遠山キンジに転生したので、女の子とイチャイチャする (なーお)
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第一話

 ……ようやくこの日が来た。

 

 開け放ったカーテンから差し込む春の日差しが俺を包み込む。

 俺は興奮を隠し切れないと言わんばかりに高鳴る鼓動を感じつつ、窓越しに青空を仰ぎ見る。

 まばらに見える白い雲がゆっくりと流れていく様子を見ながら、これまでの人生を振り返る。

 

 俺――、遠山キンジは二度目の生を受けた存在だ。

 

 所謂、転生というやつだ。

 俺の前世は日本で暮らす男子高校生だった。アニメとラノベが好きな典型的なオタクだ。そんな俺の前世の最後の記憶は、学校の階段から滑り落ち、徐々に遠くなっていく階段の踊り場の光景だった。恐らくそのまま階段から転落して死んでしまったのだろう。なんとも情けない終わりだったが、俺の人生を振り返れば妥当な終わり方だったのかもしれない。

 

 見た目もコミュ力も平均以下の俺だったが、だからといって勉学に優れているわけでも、運動神経に恵まれていたわけでも無い。

 ただただ代わり映えの無い、無味無臭の平凡だった俺の人生。特に成し遂げたい目標があったわけでも無い。

 

 それでも。

 そんな俺にも夢があった。

 

 

 

 女の子とイチャイチャしたかったと――、と。

 

 

 

 しかし、世界は残酷であり平凡な俺に彼女は疎か、女友達がいたことすら無い。

 唯一の儚くも淡い夢を叶えること無く、俺は死んでしまったのだ。

 

 だが、しかし。

 俺はまさかの二度目の生を授かった。

 そこは、前世と同じ日本だった。

 しかし、同じ日本でありながら、そこは俺の知っている日本とは全くの別の世界だった。

 前世の日本ではあり得なかった、銃や刀、果ては、超能力や魔術が存在する世界。

 

 ――ここは『緋弾のアリア』の世界だった。

 

 俺は前世ではアニメは勿論、原作であるラノベも全巻読んでいた。アニメの二期が最後まで来なかったのは、本当に残念だった……。

 ……さて、なぜ俺がここが『緋弾のアリア』の世界か分かったかというと、俺がその主人公の『遠山キンジ』だったからに他ならない。

 

 俺は、己に舞い降りた幸せに歓喜した。

 遠山キンジといえば、根暗キャラの癖に『遠山の金さん』でお馴染の遠山金四郎景元の血を受け継ぎ、銃のスペシャリストであり、遠山一族のある『特性』も相まって、天才的な戦闘スキルを持つ。

 

 ここまででも中二心が擽られるのだが、俺が何よりも幸せだと感じたのはそこでは無い。

 

 遠山キンジは、――モテるのだ。

 それはもう……、とにかくモテる。

 所謂ハーレム系主人公。

 

 その秘訣は遠山キンジが持つある『特性』――『ヒステリアモード』が大きく関係している。これは、自身の思考力や判断力、反射神経を通常の30倍程度までに向上させるというチート能力。

 そしてこのモード中は、何がなんでも女の子を守り、その子にとって魅力的な男を演じる――要はキザになってしまう。そして、そのモードになる為には、性的興奮状態になる必要がある……、つまりはそういうことだ。

 この力を使って、作中に登場する数多の美少女キャラ達を惚れさせていくその姿に、俺はこう思ったものだ。

 

 

 

 死ぬほど羨ましい、と。

 

 

 

 その癖に主人公の遠山キンジは大の女嫌いであり、言い寄ってくる女を例外なく避けていた。まあ、そこがこの作品の面白いところでもあったわけだが……。

 しかしだ、その様子を見ていた俺は、こうも思ったものだ。

 

 

 

 勿体ねえ…………、と。

 

 

 

 キンジの言い分は分かる。ヒステリアモードのせいで、中学生の頃は、周囲の女子にいいようにつかわれていたともあるし。

 

 だが、それは贅沢な悩みってもんだろ!!

 

 いいじゃないか! 世の中には望んだって女友達の一人も出来ない奴だっているんだ! それに比べたらお前……。まあ、今は俺がそのキンジなわけだが。

 

 というわけで俺は決めた。

 

 

 

 この世界で女の子とイチャイチャしまくると。

 

 

 

 寧ろ神様がそうさせるために俺をこの世界に転生させたとしか考えられない。

 しかしだ、俺は油断しない。

 作中のキンジがチート級の強さを誇っていたことは充分に理解している。しかし、この世界は、もっと頭のおかしいチート級の強さを持つ輩がうようよしているのだ。作中でも常にキンジが勝利を収めていると言うわけはなく、強敵を相手に敗北することも珍しくない。

 だから俺はこう考えた。

 

 

 

 ……もっと強ければ、原作のキンジ以上にモテるんじゃね? と。

 

 

 

 俺は努力した。

 物心がついた幼少の頃から時間があればその全てを自身の研鑽の為に使った。先祖代々伝わる遠山の技も積極的に覚えていった。

 精神年齢が二十を超えている俺は、五歳の時にヒステリアモードを発現させた。 

 その時は、祖父がやたらと俺に「お前は才能がある」とニヤニヤとした表情を携えながら褒め称えてくれた。祖母はそんな俺のことを複雑そうな目で見ていた。当時の兄は何のことだか理解していないようであった。

 そんなわけで俺は、時にはヒステリアモードのチート学習能力も利用しつつ、技を吸収していった。

 またある時は、親戚の星伽家なんかに赴き修行を重ねた。利用できるものは何でも利用した。

 

 

 

 すべては、モテる為……。

 

 

 

 前世での後悔から創り出された俺のこの揺るぎない信念は、今日この日が来るまでビクともしなかった。これが童〇の底力というものだろう。しかし、苦痛だったわけではない。

 というのも、一日中休みなく修行していたが、その分強くなっていく自分を見るのがたまらなく楽しかったのだ。

 おかげで俺は強くなった。いや、本当、自分でもびっくりするほど強くなってしまった。

 

 ちなみにどれくらい強くなったかというと、武偵高の入学試験をヒステリアモード無しでも余裕でトップ通過するほどには。

 

 その後、兄の金一が原作通り事件に巻き込まれたりもしたが、兄が健在であることは原作で知っていたので、特に気にすることもなく、今日この日まで研鑽を続けてきた。

 

 そう、ようやく『今日』が来たのだ。

 

 今日――それは、つまり武偵高二年生の始業式、つまり原作の物語が始まる日。

 俺の第二の人生がいよいよ始まるのだ。

 前世とは違う、俺の煌びやかで華やかな人生が――。

 

 そんな俺は、実はある不安――というか問題を抱えているのだが、それもきっと今日この日から変わるに違い無い。

 何せ物語の始まりなのだ、全てがうまくいくに違いない。

 

 俺がそう思った時だった。

 

 

 

 ……ピン……ポーン。

 

 

 

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 



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第二話

 益々速まる鼓動を感じつつ、早足気味に廊下を進んでいき玄関ドアの前にたどり着く。

 ’毎日’この時間に来る人物は一人しかいない。

 俺はインターホンを押した人物が誰なのかを確認することせずに鍵のツマミを回す。ドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開いていく。扉の隙間から陽光が差し込んでくる。

 

 ――突然だが、女性の見た目の好みはと聞かれれば、俺は迷わずこう答える。

 スタイルの良い女性だと。

 脚は細く長い方が好きだし、貧乳より巨乳。世の中にはロリが好きなんて言っている奴がそれなりの数いるが、俺はそいつらとは一生分かり合えないだろう。

 まあ、何が言いたいのかと言うと――、

 

 

 

「――キンちゃん様! おはようございます!」 

 

 

 

 ――『星伽白雪』は、最高に可愛いという事。

 

 

 

 俺の姿を見た瞬間に、花が咲いたような笑顔を浮かべてくる。

 ぱっつんの前髪も、腰まで届く髪も、手入れの行き届いた艶がかった黒色である。武偵高の制服でもあるセーラー服から伸びる細長い手足は雪のように白い。出るところは出たスタイル抜群の美少女。現代に生きる大和撫子であり、リアル巫女さんでもある。

 そして、遠山キンジを慕う『緋弾のアリア』のヒロインの一人である。

 

「おはよう、白雪」

 

 白雪のあまりの可愛さに軽く緊張しつつ、白雪を部屋に招き入れる。

 俺が快く部屋に招いてくれたという、ただそれだけのことに一々感動した様子を見せる白雪は、「お邪魔します」と、相変わらずの深いお辞儀をした後に、おずおずと部屋にあがってくる。

 そんな奥ゆかしいところも……いい!

 

「……いつもありがとうな。今日もそんな豪華そうなご飯を作って来てくれて」

 

 俺は何とか平静さを保ちつつ、白雪がその手に持った布に包まれた重箱に視線を送る。白雪は毎日、用事が無い限りこうしてわざわざ朝食を作ってそれを持ってきてくれるのだ。

 原作キンジはこんな健気な白雪を雑に扱っていたのだ……まじ許せん。

 

「そ、そんな……。私は当たり前のことをしているだけだから……。だって将来はキンちゃん様の――、ふふ」

 

 白雪は頬を朱色に染めながら、幸せそうに、うっとりした様子で俺のことを見つめてくる。トロンとしたその表情は陶酔しているようである。なんというか、非常に艶めかしい。俺の緊張がさらに加速する。

 白雪はそのまま、弁当箱を広げていき、食事の用意を進めてくる。

 俺は、ぼうっとその様子を見つめる。

 

 ……なんか、会うたびに白雪が可愛くなっていっている気がする。

 こんな子が俺のことを慕ってくれてるとか……。

 

 …………よし、『今日』こそは。

 

 ――絶対に白雪とイチャイチャしてみせる。

 

 その後、白雪の作ってくれた素晴らしい和食を美味しく食べながら、俺は決意をより固める。心にメラメラと決意を示す炎が燃え上がっていく。

 

 …………大丈夫、何せ今日は原作の開始なんだ。

 きっと何もかが変わるに違いない。

 

 ちらっと前を向くと、白雪は幸せの絶頂ですと言わんばかりに満面の笑顔を浮かべて俺が食べる様子を見つめている。そんな白雪に思わずどきっとしてしまい、顔を背けてしまう。ドクンと、俺の血流が勢いを増す。

 慣れたとはいえ、この二人きりの空間でこんな顔を向けられては心が揺るがない方がおかしい。

 

 ……我慢しろ、俺。

 

 なんとか深呼吸をして気持ちを落ち着かせて血流を落ち着かせる。

 そのまま俺は食事を続けた。

 

 俺が弁当を食べ終わる頃を見計らって、いそいそと俺の横に来た白雪は、「はい、キンちゃん様。お茶をどうぞ」と湯吞みに入れたお茶を差し出してくる。

 それを飲み干し、ふぅと一息つき、「ご馳走様、美味しかったよ」と言うと、白雪は両手を合わせて「こ、こちらこそありがとうございました!」と感激した様子を見せる。

 

 そのまま白雪は、何かを期待するようにこちらを見つめてくる。

 その長いまつ毛の下にある、ぱっちりとしたつぶらな瞳が潤いを持っていく。

 静寂だけが二人を包む。二人しかいないこの空間において、白雪が何を望んでいるのか、それは分かり切ったことであった。

 そして、それは俺が望むことでもある。

 

 ――そう、白雪も俺とイチャイチャしたいのだ。

 

 ドクンッドクンッと俺の鼓動が早鐘を打つように全身に鳴り響いていき、血流も勢いづいていく。

 

 ……だめだ、耐えるんだ俺。

 

 必死に己を抑えていた俺だが、その時ふわりと俺の胸に白雪が飛び込んできた。そのまま白雪は俺の胸にもたれかかるように抱き着いてくる。

 

「あぁ、キンちゃん様! もう私我慢できません! もっと、私を、私を見てください!」

 

 感極まったと言わんばかりに白雪はそう言うと、その小さな顔を俺の胸板にすりすりとしてくる。白雪の柔らかい色々な部分が全身から伝わってくる。

 不意のことであり、状況を認識した瞬間、俺の血流が一気に勢いづく。

 

 

 

 ――――あ、あかん。

 

 

 

 急速に遠のいていく意識の中で、心の中でそう呟いた。

 そして――、

 

 

 

 「――――まったく、白雪は困った子だ」

 

 

 

 その口調には先ほどまでの緊張は消えていた。代わりに、余裕と優しさが含まれていた。

 俺は、急速に脳が覚醒していくのを感じつつ絶望に包まれていた。

 

 

 

 ……いや、まあ、そうだよな。

 原作が開始したからって俺の童〇力がどうにかなるわけないよな。

 分かってたけど、なんか期待しちゃったんだよ。

 

 

 

 俺は遠山キンジになり、イチャイチャハーレムな人生を送れるはずだった。

 

 ……そのはずだった。

 

 しかし、俺はすぐにある問題に直面した。

 それは――、

 

 

 

 ヒステリアモードになった俺は、全くイチャイチャを楽しめないのだ。

 

 

 

 ヒステリアモード時の俺にとって女性とは、命を賭してでも守るべき存在であり慈しむものである。

 決して、『女性で下心満載の下衆な欲望を満たす』ことなんてあってはならないのだ。

 傍から見れば、ヒステリアモード時の俺は女性とイチャイチャしているように見えるかもしれない。

 しかし、それは女性がイチャイチャしたいと望むからである。俺はそれを叶えているに過ぎない。そこに俺の下心は皆無だ。

 そして、幸せそうにする女性を見て俺も幸せを感じる。

 

 

 

 簡単に言うと――、ヒステリアモード時の俺は紳士的すぎるのだ。

 

 

 

 違う! 

 確かにそれも悪くはないけど、俺は己の下心満載の欲望のおもむくままに女性とイチャイチャしたいのだ!

 しかし、童〇の俺は、イチャイチャしようとした瞬間、興奮してしまい、ヒステリアモードになってしまう。

 

 これまでも強くなるための修行の傍ら、幾度となく白雪や他のヒロインともイチャイチャしようとしたが、それは全て俺がヒステリアモードになることで失敗に終わってしまった。

 

 

 

 …………どうしてこうなった。 

 



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第三話

「白雪が望むことを言ってごらん?」

「はうう、キンちゃん様。あ、あの、よしよしして頑張ってるね、って褒めてほしいです」

 

 俺の腕の中に納まった白雪が恍惚とした表情を浮かべながら、甘い声色で俺にそうお願いをしてくる。

 ……全く、こんな可愛い顔をしておねだりされて断れる男がいるなら見てみたいものだね。

 

「……白雪がそれを望むなら。よしよし、白雪はいつも一生懸命でいてとても偉い子だ。白雪のような子に毎日お世話になっている俺は幸せ者だな」

「キ、キンちゃん様……。わ、私、今とても幸せです。キンちゃんの為なら私はなんだってしてみせます」

「ありがとう。俺も白雪の身に何かあればこの命に代えても守って見せるよ」

 

 その後、しばらく二人きりだけの世界に入り浸ったが、無情にも登校する時間が近づいてくる。

 俺としても、白雪と離れ離れになるのは惜しいが仕方ない。

 

「白雪、残念だがそろそろ学校に行く時間だ」

「……嫌。ずっとキンちゃん様といたい」

 

 俺にぎゅーと抱き着いて駄々っ子のように振舞う白雪。そんな白雪の姿を見て俺も心苦しいが、学校に無断欠席としたとあれば、白雪の評価が落ちてしまう。これまで積み上げてきた白雪の努力が水の泡になってしまうのだ。

 

「白雪、俺も白雪と一緒にいたい。でも白雪もするべきことがあるはずだよ」

「で、でも私……」

「……これを白雪に」

 

 そう言って俺は鍵を差し出す。それはこの寮の部屋の合い鍵だ。

 このままここにいたいという白雪の望みを叶えられない代わりのつもりだ。白雪はよく俺の留守中にも俺の家に来てくれているようだからね。このほうが効率的だろう。

 白雪もそれがこの部屋の鍵であると理解したのだろう。その大きな瞳をまん丸にして驚いたように鍵を見つめている。

 

「――え、これって」

「この部屋の合い鍵だよ。白雪が望むときにいつでも来れるようにね。だから、今日はもう学校にお行き。ほら、白雪は良い子だから」

 

 白雪はなぜか今日一で感激しているようで、俺から合い鍵を割れ物でも扱うように丁寧に両手で受け取る。白雪は信じられない様子で自身の手にある鍵を見つめている。

 

「……私、これまでの人生の中で今日が一番幸せです。……これで私の優勢。それに’堂々’とキンちゃん様の家にお邪魔できます」

「優勢? 堂々?」

 

 白雪が後半に呟いた小さな声もヒステリアモード時の聴力でしっかりと聞き取った俺が、純粋に疑問に思ったことを口にすると、白雪はしまったと言うように慌てると、俺の元から少し離れる。

 

「あ、ええと、なんでもないです。キンちゃん様の言う通り、今日はもう学校に行きます。そ、それじゃあ。あの、鍵、ありがとうございました。また、来ます!」

 

 そう言うと、白雪は俺の返事を待たずにバタバタと荷物をかき集めるとそのまま部屋を出て行ってしまった。

 

 ……やれやれ、そんなに急ぐと転んでしまうよ白雪。ま、そんなあわてんぼうな白雪も可愛いけどね。

 

 

 

 

 

 数分後、ヒステリアモードが解けた俺は部屋の中央で膝から崩れ落ちた状態で絶望していた。

 

 ……あぁ、結局だめだった。

 原作の開始と合わせて、なにかこう世界の強制力的な何かが働いて、どうにかこうにかなるのではと、根拠の無い哀れな妄想は儚く散ってしまった。

 

 俺は原作キンジより圧倒的に強くなった。そのおかげで女性からはかなりモテている。女性は基本的に強い男に惹かれるとどこかで聞いたことがあるが、それは事実のようだ。

 そこまではいい。

 問題は、俺がすぐに女性で興奮してしまい、ヒステリアモードになってしまうこと。

 ヒステリアモードになれば、さらに周囲の女性を自身に惚れさせることができるので、いいことではある。実際、白雪も原作より随分好感度が高いように思える。まあ、白雪はほぼ毎日ヒステリアモードの俺と接していたからな。

 しかし、それ以上の展開は無い。

 俺のイチャイチャするという願望は叶わないままである。

 

 しかし、俺もまだ諦めたわけではない。

 

 今回がダメだったならばまた対策を打てばいいだけだ。

 俺の夢をこんなことで諦めてたまるか。

 

 原作通りにいくと、俺はこれからこの作品のヒロインであり、作品のタイトル名でもある『アリア』と出会うことになる。

 そして、アリアの母親に謂れのない罪を被せた『イ・ウー』の組織員と戦っていき、最終的にその親玉である、アリアの曽祖父である『シャーロック・ホームズ』と出会うことになる。

 『イ・ウー』は、天才達の集まりであり、互いが互いを高め合う集まり。自分の得意なことを先生として他に教え、逆に生徒として他の人からその人の得意なことを教わる、そんな場所。

 

 話は変わってこの世界には、魔術――というか『超能力(ステルス)』と呼ばれるものが存在する。俺はそちらの方は専門外の為、詳しくは知らない。が、作品をみていれば分かる。この超能力は凄い。氷、水、雷、風、砂なんかを操り、時には人の心をすらも惑わす。超能力とはこの世の物理法則では説明のできない奇跡を起こすのだ。ちなみに、白雪も『超能力』の使い手であり、『火焔(ほむら)の魔女』の二つ名を持っていたりする。

 ならば、その超常現象の力でなんやかんやして、上手いことヒステリアモードのスイッチのオンオフを自分の意志でできるようにできないかと考えたのだ。

 

 そして、その方法を模索する場としてイ・ウーは、うってつけと言える。イ・ウーには、白雪と同様の魔女も多数在籍しているのだから。何より、昔から生き続けている強く、博識なシャーロック・ホームズがいるのだから。

 

 だから俺が目指す場所は、イ・ウーである。

 そして、それはこの作品のヒロインであるアリアと同じ目標でもある。

 

 しかし、正直に言おう。

 俺個人として、アリアはあまり好みでは無い。

 理由?

 

 ――『ロリ』、だから。

 

 可愛いのは間違い無いだろう。

 しかし、俺個人としては、白雪のような大人の女性が好きだ。

 それに加えてアリアは、リアル貴族で我儘であり、プライドが高く非常に自己中。自分の思い通りの展開にならなければ、平気で銃をぶっ放してくるという荒くれもの……。

 しかし、武偵として優秀であることは疑いようが無い。同学年では、数少ないSランク武偵であり、これまでの事件でも犯人を一人も逃がしたことが無いと言う実績も持つ。

 そして、何よりこの作品のヒロインである。

 この作品はやはりアリアを中心として物語が進んでいくことが多い。そこで俺、遠山キンジは、数々のヒロイン達と出会っていくのだ。

 

 だからこそ、俺はこれからアリアと出会い協力関係になるつもりだ。

 しかし、俺はアリアに屈するつもりは毛頭無い。

 原作キンジは、アリアの我儘に振り回され、尻に敷かれることになる。まあ、なんやかんや二人は互いに惹かれある事になるわけだが。

 しかし、俺は違う。好みでも無いアリアに付き合う理由はないだろう。あくまでもビジネスパートナーとして接するのだ。互いにメリットもあるはずだ。

 

 今の俺なら、素のままでも十分アリアを圧倒出来るだろうしな。

 

 そんな決意を胸に刻み、俺はふと部屋に掛けられた時計に視線を送る。

 

 ……と、もうこんな時間だ。

 ……もう、7時58分のバスには間に合わない。

 仕方ない。自転車で学校に向かうか。

 ――なんて。

 

 

 

 というわけで、行きますか。

 

 『神崎・H・アリア』に出会いに。

 




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第四話

 ……さて、そろそろ来る頃だろうか。

 

 武偵校が見えてきた頃、俺は呑気にそんなことを思う。

 これから俺は、武偵殺しの模倣犯である『峰理子』が仕掛けた事件――、チャリジャックに巻き込まれることになる。

 俺が今漕いでいる自転車にはプラスチック爆弾が仕掛けられているのだ。乗る前にこっそり確認したので間違いない。

 

「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります」

 

 ――お、来た来た。

 無機質な機械音声が聞こえた方を見ると、そこには短機関銃を装備したセグウェイがいつの間にか並走していた。鈍く光る金属質のその銃口をいきなり突きつけられたら普通はパニックになるだろう。

改めて思うが、理子もエグいことするよな……。

 しかし、こうなることを知っていた俺は特に驚くことは無い。寧ろ小説やアニメで見たシーンを実際に体験できていることから興奮しているまである。それにこの程度じゃ俺は死なないしな。

 セグウェイに搭載されたスピーカーから、自転車のスピードを下げたり、助けを求めると爆弾を爆発させる旨の説明がなされていく。

 俺はそのまま理子の要求に従って大人しく自転車を走らせる。そしていよいよ、運命の場所である女子寮が近づいて来た。

 

 ……えーと、確か屋上にいるんだっけ?

