金髪関西弁の女死神ですけども (楓香)
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隊士篇
1話:金髪幼女ちゃんですけど


反省も後悔もしていない。
私は私が書きたいものを書く。


 

 

目が覚めたら金髪おかっぱの死神になっていた。

何を言っているのかわからないと思うがアタシにも分からん。

 

この言葉で分かる人は分かると思うが、アタシはかの有名なオサレ漫画に出てくる平子真子になっていた。

いやマジか。これ異世界転生いうやつか?いや異世界憑依??

 

水たまりに映った自分の姿を見下ろす。将来綺麗な長髪になる予定な金の髪は短く、好き放題に跳ねている。その姿自体もかなり幼い。小学1年生ぐらいの身長だ。身に着けている服も襤褸の和服になっている。

順調に成長したなら、アタシが知っているあの姿になるだろう顔つきをしている。

顔を上げて周りを見ると、建物もいかにも昔といった感じのあばら家がポツリポツリと建っているだけ。

流魂街だなとすぐに理解できた。

 

だけどここに問題が一つ。

 

「なんで平子真子なのに女なん……?」

 

そう。なぜか性別が女になってしまっていた。

 

え、これアタシってホントに平子真子やんな?平子だと思っている異常者とかじゃないよな?

でもわかる。自分の名前はわかる。真子って名前なのはわかるから多分平子真子のはず。

……アタシホンマにこの名前名乗ってええの!?原作ファンとかに怒られへん!?

前世が女やったからそこだけはありがたいけどなんでなん!?

てか平子真子とか大好きですけど自分がなるのはちゃうやん!!

なによりアタシが仮に、ホントに平子になっていたとしたら前世にあたるアタシは死んだんかッ!?

 

受け入れがたい事実に直面して頭がパンクしそうだ。

ここが室内だったなら頭を抱えて床を転がっていたかもしれない。

 

……ひとまず、なったものは仕方がない。冷静に考えよ。

 

まず自分は平子真子になった。これは前提条件で進める。

そうすると原作通りならアタシは五番隊の隊長になって、副隊長は藍染になる。

でその数十年ほど後で虚化の実験とかで藍染に裏切られ、仮面の軍勢として現世に身を置く。

その後、一護の修行に協力したりして空座町で藍染と戦って負けると。

で??隊長に復帰して滅却師に侵略されて、護廷隊助ける為にめっちゃ走り回って終わってなかった?

 

「スーッ……」

 

後半ほぼ出番ないとちゃう……?

 

いや平子と雛森ちゃんが大前田とか助けたりしてたし必要やったけど、もう少し貢献とかしたい。

あわよくばもっと犠牲とか減らしたい。めっちゃ死んでたやん。最終章死にまくってたやん。

戦争なんて人が死ぬのは当たり前だと思うけど、死なん方がええのは当たり前やろ。

もっと平和な世界になってほしいと切実に望むわ。

 

その為にアタシが出来る事ってあるんか……?

 

平子っていえばあれや。副隊長時代なら藍染をなんとか出来るんちゃうか?

……いやアカン。アイツ居らんかったら千年決戦篇で詰む。

それより前に、藍染が暗躍してくれないと一護と石田が産まれない。

てことは藍染の暗躍見過ごせと?犠牲者でるのわかってるのに見過ごせと?ひよ里等が仮面の軍勢になって百年間も追放されるの見逃がせと?

いやつっら……。嫌やわ、なんとか助けるように動きたい……。

こんな前世の記憶が役に立たんことある?雁字搦めになって身動きできへんやん。平子のポジションめっちゃ動きづらいわぁ…。

 

でもやるしかないやん。犠牲減らしたいとか思うんならアタシがやるしかないやん。

……難しい事考えるのは嫌いやけど、幸いアタシは平子真子。実力は最後まで生き残っていることから折り紙つき。隊長になれるなら出来ることは多いはず。

とするとやっぱ。

 

「……とりあえず、死神なるか」

 

そうしないと何も始まらないからな。

 



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2話:院生になりましたけども

成り代わり。しかも女体化という特殊すぎる設定なので批判とかあるだろうなと思ってたのに意外と受け入れられていることに驚いてます。


 

「なんや、アタシの隣はお前か?」

「アタシは平子、平子真子(マコ)や。よろしゅうな」

 

 

 

猿柿ひよ里にとって平子真子の印象は胡散臭いガキ、だった。

まっすぐに伸ばした肩より長い金色のおかっぱ髪。いつも眠そうな半開きで淡褐色の三白眼。それと飄々とした態度に自分と同じ特徴的な口調。平子真子を構成するのは大きく分けてこの4点だろうとひよ里は思っている。

平子真子とは真央霊術院に同期で入学し隣席になった縁で話すことがあり、いい奴だろうとは関わるうちに理解はできるが、纏う空気がいかにせよ胡散臭い。そしてひよ里はその胡散臭い真子の態度が気に食わなかった。

 

「なんやねん胡散臭いって。本人目の前にしてそれ言うか?」

「やかましいねん!実際マコが怪しンやからしゃーないやろ!」

 

目の前に突き出された指先を軽く手で叩き落として、胡散臭いと言われた少女、平子真子が片目を細め不満げにひよ里を見る。

普段は自分の方が頭1つは高い背も、真子が座っているせいでひよ里の顔を見るには見上げないといけない。普段はなんとも思わないが突然に罵倒され、喧嘩を売られた真子にとって相手を見上げるというのは少しばかり腹が立つ。

二人の近くにいたクラスメイトたちは苦笑をもらす。全員そろって否定もしないのは、少なからず皆思っている事だからだろう。

しかし、実際に真子がクラスメイトを傷つけたり姦計をめぐらせた事は一度もない。寧ろなんだかんだと言って鬼道の練習に付き合ってくれたり、剣術の助言をしてくれたりと世話になった者がクラスには多い。だが口の悪さのせいか、浮かべる表情のせいか、受ける印象は皆同じだった。

 

「んー、でもひよ里ちゃんが怪しいって言うのも分かるかな」

「え、マジで言うてんの?アタシそんなにか?」

「真子さん、ちょっと笑ってみてよ」

「……まぁ、ええけど…………どや?」

「うーん胡散臭い」

「怪しさ百点満点」

「そこまでボロクソ言うか!?」

「マコは元から胡散臭い顔しとるやろ」

「なんやとひよ里ボケコラァ!!」

 

ため息をついて、気だるげな表情でクラスメイトを見る。

 

「てか、なんでアタシそんな煙たがられなアカンねん。悪いことなんもしてへんやろ」

「いや、平子さんがいい人なのはわかってるんだけど、何か雰囲気というか……ちょっと近づきにくい感じがしてね?」

「高嶺の花ってやつか」

「それはないわね」

 

キメ顔で話した真子をクラスメイトは一蹴する。胡散臭いだのなんだの悪態はつくが、クラスの大体の人間は真子を嫌ってはいなかった。

中でも一番打ち解けていると言えるのは、やはり隣席の猿柿ひよ里だろう。

背も近く、似た口調で話す真子との会話は、ひよ里や周りにとって打てば響くような気持ちよさがあった。

同じ教卓で学んで半年となるが、すでに二人の会話はクラスの名物となりつつある。

そんな仲の彼女から突然、胡散臭いと言われれば真子も反論の1つもしたくなるというものだ。

それを告げた少女は先ほどと変わらない表情で真子の方を見ていた。

 

ホンマ、なんやねんコイツ……

 

平子真子と話しているとふとした時に線を感じるのだ。ここから先へは立ち入るな、とでも言わんばかりの境界線を。

生きているのならだれにでもそれくらいはあるだろう。ひよ里にだって触れてほしくない部分だって持っている。

理解はしている。なのに、どうしてか真子が距離を置こうとすると酷く癇に障る。

自分の事なのに何故こんなにも歯がゆく思うのか分からない。これが、ひよ里にはどうしようもなく気持ち悪かった。

 

「アンタ実際のところ、何考えてんねん」

「この世界の未来」

「……は?」

 

一拍の間。

 

「しょーもなッ!」

 

勢いよく頭を叩く音が教室に響く。何事かと離れていた生徒も自然と音のする方へ視線を向けた。

その視線の先には痛みからか涙目になりつつ、頭を押さえてひよ里を睨む真子の姿があった。

 

「なにすんねんひよ里ィ!!」

「人が折角真面目に聞いたってんのに、何ふざけたことぬかしてんねん!!」

「ふざけてへんわ!大真面目や!!」

「やったら余計にタチ悪いわ!」

 

互いに煽り煽られ、時々手が出ながらも可愛らしい女の子二人の取っ組み合いに近くに居た生徒や、騒ぎが聞こえてきた離れた生徒の誰も慌てた様子はない。

またやってるよあの二人。仲がいいんだね。次の講義までには終わるといいなぁ。

周囲からの生暖かい視線にも気づかない真子とひよ里。授業のために扉を開けた担任に、ひよ里の突進を受けて吹っ飛んだ真子が当たるまで二人の取っ組み合いは続くのだった。

 

あぁ、今日も平和だなぁ。

 

――――――――――――――――――――

 

「ったー……なんやねんひよ里のやつ。急に胡散臭いだの言いよって……」

 

誰もが寝静まった半夜、アタシは一人で修練場に居た。

片手で支給された斬魄刀の元となる刀、浅打を持ってクルクルと回転させながらつぶやく。

 

「まだぶつかったとこ痛いんやけど、なんやねんアイツ。ちょっと本気やったやろあれ」

 

こうやって一人でぶつぶつ言ってると頭のおかしい人に見えるかもしれないが、声に出しているのは一応意味があってのことだ。

 

「なぁ、どう思うよ。アタシの斬魄刀や」

 

回転させていた手を止めて顔の高さまで持ち上げる。うんともすんとも言わないがこうして話しかける事にこそ意味があるはず。

全ての死神はこの浅打と寝食を共にし、練磨を重ねることで魂の精髄を刀に写し取ることによって"己の斬魄刀"が創り上げられる。なら話かけたりする方がええやろ。意志がまだない言うてもきっと意味あるって。ほら、あれや。母ちゃんが子宮の中に居る赤ちゃんへ話しかけるみたいな。そん時の記憶あるいう人も居るし、ええねんこれで。

 

「まぁええわ。今夜も訓練付き合ってや。よろしゅうな」

 

そして今夜もアタシは朝朗(あさぼらけ)まで刀を振り続けた。

 

 

……流石に明日は普通に寝よ。

 

 

 




因みにひよ里より平子の方が年齢は上の設定です


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3話:死神ですけど


ウエハース何個か買ってるんですけど平子が来ません。
そしてタワレコのこっちに手を差し出してる平子は、何で反対の手で刀抜き身で持ってるんですかねぇ……



 

そこはデタラメな世界だった。

辺りは夜半のように暗く、空には星の代わりに花が咲いている。

足元には全てを鏡のように反射する一面の水。水の中は白昼のように明るく、空にはない月が浮かんでいた。

水滴の音や風の音も、何も聞こえない。ここは無音の世界に包まれていた。

真子はこの空間に一人、波紋が広がる水の上に立つ。

 

「――あらあら。やっぱりオモシロくない人ですわね」

 

声が。水の中から響くような、くぐもった声が聞こえてきた。聞こえてきたのは、真子の足下から。

視線だけを足元に向けると、真子を逆さまに映すはずの水は真子とは()()()の人物を映していた。

 

「もう少し驚いてくださった方が、(わたくし)としては有難いのですけれど」

 

そしてその人物は真子の足元に溶けるかのように消えたと思えば、最初からそこに居たと言わんばかりに目の前に立っていた。

現れたのはどこかの姫君を思わせる豪奢な着物を身にまとう女性だ。現世で言う十二単に近い着物で、ひと目見れば着物はかなり質のいいものだとわかる。髪も絹糸のように艶のある青髪で、足元まで付くかどうかの長い髪をそのまま下ろしている。

 

「どうかしましたか、真子。なにか私に言いたいことでもないのですか?」

 

彼女はクスクスと笑い真子を愉快そうに見る。

真子は笑い続ける彼女に対して、口を開いた。

 

 

 

「いやお前ホンマにアタシの斬魄刀?」

 

 

 

「……きて、真子(まこ)ちゃん……!」

 

自分の名前が呼ばれる声を聞いて、アタシは目が覚めた。

開いた眼で見えたのは見知らぬ天井……いやちゃうわ。昨日はこの天井見ながら寝たんやったわ。

てわけで、見えたのは見知った天井とこっちを覗き込む、同室になった女の顔。

同室は困り眉になって、何か言いたそうにしては閉口してる。

 

「なんやの……どないしたん、急に大声出して」

「ぅ、あ、あのね……大したことじゃないかもしれないんだけど。起こした方が、いいかなぁって、思ってね……」

「せやから……っぁ、なんやねんって」

 

吃りながら説明しようとする同室に、アタシは寝起きな為に欠伸を噛み殺しながら返事をする。

大した用がないならこのまま二度寝させてほしいわ。

 

「うんっとね、入隊式。もうすぐだよ~って、言いたくて……」

「…………は?」

 

にゅうたいしき。入隊式……

入隊式?

 

「あ」

 

アタシ、死神になったんやったわ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

「お前たちが我が五番隊に入隊した事嬉しく思う。だが、霊術院を卒業した事にまだ浮足立っているようでは――」

 

はい。五番隊の新入隊員の平子真子ちゃんですよーってな。

いやあのあとめっちゃ大変やったわ。多分死覇装の早着替え自己記録更新したんちゃうか?

何気に同室はちゃっかり準備万端で先に行きよるし。いや起こしてくれたのはありがたいけども。てか大した用やったやんけ。

平の分際で初っ端遅刻は流石に不味いわ。しかも理由が寝坊て。

 

「はぁ……」

 

周りに気づかれないように小さくため息をつく。

アカンなぁ。ここ連夜、睡眠時間削って剣術と鬼道の訓練してたから眠くてしゃーない。

その訓練の効果はあって、一応強くなってるんやで。霊力も確実に上がってるしな。なんなら席官クラスはあるんちゃうか?しらんけど。

……やねんけどアカンわ。ちゃんと寝る日も作らな。確実に今のアタシは睡眠不足気味や。

そのせいか今日は変な夢見たし。

 

「ぁ」

 

せや、あの夢。

 

『――オモシロくない人ですわね』

 

いやどう考えてもアイツ斬魄刀やん。

ホンマにアタシの刀?って聞いたけどアイツは絶対にアタシの刀や。それくらいは分かってる。

……わかるけど、わかるけどさぁ!

なんかイメージとちゃうやん!?

てか漠然と関西弁喋るの想像してたわ!知ってるのとちゃう!!

 

そう。結局アタシは霊術院いる間に始解は会得できませんでしたと。

いや普通に考えたら当たり前やねんって。

本来なら護廷の死神の中では斬魄刀を始解できた時点でエリートなの。なんなら自分の斬魄刀の名前すら知らずに殉職していく隊士なんて大勢おるわ。

……のはずやねんけどなぁ。

もう始解できそうなフラグ立ったわ。これあれなんかな。院生時代から話しかけてたのが意味あったって事かな。やったら嬉しいなぁ。

 

「――これからのお前たちの活躍に期待している。私からは以上だ。後はそれぞれの業務に励んでくれ」

 

あ、隊長の話終わった。

仕事いうたら……アタシは蔵書整理やったかな。

事前に言われていた職務内容を思い出しながら、アタシは隊舎にある資料室へ向かう。

部屋につくと、同じ新人隊員らしき何人かが既に蔵書整理していて、一人監視役らしき先輩隊士が書物を片手に立っていた。

先輩隊士にアタシの担当場所を聞いて、本を手に取り整理を始めた。

といっても、元々綺麗に整理されているので大した仕事ではないんやけども。

パラパラと中身を捲って、ある程度内容を把握。で関係がありそうなものを同じ棚に並べる、と。

暫くの間、読んでは並べてを繰り返す。ずっと同じ作業。周りは頁をめくる音と書類を直す音ぐらいしか聞こえない。

…………暇やなぁ。

いや暇ではないんやけども。こう、あるやん。しなあかん事あるけど暇やなってなるの。

 

「……ん」

 

と、そこで一つの書物を捲ってたら気になる文章を見つけた。

ちょっと……これは確認した方がええかもな。

 

「あの、スンマセン」

「ん、どうした?何かあったのか」

 

先輩隊士に話しかける。アタシは持っていた本を開いて一文を指で示した。

 

「ここ、うちの隊が担当してる地区での虚の出現数の記述なんですけど――」

 





隊長になるまではサクサク進めます。
隊長になってからが真子ちゃんの本番ですから。


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4話:現世に来ましたけども


めちゃ長なりましたわ
作者が方言使う人間なので標準語喋らせてる筈なのに気づいたら方言混ざることが一番の悩みです



 

 

現世の拓けた森の中。そこに一つの門が浮かんだ。

開いた門の中から出てきたのは何れも若い数人の死神たち。

一番最初に出てきた死神が後ろを振り返り、穿界門が閉じたことを確認すると全員の顔を見渡した。

 

「よし、全員そろっているな!既に把握しているとは思うが、今回我々の任務は現世での見回り調査だ!」

 

引率者らしき男が一帯へと響く大声で語り始める。

 

「霊術院と違い普通の虚も出るだろうが、ここは他の隊の担当地区と比べて虚の発生率は低い。そう気を張らず、しかし油断はしないように!」

 

男は言葉を締めくくると新入隊員の中から指名した二名へ付いてくるよう指示し、他の隊員には待機を告げ見回りへと赴いた。

 

「いやー、まさか入隊早々現世へ行くことになるとはな!」

 

一人の死神が同意を求めるように周りへ口を開く。

声に反応して自然と視線は一人の死神の元へ集まった。

 

「虚も出ないらしいし、ちょっと珍しい経験させてもらって運がいい……的な感じだな」

「おい、気を抜くな。席官殿が仰っていたのは発生率が低いという事だけだ。完全に出ないとは言っておられない」

 

諫める口調で一人の男が口を挟む。

口を挟まれた死神が唇を尖らし不満を零した。

 

「へいへい。すみませんでした。つっても虚とかのさ、何か異常があったらすぐに応援とか来るんだろ?どっちにしたって安心じゃね」

「それが油断だと言っているのだ。……まぁ、だが今回は席官殿もいらっしゃるから問題はないと思うが」

「だろ?だけどあの人十五席なんだっけ。なんか中途半端じゃね?」

「なんだと貴様!上官殿を侮辱するのか! !」

「いや暑苦しいんだけど。めんどくせぇなお前」

 

呆れた顔でため息を吐いて一歩距離をとる。

そこで、少し離れた場所に立つ一人の死神が目に入った。

 

「なぁ、平子はどう思うよ?」

「はぁ?」

 

辺りの森を見ていた真子はいきなり話の矛先を向けられ億劫そうに返事を返す。

 

「どう、ってなんやねん」

「いや話聞いてねぇの?今回の任務だよ。虚も出なさそうだし現世任務にしては運がいいなぁって」

「あぁそういう……別にそんなテンション上げる事でもないやろ。普通や普通。まぁ変にガチガチになるよりは、お前みたいに楽観してる方がええかもしれんけどな」

「てんしょ……なんて?それどういう意味だ?」

 

漫才を思わせる真子たちの会話に静観していた死神たちは思わず失笑を漏らす。

そんなつもりはなかった筈だが、自然と空気が緩み皆の緊張が緩み始めた。

 

 

 

「……あれが死神、ですか」

「あぁ、そうだ」

 

 

パキン、と。どこかで聞こえた気がした。

 

 

 

瞬間、幾つもの霊圧が湧き上がった。だが隊員たちは霊圧を知覚するより早くその異常を視認した。

突然自分たちの前を何かが高速で通り過ぎる。一拍遅れて轟音が鳴り響き、辺りに強風が巻き起こた。誰も反応できず立ち尽くす死神たち。

その内の一人がいち早く正気に戻り、通り抜けた方へ視線を向けた。

 

「は、班長……!?」

 

見回りに出たはずの席官が、ひしゃげた木を背に崩れ落ちている。

身体には本人のものであろう夥しい量の血液が付着し、一目で致命傷だと判別できた。

それをその場にいる死神全員が理解すると今度は連続して二度、何かが高速で通り過ぎる。

先ほど席官について行った新入隊員の二人ともが同じように、いや、より酷い欠損状態で木に叩きつけられ倒れ伏していた。

誰かが上擦った短い悲鳴を上げる。

だが、そこで異変は収まらない。

 

彼らの前に現れたのは軽く十を超える虚の群れ。中には巨大な虚である巨大虚が数体紛れているのが確認できる。

先程感じた霊圧の正体は虚だったのだ。自分たちの上官は、これらにやられたのか。

見たことがないほどの大量の虚を見た死神たちは刀を抜くことも忘れ、後退する者、腰を抜かし地面へ倒れる者と分かれた。

そして一番近い場所にいた虚が、腰を抜かし動けないでいる死神へと飛び掛かる。

 

「破道の三十一 『赤火砲』!」

 

突然、襲われかけた死神の前で虚の顔が爆ぜて倒れた。聞こえてきたのはさっきまで聞いていた女の声だ。

 

「ひ、ひらこ……ッ」

 

虚と死神たちの間に、金の髪を揺らして真子が現れる。

真子は片手を前に虚へと構えながら小声で何かを呟いている。

その間に先ほどの真子の攻撃で倒れた虚が立ち上がった。

虚は目の前に立つ真子を見ると、空へ咆哮をあげ再び地面を蹴って飛び掛かる。

 

「破道の三十二 『黄火閃』ッッ! !」

「破道の三十三 『蒼火墜』ッ!」

 

連続で鬼道を同じ個所に浴びせられた虚は動きを完全に停止させ、爆発の煙に包まれたまま倒れ消滅していく。

短時間で仲間を倒されたことへ怯えたのか警戒したのか、周りにいた虚は僅かに距離をとった。

 

「ぁ、……わ、わりぃ、たすか」

「アホか! !なに腰抜かしとんじゃワレッ! !」

 

助けられた死神が真子へ礼を言おうとするが、真子の怒鳴り声によって遮られる。

真子は目の前の虚に意識を向けたまま背後にいる同期へと怒鳴り始めた。

 

「お前らなにしてんねん!戦うか逃げるかどっちかにしろや!なにビビってんねん死にたいんか!?」

「バ、バカを言うな!我ら護廷十三隊の死神だぞ、たかが虚如きに逃亡などッ」

「やったら刀抜け言うてんの!敵に会って咄嗟に武器持てないやつが一丁前な口利くな!」

 

いいからはよ逃げや、と真子が息巻くと辛うじて混乱状態から脱した死神たちが、まだ動けない者を助けながらこの場から退き始める。

逃がすまいと虚が腕を振り上げながら死神たちへ迫った。

真子は『這縄』でその虚の腕を捉える。だが虚は腕を引き這縄を掴む真子を引き寄せた。

一瞬驚いた顔をした真子だが、空中で体制を立て直し引き寄せられる勢いのまま刀で胴体を貫いた。

地面に下りて上がり始めた息を整える。

チラリと後ろを振り向けば大体の死神は逃げられたようだ。

だが一人だけ、遠目でもわかるほど震えながら刀を抜いて立っている者が居た。

さきほど真子が助けた死神だ。

 

「アホかッ! !お前も早よ行け言うてんねん!ここで全滅する気かッ!?」

「ッ、だけどよ……! !」

「そない震えながら刀持つ奴居るか!?お前邪魔やから早よ応援呼び行け言うてんのッ! !」

 

死神は歯を食いしばり、悪い、と一言残すと瞬歩を使いこの場から脱した。

ようやく全員が逃げたことを確認した真子は地面を強く蹴り、虚たちから後退する形で大きく距離をとる。

ふう、と息をつくと構えていた刀を目の前に水平に掲げ、呼びかけた。

先ほどからこちらをせせら笑う、己の斬魄刀へと。

 

「さっきから喧しいねんて。なんやの、そないにアタシが焦ってるん見るの楽しいか?」

ええ。とても愉快ですわ。やっぱり貴女はオモシロいですわね。

「お前こないだはアタシのことオモロない言うてたやろがい」

忘れましたわ、そんな事。

「都合のいいやっちゃ」

 

警戒してか、虚は攻撃をせず真子との距離を保つ。

奇妙なほどにどちらもが動かない時間がしばし流れた。

 

「……で?そんな都合のいいアタシの斬魄刀サンや。そろそろお前の名前教えてくれへん?」

あら?随分あっさりと聞きますのね。

「なんやの。どんな聞き方すると思ったんや。ええから教えてや。そうじゃないとこの状況ちょいとキツイねんて」

ふふふ。確かにそうですわね。多勢に無勢。衆寡敵せず(しゅうかてきせず)。八方塞がりとまでは言いませんが、厳しいことに代わりませんわ。

「めんどくさい言い回しすなや」

 

ですが、嫌ですわ。教えたくありません。

 

「……ハァ!?なんでここで断るねん!?普通ここでカッコよく始解する場面やろ!?」

知りませんわよそんなこと。とにかく今は教えたくありませんの。

「いやホンマ待って!?じゃあこっちから言うぞお前の名前!アタシお前の名前知ってるんやからな!?」

……その名前が間違っていたらどういたしますの?

