルーキーって思われてるんじゃないかって思ったんですか?」

 

流石はアリサ、理解が早い。

なのに頷いて見せると呆れたと溜息混じりに返された。解せない。

 

「普通に考えたら、ただのニックネームだってわかるじゃないですか。」

「ちなみにコウタはそうは思ってなかったけどね。」

「…どん引きです。」

 

思わぬ所でコウタの株が下がってしまったがまぁ気にしない。

乙女心を傷付けた代償は高いのだ。

 

さて、ここからが本題。

 

「この人、私の名前知ってると思う?」

「それは当然………………」

「…間が長いようだけど?」

「ごめんなさい、断言できないです…」

 

うん、別にアリサには怒ってないよ。

ちょっと意地悪言ってみただけ。

本命はこれを書いて送ってきた人なのだ。

 

あれだけミッション申請をやり取りしているので流石に知らないとは思えないけど。

ならこのタイミングでわざわざこう書いてきた理由は何だという話である。

 

わざとだったらパンチで教える。

知らないというならパンチで教える。

 

どっちも同じ?

それはそうだ、私は怒っているのだから。

 

 

…あ、そうだ。そう言えばもう一人いた。

 

 

ちょうどいい、先にそっちを済ませてしまおう。

 

………

 

「ヒバリさん、ちょっといい?」

「はい?どうしましたかリーダーさん。」

「これ、この前のミッションの同行申請なんだけど。」

「あぁ、ユウマさんからの奴ですね。それが何か?」

「私の名前、ご存じです?どうしてこれで私宛に届いたんでしょうね。」

「………あ。」

 

ギルティ。

まぁ女性ですし、ほっぺむにむにの刑で許してあげますよ。

 

 

…タツミさん、どうかしました?

何か羨ましそうな眼をしてますが。




改めて"ルミナ・フォンブラウン"ちゃんです。
よろしくお願い致します。

なお、【ルーキーと呼んで貰える権利】があるのでこれからもルーキーちゃんと呼ばれます。


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無口な無口な交友関係4

Q1.無口直そうとしないの?
A1.そもそも無口の自覚が無い。

Q2.無表情直そうとしないの?
A2.無表情の自覚も無い(表情筋が固いだけ)。

Q3.酔ったら直るの?
A3.その前に潰れます。



「ヨハン、あの子も飼い犬にしようというのかい?」

 

眼鏡のレンズ越し、細く鋭い目がこちらを見つめてくる。

 

相変わらず食えない男だ。

昔からこういう所は変わらない。

 

適当に言葉を濁して会話を躱し、やがて特異点の情報へと話を続ける。

 

「キミはキミで探させているようじゃないか。そっちの方はどうなんだい?」

「思わしくは無いな。やはりソーマ一人だけではどうにもならない所ではあるらしい。」

「…例の"猟犬"君を使ってみてもダメなのかい?」

 

意地の悪い言い方だ。

こういう所が食えない男と評される点だと言っているのに。

 

「言葉を選んでほしいな榊博士、彼は犬ではなく、歴とした極東支部古参の神機使いだ。一個人に仕える人間じゃない。それに…」

 

首輪の付いてない猛獣を手飼いにするほど、私は酔狂な人間じゃない。

そう答えた瞬間、思考の読めない細い瞳が我が意を得たりとばかりに輝く。

 

「そうかいそうかい!なら丁度いい。彼の事、しばらく私にも貸してくれないかな?」

「何?」

「私の肩書は言うまでもないだろう?場合によっては直接事象を観察したい時だってある。だが…」

 

疑わし気な私の視線を気にせず、目の前の男は話を続ける。

 

「科学者というのは臆病な人種でね。信頼できる神機使いが傍にでもいないと、アラガミが闊歩する外なんか怖くて出歩けた物じゃないのさ。」

 

なるほど、ボディーガード代わりにしようという訳か。

それにしても猟犬呼ばわりしておきながら、信頼できるとはよくも言う。

 

「護衛付きとはいえ、わざわざ現場に出向くとは。君も酔狂な人間だな博士。」

「酔狂でなければ科学者なんか務まらんよ。」

 

さも当然と返されてしまっては言葉が無い。

 

…まぁいい。幸い、新しい第一部隊のリーダーは想定よりも優秀だ。

彼を博士に預けたところで計画にそこまで影響は無いだろう。

それに傍に置くなら、手綱の取れる相手の方が都合が良い。

 

「わかった。近いうちに君の所へ顔を出すよう言っておく。」

「そう来なくっちゃねヨハン。では、今日の所は失礼するよ。」

 

………

 

「…さて、賽は投げられた。出来れば、どちらか一方は手に入れておきたいところだが。」

 

「二鳥を得るか、二兎とも得られずか。まずは結果を御覧じろってね。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている。

 

あっという間に休暇終了。

やっぱりフェンリルってブラックだな。

 

まぁ神機使いは万年人手不足なので仕方ない。何せ離職率が半端じゃないからな。

それでも最近はマシになってきた方ではあるが。

 

いつぞやタツミが教えてた新人なんて、気付けば中堅どころというのだから驚きだ。

今度また酒でも持って行ってねぎらってやるかな。

 

ルーキーに至っては今や第一部隊の筆頭。

"噂の新型"から"噂の神機使い"に見事なジョブチェンジである。

 

物騒な二つ名も付き始めてるようだが、まぁ見なかった事にしておこう。

一緒にミッションに行った感じではそんな風じゃなさそうだしな。

 

見てるかツバキ教官、あのルーキーは俺が育てた。

実際に育てたのはほとんどリンドウだけど。

 

後方部隊長面とは人聞きの悪い。

関わりはあったんだから、ちょっとくらいドヤ顔したっていいだろう。

 

流石に実際に言ったりはしないがな。

鼻で笑われるのがオチだろうし。

 

「任務行かないんですか?サボってちゃダメですよ。」

 

缶ジュースを飲みながら取り留めもなく考えていると、噂の人物が話しかけてきた。

サボりじゃなくて出撃待機中です。

 

後ろを見れば第一部隊の面々がいる。

どうやらこれから出撃する模様。うん、アリサも完璧に立ち直ったみたいだな。

 

見てるか支部長、アリサは俺が立ち直らせた。

こっちは半分本当だし、まぁこう言ってもいいだろう。

 

何なら金一封でも欲しい所…いや、やっぱりいいや。

また怪しいオッサンをけしかけられて、変な暗示でもかけられたら堪らない。

 

「おい、何サボってる。さっさと行くぞ。」

 

だからサボりじゃなくて出撃待…やべ、ソーマだ。こっちは本当だから反論出来ん。

いやぁ、ジュース飲んでから向かおうと思って。

 

というかわざわざ呼び来るとは意外だ。

てっきりイライラしながら待ってるものかと。

 

まぁ言うと怒られるから言わないけどな。

視線が痛いが気にしないことにしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"愚者の空母"。

時刻はもうすぐ夕暮れ時、完成間近と噂されるエイジス島が映える風光明媚な場所である。

クルリと振り返れば動かなくなったスクラップが、文字通り瓦礫の山河を形成している。

世の無常を感じるな。

 

まぁそれはいい、景色を満喫するのは後でもできる。

今は真面目に任務をこなそうか。

 

本日の獲物はテスカトリポカ。

クアドリガ神属に属する接触禁忌種の一体である。

 

本当、いつ見ても戦車か機動兵器にしか見えんなアレ。

初めてクアドリガと戦った時なんか、差し向ける相手間違えてるぞと叫びそうになったからな。

 

思わずグレネード(本物)を投げてしまったのは良い思い出だ。

いや、初見でコイツをアラガミと思う奴はおらんだろ。

 

おかげでアラガミ相手に爆弾投げつけるアホがいる、と言わんばかりの視線を向けられてしまった。

腹いせとばかりにクアドリガをズタボロにしてしまったのも若かった故仕方ないと言える。

まぁ俺は今でも若いけど。

 

思い出にふけるのはこの辺りにしておこう。

そろそろあちらも射程距離に入るはず。

 

「おい。」

 

隣からぶっきらぼうな声がかけられる。

 

「わかってるな?いつも通りだ。」

 

近頃ミッションで一緒になる度に言われるお決まりの台詞だ。

全く、こんなに根に持つ性格とは思わなかったぞソーマ君。

 

「俺が前、お前が後ろだ。間違っても俺と一緒の方に来るなよ。」

 

はいはい、言われなくてもわかってますよ。怒るのが目に見えているので言わないが。

それに俺自身も背面強襲が基本スタンスなので特に異論はない。

 

さて、接触禁忌種が相手とはいえ。

こっちは極東でも有数の古参二人。

 

 

戦車もどき一匹潰すのに、ランタンなんかいらないと証明して見せよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ソーマが真正面から全面装甲を叩き割る。

 

相変わらずのバケモノじみた馬鹿力だ。

あんな細身のくせして、どこにそんな筋肉を積んでるんだか。

 

俺はか弱いからあんな真似は出来ないからな。

後ろからこっそりと削らせてもらおう。

 

まずは後ろ足。

関節部分に狙いを定め、横薙ぎにチャージクラッシュを叩き込む。

 

鈍い音を立てておかしな方向にへし曲がる。

残念、一撃では斬り飛ばせなかったか。

 

まぁ引き切るから問題無いがな。

戦車相手に慈悲は無い。

 

ブチリ、と耳障りな音を立てて足が千切れた。

同時に咆哮と共に巨大な車体がこちらへと向き直る。

 

ミサイルか、流石にそれは受けられん。

大きめの瓦礫を盾にしながら後退する。

 

はっはっは、カノンに比べれば温い温い。

アラガミをぶち抜き、壁にまで突き刺さるバリスタ弾に比べればあくびが出るな。

 

…実はカノンは人型のクアドリガ神属だったりして。

 

アホな妄想は止めておこう。

というかお前、こっちばかり気にしていいのか?

 

後ろの()()は俺よりずっと()()()()だぞ?

 

思った傍から咆哮が上がる。いや、どちらかといえば悲鳴に近いか。

正面からでもわかるくらい、派手にオラクル細胞が飛び散ったのが見えた。

 

再びアラガミが向こうへ体勢を変えようとする。

だが残念、それを見逃すほど俺はお人よしではない。

 

振り向き様にタイミングを合わせ、前足を斬り飛ばす。

結果、片側前後の足をもがれたアラガミが自重を支えきれずに倒れ込む。

 

さて、勝負ありというやつだ。

やはり挟み撃ちだとやりやすい。

 

バランスが取れないから起き上がれないだろう?

もう片側も切ってやればまだ戦えるだろうが。

 

生憎とそんな優しい性根は持ち合わせていない。

人気商品だからな、慈悲の心は売り切れなのだ。

 

それでは楽しい追剥ぎタイムといこうか。

ソーマと二人、示し合わせたように前後から神機を振り下ろす。

 

 

五分と経たず、アラガミの活動反応は消え去った。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

怪我をした神機使いがお世話になる場所だが、簡単な治療で済むのであれば個人で備え付けの薬品などを利用する事も出来る。

 

ミサイルの破片が顔をかすめたのか、いつの間にか切り傷が出来ていた。

ほっといてもよさそうだが一応消毒して絆創膏を貼っておく事にした。

 

まぁ跡になってもそれはそれで気にしないが。傷は男子の勲章とも言うし。

むしろ男前に拍車がかかってしまうなハッハッハ。

 

言ってて虚しくなる。

この話は止めようか。

 

傷と言えば。

確かソーマも途中腕に破片を受けていた筈だった。

 

破れた服には確かに血が滲んでいた。

それで帰投時に声をかけようと思ったら、いつの間にか傷が無くなっていたのに気づいた。

おまけに見間違えたかとも思ったが、血が滲んだ服はそのままだったのでその可能性も無い。

 

なるほど、アレが噂の化け物の正体という奴か。

 

「………………………」

 

言うほど忌み嫌うものかアレ?

 

言ってしまえば単に傷の治りが物凄く早いというだけだろう?

体格に似つかわない馬鹿力の事も指してるかもしれんが。

 

別に取って食われるという訳じゃなし。

真実を知ってしまえば拍子抜けもいい所である。

 

囃し立ててた輩の人間性が知れるな。

俺の好感度がマイナス5だ。誰が言ってるのかは知らんけど。

 

ただまぁ、この辺りは余人の知らない事情もあるんだろう。

気にするなと赤の他人が口出しするようなことではない。

 

………

 

廊下に出るとちょうどソーマもやってきた。

どうやら飲み物を買いに来たらしい。

 

ちょうどいい、奢ってやるよ。

偶には年上らしいところを見せんとな。

 

コーヒーを二本買って一つを放り投げる。

ナイスキャッチ、やっぱり怪我はもう完治してるようだな。

 

「…いらん。テメェの分はテメェで買う。」

 

差し返されたが無視して廊下を後にする。

どうせ素直に受け取らんのはわかってたし。

 

流石に口も付けずにゴミ箱に叩き込んだりはしないだろ。

返すのも無理となれば諦めて飲むしかなかろう?

 

「…チッ。」

 

後ろから舌打ちされたが気にしない。

野郎のツンデレに興味は無いんでな。

 

 

缶のプルタブを空けながら歩き飲みする。

あぁ、今日も茶がうまい。

 

………

 

…部屋に戻る途中、歩き飲みするなと怒られてしまった。チッ。




味覚音痴の噂を知っていたため、飲むまでにたっぷり缶を調べた模様。


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無口な無口な交友関係5

Q.支部長はどうすれば子飼いに出来たの?
A.ボーナス or 欧州土産をあげればよかった。

単純な事ほど気付かないし、誰も実行しないもの。


人生とはままならないものである。

 

「君は、ペイラー博士とは面識があるかな?」

 

特務案件の報告書を提出し、部屋を後にしようとしたタイミングでそう質問された。

御存じありませんね。どこのどちら様の事でしょうか?

 

喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込む。

白を切り通すにしても、自分は流石に古参が過ぎる。

 

だって正直、関わり合いたくないんだもの。

フェンリル関係者の上にそこそこ権力を持った科学者とか、胡散臭い事この上ないし。

 

「彼から直々に君の御指名があった。何でも、現地視察の際のボディーガードにとの要望だ。」

 

と思っていたところにこの言葉。

何だビビらせやがって。普通の護衛ミッションの依頼じゃないか。

てっきりモルモット候補にでもされたのかと思った。

 

疑い過ぎ?糸目、眼鏡、研究職の権力者なんて怪しい以外の何物でもないだろうが。

よく見るぞアーカイブのアニメでそういうの。

 

まぁ俺は人間の出来た良い大人である。

現実の世界に二次創作のイメージを持ち込んだりはしない。

お仕事と思って割り切るとしよう。

 

しかし護衛。護衛かぁ。

守る戦いは苦手なんだが。

 

生き延びる術というなら得意なんだが。

何しろ俺は()()()()()()()()生き延びてるからな。

 

 

 

冗談だ笑えよハッハッハッハッハ。

 

 

 

まぁこの辺にしておこう。

ブラックジョークは適度に抑えるのが出来た大人というものだ。

 

………

 

「いやぁよく来てくれたね!無理言ってヨハンに頼んだ甲斐があったというものだ。」

 

ズイッと顔が近づけられるが、余りに突然の出来事に反応出来ず間近で顔を突き合わせてしまう。

 

近い近い。何だったら絶賛来た事後悔してますよ。

こういうシチュエーションは異性だけに留めておいてもらいたいものである。

 

まぁ拒否権なんて無いも同然なんですがね。

宮仕えの下っ端の悲しい所である。

 

「ホント助かるよ。何しろ特務案件が受注できる神機使いは片手で足りるほどしかいないからねぇ。」

 

ようやく顔が離れたところで一息つく。確かに言われてみればこれは普通に特務案件か。

何しろ極東支部でも有数の重役がアラガミの跋扈する現場に出向きたいというのだから。

 

何故出向かなければならないのかという理由は説明されたがいまいちピンとこなかった。

孤児院の出身なのでそこまで頭の出来には期待しないでもらえると嬉しい。

 

そんなこんなで次のミッションは博士の御守…もとい、護衛しながらの調査ミッションと決まった。

これもまぁ良い経験か。それにお偉いさんに顔を売っておくのも悪くは無い。

 

「…さて、ここまではお堅い職務の話。ここから先はプライベートな相談なんだが。」

 

ミッションの話に一区切りついたと思ったところでそう切り出される。

 

「君、ヨハンから特異点に関する話は聞いているかな?」

 

あぁ、エイジス計画の要になるというアラガミの話ですか。

一応聞いてますがそれが何か?

 

「難しい話じゃない。もし君がそれらしいのを見つけた時は…ヨハンより先に、私に教えてくれないかという相談だ。」

 

眼鏡の奥で細い瞳が怪しい輝きを帯びるのを感じる。

 

…やっぱり科学者なんて信用できないじゃないか。

支部長を出し抜く気満々だよこのオッサン。

 

「科学者たるもの、新発見はいの一番に観察したいというのが人情さ。だが組織という構造上、ヨハンに連絡してしまえば観察できるタイミングが一も二もなく後回しにされてしまう。」

 

-そんなこと、この私が我慢できると思うかい?-

 

いや知らんがな。

いい大人なんだから我慢してくださいよ。

 

「もちろん、タダでとは言わない。君が仮にそれを飲んでくれるというのなら…」

 

ごそごそと背後から風呂敷包みを持ち出し、結び目を解いてテーブルの上に広げて見せる。

現れたのは初めて見る絵柄のパッケージに包まれた携行食料(レーション)。

 

「私はアナグラの食料開発局の担当でもあってね。これは試作品だが、()()()()という事でそれなりの数を仕入れることができる。」

 

-聞くところによれば、君は随分な健啖家だというじゃないか。私に協力してくれるなら、喜んで試食品の融通をしようじゃないか。-

 

マジかこのオッサン。

金でも地位でもなく、たかだか食い物で神機使いを買収しようと言うつもりなのか。

 

「何、あくまで私的な頼みだ。報酬がこの程度なら断るのも簡単。金銭や役職の保証を持ち出すよりも、よっぽど健全な取引だとは思うがね。」

 

いや、それはそうなんだろうが。

でもこれに乗ると言うのもそれはそれで…

 

………

 

「………………………」

 

モキュモキュモキュ。うん、美味い。

咀嚼するほど、カラメルソース(?)がこれでもかと言わんばかりに歯と舌に絡みつく。

加えてじゃりじゃりとした砂糖の舌触りがまた食欲を刺激する。

 

これは濃いめの茶が欲しくなるな。

 

買収された訳じゃないぞ。これはあくまで試食だからな。

この後提案を蹴ったって別に問題などありはしない。

 

「…気に入ってもらえたかな?」

 

食べるのに忙しいので返事はしない。

何でも次の配給ではこのクラスの代物が普通に出回るとの事らしい。

 

うむ、極東の未来は実に明るいな。

()()がこのアナグラに健在しているなら、これほどの上物が定期的に供給されるという話も現実味が帯びてくる。

 

「邪魔するのも悪いし、私はこれで失礼するよ。ミッションの方は発注しておくから、準備が出来たら受注しておいてくれたまえ。」

 

え?いや待って、ここ貴方の部屋なんだが。

一介の部隊長が主不在の部屋で食べ物貪ってたら見栄えが悪すぎるでしょうが。

 

飲み込んでから言おうとしたものの、間に合わず博士が部屋を後にしてしまった。

 

目の前には結構な数のレーションが残っている。

これを食べきるとなればそれなりに時間がかかりそうだ。

 

 

…仕方ない。せっかくだし、誰か誘ってティータイムとでも洒落込むか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…半ば、冗談のつもりだったんだがねぇ。」

 

彼にまつわる噂…というより評判の一つを当てにしてみたが、まさかこれほど上手くハマるとは。

ここまで来ると逆に何か見落としでもあるのではと警戒してしまう。

 

別に書面を交わした訳でも何でもない。反故にしようと思えば簡単に出来る。

それでも賄賂を受け取ったという事実は、少なからず意味を持つものであると私は考える。

 

まぁ彼は一言たりとも発していないので、言質というのは私の思い込みの域を出ないのではあるが。

 

「…確かにヨハンとは相性が悪いかもねぇ、彼。もっとも、私にとっては好都合だが。」

 

今日の事をヨハンに伝えたところで文字通り鼻先で一笑に付されるだろう。

だがそれはそれとして、この事を理解した時の彼の顔を見てみたい自分もいる。

 

「首輪を付けられなかった猛獣が、食べ物一つで自分から手綱を渡してきたなんて。ヨハンが知ったらどんな顔をするだろうねぇ。」

 

 

久方ぶりに、心地の良い笑いが零れるのを感じた。




カノン「こ、濃いですねこれ…」
リッカ「そう?私は結構好きだけどな。」
ジーナ「私もそのままだとキツイわね。濃いめのコーヒーとか紅茶だと合うんじゃないかしら?」
ユウマ「………………………」(モッキュモッキュ)


残念ながら第一部隊はお仕事中。

次当たりシオちゃんが出てくる予定。


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無口と無邪気なアラガミ少女1

Q1.賄賂は何だったの?
A1.新しいプリン味のレーション。

Q2.上物なんです?
A2.コウタ君はどう思う?

質問文に質問文を返したのでテスト0点。
シオちゃんも覚えておくように。


「最後の確認だ。考え直すつもりはないのかい?」

 

我ながらわかりきった事を聞いたものだ。

それでも言わざるをえないというのが人の性か。

 

返ってきた答えも予想通り。

となれば、私ももはや行動を起こす事に躊躇いは無い。

 

先日とある筋から入手した新種と思しき報告をヨハンに話してやる。

案の定、目の色を変えて飛びついてきた。

 

「特異点か!」

「それはまだわからないよ。」

 

もっとも、その可能性は低いという事までは黙っておく。

何、別に嘘をついている訳ではないし、もしかしたらという可能性だってゼロじゃない。

 

「君が貸してくれたボディーガードもいるからね。本当なら今すぐにでも私が出向きたいところなんだが…」

 

そこで一旦言葉を止める。

聡明なヨハンの事だから私の言いたい事はわかるだろう?

 

………

 

想定通り、ヨハンはしばらくヨーロッパに出張する事になった。

当然、その間は私がアナグラの統括を代行する事になる。

 

「…これで、目下の邪魔者はいなくなった。」

 

あぁ、勘違いしないでほしい。

私は別にヨハンの事を嫌っているわけではないし、むしろ好ましい人物とさえ思っている。

 

今の私の目的とは相容れないというだけの話さ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の個人部屋。

所謂"ベテラン区画"と呼ばれる場所にあり、新人区画の部屋よりちょっと設備が良いのが特徴だ。

 

自分で言うのもなんだか、同期に比べれば比較的整理整頓された部屋だと思う。

まぁ小物やら何やらを箱詰めして脇に積んでるだけなんだが。

 

悲しい事に掃除が出来ない人間でね、一度散らかしてしまうとそのままになってしまうんだ。

それこそ数日で絵に描いたような独身男性の部屋になる予感しかない。

 

よくエントランスホールで飲み食いしてるのもそれが理由。

備え付けのゴミ箱に叩き込むだけで済むし、多少汚しても清掃員の人がしっかり綺麗にしてくれる。全く頭が上がらんね。

 

「おっす!」

 

うん、元気のいい声だ。

どうやら現実逃避は許してもらえないらしい。

 

そういう訳で本題に入ろう。

 

 

…君、何でアナグラにいるの?

 

………

 

事の発端は一時間ほど前。

部屋のドアがノックされたのがきっかけだ。

 

来客とは珍しい、今までリンドウくらいしか訪れる奴なんていなかったのだが。

そもそもエントランスにいる事が多いから用がある奴はまずそっちを見に行くはずだからな。

 

別に友達がいない訳ではない。

ないと思う。ない筈だ。ないと信じよう。

 

言ってて悲しくなってきた。

この話は止めようか。

 

話を戻そう。いざ部屋のドアを開けてみたのはいいものの、普段の視線の位置に人影が無い。

はてなと思って首を傾げたところ、視界の端に白い何かが写り込む。

 

「………………………」

「………………………」

 

下げた視線と見上げる視線が交差する。

子供?いやちょっと待て、お前確かソーマに憑いてきた幽霊じゃ…

 

「………………………」

「………………………」

 

ガン見されている。勘弁してくれ、俺幽霊とかは駄目なんだよ。

例えそれが両親であっても、夢枕に立たれたら悲鳴を上げる自信があるね。

 

「………………………」

「………………………」

 

…よし、見なかったことにしよう。

エントランスで茶でも飲もうかと思っていたが諦めよう。

 

扉を閉め、部屋の中へ振り返る。

 

「………………………」

「」

 

普通に部屋の中にいた。

そうね、幽霊なら扉閉めたって関係ないものね。

 

「おっす!」

 

うん、子供らしい元気な声だ。

心臓止まるかと思ったよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

とりあえず状況を整理しよう。

 

朝起きた。モーニングティーと洒落込もうとする。

ドアノックされたので扉開けた。幽霊ちゃんがいた。

扉閉めたけど遅かった。ドアオープン=入室許可らしい。

 

 

以上。

 

うん。この子が勝手に入ってきたのであって、俺が少女を部屋に連れ込んだ訳ではない。

とりあえずこれで霊感のある治安部隊員への言い訳は出来たな。

 

「なーなー、これ、なんだー?」

 

おっと、目を離した隙になんかごそごそやってる。

コラコラ駄目だぞお嬢ちゃん、ベッドの下には夢と浪漫が仕舞ってあるんですから。

 

とりあえずその拳銃は離そうか。

弾丸抜いてあるけど子供のおもちゃじゃないんだから…

 

待った。この子何で普通に銃持ててるの?

幽霊って物理的な干渉は出来ない筈じゃ。

 

…ははーんわかった。これがいわゆるポルターガイストという奴か。

ホラーとかでナイフが飛んでくるアレですね。

 

こんな所に居られるか!俺は部屋に戻らせてもらう!

 

とりあえずお約束の言葉を頭の中で叫んでおく。

フラグというのは先に立てておけば却って安全と昨今の研究報告で挙がっている。

 

そもそも戻るも何もここが俺の部屋だしな。

 

「なーなー、これ、食べていいかー?」

 

おまけに何でも口に入れたがるお年頃か。

それは食べ物じゃありません。

 

まぁ俺も腹減ったしちょうどいいか。

飯のついでにお供え物でも持ってくるとしよう。

 

 

あ、ソーマ君。これツケにしとくね。

君に憑いてる幽霊ちゃんなんだから、ちゃんと面倒見なきゃ駄目だぞ。

 

………

 

…さて、どうやら重大な勘違いをしていた事に気付いてしまった訳だが。

 

この子、幽霊じゃなくてアラガミらしい。

自供もしてるし状況証拠から言ってもほぼ確定である。

 

改めて状況を整理しよう。

 

缶詰と缶ジュースをお供えする。缶ごとパクリ。

何かアラガミっぽい食い方だな…君本当に幽霊?

聞いてみたら違うって言われた。

 

 

以上。

 

「………………………」

 

これ、滅茶苦茶ヤバい状況なのでは?

何だったら幽霊の方がまだ危機的にはマシだった感がある。

 

ここアナグラでも結構な中心区画なんだが。

そこにアラガミが進入してるとか、もはや緊急警報ものの事態である。

 

おまけに俺は既にエサをあげてしまっている。

何らかの関与を疑われた日には言い訳も出来ない。

 

どうする、ここで仕留めるか?

しかし神機を持ってるならいざ知らず、流石にここにある武器じゃアラガミは倒せない。

 

じゃあ神機を持ってくるか?

あんな馬鹿デカい得物、居住区に持ってこれるか。

 

ならば保管庫まで連れていくか?

だがアラガミとはいえ、この子の見た目は完全に少女のそれ。

辿り着く前に治安部隊へ通報されるのが関の山か。

 

うーん、普通に詰んでるなこれ。

フェンリル有数の大型支部なのに、意外と幕切れはあっけないものだ。

 

支部長も気の毒に。出張中にアナグラ壊滅してるとか。

見方によっては命拾い出来て運が良いとも言えるが。

 

だがまぁ最後まで諦めないというのが人間の良い所。

死んでない限り逆転の可能性はゼロではないのだ。

 

 

ここは一つ、一縷の可能性に賭けるとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のラボラトリ。

純和風な調度品とゴテゴテした研究機材が置かれている榊博士の拠点である。

 

部屋に入ったら第一部隊の面々がいた。

 

何だ、何をそんなに驚いている?

俺はまだ何も言っていないぞ。

 

「シオちゃん!」

 

アリサが駆け寄ってきてアラガミの少女を抱きしめる。

え、何これどういう事?

 

「だ、大丈夫かシオ?何か変な事されなかったか?」

「変な味のする食べ物とかも食べたりしてない?」

 

張り倒すぞお前ら、俺の事を何だと思っている。

事情はわからんが人の顔を見るなり不審者扱いとか良い度胸してるじゃないか。

 

「おい…」

 

ソーマに至っては疑わしそうな目でこっちを見ている。

納得いかねぇ、元はお前が目を離したのが元凶だろうが。

 

俺は何もしていないぞ!

叫びたいところだがどっから聞いても犯罪者の言い訳にしか聞こえないのでやめておく。

 

というかソーマはこの子の飯代を払え。

アラガミに育ち盛りがあるのかは知らんが結構な量食われたぞ。

 

「まぁこうなっては仕方ない。かくなる上は、彼も共犯者になってもらおうか。」

 

場が落ち着いた頃を見計らって博士が口を開く。

怪しい微笑みでそう告げられた瞬間、俺は全てを理解した。

 

()()()()()

 

クソッ、やっぱり科学者なんか信用するんじゃなかった。




しれっとシオちゃん登場回。
シオが食べたご飯分は博士が別途融通してくれました。


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無口と無邪気なアラガミ少女2

Q.喋ったの?会話できるの?というか喋れるの?
A.Yes、Yes、Yes。

タグ条件達成(メタ)。
そしてちょっとだけシリアス。


いやぁ、我ながらこんなに上手く事が運ぶとは。

 

いやいや、誤解しないでほしい。

私としても、こんな弱みに付け込むようなやり方は取りたくは無いんだがね。

 

だって仕方ないだろう?

いくら何でも試作配給品の横流し程度で引き込んだ相手に、機密情報なんて話せる訳ないじゃないか。

 

そもそも買収出来ているのかだって怪しいものだ。

書面どころか口約束すら無し。賄賂だけ受け取って後は素知らぬ振り、なんてオチも十分にあり得る。

 

そう。これは彼を陥れるためではなく、あくまで我々のためにやった事なんだ。

極東風に言えば()()()()()、という奴さ。

 

少なくとも食べ物で買収しましたなんて言われるよりはよっぽど信用できる話だ。

そうだろう?

 

「…マジですか?」

「うむ。マジな話さコウタ君。」

 

何なら私自身まだ信じられない話だからね。

 

「確かにあの人、食べ物に弱いというのは知ってましたけど…」

「"事実は小説よりも奇なり"って奴だね。もっとも、教えられたところで実行する人間がいるかどうかは疑問だが。」

 

ヨハンのあの苦労は何だったんだろうね。

流石にこんな事は口に出せないが。

 

「でも言われてみれば…リンドウも頼み事をする時はよく配給ビールを持っていってたような…」

「そう言えば彼はイケる口だったね。いよいよ買収手段には事欠かなさそうだ。」

 

幸い私はそこまで飲む方じゃない。

贈答品の処分も出来て正に一石二鳥という所かな。

 

「お酒や食べ物で買収される神機使いって…この支部、別の意味で本当に大丈夫なんですか?」

「いや、リーダーが言うんですかそれ?」

「アリサ、どういう意味?」

 

目の前でじゃれ合いが始まる。

うむ、仲良きことは美しきかな。

 

「と、いう訳で。部隊こそ違えど彼も君達と同じ共犯者…もとい、協力者だ。これからもよろしく頼むよ。」

 

おっといけない、つい"共犯者"と言ってしまった。おかげで皆の視線が白く感じる。

失敗失敗、ハハハハハ。

 

「…ホント、食えないオッサンだぜ。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のラボラトリ…の奥にある隔離室。

元々は回収したアラガミのコアを解析したりする場所だったそうな。

部屋の主の手でコーディネートされた今となっては、かつての面影はいまいち感じられない。

 

本日の任務は捕獲したアラガミの観察である。

決して子供のお守りではない。

 

生憎保育園の保父さんに転職した覚えはないからな。

こんなんでも一応、古参のプライドは持っているのだ。

 

しかし元々何でも屋みたいな部隊ではあったが、いよいよ現場に行かない任務も回されるようになったか。

俺の元上官だったら諸手を上げて歓迎するんだろうが。

 

うん、俺はやっぱり現場に出てる方が性に合ってるな。

別に働きたい訳ではないのだが、単に向き不向きという…痛っ。

 

考え事をしていたら不意打ちで頬をぺちっとされた。

こらこらお嬢ちゃん、人の頬を叩いてはいけません。

 

「ひまかー?」

うん、暇。一応これもお仕事だから、そんな事言っちゃいかんのだがね。

 

「それじゃおはなしするかー。シオ、おはなししたいぞー。」

うん、いいぞ何話す?と言っても、俺もそんなに会話のネタがある訳ではないんだが。

 

「んー…なんでも!なんでもおはなししたいぞー!」」

おっと、世間の親御さん方が困る要求ベスト5が来たな。

結婚どころか彼女すらいないというのに、この台詞を言われる日がこようとは。

 

「おやご、さん?"おやごさん"ってなんだー?」

"親御さん"な。んー、わかりやすく言うとシオを生んでくれた人…というかアラガミ?の事だな。

 

「シオ、おやごさんいるのかー?」

 

そういやその辺どうなんだ?

普通のアラガミは空気中のオラクル細胞が再結合して自然発生するらしいが。

 

なぁシオ。お前、生まれた時に傍に他のアラガミいた?

 

「んーん。シオ、ずっとひとりだったよ。」

うむ、この話は止めておこう。

とはいえ他に話題と言われてもな。

 

…この際、いっそ俺が気になってる事でも聞いてみるか。

 

なぁシオ。お前、人間は食べたいって思わないんだよな?

「うん。」

 

 

 

 

食べた事は無いのか?

「ないぞー。」

 

食べてみたいって思った事は?

「んー…ないぞー。」

 

…じゃあさ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って訳でもないのか?

「んー…」

 

-わかんない。-

 

…そっかぁ。

 

…そうだよな。

 

…それじゃあさ。

 

 

 

 

 

食べてみるか?

 

もしかしたら、今以上に人間らしく話せるようになるかもしれないぞ?

 

「んー………」

 

 

 

 

 

-いらない。よくわからないけど、なんかイヤ。-

 

…そっか。

ん?いやいや、それでいい。

偉いぞシオ、偉い子だ。

 

「えらいか?シオ、えらい子か?」

偉い偉い。頭撫でてやるよ。

「ん!」

 

……………………………………………………………………………………………

 

おっと、もうこんな時間か。

我ながら久しぶりに話し込んでしまった気がする。

 

意外と子供相手に会話するのも楽しいものだな。

お守りなんてと馬鹿にしてたが、存外これはこれで悪くないような気がしてきた。

おまけに歴としたミッションなので報酬もまぁ悪くない。

 

さて、そろそろ第一部隊の面々が帰ってくる頃。

名残惜しいが俺は俺で別のお仕事を片付けてくる事にしよう。

 

「またな!」

うん、またな。次来るときは何か土産持ってきてやるよ。

 

ひらひらと手を振って部屋を後に…しようとしたところで振り返る。

いかんいかん、俺とした事が()()()するのを忘れていた。

 

いやまぁ、お話自体は楽しかったんだが途中で肝心のネタが尽きてな。

ついうっかり愚痴をネタにしてしまった。

 

粗方喋った後で後悔したんだが時既に遅し。

おまけに語感が気に入ったのか、妙に連呼するようになってしまった。

 

………

 

「そうかー、アリサはぷにぷにかー。」

あれだけ砂糖菓子食ってたからな。触った事無いけど多分ぷにぷにだぞ。

 

「ルミナもぷにぷにかー?」

ぷにぷにだ。間違いない。二人揃って"プニシスターズ"だぞ。

 

「プニシスターズかー…なんか、いい響きだな!シオ、この言葉気にいったぞー!」

お気に召したようで何より。今度お腹つつきながら"ぷにぷに"って言ってやるといい。

二人とも泣いて喜ぶぞ。

 

………

 

…うん、殺されるなこれ。

我ながら口が滑り過ぎた。よっぽど普段ストレスを溜め込んでいたと見える。

 

シオの名前を呼んでやる。

「んー?」と無邪気な生返事が返ってきた。

 

さっきの話は内緒な。大人の約束、という奴だ。

「おとな…シオ、おとなか?」

 

うん、大人大人。

だから内緒で頼むぞマジで。

 

そう言って頭を撫でてやると「ん!」と元気の良いお返事が返された。

うむ、可愛い。そしてこの笑顔に俺の生死が掛かっているというのがまた恐ろしい。

 

ただ信じるしかないという事の何と過酷な事か。

まぁこうなった以上は諦めて成り行きを見守るしかない。

 

さて、口止めも無事済んだ事だし。

 

 

 

 

 

逃げるか。




実はこの人はこの人で思う所があった模様。
なおスッキリした結果(以下略)


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無口と無邪気なアラガミ少女3

Q1.質問に肯定してたらどうなったの?
A1.ノーコメント。良心の呵責が消えるだけ。

Q2.改めて肯定したらどうなるの?
A2.ちょっとだけ齧らせてくれる。美味しくないって言ったらチョップされます。

どうしても書きたかったこの人の背景。

過去を忘れて慢心してはいけない。
でも答えは得られたのでもう大丈夫。


…いやぁ、我ながら久々に青ざめた。

"星の観測者スターゲイザー"なんて大層な肩書を持ってはいるが、実際はこんなものだと痛感してしまう。

 

まさかシオが人間の捕食について聞いてくるとは。

いやまぁ、彼女の前で散々アラガミの偏食傾向を述べていた私が言える立場じゃないんだがね。

 

私はどこまで言っても研究者だ。

どんなに信じられない事であってもそれが事実と裏付けされれば受け入れるし、そうでなければどんなに筋が通っていても納得はしない。

 

いやはや、いやはや。

 

まさかたった一日で、これまでの観察結果全てを否定される事態が起きかねたとはね。

私の目利き不足を嘆くべきか、彼女アラガミの学習能力の高さに目を見張るべきか。

 

…感慨に耽っている場面ではない。私が回答を誤れば、文字通りこの極東支部は終わりかねない。

さて、何と答えたものかな。

 

「…シオは、人間を食べたいと思っているのかな?」

 

「んーん。」と子供のような否定と共に首が振られる。

どうやら小細工は無意味と直球で切り出した甲斐はあったようだ。

 

「よくわからないけど、なんかイヤ。それに、人間を食べるのは偉くないって。」

 

ふむ、これは重要な情報だ。シオ自身が人間を捕食する事を望んでいないのであればいくらでも手の打ちようはある。

シオが食べたいと思うアラガミを十分に確保し、飢えさせる事が無ければ少なくとも当面の危険はない。

 

となれば、ある程度備蓄の予備は取っておくべきだろう。

まだ残りのコアに余裕はあるが、万が一を考えてここらで大規模に補給しておこうか。

 

 

…しかし、一体どこから人を食べるなんて情報を仕入れたんだか。

その類の情報だけは与えないよう、厳重に管理していた筈なんだがね。

 

「ないしょ。"オトナのヤクソク"だって。シオ、オトナだからなー。」

 

残念、どうやらご丁寧に口止めまでされているようだ。

 

…もしかして、彼が彼女に何か伝えたのかな?

いやしかし、何のためにだ?

 

両親を目の前で貪られ、今なお言葉を失ったままの彼が。

 

わざわざ彼女に"人食い"の道を示すだろうか。

仮にそれが上手くいったとして、彼に何のメリットがある?

 

もっとも、わからないからと言って放置するには事の重要度が少し大きすぎる。

…仕方ない。とりあえず今回の所は、彼は裏方に徹してもらうとしようか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のラボラトリ。

支部長が出張で不在の今、ここの主がこの極東支部を統括していると言っても過言ではない。

 

今日呼ばれたメンバーは俺の他にルーキーとソーマ。

特務案件ですねわかります。

 

もっとも、シオが同席している時点で特務扱いなのは間違いない。

ただ、それなら第一部隊の面々が呼ばれていないのが気にかかるところだが。

 

考えても仕方がない。

とりあえず話を聞いてみるとしますか。

 

………

 

「今日君たちを呼んだのは他でもない。実に切実な問題…シオの食料確保だ。」

 

珍しく神妙そうな顔で話が続けられるが何の事はない。

シオが食べているアラガミのコアが無くなりそうだから外で捕食させてきてほしいとの事だ。

 

まぁそれくらいなら普段の討伐ミッションと変わらないから問題はない。

ウロヴォロスとか接触禁忌種を狩ってこいとか言われたら流石にきついが。

 

…今更だがシオってアラガミコア以外食えないのか?

俺が初めて会った時は普通に缶詰とか食われたんだが。

 

試してみるか。

んー、何か持ってなかったかな。

 

ごそごそと懐をまさぐり、さっき買った新発売のレーションを取り出す。

封を破ってシオの前に差し出すと、クンクンと軽く匂いを嗅いでからむしゃりと一口に齧りつかれる。

 

「んー…びみょう!」

 

うむ、元気な声で大変よろしい。

レーション返せこの野郎。

 

「犬猫じゃないんだぞ馬鹿。」

「シオに変な物食べさせないでください。」

 

おまけに同僚からもありがたいお説教を賜ってしまった。

というか変な物ってなんだよルーキー。これ意外と高かったんだぞ。

 

「とまぁこの通り、彼女も大変グルメでね。フルコースのディナーをよろしく頼むよ。」

「たのむよー。」

 

ペコリと頭を下げるシオ。

うん可愛い、でもやだ。

 

だってさっきの見る限り食べれない訳じゃないんでしょ?

これただの好き嫌いとどう違うんだよ。

 

まぁ実際は科学的な話が絡むんだろうから受けざるをえないんだろうが。

ルーキーはルーキーで不満そうなソーマを無視して普通に受諾の意志を示してるし。

 

ただ受けるからには納得の上で取り掛かりたいのが人情だ。

とりあえず他の味なら食べられるのかどうか試してみるか。

 

懐から違う味のレーションを取り出し、先程と同じようにシオの鼻先へ差し出す。

 

-クンクン、クンクン…-

 

-パクリッ-

 

「んー…びみょう!」

 

うむ、さっきよりも元気があって大変よろしい。

でもぺっぺするのは行儀悪いからバッテンな。

 

「だから変な物食べさせないでください。お腹壊したらどうするんですか。」

 

隣からすっごい目で睨まれる。

多分"三度目は無いぞ"っていうニュアンスだこれ。

 

おかしいな、これ普通に配給レーションの筈なんだけど。

どうやら第一部隊の隊長様は余程美味しい物しか口にしていないらしい。

 

畜生、俺普通にレーション食われ損じゃん。

今度何かたかってやるからな。

 

………

 

「あ、そうそう。ユウマ君だけ少し残ってもらえるかな。」

 

ミッション内容を説明されて部屋を後にしようとしたところで後ろから呼び止められる。

こういう時って何か嫌な予感しかしないんだが。

 

「実は今回のミッション、君は君で別に動いてもらいたくてねぇ。」

 

うーん怪しい。

正直聞きたくは無いんだが、下っ端風情に意見なんぞ出来るはずも無し。

 

まぁいいさ、これも立派なお仕事だ。

いくら胡散臭くとも上司は上司。俺はお仕事をこなすだけさ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"愚者の空母"…の隣に位置する作戦エリア。

損傷による地形の隆起が激しいために中型種ですら避けるルートであり、もっぱら偵察や諜報に利用されるゾーンである。

 

今回の任務は言うなればSP役である。

ルーキーとソーマ、コウタの三人がお姫様をエスコートする傍ら、主要箇所に陣取って安全を確保する黒服のそれである。

俺の部隊は他に隊員がいないので全部俺一人でやってるが。

 

向こうはキャッキャウフフしながらディナーの準備を進めてる。

俺は安全確保した場所で一人寂しくレーションを齧ってる。

 

何だこれイジメか?古参兵イジメて楽しいのか?

畜生、やっぱり科学者なんて信用するんじゃ(ry

 

まぁ真面目な話。言い方は気に食わないがシオは曲がりなりにも重要な"サンプル"である。

万が一にも事故などがあってはいけないが、だからと言って大人数で繰り出せるような程軽い機密ではない。

 

そこで俺が所属する部隊の出番。

独立遊軍という名の何でも屋、他部隊のサポートを目的とした後詰というのも担当部門の一つである。

おまけに今回はエスコート部隊の三人とはマイクが繋がっているので何かあればすぐに連携もできるようになっている。

 

ま、今回は特に問題は起き無さそうだ。

特務部隊二人は元より、見たところコウタもいつの間にかルーキー扱い出来ない程度の実力にはなっているようだし。

 

言ってる間に最後の一体も倒されてディナータイムの到来だ。

さて、こっちもティータイムと洒落込んで…

 

 

何だ?ソーマの奴、何を急に揉めてるんだ?

 

………

 

水平線に日が沈み始める中、マイク越しにソーマの過去が語られる。

 

ルーキーめ、()()()マイクの電源を入れて話したな。

リンドウの奴じゃあるまいし、いつの間にそんな小賢しい真似をするようになったんだ。

 

人様の過去などみだりに聞いていいものじゃないんだよ。

当人が話してるんならいざ知らず、他人が勝手に話すようなもんじゃないだろうに。

 

ただまぁコウタに話したのは正解だったな。

あのままだと色々不和の元になりそうだったし。

 

それにしてもソーマの奴、何か抱えてるとは思っていたが。

あんな過去を背負ってるなら、多少ひねくれた性格になるのも仕方が無いか。

 

「………………………」

 

まぁソーマについては時間が解決するしかないな。

何時になるかはわからんが、切っ掛けを掴むまでは変われんだろうし。

 

男なんだから頑張りなさいな。

俺も何とかなったんだしいけるだろ。

 

それより問題はシオの方だよな。

多感なこの時期にあんな拒絶のされ方はキツいだろうに。

 

ケアの一つもしておかんと後々ヤバそうだ。

しかしどうする。いくら俺が孤児院育ちとはいえ、女の子の慰め方なんて知らんぞ。

 

サクヤとか同じ女性陣に任せるのも手だとは思うんだが。

丸投げっていうのもそれはそれでなぁ。

 

うーん。

うーん。

 

とりあえず、またおやつでもあげてご機嫌取りしますかね。




榊博士は内心ドキドキしてますが、既にフラグはへし折れてます。


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無口と無邪気なアラガミ少女4

Q.どうしてシオとはよく話すの?
A.お話したいって言われたから。

知らないというのはある意味無敵。
なお周りはトラウマ案件と思って触れないようにしてる模様。


-モグモグ-

 

「…そーま、おこってた。」

怒ってたな。まぁ思春期にはよくある話さ。ほい次。

 

-モグモグ-

 

「シオ、えらくなかったか?」

さてどうかな。それを答えるのは俺の役目じゃないし。ほい次。

 

-モグモグ-

 

「おしえてくれないのかー?」

内緒内緒。

 

「けち。」

ハッハッハ、大人は総じてケチな物なのさ。

まぁ俺は若いけどな。ほい次。

 

-モグモグ-

 

でも一つだけ教えとくか。シオ、ソーマと仲直りしたいか?

「なか、なおり?」

 

こうやって一緒にお話ししたり、おやつ食べたりする事さ。

どうだ?仲直りしたいか?

 

「したいぞ!」

うん、元気なお返事で大変よろしい。

 

とはいえ難しい事じゃない。一言"ごめんなさい"って謝ればいいのさ。

「ごめん、なさい?そういえばそーま、"仲直り"してくれる?」

 

くれるくれる。意図せず他人を傷付けてしまうなんてよくある話だからな。

ソーマも多分許してくれるさ。

 

「…わかった。シオ、そーまにごめんなさいするぞ。」

よしよし偉い子。ただまぁすぐに謝っちゃ駄目だぞ。ちゃんと何が偉くなかったのか、シオがわかってからじゃないと仲直り出来ないからな。ほい次。

 

-モグモグ-

 

「なにがえらくなかったのか…うーん、むずかしいなー…」

何、別に時間が限られている訳じゃない。焦らずシオなりにわかってからで十分さ。

 

それにもし許してもらえなかったら俺に言うといい。

カッコいいお兄さんがソーマ君にお話をつけてきてあげるから。

 

「カッコいいかー?」

うん、自分で言っておいて何だがそこに食いつくのは止めてくれ。

おまけにその発音の仕方は滅茶苦茶傷付く。

 

偉い子じゃないぞシオ。

とりあえず先に、俺にごめんなさいをしようか。

 

「これはえらくなかったかー。むずかしいなー。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の個人部屋。

一人きりの部屋の中、誰に邪魔される事無く黙々とミッションレポートを仕上げていく。

 

何時もならエントランスの一角に陣取って作成するところだが、今は諸事情で自室に籠って作業している。

 

作業しているのだが。

正直進捗が芳しくない。

 

だって気乗りがしないのだ。別に内容がアレとかいう訳ではない。

自室で何かやろうとするとモチベーションがえらく落ちるタイプの人間なのだ。

 

何なら今すぐレポート作成なんて放り投げてベッドに寝転がりたい。

茶か酒でも飲みながらまったり本でも読みふけりたい。

 

もっとも、提出期限が差し迫っているおかげでそんな事は許されない。

流石にシオとお話しばっかりし過ぎたか。

 

おまけに提出先が榊博士なので、誤魔化そうにもサボっていた事がバレバレなのである。

 

「………………………」

 

…モチベが上がらん。

諦めてエントランスで作業しようかな。でもなぁ…

 

………

 

-少し前、ラボラトリにて-

 

「キャアッ!?」

 

驚きの声に反応して視線を向けたらシオがアリサの胸を揉んでいた。

 

「プニプニ…」

 

まぁそうでしょうね。男としては中々羨ましい光景である。

もっとも俺はそれどころではないのだが。

 

音を立てないよう静かに端末を閉じ、部屋の出口へと急ぐ。

退出する間際に振り返るとシオがルーキーに抱き着いていた。

 

「プニプニ…」

 

はいアウト。内緒って言ったじゃないかシオ。

まぁ子供相手に秘密厳守というのも土台無理な話か。

 

言ってしまった物は仕方ない。

ここは逃げの一手。振り返らず、速攻で自室に引きこもろう。

 

………

 

で、今に至るという訳である。

 

恐らく今頃はルーキーとアリサが血眼で俺の事を探しているだろう。

捕まったらシオのご飯にされる事待ったなしである。

 

しかしこのままだとマジで終わらんどうしよう。

諦めて素直に提出期限伸ばしてもらおうか。

 

手を止めて云々悩んでいると、突然ミッション受注端末が鳴動する。

画面を見てみるとタイトルには"緊急"の二文字が付与されている。

 

ミッション発注元は榊博士。

シオが逃げ出したので直ぐに迎えに行ってほしいという内容である。

 

「………………………」

 

そっか、直ぐにか。

それじゃあレポートの提出期限は何とか融通してもらえそうだな。

 

同行者一覧を確認する。

もはや定番となりつつある第一部隊の面々が登録されている。

 

当然、アリサとルーキーの名前も載っている。

 

 

 

 

 

よし、サクヤのチームに入れてもらおう。

プライド?命に代えられるかそんなもの。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"。

シオに付けられているGPSによるとこのエリアの何処かにいるらしい。

わざわざこんな雪まみれの地域に逃げ込むとは、あんな薄着とすらいえない恰好なのによく寒くないものだなと妙に感心してしまう。

 

聞くところによると何でも服を着るのを嫌がって逃げ出したとかなんとか。

そういや前に人間の衣服は触るとチクチクするとか言ってたな。素材的な問題か何かなんだろうか?

 

まぁとりあえずは見つけてみない事には始まらない。

さて、我らがシンデレラ嬢はどこにいるのかな?

 

………

 

いたいた。

人もアラガミも、隠れて引き籠るのは建物の最深部と相場は決まっている。

 

話かけるとバツが悪そうな目でこっちを見てきた。

こうしてみるとアラガミというのを忘れそうになるくらい人間らしい仕草である。

 

「シオ、わかった。そーまもきっと、こんなきもちだったんだな」

 

どうした急に。

流石にこれだけではわからないので続きを促してみる。

 

「シオ、ふくってきちきち、ちくちくするから、いやだった。」

 

やっぱり服を着るのが嫌だったのか。

壁を壊して脱走する辺り、本当に不快だったんだろうなと察する。

 

「でもみんな、シオにちくちく、きせようとしてくる。」

 

まぁ見た目は人間なだけにその恰好のままっていうのはなぁ。

ここだけの話、最近のラボラトリの絵面は査問会への通報待ったなしのそれだからな。

 

「これ、いやなことだな。シオ、そーまにいやなことしたんだな。」

 

-シオ、えらくなかったんだな。-

 

あぁなるほど、そっちに繋がったか。

でもまぁうん、それはそれで"よく出来ました"って言ってもいいんじゃないか?

 

お兄さん花丸をあげよう。

 

それじゃあどうする?ちょうどソーマもシオを探しに来てるぞ?

 

「ごめんなさい、する!」

元気があって大変よろしい。花丸二つ目をあげよう。

 

 

それじゃ、ソーマが来たら"ごめんなさい"するか。

 

服着せるのかって?それは博士にお任せする。

素材云々の話は専門外だからな。レディのお肌はデリケートなんだぞって言っておきなさい。

 

………

 

「………………………」

 

いやぁハッハッハッハッハ。

 

ソーマも中々可愛いところがあるじゃないか。

ここに来てまさかのツンデレとは恐れ入った。

 

"バケモノ"と恐れられる神機使い様も、可愛い少女の前には形無しだな。

万が一やらかした時を考えて聞き耳立ててたが、これなら必要なかったか。

 

まぁ何だかんだソーマも年相応の感性だったようで何よりだ。

良い仲間にも恵まれているし、あの分なら性格の方もそう遠くない内に丸くなるだろ。

 

 

「………………………」

 

…"ジブンサガシ"ね。

いや、いいさ。

 

 

 

 

俺にはもう必要無い事さ。俺にはもう必要無い事さ。




道中はどれほど曇らせてもよい。(今期二本目)

こんなだけど良い人ですよ。


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無口と無邪気なアラガミ少女5

Q1.闇落ちしちゃう?
A1.Nein(いいえ)。

Q2.二重人格なの?
A2.Nein(いいえ)。多重人格とかいうトンチでもありません。

シリアスタイムは終了です。



アラガミの素材で服を作る…

 

端的に思った。

 

アホなの?

 

アラガミ素材って大半がオラクル細胞の塊だよな?

何でも食うって性質のそれを服として纏うって…

 

アホなの?

 

大事な事なので二回言いました。

やっぱり科学者ってどっかぶっ飛んでるんだな。

 

「…という訳で、材料のアラガミを狩ってきてほしいんだ。」

 

技術者もぶっ飛んでたか。まぁ知ってたけど。

実際は科学的な話も絡むんだろうし、そこまでぶっ飛んだ発想なのかどうかは知らないが。

 

「大丈夫、シオちゃんの事はちゃんと聞いてるから。言うまでもないと思うけど…内緒にね。」

 

口元に指を当て、悪戯っぽく告げられる。

 

ちくしょう、可愛い。その仕草は卑怯だぞ。

もう何か指摘するとか出来ないじゃないか。

 

あぁわかった、わかったよ。

お兄さんの胸の中だけに留めておくよ。

 

「それじゃあいつもの事だけど…はい、これ。」

 

決心したタイミングに合わせて手慣れた手付きで差し出されるミッション発注書。

可愛いと思った矢先にこの流れ、極東の技術局は美人局でもやってるんだろうか。

 

おまけに紙にはもはや見慣れた"特務"の文字がでかでかと明記されている。

今更だが特務を乱発し過ぎではなかろうか。

 

権力者とグルって恐ろしいな。

 

まぁいい、深入りはしないでおこう。

思考を切り替えてミッションの概要に目を通す。

 

"新装備(服飾)の素材調達、及び運用試験"

 

へぇ、新装備(服飾)の運用試験ねぇ。

 

「………………………」

 

待って、運用試験って事は俺もアラガミ製の服着させられるの?

嫌だよそんなの、食われたらどうするんだよ。

 

顔色を読まれたのか、リッカは上目使い気味にねだってくる。

 

「ついでにって訳ではないんだけど、せっかくだし君の分も作ろうと思うんだ。…ダメ、かな?」

 

ちくしょう、可愛い。その言い方は卑怯だぞ。

こんなのもう断れないじゃないか。

 

男の性って悲しいな。

我ながらチョロすぎるのは分かってるんだが。

 

…仕方ない、これも立派なお仕事か。

ついでとはいえ、贈り物をしてもらえるというのは純粋に嬉しいし。

 

決して色香に惑わされた訳じゃないぞ。

大体いい歳こいた大人が、年下の小娘相手に惑わされる訳なかろうに。

 

あと十年、いや五…まぁおまけして二年経ってから出直してきなさい。

 

 

うん。ボロが出る前に、さっさとミッションに出かけようか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のラボラトリ。

もはやお馴染みとなった面々が集まり、今か今かとそわそわした様子で部屋の一角を見つめている。

 

「お待たせ。」

 

奥の扉が開いてサクヤが告げる。

続いてその手を引かれながら、純白のドレスを身に付けたアラガミの少女が姿を現す。

 

「キャー!カワイイじゃないですか!」

「ホントに普通の女の子みたいよね。」

 

開口一番、アリサが興奮を隠しきれないと言った感じで口を開き、続けてサクヤも率直な感想を口にする。

 

うん、俺もそう思う。

とてもじゃないがこれがアラガミって言われてもにわかには信じられないレベルである。

 

「可愛いじゃん!!なぁソーマ!」

「まぁ…そうだな。」

 

何と、意外なリアクション。あのソーマまで大絶賛とは。

まぁ気持ちはわからんでもない。

 

シオもシオで周りからの称賛に子供のように嬉しそうな笑い声を漏らしている。

 

「なんか、きぶんいい…」

 

うん可愛い。苦労して素材を集めてきた甲斐があったというものだ。

この笑顔が見れただけでも十分報われて…ん?

 

不意に室内が驚きで静まり返る。

 

なんと。歌だ。

シオが、歌を歌っている。

 

驚いた。誇張抜きで言葉が出ない。

上手いとか良い声だとか、そういう次元の話ではなく。

 

透き通った感情の乗せられたその声が。

 

ただただ純粋に、綺麗だなと思ってしまった。

 

………

 

歌が終わる。

 

シオが得意げに歌について説明する。

先程と同じようにアリサが絶賛し、ルーキーが褒めたたえ、シオが気分良さそうな声を上げる。

 

そして飛び出る爆弾発言。

 

「そーまといっしょにきいたんだよ!」

 

おい、おいおいおい。

 

第一部隊の面々の視線が一斉にソーマへと向けられる。

マジか。マジかよソーマ君。

 

「し、知らん…」

 

はいギルティ。大人の目は誤魔化せんぞ。

男のツンデレに惑わされるほど、俺の眼は節穴じゃない。

 

何だよ水臭いな、いつの間にこんないたいけな子を手籠めにしたんだソーマ君?

何も知らない無垢な少女を自分好み(の曲)に染め上げようってかいやらしい。

 

あー絡みたい。

近頃稀に見る甘酸っぱい若者のそれに、これでもかってくらい絡みつきたい。

 

もっとも、それをやったら間違いなく救護室送りにされるのでやれないが。

一山いくらの一般神機使いじゃ、本気でソーマに暴れられたら手も足も出ないからな。

 

うざ絡みしてる以上ぶっ飛ばされても文句も言えないし。

ここは大人しく遠巻きに眺めるだけにしておこう。

 

………

 

「…で。お前は何でそんなイカれた格好をしているんだ?」

 

馬鹿、ツッコむなよ。

ここはシオの歌で良い感じに締める場面だろうが。

 

誰が好き好んでこんな()()()()()()()()なんて着てるかよ。

 

一応これ新技術の塊なんだぞ。この後この格好でミッションに行かされる俺の身にもなってみろ。

 

そんな俺の気持ちも虚しく、ソーマの視線は明らかに"アホかコイツ"って目をしてる。

おまけに他の隊員様の目にも、気付けば呆れと哀れみが混在した色が込められている。

 

どうやら男のオシャレに対する世間様の目は厳しいようだ。

悔しい、俺はただ職務に忠実なだけなのに。

 

あったまきた。

誰でもいい、こうなったらお前らも不審者の仲間にしてやる。

 

サクヤを見る。

顔ごと視線を横に反らされた。

 

アリサを見る。

顔ごと視線を下に反らされた。

 

コウタを見る。

顔ごと視線を上に反らされた。キミ、存外器用だね。

 

シオを見る。

「ん?」って疑問符付きの視線を返された。

 

まぁシオはドレスのお披露目があるのでどの道一緒に行くんだが。

子供と着ぐるみが一緒にいる分には別に変でも何でもないだろう。

 

ソーマを見る。

顔ごと視線を横に反らされた。

 

お前は逃がす訳ないだろう。

 

「ッ!?」

 

回り込んで正面からガン見してあげた。

これで俺と縁が出来たな。

 

ルーキーを見る。

何ですか?と言わんばかりの怪訝そうな視線を向けている。

 

今こっちを見たな?

 

「ッ!?」

 

正面から間合いを詰めてガン見してあげた。

これでお前も縁が出来たな。

 

近接二人に新型一人。

まぁバランスとしては悪くない。

 

 

 

 

 

さぁ、鉄塔の森でウサギのお兄さんと触れ合おうか。




リッカちゃんはまた徹夜明けのようです。


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無口と無邪気なアラガミ少女-番外編-

Q.この人キグルミ?
A.中を見てない以上未確定。

シュレーディンガーのキグルミ。


俺が言うのも変かもしれないが。

ここ最近のリッカは本当に頑張ってくれていた。

 

ただでさえ人員不足の中、神機のメンテナンスも行わなければいけないというのに。

僅かな空き時間を見つけては新素材のテストとシオのドレス作成に時間を割いてくれていた。

 

俺も最初こそは乗り気ではなかったが。

こんな健気な頑張りを見せられたとあってはやる気を出さねば失礼というもの。

 

「うーん、良い素材なんだけど足りないなぁ。…キミ、何とか調達してきてくれないかなぁ?」

 

いいぞ、何匹仕留めてくればいい?

とりあえず目についた奴全員狩れば、足りないという事はないだろう。

 

「うーん、上手くいかない…キミ、何か良さげな素材の当てはないかなぁ?」

 

ゴメン、技術的な事はさっぱりなんだ。

とりあえず目についた奴全員狩れば、一つくらい良さそうなのがヒットするだろう。

 

駄目でもシオのおやつになるだけ。

誰も困らない素敵空間の完成だな。

 

少しずつ、少しずつ。

時には失敗も重ねながら、それでも着実に歩み続けて。

 

………

 

すやすやと静かな寝息を立てて夢の世界を満喫するリッカ嬢。

彼女の前には今日までの努力の結晶ともいえる"ドレス"が広げられている。

 

フライング?馬鹿言え、これは役得というものだ。

まぁ当日のお楽しみというのも捨てがたかったが、見てしまった以上はそういう事にしておこう。

 

アラガミ素材を流用して得られた未知の新素材。

それらを惜しみなく使用して織られた、清楚にしてどこか神秘的な雰囲気のドレス。

 

うん。苦労してアラガミを狩ってきた甲斐はあったな。

一人満足した所で毛布を調達し、目の前の女の子に掛けてやったところで思い出した。

 

そう言えば建前上、俺の衣服も作ってるんだったか。

シオのドレスの製作過程はよく目にしてたが、そっちの方はとんと見た覚えがない。

 

うーん、でもまぁ、いいとこ普通に制服かな。

真っ当に考えればアラガミの討伐に来ていく物になるんだし。

 

好み的にはシンプルで実用性のある物だと嬉しいが。

流石にそこまで求めるのはわがままというものか。

 

こんなに頑張ってくれてるのだもの。

仮に多少アレなデザインに仕上がっても、二つ返事で受け取るのが紳士の作法というものだな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

部屋に入った瞬間、嫌な予感はしたんだよ。

 

そこらに転がる冷やしカレードリンクの空き缶。

作業に行き詰ったリッカが、息抜き代わりによく口にしている飲料だ。

 

いや、確かに美味いけどな?

こんなのどう見たって飲み過ぎだろうに。

 

太るぞって冗談の一つでも言ってやろうかと思ったんだが。

無表情&ハイライトオフの目で佇むリッカの姿に思わず言葉を飲み込んでしまった。

 

何があったお前。

いつもの可愛らしい笑顔はどうしたんだよ。

 

まさかまた徹夜したんじゃないだろうな。

 

「君、動物は好きかな?」

 

「動物は良いよ。大小問わず、すべからずして人に安らぎを与えてくれるんだ。」

 

「昔一度だけ、動物と触れ合う機会があったんだ。」

「今でもあの感触は忘れられない。暖かくて柔らくて、すべすべしてるのにとてもふんわりしてたんだ。」

 

「君は、どんなタイプがお好みかな?」

 

「犬とか猫はどうかな?気に入った?わかるよ、その気持ち。あのすべすべした感触がたまらないんだよね。」

「オウムとかの鳥類も捨てがたいね。わかるかな、この気持ち。あの子たちって触ってみると思いの外ふわっとした感触がするんだよね。」

 

「…でもね。人の好みはそれぞれっていうのはわかるけど。それでも私が一番に思うのは…」

 

「ウサギさん。」

 

「つまり、バニーさ。これだけは、誰であっても譲れない。」

 

良い顔だ。良い顔過ぎる。可愛いというよりイケメンだ。

どうしよう。この子ハルオミみたいな事を言い出したぞ。

 

俺はシオの服を受け取りに来ただけなのに。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「そもそもあの子たちのデザインには一つとして無駄が無いんだ。」

 

「一見不要にしか思えないようなそれらも、本質は過酷な自然環境を生き抜くために手に入れたもの。」

 

「生きるため。ただそれだけのシンプルな理由。それだけにどこまでも突き詰められた機能美に満ち溢れている。」

 

「ズルいと思わない?そんなつもりは微塵もなかったって言ってるくせに、どこまでも人を魅了するんだから。」

 

「…でもね。私は気付いちゃったんだ。」

 

「あの子達は皆、遥か昔に神様がデザインした存在なんだってことを。」

 

「アラガミではなく、本物の神様。」

 

「そう。つまるところ、人間は何時の時代も、神様という名のデザイナーに魅了され続けてきたって事なんだ。」

 

…スパイスでもキメてらっしゃる?

多分だけど、神様そこまで考えてなかったと思うよ。

 

「そしてそれは、私が一番に推すウサギだって例外じゃなかったんだ。」

 

「でもさ、悔しいじゃない。私だって技術者の端くれなんだ。自分が最も可愛いと認める存在が、見た事もない誰かの手で染められたままなんて。」

 

「そう思ったらさ、もう作るしかないじゃないか。」

 

「暖かくて柔らくて、すべすべなのにふんわりしてて。」

 

「強くて、カッコよくて。それでいてどこまでも愛らしい。」

 

「私だけの、一番のウサギを。」

 

ゴメン、もう一回言ってくれるかな?

ウサギは可愛いって話だと思ってたのに、後半でいきなり認識が異世界へジャンプしたぞ。

 

ウサギって強くてカッコいいものだったっけ。

 

「大変だった。でもね、ようやくここまで漕ぎ着けたんだ。」

 

待って。いや、マジで待ってくれ。

わかってはいた。ヤバいものがあると最初からわかってはいたんだが。

 

まさか本当にそうくるとは思わないじゃん。

今ならまだ見てないし、シュレーディンガーのウサギって事で済ますから…あっ。

 

「暖かくて柔らく、すべすべなのにふんわり。後は君の手で証明してほしい。」

 

-強くて、カッコよくて、それでいてどこまでも愛らしいその姿を。-

 

聞きたくないし見たくない。

呆れて言葉も出ないってこういう時に使うんだな。

 

というか。シオはドレスだったのに俺のは衣服ですらないのか。

ハハッ、ウケる。いい歳こいたお兄さんが女の子の色香に流された結果がこのザマである。

 

おまけに男に着せるというのにウサギのデザイン。

どんな意匠になるのかなと少しは期待してたんだがな。

とりあえず、俺の純心を返してくれ。

 

 

 

 

 

で、何?これを着てヴァジュラの討伐に行ってこいって?

最早ただの喜劇だな。

 

もういいや、考えるのはシオにドレス届けてからにしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここはアナグラが誇る輸送ヘリの格納庫。

作戦エリアに到着するまでの間、ジュースを飲みながら新兵装(?)のマニュアルに目を通していく。

 

ゴッドイーターには比較的色んな種類の衣服が支給される。

一見薄着に見えるものでも、実際は最新素材を惜しみなく利用した耐久性に優れる一品となっている。

 

個人個人の好みに合わせた豊富なデザインを用意しつつ、同時に実用性に足る品質も確保する。

たかが服飾一つと言ってみても、そこには技術局員の絶え間ない努力の結晶が詰め込まれている。

 

例え着ぐるみであってもそれは例外ではない。

むしろこの着ぐるみにはシオのドレスを作成するに当たって培われた、これまでの叡知全てが詰め込まれていると言っても過言ではない。

 

ウサギである必要は全く無いがな。

そのくせデザインを生かした補助機能だけはふんだんに仕込んであるというのがまた腹立たしい。

 

例えば今シオがじゃれついているウサミミにはアンテナが仕込まれており、通信精度の向上に一役買っている。

丸い尻尾には簡易レーダーが仕込まれており、背後から忍び寄るアラガミがいるとアラートが鳴る仕組みになっている。

他にも視界フィルターに備えられたアラガミの活性状態を測定するスカウターや、動きやすさを高めるために仕込まれた関節部の補助装置など。

 

要するに着ぐるみというよりはパワードスーツと表現した方が近いかもしれない。

ただの着ぐるみのくせに分厚いマニュアルだなと訝しんだが、これなら納得である。

 

ウサギである必要は全く無いがな。

これでロールアウト品は普通のデザインだったらどうしてくれよう。

 

…とか考えてる間に現地に到着したようだ。

マニュアルを置き、気持ちをミッションに集中させるべく切り替える。

 

ふざけた格好だが一応これもお仕事だからな。

というかこれで怪我でもしようものなら文字通り一生の不覚である。

 

顔を上げ、同行者二人に視線を向ける。

示し合わせたように二人揃って顔を横に背けられた。

 

ちくしょう、不審者扱いしやがって。

お前ら後で覚えていろよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のラボラトリ。

榊博士に留守番を頼まれたので、先程の着ぐるみ…もとい、パワードスーツに関する運用レポートをここで書き上げている。

 

もちろん、今はいつもの服に着替え済みである。

ウサギスタイルでアナグラを闊歩する趣味は俺にはないからな。

 

ちなみに脱いだ着ぐるみは現在シオがお部屋でお人形遊びに興じている。

どうやらあの着ぐるみを随分お気に召したらしい。

 

最初はふよふよ動く耳にじゃれついていただけと思っていたが、ミッション中も妙にまとわりついてきたので正直戦い辛かった。

ミッションが終わった後もべったりくっついて離れないため、仕方なく返却はレポート提出の時にすることにした。

 

まぁ脱ぎさえ出来れば別に急いで返しに行く必要もないしな。

子供がお人形で遊びたいとねだるのだから、ちょっとくらい貸してあげてもいいだろう。

 

さて、肝心の評価なのだが。

 

悔しい事に性能面はこの上なく優秀だった。

何なら俺がこのまま貰い受けたいくらいである。

 

レーダーのおかげで不意打ちはほぼ無効だし、スカウターのおかげで結合崩壊を起こしそうな場所も一目瞭然。

見た目からは想像できないほどに機動性も高く、白兵戦にも滅法強い。

おまけにただでさえ丈夫なアラガミ素材を分厚く纏っているので多少吹っ飛んだ程度ではダメージにすらならない。

 

本当に何でウサギのデザインにしたのか意味不明である。

もう彼女に徹夜で何かを作らさせるのは止めさせた方が良いと思う。

 

なお俺の評価に反して同行者二人からは不評だった。

ソーマに至っては「不気味だから近寄るな。」と、にべもなく一刀両断である。

 

ウサパンチするぞこの野郎。

 

でもまぁ気持ちはわからんでもない。

要約すると"高速で動き回ってバスターブレードを振り回す、得体の知れないウサギの着ぐるみ"だからな。

 

俺なら思わず発砲してしまうかもしれん。

結局のところ、デザインがよろしくないの一点に落ち着くのである。

 

…よし、レポートの方はこんな所でいいだろう。

機能面は悪くなかったし、デザインがまともになったら一着融通してもらおうかな。

 

端末を閉じ、ラボラトリ奥のシオの部屋の扉を開ける。

 

ごきげんようお嬢さん。

そろそろウサギさんはお家に帰る時間…

 

「…?(モグモグ)」

 

…あー、そうね。

見た目はただの着ぐるみだけど、実際は()()()()()()()()()()使()()()()()()代物だものね。

 

そりゃシオにとっちゃただのオヤツにしか見えんわな。

所詮はウサギ、これがホントの弱肉強食ってやつか。

 

-シャクリ-

 

あ、見られても食べるのね。

この子"やっちゃった"っていう自覚ないな?

 

「…ゆーまもたべるか?」

 

…うん。頂くよ。

もう()()()()()()()()()()()()()()みたいだけど。

 

 

 

 

 

まぁいいや。

さて、リッカに何て言い訳しようかな。




キグルミがつぎはぎだらけの理由。

リッカちゃんに徹夜させようと思ったら作者が徹夜でお仕事だった。
何言ってるかわからないかと思うが(ry


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無口な無口な防衛隊1

Q1.よろず屋の常連さん?
A1.不良在庫を買い占めてくれる上客です。

Q2.この人本当にトラウマ克服してるの?
A2.Yes。

Q3.ちゃんと()()越えてる?
A3.何とは言わないが2巻5話参照。

匂わすだけならセーフ。


ここは極東支部のエントランスホール。

同輩の神機使い達が行き来する中、片隅のテーブルに陣取ってティータイムと洒落込む。

 

出撃待機中である。決してサボりなどではない。

こんなホールのど真ん中で堂々とサボる奴がいるなら是非ともお目にかかってみたいものである。

 

例えティーポットを使って本格的な紅茶を嗜んでいたとしてもサボりではない。

寧ろ英国紳士として当然の立派な心掛けであると言えよう。

 

まぁ俺は別にイギリス人でも何でもないんだが。

おまけに飲んでるのはロシアンティーだし。

 

濃口に淹れた紅茶と砂糖ざらつくプリンレーションのハーモニー。

本場はジャムらしいが、カラメルでもそんなに差はないだろう。

 

本当、安売りしてた所を買い占められたのはラッキーだった。

手持ちで十分足りたし、資本主義様々だな。

 

遠巻きに同僚の神機使い達が羨ましいそうに見ているが気にしない。

何見てるんだ、見世物じゃないぞ散れっ散れっ。

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

唐突にエントランスに鳴り響くアラーム音。

最近よく聞く外部居住区へのアラガミ侵入を知らせる警報だ。

 

うん、散るのは俺の方だったか。

やっぱりフラグは立てるもんじゃなかったな。

 

飲み食いの片づけもそこそこに神機保管庫へ足を向ける。

部屋に入って神機を受け取り、いつも通りに武装を整える。

 

アラガミ相手に普通の銃火器なんて何の役にも立たないんだがな。

これはこれで意外と役に立つ時が多いのだ。

 

さて、準備の方は整った。

一匹残らず始末してこよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の外部居住区。

居住区と言えば聞こえはいいが、言ってしまえば"中枢に入れなかった"人達の住処である。

アラガミに食い散らかされた僅かな資材を掻き集め、それでもなお必死に生き延びようとする人達の集う場所。

 

ここでは皆が皆、今日という日を必死で生きている。

防壁の内側とはいえ、それでもなお明日にはアラガミに喰われるかもしれない過酷な世界だというのに。

 

親が子供を、子供が親を。兄弟が、姉妹が。お互いをこの上なく思って精一杯生きている。

全てが全てとまでは言わないだろうが、概ね大半はそんな感じである。

 

眩しすぎて俺には直視できないな。

いや、別に皮肉という訳じゃないんだが。

 

「どうした?見た目はいつも通りに見えるが…何か雰囲気が普段と違うぞ?」

 

不意にタツミに肩を叩かれて正気に戻る。

 

いかんいかん。どうも最近気が乗らない任務ばかりで気が滅入っているようだ。

何でもないとばかりに軽く手を挙げて答えを返す。

 

これは防衛戦。

普段のように、ただアラガミを討伐して終わりという訳ではない。

 

深呼吸、深呼吸。

うん、まるでゴッドイーターになる前の頃を思い出す。

 

黒歴史だな、忘れよう。

 

………

 

作戦概要が説明される。

 

アラガミが侵入したポイントと予想される進行経路。

付近の住人の情報に、各々が管轄する討伐対象の概要。

 

俺の担当は侵入後に散開したヴァジュラテイル一体の討伐。

ただし住宅街に近いため、急がないと被害が広がる可能性がある。

 

…よし、マップは頭に叩き込んだ。

後は最短経路で目標地点まで辿り着くだけ。

 

気負う必要は無い。

間に合わなかったら、それはそういう運命だったというだけさ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

目標地点に到着。

 

簡易レーダーを眺めてみるも反応は無し。

元々小型種は探知に引っ掛かりにくい特性があるのだが、今回の獲物は余程隠密性に優れた個体なのだろう。

 

レーダーを見ながら付近をウロウロ。

ついでに逃げ遅れた住人に避難を促す事も忘れない。

 

危険を冒してアラガミがうろつく中を避難するくらいなら、神機使いが救援に来るまで身を潜めるという人たちも少なからずいる。

そんな人たちを見つけては安全地点まで護衛するのも防衛部隊の立派なお仕事。

 

俺はどちらかというと荒事専門だからこの手の任務は苦手なんだがな。

常日頃からこういう任務をこなしている防衛班の面々の凄さを改めて認識する。

 

…っと、そうこう言ってる内に住民を発見。

どうやら母と娘の二人連れ。先程まさに言った通り、神機使いが来るまで何とか住処で恐怖に堪えていたという所か。

 

向こうもこちらに気付いたのか、安堵の表情を浮かべて駆け寄ってくる。

 

 

 

 

 

パタパタと早足気味に。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

次の瞬間、屋根の上から大型の肉食獣が振ってきた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

母が咄嗟に娘を突き飛ばす。

娘の代わりに、母親が獣に組み伏せられる。

 

固まる少女。叫ぶ母。

獣の口が大きく開き、女性の頭へ喰らいつかんと迫る。

 

 

 

 

 

視界が真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

赤く、赤く。

いつか見た、鮮血の湖のそれよりも。

 

 

 

 

 

次の瞬間、アラガミが近くの建物の壁に突き刺さる。

回転しながら飛んできた大型神機に貫かれ、引き千切れる寸前の状態で磔にされている。

 

「ヒッ…!」

「………ッ!」

 

少女が思わず悲鳴を上げる。

娘を庇わんと母がその身を抱き寄せる。

 

「………………………」

 

()()()()()()()()()で神機使いが歩を進める。

彼の視界に人の姿は写っていない。

 

見据えているのは壁に引っ付いている、塵になりそこなっているゴミが一つだけ。

 

アラガミは必死にもがく。

迫る死の運命から逃れようと、残る力を懸命に振り絞って。

 

神機使いが何かを口にする。

ガリっと音を立ててそれを噛み砕き、飲み込むと同時にアラガミの胴体を掴む。

 

-ギィヤアァ!-

 

アラガミの身体が引き裂かれていく。

 

神機を身体に突き刺されたまま。

それを軸に縦に真っすぐ、頭に向かって一直線に生きたまま裂かれていく。

 

アラガミも抵抗する。

が、人とは思えない膂力の前に、それはあまりにもか細い抵抗で。

 

神機使いの表情は変わらない。

 

いつも通りの鉄仮面のまま。

いつも通りの青い瞳を、深紅に染まる眼に浮かばせたまま。

 

 

 

 

 

誰の目の前で、()()()()()()()()している?

 

いやしんぼめ、俺の親だけじゃ満足できなかったか?

 

あぁなるほど、おかわりが欲しくなるくらい美味かったって事か。

 

それは重畳。お気に召されたようで何よりだ。

 

 

 

 

 

…フフッ。

 

ハハハハハッ。

 

アッハッハッハッハッハッハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

周りの任務上がりの喧騒の傍らに、一人片隅で頭を抱える。

 

やっちゃった。

いや、ミッション自体はちゃんとこなしてきたけれど。

 

女性と年端もいかない少女の目の前で解体ショー。

いくらアラガミが相手とは言え、完全に絵面がアウトである。

 

おかげで少女と母親の二人とも完全に怯えてしまい、避難を誘導しようにも全く会話が出来なくなってしまっていた。

幸い他のアラガミは討伐された後だったから良かったものの、これで二匹目に襲われていたらと考えると内心冷汗ものである。

 

でも言い訳させてほしい。

だって仕方ないじゃないか。

 

いくら克服したとはいえ、目の前で親が喰われるなんてトラウマである事には違わないんだよ。

 

おまけに今度は間に合ったんだよ。

変えられない過去とは違って、少し頑張れば変えられる未来だったんだよ。

 

そんなの頑張るに決まってるじゃないか。

 

まぁ結果として別のトラウマを植え付けてしまっては世話は無いのだが。

ここは一つ、コラテラルダメージという事で何とか…駄目ですかそうですか。

 

あーやるせない。

言い訳出来ないレベルの失態なだけに余計やるせない。

 

酒でも飲んで気分でも変えようか。

 

………

 

今日は少し強めのお酒にしてみた。

大人だもの、酔いたい時だってあるものさ。

 

 

 

 

 

…やっぱり俺、誰かを守る戦いは向いてないなぁ。




道中はどれほど曇らせてもよい。(ハットトリック)

どこかで書きたいけどタイミングが見つからない。


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無口な無口な防衛隊-幕間-

Q1.元上官は赤い目を見た事ある?
A1.Ja (ヤー)。

Q2.元上官はこの人怖くないの?
A2.それ以外の面も知っているのでそれほどでも。

極東支部で最もこの人と関わりが深い人。
出番?モブ様なので出演予定は無いですね。

曇りが続いたのでハイパーすっとこタイム。
前半?曇りのち晴れという事で。


-Side_ツバキ-

 

(…やはり、リンドウのようにはいかんな。)

 

叱責を聞いているのかそうでないのか。

無言のまま青い瞳を向けてくる神機使いに溜息を漏らす。

 

これが同じ立場の人間であったなら他の手段もあるのだろうが。

生憎と私は極東支部の教官。彼より立場が上である以上、逆に取れない手段というのも多くある。

 

-姉上は相変わらず固い固い。こういうのは酒でも飲みながら軽く窘めるくらいでいいんだよ。-

 

いつぞやリンドウが言っていた言葉を思い出す。

それが出来るのならどれほど気楽な事だろうか。

 

確かに彼は人命を救った。

アラガミによって奪われそうになった命を、寸前の所で掬い上げた。

 

やむを得なかった状況なのは認める。

質量の塊である神機を一般人の眼前に投げつけたという点については目を瞑ろう。

 

だがその後の行動は頂けない。

コア回収すら行わず、過度に残虐な仕留め方をした点については擁護のしようがない。

 

アラガミは人類の敵であり、生命というには少しばかり違う存在。

だからと言って必要以上に加虐を加えて良い理由にはならないのだ。

 

本来であれば徹底的に行為を弾糾し、次が無いよう努めるべきではあるのだが。

 

(わかってはいたつもりだったが。やはり傷跡に火は燻り続けている、か。)

 

快方に向かっていたと思っていたんだがな。

やはり心傷というものは十年やそこらでは癒えるような生易しい物では無いらしい。

 

ふと視線を逸らせば彼の元上官がこちらの様子を伺っていた。

 

へらへらと、どこか楽し気に。

まるで"何をそんなに真面目に捉えているんだか"と言わんばかりの軽い視線。

 

下衆め、何がおかしい。

お前が()()()()()()()()()()を私が知らないとでも思っているのか。

 

つい感情がこもってしまった視線に気付いたのか、そそくさと男が退散する。

露骨な感情表現の一つもしたいところではあるが、残念ながら今はそれが許される立場でも状況でもない。

 

「まぁ、いい。」

 

誤魔化すように目の前の神機使いに言葉を紡ぐ。

僅かではあるが、その瞳に負の感情が帯びているのに気付いたからだ。

 

言葉こそ口にしていないものの、青い眼には明らかに不満の色が感じられる。

まるで誰のボスに粉をかけているのだと言わんばかりの視線だ。

 

一体何をどうすればここまで彼の心情を掴むことができるのか。

前評判さえ知らなければ是が非でも聞き出したいところではあるのだが。

 

「結果として人命は無事助けることが出来た。故に今回だけは不問にしてやる。…が。」

 

先程も言ったように私には立場というものがある。

下の者に甘くみられるようでは組織は成り立たない。

 

締めるところは感情を押し殺してでも締めなくてはいけないのだ。

 

「次は、無いぞ。」

 

首筋にバインダーを軽く当てて脅しつける。

 

聞いているのかいないのか、青い瞳の持ち主は相変わらず無表情のままだった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

教官室に呼び出された。

 

心当たりがありまくりである。

 

怒られるかな?

怒られるよな。

 

それでも俺は謝らない。

だって俺は喋れないらしいもの。

 

実は普通に喋れるだろうって?

当たり前だろ。言葉を知らない訳じゃあるまいし。

 

そんな人間、いるなら是非ともお目にかかりたいくらいだ。

 

取り留めも無く考えながら部屋に入る。

うーん、般若のオーラが見えますね。

 

どうやらいつの間にかユーバーセンスの資質を手に入れてしまったようだ。

我ながらアラガミも真っ青のスピード進化だな。

 

「おい。」

 

はい、お呼びでしょうかマダム…待った今の無し。

危ない危ない、ドスの効いた声にビビってなければ危うく口にしていたところである。

 

ツバキさんは何時だって麗しい立派なレディ。

そこに議論検証の余地は無い。

 

だって当たり前の話だからな。

俺が言葉を喋れるのかどうかと議論するくらいアホらしい話である。

 

「貴様、聞いているのか。」

 

すみません、聞いてませんでした。

言うと殴られるだろうから言わないが。

 

ふと視線を横に逸らせば俺の元上官様がこちらを見ている。

珍しくヘマをした()()()()()()()の様子を、へらへらとどこか楽し気に伺っている。

 

ちくしょう、他人事だと思って。

見てないで助け舟の一つも出してくれよ。

 

いいのか?このままだと助けを求めて泣きつくぞ?

イケメンの好青年が顔面を土砂崩れにしながら、いい年こいたオッサンに縋りつく絵面が見たいのか?

 

いいのか隊長?ホントにやるぞ?

俺の性格は知ってるだろう?

 

いいんだな?畜生舐めやがって。

いいだろう、マジでやってやんよ隊長殿。

 

目を覆いたくなるような惨劇(呆れ)を見せてやる。

後で何言われても知らないからな。

 

いざ実行に移そうかと思ったところで元上官殿がそそくさと逃げ出す。

どうやらツバキさんの睨みに負けて知らぬ存ぜぬを決め込む事にしたようだ。

 

信じられん、あのオッサン部下を見捨てやがった。

アラガミ相手の時は大型種二体がかりでも一歩も引かなかったくせに。

 

くそ、後でお礼参りしてやるからな。

オッサン相手に容赦はしないぞ。手加減が欲しけりゃ女の子にでも転生してから出直してこい。

 

「………………………」

 

気付いたらツバキさんがこちらを睨んでいる。

ヤバイ、流石に無視し過ぎたか。

 

シャイなんでそんなに見つめないでください。

緊張して何も喋れなくなっちゃうじゃないですか。

 

「…まぁ、いい。結果として人命は無事助けることが出来た。故に今回だけは不問にしてやる。…が、次は無いぞ。」

 

はい勝訴。オッサン早く戻ってこい。

いつもの勝鬨やりますよ。

 

-我々の勝利だ!-

 

まぁここでやろうものなら間違い無く二人まとめて挽肉にされるだろうけどね。

リンドウ君のように身内じゃないからミンチコース間違いなしである。

こんなマズそうな合挽メンチ、シオだって願い下げだろう。

 

 

まぁいいや。

とりあえず今回の所は厳重注意で済んだ。お給金も減らされずに済んで何よりである。

 

しかし、うーん。

流石に今回の件は我ながら思う所もある訳で。

 

とりあえず菓子折り持って謝罪に行くのが筋というものかな。

 

幸い食べ物であれば榊博士から横流s…分けていただいた物が大量に余ってる。

持てるだけ持って外部居住区に挨拶に行くとしよう。

 

 

 

 

 

…あ、隊長オッサンお仕事ですよ。挨拶周りに行きましょう。

アンタ今は極東支部でも上層部の人間でしょう?下っ端の不始末は上司が面倒見るものですよ。

 

俺?いやぁ、シャイだからお酒で口を湿らせないと喋れないし…

 

休みが潰れた?知らん。それは支部長に行ってください。

ついでに俺の休暇もお願いします。

 

もうこんな仕事辞めたい?

アハハッ、相変わらず冗談が上手いんだからもう。

 

ゴッドイーターが自分の意志で退職出来る訳ないじゃないですか(笑)。

 




元上官様と無口さんの仲は良好。何気に声も知っています。

故に元上官様は(過大評価されまくってるので)引退できません。


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無口な無口な防衛隊2

Q1.元上官評判悪いの?
A1.優秀だけど性格にしょうもない難がある人。

Q2.元上官懐かれてるの?
A2.定期的にアガリを差し入れしてくれる程度には。

Q3.会話した事あるの?
A3.食べ物あげたらお礼を言われた。

一宿一飯の恩義は大事。



先日迷惑をかけてしまった母娘に手土産を持って謝罪に行ったら、開口一番悲鳴を上げられた。

 

やめてくださいしんでしまいます。

神機使いはガラスのハートの持ち主なんです。

 

一緒に来てくれた元部隊長が取り成しをしてくれる。

どうやらこの前やらかしたのは双子の弟という方向に持ってくらしい。

 

相変わらずこの人、遠慮無しにアレなネタをぶっこんでくるな。

俺一人っ子なんだけど。何なら家族すらもういないし。

 

ツバキさんに嫌われてるというのも納得だ。

オッサンにデリカシーを求めるのも酷と言えば酷か。

 

まぁ俺は気にしてないから別にいいけど。

変に腫れもの扱いされるよりは楽なものである。

 

しかし双子の弟か。よくそんな取って付けた言い訳が通せるものだ。

話しぶりが何時聞いてもただの詐術にしか聞こえない。

そりゃツバキさんと相性が悪いわけだ。

 

それとも俺が知らないだけで、実は俺そっくりな神機使いが極東にいるのか?

何ならドッペルゲンガーという線も…

 

うん、この話は止めようか。

 

幽霊なんて非科学的なものはこの世にいない。

考えるだけ思考の無駄遣いである。

 

それより今は現実の問題を何とかしよう。

 

………

 

お話終了。

俺は一言も口を開いてないけれど。

 

無事"弟"の不始末は片付いた。まったく上官殿様々である。

こういう時会話しなくても事態が収束するというのは本当に楽な事である。

 

丸投げした訳ではない。

「お前は黙っとけ」と言われたのでそれに従っただけである。

 

一応軍属だしな。

上官命令は絶対なのだ。元だけど。

 

無口な兄とイカれた弟の存在が広まっているようだが気にしない。

存在しない弟の風評を気にするほど、俺は細かい性格はしていないのだ。

 

やらかしの全ては全部弟くんが背負ってくれたので別に気にする必要も無し。

無口云々はまぁ、コラテラルダメージという事にしておこう。

 

………

 

元上官と別れた後、何とはなしに外部居住区を見回ってみる。

今後も弟がやらかすだろうから、その時のために顔を売っておけとのお言葉である。

 

まぁ今日は非番だから別にいいけど。

呼び出しがあってもオッサンが何とかしてくれるだろう。多分。

 

トコトコと、トコトコと。

当ても無しにぶらついてみる。

 

生活音が聞こえてくる。

少し前にアラガミの襲撃があったとは思えない、人の営みの音がそこかしこから響いてくる。

 

楽し気な笑い声が聞こえる。

愉快な騒ぎ声が聞こえる。

喧嘩するような声も聞こえるが、それだって立派な生きる音だ。

 

うん。

 

やっぱり人間、こうあるべきだな。

 

アラガミ絶対殺すべし、なんて。

真っ当な人間の考える思考じゃないよ。

 

意外と神機使いはそういう奴が多いからな。

ルーキー然り、アリサ然り。

今はそんな雰囲気はしなくなったけど。

 

そういう観点で言うとコウタが一番()()()()()神機使いなんだな。

最初はただのお調子者かと思ってたんだが、付き合ってみれば存外好感の持てる青年だった。

 

願わくば、彼と彼の家族に、幸多からん未来があろう事を。

 

ハッハッハ、縁起でもない。

俺としたことが、妙なフラグを立てるものじゃ無いな。

 

独り身のデリケートな心に家族連れの声は意外と堪えたようだ。

散策もちょうどいい区切りだし、そろそろアナグラに帰るとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ここ最近すっかり定位置と化した一角に陣取り、今日もお茶を飲みながら出撃警報を待ち続ける。

 

先日上層部から正式なお達しがあった。

防壁のアップデートが完了するまでの間、当面は防衛任務を主軸にしてほしいとの事。

 

まぁ別に何かを訴えようとか言う気はさらさらない。

向いていない仕事とはいえ、防衛だって立派な神機使いとしてのお仕事である。

 

出来る限りの事はやる所存だ。

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

そんな事を思っていた所に鳴り響くアラーム音。

放送を聞くに、ついに大型種の侵入を許すまでになってしまったらしい。

 

既に第一部隊はアラガミ防壁のバージョンアップに向けて必要な素材を収集中との事。

つまりは彼らが戻ってくるまでの間耐え凌げばいいというお話である。

 

うむ、実に単純明快。

我ながらそんなに頭の出来は良くないからな。これくらい簡潔に勝利条件を指し示してくれると嬉しい。

 

つまり、全員殺せば良いのである。

おっといけない。こんな言い方、また上官様に怒られてしまうな。

 

んー、何か良い言い方ないかな。

…あぁそうだ。ちょうどぴったりな言葉をアーカイブのアニメで見た事あるな。

 

-別に倒してしまってもいいんだろう?-

 

うん。言ったはいいけどちょっと恥ずかしいなこれ。

俺、別にそんな大層な強さの神機使いという訳でもないし。

 

気を取り直してさっさと現場に向かうとしよう。

警報が鳴った場所は…

 

 

 

 

 

Eの26か。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ミッションコンプリート。

アラガミの襲撃を退け、被害を()()()()()()()上でアラガミの撃破に成功した。

 

先程助けた母娘連れがお礼を言うべく駆け寄ってきた。

この前の二人かと内心ドキリとしたが、今回はどうやら無関係の他人の御様子。

 

お礼を言われた。

無垢な少女とその母親に、貴方のおかげで助かったと掛け値なしの感謝を告げられた。

 

聞けばアナグラに神機使いの兄がいるらしい。

ちょっとお調子者だから心配なのだと話す家族の目は、どこか羨ましいほどに温かみが溢れていて。

 

やっぱり家族って素敵だな。

…っと、いけないいけない。ここらで一つパフォーマンスをしなくては。

 

先の件は場の空気を読まなかった俺のミスだからな。

優秀な神機使いは同じミスを繰り返したりしないのだ。

 

取り出したるは何の変哲もないボールペン。

まぁ難しい事をしようとしている訳ではなく、ごくごく普通の手品で場を和ませようとしているだけである。

 

それでもこの緊迫した空間には十分すぎる効果だったようだが。

少女も母親も同僚たちも、何が起きるのかとペンに視線を集中させ、次の瞬間には花束に代わったそれに目を白黒させる。

 

花束から一輪抜き、少女の前に捧げる。

勇気あるレディに称賛を。よく泣き出さずに頑張ったね。

 

花束から一輪抜き、母親の前に捧げる。

気高きマダムに賛辞を。貴方の諦めない心が御息女の未来を紡いだのです。

 

花束から一輪抜き、タツミの前に捧げる。

ハハハ、「え?」って言わんばかりの顔してる。安心しろ、俺に男色の趣味は無い。

ヒバリに吹き込んでみるのも、それはそれで面白くなるかもしれないが。

 

残った花束を丸ごとブレンダンに渡す。

ハハハ、俺と花束を交互に見たって何も起きたりしないぞ兄さん。理由?特に無いよ。

強いて言うなら頭上にハテナマークを浮かべて困惑する様子が見たかっただけである。

 

大体真面目な理由で男に花渡したって…ねぇ?

性的嗜好を疑われてしまうよ。

 

まぁふざけるのはこの辺りにしておこう。

折よく場も和んだようでちょうどいい。

 

正気に戻ったタツミが撤収の段取りに入っていく。

被害も()()()()()()()()()()、アナグラに帰投するとしよう。

 

 

 

 

 

…人が死んでるのに最小限の被害、ね。

 

あーやだやだ。

やっぱり神機使いって()()()()()()()のクズばかりだな。

 

おっといけない。

こんな言い方、そんな子供に育てた覚えは無いって両親に怒られてしまうよ。




残念ながら、この人はとことんまでに何かを守る戦いに向かない人。

長くなるから書けない?
逆に考えるんだ、ちょっとずつ仕込んでいけばいいさって考えるんだ。


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無口な無口な防衛隊3

Q1.この人神機使い嫌いなの?
A1.今はそうでもない。

Q2.何で急に不穏な空気に?
A2.地雷センサーに引っ掛かった。

悪気は無いとわかっているので別に根に持ったりはしません。
曇った後はお酒を飲みましょう。


ここは極東支部のエントランスホール。

今日は何やら朝から受付が騒がしい。

 

-誤解だヒバリちゃん!俺はヒバリちゃん一筋で…!-

 

わかってますよと苦笑しながら話すオペレーターに必死に弁解を繰り返す隊長様。

先日洒落で渡した手品の小道具が、どうやら他の女性からプレゼントされた物という話になってるらしい。

 

いやぁモテモテじゃないですかタツミさん。

ちゃんと本命がいるというのに、色男はツライですね。

 

ラブコメの波動を感じるな。俺こういうの大好き。

誤解から生じるすれ違い、大変美味しゅうございます。

 

今でこそ効果はまだ無いが、やがてはアラガミ化の治療にも採用される事間違い無しだ。

愛する人の呼びかけで元に戻る。うむ、王道故にいつ味わってもたまらんな。

 

ちなみにブレンダンの方もと期待はしたんだが、あいにくそっちは特に何も無かったらしい。

 

強いて言うならジーナに花束を取り上げられてたくらいか。

何でもデッサンのモチーフにちょうど良いとの事。

 

うーん、ブレジナか?解釈違いだな一冊ください。

 

まぁいい、知人のナマモノは止めておこう。俺は分別のわかる人間なのだ。

昔の極東ではこれが原因で血で血を洗う惨劇(呆れ)も起こった事があるらしいからな。

 

閑話休題。

と言っても戻す話も無いのだが。

 

先日第一部隊の面々が入手してきてくれた新しい偏食因子によって、無事防壁の強化も成功。

それ以来防衛班の出勤回数もめっきり減ったので大変喜ばしい事だ。

 

喜ばしい日はお酒に限る。

 

クピクピお酒を飲みながら束の間の平穏を享受する。

うん、今日も平和で酒が旨い。素晴らしい事この上無しだ。。

 

願わくばこの平穏が何時までも続k…

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

いや早い、早いって。フラグ回収が早すぎるだろ。

何?俺の腕輪って思考検知機でも付いてるの?

良い感じに酔えてたのに台無しだよ。

 

偶然だと分かっていても愚痴りたくなるのが人情。

あーやだやだ、どこのアラガミだよ人様の限られた休息タイムを削ってくる馬鹿たれは。

 

まぁ仕方ない。これも立派なお仕事だ。

酔い覚ましのお薬飲んで、さっさと任務に備えるとしよう。

 

…ところでタツミ隊長。やむを得ないから迎え酒を許可する、なんて言う気はない?

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは外部居住区外れの外周部。

先日アップデートされたアラガミ防壁がどこか新区画の様相を匂わせる場所である。

 

例えるならスチームパンクの世界と言ったところか。

鉄錆はびこる壁の一部に、不釣り合いに調和の取れた鋼鉄部品が取り付けられた巨大な防壁。

 

男なら心のときめきが止まらない素敵空間の一つである。

まぁ今は任務で来ているのでワクテカしている場合ではないのだが。

 

今回の作戦概要はざっくり二つ。

防壁付近に近寄ってきたアラガミの群れに対して二種類の戦術を取る。

 

1.迎撃部隊は後方に周り込んでこれを強襲、殲滅する。

2.防衛部隊は万が一防壁が破られた際はこれを迎え撃ち、迎撃する。

 

要するに背面強襲を主軸に敵の撃破を狙う作戦だ。

うん、いいんじゃないか?背中を襲うのは得意だし。

 

ちなみに外壁から引き離すだけでもいいらしい。

まぁ居住区の防衛が目的だしな。侵入さえされなければそれでいいんだろう。

 

さて、気になるチーム分けである。

先日市民に犠牲が出た事を鑑み、今日は普段よりも厚いメンバー層でのミッションだ。

 

外壁側の迎撃部隊は俺とタツミ。

タツミが小型と戦場をかき回し、俺が大物を仕留めていく方針。

 

内壁側はブレンダンを筆頭に残る防衛班の面々。

仮に防壁に穴が開いてもそこまで大きくはならないであろうと見越し、ブレンダン他近接使いが抑えてる間に遠距離神機使いで蜂の巣にするという方針だ。

 

うん、イジメかな?

外壁側2名に残り全部内壁側とか明らかに比率がおかしいだろ。

 

良いんですかタツミ隊長。

こんな横暴、断固抗議する事も辞しませんよ。

 

チラリと恨みがましい視線を向ける。

返ってきたのは眩しいまでに爽やかな信頼の笑顔。

 

「正直キツイ任務ではあるが…まぁお前さんがいるなら安心だな!」

 

クソッ、良い笑顔だイケメンめ。でも男に期待されたって嬉しくないやい。

どうせならヒバリ呼んで来いよヒバリを。

 

言ったら本気で殴られそうなので言わないが。

これでも良い大人だからな、人様の恋路を邪魔する気は毛頭無いのだ。

 

しかしこんな優良スペックを持ちながら未だに落とせてないというのだから不思議でしょうがない。

もしかして俺が知らないだけでよっぽどヤバい性癖でも持っているのか…

 

この話は止めようか。

ヒバリちゃんは立派なレディ。アリサやルーキーより年上なんだから間違いない。

 

六歳差?極東の最高記録は十歳差だからセーフ…うん、本当に危ないから止めておこう。

ただでさえ命がけの仕事なのにこれ以上モチベーションを削ってどうするんだ。

 

横を見ればタツミが怪訝そうな目でこちらを見ている。

まぁ"貴方がロリコンか否かを脳内で議論していました"なんて、言える訳も無し。

 

気持ちを切り替えて任務にかかるとしましょうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

朝と同じように定位置と化した一角に陣取り、任務上がりの美酒に舌鼓を討つ。

 

本日も無事ミッションコンプリート。

うむ、タツミと組んだ回数は少ないのだが、やはり相性の方は抜群だな。

 

タツミが小型と陽動を担当し、俺が大型と止めを担当する。

役割分担がはっきりしているというのは、ただそれだけで戦いやすさに直結する。

 

その結果は防壁付近のアラガミの全撃破。

引き離すだけでも良かったことを考えれば、文句無しの完全勝利というやつである。

 

ちなみに内壁班の一部からは不満の声が上がっている。

やれ花が咲かせられたなかっただの、やれ討伐出来なかったから報酬が稼げなかっただの。

 

知らんわそんな事。俺に言われても普通に困る。

もっとも、この辺の不平不満は隊長様に丸投げしたので俺の知った事ではないのだが。

 

所属部隊が違うから仕方ないね。

それとも俺の部隊来る?花も咲かせ放題だし、一応実入りも他より良いよ?

 

まぁその分こき使われるんですがね。

 

良かったな俺が優しい人間で。

いくら自分が楽になるとはいえ、甘い言葉でブラックな環境に誘ったりはしないのだ。

 

シュン君?残念だが選考落ちだな。

ブレンダンは俺がサボってたら小言言いそうだからダメ。

 

ちなみに誰が欲しいと言われたらカノンなんだがな。

あの火力は魅力的だ。誤射は酷いがそれならそういう戦術を立てるだけである。

 

-俺に構わずコイツを撃て!-

 

うむ、男なら一生に一度は言ってみたい台詞だな。

まぁ言ってないのに問答無用で撃ってくるから困りものなんだが。

 

「よぉお疲れ。悪かったな、ここしばらく防衛任務に突き合わせて。」

 

おっと、色男の登場だ。

顔を向けたのを見計らい、配給ビールが放られてくる。

 

くれるの?これはどうもサンキューね。

差し入れとは有り難い。

 

こういう細やかな気遣いが出来る部隊長というやつか。

 

「第一部隊で回収してきてくれたコアのおかげで防壁を破られる回数も激減した。だが適用されるまでの間、お前さんが手を貸してくれたおかげで被害も()()()に抑えられた。」

 

全く、褒めたと思った矢先にこれである。

「礼を言うぜ」と爽やかに言われてもなぁ。

 

まぁ悪気が無いのはわかっているのでいちいち目くじらを立てたりはしない。

それにその言葉に一番納得してないのが本人だというのもわかってるし。

 

現実は厳しいのだ。悲しいが。

 

「ま…それはともかく。とりあえず今回の件で一段落着くはずだ。お互いお疲れさん。」

 

配給ビールの口を開け、こちらに突き出してくるタツミ。

乾杯か。いいね、本当に盛り上げるのが上手い隊長さんだ。

 

悔しいまでにイケメンだ。

これでなんでヒバリを落とせないのか本当に謎。

 

まぁいいや、人の恋路は遠巻きに眺めるもの。

いちいち口を出すなんて、それこそ野暮の極みもいいところ。

 

黙って二杯目のビールを奢られておくとしよう。

 

うん、美味しい。やっぱりお酒は最高だな。

何か眠たくなってきた。

 

………

 

「お、おい。大丈夫か?おい。」

「どうしたのタツミ?何か問題でも…あら。」

 

「ジーナか。いや、コイツとちょっと酒を飲んでたんだが…何故かいきなりぶっ倒れてな。」

「飲ませ過ぎね。駄目よタツミ、この人お酒弱いんだから。」

 

「え?いやだってコイツ、普段から結構酒飲んで…」

「飲んでるだけよ。この人見た目は全然わからないけど、立て続けのビール二杯で簡単に倒れるんだから。」

 

「あー、確かに俺が来る前から飲んでたみたいだが…てかよく知ってるな?」

「そりゃそうよ。イケる口だと思って派手に潰した事あるんだから。」

 

………

 

気付いたらいつの間にか自室で朝を迎えていた。

確かタツミと酒盛りしてた筈なんだが…何が起こった?




お酒くれたから無口さんの好感度+5。
相手が男でも部屋に送ってくれる良い隊長さん。


次で時系列がちょっと進む予定。


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無口な無口な猟犬さん1

Q1.博士の信用度は?
A1.あんまりない。

Q2.食べ物あげたのに?
A2.そもそも賄賂と割り切られてる。

ちょっと短め。
時系列が少し進みます。



ここは通称"鉄塔の森"。

地域特有の気候と建物から流れる廃液の化学反応で、時折濃霧が発生して視界不良となるエリア。

 

今日は珍しく一人任務。

もっとも、別に特務だ何だという訳ではないのだが。

 

リンドウとやり合ったと思しき新種の討伐依頼が出ていたので受領した。

別にリンドウは死んでいないと思っているのでそこまで気負う必要は無いのだが。

 

それでも同僚が傷付けられてアラガミ化までさせられたというのは流石の俺も思う所がある。

現実は厳しいものとは知っているが、それと感情が納得できるかというのは別問題だ。

 

とどのつまり、ただのお礼参りである。

第一部隊の面子を誘おうと思ってたんだが、その前にリンドウの腕輪の反応が調査班から上がってきたため、皆そっちへ出張ってしまった。

 

あれ、もしかして俺の方ハズレ?

お礼参りどころか単なる八つ当たりになってしまった。

 

まぁいいや、とばっちりになるがアラガミ相手に慈悲は無い。

人権とは人間に与えられるものなのだ。

 

………

 

話は変わるが。

 

あと二、三日したら支部長が出張から帰ってくるらしい。

何でもヨーロッパまで特異点の調査に出張っていたとの事。

 

まぁ日本にもシオみたいなアラガミがいるくらいだしな。

欧州大陸ともなればそれこそ色んな種類のアラガミがいるんだろう。

 

ちなみに俺の勘ではシオが支部長の探している特異点何だと思っている。

まぁ博士から賄賂を貰っているので俺から報告したりはしないが。

 

だってそもそも俺、特異点がどんなアラガミなのか聞いてないもの。

珍しいアラガミとかだけ言われても、探しようなんてある訳ないだろ。

 

まぁ元々は一番に観察したいから報告を止めといてくれって依頼だし。

その内博士の方から支部長に話が行くでしょ。多分。

 

…珍しいアラガミと言えば。

 

今仕留めたアラガミはなんでも雌雄の概念が存在している可能性が高いとか。

見た目のライオンっぽさの通り、オス型一体にメス型複数体が付き従っている目撃例が散見されているらしい。

 

リア充かよ、くたばれ。

アラガミですら女の子侍らせているのに俺は一人寂しくミッションか。

世の無常を感じるな。

 

まぁハーレム云々はさておき。

オスメスの概念が生まれるという事は、その内アラガミにも子供が生まれたりするんだろうか?

別にそうなったとしても不思議な事ではないと思うが。

 

何だったらこれの中を覗いて調べてみようか。

ほら、そこで寝ているパパも気になってるだろうし…俺の子じゃない?最低だなこのスケコマシめ。

 

ハハハ、イッツ・ア・ブラックジョーク。

俺にスプラッターの趣味は無い。

 

いくらアラガミ相手とは言え、興味本位で腹を開くとかサイコパスも良い所だしな。

 

…よく考えたら第一部隊の方で今それをやってる可能性が高いのか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここはフェンリル極東支部、通称"アナグラ"と呼ばれる場所。

そこを統括するお偉いさんからお呼びが掛かり、現在支部長室へと向かう途中である。

 

エレベーターに乗って目的階へ着くまでの間、最近の第一部隊の様子について思案を巡らせる。

 

何か避けられているような気がする。

正確には第一部隊の女性陣に、だが。

 

時期的にはリンドウの腕輪を回収してきた辺りからか。

余所余所しいというかなんというか、どうも何かを隠しているような雰囲気だ。

 

あれ?もしかして俺信用されてない?

シオの事を支部長にタレ込むとか、そんな風に思われてたりする?

 

そりゃ支部長命令とかまで言われたら流石に隠しきれんが。

少なくとも自分から進んで報告するつもりはないぞ。

 

賄賂まで受け取ってるのにあんまりな扱いである。

ちゃんとシオの面倒だって見てきたというのに。

 

決してロリコン扱いされて白い目で見られている訳ではないと信じたい。

そう言えば最近シオの姿を見ていないな。

 

閑話休題、目的階に到着だ。

まぁ呼ばれた要件については何となく察しが付いているけれど。

 

………

 

"全ての任務に優先して、特異点の捜索に尽力しろ"ね。

どうやら欧州出張の成果は芳しくなかったと見える。

 

その特異点、ラボラトリ行けばすぐ見つかるんですけどね。

行くなら別に止めはしないけど。

 

どうせ博士は博士の方で何か企んでるんだろうし。

その場合は運が無かったと諦めてもらおう。

 

信用?

友人を出し抜こうとしている人はちょっと…

 

まぁいいさ、これも立派なお仕事だ。

ましてや支部長直々の特務案件である。

 

どうせ外にはいないんだし、息抜きと思って気楽に探索してこよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"愚者の空母"…の隣に位置する作戦エリア。

損傷による地形の隆起が激しいために中型種ですら避けるルートであり、もっぱら偵察や諜報に利用されるゾーンである。

 

小型種なら別に問題無いルートであり、シオ…もとい特異点のサイズであれば、普通に通れる場所でもある。

 

つまりこれはサボりではない。

純粋にターゲットの情報を元に行動を予測し、網を張っているに他ならない。

 

我ながら一分の隙も無い完璧な作戦だ。

うん、夕焼けを見ながら飲むジュースは美味い。

 

エリアの小型種は既に排除済み。

何か知らんが妙に活性化しててちょっと手こずったけど。

 

後は作戦時間が終了するまでのんびりと…

 

「………………………」

 

シオがいる。

 

え、待ってまさかの同種?

確かにシオはアラガミだし、同じ種類が現れても不思議じゃないけど。

 

いや、あのドレスはシオだけの一張羅だ。

という事はまた脱走してきたのかあの子。

 

いやいや、これは流石にマズい。

支部長がいなかった時とは状況が違う。

 

遭遇してまで知らんぷりを通すほどの賄賂は貰ってないし。

それ以上を受け取る程、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あくまで持ちつ持たれつ、ビジネスライクな付き合いだ。

少なくともエイジス計画を袖にしてまで、博士に手を貸す義理は無い。

 

仕方ない、とりあえずシオを確保してアナグラに…

 

何だ、ソーマもルーキーもいるんじゃないか。

焦らせやがって、人が悪いぞ。

 

クルリと背を向け、足早にその場を後にする。

見なかった事にしておくから、早くシオを連れていけ。

 

職務怠慢じゃないぞ。

あの二人はシオを庇うだろうし、二対一じゃ分が悪いから退いただけ。

 

我ながら一分の隙も無い完璧な言い訳だ。

丁度いい、この件をダシに支部長に携行武装の支給嘆願でも出しておくか。




この人から見れば支部長も榊博士も同じくらい真っ黒。
博士が説明してくれないから仕方ないね。

会話はコミュニケーションの基本です。


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無口な無口な猟犬さん2

Q1.今までの武器は支給品じゃ?
A1.一部内緒の横流し品。

Q2.誰から入手している?
A2.この人が懐手だとビビる人。

良い商売人とはお得意様が購入したものは覚えているもの。


支部長室に呼ばれた。

目の前では支部長が俺からの嘆願書に目を通している。

 

怒られるかな?まぁ大丈夫だろ。

少なくとも適当とは言えそれらしい理由は書いたつもりだ。

 

拒否られたところで別に実害はない。

普段はそれ以外から入手してるしな。

 

でもまぁ個人的な思いを述べるのなら。

会社の経費で好きな物手に入れるってワクワクしない?

 

横流し品はお安くないのだ。

神機使いの稼ぎは決して悪くは無いが、それでも無駄遣い出来るほど裕福ではない。

 

それに個人的な欲求を満たすためだけにこんな真似をしているわけではない。

榊博士から便宜を図ってもらっている以上、支部長からも何かしてもらわないと不公平じゃないか。

 

いざという時に賄賂を貰っているから…と心が鈍っては困るのだ。

 

「…君の要望は理解した。要望通り、保管庫から携行火器の支給を許可しよう。」

 

嘆願書から目を離した支部長がそう告げる。

いつもより若干眉間に皺が寄っている気もするが、まぁ気のせいだろう。

 

差し出されたカードキーと受け取り、口頭で告げられた暗証番号を記憶する。

これで晴れて支部長公認で装備を整えられるというもの。

 

 

せっかくだし、拳銃以外にも色々見繕ってこようかな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の武器保管庫。

と言ってもあまり整理整頓はされていないらしく、保管庫というよりただの倉庫のような印象を受けるが。

 

アラガミ相手には既存の銃火器ではまず効果が無い。

異常な硬度のオラクル細胞に弾かれるか、液体のような流動性のオラクル細胞に受け流されるかのどちらかだからである。

 

専らこれらの用途は対人向け。

もっともデモ隊の鎮圧くらいであれば神機使いを二人も差し向ければ簡単に叩き伏せられるので、あまり出番は無い。

 

つまり何を選んでも問題無い。

より取り見取りとはまさにこの事である。

 

装備にしたって、使われないまま埃を被ってるよりは使われた方が幸せだろうし。

極東に伝わる付喪神の概念というやつだな。

 

拳銃に各種グレネード、新しい防弾チョッキに普段は滅多に流れてこないマシンピストル。

予備の弾丸も豊富なうえ、横流しの中古品ではない、今なお組織で使われている現役品である。

 

うむ、装備云々を抜きにしても普通に気持ちが昂るな。

幾つになっても銃火器は男のロマンに他ならない。

 

ましてや俺は若いからな。

胸のときめきもまたひとしおだ。

 

っといかんいかん。

一応これは任務に向けた事前準備。

 

欲張りは禁物。

名残惜しいが今回はこの辺りにしといておこう。

 

………

 

支部長室に戻るとオオグルマ先生がいた。

 

…オオグルマ先生がいた。

 

大事な事なので二回確認した。

オッサンの足に目を向けると、ちゃんと二本の足で立っている事を確認できた。

 

何だ、幽霊じゃないのかビビらせやがって。

これが出撃前か帰投直後だったら懐のブツを抜いて確かめてたところだ。

 

顔に視線を戻せば意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

畜生、からかいやがったなこのオッサン。

冗談抜きで弾いてやろうか。

 

まぁ流石に支部長室でぶっ放すほどアホではない。

そんな真似をすれば営倉どころか軍法会議待ったなしである。

 

「さて。」

 

椅子に座った支部長が口を開く。

 

「知っているかどうかは知らないが。あえて最初から説明させてもらおう。」

 

いつも通り、祈るように身体の前で手を組んだまま話を続ける。

 

「エイジス計画の本当の目的。そして死んだはずの彼が何故ここにいるのかを。」

 

あ、前半だけでいいです。

親しい間柄という訳でもないし、オッサンの生き死には別にどうでもいいです。

 

 

どうせ後で、何時ぞやのお礼をしますので。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…うん、これは普通にショックだな。

いやまぁ、薄々勘付いてはいたんだがな。

 

やっぱりエイジス計画なんて存在しなかったのか。

 

分かってはいた。

計画成就も間近だというのに試験の一つも行われた話を聞かないし。

 

何だったら外部居住区へのアラガミ侵入も許してるんだ。

仮にそれで完成したとか言われても信用できる訳がない。

 

代わりに出てきた案がアーク計画か。

選ばれた千人を生かす代わりに、他全員を残さず犠牲にするって寸法か。

 

…で、俺にそれの是非を問うの?

イジメか支部長。やっぱりフェンリルの人間には人の心とか無いんだな。

 

 

 

 

 

そんなの、()()する以外答えられないじゃないか。

俺がどうやってあの時生き延びられたか知らない訳じゃないだろう?

 

それともあれか、()()()()()()()()()()()()()()って回答が欲しいのか。

ハハッ、マジウケる。笑っているうちに止めような。

 

 

 

 

 

まぁ俺の感情はさておき。

大局的な話で答えるなら、これはもはや議論の意味が無い問題だと思う。

 

誰かを犠牲に生き延びるなんて言語道断、と口にするのはたやすいが。

それは正確なタイムリミットがわかっていて、かつ明確な対抗手段が確保できる場合にのみ認められる。

 

例えば一月後に終末捕喰が起こるとしよう。

それまでに対策が取れなければ人類終焉である。

 

そして今時点では千人だけだが生き延びる手段がある。

どう選んだかはどうでもいい。とにかく千人、限られた人数だけが生き延びられる。

 

さて最終日だ。

未だ全員が助かる手段は見つかっていないが、正しい選択肢はどれだろうか。

 

1.全員助からないので、()()()()()()()()()()()()()()

2.千人を助けるために、()()()()()()()()()()

 

答えられない?

じゃあ人数を減らそうか。

 

1.全員助からないので、助けられた一人子供も道連れにする。

2.一人子供を助けるために、残り二人両親を犠牲にする。

 

まだ答えられない?でもタイムアップ、強制的に1ですね。

時間は待ってはくれないのだ。何しろアラガミが目の前にいるのだから。

 

ちなみに俺は2だった。選択肢なんて無かった…というより、選べる頃には時すでに遅しという奴だ。

まぁ選べたとしても同じ選択を選んでいるがね。

 

そうじゃないと俺の両親が浮かばれないじゃないか。

命を犠牲に息子の命を繋いでくれた、俺の両親の選択が間違っていた事になるじゃないか。

 

そんな訳あるはずがない。

一般論はともかくとしても、他でもない息子の俺がそう断言しなくてどうするんだ。

 

 

話を戻そう。

 

結局のところ、この問題に正解などありはしないのだ。

答えるにはあまりに状況が不確定過ぎるし、だからと言って決め打ちするには個々人の主観が入り過ぎている。

 

きっとこの支部長はそこまで考えた上で俺に話を振ってきている。

否定でもしようものなら、待ってましたと言わんばかりに非難の言葉を浴びせかけてくるだろう。

 

あーやだやだ、これだからフェンリルの人間は信用できないんだ。

 

とはいえ、こうなっては俺に選択肢などあるはずもない。

無言のまま、肯定を表すように頷いてみせる。

 

気に入らないから返事こそはしてやらないけど。

それでもその答えに満足したのか、支部長からはふと僅かな笑みがこぼれていく。

 

ちくしょう、ナイスミドルめ。そんな優しく微笑むんじゃない。

俺はやっぱり間違っていないんだと甘えそうになるだろうが。

 

これが妖艶な女性だったらヤバかったかもしれんが。

生憎支部長の他には腹の出たオッサンしかいない。

現実って厳しいな。

 

………

 

「ありがとう。君ほどの人物に賛同してもらえた事を、私は心から嬉しく思う。」

 

銀色に光るカードを受け取ると、先程よりも嬉しそうな微笑みで支部長が言葉を続ける。

 

「さて。そんな君の思いに漬け込むようで大変申し訳が無いのだが…一つ頼みたい仕事がある。」

 

受け取ってから言わないでください。

まぁそうでなくてもフェンリル所属の神機使いに拒否権なんかある訳ないのだが。

 

「君も認めてくれたアーク計画だが…悲しい事に力に訴えてでも認めないという輩がいるようなのだ。」

 

まぁ、いるでしょうね。

良いか悪いかはさておき、他人を犠牲にすることに堪えられない人種というのは存在するのだ。

 

「これから彼女達を待ち伏せて排除する。ついてはそこにいるオオグルマ博士と共に、その手伝いをしてほしい。」

 

ふむ、テロリストの排除。アラガミではないけれど、フェンリル所属の人間の仕事と言えば仕事か。

それに俺に声をかけるという事は普通に荒事だろうし。

 

てかオオグルマ先生来るの?