 

  

 

 ――――あ、いた。

 

 

 

 女子寮の屋上の淵。そこにいた。

 『神崎・H・アリア』が。

 正真正銘、この世界のメインヒロイン。

 

 遠目だが、堂々とした姿勢でピンク色のツインテールが風で靡くその姿はやけに様になっていた。アリアは、俺と並走する短機関銃付きのセグウェイを確認すると、何の躊躇も無く飛び降りた。

 アリアはそのままパラグライダーを開き、空中で器用に軌道を操り、俺の方に向かってくる。

 アリアが近づいてきたことでその容姿もしっかり見えてくる。芸術作品のように整った、そして幼い顔立ちであるものの、集中したその表情はやはり一流の武偵であった。

 

 アリアが太ももに装着したホルスターから素早く二丁の黒と銀の拳銃を抜き、こちらに照準を定めてくる。

 その意図を理解した俺は、射線を確保しやすいように素早く頭を下げる。俺のその行動に、少し驚いた表情を浮かべたアリアはそのまま引き金を引く。

 轟音が鳴り響くと同時に、アリアによって放たれた銃弾は見事にセグウェイに命中していき、破壊された。

 俺もこっちの世界に転生して銃を使っているから分かる。不安定なパラグライダーから二丁の拳銃打ちで命中させることの難易度が。このような曲芸じみた所業を易々とこなすのがアリアなのだ。

 ……改めて思うとおっかないな。

 アリアは拳銃をホルスターに収めると、今度は俺の方に並走する形で飛んで来る。

 

「感謝する! この自転車には爆弾が仕掛けられている。減速すると爆発する仕組みだ!」

 

 俺は慌てることなく簡潔に状況をアリアに伝える。武偵として緊急の状況における素早い情報共有は当然のこと。アリアに俺ができる奴だとアピールしておくことは大事だ。『対等』なビジネスパートナーになる訳だからな。

 できる奴なら、こんな事件に巻き込まれないだろ、なんて突っ込みは受け付けない。

 アリアは、「……」と、一瞬何かを考える様子を見せるもすぐに切り替える。

 

「――分かった! あんたはこのまま全力で漕ぎ続けなさい! なんとかしてみせるわ!」

「了解! 武偵憲章1条――、信じてるぞ!」

「…………ふんっ! 助けられる身で偉そうにしないで!」

 

 俺の迷いない即答に対するアリアの不満と別の感情が混ざったような返答を、俺は受け流しつつ、そのまま武偵校の第二グランドに入っていく。一方のアリアは俺が進んでいく方へ先回りし、俺と対峙する形になる。高さもちょうど自転車に跨った俺と同じに合わせてくれている。

 そのままアリアは、両足をパラグライダーのコードに掛けて、逆さ吊りの状態になり、両腕を左右に広げてくる。俺を強引に自転車から攫おうというわけだ。

 

 ――素早い状況判断といいこの運動神経、流石Sランク武偵だ。事情抜きでも普通にパートナーとして組んでほしいとさえ思う。

 

 俺は、アリアを信じ切っていると言うように、益々ペダルを漕ぐ足に力を込める。そんな俺にまたも驚き目を見開くアリア。

 ……まあ、俺も初見ならアリアのこの無茶な対応に驚いたかもしれんけど、既に見た光景なんでね。

 

 そのまま俺とアリアが上下で抱き合う形でぶつかる。アリアからガシッと力強く抱きしめられて俺はそのまま上へと引き上げられていく。乗り手を失った自転車は少し進んだところでバランスを崩し、転倒して大爆発を起こす。

 眩い閃光の後、鼓膜を揺らす轟音と爆風が同時に襲ってきて、俺とアリアは吹っ飛ばされる。

 

 ――いや、爆弾の威力やばすぎだろ。

 理子もヒロインの一人なのだが、やはりぶっ飛んでいるな。

 

 ……けど、問題無い。

 

 爆発によって吹っ飛ばされる中、瞬時に体勢を整えると状況を整理する。すぐに体育倉庫の扉が物凄い速さで近づいてくることを察知する。アリアと縺れている今、非常に動きにくいが、……まあいけるだろ。

 俺は、比較的自由に動かせる右足を中心に骨格、関節、筋肉を連動させる形で順に高速で加速させていく。――そして、亜音速にまで加速した蹴りでタイミングよく体育倉庫のドアを破壊する。先ほどの爆発にも匹敵する爆音をまき散らしながら、俺たちは体育倉庫の中に飛び込んでいく。

 倉庫内にあった色々な備品が体に当たって怪我をしないように丁寧に薙ぎ払っていく。俺は重心をコントロールして、跳び箱を踏み越えてズザザザッと両足でしっかりと着地に成功する。完全にコントロールを失っていたアリアも腕でしっかりと抱えるように支えての着地だ。恩人のアリアにだけ怪我をさせるのも忍びないからな。ちなみにアリアは凄い軽い。

 

 ――よし、上手くいった。

 

 やや荒っぽかった気もするが、素の俺ならこんなものだろう。これで原作のようにアリアと縺れた状態で跳び箱の中に入り込むという事故は免れた。それはすなわち、俺が変態というレッテルを貼られずに済んだということ。

 一方のアリアは、何が起きたのか分からず俺に抱えられた体勢できょとんとしている様子だ。

 

 …………この子がアリアか。

 

 ぱっちりとした瞳は美しい緋色。小さな顔はシミ一つ無いキメ細かい肌で覆われ、長いまつ毛や桜色の小さな唇。文句なしの美少女――、メインヒロインたる可愛さを誇っている。

 

 …………でも、ロリなんだよなぁ。

 

 そんな感想を抱いていると、アリアが急に何かに気付いたようにその表情を真っ赤にさせ、あわわと慌てふためている。先ほどまでの堂々とした立ち振る舞いとギャップのある様子を不思議に思う。そのアリアの視線は自身の体の少し上の方に向けられている。

 

 ……何を見ているんだ?

 

 アリアの視線の先を辿るもアリアを支えるための俺の腕くらいしか見当たらない。

 その時だった。複数のセグウェイの駆動音が体育倉庫の外から聞こえてきた。近づいてきている。俺は抱えていたアリアを素早く下ろし、愛用の『ベレッタM92F』を抜く。そのまま跳び箱の前に――、体育倉庫の入り口からよく見える場所に躍り出る。

 少し遅れてアリアも状況を把握したのか、先ほどの慌てた様子から一転、その表情に緊張を走らせながら、

 

「ちょっと! 聞こえてるでしょ! 撃たれるわよ!」

 

 そう可愛らしい声で叫んでくる。

 

「心配ない。さっきはアリアが助けてくれたからな。――今度はこっちの番だ」

 

 アリアは、名乗ったことが無いはずの俺から名前を呼ばれて不思議そうにするが、俺はそれに気付かない。

 

 ――――さあ、アリアに俺の実力を見せつけるぞ。

 




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第五話

 俺は、散歩にでも出かけるように悠然とした足取りで進んでいく。

 

 ……さてさて、どうしようかね。

 

 どうすれば格好いいかなーなんて考えていると、俺の視界に複数台のセグウェイが勢いよく飛び込んでくる。

 その数、……全部で7台。

 セグウェイに備え付けられた短機関銃の銃口が素早く標的である俺に向けられる。

 

 ――――よし、来い!

 

 どう対処するのか決めた俺は、早く撃って来いとばかりにその場で待ち受ける。

 しかし、次の瞬間だった。

 

 

 

 目の前の空間が真横に――――、斬れた。

 

 

 

 すべてのセグウェイを巻き込むように。 

  

 

 

 短機関銃から銃弾は飛んでこない。少しの間を空けて、ようやく斬られたことに気付いたかのようにセグウェイがゆっくりと崩れ落ちていく。ガシャンガシャンという金属が地面に落ちる音が虚しく響き渡る。

 

 …………は?

 

 予想だにしていない展開に頭が追い付かない。

 後ろにいるアリアも目の前で起きたことの理解が追い付かないのか、目をパチクリとしている。

 

 ……え、なんで? 

 

 ここはアリアに俺の実力を見せつける名シーン。それは原作でもこの世界でも変わらない。違うのは俺がヒステリアモードでないという点のみ。そのはずだった。

 

 

 

 ……なんで、ここにいんの?

 

 

 

「キンちゃん様! 大丈夫ですか!」

 

 俺が呆然と立ち尽くしていると、今朝会ったばかりの白雪が不安と焦りを混ぜ合わせたような表情を浮かべながら走ってくる。その手には、日本刀『色金殺女(イロカネアヤメ)』が握られている。あれでセグウェイを斬ったということなのだろう。

 俺の元まで来た白雪は慌てた様子で「怪我は無い? 痛い所は?」とあたふたしている。未だに頭は混乱しているが、あまりに必死な白雪に「……大丈夫だ」とだけ返事をしておく。

 

「……よ、良かったぁ。キンちゃんが武偵殺しの模倣犯に襲われてるって知って、いても立ってもいれなくて」

 

 白雪は心底ほっとしたように胸をなでおろす。そして、そのままどさくれに紛れて抱き着いてくる。いつもならヒス案件だが、今はそれどころでない。俺は状況を飲み込んでいくにつれて益々混乱していく。

 

「……いや、なんで白雪は俺が襲われてるって知っているんだ? 今は始業式のはずだろ? ていうか生徒会長がこんなところにいていいのか?」

 

 俺は無理やり白雪の両肩を押し出す形で引き剝がしてそう問う。白雪は若干不満気ながらも答えてくれる。

 

「それは、とうちょ…………愛の力で知ったの。私、キンちゃん様のことならなんでも分かるから。キンちゃん様の為なら、私はいつでも駆けつけるよ!」

 

 ……最初、なんて言いかけたんだ? 

 声小さくて聞こえなかった。ヒステリアモードなら聞き逃さなかったのに。

 なぜか俺の本能が警鐘を鳴らしている。

 

 その時だった。

 ギギギ……と、機械音が聞こえてくる。俺と白雪は一気に緊張を纏うと急いで音源に振り向く。すると一台のセグウェイの短機関銃がゆっくりとこちらに銃口を向けている光景が目に入る。この一台だけ斬り方が甘かったようだ。

 

 ……よし! 全然状況は分からんけど、まだ活躍の場面は残ってる!

 

 と、息巻いた瞬間、セグウェイが吹っ飛んだ。ご臨終である。

 

 ――――ちょ!?

 

 正確には、セグウェイは、『狙撃』された。

 聞き慣れたドラグノフの発砲音が微かに聞こえてきたから分かった。

 体育倉庫の入り口のそのさらに先、遠方の校舎のその屋上、そこに『レキ』がいた。はっきり見えないが、その短めに切り揃えた碧色の髪の持ち主は他にいない。レキは、これで仕事は終わりだと言うように踵を返す。そのままレキの姿は見えなくなった。

 ロリに分類されるレキは本来、深い関わりを持っていなかったんだが、’色々’あってちょくちょく関わってくるようになった経緯がある。今回みたいに。

 というか、あいつも俺が襲われてるって知ってたのか?

 

「……レキも来てたんだね。……折角私だけがキンちゃんの力になれたと思ったのに。やっぱりキンちゃん様の横に立つにはもっと研鑽しないと……」

 

 悔しそうにギリッと歯を噛みしめ、いつもよりワントーン低い声でそんなことを呟いている。

 怖い。けどヤンデレなところも可愛い。怖いけど。

 

「…………それにしても、よもやキンちゃん様のことを狙うなんて。これは万死に値するよね? …………ふふ、そうよ、これは私が天誅を下すしかないよね。うーーーんと苦しめてあげなくちゃ……」

 

 白雪が焦点の合わない瞳で虚空を見つめながらぶつぶつと物騒なことを言い出した。

 ……うん、それでもヤンデレなところが可愛い…………か?

 

「お、おい、白雪。落ち着け。俺はあの程度じゃ、なんともn――」

 

 俺がそう白雪に声をかけると、白雪はいつものにっこりとした笑顔をこちらに向けてくる。

 

「キンちゃん様! 安心して! 武偵殺しの模倣犯は中々尻尾を出さないって聞いているけど、星伽家の力を使ってでも必ず犯人を見つけ出して絶対に後悔させてみせるから! もう二度と歯向かえないくらい!」

 

 いつもの笑顔なのに言っていることが恐ろし過ぎて逆に怖い。

 

 ……これは明らかに異常だ。

 白雪は確かに原作でもヤンデレ気質なところがあり、黒雪なんて呼ばれたが、ここまで過激でもなかった。まあ、機関銃ぶっ放したり、鎖鎌振り回したりしていた気はするけど。レキもそうだ。

 

 そして何よりの問題は、原作の流れから展開が変わってしまっていることだ。

 

 こうなってしまった要因。

 思い当たる節はある。というかそれしかない。

 

 

 

 悲報――、どうも俺、ヒステリアモードで白雪達と接しすぎて、好感度がカンストしている模様。

 

 

 

 いや、やばいな。まじで。

 好感度が上がる事自体はいい。というか望んで上げていた。しかし、まさか原作の流れを捻じ曲げられるほどとは。

 確かに、ちょーっと、原作より好感度高いなとは思ってたけど。

 ……え、どうしよう。この調子でいくと、白雪達が頼みの綱であるイ・ウーのメンバーを全滅させかねないのでは?

 今回の首謀者である理子は大丈夫だろうか? 白雪に八つ裂きにされないだろうか? ……一応、気にはしておくか。

 

 俺があれこれ考えていると

 

「ちょっと! 何、勝手に話を進めているのよ!! 私を無視するな!」

 

 完全に空気だったアリアが噛みついて来た。

 そう言えば、アリアいたんだったな。

 



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第六話

 自分抜きで話が進んでいく事が不満だったらしいアリアはずかずかと近づいて来ると俺と白雪の間に割り込んできた。

 そしてなぜかアリアは、ギンッと俺の方を睨みつけてくる。

 

 ――え、なんで?

 

 アリアのなぜかご立腹な態度に戸惑う俺が反応する前に白雪が反応する。

 

「…………ねえ、見て分からないかな? 今は私とキンちゃん様が話しているんだけど?」

 

 俺との時間を邪魔されたのが気に食わなかったのか、その声色には聞くものが震えあがるような冷たさと棘が含まれている。こっわ。

 

 ……やばいな。白雪とアリアって原作では仲悪かったけど、ここではどうなんだ?

 

「うるさいっ! 私はこの男に用があるの! 関係無い人は引っ込んでて!」

「…………は? キンちゃん様のことなら私は関係あるけど? キンちゃん様に関わる全てのことは、まずは私を通してもらえないかな?」

 

 いや、それはおかしい。

 ……と、心の中で突っ込んでおく。

 全ての感情が抜け落ちたような表情で、瞳孔を開いてアリアを睨みつけるその姿を見たら何も言えんわ。

 しかし、そんな白雪にアリアは一歩も引かない。まじで尊敬する。

 

「はあっ? じゃあどっちでもいいわよ! この男が! どさくさに紛れて! 私の『胸』を触って来たのよ!!」

 

 

 

「「…………は?」」

 

 

 

 あまりに予想外のアリアの言葉に俺と白雪はぽかんとしてしまう。

 

 ……胸を触った?

 俺が? アリアの?

 

 …………全く身に覚えが無い。

 ていうか胸無いじゃん。

 

「いやいや、それは何かの誤解だ。俺はアリアの胸を触ってないぞ。何か勘違いしているんじゃないか?」

「うるさいっ! この変態! あんた、私を抱えながらどさくさに紛れて私の胸を触ってきたじゃない!!」

 

 抱えた時? それって体育倉庫に飛ばされた時か?

 え? あの時、アリアの胸触ってたの? ……全然分からんかった。

 あー、それで顔真っ赤にして焦ってたのか。合点がいった。

 ……え、それで俺結局変態のレッテルを貼られるの? ここは原作通りなのかよ。ロリに変態扱いされるなんて不名誉はごめん被りたかったのに。

 くそ、こんなことならアリアだけ跳び箱に激突させるんだった。

 

「いやいや、あの時は俺がアリアを抱えなかったら怪我してたぞ? ……胸を触ったなら謝る」

 

 とはいえ、ここでアリアと関係性を悪くするのは得策では無い。まあ、本当に胸を触ったらなら男として謝るのが礼儀だろうしな。納得いかんけど。

 と、俺が何とか穏便に事を済ませようとしているのに、

 

「――――ぷっ」

 

 白雪が唐突に噴き出した。

 嫌な予感がしつつ、ゆっくりと白雪の方に視線を向ける。

 そこには、心底アリアを馬鹿にしたようにくすくすと笑う白雪が。

 ……うーわ、凄い悪い顔してるよ。

 白雪の表情は嗜虐性を孕んでおり、本当に魔女そのものだなという感想を抱いてしまう。まじで裏表激しいな。そこが可愛いけど。

 

「あなた、Sランク武偵の神崎さんよね? キンちゃん様が神崎さんの胸を触るなんて不可能だよ」

「はあっ!? どういうことよ!」

 

 ……おい、白雪。何を言うつもりだ。

 白雪の視線はアリアの顔から僅かに下にずれていく。

 そして――、

 

 

 

「だって、――――神崎さん、『胸』無いじゃない」

 

 

 

 ……言いやがった。

 包み隠さず、ドストレートに。

 

「キンちゃん様に胸を触ったっていちゃもんをつけたいなら、せめて私くらいの胸を用意することだね。……パッド何枚重ねたらいいんだろうね、……ぷっ」

 

 白雪が自らの胸を指さしながら放った言葉を受けたアリアは、口をあんぐり開けて固まっている。額に青筋が何本も浮きだっていることから怒っているようではあるが何も言い返せないようだ。その瞳は白雪の胸にくぎ付けになっている。

 

 …………だめだ、今笑ったら殺される。

 

 俺はアリアから顔を逸らして必死に笑いを堪えながら、確信する。

 うん、この世界でも白雪とアリアは100%仲悪いわ。

 

「キンちゃん様! 頭のおかしい子は放っておいて私たちは学校に行こう!」

 

 そう言って白雪が俺の腕に自分の腕を絡めてきて、歩き出してしまう。アリアとパートナーを組むため好印象を与えたかった俺だが、今アリアと対峙しても絶対吹き出す自信があったのでここは大人しく退散することにする。

 

 ……どうしよう。俺、アリアとパートナー組めるのか? ……ちょっと時間を改めてこちらからも接触してみるか。

 ていうか、そもそも俺とアリアがパートナー組むって言ったら白雪はどうなるのだろうか? ご乱心にならないことを祈るが……。

 いや、無理か。

 

 

 

 

 

 その後、俺は教務課に一連の報告を済ませた後、白雪と別れて新たなクラスの教室へと向かった。

 色々あって抜けていたが、原作では、ここでアリアと俺が同じクラスであることが分かり、アリアが俺の隣の席を希望してくるというイベントが発生する。

 

 ……この流れだとどうなるのか?

 

 

 

「先生、私はあいつの隣がいい」

 

 新しいクラスになったことによる自己紹介のタイミングで、アリアは、原作通り俺の隣の席を指定してくる。違うのは周囲の反応。

「は? キンジの隣がいいとか私もそうなんですけど」、「ね、Sランクだか知らないけど自己中だよね」などと、俺のことを慕っている一部の女子生徒から反感が生まれる。盛り上げキャラの理子もここでは大人しくしている。その理子は、俺とアリアの様子を観察しているようだ。

 俺とアリアが上手くパートナーを組めるか気にしているのだろうけど、よく、クラスメイトを爆弾で襲っておきながら平然とできるな……。

 クラスの反応を見た先生も「……うーん、席順は皆平等にしたいから、神崎さん、ごめんね」とアリアを宥める。

 アリアは興味深げに周囲の反応を確認すると、特に反抗するつもりも無いのか「分かりました」と言って、俺に一瞥を投げた後に大人しく座った。

 

 ……これは、一応アリアは俺に興味を持ってくれているという事だろうか?

 あまり俺の強さをアピールできなかった気もするけどな。まあ、興味を持ってくれたなら良かった。

 ここから良きパートナーになれるよう頑張ろう。まだ修正可能なはずだ。

 そのうえで、後は好感度が上がりまくった白雪達をどう制御するかだな……。

 帰った後、一度ヒステリアモードになって考えてみるか。

 

 

 

 そんなこんなで昼の休憩時間になった。

 どこで食べようかなと考えていると、俺の席に影が。

 視線を向けると、

 

「やっほー、キー君。今日のお昼は理子と一緒に食べない?」

 

 そこには、峰理子がいた。

 



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第七話

 ふわふわとした長い金色の髪をツーサイドアップに結った姿がよく似合っている。加えて学校指定の防弾制服にヒラヒラのフリルを付けた姿がより女の子らしさを際立たせている。

 髪と同じ金色のつぶらな瞳がこちらを覗き込んでくる。

 

 峰理子は――『ロリ』である。

 

 しかし、女性としての妖艶さも兼ね備えている。

 男心をくすぐる小悪魔的な側面も持つ。

 そしてなにより――――、

 

 

 

 『巨乳』である。

 

 

  

 …………正直たまらん。

 

 

 

 俺自身、いまいち自分の女性の好みの細かい基準がよく分からんが、理子はとびきりに可愛いと思う。白雪とはまた違った魅力が理子にはある。

 しかし断じて、おっぱ〇だけが基準では無い。

 

 ……というのも、理子については、個人的に強い『思い入れ』があるキャラでもある。それも大きく影響しているだろう。

 

 というわけで俺は、白雪同様にこれまで何度かイチャイチャしようと試みて全てヒステリアモードになる形で失敗している。

 とはいっても理子と関わったのは高校に入学してからの一年のみである。加えて、イ・ウーの活動があるのか中々会える機会は少なかった。というわけでヒステリアモードの俺と関わった時間は少ない。

 原作の理子より好感度が高いのは間違いないと思うが、白雪ほど深刻化していないはず……そのはず。

 

「おう、いいぞ」

 

 理子の誘いを断る選択肢は無い。俺は快くそう返事する。

 これも原作と流れが違うなと思ったが、流石にもう慣れてきた。もう結果が良ければ過程はなんでもいいやと開き直ることにした。

 

「ありがとうキー君! じゃー、早速行こう! うー、れっつごー!」

 

 きゃぴっとした笑顔を浮かべた理子は、オーバーリアクションのテンションマックスでそう高らかに叫ぶと、俺の腕を引いてやや強引に教室の外へと歩いていく。

 理子は、そのお馬鹿キャラと誰とでも打ち解けるコミュニケーション力から、周囲からの人望は厚い。アリアに非難の声を掛けた周囲の女子達も特に文句を言うことなく、俺達を見送る。アリアも俺の方を見ているが、あくまでも観察するだけにとどまっている。

 というか理子が自らの体を押し当てるようにしてくるものだから、心中穏やかでは無い。こんな大勢がいるところでヒステリアモードになんてなったら事件だぞ。俺は、理性を総動員して何とか耐えながら理子について行った。

 

 

 

 途中、購買で適当に昼飯を購入してそのまま屋上へとやって来た俺達。

 理子が屋上の扉をなぜかやたらと丁寧に閉めて、そのまま屋上の奥へと進んでいく。昼休みが始まったばかりということもあって、周りに人はいない。

 ちなみに理子は、お菓子とイチゴ牛乳を購入していた。昼飯じゃないだろ、と突っ込んだものの、「女の子には甘いものが必要なの!」とよく分からないことを言われた。

 俺達は屋上の手すりに持たれかかりながら、もぐもぐと昼飯を食べる。

 

 ……さて、理子。どう来る?

