千手扉間に責任を取って欲しいうちはイドラの話 (藤猫)
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責任は責任でもそっちの責任ではない


卑劣様とラブコメしてるの読みたいなと思ったんですが、好みのが無かったので。見切り発車になります。


 

その日、ひどい熱を出していた。

それはうんうんと熱を出して、ふらふらのまま、布団で眠っていた。

それで夢を見た。

 

見覚えの無い部屋、見覚えの無い物ばかりがあふれていた。そこには、なんだろうか、四角い何かがあって、そこには動く絵が映っている。

 

(あー、そうだ、NARUTOももう、最終回近いんだなあ。)

 

知らない部屋で自分はぼんやりと、そんなことを思っていた。そうだ、確か、柱間とマダラの因縁だとか、ナルトとサスケの因縁だとか。千手と、うちはのそれらが明かされ、何故、そうなったのかが明るみになった。

そこでふと、思い立つ。

 

「・・・・柱間?マダラ?」

 

何故だろうか、ひどく、ひどく、覚えがある。夢の中だと自覚しているからこそ、思わず呟いた。

 

「なんで、私、マダラ兄様の話見てるんだろう?」

 

そりゃあ、これは有名な忍者漫画で。マダラは、その漫画における、ラスボスもどきで?

 

「・・・・え?」

 

思わず、口を開いた。だって、そうじゃないか。人気の忍者の漫画。それを自分は知っている、愛読していた。

けれど、それと同時に、理解する。

だって、自分は。

 

「こちとら、うちはイドラなんですが!?」

 

がばりと起き上がれば、汗だくのまま、ぼうぜんと天井を見つめる自分がいた。

 

 

うちはイドラ、マダラとイズナの真ん中の妹であり姉だ。

残念なことに、兄弟ほど優秀というわけでは無く、まあまあという残念な評価を受けている。千手と殺し合いをしすぎて戦場に駆り出されている人間だ。

 

(・・・待って。え、うち、滅ぶの!?)

「・・・イドラ、大丈夫か?」

「え?うん、あれ、うん?大丈夫?」

「姉さん、大丈夫なの?」

 

己の両隣から聞こえるそれにうんうんとイドラは頷いた。いいや、殆ど上の空だった。

だってそうだろう。

これから、兄は闇オチするし、弟はこれから死ぬのが確定している。おまけに、兄は兄で弟の死を飲み込んで守ろうとした一族に背を向けられて、親友にまでそっぽを向かれて死ぬわけで。

 

(待って、私どうなるの!?)

 

記憶に寄れば、マダラにはイズナという弟しかいなかったはずだ。ならば、自分は?

自分という存在は、なんなのだ?

 

(そりゃあ、こんな記憶がある時点ですでにイレギュラーですよ?でも・・・)

 

号令が上がる。それに体はまるで無意識のように動き始める。不思議と、怖いとは思わない。ああ、これから、殺すし、死ぬかもしれないのに。

まあ、そんなもんだよなあと言う諦観。

 

(あー、完全に、この戦国時代に順応してる精神だね!?)

 

そんなことを考えていても、体は動く。その間、イドラはどうするんだと考え続ける。

正直に言えば、木ノ葉の里が出来ることだとか、うちはが千手の下に着くようになることだとか、そこら辺には納得していた。

 

(もう、だいぶ数も少なくなった。)

 

イドラは特異体質なのか非常に体が丈夫だった。基本的に近親婚が多いせいか、体の弱い人間が多い中、イドラは病気一つしたことも無い。

誇りか命ならば、イドラは命をとる程度に生き汚い。どうせ、こんなギリギリの生活なんて出来ないし、これ以上数が減っていくのはキツいだろう。

 

(そうだよ、なら、このままでいいかって言うと、違うんだよなあ。)

 

だって、このまま順調になんとかなったとしても、悲しいかな、滅びるのだ。マダラの家系が滅ぶとかってレベルでは無くて、うちは自体が滅ぶのだ。

 

(それってひどくね?)

 

生き残るための最善策を探して、あの兄は、弟のことが本当に大事な、兄は。ただ、ただ、空っぽの心を、親友と生きていければと思っていたのに。

 

(いや、大体、千手だって、千手だけじゃあ里を作るの無理だったくせに。)

 

そこで、あの、本来の筋書き通りに行ったのか?

それに、頭の中でぽーんと浮かび上がる顔。

銀の髪に、鋭い目。無愛想なあり方。

 

みんな大好き、卑劣様。こいつのせいでは?

 

 

いや、もちろん、卑劣様こと千手扉間は正しい。うちはの性質からして、感情論で動かれては困るし、それはそれとして要職にだってつけてくれた。

別段、扉間自体は間違っていない。全ての原因、それは、みんな嫌いな志村ダンゾウである。

いや、それだって、そう扉間が悪いわけではないだろう。

けれど、もう少し、こう、手心みたいなものはできなかったのだろうか?

 

合理主義のくせにブラコンのせいで熱血漢の理想主義が大好きなために、そりゃあ猿飛みたいなのは好みでしたでしょうよ。

でも、他の面々への教育、もっとどうにか出来ませんでしたか?

その教育のせいでこちとらすごい巻き込み事故にあってるんですが?

いや、巻き込み事故で一族滅ぶってレベルがちがわないですか?

 

ふつふつと、怒りがわき上がってくる。間違いでは無いが、それはそれとして被害に遭う自分たちからすればとんでもない話だ。

乱戦の中で、イドラは攻撃を受け流しながら戦場を駆け回った。千手との戦いだ。ならば、あいつがいるはずだ。

岩場の戦い、妙な既視感があった。

 

(そうだ、たぶん、ここで。)

 

イズナがいた。それに、はっきりと、彼に刃を振う扉間の姿を幻視した。イドラはそれに足に力を込めた。

飛雷神の術、それに合わせるような形で、イドラの拳は扉間の頬にクリーンヒットした。

皆が茫然とした。

扉間、千手の頭領の弟であるそれは、皆から一目を置かれる程度に優秀だ。そんな彼を、さほど名も売れていないうちはの女が殴り飛ばしたのだ。

ぽかんと、口を開けて、宙を舞う扉間を見た。

 

地面に叩きつけられた扉間は急いで体勢を整えるが、体術が一等に得意なイドラから逃れられない。

彼女は扉間の首根っこを掴んで、彼をぐわんぐわんと揺さぶった。

 

「千手扉間!あなた、ちゃんと責任取ってくださいよ!!」

 

責任?

うちはでは物静かなイドラが叫んだそれに同族は思わず動きを止め、そうして、千手もまた扉間にそんな言葉をかける女性に目を向けた。

 

「い、いどら?」

「ねえ、さん?」

 

マダラとイズナは何年ぶりかに聞いた姉の大声に思わず動きを止めた。

 

「き、貴様は、いったい、何を・・・・」

「あのねえ、扉間さん!あなたの性格はよーく、理解してますよ!ええ、ええ、なんでそうしたか、わかりますよ!?でもねえ、子どものことについてはもう少し責任を持ってもらわないと困るんですよ!」

 

扉間はなんだかんだでうちはの子どもだって教育の中に入れていたし、そこらへんはちゃんとしていた。けれど、もう少し、情緒面でどうにかならなかったのだろうか?

猿飛とダンゾウの間にあったあの溝、あれはどうにかできなかったのだろうか?

 

「やることやっといて、逃げるのだって卑怯でしょう!?置いてかれた人間からすればどうすればいいのかなんてわかんないんですよ!大体、合理主義だからって、あんなこと、ひどくないですか!?」

 

扉間が死んだとき、状況としては仕方が無い。彼は彼なりに卑の意思、もとい、火の意思を受け継いで欲しいと想い、自らを犠牲にした。けれど、半端な憧れはダンゾウを怪物にしてしまった。

そのついでにうちはも滅びた。

 

「子どもだって、死んじゃって!可哀想で、わーん!やるって決めたんなら、最後まで責任とってくださいよ!!」

 

あのとき、うちははサスケ以外死んでしまった。可哀想な話じゃ無いか。きっと、彼以外の子どもだって死んでしまった。それが、イドラは不憫で不憫でたまらない。まぶたの奥から、ぼたぼたと涙があふれてくる。

そうして、とうとう、イドラは扉間の掴んでいたそれから手を離して、わーんと泣きじゃくった。

扉間は、ぽかーんとしていた。

 

(な、なんだ、こいつ・・・・)

 

それは仕方が無い。だって、扉間からすれば名前をなんとか認識していた程度の、女にいきなり責任云々を言われて泣かれているのだ。いくら、常に冷静な彼でさえも、もう、意味がわからずに思考を停止してしまった。

 

そんな中、うちはと、そうして、千手の忍たちはイドラの言ったことを改めて考える。

 

やることやった、責任、子どもは死んだ、可哀想。

 

その単語に、かこんと、何かが繋がってしまった。

 

「「とびらまああああああああああ!!!」」

 

激高したマダラとイズナが叫んで、扉間に飛びかかる。

 

「ま、待て待て待て!!マダラ、待て!」

 

柱間も状況を飲み込めず、怒りで目の前が真っ赤になったために身体能力だけで飛びかかるマダラを押さえ込む。

 

「はなせええええええ!柱間、貴様、弟になんという教育をしておる!う、うちの、妹を、き、傷物に!!」

「え、そういう意味だったのか!?」

「そういう意味以外の何があると言うんだ!?」

 

その横では、イズナの腰にしがみつき、泣きながら止めるイドラがいた。

 

「姉さん!止めないで、こいつ、殺せない!」

「うええええええん!ダメですよお!イズナ、それでも、悪い人じゃ無くて!きっと、いい、父親に・・・・」

 

イドラの脳内には、なんだかんだ里の子どもに慕われていた扉間の姿が浮かんでいた。

そのカオスな状況に、扉間は焦って叫んだ。

 

「わしはなにもしておらん!」

 

それは端から聞けば最低で、けれど、扉間からすれば当然と言える一言だった。

 



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千手扉間の人生で一番最悪な日


長くなりそうなので、良いとこで切ります。


 

 

うちはイドラは、性質として犬のような女だった。

幼い頃は母親に似た少女は兄弟や父からひどく可愛がられた。よく笑い、よく懐き、感情の豊かな少女だった。

マダラにとって一番目の弟で、彼女にとって二番目の兄が亡くなるまでは。

それから、泣かなくなった、笑わなくなった。

何かを話すことも少なくなり、いつも、じっと、どこか遠くを見ているような女になった。

それにマダラは何と言えばいいのかわからなかった。

少しずつ、痛み、膿んだそれはマダラではどうしようも無くて。

いいや、きっと、皆が病み、傷ついてばかりだった。

そうして、現在。

目の前には、鼻水と涙を流しながら、えっぐえっぐとしゃっくりをあげる妹。それに、マダラは穏やかに微笑んだ。

 

「・・・こんなにも感情を出すイドラは久しいな。」

「兄さん、現実逃避してる場合じゃ無いんだけど!?」

 

イズナは現実逃避にこの頃で一番に穏やかな顔で微笑む兄を隣にしながら、今の状況に頭を抱えた。

 

 

うちはと千手は現在、死合いを中断している。氏族で集まり、円状に集まってじっと中心を見つめている。

その中心には泣きじゃくるうちはイドラ、現実逃避をしているうちはマダラ、頭を抱えるうちはイズナ。どうすれば良いかわからずにおろおろする千手柱間。

そうして、多方面から冷たい目を向けられる千手扉間がいた。

 

「ええい!貴様、いい加減に泣きやまんか!」

 

扉間はぐずぐずと泣くイドラを怒鳴った。普段ならば、超のつく合理主義の彼にしては珍しい、感情的な行動だった。この状態で、イドラを怒鳴りつけるのが悪手であるとは理解している。

けれど、扉間としても寝耳に水であったのだ。

改めて言うが、扉間はイドラとまったくといって良いほど関係が無い。いっそのこと、イズナの方がまだ因縁がある。

彼らに姉妹がいるのは知っていたが、名前とぎりぎり容姿ぐらいしか把握もしていなかったというのに。

 

(何を考えている?)

 

扉間はそう思いながら頭を抱えたくなった。現状、正直に言えば、イドラというそれにとって得になることなどないだろう。

何が悲しくて、婚姻もしていない、おまけに一族にとって因縁のある男に傷物にされたことを暴露するのだ?

ただでさえ、うちはの一族は誇り高いものが多い。イズナとマダラの様子からして、彼女の発言は彼らも予想外なのだろう。

ならば、目的は?

 

(この女はいったい何を目的にしている?)

 

何もかも、不合理に近しい状況が、切り口さえも見つけられない状況が、扉間を苛つかせる。

 

「「とびらまあ。」」

 

息ぴったりに、二重に聞こえたそれに扉間は固まった。声の方を向けば、据わった瞳の柱間と、写輪眼をかっぴらいたマダラ。

お前ら、仲良いねえ。

そんな馬鹿げた感想が出てくるほど、息がぴったりであり、そうして、怒気の籠った声だった。

 

「扉間、少し、黙れ。」

 

その声音に扉間は思わず黙る。その声は、柱間が本当に怒り狂っている時の声音だ。それに柱間は息を吐き、マダラの服の裾を掴んでずびずびと泣いているイドラに話しかけた。

 

「初めて話すな、イドラ殿。」

「ばい・・・・」

 

未だに鼻水を啜っているイドラはどうしたものかと頭を抱えていた。

扉間に諸諸を吐き出した後、今までこらえていた未来に対するストレスが爆発したのか、完全に涙腺が壊れてしまっている。

おかげで視界はぼっやぼやだ。

 

(というか、この空気はいったい?)

 

イドラからすれば扉間に泣き叫んだ時点で引き離されて、拘束でもされると思っていた。そのぐらい、自分の行動は意味不明だし、発言だって理解されていないだろう。

なのに、何故か、死合いは中止され、一族全員が何故か扉間に冷たい目を向けている。

イドラは自分に優しく語りかける柱間を見上げた。

 

「おい、柱間!イドラに何を聞く気だ!」

「・・・先ほどの言葉が本当かどうかだけは聞かねばならんだろう?」

「この大勢の前でか!?」

「あ、それは・・・・すまん。」

「おまっ!お前はいつもそうだ!」

 

しょもしょもとしょげる柱間にマダラが怒鳴る。そこで、イドラの涙が引っ込んだ。

さっきの言葉?

いいや、待ってくれ。そう言えば、自分はあの発言についてどう釈明すべきなのだ?

あまりにも意味不明すぎる、あれを。

それに今まで流しっぱなしだった涙が引っ込んだ。

 

「あ、あの・・・・・」

 

今まで泣くだけだった女の吐き出した言葉に全員の視線がそちらに向かった。扉間は切に自分へのとんでもない疑いが晴れることを願った。

そんなことなど知りもしないイドラは顔を真っ青にして、震えていた。

 

(え、待って、私この状態、どうやって釈明すんの?いや、無理でっすよねえ!?)

 

冷や汗だらだらでともかくはと口を開けた。

 

「・・・ち、ちがいます。なんでもないのです。と、扉間様には、関係のないことで。」

 

イドラはおよそ言い訳とは言えない言い訳をした。

それに、皆、ざわついた。

明らかに関係ないなんて言えない様子、青い顔、そうして、うちはだというのに様付けで扉間を呼ぶ様子。

それは、言っては何だが扉間とイドラの間に何かがあると告げていた。

 

「ふむ、イドラ殿。本当か?」

「ほ、本当です!本当に、何も無くて。わ、私の一時の乱心で。扉間様は何も悪くないのです!」

 

はっきり言おう、その時のイドラはまさしくダメ男を庇い立てる哀れな女にしか見えなかった。

うちはの人間でありながら、扉間を様と敬称をつけ、且つ庇い立てる様は何かがあるとしか言えなかった。

扉間は絶望した。だって、完全に自分の味方が、着実になくなっていくのがわかる。

これか?

自分への信用を無くす。これのために、イドラは自分に特攻をしかけて来たのでは無いか?

そんな予想さえも出来てしまう。

だが、ちらりと見たイドラは泣きじゃくる子どものようで、そんな考えがあるように見えない。完全に、あほであるとしか思えない。

 

「扉間あ!貴様!姉さんに何をしたんだ!?」

「何もしておらんわ!だいたい、ワシはこれのことなど名前と顔ぐらいしか知らん!言葉を交わしたのさえも、これが初めてだ!」

「そうです!本当です!!」

「本当にもう黙れ!」

 

どんどん冷たくなっていく視線に扉間は必死に叫ぶが、それに怯えるイドラの様は完全に乱暴な夫に怯える妻そのものだ。

うちはは誇り高い。そうして、情が深いために千手に対して悪感情がある。本来ならば、頭領の血縁、イドラが扉間に入れ込み、あまつさえ子をなしたという事実に怒りを感じてもしかるべきなのだが。

だが、千手に騙され、おまけに腹の子さえも流れた様子のイドラに同情しているものは少数いた。

何よりも、頭領の子であるイドラは幼い頃から知られていたし、皆から可愛がられていた。そんな少女がわんわんと泣いているのを見れば、心が痛む者も一定数いた。

元より、一度懐くと一途なうちはだ。

大人になるにつれてなりを潜めたが、幼い頃はうちはでも珍しい犬のように全方面に愛想を振りまいたイドラに対して愛着を持っていたものも多かった。

そうして、直情的なものの多い千手はいくら忍であるとしても、敵の男に辱められ、子まで流れたという女に全方面で同情していた。

つまりは、その場は最低な男である扉間への奇妙な一体感に包まれていたのだ。

最悪な一体感である。

そんな中、うちはの一人が疑問に思っていた。

イドラの腹はずっとぺったんこで妊娠の兆候などあっただろうか?

その時、数週間前、イドラが熱を出す少し前の記憶が思い起こされた。それは、イドラが青い顔で厠で吐いていたというものだった。

その時は心配をしていたが、彼女は酒で胃が荒れたと言うだけだった。

もちろん、真実はそうで、いくら体は丈夫でもメンタル面では脆かった彼女は、減っていく同族や、視力の低下する兄など、色々と思い悩んだあげく、胃が荒れてものを食べられなくなったのだ。

 

「そう言えば、ものを吐いていた・・・・」

 

その言葉は驚くほどに、辺りに響き、千手一族にさえも聞こえた。それにまるで思い出すように、うちはの中で囁き声が広がる。

 

「この頃、ろくに食べられていなかったな。」

「吐いてるの、私も見た。」

「そのあと、すぐ、高熱で倒れられて・・・」

 

それを聞いていたうちはと千手の中で、全てが繋がる。

つわりの兆候が出ていたが、その後、何が原因かわからないが、高熱によって母胎が弱り流れてしまった。そんな仮説、と言うよりも事実が皆の中で固まった。

まったくのでたらめである。

 

「もういい。」

 

吐き捨てたのはイズナだ。彼は持っていた剣を構えた。そうして、扉間を睨んだ。

 

「何があっても、そいつの罪は消えない。なら、命をもって償って貰う。」

 

イズナのそれにうちはの人間も改めて扉間を睨み、構えを取ろうとした。

何はともあれ、敵の一族に頭領の妹を寝取られ、いいや、辱められたのだ。ならば、イドラの今後は置いておいても、戦う以外の選択肢はないだろう。

それに扉間もこのまま戦って、イドラの云々はうやむやにするかと一種の放棄を決めた。けれど、それは、また邪魔される。

 

「だ、だめ!!」

 

イドラは扉間を庇う形でイズナの前に立ちはだかった。

 

「な、姉さん!どうして、そいつを庇うの!?どいてよ、殺せないじゃないか!」

 

そう言われても、その時のイドラだって必死だった。

 

(だって、この人が死んでもつむんですもん!)

 

扉間がいなくとも、同盟は叶うだろう。けれど、里を作った後の諸諸は扉間がいなければどうしようもない。

扉間を殺して卑の意思を途絶えさせてもつむし、彼がここで生きながらえても筋書き通りにバッドエンド。

どうすりゃいいねんという話なのだが、ともかく、今はその男を庇わねばならない。

何故、そんなにもイズナが扉間に怒り狂っているのかわからないが。

イドラは青い顔でぶんぶんと扉間を背に庇いながら首を振る。

それに扉間はもう、遠い目をした。だめだ、完全に自分が最低男になっている。いっそ、このまま後ろから斬りかかってやろうかと考えたが、そんなことをした日には兄に殺されるだろう。

マダラと柱間は喧嘩を止めて、イズナとイドラを交互に見た。

 

「で、でも、だめです。殺さないでください・・・・」

 

姉の泣くような声に、イズナの中で怒りがわき上がる。

何故、姉はその男を庇うのだ?

兄だってそうだ。千手の何をそんなにも思うのだ?

イズナの中で姉に裏切りにあったような想いが湧き上がる。といっても母親代わりに世話をしてくれた姉を全面的に憎みきることも出来ない。

ぎりぎりと、鬼の形相になるイズナにイドラはびびっていた。本気だ、何が理由かは知らないが、本気で彼は扉間を殺そうとしている。

脳裏に浮かぶのは、筋書き通りにイズナが扉間に殺された後のことだ。

イドラは悩んだ。

ともかく、イズナと扉間を争わせない方法だ。それに、イドラはとっさに、いいや、やけくそで叫んだ。

 

「と、扉間様を殺したら、私、死にますから!!」

 

その叫びに、それはもう、辺りは見事に静まりかえる。イズナは、姉の言葉を理解できず固まった。

マダラでさえも固まった。そこで、だ。そこで、ふと、柱間が口を開いた。

 

「マダラよ。」

「あ、え?なんだ?」

 

妹のあり得ない発言に固まっているマダラに柱間は言った。

 

「ここまでイドラ殿に言わせたのだ。」

扉間に責任を取らせる。彼女を、弟の嫁にくれないか?

 

もう勘弁してくれ。

それが扉間の本心だった。

 



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純愛のじの字も存在しない

導入は終わりとなります。
感想いただけましたら嬉しいです。


「柱間!そんなこと赦されるはずがないだろう!?」

「そうだ!なんで、姉さんを辱めたような奴に!」

「違うと言っておるだろうが!」

「扉間、くどいぞ!」

 

嫁にくれという発言に、マダラたちはもちろん、うちは一族からも盛大な野次が飛ぶ。

けれど、千手柱間の喝に千手扉間を含め、うちはマダラたちは思わず黙った。

そうして、柱間の喝に少々怯えてしまい、思わず扉間の腰に抱きついたイドラに柱間は穏やかに微笑んだ。扉間はうっとうしそうに、イドラを遠ざけるように彼女の頭を掴んで押そうとしたが兄の目に思わずそれをとめた。

 

「それで、イドラ殿。扉間の嫁の話、どう思う?」

「よめ?」

 

イドラの頭の上には盛大にはてなが浮かんでいる。何故、自分に扉間の嫁という話が出てきているのだ?

自分はうちはで、そうして扉間は千手だ。そんな自分たちが結婚なんて無理だろう。

その発言にマダラとイズナが待ったをかけるが柱間は首を振る。

 

「だが、どうするんだ?今回の件は全面的に千手が悪い。ならば、ここですべきなのは扉間への処罰だが。」

「だ、だめです!!」

 

イドラは何が何やらわからないが、扉間を巻き込むことだけは出来ないと腰に巻き付けた腕の力を強くしてぶんぶんと首を振る。

 

「と、扉間に処罰を受けさせるのはイドラ殿が反対している。そうして、このまま扉間を処罰しても、イドラ殿の名誉はどうなる?」

 

それにマダラとイズナは黙り込む。そうなのだ、こうも一族、そうして千手にさえも知られてしまった現状ではイドラへの処罰は厳しいものになる。

いいや、本当を言うのならば、処刑されても文句は言えないのだ。せめて、メンツとして扉間だけは殺さねばならないが。

けれど、その腰にはしっかりとイドラが張り付き、心の底から憎い扉間を庇っているのが事実である。

 

(わかっている。)

 

マダラは頭領として、イドラを処分せねばならない。けれど、なんとか生き残った家族なのだ。身内の中で唯一の妹。誰よりも、守ると決まったそれのことを、殺す?

マダラは己の息が上がるような感覚がした。だらりと、背中を汗が伝い落ちる。

殺せ、誇り高きうちはの人間として、頭領として敵を、そうだ、自分は。

かたかたと、マダラの手が、持った武器が震える。

その手を、柱間が掴んだ。冷や汗を浮かべたマダラに柱間は穏やかに微笑んだ。

そうして、声はなくとも口だけで吐き出した。

 

(あん、しん、しろ?)

全部、任せろ。

 

それに、それに、マダラ。その男は穏やかな笑みに、武器を、下ろしてしまった。張り詰めたそれに、何か、何かが確実に、変わることを察して。

 

「ならば、扉間に責を取らせるのが一番であろう?」

 

本心を言うのならば、柱間は、この場の中で誰よりも静かに、けれど、高揚していた。

イドラ。

その名前を柱間は知っていた。幼い頃、マダラと密かに会っていた頃、少しだけ聞いた。妹、優しくて、愛らしい、妹。

実際にあったのは戦場で。

見目麗しい女だった。けれど、マダラから聞いた天真爛漫さは遠く、酷く、静かな目をしていた。ひどく、静かな眼で、冬のように佇む女だった。

けれど、そんなことはどうだっていい。

柱間は真実、扉間に怒っている。もちろん、忍として汚いことはするし、色事などで情報を引き出すこともある。

けれど、絶対に触れてはいけない部分は存在するだろう?

そうだ、叱責は後だと考えを切り替える。

柱間はイドラを見た。黒い髪、黒い瞳。それは、どこか、彼の愛した親友に似ていた。

 

(彼女が、扉間に嫁げば。そうして、子が出来れば。)

マダラと自分は家族になれる。

 

柱間はイドラという存在が、まるで天から下りてくる蜘蛛の糸に見えた。何よりも、お家騒動はごめんだと結婚をしようとしない扉間にこんなに可愛い娘が嫁に来る。

そうして、男兄弟で育った柱間は妹というものが欲しかった。それがマダラの妹である。

何よりも、この婚姻は現在争っている千手とうちはの架け橋になってくれる可能性があるのだ。

そうだ、家族になれば。そうすれば、もう、争わなくていい。

柱間は、珍しく、全力で頭を働かせてイドラに微笑んだ。

そんな柱間の思想などわからないイドラは背中に宇宙を背負っていた。

 

嫁?

なんでそんな話になってるんだ?え、まって、誰に嫁ぐの?

そんなの、柱間は確かうずまき一族の人と結婚するのだ。ならば、残っているのなんて、たった一人。

 

イドラはちらりと、己の頭上を見上げた。そこには絶対零度の眼で自分を見下ろす扉間がいた。

 

(む、無理無理無理無理!!!)

 

待って、結婚話が出てる方、くっそ切れてるんですが?いいですねえなんて言った日にはこの場で飛雷神斬りされるのではないだろうか?

 

「でも、わたし、うちはで。」

「・・・それならば、イドラ殿と扉間の婚姻を、二つの氏族の和解の証にすればいい。」

「柱間!」

 

柱間の勝手な一言に、イズナが噛みつくように叫ぶ声がした。それに被さるようにうちはの人間からも野次が飛ぶ。それに答えるように千手もざわつき始める。

そんな中、イドラは頭にはてなを浮かべながら、それでも柱間の言葉をかみ砕いた。

 

(結婚?この、めっさ怖い人と?いやあ、あ、でも浮気とかはしなさそうですね!?その前にちゃんとした婚姻生活送れるんでしょうか?)

 

頭をぐるぐるさせていた。そんな中で、ふと、思い立つ。

 

(もしかして、今、すっごいターニングポイントにいるのでは?)

 

うちはと千手が和解したのは、イズナが死に、一族ももう滅ぶんじゃねというぐらいにズタボロになってのことだ。そうして、兄弟全てを失った兄は狂った。

ならば、今、イズナも自分も生きてる今。うちはもそこまで没落しかけていない今。

今なら、まだ、取り返しが付くのでは?

 

イドラは、泣きじゃくり掠れた声で、鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、それでも、口を開いて、柱間を見た。

きっと、違う言葉を吐こうとした。けれど、自分の口から出たのは。

 

「もう、こどもの、おそうしきを、しなくてよくなりますか?」

 

それは、泣きすぎてかすかすで、ささやかな声で。でも、確実に、その場にいた人間に聞こえた。

その、血反吐を吐くような、声音に二つの氏族は黙り込んだ。

それは、そうだろう。

その言葉は、今まで散々、葬式を取り仕切ってきた女の血反吐を吐くようなそれで。

 

(ああ、そうだ。)

今は、前世と言える何かを思い出したせいでそちらに寄ってしまっているけれど、その言葉は己自身が抱え続けた思いだった。

口から、ぼたぼたと、言葉が、吐き出される。

 

小さな棺桶を用意しなくていいですか?

増えた墓を数えなくて良いですか?

母と父の嘆きを聞かなくて良いですか?

大人になった彼らを夢想して、空しくなることは減りますか?

 

「にいさまに、もう、ぜんぶ、せおわせなくて、いいですか?」

 

それは、イドラという女が吐瀉物のように吐き出した、誰にも言えなかった、むき出しの本音だ。

それに、何も言えなくなった。うちはも、千手も、何も言えなくなった。

幼い子どもを見送る気持ちも、増えた墓を数えるのも、彼らは同じぐらいに知っていたから。

だから、一人、むき出しの女の本音は何か、野次を噤ませるものがあった。

イズナさえも、女のその言葉に、家族であるからこそ、むき出しにされた言葉に黙り込んだ。

自分の、うちはとして、戦い続ける意思が姉をずっと苦しめていたという事実。

 

「・・・・そうだなあ。葬式は、あげたくないなあ。」

 

柱間の、思わず漏らしたというそれにイドラは頷いた。

 

「します!結婚します!扉間様と結婚します!」

「よし、ならば、決まりだな!マダラよ、どうだ?ワシは、お前の妹君を殺したくない。」

「・・・それは。」

 

マダラはどうしたものかと悩む。その時。

 

「いい加減にしろ。」

 

地獄の底から聞こえてくるような、怒り狂った声がした。その方向には、青筋を立てた扉間がいた。

 

「いい加減にしろ!兄者!何を良い雰囲気を出して勝手に話を進めておる!ワシとこれはまったくと言っていいほど関係はない!」

 

それに千手とうちはの人間の心が一つになる。

は?今更責任逃れする気か?

一世一代といえる心を一つにするのが頭領の弟の女がらみだ。最悪だ。

 

「「「とびらまあ!!!」」」

 

たぶん、これが最後であろう、イズナとマダラと柱間のそろった声に扉間はたじろいた。けれど、ゆらぐこと無く言い返す。これを逃せば自分はものすごい不名誉を被ることになる。それだけはさすがに避けたかった。

非道だとか、そう言った評価をされるのは構わない。己自身忍だ。それぐらいの覚悟はある。けれど、まさか、情報を引き出すとか理由も無く、ただ、ただ、女を孕ませて責任逃れをしたなんて称号はごめん被りたかった。

 

「言うが、兄者!ワシが情報を引き出すだとか、そんな理由も無く女に近づくと!?大体、うちはの女なんて存在にワシが手を出すほど愚か者か!?」

 

その言葉に千手の中で、確かにと同意が入る。

あの扉間がそんなリスクのあることをするだろうか?いいや、というか、扉間ほどの男が避妊に失敗するのか?

そんな疑問が広がる。その風向きに、扉間は今のうちにとたたみかけようとした。けれど、腰に張り付いていたそれがまた泣きじゃくる。

 

「う、うええええええ。ごめんなさい!あ、あの、川魚取ってきて、火遁で焼きますから!」

 

誤解が頂点に達したことを含めて、扉間が怒る。イドラは扉間のそれにびびりながら、なんとか機嫌を取ろうと彼の好物を口にした。

それに、千手の中でどよめきが起こる。

 

千手柱間の好物はそこそこ知られている。彼の趣味や、なによりも頭領への機嫌取りによく知られた情報として出回っている。

けれど、扉間は違う。

元々、個人的な趣味嗜好などは足を掬われる原因になると明かすこともないし、釣りが好きと言われているが川魚自体が好物であると知るものは少ない。

魚が好きであると知っているものはいても、川魚と限定で知っているものは一族ぐらいで外部には出回っていないはずだ。

なのに、彼女はそれを知っている?

そんなどよめきの中、柱間は思わず口元を手で覆っていた。

 

(と、扉間!お主、そこまで彼女のことを!)

 

扉間の兄である柱間は弟がイドラに好物まで教えていた事実に、彼女を本当の意味で好きではないのかという思考に至る。彼が最も嫌う、個人的な弱点になり得るそれを、わざわざ教えていたのだ。

扉間もまた目を見開いた。何故、一族でも知るものが少ないその事実を知っているのか。

 

「貴様!どこでそれを!?」

 

それにイドラも慌てた。確かに何故、自分が扉間の好物を知っているのだ?

それにイドラは慌てた。慌てて、有る事無い事口走る。

 

「え、えっと!言ってなかったんですが、私は狐うどんが好きです!」

「聞いとらん!」

 

二人の言い合い、そうして、千手のざわつきにうちはも今の状況を悟る。

そうして、その場にいた人間にとある考えが閃いた。

今まで散々にイドラとの関係を否定してきた扉間。もしかすれば、この男はイドラを庇っているのではないか?

 

千手のNo.2というべき扉間とうちはの頭領の妹であるイドラの関係は不祥事以外の何ものでもない。それゆえに、イドラの言葉を否定することで、彼女の乱心を示し、せめて命だけは助けようとしたのではないか?

が、子が流れたイドラはそんなことまで頭が回るような精神でない。

何よりも、イドラの発言からして、扉間は彼女の好物さえも知らなかったのでは?

 

(だ、だというのなら、惚れているのは扉間?)

 

扉間が自ら好物を教えて、そこまで庇い立てているというなら、もうそれはベタ惚れと言っていいのでは?

 

最低最悪な勘違いである。

 

「…扉間様が避妊に失敗するとかあり得るか?」

 

千手の人間の呟きに、柱間の中で繋がってしまった。

そうだ、扉間が避妊に失敗するなんてあり得ない。つまりは、だ。

 

(子供ができてくれれば、そこまで思い詰めていたのか!?)

 

柱間は弟の純愛に頬を赤めてはわわしていた。

扉間が聞いていればその顔面にコークスクリューを決めていただろう考えに柱間は至っていた。

そうして、周りの人間もそれと同じような考えに至っていたし、扉間だって、周りがどんな考えに至ったのか容易く理解できた。

わかっていないのは当事者だけである。

もう、小説書こうぜというレベルの妄想なのだが、完全に多方面でピースが揃ってしまった。

 

扉間はなんとかその場を切り抜けようとしたが、全てが遅い。いつのまにか、目の前に立っていたマダラが扉間の肩に手を置いた。

 

「そこまで、イドラを思っていたのか。」

「ち、違っ!」

「うちはマダラは、うちはイドラと千手扉間の婚姻を認める!そうして。」

 

くるりと柱間を見た。

 

「この婚姻を機に、うちはは千手との融和を受け入れる!」

 

それに一族のうおおおおお!という歓声が広がった。もう、今まで因縁だとか関係なく、あの扉間の純愛を前に叫んでいた。

それに崩れ落ちていたのは、イズナとそうして。

 

「あ、あの、扉間様。」

 

話の中心でありながら全てから置いてけぼりにされた扉間だけだった。

 

 




Qここで誰よりも得してるのは?
A柱間さま


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尋問開始

同棲編?
感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ちなみにイドラの容姿はミコトさんをイメージしてくだされば。あれより、幼めの感じです。


その日、いや、この頃、千手扉間は最悪な時間を過ごしていた。

 

「扉間!ほら、何をしておる!なんだ、その格好は。せっかく嫁御が来るんだ!」

 

部屋にけたたましく入ってきた兄である千手柱間を扉間は心底殴りたくなった。

今日、千手扉間の嫁(仮)であるうちはイドラが家にやってくることになっていた。

 

 

あの後、あまりのことに茫然自失となっていた扉間は柱間によって連れて帰られた。正直、ショックのあまりされるがままであったことなんて初めてだ。

ただ、千手の里に帰った後がまさしく地獄だった。

至る所から注がれる、その、なっま暖かい視線!

古参の人間達からはなんたることかと叱責があった。もちろん、扉間はそれに深く頷いた。普段はクソ爺と思っているが、今だけは古参連中にエールを送った。

が、そんな願いは叶わない。

頭領である柱間と、そうして、あの場にいた比較的若手の人間が、望んでいないのに扉間の味方をするのだ。

 

「聞いたんです、あの扉間様がうちはのおひいさんを愛してるって!」

(言っとらんわ!)

「あの扉間様が子が欲しいと思われるほどに愛しておられるんです!」

(指一本触れたことも無いわ!)

「・・・あの方、せっかくの子も流れられたそうで。不憫で・・・・」

(子などおらん!)

「今回の件でうちはと確実な和平を結べます。今も確かに衰退していますが、うちはマダラとうちはイズナは健在。戦うたびにこちらも少なくない犠牲を出しているのが現状です。ならば、うちはイドラを嫁として迎え入れるのはけして悪手では無いかと。」

(それには、確かに一理ある。)

 

前線に出ている主戦力の忍たちの意見はけして古参でも無視できない。何よりも。

 

「あの扉間に惚れたおなごがいるというんだ!そうして、それがうちはの姫君だという!結婚は絶対だ!」

(いっそ兄者を殺して、ワシも死ぬか。)

 

頭領である柱間が受け入れている時点で、古参達の言葉などそよ風のようなものだった。

そのため、うちはと千手における婚姻についての話し合いは急速に進んだ。

なんといってもすでに関係まで持っている、実際は持っていないが、ために早々と話をまとめようとしていた。

 

「結納品何にする!?」

「もう、婚約って段階じゃないしねえ。なら、多めの結納金を包んで、嫁入り道具用のタンスとか買って貰うとか。」

「花嫁衣装は?」

 

徹底的に自分は蚊帳の外である。いや、自分に話題を振られても困るのだが。

扉間は仕方が無いために普段通りの生活を送っていた。いくら抵抗しようにも、柱間のぶち切れ具合に諦めた。

 

(・・・・和平が、思う以上に早まった。)

 

それはいいだろう。それに関しては扉間もまあ、悪いことでは無いと思っている。だが、それとこれとは別だ。

何が悲しくて、うちはの女と密通して、子どもを孕ませた最低男の称号の対価に平和なんぞ求めにゃならんのか。

もう、一族の女達からの視線の冷たい事よ。さすがの扉間もその視線には悲しさを覚える。女の近しい身内がいなくて良かったとしみじみ思った。

いいや、酷いのは、男の方だろう。

あの、扉間が、とからかう気満々で話しかけてくるのだ。

扉間はこれでもモテる。頭領の弟であり、本人も優秀で、顔だって悪くない。

粉をかけてこようとする女は多くいたが、現実主義のその男はそれを徹底的に振りまくった。

それ故に、千手の人間はそんな扉間を籠絡したという女に興味が湧いているのだろう。ただ、悪感情が表立ってないのは、時代であるのだという忍としての割り切りと、あの場で言ったイドラの言葉が広まっているのもある。

 

騙されているんだろう?

そんな言葉が聞こえても、その場にいた人間の、いいやという否定。

 

あの言葉を聞けば、お前にもわかるだろう。あれは、失ったことのある人間の言葉だ。それに黙り込んでしまう。

 

そんなことがあっても、変わらず扉間をからかって妙な道具を贈ってくる馬鹿もいるのだからもう勘弁して欲しいのだが。

 

ただ、やはり、一族の女はその婚姻に張り切っている。

千手と相反するうちはとの婚姻。

そこには敵意などがないわけではない。ただ、そんな女の中にはあの死合いの場にいたものもいる。

そのために、女達の間ではイドラは、扉間に孕まされたあげくに子も流れた哀れな女として広まっている。そのためか、やはり表立っては同情的だ。

扉間には最悪な風評被害であるが。

 

(・・・ただ。)

 

もう、こどもの、おそうしきを、しなくてよくなりますか?

 

その言葉だけは、未だに、扉間の中で渦巻いている。

泣きじゃくる女がいた。その瞬間だけは、扉間は、何か、非難の言葉だとか、その女への殺意だとか、そんなものがなくなってしまった。

 

よく見た光景だった。

子どもの死に嘆き、苦しみ、どうしてと叫ぶ母の姿に。

扉間は書き付けの広がった机に突っ伏してそっと目を閉じた。

 

(どこか、兄者に、似ていた。)

 

泣いていた、女が。ただ、泥に塗れて、それでも、足掻く女がそこにいて。

扉間は何故か、その女の顔が忘れられずにいた。

 

 

嫁入りの話に加え、千手とうちはで里の拠点地になる場所を決め、引っ越しの話も出ていた。里を作る上での開拓の手段など、扉間の仕事は山ほどあった。

そんなとき、うちはから一つの提案があった。

それは、里の移動や婚姻の前にうちはイドラを千手で生活させて欲しいというものだった。

イドラ自身が、これから暮らしていくだろう千手の生活を知っておきたいというのだ。

 

「と、いうことなんだが。どう思う?」

 

そんなことをそわそわしながら聞いてきた己の兄に扉間はうろんな目を向けた。扉間が拒否する選択肢などないことなどわかりきっているだろう。

 

「構わん。」

「そうか。なら、寝室は一緒にしておくからなあ!」

「おい、待て!兄者!」

 

ほどほどにするんだぞお、と間延びした声と共に去って行く兄である千手柱間にかち切れながら扉間は叫んだが、すでに遅い。

扉間は兄のうっきうきな様子に頭が痛くなった。この婚姻を当事者よりも楽しみにしているのは誰よりも柱間だ。まあ、誰よりも楽しみにしていないのは当事者である扉間であるのだが。

 

(・・・望み通り、うちはとの和平が成り、あれだけ執着していたマダラと親族になる。おまけに、昔から欲しがっていた妹が出来るのだから、兄者はいいだろう。)

 

扉間はため息を吐いた。全てが自分の思うとおりにいかない。死合いの場では弁護の方法も無く、ただ、されるがままだった。

 

(ひとまず、婚姻の件はおいておくとしても。あの女の目的については知っておかねばならん。)

 

何故、あの場だったのか?何故、わざわざ、扉間を選び、そうしてあんなことを言ったのか?

扉間はひとまず苛立ちを押し殺し、思考を切り替えた。

そうだ、ひとまず、一番の悩みの種であったうちはについてはなんとかなった。ただ、今後のことについては悩ましい部分はあるが。

(こちらに来るというのなら丁度良い。)

あのときの借り、たっぷりと返してやろうじゃないか。

 

扉間は久方ぶりにひどくすがすがしい笑みを浮かべた。

 

 

 

「あ、あの、ふつつかなものですが、よろしくお願いします。」

「いやいや、そんな緊張しなくてもよいぞ?」

「そうだ、こいつには遠慮はいらん。」

 

その日、やってくるといううちはの人間について千手の人間は身構えていた。なんだかんだ、因縁というものに絡まり合った互いだ。

けれど、やってきた人間はなんともまあ、質素なもので。

頭領であるうちはマダラと妹のイドラ、そうして、護衛の数人である彼らはうちは独特の衣装を纏っているぐらいだった。

てっきり、豪奢な着物の一つでも着てくるかと思ったが、そんなことはない。なんとも地味なものだ。

 

「・・・それよりも、周りの奴らはどうにかできんのか?」

「いやあ、うちはのおひいさん。おまけに扉間が惚れ込んだというから皆、気になるようでな。」

 

柱間の隣に立った扉間は周りを見回せば、里の中、一番に大きな扉間と柱間の住む屋敷の周りには多くの気配であふれている。

 

(・・・・騒ぎたくなる気持ちもわかるか。)

 

イドラというそれは、扉間にやらかしたことに加えて、ひどく見目麗しい。血の濃さ故か、うちはの人間は基本として皆が整った顔立ちをしている。

イドラはその中でも抜きん出ている。

事実、彼女を初めて見た千手の人間はざわついていた。

うちはの頭領の妹。

どんな高慢ちきな女が来るのかと思えば、来たのはひどく可憐な娘だ。

真っ黒な髪は腰まで伸びており、控えめに微笑んだそれはひどく愛嬌がある。なるほど、騒がれるのにも理由があるのだ。

うちはという印象からはかけ離れたそれに、ざわついた。

なるほど、細身の女が好みだったのか、などと失礼なことを考えるものもいた。

扉間もまた、あの涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔に変わって、改めて合わせた顔はなるほどと頷く程度の気持ちはあった。

美しい娘だと、客観的に考えられる感性ぐらいはあった。

 

「荷物は、それだけか?」

「え、あ、はい。ひとまず、寝具等は貸していただけるとのことで。ともかく、衣装だけを持ってきたのですが。」

「何か、他に持ってくるものはあったか?」

「いいや。ただ、おなごの荷物はもう少し多いと思っていたのだが?」

 

それにうちはの人間はそれぞれ、不思議そうな顔をした。その動作が、ひどく幼くて柱間は少し胸をきゅんとさせた。

そこで、扉間が話に入ってくる。

 

「兄者はマダラと話すことがあるだろう。ワシも少し、話をしたい。」

「うん?そうだな。つもる話もあるだろう。」

「扉間、いいか、イドラを泣かしてみろ。一族総出で殴り込みに来るからな。」

「はっはっは、安心しろ、マダラ。その時は俺も加わるからな。」

 

好き勝手言う兄と、そうして未来の義兄のそれに扉間は息を吐く。

 

「安心しろ。ワシも、己の嫁を乱暴に扱う趣味は無い。のう?」

 

扉間は珍しく、すがすがしい笑みを浮かべた。それに、柱間はやはりそんなにも愛して、と胸をときめかせていた。マダラは、まあ、大丈夫かと息を吐いた。

が、その扉間の笑みを見たイドラだけは伏せた目にうっすらと涙を溜めていた。

そうだ、扉間は嬉しくてたまらなかった。

ようやく、自分を散々に追い詰め、そうして、知りたかったことが知れるのだ。

 

扉間はそのままイドラを連れて家の中を歩いた。その後ろをイドラは、なんというか、てとてとなんて音が付きそうな速さで歩く。

そうして、扉間は、安全面や監視的な理由で自分の寝室に近く、奥まった場所にある部屋に案内した。

 

「・・・ここがお前の過ごす部屋だ。」

「は、はい!」

 

少ない荷物を抱えた部屋にイドラを入らせた。そうして、扉間もまた後ろ手にふすまを閉めた。

そうして、扉間は先に部屋の中心に座った。それに、イドラもまた向かい合う形で座った。彼女はひどく気まずそうに、視線をうろうろさせた。

それに、扉間は青筋を浮かべて、イドラに微笑みかけた。

 

「それで、だ。」

 

自分に素直についてきた時点で諸諸の覚悟は出来ているだろう。

 

「それで、ワシを最低野郎に仕立て上げた理由、話して貰おうか?」

「ひゃい・・・」

 

掠れた声でイドラは答えた。

 



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若い者が二人きり、何も無いはず、というよりも何かがあるはずもない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

はわわしてる柱間様が一番書いてて楽しいです。扉間様をここまで追い込んだ奴が今までいただろうか。


 

うちはイドラは兄であるうちはマダラの宣言の後、色々と衝撃を覚えて茫然としている間にうちはの里に連れて帰られた。

その後、もちろん、一族全体に和平の話が広まった。

 

「兄さん!どうして、和平なんて!いいや、姉さんを嫁に出すなんて決めたんだ!?」

 

そのイズナの言葉を皮切りに、古参を中心に非難の声が上がる。

 

「そうです、頭領!なぜ、イドラ様を!」

「ならば、あのまま我が妹を捨て置くというのか!?」

「でも!」

「あの場で、千手扉間に責任を取らせる。それ以外の選択肢が何か、お前にもわかっているだろう?」

 

それにイズナは黙り込む。そうだ、あの場であの選択肢以外は無かった。敵との密通者の末路は、死以外にあるのか?

うちはの人間の殆どがほっとしていた。すでに戦局はぎりぎりの状態で、戦いの中で亡命を考える者さえいた。

そんな中に現れた戦いを止めたイドラの存在を非難する者は、いなかった。ほっとしていた、そうだ、本当は、ほっとしていた。

もう、あの、荒ぶる竜のような木を前にしなくていいのだから。

 

(もしかすれば。)

 

誰かが思った。いいや、多くが思った。もしかすれば、イドラはこのために千手扉間に身をさしだしたのでは無いのか。

一族の人間が集まった、頭領の家の大広間。

そこで、頭領の隣に静かに座る、うつむいた女。ぼんやりと、蝋燭の火に照らされた美しい女。

そっと、誰かが密かに手を組んだ。手を組んで、静かに祈った。

 

贄の女。一族のために、その純潔を、敵に捧げた哀れな女。

 

(どうか、どうか、お許しください。)

 

誰かが思った、多くが考えていた。

その贄をくべて、安寧をむさぼる、我らの罪深さを、どうか、お許しください。

ああ、その、愚かな優しさに報いましょう。

ああ、あなたのその献身を、我らはけして忘れません。

続く地獄を終らせた、優しいあなた。

 

(私たちは、それを、けして、忘れません。)

 

 

 

まあ、そんな事実などないわけだが。

 

(・・・・どおしよおおおおおお!?)