「……は?」

真子の呼んだ名前が間違っていたら、(わたくし)は今後一切力を貸しませんわ。

「……は?えちょ、そんなんアリか!?」

アリ、ですわ。それでよければ、ほら。真子が思う私の名を呼んでくださいましな。

「そんなん言われて呼ぶわけないやろアホか!?」

 

「あぁあ!もう! !なっんも上手いこと行かへん! !」

 

背後から伸びてきた鉤爪を、真子は右足を軸にして回転し紙一重で避ける。

その勢いのまま舞のように刀を水平にして、伸びてきた腕を二度三度と斬りつけた。

痛みに怯んだ虚の顔へ飛んだ真子が、脳天へと刀を突き刺す。

 

「ホンマに、ふざけんなや……あとこれッ何匹居ると、思ってんの……!?」

 

地面に下りた真子が肩で息を整えながら周りを見ると、残り数匹となった虚が唸りながらこちらを見ていた。

数は減ったとはいえ、真子の体力の消耗が著しい。

虚は完全に真子を敵として認識しており、逃げるのすら容易ではないだろう。

応援は呼ばれた筈だがいつ頃に到着するのかわからない。

このままではジリ貧だ。さてどう切り抜けるか。

 

真子が次の手を考えるため思考した時、背後から霊圧が上がるのを感じた。

咄嗟に振り返れば閉じていく黒腔と、その前に立つ新たな虚の姿。

不意に現れた虚へと反射的に攻撃の構えをとるが、先ほどまで警戒していた虚たちが好機だと踏み一斉に真子へ攻撃を迫る。

迎撃しようにも片方を倒している内に確実に致命傷を負うのは明白だ。前と後ろを挟まれてしまい逃げ場がない。

 

「――これは、ヤバいなァ」

 

 

アァ 本当に カワイイ子ですわ 真子

私がいないと なァんにもできない ずっと ずぅっと守ってあげますわ

 

 

衝撃により轟音が響く。その衝撃でわずかに地面が揺れた。

その中心部にいた真子はなすすべなく虚の攻撃が直撃した。

――いや、したと虚は思った。なにせ、虚たちの視界ではそれが正しかったのだから。

虚たちの一斉攻撃により舞い上がった土埃が晴れていく。

そこには、なにもなかった。

そして虚たちは自らの視界を()()()認識する。

自らの後ろに攻撃していたモノ、何もない上空を攻撃していたモノと様々居るが、全て一様に狙っていた場所とは見当はずれな場所へ攻撃していた。

 

「アホ言わんといて。アタシは子供ちゃうねん。そんな過保護な事せんでええわ」

 

声がする方を虚が見る。

先ほどまで地に居たはずの死神が宙へ逆さまに立っていた。

死神が片手に持つのは何の変哲もない斬魄刀――ではなかった。

柄の先に円状の持ち手がつき、刀身にいくつか小さな穴が開いた奇妙な形をした斬魄刀へと変化していた。

 

「焦らしたりして、ホンマ性格悪いわぁ……結局こうなるなら、はよ教えてもよかったやろ」

 

なぁ、『逆撫』

 

持ち手部分に手をかけた真子が振り子のように、逆撫と呼んだ自身の斬魄刀を回す。

そして――――

 

 

「はぁー!疲れた!」

キン、と高い音を響かせ刀がしまわれる。

真子は周囲を見渡し大袈裟にため息を吐き、呟いた。

 

「いやマジで疲れたわ。この虚の数、どないなってんねんよ」

 

真子が敵対していた虚は全てが事切れ、所々が既に霊子へと還っていた。

一様に刀傷や火傷らしき跡がつき、一方的にやられたものだと推測できる。

対する真子は特に目立った傷などはない。強いて言えば金の髪や服が土埃などで汚れてしまっているくらいだ。

軽く汚れを叩き落としながら真子は今回の異常について考える。

今回の、異常とも言える虚の大量出現。

この間読んだ書物にも年々虚の数は減少していると記載されていたし、実際この地の霊的密度は高いとは言えない。

なのに何故、的確に自分たち死神が居る場所に虚が現れたのか。

 

「……アカン。今ある情報だけじゃなんも分からん」

 

ひとまず帰ろ。と一歩足を踏み出し、真子は静かになった空間でその霊圧に気づいた。

とても先ほどの戦闘中には気づきそうもないほど微小な霊圧だ。いや、残滓といった方が正しいかもしれない。

真子はそちらへ近づき地面にしゃがみ込む。そしてそこに落ちていた霊圧の残滓を摘み上げる。

それは欠片だった。小さく砕かれ、原型が分からないほどの白い欠片。

だが、真子はその欠片を知っていた。元の形と使用方法、何のために使われるのかも知っている。

そして、この撒き餌を使う一族も。

 

『ここ、うちの隊が担当してる地区での虚の出現数の記述なんですけど、なんでこない数減ってるんですか?』

『しかもこっちの記述では浄化じゃなくて消滅で要監査って、これ、明らかに死神の仕業ちゃいますよね?』

 

「滅却師……」

 

 



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5話:受付には間に合いましたけど

 

よく晴れた日のお昼過ぎ。アタシは五番隊隊舎の廊下を歩いていた。

辺りは鍛錬する者の声、仕事をする者の声や雑談する者の声などたくさんの音で溢れかえっている。

アタシはその音を無視して歩き、やがて目的の部屋の前に着くと一息ついて声を上げる。

 

「隊長。平子真子(まこ)ですけど、入ってええでしょうか?」

 

すぐに中から隊長の声で許可が下りたので断りを入れてから部屋に入る。

そこには執務机に座ってこちらを見て薄く笑みを浮かべる隊長が居た。

 

「よく来てくれた。すまんな、休養期間中に呼び出して」

「いえ、気にしんといて下さい。元々アタシは怪我とかしてませんでしたし。寧ろずっと部屋に居なあかんかったから、気が滅入ってしゃーないですわ」

 

隊長はアタシの言葉に快活な笑いを漏らす。

いやこの人笑うと案外幼いな。なんや話し方的に笑ったりしいひん人やと思ってたわ。

 

そう。この間の現世に行った後から、アタシたち見回りに行った組は休養というなの自室待機命令が出されていた。

……怪我して生きてた人は、居らんかったはずやし。別に休養とかいらんと思うねんけどなぁ……

そんな事を思ってたら隊長はアタシが入隊式の時に見た、あの真面目な顔になって口を開いた。

いや切り替え早。

 

「この間の現世に現れた虚大量出現の件。報告書は見させてもらった。例の採取された欠片も現在解析させているから、判明次第貴公にも一報は入れよう」

「分かりました。ありがとうございます」

 

軽く頭を下げて一礼する。

……え、本題は?

 

「それで隊長、アタシを呼んだ理由は何ですか?まさかこれだけとか、ちゃいますよね?」

「ん?あぁ、まぁな。今回呼んだのは貴公に一つ打診したい事があってな。悪い話ではないとは思うが」

 

打診……?なに?全然思いつかなくて怖いわ。

自然と体が変に強張って身構えてしまう。

隊長はアタシの状態に気づいてるはずなのに、それを気にせず言葉を続けた。

 

「貴公には空いた穴。十五席に就いてもらいたい」

 

ちょっと予想外の言葉すぎた。

 

「……は?アタシが、席官……ですか?」

「なんだ?不満なのか?」

「いや、不満とかではないんですけど……ええんです?アタシまだまだ新人ですよ?そない簡単に地位上げて。それに穴埋めなら他にも適任な先輩方とか居るでしょうに」

 

本音だった。

いや明らかにおかしいやろ、アタシまだ入隊してから一年も経ってない新人やねんで。やのに席官とか。

いやまぁ確かに始解を会得したって報告とかはしたけども。

なぁんか意図感じるような……気のせいか?

 

「確かに、穴埋めだけならわざわざ新人である貴公を宛がう必要はない。だが、俺は貴公の素質に賭けたいんだ」

「素質、ですか?」

「報告によると仲間を逃がして殿を一人で務めたそうじゃないか。その心意気やよし。既に重責を担う資格ありと判断したまでの事。その貴公がどこまで化けるのか見たいんだ、俺は」

「……エライ評価されてますやん。隊長にそこまで言わせたら引き受けるしかないやないですか。まぁ精一杯頑張りますけど」

「そうか、引き受けてくれるか。では正式な通達はまた後日にしよう。あぁ折角だから今日は昇進手続きに費やすといい。今からなら十分に間に合うだろう」

「昇進手続きて……あぁ、書類手続きとかですか。なら遠慮なく今日はそれに使わせてもらいますわ」

 

隊長はさっきまで浮かべていた真面目な顔を解いて、さっきみたいに柔和に笑う。

要件は以上だ、と告げた隊長にアタシは一礼して、部屋を出て廊下に出る。

そのまま歩いてある程度部屋から離れたところで、大きくため息を吐いた。

 

「なんやの。色々分からんわぁ……なんでアタシあないに評価されてるんやろ」

 

本気で分からん。え、これそういうモンって事で流してええの……?

……まぁ、ええか。

考えても分からへんし後は為せば成る精神でええやろ。

昇進自体は有り難い事やし。

あー、で、せやな。席官なるんやったら手続きに行かな。

 

「昇進は何処やったかなぁ……八番隊やったっけ……?」

 

なにしろ()()()()()()全然覚えてない。

行ってみて聞けばわかるか。

間違ってたら、スンマセンって謝って帰ろ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「席官登録でしたら八番隊ではないですね。四番隊の護廷隊士録管理局まで行っていただく必要があります」

「アッ、さいですか……」

 

スンマセンでした、と受付の人に謝ってからアタシは建物から出る。

 

………………

 

はい間違ってました無駄足でしたー! !

地味に窓口混んでたから並ぶの疲れたのに意味ありませんでしたー! !

 

「ってイヤイヤイヤ、アカンアカンアカン! !言うてる場合ちゃうて!受付間に合うか!?」

 

高かったはずの太陽は気がつけば西へと沈みかけている。

予想外に時間を使ってしまったせいで、管理局での受付終了時間に間に合うか分からなくなってしまった。

 

「ホンマにアカンって!話しすぎてもうた!」

 

瞬歩で移動しながらアタシの頭には数十分前に話していた人の顔が浮かんでいた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「あ」

「ん?」

 

八番隊に向かう途中、塀の上に落ちている派手な着物を見つけた。

いや、正確には派手な着物を掛け布団代わりに寝転がる人だったわけだけど。

寝てると思っていたその人は、アタシが反射的に声を漏らすとゆっくりと上半身を起こす。

そして声のする方。つまり、アタシの方へと視線を下げた。

 

「おやぁ?キミ、八番隊の子じゃないよね。迷子かい?」

 

気の抜けるような、間延びした声だった。

パッと見では昼行灯な印象を受ける人だが、この世界でもかなりの切れ者だと、アタシは知っている。

 

「迷子とはちゃうんです。ちょっと八番隊の方に用事があるんですわ」

「あ、そうなの?なんだ、迷子かサボりかと思っちゃったよ」

 

サボりて。

まだサボった事ないで、アタシは。

……まだやけど。

 

「アタシは隊長から言われて来たんでサボりとちゃいますで。それ言うなら、京楽隊長の方こそサボりとちゃいますか?」

「痛いとこつくねぇ。なんだ、ボクの事知ってたのか」

「そりゃ隊長格の人たちの事は新人じゃない限り知ってるでしょ」

 

アタシが言い終えるや否や、八番隊隊長の京楽さんは塀から降りてアタシの前に立つ。

 

「キミも新人じゃないの?まいっか。隊長に言われて来たって、キミどこの隊なの?」

「あ、すみません、挨拶遅れました。アタシは五番隊の平子言います」

 

うちの隊長とはちょっと違う柔和な顔で笑った京楽隊長へかなり遅れた挨拶をする。

いやアカンやん、アタシ平隊士やねんて。めっちゃフランクな感じで話してもうた。

あ、待ってもしかしてこれ不敬罪にあたる……?

背中にちょっと冷や汗を感じ始めた頃に、アタシの名前を聞いた京楽隊長は少しだけ目を大きくさせた。

 

「平子って、平子真子ちゃん?」

「え?えぇ、そうですけど。なんでアタシの名前知ってるんですか?」

「あ、やっぱりキミが真子ちゃんか。いやね、ちょっと前に報告書で見たの思い出して」

「はい?報告書?……それって、現世で虚が大量に出た時の事ですか」

 

そうそう、と頷いて京楽隊長はまた口を開く。

 

「新人なのに巨大虚を撃退したって聞いたよ。今期は優秀な子が多いのかな」

「それはどうも……ってちゃいますわ。なんでそんな事まで知ってるんですか。他の隊の隊長まで知ってるとかおかしいですやん」

 

アタシがそう問うと驚いたような顔をして、彼は答えを教えてくれた。

 

「あれ、知らないの?他の地区でも同じように虚が出たんだよ」

「え?他の地区でもですか」

「そうだよ。現世の至るところで同じように虚の大量出現が確認されてね」

 

そんな大騒ぎになってたん?アタシ知らんかったんやけど。

隊長、なんで教えてくれなかったんや。

頭の中であの真面目な顔をした自隊の隊長へ不満を漏らす。

 

「緊急事態ってほどじゃないけど、ちょっとした騒ぎになってどこの隊も手一杯になっちゃったんだ。重傷者や酷い所は救援に来た死神も殉職してるし。だからほら、真子ちゃんのところも救援来るの遅れたでしょ」

「あぁ、そうですね……遅れた言うか、来なかったと言うか……」

 

ハッキリと言葉にできず、苦笑いで答える。

 

「だからその時現場に居た死神の情報はある程度他の隊長も知ってるはずだよ」

「はぁ、そうやったんですね。なんも知りませんでしたわ」

「あれから時間は経ってなにも異常はないけど、穏やかではないよね」

 

京楽隊長は言葉を締めくくると、空の方へ視線を向けた。

 

「面倒なことにならなきゃいいんだけどね。どうも」

 

 

 

あの後、京楽隊長は一足早く八番隊へ帰っていった。

アタシは一人歩きながらさっき聞いた話について考える。

 

おかしいやろ。

アタシが居たところで虚がぎょうさん居ったのは滅却師の撒き餌の効果のはず。

なのに他の所でも同じことが起きたって、他の所も滅却師の仕業……って考えるのは安直な考えか?

……いや待てよ。

そもそも、あの撒き餌の効果ってそんな強かったか……?

確か撒き餌って精々雑魚を数匹おびき寄せるのが本来の効果やったはず。

石田が使った時にあんだけの数が出てきたのは重霊地なのと、霊圧の強い人間がぎょうさん居ったからちゃうんか。

やのに、アタシが現世に行った時は巨大虚まで居た。

 

「……」

 

滅却師の他に、何か絡んでそうな気が……

それこそ、虚側でなにか……

 

「……色々考えすぎか」

 

 

それから数か月後、十一番隊の痣城隊長が無間へ投獄されたと聞いた。

 

 



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6話:昇進祝いですけど

 

十一番隊隊長、痣城剣八が無間へと投獄されてから幾年かの年が流れた。

空いた隊長の座には既に新たに剣八の名を継ぐものが収まり、瀞霊廷には平穏な空気が流れている。

そしてここはその平穏な空気の代名詞と言っても過言ではない場所。

瀞霊廷内にある新しくできた甘味処だ。

店内には非番であろう者や一服休憩として寄った女性隊士が多く、姦しい賑わいを見せている。

 

「おばちゃーん。こっちの注文も頼むわー」

 

その姦しい中でもひと際大きく声を上げた座敷に座る女性死神。平子真子は駆け寄ってきた店員に品書きを指で指し示しす。

 

「アタシこの白玉ぜんざい一つな」

「ウチはこのどら焼きとか言うの一つ」

 

真子の正面から同じように品書きに指で品物を示すのは同期の猿柿ひよ里。

店員は二人の注文を聞くと笑顔で頷き、駆け足で厨房へ戻っていった。

 

「しっかしエライ人多いなぁ。まさかここまで賑わうとは思ってなかったわ」

「なんやねんハゲマコが、お前がここ来たい言うから来たんやないかい。こない並ばなアカンなら最初から言うとけ」

「ある程度並ばなアカンのは予想ぐらいできるし、流行りモンは早めに抑えるのは常識やろが。お前もやいのやいの言いながら来てるやんけ」

 

真子は店員が回収を忘れた品書きに目を通しながら軽口を交わす。

お、これも美味そうやんけ。なんて声を漏らしながら目を開かせる様はただの可愛らしい少女に見える。

だが、真子がただの少女でない事は目の前のひよ里は嫌というほど知っていた。

真子の返事が面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らして机に頬杖をつき、ひよ里は周囲の客へ意識を移す。

近くの席に居た一人の客は、甲高い声を上げながら運ばれてきた甘味を口に運び、同席のものとにこやかな顔で語り合っている。

視線を横にずらして別の客を見ても、同じような満たされた顔で笑っているのが目に入った。

どこもかしこも似たような光景ばかり。

本来ならひよ里も周りの客同様に、にこやかな顔で居たのかもしれない。

だが今現在ひよ里の顔はにこやかとは対極にあった。

 

「なんやねん。そない不機嫌なんやったら来んかったらよかったやろ」

 

真子が品書きから顔を上げてひよ里を見やる。

 

「誰も来たないなんて言うてへんやろ。勝手に決めつけんなや」

「いやめっちゃ不機嫌やんけ。お前そんな並ぶの嫌やったん?ここ並んだ甲斐はあって美味いはずやぞ」

「喧しいねん。なんも言うてへんねんから黙れや」

「……なんやわけわからんやっちゃな」

 

その会話を最後に真子は再び品書きに目を落としひよ里は周囲へ目を逸らす。

しばし二人の間には奇妙な沈黙が流れた。

やがて真子が品書きに書かれた全ての品目に目を通し終えた頃、店員は二人が注文した品物を持ってやってきた。

コトリ、と静かに二人の目の前に下ろすと店員は去っていく。

 

「……なんやコレ」

「なにって『どら焼き』やろ」

「……これホンマに甘味なん!?こんな茶色いんやぞ!?」

「疑わずまず食えって。美味いし甘いから」

 

目の前に置かれた初めて見るどら焼きを見てひよ里は疑問の声を出さずにはいられなかった。

銅鑼に似た形の茶色の皮が二枚、何かを包んでいるのだろうか膨らんでいる。

一見すると砂糖や蜂蜜といった甘味料は見られない。

中に蜂蜜でも入っているのか。にしては膨らみすぎではないだろうか。

ひよ里にとってはまさに未知との遭遇だった。

 

「てかマコはこれ知ってるんか」

「は?あー……まぁな、ええから食ってみぃや。口合わんかったらアタシ食べるから」

「……ちゃんと自分で食うわハゲが」

 

既に白玉ぜんざいを食べ始めている真子を一度見てどら焼きを見る。

やがて訝しみながらどら焼きを持ち、思い切って口に入れた。

 

「……うま」

「な?アタシの言った通りやろ?」

 

確かに美味しい。

皮の中に餡子が入っているのは予想外で、柔らかで優しい甘みが口に広がる。

木の匙を口に咥えながらニッと笑っている真子へ正直に認めるのは何だか癪に障る。

癪には障るが、認めないことも子供っぽいので素直にせやな、と言って返事をする。

そのまま二口目を口につけた。

美味しい。

 

「せやせや。お祝いやねんからそないふくれっ面で食うより、今の顔で食う方がええやで」

 

真子が表情を変えずに告げた。

 

「はぁ、オイワイ?何のことや?」

「何のことて、惚けてるんか?」

 

咥えていた匙を出して器に置く。

 

「お前の昇進祝いに決まってるやろ」

 

その言葉がひよ里の脳へ伝わると同時に、ピキリと音がするのを確かに聞いた。

 

「喧しわッ! !」

 

二人を挟む机へ手をつき乗り上げ、ひよ里は真子の頭へ一発叩きを入れた。

綺麗な音が響いてそのすぐ直後に真子が鈍い音を立てて机へ沈む。

 

「ったぁ!なにすんじゃひよ里ゴラァ! !」

「こっちのセリフや!よりによってお前、よりによってそこ突くかァ!?」

「ハァ!?なんの事やねん、ちゃんと言わんと分からんねんけどォ!?」

 

お互い身を乗り出し、頭突きし合うような体勢で少女たちは会話を続ける。

 

「っ……ふざけんなや、何でウチの昇進決まったらマコも昇進すんねん!」

「いや知らんわアホ!別に二人揃って昇進オメデトォでええやろが!」

「あぁせやな平子十席オメデトさん!ほら祝ったでこれでええんやろ!?」

「キレながら言いなや猿柿十三席!そっちもオメデトさん! !」

 

キレながら互いに祝い合う光景は何とも奇妙なものだった。

近くに居て騒ぎが聞こえてきた店員が止めようか迷っていると、その横から二人の女性が通り真子たちの方へ近づいた。

 