 

「――ねえねえ、キー君。今朝、自転車を爆破された男子学生がいるってメールが教務課から来てたけど、あれってキー君のことだよね? 始業式出てなかったし」

 

 口にあんぱんを運ぼうとしていた手を止める。

 

 ……いきなりぶっこんでくるな。

 

 お前が言うなっ! と突っ込んでやりたいがそういうわけにもいかない。

 しかし、自転車を爆破した張本人を前にどういう顔を浮かべたらいいか分からない。変な顔になってる自信がある。 

 理子は未だお馬鹿キャラを演じており、ただ単純に興味津々といった様子――に見える。その真意は分からない。

 

「……そうだよ。……朝から不幸だったよ」

 

 ここは様子を見る為に、余計なことは言わずに無難な受け答えをする。

 

「……ふーん、でもさ? その割にはあまり慌ててる感じとかしないよね? もしかしてキー君にとっては、大したことの無い、取るに足らない事件だったのかな?」

 

 そう問いかける理子に対し俺は驚愕する。

 それもそうだ。

 

 ――――理子が、本性を現し始めたのだから。

 

 口調はまだお馬鹿キャラを演じ続けているが、その金色の瞳の奥底には、冷徹な闇が広がっている。

 

 ……いや、まじで何を考えているんだ。前言撤回、やっぱり原作通り進んでくれ。もう訳が分からん。

 

 ――もういいや。なるようになれ、だ。正直に答えよう。

 

「……まあ、そうだな。あれくらいなら大したことは無かったな」

「ふむふむ、流石は、現Sランク武偵で学年最強と言われているだけのことはあるね! ……でも理子が収集した情報によるとキー君は寮から学校までわざわざ走り続けたってあるけど、それはおかしいんじゃない? キー君ならもっと早く解決できたはずなのに。事件中も随分余裕そうだったみたいだし。まるで――」

 

 

 

「わざと茶番に付き合った、みたいだよね?」

 

 

 

 最早、理子は本性を隠すつもりは無いのか、その表情を真剣なものへと変えている。その瞳がまっすぐに俺を見据えてくる。

 先ほどまでのお馬鹿な理子とのあまりのギャップに背筋に冷たいものが走る。

 

 …………ばれてるやん。

 

 理子は変装と演技のスペシャリスト。その為、俺の下手な演技がばれてたのだろうか。流石はルパン――じゃなくてリュパンの子孫。

 もう少し対策をしておけば良かったと後悔する。

 

「そして、神崎・H・アリアと合流したすぐ後に、事件は瞬く間に解決。なにか不自然だよね?」

「そ、そうか?」

「そうだよ」

 

 問い詰めてくる理子に対し俺はたじたじ。

 アリアとパートーナーを組んで、女の子とイチャイチャできる機会を増やすためとは言えん。

 

 

 

「…………そんなの、わざと理子の望み通りにことを運んでくれたってことじゃん。……サイコパス女のせいで無茶苦茶になったけど」

 

 

 

 俺がどう答えたものかと思案していると、理子が何か独り言を呟いた。

 俺がなんて言ったのか聞こうとするも、それよりも前に理子が傍に来て俺の耳に口を近づてくる。不意のことであり、俺の全身は硬直してしまう。

 頬を朱色に染めた理子は妖艶な声色でもって俺に囁いてくる。

 

「――今回だけじゃない。キー君って、とっても強いけど、それとは別に何か『不思議』な魅力があるよね。すべてを知っているというか理解しているというか……。今回のことも全部知っていたんだよね? ……キー君、――唯一理子のことを理子として見てくれる人」

 

 耳に理子の吐息がかかり、俺の心臓が一気に鼓動を速める。もう少しでヒステリアモードになるところだった。

 やばい。この展開はウェルカムではあるが、理子が何を考えているのか全く分からない。

 まあ、もういいか。

 今は楽しもう――どうせヒステリアモードになるけど。

 

 理子は急に俺の制服をまさぐり出すと、何かを見つけたのか、ぷちっと何かを取り出した。理子がそれを手に持って目の前に持ってくる。それは何か小型の機械のようだ。

 ……何か盗聴器のようにも見えるのだが気のせいだろうか?

 

「…………ふん、こんなものに頼らないと信用できないとか。……だっさ」

 

 理子は、何かを軽蔑するかのように途轍もなく冷たい表情を浮かべながら、そう呟き、それを屋上から投げ捨てた。

 そのまま理子は再びこちらに振り向いたかと思うと、おもむろに抱き着いてくる。持っていたあんぱんを落としてしまうが構っている余裕は無い。続けて理子はその小さな手で俺の背中をゆっくりとなぞってくる。

 当然興奮しない訳もなく、俺の意識が持っていかれる寸前、理子は俺の耳に口を近づけてこう言った。

 

 

 

「――やっぱり、アリアなんかにキー君は勿体ない」

 




感想頂いた方、ありがとうございます。


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第八話

「キー君…………ううん、『キンジ』」

 

 理子の艶やかでいて、甘えたような声が俺の耳をくすぐる。

 

「――いけないな、理子。可憐な乙女が簡単に男に抱き着くなんて。ドキドキしてしまうじゃないか――、どう責任をとってくれるんだい?」

 

 芸術作品を扱うように理子の頭を優しく撫でながら、冗談ぽくそう声を投げかける。俺の言葉にぴくりと反応した理子は、俺の首に両手を回した状態で顔だけを少し俺から離す――、ちょうど俺と理子が至近距離で見つめ合うように。

 興奮している理子の小さなその顔は熱を帯びており、熱い吐息をつく。

 

「……’なった’んだね。最高だよ、キンジ。……ゾクゾクしちゃう。……理子、もうキンジ無しじゃあ生きていけないよ」

「俺も理子と出会えて幸せだよ。理子のいない世界なんて想像したくもない」

 

 

 

「…………本当に? 本当に『理子』がいないと寂しいって思ってくれる?」

 

 

 

 『理子』の部分を強調したその問いかけ。理子の声は僅かに震え、瞳は不安を示すようにゆらゆらと揺れている。

 普段の明るく振舞う表の顔、そして冷酷な裏の顔――、そのどちらでもない、ただのか弱い女の子としての理子の姿。それを見た俺の中に深い悲しみが広がっていく。

 

 理子は、幼少の頃から、『理子』としてではなく、大怪盗、アルセーヌ・リュパンの子孫としてしか存在を認められなかった。

 さらに幼くして愛する両親を亡くし、落ちこぼれの烙印を押されてしまった。果ては、優秀な子孫を生み出すためだけの存在価値にまで堕とされた悲劇のヒロイン。

 峰理子は、緋弾のアリアの作品の中でも屈指の闇の過去を持っている。

 

 理子に必要なのは――、理子を認めて必要とする存在。

 

「ああ、本当だよ。寂しいどころじゃない、『理子』がいないとだめなんだ。誰よりも努力家で可愛い理子がね。代わりなんていない。――例え世界中が理子の敵になろうと俺だけは理子を守ると誓おう」

 

 俺の答えを聞いた理子は、驚いたように目を大きく開くと、その顔を真っ赤に染めて顔をくしゃりと歪める。それを見られるのが恥ずかしかったのか、理子は俺の胸に飛び込んでくるとその小さな顔を俺の胸に埋める。

 

 

 

「……もう、ずるいよ。……本当、キンジは私からとんでもないものを盗んじゃったね――。盗むのは理子の専売特許なのにさ」

 

 

 

 俺は、理子をそっと抱きしめながら、黙って理子の小さな頭を優しく撫で続けた。

 

 しばらくして落ち着いた理子は、頭を上げて俺の顔を見上げてくる。その表情は先ほどまでの弱々しい理子では無かった。芯の通った、力強いものだった。その姿を見て俺も嬉しくなる。

 

「……ねえ、キンジ。私のお願いを聞いてくれる?」

「……言ってごらん?」

 

 そう促すと、理子はその表情に一層の力を込める。

 

 

 

「私は……私は、見返したい! 私を馬鹿にしてきた奴らを……。私を冒涜してきた奴らを! 理子は理子だって! この手で直接! その為に力を貸してほしい!」

 

 

 

 理子のその勇気溢れる姿に俺は微笑む。

 

「ああ、勿論さ。理子の力になれるのならなんだってしよう。理子の為なら例え『鬼』が相手だろうとも俺は立ち向かうよ」

 

 俺の言葉に驚いた理子は目を丸くして、「……キンジには敵わないね」とどこか呆れた様子である。

 ここで理子は、妖艶でそして鋭利さを感じさせる表情を浮かべる。これは裏の顔である理子。

 

「……くふふ、今日は人生で一番いい日になったよ。ありがとうキンジ。じゃあその件については、また近々連絡するね。……そ・れ・でー、どうせならもう一つお願いがあるんだけどいい?」

「……欲張りさんだね、なんだい?」

 

 すると、理子は急に黙ってこちらをじっと見つめてくる。恥ずかしいのか、妙にそわそわしてもじもじしている。裏の理子とは思えない程、その様子はとてもしおらしい。

 

 

 

「…………キンジ、私だけのものになってよ」

 

 

 

 その理子のお願いに俺の心が痛む。

 なぜなら、その願いを叶えることはできないから。

 俺のことを必要としている女性は多くいる。

 ――だから今はまだ。

 

「…………すまないそれはできない」

「……まあそうだよね。今のキンジはそう答えるしかできないよね。キンジの体質は知ってるよ。……なにせ、キンジの『お兄さん』に聞いたからね」

 

 理子は、ここで俺の兄さんのことに触れてくる。

 その理子の表情は、切り札を使ってやったぞと言わんばかりに、挑戦的なものである。

 世間的に俺の兄さんは海難事故によって死亡されたとされている。原作キンジはその事件のせいで武偵をやめようとしていた。その兄さんを持ち出されたら、俺はどんな要求を呑んでも理子から情報を聞き出そうとするだろう。

 だが、兄さんがぴんぴんして女装に勤しんでいるのは分かっていることである。

 

「……そうか、兄さんに。そうだ、兄さんに今度会ったなら言っておいてくれ。久しぶりに弟が会って模擬戦をしたがっていると。兄さんは俺の身の回りにいる人では数少ない全力でぶつかれる相手だからね」

「……はは、参ったなぁ。これもだめかぁ。本当、キンジは何でも知っているんだね」

 

 理子は俺の反応から、兄さんが存命していることを知っているのだと理解する。理子はまいったと言わんばかりに乾いた笑いをこぼす。

 しかし、理子はまだ手は残っていると言わんばかりに、その目を妖しく光らせると俺に甘い声で囁いてくる。

 

「……ねえ、じゃあ理子と『いいこと』しよう? 別にいいよね? それがキンジの体質の本質でもあるんだし。あっちのキンジはそれを望んでいるし」

「とても魅力的な提案だ。しかしここはお外だよ? 人が来るかもしれない」

「キンジの特別になれるなら場所なんか関係ない。それに扉には細工をして開けられないようにしておいたよ。くふっ、残念でした!」

 

 そう悪戯っぽく言った理子だったが、その明るい表情を真剣なものへと変える。

 そして軽く息を吸い込んだ理子は、

 

 

 

「……それとも断って理子に恥をかかせる? ……こう見えても結構勇気出してるんだよ?」

 

 

 

 その理子の言葉が嘘ではないと証明するように、理子の全身は不安と緊張で震えている。今にも壊れてしまいそうな儚さがある。

 

「……まったく、ずるい子だね、理子は」

 

 こう言われてしまっては俺に断る術は無い。

 理子を拒絶すれば理子は深い傷を負うことになる。

 そして、それを俺は許すことができない。

 流石は理子。女性としての武器の使い方をよく分かっている。

 

「わかっt――」

 

 俺がそう答えようとしたその時だった。

 

 

 

「――――ぷっ、冗談だよ!」

 

 

 

 理子は、耐えきれないとばかりにその顔に満面の笑みを浮かべる。それは、悪戯を成功させた子供のようだ。

 

「ふふふ、キンジに振り回されっぱなしは嫌だったから、困らせてみました! くふふ、ねえねえ? 困った? んん~? 理子の演技も中々のものでしょ?」

「はは、全く。本当に困った子だよ理子は……」

 

 俺が苦笑いと共にそう呟いたと同時だった。理子は、俺からゆっくりと離れて、スキップ気味に楽し気な様子で数メートル歩いてくるりと俺の方を見つめてくる。

 

「…………こんな卑怯なやり方でキンジと一緒になることは私のプライドが許さない。何よりやられっぱなしは癪だからね。――正々堂々と、キンジの心を奪ってみせる」

 

 そう言った理子は、背筋は伸ばしたまま、両手で改造スカートの裾を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を少し曲げる。

 その優雅な振る舞いは、高名な貴族のそれであった。

 そして、自信に満ちた理子はその真っすぐな瞳で俺を見据える。

 

 

 

「なにせ理子は――――、『泥棒』ですので」

 

 

 

 その堂々とした華麗な理子の姿に俺は心を奪われて、一瞬呆然としてしまう。

 理子は、そんな俺の反応に満足したのか、笑みを浮かべると。

 

「……くふふ、じゃあね~’キー君’! 『鬼退治』のことについては、またすぐに連絡するからね!」

 

 そう言って理子は、普段の明るい様子で元気よく走っていった。

 

 後ろから僅かに見えた理子の耳は桜色に染まっていた。

 

 




感想頂いた方ありがとうございます。緋弾のアリアが好きな方が多くて嬉しいです。


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第九話

 理子が去った後、俺はそのまま屋上に残っていた。既にヒステリアモードは解けている。

 残り少ない昼休みの中、俺は柵にもたれかかりながらぼうっと青空を流れる白い雲を眺めていた。

 はぁ、とため息。

 

 

 

 …………理子、可愛すぎだろ。

 

 

 

 俺は、理子のあまりの可愛さに骨抜きにされていた。

 ……童〇にあれはいかんでしょう。

 もう理子と結ばれればいいじゃないかと思えてしまう。

 

 …………いや。

 

 それでも俺は踏みとどまる。

 

 いやいやいや、だめだぞ!

 俺は遠山キンジ!

 数多のヒロイン達を落とす男!

 ここで俺が落ちたら何のために転生したのか。

 むしろここからじゃないか!

 しっかりしろ!

 

 俺は、後ろ髪を引かれる思いで自身を鼓舞し、理子への気持ちを一時的に断ち切る。

 ……あー、でもやっぱり理子可愛い――。 

 

 

 

 俺は、時間をかけてなんとか気持ちを切り替えることができた。自分を褒め称えたい。

 予鈴が鳴った為、教室へ向かいながら考える。 

 

 ――とりあえず流れで、理子の宿敵であるドラキュラこと『ブラド』と戦うことが決定した。これは大きいことだ。

 本来の、俺とアリアでタッグを組み、理子と対決する展開をすっ飛ばすことになったのだから。ハイジャックされた飛行機の中で戦うとか面白そうだと思ってたんだけどな。

 ……まあ、いいか。理子も嬉しそうだったし。

 問題はアリアとの絆を深める機会を失ってしまったことだろうか。そこは何とか穴埋めするしかないな。

 

 ――それよりブラドの強さってどんなものなんだろうな?

 原作では、アリアと理子とキンジの三人がかりでようやく勝てたけど。

 ……ま、四つある『魔臓』の位置も分かるし、多分、素の俺一人でも十分いけるだろう。知らんけど。

 ――最悪、ヒステリアモードになればいい。

 戦闘中、どんな状況だろうと、エ〇いことを考えて興奮できるよう、訓練は積んでいる。死角はない。

 

 ……俺、興奮する才能はあるんだよな。

 今となってはそんな才能いらんけど。

 ていうかそんな訓練してたから興奮しやすいのか……?

 

 ちなみに以前、兄さんと修行している時に、戦闘中にヒステリアモードになれるの凄くね? と兄さんに自慢したら「気色悪い」と、ドン引きされてしまった。女装して興奮する兄さんにだけは言われたくないと『カナ』の物真似をしながら文句を言ったら、兄さんがキレて殴り合いの喧嘩に発展してしまったのは懐かしい。

 ……とにかく、ヒステリアモード状態の俺なら、ブラド位なら余裕で勝てるだろう。

 とはいっても一番の目的は理子のトラウマを完全に克服するため。俺が無双しても意味は無い。まあ、その辺はうまく調整しよう。

 

 ここまで考えた俺は、あることに気付く。

 

 ……あれ? 理子にイ・ウーに案内してもらえるんじゃね?

 

 俺の現状の目的である、イ・ウーにたどり着くこと。それが存外、簡単に達成できる可能性があることに気付く。理子は、まだイ・ウーに在籍しているはずだ。

 ……よし、今度会った時に頼んでみよう。

 俺のイチャイチャ人生もそう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 学校が終わり、放課後になった。

 いつもなら訓練を行い、陽が完全に沈んでから帰宅するのだが、今日だけは特別。夕日が自室を赤く照らす中、俺はソファに座っていた。

 

 そろそろ、アリアが来るはず。

 

 原作の流れなら、アリアが部屋に乗り込んできて、俺に’奴隷になりなさい’宣言をすることになるのだが、どうなるか。アリアは来るだろうか?

 と言いつつ俺はアリアが来ることになるだろうと確信していた。というのも、下校時、アリアに後方から尾けられていたことを確認している。俺はそのまま気付かないふりをして真っすぐに帰って来たというわけだ。

 それに学校でも俺の隣の席に座ろうともしていた。間違いなくアリアは俺のことが気になっている。俺が自分のパートナーとして相応しいかもしれないと。

 今頃、俺の部屋のインターホンを押そうとしているかもしれない。

 

 ……しかし、アリアはなんで俺に興味を持ってくれたんだろうな?

 体育倉庫を蹴破った時の一連の流れを凄いと思ってくれたんだろうか?

 まあいいか。結果良ければなんとやらだ。

 

 でもアリアが来たら、どんな風に対応すればいいのか。

 間違っても尻に敷かれることはあってはならない。

 

 ――ヒステリアモードになれば簡単なんだけどな。

 

 そんな考えが浮かぶ。

 でも、アリアは別に好みでないし、あくまで良きビジネスパートナーとして、付き合いたいんだよな。ヒステリアモードになって変に好意を持たれてもお互いが不幸になるだけだ。

 やはり素の俺のままで頑張るしかないのだろう。

 大丈夫、素のままの俺でも強いのだ。舐められることはないだろうし、対等な関係を築けるはずだ。

 

 そんなことを考えながら俺は待ち続けた。

 しかし。

 

 

 

 ……来ない、だと。

 

 

 

 陽は完全に沈んでしまった。原作であれば、とっくにアリアは来ていた。

 しかし、アリアは来ていない。

 

 ……え、なんで?

 

 確かに俺はアリアに尾行されていたはずだ。勘違いなどではない。

 状況が理解できずに混乱していく。

 

 やっぱり俺はアリアに興味を持ってもらえていないのか?

 ……まずいまずいまずい。

 

 先々の物語の展開を考えると、アリアと一緒にいないと色々なヒロイン達と関わり合う機会が少なくなる。工夫次第でどうにかできそうな気もしなくもないが、やはりメインヒロインのアリアと距離を置くのは得策とは言えない。

 しかし、アリアは日本に良いパートナーがいないと判断すると母国に帰ってしまう。行動の早いアリアだ、もしかしたらその日は存外早く来るかもしれない。

 

 ……猶予は無い。なら、こっちから探す。

 

 下校中は、俺の後を尾行していたのだ。時間が経ったとはいえ、この近くにいる可能性はある。

 俺はそう考えてバタバタと音を立てながら、玄関に向かっていく。

 

「えーと、アリア、アリア。――アリアと言えば……、ももまんか? ももまんだな、ももまんしかない! この辺で売ってるところは――」

 

 そんなことを言いながら、玄関の扉を開く。

 すると。

 

 

 

 いた、――アリアが。

 

 

 

 アリアは、俺の部屋の扉の前で驚いた様子で立っていた。アリアの傍らには大きめのトランクもある。

 

 …………え? とういう状況?

 単純に来る時間が少し遅れたってこと?

 

「…………あんた、今、私の名前を呼んでた? 後、なんで私がももまん好きなこと知ってるのよ?」

 

 アリアは、訝し気な視線をこちらに向けてくる。完全に変質者を見る目である。

 ……や、やばい。

 アリア視点だと、俺がアリアの名前を連呼しながら、走ってどこかに行こうとしているようじゃないか。いや、その通りなんだけども。

 ――そんなの、まるっきりヤバイ奴みたいじゃないか。これじゃあ、良きパートナーにはなれん……。

 

「い、いや、違うんだ!」

「何が違うのよ? ……やっぱりあんた変態じゃないの?」

 

 ……くっ、なんて屈辱。貧乳に興味ねえよ!

 ギロリとアリアが鋭い視線を投げかけてくる。小さい癖にその圧力は凄まじい。

 だめだ、ここで引くわけにはいかない。

 

「アリアだって、なんで男子寮にいるんだよ! お前こそ変態じゃないのか?」

「なっ!? ち、違うわよっ! というかあんたは、どうして私の名前を呼んでたのよ! 後、なんで私がももまんが好きって知ってるのよ! まずはそっちから答えなさいよ! 何よ、私に気でもあるわけ!」

 

 顔を真っ赤にしたアリアが憤慨しながらそう詰めてくる。

 気でもあるか、だと? 

 ――ぬわああっ、イライラする!

 でもアリアの質問に答えないと俺が変態として確定してしまう。

 言い訳がすぐに出てこない中、俺が頭を必死に回した結果。

 

「あ、あれだよ! アリアってSランク武偵だろ? 同じSランク武偵としてアリアと戦ってみたいと思ってたんだよ。だからアリアのことが気になってたと言うか。その気持ちが強まってついアリアの名前を呼んだんだよ……。ちょうどいいし、これから俺と模擬戦でもしないか?」

 

 ……何言ってんだ、俺。

 

 焦ってよく分からない言い訳と、ついでによく分からない提案をしてしまう。アリアの好物であるももまんを知っていたことに対する言い訳は思いつかなかった。

 変なことを言っている自覚はあったが、俺の提案にアリアは、「ふーん、模擬戦……ね」と顎に手を当ててしばし考える様子を見せる。

 そして、アリアは先ほどまでとは一転、至って真剣な様子でこちらを見つめてくる。

 

「――いいわよ。そっちの方が手っ取り早いし、悪くない提案だわ」

 



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第十話

 街灯や建物の窓から漏れ出る光が町をやんわりと照らす中。

 俺とアリアは模擬戦をする為、再び武偵校に向かう。今はバス停を目指している。

 

 ちなみにアリアが持ってきたトランクは、いったん俺の家に置いて来た。白雪に見られたら厄介だから持ってきてほしかったのだが、アリアに断られた。重そうなトランクを引きずって学校に行けと言うのも忍びなかったので、俺もつい了承してしまった。

 ま、なるようになるだろう。どうせ修羅場は避けられん。

 

「あんた――キンジって普段何やってるのよ」

 

 アリアが質問を投げかけてくる。少しでも俺についての情報を仕入れようとしているのだろう。これはいい。アリアに俺がパートナーとして相応しい奴だとアピールできるチャンスだ。

 ただでさえロリ好きの変態かと疑われており、印象は悪いはずだ。何とかせねば。

 ……でも、なんでアリアちょっと疲れているんだ? 