 

イドラは目の前の扉間を前に視線をうろうろさせていた。

イドラは連れて帰られたその後、自分を置いてけぼりにして話されるそれにようやく気づいた。

 

あれ、とんでもねえ勘違いが起きてねえか?

 

気づいた瞬間、冷や汗が滝のように流れた。いや、そりゃあ結婚まで持ってくわ。自分、乱心扱いじゃなくて、密通容疑で殺される寸前だったのだ。

 

(マダラ兄様のおかげで首の皮一枚繋がったのかあ。)

 

ほっとしたのもつかの間、よくよく考えた。

勘違いに巻き込まれた張本人、それもとんでもねえレベルの汚名を着せてしまった人間と結婚するのだ。

 

どうしよう、ほんとにどうしよう。

イドラは頭を抱えた。まず、本来起こるべきことについては話せない。なぜ、そんなものが見えたのか、それが起こると確信できるのか説明が出来ない。

 

(せ、せめて、私が万華鏡写輪眼に目覚めてたら!)

 

残念ながら写輪眼について開眼していても、そこまでの高みには至っていない。

ならば、どうする?

言い訳を考えなくてはいけないし、何よりも、黒ゼツについての対策は扉間ぐらいにしか相談できない。というか、対策できそうな人が扉間しかいない。

里では婚姻の話がどんどん進んでいる。それと同時に、里の引っ越しの準備も。

うちはの人間から和平について、そこまで反発は出ていない。

そんな中、イドラはずっと思い悩んでいた。イズナやマダラに心配されてもなお、その動揺を隠しきれなかった。

このままでは扉間と顔を合わせるのは、結婚式当日ぐらいの勢いだ。手紙を書くにも、中身を見せられるようなものではない。

 

(ともかく、扉間様と話をしなくては。)

 

そのためにイドラは嫁ぎ先の雰囲気をあらかじめに知りたいとマダラに頼み、意気揚々と扉間の元に来たわけだが。

 

(うん、怖くて無理。)

 

めっちゃ怖い。笑ってるのが怖い。ぜってえそんな爽やかな笑みを浮かべるタイプでは無いとわかっているが故にめっちゃ怖い。

 

「それで、どうなんだ?」

 

声音が上機嫌そうであるからこそ、その裏にある怒りの深さがわかる。

 

(えーん!バチ切れしてる!)

「あ、あの、その・・・」

 

何かを言おうとした。言い訳を考えても、結局思いつくことも無く、なんなら無意味な時間を過ごしてきた自覚がある。

額に浮かんだ青筋に、イドラはびびり散らしてしまった。

戦いだとか、そこら辺には慣れていても、残念ながら基本的にいい子である彼女は怒られ慣れていなかった。

思わず、イドラはずるずると、座ったまま後ろに下がる。扉間はそれに、眉間に皺を寄せて見つめる。

 

「・・・おい。」

「ご、ごめんなさい!!」

 

部屋の隅、そこでイドラは綺麗に土下座をして見せた。

 

「それだけですませられると?」

「・・・いいえ。でも、その、言えなくて。」

 

イドラは最後まで、どう説明して良いかわからずに、そう言った。

それに扉間の眉間の皺がより深くなった。それと同時に、扉間がイドラに飛びかかる。が、身体能力だけならば太鼓判を押せるその女。

ひょいっと扉間のことをイドラは避けた。

 

「貴様!ワシが周りになんて言われとるのかわかっとるのか!?」

「わーん!わかってます!ものすごいことになってますよね!?」

「当たり前だ!敵対しとる一族の姫君を孕ませたあげくすっとぼけた最低男だぞ!」

「もっと酷い悪名だって抱えてるじゃないですか!?」

「貴様!悪名の種類が違うわ!大体、犯した非道を背負うのならまだしも、指一本触れとらんというのに、なんでこの悪名を背負わねばならん!」

 

さすがは互いに、戦国最強と名高いものたちの戦場を生き残った忍だ。無駄に良い動きで部屋の中を飛び回る。ただ、互いにマダラと柱間にばれることは避けたいために、できるだけ音は抑えていた。

そうしていれば、二人で汗だくになっていた。ぜえぜえと息を荒くしている中、とうとう、イドラの上着を扉間が掴んだ。

 

「さあ、何をどうしてああなったか、話してもらおうか?」

 

それにイドラは、ずるりとうちは特有の上着から脱皮した。

元々、忍具などを隠しておくためにゆったりとした作りの外套は頑張れば、幼子のごとく頭を抜けて離脱することも出来た。

だが、扉間もその隙を逃すはずがない。扉間は逃げるイドラの足を掴み、その場に膝を突いて、彼女を引き寄せた。

 

「観念せい!」

 

互いに普段使うことの無いタイプの力を使ったせいか、それだけで汗だくで互いに荒い息を吐いた。

 

「うううううう・・・」

「今回の千手に来たのもお前自身が望んだことだろうが。なら、話す覚悟は出来ていたはずだ。」

 

扉間はこれ以上逃してなるものかと、イドラに覆い被さった。それにイドラは暴れたせいで乱れた衣服を不安のために握った。

 

(なんて言うの!?あのことについては、もう少し、信用ができてから言った方が。今だけ、今だけ、あれについて納得できるものを。いや、出来るのか?あんなとんでもない狂言について?)

 

イドラは必死に頭を働かせた。が、上手い言い訳なんて思いつくはずが無い。だが、己の上でガチ切れた扉間にびびっていた。

そのために、口から出たのはでまかせで。

 

「あ、あなたのことが好きでした!」

 

ちーん。

 

もしも、効果音が存在していたのなら、そんな音が辺りに響いたことだろう。

 

好き?

この女、言うに事欠いて、何を言ってるんだ?

 

だん、と扉間はイドラの顔の横、畳の上に拳を叩きつけた。

 

「貴様、ワシのことを相当舐めておるみたいだなあ?」

「ほ、本当です!一目惚れだったんです!」

 

もう、イドラも必死だった。もう、なるがままよ。あんなことをした理由づけで今のところ良い言い訳が思いつかない。

 

「なんですか、ダメですか!?好きだったんです!殺し合いして、言葉を交わした事なんてなくて!でも、ずっと好きだったんです!」

まあ、嘘じゃ無い。事実、イドラは扉間という存在を以前から目で追っていた。

自分もあんな風に兄を支えられる者であれたらと、そんな微かな憧れを持って。

 

イドラはフル回転で言い訳を考える。ええい、ままよ。もう、後戻りなど出来ないのだから。

 

「・・・・う、うちはは疲弊しています。でも、皆、止めることが出来なかった。だから、何か、止めるためのきっかけが必要でした。それで。」

「今回の狂言を?」

「・・・・はい。どうせなら、失敗するとしても思い人がいいと、そう。」

 

ちらりと扉間を見れば、ああ、懐かしい。あの騒動以来の絶対零度の視線。

あー、信じてませんよねえ、そりゃあそうです。自分でも酷いと思います。もう、その視線だけで死にそうです。

 

「遺言がそれか?」

(でっすよねえ!)

 

もうイドラは死を覚悟した。あ、死にましたわと短い人生を儚んだ。

そんなイドラの心情など興味も無い扉間はどうしたものかと考える。

イドラの本心は他にある。だが、今は言う気は無いようだ。こんな嘘だとわかりやすい発言などなぜするのかわからない。

 

「・・・どれほどのリスクがあるのか、わかっているのか?下手をすれば、ワシと貴様、両方、一族に殺されていたはずだ。」

 

それにイドラは息をのむ。いや、何にも考えてなかったので。というか、この状況自体が予想外すぎて泣きたいのですが。

が、それでも返答はしなくていけない。そのため、素直な言葉を口にした。

 

「・・・・私はともかく、扉間様については処分はされることは無いと確信していました。あなたは、必要とされている方です。それに、もしも、私が処断されたときは、うちはの中で揺らぎが起こります。それで、現状に不安を持ってくれれば戦いを放棄する可能性もあります。」

「死ぬことにためらいはないのか?」

 

それにイドラは苦笑した、素直に、自然にそれが零れ出た。

 

「私は救われなくていいのです。私は、いつかに子どもたちが報われるのなら、それこそが私の死への報酬です。」

 

それは素直な、イドラという女の言葉だった。

自分たちで全てが救われるなんてあり得ない。そう願うには、あまりにも自分たちは業を背負いすぎているから。

 

「背負った業だけは私が地獄まで背負っていきます。私は、誰のことも呪いたくないのです。」

 

それに扉間は驚いた顔をした。それは、なんて、愚かなまでの献身だろうか。己の救いをいらないと、それはあまりにも綺麗事で。

けれど、その女はあまりにも本心のようで。まるで、何のことも恨んでいないように笑うものだから。

 

その時、扉間は家の奥で何かが近づいてくることに気づく。それがマダラと柱間であることに気づいた。

 

「・・・・その話はもういい。ともかく、だ。ワシの悪名について。」

 

扉間はそう言って改めてイドラを見た。そこには、上着を脱ぎ捨て、汗だくで、息荒く、胸元がはだけて白い肌が晒された女が床に座り込んでいた。

扉間は己の姿を思い出す。暴れたせいで着衣は乱れ、そうして、汗をかき、息も荒い。

扉間は素早くイドラの上着を掴み、彼女に着せようとした。

 

「早く着ろ!」

「え?え?なんですか?」

 

状況を理解しておらず、驚いて、距離を取ろうとする彼女を扉間はなんとか引き留めようと腰に手を回した。

が、全てが遅い。

 

「扉間、やけに遅いがどうか・・・・」

 

デリカシーなんて言葉が存在しない柱間は何のためらいもなしに部屋のふすまを開けた。その隣には、マダラもいる。

 

さて、二人の目の前の広がっている光景とは何なのか。

汗だくで、息も荒く、女は上着を脱いで着衣も乱れている。そのおまけで、男の方はまるで迫るように女の腰に手を回していた。

端から見れば、おっぱじめる寸前だった。

マダラは固まり、柱間は弟の閨ごとを見てしまったと顔を赤くした。はわわと両手で口元を覆った。

弟の初めて見る情熱的な部分に胸がドキドキしていた。

 

「と、扉間、さすがにこんなに明るいうちに!マダラもおるのだぞ!」

 

扉間は屋敷に星でも降ってこないかと切実に願った。というか、兄のその口をいますぐに縫ってしまいたかった。

 

「ち、違う!」

 

扉間は思わずそういうが、そんなことなどわかるはずも無いマダラが扉間に飛びかかった。

 

「貴様あ!妹に、妹に、もう少し我慢できんかったのか!?」

「我慢もくそもないわ!」

 

マダラは扉間の胸ぐらを掴んでぐわんぐわんと揺する。それに扉間も抵抗する。

 

「何もしとらんとは言わせんぞ!?いや、もしや、すでに済ませて!?」

「どんだけワシのこと早いと思っとるんだ!」

「そうだぞ、マダラ、扉間はけっこう遅・・・・」

「あんたは黙れ!」

 

イドラは目の前で起こるそれに混乱した。話している内容はよくわからないが、ともかく、扉間を庇わなければと止めに入る。

 

「に、兄様、扉間様を離してください!」

「イドラ、こんな奴の事なんて構わなくて良いからな!?お前のことを、こんな乱雑に!」

「ええっと、乱雑なんて!扉間様は私のことを丁寧に扱ってくれますよ!?ほら、今だって、すっごく優しかったんですから!」

 

イドラはそう言いながら、うんうんと内心で頷いた。確かにはたから見れば乱暴だが、それはそうとしてイドラのやらかしを考えれば、扉間は自分に対して優しいと思うのだ。

それにマダラは雷に打たれたように思う。

 

(優しく?つまりは、あれか、丁寧に前戯をしようと?)

「やはり、おっぱじめようとしてたんじゃねえか!?」

「どこをどう聞けばそうなるんだ!?」

 

そこで今まで弟の情熱的な恋愛に心をときめかせていた柱間も止めに入った。

 

「待て待て、マダラ!だが、二人の仲が良好なのはいいことだろう?」

「柱間、でもな、こいつ、少し前に体に負担があったばかりなんだぞ?」

「それもそうだな。」

 

柱間はマダラとつかみ合いになっている弟の肩に手を置いた。

 

「扉間、お前も年頃だ。やりたい盛りなのもわかる。そうして、ようやく赦された解放感もあるだろう。」

ただ、ほどほどにな?

 

慈愛に満ちた柱間の眼に、扉間は殺意で人が殺せるのなら、自分はきっと兄を殺していたと後に振り返った。

 





これ、最終的に二人の子ども何人になるんだろう。


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据え膳食わぬは

今回、勘違いはありません。扉間さんは可哀想です。


卑猥様のせいで、四代目が飛雷神の術を、これだけは使いたくなかったんだがって言って使った瞬間に、他の忍がそれは二代目の卑猥な術とか言ってるシーンが頭から離れないんですがどうしてくれます?


扉間さん、さすがに三大欲求はありますよね?


 

千手扉間は死んだ眼で寝室に向かっていた。

その日、イドラを襲っていたという容疑についてまったくと言っていいほど弁解が出来なかった。

というよりも、完全に自分への疑惑が固まってしまった。事実、先ほどまで兄である千手柱間と、義兄になってしまううちはマダラに延々と絡み酒をされながら説教染みたそれを聞かされた後なのだ。

 

「いいかあ!扉間!今回は、ただ一時的な花嫁修業みてえなもんだ。今回みてえなことは御法度だからな!?」

「何もしとらんわ!」

「まあまあ、まだらあ、扉間とてあんな場面を見られたのならば、恥ずかしかろうぞ。」

「わかってるがなあ。でもなあ、これから婚儀もあるんだぞ?膨れた腹じゃあできねえだろう?母様の嫁入り衣装も綺麗に、してなあ。」

「そうかあ、マダラの妹ぞ、綺麗だろうなあ。」

「・・・・ああ、あんなに、小さかったのになあ。」

 

護衛としてやってきたうちはの人間は別の部屋で食事をしていた。そのため、その場には柱間とマダラ、そうして扉間だけだ。二人は肩を組んでベロベロに酔っ払っていた。

その間、マダラは扉間への昼間の文句ばかりを並べ、それを柱間がなだめていた。

扉間はそんな説教なんて聞き流してやった。まあ、何もしてないのだから当たり前なのだが。

扉間は二人がくだを巻きながら話をするのを眺めていた。

それは、本来ならばあり得ない光景だった。けして、けして、考えられないような光景で。

それでも、内心で扉間はそれを悪いものではないとも感じていた。

 

 

その日、結局酒に酔って爆睡した二人を布団に放り込み、扉間も寝ることにした。イドラは千手の空気を知りたいと、一族の者に混じって台所に立つと言ったために飲みには不在だった。

マダラが反対するかと思いきや、彼はそれを気にしなかった。

曰く、イドラの決めたことだからと言うことらしい。

扉間が屋敷に手伝いに来ていた一族の女に聞いたが、よくよく彼女は働いているらしい。

台所を預かっていた女達もどんな姫君が来るのかと緊張していたが、イドラはくるくるとよく働いた。

多少、うちはと千手での料理の味付けなどの違いはあっても十分な戦力になったらしい。

 

「・・・扉間様、いいたかないですが、あの子への責任はちゃんと取ってくださいね?」

 

取るような責任など存在しないのだが、女はそう言って扉間に頭を下げた。それに扉間の眉間に皺が寄る。

頭ではわかっている。現状の維持こそがもっとも消耗が少なく、里を作ることが出来るのだと。

が、納得いかねえ、その一言に尽きる。

この、超が付くリアリストである扉間、今の状態がどれほど好条件かは理解している。だが、悲しいかな、その汚名を背負うのは感情が赦していなかった。

非道であると、非情であると、そう言われるのはいい。己自身でそれを選択したのだから。

だが、これは違うだろう。確実に違う。

 

(・・・確かに現状を維持するのが一番ではある。だが、そうであるとしてもあの女の本心がわからん。)

 

それが扉間にとっては何よりも気がかりだった。

うちはの人間が何かを企んでいる。そう考えるにしても、扉間が探る限り、なにも出てこない。というよりも、イドラを嫁がせることに関して一族内で揉めたという話もある。

 

どんなに巧妙に隠したとしても企みというのは尻尾がどこかに出るものだ。けれど、現在、そんな尻尾さえも見つかっていない。

 

ならばイドラだけで何かを企んでいるのか?

そうであるとしても、いったいなにが目的なのか。

 

(わからん。なら、あの女を側に置いて動向を監視するのが手か。)

 

だが、それで悪名を背負うことだけは納得が出来なかった。女の手のひらの上で踊らされている感が否めないのが本当に納得できなかった。

 

(ともかく、さっさと今日は寝るか。)

 

扉間がそう思いながら部屋に入った。行灯の光に照らされた部屋の中には、布団が二組敷かれていた。

それに扉間の眉間に皺が寄る。それに扉間は思い出す。柱間が寝室を一緒にしておくという話を。

思わず額に手を当てると、障子が開けられた。

 

「あ・・・」

 

後ろを振り向けば、薄い寝間着に着替え、うっすらと赤みを帯びた肌をしたイドラがいた。

イドラは思わずというように障子に半身を隠した。

 

「あ、あの、他の方に今日はここで寝るようにと、言われて。」

 

それに扉間はイドラに他の部屋に行くようにと指示を出そうとした。けれど、ぴたりと動きを止めた。

今まで、散々に酷い目に遭い続けた扉間もなんとなく察していた。このままイドラを追い出せば、さらにとんでもねえ目に遭うだろう。

酷い話なのだが、なんとなく扉間は全てを察した。

 

「と、扉間様、私、他の部屋に・・・」

「構わん。」

「え?」

「ここでワシが貴様のことを追い出せばまた五月蠅くされる、どうせ寝るだけだ。ここにいろ。」

 

扉間はそう言って、さっさと床につき眠ってしまおうとした。

 

「あ、あの!」

 

それに後ろを振り向けば、そこにはイドラがおり、彼女は今までの怯えた様子など忘れて扉間を見上げて潤んだ瞳で花のように微笑んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

何をそんなに嬉しがるんだ?自分が拒絶しなかったことがそんなにも嬉しいのか?

見目麗しいイドラの潤んだ瞳は、大抵の男をぐらつかせるには十分だった。いいや、体の線がはっきり出る衣装に、湯に入ったために淡く赤らんだ頬だとか、結構な人間がぐらりときそうな状態だった。

扉間はそっと彼女から目をそらして、そのまま布団に入った。もう、全てを忘れたかった。

イドラからすれば自分のしたとんでもねえことに怒りを見せず、今回も兄であるマダラに酷いことをされてなお、受け入れてくれた扉間に感謝の念しか無かった。

 

(なんとか、扉間様の信頼を得て、ゼツの話が出来るぐらいの関係にならないと。)

 

イドラはそんなことを考えながら行灯の灯を消し、小さく扉間にお休みなさいと言って布団にもぐりこんだ。

扉間はそのままイドラに背を向けていたが、すぐに寝息が聞こえてきた。それに扉間が後ろを振り向くと、それはそれは健やかに寝入っているイドラがいた。

 

(この馬鹿、たたき起こしてやろうか?)

 

自分の現状と、その女の安らかな寝息に扉間は殺意さえ込めて、その寝顔を見た。

扉間は自分を追い込んでいる女を眺めた。

美しい女である。それは、扉間も客観的な事実としても同意できる。けれど、なんだろうか、この間抜け顔。何か企みごとをしているなんて考えられないような寝顔だ。

が、扉間はため息を吐いて、天井を見た。

この女に下手に手を出すとろくな目に遭わない。今はとにかく、この女を観察し、本心がどこにあるのか理解することだ。

扉間はともかくさっさと寝ることにした。

その時だ、くしゅんと小さなくしゃみの音がした。それに扉間はイドラがくしゃみをしたことを理解した。それを無視して、扉間はまぶたを閉じる。

 

「さむい・・・・」

 

寝ぼけているのか、イドラがそんなことを呟きながら、扉間の布団に入り込んでくるまでは。

 

「は?」

 

扉間は何が起こっているのか理解できず、固まった。その間に、イドラは扉間の布団に入り込み、その胸に潜り込んだ。

色仕掛けか?

そんな疑問が出てくるが、イドラはそのままもぞもぞと居心地のいい場所を見つけた後、すやすやと寝息を立て始めた。

 

は?待てこの女、このまま寝る気なのか?

 

扉間は固まった。

イドラからすると、まったく悪意も無ければ、企みなんてものはない。

彼女はうちはの里では一人で眠っていた。千手の里はうちはよりも寒く、彼女は純粋に暖を求めていた。

普通ならば、隣に布団など無い状態で、ちょうど存在していた扉間を彼女は兄であるマダラだと勘違いした。寝ぼけ、夢見心地である彼女は幼い頃の記憶のまま兄の布団に潜り込んだつもりに過ぎない。

 

どうする?

 

扉間はその女の行動に固まった。全てが意味がわからない。まだ婚姻もしていない男の布団に潜り込み、すやすやと眠るこの馬鹿女は何がしたいんだ?

 

扉間の丁度、横っ腹だろうか。柔っこくて、そうして、温かな何かが押しつけられていた。それが何かわからないほどうぶでは無い。

イドラは普段、サラシを巻いているが、寝るためにそんなものは解いてしまっている。彼女が纏っているのなんて薄めの寝間着だけだ。

もう、殆ど、そのものが扉間の横っ腹に押しつけられている。というか、暖を求めているイドラは足を扉間の足に絡めてきていた。

すべすべとした肌が己に絡みつく感覚を直に感じて、扉間は目を見開いた。

イドラを見ても、彼女はすやすやと安らかに寝ている。

 

もう、殺意が湧いた。

 

これが色仕掛けなどならば意識を切り替えられるのだが、完全に爆睡している女の思想がわからずにもう、色々思考がバグり始める。

風呂に入ったせいなのか、甘い匂いがする。温かくて、柔らかな体を押しつけられて、扉間はなんかどうでもよくなりそうだった。

 

扉間はリアリストだ。けれど、三大欲求が死んでるわけでは無い。人並みかはわからなくとも、ある程度の欲はある。彼はただ、それを抑制することに長けていただけだ。

事実、昼間の柱間の発言は、そう言った店で女達からの評判を聞いたが故のものだ。

 

(この馬鹿、悪名を本当にしてやろうか?)

 

殺気混じりに、もう、腹が立つと言うことを越えて、そんなことさえ考える。ここまで無防備な態度をされて安穏と寝ている女に本当に腹が立っていた。

この悪名を広げるのが本望なら、実行してもいいんじゃないのか?

状態は据え膳と言っていいのだから。

あー、この馬鹿。もう、手を出してもいいんじゃないのか?誰も彼もからそう思われてるのなら、今更という話だ。

というか、この女、自分が何してるのかわかってるだろうか?

こんな美しい女が自分の布団に潜り込んできてるのなら、もう、それだけで合意だろう?

やわっこくて、温かな感触にそんなことを考えるが、扉間はどこまでも理性的だった。

 

(・・・寝るか。)

 

振りほどくことも考えたが、また誤解に誤解を産み、とんでもねえ目に遭うのが嫌で、扉間は腹をくくってそのまままぶたを閉じた。

 

 

もちろん、一睡も出来なかったのだが。

朝、快眠で早めに起きた女にドスの利いた声で離れろと言えば、まるで驚いた猫のように跳びはねて、布団から這いだした。

 

「あ、あの、その・・・・」

 

驚きすぎてきわどい部分まではだけた衣服を、扉間は最後の気力を振り絞って直すと、寝ていないせいで冴えた視線で見た。

 

「・・・朝の支度に行くのだろうが。」

「は、はい!朝ご飯出来たら、起こしに来ますので!それまで、お休みください!」

 

イドラは半泣きでそう言って己の分の布団を素早く畳み、部屋を飛び出した。

扉間はそれにふらふらと己の眠っていた布団に潜り込んだ。

ようやく、寝れる。そう思ったが、布団には見事にイドラの甘い匂いが残っていた。それに、目が冴えてきた。

 

(何しとるんだ、ワシは。)

 

扉間は少し、泣きたくなった。

 



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水浸しの朝

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


扉間さんとイドラの話が大河みたいに木の葉で流行るとしたら、構成作家さんごとにありとあらゆる解釈の扉間さんが生まれるということ?

純愛の扉間さんとか、政治家な面を押した扉間さんとか、実はこうだったんじゃないかという歪曲型な扉間さん、すごいみたいですね。柱間様とかマダラの解釈もあるのかな。


 

(どうしよおおおお!!)

 

うちはイドラは必死にかまどに息を送りながら内心でめしょめしょに泣いていた。火の術を使ううちはの人間が一番に得意なのは米炊きだと思っている。

幼い頃から火遁の術を使ううちはの人間は、良いことではないだろうが火遊びをよくする。小さな火をおこして、おやつに貰った干し芋をあぶったり、庭先の木の葉を焼いたりなんてあるあるだろう。

・・・・里に落ちている猫の糞が焦げているのなんてご愛敬だろう。

そのせいか、火加減や火の番は得意だ。イドラは釜戸の火を調整しながら頭を抱えていた。

起きたときは、それはそれは爽やかだった。

もう、ぬっくぬくで、すやすやと寝入ったイドラはまさしく快眠であった。けれど、眼を覚まして、気づいたのは何やら温かなものにくっついている現状。

そうして、己の頭上から降り注ぐ凍り付くような視線。

わかった、自分自身で何をしたのか、暖を求めてとんでもねえことをしたと理解してイドラは慌てて布団から飛び起きた。

 

(ものすごい隈ができてたなあ。全然寝れてないんだろうなあ。)

 

当たり前だ、あの警戒心も強いであろう卑劣様だ。おそらく、多方面に過敏な彼は自分にひっつかれてなかなか寝付けなかったのだろう。

イドラは非常に申し訳なく思っていた。

それでも彼は自分を布団から追い出すこともなく、暖を取らせてくれたのだ。

 

(優しい人だ。)

 

それ故に、イドラはぎりぎりと罪悪感がせり上がってくる。

 

「・・・・・あの、おひいさん。」

「あ、はい!」

 

イドラは声をかけられて立ち上がった。そこにいたのは、千手柱間と扉間の暮らしている屋敷の廚番である女だった。

なんでも、戦で夫を亡くしたが忍として才がなく、それを大変に思った扉間が雇ったらしい。

彼女には少しだけ壁を感じたが、うちはと千手の関係を考えれば当たり前だ。

雑用でも仕事を振ってくれるだけでありがたい。

元より、うちはの人間の数が少ない。そのため、イドラは頭領の妹、おひいさんなんて呼ばれても当たり前のように家事も出来る。

 

「米はもう大丈夫ですかね?」

「はい、後は蒸すだけで大丈夫です!」

「なら、後は私たちがしておくので、うちはの頭領と、あと、うちはの人間を起こしてきて欲しいんですが。」

 

それにイドラは頷いた。

兄であるうちはマダラはイドラにはひどく優しい。ただ、千手の人間からすれば悪魔のように感じるだろう。

うちはの人間も、警戒心が高いために愛想がない。彼女らからすれば近寄りがたいだろう。

 

「扉間様も起こしてきてください。」

 

それにイドラは慌てて廚番に頼み込んだ。

 

「あ、あの!扉間様の朝食はお部屋に直接運ぶかもしれないのですが。」

「え、どうしてですか?」

「扉間様、昨日、私がずっと離さなかったせいで、ろくに眠られていないようで。起きられなかったら、兄様と柱間様には私が説明しますので。」

 

それに廚番の人間達は目を見開き、思わず漏らしそうになった声をなんとかかみ殺した。

ちらりと見た、その女。

女にしては背は高い方だが、元より体格の良い扉間や柱間に比べれば圧倒的に華奢だ。

そんなイドラは肌つやもよく、どう見ても体力は万全だ。

イドラは己の発言に欠片だって他意は無かった。というよりも、イドラにとって、扉間へのイメージは夢の中で見た卑劣様のイメージが先行している。

そのために、イドラは素直に、酷い話だが扉間には性欲など殆ど無いのだろうなあと思い込んでいた。

そのために、イドラは自分の貞操の危機があったなどとつゆほども考えていなかった。ただ、神経質な人だから他人の体温が気になって眠れなかったのだろうとしか思っていなかった。

そのために、他の人間も同じだろうと思い込んでいた。

ところがどっこい、命のやりとりをする戦場に繰り出す男にそういった欲がないなどということなどない。

抑制をして、時と場合を考えられるだけでやることはやっているのだ。

 

(え、待って、まさかのそっちが主導なの?)

(扉間様、そういう趣味だったの!?あ、だから、あんなに女っ気なかったのか。)

(確かに、あの人の性格で女主導がいいのは・・・)

(いや、それよりもこのおひいさんのほうが積極的だから、とか?)

(でも、扉間様の性格からして、それを赦す?)

「無駄口!」

 

イドラの発言に固まっていた廚番を束ねている女は聞こえてきた会話にそう言った。それに女達は慌てて口を閉じた。

 

「わ、わかりました。」

「はい、お願いします。」

 

イドラは深々と頭を下げて、その場から出て行った。その後、にわかに女達はかしましく騒ぎ始める。

 

「え、待って!本当!?」

「・・・・でも、嘘かもしれないわよ?」

 

一人の女の発言に皆、ふむと互いの顔を見合わせた。

女達はイドラと扉間のそれぞれに関しては確かに聞いている。けれど、今までなんだかんだで扉間の周りの世話をしていた女達からすれば懐疑的だった。

扉間は本当に嘘をついていたのか?

扉間という男がどれほど仕事人間なのか、皆が皆知るところだ。一度、彼と関係を持ちたかった女が閨に忍び込んだときなど、切れた扉間が水遁で押し流したのは語られるところだ。

そんな彼が、うちはの女に現を抜かすか?

もちろん、信じている者と信じていない者では分かれている。ただ、皆、おひいさんなんて呼ばれているが、女の手は働く者の手であった。

そうして、毒などを警戒して監視も行ったが、特に気になるようなこともない。千手の料理の味付けなどを必死に覚えようとしていたぐらいだ。

 

「ほら、無駄口叩かない!」

「でも、どう思います?」

 

そんなことを聞かれた廚番の束ね役は肩をすくめた。

 

「さあね。でも、あのおひいさんが嫁いでくるのは決まってるでしょう。それに。」

 

廚番は女のことを思い出す。それが、何かを企んでいるとはとんと思えなかったのだ。

 

 

 

イドラは途中の井戸で水を汲み、そうして、手ぬぐいを抱えて廊下を歩いていた。

ひとまず、兄と柱間、そうして護衛に付いてきたうちはの人間を起こし、朝食の準備が出来たことを伝えた。

そうして、できるだけ寝て貰うために最後に回した扉間の部屋に向かっていた。おそらく、眠いだろうからと、顔を洗うための水を持参した。

 

「扉間様?」

 

恐る恐る声をかけて障子を開けるとそこには隈の目立つ据わった瞳をした扉間だった。イドラはそれにびびりながら声をかけた。扉間は布団の上であぐらをかいていた。

 

「・・・朝飯か?」

「は、はい。あの、ご飯、こちらに運びましょうか?」

「うちはの人間がいるんだ、そんなことはできん。」

「そうですか。なら、顔だけでも拭きますか?」

 

差し出されたそれに扉間は気が利くと頷いた。冷たい水で顔を洗えば、少しだけ頭がすっきりした。差し出された手ぬぐいで顔を拭いた。

マダラはひとまず、朝食の後にうちはの里に帰ることになっていた。これから里を作るための資金繰りについてや里の草案について持ち帰り、話をすることになっている。

 

(・・・ともかく、朝食だけ乗りきった後、仮眠を取るか。)

 

そのまま扉間はマダラと兄が待つ部屋に向かった。それを見送ったイドラはともかく布団だけは畳んでおくかと体を動かしたときだ。

 

がたん!

 

持っていた小さなタライをひっくり返し、布団の上に水をぶちまけてしまった。

 

(みゃあああああああああああああああ!?)

 

焦りすぎて意味のわからない声を上げながら、イドラは急いで布団と洗濯予定の寝間着を抱えて走り出した。

幸い、タライの水はそこまで量は無く、ほんのりと濡れるぐらいでしかない。

 

(どうしよ!?扉間様の布団がびしゃびしゃに!)

 

そこで厨の束ね役が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。それにイドラは彼女に飛びつくように駆け寄った。

 

「あ、あの!すみません!」

「どうしました?」

「あ、あの、これ・・・・」

 

イドラは己の犯した幼子のような失態が恥ずかしく、抱えた布団と、それと共に持ってきたために濡れてしまった寝間着を見せた。

束ね役は固まった。もう、見事に固まった。

その、びしょびしょの布団と寝間着に。

 

え、待って、これ完全にそれでは?事後のそれでは?

 

今まで見たことの無い扉間の失態というべきそれに頭をフル回転させた。

 

「す、すみません。これ、どうしましょうか?」

「あー、えっと、そうね!」

 

声がうわずった。何か、見てはいけないものを見てしまったかのような感覚だった。

 

「あの、私が後で処理しますから!ひとまず、どこに置いておけば?」

「そ、れなら屋敷の後ろに干しておけば、誰にも見つからないかと!」

「は、はい!わかりました!あの、出来れば、他の方には秘密に・・・・」

「そうですね、恥ずかしいですものね。」

 

イドラは慌てて言われた方向に走って行く。それを見ながら、束ね役はすごいものを見てしまった気分だった。

えー、なんですか。女になんて興味ありませんって顔して、やることやってるんじゃないの。なるほど、本命には積極的なタイプですか?

そんなことを考えたとき、廚での話を思い出した。

 

いいや、実際の所、あのたおやかそうな女が主導しているのだろうか?

が、それをあの扉間が受け入れている。

 

(思った以上に、どはまりしてるわね、扉間様。)

 

けれど、廚の女はにんまりと笑った。正直に言えば、非常に愉快だった。

かの男、泣かした女は数知れず、どれだけの女が扉間の冷たい態度に泣いたことか。

その男が一人の女にどはまりしている。その状態が、愉快で愉快でたまらない。

 

(忍の一族として危うい?)

 

なるほど、確かにそうだ。けれど、その女の様子はどうも、嘘など無いようで。何よりも、自分よりも遙かに頭の良い扉間がそこまで嵌まっているのだから、自分にはどうしようもない気がする。

けれど、散々に台所でこき使ったお姫様はどこまでも自分に対して真摯に振る舞おうとしていた。

それならば、少しぐらいは様子見しておく方が良いだろう。

 

事実などこれっぽっちも存在しない。どこまでも、真実しか話していないために扉間はとんでもない性癖が密かに広がっていることなど知らずに、むぐむぐと食事をしていた。

 

(なあ。)

(ああ・・・・)

 

眠さのあまりぼんやりとしている扉間の世話をせっせとイドラがしていた。それを、千手柱間とうちはマダラは興味津々で見ていた。

明らかに寝不足らしい扉間と、元気なイドラ。それを見ていたマダラと柱間は察した。

 

((扉間、お前/お主、昨日そんなに我慢したのか。))

 

二人は、もう、それはそれはなっま暖かい目で扉間を見た。

柱間もマダラも、男だ。そういった欲に対してある程度は理解している。同じ部屋で寝たのは知っていたが、そんなに寝られなくなるほど我慢をしたのか。

柱間は扉間の健気さに目をうるうるさせた。マダラもまた、自分の言いつけを守ってそんなにも我慢したらしい扉間への態度を少し軟化させようかと思う。

我慢していたのは事実なのだが、そこに愛はない。どこまでも扉間の意地だけが鎮座しているのだ。

 

「扉間様、食欲が無いのなら、お汁だけ飲まれますか?」

「・・・ああ、頼む。」

 

同じ屋敷内で、百八十度違う疑惑が浮かび上がっていることなど知らない扉間は眠気と戦いながら朝を過ごした。

 

 

 

扉間は慌てて起き上がった。

朝にマダラを見送り、何かあれば飛んでくるからと言うマダラをなだめる柱間とイドラを見た。

てっきり、自分に突っかかってくるかと思ったが、彼は扉間にはさほど構わず帰った。それはただ単に昨夜必死に我慢した扉間への武士の情けならぬ忍の情けをかけたにすぎないのだが。

 

その後、ともかく、物音などで熟睡はしないだろうと庭に面した部屋で仮眠を取ることにした。けれど、思った以上に寝てしまったのか、太陽が高くなっていることに気づいた。

 

(まとめる案件があったというのに。)

 

己を情けなくなりながら、軽く頭を振った。それに、小さな歌が聞こえてきた。どうやら、その歌で眼を覚ましたらしいと気づき、庭を見た。

そこには、掃き掃除をしているらしいイドラがいた。

 

(・・・千手の子守歌か?うん、違うな。曲は同じだが、歌詞が、違うな。)

 

扉間は庭に面した廊下に出て、適当な柱に体を預けた。イドラは扉間の存在に気づいていない。

千手の子守歌は、誰かのことを探す歌だ。ずっと、ずっと、追いかけて、あなたがいないという内容だ。

逆にイドラのそれは、弱い誰かを守りたいと歌っている。

弱くて、愛しいお前。お前のことを守ってやろう。どんなことからも、守ってやろう。そのためになら誰よりも強くあろうじゃないか。

そんな歌だ。

 

曲は同じなのに、歌詞が違うそれを疑問に思いながら、扉間は諸諸たくさんの疲労感でそれをぼんやりと眺めていた。

 

「え、あ、扉間様!」

 

ようやく扉間に気づいたらしいイドラはわたわたと慌てる。その様子を見つめて、扉間はため息を吐いた。

いいや、見てみろ、この間抜け面。もう、素朴な仕事大好きって顔だ。これに自分が、人生で一番の脅威に追い込まれてるのだ。

その顔をはっきりと起きた頭で見つめていると、昨夜の柔っこくて温かな感触がまざまざと思い出された。

 

がん!!

 

「うえ!?と、扉間様!?」

「気にするな、戒めだ。」

「は、はあ。」

 

扉間はともかく、イドラに関しては保留にしておくことにした。ともかく、急ぎの仕事を片付けようと、イドラに背を向けた。

 

「あ、あの!」

「なんだ?」

 

イドラは廊下まで上がり、扉間を見た。

イドラは心臓をバクバクさせながら扉間を見た。今日はもう、失態だらけで顔から火がでそうなほどだ。けれど、イドラも必死だった。

 

里の創立の上で、自分たちの結婚は必須だ。けれど、結婚相手の扉間からの印象はどんぞこだろう。だが、彼だっておそらく自分との政略結婚は決してダメなものばかりではないはずだ。

ならば、ならば、せめてこれだけはお願いをしておかねば。

どれだけでも耐え忍ぶ気だ。少しでも信用して貰えれば、せめてゼツのことだけは話したい。

 

「あ、あの。わ、私のこと、とんでもない奴だと、思われてると思います。でも、で、出来れば、表面的でも夫婦らしく振る舞っていただけないでしょうか?」

 

扉間は思わず辺りを見回した。幸いなことに辺りに人はいない。また誰かに聞かれて、とんでもねえ勘違いが広がるのを警戒してのことだ。

安心して欲しい、すでにとんでもねえ勘違いは広がっている。

扉間はじっとイドラを見た。

今度は何を考えている?

一貫して、この女が自分との婚姻を望んでいるのは事実なのだろう。だが、何故自分なのか?

扉間は自分にこの悪名を被せておいて何を言っているんだと、嘲笑混じりに女を見た。

 

「夫婦、らしくな。それで、お前はワシのことが好きだそうだが。いったい、何に惚れたのか、ここで言えるのか?」

 

なぶるようにそう言えば、イドラはあからさまに焦っているのか、視線をうろうろさせた。

それを扉間は眺めた。

それが女の本性なのか、はたまた違うのか。

 

「だいたい、夫婦らしいとはどんなことだ?是非とも教えてほしいものだな。」

 

すでに夫婦らしいなんてもの高らかに飛び越えた誤解をされている自分に何を望むのか。

そんな扉間の思考など知るよしも無いイドラは必死に、頭を働かせた。

残念ながら、イドラには扉間がどんな人間かなんて知るよしも無い。あの夢で知り得たことについてはあまり話せない。

イドラは必死に、好ましく思えそうな部分を上げていく。

 

「え、えっと。優秀な方ですし。」

「・・・そうだな、お前の同胞にもそうそう負けんかったさ。」

 

がん!

 

「いつだって、冷静で。」

「冷血漢などとも言われるが。」

 

がん!

 

「家族思いで!」

「確かに、貴様よりも兄者のほうが大事だ。」

 

がん!

 

「お、男前で。」

「誰にでも言えるな。」

 

がん!

 

何かを言うたびにイドラは頭の上に重しが振ってくるような感覚がした。冷たい、ひたすらに冷たい。

正論と必要なことしかしない彼にしては皮肉に塗れたそれに、イドラは泣きたくなった。

まあ、そんな態度をされても仕方が無いことをしたのだが。

 

ちらりと見た男は自分のことを冷たい目で見下ろしていた。絶対零度の、その瞳。自分の事なんて、欠片だって思っていない目。

けれど、その瞳に傷つくことは無かった。その目に、イドラは、ひどく、安心してしまった。

イドラは無意識のうちに、口を開いた。

そうだ、彼を好きになる理由は、あるにはある。うちはで生まれ、育った彼女は、誰にも言えない、理想の結婚相手の条件があった。

 

イドラは笑った。扉間はそれに何か、驚いた。今までの怯えて、おどおどしていた態度なんて忘れて、まるで花のようにイドラは微笑んだのだ。

 

「あなたは、私が死んでもきっと、泣かずに前を向いていかれるだろうから。」

だから、好きになりました。

 

その言葉に、その、予想だにしないそれに思わず固まってしまった。

何を笑う、何を、そんなことを言って笑うのだ?

それさえも、この女の企みごとの一つなのか?これは、嘘なのか?

 

ただ、ただ、笑いながら言うことでは無いはずだ。黙り込んだ扉間に、イドラは呆れられただろうかとしょげながら、夫婦らしいそれについて考えた。

そこで、ああと、思いつく。

 

「扉間様!」

「あ、ああ。」

 

驚きで固まっていた中で呼ばれたそれにイドラを見ると、彼女は扉間に背伸びをして近づいた。

ほっぺたに、柔らかくて、温かな感触があった。

 

は?

 

何をされたのか、理解できなかった。いや、わかった。

え、お前、夫婦らしい仕草がほっぺたへのチューなの?

かきんと固まった扉間に、イドラは、子どもっぽかっただろうかと恥ずかしくなった。

 

「こ、こんな感じで頑張りますので!えっと、なので!」

 

ぴょんと、イドラは庭に下り、使っていた箒を持って恥ずかしさを隠すためにか、ぶんぶんと手を振った。

 

「あ、あの!お仕事頑張ってください!」

 

扉間は茫然とその背を見送った後、凭れていた柱にごんと頭をぶつけながら、その場にずるずると屈み込んだ。

そうして、顔を手で覆った。

 

わからない、わからないが、こう、胸にこう、ぎゅんと来た。

それが疑いなのか、呆れなのか、怒りなのか、もう、わからない。ただ、こう、胸にギュンと来た。

 

(わからん!)

 

もう、女の本性と目的が何かわからない。なんなのだ、あの生き物は何が計算だ?自分をどうしたいのだ?

ただ、何か、胸に来たその感触の正体がわからずに、扉間はそこに蹲っていた。

 



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諦めと波乱

今回は少し薄めです。
感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


 

「あ、あの、扉間様?」

 

それに千手扉間は、ちらりと声の方を見た。そこには、障子の向こうから自分のことを伺う存在を認識する。

 

「なんだ?」

「あの、柱間様がお菓子を貰ったからと言われて。扉間様に持っていくようにと。」

 

それに扉間は押し黙る。けれど、軽くああと声を上げた。それに障子を開けて、黒い髪の女が入ってくる。

扉間の目の前には文机があり、そこには処理すべき仕事が積み重なっている。そろそろとやってきた女は机の上に、湯飲みとまんじゅうの置かれた皿を置いた。

 

「どうぞ。」

 

その容姿だけならば可憐な女、うちはイドラは控えめにはにかんだ。その女をどうしたものかと、扉間は頭を抱えたくなった。

 

 

イドラが千手の屋敷にやってきて折り返し地点を過ぎた。

その間、彼女は千手扉間と千手柱間、そうして、彼女に千手の決まり事を教えている女衆以外との関わりは無い。

それでも、いつの間にやら女衆はイドラのことをすぐに気に入った。忍の一族としてどうなのだと思う。

けれど、と。扉間は自分を不思議そうに見る女を見た。その無防備さを見るがいい。戦場で生き残ったのが不思議なほどだ。

扉間は疲れた感覚で、女のほっぺたを掴んだ。

すべすべとした肌のほっぺたはさわり心地が良い。片手で顔を掴み、むにむにとほっぺたを触る。

イドラは不思議そうな顔をしていたが、されるがままにされている。それを見ながら、扉間は更に不思議な気分になる。

この生き物は今までいったいどうやって生きてきたのだろうか。こんなに不躾に触られても抵抗の一つもしないのだ。

扉間はそのほっぺたに噛みついてやろうかと一瞬考えた。

もちろん、そんなことはしない。ただ。扉間としてもこの女に何かしらの報復をしたいと思っていた。

 

いや、一族内での評判が本当に悪い。

敵の一族の姫、しかもかの有名なうちはマダラの妹でありうちはイズナの姉である女を、孕ました扉間は千手の女からは冷たい視線を向けられ、男からは英雄視されていた。

情けない、女からの視線も辛いが、男連中から、どうやって落としたんですか、なんて質問をされてみろ。

扉間は本気で死にたくなった。

止めろ、なんだ、そのモテテク教えてくださいってか?

女なんて口説く暇なんてありもしないというのに。

以前は恐ろしいと距離を取っていた連中からもやたらと絡まれるようになってぐったりする。柱間は、到頭、皆に扉間の魅力がとかクソみたいなことを言って嬉しそうだ。

 

(この世は、クソだ。)

 

昔から思っていたが、今までとは違う種類のこの世への怨嗟を感じながら扉間は女のほっぺたをむいむいと揉んだ。

 

「・・・・はあ。」

 

そんなことを繰り返すと、さすがにと思い立ち扉間はイドラから手を離した。イドラは心底不思議そうな顔をしたが特に何も聞かなかった。

こういう所は素直にいいなあと思う。

千手の人間はこういったとき、どうかしたのかと聞いてくる。柱間など、何かあったのかを周りをぐるぐるしながら聞いてくるだろう。

イドラはこういったとき、側にいることはあっても忙しなく聞いてくることはない。

 

「ところで、だ。」

「はい、何でしょうか?」

「これを見ろ。」

 

扉間が出したのは、これから作られる里の配置図だ。今のところ、千手と、そうして里の政の中心になるような主要施設、そうして。

 

「うちはの居住地はどこがいい?」

「・・・・そうですね。兄様とイズナの意見を聞くのが一番ですが。うちはの忍術を考えて水場が必須です。そうして、血継限界があるため、ある程度閉じた場所の方がいいので。」

 

イドラはそう言ってとんとんと、里にとっては端に当たる、森を背にした場所を指す。

 

「だが。」

「ええ、今回、他氏族との共存が必要になります。なので、里の中でもあまり閉鎖的になるのは、と考えています。なので、やはり、そこら辺は兄様達と相談した方がいいかと。」

 

それに扉間はじっと女の顔を見た。

頭が悪いわけでは無い。こう、何か、頭のどっかのネジが飛んでぽやついているだけで。

 

「・・・女衆はよくしてくれているか?」

 

何気ないそれに、イドラは驚いた顔をした後に、ぱああああと顔を輝かせた。

 

「はい!皆さん、よくしてくださっています。」

 

イドラとしては今まで、のれんに腕倒し。

話しかけても躱され、寝るときは隣り合った布団を引き離され。ただ、寒さを気にしてか湯たんぽを貸してくれたのはありがたい。

 

(・・・・ほっぺたにチューしたの、そんなにやだったんでしょうか。)

 

いや、あんな汚名を着せた女に好感度なんて存在しないのもわかっているが。

イドラは内心でめしょめしょ泣いた。

嬉しいことに今のところ、千手の人たちはイドラに対して優しいが、一番に優しくして欲しい人はけんもほろろである。

 

そんな内心をなんとなく察しながら、扉間は女衆の束ね役から聞いた話を思い出していた。

 

 

それは家の掃除の合間の休憩中のことだった。イドラは人の湯飲みを用意したりとしていた。

そんな彼女を女衆はよくよく可愛がった。何よりも、哀れだった。

どれだけ、焦がれた相手と結婚するとしても、元々は敵同士の家に嫁ぐのだ。おまけに、一度、子が流れている。

そんな女の状態を哀れまないと言われれば嘘になってしまう。何よりも、イドラはよく笑い、家事も慣れた様子でこなして見せた。

そうして、彼の冷血漢と名高い扉間をたらし込んだというのだ。それだけで、女達にとって楽しい話のタネになる。

が、それを面白くないと思うものはやはりいた。

 

「・・・・いい気なもんね。」

 

声高に言ったそれに、姦しかった会話が静まりかえる。そう言った女はうちはとの戦いで父親を亡くしていたはずだ。

束ね役は人数のために、急遽それを呼んだことを後悔した。確かに、うちはへの複雑な感情はある。けれど、今がどんな時代であるかも理解している。何よりも、ようやく、戦も落ち着き、子どもを戦場に出さなくなることの方が大事だ。

 

「ちょっと!」

「何よ、事実でしょ。扉間様のこと、どうやってたらし込んだのか。ああ、柱間様まで仲が良いようね。夜も仲がいいことで!」

 

皮肉交じりのそれに周りの人間が止めにかかる。その間、イドラは静かにじっと相手を見ていた。

 

「あんたたちだって納得してるの!?この女はうちはなのよ!それが扉間様の嫁になるなんて!あんただって、自分の身内の敵と通じるなんてどんな神経してるの!?」

 

激高した女のそれに、イドラはそっと顔を伏せた。それは、女の暴言に傷ついているように見えた。

とっころがどっこい、そんなことはない。

イドラは心の内で扉間に対して土下座していた。

 

(あー!なんか誤解されて、夜に何かしてると思われてる!扉間様に知られたら、今度こそ飛雷神の術でどこかに捨てられるのでは?)