そんなに腕に覚えがあるんなら、仕返しは後ろから襲い掛かる事にしておこう。

事前に良い情報を聞けて何よりだ。

 

 

それにしても彼女達か。

 

怖い怖い、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




前門にアリサ、後門にこの人。

仕返しする気満々ですが、オオグルマ先生はこの人の戦闘スタイルを知りません。
流れ弾なら仕方ない。

次の前にこの人の過去話入るかも。


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-From_Past-無口な無口な過去話

※注意※
無口さんの暗い過去。苦手な場合は読み飛ばして良し。

Q1.この人人間?
A1.混じり気無しの人間です。

Q2.曇り過ぎじゃ?
A2.道中は(以下略)。

Q3.越えられましたか?
A3.オーバーフローしました。

ラケル先生のようにはなれませんでした。



消えていく。

 

いつも暖かく笑いかけてくれたあの二人が。

時には厳しく叱りつけてくれたあの二人が。

 

バキリと骨が割れる音がする。

赤い飛沫を撒きながら、少しずつこの世から姿を消していく。

 

バキリ。グチュリ。

バキリ。グチュリ。

 

光景から目が離せない。

何が起こっているのかを理解しながらも、心がその理解を拒絶する。

 

ただ両親が喰われ、身体を失っていっている。

言葉に起こせばただそれだけの光景だ。

 

声が出ない。口も動かない。

手も足も、指も、瞬きすらも行えない。

 

………

 

アラガミは神機使いに討伐された。

今世間に噂される()()神機使いと呼ばれる人達。

 

-大丈夫か、しっかりしろ-

 

大きな剣を持った人物が話しかけてくる。

大丈夫な訳ないだろう。

 

-…駄目だ。仕方も無い、この年であんな光景を見てしまったんだから-

 

大きな銃を持った人物が後ろで呟く。

最後は自分の意志で見続けたがな。

 

喰われて消えゆく両親と、それを獣のように貪りふけるアラガミ。

それが切られて撃たれて、塵と霧散するその瞬間まで。

 

目に焼き付けたあの光景を反芻する。

喰らった両親ごと存在が消失した、アラガミが居たその場所を。

 

血溜りには、もう何も残っていなかった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

フェンリル直営の孤児院。

大企業直属と言えば聞こえはいいが。

 

予め素質のある人間を集めておき、子供の頃から自分たちへの忠誠心を刷り込んでいく。

流石に表立ってはやってはいないが、まぁようするにそういう所だった。

 

まぁ今の自分には都合が良い。

民間のそれらに比べれば遥かに教育環境が整っている。

 

それだけじゃない。

適合の可能性が見られる者に至っては、現場で導入されているシュミレーターを用いての疑似戦闘訓練まで行えるのだ。

 

そしてありがたい事に俺には適性があった。

アラガミ共を塵芥に変えられる可能性があったのだ。

 

年齢の関係上、正式に招集されるのはまだ先だが。

先に述べたように優遇して訓練施設を利用させてもらえるようになっていた。

 

 

よかった。自分の手で殺せる方向で進められそうだ。

 

神機が無いと手間だからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

訓練施設。

 

仮想空間にオウガテイルの姿が映る。

感情のままに襲い掛かったものの、身体能力の差で返り討ちにされたのは懐かしい記憶だ。

 

アラガミ畜生風情を正面から潰せないのは癪ではあったが。

生憎俺は手段を選ぶような人間ではない。

 

オウガテイルが飛び掛かってくる。

流して後ろに回り込み、仮想神機を振り下ろして叩き割った。

 

…手に残る感触が無い。

仮想空間だからまぁ当たり前ではあるのだが。

 

 

物足りない。音も色も、何もかもが足りないな。

 

まぁいい。

 

畜生アラガミ共も()()()も、数は余る程いるからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

戦い方は身に付いた。

後は実戦で畜生共を殺すだけ。

 

訓練を終えた後、傍にいた担当官が話しかけてくる。

 

-素晴らしい。私も長らくここの施設を担当しているが、君のような優秀な人間は本当に珍しい。-

-君は両親をアラガミに殺されたと聞いている。君ならきっとその仇を討つことができる。-

 

またその話か。

どいつもこいつも、何故同じ事ばかり繰り返すんだ?

 

-頑張れ-

 

-期待している-

 

-君ならやれる-

 

他人任せもここまで来ると哀れだな。

よくもまぁ特に親しくも無い人間にここまでの期待を寄せられるものだ。

 

一周回って愉快に思えてくる。

まぁいい。こういう人間ばかりだと思えば、今後何か犠牲が必要になった時でも気が楽かもしれないな。

 

親の仇?そうだな。

いくら憎んでも憎み足りない、殺しても殺したり無い奴らだ。

一回だけじゃ物足りない。

 

月並みな言い方だが、脚本家を目指してる訳ではないんでね。

アンタがどの程度を想像しているのかは知らないが。

 

まぁ今の所、()()()()()()()()()()()らしい。

 

結局のところ、アラガミは何度も復活するんだろう?

餌がある限り増え続けるとか、本当に畜生と呼ぶにふさわしいな。

 

…そう言えば。

神機使いも人工のアラガミと呼べるんだっけか。

 

神機の制御に偏食因子が必要らしいからな。

大雑把な括りとはいえ、アラガミも神機使いもそこまで大差はないらしい。

 

ますます数には困らんな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

正式な招集がかかった。

既にフェンリルの息がかかった施設にいる関係上、通常のそれより余裕を持った通知だった。

 

適合試験まで、あと一月。

 

ようやくだ。ようやく殺せる。

好きなだけ、思う存分殺しまわれる。

 

敵はアラガミ。

俺の両親を喰らってくれた、忌々しいクソどもだ。

 

味方は神機使いアラガミ

俺の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、忌々しいクソどもだ。

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

良いな、良いな。

まるで仇のバーゲンセールという奴だな。

 

おまけに減ったら餌を与えて増やせばいい。

その餌もアラガミ神機使いと言うのだからまた堪らない。

 

狩って殺して良し。

増やして殺して良し。

 

より取り見取りとはまさにこの事。

どれから八つ裂きにするか、今から目移りしてしまうな。

 

いかんな、俺としたことが()()()()()

ゴールが見え始めて、流石に気の一つも緩んだか。

 

こほん、とわざとらしく咳払いをする。

何とはなしに窓に顔を向けると、微かに自分の顔が反射して映る。

 

嬉しそうに笑っている。

楽しみだと言わんばかりに笑っている。

 

早く早く。一月後が待ち遠しいと。

クリスマスを待つ子供のように、ニッコリした笑顔がこちらを向いている。

 

 

 

 

 

うん、それにしても。

 

 

 

 

 

俺の両親は本当にこんな得体の知れないを助けたかったのかな?

 

"()()アラガミも皆殺し"なんてほざく狂人、俺なら近寄りたくもないけどな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

適合試験まであと二週間。

今日も今日とてベッドに寝転がりながら、この前浮かんだ疑問について考えてみる。

 

アラガミは殺す。それはいいや。

目の前で両親喰われてるんだもの。その資格はあるだろう。

 

神機使いはアラガミ。それはそうらしい。

細かい事は専門的な話になるのでわからんけど。

 

じゃあ神機使いもアラガミだから殺す?

じゃあも何も、そもそも俺や両親とは何の関係無いんだが。

 

両親が入ったアラガミを塵に変えた?

もう消化済みだっただけだろ。俺の両親が塵に変えられた訳ではない。

 

考えれば考えるほど自分の考えがわからなくなっていく。

俺、何であそこまで色んなものがアラガミに見えていたんだ?

 

危うく取り返しのつかない道に踏み込んでしまうところだったよ。

手が塵まみれになる前に気付けてよかった。

 

まぁ間に合ったから今回はいいや。

訳の分からんイカレ野郎を助けて死んだなんて話、俺の両親が報われないからな。

 

閑話休題、本題に入ろう。

多分だが、ここがきっとターニングポイントというやつだ。

 

俺の中には元々ああいう気持ちがあったのだろう。

否定はしないさ。いきなり出現するアラガミじゃあるまいし。

 

両親の死は確かに切っ掛けの一つかもしれない。

だからと言って外道に育っていい道理は一ミリも無いけどな。

 

そんな()()()()()()()()()()、俺は絶対に認めない。

両親が命を賭して生かしてくれた人間が、そんな救いの無いクズであるなんてあってはならない。

 

じゃあどうするか?

今は落ち着いてはいるものの、またぞろ顔を出されちゃ敵わない。

 

何、簡単簡単。

別に難しくも何ともない話だ。

 

 

 

 

 

認められないなら()()()()()()綺麗さっぱり、初心に戻ってやり直せばいい。

 

()()()()()。時には間違える事もあるだろうさ。

だが間違いに気付いた時、それが正せるというのも()()()()()()()だ。

 

あの両親が命を対価に息子の命を救ったという選択が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺なら出来る。今までもやってこれただろう?

楽観的かもしれないが、()()()()()()()()()()さ。()()な。

 

それに猫かぶりの一つくらい()()()()()()()()()()()()

 

 

俺の両親の選択は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

………

 

適合試験当日。

 

いつもと変わらない、雲一つ無い快晴。

青い空が、防壁の遥か向こう側まで続いている。

 

うん、今日も良い天気だ。

さて、極東支部へ向かうとしよう。

 

--適合試験、受かるといいな。

 




たまに出てくる地金の正体。
いましたね、どこかの世界に手が塵まみれの人。

自分の心のドス黒い部分を超える。
どこにでもよくある、ただそれだけのお話。

真っ赤だと突っ込んではいけない。


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無口な無口な猟犬さん-幕間_アリサ&サクヤSide1-

Q1.武装し過ぎじゃ?
A1.使える物は何でも使う。

Q2.アラガミに銃火器は効かないんじゃ?
A2.目潰し代わり。怯んで見失うと…。

Q3.語らず、感じず、何も思う事無く戦い続ける神機兵?
A3.ジーナさんがハズレと採点してくれます。

相変わらず隊長さんは語らない。
それでも信じてくれますか?


-Side_アリサ(chapter1)-

 

「あら?残念ながら残りのセーフガードは私が全て破壊しましたけど?」

 

消えてもらうと明確に殺意を告げてきた相手に答えを返す。

 

だが、油断は出来ない。

困ったと言いながらも、支部長は不敵な態度を崩していない。

 

相手は極東支部の最高権力者。

てっきり私兵の一つも連れてくると思ってたんですけど。

 

(…貴方は、そちらに付くんですね。)

 

初めて一緒に任務に出向いた時、正直私はこの人を下に見ていた。

古参とはいえ旧型使い、おまけに補助だというのに前衛に出張った挙句に棒立ちで吹っ飛ばされていたのだから。

 

次の任務で感じたのは畏怖と怒り。

チームが綿密な作戦を立てて挑むような討伐を単独でこなす強さに憧れと見まごうような畏怖を抱き、侮蔑混じりの未熟者扱いに怒りが溢れた。

 

侮り、尊敬、恐れに憤怒。

やがてそれらはただの人に対する認識へと変化し、さらには疑念へと変化して。

 

人伝手ではあるが彼の過去を聞いた。

両親を目の前で喰い殺され、言葉も表情も失ってなお戦い続ける神機使いの話を。

 

語らず、感じず、何も思う事無く戦い続ける神機兵。

それが彼という人間を示す表現だった。

 

でも、そんなことは無かった。

言葉は何一つ語らないし、喜怒哀楽も顔に出しすらしないけれど。

 

子供のように、何度も私をからかってきた。

大人のように、何度も私を嗜めてきた。

 

ただ何も喋らないだけ。

ただ何も表情に表れないだけ。

 

ただそれだけの話だった。

 

--敵対したく、ありませんでしたよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_サクヤ(chapter1)-

 

信じた。

確証なんて、どこにもない。

 

それでもただ、貴女の強さを信じた。

 

-血迷ったかサクヤ!-

 

男性が叫び、次の瞬間驚愕の声を上げる。

 

「お生憎様、回復弾よ!」

 

文字通りの千載一遇の隙を逃さず発砲する。

長年使い続けてきた愛用の神機だ。この距離ならば外さない。

 

故に、理解していた。

()()()()()()()()()、と。

 

私の神機は狙撃に特化したスナイパー対応。

命中精度では頭一つ抜けているものの、複数を相手取る連射性は兼ね備えてはいない。

オオグルマ博士を仕留めたとしても、残るもう一人の神機使いを止めることは出来ない。

 

だから、もう一度だけ賭けをした。

分の悪い、普段なら絶対にベットしないような内容の賭けだ。

 

暗示の解けた直後、夢か現かもわからないその状態で。

 

()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

………

 

「嘘…」

 

賭けは勝った。

ダイスの目は、私達が賭けた方に向いた。

 

唯一の誤算は、それが勝利を確定させる目では無かったという事。

 

爆煙が晴れる。

予想通りなら、私が放った一発はオオグルマ博士に。アリサが放ったもう一発はあの人に当たった筈だ。

 

私が放った狙撃弾の弾跡を見る。

撃たれたであろう人物の姿は無い。

 

アリサが放った爆発弾の弾跡を見る。

青い目をした神機使いが、()()()()()()()()()()()、真っすぐにこちらを見ている。

 

青い、青い。

温度をまるで感じさせない深い蒼。

 

「防げるんですか…あのタイミングで…」

 

アリサが驚愕を隠しきれずに声を漏らす。

その声に反応するかの如く。神機使いは手にした神機を手放すと、男性の影へと右手を隠す。

 

「…っ!」

 

何時だろうか、今のリーダーとミッションに行った時を思い出す。

油断したのか、死にかけのヴァジュラにこの人が吹っ飛ばされた時の事。

 

脳震盪でふらつくこの人を強引に寝かせた時に知った、この人が普段持ち歩いている装備。

防弾チョッキどころか、至るところに()()()()()()()()()()()()()()()あの姿を。

 

「防いで!アリサ!」

 

咄嗟の叫びに反応したアリサが装甲を展開する。

 

次の瞬間、甲高い跳弾の音が響き渡った。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_アリサ(chapter2)-

 

「信じられません!あの人頭おかしいんですか!」

 

開口一番、感情を抑えきれずに声を荒げた。

 

「何でサブマシンガンなんか持ち歩いているんですか!一介の神機使いが装備してていい武器じゃないでしょう!」

 

怒り心頭のままで先程の光景を思いだす。

サクヤさんの呼びかけに何とか反応し、咄嗟に神機の装甲を展開した直後、盾の向こう側から響き渡る甲高い音と衝撃。

 

退き際に見えたのはオオグルマ先生を盾にし、銃をこちらに構えたまま見据えてくる古参の近接神機使い。

ゴッドイーターが銃火器に頼るなんて何事ですか。

 

「多分支部長からの支給品ね。前から銃器をミッションに持ち込んでいたのは知ってたけど…まさかあんな物まで用意していたとはね。」

「ちょっと待ってください。あの人、以前からあんな物騒な人だったんですか?」

 

その質問に苦笑しながら頷いて見せるサクヤさんに思わず頭を抱えてしまう。

やっぱり"頭のおかしい人"って評価、間違ってなんかないじゃないですか。

 

アラガミに既存の火器が通じないなんて知らない筈がないし。

その上で持ち歩いているとすればアラガミ以外に使おうとしているとしか思えない。

 

「…まぁリンドウも言ってたけど、持ち歩いてはいても人に向かって使った事は無かったらしいから。」

「光栄ですね、それじゃあ私があの人の()()()って訳ですか。」

 

その言葉に返す言葉を無くしたのか目を丸くして黙ってしまったサクヤさん。

いけない、皮肉を言うつもりではなかったのだけど。

 

「すみません、別にそういうつもりで言った訳では無かったんですけど…」

「えっ…あ、あぁそっちの意味ね!?えぇうん、もちろんわかっているわよ!」

 

急に上ずるサクヤさんの声に疑問符が浮かんだが、状況が状況なのであまり気にせず思考を切り替える。

 

「ともかく、私としては一旦引くのがベストかと思いますが…」

「問題はどうやってあの人を切り抜けるか、ね…」

 

私たちが潜んでいるのはアナグラ方面にある大ホールの一角。

途中に潜入時に使用した通用口があるものの、侵入がバレたせいか先程訪れた際はカードキーが無効になっていた。

 

スムーズに脱出できればそれでよかったものの、銃を持った近接神機使いが迫る中でロック解除など行えるはずも無く。

やむを得ず迎撃のためにこちらへ退避したのが現状である。

 

「当初の予定通り、射撃戦に持ち込むのは駄目ですか?」

「…多分無理ね。神機だけならいざ知らず、携行火器で武装している以上、正攻法じゃ勝ち目はないわ。」

 

複数の銃器・爆薬で武装した近接戦闘のスペシャリストが相手である。

加えてサクヤさんが言うには銃器だけでなく防弾チョッキまで着込んでいるらしい。

 

対してこちらは神機以外には護身程度の火器しか持っておらず、戦力差は文字通り火を見るより明らかだ。

射撃戦で優位を取れる保証はなく、近付かれれば即詰みかねない程の実力者が相手。

 

まともにやり合っては勝ち目がない。が、十分な戦略を練る時間は残されていない。

 

…足音が響いてくる。

慣れ親しんだ、そして今は死神のそれと聞き間違うような音が真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

こうなったら覚悟を決めるしかない。

こんな形で、あの人に私の実力を見せたくは無かったけれど。

 

「…私が仕掛けます。一分…いや、三分は抑えてみせますから。その隙にサクヤさんがあの人を仕留めてください。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_サクヤ(chapter2)-

 

アリサの作戦はこうだ。

 

躊躇無く銃を抜いているところから、恐らく射撃戦は読まれている。

ならばいっその事白兵戦から乱戦に持ち込み、隙を見て()()()()()()彼を戦闘不能に追い込むという作戦だ。

 

もちろんそんな作戦なんて呑めるはずもない。

が、告げた否定の言葉に彼女は淡々と理詰めで答えを返してくる。

 

「議論している時間なんてありません。それに銃型神機のサクヤさんじゃ、あの人相手に近接戦なんて不可能じゃないですか。」

 

言葉に詰まって窮している私をしり目に、アリサは構わず言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

何時ぞやの彼女がよく口にしていたその言葉。

あぁ、最近はその事をネタによくリーダーからからかわれていたっけか。

 

彼女の表情に皮肉や侮蔑の色は無い。

寧ろ覚悟を決めたような、近接もこなせる自分にしか出来ないと言った決意の表情。

 

「…わかったわ。でも、これだけは約束して。」

 

-死なない。-

 

-死にそうになったら逃げる。-

 

-そして隠れる。-

 

-隙を突いて敵を倒す。-

 

「…何ですかそれ、リンドウさんと同じじゃないですか。」

 

クスリと苦笑しながら返すアリサにつられて、こちらからも笑みが零れていく。

 

「仕方ないじゃない。リンドウに口酸っぱく言われていたのは貴女達だけじゃないんだから。」

「フフッ。それじゃ、何としても生きて帰らないといけませんね。」

 

お互い、命が掛かった状況とは思えない軽口を叩く。

 

…足音が響いてくる。

死神が、運命を運んでこちらに近づいてくる。

 

「サクヤさん。」

 

配置に付く直前、アリサが真っ直ぐにこちらを見据えて一言告げる。

 

「えぇ。お互い、絶対に生き延びましょう。」




決意のアリサ&決意のサクヤ。
だからこそ、この人は何一つ喋らない。

オオグルマ先生は流れ弾の犠牲になりました。
偶然です、ね。


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無口な無口な猟犬さん-幕間_アリサ&サクヤSide2-

Q1.命令は?
A1.遂行する。

Q2.仲間は?
A2.助ける。

両方やれてようやく一人前の部隊長。
目は染まってないので安心です。


-Side_アリサ(chapter3)-

 

息を殺して待つ事数分、神機使いが姿を現す。

右手には愛用のバスターブレードを担ぎ、左手には先程こちらへ発砲してきたサブマシンガンを携えている。

 

(予想通り、神機と銃の二刀流ですか。最初から両手に銃を持っていてくれたのなら幾分やりやすかったんですけど。)

 

もし神機を持っていないのであればこの場で即仕掛けたところなのだが。

防がれる可能性がある以上、諦めて予定通りに彼がホールに入りきるのを待つ。

 

チャンスは一瞬。

防がれ、間合いを取られてしまえば勝ち目はない。

 

勝てるのだろうか?

否、勝つしかないのだ。

 

不安に手が震える。

しくじる訳にはいかない。

 

(…皮肉ですね。こんな時にオオグルマ先生の言葉を思い出すなんて。)

 

脳裏によぎるのは忌々しい記憶。

心の弱みに付け込み、傀儡とするために囁かれ続けたあの言葉。

 

-один(アジン)、два(ドゥヴァ)、три(トゥリー)-

 

何度も何度も囁かれた言葉。

唱えるだけで私に強さを与えてくれる魔法の弱さを塗り潰してくれる呪いの言葉。

 

(один、два、три…)

 

リンドウさんを殺してみせた、忌まわしい魔法呪いの言葉を唱える。

 

「один、два、три…」

 

死なないために、生き延びるために。

そして何より--

 

リンドウさんを愛したあの人サクヤさんを、絶対に死なせないために。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_サクヤ(chapter3)-

 

--マズい。

 

あれは誘いだ。

攻めあぐねた敵が、こちらのミスを誘うべく打った必殺の一手。

 

剣を手にし、銃を携えるほどに警戒してなお。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アリサの様子を伺う。

事前に決めた手筈通り、中央まで進んだ所で背後を強襲する様子を見せる。

 

駄目だ、バレている。

止めなくては。でもどうやって?

 

既に無線を使える状況は過ぎている。

仮に使えたとしても、確実に通信内容が相手にも伝わってしまう。

 

どうする、もはや時間は残されていない。

このままではアリサが返り討ちに--

 

-旧型は旧型なりの仕事をしていただければいいと思います-

 

先程の言葉が頭をよぎった。

皮肉でも侮蔑でもない、覚悟を決めた彼女の本心。

 

あぁ、そうね。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言えばリンドウも似たような事を言っていたっけ。

同じような事を言う辺り、つくづく私たちは似た物同士だったのかも。

 

クスリと思わず笑みが零れる。が、生憎それを満喫する余裕はない。

 

隠れ場所から飛び出す。

瞬間、死神の青い目と銃口が、真っ直ぐにこちらを捉えてくる。

 

片や、射線もろくに捉えられていない狙撃銃。

片や、射線に構わず圧倒的な弾幕で制圧が可能な機関銃。

 

勝敗などわざわざ確認するまでもない。

それでもなお、未来を信じて引き金を引く。

 

狙うは顔面。

防弾チョッキに守られていない、剥き出しの急所。

 

一筋のレーザー痕が、無情にも彼の()()()に尾を引いていく。

あぁ、やっぱり駄目だったか。

 

ゴメンねリンドウ。

悔しいけど、私じゃここまでだったみたい。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_アリサ(chapter4)-

 

何で、何で貴女が囮になっているんですか!

 

怒りが火山の噴火のように溢れ出す。

だが、それを感情として表す余裕はどこにもない。

 

意識も体制も、完全にサクヤさんに向けられている。

この機を逃せば、私達にもはや勝ち目はない。

 

文字通り、サクヤさんが捨て身で作ってくれた最後のチャンス。

 

恐れは消えた。

迷いはとうに捨て去った。

 

私は、他ならぬ私の意志で。

目の前の神機使いを討伐する。

 

………

 

衝撃音が鳴り響く。

本来なら決して耳にする機会の無い、神機同士がぶつかり合うおぞましい音。

 

「………………………」

 

甘かった。

欠片の油断もしてはいなかったつもりだが、それでも尚認識が甘かった。

 

まさか、こちらを視認するまでもなく攻撃を防ぐとは。

 

()()()()に、神機で神機を受け止める古参兵。

次の瞬間、立て直す間も無くパリングで武器が弾かれる。

 

(マズい、防御を…!)

 

崩れた体勢を必死に持ちそうとするが間に合わない。

地面を削りながら、こちらを両断せんと勢いよく迫りくるバスタ―ブレード。

 

氷のように冷たい色の青い瞳が、睨むように真っ直ぐこちらを見据えていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_サクヤ(chapter4)-

 

私たちは敗北した。

銃を突き付けられ、致命の一撃を横腹に添えられて。

 

引き金を引かれて、それで終わり。

切り上げられて、それで終わり。

 

けれど、そこまでだった。

銃撃も斬撃もその手前まで止まり、それ以上は何もなかった。

 

何も言わず、何も語らず。

やがて神機使いは唐突に、全ての武装を仕舞い込む。

 

射線を外し、剣筋を離し。

まるで用は済んだと言わんばかりにさっさと身支度を整え始める。

 

「…いや、貴方何してるの?私達を殺しにきたんじゃなかったの?」

 

思わず浮かんだ疑問がそのまま口から漏れ出る。

神機使いは答えず、どこか不機嫌そうな無表情でこちらを一瞥すると、そのまま神機を担いで出口の方へと歩を向ける。

 

この神機使いは明らかに支部長に与する人間だ。

先程のやり取りからそれは十分に伝わっているし、その上で支部長は私達を殺せと命じてきている。

 

私達が生きている以上、矛を収める道理など無いはず。

にも関わらず、あの勝利が確定した状態から突然戦闘を中断し、あまつさえ私達を放置してどこかへ去ろうとしている。

 

「もしかして、見逃そうとしてくれてるの?」

 

あまりに希望的な観測。

しかし、恐ろしい事にそれは的中どころの話ではないようで。

 

彼が手招きしている。

神機を持ち、未だ武装を解かぬまま。

 

早く来い、と言わんばかりに部屋の入口で手をこまねいている。

 

「…行きましょう。大丈夫アリサ、歩ける?」

「大丈夫ですけど…本気ですかサクヤさん。今更あの人の事を信じるんですか?」

 

銃まで撃ってきてるんですよ?とアリサが難色を隠さず示す。

 

否定は出来ない。

あそこまで殺意を向けておいて演技だと言われた日には、流石の私も人間不信になりそうだけれど。

 

「…どの道負けた私達に選択肢は無いわ。それならいっそ、リンドウが信じたあの人を信じてみましょう。」

 

無口無表情の鉄仮面。

私とて正直、関わりたくない手合いの人種と思っていたのだけれど。

 

-いやぁ。アイツ、あれで中々人間臭い奴なんだぜ?-

-ただ言葉を話せないだけさ。機会があったら、サクヤもアイツを信じてみてやってくれ。-

 

いつの日かリンドウが話してくれた言葉を思い出す。

もし。もし彼が本当に、()()()()()()()()()の、人間味溢れる人物なのだとしたら。

 

(…信じるわよリンドウ。貴方が認めた、この人の事を。)

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_アリサ&サクヤ(chapterFinal)-

 

「あ、あのサクヤさん?私達、何でこんな事になってるんでしょうか…?」

 

ここは極東支部におけるとある神機使いの個室。

質問にまともな答えを返す事も出来ず、ただ「さぁ…?」と一言だけ、何とか言葉を口にする。

 

片隅に座り込む私達を気にすることなく、無言のままカチャカチャと手持ちの端末を操作している神機使い。

まるで私達など眼中に無いと言わんばかりに、真剣な表情でひたすら何かを打ち込んでいる。

 

覚悟を決めてエイジスに潜入したまではよかったが、無念にも戦いに敗れてしまった私達。

だが待っていたのは終わりではなく、何故かアナグラの彼の部屋に招かれ、こうしてティータイムに付き合わされている現実。

 

クピリ、と先程手渡された缶紅茶に口を付ける。

味覚音痴と聞いていたので警戒していたものの、ごく普通の市販ラベルだと確認出来たので安心して封を切った。

 

冷蔵庫で十分に冷やされたアイスティー。

先程まで生き死にの緊張感に曝されていたせいか、乾いた身体に妙に水分が染み渡っていくような感覚を覚える。

 

「助けてもらえた…ってことでいいのかしら?」

 

問いかけてみたものの、目の前の神機使いは答えない。

代わりに彼が操作していた端末が私とアリサの前に差し出される。

 

画面に映っているのは起動された通話アプリ。

 

接続先には、第一部隊隊長の私室アーカイブが表示されていた。




百の言葉より一つの行動。
名言ですね。伝わるかどうかは別ですが。


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無口な無口な猟犬さん3

Q1.何でオオグルマ先生を盾に?
A1.ガン見してたので反応で遅れた。

Q2.ガードベント?
A2.冤罪です。

Q3.だってわざとじゃ?
A3.故意じゃなくて過失(うっかり)です。

答え合わせの時間。
なのでちょっと時間が巻き戻ります。

真の仲間同士に言葉などは不要なのです。
今は通じてなくても、やがてガンにも効くようになる。


薄暗い地下通路を進む。

前方を支部長とオオグルマ博士が進み、道を知らない俺がその後ろをついていく。

 

ふーむ、アナグラの地下にこんな空間があったとは。

いよいよ支部長の本気度合いが伝わってくるな。

 

事の正誤善悪などどうでもよく。

なりふり構わず、ただ純粋に人類の存続を考えて最善と思える手を打っている。

 

その結果が残る人類の殺戮とはなかなか洒落の効いている話だ。

もっとも、俺にそれを糾弾する資格などありはしないのだが。

 

そう考えるとオオグルマ先生も実は外道に至った理由があるのだろうか?

例えばかつては立派な理想のために身を粉にして駆け回ったものの、そのどれもが認められず失意の内に手段を選ばなくなっていったとか。

 

仮にそうだとしても別に俺の知った事ではないが。

俺は神様じゃないので、他人の人生を加味してまで自分を捻じ曲げようとは思わないし。

 

まぁいいや、オッサンの半生にそこまで興味はない。

真面目にお仕事に取り掛かるとしよう。

 

しかし彼女達か。

レディに手を上げるのは俺の流儀に反するんだがなぁ。

 

そんな子に育てた覚えは無いと両親に怒られてしまうよ。

まぁ育つ前には既にこの世にいないんだけどな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

エイジスにある大広間の一角。

件のテロリスト達と御対面である。

 

いや、お前らかよ。

というかどこでこの計画の話を知ったんだ。

 

この計画ってまだ公には周知されてない筈なんだが。

実はどこかのスパイだったとかいうやつか?

 

でもその場合一番怪しいのってこのオッサンじゃん。

あ、まさかこの期に及んで裏切ったって事?

 

あぁ、だからオオグルマ先生連れてきたのか。

アリサが相手なら暗示であわよくば同士討ちでも狙おうって寸法か。

 

やっぱりフェンリルなんてどいつもこいつも真っ黒じゃないか。

初めは気の良いオッサンだと思ってたんだけどな。

 

………

 

オオグルマ先生が例の暗示を口にする。

 

アリサの様子が明らかにおかしい。

やりすぎだろ、ホント悪い意味で優秀過ぎるなこの先生。

 

組み伏せて抑えるか?いや、流石に距離があり過ぎる。

そもそもこのオッサンから目を離すと何をされるか分かったものじゃない。

 

仕方ない。まずはオッサンを気絶させて、その後アリサを取り押さえよう。

仮に気絶しなくてもバスターブレードの一撃なら間違いなくしばらくは動けなくなるだろうし。

 

何か言われたら俺にも暗示がかけられてて暴発しましたとか言っておこう。

どうせ二人とも、心当たりの一つはあるだろう。

 

暗示の言葉がさらに続けられる。

うん、そろそろ頃合だな。神機を握る手に力を籠める。

 

死なないように。でも無事では済まさないように。

悪いな先生、この前の仕返しだと思ってくれ…え?

 

次の瞬間、サクヤがアリサに走り寄り、同時にアリサの神機から光弾が発砲される。

その光景に思わず驚き、神機を振り降ろすタイミングを外してしまった。

 

一瞬同士討ちかと焦りはしたが。

すぐさま光弾の色を思い出して思考をよぎらせる。

 

軌跡に残っているのは緑色。

なるほど回復弾。つまりこれは--

 

「お生憎様!回復弾よ!」

 

囮。本命は次弾。

狙いは俺か先生のどちらかか。

 

ここでようやくオオグルマ先生から視線を外し、目の前の脅威を防ぐ算段を立て始める。

当てが外れた。取り押さえるとか峰打ちとか、そんな悠長な余裕をかましている場合ではない。

 

サクヤの神機は狙撃型。

連射が効く武装ではない。

 

弾丸は一発。

二の矢はここではありえない。

 

先生狙いならどうでもいいが、俺狙いなら躱してから制圧。

その後の事は…まぁ制圧してから考えよう。

 

銃口と放たれる弾跡を確認する。

 

うん、先生狙いか。

じゃあどうでもいいや。

 

前に出ようと足に力を籠める。

途端、信じられない物が目に映る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マズい、抜かった。このタイミングは躱せない。

既に足の力の向きは定まっている。

 

神機で防ぐには既に体幹が崩れている。

出来たところで手近な何かを引き寄せる程度が関の山だ。

 

手近な何かか。

人として、()()()()()()()()とか言ってはいけないのだろうが。

 

 

ゴメン先生、代わりにこれで仕返しの件はチャラにするから。

 

………

 

爆煙が晴れていく

 

ヤバかった。

何気に爆発モジュールまで組み込まれていたとは。

 

神機で受けていたら間違いなく吹っ飛ばされていた。

やっぱりカノンと一緒のミッションで訓練させたのは失敗だったな。

無事危険な因子が組み込まれてしまったよ。

 

先生の影に隠れたままアリサを見る。幸いにも暗示の効果は切れた様子。

代わりに正気の状態で狙い撃ってくるという訳だが。

 

うん、普通に洒落にならん。

近接神機使い相手に射撃タイプ二人がかりとかイジメか?

おまけに一人は爆発弾装備だし。

 

このままでは流石にマズい。遮蔽物も無いこの広間じゃ普通にハチの巣にされる。

下手すればミンチ一丁出来上がりまでありうる。

 

仕方ない、レディ相手にあまり気乗りはしないのだが。

懐から切り札の一つを取り出してアリサに向ける。

 

馬鹿、何をぼさっとしてるんだ。早く防御態勢を取れ素人め。

このままじゃ()()()()()()()()()()()()()()

 

構えたまま促すように銃口を揺らしているとサクヤから叫びが上がり、ようやくアリサが神機の装甲を展開する。

 

よし、準備出来たな。

これで安心してぶっ放せる。

 

撃ち合いになったら話も何も無いからな。

とりあえず、このホールから退散してもらおうか。

 

………

 

二人が退いたのを確認し、腕の中の人物の容態を確認する。

容態といっても、オラクルバレットの誤射なんて()()使()()()()()()()大した影響は無いんだが。

 

精々が衝撃で吹き飛ばされる程度。酷い時でも軽い脳震盪でピヨるだけ。

別に命に支障がある訳ではない。

 

ほら先生、いつまで寝たふりしてるんだ。

女性相手ならいざ知らず、俺にオッサンを抱きしめるような趣味は無いぞ。

 

揺する。揺する。反応が無い。

何だいったい、当たり所でも悪かったか?

 

…あ、ミスった。

いやわざとじゃないんだ信じてくれ。

 

やってしまった。

そう言えば先生は神機使いじゃなかったか。

 

チラリと支部長の方を見る。

この距離でもわかるくらい渋い顔してる。

 

すみません、本当にわざとじゃないんです。

ただちょっと傍にいたから引っ張っただけなんです。

 

この人色々黒い事やってたみたいだったし、因果応報というやつで何卒。

 

流石に怒られそうなので言わないが。

盾にしといてこんな言い草、俺なら間違いなくキレるしな。

 

「…オオグルマ博士の方は私が何とかしておこう。あの二人は君に任せる。」

 

はい無罪。培った信頼度の差が物を言ったな。

胡散臭いオッサンとイケメンの好青年じゃ比較にすらならないか。

やはり若いってお得だな。

 

それにしても、支部長も中々気の利いた言い回しをしてくれる。

 

このタイミングで()()()()()という言葉が出てくるか。

まるで俺の考えが読まれているようで少し怖い。

 

まぁいい、せっかくの支部長からの御好意だ。

遠慮せず便乗させてもらうとしよう。

 

 

お言葉通り、()()()()()()()消えてもらいますよ。




先生に銃撃が飛んできた。
咄嗟にその軌道から外してあげたら、外した先にも弾が飛んできただけ。

流れ弾ですな、流れ弾ですね。
先生がこうなっては仕方ないから、隊長さんが何とかするしかありませんね。

長くなったので次に続きます。


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無口な無口な猟犬さん4

Q1.レディに発砲するのはいいんです?
A1.手は出してないからセーフ。

Q2.この人もしかして若くない?
A2.ソーマより年上だけどリンドウさんより若いです。

年上相手に"さん"を付けない人だけど、一応年齢はわかるはず。
"レディーファースト"と"男女平等"を使いこなす、いい性格の持ち主です。


とまぁ、啖呵を切るのは良いんだが。

相手は顔見知りの神機使い、それも二人がかりである。

 

おまけに相手は遠慮なく発砲してくるのに対し、こちらは当ててはいけないという制約付き。

射撃に自信がある訳でも無し。さっきのように確実に防いでもらえるという保証がない以上、実質封印プレイと変わりない。

 

うん、いっそ話し合いで何とかしてくれないかな。

見逃してくれと言われたら秒で食いつくところなんだが。

 

軽く色仕掛けでもしてくれた日には役得と割り切れるのでなお良し。

まぁリンドウにどつかれるからこんな事言えないけど。

 

ちらりとアナグラへ通じる通路を覗き込む。

二人の姿はそこにはない。

 

残念、ここでもたついているようだったら颯爽と現れてロックを解除して差し上げたんだが。

ここにいない以上、どこかの部屋で迎撃すべく待ち伏せしているんだろうなこれ。

 

まったくどいつもこいつも。

どうしてすぐ武力に訴えようとするんだ。

 

対話は意思疎通の基本だというのに。

"ペンは剣よりも強し"って名言を知らんのか。

 

…いや、意外とアナグラの女性陣はすぐ力で訴えてくるな。

ジーナやカノンには撃たれたし、リッカやルーキーには殴られたし。

 

どうやら大和撫子という文明は消滅してしまったらしい。

おのれアラガミ、許すまじ。

 

閑話休題、現実に戻ろう。

 

目の前には探索をしていない大広間への入り口。

一応他の部屋はクリアリングしているので、二人がいるとすればここである。

 

間違いなく、戦闘態勢を取っている神機使いがここにいる。

手段を選ぶ都合上、まともにやり合えばまず勝ち目はない。

 

目を閉じてしばし戦術を考える。

 

「………………………」

 

よし、イケる。

覚悟は決まった。後は運命に身を任せるだけ。

 

もっとも、負ける気なんてさらさら無いけどな。

というか絶対負けられないし。

 

超視界錠60を飲む。

スタミナ活性剤改も飲む。

 

筋力増強錠90改を飲む。体躯増強錠90改を飲む。

体力増強剤Sを飲む。スタミナ増強剤Sを飲む。

ついでのおまけで強制解放剤改も飲む。

 

あいにく俺の辞書に"卑怯"、"ズルい"の言葉は無い。

採算度外視、滅多に見せない本気モードでいかせてもらうぞ。

 

 

運命とはあらゆる隙間を埋めた上で掴みにいくものだからな。

まぁこれはただの俺の持論だが。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…ここまでは読み通り。

部屋に足を踏み入れてなお、不気味なまでに静まり返る室内に一人思案を巡らす。

 

あの二人にとっての勝利条件は何か?

それはただのテロリストとは異なり、()()()()()()()()()()()()という点だと仮定した。

 

もっと追い込まれでもすればまた違うのだろうが。

現状は一山いくらの神機使い一人に追い込みをかけられている程度である。

 

犠牲を払って切り抜けるにはまだ早いと俺は睨んだ。

ではその場合に取られる戦術は何だろうか?

 

一番可能性が高いのは、要所に陣取って二人がかりで射撃戦を仕掛けてくる方法である。

正直これをやられてしまうと、俺にはグレネードでも投げつける以外に打てる手が無い。

 

近接神機で銃型神機二人の銃撃をかいくぐるのは無理がある。

もしそうなったら嫌だ云々に関わらず、怪我を承知で制圧するより他はない。

その時は申し訳ないが、お互い死ぬよりはマシだと割り切ってもらおう。

 

次に候補に挙がるのはアリサが奇襲を担当し、サクヤが狙撃で俺を仕留めるというパターン。

俺が予想し、賭けているのはこちらになる。

 

俺の方は二人を仕留めたい訳ではない。

動きを止め、その隙に口先三寸で丸め込めればそれで勝利条件達成だ。

 

そしてその相手というのはアリサとサクヤのどちらでもよい。

これは確信というよりただの思い込みだが、きっとアイツらはお互いを見捨てたりなんてしない筈だ。

 

見捨てるのは俺みたいな奴だけでいいよ。

両親の代わりに生き延びたようなものだし、自分の番が来たと思って割り切れるから。

 

まぁその話は今はいいや。

 

銃を突き付けるか、剣を突き付けるか。

到底紳士のやる事ではないが、まぁ今回だけは見逃してもらいたい。

 

とにかく動きさえ止めてしまえばこっちの物だ。

何にせよ、俺がヘマをしなければ良いだけの話さ。

 

…とか思ってる間に後ろから物音がする。

やはり背後からの奇襲か。

 

普段なら聞き逃したかもしれんが、残念ながら今の俺は本気モードである。

それに慣れない奇襲を喰らってやるほどお人よしではない。

 

…っと、今度は正面にサクヤの姿を捉えた。

いくら一瞬だったとは言え、悪いが今の俺は見逃さない。

 

だとするとあちらの作戦はサクヤが俺を陽動して、その隙にアリサが後ろから斬りかかるといったところか。

それならサクヤを銃で牽制して動きを止め、アリサにパリングアッパーからの寸止めで勝負ありだな。

 

うむ、我ながら一分の隙もない完璧な読みだ。

時折自分の才能が恐ろしくなるな。

 

………

 

我ながら完璧な読みである。

仕掛けてくる順序こそ逆であったが、まぁそれくらいは誤差だろう。

 

飛んでくる弾道を予測し、思い切り顔を傾ける。

 

まぁそうだろうな。胴体はガチガチに固めてるの知ってるだろうし。

専門では無くてもジーナと同じ狙撃型、無防備な頭部を狙ってくるだろうと思ってた。

 

弾道が頬の隣を掠めたのを認識した後、サクヤに向けて銃口を合わせる。

撃つ気は無いので向けるだけ。引き金は心の中だけで引いておく。

 

はいヒット、俺の勝ち。何で負けたのか明日までに考えてくるように。

まぁ仮に撃ったところで俺の腕じゃ当たるかどうかわからんが、こういうのは思った者勝ちである。

 

残るはアリサ。こっちはバレバレなので一々視線を向けるまでも無い。

寧ろアリサを制止するためにサクヤは狙撃してきたのかもしれないな。

 

神機を肩に担いだまま、装甲を展開して斬撃を受け止める。

うむ、手ごたえあり。我ながら完璧なタイミングだ。

 

そしてすかさずパリングアッパー。

いつもと違って色々な意味での全力攻撃、アラガミ相手なら中型種でも斜めに両断間違い無しだ。

 

まぁ今回は寸止めだがな。

俺に仲間を殺すようなヤバい趣味は無い。

 

サクヤに銃を突き付け、アリサに剣を突き付ける。

生殺与奪を握られた二人の動きが完全に止まる。

 

ハッハッハ、完全勝利S。

ドーピング?知らんな、勝てばそれでよかろうなのだ。

 

………

 

戦闘終了。勝ったので晴れて官軍である。

支部長命令だから負けても官軍だけど、まぁその辺りは気にしない。

 

サクヤもアリサもどうやら負けを認めてくれた様子。

抵抗の意志は無さそうなので俺も構えを解いて帰り支度を始める。

 

折よくお薬の効果時間も切れた模様。

別に動けなくなるほどではないが、瞬間的とはいえ全力以上で動いた反動で、早く帰って休みたい程度には体の節々が軋みをあげている。

 

既に軽い筋肉痛の症状も出始めている。

若い証拠だ素晴らしい。

 

「…いや、貴方何してるの?私達を殺しにきたんじゃなかったの?」

 

帰り支度を始めているとサクヤが訝しげな表情で聞いてくる。

 

そんな訳あるか馬鹿野郎。

いくら支部長命令だからって、本気で仲間を殺そうとする奴なんている訳ないだろ。

 

大体そっちがそれを言うのかよ。

説得する前に爆発弾撃ってきたのはどこの誰だ。

 

私じゃなくてアリサだとか言われたら困るので言わないが。

それにあまり掘り返すと俺のやらかしにもツッコまれそうだし。

 

まぁいい、終わり良ければ何とやらだ。

さっさとアナグラに帰るとしよう。

 

「もしかして、見逃そうとしてくれてるの?」

 

いや、お前らも来いよ。

流石に行く宛なんて無いだろう?

 

さっさと来いと手招きする。

あらやだ、アリサがすっごい睨んでる。

 

クルリと向きを変えて背中を向ける。

スマンな、シャイだからレディの熱視線には耐えられないんだ。

 

「…行きましょう。大丈夫アリサ、歩ける?」

「大丈夫ですけど…本気ですかサクヤさん。今更あの人の事を信じるんですか?」

 

後ろからアリサの疑念全開の声が聞こえてくる。

ちくしょう、最善を尽くしたはずなのに信用度が地の底まで落ちている。

やっぱり現実って厳しいな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の個人部屋。

先日気まぐれで掃除した過去の自分を褒めちぎりながら、お招きしたお客様をお通しする。

 

本日は生まれて初めてのナンパに成功し、素敵なレディをお持ち帰りである。

それも二人同時。別の意味で両親に顔向け出来ないなこれは。

 

まぁただのお仕事の都合なんだけどな。

夢見る独り身の戯言なので大目に見てもらえるとありがたい。

 

話を戻そう。

ここからが大変である。

 

詳細はどうあれ、二人はアナグラの最高権力者に銃を向けてしまった。

 

普通に考えれば営倉云々どころの話ではない。

指名手配されるのは間違いないし、腕輪をしている以上は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

おまけによしんばうまく隠れたところで、今度は偏食因子の投与期限という爆弾が付いて回る。

 

神機使いの犯罪者がゼロに近いのはこれが理由だ。

逃げ切るのはまず不可能なうえ、自首しなければそう遠くない内にアラガミ化するだけ。

なので二人を生かすというのであれば、まず初めにこの二つをクリアする必要がある。

 

そこで腕輪の追跡を振り切るためにひとまず俺の部屋に匿う事にした。

いくら居場所がわかると言っても大雑把な座標ベースの話なので、流石にアナグラの何処にいるのかまではわかるはずがない。

 

偏食因子の投与については俺が任務でたまに使用する携行タイプの投与キットで代用する。

あくまで当座の凌ぎではあるものの、アーク計画の兼ね合いもあるので尽きる前にはどちらにしろ決着が付くだろう。

 

後は念のための保険として、支部長に()()()()()()()()

とりあえず現状打てる手はこんな所か。

 

あぁそうだ、ルーキー達にはどう伝えたものか。

 

俺も女だったら話は楽だったのだが。

事情はどうあれ、自室で女性二人を侍らせている状態である。

 

見られた日には言い訳無用で下衆野郎扱いされても文句を言えない状況である。

誤解されないよう、ある程度は事情を話しておく必要がある。

 

既にアリサからの信用度が地の底なのだ。

さらに底に穴が開くような事態は避けたい。

 

「助けてもらえた…ってことでいいのかしら?」

 

紅茶で一息付けたのか、先程よりもずっと落ち着いた口調で質問してくるサクヤの声で閃いた。

そうか、サクヤの口から説明してもらえばいいのか。

 

よくよく考えてみれば、俺もどうして二人がエイジスに潜入していたのか知らないしな。

隣で話を聞いていれば俺への説明も省けて一石二鳥である。

 

そうと決まればポパピプペっと。

ルーキーさん御指名です。

 

 

スピーカーモードで通話アプリを起動すると、そのままサクヤに端末を手渡した。

 




本編と違い、ここで初めてリンドウの話を聞いて曇る無口さん。
支部長への信頼度が博士の若干下になりました。

人間不信になりそうですね。


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無口な無口な猟犬さん-幕間_箱舟Side-

Q1.この人何で神機使いになった?
A1.両親の仇を討つためアラガミを狩れるから

Q2.もしアラガミがいなくなったら?
A2.困る困る

Q3.何で?
A3.アラガミを狩れなくなるから仇が討てなくなるから

手段と目的が入れ替わりましたが、オーバーフローしてるので参照不可。


-ユウマ・マカヅチ特務少尉の報告書1-

 

神機使い・橘サクヤ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラの処遇について

 

~~~

 

1.エイジスにおける戦闘にて、両名の完全無力化に成功。現在は小職の管轄する一室にて身柄を拘束し、説得による懐柔を検証中。

2.両名は極東支部における影響力も高く、殺害による無力化よりも生存させて今後の作戦に利用する事の方が有用と思われる。

 

 

以上の理由により、現時点において両名の早期処罰はフェンリル極東支部での活動に置いて不利益を被る可能性が高いため、現状維持による有効活用が効果的である旨を提起する。

ただし万が一監視の手を離れた場合に備えて両名については引き続き指名手配としておく旨も併せてここに提起する。

 

 

--報告者:ユウマ・マカヅチ特務少尉

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ヨハネス・フォン・シックザール-

 

…全く、私が言うのもおかしいが。

一体どの面を下げて私に会いに来ているというのだろうか。

 

出来る限りの圧を込めて目の前の神機使いを睨みつける。

もっとも、そんな低俗な威圧が通じるとは欠片も思ってはいないが。

 

先の任務中と変わらない無言無表情。

感情の読めない鉄仮面が、反応を返すでもなく真っすぐこちらを見据えてくる。

 

思えば武器の支給を要求した段階でもっと疑いを持つべきだった。

放し飼いの猟犬どころが、まさかリンドウ君が可愛く見えるほどの猛獣ネズミだったとは。

 

ここに来て手駒の薄さを悔やむ日がこようとは。

既にオオグルマ博士を失っている私に彼を抑える術はなく、にも拘らず今の私にとっては手放し難い貴重な戦力。

 

それを理解していた上での行動なのかまでは正直わからないが。

遠慮無しに彼女らの助命を強要してくる忠実な兵士。

 

拒否権は無い。断ればまず間違いなく、彼はこちらに牙を向けてくる。

 

その上でわかりやすいほどのメリットも同時に掲示してくるのだから性質が悪い。

"信用できない"の一言で切り捨てるには、あまりに利用価値があり過ぎるのだ。

 

飼い主がわかればまだやりようがあるものの、今の段階ではペイラーぐらいしか思い当たる節が無い。

まったく、何をどうやって彼をここまで飼い馴らしたものなのか、折あらば是非聞いてみたいものだ。

 

船に招待したのは早計だったか?

いや。思えば彼の元上官からして底の知れない人物である。

性格は似ても似つかないというのがまた何ともお笑い草な話だが。

 

ある意味ではそのような人間こそ新たな世界に席を用意されるべき人間。

次の世代を繋ぐべく、伏魔殿と化すであろう人の世界を生き抜くことができる上澄み中の上澄み。

そのような輩こそ、箱舟に乗せるにふさわしい。

 

まぁいい、話を戻そう。

まずは目の前の交渉を纏めない事には話は進まない。

 

「…君の嘆願は飲もう。だがタダですべて聞いてもらうというのは、いささか虫が良すぎではないかな?」

 

要求は飲む。

指名手配をかけたままなのであれば、別に彼女達を生かしておいたところで計画に支障はない。

 

だが見返り無しに全てを叶えるつもりはない。

大願成就のため、私を含めたいかなる犠牲を払ってでもこの計画は成功させなくてはならない。

そのためにも特異点を確保するための手駒が何としても必要だ。

 

私は知っている。

 

君は基本的に仲間のために行動する。

が、それはただ無条件で動いている訳ではない。

 

そこに()()()()()()()()()()()()()()()()

言葉を発しない故に気付いている人間はごく少数であろうが。

 

先のリンドウ君の探索にしても、第一部隊の面々以外にも便宜を図っていた事は知っている。

ミッションを無視するような連中の頼みは全て断っていたことも。

 

ならば私も損得という名の道理を通した上で、君に要求を突きつけるだけ。

君とて一方的に要求するだけでは座りが悪いだろう?

 

「要求は一つ。君には今後、私の手先となって動いてもらおう。断れば、問答無用で治安部隊を君の私室に差し向けさせてもらう。」

 

無論、この行為自体は彼自身にダメージは無く、彼がわざわざ抱え込んだ弱みに対するけん制でしかない。

 

…が、効果は十全だったようだ。

無表情のまま、訝しむような視線は向けられたものの、それほど間を置かずに彼は頷く。

 

山場は越えた。

得体の知れない猛獣は、晴れて真に私の猟犬へと姿を変えた。

 

さて。

では早速で悪いのだが。

 

 

君には特異点の確保に協力してもらおう。

…いや、これは言い方が悪いな。

 

せっかく彼がそれらしい理由を用意してくれたのだ

あえて乗るのが上に立つものの務めというものか。

 

先程提出された()()()の報告書を手にして言葉を紡ぐ。

 

「君に正式に辞令を下す。引き続き任務を継続し、特異点の確保に当たりたまえ。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_部隊長-

 

「俺、アーク計画に乗る事にしました。」

 

意を決したようにそう告げるコウタだが、俺からすると別にどうという話ではない。

 

いや、うん、良いんじゃないか?

過程を理解した上でそう結論付けたのなら、何を恥じる必要があるというんだ。

 

お前には守るべき大事な家族がいるんだろう?

 

自分が大切に思う家族のために覚悟を決める事の出来る人間。

自分以外の誰かを最上に考えられるというのは本当に素晴らしい事だと俺は思う。

お前みたいな人間こそ生き延びるべきだと俺は思うよ。

 

まぁ、うん。

迷う理由はわかる。

 

が、()()()

 

生きるというのは何かの犠牲無しには成り立たない。

全てを救いたいなんて思想、偽善どころか命に対する侮蔑だ。

 

…続きがあるようだな。じゃあ聞こうか。

言葉次第では、俺はお前の敵に回るぞ。

 

………

 

そうだ、それでいい。

まったくハラハラさせてくれる。あまり年上を不安にさせるな。

 

コウタの決意を一通り聞いて安心する。

そこまで覚悟が出来ているのなら俺が心配する必要は無いだろう。

 

犠牲を払い、それでもなお生きていると。

それだけを忘れなければそれでいい。

 

両親を犠牲にしている俺が言うんだから間違いない。

まぁ我ながらちょっと重いかなと思うから言わないけど。

 

代わりに帽子越しに頭を乱暴に撫でてやる。

不意に行われる行為に何するんですかと抗議の声が上がる。

 

ハッハッハ、悪いが男相手に優しくしてやる義理は無い。

それに多少は気が紛れただろう?

 

子供が難しい事考える必要は無いんだ。

面倒な考え事は大人の俺に任せておけ。

 

あ、いや。そこまで歳の差無いからお兄さんと言うべきだな。

大事な事だ、この辺ははっきりさせておかなくては。

 

 

…さて。

 

覚悟は決めた。腹も括った。

なぁに、今更一人二人増えたところで変わらんよ。

 

支部長も博士も正直信用ならないからな。

俺は俺の信じる思想のために動くだけ。

 

単なる独りよがりと言われたらぐうの音も出ないが。

それでも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

優しいお兄さんに感謝しろよコウタ君。

特に妹さんには良く感謝するよう言っておくように。

 

 

 

 

 

ただ、まぁ。

 

シオがイヤって言った時はごめんな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-ユウマ・マカヅチ特務少尉の報告書2-

 

特異点の捜索結果、及び確保に関する作戦概要について

 

~~~

 

1.当該個体は人型で高い知能を有しており、本任務目標である特異点である可能性が非常に高い。以下、本個体を"特異点"と呼称する。

2.特異点はペイラー・榊博士の管理下にあると推測されるが、具体的な収容位置並びに方法は不明。

3.特異点の監視、及び保安要員としてソーマ特務曹長他数名の存在を確認。アーク計画に非協力的である事から、確保においては特異点の無力化を実施される可能性が懸念される。

 

 

以上の理由により、早期の強硬手段は任務失敗の可能性が非常に高いと推測される。

収容位置の確認を最優先事項とし、その後強襲計画の立案・実施が効果的である事を旨を提起する。

 

なお上記提起事項の遂行においては小官を自薦する。

本件の遂行に当たり、継続許可を求む。

 

 

--報告者:ユウマ・マカヅチ特務少尉

 

 




決意のコウタとその覚悟を聞く隊長さん。
なおリンドウさんと違って実行ファイルは作れない模様。


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無口と頼れる協力者1

箸休めのハイパーすっとこタイム。
ちなみに…

Q.シオがイヤイヤしたら?
A."アラガミ"と見なした上で、もう一度シオに()()()()くれます。

例のルートよりは遥かに有情。
それでも実は現時点でWarningが出まくってたりする。

我々の業界では警告は異常ではありません。


「…君の神機ね、神機で切られたような傷が付いてたんだ。」

 

-傷の深さ的にロングブレードかな?あぁ、そう言えばアリサの神機もロングブレードだったよね。-

 

本能が即座に警鐘を鳴らす。

ヤバい、逃げろ、この状況は非常にマズいと。

 

相手は背中を向けている今が好機だ。

仕留める?馬鹿言え、か弱い女性にそんなふざけた真似できるか。

 

ついでに言うならどう見たって誘いだろうが。

襲いかかったが最後、「やっぱりね。」と身の毛もよだつ表情を向けて無残な仕打ちをしてくる場面に間違い無い。

 

アーカイブのホラー映画で見たぞこういうの。

主人公と同じ行動を意識した結果、何度俺が悲鳴を上げたと思っている。

 

だから逃げる。逃げの一手だ。

戦略的撤退、そこに何も恥じるところはない。

 

-ガチャ-

 

…は?

 

-ガチャ、ガチャガチャガチャ-

 

鍵がかかってる。

いやちょっと待て、いつの間に鍵なんてかけやがった。

 

「…君、今逃げようとしたね?」

 

ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバい。

畜生、ミスった。今回はそういうパターンか。

 

クルリと目の前の女性整備士がこちらに身体を向ける。

 

細身ながら均整の取れたプロポーション。

白に近い銀色の髪がモニターの光に照らされ、何とも言えない美しさを醸し出している。

 

うん、美しすぎて何も言えないな。

決して恐怖で言葉を失っている訳ではないと信じたい。

 

リッカちゃんはカワイイですよ。

たとえ両目のハイライトがオフになっているとしても、そこに議論検証の余地は無い。

褒めちぎって何とかなるなら怒涛の如く言葉を紡いでいるところだ。

 

「とりあえず、君には聞きたい事があるんだ。あぁ別に喋る必要はないよ?長い付き合いだし、君の事はよく知ってる。」

 

嘘つけ、俺の事何もわかってないだろ。

本当に付き合いの長い人間は「偶にはちゃんと喋れ」ってツッコんでくれるんだよ。

 

まぁ流石にこの状況でそんな事言える訳がない。

「今まで騙してたんだ?」とか言いがかりをつけられて、余計に酷い状況になる事くらい俺でもわかる。

 

レンチを片手に、やや濁ったブラウンの瞳が真っ直ぐこちらに近づいてくる。

 

「とりあえずは身体に問い質すよ。大丈夫、わかりやすく説明してくれれば痛くしないから。」

 

ふざけんな、身体にじゃなくて言葉で聞け。

あ、待て待て待て。レンチを振り被ってどうするつもり…

 

-ガンッ!-

 

 

 

 

 

…畜生、よくもやったな。

俺は何も悪いことしていないのに。

 

こうなったら、お前も()()()になってもらうからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部におけるとある神機使いの個室…の入り口。

悪い神機使いが麗しいレディをお持ち帰りし、今まさに巣穴である自室へ誘い込もうとしている場面である。

 

驚くなかれ、ここ数日で何と連続三人目である。

いやぁお恥ずかしい、我ながら気付かない内にプレイボーイになってしまっていたとは。

 

いよいよ両親に顔向け出来んな。

命がけで助けた息子は無事何人もの女性を誑かす色男になりました、なんて口が裂けても言える訳が無い。

何だったら両親が怒りで終末捕喰を引き起こすまでありそうだ。

 

まぁ冗談はこの辺にしておこう。

 

「開けるよ。…いいね?」

 

目の前が女性が確認するようにこちらに視線を向けてきたので、頷いてそれを肯定する。

扉が開いたその先には、彼女が安否を確認したかった二人の神機使いの姿。

 

「…本当にいた。いや、事前に聞いたから知ってはいたんだけど。」

 

ほぅ?よくもまぁ悪びれも無く言うものだ。

極東ではレンチで散々ボコボコにしながら居場所を問い質す事を事前に聞くというのか。

 

「私達も彼から連絡があった時点で覚悟していたけど…それより事前に聞いたって言うのは?」

「あぁ、このレンチで身体に聞いたんだよ。神機同士で戦ったような痕跡があったし、絶対何か知ってると思って。」

 

恐ろしい。悪びれないどころか自覚無しか。

見ろよ、サクヤもアリサも表情が引きつってるだろうが。

 

……………………………………………………………………………………………

 

華やか。端的な感想がそれである。

まぁ独り身の男部屋に女性が三人も集まっていればそんな感想もやむ無しだろうが。

 

「…そう。やっぱり支部長は終末捕食を…」

「えぇ。私たちはそれを止めようとしたんだけど…結局は彼に止められちゃってね。」

 

熱い視線。いや、どちらかと言えば痛い部類だな。

可憐なレディ三人からの同時アプローチは独身男性の身には少々刺激が強すぎる。

 

特にアリサからの視線が強い。

視線というよりもはや睨み、いつか絶対お礼しますからねという強い意志を感じる。

 

モテる男というのも辛いものだなハッハッハ。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

…女性陣からの視線が痛い。

誰かマジで助けてくれ。

 

………

 

「…で、結局二人は当面はこのままこの人の部屋に潜伏するの?」

 

居たたまれなさに堪えかねてお茶を入れている間にどうやら話題が進んだ様子。

かいつまんで聞くに、当面の二人の動向について話し合っているようだ。

 

「まぁ心苦しくはありますけど…」

「私たちはもうお尋ね者の身の上だしね。それに正直なところ、彼の手引きが無ければ生きていられたかも怪しいし。」

 

そう言ってサクヤが右手に嵌められた腕輪をちらつかせる。

携行投与キットを渡しているので特に変わりはないものの、通常であればそろそろ何らかの変化が表れていてもおかしくない頃合である。

 

ちなみに貸しだからな。タダじゃないぞ。

悪いが物資は木に実った物を収穫してくる訳じゃないんだ。

 

まぁ請求はリンドウにするからサクヤ達が心配する必要は無いがな。

何、リンドウ君なら喜んでサクヤのために身銭を切ってくれるさ。

 

生きて帰ってきた時に請求書を突き付ける瞬間が今から楽しみだ。

三か月くらいは配給ビール全没収になるだろうが、まぁ仕方ないな。

 

閑話休題。

そろそろ本題に入ろう。というか入れ。

 

「…それじゃあ、及ばずながら私も出来る限り協力するよ。正直、支部長が提言しているアーク計画、私は気乗りがしないんだ。」

 

-具体的にこれという代案がある訳じゃなし。何だったら間違っているという意見さえただの主観に過ぎないけれど。-

 

「それでもね。沈没しようとする船から真っ先に逃げ出すのは、船の修理者たるべき技術者のする事じゃないと私は思うんだ。」

 

そう言った後、「ただの独りよがりな考えなのかもしれないけどね。」とリッカは紡ぐ。

 

いや、良いと思う。

正直本気で見直した。

 

独りよがりで大変結構。

大切なのはそこに譲れない信念があるかどうかだ。

 

やはり頼ったのは間違いじゃなかったな。

 

 

「でもまぁ…そこに支部長が差し出す船に乗ろうとしてる人がいるみたいですけどね。」

 

言いながらアリサがジト目でこちらを睨んでくる。

おい馬鹿やめろよ、今良い感じで締める流れだったろうが。

 

「「あー…」」

 

お前らもマジで止めろ。

自覚はしていても実際やられると滅茶苦茶居心地悪いんだぞ。

 

 

…冷静に考えてみれば俺以外全員反対派ってこの状況、中々にカオスだな。

よくもまぁ揃いも揃って仲良くお茶してられるものだ。

 

 

体よく搾取されている訳ではないと信じたいな。




束の間の休息タイムです。


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無口と頼れる協力者2

Q1.殴って問い出したの?
A1.一発目は壁を叩いて脅しました。

Q2.一発目?
A2.事情が呑み込めた後に"わかりにくい!"と二発目を叩き込みました。

YesNoで答えられる質問はリッカちゃんにはバレます。
二人が生きているのかどうかの質問なので強硬手段もやむ無し。

ちなみにルーキーちゃんにも何となくバレます。


-○月×日。-

 

切っ掛けは、とても些細な事だった。

 

ルーキーが二人の事を聞いてきたので、ボロが出ないように聞こえない振りをし。

ジュースを買おうと財布を出したところ、勢い余って例のチケットを落としてしまう。

 

それを見たルーキーが血相を変えて胸倉を掴みかかって情熱的にアプローチ。

 

以上、状況説明終わり。

 

何を言いたいのかというと、ついに口説くまでもまでもなく異性を引きつける色男になれましたという話だ。

 

いやぁ照れる、モテすぎるというのがこれほどまでに辛いとは知らなんだ。

是非ともタツミ君辺りに代わってあげたいところだな。

 

「…説明して貰えますね?何で貴方がこのチケットを持っているんですか?」

 

いや、これ説明を求める姿勢じゃないだろ。

一体何処の世界に相手の胸倉を締め上げるのが聞き手側の姿勢だと言い張る世があるというんだ。

 

大体チケット持ってる理由なんて言わなくてもわかるだろ。

わざわざ口にしないと理解できないのかルーキーめ。

 

我ながら当たりが強いような気がしないでもないが。

言いがかりみたいな理由で胸倉を掴みあげられているのだからこのくらいは大目に見てほしい。

 

「…アリサとサクヤさんが、先日から指名手配されているのですが。」

 

ゴキリ、と彼女の右手が不吉な音を立てる。

待ちなさいお嬢さん、可憐なレディにそんな音は似合あわないぞ。

 

というか寧ろ、君アーク計画に反対の立場だったのね。

あまりそういうの言葉にしないからてっきり賛成派だったのかと。

 

「単刀直入に聞きます。二人の行方、知っていますね?」

 

知らんな。あいにく白の切り通し方には自信がある。

いやぁ残念、レディの期待にはなるべく応えてあげるのが俺の信条なんだが。

 

知らない以上はこの完璧なポーカーフェイス以外に返せるものは無い。

 

「なるほど、言うつもりはないという顔ですね。…わかりました、身体に問い質す事にします。」

 

ふざけんなこの野郎、お前の目は節穴か。

俺のどの面を見て嘘をついているなんて断言してくるんだよ。

 

もっと言うなら身体じゃなくてまず言葉で聞けよ。

リッカといいコイツといい、どいつもこいつもどうしてすぐ暴力に訴えようとするんだ。

 

対話はコミュニケーションの基本だぞ。

基本無くして成功無しという言葉を知らんのか。

言葉も無しに意思疎通を図ろうなんざルーキーには十年早いわ。

 

まぁいい、こういう事もあろうかと既に手は打っている。

 

という訳でカモン、リッカ君。

お兄さんを助けておくれ。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!君達何してるのさ!」

 

殴られる寸前でリッカが割り込み、俺とルーキーを引き剥がす。

どうだルーキー、モテる男というのはここぞという時にレディが助けてくれるものなのだ。

 

 

うん、これってもしかしてヒモ…この話は止めようか。

口説いたレディに身を守ってもらっているなんて、冗談抜きであの世の両親から天罰を下されそうだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-○月△日。-

 

ここは極東支部におけるとある神機使いの個室。

無事後輩の襲撃からも免れ、服を着替える事も無く無言でベッドに倒れ込む。

 

「お、お帰りなさい。今日もお疲れみたいですね…。」

 

うん、お疲れなんだ。

レディからの労いの言葉は下手な栄養剤なんかより効果抜群だが、欲を言えば膝枕の一つでもして甘やかしていただきたい。

 

これが彼女とかなら遠慮なく行くところだが。

残念ながら彼女は同僚、もっと言うなら諸事情から匿ってあげてるだけの関係だ。

 

そんな醜態を晒した日にはストロベリーどころかシベリアの永久凍土顔負けの氷点下になる事間違い無しである。

 

あーあ、俺はきっと独り身のまま寂しく死んでいくんだろうなー。

俺もリンドウみたいに彼女欲しいなー、甘えたいなー。

 

実際そこのところはどうだったんだサクヤ君?

どうせ二人きりの時はイチャラブしてたんだろうけど。

 

あーいやらしい、いやらしい。

流石にデリカシー皆無の発言だから口にしたりはしないけど。

 

「こ、この人何でいきなりベッドの上で悶えてるんですかね?」

「気にしちゃ駄目よアリサ。きっとこの人も色々葛藤があるのよ…」

 

 

その葛藤、女の子に癒されたいってだけなんですけどね。

まぁ余計な事言って自分から株を下げる必要もないだろう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-○月□日。-

 

今日も今日とて朝から晩までお仕事だ。

 

午前はアーク計画を進めるための計画とシミュレーションを行い。

午後は特異点捜索に集中し過ぎてミッションをおざなりにする馬鹿共の尻拭いに奔走する。

 

気に食わないのは後者の仕事。

リンドウの一件で反省したかと思いきや、この後に及んで同じ轍を踏み続ける阿呆の多い事。

 

そして以前と同様にリカバリーに遠慮なく俺が駆り出される。

いくら俺が温厚を売りにしていると言っても、流石に堪忍袋の緒が切れるというものだ。

 

シオがラボにいる事を知っている身としては、無意味な努力に無駄な手間暇をかけさせられているというのがまた腹立たしい。

 

まぁ、以前もやらかした事のある人間は遠慮なく箱舟送りにしてるがな。

学習能力の無い無能な働き者程害悪なものは無いと昔の人間も言っている。

 

人生は短い。一足早いが、これは俺からの餞別代りのプレゼントだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今の内にゆっくり救護室で体を休めるといい。

 

あーあ、俺もお休み欲しいなぁ。

言っても詮無い事ではあるが。

 

………

 

夜。

 

…俺が寝た頃を見計らってアリサとサクヤが何やら計画を立てている。

どうやら二人はまだエイジスへの潜入を諦めていない様子だ。

 

まぁ俺の知った事ではないが。

どの道、俺が動く方が早いだろうしな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-○月○日。-

 

今日はリッカが二人の着替えを工面してきてくれる日である。

 

当初は男物で申し訳ないが、同じものを着続けるよりはマシだろうと思っていた。

が、その認識は誤ったものだとすぐに気付かされた。

 

確かに俺もそこまで体格に優れた方とは思わないが、それでも標準かそれ以上である事には違いない。

その上で貸し出した衣服がアリサの身体に合わないのだ。

 

ズボンはともかく、上半身が。

 

「す、すみません。もう少し大きいサイズはありますか…?」

「私はギリギリ着れるけど…アリサはその、胸周りがちょっと…ね?」

 

正直言えば眼福。が、それ以上に何で普段あんな格好してるのか納得してしまった。

女性のファッションセンスはわからんと思っていたが、あの格好って実は切実な悩みを反映した結果だったんだな。

 

確かに男の場合、胸囲をそれほど気にして選んだりはしないしな。

ベルトで誤魔化しが効く下半身と違い、上は着れないとなればどうしようもない。

 

とはいえ、衣服を貸してる身としてはあんな格好をさせる訳にはいかない。

人様に見られて俺の趣味だと思われた日にはもう大手を振って表を歩けなくなってしまう。

かといってこれ以上のサイズの服なんて持ち合わせていない。

 

どうしたものかと悩んでいた所にリッカ様の降臨だ。

二人に事情を説明して貰った所、それならこちらで用意すると快く引き受けてもらえた。

 

そういえば神機使いの衣服については整備班も開発に絡んでいたな。

そういう事なら黙って専門家に任せるとしよう。

 

ただ採寸するなら一声かけてからやってくれ。

いくら服の上からとはいえ、男としては気まずいんだよ。

 

終わるまで他所に行ってるから。

リッカの場合はそれほどじゃないから気にしないのかもしれないが…

 

おっと危ない、口は災いの元。

さっさと退散するとしよう。

 

 

「…言いたい事があるなら言っても良いんだよ?」

 

逃げる前に周り込まれて殴られた。

解せぬ、俺は一言も口にしてないのに。

 

……………………………………………………………………………………………

 

 

……

 

………

 

-○月◇日。-

 

静まり返った夜中、エントランスで報告書をまとめ終えたので部屋に戻る。

 

さて。

 

計画は出来た。支部長にも報告した。

後は実行に移すだけ。

 

ベッドは占領されているのでソファーにごろりと横たわる。

早ければ一週間、どんなに遅くとも一月と待たずに全ての準備が整う見込みだ。

 

「………………………」

 

目を瞑って思いを巡らす。

浮かんでくるのは今まで生きてきた中で見てきた数多の光景。

 

守ってきた外部居住区の人たちも。

地球に残ると決めたアナグラの住人も、何も知らない極東以外の存在も。

 

ミッション帰りに何度も見たあの美しい情景も。

未だどこかで生きているであろうリンドウも。

 

両親が喰われて消えたあの場所も。

二人が確かに存在していたと証明するあの血溜りも。

 

全部、全部消えて無くなる。

終末という名の波涛に飲まれ、痕跡一つ残さずに消滅する。

 

良いのだろうか?

本当に、間違ってはいないのだろうか?

 

今ならまだ、取り返しはつく。

今ならまだ、その選択を選ばずに済む。

 

 

……

 

………

 

「………………………………………………」

 

我ながらほとほと意思の弱い人間だな。

腹を括ったと宣わっておきながら実際はこの体たらく、何とも情けない有様だ。

 

まぁ人間は機械のように割り切れないからな。

悩むのは大いに結構。それでも俺は、俺の思いに従って動くだけ。

 

良し悪しなど俺にはどうでもいい。

正誤など結果を見なければわからない。

 

寧ろ正解なんてありはしないと思っているしな。

 

だから、俺は。

俺の両親の選択が間違っていなかったのと示すだけ。

 

 

…あぁそうだ、大事な事を忘れていた。

 

シオにもちゃんと聞かなくちゃな。

 

終末捕喰の鍵にするって。

それでもいいかって、聞かなくちゃ。

 

 

出来れば、イヤだって言ってくれないかな。

 




良いか悪いか?正しいか間違っているか?
自ら問い方を間違えてしまった様子。

次で時系列が進むかもです。


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無口な無口な最終日1

Q1.言い訳がましくないですか?
A1.おっと心は(以下略)。

Q2.本当に自分の意志で選んでる?
A2.おっと(以下略)。

Q3.拒否したら助けてくれるの?
A3.心は(以下略)。

ダイヤでも何でもない。どこにでもある硝子玉。
喋れない訳では無いけれど、ただただ何も喋らないだけ。

気付けば粉になっている。
それなら圧縮して塊に変えましょう。

美しく透き通るそれは、もはやダイヤと見分けはつきません。


おやつを食べさせる。

ごはんを食べさせる。

 

お腹が空いたとねだるので。

欲しがるままに食べさせる。

 

美味しいものはもっともっとと。

食べては身体を光らせる。

 

不味ければもういいやとばかりにぷいとされるが。

まぁ保護者じゃないので好き嫌いしてても何も言わない。

 

それにアラガミは偏食してなんぼだろうし。

 

ん?他に美味しい物は無いのかって?

うーん、手持ちのレーションは一通り食べさせたしな…

 

そうだ。何だったら人間でも食べてみるか?

最後だし、少しだけなら齧ってみてもいいぞ?

 

「んー、いらない。」

 

どうして?自分で言うのもなんだか若くて生きの良いお肉だぞ?

一部の女性には大変需要のある…何でもない。

 

「おいしくない…ちがうなー。これ、"たべたくない"だな。」

 

なるほど、食べたくないか。

なら俺も無理に食わせるつもりはないな。

 

…なぁシオ。

 

()()()()()()()って言われたらどうする?

 

「んー…」

 

-いらない。-

 

どうして?食べないと死んじゃう殺されちゃうんだぞ?

 

-それでも、いらない。-

 

どうして?

 

-たべたくないから。シオ、たべたいものだけ"イタダキマス"したい。-

 

…そうか。

 

食べるイヤだ、とは言ってくれないんだな。

 

「………………………」

 

「どうしたゆーま?はかせやそーまみたいに"かんがえごと"か?」

 

あぁいや何でもない。

気にするほどの事じゃない。

 

 

まぁ、仕方ないよな。

 

俺は一介の神機使い。

ただ己が生きるために、自分の職務を果たすだけ。

 

やりたくないがな。まぁ、いい大人が我儘を言うものではない。

他人にあの光景を見せるほど、俺は悪趣味な性格はしていない。

 

そういうのは俺一人で十分さ。

"なんかよくわからないけど、気付いたら救われてました"ってくらいがちょうど良いんだよ。

 

 

"()()()()()()()()()()()()()()()()()()"なんて。

そんな奇跡、あるなら是非お目にかかってみたいものだな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部におけるとある神機使いの個室。

ソファーから身体を起こし、アラームが鳴る前に端末の時刻を確認する。

 

久々に最悪な夢を見た。

よりにもよって両親の姿がシオに代わって見えるとか。

 

夢見の悪さワーストランキングを余裕で更新だ。

少女を犠牲に生きたいと思うほど、俺は下衆に育った覚えは無い。

 

まぁ実際はそれをやろうとしているんだが。

 

両親の教えはどうなっているんだか。

教わる前に二人とも亡くしてるけど。

 

 

まぁいいや、今更俺の話なんてどうでもいい。

顔でも洗って気分をリフレッシュするとしよう。

 

………

 

うん、それにしても。

最近随分あの日の事を夢に見るようになったな。

 

いかんな、俺としたことがらしくない。

終わりが見え始めて、流石に気の一つも緩んだか。

 

こほん、とわざとらしく咳払いをする。

何とはなしに鏡に映った顔を観察する。

 

不満そうにこちらを見ている。

さっさと終われと、言わんばかりに見つめている。

 

早く早く。あと数日が待ち遠しいと。

注射が終わるのを待つ子供のように、現実を拒絶する無表情がこちらを向いている。

 

 

 

 

 

まぁいいさ。今更考えても仕方がない。

 

()()()()()。時には迷う事もあるだろうさ。

だが迷いに気付いた時、それを乗り越える事が出来るというのも()()()()()()()だ。

 

あの両親が命を対価に息子の命を救ったという選択が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺なら出来る。今までもやってこれただろう?

楽観的かもしれないが、()()()()()()()()()()さ。()()な。

 

それに猫かぶりの一つくらい()()()()()()()()()()()()

 

 

俺の両親の選択は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の最深部。

本拠地アナグラのさらに深淵、アーク計画の中枢となる人口アラガミ"ノヴァ"が収容されている場所である。

 

ふむ、女性型か。

滅びの女神とはまた洒落ている。

 

まるで大人になったシオみたいだな今なら塵に出来るんだが

 

「…では、特異点をこちらに置いてくれたまえ。」

 

支部長に促され、両手で抱き抱えた御姫様を恭しく玉座に座らせる。

途端、人口アラガミから触手のような物がシオに伸び、しっかりとその華奢な身体を固定する。

 

何かいけない物を見ている気分だ今が最後のチャンスだな

 

おっといけない。俺に少女を嬲る趣味は無い。

こんな感情、誰かに聞かれた日には性的嗜好を疑われてしまう。

 

まぁいいや。

ここまでくれば残りは消化試合のようなもの。最終フェーズが終わり次第、終末捕喰が地球を覆って終わりである。

 

支部長を見る。

いつもの冷静な表情は崩さないものの、「ようやくここまで来た」と感極まったように言葉を漏らしている。

 

シオを見る。

特殊な鎮静剤を打たれて眠る彼女は、もう食べられないと幸せそうな寝言を漏らしながらスヤスヤと寝息を立てている。

 

…もうすぐ、それも無くなるんだがな。

まぁ覚悟の上だ。仕方ない満足か?このアラガミ殺しめ

 

これも人類が生き残るためには仕方ない事。

それにだ、コウタ達にこんな役目は任せられないからななるほど、選んで殺すのは許されるんだな

 

ゴメンなシオ。

また美味しい食べ物見繕って持っていくから、ちょっとだけ我慢してくれ。

 

………

 

「…正直に言えば。君は私を裏切ると思っていた。」

 

シオの頬を撫でている中、後ろから支部長に声をかけられる。

 

「だが蓋を開けてみれば、君は誰よりも私の理念に賛同し、最後まで力を尽くしてくれた。…ありがとう。心の底から、私は君の尽力に感謝する。」

 

…何言ってるんだこのオッサン。

俺が何時アンタの理念に賛同したというんだ?

 

…あ、もしかしてこのチケットか?

これを受け取ったから変な勘違いをされてしまったのか。

 

 

 

 

 

うん、丁度いい頃合だ。

用済みだし、()()()()()()()()()()()()()

 

あ、でもこれ一応値打ち物なのか。

確かに持ってさえいればアラガミのいない新世界へ行くことが出来るんだものな。

 

じゃあ支部長にあげるよ。

ただ捨てるのももったいないし、息子さんを船に乗せてやってくれ。

 

もう息子の分は確保してる?

おいおいオッサン、身内贔屓は不正だぞ。

 

まぁいい、それならアンタが乗ればいいよ。

どうせ自分の分は確保していないんだろ?

 

その方が、俺みたいな親殺しが乗るよりよっぽど有意義だろ。

 

()()()()、支部長へチケットを投げ渡す。

 

「…何のつもりかな?これが無いと、箱舟には乗せられないのだが。」

 

怪訝そうに質問する支部長に、一名キャンセルだと何でもないように答えて見せる。

驚きながらも理由を聞かれたので、どうせアンタの席は取ってないんだろと答えてあげた。

 

 

何を図星を付かれたって顔をしてるんだか。

真面目君の行動は読みやすいってだけだよ。




無口さんの貴重な発言(咳払い)シーン。

奇跡を信じられないお年頃。余裕が無いから仕方がない。

あと一押し。それなら戦う理由とかは如何です?


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無口な無口な最終日2

※半分幕間です。

Q1.図星を突かれた?
A1.喋っていることに気が付いた。

Q2.裏切ると思ってたんじゃ?
A2.このタイミングは予想外。

Q3.アルダノーヴァは?
A3.呼び出すには相手が近過ぎる。

無口な無口な饒舌家。
ブラックジョークが大好きな、どこにでもいる一介の神機使い。




-Side_ヨハネス・フォン・シックザール-

 

「…いや、何もわかってないじゃないですか。支部長、もしかして意外と天然なんですか?」

 

それはこちらの台詞だ。

終末を前にようやく口を開いたかと思いきや、紡がれるのは理解に苦しむ思考の数々。

 

「ノアの箱舟、大いに結構じゃないですか。生き延びると自分で決めた千人を助けるために他の全てを贄にする。それの何処がいけないんです?」

 

-…選べなかった人達?知った事じゃありませんよそんな事。生憎俺は神様じゃありませんから。-

 

淡々と、無表情のまま言葉を告げられる。

まるで己の罪を突き付けられるかのように。どこまでも冷酷で、道理的に事実のみを語られる。

 

「まぁ戻ってきた時、本当にアラガミがいなくなっているのかは知りませんが…その時はもう一回アーク計画をやればいいんじゃないですか。今回は億単位ですけど、次は千もいかないでしょうし。」

 

-数が増減しようが今更大して変わりませんよ。それに一回やった後だから最初より気楽にやれるでしょうし。-

-俺が言うんだから間違いありません。何しろ気付いた時には両親二人が生贄済みですからね。-

 

ハッハッハ、と。まるで冗談を言うかのように()()()()()()()()()、神機使いが言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、今ならまだ間に合いますけどね。どうします?命令とあらば、今すぐこれを塵に変えますけど。」

 

青い瞳がこちらを見つめながら問いかける。

鉄仮面と評される無表情に取り付けられた、感情という温度が込められていない青い瞳。

 

ここに来てようやく自分の不明を恥じる。

よもや生かすべきと選んだ人類の中に、このような人の皮を被った得体の知れない何かが潜んでいようとは。

 

おまけにそのような存在が、実に人の心を抉る甘美な誘いを持ちかけてきているものだから始末に負えない。

 

覚悟はあるのかと。

ここから先の後悔は効かないと。

 

だから、ここで引き返さないかと。

 

故に私は--

 

 

 

 

 

「その必要は無い。引き返せないから進むのではない。私は、自分の意志を持って前へと進むのだ。」

 

 

 

 

 

悪魔のような誘惑に、はっきりとした声で答えを返す。

 

多数の犠牲、大いに結構。

人類を次なる世代へと繋ぐ。そのために屍の山を築き上げてでも、命を紡いでみせると私は誓ったのだから。

 

「不器用な人ですね支部長。そんなだからソーマにも嫌われるんですよ。」

「君にだけは不器用とか言われたくないな。大体口が利けるというのなら、もっと早くからそう言いたまえ。」

「いや、そもそも喋れないと言った覚えは無いんですがね。」

「だからそういう所だと言っているのだ。」

 

無表情のまま言われた言葉に、思わず感情的に言葉を返す。

当たり前だ。喋れないと思っている相手に、わざわざ喋れないのかと聞く人間など見た事が無い。

 

それを言うに事欠いて"言った覚えは無い"ときたか。

僅か数分程度のやり取りではあるが、ここに来て随分と彼の印象が目まぐるしく変化したように感じる。

 

良い機会だ。これで最後になるのだし、もう少し彼との会話を楽しみたいところだが…

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

唐突に地下空間にアラーム音が鳴り響く。

 

いつの日か渡した、彼専用のミッション受注端末から響く音。

失礼、と一言断ってから彼が端末を覗き込む。

 

「何事かね?」

「外部居住区にアラガミが侵入したみたいです。まぁ大半の神機使いは()()()ですから仕方ないですね。」

 

やれやれと呆れたように呟き、彼が私に背を向ける。

 

「行くのかね?ここまでくれば終末捕喰までそうかからない。今からでも船に乗る方がいいのではないかね?」

「嫌ですよ。ただでさえ選べなかったあの日の事を気にしているのに。それに言ったじゃないですか。数が増減しようが変わらないって。」

 

-おまけに今度は親どころか、シオも市井の人達も犠牲にして…-

-それでのうのうと生き延びた日には、冗談抜きで親から勘当されてしまいますよ。-

-まぁ小さい頃から親無し子で育ったんで、勘当されているのと変わりないんですけどねハッハッハ。-

 

「…理解できるからこそ流せるが。些か、君の冗談は寒すぎるな。」

「ひどい。どこにでもあるブラックジョークじゃないですか。」

「限度があると言っているんだ。この期に及んで言うのもなんだが、よもやペイラー以上に空気の読めない人間がいるとは思わなんだ。」

「あんな胡散臭い人と一緒にしないでください。大体あの人、未だにシオを利用して何をしようとしているか話してくれていないんですよ?」

 

-そんな人間、信用できるわけないじゃないですか。-

-まぁフェンリル所属の科学者なんて、最初から信用なんてしていませんが。-

 

…冗談だろう?一時期とはいえ、君は彼の猟犬だったのだろう?

彼の計画も理解しないままに、あそこまで私に疑念を抱かせるような報告書を仕立て上げていたのか?

 

「…君という人間がわからなくなってきたよ。何だったら終末捕喰を一日先延ばしにしてでも、君と雑談でも交えたくなってきたくらいだ。」

「俺は構いませんよ。ミッション明けになりますが…延ばしますか?」

「いや、いい。どの道その前にソーマが乗り込んでくるだろうさ。」

「ですね。」

 

会話が途切れ、彼が歩み出す。

残されたのは特異点をセットされたノヴァと私の二人きり。

 

「あ、そうそう。最後に一つ。」

 

彼が足を止め、向こうを向いたままに言葉を続ける。

 

「最後なんだし、ソーマにちゃんと語りかけてあげてくださいよ。何だったら、一方的に話すだけでも構いませんから。」

 

-俺みたいに、親の最後の言葉もわからず引き摺らせるよりはマシでしょう?-

 

 

「…助言、心から痛み入る。それではさらばだ、極東古参の神機使い。」

「えぇ。今期の査定、期待してますよ。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_部隊長-

 

支部長と別れ、アナグラに続く道を戻っていく。

 

ミッション受注用の端末を再確認する。

外部居住区にアラガミが多数侵入してきているとの事だが、思っているより状況は深刻な様子。

 

まぁ大半の神機使いは今頃ロケットの中だからな。

シオの影響でアラガミが活性化しているとの事だし、残りの面々だけじゃ流石に防ぎきれないか。

 

というか今誰が残っているんだ?

 

第一部隊…は多分支部長のところへ行ってる。

そういや普通に別れてきたけど支部長大丈夫か?

ソーマがキレて殴りかかりでもした日には、生身の支部長じゃスプラッターまっしぐらな気がするが。

 

まぁ今更戻るのも恥ずかしいしどうでもいいか。

あの人の事だし、切り札の一つも持ってるだろう。多分。

 

防衛班は確かカレルとシュンが賛同派…あぁ、そういえばブレンダンもそうだったか。

正直意外だったが、まぁ覚悟の上なら俺がとやかく言う筋合いはない。

 

となると戦力として期待できそうなのはタツミにカノンにジーナ、あとは志に燃える何人かか。

戦力不足もいい所だな。

 

対する敵は…これは酷い。

多数の小型に中型がそれなり、何なら大型もちらほらか。

 

これ普通に詰んでるな。

アナグラ捨てて逃げた方が生存率高くないかこれ?

 

まぁいいや、これも立派なお仕事だ。

行けと言われたら行かざるをえないのが下っ端の辛い所である。

 

武器庫に立ち寄って装備を補充。

普通はアラガミ相手には通じない物ばかりだが。物は使いよう、俺にかかればどうという事は無い。

 

神機無しでアラガミを殺す方法は、腐る程想定したからな。

 

その後自室に戻ってしばしのティータイムと洒落込む。

流石にアリサもサクヤも姿は無かった。

 

最後くらいレディとお茶したかったところなんだが。

現実って厳しいな。

 

 

…さて。

 

ようやく最後だ。長かったような短かったような。

これでいよいよ最後かと思うと、逆に諦めで頭が澄み渡っていくような気がする。

 

敵はアラガミ。

俺の両親を喰らってくれた、忌々しいクソどもだ。

 

味方は…まぁ数えなくてもいいか。

どうせ大半はもうすぐお空の上へと旅立つし。

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

良いな、良いな。

まるで仇のバーゲンセールという奴だな。

 

まぁ、今となっては別にどうでもいいんだが。

どうせ今日で皆死ぬんだし。

最後くらい、仇討ちの一つでもしておこうかというレベルの話。

 

いかんな、俺としたことがらしくない。

終わりが明確に見え始めて、流石に気の一つも緩んだか。

 

こほん、とわざとらしく咳払いをする。

何とはなしに鏡に映った顔を観察する。

 

もうその表情からは何も感じない。

 

自分の意志と言いながら、他所にばかり理由を求めて。

自分で選んだと言い張るままに流された結果、全てを諦めてしまった瞳がこちらを見ている。

 

まぁいいさ。今更悔やんでも仕方がない。

 

幸い、後の事を考える必要は無く。

最後まで人類を守るという大義名分がここに置いてある。

 

選んで生かす殺すのが上等とは言わないが。

それでも人のために世のために、俺が思う最善を選んで生きたと胸を張れる。

 

うん。やはり俺の両親の選択は、()()()()()()()()()()()()()()

 

だから最後くらい、思う存分好きに生きようか。

何、別に難しい話じゃない。

 

"終末捕喰が起きたけど地球は無事でした"。

"シオも死なずに済みました"。

 

そんな奇跡を夢に見て、命尽きるまで戦ってみるだけ。

 

 

 

 

 

まぁ…

 

 

 

 

 

そんな奇跡、最初から期待なんてしちゃいないがな。

それよりも一匹でも多く、仇を塵にして満足感を満たすとしよう。

 




二週目のオーバーフローは起きなかった模様。
そもそも安全装置では無いので仕方ない。

選んだ上で死を確定させるという、自分の地雷を全て踏み抜いてしまった人。
こんなですが、自分の事はよくわかっているらしいですよ。


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無口な無口な最終日3

※一部色付きが多いので苦手な方はご注意。

Q1.サクヤ達とすれ違わなかった?
A1.武器庫寄ってる時にニアミスしました。

Q2.一緒に戦わないの?
A2.そんな資格が無いと思ってる。

Q3.理性壊れてない?
A3.壊れてないけど正しくないだけ。

誰かの命を天秤に掛けて動くのは、この人には荷が重過ぎただけ。



空を見上げると、無数の宇宙船が空の彼方へ飛び去って行く。

 

うん、中々壮観な光景だ。

アーカイブの映像では見た事はあったが、いざこうして目の当たりにすると迫力がまるで段違いである。

 

空から見下ろす地上はどんな感じなのだろうか?

 

もし奇跡が起きたのなら、今度コウタかブレンダンにでも聞いてみよう。

カレルやシュンだと情報料だとかいって金取ってきそうだからな。

 

ソーマ達やサクヤ達も今頃は支部長と御対面しているところか。

 

ここまでくれば時間なんてさほど気にする必要もなし、お互い想いの旨をぶつけるといい。

もしかしたら肉体言語になるのかもしれないが、まぁそれはそれ。

 

俺も最後に雑談の一つもしたかったがな。

あそこで終わらせられなかった時点でそんな資格はどこにもないか。

 

まぁいいや、過ぎた事を思ってもしょうがない。

目の前の現実を見るとしよう。

 

視線を空から下げてみれば、そこにはアナグラへと一目散に避難する人達の姿。

 

キャパシティの関係上、普段は避難のために収容するなんて事は無いのだが。

残った誰かがゲートを開放でもしたのだろう。

 

逃げ惑う人達を横目に見ながら、神機を担いで外周へと歩みを進める。

何気なしに列を見ながら進んでいると、何時ぞや助けた少女がこちらを見ていた。

 

母親に叱られながら。止まる事無く進みながら。

怯える目で身体を震わせながら。不安そうな瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。

 

ひらひらと軽く手を振って答えてあげる。

何でもないと、心配するなというように答えてあげると、ようやく少女は列の流れに戻っていく。

 

うん、あんな不安そうな目をされちゃ、お兄さんも最後まで頑張らざるを得ないな。

 

…本当に。シオにも、イヤだって言ってほしかったな。

 

 

 

 

 

まぁ。

 

 

 

 

 

今となってはどうでもいいや。

今更憐れむ資格なんて俺にはない。

 

……………………………………………………………………………………………

 

超視界錠60を飲む。

研ぎ澄まされた視野に、うごめくアラガミの姿が映る。

 

 

戦闘準備を開始する。

 

スタミナ増強剤Sを飲む。スタミナ活性剤改を飲む。

筋力増強錠90改を飲む。体躯増強錠90改を飲む。

体力増強剤Sを飲む。強制解放剤改を飲む。

 

人のいなくなった居住区で餌を求めて徘徊するアラガミの群れ。

準備も滞りなく終わったので、後ろから襲い掛かって塵へと変える。

 

うん、昔やったVR訓練を思い出すな。

そう言えばあの時も最初はコイツ等からだったか。

 

不意に物陰からオウガテイルが飛び掛かってくる。

流して後ろに回り込み、神機を振り下ろして叩き割った。

 

…あの時と違って手に残る感触が心地良い。

仮想空間ではないのだから、まぁ当たり前ではあるのだが。

 

物足りない。音も色も、何もかもが足りないな。

一回だけじゃ物足りないが、今日は数の心配をする必要はない。

 

より取り見取りとはまさにこの事。

どれから八つ裂きにするか目移りしてしまうな。

 

武器もアイテムも十二分。

おまけに今度は大義名分も揃ってる。

 

両親を犠牲にしている時点で、俺に誰かを犠牲に生き伸びる資格はない。

両親を犠牲にしている時点で、俺に誰かを犠牲の道連れにする資格はない。

 

誰かが犠牲になる時点で、俺に誰かを救っていい資格など無い。

意思ではなく、物の道理に沿う場合に限り、従う事が許される

 

だが。

 

両親が犠牲になった時点で、俺にはアラガミに復讐する資格がある。

今この場において、それは逃げ惑う人々を救う事に繋がる。

 

目の前に迫る脅威から誰かを助ける。この上なくわかりやすい理由。

あの日抱いた感情は、ようやく両親に顔向けできるそれと相成った訳だ。

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

アハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハ

 

良いな、良いな。

誰かのために戦えるとは、こんなにも気持ちがいい物なのか。

 

…あぁそうか、ようやく理解が追い付いた。

 

俺の両親は、こんな素晴らしい人間を助けたかったんだな。

 

アーク計画では、シオや選ばれなかった人達を。

この場においては、()()()()()()()()()()()()()を。

 

千人を助けるために、この手で殺したように。

残された人たちを助けるために、この手で殺しているように。

 

全ては誰かを救うため。

()()()()()()()()()()()()、それでも尚突き進める、素晴らしい意志を持った人間を。

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

 

 

…狂った感情?

 

…俺はその感情を、狂っていると感じるのか?

 

…俺の両親は、狂っていたから俺を助けたのか?

 

…いや、いい。

 

正直疲れた、もう考えるのは止めにしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

小型アラガミの首を刎ねる。

オラクル細胞で構築された強靭な生命が、死にきれずに最後の抵抗を試みる。

腹を神機で貫いて、縦に裂いたところでようやく息絶えた。

 

次。

 

中型アラガミの両足を叩き折る。

膝から落ちて地面に這いつくばるその姿は、まるで助けを求めているかのように見えなくもない。

お前の命乞いは求めてないと、頭を叩き割って絶命させた。

 

次。

 

大型アラガミが真っ向から突っ込んでくる。

口内の薬を一気に飲み込み、効き目が表れるのと同時に真正面から両断する。

裂けた身体に神機を抉り込み、コアを引き抜いて霧散させた。

 

………

 

誰かがアラガミと戦っている。

注意がそれてるうちに周り込み、何時ものように後ろから横一文字に斬り飛ばす。

 

何か話しかけてきているようだがよくわからない。

悪いが人の言葉で話しかけてくれ。

 

次。

 

誰かがアラガミと戦っている。

後ろから腹を貫いて動きを止め、彼女の射撃の的にしてあげた。

 

何か話しかけてきているようだがよくわからない。

悪いが人の言葉で話しかけてくれ。

 

次。

 

誰かがアラガミと戦っている。

影から足を切り崩してダウンさせ、急所を彼女の爆発弾に曝して吹き飛ばした。

 

何か話しかけてきているようだがよくわからない。

悪いが人の言葉で話しかけてくれ。

 

………

 

…アラガミが見当たらない。

ミッション用の簡易レーダーを確認したところ、反応は残っているがどれも消え入りそうなほどに小さい。

 

一番反応が大きいのは、ちょうど俺の近くに居る三つの点か。

固まってる辺り小型種だろうが、まぁ小さかろうがアラガミはアラガミだ。

 

 

視界に件のアラガミを捉える。

ほぉ、この期に及んで()()()()()()()とは珍しい。

 

神機みたいなのも持ってるし、いよいよシオそっくりだ。

まぁ似てるからと言って見逃すつもりは毛頭無いがな。

 

シオは助けてやれなかったくせに、シオに似ているからと助けていい道理などない。

むしろシオに似ているという事は、それはつまりシオになれなかったアラガミ。

 

だから、殺す。全ては誰かを救うため。

合っているかはどうでもいい。それだけわかっていれば、他はもう何だって構わない。

 

戦闘準備を開始する。

初見のアラガミ相手に油断はしない。

 

超視界錠60を飲む。

既に過剰摂取でまともな視界になっていないが、認識は出来ているので問題はない。

 

スタミナ増強剤Sを飲む。スタミナ活性剤改を飲む。

何だかアラガミがこちらに話しかけてきているような気がする。

 

正直何を言っているのかわからない。

アラガミ相手に言うのもなんだが、対話したいならまず言葉を覚えてきてくれ。

 

シオで慣れているし、話せるなら喜んでおしゃべりしてやるよ。

 

筋力増強錠90改を飲む。

体躯増強錠90改を飲む。

体力増強剤Sを飲む。

 

アラガミの一体が後ろに下がり、身構える。

ありがたい、正直結構限界だからな。

 

吐き気を催し、その場に蹲って嘔吐する。

まぁ即効性の薬で既に効果は出ているから問題は無い。

 

最後の薬を手にしたところで先程の一体が駆け寄ってくる。

 

好機と見えたか?

甘い、既に()()()()()()()()

 

強制解放剤改を飲む。

身体が躍動する感覚と同時に、神機を切り上げるために上を向く。

 

 

 

 

 

白い、どこまでも白い何か。

 

アラガミに神機が食い込む直前。

それがゆっくりと空に昇っていくのが見えた。

 

…あぁそうか。

 

奇跡は、起きたんだな。

 




奇跡は何時だって間に合ってこそ奇跡と呼ぶ。
終末捕喰が地球を覆わなかったので、無事この人の苦悩の前提が崩れました。


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無口な無口な終末後1

Q1.戦っていた神機使いは?
A1.残っていた防衛班の面々。

Q2.赤目の正体は?
A2.アドレナリン全開&オーバードーズ。

赤目はもれなくリミットブレイクの証。
なお正しくメンタルブレイクしているので弱り気味。

Q3.何を見てアラガミと?
A3.偏食因子入りは皆アラガミ。

Q4.自分もでは?
A4.両親が助けたのはまごう事無き"人間"。

鏡を見ると自己矛盾で(ちょっとだけ)冷静になれる。


--ミスった。

 

死の間際に己の失態を理解し、言葉になるより早く思考がよぎる。

思えばコイツに先程話しかけた時点で異常な状態だったのだと気付くべきだった。

 

表情こそはいつも通りの無表情。

だがその鉄仮面に宿していたのは、中央に浮かぶ青い瞳さえ飲み込む、血のような赤に染まった眼。

 

話かけたはしたものの二の句が止まる。

迷い悩んでいる内に、次の獲物を求めて去ってしまった神機使い。

 

そして先程再会したものの、一目見て最悪の状況だと理解する。

 

先程こちらを助太刀してくれた赤い目をした神機使い。

それがこちらの姿を認識し、その上で明らかな戦闘態勢を取っている。

 

あらん限りの叫びをあげて声をかけるが、神機使いには届かない。

こちらの声を全て無視し、何か薬のようなものの服薬を続ける。

 

恐らく十中八九、支給される強化薬の類。

何故このタイミングでと動揺する二人に声をかけながらも、自身も神機を身構えて備える。

 

どういう状態かはわからないが、間違いなくアイツはこちらに襲い掛かろうとしている。

ならばこちらも無防備でいる訳にはいかない。

 

会話は不可能。ならば力づくで止めるしかない。

 

そう、覚悟を決めた矢先に。

 

神機使いが俯き、嘔吐する。

初めて聞いた彼の声…というより、慟哭のような呻きと共に。

 

--今だ。

--今しかない。

 

体勢を崩し、視線も切られた今ならば。

降って湧いた好機に後ろから聞こえる制止も無視して距離を詰め--

 

--「大丈夫か」と、月並みな言葉をかけたタイミングで気付いてしまった。

 

コイツは、()()()()()()()()()()()()()

 

-ガリッ-

 

何かが噛み砕かれる音がする。

同時にコイツの纏う空気の質が明らかに変質する。

 

神機使いの首が跳ね起き、赤く染まった青い瞳に睨まれる。

しまった、と口にしたがもう遅い。

 

古参の神機使いが愛用するバスターブレードが、刀身を翻して胴体に迫る。

防御はもう間に合わない。

 

あぁ、せめて最後くらいヒバリちゃんと…

 

 

……

 

………

 

…来るであろう衝撃がこない。

何事かと目を開けると、胴に触れる寸前で神機が止められている。

 

 

いつの間にか、神機使いの瞳から狂った赤色は消えていた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…身体が重い。

 

いや、重いというより動かない。

それに頭も痛いし吐き気もする。

 

(どうなってるんだ!リンクエイドの効果が無いぞ!)

 

リンクエイド…あぁそうか、俺やられたのか。

これは恥ずかしい、普段古参を気取っておきながら、あの程度のアラガミの群れに遅れを取るとは。

 

(…信じられない。多分だけどこれ、強化薬の過剰摂取よ。外傷じゃないからリンクエイドじゃ効果が無いわ。)

(過剰摂取…それじゃまずは胃の中の薬を吐かせなくちゃ!)

 

何だ、お前たちもいたのか。

防衛班の面々がお揃いとは、最近にしては珍しい事もあるものだ。

 

というか強化薬の過剰摂取?

…そういやどうせ最後だと思ってバカスカ飲みまくった気がする。

 

(吐かせる…ならこれが手っ取り早い!後で謝るから許せよ!)

(あっ、ちょっと待ってタツミ…)

 

タンマ、声だけでも察しが付くぞ。

悪い事は言わないから止めておけ。

 

-ガンッ!-

 

ほらな?言わんこっちゃない。

 

(な、何ですか今の音!?)

(やっぱり…この人、全身銃器と防弾チョッキで固めてるのよ。鳩尾を殴るなら、まずは脱がさないと話にならないわ。)

(そ、そういうのは早く言ってくれ…)

 

言う前に殴ろうとしといて何て言い草だ。

まぁいい、痛い思いしてるみたいだしチャラという事にしておこう。

 

それにしてもマジで指一本動かせん。

年甲斐も無くハッスルし過ぎたかな。

 

俺はまだまだ若いけど。

この中だとカノンを除けば一番年下だし。

 

おっといけない、タツミに年齢の話をするのは失礼だったな。

何しろヒバリとは結構歳の差があr-ドゴッ!-

 

鳩尾を殴られて意識が遠のく。

そう言えば吐かせるとか何とか言ってたな。

 

決して心が読まれた訳ではないと信じたい。

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

目が覚めると、そこは極東支部の救護室。

壁にかけられた日付がわかるタイプの時計に目を向けると、日付はとっくの昔に変わっていた。

 

見慣れたとまでは言わないが、いつもと変わらない周りの風景。

どうやら終末は乗り越えたらしい。

 

あの世は意外と殺風景なんだと言われたら流石に知らないが。

 

「………………………」

 

 

…うん。

まぁ、死のうとか死にたいという気はこれっぽっちも無かったんだが。

 

 

生き延びちゃったか。

()()()()()()()とは恐れ入る。両親に顔向け出来ないな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

少し前までは箱舟送りにしてあげた方々がいらっしゃった筈だが、今は俺一人の貸し切りである。

 

というかまず医者がいない。

ついでに言うなら看護師もいない。

 

アーク計画のせいで主要な人員がごっそり休暇を取っているためである。

おかげで入院患者だというのに身の回りの事は自分でしなくてはいけない有様だ。

 

ちくしょう、俺は怪我人だぞ。

何で入院してまで自分で自分のお世話をしなくちゃいけないんだ。

 

怪我してるのかと言われたらまぁ微妙な所ではあるが。

 

入院の理由はリミッターを吹き飛ばして暴れた事による全身筋肉痛と、強化薬の過剰摂取によるオーバードーズ。

徹頭徹尾自業自得なので、これを怪我や病気と言い切るには我ながら少し戸惑ってしまう。

 

治療にしても対症療法を取りながらの休息がメイン。

正直"自室で寝てろ"と言われてしまえばそれまでである。

 

あえて自室療養する理由も無いので居座っているが。

 

あーあ、誰か残っている人で看護してくれる人いないかなぁ。

例えば"銀髪"で、"年上の余裕があって"、"どこか謎を感じさせる妖艶な美しい女性"とか。

 

「…おっと、もうお目覚めだったかな?予定ではあと300秒は夢の中だと思っていたんだが。」

 

閑話休題、そろそろ現実を直視しよう。

明らかに男性とわかる声色を聴きながら夢想し続けられるほど、俺の心は強くない。

 

先程も言ったが医者がいない。

が、医療の心得がある人間という意味で言えば、残っていない事もない。

 

アーク計画に乗らず地上に残り。

医療の知識は元より、化学的な方面にも明るい逸材。

 

「さぁ、お薬の時間だよ。何、ちょっとした回復促進剤さ。」

 

怪しい緑色の液体で満たされた注射器を見せられながらそう告げられる。

回復弾の色だと言われればそれまでだが。

 

治療を受ける患者というより、新薬実験のモルモットと言われた方がしっくりくるな。

まだ身体が本調子じゃないから逃げようもないし。

 

これが北欧とかなら美しい戦女神がお世話してくれるって話なのに。

オオグルマ先生の時といい、何で極東はわざわざオッサンに看護させたがるのか。

 

頑張ってアナグラ防衛したというのにこれである。

現実って厳しいな。

 

 

まぁ奇跡の代価だと思って我慢するか。




苦悩する理由が崩れたので少しずついつもの調子に。
防衛班の三人もこの人の声を(一応)知る人の仲間入り。

一区切りまでもう少し。


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無口な無口な終末後2

Q1.トゥルーEND?
A1.ノーマルEND。

トゥルーENDの条件は誰一人としていなくなってはいけない。
この世界線では初期にエリックさんが…

Q2.仲良かったの?
A2.相性○。

ソーマとも華麗に仲良くできる人なら、当然この人に対しても関係良好。

Q3.マスク・ド・オウガじゃダメですか?
A3.幽霊とみなされます。

最後を知っているのでマスク被ったくらいではNG判定。
そう言えばこの後それに近い人が出てきますね。


-…ペイラー、頼みがある。-

 

既に異形の身体と化した友人から、最後とばかりに声をかけられる。

 

-ある神機使いからの要望だ。本当は私が対応すべきだったのだが…ご覧の有様だからな。-

「神機使い…もしかして例の猟犬君の事かい?」

 

既に息も絶え絶えながら。

それでもなお言葉が続けられる。

 

-猟犬か…犬どころか、蓋を開ければとんだ得体の知れない人物だったがな。-

「その様子だと、私の知らない所で一悶着あったようだね。その割には嬉しそうなのが気になるが。」

 

得体の知れないと評する割には、その声に不快の色は見られない。

 

-何、私の覚悟を再確認させてくれたというだけの話だ。それに気になると言えばペイラー…一体どんな手管で彼を飼い馴らしたんだ?-…

「飼い馴らしたとは人聞きの悪い。単に彼の望むものを提供しただけさ。」

-その割には欠片も信用されていなかったみたいだがな。-

「それは…」

 

慣れている、と言いたいところだが。

如何せん今このタイミングで言われると色々勘ぐってしまうものがある。

 

何しろまるで()()()()()()()()()()断言されたのだ。

当の本人はこの場におらず、何か画策でもされていようものなら完全に打つ手なしの状況だ。

 

-そう不安がるな。彼なら今頃、外部居住区で戦っている事だろうさ。-

「外部居住区?何故そんなところに…彼は君の計画に賛同していたのでは?」

 

終末捕喰が始まればどうなるかなど、今更説明するまでもない。

にも拘らず、どうしてこの期に及んでそのような場所で戦っているのか。

 

-私が説明してもいいが…せっかくだ。気になるなら彼に直接聞いてみるといい。-

「言葉を喋れない彼に、かい?」

 

そうだ、と端的な答えが返ってくる。

面影すら変わり果てた彼だが、その表情は心なしか意地悪げに微笑んでいるようにも見える。

どうやら真意を説明してくれる気はないようだ。

 

-…柄にもなく喋り過ぎた。最後だペイラー、彼からの要望を伝える。-

 

間際を悟り、会話を打ち切ってヨハンが最後の言葉を述べる。

 

"今期の査定を期待している"と。

予想だにしなかった神機使いからの言葉を口にして。

 

友人だったアラガミからの反応は潰えた。

 

………

 

「…なるほど。彼は彼で、最後まで望みを捨てていなかったという訳か。」

 

終末捕喰が起きれば地上の全てはリセットされる。

船に乗って逃れない限り、彼の望む未来が訪れる事はあり得ない。

 

だからこそ彼は皆を生かす選択をしたのだろう。

かつてヨハンがそう決心したのと同じように。

 

特異点を手に納めて終末捕喰を完成させ。

故に資格無しと箱舟に乗る事を拒絶して。

 

その上で()()()()()()()()というものを諦めなかった。

文字通り奇跡と呼ぶに相応しい未来を夢見て、最後まで滅びゆく世界のために戦った。

 

文字通りの全身全霊。

地位や富はおろか、名誉や己が身体に至るまで。

 

余すことなく全てを賭して。

そして彼は賭けに勝利した。

 

ならばこそ。

 

「当の勝者が眠ったままというのは、些か締まりが悪いと私は思うのだがね。」

 

目の前で眠り続ける神機使いを前に、誰に聞かせることも無くそう呟く。

 

私は神が人となる事に賭けてヨハンに敗れた。

ヨハンは終末の到来に賭けて彼女たちに敗れた。

 

彼だけが、己が望んだ未来を完璧な形で手に入れた。

いつ起こるかわからない終末をあえて引き起こし、その上で滅ぶはずの世界を守り通した。

 

ならば彼には勝者としての義務がある。

 

死ぬことはもはや許されない。

望む世界を手に入れた代償として、次の世代をその身で紡いでいかなくてはならないのだ。

 

「何、身体の事を心配することは無い。この私が全霊をもって、君を以前と変わらぬ様子に治して差し上げよう。」

 

私はスターゲイザー、星の観測者。

人間一人の命の行方を見通せずして、どうしてそのような肩書を背負えようというものか。

 

「それと…今期の査定と期待していると言ったね。」

 

観測者が妖しく微笑む。

打算や策を弄するような時に浮かべる物ではなく、よくぞ頼ってくれたと言わんばかりの喜びを込めて。

 

「期待したまえ。文字通り、金銭などでは賄えない程の価値あるものを、君のために用意しよう。」

 

そうだね、とりあえずは…

 

 

()()()()()なんかは如何かな?

 

いつの世も、世界を救った英雄にはそれに相応しい武具が授けられると相場は決まっているのだから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

一人部屋というには大きすぎる空間だが、相も変わらず俺一人の貸し切り状態である。

 

身体の方は経過も順調。

正直言えば明日にでも前線復帰しても大丈夫な気はするのだが、如何せんここ数日の生活が快適過ぎた。

 

黙っていても食事はきちんと用意されるし。

働かずに一日中ゴロゴロしてても文句は言われない。

 

三食おやつに昼寝付き。いつか夢見た理想郷がここにある。

寧ろこれで堕落しない方が人としてどうかしているというものだ。

 

これでは元上官の事を言えないな。

今ならあの人が早く隠居してのんびりしたいと言っていたのがわかる気がする。

 

本を読みながらまったり過ごし。

お茶を飲みつつ微睡んで。

酒を嗜んでるのを見つかってルーキーに殴られた。

 

…いや、酒くらい飲んだっていいだろ。

こんな生活、半分休暇みたいなものだし。

 

お前は俺の母親か。

ハハッ、ナイスジョーク。その胸で子持ちとは笑わせる。

 

せめてアリサくらいになってから出直してこい。

言ったら二人がかりでボコられるだろうから言わないが。

 

「殴っていいですか?何か不愉快な事を考えている気がするんですけど。」

「リ、リーダー、お見舞いに来ているのにそれは流石に…」

 

ふざけんな、心を読むとか反則だぞ。

それともこれが噂の感応現象というやつか?

 

「アリサも何か思う所は無い?」

「…まぁ以前銃で撃たれましたし、一発くらいなら…」

 

そう言えば信頼度が地の底だったな。

残念ながら匿ってあげたくらいでは特に回復しなかったらしい。

 

 

とりあえずナースコールを鳴らして助けを求める。

ナースオッサンが来たのは散々殴られた後だった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のとある場所。

立ち入り禁止区画であることに目を瞑れば、月見をするには最適な、最も空に近い場所。

 

ルーキー達から全てを聞いた。

 

あの後何があったのか。

終末の日の最後、シオはいったいどうしたのかを。

 

結果だけ掻い摘まんで言うとシオは月へと飛び立ち、そこで終末捕喰を起こしたらしい。

地球は特異点が引き起こした災厄から無事逃れ、今なおその歴史を歩み続けている。

 

「………………………」

 

緑色に染まる月を見ながら缶コーヒーに口付ける。

 

砂糖やクリームは入っておらず。ただ苦いだけの安物のコーヒー。

酒でもお茶でも、今の気分には合わないと思ったから。

 

-たべたくないから。シオ、たべたいものだけ"イタダキマス"したい。-

 

…よりにもよって、最後に言った言葉がそれか。

 

確かに好き嫌いに対しては何も言わなかった。

だが、まさか一人きりになると分かったうえでそれを押し通すとは思いもしていなかった。

 

まったく、我ながら情けない話だ。

子供にこんな我慢を強いてしまったなどと、恥ずかしくて両親に顔向け出来ないな。

 

 

ただ、まぁ。

 

 

 

 

 

生きてて、良かった。

 

終末捕喰を引き起こそうとした俺にそんな事を言う資格は無いが。

親の仇とアラガミを皆殺しにしようとしていた俺にそんな事を言う資格は無いが。

 

それでも、なお。

 

生きててくれて、本当に良かった。

 

 

 

 

 

…ただし。

 

独りぼっちになる事を受け入れてまで好き嫌いしていいとは言っていない。

イヤならイヤだとはっきり言えと、少なくとも俺はそう言ったつもりだ。

 

あの時に言ってくれていればまた違う結果になったものを。

悪い子だぞシオ。今度会ったら説教の一つもしてやらなくちゃな。

 

 

 

 

 

-だから…-

 

 

 

 

 

次会う時まで、元気でな。

 




これにて一区切り。
数話挟んでから時系列が進む予定。

ちなみに新型神機にはならない予定。
理由はこの人壊すから。


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無口な無口な後日談1

Q1.ロシアンクッキング?
A1.サクヤさんが付いてるのでノーマルクッキング。

Q2.お仕置きタイム?
A2.わちゃわちゃスキンシップ。

華やかな女性陣Side。
ルーキーちゃんは距離感のつかみ方がちょっとアレな子。



-Side_アリサ-

 

「…なるほど。行方を眩ました君たちが、どう偏食因子の投与をやり過ごしていたのかと気を揉んでいたのだが。」

 

検査機器の出力結果に目を通しながら、得心したという風に話を続ける榊博士。

 

「偏食因子の活性レベルも正常値。差し当たって気になるようなところも見当たらないね。」

「じゃあ…」

「うん、検査結果は問題無し。明日から通常通り過ごしてもらって結構だアリサ君。」

 

その言葉にようやく人心地ついたような気になり、機器から降りて身体を伸ばす。

 

あの戦いが終わった後。

私とサクヤさんは榊博士に引っ張られるようにして、すぐさま精密検査を受ける事になった。

 

理由は単純。私達は潜伏期間中、偏食因子の定期投与が出来ていなかったと思われていたからだ。

アラガミ化を防ぐために急ぎ偏食因子の定期投与を行い、場合によってはそのまま治療のため入院する手筈まで話が進んでいたようで。

 

「しかし携行キットとは盲点だった。言われてみれば、確かに頻繁に特務を請け負っていた彼ならいくらかストックを持っていてもおかしくは無い。何しろ彼はヨハンが持つ手札の中でも指折りの猟犬だったからね。」

 

まぁ結果的に全て博士の杞憂で事は済みましたが。

簡易的とはいえ定期的に偏食因子の投与がなされていた事がわかった博士の顔には珍しく目に見えて安堵が浮かんでいて。

 

その後はそれまでの緊迫した空気はどこへやら。

雑談交じりにトントン拍子にスムーズに検査が進んでいきました。

 

「そんな彼をどうすればこちら側に引き込めるものか。私も一時期は相当頭を悩ませたものだよ。その最適解がシオと同じように食べ物を用意するだけで良かったというのは中々にパンチの効いた洒落ではあったが。」

 

自嘲気味に苦笑しながら博士は言葉を続けます。

 

「確かに私はアラガミと人の共存を夢見て色々動いていた訳だが…まさか引き込む手段まで共存出来たとは。星の観測者の異名を持つ私の目を持ってしても、流石にあの回答で良いのかと最後まで半信半疑のままだったよ。」

「いや、そこに関しては一緒にしないでほしいんですけど…というか本当にあの人、食べ物を横流ししてもらったというだけでシオちゃんの事秘密にしてたんですか?」

 

呆れ半分、信じられないと言った具合に返した私の言葉に博士は力強く頷いて見せます。

 

「事実、ヨハンがシオの存在に気付いたのは相当後になってからだ。そして君達が彼に匿われたのと時同じくして、彼はようやくシオの存在に気が付いた。まるで誰かと取引でも交わしたかのように、ね?」

 

意地悪く言われてしまい言葉が詰まる。

それを言われてしまっては私にはもう立つ瀬が無い。

 

先走った結果あっという間に制圧されてしまった上、刃を向けた本人に助けられてしまったのだ。

そんな私には皮肉も文句も言える資格などありはしない。

 

「まぁ、流石に快適な捕虜生活とは言えなかったみたいだがね。何しろ着る物にも随分不自由していたとリッカ君から聞いて「セ、セクハラですよ榊博士!」」

 

唐突に紡がれる発言に思わず横槍を入れてしまった。

 

仕方ないじゃないですか、好きでこんな体型になった訳じゃないんです。

というかよくよく考えてみれば。リッカさんに何とかしてもらうまで私、普通に男性のシャツを着て過ごして…

 

うん、これ以上考えるのは止めましょう。

 

「ハッハッハ、失礼。年を取るとどうにも、この辺の機微に疎くなってしまってね。」

 

わざとらしく、悪びれも無い笑い声で謝罪されます。

これがあの人だったならリーダーのように拳で訴えるところなんですが。

 

「まぁふざけるのはこのくらいにして本題に入ろう。…アリサ君。君は、彼にお礼をしたいと考えてたりはしないかな?」

 

唐突に振られた話題転換。

何時ぞやサクヤさんに見せていた、胡散臭い表情を浮かべながら榊博士が続けます。

 

「何、今回の一件で彼は信用に値する人物だという事がわかった。…にも拘らず、悲しい事に彼は私の事をそれほど信用していないようなんだ。」

 

それは、まぁ…

今はシオちゃんの件がありましたからそこまでではないですけど、それ抜きで博士の事を手放しで信用できるかと言われたら少し言い淀むところはありますし。

 

というか自覚があるんでしたら、もう少しその胡乱な言い回しを止めた方がいいと思うんですけど。

 

「しかし幸い、彼には付け込めるポイントがある。ヨハンなら一笑に付していたところだろうが…幸いな事に、私達はこの上なくこれを実感しており、かつ既に何度か活用させてもらっている。」

「あの…もしかしなくてもその弱点って…」

 

つい言い淀みつつも聞き返してみる。

正直言ってあまり当たって欲しくないというのが本音なんですが。

 

だってそうでしょう?今回の件に当てはめれば、あの人は()()()()()()()()()()()()って事になるんですから。

そんな人間、逆にこっちが怖くて信用できませんよ。

 

「"食べ物で釣る"という言い方はさておき…食事を共にするというのはコミュニケーションの取り方としては悪くない。まさに"同じ釜の飯を食う仲間"というやつだね。」

「物は言いようですね。まぁ私としても、あの人にお礼をするというのは吝かではありませんが…」

 

色々ありましたが面倒を掛けてしまったのは確かですし。

 

最後の最後まで何も言わず、自分だけで完結させて銃まで撃ってきた事には少し思う所もありますが。

まぁその辺りは今度リーダーも交えてじっくりお話させていただくとしましょう。

 

「決まりだね。それではアリサ君、早速で申し訳ないのだが…一つ、頼まれ事をしてくれないかな?」

 

………

 

「お疲れアリサ…って何か暗い顔をしてるけど…もしかして何か異常でもあったの?」

「お疲れ様ですサクヤさん。いえ、特に異常があった訳ではないんですけど…」

 

 

 

 

 

「…サクヤさん、料理とか得意です?」

「え?人並みには出来ると思うけど…突然どうして?」

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ルミナ-

 

「…やっぱり何度聞いても納得がいきません。私、完全に蚊帳の外じゃないですか。」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ロビーの一角でモキュモキュとクッキーを頬張りながら不満を言う私に、アリサとサクヤさんは困ったような苦笑を浮かべます。

 

「通信してきた時、実は同じフロアの部屋に居たって何ですか。それならそうと一言くらい言ってくれたっていいと私思うんですけど。」

 

シオを取り巻いていたアーク計画の件が幕を閉じ。

帰ってきた二人から私の知らない裏事情を色々聞いた。

 

二人が行方をくらますまでに起きた事。

指名手配され、その後私達に合流するまでに起きた事。

 

「ごめんなさいね。あの時は私達もまだ色々余裕が無かったの。」

「それにあの人に匿われてた以上、勝手に他所へ助けを求める訳にもいかなくて…」

 

言いたい事はわかる。わかるが、悔しい物は悔しいのだ。

曲がりなりにも二人が所属する部隊のリーダーなのに、ここ一番の時に何一つ知らされなかったのだから。

 

「…あの人ホント意地悪ですよね。私には支部長側だってあからさまに匂わしてきたくせに、肝心の二人の事は何も教えてくれないんですから。」

 

二人の事を聞いても何も答えようとしない。

かと思えばこれ見よがしに例のチケットを落として見せてくる。

 

挙句、さらに強く問い質せば"自分、言葉を喋れませんけど何か?"と言わんばかりの無表情を返され。

最終的にはリッカさんに割り込まれる形でうやむやにされてしまいました。

 

おかげさまで"喋れないことを悪用している場合"の感覚に確信が得られるようになりましたが。

まぁ今はとりあえず置いておきましょう。

 

「今にして思えばあの時点で既にリッカさんもグルだったんですね。私、もしかしてあの人に嫌われてます?」

「そんなことは無いと思うけど…それにリッカの場合は、ねぇ?」

「レンチで殴って聞き出したとか言ってましたもんね…」

 

何だリッカさん、やっぱり私が取ろうとした方法は間違っていないじゃないですか。

寧ろ道具を使っていない分、私の方がずっと優しい聞き方なのでは?

 

前例も確認出来たことですし。

次からは手っ取り早く肉体言語で問い質すことにしましょう。うん。

 

 

…ところで。

 

よくよく考えてみれば、確かに二人は私に連絡するのは憚られたかもしれませんが。

リッカさんは別に教えてくれたって良かったんじゃないですか?