 さっきはびっくりしてて気付かなかったけど、服とか髪とか若干乱れているし。

 もしかしてそれが俺の家に来るのが遅れた要因だったりして。

 

「学校が終わったらずっと訓練してる。休日も訓練だ。実践経験を積むために、定期的に高難度の依頼(クエスト)を受けたり、遠征に行ったりもしている」

 

 ――後は、ヒロイン達にイチャイチャアタックを仕掛けてるけど。

 

「……ふーん、なるほどね。努力を怠らないことはいいことね」

 

 アリアは素直に感心したようにそう言ってくる。

 ……アリアから純粋に褒められるってなんか、むず痒いな。

 アリアは基本的に思ったことをそのまま言うから、その言葉も本心なのだと思うと変な感じがする。原作キンジは、アリアに好き放題言われてたから余計にそう思うだけかもしれんけど。

 その後もアリアは俺にいくつかの質問をしてきて、それに俺が答えていく。

 

 

 

 武偵校行きのバスに乗り込む俺とアリア。

 時間帯もあってか、がらんとしたバスの中、一番後ろの座席に二人して座る。ここでアリアからの質問の雨が止む。

 ちょうどいいやと、今度はこっちからアリアに質問を投げかける。

 

「アリアは、普段どんな訓練をしているんだ?」

 

 アリアはSランク武偵。Sランク武偵になれる人材は稀だ。才能の有無もあるのだろうが、そこに上り詰める為に並み以上の努力をしてきたはずだ。

 特にアリアは家庭の事情もあったり、最近だと母親を救う為に惜しみない努力をしているはずだ。そして、その詳細は原作で語られていない部分でもある。

 だが、その努力の中には俺が強くなる為に参考にできるものがあるかもしれない。やはり強くなるためには、貪欲になんでも吸収していくことが大切だからな。

 

「私の? どうしてそんなことを聞くのよ?」

 

 アリアは俺からの質問が意外だったのか、そのカメリア色の瞳を丸くしている。

 

「アリアはSランク武偵だろ? どんなことをして強くなったのか興味があるんだよ。俺も参考にできるかもしれない」

 

 素直にそう答えると、アリアは「……へー」と、探るように俺の顔を見つめながらそう答えると。

 

「そういうことなら仕方ないわね! それに私のことを知ってもらうのも悪くないわ。そうね、最近だと――」

 

 アリアは自分に興味を持ってくれたことがまんざらでも無かったらしい。嬉しさを隠し切れずに語ってくれた。

 

 

 

 

 

 アリアの話を聞いていき、分かったことがある。

 

 アリアは、正真正銘――――『努力家』だ。

 

 天才的な才能があるのは間違いないのだろうが、アリアが行ってきた訓練や実績の一部を聞くと、そこから相当の努力が窺えた。

 俺自身、強くなるためにひたすら訓練を積んできたからこそ、その凄さを理解できる。俺の中でアリアの株が上がっていくのを感じる。

 同類を見つけたことで少々テンションが上がり、先ほどまでのアリアのように、俺もアリアに次々と質問を投げかけていく。

 アリアからの返答に対し、時に感心し、質問を重ね、意見を言う。

 そしてアリアもなんやかんや楽し気に俺のテンションに合わせるように会話に乗っかってくれる。

 

 

 

 ――ぶっちゃけ、滅茶苦茶盛り上がった。

 

 

 

 俺の周りには常に女性がいることもあり、気の許せる男友達はいない。女性――ヒロイン達とも、基本的にはヒステリアモード時の俺と甘い時間を過ごすだけ。間違っても血生臭いことなど話題にはならない。

 こんな風に訓練のことについて、同世代と盛り上がったのは兄さんを除けば初めてのことだった。

 よく考えたらアリアもぼっちだったはずだし、俺と同じような想いを抱いているのかもしれない。

 

 

 

 ……なんだよ、アリア。

 気合うじゃん。

 これは良きパートナーになれるのではないだろうか。

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎていき、武偵校前にバスが到着した。

 そのまま俺たちは、まっすぐに強襲科(アサルト)棟に向かった。

 とっくに下校時間は過ぎているが、部活動や居残りで訓練している者なども多くおり、意外と活気づいている。

 

 ……それにしても、いつにも増して視線を感じるな。

 

 学校にいると、俺に好意をよせてくれている女子生徒の視線を感じるが、今はいつも以上にそれを感じる。

 隣にアリアがいるからか?

 アリア、他の女子生徒から嫌われてるんだよな。

 

 ……アリアに危害が加えられないように注意しとかないとな。未来のパートナーさんだしな。

 

 

 

 強襲科棟にたどり着いた俺たち。中から強襲科の先生でもある蘭豹(らんぴょう)の怒鳴り声が聞こえてくる。遅れて数人の生徒の声――というか悲鳴が聞こえてくる。

 どうも心優しい蘭豹が居残りで生徒達に指導(八つ当たり)してあげているらしい。……なんだろう、男にフラれたのだろうか。

 蘭豹は、緋弾のアリア作品の中で屈指の強さを誇るキャラの一人だ。なんでも香港で無敵の武偵だったとか何とか。19歳であり、ポニーテールがよく似合う美人で、スタイルも良い。

 しかし、性格があまりにも破綻している。

 戦闘狂で、暴言は勿論、飲酒に賭け事――。

 剛速球だが、思いっきりボールって感じ。……よく分からんな、この例え。

 

 俺とアリアが訓練室にいた蘭豹に近づいて行く。模擬戦を行う許可をもらうためだ。

 予想通り、訓練室で鬼の表情を浮かべた蘭豹が数人の生徒達に向けて、ドガドガと銃を乱射していた。当然、銃弾は生徒達には当たらないが生徒たちは恐怖の表情を浮かべている。

 見慣れた光景だが、生徒の親御さんがこれを見たらどう思うんだろうな……。

 

 こちらが近づいていったことで蘭豹がこちらに気付いた。

 

「おうおうっ! なんや遠山やんけ! 今日は来んと思ってたわ! どうや! そろそろウチと戦う気になってくれたか?」

 

 蘭豹は、さきほどまでのイライラした様子を引っ込め、ニヤリとした笑顔を浮かべて、ずんずんとこちらに近づていてくる。

 

「――いえいえ、蘭豹先生と戦うなど、私にはとても」

 

 ――正直、蘭豹とは戦ってみたいと思っている。

 

 しかし、蘭豹ほどの実力者と戦うとなると、俺も持てる全ての力を出し尽くす必要がある。目の前にいると分かるが、蘭豹の圧力は半端ない。全身が緊張に襲われれるほどだ。それだけで相当の実力である事が分かる。

 そうなると、当然俺はヒステリアモードになる必要がある。

 ここで問題。――蘭豹は一応、女性だ。

 そこで、仮に、もし、蘭豹を落としてしまったことを想像すると――。

 だめだ、寒気が止まらん。

 

「けっ、なんやねん! おもんないな! こうなったら無理やり襲い掛かったろか」

 

 まじでやめてくれ。

 俺の心の叫びが通じたのか、蘭豹は俺の隣にいたアリアの存在に気付き関心を逸らしてくれた。

 

「ん? 神崎もおるんか。なんや珍しい組み合わせやな。何の用や?」

「俺とアリアの模擬戦の許可頂きたいんです。実弾・実銃を使った形で」

 

 ここで俺はいったん言葉を区切り、アリアのほうをちらりと見つめる。アリアは、不思議そうに首を傾げる。

 ……よし、ここは。

 

「――――装備は、今着ている制服のままで」

 

 この俺の言葉にアリアは驚き、バッと俺を見つめてくる。

 通常、実弾・実銃を使った模擬戦では、全身を防護する装備を身に着ける必要がある。俺は今、それを必要無いと言ったのだ。

 武偵校の制服も防弾服であるが、全身を覆っているわけでは無い。素肌に銃弾が当たれば、当然怪我をしてしまう。 

 無論、違法行為だ。

 

「いいだろうアリア? 防護服なんて着てたら、緊張感が無くなって、お互いの実力は計り切れないだろう?」

 

 俺が試すようにニヤッとした表情を浮かべながらアリアにそう言う。アリアは一瞬面食らうも、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「……勿論よ。受けて立つわ」

 

 そう答えてくれる。

 蘭豹は俺たちのやり取りを見て、目を細め、ニヤリと口角を上げる。

 

「はははっ! ええやんけっ! おもろくなってきた! ……よし、ウチが許可する!! ――おい、お前ら! 闘技場(コロッセオ)の準備をしろ! 急げっ! たらたらしてると殺〇ぞ!」

 

 蘭豹が怒鳴り散らす中、俺はアリアを見つめる。

 

 …………アリア。

 今度こそ俺の実力、とくと見せてやるよ。

 



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第十一話

 強襲科(アサルト)の体育館にある、決闘場(コロッセオ)

 防弾ガラスに覆われた楕円形のフィールド上で、俺とアリアが向かい合う。距離は十数メートルといったところ。

 

「よし、遠山! 神崎! ええぞ! 〇れ! 〇し合え!!」

 

 興奮した蘭豹がそう叫ぶ。蘭豹だけではない。決闘場を囲むように多くの生徒達も同様に盛り上がっていく。Sランク武偵同士の対決ということもあり、噂がすぐに広まり、学校に残っていた生徒たちが集まってきているのだ。

 ……あまり大勢の前で遠山家の技を使いたくないが仕方ない。

 

「――じゃあいくわよ」

 

 盛り上がる外野など関係無いというように、アリアが俺だけを真っすぐに見つめてくる。二丁のガバメントを引き抜く。

 俺もベレッタを引き抜く形で応える。

 

 アリアが勢いよく駆け出す。俺はその場から動かずアリアの出方をみる。

 アリアは、走りながら二丁のガバメントを構えて一発ずつ発砲してくる。銃撃音と共に二発の銃弾が狂いなく俺の上半身と下半身に迫ってくる。しっかりと防弾制服の上に着弾するコース。流石だ。

 対する俺もベレッタを連射モードにし、冷静に狙いを定めて発砲する。

 アリアと俺が放った銃弾は近づいていき、――やがて二発とも衝突する。

 衝突した銃弾は、あらぬ方向に向きを変えて飛んでいく。

 

 流石にこの対応は予想外だったようで、アリアが「嘘でしょう!?」と言いたげに驚愕している。

 

 ――よしよし、驚いてくれて嬉しいわ。素の状態で銃弾を目で追いかけられるようになるのに、めっちゃ苦労したからな。できるようになるまで何発この身に銃弾を食らったか……。

 

 驚くアリアを見て内心ほくそ笑みながらも俺は意識をすぐに切り替える。アリアを相手に一瞬の隙は命取りだ。

 アリアと対峙するにあたって警戒すべきは、――接近戦。

 徒手格闘を得意とするアリアを相手には距離をとって戦うべきだ。

 

 ――けど敢えて、接近戦を挑む。

 相手の得意分野を避けての勝利なんて意味ない。

 何より全力のアリアを見てみたい!

 

 俺は、一瞬動きが鈍ったアリアの足元にすかさず銃弾を撃ち込む。被弾はさせていないが、足元からの衝撃によってアリアは一瞬バランスを崩す。アリアは、しまったとばかりに苦し気な表情を浮かべる。

 今度はこちらからアリアに接近する。

 アリアの目と鼻の先まで一瞬で間合いを詰めた俺は、脳震盪狙いでアリアの顎目掛けて掌底を叩き込む。

 

 ――――入るっ!

 

 アリアはバランスを崩し、重心がやや右側に寄っている。今から体勢を整えての回避や防御では間に合わない。

 ……と、思っていたのだが、アリアは強引に自身の右足を振り上げると、俺の掌底を繰り出した腕にまるで蛇のように絡ませて無理やり軌道をずらしてきた。さらに絡ませた右足を軸に無理やり体勢を整えてくる。そのまま俺の腕を支えに左足を跳ね上げさせ、お返しだとばかりに俺の顎目掛けて蹴り上げてくる。攻めていたと思ったのに、いつの間にか攻守が逆転している。

 

 ――いや、すげえ。神業じゃん。

 

 俺はたまらず思い切りのけ反る形で、アリアの蹴りをぎりぎりで躱す。

 アリアは、俺の腕から絡ませていた右足を離し、蹴り上げた勢いのままバク宙の要領で空中でくるりと一回転する。

 アリアの攻撃は、それで終わらない。着地を待たずして、空中でガバメントを俺に向けてくる。

 

 ――まじかっ!?

 

 全身に冷たいものが走る。俺は、アリアが向けてきた銃口の向きを把握して、咄嗟に右手を動かす。

 そのままアリアは、体勢を崩している俺に発砲してくる。

 その銃弾は、’予想通り’俺の右肩付近目掛けて飛んで来る。

 

 至近距離からの発砲。先ほどのように銃弾を衝突させて防ぐことは不可能。かといってこのまま食らうと、肩にダメージを負ってしまう。

 

 しかし、俺の右手は既にアリアの銃の射線上に移動させている。

 

 銃弾が俺の右手に吸い込まれるように飛んでくる。

 俺は、銃弾を包むように手の平を閉じていく。そして一瞬、銃弾と速度を合わせるように、腕全体を亜音速で引く。

 そして、

 

 

 

 ――そのまま銃弾を掴んだ。

 

 

 

 あっつ!?

 右の手の平から焼けるような痛みを感じる。相殺しきれなかった銃弾の速度によって手の平を火傷したのだ。

 ……痛って、ヒステリアモードなら火傷しなかったのにな。

 しかし、攻撃を防ぐことには成功した。

 

 俺は平静を装い、アリアに「何かしたか?」と言うように、掴んだ銃弾を見せびらかしながら笑みを投げかける。

 アリアは何が起きたのか理解が追い付かないのだろう。ただでさえ大きな瞳をさらに見開いて硬直している。

 周囲で見ていた生徒達も同様で、驚きのあまりシンとしている。決闘場に一瞬、沈黙が流れる。そして、理解が追い付き、決闘場が沸き上がっていく。

 

 俺は、掴んだ銃弾を思い切り親指で弾く。ほぼノーモーションで放ったそれをアリアが防げるわけもなく、おでこに思い切り当てることに成功する。

 強めのデコピンくらいの威力はあったはずだ。

 「みきゃっ!?」とアリアは、可愛らしく叫ぶ。硬直の解けたアリアは、赤くなったおでこを押さえながら涙目を浮かべてこちらを睨みつけてくる。

 

 アリアをおちょくり、敢えて怒らせて冷静さを失わせたところで、今度はこちらから至近距離で、ベレッタを連射していきアリアを追い詰めていく。

 しかし、アリアは瞬時に気持ちを切り替えると、三次元的かつ変則的な動きで射線から巧みに逃れつつ俺から距離を取っていく。その動きは大変読みづらく、上手いこと逃げられてしまう。

 

 

 

 すげえ、アリア。

 こんなに強かったのか。

 ……そりゃあ、簡単にパートナーも見つからんわな。

 これで将来、目からレーザーとか撃ってくるようになるとか反則じゃね?

 

 

 

 俺は、アリアと実際に戦っていく中で、益々メインヒロインだとかを抜きにしてもパートナーになってほしいと強く思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 数分だった気もするし、数十分経った気もする。

 ほぼ満員近くになった決闘場は、大歓声で埋め尽くされている。

 

 

 

 決闘場の中心に立っているのは、『俺』だ。

 

 

 

 俺から数メートル離れた位置にいるアリアは、地に片膝をつき、「――はぁ、はぁっ」と俯いて荒い息を吐いている。

 まだ勝敗が決したわけではないが、今の状況からして俺の勝利はほぼ間違い無い。アリアは完全に消耗している。一方の俺にはまだ余力がある。言うてそこまで余裕は無いけど。

 そして俺の中にある考えが浮かんでいた。

 

 

 

 ――――ヒステリアモードになるつもりは無かったんだけどな。

 

 

 

 アリアは全力で俺にぶつかって来てくれた。 

 しかし、俺はヒステリアモードという奥の手を隠したまま。

 アリアから異性として好意を向けられる恐れがあるかもしれないから。そのような理由で奥の手を隠したままではアリアに失礼だと思った。

 

 …………一瞬だ。

 一瞬だけヒステリアモードになるんだ。

 キザな俺を見せる暇もないくらい。

 俺なら可能だ。

 

 その時だった。

 

「…………キンジ、あんたは私がこれまで見てきたどんな武偵よりも強いわ」

 

 アリアが、そんなことを言ってくる。

 

「それはどうも。アリアも強いよ。正直驚いている」

 

 俺がそう答えると、アリアはこちらにその小さな顔を向けてくる。

 そのアリアの表情を見て驚いた。

 全く、戦闘意欲が衰えていなかったから。

 ――それどころか、これまで以上の凄みを感じる。

 アリアは何かを確信しているようだった。顔を見れば分かる。

 アリアはぐぐぐ、と膝に力を込めて立ち上がる。

 

「――――でも、キンジ。まだ全力を出してないでしょう? 上手く説明できないけど、あんたは何か隠している。これは、私の――『勘』だけど。見せなさいよ、キンジの本気を」

 

 アリアは、俺がヒステリアモードを隠していることを見抜いて来た。

 この勘こそが、シャーロックホームズから受け継いだ力ということなのだろう。

 このアリアの言葉に、俺たちの戦いを見ていた蘭豹もニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

 

 ……やっぱり、アリア。

 最高だな。

 

 ……よし決めたぞ。

 この試合後、アリアには――。

 

 

「流石。アリアには驚かされてばかりだ。――じゃあ、俺の全力を見せる。…………覚悟しろよアリア?」

 

 

 

 

 

 今からの『俺』は半端なく強いぞ?

 

 

 

 

 

 俺は、目を閉じ、軽く深呼吸をし、意識を集中させていく。

 そして――、

 

 

 

 

 

 全力でエ〇い妄想を思い浮かべる。

 



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第十二話

 ――興奮する上で重要なことは、羞恥心を捨てること。

 

 ――馬鹿になれ。理性など不要。

 

 ――呼び起こせ。

 

 ――『直近』最も興奮した生々しく新鮮なエ〇い記憶を。

 

 ――後は、己の欲望を解放するだけ。

 

 ――本能の赴くままに。

 

 ――童〇として鍛え上げられてきたその妄想力で以て。

 

 ――イチャイチャできない蟠りすらも原動力に変えて!

 

 ――ぶちまけろっ!!

 

 ――創造しろっ!!!

 

 ――自分だけの楽園をっ!!!!

 

 

 

 ――学校の屋上。

 そこに佇む、陽の光をキラキラと反射させる金色の髪を靡かせる美少女。

 彼女はこちらに気付くと、フリフリのついた可愛らしい制服を揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。

 彼女が俺に抱き着いてくる。柔らかい感触と共にふわりとバニラのような甘い香りが漂ってくる。

 彼女は、ほんのりと赤く染まったその整った小さな顔をこちらに近づけてくる。

 そして見た目にそぐわない妖艶なその声で囁いてくる。

 

「――――ねえ、キンジ。理子と『いいこと』しよう?」

 

 

 

 うおおおおおおおっっ!!!!

 理子――――!!!!

 理子――――!!!!

 あぁっ!! 可愛い! 可愛いよ!! 理子――!! 

 ぬうぅぅぅぅんんんっっっ!!!

 理子理子理子理子理子理子理子理子理子理子!!!!

 ―――――――――!!!!

 ―――――――――!!!!

 

 

 

 俺の妄想がもたらす興奮によって、全身を巡る血が沸騰するように急速に熱を帯びていく。そして脳が加速的に活性化していく。

 

 

 

 ……兄さん覚えているか?

 俺が戦闘中にヒステリアモードになれると言った時の事。

 兄さんは俺に言ったよな……。

 『気色悪い』って。

 あれ、結構傷ついたんだぜ?

 だって…………、

 

 

 

 ――――これ、普通に凄くね?

 

 

 

 まじで一瞬なんだぜ?

 原作キンジみたいに時間はかからないし、脳へのダメージもほぼ無し。持続時間も問題無し。

 

 ちなみに実際に声を出した方がさらに数段早く興奮する。一度試したから間違いない。

 ただそれをすると大抵の場合、社会的に死ぬので流石にしないが。

 

 ――――俺は、この技を遠山家の秘伝として後世に伝えていくつもりだ。

 技名は募集中。祖父――爺ちゃんもすごい発見だと大興奮だった。

 

 …………なのに兄さんだけはなんであんなに必死にとめてきたんだろうな?

 …………不思議だ。女装するより楽だし恥ずかしくないと思うんだけどな。

 相手から見れば一瞬集中したかと思えば、なぜか超絶パワーアップしてしまうようにしか見えんし。

 

 これは、いずれ出会う弟に期待だな。

 兄さんはだめだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアは、気付く。

 目の前で瞳を閉じて静かに立つ遠山キンジが纏う雰囲気が豹変したことに。

 先ほどまで溢れていた強者のオーラがより一層、高まっていく。

 明らかに先ほどまでのキンジとは別人。

 

 

 

 キンジが集中し始めて、ほんの『十秒』ほどの出来事。

 

 

 

 …………これがキンジの本気。

 …………凄い。

 

 ――どれほどの努力をすればこれほどの力を身につけられるのか。

 

 アリアの額から冷や汗が滴る。

 全身が震えだしていることに気付く。

 本能が、――そして『勘』が、目の前の男の実力を察知しているのだ。

 アリアの想像以上のキンジの強さに、戦慄し、おののく。

 同時にアリアは、歓喜の感情が自分を包んでいることに気付く。

 アリアは自分の口角が自然と持ち上がるのを感じた。

 

 

 

 ――――やっと見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……今回は’時間がかかったな’。

 

 ヒステリアモードでいられる時間を極限まで減らすため、出力を調整する必要があったからな。その調整に時間がかかってしまった。

 加速した脳内でそんな分析をしていると、アリアが俺に話しかけてくる。

 

「…………凄いわね。でもどうやってそんな強くなったのよ? 何かからくりがあるんでしょう?」

「……アリア、世の中には知らない方がいいこともあるものだよ?」

 

 俺の喋り方や雰囲気が変わったことに気付いたアリアが、「どうしたお前??」と言いたげに訝し気にこちらを見つめてくる。

 

 ……アリアともっとおしゃべりをしたい。けれど今アリアが望んでいるのは、本気の俺の実力。

 そして、俺がヒステリアモードでいられるのは後、『一分』ほど。すぐに動かなければ。

 

 じゃあいくよアリア?