 

別段、女のことは怖くない。そんなことより、戦場で柱間の木遁に追いかけられたときの方が怖かった。

 

「何か言ったらどうなの?」

 

黙り込み、恒例になってきた扉間への心の内での土下座を終らせて、イドラは女の方を見た。ともかく、この場を収めなくてはと思いはしたが、女の方を見てイドラは黙り込んでしまった。

そんな目をした、女をよく見た。

うちはで、何かを無くして、泣きじゃくる女の目に似ていた。

 

「・・・・私は、臆病なんです。」

「何言ってるの?」

「何も思っていないというならば、嘘になるでしょう。ですが、私は、これから誰かを失うことの方が恐ろしい。」

 

じっと、その、夜のように黒い、静かな瞳が自分に向けられて女は怯えたように体を震わせた。

 

「不快であるのなら、申し訳ありません。ただ、私は怖いのです。怖くて、怖くて、たまらないんです。いつか、私の抱えた怒りを憎しみを、幼い子どもに背負わせて、誰かに押しつけることが、私は恐ろしいのです。」

 

 

扉間はその話を聞いた後、すぐに騒ぎを起こした女を二度と屋敷に入らせないように指示を出した。

じっと、女を見た。イドラは不思議そうに扉間を見ていた。

それは何を思ってそんなことを言ったのだろうか。

怒りと憎しみを、誰かに背負わせて、押しつけたくないという女。臆病だからと笑う女を見ていると、扉間はなんとなく思うのだ。

 

これは、誰かがいなくなることに泣いても、心底誰かを殺したいと思ったことはないんじゃないのかと。

 

それが、妙に重なるような気がして扉間は眉間に皺を寄せた。

 

現状として、もう、扉間も諦めた。

この女との婚姻については諦める他が無いのだ。宗家同士での婚姻は和平においての条件として丁度良かった。

柱間とイドラを結婚させるのも、扉間としては断固反対だ。自分以外に兄弟もいない。ならば、割り切って生活をして行くしかない。

 

(・・・・特別、かまわなくてもいいだろう。)

 

マダラの様子からして、自分に気を許しているのは、偏に妹の夫であり、彼が認められる程度に扉間が優秀だったからだ。

そうして、あの、扉間にとって不本意でしか無い純愛やら密通の話だ。これについても、これから扉間やイドラとの関係性である程度落ち着くだろう。

今は、それを否定するのは諦めた。イドラが心底惚れた男。これのおかげで、うちはからの態度が軟化している部分があるのも否定できない。

事実、時折やってくるうちはからの使者は扉間に対してだけ、少し肩の力を抜いて頭を下げた。

 

どうか、イドラ様をよろしくお願いします。

 

(イドラの夫という立場は、そう悪いものではない。)

 

ならばそれを利用しない手は無いだろう。

どれだけ、スケベ野郎だとか、好き者だとか、本命にはガツガツしてるだとか、とんでもない話があったとしても、今は耐え忍ぶ時だ。

そうだ、これからイドラに対して簡素な対応を続ければ所詮は政略結婚だと皆、納得するのだろう。

過剰な対応を取るからこそ、皆、面白がるのだろう。

 

(ああ、そうだ。この程度の悪名、この程度の、風評被害!)

 

怒りのあまり段々と目つきの鋭くなっていく扉間にイドラは考え事だろうかと頭をひねった。

 

そうだ、ならばこの女についてはひとまず置いておこう。少なくとも、イドラの言うとおり、女と婚姻関係を築くことは有用だ。どうせ、必要最低限の関係だけを築けば良い。

そうだ、所詮は振り程度でいいのだ。夫の義務を果す程度の理性もある。

そうだ、今まで通りの接し方を続ければ良い。女の企みを探るために近くにいる必要もある。

 

自分が過敏になりすぎていたのだ。扉間は心を落ち着かせて、湯飲みを啜った。

そこでふと、自分の隣でこちらをじっと見る間抜け面の女に気づく。その暢気そうな顔にイラッとして、扉間は女のほっぺたを引っ張った。

痛いですと嘆く女に扉間は心の内でざまあみろと思う。

己の風評被害のせいで遭っている苦しみを数割でも味わえと思う。

 

その時、頭の隅で女のままごとのような戯れのことを思い出した。

 

(・・・・あれは演技、いや、素なのか?)

 

くのいちといっても、それは実力なんてピンキリだろう。けれど、夫婦らしい仕草に対して、頬に口づけが出るのは、演技なのか?

それとも、素なのか?

 

(ワシは、その程度の知識しか無い女と婚姻するのか?)

 

その場合、閨のことだとか、諸諸を自分が一から教えなくていけないのだろうか?

 

(まあ、それはそれで、下手な疑いを持たなくていいのか。)

 

けして、よこしまな感情から来るものではなくての話だ。扉間はそれに、自分の頬に押しつけられた柔らかな感覚を思い出し、また、胸に、ギュンと来るものがあった。それを忘れるように、イドラの頬を一度、引っ張った。

 

 

 

 

「扉間、お前も隅に置けんなあ。」

「・・・・何の話だ、兄者。」

 

今日も今日とて、里を作る資金繰りについてうちはに相談の手紙を書いていた時、この頃やたらと肌つやの良い兄である千手柱間が訪ねてきた。

うちはへの返事を送るために、使者を待たせているため、扉間は苛立っていた。

悩みがないせいか、やたらと体調のよさそうな兄の頭を張り飛ばしたくなりながら、答えた。

 

「なんぞ、冷たいのお。イドラ殿にかんざしを贈ったのだろう?これから堂々と贈り物ができるのだ。よかったなあ。」

 

その言葉に扉間は固まった。

 

は?贈り物?誰からのものだ?

 

イドラの持ち物は、忍という立場上、千手に先に通告されているし、中身も確認した。その中にかんざしは無かったはずだ。

イコールでそれは確かに誰かに贈られた物だ。

 

「いやあ、頬を染めて嬉しそうでなあ。」

 

そんなことなど記憶にない扉間は筆を軋むような強さで握った。

 

(ワシがいながら、あの馬鹿、誰に貰った!?)

 



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今のところ黒に染まっているが、次は何に染まればいいのだろう。

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ここの柱間さま、肌つや誰よりもよさそう。
次はギャグ入れたい。


 

 

千手柱間は非常に爽やかな朝を迎えた。

基本的に超がつく健康優良児である彼は基本的に目覚めが悪いときが無い。ただ、目覚めた時、憂鬱な時はあった。

が、この頃はそんなことはない。

起き上がった柱間はるんるん気分で朝の支度をしながら指を折って日にちを数える。

 

(次にマダラが来るのは・・・)

 

それに柱間はさらに笑みを深くした。

 

 

少し前までは、柱間にとって朝が憂鬱だった。

いつだって、待ち望んだうちはからの和平の便りが来ることは無く、行きたくも無い死合いに向かう日々だった。

けれど、今は違うのだ。うちはと死合いなどしないし、うちはマダラからの便りさえやってくる。もちろん、殆どが里についての話で、扉間宛てのものが多いが。

ただ、その中にも柱間への個人的なものが混じっている。それを読むのが、彼にとって一番の楽しみだった。

 

柱間はるんるん気分で朝食へ向かった。

 

「おはよう!」

「ああ、おはよう。」

 

朝食の場に行けば無愛想な可愛い弟が先に席に座っていた。そうして、その横にはこの頃見慣れた黒い髪の女がいた。

 

「はい、おはようございます。柱間様。」

 

淡く微笑んだその顔に柱間の笑みがでれでれと崩れた。

 

 

柱間は非常にうちはイドラのことを可愛がった。おいしいおやつが手に入れば、イドラにやり、何かしら困ったことが無いかと気遣った。

今のところ、イドラはさすがに千手一族全体へのお披露目はまた後でということで柱間たちの屋敷だけでの行動になっている。それでも、屋敷へのお手伝い、戦などで働き手を失っている未亡人たちと仲良くしているようだった。

 

「扉間様、イドラ様に相当入れ込まれてますね。」

 

そんなことを束ね役をしている女から聞いた。根拠は黙っていたが、それでも口が堅い方である彼女たちがそこまで言うのだ。

柱間はまたるんるん気分になった。可愛い弟と、可愛い義妹の仲がいいのだ。

嬉しい以外の感情なんてないだろう。

 

「柱間様、もう少し、警戒心を持ってください。」

「なんでぞ?」

「そんな悲しそうな顔をして。一応、あの方はうちはの姫君でしょう?」

「・・・疑っていると?」

「建前を覚えてください。」

 

少しだけひりつくような柱間の圧に束ね役は顔をしかめていった。それに柱間はめしょめしょとした。

言いたいことはもちろんわかる。けれど、イドラというそれが柱間はひどく可愛かった。

マダラの妹で、そうして、自分の義妹になる女。それを引いてもにこにことよく笑い、何よりも、扉間に近づいても邪険に追い払われないそれが可愛かった。

 

(・・・柱間様、としか呼ばれんのが寂しいが。)

 

いつか、柱間義兄様と呼ばれるのが楽しみで仕方が無い。出来るならば、うちはイズナとも仲良くなりたいものだ。

 

(未だに、千手との和平に反対しているらしいが。)

 

柱間はそれにまたしょもりとした。その時、束ね役の女が声をかけてきた。

 

「それで、柱間様。おひいさん、変わったことがあって。」

「おお、なんぞ?」

「おひいさん、基本的に掃除の時とかは髪を結われてるんですが、この頃、見たこと無いかんざしでまとめられてるんです。」

「かんざし?」

 

柱間もイドラが持ってきたのが、普段着ぐらいしかないことは知っている。それに、柱間はまたはわわと口元を覆った。

扉間からの贈り物だ、と。

 

 

そうだ、だからこそ、柱間は仕事中の弟をからかうために話しかけたわけだ。ついでに、うちはの使者に渡すマダラ宛ての手紙も持って。

 

「と、扉間、お主、すごい顔しとるぞ・・・・」

 

柱間は思わず戦きながら扉間から一歩引いた。

般若の顔、柱間から見た千手扉間の顔はその一言に尽きた。その表情に察した。

 

「あのかんざし、お前からでは・・・」

「少し、話をしてくる・・・」

 

ドスの利いたそれに柱間は慌てて扉間を引き留めた。

 

「ら、乱暴は行かんぞ!」

「離さんか!いいか、兄者!あれはワシの嫁になる!例え、かんざし一つでも、男の影があればどれほど不利益になるか!」

「大体、お主もかんざしの一つぐらい贈っとらんのか?」

 

それに扉間も黙り込む。

普通ならば、敵同士の氏族同士での恋愛なんてしたのだ。贈り物の一つでも、していてもおかしくないだろう。

が、残念ながら扉間とイドラの間には、普通なんて単語何一つ転がっていない。

扉間はちらりと柱間を見た。

もう、きらっきらしていた。瞳が輝いていた。

それに、扉間の中で諦めみたいなものが沸き起こってくる。

 

「・・・下手なものは、贈れんだろうが。」

 

文字にすれば、きゃああああああああ!みたいな歓声を上げそうな顔を柱間がしていたものだから、扉間はもう理性を放り出してその顔を殴りつけたくなった。

けれど、今はそんなことを考えている暇は無い。

 

「ともかくだ!ワシはイドラの奴にかんざしの出所を聞いてくる。暴力はせんから二人で話をさせろ。」

「わ、わかったぞ。」

 

扉間は柱間を振り切って廊下を歩く。そうして、束ね役にイドラの行方を聞き、そうして、少しの間借り受けることを伝えた。

それに束ね役は何があったのかと頷いた。

 

そうして、いつものように庭を掃いているイドラを見つけた。彼女はいつも通り、うちはに伝わっているという子守歌を歌っていた。

普段ならば、扉間は少しの間をそれを眺めていただろう。

けれど、今はそんなときでは無い、その髪に美しい銀細工のかんざしを見つけたのだ。

 

「イドラ!」

 

思った以上に鋭い声にイドラはまた驚いた猫のようにぴょんと跳ねた。そうして、振り返り、おずおずと近づいてきた。

 

「は、はい。扉間様。」

「すぐにワシの部屋に来い。」

「わかり、ました。」

 

扉間はそのまま己の部屋に向かった。

扉間はキレていた。ひたすらに、怒髪天をついていた。

 

は?なにしてんだよ、お前。

 

扉間の心情はそれの一言に尽きた。

ここまで徹底的に自分の立場を追い込み、逃げ場を無くし、周りを巻き込んでおきながら何をしているのだ?

扉間の脳裏には自分のほっぺたに感じた、柔らかさを思い出す。

 

待て、あいつ、もしかしてあんなことを他の奴にもしてるのか?

 

扉間の眉間の血管がぴくりと動いた。

こちとら必死に、あの馬鹿に合わせようとしているのに、何を脇が甘いことをしているのだ?今後の後始末をするのは自分なんだが?

何よりも、この婚姻は当人が言ったように和平に対して非常に重要な意味がある。それを自覚していながら泥を塗るなんてことが扉間の怒りを煽っていた。

頭の中で、一瞬だけ見えたかんざしのことを思い出す。女の黒い髪によく似合う銀のかんざし。

 

どこのどいつだ、人のモノ(未遂且つ納得していない)に手を出そうとしているのは。

 

扉間の記憶では、屋敷に入った人間なんて手伝いの女衆ぐらいだ。ならば、彼女らを買収してのことか?

にしても、千手の一族で扉間に挑むような命知らずの大馬鹿者はいないはずだ。

誰だ、誰だとイライラしていると、恐る恐る部屋に入ってくるイドラに気づいた。障子を閉め、部屋の中心に座る扉間の前に座った。

それを確認した扉間は素早く印を結んだ。それは、この頃散々に辛酸をなめた扉間が作った結界術だ。外に音が漏れないためのそれは、絶対に誤解を拡散させるかという気概を感じる。

イドラは不思議そうな顔をするだけだった。

なんの忍術かなんて聞きもしない。扉間はこんな生き物を戦場に出していたマダラに呆れた。自分ならば死ぬ気で家に放り込んでおくのだが。

もちろん、イドラは警戒心がないわけではないが、扉間への信頼はよくよくしている。その理性的な男ならば、自分に危害を加えるようなリスクを背負うはずがない。

扉間は苛立ち混じりに、イドラの髪をまとめていたかんざしを引き抜いた。イドラはきょとんと、心底不思議そうな顔をした。

かんざしは、鈍い銀色で、先に三日月を模して作られた銀細工がついている。女の黒い髪によく似合った。

 

「これは?」

「ああ、素敵ですよね。ヒカクが選んでくれたんですよ!」

 

にっこにこのイドラのそれに、扉間の口元が引き攣った。

ヒカク、そうだ、その名前には覚えがある。確か、時折千手にやってくる使者の名前だ。マダラ曰く、信用の出来る男であると。

 

「ほお、やけに嬉しそうだな。」

「え?はい、うちは基本的に髪は結んでいたので。かんざしも素敵ですよねえ。ヒカクはこういうのは目利きできるので。似合っていますか?」

 

何気ない言葉だった。何気ないそれであるが、その言葉は端から見れば浮気相手から贈られた装飾品を夫に自慢するというそれのわけで。

扉間の手に力が入り、ぼきりとかんざしが折れた。

 

「え?」

 

イドラは驚きの声を上げた。そんなことなど気にすることも無い扉間は折れたかんざしを放り投げて、イドラに覆い被さるように彼女のことを押し倒した。

無防備なイドラはあっさりとうつ伏せに畳に押しつけられた。イドラは何が起こっているのかわからずにおろおろと手をばたつかせる。

 

「扉間、様?」

「ほうほう、いい度胸をしているな。ワシのことをここまで振り回しおって、自分は暢気に男と密通か。貴様自身、この婚姻の意味をわかっているだろう?」

 

扉間はイドラの写輪眼を警戒し、彼女の背中に冷たく吐き捨てた。

扉間は徹底的にイライラしていた。問題が次から次に押し寄せる。

ああ、どうする?

何はどうあれ、この婚姻は絶対に成功させねばならない。下手にイドラの不貞があったと言って波風を立てないように事を処理するほか無い。

かんざしの件はともかく、男に対してはそれ相応の制裁をしなくてはいけない。

何よりも、と。扉間は己の下にいる女を見た。逃がさないために、がっつりと組み敷いたそれ。

 

(しつけの一つも必要か?)

 

今まで散々、自分にしてきた諸諸が演技で、それに騙されていた自分にはらわたが煮えかえる。そう思っていたとき、イドラがぐずぐずと半泣きに成り、そうして、呟いた。

 

「なんで、怒ってるんですか?」

「ほう、わからんのか?」

「かんざし、自分で買ったの、そんなにダメだったんですかあ?」

 

鼻声混じりのその言葉に、扉間は固まった。

 

 

 

皆さん、おしゃれしてますか?

 

イドラの脳裏には何故か、そんなフレーズが浮かんでいた。

その日、イドラは困っていた。

 

うちはの人間はあまりお洒落というものをしない。基本的に、黒染めのそれだけで事足りている。まさしく男は黒に染まれと言えるようなファッションセンスだ。

元々、何を押しても忍術第一な部分がある。機能美というものを愛しているのだろう。誇り高いからこそ、能力至上主義な部分があるのだろう。

そんなこんなで、イドラの衣装は黒い。もう、カラス並みに黒い。

イドラとしては無難!という感じで着やすくて気に入っている。

 

が、ここで問題が起きた。そうだ、今現在、イドラにとって何よりも重要なこと。

千手扉間の好感度稼ぎだ。

まあ、どうやればいいのかまったくわからない。ともかく、仲の良い夫婦になるためにどうにかこうにか、女として意識して貰わねばならないが。

イドラにはその方法がまったく思いつかない。イドラは客観的に見れば見目はいいらしいが。

見目が良いだけで扉間が落とせるようならばこんなに悩んでいないだろう。

そこで、イドラはともかく着飾ってみることにしたのだ。

さすがにいきなり、服装を変えたりなどはできないが、何かワンポイントでおしゃれをしてみるのもいいかもしれないと思い立ったわけだ。

 

だが、イドラはかんざしだとか、そういった装飾品を持っていなかった。理由は単純で、イドラが年頃の頃はすでに千手との争いが過熱しているときであり、そういったものを求めるような気力を彼女は持たなかった。

元々、うちはではそういったものは夫に買って貰うのが当たり前だった。

そんなこんなで、少しでも扉間に意識して貰うためにかんざしを買うことを決めた彼女が頼ったのがうちはからの使者だった。

さすがに千手の人間に頼めなかったし、うちはの人間ならばまだ気安かったというのもある。

そこで白羽の矢が立ったのが、従兄にあたるうちはヒカクだった。彼にマダラへかんざしのお金を立て替えて貰うように頼んだ。

マダラには、未来の夫の家で少しはめかし込みたいと言っていたと伝えてもらった。

 

「はあ、それはかまいませんが。ご自分で買うんですか?」

「はい、お願いします。」

 

使者のヒカクに兄であるマダラとイズナのことを尋ねた後にそう頼んだ。

ヒカクとしてもそれにまあいいかと応じた。彼からすれば、幼い頃から妹同然に可愛がった子だ。おまけに、お金も渡されて、彼としては完全にお使い感覚でしか無かったのだ。自分と彼女はそんな関係ではないという前提が、いろんな予想をぽーんとはねのけさせてしまった。

 

「ですが、どんなものを?」

「そう、ですねえ。」

 

イドラの脳内に浮かんだのは、綺麗な白銀の髪、キラキラ光る氷のように冷たい色の髪。それに、彼女はなんとなく、鋭い三日月を思い出した。

 

「三日月の、かんざしがいいです。」

「わかりました。」

 

そう言った経緯で、イドラの元にかんざしがやってきたわけなのだが。

 

扉間は冷や汗を垂らしながらちらりと、壊して放り投げたかんざしを見た。そうだ、イドラにかんざしを渡せる人間はいた。

うちはの使者である人間だ。もちろん、そういった使者に監視の目がないわけではないのだが、確かに、柱間とイドラと、使者だけにしたときがある。

そうして、この頃柱間は気が緩みっぱなしで、うちはの人間同士で仲良くおしゃべりなんてしている状態でも眺めていれば、もう、話を聞いていなかった可能性は大だ。

 

さて、扉間は考えた。

これが嘘か、真か?

おそらく、イドラの言葉は真実だ。

わざわざ、マダラを巻き込んでこんな嘘をつく必要も無ければ、意味も無い。

さて、ならば、ここに残った扉間はなんなのか?

 

勘違いで暴走して、自分のためにめかしこみたいとイドラの用意した装飾品をぶっ壊した最低な男である。

扉間は滅多に無いほど、血の気が引くような気分だった。

やばい、他人からの誤解だけでは無く、正真正銘の最低男になってしまう。否定できなくなるのはさすがにあかんと慌てる。

扉間は現実主義者であるし、目的のためにならば卑劣なことをする。けれど、彼にだって人並みの良心はある。

自分の勝手な勘違いであるのならば、なおさらに。

 

「・・・・・すまん。」

 

納得は行かなかった。勘違いさせる言動をするなとも言いたいが、確認不足の自分も悪かった。扉間は壊したかんざしを拾う。

 

「これについては、なんとか直せるように手配しよう。」

 

起き上がり、そうして拘束をといた彼女は当たり前のように泣いていた、いや、そりゃあ怖かったろうなあと扉間もわかった。

イドラはなんで怒られたのかもよくわからず、けれど、これ以上扉間に嫌われるのも困るしと、半ばパニック状態で扉間に手を伸ばす。

 

「とびらまざま、ごめんなざい!きらわないでえ!」

 

幼子のように自分に手を伸ばすそれに、こんな時でも自分に縋るのかと、ちょっと小動物への何かのような感情を覚えた。さすがの扉間も罪悪感で、彼女を己の腕の中に迎え入れた。

 

「ワシが勘違いしておったんだ。詫びはしよう。だから、泣き止め。」

 

イドラはぐっずぐずに泣いていた。

彼女からすれば、自分の所の金でそこまで高くないかんざしを買ったらガチギレられたのだ。とんでもねえ、話だ。

イドラはぐっずぐずに泣きながら、扉間のそれにきらんと目を輝かせた。

え、わびてくれるの?ものすごい、罪悪感があるじゃん!

 

(この状態なら、聞けるのでは?というか、今はチャンスなのでは!?)

 

イドラは泣いていた精神に喝を入れた。この女、そこそこ図太い部分がある。

 

「扉間様、なら、あの、お願いがあるのですが・・・」

「なんだ?」

 

体を離したイドラは、泣いていたせいで潤んだ瞳で扉間を見上げた。

 

「あの、扉間様が私に似合うと思う、かんざしを贈っていただけませんか?」

 

それに扉間の胸で、また、何かがギュンとした。何か、こみ上げてくるモノがあった。

 

「・・・わかった、用意しよう。」

「本当ですか!」

 

はしゃいだそれに、扉間は何かギュンとする感覚を押し殺す。イドラのそれは完全に、あなたの色に染めてくださいと、そんな口説き文句にさえ聞こえてきてしまって。それに、彼の胸で何かがぎゅうんとする。

そんなことなど露も知らないイドラは、これで扉間の好みがわかるとはしゃいでいた。

 

後日、イドラのために高価なかんざしを幾つか買い求めた扉間に、千手の一族がざわつくのは別の話だ。

 



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他人の恋路と不祥事ほど、酒の肴になるものはない

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今回はモブが多めです。そろそろゼツさん出さねば。下ネタ多めです。

これ、子ども生まれた場合、柱間さんと扉間さんと、マダラとイズナに可愛がられるんですよね。とんでもねえ子になるのかな。


 

 

その日、千手の一族に衝撃が走っていた。

何故って、あの千手扉間が高価なかんざしをいくつか買ったというではないか。

 

え?あの、扉間様が?

 

見合いが来ればそんな暇が無いと一喝し、言い寄るくのいちには時間の無駄と切り捨て、そうして、そういった店の女との関係なんて処理に等しい。

いっそのこと、扉間様って柱間様のことが好きなのでは?

そんな噂が立っていたぐらいだ。

そんなこんなで、おそらく扉間は結婚もしなけりゃ、子どもも作らないんだろうというのが千手一族の総意だった。

事実、古老たちは優秀な扉間に結婚させようと必死だったが、扉間はそれを切り捨てた。そのため、古老たちは諦めてともかく柱間にだけは子を残して貰おうと奮闘していたが。残念ながら、柱間も柱間でうちは一族に夢中でそちらに心血を注いでいる。

そんな中にきら星のように現れたのが、うちはイドラである。

 

あの扉間様が!?どんな女だろうと皆が気になった。

あの場にいた人間たちは、基本的に大泣きしている部分しか知らないのでその女の本質については知らない。

もちろん、千手内でもざわつきがあった。うちはとの死合いで身内を亡くしているものはなおさらにこの婚姻に反対していた。

けれど、女が吐いたそのこと。

それに、思い出す。

子を亡くし、兄弟を亡くし、親を亡くし、夫を亡くした女の嘆きを。いいや、女だけではない、男の嘆きも思い出す。

怒りがあるのはもちろんだが、きっと、それ以上に。

もう、うんざりしていたのも事実だったのだ。殺し合うことに。

 

何よりも、あの扉間が惚れた女なんて酒の肴になりすぎる話題には皆が食いついた。

それは若い人間の多い、殆ど無礼講の酒の席だ。

 

どんな女なんだ?

綺麗なおひいさんだって。

でも、料理も掃除も完璧らしいぞ?

へえ、うちはっておひいさんでもそんなことするのか。

まあ、本当に一族全体が血族だからな。うちみたいに、他の氏族との交流だとか婚姻があるわけでもないし。

 

そんな会話の中、とある人間が呟いた。

 

「扉間様って、けっこうあっちの欲も旺盛なんだな。」

 

それに酒の肴の下ネタは楽しいとどんどん話も進んでいく。

 

「でも、扉間様、そんな逢瀬をするような暇あるか?」

「お前、あの人の得意忍術知ってるか?」

「あーそうか、影分身と飛雷神の術かあ。え、あの人、姫さんとの逢瀬のために!?」

 

きゃーと、女みてえな野太い声が広がった。それに、こそりと一人が口を開いた。

 

「うちの叔母さん、族長のところで飯とか作ってるんだが。」

「え、じゃあ、おひいさんとも会ったのか?」

「うん、というか、一緒にご飯とか作ってるらしい。すげえにこにこしてるし。あとさあ。うちはの族長がおひいさんのことを連れてきたときあっただろう?」

「ああ、俺もこっそり見に行った!すげえ美人だったあ。はにかんでるとことかさあ。」

 

その日に、あれだ。族長達がいた屋敷でいっぱつやろうとしたらしい。

 

「きゃあああああああああああ!!」

「ほんと!?」

「あの扉間様が!?」

 

実際ものすごいダミ声が部屋に響き渡る。それは、女達の姦しい声とそう変わらない。

 

「えー意外すぎ!あの人、女買ってもやることやったら速攻帰るような人だろ?」

「お前、敵の一族の姫、一回孕ませてるんだぞ?おまけに、逢瀬のために術まで作って。」

「・・・俺さ、扉間様に用があって訪ねたときがあったんだけどさ。なんか、その時、うっすら汗かいてて、薄着だったときがあったんだけど。もしかして、そーいうことしたときの後だったのか!?」

「絶対そうじゃん!あーなんだろ、すげえ、どきどきしてきた。」

 

もちろん、汗をかいていたのは少し鍛錬をしていただけなのだが。まあ、このぐらいの誤解は今更だろう。

 

大の男がきゃーきゃーと頬を染めて言い合っているのは非常に暑苦しく、見苦しいとも言えたが、まあ、それはご愛敬だ。

何はともあれ、下ネタはどんどん加速していく。

 

「つーかさ、うちはのおひいさん、俺も見たんだけど。あのほっそい体で、扉間様につきあってんの?大丈夫?体力持つの?」

「おま、そりゃあ、おひいさんだって戦場にいたんだろ?」

「でもさあ、あの柱間様の弟君だし。なんだかんだで、あの人も体力化けもんじゃん。」

「我慢してるのか?」

 

え、めっちゃ扉間様健気じゃん。

数人が口を挟んで扉間を哀れんだ。

これ以上無いほど不名誉な誤解を今日も扉間は背負って生きていた。まあ、当人に知られなければそれは存在しないのと一緒だろう。

そんな中、黙り込んで酒を飲んでいるのが一人。気になった者が話しかければああと頷いた。

 

「実はさ、新しい術を扉間様が考案、したんだけど。」

「へえ、どんなのだ?」

「結界術なんだけどさ。結界の中の音を外に漏らさないってのなんだけど。」

「すごいな!隠密とかに使える奴。なんか、疑問でもあるのか?」

「いやさ。」

 

うちはのおひいさんとの逢瀬のために作ったのかと思うと、こう、複雑で。

 

それに酒の席の人間があああああああああと震え出す。

 

「止めろよ、生々しいだろ!?」

「なるほど、行為が激しくて、ばれないように。」

「扉間様もけっこう普通の男だったのか。」

「本命にはガツガツするタイプなんだなあ。」

 

まあ、術の開発についてうちはイドラが理由なのは間違っていない。イドラの声が漏れないようにするための術であるのはあっている。

用途はまったくといって良いほど違うが。

 

「つって実際さ、和平を早めようとする策略じゃねえの?」

 

そんなことを言う奴がいた。

確かに、そういっている者もいた。あの扉間だ。もしかすれば、自分の誇りなんてものは度外視に策略を立てているのでは無いのかと。

扉間が聞いていれば、そこまで全てを投げ出してねえと怒鳴りつけていた。というか、策略なんてものはなく、どこまでも不幸な誤解しか存在していない。

そんな男の言葉に、一人が得意げに指を回した。

 

「それでさ、この前、珍しく柱間様たちの家に商人が来たじゃん。」

「ああ、あれな。」

「それどうも、細工職人だったらしくてかんざしとか売りに来たんだけど。扉間様がおひいさんに贈るための物買ったんだって。」

「でもさあ、それぐらいは別に。」

「あの、あの!扉間様が直々に、かんざしを選んだとしても?」

 

それに皆の間に衝撃が走る。そうして、かぶり付くように詰め寄った、

 

「なんだよなんだよ!」

「実はさ、俺も婚約者にかんざし買いたくて声をかけたんだけど。」

 

扉間とおひいさんは一緒に商人を出迎えたそうだ。そうして、扉間は並べられたかんざしを一つ一つ、イドラに髪に合わせてじっくりと選んでいたというのだ。

これでもない、これでもないと、大分考え込んでいたという。

 

「おま!どっかのやつの幻術にでもかかってたんだろ!」

「あの人がそんな時間をかけるなんてありえないだろう!」

「そうだろ!よくても一つとか!いいや、金渡して好きなの買ってこいとかだろ!?」

「そうだよ、あの人が、そんな、選ぶなんて!」

 

恋じゃん!!!

 

うおおおおおお!と雄叫びを上げながら酒も回りまくった変な空気感のままに叫んでいた。扉間がいれば、水遁でも叩き込んでいただろう空気がその場には漂っていた。

 

あああああああ!あの堅物落としたお姫様に早く会いてえ!

酒飲み達はそんな戯れ言を吐きながら、それでも婚姻の日を楽しみに夜も更けていく。

 

 

 

まあ、そんな甘い雰囲気なんてなかったわけなのだが。

 

(・・・・扉間様、怖かったなあ。)

 

イドラはその日、せっせと洗濯物を畳みながらそんなことを考えていた。彼女の脳裏には自分に覆い被さる扉間の姿と、そうして、ドスの利いた声を思い出した。

 

怖かった、柱間の木遁に追いかけられたときも怖かったが、それはそうとして、その時の扉間も怖かった。

 

いいか、浮気を疑われるようなことはするな。

それはうちはの女に代々伝わる話だ。

いや、何を当たり前のことを、と思うだろう。が、これはどちらかというと、もう少し複雑な話だ。

 

うちはが血継限界などを持っていたとしても、どうしても外の商人との関わりを断つことはできない。

また、子どもたちにお金の使い方を教えるために出入りの商人が存在する。

そこまではいい。けれど、あるとき、悲劇が起きたのだという。

 

商人の一人が、とある人妻に惚れてしまったのだという。

 

「それ、どうなったんですか?」

 

思わず聞いたイドラに、話をしてくれた一族の女は苦笑いで首を傾げた。

なに、ねえ、何があったの?怖いんですけど?

とまあ、言っても教えてはくれなかった。基本的に惚れれば一途なうちはの人間間では浮気なんてものはそうそうない。

まあ、一族全員親戚なので、結婚相手を裏切ってまで浮気をしようぜという精神も持てなかった部分があるのだが。

 

そのため、イドラも反省していた。自分自身、疑われても仕方が無いことをよくよく客観視すればしていた。

が、その後が酷かった。

 

誤解が解けて、イドラが泣き止んだ後、扉間はともかくと部屋を出た。そうして、会ったのが二人のことを心配していた千手柱間だった。

 

柱間が見たのは、目の腫れたイドラの姿だ。それに、柱間は早かった。扉間もいろいろなことがありすぎて反応が遅れた。

 

「とびらまああああああ!!貴様、またイドラ殿を泣かしたのか!?」

「はああああああああああ!?根源的には兄者のせいだろうが!」

 

柱間は扉間に関節技をかけて拘束し、締め上げる。それを扉間が切れながら応戦した。

イドラは突然始まった兄弟げんかを収めるために慌てた。

 

「あ、あの!柱間様!違うんです!私がうちはの者にかんざしを買ってくるように頼んでしまって!それで、あの、不義理を働いていないかと怒られて!」

「それは・・・」

 

扉間もひとまず誤解が解けたのかと考えた。そうして、柱間にイドラとうちはの人間の話を聞こうとした。

柱間といえば、健気に扉間を庇うイドラに目をうるうるさせた。そうして、思う。不義理云々で言うのならば、最初に子のことさえもしらばっくれた扉間の方が罪がでかくないのかと。

 

「不義理云々でいうのならば、お主が先であろうが!」

「ワシは何にもしておらんと言っておるだろうが!!」

 

柱間はなんのそのと扉間への関節への力を強くした。それに扉間はわめく。

 

「大体、イドラがうちはの人間にかんざしを頼んだことについて、兄者は知らなかったのか?」

 

それに柱間は少し考えた。そう言えば、何か、うちはの使者とイドラに許可を求められた時、いいぞおと了承した気がする。

会話も変なものではなかったはずだ。

 

「そう言えば・・・・」

「あんたのせいだろうが!!」

「でものお、夫の家にいながら、実家にかんざしを頼むようにしたお前も悪くないか!?」

 

柱間の必死の言い訳に、扉間はうっとなった。

確かに、マダラを巻き込んでいる時点で後々で何かしら小言を言われる可能性もある。そのために、扉間は彼女にかんざしを買うことにしたのだが。

 

もう、必死だった。

 

下手なものは贈れねえ。腐っても、うちはの姫なのだ。おまけに、無駄に顔も良いため、直に扉間の見る目が試される。

下手な価値のものを贈れば、うちはの人間から不満を買う。何よりも、どれが良いと言っても、扉間様の好きなので、なんて言うぽっやぽやの女しかいないのだから、もう覚悟を決めるしか無かった。

選んだ、必死に選んだ。もう、妻に物を買うような顔では無かった。戦のための忍具選びでもしてるんですかなんて言われそうな顔だった。

が、イドラは扉間の好みがわかると、始終にっこにこなのだから、夫にかんざしを贈って貰えて喜ぶ健気な妻と、真剣になりすぎている夫になるのだから世界とは不思議だ。

 

ちなみに、扉間は毎日のようにかんざしをつけて似合いますかと微笑む姿にああと頷いている。自分のセンスの確かさについて安堵していた。

そうして、幼い子どもが気に入りの服を自慢しているのを眺める気分であった。

 

イドラは、いくつか普段使い用と、そうして祝い事に使えそうな華やかなものを贈られた。

ちなみに、ヒカクの選んだものは没収された。誤解を生むだろうと危惧してのことだった。

扉間がそのかんざしを速攻で処分したのは、イドラの知らないところである。

まあ、仕方が無いと思いつつイドラは今日も、頭上で輝く、月の銀細工が施されたかんざしにるんるんになっていた。

 

 

(・・・・朝のるんるん気分、返して欲しい。)

 

イドラの目の前には、千手の古参たちが彼女を威圧するように座っていた。それにイドラはちょっと涙目になりながら姿勢を正した。

 




次、マダラのラブコメも描きたいな。


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みんな勘違いしているが、そこに恋も無ければ愛もない。

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長くなるので、いいところで切りました。次で扉間さんが出ます。

ちなみにギュンに関しては、ときめき以外にも、若干よこしまなものも混ざっているためです。


 

「ねえ、おひいさん。こっちを手伝ってくれませんか?」

「はい。」

 

その日、うちはイドラはせっせと洗濯物をしていた。イドラはそんなことにほくほくしていた。

この生活で、実際の千手での生活について理解が出来た。家の内部についてのことはこれから嫁いでくる千手柱間の妻であるミトが取り仕切ることになるだろう。

といっても、次男である千手扉間の妻になる自分もある程度、把握しておくべきだろう。

 

(・・・どんな人なんだろう。)

 

なんでも、元々千手の内部のことを取り仕切っていたのは柱間や扉間の従姉にあたる女性らしい。柱間達の母親はずいぶん前に他界しており、現在、千手で一番上の立場にいる女がアカリという人物なのだそうだ。

 

「お会いできないのですか?」

「アカリ様は今、母君の一族のうずまき一族に修行に行かれていて。ただ、そろそろ帰ってこられると思いますよ。」

 

何故か、家にいる手伝いの女たちはアカリのことを話したがらなかった。まあとイドラはそれについてはひとまず置いておいた。

 

(扉間様も、柱間様も、話したがらないんですよね。)

 

イドラはそれにそっと、そのアカリという千手一族で誰よりも攻略しなければいけない存在が自分を嫌わないことをそっと祈った。

 

そんなことを考えていたとき、話しかけてきたのは、手伝い女の一人だった。

 

「すみません、少し、こちらを手伝って欲しいのですが。」

「わかりました。」

 

イドラは警戒心も無くそれについていった。もう、警戒心?何それ?と人になれまくった犬並みの勢いでそれについていった。

何か、危害が加えられそうになれば逃げる程度の実力はあった。その油断が、いけなかった。

そうして、たどり着いたのは、とある屋敷の、そうして、とある一室に連れてこられた。

部屋の中にいた、数人の老人の姿にイドラは内心でしくしく泣いた。それは散歩に行くとるんるん気分だった犬が動物病院に連れてこられたときに似ていた。

が、うわべでは一応きりっとした顔をしていた。そのぐらい、取り繕うぐらいは出来た。

 

「・・・・うちはの姫君にわざわざご足労いただきましたね。」

 

老人の一人がイドラにそう言った。それに彼女は静かに微笑んだ。内心ではえーんと泣いた。絶対そんなこと思っていないのは一目でわかる。

 

「いえ、こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。未熟な身ですがゆえに、準備が出来ておりませんでしたので。」

 

びびりのイドラにせめて表面的にだけはと、お利口な顔!と叩き込んだマダラとイズナの姿を彼女は思い出した。

 

「ふふふふ、そうか。ならば、急に呼びつけてしまってすまないねえ。ただ、私たちも扉間殿の嫁になると言うんだ。顔を見ておきたいと思うのも当たり前だろう?」

 

(絶対それだけじゃないー!)

 

イドラは怯えながらにこやかに世間話のようなそれを続けた。何か、彼らが自分に接触してくる理由があるのだろうと。

 

(でも、さすがに直接的な危害はないはず。)

 

イドラは酷く冷静に、己の価値を理解していた。柱間と扉間は自分に対してよくしてくれるが、それとは別に自分は千手とうちはの和平の象徴だ。

それに危害を加えると言うことは、千手の長の命にどうどうと背くような度胸は持てないだろう。

 

「それで、なんだが。」

 

一見和やかなそうな会話の後に、一人がおもむろに口を開けた。それに、イドラは背を正した。

 

「扉間殿との関係はいつ頃かな?」

(うっわ、来た!)

 

イドラはそれに心臓をばっくばくさせて扉間に言われていた年数を話した。それに、古老たちはふむとうなずき、そうして、ちらちらと互いを見る。その仕草にイドラは不思議な気分になった。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

おずおずとイドラがそう言うと、古老達は哀れむような顔をした。

 

「・・・・いいや。どうも、イドラ姫は知られていないようだが。その、な。実は扉間殿には幼い頃から決められている婚約者がいるのだよ。」

 

それにイドラは固まった、

 

 

その場に集まった古老達はうちはとの同盟に絶対的に反対している派閥の人間だった。それは例えば、身内をうちはとの諍いで失っていたり割り切ることが出来ていないものたちだった。

 

そんな彼らもさすがにイドラに対して直接的に危害を加える気は無かった。それがどれほど危険であるのかは理解できていた。

考えてみて欲しい、彼女に危害を加えればうちはマダラとうちはイズナ、それに加えて千手柱間がやってくるのだ。

が、それでも古老たちはどうしてもうちはとの和平を阻止したかった。

イドラというそれの境遇は知っている。例え、それが本当であるとして、だ。

その哀れみだけで止めようと思うには、彼らはあまりにも失ったものが多すぎた。

 

赦せないのだ。どうしても、赦したくないのだ。

愛したかった、大事にしたかった、それが手からこぼれ落ちたのは、誰のせいだ?

自分が弱かったからか?

そうであるとしても、赦せないのだ。

 

赦すなと、愛した誰かが耳元で囁いている。

 

 

それ故に、彼らは扉間も、そうして、柱間も彼らの言う隠れ里を作るために他の家に話をつけに行っている今を狙った。

彼らはイドラというそれを、しょせんはうちはと思っていた。温和で、愛想も良く、人なつっこい。

けれど、数十年、うちはという一族と殺し合った彼らからすればあり得ないと思っていた。

高慢で、冷たく、実力主義であるあの一族で育ったというのならば、根っこの部分はそんなことはないだろうと。

 

千手から今回の婚姻を反故にすることはできない。はっきり言おう、外聞が悪すぎる。

正直、今回の扉間のやらかしは寝耳に水だった。

え、あいつが?え、まって、まじで?

それぐらい、扉間のやらかしはあり得なすぎた。

婚姻を嫌がっているのだって、仕事人間、研究馬鹿の彼に家族に割く時間はないだけだと。

いっそのこと、女よりも兄者が好きだからと言われた方がまだ納得が出来るレベルの話なのだ。

千手の一族は血継限界を持たない、純粋なチャクラ量と回復力の高さで名をなしている。それ故に多くの氏族と交流を持っている。

そんな中で、扉間の醜聞が広まればどうなるか。愚か者でもわかるだろう。

 

古老達は女を見た。なるほど、美しい女だ。

黒い髪に白い肌、揺蕩うような黒の瞳。美しい顔立ちに浮かんだ、花のような愛らしい表情は、どんな人間だって好意的に思ってしまう。

 

古老達は口を開いた。

 

「・・・・今回の件はイドラ姫もさぞかし大変だったとは思います。ですが、その婚約者も長い間、扉間殿との婚姻を待っている身で。ですが、扉間殿は未熟な己の身ではまだ結婚は早いと言われていて。そのために婚姻が遅れてしまっておりましてね。」

「ええ、婚約者殿はずっと、扉間殿との婚姻を健気に待ち続けておりまして。」

「婚約者のアカリ殿とは仲はよさそうでしたが。ああ、あそこまで婚姻を拒否されたのはイドラ姫を愛していたからでしたか。」

「ですが、扉間殿も隅におけない。アカリ殿と会われたときもあんなに仲睦まじくしていたというのに。」

「それで、イドラ姫。ええ、もちろん、今回の件について反対などすることはありません。ただ、アカリ様も扉間殿との婚姻のために相応の努力をされていました。今更、他の男に嫁ぐというのも難しいでしょう。」

「ですので、ええ。アカリ様については、どうか、妾としての関係は赦していただけませんでしょうか?」

「全ては扉間殿が悪いとは言え、あの子が不憫で・・・」

 

古老達はイドラがそれに悋気を起こすと思っていた。誰が聞いてもそれがただの策略であるとはわかるだろう。

ただ、うちはの人間が潔癖で婚姻関係について相当厳しいことを古老達は知っている。

事実、千手アカリのことについて、扉間や柱間がイドラにきちんと話せていないことは事実であるし、アカリというそれが扉間の婚約者であったことは事実だ。

 

問いかけに対して、もっとも賢いのは沈黙と言われている。けれど、沈黙は疑念を呼ぶのだ。

その疑念が、彼女の兄であるマダラにまで広がれば、今回の婚姻はうちはの方から破談になる。元々、他との交流のないうちはの言い分ならば、あとでどうとでもなる。

 

古参達はイドラの悋気を期待して、彼女を見た。イドラは胸の前で手を組み、顔を伏せていた。

そうして、彼女は顔を上げた。

イドラは、輝かんばかりに笑みを浮かべて古老達に言った。

 

「はい!是非とも仲良くなりたいです!!」

 

はい?

その返答に古老達は固まった。

え、待って。これから新婚気分でるんるんな花嫁の言葉か、それは?

古老達は驚きながらイドラを見た。けれど、彼女は扉間への怒りも、アカリへの嫉妬も無く、ただ、ひたすらまでに嬉しそうに目をキラキラさせていた。

 

「あー、イドラ姫。その、自分以外に、扉間が妻を迎えるのは構わないと?」

「はい!家族が増えるなんてとっても素敵ですね!それに、私、姉に憧れていましたし。」

 

まてまてまて、んな問題じゃねえだろう。妻がもう一人増えるんだぞ。

 

(扉間がこの女に入れ込んでいるのは知っている。だが、イドラもまた相当に扉間に惚れ込んでいるはずだ。あの、仕事人間が合間を縫って構い、おまけに宝飾品まで手ずから選んでいるんだぞ?)

 

そうだ、古老達はイドラと扉間がそれ相応に情を交し合い、仲睦まじく過ごしていると思っていた。

 

だが、残念である。

 

(扉間様に好きな人がいたなんてえええええ!もう、何ですか、教えてくれてもよかったのに!水くさいなあ!)

 

このイドラという女は、どこをとっても扉間という男を愛してなんていないのである。

 

イドラは扉間に婚約者がいて、そうして、仲が良かったという話を聞いて正直浮かれていた。

愛や恋なんて砂粒ほど存在はしていなくとも、イドラは扉間に汚名を着せたという罪悪感や、自分のようなものに優しくしてくれているという事実への感謝は存在していた。

そうして、もう一人兄が出来たような嬉しさもある。

それ故に、イドラは扉間に好きな人がいるかもしれないと思えば嬉しい。扉間が嬉しいのならば、イドラだって嬉しいのだ。

夢で見た、朴念仁の恋バナに彼女の中の乙女心がはわわしていた。ときめきがとまらなかった。

えー!もう、そういう話ならもっと早く聞かせてよ!

そこで、イドラの心が沈んだ。

 

いくら、扉間はそのアカリという人が好きでも自分がいるせいで彼は彼女と結ばれることはないのだ。

 

(私のせいで。私が、いるせいで。)

 

心が沈む。自分に優しくしてくれる扉間が、彼が、自分のせいで本当の意味で幸せになれないというのなら。

 

(私は・・・・)

 

イドラはぐっと拳を握った。

ご安心ください、扉間様!不肖、イドラ!あなたの恋が叶うよう、しっかりとサポートして見せますので!