 

私、あの時ずっともやもやした気分で過ごしていたんですけど。

…うん。これは間違いなく私の言い分が正しい。

 

せめてリッカさんは私に一言くらい相談してしかるべきだった。

それをしなかった以上、私をもやもやさせてくれたツケは払うべきだと私は思う。

 

「…リーダー、何か悪い事考えていません?」

「人聞きが悪いねアリサ。別に悪い事は考えていませんよ。」

 

私の正義をリッカさんに執行しようかなと考えているだけです。

 

…というか、それを言い出したならそもそもの話。

 

「な、何かしら?」

 

事の発端的にサクヤさんが()()()()()()()()()()()勝手に動いたのがいけないですよね?

それが心配してくれていたからだというのはわかりますが。

 

結果的にもっと心配する羽目になったんですから悪手であった事に変わりはありません。

そのせいでアリサも独断で動いて同じ結果になってますし。

 

…うん。これも間違いなく私の言い分が正しい。

それなら二人にも心配させてくれた罰を与えないといけないですね。

 

決して相談されなくて悔しいからじゃありません。

規律と感情は別物ですし、これはリーダーとして独断で動いた隊員にお灸をすえるだけです。

 

証明完了、確かQ.E.Dと言うんでしたっけ。

そうと決まれば早速リーダーとしての責務を果たさなくては。

 

おもむろに席を立ち、さりげなく二人の座る側へ歩み寄る。

アリサは何となく勘付いて逃げようとしているみたいですが、残念ながら壁側に座っているので逃げられませんね。

 

 

という訳で、まずはピンと来ていないサクヤさんからお仕置きです。

 

………

 

その後、三人でわちゃわちゃしてたらツバキさんにホールで騒ぎを起こすなと怒られました。

まぁちょっと気分もスッキリしましたし、二人についてはこのくらいで勘弁してあげましょう。

 

 

さて、それじゃあ次はリッカさんの所に行きますか。




女性陣Sideなので無口さんの出番無し。


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無口な無口な後日談2

Q.そう言えばここの男性陣って…
A.頑張れコウタ君。

残念ながら男が三人集まってもかしましくはなれません。


-Side_コウタ-

 

今日は榊博士主催の食事会。

何でも無事終末捕喰を乗り越えたのを境に、ここらで一つ親睦会をしないかという話。

 

んで女性陣は榊博士が手配した食材を使って料理の準備。

その間に男性陣はラボラトリで各種準備をしているという訳なんだけど…

 

「………………………」

「………………………」

 

いや気まずすぎるだろ!

 

よりにもよって何でこの二人を一緒の役割に割り振ったんだよリーダー…

ソーマはソーマで不機嫌そうな顔してるし、この人はこの人で相変わらず無表情で何考えてるかわかんないし。

 

というか一緒になった俺が一番キツイ。

 

「そ、そういやさー。今回の食事会の料理、博士が地下プラントで量産に成功した野菜をたっぷり使うって話なんだけど…」

 

沈黙に堪えかねて何とか話題を振り絞る。

 

「俺、新鮮な野菜なんて久しぶりに食べるからなぁー。勢い余って二人の分も食っちゃったらゴメンねー、なんて…。」

「………………………」

「………………………」

 

窄まる語尾にも二人の反応はない…あ、いや。

ユウマさんが手を止めないまま、何も言わずにこっちを見ている。

 

いつも通りの感情の読めない鉄仮面。

そこに填め込まれている青い瞳が、真っすぐこっちを凝視している。

 

…いや、怖いよアンタ!

 

その視線は何だよ。思う所があるなら何でもいいから言ってくれよ。

この際ソーマみたいな毒舌でも構わないからさ…

 

内心懇願するも虚しく、室内は変わらず沈黙に包まれたまま。

 

ダメだ、もう堪えられない。

こんな空間に長居してたら、親睦会の前に俺の心が先にやられてしまう。

 

「あ、あーっ、そう言えば結構時間も経ってるし、そろそろ料理が出来ている頃合いかなー?」

「………………………」

「………………………」

 

相槌一つ返ってこないが、今度はソーマが何だと言った感じにこちらを見てくる。

我ながらわざとらしい言い方だがこの際そんな些細なことを気にしてなどいられない。

 

「も、もしかしたら運ぶのに苦労してるかもしれないし。俺、ちょっと様子見て来るよ!」

 

言うが早いか、手に持った食器類を近場の机に置いてそそくさと部屋を後にする。

 

「…サボりやがったなアイツ。」

 

部屋を出る直前、後ろからそう呟くソーマの声が聞こえた。

 

そう思うならもっと会話を続けろよ!

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ソーマ-

 

「丁度いい。テメェに一つ言いたい事がある。」

 

何時切り出したものかと考えていたが。

コウタが居なくなったのはいいタイミングだった。

 

ここには俺とコイツの二人だけ。

聞かれると色々面倒なメンバーは今はいない。

 

「シオがここから連れ去られた日…手引きしたのはテメェだな?」

 

ピタリ、とその言葉に神機使いの手が停止する。

が、構う事無く言葉を続ける。

 

どうせ言葉が喋れない相手だ。

返事なんざ待つだけ時間の無駄だろう。

 

「はっきり言っておくが、俺はテメェを許しちゃいねぇ。シオをあんな目に合わせてくれた、クソ親父の手先の事なんざな。」

 

コイツはあくまで一介の神機使いに過ぎないというのは分かっている。

俺とは違い、親父に本気で命令されれば否が応にも従わざるを得ない立場の人間であることも理解している。

 

だがそれでも納得出来ない怒りというものはある。

一言紡ぐ度に腹の底から怒りが湧き上がってきているが、出来る限り感情を抑えながら話を続ける。

 

「親父はあの日俺たちがぶっ飛ばしてやったが…正直、テメェの事も箱舟から戻ってきたらそのまま叩き返してやるくらいの気持ちでいた。」

 

…が。コイツは空に上がっていく船の中にはいなかった。

助かる資格は持っていたにも関わらず、わざわざ沈みゆく船の上に残っていやがった。

 

「…何でだ?何で、他の奴らのように逃げなかった?」

 

俺達がクソ親父と戦っている間。

俺たちと同じかそれ以上に、コイツは身も心も限界まで酷使して戦い続けていた。

 

まるで自分に助かる資格は無いと言うかのように。

あのクソ親父が、死ぬ間際に言っていたのと同じように。

 

もしかして罪悪感の一つでも感じていたのか?

そんなもの親父に罪を擦り付けて、構う事無くとっとと空へ逃げ出してしまえばよかったのに。

 

問いかけた言葉に対する回答は無い。

出会った頃と何一つ変わらない、青い目を浮かべた無表情が、ただただこちらを見つめている。

 

「…まぁ、別に答えが返ってくるとなんざ思っちゃいないがな。」

 

元よりコイツが何か話すであろうなんて事は期待しちゃいない。

何一つ疑問は解消しちゃいないが、潮時だろうと会話を打ち切る。

 

「だが、次からは誰かに相談くらいしやがれ。お得意のレポートでも何でも、口が聞けなくても伝える手段はあるだろ。でなけりゃ…」

 

 

-次にやった時は、遠慮無くぶちのめすからな。-

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_部隊長-

 

いやぁ驚いた。

まさかあのソーマから"誰かに相談しろ"なんて諭される日がこようとは。

 

何で逃げなかったのかと聞かれて、どう答えた物か考えている矢先にこの言葉である。

多少お前に言われたくないと思わなくもないが、そこはまぁ気にしないでおこう。

 

しかし、あのソーマがねぇ。

"俺に関わるな~"とかよく言ってたあのソーマがねぇ。

 

昔のコイツを知っている身とすれば中々に感慨深い。

あんなに人間嫌いだったソーマが、誰かを頼れと提案するまでになるなんてな。

 

正直弄りたい。

やったが最後、遠慮無くぶちのめされる未来しか見えないのでやらないが。

 

それでも、うん。

成長したなソーマ。

 

確か極東じゃこういうのを後方保護者面と…あぁいや、保護者じゃなくて兄貴だな。

俺若いし。ソーマとそんなに歳変わらないし。

 

でもまぁここは一つ、年長者としてちゃんと褒めといてやるよ。

 

手を伸ばし、()()()()()()()()()()フード越しに頭を撫でてやる。

ガシガシと、まるで大人が子供を褒めるかのように。

 

 

「………………………」

「………………………」

 

 

…あ。

 

 

しまった、やっちまった。

思いっきりシオにやってあげてた時の癖が出てしまった。

 

「………おい。」

 

ソーマからドスの効いた声が漏れる。

うん、滅茶苦茶キレてる。怖すぎてお兄ちゃん泣いてしまいそうだよ。

 

ぶちのめすとか言っていた時の百倍は殺気が籠ってるなこれ。

 

「テメェ、一体何の真似だ?…まさかとは思うが、俺をシオと同じに扱ってるんじゃねぇだろうな?」

 

くそっ、勘が鋭い。

いやわざとじゃないんだ。ただ手が滑っただけなんだ。

 

マズイ、上手くごまかさないと冗談抜きにぶちのめされる。

何か、何か上手い言い訳は…

 

いや無理だろこれ。

ここから巻き返せる詭弁があるなら是非ともお目にかかりたい。

 

ちくしょう、せっかくこれから美味しい物を食べるって話だったのに。

たった一つの失態のせいで軒並み鉄臭い飯を食う羽目になろうとは。

 

現実って厳しいな、と諦めかけたその時。

入り口のドアが開いて誰かが部屋に入り、目の前の光景を見て一言漏らした。

 

「…兄弟かな?」

「ッ!?」

 

 

ボソリと呟くように漏らされた声に、ソーマが驚きと共に顔を向ける。

 

 

「ヤベッ」と口を押えて顔を反らすコウタがそこにいた。

 

………

 

-見てないっ!俺、何も見てない事にするからっ!-

-うるせぇ!テメェ待ちやがれ!-

 

部屋の外の廊下を二人の声がフィードアウトしていく。

 

ふぅ、何とか運良く事なきを得られた。

おかげで無事美味しい料理にありつけそうだ。

 

これも日頃の行いの賜物、神様の思し召しというやつだな。

もっとも、その荒神アラガミ様に俺の両親は喰われてるが。

 

ハハハ、冗談冗談。ブラックジョーク。

それにしても神様とアラガミがたった一文字の違いしかないとは、つくづく極東の文学は不思議である。

 

まぁそれはいいや。

何にせよ危機は去ったし、あとは料理が届くのを準備して待つだけである。

 

 

「………………………」

 

 

…準備して待つだけである。まだ準備できてないけど。

そして準備担当の内二人は今部屋のお外で鬼ごっこに興じている。

 

 

え、俺一人で残り準備するの?

 




損な立ち回りは年長者の役目。
自業自得とか言ってはいけない。

もう少し間に小話を挟む予定です。


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無口な無口な新型使い(仮)1

Q1.新型使うの?
A1.使えるようになっただけ。

Q2.宝の持ち腐れ?
A2.Yes。

可変型は夢の塊。
特化型は浪漫の塊。


新型神機--

 

それまで射撃戦か白兵戦かのどちらかしか選択できなかったそれを、"可変機構"という概念によって打ち破った画期的な新兵器。

 

-ガシャコン、ガシャコン-

 

遠距離においては銃撃で敵を撃ち倒し。

近距離においては剣撃で敵を切り倒す。

 

-ガシャコン、ガシャコン-

 

加えてこれほど複雑な機構を備えているにも拘らず、銃剣の切り替えは己の意思一つで容易に可能である。

 

忘れがちではあるが神機というのは立派な生体兵器。

細胞レベルで同期されているそれは機械のような煩雑な操作を必要とせず、手足を振るうがごとく簡単に扱う事が出来るのだ。

 

-ガシャコン、ガシャコン-

 

-ガシャコン、ガシャコン-

 

「………………………」

 

-ガシャコン、ガシャコン、ガシャコン、ガシャコン、ガシャコン-

 

「…別に感触を確かめるのは構わないけどさ。キミ、もしかして遊んでないよね?」

 

後ろから疑念の籠った声が掛けられる。

遊んでいるとは人聞きの悪い、これは操作感を確かめていると言うんだ。

 

確かに俺ほどの古参ともなれば、多少得物が変わったところでそれなりに戦う事は出来る。

だがベテランたるもの、そんな事は当たり前のように出来て当然の話だ。

 

故にそこで満足してしまっては二流のアマチュア。

俺は常日頃から一流のプロフェッショナルを志しているんでな。

 

つまりこれは神機の可動状況を入念にチェックしているだけの事である。

決して単に物珍しくてガシャガシャやっている訳ではない。

 

「まぁわかってるとは思うけど…もし壊したりしたら()()だからね。」

 

パシリ、とリッカが目の前でレンチを手のひらに軽く叩きつける様を見せてくる。

 

ふむ、人も機械も締めれるレンチとは恐れ入る。

ひょっとしてそのレンチも新型か?

 

出来ればずっと機械専用の旧型レンチを使ってくれないかな。

まぁネジ締めされそうだからこの辺りにしておこう。

 

若いとはいえ俺も歴とした大人だからな。

ちゃんと空気を読んで、怒られる前に止める事が出来るのだ。

 

「…やっぱりキミ、遊んでなかった?」

 

弄るのを止め、神機を整備棚に戻したが圧力の方は止まらない。

 

だからレンチをパシパシするんじゃない。

キミ、最近暴力装置を稼働させ過ぎだぞ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

--時は少し前に遡り。

 

支部長室に呼ばれた。

元の部屋主であるヨハネス支部長は既にいないため、代理を務める榊博士に呼ばれての事だが。

 

何でも先日の一件に関して特別ボーナスをくれるとの事。

どうやらアリサとサクヤが匿われていた時の事について喋ってたらしい。

 

何だ、喋っても別によかったのか。

一応俺の口からは何も言ってなかったのだが。

 

だって年頃の女性が男の部屋で寝泊まりしてましたって話だからな。

いくら事情が事情だったとはいえ、わざわざ言いふらすような事でも無し。

 

それにこの手の話題は下衆な勘繰りが付いて回るのも常だしな。

レディにいらん恥を欠かせないよう努めるのは紳士として当然の義務である。

 

まぁ本人たちが喋ったっていうなら別に構わないけど。

流石にこれだけで女を部屋に連れ込むチャラ男なんて風評は広まるまい。

 

広まらないよな?広まらないと祈っておこう。

特にリンドウ辺りが知った日には滅茶苦茶弄り倒されるのが目に見えてるしな。

 

そんなこんな考えている内に支部長室に到着。

ノックをして許可が下りるのを待ってから部屋に入室する。

 

榊博士が机の上で手を組み、その上に顎を乗せたままこちらを見ている。

 

支部長の真似かな?

別に代理だからと言ってそこまで真似る必要は無いと思うが。

 

まぁ興味は無いしどうでもいいや。

もしかしたら本人的には何か真面目な理由やこだわりがあるのかもしれないし。

 

「ふむ、特に反応は無しか。ヨハンっぽく振る舞えば、少しは君の心も開くかと思ったんだが…」

 

いや、本当に理由があってやってたのかあのポーズ。

別に俺、支部長に心開いていたって訳じゃないんだけどな。

 

普通にお仕事上の付き合いしかなかったし。

多少任務に私情を挟んだりはしたかもしれないけど。

 

宮仕えの下っ端は命じられたらただ従うしかないのだ。

まぁシオ絡みで私事の任務出してた博士に言うのも今更か。

 

………

 

そんなこんなで査定についての話が進む。

内容は事前の予想通り、先に当たって二人を匿っていた事に対しての事だったが。

 

「それにこれは、ヨハンからの言伝でもあるからね。」

 

何と、支部長わざわざ榊博士に伝えてくれたのか。

ただの冗談だったんだけどなアレ。

 

確かに支部長、あまり冗談通じなさそうだったしな。

アーク計画が伸るか反るかの瀬戸際でそんな余裕なかったろうに、何か悪いことしてしまったな。

 

まぁいいや、今更訂正した所で意味もなし。

それなら役得と割り切って受け取るとしよう。

 

さて、何が貰えるのやら。

 

お金かな?食料かな?

どちらにしても二人を匿って消費した物資を補充したいのでちょうど良い。

 

期待に胸を膨らませているとおもむろに博士が席を立ちあがる。

 

「ついてきたまえ。きっと君も気に入ってくれると思う。」

 

ふむ、どうやら金一封ではなさそうな雰囲気。

となると無難に食料物資か何かかな。

 

部屋の外に用意しているくらいだから、多分段ボール一箱くらいはあるのではなかろうか。

独り身の生活者にとっては大変ありがたい話である。

 

誘われるままに博士の後をついていく。

 

エレベータに乗り、ホールを通り抜け。

倉庫の前を通り過ぎ、辿り着いたのは神機保管庫。

 

…何で神機保管庫?

 

疑問に思いつつも博士に連れ添って中に入る。

作業をしていたリッカがこちらに気付き、にやりとしながらこちらに向き直る。

 

「来た来た。待ってたよベテランさん。」

 

いつものようにオイルの筋を付けた顔でにっこりしながら話しかけられる。

うん、良い笑顔だ可愛いな。

レディの笑顔というのはいつ見ても悪くないし見飽きない。

 

ところで待っていたとは?

まさかスマイルボーナスなんて洒落を言うためだけに待っていたのではあるまい。

 

子供相手ならまだしも俺は大人だからな。

ボーナスだと言い張るなら、せめてデートの一つくらいまでは用意していただかなくては。

 

まぁ女性にそんな事を要求するのは紳士のやる事ではないから言わないが。

アリサとサクヤの件?あれは役得というものだ。

 

まぁ戯言はこの辺にしておこう。

こんな事ばっかり考えてたらリンドウの事言えなくなるからな。

 

「やぁ待たせたねリッカ君。早速だけど先程連絡した例の物の用意を頼むよ。」

 

博士の言葉に了解と答え、リッカが何かを取りに部屋の奥へと消えていく。

 

…これボーナスの話だよな?

何やら食料物資でもなさそうな雰囲気だが…

 

あ、もしかしてシオの時作りそびれていた俺の制服か?

それならリッカが絡んでるというのも納得できる。

 

あれから時間も経っているし、素材の研究も進んだと聞いている。

とすれば普通に実用的な代物が出てくる可能性も十分考えられる。

 

何時ぞやのウサギスーツが出てくる可能性も無きにしも非ずだが。

まぁネガティブな方向に考えるのは止めておこう。

 

おっと、そうこう考えてる内にリッカが戻ってきて…

 

「………………………」

「ふふっ、流石のキミも驚いているようだね。」

 

いや、驚くというかなんというか。

 

運ばれてきたのは一振りの神機。

 

サバイバルナイフを大型化したような刀身に、ガトリングガンのように束ねられた六つの銃身。

カラーこそ異なれど、ここ極東支部で有名な二人の新型神機使いを彷彿させる造形。

 

俺の目に狂いが無ければの話だが。

これルーキーたちと同じ新型神機だよな?

 

渡されても俺使えない筈なんだけど…

 

「初めは私も、物資や金銭が良いかなと思っていたんだがね。」

 

何とも言えない気持ちで神機を見ていると唐突に博士が話しかけてくる。

 

「だがあのヨハンがわざわざ査定について口にしたくらいだからね。そうなると、ありきたりの物資や金銭を感謝の形とするのは何か違うのでは、と感じてね。」

 

違わない違わない。寧ろそれでいいんですって。

無駄に変化球なんて考えなくていいですから。

 

「そこで私は考えた。色々大層な肩書を持ってはいるが、所詮私はどこまで言っても一科学者。とくれば、私が用意できるありきたりでない物は何かと言えば…もうわかるね?」

 

わかるけどわかりたくな…え、ちょっとタンマ。

その話の流れだと俺、新型用の偏食因子投与されてない?

 

視線を向けると博士がニヤリとしながら頷いて見せる。

いや、オッサンの笑顔を向けられても嬉しくないんだが。

 

「何、この前君が救護室に居た時にチクッとね。心配はいらない、事前の安全性検証はぬかり無しさ。」

 

ド突いていいかなこの人。

くそっ、権力の盾に守られていなければゴッドイーターパンチをお見舞いしている所なのに。

 

というかこれ、ボーナスじゃなくてただの実験結果の確認じゃないか。

モルモットの経過観察を人事考課と言い張る国なんて、極東以外に多分ないぞ。

 

となるとリッカもグルか。

畜生、あの笑顔がただの美人局の撒き餌だったなんて…

 

あ、いや。この顔は違うな。

"無断でやったの!?"って表情してる。

 

良かった、悪い少女なんていなかった。

俺は信じていたぞリッカ君。

 

「博士、いつかこの人に撃たれますよ。何ならアリサだって撃たれてるんですから。」

「ハッハッハ、それは怖い。となればここは一つ、彼の度量の広さに期待するとしよう。」

 

なるほど、度量の広さか。

そう言われてしまっては大人げなくて怒るに怒れん。

 

 

 

 

 

ただしそれはレディに限る。

オッサンにまで安売りしてたら肝心な時に品切れになるじゃないか。

 

注射の役目はリッカに譲るべきだったな博士。

ところで全く話は変わりますが。

 

 

今度ラボラトリに籠る時は戸締りに注意する事をお勧めしますよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

-おまけ-

 

(ところでリッカ君。彼の様子なんだが…)

 

「………………………………………………」(←無言で神機を弄っている。)

 

(もしかしてアレ、物凄く怒ってたりするのかい?)

(多分ですけど、物凄く怒ってますよアレ。)

(…何か追加で渡しておいた方が良いかな?)

(そうしといた方がいいですよ。撃たれる云々は冗談としても、あの人意外と子供っぽい仕返ししてきますから…)

 

 

帰り際、「忘れていたよ」と段ボール一杯の横流s…試供品を頂いた。

 

何だ、普通の褒賞もちゃんと用意してくれてるんじゃないですか。

それならそうと初めにちゃんと言ってくださいよ。

 

会話のキャッチボールは潤滑な意思疎通のためには必要不可欠なんですから。

あぁでも、博士はドッチボールの方が得意そうだな。キャッチして投げ返す前から注射打たれてたし。

 

アッハッハ。

俺的には面白いけど、流石に怒られそうだから黙っておこう。




選択順を間違えたので、残念ながら博士に対するこの人の好感度はプラマイゼロ。
ちなみに正しい選択順だと+10。


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無口な無口な新型使い(仮)2

Q.横流しし過ぎでは?
A.成功品とは言ってない。

在庫処分と言ってはいけません。



新型神機--

 

それまで射撃戦か白兵戦かのどちらかしか選択できなかったそれを、"可変機構"という概念によって打ち破った画期的な新兵器。

 

遠距離においては銃撃で敵を撃ち倒し。

近距離においては剣撃で敵を切り倒す。

 

加えて銃剣の切り替えは己の意思一つで容易に可能。

生体兵器である神機は機械のような煩雑な操作を必要とせず、まるで神経と直結しているかのようにスムーズに動かすことが出来る。

 

-ガシャコン、ガシャコン。-

 

「…アリサ。あれ、どう思う?」

「…まぁ初めはあんな感じかとは思いますけど。」

「オブラートに包まず言うと?」

「不器用ですねあの人。」

 

酷い、泣くぞお前ら。

俺的には十分スムーズなんだよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の訓練場。

不慣れな新兵も手練れの古参も等しく訪れ、お世話になる場所。

 

ちなみに壁に大きな裂け傷が付いているが、噂によると現役時代のツバキ教官がやったらしい。

 

たまたま不在でその現場を見る事が出来なかったのが未だに悔やまれる。

ホログラムの仮想アラガミ相手に、銃型神機で何をどうすればあんな傷が付くのだろうか?

 

-あの時の姉上はさながら鬼か…さもなきゃゴリラだった。-

 

笑いながら話していたリンドウが一瞬で階下に叩き落とされた光景は今も忘れられない。

残念ながらあれを見た後に改めて詳細を質問してみる勇気は俺にはなかったので真相は闇の中だ。

 

まぁ深く考えるのは止めておこう。

美しいレディには秘密の一つや二つあるものだからな。

 

所変わって俺はというと、任務の出撃前に新しい神機の最終調整をしている。

 

少し前までは鳴り物入りのように扱われていた新型神機だが、気付けば少しずつ実用化に向けての改良が進められているらしい。

今俺が使っている神機も試験導入されている試作品の一つ。

 

何でも旧型神機使いの活動限界を伸ばす一環として、別種の偏食因子を追加投与して新型神機へバージョンアップさせる研究との事。

投与後も従来使っていた旧型神機は使えるので新しい適合神機が見つからなくても問題は無く、単純な身体能力の向上も見込めるのでただ投与するだけでも意味があるらしい。

 

なるほど、性能だけ聞けば中々の優れもの。

これなら博士がボーナス代わりと言っていたのもわからんではない。

 

知らない内にモルモットにされたのは気に入らないが。

まぁ過ぎた事をとやかく言っても仕方が無いか。

 

気を取り直して残りの訓練メニューを片付ける。

 

近接、射撃共に動作は良好。

以前作成したアサルト銃身用バレットの使用具合も変わり無し。

 

これなら本番も特に問題あるまい…が。

何が起こるかわからないのが実戦というものである。

 

これでも立派な古参兵。

新兵のような甘い読みは絶対にしない。

 

そういう青さが生きるか死ぬかの分かれ目となるのだ。

 

まぁ俺は普通に若いけど。

さて、若者らしく女の子とデートしてくるか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

極東支部では新兵の教育現場としてすっかりおなじみとなった場所。

俺も神機使いになって結構経つが、今日は改めて新兵気分で参戦である。

 

何しろ今日は極東でも指折りの実力者である新型神機使い様直々に実施訓練していただけるとの事だからな。

おまけに相手は女性二人で、一人はこの前とはまた違うレディ。色男冥利に尽きるというものだ。

 

まぁただの同行メンバーという話なだけで別に俺がモテているという訳ではないが。

妄想の中くらい夢を見たってバチは当たらないだろう。

 

「今日は私達が先輩ですね。新型神機での戦い方というものをしっかり教えてあげます。」

「ちなみに前みたいに一人で突出したら撃ちますから。安心してください、私達は射撃得意ですから外しませんよ。」

 

ほら、現実はこんなものだからな。

頼もしいアリサの言葉に引き換え、第一部隊隊長様の思考回路の恐ろしさよ。

 

お前はリンドウの何を見てきたんだよ。

ハイになってるカノンだってそこまではっきり言わないぞ。

 

そう言えば以前エイジスでアリサに爆発弾を撃たれたが。

まさかお前もそのバレットを用意してるんじゃあるまいな。

 

もしそうだと言ったら今度からカノン(妹)って呼ぶからな。

見た目はどこもかしこも似てないが。

 

閑話休題。ミッションに戻ろう。

今回はルーキーが小隊長となってミッションに挑む。

 

目的は俺の新型神機の実施訓練だが旧型神機とは勝手が違い過ぎるため、戦闘に専念するためにこの編成となっている。

 

まぁ慣れない武器で不測の事態が起こると流石に色々大変だからな。

特に俺からの異論はない。

 

フフンとドヤ顔をしてきた点にはデコピンしてやろうかと思ったが。

子供のやる事に目くじらを立てるのも大人げないので見なかった事にしておこう。

 

討伐ターゲットはハガンコンゴウとお供のザイゴードが何体か。

戦力的には問題無いとはいえ、しれっと接触禁忌種が指定されている辺り、博士も中々良い性格をしている。

 

そして肝心の戦術…というより新型神機での戦い方だが。

 

「まず最初に射撃戦で撃破を狙い、それで仕留めきれなかった場合は白兵戦に移行するというのが基本になります。ただ接近後はずっと近接戦闘に従事するという訳でもなく、オラクルがある程度溜まったら距離を取り直して射撃戦からに戻るというのが私達の戦い方ですね。」

 

アリサがこの上なくわかりやすく説明してくれる。

まぁそうだろうな。飛び道具を持っているのにいきなり突貫するとかアホのする事だし。

 

要するにヒットアンドアウェイ。

安全圏から攻撃できる銃型神機使いの戦い方をベースに、オラクル回収も兼ねた近接戦闘を織り交ぜたスタンス…ってこらこらルーキー、何をそこでわかったようにうんうん頷いている。

 

お前は俺と同じような戦い方だったろうが。

俺はちゃんと初めて同行した時の事覚えてるんだからな。

 

「いや、頷いてますけどリーダーはどちらかというと近接メインで戦ってるじゃないですか。そっちの戦い方もちゃんと教えておかないと…」

「え?いや、私はその…身体が勝手に動いてくれてると言うか…」

「ちょっ、ドン引きですよそれ!?」

 

ほら見ろ、アリサにまで言われてる…っておい、コイツとんでもない事言い出したぞ。

 

アリサも思いっきり顔が引きつってるじゃないか。

もしかして第一部隊って実は相当ヤバいんじゃ…

 

いや、そういえばリンドウからしてこんな感じだったな。

何時だか別の新人に戦いのコツを聞かれた時、"良い感じの所に神機を振る"とか言ってたし。

 

うむ、つまりこれは第一部隊の伝統だな。

俺の部隊という訳でもないし、そういう事にしておこう。

 

そう考えれば目の前でキャイキャイじゃれ合ってる光景の何とも微笑ましい事。

殺伐としたミッションの中でも感じる平穏、まるで一服の清涼剤のように思えるな。

 

「わ、私が変な訳じゃないです。この人だって、絶対感覚で戦ってますから。」

 

 

おっと、清涼剤の中から爆薬が飛んできた。

まぁ知らん振りするから関係無いが。

 

俺は言葉を喋れないらしいから仕方がないね。

仮に喋れたとしてもシャイだからって逃げるけど。

 

 

「ほら見てアリサ。この人、今絶対わざと知らん振りしてる。図星を突かれたって証拠だよ。」

「いや、何時もの無表情と変わりないじゃないですか。それにもしそうだとすると、いよいよリーダーとこの人"似た者同士"って事になりますよ?」

 

 

おい、何をショックだって顔してる。

そんなに俺と似た者扱いされるのが嫌かちくしょう。

 

爆薬を無視したら普通に着火してきやがった。

もういい、さっさとミッション始めるぞプニシスターズ。




余談ですが三連射するバレットを組み合わせた十連射弾がメインバレットでした。
10回撃ち切りで大抵は接敵までに全弾撃てるので大変お世話になってた記憶。


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無口な無口な新型使い(仮)3

※分けるには半端になってしまったので少し長めです。

Q1.カノンの妹?
A1.とある部分が妹的。

Q2.お子様扱い?
A2.年齢ではなく振る舞いで判断してくれる人。

近接戦闘論については某三部作SSを参照。
そう言えばあちらも言っている人のパーソナルカラーが青ですね。


銃身タイプ:アサルト--

 

所謂マシンガンと称されるそれは小口径弾による弾幕展開を得意とする銃身。

レーザーによる狙撃や放射弾による破砕効果は他銃身に劣るものの、その取り回しの良さは専ら初心者向けといっても過言ではなく。

銃型神機に慣れない俺が扱うにはこの上なくベストな銃身ともいえる。

 

目視したアラガミにガトリングガンを彷彿させるそれを向け、ありったけの弾丸を掃射する。

 

俺のオラクル量だと約三十発程度で撃ち切りリロード。

多くも少なくもなく、弾が切れる頃合で剣の間合いに向こうから詰めてくるのでちょうど良い。

 

飛び込んでくるアラガミを上手くいなし、後ろに回ってずんばらりん。

普段ならここで終わるところだが、今回はオラクル補給のために余計に斬り刻む。

 

蹴りどころか文字通りの死体斬りなので気乗りしないが。

神機というのはこういう仕様なのでしょうがない。

 

オラクルが十分溜まった所で銃形態に戻して残心。

初めての新型神機にしては中々様になってる戦闘スタイルではないだろうか。

 

「射撃戦から切り替えての近接戦闘…確かにお手本のようにスムーズですけど。」

「…二、三発しか当たらないって戦術以前の問題じゃないですか?」

 

ふむ、どうやら教官方には不評の様子。

まぁ俺もどうかと思うくらい当たらなかったしな。

 

いくらマシンガン系統で全弾ヒットを目的とした武器ではないとはいえ、もう少し命中率を稼ぎたいのが人情というもの。

 

 

という訳で、次はもう少し近づいてみようか。

 

………

 

元々近接神機使いの俺にとって相手に接近するのは造作もなく。

当たる距離まで近付いた所で全弾発射。

 

気持ち良いくらいのクリーンヒットの嵐と共に、エリック顔負けの華麗さでアラガミが吹っ飛ぶ。

いくら小口径弾とはいえ、この距離と弾幕なら吹っ飛ぶのも道理か。

 

撃ち切った所で様子を伺うと、全身で弾丸を受けきったオウガテイルが天を仰いで寝そべっている。

身体の一部が所々欠けているのが何とも痛ましい。

 

まぁ手を緩めたりはしないがな。

だって俺のバトルフェイズはまだ終了してないし。

 

剣形態に神機を切り替え、まずは首に刃を突き立てる。

ゴキリと音をさせながら芯を断ち、胴体にも突き刺して前後に捌く。

最後はダメ押しとばかりにプレデターフォームで捕喰する。

 

ちょうどオラクルも溜まったので銃形態に戻して残心。

全弾ヒットから白兵戦でトドメ、まさに理想的な流れではなかろうか。

 

 

「確かに今度は当たりましたけど…」

「近過ぎですよ。そこまで寄ったなら最初から剣で斬った方が早いじゃないですか。」

 

ふむ、これも駄目とか教官方は厳しいな。

極東が激戦区と評されているのも納得である。

 

まぁ俺も剣で斬ろうかなと思うくらいには近かったしな。

かといってこれ以上離れると今度は命中率が怪しくなる。

 

 

仕方ない、発想の転換で戦闘順を入れ替えてみるとするか。

 

………

 

今度は初手から剣形態。

いつものように後ろに回り込んでずんばらりん。

 

バスターブレードじゃないのでちょっと威力不足感が否めない。

小型を斬る分には申し分ないのだが。

 

なのでここからは相手が生きている想定で戦闘継続。

 

切り払いつつも銃形態へ変形させ、バックステップしながら全弾発射。

先程より多少狙いはぶれたものの、一直線に下がりながらの射撃なのでそれほど弾丸はばらけずに命中した。

 

ややミンチ気味になったアラガミを後目に剣形態へ戻して残心。

オラクルの補給は出来ていないが、次の相手に同じことをすれば補給出来るので問題無い。

 

さぁどうだ。これがベテラン様の実力である。

この短期間で三つの戦術を使いこなすとは、我ながら自分の才能が恐ろしいな。

 

「…いや、最後の銃撃いります?無駄弾撃って遊ばないで、真面目に戦ってくださいよ。」

「ちょ、リーダー、もうちょっとオブラートに包んだ方が…」

 

 

嘘だろ、これも駄目なのかよ。

というかどこをどう見れば遊んでるように見えるんだよ。

 

あ、わかった、さては俺の才能を妬んでるな?

まったくしょうがないなぁお嬢ちゃんは。

 

まぁこれでも一応古参兵だし?

慣れてないとはいえこのくらいは余裕だし?

 

いえいえ、決して馬鹿になんてしていませんよ。

まだルーキーちゃんの君達にはわからないかなーって思ってるだけですよ。

 

 

口にしたら多分殴られるので心で思うだけに留めておく。

それに別に悔しく思っている訳では無いから、言わなくたって平気だし。

 

……………………………………………………………………………………………

 

小型種の駆逐も粗方終わり。

いよいよ本命の接触禁忌種と御対面となるのだが。

 

「…どうします?」

「…どうしようか?」

 

ターゲットが作戦エリアに到来するまでの束の間、第一部隊の二人が緊急ミーティングを開催する。

 

あれから何体か追加で小型種を相手にしたが。

教官方からの評価はまさかまさかの"不合格"である。

 

「確かにミッションの目的は新型神機の扱いに慣れてもらうって名目でしたけど…」

「射撃精度が低すぎて戦術以前の問題だよね。ぶっちゃけあの人、新型神機に向いてないような気が…」

「だ、駄目ですよリーダー、聞こえますからもっと声を落として…!」

 

聞こえてるんだよこんちくしょう。

アリサもそれ庇ってるつもりだろうが普通に肯定してるのと同じだからな。

 

まぁ自分の目からも不合格という評価自体はその通りだと思うので反論しないが。

才能云々とドヤ顔しといて言うのもなんだが、わざわざあの戦い方をするメリットゼロだったからな。

 

旧型神機に慣れ過ぎたなどと言い訳するつもりは毛頭無いが。

如何せん新型神機のコンセプト自体、俺の戦闘スタイルと全く噛み合っていないのだ。

 

先程も述べたが近接神機使いの俺にとって相手に接近するのはそれほど難しい事ではない。

不慣れな新兵であればともかく、経験も十二分な今となっては射撃による前準備を必要としていない。

 

そもそも俺の射撃の腕前は言わずもがなだ。

悲しい事に不器用だと言う事も判明し、尚の事隙を晒してまで射撃戦から導入する意味が無い。

 

あとこれは余談だが銃身パーツが付いてる分、旧型神機に比べて妙に重い。

確かに差し込める程度に射撃が出来ればと思う時もあるが、現状取り回し感を下げてまで付けたいかと言われるとNOである。

 

結論。

俺、新型神機向いてないな。

 

以上。

答えも出たし帰ろうか。

 

「いや、何帰ろうとしてるんですか。まだターゲットを討伐していませんよ。」

 

しれっと帰り支度を始めていると後ろからルーキーが声をかけてくる。

そういえばもう一匹中型が残っていたか。

 

まぁ接触禁忌種とはいえ所詮はゴリラ一匹。

サクッと倒して帰ろうか。

 

それで隊長殿、戦術の方はどのように?

 

「いつも通り、突っ込んで切り倒しましょう。言いにくいですけど先輩、射撃戦に向いてませんから。」

 

火の玉ストレート投げてくるの止めろ。

その表情でよくもまぁ言いにくいなんて言えたもんだな。

 

年上虐めは良くないぞ。

それに業火球過ぎてアリサまであたふたしてるじゃないか。

 

「人間誰しも得手不得手はあります。射撃が下手でも下手なりに戦えばいいだけですから。」

 

だから火の玉ストレートは止めろ。

何、もしかしてこれ三振取るまで止めないっていうオチ?

 

アリサはと言うと気まずそうに苦笑いしている。

ちなみに君も以前似たような事言ってたからね。

 

ひょっとしてだが新型神機の適合者って皆コミュニケーション能力に難ありなのか?

親しい仲だから良いものの、付き合い浅いと喧嘩になりそうだぞこれ。

 

そんなこんなしてる内にアラームが鳴り、ターゲットが作戦エリアに到達したことが告げられる。

直前までどことなくぐだぐだした雰囲気だったが、一瞬で空気が切り替わるところは流石は極東屈指の精鋭部隊と言ったところか。

 

二人が銃形態に切り替える。

ルーキー呼ばわりしてはいるものの、こうして見れば二人ともすっかり歴戦の神機使いであると認めざるを得ない。

 

俺の直接の部下という訳ではないが。

こうして後輩の育った姿を見るのも存外悪くないな。

 

一人剣形態のままで感慨に耽っていたところ、ふと先程ルーキーに言われた言葉が頭によぎってくる。

 

-射撃が下手でも下手なりに戦えばいいだけですから-

 

「………………………」

 

…何か気に食わないな。

まるで俺が()()()()()()()()()()が苦手な人間だと思われてる気がする。

 

これでも古参兵としてのプライドはあるのだ。

いくら立場や階級は同じになったとはいえ、後輩に侮られたままというのは沽券に関わるというもの。

 

うむ、このままではいけない。

後輩の成長を喜ばしく思っているのは嘘ではないが、それとこれとは別なのだ。

 

少女相手に本気を出すのも大人げないが。

ここは一つ先輩としての威厳を見せる場面だな。

 

おあつらえ向きに三人揃って色違いの同じ武器。

装備の性能差が無い以上、実力の違いがはっきり分かって好都合。

 

確かに俺に射撃の才能は無いかもしれないが。

白兵戦については一日の長というものがある。

 

そして俺が見た限り、二人揃って()()()()()()()()()()()()()()()()というものがまるでなっちゃいない。

 

そう考えるとちょうど良い機会だ。

神機の性能が神機使いの実力を決定付けるものでは無いという事、優しい隊長さんが教えてやるよ。

 

………

 

ハガンコンゴウが崩れ落ちる。

 

元々割れているような顔を斬り刻まれ。

うつ伏せに倒れた背中はまるで機関砲でも撃ちこまれたように穴だらけになっている。

 

ふぅ、思ったより手こずった。

やっぱりバスターブレードの方が俺は楽だな。

 

「ほ、本当に最後まで白兵戦しかしませんでしたね。」

 

そりゃそうだ。

近接神機使いが獲物を逃がすようでどうする。

 

「いやおかしすぎますよ。新型神機使うの、今日が初めてですよね?」

 

そりゃそうだ。

今までずっと旧型神機にしか適合していなかったからな。

 

「…もしかして、射撃が下手って言われた事気にしてました?」

 

そりゃそうだ。

下手くそなのは事実でも射撃戦が出来ない訳じゃないからな。

 

これでも一応古参兵だからな。

何でもとまでは言わないが、大抵の事は出来るのだ。

 

というかだな。俺から言わせればお前らの方がなっちゃいない。

何でアラガミが後退したくらいでわざわざ射撃戦に移行するんだよ。

 

せっかくロングブレード使ってるんだから、インパルスエッジで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

逃げたら撃つなんて言葉、極東じゃ子供でも知ってる常識だ。

 

ちなみに俺もソーマも以前は普通の銃器で同じ事をやってた時期がある。

威力が低すぎる上にコスパも悪いのでやらなくなったが、オラクル弾を撃ち出せる新型神機なら話も変わる。

 

結果はご覧の通り、背中も正面もボロボロである。

向けば斬撃逃げれば射撃、倒れた姿は全破壊、という事だ。

 

もっとも、俺の場合はいつものバスターブレードの方がもっと楽に仕留められるんだけどな。

その辺りは慣れも絡んでくるので気にしないでおこう。

 

 

さて、思いもかけず四つ目の戦術をお披露目する形になったが。

 

「…まぁ、これなら私達から言う事は特に無いよね。」

「むしろこっちが勉強させられてしまったような…」

 

はい合格頂きました。

四度目の正直でようやくなのだが気にしない。

最終的に合格すればそれでよかろうなのだ。

 

それにしても初めての新型神機の割にはいい感じに動けた気がする。

我ながら自分の才能が恐ろしいな。

 

これは新しい期待の新型使いの誕生かなー。

ルーキーちゃん達の立場を奪っちゃってお兄さん申し訳ないなー。

 

まぁ多分もう使わないから言わないけど。

ぶっちゃけ前の神機の方が使い勝手良いし。

 

使う前は新型神機と聞いて多少なりとも期待に胸を膨らませていたんだが。

まぁやはり実際に使ってみないと判断できない部分はあるという事だな。

 

 

……

 

………

 

 

 

 

 

 

さて。

 

アーク計画のために休暇を取っていた連中も皆戻り。

アナグラもようやく以前のような活気が戻ってきた。

 

多少ギスギスした空気があるのは否めないが、そこはまぁコラテラルダメージと思って割り切るしかない。

時間が解決するだろう多分。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の個人部屋。

先日まで居た同居人は既に退居しており、静まり返った室内でアーカイブ端末を操作する。

 

画面に呼び出したのは以前受注し、握り潰した特務案件。

 

支部長亡き今、既にデータを参照権限は自分だけとなっており。

特務案件は性質上、オペレーターを介さずに個々人の判断で任務に赴くことが出来る。

 

あれから色々…まぁ、本当に色々あって大変だったが。

そろそろ探しに行ってやらないとな。

 

 

 

 

 

願わくば。

未回収の請求書を破棄せずに済むといいな。




そろそろ時系列が進む予定。
見てない所でアラガミ化してるくらいじゃ死んだとは認めない人。


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-From_Past-無口な無口な失敗談1

Q1.羽売っちゃうの?
A1.この時点では安全性くらいしか調査されてません。

Q2.偵察は他部隊の役割じゃ?
A2.この人の部隊は何でも屋。

BURST開始直前。
二週目の始まり。



最近、極東支部で実しやかに囁かれる噂がある。

 

近頃任務帰りの神機使い達が、こぞってよろず屋に持ち込んでいる黒い羽。

 

新種のアラガミのだとか、絶滅を免れたカラスのだとか色々噂されているが。

特に害有る代物でもないらしく、もっぱら装飾品の原材料として需要が上がってきているとの事。

 

と言っても、良い稼ぎになるとはお世辞にも言えない。

精々が任務ついでの小遣い稼ぎにでもなればと言ったところである。

 

だがそこは儲け話に関して極東屈指の嗅覚を持つカレル君。

彼が言うにはどうやら鎮魂の廃寺の外れ辺りに落ちている事が多いとの事。

 

ふむ、こんなご時世に鳥の羽が落ちている。

それも定期的に採取する事が出来るとは。

 

何となくだが新種のアラガミの気配を感じる。

ちょうどいい、特務のカバーストーリにもなるし、一度偵察に行ってこよう。

 

 

…あ、カレル君。悪いが君は留守番です。

一般の神機使いの方は特務案件には連れていけませんからね。

 

タダ聞き?人聞きの悪い。

対価はちゃんと用意するから心配するな。

 

羽拾えたら、売ったお金でコーヒーくらいは奢ってやるよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"…の外れにある民家。

本来は作戦エリア外なので立ち入りが禁止されている場所なのだが、今回は偵察任務という事で特別に立ち入りを許可してもらっている。

 

お、早速羽見っけ。それも二つ、出だしから中々に幸先が良い。

これでカレル君に茶菓子付きでコーヒーを奢ってやれそうだ。

 

拾った羽を懐に仕舞いつつ。

本題である探索目標の存在にも目を配らせる。

 

今回のカバーストーリーは恒常ミッションの一つである偵察任務。

定期的に作戦エリア近辺を見回り、新種のアラガミが出没していないかを調査する重要な任務だ。

 

戦闘を目的としていないので装備も索敵と隠密性を重視。

荷物も少なく身軽なので羽拾いにも精を出せて一石二鳥である。

 

お、また羽見っけ。

しかも今度は三枚も落ちてる。

 

流石はカレル君直々の情報。

本当に狭い範囲にまとまって落ちてるな。

 

これなら奢り分を差し引いても十分懐が潤いそうだ。

 

しばらく彼には足を向けて寝られないな。

今後のためにも謝礼は奮発しておこう。

 

先程と同じように拾った二枚を懐に仕舞い。

残った一枚を持ち上げてしげしげとそれを観察する。

 

「………………………」

 

辺り一面に広がる雪景色。

白銀の世界にふさわしくない、異物のような黒い羽。

 

俺も実物のカラスというのは見た事無いが。

アーカイブなどの情報を見る限り、人の肘から指先まで程度の大きさと感じた。

 

だからこそ抜けた羽の大きさというのも大体予想していたのだが。

 

この羽は明らかにそれより大きい。

予想より1.5倍くらいは大きく、鳥類だとすれば仮定すれば間違いなく大型に分類されるであろうサイズ。

 

アラガミが跋扈するこのご時世、そんな馬鹿デカい鳥が生き延びている?

よしんばそうだとしても、今まで調査部隊の誰にも見つからずに過ごせている?

 

ありえん。

いくら何でもそれは無い。

 

何時だかアリサやルーキーはいい加減だと文句を言っていた気がするが。

今となっては珍しい野生の鳥の存在を見落とし続けるほど、極東の調査班の目は節穴ではない。

 

となればこの羽の正体などただ一つ。

そして今の今まで調査部隊に見つかってこなかったのだとするならば…

 

 

視線を古びた廃民家へと向ける。

 

まぁ可能性としては低いだろうが。

シオの事を考えれば十分にあり得る話である。

 

 

ここは一つ、御用改めと行こうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

雪の重みで建付けの悪くなったスライド式のドアを何とか開ける。

 

別にぶち破った所で誰かが困る訳ではないのだが。

扉を前にすると開けて入ろうとしてしまうのは人間の性というものだろうか。

 

ついでに入室の際、つい断りも入れてしまうのも多分同じ感覚なんだろう。

誰もいないとは思っていても、自然と口から言葉が漏れてしまう。

 

親の教育の良さが伺えるな。

自然と礼儀が身体に染みついている。

 

実際に教育したのは施設の職員だがな。

その頃にはもう両親この世にいなかったし。

 

我ながら手のかからない良い子だったよ。

腹に一物抱えてたけど迷惑はかけてなかったはずだし。

 

まぁ俺の話はどうでもいいや。

 

和風な作りの室内に油断無く踏み込む。

予想通りアラガミの類が潜んでいることは無かったが、代わりにすぐさま妙な痕跡を発見する。

 

このエリアはアラガミが出現するようになって以来、ほぼ年中を通して冷たい寒気に閉ざされた地域。

積もった雪が塵や埃の舞い上がりを防ぐので廃屋といえども意外と小奇麗ではあるものの、それでもうっすらと埃のような物は積もっている。

 

それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

部屋の奥へ二人分の足跡が続いている。

一つは人の素足で歩いたような痕跡で、もう一つは普通に靴跡のように見える。

 

普段の俺なら見なかった事にして即刻建物の外へ飛び出しているところだが。

幽霊の正体見たり何とやら、今回は心当たりがあるのでそのまま奥へと進んでいこう。

 

………

 

建物の奥の突き当り。

比較的綺麗な一室まで続いて足跡が途切れたので探索開始。

 

…したのだが。

予想と異なり、大した情報を得る事は出来なかった。

 

ふーむ、てっきりここを根城にしていると思ったんだが。

痕跡自体もそこそこに時間経過しているように見えるし、何より件の羽が一つとして落ちてない。

 

近くで羽が見つかっている以上、このエリア近辺に潜んでいそうなのは確かなんだが。

あれだけ抜け落ちてる羽が室内に無い以上、少なくともこの家屋に寝泊まりしている訳ではなさそうだ。

 

そう結論ついたのであれば長居をしても仕方がない。

とりあえずは一旦外に出よう。

 

………

 

異変に気付いたのは外に出てすぐ。

先程羽を拾った辺りの場所に、再び黒い羽が落ちている。

 

すぐさま駆け寄り、拾ったそれを観察する。

先程回収したものと同じく、一般的の鳥類にしては大きめの黒い羽。

 

間違いない、近くに居る。

だがどんな奴だ?歩いてきたのなら少なくとも足跡が残っているはずだが。

 

周囲を見渡すがそれらしき痕跡はない。

シユウのように空を飛行してきたのか、はたまた風で羽が運ばれてきただけなのか。

 

どちらにせよ、判断するには情報不足。

であれば本来のミッション目標に従い、周囲の偵察任務に戻るのみ。

 

 

羽を懐に仕舞って立ち上がる。

とりあえず、いつもの作戦エリアにまで戻ってみるか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…いた。

いや、思ったよりあっさり見つかったのは良いんだが。

 

懐から先程の羽を取り出して観察した後、双眼鏡に捉えたアラガミに視線を戻す。

 

てっきりシユウやザイゴード、もしくはハーピーみたいな姿をイメージしていたんだが。

今観察しているアラガミには少なくとも羽らしき物は見受けられない。

 

見た事が無いアラガミなので間違いなく新種ではあるんだろうが。

ヴァジュラのような獣型というよりは、アーカイブのアニメに出てくる竜種から派生したような姿に見える。

 

白…というより白銀に近い甲殻と赤胴色の筋肉。

角や骨格部と思しき場所は鮮やかな紫色に染め上げられている。

 

うん、コイツはヤバイ。

経験則で言うのも信憑性に欠けるが、今回は珍しく見ただけではっきりわかるレベルだ。

 

少なくとも今の装備と情報量でケンカを吹っ掛ける相手じゃない。

強いだけならまだしも、最悪神機に組み込まれている偏食因子が通用しない可能性だってある。

 

これでも立派な古参兵。

わざわざ危険を冒すような真似はしないのだ。

 

そうと分かれば退却準備。

欲を言えば羽の主も見つけたかった所だが。

 

双眼鏡を顔から離し、手にした羽を弄んでいた所でふと思う。

 

 

…アイツ、まさかアラガミ化したリンドウじゃないよな?

 

 

別に何か確認したい事があった訳ではない。

強いて言うなら、退却前に今一度姿を見ておこうと思った程度である。

 

再び双眼鏡を覗いてアラガミを捉える。

 

 

 

 

 

白いアラガミのその後ろ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




個人的にBURSTのエンディングは文句無し。
なので道中は(以下略)


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-From_Past-無口な無口な失敗談2

Q1.半分アラガミ化してるけど大丈夫?
A1.治療すれば良いので何も問題ありません。

Q2.完全にアラガミ化しても大丈夫?
A2.治療すれば良いので何も問題ありません。

任務握り潰したのは治療手段確立までの時間稼ぎが目的。
生きてさえいれば可能性はゼロじゃない。

ただし--


双眼鏡を投げ捨てて一気に駆け寄る。

途中偽装フェロモン15を使用したので気付かれる心配は無い。

 

-何でここにリンドウがいる?-

-アラガミ化はしなかったのか?-

 

-いや、右半身が変化している。-

-生きてはいるが、今すぐにでも治療が必要だ。-

 

-じゃあ何であの状態で斬りかかってるんだよ。-

-どうみてもヤバい相手だってわかるはずだろ。-

 

様々な疑問が一気に脳内に噴出するが、思考を巡らせている余裕はない。

 

相手は未知のアラガミ。

今時点では討伐出来ない可能性などざらにある。

 

ならば俺が取るべき行動はただ一つ。

背面強襲で不意を突き、その隙にリンドウと一緒に離脱する。

 

幸いにして偵察用の隠密装備だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()、逃げ出すだけならいくらでもやりようはある。

 

一気に間合いを詰めた所でようやくアラガミが反応するが。

振り向くより早く、無防備なその背中にバスターブレードの一撃を叩き込む。

 

やはり予想通りというか、神機がコイツのオラクル細胞に適合出来ていない。

普段なら間違いなく真っ二つ確定の一撃だったにも拘らず、実際は数センチ程度の浅い切り傷が付いただけ。

 

アラガミが肩越しにこちらを睨みつけてくる。

おいおい、そんなに熱い視線を向けるなよ。

 

俺はこれでもシャイなんだ。

そんなに見つめられたら恥ずかしくて喋れなくなるだろうが。

 

とりあえずその目は瞑っとけ。

 

言うが早いか、眼前に放り投げたスタングレネードが炸裂する。

ダメージこそ無いものの、ほぼゼロ距離でそれを直視したアラガミが両目を押さえるようにして横へ体勢を崩していく。

 

開いた道を前に駆け足を止めず。

そのままリンドウの襟首を掴んで勢いのままエリアを駆け抜けていく。

 

 

よし、回収完了!

まったく、手間取らせてくれたなリンドウめ。

 

言いたい事は山ほどあるが。

とりあえずは離脱が最優先だ。

 

こんな碌な準備も出来ていない状態であんなバケモノとやり合ってなんていられないからな。

さっさと帰るぞリンドウ。

 

 

…リンドウ?

どうした…おい、おい!

 

 

突然の事に止める間も無く。

 

再びリンドウがバケモノアラガミに襲い掛かった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

くそっ、最悪だ意味が解らん!

こんな時に何をふざけてやがるんだ!

 

せっかくこのまま逃げ切れるところだったというのに、あろうことがリンドウ本人が再度アラガミに向かって襲い掛かってしまった。

おかげで二人とも完全にアラガミに認識されてしまったため、先程のように不意を突いて隙を作る戦法はもう通じない。

 

無論、俺一人なら逃げ切れる。

リンドウとて閉じ込められた空間でない以上、離脱するだけなら問題無く出来る。

 

だが今のアイツじゃ無理だ。

先程僅かの間に気付いた程度ではあるが、呼吸も荒くとても戦える状態じゃない。

むしろ今やり合えている事の方が異常なのだ。

 

武器はあの訳の分からない長剣一振り。

拾った神機なのかは知らないが、明らかに握っている方の半身におかしな影響が出ている。

 

逃げる訳にはいかない。

俺だけが逃げても意味はないし、逃げれば間違いなくリンドウが殺される。

 

装備を確認する。

強化薬は元より回復薬すらろくになく、見つかっている以上偽装フェロモンはもはや意味をなさない。

携行火器は小口径で豆鉄砲にもならず、おまけに神機はアイツに適合出来ていないので不意を突いて一撃という訳にもいかない。

 

畜生、ありえん。

よもや俺が()()()()でアラガミを倒す事を考える羽目になろうとは。

 

唯一の勝機はリンドウの剣。

俺の神機では浅手しか与えられなかったが、アイツの剣は普通にアラガミの身体を切り裂いている。

隙を突いてリンドウがトドメを刺す以外、今あのバケモノを倒す術は存在しない。

 

そうと決まれば即座に行動を起こす。

リンドウの方も戦いに余裕があるようには見えず、悠長に検討し直している暇はない。

 

 

リンドウの身体を跳ね飛ばしたアラガミが、接近してくる俺に身体を向ける。

負けじと咆哮を上げ、袈裟目掛けて神機を振り上げる。

 

邪魔をするなクソトカゲ!

テメェに構ってる時間はねぇんだよ!

 

………

 

もう何度目になるかわからないが。

壁に叩きつけられて軋む身体に鞭打ち、再びアラガミの背後から襲い掛かる。

 

甘かった。

まさかここまでのバケモノだったとは。

 

ただでさえ神機が通りにくいってだけでも厄介なのに。

それが生易しく思えるほどに狂っている神速の一撃。

 

無論速さだけで攻撃が軽いなどと言う事は無く。

何とか乱舞を受けきっても呼吸を整える前に追撃を放たれ、吹き飛ばされる。

 

既に回復錠は尽きている。

これ以上は俺が持たない。

 

 

 

 

 

-…逃げるなら、今しかない。-

 

-…今を逃せば、もう逃げられない。-

 

 

 

 

…ハッハッハ。

 

我ながらナイスジョークだ。

センスが悪すぎて誰にも言えないな。

 

 

 

 

 

逃げる?仲間を見捨てて?

俺が?あの日のようにか?

 

 

 

 

 

 

フハハハハハハハハ。

 

冗談もここまで来ると笑えんな。

いや、むしろ逆に笑えなさ過ぎて笑いが止まらん。

 

あれほど指を加えて見てるだけしか出来なかった事を悔やんでいるくせに。

あぁ、だから今度は見ないように背を向けて駆け出そうってオチか?

 

センスの悪さもここまで来ると才能だな。

まぁいい、冗談にかまけている余裕はない。

 

 

俺は逃げん。誰が何と言おうとな。

俺は俺の意志で戦う。

 

 

あの日と同じ選択は絶対にしない。

 

………

 

さて、ようやくバケモノの動きにも慣れてきたが。

流石に俺の方も限界だ。リンドウも保ってはいるが、恐らく限界間近だろう。

 

次で決めるしかない。

そしてリンドウの剣でしか装甲を通らない以上、俺が隙を作るしかない。

 

アラガミが再び俺の方へ向き直る。

どうやら弱っている奴から仕留めようという腹らしい。

 

好都合だ。来いよクソトカゲ。

古参の意地というものを見せてやる。

 

アラガミが神速のタックルを仕掛けてくる。

初見では間違いなく直撃していたであろう速さだが。

 

残念だったな。

もうその動きは見切っている。

 

合わせるようにチャージクラッシュを叩き込む。

狙いは右腕。当然斬り飛ばすには至らないが。

 

腕一本なら()()()()()()()()()()()訳無いんだよ。

スピード違反だ。ブレーキをかけてもらおうか。

 

叩き落とした腕が地面に刺さり、抉るようにしてアラガミの速度を急落させる。

当然スピードが落ちた事により、身体ごと吹き飛ばすであったろう突進も本来の威力を喪失する。

 

まるで止められた事に憤るようにアラガミが吠える。

空いている左腕を振り上げ、目の前の神機使いに向かって振り下ろす。

 

見え見えなんだよ。まぁ所詮は神を騙る畜生か。

簡単に餌に食いついてくれるから大変やりやすい。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ついでにどこを狙うか当ててやるよ。

頭だろ?そこを潰せばおしまいだからな。

 

ほら、わかりやすい。

まぁ当たってなんかやらないがな。

 

右腕は神機で押さえられ、左腕は空振った直後。

次はどうする?噛付きでもしてみるか?

 

 

 

 

 

喰われるのはお前だけどな。

 




トゥルーENDの条件は誰一人としていなくなってはいけない。
故にここで逃げる訳にはいけません。

長くなったので次に続きます。


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-From_Past-無口な無口な失敗談3

※注意※
無口さんの暗い失敗談。苦手な場合は読み飛ばして良し。

Q1.この人にとって仲間とは?
A1.家族のような繋がりのもの。

Q2.アラガミが家族や仲間を奪うのは?
A2.許さないし許せない。

Q3.リンドウさん取り込んだハンニバルは?
A3.アラガミです。

絆というものは時として血の繋がりよりも濃くなっていくもの。
どこぞの黎明卿も似たような事を仰ってるので間違いありません。


叫びと共にアラガミの背中から鮮血が吹きあがる。

 

当然だ。こんな馬鹿みたいに隙を晒しているのに、リンドウに襲われない訳が無い。

流石のお前も、無防備な背中を喰い千切られるのは効くだろう?

 

俺が右腕を押さえている間にリンドウが背中からアラガミを喰い破る。

アラガミもようやく生命の危機を感じ始めたのか、リンドウを振り払わんと獣のように暴れに暴れ、やがて俺とリンドウの二人を振り払う。

 

アラガミの狙いはリンドウ。

弱った獲物を仕留めるよりも、自身を脅かす脅威の排除を優先する模様。

 

先程も見せた神速のタックル。

それを繰り出すべくリンドウの方へ向き直って…

 

-グギャアアアアァァァ!?-

 

リンドウが切り裂いた背中の傷を抉られて再び咆哮が轟く。

 

この瞬間を待っていた。

まったく本当にわかりやすいバケモノだ。

 

確かに俺の神機じゃ致命傷は与えられない。

だがそれはあくまで致命傷になる程の深い傷を与える事は出来ないという意味。

 

既に深い傷が付けられているというのであれば。

そこからコアを抉り出せば適合率が低くてもアラガミを絶命させることができる。

 

抉る、抉る。アラガミが叫び、暴れるが好都合。

やはり図体ばかりで記憶力の方は大分お粗末らしい。

 

()()()()()()()()()()()

リンドウの剣は普通に突き刺さる事をもう忘れたのか。

 

というわけで。

分かっているなリンドウ君。

 

 

再び宙に咲く鮮血の花。

同時に背中からも大きな大輪が花を咲かせる。

 

前からは喉を剣で貫かれ。

後ろからは心臓コアを引き抜かれて。

 

 

後日"不死のアラガミ"と呼ばれるその変異種はようやく息絶え、地に伏した。

 

……………………………………………………………………………………………

 

勝った。

生き延びた。

 

リンドウも俺も死んじゃいない。

満身創痍だが勝ちは勝ちだ。

 

ざまぁみろバケモノめ。

極東の古参兵を甘く見るからこうなるのだ。

 

流石にもう限界だけどな。

今ならオウガテイル相手でも勝てる自信が無い。

 

幸いというかアラガミの反応は近くになさそうだが。

まぁあんなバケモノが闊歩してたんだから当然か。

 

リンドウは…律儀にコア回収しているな。

普段の任務には結構適当な感じだって言うのに。

 

こういう時にはちゃんとするとか。

意外と根は真面目だったんだな。

 

とりあえず人の形は保っているようで何よりだ。

何だかんだで共闘出来たし、()()()()()()()()()()()()()

 

それにしても、完全にアラガミ化して自我を失っているものと思っていたんだが。

 

リンドウの意識が残っているなら何の問題も無い。

見た目はちょっとアラガミ化しているが…まぁ見ようによってはカッコいいから気にするな。

 

今なら十分間に合う。

完全に元通り治す事はまだ無理でも、自我を失ってる畜生から戻すよりかは遥かにたやすい筈。

それに生きていると分かっただけでも残されている人間は安心するのだ。

 

サクヤは泣き崩れる様が目に浮かぶな。

ツバキ教官は多分エレベーターかどこかで人目を忍んで泣くんだろうな。

 

ソーマはフードで顔を隠しながら微笑んでそうだな。

別に嬉しがるのは恥ずかしくないんだし、その時は是非とも皆の前でフードをひん剥いてやらなくては。

 

コウタは思いっきり感情を露わにして喜びそうだな。

ルーキーは逆に穏やかに尻尾ブンブン振ってそうだな。

 

他の面子にしてもリンドウの帰還を喜ばない人間は一人もいない。

そうじゃない人間?色々あって皆いなくなっちゃった。

 

まぁその話はおいおい…俺?請求書が無駄にならなくて何より。

利子付きでしっかり払ってもらうからなハッハッハ。

 

 

 

 

 

さて、そろそろ戻ろうか。

多少なりとも体力は回復したし、長居してられるほど余裕でもない。

 

帰るぞリンドウ、アラガミはもう十分だろう。

 

帰って皆で美味い食事でも…

 

 

 

 

 

…リンドウ?

 

 

 

 

 

先程までアラガミを貪っていたリンドウが、いつの間にか地面に四つん這いになっている。

慌てて駆け寄り声をかけると、虚ろな瞳を浮かべた表情でこちらに向けて口を開く。

 

「…あぁ、お前さんが手伝ってくれたのか…」

 

…突然何を言っている?

手伝うも何も、さっきまで一緒にこのバケモノとやり合っていたじゃないか。

 

答えようとした次の瞬間、突然リンドウが右腕を押さえて苦しみだす。

一瞬、リンドウの右手の甲に浮かぶコアのようなものが青白く光ったものの、直ぐに光を失ってリンドウの呼吸が荒くなる。

 

「ふぅ…くそっ、ここまでか…」

 

…は?

 

いや待て、何を言っている。

まるで意味が解らんぞ?

 

ここまで?馬鹿を言うな、これからだろうが。

その冗談は欠片も笑えんぞ。

 

これから生きて帰るんだよ。

不吉だからまるで死ぬみたいな事を言うな。

 

頭が理解を拒絶する。

諦めたように呟かれた言葉に思わず反論するも、独り言のようにリンドウは言葉を続ける。

 

「畜生……」

 

リンドウがゆっくりと天を仰ぐ。

こちらの言葉などまるで聞こえていないかのように。

 

「生きてぇな……」

「…っ!」

 

ついに脳が言葉の意味を理解し。

同時に感情が爆発する。

 

「テメェ寝ぼけてんのか!生きて帰るって…さっきから言ってるだろうが!」

 

……………………………………………………………………………………………

 

胸倉を掴みあげ、溢れた言葉のままに怒鳴りつけた。

 

ふざけるなと。聞いているのかと。

荒々しい語気に対する反応は無い。

 

既にリンドウの目は俺の姿を捉えておらず。

ただ漏れ出るままに言葉が紡がれていく。

 

俺にこの場を離れろと。

俺の事は放っておけと。

 

ふざけるな。何を好き勝手な事をほざいてやがる。

それとも俺がそこまで薄情な人間だとでも思っていやがったのか。

 

指を動かすのも億劫だった身体で、怒りに任せてリンドウの胸倉を締め上げ怒鳴る。

 

死ぬなというのがお前の口癖だろうと。

数だけじゃなく自分の口癖までわからなくなったのかと。

 

怒鳴る。怒鳴り続ける。

それでも声は届かない。

 

「聞こえなかったのか!?さっさとここから立ち去れ!!」

「聞こえなかったかは俺の台詞だ!!テメェも一緒に帰るんだよっ!!」

 

力づくで引き摺ろうとするものの、疲弊した身体は抵抗に抗えずあっさり振りほどかれてしまう。

それでもなお語気を衰えさせることは無く、どちらも聞く耳を持たないまま一方的に己の主張をぶつけ続ける。

 

「早くしろ!今すぐここから…逃げるんだっ!!」

「煩い黙れっ!!俺はテメェの部下になった覚えはねぇ!!」

 

仲間だろうが。見捨てられる訳ないだろうが。

それなのに俺にもう一度、親を喰われたあの日を繰り返せとほざく気か?

 

 

 

 

 

ぶちのめすぞテメェ!!

 

「上官でも何でもないくせに…俺に、()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

もういい。

こんな馬鹿の戯言には付き合ってられん。

 

引き摺るどころか、二人して這いずってでも。

無理やりにでも連れ帰ってやる。

 

 

 

 

 

力づくに訴えようと、今一度リンドウの胸倉を掴み直すために手を開く。

 

 

 

 

 

…次の瞬間、瀕死の人間とは思えない力で身体ごと吹き飛ばされ。

 

リンドウがアラガミに変わっていく呑みこまれる様を見てしまった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"…の外れにある廃民家。

建物の奥の突き当り。

比較的綺麗な一室まで辿り着いて崩れ落ちる。

 

…失敗した。

 

失敗した失敗した失敗した。

やらかしたしくじったヘマをした。

 

見てるしかなかった。

逃げるしかなかった。

 

あれだけ助けると息巻いておいて。

あれだけ生きて帰ると息巻いておいて。

 

助けられなかった。

喰われてしまった。

 

あの日のように。あの時のように。

赤く染まらず。ただただ黒く。

 

何故だ?何がいけなかった?

何処だ?何処でしくじった?

 

もっと早く探しにくればよかったのか?

もっと装備を整えてくればよかったのか?

 

運が悪かった?

いいや違う、全て俺のミスが原因だ。

 

タイミングが悪かった?

いいや違う、全て俺が行動を起こすのが遅かったのが原因だ。

 

…今なら、無かった事に出来るか?

元々考えていたように、治療薬が出来るまで時間を稼ぎ続ければ…

 

無理だ。

それをやるには、俺はもう痕跡を残し過ぎた。

 

身体も装備も、神機までもボロボロで。

おまけにそのどれにもあのバケモノの返り血がこびりついている。

 

バレる。隠しようがない。

誤魔化すのは無理…じゃあ全員の口を封じれば…

 

駄目だ。それは誰一人として望んでいない。

リンドウも、アイツらも、俺だって。

本末転倒、何一つ望んだ結末に至れない。

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

ハハッ、ざまぁない。

文字通り、八方塞がりで詰みというやつか。

 

何だ。結局あの日と同じ結末か。

指一本どころか、五体満足に動いた所でこのザマじゃないか。

 

良い大人が聞いて呆れる。俺はまだまだ若いけど。

何しろあの日からまるで成長出来ていないと証明されてしまったしな。

 

両親の生暖かい笑顔が目に浮かぶようだ。

お前はあの日から何も変わってはいないのだなと。

 

フフフ。フフハハハ。

アハハハハハハハハハハハハ。

 

浮かんだ笑顔が良い笑顔過ぎて。

思わず俺まで笑ってしまうな。

 

 

 

 

 

ハハッ…ちくしょう。

 

 

 

 

 

ちくしょうっ、ちくしょう、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その面、絶対に忘れんぞ。

 




持ち上げてから叩き落とされたので抵抗失敗。
SAN値チェックのお時間です。

・仲間がアラガミ化する瞬間を直視する。(1d6)
・残酷な現実を理解する。(1d5)
・自分のミスで友人を失う。(1d5)
・酷い自己否定に囚われる。(1d3)
・トラウマフラッシュバック(1d2)

減った分はちゃんと回復します。
安心ですね。


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無口な無口な偏食記1

Q1.壊れそう?
A1.成長しているので大丈夫。

Q2.どうしよう?
A2.強い刺激 or ゆっくり休む。

気付けにビンタは鉄板の治療法。
誰かがいれば手っ取り早かったのです。


リッカから送られてきたメールを確認する。

回収してきた偏食因子の組み込みが終わったとの事。

 

とんだ醜態を晒してしまった前回の任務だが。

転んでもタダでは起きないのが優秀な神機使いというもの。

 

これであのバケモノも真っ二つに出来る。

今から楽しみで仕方が無いな。

 

おっといけない。

いくら自室の中とはいえ、いい年した大人が一人でニヤニヤしているのはいただけない。

 

気を取り直して外出準備を整える。

先程のメールの最後に時間があるタイミングで一度調整に来て欲しいとの一文があったためだ。

 

別に任務前の調整でも構わないのだが、レディからのお誘いを断るのは無作法というもの。

モテる男は普段の気配りからして気を遣うのだ。

 

それに取り急ぎ用事も無い事だし。

サッと調整を済ませて、久しぶりにリッカ嬢とのティータイムでも楽しもうか。

 

………

 

目論見通り、調整の方はサッと終わったんだが。

 

「…で?キミ、何か隠してない?」

 

初めは神機の使い方が荒いというお小言程度だったんだが。

どうも俺の態度に感じるところがあったのか、椅子に座らされての尋問タイムが始まってしまった。

 

以前にも思ったんだが。

もしかして俺って表情に考え事が出やすいのか?

 

確かにこの前のリンドウの件は隠しているけど。

それでも人並み程度には取り繕えてる方だと思うんだがな。

 

まぁ単にリッカの勘が鋭すぎるというのもあるかもしれんが。

どちらにせよ、今後はもう少しポーカーフェイスというものを磨いておくか。

 

幸い今日のリッカはそれほど強引に聞き出すつもりはないらしい。

軽くレンチをペシペシしてはいるものの、前にアリサ達の事を聞き出された時のような圧力にはほど遠い。

 

詰まるところはただの雑談の延長線。

見方によっては年頃の少女に口説かれてる状況と言えなくもない。

 

紳士としては小粋なトークの一つでもするべきなんだろうが。

今回はボロが出るとマズいので黙っておく。

 

他の奴ならいざ知らず、最近のリッカは表情だけで何かあると勘付いてくるからな。

下手に喋ろうものなら一体どこまで内緒事がバレてしまうものだかわかったものではない。

 

「また隠し事してるんですか?早く白状した方がいいですよ。」

「ほらほら、第一部隊の隊長さんもこう言ってるよ?まぁ私は別に何もする気はないけど…」

 

横を見るといつの間にかルーキーがクッキーを食べながらこっちを見ている。

 

彼女の目配せに合わせてシュッと拳を空に繰り出すルーキー。

リッカもリッカでいつもの脅しとは違う、ニヤニヤと意地悪い笑顔でこちらの様子を伺っている。

 

前言撤回。強引に聞き出すつもりは無くとも、別に穏便に済まさなくてもいいらしい。

というかお前ら、人のお菓子を食べておきながら脅す事には躊躇無しか。

 

流石は極東支部屈指の整備士と精鋭部隊のリーダー。

この図太さは見習いたい。

 

「ところでリッカさん、何でこの人隠し事してるってわかるんですか?」

「何でと聞かれると困るけど…強いて言うなら"勘"かなぁ…」

 

やはり勘か。

勘で暴力に訴えるのは止めてくれと言いたいところだが。

 

あながち外れてもいないので何も言えない。

それでもまぁ、次からはもう少し穏便な聞き出し方で頼みたい。

 

俺の持って来たお菓子食べてるだろ?

残りもちゃんと置いていくから。

 

ここは一つ、賄賂だと思ってマジで頼むよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

休暇を取って宇宙旅行してきた同僚達も皆戻り、今ではすっかり以前の喧騒を取り戻している。

 

うん、やはり良い。

やはりこの場所はこのように活気溢れる雰囲気じゃなくてはな。

 

ティータイムというのは静かな場所で優雅に嗜むものと言われているが。

俺的にはこういう他愛の無い喧騒に浸りながら味わうのも悪くない。

 

欲を言えば可愛い女の子と一緒に楽しみたかったところだが。

あいにくシャドーボクシングをする後輩というのは俺の中では可愛いと表現しない。

 

シュシュシュッと口で風切り音を言っていた所だけは認めるが。

最近気付いたんだが変な所天然だなアイツ。

 

まぁそんな訳で振られてしまったので寂しくお茶会。

お菓子は置いてきてしまったので、博士から貰った試食品を部屋から持ってきてティーフーズ代わりにする。

 

今日の品は蟹クッキー。

蟹の形のクッキーではなく、本当にカニエキスが配合されている新風味。

 

嘘かホントかは知らないが。

何でも蟹の風味には精神を落ち着かせる作用があるというのが製作の着想になったらしい。

 

いや、確かに蟹を食べる時は無言になるという話は聞いた事はあるけれど。

だからと言って蟹をクッキーに入れようと考えるか普通?

 

新しい物を生み出す人達って、やっぱりどこか頭のネジがぶっ飛んでるんだな。

まぁ美味いから文句言わないけど。

 

でも次作る物はもう少し食指を動かしやすいものを素材にしてほしい。

 

モキュモキュゴクンとクッキーを飲み込み。

人肌の適温になったお茶を啜って一息をつく。

 

本当に蟹の効果で心が落ち着いたかどうかは知らない。

というか"蟹を食べたら心が落ち着いた"なんて言う奴がいたら普通に医務室送りにした方が良いと思うけど。

 

まぁいいや。

 

さて。

飲み食いも終わったので休憩タイムは終了である。

 

と言っても今日は特に急ぎの任務も無く。

あのクソトカゲでも探しに行こうかな…

 

と、思っていたんだが。

ふとクッキーを食べていた時に考えていた事を思い出して手が止まった。

 

 

 

 

 

アラガミって、どんな味がするんだろう?

 

 

 

 

 

別に他意がある訳ではない。

 

今さっき食べた蟹クッキーとて最初こそ不味そうと思っていたんだが。

食べてみるとこれが意外と美味かった。

 

つい最近まではよくシオにおやつを食べさせていたのも思い出す。

俺が美味しいと感じた物でも半分くらいはぺっぺされて悲しい思いをしたのも記憶に新しい。

 

ただ、俺の食べていた物をシオに分け与える事はあったが、その逆というのは無かった。

いくらアラガミ相手とはいえ、見た目少女の女の子に食べ物をねだる程、流石に俺のプライドは低くない。

 

正直言うとシオに「食べる?」と聞かれた時は何度か危なかった時もあるが。

まぁ手は出さなかったのでセーフだろう多分。

 

うん、この言い方は良くないな。

何か危険な誤解を招きそうな気がする。

 

閑話休題。

アラガミの味の話に戻すとしよう。

 

シオはよく美味い美味いと言ってはいたが。

実際の所は結構好き嫌いもしていたような気がする。

 

好き嫌いをするという事は。

つまり味や食感に明確な違いがあるという証左。

 

うむ、我ながら中々の着眼点。

榊博士程とは行かなくともそれなりの観察眼はあるようだ。

 

そうと決まれば善は急げ。

いや、極東的にこの場合は()は急げと言うべきか。

 

今日の所は食べれるアラガミ…

もとい、食べたいと思えるアラガミを狩りに行こう。

 

流石に毒撒き散らすザイゴードを食べたいとは思わんからな。

そうじゃなくてもアラガミなんて食えるかどうかわからんし。

 

 

とりあえずは蟹っぽい奴でも探してみるか。

 




少なくとも5ポイントは削られているので継続中。
どこぞの世界にいる食べると心が落ち着く蟹を食べさせましょう。

ちなみにあの世界ではチタタプ食べても狂気が減ります。


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無口な無口な偏食記2

Q1.甲殻がある?
A1.はい。

Q2.足が8本?
A2.はい。

Q3.ハサミがある?
A2.はい。

それは紛れもなく蟹。
蟹に尻尾は無いとか言ってはいけない。


Hey NORN、美味しいアラガミを教えて?

 

-検索結果: 0 件-

 

Hey NORN、蟹タイプのアラガミを教えて?

 

-検索結果: 0 件-

 

…Hey NORN、蟹っぽいアラガミを教えて?

 

-検索結果: 0 件-

 

 

「………………………」

 

 

Hey NORN。

 

ハサミがあって。

甲殻があって。

足が8本ある。

 

そんなアラガミを教えて?

 

-検索結果: 4 件-

 

急に増えたな。

抽象的な検索条件じゃダメという事か。

 

 

まぁいいや、獲物は多ければ多いほど良いからな。

さっそくコイツを狩りに行こう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"煉獄の地下街"。

地殻変動の影響で広大となった空間と、地下水のように湧き出るマグマが特徴的の場所。

見ての通り暑苦しい場所なので普段は好んで訪れたりしないが、今回は諸事情あってここにアラガミを誘い込む手筈になっている。

 

何時だかシオが言っていた。

「これ、そとはかたくてたべづらいけど、なかはやわらくておいしい。」と。

 

そして同じ時期に榊博士が言っていた。

「シオの感性は限りなく人間のそれに近い」と。

 

つまり、シオが美味しいと感じた物は恐らく俺にとっても美味しい物に違いない。

逆が成り立たなかったのは子供がピーマンを嫌うのと同じ理由だろう、多分。

 

そんなこんなで作戦エリアに到着。

今回ここを作戦エリアに選んだのは理由がある。

 

今回の俺の目的は蟹の実食。

カバーミッションとして討伐任務を選んできているが、仕留めると食べるは両立するので問題はない。

 

仕留めるのはいつも通りズンバラリンすればいいので懸念は無いが。

問題は仕留めた後の事である。

 

蟹…もとい、蟹()()()と言っても所詮はアラガミ。

生食でもしようものなら何に中るか分かったものではない。

 

なので文明人の知恵である火を通して調理する予定だが。

知っての通り、オラクル細胞で構成されるアラガミの身体に焚火やコンロ程度の加熱などレンチンにすらなりはしない。

 

求められるのは圧倒的な火力。

"料理は炎"とはよく言ったもの、極東じゃ子供でも知ってる常識だ。

 

だが悲しい事に俺が用意できる機材ではガスコンロ程度が関の山。

アナグラの調理室を借りれた所でそこまで火力に大きな差は無いだろう。

 

だが。

あるじゃないかここには。

 

コンロやクッキングヒーターなど目ではない。

超圧倒的火力を誇る天然の調理場が。

 

幸運な事に素材の調理法としても適合している。

焼き蟹に茹で蟹と、アーカイブの古い映像で見た時は思わず生唾を飲んだほどだ。

 

まぁシオはここで泳いだ事があるとも言っていたので本当に火が通るかどうかは疑問だが。

生で食べるのは怖いので、焼けなかった時は素直に諦めるとしよう。

 

 

さて、そろそろ作戦開始の時間なんだが。

出発前から気になっている事が一つある。

 

「………………………」

「………………………」

 

ミッション受注したら何かルーキーが付いてきた。

 

いや、何で?

まさかお前も蟹を食べに…そんな訳無いか。

 

蟹を食べに行くなんて誰にも言っていないしな。

おまけに本物の蟹じゃなくてアラガミだし。

 

ただ本当にそれが目的だとしても直ぐに分けてやる訳にはいかない。

だってお前は、先に俺に言う事があるだろう?

 

 

シオに変な物食べさせるなって言われた事、俺は忘れていないぞ。

 

古参の神機使い様は執念深いからな。

食べたければ先にごめんなさいをするんだな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ミッション開始。

まずは赤蟹…もとい"ボルグ・カムラン"の堕天種である。

 

まぁこれでも一応古参兵だからな。

これと言って苦戦する相手でもない。

 

ルーキーの方は…うん、良い感じだ。

ロングブレードだから本来は相性が悪いんだが、新型神機の特性が見事に相性不利を打ち消している。

 

硬い甲殻はインパルスエッジで破砕し。

関節の継ぎ目はロングブレードで両断する。

 

第一部隊隊長の実力に疑いの余地無し。

これからは俺も楽をさせてもらえそうだ。

 

まぁ俺の方が強いけどな。

どっちでも構わないというには俺はまだまだ若過ぎるし。

 

おっといけない、しょうもない事を考えてたらあっという間にアラガミが死にそうだ。

後輩が強過ぎるというのも考え物だな。

 

既にルーキーがハサミと前側の足を斬り飛ばしているので。

俺は尻尾と後ろ側の足を仕留めよう。

 

神機を振りかぶった所でアラガミがテイルスピンの体勢に入る。

わざわざそっちからも勢いを付けてくれるとは有り難い。

 

回転の始動に合わせて尾の付け根にチャージクラッシュを叩き込む。

一人と一匹分の全力を集中させられたそれはものの見事に両断され、遠心力のままに付け根から先の尻尾が吹っ飛んでいく。

 

うむ、我ながら思いの外スッパリいったな。

次は足と思っていたが、これなら先に仕留めた方が早そうだ。

 

狙うは斬り飛ばされて肉と芯が剥き出しになった尻尾の付け根。

そこから一息に神機を突き刺し、やわらかな内側から一気に真下へ神機を押し下げる。

 

バキリッ、と内側から甲殻が切り開かれる音がした。

神機を引き戻してアラガミを見直すと、よろよろと力なく数歩歩いた後息絶えた。

 

 

まずは一匹。

もう少ししたらもう一体来るのでのんびりは出来ないけど。

 

さぁ、どう調理してくれようか。

 

焼こうかな?茹でようかな?

あ、でも流石にコイツを茹でるだけの量の水は持っていないな。

 

もし茹でた方が美味かったらたくさん茹でたいが。

辺りを見回しても当然飲めそうな水溜りなど存在しない。

 

となると焼き一択か。

悪くは無いがそれだけというのは芸が無いな。

 

生食は怖いが挑戦すべきか?

しかしそれでお腹を壊しては元も子も…

 

-グシャリ!-

 

…グシャリ?

待った、何だ今のグシャリって。

 

疑問に思ったのも束の間。

見る見るうちに地面に溶け出し、塵と変わっていくアラガミ。

 

神機使いになって何度も見た、()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()姿()

 

しまった、油断した。

今日は俺一人じゃなかったんだ。

 

まだ味見もしていないというのに。

ルーキーめコアを抜きやがったな。

 

素材は鮮度が命なんだぞちくしょう。

こんなのもう食べられないじゃないか。

 

溶け切り霧散したアラガミの向こうからルーキーが姿を現す。

 

「…これは普通のアラガミでしたね。ご馳走様でした。」

 

澄ました顔しやがってこの野郎。

言うに事欠いてご馳走様と言いやがるか。

 

神機で捕食したってのに味なんてわかる訳ないだろ。

 

くそ、せっかく一番蟹っぽかった奴なのに。

まさかこんな結末に終わるとは。

 

 

まぁいい。

今回は特別でな、こんな事もあろうかと二体討伐ミッションを選んでいるのだ。

 

一匹目は蟹っぽさを重視して選んだが。

二匹目はシオから教わった目利きを重視して選んでいる。

 

シオ曰く、「おいしいのはあまりみかけない」。

要するに美味しい奴はこぞって狙われるので、必然的に数が減るという意味だと解釈した。

 

つまり、()()()()()()()()

そしてボルグ・カムラン系統にはとびっきりのSR(スーパーレア)が存在する。

 

これでも現役特務兵だからな。

その手の情報は最優先かつ秘密裏に回ってくるのだ。

 

 

エリアに乱入してくるまであと数分。

悪いが次は譲らんぞルーキー。

 

 

 

 

 

あの蟹もどき接触禁忌種は、一体どんな味がするのかな?




ルーキーちゃんも特務兵だという事を忘れている無口さん。

追記)
改めて見返したらカムランさんにハサミは無いし、足も四本しかなかった件。
アラガミは進化スピードが速いからという事で一つ。


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無口な無口な偏食記-幕間_ルミナSide-

Q1.筆談しないの?
A1.喋れるのでしない。

Q2.何でもわかるリッカちゃん?
A2.知ってる事だけ。

久々登場のルーキーちゃんの本名。
※ただしタイトルだけ


「やっぱりおかしい。あの人、絶対何かを隠してる。」

 

無口な部隊長が置いていったお菓子を頬張りつつも、疑惑の表情でリッカさんがそう告げる。

 

「このお菓子にしたってそうさ。別に今まで無かったって訳じゃないけれど、何時もなら自分も一緒になって食べるのに今日に限って置いてくし。」

 

言われてみれば妙な説得力だ。

あんな雰囲気に似つかわず食べ物に弱いあの人が、自分の分も碌に食べないまま立ち去ってしまっている。

 

まだ結構な量が残っているクッキーの一つに口を付ける。

サクリ、と軽い歯触りの後に程よい甘みが舌の上に広がっていく。

 

うん、美味しい。

今日のお菓子は一段と上物だ。

 

たまにとんでもないハズレが混じってたりするので油断は出来ないが。

リッカさんも同じ物を食べてはいるけど、彼女の味覚もちょっと怪しいので安心は出来ない。

以前それで酷い目にあった事は生涯忘れる事は無いだろう。

 

それはともかく、リッカさんの愚痴が止まらない。

口と連動しているのだろうかクッキーを食べる手も止まらない。

 

サクサク、サクサクと。

まるでリスのような食べ方で、見ている分にはちょっと可愛いのだが。

 

「そんなに疑わしいならいつものように身体に聞いてみたらどうですか?」

「ちょ、変な言い方しないで!それに私、そんなに毎回力づくで聞き出したりしてないから!」

 

またまた御冗談を。

さっきだってレンチをペシペシしてたじゃないですか。

 

からかい半分に真似してあげるとリッカさんが可愛らしい唸りを上げる。

良い笑顔なのでもう少し続けてあげましょう。

 

…調子に乗って続けた結果、ついに堪えかねたリッカさんに逆襲とばかりに頬をむにむにつねられてしまった。

 

………

 

「痛た…酷いなぁリッカさん。ちょっとしたスキンシップじゃないですか。」

「酷いのはキミだよ。人を面白がってからかうなんて…もう神機のメンテしてあげないからね。」

 

しばらく二人でじゃれ合った後。

ふくれっ面のリッカさんに怒られてしまったので素直に謝る。

 

他愛の無いスキンシップではあるけれど。

こういう風に区切りを付けるのは大事な事だ。

 

何しろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

楽しくてついさっきまで忘れてしまっていたけれど、思い出せたのでセーフという事にしておきましょう。

 

「さて、遊ぶのはこれくらいにして…リッカさん、私が呼ばれたのは"あの人に探りを入れてほしい"って頼むためという事で合ってます?」

 

先んじて予想を切り出して見たところ、一瞬間を置いてから彼女が頷く。

心なしか"忘れてた"みたいな表情をしてましたが、まぁ見なかった事にしておきましょう。

 

「うん。探るっていうのは少し言い過ぎかもしれないけど…あの人が何か隠してるのは間違いないからね。」

 

きっぱりと強い意志で断言される。

彼女は普段から物事をはっきり口にするタイプの人だけど、今回は殊更はっきりとした言葉で述べる。

 

「立場的に内緒にしなきゃいけない事もあるっていうのは分かるし、本当は気付いていない振りをしてあげるのが正しいのかもしれない。…でもさ、その結果がこの前のやらかしだからね。」

「あぁ、私だけがのけ者にされてたあれですね。」

 

苦笑しながら話すリッカさんに意地悪く言ってみる。

「ゴメンって」と困り気味に返してくるリッカさんに思わず私もつられて苦笑する。

 

「だから今回だけはこっちからもアプローチさせてもらうんだ。もっとも、本当に立場的に内緒にしなきゃいけない話とかだったらごめんなさいしなきゃなんだけど。」

「大丈夫ですよ。その時は私の方で握り潰しておきますから。」

 

そう言ってギュッと右手を握り締める素振りをしてあげる。

内緒話というものはそういうもの、洩れなければ何も問題は無いのだ。

 

苦笑いの向き先がこっちになった気がしますが、多分気のせいでしょう。

 

 

まぁそれにしても。

 

「あの人も難儀な人ですよね。主に難儀しているのは私達の方ですけど。」

 

確か専門的には失語症と言うのだったか。

身体的な理由からではなく、精神的な問題から言葉を発する事が出来なくなってしまう心の病。

 

軽度であれば多少の吃音程度に留まるそうなのだが、重度になると文字通り言葉そのものを発する事が出来なくなる。

酷いものでは本人が会話をしようと口を動かしているにも拘らず、声だけが出てこない症例すらあるらしい。

 

彼のケースは明らかに重度の方。

さらに声だけでなく、感情を表現するための表情すら"鉄仮面"と評されるほどの無表情に冒されている。

 

言葉を話さず、喜怒哀楽の感情すら顔に表れない。

青い瞳のみを携えて、こちらを値踏みするかのように真っすぐ視線を向けるのみ。

 

…まぁ、これだけを言うなら重い何かを背負っている人という評価だけで終わるんですけど。

 

「言葉を喋れないというのは仕方がないと思うんだけど…それならそれで筆談とかでも構わないのにね?」

「何かそれはイヤみたいですよ。理由は知りませんけど、以前紙とペンを渡したら"そんな物に頼るな"って書かれましたから。」

「そのやり取り、昔何かの雑誌で見た事あるよ。」

 

そう。

 

確かに言葉は喋れないのだが。言葉を()()()()()()()()()()()

確かに感情は現れないのだが。感情を()()()()()()()()()()()

 

褒められれば喜ぶのだろう。貶されれば怒るのだろう。

何かを失えば悲しむだろうし。楽しむ時は…多分飲み食いしている時だろう。

 

言葉を知り、感情がある。

だからこそ、間違いなく。

 

「あの人、絶対に言葉を喋れない事を悪用していますって。今回の件にしたって、バレた所で喋れないから別にいいやとか思ってますよきっと。」

「あぁー、それはありそう…実際この前もあの人に聞き出した時相当苦労したからね…」

 

自分の心身と上手く付き合っていると言えば聞こえは良いが。

何の事は無い、喋れないという事実を体よく使いこなしているだけである。

 

出来るけどやらないのだ。何故ならその方が楽だから。

そのくせそれに至った経緯だけは触れるのも禁忌な程重いのだから性質が悪い。

 

「ちなみにレンチで聞き出したって言ってましたけど、自白出来ないのにどうやって問い質したんですか?」

「疑わしい事を一個一個質問していくんだよ。YesかNoかでほんのちょっとだけ反応が変わるから、それを元に当たりを付けていくって感じかなぁ。」

 

まさかのQA形式。

てっきり力づくで証拠を奪い取っているのかと思っていましたが。

 

しかも読み取り方は嘘発見器と同じ原理。

物的証拠の強奪ならまだしも、流石にこれは真似できないですね。

 

「だから今回のようにこっちが当たりも付けられないような、全く知らない情報については聞き出すことが出来ないんだ。」

 

言いながらリッカさんがお手上げのポーズを取る。

確かにその方式ならヒントも何もない状況では質問自体無意味である。

 

なるほど、だから私に声をかけてきたのか。

問い質せるだけの情報を調べてきて欲しいと。

 

理解出来た所で話を戻し、承諾の意志を伝える。

「苦労を掛けるね」と感謝と共に告げられましたが、それはあの人のせいでもあるので気にしません。

 

 

とりあえず、しばらくはあの人がミッション行くときに同行してみましょうか。

 

………

 

それにしても重ね重ね、あの人も面倒な人である。

秘密を話してくれるかどうかはさておき、仮に喋れるというなら一言二言発するだけでも円滑なコミュニケーションが図れるというのに。

 

その事についてはリッカさんもウンウンと私の意見に完全同意してくれる。

呼ばれた本題も済んだ今、お互い余暇を満喫するように雑談に華を咲かせます。

 

「言葉ねぇ…あの人、どうすれば喋ってくれるかな?」

「案外"ちゃんと喋ってください"って言ったら普通に喋り出すかもしれませんよ?」

「あっはっは、まっさかぁ!」

 

私の提案に声を出して大笑いするリッカさん。

そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。

 

まぁ、普通に皆そう思いますよね。

もし喋れの一言で本当に喋り始めたら下手な喜劇より笑い話ですし。

 

でもこればっかりは文句を言っても始まりません。

何時になるかわかりませんが、時間が解決してくれる事を祈りましょう。

 




ルーキーちゃんが付いてきた理由。
無口さんと同じくウロチョロできる権限持ち。


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無口な無口な偏食記3

Q1.頭がある?
A1.Yes。

Q2.手足がある?
A2.Yes。

Q3.つまり人?
A3.Nein(いいえ)。

人じゃないので論理的にセーフ。



接触禁忌種。

その危険性から一般の神機使いは接触を禁じられているという危険な存在。

正確には第一種と第二種が存在しており、危険度の違いはあれど、基本的には一般の神機使いが遭遇しないよう秘密裏に討伐されるのが常である。

 

今回のお目当てである蟹もどきは危険度の高い第一種の方。

 

正直一人でやり合うのは面倒な相手ではあるのだが。

あいにくソーマとはまだ気まずい感じが抜けてないので声をかけるのは諦めた。

 

だってアイツ俺の事睨んでくるんだもの。

あのクソトカゲのお礼参りに誘おうとした時もすっごい訝し気な目でこっち見てきたし。

 

まったく根に持ち過ぎだぞお子様め。

古参のくせに優秀な神機使いには記憶力の欠如が必要だというのを知らんのか。

 

誘えなかったものは仕方が無いので諦めてソーマ抜きでの戦術を組み立てる。

 

ソーマと違って俺は真正面からやり合えるだけの体力は無いからな。

とりあえず何とか後ろに回り込んで…

 

-チョイチョイ-

 

不意に肩をつつかれたのでそちらの方へ視線を向ける。

フフンと自信ありげに微笑む、何か可愛い生き物がそこにいた。

 

「ソーマから話は聞いています。こういう時は私が前…ですね?」

 

わかってますよと言わんばかりのドヤ顔。

うん可愛い可愛い、こういうのでいいんだよこういうので。

 

まぁ俺の答えは"だが断る"で決まってるんだけどな。

理由?とりあえず十年早いとでも言っておこう。

 

前に出るというのはそれだけでも危険な役目。

ソーマやリンドウじゃあるまいし、ゴッドイーターになって一年も経たないルーキーに任せるような事じゃない。

 

当人の実力はともかくとしても、こういう時は実績の無い奴には任せないというのが俺の信条だ。

手の届く所で誰かが死ぬのはもうたくさんなんだよ。

 

おっと、戦闘前に湿っぽくなってはいけない。

これでもそれなりの古参兵、自分から戦意を落とすなんて笑い話にもならないからな。

 

取り急ぎの問題として。

どうやってそれをルーキーにわからせようか。

 

ストレートに伝えるというのは論外だ。

コイツの性格からして絶対に聞く訳ないし。

 

情に訴えるのも効果が薄いだろう。

ルーキーにとって俺の事情なんて知った事じゃないだろうし。

 

というか伝える俺の方が恥ずかしい。

帰還後にそれを言いふらされた日には即日極東支部以外に移籍願いを出すね。

 

少し前なら上官命令だと言い張る事も出来たが。

何だかんだで立場的にも階級的にも今は同じになってるからな。

 

あれ?

そう考えると俺、何でコイツにいつもお菓子奢らされて…

 

この話は止めようか。

 

とりあえず今までの案を整理してみたが。

どうも言葉で説得するのは無理そうだ。

 

正論言っても聞かないし。

情に訴えても聞かないし。

 

上官命令も通じない…というか立場がもう同じだし。

先輩命令なら…先輩に殴りかかる奴が聞く訳ないか。

 

改めて考えると無敵の人かよ。

仕方ない、レディ相手に正直気乗りはしないんだが。

 

無言のまま懐に左手を忍ばせる。

何時あのクソトカゲと出会っても良いように装備に抜かりは無いからな。

 

ここから先は古参兵以外はご遠慮願…

 

-ガシッ-

 

懐から手を抜く前に。

先程つつかれた肩に手が置かれる。

 

「どうしました?懐に手を入れて…あぁ、私が接近しやすいよう援護してくれるんですね。」

 

チラリと懐手の姿を一瞥し、先程と変わらぬ笑顔で続けられる。

そっと腕を抜こうとしたものの、途端に手を置かれている肩からミシリと不吉な音が鳴る。

 

ちくしょう、何故バレたし。

少しでも不穏な動きをしたら問答無用で肩をオシャカにされそうだ。

 

スタングレネードで目を眩ませたその隙に俺が正面に展開。

出遅れたルーキーはやむなく側面後方から支援するという完璧な布陣を取るはずだったのに。

 

「聞こえなかったようなので、もう一度言いますね。」

 

懐に手を入れたまま動かない俺に対し、笑顔のままで言葉が繰り返される。

 

「私が前、先輩が後ろです。異論は…もちろんありませんね?」

 

この野郎、さっきは疑問形だったくせに。

優位と見るや今度はしれっと断言しやがった。

 

有無を言わさぬこの笑顔。

可愛いは正義とはこういう事か。

おまけに力まで兼ね備わっているのだから始末に負えない。

 

まぁこうなっては仕方がない。

残念だが無力な神機使いはただ従うしか道は無さそうだ。

 

今回は大人しくしておこう。

実力はあるんだし多分大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

ただし。

ヘマしたら絶対に許さんからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

今回の作戦はシンプルに一つ。

 

ルーキーが正面から、俺は背後からアラガミを攻め立てる。

要するにただの挟み撃ちだ。

 

何時ぞやは妙に手強い個体で回り込むのに苦労したが。

あの時と違って今回の作戦エリアは通路上の狭い場所。

 

死角に潜り込むのはそう難しい事じゃない。

それに前もって作戦を決めているので陣取る場所が被る心配も無し。

 

唯一の懸念はルーキーの実力だ。

いや、申し分ないのは分かっているんだが。

 

仮にも相手は接触禁忌種だからな。

それクラスを相手にルーキーと組むの初めてだし。

 

まぁ最悪ルーキーだけでも逃がせばいいか。

アラガミもやってきたことだし、お手並み拝見といこうかな。

 

………

 

いや、実力があるのは分かっていたが。

接触禁忌種と正面からやり合えるとかソーマかよ。

 

ソーマはバスターブレードの一撃でアラガミと渡り合うタイプだったが。

ロングブレードの威力不足をインパルスエッジの火力で補うというのは流石新型と言わざるを得ない。

 

ボルグ・カムラン相手の時は相性良いな程度の感想だったが。

接触禁忌種相手でも通じるという事は、まず間違いなく相手を選ばず戦える。

 

使い手のスタンスと神機のコンセプトが噛み合ったというだけではここまで強くはなるまい。

ソーマも一目置いてるようだし、これは俺も認識を改めないといけないかもしれないな。

 

またお菓子たかられそうだから本人には言ってやらないけど。

 

まぁいいや。

とにもかくにもミッションは達成。

 

お待ちかねの調理タイムである。

コアを捕食しようとするルーキーを制し、動かなくなったアラガミの胸元(?)へと移動する。

 

以前シオに聞いた話ではこの辺りに甲殻の継ぎ目があるらしく。

それをパコっと開いた中にある肉質部が柔らかくて美味しいとの事。

 

んー、どれどれこの辺か?

継ぎ目と言われても目視じゃいまいちわからんな。

 

後ろから「何やってるんですか?」と声を掛けられるが気にしない。

今下準備してるから待ってなさいな。

 

手探りも交えて探る事数分。

ようやくそれらしきへこみを見つけて指でなぞる。

 

これが継ぎ目か?

よし、じゃあここに神機を差し込んで…何だこれ?

 

プレートのような感触が指に触れて手を止める。

楕円状の薄い金属板に紐のような鎖が繋がり、その先がアラガミの身体に埋まっている。

 

察するにアラガミの身体を構成するオラクル細胞に飲み込まれた何かだと思うが。

この形、どこかで見た事ある様な…

 

「…ドッグタグですね。」

 

それだ。良い勘してるなルーキー。

でもいきなり真後ろから声をかけるのは止めような。

 

お兄さんびっくりしちゃうから。

女の子に悲鳴を聞かれたら恥ずかしいじゃないか。

 

まぁそれはさておき。アラガミに捕食されてなお、こうして形を留めているなんて珍しい。

金属だろうが何だろうが、普通はオラクル細胞に分解されて影も形も残らない物なんだが。

 

おまけに物によっては吸収スピードも一瞬だ。

俺の両親なんて、ものの三十分と経たない内に完全消化されたみたいだったからな。

 

閑話休題。

とりあえずこれは金属片なので食べられないので取り除こう。

 

神機で甲殻を継ぎ目から開き、肉を抉り出してドッグタグを摘出。

軽く拭いて綺麗にした後、落とさないようチャック付きの内ポケットにしまい込む。

 

既に刻まれた名前は読み取れなくなっているものの、もしかすると判別できる時が来るかもしれないからな。

 

「もしかして、それが目的だったんですか?」

 

いや違うけど?

俺の目的はこっちの蟹もどき。

 

まだコアを抜いていない新鮮素材。

直ぐ焼けるよう良い感じにマグマの河がそこにある。

 

待ちに待った調理&実食タイムだ。

もし美味かったら食料物資の開発班に新しい素材として持ち込もう。

 

さーて、まずはハサミから…

 

-グシャリ!-

 

…グシャリ?

待った、何だ今のグシャリって。

 

疑問に思ったのも束の間。

見る見るうちに地面に溶け出し、塵と変わっていくアラガミ。

 

神機使いになって何度も見た、コアを捕食されたアラガミが辿る末路の姿。

デジャヴと呼ぶには早すぎる。

 

ちくしょう、何でだよルーキーめ。

まだコアは抜くなって制止したじゃないか。

 

素材は鮮度が命なんだぞちくしょう。

こんなのもう食べられないじゃないか。

 

溶け切り霧散したアラガミを見詰めながら、ルーキーが言葉を紡いでいく。

 

「このアラガミも()()()()使()()()()()()()()()()()?さっきのドッグタグ、きっとこの人の持ち物ですよね。」

 

戦闘前の笑顔は鳴りを潜め。

先程とは打って変わった神妙な面持ちでルーキーが続ける。

 

「私達は…」

 

 

神機使い人間を殺してしまったんでしょうか?-

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

…言われてみれば。

スサノオはアラガミ化した神機使いの成れの果てっていう話だった。

だとするとコイツ、蟹もどきでも何でもないな。

 

俺の両親喰ってくれたアラガミじゃあるまいし。

人を美味しそうなんて思う感覚は俺にはない。

 

何だよ、そうなると結局ただの無駄足か。

まぁ危険なアラガミには違いないし、討伐出来ただけ良しとするか。

 

ほら帰るぞルーキー。

もうこんな暑苦しい空間に用は無い。

 

…どうした?何か顔色が悪いぞ。

どこか具合でも…あぁ、そう言えばさっき神機使いを殺したとかどうとか言っていたな。

やっぱりお嬢ちゃんにはまだ刺激が強すぎたか。

 

結論から言うと。

 

見つけて殺した以上、あれはアラガミ。

元が人間かどうかは関係無い。

 

人間として殺したくないなら見つけてはいけないし。

人間として助けたければ殺してはいけない。

 

もし見つけてしまったのなら、それはもう人間じゃないから殺さなければいけない。

そして殺してしまえば、もう話はそれでおしまい。

 

アラガミと違って人間というものは生き返らない。

未来永劫、人間として助ける機会は無くなるのだ。

 

リンドウも本当なら助けられたんだがな。

途中までうまくいっていたのに、俺のしくじりでクソトカゲに()()()()()()()()

 

だからアイツは殺す。人を喰うアラガミだからな。

後悔するのは後回し。仲間を喰ってくれたクソトカゲは、俺が絶対に--

 

…まぁ何が言いたいのかというと。

余り気にし過ぎるなという事なんだが。

 

「………………………」

 

うーん駄目っぽい。

この状態じゃどんな言葉を言って聞かせても通じ無さそう。

 

仕方ない。俺の元上官殿よろしく、()()()()()()()()事にしようか。

ルーキーちゃんの頭に右手をセットして、と。

 

おやおや、ルミナ君は可愛いですね。

何事かよくわからずに、ぽかんとこちらを見返してきてる。

 

極東支部指折りの精鋭部隊隊長とはいえ。

こうして見ると年相応の女の子だな。

 

まぁそんな子にこれから酷い事をするんだけど。

というわけで--

 

難しい事を考えてるおつむは、ちょっとシェイクしましょうね。

 

 

「お、あ、わ、わ、な、なっ…!?」

 

体罰?馬鹿言え、俺がレディに手を上げる訳ないだろ。

これは余りの可愛さに魅了されたので、激しくなでなでしてあげてるだけである。

 

セクハラとか言ってはいけない。

流石にそれは言い訳出来ないからツバキさんにシバかれてしまう。

 

「ちょ、何っ、止め、先ぱっ、頭っ、止めっ…!」

 

余りの振動にルーキーの両手が俺の右手を掴んでくるが。

しれっと筋力増強錠を飲んでる俺には無駄な抵抗である。

 

揺する、揺する。

余りの抵抗の通じなさに、いつもクールな感じのルーキーが珍しく本気で慌てている。

 

ヤバい、ちょっと楽しくなってきた。

これは何だかイケない扉が…

 

「止めてくださいって言ってるでしょう!」

 

開く前にキレたルーキーに殴られた。

というかボコボコにされた。

 

 

とりあえず。

 

無事余計な思考は吹き飛んだようだな。

元気が出たようで何より。

 

さて、今度こそ帰ろうか。

今足に来てるからゆっくりな。

 




正気とはひょんなことから戻るもの。
狂気が埋まったとか言ってはいけない。

肩を並べて戦える仲間。背中を預けて戦える仲間。
着実にルーキーちゃんの実力も認めてくれてきています。

まさかハンニバル相手に慢心したりはしませんね?
ダイスは仕舞っておきましょう。


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無口な無口な裏事情1

Q1.上官直伝?
A1.この人はされてないので見様見真似。

Q2.蟹は?
A2.食べそこないました。

箸休めのすっとこタイム。
今回は幕間的なお話なので無口さんの出番無し。

一応ご飯食べにはやってきます。


「…で、うっかり弱音を吐いたら頭ぐりぐりされちゃったんだ?」

 

ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながら話すリッカさん。

 

「あの人が女性相手に手を上げたっていうから何事かと思えば…子供扱いされて慰められただけじゃない。」

 

確かに無理やりミッションに付いていったのは私だし。

あの時弱音を吐いてしまったのも事実だけれど。

 

「むしろ後の話を聞くに手をあげてるのはキミの方じゃない。駄目だよぉ?仮にも一部隊のリーダー様が暴力で解決しようとするなんて。」

 

リッカさんこそどの口でそれを言うんですか。

またほっぺをむにむにして欲しいんですか。

 

いや、しましょう。

頼まれ事をこなしてきてるというのにこの言い草、罰を与える理由には十分かと。

 

 

というわけで、リッカさん御覚悟です。

 

………

 

「保管庫で暴れるな馬鹿共!」

 

たまたまやってきたツバキさんに見つかって二人共々拳骨されました。

頭が結合崩壊しそうです…

 

あの人のアレ、これに比べたら相当マシな部類だったんですね。

 

……………………………………………………………………………………………

 

と、いう訳で。

 

「あの人はまだ何かを隠してると思うんですけど、何か心当たりありませんか?」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

中央にそびえる大型エレベーターの正面、階下を見渡せる特等席で意見を募る。

 

集まってもらったのは第一部隊の面々と。

今回の話の発端であるリッカさん。

 

「心当たり、と言われましても…」

「そもそもあの人、普段からあの仏頂面だからなぁ。それ以外と言われると何か飲み食いしてる姿しか…」

 

とりあえず各人でそれらしき記憶を辿ってもらうものの。

その回答はあまり芳しくはありません。

 

というかコウタ、仏頂面って。

確かに鉄仮面って表現よりはマシかもしれませんけど。

 

「サクヤさん、何か思い当たる節とかない?」

「そう言われても…強いていうなら最近よく単独でミッションに出向いているとか?」

 

リッカさんとサクヤさんのやり取りも確証的な物は見当たらないが。

 

言われてみればそれは確かに。

そういえば私がこの前付いていったのも元々は単独ミッションだ。

 

しかもその実態は特務案件。

極東支部内でも極限られた隊員しか参照する事の出来ないミッション。

 

私が知る限り、参照できるのは私とあの人と…

 

「…言っておくが、俺は何も知らないぞ。」

 

私が何かを聞く前に先手を打って答えるソーマ。

うーん怪しい、私はまだ何も言っていませんよ?

 

本当に?本当に知らない?

嘘だったら前みたく一日中纏わりつきますよ?

 

「…何企んでやがる。そんな目をされても、知らん物は知らん。」

 

ふむ、そこまで言うならとりあえずは保留にしましょう。

次に情報を持っていそうなのは…

 

「アリサは?何かあの人から聞いてない?」

「私は何も…というか、喋れない人相手に聞くも何もないじゃないですか。」

 

ほぅ、何もですかそうですか。

 

「本当に?本当に知らない?」

「な、何ですかリーダー。その聞き方、何か疑われてるみたいで嫌なんですけど。」

 

その通り。

実は大変疑っております。

 

意外かもしれませんがアリサとあの人の接点は昔から多いのです。

極東配属当初に始まり、最近ではアーク計画の件に至るまで。

 

別にこの前除け者にされていた事を気にしている訳ではありませんよ?

これだけ接点があるのに加えて、私はちゃんと証拠の方も掴んでいるのですから。

 

「ねぇアリサ。最近よく調理場を借りて何か作っているよね?」

「ど、どうしてそれをっ!?」

 

おっと、軽くつついただけでこの動揺ぶり。

これは疑惑度が跳ね上がりましたよ。

 

「どうして知ってるのかはあとで教えてあげるとして…料理にでもハマってるの?それなら私も是非ご相伴に預かりたいのに。」

「そ、それはその、深い理由があると言いますか…」

 

深い理由。

そうだね、深い理由だね。

 

「あぁゴメンゴメン、()()()()()()()()()()()、私がいたら邪魔だよね。別にアリサが誰と逢引きしてても気にしないんだけど。」

「リーダーッ!?」

「なぬっ!?」

「あら!」

「えぇ…?」

「………」

 

周りの反応は種々様々。

 

一部反応が芳しくないのが気になりますが。

まだるっこしいのは嫌いなので、構わず一気に畳みかけましょう。

 

「ただそのお相手っていうのが話題のあの人の事だからね。内緒にしたい気持ちはわかるけど、リーダーとしてここは真実を確かめておかないと。」

「ち、違います!あの人と会ってるのはそんな理由じゃ!…あ。」

 

疑惑の中心に向かって狙撃弾発射。

無事秘密の壁が結合崩壊を起こしましたね。ぶい。

 

コウタはマジかと素で驚き。

サクヤさんはあらあらと楽し気に笑い。

 

ソーマとリッカさんは呆れ半分にこっちを見て。

アリサは誤解ですと真っ赤な顔で否定を続ける。

 

さぁ、ここまでくれば後は私の独壇場。

もちろん私も本気で逢引きしてるだなんて思ってはいませんが。

 

二人で会っているという事までは本当に掴んでいるのです。

となれば、秘密の一つや二つ共有していると見るのが普通でしょう。

 

どうしますアリサ?

白状しなければ逢引き判定が第一部隊の共通認識になりますよ?

 

「さて、もう一度聞くねアリサ。」

 

-あの人と会って、一体何をお話していたのかな?-

 

 

「…わかりました言いますよ!料理の味見をお願いしていたんですよ!」

 

たっぷり数分の沈黙を破り。

観念したアリサがそう叫びます。

 

むぅ、料理の味見ときましたか。

この後に及んで往生際が悪いですね。

 

仕方ありません。

ほぼクロみたいなものですし、こうなったら実力行使で…

 

「料理…あぁ、もしかしてあの時の。」

 

動き出そうとした直前。

思い出したように話すサクヤさんの言葉に動きが止まる。

 

「そ、そうです!サクヤさん助けてくださいよぉ…」

 

まるで救いの女神を見たと言わんばかりに泣きつくアリサと。

事情を理解したのか困ったように笑いながらアリサをあやすサクヤさん。

 

あれ、サクヤさん何かご存じなんです?

何だか話の流れがおかしくありませんか?

 

これじゃ私がアリサを根も葉もない噂でいじめたみたいじゃないですか。

 

コウタを見る。

顔ごと視線を横に反らされました。

 

アリサとサクヤさんを見る。

アリサが真っ赤な顔でキッとこっちを睨んでいます。

 

ソーマとリッカさんを見る。

「自業自得だ馬鹿。」「いや、これは流石にキミが悪いよ…。」

 

改めてアリサに向き直る。

いつの間にか近づいてきていたアリサに、ガシっと頭を掴まれました。

 

「…リーダー。人の秘密をつつくのは楽しかったですか?」

 

…私、もしかして何か間違えました?

 

 

「覚悟は、いいですね?」

 

 

…その後しばらく。物凄くアリサにもみくちゃにされました。

他の皆は当然の事、通りがかったツバキさんすら助けてくれませんでしたし。

 

シクシク、もうお嫁にいけないです…

 

……………………………………………………………………………………………

 

「で、この前の食事会の準備をしていた時にサクヤさんに言われたのをきっかけに料理の練習をしていたっていう訳ですか。」

 

ここは極東支部の調理場。

食堂のように大人数の食事を用意するための物ではなく、個々人の趣味を兼ねた息抜きのために開放されている場所の一つ。

まだ計画段階ではあるものの、何でもバーのように軽食を楽しめるようなフロアに改装する予定もあるらしい。

 

コンロが備え付けられた一角の調理場で、エプロンを付けて何かを調理する女性が一人。

少し離れたテーブル席にコウタと座り、足をプラプラさせながら手持無沙汰に会話を続けます。

 

「何だよ紛らわしいなー。というか料理の練習くらい別に隠す事じゃないじゃんか。」

「うるさいですコウタ。そんなだから貴方は女性にモテないんです。」

 

直球の罵倒にグハッとショックを受けて黙り込むコウタ。

実の所、コウタはこれで意外とモテてるみたいなんですけどね。

 

男らしいというよりは子供っぽくてカワイイ的な意味で

まぁ言うとトドメの一撃になりそうなので黙っておきましょう。

 

ちなみに今はアリサが例の"逢引き"に備えていつものように準備を整えている最中。

今回は状況確認も兼ねて私とコウタがご相伴に預かろうとしている形だ。

 

「しかし料理の味見ですか。確かにあの人、食べ物の誘惑には物凄く弱い人でしたね。」

「私から声をかけた訳じゃありませんよ。気付いたらいつの間にか調理室に入ってきていて、私の作った料理を食べていたんですよ。」

 

聞くところによると。

ある日、調理完了後に所用で席を外していた所に戻ってくると席に座ってあの人が料理を食べていたらしい。

無断で料理を食べてしまった気恥ずかしさからか、初日はすたこらさっさと逃げ出してしまったらしいけど。

 

「その一件でどうも味を占めたみたいなんですよね。私がいる時に来ると食べ物にありつけるって。」

 

以来、料理が終わる頃合に決まって訪れるようになったそうな。

本人的にタダ飯は気まずく思うのか、何かしらの差し入れも持ってきてくれるのでアリサも不満はないらしい。

 

「ちなみに差し入れの中身は何ですか?」

「大抵は甘味系が多いですね。それとお茶かお酒がセットで付いてきます。」

 

甘味、即ちお菓子。

これは聞き捨てなりません。

 

私に…否、私達に黙って。

文字通りにそんな美味しい思いをしていたとは。

 

「い、いいじゃないですか別に。料理の対価と思えばそうそう変な話なんかじゃ…」

「お菓子だけに()()()な話じゃないって?上手い事言ったって誤魔化されませんよ。」

 

椅子から立ち上がってアリサの方へと向き直る。

このポーズ?荒ぶるアラガミのポーズって言うんですよ。

 

「え、ちょっリーダーッ!?」

 

もちろんアラガミなので当然この後はアリサに襲い掛かります。

この、この。悪いのはこの女の子の象徴ですか。

 

しれっとコウタがこっちを見ていますが気にしません。

 

喜びなさい、サービスタイムと言うやつです。

サービスしてるのはアリサですが。

 

私は男心に理解のあるリーダーさんですから。

男性一人に見られたくらいでは気にしませんよ。

 

「あー、リーダー?楽しんでるところ悪いけど…その、アレ…」

 

クイクイッと親指で何かを指し示すコウタ。

何ですか、今良い所なんですけ、ど…

 

「………………………」

 

指差す先は部屋の入口。

そこに居たのは無言のまま、いつも通りの無表情でこちらを見据える青い瞳。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

-ピシャリ-

 

「あ、ちょっ。」

「待ってください!あの人、今完全にあらぬ誤解をしましたよね!?」

「いや、あらぬ誤解も何も、そういう風にしか見えなかったけどね…」

 

うるさいですよコウタ。

あの人が来てるなら来てるってもっと早く言ってください。

 

アリサと一緒に叫びながら廊下に飛び出してみたものの。

あの人の姿は影も形もありません。

 

「ちょ、どうするんですかリーダー!?あの人、絶対変な誤解をしてますって!」

 

どうしようか?

…どうしよう。

 

正直予想外で打つ手なんてそうそう思い付きはしないんですけど。

 

そうですね。

こういう時はとりあえず。

 

 

()()()()()して気晴らししましょう。

というわけでコウタ、御覚悟です。

 

……………………………………………………………………………………………

 

いやぁ、まさか女の子二人のじゃれ合いを見ながらのディナーとは。

純朴な少年かと思いきや、思いの外リア充なんだなコウタ君は。

 

だが今日のこれは想定外だ。

今日も今日とて、しれっとアリサのロシア料理にありつく気満々だったんだがな。

 

何しろ横流ししてもらった配給品を右から左にするだけで美味い手料理に化けるというのだから堪らない。

寧ろやらない方がどうかしているというものだ。

 

しかし何だな、まさかルーキーまで出張って来ているとは。

何時か嗅ぎつけられると思ってはいたが、存外辿り着くのが早かったな。

 

まぁ突き止められてしまった物は仕方がない。

 

皆で食べる食事も悪くないもの。

これからは第一部隊の面々と食事の時間を楽しむとしよう。

 

「………………………」

 

…いや待てよ?

もしかして俺だけ部隊違うから場違いになってるって追い出されるオチかこれ?

 

うわぁショック。

恨むぞルーキー、食べ物の恨みは恐ろしいんだからな。

 




一番風評被害喰らってるのはコウタというお話。

ルーキーちゃんは探偵の素質ゼロ。
ちなみにアリサの料理は毒ではないのでヴェノム無効は効きません。



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無口な無口な裏事情2

Q1.アリサの料理は?
A1.高火力。

Q2.ポイズンクッキング?
A2.Nein(いいえ)。

強いて言うなら徹甲属性。
"料理の天災"という言葉を考えた人はすごいと思う(小並感)。


あれから数日。

てっきり第一部隊の面々がアリサの手料理を食べに来ると思ってたんだが。

 

予想に反して誰も来ない。

意外とロシア料理って人気無いのか?

 

確かに極東だとあまり口にしないタイプの味わいだとは思うけど。

それともやはり、アリサの料理の腕の問題か。

 

具材のニンジンを持ち上げる。

見事なまでに皮付きだ。

 

具材のジャガイモを持ち上げる。

見事なまでに皮付きだ。

 

本人が練習中と言っている通り。

どれもこれも、料理上手な出来であるとはお世辞にも言えない。

 

見てくれも料理を楽しむ要素の一つである。

きっと見た目に不安を感じて忌避感を覚えてしまっているのだろう。

 

味は別に悪くないんだがな。

欲を言えばもう少し薄口の方が個人的には好みである。

 

まぁ女性の手料理に注文を付けるなど紳士的じゃないから言わないが。

マンガやアニメで見るようなポイズンクッキングという訳でもないしな。

 

モキュモキュモキュモキュ。

ふぅ美味かった。

 

俺以外、()()()()()()()()調()()()

一人手を合わせて御馳走様の感謝を捧げる。

 

今日は珍しくアリサは不在。

珍しくルーキーがヘマをしてしまったので、手料理を持ってそのお見舞いに行っている。

 

まったく、まったくもう。

 

手の届く所なら何とかするが。

一緒ではないミッションの時までは流石に面倒は見切れんぞ。

 

それとも一緒に付いて行ってやるべきだったか?

赤子相手じゃあるまいし、そこまでやれるか馬鹿らしい。

 

まぁそれはそれとして。

可愛い後輩を虐めてくれた畜生には、たっぷりお礼をしないとな。

 

 

 

 

 

クソトカゲリンドウめ。まさか自分の部下に手を上げるとは。

楽に、死ねると、思うなよ。

 

………

 

あ、あれ?

君、どこのどちら様?

 

新種と聞いたから、てっきりリンドウかと思ったんだけど。

 

出てきたのは()()()()()()()()()()()()()

なんだよ、色も全然違うし完全に無駄足じゃないか。

 

強いと言えば確かに強いが。

リンドウと一緒に仕留めたあのクソトカゲと比べると…。

 

最初から全力全開で戦ったせいもあってか。

ものの数分で背中をメッタ裂きにしてケリがついてしまった。

 

仕方ないじゃないか。いくら何でも動きが遅すぎる。

あんなの、好きな所から斬ってくれと言っているのと変わりない。

 

欠伸が出るなんて挑発文句、生まれて初めて使ったぞ。

 

まぁいいや。

どうせアラガミ、遅かれ早かれ討伐ミッションは出ていただろう。

 

何でもコアを引き抜いても生き返る"不死身"の異名を持つアラガミとの事。

俺とリンドウにボコられたのを契機に、速度を犠牲に耐久力に特化させたという所か。

 

うーん、アマチュア的な思考だな。

そんなの、手足を切り落とされればそれでもうお終いじゃないか。

 

現にお前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

手足は斬り飛ばして杭打ちされてるし。

頭は潰されて身体は達磨。

この状態から打つ手があるなら、作家の素質有りだと俺なら言うね。

 

ちなみに答えは聞いてない。

 

この後俺はお前をサイコロステーキにする。

終わったらコアを捕食する。

 

再生したらまたサイコロステーキに調理して。

以下これらを繰り返す。

 

皆が夢見た永久機関の完成だ。

うむ、榊博士に良い手土産が出来たな。

 

とりあえず。

神機が満腹になるまでやってみよう。

 

その後?