「なんや騒がしい思ったら真子とひよ里やないの。二人も甘いの食いに来てたんか」

「え、あホントだー!」

 

声に反応して同時に顔を離す真子とひよ里。

そこには自分たちを見下ろす、矢胴丸リサと久南白の姿があった。

 

「は?何でリサと白がここに居んねん。二人とも今日非番ちゃうやろ」

「休憩や休憩。昨日合同で泊りがけの任務あって今から帰るところ。その前に休んでも罰当たらんやろ」

 

リサが説明する間に白はいそいそと座敷に上がりひよ里の隣に座る。

店員へ一言同席でいいと告げてから、リサも同じように真子の隣に座った。

 

「八と九の合同ってなんや。そんなんあったんかい」

「ただの現世の見回りや。だいぶ前に虚大量出現の件あったやろ。それで警戒してあたしらを行かせたんや」

「席官を二人もか?エライ警戒しとるなぁ」

「なんかねーあたし達が行った所のが被害一番酷いところだったんだってー。別に他の子でも大丈夫って言ったのに拳西のいけずー! !」

 

腕を伸ばし抗議するように机をたたく白。

机壊れるで、とリサが一言告げてから会話を続ける。

 

「にしてもエライ混んでるなこの店。最近出来たん?」

「いや知らんと並んだん?確かに最近出来た店やけど、リサって甘いモン食うん?」

「疲れた時は甘味食うのが一番やろ」

 

リサは真子の近くにあった品書きを手にとり、白も見やすいようにと机に置いた。

白は品物の名前を見ながら自分が食べたいものを口に出している。

先に来ていた二人はそれを黙って見ていたが、白が上げた品物が八つを超えた辺りで横のひよ里から止めが入った。

 

「白それ全部頼む気か?金足りんくなるやろ」

 

それに対して白は不思議そうに返事を返す。

 

「えー?だってマコマコの奢りじゃないのー?」

「そうそう真子(まこ)の奢り……ってアタシ!?」

 

突然矛先を向けられた真子が勢いよく白の方へ顔を向ける。

純粋に疑問を浮かべる白の横で、ひよ里は畳に寝そべりながら腹を抱えて笑っている。

 

「ええぞ白!一番高いモン頼んだれ!」

「えっとねー!このおはぎとぉ、あ!これきな粉付いてるかな!?」

「ちょ、ちょい待ちや!アタシはお前らの分まで奢るなんて一言も」

「あ、店員の姉ちゃん。このきなこ餅と緑茶のセットと、あとわらび餅と塩大福と……」

「コラリサァ!お前この流れ的にアタシが奢る前提で複数頼んでるな!?ちゃんと全部食えるんやろうな!?」

「食べれなくなったらあたし食べるもん!」

「ウチも白玉ぜんざい追加で!」

「ひよ里ィィ! !」

 




ひよ里と真子ちゃんは同期で、しかも同じ女の子ですのでちょっとしたライバルのような感情もあると思ってもらえるといいかもですね。
身近にいる人ほど、無意識に自分と比べちゃいませんか?
え、ひよ里は比べたりしない?
この世界線ではそうなんですよ納得してくださいませ。



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7話:作戦段階ですけども


平子のテディベア可愛くないですか?
予約しちゃいましたけど、どこに置こうか今から悩む


 

今より八百年ほど前、死神と滅却師の間には戦争ともいえる争いが起こった。

死神の本拠地である瀞霊廷へ侵攻した滅却師を迎え撃つ形での争いだ。

双方に多大なる犠牲を払いながらも、当時の隊長格たちの獅子奮迅の働きにより敵の大将を払いのけ死神側の勝利で争いは幕を閉じる。

それから数百年の間、双方に小さな争いはあれど大規模な争いは起こらなかった。

――今のこの時までは。

 

 

警報の音が甲高く鳴り響く。

瀞霊廷全土に響くその音を聞いた死神たちは、速やかに隊舎へ帰隊していく。

一から十三までの隊舎の中でそれぞれの隊長は集まった隊員たちの前で、多少の差異はあれど同じ意味の言葉を口にする。

 

「警報が鳴った。即ち、これまで幾度となく行われた対話は決裂し、もはやこれ以上の歩み寄りは不可能と判断されたという事を意味する」

「これより、我々死神は滅却師掃討作戦を決行する」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「一から五班は何かあった時の為に瀞霊廷で待機。六班から七班は隊長と同じとこ。他はアタシと同じ地点で待機や」

 

五番隊の隊舎。

そこには長い金の髪を一つに結い上げ、忙しなさそうに部下に指示を出す真子の姿があった。

その顔からは普段の飄々とした雰囲気は見られない、真剣な顔つきだ。

 

「平子副隊長」

 

そんな彼女に一人の男性死神が声をかける。

 

「あ?なに?」

「いや、さっきから副隊長の後ろで話したそうにしている子が居るから」

 

真子が後ろを振り返ると、そこには落ち着かない様子の女性死神が立っていた。

彼女は両手を合わせて手慰みとして緩く動かしていたが、真子が自らの方へ振り返ったのに気づくと緩く口を開く。

 

「ぁ、真子(まこ)ちゃん……あの、あのね。新人の子たち、不安がってる、から……すこっ少し、抜けてきてもいい、かな……?」

 

吃りながら話す彼女の少し後ろでは数人の隊士が怯えた様子で真子を見ている。

そちらへ視線を移した真子は少し眉を寄せ暫し沈黙する。が、すぐに女性死神の方へと視線を戻した。

 

「……ええで。やけどすぐ戻ってきいや。もうすぐ出立やねんから遅れたらアカンで」

「あり、ありがとう……」

 

礼を告げた女性死神は足早に怯える隊士たちの下へ駆け寄っていった。

 

「はぁ、よくやるな新人への気遣いなんて。俺は自分の事で手一杯だよ」

「嘘つけ。そないに参った顔してへんやん」

「いやいやホントだって」

 

軽薄そうに笑いながら彼は女性死神が去っていった方を見ている。

その間にも行き交う死神たちの足音は止まない。

遠くでは誰かの大声も聞こえ、否が応でも今が緊急事態という事を意識させられる。

数十年前までは平和だったのに、と行き交う誰かが心の中で呟いた。

 

「てかお前はいつまでそこ居んねん。早よ集合場所行けって」

「いや俺は平子と一緒の斑だし……あヤベ。平子副隊長と一緒ですしィ」

「キッショイ声出すなや……それにとってつけた敬語はいらん。逆にウザい」

「ウザいは酷くね?いや、まぁだから一緒に行こうって思って。ほら、お疲れの副隊長に献身的に寄りそう俺って感じで、女性人気出そうじゃん?」

「……お前、そないな事言うて集合場所忘れたとかちゃうやろな」

「……」

「図星かい」

 

何も言わなくなった死神へ一言だけ吐いて、真子は副隊長の仕事を果たすため彼の望み通り集合場所へと歩き出した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「全員居るな?」

 

五番隊の訓練場で真子は大勢の隊士の前に一人で立ち、全員に聞こえるような声で話し始める。

 

「これからアタシたちは現世へ向かう。知ってると思うけど、担当地区に住んでる奴らを殲滅するのがアタシたちの任務や。なにより今回の対象は虚やのうて、人間。……それもただの人間ちゃう、滅却師やで。気ィ引き締めろ」

 

そこで一息区切り、再び息を吸い込んで声を出した。

 

「そんで、ここに居る奴は現世に到着次第アタシと同じ地点で待機って話やけど、すまんな。アレ嘘や」

 

途端に混乱する隊士たちのざわめき声が聞こえだす。

作戦開始前にいきなりの計画変更だ。隊士たちが混乱するのも無理はないだろう。

だが真子はそのざわめきも予想していたようで、そのまま言葉を続けた。

 

「はいはい静かにせんかい、まだアタシの話続いとるで。……いや嘘とはちょいとちゃうな。もっと詳しく言うならお前らは現世に出たら全員持ち場離れて隊長のとこに合流せい」

 

真っ直ぐに隊士たちを見る目には反論するのは許さない、という力強さがあった。

反論の声はなく、ただ真子の声のみが訓練場へ響き渡る。

 

「後で責任はアタシが全部とったるから、隊長になんて言われても戻ってきたらアカンで」

 

そして最後に真子は先ほどより声を鋭くさせ、静かに告げた。

 

「死にたくなかったらな」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

時は数日遡り、掃討作戦についての隊首会が開かれていた頃、真子は他の副隊長たちと一室に待機していた。

真子は一人、置かれている椅子に座り呆と格子窓から空を見上げる。

 

「おい真子」

 

そんな真子に声が掛けられる。

ゆるりと頭を動かした視線の先には、七番隊副隊長の愛川羅武と九番隊副隊長の六車拳西が立っていた。

 

「なん?どないした?」

「どうしたじゃねぇよ。なに呆けてんだお前」

「いやボーっとしてたってええやん。今は待機状態なんやし、ゆっくりさせてや」

 

顔を顰めて再び空へと顔を戻す。

特に窓の向こうに何があるわけでもない。だが真子は二人から逃げるように視線を逸らす。

 

「お前、知ってたんじゃねぇのか。今回の滅却師討伐の件」

 

だが、その言葉で視線を二人へ移した。

 

「なんで、そう思うん?」

「落ち込んでるじゃねぇか」

「……落ち込んでるだけでそう思うのはちょっと強引ちゃうの?」

「沈んでるのは否定しねぇんだな」

 

拳西の言葉に無言で二人を睨め付ける。

図らずも肯定してしまい大きくため息を吐いて、真子は仕方ないと自身が憂鬱な理由を語る。

 

「……アタシのせいなんかなぁって、ちょっと思ってしもうただけやで」

「それって今回の件についてか?」

「せやな」

「はぁ?なんでそうなるんだよ、お前なにかしたのか」

「……昔、現世で虚が大量に出た時あったやろ?」

「お前が席官になったあれか」

 

そうそうあれあれ、と真子は羅武の言葉を肯定してから続きを話す。

 

「あン時な、アタシ小さな欠片見つけて報告したんよ。最近になって結果が出たみたいでな。その欠片が虚を誘き寄せる、撒餌の役割を持つものやったんやと」

 

一区切りつけ、少し言いづらそうに眉を寄せてから残りを紡ぐ。

 

「……それに滅却師の霊圧が混ざってたんやって」

 

二人は目を見開き真子の顔を見やり思考を巡らせる。

虚が出現した現場にあった撒き餌が、滅却師の霊圧を含んでいた。

それはつまり、あの虚の出現が滅却師によるものだったと証明していた。

件の騒動で死神側には決して少なくない被害者がでており、滅却師が死神へと権謀をめぐらせたとなると元々あった双方の亀裂が更に深く刻まれるのは優に想像できる。

そして、今回滅却師が関わっていると判明した折に滅却師の掃討要請。

公にされている殲滅の理由は、現世と尸魂界との魂魄の調整の為と伝えられているが、ここまで時期が合うとなると――

 

「まぁ、ここまで言うてなんやけど別に落ち込んでる訳ちゃうんよ。ただ、ちょっと考えただけやし気にしんといてな」

 

片手を軽く上げて普段の調子で話す真子の声に二人は思考を中断された。

考え事をしていたため逸れた視線を戻すと、ケラケラと見慣れた顔で笑っている。

 

「どっちにしても、滅却師は倒さなアカンし。タイミングの問題やったんやろうな」

「タイミ……?なんだそりゃ」

「時期って事や」

 

羅武の疑問の声に答えて、瞳に小さな憂鬱な色を乗せて誰にも聞こえないように呟いた。

 

「知ってた事やけど、滅却師倒す当事者になるとか、気が重いわ」

 



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8話:滅却師殲滅作戦ですけど

 

現世。

山奥の森で囲まれた中にある開けた土地。

そこにとある一族のみで構成された集落がある。

村には幼い子供や働き盛りの青年や娘も多く暮らし、他の村とも幾分か交流があり活気溢れる村だった。

だがここ数年は村への出入りを一切禁じ、村人たちは何かの準備に追われかつての明るさは失われていた。

まるで戦の準備でもしている雰囲気だった、と。近くを通りかかった村人は言う。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

爆風。風を切る音。怒声。人が倒れる音。

集落がある場所でそれらが絶え間なく鳴り響く。

いや、正しくは集落だった場所となりつつあるのだが。

木造の家屋は大半が砕かれるか焼かれて原型を失われつつあり、また幾つかの建物は既に跡地と化している始末だ。

そんな戦場と化した村の中で怒声の発生源である村人――滅却師たちは一様に険しい顔をし、各々武器と光輝く矢を構えていた。

矢の向ける先は、空だ。

 

「なぁ、もうええやん。そろそろ観念してこっちの話聞いてってば」

 

矢の先には金の髪を一つに結い上げ、地上を見下ろす一人の女死神が立っていた。

ところどころ彼女の死覇装は破れ、何かの爆発に巻き込まれたのか頬には軽い火傷を負っている。

死神である彼女、平子真子は抜き身の刀を肩に当て億劫そうに話しかける。

 

「もしもーし。この距離聞こえて――」

 

真子の言葉はそこで強制的に中断された。

下から滅却師の矢が放たれたからだ。

 

「――るっぽいな」

 

高速で放たれた矢を瞬歩で避け、先ほどと同じく空から地面を見下ろす。

目を細め、険しげに矢を放ったと思われる滅却師を注視した。

そこに居たのは、まだ幼い少年だった。

 

「うるさいぞ死神が!どうせお前はおれ達を斬るために来たんだろ!」

「……まぁ任務はそうやねんけど、ちょっと聞きたいことがあるだけやんか」

「死神風情に話すことなんてない!」

「おぉ……なんかテンプレ的なセリフやん。ちょっと感動したわ」

 

真子は手にした刀を鞘へ納め、滅却師とは少し離れた地面へゆっくりと降り立ち両手を顔の高さまで上げる。

滅却師と同じ目線になって、死神は再度問いかけた。

 

「ほら。今のアタシは無防備で人数もそっちの方が多い。一つや二つの話ぐらい聞いてくれてもええんとちゃう?」

「だから、誰がお前に――」

「――聞きたい事とは、なんだ」

 

少年の言葉を遮って現れたのは、年老いた男だった。

老人は身の丈ほどもある弓を持ち、話を妨げられ驚きに目を開く少年を死神の視線から隠すように二人の間へ出る。

 

「お、やっと話聞いてくれるんかいな!爺さん頭硬そうな顔して融通利くやん!」

「……先ほどから思っていたが、随分姦しい死神だな。死神とは貴様みたいに舌が回る者が多いのか」

「ん?せやなぁ……口回るやつも多いけど、お前らみたいに耳塞ぐやつも居るで?」

「減らず口め」

 

会話の最中にも周りの滅却師たちは真子へと敵意を向けるのをやめない。

真子はそんな視線など感じてなどいないと言わんばかりに老人との会話を続ける。

 

「見たところ、爺さんがこの村の長っぽいけど、合ってるん?」

「そうだな。私が村長だがそれがなんだ」

「って事は、村の事に一番詳しいって事やんな」

「……先ほどから、何が言いたいんだ」

 

老人の疑問に真子は上げていた手を下す。

警戒した滅却師の一人が咄嗟に真子を撃つために弓を構えるが、老人が手を上げる事でその滅却師は構えを解く。

 

「……今から五十年ほど前、アタシら死神はこの辺りの森で虚の集団に遭遇した」

「ほう?」

「いやホンマ、わんさか出よってなぁ。当時現場に居たのはまだ毛も生えてないような大勢の赤ん坊と、一人の保護者や。今考えたらあれワンオペってやつやん」

 

ケラケラといつもの飄々とした態度で真子は語る。

が、すぐに真子はその態度をかき消し射るような視線で老人を見遣る。

 

「そん時虚の被害にあってアタシの同期と上司が死んだんやけどさ。お前ら、五十年前にこの辺りで虚の撒き餌使ったか」

「……」

 

何故撒き餌の存在を知っているなどと老人が問いかける事はない。

彼は真子を彼女と同様に、射ぬくような視線でただ見返しているだけだ。

暫し双方が口を閉ざし、静かな時間が流れる。

 

「だったらなんだ」

 

静寂を破ったのは老人だった。

否定とも肯定ともとれる言葉に真子は眉をひそめる。

 

「……それは肯定って事でええの?」

「貴様の好きに受け取れ」

「あっそ、ならそうするわ。……まぁ撒き餌見つけた時点でそうやろうなとは思ってたし、確証得たかっただけやから別にええんやけど」

「……」

「……他の場所でも、撒き餌使ったか?」

「そんなの知るもんか!」

 

答えたのは老人ではなく彼の後ろに居た少年だ。

老人の後ろから顔だけ出して鋭い目で真子を睨むが、すぐに老人によって顔を隠される。

 

「……ま、そりゃそうか。他の地区でも撒き餌を使ったのかどうか分かれば、一番よかったんやけどなぁ……」

 

真子は小さく呟く。

独り言のつもりで、つい漏れ出てしまったような声だった。

 

「……聞きたいことはそれだけか。死神」

「ん?あぁ、せやな。もう十分やわ」

 

おおきに、と感謝を告げて真子は腰に差していた斬魄刀を抜く。

途端一斉に放たれる滅却師の光の矢。

数十を軽く超える矢は真っ直ぐ真子へと向かって、土埃を巻き起こしながら着弾した。

次々と矢は放たれて、まるでそれは光の雨のようにも見える。

雨はしばらくの間振り続け、数秒後に老人が手を上げて攻撃を中断させた。

土埃は辺りを漂い、やがて風が吹き土埃晴れる。

そこには、誰も居なかった。

 

「え、」

 

驚愕の声を上げたのは少年のみ。

他の者たちはこうなることを予想しており、辺りを警戒していつでも撃てる準備をし弓を構えている。

 

「いやマジで殺意たっかいな。怖くてビビってまうわ」

 

声がしたのは、またもや空から。

自分たちの上を見上げれば、逆さまに空へ立つ死神の姿。

しかし先ほどの雨に少なからず当たっていたのか着ている着物の破れている場所は増え、遠目で見える首筋には血の線が走っている。

片手に持った斬魄刀の形が変形している事が気になるが、消耗しているのは間違いない。

このまま攻め続ければいける。

誰かが小さくそんな事を口にした。

 

「うん……やっぱ怖いし、一気に決めさせてもらうわ」

 

死神は柄の部分についた円状の部分を持ち、振り子のように回し始める。

 

「ホンマは、使いたなかったんやけどな」

 

どこからか、土埃に紛れて甘い匂いが漂ってくる。

 

「だって、一度も実践で使ったことないんよ」

 

矢を番えた少年は、親に貰ったべっこう飴を思い出した。

 

 

「卍解 」

 

 

戦場に、巨大な蕾が芽吹いた。

 

うふふ あはは 真子 真子

貴女を傷つけた ものどもに 心を痛めるなんて

ああ だからあなたは 甘いのよ

 

空の蕾がゆっくりと花開く。

そこから現れたのは、左手で肩を押さえ脂汗を額に浮かべる真子の姿だった。

押さえている肩には一本の光の矢が深々と刺さっており、血が徐々に死覇装を侵していく。

真子は少しばかりふらつく足をそのままに、静かになった蕾の外へ出て辺りを見渡した。

 

「……ホンマ、えげつないなぁ」

 

そこには、夥しい数の人の抜け殻が散乱していた。

周りは倒壊した家屋の木屑と土埃が空気中で混ざって不快な臭いが漂い、地面からは鉄臭さも立ち込めている。

鉄臭さの原因である抜け殻たちの致命傷は、矢で射ぬかれた傷。

――彼らは味方どうしで傷つけあい、全員が倒れ伏した状態で地に伏していた。

 

「ん、まぁ……一言余計やったけど、お疲れさん」

 

彼女は肩から垂れる血で汚れた逆撫を鞘へ直し、柄頭を優しく叩く。

そのままゆっくりと降下し、残骸だらけとなった地面へ足を着いた。

着地の衝撃で痛む肩に顔を歪めるが、次第に霊子で固められた矢は霧散していく。

真子はそのまま消えていく矢を見ていたが、ふと自らの肩の向こうへ見える抜け殻に目が留まった。

それは、あの老人の後ろに隠れていた少年だった。

真子が卍解する直前、この少年は弦に触れていた指を放していた。

放たれた矢は真っ直ぐと真子へと向かい、卍解を発動する隙をつかれる形で真子は直撃を許してしまった。

 

「……」

 

真子は何も言わずしばらくその少年の遺体を見下ろし、一度目を深く瞑る。

少しの間その場に佇んでいたが、何かを振り払うかのように頭を振って歩き出した。

後に残るのは崩壊した家屋と、同士討ちした村人のみ。

立ち込める血の匂いもやがて風がかき消し、人が居なくなった村の存在ごと人々の記憶から風化していくことだろう。

 

 

――数刻後、滅却師掃討完了との知らせが瀞霊廷へ通達された。

 

 



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9話:隊長就任ですけど

 

滅却師掃討作戦から早二年が経った。

壊れかけていた現世と尸魂界間にある魂魄のバランスは無事元に戻り、多少の混乱はあれど争いはない日々が流れていた。

そんな平和なある日、お昼過ぎである申の刻の出来事。

アタシ、平子真子は五番隊の執務室で一人の死神と一緒に部屋の片付けをしていた。

 

「なぁ平子。この書類はもう破棄していいんだっけ?」

「どれ?」

「これこれ。この書類」

「……今期予算書って書いとるけど?」

「ダメ?」

「アカンに決まっとるやろアホかッ!」

 

アホな事抜かす奴の頭へ一発ツッコみを入れる。

意外といい音をした頭は悶える声を漏らして地面へ沈む。

そのまましばらく畳と仲よくしたらええわ。

 

「つぅ!いってぇ……ちょっと視界揺れたぞ!」

「ふざけたこと抜かすからやろが。ホラ、さっさと立って片付け再開せんかい」

「ちょっと冗談言っただけなのに……」

 

ぶつくさ言いながら立ち上がり、先ほどまで居た書類棚へ戻っていく。

アタシはそれを横目で見て自分の作業を再開する。

そうなると途端、物静かになる執務室。

時々中身の確認の為に紙が捲れる音と物を取りだす無機質な音しか聞こえない。

まぁ、言ってしまえば退屈な空間だった。

 

「にしてもさ、何で俺ら二人だけで執務室整理してんの?部屋の大きさと人数全然合ってねぇし」

 

その退屈な空間に耐えられなかったのか、またコイツは文句を垂れ始めた。

チラリと横眼で見ると片手に持つ書類から目を離してはいないから、作業自体はちゃんとしているらしい。

 

「一般隊士に重要書類見せる訳にはアカンからって、隊長が説明してたやろ」

「じゃあ俺も一般隊士だからダメじゃん」

「おいコラ三席」

 

何が一般隊士や。

三席で一般隊士なんやったらそれより下の席次はなんやの?平か?