 

そんなセンチメンタルなイドラの内心など知ったこっちゃねえ古老たちは慌てていた。

え、待って、なにその態度。

なんでそんなに器がでかいの?なぜ新婚初っぱなに妾の存在を許容できるのだ、この女は。

そう、古老達は頭の上に盛大にはてなが浮かんでいた。

そう、皆気づいていないだけで当たり前である。

 

この女は扉間を愛していないからである。ぶっちゃけ、彼女の純粋な好感度うんぬんでいうのならばマダラとイズナがダントツである。

扉間についてはもう、尻尾がスクリューするぐらい懐いているが、残念ながらその女に恋情なんてありゃしない。

 

「あ、あの、イドラ姫?」

「はい!なんでしょうか!」

「その、な。千手の人間が妾を求めるのはないことではないが。うちはも、そうなのかね?」

「いいえ?浮気をするなら死を覚悟しろが、うちの格言です!」

 

なら、なんでお前はそんなに笑顔で妾の存在を許容してるんだよ。

 

古老達は頭を抱えたくなった。そんな古老達のそれにイドラは、ああと頷いた。確かに、そんな格言を持っていて、自分の態度は確かにおかしい。

 

「ですが、私は扉間様が望むのならばそれでかまわないと考えております。」

「な、なぜ?」

 

それにイドラは花のように、愛らしく微笑んだ。

 

「だって、扉間様の幸せが、私の幸せだからです。」

 

それはどこまでも扉間という男に尽くす妻の鑑に見えた。イドラはそれに顔を伏せて静かに言った。

 

「それに、妾ができることについてはある程度覚悟はしておりましたので。」

 

千手の人間が多情の気があることは知っていた。それは手伝いの女衆も言っていたことだ。扉間様は大丈夫だろうと言っていたが、実情は違う。

何と言っても、自分たちの間には欠片ほどの恋もない。扉間自身、漫画で明言が無かっただけで結婚していた可能性もある。

 

扉間が優しい人であることぐらい、イドラは知っていた。だから、彼もいつか誰かを愛するだろう。ならば、こんなことに巻き込んだ自分が責任は負うべきだ。

 

けれど、それを見て、古老達は、正直に言おう。

ドン引きしていた。

 

だって、考えてみて欲しい。こんなご時世だ。妾など出来る可能性はないわけではない。けれど、あんだけ大恋愛をして、結婚をするぞと言う時に、事前に妾の可能性を示唆しておく扉間って。

 

(((さ、最低だあああああああ!!!)))

 

古老達は自分たちがしようとしていたことを棚に上げてそう内で叫んだ。また一つ、扉間の尊厳が墜ちようとしていた。

 



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最低男の称号よりも、愛妻家のほうがましだと思う

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扉間さん、たぶん疲れてる。


 

その日、千手扉間はぐったりとしながら千手の里に帰ってきた。

他の氏族と交流のある千手はせっせと今、この忍連合に加わるものたちに話をかけている。

 

(最悪だ。)

 

扉間は頭痛がする気がして頭を押さえた。

氏族たちはもちろん、うちはと千手が和解した理由を聞きたがった。そこにいた兄である千手柱間が何をしたのか、想像に難くないだろう。

 

え、千手とうちはの宗家の男女が恋仲に?

よくお許しに。

二人の熱意の高さに?

氏族同士でもう、戦は止めようとするほど?

ほう、え、扉間殿が相当に惚れこんでおられて。

ほお、へえ。

ちなみに、どれほど・・・・

 

もう、扉間はいつ、己の血管が切れるか、それともうっきうきで扉間の恋路(本当のことは話せないので脚色有り)を話す兄の顔面を殴るのか時間の問題だと思った。

止めたいが、止められない。何と言っても、この二人の話はそれ相応に広報としては優秀だった。

下手な警戒心を煽らないという意味合いでは重要だった。

思い出すだけで腹が立つ、あらあらというように口元を覆い、にまにまと面白い物をみるような目。

また、好き者を見るような奴もいた。

どちらかというと、秩序的な意味合いで軽蔑の目を向けてくる人間のほうが数倍ましだった。

 

(だが、耐えた。ワシは耐えた!)

 

扉間は己の忍耐を称えながら家に帰った。ちなみに、柱間の腹には一発加えた。そのまま扉間は出迎えた手伝いの女にイドラの居場所を聞いた。

無性に、あの、ぱやぱやとした空気を吸いたかった。もちもちとしたほっぺたを引っ張って、間抜けな声が聞きたかった。

気分は仕事のストレスを飼い犬で癒やす飼い主のそれだった。

 

「おひいさんなら、洗濯をしているはずですが。」

「それなら、呼んできてくれるか。」

 

扉間はそのまま自室に向かったわけだが、それは、けたたましい手伝いの女の声で遮られた。

 

「おひいさんがいません!!」

 

それから大騒ぎだ。手伝いの女達は全員、うちはイドラの行方を知らなかった。もちろん、声を聞きつけた柱間も大慌てだ。

 

「勝手に屋敷から出たのか!?」

「あの大人しい女が勝手なことをするわけがないだろうが!誰かに連れ出されでもしないかぎり。」

 

そこで女達かざわめき始める。聞けば、今日来ていたはずの女が一人足りないらしい。

 

「家のことで少し、抜けたとは聞きましたが。」

 

扉間はその女の名前を聞いた。そうして、扉間は覚えている限りの家系図を辿り、そのいないという女が、今回の縁談に激しく反対していた古老の身内であることを思い出す。

 

「・・・・ジジイどもが手引きしたか。」

「も、もうしわけございません!」

 

女達は必死に懇願をしていたが、扉間はそれよりもと考えを巡らせた。

 

(いくら、クソジジイどもが婚姻に反対であろうと、物理的な危害は加えられないはず。そうすれば、マダラは元より・・・)

「どこぞ?」

 

扉間は己の隣からした殺気に思わず体を硬直させた。わかる、今。

 

「イドラ殿は、どこにいる?」

 

完全に切れた、兄が隣にいることを。

 

「兄者、落ち着け!」

「扉間、お前こそ、今どんな状態かわかっているのか!?彼女に何かあれば、今回の縁談は破談になる。何よりも、だ!あの子はマダラから預かった大事な妹であり、俺の妹にもなる子なのだぞ!?」

「わかっている!ワシが何の策も打っていないわけがないだろう?」

「・・・・そうか!それで、どうする?」

 

優秀な弟のそれに、柱間の怒りが収まったことに扉間はほっとしながらそっと視線をそらした。

 

「ひとまず、後のことはワシがする。兄者は屋敷にいてくれ。」

「なぜぞ?俺が行った方が話が早いだろう?家の者がしたのならば。」

「・・・いいから、ワシが。」

 

言いよどむそれに柱間は怪訝な顔をした。

 

「扉間よ、もしや。」

「兄者は待っておればいい!」

「いや、扉間よ。」

「いいから!」

 

扉間はなんとかその場から逃げようとしたが、それよりも先に柱間が言った。

 

「お前、もしや、イドラ殿のかんざしに飛雷神の術を?」

「し、しとらん!」

 

扉間は思わず否定したが、珍しい彼の動揺に柱間は確信を持ってしまった。

 

こいつ、贈ったかんざしに飛雷神の術のマーキングしてやがる!

 

手伝いの女衆は扉間のそれに引いていた。さすがに、束縛としてえぐくないか?

 

(愛情故かしら?)

(うーん、独占欲とも言えるかも。)

(あの扉間様がねえ。)

 

「と、扉間!それはさすがにだめぞ!」

「ダメもクソもあるか!兄者もイドラのふわふわ具合はわかっておるだろうが!さすがにあめ玉ではつれんが、ワシや兄者の知り合いと名乗れば信じてついていくぞ、あれは!」

「だからといって、それは、こう、だめだろう!?」

「ワシは忍なんでな。」

「忍が全ての免罪符になるわけではないぞ!?」

「ええい!事実、今現在、役に立っておるだろうが!」

「お前から純粋にかんざしを贈られてうれしがっておるイドラ殿はどうなる!?」

「今はそんなことを言っておる場合ではない!ワシは行くぞ!」

 

扉間はそのまま術を発動する。柱間はそのまま飛んだ扉間に叫んだ。

 

「イドラ殿にちゃんと伝えるんだぞ!」

 

 

 

「おい、貴様ら!いったい、何を・・・・!」

 

扉間は飛雷神の術で降り立ったそこでそう叫んだが、目の前の光景に固まってしまった。

 

「ほら、これも食べなさい。」

「わー!おまんじゅうですか!」

「こんぺいとうもあるぞ。」

「せんべいもどうだ?」

「御茶も入れたぞ。」

 

目の前にはイドラを孫のごとく囲んで茶をしばいているじじばばどもがいた。

 

「あ!扉間様、いつのまに!」

「扉間殿か、早かったな。」

「いいえ、遅かったぞ。」

「だが、他家に行ったのなら早いだろう。」

 

じじばばどもはそんなことを言いながら、暢気に茶を啜っている。その真ん中に満面の笑みでじじいに貰ったらしいまんじゅうをほおばりながらにっこにこのイドラがいた。

まんじゅうを食いながら笑うな、口元にあんこがついてるぞ。お前、今の立場、わかってんのか。というか、老害ども、貴様ら何をのんきに茶をしばいておる。状況わかってるのか?

 

もう、言いたいことはたくさんあった。けれど、それよりも先に口を開いた。ともかく、今の状況を先に片付けるべきだろう。

 

「・・・・ともかく、イドラは返していただきます。うちはからの預かり物、勝手に連れ出されては困ります。イドラ、来い。」

 

それにイドラは素直に立ち上がろうとしたがそれを古老の一人が止める。

 

「まあまあ、イドラ殿。先ほどの話は考えてくれたか?」

「ええっと。その、私は扉間様と結婚を。」

「いいや、うちの孫はどうかな?」

「うちの甥っ子の息子もどうかい?」

 

扉間は目の前の繰り広げられているそれに固まった。

待て、あんたらあんだけ婚姻に反対してたくせにどんだけ手のひら返ししてるんだ。なんで、孫なんて勧めてるんだ。

 

「長老方々!イドラはワシの妻になるのが決まっておるんだぞ!?」

「ふん、貴様のような鬼畜にイドラ殿を任せられるか。」

「そうじゃ、うちの未熟な孫の方がマシじゃ。」

 

その発言等々に扉間は確信した。また、何やらとんでもねえ誤解が生まれている。

そうである、また、とんでもねえ誤解が生まれているのだ。

 

「・・・・今まで散々、うちはの姫を迎え入れるなどとんでもないと否定しておきながらか?」

「ふん!そうであるとしても、お前さんのような奴に嫁にやるよりもましじゃ。」

「いい加減にしろ!何を言っておる!」

「扉間よ、お前さん、アカリのことはどうするんじゃ。」

 

それに扉間は少し黙った。自分の婚約者としてあてがわれていた女のことについて言われると痛い部分があった。

確かに、それに関してイドラに伝えていないことがあったためだ。が、重ねて言うが、後ろめたいことはない。

うずまきから帰ってくれば、顔は合わさせる気だった。できれば、会わせたくはないが。

 

「姉者に関してはすでに話が済んでおる。だいたい、どうするも何も、長老殿が進めておった話だろうが!」

「アカリ殿も可哀想じゃが、イドラ殿も可哀想じゃ。二股男に嫁ぐなんぞ。」

 

いったい何をしたらこんなに頑固者の、凝り固まった長老達を籠絡できるんだ?

扉間はイドラが凄腕のくのいちでないのかと疑うが、老人達の真ん中でまんじゅうの食べかすをつけておろおろしている様を見れば、そんな疑いは消え失せた。

 

「誰が二股だ!姉者とはそんな関係ではないわ!」

「何を!ならば、なぜ、保留にしていた!」

「それは!」

「あ、あの!」

 

ヒートアップしていく怒鳴り合いにイドラは慌てて扉間の前に躍り出た。

 

「ええっと、お孫様との縁談を勧めてくださり、ありがとうございます!ですが、私は扉間様と結婚したいのです!」

 

その健気な様子に全長老達が涙した。そんな奴に味方しなくても、うちはとの同盟が気になるのならば、自分たちの身内を紹介するのにと。

 

「本人もこう言っている。ともかく、イドラは連れて帰るからな。」

「扉間殿。思っておったんですがな。あなたこそ、イドラ姫とそんなに結婚したいほど好いておるんですか?」

 

その問いかけは扉間とイドラにぶすりと突き刺さった。まあ、当たり前だが。二人の結婚はほぼほぼ事故である。そこに愛云々を熱く語れるかと言われると、こう、難しいのだが。

扉間は黙り込んだ。

いや、そりゃ、まあ、愛などないので。

そんなことをぽろりと言いそうになった。

イドラは扉間を巻き込んだ罪悪感からか、あわあわと長老達に言った。

 

「わ、私がベタ惚れなんです!もう、扉間様以外見えないぐらい!ほとんど、私が押しかけ女房みたいなもので!」

 

もうイドラの顔は真っ赤っかだった。必死さと羞恥からのものだった。

その様子が余計にイドラの健気さを表しているかのようで、長老達は泣きそうになった。

そこで一人がそっと、イドラに聞いた。

 

「イドラ姫、そんなにも扉間殿のことが好きですか?」

「え、ええ!それは・・・」

「千手を赦せるほどに?」

 

それに今まで騒がしかった部屋の中が静まりかえる。扉間はその問いかけにイドラの顔を見た。その問いは、あまりにも直接的すぎる発言だった。

それでも、長老達には戸惑いは無かった。それは、扉間がやってくる前にしたものだった。

イドラは、今までの慌てた様子など忘れたように静かに微笑んだ。

 

まるで痛みをこらえるように悲しげで、まるで嘆く子どもをなだめるように優しげで、まるで、母親のように穏やかに。

 

「・・・私があなたたちを憎むならば、あなたたちにも私を憎む権利があると思います。私を憎むのならば、それでかまいません。私の願いは、ただ一つだけです。」

どうか、これから生きていく子どものことだけは憎まないでください。

 

それは、ひどく強い言葉だった。己を憎めとそれは言った。これからこの老いた者たちが幅を利かせる世界で生きていくというのに、それでも、己を憎めと赦すのだ。

 

「私は臆病者なのです。私はもう、大人になれたはずの子どもたちが、子どものまま。記憶の中で、薄れていくことに耐えられないのです。」

 

申し訳ありませんと、それは言った。

私は、選びたいものは決めました。私は、未来を選びます。

 

憎くないのかと、それに問うた。

女は、赦すでも、考えを放棄するわけでは無くて、その憎しみがあることを真っ向から肯定した。それでも、なお、女は耳元で囁く、赦すなと言うそれを切り捨てるのだ。

イドラは選んだというのだ、まろい頬、小さな手、朗らかな笑い声。

その潔さに、長老達は考えてしまったのだ。

 

彼らの周りに纏わり付く、愛しい子どもたち。

それとささやきと、子どもを天秤にかけて、女は幼子達を選択した。なら、自分たちは?

遠い昔に、いなくなった小さな体を思い出す。

自分たちが選びたいのは、そうだ、それでも、きっと。

 

「・・・そうかい。そう、かい。」

 

扉間は女を見た。女は穏やかに微笑んでいた。本当に、静かに、その目には憎めと言うにはあまりにも静かすぎて。

 

「扉間殿、あんたはどうだ?」

「そうじゃ、そうじゃ、この冷血漢。」

「お前さんこそ、イドラ姫のことをどう考えておるんじゃ?」

 

唐突に飛んできた矛先に扉間は固まった。

んなもん、ほぼほぼ詐欺みたいな搦め手で巻き込まれたんですが?どうもこうも、クソ女と思っていないと言えば嘘になる程度の感情だ。

 

「い、いえ!私のほうが縋っている身で・・・」

「イドラ姫、こういうときはきちっとしとかんと。」

「そうじゃ、千手の人間は多情なものも多いしの。」

「こういうとき、きちっと締めとかんと。」

「大体、お前さんこそ、イドラ姫のどこに惚れとるんじゃ!」

「そうじゃ。言うてみい!」

 

この老害ども、全員、ぶっとばしていいだろうか?

扉間は切にそう思った。

散々に反対しておいて、華麗な手のひら返しにキレていた。そこでイドラがそっと、扉間にしか聞こえない程度の声で言った。

 

(あの、ご無理はされなくても・・・・)

 

扉間は思わずイドラを見た。

というか、今現在、自分に降りかかっている受難の全ての原因、この女なのだ。

そう思うと、なんだろうか。

この女のことを徹底的に困らせたい衝動におそわれた。

 

(どうせ、これからそうなるのなら早くてもいいだろう。)

 

うちはマダラやその弟であるうちはイズナへのアピールのために、そうして、目の前のそれらを納得させるために。そうして、なんか、色々言われまくって、そんなに言うならいちゃついてやんよという意識のままに扉間はイドラに言った。

 

「イドラ、口を開けろ。」

 

イドラはきょとんとしながらかぱりと素直に口を開けた。扉間はそれにイドラに顔を寄せ、そのまま口を重ねると、己の舌をねじ込んだ。

 

「「「!?」」」

 

イドラと、そうして、長老達は驚きの表情でそれを見た。

なにか、こう、表現のしづらい粘着質な音が部屋に響く。イドラはもう、顔をゆでだこのようにしながら、じたばたするが、そんなこと扉間が赦すはずもない。

ようやく、イドラの口から扉間の口が離れれば、顔を真っ赤にして茫然と男を見上げる女の姿があった。

扉間はイドラのことをひょいっと抱え上げた。そうすると、イドラは羞恥心のあまり、扉間の肩に顔を押しつけた。

長老達は、あぜんと扉間の凶行を見つめていた。扉間は、もう、お前そんな顔できたんかと言いたくなるほど、良い笑顔で微笑んだ。

 

「可愛らしいことでしょう?」

 

あ、はい。

扉間のそれに長老達は思わず頷いた。

 

「もちろん、これに惚れた理由は数多くありますが、他人に語る必要も無いでしょう。これがワシの嫁になることは決まっている。口出しは余計だ。」

 

そう言ってイドラを抱えたまま、扉間は部屋を出て行く。それに、長老の一人が呟いた。

 

「あいつ、あんなに重い男だったのか?」

 

 

 

イドラはまるでダンゴムシのように丸まっていた。

扉間は部屋を出てすぐ、飛雷神の術で屋敷に戻っていた。そうして、己の自室にイドラを置いた。

イドラは、ひたすらに恥ずかしかった。だって、考えてみて欲しい。自分が何をされたのか。

 

(て、手さえ繋いだこともろくにないのに!!!)

 

男なんて兄弟ぐらいしか近しくないイドラにはあまりにも扉間の行動は刺激が強すぎた。扉間は柱間に知らせようと思ったが、それよりもイドラの様子にざまあみろと笑みがこぼれてしまった。

 

「どうした、イドラ?」

 

わざと優しく話しかけた。もう、気分が良かった。その真っ赤な顔を見れば、予想通り男の経験なんてなかったのだろう。

真っ赤になってその場で蹲るそれに扉間はもう、笑みがこぼれてしまった。

この頃自分が苦労した諸諸の、本当に少しぐらいはこの女も苦労して、心を乱されればいい。まっしましになったストレスのままに扉間はイドラの様子に笑みがこぼれた。

この時点で、手を出した云々が否定できなくなったのだが、初めてイドラにやり返せたというすっきり感に扉間は酔いしれていた。

 

元より、イドラと自分の仲を疑うものには丁度良い宣伝になるだろう。古老達のことだ、普段ならば絶対にしない扉間のそれを広めてくれるだろう。

もう、他の氏族にまで自分の熱愛云々が広まっているのだ。

扉間はもう、なるようになれと思っていた。そうだ、今まで散々に躱し続けた縁談だとかの話が来なくなるのなら万々歳だ。扉間がイドラへ熱を上げているというのならば、それこそ和平の話が強固になるのだと、そう思っていたとき。

イドラは、当たり前のように爆弾を落とした。

 

「あ、あの。扉間様、以前から言いたいことがあったのですが。」

「なんだ?」

 

顔を真っ赤にして動揺しまくっているイドラのそれに扉間は、ざまあみろとにっこにこしてしまう。

 

「す、好きな人が出来たら、いつでも言ってください!和平のことがあるので離婚は無理ですが、なんとか存在を認めてもらえるように兄様や一族の者は説得しますので!

私は扉間様の味方ですから!」

 

それに扉間はまた、かちんと固まってしまった。

 



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物事も、恋路云々もやっぱり段階って大事だろう

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

扉間さんは猫を吸うみたいな感覚でイドラさんの頬をつまんでます。


 

 

「嫌では無かったのか?」

 

そう言われたとき、うちはイドラはなんと言えば良いのか、わからなかった。

それは丁度、イドラに同情し始めた長老達からの問いかけだった。

 

例え、何があったとしても、お前の愛した男は、その一族はお前の愛した誰かを殺したのに。

 

それにイドラは、不思議と、無意識のうちに笑みを浮かべていた。それは歓喜の笑みだとかでは無くて、どんな顔をすれば良いのかわからないというような、そんな表情だった。

じっと、自分を見ている老いた人たち。

彼らはイドラのことを見ていた。イドラの本心を見ていた。彼女はそれに、取り繕うだとか、そんなことを考えることも無かった。

ただ、以前のように、するりと言葉を吐いた。

 

「もしも、私が子を産んだとき。その子に同じ目にあって欲しくないんです。」

もう、子の葬式に出たくないんです。うんざりしているんです。

 

イドラはじっと、その、老いた瞳をのぞき込んだ。苦しいことも、悲しいことも、散々に見てきた瞳を、じっと見つめた。

 

「扉間様のことは好きです。優しい人です。厳しくて、でも、誰かのために生きれる方です。」

イドラの脳裏には夢の中で見た男のことを思い出した。きっと、きっとと、イドラは笑った。

 

「私が死んでも、扉間様は、誰かを憎むんじゃなくて、誰とも争わない選択をしてくださるだろうから。」

だから、好きです。だから、私は。

「扉間様には幸せになって欲しいんです。」

 

それに長老達は、そうだ、胸を打たれてしまったのだ。

それは、恨んでいるのは嘘ではないと言った。それは、憎んでいないとは言わなかった。

ただ、彼女は、幼い子どもたちのことを、大人になった彼らのことを思っていた。

怨めと囁く声がした。

けれど、彼らにだって、愛しい子どもたちが、幼い子どもが近くにいて。

だから、だろうか。

信じてみたいと、思ってしまう自分がいた。

 

そこまでか。

ああ、そこまで、無垢に笑う娘よ。その裏に、傷を抱えた女よ。

お前は、扉間を愛しているのか。

 

長老達はそれに見ていたくなった。その、女のことを。その女を愛した扉間のことを、ただ。

それは扉間がくるまでに交わされた会話だった。

 

 

 

まあ、んな純愛要素がその二人にあるわけはないのだが。

それはそうとして、千手扉間は固まっていた。

 

好きな人?

自分に、好きな人?

いや、その前にこの女、何言ってるんだ?何故、自分にこれからいい仲になる人間が出来るのが前提なんだ?

いいや、その前に、何を自分で身を引く気まんまんなんだ?

 

扉間はこの頃珍しくないような、宇宙を背負いながらイドラを見た。

そんなイドラは驚いている扉間にああと思う。

 

(扉間様、そうですよね。驚いておられますよね。扉間様、なんだかんだで真面目な方。私に気を遣われて言い出せないでしょうが。ご安心を、私、これでも忍ですので。)

 

扉間が聞いていれば、固まっている理由から全て遠のいているし、何よりも、忍関係ねえし、つーか、お前は忍を名乗っていいのか?

全てをわかっていますよと言う慈悲深いそれに扉間は正気に戻った。

こいつ、まためんどくせえ勘違いを振りまこうとしてやがる。

 

「いらん気を使うな!先ほども言ったが、ワシと貴様の婚姻は和平に重要な物だ!それを、他の女の存在を赦せなんぞ言えば、貴様の兄弟がどうなるかわかるだろうが!?」

「で、ですが、今回の婚姻は私の、ものすごい巻き込み事故で、なので、扉間様には幸せになっていただきたく。」

「それを余計なことだと言っているんだ!元より、ワシは誰とも婚姻を結ぶ気はなかった。女など、貴様一人で十分だ!」

 

女にはこりごりである。それは扉間の素直な感想だった。

それにイドラはむううと幼子のように口をとんがらせた。そうして、扉間に言った。

 

「扉間様は妻の役割というものを理解していないのです。母様が言っておられました。男性というのは、外では変に肩を張ってしまうもの。それを癒して差し上げる。それこそが、妻の役割です。扉間様は真面目な方。家庭で癒してくださる方が必要なのです!」

 

それに扉間はすんとどこぞのスナギツネのような顔をした。

自分の妻はお前なのだから、それはお前がするべきだろうが。

扉間は目の前のそれの独特の価値観をどう攻略すればいいのかわからなかった。ただ、今、目の前の妾、どんと来いみたいな感覚をなんとかしなければ百パーセントで、柱間とうちは兄弟からの諸諸が来る。

簡単に言うと、真数千手だとか、須佐能于だとかが来る。

さすがにそれは死ぬと扉間も理解していた。

 

「もう、貴様でいいだろう……」

「何を言うのですか!こういったことに妥協してどうするんですか!?」

 

逆に聞かせて欲しい。お前こそ、なんでそんなに必死なんだ。

 

「あ、ご安心ください。もしも、妾様や他の女性に癒やしを求めても、ちゃんと私が守ってあげます。私は、あなたのことを愛していないので。」

 

は?

は?????????

何言ってるんだ、こいつは。

 

「すでにばれているようなので、素直に話すのなら、今回の、その、諸諸は私が和平のために行った、その、狂言の部分が大きいです。なので、正直言えば、いえ!扉間様は非常に魅力的な方です!ですが、男女の関係等については、こう、ぴんと来ず。」

 

そのイドラの言葉を扉間は確かに聞いていた。聞いていたし、理解していた。けれど、頭の中ははてなで一杯だった。

頭の中には、今までイドラにされたこと、ほっぺたへのそれやら、夜に男の布団に潜り込む(ねぼけて)ことやらが一緒に浮かんでいる。

お前、え、あんだけ自分に尻尾振り回して、おまけに好意ダダ漏れのくせに愛してないってか?

 

(こいつ、好いてもいない男にあんなことをするのか?)

 

ふざけないで欲しい。うちはの教育を疑ってしまう。湧き上がった怒りの中で、ふと、扉間はイドラのつけているかんざしに意識を正した。

それは、自分がやらかした、まあ、かんざしの破壊である。

それに扉間は自分の行いを振り返った。

いや、確かに自分のしたことは最低だった。

自分に好いて欲しいから、かんざしを買った。健気な話だ。扉間自身も、ちょっと、かんざしを奮発してしまった自覚はある。

なんだかんだ、イドラからのわかりやすい歩み寄りだった。

 

もしかして、だ。あの一件で自分の信頼、めちゃくちゃ墜ちてんじゃねえか?

 

普通に考えれば、マダラへの告げ口があっても文句は言えない。けれど、イドラはすれ違いがあったからと収めたわけだ。

この天然は、自分じゃ愛せる自信が無いけど、扉間には幸せになって欲しい。そうだ、妾をもってもらおう。

 

(こいつの思考回路なら、ありえる。)

 

扉間は頭を抱えた。いや、確かに発端は自分だ。やったことも悪い。いや、イドラにも責任がないわけではないが。それはそうとして、全体的に自分が悪い。

扉間はなんとか、イドラに思いとどまって貰おうと口を開こうとした。

その時、イドラがおずおずと口を開いた。

 

「……それに。その、扉間、様。先ほどのことなんですが。」

「先ほど。」

 

イドラは顔を下に向けて、そうして、ぼそぼそと言った。見れば耳から首まで真っ赤になっている。

 

「さ、先ほど、古老様達の前で、その、口吸いをされましたが。」

「ああ。」

「あれで、私は、扉間様を支える自信も無くなりまして。」

「何故だ?」

 

扉間が不審そうに顔をしかめれば、イドラは真っ赤な顔を上げて扉間を見た。

 

「あ、あれだけで、私は心臓が止まるんじゃないかと思うほど、今だってばくばくしているんです!め、夫婦に成り、子を作るとき、もっとすごいことをするんですよ!?そんなことをしたら、私の心臓はもちません!!」

 

いや、まあ、それに扉間は思わず、こう、ギュウウン!!と来てしまったのだ。

扉間はぷるぷる震えながら、口元を手で覆い、イドラから顔を背けた。

 

(……こやつ、本当に、どうしてやろうか。)

 

もう、自分でもイドラに対してなにをどう思っているのかわからない。ただ、こう、胸の中にギュンギュンと来るものがあって。

その扉間の様子に笑われていると思ったイドラは抗議の声を上げる。

 

「扉間様と違って、私は兄様とか、あと、従兄達ぐらいしか男性の方とは付き合いが無かったんです!血継限界のこともあるので、色事の任務もありませんでしたし。しかたがないんです!というか、あのようなこと、人前でするなんてありえません!!」

 

顔を真っ赤にして抗議の声を上げるイドラに、扉間は緩みそうになる口元を押さえて、彼女の方を見た。

 

「……ともかく、だ。お前の他に妻を迎える気はない。そういった性質の人間で無いことぐらい、わかるだろう。」

「でも……」

「慣れろ。」

 

断固としたそれにイドラはめしょっと顔を歪ませた。が、扉間は気にしない。そうして、少し、笑っていた。

 

あー、お前、やっぱり俺のこと好きなんだね。はいはい。

 

みたいなウザめのどや顔を晒していた。もちろん、そんなことにイドラが気づくはずも無く、何か機嫌がよさそうだなあなんてことしかわからなかった。

 

「ですが、扉間様。」

「なんだ、妾云々は……」

「結局、アカリ様のことはどうされるおつもりなんですか?」

 

それに扉間は黙り込んだ。いいや、けして、後ろめたいことがあるわけではないのだが。ただ、こう、色々と事情がある。

というか、ぶっちゃけた話、扉間は従姉に当たり、そうして早くに亡くなった母の代わりに色々と世話を焼いてくれた女のことがひどく苦手だった。

ちらりと、イドラを見た。

会わせなくてはいけないのだ。いいや、何があっても、アカリという女は千手の奥まった部分で一番に地位のある女だ。

ならば、彼女との接触は、イドラにとっては最重要であり、最優先しなくてはいけないこと。

 

「……あれとはただの利害関係の一致に過ぎん。時間を作って、会う時間は必ずもうけよう。」

「わかりました!」

 

そう言った扉間にイドラはぴょんと抱きついた。

 

「なんだ?」

「慣れる練習をしようかと。」

 

それに扉間の中でまた、こう、ぎゅんと来るものがあるわけで。

 

(……くそジジイ共にまた、話をしに行かねばな。)

 

そんなことを思いつつ、扉間は帰宅時から望んでいた、イドラの頬を思いっきりもちもちとつまんだ。

 



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人生では一度は泥棒猫って言ってみたい。言ってみたくない?

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イドラさん、あんまり出ない。


 

 

 

「兄様!でっかいカブトムシがいました!」

 

うちはマダラの中に残っている妹の姿はそんなものだった。

 

 

うちはイドラという少女は、もう、端的に、一言で言うのならば馬鹿な子だった。

もう、大人の範囲になっても、マダラにでっかいカブトムシだとか、カマキリの卵だとかを見せてくる子だった。

猫や犬を見ると、ふらふらと付いていったり、面白い形の雲を暇さえあればじっと眺めてしまうような子だった。

 

だからといって、考える力が無いというわけではない。訓練にはついていったし、戦場に出るようになっても生き残った。

よかったと、そう、安心した。

弟であるうちはイズナと、妹のうちはイドラ。

その二人だけは失えない。自分に残された、ただ二人の可愛い弟妹。

 

兄様、おうちのことは任せてください。

兄様、イズナまで戦に出るのですか?

兄様、父様がいなくなっても私が頑張りますから。

兄様、イズナまで万華鏡写輪眼を・・・

兄様、私も写輪眼を開眼しました。これで、一緒に戦えます。

兄様、また、お葬式をあげなくては。

兄様、私は大丈夫ですから。イズナのことを気にかけてやってください。

 

可愛い妹。自分の後ろをついてくる、可愛い妹。母に、父に頼まれた愛らしい女。強い、自慢の女。

朗らかで、いつまでも子どものようなところのある女。

 

(お前達がいるのなら、お前達だけが、幸せなら。ああ、それだけで。俺は、それだけで、幸せで。)

 

戦場で戦って、戦って、戦いたくもない奴と戦って。

それで、ふと、後ろを見た。

 

兄弟の中で、一等に無邪気だったイドラ。兄弟の中で一等にいたずら坊主の甘ったれのイズナ。

 

(いつからだ。)

 

いつから、だろうか。二人が心底笑うのを見なくなったのは。

 

 

 

「兄さん!」

「ん?ああ?」

 

物思いに耽っていれば、そう声をかけてきたのは弟のイズナだった。

 

「どうかしたか?何か問題でもあるのか?」

 

今現在、マダラは弟のイズナを含めた護衛数人と千手の里まで移動していた。イドラが千手の里で過ごし、うちはの里に帰ってくるまで後一週間ほどになる。

 

(まあ、俺に護衛がいるのか、は考えなくていいか。)

 

丁度、川辺で休んでいた一族の者を視界の端に確認しながら苛立っているらしいイズナを見た。

 

「・・・・本当に、姉さんを嫁がせるの?」

「また、その話か?」

 

マダラはイズナのそれに特別怒ることもなかった。マダラとしてもイズナがそこまで言う理由もわからないわけでは無かった。

 

「だって、兄さん、わかってるだろ?嫁ぐって言っても千手なんだよ?」

「だが、これ以外に手がない。あれだけのことがあって、それ以外にイドラの選択肢はない。お前にもわかっているだろう?」

 

マダラは適当な石の上に腰をかけて、川を見た。

 

「・・・・兄さんは、納得してるの?扉間だよ!?姉さんを手込めにして、子だって流れて!そんな奴に姉さんのことを任せるなんて。」

「わかってる。だが、あいつのことに関しては千手でも十分に汚点だろう。互いにこのことは隠したいしな。柱間が責任を取らせるって言ってるしな。」

 

イズナもそれに対しては少し黙る。

イズナとて末っ子だ。兄に可愛がられていても、上と下における力関係については察せられるものはある。扉間の方が発言権があるようで、本当に譲れないことに関しては兄である千手柱間のほうが強いのだろう。

 

「それに、お前も知ってるだろ。扉間の奴、イドラにベタ惚れだぞ。」

「・・・それ、柱間の手紙からだけでしょ。俺は、納得いかないよ。」

 

その言葉にイズナは口元を噛みしめた。

 

 

千手との和平を、納得できる心と、納得できない心がある。

うちはの中でも、特に非戦闘員はイドラの件で少なくとも大きな戦が終ることにほっとしていた。元より、うちはにとって脅威になる氏族は少ない。

その中で際立っていた千手。それと戦わないというのならば、だいぶ負担は減る。

 

イズナは不安だった。

現在、イズナとマダラは現役で戦えている。けれど、彼らにもわかっていた。万華鏡写輪眼が有限であることを。

もしも、自分たちの目が見えなくなったとき。

千手柱間、そして、血継限界を持たずとも自分と渡り合えていた千手扉間と戦になれば。

うちははどうなる?

兄は里を作るという。子どもが死ななくていい場所を。幼いままに死んだ兄弟たちのようにならないように。

だが、その里に入り、うちはは平穏に、誇りを忘れること無く生きられるのか?

血継限界は貴重だ、写輪眼のように強力なものならばなおさらに。

 

うちはは、緩やかに、滅びていくんじゃないのか?

死んだ者たちの無念はどうなる?

 

「兄さん、俺は。」

「・・・・イドラがな、笑ってるんだよ。」

 

ぽつりと言ったそれに、イズナは不思議そうな顔をした。それにマダラは淡く笑みを浮かべた。それに、イズナは、ああと思う。

もう、いつからだろうか。兄が笑わなくなったのは。いつからだろうか、兄が笑うようになったのは。

 

幼い頃、記憶の中で、己よりも突拍子も無いことをしていた姉が、笑わなくなって、物思いに耽るようになったのは、いつからだろうか。

 

イズナ、ほら、でっかい猫!

イズナ、戦場に行くの?

イズナ、怪我しないでね。

イズナ、ねえ、あなたは帰ってきてくださいね。

イズナ、そんな顔をしないで、姉さんこれでも強いから。

イズナ、どうしてそんな顔をするの。みんな同じでしょ?

 

イズナ、弱い姉で、ごめんね。

 

千手から届く手紙があった。

そこに書かれるのは、本当にたわいもないもので。

日々のこと、千手の食事の味付けに、柱間のくれる菓子の話、やさしくしてもらっているということ、庭で見つけるでっかい猫。

そうして、千手扉間のこと。

 

マダラは文章を書くのが趣味だ。若くして父も亡くなり、写輪眼の開眼後に族長に納まったマダラには気軽に相談できるものがいなかった。そのせいか、マダラは何か悩みや、解決できないことがあると、文字を書くことで考えを整理する癖があった。

それに習って、イドラも筆がまめな部分があった。

 

幾枚も書かれるそれは、どこか、今まで張り詰めた姉では無くて、昔、笑っていた姉のように思えて。

それに心がゆらぐ。このままで良いのではないだろうか。

姉が、ようやく笑ってくれた。兄も幸せそうで、それなら、いいじゃないか。

 

(でも。)

「おーい!」

 

突然の声に川向こうを見ると、そこには、何故か千手柱間と、そうして、千手扉間。

 

「柱間!?」

「マダラー!!」

 

イズナはちらりと兄を見た。兄は、驚きの中に嬉しげな何かが混じっていた。

それに、イズナは、ああと思う。

 

(どうして、兄さんも、姉さんも、千手なんかに。)

どうして、自分じゃ、兄と姉を笑わせることも出来ないのだろうか。

 

 

「おい、早く行くぞ。」

「いや、行くのはいいんだが。なんで、お前らここにいるんだ?」

 

柱間はマダラの隣でにこにこ笑っていた。それを扉間が据わった眼で睨む。扉間たちがいるのは、千手の里の近くの森の中だ。

 

「・・・お前の来訪が待ちきれずに仕事を抜け出した兄者をワシが追いかけてきた。」

「お前、さすがにダメだろ・・・」

「なんでぞ!久しぶりにマダラが遊びに来てくれたというのに!」

「遊びじゃねえよ!今後の里についての話し合いと、イドラの様子を見に来たんだよ!」

「そう言えば、姉さん元気なの?」

 

今まで黙っていたイズナが扉間を見ながら言えば、彼はため息を吐いた。

 

「ああ、女衆にも馴染んで家のことをしている。うちの行事ごとにも興味津々だ。」

「でも、食欲が無いようなのは心配ぞ。」

「え、ご飯食べられてないの!?」

 

イズナが心配そうにそう言うと、扉間が呆れた顔をした。

 

「イドラは、というよりも、うちはの人間は食が細いといくら言えばわかる?」

「でも、幼子よりも食べておらんぞ?」

「なんだよ、お前らそんなに食うわけ?」

「こいつら、どんぶりに米、三杯は食うぞ。」

 

それにイズナはうえとドン引きするように千手兄弟を見た。

 

「お前ら、そんなに食うの?」

「俺としては、うちはの人間はそれだけしか食わんと聞いて心配ぞ?」

「お前らの燃費が悪すぎるだけだろうが。」

 

イズナと柱間の話を聞きながらマダラが扉間に話しかけてきた。

 

「そういや、扉間。お前、イドラにかんざしをいくつか贈ったんだろう?」

「・・・・ああ。」

 

扉間はそれに非常に気まずそうな顔をした。マダラは苦笑する。妻になる女の兄弟にこういったことを言われるのは少々落ち着かないやもしれないと。

 

扉間としてはほとんど破れかぶれというか、イドラの買ったかんざしを壊した罪悪感によるもののため、気まずさが勝っていたのだが。

そんなことを知らないマダラとしては、妹が男にかんざしを贈られるような年になったことが、切なくて、そうして感慨深くある。

ああ、すっかり、大きくなったのだと。

 

「礼を言われることではない。当然のことだ。」

 

内心では心臓ばっくばくで扉間はマダラから視線をそらした。それをマダラは恥ずかしいのだろうと、淡く笑った。それを誤魔化すように扉間は、何故か好きなおかずの話になっているイズナと柱間に声をかけた。

 

「おい、二人とも、そろそろ行くぞ。イドラが待って・・・・」

 

そこで扉間は己の頭上に気配を感じた。それに上を見上げると、鳥が自分の方向に向かってきているのが見えた。

それにうちはの人間は警戒するように構えるが、扉間はそれを止めた。

 

「待て!うちの鳥だ。」

 

扉間の腕に乗ったそれの足にくくりつけられた、知らせに彼は目を通す。

 

「何かあったのか?」

「ねえ、あの鳥は?」

「うちの連絡用の鳥だ。里で何かあったのか・・・」

 

そんなことを言っていると、知らせを読んでいた扉間の顔色が悪くなっていく。

 

「な、何があった?」

 

扉間の様子に柱間が問いかけると、扉間が顔を上げた。

 

「・・・・あ。」

「「「あ?」」」

「・・・・アカリ、姉者が今、里に帰ってきてイドラと話をしていると。」

 

それに柱間があああああああと、なんとも言えない顔をした。それに事態が飲み込めないのがうちはの人間だ。

 

「おい、アカリって誰だよ?」

 

それに扉間と柱間は顔を見合わせた。何か、嫌なものを感じたイズナが二人に詰め寄る。

 

「おい、言えないことなのか?」

「いいや!違うぞ!姉上は、アカリは、扉間の元許嫁ぞ!」

「ばか!!」

 

扉間が焦った声を出すが、それよりも先にイズナが扉間の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい!姉さんがいるのに、許嫁ってどういうことだよ!?」

「イズナ、写輪眼は仕舞え!ええい!許嫁といっても、老人連中が決めただけで、何の関係もない!」

「何の関係もない!?なら、なんでそいつが姉さんをわざわざ訪ねるんだよ!?何かあったからそうなったに決まってるだろ!?」

 

まあ、確かに傍目から見ればそうとしか見えないのだが。

 

「大体、許嫁がいるのに姉さんに手を出したのか!?そのアカリって奴に不誠実すぎるだろ!?」

「この立場だ!許嫁なんぞ、いくらでもいるだろう!?そういう貴様はどうなんだ!?」

「こちとら、とっくに責任果たして、息子もいるわ!」

 

え、まじか。

千手の二人は目の前の最年少を見た。それに柱間がマダラを見る。

 

「マダラも、もう結婚しているのか?」

「・・・俺は、婚姻間近まで行ったのは行ったが、相手が病死してな。そのまま丁度良い年の奴もいなくて宙ぶらりんだ。そんな暇なかったからな。」

「お前、子どもいたのか?」

「ふん、息子がいるよ。といっても、奥さんはもう、亡くなったけどね。」

「柱間、お前もまだ結婚してないのか。」

「まあ、扉間とイドラ殿のことが終れば、俺もおいおいぞ。」

「どっから嫁を取るんだ?」

「親類のうずまきぞー。」

「へえ、紹介しろよ。お前の愚痴なら付き合ってやれるしな。」

「・・・・なんか、俺よりも仲良くなりそうで複雑ぞ。」

 

そんな会話を聞きながら、うちはの忍はその四人を見た。千手とうちは、忍の中でも最高峰の人間だ。

そんな四人中、三人が結婚もしてなければ、子もいない現状。

ちょっとどころではなく、大分やばい。これ、誰かが死んでたらどうする気だったんだろうか?

 

(・・・思ったよりも、ギリギリの状態だったんだな。)

(大丈夫なのか、うちはも千手も。)

(イドラ様、大丈夫かな?)

 

「て、こんなこと話してる暇はないんだよ!それで、なんでそのアカリって女は姉さんに会いに来てんだよ!」

 

聞こえてくる兄たちのまったりとしたそれをイズナは振り切った。そんな間も、うちはの護衛達の冷たい視線が扉間に降り注ぐ。

それに扉間は苦虫を噛みつぶしたかのような顔をした。

 

「・・・いや、おそらく、敵意はないんだろうが。」

「じゃあ、なんだよ?」

「おそらく、まあ、好奇心もあるだろうが。のお、扉間。姉上、怒ると思うか?」

 

それに扉間と柱間は顔を見合わせた。そうして、十中八九、だろうなと頷いた。それにイズナは不審そうな顔をした。

 

「イドラに危険は無いのか?」

「それは絶対に無いぞ。」

「・・・・ともかく、帰るか。できるだけ、ゆっくりと。」

「どんだけ会いたくないんだよ。」

 

 

イズナは焦って、千手の里に飛び込むように到着し、そうして、柱間と扉間の屋敷にやってきた。頭の中では、ひたすら、姉のことを案じていた。

 

「姉さん!」

 

アカリと、イドラがいるという部屋にイズナは扉間と柱間、そうして、マダラと共に入り込んだ。

 

「・・・静かにしてください。」

 

部屋に入り、出迎えたのは赤毛の女だった。そうして、何故か、イドラはその女の膝に頭を乗せて暢気に寝ていた。

扉間の元許嫁と、嫁(仮)の二人の光景にイズナは思わず口を開いた。

 

「ど、泥棒猫!?」

 

それに、その場にいた三人は同時に思った。

 

どっちがどっちだ、と。

 



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美人なお姉さんは好きでも覚悟の決まったお姉さんは怖いです。

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

長くなりそうなので、良いとこで切りました。


ソースになるうちはの人格例がイタチとサスケだから、なんかうちはの人間は天然の気があるように感じてます。


 

 

ちっちゃい頃に明日、ものすごい楽しみなことがあると非常に早く起きてしまう子っていなかっただろうか?

うちはイドラとはそういう子だった。

 

(兄様と、イズナ、早く来ないかな?)

 

もう、夜も明けない内から起きたイドラはその日は家事などはせずにそわそわとしていた。本音を言うならば玄関で待っていたかったぐらいだが、さすがにそれははしたないと周りに却下された。

そのため、渋々であるが、己の自室というか荷物置き場にしている部屋で待っていた。

いつも通り、うちはの独特の首の部分を覆った外套を着ていた。

千手に来た時とは違うのは、その長い髪をまとめた月の意匠が施されたかんざしだった。

 

(扉間様に選んで貰いましたし。兄様達に自慢しましょう。)

 

兄たちの顔を考えて、イドラはうきうきしていた。ただ、千手柱間がいなくなったと慌てて追いかけていった千手扉間を心配していた。

その時だ、廊下の方がにわかに騒がしくなった。

 

「アカリ姫!お待ちを!」

「私たちが扉間様に叱られます!」

「お待ちを!」

 

なんだなんだなんだ????

 

イドラは何かあったのかと廊下に面した障子を開けようかと思って立ち上がろうとした。それと同時に、障子が勢いよく開いた。

 

やたらどえらい美人が来た。

 

それがイドラが女を見たときの感想だった。

 

「・・・・あなたがうちはのイドラ姫か?」

「は、はい。」

 

イドラは思わず頷いた。圧されるほどに女は迫力があった。

まず、女は非常に美しかった。千手にしては珍しい、鋭い赤い瞳は彼女の凜々しい顔に、鋭利な印象を受けさせた。真っ白な肌は、それこそ姫と呼ばれるにふさわしい。

何よりも、紅蓮のように赤い髪はバラのように華やかな印象を受けさせる。

そうして、何よりも目が行くのは、その、凍り付いたような無表情だろうか。

何よりも、女にしては長身で、迫力は抜群だった。

 

(赤毛のスレンダー美人、いいですね!)

 

何が良いのかは置いておくとして、イドラはうんと頷いた。

 

「姫様!」

「・・・・お前達は下がりなさい。」

「で、ですが!」

「扉間と柱間には私から言っておく。行きなさい。」

 

迫力抜群のその声音に、屋敷の手伝いをしてくれている女衆はすごすごと、けれど、不安そうにイドラを見ながら下がっていく、

女は、部屋の真ん中に座っていたイドラの前に座った。そうして、変わること無い無表情でイドラを見た。

はっきり言おう、めちゃんこ怖い。扉間と通ずる圧を感じて、イドラはめしょめしょしながら、なんとか賢そうな顔を保ち、女の言葉を待った。

何かあれば、忍術使ってとんずらをこく気だった。

女は深々とイドラに頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。イドラ姫。このように挨拶、そうして、謝罪が遅くなったこと、誠に申し訳ありません。」

 

それにイドラは目の前の存在が何であるのか、理解した。

イドラは必死に賢そうな顔を保った。そうして、口を開いた。

 

「こちらも、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。アカリ姫。」

 

それに千手アカリは静かに頷いた。

 

「・・・・・・・・・・」

(ねえええええええ!せめて、なんか喋ってくださいよ!!)

 

イドラは二人の間に広がる沈黙に心の中でえーんと泣いた。目の前の焔のような女は沈黙を保ち、じっとイドラを見ている。

気まずい。いや、元許嫁と、結婚予定の相手なんて気まずい以外のことなんてないだろう。

というか、この状態で何を言えば良いのだろうか。

 

(あなたの許嫁、寝取っちゃいました、とか殺されても文句言えませんし。扉間様は、利害関係と言ってはいたけど。)

 

けれど、利害関係だけの女がわざわざイドラを訪ねてくるだろうか?いいや、それはない。ならば、何故か。

 

(もしや、アカリ様、扉間様に本気で?)

 

イドラの中には、弟のように慈しんでいる扉間に健気に恋する赤毛のスレンダー美人の想像で一杯になった。

 

(そ、そんな!いい!やっぱり、扉間様、私が頑張ってキューピッドになってみせますので!)