粉微塵にすれば流石に再生できないだろ。

 

 

 

 

待っていろよクソトカゲ。

次はお前の番だからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

中央にそびえる大型エレベーターの正面、階下を見渡せる特等席で酒を嗜む。

 

久しぶりの休暇である。

真昼間から酒を飲み、任務へと出撃していく同僚を軽く煽る。

 

ふはははは、俺は休みだ羨ましかろう。

キリキリ働け皆の衆。

 

ここで思いの丈を口にしないのが出来た大人というもの。

思うだけならいくらでもタダだし。

 

余計な妬みを買わずにストレスのみ発散する、もっとも優れたアウトプットのやり方である。

たまに感性が鋭いのか、通じない奴もいるというのが困り者だがな。

 

主にルーキーとかルーキーとか。

無言で近寄ってきて言いがかりを付けられた挙句、食べ物全てかっさらわれた時は衝撃で何も言えなかったぞ。

 

閑話休題。

とにもかくにも俺は休暇中である。

 

うん、平和だ。

願わくばこんな平和が何時までも続きますように…

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

唐突に地下空間にアラーム音が鳴り響く。

ハッハッハ、俺の馬鹿。フラグだなんて言いきる前からわかりきってた筈なのに。

 

警報を聞くに、どうやらアナグラに小型アラガミが数体侵入してきたらしい。

まぁ今でこそ回数は減ったが、昔は結構よくある事だったよ。

 

中型以上ならまだしも、小型程度なら焦る必要は無し。

出撃中の同僚が戻ってくるまでの時間稼ぎ程度なら、飲み終わった後でも余裕で出来る。

 

慌てない慌てない、一休み一休み。

極東に古くから伝わる、声に出して言いたい良い言葉だ。

 

缶に残った酒を飲み干し。

ふと何気無しにエレベーターの方を見る。

 

慌てた様子で駆けていくルーキーの姿が見える。

あぁ、そう言えばお腹を壊したとかで数日間休暇を取っているという話だったか。

 

「………………………」

 

確かそれに合わせて不具合を起こした神機もメンテナンスするとか言う話だったな。

で?アイツ今、神機も無しにどこに向かおうとしている?

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「………………………………………………」

 

 

状況を理解した次の瞬間。

目の前の机を蹴り飛ばし、最短距離でルーキーの後を追う。

 

周りのどよめきが耳に入るが、そんな些事を気にしている場合ではない。

 

あのクソガキめ、ふざけやがって。

リンドウから一体何を教わって今まで戦ってきやがったんだ。

 

アラガミがこのアナグラに侵入してきた。

程なく区画は隔壁で封鎖され、神機使いが帰投するまでの時間稼ぎが行われる。

 

昔から確立されている緊急時の危機回避のための手段だ。

今でこそ多少は珍しくなったものの、ここに危険を冒す必要性はもはやない。

 

万が一、()()()()()()()()()()()()()

万が一、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

何一つ問題など起こりえない。

起こりえよう筈がない。

 

だがしかし。

今この状況、その万が一が起こり得ようとしている。

 

逃げ遅れた人間がいると見て。

不要に駆けつける人間がそこに居る。

 

視界に浮かぶはあの光景。

 

真っ赤な水溜りに浸かった、欠けた身体の両親と。

真っ黒な霧に飲み込まれた、左半分になった身体のリンドウと。

 

そしてそこに新たに一つ。

真っ赤に染まる女性の姿が目に浮かぶ。

 

駆けながら止まることなく装備を確認する。

 

銃器良し、グレネード良し。

回復錠良し、強化薬良し。

 

うむ、問題無い。何一つ問題無い。

小型種程度、生身であっても十分殺せる。

 

今度は、今度こそは十分間に合う。

 

ルーキーに遅れを取る事数拍。

彼女が駆け込んだ神機保管庫へと突入する。

 

意識を失って倒れ込んでいるルーキーがそこにいた。

意識を失って壁に寄り添いうなだれるリッカがそこにいた。

 

視界が一気に真っ赤に染まる。

有無を言わさず懐から拳銃を引き抜いて発砲し、その隙に準備していた強化薬を口にする。

 

スタミナ増強剤Sを噛み砕き。スタミナ活性剤改を噛み砕き。

筋力増強錠90改を噛み砕き。体躯増強錠90改を噛み砕き。

体力増強剤Sを噛み砕き。スタミナ増強剤Sを噛み砕き。

駄目押しに強制解放剤改も噛み砕く。

 

服薬を終えるやいなや駆け出し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

アラガミを裂いた所で記憶は途切れた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の救護室。

怪我をした神機使いがお世話になる場所だが、実は利用率はそこまで高くない。

 

何しろ大抵はここを通り越す事態が多いからな。

命が残っているならただそれだけで儲けものと言う話だ。

 

そして現在、俺の目の前ではルーキーが怒れる女神様の熱烈なお叱りを受けている。

いくら緊急時の事とはいえ、他人の神機を使ったりすれば当然だな。

 

何か助けを求めるような視線を向けられているが知らん振りする。

この極東では女性を百合の花に例えた上で"間に挟まる輩は○ね"という大変含蓄豊かな御言葉がある。

 

あいにく俺はまだ死にたくないんでな。

決してとばっちりが怖くて口を挟まない訳じゃない。

 

しかしモテモテだなこのルーキー。

リッカはともかく、いつの間にか()()()()()()にまでお見舞いに来てもらう程だとは。

 

全員女性なのは気になるが。まぁ極東だし、そういう話もあるだろう。

細かい事は気にしないのが人生を楽しく生きるコツなのだ。

 

さて、何にせよ火急の難は去った。

自分の治療も済んだ事だし、もうここには用はない。

 

「…ちょっと待って。キミ、何しれっと立ち去ろうとしてるのさ。」

 

不意に後ろから声が掛かる。

ちくしょう、俺の事を忘れてた訳じゃなかったのか。

 

咄嗟にダッシュして部屋を後にしようとしたものの。

後ろから飛んできたレンチの一撃を受け、逃げ切る前に身体が地面に倒れ込む。

 

既に全身は薬の副作用で筋肉痛。

そこに後頭部へ強い衝撃を喰らってしまい、もはや指一本動かせない。

 

「普段から言ってる事だけど。キミもリーダーも、どうして自分の事はすぐ二の次にしちゃうのかなぁ?」

 

むんずと襟首を掴まれ、ずるずると救護室内へ引きずり込まれる。

なるほど、これが極東名物"お持ち帰り"。まさか男の俺が体験する羽目になろうとは。

 

「丁度良い機会だし。キミもリーダーも、今日という今日はたっぷりと言いたい事を言わせてもらうからね。」

 

ベッドに投げ捨てられ、ペシっとこれ見よがしにレンチを見せつけながら告げられる。

ルーキーは既に観念しているのか、プルプル震えながら俺の頭にしがみついている。

 

「…先輩。これ、何とかなりません?」

 

ならんな。諦めろ。

なるならとっくの昔にどうにかしてる。

 

…時間にして数時間後。

第一部隊の面々がお見舞いに来たタイミングでようやく説教タイムは終わりを告げた。

 

「あ、君はまだだよ。仮にも古参なんだし、あの子以上に責任がある立場なんだから。」

 

…ハッハッハ、ナイスジョーク。

リッカちゃんったら冗談が上手いんだからもう。

 

何食わぬ顔で逃げようとしたら再度レンチが飛んできて動きが封じられる。

 

くそ、俺はこれでも怪我人なんだぞ。

もっと丁重に扱えよ。

 

「ん?何か言いたい事でもあるのかな?」

 

…ありません。

背筋を正して拝聴させていただきます。

 

 

ちくしょう、現実って厳しいな。

 

………

 

(…まさか二人も僕に触る人がいるとはね。)

 

(まぁ幸運と言えなくもないのかな?何しろ二人とも僕と相性がよさそうだし。)

 

(うん、そうに違いない。手札は多い方がいいからね。)

 

(待っててねリンドウ--)

 

 

--もうすぐ楽にしてあげるから。

 




Burst本編開始。
ちなみに目の前でハンニバルに吹き飛ばされてたら無口さんの声(絶叫)が聞けましたが。

サディストではないので今回はそうはなりませぬ。


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無口な無口な裏事情3

※今回は原作のネタバレ有り。

Q1.他人の神機使った時の激痛は?
A1.意識が吹っ飛んだせいで知覚出来ず。

Q2.暴走しちゃう?
A2.一瞬突沸しただけで片付いたのでセーフ。

Q3.どうやってクールダウンした?
A3.視界内で動くものがなくなった。

ただし突沸&ドーピング状態なので何時ぞやみたく眼は真っ赤。
タツミが警戒するのも仕方無し。



時は少し遡り--

 

………

 

やっちゃった。

字面的には"殺っちゃった"と言うべきか。

 

いや、コイツを仕留めたのは別に問題無いんだが。

八つ裂きにする際、ついうっかり落ちてた神機を使ってしまった。

 

不活性化してなかったおかげで無事討伐出来たが。

代わりに俺の手の方も思いっきり神機に捕喰され始めている。

 

アラガミ越しに刃を押さえ。

手に喰い込んだ神機をベリベリと肉ごと引き剥がす。

 

実は落ちていたのは俺の神機だった、なんて事は無く。

剥がすと同時に鮮血が吹き出し、ついで激痛が駆け抜ける。

 

うん、救護室直行コースだこれ。

何だったらちょっと手のひらの白い骨が見えかけて…

 

この話は止めようか。

考えるだけで痛みが増してきそうだ。

 

取り急ぎ回復錠を飲もうと取り出す。

流石に飲んだ途端に肉が再生、なんて魔法みたいな話は起きないが。

 

鎮痛と止血に治癒促進。

要するに"出来たお薬"という代物である。

 

一息にグイっと…おえっ。

しまった、つい怪我した利き手を使って飲んでしまった。

血生臭いったらありゃしない。

 

だがまぁ流石の即効性、早速痛みが引いてきた。

口の中が気持ち悪いが、今はそれより優先すべきことがある。

 

自分が駆け付けた時にはすでに二人の意識は無く。

事が済んだ今なお動き出す様子は見られない。

 

取り急ぎ近かったリッカの方へ駆け寄り容態を見る。

 

うん、規則正しい呼吸音。

出血も無いし脈も正常、気を失っている以外に特に問題は見られない。

 

ひとまず負担にならないよう身体を横にさせ。

続けて地面に伏したままのルーキーに駆け寄る。

 

こっちも重傷を負っている訳ではなさそうだが。

俺と同じように右手が黒ずみ傷んでいる。

 

この馬鹿、意図的に他人の神機を使ったな?

新人研修の時に何を学んでいやがったんだ。

 

大方、夢の中でおやつでも食ってたんだろうけど。

 

だがこの程度で済んでよかった。

救護室送りなのは間違いないが、一歩間違えれば今の俺よりも酷い事になっていたかもしれないからな。

 

ともあれ、ひとまず大事無さそうでよかった。

 

本当にアラガミが死んでいるかの確認が出来ていないが。

まずは一刻も早く二人を救護室に運ばなくては。

 

幸い強化薬の効果はまだ切れていない。

今なら十分一人で運べる。

 

ルーキーを左肩に担ぐ。

ついでリッカに駆け寄り、右肩に担ぐ。

 

…確かルーキーの方が小柄だったよな?

この子、リッカよりずっと重…

 

「おい!二人を下ろせ!何をするつもりだお前!」

 

唐突にぶつけられた怒声に声の主へ視線を向ける。

 

おぉ、誰かと思えばタツミじゃないか。

ナイスタイミング、これであのアラガミのトドメは気にしなくていいな。

 

安心して歩を進めようとした踏み出した瞬間。

タツミから溢れんばかりの敵意と一緒に神機の刃先が向けられる。

 

…え、何これ。

何で俺タツミに神機向けられているんだ?

 

というか邪魔だよ入口に立つな。

手遅れになるとは言わないが、なるはやで二人を医者に見せたいんだよ。

 

どけという意思を込めてこちらからもタツミを見るが。

タツミもタツミで構えを解かず、その場を動こうとしない。

 

ふむ。これは何か勘違いされてるな?

真面目なタツミが理由も無しに喧嘩を吹っ掛けてくるはずは無し。

 

まぁ絵面だけ見れば普通に人さらいのそれに見えなくも無いしな。

 

とはいえ。真面目に対話で誤解を解いてる時間は無い。

薬の効果時間もあるし、何だったら右手がちょっと激痛モードに入りかけてる。

 

なので手っ取り早く右手をタツミに見せつける。

途端、一瞬驚いたように目を見開いた後、状況を理解したのか表情を曇らせる。

 

「…お前、もしかして意識があるのか?」

 

意識があるのかって何だよ。

寧ろ右手が痛すぎて意識が飛びそうだよ。

 

寝てるのは両肩に担いだお姫様達。

白亜のお城(救護室)に連れてく途中なんだから、わかったらさっさとどいたどいた。

 

神機の切っ先が下りたのを確認し。

タツミの横をすれ違い、そのまま部屋を後にした。

 

………

 

部屋を出て数歩歩いた所で重みが肩にのしかかる。

 

ヤバい、お薬の効果が切れた。

タツミに構い過ぎたかちくしょう。

 

うおおぉぉ重い、いくら神機使いでも人間二人担いで動くのは少々キツイ。

おまけに思いっきり力んでいるので右手からもボタボタと出血が止まらない。

 

いかん、このままでは落としてしまう。

一旦二人を下ろして、と。

 

回復錠に筋力増強錠、スタミナ活性剤を一気にグイっと…ごほっ。

しまった、またやらかした。

 

また利き手を使って飲んでしまった。

さっきよりもべちゃべちゃで、気持ち悪いったらありゃしない。

 

まぁいい、今はそんな事を気にしているような時ではない。

 

改めて二人を担ぎ直す。

うむ、やっぱりリッカに比べるとルーキーの方が断然重…

 

この話は止めよう。

せっかく拾った命、わざわざ無駄にすることは無いからな。

 

 

ただまぁ。

二人とも俺の血で服がベタベタなんだよな。

 

お気に入りの服を駄目にしたってシバかれるのくらいは覚悟しておくか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

あれから数日。

傷跡すら無くなった右手の感触を確かめた後、改めて自分の神機を握り直す。

 

うん、いつも通りの感触で問題無し。

予定通り今日から戦線復帰できそうだ。

 

ちなみにルーキーの方はもう少しかかるらしい。

何でも入院中に差し入れされた食べ物に中ったそうな。

 

まったく、まったくもう。

手の届く所なら何とかするが。食あたりなんかまで面倒見切れるか。

 

最初は中々重たい物を背負った娘だと思ってたんだが。

今やすっかり"口数の少なさに似つかない、食べ物の気配に敏感なアレな娘"と言った印象である。

 

黙っていれば間違いなく可愛い部類なのに。

何ともまぁもったいない話、残念美人ってああいうのを言うんだな。

 

言ったら洒落にならない事になりそうなので言わないが。

良くて救護室送り、最悪『人間ってどんな味がするんでしょうね?』とか言われて神機で捕喰されかねない。

 

まぁこの話はこれくらいにしておこう。

あまり考えてると何かの拍子にうっかり口にしてしまいそうだからな。

 

さて、普段の俺なら怪我にかこつけてもう少しサボ…休暇を満喫するところだが。

今回ばかりはそれを切り上げてでも仕事に戻りたい理由がここにある。

 

近々、この極東支部に新型使いが多数配備されるとの噂されていたが。

ついにその第一陣の配備が決まったのである。

 

そう、ついに。

ついに俺にも待望の部下が付くのである。

 

というか今までがおかしすぎる。

一応俺は極東でも相当長い間部隊長やってる人間なんだぞ。

 

なんで来る日も来る日もワンオペで色んな任務に駆り出されなければならないんだよ。

 

中には「そんな部隊あったっけ?」と俺を無所属扱いしやがる心無い馬鹿までいやがるし。

おまけに最近は「あの人第一部隊だよね?」とか言い出す奴まで出る始末。

 

あーやってられん。

真面目に働いているのにこの仕打ち、働いたら負けってこういう事を差すんだな。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

我ながら思いの外ストレスが溜まっていたようだが。

そんな鬱憤溜まる日々もようやく終わりの時を迎えるらしい。

 

目の前に居るのはこの前ルーキーのお見舞いに来ていた少年…少年?

改めて見ると驚くほどに中性的な容姿だな。

 

さっき自己紹介してもらった時の口調は男性寄りだったが。

今思い返せば声色は女性的だったような気もしてきたな。

 

…うむ、慌てるな俺。

今ここで焦る必要はまったくない。

 

せっかく初めての部下になってくれるかもしれないのに。

こんな些細な勘違いでいきなり気まずい空気になどしたくはない。

 

とりあえず心の中ではレン君と呼んでおこう。

これならどっちの性別でもそこまで違和感は無いからな。

 

 

呼び方も決まった所でお仕事に入ろう。

まずは実力確認のために実地訓練だ。

 

さぁ付いて来いレン君。

 

極東有数の古参兵たる部隊長様の実力。

今日は思う存分見せてやろう。

 

………

 

あはは…この人、本当に何も喋らないや。

 

リンドウの記憶で知ってはいたけど。

まさか本当にこんな神機みたいな人間がいるなんて。

 

おまけに言葉を話さない上に表情まで仮面みたいに変わらない。

何なら僕達()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

でもまぁ、僕にとっては好都合かな。

この人自体は大変興味深い存在だとは思うけど。

 

リンドウや彼女に勝るとも劣らない強さで実力は十分だし、言葉を話せないから妙な詮索をされる事もない。

それに感情が無いというのなら、いざという時躊躇ったりする心配もなさそうだ。

 

言葉を話せない人間と知れ渡っている事も大きい。

仮に彼女が何かに気付いたとしても、彼から情報を引き出そうとすることは無いだろう。

 

 

…うん。

本当に、良い手札を手に入れた。

このまま彼と行動を共にしていればきっと…

 

 

待っててねリンドウ--

 

 

--もうすぐ楽にしてあげるから。




レン君登場、精神体なので複数同時顕現もお手の物。
ただしこちらはルーキーちゃんといる方よりもちょっとしっとりしています。

ちなみにルーキーちゃんが重いのはバリバリの戦闘要員だから。
うっかり口を滑らすと神機の餌にされます。


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無口と語れずの神機さん1

Q.怪我しながらも二人を助けだしたという事実。無口さんの人柄が知れ渡りましたね。
A.もう一度状況を見て見ましょう。

赤目、血染めの服、血まみれの手と口。
どう見てもホラーです本当にありがとうございました。

一度襲い掛かられてるのでタツミさんが終始警戒したのもやむ無し。
誤解はちゃんと解いておきましょう。



…いやぁ、僕としたことが迂闊だったな。

 

感情が無いなら妙な詮索をされる事は無いだろうと。

高を括った矢先にこの事態である。

 

目の前に居るのは手札に加えた筈の神機使い。

検索端末に僕の名前を入力し、0件応答の結果を戸惑う事無くただ見つめている。

 

なるほど、リンドウですら御せなかっただけはある逸材だ。

存在が知られていない自分にすら、裏ではこのように徹底した警戒ぶりを発揮していたとは。

 

一般の神機使いではまずこの人の懐に飛び込むことすら難しいだろう。

何しろ違和感を覚える以前の段階で、こうして全ての素性を探られてしまっているのだから。

 

「…やっぱり、気付かれちゃいましたか。」

 

とはいえ。

幸いにして僕は一般の神機使いとは一線を画した存在。

 

後ろから不意打ちで声をかける。

予想通りと言っていいのか特段驚いた様子もなく、目の前の神機使いは静かにこちらに青い瞳を向けてくる。

 

「改めて、自己紹介をしておきますね。」

 

だが、臆する事は無い。

 

どうせ彼は言葉を喋れない。

他の誰かに、僕の正体を()()()()()()()()()()()()

 

で、あるならば。

現状を取り繕うための嘘は付き放題という訳だ。

 

そうだな。とりあえず…

 

「僕の名前はレン。新しく配備される新型使いとは仮の姿。お察しの通り、ヨハネス・シックザール元支部長…彼直属の神機使いだった人間です。」

 

 

貴方と同じ、特務部隊の人間という事にしておきましょうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

同輩である神機使い達が忙しそうにしている中、缶コーヒーを飲みながらこちらを見つめて来る神機使いに事情を説明していきます。

 

「…要約しますと。ここ最近の極東支部の様子を探るべく、本部から派遣された人間が僕という訳です。」

 

ニッコリと笑顔を浮かべたまま。

何一つ恥じる事は無いと言った表情で彼に言葉を紡ぎます。

 

まぁ八割方は嘘なんですけどね。

嘘をついたところで僕の心は痛まないのでどうってことはありませんが。

 

どうせ誰にも話せないというのなら。

その場しのぎに適当な事を言っても実害なんて無いでしょうし。

 

それに僕は神機から生み出された精神体。

この人とリーダーさん以外には声どころか姿すら見えませんので。

 

しかし…いざ正面に座ってみると。

この人威圧感が尋常じゃないですね。

 

喋らないという点では僕達神機もあまり変わりはありませんが。

元々表情を持っていない僕達にとっては、"無表情"というのも立派な感情表現の一つですからね。

 

無表情に詰め込んだ無感情、そんなこの上ない強烈な代物が籠られた目で品定めされる。

生身の人間にはいささか堪えがたいというのも確かに納得だ。

 

そんな事を考えてる内に彼が缶コーヒーを飲み終える。

はてさて、僕が語った話に対して、一体彼はどんな反応を返すのだろうか。

 

そんな僕の疑問を他所に。

立ち上がって空き缶をゴミ箱に叩き込み、彼は何食わぬ様子でヒバリさんの元へと向かいます。

 

あ、あれ?何も無いんですか?

いや、そもそも質問するための言葉を喋る事が出来ないというのは分かってますけど。

 

もうちょっと、もうちょっとこう。

躊躇いとか戸惑いとか、何かしらの反応をしてくれてもいいような気はするんですけど。

 

…本当に、何もないんですかそうですか。

この人、本当に人間なのか怪しく思えてきましたね。

 

僕が言うのも何ですが。貴方、今の所飲み食いしてる以外に人間らしさゼロですよ。

何ならそこらにいるアラガミの方がまだ生き物らしい反応してますからね。

 

…まぁいいでしょう。

本当に非人間みたいな存在なら、あれほど色濃くリンドウの記憶に残ってなんかいないでしょうし。

 

 

もう少し。もう少しだけ。

僕の目的を達成するためにも、この人に付き合ってみましょうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

本日のミッションも無事終わり、新しく加わった部下の子と軽食を取って親睦を深めていく。

 

まぁ実際は新人でも何でもなく。

フェンリル本部直属の神機使いって話らしいが。

 

それが本当ならこの見た目で俺より古参という可能性も出てくるのだが。

性別がわかっていない以上、これ以上踏み込むのは止めておこう。

 

仮に女性だとしたならば、年齢を問うなど紳士の風上にも置けない所業。

俺は常日頃から英国人に負けず劣らずの紳士たれと志しているからな。

 

まぁ生まれも育ちも英国とは欠片も関係ないが。

目の色的にギリギリそちらの系譜と言えなくもないが、興味も無いし別にいいだろう。

 

さて、色々レン君が語ってくれたが。

俺から言う事は特に無いな。

 

本部から派遣された人間だと言われても。

一神機使いにとっては「そうですか」としか言いようがない。

 

確かに少し前までの極東支部はアーク計画やら何やらで色々ゴタゴタが起きていたが。

わざわざそれを報告する義理も動機も俺には無い。

 

という訳でこの話はこれで終わり。

そろそろお仕事に戻ろうか。

 

………

 

「………………………」

 

改めて受注書類を確認して気付いたんだが。

 

おかしい、俺の名前しか受注書類に乗ってない。

二人ペアでミッションを受注したのに。

 

チラリとレンの方へ視線を向ける。

 

既に俺の思考を察しているのか。

視線の先に居るレンは気まずそうに苦笑したままこちらに顔を向けている。

 

あーわかった。

この子、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「すみません、迷惑をかけてしまって…何とかなりますか?」

 

首をかしげながらおずおずと質問してくるレン君。

うむ可愛い。女の子かどうかはわからんが。

 

まぁ可愛いは正義というしな。

俺は自分を信じる事の出来る古参兵、今この時だけは深く考えるのは止めておこう。

 

となれば返せる答えはただ一つ。

 

わかったわかった。

何とかする、何とかするよ。

 

部下の体裁を整えるのも隊長さんの役目だからな。

手を軽く振って問題無い旨の意志を無言で伝える。

 

 

何度もこれで誤魔化せはしないので、その内対策は考えるが。

とりあえず今回は俺一人でミッションに出張った事にしておこうか。

 




問題.無口な部隊長がNORNでレンの事を調べています。何故でしょう?
解答.初めての部下なので話のネタに出来そうな情報を調べていた。

コミュ力は部隊長に求められる基本スキル。
そのための情報収集に余念が無いのが無口さんの良い所。

一方、どうせ他人には喋られないからと適当な事を吹き込み始めたレン君ちゃん。
実際無口さんは語ろうとしないのでどうという問題はありません。


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無口と語れずの神機さん2

Q1.声を掛けないなんてタツミらしくないんじゃ?
A1.以前斬られかけたのが焼き付いていたため。

Q2.斬りかかった事謝らないの?
A2.そもそもやらかした事に気付いてない。

意識があったのはリンクエイドしてもらった辺りから。
医務室に運んでもらった事は憶えてます。


人型になり。

今日まで知り得た情報を纏めてみる。

 

一人は第一部隊のリーダー。

リンドウ以外で僕に最初に触れた人間であり、彼女ならばと僕が行動を起こすに至った人物。

 

実力、人望共に申し分なし。

最近まで少し体調を崩していたようですが。

 

人間って不思議な生き物だな。

あんな美味しいものを食べてるのに不調になるなんて。

 

まぁそれでも能力に減衰は見られなかったので僕の計画に支障は無いようですが。

別に先着順という訳ではありませんけど、概ね当初の予定通り彼女を主軸に事を進めて問題は無いかと。

 

もう一人は遊撃部隊の隊長を務める古参兵。

隊長と言っても彼以外に隊員はおらず、実質他部隊の助っ人要員のような立ち位置になっていますが。

 

経験の差もあってか、単純な実力で言えば彼女以上。

無言無表情故にコミュニケーション面ははっきり言って絶望的ですが。

 

ただ蓋を開けてみれば意外にもそれ以外の面では特に問題はない様子。

彼自身もオールマイティに任務をこなせるというのもあってか、受注端末はひっきりなしに他部隊からの作戦参加要請が届いているようで。

 

「応援要請ですか?僕の事は気にしなくて大丈夫ですよ。」

 

今日も今日とて鳴動する受注端末。

作業する手を止めてこちらを確認する彼に対し、僕はいつものように言葉で答える。

 

「一応僕も特務部隊ですからね。やるべき仕事は山のようにありますから。」

 

彼の気がかりにならないよう、僕は僕で抱えている仕事がある事を告げる。

もっとも、実際は仕事なんて一つもありはしないけど。

 

「………………………」

 

答えこそは返らないものの。

無表情に填め込まれた青い瞳が、何も言わずに真っすぐこちらを見据えてくる。

 

うーん、この視線はいつまで経っても慣れないな。

リーダーさんに見られている時はこれほど気にするようなものでは無かったのに。

 

喜怒哀楽が読めないってこんなに居心地が悪いものだったんだな。

まぁ実害は出ていないので、気にしないようするしかないんですけどね。

 

 

…さて、リーダーさんの人望は疑うべくもありませんが。

貴方の方はどうなんでしょうね?

 

本当に無口な人柄までも受け入れられているのか。

それとも単に、捨てるに惜しい実力だからこそ呼ばれているだけなのか。

 

僕の計画を遂行するにあたっては非常に大事な情報。

人から爪弾きにされているような人物に、リンドウの後始末は頼めませんからね。

 

折よく今日の要請相手は先日一悶着あった人物。

そしてあの人の人柄については周りも僕も認める所。

 

 

一体あの人は彼に、どんな接し方をするんでしょうね?

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは外部居住区外れの外周部。

ミッション開始からしばらく経ち、休憩しないかと同伴していたタツミに誘われてホイホイついてきた場所である。

 

今日のミッションは哨戒ミッション。

何でも防壁外部にアラガミの反応が見受けられたとの事で、索敵強襲のための戦闘要員を含めて見回りが行われる事に相成った。

 

が、肝心のミッション当日。

例のクソトカゲの目撃情報が寄せられたとの事で参加予定だった第一部隊の面々がそちらに向かってしまい。

急遽内勤で書類仕事をしていた俺が駆り出されるに至ったという事だ。

 

あーぁ、せっかく今日は適当に茶でも飲みながら仕事出来ると思ってたのに。

 

だが要請してきたのがタツミとあっては仕方がない。

この前のアーク計画の一件の時、大分面倒を掛けてしまったからな。

 

確かに数で押されたとはいえ。

たかだか中型種相手にとんだ醜態を晒してしまった。

 

恥ずかしいので忘れろパンチで記憶を飛ばしてやりたいところだが。

流石に助けてもらった相手にそんな真似は出来ないからな。

 

それに今となってはソーマに次ぐ長い付き合いの同僚からの頼みだ。

出来る限り、困り事には手を貸してやってもバチは当たらないだろう。

 

ただ最近は何だかんだで一緒に出撃する機会が無かったんだがな。

今日は珍しく御指名が入ったので二つ返事で引き受けたところである。

 

あくまで欠員補充の要請だったのでレンは置いてきてしまったが。

 

まぁ新人ならともかく、あれでそれなりの古参みたいなようだし。

置いてきたところで心配はないだろう。

 

さて。

ここらで本題に入ろう。

 

万全を期す、と言えば聞こえはいいが。

所詮相手はヴァジュラ級の準大型一匹。はっきり言ってタツミ一人で十分倒しきれる相手である。

 

それが一人二人の欠員が出たくらいで応援要請?

今現在襲撃されているというのならともかく、たかだか反応が現れたくらいで日付も改めずにミッション強行?

 

うーん怪しい。目撃情報があるならまだわかるが。

これでもそこそこの古参兵、胡散臭い雰囲気には敏感なのだ。

 

 

とはいえ、胡散臭くはあるがきな臭い感じはしない。

組織単位で何かしているという可能性も無きにしも非ずだが、それを知る術なんて俺には無いしな。

 

なので現実的なレベルで考えてみると。

多分目的は討伐以外の何か。

 

そしてわざわざ、こんな()()()()()()()()()()()()()()神機使いが一人登場。

出来ればお相手は女性が良かったんだが。

 

ここでヒバリの名前を出さないのが極東支部のお約束。

昔から"人の恋路を邪魔する奴は~"と言うからな。

 

 

さて、タツミ君は何をお話してくれるのかな?

借りも返したいと思っていた所だし、お願い事なら大抵の事は聞いてやるよ。

 

ただ万に一つも無いとは思うが。

告白だけは勘弁な。

 

 

ハッハッハ、イッツ・ア・極東ジョーク。

このくらいなら馬には蹴られないだろう。多分。

 

………

 

ふむふむ、この前直ぐに手助けしてやれなくて悪かった?

何の事…と思ったが、リッカとルーキーを救護室に運んだあの時の事か。

 

そういえば神機を向けられる程に滅茶苦茶警戒されてたな。

結局あれは何であそこまでピリピリしていたんだ?

 

俺がルーキー達を襲ったと思った?

おいおい、人聞きの悪い話は止めてくれ。

 

いくら何でも意識の無い女性を襲う訳ないだろう。

というか俺、まさか普段からそんな目で見られて…

 

え、俺前科あるの?

ちょっと待ってどういう事?

 

その話、是非とも詳しく聞きたいんだが。

 

まぁ大人しく続きを聞いてみるとするか。

催促するまでもなく話してくれそうだし。

 

………

 

…おおぅ、あの時まさかそんな事があったとは。

救護室に運ばれただけじゃなかったのか。

 

聞きたくなかった…いや、むしろ逆にこの場で確認出来たのは幸運というべきか?

 

うん、これはやってしまったな。

よりにもよって仲間に神機で斬りかかったか。

 

恥の上塗りとはまさにこの事。

そりゃあ神機も向けられるし、警戒もされるに決まってる。

 

両親喰ってくれた畜生以下だな。

人とアラガミの区別も付いていなかったとか、恥ずかしすぎてまともに両親の顔を見れやしない。

 

まぁ視界に入れる両親の顔はもう無いんだけどな。

いの一番にアラガミの腹の中に入った場所だし。

 

はぁ、自己嫌悪。

思わず顔も覆ってしまうな。

 

穴の代わりと言っては何だが。

哨戒目的のアラガミが出たら、両親よろしく腹の中にでも入ろうか。

 

………

 

時間にして数分くらいか。

不意に首筋に冷たい何かを押し当てられたところで現実に戻ってくる。

 

「あー、悪かった。別にあの時の事を責めようと言うつもりじゃなかったんだが…」

 

押し当てられたのは缶飲料。

流石に常温程度にはなっていたものの、肌で知覚する分にはまだまだひんやりとした温度を保っている。

 

「…正直言うとな、怖かったんだ。あの時、俺はお前がリッカやリーダーに手をかけたのだと思い、同時に次は俺の番だと思ってしまった。」

 

何時ぞや自身を殺しかけた神機使い。

叫ぶ程に投げかけた声も届かなかった、あの時と赤く染まった青い瞳を向けられて。

 

「お前が突き出した右手を見て、二人に付いた血がお前の物だという事は理解出来た。だけど結局俺は最後までお前に恐怖したまま、手を差し伸べてやる事が出来なかった。」

 

缶のプルタブを開け、中身を呷りながらタツミは続ける。

 

「差し伸べた瞬間、あの時のように襲われるんじゃないかって。救護室に運ばれた二人の安否を聞くまで、俺はついぞお前を信じることが出来なかったんだ。」

 

情けないよなと自嘲気味にタツミは呟く。

情けない要素などどこにも見当たらないと思うけどな。

 

斬られかけたのだろう?殺されかけたのだろう?

だからこそ神機を向けてまで警戒したし、何なら刃を向けるのも辞さないとしたのだろう?

 

自分だけでなく、リッカやルーキーを守るために。

ならばそれは恥でも、ましてや情けない事でも断じてない。

 

俺を見ろよ。

不覚を取った挙句に仲間に斬りかかった無能だぞ?

役立たずにも程があるというものだ。

 

口にしたら自分の言葉で泣いてしまうかもしれないので言わないが。

 

ただそれはそれとして。

タツミの方としては一言言わねば気が済まないと言わんばかりに思い詰めていたようで。

 

「ずっと気がかりだったんだ。結局今の今まで先延ばしになってしまったが…」

 

-悪かった。あの時、お前を信じてやる事が出来なくて。-

 

「次こそお前を信じて見せる。だからお前も、次は俺を信じて見ていてくれ。…これでも一応、極東でもそこそこのベテランだからな。」

「………………………」

「まぁ、お前より少しだけ経歴は短いけどな。」

 

爽やかな笑顔を向けられながら、そう宣言された。

 

やだ、マジ惚れる。

男前にも程があるだろ。

 

確かに話を聞くに俺の状態も普通じゃなかったとはいえ。

自分を殺しかけた相手にここまでスパッと言い切って見せるか?

 

何というメンタルの強さ。

そうか、これがイケメンと言う奴か。

 

普段からこれで迫れば普通にヒバリも落ちるんじゃ…

いや、むしろ逆でこれでも落とせないくらい手強いというべきか。

 

…まぁその話は置いといて。

ここは俺も一度しっかり言葉にしておくべきだな。

 

そこまでの事をしておいて。

ここまでの事を言わせておいて。

 

俺だけ詫びを入れないというのは筋が通らんからな。

色々メンタルが弱っていたのは事実だが、仲間に刃を向けた事を流していい理由には全くならない。

 

正直言えば、いい年した大人が面と向かって謝るのは少々気恥ずかしいが。

そこはタツミが先に謝ってくれたのだから、年下としてそれに甘んじて乗っかる事にしよう。

 

先程のタツミの言葉に強く頷き。

続けて言葉を述べようと口を開--

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

突如鳴り響くアラーム音。

 

すぐさまタツミが通信に応答する。

笑顔こそは崩さないものの、先程の爽やかな雰囲気とは打って変わって真面目な空気である。

 

うん、カッコいい。

俺が女だったら惚れてるかもしれんな。

 

-もしもしヒバリちゃん?あぁ、こっちでもアラームは確認した。出現位置は…りょーかい、早速向かう。で、話は変わるけど終わったら食事にでも…あっ。-

 

前言撤回、速攻でしょぼくれたなこのイケメン。

というかどうせ口説くならこんな通信越しじゃなく、面と向かってさっきの雰囲気で口説けばいいのに。

 

まぁ人様の恋路に首を突っ込むほど俺は野暮じゃないので言わないが。

 

「…しゃあない、切り替えてとっとと片付けるか!」

 

ハッハッハ、本当に鋼のメンタルだなタツミ君は。

あまり見習いたいやり取りでは無かったが、めげない男というのは嫌いじゃないぞ。

 

 

 

 

 

…怖かった、か。

それでもなお、信じてくれると。

 

考えてみれば。

 

"期待している"とは腐る程言われたが。

"信じる"とは初めて言われたかもな。

 

 

 

 

 

うん。

 

 

 

 

 

良いものだな。

仲間とは。

 

 

 

 

 

「…そう言えばお前、さっき何か言おうとしてなかったか?」

 

…知らん。

 

「…まぁ気のせいだよな!お前が喋れないってのは俺も知ってるし!」

 

そうそう、気のせいだよ気のせい。

こんな照れくさい事、いい大人が何度も口に出来るか恥ずかしい。

 

言葉にしておくべきとは確かに言ったが。

伝わるまで言葉にするとは言っていない。

 

俺は若いからな。

大人と違って子供のズルさも兼ね備えているのだ。

 

 

それに。

いつかまた、ちゃんと伝える機会もあるだろうさ。

 

……………………………………………………………………………………

 

「…いい顔ですね。何か吹っ切れましたか?出撃前とは見違えるようですよ。」

 

ここは極東支部のエントランスホール。

哨戒改め討伐ミッションも無事終わり、神機を返却してきた所で声を掛けられる。

 

「と言っても見た目じゃなくて雰囲気的なものの事ですけどね。表情は何時も通りの鉄仮面ですし。」

 

失礼だな君、言うに事欠いて鉄仮面とは。

俺はリッカも太鼓判を押すほど表情に出やすい人間なんだぞ。

 

というか何の用だ?

仕事があるとか言ってたから放置してたけど。

 

まさか終わってないから手伝えとか言うんじゃ…

 

若干の不安が頭によぎったのも束の間。

レンが手にする袋に気付いて視線を向ける。

 

「思えば僕達、配属されてから仕事以外の付き合いってありませんでしたよね。」

 

にっこりと笑顔を浮かべながら袋を掲げた後。

コトコトと手際良く缶を並べて席に着席する。

 

「なのでこの辺りで親睦の一つも深めておこうかと。こういうの、嫌いじゃないんですよね?」

 

並べられたお酒に、肴代わりになる味付けの食料品。

 

どこからどう見ても健全な飲み会のお誘いである。

うん、これは断るというのは無作法というものだ。

 

ただ気になるとすれば。

二人で飲み食いするには少し…いや、大分量が多いような気がする。

 

特に酒が多い。正直俺は一缶あれば十分なんだが。

もしかしなくても他に誰か来るのだろうか。

 

辺りを見回してみるもののそれらしき人影は無し。

仕方が無いので促されるままに席に着き、手頃な缶の封を切る。

 

「それじゃ僭越ながら…今日も一日お疲れさまでした。」

 

カンパーイ、と二人で缶を軽く合わせ、グビリと一息に口にして--

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 

 

 

 

レンの方に視線を向ける。

クピクピと美味しそうに缶を傾け、美味しい美味しいと食事に手を付けている。

 

ペースの方も超早い。

見てる傍からあっという間に一缶空け、それに合わせて新しい食べ物の封も切る。

 

なるほど、二人しかいないのに大量に用意された理由が理解出来た。

君、自分が飲み食いする基準で選んだな?

 

たしかタツミも神機使いは食べるのが仕事とか言っていた気がするが。

この子の食べっぷりはアラガミと表現する方が適切な気がする。

 

本当なら俺もどんどん飲み食いしたいところなんだが。

 

うっかり()()()()()()()()()()()()()からな。

だって普通、缶渡されたらビールか何かだと思うじゃん。

 

というかよく見たら火が付きかねん度数が書いてあるんだが。

ただでさえ酒類は貴重なのに、こんなの一体何処から持って来た。

 

まぁ元とは言え支部長直轄の特務兵。

一般の神機使いよりも良い物を貯め込んでいるんだろうなきっと。

 

是非ともお近づきになっておきたいと思った矢先。

ぐらりと急激に視界が揺らぎ、身体が傾く。

 

一気飲みは身体に悪いものな。

わかりきっていた事態なので特に慌てたりはしない。

 

「あ、あれ?どうしました?」

 

 

いや、君は「どうしました?」なんて言えないだろ。

親睦を深めるとか言っておいて、開幕沈めてくる奴があるか。

 

-まいったなぁ。人間も飲める程度のアルコールを厳選したつもりだったんだけど…-

 

多分俺の知ってる人間とは違う種族だなそれ。

 

 

とりあえず。

今後この子の差し出す酒には気を付けよう。

 




INFORMATION:無口さんが戦闘不能になりました。

ミッションフォールトなので友好度はプラマイゼロ。


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無口と語れずの神機さん3

Q.レン君とコミュニケーション取れてる?
A.微妙にずれてる。

神機並みに会話が成立しないから仕方ない。
なお微妙に噛み合ってもいるので一周回らずとも問題無いパターン。



あの人に限ってみれば。

僕達神機も人と大して変わらないような気がする。

 

そもそも神機というのはオラクル細胞、即ち偏食因子の塊だ。

そこに言葉や感情は存在せず、当然コミュニケーションなどというものもない。

 

そういう意味ではあの人も同じ。

喋れない故に誰とも話さず、表情というものを理解しているのかすらわからない。

 

ふむ、もしかして。

人間って思っているより、会話や感情のやり取り無しでも問題無かったりするのかな?

 

これは実に興味深い話だ。

 

僕みたいに人型を取れるようなケースは稀も稀。

何だったら意識すら芽生えていないというのだって普通なのだ。

 

そこから言えばリッカさんは凄いとしか表現できない。

確かに僕らの不調を判断する際は機械的、数値的な計測結果を持っての事だけど。

 

彼女の整備はとても心地が良いのだ。

それは決して技術的な理由だけではなく、まるで母親が子供をあやすかのように丁寧で。

もちろん、僕も彼女に整備されるのは大好きだ。

 

話が横道にそれちゃったので戻そう。

 

とにかく、彼女と僕達の間だけをとって見ても。

好ましい関係を気付くのに言葉はそれほど必要では無い事がわかる。

 

そしてそれが人間同士でも通じるというのは彼が証明している通り。

 

であればここは一つ。

彼に倣ったやり方で、公の場で彼女に僕の事を印象付けておくのも悪くない。

 

流石にまだ僕の正体を伝えるのは早いけど。

二人に僕の姿が見える以上、ある程度は僕の存在についての共通認識を持っておいてもらった方が良いと思うし。

 

折よくもこの後、新しくやってきた神機使い二人の紹介の場が設けられているとの事。

 

うん、せっかくだし。

是非とも僕も、紹介の場に便乗させてもらおうかな。

 

………

 

新しく極東に来た新型神機使いの紹介に合わせ。

二人の隣で自分の番を待機する。

 

ちなみに僕の姿はあの人とリーダー以外には見えない。

存在そのものを認識されていないので、僕の立ち位置は必然二人が並んだ後の端に固定される。

 

まぁ姿が見えない以上、最後の紹介じゃないと不自然に割り込まれてしまうかもしれないのでちょうど良い。

 

自分の番が訪れるまでの間。

新しくやってきた神機使い二人の自己紹介に耳を傾ける。

 

うん、元気がいいね。

きっと神機の方も気に入ってくれると思う。

 

次は僕の番。

あの人のように無言で、ただしにっこりと微笑みながら彼女に首を傾ける。

 

 

…あ、あれ?

何でそんな渋い顔をするんです?

 

僕、何か間違えたかな?

 

………

 

-へぇ、あの人の部隊になったんですね。うん、無口だけど良い人ですよ。たまに意地悪い所がありますけど。-

 

-…いや、あの人の真似は駄目ですよ。あれじゃどうやったって、コミュニケーションのコの字もとれませんよ…-

 

-そんな事続けていたら、その内リッカさんに物理的な会話をされますよ?-

 

 

新型神機使いの紹介が終わった後。

自販機前で鉢合わせたリーダーさんにそう諭されてしまった。

 

えぇ…コミュニケーション全然取れてないじゃないですか。

いやでも、これもある意味円滑なコミュニケーションと言えるのかな?

 

とりあえず。

あの人の真似は止めましょうか。

 

リッカさんには今まで通り接してもらいたいですし。

下手に神機だなんてバレた結果、人間に対する以上に手荒い物理言語を用いられるようになったらそれこそ目も当てられない。

 

「ちなみにだけど。あの人、多分喋れない事悪用してるよ。」

「どういう事です?」

「都合の悪い事は徹底的にだんまりを決め込むから。何度もされてるから間違いないよ。」

 

それが本当ならの話なら。

僕達神機より性質悪いなぁあの人。

 

少なくとも、僕らは話せない事を悪用したりはしませんからね。

話したくても話せないからしょうがない、と言うやつです。

 

 

え?あの人も多分その理由を使ってるんですか?

…あの人、本当に人間なんですか?

 

 

実は僕達みたいに、神機か何かの精神体とか言いませんよね?

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"。

人々の集まりが途絶えて既に久しく。

朽ちかけた建物の隙間から吹き込む風雪に、文字通り御仏の形代が侵食されゆく場所。

 

例のクソトカゲを探しに来てみたものの

既に縄張りを移動しているのか、それらしき痕跡一つ見られやしない。

 

くそっ、爬虫類のくせに一丁前に知恵を働かせやがって。

もし穴の中で冬眠でもしていようものなら、生き埋めにした上で出てきたところをなます斬りにしてやるところだったのに。

 

何しろリンドウを喰ってくれた仇だからな。

手荒くなるのも致し方ない。

 

何なら斬り刻んだ中からひょっこりリンドウが出てきてくれれば万々歳なんだが。

 

中から引きずり出して無事リンドウ帰還のハッピーエンド。

まさにファンタジー顔負けの大団円である。

 

これならクソトカゲも粉微塵にして仕留められるし、我ながらいう事無しだなハッハッハ。

 

「…僕の気のせいかもしれませんが。もしかして何か気が立ってたりしません?」

 

おっといけない、もしかして表情に出てしまっていたか。

俺とした事がらしくない。

 

急いては事を仕損じるというからな。

穏やかに穏やかに。頬でも揉んで表情筋をリラックスさせるとしよう。

 

 

「…いや、気のせいじゃなかったのは分かりましたけど。一体その無表情の何処を解そうとしてるんですか…?」

 

………

 

探索を始めてしばらく。

見つけたのはプリティヴィ・マータ。

 

そういやそもそもの話。

リンドウがKIAに認定される要因を作ったのはお前だったか。

 

なら今日の所はお前でいいや。死ね。

 

…と、仕留めにかかるのはたやすいが。

一応今日のミッション目的は別にある。

 

配属してそれなりの日数は経つものの。

何だかんだでレンと一緒に任務に行った回数は多くない。

 

だってこの子、ミッションに連れて行ってもその履歴が残らないんだもの。

 

いくら特務部隊の中でも秘匿性の高い隊員とはいえ。

毎回そんなのを連れ回してたら、遠からず俺の方にツッコミが来てしまう。

 

こういうのってちゃんと隠蔽するのも隊長さんの役目だからな。

もしレンの正体がバレたりした日には俺の方がお叱りを受けてしまう。

 

それならいっそ連れていかなければいいのかというとそうもいかない。

 

建前上は同じ部隊に所属する上官と部下。

隊員の能力を把握できていない部隊長など、もはや部隊長を名乗る資格はない。

 

たった一人きりの部隊だったとはいえ。

俺にも隊長としての矜持くらいはあるからな。

 

という訳で。

今回は完璧な隠蔽工作を施した上でのミッションである。

 

受注時に申請するコードネームは偽名。

それも単なる思い付きの名前ではなく、あらかじめNORNのデータベースを編集して経歴作成もばっちりな物。

 

加えて最新の機密スレスレの情報を織り込むことで信憑性を上げる事も怠らない。

具体的には新型神機の汎用化に向けて実施された、適合テストに合格した人員に対する実地試験だとか。

 

そして最後。

万が一、レンを知る人間に彼(?)の姿を見られたとしても大丈夫なように。

 

「一応聞いていいですか?…これ、貴方の趣味だったりします?」

 

俺じゃなくてリッカの趣味。

スマンな、極東支部の特務兵は一度はそれを着るのが義務付けられているんだ。知らんけど。

 

俺は着た。

ソーマは着てない。ルーキーも着てない。

 

でもレンが着たからこれで二対二。

この事実を盾に、何時かアイツらにも着せてやるんだ。

 

 

今からその瞬間が楽しみで仕方ない。

特にソーマ、お前は絶対に逃がさんぞ。

 

よくも任務に忠実だっただけの俺をイカれ呼ばわりしやがって。

俺はあの事を忘れてなんかいないからな。

 

近い将来、お前も()()()姿()()()()()()()

そして写真を取ってシオに見せつけてやる。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

とまぁ、そういう訳で。

ただのとばっちりではあるのだけど、ツイてなかったと我慢してくれ。

 

寧ろ寒いこのエリアなら身体が冷えなくてちょうどいいだろ。

隊長さんに是非ともお前の実力を見せてくれ。

 

 

レン。いや、極東支部所属の謎の神機使い。

その名もコードネーム"kigurumi"君。

 

 

出来れば俺と同じ、近接型だと親しみ持てて嬉しいな。

 




実際の所、レンの姿は誰にも認識されていないので建前すら立っていないという事実。

Q.そこにウサギの着ぐるみを合わせるとどうなります?
A.極東支部の七不思議、"新型使いのキグルミさん"が爆誕です。

中に誰もいませんよ?


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無口と語れずの神機さん4

Q1.特務部隊用の神機?
A1."07"のマーキングはありません。

Q2.特化型神機?
A2.そんな物はありません。

相変わらず適当な事を言って誤魔化すレン君ちゃん。
回避特化バックラー?ジャスガで無理矢理圧し潰せばOK。


「先に言っておきますが、僕の神機はアラガミを倒す力を持っていません。」

 

ショートブレード型の神機を持ち上げて見せながらレンが説明を続ける。

 

「剣形態でアラガミからオラクルを奪い取り、銃形態でそれを様々な形で放出する。新型神機の基本コンセプトであるそれにバリエーションを持たせた場合のプロトタイプが僕の神機に当たります。具体的に言いますと…あぁ、ちょうど良い所に小型アラガミがいますね。」

 

促された視線の先にはオウガテイルの姿。

まだこちらに気付いていないのか、悠長に首をもたげて周囲の状況を伺っている。

 

「見ててください。行きますよ…それっ!」

 

掛け声とともに一直線にアラガミに駆け出すレン。

うん、特務部隊というだけあって流石に身体能力は普通の神機使いよりも数段上のようだ。

 

対するアラガミはまだこちらに気付いていない様子。

レンは音もなく駆け寄り、そのまま流れるようにアラガミの首を刎ねて…あれ?

 

切り上げられた神機の刃。

それは確実にアラガミの首を捉えた筈だったが。

 

俺の見間違いで無ければ、それは文字通り空を切るかのようにアラガミの身体をすり抜けた。

それどころか斬られたはずのアラガミすら、それに気付く事無く周囲の警戒を続けている。

 

いや、お前のすぐ隣に不審なウサギの着ぐるみがいるんだけどな。

こっち見んなよ。お前が見るべきは横だよ横。

 

誰に言うでもなくツッコんでいる内にレンがこちらに戻ってくる。

結局気付かれずに戻ってくるあたり、凄い隠密スキルの持ち主だな。

 

もしかしてこいつ、実は幽霊か何かだったりして。

特務部隊は基本情報が秘匿されてるし、経歴が無い事を誤魔化すために名乗ってるとか。

 

もしそうだとすれば俺今すぐ泡拭いて倒れる自信あるんだが…

 

アッハッハ、まぁそれは無いか。

着ぐるみ着る幽霊とか聞いた事無いし。

 

閑話休題。

アホな事を考えてるといつの間にかレンの神機が銃形態に変形している。

 

「見てもらった通り、僕の神機でアラガミを切りつけてもダメージの類はありません。ですが、実はバレットに用いるためのオラクル細胞は通常の神機よりも多く奪い取れているんですよ。」

 

言いながら向けられる銃口を何も言わず真っすぐに見つめる。

 

これでもそれなりの古参兵だからな。

撃ち出されるのは回復弾かその類だと理解出来ているので、反射的に避けようとするのも意識して抑える事が出来るのだ。

 

ただしカノン、お前は駄目だ。

回復しますとか言って普通に放射弾撃ちやがって。

痛くはなかったけど首がもげ飛ぶかと思ったぞ。

 

「…流石に慣れているみたいですね。安心してください、今から撃つのは支援用の強化弾ですから。」

 

ふむ、俺は近接神機使いだから話に聞いた程度になるが。

確か最近開発された、味方の支援用に筋力や体躯を強化させるバレットだったか。

 

便利と言えば便利なんだが効果時間が短いうえに消費コストも高すぎるから実用性に低いって話だが。

 

「ご存じかもしれませんが、このバレットはお世辞にも優れたバレットとは言い難い代物です。効果の短さもさることながら、それに見合わない程のオラクル消費量が最大のネック…ですが。」

 

言いながら撃ち出された弾丸が身体に当たる。

瞬間、普段はここぞという時に服用している強化薬を飲んだかのような感覚が身体に漲っていく。

 

「このオラクル吸収に特化した神機であれば、ほんの数回アラガミを切りつけるだけで連発が可能です。まぁその代わりに近接攻撃力は皆無と言っても差し支えないレベルなんですが…」

 

なるほど、理解した。

要するに支援型の銃型神機と本質は同じ。

 

前に出てアラガミを仕留めるのは俺達近接使いの役目という訳だ。

これはこれでバランスも取れてるし問題無いのではないだろうか。

 

それに先程の強襲でレンのスペックも十分わかった。

支援メインとは言っても、不意に近接戦が発生したとしても普通に渡り合えるほどの実力はありそうだ。

 

であれば。

俺も何時も通りの戦い方でよさそうだな。

 

俺の戦い方は支援の有無とか関係無いし。

長い事一人部隊で単独ミッション行く事も多かったからなぁハッハッハ。

 

この話は止めようか。

今はもう一人じゃないのだ。

 

ちくしょう、ネガティブな気持ちにさせやがって。

ミッションの目的はもう達成済みだし、さっさとターゲットを狩って帰投しよう。

 

厳密には違うとわかっているけど。

リンドウの仇め覚悟しろ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

今日も今日とて同輩である神機使い達が忙しそうに任務を受注し、出かけて行っている…ように見えるが。

 

実際はこちらを一瞥した後、関わり合いになりたくないと言わんばかりに早足に出撃ゲートへと向かっていく。

 

「いやぁ、初めはどうかと思ったんですけど。着てみるとこれ、意外と悪くないですね。」

 

まぁ原因は既に分かっている。

単純な話、俺の目の前に不審なウサギがいるためである。

 

着ぐるみを着込んだまま、ストローでジュースを飲みながらそう話すレン。

啜るのに合わせてピコピコと耳が動いているのがまた何とも言えない。

 

いや、人様のファッションにとやかく言うつもりは無いが。

ミッション終わったならさっさと脱いでくれよ。

 

お前の名前がミッション履歴に残らないから、それを誤魔化すために用意しただけなんだぞ。

何でわざわざこんな公共の目立つ場でまでその恰好でいるんだよ。

 

"ちょっと一服していきませんか?"なんて念願のやり取りにホイホイ乗った結果がこのザマである。

周りの視線も痛いし、これ飲んだらさっさと部屋に戻ろう。

 

「見た目に反してずっと動きやすいし、それにすごく美味しそうな匂いがするし…人間って本当、服装一つとっても贅沢ですよね。」

 

それはひょっとしてギャグで言っているのか?

適当に相槌打ってやり過ごそうと思った矢先にこれである。

 

確かにそれはウサギの着ぐるみだけど、"美味しそう"って表現する人間は初めて見たよ。

 

"美味しかった"っていう感想は聞いた事あるけどな。

文字通り三分の二程味わった上での感想だ。

 

可愛い笑顔と引き換えに般若みたいな顔した女神にボコボコにされたよ。

 

「あ、いたいた。ねぇキミ、ちょっと聞きたい事があるんだけど…」

 

噂をすれば何とやら。

振り返って後ろを見れば、極東支部におわせられる我らが女神様のお出ましである。

 

丁度いいや、顔見知りかもしれないけどレンの事を紹介しておこう。

そう思って正面に顔を戻してレンを見ると、くてっと頭を垂れたウサギの着ぐるみがそこにいた。

 

膝の上には横になったジュースの缶。

当然中からは液体がこぼれだし、着ぐるみの生地に甘い染みを広げさせている。

 

 

…ん?

そういえばこの着ぐるみって何だかんだリッカのお気に入りの一品じゃ…

 

 

思うが早いか、ガシッと肩を掴む力強い感触。

何食わぬ振りで後ろを振り返ると、案の定怒れる女神(アラガミ)様が降臨していた。

 

「わざわざ着ぐるみを持ち出してどうしたんだろうと思って来たんだけど…まさかキミ、お人形遊びするためだけに持ち出したとか言わないよね?」

 

馬鹿言え、良い歳した大の男がそんな阿呆な真似するわけないだろう。

これにはちゃんとした理由があるんだよ。

 

あ、でもそれを言う訳にはいかないのか。

レンの存在は結構セキュリティクリアランスが高い情報みたいだからな。

 

そもそもの話、ミッションの受注履歴を誤魔化すためですなんて言えないし。

 

「…まぁどうせ何か理由があって誰かにこれ着せてるんでしょ。ジュースこぼしたのは多めに見てあげるから、せめて中に誰がいるのかくらいは教えてよ。」

 

素晴らしい、何も言わずにここまで察する事が出来るとは。

やはり仕事の出来る女性は一味違うな。

 

そしてここで変に茶化したりしないのが出来る男というもの。

どうせレンの事を紹介するつもりだったのだし、促されるままに着ぐるみの頭を取り外して…

 

 

 

「………………………」

「…中に誰もいないけど?」

 

カポリと頭を取り外し、覗いた中身はがらんどう。

一度そっと着ぐるみの頭を元に戻し、一拍おいてからもう一度頭を取り外す。

 

「………………………」

「…説明、してもらえるかな?」

 

説明も何も。

寧ろ俺が状況を説明して貰いたい。

 

レンが着ぐるみのままジュースを飲んでいて。

そこにリッカがやってきて。

 

前を向いたら着ぐるみがジュースをこぼしてて。

中を覗いたら誰もいなかった。

 

以上、説明終わり。

 

…まさかとは思うけど。

レンの奴、ジュースこぼしたから怒られる前に逃げた?

 

あのアラガミに斬りかかってもバレない程の隠密スキルがあるならさもありなん。

便利そうだし、技術の類なら是非とも教えを請いたいところである。

 

 

まぁそれはともかく。

差し当っての問題は。

 

「………(にこにこ)」

 

眩しいまでのリッカの笑顔がこちらを向いている。

うん可愛い、やはり女の子の笑顔に勝る物は無いな。色んな意味で。

 

 

「とりあえず、保管庫に行こっか?」

 

………

 

あはは、連行されちゃった。

ちょっと悪い事しちゃったかな。

 

あの着ぐるみ、思いの外便利で良かったんだけど。

リッカさんに僕の声は聞こえないし、三人交えてだと流石にボロが出ちゃうかもしれないから仕方ないか。

 

…それにしても。

まさか偽装工作をしてまでミッションに連れ出そうとするなんて。

 

疑り深いんだか、面倒見が良いんだか。

 

 

でも。

 

悪い人では、ないのかな。

 

この人ならきっと、リンドウの事も--

 




-その後の神機保管室-

「とりあえず。キミ、当分は着ぐるみ貸出禁止だからね。」

「………………………」(←別に構わないがと思ってる。)

「あとジュースこぼした罰としてクリーニングはキミにしてもらうからね。」

「………………………」(←レンに押し付けようと思ってる。)

「…で、キミさ。そろそろ隠し事について教える気ない?」

「………………………」(←"無い"と言ったら殴られるんだろうなと思って黙ってる。)

「…また黙ってやり過ごそうとしてるでしょ。」


今回は何とかやり過ごしました。


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無口と新しい新型使い1

Q1.メンタル平気?
A1.所々ボロが出ている。

Q2.ハンニバルプレデターになってない?
A2.この人もリンドウさんと同じこと言って狩ってます。

Q3.黒いハンニバルにも言うの?
A3.今は不安定メンタルなので言いません。

今回はレン君ちゃんはお休みです。


今日も今日とてトカゲ狩り。

お目当ての黒いのは見つからず、白いのばかり狩り続ける。

 

リンドウと一緒に仕留めた奴に比べれば。

どいつもこいつもノロマなのでやりやすい事この上ない。

 

最初は決まって後ろに周りこんでからの強斬り一閃。

 

最近は神機も大分強化されているので大概の奴はこれでお終い。

極東風に言うと"いざ尋常に勝負あり"と言う奴だ。

 

たまに進化したタイプなのか斬りきれない奴もいるにはいるが。

その場合はご褒美にスタングレネードからのもう一撃をプレゼントしてあげている。

 

俺は気前の良い人間だからな。

閃光弾の一つや二つ、無駄遣いしても気にしないのだ。

 

どうせ経費で落と…

この話は止めようか。

 

とりあえず何を言いたいのかというと。

()()()()()()()()()()()()()

 

あの時のような無様は二度と晒さん。

次に会った時は確実に仕留めてやるよ。

 

 

………

 

 

…と、そう思いつつ早一週間。

 

笑ってしまうくらいに黒い奴の情報は無しのつぶてである。

白いのはそれなりに討伐ミッション発注されてくるんだけどな。

 

もしかして黒いのは最初だけで、しばらくすると白くなるのかもと考えたりもしたのだが。

今まで仕留めた奴はどいつも顔がリンドウのとは違ったので、多分その線は薄いような気がする。

 

うーん、まさかアイツ冬眠してるとか?

見た目トカゲっぽいし、おまけに最初見つけた寝蔵にしてそうなエリアは寒冷地帯だし。

 

そういう話でも別に不思議ではなさそうだが。

もしそうなら大人しく偵察班が見つけてくれるのを待ちたいところ。

 

流石に雪の中を探索するのは億劫だしな。

それに俺、偵察がメインの部隊じゃないし。

 

思う所は確かにあるが。

見つからない物は焦っても仕方がない。

 

案外こういう時は探すのを止めたら見つかるもの。

どこかの国の人も言っていたような気がする。

 

そういう訳で今日はお休み。

のんびりティータイムと洒落込む事にしよう。

 

 

え?人手が足りないから手伝ってほしい?

俺この前までミッション続きだったんだけど…

 

フリーミッションは休暇考慮されないって?

受注するしないは個人の裁量で決めれるから?

 

アッハッハ、そう言えばそんな規定だったな。

 

マジウケる。

機会があったら昨日の俺をぶっ飛ばしておこう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

極東支部御用達の新人研修エリアである。

 

旧型だろうと新型だろうと。

新しく参入したゴッドイーターはここでオウガテイルを討伐するところからスタートする。

 

一昔前だと初実戦が最後の実戦になるという話も珍しくはなかったが。

今はある程度サポートに人員を回せるようになったので、以前ほどはそのような話が出る事もなくなった。

 

まぁ死なないだけで普通にPTSDとかにはなったりするけど。

それでいて保険制度だけは充実しているのがまた何とも皮肉な話だ。

 

北欧のヴァルハラは死んでからのサポートが手厚いようだが。

極東のフェンリルは死ぬ前のサポートが手厚いのである。

女神の人数は少ないけどな。

 

そんな訳で。

今回の面子はレンと一緒にやってきた新型使い二人と、その指導役である第一部隊の新型使い二人。

 

うん、新人の方はどちらも人の好さが感じられるな。

声もハキハキしていて元気が良いのも好感触。

 

この業界は色んな物を背負っている人間が多いからな。

こういう人種が入ってくるだけでも和やかになるのでありがたい。

 

俺が直近で見た新人二人と言えば…

この話は止めようか。

 

口は禍の元というしな。

ミッションに集中するとしよう。

 

………

 

ミッションスタート。

 

今回は中型種一体と小型種複数体の討伐ミッション。

ルーキーとアリサがそれぞれ一人ずつ新人を受け持ち、実戦形式で新型神機の基本的な使い方をレクチャーするというのが今回の目的である。

 

先日既に小型種だけの討伐ミッションはこなしているとの事だが。

期待の新型神機使いの第二弾ともあって、早くも中型種を交えた実戦訓練が組まれたらしい。

 

俺の役目はもしものための用心棒。

不測の事態に備えた待機要員として、戦闘には加わらずに少し離れた所から様子を見守る。

 

神機使いというとアラガミと戦うのが役目だと思われがちだが。

こういう役割自体は別に珍しい物でも何でもない。

 

それなりに場数を踏んだ神機使いならいざ知らず。

同行するのは神機に選ばれただけのズブの素人。

 

余程覚悟決まってるような輩でもない限り。

現実に命の危機に身を晒されればいともたやすくパニックに陥る。

 

未熟というのは恥ではないが、戦場では未熟者に次は無い。

故にそうなればどうなるか?人生がゲームセットして試合終了である。

 

しかし神機使いが所属するフェンリルは優良企業。

 

パニックになったからと言ってハイサヨナラと切り捨てるほど薄情な組織ではない。

きちんと独り立ちが出来るまでは経験豊富な先輩方がちゃんと面倒を見てくれるのだ。

 

今俺が待機しているように、もしもの時のカバーも万全。

文字通り命からがら逃げ帰るくらいの時間は十分稼いで貰えるのだ。

 

まぁショックで精神病んだり、手足の一、二本喰われるケースも無くは無いが。

 

死ななきゃ安いとか言ってはいけない。

命に勝る物種は無し。イイネ?

 

戯言はこの辺にしておこう。

今は歴としたミッションの最中。いくら暇とは言え、慢心して気を抜くのはあまりよろしくない。

 

気を引き締め直して物陰から新型四人の戦いぶりを観察する。

もし新人が何かヘマをした場合は、俺が時間稼ぎをしている間にルーキー達が撤退準備を整えるという流れになってるのだが。

 

ぎこちなさを残しながらも、そつなくアラガミを斬り倒す新人。

ぎこちなさを残しながらも、豪快にアラガミを粉砕する新人。

そんな二人を攻守の両面で遠近問わず的確にサポートする新型二人。

 

うむ、優秀優秀。

流石は次世代担う新型使い。手のかからない後輩達のようで何より。

 

ルーキー達はもう第一部隊所属だから変えられないけど。

あの子らは俺の部隊に来てくれないかなぁ。

 

人数的には回してもらって全然差し支えないと思うんだけど。

レンが新しく来たけどそれでも二人しかいないし。

 

おまけに戦闘要員は俺一人のまま。

おかしい、俺の元上官様はもっと部下に任せて楽をしていた記憶があるんだが。

 

まぁいい。

 

今はルーキー達が面倒見ているので大っぴらに勧誘は出来ないが。

せめて物陰からそっと期待の念を送っておこう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ミッションも終盤。

小型の掃討も終わり、いよいよ中型種のお出ましである。

 

お相手は極東エリアでは中堅程度に位置付けられているシユウ種のアラガミ。

相変わらず開戦前に行う腕の動きが何とも挑発的で人間臭い。

 

初めて遭遇した時は何だコイツと思ったものだが。

挑発中は何故か回避行動も取ろうとしないので、今ではそれに合わせてスタングレネードを放ってやるのがお約束となっている。

 

手をクイクイするのも見方によっては何かをねだっているように見えなくも無いしな。

 

この地域ではよくお目にかかるアラガミの一種だけあって付き合いもそれなりに長いアラガミ。

だからついつい綺麗な花火をプレゼントしてしまうのも仕方のない事なのだ。

 

閑話休題。

 

俺の事はさておいて。

新人二人はどんな感じかな。

 

残念、友好度が足りないようですね。

プレゼントを上げるどころか、二人とも武器を構えて警戒している。

 

ルーキーとアリサの様子も伺う。

こちらも攻撃準備は整っているが自ら仕掛けるような様子はない。

 

まぁこの辺りの感覚は経験の差が物を言う所か。

実力はあれど、俺から見れば新しく来た新人二人とそう大した違いは無いしな。

 

仕方ない、これでもそれなりに長い事戦ってきた古参兵。

可愛い新人ちゃん達にベテランの戦い方というものを見せてあげますか。

 

シユウがエネルギー弾を撃ち出すためにしゃがんで力を蓄える。

この時のシユウは攻撃を加えられても、避けずに力を溜め続ける習性がある。

 

理由は正直わからないのだが。

はっきり言って的である。

 

剣で斬るのだからこの場合は巻き藁か?

まぁどっちでもいいや。

 

なのでまずはレッスンその1、『大技を使おうとする奴がいたらその場でシバけ』。

なおレッスンその2以降はその内考える。

 

ご丁寧に気付かれないよう後ろから近づき。

脳天目掛けて全力のチャージクラッシュを叩き込む。

 

多少肉質が硬直していたので華の両断とまではいかなかったが。

腰のあたりまで二つに裂けたので十分致命傷と言えるだろう。

 

シユウを足で押さえながら神機を引き抜き、コアを捕喰して討伐完了。

いやぁ楽勝楽勝、我ながら随分手慣れたものである。

 

やっぱり人数多いとりやすいな。

注意が分散される分、後ろに周り込むのもたやすく出来るし。

クソトカゲにも有効そうだ。

 

 

気付けば四人とも呆気にとられた表情でこちらを見ている。

そんなに見るなよ照れるじゃないか。

 

ちょっとばかり、俺の方が君達より狩り慣れてるってだけの話さ。

 

「…いや、貴方が倒してどうするんですか。これじゃ訓練になりませんよ。」

 

アリサの言葉にハッと気が付く。

そうだった、そういやこれ新人向けの訓練だった。

 

転がったシユウのなれ果てに目を向ける。

 

僅かにまだ痙攣こそしているものの。

唐竹割にされた上にコアまで引き抜かれたそれが塵と変わるのも時間の問題。

残念ながら今からサンドバックにするというのは難しそうだ。

 

「というか。まだ私達の事、お守りが必要だと思ってるみたいですね。以前コンゴウやグボロ相手にやらかした時と変わってないじゃないですか。」

 

そう言いながら神機を担ぎ直し、ポキリポキリと空いてる手の指を鳴らすルーキー。

 

表情こそ冷静を装っているものの。

纏う空気は明らかに不機嫌そのものと言ったご様子。

 

「まだ私達の実力は認めてもらえませんか?私達、そんなに頼りないですか?」

 

ズイと一歩こちらに近寄り。

真っすぐこちらを睨みつけて言葉を続けるルーキー。

 

いや怒るのそっち?

訓練台無しにしたことじゃなく?

 

何だかよくわからんが。

知らない内に地雷を踏んでしまった様子。

 

気付けばいつの間にかアリサも新人二人を連れてそそくさと退避している。

 

 

ふむ、閃いた。

どうやら早速レッスンその2をお披露目する機会が来たようだ。

 

そんな訳でレッスンその2、『ヤバいと思ったらすぐ逃げる』。

リンドウも口を酸っぱくして言うくらいの至言である。

 

命に勝る物種は無し。

死ななきゃそれで安いのだ。

 

帰投準備が整うまでそう長い事はかからないだろうし。

という訳でサラバだルーキー君。縁があったらまたアナグラで会お…

 

 

 

 

 

-ガシッ-

 

 

 

 

 

「…話は何も終わっていませんが?」

 

 

 

 

 

…袖を掴まれてしまい逃げられなかった。

判断が遅いと逃走もままならなくなるという良い手本になれたかな。

 




ルーキーちゃんはルーキーちゃんでリンドウさんの件含めて色々引きづっている模様。

帰投までの間、ルーキーちゃんの圧に怯える新人二人とそれを宥めるアリサ。
また風評被害が立ちそうですね。

ちなみに以前用心棒した新人さんは今も元気に旧型神機使いやってます。
お話に出るかどうかは気が向いたら。


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無口と新しい新型使い2

Q1.何で部下付かないの?
A1.意思伝達能力が壊滅したままだから。

Q2.やっぱり無口なのがいけない?
A2.本当に悪いのは無口じゃなくて無自覚な事。

ついでに感覚もちょっと他人とずれている。


俺の部隊は人がいない。

 

すぐに辞めてしまうという訳ではなく。

そもそも配備されてこない。

 

昔はそうではなかった。

俺がまだ一般隊員だった頃は普通に同じ部隊に同僚居たし。

 

隊長になってから減ったというなら話はわかる。

自覚の有る無しに関わらず、配属されないという結果から何かしらの問題があるのだろうと推測できるからな。

 

最初から俺しか配属されていないってどういう事だよ。

今にして思えば就任時に俺しかいなかった時点で声を上げるべきだったが。

 

でもあのタイミングで声を上げなくても別におかしくないだろ。

普通に考えたら単に要員集めに手間取ってるだけだと思うじゃないか。

 

かれこれ数年。

他の部隊にはそれなりに人数増減があるものの、俺の部隊は増員の"ぞ"の字すら聞こえてこない。

 

ひょっとして俺が知らないだけで。

隊員は自分たちで勧誘しなければならないのか?

 

でも俺の時は特に勧誘されたりとかしてないしな。

それにもし本当にそうだとしたら流石に誰か教えてくれるだろうし。

 

………

 

…と、言った具合に。

ぼんやりとだが悩んでいた時期が俺にもあったが。

 

「…どうしました?僕の顔に何かついてます?」

 

別に何も付いていない。

何で俺の部屋にいるのかなと思っただけである。

 

まぁ異性に押しかけられている訳では無いので深くは気にしないでおこう。

実際の所は未だに性別不明だが。

 

もっとも、個人的にはレディに押しかけて貰いた…

 

いや、やっぱりいいや。

そう言うのはサクヤ達の一件でもう十分だ。

 

あの時にアリサに貸したシャツ、結局伸びて駄目になったし。

おまけにシャツを処分した時にしたって、全員伸びた原因を察してるから気まずいったらありゃしない。

 

俺が同性だったならまだしも。

男があの空気に晒されるってアラガミとやり合ってる時より堪えたぞ。

 

眼福だったろと言われれば否定はしないが。

実際の所はそれよりも目のやり場に困ったという方が印象深いので、正直もうこりごりである。

 

まぁこの話を深掘りするのは止めておこう。

レディのプライバシーは墓の中まで持っていくのが紳士としての嗜みだからな。

 

とにもかくにも。

何時まで経ってもお独り様のままというのがちょっとした悩みの種だったのだが。

 

そんな悩みも今となってはもはや過去形。

待望、念願の隊員配備。おまけに新型神機使いで特務部隊所属のベテランと来ている。

 

ちょっとセンスにツッコミどころがあるが気にしない。

元々神機使いなんて変人の集まりみたいなとこあるしな。

 

そんな訳でレンが配備されてしばらく経ち。

この前一緒のミッションだった新人二人もそろそろ配備先が決まるとの事。

 

ふむ、ひょっとして。

ひょっとしてだが。

 

俺の部隊は新型神機の使い手だけで再編成されるのではないのだろうか?

 

新人二人はどちらも新型神機使い。

ルーキーやアリサに引き続き、ただでさえ貴重な新型を極東支部だけで五人も独占である。

 

新型神機にしたって昨日今日で急に話が出て開発された訳ではない。

本格運用が始まる前に配備先の部隊だけ整えていたとしても、それは別段おかしな話でもない。

 

であれば、今までずっと一人部隊だった事も。

何かしらの理由で編成が遅れていただけと考えれば説明できる。

 

おまけに今の俺は使おうと思えば新型神機使えるし。

いやぁ困りますよ榊博士、それならそうと最初から言ってくださいよ。

ずっとモルモットにされたと勘違いしてたじゃないですか。

 

ふっふっふ。

ふっはっはっはっはっは。

 

古参古参と言ってた俺が。

いつの間にか最新神機の使い手を率いる部隊長様か。

 

しがない一般家庭の一人息子にしては上出来も良い所。

これなら両親もさぞ自慢の息子と鼻が高い事だろう。

 

高くする鼻はとっくの昔に無いけど。

 

まぁ、とは言っても。

捕らぬ狸の皮算用という言葉もある。

 

辞令も出てない内に勝利を確信するのも少々焦り過ぎな話か。

 

一人そんな事を思っていた所。

不意に受注用端末が鳴動してミッションが発注されたことを告げて来る。

 

連絡主はフェデリコ・カルーゾ。

今ちょうど噂していた新人神機使いの一人である。

 

ふむふむ、グボログボロの討伐を手伝ってほしい?

いいぞ、未来の部隊長さんが何でも手伝ってやろう。

 

俺はレディに優しくを信条としているが。

だからと言って別に男を差別したりはしない。

 

サクッと活け造りにしてやるよ。

はっはっは、新人からの眩しい羨望の眼差しが目に浮かぶようだな。

 

…あ、いや。

 

ルーキーの時はそれやったら殴られたんだったか。

アリサの時は逆に放置し過ぎて後輩いびりだとしばらく付き纏われたんだったか。

 

うーむ、最近の若者は難しいな。

俺も普通に若いけど。

 

 

とりあえず少しでも親しみを持ってもらえるよう。

同じ見た目の神機に換装しておくか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鉄塔の森"。

気候と化学反応による濃霧が不定期に発生するため、新人がこのエリアのミッションに赴く際は中堅以上の神機使いが付いていくことになっている。

 

今日のターゲットは通常種のグボログボロ。

 

ルーキー達の時とは違って堕天種付きといったおまけ要素は無く。

一匹だけならコンゴウ同様、新人の訓練にはちょうど良い。

 

極東以外でこんなこと言うと頭おかしいのかという目で見られるらしいけど。

俺達が主に活動する場所は極東なので気にしない。

 

ターゲットがやってくるまでの束の間。

新人君が俺の神機を見ながら話を振ってきた。

 

何でも俺が新型神機を使える事を知らなかった様子。

別に隠している訳ではないのだが。

 

俺は正直旧型神機の方が使いやすいからな。

わざわざ使いづらい方を選ぶ道理が無い。

 

極東では確か意図的にそういう選択をする事を"縛りプレイ"と言うのだったか。

そういう言葉が存在している辺り、この地域は昔からそういう変態…もとい、実力者がうようよいる地域だったんだろうな。

 

話を戻そう。

 

そんな使いづらい神機をわざわざ選んできた理由だが。

端的に言えば親しみを持ってもらえるかなと下心を持ったためである。

 

同僚とはいえただでさえ古参と新人。

加えて神機まで新旧の差異があるとあっては、気兼ねして寄り合える親愛度にも上限が設けられてしまうというもの。

 

そんな訳で。

せめて少しでも仲間意識を持ってもらおうと同じ形式の神機に揃えたのが今回の経緯である。

 

リンドウと同じチェーンソータイプでちょっともやっとするが気にしない。

リンドウみたいに将来は優秀な神機使いになるのかもしれないしな。

 

今はまだ言わないけど。

そうだな、ウロヴォロスを単独撃破してきたら伝えてやるよ。

 

とりあえずなんて返そうかなと考えていた矢先。

簡易アラートが鳴り響いてターゲットが到来した事を告げていく。

 

おっと、お客さんが来てしまったか。

仕方ない、続きは営業が終わってからしてやるよ。

 

一昔前によく見たフラグのようだが気にしない。

だって今回は()()()()()()()()んだからな。

 

………

 

ターゲット撃破。

目に見えた大きな被弾は無し。

 

うん、良いんじゃないか?

まだそこまで場数を踏んでいない事を考えれば十分過ぎる戦果である。

 

多少神機の切り替えにもたついていたようだが、俺と同じくらいだから問題無し。

むしろルーキー達の切り替えが早すぎるだけなんじゃないだろうか。

 

あの二人、「何で出来ないんですか。」とか「こうやるんですよ、こう。」とか普通に言うしな。

 

あの時ほど感覚じゃなくて理論で説明しろと言いたかった時は無い。

まぁどっちもゴッドイーターなり立てのひよこちゃんだから仕方ないか。

 

俺相手だからそういう言い方してたとかではないと信じたい。

 

まぁその話は置いておこう。

 

とりあえず近接戦闘においては十分及第点である。

経験を積めばリンドウやルーキー達にも勝るとも劣らなくなると思う。

 

うむ、配属隊員が優秀な事を再確認出来て何より。

まだ正式に決まった訳ではないが、まぁ概ね勝ち確信で進めても問題はないだろう。

 

-ビーッビーッビーッ!-

 

明るい未来を予想しながらコア回収を済ませていると。

不意に簡易アラートが警報音を鳴り響かせる。

 

同時にヒバリからののアナウンスがイヤホンに響き渡る。

どうやら想定していなかった二匹目が近辺のエリアより乱入してくるとの事。

 

新人君の方を見る。

流石に経験不足な事もあり、目に見えて動揺しながら伺うようにこちらに意見を求めて来る。

 

焦るな焦るな新人君。

まだ人類が敗北した訳ではない。

 

想定外とはいえ所詮はグボロ。

刺身が二人前に増えるだけで。

 

あ、でも新人にとってはキツイのか。

大きな被弾は無いと言っても、慣れない生死を賭けた戦いで気力の面では消耗してるだろうし。

 

まぁそれならそれで仕方ない。

こういう不測の事態に備えて経験豊富な神機使いが付いてきてるんだからな。

 

おまけにコイツは元より討伐対象外。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

出撃前にも言ったように。

俺は常日頃からレディに優しい紳士であるが。

 

だからと言って男だからどうでもいいなんて差別的な思想は持っていない。

「男なら気合を見せろ」なんて前時代的な事は間違っても言わないのだ。

 

 

そういう訳でフェデリコ君。

コイツは優しい次期部隊長様が、サクッと活け造りにしてご馳走してあげよう。

 

なに、代金は不要だ。

後輩に美味しい思いをさせてあげるのも、先輩としての立派な務めだからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ミッションを終えた俺達と入れ替わるように、同僚の神機使い達がせわしなく出撃ゲートへ向かっていく。

 

うん、やはりバスターブレードの方が速く刺身を作れるな。

 

属性的にはロングブレードの方が有効な部位の筈だが。

手慣れている分あちらの方がサクッと切り分けられるような気がする。

 

ついでにいうならやっぱり新型神機は少し重い。

今回も結局銃形態使わなかったし、刀身や銃身のように切替パーツも選択式にした方がいいんじゃないかこれ?

 

まぁ俺は技術屋じゃないので口出ししないが。

 

「先輩出来ましたよ。今日は本当にありがとうございました。」

 

そう言って湯気立つカップを差し出すフェデリコ君。

ほぅ、これが噂のエスプレッソか。

 

本当にちょびっとしか入れないんだな。

本来は専用の小さいカップに入れるらしいが、今回は普通サイズのカップに入れているので余計に量の少なさが目立っている。

 

帰投してすぐ後。

今日同行してもらったお礼がしたいとのいう事で、目下一緒のカフェタイムと洒落込んでいる。

 

香りを楽しみ、次いで味わう。

うん美味い。まさに苦み走った大人の味である。

 

だが俺は知っている。

これにはさらに次の段階があるという事を。

 

おもむろに取り出したるはシュガーポッドとスプーン。

以前カノンから分けて貰った、ジャイアントコーンから生成された砂糖である。

 

流石に純白の白糖とまではいかないが。

今の時代まごう事無き砂糖というだけでもその価値は計り知れない。

わざわざ分けてくれたカノンには本当に頭の上がらない話である。

 

そんな稀少な品を惜しみなくエスプレッソにぶち込みぶち込み。

溶け切らない程の糖分でドロドロになったそれを一息に飲み込み、口内と喉全体で堪能する。

 

おぉ、これは凄い。

目の覚めるような突き抜ける苦みと舌に絡みつくタールのような甘味。

 

疲労も眠気もこれ一つで嘘のように消え去っていくようだ。

うむ、これを独り占めするというのは無作法というもの。

 

長い付き合いになるかは知らんが。

是非とも味わえる時に新人君にも味わってもらいたい。

 

まだ中身に余裕のあるシュガーポッドを使っていないスプーンと共に差し出す。

初めは戸惑いを見せていたものの、こちらの意図を察した所で礼と共に何度も砂糖をエスプレッソに投入していく。

 

「うん、美味しいです。やっぱりエスプレッソはこれが一番ですよね。」

 

良い笑顔だ。

俺が女性だったらクラっと来ていたかもしれんな。

 

………

 

そこからしばらく。

無言のまま、男二人で静かなカフェタイムを満喫する。

 

…していたのだが。

甘い匂いを嗅ぎつけたのかルーキーがやってきて。

俺達が飲んでいるエスプレッソを見た瞬間、顔を引きつらせてこう告げた。

 

「だ、大丈夫ですか?そんなどす黒いネバネバした物、この人に合わせて無理に飲まなくても良いんですよ?」

 

「何しろこの人…」

 

-味覚、壊れてますから。-

 

「付き合って変な物食べてるとその内お腹壊しちゃいますよ?」

 

 

…ハッハッハッハッハ。

ナイスジョーク、ウケたぜルーキー。

 

本人を目の前にしてこの言いっぷり。

第一部隊のリーダー様は度胸も冗談のセンスも一流のようだ。

 

まるで俺が味覚音痴みたいに言いやがって。

いくら俺が年上で先輩でも、謂れのない誹謗中傷は傷付くんだからな。

 

とりあえす、お前はもう少しコミュニケーションの仕方を磨いてこい。

出来るまで当分お菓子奢ってやらないからな。

 

 

まぁ言ったら脅されて奢らされそうだから言わないけど。




自覚が無いので何時まで経っても変わらないし、「別に喋れない訳じゃないんだが」とか言っちゃう人。
そして「まぁ一々言う事じゃないか」と、何も言わない所までが一セット。


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無口と新しい新型使い3

Q1.笑ってるけどメンタル平気?
A1.これは素。

Q2.無言でカフェ?
A2.静寂溢れる詫び寂びタイム。

無口が圧にならない稀少な空間。


「ねぇフェデリコ。最近あの人とよくミッション行ってるみたいだけど…」

 

「あ、やっぱり会話は無いんだ。でも帰投後のコーヒーには毎回付き合ってくれるって?」

 

「へぇ、砂糖やお菓子まで差し入れしてくれるんだ。確かに先輩達の言う通り、喋らないだけでそれ以外は普通に優しい人なのかも…」

 

「戦ってる時はそうでもない?まぁ確かにアラガミの背後からいきなりバッサリだもんね…って何?後ろ?(クルッ)」

 

 

 

 

 

「………………………」

「ッッッ!?」

 

 

 

 

 

-スタスタスタ…-

 

 

 

 

 

「…心臓止まるかと思った。もうっ!後ろに立たれてるならちゃんと口で言ってよ!」

 

「気付いてると思ってたって?…そう言われると私、どうしてあの人の足音に気付かなかったんだろう?」

 

「訓練がてら普段から足音しないよう意識してるのかな。戦闘でもいつの間にかアラガミの背後にいる事が多いし…」

 

「…よし決めた。私も次のミッション行く時はあの人にサポートを頼んでみる。」

 

「あの人も私と同じバスターブレードの使い手だし。アラガミに忍び寄る時も同じ感じなのかじっくり観察してみるよ。」

 

「あ、でもそうなるとさ。私も何か食べ物用意した方が良いのかな?」

 

「お菓子?で、でも私、まだお菓子一杯買ったり出来るほどお給料入って無いし…」

 

「か、缶ジュースとかでも大丈夫かな?…大丈夫?その言葉、信じるからね。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鉄塔の森"。

つい先日来たばかりだが、デートのお誘いされたので再びやってきた次第である。

 

お相手はこの前やってきた新人神機使いの一人、アネット・ケーニッヒ。

可愛いだけじゃなく俺と同じバスターブレードの使い手である。

 

ちなみに今回俺が持って来たのは新型神機ではなく。

いつも使っているノコギリタイプの旧型神機。

 

最初はフェデリコの時のように同じ見た目の神機にしようと考えたんだが。

彼女の得物がハンマーだと知って諦めた。

 

だってアレ、滅茶苦茶重いんだもの。

というかそもそも"ブレード"じゃないし。

 

何時ぞや試験運用したハンマーも大概だったが。

よくよく考えてみればあっちの方が見た目的には真っ当だったとは。

 

まぁあっちはあっちでジェット装備なので大概だと思うけど。

 

こっちのこの刀身(?)には当然ジェットなんて代物は付いておらず。

文字通り自分の腕力でブンブン振り回す必要がある。

 

うん、無理。

こんなの振り回せるとかゴリラだろ。

 

そんな訳で結局選んだのは何時もの旧型神機。

新型でないのは聞かれた時に戦術性重視とごまかすためである。

 

気にし過ぎかもしれないが。

女の子というものは繊細なのだ。

 

"私の神機とは合わせてくれないんですか?"なんて根に持たれる可能性も無きにしもあらず。

それが原因で俺の部隊避けられた日には泣くに泣けない。

 

閑話休題、ミッションに戻ろう。

折よく簡易アラートが鳴り響いてターゲットが到来した事を告げていく。

 

本日のターゲットはシユウ堕天種。

 

グボロと違って機動力が高く。

新人には少し敷居の高い相手かもしれない。

 

おまけにこの子はハンマー持ち。

フェデリコに比べれば機動力では一歩劣るだろうし。

 

まぁ苦戦するのもそれはそれで良い経験になる。

それにピンチの所を颯爽と助ければ、好感度も上がって一石二鳥。

我ながらどう転んでもメリットしかない完璧なプランニングである。

 

そんな事を考えている内に戦闘開始。

さて、この子は最初にどう動くのかな?

 

 

え?何でピッチャー返しの構えを取る?

いくら中型相手でも流石にそれは…

 

…待てよ?

そう言えばこの子、普通にハンマー振り回せてたような…

 

 

 

 

 

-グシャリ!-

 

 

あ。

 

オイオイオイ。

死んだわアイツ。

 

………

 

ターゲット撃破。

というか砕け散った。

 

恐ろしい子、端的な感想はそれである。

ゴから始まる表現は言わないのが紳士としてのお約束。

 

アーカイブのバラエティに衝撃映像というものがあるが。

リアルに見てしまうとスプラッター以外の感想が出てこない物なんだな。

 

開始直後、早速とばかりにシユウがこちらに向かって滑空。

それを見たアネットはハンマーをバットのように構えて迎撃の姿勢を取り。

 

そのままお手本のようなピッチャー返しで吹っ飛ばす。

 

知っての通りシユウの姿は人型。

それが縦方向に回転しながら何度も地面を転がり飛んでいく。

 

まさかまさかのファーストコンタクト=ラストコンタクト。

うん、これ普通に死んだな。これで生きてたらバケモノだよ。

 

まぁアラガミはコアを引き抜かない限り完全に死ぬことは無い。

だから厳密には死んでいないんだけど。

 

そんな訳でトドメを刺すべく。

吹き飛ばされたシユウに近寄る。

 

うわぁ、ミンチより酷いな。

これが新人のやる事か。

 

…改めて考えてみると。

極東の女性陣はヤバイ人間しかいないような気がする。

 

最近はルーキーも何か物騒な二つ名で呼ばれ始めてるんだよな。

まぁ俺から見ればまだまだひよこちゃんなんだけど。

 

ただしカノン、お前は駄目だ。

最近知ったんだが、どうやら俺はお前の誤射を躱せる数少ない神機使いって触れ込まれているらしい。

 

躱せるんじゃなくて文字通り必死に防いでるだけなんだよ。

誰が好き好んで背中から爆発弾撃たれる場所に身を晒すって言うんだよ。

 

言ってた奴を連れてこい。俺の懐のグレネードをくれてやるから…

ヒバリが言ってた?女性を矢面に出すとか恥ずかしいと思わんのか。

 

閑話休題、話を戻そう。

 

まぁ見ての通りシユウ君はとても悲惨な状態にあるのだが。

残念ながらアラガミ相手に慈悲は無い。

 

いや、考えようによっては楽にしてあげるのも慈悲というものか。

 

そんな訳で神機を捕喰形態にしてグシャリ。

次の瞬間、それまで大人しかったアネットが何やら後ろで叫びをあげる。

 

「あぁっ!や、やっちゃいましたぁ!」

 

それはひょっとしてギャグで言っているのか?

誰がどう見ても殺ってしまった後ではあるが。

 

…待った。

もしかして。

 

このシユウ、()()()()()()()()()ターゲットだったりするのか?

それを今俺が完全にトドメを刺してしまったとか。

 

慌ててミッション内容を見返す。

…うん、これにはシユウ討伐としか書いていない。

 

アネットを見る。

何やらオロオロしているが怯まず視線を向け続ける。

 

お前、まさか俺の知らない裏目標みたいなものを聞かされていたんじゃなかろうな?

流石にそんなものまでは面倒見切れんぞ。

 

話してくれたなら幾らでも融通利かせるのに。

 

見つめ続ける事数分。

諦めたようにアネットが口を開く。

 

「す、すみません。疲れているとは思うんですけど…」

 

-もう一ミッション、付き合ってもらえないでしょうか…?-

 

 

 

 

 

「………………………」

「………………………」

 

 

 

 

 

おいおいおい。

見くびってもらっては困るなお嬢ちゃん。

 

俺が可憐な女性からのお誘いを断るとでも?

"レディに優しく"っていうのは現実世界でも不変の常識だろうに。

 

おずおずと告げるアネットの頭を撫でてやる。

不意の行動に戸惑っているようだが、まぁこのくらい気安く接した方が次の時頼みやすかろう。

 

セクハラとか言ってはいけない。

 

年下の小娘相手にそんな気は無いが。

世間的には言い訳出来ないから、ハルオミに続く査問会送りになってしまう。

 

その前にツバキさん辺りに殺されそうだけどな。

その時は是非とも元上官様に助けてもらおう。

 

 

まぁそんな話は置いといて。

お付き合いするのは結構なんだが。

 

これでも立派な部隊長。

あまり一神機使いに入れ込んでいると見られるのはよろしくない。

 

分かってくれとは言わないが。

立場というのは時に自由を束縛するものなのだ。

 

そうだなぁ。

せめて皆が納得できる理由を用意してくれれば吝かでは無いんだが。

 

 

そう、例えば。

 

 

()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()とかな。

 




お茶目心を解する古参兵。
コミュニケーションはばっちりです。

ちなみにルーキーちゃんはスキンシップでコミュニケーションを取る人。
男性陣は頑張れ。

長くなったので次に続きます。


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無口と新しい新型使い4

Q1.何で後ろに立ってた?
A1.ただの悪戯。

Q2.色んな人にやってる?
A2.人を選んでやってる。

アリサやコウタにはやる。
ソーマやルーキーちゃんには殴られそうなのでやりません。


よくよく話を聞いてみれば。

何でも俺の戦闘スタイルを観察して学びたいとの事らしい。

 

「私、あまり足の速さに自信が無いんです。だからどうしても攻撃できるチャンスが限られてしまって…」

 

確かに足遅いなとは思ったが。

それはそのハンマーが原因なのでは?

 

ちらりと彼女の神機に視線を向ける。

途端俺の言いたい事を察してか、慌てた様子で俺が言葉を紡ぐのをアネットが遮る。

 

「ま、待ってください!確かにハンマーが重いというのもあるのかもしれませんが…これを手放すなんて出来ません!」

 

そう言ってぬいぐるみでも抱きしめるようにハンマーを抱え込んでしまった。

ここまで強く拒絶されては流石に指摘するのに二の足を踏んでしまう。

 

しかし、ふむ。

神機を変えたくないというのは分かったが。

 

それがどうして俺のスタイルを学びたいというのに繋がるんだ?

 

いくら中型種相手とは言え。

シユウを正面から吹っ飛ばせる奴なんてソーマくらいしか俺は知らない。

 

だからアネットの場合、難しい事考えずに突っ込んで殴り飛ばした方が早い気がする。

先程の戦いぶりを見る限りパワーは十分あるみたいだし。

 

正面から叩き潰すスタイルの方が合ってると思うな。

猪突猛進というと聞こえは悪いが、出来るならそれが一番単純かつ効率的な戦法なのだ。

 

 

…と、俺はそう思うんだが。

どうやらアネットの中ではそうではないらしい。

 

「先輩、アラガミと戦う時はいつも上手に背後に周り込んでいるじゃないですか。私もあんな立ち回りが出来るようになれば、少しは足の遅さもカバーできるのかなって。」

 

うーん困った。

何て言ったらいいものか。

 

まず誤解しているようだが。

あれは立ち回りというより不意打ちの一環でそう動いているだけなんだよ。

 

自分でこう言うのも悔しいが。

俺はソーマに比べると一撃の威力では劣ってしまう。

 

本気の時は強化薬でも何でも使ってスペックを引き上げるが。

常日頃からそんなもの使っていると身体にガタが来てしまう。

 

が、これでも一応は古参兵。

手強い相手の討伐は間隔を開けて…なんて都合の良い事を言う訳にもいかない。

 

太刀打ち出来ないとまでは言わないが。

正面からやり合うには些か分の悪い相手。

 

であればどうするか?

答えは簡単で正面からやり合わなければ良いだけである。

 

死角に潜り込んで叩き切るというのもその一環。

それらは最終的に()()()()()()()()()()である。

 

正面からやり合えるというのなら、そんな回りくどい事をする必要は無い。

事実ソーマは俺みたいな戦い方してないし。

 

君、正面からシユウ吹っ飛ばしただろ?

あれが出来るのなら大型種相手だって普通に通じる。

 

寧ろ俺の立ち回りを覚えてしまうとそれがデメリットになってしまうような気がする。

あれこれ考えてしまうようになった結果、余計に動きが鈍ってしまっては元も子もない。

 

真面目な新人ほど陥りやすい事だからな。

一時期ルーキーだってそうなってたし。

 

 

で、だ。

何と言ってそれを伝えようか。

 

いや、ズバッとストレートに伝えてもいいんだが。

俺を見るアネットの目が真剣そのものなのでちょっと答えにくい。

 

やんわりと、事実を伝えながらも傷付かないように。

こういう細やかな気遣いも出来るのが優秀な神機使いというもの。

 

とはいえ、長い事一人きりの部隊だったからな。

いまいち上手い言葉が浮かばない。

 

第一部隊の面々ならどうアドバイスするだろうか。

参考までにイメージしてみよう。

 

~~~

 

ソーマ『お前がそれをやる必要は無い。何も考えず、正面からとっとと叩き潰せ。』

サクヤ『貴女は貴女らしく、正面から堂々と…ね?』

コウタ『その立ち回り、はっきり言ってフェデリコの方が向いてると思うな。』

アリサ『新人は新人なりに、難しい事考えずに戦えばいいと思います。』

ルミナ『正面から叩き潰した方が早くないですか?』

 

~~~

 

…素直に真似るのは早計かもしれんな。

全員何だかんだで言葉が足りていないような気がする。

 

強いて言うならサクヤが一番マシな気がするが。

男の俺が言うとなると違和感が凄い。

 

仕方ない、こうなったら。

 

 

ソーマに説明をぶん投げよう。

イメージした中だと俺の言いたい事に一番近いし。

 

という訳で。

携帯を取り出してメールをポチポチ。

 

お元気ですかソーマ君。

アネット君とデートしてくれま・す・か?と。

 

先頭の文以外は真面目な内容でメールを飛ばす。

お、早速返信が来て…

 

嫌だって?またまた御冗談を。

俺の方が階級上だというのを忘れてるのか。

 

拒否権なんぞある訳なかろう。

上官命令だ、さっさと出撃準備してきなさい。

 

あ、ついでにフェデリコ君も呼んできてくれ。

流石に女の子一人に古参二人が入れ込んでいるというのは外聞が悪いからな。

 

 

メッセージを送った後。

受信したソーマの様子を思い浮かべる。

 

うん、滅茶苦茶ブチ切れていそうだな。

防弾チョッキはしっかり着込んでおくか。

 

ついでにアネットにもメールを送る。

"ソーマ君がデートしてくれるって"っと。

 

 

「あ、このミッション要請ってもしかして…先輩!ありがとうございま…うえっ!?」

 

アッハッハ、良いリアクションだ。

その表情が見たかった。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ミッションを終えたソーマと新人の二人が、テーブルに資料を広げて本日の反省会を行っている。

 

反省会と言ってもそう重苦しい内容の物ではない。

討伐自体は無事に片付いており、ミッション中に気付いた事や聞きたい事のあれこれを話している所である。

 

ちなみに俺はその場に加わっていない。

ジュース買ってこいとソーマにパシらされていたためである。

 

-お前は居たところで会話にならんだろ。俺が面倒見ておくから飲み物の一つでも買ってこい。-

 

同期とはいえ上官を普通にパシリにするなよ。

 

というか会話にならないんじゃない。

お前に殴られたせいで口が切れて喋りづらいんだよ。

 

あんなの軽いジョークだろうが。

出撃ゲートでの顔合わせ際にいきなりどついてきやがって。

 

確かにアネットが誤解したせいでヒバリとかに変に伝わってたけど。

ルーキーやシュンが悪ノリしてきたのまでは俺のせいじゃないだろ。

 

まぁいい。

ミッション自体は助かったから、コラテラルダメージという事にしておこう。

 

ちなみにソーマはやっぱり俺がイメージした通りの言葉を言った。

 

ただしド直球ではあったが想像の中のソーマと違い。

何故やる必要が無いのかもちゃんと説明してくれた。

 

うむ、下手に言葉をパクらなくてよかった。

続きを説明されるまでアネット悔し泣きしそうだったからな。

 

俺が言ってたら普通に泣かせてしまっていたかもしれん。

そういう意味では今回はソーマに感謝だな。

 

「…おい、何を突っ立ってる。とっとと買ってきたジュース寄こせ。」

 

前言撤回。

というかお前はジュース代払え。

 

アネットとフェデリコに奢るのは構わんが。

何で同期のお前にまで奢らなくちゃならないんだ。

 

お前には後で請求するからな。

 

そう思いつつ。

とりあえず三人にジュースを放り渡し、自身も開いてる席に着く。

 

ちなみに今回買ってきたのは最近新発売された"初恋ジュース"。

昔同じ名前の飲料が売っていたのだが、何でもそれとは別物らしい。

 

酒の席でもないし乾杯は別にいいだろう。

一足先に缶を開けて口付ける。

 

うーん普通。

この香りは柑橘系か?不味くは無いけど期待ほどでは無かったな。

 

反省会もちょうど区切りの良いタイミングだったらしく。

受け取った三人も流れるように缶を開けて中身に口付け…

 

 

 

 

 

「「「ゴフッ!!!???」」」

 

 

 

 

 

揃って盛大に液体を炸裂させる光景に思わず怯む。

 

え、一体何事?

急にどうしたお前たち。

 

フェデリコは椅子から崩れて倒れ込み。

アネットは口を押さえて悶絶し。

ソーマはゴホゴホとえづくように咳込んでいる。

 

「ク、クソっ油断した…!テメェはこれがあるのを忘れた…!」

 

おい馬鹿止めろ、人聞きの悪い事を言うんじゃない。

その言い草は俺が何か仕込んだみたいな言い方だろ。

 

俺は何もしていないぞ!

 

お約束の言い訳はさておき。

真面目な話何が起こった?

 

俺が見ていた限りだと。

三人ともジュース飲んだらいきなり噴き出したようにしか見えなかったが…

 

 

まぁいいや。

とりあえず考えるのは後にして。

 

テーブル拭く布巾でも持ってこよう。




悪戯のターゲットリストにアネットがNew!されました。

第一部隊の面々のアドバイスについてはこの人の主観が中々に入ってます。
特にアリサとルーキーちゃん。

なおルーキーちゃんについてはそれほどずれていない模様。


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無口と新しい新型使い-幕間_ソーマSide-

Q1.初恋ジュースの評判知ってた?
A1.知らない&新商品だったので買ってきた。

Q2.不味いという感覚知ってる?
A2.もちのロン。

Q3."悪食"?
A3.一周回って"グルメ"。

アリサの料理(紫色)に美味を感じたり、初恋ジュースにすら一般的な味わいを見出す程度の味覚なだけ。
レアドロップとか言ってはいけません。


ここは極東支部のエントランスホール。

今日は急ぎの任務の指定も無く、待機要員としてソファーでくつろぎながら音楽を聴く。

 

ホールにたむろしている事に理由は無い。

ただ何とはなしに、今日は自室から外に出てきただけの話だ。

 

少し前の頃の俺なら。

そんな気分になる事なんざ考えもしなかった事なんだがな。

 

このクソッタレな身体は普通の人間よりも幾分性能が良い。

わかりやすいのは傷の治りの早さだが、五感の鋭さの方も折り紙付き。

 

少し耳を澄ませば…なんて必要すらない。

何ならイヤホン越しであっても、聞きたくもない余計な言葉があちらこちらから飛び込んでくる。

 

-バケモノ。死神。-

 

以前なら聞き耳を立てるまでもなく聞こえてきた陰口だが。

近頃は俺の方が困惑してしまうくらいにぱったりと途絶えてしまった。

 

思い当たる原因は二つ。

 

一つは我らが第一部隊の隊長様の存在。

近頃は俺を差し置いてバケモノの異名を冠している人間である。

 

フッ…と、思わず零れてしまった笑いを何とか一息だけで堪える。

 

だって仕方がないだろう?

 

少し前までは一山いくらの神機使いという感想しか抱いていなかったのだが。

まさかアラガミ紛いの俺を差し置いて、人外と称される人間が出てこようとは。

 

単純なスペックで言えばあくまで人間の範疇を外れていないが。

その上で戦い振りや上げられる戦果はもはや並の域に収まるレベルではなく。

 

-ソーマが"死神"ですか…-

-なら差し詰め部隊長の私はそれを束ねる閻魔様と言った所ですかね。-

-…女の子を閻魔呼ばわりは酷くないですか?-

-あー傷付きました。帰ったらお菓子奢ってください。

-女の子の心の傷は甘い物でしか癒せませんので。…あ、ついでにアリサの分もお願いしますね。-

 

…最近あったやり取りをそこまで思い出した所で思考を止める。

実力こそは古参すら凌駕するが、やってる事は年相応のガキのやり取り以外の何物でもない。

 

アイツ、あの後マジで集ってきたからな。

おまけにしれっとアリサの分まで上乗せしてやがったし。

 

「…珍しいですね。今日はエントランスで寛ぎたい気分なんですか?」

 

噂をすれば何とやら。

我らが隊長様のお出ましだ。

 

「隣、失礼しますね。いいですよね?まぁ答えは聞いていませんが。」

「…なら一々聞くんじゃねぇ。」

 

答えを待たず。

流れるように隣に座るリーダーに呆れながらそう返す。

 

…男の俺が言うのもなんだが。

女ってのはもう少し男の隣に座るのに恥じらいも持っているものじゃないのか?

 

まぁコイツ相手にそんな事は気にするだけ無駄か。

それほど長い付き合いじゃないが、コイツの感性はシオのそれと同レベルだからな。

 

同性のアリサに対しても、異性のコウタに対しても。

コイツは基本的に距離が近い。

 

俺が若干引く程度には過剰なスキンシップ。

何時ぞやサクヤが苦言を呈していたが、ついぞ今に至るまで変わる事は無く。

 

そして幸か不幸か。

最近何となくだが、過剰なスキンシップの理由がわかってしまった。

 

コイツはあまりにも、()()()()()()()()()()()()()

 

何時ぞやオッサンがシオに評していた言葉だが。

コイツを見ているとムカつく程にその言葉の意味が理解できてしまう自分がいる。

 

ざっくり。本当にざっくりとではるが。

コイツの家族がアラガミに殺されているという事は聞いている。

それから神機使いになるまでの間、アイツ同様に施設で過ごしていたという事も。

 

特段珍しい話じゃない。

今日びアラガミに家族を殺されたなんて話、極東どころか世界中の至る所でよく聞く話。

 

復讐に狂って()()()()()()()()()()なんていうのもそんなありふれた話の一つだ。

何ならその典型的な例が俺の同期にいるしな。

 

そしてそういう人間は決まって人付き合いの距離感がずれているらしい。

 

一般的な人間関係の距離感が掴めず。

感情の機微を介さない発言を繰り返したり、かと思えば無遠慮と思えるほどに踏み込んできたり。

 

まぁ幸いというかなんというか、コイツの場合は後者に当てはまる。

 

他人の感情を逆撫でするようなことも無く。

距離感が近過ぎる事を除けばそう大して実害らしきものも無い。

 

うっとおしいのが玉に瑕だが。

喋りこそしないものの、アイツもよくまぁコイツのコレに付き合えるものだな。

 

-ピピピーッピピピーッ-

 

取り留め無しにそんな事を考えていると。

不意に携帯端末が鳴動して何かしらの連絡が入った事を告げる。

 

「ミッションですか?そう言えば今日は待機要員でしたね。」

「フン、まぁどうせいつも通りのクソッタレな内よ、う…」

 

端末を操作して受信したメッセージを確認する。

 

-件名:お元気ですかソーマ君。-

-本文:アネット君とデートしてくれま・す・か?-

-ミッション参加要請:クアドリガ、及びクアドリガ堕天種の討伐~-

 

意味不明なタイトルと書き出し。

それらに全く噛み合っていないクソ真面目な本文に言葉が詰まる。

 

コイツ、ついに壊れたか?

いや、何なら元から壊れていたか。

 

「どうしましたソーマ?そんな変な顔をするような連絡だったんで、す…」

 

横からリーダーが端末を覗き込み、絶句する。

 

進んで見せたい内容ではなかったが。

あまりの阿呆らしさに衝撃を受けていたため、反応が遅れた結果見られてしまった。

 

「…やっぱりこの人、喋れないだけで普通に感情ありますよね?」

「…かもな。」

「実はソーマもこういう愉快な性格だったり…」

「するわけないだろ。馬鹿かお前は。」

 

"女の子に馬鹿とは何ですか"、と反抗するリーダーを片手で制止つつ。

もう片方の手でアイツからの連絡に返信を返す。

 

-件名:Re.お元気ですかソーマ君。-

-本文:断る。-

 

一言。

誤解の余地も無い程簡潔に返事を返す。

 

まぁ本来ならば待機要員である俺に拒否権なんざ無いんだが。

余りにも阿呆らしい内容だったのでこのくらいは別にいいだろう。

 

「ちなみにあの人、結構こんなメール飛ばしてきたりするんですか?」

「まぁそれなりにな。お前も既にわかっていると思うが…アイツ、多分これが本来の性格のような気がするしな。」

 

我ながら半分愚痴も兼ねていたのだろう。

特段誤魔化すようなこともせず、俺が感じるアイツの本性をリーダーに情報共有する。

 

無口無表情の鉄仮面。

アラガミに家族を殺されたどころか、目の前で両親が喰われる様を見せつけられた凄惨な過去の持ち主。

 

結果その青年は言葉や感情といった人間らしさを軒並み失い。

復讐にすら喜びを見出す事が出来ないまま、機械のようにただひたすらアラガミを狩り続ける神機兵と相成った。

 

それがこの極東支部の大多数の人間が持つ、アイツという人間に対しての評価なのだが。

 

「実際の所は見ての通りだ。感情が無いというにはまた異質…何を考えているかわからないというのが正解だと俺は思う。」

 

そうでなければ。

こんな馬鹿みたいなタイトルのメールなど送ってきたりしないだろう。

後輩相手にいいように菓子を集られているような事も無いだろうしな。

 

まぁこれを言うと隣の藪から大蛇が出て来そうなので黙っておくが。

 

「…何か失礼な事考えていません?」

「いや、別に。」

 

リーダーからの疑惑の目にしれっとそう返した所で再び携帯端末が鳴動する。

 

-件名:拒否権なんぞある訳なかろう-

-本文:上官命令だ。ついでにフェデリコにも声をかけ~-

 

ピキリッ。

思わず感情に任せて力を込めてしまい、手にした端末から悲鳴が上がる。

 

そうだった。

コイツは昔からこういう奴だった。

 

対面では感情どころか言葉一つ発しようとしないくせに。

連絡メールなどでは妙に馴れ馴れしい。

 

というかリーダーの言う通り。

コイツやっぱり感情あるだろ。

 

一般的には失語症という見解になるらしいが。

本当の所はただのコミュ障というのが真実ではないのだろうか。

 

 

まぁいい。

 

トラウマ云々と言うならともかく。

感情があると言うなら話は別だ。

 

ふざけたコミュニケーションに対し、俺も感情のままに反応を返しても文句はあるまいな?

 

とりあえず。

アイツに会ったらまず、このふざけたメールの件についてぶっ飛ばそう。

 




ソーマの話だけで長くなったのでひとまず区切り。
他の人については筆が乗ったら。

Q4.メールだと饒舌?
A4.無口さん的には普段と変わり無し。

自覚が無いので仕方なし。

Q5.もう一つの原因は?
A5.この人に聞かれた。

この人は喋れますし、何よりとっても仲間想い。
聞こえた以上、陰口は決して許しません。

だから何時ぞやルーキーちゃんに言いかけた言葉をばっちり口にしてくれます。
懐のブツを突き付けながら。


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無口と新しい新型使い-幕間_レンSide+α-

※今回はアレな表現多し。苦手な場合は読み飛ばして良し。

Q1.何でデート?
A1.リンドウの真似。

Q2.命令違反するとどうなる?
A2.特に何も。

Q3.もしかしてからかってる?
A3.Yes。

からかい上手の無口さん。
そして毎回どつかれる。

ソーマで慣れているのでルーキーちゃんがやっても平気。


パキュリ。

クシャリ。

 

音がする。

何かが砕け、割れる音。

 

 

ブチリ。

クチャリ。

 

音がする。

何かが千切れ、潰れる音。

 

 

ピチャリ。

ズチュリ。

 

音がする。

何かを啜り、しゃぶる音。

 

 

どこか。

どこかで聞き覚えのあるような。

 

 

…あぁ、そうか。

 

この音--

 

 

--食事の音だ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

バキリ。グチュリ。

バキリ。グチュリ。

 

赤い水たまりを広げながら。

ナニかが何かを食べている。

 

転がらないよう前足で押さえ。

脇目も降らずに食べている。

 

…神機を構え。

ナニかに近づき、首を刎ねる。

 

 

ナニかはそのまま動かなくなり。

塵となって霧散する。

 

 

目の前に広がる赤い水たまり。

構わず踏みつけ、先に進んだ。

 

………

 

バキリ。グチュリ。

バキリ。グチュリ。

 

赤い水たまりを広げながら。

ナニかが人間を食べている。

 

動かないよう身体を押さえ。

一息に頭を噛み割ってから食事に入る。

 

 

…神機を構え。

ナニかに狙いを定め、()()()()()()

 

 

ナニかはそのまま動かなくなり。

塵となって霧散する。

 

 

先程よりも大きい水たまり。

構わず踏みつけ、先に進んだ。

 

………

 

バキリ。グチュリ。

バキリ。グチュリ。

 

赤い水たまりを広げながら。

神機使いがアラガミを捕喰している。

 

逃げられないよう切られた手足。

無防備な腹に神機を突き刺し、喰い千切るようにコアを引き抜く。

 

 

…神機使いがこちらを向く。

 

いつも通りの無表情。

言葉も紡がず、青い瞳がこちらの様子を眺めている。

 

 

既に辺りは水浸し血まみれ

気にするのも諦めて、先に進んだ。

 

途中、一度だけ振り返る。

 

少し…ほんの少しだけ。

彼の鉄仮面が歪んだ気がした。

 

………

 

バキリ。グチュリ。

バキリ。グチュリ。

 

真っ赤な液体を滴らせながら。

神機使いがナニかを捕喰している。

 

アラガミではないし、人でも無い。

いや、そもそもそんな区別すら存在しないのかもしれない。

 

…神機使いがこちらを向く。

 

ニッコリと。

子供が浮かべるような無邪気な笑顔。

 

口は開かず、けれど聞こえる笑い声。

 

楽し気に、楽し気に。

嬉しそうな声を漏らしながら、血のような赤に染まった眼でこちらを見ている。

 

辺りにはまだ水たまり血溜りは無い。

彼から滴る液体が、少しずつ足元に広がるのみ。

 

気にする事無く、先に進んだ。

 

途中、一度だけ振り返る。

 

先程の笑顔と赤眼は消え果てて。

無表情の青い瞳がこちらを見ていた。

 

………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

いつも彼と一緒に見ていた、いつもと変わらない日常の光景。

 

第一部隊の皆がいる。

 

サクヤさんに、コウタさん。

アリサさんに、リンドウの代わりにリーダーとなった隊長さん。

 

そしてそれを少し離れた場所で。

壁にもたれながら寂しげに眺める神機使い。

 

リンドウ--

 

思わず手を伸ばして身体に触れる。

 

それは途端に黒ずみ。

塵となって霧散する。

 

 

--失敗した。

 

どこかから。

初めて聞く誰かの声が聞こえた気がした。

 

………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

いつも彼と一緒に見ていた、いつもと変わらない日常の光景。

 

防衛班の皆がいる。

 

第一部隊以上の大所帯。

所属は違えど、リンドウとは親しく交友していた神機使い達。

 

そしてそれを少し離れた場所で。

壁にもたれながら寂しげに眺める神機使い。

 

リンドウ--

 

一瞬躊躇した後。

手を伸ばして身体に触れる。

 

 

それは途端に黒ずみ。

塵となって霧散する。

 

 

--失敗した。

 

先程よりもはっきりと。

誰かの後悔が聞こえた気がした。

 

………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

いつも彼と一緒に見ていた、いつもと変わらない日常の光景。

 

リンドウがいる。ソーマさんがいる。

そしてもう一人、青い瞳の神機使いがいる。

 

そしてそれを少し離れた場所で。

壁にもたれながら寂しげに眺める黒い影。

 

今度は手を伸ばさなかった。

伸ばすことが出来なかった。

 

ぐしゃり。

触れてもいないのに、黒い影が切り潰れる。

 

 

--失敗した。

 

失敗した、失敗した、失敗した。

またも、またも、またしても。

 

突然辺りに響く後悔の声。

次の瞬間、目の前のリンドウの姿も黒ずみ、塵と化す。

 

ちくしょう。

 

ちくしょうっ、ちくしょう、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォッ!

 

身のすくむような慟哭と共に。

世界がぐしゃりとひしゃぎ、赤に染まる。

 

正体が人ならざる身の自分ですら覚える強烈な不快感。

何とか耳を塞いで堪える中、背後から感じる悪寒に振り返る。

 

 

鉄仮面と称される、いつもと変わらぬ無表情。

赤眼に浮かぶ青い瞳が、真っすぐこちらを捉えている。

 

 

絶叫のような後悔の言葉は既に消え。

無言のままに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

どこにいるのかと思いきや。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

いやしんぼめ、リンドウだけじゃ満足できなかったか?

 

あぁなるほど、おかわりが欲しくなるくらい美味かったって事か。

 

それは重畳。お気に召されたようで何よりだ。

 

 

 

 

 

死ね。

 

 

 

 

 

-ずしゃり。-

 

 

身体の中心。

頭の天辺から真っすぐに。

 

潰すように、鈍い切れ味で分けられて。

 

僕の意識は幕を閉じた。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

既に時刻は夜遅く、夜間の緊急出動に備えて待機している人間が僅かに見え隠れするのみ。

 

もしかして。

いや、もしかしなくても寝落ちしてたか?

 

テーブルの上に目をやると。

口の開いたビール缶がいくつか置いてある。

 

うむ、寝落ちじゃなくて酔い潰れたのか。

でもおかしいな。こんなにビール買い込んだっけ?

 

確かに俺は普段からよく飲んではいるが。

一本飲めば十分満足できる体質の人間である。

 

理由も無しに、こんなに買い込むとは考えにくい。

 

寝起きで上手く働かない頭を何とか動かし。

懸命に寝落ちする前の最後の記憶へと辿り着く。

 

あーそうだ思い出した。

そう言えば俺ヤケ酒飲んでたんだった。

 

今日は待ちに待った新人二人の配属先が発表される日。

極東どころか世界でも恐らく初となる、新型神機使いのみで構成された部隊が誕生…

 

するはずの日だったが。

 

アネットは防衛班第二部隊、フェデリコは防衛班第三部隊へそれぞれ配属。

残念ながら俺の部隊の名前は一ミリたりとも出なかったというオチである。

 

神機使いは一応軍属扱い。

つまり"ミリタリー"と"ミリたり"をかけた高度なギャグである。

 

はっはっは、面白いだろ?

笑えよお前ら。俺は泣きたい。

 

叶う事なら数日前の勝ち誇った俺を殴り飛ばしたい。

泣きながらでも構わないから。

 

ちなみに別の増員があると言う話は欠片も無い。

異動があるという話も聞いてない。

 

とどのつまり。

極東で言うところの"夢も希望も無いんだよ"と言うやつである。

 

まぁいい知ってた、知ってたさ。

どうせこういうオチなんだろって。

 

知ってたけどノーダメージとはいかないのが現実のツラい所。

若者のハートは繊細なのだ。

 

俺は若いからな。

気に病むのもやむ無しである。

 

そういう訳でビールを買って飲んでたらいつの間にかレンがやってきて…

あーそうだそうだ、完全に思い出した。

 

差し出されるビールの缶。

「付き合いますよ?」と言ってくれる眩しい笑顔。

 

-じ、上官酔わせてどうするつもりだ。-

-そんな優しさに簡単に惑わされる程安い人間じゃないんだからな。-

 

極東の一部で有名な一度は言われてみたい台詞の一つだ。

男に言われても嬉しくないだろうから言わなかったが。

 

まぁそんな笑顔に惑わされる事無く。

差し出された缶は滅茶苦茶調べた。

 

何しろこの前の一件があるからな。

何時だって地獄の道は善意で舗装されてるものなのだ。

 

で、普通のビールだってわかったから安心して飲んだんだよ。

良い飲みっぷりですねと持ち上げてくれるレンの言葉に、ついつい何時も以上のペースで盃を傾けてしまった。

 

()()()()()

そりゃ俺程度の酒の強さなら寝落ちするな。

 

真相も判明してスッキリした所で。

夜も遅いし普通に部屋に戻って寝るとするか。

 

 

…誰も寝落ちしてる俺に声かけてくれなかったのか。

確かに所属部隊は違えども、起こしてくれたっていいだろうに。

 

というか一緒にいた筈のレンも姿が見えない。

もしかして酔い潰れたからそのまま放置された?

 

…俺、自分で思っている以上に人望無いんじゃ…

 

この話は止めようか。

真実とは容易に人の心を傷つけるのだ。

 

ちくしょう、今さっき見てた悪夢よりも大きいダメージ入ったぞ。

 

まぁ悪夢と言っても。

あの程度の光景、今更見たところでノーダメージと言っても過言じゃないけど。

 

 

何しろ()()()()()()()()()()()

 

……………………………………………………………………………………………

 

…いやぁ参った。

自分でも知らない内に舞い上がっていたのかな。

 

先日体験した隊長さんとの感応現象。

共有してたのは殆どがリンドウのそれだったけど。

 

一部、ほんの一部だけ。

隊長さんの心の情景も見る事が出来て。

 

言うなれば魔が差したんだろうな。

これを利用すれば、喋れないあの人の心の内も知る事が出来るかもって。

 

今の所。

リンドウの事をお願い出来そうなのはあの二人。

 

隊長さんは普通に話が出来るので信頼がおける人だと分かっているけど。

あの人は会話が無いので意図を組み取るのも一苦労。

 

本当、会話する事がこんなに大事な事だなんて。

ただの神機だった頃には思いもしなかった。

 

そんな意図を持って機会を窺う事数日。

思いの外早くにチャンスが来たので実行してみましたが。

 

-バキリ。グチュリ。-

-バキリ。グチュリ。-

 

思い返したその瞬間。

頭の中で不快な音が木霊する。

 

音だけならまだしも。

自分が斬られ、喰われる光景すらフラッシュバックする。

 

せっかく頼りに出来ると思ってたのに。

これじゃしばらくまともにあの人の顔を見れそうにないですね。

 

 

あぁ、本当に--

 

 

 

 

 

--見なきゃ良かったな。

 

 

 

 

あんなおぞましい光景に耐え続けているなんて。

あの人、本当に人間なんだろうか?