……アカンアカン、気にせず片付け片付け。

っと、この棚はえっらい昔の記録やな。

あ、この報告書アタシが初めて書いたやつやん。なっつぅ……

 

「三席、三席か……全然自覚ないんだけどなぁ……」

「お前相変わらずゆっるいのぉ」

 

よし、この棚は整理完了。

次執務机やりますか。

さっさと終わらせて甘味処行きたいわぁ……

……他にやる事あるから今日は絶対行かれへんねんけどな。

 

「それ言うなら平子もだろ。お前そんな顔して凄い出世するじゃん」

「そんな顔ってなんやのそんな顔って。話の脈略もよぉ分からんし、お前いつかシバくからな」

「いやもうさっき既に叩かれてるんだけど」

「あれはツッコみやからノーカン」

「のーか……なんて?」

 

おっと隊長愛用の筆発見。

……いや愛用の品忘れるとかどんだけバタバタしてたんですか、隊長。

 

「というか、平子が隊長か……なんか、こう感慨深いものがあると言うか。もう気軽に話しかけられねぇな」

「お前それアタシが副隊長になった時も言うてたで。てかそれ言うならお前やろ。最初に大量の虚見て腰抜かしてた癖に三席て、生意気やわ」

「何十年前の話してんだよ!?やめろやめろ!」

 

大袈裟に手を振って嫌がるそぶりを見せ、三席のこいつは片手に書類を持って執務机を挟む形でアタシの前に立つ。

ふざけてる顔ではなく、わりと真剣な顔だ。

 

「なぁ、平子は隊長がなんで引退したのか詳しく聞いてねぇの?」

「……せやな」

 

隊長……いや、もう元隊長になるんか。

元隊長は元々下級貴族の出で、詳しい事はわからないがなにやら上流貴族のところへ婿養子に行くらしい。

これは五番隊の隊士なら全員知っている話で、目出度いことだとお祝いムードではある。

……では、あるんやけどなぁ。

なにしろホント急に決まった事で、上の首を挿げ替える準備とかなんもしてなかったから、バタバタしているのも事実で。

婿入りする当の隊長は色々準備に追われていて、物凄い申し訳なさそうにしながら副官であるアタシに五番隊の事を任せわけだ。

そもそも引退自体も隊長が望むことではなく、婿入り先の家から引退するように命令されたとチラリとアタシに漏らしていた。

いやもう命令されてる時点できな臭さ凄いけど、隊長はなんか納得しとるみたい。

それに幾ら上流貴族の命令だからって、隊長格の人間を辞めさせる力とかあるん?

……そんな疑問は持っていても、今のアタシじゃ調べようがないんやけどね。

隊長も詳しく教えてくれへんかったからな。

 

「お貴族様の事情やし、あんまり深く突っ込んで藪から蛇出したないから聞いてないわ」

「あ、そうなのか。平子なら聞いてると思ったんだけどな」

「なにお前、そんな気になるん?」

「いや普通自分の隊の隊長が引退するなら理由とか気になるだろ」

「まぁ、そうかもしれんけど……お前、いつか猫みたいに死なんよう気ぃ付けや」

 

首を傾げる向かいのやつは無視して、アタシは横にある椅子をひきそこへ座る。

低くなった視界で見渡した部屋はよく知っている筈だが、この椅子から見える景色は見慣れない。

 

……これから、この視界がアタシの日常になるのか。

 

そんな事を考えて、なんとなく。

そう、なんとなくアタシは腕に着けている副官章に触れた。

 

「そういや副隊長はどうするんだ?平子が指名するんだよな」

 

それを見てか、目の前のこいつはアタシが丁度悩んでいる事を聞いてきた。

 

「せやなぁ、副隊長か……」

 

うーん脳内にどうしようもなくあの眼鏡がちらつく。

いや眼鏡やった期間短かったけど。どっちかと言うと髪上げてる方のイメージがあるけど。

え、でもホンマにアタシあいつ副官にするん?

爆弾抱えるようなもんやで?

指名しなアカンの……?

 

「……」

 

いやアカン。あいつ自由にさせてたら暗躍し放題や。

仕事忙しくさせた方が研究だか何だかを遅らせて被害減らせる……はず。

確か平子もそういう考えであいつ傍に置いてたよな。いや監視やっけ?

ともかく、近くに置いといた方が一番周りの被害少ないのは正解なんかなぁ。

……ホンマ、実験とかするならしてええけど、人様に迷惑かけんなや。

……しゃーないか。

 

「まぁ、目星はついてるわ」

 

――――――――――――――――――――

 

陽が西へ沈みかける酉の刻。

段々と夜の気配を告げる陽の光が強くなり、窓から入り込む斜陽が室内を彩る。

まだ行燈を点けるには少しばかり早い時刻に真子は一人、執務室の窓から外を見ていた。

 

「入ってもよろしいですか、副隊長」

 

そんな折、部屋の外から声をかけられる。

真子は声がした方へ振り向き、入室の許可を出した。

ゆっくりと戸が開けられる。

そこに居たのは一人の男性死神だった。

 

「副隊長、こちらに居られたのですか。探しましたよ」

「……アタシの事探してたん?なんか用?」

 

声と同時に彼は部屋へ足を入れる。

死神は穏やかな笑みを浮かべ、執務机の前まで歩く。

そこで彼は片手に持っていた紙を執務机に置き、真子の方へ指で滑らせた。

 

「先ほど朱司波隊長が隊舎前まで来られて、こちらを副隊長に渡してほしいと」

「隊長が来てたん?はー、珍しいな。暫くこっちに来れそうにないとか言うてたのに」

「どうやら無理やり時間を作ったみたいですよ。これを渡してすぐに帰られたので」

「なんや隊長してた時より忙しそうやな……」

 

真子は置かれた書類を指先で拾い、紙面に目を通す。

上から順に真子の視線が動く。

書類を見終えるまでの間、向かいに立つ死神はただ静かに待っていた。

やがて最後の文字まで目を動かした真子は一つ頷き、机の上へ書類を放る。

 

「確かに受け取ったわ。おおきにな」

「いえ、では僕はこれで失礼します」

 

礼儀正しく彼は上官へ頭を下げ、踵を返し部屋から出る為戸に手をかけた。

 

「あぁせや。ちょっと待ってくれん?」

 

そこで後ろから声をかけられ、彼は伸ばした手を止める。

振り返り後ろを見れば、彼女は先ほどまで身に着けていた副官章を外し、差し出すように手に持ちこちらを見ている。

入室した頃より鈍くなった斜陽を背負った彼女は、悪戯をしかける童女のような顔をしていた。

真子は副官章を机へ置く。

コトリと、重さを感じさせる音を立てて真子の手から離れた。

 

「なぁ、お前確か五席やったよな?」

「え?はい。そうですが」

「……アタシの副官。やらへん?」

 

脈略のない話が彼女の口から発せられた。

真子の言葉を聞いて彼は一瞬、表情を険しくさせた。

だがすぐにその顔は目を丸くして真子を見るものに変わる。

正面に居た彼女が険しくなった彼の表情を認識できたかはわからない。

彼女は依然として童女のままだ。

 

「僕が、ですか」

「そう。なに?やりたないん?」

「いえ、光栄なことだとは思いますが……少々、驚きまして」

 

困ったように笑う彼を見て、真子は不思議そうに首を傾げる。

 

「そないに驚くような事か?」

「いきなり副隊長へ任命する事は、一驚するには充分かと」

「……そういやアタシも隊長に席官命じられた時は驚いてたか」

 

頭を居心地が悪そうに数度掻いてから、真子は視線を正面へ戻した。

すると自然、二人の視線は再び交わる。

――部屋の空気が先ほどより冷えたように感じるのは、陽が沈んだせいなのだろうか。

いつの間にか室内を照らすものは既に太陽ではなく、柔らかな月に変わっている。

 

「で、どないするん。副官なるんか、断るか」

 

彼が居る戸の前までは月の光は届かない。

故に、真子からでは彼が今どのような顔をしているか分からない。

真子はただ、選択肢を提示して男の答えを待った。

問いかけてから、時間はそれほど経っていない。

僅かに男が笑う気配を真子が感じると同時、彼はゆっくりと月の光の下へ歩みを進める。

執務机の前で立ち止まり、月に照らされた男は酷く蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「……では、謹んでお受けいたします。隊長」

 

そして彼は、机の上にある副官章を手にした。

 

「おう、よろしくな。惣右介」

 

二人を見る外の月は、三日月だった。

 




藍染頼む。お前IQ3とかになってくれ。



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隊長篇
10話:日常ですけど



最近たくさんの方に見てもらえてるみたいでビックリしています。
評価や感想にお気に入り登録、誤字報告もしていただいて嬉しい限りです。



 

五番隊の執務室。

壁に掛けられた和時計の秒針が動く音と筆が紙を走る音に混ざって、時々何かを啜る音が聞こえる部屋。

その静かな部屋で、二人の死神が机へ向かって仕事をしていた。

一人は長い金の髪をそのまま下ろしている女、平子真子。

筆で紙に一文書いては、すぐ横に置かれた湯呑へ手を伸ばして茶を飲んでいる。

もう一人は彼女の副官である藍染惣右介。

彼の手元にも湯呑はあるが特に減った様子はなく、黙々と軽やかな手つきで書類を片付けていく。

また筆が紙を滑る音が聞こえる。

真子は筆を走らせながら反対の手で湯呑へと手を伸ばした。

だが、茶を飲もうとしたところで彼女の動きは止まる。

中の茶が無くなってしまったのだ。

 

「あれ、もう無くなってしもうたんか……惣右介ぇ、茶ぁ入れてぇ」

「ご自分でどうぞ」

「冷た!え、温かい茶と正反対に冷たい返事やん」

 

紙面から目を離さずに、藍染は言葉を返す。

一も二もなく拒否された真子は上半身を脱力させ、文句を言いつつ机にもたれ掛かった。

伸ばした片手に持つ湯呑の中を覗いて、次いで自分の副官の顔をジッと見つめる。

和時計の音が数10回鳴るほどに時間が過ぎた。

やがて視線に耐えかねた藍染が小さく音を立て筆を置きお言葉ですが、と一つ前置きをしてから真子を見る。

 

「今日、隊長がお茶を要求されたのは今ので何度目か覚えてますか」

「ん?んー……2回目?」

「6回目です。飲みすぎですし、その度に僕の仕事が止まってます」

「固い事言いなや。隊長を補佐するのが副隊長の仕事やろ?」

「既に隊長がするべき書類も僕が処理しているので充分かと思いますが?」

「ああ言えばこう言う……」

 

大きなため息を吐いて真子は湯呑を持ったままゆっくりと立ち上がる。

どうやら頼むのは止めて、自分で淹れる事にしたらしい。

そのまま隣室に併設されている給湯室へ歩き始めるが、途中で藍染の机にある湯呑を横目で盗み見る。

チラリと見た湯呑の中が全く減っていないのを確認すると、何も言わずに横を通り過ぎた。

真子が給湯室に入って湯を沸かそうとしたその時。こちらへ向かってくるよく知った霊圧を感知した。

移動速度を考えると、歩いているというより速足で移動しているらしい。

真子は手を止め執務室へ戻り、もうすぐ開くであろう廊下へ続く戸を見た。

藍染も近づいてくる霊圧――というより、だんだんと大きくなる足音に気づいたようで、二人揃って戸を見つめる。

やがて勢いよく戸が開かれ、開けた人物は速足の勢いもそのまま力強く足を一歩、執務室へ踏み入れた。

 

「ひよ里やん。久しぶりやな、どないしたん――」

「邪魔すんでェ! !」

 

戸を開けた猿柿ひよ里は踏み入れた足で床を蹴り、自らを弾丸のようにして真子の胸元へ頭突きをしてきた。

邪魔すんやったら帰ってぇ、と平常であれば続けられる筈の真子の口からは代わりに潰された蛙のような声が漏れ出る事となる。

真子とひよ里は二人揃って後ろの壁へ衝突――するかに思えたが、ひよ里だけは真子にぶつかった為に勢いが落ち、その場で地面へ着地する。

よって、派手な音を立てて壁に衝突したのは真子だけだった。

 

「ぉ、おま……!ぁい、はい!肺ッ!」

「なにが『はいはい』や!ハゲマコいつの間に坊にまで戻ったんや!」

「そのはいはいやのうてっ、肺やボケェ! !」

 

咳き込み胸元を押さえながら真子は立ち上がりひよ里に詰め寄る。

 

「いきなっり、なにすんねん!肋骨折れるかと思たわ!」

「なんやあんなんで折れるんかい!身と一緒で骨まで薄いんか!?」

「細さやったらお前も大して変わらんやろ!」

「ウチは丁度いい細さや!マコは縦が長くて横はヒョロとしてるから余計目立つねん!」

 

額を合わせ言葉の応酬――もとい、戯れ合いを続ける真子とひよ里。

もし二人が動物であったならばガルルルという唸りが聞こえてきそうな様子だった。

そして一歩も引かない動物たちの戯れ合いは、一人の男によって中断される。

 

「隊長、少し冷静になってください」

「え!?この流れで止められるのアタシなん!?仕掛けてきたのひよ里やねんけど!?」

 

椅子に座ったままの藍染が冷静に声をかける。

藍染へ視線を向けるため真子が合わせていた額を離すと、視界の端に勝ち誇った顔をするひよ里が目に入った。

真子は目元が引き攣るのを感じる。

だがここで反論したら先ほどの繰り返しになってしまうと思い、大きく呼吸を吐き息を整える事で頭を冷やす。

 

「まぁええわ。で?ひよ里は何しにここまで来たんよ」

「やっとか。聞くの遅いねん」

「……」

「隊長。落ち着いて」

 

ひよ里は懐から紙束を取り出し、真子の顔の前へ突き出す。

 

「近いねんけど。なんも文字見えへんわ」

「なら後ろ下がれや」

「……」

「隊長」

 

真子は目の前にある束を奪い取る形で手に取り、書かれた文字に目を通した。

 

「いやこれ、普通に五番隊(うち)宛ての書類やん。わざわざ副隊長のお前が持ってくるようなモンちゃうやろ」

「……知らんわボケ。ウチかて来たくて来たんちゃうわ。けど、曳舟隊長がウチに持って行ってくれって……」

「はぁ?桐生サンが?」

 

同じ女性であり隊長を勤める十二番隊隊長の姿が頭に浮かぶ。

数少ない女性隊長同士という事もあり、隊首会の後などではよく話をする間柄だ。

脳内で友人ともいえる彼女がいい顔でこちらへ笑いかけている。

 

「なんでや?そないに重要な内容には見えんけど……」

「……せやからウチが知るか!とにかく!ちゃんと届けたからな!」

 

ひよ里は来た時とは反対にゆっくりと、だが力強く歩き、廊下へ続く開いたままの戸を通って真子達へ振り返る。

 

「クソボケッ!」

 

大声と同時に、戸は激しい音を立てて閉められた。

 

「えぇ……なんやねんアイツ。久しぶりに会うた思ったら忙しないやっちゃな」

 

この数年の内に、真子が隊長に昇進したのを追いかける形でひよ里が副隊長に就任した。

昇進祝いとしてリサや拳西達といった、普段から親しくしている者たちで料理屋へ足を運んで以来、ひよ里と話す機会は碌になかった。

就任してからは慣れない仕事に苦戦し、忙しそうにしていたのも理由の一つではある。

だが、ひよ里が隊長である曳舟を母親のように慕い、必死に彼女を支えようと努力していたのを知ったからだ。

偶に彼女から声をかけられ休日に出かけたりはしていたが、勤務中に先ほどのような会話はとても久しぶりだった。

そんな事を考えていると、真子の思考は強制的に引き戻される。

 

「隊長。考え事するのは好きにしていただいて結構ですが、仕事をしてからにしてください」

「……あーはいはい。分かったから、やいやい言わんといて」

 

真子は手に持ったままの紙束を机の上に放るように置き、通算六度目となる茶を入れに給湯室へ足を向けた。

 

 

六度目の茶を淹れてから和時計の長針が4回、一周するほどの時間が流れる。

室内は数刻前と同じく和時計の音と、筆が走る音しか聞こえない閑散とした空間。

藍染は手元にある最後の書類を処理済みの山に置き、和時計へ視線を動かした。

指し示す時刻が定時な事を確認すると、彼は机に広げた文鎮や筆を丁寧に仕舞い始める。

 

「では、お先に失礼します」

「……もうこんな時間かい。おう、お疲れさん」

 

藍染はそのまま机の上を綺麗に片付け立ち上がり、一度戸の前で振り返り礼をして退室する。

すると必然的に執務室は真子一人だけの空間になった。

 

「……結局アイツ、一杯分も飲んでへんとちゃう?」

 

真子は小さく呟いて横にある未処理の紙束で出来た山を見遣る。

 

 

これが隊長になった平子真子の日常。

今日は少しだけ変わっていた。だけど殆どいつもどおりの日常。

 

 




イメージ的にこの二人最初の方はビジネスライクっぽい感じなんですよね。

それと今後の展開の参考にしたいのでアンケートを置いてみました。
皆さんはどちらの展開が見たいのかな~?と、需要を知りたいのです。


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11話:日常……?ですけど


なんだか最近アクセス数やお気に入り登録が多いなと思っていたんですが、どうやらランキングの方に載っていたみたいで本当に驚きました。
拙作を読んでいただき、感謝しかありません。
これからも書き続けたいと思っていますので、どうかお付き合いくださいませ。



 

「お、丁度ええところに甘味処発見」

「……今気づいたかのように言わないでください。知っていてここを通る経路にしましたね」

「別にええやん。見回りももう終わるし」

「終わりじゃありません。まだ一地区残ってます」

「細かいやっちゃな……優しい優しい真子(まこ)ちゃんが奢ったるから入ろうや」

「……自分にちゃん付けするの、きつくないですか?」

「喧しい!」

 

 

流魂街の住人は腹が減らない。

正確に言うならば大半の住人は、と補足はつくが。

そんな流魂街にも、瀞霊廷へ近い地区になると食事処は少なからず存在する。

霊力を持った住人や休暇などで流魂街を訪れた死神たちを客として設けられた店。

真子たちが現在いる甘味処もそういった店の1つだ。

 

「あ、嬢ちゃん。アタシこのわらび餅とほうじ茶頼むわ」

「では僕は大福と緑茶で」

 

注文を受けた店員はそのまま店の中に入っていく。

真子は店先に置かれた長椅子へ座ってそれを見送り、ほう、と息を漏らして力を抜く。

少し距離を空けて横に座る藍染は眼鏡についた汚れを拭っている最中だった。

 

「にしても、流魂街に店構えてる割にはええ品揃えしてんな」

 

長椅子に置かれた品書きを見ながら真子が思ったことを口にする。

 

「品揃えだけなら瀞霊廷の中にある店と変わらへんちゃう?」

「そうですか」

 

藍染は綺麗になった眼鏡をかけ、真子の方へ顔を向けた。

 

「……前から疑問でしたが、隊長はよく甘いものを召し上がってますよね。やはり甘いものがお好きなんですか?」

「ん?いや別に特別好きとちゃうで。甘いもの食った方が頭働くから食べてるだけやし」

「え。好きじゃないのにあんなに食べてるんですか?正直に言って食べすぎですよ」

「え、アタシそんなに食べてるか……?い、いやいや食べてない、よ。普通や普通……」

「よくお茶の中に金平糖を浮かべて、茶菓子と一緒に飲まれてますよね?現に今も甘いものを」

「あー!あー!あー!聞こえへん聞こえへん!何も聞こえてへんよ!アタシはそないに甘いモン食べてないし、最近太ってきてもいない!」

「誰もそんな事は言っていませんが」

 

両手を耳に当て騒ぐ上官を、藍染は酷く面倒そうな顔をして見遣る。

 

「てか、そういうお前はどないやねん」

「……なにがですか?」

「甘いもの好きなんかって話。……てか、アタシにばっか聞くなや。たまには自分の事話せって」

「はぁ」

「……気ぃ抜けた返事やなぁ」

「……あまり考えた事はありませんでしたが、特に好き嫌いの区別に入りませんね」

「そこはスッっと普通ですとかでええやん。一々回りくどく言わんといて」

 

背中を丸くし、膝に頬杖を突いて真子は振り返って店の中へ視線を移す。

今は未の刻を少し過ぎた頃で、甘味屋としては人の書き入れ時が終わった為か食べている人の姿は見えない。

この店にいる客は真子達だけのようだ。

見る物がない真子は視線をスイと横へずらし厨を見る。

特に何があるわけでもないが、漂う甘い匂いと時々食器が合わさる音を聞きながら真子はただ厨を眺めていた。

程なくして盆を持った店員が出てくる。

店員は二人が座る長椅子に品物をそれぞれの近くに置き、そのまま下がる。

真子は自身の近くに置かれたわらび餅の皿を手に取って、黒文字を使い1つ口に含んだ。

 

「……うん。久しぶりに食べたけど美味いな」

 

藍染も無言のまま横に添えられた黒文字を掴み、大福を半分に切って口に入れる。

二人は何も言わず、ただ出された食事と茶を嗜んでいた。

そして藍染が大福を完食して黒文字を皿の上に置いた時、隣から落ち着いたように一息つくのが聞こえた。

何気なしに藍染は顔を横へ向ける。

そこには湯呑を手に持ち力を抜いて目を閉じる上官の横顔があった。

ふと、彼女の髪の中に、金とは異なる色が混ざっているのに気付いく。

注視するとそれが一枚の木の葉だと分かった。

先ほどの見回りの時に紛れ込みでもしたのだろうか。

 

「隊長、髪の中に――」

 

木の葉が、と声に出しながら藍染は手を伸ばす。

 

 

「……なに?」

 

 

冷えた声。

ただただ、自分を警戒する女の声。

その声が聞こえると同時、彼の手は高い音と軽い衝撃をもって止められる。

伸ばされた手を真子が掴んだ為だった。

彼女は訝しげに目を細めて藍染の目を射抜いている。

 

「……失礼しました。髪に塵が付いていたので取ろうとしたのですが、いきなり女性の髪に触れるのは不躾でしたね」

 

苦い笑みを張り付けた口で謝罪を垂れると、掴まれていた腕は徐々に力を抜いて放された。

伸ばした手を下ろし、笑みを貼り付けたまま彼女を見る。

不満げに彼女は藍染を見返していたが、興味をなくしたように顔を下げた。

真子は後ろに流していた髪を掬って自身の胸の前へ流し、その中に埋もれる緑の葉を見つける。

そのまま髪から指先で摘まんで取り出し、指を離した。

風に乗って葉はユラユラと揺れ、少し離れた場所へゆっくりと落ちる。

 

「……やったら、何が好きなん」

 

先ほどよりは険の薄れた声がした。

 

「はい?」

「……やから、お前甘いもの好きちゃうなら、何が好きなんやって聞いてるんやけど」

 

この言葉に藍染は暫し答えに窮する。

まさか食の好みの話を続けるとは、思ってもいなかったからだ。

 