 

また勝手な暴走をしようとしていたイドラにアカリが話しかける。

 

「・・・・イドラ姫、突然の来訪を驚かれたと思います。ですが、今回、私がこちらを唐突に訪ねたのは理由があるのです。」

「え、あ、はい?」

「私は、扉間とは、あの愚弟とはまったくと言っていいほど関係もなければ、好意もありません。というか、まったくと言っていいほどタイプではございませんので。そこら辺を言っておかねばと思い、はせ参じました。」

 

ぽくぽく、ちーん。

 

そんな音がイドラの中で響き渡る。

 

「は、はあ?」

「扉間とは、あくまで弟で、宗家という血筋上許嫁の地位にあっただけで、まったく、これっぽっちも男として意識さえもしておりませんので。どうか、誤解無きように!」

 

めっちゃ力強く言ってくるやん。

 

「は、はい、わかりました。」

 

イドラは固まって答えた。その、アカリのそれになんて答えて良いのかわからなかった。その赤毛の女は、全ての台詞を見事な無表情で言ってくるのだ。

そのくせ、声音だけはやたらと感情豊かで、視覚と聴覚の落差にバグが起きる。

イドラの頭の上でにはてなが浮かんでいるのを察したのか、アカリはああと頷いた。そうして、己の頬をむにむにと揉んだ。

 

「すまない。この鉄仮面は昔からなんだ。子どもの頃に色々あって、そのままだ。気にしないでくれれば良い。」

 

何があったんですか、とは聞けなかった。

この地獄には、悲劇なんてまるで石ころのように転がっている。ならば、目の前の、綺麗で、怖そうな女性にも地獄があるのだろう。

うちはイドラにはうちはイドラなりの地獄があったように。

 

「・・・などと言っても、怖いだろうな。申し訳ない。」

「い、いいえ。怖いなどとは。綺麗だと、思います。」

 

それはイドラの素直な言葉だった。それに、本当に微かにアカリの眉が動いた。イドラはそれに相手を不快にさせただろうかとじっと見た。それに、アカリは本当に微かに、口元をほころばせた。

 

(ミリ単位レベルの、その違い。ツンデレのうちは生まれの私じゃ無いと見過ごしてましたね。)

 

イドラはなんとなく、少々ため込む性質のうちはの中で育ってきたためか。目の前のそれが自分の敵ではないと感じ取ることが出来た。

伊達に数十年、可愛がられていないのだ。

 

「・・・・イドラ姫のように可愛い子が、なぜ扉間になんて引っかかってしまったんだ?」

「え、か、可愛いですか?」

「ああ、十分に可愛いと思うが?」

 

イドラはアカリのそれに顔を真っ赤にした。綺麗とか、美人とか言われたが、可愛いなんて初めて言われた。顔の系統のこともあるだろうが、ちょっとかっこいい目の美人なおネイサンに可愛いと言われるのはなかなかドキドキしてしまう。

そんなイドラにアカリはそっと、手を伸ばした。そうして、見事な鉄仮面であるとは言え、やたらと美人なお姉さんの顔面を間近で見るのは違う。

扉間との、あれやこれやで迫られたのはまた違うドキドキだ。

というか、扉間よりもドキドキしてるかもしれない。

 

「・・・イドラ姫。それで、私としても聞いておきたいことがある。」

「は、はい。何でしょうか?」

「今回の婚姻、本当に望んでのものなのか?」

 

それにどきーんと、今までの比ではないぐらい心臓が跳ねた。

 

「ど、どういう意味でしょうカ?」

「私が今回、帰省を知らせずにだまし討ちのように来たのは、あなたの真意を知るためだ。私も宗家の娘だ。ある程度、婚姻には諦めもついている。だが、あなたの状態は特殊すぎる。もしも、扉間に無体をされ、そうして、家の状態のためだけに無理に婚姻するというのなら。私が何に代えても、あなたを守ろう。」

(あー!お客様!いけません!いけません!そこそこ真意を抉られると私もなんて言えば良いのかわからなくなります!)

「・・・・イドラ姫。」

 

イドラは思わず視線をそらしたが、その、心の底から心配げな声に思わず反応してしまう。

そちらを向くと、そこには、変わらない鉄仮面であるとは言え、目をうるうるさせたアカリの姿があった。

 

「大丈夫か?その、もしも、あの馬鹿がつくような現実主義者に脅されているのなら、全力で柱間と仕置きをするが。」

「仕置きというと、何を?」

「・・・そうだな。イドラ姫にした無体は本来なら赦されることではない。ただ、千手でもあそこまでの判断能力を持ち、為政者として特化した人間も他にいないからな。命を捧げるというのも、難しい。イドラ姫も、和平を望まれているのだものな。」

 

アカリは少し沈黙した後、ぼそりと言った。

 

「・・・潰す、か。」

(何を!?)

 

いや、ナニを!?

イドラは扉間のそれが潰されようとしていると察して、アカリに縋り付く。

 

「い、いえ!私、扉間様大好き!本当に、心から、大好きなので!なので、大丈夫です!それに、今回の和平に亀裂も入りますし!」

「そうか?扉間も子を欲しがっていなかったし。それに、イドラ姫。」

 

アカリは澄んだ瞳でイドラに言った。

 

「あれらの母君に後を頼まれていたというのに、こんな不祥事を犯したのだ。おば様に合わせる顔も無い。本当の意味で、そういった償いを望んでいるというのなら。あれらの母に代わって、私がそれをするべきだ。覚悟も決めてきたのだが。」

 

そう言ったアカリは己の胸元の、着物の袷を撫でた。それに見てしまった。どう見ても、切腹用の短刀があることを。

 

(と、扉間様が殺られる!!)

 

力量的に殺られるのかはわからないが、目の前のその人には殺ると言ったら実行するすごみがあった。

待って、この人、覚悟を決めてきたという一言で本当に腹を切る気なの!?

イドラはアワアワと慌てながらどう言おうかと悩んだ。

 

「・・・すまない。本当なら、もう少し早く来るべきだったんだが。ただ、覚悟を決めるだけでは実行することもできない地位でな。家のことについて、最低限、ミトに託す必要もあったし。」

「い、いいえええええええええ!もう、こんな綺麗なお姉様が出来るなんて感激です!!昔から、お姉さんが欲しかったので!嬉しいなあ!!」

「・・・こんな、唐突に現れた女に姉なんて。だというのに、扉間はあなたのような子に無体を強いて、最初は責任から逃れようと。いいや、もしや、イドラ姫。あれにあくどい手を使われた?それとも、もしや、高度な幻術を使って手込めに?」

やはりと、アカリはそっと胸の短刀に手をやった。それをイドラはいやあああああと慌てる。

やる、なんか、この女は殺ると言ったらやる。

 

「あ、あの、アカリお義姉様!あの、何か、あれです!私に聞きたいこととかありませんか?せっかくお会いできたんですから!ぜひ、ぜひ、友好を深めませんか!?」

「友好?」

「は、はい。せっかくなので!」

 

その言葉にアカリは少し黙った後、ちらりとイドラを見た。

 

「・・・・それならば、申し訳ない。冥土の土産に、お願いがある。」

「い、いいえ!冥土に渡ることはないので!ですが、お願いとは?」

「恥ずかしい話、私は戦場を経験したことは数えるほどしかない。そのために、一つ、死ぬ前に写輪眼を見たいと思っていたんだ。見せて貰えないだろうか?」

見せて貰えないだろうか?

 

それにイドラは驚いた。この瞳を見たいと望む千手の人間がいるなんて、と。

けれど、自分を見るアカリのその目は、ひどく真摯に見えた。それ故にか、イドラはこくりと頷いた。

 

「・・・・これが、写輪眼。」

「私のはただの写輪眼で、万華鏡写輪眼には至っておりませんが。」

 

写輪眼をのぞき込むアカリ、そうして、それを許しているイドラ。

それは傍から見れば、非常に怒られる絵面だった。普段ならば、さすがのイドラもそんなことはしない。

ただ、何故か、見せて欲しいと思うアカリの様子が気になってしまった。酷く、切なる願いがあるように見えたものだから。

イドラはそれを許してしまった。

アカリは食い入るように、どこか、切なそうに写輪眼を見つめていた。

 

「・・・美しいなあ。」

 

その言葉をイドラは場違いだと思った。この、人殺しの道具に等しい瞳に、死を見つめ続けた赤には不相応に聞こえた。

けれど、その声音は、心底そう思っているように聞こえた。

 

(・・・・眠い。)

 

そこでイドラは段々と眠気に襲われる。元より、今日の兄たちの来訪にはしゃいでした、驚くほどの早起きと、そうして改めて写輪眼を開いているための疲労感から来るものだった。

それにイドラのまぶたが重くなる。

 

「すまない、無理をさせて。扉間たちが帰ってくるまで眠るか?」

 

眠気に耐えられなくなったイドラはそれにこくりとうなずき、そうして、写輪眼を閉じた。

 

「・・・皆が来るまで、膝を貸そう。」

「でも・・・・」

「気にしなくていい。あんなにも美しいものを見せてくれたお礼だ。」

 

それにイドラは誘われるがままに柔らかなアカリの膝の上に頭を載せた。柔らかくて、良い匂いがした。

 

「・・・兄様と、イズナの、目の方がきれい、なので。」

「そうなのか?」

「はい、なので、ふたりにも、みせてもらいましょう。わたし、おねがい、するので。」

 

そのままイドラはすやあと眠りのそこに墜ちていった。

 



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寝る子は育つ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


 

 

「座りなさい。」

 

その言葉に千手柱間は顔を青くしながら、尋常ではないスピードで千手アカリの前に座った。一瞬、飛んだかと思うような勢いのそれに千手扉間も同じように座った。

 

「うちは、マダラ様とうちはイズナ様でしょうか?」

「あ、ああ。」

「僕らの顔、知ってるの?」

「・・・ここまで来られた、うちはの方ならばそのお二人しかおられませんよ。どうぞ、お二人ともお座りください。身内の恥ではございますが、お二方にも関係があることでしょう。」

 

それにマダラは柱間の隣に座った。それに習って、イズナも座る。マダラはちらりと女を見た。

まるで紅蓮のような色合いをしていたが、それに反して氷のように冷たい顔立ちの女だった。切れ長の瞳や、表情が乏しいせいか、そんな印象を受けるのだろうが。ただ、なるほど、目の肥えたマダラも美しい女だなあと感想を持つ程度の顔立ちをしていた。

 

「姉者。」

「なんだ?」

「せめて、イドラを起こさないか?」

 

そう言った四人の視線がイドラに向けられた。

もう、すやあと警戒心の欠片もない状態でイドラは心地よさげに寝ていた。それに四人が同時につい思った。

 

この駄犬。

 

柱間さえもすやすやとさほど交流もないだろうアカリの膝枕でのんきしているイドラに思った。そんなイドラは、四人が入ってきた瞬間に、何故かアカリに耳栓をねじ込まれて寝ていた。

それにアカリは変わらない無表情のまま言った。

 

「なぜだ、起こすなんて可哀想だろう。」

 

こてりと首を傾げたそれに、え、いやあと思いはしたが、確かに非常に安らかに眠っているのを見ると起こすのも忍びなく感じるだろう。

そんな中、アカリはまるで我が子に触れるようにイドラの髪を梳いている。

長年の経験のおかげで、なんとか上機嫌なのだろうなあと予想を立てながら扉間はアカリを見た。

 

「それで、だ。扉間。私がここに来た理由はわかっているだろう?」

「・・・・イドラのことだろう?」

「そうか、それぐらいはわかっているのだろう。そうして、私が聞きたいことも。」

 

それに扉間は思わず視線を下に向けた。イズナは扉間のしなさそうな仕草に、おおと興味津々で見つめた。

その様は完全にやらかした後に親に叱られる子どもだった。

 

「そう言うが、ワシとて婚姻と相成った知らせはしっかりとしたはずだ。姉者もその知らせに帰ってこなかったはずだ。」

「ほう、ならばお前とてわかっているだろう。イドラ姫を千手に入れるというのならば、私の後ろ盾があることを周りに知らしめてからの方が有効であると。」

「そうであるのなら、便りの一つ程度よこしたらどうだ!」

「扉間!」

 

声を荒らげた扉間に対してアカリはぴしゃりと言い捨てた。それに扉間は黙る。

 

「扉間、いつも言っているが、他人の言葉を声の大きさで黙らせるのは止めなさい。柱間の言葉を甘い思考と判断したとしても、せめて最後まで話を聞きなさい。何度言わせるんだ。」

「・・・・わかっている。」

「わかっていないから、私が何度も言っているんだろう?」

 

冷たいそれに扉間は頭を下げた。それにマダラは物珍しい気分で隣にいた柱間に話しかけた。

 

(なあ、なんであいつ、あんなに頭が上がらねえんだ?)

(そうだね、誰にだって強気だと思ってたけど。)

(・・・姉上の母と俺たちの母が姉妹でな。その縁で家族が亡くなった後、母が引き取ったんぞ。)

 

千手アカリは己を引き取ってくれた母にそれはそれは感謝した。末の子を産んだ後、儚くなった母によくよく弟たちのことを頼まれた彼女はその小さな体で不在がちな千手仏間の代りにと柱間達の世話をしたわけだが。

 

どんだけクールを決めてる人間でも、幼ければそれ相応にやらかしというものを経験する。かくいう柱間も、大人になってからもそこそこやらかしをしているが。

扉間もまた、幼くして失敗と言えるものを経験していた。言うなれば、人には言えない黒歴史と言えるそれ。

言ってしまえば、千手アカリとは扉間の黒歴史の詰まった箱である。

 

(・・・・姉上も色々あって、あの鉄仮面でなあ。俺も、扉間もあの鉄仮面で説教されるのは本当に怖かったんだぞ。)

(なるほど、色々やらかしとかの尻拭いもしてて頭が上がらないわけか。)

(我が妹ながら、あの空気感で眠れるのはほんとにすげえな。)

 

今現在、説教をされている扉間と、説教をしているアカリの近くでイドラはすやすやと眠りこけていた。

 

「まったく。幼い頃に、好奇心のままにバッタを丸呑みしようとしたときも・・・・」

「姉者、今はそんなことは関係ないだろう!?」

「関係ないなどとあるはずないだろう。私がお前を叱る時なんて、いつだって似たような物に決まっている。」

 

アカリははあとため息を吐いた。

 

「・・・・大体、便り自体、届いていたのか確かめていたのか?」

 

それに扉間と、話を聞いていた柱間達の顔が強ばった。

 

「まさか。」

「イドラ姫の話は、私も噂で知った。お前が私に送ったことになっている手紙に関しては、どこか闇に消えたぞ。」

「・・・使いの者はすぐに調べる。」

「いいや、使いのほうではない。うずまきの方だ。」

「それは、うずまきの方でこの婚姻に反対している者がいると?」

「うずまき側からすれば、宗家の長子と次男の婚姻相手を独占できるはずだったからな。まあ、それについてはいい。私が来た理由は別にあるのだから。」

「いったい、何を・・・・」

 

アカリは懐から、何かを取り出し、畳の上に置いた。それは、短刀であった。四人の頭の上にはてなが浮かんだ。

 

「扉間、お前はそれで腹をかっさばけ。介錯をした後に、すぐに私も後を追う。」

「は?」

 

扉間が茫然とそう言えば、アカリは変わること無く無表情のまま扉間を見つめた。それに柱間が慌てて間に入る。

 

「あ、姉上!こ、今回の婚姻は何よりも、イドラ殿が望んだこと!イドラ殿はそれはそれは扉間に惚れ込んでおって!なので、そのお、イドラ殿を未亡人にするのは、どうかと。」

 

その時、扉間は普段ならば縫い付けたいと思う柱間のそれに縋りたかった。

頼む、もう、捏造でも良いから姉よ、説得されてくれ!

 

「・・・柱間。」

「は、はい・・・・」

「そうだ、そこに愛があるとしよう。だが、今のところ、扉間は何をした?未だ年若い娘に、無体を働き、孕ませ、娘の子は流れ、それを告白した娘に知らんと言い放ったそうじゃないか?どう思う?」

 

いや、まあ、それは。

思わず、皆の冷たい視線が扉間に行く。

いや、改めて聞くと酷いな、これ。

マダラもイドラのことを考えてと婚姻を許可したが、これは、本当に任せて良いのだろうか?

そんな疑問が頭を擡げた。

 

扉間は若干泣きたくなった。

まって、ワシ何かしたか?

確かにそれ相応に人を殺したことも、非道もなした。けれど、それ自体他にもしているだろう。というか、こんな方向性の業の報い方ってあるか?

 

もしも恨みがあるとするのならば、違う世界線でとんでもねえ方向からの巻き込み事故で滅んだ一族からの恨みがあるのかもしれない。

大抵の忍者に卑劣と呼ばれた他の世界線のやらかしが一方的に降りかかっているのかもしれないが、そんなことは扉間の知るところではない。

 

全体的に性欲が強かったんだろうなあと思われるような逸話を積み重ねているが、可愛い嫁さんが貰えるから我慢しなさいとどこともしれず、仙人が高笑いしている気がするが気のせいだろうか。

 

(・・・確かに、こいつに姉さんを幸せに出来るんだろうか?)

 

イズナは変わらずそんな天秤が揺れ動いている。

姉の幸せ、今までの恨み、そうして、一族の今後。それがゆらゆらと揺れていて、このまま婚姻を推し進めることが正解なのか、わからない。

 

そう考えているとき、アカリが口を開いた。

 

「お前のしたことを聞いて、私はどこで育て方を間違えたのかと悩みました。あなたの母君にも顔向けできないと。ですが、私も覚悟を決めましょう。」

 

アカリはそう言って、短刀の鞘を捨て、畳にそのまま突き立てた。

 

「さあ、扉間。覚悟を決めなさい。」

 

(こいつ、絶対やりやがる!!)

 

その場にいた人間はアカリのその覚悟に圧倒されてしまった。やる、もう、完全に一緒に死ぬという覚悟に満ちあふれていた。

柱間なんて半泣きでアカリを見ていた。それに、マダラが助け船を出した。

 

「・・・・アカリ姫。」

「はい、なんでしょうか?」

「あんたの言いたいことも理解できる。だが、今回のことに関しては一族内での話し合いはとっくに出来てる。今更、婚姻を撤回することも難しい。何よりも、これは和平の証という部分もある。けじめは、こちらでつけさせる。」

「そのことなのですが、マダラ様。今回の婚姻、扉間が変な術を使って、誘惑したんじゃ無いかと。」

「するか!!」

「するかしないかで言えばする人間だろうが。」

 

アカリの言葉に扉間以外の面々は、まあ、それはそうだけれどと思った。

 

「だからといって、ワシがそんなに賭けのようなことをするか!?だったら、イドラがあの場で叫んだときに、もっと上手い言い方を考えるわ!」

(それは確かにそうだ。)

 

イズナは心の中で考えた。戦場で、柱間とマダラが戦うならば、イズナは主に扉間と戦った。散々に殺し合った。それ故にイズナは堂々と言える。

千手扉間とは驚くほどに頭のキレる男であると。

忍術の発明、その用途。男はどこまでも抜け目なく、そうして、賢しい。

イズナは違和感に気づいた。

そんな男があの場で、咄嗟にあんなぐだぐだな展開を赦すだろうか?

それは、何故か。

 

(・・・そんな風に取り繕う事も出来ないほど、姉さんのことを、お前は、思って?)

 

あのとき、扉間は汚名を着てでも姉からの視線をそらそうとしていた。そうして、それにしてはあまりにもお粗末なそれじゃないか。

それは、それほどまでに慌てるほど、扉間という男が姉を思っていたと言うことなのでは無いか?

 

(いいや、騙されるな。扉間なんだぞ?)

 

イズナの思考など知らない柱間はなんとか扉間からのイドラへの思いを証明しようと口を開いた。

 

「姉上!扉間は、イドラ殿に贈ったかんざしに、飛雷神の術を仕込んだぐらいには重い男なんだぞ!!」

「くそやろうが!余計なことを!!」

「・・・扉間、お前。」

 

千手一族が騒いでいる中、うちは兄弟は思わず口元を覆った。

 

(扉間、お前、それほどまでに姉さんを!)

 

仮に、扉間のそれがあくまでうちは等へのパフォーマンスであるとして、だ。

それならばただ単に高価なかんざしを贈るだけで十分だ。だというのに、扉間はわざわざかんざしに術式を刻んでいるのだ。

それは、何があってもイドラの元に帰るという決意表明ではないだろうか?

 

何よりも、イズナは理解できる。

いくら習得が難しいだろう忍術といえど、うちはの姫のかんざしにするなんて下手をすれば詳細が漏れる可能性がゼロではないのだ。

千手扉間はリアリストだ。そんな男が、わざわざ一つずつかんざしにそれを刻むなんて。

 

愛以外の何があるというのだろうか?

 

(それほど、お前、姉さんのことを。)

 

イズナのストライクを通り越して暴投になっている思考の隣でマダラも扉間の本気度を理解した。

何よりも、千手一族がそろって、うちはの兄弟の前で本当にイドラのことを考えて話をしてくれている。

 

(それなら、僕は。)

 

マダラはああと千手の三人を見た。

かんざしへの飛雷神の術。

それは、何があってもすぐにイドラの元に駆けつけるという決意ではないのか?

 

 

もちろん、まったくもって扉間にそんな思考はない。飛雷神の術は少しでも目を離すと死に近づいていく幼児への防犯ブザーのようなものだ。

育児疲れはとんでもない思考になるもので、扉間はイドラがトラブルホイホイであることを理解し、何よりもリスクの軽減に務めたに過ぎない。

 

そんな三者三様の思考などどこ吹く風で、イドラはすぴーと安らかに眠っていた。

 



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覚悟を見せろよ、純愛だろ?

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ちょっと、いいとこで切ります。


 

 

千手扉間は頭を抱えていた。

目の前には変わらない鉄仮面のまま己を見つめる、母親代わりであり、姉貴分だった千手アカリがいた。

そうして、目の前に突き立てられた短刀。

それは冗談か?

いいや、絶対的に本気だ。

マジと書いて本気だ。

 

扉間がアカリのことを苦手になったのは、もちろん黒歴史の生き字引状態であるのに加えて、その決まり切った覚悟のせいだ。

厳しいのはもちろんあるが、それはそれとして甘やかされた記憶もある。その、恩と恨みの合わさったアカリを前にすると、さすがにリアリストであり続けることは難しい。

アカリという女は、扉間が感情的であった、リアリストに成る前を知る数少ない女だったからだ。

それに加えて、アカリには色々と借りがあるのも事実だった。

 

(兄者のせいで、飛雷神の術について知られた・・・・)

 

また輝かしく姉貴分の記憶に刻まれた黒歴史をどうするかと悩みながら、扉間はアカリを見た。

 

(姉者の奴、いつまでイドラの髪を触っているんだ・・・)

 

ちなみに、未だにアカリの膝の上で爆睡こいてる駄犬ことうちはイドラは女に髪を梳かれて安らかな顔をしている。

 

本音を言えば、イドラとアカリを会わせたくなかった。

イドラのような可愛げのある愛らしい女なんて世話好きのアカリが放っておくはずないのだ。

自分さえもろくにしたことのないイドラへのそれに扉間は眉間に皺をよせる。唐突に己の領域に踏み込まれたかのような不快感があった。

 

「・・・・ワシはまだ死ねん。大体、姉者も、このまま兄者一人を残していけんだろうが。」

「・・・うずまきのことは構わん。あちらはすでに私から、お前の名を使ったが黙らせた。いいだろう。その程度の権限は貰っている気だ。ただ、な。扉間、お前もわかっているだろう。女や子への不誠実さを私が嫌っているのも。」

 

それに扉間は黙り込んだ。その言葉は扉間にも効いた。

利害関係があったとはいえ、彼女にとって最も嫌がる役割を頼んでいたという自覚もある。

 

「扉間、お前はこの子をどう思っているんだ?」

 

しんと部屋の中に沈黙が広がった。背中に降り注ぐ視線が痛い。

先ほど背中にビンタをかましてやった千手柱間や、三人の話し合いを黙って聞いているうちはマダラと、うちはイズナ。

 

(・・・・わかっている。)

 

本当は扉間としても、この場を収めるというか、目の前のアカリを納得させる方法なんてとっくにわかっているのだ。

けれど、言いたくない。

とんでもない巻き込み事故のために嘘でも言うかと思っていた。大体、自分がその女に思う理由はないし、言えば、その目の前でのんきして眠っている馬鹿の思うつぼでしかない。

だが、おそらく、言わなければこの場が収まらないのも理解していた。

 

くそだ。まじで、この世はクソだ。

幼い頃に認識したそれを扉間は改めてそう思った。

 

が、それでも言わなければ、いけない。

現実主義者の扉間は、憤怒のためにか真っ赤になった顔で、顔をうつむかせて、蚊の鳴くような声で言った。

 

「わ、ワシは、その女を。」

「その女?」

「う、うちは、イドラを。」

 

あいして、おる。

 

静まりかえった部屋の中に、確実に、扉間のそれが響いた。それに、柱間は口元を手で覆い、この頃すっかり慣れてしまった仕草をした。顔は淡く赤らみ、目が潤んでいる。

そうして、イズナは驚きの顔で固まって、扉間の赤く染まった耳を見た。

 

あの、扉間が?

あの、現実主義者で、合理的で。

人に感情があるのはそうだとしても、いつだって必要なことしか口にしないような、この男が?

 

愛してる??????

 

柱間は目をうるうるさせて、扉間を見た。

 

(扉間よ、そこまで、お前。そんな言葉を吐くほどに、イドラ殿のことを!!)

 

もう、感無量で柱間はどばあと涙腺を崩壊させる勢いで感動していた。イズナはイズナで、仇敵が姉への愛を叫ぶという珍事を前に宇宙を背負っていた。

 

「・・・・おい、そろそろ赦してやれよ。」

「なんのこと、兄さん?」

 

扉間の震え具合を哀れに思ったマダラはそっと助け船を出す。それにマダラに視線が集まった。

放心していたイズナもマダラに問いかければ彼は呆れたように肩をすくめた、

 

「アカリ、だったか?お前、完全に笑ってるだろ。」

 

その言葉に全員がアカリの顔を見た。そこには変わることの無い、鉄仮面があるだけだった。

 

「ああ、ばれたか?」

「ばれたって、完全に口角上がってんぞ。」

「すごいのお、マダラ、姉上の表情わかるのか?」

「よくみりゃわかるだろ。」

「・・・・表情が変わらないと油断していた私の失態だな。」

 

アカリはそう言って畳に突き立てられていた短刀を抜いた。そうして、懐にしまう。

 

「お前の態度によっては本当にそうする気だったんだが。間違っていないか、正論しか口にしないお前さんがわざわざそんなことを言うのならば覚悟があると言うことだろう。今回は保留だ。」

「これを言わせるためだけに、か?」

「ああ、事前にイドラ姫にはお前には何もしないでと縋り付かれているからな。ただ、はいそうですかと言えないこともわかっているだろう?これについてはけじめ云々だ。時として、面子を命よりも慮る者もいる。」

 

アカリからは先までの威圧感と言えるものが霧散し、それに扉間は今までのそれが完全な芝居であったことを理解する。

 

「うずまきに関してはこちらでなんとかする。あと、これもな。」

 

アカリはそう言って、懐から手紙のような物を扉間に差し出した。それを扉間が受け取ると、彼女はイドラの肩を揺すぶった。耳栓も取った。

 

「イドラ姫、兄君達が到着しましたよ。」

 

さすがにそれにはイドラも眼を覚ました。そうして、起き上がり、目の前で正座する扉間をじっと見た後、ニコォォ!と勢いのある笑みを浮かべた。

 

「扉間様だあ。」

 

甘ったれたその声と心の底から自分を見るぱやぱやなそれに扉間は、なんだか、今までの理不尽が少し報われた気分になった。扉間はそのままイドラの脇の下に手を入れ、抱き上げた。そうして、それのことを抱きしめた。

 

「ああああああああああ・・・・・」

 

なんか、疲れた人がペットの腹に顔を埋めた時みたいな声を出していた。それにさすがのイズナやマダラも、疲れてんなあと哀れみの目をする。

そうして、無言でイドラのことを引き離すと、思いっきりそのもちもちのほっぺたを引っ張った。

己の頬に走る痛みに、イドラはこれが夢でないとようやく覚る。

 

「この馬鹿者がああああああああ!!」

「みいいいいいいい!?」

「いくらうずまきと言えども、貴様は何をのんきに初対面の女の膝で昼寝をかましとるんだ!?いくら何でも忍としての自覚はないのか!?」

 

まあ、それはそう。

扉間の正論でしかないそれにマダラもイズナも、柱間も庇うことなく頷いた。

 

「だってえ、昨日、寝れなくて・・・」

「それは貴様のせいだろうが、ワシは知らん!」

「・・・おい、扉間、てめえまたイドラに無茶させたんじゃあねえだろうな?」

「ええい!話をややこしくするな!」

「扉間、イドラ姫を離してやりなさない。」

「姉者、これについては何かを言われる筋合いはない!」

「彼女が眠ってしまったのは、私のせいだ。」

「姉者の?」

 

扉間はイドラの頬から手を離した。それにイドラはべそをかきながら、己の頬が伸びていないかとさすった。

 

「私が彼女の写輪眼を見たいとねだったせいですから。」

 

しんと、見事にもう一度静寂が訪れる。それに、うちは兄弟はもちろん、柱間さえも度肝を抜かれた。

 

「・・・悪い冗談か?」

「兄様、本当です、見せました。」

「おいおい、正気か?」

 

扉間は目の前で繰り広げられている会話の意味が理解できずに固まった。

待て、この女達、何言ってんだ?

かたや、写輪眼の恐ろしさをよく知る千手の女であり、かたや、誰よりも写輪眼の性能を理解しているだろううちはの女。

 

え、待って、マジで意味がわからん。自分たちが部屋に来る前に一体どんな会話が繰り広げられていたんだ?

まって、いっそ、今の状態が幻術なのか?

このぱやぱやの駄犬がアカリに幻術を!?

もう、扉間の思考の中はぐっちゃぐっちゃになっていた。

 

そんな扉間の思考など知ることのないマダラはじっと目の前の女を見た。変わらず、ほとんど表情なんて無いに等しいが、淡く笑っていることはなんとなく察せられた。

正気だ、もう、まごう事なきまでに正気だ。

そんな千手の女が、写輪眼を見たがった?

何を企んでいるんだ?

 

「・・・・残念ながら、正気ですよ。」

「へえ、なら、どんな考えで?写輪眼について興味があるようだけれど。」

「知っておられますか、千手にとって、うちはとの死合いに連れて行かれることは一種の名誉なんですよ?」

「名誉?」

「ええ。」

 

それに柱間も軽く頷いた。

外戚の多い千手も、千手という一族の特徴を受け継ぐ、多量のチャクラの主やタフな忍者はそこまで大量というわけではない。

それ相応に、血の濃さというものは出ている。

多量のチャクラと、恐ろしい写輪眼という武器を持ったうちはとの死合いに連れて行けるほどの実力者は限られている。

血の濃さ、実力、それらがあわさってようやくうちはとの死合いが可能となる。

 

それゆえに、それ故に、だ。

千手の一族は、死や怪我のことをおいておけば、うちはとの死合いに参加したものを一種、英雄視している。そうして、それはうちはという一族への、恨みを抜きにした賛美が混ざっている。

 

正直に言うと、千手の人間はうちはというそれが非常に気になるのだ。

恨みがある。積年の敵であると、思っているものは多い。ただ、そこには燃えるような憎しみがあるかと言われると悩む。

大事なものを奪われたという恨みと、強者への賛美を千手はうちはに抱き続けている。

恨みながら、惹かれずにはいられないのだ。

その、燃えるような赤い瞳に。

 

「・・・私は、残念ながらうちはの死合いに参加したことがないのですよ。なので、写輪眼を見たことは無いのです。」

 

それは千手の人間にとって、己は弱く、力不足であると言うのと同じであるのだ。

 

「なので、一度見てみたかったのです。私たちを殺し、私たちを屈服させる。その、高みの証というものを。」

 

もう、私とあなたが戦場で相まみえることはないのですから。

 

その女は変わること無く、淡く笑っているように見えた。そうして、うちはというそれへの畏怖と、興味、そうして、鉄仮面の中に隠れた何かがあった。

マダラは落ち着かなくなった、

アカリというそれは何のためらいも無く、マダラの瞳をのぞき込んでくる。今にも、写輪眼に成るかもしれない、その瞳を。

恐怖も、恨みも、畏怖も、何も無いまっさらな瞳はマダラの万華鏡写輪眼を期待するように見つめてくる。

それが、たまらなく落ち着かない。

そうして、アカリはぽんと手を叩いた。

 

「そうだ、マダラ様。冥土の土産によろしければ、万華鏡写輪眼を見せていただけませんか?」

 

アカリの心底楽しそうな声音に、イドラ以外の人間の目が点になった。

 



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はらわた晒す前に抱きしめられるように両手を広げろ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ちょいシリアス目。次こそギャグとゼツを入れたい。
あと、読者の反応スレみたいなのも書きたいな。


 

 

何言っとるんだ、この女。

 

千手アカリのそれに度肝を抜かれた四人は固まってその女を見た。変わること無く無表情のままたおやかに正座をした女は話を続けた。

 

「万華鏡写輪眼は、人それぞれで模様が違うとイドラ姫に聞いたのですが。負担が無いのならば、是非ともお願いしたいのですが?」

 

アカリのそれに千手扉間は立ち上がり、引きずるように部屋の隅に連れて行った。そうして、うちはマダラとうちはイズナの目の前の千手柱間が回り込むように躍り出た。

 

「幻聴ぞ!!」

 

いや、誤魔化すにしては雑すぎないか?

そう思わないわけではないが、けれど、そんな力業に出てくる気持ちもわかりはするが。

 

「いや、無理だろ。」

「そこをなんとか!」

 

そんな会話を聞きながら部屋の端でもう、顔を青くしたり赤くしたりしながらアカリに詰め寄っていた。

 

(ば、は、な、姉者!!???)

「慌てすぎて完全に発言が飛んでいるな。」

 

何をのんびりしとるんだ?

 

待って、この女何言った?

は?万華鏡写輪眼?

え、何言ってんの?

マジで何言ってんの????

 

思考はもう、意味のわからなさでパニックになっていた。どうして、そんな考えになったんだ?

 

「姉さん、写輪眼見せたの?」

「見せましたー」

 

なんとものんびりとしたうちはイドラのそれにうちはイズナは肩をがっくりと落としたくなった。

 

そっかあ、見せちゃったかあ。

いや、そんなことでは少々、赦せないような状態なのだが。

なんで見せた、見せて欲しいといった側も側だが、見せる側も側なのだ。

 

(姉者もわかっておるだろうが!今、どれだけ繊細な時期なのか!だというのに、うちはに写輪眼を見せて欲しいなどと!)

「だが、何がダメなの?別にイドラ姫の写輪眼を見たところで問題はないだろう。幻術にかけられてもいないだろう?」

「それとこれとは話が別だ!身内の首元に刃物があれば止めるだろうが!?」

 

ひでえ言いようであるが、まあ、言いたいことは理解できるため何も言わない。というか、今回のことはうちはとしても身内が関わっているため強く言えない。

 

「といってもな。今更、私に幻術をかけてもなあという感覚もあるんだが。」

「それとこれとは別に決まってるだろうが!」

「それにおかしなことを言うなあ。うちはと千手は和平ができたんだろう。」

ならば、なぜ、ただ持っただけの力に怯える?

 

それに部屋の中の人間が黙り込んでしまった。

静かな、赤い瞳はうちはの人間の持つ美しいまでの凶器に似ていた。

恐ろしいまでに、似ている気がした。

 

「それに、写輪眼を見せて欲しいなんて最初は冗談だったからな。」

「・・・ならば、何故、見た?」

 

うちはマダラのそれに、アカリはちらりとイドラを見た。

 

「・・・・イドラ姫に口説かれたので?」

 

それに四人の瞳がイドラにむいた。イドラはそれに、えーんと内心で泣きながら全力でびびり倒す。

 

「姉さん、いったい、何を言ったの!?」

 

イズナのそれにイドラは少しだけアカリと話したことを思い出す。写輪眼を見せる前に交わした、少しだけの会話だ。

え、私、何言ったっけ?

 

「ええっと、その。」

 

冷や汗を流しながら、イドラは口を開いた。

 

「私は、受け入れられたいのでは無くて。ただ、受け入れたいの、ですと。」

 

イドラは落ち着かないというように両手を組んで、にぎにぎとした。

 

「はらわたを、見せたとしても。相手が何を考えているのか、本音を晒したとしても。それでも、わかり合えないのだと思います。人は、きっと、育ったあり方で何か、細部が異なって。それがいつか、ねじくれて、伝わって。本当が曇った目の中で、違うものになってしまうから。」

 

とつとつと、悩みながら、イドラは言葉を紡いだ。そうして、ちらりと扉間を見た。

 

ああ、ああ、ああ!

 

(私は、あなたを憎みたかった。)

 

心のどこかで思っていた本音。

ねえ、扉間様。

兄様はね、優しいんだ。優しいから、だから、救われるなら、みんなじゃないといけないと、そう思って間違えたんだ。

間違えたんだ、そうだよ、悪いことなんだよ。

ああ、それでも、私たちはあの日、里に受け入れられたかったんだ。

 

仕方が無いのだ、柱間こそが異端であるのだ。

けれど、筋書き通りのことを知っているイドラは、思うのだ。

 

柱間様、共に夢を叶えたいと、それだけのエゴでけっきょく兄様の味方になってくれなかったのなら。

そうであるのなら。

里も全部、何もかもを任せて、兄様と牙を抜かれるのを選択できないのならば。

 

(兄様のことを、何もかもをなくした兄様のことを、私は殺して欲しかった。)

 

イドラの知る兄は、兄だった。ずっと、万華鏡写輪眼という力のために、絶対者であることを求められて、一人のままの兄だった。

全てを背負った兄だった。我が儘も言えなくて、傲慢なようで、誰かのためにしか生きられない兄だった。

 

イドラの瞳から、ぼたりと涙が零れた。啜った鼻水の音が情けなく響いた。

 

扉間様、扉間様。

私たちはだって、それでも、心があるんです。疑われ続けるのは苦しいのです。手を広げてくれなければ、その腕に飛び込むことだって出来ないのだ。

でも、それはきっと、うちはだって同じだ。

 

うちはマダラもまた、両手を広げることも無く、変わりゆく世界を見つめていただけだったから。

マダラはずっと、呪われ続けていた。何も守れなかったその事実に。

守れた柱間と、守れなかったマダラ。

あの日々は、どちらが悪かったわけでは無いのだとわかっている。ただ、ただ、きっと互いに望まれた在り方と、見える世界が違っただけで。

 

「もう、孤独に戦い続けるのは疲れました。独りで立ち続けるのが苦しいと思ってはいけませんか?うちはの人間は、誇り高いです。だから、必死に立派なものでなければいけないと、弱みを見せてはいけないと、歯を食いしばりながら耐えるのです。でも、でも、私は、もう、いやです。」

 

兄様とイズナが全てを背負って、孤独に戦うのを見るのは嫌です。

 

涙がぼたぼたと、イドラの瞳を流れていく。それは、弱い人間が、強者しか赦さないうちはで我慢し続けた咆吼だった。

叫ぶ覚悟さえも持てずに、ここまで歩いた人間の血反吐だ。

 

「うちはが変わるかは、わかりません。ずっと、誰とも関わりも無くて。強いから、孤独で。でも、私は胸を張って言えます。私たちは、敬意には、敬意で返す誇りがあります。だから、だから。」

 

愛させてください。どうか、私たちの愛しい誰かの面影をもつ幼子達のゆりかごになる場所を。守りたいと、思わせてください。思いたいのです。

 

どうか、どうかと、その女はいつもの日だまりのような笑みなんて忘れて悲痛のそれを抱えて言った。

 

「私たちが、弱くても、赦してください。誰かに寄りかかってもいいのだと、思わせてください。」

 

それは、誰に向けたものだったのだろうか。

扉間は己を見つめる黒い瞳に、何を言えばいいのかわからなかった。

 

うちは、うちは、強き氏族。

千手と永遠に殺し合うのだと、そんなことを考えていた時もあった一族。

扉間はまるで無理矢理に酒でも飲まされたかのような気分になった。酩酊をするように、その女の焼くような感情に圧倒された。

最初に会ってから、幼子達への哀れみ以来、晒したことの無い本音。

 

扉間は思わず、口元を手で覆った。

 

いつかに、兄が言った。

はらわたを見せ合うのだと。それに扉間は呆れた。本性を見せたところで、それは、きっと憎しみも、悲しみも多くの感情がある。

本音とは、見せることで指し示すこともあるだろう。それのさらけ出した本性に優しさであるのならばなおさらに。

けれど、見せれば拒絶のきっかけになるものだってある。

誰だって、憎しみも、怒りも持っているのだから。

 

女は、今、はらわたを晒したのだ。

それは優しさでは無い、それは、憎しみでは無い。

それは、この戦国の世で、何よりも悪である弱さだった。

 

これはダメだ。なるほどと、少しだけわかる。

何故、柱間がマダラに執着するのか。何故、マダラが柱間を切り捨てられないのか。

あの、川辺で二人がどんな話をしたのか、わからない。

ただ、彼らはきっと互いのはらわたを晒したのだろう。

 

強者の晒す、その弱さは、その縋り付くような目はあまりにも甘美で、酒に酔ったかのような気分だった。

そうか、そうか、と扉間は少しだけ納得した。

うちはの姫君。うちはの、万華鏡写輪眼ではなくとも写輪眼を宿した誇り高いはずの女。

強者であるうちはの、弱さは、あまりにもその哀れな嘆きはあまりにも。

どろりとした優越感と、守ってやろうという庇護欲を湧き上がらせた。

 

扉間は静まりかえった部屋の中で立ち上がった。立ち上がって、持っていた手ぬぐいで女のぐしゃぐしゃなそれを拭った。

 

「泣くな。」

 

扉間は湧き上がった感情を押し殺した。そうして、残ったのは、ひたすらなまでに、多くの死を見た女への哀れみだった。

 

「泣くな。ああ、わかっている。わかっている。だから、泣くな。ワシも、子どもの葬式をあげるのは勘弁だ。」

 

そうして、それにアカリはイドラの横に座った。そうすれば、アカリの前の前にはマダラとイズナ。

アカリはじっとマダラとイズナを見た。そうして、扉間に子どものように抱きしめられてぐずぐずに泣く女を見た。

変わらず冷たいまでの無表情ではあるけれど、隣にいるイドラの頭を撫でる手はどこまでも優しい。

 

「まあ、私自身の欲がないと言えば嘘ではないのですが。ただ、彼女の願いに同意したくなっただけのこと。」

「でも!」

「・・・・いいだろう。」

 

イズナはそれでもと口を開けた。

不安が残る。これは、何か、自分たちがはめられているのでは無いのかと、姉が幻術にでもかかっているのではないのかと。

けれど、兄はそれに頷いた。

 

「お前のさらした首を、切らんと誓おう。」

「私も、あなたに首をさらして見せましょう。」

 

マダラは万華鏡写輪眼で女を見た。女は震えることも無く、そうして、体を遠ざけることも無い。

その、赤い瞳を、見た。

それをイズナと、そうして、柱間は茫然とみた。

あり得ない光景だった。イズナはいい。彼は同じ万華鏡写輪眼を開眼したものとして、そうして、弟として同じようなことを出来る。

けれど、その女はどうだろう。

うずまきの血を引いているというのならば、チャクラの量は多いだろう。けれど、くのいちが珍しくない千手でさえも戦場に殆ど出ていない程度の女が。

何のためらいもなく兄の、我らの、赤い瞳をのぞき込んでいるのだ。

 

「お、俺も見ていいかの?」

「兄者!?」

「・・・・好きにしろ。」

 

それに柱間は扉間が止めるまもなくアカリとマダラの近くに座った。そうして、赤い瞳を見た。戦場で幾度も見た、赤い瞳。幾度も、幾度も、己の命を刈り取ろうとした、その瞳。

おかしな気分だった。それを、弱い姉貴分とまるで、月見のように眺めているのが、なんだか可笑しくて。

 

マダラもまた落ち着かなかった。

柱間に瞳を見つめられるのは、まだいい。彼は戦場でいくども繰り返してきたことだ。

けれど、目の前の女は違う。

マダラが瞳を見せることを是としたのは、偏に女のそれが妹のはらわたをさらすという覚悟によってなったものだったからだ。

けれど、信じていなかった。

すぐに目をそらしでもすると、そう思っていたのに。

女はゆっくりと目を細め、本当に美しいものを見るようで。

 

落ち着かない。

己の手の中に、命がある。そんなものは幾度も経験した。けれど、その女は今までと違った。

自分の敵ではない。信頼を置く部下や一族でも無い。

ただ、ただ、無防備に、己の前に命をさらす弱者のそれ。

女はダメだ。弱いから、すぐに死んでしまうから。きっと、イドラにさえも劣る女。

けれど、その女は、イズナやイドラ、そうして、柱間以上にマダラの瞳をためらいも無くのぞき込んでくる。

 

その、今の己と同じ、赤い瞳。

それには、憎しみは無かった、恨みは無かった、怯えは無かった、遠慮も無かった、甘えも無かった。

ただ、ただ、いっそ無垢なほどに喜びに満ちあふれた瞳で、女は自分を見てきたものだから。

マダラは落ち着かない気分だった、今、自分がどんな感情を持っているのか、わからなかった。

どくどくと、心臓が鳴っている。

それは、動揺なのか、焦りなのかわからない。

 

アカリはひどく不躾に手を持ち上げ、そうして、マダラの頬に添えて目尻を撫でた。

それは、幾度もクナイを握ったのだろう、荒れた指先だった。

けれど、それと同時に、ひどく、女の指先だった。

 

「ああ、やはり、あなたたちは。」

 

柱間も、扉間も、目を見開いた。いつぶりだろうか。

本当に、いつぶりかに、アカリは淡い、それでも柱間にだってわかる程度に笑みを浮かべた。

 

アカリは微笑んでいったのだ。

 

うちはのあなた。やはり、あなたたちは本当に美しい生き物ですね。

 

その言葉に何と言えばいいのかわからずに、マダラは押し黙ることしか出来なかった。

 



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異文化交流って憧れる、理解できるかは別として

感想いただけましたら嬉しいです。感想、評価ありがとうございます。

モブ多めです。
次でマダラさんの辺りを書きたいな。


 

 

「・・・・すまないが。」

 

己に近づいてくる存在に気づいていたが、話しかけられたことに驚いた。

千手の長である千手柱間と千手扉間の兄弟の屋敷の門番をしている男はそれに振り向いた。門番と言っても現在、滞在しているといううちはイドラという、彼の一族の姫君のための門番なのだが。

 

そんな門番が振り向くと、そこにいたのは数人のうちはの人間だった。戦場のくせのままに体を強ばらせたがすぐにそれをとく。

何か、問題を起こせば、扉間、ひいては柱間にまで叱られるのだ。それは御免被りたい。

 

「あー、何か?」

「あ、ああ。仕事の邪魔をして済まない。少し、千手一族に聞きたいことがあってな。」

 

そう言って、その場にいたうちはの人間は少しだけ会釈をした。

 

「私は、その、うちはヒカクというものだ。」

 

それに門番はああと頷いた。

 

「あんたがヒカク?前にいた奴が差し入れに礼を言ってたぞ。」

「そうか、彼は?」

「あいつはまあ、任務だろうな。俺は臨時。」

「そうか、それならばいい。それで、その、聞きたいことがある。」

 

それに門番は仰々しいなと思いながら雁首そろえて自分を見るそれらを見た。

群れている様はまるで幼子のようだと思ったが、よくよく思えば目の前のそれらは少し前まで敵であった存在の本拠地にいるのだ。

そういった意味でそんな態度もしかたがないのだろうと思った。

うちはの人間はどこか落ち着かないというような顔をした。

 

「・・・・その、千手扉間殿とは、どのような方だろうか。」

 

それに門番は思わず黙り込んでしまった。

目をぱちくりとさせた。

 

「扉間、様、なあ?」

 

門番はそれになんというか、驚いてしまったのだ。もちろん、うちはからすればその名を冠した人間は気になることだろう。

門番も、困惑していた。

忍として、あまりにもストレートな聞き方だった。

いや、人となりを聞くのなら、普段から接している人間が一番なのだろうが。

ちらりと、門番はうちはの人間を見た。

千手では大柄な部類に入る門番からすれば、うちはの彼らは小柄で、大きめの外套から見える腕は細い。

怯えているというわけでは無いが、慣れない千手の里で黒づくめの彼らが身を寄せ合っている様は、なんだか。

 

(・・・あれだ、黒猫の群れみたいな。)

「どうかされたか?」

「うん?いや、ああ。なんでもない!」

 

いかんいかんと門番は思う。何か、うちはの人間が来るたびに柱間にされる彼らの話を聞いていて、感化されたような気分になる。

柱間はうちはの人間の話をよくした。そのせいか、何か、やたらとうちはの人間への可愛らしい印象が残ってしまっている。

 

(・・・・今まで殺し合ってたのに。)

 

門番は和平に賛成だった。別段、うちはがいなくなろうと戦う相手は腐るほどいる。周りのように恨みを持つには、門番には殺された誰かへの感情や記憶が足らなすぎた。

門番は少し考えて口を開いた。

まあ、どんな人間であるのか、少しぐらいはいいだろう。

 

(・・・もう、こいつらとは殺し合う仲じゃないのなら。)

「扉間様は、まあ、こええ人だよ。仕事に厳しいからな。ただ、出来ない仕事をやらせる人じゃない。」

「貴殿からして、扉間殿の、そのイドラ様との関係は意外だっただろうか?」

「は?そりゃあ・・・・」

 

門番はまあと頷いた。

そりゃあ、意外だった。見合いならばまだしも、あんな大騒動を繰り出すような人間からはあまりにも遠いものだった。

 

別段、恐ろしいばかりの人では無い。けれど、扉間という男がどれだけ、感情と現状を解離させることが出来るのか、彼の下にいればわかる。

そんな扉間が敵対しているうちはの人間と密通を?