 お望み通り、全力の俺を見せてあげるよ。

 

 ――少々派手にね。

 そうなると――やはり『あの技』だね。

 

 俺は、まるで『理子』が浮かべそうな悪戯心に満ちた表情を浮かべる。

 ――妄想でなった場合のヒステリアモードは、妄想相手の性格が俺に投影される。

 以前白雪でなった時はバーサーカーみたいになってしまった。あれは妄想の仕方が悪かった。

 

 俺はその場で軽くジャンプをする。

 

「――――っ!?」

 

 俺が動き出したことで、急いで銃を構えるアリア。

 満身創痍だろうに、その構えは力強く隙のないものだ。

 遠慮せずに全力を出してこい、そう言っているようだ。その姿を見て俺も益々やる気をあげていく。

 俺は、アリアの気持ちに応えるように、両の足に同時に力を込める。瞬間的に亜音速の速さにまで加速させ――――、決闘場のコンクリートでできた床を踏み砕く。

 ズガアアアアアンン!!! と、爆撃でもあったような爆音がコンクリートの瓦礫や塵と共に周囲にまき散らされる。同時に決闘場全体が大きく揺れ、周囲で見学していた生徒達の悲鳴が巻き上がる。

 アリアも「わっきゃっ!?」と驚き必死にバランスを取っている。

 そして俺が、コンクリートを破壊したことで、塵が舞い上がり周囲の視界を奪っていく。

 

 …………よし。これで時間稼ぎができるだろう。

 やるぞ、あの大技を。

 これはヒステリアモードでも骨が折れる技だ。

 ――何せ、遠山家の『奥義』だからな。

 兄さんに継承されたそれを無理矢理俺も教わった技。

 

 俺は瞳を閉じて、全神経を集中させる。

 ただでさえ凄まじい集中力をさらに深めていく。

 周囲から音が消え、余計な情報がシャットアウトされる。

 そして――――、

 

 

 

 ――トン――トン――トン――。

 

 

 

 俺は、靴のつま先で一定間隔で床を鳴らし始める。一見、なんてことの無い行動。

 しかし俺は、地面に靴を接触させるその瞬間、全体重を乗せて巨大な力を地中に向かって吐き出していく。

 俺が伝えた力は振動となり地中に向かっていく。それが地中から跳ね返って来て地上に上がってくる。そして地上で跳ね返った振動が、また地中に戻っていく。

 ――このタイミング。

 先ほどと同様に力を加えて振動をどんどんと重ね合わせていく。地中と地上を往復する度に積み重なっていく振動。

 少しでもタイミングをずらしてしまったらお終い。力の調整も超がつくほどの精度が求められる。

 しかし、俺は間違えることなく足を鳴らしていく。

 

 最初は、微弱な感知できないほどのもの。

 

 しかし――、よし、『揺れて』きた。

 

 さあさあ、ここからどんどん大きくなって行くよ、アリア?

 

 

 

 ズズズズ――ズズズズ――ズズズズン。

 

 

 

 徐々に揺れが顕著になってきて、決闘場が再び揺れ始める。周囲の生徒達もざわざわとし始める。

 

 ――もう一息。

 

 

 

 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 

 

 

 揺れは震度4に到達。

 物凄い速さで激しくなっていく揺れに辺りがパニックになっていく。ここまで来て、ようやく視界が晴れてくるがここまで来ればもう誰も俺を止められない。

 目を閉じているので、実際の光景は見えないが、アリアも何が起きているのか理解できずにパニックになっているのが分かる。

 

 しかし、その状況であってもアリアは不安定な床の上で銃を構えると俺に向かって銃を連射してくる。流石に全弾命中とはいかないが、そのうちの複数発がこちらに命中する軌道を描く。

 それを俺は、周囲から聞こえてくる音や振動から分析して把握する。

 俺は目を閉じたまま、片手ですべての銃弾を難なく掴み取ると、そのまま床にパラパラと落とす。

 

 ……アリア、今の俺に銃弾による攻撃は効かないよ。

 今の俺を銃で攻撃したいなら、全方位からのゼロ距離による射撃をお勧めする。

 

 皆が騒ぎ立てる中、その中心地で俺だけが黙々と足で床を鳴らし続ける。

 

 震度は――――5、――――6。

 

 すでに、決闘場全体が命を持っているかのように縦横に暴れている。ここまでくるとまともに立つことができる生徒はおらず、蘭豹だけが何とか立っている状況。アリアも両手を床に付き、四足歩行の動物のようにして何度かバランスを取っている状況。最早、銃を発砲する余裕は無い。

 

 ――――これで仕上げだ!

 

 俺は目をカッと見開き、最後に俺が大きく足を振り上げてそれを振り下ろす。

 ――タイミング完璧。

 

 

 

 ズドドドドオドドオオオオンンッッッ!!!!!!

 

 

 

 震度7にまで増幅された『地震』が、周囲にまき散らされていく。

 この激震を受けて、アリアはとうとう耐え切れずに「きゃうっ!」っと悲鳴をあげてすっころんでいる。蘭豹は流石と言うべきか、ジャンプして宙に逃れていた。

 

 

 

 ――楽しかったよ、アリア。

 

 

 

 俺は、激しい余震が荒れ狂う中、悠々とアリアの元まで歩み寄るとその小さな頭部に銃口を突きつける。

 そしてちょうど俺のヒステリアモードが切れた。

 




更新遅くなり、申し訳ありません。
(毎日更新したい思いだけはある)


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第十三話

「…………私の負けよ」

 

 銃口を突きつけられたアリアは、観念したように両手を上げてそう言う。アリアは悔し気ながらもどこか満足しているようだ。

 

 ……まじでいい戦いだった。

 

 通常の状態に戻った俺もアリア同様に胸いっぱいに満足感が広がっている。

 徐々に揺れが収まっていく中、俺は銃を下ろしてアリアに手を伸ばす。

 俺の手を見てアリアは一瞬驚く。しかし、アリアはすぐに嬉しそうな表情を浮かべるとその小さくほんのりと熱のこもった手で俺の手をぎゅっと力強く掴んでくる。俺が力を込めてアリアを持ち上げる。

 

 ……前会った時にも思ったけど軽いな。

 

「ありがとう、楽しい戦いだったわ。――最後は訳が分からなかったけどね」

 

 アリアは、まっすぐに俺を見つめながら素直にそう言ってくる。後半は苦笑いだった。自分の負けを素直に受け止めるその姿に俺の中のアリア株がさらに上がっていく。

 

「――なあ、アリア」

 

 俺の想いは既に決まっていた。

 

「ん、なに?」

 

 

 

「俺のパートナーになってくれよ」

 

 

 

 俺は、アリアを一人の人間として、一人の武偵としてパートナーになってほしいと心の底から思っている。そうであれば、後は行動に移すのみ。

 俺は自分の欲求には素直だからな。俺はいいことだと思っている。

 ――ついでに他のヒロイン達とも出会える機会がふえる。素晴らしいではないか。

 アリアは、驚きのあまりか目をぱちぱちとしてポカンとしている。なんか面白い。

 

「……え、え? 今、なんて言ったの?」

 

 アリアが突然前のめりになってくる。

 何が起きているの? と言わんばかりの戸惑いを目一杯に放っている。

 

「俺のパートナーになってほしいって言ったんだ。アリアの強さやこれまでの努力は今の戦いを通じて理解できた。そんなアリアと武偵としてパートナーを組んでほしいって思ったんだよ」

 

 アリアは、うんうんと相槌を打ちながら俺の言葉を聞き逃さないように真剣に聞いてくる。俺が話終った後は、しばらく俯いてだんまりしてしまう。

 しかしよく聞いてみると、ぶつぶつと俺の言葉を繰り返して、俺が言ったことを現実のものであると再確認しているようだ。

 そして自分の頬をぐにーとつまんだりもしている。これが夢で無いかの確認だろう。なんか小動物を見ているようでほっこりしてしまう。

 するとアリアは突然、さらにこちらに前のめりになってくる。近すぎて、アリアから甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 

「ほ、本当に!? 嘘じゃないわよね? 嘘だったら風穴空けるわよ!」

 

 何気に「風穴空ける」というアリアの名言を聞けて感動する中、俺はアリアを真っすぐに見つめて、

 

「嘘じゃない、本気だ」

 

 と力強く応える。

 するとアリアは嬉しさでか、その顔を赤く染めていき、目をキラキラと輝かせていく。本当にアリアは感情が分かりやすいな。

 しかし、アリアはハッとして「――コホン」と咳ばらいをすると、すまし顔を浮かべる(それでも口元はにやけているが)。

 

「ふ、ふーん? そう? キンジがそこまで言ってくれるなんてね」

 

 アリアは俺から若干視線をずらしてソワソワしながら、恥ずかし気に振舞う。

 

「ま、まあ――キンジがそこまで言ってくれるなら――」

 

 そこまでアリアが言ったところで、「――ううん、違うわね」と言葉を止める。アリアは何かを考えるような様子を見せる。

 数秒後、アリアがぱっと顔を上げて俺の顔をまっすぐに見つめてくる。

 その表情は、満面の笑顔であった。先程までのふにゃふにゃした笑顔でなく、芯の通った爽やかな笑顔。

 

 

 

「――私もキンジとパートナーを組みたいって思っていたの! だからキンジの誘いはとても嬉しいわ。――だから答えは勿論、OKよ!」

 

 

 

 こうして俺はアリアがパートナーになることができた。やった。

 

「これからよろしくな、アリア」

「ええ。……ふふ、それにしてもお互いが同じことを思っていたなんて、私達いいパートナーになれるわ、きっと! 私の『勘』はあたるのよ? これは自信があるの」

 

 幸せいっぱいといった感じで笑顔を振りまくアリア。

 俺もつられるように笑顔を浮かべようとした時だった。

 

 

 

「くぉおらああああっ!! 遠山あああ!!!」

 

 

 

 ドゴンッ!!!! と、頭部に強烈な衝撃を受け、俺は顔面からコンクリートの床に叩きつけられる。蘭豹に殴られたのだ。

 いっっっった!!?

 ぎりぎりで蘭豹の接近に気付けたので、多少の衝撃は逃がせたがそれでも死ぬほど痛い。

 

「ちょっ、なにするんだよっ!」

 

 俺がガバッと起き上がって蘭豹に文句を言う。……あ、鼻血出てる。

 アリアは、え、なんでそんなにすぐ復活できるのと、ドン引きしているご様子。俺打たれ強さには自信があるから。

 

「おい、遠山。周り見てみろや、あぁ?」

 

 蘭豹が俺の胸倉を掴んで軽々持ち上げる。血管が浮かびまくった蘭豹の表情は修羅そのもので流石の俺もびびる。美人のキレた顔って怖いよな?

 

「ま、周りですか」

 

 蘭豹の言う通りに周りを見てみる。

 決闘場の床や壁がひび割れて、色々な備品が倒れまくったり、壊れている。

 これは酷い。

 

「色々と酷い状況になっていますね。ここはしばらく使えないかと」

「……で、これは誰がやったんや?」

「…………もう一人の僕です」

 

 蘭豹に思い切り殴られた。

 嘘は言ってないのに。

 まあ、衝撃を打ち消しているからほとんどダメージないからいいけど。

 

「……僕がやりました」

「せやな? どうするんや?」

「……どうしましょうかね、倒れた備品起こしたら許してくれます?」

「……もう一発殴られたいんか? 衝撃逃がされへんようにも殴れるで?」

 

 衝撃逃がしてたのばれてたー。

 流石蘭豹、恐るべし。

 

「……いえ、すみません。何とか補修費用を稼いでみせます」

 

 まあ、Sランク相当のクエストをいくつか受けてたらいけるだろう。『つて』もある。

 

「せやな、『まず』それがひとつや」

 

 ……え、それしか無くない? なんだよ、まずって。

 俺が、不思議そうな表情を浮かべていると蘭豹がニヤリと笑う。

 

「今回の件、学校にはウチが報告せんとあかん。そのせいで余計な手間がかかるわけや」

 

 ……いや、模擬戦を許可したのはお前やん。

 という突っ込みをぐっと堪えて続きを待つ。

 

「というわけで、ウチへの迷惑料として、今度ウチと全力で戦ってもらおうか。どっちかが半〇しになるまでのデスマッチや。どうや、おもろそうやろ?」

 

 どこがやねん。

 

「ま、遠山に拒否権はないからな。じゃ、そういうことで。今月中にはここ元に戻しとけよ」

 

 そう言った蘭豹はワクワクした様子でそのままフラフラと決闘場を後にした。

 ――え、最悪なんだけど。なんだよ、デスマッチって。もうむかつくからまじで〇りにいってやろうか。あ、ヒステリアモードになるから無理だ。一応、蘭豹女だし。なんだこの能力。使えねーな。

 ……卒業まで逃げ切ってやる。あ、俺卒業できないんだっけ?

 

 その場に取り残される俺とアリア。

 

「なあ、アリア。ここの補修費用稼ぐためのクエスト、手伝ってくれよ」

「なんでよ、嫌よ。私は壊してないし」

「いいだろう? パートナーだろ?」

「――っ!?」

 

 俺がそう言うと、アリアは面倒くさそうに、しかし嬉しそうに、

 

「…………たく、しょうがないわね。まあ、私も模擬戦してたわけだし? やってあげる。――パートナーとしてね」

 

 と、言ってくれた。

 アリアちょろい。ちょっと可愛いって思った。

 




毎度感想ありがとうございます。


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第十四話

 決闘場での騒動の後、俺とアリアは俺の部屋に帰って来た。

 

「ねえキンジ、喉乾いた。コーヒーがいいわ。エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ。砂糖はカンナで! 一分以内!」

「……エスプレッソ・ルンゴでいいな。――へい、どうぞ」

「――うん、美味しいわね。なによキンジ、コーヒーのことも分かっているじゃない!」

「まあな」

 

 俺の部屋のソファに我が物顔でドカッと座ったアリアはコーヒーを味わいながら飲んでいる。実に平和な光景だ。

 しかし、すぐさまアリアは再度の要求を投げかけてくる。

 

「ねえ、キンジ。お腹空いた。何か無い?」

「……昨日『たまたま』買った松本屋のももまんが冷蔵庫にあるから、それでよければ」

「――っな!? ももまん!? しかも松本屋の!? 食べるわ!」

「へいへい、ちょっと待ってな」

「――ふーん。松本屋のももまんを買うなんてキンジ、いい趣味してるじゃない!」

「まあな」

 

 俺は、アリアから要求が来る前に『既に』レンジでチンしていたももまんを取り出す。それを「ほれ」とアリアの前に差し出す。

 アリアは、ももまんを前にして目を輝かせると「あちちっ」と言いながらももまんを手に持ち、もきゅもきゅと夢中になって食べだした。

 ももまんを口に入れる度に頬に手をあてて恍惚とした表情を浮かべるアリア。

 

 ……ペットに餌をあげている時もこんな気分なのかね。

 

 お嬢様の世話を一通りを終えた俺はソファに腰掛けて、自分用に入れたコーヒーをずずずと飲む。

 アリアの我儘対策の為に全力を出した甲斐があった。流石にアリアが何のコーヒーが好きかまでは覚えていなかったので、どんな要求が来ても対応できるようにしておいた。松本屋のももまんだって昨日わざわざ買いに行っておいた。

 

 俺はアリアに尻に敷かれる気はないが、対策可能な部分で突っぱねる気は無かった。アリアは貴族様だから多少の我儘は受け入れるしかないだろう。今更アリアも性格を変えることは難しいだろうし、最初からそう割り切った方がこちらも精神的に楽というもの。

 勿論理不尽な要求が来たら反抗するつもりだ。 

 とはいっても、今の俺とアリアの関係性は考え得る限り最高のものだと思っている。お互いが実力を認め合っているからな。アリアも俺を無下にはしないだろう。

 

 ……それにしても白雪遅いな。

 

 空腹を感じ始めた俺がぼうっと、そんなことを考えながら、ももまんを食べるアリアを見つめる。俺の視線に気付いたアリアが目をギラリとさせて、ばっとももまんを隠してくる。

 

「……とらねえよ。ゆっくり食えよ。美味しそうに食べるなって見てただけだよ」

 

 俺が呆れながらそう言い、コーヒーカップを口元まで運び、コーヒーを一口流し込む。

 ……ううむ、我ながら美味い。アリアに不味いって言われるのが嫌で練習した甲斐があった。

 「ふぅ」と一息つきながらコーヒーカップを下ろすと、視線に気付く。

 

 見ると、アリアがじっとこちらを見つめていた。

 そのアリアの表情は、どこか疑わし気で不思議そうである。

 

 

 

「――やっぱり、違和感があるわ」

 

 

 

 そして急にこんなことを言ってきた。

 さらにアリアが、がたっと急に立ち上がり、こちらにずんずんと距離を詰めてくる。

 ――なんだなんだ!?

 俺が慌てていると、アリアは俺の正面に立つと、座っている俺に顔をぐいっと近づけてくる。

 

「ねえ、キンジ。キンジは私にとってあまりに『理想的』すぎる! 今までそんな人なんていなかった。――――キンジ、あんた何者?」

 

 こんなことを聞いて来た。

 ――あからまさに原作知識を披露しすぎたか。

 理子に続き、だな。特に勘のいいアリアが気付かない訳も無いというわけか。

 まあ、別に悪いことだとも思っていないし、これからも原作知識はガンガン活用させてもらうけど。

 しかし、どう答えたものか……。そのまま話しても信じてもらえんだろうし。

 俺が頭を悩ませていると、

 

「……話しづらいならいいわ。……急にこんなことを聞いてごめん。――でも、パートナーのことを理解しておきたいのよ。『ようやく』見つけたパートナーのことをね……」

 

 そう言うアリアはどこか余裕が無く、慌てているように見える。

 アリアのこの態度の背景にあるのは、母親である『神崎かなえ』の存在だろう。

 イ・ウーによって、罪を被せられた彼女は確か懲役数百年といった状態。

 アリアはそれらは全て冤罪だとして、真犯人であるイ・ウーのメンバーを武偵として捕えようとしているのだ。

 考えてみれば酷いことである。

 

「――キンジ、まだ出会って一日も経っていないけど、私はキンジのことを信用している。信用に足る人だって思っている。さっきの戦いや話していてそう感じたし、何より私の『勘』がそう言っているの!」

 

 アリアはそんな恥ずかしいことを言ってくるが、その切羽詰まったその表情を向けられると、こちらも黙って聞き続けるしかない。

 

「だから、キンジには私のことを話すわ。……どうして私がパートナーを求めていたのか。――それからキンジも私に自分のことを話すか決めてほしい」

 

 そう言って、本当にアリアは自分のことを話してくれた。

 まず母親が大変な目に遭っていること。そして、それを何とかするために活動していること。

 しかし、イ・ウーは強敵であり、今のままでは不利なこと。これを打破するためには、自分がベストパフォーマンスを発揮する必要がある。そして、その為にはパートナーが必要なこと。

 流石にホームズ家であるという部分はぼかしてきたが、自分の先祖には代々優秀なパートナーがいたこと。そしてパートナーと共にベストパフォーマンスを発揮したご先祖様は数々の偉業を成し遂げたことなんかを話してくれた。

 自分もそんなご先祖様に負けないように努力をしてきたことを。

 

 

 

 アリアが話し終える頃、とっくに俺のコーヒーは冷めきっていた。

 アリアは私が話せることは話したわよと言うように、俺の方を窺うように見つめてくる。そのアリアは緊張と不安を抱えているようだ。

 

 ――まあ、普通はいきなりこんなこと言われても混乱するだけだよな。

 

 が、しかし。原作知識のある俺は驚くことはない。寧ろ、こんなにも早く自分のことを話してくれるまで信用してくれていることが嬉しかった。模擬戦は無駄ではなかったらしい。

 個人的にはちょっと不安になるくらいの速さで信用されてる気もするけど。

 

 ……なら俺も話すしかないよな。

 

 理由はどうあれ、アリアが自分のことを話してくれたならこちらから話さない訳にはいかない。

 

「――ねえ、キンジ。キンジの強さは並大抵のものじゃないわ。戦いの節々からも感じた。キンジの果てしない努力を。きっとそこにはなんか大きな目標があるんじゃないかしら? 私は自分のことを話したわ。次は、――キンジがそこまでして強くなった理由、まずそれを聞かせてくれないかしら」

「……分かった、話すよ。アリアも話してくれたからな」

 

 俺がそう答えると、アリアはゴクリと喉を鳴らす。その表情を緊張で包み俺の言葉聞き逃さまいとしてくる。

 

「俺が、今の実力を手に入れた理由。そして今も昔も変わらない目的、それは――」

 

 

 

 

 

「――――女の子とイチャイチャする為だ」

 

 

 

 

 

 圧倒的沈黙。

 耳が痛くなるような静寂が室内を満たす。

 アリアは、真面目な顔をしたまま、固まっている。

 

「…………ごめん、キンジ。ちょっと聞こえなかったからもう一度言ってくれる?」

「女の子とイチャイチャする為」

「…………一応もう一回確認。もう一度だけ言ってくれる?」

「女の子とイチャイチャする為」

「もう一度いっ――」

「女の子とイチャイチャする為」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 




今更ですが、毎回誤字報告頂いている皆さま方ありがとうございます。
(まじで助かってます)


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第十五話

「女の子と…………イチャイチャ…………する為?」

 

 呆然とした様子で俺が言った言葉をゆっくりと繰り返すアリア。

 

「そうだ、その通りだ」

 

 俺がそう答えると、アリアがその額に大量の青筋を浮かび上がらせる。

 怒りでアリアは顔を真っ赤にしていき、ワナワナと全身を震えさせていく。 

 

「キンジ! 私は冗談を聞きたいわけじゃないの! 言いたくないなら言いたくないって言って! そんな風にふざけられる方が嫌よっ! 聞いてたでしょう! 私は真剣なの!」

 

 アリアは物凄い剣幕でそう叫んで来る。

 

 ……冗談だと?

 ……ふざけているだと?