「……そう、ですね。僕は豆腐が好きですよ」

「え、お前豆腐好きなん?こう、揚げ豆腐とか麻婆豆腐とかじゃなくて単体?」

「……隊長が仰ってるのは料理名なんですか。聞いたことありませんが」

 

真子から出ていた鋭い空気が、言葉と共に掻き消えた。

 

「いや、豆腐ってどっちかと言うと副菜的な感じやん。主食ではないよな?」

「別にいいでしょう、食べ物の嗜好なんて。誰かに文句をつけられる謂れはありませんよ」

「おぉう……いや、まぁそうやねんけどさ……ちょっと意外というかなんて言うか……」

 

そんな会話をしていた真子と藍染だが、同時に二人の口は閉ざされる。

 

「惣右介」

「はい」

 

二人は手に持っていた皿や湯呑を椅子に置き、軽く身なりを整え立ち上がる。

立ち上がった二人が纏う空気は、紛れもなく護廷隊の死神のものだった。

 

「嬢ちゃん!ごめん御代ここに置いとくでー!」

 

真子は懐から金子を自身のこぶし大程の量を取り出し、先ほどまで自身が座っていた長椅子の上に置いた。

 

「一つ……いや二つか?霊圧絞ってるみたいやし、雑魚じゃないっぽいな」

「どうやら住居付近に現れたみたいですね。どうしますか、一度戻り応援を呼びましょうか」

「いや、先にどんな奴か確認したいし応援は後でいいわ。……惣右介、お前ちょっと見てきてくれん?お前の方が足早いやろ」

「わかりました。では僕が先行して様子を確認してきます」

 

告げるが早いか、五番隊の副隊長は瞬歩でその場を移動する。

残された隊長は虚の霊圧を感じた方へ顔を向け、副官の帰りを待つ。

 

「大虚か、それ以上……?なんでこんな時期にこんなデカい霊圧のやつが居るんや……」

 

額を覆う彼女の姿を見たものは誰も居なかった。

 





本性藍染さんも難しいけど、猫かぶり藍染さんもなかなか難しいなと最近本当に思います。
というか原作で過去篇の五番隊もう少し見せてくださいよ師匠。
平子、藍染、ギンが居た時の様子が見たいんです私は。



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12話:双子ですけど


最近になって平子カバーの『種をまく日々』をちゃんと聞きました。
小野坂さん滅茶苦茶歌上手いじゃないですか。しかも歌声平子のままだし。
聞いたことない方は是非聞いてみてね。



 

なんだろう。

 

「いかがいたしますか。――様」

 

なんなんだろう、これは。

 

「くだらん。地虫ほどの価値もない」

 

あたしの目の前にいる、これは、なんだろう。

 

「マッドイーター。貴様の好きにしろ」

 

なんで、兄さんが真っ赤になって寝ているんだろう。

どうして、あたしはここから動けないんだろう。

 

「戻られるのですか?」

「丁度いい餌でもいるかと思ったが、とんだ興ざめだ」

 

人の形をしたそれは、地面に座り込んで動けないあたしや兄さんに一度も視線を向けない。

そのままそれは、宙に現れた黒い口みたいなところへ入って消えた。

横にいた、一体の虚を残して。

 

「ウックック。小僧め、娘を庇いおって。自ら食べやすくなってくれるとはなァ」

 

虚は楽しくて仕方がないような声で、あたしと兄さんを交互に見る。

あたしは、走って逃げることも、兄さんに駆け寄ることもできなかった。

――あの人型のなにかが、怖くて仕方がなかったから。

 

「まさか双子の魂魄に出会えるとは、ワシも運がいい。じっくり味わって喰ろうてやろう」

 

虚は、あたしの方へ一歩近づく。

どうやらあたしを先に食べる事に決めたらしい。

 

――いやだ。

――こんな、こんな何もない所で死にたくない。

 

「小娘、貴様が姉か?……いや、妹か。まぁどちらでもよいか」

 

――まだ。

――まだ、兄さんを、助けてすらいないのに。

 

「……ぅ」

「ん?なんじゃ?最期の言葉ぐらいは聞いてやろうかの」

「……ふじ、まる」

 

――にいさん。

 

「……ウックックック! !最期の言葉が兄の名前とは!泣ける、泣けるのォ!すぐに会わせてやるから寂しくはないぞ」

 

虚の鋭い爪がついた腕が、あたしの頭へ伸ばされる。

 

「――――ぁ」

 

突然、金の風が走った。

いや、違う。風だと思ったのは人だった。

長い髪の毛を揺らして刀を持って現れた、女の人だった。

 

「ッグアッ!」

「浅かったか」

 

あたしと虚の間に立った女の人は虚へ振り下ろした刀を見下ろしながらつぶやいている。

正面にいる虚は斬られた場所を押さえて苦しそうに息をしていた。

それを後ろから見るあたしは、女の人が来ている白い羽織が何を意味しているのか知っている。

 

――死神……隊長さん?

 

「おヌシ、隊長格かッ!ワシがここまで接近されて気づけなんだとはッ」

「嬢ちゃんビビらせて悦に入ってたからやろが。素直にキモイんじゃボケ」

「貴様ァ……!」

 

虚が隊長さんと距離をとるように一歩一歩と後ろに下がる。

あたしの前に立つ隊長さんは、走り出す時みたいに態勢を低くして斬魄刀を構えた。

だけどそれを見た虚が不気味に笑って、一瞬で高く跳ぶ。

 

「あ……」

 

小さく漏れ出た声と一緒に上を向く。

そいつは建物の屋根の上に立って、あたしと隊長さんを口を歪めて見下ろしていた。

 

「流石に今の時点で隊長と争うのは分が悪い。この場は一旦退こうかの」

「逃げるんか?」

「クックック。その手の挑発には乗らんぞ死神」

 

虚の視線が、あたしの方へ――ううん、違う。

あたしと、兄さんの方へ向いた。

 

「ワシはマッドイーター。ヌシらはいずれ、必ず喰らうからな」

 

そう言って笑って、虚はまた高く跳んであたしの視界から消えた。

隊長さんは上を見ていたけど、少ししたら刀を鞘に納めて振り返ってこっちに歩いてくる。

 

「大丈夫か嬢ちゃん。動けるか?」

 

目線を合わせるように隊長さんはしゃがんであたしの顔を覗き込む。

ジッと隊長さんは目を合わせてくれて、あたしもただ隊長さんの目を見つめ返した。

そうなってやっと、助かったんだと理解した。

 

「ぁ、あの……ぁ」

「ん。無理して喋ったらアカンよ。ひとまず立てるようになってからやな」

 

隊長さんは立ち上がって辺りを見渡している。

キョロキョロと何かを探すようにしていたけど、探し物が見つかったみたいで少し頭を下げた位置で動きが止まった。

その先を、あたしも何となしに見ようと首を動かしてピタッって止まる。

 

「ふじまるッ!」

 

さっきまで動かなかったのが嘘みたいに勢いよく地面を蹴って、もたつきながらあたしは走る。

兄さん……ふじまるの倒れている姿を見てあたしはよろめきながら近くへ駆け寄った。

崩れるように地面に膝をついて、両手でふじまるの背中を揺さぶった。

 

「ふじまる、ふじまる!ねぇしっかりしてふじまるッ!ふじまる! !」

 

ふじまるの着物が、あの虚の爪の形に裂けていてそこから血が溢れて止まらない。

何度も揺すって声をかけているのに、ふじまるはなにも言わない。

 

――だめ。

 

「嬢ちゃん」

 

声をかけられて横を見たら、いつの間にか隊長さんはあたしの横に来ていた。

隊長さんは同じようにしゃがんであたしの肩に手を置いた。

 

「嬢ちゃん、心配するのは分かるけど揺らしたらアカン」

「たい、ちょうさん……」

 

隊長さんはあたしの顔を見てからふじまるの傷口に手を当てると、少しだけだったけど小さく舌打ちする音が聞こえた。

あたしは、ふじまるの方へ顔を戻した。

 

「隊長」

 

そうしたら、あたしたちしか居ない筈なのに急に男の人の声が聞こえてきた。

声がした方を反射的に振り返ると、眼鏡をかけた人が立っている。

 

――この人も、死神なの……?

 

無意識に体が強張っていると横にいた隊長さんは立ち上がり、その人と向かい合って話し出した。

 

「隣接地区も見てきましたが、そちらにも被害はなさそうです」

「そうか、ならここだけに出たってわけか」

「恐らくそうですね」

「連絡は?」

「既にいれてます。あと少しで到着するみたいですよ」

「ん。分かったわ」

 

あたしはただ、呆然と二人を見上げていた。

 

「そちらの子供は?」

「ぇ」

 

気づいたらあたしは隊長さんと話している死神さんの顔を見つめていたみたい。

隊長さんから視線をずらしたその人と目が合った。

 

「虚に襲われとった子。多分あの虚の狙いはこの子らやったんちゃうかな」

「では、倒れている少年はその虚に?」

 

死神さんの視線がふじまるへと移る。

 

「……そう。虚の攻撃でやられたみたいや」

「っ兄はまだ、生きています……!」

 

――まだ、ふじまるは息をしてる。

――生きている。

――だから、助けて。

 

死神さんと隊長さんはあたしたちを黙って見ていた。

だけどそれも短い時間の事だった。

隊長さんが膝をついて、ふじまるの体をゆっくりと抱き上げたから。

 

「惣右介、そこの嬢ちゃん背負って。移動するわ」

「え」

「……一応聞いておきますが、どちらへ?」

「四番隊」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

少年は重い瞼を開けた。

 

霞む視界で見えたのはいつも過ごしていた今にも壊れそうな木造の物ではなく、見たことがないほど綺麗な天井。

視界が鮮明になってくると少年の耳は一定間隔で鳴る電子音と、幾つもの足音を拾い始める。

ゆっくりと頭を横に向けると、天井と同じように見たことがない沢山の道具が置かれていた。

少年が呆とそれらを眺めていると、ふいに開けた瞼が重くなる。

本能が告げるまま瞳を閉じ、意識が落ちるのを待っていたが――

 

「あぁ、起きたのかい」

 

声が聞こえた。

自分に対してかけられた声だと少年は理解していたが、どうにも一度閉じた瞼を開けるのが酷く億劫だった。

少年が自分の思考に従い目を開けずにいると、声の持ち主は怜悧な声をそのままに言葉を続ける。

 

「二度寝するのは構わないけど、自身の状況を知ろうとしないのはどうかと思うよ」

 

自身の状況、と言われ少年は重い意識のままに考える。

自分は一体、どうしたのだろうか。

何故、知らない建物で寝ているのだろうか。

なにがあったんだっけ、と。少年は記憶を思い返す。

流魂街に居た自分たちの目の前に、突然現れた虚と人の形をしたナニカ。

咄嗟の事で妹と一緒に逃げようとしたが、人型の発する霊圧に圧され立つことすらままならなかった。

そいつは虚と何かを話していたが、突然虚がこちらへ視線を移し、口を歪めて妹を見た。

そして――

 

「っ、まつり……?」

 

時間をかけて瞼を開けながら、少年は妹の名を呼ぶ。

 

そうだ、自分は虚に襲われる妹を助けようとしたんだ。

虚が爪を振りかぶって、咄嗟に妹の前に飛び出した。

焼けるような痛みが背中に走るのを感じて、それから……それから?

どうなったんだっけ?

 

「うん、大丈夫そうだね。じゃあ君を連れてきた人を呼んでくるから、そこで待っているといい」

 

少年に声をかけていた人物はそのまま部屋を出る。

部屋に残された少年は一人、ゆっくりと上体を起こして改めて辺りを見た。

少年が見たこともない機械があちこちに置かれており、部屋の中も綺麗にされている。

少なくとも、ここが流魂街ではなさそうだという事は分かった。

 

「……ねむい」

 

危険はなさそうだと判断したのか、少年はまた体を倒して目を閉じる。

と、そこへ今度はよく知った声が鼓膜を震わせた。

 

「ふじまるッ!」

 

声と同時に部屋に現れたのは、少年の妹であるまつ梨だ。

まつ梨は走らないように、だが急ぎ足で横たわる兄の藤丸の側へ近づく。

 

「ちょっと!ふじまる起きて!もう起きられるでしょ?」

「ん〜……もう少し……」

「こらぁ!」

 

愚図るように妹と反対側に体を向ける藤丸。

起きない兄に声を荒らげるまつ梨だが、彼女の後ろから声がかかる。

 

「なんや、思ってたより元気そうやん」

 

知らない女性の声だ。

誰だろう、と藤丸がもう一度体を動かし目を開くと、部屋の入口付近に髪の長い女性がこちらを見て立っている。

 

「ほら、ふじまる起きて!まこさんに挨拶して!」

「ん……まこさん……?」

 

まつ梨に揺さぶられた藤丸は緩慢とした動きで体を起こし、真子と呼ばれた女性へ視線を合わせた。

 

「だいぶ寝坊助やな。丸々一日寝てても足らんか」

 

ケラケラと女性は笑って藤丸とまつ梨へ近づき、近くに置かれた椅子へ座ってまた口を開く。

 

「清之介……って言っても分からんな。お前を治したやつの話ではもう傷は完全に塞がった言うてたけど、痛みとかはないか?」

「ない、です……あれ?僕確か虚に背中を……」

「やから治してもらったんやって。後で一応礼言うときよ?まぁ本人やいのやいの言うて素直に礼を受け取ると思えんけどな……」

 

女性の声は最後の方になるにつれ小さくなっていき、藤丸には上手く聞き取れなかった。

だが藤丸は首を傾げるだけにして、一番聞きたかった事を聞くことにする。

 

「えっと、あなたは?」

「ん?あれ、言ってなかったっけ?まつ梨ぃ、説明しといてぇや」

「言う前にふじまるが寝ちゃって……」

「そうなん?ごめんて、ならまず挨拶からやな」

 

女性は一呼吸だけ間を置いて口を開く。

 

「アタシは死神で、五番隊所属の平子真子(まこ)。偏平足の……て言うても、藤丸は字分かるか?」

「分からない、です」

「もう、まこさん!あたしの時にもそれやってましたよね!?」

「やから今回は途中で止めたやろぉ?ならセーフ、問題なしやで」

 

真子と名乗った女性とまつ梨は小気味よく会話を重ねている。

気を失っているうちに何があったんだろう、と藤丸は考えるが、名乗っていない事に気づいて自分の名前を告げた。

 

「あ、僕は宮能 藤丸(くどう ふじまる)って言います」

「うん。まつ梨から聞いてるで。よろしくな、藤丸」

 

目を細めて笑う顔を見て、双子は図らずしも同じ感想を抱いていた。

 

――ちょっと胡散臭い

 

「まぁ、互いの自己紹介はこんなもんでええやろ。で、何で藤丸がここに居るかの説明やけど。話してもええ?」

「あ、うん。大丈夫」

 

藤丸が思っていた通り、ここは流魂街ではなく瀞霊廷の中にある四番隊隊舎であること。

虚に襲われた場所からここまで真子ともう一人の死神が運んでくれたこと。

治療を受けてから藤丸は丸一日寝ていたこと。

治したのが四番隊の副隊長であることを、真子がかい摘んで伝えた。

 

「もう一人まつ梨を運んだやつが居ったんやけどな。今はここに居らんし気にせんでええよ」

「そうなの?」

「そうやの。で、どう?状況飲み込めた?」

「うん。なんとなくは」

「何となくでも分かるんなら上出来や。それで、今から話すのはこれからの事」

「これからの事?」

 

藤丸が聞き返すと目の前の死神は徐に腕を動かし、膝につけて指を組んだ。

まつ梨が少しだけ藤丸の近くへ足を動かす。

双子は死神の言葉を静かに待った。

 

「お前らを襲った虚やけど、アイツはまた二人を襲う筈や。そうやろ、まつ梨」

「はい。あいつは、あたしたちを必ず喰らうって言ってました」

 

襲った虚。

一瞬、藤丸の脳裏に2つ姿が浮かんだ。

しかしすぐにまつ梨を狙った大きい虚か、と藤丸は判断する。

そこに居るだけで存在を押しつぶされるようになるアレが、自分たちにそんな言葉を残すとは藤丸は思えなかったからだ。

横に居た人型をしたアレが何かは分からないが、今は話を遮るより真子の言葉を聞いた方がよさそうだ。

 

「明らかに狙われている子供を流魂街にそのまま戻すのはどうよって事になったんやけどな。どうする?」

「え、どうするって……?」

「アタシの家、来る?」

 

藤丸とまつ梨は揃って目を見開いた。

鳩が豆鉄砲を食ったみたいやん、と真子が笑っていたが二人にとってはそれどころではなかった。

本当に、突然の提案だったからだ。

 

「流魂街よりは襲われる確率はかなり低くなるけど、アタシは立場上ずっと家に居るわけにはいかんし、留守にすることが多くなる」

 

死神は話を続ける。

 

「下手したら何日も家に帰られへん日があるかもしれん……二人が嫌なら上に掛け合って、どっか別のとこで面倒見てもらう事も出来るけど……」

 

藤丸は真子と出会ってまで数刻も経っていない。

だが、何故かは藤丸にも分からないがこの人と話していると凄く落ち着くのを感じる。

そしてなにより、まつ梨が慕っていると分かったから。

きっと、悪い人ではない。

 

「おねがいします!」

「よろしくおねがいします!」

「返事はっや!」

 





感想欄でこの双子の事について触れてる方がいらっしゃいましたが、エサクタでした。
如何せんプレイしたの何年も前の事ですのでとても懐かしいですね。
リメイクとかしてくれないでしょうか。



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13話:揚げ豆腐の方なら覚えてますけど?

 

『まつ梨が言ってた人型のやつって、それ上級大虚(ヴァストローデ)ですよね?なんでそない面倒なんが……』

『今はまだなにもわかりません……ですが、あの兄妹の前に現れたのは事実です。不幸にも彼らが出現位置に居合わせたのか、狙われていたのか……或いは全く別の目的があるのかさえも不明です』

『……卯ノ花サン、これ、隊長たち以外に伝えん方が良くないですか』

『ええ、どちらにせよ敵の目的が不明な状態では、混乱を招きかねない事は伏せた方がよいでしょう』

『……滅却師とのドタバタ、やっと収まった思たのに。なんやねんよ……』

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「てわけで、子供預かったわ」

「どういうわけやッ!」

 

ダンッ、と勢いよくちゃぶ台が叩かれる。

時刻は陽が完全に沈み切った戌の刻。

ここは瀞霊廷内に設けられた真子の自宅にある客間。

置かれた座布団の上に座り、二人の女性がちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。

一人は家主である平子真子。その向かいに座るのは猿柿ひよ里だ。

力強く台を叩いたひよ里は大きく息を鳴らすと、肘をつき目を細めて真子を見た。

 

「なんやねん……急に今日暇かなんて聞いてきた思ったら子供できたて」

「その言い方は大いに語弊がある。というか誤解しか生まんから止めい」

 

子どもと一緒に住むことになったわ、と告げてきた腐れ縁とも言うべき女は、台に置かれた煎餅を掴み一口齧る。

煎餅をかみ砕きながら、真子の視線は目の前のひよ里から横へと移動した。

ひよ里もその目を追いかけるように、甲高い音を発している一団へと目を動かす。

 

「ふぅ……小さいお客さんの前で演奏するのは初めてだからね、いつもより張り切っちゃったよ……!」

「すごいです!こう、何だかキラキラしてました!」

「リュラリュルルみたいな、聞いたことない音がしてたよね」

「それはバイオリンの音なのか?」

「子供の感性にツッコむなや」

 

一曲弾き終えた楼十郎こと、ローズに拍手を送り感想を伝える双子の兄妹。

その感想に疑問を呈する拳西と、持参した本を読みながら一言添えるリサ。

現在、平子邸の客間にはひよ里、リサ、拳西、ローズと、少ないながらもいつもの面子と言うべき人物たちが揃っていた。

 

「てか白とかラブはどないしてん。なんでウチらだけ呼んだんや」

「白たちは昨日呼んだわ」

「……ふぅん」

「なんやその気のないお返事は」

「なんもないわボケ」

 

ひよ里は家主に倣って目の間に置かれた煎餅を1つ掴み、小気味いい音を鳴らして歯で割る。

いきなり大人数と対面するよりは日を分けた方が小さな双子の精神的な負担を減らせるだろう、とでも考えたのか。

啜る音を響かせて茶を飲む真子を横目で見ながら、彼女の考えを想像する。

恐らくその推測は外れていないとひよ里は思っている。

伊達に百年近い付き合いはしていないのだ。これくらいの思考は読める。

 

「ろーずさん。他にはどんな曲がありますか?」

「なんでその楽器は『きゃんでぃす』って名前なんです?」

 

……あの兄妹に細かい気遣いとかいらんちゃうんか、と浮かんだ疑問は口には出さない。

 

「にしてもえらいローズに懐いてんな。ローズって前から子供受けしてたか?」

「楽器初めて見たから興味深々なんちゃう?知らんけど」

「なんや最後の『知らんけど』て。適当言うてんちゃうぞハゲマコ」

「残念サラサラのツヤツヤですぅ」

 

いつもの言い合いを続ける二人が見つめる先には、双子に強請られて楽器を奏でるローズの姿がある。

彼から少し離れた場所で双子は静かに並んで座っており、初めて聞く音楽というものに魅了されているようだ。

その双子を正面から見ているローズの表情がいつもより柔らかく見えるのは二人の気のせいだろうか。

暫く何も言わずに真子とひよ里はローズたちを見ていたが、視界の端で双子より少し離れた場所で座っていた拳西が立ち上がる。

こちらは普段より眉間に力が入っているように見える。

そのまま拳西は真子たちのほうへ近づき、すぐ近くへ置かれた座布団に座った。

 

「なんや拳西、どないした」

「……おい真子、お前あいつらどうするつもりだ」

「は?なんやの急に」

 

突然投げかけられた言葉に真子は目を開いて拳西を見返す。

 

「あいつら、霊力あるだろ」

 

拳西に言われ真子はあぁ、と納得の声を出して記憶を思い返す。

先ほど双子を交え談笑していた時に、藤丸が置かれていた煎餅を食べたのだ。

 

流魂街に住む者は基本的に腹が減らない。

そのために食事を必要としないのだが、その中でも食事を必要とする者はいる。

それが霊力を持つ者だ。彼らは自らの体内で意思とは関係なく霊力を作り、呼吸をするだけで消費する。

そして消費した分を生み出すために栄養となる食事を必要とするのだ。

故に腹が減る者は大きさに差はあれど皆霊力を持っている。

尸魂界に住む者の間では常識とされている事だ。

 

「別に。死神にさせるつもりないで」

 

軽い調子で真子は告げる。

彼女はそのまま腕を伸ばして湯呑を手に取った。

 

「なりたくないなら、ならんでええ。二人がなりたいなら手助けはするけど強制はしいひんよ。アタシの人生やのうて二人の人生や、アタシが勝手に道を敷くのはちゃうやろ」

 

既に冷たくなった茶を啜りながら言い切る。

ひよ里は何も言わず、残った最後の一欠けらの煎餅を口に入れる。

拳西はそうか、と短く声に出して腕を組んだ。

 