いやあ、ありえないですねえ。夢でも見たのでは?

なんてことを思っていたが、ところがどっこいそれはどうやら真実であるらしい。

周りの人間は、純愛だあああああああとか、あの人、性欲あったのかとか、いいや何か考えがあるのかとか、そう言った話まで様々している。

 

「どう考えても結婚なんて考えてない様子だったし。というか、跡継ぎの関係で結婚なんて考えてなかったしなあ。」

「・・・・ならば、妾等については取られるようなことはないだろうか?」

「めかけえ!?ふ、は!はははははあはははあはははは!!ねえって、絶対無いだろ!?そりゃあ、取らなきゃ一族滅ぶとかならまだしも。」

 

門番の言葉にうちはの人間はにわかに顔をほころばせた。

それに門番はおおっと思う。元より、整った顔立ちの多いうちはの人間が笑みを浮かべれば、なるほど辺りが華やいだ気がした。

 

「言っただろうが、大丈夫だと。」

「ですが、ヒカク様。イドラ様の元に、扉間殿の元許嫁が乗り込んだと。」

「お前も聞いただろうが。おそらく、そういった意図はないだろう。」

 

それに門番の脳裏にはあーと赤毛の女の姿が思い浮かんだ。

千手アカリ、この名を知らない人間は千手ではいないだろう。

長である柱間や弟である扉間は外のことで忙しい。そんな彼らに代わって、内、つまりは女達の統括を担っているアカリはある意味で影の実力者なのだ。

 

(まあ、長の嫁御がおいおい内のことはされるんだろうが。アカリ姫も、長の許嫁殿と仲が良いらしいしなあ。ならば、千手の実質的な内の権力者はアカリ姫のまんまだろうし。)

 

といっても、別段門番もアカリと扉間と、そうして噂のイドラ姫の間にどろどろとした何かがあるなんて思っていなかった。

 

千手のアカリ、付いたあだ名が氷笑姫。

凍り付いて、笑みも無い、冷たい姫君。女達を束ねているせいか、千手の人間の、いわゆる噂話やら薄暗い話は彼女の元に伝わる。

そんな彼女を下手に突きたくない人間は多い。

といっても、アカリ自体は傲慢な振る舞いも無く、普通に家事など細々したことを好んでいる女であるのだが。

 

(まあ、あの二人は、良くも悪くも仕事仲間だしなあ。)

 

門番の脳裏には、正月なんかに外戚関係への招待状やら、食事の用意やら、その他諸諸で駆け回るアカリと扉間の姿が思い浮かんだ。

 

酒の注文は!?それよりも、あの一族に手紙送ったか!?兄者の印を押させたいが、見当たらん!

柱間アアアアア!!

 

(あー、あの地獄のような、大晦日。というか、これからはそれにうちはのおひいさんが加わるのか。)

 

そんなことを考えながら、うちはたちは興奮冷めやらぬと口々に言い合っている。

 

「扉間殿はやはり信用が出来る。」

 

そのとんでもねえ事実を聞くまでは。

 

「ひーかーくー!!」

 

屋敷の方から聞こえた声に皆が目を向けると、そこには門番からすれば小柄な体がかけてきていた。

 

「ヒカク、どうしましたか?」

「あ、いいえ。少し、気になることがございまして。」

(おおおおおおおお!!)

 

門番は口元に手を当てて好奇心に目を輝かせた。

鴉の濡れ羽のような黒い髪、大きな夜色の瞳、白い肌に目を見張るような愛らしい顔立ち。

 

絶対、噂のうちはのおひいさんじゃん!

 

わくわくと見ていると、門番に気づいたイドラはにぱああと笑みを浮かべた。

可愛い、めっちゃ可愛い。

 

(えー、扉間様、かわいい系が好きなのか。)

「こんにちは、すみません、お仕事の邪魔でしたか?」

 

君、本当にうちはの人間?

そう問いかけたくなるような、こう、陽な空気を持っていた。

 

「今日は、いつもの方では無いんですね。」

「ありゃ、わかるんですか?」

「はい、遠目に見たことが。何と言っても、家は目がいいので。」

 

聞きようによって皮肉に聞こえるが、その大仰な仕草や愛想百パーセントの笑みによって軽やかなものになっている。

 

(あー、お菓子あげたい。)

「それよりも。ヒカク、兄様や柱間様に許可は取っているのですか?」

「・・・・交流自体は、そう、とがめられておりませんので。」

「むう、アカリ様のことは気にしなくていいんですよ?」

「ですが、元許嫁というのですから。」

 

イドラはヒカクたちが、禁じられていないとはいえ、わざわざ千手に話しかけた理由を知っていた。

なんと言っても、アカリを取り巻いたとんちきなそれを処理しきれなかったマダラがヒカクに漏らしたのをきっかけにやってきていたうちはの人間は不安になった。

 

もしや、千手の奴らはイドラを差し置いて他の女にも手を出していたのでは無いか?

そんな疑惑が生まれた。

確かに婚姻前のことで、本当ならばイドラとの婚姻など難しかったはずだ。けれど、そうは言っても、結婚が決まったのだからそこらへんはきちんと片付けておくべきだろう?

けれど、イドラがベタ惚れだという扉間について下手に否定はしたくなかった。

惚れれば一筋なのだ。

事実、元々イドラとの婚約話が出ていたヒカクも、彼に惚れ抜いた女との結婚によってその話も流れた。

イドラは何があっても扉間との婚姻を止めないだろう。

ならば、どうするか。

ヒカク達は、それならばと、千手の人間に一度扉間というそれの評判を聞こうという強硬手段に出たのだ。

もちろん、嘘を吐かれる可能性はあるだろうが、それはそうとして扉間というそれの人間性を調べるには伝手も無い。

 

「それに、扉間様が妾を取られようと私は構いません!」

「い、イドラ様、滅多なことをいうものではありませんよ。」

 

うちはの人間もわかっている。一族の者にさえも恐れられるうちはマダラを義兄にして、そんな肝の据わったことを考える人間はいないだろうし、聞いた上では扉間はイドラにベタ惚れしている。

うちはの人間はイドラのそれは、緊急の事態にそういったことがあっても扉間を支えるという健気なものに聞こえた。

 

が、んな事実なんて知らねえ門番からすれば、イドラのそれは扉間が今後妾を取ると考えているようにしか聞こえなかった。

そんな門番を置き去りに話は続く。

 

「それにイドラ様、無茶をされてはいませんか?昨日はよく眠れていなかったのでしょう?」

 

ヒカクはイドラがうちはの人間の来訪にはしゃいで眠れなかったことを思い出して、呆れ半分で言った。

 

「いいえ、休んだので平気ですよ。それに、夜は扉間様とのこともありますし。」

 

ヒカクはそれにイドラが夜に千手の歴史などを習っていたのだと頷いた。

 

「それに、扉間様からの無体も。」

 

ヒカクは死んだ目をした扉間が何故かイドラのほっぺたをもちもちと触っていたことを考える。

 

「大丈夫です、私の体を気に入ってくださって嬉しいです。」

 

イドラは己のほっぺたのさわり心地だけでも気に入って貰えて嬉しい。

 

「あ、そうそう、見てくださいよ。ヒカク、このかんざしだって扉間様が直々に飛雷神の術を刻んでくださったんですよ?」

 

それに門番は思わず思った。

飛雷神の術?

え、あの、印をした相手のところに行けるって、あの?

それを自分の嫁さん(仮)の身につけてる物に?

 

(扉間様、それはさすがにキモいって。)

「扉間殿は情熱的だな。」

 

自分の思考に重なるようにうちはの人間が発したそれに門番は目を見開く。

 

まってえ?

どこをどうすればそんな考えになんの?

 

「イドラ様にはそれぐらいでなくては!何せ、イドラ様はうちはの一等の姫なのだ。それぐらい大事にして貰わねば!」

 

きっらきらの目だった。

なんか、一周回って純粋に見えた。

えー、大事?えー、めたくそ面倒な束縛が?

うちはって独特過ぎない?

 

当人達の会話には、何の問題もなかった。いいや、しかし、そんな諸諸の事情なんて知らない門番は顔を青くした。

 

寝不足、夜のこと、イドラへの無体。そうして、飛雷神の術に見える独占欲。

いや、だがしかし。

確か、噂で婚姻までそういったことは禁ずるようにと言い含められていたはずだ。

柱間がそんなことを愚痴っていたような。

確かに、花嫁が腹を膨らませていては少々外聞が悪い。

すでに、扉間の外聞は悪いが。

何故だと、思っていたとき、門番の中に天恵が下りる。

 

(孕ます、気だ。)

 

いや、それはあかんでしょう?

この瞬間、門番の中で扉間に完全なるむっつりすけべの称号が冠されたのだった。というか、柱間や扉間に用のあった人間が数人、門の周辺に集まっており、イドラ達の話は筒抜けだった。

その全員が思った。

 

いやあ、扉間様、それはないわ。

扉間様、花嫁さんにベタ惚れなのはわかるけど、でも、だからってそれはどうかと思います。重いし、怖いです。

 

「ともかく、兄様が探してたので行きましょう。」

 

そのまま門番に軽く会釈をして去って行くイドラ達にそっと門番は誓った。

なんかあったら、助けてやるからな!

 

その後、噂に尾ひれが付いて、最初にしらばっくれてイドラに愛想を尽かされて逃げられないかと不安になった扉間がイドラを孕ませようと頑張っているという噂を耳にした扉間が本気の咆吼をあげるのはまた別の話である。

 

 

「・・・・ふう、やっかいなことになったな。」

 

それはまるで夜のように黒い生き物だった。人型であれど、まるで墨のような肌のそれはゆったりとした声で言った。

 

「仲良しこよしも結構だね。」

 

くっくっくと、笑う、それはゼツという。

そうして、それは余裕ぶって森の中に隠れながら、実際の所、めちゃくちゃに焦っていた。

 

まってまてまって待ってえ???

 

(いや、イドラってなんだよ。)

 

ゼツの脳内なんてそれに彩られていた。

今回はもしかすれば当たりだと思ったのだ。ようやく出た、万華鏡写輪眼の持ち主。

そうして、木遁使いの千手。

巡り巡った彼らは、憎悪を燃やすにはふさわしい戦乱の世で生まれた。

彼らの大切にしていた兄弟は減り、世界への憎悪を膨らませていた。

そうだ、それでいい。

そう、ゼツはほくそ笑んでいた。

 

うちはイドラなんていう、隕石みてえな意味のわからなさが天変地異並のそれが現れるまで。

 

いや、待ってくれよ。

まじでなんなんだそれ?

 

責任?

子ども?

 

いや、ゼツは知っている。それこそ、彼はこの世で最も扉間に対して真摯なまでに味方であった。

いや、んな事実、この世に欠片だって無いだろう?

 

ゼツの今の気持ちを詳細に言うのならば、完全犯罪が完成したと高笑いしながらアリバイ作りのために車を走らせていて、突然、山の中でイノシシとぶつかって車が大破し、アリバイ工作に失敗した気分だ。

意味がわかんねえがそんな感じだ。

 

いや、イドラis何?

お前、どっから現れた。何を言っているんだ。

なんで有りもしねえことをそんな鬼気迫る形で言ってんだよ。

その情緒はどこから来たんだ。

もう、イドラというそれの思考回路だとか、行動原理がわからなさすぎてどうしていいかわからない。

というか、一周回って怖い。関わりたくない。

 

柱間とマダラの顔、見てみろよ。

もう、満足して成仏しかかってるアシュラとインドラが見えるじゃねえか?

いや、見えてたら困るんだよ。

 

(いや、待て、今からでもなんとか軌道修正を。)

 

ゼツはイドラが見れば、ランプの精の格好した質問に答えれば特定の人物を連想してくれるそれを思い出すばりの腕組みをした。

 

(何も無いんだよなああああああ!)

 

ゼツは、頭を抱えた。

どっかの仙人が高笑いをしている気がした。

 



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何もかもを守れるなんてそれは確かに傲慢で

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

アカリさんにも意味があったり。
正直、六道仙人は一発殴られて欲しい。


 

 

死んだ目をした千手扉間が部屋の真ん中に転がっていた。

 

「・・・血管切れたんじゃ無いか?」

「・・・まあ、相当でかい声を上げていたが。」

 

廊下に面した障子に姿を隠しながら、こそこそと千手柱間と千手アカリが中の様子をうかがっている。

 

うちはの一族は今後の話し合いのために数日間宿泊することになったわけだが。

その次の日に、とある噂が千手内に広まった。

いわく、千手扉間は我慢が出来ずに、毎夜イドラを襲っているだとか、すぐに子どもが出来そうだとか、まあ、そう言った話だ。

それを一番に聞きつけたのはアカリだ。

女衆からそれを聞いたアカリは、まさかとは思ったが一応、そんな噂が広まっていることを扉間に告げた。

 

「あ゛?」

 

今まで一番にドスの利いた声だった。それを聞いていたイドラが怯えて、部屋の隅っこでガタガタ震えていた。

アカリと柱間は、あーあと呆れたようにそれを眺めていた。

 

「ど、この・・・・」

「ん?」

 

柱間がぼそりと呟いたそれに思わず耳を傾けた。それに、アカリはそっと耳をふさいだ。

 

「どこの馬鹿者だ、そんなことを言っているのは!!!???」

 

きーんと、耳に響くようなその大声に聞き耳を立てていた柱間が、んお!?と同じように叫び声を上げた。

 

「・・・あくまで噂がだが。出所は私も知らんぞ。若い奴らを中心に広まっているが。」

「すぐにその馬鹿共を連れてこい!」

「扉間、そういう噂は消して回ろうとすると余計に広まるぞ?」

「大体、お前、そういった噂以上のことをやらかしているんじゃ無いのか?」

 

さすがに若い連中にそんな噂をされて扉間を哀れに思った二人はそんな言葉をかけた。

二人から見れば、全て、自業自得なのだ。

ぐうの音も出ねえ。

それに扉間は思わずくちびるを噛みしめた。二人の言っていることは正しい、正しいけれど、納得がいくかどうかは別なのだ。

 

(見つけて水遁で吹っ飛ばしてやろうか?)

 

青筋の浮かんだ額で扉間は頭を抱えたくなった。

 

この際だ、婚姻のことも諦めた。

元より、扉間が婚姻しようとしなかったのは、千手の中で自分と兄の子どもでの跡継ぎについての問題が出ることを避けてのことだ。

いくら何でも、千手一族の長にうちはの血が混じった存在を推す者はいないだろう。己の子どもは自らの手で教育すればいい。

部屋の隅っこで今にもきゅーんとでも泣きそうな、怯えた女を見るに、そこまで苛烈な子は生まれないだろう。

だが、己の周りで沸き起こる、この悪評はなんとかならないのか!?

 

(何が悲しくて色情魔のような扱いを受けねばならん!?)

 

里、つまりは忍連合を作る上で他の氏族に声をかけていたわけだが。

 

「こちら、私の娘になりまして・・・・」

 

そういって見目の良い女を、自分にだけ紹介された扉間の気持ちが誰にわかるだろうか?

完全に好き者扱いされているのだ。

ちなみに扉間の額に浮かんだ血管に柱間は口元に手を当てて、あーあと息を吐いた。ちなみに紹介された娘も、紹介した父親も扉間の般若のような顔にびびり倒していた。

 

(誰だ!ワシの噂をあれこればらまいているのは!?)

 

噂をばらまいているわけでは無いが、誤解をばらまいている張本人は扉間の怒りようにくーんと怯えながら部屋の隅にいる。

扉間はこれからうちはとの話し合いがあるとわかっていたが、どっと疲れが押し寄せてその場に寝転がり、天井を見上げた。

それを見ていた柱間とアカリは、そっと彼から距離を置き、廊下へ避難した。いつ、扉間が暴れても良いようにと、逃げる準備は万全だった。

が、イドラは無表情で横たわる扉間のことが心配なのか、そろそろと近づいてきて、彼の周りをうろつき始める。

顔には、大丈夫?大丈夫?と心配そうなそれが浮かんでいた。

扉間はそれに、もしかして自分の今の味方はこの黒犬だけでは無いのだろうか?なんてことを考える。

安心して欲しい、扉間の今の心労の全ての原因は、目の前の健気に見つめてくる黒犬なのである。

 

扉間は無言で己をのぞき込むそれのほっぺたを掴んだ。むにーと引き延ばせば、えーんと顔をしかめながら、逃げることもなくそれにイドラは甘んじる。

扉間はそれにちょっと心が癒やされるような気がした。

 

「疲れてるなあ。」

「疲れているな。」

 

などと言いつつ、柱間とアカリは扉間を助けようとはしなかった。

アカリは扉間のあれそれに関しては自業自得だと切り捨てていた。というよりも、イドラと結婚できるのだからこれぐらい当然だと考えていた。

アカリは、扉間のことを心配していたのだ。

なんだかんだ、付き合いの長い弟分は仕事人間だった。

好きなことと言えば、釣りは置いておいても、忍術の研究など面白みに欠けた。

何かしら、息抜きになる物があればいいと考えていたが。

唐突に飛び込んできた黒犬は、これからもいい意味で扉間の人生を巻き込み、そうして、面白くしてくれそうだ。

アカリは誰にもわからないが、淡く微笑んだ。

そうして、一方は、柱間。

その男は、どちらかというと面白がっていた。

いや、考えてみて欲しい。

いつだって冷静で、合理的な弟が可愛らしい女に全力でぶん回されているのだ。

正直に言おう、めちゃくちゃに面白い。

弟は可愛い。それはもちろんだ。けれど、やはり、自分に全力で懐いてくるわんころを可愛がりたいと思うのは人情だろう。

 

(今まで周りに恐ろしい姉上しかおらんかったしなあ。やはり、妹はよい・・・・)

「柱間、今、何考えてた?」

 

唐突に己の胸ぐらを掴まれ、柱間は固まった。

 

「いや、そのお、姉上?」

「お前の考えてる事なんて全部お見通しだ。」

 

ドスの利いたそれに柱間は目をそらした。

 

柱間は、普段は情けないように見えることもあるが、別段彼だって愚かなわけでは無い。

千手の長としてそれ相応の立ち振る舞いも、そうして、残酷な決断もしてみせる。

一族の女に、そんな乱雑な態度をされれば怒りの一つぐらいは見せる。

彼の立場は、その強さによって証明された部分はある。

柱間は寛容である。けれど、なめられて黙っておくようなことも立場上はしない。

けれど、柱間はその時、本気で怯えていた。

 

(むかっしから、姉上のことだけは恐ろしかった。)

 

扉間は無表情で淡々と、それこそ理詰めで叱ってくる姉のことが苦手だっただろうが。柱間は、何か、幼い頃から姉に逆らえる気がしなかった。

例えば、彼女にうちはとの同盟を止められれば、諦めていたかもしれない程度に、何故か頭が上がらない。

 

「・・・・マダラたちを呼んでくる!そろそろ、準備も出来ただろうからな!」

「そうだな。イドラ殿と、そうして、扉間。そろそろ起きなさい。里のことで話し合いがあるのだろう?」

「・・・わかっている。」

 

扉間はイドラの頬から手を離して、そのまま起き上がる。それにアカリも立ち上がった。

 

「うちはの人たちを呼んでこよう。ほら、柱間も来なさい。」

「おお、わかった。」

「私も話し合い用の御茶を汲んできます。」

 

三者三様に、そのまま部屋から出た。

柱間とアカリはそのままうちはマダラとうちはイズナが待機している部屋に向かった。

そんな中、アカリが口を開いた。

 

「柱間。」

「なんぞ?」

「聞きたいんだが、お前はもしも、里が出来たとして。私や、そうだな、マダラ殿が裏切ったとき、どうする?」

 

それに柱間は固まった。質問の意図がわからなかったのだ。

 

「・・・裏切る予定があるのか?」

「ない。」

 

柱間は黙り込み、それに何と答えるかと悩む。その様子を見つめていたアカリは口を開いた。

 

「悩む時点で、応えは決まっている。お前は里を選ぶと言うことだ。」

「そうだの。それが、正しい。もしも、マダラが裏切れば、俺は・・・・」

「千手の人間は、多情のものが多い。愛の一族、笑えるな。なあ、知っているか。柱間、博愛とは、愛では無くて、正しいことなのだそうだ。」

 

柱間はそれにアカリを見た。彼女はやはり鉄仮面のまま、けれど、その声音はどこまでも明るい。

 

「突然、どうしたんだ、姉上?」

「ああ。そうだな。柱間、皆はお前を優しいだとか、寛容だと言うが。それは、つまりはお前が強いから。お前は、優しい前に傲慢な奴だと私は思うよ。」

 

柱間はじっと姉を見た。

傲慢、そんなことを言われたのは始めてだった。

 

「お前は他人の言葉を聞くようで、それは何かがあれば自分がそれをひっくり返すことが出来ると思っているだろう。生殺与奪の権利を握っている。まあ、事実だからいいんだがな。」

 

柱間、と彼女は己の名を呼んだ。

 

「別にいいんだ。傲慢であるとか、そこらへんは。愛の一族と言いながら、私たちは所詮戦うことを選び続けた人殺しだ。その長であるのならば、そうして、それぐらいに強いのなら、お前はもう傲慢であることこそが正解なのだろうしな。」

「姉上、どうしたんだ?」

 

柱間は困惑した。

アカリは内部の、千手一族のパワーバランスなどは気にしてもそこまで柱間たちのやることに口を挟んでくることは無かった。

もちろん、叱られたのだって子どもの頃の話で。

いや、まあ、柱間の場合は博打の件で大目玉を食らったことはあるにはあるが。

ただ、忍として、そうして、長としての在り方にそこまで口を挟んでくることなんてなかったのだ。

それ故に、アカリの傲慢であるという言葉に困惑していた。

叱られているわけでは無い。ただ、諭されているわけでも無い。

ならば、自分は何を言われているのだろうか?

 

「私が言いたいのはな、そうだ。我が儘を言うのならば、最後まで突き通せと言うことだ。」

「わ、我が儘なんぞ言ったか、俺は?」

 

そんな柱間の言葉なんて無視して、アカリはちらりと廊下の向こう、外を見た。そうして、柱間の方を見ること無く肩をすくめた。

 

「例えば、二つの選択肢があって、どちらかを取らなくてはいけないとして。それならば、二つとも欲しがれ。」

 

アカリは柱間を見た。

 

「いいか、たった一つとそれ以外、天秤にかけなくてはいけないとするのなら、それを全て欲しがって、その強さで駄々をこねろ。道理も、正しさも、どうでもいいから二つとも欲しいと駄々をこねろ。唯一と、その他なんて線引きをするんじゃなくて、全部が欲しいと欲張れ。そうすれば、案外手に入る物だ。」

「・・・・姉上。本当にどうしたんだ?」

 

柱間はもしや、幻術にでもかかっているのだろうか、そんな疑問が出てくるほどにおかしなことを言った。

それに、アカリは憑きものが墜ちたかのように首を傾げる。

 

「そうだな、すまん。いや、だが。私はずっと、お前にそう言いたかった気がするんだ。」

「俺に?」

「うん?そうだな、いや、そうなのか?」

 

アカリは本当に困惑したように、不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

その日、うちはのまとまった人間が千手に来ているのだからと、宴会のような物が開かれた。

というのも、婚姻前にまだ同盟に対して柔軟な考えを持っているだろう人間で顔合わせをすることにしたのだ。

そんな中、イドラも扉間と兄に挟まれてふんすと息を吐いた。

 

(アカリ様に化粧もしていただきましたし!千手の方々に良い印象を持って貰わねば。)

 

その様子は、俺はやるぜと今にも庭を駆け回りそうな犬のようだった。

それを千手の人間はほっこりとしながら眺めていた。

そうして、イドラの隣で般若のような顔をした扉間にそっと視線をそらした。

扉間からすれば、自分の噂を話していただろう、それらに睨みを聞かせていたわけだが、端から見れば完全に嫉妬の炎を抱えた男である。

うちははそんなに姫様のことをと、ちょっと感動をしていた。

そんなことなど気づかないイドラは、少しぐらいは酒を飲んでおこうと口に含む。

 

(苦い・・・)

 

未だに子ども舌の彼女はめしょめしょしながら、焼け付くような感覚を飲み下した。

最初は甘く感じていたのに、段々と苦みを感じ始めた。騙されたという感覚だった。

 

(やっぱり、お菓子と御茶が一番ですね。)

 

などと考えていたとき、何か、急に気持ちの悪さがせり上がってくる。そうして、何故か、視界が唐突に歪んだ。

 

(あれ、酔い?でも、こんなに弱かったっけ?)

 

気持ちの悪さの次に、喉の奥に痛みが広がる。がんがんと、頭が痛い。喉の奥から、せり上がってくる物がある。

心臓が、痛い。

我慢が出来ない。せめてと口を手で覆うが、間に合わない。

 

「え?」

 

それは、誰の物だったのだろうか。

イドラは粗相をしてしまったと手の中を見た。

 

(あ、れ?)

 

何故か、手は、真っ赤になっている。口から、ごぼりと、赤いそれが手に垂れた。

 

目が、眩んだ。

 



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素面を装っている奴ほど案外変人

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

それでもこれってギャグなのだ。


 

腹の中で、燃えるように、痛い。

半端に痛みに慣れた体のせいか意識を失うことが出来ない。

 

ぼたぼたと、痛みのために涙が零れた。それに、うちはイドラはぼんやりと、頭の片隅で痛みで涙を流すなんていつぶりだろうかと考えた。

 

「う゛う゛う゛う゛・・・・」

 

痛みに思わずうめき声を上げた。意識が薄れそうだった。

そこに、声がした。

 

「イドラ!」

 

銀の髪が、目の前で揺れていた。

 

 

 

まるで、時間が止まっているかのようにゆっくりとうちはイドラの体は傾いでいった。そうして、畳に倒れ込む前にその体を抱き留めた。

口から出る血の色に体中の血が沸騰しそうだった。

その、口から流れ出す赤いそれに、女の体から命が流れ出していく気がした。

 

「イドラ様!?」

「おい、毒だ!」

「詳しい奴、どいつだ!?」

「医療専門の奴、呼んでくる!」

 

がやがやと部屋の中は蜂の巣を突いたかのようだった。そこに、二つの声が割り込んだ。

 

「静まれ!」

「落ち着け!」

 

千手柱間とうちはマダラの声と、殺気に部屋の中の人間は黙り込む。扉間は、普段ならば同じように動きを止めるだろう扉間はそんな二人の声を気にすることもなく、イドラをその場に横たえた。

女の症状で、それに起こっていることの可能性を頭の中で広げ、対処方法を考える。

 

落ち着け。

 

ただ、呪文のようにそう頭の中で唱え続けた。今、冷静さを失ってはいけない。それは、終わりだ。そう、思うのに。

 

誰だ?

 

体中の血が沸騰するような感覚がする。けれど、頭の中はしんと静まりかえっていた。

ぐるりと部屋の中を見回した。

 

「誰だ?」

 

けして、大きな声では無かったのだ。けれど、千手扉間の研いだ刃のような声音は確実に部屋の中に響いた。

それにイドラのことを伺っていたうちはの一人が叫んだ。

 

「貴様がそれを言うのか!?」

 

それに扉間は目を見開いた。

 

「此度の件は千手が調理した物だ!なら、千手が怪しいだろう!?」

 

それは当然の道理だった。今、イドラに毒を盛った可能性があるのは千手だ。その言葉に、うちはの人間たちの中で膨れ上がった猜疑心が爆発した。

 

「・・・・扉間殿が。」

「いいや、扉間殿は関係なくとも。」

「振りは誰にでも出来る。」

「おい!」

 

その場に混乱を招いた同族をマダラは叱り飛ばした。けれど、その男はそんなことを物ともせずに叫んだ。

 

「ならば、頭領、それ以外に可能性があるので!?」

 

そう叫んだ男にマダラは固まった。男は感情の高まりのせいか写輪眼をその目に浮かべていた。そうして、巴の紋が増えている。

マダラは頭を抱えたくなった。その場にいる人間はある程度、柔軟な思考の者を選んだ。

目の前のそれは、思考が柔軟であるのはもちろん、イドラのことを非常に心配していた。元々、幼い妹を亡くしたその男はイドラにその面影を重ねていた。今は妻子もおり、だいぶ落ち着いていたと思っていたが。

目の前の現状に、明らかにそれは動揺していた。

マダラは柱間を見た。その瞳には、明らかな怒りを宿している。それはマダラとてそうだ。

今にも、殺気とチャクラが漏れ出そうになる。

けれど、二人はそれを必死に押さえていた。怒るのは後で、今は、イドラの安否が最優先だ。

それにうちはの一人がイドラに飛びついた。

 

「何をする?」

「千手の人間は信用できぬ!イドラ様を返してもらう。毒のことならば、イズナ様もお詳しい。」

 

それにマダラはちらりと、一族の人間をなだめているイズナを見た。それにイズナも頷く。

 

(この混乱で下手な刺激はよしたほうがいい。)

 

イズナは目の前で吐血をする姉を見た。本音を言うのならば、今にも千手の人間を皆殺しにするほどに、暴れてやりたい。けれど、そうすれば姉が何よりも被害者になるだろう。それ故に、イズナは必死に全てをかみ殺して、扉間のほうに言った。

 

「姉さんを・・・・」

 

伸ばした手を扉間は無言で払いのけた。

 

「おい!」

「触れるな。」

 

押し殺した声に押し黙った。イドラのことをじっと見ながら扉間は冷たい声で言った。

 

「・・・毒を飲んだというのなら、胃の中を洗い流すのが一番だ。だが、無理矢理に吐き出せば、喉に障害が残る可能性がある。ならば、医術の術を持った人間を。」

「おい、それはわかってるんだ!」

「姉上が呼びに行っている。」

「今の状況を考えろ!こっちに引き渡して欲しいんだ!」

 

それに扉間は無言で顔を上げた。そうして、イズナを睨んだ。

 

「・・・これはワシが穢し、子まで出来た女だ。おかげで、ワシの人生はめちゃくちゃだ。」

 

扉間は自分が今、何を言い出しているのか、まったくわからなかった。

ただ、茹だるような体が、今にもこの場にいる人間を締め上げて、何をしたと叫びだしそうになる。けれど、そんなことをするほど、男は愚かにも、愚直にもなれない。

けれど、腹の内に止めようとした激情が確実に暴れていた。

 

ああ、そうだ。

お前達は愚かにも、この女の虚言を信用して、そこまで扉間という男と深い仲になったと思い込んでいるのだろう?

ならば、何故、今更になって自分から引き離そうとする。

 

「ならば、これは、ワシの腕の中で死ぬとしても、それこそ道理だ。」

これはワシの女だ。

 

ギラつくようなその瞳はいつだって、燃えるような瞳をしておきながら、凪いだ海のような男にはあまりにも不似合いだった。

抜き身の刃のようなそれがイズナに向けられた。それに、彼は固まってしまった。

 

その時だ。

すぱーんと、障子が開け放たれた。そこにいたのは、赤い髪を振り乱し、男を担いだ千手アカリだ。

 

「おい、連れてきた!」

 

アカリはそう言って部屋の中横切って、荒い息を吐きながら、うつろな目で扉間を見上げるイドラの前に置いた。

医者は明らかに動揺していたが、道中で状態を聞いたのか、落ち着いて女に向き直っていた。

 

「間に合ったか?」

「ああ、寝るところをひっつかんできた。」

「礼を言う。」

 

柱間とマダラ、そうしてアカリがそう言っていたとき、やはり、先ほど叫んでいたうちはのそれが声を上げた。

 

「ですが!」

「黙るがいい!イドラを助けるためにはこれしかないのだ!」

「ですが!信用できません!」

 

それにうちはの人間からは明らかに不信感が芽生え始めているのは手に取るようにわかった。そうして、うちはのそれに苛立ちを覚える千手側にも。

 

「・・・・信用できないか?」

「当たり前だ!」

 

吠えるうちはの男にアカリが声をかければ、そんな返事が返ってくる。アカリはそれに一度頷いた。

 

「いいだろう。ならば、一つ、信用を取り戻す方法がある。試してみるか?」

「・・・何をする気だ?」

「おお!姉上、そんな方法があるのか!?」

 

意気揚々とした弟分のそれにアカリは言い切った。

 

「ああ、簡単だ。マダラ殿、万華鏡写輪眼を使って私に幻術をかけてくれ。真実しかしゃべれなくなるように。」

 

それに部屋の中に人間に動揺が広まった。

千手の人間は元より、うちはの人間にさえも動揺が広まった。マダラと柱間は何を言えばいいのかわからず、アカリを凝視した。

アカリは気にすることも無く、信用が出来ないといった男を見た。

 

「そうして、仮に、イドラ殿が亡くなるようなことがあれば、私の首一つ差しだそう。これでも、宗家の女だ。そこそこの価値はあるだろう。」

「姉者、何を言っている!?」

「これが一番、信用を取り戻す手段だろう。」

「赦されるはずがない!のぞき込むと言うだけではすまんのだぞ!?何を仕込まれるのか、わかりもせん!」

「柱間、許可を。」

 

扉間の言葉を無視して、アカリはマダラを見上げていった。それに柱間は少しだけ考えた後、頷いた。

 

「俺は許可しよう。」

「兄者。」

「はっはっは、なーに、心配するな。扉間。マダラは、優しい奴ぞ。」

 

そのやりとりをイズナは茫然と見つめた。どうすればいいのかわからない。万華鏡写輪眼。うちはの最強の瞳術。

それを、やすやすと受けるというのだ。

イズナはいい。兄を愛しているし、信頼している、そうして同じように万華鏡写輪眼を持っているのだ。

けれど、その女はどうだ。

何も持たぬ身で有りながら、その瞳をのぞき込み、そうして、信頼を勝ち取るために幻術にかかるのと言うのだ。

狂っている?

そんな単語で表現するのさえもためらうような、女だった。なのに、なのに、女は真っ向から兄と対峙していた。

 

「いいんだな?」

「兄さん、でも!」

「腹の決まった女にがたがた言っても仕方がねえ。それに、だ。覚悟があるならば、汲んでこそだ。」

 

マダラは万華鏡写輪眼を目に浮かべた。

うちはの人間は狂っていると怯え、そうして、畏怖した。千手の人間は目の前で起こっていることを理解できなかった。

万華鏡写輪眼を、特筆することもない女が真っ向から受け止めているのだ。おまけに、これから幻術にまでかかるというのだ。そうであるとするのならば、目の前の光景は千手の人間の最大の覚悟に他ならない。

 

マダラはアカリに幻術をかけた。

そうして、口を開く。

 

「お前は、うちはをどう思っている?」

 

静かなそれに、皆が固唾をのむ。そうして、鉄仮面のその女は深く頷き、うつろな目で力強く頷いた。

 

「顔がいいと思っている!!」

 

ちーん。

 

そんな、音がした気がした。

 

(顔がいい?)

(うちはのこと、顔がいいって。いや、まあ、そりゃあ。)

(顔がいいって言った?)

(顔がいい???)

 

もう、その場にいた全員が宇宙を背負って、猫のように茫然とした。

全員が、顔がいい、という文章を前にして虚無を見つめていた。

 

「え、今、顔がいいって言った?」

 

動揺しすぎて医者はそんなことを口走りながら、今までの経験のために治療を順調に進めていく。

イドラの息づかいが穏やかになっていく。

喜ばしいことなのに、鉄仮面のその女の発言に皆が皆全て持って行かれている。

アカリは幻術が解かれないせいか、どんどん話を続けていく。

 

「黒い髪に、白い肌!おまけに、皆々、麗しい顔をしていると思っている!千手の人間はむくつけきというか、無骨な人間が多くてな!目の保養になっている!!」

 

えー、あなた、そんな人だったの?

長年付き合いのある柱間も扉間も、知らなかった姉の面食いの部分に茫然となっていた。

マダラも、背中に宇宙を背負っていた。

 

え、千手のくせに、うちはにそんなことを考えてたの?

 

「とくに、特に!マダラ殿の顔が非常に好みで!!涙袋は色気があって!愁いをたたえた横顔なんて最高じゃないか!!」

 

己の万華鏡写輪眼を見て、目をキラキラさせながら己の顔をうっとりと見上げるそれにマダラは、もう、表では冷静を保っていたが、頭の中は完全に暴れ狂っていた。

 

え、好みなの?

俺の顔が?

色気?

愁いをたたえた横顔?

いや、美しいって言われたけど、まじでそう言った意味合いだったの?

いや、恨み言とか。

あ、ないんですか、そうですか?

 

そんな動揺をしているマダラの横で、同じように混乱の極みのイズナと柱間が叫んだ。

 

「「わっかる!!!」」

 

もう、二人とももっとも似合わないだろう女からのそれに混乱しながら、滅多に現れないマダラ大好きの同士に歓喜して頭ん中ぐちゃぐちゃで叫んだ。

 

「兄さん、めちゃくちゃかっこいいよね!」

「そうぞ!姉上、男の趣味がいいな!」

「ああ!だが、髪が荒れているのが気になってな!出来るのならば、是非とも、御髪を整えたいと思ってな!いい椿油もあるんだ!」

 

あーこれ、本気なんだ。

それを理解しつつ、部屋の中の人間はそれぞれ宇宙を背負ってマダラの見目を褒め称える三人を見た。

そうして、その間に毒の中和が終り、安らかに寝息を立てるイドラの姿があった。

 





どうしても千手でもポンコツな人を出したくて。
誰がまともだと一度でも言ったのか。


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お前のような奴がいるかと言われると、事実としてここにいるわけで

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

かつて、こんなにもうっきうきの柱間がいただろうか?
たぶん、この話で一番得してるのは題になってる扉間さんじゃなくて柱間。


 

「・・・その、申し訳がないのですが。」

食べ合わせが、悪かったようです。

 

 

その言葉に千手とうちはの人間は同時に非難の声を上げた。

千手の屋敷の一室。そこで円のようになってうちはと千手で話し合いが行われていた。

もちろん、内容はうちはイドラの暗殺未遂についてだ。

 

「そんなことあるはずがないだろう!?」

「食べ合わせでそんなことがあるはずないだろ!?」

「さすがにねえだろ!」

「静まらんか!」

 

それぞれに騒いでいた、宴会に出ていたうちはの人間、そうして千手での地位が高い人間は千手柱間のそれに黙った。

うちはの人間はちらりとうちはマダラを見たが、彼も軽く頷いた。

 

「どういうことだ?」

「は、はい・・・」

 

マダラの問いに、数人の人間がおずおずと頷いた。千手の医療忍術を主として取得している彼らの代表である男が口を開いた。

 

「・・・今回、宴にはうちはの方々が持ってきてくださった茸が出ていたのですが。」

「ああ、姉さんの好物だったからな。季節外れだったけど、最後の生き残りがあったから持ってきたんだが。」

「はい、その茸単体ならば問題はなかったのですが。その茸と、酒を飲むと毒性を発生するようでして。」

「酒なら皆、飲んでいたはずだ。」

 

地獄の底から聞こえてくるようなそれに医療忍者の男は体を震わせた。恐る恐るそちらの方を見ると、そこには地獄の獄卒と見紛うばかりの殺気と苛立ちを漂わせた千手扉間がいた。

ギラつく瞳はそれこそ、戦場に出たこともある人間もまたびびるほどの何かが混ざっていた。

話題の中心であるイドラは毒の中和は出来ても、高熱が出たために寝込んでしまっていた。普段、元気で辺りを走り回っている彼女が顔を真っ赤にして寝込んでいる様は、周りの胸を相当痛ませた。

 

(柱間様についているように言われていたが。)

ワシがついていて、あれの体調が戻るのか?

 

そう一喝した男は当たり前のようにこの話し合いに参加している。男は据わったその瞳にがたがたと震えた。

それぐらい怖かった、めちゃくちゃに怖かった。そんな視線を向けられて、医療忍者の面々が少しでも怯えを誤魔化すために身を寄せ合った。

うちはの人間は、まるで寒さに震えて身を寄せ合うたぬきのようで、哀れみを覚えた。

 

「・・・・扉間、彼らを脅すのは止めろ。」

 

待ったをかけたのは、紅蓮のような赤い髪の女だ。千手アカリは怯える医療忍者の面々から引き継ぐように話を続けた。

 

「その酒が問題だった。普通の清酒なら問題なかったんだ。今回、イドラ姫には特別に蜂蜜酒を出してたんだよ。」

「・・・・そうだ。あれは甘党だからな。」

「ああ、聞いたら酒は辛くて苦手だとな。それで、うちで作ってた蜂蜜酒なら飲めるだろうと、彼女にだけ出していたんだ。」

「毒性に誰も気づかなかったのか?」

「茸自体、そこそこ希少で市場に出るタイプのものではない。そうして、千手の住む地域とは離れたところに分布があることで食べ合わせの分に関しては知られていなかった。」

「・・・うちはでもそう、食べるもんじゃねえ。どっちかっつうと珍味の類いだ。おまけに、旬の時期でも早々見当たらねえもんだ。」

「うちはでは蜂蜜酒の類いは飲まないだろう?」

「ああ、俺たちもそれは知らなかった。」

「ならば、今回については事故、だと?」

 

柱間のそれに扉間が首を振る。

 

「それにしては不審な点が出てくる。」

「ああ、そうなんだ。うちは側から聞き取りをしてもらったが、茸についてはおかしな部分が出てくる。希少で、おまけに季節外れだというのに、少量でも見つかったことがおかしいことにもなる。」

「何かしら、企んだ馬鹿がいる可能性が、あるか。」

 

一触即発、その場を支配する空気に名前をつけるとしたのなら、それこそがふさわしいはずだった。

けれど、広間の空気はけして、寒々しいとか、ピリついているとか、そんなものではなかった。

うちはの人間も、千手の人間も、苛立ちと怒り、そうして疑いをそれぞれに抱えていた。

けれど、とある人物の声を聞くと、思わず思ってしまうのだ。

 

「あくまで可能性の範囲だが。」

 

千手アカリのそれに、脳裏に浮かんでくるのはあの混乱の場での一言。

 

(顔がいいって言ってた人だ。)

(治療中に黙々とマダラ様の顔の良さを語ってた人だ。)

(ああいうのが好みだったのか。)

(万華鏡写輪眼真っ向から受けたんだよな。)

(わかる、うちはの人、顔いいもんなあ。)

 

いや、まあ、雑音がすごいのだ。

怒りがあるし、動揺があったし、互いへの疑いがあるのだが。それを上回るぐらいのとんちきな騒動が雑音になりすぎてしまっている。

なんとか表面的には真面目な空気もあるし思考については忍としての方向には切り替えてはいるのだが。

それはそうとして、頭の片隅に何かがちらついている。イドラがいれば、頭の片隅で宇宙を背負った猫がダンシングしているとでも言っているような感覚だった。

目の前で万華鏡写輪眼をのぞき込み、幻術を喰らって、そうしてその後に敵対していた敵の頭領に顔がいいと叫んだ女の映像はあまりにも濃すぎた。

 

 

邪魔、いや、邪魔。

雑音ってレベルではない衝撃が頭の中で延々と踊っているのだ。

扉間はその雑音をなんとか追い出そうとしていた。

もう、この際いっそ、怒りだとか苛立ちでその雑音が消えるならば消えて欲しい。

 

(・・・やはり、犯人を見つけることは難しいか。)

 

今回の一番の原因は、互いの異文化を持ち込んだ事による事故の部分が大きい。もちろん、疑いはあるのだが、幸いなことに千手の医療忍術のおかげでなんとかなりはした。

が、それによって互いにまたぎすぎすしているかというとまた違う。

あまりにも、姉である千手アカリのしたことのアクが強すぎて、全ての感情がどっかに行ってしまっているのだ。

現場にいなかった千手の人間もアカリのしたことに目を丸くして、雑音から帰って来れなくなっている。

 

(毒を盛られた本人もあの様子だからな。)

 

毒を盛られた本人のうちはイドラはけろりとしている。熱が出ている以外に特段おかしな所もなく、千手から出された食事も平気で食べている。

 

(卵入りのきつねうどん!)

 

食事をさせるために、好物だという軟らかく煮た、おまけに半熟の卵が入ったそれを当人がおいしそうに食べていた。

顔は真っ赤で熱が出ていたが、食欲は健在で少しずつ、にこにこで食べている様は相変わらず警戒心がない。

扉間は、笑いながらおいしいですというイドラの姿に密かに癒やしを感じた。

が、それはそれとして、この駄犬はこのままでいいのだろうかとも考えている。お前、食事に毒を盛られたのかもしれないんだぞ?

いいのか、そんなに旨そうに食って。

 

「あれは昔からああなのか?」

 

旨そうにうどんを平らげたイドラについてマダラとイズナにそう聞けば、ちょっと遠い目をした。

 

当人がそんな状態のため、うちはの警戒心が煽られずに、この場が保たれているのだ。

どっちかというと、平然とうどんを平らげているイドラの様子になぜかうちはが申し訳なさそうな顔をしている。

 

「それで、今回のことの調査についてだが。」

「兄者、ワシに任せてくれるか。」

 

柱間のそれに扉間は何のためらいもなく立候補した。今回の騒動について、ある程度調査をすべきだろうということのためだった。

据わった瞳と、怒りににじんだそれに地獄の閻魔のように怖かった。臆病な人間なんて内心で半泣きだった。

へたをすれば、この男と調査をするのだろうかと。

 

「・・・・うちの人間も関わらせろ。」

「無論だ。うちはの調査についてはそちらに任せることもある。千手についてはワシが担当しよう。」

「扉間、大名達に里の支援を任せる話はどうするんだ?」

「それについては元より、今回の和平の顔になる兄者とマダラが、いや。」

 

そこで扉間は口を噤んだ。

兄である柱間は腹芸が出来るタイプではない。マダラは出来ないわけではないが、感情で突っ走る可能性がある。

 

「それなら、そちらの補佐は私が行こう。」

 

その言葉にアカリへ視線が行く。

 

「柱間の婚姻についてはうずまきの女衆に一旦預ける。大体のことは終っているしな。」

「女だけではなめられるのでは?」

「あくまで補佐だ。そうだな、名前がたらんのならイズナ殿にも参加して貰えばいいだろう。彼の名前ならば大名達も納得するだろうしな。」

「・・・そこら辺について、後で話しあうか。」

 

名前を呼ばれて驚いたうちはイズナはちらりとアカリを見た。女は自分を見ており、あまりにもまっすぐに瞳を見てくる。

その仕草は不躾で有りながら、あまりにも新鮮すぎた。

是であると頷けば、いったん、この場は解散となった。

ともかく、調査をしてからとのことになったのだ。

会議が終わり、うちはマダラは内心でほっとしていた。何故って、会議中に時折アカリがマダラを見てくるのだ。

普段ならば探られているのだろうとか、がんくれてんのかと言えたのだが、あの話を言われてからは違う。

うちはマダラは、モテるかと言われると微妙なところだった。

 

容姿は一族全員が似たり寄ったりで、マダラ自身、イズナのことが最優先だ。何よりも、彼は普段の振る舞いが傲慢すぎる嫌いがある。

それ自体は、頭領として必要な振る舞いであると思っていた。

何よりも、彼は戦うことを愛していた。

平和な世が来れば、子どもの死なない世界であれば、そう思うのと同時に、永遠に心躍る戦いの中で、千手柱間と殺しあいをし続けていられればいいという感覚が腹にあったのも事実だった。

それゆえに、弱い女は庇護する対象であって、恋愛のれの字もいだくことはなかった。

政略結婚で、優秀な血を残すこと。

彼は、弱い女に家族という感覚を持てなかったのだ。

彼が千手柱間に執着し続けたのは、それもあった。弱くはなく、己と渡り合う、そうして同じ夢を見た男。

 

だが、そんな中にまったく違う毛並みのそれが現れた。

千手柱間のように強いわけではない。うちはイズナやうちはイドラのように血が繋がっているわけではない。うちはですらない。

 

瞳を見せてください、あなたたちは美しい。

 

曰く、チャクラの量が多いだけ。それだけの、蔑むべき弱い女は誰よりも、うちはマダラの瞳を真っ向から見るのだ。

敵対すべき自分の、そうだ、抜き身の刃を首元に突きつけられてなお、それは揺るぐことなく無防備に晒してくるのだ。

うちはマダラは、それにどうすればいいのかわからなかった。

蔑むことは出来なかった、さりとて尊敬するにはあまりにも弱かった。ただ、自分のことをじっと見てくる、見つめ返してなお、そらすことなく見てくるそれの存在が落ち着かない。

力の象徴、それをたやすく殺すことの出来る、それを真っ向から受け止める女はけして弱いはずはないのだ。

 

話し合いがお開きになり、マダラは立ち上がった。今回のことに関しては、事故なのか、それとも悪意あってのことなのか、その調査結果によってだろう。

部屋の中にいた千手の人間はいなくなり、残りはマダラたちうちは一族と、柱間、そうしてアカリだけになった。

マダラは熱を出して寝込んでるイドラの元に向かおうと考えていた。

 

「マダラもイドラ殿のところに行くか?」

「ああ、他の奴らも心配してたしな。」

 

マダラは近づいてきた柱間にそう言った。扉間はさっさとイドラの元に行ったらしい。己に挨拶がないこと自体には不満はない。

今の扉間には、それ以上に優先すべき事があるのだ。

 

そんな中、柱間に近づいてくるものがいた。

 

「マダラ殿。」

 

アカリだ。それにその場にいたものが全員、そわそわし始めた。いや、もちろん、アカリとマダラに何があるわけではない。

ただ、アカリが一方的にマダラの顔を気に入っているだけだ。

が、それはそれとしてうちはの人間はそわそわしていた。

マダラを恐ろしいと思ううちはの人間は多い。戦闘を好み、不器用な彼はうちはでも恐れられていた。

けれど、そんな彼を動揺させる存在の登場にみな、少し浮き足立っていた。

イズナもまた、あの時わっかると叫んだ手前、普段のツンケンした態度を取れなかった。

 

「すまない、先ほどの件だが改めて場を整える。それまではくつろいでいてくれ。」

 

あっさりとした事務連絡に皆、そんなものなのかとアカリを見ていた。

マダラも、あの顔がいい発言後の会話がそれなため、拍子抜けした。

そこに割り込んできたのは、柱間だった。その顔は、なんだかスケベ親父が浮かべるようなにやにやとしたものだった。

 

「のう、姉上。もう少し、何か無いのか?」

 

マダラは思わず柱間を睨んだが、彼としてはどこふく風だ。

身内の恋路なんてそんなもの。他の人間からすれば娯楽以外の何者でも無い。

 

(いや、何よりも。)

 

柱間はちらりとアカリを見た。一応、彼女は家系図的にも自分の姉にはなっているのだ。この状態で、彼女がマダラと結婚した場合どうなるだろうか。

 

(マダラのことを、兄と呼べるのではないだろうか?)