 

人間じゃない僕ですら。

こんな有様になっているのに。




人間であれば耐えられなかったけど。
人間じゃないから耐えれてしまった。

オーバーフロー出来なかったので無事ヤバい感情が感染うつりましたね。

耐えきれなかった場合?
その成れ果てが今のあの人、からかい上手の無口さん。


次でちょっと時系列が進む予定。


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無口な無口な収集任務1

Q1.レン君ミスった?
A1.触ってしまったのが分岐点。

Q2.レン以外なら上手くいった?
A2.途中でリバースしてしまう。

Q3.悪夢見てるけど大丈夫?
A3.もう慣れた&振り切れたままなので効果薄。

同じトラウマは~とか言い換えてもよし。


走る。

走る。

 

脳裏にあるのは先程見たあの光景。

 

リンドウさんがアラガミに呑まれ。

それでもなお、リンドウさんとしてそこにある。

 

--リンドウさんは生きている。

 

それは公に言うにはあまりに主観的で。

胸に秘めるにはあまりに具体的に過ぎた。

 

走る。

走る。

 

目指す場所は支部長室。

 

紆余曲折ありながらも、極東支部の最高権力者となった榊博士。

リンドウさんの姉であり、自身も神機使いとして前線を走り続けたツバキ教官。

 

最初に伝えるべきはこの二人。

 

余りにか細い私の話を。

理詰めで、感情的に、付け入る隙無く埋めてくれるこの二人。

 

…これほどまでに感情的になったのは何時ぶりだろうか。

 

説明というにはあまりに乱雑な吐露が終わってしばらく。

静寂が続いた室内に榊博士の言葉が響き渡る。

 

「…新型特有の感応現象ってやつだね。それでリンドウ君が生きている、と。」

 

無言のまま。

ただその言葉に力強く頷いて見せる。

 

「にわかには信じがたいが…いずれにせよ、他の誰にも言わず、まず私達に報告したのは賢明だった。」

 

言いながらこちらに視線を向けるツバキ教官。

私とて、出来る事ならこんな不確かな状態でリンドウさんの事を報告なんてしたくはなかったが。

 

それでも言わずにはいれなかった。

そして、私が気にしていた事は全てツバキさんが代弁してくれた。

 

徒に期待させておきながら、やっぱり駄目でしたなどと。

それは無責任を通り越して、もはや悪魔が好む愉悦の部類に等しい。

 

私だったら許さない。

例えそれが良かれと思っての行いであっても。

 

申し訳ないがタダではおかない。

あの人がふざけた事をした時と同じように、拳の十発は覚悟してもらう。

 

少し熱くなり過ぎましたね。

本題に戻りましょう。

 

説明の甲斐もあってか。

私の陳述は正式なミッションとして受注されることになりました。

 

まずは私の話を裏付けるための証拠集め。

リンドウさんが生きているという証拠、その痕跡を十二分に集めると言うのが最初のミッション。

 

とはいえ、痕跡と言ってもそれと断言できるものが無い以上。

集める物は可能な限り幅広く。

 

結果的に発注されたのは有用素材の収集依頼。

 

内容の割には実入りが良いミッションではあるが。

緊急性を低く偽装している以上、受注割合もそれなりで。

 

正直言ってもどかしい。

 

今回ほど人海戦術という言葉が頭をよぎった事は無い。

己惚れながら、今の私なら人を集める事はそう難しくないと思うけれど。

 

現時点ではリンドウさんの事を伏せている以上。

表立ってそれを理由に人を集める事は出来ず。

 

本当の目的は伏せたまま。

ただでさえ少ない人員を、ただの一般の素材収集ミッションに掻き集める。

 

流石にそんな事は現実的に無理な話。

が、だからと言って簡単に諦められるほど、私は物分かりの良い人間ではない。

 

どこか、どこかにいないものか。

 

流石に本当の目的を伝える事は出来ない。

ある程度は矛盾が出ない形で湾曲する事になるだろう。

 

その上で。

仮にバレても事情を察して詮索せず。

 

周りに吹聴しない人間が。

 

 

--どこか、どこかにいないものか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"。

リンドウが忌まわしいクソトカゲに喰われてしまった場所である。

 

あのトカゲ、ずっとここを根城にしてくれれば話は早かったのだが。

どういう訳か目撃情報すら見つからないままこの地を離れてしまったようで。

 

正確には疑わしい情報だけならそれなりにある。

 

最近よく聞くのは討伐対象のアラガミがいつの間にか狩られているという話。

仮にあのクソトカゲがリンドウの意識を持っているなら、神機使いとしてアラガミを狩っているとしても不思議ではない。

 

まぁ俺には全く関係無いが。

 

例え意識がリンドウであろうとも。

リンドウを喰ってくれた畜生なんぞに慈悲は無い。

 

斬って叩き割って突き刺して。

砕いて嬲り、散らし晒して…この話は止めようか。

 

発想がどこからどう聞いても危ない人のそれである。

まったく、俺の両親が命懸けで救った息子はそんな狂人ではないというのに。

 

最近なにかと感情が高ぶる事が多くていけない。

酒の飲み過ぎかな?それとも少々エスプレッソを呷り過ぎたか。

 

だってアレ美味いんだもの。

特にフェデリコが淹れるやつなんか風味が凄くて病みつきになるし。

 

極東には"紅茶をキメる"という言葉があるが。

もしかしたら珈琲にも当てはまるのかもしれない。

 

あーぁ、今からでも俺の部隊に来ないかなぁ。

豆は俺が調達してくるから、毎日俺のために珈琲を入れてくれ。

 

男同士だとヤバい振りになると気付いたのでこの辺りで思考は中止。

精神衛生上よろしくないので、気付かなかった事にもしておこう。

 

とにもかくにも。

今俺がいるのは鎮魂の廃寺。

 

同行者は今や極東で知らない奴はいないと言っても過言ではない実力者となったルーキー。

 

可愛く、そして強い。

流石に経験の浅さこそは否めないものの。

 

それを感じさせない程に卓越した戦闘技術と。

モキュモキュと小動物のようにお菓子を頬張る姿が愛らしいと巷の野郎どもに人気の女の子である。

 

入隊したての頃に比べれば随分年相応になったもの。

同年代であれば俺とてギャップにクラリと来ていたかもしれない逸材である。

 

どうだお前ら、ルーキーちゃんは俺の後輩。

補足するならよくお菓子を買い与えていたのも俺である。

 

つまり俺が育てたと言っても過言ではない。

告白したい?あーダメダメ、俺は許しても懐のチャカが許さないからな。

 

極東風に言う所の"後方兄貴面"と言う奴である。

お義兄さん?ハハッ、ナイスジョーク、あいにく俺は一人っ子だ。

 

もし仮に居たとしても。

その子は両親共々、とっくの昔にアラガミの腹の中だな。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

俺の目の前でルーキーが今回のミッションについて説明する。

表向きはアラガミの討伐だが…何でも実態は榊博士から依頼された特務が絡んでいるらしい。

 

「…正直に話すのは守秘義務違反だと理解してます。でも同じ特務部隊の貴方なら、それでも私が話した意図を組んでくれると思って話しました。」

 

ふむ、この辺りの感覚はやはりルーキーだな。

 

信じてくれるのは嬉しいが。

公私のそれは別な物。

 

立場で言えば俺も同じ特務部隊。

である以上、ミッションが終わり次第にでも、榊博士に機密漏洩の件について伝えなければならない。

 

まぁ言わないけど。

 

どの程度自分を信用してくれているのかわからない胡散臭いオッサンと。

自分を信じた上でわざわざ不利益になる話をしてくれる可愛い後輩。

 

可愛い女の子。

大事な事なので二回言った。

 

オッサンなんぞで同じ土俵に立てると思う方がどうかしている。

 

と、いう訳で。

ミッション内容は完璧に理解した。

 

ルーキーが何かしらの特務案件を果たしている間。

俺がアラガミを引きつけておけばいいのだろう。

 

任せろ任せろ。

これでも立派な古参兵。囮役くらいは難なくこなして見せるとも。

 

 

あぁ、念のため聞いておくけど。

 

全員斬り飛ばすけど別に良いよな?

 

……………………………………………………………………………………………

 

砲火後ティータイム。

一度は声に出して言ってみたい極東の名言である。

 

まぁ今日の俺の神機はお馴染み旧型。

ノコギリタイプのそれはどこをどう切り取っても砲火の文字の欠片も無いが。

 

とにもかくにもターゲットは全員沈黙。

 

携帯コンロでお湯を沸かし。

雪景色を肴に優雅にお茶を啜って一息入れる。

 

「………………………」

 

静かだ。

 

悪くない。

決して、決して悪くない。

 

思えば最近は何だかんだで心がずっと張り詰めていた気がする。

偶にはこんな心落ち着くミッション明けも悪くないな。

 

並んでいるアラガミの亡骸?

生憎俺の目には映らない。

 

コアはもう抜いてあるから、どうせもうすぐ塵になるし。

 

………

 

討伐したアラガミが塵と消え。

辺りに静寂だけが木霊する。

 

聞こえてくるのは風雪の音。

 

湯気立つお茶を啜りつつ。

ただ白銀の世界に意識を溶かして…

 

 

 

 

 

いや、ルーキーどこに行ったんだよ。

 

確かにアラガミの相手は引き受けたけど。

何も告げずに姿を眩ます奴があるか。

 

これがアネットやフェデリコのような新人だったら心配の一つもするけれど。

流石に極東随一の実力者が対象では心配よりも不満の方が先に上がる。

 

さっき聞いた話を思い出す。

たしか何かの素材を回収するのがこのミッションの目的だとか言っていたっけ。

 

素材、素材。

素材回収ねぇ。

 

採取ポイントと呼ばれる素材がよく回収できる場所を漁ってみる。

それなりに豊富な資源が手に入ったものの、それはどこにでもあるありふれた素材。

 

同じ特務部隊の経験がこれではないと。

頭の中で否定の言葉を告げていく。

 

というかそもそも。

俺、ルーキーが何を探しているのか知らないし。

 

うーん困った。

その内戻っては来るのだろうが。

 

こんな雪原で何時戻るかわからない人間を待つなんてしたくない。

 

 

しょうがない。

こちらから探しに行こう。

 

まったく、いい歳こいて迷子とは。

リンドウといいルーキーといい、第一部隊の隊長は方向音痴がデフォなのか?

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"…の外れにある民家。

本来は作戦エリア外なので立ち入りが禁止されている場所なのだが、今回は迷子になったルーキーを探しに訪れた次第である。

 

あの後一般的な作戦エリアを見回ったがルーキーを見つけられず。

よもやと思って足を伸ばしてみたエリア。

 

うむ、我ながら中々良い勘している。

 

何時ぞや見た廃民家の入口付近。

そこに蹲り、何かを拾って観察しているルーキーの姿。

 

多分だが。

アレが榊博士から依頼された特務案件に関係する品だろう。

 

別に探りを入れるつもりはない。

が、こんな所まで来ると言うならそれはそれで一言言って欲しい所--

 

 

 

 

 

…アレ、何を見てるんだろうか?

 

 

 

 

 

不満の感情もそこそこに。

ふと悪戯心に近い別の思惑が頭をよぎる。

 

いや、別に教えてくれなくても気にしないんだが。

何も言わずにエリア外に来るのはいただけないよな。

 

そしてそれを探しに来たために。

偶然それを見てしまうのもしょうがない話であるよな。

 

理論武装も出来たので。

気付かれないよう、そっと背後に忍び寄る。

 

抜き足、差し足、忍び足。

ルーキーはまだ俺の存在に気付かない。

 

気付かれないよう、蹲るルーキーの背後から覗き込む。

 

 

黒い羽が。

ルーキーの手に収まっていた。




そう言えばこの人、あの時結構羽拾っていましたね。

長くなったので次に続きます。


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無口な無口な収集任務2

Q1.可愛いは大事?
A1.大事。

Q2.お義兄さん?
A2.言ってるだけ。

とどのつまりはただの軽口。
一言たりとも口にはしてませんが。


何時だか拾った黒い羽。

 

それと似たような黒い羽を。

ルーキーが考え込むように眺めながら手にしている。

 

そう言えば何かに役立つかと一枚持ったままだった。

ごそごそと懐をまさぐり、それを取り出す。

 

うむ、流石はアラガミ由来と噂される素材。

ずっと内ポケットに入れてた割には艶々している。

 

ルーキーの方は相変わらず蹲ったままだが。

何か考え事でもしているのだろうか。

 

先に言い訳しておこう。

俺は悪くない。

 

悪いのは無防備に首筋を晒しているルーキーの方である。

そして俺の手にはふさふさとした黒い羽。

 

くすぐるだろ普通?

別に性癖の話はしていない。

 

男相手にやりたいと言ったら気色悪いが。

女の子相手にやってみたいというのは特段おかしな事ではない。

 

確かに俺は大人とはいえ、少年の心を忘れていないピュアな精神の持ち主。

しかも普通に若いと来てる。つまりはやむなし、仕方なし。

 

一応紳士的な方向からも言い訳しておくと。

 

女性が自分から肌を晒すのはファッションの一部であり。

男性がそれに口を出すのは野暮というものである。

 

見られたいから見せる。

見られたくないから見せない。

 

そして、くすぐられたいから見せている。

 

ハルオミ直伝の完璧な理論武装である。

何しろ完璧すぎて査問会の面々が御高説を聞きに来てたからな。

 

閑話休題、話を戻そう。

つまり何が言いたいのかというと。

 

紳士としても少年としても。

この衝動には抗いがたいものがある。

 

だから我慢できなくてもしょうがない。

Q.E.D、証明完了。

 

 

さて、思い立ったが絶好機。

一思いにくすぐろう。

 

………

 

結果から言うと。

とても可愛い声が挙がりました。

 

顔を真っ赤にして睨む様が何とも愛らしい。

ルーキーちゃんは可愛いですね。

 

 

唐突だが。

極東では可愛い女の子を"子猫ちゃん"と表現する事がある。

 

言葉の由来は英語らしいが。

実物は見た事無いが本物の猫同様、愛くるしい的な意味合いでそう表現しているのだろう。

 

でも猫って立派な猛獣なんだよな。

そして俺は今その猛獣に追いかけ回されている。

 

チラリと振り返って様子を伺う。

 

愛らしい顔したルーキー猛獣ちゃんが。

神機という名の爪を振り上げてる。

 

せめて猫パンチで許してほしい。

言ってる余裕が無いから言わないけど。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の食堂。

配給の食料を受け取るほか、お金はかかるが別途嗜好品なども提供してもらえる場所である。

 

とはいえ、酒のような人気商品は購入制限がある上によく品切れる。

エントランスの万事屋がぼったくり価格でもやっていける理由の一つだ。

 

さて、普段は配給のレーションなどで済ませるとこだが。

今日は少しばかり事情が違う。

 

-モキュモキュモキュ…-

 

目の前にいるのは先程俺を追い回していた猛獣の子猫ちゃん。

 

走り回ってお腹が空いたのだろう。

会話も忘れ、目の前の食事を忙しそうに頬ばっている。

 

なるほど、確かに動物みたいだ。

さっきの記憶が鮮明なので間違っても頭に"小"とかつかないが。

 

「…どうしました?私の顔に何か付いていますか?」

 

いや別に。

俺の金で買った飯は美味いかと思っていただけ。

 

そもそもの話、ミッション前に終わったら食事しませんかと誘ってきたのはルーキーの方なのに。

お前の食事代俺が持つのかよ。

 

不満はあるが同時にプライドもある。

女性、しかも後輩相手に"飯代払え"なんて口が裂けても言える訳がない。

ソーマとかになら普通に言うんだがな。

 

というかジュース吹き出してたせいでうやむやになっていたが。

あの時の金まだ貰ってないぞソーマ君。

 

リンドウといい、第一部隊は人様の貸しを踏み倒し過ぎではないだろうか。

サクヤ?あれはリンドウのツケになってるから問題無し。

 

「あまり見られると食べ辛いんですけど…というか冷めますよそれ。」

 

おっと、俺としたことが。

せっかくの暖かい食事なのにもったいない。

 

ルーキーの言葉に自分の食事に視線を戻す。

今日購入したのは有名なロシア料理であるボルシチ。

 

よくアリサが作っていたおこぼれに与っていたせいか。

今ではお気に入りの料理の一つになっている。

 

一口啜り、味と温もりに舌鼓を打つ。

うん美味い。やっぱり金出して食べる飯は一味違うな。

 

それにしても。ここのボルシチは赤いんだな。

アリサが作ったやつは青紫だったが。

 

それにさらりとしたスープでとろみもない。

地域で違いのある料理だったとは知らなかった。

 

まぁどっちも美味いから問題無い。

こっちはスープだからアリサのと違って腹に溜まらないのが難点だが。

 

 

「ところで、食事が終わったら聞きたい事があるんですけど。」

 

食事の最中。

ふと思い出したようにルーキーが言葉を紡ぐ。

 

「あの羽、一体何時手に入れてたんですか?」

 

-…もしかして、まだいくつか持っていたりしますか?-

 

……………………………………………………………………………………………

 

ミッションでルーキーの首筋をくすぐった黒い羽。

何を隠そう、あれこそルーキーが榊博士から収集を依頼されていた代物だったとの事。

 

ところがこれはアラガミを討伐して得られる素材というのではなく。

広大な作戦エリアを探して回り、運良く落ちていたものを集めて来るという話。

 

何処に落ちているのかもわからないまま。

手当たり次第にエリアを探索しなければいけない。

 

うん、話を聞くだけでも面倒臭いな。

俺に言われた特務じゃなくて良かった。

 

そんな中、ふと足を伸ばした場所でようやく念願のブツを見つけた所。

後ろから探し求めていたもので首筋をくすぐられたという訳だ。

 

実はいうと。

ルーキーはくすぐられた事にいきなり怒りだした訳ではない。

 

確かに可愛い声を挙げて飛び上がり、真っ赤な顔で睨んでいたが。

俺が手にしていた羽の正体に気付くと怒りよりも驚きの感情が勝ったようで。

 

-そ、それっ!ど、どこで見つけましたか!?-

 

がっしりと俺の手を両手で掴み。

迫真の表情で問いかける。

 

視線は俺が手にする羽に釘付けで。

()()()()()()()()()()()()()()

 

うん、くすぐった。

クシュンってまたもや可愛い声が出た。

 

我慢できずにやってしまった。

後悔も反省もしていない。

 

………

 

そんな訳で。

羽は悪戯の罰だと取り上げられてしまったが。

 

直後にルーキーが見せた、やっと見つかったと言わんばかりの安堵の表情。

あんな嬉しそうな表情をされては返せだなんてとても言えない。

 

ボコられた後なので追剥ぎされたようにしか見えないが。

あくまでプレゼントしたという事にしておくのが出来る紳士というものだろう。

 

ところが食事を終えたルーキーから話を聞くに。

どうやら一枚二枚ではまだまだ数が足りないようで。

持っているなら何とか分けて貰えないかとの事。

 

まぁやるのは別に構わない。

元々小金稼ぎ程度で集めてただけだし。

 

構わないんだが。

もし渡した分でも足りなかった時の事を思うと、軽率に渡してしまうのは考え物だ。

 

先程のやり取りからもわかるように。

これは相当に手間暇のかかるミッション。

 

そして俺がこの羽を見つけたのはたまたまであり。

別に見つけるコツを知っているという訳ではない。

 

手持ちで足りれば問題無いが。

足りなかった場合、間違いなく俺も収集に駆り出される。

 

おまけにこれは一般には出回っていない特務案件。

命じられてしまえば宮仕えの下っ端に拒否権は無い。

 

だが今の俺はクソトカゲの探索に忙しい。

あまり長期間拘束されるミッションは振られたくないというのが本音である。

 

なので知らんぷりするのが一番確実に累を防げるのだが。

それはそれでルーキーが不毛なミッションに駆り出され続けてしまうので良心が痛む。

 

女の子に優しくするのは世界の常識。

極東の古い歴史書にもそう書いてある。

 

その女の子に先程神機持って追いかけ回されてたけど。

まぁ過ぎた事なので気にしない。

 

さて、話は決まった。

羽は渡す。ただし俺とバレないようこっそりと。

まぁ別に難しい事でも何でもないな。

 

というわけで。

何だっけルーキー、"まだいくつか持っていたりしますか?"だったか。

 

 

ノーコメント。

ただまぁ、明日()()()()()()()()()()()()()()()()()()




青紫色でも料理は料理。
地域差ですね間違いない。

この人的には美味しく食べられるので問題無し。


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無口な無口な収集任務-幕間_ルミナSide-

Q1.ボコられても抵抗しないの?
A1.悪いと思っている時はしない。

Q2.ルーキーちゃんに奢らされ過ぎじゃ?
A2.たまにあっちからも食べ物貰ってる。

Q3.兄妹では?
A3.アリサがそれを言いました。

結果ルーキーちゃんにもみくちゃにされた模様。


思えば羽を見つけた時からそうでした。

 

いきなり人の首筋をくすぐったかと思いきや。

手にしているのは私が探し求めていた黒い羽。

 

悪戯に怒る事も忘れ、食い入ってしまった私を。

まるでかかったなと言わんばかりにあの人は再度悪戯を繰り返して。

 

もしかすると。

あの時から何かを誤魔化そうとしていたのかもしれない。

 

何しろ二度もからかわれた事に激昂してしまった結果。

危うくあの人の思惑通りに聞きそびれてしまうところだった。

 

そう考えるとミッション前に食事に誘っていたのは正解でしたね。

食べ物が絡むとあの人心配になるくらいチョロいですし。

 

ついでに奢ってもらったのは不可抗力です。

純情な女の子をからかった罰ですので我慢してください。

 

そして食事の時に質問した時。

私はそれを見逃しませんでした。

 

表情は何時も通りの鉄仮面。

無口無表情、青い瞳だけがただこちらを見返していましたが。

 

質問をされた直後。

食事するあの人の手が止まりました。

 

それは一瞬なんてあいまいなものではなく。

ピタリと、スイッチでも押されたかのように停止して。

 

そして何事も無かったかのように再開される食事。

なるほど、確かにこれはわかりやすい。

いつだかリッカさんが言っていた通りだ。

 

喋らないだけ。表情に出ないだけ。

それ以外は私達と変わらない普通の人間。

 

…悪戯好きだったり、食べ物に釣られる所はちょっと動物っぽいですけど。

 

まぁその事はひとまず置いといて。

この人がこの羽について何か情報を持っている事は分かりました。

 

もしかすると実際にいくつか持っているのかもしれません。

 

隠そうとする理由は正直わかりませんが。

それならこちらもそれなりの手段に訴えさせてもらうだけ。

 

具体的には奇襲、強襲。

アリサ達と遊びに来たとでも銘打って、どさくさに紛れて家探ししましょう。

 

 

…そんな風に考えていたのに。

 

翌日、早速アリサに声を掛けようと自室の扉を開けたところ。

目の前の床には私の名前が書かれた封筒が落ちていて。

 

…いや、まさか。

いくら何でも、昨日の今日でそこまでわかりやすい事…

 

するかもしれない。

というか無表情で封筒を置いていくあの人の姿が頭をよぎる。

 

目の前の封筒を持ち上げる。

予想通り、中は結構詰まっているのに羽毛のような柔らかみを持っていて。

 

封を開けて中を覗く。

探し求めていた黒い羽がぎっしり詰まっていた。

 

「………………………」

 

…もうっ!

 

まったくあの人は!

あの人は、あの人はもうっ!

 

心の中で形容しがたい不満を叫ぶ。

 

早朝という程ではないが時刻はまだ朝方。

流石に大声を出せば周りの迷惑になってしまう。

 

言いようのない感情を外に漏らさないよう。

何とか堪えながらも思わず地団駄を踏みかける。

 

…えぇ、落ち着きましょう。

深呼吸深呼吸、私は至って冷静です。

 

落ち着いて、まずは状況を分析しましょう。

 

まずこの羽の量ですが。

少なくとも昨日今日で集めてきた量には見えません。

 

何時からなのかは不明ですが。

恐らくそれなりの期間をかけて集めていたのでしょう。

 

そうなると。

あの人は一体何の目的でこれを集めていたのでしょうか?

 

私の場合はレンと起こした感応現象でリンドウさんが生きていると知ったからですが。

他の人達はまだこの羽の正体を知らない筈。それに通常のミッションでもこれを集めるなんて話は聞いた事が無い。

 

…その前提で考えれば。

恐らくこれは、私のと同じ特務案件。

 

上層部の人間と任命者しか知らないそれであれば。

特務を受けられるあの人が動いているのにも辻褄が合う。

 

私が思いつく極東支部の上層部と言えば。

亡くなったヨハネス支部長の代理となった榊博士に、その補佐役に抜擢されたツバキさん。

 

でもこの二人には既に事情を話している。

痕跡集めを指示していたのであれば当然羽の事にだって気付くでしょう。

 

そうなればあの人だって私に隠す理由が無いはず。

今の私がそうであるように、あの人も特務部隊としてはそのまま榊博士の直轄になっているでしょうし。

 

となると、考えられる理由は二つ。

 

あの人が独断で何かを隠しているか。

あの二人以外の、()()()()()()()で動いているか。

 

けれど別の誰かと言われても…

うーん、ここから先は私だけでは判断が付きませんね。

 

幸いな事に、今回の件に関しては榊博士もツバキさんもこちら側。

説明すればこの疑念についても調査してもらえるはず。

 

そうと決まれば話は早い。

早速この羽を持って支部長室へ向かいましょう。

 

………

 

「なるほどね。急に大量に痕跡を持って来たから何事かとは思ったけど。」

 

机の上で手を組み、真剣な表情で考え込む榊博士。

同様に考え込むように口元に手を当てていたツバキさんですが、ひとしきり思考を巡らせた後に続くように口を開きます。

 

「…私達からアイツに何かしらの指示を出した事は無い。となれば、やはりお前が推測する理由のどちらかだろうな。」

 

独断専行。

もしくは別の誰かからの指示。

 

「しかしそれであっても解せんな。確かに行動に不審な点は見られるが…」

「うむ。いくら何でも少しわかり易すぎるね。これじゃどうぞ疑ってくださいと言っているのも同然だ。」

 

そこは私も気になっていたのだが。

普段あの人にからかわれている身としては一応納得のいく理由が出ている。

 

「あの人、多分そこまで考えてないですよ。」

 

どうしました?

二人とも急に顔を背けて…

 

ちょ、何で笑いを堪えているんですか。

私何もおかしい事言ってないじゃないですか。

真面目に聞いてくださいよ。

 

「いやぁすまない。君の彼への理解の深さについ、ね。」

「遠慮のいらない距離というのも結構だが…もう少し先輩の顔を立ててやれ。」

 

何ですかツバキさん。

それじゃ私があの人の悪口を言っているみたいじゃないですか。

 

言いがかりです。もみくちゃにしますよ。

十中八九返り討ちにされそうなのでやらないですけど。

 

というか今はそんな話はいいんです。

話を本題に戻しましょう。

 

「とりあえず彼の独断かどうかは置いといて…まずは誰かから指示を受けているのかを調べるべきだね。」

 

知っての通り、彼は君と同じ特務兵。

そして特務案件は別に私やツバキ君で無ければ発注できないという訳ではない。

 

「もちろん、通常であれば最終的に支部長代理である私の目を通すことになるが…」

「極東支部…もとい、その母体であるフェンリルはまごう事無く巨大組織だ。多数の人間が関わっている以上、そこに何らかの思惑が混じる可能性は否定できない。」

「かつてヨハンがアーク計画を考え、個人の意思で実行していたようにね。」

 

博士の言葉に頷いて答えるツバキさん。

私は黙って続きの言葉に耳を傾けます。

 

「そして彼の部隊は言ってしまえば独立遊軍。特定の役割が無い故に、どんな任務であろうとも従事していることに誰も違和感は抱かない。」

「加えて隊員はアイツ一人だ。おまけに部隊長権限に特務権限。極秘事項を命じるにはうってつけの存在だ。」

「私も彼には随分と研究の手助けをしてもら…おっと、今のは聞かなかった事にしてほしい。」

 

私とツバキさんの視線に気付いた榊博士が慌てて口を紡ぐ。

…本当に榊博士、この件に絡んでいないんですか?

 

もし疑わしいと判明したら後でもみくちゃにしますからね。

 

「…コホン。とにかく、何かを企てる人間にしてみれば何とか引き込みたい逸材には違いないね。」

「それにアイツはあの通り言葉を喋れない。うっかり秘密が漏洩するという心配もないからな。」

 

聞けば聞くほど納得しか出てこない。

 

自由に動ける立場と権限。

それを振りまわしても問題の無い実力。

 

おまけに言葉を話せない故に。

万に一つも秘密が口から漏れる事も無い。

 

「とにかく、この件については一度精査が必要だね。君は引き続きリンドウ君の痕跡を集めてきてくれ。私は支部長権限を駆使して電子的な面から調査してみよう。」

「では私は上層部の人間を直接洗ってみます。…一人、心当たりがありますので。」

「あぁ、もしかして彼の元上官かい?」

「元上官…どんな人なんです?」

 

元上官という言葉に思わず言葉が口に出る。

 

考えてみれば当たり前の話なのだが。

あの人は最初からあの立場にいた訳ではない。

 

私達と同じ新人だった時があり。

私達にリンドウさんがいたように、当然上官と呼ばれる立場の人がいた筈。

 

語らず、感じず、何も思う事無く戦い続ける神機兵。

巷ではそんな評判のあの人の上官とは一体どんな人なのだろうか。

 

「クズだ。」

「えっ。」

 

あまりに直球なその言葉に素っ頓狂な声が出た。

真顔で断言したツバキさんの横で榊博士が吹き出している。

 

「相変わらず彼が嫌いなようだね。あぁ気にしないでくれ、彼は単純にツバキ君と相性が最悪なんだ。」

 

いや、正直凄く気になるんですけど。

 

確かにツバキさんは規律に厳しい。

コウタがだらしなかった時の怒り方は半端ではなかった。

 

「…ちょうど良い機会だ。何故あんな男にアイツが黙って付き従っていたのか。長年の疑問に終止符を打ってこよう。」

 

そのツバキさんがここまで取り付く島も無くクズと断言する人物。

そんな人物が何故あの人を裏で糸引く第一候補に挙がるのか。

 

というか。

そんな人がどうやってあの人の手綱を取っていたのか。

 

気になる…いや、今はそれどころじゃありません。

私は私で、リンドウさんの痕跡を集めてこなくては。

 

 

…そうだ、どうせあの人が真っ黒だという事は間違いないので。

 

「榊博士。」

「ん?何だい?」

 

 

あの人にも私と同じようにミッション発注してください。

多分ですけど、正式なミッションであればあの人断らないと思うので。




近頃名前がよく出るルーキーちゃん回。

元上官の話は書かない予定。
モブだから仕方ありませんね。

無口さん相手にパーフェクトコミュニケーション叩き出す程度のモブ。


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無口な無口な収集任務3

Q.そこまで考えてなかった?
A.察してくれると思ってた。

報連相は仕事の基本。



ルーキーに手持ちの羽を渡した翌日。

愛用の受注端末が任務の受注を告げていた。

 

未知のアラガミの物と思われる痕跡集め

先の黒い羽に引き続き、更なる痕跡を集めてこいとの事。

 

画面に表示されているのは特務の文字。

 

目を擦り、目を覆い。

顔を洗って見直してもやっぱり表示されたまま。

 

ちくしょう、全部喋ったなルーキーめ。

あれほどわかりやすい形で伝えてやったのに。

 

タイミング的に俺からだってのはわかるだろ。

それを周りに言って欲しくないからあんな回りくどい渡し方したんだよ。

 

まったくこれだからルーキーは…ああいや。

改めて考えてみれば、これは俺が悪いのか。

 

あの子はまだ神機使いになってまだ一年と経っちゃいない。

特務任務を受けるようになってから見ればそれこそ半年たったかどうか。

 

優秀とは言えまだまだ新人である事には違いない。

戦闘面ではいざ知らず、この辺の機微にはまだまだ疎かったという事か。

 

いやはや俺としたことが。

新人、ましてや女の子相手にその辺りの配慮を忘れてしまうとは。

 

意思表示は社会人の基本。

次からはちゃんと口にして伝えないとな。

 

まぁこうなってしまっては仕方ない。

特務として正式に発注された以上、無視して別な事をしてる訳にはいかない。

 

これでも立派な古参兵。

公私の区別はきっちり出来ている。

 

改めて任務に目を通す。

何々、一体何を集めて来いって?

 

"漆黒の翼"ね。

何とも仰々しい名前だこと。

 

しかし残念。

名前から察するに、俺の目的もついでに果たすというのは難しそうだ。

 

 

何しろトカゲに翼は無いからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

 

表向きは定期的に表れるヴァジュラの討伐ミッション。

本当の目的はこの辺りにあるであろう特務素材の探索と回収である。

 

まぁ流石にアラガミが闊歩してる中で探すのは危ないので。

どちらにせよ討伐はやる羽目になるけれど。翼だけに。

 

うーん駄作。

この前の羽だったならまだ面白かったんだがな。

 

まぁいいや。

気を取り直してミッションに取り掛かろう。

 

「さて、作戦ですが…今回こそ私が前でいいですよね?」

 

開始ポイントに向かう途中。

ルーキーからの質問に少し考える。

 

既に何度も交戦した事があるヴァジュラ神族。

実力だけなら極東トップクラスのルーキーが今更後れを取るような相手とは思えない。

 

接触禁忌種が相手なら念のため俺が前衛に出るが。

ただの通常種相手にまでそこまでするのは過保護というもの。

 

今や彼女は立派な部隊長。

何時までも先輩が庇護してやらねばと思うのは大きなお世話なのかもしれないな。

 

となれば面倒な小細工は不要。

ルーキーの提案通りに動き、前後から挟み撃ちにして袋叩きにするのが手っ取り早いか。

 

頷き、作戦に肯定の意志を返したところ。

その反応は予想していなかったと言わんばかりにルーキーが驚きの表情を見せる。

 

「あ、あれ?良いんですか?私が前ですよ?」

 

良いも何もお前が提案したことじゃないか。

何でそこで驚くんだよ。

 

もしかして言ってみただけだったりとか?

紛らわしい、仕事中に冗談を言うのは感心しないぞ。

 

まぁそれならそれで俺が前に出るだけだが。

 

歩を速めて前に出た次の瞬間。

いきなりルーキーに腕を掴まれ引っ張られる。

 

「ま、待ってください!私、私が前に出ますから!今回は貴方が後ろからでお願いします!」

 

何故か大慌てでそう弁解しながら前に出るルーキー。

 

いや別にどっちでもいいんだが。

何でそんなにテンパってるんだ?

 

相手はたかだかヴァジュラ一匹。

今更そんな作戦重視しなけりゃいけない相手でも無かろうに。

 

ふーむ、これは怪しい。

まさかお前、何か隠してるんじゃないだろうな。

 

例えば今から討伐するヴァジュラ。

実は特殊個体で超強いとか。

 

こんな見た目だがこの娘は部隊長で特務兵。

この前みたく俺も知らないミッションを受けていたとしても不思議ではない。

 

おまけに榊博士とも仲が良い。

あの人普通にえげつない依頼してくるからな。

 

翼探索のついでに危ないからやっつけてきてとか言いそうだ。

 

まぁここでそんな話をしても詮無い事か。

どの道俺に真実を知る術は無いし。

 

任務とあれば、ただただそれに従うだけ。

宮仕えの下っ端の悲しい所だな。

 

おっと、そうこうしている内にポイント到着。

遠目だがヴァジュラの姿も確認できた。

 

何にせよ。

まずはさっさと倒してしまおうか。

 

特殊個体だったら困るから、最初から全力でかかるとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

まぁ悲惨。

何とも惨いクオリティ。

 

中心から潰れるように真っ二つになってしまったヴァジュラの遺体。

凄惨な姿に進化してしまったアラガミの姿に思わず目を覆ってしまう。

 

作戦通りルーキーが前に出て。

その間に俺が背後へ回り込んで。

 

ハンニバルクソトカゲ用の特別なお薬を飲み。

建物の影から隙を伺い、間合いに入った瞬間に()()()本気のチャージクラッシュ。

 

俺が最も得意とする死角からの必殺剣。

程なくグシャリと快音が響き、確かな手ごたえが静寂と共に広がっていく。

 

…いや、正直言うと手応えあり過ぎるなと思ったんだが。

動かなくなったアラガミを改めて確認したところで合点がいった。

 

コイツ普通のヴァジュラじゃん。

特殊個体じゃないじゃないか。

 

確かに全力でかかるとは言ったけど。

幾らなんでも通常種相手には全力過ぎである。

 

ソーマよろしく力に物を言わせた全力の一撃。

それも滅多にやらないドーピング全開の本気モードで。

 

普通にオーバーキルもいいところ。

強化薬は使い放題な訳じゃないんだぞ。

 

それにアイツ用は身体にかかる負担も強い。

使った後は確実に筋肉痛が待っている。

 

おまけに俺は若いから。

下手をすると今日の夜には凄い事になってるかもしれない。

 

この話は止めようか。

考えるだけで気が滅入る。

 

お邪魔虫も片付けた事だし。

本題のミッションに入るとしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

お待ちかねのデートタイムを満喫中である。

 

うん、女の子と一緒にお散歩するのは楽しいな。

俺はシャイだから手を繋いだりはしないけど。

 

探索任務なんだから散開しろよとか言ってはいけない。

今言ったら間違いなく殴られる。

 

「またですか?まだ私はまともに戦わせてもらえないんですか?」

 

視線が痛い。

なるほど、これが熱視線と言うやつか。

 

モテる男というのもツライな。

恐る恐る盗み見た眼はアラガミを見るように冷たかったけど。

 

というか。

戦わせてもらえないってなんだよ。

 

言いがかりにも程がある。

寧ろ普通に完封スレスレの戦いぶりだったじゃないか。

 

よそ見する余裕が無い程ヴァジュラ追い込んでくれたから上手い具合に不意打ち出来たんだよ。

多分だけどあんな戦い方出来るのお前だけだぞ。

 

いくら極東じゃヴァジュラを倒せて一人前と言っても。

正面から斬り合って磨り潰せるのは普通にバケモノクラス。

 

強いて上げてもソーマくらいしか思いつかん。

俺やリンドウみたいな一般神機使いじゃ、とてもじゃないが真似できない。

ヴァジュラ一体で総出になる他所の支部に至っては言わずもがな。

 

うむ、改めて考えるとこの地域。

人もアラガミもバケモノしかいないな。

ひょっとして守るよりも封鎖した方が人類のためになるのではなかろうか?

 

まぁその辺の切り分けはもっと立場が上の人たちに任せよう。

宮仕えの下っ端は気楽なのだ。

 

本当に封鎖するって言ったら抵抗するけど。

せめてリンドウ助けるクソトカゲ殺すまで待て。

 

閑話休題、探索に戻ろう。

 

ルーキーが付いて来るのには何も言うまい。

せっかくのデートタイム、大人は自分から地雷を踏み抜くような真似はしないのだ。

 

………

 

屋外の探索も一区切りつき。

建物の中に入ってそれらしい痕跡探しに段階が移る。

 

「見つかりませんね。まぁわかってはいましたが…」

 

そりゃあな。

俺達別に偵察班みたいに物探しや情報収集が得意な訳じゃないし。

 

やってる事は素人二人、キョロキョロしながら歩いてるだけ。

おまけに散開せず二人固まってるんだから効率だって悪い。

 

「何か当ては無いんですか?この前みたく、どこからかパッと取り出して見せるとか…」

 

無茶言うなよ、手品師じゃないんだぞ。

俺の事を何だと思ってるんだ。

 

まぁルーキーがそう言いたくなるのもわかるけど。

結構な時間当てもなく探し回っていたからな。

 

出来る事なら俺もパッと取り出して見せたい所だが…ん?

 

良い方法が無いかと視線を漂わせて所。

不意に吹き込んできた風に、転がっていた空き缶が流されていくのが目に入る。

 

そしてそれは吸い込まれるように崩れた瓦礫の隙間の方へ。

よくよく観察してみれば、隙間の周囲には吹き流れてきたであろうゴミが他の場所よりも多めに転がっている。

 

 

ふむ、怪しいな。

 

自分で言うのもなんだが。

こういう時の俺の勘は冴えている。

 

瓦礫に近寄り観察する。

どうやら隙間の向こうに空間があるようだ。

 

出来る事なら隙間の向こうも探索してみたいところだが。

 

人が通り抜けられるような大きさではなく。

さりとて道具も無しにどかせるようなサイズの瓦礫でも無い。

 

 

()()()()()()使()()()()()()()

後ろからルーキーが何か叫んでるけど気にしない。

 

-ズガンッ!-

 

ふっはっは、脆い脆い。

ヴァジュラの方がまだ硬かったな。

 

砕け散った瓦礫を踏み越え、隙間の向こうの空間へ歩を進める。

 

隠し空間と呼ぶには少々大げさだが。

こういう場所には決まってお宝アイテムが転がっているのがお約束。

 

 

--ほら、あった。

 

 

翼、というよりはアーカイブで見た鳥の片翼と表現する方が近いが。

 

色の方は名前通りの漆黒。

とりあえずこれがお探しのブツで合っているだろう。

 

後ろで口を開けたままのルーキーに持ち上げてそれを見せつける。

 

どうだルーキー、パッと取り出して見せたぞ。

極東の古参兵は専門外の事でも優秀なのだ。

 

自慢に思われたら嫌だから言わないけど。

 

とりあえずはミッションコンプリート。

アナグラに帰って飯にしよう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…神機はね、土木工具じゃないんだよ?」

 

はい、大変良く存じております。

 

「壁ごとアラガミを切ったんだって?君ならそんな事しなくても他に戦う手段持ってるよね?」

 

はい、両手で数えきれないくらいには。

 

「瓦礫をどかす方法だってさ、別に神機で砕く以外に方法あるよね?」

 

だってアレが一番手っ取り早かったから。

 

「ねぇリーダー。君の目から見てさ、この人躊躇いとかあった?」

「全くありませんでしたね。」

 

おいちょっと待て、ここは助け船を出す場面だろ。

 

誰が火に油を注げと言った。

それとも船(石油タンカー)とか言う冗談か?

 

「…前々から思ってるんだけどさ。君、ホンット~に神機の使い方荒いよねぇ?」

 

そんな事はございません。

 

神機使いたる者、自分の神機に愛着を持たない奴はおりません。

粗雑に扱うなんてとてもとても。

 

ただ便利だから()()()()()()使()()()()だけ。

ほら、もし壊してもリッカの腕なら何とかして--

 

「何か言いたげだね。言いたい事があるなら言っても良いんだよ?」

 

…俺シャイだから。

女の子の目を見ながらじゃ話せないんだ。

 

決してスパナで頬をペシペシされているからではない。

 

「…ねぇリッカさん。この人反省してると思います?」

「まさか、絶対してないよこの人。だって神機壊すの何度目だって話だもん。」

「ですって。そうなんですか?」

 

なんだよルーキー、何企んでやがる。

 

やめろよその笑顔。

可愛いけど今浮かべるのは趣味悪いぞ。

 

「無言ですか。じゃあ反省してないって事ですね。」

「それはごめんなさいって言わないからって事?」

「いえ、"沈黙はイエス"ってアーカイブの映画で言ってましたから。」

 

 

…嘘だろお前。

このタイミングでさらに煽るのかよ。

 

なるほど、と呟いたリッカが凄いニッコリしてる。

ちくしょう可愛い、これ本気で怒ってる時の表情じゃないか。

 

別に本気でそれを信じた訳じゃないけれど。

本気になって構わない、都合の良い言い訳見つけたって顔してる。

 

「ヴァジュラ倒させてくれなかった仕返しです。私の実力、次はちゃんと信じてくださいね。」

 

助けを求めてルーキーに視線を向けたところ。

意地悪げな笑顔でそう返される。

 

ちくしょう可愛い、いつか絶対仕返ししてやるからな。

 




ルーキーちゃんは認めてほしい。
無口さんは認めてる。

お互い、肝心なところが伝わってないだけ。

次回ちょっと寄り道話。
シリアスとシリアルを混ぜていきましょう。


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無口な無口な新装備1

Q1.神機壊す常習犯?
A1.Yes。

Q2.わざと?
A2.Nein(いいえ)。

Q3.なんで壊すの?
A3.用途外の使い方するから。

それでも直してくれるリッカちゃん。
天使と見紛うのも無理は無し。

※今回登場する制御ユニットはバースト基準となります。


ここは極東支部の神機保管庫。

今日も今日とて同僚達が愛用の神機を受け取り、任務の場に赴いていく。

 

「それはこっち。置いたら倉庫から新しい機材を持ってきてくれる?」

 

運んできた荷物を指示通りの場所に置き。

休む間もなく倉庫に戻って重たい機材を担ぎ、運び込む。

 

「いやぁ助かるよ。今に始まった事じゃないけれど、整備班も大概人手不足だから…あ、それ終わったら今度はあっちの資材ね。」

 

感謝を述べながらもこき使う手は緩めないリッカ。

お礼と指示がシームレスに飛び出してくるため、体よく使われているだけなのかどうか何とも判断に迷うところ。

 

まぁ女性からの感謝は素直に受け取るのが紳士と言うもの。

お役に立ててるようで何より。

 

すれ違う同僚たちの視線が生暖かいようだが気にしない。

見られただけで言いがかりを付けるほど俺は子供じゃないからな。

 

でも良いんだぞ?言いたい事があるなら口にしても。

"ゴッドイーターが神機じゃなくて段ボール持たされてる"とか。

 

耳に届いた瞬間チャージクラッシュ(拳)を叩き込んでやる。

これでも立派な古参兵、神機の有無が戦力の決定的差では無い事を教えてやる。

 

まぁそれはさておき。

そんなベテラン神機使いが荷物運びなんぞしているのには訳がある。

 

先日、整備班の方で新しい装備を開発したのだが。

肝心のそれをテストする人員が確保できず困っていたらしい。

 

なんでも神機使いがいないとデータが取れない上、その間は出撃も出来なくなるとの事。

しかしただでさえ人手不足なところに加え、ここ最近はアラガミの出現報告も増えてきているという現状。

 

とてもじゃないが今そちらに割ける要員などいるはずも無く。

当面は実装もお預けかと整備班一同意気消沈していたところ。

 

「どっかの誰かさんがやらかしてくれたんだよねぇ。それもメンテナンスが必要になるくらい派手に…ね?」

 

知らんな。一体どこの誰だろう。

リッカの"ね?"って言い方が可愛いからどうでもいいか。

 

で、何故か俺を反省させる意味も兼ねてこき使おうという流れになり。

拒否する事も許されなかった結果今に至るという訳だ。

 

つまり荷物を運び終わっても俺の仕事は終わらない。

この後は楽しい楽しいモルモットタイムが待っている。

 

一応新型神機の方は普通に使える状態で残っているが。

榊博士の許可は取ってあるらしいのでミッションに行くためと言う理由では逃げられない。

 

「…言っておくけど。こっそりミッション受けて逃げ出したらもう神機のメンテナンスしてあげないからね。」

 

チラ見しただけで釘を刺されてしまったので諦める。

というか後ろを向いてるのに何故わかった。

 

仕方ない、壊してしまった事には間違いないので大人しくしておこう。

それに何だかんだ直してくれるリッカには頭が上がらないしな。

 

リッカちゃんマジ天使。

極東一の女神様。

 

…うん、茶化して怒りが再燃したら怖いので黙っておこう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

所変わり。

ここは極東支部の訓練場。

 

主に神機使いが己が技量を磨き上げるのに利用する場所だが。

今回のように新装備の事前検証などにもよく用いられる場所である。

 

『テステス、聞こえる?聞こえてたら左手を挙げてくれるかな?』

 

スピーカーからの声に手を上げて答え。

ガラスの向こうに映るリッカに合図する。

 

『オーケー、それじゃあ今日試してもらう装備の説明をするね。』

 

手にしているのは新型神機。

しかし今日お試しするのはこれではない。

 

本日紹介するのは制御ユニット、及びその強化パーツと呼ばれる装備。

装備と言っても別に手に持ったり身に付けたりするような物ではない。

 

いや、ある意味身に付けてると言っても間違いでは無いか。

何しろ神機の一部に組み込んでる代物だからな。

 

事前に渡された資料によると。

 

まず本体となる制御ユニットを神機の制御機構に組み込む。

これは握っているグリップ部との接触を介して体内のオラクル細胞に働きかけ、活性時の反応に指向性を持たせるという装置。

 

『指向性、つまり強化の方向性だね。わかりやすい所だと筋力や持久力の増強、治癒力の向上とかになるかな。』

 

ふむ、ようするに"誰でもソーマになれるユニット"って話か。

活性化と言うのが少々面倒だが、まぁ手段は色々あるので問題無い。

 

あの体質、正直言って便利そうだったからな。

ソーマは気にしてるみたいだから言わないけど。

 

話を戻そう。

 

次に組み込んだ制御ユニットとは別に強化パーツと呼ばれる部品を外付けする。

こちらは概要的には制御ユニットと同じだが、あちらと違い平時の状態においてもある程度細胞を活性化させるという装置。

 

『人為的にオラクル細胞を活性化させる事で常時身体能力に補正を掛けられる仕組みさ。ただあくまで制御可能な範囲での話だから、制御ユニット程高い効果は得られないんだけどね。』

 

なるほど、こちらは単純に能力の底上げ。

文字通りの強化パーツという訳か。

 

効果は制御ユニット程ではないとの事だが。

制約やデメリット無しと考えれば妥当な所。

 

美味しいとこどりなんて話はそうそうないのだ。

まぁ純粋強化と言うだけでも普通に凄いと思うけどな。

 

………

 

リッカからの説明も終わり。

いよいよ試験開始の時間である。

 

『今日の所はまだデータ取りの段階だからね。まずは一通り訓練用プログラムをこなしてみてくれる?』

 

リッカの言葉に合わせたように。

先程服用した薬の効果で体内のオラクル細胞が活性化する。

 

同時に出現する訓練用のオウガテイル。

んー懐かしい、昔を思い出すな。

 

あの時はVRを用いた仮想空間での訓練だったが。

今回は現実世界に投射された()()()()()映像体。

 

何でも光に群がる性質のオラクル細胞をホログラム映像に纏わす事で疑似的に質量を持たせているとの事。

端的に言えば体当たりされれば吹っ飛ぶし、斬りつければちゃんと手応えも返ってくる。

 

そして仮想空間と違って文字通り"生身の現実"なのでリアルなデータが得られるというのが最大の違い。

 

故に訓練以外でも実地テストの前段階として利用される。

何だったら極東支部で一番訓練場を使っているのは神機使いではなく整備班かもしれない。

 

そうこうしている内にオウガテイルが勢いよく飛び掛かってくる。

ひらりと躱して横一文字。手応えこそ本物とは違うものの、いつものようにオウガテイルの身体が上下に離れ飛ぶ。

 

『うん…動き出す前の数値がこれでその後が…あぁゴメンゴメン、データの方は取ってるから、君は構わずメニューを進めて。』

 

次に進むための指示を待っていたところ。

独り言と共にリッカがそう返事を返す。

 

そういう事なら。

あちらは気にせず、最初に言われた通り訓練メニューをこなすかな。

 

あっちはあっちで忙しそうだし。

専門家じゃない俺に口出し出来る事も無し。

 

端末を操作して次のプログラムを起動する。

 

今度のお相手はオウガテイル三体同時。

あーあったあった、あの時の訓練だと後ろからガブガブされたっけか。

 

思い出したらちょっと腹が立って来たな。

サクッと仕留めて次のプログラムへ進むとしよう。

 

…瞬殺してもちゃんとデータが取れるよな?

やり直しとか言われたら泣くからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫。

シャワーで汗を流してスッキリした後、ビール片手にリッカの後ろからご機嫌取りの冷やし()()()()ドリンクを差し入れする。

 

「あ、戻ってきたんだ…ってもう、またお酒飲んでるし…」

 

違いますぅ、これは麦ジュースですぅ。

人をアル中みたいに言わないでくださいよぅ。

 

大人用だからちょっとアルコール入ってるけど。

ウィスキーボンボンみたいなものだな。

 

屁理屈言ってると思われたら嫌だから言わないけど。

 

クピクピと缶を傾けながら本日取得したデータの分析結果を覗き込む。

へぇ、悪くないな。良い結果が取れてるじゃないか。知らんけど。

 

孤児院上がりの一神機使いに専門的な意見を求めてはいけない。

とりあえず棒グラフやレーダーチャートが軒並み高く見えるので優秀なんだろう。

 

「全体的な数値としては期待以上の結果が出てるね。これなら実地試験に進んでも問題無いかな。」

 

カタカタと端末を叩き、レポートを纏めながら缶を開けるリッカ。

口を付けた途端何故かいきなりむせだし、ジロリとこちらを睨んできた。

 

「…キミ、やっぱり反省してないでしょ。ホント良い度胸してるよね…」

 

何でだよ。飲み物買ってきてあげたじゃん。

言いがかりにも程があるぞ。

 

それともシチューはお気に召さなかったか。

カレーと似たようなものだから気に入ると思ったんだけどな。

 

なら今度はハヤシドリンクの方にしよう。

あっちなら色合いもカレーに似てるしな。

 

 

それにしても制御ユニットに強化パーツか。

使ってみた感じとしては普通に悪くなかったな。

 

今回はデータ取りなのでシンプルな機能を選んだと言っていたが。

実際にロールアウトする装備にはもっと特化した物も用意するとの事らしい。

 

戦術の幅が広がりそうだな。

酒の肴代わりにあれこれ考えるのも悪くない。

 

「まったくもう…罰として明日の実地試験の時も荷物運び手伝ってもらうよ。とびきり重たい荷物持ってもらうからね。」

 

…明日の実地試験?

 

何それ聞いてない。

誰がやるの?俺?何で?

 

「…もしかして聞いてないとか思ってない?聞くも何も、まだ君の神機にしか組み込んでないんだから当然じゃない。」

 

ごもっとも。

正に正論と言うやつである。

 

「ちなみにだけど。元々君が使っていた神機は今オーバーホール中だよ。制御ユニットの組み込みも合わせてやる予定だから、戻ってくるのは早くても試験明けだね。あぁ、もちろん許可無く新型神機持っていくのも駄目だから。」

 

-まだテスト中なんだから途中で壊れたら困るでしょ?特にキミ、神機壊す常習犯だし。-

 

「最初にも言ったけど、そんな事したらもう神機のメンテナンスしてあげないから。もちろん、オーバーホール中の神機も組み立ててあげないからね。」

 

…あれ?

 

もしかしてこれ、ガチでしばらくモルモットにされるってオチなのでは?

ミッション受けようにも神機二本とも抑えられてるから身動きできないし。

 

「………………………」

 

 

 

 

 

よし、酒飲んで全てを忘れよう。




Q4.聞こえてるのに返事しないの?
A4.左手上げろって言われたから。

Q5.返事してって言われたら?
A5.普通に返事する。

Q6.何で手を上げろって言ったの?
A6.喋れないと思ってるから。

怒っていても気を使ってくれるリッカちゃん
言葉を喋れないと勘違いしたままになるのも無理は無し。

リザレクション基準の制御ユニットはまたの機会に。


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無口な無口な新装備2

Q1.コウタが言いたい事言っちゃったらどうなる?
A1.ガム持ってたらセーフ。

Q2.カノンが言いたい事言っちゃったら(ry?
A2.手作りお菓子くれるのでセーフ。

Q3.ルーキーちゃんが言いたい事(ry?
A3.ジュース(飲みかけ)は分けられないのでアウト。

なのでちょっとおつむをシェイキング。
右手はそっと添えるだけ。

コウタがガム持ってなかったら?
右手をギュッと握るだけ。


「何でゴッドイーターが神機じゃなくて段ボール持たされてるんですか…」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

リッカに頼まれた荷物を運んできた直後、開口一番呆れ気味にアリサにそう呟かれる。

 

ちくしょう言ったな、言うてはならんことを。

飯の恩さえ無ければ直ぐにでも古参様の恐ろしさを思い知らせてやるというのに。

 

「あぁ気にしなくていいよ。悪い事した罰受けてるだけだから。」

「また何かやったんですか貴方…」

 

冤罪だぞ。俺は別に何もしていない。

寧ろご機嫌取りにジュースまで差し入れたのにこのザマだ。

 

「どうせまた神機を雑に扱って壊したか、変な味のドリンクでも飲ませたりしたんじゃないですか?」

「流石、良い勘してるねアリサ。ついでに言うと毎度の事だけど反省もしていないって感じかな。」

「言っちゃなんですけど。この人こんな見た目と印象の割にほんと懲りるという事を知らないんですね。」

 

酷い、確かにちょっと無茶して神機壊しちゃったのは事実だが。

後半二つに関しては言いがかりもいい所である。

 

俺は良く冷えた美味いジュース冷やしシチュードリンクを渡しただけなのに。

反省云々については身に覚えが無い以上どうしろって言うんだよ。

 

くそっ、滅茶苦茶反論したい。

でも今日に限ってリッカの奴スパナ持ってやがる。

 

弁解した所で「言い訳するな」って武力鎮圧されるのが目に見えている。

言論弾圧もいいところだな。

 

まぁいい、戯言はこの辺にしておこう。

何だかんだでちゃんと神機の修理は進めてくれているし。

こき使われている以外に実害は無いしな。

 

運んできた荷物を部屋の片隅に置き。

端末を操作していたリッカとそれを見ているアリサの所に足を運ぶ。

 

「それじゃこの人も戻ってきた事だし、今日お願いするミッションの説明を始めるね。」

 

そう言って俺とアリサにクリップで止められた書類を手渡してくるリッカ。

 

「今日二人にお願いする内容は二つ。一つはリンクバーストによって起こされた活性状態に対する制御ユニットの動作検証、もう一つは制御ユニットの機能であるリンクバースト弾に対する誘導機能の確認だね。」

「誘導機能…ですか?」

 

リッカ曰く。

 

新型神機で実装された新技術である通称"リンクバースト"。

捕喰したオラクル細胞に人為的な干渉を加える事により、それを投与された神機使いのオラクル細胞を意図的に活性化させるという技術。

 

オラクル細胞の活性化が起こる以上。

当然それも制御ユニットによる指向性強化の影響も受ける訳で。

 

「リンクバーストによる細胞活性。それにどの程度制御ユニットが干渉する事が出来るのかを調べるのが一つ。もう一つがアリサが気にしてる誘導機能についてなんだけど…」

 

知っての通り、オラクル細胞が持つ特徴の一つに"偏食"というものがある。

これは特定の性質を持った物を積極的に取り込み、エネルギーに変換しようとする性質の事であり。

一般的にオラクル細胞が偏食因子と呼称されるようになった要因の一つでもある。

 

「これはその性質を応用した技術でね。簡単に言えばホーミング弾のアラガミバレット版って感じかな?」

 

最近新しく開発、周知されたバレット技術であるホーミング弾。

それはバレットの元となるオラクル細胞の偏食傾向に干渉し、アラガミが持つ因子に反応して追尾、誘導する性質を持たせた代物。

 

「神機そのものに誘導機構を組み込んじゃうと燃費が悪いから、本来は弾丸そのものに組み込んでおく物なんだけど…リンクバーストで撃ち出すアラガミバレットは通常のとは比較にならない程高エネルギーだからね。発射前にそのエネルギーの一部を利用する事で常時誘導制御を可能にしたって言うのがこの機能なんだ。」

 

ふむ、細かい技術的な事はさておき。

要約するとアラガミバレットにホーミング機能を付けてみたという訳か。

これはなんともありがたい機能だ。

 

いくらそれなりに経験を積んだ古参と言っても。

やはり得手不得手というものは存在する。

 

俺、近接戦闘は得意なんだが射撃の狙いに関してはあまり自身が無いからな。

残念ながら制圧射撃以外は苦手の部類に入るのだ。

 

余談だがカノンも制圧射撃が得意である。

もっとも、辺り一面を消し飛ばすという意味での制圧だが。

 

あんな可愛い見た目なのに人は見かけによらないもの。

出来れば敵だけにやってくれると助かるんだけどな。

 

閑話休題、話を戻そう。

とりあえずアラガミバレットのホーミング化というのは興味深いな。

 

以前ルーキーが撃ってる所を見た事あるが。

あの威力を誘導付きで撃てるというなら中々に強力な武器と言える。

 

遠距離はホーミング付きのアラガミバレット。

近距離はフルドープからの強襲戦術。

加えて制御ユニットの効果で身体スペックも上昇中。

 

うむ、我ながら中々に隙の無い神機使いと言えるのではなかろうか。

"自分の才能が恐ろしい"とはこういう時に言う言葉なんだろうな。

 

どうだアリサ、旧型でも強かろう?

憧れてくれても構わんぞハッハッハ。

 

「ちなみになんですけど、リンクバーストじゃなくて攻撃用のアラガミバレットにも誘導性能が付くんですか?」

「あ、ゴメン、流石に攻撃用に撃ち出す方は制御が難しすぎてまだ検証段階なんだ。」

 

 

うん、儚い夢だったな。

ドヤ顔しなくて本当に良かった。

 

大人しく旧型…あ、今は新型神機だったか。

まぁいい、俺自身古参である事には変わりない。

 

ロートルはロートルなりの仕事をしておこう。

おれは普通に若いけど。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

朽ちかけた建物が並び立ち、廃墟デートには最適の場所。

 

「…どうぞ!」

 

意図的に狙いを外して放たれたそれは急速に弧を描いてこちらへ直撃し。

途端身体中に形容しがたい力が溢れ出るように満ちていく。

 

凄いな、あの角度からでも追尾するのか。

ざっと見でも90度以上折れ曲がったぞ。

 

確かこういうのを"カミソリシュート"と言うんだったか。

アニメの中の話だけじゃなく、まさか現実に拝むことが出来ようとは。

本当に極東は魔境だな。

 

おっと、考え事をしている場合ではない。

今は立派にオウガテイルと戦闘中である。

 

リンクバーストの効果があるとはいえアラガミはアラガミ。

油断した挙句にモグモグされましたなんて言った日には両親に合わせる顔が無い。

 

まぁその両親、合わせる顔が無いんだけどな。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・古参ジョーク。

ウケも取れた所でお面頂戴、首とか言わないのがお約束。

 

顔を失ったオウガテイルがよろよろと後退する。

流石の生命力と言いたいところだが、残念ながら俺の技量のおかげだと言わざるを得ない。

 

仕留めちゃったら捕喰してもアラガミバレット手に入らないからな。

それなりの数が溜まるまでは生きていてもらわなくては困る。

俺の両親の時とは違うのだ。

 

下がるために押し出された前足を叩き折り、前かがみになった所で尾を斬り飛ばし。

逃げる事も抵抗する事も出来なくなった所で悠々と神機をプレデターフォームへと変形させていく。

 

そして捕喰。また捕喰。さらに捕喰。

重ねて捕喰。加えて捕喰。三、四が無くて五に捕喰。

 

うん、中々に凄まじい絵面。

いくら仕事だからとはいえ、流石にこの光景は両親には見られたくないな。

 

まぁその両親、合わせる顔が無いんだけどな。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・古参ジョークその2。

所謂"天丼"と言うやつである。

 

ウケも取れた所で御首頂戴、"討ち取ったりー"と心の中でお約束を叫ぶ。

 

お約束は大事だからな。極東の古い文献にもそう書いてある。

いい大人がやると恥ずかしいから声には出さないけど。

 

「相変わらずエグい事しますね…そんなだから陰で感情の無い神機兵とか言われたりするんですよ。」

 

おっと、時間を掛け過ぎたか。

いつの間にかやってきたアリサの声で現実に戻る。

 

 

…ちょっとタンマ。

"感情の無い神機兵"って何だよ。

 

感情なんて普通にあるに決まってるだろ。

人は機械じゃないんだぞ。

 

そんな人間、居るなら是非ともお目にかかってみたいというもの。

俺が言葉を話せない云々といい、どいつもこいつも何と言ったらいいものか…

 

「………………………」

「…ど、どうしました?何か言いたそうですけど…」

 

いや、やっぱりいいや。

いい年した大人が"私喋れるんです"とか、当たり前の事過ぎて一々言う方が恥ずかしい。

 

まぁその内誰か気付くだろ。

普通に考えれば至極常識的な話なんだし。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫。

シャワーで汗を流してスッキリした後、チューハイ片手に買ってきた飲み物を二人に差し入れする。

 

「戻ってきたね…ってもう、キミ本当にお酒大好きだよね。」

「しかもこの見た目でそこまで強くないって話ですからね。何杯飲んでも顔色一つ変わらなさそうな印象ですけど…」

 

違いますぅ、これはれっきとした緑茶ですぅ。

人をアル中みたいに言わないでくださいよぅ。

 

お酒とウメボシだかを混ぜてある"お茶割り"っていうやつだけど。

まぁウォッカとジャムを混ぜたロシアンティーみたいなものだな。

 

屁理屈言ってると思われたら嫌だから言わないけど。

本場のロシア人もいるので適当言うなと殴られそうだし。

 

ちなみにリッカに渡したのは毎度お馴染み冷やしカレードリンク。

シチューはお気に召さなかったようなので、ここは一つ無難に鉄板所を採用して御機嫌を窺う。

 

「あ、今度はちゃんとした奴を買ってきてくれたんだ。んーっ、やっぱりこのスパイスの刺激が癖になる…!」

 

一瞬怪訝そうにラベルを確認したものの。

自身の好物と分かるや否や、早速嬉しそうな顔で封を切って中身を堪能する。

 

「この人の味覚も大概ですけど。リッカさんも負けず劣らずアレな味覚ですよね…ゲホッ!?」

 

年相応に可愛らしく味わうリッカに眼福と思っていたのも束の間。

クピリと手渡した缶に口付けた途端、ゲホゲホとアリサがむせ返る。

 

「な、何ですかこれっ…!甘じょっぱい味が炭酸に乗って口中に…!」

「あー、それってもしかしなくても例のハヤシドリンク…キミ、次から誰かに差し入れする時は相手の希望を聞いてからの方が良いと思うよ。」

 

やだよ面倒くさい。

というかジュース一つ差し入れするのに男がそこまで気を遣ってたら逆に気持ち悪くないか?

 

ヒバリに差し入れする時のタツミじゃあるまいし。

俺だったら下心でもあるのかと普通に警戒してしまうよ。

 

まぁ本人的には色々気を引くために考えてるんだろうから言わないけど。

人の恋路に嘴を挟むほど俺は野暮な性格はしていない。

 

うん、話が脱線してしまったな。

 

夜遅いとまでは言わないが、時刻は既に酒が飲めるくらいにはいい時間。

特に問題が無いようならば、さくっと結果だけ聞いて部屋に帰りたいところである。

 

チラチラと視線を端末に向け、それとなく説明を促す。

その視線に気付いて諦めたように溜息をつくと、アリサの咳き込みが落ち着いたのを見計らってリッカが話を戻していく。

 

「まぁ皆揃ったし、今日の検証結果の話をするね。と言ってもこれと言った問題点は特に無し、早ければ明日明後日には皆の神機に組み込み出来そうって感じかな。」

 

うむ、相変わらず仕事が早い。

これが出来る女性というものか。

 

俺の神機の方は後回しにされてるみたいだけど。

まぁ今言っても話の腰を折るだけなので黙っておこう。

 

「ただ、さ。問題は無いんだけど…一応聞いてみてもいい?」

 

ん?何か気になる所でもあったか?

試験した本人的には別にこれと言った問題点は無さそうだったが…

 

「キミ達さ、リンクバーストの誘導弾で遊んでたりしてないよね?」

「わ、私は遊んでなんかいませんよ!寧ろ遊んでた疑惑があるのはこの人の方で…!」

 

半ば呆れ気味に向けられるリッカの疑問。

瞬間、何かを察したのか慌てた様子で否定しながら俺を指差してくるアリサ。

 

俺はというと向けられる指を見つめながら特に焦る事無く酒を飲む。

傍から見ると開き直っているようだが、身に覚えが無い以上特に狼狽えるような話でもない。

 

やった事と言えば思ったより大量にアラガミバレットが入手出来たので乱れ撃ちしてみただけの事だし。

 

前後左右に上下を加えて、文字通り雨霰の如くの連続発射。

面白…もとい、不思議な事にそのどれもが勢いよくアリサに向かっていくのだからたまらない。

 

ちなみにリンクバーストには元々リミッターが付いており。

過剰に撃ち込まれた分は霧散するだけなのでその点については問題無し。

まぁだからこそ俺の方も躊躇いなく連射出来たんだが。

 

結果、テスト後半のアリサはほぼフルバースト状態。

濃縮アラガミバレットを撃って開放しても、四方八方からリンクバーストが飛んでくるので即フルバーストという有様。

 

最後の方は何故か回避を試みる方向にシフトしていたが。

躱したと思ったら背後でUターンしてぶち当たる様は中々に見物だったな。

 

一応言っておくがこれは遊びではない。

新装備に関するデータ収集という歴としたお仕事。

 

だから俺も真面目にレポートにこう書いた。

"アリサの回避率:0%"と。

 

俺?躱そうとしてないからわかんない。

 

「まぁ怪我も無かったし、これはこれで貴重なデータになるから今回は目を瞑るけどね。」

「違います!誤解ですって!~っもう!貴方が真面目にやらないから私まで…!」

 

何を言う、真面目にやったからこそこのレポートだぞ。

ちょっと表現を変えているが、書いてる事は必中って意味だからな。

 

涙目で怒っている様を見るとちょっと申し訳ないような気もするが。

まぁ俺もミッション前に段ボール持ってる所をからかわれたし、おあいこという事にしてもらおう。

 

………

 

ちなみにこの後。

アリサが通りがかったルーキーにチクったせいでシバかれた。

 

-弁解?聞く訳ないじゃないですか。女の子をいじめた罪は重いんです。-

 

ちくしょう、一方の言い分だけ聞くのはズルいぞ。

聞かないにしてもせめて弁解くらい言わせろ。




乱れ撃ちして荒ぶる無口さん。
撃ってる時は当然無表情の鉄仮面。

リンクバーストされる方は結構プレッシャーが凄そうですね。


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無口な無口な新装備3

無口さんは同じタイプの人に出会った事がありません。
もしそんな人に…

Q1."私、喋れるんです"と言われたら?
A1.何言ってんだコイツと呆れます。

Q2."私、()()喋れるんです"と言われたら?
A2.そうだったのかと驚きます。

たった二文字でこの違い。
文章って難しい。


「…なるほどね。道理で得体の知れないと評してなお、ヨハンが最後まで手放さずにいた訳だ。」

 

時は少し前に遡り。

 

皆が寝静まった深夜のラボラトリ。

画面に表示されたいくつかの報告書を確認し、腑に落ちたように一人呟く。

 

先日彼女に告げた通り行っていた彼の身辺調査。

 

ツバキ君からの報告も含め、表向きの調査結果はシロ。

これと言って不審な点は見つからず、あくまで彼自身の独断によるものと途中まで決めかけていたのだが。

 

進展のきっかけは、きっかけとは言えない程とても些細な事。

 

調査も一区切りつき、端末内の不要なファイルを整理していた所。

ふと削除フォルダが空になっていなかった事が何とはなしに気になった程度の事。

 

「ヨハンにしては珍しいと思ったんだ。私と違って几帳面な彼が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

権限を駆使して参照した機密情報に、可能な限りサルベージして復元した削除済みの指令書。

そのいずれにおいても黒と断言するにたる証拠はなかった訳だが。

 

「まさに灯台下暗しと言うやつだ。それともこれは星の観測者の名の通り、上ばかり見て足元が見えていないというヨハンからの当てつけかな?」

 

既にこの世にはいない旧友からの皮肉。

はたしてそれが彼の真意かどうかを知る由は無いが。

 

一人納得してしまったがために思わず自嘲気味な呟きを漏らしながら。

 

捨てられていた筈のファイルに掛けられたロックを解除し。

アクセスに必要な正規の支部長権限のコードを打ち込んで。

 

開かれたファイルの内容に一通り目を通し。

ここに至って黒幕は()()のだと確信を得た。

 

「結局のところ、私もヨハンも彼という人間を正しく評価出来ていなかったという訳か。」

 

人呼んで、"感情を持たない神機兵"。

 

何も語らず、何も感じず。

機械のように無表情のまま、アラガミを狩り続ける彼に付けられた最初の異名がそれだった。

 

だがそれは見方を変えれば、権力者にとっては何とも手駒に引き入れたい程の便利な存在。

 

こちらの指示に逆らう事も躊躇う事もなく。

命じられるままに力を振るうその様に、いつしか一部の人間は彼を"猟犬"と呼称するようになっていった。

 

私やヨハンもその一部に属する人間であり。

そして最後にヨハンは彼を"得体の知れない"と評してこの世を去った。

 

しかしその時の声に不快感はなく。

飼い馴らしたつもりの獣に信用されていないと忠告交じりの皮肉を告げて。

 

「そして今もなお、たった一人で動き続けているという訳か。」

 

表向きは、今は亡きかつての主の命に忠実に従い。

同時に裏側では、アラガミと化してるであろう友を呪縛から解き放つために暗躍し。

 

「さて、となるとどうしたものか。私の頼み…いや、極東支部支部長としての命令を素直に聞いてくれれば事は簡単に済むんだが…」

 

まず最初に思い浮かんだ案ではあるが。

恐らくこれが通じる可能性は限りなく低いだろう。

 

相手は本来であれば従い続ける必要のない故人からの命令を遂行し続けるほどの生粋の忠犬。

ヨハンに取って代わっただけの代行者の命令に従う方こそ道理が通らない。

 

下手を踏めばヨハンの時と同じように。

逆にこちらに何かしらの要求を突き付けてくるような事態になりかねない。

 

「となればやはり、今しばらくリッカ君に頼んで足止めしておいてもらう他無いか。やれやれ、また胡散臭い事を企んでいると皮肉を言われてしまうな…」

 

もっとも、言われた所で気にはしないが。

 

科学者たるもの、時には清濁併せ呑むくらいの気概が無くては務まらない。

それに比べれば信用の一つや二つ落ちるくらい、今更気にする程の事ではない。

 

端末を操作してメーラーを開き。

軽く文面について思案を巡らせた後、キーボードに指を走らせる。

 

 

…さて。

 

「事前に打てる手は打った。後は彼女が持ってきてくれた痕跡の解析結果を待つのみ、か。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫。

神機とコードで繋がれた端末にひたすら何かを打ち込んでいくリッカの傍ら。

まるで中世の騎士のように神機を顔の前に掲げ構えて彼女の作業が終わるのを待つ。

 

「…よし、調整完了。これでオーバーホールは全部完了だよ。制御ユニットの調整もバッチリさ。」

 

コードを引き抜き、嬉しそうにそう話すリッカ。

その言葉を聞くのもそこそこに、改めて修理が終わった愛用の神機に目を向ける。

 

うん、やはりしっくりくる。

最近は新型神機ばかり使っていたが、俺的にはやっぱりいつもの旧型神機の方が馴染むような気がするな。

 

しかも今回はただ修理しただけにあらず。

 

先日無事運用に漕ぎ付けた制御ユニットと強化パーツに加え。

何でも榊博士から是非俺に試してもらいたいと渡された試作品が装備されているとの事。

 

…リッカからじゃなくて榊博士からか。

オッサンからプレゼント貰っても別に、な…

 

男にとってレディからのプレゼントほどモチベーションの上がる物はない。

嘘でもいいからリッカが作った試作品とか言ってくれればやる気が全然違うのに。

 

やっぱりあの人、その辺りの機微には疎いみたいだな。

まぁ見た目からして胡散臭いオッサンだから仕方ないか。

 

「ゴメンね、本当はもっと早く修理できるはずだったんだけど。榊博士がどうしてもっていうから再調整に時間が掛かっちゃって…」

 

あぁ、それは別に構わんよ。

上からのお達しに振り回されるのは整備班も神機使いも変わらんし。

 

「でも待たせちゃった分、腕によりはかけたつもりだよ。…どう、気に入ってくれた?」

 

上目使い気味に若干不安気味にそう聞いてくるリッカ。

 

愚問だな、可愛いに決まってる。

間違った、気に入るに決まってる。

 

いくら古参とはいえ、これが型落ちの旧型神機である事に変わりは無く。

性能面で秀でる新型神機の方に手を多く割くというのは当然の事。

 

寧ろ未だに旧型神機を使っている俺の方が異端なのだ。

 

にも拘らず、リッカは旧型神機に対しても新型神機と変わりないほどに手を尽くしてくれている。

それこそ上からの無茶ぶりで急遽組み込む羽目になった装備ですら、不備が起こらないよう寝る間すら惜しんでくれる程。

 

古参が酔狂で使ってる神機をここまで丁寧に整備してくれる技術者など、恐らく世界中を見渡してもそうそう居はしないだろう。

まったく、本当良く出来た整備士様とお近付きになれて幸運だ。

 

ありがとなリッカ。

もっとも、口にするのは恥ずかしいから直接言わずに誤魔化させてもらうが。

 

「わわっ、ちょ、ちょっとキミ…!まだこの癖直ってないのっ…!?」

 

わしゃわしゃとやや乱暴気味に頭を撫でる。

照れ隠しが過ぎて少し力を入れ過ぎたのか、リッカが戸惑いつつも不満の言葉を口にする。

 

「もう、相変わらず人を子供扱いするんだから…」

 

実際子供だからな。

たった数年の違いとはいえ、成人しているかどうかは天地ほどの差があるのだ。

 

アリサくらいに発育が良ければ大人だとゴリ押せない事もないだろうが…

 

この話は止めようか。

 

ハルオミみたいに査問会に呼び出されてしまう。

大人たるもの、軽々な発言には常日頃から気を付けなければならんのだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

出撃前に行われる講習タイム。

資料をモニターに映しながら、リッカが神機に組み込まれた装備について説明していく。

 

「今回榊博士から渡された装備なんだけど…端的に言えばこの前試してもらったやつの性能を尖らせてみたって感じだね。」

 

リッカ先生の説明曰く。

 

先に俺やアリサが試していたのは誰が使っても同じように強化が得られる汎用的な物であったが。

今回俺が身に付けているのは大幅な強化と引き換えに何かしらのデメリットを抱えるようになったという代物。

 

「君が今付けているやつはアラガミから奪ったオラクルをそのままエネルギーとして消費しちゃうタイプだね。この前試してもらったやつよりもオラクル細胞の活性効率は上がるけど、代わりに銃型神機使いに供給するためのオラクルカートリッジの溜りがかなり悪化しちゃうんだ。」

 

ちなみに話を聞くにその逆タイプもあるらしい。

なんでも吸収効率が上がる半面、逆に自身に投与された偏食因子の活動を鈍らせてしまうとか。

 

まぁ今回の任務は俺一人。

いつもの旧型神機を使うので、吸収効率が落ちたとしてもそもそもデメリットにはなりえない。

 

今も昔もずっと一人部隊だったからな。

ぼっちな戦いには慣れている。

悲しくなるから考えるのはこの辺にしよう。

 

「一応補足しておくと、これ付けてる間はお腹が空きやすくなるっていうのも欠点といえるかな。アラガミを攻撃する機会が少ないと消費するエネルギーの方が大きくなっちゃうんだけど、当然不足分は持ち主の身体から持ってかれちゃうんだ。一応リミッターも付いてるから神機に喰い潰されちゃうようなことは無いけどね。」

 

妖刀じゃん。持ち主の身体からエネルギー持っていくとか魔剣かよ。

何なら神機も刀身によってはアーカイブのアニメに出てきても違和感ないしな。

 

まぁリミッター付きならダイエットとかにも使えそうだな。

聞いてるかそこのプニシスターズ。万が一聞かれたら殺されそうだから言わないけど。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

「デメリットとしてはそんなところかな。でもその分強化されるのは筋力や肺活量だけじゃなく、いわゆる五感の方も鋭くなる。そうだね、例えるなら…何というかこう、勘が鋭くなる的な効果も期待できるよ。」

 

何という抽象的な表現。技術者の発言とは思えんぞ。

もしかしてキミ、また徹夜してたりしないか?

 

「そ、そんな目で見ないでよ。仕方ないじゃない、良い表現が思い浮かばなかったんだから…」

 

恥ずかしがるくらいなら無理して例えなきゃいいのに。

まぁ追い打ちをかけるのも可哀そうだから黙っておくか。

 

要するに攻撃を受ける直前にキュピーンとか閃くやつだろう?

OKOK、アニメや漫画で見た事あるから何となくイメージは付いたよ。

 

 

ふむ、せっかくだから。

アーカイブからSE(サウンドエフェクト)でも引っ張ってくるかな。




機械音声で"スタンバイ"と言ってみましょう。
無口さんのモチーフです。

長くなったので区切ります。


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無口な無口な新装備4

※注意※
ちょっと歪む無口さん。苦手な場合は中段読み飛ばして良し。

Q1.アラガミとは?
A1.オラクル細胞で構成されている存在。

Q2.オラクル細胞?
A2.アラガミの身体を構成している細胞。つまりアラガミ。

Q3.偏食因子?
A3.オラクル細胞の中に含まれてる物質。つまりアラガミ。

Q4.ゴッドイーター?
A4.偏食因子が投与されている。でも人間。

いきなり言いがかりをつけたりはしません。
どこぞの物騒なシステムとは違うのです。


ここは通称"鉄塔の森"。

地域特有の気候と建物から流れる廃液の化学反応で、時折濃霧が発生して視界不良となるエリア。

そして俺が最も得意とするフィールドでもある。

 

今日の任務はコクーンメイデンの掃討。

近々大型アラガミをここに誘き寄せて討伐するらしいのだが、いつの間にかコクーンメイデンが大量に湧いていたのでそれを掃討するというのが今回の任務内容。

 

本来なら複数人で手分けしてのミッションとなるが。

ことこのフィールドであるならば俺一人で十分。

 

死角からの不意打ち強襲は俺の十八番。

加えて今回榊博士から渡された装備の性能試験にはもってこいの状況である。

 

リッカの説明通りであるなら。

この装備を最大限に生かすためには、とにかくアラガミを狩り続ける事が肝要である。

 

強靭な強化を得られる代わりに高いエネルギー効率を誇るオラクル細胞を惜しみなく喰い尽くすというこの装備。

多少間が開いても自身の身体で賄えるとの事だが、生憎俺はダイエットが必要な程無駄な肉は付いていない。

 

別にブレンダンのように日夜筋トレに励んでいるという訳ではないが。

このご時世と職業柄、余分な脂肪を付ける余裕など存在していないのだ。

 

嘘だと思うならルーキーを見てみろ。

毎度のようにお菓子貪っているくせに、二の腕は絶妙なプニ加減をキープしている。

 

アリサは…うん、言わないでおこう。

ルーキーが可哀そうになるからな。

 

現実ってやつは本当に容赦がない。

ただでさえ生き辛い世の中なのに、()()()()の格差社会とやらまで存在するんだから。

 

ニュアンスが変?

スマンな、日本語は不得手なんだ。

 

戯言を言うのはこの辺にしておこう。

極東支部で格差社会に悩んでいるのはルーキーだけじゃない。

 

逆恨みされて後ろからヘッドショットされましたなんて、笑い話にすらなりはしない。

土産話と言おうにも、両親もアホらし過ぎて苦笑する光景しか浮かばん。

 

まぁその両親、笑う顔どころか頭ごと噛み砕かれてるんだけどな。

 

アッハッハ。

まぁいい。

 

 

今日は俺が噛み砕く番だからな。

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

作戦エリアには相変わらず濃霧が立ち込め。

ただでさえうっそうとした視界をさらに見通しを悪くする。

 

そしてそれはアラガミに置いても例外ではなく。

 

-グシャリ、ガブリ。-

 

背後から斬り潰し。

息絶える直前に捕喰して体内のオラクル細胞を活性化させる。

 

ますます深まる霧の中。

不吉な音と共に迫る影。

 

周囲のアラガミが警戒態勢に入るものの。

立ち込める霧と偽装フェロモンによる隠蔽効果のせいで、未だ脅威の姿を捉える事が出来ずにいるアラガミの群れ。

 

-グシャリ、ガブリ。-

-グシャリ、ガブリ。-

 

一匹、また一匹。

何に襲われているのかもわからないまま、何をする事も出来ないまま塵芥へと化していく中。

やがて数を減らしたコクーンメイデンが地中へと姿を隠していく。

 

その行動は、生物としては間違ってはいない。

 

地上にいるのは得体の知れない正体不明の食神鬼。

こちらから姿を見る事が敵わない以上、無防備に地上にいてはその身を供物と捧げているのも同然で。

 

だからこそ、彼等は逃走を選択した。

抵抗も出来ずにただ殺されるくらいなら、縄張りを放棄してでも生き延びるという選択を選んだのだ。

 

その行為こそが癇に障る。

 

生き延びるために喰い殺しにくるのならばまだしも。

生き延びるためにコイツ等は逃走の道を選んだのだ。

 

人喰いのバケモノ風情が。

一丁前に人間みたいに命を惜しみ始めるとは。

 

まぁ畜生の群れなんぞ、最初から逃がすつもりはないけどな。

 

シオですら生きたいと言ってくれなかったのに。

お前ら如き、生かしておく筈がないだろう。

 

 

地中に神機を突き立て、地面ごとアラガミを捕喰する。

無防備な移動中の状態を襲われたそれは、成す術も無く土の中で神機の牙に噛み砕かれる。

 

うん、美味美味。

身体中に力が満ち溢れてくるようだ。

 

何と表現したらいいものか。

地中に潜って見えない筈のアラガミが、まるでソナーでも使っているかのようにはっきりその位置が見える。

 

なるほど、これが制御ユニットや強化パーツによる感覚増幅の効果と言うやつか。

勘が鋭くなるとかいうリッカの言葉は半信半疑だったが、これは確かにそう表現するより他はない。

 

位置さえわかるのなら事は単純。

戦闘の意志を無くして逃亡するアラガミの背中を片っ端から喰らい尽くすだけ。

 

時たま地上で抗おうとするやつもいるにはいるが。

そういう奴はご褒美に生きたままコアを引き抜き捕喰する。

 

そして喰らえば喰らうほど細胞が活性化していくのを実感し。

より強くなった感覚に従い、さらにアラガミを喰い殺す。

 

美味い、美味い。

無論直接喰らっている訳ではないが、神機を通してアラガミの味が舌先に染み渡っていくようだ。

 

 

 

 

 

おや?

 

 

いつの間にかアラガミの気配が無くなったな。

 

これはしたり。

俺としたことが些か興が乗り過ぎたか。

 

 

餌さえ残しておいたなら、いくらでも増やしてれたのに。

 

………

 

一通り小型種を喰い尽くし。

命の気配がしなくなった作戦エリアでしばしの休憩と洒落込んでいた所。

 

風と共に感じるのは()()()()()()()アラガミの気配。

オカルトじみた表現だと分かってはいるが、今の俺にはそうとして言いようがないその気配。

 

辿るように。

導かれるように。

 

辿り着いた先にあったのは壊れた神機。

その傍らには風雨とオラクル細胞の侵食でボロボロになった、腕輪と思しき金属の塊。

 

つまりは元御同輩の成れの果てと言うやつだ。

もっとも、神機の劣化具合を見るに俺が神機使いになる前の人間のようだが。

 

まぁいい、重要なのはそこではない。

 

それらは通称"遺された神機"と呼ばれており。

極力可能な限り回収するよう、各神機使い達に通達が出されているが。

 

これは駄目だ。

もう手遅れだ。

 

経年劣化によって中枢を制御する部品が破損しており。

そこから垂れる汚濁のように黒ずんだオラクル細胞が、少しずつ朽ち果てた腕輪の方へと這い寄っている。

 

神機使いと一体化していたその腕輪。

そこには当然、神機と相性が良かった神機使い本人の細胞が存在しており。

 

それが触れ合った瞬間、オラクル細胞が元神機使いを飲み込んで一気に増殖、変質し。

晴れて新しいアラガミが爆誕という訳だ。

 

リンドウの時のように。

リンドウの時のように。

 

脳裏に浮かぶのはあの光景。

 

生きたいと絞り出すように言葉を吐いたリンドウと。

黒い瘴気と共に変貌していくリンドウの身体。

 

きっと早晩、コイツもあれと同じ末路を辿るのだろう。

 

あの時のリンドウの時のように。

何処かの無能がヘマを晒してくれたあの時のように。

 

あの時のリンドウのように、リンドウのリンドウのリンドウのリンドウの--

 

 

-グシャリ-

 

 

 

()()()

 

今日のミッションで実感したが。

やっぱり喰うならアラガミになってからだな。

 

いくら神機使いが人工アラガミと言っても所詮はアラガミの成りそこない。

本物の味には遠く及ばないな。

 

その点クソトカゲならその心配はない。

何しろとっくの昔にリンドウがアラガミになった後である。

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

本当に。

本当にリッカには感謝の言葉しか浮かばない。

 

リンドウを救えなかった俺みたいなクズに。

今一度あのクソトカゲをブチ殺す力を授けてくれるなんて。

 

これは是非とも何か礼をしなくてはならないな。

 

紳士たるもの、世話になった相手には惜しみなく謝辞を尽くすもの。

とはいえ、これと言って今すぐ思い当たる物はないんだが…

 

そうだ、それこそクソトカゲのコアとか喜びそうだ。

レア物である事はほぼ確定だし、仕留めた暁には是非ともいの一番に生きの良いのを持って行ってやろう。

 

そうして忌々しいクソトカゲをブチ殺したその後は。

ゆっくりとリンドウをアラガミから戻す術を探して…

 

 

 

 

 

…ブチ殺したその後は?

 

 

リンドウをアラガミから戻す術を探して…

でもリンドウはクソトカゲで、そいつはもう殺した後で…

 

クソトカゲはアラガミだからリンドウじゃないけれど。

アイツはリンドウを喰ったから実質リンドウであって。

 

そいつを殺してしまったらもう二度とリンドウを助ける事が出来なくなる訳で…

 

 

…俺はリンドウを殺そうとしている?

否、俺はリンドウを助けようとしてて。でも助けられなかったじゃないか。

 

…俺はクソトカゲを生かそうとしている?

否、俺は仲間を喰った畜生は生かしておかない。だから迷わず殺せばいいだろ。

 

リンドウを生かして、アラガミは殺す?

そうだ、リンドウをアラガミから戻す事が出来れば良いだけの話で。その前に誰かがリンドウを殺すだろうな。誰かがヘマをしたせいで。

 

だが今なら何とか出来る。

誰にも見つからなければいいだけの話なんだからな。

 

そうだ、リンドウが誰にも見つからなければいいんだ。

そのためにも、誰よりも先に俺が見つければ良いだけの話で。

 

そしてリンドウを喰ってくれた畜生を殺しておけば。

誰にもリンドウが見つけられることは無いし、リンドウも誰も殺さなくて済む。

 

そうしてからゆっくりと、リンドウをアラガミから戻す術を探せば…

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 

 

 

 

まぁいい、今日の所は考えるのは止めようか。

 

我ながらどうやら少し疲れているようだな。

こういう状態で何かを考えたってまともな思考になる訳がない。

 

それにこの装備は空腹になりやすいとも言ってたし。

 

きっと脳に糖分が不足してきたのだろう。

何だかルーキーみたいな言い草だな。

 

 

とりあえず、リッカへの礼から先に済ませてしまおうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫。

 

「ぷふぇっ!な、何これっ…苦くて辛くて粘っこい…!」

 

目の前でリッカが四つん這いになって嗚咽する様を何とも言えない様子で見下ろす。

 

とりあえずここ最近のリッカがお疲れだというのは知っていたので。

榊博士から横流…融通してもらっていた栄養ドリンクをお礼代わりに差し入れしたのだが。

 

結果はご覧の有様。

中身の入った缶を放り投げ、ぺっぺっと見栄も外聞も無く口の中の物を吐き散らかしている。

 

よほど凄まじい味わいだったのだろう。

顔を顰め、ゴシゴシと後味をこすり落とすように口を拭い続けるリッカ。

 

まぁこれ、効き目は凄いんだが普通に不味かったからな。

俺も今日のミッションの疲れが残っていなければ飲むつもりはなかったし。

 

「うえぇ、不快感しかないのに疲れは確かに吹き飛んだ気がする…そして何で君は普通に飲めてるの…?」

 

普通に飲めている訳ではないけどな。

これ二本目だけど、ぶっちゃけ不味いし。

 

それでも飲んでいるのは効果はまごう事無く本物だからなのと。

後は不味い飲み物を飲む時のお約束という奴である

 

何でも極東では"不味い、もう一杯"と言って二杯飲む伝統があるらしい。

伝統は大事、極東の古い文献にもそう書いてある。知らんけど。

 

それにリッカならワンチャン、冷やしカレードリンク的な扱いでいけるかなと思ったんだが。

まぁ結果は見ての通りである。

 

これなら栄養ドリンクとしてじゃなくて、サプリ的な扱いで差し入れた方がよかったかな。

良薬口に苦し、効能の方は折り紙付きなので最初からそういう風に飲んだのであればまた違ったかもしれないし。

 

「うぅ、口の中が気持ち悪い…ちょっとキミ、何か口直し出来る物持ってない?」

 

口直しか、まぁ持ってるぞ。

俺もこのドリンク不味いって知ってたからな。

 

普段の俺ならあまり食べ物渡し過ぎるのも贔屓になるかと気にするところだが。

今日は新装備のお礼も兼ねているので大判振る舞いも辞さない所存。

 

という訳で、ほい。

好きなのを選びたまえお嬢ちゃん。

 

懐から取り出したるはレーション、キャンディー、ガムの束。

それをさながら扇子でも開くように、片手でリッカの前に広げて見せる。

 

「…君の懐ってさ、相変わらず四次元ポケットみたいに物が出てくるよね。まぁいいや、とりあえずこの甘そうなキャンディーを貰おうかな。」

 

そう言ってリッカが手にしたのは緑色の包装に包まれたスティックタイプのキャンディー。

 

ほう、それを選ぶとはお目が高い。

 

わざわざ洒落で取り出した物の中からピンポイントに()()()を引き当てるとは。

流石は極東でも指折りの優秀な整備士様。一流の鑑識眼の持ち主だと言わざるを得ない。

 

「あっ、何か思ったよりスゥっとする香りだね。ミントキャンディーか何かなのかな。」

 

なるほど、ミントキャンディーか。

うんうんそうだな。ある意味極東原産のストロングミントとでも言えるかな。

 

いかん、このままでは吹き出してしまいそうだ。

顔を伏せ、この後起きるであろう光景に必死で笑いを堪える。

 

-パクッ-

 

食べた。食べたな。

さぁ来るぞすぐ来るぞ。

 

「…ぷふぇっ!?」

 

うむ、可愛い。

その声がもう一度聞きたかった。

 

「こ、これってもしかしなくても…!あっ、キミどこ行く気っ!」

 

リッカが甘そうなキャンディー、もとい()()()飴を口にし。

本日二度目の"ぷふぇっ"を頂くのと同時に神機保管庫を飛び出す。

 

ハッハッハ、いやぁ良い物を見させてもらった。

中々可愛らしい驚き方だったぞリッカ君。

 

「待てぇ!キミ、今日という今日は本気で許さないからね!」

 

後ろからリッカがアラガミもかくやの形相で追いかけてくる。

 

手にしているのは真っ赤なレンチ。

別に猟奇的な意味合いの色ではないのだが、捕まったら多分そういう意味合いが付与される事だろう。

 

とはいえ、残念ながら今日に限ってはその心配は杞憂というもの。

何しろ今の俺は制御ユニットの効果で身体能力が強化されているからな。

 

スマンなリッカ、別に甘いのだけ渡しても良かったんだが。

 

ここ最近のリッカは働き詰めだったからな。

たまにはこういうしょうもない事するのも良い息抜きになると俺は思う。

 

俺も見ていて楽しいし。

誰も困らないWin-Winと言うやつだな。

 

捕まったら瞬間バイオレンスムービーに化けるけど。

まぁ捕まらなければどうということは無い。

 

俺は若いとはいえいい大人。

子供と違って勝算無しに悪戯に及んだりはしないのだ。

 

という訳で。

さらばだレディ、また会お…

 

-ガシッ!-

 

「捕まえたっ!もう逃がさないからね!」

 

…あれ?何で追いつける?

アラガミ相手に大立ち回り出来るくらい身体スペック上がってるのに。

 

もしかしてそのレンチにも制御ユニット組み込まれて…あ。

 

 

そういや制御ユニットって()()()()()()()()()()んだったな。

今神機なんて持ってないんだから効果なんてある訳ないか。

 

アッハッハ、マジウケる。

我ながらこれはやってしまった。

 

俺とリッカじゃリッカの方が足速いもんな。

小細工無しのかけっこならそりゃ俺が逃げ切れる訳がない。

 

反省反省。

ほら、ちゃんと反省したから--

 

 

…誰か、助けてくれないか?




いつも通りの無口さん。
アラガミが絡まなければ無表情だけど愉快な人。

バグった時のメンタルリセット。
再起動は全てを解決してくれる。

ただし心の負債は溜まる模様。


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無口と決意の神機さん1

Q1.レン君まだ?
A1.お待ちどうさま。

Q2.感応現象大丈夫だった?
A2.耐え切りました。

耐え切ってしまいました。
ちなみに耐え切れなかったのが無口さん。


ここは極東支部のエントランスホール。

極東支部に所属する主要メンバーが集められ、ツバキ教官の口から重大事項が告げられる。

 

各人の反応は様々ではあるものの。

概ねして驚愕、そして希望を見出したかのような歓喜の感情に包まれて。

 

…うん、どうしよう。

肝心な部分が何一つ語られていない。

 

一応アラガミ化が進行している可能性については触れられてはいたけれど。

九分九厘どころか確定でアラガミ化しちゃってるんだよなぁ。

 

というかルーキーが集めてたアレってリンドウの痕跡だったのかよ。

 

言われてみれば確かにリンドウがアラガミになった時にその周囲に舞っていたような気がする。

ちくしょう、もっと早く気付いていれば握り潰して俺が先に見つけ出していたのに。

 

まぁいい、過ぎてしまった事を悩んでも仕方ない。

 

こういうのは切り替えが大事。

周囲にどう伝わっていようとも、俺がやるべきことには変わりない。

 

誰よりも先にリンドウを見つけて。

誰の手を汚す事も無く俺が--

 

「リンドウが…生きてる…!」

 

不意にサクヤの声が耳に入る。

そして続け様に聞こえるのはソーマとアリサの声。

 

「フン…さっさと見つけて連れ戻すぞ。」

「ええ、必ず連れて帰りましょう…必ず…!」

 

…ダメだ、耳が痛い。

これ以上はとてもじゃないが聞いてられん。

 

出来る事なら俺も声を挙げてそれに賛同したかった所だが。

アラガミ化してると知っている以上、流石の俺でも続く言葉が見つからない。

 

仮に嘘をついて適当にこの場は誤魔化せたとしても。

リッカやルーキー辺りが勘付いて問い詰められるのが関の山。

 

最近どうも顔にすぐ出るようになってしまったみたいだからな。

いい大人が隠し事一つ出来ないのもなんだし、暇を見てポーカーフェイスの練習でもしてみるかな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここはベテラン区画入口の自販機コーナー。

件のいい年した大人が居たたまれなくなって逃げ出した先がこちらである。

 

…真面目な神機使いとして考えるならば。

俺の持っている情報は今すぐ榊博士辺りに洗いざらいぶちまけるべきなのだろう。

 

アラガミ化する直前のリンドウと遭遇したことがあり。

俺の目の前で実際にアラガミ化を引き起こしてしまったという事。

 

姿形はハンニバル種に類似し。

通常種とは異なり、全体的に黒橙色の色合いをしている。

 

そして現時点においてアラガミ化した神機使いを元に戻す手段は無い以上。

接触禁忌種と見なして特務部隊総出で討伐する、というのが本来極東支部として取るべき対策。

 

 

…なんだけど。

 

 

この前のミッションの後、今一度俺の目的を整理してみたんだが。

そもそも俺はリンドウがアラガミ化している前提で動いていた筈である。

 

当然、アラガミ化しているなんて知られたら討伐隊が組まれるというのも織り込み済み。

だからそれっぽい報告書を仕立て上げてまで支部長に特務を発行してもらい、他の神機使いの目から隠蔽しつつ、治療薬が作られるのを待つ寸法でいた。

 

…我ながら冷静になって考えてみれば。

それが何でいつの間にか、リンドウを殺す事を最優先にする流れになってしまっていたのか。

 

やはり目の前でアラガミになってしまったのが、俺が思ってた以上にショッキングだったのかもしれないな。

俺の両親の時と違って、中身が炸裂するみたいなスプラッターは無かった筈なんだが。

 

話が逸れた。

本筋に戻ろう。

 

という訳で改めて状況を鑑見てみれば。

今時点の状況は元々俺が想定していた範疇であるともいえる。

 

であれば、まず選択肢として挙がるのは。

当初の目論見通り他の神機使いの目からリンドウを隠しつつ、アラガミ化を治療する手段が確立されるのを待つという方針である。

 

治療方法が何時確立されるのかはわからないし、ひょっとしたら俺が生きてる間には発見されないのかもしれない。

それでも"いつかひょっこり帰ってくるかもしれない"という希望的観測は、切り捨てるにはあまりに眩しすぎる物だと俺は思っている。

 

しかしこれは既に破綻してしまったと言っていい程に問題点が山積みになってしまった。

 

まずリンドウの生存が周知されてしまい、捜索が再開されてしまったので隠蔽が困難になってしまった事。

そして何より、サクヤがリンドウが生きていると希望を見出してしまった事である。

 

希望というのは短期的には生きる活力となりえるが。

満たされない場合、一転してそれは身体を蝕む毒となる。

 

リンドウが生きていると分かり。

周りの人間が身を粉にして捜索し。

それでもなお見つからない。

 

頭によぎるのはアラガミ化。

先にリンドウの捜索が打ち切られた時の絶望が、今度は真綿で首を絞めるが如く続くのだ。

 

うん、もって一月だな。

メンタル崩すか心労で身体を壊すか、もしくはそれらが原因で作戦中に不覚を取るか。

流石に知己の恋人がそんな様になりかねない手段を選ぶ程、俺は人の心を捨てていない。

 

さて、ではどうするか。

 

先にも述べたが現在のリンドウは既にアラガミ化している。

言い換えれば時間的な制約からは解き放たれているものの、発見したからといってそのままアナグラに連れてくる訳にもいかない。

 

姿形はまごう事無きハンニバル種。

発見されれば確保どころか精鋭を集めて討伐する流れになりかねない。

 

見つけてしまった奴全員の口を封じるという手も無くはないが。

どうせ神機使いなんて、どいつもこいつもアラガミと大して変わりはな…

 

ちょっとコーヒーでも飲んで落ち着くか。

この理論で進めると、またぞろリンドウを殺す云々の流れになりかねん。

 

俺は仲間を犠牲にしてまで目的を達成するような非道な性格はしていない。

俺の両親が命を賭けて救った息子は、断じてそのようなクズではないのだ。

 

しかしいかんな。

最近手詰まりになるとどうにも感情が高ぶる。

 

これも全部リンドウがヘマして面倒かけてるせいだぞ。

 

"死にそうになったら逃げろ、隠れろ"という命令に異論はしないが。

次からは"死にかけてもアラガミになるな"というのも付け足しておけ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「今日は缶コーヒーなんですね。ここ最近はお酒ばっかり飲んでいたような気がしましたけど。」

 

冷たい苦みに舌を浸していた所。

後ろから掛けられた声に反応して振り返る。

 

おや、レンじゃないか久しぶり。

何だか最近はすっかりお見限りだったようだけど。

 

「ここしばらく体調が優れなくて後方勤務がメインでして。今日からまた前線に戻る事になったのでそのご挨拶にと。」

 

何だ、体調崩していたのか。

それは知らなかった。

 

知ってたら見舞いの一つにでも行ったのに。

上の思惑も絡んでいるだろうが、今は同じ部隊の仲間だからな。

 

これでも一応部隊長だし。

部下への気配りを忘れないのが出来る隊長さんというものなのだ。

 

ちなみに快気祝いの催促も随時受け付けている。

食べたい物があるなら是非教えてくれ。

 

やってもいない事に対する自画自賛はこのくらいにしておこう。

 

これでもそれなりの古参兵。

彼(?)が、ただ挨拶をしにきたのでは無い事くらいは雰囲気でわかる。

 

温くなる前に一息に缶の中身を飲み干し。

それをゴミ箱に叩き込んだ後、改めて近くの椅子に座り直して話を聞く準備を整える。

 

「…察しの良い人ですね。これもベテランの勘ってやつですか?」

 

俺を一瞥しつつジュースを買い、隣に座りながらレンが言う。

 

なに、いわゆる年期が違うと言うやつだ。

俺はまだまだ若いけど。

 

「さっきのホールでのやり取り見ました?リンドウさんが生きてるってわかった時の皆の表情…あの人、本当に皆に慕われていたんですね。」

 

まぁな。

何しろ命令違反どころかミッション度外視してまで捜索に勤しむような奴が出まくったくらいだし。

 

「数も数えられないような馬鹿だったのに、こんなにもたくさんの人に思われていて。…なのに、どうして…」

 

どことなく気丈に振る舞っていた声ではあるが、そこまで話した所で声の質が変わる。

…が、それに気付かないふりをして沈黙を続ける。

 

別にそういうのを識別する能力を持っている訳ではない。

経験上、こういう人間が抱いている感情を察する事くらいはたやすいというだけの話だ。

 

「…貴方は神機使いになって既に久しいと思いますし、細かい部分については割愛します。」

 

異論はない。

おおよそ察しはついてるしな。

 

「単刀直入に言いましょう。僕の見込みではリンドウさんは既にアラガミと化しています。そして一度アラガミ化した人間は決して元に戻る事はない。」

 

個人的には認めたくないがな。

 

「だから…」

 

…どうした?

続きをどうぞ。

 

躊躇うように言葉を止めるレンに無言で続きを促す。

十秒ほどの間を置いた後、決意の表情と共に顔を上げてレンが言葉を振り絞る。

 

-…僕に、リンドウさんを殺させてください。-

 

 

「こんな事、リンドウさんの同僚である貴方に頼めるような話じゃないのは分かっています。でもそれを承知の上で、あえてこうして口にさせてもらいます。」

 

-彼を苦しみから…アラガミの呪縛から解放するために。-

 

「リンドウさんを殺すため、どうか僕に力を貸してください。」

 

 

だろうな。

そういう話の流れだとは思ったよ。

 

ちなみにこれがサクヤやソーマから言われた話なら二秒で蹴る。

言わせて一秒、"断る"と答えるまでで二秒だ。

 

恋人殺しなんてクソみたいな結末は見たくも無いし。

俺がソーマより年上である以上、付き合いの長さを理由にするなら年長者がやるのが筋というもの。

 

アリサ?コウタ?ルーキー?

秒で蹴るどころか言わせもしないな。

 

そういう汚れ役は大人の仕事だ。

ガキがでしゃばるなんざ十年早い。

 

とはいえ俺も五年と年齢差は無いのだけれど。

いやー若くて申し訳ない。まぁお兄さん的な立ち位置だという事で一つ。

 

そんな訳で第一部隊の面々がこんな話を持ち出したところで聞く耳持つ気は無いけれど。

目の前にいるのは俺の部隊…もとい、極東支部の外から来た、フェンリル直属の神機使い。

 

大局で考えればアラガミ化した神機使いを処理するという話に瑕疵はなく。

どちらに道理があるのかは火を見るより明らか。

 

余所者が知った口を利くなとはぐらかすのはたやすいが。

その場合不利益をこうむるのは極東支部全体である。

 

火の粉が関係者だけに留まればある意味御の字。

下手すれば無関係の市井の人にまで謂れのないとばっちりが及ぶ可能性も否定できない。

 

人間というのは総じて生き汚い生物だからな。

両親を犠牲に生き延びている俺が言うのだから間違いない

 

生き恥晒しているとは言わないのがお約束。

両親に恥じるような生き方はしていないからな。

 

閑話休題、話を戻そう。

 

問いに対する答えを保留したまま。

話を終えたレンの目をジッと見る。

 

琥珀色に浮かぶ黒色の瞳。

その奥に燻っているのは、決して大義名分に染まった思想や感情ではなく。

 

…まったくリンドウの人たらしめ。

百歩譲って人をたらしこむのはいいとしても、誑かすだけ誑かして面倒事を増やしていくのはいただけないぞ。

 

最初は話の内容やお互いの立場的に若干身構えてはいたものの。

それが杞憂であったと気付けない程、俺は経験の浅い新人ではない。

 

この目は仕事や任務と言ったありがちな上辺で色づけられたものでは断じてない。

リンドウめ、一体どこでレンとこんな深い関係を築いてきたのやら。

 

同じくらい長く極東支部にいる俺が知らない以上、極東支部内で関わった訳じゃなさそうだが。

…あぁ、そう言えば何時だか任務でロシアに出向してたからその時かな。

 

まぁその話は今はいいや。

とりあえず俺の答えを決めるとするか。

 

俺の目的の最上位はあくまでリンドウをアラガミから戻す事。

だがそれが現実的に難しい話である事くらいは十二分にわかっている。

 

ならば次善の策としては極東支部の誰よりも先んじてリンドウ…もとい、アラガミを殺す事が目標となる。

物騒な表現ではあるが、要するにリンドウが誰かの傷になるくらいなら俺がそれを引き受けてしまえばいいという考えである。

 

同僚を手にかける事に思うところはあるけれど、俺一人泥を被る事で片付くなら安い物。

元々両親の血を犠牲に生きてきてるんだし、今更泥の一つ二つ被った所で気にしない。

 

まぁその内後ろから刺されるかもしれんがな。

人気者の宿命とでも思っておこう。

 

そんな訳で次善策の方であれば一応レンの提案と俺の利害が衝突することは無い。

何しろレンの目的はリンドウをアラガミ化している苦しみから解き放ってやりたいという事が目的。

 

とどのつまり。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

泥を被るのは俺一人で済むことに変わりは無い。

"僕にリンドウさんを殺させてください"?

何の事やら、最近物忘れが激しくてな。

 

極東で言うところの"やったもの勝ち"と言うやつである。

 

 

流石に今それを口にするほど抜けてはいないので言わないが。

事が済んで文句を言われた際にはそう言い訳するとしよう。

 




レン君ANOTHER誕生。
最後までアレを見続けちゃったから仕方ありませんね。

無口さん?
オーバーフローでハングアップしてます。


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無口と決意の神機さん2

Q1.レン君NORMALは?
A1.ルーキーちゃんの方にいます。

Q2.もしかして?
A2.そういう事です。

他の人に見えないのは原作準拠。
神機に触った二人だけに見えています。

無口さんが倒れてしまうので憑りついてるとか言ってはいけない。


「さて、それじゃあ早速ですけど。リンドウさんを殺すための方法を説明しまムグッ…」

 

目の前の神機使いの口を押さえ付け。

周囲を見渡して誰にも聞かれていない事を確認してから手を放す。

 

「ぷはっ…もう、いきなり何するんですか。」

 

それはこっちの台詞だ。

公の場で何を口走ってるんだ馬鹿野郎。

 

先の要請に承諾の意思を示した矢先。

ものの十分と経たずに出てきた言葉がこれである。

 

話が早いというのは結構だが。

時間と場所と言うものを弁えろ。

 

幸い聞いたのが俺しかいなかったから良かったものの。

他の誰かに聞かれた日には冗談抜きで詰められるぞ。

 

「何だかよくわかりませんが…改めてリンドウさんを殺すための方法を説明しまムグッ…」

 

再び目の前の神機使いの口を押さえ付け。

周囲を見渡して誰にも聞かれていない事を確認する。

 

誰もいないな?

誰も見ていないな?

 

ならば取り急ぎ俺がすべき事はただ一つ。

 

まったく、さっきまでの重々しい告白は何だったのか。

せっかく俺にだけ本心を語ってきた様子だったのに、気が抜けたというにも限度があるぞ。

 

口を押さえる手を離し。

そのままレンの手を取って立ち上がらせ。

 

「わわっ。ちょ、ちょっと、本当に何するんですか。」

 

反論を無視して流れるようにレンの小脇に頭を滑り込ませ。

勢いを利用して一息に小柄なその体を肩に担ぎ上げる。

 

うむ、我ながら見事なまでの確保術。

傍から見れば拉致現場以外の何物ではないが。

 

ここだけの話。

このような人攫いスキルはゴッドイーターの必修技能の一つだったりする。

 

カルト教団員の確保から要人救助に至るまで。

ターゲットの身柄を素早く確保・避難させるための歴とした公的技術であり。

まかり間違ってもやましい目的を達成するための手段などではない。

 

俺の時はそのまま孤児院直行コースだったけど。

まぁその話は今はいいや。

 

そんな訳でレンを担ぎ上げたまま俺の部屋に向かって走り出す。

 

何というかこの子、想像以上にアレみたいだからな。

このままこの場で会話を続けた日には誰の耳にどんなヤバい話が入るか分かったものではない。

 

正直暴れられたら面倒な所ではあったものの。

口では不満げに抗議の声をあげるつつも、レンの方も抵抗する様子は特になく。

 

というか君軽いな?

人を担いでいる気がしないぞ?

 

今まで担いだ人間の中でもトップクラスの軽量感。

リッカですらここまで軽くはなかった記憶だが。

 

 

まるで()()()()()()()()()()を運んでいるのではと錯覚してしまいそうだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部におけるとある神機使いの個室。

無事ミッションもコンプリートし、確保した戦利品をベッドの上へ放り投げる。

 

「うわっと。もう、本当に何を考えて…もしかしてあそこでは話すなって言いたかったんですか?」

 

当たり前だろ。

てっきり場所を移して詳しい話をするのかと思っていたのに。

 

いきなりド直球な会話が飛んできてヒヤヒヤしたぞ。

百歩譲ったとしても最初の頼み事の時点でギリギリだ。

 

ヒヤヒヤと言えば。

俺としたことが客人に茶を出すのを忘れていたな。

 

んー、アイスティーしかないけどまぁいいだろ。

茶菓子はまた今度だな。

 

仕切り直しの意味も兼ね。

冷蔵庫から飲み物を取り出してレンに差し出す。

 

「…まぁ確かに、誰が聞いているかわからない所で話す内容ではありませんでしたね。すみません、僕はどうにもその辺りの機微には疎くて。」

 

放りだされた直後はやや不満げな表情を浮かべていたものの。

納得したようにそう謝罪すると、飲み物を受け取りながらレンが先程の続きを話し始める。

 

「改めて、リンドウさんを殺すための方法を説明します。まず今のリンドウさんの状態ですが…」

 

レンの見立ては俺の認識と相違無く。

リンドウはほぼ確実にアラガミ化しているという前提の元、説明の言葉が紡がれていく。

 

「知っての通り、アラガミ化した直後の神機使いには通常の神機は歯が立ちません。これは元々神機を制御していた因子が異常活性する事により、適合するオラクル細胞()()()()()()()()()()、というのが理由になります。」

 

ほう、その情報は初耳だ。

てっきり神機に組み込まれた因子が適合しないから喰い千切れないのかと思っていたのだが。

 

「近いイメージだと磁石の反発が似てるかもしれませんね。オラクル細胞由来の硬さからではなく、アラガミと神機のオラクル細胞同士が反発によって触れる前に弾かれる、というのがアラガミ化した神機使いに通常の神機が通用しない理由です。」

 

-神機使いから変容したと思われるアラガミにスサノオ種がいますが…あれは時間経過によって異常活性していた因子が沈静した結果、先の反発する性質が無くなり、通常の神機が通じるようになった-

 

「…と言うのが最近の研究見解のようですね。」

 

なるほど、目から鱗とはまさにこの事。

硬くて攻撃が通らないのではなく、実際にはそもそも当たっていないことが原因だったのか。

 

そして時間経過によってバリアめいたその特性も無くなれば。

通常の神機でも問題無く倒すことが出来ると。

 

これは良い情報を聞く事が出来た。

それさえ事前に分かっているのであれば、もし誰かが先走ってリンドウの神機を持ち出そうとしても遠慮無く止める事が出来る。

 

何だったら神機をブチ壊すなりして持ち出し不可にしてしまえばいい訳だからな。

他の神機使いからしてみれば、時間さえかければ本人の神機を使わずとも討伐出来るとは思ってもみないだろうし。

 

「あ、だからと言って神機を破壊して足止めしようなんて考えないでくださいよ。僕もそういうのは望んでいないですし、何よりリッカさんに本気で怒られますよ。」

 

おっと、顔に出ていたか。

我ながら隠し事の出来ない体質のようで。

 

まぁ俺とて好き好んで神機を壊すつもりはないから安心したまえ。

リッカに殴られて喜ぶ趣味も無いしな。

 

「そんな訳でアラガミ化した神機使いを介錯する際における最大のジレンマについてはクリアできます。…が、ここで問題となるのが因子が沈静化するのに要する期間です。」

 

-ご存じの通り、アラガミを構成するオラクル細胞は異常な速度で進化を繰り返す存在。適応と言う面では分単位で行われるそれらにくらべて、沈静や安定と言った反応は非常に鈍く。-

 

「早くても数週間、長いものでは年単位を要するケースもいくつか確認されています。」

 

あ、それは無理だ。

 

リンドウの存在が認識されている今となっては。

数週間程度ならまだしも、年単位とかサクヤが持たん。

 

それ以前にそこまでいくと足止め云々で誤魔化せるレベルではない。

そう遠くない内に作戦妨害の罪で営倉にぶち込まれるのが関の山だ。

 

何だ、そうなるとやっぱりリンドウの神機使うしかないじゃないか。

もっともレンに使わせる気は既に無いし、仮に俺が使うとしても最終手段としてだけど。

 

何しろ俺は神機使いになる前からアラガミをブチ殺す方法だけを考えて生きてきた人間だからな。

コスト度外視だが神機無しでも何匹か殺ってるし、まだ試してない手段だって腐るほどある。

 

おまけにここは右も左も畜生アラガミばかり。

おかげでモルモットには事欠かん。

 

まぁ神機を使う方が手っ取り早いので最近はやってないけど。

 

それに実験一つするにしたって、アラガミ相手では先立つものが必要なのだ。

いくら神機使いが一般よりも実入りが良いとはいえ、無尽蔵に散財出来るほどではなく。

 

実家だって別に裕福な家柄だったという訳でもなし。

しがない一般神機使いの身では、配られたカードで勝負するしかないのだ。

 

閑話休題、話を纏めよう。

 

まずレンの目的はアラガミ化したリンドウを討伐したする事。

そしてその手助けを俺に求めてきたというのが話の発端である。

 

まぁこれについては俺の目的に沿う部分もあるので問題無い。

 

俺としてはリンドウがアラガミから戻るのが最上ではあるものの。

もし他の誰かが討伐せざるを得なくなった場合は俺が代わりに介錯するつもりでいる。

 

これなら恨みや悩みも俺一人の範疇で済むので次善の策としては上々。

それに俺は両親二人殺して生き延びたような人間。今更友人一人増えたところで大差はない。

 

次にアラガミ化したリンドウを討伐するための手段だが。

 

今回の話の中で時間経過で通常の神機が通じるようになるとの情報を得られたのは実に大きな収穫だ。

何しろ取り返しが付かなくなると思っていた手段も足止めの選択肢に追加されたからな。

 

とはいえ、それが何時有効化されるのかわからない以上。

あくまで多少切り札を切りやすくなった程度に留めておくのが妥当な所か。

 

で、ここからが本題だ。

 

「既にリンドウさんの捜索は始まっていますが、あの強さですので対策無しでは犠牲者が出てしまう。…僕は、誰かがリンドウを殺す事も、リンドウが誰かを殺す事もさせたくない。」

 

同感だな。

だがどうする?

 

レンの方も悠長に時間経過で弱体化するのを待つつもりは無さそうだが。

いくら特務部隊二人がかりでも真っ当な方法では苦戦は免れないだろう。

 

かといってリンドウの神機を使えば俺か新しいアラガミに化けるだけ。

それにリンドウの神機を持ち出すには流石にまだ時期尚早だろう。

 

「リンドウの神機を使えばアラガミ化してしまう。でもだからと言ってあまり時間はかけてはいられない。…つまり必要なのは、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。」

 

…なるほど、完璧な作戦だな。

そんな物は無いという点に目を瞑ればだが。

 

どうしよう、ちょっと不安になってきた。

まさかこの期に及んで"僕の考えた最強の神機"とか言い出したりしないよな?