「にしてもなんや。拳西がいきなりアイツらの事聞くとか、そない気に入ったんか」

「あ?別にそんなんじゃねぇよ……ただ、霊力あるならさっき言ってた虚以外にも狙われたりすんだろ」

「確率は上がるやろな」

「今はいいかも知れねぇが、少しは自衛の手段覚えてた方がいいんじゃねぇのか」

「……せやなぁ」

 

湯呑が静かな音を立ててちゃぶ台へ置かれる。

真子は中身のなくなった湯呑を見つめたままに、さきほどよりは小さく言葉を紡いだ。

 

「……まぁ、瞬歩とかなら教えとくわ」

 

彼女は顔を上げて頬杖をつく。

 

「やけど、先ずは字覚えるのが最初やな」

「あぁ……そういやあいつらそっからか」

「読めるのはいいんやけど書くとなるとな……名前くらいは書けるようにしいひんと。まつ梨はええけど藤丸はヤバいんよな、あいつ画数多いから」

「自分の名前も書けへんとかアカンやろ。はよ教えたれ」

「やぁから言われんでもそのつもりやって」

 

ふと、今後の双子の教育予定を話す真子の視界に、こちらへ歩み寄る人影が見えた。

そちらを横目で見ると近づいてきていたのは音楽を聴いていたはずの藤丸だった。

藤丸は真子の目の前まで来ると妹の方へ指を向ける。

 

「マコさん。まつりのお腹がなったみたい」

「ちょっ、と!ふじまるだってさっきなってたじゃない!」

 

兄の声を聞いたまつ梨が急ぎ足で駆け寄る。

仄かに頬が赤く染まり、眉が寄った顔で藤丸へ抗議の声を上げていた。

 

「あぁ……もうそんな時間か。よっしゃ、なんか食べよか」

 

ゆったりとした動きで真子が立ち上がる。

 

「おうお前ら飯まだやろ。ついでやし食うてくか?」

「いただくわ」

「美味しいのを頼むよ」

「献立聞いてないのに注文までつけるか」

 

読んでいる本から目を離さずにいたリサと、楽器を持って近づくローズが答える。

その間に双子は真子の横をすり抜け厨へと競うように駆け出していった。

特に拒否の声が上がらないので、真子は双子の後を追いかけるように厨へと歩く。

厨と客間を隔てる暖簾をくぐろうと腕を動かして、そこで真子は一度動きを止めて振り返った。

 

「ま、てなわけで、アタシが留守の時とかは二人のこと頼むわ」

 

笑って告げて、真子は厨へ消える。

暖簾の向こうで油ないやん!、と叫ぶ声が聞こえるが、一体何を作ろうとしているのか客間からでは何も分からなかった。

 

数刻後に双子が運んできた物は、細かく切られた豆腐が赤い粘液質のある液体に浸された物体だった。

顔を両手で覆った真子の横で、藤丸が小さく分けられた皿へ匙を入れて口へ運ぶ。

笑みを浮かべていた藤丸の動きがピタリと止まる。が、藤丸は何も言わずただ口を動かした。

そんな兄の様子を見たまつ梨が続いて小さく掬った液体を口に含む。

酷く、静かな空間だった。

やがて他の者たちもそれぞれゆっくりではあるが運ばれてきた物を口に入れる。

 

「豆腐に恨みでもあんのか」

 

拳西の声が静かな客間に響いた。

 

 

時間をかけて完食し終えた者たちの感想は、とにかく辛いし、食感が凄かったとの事。

 





麻婆豆腐ってコチュジャンいるんですね。
今回調べてみて初めて知りました。


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14話:初めてのお使い(?)ですけど


平子誕生日おめでとう!!!!!!!!!!!!!
大遅刻ですね!!!!!!!
本当は誕生日にこれと合わせて続きを上げたかったけど普通に間に合わなかったんですよねチクショウ!!



 

「じゃあアタシ行ってくるから、今日も大人しく家いときや」

「大丈夫ですよマコさん!心配しないで!」

「勉強するだけだし、気にすることなんてないですよ」

「あ、なんやフラグ臭いような」

 

そう言ってマコさんは玄関の戸を閉めた。

そうなると家の中に居るのはあたしとふじ丸だけになる。

マコさんが出かけた後の家は、元々広いのに更に広くなったように感じて少しだけ苦手だ。

 

「よし!じゃあ今日の分の頁やっちゃいますか!」

「張り切るのはいいけど途中で」

 

ふじ丸と話しながら玄関からマコさんにもらった二人の部屋へ歩いていく。

部屋へ戻る時に通る客間の戸を開けて、あたしは机の上になにか置いてあるのを見つけた。

なんだろう、と思って近づくとそれが一枚の紙だと分かった。

 

「どうしたのまつ梨?」

 

急に机に近寄ったあたしを追いかけてふじ丸もこっちへ来た。

置いてあった紙を拾って見ると、ふじ丸も横から覗き込んできた。

書かれている文字はまだ読めない文字ばかりで理解できないけど、書かれている絵に見覚えがある。

 

「ねぇこれ、昨日マコさんが見ていた紙じゃない?ほら、この絵図」

「あ、ホントだね。」

 

「でもこんなところに置いてていいのかな。今日必要な物なんじゃない?」

「えー?でもマコさんがこんな所に忘れ……」

「……そうだね」

 

否定できないのがなんだか悲しいです。マコさん。

 

「どうしよう、これないとマコさん困るわよね。届けたほうがいいのかな……」

「うーん……でも勝手に外に出ないように」

「それは……」

 

そもそも勝手に外に出ないようにとマコさんに言われているから、どうしようと二人で腕を組んで考える。

 

(確かに約束は大事だけど……でも、仕事に使う物なんじゃ……)

 

『あー!アカン、大事な書類忘れてきてしもうたー!』

『困ったなぁ……今日絶対にいるやつやのに、どないしよ……』

 

「……うん、ふじ丸!届けにいこう!」

「え?でも僕たち、マコさんの働いている場所知らないよ?」

「大丈夫!きっと他の死神さんたちに聞けば分かるわ!」

「あ、そっか。マコさん隊長だって言ってたから、みんなマコさんの事知ってるよね」

 

二人だけで瀞霊廷を歩くのは初めてだけど、決めたなら出かける準備をしないと。

紙を持ったまま、ふじ丸と一緒にさっきより駆け足で部屋へ向かう。

部屋の戸を開けて、箪笥に仕舞われた着物の中から1つを取り出した。

出かける時の着物に着替えて、この間買ってもらった筥迫(はこはせ)*1にお小遣いとして貰ったお金と、届ける紙を詰め込む。

あたしとふじ丸が全身映るくらいの姿見で軽く身だしなみを整えて、準備完了!

 

「よし!これで大丈夫」

「まつ梨。準備できた?」

 

隣であたしに背を向けて着替えていたふじ丸が聞いてくる。

大丈夫、と言うとふじ丸はこっちへクルリと振り返った。

 

「あ、そこにさっきの紙入れてるの?」

「そうよ。ちょっと折り曲げちゃうけど、これで絶対無くさないから安心ね」

 

軽く筥迫を叩いてふじ丸に見せる。

ふじ丸も着替え終わっているみたいだし、これで出かける準備は万端になった。

 

「じゃあ行くわよ!」

「うん。行こうか」

 

来た時と同じように、また駆け足で廊下を通り抜けてあたしたちは玄関へ向かった。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「……」

「……」

「……迷っちゃったね」

「もう!言わないでよ!」

 

今あたしたちがいるのは瀞霊廷。

……の、どこか。

意気揚々と出かけたはいいものの。あたしたち二人は白い塀で囲まれた、広い道の真ん中で立ち尽くしていた。

ふじ丸が言ったように、有り体に言えば迷子。迷っちゃったみたい。

振り返って来た道を見ても同じような景色しかなくて、ここへ来るまでに何度か分かれ道があったからちゃんと帰れるかどうかも自信がない。

他に人が居ればよかったのにここに来るまで全然誰にも会わないし……

 

「こんなことならお店の人に聞けばよかったのかも……」

 

なんで商業区に寄らなかったんだろうって少し後悔している。

いつもマコさんが出かける方向は同じだったから、そっちに行けば死神さんたちが居ると思ったのに。

ひよ里さんや拳西さんたちに会えれば一番良かったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないのかな。

 

「ひとまず、戻れるだけ戻るしかないんじゃない?」

「そうね……運がよかったら人に会えるかもしれないし」

 

来た道を戻ろうと振り返って歩き出す。

 

「あ」

「ん?」

 

人が居た。

来た道の先の曲がり角から丁度人が出てきた。

驚いて声を上げるとふじ丸と被る。

褐色肌をした短い髪の毛の女の人。

マコさんと同じ、白い羽織を着ていた。

 

「なんじゃ?見かけぬ童たちじゃの」

 

どこかの隊士の子供か、と言いながら女の人はこっちに近づいてくる。

女の人――隊長さんはあたしたちの目の前に来ると、腰を屈めて話しかけてきた。

 

「なんでこんな所に童だけで居るんじゃ、親は何処に居る?」

「ぁ、あの!あたしたち、マコさんの所に行きたくて……!」

「マコ?」

「えっと……平子マコさん、なんですけど……」

「おぬしら、平子の知り合いか?」

 

隊長さんが少し目を大きくさせて問いかける。

はい、って答えて首と一緒に動かす。

隊長さんは体を戻すと、顎に手を当てて何か考えているみたいだった。

 

「すると……おぬしらが宮藤兄妹か」

「え。僕たちの事知ってるんですか?」

「ん?まぁの。しかしまさかこんな所で噂の二人に会うとはな……」

 

こっちを見て笑う隊長さんの顔がちょっと怖いと思ったのは何故だろう。

それに噂ってなんだろう。どんな話が出ているのかちょっと怖いな。

どうしたらいいか分からなくてあたしたちは顔を見合わせる。

 

「あの、あなたは……」

「あぁ、言うのが遅れたか。儂は四楓院 夜一。おぬしらと暮らして居る平子真子(まこ)の同僚じゃ」

「白い羽織を着てるって事は、あなたも隊長さんなんですか?」

「そうじゃ」

 

夜一さんは後ろを向いて大きく二って書かれた羽織を見せてくれた。

……誰か死神さんに会いたいなって思ってたら、まさか隊長さんに会うなんて。

 

「しかし平子に会いたいと言うわりには、随分と離れたところに来たの」

「え!?そうなんですか!?」

「ここは二番隊の隊舎近くじゃぞ」

 

二番隊隊舎っていうのがどこにあるのか分からないけど、目的地からは離れてしまっているらしい。

 

「迷子か」

「……そうです」

 

恥ずかしくなって、俯きながら返事をする。

横からふじ丸の乾いた笑い声が聞こえるけど、今はちょっと反論する気分じゃない。

 

「……なら、儂が連れて行ってやろうか?」

「え」

 

驚いて顔を上げて夜一さんの顔を見上げる。

目を細めて笑う顔が、何故かイタズラをする時の猫のようだと思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「よし、着いたぞ」

「……え?もう?」

 

あっという間だった。

夜一さんに抱えられたと思った次の瞬間、目の前の景色が消えて大きな建物の前に居た。

ううん違う。消えたんじゃなくてあたしが認識できなかっただけだ。

ちゃんと目を開けていた筈なのに、どこを通って来たのかすら分からないほどに速かった。

あれが前にマコさんたちが言ってた瞬歩ってやつなのかな、と地面に降ろされながら思う。

 

「あり、がとう、ございます……その、凄く速くて、どこを通ってるのか、分かりませんでした……」

「え?木の上とか屋根の上通ってたよ?」

 

嘘でしょ。ふじ丸は見えたの?

勢いよく横のふじ丸の顔を見る。

ほぉ、って声を上げた夜一さんは、ふじ丸の頭に手を置いて数回軽く叩いた。

 

「よく分かったな」

「ちょっと見えただけですけどね」

「謙虚なやつじゃ」

 

夜一さんは軽い足取りで建物の中に入っていった。

慌ててふじ丸と一緒に追いかける。

五、と書かれた建物の中は外から見えたままとても広くて、廊下では沢山の死神さんが歩いていた。

 

「四楓院隊長!?お、お疲れ様です!」

「お疲れ様ですッ!」

 

……前を歩く夜一さんを見た死神さんたちが皆立ち止まって頭を下げているけど、特に気にせず歩いているみたい。

頭を下げた人たちが後ろを歩くあたしたちを見て不思議そうな顔で首を傾げたりしているからちょっと気まずい。

二人並んで夜一さんの後ろをついて行くと、夜一さんは1つの戸の前で立ち止まる。

夜一さんはその戸を音を立てて勢いよく開けた。

 

「おーい、平子は居るか?」

「……居るけど、せめて入室許可とかとらん?」

「この童たちがおぬしを探して居っての」

「いや話きいて」

 

聞きなれた声がして夜一さんの後ろから顔を出す。

思っていたとおり、そこに居たのは机に座ってこっちを見るマコさんだった。

部屋にはマコさん以外にも人が居て、ちょっと離れたところの机に男の人も座っている。

……どこかでその人を見たことあるような気がするけど、どこだったかな?

首を捻って考えていると、夜一さんを見ていたマコさんはあたしたちがいる事に気づいたみたいで、ギョッとした顔でこっちを見た。

 

「ハァ!?なんで藤丸とまつ梨が居んねん!?」

 

ふじ丸がマコさんの前へ歩いて近づいていく。

追いかけるようにあたしも歩いて、ふじ丸の隣に立った。

 

「マコさんの忘れ物を届けに来ました」

「忘れ物ぉ?」

「えっと……あった!これです!」

 

持ってきていた筥迫から紙を取り出してマコさんへ渡す。

マコさんが紙を受け取ってそれを見ると、また目を大きくさせてあたしたちを見た。

 

「……これ届ける為わざわざ二人だけで来たんか?」

「はい!」

 

ふじ丸と一緒に答える。

マコさんはそうか、と一言だけ言って顔を伏せてあたしたち二人に手を伸ばした。

 

「アホッ!」

 

額にジィンとした鈍い痛みが広がる。

反射的に仰け反って額を押さえたけど、もしかしてあたしたちデコピンされた……?

 

「いたい!マコさん痛いです!」

「そりゃ痛くしたからな」

「なんで僕たち叩かれたんですか……?」

「叩いてへんわ。デコピンやデコピン」

 

何が違うんですか、と聞こうとしたけど、後ろからの声がかけられて中断された。

 

「おーい。儂はもう帰るからのー」

「あ、おおきに。ホンマ助かったわ」

 

あっ、と後ろを向くけど夜一さんはもうそこには居なかった。

最後にお礼を言おうと思ったのに、ちょっと残念。

そうしたら、今度は後ろ。つまりマコさんがいる方からガタンと何かが動く音がして、そっちへ体を戻す。

座っていた筈のマコさんが立ち上がって、あたしたちを見下ろすように腰に手を当てて立っていた。

 

「で?アタシの為に届けてくれたのは有難いわ。ありがとな。やけどな?それが約束破ってええ理由とちゃうやろ」

「うっ……でも……」

「でもも鴨もないで、約束は約束や。瀞霊廷は広いから迷子になるってアタシ言うたやんな。どぉせ迷子になって運よく夜一に出会って、ここまで連れてきてもらったんやろ」

「正解、です……」

「ほれ見てみ」

 

大きなため息をついてこっちを見下ろすマコさん。

あたしは、何も言えなくなってしまった。

マコさんの顔が見れない。俯いて着ている着物の服を両手で力いっぱい握りしめる。

できることならここから飛び出してしまいたかったし、約束を破ってしまった自分が凄く嫌いになりそうだった。

 

「あの……すみません、マコさん。約束破って……」

「ぁ、あたしも、ごめんなさい……」

 

何も言われなかった。

マコさんが静かなのは不思議な感じで、もの凄く長い時間そのままだったように思えた。

そんなとても静かな部屋で、小さく衣擦れの音が聞こえる。

なんだろう、って思うより先に頭へ軽い衝撃が来て、何か乗ったのが分かった。

 

「分かったならええわ。今度からはアカン言われたことやるなよ?」

 

言われると同時に頭の上に乗っていたものが離れる。

顔を上げるとゆっくり引かれる手と、あたしたちを見下ろすマコさんが居た。

その目を見たあたしは、なんだかすっかり体の力が抜けて大きな息を吐いてしまう。

 

「にしても定時まで二人どないしよかな……なぁ、惣右介ぇ」

「駄目です」

 

マコさんが男の人の方を向いて緩い声をかける。

男の人は顔を上げずに机の上にある紙を見ながらマコさんへ返事をした。

 

「いやまだ何も言ってへんやん。断るの早すぎやろが」

「家に連れて帰ると仰るつもりでしょうが、隊長の事ですしその帰りに甘味屋へ寄りますよね」

「……せえへんよ」

「今の沈黙で信用しろと?」

「やったらどないすんねん。ずっと執務室に居るのもアレやろ」

「隊長の部屋に居てもらったらいいんじゃないですか」

 

隊長の部屋って、マコさんの部屋の事?

マコさんの家の部屋は何度も入ったことがあるけど、ここでの部屋は見たことないがないから、とても見てみたいな。

あたしたち部屋で待ってますよ、と口を開こうとした時だった。

 

「失礼しまーす、平子たーいちょ、藍染副隊長。どうやらうちに四楓院隊長が来ているみたいですよぉ」

 

開けっ放しだった戸の向こうから男の人の声が聞こえてきた。

振り返ると、見たことがない男の死神さんが立っていた。

その人は部屋の中にあたしたちが居るのを見ると、ここに来るまでに会った人たちのように不思議そうな顔をして首を傾げた。

 

「お、丁度ええわ。お前こいつらアタシの部屋に連れてってくれんか」

「……え、いや別にいいけどよ、この子ら誰?平子の子供?産んだ?」

「ンなわけあるかい!」

 

部屋に入ってきた死神さんはこっちへ歩いてくる。

 

「てか四楓院隊長が来てるって話なんだけど」

「夜一なら帰ったわ」

「えはっや」

 

何しに来たんだあの人、と小さく呟いて死神さんはあたしとふじ丸の顔を見た。

 

「よーし、なんだかよくわかんねぇけどこっちだぞチビ共。平子の部屋にあるお菓子一緒に食おうなー?」

「あ、はーい。最中とかありますかね?」

「確かあった筈だし、みんなで分けるか」

「なんでマコさんのお菓子の場所知ってるんですか……?」

「お前らせめて本人の前で話すなッ!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ったく、なんかどっと疲れたわ……」

 

真子は目頭を押さえながら、音を立てて椅子に腰かける。

机に肘を付いてため息を吐いた時、彼女は自分の副官が先ほど閉じられた戸を見ている事に気づいた。

 

「なに?どないしたん惣右介」

 

声をかけられた藍染は戸から目を離し、彼女へと視線を移す。

 

「いえ。以前見かけた時と彼らの様子がだいぶ違っていたので」

 

そういえば、と真子は二人の子供を拾った時を思い出す。

二人が虚に襲われた現場にはこの男も居たのだった。あの時藤丸は気を失っていたので少年目線では初対面の筈だが、まつ梨は確かに藍染とも出会い少しばかりとは言え会話をしていた。

あの時のまつ梨は兄が死の淵を彷徨い恐怖によって気が動転していたので、現在の活発な様子とは似ても似つかないだろう。

 

「……へぇ、お前があいつらにそない興味持つなんてな」

「興味、というのも違うかもしれませんが……双子の兄妹は確かに珍しいと思いますね」

 

珍しい双子の魂魄。

そうだ、それによってあの二人は虚に狙われてしまったのだ。

――もしかしたら、虚だけじゃないかもしれないが。

 

「ええ子らやろ。あげへんで」

「隊長は僕をなんだと思ってるんですか」

 

いつもの飄々とした笑みで藍染を見つめ、真子は届けられた書類を処理済みの紙束の上へ乗せた。

 

*1
昔の女性たちの間で使われていた小物入れの一種





そろそろ原作の過去篇に突入させたい今日この頃。
というか予定では次から過去篇入ります。
長かったです。



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15話:新隊長就任ですけど


皆さんサンリオコラボ見ました?
皆さんアニメ第二クールのPV見ました??
皆さん平子のクマちゃん来ました???
私が更新してない間にたくさんのことありましたね
ひとまず言いたい事があります
平子のクマちゃん来た時家庭用ポッドが届いたのかと思いました。デカいです



 

平子真子が宮藤兄妹と暮らし始めて数十年の月日が流れた。

かつては真子の腰下まででしかなかった兄妹の背も彼女の腹部へ届くぐらいには成長し、学んでいた読み書きも完全に習得したと言っていいだろう。

あと数年の内に、真央霊術院に入る。

二人はそう心に決めていた。

もう数年前の事だが、それを告げられた日の事を真子はハッキリと覚えている。

いつものように晩御飯を三人揃って食べ、後はもう寝るだけとなった時だ。二人が真剣な顔で話がある、と言ってきた。

何を言われるのか分からず、多少の混乱と共に身構えていたが膝を突き合わせてすぐに藤丸が口を開いた。

 

「僕たち、死神になりたいんです」

 

その時に思った事もよく覚えている。

 

「あ、そうなん?じゃあ頑張りや」

 

なんだそんな事か、と安堵をしたのだ。

己が使っていた教本はどこに仕舞ったのか思い返しながら真子は立ち上がり、目を開いて声を上げられない二人を置いて自室に向かった。

後日、古ぼけた教本を受け取った二人にあんなに簡単に許可が出るとは思ってませんでしたと言われたが、逆になんであんなに畏まっていたんだ、と彼女は疑問を浮かべた。

何故なら、真子は出会った時に二人に告げた。

将来どうするかはお前らの自由だと。決めた道が道理に反していないならば反対する理由などない。

改めて己の考えを伝えると、顔を見合わせて兄妹は笑っていた。

 

そんな過去を思い返して、真子は現実逃避を止める。

意識を目の前に立つ小さな子供へ戻した。

そう、真子を現実逃避をさせていたのは、小さな子供だ。

短い銀色の髪と細められた目が特徴的な少年。

背も出会った時のあの兄妹たちと同じくらいか。その事が咄嗟に二人を思い浮かべさせたのかもしれない。

その少年は自身を無言で見下ろす隊長を見上げ、どうかしたのかと首を傾げている。

 

「あの、隊長さん?どないしたんです?」

 

アカン。これ完璧にあいつやん。

片手で額を勢いよく叩いて天を仰ぐ。

突然の奇行に肩を震わせる少年、市丸ギンは助けを求めるように彼女の後ろに控える副官へ視線を向けた。

 

「隊長、急に新人の前で変なことしないでください」

「……喧しい。今考え事してるから話しかけんといて」

 

背後からは咎めるような視線、下からは戸惑っている気配を感じるが、今の真子にそれを気にする余裕はない。

 

そもそも、何故こんな隊舎の廊下で立ち往生しているのだったか。

 