 

 アリアの言葉に今度は俺の中に怒りが溢れてくる。

 童〇のままで死に、第二の人生では生殺しの日々を繰り返すことがどれだけ辛いか……。高校男児の性欲を舐めるなよ。

 

 俺の抑えきれない怒りがアリアにも伝わったらしい。

 

「――う、な、なによ! なんなのよ……」

 

 と強気な姿勢を保とうとするも、少し怯えてしまっている。

 そんなアリアの姿を見て少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 …………落ち着け。ここでアリアと喧嘩しても何も始まらない。

 俺がアリアの立場で同じことを言われたら多分俺もキレる。

 

 当然だが、俺はふざけたつもりは全くなく、寧ろ包み隠さず正直に話した。

 しかし、何の事情も知らない者が俺の夢をそのまま聞いても、簡単に受け入れられるもので無いことは流石に分かる。

 頭の中がお花畑な男子中学生とかが同じこと言ってそうだし。

 

 ……とにかく、これは俺の伝え方が悪かった。反省だ。

 

 ここはしっかりとアリアに俺の真剣さと覚悟を伝えて理解してもらう必要がある。

 俺は立ち上がって至って真面目な雰囲気を纏い、アリアに詰め寄る。

 その勢いに圧されたアリアが思わず一歩下がる。

 

「アリアッ!」

「――ひゃいっ!?」

 

 俺の力強い呼びかけにアリアが思わずと言ったように返事してくる。アリアのツインテールがぴょんっと跳ねる。

 

「俺は、大まじめだ!! アリアを馬鹿にしているつもりは無い! 俺は女の子とイチャイチャする為に人生を賭けている! その夢の為に俺はここまで強くなることができたんだ。古来より強い男がモテてていることは事実だ。だから俺も強くあろうとしたんだ」

 

 真剣な様子でそう語る俺を前に「――え? は? え、え?」と混乱している。

 そして少しずつ、俺がふざけているわけでなく真剣であることを理解し始めたらしい。

 よしこれで――。

 

「じゃ、じゃあ、あ、ああああんた! やっぱり変態じゃないの!!」

 

 ……なぜそうなる。

 変態なのは認めるが。

 

「はっ!? もしかしてこれから私に厭らしいことをするつもりじゃないでしょうね!? 私をパートナーに誘ったのもそれが理由……」

 

 アリアは急に顔を青ざめさせると、俺からばっと距離をとり、自身の体を抱きしめるような姿勢をとる。

 

 ……おっと、これは酷い誤解を招いている。

 あれだけ好印象を受けていたのに、好感度が大暴落してるな。

 しかし、どう伝えたものか……。

 この状況でアリアはロリで好みじゃないってストレートに言うのは流石にアウトだろう。

 最悪、パートナー解消を言い渡されかねない。

 ここは上手く核心には触れないように、そして事実だけを述べるんだ。

 

「――いや。それは違うぞアリア。俺はアリアの武偵としての技量に惹かれたんだ。純粋にアリアとは良きパートナーとして関係を築いていきたいと思っている。もし俺が変なことをしようとしたら風穴を空けてくれてもいい」

「…………そ、そう、なの?」

 

 俺の必死の訴えによって、ようやくアリアも少し冷静さを取り戻したのか、先ほどまでの怒った様子を収める。なんなら少し照れているようだ。

 しかし、それでも懐疑的な表情を浮かべていることに変わりは無い。

 

「――コホン、キンジが真剣なのは分かったわ。……でも分からない。それでも私の抱えている問題の方がずっと大変なことだって思っちゃう。そんな夢、馬鹿げてるって。――でもキンジの強さは本物。本当、訳が分からないわ」

 

 アリアは頭を抱えながらそう言い、さらに続けてくる。

 

「……それに、キンジはモテているでしょう? 学校での様子を見ていれば分かるわ。最初ここに来る途中だって、キンジに近づくなって何人かの女子生徒に襲われたし……。返り討ちにしたけど。……それなのにどうしてそこまで必死なのよ? もう、目標は達成できているんだから、今更パートナーを組んでまで何かを成し遂げる必要も無いんじゃないの?」

 

 ……なるほど、そうきたか。

 というか俺の部屋に来るのが遅かったのはそれが理由か。なんかごめん。

 

 これはやっぱり話す必要があるみたいだな。

 ――ヒステリアモードのことを。

 

 そうなると、さっきの戦いの際も興奮してたのかキモッとか言われかねんから嫌だったのに。

 でも、なんとなくだけど。これは俺の勘だが、正直に言った方が良いような気がするんだよな。最初は引かれるかもしれんけど、最終的に分かってくれるような気がする。変に隠した方がお互いモヤモヤしそうというかなんというか。

 俺は嘘が嫌いだ。そして多分アリアも。

 だからここは腹を割って正直に話すことが一番の近道な気がする。

 それに原作を知っているこちらだけがアリアのことを一方的に知っているというのはフェアじゃないだろう。

 

 …………よし、もう話す。

 

 迷ったら行動するのみ。やらない後悔よりやって後悔だ。

 爺ちゃんにも俺の良い所は、素直で正直なところだと褒められてきたんだ! 自信を持てっ!

 

「よし、じゃあそのことについても話す。このことを話すのは家族以外だとアリアが初めてだ。真剣に聞いてほしい。いいか?」

 

 俺がそう尋ねると、緊張した面持ちのアリアが「――分かった」と頷く。

 

「よし。――まず、俺にはある特殊な体質が備わっている」

「――体質?」

「ああ。俺は――、」

 

 ここで俺も軽く緊張を感じつつ、深く息を吸い込み吐き出す。覚悟は決めた。

 そして。

 

 

 

「エ〇い気分になると、性格が変わる」

 

 

 

 言ってやった。

 どこか清々しい気分なのはなぜだろう?

 

 ――アリア、どうだ!

 

 

 

 きょとん。

 そう例えるしかない様子でアリアは固まっている。

 目は点になっており、口はぽかんと開いている。

 どう見ても理解が追い付いていない。

 

 ……そう言えばアリアって、エ〇耐性無いんだっけ?

 ……ええいっ! もう後戻りはできん! 一気に畳みかけてやれ!

 

「そして性格が変わった俺は、女性が何よりも大事であり、超がつくほどの紳士野郎になる!」

「――――ちょ」

「だから! 俺が女の子とイチャイチャしようとしてもすぐに紳士モードになってイチャイチャすることができない! できた試しがない! これまで一度もだ! ちなみにこの紳士モードをヒステリアモードと俺は呼んでいる!」

「――――ちょ、ちょっと」

「アリアには想像できないと思うが、これは本当に辛い! ももまんを一生食べられないことを想像してみろ、辛いだろう? それと同じようなものだ!」

「――――ちょ、ちょっと、まっ」

「だから、俺は己の気持ちをコントロールする術を探している! そのヒントがイ・ウーにあると思っている!」

 

 

 

「待てって言ってんでしょうがあああ!!! バカキンジイッッッ!」

「いだだだだだだだ!!??」

 

 

 

 顔を真っ赤にしてキレたアリアからアイアンクローを食らう俺。

 ぐぎぎぎぎと、リンゴをも砕くアリアの握力で以て、俺の顔を締め上げてくる。

 ――痛い、まじで、痛い痛い痛い。握力何キロだよ。

 

 

 

 ――――くそ、だめか。

 



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第十六話

 時計の秒針が刻む音が響くだけの室内。 

 ピりつくほどの静寂が包む中、俺とアリアは向かい合っていた。

 顔にアリアの指が食い込んだ跡が付いた俺と、熟したトマトのように顔を真っ赤にして俯くアリア。

 俺の大暴露から暫くの間、暴れていたアリアだがようやく落ち着いてくれた。勢いでどうにかしようとしたのが失敗だった。俺ももっと冷静さを保てるようにしないとな。

 それにしてもまだ顔が痛い。……顔、変形してないよな?

 

「アリア、急に色々言ってすまんかった。俺が言ったことは馬鹿なことに思えるかもしれない。――だが、俺は馬鹿だが嘘はつかない。これだけは本当だ。俺はアリアを信用しているし、尊敬している」

 

 アリアが、フルフルと震えながら顔を僅かに上げて上目遣いでこちらを見つめてくる。その表情には戸惑いや困惑、そして羞恥の感情が浮かんでいる。

 

「……ごめん、正直すぐには全部を受け入れられない。でも、キンジが大変なことはキンジの様子や態度で分かった。……その、正直に教えてくれてありがとう。……後、馬鹿にしてごめん」

「……いや、いいんだ。俺もすぐに受け入れてくれるとは思っていない。寧ろ、そう言ってくれて嬉しい」

 

 この言葉に嘘偽りは無かった。アリアは戸惑いつつも俺のことを受けれようとしてくれている。

 キスしただけで子供ができると思っているエ〇耐性ゼロのアリアがこうまで言ってくれているのだ。感謝でしかない。

 

「――後、言い忘れていたけど俺はアリアの母親を救うことに協力する。大丈夫、俺とアリアが力を合わせれば必ずアリアの母親に罪を被せたイ・ウーのメンバーを倒すことができるさ」

 

 アリアが驚いたようにこちらを見つめてくる。

 

「……協力してくれるの? 本当に?」

 

 不安と希望が混じったアリアの問いかけ。

 アリアは、これまで母親を救う為に戦ってきた。

 味方がいないその状況は、きっと孤独で精神が削がれる毎日だったろう。

 

「あたり前だろ? だってパートナーじゃん」

「――そ、そうね、そうよね!」

 

 元気よくそう答えるアリアの笑顔は今日見た中で一番のものだった。カメリア色の瞳はキラキラと太陽のように輝いている。

 

「……うん、だから私もキンジに協力するわ! パートナーとしてね! ……そ、その、協力できる範囲でね?」

 

 俺の夢が夢だけに、最後は尻すぼみに声を小さくし、顔を赤く染めながらもそう言ってくれた。

 

「あ、でも私に手を出したら風穴だからね」

「大丈夫だ。さっきも言ったけどアリアには手を出さない。大事なパートナーだからな」

 

 俺がまっすぐな目で、アリアを見据えてそう言い切る。

 

「…………あ、そう。……ならいいけど」

 

 アリアはぶっきらぼうにそう言うと「あーあ、お腹空いた。ももまん他に無いの?」と、もうこの話は終わりだとばかりに伸びをしながら冷蔵庫の方に向かっていく。

 ……急にどうしたんだ?

 唐突なアリアの切り替えを不思議に思う。

 だが、俺の秘密を暴露した上でもアリアが俺を見限ってこなかった安堵感もあり、俺の緊張の糸も途切れる。思考を放棄する。

 

 その時、俺のポケットに入れている携帯が震えていることに気付く。これはメールの通知だ。

 携帯を取り出し、メールを確認する。差出人は白雪だった。

 

 

 

『キンちゃん様。ごめんなさい。今日はご飯を作りにいけないです。タケノコご飯を作ろうと思ったんだけど……。少し外せない用ができたの。これもキンちゃん様の為だから! また行きます!』

 

 

 

 このような内容だった。外せない用とは何だろうか……? 俺の為というのが気になるが……。

 これも原作に無い流れだ。気になりつつも、アリア同様に空腹感に襲われ意識が逸れてしまう。

 

「……ももまん無いじゃないの。ねえ、キンジは夕食どうするの?」

「そうだな、俺は外で済ませるかな。……ていうかあれだけももまん食っといてまだ食うつもりか?」

「ももまんは別腹よ。……キンジが外食するなら私も行く」

「……すげえな。まあ分かった。ならついでにその荷物も持っていけよ。そのまま帰れるだろ?」

 

 アリアが持ってきたバカでかいトランクを指さしながらそう言う。その中身がお泊りセットであることは知っている。

 本来アリアが俺にパートナーになれと迫って来て、おれがOKを出すまで部屋に張り込む為のもの。

 しかし、既にパートナーになるという目的はクリアしている。俺の部屋に泊まる必要も無い。そう思ったのだが。

 

「…………だめよ。そのトランクにはお泊りセットが入ってるの。私、しばらくこの部屋に泊まるから」

「いや、なんでだよ。ここ男子寮だぞ」

 

 アリアはバツが悪そうに俺から顔を背ける。そしてトランクを手にすることなく、そのまま玄関に向かっていく。

 

「とにかく! 私が泊るって言ったら泊まるから! ほら、早く行くわよ!」

 

 そしてそんなことを言ってくる。

 こうなるとアリアがいう事を聞くとは思えない。

 既にアリアは靴を履いて玄関の外に出てしまっている。

 ……何考えているんだろうな。

 そう思いつつ俺もアリアの後を追う。

 アリアは玄関の外で、仏頂面で俺を待っていた。

 

「――で、何食べるつもりなの?」

「……そうだな。じゃあ牛丼だな、吉野〇でどうだ?」

「…………普通、レディーを連れて牛丼食べようとする?」

「激しい戦いをした後はなるべく牛丼を大量に食うようにしてるんだよ」

「なんでよ」

「なんか力が身に付く気がするんだよ」

「…………何、その頭の悪い考えは? …………キンジには女性との付き合い方についても教えていく必要があるみたいね。当然、牛丼は却下よ」

「……さようですか」

 

 アリアは、それ以上は特に文句を言うことも無く、口を閉じて俺の横に並ぶ。

 男子寮を出て、しばらくお互い無言で歩いていく。

 しかし、急に「…………ん?」と、アリアは何かに気付いたのか立ち止まる。

 

「どうした?」

 

 俺がそう聞くも、アリアは何かを考えている様子である。

 そして。

 

 

 

「――あんたヒステリアモードとやらになると性格が変わるって言ってたじゃない? ……もしかしてだけど、本気を出す時もそのヒステリアモードになる必要があるんじゃないの? 模擬戦で本気を出してた時のキンジ、性格変わってたように見えたし……」

 

 

 

 そう質問するアリア。嘘だと言ってくれとばかりに青ざめた表情でワナワナと震えている。

 

「――アリア、早く行こう。もう腹ぺこなんだ。無駄なおしゃべりをしている暇はない」

「や、やっぱり……。あ、あんた、じゃ、じゃあ、あの時…………」

 

 俺の反応で全てを察したアリアが顔を今日一真っ赤にし、ぷるぷると震えだす。

 やっぱりばれるよなー。

 

「――――ああ、お察しの通りだ」

「やっぱりかああ!! このエ〇キンジ!!! 信じられない!! あの状況でよくそんなことできたわね!!」

「アリアだって、本気を出せって言ってきただろうが!!」

「うるさいうるさいうるさい!!!」

 

 その後、二人でぎゃぎゃー騒ぎながら夜の街を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……昨日色々あってなんかしんどいな。

 

 朝陽が昇る少し前、まだ世界が暗闇に包まれてるこの時間。全身に疲労を感じつつも朝の修行をする為、起き上がって支度を進める。

 ちなみに本当にアリアは俺の部屋に泊まっていった。よくあの流れで俺と一緒の部屋で泊まれるわ。俺が言うのもなんだけど。

 だが、原作通り寝室の真ん中に油性のマジックで線を書かれて、『ここから入ってきたら〇す』というありがたいメッセージを頂いた。

 俺と反対側のベッドで眠るアリアの「……ももまんピラミッド」という謎の寝言を聞きつつ、玄関に向かっていく。

 

 靴を履き、玄関の扉を開けた瞬間だった。

 予想外の光景が目に入った。

 

「あ、キー君!! ちょ、匿って!!!」

 

 そこにボロボロになった峰理子がいた。

 

 



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第十七話

 理子のふわふわとした輝く金色の髪は見る影もなく、ぼさぼさであり、色もくすんでいる。例の武偵校の改造制服に身を包んでいるが、あちこちが破れて切り裂かれている。所々に燃えたような跡もある。

 理子自身は全力疾走した後のように、肩を上下させ荒い息をついている。その青ざめた顔からは酷い疲労を感じる。

 

 …………え、一足先にブラドにやられたのか?

 

 早朝で頭の回らない俺はそんなことを思ってしまう。

 理子が「とりあえず入れて!」と、俺の胸に抱き着くように半ば強引に玄関内に入ってくる。柔らかい感触と共に、バニラのような甘い匂いと汗が交じり合った麻薬のような芳醇な香りが俺を包む。

 しかし、流石の俺も状況が不明過ぎて興奮よりも先に疑問が浮かぶ。

 玄関の扉がガチャッと締まると同時に理子がばっと顔を見上げてくる。

 

 

 

「キー君!! あの女やばいよ!! 頭のねじがぶっ飛んでるよっ!! 絶対すぐに縁を切るべきだよ!! 確実にバッドエンドまっしぐらだよ!!!」

 

 

 

 鬼気迫るとはまさにこのこと。

 目をかっと見開いて大声でそうまくし立ててくる理子。

 なるほど、理子はやばい女に襲われていたらしい。しかもその女とやらは俺の知り合いっぽい。

 ……うむ、心当たりしかないな。

 

「……あー、その、とりあえず落ち着け理子。な? もう大丈夫だから。あ、コーヒー飲むか?」

 

 俺が何とか落ち着かせようとそう言い聞かせる。

 いや、まじ、アリアが起きてきたらさらに面倒になるぅ。

 

「そんなんじゃ落ち着けないよっ!! キー君は、日本刀と機関銃と鎖鎌持った女に一晩中追いかけられたことある?? ないよね?? 挙句の果てには丸焦げになるところだったんだよ??」

 

 涙目でそう訴える理子の様子から、その時の情景が浮かぶようだ。

 

「……えっと、一応聞くけど、……誰に襲われたんだ?」

 

 俺のその質問に、理子はイラッとした様子でその表情に冷酷さと怒りを込めていく。

 ――これは裏の顔の理子。

 

 

 

 

 

「『星伽白雪』に決まってんだろうがっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 キレた理子が大声でそう叫んでくる。

 その勢いの前に俺は何も言えない。理子は裏の顔を保ったまま決壊したダムのように続けてくる。

 

「あいつなんなんだよ!! 『キンちゃん様を傷つける者は、コンクリに詰めて東京湾に沈めてやる』とか言いながら、殺意バリバリで急所ばかり狙って攻撃してくるわ、躊躇なく機関銃ぶっ放して来るわ、銃弾を刀剣で弾いてくるわ、奥の手で攻撃しようとしたら、髪の毛ごと燃やそうとしてくるわ!! 化け物かよ!! それであいつ武偵法9条知らねえのかよ!!! 普通に殺しにきてたぞ!! 目も完全にイッテたし!!! 生徒会長だろうが!!! 優等生しとけよ!!!」

 

 いや、爆弾魔の君がそれを言うかね。

 ……それはそうとよく生きてたな。まだまだ元気っぽいし。

 まあよく考えたら理子も原作では、俺とアリアを相手に張り合ってたからな。

 十分に理子も化け物なんだよな……。

 その理子を一方的に追い詰めてたっぽい白雪は一体……。

 改めて思うけど、この作品に登場するヒロイン達、強すぎじゃね?

 

「……それは大変だったな。……なんというかすまん。でもなんで白雪は理子が俺を襲ったって分かったんだろうな?」

「知るか!」

「……ちなみに理子がここいるってことは白雪ももうすぐここに来るってこと?」

「――いや、それはない。完全に撒いた上でここに来たから。白雪は魔力の消費でかなり体力を消耗してた。そこに一撃入れて逃げてきた。しばらくは来ない……多分」

 

 ……よかった。これで白雪まで来たら男子寮が崩壊しかねんからな。

 しかしよく考えたら白雪、理子に『禁制鬼道』まで解放したのか。あれも遠山家の技と一緒で門外不出系じゃなかったっけ?

 なんかこのまま『ジャンヌ』も勝手に一人で撃退しそうだな。

 ――そうはさせんけど。

 

 ひとしきり愚痴を吐き切った理子が、それでもまだ怒りを滲ませつつ、裏の顔のまま俺をじっと見つめてくる。冷たいその瞳に俺の顔が映る。

 唐突に理子は、そのまま俺の胸倉を掴んで強引に引っ張り、俺との距離を一気に縮めてくる。

 理子の長いまつ毛やら大きな瞳やら、きめ細かい肌が至近距離に近づいて来て俺の心臓が跳ねる。

 

 

 

「――キンジ。昨日はああ言ったけど、やっぱりすぐに『理子』にしたほうがいい。あんな女とつるんでいると碌な目に遭わない。理子はキンジだけを愛す。キンジの為なら命だって賭けられる。キンジの望むことならどんな恥ずかしいことだってしてみせる。理子はキンジの体質も理解してる。多少の浮気も許す。――こんな都合のいい可愛い女の子は他にいないよ?」

 

 

 

 芯の通ったその言葉には、強い男に甘える女性の弱さ、そして男を惑わす色気を孕んでいた。

 そんな女性としての魅力を膨大に含んだ理子を前に俺がどうにかなろうとした瞬間。

 

 

 

「――ちょっとっ!! 朝からうるさいわよっ!! 何時だと思ってんのよ!!」

 

 

 

 バンッ!! と、寝室のドアをハイキックで開け放った寝間着姿のアリアが、怒り心頭なご様子でズカズカと廊下に突き進んできた。

 

 

 

 

 

「――――は? ――――なんで『オルメス』がここにいるの?」

 

 

 

 

 

 アリアを見た理子が、瞳から光を消し、聞く者が震えるような冷たい口調でそう問いかける。

 

 

 

 

 

「――――は? オルメス? ――――あんた誰よ」

 

 

 

 

 

 一方のアリアも、『オルメス』というホームズ家を指すその言葉に反応し、理子に負けない覇気を纏う。

 

 

 

 

 

 …………さて、どうしよう。

 



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第十八話

 ボロボロの理子と寝間着姿のアリアが互いに牽制し合い、ビリビリと緊迫した空気が辺りを満たす。

 俺はお口チャック。下手に刺激しないほうが良いと判断。ただ、ドンパチが始まりそうになったら止めれるように警戒は続ける。

 アリアは理子の正体をはっきりと理解していないはず。しかし、理子から向けられる敵意と、『オルメス』と呼ばれたことから、理子が唯のクラスメイトでないことは流石に理解しているようだ。理子の正体を探りながら、そのカメリア色の瞳に力を込めて理子を睨み返している。

 

 

 

「――――キーンジ。どーして、アリアがここにいるの?」

 

 

 

 沈黙を破ったのは理子。

 こちらを向き、楽し気な口調で、笑顔を浮かべて問いかけてくる。

 ――ただし、その目は全く笑っていない。

 目の周りの筋肉がピクピクと痙攣しており、本気で怒っているのだと理解する。

 

 …………変に誤魔化したら逆効果だよな。

 なんかもう、白雪が来て無茶苦茶になったほうが楽な気がしてきた。

 

「……えーとだな、その、……色々あって昨日からアリアとパートナーとして組むことになった――うげっ!」

 

 俺がそう言うや否や、無言で理子に再び胸倉を思い切り掴まれる。

 そして先ほどと同様に引っ張られて無理やり顔を近づけさせられる。

 なのに不思議だ。全然ドキドキしない。別の意味でドキドキしてるけど。

 

「な~んで、よりによってアリアなのかな? 理子が余計なことしたから? もう理子はアリアとキンジがパートナーになることは望んでないんだけど。そんなことキンジなら分かってるでしょう? まだあのイカレ巫女とかとイチャイチャしてもらった方がマシだよ。アリアはキンジに興味は持ってたみたいだけど、そんなに二人の仲が進展してたとも思えないし。…………ねえ、昨日、白雪と理子がリアル鬼ごっこしてる間に何があったの?」

「お、鬼ごっこか、はは、理子はとことん鬼と縁があるな。な、なーんて」

「キンジ、怒るよ?」

 

 ――あぁ、理子の顔にアリアに負けないレベルの血管が浮かんできてる。

 なんで俺ってこう馬鹿なんだろうな……。いや、和ませようとしたんだよ。

 

「……悪かった。――昨日アリアと模擬戦をしたんだ。気が合ったからパートナーになりたいって思って、アリアに申し出た。そしてパートナーになった。アリアがここの部屋で寝泊まりしてるのは本人の希望だ。動機は不明だ」

 

 俺がやや早口でありのままを説明すると。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 理子が短くそう呟き、その瞳を大きく見開く。

 

「……え?」

 

 俺がそう聞き返す。

 

 

 

「――――キ、キンジが、ア、アリアにパートナーになりたいって言ったの?」

 

 

 

 震える声でそう言った理子は、俺の胸倉から手を離し、一歩、二歩と後ずさりする。

 理子は、――心からショックを受けたように、先ほどまでの怒りに包まれた表情から一転、驚愕へ――そして、悔しさと悲しみが交じりあったようなものへと変わっていく。

 その金色の瞳が潤みを持っていく。

 

 一瞬、これも理子の演技ではないのかなんて可能性が頭をよぎる。しかし、こんな理子の姿を見るのは初めてだ。

 ――これは理子の演技ではなく、素の反応であると直感的に理解する。

 

 そして、そんな理子の乙女な姿を見せられて童〇の俺が冷静でいられるわけもなく、慌てて弁解する。

 

「ち、違うぞ? 俺はアリアを『武偵として』尊敬して、考え方とかも似てるから、一緒に組みたいって思ったんだ」

 

 しかし、理子は俯いて「……何が違うのさ」と力なく答えてくる。

 俺は、さらに慌ててしまう。何とかせねば。

 

 ――だって理子のことは好きだし。

 

「えーと、理子は努力家で、その、か、可愛いと思うし、……なんなら昨日も模擬戦の時、理子のことを思い出してヒステリアモードになったし…………ん?」

 

 あ…………、やべ、パニックになりすぎて余計なこと言った。

 あ、ああ……、俺の馬鹿。

 か、完全に変態じゃないか。

 まじでやべえ、ああ、んあああ!!