 

「心配しないでください。既にちゃんと用意出来ていますから。というより、今日貴方に伝えたかった本題はここからです。」

 

すっかり温くなってしまったアイスティーを飲み干し。

おもむろに立ち上がってレンが言葉を続ける。

 

 

「貴方に見せたい神機があります。準備が出来たら出撃ゲートまで来てください。」

 

-リンドウを殺すために用意した、僕の切り札。-

 

「…是非ともそれを、貴方の眼で確かめてみてください。」

 

 




・ヒヤヒヤした(無表情)
・顔に出ていた(無表情)
・不安になってきた(無表情)
・○す方法だけを考えて(無表情)

感情豊かな無口さん。
リッカちゃんに殴られて喜ぶ趣味は無いけれど、毎回殴られるような事をしてる人。


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無口と決意の神機さん3

Q.こっちのレン君の神機は?
A.本編アナザーが持ってる堕天ハンニバル神機。

どこかでレン君ちゃん'sの会話を書きたい今日この頃。


--"吸い込まれるような"という表現がある。

 

釘付けになる、目が離せないと言った意味を持つ言葉だが。

極東では主に美しさを表現するために用いられる言葉でもある。

 

黒を基調とした刀身に、切られた溝から映る鮮やかな紫。

 

見るのは初めて。

だが不思議と目が離せない。

 

 

まるで、あのクソトカゲを思わせるような雰囲気だ--

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

今尚残る繁栄の残り香がアラガミに人気のビュッフェスポットである。

 

何でも崩壊寸前のビルに空いた大穴は過去にアラガミが捕食した際の食べ跡らしい。

 

自分より大きい食べ物にダイビング捕喰とか。

人間の身であってもちょっとやってみたいところである。

 

定番どころで言えばケーキとかチョコレート辺りであろうが。

ステーキとか焼き魚といったガッツリ系の誘惑も捨てがたい。

 

酒池肉林と言う言葉もあるくらいだしな。

人によっては酒の方が良いという意見もあるだろうが。

俺はそこまで飲まなくても酔えるので腹が満たされる方が好ましい。

 

「あの…僕の説明、聞いてましたか?」

 

怪訝そうな表情で話かけてくるレンの言葉に意識が戻る。

 

ゴメン聞いてなかった。

えーと、何の話だったかな。

 

流石に怒られそうなので正直にそれを言ったりはしないが。

思考の海を漂いながら耳にしていた言葉を思い起こす。

 

-この前収集されたリンドウさんの痕跡を元にアラガミ化した場合の因子パターンを解析し…-

 

そうそう、レンが今日見せてくれている神機の話だったな。

アラガミ化したリンドウに特化した特殊な神機なんだっけか。

 

なんでも本人が使っていた神機に近い性質を持たせた神機であり。

アラガミ化した神機使いに対しては通常の神機よりも遥かに高い効果を発揮するとの事。

 

-ただ、この神機はまだまだ研究途中の技術でして、使用するに当たって解消しなければならない問題もいくつかあります。その一つが…-

 

普段俺達が使っている神機にはこれまでコアを回収した数多のアラガミが持つ因子情報が組み込まれているが。

ターゲットを絞り、一から極限まで特化した調整を施したこの神機に対しては通常の因子投入技術が使えないとの事らしく。

 

-要約しますと、貴方にはなるべく多くのアラガミを倒してきて欲しいんです。-

 

いくら神機とはいえ、投入された因子がほぼゼロでは通常の武器と変わりなく。

当然アラガミを攻撃した所でオラクル細胞を喰い千切れず、まともなダメージは入らない。

 

が、そんな状態でもコア捕喰だけは例外で。

先の因子投入の問題も直接コアを捕喰すれば強引に取り込む事が出来るらしい。

 

コアを喰らえばアラガミを倒すことが出来るようになるが。

コアを喰らうまではアラガミを倒す事など夢のまた夢。

 

であればどうすればよいか。

他の誰かにアラガミを倒してもらい、そのコアを喰らっていけば良いだけの話。

 

と、いう訳で。

 

「ご馳走になります隊長さん。美味しい食事、期待してますね。」

 

うむ、良い笑顔だ悪くない。

何時ぞや俺の元上官が向けてきていた笑顔とは雲泥の差である。

ここまでストレートに奢ってと言われると一周回って気分が良い。

 

別にそっちの趣味がある訳では無いけれど。

むさいオッサンのニヤケ面と美少年(?)の爽やかな笑顔、どっちが良いかなんてわざわざ議論検証するまでも無い話。

 

大体オッサンに奢ってもな。

寧ろ若い俺の方が奢ってもらう立場だし。

 

実際は報酬の分、色々飲み食いさせてもらってたから不満は無いけど。

まぁ俺の話は今はいいや。

 

とりあえずミッション内容を再確認。

今日の任務はヴァジュラテイルの群れとプリティヴィ・マータ一体の討伐か。

 

本来なら二人で役割分担するところだが。

残念ながら今日のレンは戦力としては数えられないので、一人で全滅させる手段を考える。

 

ふむふむ、うーん…

よし、決めた。

 

 

雑魚はお得意の不意打ち殺法で蹴散らして。

後は雌獅子もどきと一騎打ちと洒落込むか。

 

…とはいえ。

ただ倒すというのもつまらんな。

 

別に慢心してるつもりは無いけれど。

せっかくだし訓練がてら、俺も色々試しておきたいところ。

 

どうせレンしか見てないしな。

多少アレな事しても秘密の任務中の出来事だから口外したりしないだろうし。

 

そんな訳で改めて装備を確認。

 

スタグレ良し。強化薬良し。

トラップ良し。偽装フェロモン良し。

 

マグナム良し。グレネード良し。

指差ししながらオール良し、と。

 

 

これでも立派な古参兵。

適当なチェックをかました結果、"どうして"なんて寝言を宣わったりはしないのだ。

 

 

さぁ、正々堂々勝負と行こう。

 

……………………………………………………………………………………

 

「貴方って本当、リーダーさんとは別の意味で無茶苦茶しますね。リッカさんが怒る訳ですよ…」

 

口から舌を垂らしたまま横たわるマータを捕喰しつつ。

呆れたように口を開くレンに、返事代わりにチラリと一瞬視線を向ける。

 

無茶苦茶とは人聞きの悪い。

これは歴とした戦術というものだ。

 

ちょっとグレネードを撒き散らしたり、マグナムを零距離連射したくらいで大袈裟な。

ちゃんとした理由だってあるんだぞ。

 

"アラガミは神機で無ければ傷付かない"というのが巷における通説だが。

"ではアラガミ相手に通常兵器が全く効かないのか?"というと、実のところそうではない。

 

もちろん正面から銃撃や爆撃してもダメージが通らないというのは変わらないが。

極端な超火力をぶつけたり、極一点に対して集中砲火を浴びせたりした場合についてはこの限りではなかったりする。

 

確かにオラクル細胞というものは高い耐久と再生力を兼ね備えた存在ではあるものの。

それはあくまで"化学的に防御力が高い"と言う意味であり、RPGのモンスターみたいに物理無効効果を持っているという訳ではない。

 

例えばグレネードを大量に飲み込ませて腹の中から爆破したり。

傷口に大口径弾を撃ち込みまくったりすれば、多少だが細胞にダメージは入るのである。

 

これは以前ロシアだかでリンドウたちが大型アラガミを核爆発で吹っ飛ばした事でも実証済み。

まぁ実際は爆発のエネルギーも吸収するらしいので頼りすぎは厳禁らしいが。

 

そしてこれは俺の経験から基づく話になるが。

アラガミを構築するオラクル細胞と言うものは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

切っ掛けはオウガテイル相手に通常兵器の効きを実験していた時の事。

最初は気のせいかと思ったものの、色々試している内に明らかに他の部位より耐久性が落ちており、通常兵器ですらダメージになりえそうだという事に気が付いた。

 

もちろんそのままではあっという間に修復するし、修復後はその前よりも通常兵器に対する防御力も増してはいたが。

神機に対する防御力は下がったままだったので、そこに目を瞑れるならば銃撃等が手頃なデバフ手段になりえるという事である。

 

そしてゴッドイーターである以上、わざわざ神機以外を攻撃の主軸に据えるメリットは無く。

メインは神機による攻撃である以上、通常兵器が通りにくくなったところでデメリットも無い。

 

という訳で今回は改めてそれを使った戦術を練習してみたところ。

ものの見事に全部位叩き割られたマータの刺身が出来上がったという次第である。

 

まぁこの戦術、アイテム使いまくるから戦闘コストは馬鹿にならないし。

巻き添えが怖いから誰かとチームを組んでると使えないんだけどな。

 

仕方ないじゃないか。ずっと一人部隊だったんだから。

周りを気にしない戦術を試す機会は腐るほどあったし。

 

それに別に周りを気にする事が出来ない訳じゃない。

今まで一人きりだったから周りを気にする必要が無かっただけ…この話はもう止めようか。

 

「神機だけには留まらず。強化薬に偽装フェロモン、挙句の果てには銃撃に爆弾ですか。神機使いの歴史を紐解いてみても、ここまで手段を選ばない戦い方をするのは貴方だけな気がしますね。」

 

それはまぁそうかもしれない。

で、それが何か問題でも?

 

戦場において卑怯の二文字は存在しない。

まして相手は憎きアラガミ、慈悲をかけてやる必要性すら存在しない。

 

シオ並みに可愛いアラガミだったら多少は手段も厳選するが。

仮に友好的でもあろうものなら戦闘どころか素材をアーンして食べさせてみるという手に出る事もやぶさかではない。

 

シオにもやった事あるが、あれはあれで役得だったな。

勢い余って指までしゃぶられた時は、あどけない少女の愛らしさとアラガミに指喰われる恐怖のせめぎ合いで言葉も出なかったが。

 

閑話休題。

査問会を呼ばれる前に話を止めよう。

 

「…ふぅ。ご馳走様です隊長さん。戦い方はともかく、アラガミの方は美味しく討伐出来ていましたよ。」

 

考え事に耽っていたのも束の間。

コアの捕喰を終えたレンが声をかけてくる。

 

「本当、見た目に反してコアの損傷が想像以上に少ない。最初はわざわざ神機以外で攻撃する意味がわからなかったんですけど…これなら僕の方も、予定より早く仕上がりそうですね。」

 

アラガミのコアを取り込んで一層輝きが増したように感じるレンの神機。

ふむ、流石は特別製の神機。一般の神機は因子を追加しても特に見た目が変わったりしないのだが。

 

物珍しいと言った感じでレンの神機を眺めていた所。

申し訳なさそうにレンがこちらを見ながら口を開く。

 

「すみません、疲れている所申し訳ないんですけど…貴方さえよければ、今日の内にもう少しアラガミを狩ってきてもらってもいいですか?」

 

…うん、構わんぞ。

これでも一応部隊長、隊員からの頼みは答えてこそなんぼだからな。

 

アイテムと弾丸、まだ余ってたっけか。

まぁ無ければ普通に後ろから斬り飛ばして…

 

 

部下とか後輩ってさ。

何処の部隊でも上官に食べ物集るものなんだな。

そう考えると俺からねだる前に色々ごちそうしてくれた俺の元上官殿は物凄く優秀な人物だったのかもしれないな。

 

補給含めたら普通に報酬から足が出そうだが。

まぁいい、やせ我慢は大人と上司の特権だ。

 

 

今週は食事を配給レーションにして節約するとするか。




時たま話に出てくる元上官。
ボロクソ言っているようでも無口さん的には高めの好感度。

レン君sideも書きたかったけど長くなりそうなので一旦区切り。
書くかどうかは気分次第。

タイトルが内容と一致していないのはご愛敬と言う事で。


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無口と決意の神機さんー幕間1ー

Q1.無口さんメンタル大丈夫?
A1.今は平気。

Q2.ところどころ溢れてない?
A2.オーバーフローしてるから大丈夫。

溢れる事がある意味リミッターになってるようですので安心ですね。
※溢れないようにするのが正しいリミッターだとか指摘してはいけません。


-Side_レン(?)-

 

「…そっか。それじゃあやっぱり彼女には、いざそうなった時の決断は難しそうだね。」

 

深夜の倉庫。

人気のない最奥に積まれた荷物の傍らで密談を続ける二人の姿。

 

盗難監視のために備え付けられた監視カメラがその光景を捉えるものの。

電子の通路を経由して映し出されたモニターには、いつもと変わらぬ静寂が映し出されている。

 

「良い人ではあるんだけどね。リンドウが気にかけていただけの事はあるよ。」

「良い人かぁ。僕の記憶の中のあの人は女の子には似つかわしくないくらいぶっきらぼうだったような気がするんだけど…」

「人は変わるものさ。それに彼ほどじゃないだろ?」

「ははっ、それは確かに。」

 

明かり一つ無い暗闇の中。

赤外線にすら反応しない二つの影が会話を続ける。

 

「そっちの方はどう?頼みの綱には出来そうかい?」

「うん、こっちの方は問題無いと思う。それに僕の方も面白い物を手に入れる事が出来たし。」

 

暗闇に浮かぶ燈色の眼。

その中央に穴のように浮かぶ黒点を互いに向き合わせたまま、尚も会話は続いていく。

 

「…それが彼の心を覗いた時に得た答え、と言うやつかい?」

「そうさ。今はまだ出来る事は少ないけど…そう遠くない内に、僕達がリンドウを苦しみから救うための切り札になると確信してる。」

 

音も無く取り出されたのは片刃状に形どられた刀剣。

本来は持ち出しも含めて厳重に管理されている神機と呼ばれている代物。

 

それが誰の許可を得る事も無いまま。

このような人気の無い場所にひっそりと持ち出されていて。

 

「切り札、か…確かに強力な力である事は認めるけど、正直僕は気が乗らないな。」

「君の気持もわかるんだけどね。でも手段を選り好みしていられるほど、今の僕達に大層な力は無い。」

 

苦笑と共にそう答えながら、一方の影はさらに続ける。

 

「…君だって憶えているだろう?リンドウが腕輪と共に僕達を失った、()()()()あの瞬間を。」

 

その問いに対する答えは紡がれなかったものの。

沈黙が続きを促していると判断した影は、淡々とした口調で続きを話す。

 

「無力だった。リンドウの手を離れただけでアラガミ一匹喰らう事が出来ず。それどころかあんな腕輪一つ無くなったくらいで、途端にリンドウの事を喰らう事を止めれなくて。」

 

--悔しかった。

--情けなかった。

 

少し前までの自分であれば。

理解はおろか考えすらもしていなかったであろう思考の数々が湧き続ける。

 

それは彼女や彼に触れた事でようやく自覚出来たもの。

けれど目の前の存在が語る姿を見るに、それは知るべきではなかったものだったのではと、迷いを抱いてしまう程に鮮やかな色を帯びていて。

 

「もしもあの時、僕に力さえあれば。アラガミを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()「--それ以上はいけない。」

 

言葉を遮るように肩を掴む。

途端脳裏に溢れるのは視界を覆い尽くす程の赤と黒。

 

耳障りな甲高い破砕音。

不愉快に飛び散る水の音。

 

体感にして極めて僅か。時間にしてもほんの一瞬の出来事ではあったが。

それは人ならざる身である自分ですら、胃の腑から不快な物がこみ上げてくるのを感じるほどで。

 

「…ゴメン、ちょっと気が高ぶってたみたいだ。」

「気にしないで。それよりも気分は大丈夫かい?」

「それは僕の台詞だよ。あの情景、慣れてきた僕でもキツイのに…君、最近行動がリーダーさんみたいになってきてるよ。」

「心外だね…と言いたいけど。何だろう、ちょっと嬉しいと感じるのは変かな。」

 

謝罪の言葉を遮り、手を離して相手の顔色を窺いながら心配する一方の影にやや皮肉気味にそれを指摘してみたものの。

苦笑交じりに困惑する相手の表情に、もう片方の影は呆れ気味に息を吐いた後、仕切り直すように話を戻していく。

 

「…まぁとにかく。僕はリンドウを救うための手段は選ぶつもりはない。どんな物だって用意するし、どんな人だって利用する。そして--」

 

どんな結末だって、僕は受け入れる。

だから--

 

 

 

 

 

「もう、博士も人使いが荒いなぁ。えーと、確かあの辺りに…あ、あったあった。」

 

 

 

 

 

不意に開いた倉庫の扉。

 

開くと同時に室内の明かりが全て灯され。

キョロキョロと二三度室内を見渡した後、目当ての物を見つけたリッカが駆け寄り、それを手にして倉庫を後にする。

 

再び閉じられた倉庫の扉。

無人となった室内は再び元の暗闇と静寂が取り戻され。

 

 

二つの影は、もうそこにはいなかった。

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ルミナ&榊博士その1-

 

ここは極東支部の支部長室。

普段拠点としているラボラトリとは別に、執務全般をこなす際に利用している榊博士の第二の拠点。

 

「結論から言おう。彼は確かに、ある人物から指示を受けて動いていると思われる。」

 

大仰な机の向こうに陣取ったまま神妙な面持ちで告げる榊博士に思わず言葉を挟みそうになるものの。

寸での所でそれを飲み込み、黙って続きの言葉を促していく。

 

「そして同時に、彼に新たな指令が下る可能性は無い。そういう意味では、今の彼は完全に独断専行で動いていると言えなくもないね。」

 

うん?

指示している人間がいるのに新たな指令が下る事は無い?

 

一体どういう事だろう。

指示している人間がいるのであれば、少なくとも状況が変われば新しい指令が来るのでは?

 

矛盾する報告に疑問符を浮かべている事に気付かれたのか。

糸のように細い目を更に窄ませながら榊博士が疑問の答えを紡いでいく。

 

「そんな難しい話じゃない。既に彼に指示していた人間はこの世にいないと言うだけの事…何を隠そう、君もよく知っているあの人物さ。」

 

極東支部前支部長、ヨハネス・フォン・シックザール。

 

かつて選ばれた人類だけを次世代へ繋ぐ『アーク計画』を立案し。

志半ばで私達とシオにその計画を打ち砕かれた人物。

 

「ヨハンこそが、今尚彼が忠実に従い続ける指令を出した人物。…()()()()()()()()を命じた人間、さ。」

 

………

 

「前半は君に取って気分の良い話ではないだろうし、私も詳しく話すつもりは無いので要点だけ語ろう。ヨハンはかつて、己が計画の邪魔になるリンドウ君を罠に嵌め。その後始末を彼に命じた。」

 

任務を改竄し、接触禁忌種と呼ばれるアラガミをけしかけ。

手駒の人間を使ってアリサ君を洗脳し、リンドウ君を撃つよう差し向けた。

 

「その上でヨハンはリンドウ君が生き延びていた時のための保険として彼を差し向けた。通常であれば生存は絶望的ではあるものの、万が一生き延びていたとしてもアラガミ化の兆候が少しでも見られれば介錯の名目で葬りさる事が出来る。」

 

ましてや彼はアラガミに両親を殺されている人間だ。

いざその場面に出くわしたとすれば、例え旧知の人間であっても躊躇いも容赦もする事は無いだろう。

 

「そこまではヨハンの筋書き通りだったんだろうけど…そのダメ押しともいうべき保険を掛けた事により、逆にヨハンは彼に自身の思惑を勘付かれてしまった。」

 

どこでどのように彼が勘付いたのかは正直わからない。

指令を下す際にしたって、まさか馬鹿正直に本当の目的を話していたとは思えない。

 

だがサクヤ君がそれに気付いたように。

彼もまた当時の状況に不信感を持った人間だったんだろう。

 

「その根拠と言えるのは彼からの報告書だ。一見ベテランの経験に基づいた報告に見えるものの、その後皆に公布された情報と比較する事で、彼がこの報告書を提出した本当の狙いが浮き出てくる。」

 

彼が提案したのはあくまで一般隊員による捜索であり、完全な打ち切りに至れるだけの情報は記載されていない。

特務案件として処理するにしても、何も探索から何まで彼に一任する必要は無いし、何より神機使い一人に任せるにはあまりに役割が集中し過ぎている。

 

「神機使いとて人間だ。得手不得手もあれば当然ミスだって普通にする。そしてそのような懸念に対する考慮はミッションを発注する側である我々が常日頃から目を光らせている事項でもある。」

 

やや乱暴な物言いになるが、神機使いと言うのは貴重な存在なんだ。

無茶な任務によって無為に消耗させるような真似はしない。

 

ましてや特務のように機密性が高く、失敗時のリスクが容認出来ないような案件であれば猶更だ。

 

「だが結果としてそんな当たり前の懸念が考慮される事は無かった。リンドウ君の捜索は全面的に打ち切られ、一人の神機使いにその後の全権を委ねられることになった。…何故だろうね?」

「それは…」

 

たった一人の人間に全てを任せる理由。

組織としての道理、すなわち"効率"を無視してでもそれを押し通した理由は。

 

「信用できる人間を使って、秘密裏に事を済ませようとした…?」

 

聞かせるでも無く漏れ出た言葉に。

博士が細い目を向けながら満足そうに頷き、続きを話す。

 

「ヨハンにしては本当に珍しいミスだ。旧知の友として擁護するなら、長らく望み続けた悲願への道筋が見えて気が緩んだのかもしれない。」

 

言ってしまえばそれだけの話。

たった、たったそれだけの僅かな先走りを見せたばかりに--

 

 

「--猟犬に不信の臭いを嗅ぎ付けられてしまったのさ。」

 

………

 

「…さて、ここからが本題だ。黒幕の正体はヨハン…ヨハネス・フォン・シックザール前支部長だが…君も知っての通り彼は既に故人。故に状況が変わったところで新しい指令が彼に下されることは無い。」

 

頭の中でここまでの話を整理しつつ。

改めて断言する榊博士の言葉に私も頷き、肯定の意志を表示する。

 

「彼に下された指令はいわゆる介錯と呼ばれるもの。アラガミ化した神機使いが被害をもたらす前に、部隊長クラスの人間が秘密裏に討伐するという重い責務を伴う任務だ。」

 

それは以前アーカイブで読んだ、神機使いのアラガミ化に関する記事に付随して記載されていた内容。

 

万が一部隊の人間がオラクル細胞に蝕まれてアラガミ化した場合。

所属する部隊の人間がその命を絶つという極めて過酷な義務の事。

 

…思い返してみれば。

リンドウさんがいなくなった後の第一部隊は見るも無残な状態で。

 

サクヤさんは憔悴し、アリサは意識不明。

ソーマは苛立ちで荒れ狂い、コウタですらどことなく空元気を振り絞っているような有様。

 

かくいう私も言いようのない焦りと不安からあの人に八つ当たりまでしてしまって。

もしあの時リッカさんが窘めてくれなかったら一体どうなっていた事か。

 

おそらくはそういう周りの状況も支部長の都合の良いように働いたのでしょう。

今の第一部隊の人間に介錯を任せられるような信頼に足る人間がいるのかと。

 

「…あれ?でもリンドウさんが生きているというならその任務に従う必要も無いのでは?」

 

口に出たのは素朴な疑問。

 

アラガミ化した神機使いを討伐するのが責務というなら。

アラガミ化していなければそんな任務を果たす必要は無いのでは?

 

「うむ、その疑問に答える前に…申し訳ないがちょっとそこのソファーに座ってくれるかな?」

「ソファーにですか?別に構いませんが…急に何故?」

「何、ちょっとした危機管理と言うやつさ。出来ればなるべく端っこの方に…そうそう、そのくらいで大丈夫だ。」

 

促されるまま椅子の端に腰掛ける私。

その姿を確認した後で自身が座っている椅子を引き、こちらから可能な限り身体を遠ざける榊博士。

 

「このくらい距離が空けば十分か…それでは君の疑問に答えよう。簡単な話だ、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に彼を殺すための大義名分としてヨハンから下された任務を…ストップ!落ち着きたまえリーダー君!」

 

博士の叫びに我に返る。

 

先程まで座っていた位置は遥か遠く。

気付けばいつの間にか博士の正面にある机に手をかけていて。

 

「…詳しく説明してください。」

「もちろんだとも。だからとりあえず、また元の場所に座り直してくれるかな?」

 

なるほど。

離れた場所に座れと言ったのはこの事を予見していたからなんですね。

 

やや狼狽気味ながらも落ち着いた様子で着席を促され。

大人しくそれに従って腰を下ろし、突沸した感情を落ち着けるように軽く深呼吸を繰り返す。

 

「しかし意外というかなんというか…君もソーマも普段は冷静なのに、この手の話に対しては思いの外激情家だね。」

 

失礼な、あんな事いきなり言われたら誰だって興奮するに決まってるじゃないですか。

それに私はソーマに比べたらまだ大人しい方です。

 

何しろか弱い女の子ですから。

暴れて物を壊したりもしませんし。

 

 

まぁ今回は既にやらかしてしまった後なので。

言い訳せず甘んじて受け入れておきましょう。




ルーキーちゃんも存外感情的な人。
それが表に出にくい人でもありますが。

その感情が限界まで発露したのがこの先訪れるあのシーン。


長くなったので区切ります。


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無口と決意の神機さんー幕間2ー

Q.無口さんあのシーン出来る?
A.無理。


このSSでもルーキーちゃんがやってくれる予定。


-Side_ルミナ&榊博士その2-

 

「まず十中八九、彼はリンドウ君がアラガミ化していると見ているだろう。これはリンドウ君がいなくなった直後と今回の捜索における彼の任務受注率からも明らかだ。」

 

机の上に組んだ手に顔を乗せ、先程に比べると随分警戒を解いた様子で榊博士が話始める。

 

「前回のそれにおいては、彼は非常に多岐に渡る関わりを積極的に行っていた。単純な捜索任務以外にも、討伐や回収などと言った本来管轄ではない任務においてもリンドウ君の捜索が絡むよう尽力していた。…キミやサクヤ君、それに第一部隊の面々も、彼には随分と便宜を図ってもらった筈だね。」

 

やや意地悪気な口調でそう告げる博士に思わずぐっと言葉が飲み込まれる。

確かにリッカさんにも言われた通り、あの人には随分と迷惑をかけてしまいましたけど。

 

「彼とリンドウ君の交友関係についても決して悪いようには見えなかった。彼自身もまた、他の人たちと同様にリンドウ君に戻ってきて欲しいという想いは抱いていたのだと私は思う。」

 

-ところが、だ。-

 

「その積極性が災いしたのか。調査を進める中でリンドウ君がアラガミ化している、もしくはその可能性が非常に高いという情報を手に入れてしまった。それも専門家である私への相談すら必要としないレベルで精度の高い情報を、ね。」

 

言いながら博士が取り出したのは黒い羽。

リンドウさんが生きているという証拠であるとともに、アラガミ化の進行状況を如実に表す物言わぬ証拠品。

 

「君の言葉をそのまま受け取るなら、彼はかなり以前からリンドウ君の痕跡を集めていたという事になる。もしそれがヨハンが健在だった頃からの話だったとすれば…リンドウ君の生存とアラガミ化の可能性、その両方をヨハンから伝え聞いていた可能性が非常に高い。」

 

-その話を聞いた時、彼は一体どんな考えを巡らせていたのだろうか。-

 

「言うまでも無く、現状アラガミ化してしまった神機使いを元に戻す術は無く。さらに神機使いがアラガミ化した場合、その初期段階では既知のアラガミとは似ても似つかない形態となる事が多い。」

 

人間一人が対象ならばいざ知らず。

極東支部総出での捜索が続いている状況下では新種のアラガミなど容易く発見されてしまう。

 

「そしてそれがリンドウ君であるという確証など取れてしまった日にはどうなるか…今の君なら、多くを語らずとも理解できるのではないかな。」

 

ゴクリ、と。

その言葉が指し示す最悪の仮定に思わず唾を飲み込み黙ってしまう。

 

アラガミ化した神機使いは決してその存在を許されない。

そのような事態が発生した場合、始末を付けるのは他ならぬ同じ部隊の人間。

 

「しかし、彼はそれを良しとしなかった。それまでに得たリンドウ君に関する情報に加えて当時の第一部隊、そしてこのアナグラの様相を総合的に鑑みた結果…"自身の他にリンドウ君の介錯にふさわしい人物は無し"の結論を下したという訳だ。」

 

その後の彼の動きは非常にわかりやすい。

 

捜索系のミッションの受注率は著しく下がり。

代わるように討伐に関する任務の件数が跳ね上がった。

 

本来彼の部隊の役割は遊撃であり。

第一部隊のように積極的な攻勢に出るような立ち位置ではないにも関わらず。

 

「またその際においても()()()()()()()()()()()()()()()()()。記録に残っている限りだと、アリサ君とリンクバーストの運用試験を行った時が最後だね。」

「それって確かリンドウさんの捜索再開が告知されるより前じゃ…」

 

思わず口に出た言葉だが。

待ってましたとばかりに大きく頷いて見せる榊博士。

 

「捜索が再開される以前は普通に誰かとミッションに出向いていた彼が突然単独行動を取るようになり。受注するのはどれもこれもが討伐任務で出撃時は毎回完全装備で現場に赴いている。」

「それってまさか…」

「そう。恐らく彼は、もしリンドウ君とおぼしきアラガミと遭遇した場合、誰に報告する事も無く秘密裏に事を済ませようとしている。ヨハンの意図からは明らかに外れはしたものの、結果的にヨハンから下された指令を忠実に遂行しようとしているのさ。」

 

戦場で苦楽を共にした戦友。

その帰りを待つものは大勢いるものの、その姿は既に己が両親を喰らった仇と同じに成り果てた。

 

人としての死を与えるのは仲間の役目。

それは生涯に渡って心に影を落とす瑕となるであろうが、"適任者無し"で片付ける事は決して許されない重大な役目。

 

「でもっ!だからってあの人がそれを背負わなければならない必要なんて「それじゃあ、君が代わりに背負うかい?」

 

感情で熱の籠る私の叫びを遮り。

突如として凍てつくような視線を向ける榊博士から言葉が被せられる。

 

「もしリンドウ君がアラガミ化していたとした場合、私は極東支部を統括する人間としてこう命じなければならない。"アラガミ化したリンドウ君を介錯しろ"と。」

「ッ…!」

「これは万が一などという確率の低い話ではない。当人が望む望まないに関わらず、その際は誰かが手を下さなくてはならない。」

 

それを理解しているからこそ。

自身こそが適任であると、誰に相談する事も無く彼は判断したのだろう。

 

心は当の昔に壊れたまま。

未だ言葉を失ったままでいる以上、今更傷が増えたところで構うまいと。

 

「それに待ったをかけるというのであれば、少なくとも代案は用意すべきだ。感情だけを理由にただ否定する事は彼の覚悟に対する侮辱に他ならない。その上で今一度、君に問いかけるとしよう。」

 

万が一。

いや、現状ではほぼ確定的になりかけていると言っても過言ではないが。

 

 

「リンドウ君がアラガミ化していた場合。君に…彼を殺す事は出来るかい?」

 

……………………………………………………………………………………………

 

目を閉じて静かに思いを馳せる。

浮かんでくるのはまだ自分が神機使いになって間もない頃。

 

-おー、これまた随分と若いのが入ってきたなぁ。俺もまだまだ若いつもりだったが、流石に世代差を感じちまうなぁ。-

-あー、もう集合時間だったか?悪い悪い、これ一本吸い終わったらすぐ向かうわ。-

 

今だからこそ正直に言いますと。

第一印象は決して好感触とは言いづらいものでした。

 

軽薄な物言いにだらしない時間感覚。

酒好きな上に愛煙家で、ミッションで一緒になった時は何時も煙草の臭いが付き纏っていて。

 

-命令は三つ。"死ぬな"、"死にそうになったら逃げろ"、"そんで隠れろ"、"運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ!"…あ、これじゃ四つか。-

 

初めて受けた命令してもこの通り。

レンが言うように数すらあっていない程の適当ぶり。

 

-お前さん暗いなぁ。そんなんじゃせっかくの可愛い顔が台無しだぞ?-

-ほれ、これやるよ。配給の余り物で悪いが、生憎甘いものじゃ酒のツマミにならなくてなぁ。-

 

家族でもないのに、窘めるように頭を撫で回し。

家族でもないのに、あやすようにお菓子を施し。

 

-美味いか?そいつは良かった。俺もやった甲斐があるってもの…おいおい、賄賂渡したんだから煙草くらい大目に見てくれよ。-

-サクヤはともかく、姉上に見つかると煩いからな。…羨ましい?ハハッ、何だお前さんもそんな表情出来るんじゃないか。-

 

-…全部忘れろと言うつもりはねぇさ。ただお前さん()()そっちの道に行っちまうにはまだ早いんじゃないかって思うだけさ。-

 

行く道を誤らないよう指し示してくれたあの人は。

いつしか私にとってはいなくなった家族のように大切な存在となっていた。

 

 

--だからこそ、気に入らない。

 

 

そんな大切な存在となったあの人の業を。

私達に相談の一つも無く、全て自分が背負って片付けようとしているあの人が。

 

頼られていないことは知っていた。

信用されていない事もわかっていた。

 

でも、いくら何でもこれは無いだろう。

 

頼らなくてもいい。

信用しなくてもいい。

 

それでも、ただの一言も告げる必要がない。

その程度の存在とまで見られているのか。

 

…いいでしょう、貴方がそれほどの態度で臨むというなら。

 

「…わかりました。その覚悟が、あの人への意見に必要だというのなら。」

 

時間にして一、二分程度。

ようやく紡がれた言葉に対し、博士は変わらない冷やかさを持って再度確認する。

 

「…非公式とはいえ、これは極東支部長代理としての確認だ。後悔も取り下げも認めない。それでもなお、その遺志に変わりはないかい?」

 

突き刺すような視線。

先程と同じ冷やかさを帯びたまま、値踏みするかのように見つめる榊博士にはっきりと言葉を返す。

 

「変わりません。これがあの人とリンドウさんへ見せられる、私の最大の覚悟です。」

 

あの時レンに言われた事に対する覚悟。

認められず。わかりたくなく。

感情的に否定してしまったあの言葉。

 

それが、この先に進むために必要なものであるというのなら。

 

 

-パンッ!-

 

 

突如として冷やかな視線を向けていた表情がニヤリと変わり。

打ち付けた両手が奏でる軽い音が室内に木霊する。

 

「よし!話はまとまった。ではここからは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「…はい?」

 

……………………………………………………………………………………………

 

「つまりだ、彼はああ見えて物事の道理を非常に重んじる性格をしている。感情論だけで立ち向かった所でヨハンの時のように噛付かれるのが関の山。故にまず初めに彼と同じ土俵に立つ所から始めなければならなかったんだ。」

 

怪訝そうな視線を向ける私を気にすることなく説明を続ける榊博士。

真面目な雰囲気こそは変わらないものの、その雰囲気は先程とは打って変わったように希望を持った物言いで。

 

「覚悟はあるかってそういう意味で聞いたんですか…というか感情論は通じないにしろ、榊博士があの人に命令を出せばそれで済む話じゃないんですか?」

 

代理とはいえ博士は極東支部の現最高責任者ですよね?

道理を重んじると言うのなら、上役からの命令なら逆らわずに従うのでは?

 

訝し気な感情もそこそこに、幾分落ち着いた気持ちで疑問を口にしたものの。

博士から返ってきたのは残念そうにそれを否定する言葉。

 

「いや、彼は私が命令を出したところで行動を止めない可能性が非常に高い。リンドウ君のアラガミ化が悲観的なもので無い以上、私のその命令には妥当性が欠ける。何より彼にはヨハン…前支部長から直々に言い渡された討伐任務がある。」

 

個人的な感情で説得力に欠ける命令と情報に裏打ちされた確かな根拠を持つ命令。

彼ほどのベテラン神機使いともなれば、どちらに従う可能性が高いかなど火を見るより明らかだ。

 

「うーん、あの人の動きを封じられればいいんですよね?それじゃあもし従わなかった時は命令違反で謹慎処分にするとかは…」

「君、存外えげつない事を思いつくね。とりあえず強硬手段からは一旦離れようか。」

 

しれっと公権力を行使してはどうかと提案したところ。

若干引き気味でそう指摘されてしまった。

 

何ですか、さっきまで覚悟云々とか言っていたのに。

どうして急に人の事を過激派みたいな風に言うんですか。

 

「彼もこの極東支部では貴重な戦力の一端だ。この話にしたって彼の独断専行を止めたいのが目的であり、この件から彼を除外したい訳じゃない。寧ろ可能ならこちら側に引き込むべき人材だ。」

「引き込む…それならやっぱり食べ物関係で釣るのが確実なんじゃないかと。」

「うん。君が彼について理解が深いのは知っているし、何なら私もその手は使った事があるんだが…今回ばかりはもう少し彼の覚悟を評価してあげてもいいんじゃないかな?」

 

もう、さっきから文句が多いですよ榊博士。

仕方ないじゃないですか。あの人本当に食べ物関係に弱いんですから。

 

そんなに言うなら博士は何か良い案が有ったりするんですか?

 

「彼はこの件に関して何かと秘密裏に事を進めようとしている節がある。まずはそこから対策を打つ事にしよう。差し当たりそうだね…()()()()、彼にも一枚噛んでもらうというのはどうだい?」

 

名案…と言うよりは悪知恵を閃いたと言わんばかりに怪しい笑みを浮かべる榊博士とは対照的に。

博士が口にした"例の作戦"の心当たりに思わず眉をしかめてしまった。

 

「例の作戦ってこの前コウタの提案で発注されたあの作戦ですよね。…正気ですか榊博士?」

「ハッハッハ、リーダー君も冗談が上手くなってきたね。科学者、それも"星の観測者スターゲイザー"の肩書を持つ私に正気の有無を問うなんて。」

 

つまり正気で言ってる訳ではない、と。

単に面白がって言っている分、狂っているのより余計に性質が悪いですね。

 

「何、あれはあれで良いガス抜きにはなっていると思うよ。以前の捜索の時と比べれば、皆随分心に余裕があるように見えるからね。」

「それは否定しないですけど…」

「何よりあの作戦を承認したのは他ならぬツバキ君だ。現場指揮を監督する彼女が許可した以上、私からそれに水を差す必要は無いからね。」

 

嘘でしょうツバキさん。

いや、確かに正規のミッションである以上、ツバキさんの目は通してあると思いますけど。

 

ツバキさん程の真面目な人が本気であの作戦にゴーサインを出したんですか。

もしかしてコウタに上手い事騙されてるんじゃ…

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の支部長室…の近くにある休憩コーナー。

思いがけず長引いてしまった榊博士とのやり取りを終え、自販機から購入した飲み物を口にし、一息いれる。

 

-先程話した件、何卒よろしく頼むよ。あぁ、言うまでも無いだろうが…くれぐれも彼に本当の目的について勘付かれないよう気を付けてくれたまえ。-

 

リンドウさんがいなくなった後の極東支部。

まだその傷跡が癒えたとは言えないながらも、ようやくかつての様相を取り戻し始めたアナグラ。

 

その中でたった一人。

既にこの世にいないかつての主の命に従い行動する一人の神機使い。

 

いや、正確には利用しているというのが正しいだろう。

命令の意図と己の目的は乖離しているものの、過程と結果が同じだというだけで。

 

有名無実の大義名分を理屈に据えて。

誰にそれを伝える事無く、たった一人で全てを片付けようとしている。

 

 

…気に入らない。

 

 

気に入らない。何ですかそれ。

百…いや、一万歩譲ってリンドウさんがアラガミ化しているとしても。

 

どうして何一つ伝えてくれないんですか。

言葉が喋れないというのは、それほどまでに何も伝えなくていい理由になるんですか。

 

言葉を紡げなくても。感情を表す事が出来なくても。

()()()()()()()()()()()()()になんて、なりはしないんですよ。

 

大体貴方、言う程感情を伝えられない訳じゃないでしょう。

この前だってリッカさんからかってレンチで殴られていたくせに。

 

感情の無い神機兵?

本当は出力スイッチを入れ忘れてるだけじゃないんですか?

もしそうだとしたら神機兵じゃなくてポンコツ兵って言いふらしてやりますからね。

 

 

「…お、リーダーじゃん。どうしたの?何か難しい顔してたけど」

 

 

不意にかけられた声に視線を向けると。

こちらに顔を向けながら自販機のジュースを購入するコウタ。

 

…と、もう一人。

 

「いえ、ちょっと考え事をしてただけ。それよりも珍しい組み合わせだね。」

 

動かした視線の先。

先程思考をよぎらせていた噂の人物が、いつも通りの鉄仮面で無言のまま青い目をこちらに向けている。

 

「へへっ、実はちょっとこの人に頼み事があってさ。先払いと言ったらアレだけど、聞いてもらう代わりにジュース奢ろうとしてたんだ。」

 

-あ、ちなみに何飲みます?まぁアンタならやっぱり初恋ジュース辺り…え、"飲むウナギゼリー"って何それ…しかも微妙に高っ!?-

 

あぁご愁傷様。

その人、人の奢りだと遠慮なく高い物買うんですよ。

 

他のラインナップに比べて三倍近い値段のする代物を買われて叫びを上げるコウタ。

一応清涼飲料水じゃなくて栄養ドリンクの部類らしいので、値段的には妥当らしいですけど。

 

「…まぁとにもかくにも、先払いには成功したんじゃないんですか?頼み事があるなら今の内に言質取っといた方が良いですよ。」

 

クピクピと手にした缶に残る物を飲み干しつつ、それとなく同じ部隊の同僚に促してみる。

一瞬目的を忘れていたかのように「あっ…」と呟きはしたものの、直ぐ様気を取り直して得体の知れない代物に口を付ける先輩にコウタが言葉を紡いでいく。

 

「…まぁそんな訳で、もうアンタしか頼れる人がいなくてさ。こうして飲み物も奢った訳だし、何とか一つ頼みますよ先輩。」

 

-第二次リンドウおびき寄せ作戦。-

-万が一リンドウさん()()()()()()()()()()()()()()()()()()役に。-

 

「ブホッ!?」

「うおっ!?いきなりどうしたリーダー!?」

 

ゴホゴホと顔中の気管から液体を逆流させてむせ返る私に心配そうにコウタが詰め寄りますが。

どうしたは正直こっちの台詞です。

 

「大丈夫です、ちょっと気管が液体で満たされただけですから…」

「いやそれちょっとどころの話じゃ無くね!?」

「大丈夫ですって。それよりもその、第二次リンドウおびき寄せ作戦と言うのは…」

 

何とか呼吸を整えて平静を装いつつ口にしたものの。

返ってきたのは待ってましたと言わんばかりに子供のような笑顔を浮かべる同僚の表情。

 

「よくぞ聞いてくれたリーダー。これは第一次作戦の失敗…つまり、その時に欠けていた物を補った完璧な作戦。即ち…」

 

未だ変わらぬ鉄仮面のあの人を背後に備えたまま。

妙に自陣ありげに続けるコウタの言葉を、私も無言のまま黙って拝聴し続けます。

 

「お金っ!」

「………………………」(←無言でfcの札束を取り出す。)

 

「お酒っ!」

「………………………」(←無言でビール缶を取り出す。)

 

「可愛い女の子っ!」

「………………………」(←コウタを見るが何もしない。)

 

 

「…を補った作戦を提案してみたんだけど。…正直、リーダー的にはどう思う?」

「馬鹿じゃないですか?何ですか"金、酒、女"って。」

「オブラート!もうちょっとオブラートに包んでっ!」

 

そうは言いますけど。

典型的な前時代の頭の悪い代表例じゃないですか。

 

もしかして女性の事馬鹿にしてます?

今度ノゾミちゃんにあったら言いつけてあげますからね。

 

そしてそれとは別に。

貴方、こんなトンチキな理由に全力で乗っかる人だったんですか?

 

 

ねぇ榊博士。

やっぱりこの人、トラウマ云々抜きにちょっと他の人よりおかしいですって。

 

 




第二次リンドウおびき寄せ大作戦、始まります。

バニーは出ません。天使も出ません。
と言うかコスプレはありません。

薄い本では無いので健全ですよ。


気付いたら普段の倍以上になったので区切ります。


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無口な無口な頼まれ事1

Q1.何が始まるんです?
A1.第二次(ry。

Q2.女性限定ミッション?
A2.再度広まる風評被害。

このSSでは既にルーキーちゃんがやらかしてます。
まぁ一概に風評被害とも言い切れませんが。


-時は遡る事少し前。-

 

どうした少年、何か悩み事か?

 

なになに、リンドウがついおびき寄せられてしまうような物は何かって?

 

若いなぁ、そんなの簡単だろ。

いいか、何時の世も男が引き寄せられる物ってのはだいたい決まっている。

 

美味い酒に良い女。

そしてそれを買うための遊び金だ。

 

男である以上それはリンドウだって例外じゃない。

酒に関してはよく飲んでたし、隊長になる前は美人に鼻の下を伸ばしてツバキにどやされた事も…。

 

"リンドウさんはお金にそんなうるさくなかった"?

細かい事は気にするな。金はあって困るものでもなかろうに。それに物欲は人間らしさの象徴だぞ?

 

え?自分は家族を食べさせてあげなきゃだから大金は用意できない?

 

おいおい真面目君か?

そんなんじゃあっという間に老けちまうぞ。

 

別に本当に支払うとかいう訳じゃなし。

おびき寄せるための撒き餌ならそれっぽく見えればそれでいいんだよ。

 

両面以外はざら紙の札束とか。

その辺の鉄くずを固めてメッキした金塊もどきとかな。

 

で、そいつをアタッシュケースに詰めてな。

隣に酒を片手に美女を添えて誘惑するんだ。

 

これに引き寄せられない男はまずいないぞ。

信じられない?お子様にはちょいと早すぎたか…

 

まぁこれで悩みは解決した…って何だ、他にも悩み事があるのか?

 

ツバキにミッションを却下された?

おいおい、アイツにこんなアホな話が通る訳…一回通ったってマジか。

 

じゃあ他に原因があるんじゃないか?

どれどれ…あーなるほど、全員銃型神機使いじゃないか。

確かにこれじゃバランスが悪いから却下されるわな。

 

男手の自分がいるのに駄目なのかって?

馬鹿たれ、うちのルーキーでもあるまいし。

 

新人に毛が生えた程度のガキが何一丁前な事を言っている。

せめて隊長クラスになってから出直してこい。

 

少なくとも一人は入れ替えんと話にならんぞ。

誰か近接神機使いの当てはないのか?

 

男は皆忙しくて手が空いてない?

女性もいるけどこの前頼んだばかりだから頼みづらい?

 

凄いなお前、普通こういうのは女の方が集めるのに苦労するんだが。

野郎の集まりが悪いってのも信じられんし、最近の奴らは淡白なんだな。

 

しょうがねぇ、ここまで聞いて放り出すのも座りが悪い。

 

さっきチラリと話に出したが。

()()()()()()()()()()()()()()()を紹介してやるよ。

 

言っとくが俺の貸しは高いぞ?

 

なに、別にすぐ返せなんて言ったりしねぇよ。

お前が出世してから色付けてゆっくり返しに来い。

 

 

…ルーキーへの礼?

あぁ、それならジュースでも適当に奢っとけば大丈夫だ。

 

アイツああ見えて後輩への面倒見は良いからな。

それだけで十分、お前さんの頼みは聞いてくれるよ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"鎮魂の廃寺"。

寺と言うものはある種信仰の象徴であり、本来は神聖不可侵の領域。

 

で、あるはずなのだが。

もう随分と前からアラガミが我が物顔で闊歩する地域と化している。

 

まぁ神と言っても所詮は名ばかりの存在。

何だったら聖なるものでも何でもないしな。

 

ちなみにこの"寺"と言う場所で奉っている神は"仏"という呼び名を持っており。

人が死ぬことを"成仏"と称してその神の座へ至ったと称する文化がある。

 

そしてリンドウはその神聖な場所で荒ぶる神へと成ってしまった。

 

神=仏であると考えてみれば。

これも一種の成仏と言える。

 

極東で一時期流行った"神様転生"と言うやつだな。

そしてその神様はチェーンソーならぬノコギリでバラバラにされる、と。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・アナグラジョーク。

 

極東に来たばかりの外国人じゃないんだ。

成仏が一般に何を意味するかくらい知っている。

 

生きてるリンドウには当てはまらん。()()()

 

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

今回のミッションは極東が誇る精鋭である第一部隊。

その中核を担う一人が提案したミッション、題して"第二次リンドウおびき寄せ作戦"である。

 

今回の作戦のポイントはズバリ"金、酒、女"。

男が持っている憧れと欲望の両面に訴えかけてみる面白愉k…斬新な作戦。

 

とはいえ実際に大金を用意できる訳もなく。

前者二つはそれっぽく見える小道具と配給ビールで誤魔化している。

 

実体は偽物の札束と金塊に配給ビールの詰め合わせ。

夢と浪漫自体は否定しないが、まぁ現実はこんなものである。

 

つまりメインは前回と同じ。

我らが極東支部が誇る戦乙女達の出番である。

 

一人目はジーナ・ディキンソン。

ご存じ極東支部が誇る敏腕スナイパー。

すらりとした細身に宿した、機能美の域に達した流線形が実に美しいレディ。

 

…いや、正直言うけどよくこんなアホな任務に参加したな。

ソーマと同じでこの手の任務は馬鹿らしいと一蹴するタイプだと思ってたんだが。

 

案外この手の馬鹿話が好みだったりするのか?

ふむふむ実に興味深い。

 

以前からかった時に狙撃弾撃ち込まれたからこの手の話は好きじゃないのかと思っていたが。

是非とも今度口説く際の参考にさせていただこう。

 

二人目は橘サクヤ。

説明不要のリンドウの恋人…もとい幼馴染にして、極東でも腕利きの衛生兵。

大胆に開かれた背中が実に目の保養に…彼氏に殴られそうだから止めておこう。

 

別に本人たちが恋仲だと言っている訳では無いけれど。

俺ほどの経験豊富な古参ともなれば、少なくともお互いが恋心を抱いている事くらいはたやすくわかる。

 

まだ現代の化学的には解明されていないが。

若人の恋からでしか得られない栄養と言うものがある。

俺も普通に若いけど。

 

今は眉唾話に過ぎないが。

いずれガンにも効くようになると信じてる。

 

若いのに自分では生成しないのかって?

この話はもう止めようか。

 

三人目は誤射姫様こと台場カノン。

最近極東支部どころか全ゴッドイーターを通しての誤射率ナンバーワンに輝いた世界最()の神機使い。

二人と違って露出こそ控えめだが、文字通り説明不要の圧倒的火力を誇っており大変素晴らしい。

 

話に聞くところ今回一番初めにミッションに勧誘され、参加を決意したとの事。

 

"リンドウさんのためなら…"と一念発起しての参加らしいが。

流れ的に考えてみると怪しい仕事への勧誘にしか見えないな。

 

そして他に近接神機使いが集まらなかったのはこれが原因だな。

誰も好き好んで背中から銃弾撃ち込まれて喜ぶ趣味はないからな。

 

俺?

奢ってもらった後に知ったから断れなかった。

 

コウタ君も策士だな…

いや、もしかするとうちの元上官様の入れ知恵かもしれないな。

 

あんなオッサンに付き合ってるとロクな大人にならないぞ。

どうせ今回の"金、酒、女"ってのもあの人の好みだろ。

 

あまり強く否定出来ないのが悲しいけど。

そうだ、どうせなら俺も次に誤射されたら上官殿に倣って…査問会呼ばれるから止めとくか。

 

 

しかしアレだな。

 

最初は遠距離タイプの旧型神機使い三人とか随分と偏った面子と思ったものだが。

作戦の本質的にはそうズレた編成では無いというのが面白い。

 

何がとは言わないが小・中・大。

とある視点から鑑みてみれば非常に均整の取れたバランス配置である。

 

リンドウの好みは確か"大"だったはずであるが。

仮にアラガミ化して偏食傾向が変わっていたとしても無問題なこの布陣。

 

また本来ならどんな顔でこんな作戦にサクヤを誘うのか悩むところだが。

誘えた以上はリンドウへのツッコミ役が健在という事であり、気まずさもブレイク出来てるというのが非常にポイント高い。

 

恐れ入ったぞコウタ君。

まさかその若さで既にこの境地に達しているとは。

 

言わなくてもいい。わかっている。

思い返せば前回もルーキーアネットアリサの組み合わせだったな。

 

一回だけなら偶々と言えるが。

二回連続となれば計画通りと言われても腑に落ちるというもの。

 

第一部隊の戦績はルーキーばかりに目が行きがちだが。

彼も立派な極東支部最精鋭所属。

 

戦術知識においては決して引けを取るものではないという事か。

極東の未来は明るいな。

 

 

今は女性陣しかいないから言わないけど。

俺は元上官殿のように、袋叩きにされるような轍は踏まんのだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「よい、しょっと…これで持って来たケースは全部ですね。」

 

仏像の前に置かれた四つのアタッシュケース。

偽札と偽金塊、安物の缶ビールが詰まったそれを四人の神機使いが眺める。

 

「今更言うのもなんだけど…仏像の前に贋金を置くって、結構罰当たりな行為じゃない?」

 

訝し気にいうジーナの言葉に思わず苦笑いを浮かべるサクヤとカノン。

まぁそう言われてしまえば何とも言えないんだが。

 

「まぁまぁ、一応極東にはお供え物やお賽銭って文化もあるし。」

「あ、私それ知っています。設置された箱の中にお金を投げ込んでお祈りするんですよね?」

 

困ったようにそう返すのはサクヤ。

便乗してカノンも聞いた事があると声を挙げ、しばし女性三人が雑談に花を咲かせていく。

 

俺はと言うとそんな彼女達を後目に。

持って来た小道具に仕込まれた装置のスイッチを起動していく。

 

実は今回持って来た小道具には観測装置が仕込まれており。

リンドウが来る来ないに関わらず、これによってエリア付近の詳細な定点観測データが収集出来るようになる。

 

というか一応、表向きの目的はそれだからな。

 

いくら支部毎の裁量権が認められているとはいえ。

貴重な神機使いでハニートラップを実施しましたなんて、本部に報告出来る訳が無い。

 

故に今回の第二次リンドウおびき寄せ作戦。

公には滅茶苦茶お堅い呼称が付いている。

 

内情を知ってる人間からするとギャップが酷過ぎて噴飯ものなんだがな。

何しろ極東支部の殆どの人間が、それでリンドウが帰ってくるかもと期待を抱いて立案した作戦なんだし。

 

しかもカバーミッションまで被せた以上、正規の作戦扱いなので未来永劫記録に残る。

リンドウが帰ってきたら是非ともミッション名と実体の落差を見せてからかってやろう。

 

『なぁ見てくれよリンドウ君、このクソお堅い呼び名の真面目な作戦。』

『これな、正式名称は"第二次リンドウおびき寄せ作戦"って言うんだぜ。』

 

『発案者は君がリーダーやってた第一部隊のコウタ君だ。』

『上官思いな部下に恵まれて幸せ者だな。俺なんて部下どころか隊員が…この話は止めようか。』

 

 

 

--そんな日が、また来るといいけどな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

 

……

 

………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

先程まで出向いていた愚者の空母で吹き付けられた潮風をシャワーで流し。

積み上げられた書類の山の麓に崩れ落ちる同期を眺めつつ、クピクピと安売りしていた缶ジュースに口を付ける。

 

「しかし凄い書類の山ですね。これ、あの一ミッションだけで書かれた報告書なんですか?」

 

ぺらりと一番上の書類をめくって軽く目を通してみる。

 

…なんだろう、あのミッションの詳細は押さえていませんが。

パッと見でわかる程度には関係無い雑務について書かれているように見えますが。

 

「違うんだよリーダー。今回の作戦さ、実はあの人の元上官だっていう人にもアドバイス貰ってたんだけどさ…」

 

 

-おぅ少年。うちのルーキーはどうだった?-

 

-そうだろうそうだろう。元とはいえ、何しろ俺のとっておきの部下だからな。-

 

-…それでだ。そんな優秀な人材を紹介した人間がちょうど困っていてな。恩返しにはぴったりのタイミングとは思わないか?-

 

 

「…で、雑務書類の束を押し付けられたと。」

「確かに相談はしたし、あの人紹介してもらったけどさ!代わりにこんな量の書類押し付けられるとは思わないじゃん!」

 

積み上げられた書類はいわゆる決裁待ちに分類される書類。

言ってしまえば内容の確認さえ出来るのであれば誰がやっても差が出ないお仕事。

 

-君に代理決裁の権限を上げよう。俺はこれでもそこそこ偉い立場でな、その代理を任されたって事はつまり、借りを返すための出世ってのも無事達成って事だ。-

 

-…あ、色は別だぞ少年。俺は優しいから今すぐ集ったりしないが…そうだな、部隊長辺りに出世した時はまた頼むぞ?-

 

「おまけにあの人とは正反対に口が回るしさ。あれよあれよと言う間にこの書類の山だよ…」

「そういえばあの人、書類とかレポート書くの上手ですよね。もしかして普段から押し付けられていたんじゃないですか?」

「あー、そういう事かぁ。という事はあの人、実は強く押されると弱い人…?」

 

押しに弱い。

なるほど、言われてみれば確かにそうかも。

 

あの空気で?と呟くコウタを他所に。

先程出てきた言葉を頭の中で反芻する。

 

リッカさんの厄介なお願いも。

カノンさんの失敗の見逃しも。

私がお菓子をねだるのも。

 

思い返せば断られた方が少ない気がする。

明確に拒絶されたのは私がリンドウさんの捜索で無理無体を通そうとした時くらいか。

 

じゃあリンドウさんの件についても単独行動しないようお願いすれば…

もしくは私も一緒に連れていってくれるよう頼み込めば…

 

いや駄目だ、あの人は言葉を喋れない。

そして自身に都合の悪い事に関しては積極的にその事実を悪用してくる節がある。

 

この前榊博士から聞いた理由を考える限り。

迫ったところでそれを盾に拒絶されるだけ。

 

仮に強く出たところで"喋れない人間に何を言えと?"と憎らしい無表情を向けられるのが関の山だ。

 

最近意外と反応がわかり易いという事実は判明しましたが。

これは問い詰める手段としては利用できるでしょうが、要求を飲ませる手段に使えるかとなると首を傾げてしまう所。

 

うーん…駄目ですね、良い案が思いつきません。

一気に核心を突けると思ったんですけど。

 

まぁ思いつかない以上は仕方ありません。

榊博士の案に乗っかるとしましょう。

 

 

「ねぇコウタ。」

「ん、何リーダー?」

 

 

--第三次リンドウおびき寄せ作戦ってどう思う?

 

……………………………………………………………………………………………

 

-おまけ(Side_とある極東支部の元上官)-

 

目の前に積み上げられた書類の山。

既にいい年齢に差し掛かっている男性は、その現実を直視したくないかのように白目を向いて固まっている。

 

ぺらりと一枚、先頭の書類をめくって目を通す。

 

目に入るのは誤記を表わす赤字の線。

白黒印刷されている筈の書類であるが、要所要所で目立つ赤色が主張してくる。

 

二枚目をめくる。

一枚目同様、まばらに赤い文字が散っている。

 

三枚目。四枚目。

いずれも所々に、変わらぬ赤い主張が散りばめられて。

 

 

これの意味するのは再提出。

つまりは目の前の書類全てがやり直しである。

 

 

(少年っーーーー!!!!)

 

 

正直書いた奴に突き返したい。

が、その手は決して使えない。

 

何しろこれは彼が手を抜いたゆえの結果ではなく。

単純に能力不足から出た文字通りの"赤"錆。

何だったら真面目にやり過ぎた故に却って間違えている所すらちらほら見える。

 

これでは今一度やり直させたところで結果が変わらない。

寧ろ期限が消費される分さらに自分自身が追い込まれる。

 

(………………………)

 

無言のままガラっと脇机の引き出しを開け。

隠すようにしまってあった酒類を取り出す。

 

続けて取り出すのはいつか役立つだろうとしまっておいたアレやコレ。

自分は決して食わない(食えない)が、捨てるくらいならとしまっておいた秘蔵のブツ。

 

それらを雑に袋に詰め。

書類を掲げて部屋を出る。

 

向かう先はベテラン居住区。

目指す先は部隊長となった元部下の部屋。

 

 

-助けてルーキー、いやマジで。-

-俺が間違っていた。優秀過ぎる後輩ってありがたいものだったんだな。-




たまに出てくる元上官さん。
純粋な青年に程よいゲスさを吹き込む悪い大人。

ちなみに無口さんは押しに弱いのではなく女性に甘い人。
元上官はレディじゃないので食べ物無しだとドア閉められます。


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無口な無口な頼まれ事2

Q1.この人もしかしてハルさんと同じ?
A1.Yes。

Q2.元上官殿のせい?
A2.7割くらいは。

Q3.ルーキーちゃんが頼み込んだら?
A3.実の所ワンチャンある。

差し入れで好感度上げれば更に成功率アップ。
チョロいとか言ってはいけません。


第三次リンドウおびき寄せ作戦--

 

正直まだやるのかと言うのはあるけれど。

暗く重苦しい空気のミッションに割り当てられるよりは千倍マシというものか。

 

決してレディに囲まれた華やかなミッションに味を占めた訳ではない。

この前のミッション、カノンに消し炭にされかけたからな。

 

挽肉じゃないのかって?

何か知らんがモジュール連結してない追従放射を撃ちながら寄ってきたんだよ。

 

本人曰く、"アラガミに直接近づいてしまえば誤射しません!"ですって。

確かに誤射はしなかったな。

 

何しろアラガミごと薙ぎ払ってきたんだから。

君、ブラストタイプの神機を火炎放射器と勘違いしてないか?

 

しかも実際に放射しているのは炎ではなく高密度のオラクルエネルギー。

高熱どころか破砕属性なるものまで付いている。

 

例えるなら絶えず爆風を叩きつけられてようなもの。

アラガミの身体がボロボロ砕け散っていく様なんて初めて見たぞ。

 

閑話休題、話を戻そう。

お詫びに貰った蒸しパンよろしく、蒸し返さないのが大人と言うもの。

 

とにかく、女性だらけで華のある編成と言えども。

実際にやってみると意外と大変な事も多かったりするのだ。

 

悪い気はしなかったけどな。

目の保養になったし。

 

さて、そこを踏まえた上で今回の作戦だが。

なんと今回の発案者はルーキーであるとの事。

 

正直意外だ。

たしかアリサと一緒にドン引きしてたと記憶しているが。

 

微笑ましい様子で見守る年長組と違い。

同世代である故に遠慮が無いのか、ストレートに冷やかな反応を浴びせてた筈。

 

そんな彼女が。

何を思って急に方針転換したのだろうか。

 

いや、それよりも大事なことは--

 

 

 

今回の面子は誰だろう。

 

 

 

本来俺には関係無い話の筈だったが。

驚くなかれ、ルーキーちゃん直々の御指名である。

 

当たり前だが俺は男である。

女装癖がある訳でもないし、極東の一部で有名な"男の娘"とやらでもない。

 

真っ当に考えればこの前と同じ護衛役。

わざわざ男に声をかける辺り、周りは全員女性と見るのが妥当な所。

 

コウタの場合は隙の無いバランス配置だったが。

ルーキーなら一体どのような編成にするのだろうか。

 

順当にリンドウに合わせた火力偏重にするのだろうか。

それとも自身の持ち味を生かした機動特化にするのだろうか。

はたまたコウタと同じ汎用重視にするのだろうか。

 

うむ、いずれにしても興味深い。

ハルオミ君がここにいないのが大変悔やまれる。

 

彼がいれば俺も便乗してはっちゃける事が出来たのに。

 

俺一人だと普通に査問会にしょっ引かれて終わりそうだからな。

決して最後のツケを彼に押し付けようという腹積もりではない。

 

まぁその話は今はいいや。

 

内容はどうあれ、これも立派なミッション。

行けばおのずとメンバーについてもわかるというもの。

 

とりあえずエントランスホールに向かうとしよう。

 

………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

オペレーターであるヒバリが手続きを進め、十分後には出撃という場面。

 

「それではお気をつけてルミナさん。それに--」

 

-ソーマさん、ブレンダンさん…それにユウマさん。-

 

「三人もどうかお気をつけて。無理せず全員無事に帰ってきてくださいね。」

 

 

ミッションの発注書を見直す。

前回同様、本題のミッションをカモフラージュするためのお堅い名称が付いている。

 

ブレンダンに視線を向ける。

困惑した様子ではあるものの、苦笑しながら話かけてきたタツミとジーナに冷静にミッションについて語っている。

 

ソーマに視線を向ける。

"後で話がある"とコウタに肩を組んで絡んでいる。

コウタから助けを求める視線が返されたが、触らぬ神に何とやらだ。

 

 

「………………………」

 

 

 

…あれ?女の子は?

 

ルーキーに視線を向ける。

ちょこんと何もわかっていない様子で小首を傾げられてしまった。

 

「…どうしました?何か問題でも?」

 

うん可愛い。まごう事無き女の子。

失礼、どうやら俺の目が節穴だったようだ。

 

常日頃から紳士たれと心掛けているくせに。

こんな愛らしいレディの姿が見えていなかったとは。

 

俺としたことが何たる失態。

両親が綺麗と褒めてくれた青い目だが、何時の間にか安物のガラス玉へと化けていたらしい。

後で目薬指しておかなくちゃ。

 

まぁ戯言はこの辺にしておこう。

 

ルーキーが将来有望だという事に異論は無い。

故に面子に入っている事には何ら違和感も感じないんだが。

 

いやわかってはいる。

 

ただでさえ神機使いは人手不足。

男だ女だなんて選り好み言ってられるようなご時世ではない。

 

前二回がたまたま女の子に囲まれたミッションだというのが稀であり。

今回もそれが良いなんて言うのはただの贅沢…

 

あ、いやわかったぞ。

そうか、そういう事か。

 

この子、作戦の本質を勘違いしているな?

 

この状況、ルーキー目線で見ると"異性に囲まれた状況"になる。

もしかしなくてもこの子、そういう状況でミッションに挑む事が作戦の本質だと思っているな?

 

言われてみれば先の二回もそういう話ではある。

 

ある、んだけどさぁ…

 

「…なぁソーマ。リンドウさん、来ると思うか…?」

「…こんな野郎しかいない面子で来るわけないだろ…」

 

全面同意。

ていうかそう思っているなら言えよソーマ。

お前のとこの隊長様だろうが。

 

「聞き捨てなりませんね。女の子ならここにいるじゃないですか。」

 

おっと危ない危ない。

耳ざといなルーキー、危うくソーマと一緒に絡まれる所だった。

 

まぁ俺から言える事はただ一つ。

 

ルーキーは今一度男心と言うものを学び直してこい。

そして俺とリンドウの期待を返せ。

 

 

ん?これじゃ二つか。

まぁリンドウもよく間違えてたし気にしないでおこう。

 

偶々だぞ。

極東の古参兵は数字が苦手って訳じゃないからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"贖罪の街"。

この極東地域においては、何故かヴァジュラ神族が多く出現するスポット。

 

この地域一帯は元々近代的な建造物が多く植物が少ない。

アラガミ出現によって荒廃が進み、乾いた大地と合わさってさながら荒野、近代的なサバンナの様相を呈している。

 

そしてヴァジュラ系は四足の大型肉食獣が身体のベースとなっており。

この辺りの情景と相まって、遭遇するとさながらサファリパークに来たような印象を受ける。

 

まぁこの猛獣、乗り物に乗っていても躊躇無くそれごと襲いかかって来るんだけどな。

過去にはどこからか避難してきた人たちが車ごとレンチンされて喰われたって聞いたし。

 

そういう訳でこの極東ではヴァジュラ種は害獣同然。

見つけ次第駆除と言うのがお約束になっているのだが。

 

どういう訳かここ最近、観測されていたヴァジュラの数が急速に減っているらしく。

詳しい調査を進めた所、どうやらこの地域に紛れ込んだハンニバルが積極的に捕喰しているかららしい。

 

アラガミ同士が喰い合って数を減らすならよいのでは?と言いたいところだが。

面倒な事にアラガミと言うのは捕喰した物の性質を取り込んで急速に進化する存在。

 

ただでさえ強力なアラガミであるヴァジュラ種を。

更に強力なハンニバルが積極的に捕食しているという状況。

 

具体的には荷電性ハンニバルが発生する可能性があるとの事。

もしくはプリティヴィ・マータの性質を取り込んだ氷属性の堕天種になりうるとも。

 

で、強力な個体となる前に予め間引いてしまおうというのが今回の表立った目的である。

 

ターゲットは通常種のヴァジュラ一匹にそれを狙うハンニバル一匹。

 

アラガミである以上、別に狩られる方でも救助対象となったりはしない。

漁夫の利よろしく、二匹まとめて神機の餌にして終わり。

現実は残酷なのである。

 

 

さて、作戦の方だが。

 

この二匹の戦力を比較した場合。

圧倒的にハンニバルの方が戦闘力が高い。

 

ヴァジュラも決して弱くは無いが。

この面子なら二人もいれば余裕で討伐出来るレベル。

 

ハンニバルもまぁ倒せなくはないのだが。

確実性を求めるならば四人がかりで袋叩きにした方が良い。

 

という訳でメンバーを二手に分けて片方がハンニバルの足止めをし。

その間にもう片方がヴァジュラを速攻で討伐し、挟み撃ちでハンニバルを仕留めるという流れに相成った。

 

「で、どういう振り分けにします?」

 

ルーキーが男三人に聞いてくる。

まぁ実際の所、各々の役目は最初から役目が決まっているようなものだが。

 

足止めと言う性質上。

ハンニバル担当は正面からやり合い、時間を稼ぐ必要がある。

 

スペック的に問題無いソーマや防衛戦に慣れているブレンダンは問題無いだろうが。

遊撃部隊所属の俺には正面切っての時間稼ぎは少々荷が重い。

 

対してヴァジュラ担当に求められるのは速攻戦。

こちらは逆に不意打ち強襲が得意な俺の独壇場。

 

ブレンダンはそういうの不得手だし、ソーマはアラガミを追い込み過ぎて逃がしてしまう時があるからな。

 

で、この時点でハンニバルとヴァジュラ担当が2:1で分かれているので。

残ったルーキーは自動的に俺と一緒の組み分け、と。

 

うむ、我ながら何と隙の無い完璧な理論。

決して女の子と一緒のペアになりたくて捻りだした屁理屈ではない。

 

「まぁ普通に俺とリーダーの組み合わせでいいだろ。同じ部隊で連携も楽だしな。」

 

…待てソーマ、何しれっとそれらしい理屈を先んじている。

人が考え込んでいる間に卑怯だぞ。

 

お前ちょっと前まで命令違反の常習犯だったろうが。

何を急にリーダーになら従うみたいな空気を出している。

 

「そうだな。後は担当するアラガミだが…正直な所、俺にハンニバルは荷が重いかもしれん。」

「それじゃこの人とブレンダンさんがヴァジュラ、私とソーマがハンニバルと言う事で。」

 

待った、待ちたまえ君達。

まだ意見を出してない人間がここにいるぞ。

 

不満を告げる間も無くトントン拍子に進んでいく割り振りに思わず焦る。

 

というかブレンダン君も謙遜が過ぎるぞ。

君ならハンニバル相手でも持ちこたえられるくらい出来るだろうに。

 

口に出そうとしたその矢先。

携帯レーダーからアラームが鳴り響き、目当てのアラガミを索敵範囲に捉えた事を告げていく。

 

「来ましたね。それじゃ行こうかソーマ。」

「あぁ…お前達、くれぐれもヘマはするなよ。」

 

言うが早いか、第一部隊の二人がランディングポイントから飛び降りる。

 

後に残ったのは鍛え抜かれた身体を持つ神機使いと。

美人局に引っ掛かった結果、屈強な男と組まされる事になった憐れな神機使いの二人組。

 

「………………………」

「………………………」

「…アンタと一緒になるのはアーク計画の前以来だな。アンタも思うところはあるかもしれんが…今回はよろしく頼む。」

 

 

…うん、まぁこうなっては仕方ない。

これでも立派な古参兵、気持ちの切り替えには慣れている。

 

これは歴とした討伐任務。

 

求めれているのはアラガミの迅速な討伐。

そして奇襲による一撃必殺は俺の最も得意とするところ。

 

さっさとヴァジュラを斬り飛ばし。

ついでにハンニバルも叩き伏せて帰るとしよう。

 

 

決して野郎と組まされて不貞腐れている訳では無いからな。




-おまけ_出撃前のやり取り-

ブレンダン「しかしこの面子…旧型神機、それもバスターブレードばかりだな。」
ルミナ「編成名は『リトルバスターズ』です。」
ソーマ「言いたい事は山ほどあるが…その"リトル"とやらはどこから来たんだ…」
ユウマ「(ルーキーの事だろ。色々小さいし妥当な所…まぁ言ったら殴られそうだから言わないが。)」


長くなったので区切ります。


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無口な無口な頼まれ事3

Q1.リトル?
A1.希少価値。

Q2.屈強?
A2.資産価値。

はいそこハルさん、お静かに。


極東支部第一部隊隊長、ルミナ・フォンブラウン。

 

所謂"新型"と称される第二世代神機の適合者にして、入隊から僅か数か月と経たずして激戦区と称される極東支部の一部隊長に抜擢されたほどの優秀な人物。

 

入隊当初こそ新人特有の無謀な面も見え隠れしていたものの。

出撃を重ねるごとにその判断力が洗練されていき、今では一見無茶苦茶とも思える行動でも結果的には最善の行動だったと評される事が殆ど。

 

加えて元々秀でていた戦闘技術においては、今では並みの神機使いとは一線を画していると言える。

 

小型種どころか中型種程度ではもはや相手にならず。

大型種が複数同時に襲い掛かってようやく互角なのではと言われるほど。

 

確かこの前、コンゴウ四匹相手取ってほぼ無傷のまま討伐してきたとか話に聞いたな。

 

まぁ俺も出来ないのかと言われたらそんな事無いけど。

これでも立派な古参兵、一匹一匹丁寧に不意打ちで片付けていけば余裕だし。

 

正面から四匹同時?

ふざけんな殺す気か。…え、ルーキーはそのやり方で完封した?

ええい、極東の新型神機使いは化け物か。

 

擬態も実力と言う言葉は知ってはいるが。

こんな年端もいかない少女の正体が接触禁忌種並みの怪物とか何処の誰がわかるというのだ。

 

感情表現こそやや乏しい面はあるものの。

お菓子が好きで。スキンシップが大好きで。

 

年上相手に食べ物をねだる程度にはお子様で。

時に抑えきれない感情に困惑する程度には年相応。

 

そんな優秀かつ将来有望な我らが極東支部第一部隊のリーダー様だが…

 

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

 

現在、帰還途中のヘリ内で絶賛お冠中である。

俺以外元々口数の少ない人間が集まっているとはいえ、こう空気が重くては雑談も何もあったものではない。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「…何か言う事は無いんですか?」

 

乏しい表情に珍しく宿る不満と怒り。

 

こっちを見ながら言われた気がしたが。

名指しされた訳では無いので特に答えは返さない。

 

見ざる、言わざる、聞かざると言うやつだ。

別に同時討伐されたというコンゴウの話とかけている訳ではない。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「…まさかとは思いますけど。そんなわかりやすい状態でいるのに誤魔化せるとか思ってたりしないですよね?」

 

誤魔化す?何を?

俺には皆目見当がつかないな。

 

ブレンダン君は何か知ってるかい?

 

横目で隣に座る彼の様子を伺ってみる。

目を瞑ったまま微動だにせずその場に硬直している。

 

そう言えば最近"座禅"とやらにハマっていると言ってたな。

アレは専用の座り方があったような気がするが、椅子に座ったままのやり方もあるんだな。

 

…って騙される訳ないだろ。

これ絶対面倒事に巻き込まれたく無いから知らんぷりしてるだけだろ。

 

見損なったぞブレンダン。

今度カノンと一緒のミッションに強制参加させてやるからな。

 

次に対角線上に陣取るソーマの様子を…

ってこら、何を我関せずと言わんばかりにヘッドホンを付けてやがる。

 

これ見よがしにシャカシャカ音漏れまでさせやがって。

お前普段そんな激しい曲調の音楽聞いたりしてないだろうが。

 

覚悟しろよ。

返ったらアルバム全部電波ソングに変えといてやる。

 

「………………………」

「…………(ジーッ)」

 

ふと視線を前に戻せば。

いつの間にかルーキーが目の前まで顔を近付けてきている。

 

というか近い、近いよ。

 

女の子に寄られるのは悪い気はしないが。

シャイだから嬉しいより恥ずかしいという気持ちの方が先に立つ。

 

とりあえず照れ隠しに顔を背けてみたものの。

数秒としない内に両手で顔を掴まれて正面に向き直させられてしまった。

 

「………………………」

「…………(ジーッ)」

 

…いや何か言えよ。

こちとらエスパーじゃないんだぞ。

 

意思伝達には目を見て話すというのは効果的だと聞いた事はあるが。

言葉にもせずに思いが伝わる訳ないだろう。

 

あ、難しい言い回しは避けてくれよ。

生憎孤児院上がりで頭はそれほど良くはないんだ。

 

かといってわかり易すぎても良くない。

知らんぷりする時都合が悪いからな。

 

「………………………」

「…………(ジーッ)」

「………………………」

「…眼、何でそんなに()()()()()()()()?」

 

 

ただの充血です。

 

 

いや、嘘偽りなく本当にそうなんだ。

ちょっとお薬飲みはしたけれど。

 

言ったらぶっ飛ばされそうな雰囲気で言えないな。

とりあえず目薬だけでも差しとくか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

--遡る事少し前。

 

辺りを包み込む煙の結界。

数センチ先の視界すら確保できない状況ながら、そのアラガミは迷うことなく一方向へ突進を仕掛けていく。

 

狙うは不意打ちしてきた神機使い。

斬撃と共に煙幕を張って姿を眩ましてきたものの、アラガミの嗅覚にははっきりとその臭いが煙の向こうに形作られていて。

 

裂かれた脇腹は致命傷ではないものの。

栄養補給無しでは確実に今後の活動に支障をきたす程には重傷で。

 

であるからこそ。

雷球などで貴重な栄養源を焦耗させたりはしない。

 

頭から骨の欠片、血の一滴零すことなく丸かじり。

全てを喰らい尽くせるアラガミだからこそ取りえる最も効率の良い捕喰方法。

 

 

-ゾブリッ。-

 

 

耳障りな不快な音。

それは人の身体が潰れた音では無く、オラクル細胞で構成された肉が断ち切られた時に奏でる音。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()に突貫し。

示し合わせたようなタイミングで振り下ろされた神機の刃が、正確に駆け抜けるアラガミの首を通り抜ける。

 

首筋から鮮血のようにオラクル細胞を吹き出しながら。

自身の勢いを殺せずに壁に激突したところで皮一枚繋がっていた頭部が千切れ飛ぶ。

 

うむ、流石は腐っても大型種。

一撃で首を刎ね飛ばすとまではいかなかったか。

 

まぁ極東では一山いくらのモブアラガミとはいえ。

他所の支部なら総出で討伐に挑むくらいの相手だからな。

 

一撃で仕留めようという発想自体がおかしいというものか。

 

両親が見たらどう思うだろうな。

見るための目は首から上ごと無いけれど。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・極東ジョーク。

どうだ面白かろうブレンダン君。

 

…いや、この人真面目だからな。

この手の冗談は通じなさそうだから言わないでおこう。

 

………

 

「煙幕と挑発フェロモンによる二重の目眩ましか。なるほど、そういう戦い方もあるのか…」

 

煙が晴れ。

首無しヴァジュラのコアを捕喰しながらブレンダンが先程の戦術について思考を巡らしている。

 

まぁ言う程大した戦術では無いんだがな。

今回は極力大きな音を出さないという制約があったからああいうやり方をしたけれど。

 

防衛にしろ討伐にしろ。

本来は最善の戦術を取れるよう、作戦前に入念に準備するのが筋なのだ。

 

次善策を取ってる時点で評価としてはA評価。

最善策を取れてS、ノーミスで完璧にこなしてSS、ミッション実施前に目標達成して初めてトリプルSなのだ。

 

まぁこの話はどうでもいいや。

俺の元上官殿の主観だし。

 

とりあえずターゲットの内片方は仕留めた。

後は足止めしている厄介な方を挟み撃ちすればミッションコンプリートである。

 

コアの回収も終え。

駆け足気味に予定地点へ向かう事数分。

 

「…あれがハンニバルか。話には聞いていたが、いざ目の当たりにすると凄まじいな…」

 

背後から奇襲のタイミングを伺いつつ。

その猛攻ぶりを目の当たりにしたブレンダンが思わずそう口走る。

 

一見しただけでも十分理解できる、シユウ種以上の体格を誇る竜人型のアラガミ。

強靭な尾を振るい、口からは灼熱の炎を吐き、あまつさえそれを槍や剣のように形どって突き刺し、振り回す。

 

並みの神機使いであれば数分と持たずに挽肉か消し炭にされているであろうところだが。

そこは流石の第一部隊、ソーマもルーキーも攻撃は牽制程度に留め、にも関わらずひたすらに回避と足止めに専念している。

 

ふと見ればブレンダンの肩が僅かに震えている。

珍しい、あのブレンダンが武者震いとは。

 

まぁ無理もないし気持ちもわかる。

 

アラガミ動物園と揶揄され、ヴァジュラを単独討伐して一人前と評される極東であっても。

あのクラスのアラガミにはそうそうお目に掛かれるものではない。

 

俺も初見でアレとやり合えと言われたら嫌だもの。

アレのもっとヤバい版とやり合った事あるからまだマシだが。

 

とはいえここは既に戦場。

ブレンダンの事だから数分待てば問題無いとは思うけど。

落ち着くまでちょっとタイム…とは言えないのが辛い所。

 

仕方ない。

さっきと同様、ここは俺が先に出張るとするか。

 

そんな訳で戦闘準備。

お楽しみドーピングタイムの時間である。

 

今回の相手はただのトカゲもどき。

手加減も遠慮もする気は無いが、特別なお薬を飲む必要性までは感じない。

 

なので今日服用するのは何時も用意している常備薬。

 

スタミナ増強剤S、スタミナ活性剤改、体力増強剤S。

それらを纏めてゴクンゴクン。

 

ちなみに今回は超視界錠は使わない。

開けた場所で見失う心配は無いし、何より逃がすつもりは無いからな。

 

次に取り出すのはレーション。

これ自体にドーピング効果は無いものの、この後激しい運動が予想されるのでハンガーノック防止のためにムシャっておく。

 

食べ終わったら最後の仕上げ。

 

筋力増強錠90改、体躯増強錠90改、それに超視界錠に強制解放剤改。

それらを纏めてゴクンゴクン…する前に。

 

ポン、と後ろから震える肩に手を置いてやる。

触れた途端筋肉質の身体がビクリと跳ねるが、気にせず肩に手を置き続ける。

 

こういう場面において言葉は不要。

こういう時はどこまで行っても人の温もりが一番効果的なのだ。

 

なお年上相手なので頭に手を置くような失礼はしない。

年下相手だったら気にせずやるがな。

 

ちなみにこれは俺の元上官殿の言。

懐かしい、思えば俺もよくやられたものだ。

 

どちらかというと女性相手によくやってたような気がするのはきっと気のせいだろう。

 

まぁいい、話を戻そう。

気付けばいつの間にか震えが止まったブレンダンがこちらを向いている。

 

という訳で最後のお薬をゴクンゴクンのバリボリムシャムシャ。

 

強制解放剤の副作用でクラッとしたところをブレンダンに声を掛けられたが。

別に怪しいブツをキメてる訳ではないので気にしない。

 

 

 

顔を持ち上げ。

真っすぐブレンダンの瞳を見つめる。

 

うん、良い眼だ。

少々まだ怖れの色が残っているが、このくらいならまぁイケるだろう。

 

 

 

確信すると共に建物の影を飛び出し。

一気呵成にハンニバルの背中に襲い掛かる。

 

不意の事態に驚き、固まるソーマとルーキー。

そんな二人の突然の行動に釣られるようにハンニバルの動きも一瞬止まる。

 

-ブチリッ。-

 

その硬直こそがまさに命取り。

既に何匹も殺した相手、万事そつなく心得ている。

 

背後から一撃で背中の逆鱗を引き千切り。

高熱の後輪を展開するより早く、神機を身体の奥深くへと突き立てる。

 

周囲に響き渡る悲鳴のような咆哮。

が、お前に出来るのはここまでだと言う事も知っている。

 

さぁお仕置きの時間だ。

別に()()()()()()()()()()()

 

 

アラガミ、それも忌々しいクソトカゲの姿に生まれた身を呪うんだな。

 

 

 

 

 

死ね。

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

そんな訳でハッスルし過ぎた結果。

はしゃぎっぷりに違和感を持たれたのかルーキーに詰められ今に至る。

 

目が赤いのはさっきも言った通りただの充血。

解放剤系は身体にかかる負担も強く、体質によっては効果終了後もしばらく目が充血してしまうためである。

 

「ブレンダンさん。二人が来る前、この人何か不審な行動取ってたりしませんでしたか?」

「…俺が見ていた限りそんな素振りは無かったな。強いて言うならヴァジュラの時には強化薬の類は服薬していなかったと思うが…」

 

ブレンダンの言葉にほぅほぅと意味深に頷くルーキー。

何だよ、ヴァジュラ相手に強化薬なんか使わなくてもおかしくないだろ。

 

「この前私とミッションに行った時はヴァジュラ相手に見慣れない薬を飲んでましたよね?同じヴァジュラ種が相手でも、何か区別して飲み分けたりしてるんですか?」

 

あれはお前が思わせぶりな態度を取ったからだろうが。

特殊個体だと思って挑んだのに、蓋を開ければただの通常種とくるんだから。

 

あの薬合成するのに滅茶苦茶金が掛かるんだぞ。

今だから言うけどあのミッション普通に足出たんだからな。

 

言ったら自業自得だと言われそうだから言わないけど。

 

「むぅ…ソーマは何か気付いた事とかない?付き合いも私達より長いし、何か違和感を感じたりとか…」

 

だんまりを決め込む俺に業を煮やしたのか話題の矛先がソーマに向かう。

ソーマはソーマでジロリとこちらを一瞥した後、しばし考えるように目を閉じてから重い口を開いていく。

 

「別にコイツが強化薬を服用するのは今回が初めてな訳じゃない。今までも厄介なアラガミと相対するときはよく服用しているのを見てるしな。」

「アラガミと戦うのに一々薬を飲むんですか?そんな事するより斬りかかった方が早いような…」

「俺やお前と一緒にするな。普通の人間はアラガミと正面切ってやり合えるほど頑丈じゃないんだ。」

「…あれ?今私遠回しに人外だって言われました?私、一応ごく普通の女の子なんですけど。」

「ハッ、どこの世界にお前のようなちんちくりんのバケモノを普通の女の子と…ウオッ!?おいやめろ何しやがるテメェ!」

 

おっと綺麗にアイアンクローが入った。

そのままルーキーが馬乗りになり、突如目の前で微笑ましいじゃれ合いが繰り広げられる。

 

凄い、あのソーマ相手に普通に競り勝ってるぞ。

一応ソーマは極東支部じゃ喧嘩無敗の筈なんだがな。

 

「クソ、この馬鹿力めっ…おい!見てないで助けろ!」

 

いやぁ、そうしたいのは山々なんだけど。

 

生憎過酷なミッション明けでな。

もう疲れちゃって、全然動けなくてェ。

 

「…って顔してますねこれは。」

「この無表情でそんな感情豊かな訳あるか!いいからお前らも早く助けやがれ!」

 

ハッハッハ、愉快愉快。

他人、それもあのソーマが良いようにやられている光景は中々だな。

 

あ。別に助ける必要は無いぞブレンダン君。

真面目な話、ソーマを正面から組み伏せられるような相手をどうこうできる訳がないからな。

 

あたふたした所で始まらない。

お茶でも啜ってのんびりとな。

 

「何落ち着いてんだテメェ!大体元はと言えばテメェがあれこれ隠し事をしてるのがムグッ!?」

 

こらこら、余計な事を言うんじゃない。

せっかく逸れた矛先がこっちに向かってしまうじゃないか。

 

ほら、ルーキーがそうだったと言わんばかりの目でこっちを見ている。

とりあえずここは知らんぷりしつつ、ソーマ君の口を封じておくか。

 

極東で言うところの"愛と友情のツープラトン"と言うやつである。

 

悲しくなるので愛は無いとか言ってはいけない。

友情くらいはあるはずだ…多分。

 

 

そんな訳でこうしてやる、えいっ!

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…グーだった。ソーマ、女の子相手にグーで殴った。」

「殴ったんじゃなくて拳骨だ。あんな真似しておいて女もクソもあるか。」

 

帰投直後の格納庫。

任務を終えた神機使いが輸送ヘリから降りていく。

 

「…なぁ。結局のところ、リーダーはアイツが赤目になってた理由を知りたかったって事でいいのか?」

 

そう問いかけるのはブレンダン。

頷いて返答を返しつつ、その理由について更に詳細を付け加えていく。

 

「あの人、どうも最近何か隠し事をしているみたいなんです。さっきの戦い方だって明らかにらしくなかったですし…」

「確かにな。俺もタツミやジーナからまた聞きした程度だが…おそらくアレは強化薬を短時間に大量摂取したことによる副作用だ。確かにハンニバルは強敵ではあるが…いや、今回のザマじゃ俺が言えた立場ではないな。」

 

強大な敵を前に不覚にも怯んでしまった己の身。

 

あの後恐怖を乗り越えて戦いに参戦はしたものの。

だからと言ってかのアラガミの実力を論議出来るほど良い御身分だとは思わない。

 

「構いませんよ。どうせこの後もあの人に詰め寄りますから。」

 

そう言って優しく微笑みながら後ろを振り返る第一部隊の隊長。

その視線に引っ張られるように、同じく立ち止まって後ろに倒れている人物に視線を向ける。

 

 

「………………………」-チーン-

 

 

「…詰め寄るというならアレはやりすぎなんじゃないか?」

「やったのは私じゃありませんからセーフです。」

 

………

 

アナグラに到着し。

ルーキーと共に手を離した途端ソーマにグーでぶっ飛ばされた。

 

薄れゆく意識の中。

最後に見たのは拳骨を落とされて蹲るルーキーの姿。

 

いやいや、それは無いだろソーマ君。

片や拳骨、片やグーパンとか不平等もいいとこだぞ。

 

公平性をとってどちらにも手を出さないという選択肢はないのか。

 

この状況で言うとトドメ刺されそうなので言わないが…って、え?

 

待て待て待て。俺何も言ってないぞ。

その振り上げた拳をどうするつもりだ。

 

嘘だろ、言っても言わなくても俺はトドメまで刺されるのかよ。

今度シオにいじめられたって言いつけてやる。




ちょっとずつ公式並みの人外領域に足を突っ込み始めているルーキーちゃん。

ちなみに無口さんはどこまで行っても人の枠は超えられません。
踏み込んじゃいけない領域に踏み込みまくってようやく枠の外にタッチできます。

そして無口さんはそれに対する躊躇いがゼロの人。
元上官殿に監督不行き届きを訴えておきましょう。


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-Side_Story-無口な新型使いはかく思う1

Q1.ルーキーちゃん裏でバケモノ呼ばわりされてない?
A1.「人懐っこい」という単語も頭にセットで付いている。

Q2.ソーマとどこで差がついた?
A2.餌付けされてる頻度が多すぎる。

本人はたかってるつもりでも傍目にはペットがおやつをねだってまとわりついてるようにしか見えない。
普段と違って年相応な雰囲気になっているのもさらに原因ディ・モールトベネ

つまりは大体無口さんのせい。


「…うん、これで良し。神機のオラクル細胞の活性も無事安定。ありがとね、リーダー。」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

作業台に置かれた神機から顔を離し、微笑みながら話かけてくるリッカさん。

 

「それにしても考えたよね。神機の不調を直すのにリンドウさんの痕跡…それもアラガミ化の進行が進んでいる状態の物が必要だからと言ってもさ。」

 

ここ最近急激に不安定な状態となっていたリンドウさんの神機。

その調整にはあろうことか極力アラガミ化が進んだ状態のリンドウさん本人の痕跡が望ましいとの事で。

 

正直に言えば気分の良い話ではないと思う。

依頼する方もされる方も、リンドウさんが生きていると信じていたいこの時に。

 

寄りにもよって悪い話を裏付けるような素材を集めてこいというのだから。

 

しかし事情と背景を知っている以上。

それをわざわざ口にするつもりは毛頭無く、とりあえず当たり障りの無い言葉を選んで続きの言葉を促してみる。

 

「リンドウさんおびき寄せ作戦だっけ?よくあんな名前の作戦にミッションを偽装しようなんて考え付いたね。」

「あれはまぁ何と言いますか、たまたま予定と状況が噛み合ったというか…」

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

-数日前、極東支部のエントランスホールにて-

 

コウタが発端となって二度に渡り実施された"リンドウおびき寄せ作戦"。

 

第一次はリンドウさんが女性神機使いを主軸に。

第二次はそれに加えて男のロマンとやらを添えて決行された。

 

ただまぁ結果は予想通りと言うかなんというか。

 

「来る訳ありませんよこんな頭の悪い作戦で。逆にこれで来たらドン引きですよ。」

「何だよアリサ!そんなに言うなら代わりにリンドウさんが誘い出されそうな物でも出して見ろよ!」

「そ、そんな簡単に思いついたら苦労しません!ていうかまだやるつもりなんですか!?」

 

当然だと言わんばかりにドヤ顔するコウタ。

正気を疑うと言った様子で聞き返すアリサ。

 

喧々諤々、ここ最近ではとんと聞く事の無かった感情的な言い合いが室内に響き渡る。

周りも顔を顰めて…と言うことは無く、また始まったと呆れ交じりに遠巻きにその様子を眺めている。

 

かくいう私もその一人。

まぁ二人とも本気で言い合っている訳ではないので大事にはならないとは思っているのですが。

 

これでも一応二人が所属する部隊のリーダーなので。

巻き込まれない程度には距離を置いたうえで、もしもの時のために近くで二人のやり取りに耳を傾け--

 

「リーダーからも何か言ってやってよ。アリサってば文句ばかりで全然意見出してくれないんだぜ?」

「ちょ、誤解を招くような言い方しないでください!むしろリーダーからも言ってあげてください!"しょうもない作戦ばかり立てるな"って!」

 

残念、普通に巻き込まれました。

 

しかもあちらを立てればこちらが立たず。

どちらに寄り添っても角が立ちそうな立ち位置。

 

さて、どうした物でしょうか。

 

考える事数瞬。

ふと頭に名案が浮かび、軽く会話をシュミレートしてから二人に向かってそれを語りかけてみる。

 

「…うん、私が思うに、コウタのアプローチはあながち間違いじゃないとは思う。」

 

その言葉を聞いたコウタは我が意を得たりと言わんばかりに得意げに。

同時にアリサは信じられない物を見るような目でこちらを向いている。

 

「ただまぁアリサが言うように内容はちょっとどうかと思う。何ですか、女の子ばかり集めて"リンドウおびき寄せ作戦"って。女性どころかリンドウさんに対しても失礼ですよ。」

「そ、その通りですよリーダー!もっとコウタに言ってやってください!」

 

が、次の言葉を告げた瞬間に手のひら…もとい顔をクルリ。

 

今度はアリサがここぞとばかりに畳みかけ。

コウタの方はそうかなぁといまいち納得しかねるような顔で生返事を返してくる。

 

「発想の方向が間違っているんですよ。リンドウさんが好みそうな物を用意するのまでは合っているんですけど、そこで俗物的な物に舵を切るからいけないんです。」

「…つまりどういう事?」

 

次の言葉に今度は二人揃って首をコテン。

ちょっと可愛いと思う私の心を他所に、コウタが率直な疑問を口にしていく。

 

「簡単ですよ…と言う前にコウタに質問です。」

 

うん、予想通りの展開です。

であれば何も戸惑うようなことは無く、先程頭でシミュレーションした内容をそのままコウタに告げていく。

 

「ある休みの日、コウタはバガラリーを見ようと考えています。」

 

右手にはオヤツ。左手にはジュース。

そして部屋に戻る途中に見かけたのは同じ趣味持つ気の置けない男友達。

 

「もしその人もお休みだとしたらとりあえず誘ってみたりしない?それとも一人で見る方が気兼ねなくていい?」

「そんな訳ないじゃん。それ絶対誘った方が楽しい奴じゃん。」

「そう、つまりはそういう事です。」

 

何も女の子ばかりはべらかすのが男の人の楽しみではありません。

 

気の置けない友人たちと共に。

心行くまで趣味の時間を満喫する。

 

これもまた男の人が引き寄せられる浪漫の一つ。

アーカイブにあった小説にもそう書いてありましたので間違いありません。

 

「ごめんリーダー。わかるようなわからないような、いまいちピンとこないんだけど…」

 

間違いないのに。

目に飛び込んできたのは見るからに頭に疑問符を浮かべたコウタの姿。

 

むぅ、何で通じないんですか。

男の子ですよね?それともコウタにはちょっと文学的過ぎる話でしたか?

 

まぁいいでしょう。

これが諭す事を目的としているなら続きの話も考えますが。

 

今回はそれっぽい事を言って煙に撒くのが目的なので気にしません。

それに全く理解出来ていない訳でもなさそうですし、であればこれ以上私の出番は不要です。

 

という訳で次はアリサ。

こちらはこちらで先程の話の意図がわからないといった表情を浮かべていますね。

 

「アリサもピンとこない?男の人ってさ、よく大勢集まってワイワイやってるイメージとかない?」

「あぁ、そういう…つまり女性云々ではなく、楽し気な雰囲気で誘い出そうとするのが良いんじゃないかって事ですか?」

 

流石アリサは話が早い。

得心したと言った感じに聞き返してくるアリサに私は軽く頷いて正解の意思を返します。

 

「と言う事は次は男だけのメンバーで出撃するって事?」

「まぁ私は発案者なので同行しますが。いわゆる"両手に花"って奴ですね。」

「駄目ですよリーダー、そんな事言ってたら本当にコウタみたいな思考になっちゃいますよ?」

 

"ひでぇ…"とまるでシオがいた時のようなやり取りをするコウタとアリサ。

軽い言い合いこそは続いているものの、先程までに比べるとずっと声の感じも落ち着いたもの。

 

うんうん流石私、どうやら上手い事場を収める事が出来たみたいですね。

自画自賛になりますけど、たまには自分で自分を褒めてもいいでしょう。

 

 

「ちなみに誰連れて行くの?男って事はまた俺?」

 

あ、すみません。

コウタは今回は御留守番です。

 

自身を指さしながら聞いてくるコウタに違いますよと即答する。

 

実は言うと今回のメンバー。

話の前から大枠が既に決まってるんですよ。




タイトルが思い浮かばなかったのでいっその事全て書き換えてみるテスト。
登場人物は同じだから書き換え前と同じだと言い張るコンテンツ。

テセウスの船?知らぬ。


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-Side_Story-無口な新型使いはかく思う2

Q.シリアス回?
A.どちらかというとシリアル回。

ルーキーちゃんは至って真面目にやっています。
たまにトンチキな発想が混じっていても。


先日依頼されたリンドウさんの神機の調整素材の調達依頼。

 

榊博士の胡乱な言い回しを訝しみつつも。

相手が私だという事で、リッカさんも包み隠さず素材の正体についても話してくれました。

 

必要なのはリンドウさんがアラガミ化しかけている事を示す痕跡。

それも可能な限り症状が進行している事を指し示す物。

 

恐らくリッカさんとてこんな頼み事はしたくなかったのだろう。

告げるその表情には暗い影が落ちており、言い終わりにはゴメンねと謝罪の言葉まで口にして。

 

そんな彼女を安心させるべく。

気にしないでくださいと事も無げに答えて引き受けたあるミッション。

 

リッカさんが言い淀んでいた気持ちも鑑みて。

一人でこっそり済ませてくるのが一番良いのですが。

 

(それをやってしまった日には、もうあの人のやる事には文句言えなくなりますね。)

 

嫌われている訳ではないとは思う。

喋らない上に無表情なので、何を考えているのかわかり辛い所はあるけれど。

 

リッカさんに差し入れを持っていくのに付いていき、ご相伴に預かるのもしばしばだし。

頻度こそ減りはしたけれど、私も含めて他の神機使いの皆ともよくミッションを共にしている。

 

けれどその実。

これっぽちも信用されていないし、これっぽちも信頼されていない。

 

あの人にとっては文字通り。

誰も彼もがその心中を()()()()()()()存在に過ぎず。

 

だから任さないし頼らない。

そしてそれはある意味、今私が抱えている悩みに近しいもので。

 

まったく、本当に嫌になります。

なったものにだけわかる悩みと言うのは聞いた事があるが。

まさか身をもってそれを体感する事になろうとは。

 

私にも皆に伝えていない秘密がある。

レンとの感応現象から始まった、リンドウさんに関わる一連の秘密。

 

シオの時とは違って秘密を共有する第一部隊の姿はそこに無く。

むしろ知られてはいけないという状況に難易度が変わっている。

 

その度に頭をよぎるのはあの人と同じ行動原理。

全てを一人で、誰にも気づかれないままに片付ければいいのではと考え始める閉じた思考。

 

そうすれば誰も辛い思いをする事が無いから。

 

流石に私自身はどうしようもないですけど。

そこはまぁ私が我慢すれば済む話と割り切って--

 

 

 

 

 

(で、その結果やる事があの人と同じ。誰にも頼る事が出来ずに単独行動ですか。)

 

 

 

 

 

散々人の事を信用できないのかと悪態ついておきながら。

いざ自分の番になればこの通り。

事前にわかっていながら悪例をなぞるとか我ながら馬鹿じゃないのか。

 

こうしてあの人の姿が頭によぎり。

自己嫌悪の後にあの人の愚痴を言い始めた所で正気に戻ると言うのが最近のお約束。

 

だって仕方がないじゃないですか。

 

ただでさえ鉄仮面と評されるほどの無表情。

加えて言葉も喋れないとあってはまず周りがそれを察する事は難しい。

 

さらにあの人の場合、最早確信犯と言っていいレベルで自身のそれを悪用している。

 

眉一つ動かさずに知らん顔。

問い詰められても"喋れませんが?"と知らん顔。

 

こちら側からしてみれば何とも腹立たしい事この上ない。

文句の一つくらい言いたくもなるじゃないですか。

 

あの人は恐らく、いやほぼ確実に。

自身の苦悩を周りに気付かれないよう意図的にそれを良しと考えていて。

自身の心傷すら隠れ蓑に丁度良いと利用する。

 

もしかすると人を悪戯してからかったりしてくるのもその一環なのだろうか?

事が済んだら適当にからかい、あしらっておけば多少不信に思われたとしても誤魔化されると思って--

 

いや、これは多分違いますね。

きっとあの人の素ですね。

 

…違いますよね?

あれまでカモフラージュとしてやってると言われたら、私普通に人間不信になりそうですけど…

 

まぁこの話は一旦置いておきましょう。

 

とにもかくにも。

私にはあの人という悪例がある。

 

 

私自身が嫌悪するあの有様を。

私自身が進んで歩むわけにはいきませんから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

そんな訳で今回のリンドウさんおびき寄せ作戦にかこつけて。

こっそりリッカさんの頼みをこなそうと考えたのが、私がコウタの案に乗った理由。

 

まぁこの作戦にかこつけてあの人が怪しい行動を取ろうとしていないか監視するという目的もありますが。

 

榊博士の言葉を信じるなら、あの人は物事の道理を非常に重んじる性格との事。

つまり不審な行動を取っている現場を現行犯で押さえれば、いくらあの人でも観念してこちらの意見に耳を傾けてくれるようになるでしょう。

 

ちなみに弁解する場はあげません。

自分から喋れない事を利用するくらいなんですし、私も利用したっていいでしょう。

 

という訳で一人はあの人で確定ですが。

残りのメンバーの人選は慎重に行う必要があります。

 

ヒバリさんに作戦エリアの状況を確認した所。

目的の素材が有りそうな場所には現在ヴァジュラとそれを捕喰しようとしているハンニバルが彷徨いているとの事。

 

これが普通の生物であればお互いに喰い合い消耗した所を叩くのですが。

アラガミと言うのは捕喰した物の性質を取り込んで急速に進化する存在。

 

下手に共食いをさせた結果、手出しできない程強力なアラガミになってしまっては元も子もない。

 

そんな訳で今回の任務は討伐ミッションではあるのだが。

大型種二体同時に相手取るのは危険性が大きくなるため、合流前にどちらかを叩いておく必要がある。

 

となれば求められるのは攻撃力に優れ。

ヴァジュラやハンニバル相手にも果敢に攻撃を仕掛けられる実力者…

 

まぁソーマですね。順当に考えて。

適当に決めた訳じゃありませんよ?

 

 

これで残るはあと一人。

さて、誰が良いですかね?

 

………

 

「…リーダー、マジで言ってる?」

「あの、理由を聞いていいですか?適当に決めた訳じゃないんですよね?」

 

そこまで思いついた所で一旦二人にメンバーを話したところ。

予想の十倍は渋い顔を浮かべる二人が怪訝そうに聞き返してきます。

 

「何ですかその表情は。二人ともリンドウさんとほぼ同期に当たるベテラン神機使いですよ?」

「確かにそうだけどさ…え、何?まさか付き合い長い同士の方がワイワイやれるだろう的な感じ?」

 

鋭いですね、良い勘してますよコウタ。

まぁ残念ながら外れてますけど。

 

もっとも、せっかく提供してくれたそれらしい理由を見逃す必要もないので。

微笑みながら頷いて肯定の意思を示していく。

 

「ちょ、正気ですかリーダー?二人ともどう考えてもワイワイ騒ぐのから程遠いイメージなんですけど…」

「そんな事ないよアリサ。ほら、考えてみて?」

 

ソーマはよく音楽を聴いてるじゃないですか。

自分から騒ぐのはともかく、騒がしい場自体はそこまで嫌いじゃないですよ。きっと。

 

それにあの人はよく人の事からかってきますし。

喋らない上に無表情ですけど、自分から場を盛り上げるのは好きな方だと思いますよ。

 

まぁ適当に言っているだけなので間違っているかもしれませんけど。

ここでそれを言ってもこじれるだけなので黙っておきましょう。

 

さて、問題なのは残る一人です。

相手と作戦の関係上、出来れば近接神機使いが良いのですが。

 

「順当に考えれば同じ古参繋がりで…そうなるとこの二人に近いのはタツミさんですね。」

「止めてやれよリーダー、タツミさんにまで俺と同じ思いをさせるなよ…」

 

何時ぞやあの面子の中に放り出された事を思い出し。

若干遠い目をしつつコウタが口を挟んでくる。

 

確かにタツミさんは和気藹々とした空気を好み、自身も積極的に会話していくタイプ。

会話を好まないだけのソーマはともかく、そもそも会話が出来ないあの人との組み合わせは辛いかもしれない。

 

「じゃあ逆に私達に近い歳と言う事でフェデリコ…は流石にまだ経験が浅いからシュンさんとか。」

「いや、今回の相手ハンニバルですよね?コンゴウと互角のあの人じゃ正直荷が重すぎますよ。」

 

他所の支部なら実力者だと思いますけど、とフォローしつつ。

指摘してくるアリサにそれもそうかと思い留まる。

 

そう考えるとカレルさんも候補から外れますね。

まぁ銃型神機使いですので今回は元から外していましたが。

 

本来なら近接2、遠距離1の編成は悪くはないのですけど。

今回分断するのはヴァジュラとハンニバル。

 

カバー役が減る分後衛の危険は増えるし。

何より合流の可能性が出た際は近接型が文字通り身体を張って止める必要も考えなくてはいけない。

 

つまり求められるのはタツミさん以外の近接型で。

最低でもヴァジュラクラスと戦える実力者。

 

 

そう考えると。

極東支部で該当する近接神機使いは一人しかいませんね。

 

まぁ雰囲気的にも似てる気がしますし、きっと相性は良いでしょう。




-おまけ-

ブレンダン「あぁ、ちょうど今なら手が空いている。何のミッションに行くんだ?」
ルミナ「第三次リンドウさんおびき寄せ作戦です。」
ブレンダン「…すまないリーダー、一応聞いておきたいんだが…誰が俺をメンバーに入れようと言い出したんだ?」
ルミナ「一応考えたのは私ですが…あ、コウタもアドバイスをくれたと言えばそうですね。」



ソーマ「ほぅ…リーダー、その話、詳しく聞かせてもらおうか。」
ルミナ&ブレンダン「あっ。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なるべくしてなった組み合わせ編成
ルーキーちゃんの趣味ではありません。

ルーキーちゃんの趣味ではありませんよ?


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-Side_Story-無口な新型使いはかく思う3

Q.今回も無口さんの出番無し?
A.そろそろ。


「そういう事だったんだ。よかったぁ、実は言うと私達の知らないリンドウさんの趣味なのかなってちょっとドキドキしてたんだよ。」

「そんな訳ないじゃないですか。まぁ女の子に釣られてノコノコ出てきたと言われても困りますけど…」

 

おおよその経緯を語り終え。

どことなくホッとした様子で口を開くリッカさんに軽く冗談めいて言葉を返す。

 

まぁ元よりあまり明るい話題ではないですし。

この話はこの辺にしておきましょう。

 

「それよりリッカさん、ちょっとした疑問なんですけど…どうして神機の調整にアラガミ化が進んだ痕跡が必要なんです?」

 

話題を変えるべく。

ミッションを受けた時から疑問に思っていた事を口にする。

 

神機のメンテナンスにはアラガミの素材、それもコアと呼ばれる部分が多く求められ。

自分達神機使いのミッションでもよく整備班が使用するための素材調達というものが数多く発注されている。

 

当然、メンテナンスする神機に用いられるコアは赤の他人…もとい他神の物であり。

同種の素材を用いるにしても、今回のリンドウさんの神機のように持ち主の身体の一部を提供するように言われたことなどない。

 

「あ、興味ある?いいよぉ、ちょっと専門的な話になるけど、君さえよければ喜んで説明してあげるよ。」

 

………

 

ゴッドイーターの象徴とも言える武器である神機。

 

言ってしまえばそれは人の手で生み出された人工のアラガミ。

アラガミである以上、持ち主以外が触ると捕喰されてしまう。

 

扱えるのは神機が持つオラクル細胞に適合した人間のみ。

そしてこの"適合"という言葉には実は多くの意味が含まれている。

 

「詳細を上げればキリは無いけど…"拒喰"と"共喰"、私達技術者がこう呼んでいる二つの要素が特に重要視されるんだ。」

 

リッカさん曰く。

 

拒喰とは読んで字のごとく喰らう事への拒絶。

何でも捕喰するオラクル細胞が持つ数少ない"嫌いな食べ物"を意味する。

 

これに該当するという事は即ち神機のオラクル細胞が適合者を捕喰しないという事を意味し。

神機使いになるためには最低限この要素に該当する必要がある。

 

「共喰というのは"共食い"って呼ぶ人もいるけど…イメージ的にはこっちの方が適合するって表現に近いかな。」

 

オラクル細胞に限らず。

本来自身の身体が取り込めないものと言うのは異物以外の何物でもない。

 

異物であれば当然、それは排除対象に他ならず。

神機を扱うにも前述の拒喰に該当するというだけでは拒絶反応を起こされてしまう。

 

そこで重要となるのがこの共喰。

先程の拒喰とは異なり、互いの因子を必要な要素として求め、取り込む反応である。

 

「厳密に言えばこれも一種の捕喰に当たるけど…違いは全部が全部喰い尽くされるんじゃなく、必要な分だけ取り込まれるって感じだね。」

 

無差別に貪り喰らうのではなく。

自身を構成するために必要な要素として取り込む。

 

余談だが所謂"適合率が高い"と言う表現。

この共喰の要素が大きくプラスに傾いている場合に用いられる。

 

この数値が高い程適合試験でも痛みを感じず、手足のように神機を扱う事が出来るが。

低いと拒絶反応で激痛を起こしたり、神機そのものに重量や違和感を感じたりしてしまうそうな。

 

さて、そんな神機にとって重要な意味を持つ共喰だが。

 

今のリンドウさんの神機のように使っていた相手が急にいなくなった場合。

それまで取り込まれていた因子が摂取出来なくなってしまい、急激に不足し始めてしまう。

 

人間で言えば健康を維持するのに必要な栄養が足りなくなってしまうと言った所か。

その状態が続くと神機が不調を起こし、やがて活性不全を起こして故障という事態が発生してしまうという。

 

神機を休眠状態にすれば回避できるのだが、それはそれで色々手間暇の問題があるらしく。

諸々の事情を鑑みた結果、今回はリンドウさんの痕跡を用いてメンテナンスするという流れになったらしい。

 

「なるほど…普段は使用するために触れる事で自然と持ち主の因子が神機に供給されていたんですね。それが長らく持ち主の手から離れていると供給不足になって神機の調子が悪くなる、と。」

「長く特定の人物に使われ続けた神機ほど文字通りその人の体の一部、言うなれば一心同体のようなものになっていく…まさにオラクル細胞の神秘って奴だね。」

 

ひとしきり説明も終わり。

納得したように呟く私の言葉にリッカさんがご明察と添えながら言葉を返してくる。

 

「…あれ?でもそれならどうしてアラガミ化が進んだ痕跡の方が良いんです?進んでない痕跡の方が神機を使っていた頃のリンドウさんに近いんじゃ…」

 

納得した所で新たな疑問。

不足しているのがリンドウさんの要素なら、より元に近い状態の物の方が良いのではなかろうか?

 

「それにも理由があってね。長く持ち主の因子が供給されていないと神機側が求める因子も変質しちゃうんだ。」

 

神機使いが定期的に偏食因子を投与しているように。

休眠状態ではない神機もまた、先程述べたように持ち主からの因子供給が必要である。

 

そして神機使いの場合、長らく偏食因子が投与できないと体内のオラクル細胞が暴走してアラガミ化を引き起こしてしまうが。

神機の場合は既にアラガミに近い状態のためか変質と言う形で表面に現れる。

 

その結果神機の調子を保つために必要となる要素が変わるのだが。

この変わった要素と言うのが元の持ち主のオラクル細胞が活性化した時の物と類似するのだという。

 

「だからリンドウさんが戻ってきたら、まずは神機の再調整から始めなきゃなんだ。アラガミ化の治療は専門外だから何とも言えないけど、進行していた症状を無害化して残したまま~なんて器用な事が出来るとはちょっと想像しにくいからね。」

 

うん、リッカさんの言葉は正にごもっとも。

 

戻ってきたリンドウさんが再び神機を手にするとすれば。

それは当然人間のリンドウさんであり。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……………………………………………………………………………………………

 

-一方その頃のエントランスホール-

 

 

二人の新人神機使いを包んでいた重苦しい空気。

 

それは音も無く一人の神機使いが登場した事により。

一瞬にして全く異なる類の空気へと変容した。

 

「ッ!?」

「だ、誰ですかッ!?」

 

うん、良い反応だ。

その表情が見たかった。

 

事情は知っているがあの空気は少々いただけない。

口で説明しても日の浅い新人にはわからないだろうし、少々手っ取り早い手段を取らせてもらった。

 

「…なぁアネット、そろそろミッションの集合時間じゃなかったっけ?」

「そうだけど…えっ!?じゃあコレ、もしかしてユウマ先輩…?」

 

ユウマ?

知らんな、そんな青い目をしたイケメン古参兵は。

 

というか人を指差してコレ呼ばわりするんじゃない。

見た目や中身が誰であれ、お前達より先輩なのはわかるだろうが。

 

まぁいい。

細かい事は置いておこう。

 

一応俺とは初対面という設定。

であれば先輩云々に関わらず、まずは名乗るのが作法と言うもの。

 

とはいえ今の俺は言葉を発せない。

故に名刺を持って名乗らせてもらう。

 

 

 

 

 

何故言葉を発せないのかって?

 

 

 

 

 

「あ、あの…もしかしたら聞いちゃいけない事なのかもしれないですけど…」

 

 

 

 

 

だって…

 

 

 

 

 

「な、何でウサギの着ぐるみなんて着てるんですか…?」

 

 

 

 

 

着ぐるみが喋ったら夢が壊れるだろうが。

紳士たるもの、子供の夢を壊すような真似をしてはいけないのだ。

 

例えそこに子供がいなくても。

まぁアネットもフェデリコも未成年だし、子供扱いでも問題無いか。

 

という訳で。

改めて自己紹介しておこう。

 

 

俺の名はマスク・ド・ラビット。

極東支部()古参の神機使い。

 

 

コードネーム"kigurumi"だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、さっき適当にでっち上げた経歴なんだけどな。




アネットちゃんが曇ってると聞いてシュバッって来たユ…もといマスク・ド・オウ…じゃなかったラビットさん。

この人、年表に従うとフェンリル就業前からゴッドイーターやってる事になりますね。
経歴でっち上げと言われるのもやむ無しです。


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無口な無口な捜索隊1

Q1.今の時間軸は?
A1.カノンとブレンダンがいなくなった辺り。

Q2.着ぐるみで誤魔化せるの?
A2.腕輪認証するからバレバレ。

そりゃフランちゃんもキグルミの正体わかりますよね。
当然ヒバリちゃんも中身この人だって気付いてます。

ちなみに第一部隊以外の面々には意外と知られていない模様。


--あの人がまた不審な行動を取っている。

 

そこは人気の少ない倉庫区画。

気にするまでも無く人通りの少ないその場所で、人目を気にするかのように辺りを伺い、部屋へと入っていく神機使いの姿。

 

率直に言って怪しさ抜群だ。

普段の無口無表情も相まって、十人中十人が何か企んでいると評してもおかしくはない。

 

…もしかして。

これは証拠を押さえるチャンスなのでは?

 

あの人が裏で暗躍しているのは疑いようもない事実。

見逃されているのは単に証拠も自白も無いからと言うだけの話。

 

もしここで確たる証拠を現行犯で捕らえる事が出来たのなら。

少なくともあの人が人知れずリンドウさんを殺すという結末は避ける事が出来るはず。

 

そうと決まれば迷いは不要。

 

なるべく音を立てる事無く部屋に近づき。

聞き耳を立てて中の物音を窺ってみる。

 

 

-ゴソゴソ、ゴソゴソ…-

 

 

うん、壁越しのせいではっきりとは分からないが。

何やら中で何かを弄りまわしているのは何となくわかる。

 

幸いにして扉にロックはかかっておらず。

踏み込むならまさに今が絶好のチャンス。

 

一般的なドアであれば隙間から様子を伺うという手もあるのですが。

残念なことにアナグラは殆どの扉が機械制御式。

中途半端に開くという器用な事は出来ない。

 

故に取れる手段はただ一つ。

一息に踏み込み、あの人がやっている事を確認するのみ。

 

呼吸を整え、意を決し。

 

-バンッ!-

 

 

 

 

 

「………………………」

「………………………」

 

「………………………」

「…すみません、間違えました。」

 

1、2の3で扉を開けて踏み込んだ先に神機使いの姿は無く。

代わりに立ちすくんでいたのは物言わぬ不審なウサギ(?)。

 

何だ、今回はただの奇行でしたか。

証拠を押さえるチャンスだと思ったのですが。

 

勘違いだと分かればもうここには用はありません。

同類だと思われる前にさっさとこの場を後にしましょう。

 

-ガシッ-

 

「………………………」

「…何ですか、人を呼びますよ。無言で肩を掴まないでください。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

先日任務を終えてアナグラに戻ると。

エントランスで滅茶苦茶落ち込んでいる様子のアネットがそこに居た。

 

いや、落ち込んでいると表現するのは少々違うか。

どちらかと言えば何かしらの大失敗をしてしまったという時の様子に近い気がする。

 

ふむ、何かやらかしでもしたのかな?

多分俺からすれば大した事ではないだろうけど。

 

彼女に限った話では無いが。

新人にありがちな傾向として些細なミスでも実際より大事に捉えてしまうケースが非常に多い。

 

別に新人に限った話でも無く。

神機使いとして任務に赴いている以上大なり小なり失敗はつきもの。

 

ベテランがヘマをしているならまだしも。

新人であるアネットには寧ろ積極的にやらかして今後の糧としてもらう方がありがたい。

無論ミスが続くのはよろしくないが、その時はちゃんと注意するので問題無い。

 

だがまぁそれはそれとして。

期待の新型第二期生が何をやらかしたのかは気になるところ。

アネット君は一体どんなやらかしをしてしまったのかな?

 

討伐対象倒せずミッション失敗した?

それとも味方にを誤射でもして怒られた?

 

前者は神機使いをやっていれば何時か起こりうる事なのでそこまで気にする必要は無い。

 

任務は遂行できる事に越したことは無いが。

一番大事なのは何より無事生きて戻ってくることだからな。

 

ついでに言えば人によっては倒したのに文句を言われるケースも稀によくある。

実力を信用してないのかとか、神機を雑に扱うなとか。

 

俺しか言われてるの見た事無い?

この話は止めようか。

 

後者についてはこの極東じゃ何も気にする必要は無い。

 

何しろここには誤射率世界一のお姫様が君臨しているからな。

誤射したと言っても所詮は新人の流れ弾。防御越しに衝撃を与えてくる無差別爆撃に比べれば可愛いものだ。

 

アレ、躱し続けると段々射軸がこっちに向いてくるような気がするんだよな。

こっちを見てなかったり射撃中に神機を振ったりする故の誤射のはずなのに。

 

もしかしてアラガミじゃなくても命中しないのはすっきりしないとか言うんじゃ…

 

話が逸れたな。

本題に戻ろう。

 

さて、直接聞くのが手っ取り早いと言えば手っ取り早いが。

落ち込んでいる相手になにやらかしたと直接聞くほど、俺は空気の読めない人間ではない。

 

人の口に戸は立てられぬというしな。

こういうのは周りの会話からさりげなく知ると言うのがスマートな紳士と言うもの。

 

それとなく距離を保った位置に陣取り。

周りの会話に聞き耳を立てて情報収集に勤しんでみる。

 

ん-何々?

ふんふん、ははぁなるほど。

 

カノンとブレンダンが帰ってこないのね。

 

想定外の新種に強襲されて?

アネットを逃がすために二人が囮になって?

 

で、一人戻ってきた自分に自己嫌悪しているという訳か。

 

…うん、まぁ俺から言える事はただ一つ。

 

 

よくある事だ気にするな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

こういう言い方は少々アレだが。

神機使いにとって同僚がいなくなるという事は別に珍しくとも何ともない。

 

本当に、本当によくある事なのだ。

それが円満退職と言う話ならまだ救いはあるのだが。

 

悲しいかな大半は誰もが望まぬ強制退職と言うのが現実。

僅かな例でも結局のところ当人の行方が知れないまま籍を抹消されるというケースしかない。

 

俺が神機使いになってからだけで言っても両足の指まで使って数えきれないほど。

何だったらつい先日一人出てるしな。

 

一応偏食因子の適合問題からくる活動限界による引退も無くは無いが。

この場合何だかんだで後方勤務に異動する事が多いのでいなくなるという表現には当てはまらないだろう。

 

つまり神機使いにとってそれだけ人の死と言うのは身近にある物で。

必然、新人ベテラン問わずそれに接する機会と言うのは訪れる。

 

大事なのはこの後だ。

必ず対面しなければ問題である以上、それをどう乗り越えるかで神機使いとしてやっていけるかが決まる。

 

嘆き、哀しみ、怒り、憤り。

 

それらを糧に明日を生き抜くのか。

それらを枷に明日から生きるのか。

 

どれが正解という訳でも無いし、どれが間違っているという訳でも無い。

言ってしまえばどうなるかは人それぞれだ。

 

ただ忘れてはいけないのは。

神機使いが所属するフェンリルは何処に出しても恥ずかしくない優良企業と言う点である。

 

枷まみれで動けなくなったからと言ってハイサヨナラと切り捨てるほど薄情な組織ではない。

 

以前も話した通り極東のフェンリルは死ぬ前のサポートが手厚いのである。

文字通り最後の瞬間までちゃんと面倒を見てくれるのだ。

 

擦り切れるまでこき使われるとか言ってはいけない。

もったいない精神は大事。イイネ?

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

何が言いたいのかと言うと。

ここが君の正念場と言う事だ。

 

冷たい言い方になるが神機使いになった以上、死人にかまけている暇はない。

気持ちを切り替える事が出来なければ、次には自分がそうなるだけなのだ。

 

…とはいえ。

まだ神機使いになって日の浅いルーキーにこれを語るのは酷と言うもの。

 

人によっては時間を掛けて心を慣らすという手も無くは無いが。

さっきの様子を見る限りアネットはジッとしてると逆にドツボに嵌っていくタイプだと見た。

 

なのでミッションに連れていく。

引き摺ってでも連れ回し、余計な事を考える余裕を無くさせる。

 

無論、ただ闇雲に連れ回すのではない。

 

これでも一応古参兵。

連れていくミッションはそれなりに考えた上で選んでいる。

 

用意したのはいずれも捜索ミッション。

事情を聞く限り、二人のバイタル反応はまだロストしていないとの事。

 

つまり二人はまだ()()()()()()

退職もしていなければ籍を抹消された訳でも無い。

 

故にいくらかまけたところで問題はない。

寧ろ積極的にかまけるべきだ。

 

Q.E.D.

証明完了。

 

という訳で。

切り替えてミッションに行こうかアネット君。

 

ちなみに上官命令だから拒否権は無いぞ。

まぁ口頭で言うんじゃなくて固定枠でミッション申請するだけだけど。

 

………

 

「ッ!これ、全部二人の捜索ミッション…あ、ありがとうございます!」

 

ミッション参加を要請したところ。

二つ返事でお礼と共に受諾連絡が端末に返ってきた。

 

目の前にいるんだからそんな急いで返信しなくてもいいのに。

 

肝心のミッション内容はと言うと。

ロストした地域を中心に、逃走経路となりえそうなルートを重点的に洗い出したもの。

 

安全性を重視したルート故に戦闘になる可能性は低いものの。

その分広域でミッション時間が長く、かつ報酬も低めな物になっている。

 

言ってしまえば割の合わないミッション。

それ故に本人さえ乗り気なのであれば、新人のアネットを要員としても問題が無い。

 

まぁ実際は固定枠と言う名の強制参加だから乗り気じゃなくても連れていくんだけどな。

当人は喜んでいるみたいだし、余計な水は差さないでおこう。

 

「わ、私直ぐ用意してきます!準備が出来次第エントランスに戻ってきますから!」

 

いや、急がなくても出撃予定時間が決まってるから…ってもういないし。

 

君、戦闘だと鈍足なのに短距離だと結構早いのね。

それだけずっと気に病んでいたという事か。

 

 

さて、それじゃあ俺も色々と準備を始めるとするか。

 

身体を動かして余計な事を考えなくさせる。

これはこれで一つの方法ではあるのだが。

 

俺の経験上、実はこれをさらに効率良くする手段が存在する。

うまくいくかどうかは分からないが、失敗しても害は無いのでそれならやるだけ得と言うもの。

 

前提として。

人は理解できない事に遭遇すると思考がフリーズする生き物である。

 

思考を停止させた上で考える余力を無くすとどうなるか?

それまで考えていた事を放置して現状理解にバッファを割き始める。

 

結果何が起こるのか?

端的に言えばそれまで考えていた事を忘れるか、どうでもよくなるのである。

 

 

ではアネットにとって思考がフリーズする出来事とは何だろうか?