確か、今日行われた入隊式の後だった。

歩きながら己の副官と新入隊員について話しをしていると、一年で霊術院を卒業した天才が今年五番隊(うち)に入隊したとの話題が出た。

 

「へぇ、一年でなぁ……そんなやつ居ったか?」

「隊長ちゃんと名簿に目を通しました?」

「舐めんなや。ちゃーんと隊長さんは見ましたァ」

「でしたらご存知の筈では」

「……」

 

会話がなくなった廊下を歩いて曲がり角に差し掛かった時、腰元辺りに軽い衝撃が走った。

いて、と声が下から聞こえて視線を下げれば銀色の頭。

下げられていた頭がゆっくりと上がり、こちらを見上げる細い目と目があう。

 

「あ、平子隊長……すんません。前見てませんでした」

 

あぁ、そうだ。そこで見覚えがある少年を見て固まってしまったのだ。

額を押さえる手を下ろし、改めて少年を見る。

 

「……」

「あの、ボクの顔になんか付いてます?」

 

うん。確定。どうあがいても黒。

というかさっき一回確認したやろ。

そうか、天才児って市丸の事だったのか。完全に忘れていた。

真子の年々薄れていく記憶では、市丸が死神になったのは浦原が隊長に就任したのとほぼ同時期だった。

という事は、今年のうちには曳舟の昇進が決まり、空いた十二番隊隊長の席に就くのは――

 

「ぇっと……ごめんごめん。何でもないよ。珍しい髪色してるな思ってジロジロ見てもうたわ」

「髪の事言うんなら隊長さんもオモロイ髪してますやん」

「いやオモロイとかは言うてへんやろ……てかオモロイてなんやねん!?至って普通の綺麗な髪ですけどォ!?」

「自分で綺麗な髪と言うのはどうかと思いますが」

 

一気に騒がしくなった廊下で、真子は心の内で独りごちる。

 

――あぁ、始まるのか。

 

――――――――――――――――――――

 

「ありゃ?もしかして……ボク一番最後ッスか?」

 

――――――――――――――――――――

 

「うちは認めへんぞ! !」

 

――――――――――――――――――――

 

「いつから、お気付きに?」

 

――――――――――――――――――――

 

浦原喜助が十二番隊隊長に就任して数日が過ぎた。

今のところ特に大きな問題はなく、真子はいつもの日々を過ごしている。

――否、問題なくというのは少し違うのかもしれない。

その問題というのは、真子の覚えている未来の記憶が徐々に朧気になってきていた事だった。

もう彼女が平子真子になって軽く百年は経過しており、細部を忘れてしまうのも仕方がないのかもしれない。

明確に覚えているのはそれこそ自分に起こる出来事や、誰と誰が戦って勝ったのかというもの。

だが、その過程については霞がかかっているようになかなか思い出せない。

これから本格的に事態が動き出す前にもう少しだけでも霞を払いたかったのだが、一向に頭に掛かった霞は晴れてくれなかった。

 

「なんだかなぁ……」

 

就業時間前の執務室で自分の机に座りながら部屋に一人、ため息と一緒に言葉を溢す。

真子の晴れている記憶では数年後に自分を含めてひよ里たちは、藍染たちの策で仮面の軍勢として現世に追放される。

この世界を生きる時に仕方がないものとして受け入れてはいたが、やはりどうにも気が重い。

それに、尸魂界へ残してしまう兄妹の事も気がかりだ。

たが、ここで下手に動いて自身が知っている出来事と変えてしまうのは如何なのだろう。

 

「……」

 

……いや、それを言うならそもそもあの兄妹たちは何なのだろうか。

真子が知る限り、宮藤兄妹という存在は()()()()()()()だ。

それがどういう巡り合せか一緒に暮らすようになり、気づけば保護者代わり。

三人での暮らしは苦ではないが、純粋に二人の存在が疑問だった。

 

「……ぅう」

 

……兄妹の事に思考をとられたが、一度原点に戻って考えよう。

そうだ、原点。元々己の目的は犠牲を減らす事だ。

人が死んでほしくないという単純な事。

その為には、せめて黒崎一護が産まれるまでは知っている通りに動かねばとは思う。

だが、傷つけられる者が居るのを知っているのに、黙って見るだけなんて本末転倒ではないのか。

そんな事を、ここ最近繰り返し考える。

有り体に言えば、真子は現実と理想の板挟みにあっていた。

 

「ぅがァ!イヤもう……最近考えすぎて、頭痛ァい……」

 

頬を机上につけて、力の抜けた体を机に預ける。

そのまま軽く伸びをして一息ついた。

と、その時。真子はこちらに近づいてくる足音を聞いた。

一瞬己の副官かと思ったが、それにしては聞こえる音はどうにも荒々しい。

真子はゆるりと体を起こして、戸が開かれるのを待った。

 

「ひ、平子ッ隊長……!」

 

大きな音と共に戸が開かれる。

開けたのは息を切らした一人の死神。

額には汗が垂れているのに、拭う暇さえ惜しいと言わんばかりにここまで来たようだ。

 

「なに?どないした?」

 

ただならぬ事態である事は察するが、声色は平常と同じになるように努める。

朝から一体どうしたのだと問いかけると、死神はいくらか呼吸を整えたのか自身の隊長へ報告する。

 

「さんっ、三席、殿が……!」

 

――瞬間、僅かに霞が晴れたような気がした。

 

「何者かに、謀殺、されました……」

「…………は?」

 



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16話:深夜の料理ですけど


平子の卍解お披露目までに間に合いませんでした!!!!悔しい!!!
それはそれとして平子かっこよかったですね。
やっぱ逆撫ってカッコイイし凄いオシャレな能力だと思いました。
獄頣鳴鳴篇で温度を逆にした能力お披露目ありますよね?師匠??



 

 

市丸ギンは、ふと夜中に目を覚ました。

なにか物音がしたわけでも気配を感じたわけでもない。

ただなんとなしに目が覚めてしまっただけだ。

視線を横へ向け外の様子を確認するも障子の向こうは真っ暗で陽が入ってくる気配はない。

まだ眠っても平気だろうと目を閉じるが、どれだけ待っても眠気は訪れてくれない。

 

「……水」

 

熱の篭った布団をめくり、冷えた外へ体を滑らせる。

室内の温度に一度大きく体が震えて、近くに置いてあった薄い羽織を身につけ戸を開けた。

途端、夜の冷気が着ていた着物をすり抜け市丸の体温を奪う。

一瞬布団の中に戻ろうかと考えたが、戻ってもどうせ眠れやしないのだからと無機質な板張りの廊下へ足を踏み入れた。

辺りは真夜中とあって酷く暗くて静かで、冷たい廊下を歩く自分の足音しか聞こえない。

早く炊事場で水を飲んで部屋に戻ろう。市丸は白い息を吐いて足を進める。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

炊事場の前にまで来ると、そこは市丸の予想に反して部屋は明かりが点き廊下まで照らしていた。

中に誰か居るのかと霊圧を探れば、知った霊圧を感じ戸を開けて中へ入る。

 

「……あ?ギンやん。なんでこんな時間にこんな所来てんねん」

 

思った通り、中には自身の隊長である平子真子がいた。

彼女は調理場に向かって立っており、普段は降ろされている髪を高い位置に元結で1つに束ねている。

服装も自分と同じく、襦袢の上に軽く一枚羽織っただけの軽装をして、見慣れない姿をしていた。

見慣れない、というより、このような姿をした自隊の隊長は初めて見る。

真子が市丸を振り返った反動で、緩く羽織と髪が宙を泳ぐ。

 

「隊長さんこそ、なんでそないな格好でここ居るんです?」

「質問を質問で返すなや。アタシは酒のつまみ作りに来ただけ」

「つまみ?」

 

ほれ、と言葉とともに片手がこちらへ伸ばされる。

伸ばされた手に握られていたのはフライパン。

近づいて見てみるとその中には出来立てなのだろうか、僅かに湯気が立つ少々歪な卵焼きがのってあった。

 

「卵焼き?卵焼きってつまみになるん?」

「なるで。あとちゃんと言うならこれは卵焼きやなくてだし巻き」

「ふぅん……」

「どぉでもよさそうに返事しおって……」

 

そのまま真子は近くにある机へまで歩き、予め出されていた小皿へだし巻きをのせる。

市丸が一連の動作を黙って目で追っていると、乗せられた小皿の近くにもう1つだし巻きが盛られた皿を見つけた。

 

「平子隊長」

「なんよ」

「それ。もう1個あるみたいやけど、それも隊長さんが食べるん?」

「……お前今日は質問してばっかやな」

 

真子の視線が指さされたもう1つのだし巻きへと移る。

あぁ、と1つ声を出した真子は少し俯いて黙り込んだ。

 

「…………いや、まぁ……アタシが食べることになる、けど……」

 

妙に歯切れが悪いな、と思った。

いつもはよく切れる刀のような返事をするのに、何故こんな簡単な疑問に詰まるのか。

 

「……あ~、ギン。お前食うか?」

 

え、という言葉が漏れる。

 

「隊長さん食べへんの?」

「いや、アタシ2個もこんな時間に食べれへんし。折角食べるんなら温かい方がええやろ?」

「やったら作らんかったらよかったのに」

「……やかましわ」

 

指し示した方の皿が市丸の近くへ寄せられる。

いつの間に持っていたのか、箸が小さな音を立てて皿に添えるように置かれた。

 

「僕、食べるなんて言うてへんよ」

「あ?なんや食べへんの?」

「食べへんとも言うてへんよ」

「……お前も一々メンドくさいなぁ……」

 

市丸は置かれた箸を持ち、歪なだし巻きを一口大に割る。

僅かに湯気が立つ小さなだし巻きを箸で持ち上げ、口に入れた。

 

「どうや?なかなかイケるやろ?」

「……たいちょう」

「おう?」

「これ……なんや、へんな味するで」

 

ギンがだし巻きを噛んだ瞬間、なんとも言えない味が舌に乗る。

いや、味というよりは食感に違和感を覚えた。

味自体は決して不味くない。寧ろ塩気のある味付けは市丸の好みに近かった。

近いのだが、普通のだし巻きでは感じることがない、葉野菜のような歯ごたえに嫌でも意識が向いてしまう。

 

「あ?不味いんか?」

「ううん。美味しくないワケじゃないんやけど……これ、なんか入っとらん?」

「なんかぁ?…………あ、スマン。言うの忘れとったけどそれ、ネギ入れてたわ」

 

少し悩むように首を傾げていた真子が今思い出した、というように言葉を告げる。

 

「え?ネギ?」

「そうやでぇ。アレンジアレンジ」

「あれ、んじ?なんやの、それ」

「え?……あのぉ……あれや。これ入れたら美味いやろとか、こういう風にしたらエエんちゃう?みたいにした、料理の事」

 

てか、と真子は話を区切り、新しく用意した箸でネギ入りのだし巻きを一口大に切る。

 

「ネギ入りはお前に合わんかったみたいやな」

 

言葉にしてから一口で真子はだし巻きを口に入れる。

数回口を動かして、すぐに飲み込んでしまったようだ。

 

「合わんというか……想像した味とちゃうのきたら嫌ちゃいません?」

「あー……あれか。しょっぱい味や思ったら甘い味でガッカリしたとかそんなんか」

「そうそれ」

「わからんでもないけど、せやったらお前。ロシアンルーレット系絶対アカンやつやん。オモロないわぁ」

「また隊長さんの変な言葉や。前から思ってたけど、それ意味分からんから止めたほうがええですよ」

「ギン……お前、言葉は人の心を刺すナイフって知ってるか?」

 

ため息を吐いて真子は市丸に背を向ける。

流し台へ体を向け、蛇口をひねる。会話だけが響いていた部屋に水の流れる音が追加される。

真子は話す為の口を閉じ、置かれていた空になったフライパンを洗い始めた。

なんとなしにその後ろ姿を呆と市丸が見ていると、ふと思った事が口から漏れ出る。

 

「隊長さんって、料理するんやね」

 

小さな声だった。

頭に浮かんだ疑問がそのまま滑り落ちてしまったように、独り言として呟かれた言葉だが洗い物をしながらもその声は真子の耳に届いたのだろう。真子が怪訝な顔で振り返る。

 

「なんやねん急に……アタシは結構飯作るで。藤丸とかまつ梨のご飯もよぉけ作ってたしな」

 

出てきた名前に一瞬誰のことかと考えるが、そういえば隊長の子供がそんな名前だったな、と思い出す。

確か双子の男女で今年霊術院に入学すると何かの折に話していたはずだ。

どのような会話の流れでそのような話しになったのかは覚えていない。

だが、お前も言うてる間に背ェ伸びるんやろなぁ、と目を細めて言われた事は何故か覚えていた。

その目の奥に、悲憤が見えたからだろうか。

その悲憤は、一体誰に向けられたものだったのだろう。

 

「そう言うお前はどないやねん」

「……僕?」

 

急に話の焦点が自分へ替わり、僅かに首を傾げる。

 

「お前は料理したことないんか」

「あらへんで。そんな機会もなかったし」

「ほーん……なら今度何か簡単なモンでも作ってみ」

 

真子は顔を市丸から外し、再び流し台へと戻す。

水の流れる音と食器を洗う音が響く中、さきほど向けられていた目は先程まで頭に描いていた悲しみも怒りもなかった。

それに特に何を思うはずもないのだけれど、何故か認識した途端に肩から僅かに力が抜けた。知らずに強張らせていたらしい。

自身の後ろに立つ市丸の様子に気づく様子もなく、真子は言葉を続けた。

 

「誰か食わせたいやつの事考えながらやと一番エエかもな。それか誰か身近な仲いいやつとか」

「人?」

「せやで。なんでも最初のうちは失敗しやすいし、してまうからな。特に初めての事やったら、どないしたらええか要領もわからんから焦って失敗してまう事がある」

 

食器を洗う音を響かせながら、真子の話はまだ続く。

 

「そういう時に一回そん人の事考えるねん。頭に小休止与えたら少しは冷静になるし、旨いもん作ろうと丁寧になるっちゅーわけ。まぁ、焦ってる時にそんな余裕あるか言われたら知らんけどな」

 

蛇口の閉まる音が聞こえたかと思えば、真子が振り返って市丸の方へと近づき水が入った湯呑が目の前に差し出される。

思わず顔を見上げると、飯食ったから喉乾いたやろ、と返される。

そこで市丸は自分が水を飲みに来たことを思い出した。

渡された湯呑を礼を告げて受け取り、忘れていた乾きを癒すために一気に飲み干す。

 

「……じゃあ今度僕作ったら、隊長さんが味見してや」

「あ?そりゃそれぐらいやったらしたるけど……なんやけったいな物作るつもりやないやろな?」

「隊長さんが作るコレみたいなの?」

「おうエエ度胸やなちびっ子三席が」

 

わざわざ食べかけのだし巻きを指差す市丸に青筋を浮かべ拳を握りしめる真子だったが、すぐに彼女の腕から力を抜かれる。

 

「……まぁええわ。それ、食べへんのやったらアタシ朝食べるから置いといて」

 

髪を束ねていた元結を、慣れた手つきで彼女が解く。

途端、空気を纏いながらほろほろと長い髪が落ちていった。

 

「食べれへんのちゃうん?さっき言ってたやん」

「今は無理って事。多少冷たなって味落ちるけど、時間置けば腹空くし食べれるわ」

「やったら僕食べるで」

「なんなんお前、実は腹減ってんか?別にどっちでもエエけど、好きにし」

 

真子は手をつけていないだし巻きとどこから取り出したのか徳利と猪口を盆に載せ、市丸の横を通り過ぎる。

それを追うように市丸は真子の方を見れば、彼女は器用に片手で盆を持って空いた手で戸に手をかけていた。その状態のまま、首だけで真子が振り返る。

見慣れたあの胡散臭い顔で彼女は笑っていた。

 

「まぁ、味見はそのうちに、やな」

 

ほな、また朝に。

ゆっくりと戸が閉ざされる。

――真子が部屋から出る時、彼女が持つ盆に猪口が2つ載っているように見えたのは自分の気のせいだろうか。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

今日は新月。月は見えず、雲も何もない真っ暗闇。

星影だけが夜を照らす屋根の上で一人、真子は座って空を眺めていた。

両手それぞれに猪口と徳利を持ち、片手でなみなみと酒を注いでそのまま一気に飲み干す。

一息ついて目を閉じる彼女の横には、だし巻きと二膳の箸、それと乾いた猪口が載った盆が置いてあった。

 

「食えるやつも供える墓もないんやからしゃーないやろ。……仇に食わせるのはスマンやけど、許してや」

 

――年に一度、白い羽織を脱いだこの時間だけは、ただ友を惜しむ事を許してほしい。

 

盆に置かれたままの猪口にまたなみなみと酒を注ぐ。

真子はそれには手を伸ばさずに代わりに箸へと手を伸ばし、だし巻きを切り分けて口へ運んだ。

 

「うま」

 

こうして夜中に一人で、二人分の酒を横に星を眺めるのも三年目になれば慣れてきていた。

 

 





調べたらフライパンってこの時代なかったんですよね。
でも公式でジャズがない時にジャズ聞いてた男が居るからセーフとします。



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17話:居酒屋ですけど


たとえどれだけ筆が遅かろうとも、私はこの作品は完結させると決めているんです。



 

ここは瀞霊廷内にある、とある居酒屋の座敷部屋。

敷かれた座布団の上に座り、五番隊隊長の平子真子と十二番隊隊長の浦原喜助は長机を挟んで向かい合っていた。

 

「お疲れさーん!」

「お疲れ様っスー!」

 

陶器同士のぶつかる甲高い音が部屋に響く。

真子と浦原は上機嫌に口元へぶつけあった猪口を運び、一気に傾けた。

 

「はぁ……やっぱ仕事終わりのコレが一番旨いわ」

「今日も働きましたからねぇ」

 

中身を飲み干した真子は近くに置いてあった徳利から酒を注ぎ足す。

そうして一杯になった猪口を傾け、再び勢いよく飲み干した。

笑いながら酒を呑む真子の正面では浦原が机に置かれた茹でタコを齧っていた。

 

「でも繁忙期もようやく抜けましたし、ちょっとは落ち着けるんじゃないスか?」

「落ち着く言うても100が80になるだけやん。大して変わらん変わらん」

「そんなものですかねぇ……」

「そんなモンそんなモン」

 

そもそも二人は頻繁に呑むような関係ではない。

一年の内に二、三度ほど予定があい尚且つ互いの気が向けば共に呑みに行くぐらいの関係だ。

そして今日はたまたまその2つがあった日。なので二人は就労後の月が出ているこの時間、共に酒を呷っていた。

 

「そういや技術開発局の方はどないなっとんの?開局して、あー……何年やっけ?」

「えっと、六年ですね」

「もうそない経ってるんか。早いなぁ……ンで、なんかまた新しいモンとか出来た?」

「新しいのですか?まぁ、ボチボチですね」

「誤魔化すなぁ」

 

動かし続けていた口を一度閉じ、頼んでいた湯豆腐に箸を入れる。

一口大に崩して口の中に入れるとあっという間に崩れてなくなった。

それを数度繰り返した真子は突然、思い出したかのような声を上げる。

 

「そういや、ほら、前アタシが言うてた通信機器とかどんな感じなん?」

 

その言葉に浦原は口をつけていた猪口から顔を上げた。

 

「あぁ、あれッスか!もう殆ど完成はしてるんですけど……」

「なんや歯切れ悪いやないか。問題でもあるん?」

「いやぁ、平子サンが言ってたみたいに、スイスイぃって指先で?画面を操作するのは設計の上では出来たんですけど、如何せん一般普及するには予算が……」

「あぁ……採算合わんって事かいな」

「アハハ……あ、でもボタン形式で操作するのは4年以内には普及出来そうですよ。部品もだいぶ安価で手に入りそうですし」

 

これが試作品です、と懐から1つの四角い機器を取り出す。

手のひらに乗るほどの大きさのそれは2つに折りたたまれており、上下に開くことができるようだ。

 

「ひよ里サンや涅サンたちにも協力お願いしてるんですけど、二人ともなかなか付き合ってくれなくて」

 

片方の腕で頭の後ろを掻きながら笑って告げる浦原。

彼が持つ機器を受け取り、回転させるようにして真子は全体を調べ始める。

白く、丸みを帯びた四角い小さな機器だ。

必要最低限の機能しか付いていないらしく、黒い小さな丸ガラスのようなものがはめ込まれただけの単純な見た目をしていた。

やがて2つに折りたたまれていた機器を開いて、内側に付いていた小さな光る画面を見つめる。

 

「へぇ……おもろい形してるな。ええんちゃう?」

「機能はこの前平子サンが仰ってた機器どうしでの遠距離の会話ですね。少なくとも瀞霊廷の十二番隊隊舎から一番隊隊舎までは通じてました」

「結構長い距離届くんやな」

「他にも文字を送ったり写真や音声を撮ったり、歩いた距離を測定することも……」

「無駄に沢山機能入っとんな!?」

 

勝手知ったる様子で内側にあるボタンを押して小さな機器を操作していく。

 

「なんや、中すっからかんやん。連絡先とか写真もないし」

「あくまで試作品ですから、基本設定以外は弄ってないんスよ」

 

ほうか、と1つだけ返事を返して再び指先を動かす。

浦原は何も言わずに見ていたが、やがて無言のまま呑みかけの酒を煽る。

 

「というか、まさかホンマに作れるとは思わんかったわ。冗談で言うたつもりやったのに」

「え、そうだったんスか?でもこれ、平子サンがこの前現世で見た物なんですよね?」

「見たっていうか……なんかこういう機械が出たーって聞いたくらいやで。ホンマモンはもっとゴッツイらしいし、小さなって携帯できるようになったら便利そうやなーって思っただけ」

「……そうなんスねー」

 

浦原は短く言葉を返す。

 

「あ、じゃあよければ平子サンにも協力をお願いしてもいいですか?」

「は?協力?なんの?」

「やだなぁ、それですよ」

 

それ、と指さされた機器を二人は見下ろす。

 

「それ……といいますか、伝令神器って名付けたんスけど、ちょーっと使っていただいて感想とかを頂けたらなぁって」

「ふぅん、まぁええけど……何でアタシなん。もうひよ里らに手伝ってもらってるんやろ」

「だって、元々は平子サンが言い出した事じゃないですか。これくらいはお手伝いしてくださいよォ」

「アタシは『現世でこういう機械があるらしいけど作れたりするん』って聞いただけやけど!?」

「それに」

 

浦原はそこで一度言葉を区切り、手元の酒を乾いた喉へ流し込んだ。

 

「伝令神器、もう使いこなせているみたいですし。それなら平子サン以上の適任はいないんじゃないですか?」

 

一瞬、真子の眉がピクリと動く。

ほんの僅か、瞬きをすれば見逃していた挙動だったがその動揺を見たはずの浦原は何も言わず、いつもと変わらない気の抜けた笑みを浮かべている。

 