 

もちろん、今でもマダラは友であるし、すでに身内になることは決まっている。けれど、何故か、柱間はマダラを兄と呼ぶ状況が非常に魅力的に思えていた。

が、アカリは心底不思議そうに首を傾げた。変わらない無表情のまま彼女は柱間を見た。

 

(それに・・・・・)

 

苦しいことが多く有り、そうして、泣くことも笑うこともなかった姉にも春が来るのだというのなら、それほどまでに柱間にも嬉しいことはなかった。

 

「何がだ?」

「なんだ、つれんなあ。姉上が先に・・・・」

「柱間ァ!!」

 

続けようとした柱間の頭をマダラが掴んだ。

 

「てめえは何を言おうとしてんだ、ごら!」

「な、何をだと。俺はただ、身内にやってくる春について敏感に・・・」

「余計なことをせんでもいい!」

「おい、取り込み中悪いんだが。」

 

アカリは二人の間に入り、柱間の腕を掴んだ。

 

「すまないが、これには目を通して貰いたいものがあるので、連れて行く。」

「そ、そうか。すまんな。」

 

マダラはなんとなく気まずい気持ちでそれに頷いた。なんといっても、目の前のそれは鉄仮面は仕方が無いが。平然と接してくるのだ。

気まずい気持ちになる自分の方がおかしいのだろうか。

そんなことを考えながら、マダラを口を開いた。

 

「アカリ姫、イドラに色々と気を配ってくださり、礼を言う。」

「別段、特別なことはしていない。彼女はうちはであるが、これから千手にもなるのだ。己の妹を気遣うのは当然のことだ。」

「そうであるとしても、今回の件は色々と、動いたのは事実だろう。何か、のちほど礼をしよう。」

 

そんなことをマダラが言ったのは、偏にあくまでうちはが今回のことを寛容に受け止めているというアピールのためだ。

イズナとも事前に話し合い、和平が決裂するという話をかき消すためだ。うちはの人間達にも、長としてのマダラの意見をはっきりと示しておくためだった。

やり方については、まあ、自分も乗った手前があるのだ。

 

「礼、ですか?」

「ああ、なんだ、反物なんかでも。」

「それなら、一つ、お願いが。」

 

アカリはなにを思ったのか、マダラのそれを遮って彼を見上げた。その女は変わること無く、マダラの目を真っ直ぐに見つめてくる。

それが、どこか、居心地が悪くて、マダラはそっと視線をそらした。

 

「・・・写輪眼を見せてくれっていうならだめだぞ。」

 

マダラのそれにアカリは少しだけ口元をむっとさせた。そうして、少しだけ考えた後、マダラに手を差し出した。

 

「なら、握手してくれないか?」

「握手?」

「ああ、御利益がありそうだし。」

 

言いたいこととして、わからないわけではない。御利益云々なら、同じぐらいのが隣にいるんだが。

一瞬迷う。接触、直接的な肌のふれあいは警戒すべきなのだろうが。もっとすごいことを目の前の女はやっているわけで。

何よりも、あの、顔がいい発言には十分に救われているわけで。

マダラはアカリに向けて手を差し出した。

彼女はそれを両手で包んだ。

柔らかな手だと思った。もちろん、ある程度の家事をしているのだから荒れているのだが。それでも戦場に出ているものと比べれば、あまりにも柔らかな手だった。

普段ならば、蔑むような、手だった。弱者の手だった。

けれど、マダラの脳裏には己の目を真っ向から見る、女の姿が浮かぶ。それ故にどこか、女を弱いと断ずることが出来なかった。

 

(・・・・いつまで触ってんだ?)

 

柱間も、うちはの人間も思った。マダラが思考に耽っている間、アカリは両手でマダラの手をいじくり回している。

手のひらを撫で、甲をなぞり、指を絡めている。

マダラもなげえなと思いはしても、礼という前提があるのだから自分から振りほどくのもどうだろうかと悩んだ。

けれど、何か、ずっと手のひらに絡みつく指の感覚が落ち着かない。

 

例えば、秋波を送られているのだとするのなら、マダラ自身切り捨てるぐらいはしただろう。けれど、アカリのそれにはそんなものなど、欠片だって無いのだ。なにか、幼い子どもが真新しいおもちゃをいじくり回すような感情しか見えない。

鉄仮面のせいもあるのだろうが。

 

延々と、己の手を触られているのを周りに見られている現状に、マダラは思う。今、自分、めちゃくちゃ恥ずかしい目にあっているのではないのだろうか?

 

そんな中、柱間が思わずというように口を開いた。

 

「マダラ、お前、顔が赤いぞ?」

 

その一言にマダラは思わずアカリの手を振り払った。驚いた顔に、マダラは不機嫌そうに言った。

 

「いつまで触ってんだ!?」

「ああ、すまん。」

 

アカリは驚いたような顔をして、頷いた。そうして、マダラのことを見上げて頷いた。

 

「マダラ殿、あなたはなかなかに可愛いところがあるんだな。」

 

しみじみとしたそれに、周りの人間が目を丸くした。その言葉にマダラでさえも固まった。赤く染まった耳を見て、アカリは不思議そうに瞬きをした。

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

森の中に絶叫が響き渡る。その場に人間がいれば、獣にでも誰かが襲われたのかと思っただろう。

けれど、声の主、ゼツはそんなことなんてもう、気にもならなかった。というか、叫び声云々ぐらいは赦して欲しかった。

 

「何でだよ!」

 

いや、本当になんでだよと言いたかった。

丁度、うちはイドラを潰さなくてはとそれの周辺を駆け回っていたとき、偶然、イドラに蜂蜜酒が出ることを知った。

それにゼツは天恵を得た。確か、とうちは一族の住む地域に生える茸の特性を思い出した。おまけに、それをうちはの人間が探しているとくれば。

もう、奇跡だと思った。

やはり、運は自分に向いていると思った。全て、順調のはずだった。

イドラが血を吐き、周りが混乱によって疑心暗鬼に染まるまではよかった。

 

誰がそこに万華鏡写輪眼で幻術をかけられて、うちは一族の当主に顔がいいと叫ぶとんちきが紛れ込むなんて思うのだろうか?

 

また、イノシシに突撃された。いいや、イノシシじゃなくて今回はシカだろうか?

いや、動物の種類なんてどうでもいいのだ

 

なんでこうなる?

なんでこの世代には、あんな突然変異みてえなとんちきが二人も生まれてきているんだ?

ゼツは頭を悩ませた。

ともかく、早急にイドラを殺して、互いの仲を引き裂かなければいけない。

もちろん、輪廻眼を開眼させるためには千手とうちはの関係が近いほうが好都合のことは多い。

だが、うちはの人間には無限月詠を望むために、ある程度絶望して貰わなくてはいけない。このままではうちはの人間が絶望するまで追い詰められるということが少なくなりそうで困るのだ。

ならば、今、今のうちに決めておきたいというのも本音だった。

 

(イドラ、ともかく、うちはイドラをなんとかしなければ。)

 

そんなことを考えながら、ゼツは少しだけ首をひねる。

アシュラとインドラの転生体については気を配っている。そうして、その周りにもそうだ。千手アカリに関してもある程度、情報を集めていた。

 

(千手アカリは、父親と、兄弟をうちはとの戦で失っているはずだが。)

 

なぜ、あんな態度を取れているのだろうか?

 



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願いが叶うのがいいが、叶う形ってものがある

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

誤字報告いつもありがとうございます。


 

 

その時、イドラは熱を出して体がだるく、動くのも億劫だった。けれど、それはそうとしてお腹もいっぱいで幸せだ。

この時代、色々と貴重品は多い。その際だってのものは、卵だ。

雄鶏と雌鶏を飼ってもきちんと産んでくれるわけではない。どうして、鶏をきちんと管理するにも手間がいる。

そのため、卵はお祝い事に食べられるものだった。

なのに、月見うどん!おまけに、油揚げに甘い味付けをするという手間のいるきつねうどんを出してくれたのだ。

 

(扉間様、私の好きなもの、覚えててくれたんだ。)

 

嬉しいなあ、よかったなあ、嫌われてなかったんだ。そっかあ、よかったなあ。

好物を出されてうちはイドラはにっこにこだったのだ。それを平らげて、薬を飲んでイドラはすやすやと眠った。

風邪なんてなったこともないし、どちらかというと看病をする側だったのだ。

 

(・・・・看病されるの、いいなあ。)

 

大人になって、久しく忘れた目一杯に甘ったれていいという状況。熱のせいで、ただでさえぽやついた思考は加速していた。

そうして、熱が下がったその日。

ふと、思った。

 

自分、もしかしてゼツに殺されそうになったんじゃねえのか、と。

 

 

 

(やっばい。)

 

イドラは熱のせいではない汗を大量にかきながら布団に寝転がっていた。時間帯として、おそらく早朝だろう。

そんな中、イドラはぐっすり寝て爽快な気分のまま、冷や汗を滝のように流しながら天井を見ていた。

どうやら看病のための人間は席を外しているらしい。

 

今回、毒が盛られた可能性があるとして、千手とうちはは除外していた。今回の宴に扉間と柱間がどれほど気を遣っていたのか理解はしている。

なら、千手側につけいる隙はない。そうして、うちはもない。

これでも、イドラとて、うちはの人間に大事にされてきた自負がある。何よりも、自分に何かあった場合、マダラとイズナに追いかけ回されるのだ。その恐ろしさを知らぬうちははいないだろう。

 

それで自分を殺そうとするのなんて、ゼツしかいないだろう。

 

(そろそろ、ゼツのことを話さないと。)

 

・・・・いや、何を、どうやって。

 

考えてみて欲しい。

実は兄たちの転生前のごたごたに絶賛巻き込まれてて、うちはが闇墜ち予備軍、兄が色々あって世界を救おうとして、その方法が間違ってて世界が滅ぶかもしれへんのです。

 

どう考えても意味がわからん。というか、説明をしようとしている自分も事態が複雑すぎて、意味がわからないものになっている。

というか、この事態を説明する場合、忍者の成り立ちから説明しなくちゃああかんのではないだろうか。

 

(ぜってえ信じてもらえない・・・・)

 

あの、壮大な諸諸を?いや、ざっくり話せばただ単に妄想話以外の何ものでもない。

 

どうしよう?

頭の中でぐるぐるとそんなことを考え込むが、悲しいかな、それを証明する術なんて欠片だって思いつかない。

 

(大体、証明しようにも私の夢だけだし。ゼツだって見つける術もないし・・・・)

 

現状、なんとかゼツだけでも封じることが出来れば御の字なのだが。

 

(カグヤさんの存在を証明してくれる、扉間様達が信用してくれる存在さえいれば、そんな都合の良い存在、いるはずないしなあ・・・)

 

いや、証明が出来ないのなら、ゼツが飛び出してくるような餌になる物があればいいのだが。

 

(そんなものが、手に入るはずもないですし・・・」

 

イドラはそう思いつつ、眠ろうとした。熱も下がったようなので、起きたらすぐに毒の諸諸について聞こうと思ったのだ。

 

 

 

もぞもぞと、何か、己の足に触れてくるものがあった。

イドラはそれに眠りと現の境を漂いながら、うーんとうなった。

勘違いしないで欲しいのは、これでも忍をやれている程度には意識を張ったり、切り替えたりも出来ていたのだ。

ただ単に、千手の屋敷での居心地が良すぎて完全に気を抜いているだけで。

いや、それでもあまりにも警戒心がない気がするが。

それでも、イドラはふああと欠伸をしながら起き上がった。普段ならば起きているが、熱を出していたこともあり、起こしはしなかったようだ。

部屋の中には、イドラ以外誰もいない。

見れば、布団が少しだけ盛り上がっている。どうやら、イドラの足の間に何かが潜り込んでいるらしい。

 

(ねこ?)

 

イドラはよく柱間の屋敷の庭先を闊歩している猫が潜り込んできたのだろうかと思った。

 

(そんなに懐かれてたのかな?)

 

そんなことを思いつつ、ばさりと布団を捲った。

 

「え?」

 

そこには、毛玉がいた。いや、毛玉というのも妙な表現だっただろうか。そこには、子どもがいた。

真っ黒な髪のそれは、見た限りでは幼児といって差し支えのない年だった。その年にしては珍しく、腰まで髪を伸ばしている。その髪も、手入れをしているのか艶々としており、柔らかそうだ。

イドラの頭の上には、数多くのはてなが浮かんでいた。

 

誰?いや、どこの子?

 

聞いた限り、千手の屋敷には安全上限られた人間しか入れないはずだ。そうして、こんな年の子を千手扉間が招き入れるとは思えない。

 

「僕?」

 

イドラはそっと幼子に声をかけた。それに幼児はぴくりと動いた。猫のようなごめん寝をしているせいで容貌がわからなかった、イドラの声にゆっくりとそれは手を突いて起き上がる。

 

(・・・・うーん、この紺の着物。生地自体はいいものみたいだし。いいとこの子なんですかね?もしかして、千手の上位のところの子?)

 

イドラは可能性として、千手柱間の子の可能性を考えた。彼の妻であるミトが初婚の相手だとは明記されていなかったし、時代が時代なため二人目である可能性がないわけではない。

 

そう思いつつ、イドラは子どものことを見つめた。そうして、起き上がった子どもの顔がようやくイドラには見えた。

 

「え?」

 

思わず声を漏らした。

晒されたその、風貌。

さらさらとした黒い髪、細い眉、真っ白な肌、黒い瞳。

イドラは目を丸くした。

だって、その顔は、イドラと瓜二つだったのだ。

 

「え、私?」

 

そこには、自分を少し縮めたような子どもが一人。子どもは無表情に自分のことをじっと見てくる。

イドラの頭の中には多くのはてなが浮かんでいた。幻術にかかったのかと印を組むが別段変わりは無い。

もちろん、自分の顔を細部まで覚えているわけではないのだが、それはそうとして、記憶の中の自分とそっくりだ。

拘束するかと指先が動くが、目の前のそれに危害を加える気になれなかった。

 

「ええっと、あの、どなたでしょうか?父や母はどこにおられますか?」

 

馬鹿みたいな質問であるとわかりはしても、そう聞く選択肢しかイドラにはなかったのだ。幼子はじっとイドラを見た後、にっこりと微笑んだ。

それは、妹を溺愛していたうちはマダラならばすぐに陥落していただろうほどに、イドラに似て、かつ愛らしい笑みだった。

イドラもまた幼子のその様子にほっこりして笑みをこぼした。

 

「ええっと、それで、あなたはどなたなんでしょうかねえ?」

 

それに子どもはまるでおもちゃのように首を左右に傾げた。そうして、ゆっくりと瞬きをした。

 

「え?」

 

その子どもの右目、そこには、紫色に、渦巻き状の紋様が現れた瞳が出現した。それに思わずイドラが叫んだ。

 

「あらま、立派な輪廻眼!?」

 

それを叫ぶと同時に、どうやらイドラの看病をしていたらしい女衆の一人が異変に気づいて飛び込んできた。

 

「どうされましたか!?」

 

女は部屋にいるイドラと、そうして、子どもの姿に驚愕した。

 

「え、隠し子!?」

 

んなことはあり得ないが、あまりの幼子とイドラの瓜二つぶりにそう叫ぶことしか出来なかった。

 

「いや、ええっと・・・」

 

イドラはなんと申し開きをしたものかと悩んでいると、子どもはぴょんと跳びはねて、開けられた障子の隙間から外に飛び出していく。

 

「え、あ、待って!!??」

 

イドラはそのまま部屋の中から飛び出した。それと同時に、女も正気に戻り、屋敷の人間にことを知らせようと動き出した。

が、なんて言えばいいんだ?

女は叫ぶ言葉について悩んだ。

子どもだ、イドラそっくりの、子どもだ。完全に血縁以外の何者でもない。が、何故、そんな存在がこの屋敷にいる?

いいや、子どもの存在自体にはそれほど動揺していなかったような気がする。

そこで、導かれる正体。

 

(ま、まさか、すでに扉間様とイドラ姫のお子は生まれていて。世間から隠されていたのでは!?)

 

なにそれ、知らん。

イドラと扉間がいればそう言っていただろう騒動の中で、女はともかく誰かに知らせねばと廊下を走り出した。

そんな中、女の中でどんどん考えが浮かんでくる。

子どもはどう見てもうちは一族の顔立ちをしていた。千手の里に来るには、絶対にうちはの人間が連れてこなくてはいけない。

連れてくる理由があるとして、顔立ちから考えてあの子どもはイドラの子であるはずだ。

けれど、すでに子が生まれているのならば、うちはの人間はもっと早くに怒り狂うか、それとも密かに処分をしたはずだ。

ならば、あの子どもはうちは側も知らない可能性がある。

なら、あの子どもの出所は?

 

そこで女は、イドラと話していて、聞いたことを思い出す。

 

一度、そうだ、一度、うちはでは一年もの間、長引きまくった戦いがあったそうだ。

 

「当時、兄も弟も、ずっと出ていて。私が主になって一族を切り盛りしてたんですよ。」

 

イドラはその当時、すでに写輪眼を開眼していたそうだ。そこで、女の中に一つの確信が生まれてしまう。

実は、その時すでにイドラと扉間の間に子が生まれていたのではないか?

そうして、子は、ある程度自由が利く扉間に引き取られたのでは?

 

事実、この屋敷の構造を女は知らない。そうして、柱間さえも知らない隠し部屋の可能性がないわけではない。

そこに、隠された存在が、いたとしたら。

そんなことを考えていたとき、廊下の向こうから柱間が歩いてくるのが見えた。

 

 

その日、柱間は夜遅くまでマダラや扉間、そうして、千手アカリにうちはイズナと話し込んでいた。ひとまず、代表として扉間としたためた書状をもって、アカリやイズナ、そうしてマダラと大名の元に行くことになったのだ。

朝早くではあったが、トイレのために起きて、廊下を歩いていた。

 

「柱間様!!」

「おお、どうした?」

 

慌てて走ってくる女衆に柱間は立ち止まる。そうして、女衆は先ほどの光景を柱間に伝えた。それに、彼は苦笑した。

 

「何を言っている。寝ぼけたのか?」

「そのようなことはございません!私とて、長く千手にいるのですよ!?こんなことを報告するほど愚かではありません!」

「だがな。この屋敷は厳重だ。うちはの人間が来たときも、調べたんだぞ?さては、二人の子どもが待ち遠しすぎて・・」

 

その時だ、柱間の背後に何かが迫ってくるのがわかった。殺し切れていない足音は、軽く、子どものものでしかない。

柱間はそれに無意識のように振り向き、そうして、抱き留めた。

 

「は?」

 

思わず声を上げた。柱間の胸に飛び込んできたそれは、女衆のそれから聞いた通り、イドラにそっくりだったのだ。

いいや、そっくりというのは語弊がある。確かに、それはうちはイドラにそっくりだった。

けれど、一つだけ違うことがある。

イドラは、どちらかというと垂れ目であるのだが、その子どもはつり上がった猫のような目をしている。

そうだ、その目元は、柱間の弟である扉間によく似ていた。

柱間は叫んだ。

 

「扉間がやらかしおった!」

 

どちらかというと、やらかしていたというほうが正しいのだろうか。

 



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人を呪わば穴二つ、人生の墓場もまた二つ

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うちはイドラはひどく慌てていた。それも仕方が無いだろう。

何故か、起き抜けに現れた、己にそっくりのそれ。

 

どこから、現れたのだ?

 

あの瞳、輪廻眼の発現条件は非常に特殊だ。インドラとアシュラの転生体のチャクラを必要とし、尚且つ強烈な感情を抱く必要がある。

それをあの年の幼子がするのは難しいだろう。

 

(何よりも、あの子は片目だった。なら、誰かに移植されたと考えたほうがいい。)

 

誰に?

イドラはえーんとまた泣いた。まったくわからない。もしも、仮に柱間達の前の世代の人間が開眼していたとして、それをゼツが見過ごすはずもない。

ならば、あの子の眼はなんなのか?

いいや、その前に、あの子自身何者なのか。

イドラは部屋から飛び出した子どもを探したが、悲しいかな、小さくてすばしっこい幼子を見逃してしまったのだ。

 

そこで思い出した。捜し物にはぴったりの人間が屋敷にいることを。

 

 

「扉間様!!」

 

すっぱあん!!と障子を壊しそうな勢いでイドラは千手扉間の私室に当たる部屋の戸を開けた。そこには、早朝のせいか未だ布団にくるまった扉間の姿があった。

イドラはもう、たたき起こす勢いで扉間の上に乗っかった。兄であるうちはマダラが起きないときは、そうするのが一番だった。

 

「んん・・・・」

「扉間様、起きてください!」

 

感知タイプの彼ならば、あの子どもを見つけるのもたやすいはずだ。そう思って扉間を揺するが、扉間は怠そうに声を上げるだけだ。

 

「扉間様あ、おきてくださいよお・・・」

 

聞いているだけで情けなくなってきそうなほどに声を漏らして、イドラは扉間を揺すぶった。

 

「・・・あ?」

 

完全に寝起きの声を上げて、扉間は己の上に乗っかるイドラを見た。

 

「扉間様、起きてください!あの・・・・」

 

扉間は非常に不機嫌そうな顔でイドラを布団に引きずり込んだ。

 

「み゛!」

 

扉間はイドラのことを抱き枕のように抱え込み、そのまま安らかに寝息を立て始める。

 

「とびらまざま・・・・」

 

イドラは情けなく泣きながら扉間に声をかけるが、まったくと言っていいほど起きる気配がない。

 

(というか、胸、めっちゃ揉まれてる・・・・)

 

寝間着のために、薄着だったせいか袷の合間から手を突っ込まれて胸を揉まれている。イドラはそれに、どっかの綺麗なお姉さんの夢でも見ているのだろうかとちょっと泣いた。

 

(そうですよねえ、扉間様なら綺麗な人と、そういう関係の人も多かったですよねえ。)

 

何か、愛人?幸せならOKですと割り切っていたが、改めて考えるとちょっと寂しくなってしまった。

手つきが完全にスケベジジイなのは気になるが。

 

「って、そんなことを言ってる場合じゃない!扉間様、起きてください!」

 

イドラはほっぺたを軽くぺしぺしと叩くと、扉間はようやく重たいまぶたを開けた。

 

「・・・・そこそこあるな。」

 

何のことだと頭にはてなを浮かべたが、イドラはそれが自分の胸の話であると理解して、思わず扉間の頭をはたいた。

 

「っ、何をする!?」

「何するじゃありませんよ!起きてくださいよ!」

 

イドラのそれにようやく眼を覚ましたのか、扉間は起き上がった。

 

「き、貴様!何を人の布団に潜り込んでおる!?」

「布団に引きずり込んだのも、おっぱい揉んだのも、扉間様じゃないですか!というか、もう、手を離してくださいよお・・・・」

 

それに扉間はようやくイドラの服に突っ込んでいた手を抜いた。イドラはなんだか恥ずかしくなってめしょめしょしていたが、それに扉間も顔を赤くしながら言った。

 

「ええい!悪かった!それよりも、体は大丈夫なのか?熱を出していただろうが?」

「はい、熱は下がったんですが。それよりも、その、厄介なことが・・・」

「厄介?お前、また何を・・・」

 

そう言っているときだ、誰かがうわああああと騒いでいるのが聞こえたのは。それに、扉間とイドラは顔を見合わせて、慌てて声の方に向かった。

 

 

 

「・・・姉さん、大丈夫かな?」

「昨日、寝る前には大分熱も下がって、呼吸も安定してたんだ。安心したらどうだ?」

「兄さんは、そりゃあ、あいつらのこと信用してるだろうけどさ。でも、俺は、まだ信用できないよ。千手に嫁入りして姉さんが本当に幸せなのか、まだわかんないし。」

 

うちはマダラとうちはイズナは、朝早くと言えども普段の習慣通り身支度を調えていた。そうして、話すのは、二人にとって一番に心配である姉であり、妹のことだ。

イズナは姉のことが心配だった。

 

よく笑っていた姉、優しい姉、イズナのことを一番に世話してくれていた姉。

いつのまにか笑わなくなった姉、屈託がなくて、そうして、昔のように楽しそうな姉。

それは、扉間との件が表立ってからのことで。

それを理解していても、姉が口から血を吐き出したことが忘れられないのだ。

千手に嫁げば、こんなことが多くなるのかもしれない。それが、恐ろしくて仕方が無い。

 

「兄さんは、姉さんが嫁ぐの、心配じゃないの?違う、氏族に嫁ぐなんて。」

「里が出来れば、すぐに会える。それに、だ。もう、俺も、そうして、一族の奴らも葬式を上げるのは堪えるだろう。」

 

それにイズナは黙り込んだ。そうして、再度言葉を吐こうとしたとき、隣の、うちはの皆がいる部屋からけたたましい声が響き渡った。

 

「は!?」

「おい、そっちにいったぞ!?」

「な、なんだ!?」

 

それにマダラとイズナは構えを取る。けれど、すぱんとふすまを勢いよく開けたそれに二人は目を見開き、そうして、固まった。

 

「い、いどら!?」

 

マダラがそう漏らした視線の先、そこには、まだいくつにもなっていない幼子がいた。黒い髪に、黒い瞳、白い肌。

そうして、その、容貌。全てが、マダラの妹によく似ていた。マダラの中の記憶の妹がそのまま抜け出してきたような感覚がした。

子どもは無表情にじっとマダラを見ていたが、やがてにっこりと微笑んだ。まるで、花が咲くように。

 

それにマダラはちょっと顔をでれっとさせた。

可愛い、ひたすらに可愛い。それを見ていたうちはの人間も、その笑顔にでれっとした。それは、幼い頃のイドラにそっくりだったのだ。

それにマダラは慌てて幻術を解こうとするが、まったく何も変わらない。

 

「幻術、じゃねえな・・・」

「はい、幻術をかけられた様子もありません!」

「え、待ってよ、じゃあ、この子現実なの!?」

「変化という可能性も!」

 

そんなことを言っている間に、イズナはふと気づく。確かに子どもは姉にそっくりなのだが、よくよく見れば違う所があった。

 

「待って、こいつ、目元が扉間そっくりなんだけど!?」

 

それにうちはの人間達は子どもに注目する。そうだ、その、つり目な、猫のような瞳。それは、まさに彼らの怨敵扉間にそっくりではないか。

待てと、その場にいた人間は思った。

この、イドラと、そうして扉間に似た子どもはいったい、何なのだ?

 

「う、産んだのか!?」

「落ち着いて、兄さん、そんな暇無かったでしょう!?」

「いいや、だが・・・・」

 

動揺するうちはのことなど気にしていないらしい幼子はにこにこと笑って周りを見た後、ぴょんと、マダラに飛びついた。

マダラは払いのけようとも思ったが、あまりの事態に思わず子どもを抱き留めた。子どもは抱き留められたことが嬉しいのか、きゃーと甲高い声を上げて、一言。

 

「とーしゃま!」

 

ぽくぽく、ちーん。

脳内に、そんな効果音が響き渡る。

とーしゃま?舌っ足らずなそれの意味するのは、なんなのか。

 

(とーしゃま?とーさま?父様?誰がだ?)

 

うちはの人間はそれに目を丸くして、己の頭領を見た。いま、この子どもは、マダラを父と呼んだ?

 

え、頭領って子どもいたか?

いや、いないだろ。

許嫁殿は、すでに亡くなられて久しいぞ?

いや、だが、似ていないだろ?

 

が、あり得ない話ではない。根本を言えば、イドラはマダラたちの母によく似ている。元を正せば、その子どもがマダラの子であっても、祖母に似たというならばあり得ない話ではないわけで。

 

「兄さん、いつ作ったの!?」

「作ってねえよ!?んな暇あるわけねえだろ!?」

 

そんなことを言いつつ、一番に動揺しているのはマダラだった。

父様?え、誰のことだ?いいや、俺が呼ばれてるんだが?

そんなことが頭の中をぐるぐるしている中で、何とかマダラは言った。

 

「いいや、変化の可能性もある!なら。」

 

そう言っていると、幼子は楽しそうに笑い、そうして瞬きをした。それに、マダラは見たことのない瞳術を幼子が宿していることに気づいた。

それにマダラは咄嗟に、子どもを庭に放り投げた。

 

「兄さん!?」

「気をつけろ、あのガキ、見たことねえ瞳術をもってやがる!」

 

それにうちはの人間は背負っていた宇宙を無理矢理に引きちぎり、意識を切り替えた。子どもは庭に吹っ飛ばされると、するすると、屋根に上ってしまう。

マダラは子どもの状況を確認するために、庭に出た。

幼子はまるで野良猫か何かのように優雅に屋根の上に寝そべって欠伸をしていた。

 

「どうする?」

「捕獲が一番だろ・・・」

「マダラ!!」

 

そんなことをマダラたちが言っていると、屋敷から慌てた様子の柱間が出てくる。

 

「よく来たな、はし。」

「すまん、マダラ!」

 

飛びついてきた柱間をマダラは受け止めて、なんだなんだと彼のことを見た。千手柱間は心底申し訳なさそうにマダラを見た。

 

「マダラ、すまん!扉間が、どうやら、すでにやらかしておった!」

「あのガキのことか?」

「知っておるのか?」

 

マダラは屋根の上でじっとこちらを見ている子どもを見た。子どもはにこにこと、やはり天使のように微笑んでいた。

 

「・・・どっちかっていうと、変化をした馬鹿の策略の可能性もあるが。」

「だが、こんなことをしてどんな意味が・・・・」

 

二人がそう言っていると、寝起きの扉間と、そうして何故かぶかぶかの服を着たイドラが走ってくる。

 

「兄者!なんだ、大勢で集まって・・・」

「扉間、なんだとはなんだ!お前、すでにやらかしたのか!?」

「何をだ!大体、その殺気は止めろ!」

「扉間様、あれです、あれ!」

 

扉間が言葉の方に目を向けると、イドラにそっくりの子どもがにこにこ笑ってこちらを見ている。それに扉間は目が点になった。

 

「いや、は?待て、なんだあれは!!??」

「わかんないんです!なんか、朝起きたら部屋にいて!」

「言い訳は聞いてやるぞ、扉間!」

「だから、何もしておらん!」

「嘘をつけ、あの目元を見ろ!お前、そっくりだ!」

 

その言葉にイドラは幼子のことをよく見た。確かに、朝方は慌てていたせいか、よく観察できていなかったが、子どもは鋭い目つきだ。垂れ目の自分とは大違い。

 

「おい、止めろ!侵入者の可能性も考えろ!」

「でも、どうして、あんな格好で侵入なんて。」

「そうだ、その前に捕縛し、事情を調べん限りは・・・」

 

そんなことを言っている間、イドラはその目元に、扉間以外に思い当たる存在を思い出した。

 

「・・・・あの子の目元、アカリ姫にもそっくりですね。」

 

それに騒がしかった周りが静まりかえる。それに、皆が、何故か黙ってイドラを見た。イドラのそれに、柱間がそれはそうだと頷いた。

 

「姉上の母と、俺たちの母は姉妹だからな。顔はよく似ていた。扉間の目元は一人だけ、母に似ていたからなあ。父上もそのせいか、扉間には甘くて。」

 

そこで、幼子はにこにこしながら、明らかにマダラに向けて手を振った。

 

「とーしゃま!!」

 

しんと、静まりかえった。それに、皆の視線がマダラに向かう。マダラは、何故か背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

静まりかえった空気の中で、幼い子どもが楽しそうに、言った。

 

「とーしゃま!!」

 

また一つ、ひどい誤解が爆誕した。

 



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やあ、同胞。人生の墓場も悪くない

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うちはマダラは、己の肩をがしりと掴んだ存在に気づいた。そこには、やたらと爽やかな笑みを浮かべた千手扉間がいた。

それに、マダラは気づいた。

 

こちら側にようこそ、その顔はそう言っていた。

 

「ま、待て!おい、何か誤解してるだろ!?」

「ほう、この状態でどの口が言ってるんだ?」

 

それにうちはの人間、それこそ弟であるうちはイズナさえも少しだけ不信そうな眼で自分を見ている。

 

「お、おい、イズナ・・・・」

「兄さん、なんで言ってくれないんだよ!?」

「はあ!?」

「千手の女に惚れてるなんて。ううん、あのとき、アカリ姫に会ったときも初対面みたいな顔して。俺のことまで騙すなんてひどいよ!!」

「ありえねえ・・・」

「そうぞ、マダラ!」

 

マダラは何をそんなあり得ないことをと、呆れた。

仮に、だ。仮に、自分が千手アカリと通じていたとして、あそこまで大きな子どもをどうやって隠しておけたのか。

そう言おうとしたとき、遮るように千手柱間がマダラに飛びついてきた。それにマダラは思わず口を閉じた。

 

「柱間ぁ!てめえ、いきなり何を・・・」

「水くさいぞ、マダラ!そんなにも、姉上と懇意にしていたというのならば、俺に一言くれれば!」

「なことあるか!違うって言ってるだろ!?」

「ならば、あの子はどうなるんだ?」

 

そう言われて屋根の上を見れば、子どもはにこにこと笑いながらこちらに手を振っていた。顔が無駄に愛らしく、そうして、妹であるうちはイドラに似ているものだから余計に腹立たしい。

そこでふと、皆が自分を見ている中で、扉間が自分を見ていることに気づいた。

良い笑顔だった。

お前、そんな顔できたのかと言いたくなるほどの良い笑顔だった。

地獄に墜ちるのを楽しむ鬼のような笑顔にマダラは周りを見回した。周りの人間は、確信とまではいかなくとも、完全にマダラを疑っていた。

イドラはそれよりもと、子どものことが気になるのか、屋根を見上げている。

 

うちはの人間は元より、イズナさえも子どもの登場にあり得ないとわかっていても関係を疑ってしまった。

何よりも、アカリについては当人の性格を考慮してもマダラは当たりが柔らかい。女については理解できないし、弱いと庇護対象以外の感情を見せなかったマダラだ。

 

(まあ、その態度もわかるけれど。)

 

あんな女、会ったこともなかったのだ。いいや、二人もあんな女がいるとは思いたくもない。けれど、無意味だとか、無価値だとか、そんな風に切り捨てることが出来ないのはイズナとて同じだった。

もちろん、顔がいいというのは度肝を抜かれたが。

それでも、己たちの瞳をのぞき込む、あの無粋さと、無遠慮さと、そうして、信頼だとか信用だなんて名付けることも出来ない、差し出されるような在り方を振り払うことが出来なかった。

自分たちを、なめているわけではない。自分たちを、格下だと思っているわけではない。

それの瞳に静かに浮かんだ覚悟に、イズナとて何も思わないわけではないのだ。

それはそうとして、そこまで自分に断りもなく兄と仲良くなっている事実が面白くないし、腹が立つ。

 

うちはの人間はざわついていた。

頭領が?

あの、戦うの大好き、女よりも弟を優先する頭領が?

まだ、柱間に道ならぬ恋をしている方が納得できる頭領が?

 

(マダラ様、そんな情緒あったんだな。)

(マダラ様に、とうとう春が?)

(マダラ様、ああいう冷たい系が好きなんだ。)

 

そんな風に思われているなんて知りもせずに、マダラは柱間と揉めている。それをざまあみろと扉間はゆっくりと笑った。

扉間は今の所、子どもがうちはの人間であることは考えていても、姉の子である可能性は低いだろうと考えていた。

あそこまで育つのに自分たちに知られずに隠すこともできないし、そうして、自分たちは妊娠期間に気づかないような間抜けであるはずもなかったのだ。

 

困り果てて、周りから冷たい視線を向けられるマダラのそれに扉間はご機嫌だった。どうだ、身に覚えもない女関係で詰められる気持ちは?

弁解しても無駄な現状は?

扉間は高笑いが漏れ出そうなのを必死にこらえた。

子どもはそんな光景に、何故か、心底嬉しそうに目を細めていた。ゆったりとしたその様は、高貴な猫のようだった。

そんな騒がしさなど気にも止めずに、イドラはどうしたものかと考えた。

 

幻術などではないのならば、おそらくあの子は自分たちの血縁であることになる。けれど、輪廻眼の存在がわからない。

それが現状では開眼する可能性がないというならば、あの子は。

 

(未来から?でも、そんなことありえるのかな?)

 

「ワシの時はあそこまで騒いだというのに、マダラには優しいのだな。」

 

マダラと柱間のそれを眺めていた扉間は思わず言った。それに柱間は当たり前だろうと息を吐いた。

 

「当たり前ぞ。イドラ殿はともかく、姉上が気に入らん男に体を許すはずがないだろう。そんなことをするぐらいなら、首の一つでも。」

「かき切って死んでいるだろうな。」

 

自分たちに近づいてくるそれにうちはも、そうして柱間達も肩をふるわせた。

振り向いたその先には、短刀を持ったアカリがいた。

 

「「うわあああああああああ!?」」

「なんだ、幽霊を見たような顔をして。それよりも、手伝いの女衆が私の所に飛んできたんだが?」

 

どうやら事情を知らないらしいアカリは皆を見回して首を傾げた。その時だ、屋根の上の子どもが大きく叫んだ。

 

「かーしゃま!!」

「え?」

 

子どもは屋根から下りると、ぴょーんとアカリの足に飛びついた。

 

「かーしゃま?」

 

しーんと、辺りに沈黙がおちた。やけに痛い沈黙だった。なんだろうか、皆の背中にじっとりと汗がにじむような感覚だ。

アカリは不思議そうに子どもを見た後、屈み込んだ。

 

「ふむ、私は未だ、子どもを産んだ覚えも、育てた覚えもないんだが。」

「かーしゃま、だっこ。」

 

それにアカリはふむとうなずき、子どもを抱き上げた。アカリは子どものことを隅々まで見た。

 

「・・・極端に痩せているわけでもないし、着物も生地がいいものだな。大事にされてきたようだが。」

「姉者、警戒心もなく抱き上げるな!何か仕掛けられているかもしれんのだぞ?」

「それなら、この家に忍び込んだときにとっくにしているだろう。疑うなら、お前も調べてみなさい。」

 

それに扉間も子どもに近づき、体を触るなどして確かめる。子どもは特に嫌がることもなく、アカリの服の裾を握って遊んでいる。

 

「皮膚の状態を見るに、箱入りというわけではないようだが。特に、何か印を刻まれている様子もない。」

「姉上、本当に覚えがないのか?」

「子どもを産んだことを忘れるはずもない。大体、私は未だ経験も無い純潔だ。」

「おま!そんなこと、堂々と言うんじゃねえよ!つーか、お前、母親呼ばわりされてもう少し動揺はねえのか?」

 

それにアカリは少し考えた後、首を軽く振った。

 

「まあ、マダラ殿ならば、不満はありませんので。」

 

それにマダラはうっと息をのんだ。非常に恥ずかしい。というか、この女はなんなのだ、この肝の据わりようは。

 

「にしても、この子はいったいなんなんだ?」

 

それにうちはイドラがおずおずと近づいてくる。

 

「それが、朝に私の布団の中に潜り込んでて。」

「あ゛?」

「えーん!怒んないでください!」

「怒るに決まっておるだろうが!貴様は己が忍であるという自負を持っているのか?」

「ふむ、なあ、君のお名前はなんだ?」

 

アカリがそう言うと、子どもはどこか戸惑うように視線を下げ、そうして両手で口を覆った。

 

「いえない。」

「なんでぞ?俺は柱間というが、教えてくれんのか?」

「うん、だめ・・・」

 

子どもはアカリの胸に顔を埋めて、いやいやと首を振る。

 

「何はともあれ、この子がうちはの血筋であることは確実だな。ほら、もう聞かないから。」

 

アカリがそう言うと、子どもはおずおずと顔を上げた。そうして、アカリはその背中をとんとんと叩く。

それはひどく様になっていた。まさしく、母という単語がよく似合っていた。

 

「慣れているんだな・・・・」

「ははは、そりゃあな。弟もいたし、泣き虫なのがいてな。よく、あやしていたからな。」

 

マダラとアカリの間に湧いてきた穏やかなそれに、柱間は久しぶりにはわわとしていた。そうして、両手で口を覆った。

 

え、え、やっぱり、もしかして、そういうことなのでは?

 

「本当に、兄さんの子じゃないの?」

「違うって言ってるだろうが!!」

「でも、今完全にそんな雰囲気だったぞ?」

「なわけねえだろうが!だったら、扉間のやらかしの可能性のほうがたけえんだぞ!」

「おい、聞き捨てならんぞ!?その子どもは貴様のことを父と呼んでいるだろうが!」

「覚えがねえよ!大体、それならお前がイドラに手を出したことの方が確かだろうが!?」

「ほお!?ならば、貴様の写輪眼でワシに幻術をかけてみろ!無実を証明してやろう!」

「おい、うちの秘技を便利な嘘発見器に使うんじゃない!?」

「そんな軽やかに使うもんじゃねえんだぞ、この瞳は!!」

「こちとら、なりふり構ってられんのだ!!」

 

そんなマダラと扉間とイズナの喧嘩を尻目に、柱間はアカリにねだった。

 

「なあ、姉上。俺も抱っこしたいんぞ。」

「だとさ、おちびさん。」

「あい?」

 

子どもは舌っ足らずなそれのまま柱間に手を伸ばした。それに、扉間達の口げんかを伺いながら、うちはの人間もアカリたちの元に近づいてくる。そうして、にこにこと笑う幼子を伺った。

やはり、愛らしい子どもの方が気になる。

 

「ひかくのおじしゃま!」

 

にっこにこ笑顔で名を呼ばれたヒカクは思わずでれでれの笑みで、子どもに近づいた。

 

「はい、ヒカクですよ!」

 

それにその場にいたうちはの人間が我先にと名前を呼ばれたがった。それに便乗して柱間も幼児に言った。

 

「俺は?俺は?」

「はしらまあ!」

 

その時の、柱間のがっかりした顔にイドラはなんだか哀れになった。そうして、確信する。この子どもは確実にマダラの子であると。そこで、イドラはおずおずと、幼子に聞いた。

 

「おちびさん、あなたはどこから来られたんですか?いいえ、それよりも、その目は、いったい・・・」

「そうだな、確かに、気になるよなあ!」

 

イドラのそれに、突然、低くてやたらといい声が聞こえてきた。それに、周りの人間が構えを取る。もちろん、喧嘩していたマダラたちもだ。

そんなことなど気にならないのか、そのやたらと良い声のそれは続けた。

 

「はっはっは、スターの登場に浮き足立ってるんだな。いいや、当たり前さ。」

 

その声と共に、たーんと幼子の頭の上にカメが振ってきた。

 

「か、め?」

「おお、そうだぜ、色男!」

 

カメは、何故か洒落たハットを被り、マイクまで持っている。それは、幼子の肩に器用に二本のひれで立っていた。

そうして、華麗にポーズを決めた。

 

「俺こそは、時空間移動宝具のウツシキ様!いいや、時空間移動宝具はあくまで仮の姿!そう、俺こそがカメラップの伝道亀!ウツシキ様だ!以後、見知りおきを!!」

 

それにその場にいた人間は思った。危険だとか、そんなものではなくて。

 

(((へ、変なのが来た!!)))

 



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外堀が埋まっていく音がする

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです

すみません、亀と子どものことは次の話です。


 

 

その場にいた人間は、唖然とその亀を見つめた。よくある口寄せが出来るような、忍犬の類いなのだろうか。それは幼子の肩の上から飛び乗り、地面に降り立った。

 

「おうおう、てめえら。もう少し盛り上がりってものを見せてみろよ!」

 

盛り上がりと言われましても。

突然現れた意味のわからねえ亀に茫然とそれを見つめた。ただ、幼子だけがきゃーと体を揺すっている。それにだけ、現実逃避のようにほっこりと数人が笑みを浮かべていた。

 

「まあ、いいさ!それじゃあ、いくぜ!よ、がっ!!」

 

ウツシキがマイクを構え、何かを言いかけた瞬間、本能のようにうちはイズナはその亀を踏んだ。地面にめり込む勢いでそれは倒れ込み、そうして、哀れなほどにじたばたと暴れている。

 

「おい!止めろ、止めろよな!?」

「かめしゃん!?」

 

亀のそれに幼子はイズナの足に縋り付いた。

 

「やー!おじしゃん、かめしゃん!めっ!」

 

それにイズナは幼子を抱きかかえて、叫んだ。

 

「めっじゃないよ!ダメだろ、これは!いや、だめだろ!!??」

「お、おい、イズナ。どうしたんだ?」

「忍術の類いか!?」

 

イズナのそれに正気を取り戻したそれぞれがウツシキから距離を取った。イズナは何故か、サブイボの立つ肌をさすりながら子どもを抱きしめる。

 

「だめだよ兄さん!こんな、こんな、呪われた言葉を兄さんや姉さんが聞いたら耳が腐る!」

「まだ一言も発してないのに!?」

「発して無くてもわかるよ!」

 

イズナはぞわぞわと肌に走る寒気に戦いた。先ほど、亀がマイクに口を向けた瞬間、本能で覚った。

これは、この世に生まれさせてはならないものだと。

 

「てめえ!亀を禁術使いみてえに言いやがって!こちとら、時空間の移動しか出来ねえ、善良な忍具だってのに何言いやがる!」

「時空間の移動?」

 

ウツシキのそれに千手扉間が反応した。そうして、イズナの足の下にいるそれに話しかける。

 

「おい、時空間の移動と言ったな?どういうことだ?」

「だーかーら!俺はウツシキ、チャクラを燃料に、時間移動を可能にする忍具だ。まあ、今は偉大なるカメラップの伝導を行っているがな。」

「あ、あの、なら、この子はあなたが未来から連れてきた?」

 

うちはイドラがイズナに抱かれている幼子をさしてそう言うと、亀は踏みつけられているために顔を上げられなかったが手に当たるだろう前ひれを揚げて言った。

 

「あー、それは言えねえ。」

「何故だ?」

「いいか、過去に未来の人間が干渉するって事はこれからの事ががらっと変わっちまいかねん事だ。なもんで、はっきりと明言は出来ねえな。」

「もうすでにばれとるが。」

 

千手柱間のそれにウツシキははあと息を吐いた。

 

「坊、あれほど自分のことは隠さねえとって言ったのになあ。」

「かめしゃん?」

「いや、無理だろ、この年齢なら。」

「あの、イズナ。そろそろ足どかしたげて。絵面が、ひどい・・・・」

 

それにイズナは渋々ウツシキから足をどけた。それに幼子はほっとしたように亀を持ち上げた。

 

「かめしゃん、だいじょぶ?」

「おお、坊、このウツシキはカメラップを広める前には死なねえんでな。」

「んなもん広めようとしてんじゃねえよ。」

 

うちはイドラはそこまでしてウツシキが執着するカメラップの存在が気になった。けれど、何か、自分の前世と言えるものが必死に首を振っていた。

それには決して触れてはいけないと。

 

「ともかく、だ。家にいったん入ってそのウツシキの話を聞くぞ。その子どものことを詳しく聞かねばならん。変化でもないのか一応調べるぞ。」

 

扉間はなにかぐだついてきた空気を感じてそう言えば、それもそうだと頷いた。イズナはいったん、幼子を地面に下ろした。そうすれば、ウツシキのことを持ち上げて、千手アカリの元に走って行く。

 

「かーしゃま、かめしゃん!」

「ああ、亀だな。」

「よう、見知りおきを、お嬢さん。」

「別段、お嬢さんと呼ばれる、年齢ではないんだが。」

 

そんなことを言って子どもの視線を合わせるように屈み込んだアカリに、うちはマダラは妙に落ち着かない気分になる。

見れば見るほどに、確かに目元がよく似ている。

 

とーしゃま!