 こんなことになるなら、とっととヒステリアモードになっちまえば良かった。 

 

 理子は、驚いたように顔を上げて、目をまん丸に開いてこちらを見つめている。その頬が徐々に赤みを増していく。

 ちなみにアリアは、「……は?」とドスのきいた声を出して俺を睨んでくるが、パニックになっている俺は気付かない。

 

 状況が混沌へと向かっていく、その時だった。

 

 ――キンッ。

 

 と、何かが斬られた音が聞こえる。

 それは玄関の扉が斬り開けられた音だったらしい。扉がガラガラと崩れていく。

 

 

 

 

 

「み  つ  け  た」

 

 

 

 

 

 地獄の底から響いて来たような絶対零度を伴った声が響く。全身に悪寒が走ると同時に、反射的に声のした方を振り向くと。

 ――いた。

 

 巫女装束に、額金、たすき掛けといった戦装束姿の『白雪』が。

 

 ――あぁもう、さっきから全てにおいてタイミングが最悪すぎる。流石は、主人公だな、畜生。

 ていうか合鍵渡した意味。

 

 と、文句を言っていても仕方がないので急いで意識を切り替えて白雪を観察する。

 

 白雪の瞳からは、完全に光が失われている。その瞳に映っているのは標的である理子のみ。紅く輝く日本刀を握りしめ、ゆらりとこちらに近づいてくる。子供が見たら確実に泣くだろう。

 

 ……完全に我を忘れているな。なんなら俺がいることにも気付いていないんじゃないか?

 

 たまにこうなっちゃうんだよな。原因はいつも俺だけど。

 重い愛ゆえに、と考えれば可愛いと思っていたが、流石に今回の件はやりすぎだ。まあ、それも好感度を上げまくった俺のせいなんだろうけど……。

 ちょっと、本当に対策を考えないとな。

 ただ、理子と長く戦闘をしたためか、よく見るとその足取りには力強さが無い。巫女装束も理子ほどではないが、かなりボロボロだ。

 散々愚痴を垂れていた理子だが、白雪をここまで追い詰められる奴もそうそういないぞ。

 

「――ひっ、し、白雪!? なんでここに!? 完全に撒いたはずなのに!」

 

 何をされたらここまで怯えるんだというほどに怯える理子。無意識だと思うが俺にすり寄りつつ白雪にそう叫ぶ。アリアも「げっ」と渋い表情を浮かべている。

 白雪は、ゆっくりとした動作で日本刀を構える。

 

 ――というか今気付いたけど、本当に外してるぞ、白いリボンを。

 

「――レキに、あなたがここにいるって聞いたの。――まあ、そんなことはどうでもいいの。キンちゃん様を傷つける奴は死んで償いなさい」

「な、なんでレキが――、くそっ、無害そうなフリしてとんでもないことしてくれたな!」

 

 理子がキレつつも臨戦態勢に入る為、スカートからワルサーを引き抜こうとする。

 

 ――――しかし、遅い。

 

 不意を突かれたからなのか、疲労がたまっていたからなのかは分からないが、理子の反応が遅れた。

 それでは本気を出した、『超偵』としての白雪には対応できない。

 

 下駄を鳴らしながらの超速の踏み込みによって、一瞬で理子に詰め寄った白雪は、理子の脳天目掛けて刀を振り下ろす。理子は、何とか頭を逸らして、さらにロザリオの力で髪の毛を操り、斬撃をいなそうとしているが、ダメージを受けることは免れないだろう。

 

 

 

 ――――バチィッ!!

 

 

 

 俺は、理子の横合いから腕を伸ばして白雪の刀による攻撃を、片手での『真剣白刃取り』で受け止める。白雪の刀は、俺の人差し指と中指によって挟まれ、動きを止める。

 ついでに理子を俺の後ろに隠すように体の位置を入れ替える。理子は「――きゃ」と女の子らしい小さな叫びをあげるも、大人しく俺の後ろに収まる。これで理子に被害は及ばない。

 

 理子を守る事には成功した――が、

 

 

 

 ――――あっっっつっ!!!

 

 

 

 刀剣が能力でなのか、灼熱のように熱せられており、滅茶苦茶熱い。じゅうっという肉が焼ける音が聞こえるほどだ。

 

 ――く、くそ、ただでさえ銃弾掴んで火傷してたのに。刀剣が紅くなってたから嫌な予感はしてたけど。

 でも俺も丸腰だし他に手を思い付かなかった。白雪を攻撃するわけにもいかんし。

 ……しばらく右手は使えんな。

 

 ――――痛い。

 ――――けど、我慢だ。

 これくらいの痛み、イチャイチャする為ならいくらだって耐えられる!

 

 激痛によって反射的に手を離したくなり、目に涙が浮かびそうになるが、それらを耐えて、刃先にふれないように刀剣をがしっと力を込めて握る。

 刀剣越しに伝わる白雪の力を読み切り、力をコントロールし、白雪から日本刀を奪い取る。体力の消耗した白雪を相手には容易いことだった。

 

「落ち着け、白雪」

「――――え? キ、キンちゃん様? え? わ、私一体――」

 

 刀を取られたことでようやく我に返ったらしい白雪。目の前にいる俺の存在に混乱しているようだ。

 

 俺の後ろにいる、顔を赤くした理子が俯いて「――いいこと思いついちゃった」と小さく呟いた。

 

 



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第十九話

「え、わ、私……、も、もしかして、キ、キンちゃん様に、め、迷惑を?」

 

 白雪の顔がみるみるうちに青ざめ、全身がカタカタと細かく震えていく。

 俺は重度の火傷を負った右手を体の後ろに隠しているが、それでも周囲の状況から、白雪は自分がしでかしたことを徐々に理解し始めたようだ。

 俺としては、別に扉を斬られた事も、手を負傷したこともなんとも思っていない。そんなことは白雪と付き合っていく上での想定の範囲内の出来事だ。

 ただ、暴走のあまり理子に度を過ぎた危害を加えようとしたことについては別だけど。

 

「えーと、白雪? まず俺は大丈夫だ。迷惑だなんて思っていない。だから落ち着こう。な?」

「で、でも……、ねえ、キンちゃん様。……あの、どうして右手を隠しているの? も、もしかして……」

「あー、いや、……まあ、その」

「……キンジ、どうせばれるんだから。それに隠すのはお互いの為にもならないよ」

「あ、ちょ!?」

 

 後ろにいた理子に無理やり腕を掴まれて白雪に見えるように引っ張られる。

 俺の右手は見るも酷い火傷状態であり、ボロボロだ。正直、今も激痛の状況だ。とはいえ、痛みに耐えるのは訓練済み。なんてことは無い。

 せめて白雪があまり自分を責めることが無いように、なるべく涼しい顔を浮かべる。

 しかし。

 

「――――っ!?」

 

 白雪が俺の右手を見た瞬間、全てを理解した白雪は膝から崩れ落ちる。そのまま、流れるような動作で土下座をしてくる。

 ……やっぱり、こうなるか。

 

「ご、ごめんなさい!! わ、私――なんてことを……。封じ布を取った姿まで見られた上に、その力でキンちゃん様に危害を加えるなんて……」

「あーもう、大丈夫だから、本当に。白雪は俺を守る為にしてくれたんだろう? なら、文句なんてあるわけないだろう」

 

 そう言うと、「で、でも……」と呟きながら、白雪はガクブルと震えながら、恐る恐る涙目のその顔を上げてくる。一層と青ざめた表情を浮かべる白雪のその様子は、まるでこの世の終わりを彷彿させる。

 ――しかし、それでも。

 白雪は、自分に課せられた使命を思い出したように、その瞳に闘志の炎を灯して、よろよろと立ち上がる。

 そして、キッと理子の方を睨む。

 

「――――私、キンちゃん様へのお詫びとして切腹します。――でも、それはそこの女を殺した後で! キンちゃん様はそこの女と仲が良いようだけど、キンちゃん様は騙されている。そこにいる女は、――『武偵殺し』の模倣犯だよ! キンちゃん様を殺そうとした女だよ!」

 

 この白雪の言葉には、アリアも反応する。しかし、アリアもなんとなく感づいていたのか、驚いたというよりは確信に至ったという感じ。

 

「――あんた、さっきのキンジとの会話から何となく勘づいていたけど、『武偵殺し』だったのね! ……許さない。――そこの、確か、白雪! こいつは模倣犯なんかじゃない! 正真正銘の『武偵殺し』よ! こいつは逮捕するわ! あんたも武偵なら武偵法9条に従いなさい!」

 

 母親に罪を擦り付けた宿敵を目の前にして、怒りに燃えるアリアが、白雪に怒鳴る。

 

「うるさい!! 私たちの世界に入り込んでこないで! というかどうしてあなたここにいるの!」

 

 アリアの存在に気付いた白雪がその瞳により一層の切れ味を纏い、アリアを睨む。

 

 ……まずいまずいまずい。

 本来時間をかけて一つずつ消化していくイベントが一気に起きてる。早く何とかしないとまじで戦争になる。

 しかし、下手なことを言えばその時点でアウトな状況。

 お馬鹿な俺が、地雷を踏み抜くことなくこの状況を乗り越えられるとは思えない。

 もし、そうなったら全員が不幸になる……。

 

 

 

 …………なるしかないか、――ヒステリアモードに。

 

 

 

「はーい!! ちゅうもーく!!!!」

 

 

 

 突然、理子はこの混沌とした状況に似つかわしくない明るく元気な声で大きな声を出す。

 これには、思考に集中していた俺は勿論、アリアに白雪も理子の方に注目する。

 理子は、三人から視線を向けられたことを確認すると「ふふふ~」と満面の笑顔を浮かべる。

 そんな理子の気持ちを表すように、先ほど白雪が切り裂いて扉が無くなった玄関の入り口から、顔を出し始めた朝陽が差し込んでくる。柔らかい光が周囲を包む。

 朝陽を浴びて、理子の汚れているはずの金色の髪に当たり、輝くその様子はどこか幻想的である。

 

 …………なんだ理子。何をする気だ?

 

「――アリアに白雪、今から起きることをしっかり見ておくように」

 

 俺が内心ヒヤヒヤしていると、理子はアリアと白雪にそう言い放つと俺の方を向いてくる。アリアも白雪もきょとんとした様子で理子を見つめている。

 

 

 

「――ふふ、キンジ。しっかりと私の方を見ていてね?」

 

 

 

 手を後ろに組み、少し前傾姿勢で上目遣いで俺を見つめながら、悪戯っぽく甘えたような声色で、そう言う理子。

 しかし、いつもの妖艶さを感じさせる余裕さは感じられなく、表情もどこか固く、緊張しているように見える。

 その様子は、何か決意を固め、それを今からまさに実行しようとしているようにも見える。

 

 それに、なんか顔も赤くn――、

 

 俺がそんな感想を思い浮かべた時だった。

 

 

 

 ――――ふわり。

 理子の甘いバニラのような香りが漂ってくるのと同時に全身に軽い衝撃を受ける。

 抱き着かれたのだと理解するよりも早く――、

 

 

 

 俺の唇に柔らかい何かを押し付けられた。

 

 

 

 俺の瞳にドアップの理子の顔が映り込む。

 顔を真っ赤にして、瞳を閉じた理子の顔が。

 

 

 

 …………え。

 

 …………『キス』してる?

 

 

 

 驚いて思わず顔を動かしそうになるが、理子は両手を俺の首の後ろに回す形でがっちりと抱き着いてきており、顔を動かすことができない。

 その間にも、経験したことのない柔らかい理子の唇の感触と熱い吐息が、俺の唇を通じて伝わってくる。

  

 

 

 ――――ドクンッ。

 

 

 

 かつて経験したことのないような、強い血流の流れを感じる。

 思考する間もなく、俺の意識は加速していく。

 

 

 

 ――――これが、『キス』。

 

 

 

 ――――まさかファーストキスを『盗まれる』とは。

 

 

 

 ――――理子、この可愛さ、反則だぞ……。

 

 



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第二十話

 永遠にも感じる理子とのキス。

 やがて、名残惜しそうにゆっくりと理子が自らの唇を俺のそれから離していく。

 それでも理子は俺との距離を至近距離に留めたままに、俺に熱っぽい眼差しを向けてくる。

 

「――ふふ、理子のファーストキスあげちゃった。キンジ、感想はどう?」

 

 顔を真っ赤にしながらも、男を惑わす小悪魔のように妖しい笑みを浮かべてくる。

 そんな理子に対し俺は、

 

「――偶然だね。俺もファーストキスだったんだよ。理子のような素敵な女の子にファーストキスを捧げられた俺は、世界一の幸せ者だな」

 

 なんて言葉を、俺の人差し指を理子の柔らかい唇にそっと添えながら、優しい口調で返答する。

 

「うぇっ!? キ、キンジもファーストキスだったの?」

 

 なんとか余裕を保とうとしていた理子。しかし、俺の返答内容と指を唇に当てられたことで一瞬で余裕を失い慌ててしまう。限界だとばかりに、距離も一歩分ほど俺から空けてくる。

 

「ああ、そうだよ」

「……あ、そ、そう。てっきり他の女と済ませているのかと思った……」

 

 しどろもどろにそう言う理子だが、自然と口角が上がっている様子を見るに嬉しく想ってくれているようだ。

 そんな可愛い理子の様子を見つめていると、

 

「――――キ、キ、キキキキンちゃん様がががが、ほ、他の女と、キ、キス……」

 

 絶望が入り混じった白雪の震えまくった声が聞こえてくる。

 

 ――しまった。

 

 理子のあまりの可愛さに、ヒステリアモードになって尚、今の状況を忘れていたが、白雪も見ているのだ。白雪がこのような光景を目の前で見せられて平常でいられるはずがない。

 急いで白雪の方に視線を向けるが時すでに遅し。

 俺が白雪を視界にとらえた時には、白雪が――ガンッと鈍い音を立てて、後頭部からモロに床に仰向けになる形で倒れるところだった。その瞳は虚ろであり、焦点が合っていない。

 

 ――――なんてことだ。

 

 全身に冷水を浴びせられたような感覚に陥る。すぐに白雪を介抱しなければ。

 しかし、理子に「――キンジ、今は少し時間を頂戴。あの女は心身ともに丈夫だから心配ないよ。私の話の後で白雪をフォローしてあげればいいから。……本当は縁を切ってほしいけどね」とお願いされる。

 そう言う理子はふざけているわけではなく、いたって真剣そのもの。

 確かにここから見る限り、白雪の呼吸は安定しており、健康上の害は特に無いように見える。

 ……すまない、白雪。少し待っていてくれ。

 不本意ではあるが、ここは理子の話を聞くことにする。白雪に何か異変があればすぐに対応できるように、白雪の方にも意識を向けておく。

 俺の様子に満足した理子は微笑みながら「ありがとう、無理言って」と言い、視線を別方向へと向ける。

 

 その視線の先にいるのは、――――アリア。

 

 アリアは、白雪のように気絶はしていないが、湯気が出るのではと疑うほどに顔を真っ赤にしている。そして、「――キ、キ、キキキス、し、した。――こ、こここどもが……」なんてことを呟いている。

 

「――アリア!!」

「――――っ!?」

 

 理子の怒鳴りにも近い呼びかけにアリアが我に返る。それでもまだ動揺が解けないのか、そのカナリア色の瞳にいつもの力強さは感じられない。

 一方の理子は、アリアを前にして先ほどまでの動揺は一切無く、鋭い視線をアリアに向けている。

 余裕を感じさせ、妖艶なその様子は、完全なリュパン家の女としての姿。

 

「――――こうして話すのは初めてだな、『オルメス』。改めて、自己紹介をするよ――」

 

 そして理子は告げる。

 

 

 

「理子・峰・リュパン4世――――それが本当の理子の名前」

 

 

 

「――リュ、リュパン!?」

 

 アリアが驚愕する。

 しかし、すぐに驚きを引っ込めて犬歯をむき出しにし理子を睨みつける。

 

「――そういうことだったのね。ママを酷い目に合わせた武偵殺しの正体はリュパン家の人間だったのね……。許さない……」

 

 底なしの怒りを表面化させるアリア。

 理子はアリアを見据えながら一歩前に進み出る。

 対するアリアも理子からの攻撃に備えて構えを取る。完全な臨戦態勢。

 空気がピリピリと張り詰めていく。

 ……まずいな。

 俺は、いつ二人が戦いを始めても止められるように意識を集中させる。

 しかし、

 

 

 

「――――理子は、もう『武偵殺し』としてアリアと敵対する気は無い」

 

 

 

「…………は?」

 

 理子が放った言葉にアリアがポカンとする。

 対する俺も理子の発言に驚きを隠せない。思わず理子の方に視線を向ける。

 俺の視線に気付いた理子は、ウインクをしてくる。

 ――見ておいて。

 そう言っているようだった。

 

「……確かにアリアの一族は宿敵。そして、理子は理子の存在価値を証明する為にお前に打ち勝ち、曾お爺さまを超える必要があった……」

 

 理子から語れる内容が理解できないアリアは、不可解な表情を浮かべている。

 

「……でも、もうその必要は無くなった。理子のことを大切だと言ってくれる人がいるから。その人となら今の状況をきっと乗り越えられる――いや絶対に乗り越えられる」

 

 そう言った理子は、くるくると楽し気に回りながら俺の胸に背中を預けるようにポスッと飛び込んでくる。

 そして、――まるでアリアに見せつけるように挑発的な視線をアリアに送り、「――ねえ、キンジ? 理子のことを大切に思ってくれるよね?」と甘えた声で質問してくる。

 

「――そうだね、理子は俺の大切な存在だ。……でも、喧嘩はよくないよ?」

 

 俺のキザッたらしい言葉を聞いたアリアは、俺がヒステリアモードになっていることに気付いたのか、ハッとした様子を見せる。そしてその可愛らしい表情を険しいものに変え、ギリッと歯軋りをして、ギンッと理子を睨む。

 しかし、そんなアリアに一歩も引かず、理子は俺の胸から離れて再びアリアに向き直る。

 

「――これから、司法取引の手続きを進めるつもりだ。アリアの母親の無実を証明するつもり。……自分のことで精一杯だったとはいえ、宿敵だろうと親を利用するなんてこと、するべきじゃなかった。……親に会えないのは寂しいよね。私自身がその痛みを知っているはずなのに……。お母さまとお父さまもきっと怒っている。こんなやり方、誇り高きリュパン家の顔に泥を塗るだけ。……本当にごめん」

 

 そして、なんと理子はアリアに――頭を下げた。

 

 ……まさか、理子がアリアに謝るとは。

 理子がその表情に影を落としてそう言う姿から、本心からその言葉を発しているのだと分かる。

 俺が驚くのだ。事情を知らぬアリアは理子の言ったことを理解できないようで、「……え、え? え?」と戸惑っている。

 

「――けど、アリアがキンジのパートナーになったことは認められない。……本当、色んな女に手を出して困っちゃうよ。……でも、私は絶対キンジの一番になってみせる。……ファーストキスまで捧げたんだもん。きっと今、キンジは私にメロメロだよ。このまま必ずアリアからもパートナーの位置を堂々と実力だけで奪って見せるからね――」

 

 

 

 ――覚悟しとけよ。

 

 

 

「……でも、今日はもう疲れた。服もボロボロ。そこの巫女のせいだ。これは、――にも忠告しておこうかな。……まあ、とりあえず今回はここでいったん退かせてもらうよ」

 

 ため息をつきながらそう言った理子は、服の下からガス缶を取り出し、それを床に落とす。ガス缶から大量の煙が吐き出され、廊下を埋め尽くしていく。

 アリアが、「なっ!? くっ、これは――」と慌てている。理子がここで毒系のものを使用するわけがない。ただの目くらましだろう。

 視界が白い煙に覆われていく中。

 

「――じゃあね、愛しのキンジ。例の鬼退治のことだけど、しばらく作戦を練るから数日後にまた会おうね」

 

 そんな理子の言葉が俺の耳をくすぐり、すぐに理子の気配が遠のいていく。どうやら外に逃げたらしい。

 

「なっ、ま、待ちなさい!!」

 

 状況は理解できないものの、このまま理子を逃がすわけにはいかないと判断したのか、慌てたように廊下の壁に何度か当たりながら後を追うアリア。

 

「キンジッ! あんたも増援――いや、やっぱりいい! あんたはそこの白雪を家から追い出しておきなさい!」

 

 そう言い残し、アリアも寝間着姿のまま家から出て行ってしまった。

 

 ……それはできない相談だよ、アリア。

 

 そして、奇跡的に原形をとどめた俺の部屋には、気絶した白雪と俺だけが取り残された。

 




すみません、また更新が遅くなりました。最近あまり時間が取れず、しばらく更新が遅くなりそう……。


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第二十一話

 理子とアリアの気配が遠ざかっていき、完全に消える。

 理子は逃げる達人。アリアが理子を捕らえることはないだろう。

 アリアと理子の一件はひとまずは保留扱いでいいだろう。

  

 それよりも今は――。

 俺は気絶して倒れてしまった白雪の元まで駆け寄る。

 白雪は、「……う、ううん、わ、私がもっと早くに勇気をだしておけば――」と悪い夢でも見ているのか苦しそうな表情を浮かべてうなされている。

 だが呼吸は安定しており、目立った外傷等も無い。ひとまずは安心だ。

 しかし、悪夢にうなされている白雪をこのままにしておくわけにはいかない。

 

 ……よし、ここは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっべ……。

 この状況はまずい……。

 俺は人知れず、葛藤していた。

 

 リビングまで白雪を丁寧にお姫様抱っこで運んだ俺は、ソファの上に優しく寝かしつけた。

 

 ――俺の膝枕付きで。

 

 ヒステリアモードの俺は、白雪に膝枕してあげながら、優しく頭を撫で続けた。しかも「白雪は頑張り屋さんだ」、「白雪はとても魅力的だ」なんていう甘い囁きのおまけつきで。

 その効果なのかすぐに白雪は悪夢にうなされなくなった。今では穏やかな表情を浮かべた白雪の小さな寝息の音が室内に響いている。 

 火傷をした右手は氷を入れたバケツに突っ込んでいるので恰好はつかないが……。

 

 問題は今のこの状況。

 ヒステリアモードが解けた俺の膝の上で絶世の美女が眠っているのだ。白雪が起きる為、この態勢を変えることは不可能。

 改めて白雪を見つめる。

 巫女装束に身を包まれてなお分かるそのスタイルの良さ。

 そして、白雪が静かに呼吸をする度に上下する二つのお山。

 

 

 

 …………エッ〇いなぁ。

 

 

 

 ゴクリと喉を鳴らす。

 理子にあそこまでのことをされた直後に白雪にこんな感想を抱くのは自分でもどうかと思うが、仕方ないじゃないか。男だもの。

 

 白雪が可愛すぎなんだよな……。

 ――ちょっと触ったらだめだろうか?