「……ほーん、そう。まぁ、くれる言うんなら有り難く使わせてもらうわ」

「どうぞどうぞ。あ、ただ何かあったら言ってくださいね?あくまでもまだ実験段階なんで」

「言われんでも壊れたらすぐ持ってて直さすわ」

「出来るだけ壊さないようにしてくださいよー?」

 

一つ音を立てて、伝令神器は閉じられた。

 

 

 

やがて二人の話はまた別の話題へと移る。

互いの他愛もない日常や共通の顔見知りの話題。酒やつまみを食べながら話はゆっくりと進んでいった。

そして机の上に並べられたつまみや酒が幾らか空になり始めた頃、顔を仄かに赤く染めた真子が手に持った猪口を机に下ろす。

 

「っひ……ちょぉっと呑みすぎたかなぁ……少し席はずすわぁ」

「あれぇ〜、平子サン大丈夫っスかぁ?」

「平気やぁ平気。まだ歩けるし、だいじょーぶ!」

 

気をつけてくださいねぇ、という浦原の声を背にして蹌踉めきながら立ち上がり、真子は廊下に出た。

部屋の中よりも僅かに薄暗い板張りの廊下を常よりは危うげな足取りで歩く。

そして曲がり角を曲がると真子は近くの壁にもたれかかり、頭を掻いて天を仰いだ。

 

「あっぶな……アカン、油断してたわ」

 

今回のは完全に失態だった。

今世で初めて見る機械を説明もなしに使って、それを人に見られてしまった。

しかもそれを、よりにもよって浦原に見られてしまったのが非常に不味い。

切れ者な彼のことだ。何かしらこちらを警戒され探られてしまうかもしれない。

考えすぎかもしれないが、可能性が0とは言えないのが浦原の恐ろしいところだ。

今のところ、真子は自分の秘密を誰にも話すつもりはない。

だから、誰かに不審にとられるような行動は避けていた。

――避けていた、つもりだった。

 

「油断、にしても……これは迂闊すぎんか。ホンマにアタシただのアホやん……」

 

懐から渡された伝令神器を取り出してそれを見下ろす。

無言で少しの間眺めていたが、上蓋を開き片手で操作を始めた。

 

「……なんで分かるんやろなぁ」

 

こんなもの、使()()()()()()()筈なのに。

小さな呟きは、板張りの廊下に落ちて消えた。

 





調べでみると、日本で電話サービスが開始されたのは1890年みたいですね。
あくまでネットで軽く調べた知識なので正確性は保証などできませんが、流石文明開化の明治。電話までも明治からのモノだったとは驚きです。


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18話:現世観光その1ですけど


書きたいもの詰め込んだら2話分の文字量になりました。
長いのでお暇な時にお読みください。



 

木造建築の建物が幾つも建ち並ぶ町。

その町中を着物に身を包んだ人々が日差しを浴びながら、店に囲まれた道を歩いている。

 

「うわぁ……!ここが現世なんですね!」

 

そんな道から少し外れた一角、通行人の邪魔にならないようにと人混みから離れた場所に三人の男女が固まっていた。

一人は気だるげに背を丸めた女性。長くさらりとした髪を下ろし二人の男女を見ている。

その視線の先にいるのは歳が近そうな二人の若い男女。目を輝かせた快活そうな娘と穏やか顔でそれを見守る青年だ。

三人は互いに顔を合わせて話している。

 

「初めて来たけど、結構活気がある所だね」

「ここは他よりもデカい町やからな。その分人や物も多いんや」

 

背を丸めた女性、真子は遠くの店を横目に見ながら二人の男女、藤丸とまつ梨に問いかける。

 

「で、どないや。初めての現世観光の感想は」

 

二人はほぼ同時に振り返り、いつもより弾んだ声で答えた。

 

「初めて見るものが多くて、すっごく楽しいです!」

「建物とかは流魂街と似てるけどこっちの方が頑丈そうだし、色々違いが見られて面白いですよ」

 

自身の顔を見ながら告げる二人に真子もいつもの笑みを浮かべて答える。

 

「ほーん、そうか。ならよかったな」

 

少なくとも誰かのいつぞやのように、虚の大群に襲われるなんて事にはならなそうだ。

物珍し気に周りの建物や店先に飾られた品を見る二人の後ろを歩きながら、真子は心のなかで密かに安堵する。

今日、五番隊隊長である真子と新人隊士の藤丸、まつ梨の三人が現世に来たのは休日の観光のためだった。

そもそも真子の予定では最初に現世に来るのは自分一人だけのつもりだった。

久方ぶりの休みをとれたので現世に買い物をするつもりだ、と真子が夕飯時に双子へ話した時、双子が顔を見合わせて自分たちも一緒に行くと慌てた様子で告げてきた。

 

「ハァ!?お前ら休みちゃうやろ!?」

「休暇申請出します!」

「なんで一緒に行こうとすんねん!」

「行ってみたいけど初めての現世は不安なんですよ」

「アタシは案内役か」

「面白い案内期待してますね」

「案内料とるぞコラァ!」

 

少し前の出来事を思い返しながら、真子は先を歩く二人の後に続いて歩く。

物珍しそうに品物が外に出されている店へまつ梨が近づき、彼女の少し後ろから藤丸は周りを見渡す。

楽しそうだな、と真子が二人の様子を眺めていると、藤丸が足を止めて真子の方へと振り返った。

 

「真子さん。あそこはなんの店ですか?」

「どれ」

「あの店です。あの赤い旗がかけられてる店」

 

藤丸が指さした先には周りの建物よりも一際大きく、赤いのれんが掛けられた木造の店があった。

どうやら飲食店のようで厨房と思わしき窓からは湯気がいくつも出ている。

風に乗って湯気が三人が居る場所まで流れ、食欲を煽る匂いが漂ってきた。

 

「あぁ、あそこは牛鍋屋やな」

「牛?牛を食べるんですか?」

「最近現世で食うようになったみたいや。甘辛くて旨いで」

 

まるで一度食べたことがあるかのような口ぶりだった。

最近と彼女は言ったが、藤丸が知る限り真子は最近現世に行っていなかった筈だ。

自分たち知らない間に来ていたのだろうか。いったいいつの間に。

藤丸が思わず真子の顔を注視すると、視線に気づいた真子が藤丸の方へ顔を向ける。

 

「なんや、入ってもええけど金もらえるようになったんやから自分で払えよ」

「え、牛鍋ってそんな高いんですか?」

「だいたい千環ぐらい」

「それ一人分の値段ですか?結構高いですね」

「安いわ。牛やぞ牛」

 

安いわと言われても、そもそも牛なんて食べたことないのだから相場なんて分からない。

なんて事を藤丸が考えていると、真子が思い出したように呟く。

 

「それにしても、お前現世(こっち)に興味あったんやな」

 

問いかける、というよりは心の声が漏れてしまった様子だった。

 

「そりゃあ興味くらいはありますよ。僕たち現世に来たことありませんから」

「そんな素振り全く見せへんかったやろが」

「まぁ、行きたいーとか言ったことはないですけど、来たいとは前々から思ってましたよ。レコードや持ち運べる時計とか、尸魂界(あっち)ではなかなか見ませんから面白くて」

「持ち運べるって……それ懐中時計な」

 

分かりやすく浮足立つ妹と比べて、静かに目を輝かせる兄。

普段から素直で打てば響くまつ梨と一歩引いて掴みどころがない藤丸の様子を見て、同期からよく似ていないと言われる、と双子は笑いながら話していた。

確かにあまり似ていないように思えるが、双子というだけあってそっくりな事を真子は知っている。

面倒見がいい、というよりほっとけない質なところや譲れない部分はお互い譲らないところなど、挙げれば切が無いとさえ思う。

誰に似たんだろうか、と考えて無意識にため息が出た。

 

「あれ、どうしたんですか真子さん。ため息なんて吐いて」

「なんでもないわ」

 

いつの間に戻ってきたのか、店を見ていたはずのまつ梨が真子の近くへ来て問いかける。

そんなまつ梨へ大した反応はせずにてか、と真子は話を区切って今度は二人へ問いかけた。

 

「お前ら何か買いたいモンでもあったん?」

 

真子としてはなんでもない質問だった。

わざわざ休みを合わせて現世(こちら)へ来たのだから、何か目的の物でもあるのかと聞いただけのつもりだった。

 

「な、何もないですよ?ただ行ってみたいなーって思ってただけですから、欲しいものとかないです!」

 

垂れている横髪を指先で弄りながらまつ梨が話す。

目線も合わないまつ梨の様子に、真子は自分の顔が引き攣るのを感じた。

 

「……ア、そう」

「はい!ホント!何もないので!」

 

まつ梨は顔をこちらへ向けて不自然なくらいに明るく笑う。

わっかりやすぅ……と内心で思ったが口には出さない。

まつ梨を見る目が更に冷たくなっていくが、藤丸が真子の視線を遮るように二人の間に割って入った。

 

「ま、真子さん。そういうわけで、僕たちちょっと観光してきますね」

 

藤丸がまつ梨の体を反転させ、真子が口を開ける前にまつ梨の背中を押して足早に歩き出した。

藤丸が首だけで振り返る。

 

「あ、買い物が終わったら伝令神器で連絡しますからー」

 

そうして二人は雑踏へと紛れていった。

 

「……わけわからんやっちゃな」

 

呟いて、真子は二人とは反対側へ歩いていった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……真子さん行ったよね?」

「……うん。大丈夫」

 

先ほどの場所から少し離れ、建物と建物の間から顔を覗かせて道を歩く真子の様子を確認する藤丸とまつ梨。

二人は彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、互いの顔へと視線を移した。

 

「……というかまつ梨。さっきのはいくらなんでもわかり易すぎない?」

「うっ」

「あれじゃあ、いかにも何かありますって言ってるようなものだって」

「分かってるわよ!でもしょうがないじゃない、まさか聞かれるなんて思わなかったんだから……」

「もう少し誤魔化し方勉強した方がいいかもね」

「もう!あたしの事はいいのよ!」

 

咳払いを一つしてまつ梨は話しを続ける。

 

「せっかく現世まで来たんだから、今日を逃す手はないの!こんな話しをしてる場合じゃないわ!」

「確かにそうだね。珍しい物……は、真子さんもう持ってそうだから、やっぱり普通のかな」

「できれば尸魂界(あっち)に無いものがいいんだけど……ま、きっと見つかるわよね。じゃ、行きましょ」

 

まつ梨は来た道とは反対方向へ歩きだし、藤丸もその後に続いた。

明るい大通りに出たところで、藤丸はまつ梨へ預けた金額を思い出しながら小声で呟く。

 

「予算内で贈り物、見つかるといいけど」

 

双子が今日現世に来た目的は、親代わりである平子真子への贈り物を買うためだった。

事の発端は遡ること今から数週間前。二人が初任給を受け取ったことから始まる。

霊術院を卒業して、切望していた五番隊に入た二人。

職務にも慣れ始めた頃、初任給が支給された。

さて何に使おうかと双子が部屋で話し合っていると、不意に藤丸の目にまつ梨がつけている髪飾りが目に入る。

 

一輪の白い花と赤い羽根のような装飾ががあしらわれた髪飾りだ。

藤丸の頭にも大きな赤い尻尾のような髪飾りがついている。

これは霊術院を卒業し久方ぶりに家へ帰った時、居間のちゃぶ台の上に2つ並んで置いてあったものだ。

見覚えがない髪飾りに家の主である真子の物かと思ったが、それにしては彼女の趣味とは少し違う気がする。

二人でうんうん唸っていると、同じく久方ぶりに会う真子が帰ってきた。

挨拶はそこそこに藤丸がこれはなにか、と問いかけた。

 

「お前らの卒業祝い。2つあるからどっちにするか自分らで決めェ」

 

伸びをしながら歩き出した真子の後ろを慌てて追いかけた二人だった。

 

 

初任給を親代わりである真子への贈り物で使いたい。

折角なら、なにか素敵なものを。

できるなら、彼女が持っていない物がいい。

そういった経緯で、二人は現世に行くことを決意したのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……結局、決められなかったね」

「うぅ……」

 

藤丸と並んで歩いていたまつ梨の肩が落ちる。

気になるものが見つかればいいな、と思って現世に来た。

だが逆だった。気になった店に入っては品物を眺め、これも良いあれも良いと悩む。

時間をかけてどれにするか悩むと、全てがいまいちに思えてしまい何も買えない。さきほどからこの繰り返しだ。

つまるところ、気になるものが多くて決められないのだ。

 

「まさかこんなに考えることになるとは……恐るべきところね、現世って」

「ただ単に優柔不断なだけじゃない?」

「なによぅ!藤丸だって同じじゃない!」

「僕は最初の櫛でいいと思ったんだけど……」

「その後別の櫛と悩んでたでしょッ!」

 

まったく、と言って少し早足に先を歩くまつ梨に、藤丸は苦笑を溢して後ろに続く。

しばらく周りの店を見つつ歩いていると、藤丸が足を止めた。

 

「ねぇ、ここ入らない?」

 

藤丸が指を指したのは、少し古びた小さな店だった。

店内に人は少なく品物を軽く見ると、どうやらここは雑貨屋と呼ばれる店らしかった。

 

「雑貨屋じゃない。さっきも何軒か入ったけど」

「でもほら。この装飾とか真子さん好きそうじゃない?」

 

手に取って藤丸が見せたのは大きなとんぼ玉がついた簪だった。

赤いとんぼ玉以外には何もない簡素なものだったが、玉には金色で細かく模様が施されている。

それ1つだけでも華やかさがある、美しい一品だ。

 

「確かに……」

「だろ?ここで探すのがいいと思うけど」

「……そうね。よし、もう悩み続けるのはナシ!ここのお店で素敵なの見つけるわよッ!」

 

まつ梨は気合をいれる為に拳を握った。

そうして暫くの間二人が店内で品物を見ていると、不意にまつ梨が声を上げ駆け寄ってきた。

 

「ね、これ!これいいんじゃない!?」

 

まつ梨が見せたのは、小さな鏡だった。

折りたたみ式の小さな鏡。表面は糸で細やかな刺繍が施された品だ。

 

「これって、こん、コン……」

「コ・ン・パ・ク・ト!ミラー!折りたたみ式の鏡よ!」

 

ほら、とまつ梨が留め具を外して蓋を開く。

両面に鏡が付いているそれは、幾つもの藤丸の顔を反射して写していた。

 

「へー、二面鏡か。質も良さそうだし、いいんじゃない」

「そうでしょ?確か真子さん手持ち鏡は持ってない筈だし、いいと思うの」

「じゃあこれで決まりだね」

 

まつ梨がコンパクトミラーの蓋を閉じて勘定台へ向かう。

遠くからまつ梨が会計を進める姿を眺めて、目的が達成でき安堵の息をついた。

店の外で待とうと藤丸が外に出ると、突然腰のあたりに大きな何かがぶつかった。

 

「お、っと」

 

振り返って視線を落とせば尻もちをついている見知らぬ少年がいた。

 

「いてて……」

「君、大丈夫?」

「ぁ、はい!失礼しました!」

 

藤丸が声をかけると少年は勢いよく立ち上がり、深く頭を下げてはまたすぐに頭を上げた。

少年の短く切り揃えられた黒髪が揺れ、幼い顔立ちが顕になる。

大きな丸い瞳で見つめ返す少年は藤丸の腹くらいまでの背しかなく、十歳くらいに見えた。

質の良さそうな着物を纏い、あまり汚れも見当たらない。

どこかの貴族の子供なのかと藤丸は思った。

 

「前を見ずに走っていたらぶつかってしまいました!お怪我などはありませんか!」

「僕は平気だよ。君の方は怪我してない?」

「私ですか?」

 

少年は自身の体を見下ろし、腕を上げたり首を後ろに回して怪我がないか確認する。

 

「はい!問題ありません!」

「なら良いんだけど……君、凄い元気だね」

「はい!大きな声で話せと、日頃父様から言われておりますので!」

 

藤丸は少年の答えに頬を掻きながら苦笑を漏らし、子供へ目を下ろす。

歳の割に随分しっかりした受け答えをする子供だ。

両親がしっかりした人なのだろうか、とそんな事を考えた。

 

「そういえば走ってたみたいだけど大丈夫?急いでたんじゃない?」

 

少年はあ、と声を上げて慌てて周りを見渡す。

そして少し離れた位置に落ちていた布包を見つけると慌てて駆け寄った。

いそいそと布を捲り中身を確認すると、少年の顔色が変わる。

 

「あぁ、そんな……」

 

肩を落として呆然とする少年に藤丸はゆっくりと近づく。

上から手元を覗き込むと、木箱の中に入っていた割れた湯呑みが見えた。

ひと目で質がいいものと分かるそれは地面に落とした衝撃で割れたのだろう。修復するには難しいほどに砕けてしまっていた。

 

「ごめん、僕がぶつかったからだ」

 

藤丸の発言に血の気が引いた少年は弾かれたように顔を上げる。

 

「い、いえ!あなたのせいではありません!私が前を見ていなかったせいです!」

「それを言うなら前を見ていなかったのは僕も同じだよ。これはご両親に買ってくるよう頼まれていた物?」

 

少年は小さくはい、と頷く。

 

「なら僕も一緒にご両親のところに行く。それで一緒に謝ろう」

「え!?」

「多分……これ、かなり高価な物みたいだし、今の手持ちじゃ同じ物は買えそうにないから」

 

眉を下げて笑う藤丸。

だが、少年は藤丸の提案を聞いても尚必死に首を振る。

 

「いけません!あなたにそのような事までしていただく必要は!」

「事情を説明するだけだから大丈夫。だから、そんなに焦らなくても……」

「有り難いですが、自分の非ならば誰かのせいにせず素直に認めよ、と父様に厳しく言われております!」

 

藤丸の顔を見上げながら、淀みなく話す少年。

 

「あなたに父様への説明をしてもらうなど、余計に私が怒られてしまいます!」

 

少年は深く頭を下げる。

 

「折角のご厚意ですが、遠慮させていただきます!」

「……そっか、うん。そこまで言うのなら、僕はなにも言わないよ」

 

藤丸は硬い表情で頷いた。

すると、藤丸の背後から聞き馴染んだ声が聞こえてくる。

 

「ミラー買ってきたけど……どうかしたの?」

 

ゆっくりとそちらを見れば、想像していたとおりまつ梨の姿があった。

綺麗に包装された小箱を抱え、眉を寄せてこちらを見ている。

 

「まつ梨」

「お店の中まで声が聞こえてきたけど、何かあった?」

 

こちらに歩きながらまつ梨が問いかける。

近づくにつれ先ほどまでは藤丸の影に隠れていた少年に気づき、まつ梨はその場で立ち止まった。

 

「この子は?」

「えっと、さっきぶつかっちゃった子で……」

「いえ!私がこの方に当たってしまったのです!」

 

頬をかく藤丸に被せるように少年はまつ梨に答える。

彼女は二人の顔を交互に見た後、少年の手元の箱に気づいて視線を移すと意図せず中身が見えてしまった。

苦笑いを浮かべる兄と少年が持つ砕けた湯呑み。

まつ梨はそう、と一度頷いて屈んで少年へ目線を合わせる。

 

「藤丸がぶつかっちゃったのね。ごめんね、怪我してない?」

「は、はい!怪我はしていません!それに、ぶつかってしまったのは私が原因ですので!」

「原因とかは置いといて、怪我してないならよかった。ちゃんと帰れそう?」

「はい!私は大丈夫です!本当に、ご迷惑をおかけいたしました!」

「僕は大丈夫だから、そう何度も頭を下げないで。ほら、ちゃんと立って」

 

頭を下げる少年の肩へ藤丸が両手を乗せる。

ゆっくりと顔を上げていく少年に合わせてまつ梨も立ち上がった。

藤丸と話す少年をまつ梨は僅かに眉を寄せて見ていたが、彼女の表情に二人は気づかない。

だが突然、まつ梨は表情を明るくして声をあげた。

 

「あ、そうだ!君、甘いもの好き?」

 

声をかけられた少年はまつ梨を見上げ、口を開いて固まる。

 

「甘いもの、ですか……?」

「そう!あ、えーとなんだっけ、確かびす、びす……」

「……もしかして、ビスケットですか?」

「そうそれ!最近できた甘味なんでしょ?あたしそれ食べてみたくて。よかったらお店に案内してくれない?」

「え。あ、はい……確か近くに店があったと思います」

「じゃあ行きましょう!あ、時間は大丈夫?」

「と、父様には、あまり遅くならないようにと、言われています……」

「じゃあパパッと食べてパパっと帰りましょう!」

 

少年の背をまつ梨はゆるい力で押して歩き始めた。

戸惑った様子の少年は助けを求めるように藤丸の顔を仰ぎ見るが、背中を押され強制的に前を向かされる。

藤丸は慌ててまつ梨に近づいて、歩きながら小声で話し出す。

 

「ちょっとまつ梨、どうしたの。何だかいつもより強引じゃない?」

「いつもよりって何よ!……まぁでも、やっぱり変だったよね」

「自覚はあったんだね」

「うるさいわね。だけど……」

 

まつ梨は一度口を閉じ、逡巡しているようで眉を寄せている。

だがすぐに迷いを断つように前を向いて、再び小さく藤丸に話しかけた。

 

「なんだかこの子、危ない感じがしない?」

「危ない?」

 

まつ梨に背中を押されている少年を見る。

至ってどこにでも居るような少年だ。

特に見た目からしても、これといって特筆することがないように思う。

念の為少年から霊圧を探ってみるが、特になにも感じられなかった。

 

「別にそんな風には見えないけど」

「違うわよ。危害を加える方じゃなくて、精神的な方」

 

ますます意味が分からなくなり、兄は妹の顔をただ見つめた。

もう、と声を上げてまつ梨は押していた手を離し藤丸の耳に手をあてる。

 

「あたしにもよくわからないけど、そのままにしたらダメな気がして」

「この子を?」

「この子を。直感的にそう思っただけだし、確証とかもないんだけどね」

 

そう言って肩をすくめる妹の直感は、わりかし当たるのだ。

少なくとも、兄である己よりかは。

子供を放っておけないところも、自分と同じだ。

いや、自分というより――

 

「まつ梨、真子さんに似てきた?」

「そう?」

 

少し自慢げにまつ梨は笑う。

決して短くない時間、一緒に暮らしていて影響されてきているのだろうか。

妹は確実に養母とも言える人の影響を受けている。

 

「それはそうと、真子さんにもビスケットお土産で買って帰りましょう!」

 

意外と甘いものが好きなところも。

いや、あの人の場合は無自覚か。

女の子の方が成長早いって聞くけど、本当なのかなぁ。

 

「買うのはいいけど、あんまり食べ過ぎたら太るよ」

「う、うるさいわねッ!いいのよ甘いものは別腹なんだからッ!」

 

……本当かなぁ?

藤丸は心の中でひとりごちた。

 

「あ、あの!」

 

突然少年が声を上げる。

二人の顔が自然と少年へと向いた。

 

「お店、到着しました!」

 

今度は少年の指差す方へ目線を向ければ、新しく建てられたであろう店が藤丸たちを見下ろしていた。

 



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