 

 

…ウサギの着ぐるみ着てアラガミでも狩ってみるか。




思考の切り替え方に一家言ある無口さん。
オーバーフロー起こしている方が言うので間違いはありません。

ちなみにこの人とキグルミは別人。
つまりその内二人一緒に出てきます。


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無口な無口な捜索隊2

Q.何でウサギの着ぐるみ?
A.シオにドレスを持って行ったお話を参照。

装備するとジャミング耐性、ユーバーセンス、ステップマスターが付きます。
別人なので本家ほど好戦的な名前のスキルは付きません。


ウサギの着ぐるみ。

カワイイカワイイ、ウサギの着ぐるみ。

 

極東が誇る有能な整備士であるリッカ嬢が。

徹夜明けのテンションで作り上げたウサギの着ぐるみ。

 

かつては青色系で毛並みが統一されていたのだが。

食欲をそそる色だったのか、シオに三分の二程食べられてしまった。

 

着ぐるみとは言え歴とした装備品。

おいそれと廃棄や隠蔽する訳にもいかず、だからと言って「目を離した隙に食われました」なんて言える訳もない。

 

まぁ歯形が付いているので見る人が見れば一目瞭然なんだけど。

 

それでも上手い言い訳が思いつかなくて無言で差し出したにも関わらず。

察して何も言わず修繕に回してくれたリッカちゃんマジ天使。

 

言わなかっただけで、苦笑いと溜息混じりにレンチで本気のペシペシされたけどな。

 

保護者の監督不行き届きだってさ。

俺、結婚どころか彼女すらいないのに…

 

この話は止めようか。

 

………

 

さてさて。

そんなカワイイカワイイ(?)、ウサギの着ぐるみ。

 

無邪気な子供の戯れでボロボロになったそれだが。

黒色の予備パーツでツギハギしてまで直してくれた。

 

ただの着ぐるみであればここまでして直したりはしないだろうが。

お察しの通り、これはただの着ぐるみににあらず。

 

羊の皮を被った狼…もとい、兎のガワを被ったアラガミ素材で作られた、正真正銘の最新技術の塊である。

 

元となったのは神機使い以外でもアラガミの討伐をサポート出来るよう開発途中だったパワードスーツ。

神機というアラガミに対する抵抗手段を持たない一般の人間でも後方支援と言う形で活躍出来るようにするという名目で作られたらしい。

 

当たり前の話だが元からウサギの姿だった訳ではない。

改造前の写真を見せて貰ったが、例えるなら金属製のゴツいゴリラみたいな見た目をしていた。

 

このゴリラスーツ、別に神機を扱えるようになる訳ではないので戦闘能力は全く無く。

ついでにゴツい見た目の癖にアラガミに対する防御力も紙きれ同然だったため、使用者の安全性と天秤に掛けられた結果お蔵入りとなっていたのだが。

 

神機使いが中の人になる事で神機と言う攻撃手段を有するようになり。

シオのドレス開発で得た素材技術を転用する事で実戦にすら耐えうる程の耐久性を獲得し。

ついでに女神リッカの趣味によって愛くるしいウサギの姿へと生まれ変わる事にも相成った。

 

もう一人の女神シオにつまみ食いされてツギハギにもなってしまったので今も愛くるしいかは疑問が残るところだが。

 

結局何が言いたいのかと言うと。

 

戦闘から後方支援まで何でもこなせる万能装備がここに誕生したという訳だ。

それも俺専用の装備として、である。

 

見た目はどうあれ、普通に考えれば一神機使いに支給される装備品の範疇を超えた性能。

もし黙って試作品をくすねたとしても、定期的に監査があるので秒でバレて怒られる。

 

しかしこれはシオのドレスと一緒に俺に対して支給された物であり。

借りパクでも何でもなく、正式な手続きを得た上で俺の専用品となっている。

 

通信強化アンテナ(ウサミミ)に偏食場パルス感知レーダー(ウサ尻尾)。

分厚い装甲(毛皮?)による防御力と可動補助モーターによる太い見た目にそぐわない俊敏性まで。

 

これ一つ着るだけで賄えるという優れもの。

性能だけを見て言うならば、ぶっちゃけ神機使いの誰もが羨むレベルの代物だと思う。

 

まぁこれでも一応古参でしかも部隊長だからなー。

良い装備品が優先的に回されるのも致し方なしかなー。

 

大の大人が好き好んでウサギの格好しているという現実にはツッコんではいけない。

それに気にしなければどうと言うことは無い。

 

ちなみに先にも述べたように、こんな見た目でも最新技術の塊。

着ていった時はちゃんと運用レポートを提出しているので大きな目で見れば極東支部全体の役には立っている。

 

特に耐久性のレポートは毎回問い合わせが来るくらい重要視されている。

何でもファッション性と耐久性を両立させた神機使い向けの衣服の開発に役立てるそうな。

 

その内着ぐるみが正式に衣服の一つとして開発されたりして。

見た目はどうあれ、言いようによっては着るタイプの装甲だと言えなくも無いし。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・極東ジョーク。

まぁ流石にあり得ない話か。リッカだって徹夜明けのテンションでウサギにしただけだろうしな。

 

 

そうだな、もしそんな奴が本当にいたら。

今フェンリルが公報しているVRアイドルの歌をダンス付きで披露してやるよ。

 

九分九厘、そんなアホはいないと思うがな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは通称"煉獄の地下街"。

文明の象徴の一つと言える地下鉄道が走っていた頃の面影は見る影も無く。

あふれ出した溶岩のみが闇を染める、地獄が顕現したかのような光景が広がっている。

 

今回アネットとやってきたのは捜索ミッション。

最近極東支部で流行っているかくれんぼの鬼役である。

 

探す相手はカノンとブレンダン。

まずは二人が最初にはぐれたという場所から探索を始めようと選んだ地域である。

 

一応、元々三人が討伐する予定だったアラガミもサブターゲットに含まれており。

可能であればこれを討伐するというのもミッション内容に含まれている。

 

お相手は鰐型アラガミであるグボロ・グボロのマグマ適応型堕天種。

通常種と違い、水じゃなくて溶岩に適応したこの地域特有のアラガミである。

 

高熱を帯びた攻撃こそ危険ではあるものの、この極東ではさして強いアラガミという訳ではない。

仮に今のアネットが単独で戦ったとしても、手間取りこそすれ負ける事はないだろう。

 

しかし先も言ったようにメインは二人の捜索であってアネットの実戦訓練ではない。

効率だけで考えれば二人がかりでボコボコにして、さっさと幕を引くのが手っ取り早い--

 

…が、今日はそれに加えて俺の目的がもう一つあるのでそれもやらない。

流石にKIA判定まで出ていたならこんな真似はしないけど。

 

アネットの気持ちも分からないではないので言わないが。

今時点では二人ともまだMIA止まり。

弱いとはいえビーコンのバイタル反応もロストしていない。

 

言葉は悪いがそんなまだ楽観視出来る状況下でそこまで気にされるのはよろしくない。

俺の両親みたく目の前で喰われた訳でも無し、ここはまだまだ生きている可能性のみ考えればいい場面である。

 

仮に二人と連絡出来てアネットの状況を伝える事が出来たなら、きっと気にするなと言うに違いない。

極東支部の神機使い全員がそうとまでは言わないが、少なくとも俺が知ってる二人ならそう言う。

 

極東でも指折りの古参兵たる俺が言うんだから間違いない。

今着ぐるみ着てるから喋れないけど。

 

閑話休題、話を戻そう。

 

そんな訳でウサギよりも可愛い後輩の笑顔を取り戻すべく。

安全確保の意味も兼ねて、お邪魔虫のアラガミには美味しいお刺身になって頂こう。

 

しかしいつもみたく後ろからズンバラリンするのでは芸が無い。

それに何故かはわからないが、どうもそのやり方は新型神機使いの面々には不評ならしく。

ともすれば同じ新型使いのアネットにもウケが悪いかもしれない。

 

見る物を魅了する調理というのもまた料理の大事な基本だからな。

なので今回はちょっと派手さを演出出来る刀身に換装してきた。

 

用意したのはショートブレード。

料理的にはナイフ系統でもよかったが、ちょうど試作途中の刀身が出来たと言うので借りてきた。

 

普段使っているバスターブレードに比べて取り回しは楽であるものの。

中型種相手とは言え、このままでは少々切れ味が弱い。

 

なのでここで調味料を使用する。

もっとも、素材アラガミに振りかける訳ではないのだが。

 

「ど、どうしたんですか先輩?急に曲がり角で立ち止まって…むぐっ。」

 

調理中はお静かにアネット君。

 

仕込みの最中、疑問を口にするアネットの口に手をやって黙らせる。

コンゴウと違って相手の聴覚はそれほどでもないけれど、まぁ用心しておくに越したことは無い。

 

 

 

 

 

何しろ曲がり角のすぐそこに居るからな。

いやぁ、やっぱりこの着ぐるみ便利だわ。




実はリッカちゃん以外の開発部の面々の性格を把握しきっていない無口さん。
忘れがちですが親しい面々以外からの評価からは相変わらずなので、接点が無い人達とはとことん接点がありません。

だから神機保管庫に入り浸ってるくせに何も知らずに九分九厘とか言っちゃう。
エントランスでシルブプレする羽目になるのも自業自得。

まぁ口に出してないから誰も証明できないんですけどね。


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無口な無口な捜索隊3

Q1.今装備してる刀身は?
A1.アンノウンバッド(ショートブレード)。

Q2.今装備してる銃身は?
A2.ダミーバブラー(ショットガン)。

Q3.今装備してる装甲は?
A3.マッシヴホロウ(シールド)

無口さんは必要に応じて神機のセッティングを変える人。
バスターブレード以外も難なく使えます。

ショットガンなら射撃精度も気になりません。


--ショートブレード。

旧型神機の中でも特に初期の頃に開発された、古いタイプに属する武器。

 

バスターブレードは元より、ロングブレードすらも凌ぐ軽量性を誇り。

その身軽さを生かした連撃と機動性、更には手数を生かしてアラガミからオラクル細胞を奪い取る能力に優れた万能装備…

 

といえば聞こえはいいが。

実の所一昔前までの評価と言えばお世辞にも立派なものとは言えなかった。

 

忘れがちだが神機とはこう見えて生体兵器の一種であり。

偏食因子を投与された神機使い以外には扱う事が出来ない代物である。

 

その中核を成しているのがアラガミを喰らうよう調整されたオラクル細胞で。

単純な話、神機を構成しているオラクル細胞の割合が高い程威力に優れた武器となる。

 

そしてオラクル細胞とは言ってしまえば偏食因子の塊であり。

その割合が多いと言う事は当然、神機使い本人が捕喰対象と見なされる可能性も高くなる。

 

結果として一時期多発したのが将来有望な神機使い候補の"大量失踪適合失敗"である。

出来るだけ有用な戦力を確保したかったという気持ちはわからんでもないが、その結果必要最低数すら確保できなくなってジリ貧に陥ったというのはまさしく目先の欲に溺れた結果と言うより他は無い。

 

ちなみにこれはフェンリルでも結構機密度の高いオフレコ話である。

 

何で知ってるのかって?内緒。

大人の男には秘密が多いものなのさ。

 

まぁ俺の話はどうでもいいや。

 

とにかく、今でこそ軽量を生かした身軽な戦いを売りとしているが。

一昔前までは文字通り不遇武器の代表格であった。

 

で、あった。

大事な事なので二回言った。

 

技術が確立されていない頃はシンプルに神機そのものを小型化してオラクル細胞の割合を抑えるくらいしか方法が無く。

適合率の低い神機使いでも使える、悪い意味で誰でも使える武器の筆頭となっていた。

 

だが今は違う!(キリッ)

技術の進歩により刀身が小さくとも十分な威力が確立されたのだ!(キリッ)

 

誰に見せるでもなくギュッと表情筋に力を入れてのドヤ顔をキメてみる。

 

特にそうした理由は無いし人に見られでもしたら恥ずかしいが。

今は着ぐるみを被っているので何も遠慮することはない。

 

冗談はさておき。

かくして不遇武器と呼ばれたそれは軽量性を生かしての高速戦闘という長所を得た。

 

一撃当たりの威力では質量に勝るバスターブレードには及ばない。

汎用性の面ではインパルスエッジと言う新型神機用の機能を持つロングブレードに一歩劣る。

 

しかしショートブレードはその軽さ故に一撃一撃が最速を誇り、扱いやすさも元より抜群。

威力も及第点以上に達した以上、反撃を許さぬ程の猛攻で押し切るというのももはや不可能な事ではない。

 

生身でやるかと言われたら疲れるからあまりしないけど。

 

おっと、そうこう考えている内に完全に間合いに入った。

便利過ぎるなこの疑似ユーバーセンス。壁越しでも位置がわかるとか何だかエスパーにでもなった気分だ。

 

という訳でレッツショータイム。

よく見ておけよアネット君。

 

普段の不意打ち殺法とは一味違う。

"わからん殺し"と言うやつを見せてやろう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

まずは目。

曲がり角から飛び出すと同時、すれ違いざまに袈裟懸けで片方を斬り潰し。

驚いたアラガミがこちらを向くのに合わせて反対側も斬り下ろす。

 

不意を突かれた事への咆哮を無視し、次いで口腔への牙突一閃。

口の中にある噴出孔に刀身を突き刺し、抉るように捻ってグチャグチャにかき混ぜ壊す。

 

この時点で相手は視界を潰され。

メインの攻撃手段も無事封殺。

 

普通ならこの時点で勝負は付いたと言っても過言ではないが。

これに慢心して油断する程俺はルーキーでも絶対強者でも無い。

 

苦悶の咆哮を無視しつつ、引き抜いた刀身を素早く返して切り上げ。

さらにその勢いを殺すことなく、続けざまに逆方向から切り上げての二連撃。

 

斜めに交差する十字の軌跡にアラガミが怯み、のけ反る。

そしてのけ反った身体が戻るより早く、更に同じように追撃を重ねていく。

 

切り上げ、切り返し、斬り上げ、斬り返し。

 

アラガミを斬り刻むのに高名な剣術など不要。

ただただ怒涛の如く斬撃を繰り出し続ければ事足りる。

 

一応、慣性や反動を無視したその動きは本来ならば攻撃する方にも相当の負担が掛かるが。

それらはドーピングと着ぐるみによる二重の身体強化によって踏み倒し。

おまけに被り物が視界を保護しているため、アラガミから舞い上がる視界を覆う程の血煙すら手を緩める障害にもなりもしない。

 

粗方斬り落としたところでルーキーお得意の変形切り上げ。

着地と同時に零距離ショットガンをお見舞い、顔面を綺麗に吹っ飛ばしてフィニッシュだ。

 

切り上げ前にオラクル反応が消失したのは分かっていたので最後の一発は完全に蛇足だが。

まぁとっておきのダメ押しと言うやつだな。

 

さて、どうかなアネット君。

普段とは趣向を変えてこれでもかとド派手にかましてみた。

まさに神速連撃、狩りはここまで進化したぞ。

 

…あ、あれ、何か思ってた反応と違うな。

もしかしてコレ引かれてない?

 

呆けるというより得体の知れない輩を見るような目をしてる。

悩みを忘れるくらいポカーンとしてくれるのが俺の狙いだったんだが。

 

うーん、ちょっと刺激が強すぎたか?

確かに冷静に考えたらアラガミを蹂躙するウサギって絵面はトンチキそのもの…

 

 

あ、しまった理解した。

 

 

そう言えばアネットの好みは縞々の動物だったと聞いた事がある。

ウサギは縞模様が無いからお気に召さなかったか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

グボログボロの調理も無事終わり。

アネットに(捕喰的な意味で)食べさせたところで調査再開である。

 

ちなみに俺の目論見は一応成功。

出撃前のアネットといえば、傍目にもわかるくらいはっきり心の影が見えていたのだが。

 

「あ、あの先輩…そこ、その曲がり角を曲がった先が私が先輩達とはぐれたエリアになります…」

 

今はそれよりを上回る程に俺への妙な警戒心で溢れているように見える。

見ず知らずとかそういうのではなく、言うなれば()()()()()()()()()()()()()()人間を相手にするかのようなたどたどしさ。

 

…うん、いいさ。

男だもの、狼のように警戒されたくらいで傷付いたりはしないさ。

 

今の俺はウサギだけどな。

キュウンと鳴いても許されるのではなかろうか。

 

ドン引きされる未来しか見えないので止めておこう。

 

そんな事より任務だ任務。

着ぐるみを弄り、通常の視界から赤外線等を可視化する探索モードへと切り替える。

 

なんだか視界が潤んでいる気もするが。

これはリッカが整備している優秀な装備、きっとそういう仕様だろう。

 

………

 

「…ここです。最初この辺りでアラガミを迎え撃っていたんですけど、急に上の方から見た事無いアラガミが降ってきて…」

 

言いながら上の方を見上げるアネットの視線を追ってみると。

確かに中型種くらいは通れそうな大穴がぽっかり空いている。

 

恐らくだが元々上部に別の路線でも通っていたのかな。

ケモノミチとなっていたそれが何かの理由で崩落し、そこから新種のアラガミが落ちてきたと。

 

とりあえず報告事項として写真を取っておこう。

穴のサイズや形状からでも得られる情報は多くある。

耳辺りを弄ってパシャパシャっとな。

 

「…最初は先輩たちが新種を引き受けてくれたんです。けれど予想外に手強くて…」

 

写真を撮り終えて首の角度を戻したところでアネットがぽつりぽつりと語りだす。

どうやら時間経過で警戒フェイズも薄らぎ、元の落ち込みフェイズへと戻り始めてきたようだ。

 

「手こずっている内に元々戦っていたアラガミまで合流して…私、駄目ですよね。先輩達と同じ新型だって浮かれて。強敵を引き受けて貰っていたのに、最初の討伐対象すら倒せなくて…」

 

まだ雫こそ零れ出してはこそいないものの。

先細るその声は今にも崩れてしまいそうで。

 

あー泣くな泣くな。

せっかくの美人さんが台無しだぞ。

 

それならさっきのように俺の事不審者扱いで警戒してていいから。

俺は泣くかもしれないけど気にするな。

 

大丈夫、女性の涙に比べれば男の涙なんか無価値に等しい。

レディを泣かせるくらいなら俺は喜んで涙を流そう。

 

通報さえしないでくれればそれでいい。

涙の価値は軽くてもその、野郎が無様に泣いてるのはそれだけで絵面的に罪深くて…な。

 

閑話休題、話を戻そう。

 

もっとも、泣いてる女性が求めているのは共感であって真実ではなく。

さりとて今のアネットに共感して落ち込みを加速させる程、俺は空気の読めない人間ではない。

 

とりあえずポフポフとウサハンドで頭を撫でてあやしつけ。

ついで両手でモニュリと頬を挟み込み、嫌がられるまで適当にこねこねする。

 

最初は「わぷっ…」と可愛らしく呻きながらなされるままに成っていたが。

やがて流石に鬱陶しくなったのか止めてくださいと言いながらウサギの手を掴んではたき落とす。

 

うん、ちょっと元気が戻ったようで何より。

 

「…もしかしてですけど先輩、私を慰めるためにその着ぐるみ着てきたんですか?」

 

イエスでもあり、ノーでもある。

まぁ別に肯定しても良いんだけど。

 

実際、慰めるとはちょっと思惑が違ってたし。

それだけのためにこんな恰好するほど俺は酔狂な人間ではない。

 

そう、話が途中で脱線してしまったが。

 

この赤く染まったウサギの目…

もとい、赤外線モードに切り替えたこの左目は既に二人の痕跡を捉えている。

 

贖罪の街のような吹き晒しの屋外であればこう上手くはいかなかったが。

二人を見失ったのが熱気と湿度が充満したこの煉獄の地下街だったというのは不幸中の幸いだったな。

 

主戦場となっていたであろう広い空間。

そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

断定するのはまだ早い。

が、ここは敢えてこう表現しておこう。

 

 

()()()()っと。




ウサギ部隊探索中。

無口さんは成人男性なのでラビット小隊とは言いません。
そう呼びたい場合はルーキーちゃんを着ぐるみにINしてください。

どちらにしても敵を蹴散らすタイプのポイントマン。


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無口な無口な捜索隊4

Q.着ぐるみ着たら誰でもここまで戦える?
A.ゴテゴテ過ぎて普通の神機使いじゃ無理。

ルーキーちゃんは普通じゃないので着ても問題無し。
キグルミは元々悔しいほど強いとエリナが言うくらい。
無口さんはご覧の通り。

極東のウサギはヴァジュラも喰らう猛者ばかり。
未来で一緒に戦う人は楽できそうですね、副隊長。


足跡辿ってトコトコと。

歩いた先には大きな瓦礫。

 

「…先輩?この瓦礫がどうかしたんですか?」

 

ん?どうかも何も…あぁそうか悪い悪い。

裸眼じゃこの足跡は見えないんだったな。

 

人の背丈以上は優にあるコンクリートの塊。

足跡は真っすぐとその中に溶け込むように伸びている。

 

というか今見えている最後の足跡が丁度瓦礫の下敷きになっている。

 

二人を追ってきたアラガミがやったのかまでは知らないが。

どうやら瓦礫は二人がここを通った後に崩れ落ちてきたようだ。

 

幸いスプラッターの痕跡は無いのでぺちゃんこになったという線は捨てている。

流石にそんな痕跡あったら即アネットを帰還させる必要があるからな。

 

俺は親で見慣れてるから平気。

現実には一度っきりだが結構フラッシュバックするのよアレ。

 

まぁその話はおいとこう。

 

ウサミミアンテナの感度を上げて瓦礫の表面を叩いてみると。

予想通り瓦礫の向こうには通路のような空間が続いている。

 

探索を続けるにはこの瓦礫をどかさないといけないのだが。

流石に人の手で持ち運ぶのは無理があるサイズというのは見てわかる。

 

となればここはいつも通り。

我が愛刀の出番だな。

 

この世において斬れぬ物無し。

一文字流、斬岩剣バスターブレード--

 

…しまった。

今日はショートブレードに換装してたんだった。

 

仕方ない、アネットそのハンマーで一発派手にかましてくれない?

アナグラの自販機と違って遠慮なく壊してくれていいからさ。

 

「…あ、もしかしてこの瓦礫を砕けばいいんですか?わかりました、神機が壊れるくらいの全力で行きます!」

 

待った待った待った。

そこまでしろとは言ってない。

 

ちょいちょいと瓦礫を指差しつつ視線を向けたところ。

気合と共にチャージクラッシュの構えを取り始めたので緊急制止。

 

確かに派手にとは言ったが限度があるだろ。

 

何しろ瓦礫が崩れてきてるくらいなんだし。

そんな強烈な一撃かましたら通路も一緒に崩れてしまうよ。

 

と言うか神機の方も多分歪む。

この前それで怒られたばっかりなんだよ。

 

この上アネットの神機まで歪ませたなんて言った日には。

間違いなくリッカに「何吹き込んだんだ!」ってしばき倒される。

 

うーん、となるとショットガンで吹き飛ばすしかないか。

しかし如何せん、弾が足りるか少々不安…

 

お、疑似ユーバセンスレーダーに反応有り。

小型種が二、三匹。オウガテイルのはぐれ集団といったところか。

 

ついてる、まさにカモネギ。

狼っぽい見た目だけど。

 

 

という訳で。

()()()()()()()()からちょっと待っててくれ。

 

………

 

どうしてだろう。

アネットから向けられる視線がなんか重い。

 

まぁ何となくだが理由はわかる。

やっぱり思ったより瓦礫の撤去に手こずったのが印象悪かったか。

 

だってしょうがないじゃん。

撃ってから気付いたけど、オウガテイルのアラガミバレットって貫通属性なんだもの。

 

しかも威力不足で杭打ち代わりにすらならなかったし。

 

ショットガンだって本来はソフトターゲットにぶち当てるもの。

表面は砕けてもブラストのように一撃で木っ端微塵という訳にはいかないんだ。

 

むしろ最後まで破壊しきった技量と根性を褒めてもらいたい。

 

弾切れと同時に繰り出される神速のリロードみじん切り

補給が終わればすぐさま変形切り上げからの散弾斉射。

 

そして近くに転がしてるオラクルリザーブが空になったら蹴っ飛ばしてマグチェンジ。

仕留めてしまうとすぐに霧散して消えてしまうアラガミだが、こうして手足を詰めて転がしとけば襲われる心配も無く長持ちする。

ベテランの経験から来る知恵というやつだ。

 

余談だがアラガミってオラクル細胞奪いまくるとスカスカな感触になるんだな。

蹴った時なんか丸めた紙屑みたいに軽かったし。

 

まぁそれはさておき。

無事瓦礫撤去も完了し、足跡の追跡を再開出来たのは良いんだが。

 

砕いた方が早かったじゃないかとか思われてたらどうしよう。

やっぱりリッカに怒られるの覚悟でチャージクラッシュしてもらった方が良かっただろうか。

 

アネットからすれば自分のせいで先輩二人が危険に晒され。

今か今かと助けを待っているかもしれないこの状況。

 

にも関わらずどこぞのベテラン様は気にするなと他人事。

おまけにドヤ顔で発破作業をやり始めたくせに、やってる事は花火遊びと来たものだ。

 

うん、冗談抜きで殴られそう。

次にアネットがアナグラで壊すのが俺の身体ではない事を祈ろうか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

トコトコ捜索を進める事数時間。

そろそろ作戦時間も良い頃合なので帰投準備のため調査状況を整理する。

 

「け、結構歩きましたね。煉獄の地下街からこんな所まで道が続いているなんて…」

 

持っていたハンマー神機を床に降ろし、ぺたりと地べたに座り込むアネット。

顔には出さないようにしていたようだが案の定かなり疲労が溜まっていたようだ。

 

まぁポイントが絞られているというならまだしも。

バスターブレード持って広域捜索とか正直苦行でしかないからな。

 

「でもこうしている間にも先輩達が…こんなところでへこたれてる訳には…ってせ、先輩?何でそんなに顔が近…あうっ。」

 

こらこら、疲れてるくせに空元気で立とうとするんじゃない。

 

気合で立ち上がろうとするアネットの正面に素早く移動し。

眼前に顔を近づけた状態で肩を押さえて座らせる。

 

セクハラ?

着ぐるみ越しだからセーフだろ。

 

真面目な話、疲れているのに無理して動き回った所で効率なんぞ上がる訳がなく。

そんな状態でアラガミに襲われでもすれば、下手すれば雑魚相手に不覚を取るなんて事態にもなりかねない。

 

捜索任務はお兄さんがいっぱい確保してきてるから。

焦らず休める時にはちゃんと休みなさいな。

 

やや強引にアネットを座り込ませた所で俺の方も状況確認。

とりあえずマップを確認しつつ、地表の現在位置と合わせてみる。

 

ここまでの道筋は煉獄の地下街付近と違ってマグマの吹き出しがあまり無く。

そのせいか出会ったアラガミもオラクルリザーブ…じゃなかった、オウガテイルのような小型種が殆ど。

 

待ち伏せされると厄介なコクーンメイデンも特に見かけなかったので。

辿ってきた足跡はまず二人の物と見て間違いなさそうだ。

 

そしてずっと薄暗い地下を通ってきたから方向感覚がわからなかったが。

地図的にはもうすぐ行くと愚者の空母付近への出入り口があるそうな。

 

となればアラガミの追撃を振り切った二人は地表へ出た可能性が高いという事か。

確かに大して安全とも言えない地下にずっと潜伏している訳にもいかないからな。

 

それじゃあ二人が辿った道すがら。

俺とアネットも同じ出口から出て帰るとするか。

 

………

 

休憩もそこそこに切り上げ、進む事しばらく。

地下には似つかわない夕焼けと思しき光が差し込む隙間が視界に映る。

 

…うん。

本当、この着ぐるみって便利だな。

 

出口を出てすぐ左手。

愚者の空母の地名にふさわしくない艦載機の反応がある。

 

戦車だけど。

空飛べないくせに対地ミサイルの方はご丁寧に装備してやがる。

 

誰だよ空母とか名付けた奴。

揚陸艦の間違いだろ。

 

「どうしました先輩?急に立ち止まって…」

 

アネットが声をかけてきたので心の中の愚痴りを中断し。

改めて戦力的に勝てるかどうかを思案する。

 

俺の武器はショートブレードとショットガン。

ショートブレードは使い慣れてない武器な上、クアドリガタイプのアラガミとは相性が良くない。

 

ショットガンは有効だが既に弾切れ。

ベテランの癖に肝心な時に置物になってるとか、アネットにバレたらいよいよ本気で殴られるかもしれないな。

 

そんなアネットの武器はハンマー型バスターブレード。

相性こそ合っているものの、疲弊した状態の新人に任せられるほど現実と言うのは優しくない。

 

よし、来た道戻って帰るか。

あのデカブツなら後ろから地下に侵入してくることもなさそうだし。

 

そう結論付けて踵を返した次の瞬間。

地上から挑発するようなアラガミの咆哮が地下空間に染み込み、木霊する。

 

ふん、一丁前に煽ってるつもりか?

生憎俺はインテリでな、日本語でしか会話しないと決めているんだ。

 

もしうちの可愛い後輩を口説きたいならまずは上司の俺に話を通せ。

懐の万国共通言語でわからせてやるから。

 

アネットはお前の部隊所属じゃないだろって?

 