 白雪なら許してくれる……、というか寧ろ喜ばれそうな気はする。

 でも寝込みを襲うのは流石にな……。

 

 俺はこのもんもんとした気持ちを紛らわす為に、これからのことについて考えることにする。

 

 まず理子。

 理子が自分からアリアの母親の無実を証明すると言った以上、原作のようにバスジャックやハイジャックが起きることは無いだろう。

 とはいえ、アリアは何が起きているのか理解できていないだろう。アリアに色々と俺と理子の関係性や何が起きているのかを説明する必要がある。簡単に納得してもらえないかもしれないが、根気強く訴え続けるしかない。

 その理子については、この先共にブラドと戦うことになるだろうが、作戦を練ると言っていたし、しばらくは時間がかかるだろう。

 

 ……やっぱり、次に事件が起きるとすれば白雪か。

 

 次の原作の展開で言うと、白雪が『ジャンヌ・ダルク30世』に襲われることになる。ジャンヌは、自身をより高みの存在へと昇華するべく、『魔剣(デュランダル)』として、同じ超能力者の白雪を強引に仲間に迎え入れようとするのだ。

 そしてその際、仲間にならないと武偵校がある学園島を爆破し、俺を殺すと脅しをかけられるのだ。

 

 ……でも、こっちの白雪が簡単にジャンヌに屈するとは思えないんだよな。

 

白雪は幼少の頃から、兄さんの次に修行に付き合ってもらっていた。割合としては、兄さんが八で白雪が二くらい。幼少の頃は周囲で俺の修行に付き合ってくれるのがその二人位しかいなかったのだ。

 男子禁制の星伽神社に通い詰める為に『あること』をする必要があったのだが、それだけが本当にきつかった……。

 一時期それで兄さんに死ぬほどいじられたものだ……。

 遠山家と星伽家は昔から繋がりがある為、別に訪問が禁止されているわけではなかった。しかしどうしても白雪以外の子達から怯えられてしまうからな……、仕方なかった。

 まあ、そのおかげで俺は強くなることができたから良しとしている。

 

 ――そして、当然白雪も。

 はっきり言って、白雪はかなり強い。

 

 スタミナの問題もあるが、瞬間火力という点においては、俺と同年代では間違いなくナンバーワンだ。短期決戦に持ち込まれたら、ヒステリアモードの俺でも敗北の可能性はゼロとは言い切れない。超能力(ステルス)G(グレード)も原作より上である。だからこそそんな白雪とタメを張った理子に驚きもしたのだが。

 

 俺の強さをよく知っている白雪なら、俺が簡単にジャンヌに負けることは無いことは理解しているはず。俺を倒したいのなら公安0課、武装検事クラスを連れて来いってもんだ。……やめておこう、こんなこと思ってたら本当に来そうだ。流石に死ぬ。

 学園島の爆破については、個人での対策が難しい為、既に手は打っている。まあ、爆破についてはブラフの可能性が高いと踏んでいるが。

 

 ――そして、こっちの白雪は星伽家へのこだわりが弱い。

 

 理子への襲撃もそうだ。学校と星伽神社の敷地から抜けることが許されない白雪が本来、そんなことをできるわけがないのだ。これまでもなんとなく察していたが、原作の流れが変わってきたことで確信した。

 今の白雪は、星伽家優先ではなく俺を第一優先で行動している。

 原作では今日から、恐山への合宿に行っていたはずだが、俺の世話ができなくなるのは嫌だと、断ったと聞いている。白雪は既に必要な単位のほとんどを取っている為、俺も何も言わなかった。白雪のご飯を食べれなくなるのは嫌だったし。

 

 ……まあ、とりあえずは白雪の様子を見守りつつ、ジャンヌがどんな手を打ってくるのか様子見かね。

 

 そう結論付けると俺の思考が終了する。

 そうなるとまた状況はふりだしに戻る訳で。

 白雪はまだ意識を戻さない。膝から伝わってくる白雪の体温が、やけに熱く感じる。

 俺の鼓動が徐々に速まっていく。

 

 ……や、やばい。

 別のことを考えるんだ……。

 

 すると頭に浮かんできたのは、先ほど理子にキスをされた時のシーン。

 正直、突然のことで夢を見たような感覚で現実味が無かった。

 しかし、こうして思考する余裕が生まれてくると徐々にその現実を理解し始める。

 

 とうとうしたんだよな、キス……。

 柔らかかったなぁ、理子の唇……。

 

 初めてキスをするのは白雪だと思っていた。

 原作の流れ的にもそうだし、俺自身白雪が一番好きだったからだ。

 あれだけ尽くしてくれている女の子を好きにならない方がおかしいというもの。

 だが、昨日からの理子の怒涛のヒロインムーブのせいでそのあたりの気持ちが分からなくなってしまった。

 

 ……あーもう、まじで理子可愛すぎなんだよな。こんなに可愛かったっけ?

 

 宙にでも浮いているようなふわふわした気持ちのまま、心の中でそう呟いた時だった。

 机の上に置いていた俺の携帯が鳴った。

 

 ……こんな朝に誰だ? ていうか早くでないと白雪が起きるな。

 

 なるべく白雪を起こさないように最小限の動きで携帯を取って、画面を見つめる。画面には非通知のメッセージが表示されていた。

 訝し気に思いつつも、電話に出る。

 

「はい、もしもし? どちら様ですか?」

 

 小声でそう問いかけると、数秒を置いて理子が操っていたセグウェイにも採用されていた機械質の音声で返答が返って来た。

 

 

 

「――――初めましてだな、遠山キンジ。……『魔剣(デュランダル)』と言えば分かるか?」



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第二十二話

 ……は? 魔剣(デュランダル)

 それは、ジャンヌの通称。

 ……え、なんで? 早すぎでは……? というよりなんで俺に電話?

 色々な疑問が一気に頭に浮かぶ。

 多くの出来事が起きたが、まだ今日時点で原作が始まって二日目。本来であれば、まだ理子の正体にすら気付いていない状況だ。

 当然、ジャンヌと敵対するのももっと後になる。

 俺がこれまで接してきたヒロイン達の行動が変わるのは分かる。

 しかし、これまで一度も会ったことが無いジャンヌの行動が変わったのは、一体どういうことなのか……。

 

「……ふ、混乱しているようだな」

 

 無機質な合成音声にも関わらず、ジャンヌの俺を馬鹿にしたような表情が自然と浮かんで来る。

 

「……本当にお前は、魔剣(デュランダル)なのか?」

 

 若干イラッとしたものの、ここは情報を得るべく冷静になり質問を投げかける。

 ちなみに魔剣(デュランダル)のことは、既に学校からの周知メールによって全校生徒が知っていることだ。

 

「信じるも信じないも、お前の自由だ」

 

 そんな回答が返ってくる。

 やはりどこか俺を馬鹿にしているような雰囲気が含まれている気がする。

 ジャンヌは当初、超能力(ステルス)こそが至高と考えている節があったからな。超偵でもない、ただの武偵である俺のことを下に見ているのかもしれない。

 

 ……よし、ここはカマをかけるか。

 

「……そうか、魔剣(デュランダル)な。お前のことはよく知ってるぞ? 少女趣味にご執心らしいってなぁ? 最近買った可愛い服は何なんだ? メイド服とかか? さぞかし似合っているんだろうなぁ?」

 

 今の俺は、さぞかし下衆い表情を浮かべていることだろう。

 空気が凍り付いたように数秒ほどジャンヌからの応答が途絶える。

 

「……ちょっと待て。なぜそのことを知っている? ……おい、答えろ! ……ま、まさかリュパン四世にばれていてそこから漏れたのか……? いや、そんなはずは……」

 

 あ、これは本人ですわ。

 誰にも明かしていない秘密を突かれて、一気に冷静さを失っている。ジャンヌがあたふたと慌てふためく様子が見て取れる。うっかり理子の名前を出しているあたり、相当焦っていると見た。

 ジャンヌは、プライドが高くクールな性格だ。

 しかし、実際に接してみると天然であり、度々ぽんこつぶりを発揮していた。

 後は絵に対する美的センスが壊滅している。

 そんなジャンヌは、由緒ある家系の事情もあり、幼少から男のように厳しく育てられてきた。さらにジャンヌ自身、モデルのような長身のスラッとしたスタイルの持ち主である。

 そんな背景から、自分とは無縁であると思い込んでいる理子のような小柄な女の子が好むようなひらひらとした服など可愛いもの全般が大好きであるという秘密を抱えている。

 

 無論、そんなジャンヌは外見は勿論、性格も含めてかなり好みである。

 原作ではサブヒロイン扱いだったが、ヒロイン力で言えば、白雪や理子にも負けないポテンシャルを持っている――と思っている。

 

「……で、俺に電話をしてきた目的はなんだ?」

 

 本人確認ができたところで目的を聞き出す。

 

「……その前になぜ私の秘密を知っているか教えろ」

「嫌だね」

「……くっ」

「まずは目的を言うんだな。でないと魔剣(デュランダル)が少女趣味を持っているって、ネット上でばら撒くぞ。ついでにイ・ウー内でもそのことを広めるように理子に頼もうかなぁー?」

「き、貴様! そんなことをしたらただでは済まさないぞ! ……く、リュパン四世から聞いていた情報と違うじゃないか。もっと紳士的な奴だと聞いていたのに。……それに、そもそもなぜお前は私がイ・ウーに所属していると知っている? というより私の正体を知っているのか?」

 

 ……もう駄々洩れだな。

 もっと慎重で策略家だったイメージだけど……。

 それほど秘密の趣味がウィークポイントだったのか?

 ……まあ、でも悪いジャンヌ。

 

 

 

 ――正直、めっちゃ楽しい。

 

 

 

 電話を耳に当てながら顔を真っ赤にして慌てふためくジャンヌの姿を想像したら萌える。

 ジャンヌは弄ってこそヒロインとしての真価を発揮する。どこぞのクルセイダーと同じだ。

 

「何度も言っているが、まずは目的を言え。話はそれからだ」

 

 俺がそう言うと、数秒ほど沈黙が続き、やがて諦めたように短い溜息の後、ジャンヌが答えてきた。

 

「……分かった。では、まずは私が電話をした目的を言おう」

 

 

 

「遠山キンジ。そして、そこにいる星伽白雪、お前達二人。私の仲間になれ」

 

 

 

 ……なるほど。そう来たか。

 ……いや、どういうことだ?

 

 原作では、無理やり白雪を仲間に迎え入れようとしていたが、超能力(ステルス)を使えないただの武偵である俺には見向きもしていなかったはずだ。

 何か、心境の変化でもあったのだろうか。

 後、なんでこの場に白雪がいることを知っているんだ?

 

「なぜ俺達を仲間に引き入れようとする?」

「お前達は、武偵校などという場所にいるべき存在では無い。私がもっと相応しいステージを用意してやろうというのだ」

「……へぇ、随分と俺のことを評価してくれているんだな?」

「……お前をよく知る人物から、お前のことを嫌と言うほど聞いたからな」

 

 俺のことをよく知る人物? 誰だ? 理子だろうか?

 

「誰だそれは?」

「――この電話でそこまで話すつもりは無い。この後メールする場所まで、誰にも言わずに白雪と二人で来てもらいたい。――言っておくがこれはお願いではなく命令だ。背けばお前の身の回りにいる人間――例えば白雪に被害が及ぶと思え」

 

 ジャンヌがそう言った瞬間。俺の中で何かが弾ける。

 

「――ジャンヌ。白雪に手を出してみろ。必ず後悔させるぞ」

 

 ビリッと俺から放たれた強烈な殺気が周囲に放たれていく。

 ここから離れた場所にいるジャンヌは殺気を感じとれないはずだが、それでも緊張したようにゴクリと息を吞むのが電話越しに伝わってくる。

 同時に俺に膝枕されている白雪がピクリと動いた気がした。 

 

「……やはり、私の正体に気付いているのか。何者だ貴様? ……まあいい、何も私もお前と敵対したいわけでは無い。白雪を持ち出したのは済まなかったが、それだけ私も本気と言うことだ。まずは直接会って話をしたい。これはお前にとってもメリットのある話のはずだ」

「メリットな……。お前はアリアの母親に罪を被せている。知っているか分からんが、そのアリアと俺は昨日からパートナーを組んでいる。そのことからも俺とお前は明確な敵対関係な訳だが、そこは理解しているのか?」

「無論だ。それも含めての話し合いをしたいと思っている。すぐにな」

 

 ……なんか変な流れになってきたな。

 それが純粋な感想だ。

 でも、イ・ウーに接触をしたい俺にとっては渡りに船かもしれないな。白雪を傷つけずにジャンヌと会えるのも悪い話では無い。

 

「分かった。その話乗ろう。だが今日は勘弁してくれ。白雪の介抱もあるし、理子と色々あって、うちのパートナーが混乱しているだろうから、その説明だけしたい」

「いいだろう。では明日だ。早い方がいい」

「ちなみに、誰にも話したらだめだと言っていたが、このことはアリアに話してもいいのか? あまり隠し事はしたくないんだ」

「だめだ。確実に事態がややこしくなる。その場合は交渉は決裂したとみなす」

 

 ……それは確かにそうか。

 まあ、会って話を聞くだけならいいか。でもアリアに勘付かれることなく俺と白雪が二人で出かけて行けるだろうか? ももまん投げつけて意識を逸らしたらいけるか。

 白雪に無断で話を進めているが、俺が行くと言えば白雪も着いてくるだろう。

 

「分かった。ならそれでいい」

「よし。……さて、私の目的は話したぞ。次はお前が私に説明する番だ。答えろ! なぜ私の秘密を知っているんだ!」

 

 シリアスな空気をぶち壊すようなジャンヌからのそんな質問。

 ……でもなんて答えたらいいんだ? 原作読んで知ったらからですと答えるわけにもいかんし。

 

「……えーと。すまん、正直なんて説明していいか分からん」

「……おい、それでは約束と違うじゃないか」

 

 電話越しにジャンヌがイラついている様子が伝わってくる。

 

「それについてはまじですまん。けどこの秘密を知っているのは俺だけだ、これは断言できる。他言はしない。後、さっきはからかうような真似をしてすまなかったが、俺はジャンヌが可愛いものを好きなのは有りだと思っているぞ」

 

 電話越しにジャンヌが驚いたように息を吞むのが分かる。

 ……これ、機械音声じゃなくてジャンヌの生声でやりとりしたかったな。

 

「な、なななにを言っているんだ! ……と、とにかくこれについてもまた詳しく聞かせてもらう。それまで絶対に、このことは他言するな! すれば、お前を氷漬けにしてやるからな!」

 

 そうして一方的に電話は切れてしまった。

 

 

 

 ……ジャンヌ。

 ……やっぱ可愛いな。

 



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第二十三話





 ……さて、どうするかな。

 

 携帯の画面を切りながら今起きたことを整理していく。

 ジャンヌの誘い自体には応じるつもりだ。しかし、これをアリアと白雪にどう伝えるかだな。……いや、白雪は俺が誘えば疑いゼロでついてくるか。

 問題はアリアだよな……。喋ったらだめだと言われたし。

 まあ、何とか誤魔化すしかないか。大丈夫かな? 俺、嘘下手だけど……。

 ……それにしても随分俺のことを評価しているようだったのが気になる。

 俺のことをよく知る人物から教えてもらったと言っていたが……。

 

 理子である可能性も捨てきれないが、他にもう『一人』思い当たる自分がいる。まさかな……。

 

 そんなことを考えていると、携帯からメールの通知音が鳴り響いた。画面を見ると、宛名は不明のようだが、多分ジャンヌからだろう。

 内容を確認すると、案の定ジャンヌからであり、素っ気ない文面で明日の10時に町中のあるカフェに集合という旨のメッセージであった。

 

 カフェ……?

 

 それも普通に人気のカフェだ。てっきり、地下倉庫(ジャンクション)を指定されると思ったが……。これも友好関係を築きたいという現れなのだろうか? それならそれでありがたいが。

 しかし、敢えて人の多い場所を指定し、一般人を人質に取り、仲間になることを強要する気なのかとも勘繰る――が、何となく違う気がする。アリアじゃないが、勘だ。

 ……とはいえ、一応警戒はしておくか。

 ジャンヌは、策士でもあるからな。

 

「……キンちゃん様」

 

 携帯を見つめながら対策を考えていると、膝上から白雪の声が聞こえてくる。携帯から視線を白雪に向けると、なぜか頬を紅潮させ、どこか切なげな様子の白雪が目に入る。

 俺の膝上でそんな表情するとか……うぅむ、可愛い。

 

 

「起きたか、白雪。思い切り頭を打っていたが大丈夫か?」

 

 とはいえ、理子とキスをした俺はこの程度で心を乱されたりしない。あのキスは俺の男としてのレベルを飛躍的に上げてくれたらしい。なんと素晴らしい。やはり、キスという行為は最高だ。

 それにしても目覚めた直後にしてはやけに意識がはっきりしているように見える。もしかしてもっと前から起きてたのか?

 呑気な俺とは対照的に、白雪は一気にその表情を曇らせるとこの世の終わりのような雰囲気を漂わせる。そして、名残惜しそうに俺の膝元から頭を上げる。そのままソファから下り、フローリングの上で正座の体勢を取り、俺を見上げてくる。

 

「……ううん、私よりキンちゃん様のほうが大変だよ。……私のせいで手を大火傷させちゃった。それにドアも斬っちゃったし……。私どうお詫びすればいいか。やっぱりここは腹を切るしか――」

「――てい」

 

 俺は、白雪の頭に無事な方の手で優しくチョップする。

 痛くは無かったと思うが、びっくりした白雪が「ひゃっ!?」と声を上げる。白雪は目をまん丸に開き何事と俺の方を見つめてくる。

 

「……あのな、白雪。いつも言っているが、白雪が暴走しやすい性格なのは十分理解している。でもそれは、白雪が俺の為を思ってやっていることだろう? なら俺が怒るわけないだろう? 寧ろいつも俺の為にありがとうな。こんな怪我、修行中にしょっちゅうしていたしな」

 

 白雪が本当に腹切りをするくらい責任を感じているのは見て分かる。

 かなり気恥ずかしかったが、これは本心であり、伝える必要があると判断した。

 白雪が感激したように、涙を浮かべながら両手で口元を押さえている。他の人が見たら面倒な性格と思うかもしれないが、俺はこの一途で不器用な白雪が大好きだ。

 

「――でも、今回のはやりすぎだ。武偵法まで忘れていただろう? 白雪の為にもならないし、それはだめだぞ? まあ、武偵法を守れば好き勝手やっていいというわけでもないけど……」

 

 とはいえ、注意するべきところはするべき。俺が少し厳しい口調でそう言うと、「ご、ごめんなさい!」と、怯えた子犬のように全身を震わせながら土下座をしてくる。

 ……まあ、反省しているようだしこれでいいだろう。

 

「で、でもキンちゃん様……。さっきも言ったけどあの泥棒猫――峰理子は、武偵殺しで、キンちゃん様を襲ったんだよ?」

「ああ、知っている。けど、それについては不問にしてやってくれないか。理子とは既に和解している。それに襲われた件についても俺は気にしていないし、理子にも深い事情があったんだよ……」

「――で、でも」

「……白雪、心配してくれてありがとう。でも、ここは俺を信じてほしいんだ。……詳しく説明できなくてすまないが」

 

 白雪の目を真っすぐに見つめる。それでも白雪は、しばらく何か言いたげだったが、やがて諦めたように目を伏せる。

 

「……分かった、キンちゃん様を信じます」

「ありがとう、白雪」

「ううん、キンちゃん様がそう言うならそれがきっと正しいことなの。キンちゃん様はいつも私に新しい世界を見せてくれる正義のヒーロー……ううん、私にとって神様だから」

「――お、おう、そうか」

 

 神様て……。巫女様がそんなことを言ってもいいのだろうかと思いつつ、ひと段落したと、息を吐いた時だった。

 突然、白雪が瞳から光を失わせて、氷のような雰囲気を纏い、ギギギと壊れたロボットのような動作で俺の方を見つめてくる。完全にR指定の光景。

 おっと、これは第二ラウンドの予感。 

 

 

 

「――でも、キンちゃん様のキスを奪ったことは許さない」

 

 

 

 …………なるほど、キスについてですか。

 …………やべぇ、なんて言ったらいいか分からん。

 

 俺が焦りまくっていると、急に白雪が立ち上がり、俺の両肩をガシッと掴んでくる。ひぃっ!

 

「キンちゃん様! 前に私が一番魅力的な女の子って言ってくれたけど、今はどうなの!! ねえ!! やけに峰理子のことを信頼しているようだけど!」

 

 ぶんぶんと俺を前後に激しく揺すりながらヒステリー気味にそんなことを聞いてくる。脳が揺れて気分が悪くなるのを感じつつ、余裕が無いまま白雪の質問に答える為に必死に考える。

 

 ど、どうって、そりゃあ――。

 

「か、変わらず、白雪『も』魅力的だよ」

 

 

 

「……………………『も』?」

 

 

 

 あ、やっべ。

 

「……いや、その」

「…………峰理子もなの?」

「…………」

 

 ――ダンッ。

 これは、俺の反応から全てを察し、絶望した白雪が膝から崩れた落ちた音。

 

「強い男性がモテるのは世の真理……。だからキンちゃん様に他の女が集まるのは仕方ないと思っていた」

 

 白雪は視線を床に向けながら、低い声でそんなことを呟く。

 そのまま白雪は、ゆらりと立ち上がる。変わらず瞳に光は無い。

 

 ……〇される?

 

 そんな予感が頭をよぎる。

 白雪はそのまま倒れるように俺の元に飛び込んでくる。そして俺に抱き着いてくる。流石の俺もこの状況下では興奮するわけもなく、何が起きているか分からず戸惑う。

 白雪は白雪の息遣いを顔で感じるほどの超至近距離で俺の顔を見つめてくる。白雪の瞳にはいつの間にか光が戻り、その表情は見たことがないほど紅くなっている。しかし、どこか覚悟を決めた、そんな様子。

 

 

 

「――キンちゃん様、私とキスしてください」

 

 

 

 なんですと!?

 

 

 

「――それも、さっきの子供のキスじゃなくて、大人のキスを!」

 

 

 

 な ん で す と ! ?




お久しぶりです。
第二十二話、指摘箇所修正しました。指摘ありがとうございました。
修正内容:原作を知っていることを伝えることは無し


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