この話はもう止めようか。

ウサギのハートは繊細なんだぞ。




ウサギ部隊撤収開始。

アネットはウサギじゃないって?
そんなあなたにウサミミのヘアアクセサリ。

無口さんに言えばきちんと外堀埋めてから差し出してくれます。
元上官殿の教えの賜物ですね。


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無口と神機の任務録1

Q1.万国共通言語?
A1.いつものアレ。

Q2.日本語でしか会話しない?
A2.マルチリンガル。特に物理言語が得意です。

ちなみにこの人、自身の無口扱いによく"喋れるに決まってるだろ"と思ってますが。
正確に言うと"話した"という過去形になる事の方が多い人。

話したんだから喋れると考えるのは当然。
たとえそれが口から言葉を発していなくても。


行方不明中の神機使い「ブレンダン・バーデル強襲兵」、「台場カノン衛生兵」の捜索について

 

~~~

 

1.戦闘現場における痕跡、並びに生存ビーコンの反応より両名は未だ生存している可能性が濃厚である。

2.現場からの脱出路出口に接触禁忌種【テスカトリポカ】の存在を確認。当時の両名の状況を鑑みるに強行突破を行うのは現実的ではないため、地上からの帰投を諦めて再度地下へ戻った可能性が高い。

3.地下ルートを選択した場合における最寄りのセーフティエリアとして「エイジス島」が候補に挙げられる。このエリアは元々移動のための地下通路が存在しており、前支部長が提起した「アーク計画」賛同者のブレンダン強襲兵は事前にこのルートの存在を認識していた可能性がある。

4.現在上記ルートは「アーク計画」失敗の影響により、アナグラ方面への道が崩落により封鎖されている。両名が帰投を目的に本通路を発見、利用したと仮定した場合、誤ってエイジス島へ到達している可能性があると推測される。

 

以上の理由より、現時点で最も両名が潜伏している可能性が高いのは「エイジス島」と断定、速やかな捜索隊の派遣を要請する。

ただし万が一当該地域にアラガミが侵入していた場合、遮蔽物の無い直接戦闘が発生すると想定されるため、派遣に当たっては戦闘力に優れた神機使いを推奨する旨を提起する。

 

--報告者:ユウマ・マカヅチ特務少尉

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

報告書を提出したその翌日、にわかに騒がしい周りを他所に一人静かにコーヒーを傾ける。

 

新発売のブラック缶コーヒーだ。

出来れば酒の方が嬉しいが、流石にこれから任務というタイミングで呑むようなアル中ではない。

 

命懸けで救った息子が依存症になってるとか、それこそ両親が報われない。

お酒はお墓に添えるだけ。墓どころか遺骨すら残って無いけどな。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・部隊長ジョーク

そんな事より生きてる人間の話をしよう。

 

何でも昨日俺が提出したレポートを元に生存ビーコンの発信位置を再計算した所。

俺の予想ズバリ、エイジス島からカノンの反応が検知されたとの事らしい。

 

残念ながらブレンダンの反応は出なかったらしいが。

ビーコン反応が消えてない辺り、はぐれてこそいるが恐らくまだ生きてはいるだろう。

 

-生存確認用ビーコンの精度は最悪だな!本部の連中は現場を見ずにガラクタばかり作る…!-

 

ツバキさんは珍しく立場半分、私情半分と言った感じであんな事を言ってるが。

俺的には生きていると分かるだけでも大分ありがたいと思うんだがなぁ。

 

我らがフェンリルはこのご時世屈指のホワイト企業。

そう簡単にヴァルハラなどという田舎企業への引き抜きを許したりはしないのだ。

 

そんなこんなでコーヒーを啜っている内。

次々とカノン捜索隊のメンバーがエレベーター前に招集されていく。

 

聞くところによるとこちらも俺が懸念していた通り。

アネットが新種と呼んでいた"ツクヨミ"とかいうアラガミが作戦エリアのど真ん中に侵入しているとの事。

 

悠長に立ち去るのを待っている余裕が無い以上戦闘はまず避けられない。

が、相手は新人がいたとはいえそれなりに経験を持った神機使い二人を退ける程の相手。

 

こちらも相応の手練れを差し向けなければミイラ取りがミイラになりかねない。

 

故に最初に突入するのは極東が誇る最精鋭部隊。

ルーキーを筆頭とした対アラガミ討伐を専門とする第一部隊の面々である。

 

しかもこの部隊、以前似たアラガミと戦り合った事があるらしい。

俺は新種はおろか、その似てるアラガミとやらも見た事すら無いけれど。

 

まぁ俺は古参兵とはいえ討伐専門の部隊じゃない。

知らないアラガミの一つや二つあるものさ。

 

そして先発隊がアラガミの無力化に成功した後。

第二陣が作戦エリア内のどこかにいると思われるカノンの捜索を行う。

 

こちらを率いるのは同じく第一部隊所属のサクヤ衛生兵。

索敵強襲の戦力であると同時に元オペレーターの経験を生かして前線で直接捜索の指揮を行うという流れだ。

 

ちなみに今回俺が参加するのはこちら側。

まぁ妥当な線ではないだろうか。

 

いくら俺がそれなりの古参兵とはいえ。

実力的にはどんなに甘く見ても上の下。

 

正攻法での戦闘力で言えば、どう贔屓目に見たところで第一部隊の面々の方が優れている。

 

そうそう、戦闘力と言えば。

よくコウタが第一部隊の中では一段劣るのではと話題に上がるんだが。

 

俺から言わせればそんな事は全くない。

寧ろここ一番の"生き汚さ"と言う点では第一部隊の誰よりも優れていて好ましい。

 

一度戦闘訓練の機会があったので本気でしごいた事があるんだが。

二言目には死ぬ死ぬと喚きながらも、最後まで戦闘不能にならなかったのはコウタただ一人である。

 

アリサとルーキー?しごいた事がないんでわからんな。

サクヤ?レディは手を取ってエスコートするものだろうが。

 

あ、ソーマ君は次から年上をいたわるように。

俺はごく一般的な神機使いなんだぞ。

 

ルーキーみたいな人外と一緒にするんじゃない。

お前らの全力に付き合ってたら並みの人間はスタミナが持たないんだよ。

 

若いんだから平気だろって?

それはまぁその通りだg…いやいや流されんぞ。

そもそも十代との体力と比べるな。

 

俺は今でも十分若いけど。

それに思考はアレだったが俺にだって初々しい少年時代と言うものが…

 

閑話休題、話を戻そう。

 

とりあえず今回の作戦を端的に言うと。

第一部隊が邪魔なアラガミを殲滅し、後詰部隊がどこかに隠れているであろうカノンを見つけ出すと言うのが大まかな流れ。

 

俺の所属する第二陣は捜索部隊。

そしてエイジス島は元々アーク計画のために最近作られたばかりの施設であり。

 

実態としてはアナグラのような居住施設に近い。

一つ一つの区画が狭く、即ち作戦エリア()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

もうわかったな?

つまりまたまた登場、御存知ウサギスーツの出番だという訳だ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「…貴方も物好きですね。またそれ着込むんですか?」

 

倉庫でひっそり着替えている途中。

何時の間にか室内にいるレンに呆れた様子で問いかけられた。

 

何見てるんだ。

見世物じゃないぞ散れっ散れっ。

 

シッシッと答える事無く手で追い払おうとしたものの。

ウサギヘッドのままでは威厳が無いのか、相変わらず苦笑いを浮かべたまま着ぐるみを着込む様子を観察するレン。

 

「確かにその着ぐるみが普通の着ぐるみじゃないのは知ってますけど…貴方どういう心境でそれを着込んでるんですか?」

 

言うな。言うんじゃない。

自覚すると余計に悲しくなるだろうが。

 

確かに大事なのは仲間の命で。

この着ぐるみにはそれを救える可能性を秘めた機能が多数備えられている。

 

それを考えれば俺の羞恥心など安い物。

 

例え見た目がちょっと微妙…もとい可愛らしいウサギの容貌で。

それを着ているのがいい年こいた成人男性だったとしても。

 

おまけにカノンは俺より年下。

男の尊厳と少女の未来、天秤にかけたらどうなるかなんて聞くまでもなく--

 

(人間って本当不思議だなぁ。確かに便利なのはわかるけどあんな思考をしてる人がどうしてこんな…)

(あぁいや。寧ろあんな思考回路だからこそこんな恰好する事に抵抗が無いのか。流石の僕もまだこの域には到れそうにないかな…)

 

聞こえてるんだよこんちくしょう。

 

何だよ、最近の隊員は部隊長のメンタルを抉っていくのが流行りなのか?

これから仲間を助けに行くのに救助側のメンタルを先に削るってどういう事だよ。

 

よしわかった。

そっちがそうくるなら俺にだって考えがある。

 

この着ぐるみの本質はパワードスーツ。

着用すればカッコよさ以外の全てのパラメータにプラス補正が掛かるという特級珠物。

 

そしてそれを纏う俺は極東有数の古参兵。

素質もさることながら経験に裏打ちされた実力はこのアナグラでも随一との自負がある。

 

ルーキーとソーマは除く。

あくまで比較対象は人間の範疇だ。

リンドウ?…現在のアナグラでは随一だ。多分。

 

そんな事はどうでもいい。

重要なのはこれを纏った()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 

本当ならカノンの救助に成功した時点で撤収するつもりだったが気が変わった。

ここまで白い目で見られたとあっては実力を示さぬ方が無作法と言うもの。

 

ツクヨミだったか?

聞いた事も無いアラガミだが対戦相手があの第一部隊とは気の毒に。

 

相手は極東屈指の精鋭部隊。

文字通り一瞬の隙も命取りになる強敵揃い。

 

どうあがいたところで討伐されるのは必定。

何なら一万fc賭けてもいい。

 

もっとも。

アイツらがケリをつける前に俺が()()()()()()()()に百万fc賭けるがな。

 

 

待望の新入りレンが見ているんだ。

このまま好き好んでウサギの着ぐるみを着込む変人と思われる訳にはいかない。

 

少しは隊長らしいとこを見せとかないとな。

 

という訳で。

新種のアラガミの一匹二匹、文字通り瞬殺してみせようか。




煽るレン君ちゃんと煽り耐性皆無の無口さん。

無論レン君ちゃんにそんな意図はありませんが。
残念ながら無口さんはちょっと思い込みの強いお人。
加えて"百聞は一見に如かず"と考える節がある。

結果"何も言わずに行動で示す"というアウトプットが出てくる訳です。
一回土佐の人斬りに怒られるといいですね。


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無口と神機の任務録2

Q1.アナグラでも随一の実力者?
A1.実際の所は三番目くらい。

Q2.その割には強くない?
A2.瞬発力に優れた不意打ち特化型。

文字通りの強襲兵。
攻撃前にはバフを盛りまくるのもお約束。

逃げて隠れて隙を見つけてはアンブッシュ。
リンドウさんの教えそのまんまですね。


アーカイブにあるアニメよろしく。

どんな相手も一刀両断。

 

それが出来れば苦労はしないが。

そうはいかないのが現実世界の厳しいところ。

 

ましてや相手はオラクル細胞の塊であるアラガミ。

いかに神機を持ってすれど、闇雲に振り回すだけでは叩き切るだけでも一苦労。

 

だからといってそこで諦めてはいけない。

神機使いとして選ばれてしまった以上、常に上を目指して挑戦し続けるくらいの気概が無くてはいけない。

 

そんな訳で唐突だが。

ユウマ先生主催、アラガミカッティング講座の始まり始まりー。

 

 

うん、男が言ってもキモいだけだなこれ。

 

着ぐるみで誤魔化せるのは見た目だけ。

このノリでレンに説明するのは止めておこう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

知っての通り。

アラガミには肉質と言うものが存在する。

 

これは単純に硬い柔いと言う話ではなく。

オラクル細胞が持つ強固な細胞結合に由来する特殊な耐久性を表わしている。

 

例えばボルグ・カムランの盾。

これはわかりやすい"硬い"部位の代名詞。

 

斬撃、打撃、刺突に貫通。

剣だろうが銃だろうが種別問わず、キンキン音を立てて弾き返す程に硬い。

 

当たり前の話だがこういう部位は基本的に狙わないのが定石だ。

 

この講座はあくまで一般人向けの物である。

ソーマのように力で押し切れとか、カノンのように零距離で爆発放射を乱れ撃ちしろとかは言わないのだ。

 

話を戻そう。

 

変わってこちらはグボロ・グボロのヒレ。

こちらは硬さではなく別の理由によって攻撃が通りにくい部位。

 

戦ってみるとすぐわかるが。

この部位、他のアラガミのそれと違って何故か妙にヌメヌメしており。

神機で繰り出した刺突を文字通り滑らされてしまうのだ。

 

加えて尾ヒレに関してはブニブニまでしてる。

そのせいで衝撃に対しても耐性があり、叩き潰してもブニッと潰れる気持ち悪い感触しか残らない。

 

こういう部位は刺身包丁…ではなく、ロングブレードのように切断に特化した武器が有効である。

違うんだ、この前アリサが「料理の素材もアラガミくらい大きければ神機で切れるのに」ってぼやいてたからつい連想を…

 

というか野暮を承知で言うのなら。

神機で素材を切ったら多分小さくなると思うぞ。

 

神機での切断と言うのは正確には細胞レベルで物質を捕喰、つまり喰い千切っているというのが正しい。

つまみ食いは調理する者の特権と言えるが、調理器具そのものがつまみ食いするとか中々に斬新な笑い話だ。

 

おっとまた話が脱線したな。

 

要するに肉質によって攻撃の種類と通りやすさに差異がある。

例では硬い部位、効果が薄い部位をあげたが当然その逆も存在する。

 

つまりアラガミを上手にカッティングするための最初の一歩は。

"出来る限り柔らかい場所に対し、有効な属性で攻撃する"だけである。

 

別にこれは難しい話でも何でもなく。

一端の神機使いであれば誰もが知ってるし、何なら実践だってしている事。

 

だがそれを当たり前と軽んじてはいけない。

 

アラガミの両断は高等技術。

そして高等技術と言うのは、全て基本の積み重ねによって構築されるもの。

 

故に講座を開始する前に今一度。

初心に立ち返って基本を復習してみたという訳だ。

 

うん、俺今凄く講師らしい事言ったな。

今度誰かに説明する時是非使おう。

 

……………………………………………………………………………………………

 

次の話へ進む前に。

唐突だが問題だ。

 

ある人間の目の前に突然ボールが飛んできた。

少しでもダメージを小さくするため、その人物の身体はどのような反応を見せるだろうか?

 

答えは"身体を硬直させて衝撃に備える"。

専門的な仕組みの説明は割愛するが、簡単に言うと生物が持つ反射反応で身体…すなわち筋肉を硬化させ、衝撃によるダメージを軽減させるというものである。

 

これ自体は別に珍しくとも何ともない。

神機使いに限った話でもなく、誰でも一度以上は経験した事があるだろう。

 

これがアラガミの場合、硬くなるのは筋肉ではなくオラクル細胞。

ただでさえ強固な細胞結合を持つそれが、生物の本能に従い更に強力な防御力を発揮する。

 

二つ目の問題だ。

 

ダメージを与える目的で相手にボールをぶつける場合。

どうすれば一番大きなダメージを与える事が出来るだろうか?

 

これも一問目から推測すれば答えは簡単。

 

反射反応によって防御力が上がると言うのなら。

それが起きないよう"意識外から不意打ちで当てる"と言うのが答えとなる。

 

この時重要となるのは"意識外から"と言う点であり。

間違っても()()()()()と言う点を意味するわけではない。

ここテストに出すから覚えておくように。

 

この理論を元に技術として確立させたものが"ハイドアタック"というスキル。

 

細胞レベルで反射を起こす間も無く加えられた一撃は防御どころかオラクル細胞が持つ免疫すらも貫通し。

ヴェノムやホールドと言った状態異常もほぼ確実に引き起こす強力なスキルである。

 

極東だと狙撃手であるジーナが一番の使い手だな。

彼女の場合は状態異常はあまり使わず、シンプルな狙撃弾でアラガミの頭部を吹っ飛ばす方が多いけど。

 

ジーナに直接教わってくる?

気持ちはわかるが待ちたまえ。

 

俺の時はむさいオッサンだったのに。

レディに手取り足取り教えてもらうなんてずるいぞ。

 

まぁその話は後でじっくりするとして。

 

要するにここで言いたいのは何かと言うと。

正面から馬鹿正直に攻撃するよりも後ろから闇討ち仕掛ける方が効果的と言う事だ。

 

そして最後に応用問題。

 

アラガミにも視力や視界と言うものが存在する。

 

視界の外から視界の内へ。

入れば当然アラガミに気付かれる。

 

逆にその範囲にさえ入らなければどれだけ近寄ろうともアラガミに視認される事はない。

 

極端な話、スタングレネードで視界を潰してやった場合でも同じ事が言える。

この場合、何なら目の前に突っ立っていても気付かずに方向転換する奴もいるくらいだ。

 

では先に述べたハイドアタック。

これを実現するためには視界ではなく意識の外から攻撃する必要があるが。

 

意識の範囲とはどうやって測ればいいのだろうか?

何、別に難しく考える必要は無い。

 

視界云々の話にしたって、正直正確な視野なんてわからないだろう?

目が向いてる方向くらいは分かるだろうが、そこまで考えるくらいならスタングレネードとかで目潰ししてやった方が確実だし手っ取り早い。

 

意識の向き先にしたって同じ事。

 

ヒントが欲しい?

ふむ、そうだな…

 

 

カノンが後ろに立っているのを想像するといい。

表情?いつも通りのあの笑顔だよ。

 

まぁ慣れると存外、両方に意識向けれるようになるけどな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

さて、今回のミッション。

本来はルーキー達が新種を討伐し。

安全が確保された後にカノンの捜索に入ると言うのが大まかな流れだが。

 

今だから言おう。

この作戦、実は各部隊間で致命的な認識の齟齬が発生している。

 

先に述べた新種討伐からの捜索開始という流れ。

 

これはルーキー率いる第一陣の認識としては確定事項だろう。

そしておそらく第二陣の指揮を執るサクヤも同じ認識だと思う。

 

対して俺の部隊の認識は違う。

 

俺の部隊は遊撃部隊。

戦闘専門ではないにしろ、戦闘能力はそれなりに有している。

 

カノンは大事な仲間だからな。

少しでも早く見つけてやりたいと考えるのが人情と言うもの。

 

おまけに今はレンもいる。

仮にもヨハネス前支部長直属の特務兵だった神機使いが弱いなんて筈はない。

 

であればこそ。

戦力に物を言わせての強硬捜索というのも選択肢に浮かび上がってくるのである。

 

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

ましてやそこに待っているのは麗しの誤射姫様。

 

紳士たるもの、飛び込まない理由など存在しないのだ。

 

そんな訳で。

結果諸事情から突っ込む気満々の俺の部隊と認識齟齬が生じているという訳だ。

 

まぁ常識的に考えれば捜索隊が戦場に乱入してくるとか意味不明だからな。

安全確保のために先に討伐するという話なのにお前らが先にに突っ込んでどうするのかと。

 

誰だってそう考える。

俺だってそう考える。

 

でも今回のブリーフィングでは誰一人それを明言していないのだ。

一々言わなくてもわかるだろと誰一人それを口にしなかったのだ

 

じゃあ認識にずれがあっても仕方ないじゃないか。

 

何で黙って突っ込んだのかって?

だって誰からも突っ込むなって命令されてないもん。

 

何で質問しなかったのかって?

だって誰も教えてくれなかったもん。

 

聞いたら違うと言われるから聞かなかっただろって?

何の事やら。わざとじゃないもん偶然だもん。

 

ちなみに語尾についてはわざと言ってる。

 

こういう時は出来る限り腹立たしさを強調するのが作法らしい。

まったく、殴ったら負けとか極東の文学には不思議な表現もあるものだ。

 

 

ま、こういう発想する奴もいるにはいるから。

任務前には些細な事でも、ちゃんと口に出して認識合わせしましょうねという事さ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

そして気付けば良い頃合。

着ぐるみ効果のユーバセンスで認識しているアラガミの反応が徐々に弱った点滅を見せ始める。

 

サクヤも後方に居てフルメンバーで無いとはいえ。

流石は極東切っての精鋭部隊と言ったところか。

 

事前の説明では中々手強い相手と聞いていたが。

ものの十分と経たない内にこうまで新種のアラガミを追い込むとは。

 

それでは俺の方も準備をしよう。

 

スタミナ増強剤Sを飲み、続けてスタミナ活性剤改を飲む。

これで接敵まで全力疾走しても息切れを起こす心配はない。

 

そういえばふと思ったが。

最近は強襲直前に直接飲む事が多くなったな。

 

以前は戦闘中に口内に仕込んでた奴を噛み砕いていたが。

今は最初から普通に飲んで強襲し、そのままケリをつけられる事が多くなっている。

 

極東も優秀な神機使いが増えたからな。

 

新型使いのアリサやルーキーは元より。

彼女達の同期であるコウタの方も筋は悪くない。

 

安心して背中を任せられるというのはありがたいものだな。

 

筋力増強錠90改を飲み、続けて体躯増強錠90改。

体力増強剤Sを飲んだら偽装フェロモンを振りかけて。

 

最後に強制解放剤改を飲んで仕上げ完了だ。

 

何か物語でこんな展開見た事あるな。

あれも最後に人喰いのバケモノが待ち構えているんだったか。

 

まぁアラガミも普通に人間食うし。

バケモノと大して違いはないか。

 

「それじゃあご武運を。あぁ、以前にも説明しました通り…あのアラガミのコアは残しておいてくださいね。」

 

うむ、隊長さんに任せておきたまえ。

そっちもバレないようこっそりな。

 

あぁ、言うまでも無いだろうから言わないが。

抜いていいのは一部だけだぞ。

 

これからやるのは言ってしまえば獲物の横取り。

 

強襲までは作戦内容の勘違いで済むが。

コアまで抜いたとあっては明らかにそれは確信犯。

 

そうなるといくら俺でも言い逃れ出来なくなるからな。

後の口裏合わせも含めてよろしく頼むぞ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

それなりに経験を積んだ神機使いであるならば。

例え初見の相手であっても何となく敵の弱点がわかるもの。

 

観察する余裕があれば。

それはさらにはっきりと。

 

ましてやコイツが戦っているのは今や極東屈指となった神機使い。

的確に相手の弱点を見切り、正確に狙い撃つ様は後輩である事を忘れそうになるほどだ。

 

しかし、しかしだ。

だからと言ってそれに甘んじているつもりはない。

 

これでもそれなりの古参兵だからな。

安物とはいえ俺にもプライドというものがある。

 

とはいえ、真似して真正面から叩き切るなんて芸当は流石に無理だ。

一山いくらの神機使いにあまり無茶を言ってはいけない。

 

ではどうするか?

焦るな焦るな、今から見せる。

 

コウタが制圧射撃でアラガミの足が止まる。

間を置かずソーマが斬りかかってアラガミの体勢を崩す。

 

「リーダー!今です!」

「わかった!任せてアリ…ッ!?」

 

合図と共にアリサから撃ち出されたリンクバーストを受け取り。

いざ飛び掛かろうとしたルーキーと目が合う。

 

やぁこんにちはルミナちゃん。

リッカも大好きウサギさんだよ。

 

そう見つめるなよ照れるじゃないか。

 

見惚れるのは結構だがそれでアラガミに気付かれても困る。

もっとも、この新種君にそんな余裕は無いけどな。

 

何でって?

そりゃそうだろう。

 

足は止められ体勢は崩され。

挙句目の前にはいるのは誤射姫様よりもヤバい戦姫ちゃん。

 

喜べルーキー。あまりの可愛さに君から視線が外せないってさ。

アリサみたくボリュームが無くても、極東じゃ立派に需要があるって証明出来て…

 

この話は止めようか。

 

今は任務中。それも大事な仲間の生き死にが掛かった捜索ミッションの最中である。

ふざけてる余裕なんか一ミリたりともありはしない。

 

 

と、いう訳で。

 

 

どこの馬の骨とも知れない野良アラガミには。

ここらでとっとと御退場願おうか。

 

 

 

 

 

それにしてもこの新種は気が利いている。

わざわざ自前で天使の輪まで用意してるとは。

 

まぁ叩き割られちゃったからには可哀そうだが地獄行きかな。

たしかヘイローが無いと天国には入れないって聞いた事あるし。

 

ツクヨミだけに、まさに()()の国へご案内と言う訳だ。

 

 

アッハッハ、我ながらナイスジョーク…いや寒いか。

 

レンの歳が幾つなのかは知らないが。

見た目からしてそう歳の差なんてないだろう。

 

俺とて普通に見た目通りの若者なのだ。

わざわざオッサンみたいなギャグをかましてドン引きされる事も無い、か。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

ここ最近の陰鬱な雰囲気とは打って変わり、そこかしこから安堵の溜息ともとれる声が聞こえてくる。

 

とりあえず結論から先に言おう。

 

カノンの救助は無事成功。

若干の衰弱こそ見られたものの、二三日もすれば前線に復帰できる程度の消耗であるとの事だ。

 

良かった良かった。無事で良かった。

まだブレンダンの捜索は残っているものの、まずはこれで一息つけるというものだ。

 

ブレンダンの心配はしてないのかって?

 

してるしてる。

でもブレンダンならそうそう簡単にくたばったりはしないだろう。

 

あのゴツい肉体は伊達ではない。

偏食因子の影響も受けてる以上、四日や五日遭難した所で音を上げる男ではないと俺は思う。

 

まぁ意外とメンタルの方は繊細らしいけど。

 

人伝に聞いた話だが。

何でもアーク計画に乗ってしまった自分を責めてるらしく。

近頃その償いとでも言わんばかりに、やや無茶な自己犠牲が目立っているとの事らしい。

 

まったく、俺より年上の癖に考え方が青いな。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺を見ろ。

両親犠牲に生き恥晒して早十数年だ。

挙句恥じるどころか。己が生き様に一辺の曇り無しとか言っちゃうような人間だぞ。

 

真実なんてどうでもいい。

若者たるもの、躊躇わずに胸を張る事が大切なのだ。

 

箱舟に乗れなかった人達の目が痛いのはまぁしょうがない。

 

別にアラガミに喰われた訳でも無し。

俺の両親と違って皆ちゃんと頭部が残ってるんだから。

 

そう考えると俺が両親の視線を気にしないのは。

顔も頭も何一つ残って無くてそもそも視線が向けられていないからなのかもしれないな。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・孤児院ジョーク。

 

ブレンダンの好みは知らないが。

意外と堅物ほどこういうブラックユーモアはウケるかもしれない。

救助の暁には是非これで和ませてやろう。

 

 

 

 

 

…で、だ。

そろそろ現実に戻ろうか。

 

 

「………………………」

「………………………」

 

 

カノンの帰還に幾分明るいムードの周囲とは裏腹に。

明らかに不機嫌そうなルーキーが俺の前に陣取っている。

 

何度目だろうなこのやり取り。

親の顔より見た光景だ。

 

ちなみにレンの姿は無い。

正確には怒りで活性化してるルーキーの姿を見た途端、まるで幽霊のように音もなくエレベーターに乗ってこのフロアを後にした。

 

ちくしょう、仮にも俺は隊長だぞ。

一声もかけずに見捨てるなんて酷いじゃないか。

 

あれほど口裏合わせろって言ったのに…ああいや、そう言えば正確には口に出してはいないのか。

だから無言でエスケープされても仕方ない、と。

 

いや、でも普通言わなくたってわかるだろ。

仮にも所属部隊の隊長をスケープゴートにするとかどういう了見だよ。

 

ちゃんと認識合わせしないからこうなるって?

何の事やら。まったくこれっぽっちも身に覚えがありませんな。

 

口に出したら即医務室送りにされそうだから言わないけど。

 

というか。

口に出すと言えばルーキーの方だ。

 

 

「………………………」

「………………………」

 

 

黙ってないで何か言えよ。

俺はエスパーじゃないんだぞ。

 

最近気付いたんだがこの子。

本気で怒ると無言になるんだよ。

 

手が出てる内はまだマシな方で。

怒りが限界に達するとこんな風に人を殺せそうな視線で睨みつけてくるんだよ。

 

ちなみに帰投して着ぐるみ脱ぐ前にこの子をユーバセンスで観察したら、アラガミもびっくりなくらい反応が真っ赤っかだった。

 

何だったらリンクバーストされてる時より凄い。

ひょっとしたらこの子、怒りで自由自在に自力バースト出来るんじゃ…

 

まぁその疑問については置いておこう。

 

何時までもこうやってにらめっこしている訳にはいかない。

何とか宥め透かしてルーキーの怒りを納めなくては。

 

とりあえず軽く場を和ませるとするか。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

-カシュッ-

 

 

………

 

 

「…最近さ、あの人が喋れない事を悪用してるって言うリーダーの言葉が何となくわかってきた気がするんだよ。」

「いや、あれはそういう問題じゃなくないですか?喋れる喋れない以前にどうしてあの雰囲気の中でお酒の缶を開けるんですか…?」

 

-気持ちはわかるが落ち着け!直接聞きだすって言ったのはお前だろう!?-

-いや、まだるっこしいからもういいです。もう手っ取り早く暴力で聞き出しましょう。-

 

「あのソーマが止める側に回ってる…もしかして彼、感情が無いとかいう自分の評判も悪用してるんじゃないかしら?」

「あーありえそう…こっちはあの無表情見ても何考えてるかなんて全然わかんないし…」

「性質悪すぎですよそれ…でも私達の一件から考えるとあながち否定できないのが何とも…あっ。」

 

 

………

 

やぁカノンさっきぶり。

元気そうでなによりだ。

 

「あ、あの、何かあったんですか?助けてもらった時よりボロボロになってますけど…」

 

何、気にするな。

少しばかり場を和ませるのに失敗しただけだ。

 

流石に真正面から一撃で結合崩壊させられるとまでは思わなかったけどな。

 

柔らかい場所とか意識の外とか。

そんな事を忘れさせてくれるくらいの良い一撃だったよ。

 

あ、ヤバ。

ていうか思ってたより足にきて--

 

 

…悪いカノン。

とりあえずナースコールお願いします。




迷わぬ手つきでカシュッと開缶。

トレーナーと某娘なら怒られるだけで済みますが。
この人はお姉ちゃんでは無いのでどつかれても仕方ないですね。

レン君ちゃんの出番が一瞬だった方が問題?
正に正論。


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無口と神機の任務録-幕間1-

Q.カシュッ?
A.お腹を消毒するためのお水です。

消毒ならば仕方ない。
お水だから問題無い。

消毒出来るのはお腹の中だけ。
結合崩壊の治療までは出来ません。

定期的に入る幕間編。
今回のメインはルーキーちゃん達です。

無口さんは添えるだけ。


「へぇ…意外と手触り良いんですね、コレ。」

「それに軽いし思った以上にふかふかしてる。着ぐるみというより何だか大きなぬいぐるみみたいだね。」

 

ここは極東支部の神機保管庫。

各種装備品のメンテナンスなどにも利用される場所である。

 

目の前で行われているのはアリサとルーキーによる装備点検…

という名目の着ぐるみを愛でる会。

 

「見て見てアリサ。ほら、こうすると絵本とかでよく見るシーンに見えない?」

「何してるんですかリーダー。気持ちはわかりますけどそれ、ちょっと子供っぽいですよ?」

「あ、言ったねアリサ。そんな事言う悪い子は…えいっ。」

「キャッ!?ちょ、ちょっともうリーダー!」

 

子供っぽいとからかわれ、むっと可愛らしいふくれっ面を見せるルーキー。

そして身の丈ほどもあるウサギを押し付けられ、抵抗しつつもまんざらでもない様子を見せるアリサ。

 

うむ、眼福。

可愛い女の子がキャッキャと戯れる様というのはいつ見ても素晴らしい。

 

確かに俺は紳士であるが、その前に一人の健全な成人男性。

もう少し大人なレディのやり取りの方が好みだろと言われれば否定はしない。

 

否定はしないが。

大人であるからこそ、そういうのでなければ駄目だなんて言ったりはしない。

 

純粋で健全、結構じゃないか。

むしろこういうのでいいんだよこういうので。

 

惜しむらくはその着ぐるみ、今は中に俺が入っていないという点だな。

もう少し早く来てくれれば合法的に輪の中に入れたんだが。

 

いや、何だったら今からでも別に間に合うのではないだろうか?

 

空っぽの着ぐるみは大きなぬいぐるみと大差は無い。

されるがままのそれとは違い、ハグにハグを返してくれるのが中身入りの良い所。

 

別にやましい気持ちから言ってるのではない。

ちゃんとお互いのメリットを考えた上での提案である。

 

ルーキー達はウサギにハグされてご機嫌になる。

俺は女の子をハグ出来てご機嫌になる。

誰一人損をしない幸せ空間の完成だ。

 

大丈夫、これでも立派な古参兵。

仕事とあらば全力でウサギさんを遂行してみせる。

 

まぁ戯言はこの辺にしておこう。

他愛の無い妄言一つで査問会が出張ってくるのがフェンリル支部の恐ろしいところだからな。

 

それに仲睦まじい女子の間に文字通りの間男なんぞ不要…ん?

 

-ムギュッ-

 

「こちらラビット1。作戦を無視して突撃する不良神機使いを発見、これよりお仕置きミッションを開始します。」

 

そう言いながらアリサにやっていたのと同じように。

上から覆いかぶせるように着ぐるみを押し付けてくるルーキー。

 

続け様に繰り出されるのはウサパンチ。

先程アリサも言っていたが、ペシペシと遠慮なく顔をはたいてくるその様ははっきり言って幼稚園児のそれである。

 

うん、何だか年下の妹にじゃれつかれてる感覚だ。

これはこれで悪くない。

 

この見た目で単独でハンニバルやウロヴォロスを斬り伏せてるらしいけど。

まぁただの噂だろう。こんな愛らしい娘がそんな野蛮な事するはず無いし。

 

ツクヨミ?

知らんなぁそんなポッと出の新種なんぞ。

 

大体今回ソイツを叩っ切ったのは俺だし。

今時一旧型神機使いに倒されるアラガミなんぞ、どうせ一山いくらの雑魚だろう。

わざわざ騒ぎ立てる程の事でもない。

 

 

話を戻そう。

 

そんな訳でルーキーと戯れる分に関して、俺的には何も問題は無い。

それどころか女の子と戯れつつご機嫌取りまで出来るなど、むしろ願ったり叶ったりと言ってもいい。

 

いいんだが。

 

一つアレな点があるとすれば。

このウサぐるみ、ゼロ距離で顔突き合わせるには少々圧が強いというくらいかな。

間近で見ると結構目が怖いぞこれ。

 

「………………………」

「あの、その辺にしておきませんかリーダー?この人真顔で無反応だからちょっと怖いんですけど…」

「今更だけどさ、リーダーって本当怖いもの知らずだよね。ソーマにしろこの人にしろ、ここまで遠慮なく踏み込んでいく人初めて見たよ。」

 

……………………………………………………………………………………………

 

-Side_ルミナ-

 

「ちょっと話はそれましたが…それでリッカさん、さっき質問した話なんですけど…」

 

思いの外感触が良かったせいで脱線してしまいましたが。

とりあえず満足しましたので本題に戻るとしましょう。

 

「あぁ、あの着ぐるみに疑似バーストみたいな機能があるのかって話?無い無い、私的には夢のある話だとは思うけどね。」

 

事実としてはきっぱりと否定。

しかし考えそのものは興味深いと答えた後、私の質問にリッカさんが続きを返していきます。

 

「まず戦闘においてキミ達神機使いが活用しているバースト状態。これは神機が持つオラクル細胞と神機使いの体内にある偏食因子、その両方が平時より活性化している状態の事なんだ。」

 

-活性化によって得られる効果は神機と人でそれぞれ異なる。-

 

「神機であればオラクル細胞の捕喰性質が強化され、アラガミに対する攻撃力が大幅に高まるし、人であれば免疫力の増加や治癒力の向上、筋肉や神経系の能力上昇などが作用に挙げられる。」

 

-バースト状態になると動きが良くなったり、一時的に怪我の痛みや疲労感が軽減されるのがわかりやすい特徴かな。-

 

「確かにバースト状態を維持できればそれだけで戦闘難度が変わりますからね。まぁ本来は怪我やスタミナ切れを起こさないように戦うのが望ましいのですけど。」

「私も神機使い成りたての頃はそれを頼りに戦ってたしね。…どこかの誰かさんに荒療治で矯正されましたけど。」

 

思い起こされたのは何時ぞや延々と小型種を討伐させられ続けたミッション。

 

少しばかりトゲを含めた言葉と共に。

チラリと少し離れた位置にいる神機使いに視線を向ける。

 

もはやすっかり見慣れてしまった無口無表情の鉄仮面。

あの頃はこの人は見た目同様、感情すら失ってしまった人なのだと思っていましたけど。

 

「あの、何されたんですかリーダー?あの人わざとらしく顔逸らしてますけど…」

 

実際のところはこれである。

 

喋れないというだけで感情の方はむしろ人一倍豊か。

何なら喋れないという事を都合の良いように利用している節すらある。

 

「小型種のアラガミを延々と討伐させられ続けたんですよ。それもコアの回収は完全に度外視で。」

「あれ?でもキミ、確かあの時は自分が足引っ張っちゃってコア回収する余裕が無かったとか言ってなかったっけ?」

 

…そうでした。

あの時は当時にしては柄にもなく、悔しくてつい負け惜しみ的に言ってしまったんでした。

 

ふと視線を感じて顔を向けると。

先程までそっぽ向いていた鉄仮面がこちらに向き直っている。

 

何ですか、こっち見ないでください。

貴方さっきまで横向いてたじゃないですか。

 

別に口止めしてた訳でもないでしょう。

バラされて困る話なら事前にちゃんと口止めしてきてください、もう。

 

とはいえ全部が全部嘘とは言い切れません。

むしろ七、八割くらいは私のせいだとは思っています。

 

なのでここはさっさと元の話に戻すとしましょう。

 

………

 

「バースト状態になるための条件は大きく分けて二つ確認されている。一つは言うまでもなく神機の捕喰形態で生きてるアラガミのオラクル細胞を取り込んだ場合。もう一つは神機に接続している神機使いの精神が異常に高揚した場合…月並みな表現をすれば"感情が爆発"する事でもバースト状態へ移行したケースが確認されているんだ。」

「感情の爆発…ですか?」

 

疑問符と共に言葉を漏らすアリサ。

言葉の意味こそは理解出来れど、具体的な様相がイメージできない私達にリッカさんが頷きながら続きを説明していきます。

 

「元々は"使用者の精神状態が神機の性能にどのような影響を及ぼすか?”という観点の元、本部からの要請で戦闘中の色々なデータを集めていた事が発端なんだ。」

 

-その中で明らかに頭一つ抜けて観測された、"感情の爆発"が起こったと思われる状況下での戦闘データ。-

 

「その時の状況はまさに最悪の一言に尽きる。仲間は全員倒れ、当人も重傷。救援が間に合う見込みも薄く、誰もが最悪の事態を覚悟していた。」

 

-しかし周囲の予想とは裏腹に、そんな最悪の結末が訪れる事は避けられた。-

 

「アラガミを喰らった訳では無く、ましてや反動の有る強化薬を服用した訳でも無い。にも関わらずその神機使いは自力で最大レベルのバースト状態を発動し、相対していたアラガミを討伐する事で仲間の命を助けたんだ。」

 

-九死に一生を得た彼は帰還した後こう語った。-

-"自分の命よりも仲間が死ぬという事実に耐えられなかった。耐えられず目の前が真っ赤になったと思った次の瞬間、気付けばアラガミが倒れていたんだ。"とね。-

 

「この時のデータを調査・分析した結果、"激しい感情の想起は神機と体内の偏食因子に強く作用する"という事が判明したんだ。この事実が後々色々な話題に発展していくんだけど…まぁあまり気分の良い話じゃないし割愛しようか。」

 

-とにかく、神機使いがバースト状態になるための条件を纏めると。-

 

「アラガミを生きたまま捕喰するか、爆発と表現される程の感情を呼び起こすかのいずれか。もう既にわかったとは思うけど、どちらも装備で簡単に実現できるようなものじゃ無い。」

「だから私の質問に"夢のある話"って答えたんですね。」

「あれ?でもそうなるとおかしくないですか?だってリッカさんさっき…」

 

不意に抱いた違和感にアリサから疑問の声があがる。

その言葉に最初は気付かなかった私だが、間を置かず彼女が抱いた違和感の正体に気が付く。

 

「うん。端的に言えばそっちは無理矢理人の感情をどうこうしようって話だからね。面白いどころか全然笑えない話だし、夢は夢でも私にはただの悪夢としか思えない。」

 

返ってきたのは予想した正体を裏付けるような内容。

心なしか彼女の顔も珍しく苦虫を噛み潰したような表情な気がする。

 

「私が夢のある話だと思ったのはさ。"諦めなければ最悪の結末を変える事が出来る"、以前はそんなの本当の意味で夢物語だって思っていたからなんだ。」

 

今の時代に生きている以上。

現実がそんな甘いものではない事くらいとっくの昔に理解していた。

 

「その神機使いは決して優れた神機使いではなかった。たまたま偏食因子に適合して、たまたま適合する神機が見つかって。私も直接話した事はあるけれど、率直に言ってどこにでもいるごく普通の神機使いだった。」

 

-ただね、あの人は言っていたよ。-

 

 

 

 

 

"俺はたまたま運が良かっただけ。何ならアラガミを倒した直前まで意識が飛んでたくらいだしな。"

 

"まぁそうだな。強いて言うなら…"

 

"()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()"

 

 

 

 

 

「諦めなかっただけ…文字通り、命の限り…」

 

リッカさんが語った見ず知らずの神機使いの言葉。

無意識のまま、心に染み込ませるかのように小さな声で呟き、反芻する。

 

「言ってしまえば奇跡的に幸運が折り重なっただけなのかもしれない。けれどその人は文字通り、最後まで諦めなかった事で誰もが諦めていた最悪の結末を退ける事が出来たんだ。」

 

諦めなければ未来を変えられる。

もし私達の持ち得る技術が、それを実現させるための一助になるのなら。

 

「ね?夢のある話でしょ?…だけど!だからと言ってそれが無茶をして良い理由になったりなんかしない。わかるよねリーダー?」

「ほら、言われてますよリーダー。周りから見るとこういう評価なんですからね。」

「ですって先輩。私が怒る理由がわかりましたか?」

 

二人から視線が向けられるのに合わせ。

流れるように少し離れた位置にいる神機使いに会話を向ける。

 

うん、顔を背けたってことは自覚はあるようですね貴方。

であればこのまま二人の言葉を押し付けて--

 

「…訂正するね。他の人がやっているからというのも理由になったりなんかはしない。わかるよね二人とも?」

「リーダー、そういうところがあの人に似てるって言われる理由なんですよ…」




時折出てくる一般神機使いさん。
新人君ちゃんから熟練ニキネキまで種類豊富。

そんなとある神機使いさんのお言葉でルーキーちゃんのメンタルが更に強化。
第二スキル「諦めない心」がインストールされました。

長くなったので区切ります。


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無口と神機の任務録-幕間2-

Q1.似てる?
A1.似てる。

Q2.まさか血の繋がってない…
A2.ルーキーちゃんが神機持ってそっち行きましたよ。

今のルーキーちゃんは無口さんに不満を抱いている状態。
その人の妹みたいなんてからかい方をしてはいけません。


「…結局の所。話を聞くにこれはただの色々な機能が搭載されたウサギの着ぐるみって認識で良いんでしょうか?」

 

ひとしきりリッカさんとの会話も終わり。

区切りの良いタイミングで再び着ぐるみの話題へと話を戻す。

 

「うん。元々あった実験用強化スーツにシオちゃんのドレス作成で得た服飾技術で作った繊維素材でコーティングしたウサギの着ぐるみだね。」

「着ると狂暴になったりアラガミを倒したい衝動に駆られるとかは…」

「ないよ!?というかそういう理由で疑似バーストになる機能がどうとか聞いてきたの!?」

「どんなウサギですかそれ…もしそういう意図があるなら普通ライオンとかにしません?」

 

聞きたい事は全て聞け。

リッカさんに確認したい事も無くなったので雑談タイムに移行する。

 

「そうそう、そう言えば何でウサギなんです?一応これ、建前としては作戦支援用の強化スーツなんですよね?」

「あ、それ私も最初から気になってました。何かウサギである必要性があるんですか?」

「うっ、それは…」

 

私とアリサからの質問にリッカさんの視線が泳ぐ。

 

泳いだ先にはクピクピとお酒の缶を傾けている神機使いの姿。

先程私が視線を向けた時とは違い、今度は真っすぐリッカさんの目を見返している。

 

「…彼の趣味…みたいな?」

「すぐバレる嘘は止めましょうよリッカさん…ほら、あの人凄いこっち見てますよ?」

 

相変わらずの無口無表情の鉄仮面。

しかし普段のそれとは打って変わり、今は「嘘つくな」とかつてない程にあの人の目が物を言っているような気がします。

 

「ま、まぁ正直ウサギにしちゃったのは出来心というかなんというか…でもちゃんと機能を持たせてるからただの見た目だけに終わってないよ!例えばこの耳の中にはね…!」

 

レーダー、アンテナ、各種特殊ゴーグルに稼働補助装置。

それは聞けば聞くほど思った以上に凄い装備…なんですけど。

 

…別にウサギの姿にしなくても良かったのでは?

隣の様子を伺う限り、アリサもどうやら同じ感想に至ったようだ。

 

「と、とにかく被ってみてほら!頭だけでもこの着ぐるみの凄さがわかるから!」

「え?わっ、ちょっとリッカさん何を…!」

 

私とアリサからの怪訝な視線に堪えられなくなったのか。

誤魔化すように声をあげ、無理矢理私にウサギの頭部を被せてくるリッカさん。

 

抵抗虚しく被せられてしまった私の視界は暗闇に覆われるものの。

一瞬の後に普通の視界が戻った後、レーダーのような物が何とも言えない感覚で脳内に投影されていく。

 

「わっ、凄い。本当に三人分の反応を感じます。これがユーバーセンスと呼ばれる感覚なんですか?」

「ね。便利でしょ?性能の関係上、()()()()()()()使()()()()()()()()()()けどね。」

 

例えるなら頭の中に浮かんだミニマップのようなものに浮かぶ光点。

 

一つは自分の隣から。一つは少し離れた位置から。

()()()()()調()()()()()()()

 

なるほど、神機使いの位置が丸わかりだ。

偏食場パルスを感知してると言う話だし、これがアラガミ相手ならきっと向いている方向すらも分かるのだろう。

 

うん、確かにこれなら捜索ミッションに持ち出してきたというのにも納得できる。

見た目はどうあれ、あの人は手段を選ばないところがありますから。

 

慣れない感覚と視界をリンクさせるよう、物珍しさも含めてキョロキョロしていると。

いつの間にか隣の部屋にあった反応が件の神機使いの隣に移動している。

 

視線を向けて見れば、そこにあったのはレンの姿。

肩を叩いてあの人を促し、軽く辺りを見回してから二人連れ立って私達がいる保管庫を後にする。

 

「そう言えばリッカさん。あの人達今日は何しに来ていたんですか?」

 

視界から完全に外れているにも関わらず感じる二人の反応に若干戸惑いつつ。

ふと疑問に思った事を口にする。

 

「え?私は知らないけど…というか二人がこの着ぐるみの件で声かけたんじゃないの?」

「いえ、私はリーダーがリッカさんに聞きたい事があるって言ってたから付いてきただけで…」

「それじゃあ今日は()()()()()()()()()()()()()()()。今さっき二人連れ立って出て行きましたし。」

 

私がその言葉を口にした途端。

二人とも示し合わせたように目を丸くしてこちらへ顔を向けてくる。

 

「何言ってるんですかリーダー。今も何も、ここには()()()()()()()()()?」

「そうそう。今だって出て行ったのは彼が一人で…あ、もしかしてちょっとレーダーの調子悪い?」

 

カポッと着ぐるみの頭を持ち上げられ、新鮮な空気と共に視界が戻る。

おもむろに道具を取り出して被り物の下から内部を覗き込むリッカさんに、私は説明を続けます。

 

「いえ、レーダーは多分ちゃんと機能してますよ。アリサとあの人、それにレンの三人が映ってましたし。」

「…アリサと彼と()()()()()()()()()()()?」

「そもそもリーダー、その"レン"って誰の事です?」

 

…レンを知らない?

 

おかしい。

どうも根幹の部分から話が噛み合っていないような気がする。

 

百歩譲ってレンが今あの人と一緒に部屋を後にしたのが私の勘違いだったとしても。

そもそも知らないなどという返答が返ってくるのはどう考えても変だ。

 

これがシュンさんとかなら意地悪でからかっているのかなとも思いますが。

少なくともあんなに後輩が出来ると喜んでいたアリサが新人の存在を忘れるような真似をするとも思えない。

 

そうだ、冷静に考えてみると初めて会った時からずっと違和感があった。

 

初めてレンと会ったのは医務室。

あの時はリッカさんに怒られていたので気付きませんでしたが、初対面であるはずのレンに対する言及が一切なかった。

 

そしてその後ツバキさんがエントランスホールで新人紹介をした時。

アネットとフェデリコは自己紹介したにも関わらず、レンだけが私に微笑みを向けただけで終わった事。

 

リッカさんの性格からして、レンに一瞥もくれないというのは想像出来ないし。

ツバキさんの性格からして、レンの紹介を失念していたというのも想像出来ない。

 

「そのレンって人が誰なのかはともかく、レーダー関係無しに部屋を出たのはあの人一人だけでしたし…どうしましたリーダー?…もしもし、リーダー?」

 

ハッと目の前でパタパタとアリサの手が振られているのに気付いて我に返ると。

いつの間にか二人から向けられていた視線が疑問ではなく心配の色を帯びたものへと変化していて。

 

「…リーダー、もしかして結構疲れてないですか?今日はもう休んだ方が良いですよ。」

「私もそう思う。にしてもこれ、要調整かなぁ。リーダーに何か変な物見せちゃったみたいだし…しばらくは私の方で預かっておく事にするよ。」

 

失礼な、私は疲れてなんていませんよ。

少なくともあれは幻覚なんかじゃありません。

 

しかしどうやら二人は私の発言を"疲労からおかしな幻覚を見た"と言う事で解釈一致したらしく。

 

「それじゃアリサ、片付けは私がしておくからリーダーの方はお願いするね。この人、この感じだと目を離すと多分休もうとしないからさ。」

「了解です。それじゃリーダー、今日のところは部屋でちゃんと休んでくださいね。」

「わわっ。ちょ、ちょっとアリサ離して…」

 

弁解の機会を与えられる事も無いまま。

アリサに手を引っ張られるまま自室まで連行されてしまいました。

 

 

…ねぇアリサ。

私ってそんなに信用無い?

 

「えぇ。リーダーの事は信頼していますけど、ここ最近の様子を見る限り休むことに関しては全く。」

 

むぅ、即答ですかそうですか。

納得いきませんが思い当たる節が無いとも言えないので今回は素直に飲み込みましょう。




危うく捕捉されそうになったレン君ちゃん。
そして何かに勘付き始めるルーキーちゃん。

書き足したら長くなったので再度区切ります。


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無口と神機の任務録-幕間3-

Q.どこまで勘付いた?
A."一部の人間にしか見えないのでは?"と言う所まで。

そして"肩を叩かれて顔を向けたあの人も当然認識している筈…"⇒"やっぱり喋れない事を良い事にわざと誰にも伝えず何か企んでる!"と思い至るまでがワンセンテンス。



ふぅ、危なかった。

ここ最近見られる事に慣れ過ぎてちょっと油断してたかな。

 

確かに現状、僕は彼女やこの人にしか感じる事が出来ない存在。

けれど二人にとっての僕は決して幻覚の類ではない。

 

見かければ意識をこちらに向けてくるし。

流れ次第では普通の人間と同じように僕を会話の話題に上げてくる。

 

けれど周りから見ればそれは何とも奇妙な光景だ。

何しろ姿どころか存在すらしない人間の名を呼び、あまつさえその場にいるかのように振る舞うのだから。

 

うん、医務室送り待った無しですね。

僕が相手の立場だったら迷わず休息する事を勧めますし。

 

本当、たまたま神機使いの数の帳尻が合っていたのは僥倖でした。

アリサさんやリッカさんもレーダーの不調とリーダーさんの疲労のせいだと勘違いしていましたし。

 

今しばらくは僕の存在が周りにバレる事は無いでしょう。

なので差し当たり、僕がどうにかすべき点と言えば…

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 

 

 

 

うーん、凄い見られてますねこれ。

無表情なのも相まって普通の人間より圧が凄まじいです。

 

こっちに関してはついてなかったというかなんというか。

まさか部屋を出ようと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その時見えたのは僕が僕に向かって肩を叩いたという不思議な光景。

そして同時に脳裏に響き渡った、未だかつてこの極東支部で聞いた事の無い人物の声。

 

極めて直近、しかも極短時間の出来事ではあったけど。

それは紛れも無く感応現象、相手の記憶を本人視点で追視する現象で。

 

であれば十中八九、あの声の主はこの人本人。

確認すべき心配事はあるけれど、この点に限って言えば思わぬ収穫だ。

 

何しろこの人、神機以上に意思疎通が難しい。

こちらから伝える分には問題無いが、向こうから伝えてくる方法が余りにも少なく拙いのだ。

 

おまけにリーダーさん曰く、喋れない事を悪用してわざと伝えてこない事もあるそうな。

ただでさえ難しいコミュニケーションを意図的に難しくしてくるというのだから、性質が悪いと評するより他ありません。

 

あぁ、だからこの人、レポートとか報告書とかまとめるの上手いのか。

伝える前に予め文書として推敲した上での伝達…うん、事実なら間違いなく故意ですね。

 

ところがそんな厄介な人物が相手でも。

この感応現象を利用すればこの人が何を考えているのかを容易く知りえる事が出来る。

 

新型神機の適合者同士という以外、正確な発動条件は分からないのでこれに頼り切る事は出来ませんが。

それでもこの人が何を考え、喋ろうとしているかを知れるというのはこの人と付き合う上で非常に大きく役立つ筈。

 

あの危ない光景さえなければリーダーさんにも教えられるんですけどね。

まぁその辺りについては今は置いておくことにしましょう。

 

………

 

さて、幾分話が脱線しましたが。

今僕が確認すべきことはただ一つ。

 

この人が見た光景が。

果たして僕と同じように直近の僅かな期間に限った光景だったのか?

 

正直この人相手に正体がバレた所でどうもしないとは思うのですが。

それでも余計な不確定要素を増やす必要性はありません。

 

ましてやこの人、アラガミに対して妙な感情を抱いているみたいですからね。

 

復讐、愉悦、それに義務。

パッと考え付くのはこの辺りですけど、そのどれもが正確に的を射ていない気がします。

 

まぁ僕が人間の感情の機微に疎いだけなのかもしれませんけど。

 

つまりは未知数。

なので今は僕の正体については秘密にしておく事こそ最善手。

 

こちらから伝える情報は最小限に留めたまま--

 

 

「誤魔化すのも得意じゃないので。単刀直入に聞きますね。」

 

--見ました?

 

「………………………(コクリ)」

 

--どこまで?

 

「………………………(首傾げ)」

 

うーん、人間と会話している気がしない。

どちらかというと頭の良い動物に話かけてるという感が凄いですね。

 

見たには違いないけど何を見たのかまでは全くわからない。

辛うじてイエス・ノーに関しては身振りから判別出来ますけど、それ以外の情報が全くと言っていい程伝わってこない。

 

今更ですけどリンドウって実は凄い人間だったんですね。

あの頃のソーマさんも今のこの人みたいな感じだったのに、心折れる事無く話かけ続けたんですから。

 

僕は正直心が折れそうかな。

何だったら他の神機の声に耳を澄ましてる方がまだ答えてくれるような気がする。

 

まぁだからと言ってここで諦める訳にはいきませんが。

会話で目的が達成出来ていない以上、それ以外の手を考えなくてはいけません。

 

 

 

 

 

 

「…いっその事、もう一度試してみましょうか?」

 

 

 

 

 

---

 

彼の肩へと手を置いた数瞬後。

今見ていた視界とは異なる光景が再び眼前に広がっていく。

 

無機質な地面に広がる真っ赤な水たまり。

その中で一心不乱に何かを食べている黒い影。

 

それはアナグラ内の何処かとは到底思えない。

それほどまでに暗く深く、どこか遠い場所のように感じる光景。

 

…大丈夫、今回でもう三度目だ。

 

今はアレそのものに害は無い。

下手に刺激さえしなければ何も起こらない。

 

 

何しろ当の本人が()()()()()()()()()()()()()

 

---

 

 

 

 

 

赤い水溜りを渡り。

無表情の神機使いを無視し。

人にぶつからないようエントランスホールを抜け。

 

早足に辿り着いたのは神機保管庫へと通じる通路。

今まさに自分たちがいる場所である。

 

そこには彼に話かける自分がいて。

無言のままその言葉に頷きを返すあの人がいる。

 

『…見ました?』

-見えた見えた。アレが噂の感応現象と言う奴か。-

 

ただし先程彼に触れる直前の光景とは異なる点が二つ。

 

一つは保管庫で見た光景同様、話かけられているのは僕自身。

即ち、いつの間にか僕の意識は彼の視点へと変化している点。

 

もう一つは僕の問いかけに答えるように。

彼の心の声ともいうべきものが僕の頭の中に聞こえてくる事。

 

『…どこまで?』

-どこまで?どこまでも何も…あんな短い光景の何からどこまで?-

 

そう頭の中に響く声に合わせるように。

首を傾げて僕を見つめる彼の感覚が伝わってくる。

 

-レンの視点から俺の肩を叩いた光景が見えただけじゃないか。それとも俺の後ろに何かいるとか言うんじゃないだろうな。-

 

うん、話(?)を聞くにどうやら僕同様に直前の光景が見えただけの様子。

幸い僕が懸念していたような事はなさそうだ。

 

-止めろよ、俺は幽霊とか信じない性質なんだ。あぁ勘違いするなよ、別に幽霊が怖いとか言う話じゃないぞ。-

-見えもしない存在を一々恐れるほど俺は想像力豊かな人間じゃないんだ。まぁ仮にいるとすれば俺の両親辺りはこう肩に乗っかっていそうだが…-

-この話は止めようか。幽霊なんて存在しないんだ。最初シオを幽霊と見間違えたのも実は新種のアラガミかと誤解したからで…-

 

 

…いや、と言うか貴方。

これが本当に貴方の心の声だとしたのなら。

 

想像以上に口数多くないです?

あの無言無表情の鉄仮面にこれほどの意味が込められていたんですか?

 

普段喋れないからその分溜まってるんだと言われたらわからなくもないですけど。

それでも同じ喋れない神機にしたってここまで饒舌じゃありませんよ。

 

えぇ、僕が言うんですから間違いありません。

 

……………………………………………………………………………………………

 

レンの手が肩に乗せられた次の瞬間。

視界にノイズが走るのと同時に視点がレンからのそれへと切り替わる。

 

目の前にいるのは他でもない俺自身。

我ながら若さの中に古参の風格を携えた中々のイケメンである。

 

当然良いのは見た目だけでは無い。

レディーファーストを重んじる紳士であると同時に場を和やかにするユーモアの持ち主で内面においても死角無し。

 

両親の教育もさることながら、息子の人間的な出来の良さも伺える。

まぁ実際は人間の良さどころか、真っ当な人間性すら怪しかった時期があったけどなハッハッハ。

 

っと、いけないいけない。

今は絶賛感応現象の最中だった。

 

アーカイブの記録程度にしか知らないが。

感応現象と言うのがお互いの認識を共有する事象と言う程度には知っている。

 

そして恐らくはレンも感応現象の真っただ中。

つまりあまりアホな事を考えていると後々筒抜けになって大恥を掻く羽目になる可能性がある。

 

集中集中、クールになれ。

ユウマ君はやれば出来る優秀な子っと。

 

『…見ました?』

 

そんな事を考えている内に。

依り代状態と言えるレンの口から先程問い掛けられた言葉が発せられる。

 

「………………………」

 

それに対する答えは目の前の神機使い…というより俺からは無く。

ただ無言のまま頷きを持って返される。

 

おいおい、聞かれてるんだから返事くらいしろよ俺。

質問には元気良く答えましょうって両親から教わっただろうが。

 

それとも感応現象って完全に過去の記憶が再現される訳じゃないのか?

単に俺の言葉は覚えてないので再現出来ないってオチだと悲しいが。

 

『…どこまで?』

「………………………」

 

いや首傾げてないで答えろよ。お前のその口は飾りか?

今日日アラガミだって質問されたらちゃんと元気良く答えるぞ。

 

ちなみにシオって言うんだけどなそのアラガミ。

 

というかだ。

この映像何だかとっても悪意が無いか?

 

そりゃ俺はタツミやコウタに比べれば口数の多い方とは言わないが。

流石にもう少し真面に返事くらい…

 

あ、そう言えばこの時は考え事してたから答えてないかも。

 

待て待て、いやだってこれ質問の方も悪いだろ。

確かに単刀直入に聞くとは前置きされたけど。

 

そこから出てきた言葉が「見た?」と「どこまで?」だぞ?

安いラブコメにありがちなラッキーなんちゃらの一幕じゃないんだから。

 

寧ろあの単語だけでさっきの感応現象まで思い当たって。

そこから"もしかしたら見えてはいけないものの話"まで思考を広げれた事こそ褒められるべきだろ。

 

つまり今回はたまたま返事しそびれただけの話。

だからこんな感じの悪い人物像は今回限りにしておいてくれ。

 

 

と、レンの身体に入っている内に一頻り弁解しておく。

 

レンがこの言い訳を聞けるかどうかは知らないが。

せっかく人様の身体に入った事だし、書置きのようなものと言う事で一つ。

 

 

 

 

 

そうそう。

人様の身体に入っているというので気が付いたが。

 

 

 

 

 

俺の意識が入っているらしきレンの身体。

 

 

 

 

 

何だか()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

そんな事あるはず無いんだが…

 

 

 

 

 

あの忌々しいクソトカゲの雰囲気がする。

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

ハッハッハ、イッツ・ア・ラビットジョーク。

今は別にウサギの恰好してないけど。

 

まぁレンからクソトカゲ…もとい、アラガミの臭いがするというのもあながち外れた話ではない。

 

神機使いというのは偏食因子を投与して神機を扱えるようにした言わば人工のアラガミ。

アラガミに固有の臭いがあるというなら神機使いからその臭いがしたとしても別段おかしくはない。

 

そして古参兵と言えど犬ではない。

いくら神機使いの身体能力が優れているからと言って、天然物と養殖産を識別する程の嗅覚までは流石に持ち合わせてはいない。

 

第一、仮に神機使いからその臭いがしたところで別にどうこうする訳じゃないし。

アラガミを見逃す程慈悲深い性格はしていないが、だからと言って見つけ次第皆殺しにするようなサイコパスでもない。

 

せっかく助けた息子がそんな狂人だなんて親不孝も良い所。

まぁコウタに匹敵する程の孝行息子である俺には関係無い話…おっと、何時の間にか現実世界に戻ってきてる。

 

意識は途切れていない筈なんだか戻った瞬間に全然気が付かなかった。

これ移動中や戦闘中に起きたら普通に危ないな。

 

もしミッション中に新型神機使いに触るような事になった時は注意しよう。

 

まぁいいや。

トカゲ云々の話をしてたら変な臭いしてないか気になってきた。

 

何しろここ最近着ぐるみを着込む機会が多かったからな。

空調の効いたスーツとはいえ、普段の服装に比べたら幾分こもる。

 

身嗜みに気を使うのは紳士云々の前に組織人としての常識。

こまめにシャワーを浴びれる身分というのは神機使いという職の良い所だな、うん。

 

あ、もういいかレン?

そっちも意識が現実に戻ってきてる頃合だろ。

 

神機の強化状況を見せたいって話だったけど。

ルーキー達が来てうやむやになっちゃったからまた今度な。

 

…ん?どうしたレン?

 

「…あ、すみません。ちょっとぼーっとしちゃいました。リーダーさん程じゃないですけど、僕もちょっと疲れてるのかもしれませんね。」

 

それはいけない、疲労はゴッドイーターの大敵だ。

無理せず今日はもう休むと良い。

 

 

俺も酒飲んで寝るから。

 

「またお酒ですか?貴方さっきも飲んでませんでしたっけ?」

 

いいじゃん、今日は非番なんだから。

抜ける時は思いっきり気を抜くのが優秀な神機使いと言うものだぞ。

 

それにカノンから得られた情報でもうすぐブレンダンの居場所も絞り込めるらしいからな。

その時に備えて、今はお互いしっかり英気を養っておきたまえ。

 

 

 

 

 

…あれ?

何でレンの奴、俺がこの後酒飲むってわかったんだ?

 

今俺、"酒飲んで寝る"なんて口走ったかな?




レン君ちゃんが会話(?)手段をゲットしました。

ちなみに現状他の人は真似できません。
無口さんはアレな人なので心通わすには同ランクのアレが必要なのです。
餌付けの方が簡単とか言ってはいけない。

ルーキーちゃんもその手段欲しがるんじゃないかって?
どうしてもの時は力づくで喋らせる気満々なので不要ですね。


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無口な無口な救助隊1

Q.見ていないの?
A.インデクス範囲外。

オーバーフローでエラーにならなかった場合稀に良くある。
普通はエラーで止まるのに"おかしなまま動いてる"と言うのが困りもの。

※12/12 タイトルのみ変更しました。


ある日の夜。

整備班の面々が噂しているのを小耳に挟む。

 

例のウサギ。

何だか見えてはいけないものが見えるらしい。

 

ははーんなるほど。

全て繋がったぞ。

 

あの時レンが言っていたのは。

やはりあの部屋に何かいるという話だったのか。

 

うわぁ怖。

もうあのウサギスーツ着れないじゃないか。

 

確かに俺は百戦錬磨の古参兵。

例え山のように巨大なアラガミが相手であっても、臆することなく挑んで見せる。

 

だが相手がオカルト方面というなら話は別だ。

 

物理の通じない幽霊相手に神機使いの出番は無い。

素直に祈祷師でも呼んでどうぞ。

 

………

 

「…何してるのキミ?保管庫であまり変な事されると困るんだけど…」

 

変な事とは人聞きの悪い。

これは極東に古くから伝わる魔除けのおまじないだぞ。

 

怪訝そうな表情で注意するリッカの言葉を聞き流し。

食堂から持って来た塩の小瓶の蓋を開ける。

 

「それって盛り塩ってやつ?…なんで急にここでそれを?」

 

何、そう大層な話じゃない。

 

ここは例のウサギが仕舞ってある保管庫。

そしてここはよく整備班の面々が仕事のために訪れる場所でもある。

 

俺はオカルトなんぞこれっぽっちも信じていないが。

験を担ぐという行為そのものは好意的に考えている人間。

 

リッカには色々世話になっているからな。

安全祈願にこうして魔除けの類をやっておくのもそう悪い事ではないかなと思ったまでさ。

 

流石に正直に言うのは照れくさいから言わないけどな。

 

あとこれは本当についでだが。

俺の分の厄払いも兼ねている。

 

何だかんだ俺も装備や神機の調整でよく来るからな。

ウサギももう身に付けちゃったし、背中や肩に変なのが憑りついても嫌だしな。

 

リッカだっていい年した成人男性のガチ悲鳴は聞きたく無かろう?

まぁ別に俺は幽霊とか信じてないし、悲鳴なんてあげたりしないけど。

 

本当、あくまでついでにってだけ。

 

…待てよ?

元凶がどこにいるかわからない状態で盛り塩しても、下手したら厄を室内に籠らせるだけなのでは?

 

こういう時は先に御払いしてから塩を盛るんだっけか。

うーん聞きかじった程度の知識だから細かい所まではわからんな。

 

まぁいいや。

一応ウサギにも清めの塩振りかけておこう。

 

怪しいの見えるって話だし、塩纏わせとけば最悪中への侵食は防げて--

 

 

「…あ、こら何してるの!塩なんか振りかけたら錆びるでしょ!というかここは精密機械もしまってあるんだから満足したらさっきの盛り塩も片付けていってよね!」

 

普通に怒られてしまった。

 

しかも機械のある場所で塩を撒き散らすなと言う正論付き。

ぐうの音も出ない至極当然なお小言である。

 

 

うん、やっぱり信じるべきは怪しいオカルトよりも化学だな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部のエントランスホール。

神機使いも内勤の人間も、右に左にせわしなく早足に駆けていく。

 

先程極東支部の人間に通達された重要事項。

解析班と捜索班の情報を元に、ようやくブレンダンがいるであろう地域の絞り込みが完了したとの事。

 

加えてその情報の精度を裏付けるかの如く。

対象エリア近辺に刀傷を負ったアラガミが確認されたとの事らしい。

 

通常、アラガミは一般兵器による怪我程度なら瞬く間に跡形もなく治癒するが。

オラクル細胞に喰われた傷だけはそうはいかず、治癒するにしてもそれなりの時間を要する。

 

つまりこれはごく最近オラクル細胞による攻撃を受けたという証左であり。

刀傷と言う事は近接神機の刀身で斬られた傷である可能性が最も高い。

 

つまりブレンダン君は生きている。

それも短時間であれば戦闘も可能な状態で。

 

うむ、ここ最近とんと聞く事の無かったグッドニュースだ。

それも未帰投状態でありながらアラガミと一戦交えられるほどに健在とは。

 

彼が普段から鍛え上げていた筋肉は彼を裏切る事はなかったという証左だな。

 

とはいえ、偏食因子の投与期限を考えると中々にギリギリのタイミングである。

リンドウの一件で携行型の投与キットの所持が義務付けられるようになったとはいえ、それを適切に使用していたとしてもそろそろ猶予が怪しくなってくる頃合である。

 

なので救助するのは早いに越したことは無い。

カノンが帰投した事で一時的に落ち着いてはいたが、アネットの目元もまた若干クマが出来始めてきてたしな。

 

そうそう、カノンと言えば。

 

「お、お待たせしました!準備完了、いつでも出撃出来ます!」

 

勢いを込めてそう告げてくるのは他ならぬ元気いっぱいに回復したカノン嬢。

普段のショートヘアーとは異なり、今回は若干伸びた髪をポニーテールに結わえてのイメチェン状態での登場だ。

 

元々近い内に髪を整える予定だったのが先日の一件で切るタイミングを逃してしまい。

帰投後改めて予定を調整している最中にこのブレンダン発見の報を聞き、急ぎ後ろに束ねる事で応急処置として駆けつけてきた次第との事である。

 

あれだな、普段は童顔のせいでそれほど印象深く感じないが。

こうして珍しく髪を結わえている姿を見ると妙に実年齢以上に大人びて見える。

 

「これからブレンダンさんの救助に出撃ですよね。不束者ですが私も精一杯頑張ります!」

 

しかしそう力強く断言する彼女の目には普段の物腰柔らかな空気は抑えめで。

代わりに歴戦の神機使いを彷彿させるほどに沸々と闘志が滾っている。

 

加えて言うならいつもと雰囲気が違うせいか例の狂気的な咆哮も彼女の背景に浮かんでくる様子が無い。

例えるなら決意のカノンと言った所か。

 

うん、カッコカワイイ。普段のアレを知らなかったら惚れてしまいそうだな。

こちらはこちらで別の扉が開いてしまいそうな気がしないでもないけど。

 

まぁ俺は紳士であるがプレイボーイという訳ではないし。

いくら美人が相手でも年下相手に惑わされる程青い少年という訳でも無い。

 

 

もう一年…いや、あと半年は待ってから出直してくるように。

 

言っておくが今回の俺のケースはセーフティーだ。

年下と言ってもタツミとヒバリ程では無いからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

そもそもの発端は昨日の晩。

ブレンダン救助に向けての出撃ミッション発注が通達された日の事である。

 

ウサギスーツが使えないと分かった俺が救助に向けた装備を整えるべく。

過剰に明かりをつけた倉庫でゴソゴソしていた時の事である。

 

「…み、見つけましたユウマさん!今少しお話良いですか!?」

 

以前作ったパーツの埃を払うのに意識が向いていたせいで十センチほど床から飛び上がったものの。

普段通りの平静を装いつつ背後から声をかけてきた彼女に振り返る。

 

「リーダーさんから聞きました。明日ヒトマルマルマルにブレンダンさんの救助ミッションに出撃するって…あ、あの!そのミッション、どうか私も連れて行ってもらえませんか!?」

 

両手を胸の前で握り締め、前のめりにそう頼み込んでくるカノン。

精一杯取り繕った俺の様子を知ってか知らずか、彼女は勢いのままにここを訪れた目的について言葉を続けていく。

 

「その、私の実力が不足しているというのは十分わかっています。でもこのミッションだけは、及ばずながらでも私も力になりたいんです…お願いします!私も明日のミッションに連れて行ってください!」

 

普段の彼女とは違う力強い主張。

ただ勢い余って別の所も力強く主張してきているため、一旦顔を背けて考える素振りをして見せる。

 

遅い時間帯、人気の無い倉庫。

二人の男女に頼み事をする麗しき少女。

 

何も起きない筈がなく…なんて安い三文漫画でしか見ない展開は生憎起こらない。

 

これでも極東有数の紳士なんでな。

両親に顔向け出来ない真似は絶対にしないのだ。

 

それにどちらかというと顔向け出来ないのは顔そのものが無い両親の方で…夜遅くにこんな話は止めようか。

 

まぁ冗談はさておき、俺を見据えるカノンのその意気や良し。

実力云々はこの際ノーコメントとさせてもらうが、こういう強い意志というのは俺は嫌いじゃない。

 

それに何より眼が良い。

強い意思を感じさせながらも狂気の片鱗すら見えない澄み切った良い眼だ。

 

きっと今の彼女の頭の中にはブレンダンを助ける事しかないのだろう。

そのために全力を尽くす事はあろうとも、そこにアラガミを撃ち砕くという私利私欲は一切入ることは無いと言えよう。

 

であれば今のカノンを適切に表すならば"攻撃手段を有する衛生兵"。

自衛どころか戦闘に参加する事も可能な上、前線でそのまま攻撃と回復の両方をこなせる万能性を持った人材である。

 

うん、普通に欲しい。

俺の部隊に是非欲しい。

 

よしカノン、君の熱意はよくわかった。

次のミッション、誰が何と言おうと君を同行者として連れて行くと約束しよう。

 

 

だからミッション連れてく代わりにこの書類に一筆書いてくれる?

 

 

なぁに、単なる異動願い届さ。俺の部隊宛のな。

 

 

ハッハッハ、イッツ・ア・遊撃隊ジョーク。

流石にネタが低俗過ぎるから止めとくか。

 

そもそも今はそうであっても次がどうかまではわからないしな。

出来ればこれからもこの心持ちを忘れないでいて欲しいが。

 

まぁ彼女はまだ未成年で成長途中だし、焦る事は無いか。

 

 

 

 

 

ん?ミッション同行の件?

 

別に構わんよ。

レディからのデートのお誘いを袖にする程野暮な性格では無いんでね。

 

誤射しないよう気を付けるって?

大丈夫大丈夫。

 

 

俺、今回は多分撃たれないから。

()()()()




塩を撒き散らして怒られる無口さん。
理由については推して知るべし。

ちなみに無口さんに頼み事する時に「何でもします」って言うと「何でもするって(ry」ってノってくれます。


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無口な無口な救助隊2

Q1.今更ながらルーキーちゃんの現在の実力は?
A1."新型"のルビがNTになり始めてるくらい。

Q2.苦手な相手いる?
A2.スペックでゴリ押してくる大型アラガミとか、物量で押し込んでくる小型アラガミの群れとか。

Q3.勝てない?
A3.とは言ってない(評価SSS+)。

総評:アリサどころかソーマもちょっと引く程度。

※12/12 タイトル変更、ついでに一部ちょっと修正。


危険区域における遭難者の捜索にあたり。

最も気を付けなければならないのはニアミス(すれ違い)である。

 

これから出向く場所は治安の整った都市区にあらず。

人喰いの化け物が闊歩する、この世の地獄の一丁目。

 

付近にはお腹を空かせた猛獣もどきが絶賛ご飯を求めて徘徊中。

となれば当然、捜索隊が見つけやすい見通しの良い場所に陣取って待っているなんて話はありえない。

 

必然的にアラガミから隠れる遭難者を求め、地道に人が潜む事の出来そうな場所を探していくことになる。

それこそしらみつぶしに、アラガミがウロチョロしている危険区域で。

 

もちろん現場では声を上げて救助者にこちらの存在が伝わるよう呼びかけもするし。

レーダーを用いて付近に救助ビーコンの反応が無いか精査も行う。

 

だがこれだけでは正直足りない。

 

言わずもがな人間が大声を出し続けて呼びかけるのには限界があるし。

遭難者が意識を失う程に衰弱していたり、疲労から眠ってしまっていたりすれば文字通りの徒労に終わる。

 

ビーコン反応の精査にしても盲目的に信用できる程の精度は残念ながら無い。

ツバキさんの言い分も分からんでは無いが、だからと言っていきなり高性能な代物が出てくるほど現実は都合良く出来ていないのだ。

 

というわけで話を戻そう。

 

そういう訳でブレンダンが潜んでいるであろうおおよその区域は掴めているものの。

どの辺りに隠れて救助を待っているのかまでは探してみないと分からない。

 

加えて当該区域には現在一匹のプリティヴィ・マータの存在が確認されている。

 

件の刀傷を負っていたというアラガミであることから、恐らくはブレンダンを追ってきた個体だと考えられるが。

いつぞやのリンドウの時のように急に他の個体が集まってくる可能性も無いとは言えない。

 

もしそうなれば捜索は否応なく中止。

再開する頃には偏食因子の投与期限もタイムアップでゲームオーバーと言う奴だ。

 

今時そんなつまらないオチは流行らない。

手負いの死にぞこないには速やかに御退場頂き、他のアラガミがやってくる前に確実に見つけ出す必要がある。

 

では先に述べたすれ違いが起こらないよう。

俺達がするべきことは何か?

 

 

 

そう。見逃しや見落としが起こらないよう。

怪しい場所を手当たり次第放射と爆発弾で消し飛ばして--

 

 

 

なんてな。ハッハッハ、ジョークだジョーク。

イッツ・ア・レスキュージョーク。

 

いくら見つけ出す事が第一と言っても。

その過程で救助対象を仕留めにかかってどうする。

 

丈夫な神機使いが相手とは言え、そんな真似をすれば五体無事で発見できる訳がない。

どこぞの婦長じゃあるまいし、俺はそんな頭バーサーカーな手段を用いたりはしないよ。

 

吹き飛ばすのはあくまでアラガミ。

声の代わりに鉄風雷火を轟かせ、俺達が救助に来た事を伝えればよい。

 

 

まぁその過程でちょっと辺りが焦土になるかもだけど。

スマンな、俺もカノンもお菓子作り以外の火力調整は苦手なんだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の出撃ゲート。

 

贖罪の街近辺に潜伏していると思われるブレンダンを救助すべく。

選りすぐられた精鋭メンバーが神機と共に続々と集結してきている。

 

まず初めに現れたのは新型神機使い、アネット・ケーニッヒ。

先日入隊したばかりだというにも関わらず"壊し屋"の異名を冠する事になった、極東支部期待の大型新人である。

 

何でも商品が詰まった自販機を直すべく。

斜め45度の角度で拳を叩き込んだとの事。

 

その結果自販機に発生していた詰まりは無事解消。

()()()詰まりを吐き出す機械の傍らで大目玉を食らった後、晴れて極東支部最速で二つ名持ちとなる伝説を打ち立てる事に相成った。

 

ちなみに自販機は故障していたのではなく、ただコンセントが抜けていただけだった。

無駄死にだとか言ってはいけない。彼はその身を挺して伝説の礎となったのだ。

 

次にやってきたのは極東支部第二部隊所属、台場カノン。

説明不要。先日公の発表にて世界一の神機使いと称された、まさに生きる伝説その人である。

 

射線に入ると吹き飛ばされるし、射線に入らなくても吹き飛ばされる

そんな世界中から怖れられる事になったカノンの誤射だが。実はこれ明確な理由が存在していたりする。

 

実際に撃たれる側の視点で見ると一目瞭然なのだが。

射線から逃げようと身体をずらすと、それを補正するかのようにカノンが構える銃口も追尾して照準を合わせてくるためである。

 

これによりうっかりアラガミの近くでロックオンに巻き込まれた場合、回避行動に追従して大型弾が撃ち込まれてくるせいで誤射される。

またロックオン対象に巻き込まれなくとも発射直前まで銃口がせわしなく動くため、何時の間にか射線に組み込まれてしまった結果ロックオンが切り替わって誤射される。

 

「射線上に入るなって~」とカノンが言うのもこれが理由だ。

どちらの場合もカノンからすれば射線に割り込んできたのは誤射された側の認識となっているからである。

 

おまけに明らかに目と言動がヤバくなっているせいか、誰も彼もが反論を諦めて目を伏せる。

結果カノン自身も改善する機会を得られずに誤射が続くという訳だ。

 

まぁ俺は物事をはっきり言うタイプの人間だから関係無いがな。

先輩神機使いとしてカノンが誤射した際にはちゃんと叱るようにしてる。

 

記憶違いじゃないのかって?

そんなことは無い。毎回お詫びのクッキーやチョコ貰って食べてるんだから。

 

そして最後にやってきたのは第一部隊隊長、ルミナ・フォンブラウン。

 

極東支部初の新型神機使いにして。

もはやこの極東支部で知らない人間は存在しないであろう、現極東最強の神機使いである。

 

見た目こそ歳相応だが…

いや、やっぱり贔屓目で見ても歳の割りには色々と小さいな。

 

身長こそ辛うじてリッカ並みだが、同年代のアリサと比べてある所がまるで成長していない。

体重に至ってはロングブレードを振り回した際の遠心力がそのまま機動力に変換される程だ。

 

しかしその実力たるや、精鋭部隊である第一部隊隊長の肩書に全く恥じない強さの持ち主。

人手不足を理由に単騎でアラガミの群れに突っ込んで殲滅してくるその様は最早戦略兵器のそれといっても過言ではない。

 

入隊当初こそそれなりに粗の見え隠れする戦いぶりではあったが。

今では入隊後僅か数か月で数多のアラガミを屠ってきた正真正銘のゴッドイーターである。

 

そんな彼女だが意外にもソーマのように化け物呼ばわりされる事は殆どない。

 

その理由は一見する限りでは昨今流行りのクール系少女に見えるものの。

食べ物を与えた瞬間、ただの可愛い小動物のそれに成り代わるためである。

 

モキュモキュと小さな口で一生懸命にクッキーを咀嚼し。

コキュリコキュリと少しずつ飲み込んでは新しいのに手を伸ばす様は正直愛着さえ覚える。

 

-あれは化け物というよりただの猫科の猛獣だろ。-

 

誰が言ったか忘れたが中々言い得て妙だと思った。

戦闘になれば凄まじい強さを誇るが、平時はぶっちゃけただの人懐っこい少女だからな。

 

隣にルーキー居たから相槌打てなかったけど。

まぁいい、今度子猫ちゃん呼ばわりしてからかってやろう。

 

閑話休題。

話を戻そう。

 

そんな訳で今回のメンバーはルーキーを筆頭にカノンとアネット、そして俺。

四人がエレベーター正面の一角に集まり、これから出撃するミッションについてのブリーフィングを開催する。

 

今回基本となるフォーメーションは1-1-2。

通常のそれよりも各列の感覚が詰められた密集形態となっている。

 

今回相手となるプリティヴィ・マータは中距離以上からの攻撃手段も有している。

そのため距離を保った戦法が必ずしも安全を確保出来る戦術とは言い難い。

 

-それなら最初から後衛も前に出た方が敵の動きが見えるから良いのでは?カノンさんなら前衛に出た方が色々安全かもしれないし…-

 

そんなルーキーの発言を受けて提案したのがこの陣形。

 

前衛にルーキー、後衛にカノンと俺。

真ん中は遠近両方こなせるアネットを配置。

 

前衛は中陣のサポートを受けつつ正面からアラガミに仕掛けて足止めし。

後衛はその隙に近距離から高火力を間断無く撃ち込む攻撃寄りの陣形である。

 

「…あれ?先輩が後ろなんですか?バスターブレードで後衛は戦い辛いんじゃ…」

 

作戦概要に目を通し始めて数分後。

アネットから上がった疑問に俺以外の面子が改めて作戦概要を読み直しておく。

 

「そう言えばそうですね。もしかして今回は新型神機の方を持っていくんですか?」

「新型神機も使えるとこういう時戦術の幅が増えて便利ですよね。旧型神機の私はアラガミを狙い撃つ以外選択肢が無くて…」

 

思わずカノンの言葉に突っ込みそうになったが今は置いておこう。

確かにカノンやルーキーの言う通り、新型神機を持っていくという手もあったのだが。

 

射撃のみに特化させると考えた場合、ジュネレーターとマガジンカートリッジを兼ね備えた旧型神機の方に軍配が上がる。

可変機構にスペックを割いている新型神機では鉄風雷火を轟かせるには少々オラクル容量が心許ないのだ。

 

新型には新型しか出来ない事があるように。

旧型にも旧型の方が優れている利点がある。

 

以前アリサが言っていた事はあながち間違いでも無かったりするのだ。

本人的には黒歴史扱いみたいだから言わないけど。

 

解釈次第では普通に含蓄ある言葉だと思うんだけどな。

 

まぁその話はいいや。

本題に戻ろう。

 

疑問符を浮かべるアネットにルーキー。

心なしか羨ましそうな目を向けるカノン。

取り急ぎ俺のやるべき事は彼女達の誤解を解き、疑問を解消してやる事である。

 

 

という訳でほい。

これが今回の俺の装備ね。

 

 

「…え?」

「あれ?これってまさか…」

「あの、冗談ですよね?貴方確かに新型も使えますけど、一応近接神機使いなんですよね?」

 

バインダに挟まっている作戦表から俺の隊員情報のページを抜き取り。

彼女達に手渡したところ三者三様の異なる反応が返される。

 

共通しているのは目に見えて顔に現れている"言ってる意味がわからない"という感情。

まぁその反応もやむ無しかなとは思ってる。

 

何しろ今回の俺の得物は鈍色に煌めく六本の銃身--

 

そう、皆大好き"ガトリングガン"だからである。

旧型神機だからシールドが付いていないのが少々残念な所だな。

 

「ガトリングガンってアサルト銃身のやつですよね?ユウマさん、近接神機使いなのに射撃戦も得意なんですか?」

「率直に言ってカノンさんの方が上手です。この人何十発と撃って当たったの一、二発だけでしたし…」

 

おい言葉を慎めルーキー。

事実を陳列するのは良くないぞ。

 

「わ、私と比べたら可哀そうですよ!普段バスターブレードを使うユウマさんがブラスト使いの私を比べても参考には…」

 

やかましいぞカノン。

つい最近世界一に輝いたばかりのお前には言われたくない。

 

「実は射撃が得意という訳じゃないんですね。…じゃあ何故わざわざ不得意な銃型神機を?」

 

良い質問だアネット君。

その回答にはまず今回の任務における注意点から--

 

「あ、わかりました。」

 

アネットに答えを返そうとした直前。

ルーキーがそう口を開いたために言葉を止める。

 

ほぅ、流石は第一部隊隊長。

自力で答えに辿り着くとは。

 

では答え合わせといこうか。

 

 

「カノンさんに誤射されるのを避けるために剣から銃身に換装してきましたね?旧型神機なのも新型だと剣形態に切り替えれてしまうからで…」

 

 

違うわたわけ。

撃たれるのが嫌なら何でわざわざカノンの同行を許可したりするんだよ。

 

う、そ、そんな悲しそうな目で見るなカノン。

アネットも何かこっちを見てるし、お前らこんなルーキーの戯言を本気で信じるのか?

 

俺が銃型神機を持って来たのには歴とした訳があって…

 

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

 

…畜生わかったよ!

 

そこまで疑うというのなら。

()()()()()()()()()誤射を恐れての換装じゃないって証明してやるよ。

 

カノンより前に出て戦ったなら。

間違っても誤射を恐れてなんて感想は出てくまい。

 

それに近付けば命中率も上がるからDPSも増えて一石二鳥だ。

 

装甲は付いてないから誤射されたら確かにヤバいけど。

当たらなければどうと言うことは無い。

 

神機の性質の違いが実力の決定的差ではない事を教えてやる!

 

 

…だから頼むぞカノン。

マジで信じているからな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「先輩、さっきの話本当なんですか?」

「いや、ああは言いましたけど多分違いますね。あの人は確かに言葉を喋れない人ですけど、そんな陰湿な真似は絶対にしない人ですし。」

「良かったぁ。追い回すんじゃなくてついにそういう形で訴えてくるようになったのかと思っちゃいましたよ。」

 

「大体カノンさんの誤射は防げば別に問題ありませんしね。あの人も普段からそうしてますし。」

「…すみません。それが出来るの、多分先輩達二人だけです。」

「発想が凄いというかなんというか…あの人もリーダーさんも、結構そう言う所似てますよね…キャア!ちょ、リーダーさん!?」

 

 

-そう言えばカノンさんって射撃の時結構銃身がぶれる事が多いですよね。-

 

-きっと重心が前に偏っているからですよ。銃身だけに。-

 

-出撃前にちょっと調整しておきましょう。あぁ、お礼はいりませんよ。隊員のパフォーマンス管理もリーダーの務めですから。-

 

-おぉ、これは、むぅ…自分から言っといてなんですが意外と本当に重量が…-

 

「そう言えばアネットも足が遅いの気にしてたけど…もしかしてアネットも思いの外これが?」

「わ、私は違いますよ!だから片手をこちらに向けないでください!」

「な、何でもいいので早く助けてくださいぃ…」

 

 

 

 

…ついてこないなと思ったら。

公共の場で何やってんだアイツらは。

 

いや、この場合はルーキーか。

力はソーマ並みに強いくせに、アイツと違って普段からスキンシップを好む子だし。

 

まぁいい、仲間とのコミュニケーションは大切だ。

男が混じっていたら大問題だが同性同士でやってる分には構わんだろう。

 

眼福だしな。

そのうち来るだろうから放っておこう。




ガトリングガンは近接型の標準装備。
どこぞの青いモ○ルスー○とお揃いですね。

このSSではルーキーちゃんに連れて行ってと頼んだのがアネットになっています。


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無口な無口な救助隊-幕間-

Q.精鋭メンバー?
A.何気に皆異名付き。

なお無口さんの異名が一番穏便な模様。

今回はルーキーちゃんの主観メイン。
最後にちょっと無口さん。


-Side_ルミナ-

 

おかしい…いえ、勝手に突っ込んだりしたら怒ると言ったのは私なんですけど。

 

「…どう思います。これ?」

 

隣に座るカノンさんにあの人から送られてきた提案を見せ。

次いで向かいに座っていたアネットをおいでおいでして同じように意見を伺う。

 

二人に見せている内容は先程決めたフォーメーションの変更案。

 

元々は前から順に1-1-2という構成だったが。

提案されたそれは2-1-1と丁度最初と逆になる配置が記され、ついでに前に移動したマーカーに赤い丸印が書き足されている。

 

「わ、私は別に構わないと思います。普通なら銃型神機で接近戦は難しいかもしれないですけど…」

「先輩はそんなに射撃が上手じゃないんですよね?それなら当たる距離まで近づくのは理にかなってるかと…」

 

ハウッ、と唐突な悪気の無い流れ弾に声を上げるカノンさん。

そしてその声に慌ててカノン先輩の事じゃないと弁解するアネット。

 

そんな二人の微笑ましい様子を後目に。

私は二人の意見を踏まえて少し考えを巡らせる。

 

アネットの言う通り、"後方からでは遠すぎるので前に出る"というのは確かに筋が通っている。

 

加えてあの人の本来の得物は近接神機。

今回は銃型神機であるとはいえ、接近戦で既知のアラガミ相手に後れを取る懸念は正直低い。

 

提案自体は別におかしくも何ともない。

そう、何ともないのだが。

 

(何か…素直過ぎません?)

 

私の印象ははっきり言って。

この人は黙って何かをやらかすタイプの人間である。

 

一般的にこの人のような無口な人はクールで知的という印象を抱かされる事が多いと感じる。

実際何もやらかしたりしていないのならば、私もこの人の事をそのように評していたのかもしれません。

 

でも如何せん、この人はやらかした回数が多すぎる。

それも失敗とか過失とかいう話では無く、明らかに己の意思による故意として。

 

例えば私達が倒すと言った相手を、フリーになったからと後ろからまとめて薙ぎ払ったり。

例えば共同で仕留めると言った相手を、怪しい薬の服用までして不意打ちで倒したり。

例えば安全確保をしている最中に、待っていられないと段取りの齟齬を突いて突貫したり。

 

十歩譲って…いえ、百歩貸しにしてやらかした事自体は大目に見ましょう。

 

貴方との付き合いも気付けばそれなりに経ちましたし。

理由が無い限り抜け道や裏技、横紙破りをするような人では無い事はもう十分に分かっていますから。

 

じゃあ何が気に食わないのかと言うと。

"喋れませんけど何か?"と言う態度をこれ見よがしにしてくるから気に食わないのだ。

 

確かにこの人は言葉を話せません。

でも言ってしまえばただそれだけ。

 

それ以外のコミュニケーションには何の問題もなく。

意思伝達の手段を持っていないという訳でもありません。

 

それは報告書等を見ても分かる通り。

本当に必要であれば紙とペンを用いる事で、十分その場で意思表示する事だって可能な筈なんです。

 

それどころかチケットを落として匂わせたりと妙な小細工だって使ってきましたし。

その気になれば筆談以外の方法でだって、意思伝達をする事の出来る人なんです。

 

なのに自身に都合の悪い話を振られた途端、急に喋れないからと無言の行。

身振り手振りすらしようとせず、『喋れないのにどうしろと』と言わんばかりの視線だけを返される。

 

おまけに鉄仮面と評される程に表情も変わらないため、顔色の変化で推測するという事さえも出来ません。

 

 

-多分だけど彼、都合の悪い事に関しては"喋れない"じゃなくて"言葉がわからない"で通そうとしてるんじゃないかな。傍から見れば喋れないだけなのか言葉そのものを理解出来ていないのか判別出来ないし…-

 

-あぁ、それにああ見えて結構意地悪なところもあるからね。もしかしたら内心、キミの反応を見たいがためにわざとやっているのかも。-

 

 

頭によぎるのは何時ぞやリッカさんが言ってた見解。

妙に納得してしまうところがあるのが悔しいですけど、だからと言ってハイそうですかと納得できる訳ないでしょう。

 

前者なら気持ちだけはわかりますけど。

それなら言葉がわからない人間が一体どうやって報告書を書いてるって言うつもりなんですか。

 

後者に至ってはもはやそれはただの意地悪な人です。

少しでも面白いと思っているなら、せめて口元の一つでも緩ませてください。叩きますから。

 

 

話が逸れました。

本題に戻りましょう。

 

 

要するにこの人。

基本何かやらかす時は黙ったままでやらかす人なんです。

 

仮に今回も前に出て何かやらかすつもりなら、黙ったままの方が私に変な警戒を持たれないから良い筈なのに。

 

(ましてやこんな情報まで付け加えて…そう考えるとこれは本当にただの提案?)

 

前方に動かされたマーカーに付けられている赤丸。

それは基本ポジションは前衛を維持しつつ、状況に応じて臨機応変に行動する言わば遊撃手の意味を表わしている。

 

言い換えればただ前に移動させただけではなく、()()()()()()()()()()()()という意思表示でもある。

 

うーん、やっぱり意図がわかりませんね。

何かあるような気はしますけど、やらかすつもりならここまでわかりやすく伝えてくる必要もありませんし…

 

それともそう思わせる事自体があの人の狙いなのか?

でもそれを認識してるのとしてないのとで、一体何が変わるのか?

 

もやもやとした疑問の中を思考が行ったり来たりする中。

ちらりと正面に座ったあの人の表情を伺う。

 

何時もと同じ、感情を感じさせない無表情。

普段と変わらぬ鉄仮面に填められた青い瞳が、ただ何言う事もなく真っすぐこちらを見返している。

 

 

--あ。

 

 

もしかして。

ひょっとして。

 

この人、私達の事を信じてみようとしてくれてるのだろうか?

 

提案された内容は基本フォーメーションの一部変更。

認識共有と言う意味では当然の事だと言えるものの、現地調整で済むと言われればそれまでの話。

 

でも今回のこの人はそれをわざわざ伝えてくれた。

喋れない故に簡単な意思疎通にも一手間掛かるこの人が、その一手間を惜しむことなく伝えてくれた。

 

この前のミッションの件を思い返せばその事実だけでもまさに雲泥の差。

聞かれなかったからとそのままにせず、聞かれなかったのでこうして伝えたのだという無言の表明。

 

その考えに至ってようやく私はある事実に思い付く。

 

今回のミッションは他ならぬブレンダンさんの救助作戦。

それも周囲の状況を鑑みるに、決して失敗は許されない重要ミッション。

 

もしかしたら"やむを得ず今回に限り信用する"、という話なのかもしれない

もしかしたら次からは何事も無かったかのように、元のあの人に戻っているのかもしれない。

 

それでも今回、この人は私達へ意思表示するという選択肢を選んでくれた。

言葉で告げる事は出来ずとも、明確に己が考えというものを伝えてくれた。

 

頼る必要は無い。だからお互い信用も信頼も不要。

全てを自身だけで片付けようと、頑なにその一択を取り続けてきた今までとの明確な変化。

 

(………………………)

 

そしてそれは私が望んでいた変化そのもの。

であれば私の答えは、とっくの昔に既に用意されている。

 

 

「…わかりました。フォーメーションは先輩の提案で行きましょう。ヘマなんてしたら後で文句言っちゃいますからね。」

「ッ!?カノン先輩!先輩が、ユウマさんの事を先輩って!」

「ふ、普段は不機嫌そうに"貴方"呼びしてるのに…!あれ?でも見方によってはそっちの方が距離感が近いような…」

 

へ?

 

あの…何で提案に賛成しただけでそんなに盛り上がるんです?

私、別に普段も先輩って呼び方してますけど…

 

あとカノンさん。"貴方"ってそういう意味の呼び方じゃないです。

普通に敬称ですよ敬称。

 

…敬称ですよね?

実は使い方間違ってるとかないですよね?

 

もし変な意味とかに思われていたんだとすると普通に恥ずかしいんですけど。

ていうかそうならそうともっと早くに教えてくださいよ。

 

先輩も何か言…うのは無理でも。

何かアクションの一つでもしてくださいよ。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「………………………………………………」(←顔を逸らす)

 

 

…もうっ!

またこれ見よがしに無視する!

 

そのアクションは求めてません!

頼る云々はともかく、こういうのはまた別だって言いたいんですか!

 

それともコウタが言っていた思春期男子にありがちなカッコつけですか?

成人してる男の人がやっても痛いだけですよソレ。

 

まぁ言いませんけど。

言ったらまた反応してからかってきそうですし。

 

いいですよ、今に見ていてください。

そう遠くない内にその鉄面皮も引っぺ返してあげますから。

 

……………………………………………………………………………………………

 

…何か知らんがルーキーがデレた。

 

普段俺に突っかかる時の不機嫌面での"貴方"呼びではなく。

仲間と談笑している時のように穏やかな表情で"先輩"って。

 

"先輩"だって。

"先輩"だってさ。

 

改めてそう呼ばれると照れてしまうな。

まるで存在しない青春の記憶が脳内に溢れ出してくるようだ。

 

確かにルーキーはアリサやカノンに比べて比べる物が無いけれど。

それ故に青春の象徴とも言えるあの服装がこの上なくフィットする。

 

目を瞑ってみれば確かに見える。

今は存在しない学び舎の装束を身に纏い、今一度"先輩"と呼んでくれるルーキーの姿が。

 

悪くない、それどころか実に素晴らしい。

寧ろこういうのでいいんだよこういうので。

 

恐るべきは我らが極東支部の開発班。

戦闘以外にここまで神機使いのスペックを引き出す代物の開発をして見せるとは。

 

今度ジュースでも差し入れしておこう。

何だったら自主的なアンケート協力も吝かではないぞ。

 

まぁ浮かれた戯言はこの辺にして。

目の前の任務に集中しよう。

 

全員欠ける事無く、生きてブレンダンを連れ帰る。

ついでにデレたルーキーにカッコいい所も見せる。

 

全部やらなきゃいけない所が頼れる先輩の辛い所だな。

 

まぁいい、これでも立派な古参兵。

見栄を張るのには慣れている。

 

頑張ってお兄さんのちょっと良い所を見せるとするか。

 

 

回復錠良し、各種強化薬良し。

バレット良し、弾倉用カートリッジ良し。

 

 

()()()カートリッジ良し。

 

 

それでは--

 

 

ブーストドローバック点火ファイア、フルスロットル!




先輩呼びの威力は未来でエリナが実証済み。

実はハルさんと大変話が通じる無口さん。
会話にならないのが玉に瑕。

唐突ですが最近のハンターさんは神機使いよりもヤバい気がします。


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無口な無口な救助隊3

Q.ちょろいんです?
A.ちょろいんです。

だから無邪気に甘えてくるシオには滅茶苦茶喋ってました。


地平線からこちらに駆けてくる二本足。

 

思慮を巡らせるまでも無く。

この顔に未だ消えぬ傷を付けた食べ損ないの仲間である。

 

丁度良い、あの忌々しいのが見つからず苛立っていた所だ。

 

とりあえずアレを食らって傷を癒し。

それからゆっくりと近くに居る食べ損ないを探し出して--

 

 

-ズダンッ!-

 

 

荒野の向こうから来る存在を注視すべく。

視野を下げていたのが災いした。

 

上方から突如目の前に現れたのは食べ損ないと似た形の二本足。

そして鼻先に突き付けられているのは顔面を切り裂いたのと同じ臭いのする丸い筒束。

 

 

…爆音と共に視界が爆ぜ飛ぶ直前。

その二本足が確かにこう鳴いたのが聞こえた。

 

 

"こんにちは、死ね!"

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

こう言うと"これだから極東支部の神機使いは"と言われるかもしれないが…

 

ブレンダンを救助するに当たり。

速攻で片付けるべき邪魔者プリティヴィ・マータ。

 

ぶっちゃけ余裕だと思ってる。

ぶっちゃけ余裕だと思ってる。

 

大事な事なので二回言った。

そりゃあそうだろう。でないと俺が不謹慎だって言われかねないしな。

 

無論強がりでも適当言ってる訳でも無い。

 

第一部隊隊長ルミナ・フォンブラウン。

何とこの歳、この見た目にして極東支部最大戦力である第一部隊の隊長を務める実力者である。

 

単純に強いと評される神機使いなら今まで腐る程見てきたが。

正直古参の俺から見ても、今の彼女は過去の猛者達とは一線を画す実力の持ち主だと見てとれる。

 

だって率直に言って人外みたいな動きをするんだもの。

 

詳細は機会があれば話すけど。

正直女の子相手でなければ"君本当に人間?"とツッコミを入れてる自信がある。

 

俺は常日頃から紳士たれと心掛けているからな。

レディの心に傷を付けかねない発言はしないのだ。

 

なおそうやって多くの人間が無責任に傷を付けまくった結果が少し前のソーマである。

 

思い返してみれば今のソーマは随分と情緒豊かに変わった。

たまにルーキーとじゃれ合ってる(?)所を見る事もあるけど、正直今でも目を疑うもの。

 

まぁ単に年下の少女体型が好みだという可能性もあり得ないとは言い切れんが。

 

だって口では鬱陶しがりつつも妙に抵抗が薄いんだもの。

シオの時だって嫌がりつつも何だかんだ大人しく膝に乗せてたりしてたし。

 

しかも一つのイヤホンを半分こにして仲良く音楽を聴いてるおまけ付き。

あーいやらしいいやらしい。可能性に留めているだけでも温情溢れる処置だと思っていただきたい。

 

ちなみにこれ、ソーマからはかなり念を入れて口止めされている。

「言いふらされる心配は無いだろうが」と言いつつも何だかんだ飯まで奢ってくる念の入れようだったからな。

 

全く、俺はこう見えて口は堅さには定評がある人間だというのに。

これだからチェリーボーイは心配性で困る。

 

言ったら口止めから口封じに変わりそうだから言わないけど。

 

閑話休題、話を戻そう。

 

そもそも本ミッションの目的はあくまでブレンダンの救助。

決してルーキーに俺のカッコいい所を見せる事が主たる目標ではない。

 

一応言っておくとカノンやアネットが対象と言う訳でも当然無い。

当たり前だ。これでも一応古参兵、女性を口説いて良い場面かどうかの分別くらいは普通に付く。

 

カノンからはミッションの紹介料としてクッキー辺りを貰うけど。

アネットは…フェデリコ君でも巻き込んで一緒にコーヒータイムとでも洒落込ませてもらうか。

 

そして不慣れな銃型神機でプリティヴィ・マータ…

というより第二種接触禁忌種に分類されるレベルのアラガミを瞬殺出来るのかというと当然無理。

 

大体そいつの相手は最初からルーキーに任せる気満々で来てたしな。

俺が殺る気なら最初からバスターブレード持ってくる。

 

では今回のミッション、俺の成すべき役割は何なのか?

 

火力的に見ればルーキー達がアラガミに張り付いた時点で勝負は決まる。

その後三人に攻撃が向かないよう、こちらに注意を向け続ければほぼ被弾無しで終われると思う。

 

ならば俺の最大の見せ場はいざ開戦の口火を切る瞬間。

 

派手に強烈な一撃をお見舞いして戦闘力を削ぐと共に。

無視できない危険な存在がいる事をアラガミに印象付ける。

 

なので三人と一緒にのんびりかけっこしていてはダメ。

というか戦闘開始前に全員捕捉された時点でアウトである。

 

不意打ちと言うのは意識の外から食らってこそ心に焼き付くもの。

視界に捉えてる奴が突っ込んできた所で正直怖くとも何ともない。

 

俊足で走り寄るというのもありではあるが。

残念ながら俺にそんな中・長距離ダートの適性は無い。

 

そこで満を持して登場するのがコイツである。

 

見た目は何処にでもある普通のガトリングガン。

しかし神機であるそれは従来の銃身を回転させて弾丸を撃ち出すそれとは一線を画した作りとなっている。

 

まずオラクルバレットというものは実体弾というよりもエネルギー弾と表現した方が近い物質。

故に機関部からして元となったそれとは異なり、銃身を回転させずとも六本の銃身から弾丸を撃ち分ける事が可能である。

 

続いてオラクルバレットには対消滅と呼ばれる性質があり。

同じ銃身から撃ち出されたバレット同士が接触すると消滅してしまう。

 

六本も銃身があるのならそれを同時発射出来た日には…と誰もが一度は思い付き。

即座にバレットの性質を思い出して没にする--

 

という、銃型神機使いなら誰でも一度は思ったであろう戦術論。

実はこれ、寧ろバレットに詳しくない近接神機使いにこそありがちな勘違いの一つだったりする。

 

正確には"()()()()()()()()()()()()()()バレット同士が接触すると消える"というのが正しく。

熟練のアサルト使いともなれば撃ち出すバレットそのものを高速で切り替える事で、単一モジュールでは実現出来ないほどの弾幕を張る事が出来るとの事。

 

言うなれば回転式ではなく六連装の機関砲。

単純に考えても従来の六倍の砲身から弾丸を斉射してくるそれが弱いなんて筈がない。

 

無論、口で言う程簡単な事では無い。

アラガミへの対処とバレットの切り替え、それと射撃を行いつつ適切な残弾管理も行うという文字通り洗練されたベテランの技術を持ってして初めて実行できる技である。

 

少なくとも極東支部では使える人間を見た事が無い。

実際やってみたけどクソ難しかったしな。

 

まぁ俺は近接神機使いなので使えなくても問題無いけど。

寧ろ今度カレルやアリサに「使えないの?」と煽って習得させるのも一興か。

 

ルーキー?煽った時点で俺がボコられるので却下。

多分すぐ使いこなせるようになるだろうけど。

 

………

 

作戦エリアに到着し。

アラガミがレーダーに捕捉された所で本題に入ろう。

 

このガトリングガンの紛い物。

先に説明した通り、使い方次第では一度に最大六種のバレットを同時発射できる代物なんだが。

 

 

別に撃ち出すのが弾丸やレーザーじゃなくても良いんだろう?

 

放射弾を順次点火してブースターにしたり。

爆発弾を弾倉全量使い切って銃口で一斉爆発を起こしたり。

 

訓練場で良い感じの向きで吹かしてみたら空は飛べた。

的相手にフルバーストしたら徹甲散弾みたいな効果も確認できた。

 

そしてアサルト銃身というのは他の神機に比べて重心バランスが非常に良い。

空中・地上どちらにおいても発射後の反動は及第点に収まっている。

 

強いて言うならどちらも消費が激しくてすぐ弾切れを起こすくらいだが。

別にソロじゃなくてチームでミッションに行けばいいだけなので実害は無い。

 

 

という訳で早速実施演習と洒落込もう。

 

 

まず第一手。

放射弾の推進力を利用して超高速で空をかっとび、アラガミの真正面に飛び降りる。

 

すれ違ったルーキーが凄い顔をしていたが気にしない。

とりあえず何食わぬ顔で"想定通りですが何か?"と澄まし顔を決めておく。

 

ミッション中で無ければ小粋な口説き文句の一つでも言ってる所なんだがな。

手の一つも振りたいところだが、ふざけてるとまた拳でお小言を言われてしまうので我慢我慢。

 

そして降り立った先で顔を見上げた真正面。

顔突き合わせるのはリンドウのMIAの一端となったご存じプリティヴィ・マータ。

 

アラガミ相手に礼儀もクソも無いだろうけど。

紳士における作法として、レディーに対する挨拶だけはするとしよう。

 

挨拶は大事。

極東の古い文献にもそう書いてある。

 

 

こんにちは、死ね!

 

 

……………………………………………………………………………………………

 

「先輩!無事で本当に良かったぁ…!」

「怪我したのは何処ですかブレンダンさん!?わ、私直ぐ治療キット持ってきますから…!」

 

アラガミを無事討伐し。

戦闘音が途切れたのを見計らって連絡してきたブレンダンを確保した所でようやく皆の緊張の糸が途切れる。

 

戦闘自体は最初の予想通り余裕で終了。

 

俺に初手フルバースト直撃で顔の三分の二を吹き飛ばされ。

弾切れの俺を狙おうとしたその腕をルーキーに僅かに残った頭ごと地面に串刺しにされ。

 

後は寄ってきたカノンが俺の真似して零距離射撃。

暴れる本体はアネットが自慢のハンマーで徹底的に叩き潰してた。

 

袋叩きとはまさにこの事か。

俺?ちょっと離れた所から胴体にガトリングガン浴びせてた。

 

だってカノン、結局テンション上がっていつもの調子に戻ってたんだもの。

 

-あはははは捉まえたっ!アナタもう逃げられないよ!-

-大丈夫!ブレンダンさんが待ってるし、このまますぐ穴だらけにしてあげる!-

 

端的に怖いよ。

こんなん聞いてたら速攻PTSDになるわ。

 

幾ら俺が古参兵とはいえ、このレベルでハイになってる同僚の狂声を聞きながらお仕事なんてしたくない。

よしんば慣れてしまった日には性癖が矯正不可能なレベルで捻じ曲がってしまう。

 

まぁ神機使いである以上、戦う事は強制されているんだけどな。

 

ハッハッハ、いつもよりジョークのセンスが冴えてる気がする。

寒い?多分プリティヴィ・マータが末期の冷気を発してるせいですね。

 

………

 

そんな感じでマータが塵芥に変…もとい事切れるのとほぼ同時に通信が入り。

こうしてブレンダン君と合流、救助に至った次第である。

 

うん、少々顔色が青ざめて引きつっている以外は大丈夫そうだな。

せっかくここまで出向いたんだし、迎えるならハッピーエンドの大団円でなくては。

 

その資格、俺はもうすぐ無くしてしまうかもしれんけど。

 

「大丈夫だカノン、怪我と言ってもそこまで深い傷じゃない。そしてアネット、出来ればもう少し力を緩めてくれると助かる…」

 

心配するカノンを気遣いつつ。

力一杯手を握るアネットに冷汗を堪えてやんわりと伝えるブレンダン。

 

ねぇブレンダン、俺もすっごく心配してたんだ。

だから俺もその手を全力で握って良い?

 

大団円の資格は無くても。

リア充の手を捻るくらいの資格はあると思うんだ。

 

男に手を握られても嬉しくない?

遠慮するなよさぁさぁさぁ。

 

「…やると思った。止めましょうよ。貴方の行動、慣れてないと奇行以外の何物でもないんですから。」

 

軽く指を鳴らしてほぐした後。

いざ握撃をお見舞いしようところでルーキーに手首を掴まれて制止される。

 

ちっ、ついてたなブレンダン。

まぁ男の嫉妬ほど醜い物は無い。ルーキーもこういっている事だし、今日の所は未遂で勘弁してやろう。

 

決して言う事聞かなかったら俺の腕が握撃されそうだと思ったからではない。

 

寧ろこれは役得だ。

女の子のお手手が自分から俺の腕を握ってくれているんだぞ?

 

片や女の子に手を握られつつ介抱され。

片や女の子に手を握られて脅されている。

そこに何の違いもありはしない。

 

ありはしないんだ。

だからこの話はもう止めよう。

 

とはいえ黙って引き下がるのも悔しいので…はい。

 

「ん?この紙は…あぁなるほど。いや、そういう話なら異論は無い。是非アンタの好きにしてくれ。」

 

うむ、流石はブレンダン君。

シュンやカレルと違って話が早くて助かる。

 

あの二人この手の話は絶対渋るからな。

 

「しかし…わざわざこんな物を作ってからミッションに参加してくれたのか?…スマン、俺は今までお前の事を大きく誤解していたようだ。」

 

気にするな、俺とお前の仲じゃないか。

また効率の良いトレーニング方法でも教えてくれたらそれでいいよ。

 

 

あ、あとプロテインドリンクも分けてくれ。

あれ普通に美味くてな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「ブレンダンさん。あの人、一体何を手渡してきたんです?」

 

回収ポイントにヘリが来るまでの間。

あの人が付近の警戒のために離れた隙を狙ってブレンダンさんに質問する。

 

「なに、大したものじゃない。今回の件でかかった救助費用を請求されただけさ。」

「請求って事はもしかして請求書の類…ってええっ!?」

「ひゃ、百万fc!?いくら何でも高過ぎませんか!?」

 

ペラリ、と見せてくれたのは請求書。

 

アネットやカノンさんも内心気になっていたらしく。

私の質問に便乗して覗き見たそれに記載されていた金額を見て思わず驚愕の声を上げる。

 

それは適当な紙に手書きしたようなものでは無く。

きっちりと端末を使用し、正規に流通する書類を用いて作成された公的に通じるレベルの代物。

 

「ブ、ブレンダンさん!あの、私神機使いになったばかりで蓄えはありませんけどっ…!」

「私もそのっ、もう少し減額出来ないか何とか機嫌を取ってみますから…!」

「いえ二人とも、面倒なのでもっと手っ取り早い手段で行きましょう。冗談にしても性質が悪すぎますし…という訳でブレンダンさん。私、ちょっとあの人に文句言ってきますね。」

「すまんアネット、とりあえず今すぐ彼女を押さえてくれ。」

 

言うが早いか、ガシリとアネットに肩を掴まれた私ですが。

この程度で怯んでは第一部隊隊長の肩書は務まりません。

 

「う、嘘止められないッ!?私これでも力には自信があるのに…!」

「ふぬぬ…アネットこそ、ここまで私を止めれるなんて相当…」

「リーダー、今説明するからまずは落ち着いてくれ。カノン、悪いが書類の下、合計欄に書かれている注釈を読んでくれないか?」

「は、はい!えーっと…」

 

 

-請求合計額:1,000,000fc-

 

-なお討伐班と防衛班全員にジュース奢った場合に限りチャラにしてやる。-

-万が一死んでた日には即日耳揃えて払ってもらうから覚悟しておけ。-

 

-PS.俺は酒で頼む。デザートとツマミに初恋プリンと冷やしカレーレーションも付けてくれると嬉しい。-

-PS2.上二つは三人前頼む。喰い盛りの後輩と整備班が知り合いにいて、な…-

 

 

「…という訳だ。皆に心配をかけたんだからこのくらいは甘んじて…いや、むしろ俺の方から奢らせてくれ。」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

 

沈黙。

いや、この反応は世間一般的に当然の反応ですよ。

 

改めて言うまでも無い事ですが。

あの人は過去の心的外傷の影響で、今尚言葉を喋る事は出来ません。

 

心無い人はあの人の事を感情の無い神機兵と呼びますが。

 

「あの、一つ皆さんに質問していいですか?」

 

これ書いてる人。

巷では"感情が無い"って言われてるらしいですけど?

 

「いや…」

「その…」

「これで"感情が無い"と言い張るのは無理が無いか?」

 

うん、三人とも期待した回答をありがとうございます。

まぁあの人が普通に感情を持っているというのは今にわかった事ではないですが。

 

「…なぁリーダー。その、言ってくれればレーションくらい今回の礼にいくらでも奢るが…」

「し、失礼な!私、あの人みたいに食べ物で釣られるような人間じゃありません!」

「「…え?」」

 

おっと、何やら突然オラクル細胞が活性化してきた気がします。

今ならアネットにも勝てそうな気が。

 

 

という訳でもう一度力比べしましょうかアネット。

何ならカノンさんと同時に相手してもいいですよ?

 

「きゃあ!?は、離してくださぃ~!」

「こ、今度はビクともしない!?ブレンダン先輩助けてぇ!」

 

 

「………………………」

 

どうした?

助けに行かないのか色男君?

 

「止めなくていいのか?アレ…」

 

俺が?おいおい、御指名されているのは君だろう。

俺が割り込んだってお呼びじゃないと爪弾きにされるのが関の山。

 

それにアレは普段通りじゃれてるだけだ。

何しろどこぞの誰かさんが散々心配させてくれたせいで、三人とも相当色々な物が溜まっていたみたいだからな。

 

まぁお前も救助されたばかりじゃ色々思う所はあるだろう。

 

女性に優しいだけが紳士の条件ではない。

ほとぼりが冷めるまでは突っ込まずに置いてやるよ。

 

 

「…アンタ、俺が思ってたより苦労してたんだな…」

「…俺で良ければ何時でも力になる。罪滅ぼしなどと言うつもりは無いが…必要とあればいつでも呼んでくれ。」

 

 

あれ?何か知らんがブレンダンのフラグが立った?

 

野郎とフラグが立ってもなぁ。

知ってるぞ、こう言うところから薄い本とやらが分厚くなっていくんだろ。

 

でも何か無碍にはしづらい雰囲気だし…

 

 

とりあえず手をひらひらさせて了承の意思表明でもしておくか。




ルーキーちゃんの両手で捕喰タイム。

同性ってズルいなと思ってる無口さん。
救助直後から無駄に困惑して疲れるブレンダンさん。

そして意外と本気で焦って暴れるアネットにそのせいで余計エ…大変な絵面になってしまったカノンちゃん。
書くと長くなるので以下割愛。


次でまた少し進む予定。


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無口な無口な再決意1

Q.先輩呼びが多くない?
A.憧れの人は先輩呼びされる法則。

ルーキーちゃんは無口さんを先輩と呼び。
アネットはルーキーちゃんを先輩と呼び。
未来ではエリナがあの人を先輩と呼ぶ。

ちなみにルーキーちゃんは先輩呼びし過ぎるとたまに名前チェックしてきます。


キャイのキャイのと担がれて。

ブレンダンが医務室へと運ばれていく。

 

動けない程の怪我でも無しに女性に運ばれるのは恥ずかしいのだろう。

心なしか救いを求めるような視線がこちらに向けられる。

 

罰当たりな奴め。

無事アナグラに帰投出来ただけでは飽き足らず、レディに囲まれて辛いとでも申すのか。

 

ビーコンの反応があったからこそMIA判定されていなかったが。

実質的に数日以上それと同じような状態だったくせに。

 

中堅の域に入っているお前が知らん筈はあるまい?

今日び防壁の外で行方不明になった人間が、()()()()()帰ってくるというのがどれほど稀少な割合であるのかを。

 

それを五体満足な状態で帰ってきて。

あまつさえ女の子に介抱までされてる状態で助けてくれだと?

 

馬鹿にしてるのか。馬鹿にしてるのかこの野郎。

俺のような非モテとは違うとでも言いたいのか。

 

非モテじゃないやい。

この後ちゃんと女の子に囲まれてお茶会の予定が入ってるやい。

 

社交辞令?

止めてくれ、その表現は俺に効く。

 

ちくしょう、うわぁん。

奢りのジュース、一番高い奴買い漁ってやるからな。

 

………

 

「それじゃあまずはブレンダンさんの無事を祝って…カンパーイ。」

 

差し出される相手の缶に合わせるように手を伸ばし。

コンと軽い衝突音を立てさせた後、引き戻した麦ジュース(?)を一気に傾け呷り飲む。

 

美味い美味い、正に美酒。

仲間の無事を祝って飲む酒の何とも格別な味わいよ。

 

「あの…大好きなお酒飲んでるのに、貴方何で今日はそんなに仏頂面なんですか?」

「仏頂面?先輩、ユウマ先輩はいつもこんな表情じゃ…?」

「私もちょっと分かってしまうような…以前一人だけお菓子食べ損ねた時も、表情と言うより雰囲気がこんなだったような…」

 

ルミナ君、後で訓練場へ来るように。

何"あぁ…"って感じで納得してやがる。

 

カノンもカノンだ。

俺がいったい何時そんな空気を醸し出したというんだ。

 

いくら俺が身も心も若々しい人間と言っても。

おやつ食べ損ねてへこむほど子供っぽい人間ではない筈だ。

 

 

…無いよな?

 

いややっぱりいいや聞きたくない。

真実は何時だって残酷だから。

 

例え嘘であっても。

見聞きするなら楽しく明快な物だけに。

 

 

その方が精神衛生上もよろしいしな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

「それじゃあまずはブレンダンさんの無事を祝って…カンパーイ。」

 

ここは極東支部のとある神機使い…もとい俺の私室。

 

二次会である。

 

差し出されるのは普通のビール。

普段口にする分には問題無いが、流石にハシゴで呑むとなると少々堪える。

 

「あれ、口に合いませんか?今回は度数を抑えた物を用意したつもりなんですけど…」

 

クピリクピリと控えめに飲む俺の傍ら。

ほぼ一息と言える速度でペロリと飲み干したレンがそう聞いてくる。

 

口に合わないんじゃなくて腹に入らないんだ。

というかこれで度数まで高かったら流石に口にも入れられんぞ。

 

俺は大人だからな。

自室で虹色のアーチを建造する隠し芸なんて披露するつもりはない。

 

君だってその感覚はわか…らなさそうだな。

現在進行形でウワバミみたいな飲み方してるし。

 

「しかし美味しいですねコレ。以前リンドウが二日酔いとか言ってた時は呆れて物も言えませんでしたけど…」

 

本当に?

本当にその飲み方で味分かってる?

 

「ただ強いて言うならもう少しアルコールが強い方が僕の好みですかね。まぁあくまで人間用の飲み物ですし、このくらいに抑えられてるのも仕方ないか…

 

いやだから早い、飲むの早すぎるって。

やっぱりこの子人間じゃないって。

 

多分新種のアラガミに違いないよ。

アルコールに偏食傾向があるとしか思えないもの。

 

「…さて。本当ならゆっくりとブレンダンさんの無事をお祝いしたいところですが…どうやら食事の方はもう十分のようですし、早速本題に入りましょうか。」

 

俺の食指の進み具合が悪い事から察しが付いたのか。

飲み干した缶を脇に置いてレンが切り出してくる。

 

この二次会、元々俺の予定にあったものではなく。

ルーキー達と打ち上げしてる最中にわざわざレンの方から伝えてきた。

 

それも感応現象を利用し。

労いの肩たたきと見せかけて直接頭の中へ…である。

 

 

うん、老婆心ながら言っておくが。

君、自在に感応現象使えるって早めにリッカに申告しといた方がいいぞ。

 

何時ぞや再現テストが全然うまく行かないってリッカがぼやいていたからな。

飲み会の連絡に使いました、なんて知られた日にはそれこそレンチでどつかれるかもしれないし。

 

……………………………………………………………………………………………

 

所変わってここは通称"鉄塔の森"…から少し外れた廃屋の上。

双眼鏡を片手に持ち、レンから聞いた方角を重点的に目視偵察中である。

 

レンからの本題とやらは大きく分けて二つ。

 

一つはリンドウを喰ってくれたクソトカゲの所在について。

もう一つはつい少し前に発注されたタツミ達の撤退支援任務についてである。

 

まぁ端的に言うと。

 

クソトカゲが撤退中のタツミ達とカチ合いそうで。

そうなった場合最悪全滅の憂き目に会うかもしれないという見解をレンから告げられた。

 

タツミがトカゲ如きに後れを取る?

ハッハッハ、中々面白い冗談…と言いたいが。

 

タツミの得意とするのは防衛戦。

勝つ事よりも負けない事に主眼を置いたその戦い方は、強敵の撃破よりも増援が到着するまでの時間稼ぎにこそ本領を発揮する。

 

しかし今回の相手はハンニバルの堕天種とも言えるアラガミ。

ただでさえ手強い相手である事に加え、既に別の戦闘を終えてコンディションもよろしくない。

 

客観的に戦力分析した場合、全滅という表現もあながち冗談と言いきれない。

寒すぎて笑えないとはまさにこの事だ。

 

だが今ならまだ笑い話に変える事が出来る。

 

レンの話を信じるならまだタツミ達とクソトカゲは接敵していない。

であれば先にこちらが見つけ出して叩っ切ってしまえばいいだけの話である。

 

そうさ。人喰いの畜生なんざ、片っ端から殺せばいい。

そうすればリンドウだって死なずに…

 

 

いや、リンドウだけじゃない。

 

エリックだって。マルコだって。

俺を助けてくれたあの二人だって。

 

そうだ、それこそ俺の両親だって。

誰も、誰も喰われずに済んだんだ。

 

あの時、俺がアラガミを殺せてさえいれば

誰も死なずに、誰も悲しまずに、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も--

 

 

-ペシッ-

 

 

「…少し落ち着いてください。偵察なのにそんな殺人鬼みたいな空気出してちゃ、アラガミだって気付いて警戒しちゃいますよ。」

 

不意にいつの間にか近寄っていたレンに頬を叩かれ。

我に返ると同時に双眼鏡を外して軽く視線を向ける。

 

失礼、少々熱くなった。

スマンな。古参とはいえ、何分まだまだ若造なもので。

 

「焦る事はありませんよ。機会はもうすぐ。それに始まってしまえばそれこそ一日と掛かりませんから。」

 

そう言ってレンが視線を落とすのは手にする神機。

 

リンドウを殺すための切り札と称し。

文字通り多くのアラガミの血肉を捧げたその刀身は、初めて見た時よりも更に深く鮮やかな黒と紫に染められて。

 

「えぇ、もうすぐです。もうすぐだから…リンドウ、もう少しだけ待ってて。」

「………………………」

 

そうだった。

そうだったな。

 

君の目的は、あくまでリンドウを解放してやる事だったな。

 

リンドウは死んでなんかいない。

その身をアラガミと化してはいるが、その中で今なお生き続けている。

 

だが生きている以上、生きるために人を襲うかもしれない。

アラガミである以上、生きるために人を喰らうかもしれない。

 

人殺しの外道に。人喰いの畜生に。

人としての生を保ったまま、人の括りから完全に堕ちようとしている。

 

だから、その前にアラガミという呪縛から解放するのだと。

出会ってからしばらくして、そう俺に吐露してくれたな。

 

 

あぁ、おかげではっきり思い出したよ。

俺が何でリンドウを殺そうとしているのか。

 

アラガミとかクソトカゲがどうとか。

そんな七面倒臭い理由じゃない。

 

 

単に優先順位の問題だ。

 

俺の目的の最上位はあくまでリンドウをアラガミから戻す事。

それが現実的に難しいから、誰かの傷になる前に俺がそれをひっかぶろうとしているだけの話だ。

 

第一レンはリンドウを殺すために力を貸せと言ってたが。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

じゃあ今チームを組んでる俺が手を下したって問題無いだろ。

 

加えて言うなら。

 

どうせ俺がやるんだし。

使える手は何だって使わせてもらおう。

 

 

携帯取り出しポパピプペっと。

 

 

-To:極東支部オペレーター-

-件名:【情報連絡】第二部隊の帰投状況について-

-本文:現時点で未帰投。近辺に新種と思しきアラガミの姿有り。通常種を凌駕する戦闘力を保有していると推測。至急増援を求む。-

 

 

これで良し。

 

この前と違って装備は十全。

レンに加えて増援要請も済んだ今、もはや負ける要素などありはしない。

 

「その連絡…まさかリーダーさんに伝えたんですか?」

 

ふはは、まさか。

確かにルーキーは魅力的なレディだが。

 

彼女はまだまだお子様だ。

デートに誘うには五年は早い。

 

ただオペレーターにヤバそうな奴がいると業務連絡しただけさ。

 

そう言えば今日のオペレーターはヒバリだったかな?

まぁ彼女ならちゃんと()()()()()()実力者を増援部隊へアサインしてくれるさ。

 

 

もっとも、今極東支部一番の実力者と言ったら一人しか思いつかんがな。




誰かのために戦える。
実に、実に素晴らしいですね。

理詰めで蓋したとか爆弾ゲームだとか言ってはいけません。
閾値を超えない限りはセーフなのです。


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無口な無口な再決意2

Q.他に表情わかる人いる?
A.リッカちゃんも何となくわかります。

わかるので無理に喋らせようとしたりしないリッカちゃん。
無口さんはそもそも黙ってる自覚は無いので変わらず無言。

喋れと言われて喋らないのはやらかした時にしか言われないため。



正直に言えば賭けだった。

 

通常種ならいざ知らず。

相手はあのクソトカゲの堕天種とも言える存在。

 

何時ぞやリンドウと戦ったアレとは姿は違えど。

同等の力を持っていたとしても何ら不思議はない。

 

何とか全滅だけは防げたとしても。

再起不能、それこそ死人の一人二人出たとしてもおかしな話ではなかった。

 

優秀。

本当に、つくづく優秀過ぎるルーキーだ。

 

駆け付けるまでの時間稼ぎと、仕留めるまでの仲間の護衛。

あわよくばちょっとした支援でもこなしてくれれば御の字と思っていたんだが。

 

時間稼ぎどころかこんな千載一遇のチャンスまで作ってくれるとは。

 

ここまで御膳立てしてもらって。

据え膳喰わぬは無作法というもの。

 

狙うは後輪、正中線。

華の一刀両断と言うやつだ。

 

畜生如きには過ぎた華だが。

アラガミではなくこれから葬る仲間への手向けと考えればちょうどいい。

 

 

…仲間。

仲間か。

 

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

 

 

 

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

 

仲間一人助けられず。

アラガミ一匹ブチ殺せず。

 

己の目的一つ達成出来ず。

仕舞には仲間の身の安全すら賭けておいて。

 

 

宣う言葉が仲間への手向けとか。

我ながら下らんジョークにも程がある。

 

 

まぁいい。

神機使いなんざ、所詮は偏食因子を投与されたアラガミもどき。

 

元がどうとかはどうでもいい。

殺してしまえばどちらも変わらん。

 

それじゃあ月並みで恐縮だが。

別れの言葉でも言っておこうか。

 

 

 

 

 

死ね。

 

……………………………………………………………………………………………

 

神機使いというものは。

人類の天敵たるアラガミと戦うべく生み出された、偏食因子を持って強化された人間の事である。

 

自身に適合する偏食因子を投与される事で得られた身体能力。

それは既存の猛獣を遥かに凌駕するアラガミを相手取っても決して引けを取るものではない。

 

しかしそうはいっても所詮は人間。

体躯で勝るそれに不意を突かれて襲われた日には、どれほどのベテランであっても成すすべなく喰い殺されるのが関の山。

 

故に不意打ちだけは。

神機使いとして最も警戒すべき物の一つと言える。

 

--後ろだ。

 

ぞわり、と強烈な悪寒が背筋に走る。

 

神機使いとして生き始めてはや幾年。

身体に染み込ませたその感覚が、人生で最も大きな音を立てて警鐘を打ち鳴らす。

 

人外に成り果ててから感じるのは初めてであるが。

かすれゆく記憶から呼び起こされた鮮明な感覚は、意図せずアラガミと変わりゆく本能と結びついて急速に状況認識を加速させていく。

 

避ける?無理だ、間に合わない。

受ける?そうだ、それしかない。

 

選択を誤れば即ち死。

しかし件の新人に向かって左手を突き出した身体は言ってしまえば既に死に体そのもの。

 

どこで受け止める?

左手?無理、神機を跳ね除けてからでは間に合わない。

背中?無駄、後輪程度で防げるような一撃ではない。

 

ならば残るは右腕だ。

捌く?不可能、アイツはそんな甘いタイミングで襲い掛かってくるような素人じゃない。

 

完全に不意を突いて繰り出されるそれは最早告死の鎌にも等しい。

籠手がある分マシとはいえ、まともに喰らえば確実に腕一本は持ってかれるだろう。

 

人であれば躊躇してもおかしくないその結論。

 

しかしアラガミとして。

そして神機使いとして培った、何としても生き延びるというその意思が。

 

 

-オオオオオオォォッッッッッ!!!!!!!-

 

 

本能が恐怖を打ち消すように咆哮を上げ。

次の瞬間、身体能力任せに強引に身体を捻り込んだ。

 

………

 

痛みは無い。

 

予想通り、振り下ろされた神機は籠手を割り砕きながら腕にめり込む。

このままいけば間違いなく、数秒後には長年連れ添った片腕と泣き別れになる--

 

 

筈だったのだが。

 

 

神機が止まる。

文字通り骨身に喰い込んでいるとはいえ、それ以上刃が進む様子は見られない。

 

 

受け止めるように構えた腕越し。

神機を持つかつての同僚に意識を向ける。

 

 

ほんの一瞬。

薄れゆく自我の中で感じた気のせいなのかもしれないが。

 

 

無口無表情の鉄仮面。

感情の一切を感じさせないその表情が。

 

 

一瞬、初めて感情を見せたような気がした。

 

……………………………………………………………………………………………

 

 

ここは極東支部にある俺の自室。

 

タツミ達が帰還した事への安堵の声と、接触禁忌種クラスの新種が現れた事への報告に不穏が入り混じったホールを後にして。

たまにしか買わない、気持ちお高い缶ビールをクピリクピリと口にする。

 

「…随分機嫌がよさそうですね。せっかく彼を開放できるチャンスを逃してしまったというのに。」

 

明らかな不満顔でそう呟くのは医療班所属の神機使い。

先の作戦では予めアラガミの退路に潜伏し、後ろから追いかける俺と挟撃するという手筈を整えていたのだが。

 

「あそこで貴方が追撃してくれればそれで全ての幕を引けたんです。…まさかとは思いますけど、この期に及んで覚悟が引けたとか言うんじゃないですよね?」

 

覚悟が引けた?ハハッ、ナイスジョーク。

流石支部長直属の特務兵様は冗談のセンスも冴えてるな。

 

俺とてこれでも立派な古参兵。

任務とあれば私情を排し、己が責務をこなすという自負くらい持っている。

 

入隊したての新人じゃあるまいし、見くびられてもらっては困るというもの。

 

これには海より深い理由があるんだ。

だからそんなハイライトの無いジト目で見るな。

 

そう、例え元がリンドウであろうともアラガミはアラガミ。

俺の仲間を傷付けてくれる以上、一辺の慈悲無く叩き切るつもりには変わりない。

 

だがな。

それはあくまで()()()()()()()()()()()()()()

 

脳裏に直接聞こえたあの声。

俺が駆け付けるまさに直前の光景で叫ばれたそれは、まごう事無くリンドウの意識に違いなかった。

 

俺達に襲い掛かったのも、別に俺達を狙っていたからではない。

 

タツミ達を助けるためにアラガミをぶちのめしたまでは良かったものの。

アラガミ化した身体の制御がうまく行かず、半ば暴発的に攻撃を加えてしまったというのが真相だ。

 

ここで重要なのは自身の身体を制御が出来ていない事ではない。

アラガミ化してしまっているとはいえ、今尚確かにリンドウの意志が生きているというのが肝心なのである。

 

見た目はまごう事無くアラガミのそれ。

しかし異形の身と化してなお、仲間を想い叫んだあの声は間違いなくリンドウのそれ。

 

ならばあれはアラガミではなくリンドウ本人。

見た目はどうあれ、アレにリンドウの精神が存在しているというのなら。

 

俺は誰が何と言おうともアレをリンドウ本人と見なす。

大人だからな、見た目で人を判断したりしないのだ。

 

そして生きていると判断した以上。

まだ諦めるには早すぎる。

 

例え結果として間に合わないという結末に変わりなかったとしても。

今このタイミングで判断を急ぐ必要性は全くない。

 

というか今時点で既にバットエンドルートに入っていたようなものだからな。

 

 

 

 

 

もし駄目だったその時は。

当初の予定通り俺が全て片付ければそれで済む話だ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

そんな訳でとりあえず仕留めるという方針は一旦ペンディング。

クソトカゲと遭遇する前に立てていた時間稼ぎプランへ方針転換である。

 

俺は元々リンドウを殺そうとして仕留める気だった訳じゃない。

リンドウがオラクル細胞に飲み込まれ、アラガミと成り果てて仲間と殺し殺され合いをしそうだったから始末しようとしていただけの事。

 

今のリンドウはまだ完全にオラクル細胞に飲み込まれてはいない。

それは先のミッションでリンドウに吹っ飛ばされたタツミを見ても明らかだ。

 

コンゴウを一撃で仕留める程の膂力を持ったアラガミの薙ぎ払い。

素人目にも救護室直行コースであるはずだが、実際は軽い打ち身程度で骨折すらしていなかった。

 

ルーキーに至っては吹っ飛ばされるどころか、まともにその場から後退すらさせられていない。

決して余裕がある状況とは言わないが、少なくとも神機使いに襲い掛からないよう、アラガミの本能に抗う力は残されているように見える。

 

 

であれば俺がこれから取るべき行動は三つ。

 

一つ目はリンドウの動向をマーキングし、討伐隊とかち合わないようにするための裏工作。

二つ目はサクヤが壊れてしまわないよう、それとなくまだ希望が残されている旨を匂わせる根回し。

三つ目はさっきから俺を睨み続けているレンへの弁解である。

 

さらりと言える程簡単な事では無いのは分かっている。

だが元々はアラガミ化を治療する方法が見つかるまで何年でも粘るつもりでいたんだ。

 

僅かでも可能性が見えたのであれば。

多少の無理くらいいくらでもするさ。

 

 

もっとも、無理して何とかなりそうなのは最初の一つ目だけ。

後回しにすら出来ない三つ目のおかげで現在進行形で言葉に窮しているんだけどな。

 

 

詳しい事情こそ聞きはしなかったものの。

レンと少し前までの俺はお互いの目的が明確に一致していた。

 

だからレンは俺の行動に積極的に協力してくれたし。

俺もレンの行動に積極的に協力した。

 

ところがあと一歩というここに来て状況が変わり。

要となっていたお互いの目的にずれが生じてしまった。

 

俺の方針転換は、言ってしまえばレンとの約束を反故するという事。

 

目的が変わった以上、互いにこれ以上協力しあう必要は無くなったが。

だからと言って説明も無しにこれにてお別れとは出来ないのが人の世というものである。

 

後々禍根になっても困る。

何とか上手く言い訳しないと。

 

そんな俺の考えを他所に。

レンは普段よりやや険しい表情のまま、淡々と説くように言葉を口にしていく。

 

 

-貴方の考えている通り、リンドウの意識はまだあのアラガミの中に存在しています。でもそれは希望でも何でもなく、ただ暴走したオラクル細胞がまだ安定期に入っていないだけと言う理由に他なりません。-

 

-侵食が進んでオラクル細胞が安定期に入ると、いよいよもって人の意識は消滅します。当然人間だった頃の記憶も失い、偏食因子の本能のままにあらゆるものを喰らう存在…アラガミへと至ります。-

 

-つまり、今しかないんです。ここを過ぎれば、もうリンドウは自分が救われた事を知る事が出来なくなってしまう。そればかりか自分が仲間を傷付け、殺してしまうのかという失意の中でアラガミになってしまうんです。-

 

 

畜生、ぐうの音も出ない正論だ。

 

俺のプランの最大の欠点。

それはリンドウに対する精神的な救済という意味においては全くと言っていい程考慮していない点である。

 

今時点で残っているリンドウの意識が消えないという保証はどこにもない。

レンの言う通り、自分がアラガミになってしまったという絶望を抱いたまま消えてしまう可能性は十二分にあり得る話なのだ。

 

榊博士なら持ち前の知識と合わせて反論できるかもしれないが。

一介の神機使いに過ぎない俺の知識では言い返せるだけの詭弁も用意できん。

 

精神論で押し切れる相手だったら良かったんだけどな。

"あのリンドウが簡単にくたばる訳がない"とか"俺は最後まで諦めたくない"とか。

 

"覚悟は出来てるから"なんて言おうものなら時間稼ぎもクソも無しに討伐に連れてかれそうな気がする。

 

 

何とか、何とかこの場を切り抜ける一言を--

 

 

「貴方はそんな結末を望むんですか?誰よりもアラガミを憎んでいるであろう貴方が、そんな畜生に仲間が堕ちるのを黙って--」

 

 

 

 

 

-ズダンッ!!-

 

 

 

 

 

椅子に座ったまま足を持ち上げ。

これでもかと言わんばかりの勢いで目の前のテーブルに叩き下ろす。

 

 

少し黙れ。

 

熱くなるのは結構だが。

言葉は選んだ方が互いのためだぞ。




力付くで会話を打ち切る無口さん。

ちなみにここのレン君ちゃんも他の人には見えません。
無口さんも無表情のままなので傍から見ると別な意味でちょっと怖い。


長くなったので区切ります。


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無口な無口な再決意3

Q1.地雷踏んだ?
A1.ビックリ箱開けちゃった。

Q2.一触即発?
A2.ルーキーちゃんの時と同じ。

一周回って冷静になるタイプの無口さん。
やらかしたと思って黙り込むまでがワンセット。


無音で満たされる部屋の中。

青い瞳と燈の瞳が、一歩も譲る事無く互いの眼を真っすぐに見つめている。

 

「…貴方でもそんな風に怒る事があるんですね。ああいや、言葉を話せない以外は普通に感情を持ってる人でしたね貴方。」

「………………………………………………」

 

 

 

 

 

やっちゃった。

 

いくらレンの言葉に反論出来ず。

堪りかねたとはいえこの暴挙。

 

確かに会話は打ち切れたけど。

ここから良い感じに言い含めるとか中々に高難易度なミッションである。

 

加えてここは俺の自室。

都合よく第三者が宥めてくれるなんて事も期待できない。

 

ついでに言うとテーブルに思いっきり靴のへこみが刻まれた。

 

誰がどう見たって蹴りかストンピングを叩き込んだ証にしか見えない。

修理申請でも出そうものなら備品破壊で始末書待った無しである。

 

ていうかこの手の修理って最終的に整備班、つまりリッカの部署にも話が回って--

 

 

-キミさぁ、いよいよもって神機以外も雑に扱い始めたのかなぁ?-

 

 

女神の笑顔でレンチをペシペシするリッカの姿が見える見える。

紳士として常に優雅たれと心掛けてきた俺なのに、何がどうしてこうなった。

 

まぁいい、やってしまった事を後悔しても始まらない。

大事なのは今だ今。

 

一応、俺とて考え無しに黙っている訳ではない。

目的変更については俺の一方的な解釈に基づくものである以上、何とか波風が立たないよう言葉を選んでいる最中である。

 

"目的変わりました、はいさようなら。"ではあまりに筋が通らなさすぎるからな。

確かに多少煽られた感は否めないが、その程度でそんな答え方をする程俺はお子様ではない。

 

とはいえ、だ。

現状は文字通り強引に場を停滞させただけ。

 

こんなものは時間稼ぎにすらなりはしない。

一分と経たずに続きが再開されるのが関の山。

 

さて、どう答えを返したもの…

 

 

-ピリピリピリッ!-

 

 

不意に響き渡るのはメール受信を告げる端末の音。

 

思わずこれ幸いと飛びつきそうになるものの。

寸での所で思い留まり、目の前のレンに視線を向け続ける。

 

-ピリピリピリッ!ピリピリピリッ!-

「………………………」

「…出ないんですか?」

 

-ピリピリピリッ!ピリピリピリッ!-

「………………………」

「…構いませんよ。僕も貴方も、少し頭を冷やした方が会話になりそうですし。」

 

むぅ、何だか言い方にトゲがある気がする。

 

別に長い付き合いという訳ではないが。

君こんな意地悪い言い方する人間だったのか。

 

まぁいい、別にレンの言葉が間違ってるとは思わない。

 

頭を冷やすには確かにちょうど良いタイミング。

お言葉に甘えて体よく利用させてもらうとしよう。

 

という訳でミッション来い、ミッション来い。

急ぎじゃなくても適当な理由付けてすぐ向かうから。

 

視線は彼に向けたまま。

悟られないよう表情を取り繕いつつ、懐から端末を取り出して操作する。

 

差出人は第一部隊隊長のルーキーちゃん。

要件は神機の持ち出し承認をしてほしいから保管庫まで来て欲しいとの事。

 

…よしミッションだな!

これは早急にルーキーの元に向かわなくては!

 

古今東西、レディを待たせるというのは古参どころか紳士の風上にも置けぬ所業。

即ちこれは紳士として早急に解決しなければならぬ緊急ミッションに該当する。

 

であればこの場を中座せざるをえないのも致し方なし。

という訳で携帯をレンにパース。

 

「わわっ、何ですか急に…リーダーさんからの連絡?」

 

一瞬不意に放り込まれた携帯に驚くものの。

反応にそぐわないナイスキャッチで受け取るレン。

 

同時にスッと席から立ち上がり、急がず真っすぐ部屋の外へと歩を進める。

 

「あ、待ってください!まだ僕の話は終わって…!」

 

安心しろ。

俺の話も終わってない。

 

けど上手い言い訳が思い付かないからまた後でな。

 

三十六計逃げるに如かず。

分が悪い時は躊躇わず引くのが優れた古参兵というものなのだ。

 

 

………

 

「神機の持ち出し…他者の承認がいるって事はつまりそういう…」

 

端末に送られてきた内容からもう一方の状況を理解し。

自嘲気味な溜息をついてから無人となった室内の天井を見上げる。

 

「あっちも上手くいったみたいで何よりだけど…まさか僕の方が上手くいかなかっただなんてなぁ。」

 

確かに予期しないトラブルはいくつかあったが。

けれど途中までは間違いなく順調に進んでいた。

 

おかげで迎えた二つの最悪を前に準備は万端。

 

図らずもリーダーさんを交えた事で包囲にも隙が無くなり。

加えて僕もあの人も心身共に()()()()()()()()()()()()と断言できる。

 

しかし結果はご覧の通り。

リンドウには逃げられ、あまつさえ彼自身もリンドウを殺す事に否定的になってしまった。

 

感応現象に頼るまでも無い。

消滅とまではいかないものの、明らかに殺意そのものが薄れてしまっている。

 

覚悟が引けた?

寧ろその方がよっぽどよかった。

 

諦めとか絶望とか、そう言った後ろ向きの感情による消失なら幾らでも焚きつける手段はある。

しかし彼の場合、恐らくは()()()()()()()を思いついた事により、殺害という手段の優先度が下がってしまったのだ。

 

それがどんな良い方法なのかは分からない。

それを知る前にこうして逃げられてしまったし。

 

「…ああいや、今となっては僕が無理にそれを知る必要も無いのか。」

 

手にした端末に視線を落としてつつ。

気付いたように言葉が漏れる。

 

もしこれが僕一人しかいないという状況であったなら。

是が非でも彼の戦意を呼び戻す必要があったけど。

 

 

…そうだね。

袖にしたのはあの人からだし。

 

僕は僕で、あちらのサポートが出来ないか考えてみようか。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫。

 

今は部屋主とも言えるリッカ嬢の姿は無く。

若くして部隊長となった新人と、その娘に頼まれて端末を操作する紳士の二人きり。

 

「すみません。リッカさんから神機の持ち出し申請をしてほしいと頼まれたんですけど…よくよく考えたら私、端末の操作方法知らなかったなって引き受けた後に気が付いて…」

 

 

うっかりちゃんめ。

言ったら肘で突っつかれそうだから言わないけど。

 

まぁ仕方ないと言えば仕方ない。

 

いくら腕の立つと言っても。

彼女はまだ入隊してまだ半年経つかどうか。

 

一般的な神機使いとしての仕事については憶えたであろうが。

流石に普段担当していない作業や部隊長特有の承認関連については把握しきれてなくてもしょうがない。

 

というか本来なら教えてやるべき人間が不在だしな。

マニュアルとかは確かにあるが、一応支部運営に関する情報だから参照するにも別口の申請が必要だし。

 

まぁそれについては追々教えてやればいいか。

とりあえず今日の所は俺が操作してやればいいし。

 

 

しかし珍しいな。

いくら信頼関係が良好とは言えリッカが()()()、それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まぁ彼女も忙しい身。

たまには人に任せる時くらいあるか。

 

こういう時のための承認機能だしな。

複数人でチェックするんだから間違いなんてあるはず無いし。

 

えーとどれどれ…

 

 

申請者、隣にいるルーキー本人。ヨシ。

持出理由、定期メンテナンスのため。ヨシ。

 

持出期間、本日中。ヨシ

神機の状態、不活性状態。ヨシ。

 

良し、良し、良しで全部ヨシ。

それじゃあ最後に承認--

 

 

 

 

 

「………………………」

「…どうしました?後は承認ボタンを押すだけですよね?」

 

 

 

 

 

ちょっとタンマ。

もう一回申請内容見直す。

 

 

 

 

 

申請者は隣にいるルーキー本人。

持出理由は定期メンテナンスのため。

持出期間は本日中。

 

 

神機の状態は不活性状態?

 

 

おいおい駄目だろ。

休眠状態になっていないぞ。

 

不活性状態というのはわかりやすく言うとスイッチをオフにしているだけの状態。

完全に火を落としている休眠状態とは異なり、手順を踏めば使用可能な状態へと移行出来てしまう。

 

流石にボタン一つで直ぐ起動するというものでは無いが。

この状態での運搬が許されるのはこれからミッションへ向かう時か、ミッションから戻って神機を保管庫へ戻しに行く時のみ。

 

メンテナンス程度で破っていい程緩い運用ルールではない。

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

というか本当に珍しいな。

休眠状態へ移行させるのは整備班の仕事だろ?

 

 

あのリッカがこんな所まで畑違いの人間に任せるなんて。

よっぽど今日の彼女は忙しいと見え--

 

 

 

 

 

--違う。

 

 

 

 

 

確かに彼女は多忙だ。

忙しさに手が回らなくなることだってあるだろう。

 

だがまかり間違っても自身の領分を他人に丸投げするような人間ではない。

 

ましてやこの申請、通った時点で神機のロックが外れて持ち出し可能な状態になる。

不活性状態とはいえ、一つ間違えれば人命に関わりかねない重大な申請処理。

 

 

あのリッカがこれほどまでにいい加減に仕事を進めるか?

 

否。

 

普段の彼女を知る者であれば全員が全員迷うことなく否やと答えるだろう。

俺だってそう答えるし--

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「あの、何故固まってるのかはわかりませんけど…」

 

 

 

 

 

-ボタン、押しますね。-




最終戦まであと少し。


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無口な無口な再決意4

Q.このルーキーちゃん大丈夫?
A.ちょっと心が弱ってるだけ。

感応現象発生でSAN値チェックに失敗。
おまけにレン君ちゃんに煽られてちょっとメンタルがやられ気味。

最終戦直前に曇る主人公…定番ですね。


-貴女はあの「アラガミ」を殺せますか?-

 

 

以前榊博士にも問われた言葉を。

()()()()()、ハイライトの無い橙の目をした神機使いが問いかける。

 

私の答えは以前と同じ。

変わらぬ決意と想いのままに、あの時と同じ言葉を彼に返す。

 

リンドウさんは生きている。

あの人の心を残したまま、生きながらアラガミに成り果てようとしている。

 

覚悟していなかった訳ではない。

でも"もしかしたら"と希望を抱いていなかった訳でも無い。

 

…今更ながら。

自身が抱いていた不満の浅はかさを思い知って嫌になる。

 

不平を述べた人物の立場になり。

ようやく何故あの人が誰にも伝えなかったのかが理解出来た。

 

レンと初めて話した時に起きた感応現象。

 

もし先に見たリンドウさんがあの時見た光景と同じ姿であったなら。

私はここまで彼に言葉を返す事は出来なかったと思う。

 

一度アラガミになった人間を戻す術は存在しない。

しかしアラガミになっていないのであれば、リンドウさんのままでいられる事が出来るかもしれないと。

 

 

きっと、きっと私はそう思ってしまう。

少なくとも今の私ならそう思う。

 

もしかしたら。

あの人もそう思って私達の捜索に付き合ってくれていたのかもしれない。

 

そして私と同じように諦めてしまったのだ。

リンドウさんが面影すら残さぬ姿に変わり果て、最早元に戻る術は存在しないのだと。

 

先のレンの言葉に反論の余地は無い。

 

アラガミ化を治療する方法は無く。

しかし今ならまだリンドウさんとして介錯してあげる事が出来る。

 

 

そしてそれが出来るのは他の誰でもない。

リンドウさんの神機に触れた事のある自分とあの人だけであると。

 

………

 

無言のまま。

神機保管庫に向かって足を進める。

 

途中誰かに話かけられたような気もするが。

その歩みは止まらない。

 

この後の動きについて思考を巡らせるのが精一杯で。

答えを返す余裕などとても無かった。

 

レンによるとリンドウさんはエイジス島近郊にいるらしいが。

先にあったアーク計画の一件により、極東支部からの直通路は現在封鎖されている。

 

通常であればツバキさんか榊博士へ事情を説明し。

極東支部からヘリコプターで直接乗り込む流れとなるのだが。

 

 

「………………………」

 

 

あの人が喋れない事を悪用…いや。

利用する理由がわかってしまった。

 

言えない。

言いたくない。

 

説明は出来ないし理解するのも難しい。

けれどこれだけは間違っていないのだと断言できる。

 

言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

通常の移動手段は使えない。

まずはヘリや支部からの通路を使わずにエイジス島へ辿り着く経路を見つける必要がある。

 

歩きながら携帯端末で検索した所。

答えは思いの外早く見つかった。

 

先日見つかった愚者の空母付近にあるという地下通路。

それを使えば陸上ルートでエイジス島に到達する事が出来る。

 

幸運な事に中型種の討伐依頼が発注されている事は確認済み。

これをカバーミッションとして受注し、そのまま徒歩でエイジス島へ侵入すれば良い。

 

移動手段が何とかなりそうになったところで。

次にリンドウさんの神機の持ち出しについて考える。

 

自分の神機については問題無い。

本人所有の神機であれば特に誰かの承認を得る事無く、自分で端末を操作して持ち出し申請すれば良いだけの話。

 

しかし他人の神機に関してはそうはいかない。

 

万が一にも取り違えなどが起こらないよう。

部隊長以上の人間が、必ずその場で承認する必要がある。

 

 

…うん、この点についても問題無い。

 

リンドウさんの代わりとはいえ。

今の私は歴とした第一部隊の部隊長。

 

そして承認してもらう相手は私と同じく。

事態の全てを把握しているあの人。

 

 

 

 

言うんだ。

あの人に、言わなくちゃ。

 

 

リンドウさんアラガミを殺すために、力を貸してくださいって。

 

 

言うんだ。

 

言うんだ。

 

 

「…言わ、なくちゃ…」

 

 

 

 

 

我ながら眉をしかめるような酷い思考。

けれど今だけは、心の底から思ってしまった。

 

 

いっそ私もあの人のように。

 

 

言葉を喋れない人間であったなら、と。

 

……………………………………………………………………………………………

 

音も無く横から伸ばされた腕。

 

咄嗟の判断でそれを掴み止め。

それ以上の操作が出来ぬよう、認証装置を兼ねた端末から差し込んだ腕輪を引き抜こうと試みる。

 

 

-ズダンッ!-

 

 

が、彼女にとってもその行動は予想の範疇だったのだろう。

 

引き抜きかけた腕輪を勢いよく押さえ込み。

同時に掴まれた腕に力を込めて、強制的に承認ボタンを押そうと試みる。

 

 

「………………………!」

「離してください…本当、どうしてこういう時ばかり勘が良いんですか貴方はっ…!」

 

 

馬鹿野郎、()()()ほしいのはこっちの台詞だ。

 

リッカが頼んだって言うのが方便だというのは理解した。

そんなすぐバレるような方便を使ってまで事に及んだ理由を先に話せ。

 

止むにやまれぬ事情があるんだろう?

誰にも頼れない、自分だけで解決しなくちゃいけないような事情が。

 

心配するな。

内容次第じゃ協力してやる。

 

サクヤ達にも手を貸してやった事あるしな。

仲間の事情を推し量るくらいの情と経験は持っている。

 

でも強硬手段に訴えてる間は協力してやらん。

 

神機使いはあくまで組織所属の人間。

情をかけるにせよ、それはあくまで決まりの範疇を踏まえた上での事。

 

理由も説明しない人間に無条件で融通を効かせてやるほど、俺は世間知らずのお坊ちゃんではない。

 

もっともそう強がってはみるものの。

押さえつけられた腕輪は全く動かせないし、掴んだ腕も少しずつ押し負けてきている。

ぶっちゃけそう遠くない内に押し通される程度にはジリ貧だ。

 

無論、手段を選ばなければ抗う術はいくらでも残ってる。

 

いくら強いと言っても所詮はルーキー。

その実力は何処まで行っても対アラガミを想定した上での話。

 

無防備に晒された腹を蹴り飛ばすもよし。

身体ごと入れ込んで掴んだ腕をへし折るもよし。

 

本気で止めようと考えたなら。

片手じゃ足りんほどには手段がある。

 

良かったなルーキー。

俺が紳士で淑女が君で。

 

男だったら?

この話は止めておこう。

 

そんな訳で手を上げるという選択肢は全て除外。

当然ながら頭突きやキックと言った"手じゃないからセーフ"なんて屁理屈も認めない。

 

しかし残念ながら俺は紳士、即ち立派な男の子。

 

例え可憐な少女が相手であっても。

打つ手を残したまま無法に屈するような真似はしない。

 

という訳で…

悪く思うなよルーキー。

 

 

-ミキミキミキッ!!-

 

 

「ッツゥ…!!」

 

 

予想通りルーキーの顔が苦悶に歪み。

同時に込められた力が弱まる。

 

そりゃそうだ。

 

身の丈を超える巨大な鉄塊を振り回す神機使いが誇る握力。

そいつを手加減無しで思い切り、掴んだルーキーの腕にお見舞いしたんだからな。

 

並みの人間ならこれ一つで全治一ヶ月の骨折コース。

いくら神機使いが丈夫とはいえ、これですまし顔のままだったら普通にビビる。

 

手を上げるという選択肢は除外したんじゃなかったのかって?

何を言う、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

安心しろ、精々一日二日痣になる程度だ。

レディの柔肌に傷を残すような深刻な事態になどなりはしない。

 

精々痛みで怯ませるのが関の山。

しかし怯めば当然力は緩む。

 

そこを間髪入れずに端末から腕輪を引き抜き。

改めてルーキーから事情を聞けば万事良く--

 

 

「ウ、グゥッ…!!」

 

 

…ん?

 

 

 

 

 

「ウウウゥゥゥッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

-ググググググッ…-

 

 

 

 

 

ッッッッ!?!?!?

 

冗談だろ!?

何でこの状況で俺の方が押し負ける!?

 

確かに直接的な危害や妨害は加えていない。

だが力づくで押し通せるような状態では間違ってもない筈だろ!?

 

怯まないどころの話ではない。

文字通り押し通ると言わんばかりに指先がボタンへと近づいていく。

 

マズい、このままじゃ押される!

それだけは絶対に認められん!

 

力を籠める。

骨どころか肉すら千切れかねない音がする。

 

紳士がどうこう言っている場合ではない。

手加減などという思考は最早消えさり、逆に危害を加えるなどと考える余裕すら存在しない。

 

全力で握り、全力で止める。

しかし彼女の腕が止まらない。

 

止めれぬ左手に動かぬ右手。

思わずルーキーの顔を睨みつける。

 

 

-…ッ!!-

 

-………ッ!!-

 

「ッッッッッッ………!!!!!!」

 

ああくそわかった。

そういう事か畜生め。

 

ボタンが押されるまであと数センチ。

意地で踏ん張りつつもにわかに悟る。

 

詳細は何一つ分からんが。

今強硬手段に訴えている理由だけは分かった。

 

切羽詰まっているのだ。

今の彼女に、誰かを頼る余裕など欠片も存在していない。

 

目を見ればわかる。まさに責任感の塊だ。

自分がやらねばという、まさしく呪いのような感情に支配されている。

 

なればこそ。

だからこそ。

 

この場は()()()()()()()()()

 

これは冷たいとかそういう安い感情論の話ではない。

どれだけ強い激情を抱こうとも、それだけではオウガテイル一匹まともに殺せやしないのだ。

 

既に俺が実体験済みなんだから間違い無い。

ルーキーだってわかる部分はあるだろう?

 

リンドウがMIAになったあの日。

もし全員感情的に、リンドウを助けようとしてたらどうなっていた事か。

 

個人的には屁理屈こねるなと言われたら言い返せないが。

お前が弱いからそうせざるを得ないだけだろうと。

 

まぁその話は今はいいや。

 

そんな訳でルーキーの気持ちは十分わかった。

わかりはしたが、わかる訳にはいかない。

 

現実は非常なのだ。

想いだけでどうにかなるなら、アラガミも神機使いもこの世に存在しちゃいない。

 

間違っても意地になっている訳ではない。

別に女の子に力で負けて悔しいとか思ってないし。

 

 

という訳で正真正銘最後の手段。

認証装置に施されたセキュリティの一つ、何らかの方法で意に反しない認証を行わせないための警報装置を利用する。

 

すなわち()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

恨むぞルーキー、いやマジで。

 

俺にここまでさせるんだ。

この後洗いざらい全部吐いてもらうからな。

 

 

行くぞ、ちゃんと押さえておけよルーキー。

流石の俺も自分から腕を折り直すなんてしたくないからな。

 

 

頼むぞ?信じてるぞ?

一、二の…

 

 

 

 

 

-ガシッ-

 

 

え?

 

 

-グイッ-

 

 

あ。

 

 

『承認確認、ロック解除』

 

 

「…駄目じゃないですか。貴方、いよいよ女の子に手を上げる程落ちぶれたんですか?」

 

「あ、でもサクヤさんやアリサさんには銃を撃ったり神機で斬りかかったりしてましたっけ?それに比べたらまぁ手加減してるとも言えますけど…」

 

「いや、やっぱり駄目ですね。ほら見てください、痣になっちゃってるじゃないですか。」

 

 

端末から流れる機械音声。

目をパチクリさせるルーキーを他所に、ニッコリとどこか意地の悪い笑みを浮かべてレンが告げる。

 

「まぁそれはそれとして…自称紳士の神機使いさんは当然、女の子をキズ物にした責任を取ってあげるんですよね?」

 

-まさか好き勝手した挙句無責任に放り出そうなんて真似…御両親に誓ってやったりしませんよね?-

 




ここぞとばかりに無口さんの弱点を突きまくるレン君ちゃん。
急所に当たって効果は抜群です。

ルーキーちゃんが言ったら?
"いちげき ひっさつ!"のエフェクトが出ちゃうので駄目。


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無口な無口な共犯者1

Q.ルーキーちゃん力強すぎない?
A.実はルーキーちゃん側にもレン君いた。

つまり三対一。
普段から紳士紳士言ってる無口さんに卑怯と言う資格はありません。



やられた。

まさかこのタイミングで乱入してくるとは。

 

「まさか好き勝手した挙句無責任に放り出そうなんて真似…御両親に誓ってやったりしませんよね?」

 

はっはっは、冗談にしても笑えないなレン君よ。

レディ相手に俺がそんなドクズムーブする訳無いだろう?

 

しようとしてはいたけれど。

まぁわざわざ余計な事を言って下がり気味な株を暴落させる必要は無い。

 

…バレてないよな?

 

図星過ぎて声出なかったけど。

別にそこまで変じゃなかったよな?

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部の神機保管庫…の隣にある物品倉庫。

アナログなダイヤル式の鍵を弄って施錠を外し、この後の出撃で必要となるであろうあれこれを持ち出していく。

 

最も重要なのは神機運搬用の携行ケース。

ケースと言っても神機一振りが丸々収まる程度には大きな代物である。

 

当たり前の話だが。

ルーキーのやろうとしている事は歴とした規律違反である。

 

正式な許可を得ずに他人の神機を外部へ持ち出す。

誰かに見られれば間違いなく、一も二も無く呼び止められる。

 

なのでまずは極東支部から出るまでの目隠しとしてケースに入れる。

 

取り出す手間の関係上、ケースに入れて出撃するというのは珍しくはあるもののゼロではない。

余程勘の良い奴でも無い限り許可を得てない神機を持ち出そうとしているとは思いつかない筈である。

 

しかしここで一つ懸念事項が発生する。

 

今回出撃する神機使いは俺とレンとルーキーの三人。

対して持ち出す神機はリンドウの分を加えた四人分の神機。

 

普通に行けば"一人分多くないですか?"と出撃登録時に突っ込まれて止められるのがオチである。

 

ならばどうするのかというと話は簡単。

"今回は二刀流で行くから!"と元気に説明するだけである。

 

もちろん、普通の神機使いなら言った所でまともに取り合ってすらもらえない戯言。

しかしこの極東支部において俺が言う分についてはその限りではない。

 

だって俺、()()()()()()()()()()()()

出来る出来ないで言えば出来る人間だもん。

 

まぁ実際にそんな事言ったら怪訝な顔でリッカ呼ばれるだけなので言わないが。

神機の調子が良くないから予備でもう一本持っていくというのが妥当な線か。

 

 

そんな訳で一番のネックである出撃直前の誤魔化しもうまく行く目途が立った。

 

後は持っていかない方の俺の神機をメンテナンスルームに閉まったり。

出撃前にバレないよう、リッカ達に嘘の業務連絡を回したり--

 

 

「あ、あの…止めないんですか私の事?さっきまであんなに抵抗していたのに…」

 

 

せっせと出撃に向けて準備を進める中。

おずおずと不安げな様子で発せられたルーキーからの疑問の言葉。

 

ん?何だ止めて欲しいのか?

良いぞレディ、それが望みなら仰せのままに。

 

 

聞くだけ野暮だろうから聞かないけど。

ほら、俺の気が変わらない内に君もさっさと準備しなさいな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

レンに逃げ道を塞がれてから即座に思考を巡らせて見たところ。

今置かれている状況というのは最初に俺が思っていたよりも悪くないという事に気が付いた。

 

まず俺の目的は当面リンドウを殺さず生かしたままにする事。

ここで一番困るのは俺の知らない所でルーキー達討伐班が差し向けられる事が決定してしまう事である。

 

戦闘力の関係上、タツミ達防衛班の面々が差し向けられる事はまず考えにくい。

だが第一部隊総出との戦闘となれば、さしものリンドウであってもこれは少し以上に分が悪い。

 

これは極東支部の上層部…というより榊博士やツバキさんの見解とも恐らく一致している。

予期しない遭遇戦ならばともかく、入念に事前準備を施した上での総力戦なら高い勝算を見込んでいる事だろう。

 

万が一そんな決定が下されてしまった日には、最早一神機使いである俺にそれを止める術はない。

 

故にそのような状況にならないように。

まずは総力戦における勝算を減らし、そこに踏み切れるだけの判断要素を削っておく必要がある。

 

具体的には第一部隊において突出した戦闘力を持っているソーマとルーキー。

 

この二人を持ってしてもリンドウのハンニバルとやり合うには分が悪いという情報があれば。

損耗覚悟の総力戦などそうそう簡単な事では踏み切られる事はなくなるだろう。

 

そこで俺は今回のルーキーの動きに便乗し。

この既成事実を早々に作り上げてしまおうというのが俺の今回の目的である。

 

ソーマいないだろって?

ハッハッハ、さては貴様シロウトだな?

 

目の前の人間をよく見て見るがいい。

()()()()()()()()()()()()()使()()()()使()()がここにいるじゃないか。

 

………

 

当然と言えば当然であるが。

俺はルーキーにリンドウを殺させるつもりなんぞさらさらなく。

そういう意味でも今回やられた振りをしてわざと討伐に失敗するというのは一挙両得の名案と言えなくもない。

 

レンの言い分とて確かにわかる。

 

確かに今はまだリンドウの意識は残っている。

しかしこれから先、それが一体何時まで残っているかはわからない。

 

だからこそ、救われたと自覚する事の出来る今の内に介錯をしてやるべきなのだと。

失意の底で自我を失う前に、自分達の手で苦しみから解放してやるべきなのだと。

 

先にも言った通りぐうの音も出ない正論だ。

仮に当のリンドウに質問したとしても仲間を傷付ける前に自分を殺せと答えるだろう。

 

 

うん、そんな事知ったことか。

 

 

俺はアラガミを殺すために神機使いになったんだ。

死にかけの人間の介錯をしてやるために神機使いになった訳じゃない

 

首切り役人になんぞ誰が好き好んでなるか。

お試し役なら他を当たれ。

 

 

しかしだからといってそれを仲間、それもこんな可愛い年下の後輩にそんな賤業を押し付ける気も毛頭ない。

 

必要と思わない限りやる気は無いが。

必要となれば嫌々だが殺る気はある。

 

なに、汚れ仕事は経験豊富なお兄さんに任せておけ。

確かに見た目も実年齢も若々しいが、少なくとも君より数年以上は長生きしてるからな。

 

 

実際に言ったら"お兄さん…?"とか聞き返されそうだから言わないけど。

 

ていうかルーキーは絶対に言う。

何だったら"どちらかというとおじさんの方が近いんじゃ"とか言うまでありそう…

 

 

この話は止めようか。

 

神機使いとはいえども所詮は人間。

二十代の繊細な心というのは、例えるなら硝子どころか飴細工。

 

無垢な一撃に堪えられる強度など存在しない。

頼みのガッツは既にシオに言われて消費済みなのだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

さて、偽装工作の甲斐もあり。

特に疑いの目を向けられる事も無く、後は出撃のための車両格納庫へと向かうだけ…だったんだが。

 

「どうも任務から戻るなりどうにも様子がおかしいと思ってたが…案の定、ソイツとつるんで何か企んでいやがったか。」

 

出撃ゲートの先。

その道中にあるちょっとした休憩スペース。

 

そこで待ち伏せていたかのように佇んでいたソーマが。

足早に通り抜けようとしたルーキーに声をかけて呼び止める。

 

普段よりも若干深めにフードを被り。

彼女に合わせて若干顔を伏せて話かけてくる彼の表情は俺から見てもイマイチはっきり読み取れない。

 

「企むなんてそんな…私、普段とそう変わらないと思いますけど…」

「俺どころかアリサやコウタが声をかけても上の空だったのにか?」

 

おっと、何だか雲行きが怪しい。

というかこの子俺に神機の持ち出し頼み込む前からそんな感じだったのかよ。

 

「そ、それはその、少し考え事してたというか…」

「…そのケースの中身、リンドウの神機だな?」

 

俺が手にするケースを一瞥し、淡々とした口調で質問するソーマ。

そしてリンドウの神機かと言われた途端、ビクリと目に見えて狼狽し次の言葉に窮するルーキー。

 

「し、知らないです私。気になるならこの人に直接聞けば良いじゃないですか。」

「言葉を喋れない人間にか?お前は普段、コイツが喋れない事を悪用しているとよく不満を漏らしていたような気がするんだがな。」

 

何だと?

ルーキーめ、人の事そんな風に陰口を…

 

いや、言う程陰では言ってないな。

むしろ目の前でリッカやアリサに言ってるか。

 

ついでに言っておくが俺は別に喋れない訳では無いし。

ましてやその事を悪用している訳でも無い。

 

何か知らんが人の事を喋れないと勘違いしている奴が多いだけの事。

期待を裏切るのも何だし、せっかくなので都合の悪い事に関してはご要望にお応えしてあげてるだけの話。

 

俺は大人だからな。

周りが求めている空気はちゃんと読むことが出来る人間なんだ。

 

というか逆に聞くが。

何で皆して俺が喋れないと思っているんだ?

 

俺は一言も喋れないなんて口にした覚えは無いぞ?

 

タツミやリンドウに比べれば確かにお喋りな方では無いという自覚はあるが。

ソーマやジーナに比べれば遥かに口数多い方だろ。

何だったら独り言も言うし。

 

まぁ一部の人間の勘違いについてはどうでもいいか。

 

「い、いいじゃないですか今その話しなくても。ほら、私これからこの人とミッションなんです。気になる事があれば帰ってからいくらでも聞きますから…」

「ミッションね…」

 

 

-まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()?-

 

 

あ、マズい。

いやでも流石にこんな見え見えの手に引っ掛かりは…

 

「馬鹿言わないでください。そのくらいちゃんと事前に調べてありま…す…」

 

うん知ってた、引っかかる子だったなそう言えば。

 

意図に気付いたが既に遅く。

答える言葉の語尾が尻すぼみになっていくルーキー。

 

ソーマも性格が悪いというか。

自部隊の隊長の性格を心得ているというか。

 

「なるほど…ヘリを使わないのも事前に調べた上での事か?何故大手を振ってヘリを使わない?」

「そ、それは…」

 

やだ、しかもソーマ君たら意外とドS。

ここまで勘付いておきながらまだ追い込む手を緩めないとは。

 

まぁこれに関してはルーキーの方が人を騙すのに向いてないというのもあるかもしれんな。

俺の時も何だかんだ最後は力押しだったし。

 

 

仕方ない、乗りかかった船だ。

お兄さんが助け舟を出してやるとするか。

 

………

 

「どうしたリーダー?やましい事が無いならはっきり答えたらどうだ…っておい。お前はしれっとどこに行くつもり…」

 

-ピッ。…ガシャコン-

 

-ピッ。…ガシャコン。ピッ。…ガシャコン-

 

「えぇ…何でこの状況で普通に飲み物買えるんですかこの人…?」

「…そういやコイツはこう言う奴だったか。まぁいい、三つ買ったという事はどうせこの後…」

 

何だよ。

買い終わって振り返ったら二人して呆れた顔でこっち見やがって

 

見るな見るな、見せもんじゃないぞ。

見惚れてるというならまぁ吝かでは無いが。

 

軽く二人の視線に不満を覚えたものの。

都合良く会話が中断されたようなので、下手にツッコんだりせず手にした飲み物をルーキーに手渡す。

 

ほれルーキー、奢ってやるよ。

喉が渇いちゃ議論は出来ぬというしな。

 

「あ、ありがとうございます…?」

 

突然の差し入れに困惑しつつも受け取るルーキー。

うむ、両手で受け取る辺り初々しくてポイントが高いぞ。

 

ほれ、ソーマお前も。

遠慮するなよほら飲めよ。

 

 

 

 

 

優しい優しい古参兵様が.

()()()()()美味いコーヒー奢ってやるよ。




無口さんは男相手には本当に容赦しません。
ルーキーちゃん、か弱い女の子で本当に良かったですね。

アネット並みの腕力?
…比較相手も女の子だし、何も問題無いのでは?


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無口な無口な共犯者-幕間1-

※長くなったので幕間に分割しました。
※ついでに次話のタイトルが思いつかなかったのでこちらもタイトル変わりました。

Q1.手加減は?
A1.(したら負けるので)ありません。

Q2.素手?
A2.Nein(いいえ)

ここで無口さんはルーキーちゃんをどうやって止めようとしていたか思い出してみてください。
思い出せたらこの人がどんな装備でミッション行っているか、榊博士との会話を思い出してみてください。


なんなら"ちゅどっ"も出来まする。


-Side_ソーマ-

 

目の前の神機使いが先程購入したコーヒー缶を放り投げる。

 

宙を緩やかに舞う金属の缶。

特段回転等は加わっておらず、同時にキャッチしやすいよう受け手に配慮した角度でのスローイング。

 

「チッ、相変わらず調子の狂う…まぁこれでわかったろリーダー。」

 

 

こちらに飛来するそれを落とさないよう。

手伸ばし、視線を向けつつ言葉を続ける。

 

 

「お前が何を考えてるのかは知らないが…」

 

 

視線は目の前の神機使いから缶へと外れ。

意識は目の前の神機使いから少女へと逸れ。

 

 

「コイツのような考えの読めない奴に頼るのは止めてお--」

 

 

 

 

 

-ズバンッ!!-

 

 

 

 

 

「ッ!?な、ガッ…!!」

 

突如下腹部に叩きこまれる強い衝撃。

 

手に収まる筈だった缶はそのまま虚空へと飛んでいき。

紡がれる筈だった言葉は、意味を成さぬ呻き声へと姿を変える。

 

「えっ!?い、いきなり何してるんですか貴方ッ!?」

 

背後に響く鈍い金属音に、頭上に響くリーダーの声。

そして何が起こったのかを把握するより早く、蹲った自身の首根っこを押さえる何者かの手。

 

動揺する彼女の声は本気の声色だ。

少なくともこれが彼女の指示、ないし同意を得た上で行われた行為とは考えにくい。

 

(しくじった、そういう事か!コイツ、最初から協力する気なんて更々…!)

 

考えてみればそもそもの流れが上手く行き過ぎている。

 

彼女の行動自体は間違いなく彼女自身の意志によるものだろう。

帰還直後の様子を見ても思い詰めていた事は間違いなく、何らかの理由から行動を起こした事は想像に難くない。

 

だが本来ならそこに至るまでの障害があり過ぎる筈なのだ。

 

まずリンドウの神機、即ち他人の神機の持ち出しには部隊長クラス以上の承認が必要だ。

これは彼女一人ではどうしようもない事であり、彼女と()()かそれ以上の人間に協力を仰ぐ必要がある。

 

仮に持ち出しに成功したとしても。

不要な神機を持っていれば任務を受注した段階で当然の如く指摘される。

 

他人の神機など無用の長物どころか一歩間違えれば事故を誘発する火種以外に他ならない。

前もって綿密な計画と根回しをしていたのであればともかく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今さっき思いついた程度の動機で持ち出すことなど不可能だ。

 

更には作戦地点までの移動手段の確保にも問題がある。

 

今回彼女はヘリでの移動を避けている。

不正な理由で神機を持ち出している以上、それをパイロットに見られるのは望ましくない筈であり、本当の理由如何に関わらずこの点も障害の一つと言えた。

 

そして車両で行くとした場合、まだ()()()()を取得していない彼女にその許可が下りる事は絶対にない。

無論徒歩で行くというのならその限りでは無いが、防壁内に出向くという訳ではない以上、現実的に考えて考えるだけ無意味な選択肢と言える。

 

 

持出、携行、そして移動。

 

細かな問題はまだまだあれど、この三点に絞ってみてもこれだけの大きな障害がある。

偶然にしろ意図的にしろ、その全てを解消出来るこの男を抱き込んだ事は彼女にとって大きなファインプレーだと言える。

 

 

では。

 

彼女はどうやってこの男を味方に引き付けた?

彼女は何を持ってこの男を協力者に抱き込んだ?

 

 

"猟犬"とまで評される程にフェンリルに忠実なこの男に。

彼女は何を見返りに掲示して、これほどまでの協力を得るに至った?

 

答えは単純明快。

この男は最初から彼女に協力などしていない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

相互協力などという考えからは最も遠い。

機械のように冷酷で合理的な思考。

 

 

そしてその考えで行くならば、彼女を止めようとする俺の行動は--

 

 

-バチバチバチバチッ!!!!-

 

 

不意に頭上で不快な破裂音が響きだし。

押さえつける手に一層の力が込められる。

 

それはオウガテイルやシユウ堕天、ヴァジュラに接触禁忌種であるハガンコンゴウ。

サイズを問わず多くのアラガミが用いる、神機使いであれば誰もが知る危険な音色。

 

(クソッタレ!野郎、最初の一発はこのためかッ…!)

 

この後自身に起こるであろう事態を予感し、逃れるべく全力で暴れるものの。

ただでさえ不利な体勢に加えて先程の不意打ちのダメージから満足な抵抗も出来ずに完全に押さえ込まれてしまう。

 

ただの不意打ちであったならここまでのダメージを負う事は無かった。

視線か意識のどちらかに捉えてさえいれば、躱すまでは無理でも反射的に身をよじらせるなりして威力を最小限に抑えるくらいは出来た筈。

 

しかし放り投げられた缶に視線と手は誘導され。

喋れない相手故にそもそも会話のための意識すら向けていなかった結果、本来喰らう事の無かった痛撃を許してしまった。

 

不意を突かれた身体は膝を折って地に伏し。

未だ下腹部に留まる衝撃の余韻に呼吸すら満足に整えられない。

 

だが打撃だけならそう遠からずして回復する。

いくら完全に不意を突いた一撃とはいえ、精々数分持てば良い所。

 

つまり、先の一発はただの布石。

確実に意識を刈り取るそれを、確実な期間、確実に当て続けるための下準備。

 

 

「ッッッァァァ!!!!!!」

 

 

頭上から振り下ろされた不快音が身体に染み込む。

先の一撃とは異なり、今度は苦悶の声すら満足に上げられない。

 

確かにアラガミの発するそれに比べれば遥かに威力は低いものの。

それでも人一人の意識と抵抗を奪うのには十分過ぎる。

 

絞り出すような呻きを漏らすのが精一杯の中。

せめてもの抵抗と顔を逸らし上げ、本性を現した神機使いを睨みつける。

 

そこにあったのは何時もと変わらぬ無口無表情の鉄仮面。

感情を感じさせる事の無い、冷たさを湛えた鮮やかな青い瞳。

 

 

実際にそのような声が聞こえた訳ではない。

 

しかし物言わぬはずの口元が微かに動いたような気がしたのも相まって。

物言わぬはずのその眼がこう言っていたような気がした。

 

 

 

 

 

-悪いなソーマ。可愛い後輩の頼みは断れないんだ。-

 

-安心しろ。彼女はちゃんとリンドウの所までエスコート"は"してやるよ。-

 

 

 

 

 

「ッ!!テメェ、ふざ、けるな…!!」

 

怒りと共に意地で身体を反転させて睨みつける。

だが感情虚しく、抵抗出来たのはそこまで。

 

グイと駄目押しのように一層深く機器を押し付けられたのを最後に。

意識が眠るように暗い水底へと沈んで--

 

 

 

……

 

………

 

(ゥ……ッ!?畜生!アイツ一体何処に行きやがっ…ッ!?)

 

目を覚ましたのは僅かに光が差し込む薄明りの中。

曖昧な思考がはっきりすると同時に先程の神機使いの姿を求めて立ち上がろうとする。

 

が、出来ない。

正確には立ち上がるまでも無く立たされたままになっており、尚且つ手足は縛られ猿轡までかまされている。

 

(クソっ!ここはロッカーの中か!?とりあえずここから出て…!?)

 

鼻につく閉鎖空間特有の臭いと隙間から見える光景にこの場所の当たりを付けたはいいが。

肝心の目の前の扉は膝で蹴とばせどある一点が引っかかって全く開く様子が見られない。

 

(あの野郎!ご丁寧に鍵までかけやがって!どうあってもリーダーの邪魔をされると都合が悪いって事か…!)

 

リーダーはリンドウの神機を持ち出していた。

そして榊のオッサンはリンドウがアラガミ化していてもおかしくないとの見解を出している。

 

恐らくは何らかの方法でリンドウがアラガミ化している事を確信し。

その介錯に向かったのだと推測出来る。

 

有効な代案が存在しないのだ。

無責任にその決定に異を唱える事など出来はしない。

 

だが出来るのか?

 

神機使いになってたかだか半年と経っていない人間が。

アラガミになったからと親しかった人間を殺すことが本当に出来るのか?

 

否だ。出来る訳がない。

少なくともさっき会話した感触を見る限り、そのような覚悟が固まり切った様子は無い。

 

介錯に異を唱えれないのと同じで。

それしかないから無理矢理に納得し、何を血迷ったのか自分一人で全ての泥を被ろうとしている。

 

しかし本心ではがやりたくないと拒絶しているからこそ。

なりふり構わぬアイツの行動に動揺を露わにした。

 

やらせてはいけない。

覚悟を決めた上でならまだしも、そんなふざけた義務感などで仲間殺しなどさせていい筈がない。

 

彼女についてはそういう事だ。

じゃあアイツは何のためにリーダーの行動に付き従っている?

 

利害関係である事には間違いない。

ではアイツにとっての利とは一体何だ?

 

アイツは曲がりなりにも部隊長で経験豊富だ。

もし単純にリンドウの介錯が目的というならリーダーのように単独行動などとらず、正規のミッションとして万全な戦力を整えて挑むはず。

 

そもそもアラガミを殺すためにはコアを引き抜く必要がある。

当然自身の神機にそれが動かぬ証拠として残るため隠蔽など無意味。

わざわざ数日かそこら事実を隠すためだけに二人で出向くメリットは存在しない。

 

では介錯が目的なのではないのか?

その場合、何の意味があって介錯が目的のリーダーを連れていく?

 

まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか言うまいな?

 

現時点では答えは出ない。

わかるのは止めようとした人間の口を封じてでも目的を遂行しようとする確固とした決意だけ。

 

 

まぁいい。

どちらにせよ、次にアイツに会った時にやる事は決まっている。

 

リーダーはともかく、アイツには既に警告している。

次からは誰かに相談しろ。でなければ遠慮無くぶちのめす、と。

 

 

(覚えてろよあの野郎…!さっきのスタンガンの礼も含めて、このツケはきっちり払わせて…あっ。)

 

 

-バタンッ!-

 

 

(………………………)

 

 

室内に誰かが入ってきた訳ではない。

別に何の事は無く、蹴り込む勢いに耐え切れずロッカーが転倒しただけの事。

 

先程まで差し込んでいた光は完全に消え。

歪んでは戻るを繰り返していた扉はもはやピクリとも反応しない。

 

後に残されたのはロッカーに姿を隠されたまま。

猿轡をされて拘束されて地面に転がる憐れな神機使いがただ一人。

 

フゥ、と先程までの怒りが嘘のように静かな溜息を漏らす。

 

無論、怒りが鎮まったという訳ではない。

その証拠に心の中である一つの決意を人知れず固める。

 

ロッカーが倒れたのは単純に怒りに任せて蹴り込み過ぎた自身のせいだ。

だがそもそもどこぞの鉄仮面野郎がふざけた真似をしなければこのような無様を晒す事にはなっていない。

 

つまり全ての責任はあの神機使いにある。

 

古参のくせして報連相も出来ない馬鹿野郎には。

文字通り拳で理解させるより他あるまい。

 

 

(--やっぱりツケを払わさせるだけじゃ足りないな。)

 

 

この際だ。

アイツは一度、本気で再起不能にしておこう。




生還フラグその1。

生きて帰ってこないとソーマさんがボコれませんからね。
エンディングムービーが楽しみです。

ちなみにソーマさんはこの後第一部隊の面々に回収されてエントランスのあのシーンへ続きます。


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無口な無口な共犯者-幕間2-

Q.何でスタンガン持ってるの?
A.ルーキーちゃんを4WDするため。

4WDとはセカンドブレイクでコウタが運転してたアレ。
断じてハイエー○ではありません。

なので本は薄くなりませんよ。


-Side_ルミナ-

 

-君に…彼を殺す事は出来るかい?-

 

そう告げたのは現在の極東支部における最高責任者。

 

普段の胡乱な物言いからは考えられない。

科学者特有の冷徹さを纏って発せられたその言葉。

 

あの時答えた言葉に嘘は無い。

 

一人で事を成そうとしたあの人に不満を抱いた。

信頼も信用もされておらず、語る価値もない人間なのかと憤った。

 

けれどあの時の私には資格が無かった。

 

何も知らず、何も考えず。

ただ感情のみを叫ぶ私にそのような事を言う資格が。

 

だから話を聞いてそれを知り。

考えた上で覚悟を決めたつもりだった。

 

 

-よし!話はまとまった。ではここからは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!-

 

 

目の前に差し出されたのは掴めば切れるような糸程にか細い希望。

けれど私は困惑しつつも、すがるようにそれを掴んだ。

 

誰もが望まぬ結末。

それを自身の手で掴み取ると言いながら。

 

 

自業自得、欲張り者の典型。

 

きっとあの時あの時点で。

私の覚悟は紛い物へと堕ちたのだ。

 

………

 

-貴女はあの「アラガミ」を殺せますか?-

 

そう告げたのは同じ人間のそれとは思えない、ハイライトの無い橙の目をした神機使い。

 

普段の柔らかな物腰からは考えられない。

諦めにも似た非情さを纏って発せられたその言葉。

 

今にして思えば見透かされていたのだろう。

 

覚悟はとうに出来ていると言いながら。

今尚リンドウさんを助ける事が諦めきれない私の不甲斐なさが。

 

だからこそ今一度、私の口から言わせたのだ。

 

ここから先は後戻り出来ない。

悩んでいる時間は既に無く、見せかけの覚悟では何の役にも立ちはしない。

 

だから私は改めて答えた。

 

一度アラガミになった人間を戻す術は存在しない。

これから先はアラガミとして生きるより他は無く、それは人として死ぬより辛い地獄。

 

()()()人である内に殺してあげる事。

それこそが私がリンドウさんにしてあげられる唯一の助けであると。

 

レンにではなく。

自分自身に言い聞かせるように。

 

不純物だらけの紛い物から。

邪魔な物、不要な余分を削ぎ落とし。

 

ようやく本当の意味で覚悟を決める事が出来た--

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

 

…………

 

「…あのっ、待ってください。」

 

ここは極東支部の車両保管庫。

主に近距離任務の際に用いられる兵員輸送車が多数格納されている場所。

 

「本当に良いんですか…?私、貴方に何一つ言ってないんですよ…?」

 

神機と装備の最終確認も全て済み。

後は車両で乗り込んで出発するだけというタイミングで言葉が飛び出す。

 

私を止めに来たソーマを文字通り実力行使で排除し。

何も聞かずにここまでしてくれるこの人に。

 

 

言っていない。

 

 

言っていないのだ。

 

 

一言も。

一字一句として。

 

 

リンドウさんを殺すと。

この人に告げていないのだ。

 

初めこそ抵抗されたものの。

その後は拒絶する素振り一つ見せる事無く、私の想いと変わらぬ行動をしてくれるこの人に。

 

気付けば後を付いて言ってるのは私の方。

 

出撃準備にしろソーマの事にしろ。

私はいつの間にか全ての舵取りを委ねてしまっていて。

 

…結局の所。

私は何一つ覚悟など出来ていなかったのだ。

 

無論、あの時抱いた感情は偽物では無く。

口にした言葉も嘘ではない。

 

ただあの人と同じ覚悟を背負うには。

私はあまりにも無知が過ぎた。

 

 

覚悟を決めると言う事。

それが一体()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

何一つ、心の底から理解出来ていなかったのだ。

 

……………………………………………………………………………………………

 

感情を感じさせない能面のような表情がこちらに向き直る。

 

無口無表情の鉄仮面。

喋る言葉を失ってなお、人並みの感情までは失えなかった難儀な人。

 

「何一つ、何一つ言ってないんです。言わなくちゃ、言わなくちゃって思ってて、でも結局ここまで何も言い出せなくて…」

 

きっとここが最後のタイミングだ。

ここで私の想いを伝えなければ、私は二度とこの人の隣で戦う資格を失ってしまう。

 

「…貴方、とっくの昔に知っていたんですよね?リンドウさんが既にアラガミに成り果てているって。」

 

その言葉に返事は無い。

私は構わず言葉を続ける。

 

「気に食わなかったんです。リンドウさんを介錯する…そんな辛い事を、貴方が一人だけで背負おうとしていた事が。」

 

頼られていないことは知っていた。

信用されていない事もわかっていた。

 

それでも、ただの一言も告げる必要がない。

その程度の存在とまで見られているのかと。

 

私も。私達も。

そしてリンドウさんとの繋がりさえも。

 

「だから私も覚悟を決めたんです。榊博士に言われてようやくですけど、それでも貴方だけに背負わせるのが認められなくて。」

 

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

「覚悟は、出来てたんです。出来ていた、つもりだったんです。」

 

 

 

 

 

言葉が紡がれるにつれ。

視界が水中にいるかのようにゆらめく。

 

感情は濁流となって瞳から零れ落ち。

それでも言葉と共に留まる事無く、瞬きも必要としないままポタリポタリと溢れていく。

 

「私はアラガミを倒すためにゴッドイーターになったんです。」

 

「誰かに言われるまでもなく。人に仇成すアラガミは何であろうと倒すって決めていたんです。」

 

何時の間にか発する言葉も途切れ途切れとなっていくものの。

それでも尚溢れ出した感情は止まらない。

 

「でも、でも嫌なんです。わからないんです。」

 

「私、リンドウさんを助けたいんです。もし今も苦しんでいるんだとするなら、一刻も早くその苦しみから早く解放してあげたいんです。」

 

「でもそのためには--」

 

 

 

 

 

--殺すしか、ないんですよね?

 

--他に、方法なんてないんですよね?

 

 

 

 

 

「わかってるんです、それしかないって。死なせたくないだなんて事は、ただの私の我儘に過ぎないなんて事は。」

 

「でも、それでも死んでほしくないんです。私、リンドウさんに生きていて欲しいんです。例えアラガミに成り果ててたとしても、()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

--でも、無理なんですよね?

 

--もう殺してあげる事しか、リンドウさんを苦しみから救い出すにはそうするしか方法が無いんですよね?

 

 

 

 

 

「頭ではわかってるんです、それしかないって。でも、それでも嫌なんです。納得なんてしたくないんです…!」

 

 

 

 

 

--だから、教えてください。

--どうか、手を貸してください。

 

 

 

 

 

「貴方、たった一人で動いていたんですよね?誰の手を借りる事無く、貴方の思う最善を考えて動いていたんですよね?」

 

 

 

 

 

私よりもずっと長く。

私以上に悩み苦しんで。

 

そうまでして諦めてしまった貴方なら。

きっと私の短い間の悩みなんて、当の昔に答えが出ている筈ですよね?

 

 

 

 

だから、教えてください。

 

嘘でもいい。

肯定でも、否定でも何でもいい。

 

どうか、どうか私にそう()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「私、本当にあのアラガミを殺して良いんですよね?」

 

「あのアラガミを殺す事が、本当にリンドウさんを助ける事になるんですよね?」

 

 

 

 

 

私はこの人のようにはなれなかった。

 

それが表面上だけのものであろうとも。

"感情の無い神機兵"とまで呼ばれるこの人のようにはなれなかった。

 

でも、たとえ都合の良い建前であったとしても。

何かしらの理由さえ付ける事が出来たなら。

 

この人と同じように。()()使()()()()()()()()()()()()()

私はまた迷うことなく、()()()()を殺す事が出来るようになれますから--

 

 

 

 

 

-ポフリッ-

 

 

 

 

 

不意に頭に手が置かれたのを感じ。

次の瞬間には唐突に頭を揺さぶられる。

 

「え、わっ、きゃっ…」

 

ぶっきらぼうに頭に手を乗せ。

わしゃわしゃと粗雑な感じで撫で繰り回す。

 

シェイクされて湯切りのように飛んでいく涙の粒。

突然の理解できない事態に先程まで湧き続けていたそれも嘘のようにぴたりと止む。

 

何時だかリッカさんが言っていた。

この人は時々、人を子供扱いする癖があると。

 

「や、止めてくださいっ。私、真面目な話をしてっ…。」

 

やるのは決まって年下相手。

風の噂ではソーマに対してもやった事があるというほどには相手を選ばないほど。

 

 

 

 

 

-大丈夫だ。-

 

 

 

 

 

口が動いた気がした。

鉄仮面と評される、決して開かれる事のないその口が。

 

驚きと共に改めて視線を向け直したのも束の間。

撫でる手の動きが更に乱暴気味なものへと変わり、そのままグイと頭を押し下げられる。

 

続けて耳に聞こえてきたのは。

幻聴とも現聴ともわからない、初めて耳にする神機使いの声。

 

 

 

 

 

-何も心配するなルーキー。-

 

 

 

 

 

-全て、全て上手くいく。-

 

 

 

 

 

「貴方、声が…!」

 

 

目を見開いて口から飛び出たその質問は。

 

強めの一撫でと共に背を向けた彼の背中に。

答えが無いまま飲み込まれていった。




やっぱり最後まで持たなかったルーキーちゃん。
自分よりヤバい人を見たせいで逆に正気に戻っちゃった…

そして貴重な無口さんのスマイルシーン。
昨今流行りのお頭スマイル。

不穏とか言ってはいけません。
これは曇らないタイプだからむしろセーフ。


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無口な無口な裁罪人1

Q.一緒にあのシーンしてくれる?
A.Auf keinen Fall(絶対ダメ)。

切り替えの早さはどこぞの日本兵とどっこいどっこい。
大事なイベントに危ないスイッチが実装されてる人を連れて行ってはいけません。

大団円を迎えたい場合は特に厳禁です。
この世界に鬼はいないので師匠のお叱りとビンタは無視してください。


ふむ、思い詰めた故の行動には違いなかったが。

正確には限界寸前のメンタルから出た悪あがきだったという訳か。

 

きっとここまでくるのに彼女なりに葛藤はあったのだろう。

 

本当にこれで良いのか。

間違いないのか、後悔しないのかと。

 

誰に相談する事も出来ないまま、それでも考える事を止められず。

心を摩耗させながら、答えの出ないままの堂々巡り。

 

まったく、辛かったならそうともっと早くに言えと言う話だ。

お兄さんが一緒に良い方法を考えてやったというのに。

 

まぁいくら強いと言っても所詮は少女。

アラガミになったからといって、いきなりかつての仲間を殺せと言われればこうもなろうというものか。

 

とはいえ、この状況は今の俺にとっては都合が良い。

 

こんなメンタルじゃ戦いになるかどうかすら怪しい。

少なくとも策を弄する間も無くルーキーとリンドウがかち合った結果、ルーキーが勢い余ってリンドウを斬り伏せてしまったなんて事態は心配する必要なさそうだ。

 

というか危なっかしくてとてもじゃないが戦闘なんてさせられないしな。

何なら手っ取り早くこの場で事前に説得してしまおうか。

 

用意したスタンガンは無駄になってしまったが。

女の子相手に使わず済んだならそれはそれで良しというもの。

 

ソーマ?

あれは不幸な事故だったな。

 

別に死んでないから犠牲とまでは流石に言わない。

話は変わるけど過去に拘らない男はモテるらしいぞ。

 

言ったらぶちのめされそうだから言わないけど。

 

とにもかくにも。

今回は予想に反してイージーミッションに終わりそうだな。

 

ちゃちゃっとカバーミッションを片付けて。

()()()()()()()()()()()()()()()()極東支部に帰ってくればいいだけの話だし。

 

既にルーキーが規則破りをしてる以上。

その後のでっち上げなんてどうとでもなる。

 

そうと決まればさっさと出発…と思ったが。

イカン、思った以上にガチ泣きだこれ。

 

いくら神機使いが軍属扱いと言っても。

泣いてる女の子を無理矢理連れ回すほど俺は鬼軍曹ではない。

 

とりあえず言いたい事は全部言わせて…

駄目か、完全に情緒不安定になってる。

 

まぁいい。

先のルーキーの独白で悩みの要点は掴めた。

 

要するに後押しが欲しいのだ。

筋道だった理屈は不要、"お前は間違っていない"と背中を押す言葉を求めているのだ。

 

であればここは一つ思いっきり。

とびきり無責任な大人の言葉で安心させてやるとしよう。

 

それは紳士の振る舞いとしてどうなのかって?

何を言う、レディに嬉し涙以外を流させてる方が紳士の資格無しだろう。

 

そんな訳で。

俺の答える言葉はただ一つ。

 

肯定はしない。否定もしない。

どう解釈するかは本人に委ねたまま。

 

()()案件だけにな。

 

ハッハッハ、イッツ・ア・サムライジョーク。

流石に今のルーキーに言ったら空気読めてないにも程があるので言わないが。

 

代わりに俺が笑っておこう。

 

おっと、顔は上げないように。

悪い大人の笑顔がバレてしまうからな。

 

………

 

声がどうとか言われたが気にしない。

 

俺は空気の読める人間だ。

ここで"普通に喋れるけど何か?"とか言ったら変に話が拗れる事くらい容易に想像が付く。

 

そもそも人間というのは喋れるのが普通の生き物なのだ。

今更そんな当たり前の常識を説明する程俺は酔狂でも暇人でもない。

 

 

「…ズルい人ですね貴方。ようやく喋ったと思ったら、このタイミングであんな言葉をかけるんですか。」

 

 

何とでも言いたまえレン君。

大人とはズルい生き物なのだ。

 

 

というか居たんならルーキー宥めるの手伝え。

 

……………………………………………………………………………………………

 

ここは極東支部から数十キロ離れた荒野の道。

多少の紆余曲折はあったものの、可愛い子ちゃんルーキーを乗せて目的地へ向かってドライブ中である。

 

運転しているのはもちろん俺。

というか何か責任でも感じてるのか、"せめて私が運転します"って言ってくれた気持ちは素直に嬉しいんだがな。

 

はっきり言うが無免許&初めて運転する人間の車には乗りたくない。

これは紳士どうこう関係無く、万国万人共通の感想だと思うんだ。

 

おかしいと思ったよ。

慣れた感じで運転席に乗ったなと思ってたのに。

エンジンもかけずに妙に足元ふみふみしてるんだもの。

 

速攻で運転席に相乗りし。

困惑するルーキーをそのまま助手席にポイッチョした俺は悪くない。

 

多少手荒だった感は否定しないが。

エンジンかけられたら手遅れになるから俺も軽く焦っていたんだ。

 

考えて見ろ。ここで下手に躊躇した結果。

無免許運転で事故って作戦エリアまで辿り着けませんでしたとか。

 

草葉の影で再会するであろう俺の両親も顔を覆ってしまうわ。

首から上は影も形も無いんだが、それでも"アチャー"ってやってる姿が見える見える。

 

話が逸れたな。

本題に戻ろう。

 

そんな訳で可愛い後輩が無免許運転する現場を許容するなど出来よう筈も無く。

当初の予定通りこうして俺が運転してるという訳だ。

 

リンドウ風に言うならまごう事無くデート。

 

もっとも俺の相手はアラガミなんぞでは無く。

プライベートでお付き合いしてる年下の可愛い可愛い後輩ちゃんだ。

君のように任務で嫌々お相手させられるウロヴォロスとは違うのだよ。

 

羨ましいって?

美人の幼馴染にあそこまで想われてるくせに贅沢言うな。

 

「…リーダーさん睨んでますよ。喋れない訳じゃないならちゃんと運転させない理由を言えば良いのに。」

 

ちなみに後部座席にはレンが座ってる。

 

彼(彼女?)は最初から運転するつもりはなかったらしく。

俺とルーキーがすったもんだしている間にさっさと後ろに乗り込んでシートベルトを締めていた。

 

そしてレンが言うにはルーキーが俺の運転姿に見とれているとの事。

そんなに見るなよ照れるじゃないか。

 

サイドミラーを見ないようにしてるのはわざとじゃない。

 

こんなご時世だし、ドライブなんてしてるのは俺達くらいしかいないからな。

わざわざ後方に注意しなくても追突事故を起こされる心配はない。

 

 

決してルーキーと目が合うかもと思って見ないようにしている訳ではない。

そんなしょうもない理由でハンドリングミスったら恥ずかしいしな。

 

……………………………………………………………………………………………

 

そんなこんなで目標地点付近に到着。

当初の予定ではカバーミッションである小型種の討伐を済ませてからリンドウの元へ向かう予定だったが。

 

「…あれ?一応表向きに受注したミッションを片付けてから向かうという話じゃ…?」

 

到着したのは地下通路へと向かうトンネルの入口。

当初予定していた空母方面は普通にスルーしてきた流れである。

 

「そのまま向かうんですか?いえ、確かにその方が時間を短縮出来るのでありがたいんですけど…」

 

ルーキーが抱いている懸念。

それは偽装用に受けたミッションとはいえ、それ自体は正規に発注されたミッションであり。

それをスッぽかす事による他の神機使いへの負担を恐らく気にしているのだろう。

 

うむ、わかってはいたが良い娘だ。

こうして止むを得ず無断出撃こそしているが、だからと言って決して他人への迷惑に無頓着な訳ではない。

 

やってる事は確かに横紙破り。

だがだからと言って何でもかんでも責任を無視して事を成そうとしている訳ではない。

 

こういう最低限の筋は通そうとする人間だからこそ。

俺もここまで付き合ってしまってるんだろうな。

 

ぶっちゃけ直接手を上げるのは気が引けても。

本気で拒絶する気ならソーマが来たタイミングでいくらでもちゃぶ台返し出来た筈だし。

 

決して男女で天秤に掛けた訳ではない。

 

どうせ意を汲むなら可愛い後輩の方を…と思わなかったとは言わないが。

 

自身で後始末を出来ると言っているのだから。

その辺りにはどうか目を瞑ってもらいたい。

 

……………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

--さて。

 

 

 

 

 

そんなこんなでいよいよ最終決戦の会場へ出発だ。

 

ここを過ぎればエイジスは目と鼻の先。

ルーキーが言うにはそこがリンドウの根城だそうな。

 

途中崩れた瓦礫をくぐっていく必要があるので車で進むことは出来ないが。

それでも神機使いの足なら一時間としない内にヘリが離着陸出来る本来の作戦開始位置まで辿り着く事が出来る。

 

 

 

 

 

--今だから白状する。

()()()()()()()ここでルーキーを気絶させてアナグラへ帰投拉致する予定だった。

 

 

 

 

 

俺は最初からリンドウを殺すつもりは毛頭無い。

ルーキーに手を貸すつもりだった事に間違いは無いが、リンドウを討伐するまで手を貸すとは言ってない。

 

ここで仕掛けようとしていたのも偶然じゃない。

 

そもそもこの入り口は俺がアネットと一緒にカノンを捜索している最中に発見したもの。

地図上は記載出来ていなくとも、道中にどういう難所があるかと言うくらいある程度は頭に入っている。

 

そして何度も言うが戦闘面に限って言えばルーキーはソーマ並みの化け物だ。

 

不意を突こうと後ろを取っても。

寸でのタイミングで気付かれ、防がれるに決まってる。

 

だがこの先へ行こうとするこの瞬間。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

俺のような一介の神機使いでも十分止める事が可能だった。

 

 

 

 

 

--止める事が出来た。

 

 

 

 

 

筈、だったんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

 

 

 

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

 

 

 

 

いやいや。

いやいや、これはまぁ仕方がないよなぁ?

 

 

まさかこんなタイミングでお目に掛かるとは。

 

 

 

突如として地下道に響く咆哮。

 

同時に手にした神機を通路に叩き込み。

入口を崩して先行した神機使いが戻れないよう通路を塞ぐ。

 

瓦礫の中からルーキーの叫ぶ声が聞こえるが気にしない。

心配はない、生き埋めにならない程度には進んでいる事を確認済みだ。

 

 

それよりもリンドウを殺したがっているレンに先行されてしまう方が問題。

だがそれもこうして入口を塞ぎ、俺がその前に陣取る事で全て解決した。

 

 

「…やられましたね。まさかこの期に及んでこんな手段に打って出るなんて…」

 

 

何の事やら?

人を疑うのは良くないなぁレン君よ。

 

リンドウを殺したがっているお前に。

この先に進ませる訳が無いだろう?

 

ましてやあんな情緒不安定な状態になってるルーキーのお供だなんて。

後輩の教育に悪いからご遠慮願おうか。

 

代わりと言っては何だが。

その殺る気は是非ともコイツにぶつけてくれ。

 

 

 

 

 

--咆哮の主が姿を現す。

 

 

 

 

 

一見したその姿形は。

"不死のアラガミ"と称されたハンニバル種と同じ。

 

異様なのはその体色。

 

全体的には通常種同様の白色。

 

しかし顔の右半分を始め、右半身は所々に黒色が混じり。

左半身は前腕や脛、脇腹の一部が白銀を帯びて。

 

おおよそ一般に語られるハンニバル種とは一線を画す様相。

先日会ったリンドウと思しきハンニバルともまた違う。

 

 

「…で。このアラガミを見てから明らかに目の色が変わりましたけど…貴方、このアラガミについて何か知っているんですか?」

 

 

知る訳ないじゃんこんな出来損ないのハンニバル。

見るからに継ぎ接ぎだらけで進化に失敗しましたと言わんばかりの化け物なんて。

 

まぁ、ただ一つ分かっている事は。

コイツな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これは誰にも言ってない話なんだが。

実は俺、アラガミ化しかけてるリンドウと一緒に戦った事あるんだ。

 

その時戦ったアラガミがコイツみたいな銀色のハンニバルでな。

 

で、ソイツをぶっ殺したら。

今度はリンドウが自身のオラクル細胞に喰われてな。

 

その時リンドウを喰らったアラガミと言うのが正にコイツみたいな黒色のハンニバルなんだ。

 

 

そうさ。

このクソ野郎の姿は忘れよう筈も無い。

 

 

フフフ。

 

フフハハハ。

 

 

 

 

 

アハハハハハハハハハハハハ。

 

ここであったが百年目。

ようやく捉えたぞクソトカゲが。

 

そうさ、そうだ。

このクソ野郎こそが全ての発端にして元凶だ。

 

リンドウがアラガミに成り果てたのも。

ルーキーが泣く泣くハンニバルリンドウを殺そうとしてるのも。

 

 

 

 

 

全部、全部お前のせいだ。

楽に、死ねると、思うなよ?

 

 

 

 

 

超視界錠60を飲む。

研ぎ澄まされた視野に、うごめくアラガミの姿が映る。

 

さて、二対一だ。

 

スタミナ増強剤Sを飲む。スタミナ活性剤改を飲む。

筋力増強錠90改を飲む。体躯増強錠90改を飲む。

体力増強剤Sを飲む。強制解放剤改を飲む。

 

どうやって殺そうか?

 

 

スタミナ増強剤Sをさらに追加で噛み砕き。

スタミナ活性剤改をさらに追加で噛み砕き。

 

筋力増強錠90改をさらに追加で噛み砕き。

体躯増強錠90改をさらに追加で噛み砕き。

 

体力増強剤Sをさらに追加で噛み砕き。

スタミナ増強剤Sをさらに追加で噛み砕き。

 

駄目押しに強制解放剤改を追加で噛み砕く。

 

 

うむ、かつて無い程の充足感。

以前と違って準備は万端、今の俺に不覚の二文字はあり得ない。

 

 

 

 

 

とりあえず、動けなくしてから考えよう。




殺る気スイッチがON。
ハイパー全力全壊タイム。

ついでにレン君ちゃんの分断成功。
でもルーキーちゃん側には本編のレン君が付いているのであまり意味は無し。

むしろヤバいスイッチが入った人を分断できたのがファインプレー。
後の事はきっとこっち側のレン君ちゃんが何とかしてくれる(はず)。


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無口な無口な裁罪人-幕間_ルミナSide-

Q1.ルーキーちゃん単騎?
A1.レン君が傍にいます。

Q2.無口さんちゃん単騎?
A2.レン君(アナザー)が傍にいます。

どっちのレン君も他の人には見えません。

ちなみにルーキーちゃん側のレン君は支援型。
無口さん側のレン君は戦闘型です。


-Side_ルミナ-

 

背後に突如響いた崩落音。

 

崩落と言っても自身がいるのは生き埋めになるような狭く危険な場所では無く。

頭を屈めて潜り抜けた先の、ちょうど人一人が立って通り抜けられる程度の狭い道。

 

窮屈ながら振り返る事も出来ないような場所じゃない。

 

やや肩をこすりつつ体制を振り返ってみれば。

先程自身が通ってきた通路を瓦礫の塊が塞いでいる。

 

「………え?」

 

物語にありがちな展開としては。

仲間だと思っていた人物に裏切られ、止むを得ず危険な難所へと進まざるを得なくなると言った場面だろう。

 

確かに目的地点に危険が無いとは言わないが。

その道中にあるのは正規の手段で乗り込む際に利用する開いた空き地。

 

通ってきた道を引き返す事は出来ないが。

アナグラに帰投しようと考える分には何も問題は無い。

 

寧ろ脳裏に過っている不安はその逆。

 

逃げるために引き返す事を防ごうとしているのではなく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()瓦礫を崩したのではあるまいか?

 

 

思い当たる節は多々ある。

加えてあの時のリンドウさんも、崩れた瓦礫の向こうにただ一人残ったのだ。

 

 

そして次の瞬間、壁と瓦礫の向こうから響いたアラガミの咆哮が。

私の思考の全てを肯定し、ようやくあの人の思惑を理解する。

 

 

「ッッッッ!!!!!!」

 

 

ここにきて。このタイミングで。

あの人はまたしてもやってくれた。

 

ここまで私の我儘に協力してくれた事には感謝の気持ちしかないし。

激情が湧き立つ今とてその気持ちに嘘偽りは欠片も存在していない。

 

でも、だからって。

性懲りも無く、またこんなタイミングで。

 

 

「あの、人はぁっ…!!」

 

 

溢れ出る怒りのままに神機を構えようとする。

 

が、ただでさえ人一人通るのが関の山の狭い通路。

剣など振り回すどころか満足に構える事すらままならない。

 

ならば銃形態でと考えても。

この狭い通路を抜けない限り切替すら出来ない。

 

改めて考えてみればここはこの上ない死地だ。

 

正面からならまだしも、このタイミングで背後から襲われればそれまで。

満足な抵抗すら出来ないまま殺されかねない絶体絶命の難所。

 

そんな場所に私を先に行かせた理由。

それは同じ死地でも神機を構える正面と無防備な背後では襲われた際の危険性に雲泥の差があるから。

 

そしてあの人の懸念通り。

背後から看過出来ない危険が差し迫っただろう。

 

私が通ってきた道を崩した理由。

それはいくら正面を向く事が出来るとはいえ、わざわざ危険を冒して再度危ない道を戻ってこないようにするため。

 

通路を塞がれた以上視線や攻撃が遮られるのは向こうも同じ。

あちらから危険が及ぶのを防ぎつつ、こちらから危険に飛び込もうとするのを封じる一石二鳥の妙手である。

 

 

「ふざけないでくださいッ!!」

 

 

恐らく叫ぶ声は向こう側には届かない。

それでも堪え切れずに感情のまま声を上げ続ける。

 

 

「誰がっ!誰がそこまでしてなんて頼みましたかっ!」

 

 

貴方も!

リンドウさんも!

 

 

「どうして!どうしてそう簡単に身を簡単に投げ出したりするんですかっ!どうして残される人の気持ちを考えずに、そうしてすぐ行動に移すんですかっ!」

 

まさか、まさか自分だけの犠牲で済むのならとでも思っているのか。

もしそうだと言うのなら浅はかと言うにも程がある。

 

ましてや貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

通路を駆けるのように飛び出し。

即座に神機を銃形態に切り替え、バレットをセットする。

 

まともに構える事すら出来ない通路では、神機を振るって道を切り開く事は出来ない。

 

私の銃身はアサルト、所謂ガトリングガンと呼ばれるタイプ。

本来は連射性に優れた銃身であり、爆発タイプのバレットとはお世辞にも相性が良いとは言えない。

 

だが先日あの人が私の目の前で見せてくれたあの技術。

リッカさんと相談しながら応用し、訓練を経て体得したあのスキル。

 

 

六本の銃身を生かしたそれぞれが別種の爆発弾の一斉掃射。

本来は交差消滅により不可能である筈のそれを、別々のバレットを超高速で切り替え撃ち出す事により実現させた正真正銘の飽和爆撃。

 

それを持ってすればこんな瓦礫の蓋なんてものの一瞬で容易く吹き飛ばす事が出来る。

 

無論ここに爆風を避けられる程の余裕ある空間なんて存在しない。

空気の逃げ道すらないこんな所でそんな射撃を行えば、撃ち出す本人とて破壊の暴圧から逃れる術はない。

 

 

--それが、どうした。

 

 

死ななければ良いんでしょう?

生きてさえいれば、()()()()()()()()()()()()()

そして今の私には、それを掴み取る事が出来る力がある。

 

あの時の私に、それを選ぶことすら許されていなかった。

 

家族がアラガミに殺されたあの日も。

リンドウさんが一人残されたあの時も。

 

理由は簡単だ。

私が弱かったから、ただそれだけの事。

 

大切な家族を守るために抗うという選択。

大切な仲間を守るために留まるという選択。

 

弱い私がその選択を選んでも無駄死にでしかない。

故にあの人達の想いすら否定するその結末は、初めから選ぶ事すら許されなかった。

 

それはきっと誰のせいでもない。

全ては私が弱かったからだけの事。

 

弱い事は悪では無いが。

弱い事は罪なのだ。

 

罪である以上、罰という名の制約を課せられるのは当然。

そして私に課せられていた罰とは、その選択を選ぶ事が許されなかったというだけ。

 

でも、今は違う。

 

無力だったあの頃に比べて。

今の私は比べ物にならない程強くなった。

 

少なくとも私の行く手を阻む壁を吹き飛ばす事など訳はない。

有り体に言って、その気になれば目の前の石くれなど障壁にすらなりはしない。

 

爆風のダメージは当然あるだろう。

だが問題無い。回復錠は十分に持っている。

 

致命傷を避けさえすれば。

例え仮初の力であろうとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

壁に銃身を押し付け。

余波の衝撃に意識を備えつつ引き金に指をかける。

 

 

「…待ってリーダーさん。そんな事、あの人は望んでいませんよ。」

 

 

いざ引き金を引こうとしたその刹那。

何時の間にか戻ってきたレンが神機を握り締める私の肩に手を乗せる。

 

 

「…『気持ちはわかります』なんて綺麗事は言いません。その上で、貴女が今成さねばならない事について改めて質問します。」

 

 

-貴女は何のためにここまで来たんですか?-

 

 

-明確な規則違反を犯し、彼をその共犯へと巻き込んで。-

 

 

「それ程までに貴女がやりたかった事がこれですか?これまで積み上げてきた事を薙ぎ倒し。一時の感情で全てを台無しにする行動を取る事が。」

「ッ貴方に、何がわかってッッ…!!」

 

 

邪魔するのならタダではおかないと。

銃口こそ向けていないものの、もはや仲間に向けるべきではない眼でレンを睨みつける。

 

 

 

 

 

それでも尚。

彼の瞳に揺らぎはない。

 

 

 

 

 

「…巻き込まれただけのあの人が。何故後顧の憂いを絶つ役目を買って出たのか?」

 

-相手は決して楽な相手ではない。それどころか不確定要素を多く含んだ未知の相手。-

 

「運悪くば万全を持して挑んでも不覚を取ってもおかしくはない、それこそ命を賭す必要のある相手であるにも関わらず。」

 

-それでもあの人はそれを選んだ。-

 

「おまけに感謝どころか恨まれる事すら承知の上で、それでも自身の救路を絶ってまで貴女を送り出した--」

 

 

-それを踏まえた上で今一度。-

 

 

「貴女が成そうとした事を踏まえて考えてみてください。」

 

 

-貴女が今成すべきことは。我が身を傷付けてまでしてあの人の所へ戻る事ですか?-

 

-それともあの人の心を汲んで、少しでも早くリンドウの元へ向かう事ですか?-

 

 

シオと同じ、ハイライトの無い橙の目を真っすぐに向けながらレンが言葉を紡ぐ。

 

既にトリガーにかけた指に力は籠っておらず。

だらりと銃身を下げたまま、同じように顔も自身の足元へと項垂れ。

 

 

レンは続きの言葉を喋ろうとしない。

恐らくは私が答えを返すのを待っているのだろう。

 

 

「嘘つき…!」

 

 

数秒後か、数分後か。

出てきた言葉はそれだった。

 

 

「嘘つきッ…!、嘘つき、嘘つき嘘つきぃッ…!!」

 

 

項垂れたまま。

力なく神機を下げたまま感情的に叫び続ける。

 

 

大丈夫だって言ったじゃないですか。

全て上手くいくって言ったじゃないですか。

 

なのにこんなにあっさり。

それもこんなにも意地悪いタイミングで前言を翻すような真似をするんですか。

 

涙が止めどなく零れ落ちる。

悲しいのではない。悔しいのだ。

 

力を蓄えたのだと思った矢先。

あの頃と同じように変わらず無力なのだという事実を突きつけられて。

 

 

同時に激情に焼き切られた思考が急速に回復し。

自身のやるべき行動を整理し、構築していく。

 

 

今私が成すべき事。

それは感情的に泣きじゃくる事でも、あの人の不満をぶつけにいく事でもなく。

 

私があの人に協力を求めた、リンドウさんを止めに行く事。

それ以外の事は無く、その他にそれ以上もそれ以下の事も存在しない。

 

 

でも、でもこれだけは。

今この場ではっきり言わせておいてください。

 

 

「…私、絶対に許しませんからっ!!」

 

 

レンが驚きに目を見開いて私を見つめるが。

構う事なく感情のまま、私は言葉を続けていく。

 

「大丈夫だって言いましたよね!?全て上手くいくって言いましたよね!?」

 

「これが、これがッ…!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?-

 

レンに諭され。

あの人の想いを理解し。

 

それでも尚納得出来ぬ。

そんな感情に折り合いを付けるためだけに声を荒げる。

 

 

「信じますからねッ!私、信じましたからッ!だから、この言葉だけは…」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!-




ルーキーちゃんは最終ミッションへ。
誰かルーキーちゃんに悪い大人を真似るなと叱ってあげてください。

とりあえず悪いのは無口さんとリンドウさん。
ただでさえよわよわなメンタル状態なのに思わせぶりなムーブをかましたり、「俺の事は放っておけ」なんて言ったらそりゃ心も摩耗するに決まってます。

レン君ちゃんは無罪、誑かしたとか言ってはいけません。


話は変わりますが。
無口さんってドーピングで心身が限界になってくると神機使いもアラガミと見なしていましたね。


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