 

あの子どもや亀の言う事が確かであるのならば、自分はその子どもの父で、そうして、あのアカリというそれは自分の妻になるわけで。

頭に巡るのは、まだ会ってまもないその女のことだ。

 

(・・・・まあ、弱くはあるが。精神面は悪くねえ。何かあってもぎゃーすか言ったり、泣いたりもしなさそうだしな。)

 

などとつらつら考えていると、視線を感じた。そこにはじっとりとした眼のイズナがいた。それに、マダラはびくりと体を震わせた。

 

「な、なんだよ?」

「・・・兄さん、鼻の下が伸びてた。」

「の、のびてねえよ!」

「いや、のびとった。」

「柱間、お前まで!」

 

そんな話を横目にしつつ、イドラはともかくと部屋の用意のために女衆の元に向かった。扉間もアカリと子どもに近寄る。

 

「姉者、その子どもを連れて部屋に入れ。」

「ああ、ありがとう。」

「にしても、何があって姉者とマダラがそんなことになるのか。」

 

扉間は見れば見るほど、少なくともアカリや己の血筋を感じる子どもを見てそう言った。歪曲したあいまいな言い方であるが、それに子どもは察したのか扉間に言った。

 

「とーしゃまが、かーしゃまにいたたしたからだよ。」

 

いたた?

 

全員の頭にその幼児語が何を意味するのか悩んだ。

その中で一人の頭の中でかちゃんとかみ合う。

 

(いたた、痛い?痛い、された。痛いことをされた・・・)

「傷物にされた?」

 

それに皆の顔がばっとマダラに向いた。

それにマダラの背中に、また、冷たい汗が広がった。

 

「い、いや、違う!待て、俺は何にもしてねえぞ!?」

「でも、これからするんだよね。」

 

マダラは思わず弟を見るが、彼はひやっとする視線をじっとりと兄を見ていた。うちはの人間と、そうして柱間はまったく同じ仕草で両手を口に当てていた。

 

「そんな、頭領にそんな情熱があったなんて・・・」

「すげえ、そんな情緒あったのか。」

「・・・古参連中への説明は。」

 

そんな中、一際瞳をきらめかせているのは柱間だった。

 

「お、おい。お前ら・・・」

「マダラよ!」

 

犬のように飛びついてきた柱間を受け止め、マダラはそれを見た。柱間は頬を赤らめて、もじもじし始めた。

ぶっちゃけキモい。

マダラは嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る、柱間に言った。

 

「なんだよ、お前まで!」

「いやのう、そのだな。」

 

あにうえと、呼んでもいいか?

 

それにマダラは白目を剥きそうになった。いや、そりゃあ、目の前の親友と、そうして好敵手と言っていいそれと離れるのは辛かった。

辛すぎて、写輪眼を開眼したんじゃねえかと思うほど辛かった。

けれど、これは違う。こう言った方向性を望んでいたわけじゃない。

そこで、ばたんとイズナがうつ伏せにその場に倒れ込んだ。

 

「あああああああああああああああ!!!」

「ど、どうした、イズナ!?」

「うっさい!兄さんも、姉さんも、嫌いだ!!」

 

その場にイドラはいなかったが、実際に聞いていたマダラはぴきーんと固まった。

嫌いって、あの、己のことが大好きなイズナが嫌いって!

 

「な、なんだ!?どうした、イズナ!?」

「姉さんも兄さんも、二人とも千手に垂らし込まれて情けない!なんだよ、俺にはなーんにも言ってくれないし!全部、蚊帳の外かよ!!」

 

その光景に扉間は呆れたが、まあ、気持ちがわからないこともないため、申し訳ない気分にはなった。

 

「つーか!なんでヒカクたちも受け入れムードなのさ!」

 

その言葉にうちはの人間はそっと視線をそらした。

 

ヒカクたちはぶっちゃければマダラが怖い。戦闘が大好きで、無愛想な彼を尊敬はしていても、恐ろしいのだ。

正直、イドラが今の今まで婚姻もなくやってきたのは、マダラの義弟という立場を担える人間がいなかったこともある。イズナには優しい兄でも、部下達にとっては恐ろしい当主なわけで。

 

そこで現れた、アカリという女。

うちはの人間も見てきたが、はっきり言おう、この女ならもしかすればマダラと自分たちの間のクッションになれるのでは、という思いもある。

あの腹の据わりようも気に入られているようなのだ。

結婚すれば、少しは落ち着いてくれねえかなあと言う思惑もある。

マダラは素直な弟の滅多にない拒絶にオロオロしていた。それを見ていたアカリは立ち上がる。

そうして、イズナに近づいた。その後ろをぽてぽてと幼児について行く。

 

「いずなおいしゃん?いたい?」

 

イズナは己の後頭部に伝わる温かな体温に顔を上げようか悩んだ。けれど、上げなかった。

 

(絶対、かわいいもん!)

 

ちっちゃな手が己の後頭部をなで回して、らいじょうぶと、舌っ足らずに言っているのだ。絶対に可愛い、もう、全部赦してしまう。

何と言っても兄の子どものなのだ、そうして、姉にそっくりの。

千手のことさえなければ可愛がっていただろう事は自覚している。だからこそ、赦せない。

 

(・・・いいや、赦してはいけないんだ。)

 

敵、という文字が頭で躍っている。赦せない、赦さない、いいや、赦してはいけない。

それを、ずっと、教え込まれてきて。

父は、千手との戦で死んで。

イズナは今でも、赦していいのかと、これでいいのかと、己に問いかけ続けている。

 

「・・・イズナ殿。」

 

頭に降り注ぐ、その静かな声にイズナは返事をしなかった。

心のどこかで、イズナは何故か、その女を嫌いになりきれない部分があった。何故か、わからないけれど、嫌えない何かがそれにはあって。

けれど、嫌うべきなのだ。そうなのだ。でなければ、自分は。

 

「そんなに深刻に考えなくとも、この子が生まれる上では、別にマダラ殿と婚姻を結ぶ必要はないでしょう。」

 

それにイズナは思わず起き上がった。そうして、アカリに噛みついた。

 

「何言ってんだよ!お前、父親のいない子どもなんて赦されるはずもないだろ!?」

「別に、今更周りに何を言われても痛くもかゆくもありませんよ。」

「俺が心配しているのは、兄さんとこの子の名誉で、お前のことなんて何にも言ってない!」

「ですが、あなたは未だ、千手への感情を割り切れないのでしょう?」

 

それにイズナは黙り込む。事実だ、そうだ、事実だ。

姉も、兄さえも、千手に肩入れをしている。これでは、うちはのこれからはどうなるのだ?

それが不安だ。今までなんとか守り切ろうとした何かが消えてしまいそうで、恐ろしい。

 

「・・・お前は、うちはが憎くないのか?」

 

それに、アカリは、小さく微笑んだ。微かに、口角を上げてそっとイズナに囁いた。

 

「私は、千手のことが嫌いなので。」

 

それに目を丸くして、イズナはアカリを見た。そこで、ウツシキがからかうように言った。

 

「にしても、いいのか?このまんまだと、坊の存在がなくなるかもしれねえのに。」

 

それにイズナがぎっと亀を睨んだとき、アカリはあっけらかんと言い放った。

 

「まあ、それはなんとかしよう。」

「いや、あんたの旦那の様子からして難しくねえか?」

「この子の年齢と、生まれた日はわかりますか?」

「そりゃあ、わかるが。」

 

それにその場にいた、それこそアカリの弟たちは嫌な予感がしたのだ。しかしアカリはあっさりと言ってのける。

 

「ならば、その期間で逆算して、やることやれば少なくとも生まれてくるでしょう。」

「「「ああああああああああああああ!!!」」」

 

なんとかアカリの発言をかき消そうと、扉間とマダラ、そうして柱間とイズナが大声を上げた。

 

「なんですか、五月蠅い。」

「お、おま!女のくせになんつうこと言ってんだよ!?」

「仕方が無いでしょう?こんなにもはっきりと姿を現されては私とて、未練が生まれる。愛がなくとも子は生まれますし。」

「だからといって、そんなことを赦すはずがないだろうが!?」

「そうぞ!姉上の結婚なのだから、俺が全力で助けるから、そんなことを言わないでくれ!」

「お、おま、ば、ばか!!」

 

四者四様のそれに、アカリは子どもを抱き上げて言った。

 

「ならば、マダラ殿。私のこと、口説いて見せてくれますか?」

 

ゆらりと、鉄仮面の中に生まれたたおやかな微笑みに、マダラの胸がばくばくとなる気がした。

その場にいた全員が、アカリに対して目が釘付けになる。

けれど、彼女はあっさりと皆から子どもに視線を変えた。

 

「まあ、そこら辺のことはこの子と、そうして、亀殿の話を聞いてからですね。ついでに、朝食も食べましょうか。」

「まんま?」

「そうですね、あなたもお腹が空いただろう。」

 

アカリはそのままさっさとその場を後にした。それを男共は雁首そろえて見送った。柱間が呟いた。

 

「やはり、姉上は、すごいなあ、いつ話しても。」

「・・・頭領、女にあそこまで言わせては。」

「どうかと。」

 

イズナは思った。

確かに、千手は嫌いだ。けれど、あの女は、なにを思って自分にあんなことを言ったのだろうか。何か、交渉でもしたいのだろうか?

ただ、あの腹の据わりようは見事だと思った。イズナという、うちはの二番手を前にしても揺るがぬ在り方。

千手は嫌いだ。

けれど、あの女については、嫌いではないと認めることが出来る。

 

そうして、マダラと言えば、ばくばくとなる心臓を抱えて、頭の中にはてなを無数に浮かべていた。

 

なんだ?

あの女は本当になんなのだ!?

颯爽と自分を置いて、家に入った女の後をともかく追おうと、顔を上げた。

そうして、自分に突き刺さる、あそこまで言わせたんだから、という視線。

 

「お、おい、お前ら・・・」

「マダラ、皆まで言うな。」

 

柱間はこれ以上無いほど、爽やかに笑った。

 

「扉間の次はお前らぞ!」

「・・・そうだね。」

 

イズナは腕を組んで頷いていた。

 

「悪くない女だ。」

 

何か、自分を蚊帳の外に、ものすごい勢いで埋まっていくものがある。そこで、肩を叩く存在がいた。

振り返ったその先には、やはり、これ以上ないほど爽やかに笑う扉間の姿があった。

 

「これで同類だな?」

 

それにマダラは思わず言った。

 

「俺は何にもしてねえんだよ!」

 

それに扉間は、んなもんこちとらも同じだよ、と言葉にしなくともそう崩れ落ちるマダラを見ながら嘲笑った。

 



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悪いニュースと良いニュースなら、悪い方から聞きたい

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです

短めです。ちょっと、長くなりそうなのでキリの良いところで。


 

あ?俺か、俺はウツシキ、時空間移動宝具、いいや、今はカメラップの伝導亀、と言っておこうか。

時空間移動宝具?

そうか、そこから話をしなきゃならねえのか。

俺を作ったのは、大筒木って一族だ。知らねえ?

へえ、そうかい。まあ、なら、それでいいさ。

含みがあるって言われてもなあ。俺も、そこまで知らねえからなあ。

からくりの俺はやれと言われたことをやってただけだからな。

そんで、俺は時空間の移動のために作られた宝具ってわけだ。なぜって?あそこまで複雑な術式を、人間程度の頭脳じゃ処理し切れなかったからだな。

まあ、俺はただのからくりなんでな、なぜ自分が生み出されたのかは知っていても、過程については知らんさ。

繰り返される試行、行使できる術の正確さ、耐久性。

俺は忍具として試作品だったからな。徹底的にいじめられた。そんなときだ、俺は、俺は、時空の彼方、果ての、その果て、観測されるはずのない一つの可能性。

俺は、これ以上無いほどの、ハジケを、見ちまったんだよ!

カメラップ、天恵だった。まさしく、神が俺に与えた指針だってな!

俺はそのまま連中の手から逃げ出した。当たり前だろ?

 

神からの使命だ!それを優先すべきだろう!?

・・・まあ、結局燃料不足でぶっ倒れたところを坊に拾われたわけだがな。

それで坊と俺がここにいるわけだが。

 

 

「ちょっくら逃げてたんだよ。」

「・・・何からだ?」

 

ウツシキと名乗る忍具だというそれに、千手扉間は並々ならない興味を持っていた。それも当たり前の話で、それは生き物ではなく、からくりであるというのだ。

自意識を持ったからくり、それは扉間にとって興味をそそるには十分な物だった。

どうにか解体できないかと考えていた。

 

現在、部屋の中には、うちは兄弟と千手兄弟、そうして子どもの世話をしている千手アカリにうちはイドラがいた。

うちはの人間は別室で待機となったのだ。ともかく、主要な人間だけで話を聞くこととなったのだ。

子どもについては軽く調べたものの、変化などの術はないようだった。

亀、ウツシキはそう語っている間、子どもはアカリの手から離れてマダラの膝の上でごろごろと転がっている。その様に、うちはイズナは感心した。

大抵の子どもは兄を怖がるのだが、その不躾さと肝の据わりように普段からのマダラへの慣れを感じた。

マダラと言えば、口先では叱っても内心ではものすごく嬉しかった。

ここまで堂々と自分に懐く子どもはいないために、やっぱり嬉しいものは嬉しいのだ。

 

マダラのそれにウツシキは少し言いにくそうにその華奢な首を動かした。

 

「変質者。」

 

「・・・・へん、しつ、しゃ?」

 

部屋の中の誰ともしれない人間のそれに、ウツシキは頷いた。

 

「そいつはな、これまた警戒心がなくてなあ。俺が見つけたときには、下半身を露出させようとした男がいて・・・・」

 

そこでウツシキは言葉を切った。それは当たり前で、戦国のこの世で、五本の指に入る人間だけで構成された者たちからの一斉の殺気はウツシキを黙らせるので十分だった。

 

「どこの」

「馬鹿が」

「うちの」

「砂利にてえ、出そうとしたって!?」

 

イドラは泣きそうだった。イドラとて、甥っ子に何かしようとしていたらしい存在に怒りはあったが、そんなものが引っ込む程度に雁首そろえた野郎共のそれが怖い。

慌ててイドラとアカリで四人を落ち着かせた。

感心すべきなのは、子どもはけろっとした風貌で変わらずマダラの膝の上に乗っていることだろうか。

それを見た柱間は、これは姉の子だと納得した。

 

「うっほん。ともかく、里が出来たら変質者は徹底的に排除するぞ!」

「任せてよ、うちの特に目のいい人間を派遣するから。」

「・・・・治安維持に貢献してやろうじゃねえか。」

「徹底的に調べ上げてやろう。」

 

それを横目にアカリはウツシキに言った。

 

「それで、この子は未来に帰れるのですか?そちらの私やマダラ殿はさぞかし心配しておられるでしょう?」

「・・・まあ、チャクラが溜まりゃあなんとかな。ただ、時間移動なんて代物は相当の燃料を必要とする。」

「俺ならばどうだ?」

「あんたから貰えりゃいいが。残念ながら俺は試作品なんでな、一気にため込むのは無理だ。」

「なら、どれぐらいかかるんだ?」

「わからん。」

 

ウツシキはあっけらかんと言い切れば周りの人間はがっくりと肩を落とした。

 

「わからんて、お前なあ。」

「仕方がねえだろ。俺は試作品で、本来なら使い捨てなんだよ。」

「なら、こいつのことは預かる必要がある訳か。にしても、女にしちゃあ腹が据わってるな。」

 

マダラが思わずそう言えば、それはきょとんとした顔をした。それにウツシキが言った。

 

「おい、そいつ男だぞ。」

「はあ!?」

 

皆の視線が子どもに行く。それにアカリが近づき、子どもの着物を解いた。

 

「あ、本当だ。ついてる。」

 

何がとは言わずともわかる話で。

柱間は不思議そうに言った。

 

「これまた、愛らしい男の子だなあ・・・・」

「お、お前、男なのか!?」

「てっきり、姉さんそっくりだし女の子かって!?」

「わあ、私の男の子版か・・・・」

 

扉間は子どものことをじっくりと観察した。今は確かに言っては何だが駄犬の叔母の振る舞いをしているが、アカリのしつけを受けるならば相当の子になるだろう。そうして、この肝の据わりよう。

 

(・・・・なかなか、使えるようになるやもしれん。)

 

現在のイドラの風貌から考えて、人目を引く若者になるはずだ。見目がいいというのは一種の長所だ。それに、アカリからのしつけで駄犬感を抜くことが出来れば。

 

(今のうちにつばでも付けとけんか。)

 

そんなことを扉間は考えていた。

がやがやと言っている中で、ふと、気づいたかのようにイドラはウツシキを見た。

 

「えっと、あの、聞きたいことがあるんですがウツシキさん。」

「なんだ?」

「この子の眼のことです!変わった瞳術を持っているようですが?」

「瞳術?知らんぞ?」

 

それに扉間も同意した。

 

「マダラが言っていたな。写輪眼ではなかったのか?」

「ああ、まったく違うもんだったぞ。」

「・・・のお、ワシにもみせてくれんか?」

 

扉間のそれに子どものは、少年はきょとんとした顔をしていた。けれど、すぐに扉間の前まで這いずっていき、眼を瞬かせた。

周りの人間も同じように子どもに注目する。

片目に浮かんだ、紫の、それ。

それに扉間達は顔を見合わせた。

 

「・・・・これに覚えのあるものはいるか?」

「なんかの書物で見たな。」

「本当か?ならば、うちはの瞳術か?」

「まって、万華鏡写輪眼以上のものなんてあったの!?」

「わからん。ただ、うちに書物があったはずだ。一旦は帰らねえと。」

「にしても、なぜ、開眼を。」

「千手とうちはが混ざったせいか?」

 

イドラは知っている。この瞳術がどれだけ特殊で、そうして、異端であるのか。

未来で何かあったのか?

誰が、この子に、輪廻眼を託したのか?

 

(でも、聞く上では未来は平和そうだし。不審者は出ても。)

 

それ故に、イドラは子どもに聞いた。

 

「おめめ、どうしたのかわからない?」

「うんっとね、おじいしゃまにもらったの。」

「おじいしゃま?」

 

扉間は子どものそれに首を傾げた。この子にとって祖父に当たる人間はとっくに死んで久しい。ならば、おじいさまと呼ぶほどに親しい人間なのか?

 

「もらった?」

「あい、あのねえ、かめしゃんがね、つれてきてくれてたねえ、きらきらしたところでねえ。まいご?って、いってね。いたの、あたましろくてね、つのがあるの。」

「きらきらした所ってのは、俺たちの通ってきた時空間の移動の穴だな。」

「お前は見てないのか、それを。」

「すまねえ、天啓が下りてて聞いてねえんだ。」

「もう、こいつ解体した方がよくない?」

 

イドラは冷や汗をだらだら流していた。だって、その容貌には聞き覚えがあるのだ。

だって、あれだ。

完全に、「り」で始まって、「ん」で終るあの人ではないのか?

なにしてんの?

何を、こんな子どもにそんなものを託してるの?

 

「時空間にいるような、存在?やはり、調べた方が・・・」

 

扉間にイドラは、今だと思って顔を向けた瞬間、子どもが膝に乗ってきた。

 

「おばしゃま、おにーしゃまは?」

「え、お兄ちゃん?」

「あい、おにーしゃま。」

「・・・・どんな顔の人だい?」

「えっと、といらまおじしゃまとおんなじ。」

 

それにそこにいた人間は悟った。どうも、イドラと扉間の間には、扉間そっくりの息子が生まれるらしいと。

 

「・・・この年なら、従兄なんてわからないから、お兄ちゃん呼びなのか。」

「かーしゃま、おねーしゃまは?」

「・・・なるほど、息子だけではなく娘もいると。」

 

未来でのこれからの家族計画を見てしまい、若干の気まずさを覚えつつイドラは言った。

 

「うーん、今はいないんですよ。」

「いるよ?おばしゃまいるもん。」

「え、私がいるって。」

「だって、おばしゃま、げんじゅつだもん。」

 

それにイドラは、いいや、部屋の人間さえも固まった。子どもの言葉は、やけに不吉に聞こえて。それに柱間が甥っ子の顔をのぞき込んだ。

 

「幻術とは、どういうことだ?」

「うんとね、かーしゃまともね、おばしゃまともね、あったことがないからね。だから、おにーしゃまと、おねーしゃまはね、みたことがあるからってね、みせてくれてるの。」

 

どこか、要領を得ないような子どもの言葉は、それでもしっかりと皆の中にしみこんだ。

イドラは顔を青くした。

 

(待って、これって、もしかして。)

 

私とアカリ様、未来で死んでんじゃねえか、と。

 





おねーしゃま
子どもの知る中で誰よりも強い。子どもと顔がよく似てた。
他人の人生をよくめちゃくしゃにするが、責任は取ってくれるので良心的。
父親の誇り高さと、母親の女傑らしさを受け継いだ、そうしてリアリストなおねーしゃま。
死ぬと覚ったら今日は死ぬにはもってこいだと笑える側の人間だった。
大人たちは明朗快活だったといういうが、子どもの知る限り、快活に笑うことはあまりなかった人だった。


おにーしゃま
強いのは強いが、多方面に頭が上がらない。父親に瓜二つ。
おねーしゃまに人生をめちゃくちゃにされかかったが、とある一件で仲違いした。
父親から頭の良さを、母親から他人から愛される部分を受け継いだ、ヘタレな人。
死ぬと覚ったら、全力でやるべき事をやる人だった。
大人たちは優しい子だったというが子どもの知る限り冷たく振る舞う人だった。


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節目というものがやってくる、良いことかは別にして

感想いただけましたらうれしいです。


 

 

「・・・それで、おかしな術にあったと。」

「うちはの頭領が情けない。」

「そんなんだから千手に入れ込んで、こんなことになるのだ。」

「うちはの者たちの仇はどうする。」

 

うちはの里に帰り、そうして出迎えた古参連中のそれにうちはマダラの眉間に青筋が浮かんだ。そうして、怒鳴りつけた。

 

「ジジイ共、んなこと宣うぐれえならちび助離してから言えや!!」

 

「「やじゃ。」」

 

マダラの怒鳴り声をものともせず、ちび助と呼ばれたそれはうちはの古参達の真ん中でせんべいを暢気にかじっていた。

 

「おい、ちび助、来い!」

「あい!」

「おお、坊、あんな愚か者のところにいかなくていいですからね。」

「ああ、そうだ、ほれ、じいがまんじゅうをやりましょう?」

「せんべいもまだありますよ?」

「おしぇんべえ!」

「おお、せんべい好きか?」

 

せんべいという単語に子どもはきらきらとした眼でふらふらと老人達を見た。差し出されたそれを未練たらしげに見ていたが、幼子はマダラの元に向かう。

それにマダラははっとどや顔をした。

それに老人達からブーイングが上がった。けれど、マダラはすんと息を吐きながら、ちび助と呼んでいる少年を抱きかかえた。

 

「ほら、もう終わりだ。」

「なんですか!もう少し遊んでも良いでしょう!」

「老い先短いわしらをいじめおって!」

「いじめてねえよ!!つーか、俺がガキの頃、もっと雑に扱ってただろうが!親父が死んで、すぐに小頭にして、前線に放り込んだくせによ!」

「当たり前でしょう。お前が死ぬような玉か。」

「それに比べて見てみなさい、このちっちゃい手を。前線に出したらすぐに死んでしまいますよ。」

 

マダラはその老人達の話を聞きながらため息を吐いた。何故、こんなことになっているかというと簡単だ。

イドラと扉間の婚姻を早めるために一旦帰ってくることになったのだが、さすがにこれぞうちはと言える容貌の子どもを千手に置いていくことは出来ない。

そのため、子どもはマダラがおかしな術にかかって出てきた分身体と言うことにしたのだが。

曰く、二人の対象の間に子が出来た場合どうなるか、そんなとんちきな術があるのだと偽って。

もう、あれだけ千手との婚姻に大反対だった古参達はちび助の存在にフィーバーした。

それは可愛かったのだろう。

ちび助の存在を見たものたちは大抵、イドラの幼いころを思い出す。

 

「大体、そいつだって一応千手なんだぞ!?」

「あほか、孫は別に決まってるでしょうが!」

「千手の女と俺が婚姻しないと、そいつ生まれねえんだぞ。」

 

それに黙り込む古参達にマダラはため息を吐きたくなった。用事で一旦席を外しているイズナに早く帰ってこいと必死に願っていた。

 

 

 

「・・・・ほお。」

 

その時、うちはイドラは千手扉間の、思ったよりも平淡なそれに顔を向けた。その時、イドラは心底、その場から逃げ出したくて仕方が無かった。

無表情だった。それ自体は、別におかしなことはない。扉間は基本的にそこまで表情豊かなタイプではないのだ。

けれど、イドラは覚えている、知っている。

イドラは、扉間が戦場でそういう眼をしているのを見たことがある。

それは、人を殺すときの眼だ。それは、何か、滅ぼすのだと決めたときの眼だ。

 

イドラは思わず、怯えるように甥っ子であるらしい子どもを抱きしめた。甥っ子は変わらずきょとりとした顔をしていた。

いや、皆が無表情だった。その部屋にいた、千手柱間に千手扉間。そうして、うちはマダラにうちはイズナ。

それらが無表情にじっと子どもを見ていた。

そこで千手アカリが口を開いた。

 

「亀殿。あなたは、知っていますか?私たち二人がどうなったか?」

「それを聞く時点でわかってるんじゃないのか?」

 

それに豪快な、マダラの笑い声が聞こえてきた。それにイドラは理解する。兄が、本当に怒っているのだと。

 

「なあ、聞いたか?」

「ああ、聞いたな。」

「そうだな、聞いたな。」

「ああ、どうやらワシらは、相当の間抜けらしい。」

 

びりびり肌を刺す殺気、怒り、憎悪。

それが誰から出ているのかなんて関係ない。イドラはそれに慣れている。けれど、ちらりと見た隣のアカリは少しだけ気分が悪そうだった。

 

「俺たちの家族は。」

「ああ、俺の可愛い妹と、家族は。」

「姉さんは。」

「妻と、姉はむざむざ殺された、らしいな。」

 

ああ、寒気がする。久しぶりに感じた、その段違いの殺気。アカリが気分悪そうに、イドラの背中に体を預けた。

そうして、そこで、ようやくなのか子どもが泣き始める。

 

「え、あ、よしよし!」

 

子どもの押し殺すような泣き声に我に返ったのか、全員が慌てて甥っ子に駆け寄る。

 

「おお、すまんのう。お前さんに怒っとったわけじゃないんだが。」

「ああ、ほら、泣かないで。怖かったかな?」

「おお、眼がまん丸に・・・」

 

アカリはイドラから子どもを受け取りあやすが、子どもは泣き続ける。幼子には似合わない、押し殺したようなそれにマダラが怒鳴った。

 

「泣くな!!」

 

びりびりとしたそれに、皆がマダラの方を見た。

 

「俺の息子なら、この程度で泣くんじゃねえ!!」

「マダラ、厳しすぎんか?」

「いいや、俺の子だ。なら、この程度で泣いてられたら困るんだ。」

「でも・・・」

 

そこで子どもがしゃっくりを上げながら、必死に涙をこらえようとする。そうして、ぐっずぐずのままに言った。

 

「ながない!ぼく、ながない!」

 

ぷるぷるとしながらそれは、必死に涙をこらえようとしていた。それにマダラは満足するように微笑んだ。

 

「よし、よくやったな。」

 

マダラがそう言って手を差し出すと、子どもはぴょんとそこに飛び込んで、ぐずりと鼻を啜った。

 

 

 

それから亀からの話を詳しく聞くと、どうもイドラとアカリは本当に亡くなっているようだった。

それに特別イドラは動揺しなかった。現状、自分を殺したい存在は山ほどいる。そうして、それは本命のゼツである可能性は高いだろう。

イドラはぼんやりとそれを受け止めた。

怖いとは違う、嫌だともまた違う。ただ、聞く限り、兄と弟は里にいつき、うちはは普通に暮らしているようだった。

ならば、別段、それだけでイドラは満足してしまっていた。

そうか、よかった。

ゼツのことはわからなくても、それでも、兄たちはそこで暮らしているのなら。こうやって、甥っ子が笑っているのならば、それで、それだけで、自分は。

嬉しいと、そう。

 

もちろん、これで終るわけにはいかないのはそうなのだが。

 

柱間とマダラは、今後の方針を早めることにした。

それは、大名達への支援の交渉と、そうして扉間とイドラの婚姻を早めることだ。

 

なんでも、前々から坊の母親と叔母殿への襲撃はあったらしいぞ。

 

亀のそれだった。

イドラとアカリの死んだ時期がこれから大分先ではあるらしいが、それでも襲撃については幾度も起こるというのだ。

おまけに、殺した存在も未だ見つかっていないらしい。

今回の同盟を邪魔したい存在は多くいる。ならば、同盟と里作りの外堀を先に埋め終えることにしたのだ。

そのため、もう少し準備をするはずだった二人の婚姻を早めることにしたのだ。

イドラと子ども、名前がなければ不便だからとちび助と呼ばれるようになったそれについても一旦うちはに連れて帰ることになった。

 

その日、千手の里で過ごす最後の日。

イドラはぼんやりと、部屋の隅で考え事をしていた。

考えることは多くあった。未来で自分を殺した人間の存在。そうして、子どもの輪廻眼。

なぜ、六道仙人はあの子どもに輪廻眼なんてものを渡したんだ?

いくら考えてもまったくわからない。

 

(・・・これから、どうなるんだろう。ゼツには、あの子の瞳のこと、ばれてるのかな?)

 

そんなことを思っていると、部屋に入ってくる存在に気づいた。目を向けると、扉間が障子を開けて入ってきていた。

それにイドラはさっさと寝ようかと瞳を閉じた。そこで、声をかかる。

 

「イドラ、布団をこっちに寄せろ。」

「え?」

 

イドラが驚いている間に、扉間はさっさと彼女の寝ている布団を引きずり、そうして、自分の隣に引っ張ってきたのだ。

ぴったりとくっついたそれに、イドラは千手の里に来た最初の日以来の珍事に驚いていた。

 

「えっと・・・」

 

扉間はそんなイドラのそれを気にすることもなく布団に潜った。それにイドラも倣う。そうして、どうしたものかと扉間を探っていた。

 

「イドラ。」

「あ、はい・・・・」

 

返事をすると、扉間はどこか醒めた声で言った。

 

「お前は自分が死ぬことに戸惑いは持たないか?」

 

イドラはそれに何と答えれば良いのかわからなかった。けれど、答えねばならないだろうと口を開く。

 

「・・・他人が死ぬよりも、己が死ぬ方が気楽だと思っています。」

 

それはイドラのシンプルな答えだった。それに扉間はふんと息を吐いた。

 

「お前らしいな。」

「そうでしょうか?」

「ああ、昼間の時でさえも、ワシらの息子が生きているのなら十分だと思っていただろう。」

 

それにイドラは隠れるように布団に潜り込み、そうして、蚊の鳴くような声ではいと言った。

イドラは、自分が写輪眼を開眼した日のことを覚えている。それは、父の死んだ日だ。

優しい人だった。厳しい人だったけれど。たくさんの人を殺して、憎いというそれに囚われた人だったけれど、それでも、優しい人だった。

イドラの中に、怒りはなかった、憎しみはなかった。

ただ、ただ、悲しいと思う心しかなかった。

己の子どもが生きているのならば、兄や弟にはこう言っておけばいい。幾度も、幾度も、呪いをかけるように。

この子を頼みますと。

そうして、隣の夫になる人には不安を感じていない。

そうだ、この人ならば。

 

(私が死んでも、やることをやってくれるから。大丈夫だ。)

 

死んだ後のことで安心は出来ている。ならば、戸惑いはあまりない。

 

「イドラ、お前は何かを殺したいと思ったことはあるか?」

 

眠りの淵で今日はたくさん聞くなあとイドラは珍しい気分で扉間を見た。彼は、どこか遠い目をしていた。

それにイドラは答えた。

 

「・・・・いいえ。」

 

それに扉間はふっと笑った。そうして、そっと、女のイドラの頬を撫でた。

 

「お前は本当に似ているなあ。」

 

誰にだろうか。わからない。ただ、ただ、扉間はそう言った。そうして、イドラを己の布団の中に引きずり込み、そうしてそっと頬をすり寄せた。

イドラはばくばくと心臓がなる気がした。その様が面白いのか、扉間はくっくっくと笑う。

 

「お前、ワシと婚姻するなら今後はもっとすごいこともするんだぞ?」

 

からかうようなそれにイドラは、それもそうだと一瞬冷静になった。

そうして、意を決して、イドラはまた扉間の唇に自らのそれを重ねた。少しだけカサついたそれはすぐに離れていく。

 

「い、今はこれでご勘弁。」

 

イドラは恥ずかしさのあまり、布団の中に潜り込んだ。その一瞬の間の後、だんと何かを殴りつけるような音がした。

それにイドラが驚いて布団から顔を出すと、扉間はいつの間にかイドラとは反対の方に向いていた。

 

「・・・・お前、覚えておけよ。」

(何を!?)

 

イドラは扉間の機嫌を損ねたのかと、怯えながら一夜を過ごしたのだった。

 



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ええ、本日はお日柄も良く、なんて上手くいくはずもなく

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです


 

拝啓、皆様。

なんだかんだがありましたが、うちはイドラと千手扉間の結婚式が執り行われることになりました。

さて、自分の記憶にあるおぼろげな前世の結婚式と、忍の結婚式の違いってどんなもんだろうか?

普通、忍の結婚式は身内だけでやるひっそりとした物だ。

白無垢を着て、近しい人間の前で婚姻を上げる。その他の人間は他の大広間でどんちゃん騒ぎになる。

けれど、扉間とイドラの婚姻は普通とはほど遠い。

千手とうちはの同盟の証である婚姻であるが故に。

 

「ねえ、献立これでいいの!?」

「あの一族、体質的にこの材料は無理よ!」

「招待状で入れるのは三人までだぞ!」

「すみません、衣装はこれでいいんですか!?」

「イドラ姫は母君のを仕立て直しますので、扉間様は新しく作りますよ!」

「婚姻について、段取りは・・・・」

「うちはと千手での作法のすりあわせを!」

「いいですか、この一族との関係性は微妙で・・・」

「この贈り物はどうしますか?」

「お礼状の書き方は!」

「うちはの方々、いいですか、この一族には絶対に近づかないように!」

「千手の方、この一族は今、族長に問題が・・・」

「イドラ様、関係のある一族の方々の名前を覚えてくださいね。」

 

はちゃめちゃに忙しかった。

もう、結婚する前から山のようなことを捌いた。扉間は里造りの前の準備を平行して行っていたために、イドラと千手アカリ、そうして両族の女たちで行った。

 

千手の里で行うことになった婚姻ではあるが、もう、毎日のように決めることだとか、場の準備に食材の調達、招待客の把握。

もう、千手とうちはの人間、婚姻の準備をする人間は毎夜布団に倒れ込む勢いで寝ていた。 

 

扉間とイドラは互いにもう、寝ている顔だとかぐらいしか見ていなかった。もう、式の話と、招待客の話だとか、そんな話しかしていない。

互いに眼をぐるぐるさせながらひたすら、打ち合わせに準備にと奔走していた。

 

「・・・・扉間しゃま、あの、これ、この一族はお断りの連絡が来ているんですが?」

「そこは、確か、あれだ。あの・・・」

「確か、そこの族長は今、体調がすぐれんと連絡が・・・」

「おい、式当日の護衛の位置はこれでいいのかあ?」

「お、贈り物の、返礼はこれでいい?」

 

その日、もう、式が近くなったある日。

千手の、柱間と扉間の屋敷の一室で最終のツメに入っていた。全員の全員が、へろへろに机に突っ伏していた。

幸せな結婚生活前の甘さなんて無い。その場にある空気なんて存在しなかった。

そこにあるのは、例えば繁忙期のくっそ忙しいときの、残業中の疲れ切った社会人の疲れだった。

ちなみに、千手アカリは他の一族に用があり、外出していた。

 

「兄者の婚姻の時も、これぐらいしてやる・・・・!」

「おい、俺を巻き込むな。」

「千手の婚姻なら俺らは客だから好きにしてくれ。」

「でも、その場合、姉さんが苦労するんだよな。」

「・・・・うんむ?」

「あれ、おちびさん、起きられましたか?」

 

完全に疲れ切り、死んだ眼で茶を啜っていたイドラはその声に振り返った。そこには、布団の中で丸まっている忍具のウツシキと、そうして起き上がりちょこんと座ったイドラそっくりのうちはマダラと千手アカリの息子(暫定)である少年が目をこすっていた。

それに無意識のように、その場にいた全員、マダラ以外が少年に手を差し出した。

少年、今は仮名としてちび助と呼ばれいているそれはぽてぽてと歩き出し、そうして、マダラの膝の上に乗る。

 

「おい、仕事中だ寄るな。」

「んー・・・」

 

ぐずりながらちび助はマダラの腹に抱きつき、ぐりぐりと顔をこすりつける。

それにマダラの隣に座っていた柱間ががっくりとしながら、それでもなんだかうっとりとした眼でその光景を眺める。

好きな物と好きな物が掛け合わされたものって最高じゃないだろうか?

 

「・・・ちび殿は俺んところにまったくこんなあ。」

「そうだねえ。俺の所にもあんまり来ないよね。兄さんにべったりだ。」

「ああ、たく、甘ったれで困る。」

 

柱間とうちはイズナのそれにマダラは困ったように言った。けれど、その手は優しそうに幼子の背を撫でていた。

未来から来たらしい子どもは、一番にうちはマダラに懐いていた。そうして、意外なことにアカリにはあまり近寄ることはなかった。

マダラがいなければイズナに、次には扉間と柱間だ。イドラにも、子どもはあまり近づこうとしなかった。嫌われてはいないが、ただ、マダラの方が子どもはいいようだった。

それにアカリ自身、あまり落ち込んだりすることはない。

 

「眼福だ。」

 

そんな台詞にイドラはまあ、本人が良いならいいのだろうかと無理矢理に納得した。

 

子どもは大人しく、数個のおもちゃを与えていれば、家の中で大人しくしていてくれた。暇な人間が率先して構うため、監視という意味では不自由していない。

 

(この子は本当になんなんだろうか?)

 

いくら考えても答えは出ない。

六道仙人様、あなたは子どもになんて物を与えているんですかと小一時間は詰めたいものだ。イドラも、ゼツを警戒しているので、できるだけ側にいるようにはしている。

ただ、子どものため、時折輪廻眼を開眼しているのだから困ったものだ。

うちはにあった書物に、輪廻眼の記載があったおかげで、眼の説明はされたが六道仙人との関係性については証明されていない。

 

(私が未来で死んでるって話で、輪廻眼の話もかすんじゃいましたし。)

 

今のところ、扉間は毒殺案件でも動いているようだが、発展の兆しもない。というか、ゼツの件よりも結婚式のもろもろが忙しすぎるのだ。

 

(もう、ゼツの案件で騒ぎになる前に未来に帰したほうが安パイですよねえ。)

 

イドラはそんなことを思いつつ、マダラと子どもを眺めた。

 

扉間はマダラと子どもを見つめながら、思うのだ。

 

なんとも情の深い一族だと。

 

うちはというそれと関わっていると、しみじみと思う。なんとも、それは情が深いのだろうかと。

それは、なんだか、忍をするにはあまりにも情が深すぎる気がした。

彼らは、表面上にはひどく誇り高く、高慢だ。

けれど、根っこの部分ではどこか、脆い。

彼らの高慢さは、もちろん、その能力に後押しされた部分がある。けれど、それと同時にその高慢さは仮面であるのだ。

愛しい人間をできるだけ作らぬように、愛が招く滅びを恐れているように、一人で、生きていけるように。

 

誰かを愛し、それを亡くした瞬間、崩れ落ちる瞬間をうちは一族は知っているような気がした。

 

マダラの孤高であろうとして、けれど柱間を切り捨てられぬ在り方に、そうして、イズナの兄だけを見ている感情に。

そうして、その、美しい女の言葉に、思うのだ。

 

きっと、これらは、この血統は、この人々は、誰かを殺し、戦うよりも、誰かを守ることのほうが性に合っているのだ。

自己中心的に生きることを他に望まれているようで、彼らはきっと、愛した誰かを守って生きた方がずっと息がしやすくなるのだと。

 

マダラを見た、イズナを見た、イドラを見た。

傲慢で、誇り高く、他を見下しているそれらに扉間は何かのためにしか生きられないもろさがあるような気がした。

 

 

 

(・・・・吐きそう。)

 

イドラはふらふらと廊下を歩いていた。

表情は死んでいるが、その他のコンディションは最高だった。

結婚式、それは女性が何よりも輝く日、なんて思われるが、イドラはその日、ふらっふらだった。

朝早くにたたき起こされ、うちの姫君こそ至高じゃ!なテンションのうちはの女衆に化粧をされ、そうして、めかし込まれた。

さすがにうちはの里から千手の里まで嫁入り行列は無理なため、千手の里の端から端まで歩いた。くっそ重い花嫁衣装に自分が忍で、かつ体だけは頑丈で良かったとしみじみ思った。

ちなみに、うちはの里を空にはできないため、留守番役は数人残っている。

 

「留守番役達には、幻術であとで見せてやることになってる。」

 

そんな幻術をビデオカメラ代わりにするんですか。

イドラはそんな言葉を必死に飲み込んだ。

イドラの晴れ舞台となり、うちはの人間は全員で見たいと騒いだのだが、里を空にはできない。さりとて、里に同盟を組んだ千手はまだしも、他の氏族を入れるのはためらわれた。

 

「後日、花嫁衣装だけ一族の前で着てやってくれ。」

 

そういうことで決着は付いた。

さて、花嫁行列が終っても、その後婚姻の儀式がある。それはいい、作法通りに動いて言祝ぎされて、それで終わりだ。

問題はその後だ。

それぞれ招いた氏族の長達と食事会になる。イドラはもう、必死に、立ち替わりやってくる長達に挨拶をした。

挨拶をし、にこにこと、表情筋が死ぬんじゃないかというほど笑った。

扉間も顔が死んでいた。

何故って、話の殆どが自分たちの、あれだ、ラブロマンス(存在しない)の話を振ってくるためだ。

ここでぼろを出す訳にゃいかねえと扉間と作った台本通りに質問を受け止め、交わしてゆく。

そうして、祝いの場だからと注がれる酒を飲む。

さすがに、花嫁には無理はさせられないからとマダラやイズナが代わりに受けていたが、最終的には二人とも顔が赤くなっていた。

いや、忍として最低限セーブはしているようだったが、それはそれとして、互いに何か感情表現が壮大になっていた。

というか、最終的にマダラは柱間と号泣しながら叫んでいた。

 

(お、終った!山場が、終った!)

 

イドラは宴もたけなわという中で、先に下がった。そうして、何でも良い匂いのするらしい香油の入った風呂に叩き込まれ、女達に徹底的に洗われた。

 

そのせいか、イドラは顔が死に、疲労感で一杯の中で肌はつやつやで、髪の毛だってもうさらっさらだった。

表情は死んでいたが。

 

(寝たい、もう、寝たい。)

 

後はご夫婦でごゆっくりと寝室へ送り出されたが、イドラはもう寝ることしか考えていなかった。お布団にくるまって、さっさと寝たい。

遠くで聞こえる宴に、仲が良いなあとほっこりしながら、睡眠欲に満たされていた。

そんなときだ。

 

「おばしゃま。」

「え?」

 

風呂に入って火照っていたためか、なんとなく選んだ、庭に面した廊下。そこで、後ろを振り向くと、ふくふくとしたほっぺたをほころばせたちび助がいた。

 

その日、子どもは恐ろしいほどの早さで馴染んだうちはの人間のところで預かられていたはずだ。

 

「どうしました、抜け出してきたんですか?」

 

イドラは子どもを送っていこうかと視線を合わせると、子どもはまた、ゆっくりと瞬きをした。

己を見つめる、輪廻眼。それにイドラは少しだけ驚いたが、じっと子どもを見た。

子どもは輪廻眼は持っていたが、未だ幼いため忍術自体使えないそうだ。

子どもはにっこりと微笑んだ。

 

「あしょぼ!」

「え、うーん、今日はもう遅いから無理ですよ・・・」

 

子どもはそれにぴょんと、庭に下りた。そうして、手をぶんぶん振って、イドラを手招きする。

イドラがどうしたものかと悩んでいると、子どもはまるで、老いたそれのように静かに微笑んだ。

 

「まっくろな人がね、あしょぼって!こっち!」

 

弾んだ声だった。これ以上無いほどに、楽しそうな声だった。

けれど、イドラはそれに冷や水を浴びせられた気分になった。

 

くろい、ひと。

 

それにイドラは反射のように叫んだ。

 

「ダメです!」

 

けれど、子どもは楽しそうに笑って、屋敷の塀を跳び越えて行ってしまう。

イドラはあっさり、そうして、子どもを追いかけることを優先した。そうだ、たかだか幼児の足ならば、すぐに追いつけると予想して。

 

 

なのに、なのに、幼子はどんどん森深くに走って行く。身体能力に自信のあるイドラさえも追いつけない。

何故?

何故だ?

もしかすると、その子どもはゼツの手先なのか?

いいや、だが、扉間たちの調べから逃げ出せるのか?

それとも、本物は未だ屋敷にいるのか?

けれど、イドラは盲目的に子どもの心配が勝ってしまった。

 

走って、走って、そうして子どもは、とある開けた場所で止まった。

 

「おちびさん、ほら、帰りますよ!」

 

イドラが焦ってそう叫ぶが、それに子どもは振り返る。そうして、ゆっくりと口だけをうごかした。

 

(ご、め、ん?)

 

イドラはその口の動きに顔をしかめたその時、何かが自分に飛んでくる気配がした。

イドラはそれに振り返り、そうして、避ける。けれど、投げられたものは、何か、粉のような物が辺りに振りまかれた。

イドラはとっさにそれから距離を取るが、ぐらりと体が傾いだ。

 

「あれ、おばしゃま?」

「ああ。よかった。」

 

イドラは四肢がしびれ、上手く動かせない中、体を声の方に向けた。そこには、そうだ、ああ、ずっと、ずっと、彼女が恐れ、そうして憎んでいたそれがいた。

黒い体、人を嘲るような口元、そうして軽薄そうな声音。

 

「どう?もう、滅多に生えていない植物なんだけど、即効性は抜群のしびれ薬なんだ。さすがにそれへの耐性は持っていないはずだ。」

「ありゃ?」

 

黒いそれは、そういいながら子どもを抱えた。それに、イドラは回らない舌で言った。

 

「や、めろ・・・・」

「やめろって、何を?」

 

黒いそれはニヤニヤ笑って、イドラに近づいた。そうして、彼女を見下して笑った。

 

「はっはっはっは!!!本当に愉快だ!」

 

そう言ってイドラを見下した後、黒いそれ、ゼツは崩れ落ちるようにイドラの近くに座り込んで叫んだ。

 

「お前、まじで、何だよおおおおおおおおお!!」

 

ゼツの悲壮な声が辺りに響いた。

 





本当に良いのか?
そう、目の前の少年に問いかけた。

少年は、それに淡く笑った。

夢を、見るんだ。

夢?
問い返すと、少年は淡く笑った。

はい、僕は夢の中で、みんなを遠くから見ているんです。
父様も、母様も、叔父様達もみな、笑っていて。兄様も、姉様も、死んでしまった兄様も、叔父様達の息子も、笑っていて。
それを僕は遠くで見ていて。でも、みんな、僕に気づかないんです。
僕は、そこにいなくて。見えなくて、でも、みんな笑っていて。
それに、それを見て、僕はいつも思うんです。

ああ、良かったって。

少年は笑った。己の犠牲で、全てが上手くいくというのなら、それ以上のことはないのだと。
そう、少年は笑うのだ。
ああ、だから、それに亀も笑った。その亀は、本当に嬉しそうに笑った。
亀は、確かに、その善性を愛してしまったのだ。



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自分自身が、自分が何かを知りたいのだ。

感想。評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


後書きの部分は、最初にこの話を考えていたときの原案です。


 

「お前、お前、ほんとになんなんだよ!?」

 

黒いそれは、もう面倒なのでゼツとするが、地団駄のように足をばたつかせた。

それを見ながら、うちはイドラはシュールな画だなあと思った。そんな中、ゼツは気にせずにもイドラを見下ろして叫んだ。

 

「お前はさ!お前は知らないだろうがな!こっちは軽く三桁台の時間をえっんえんと、うちは一族についてたんだよ!」

 

お、おお。

 

イドラはなんとなくゼツの圧に押されて思わず頷いてしまった。それにゼツはうんうんと頷きながら、イドラの側に座った。その横には、しっかりとちび助を抱えている。

 

「それは、ご苦労さんです。」

 

イドラはゼツの背負う、なんとも言えない重い空気に思わず言った。

 

「そうだよ、ごくろうだよ。考えてみろよ、こんな大事を頼んでる本人は待ってれば良いけど。こっちはこっちでさ、こう、微妙な部分があるだろ!?特に、うちはと千手での微妙な距離感のままでいてほしいじゃん。」

「ああ、まあ、距離感って難しいですよね。」

 

しみじみとしたそれにイドラは思わず頷いた。それにゼツはそうだそうだと頷いた。

 

「もちろん、うちはと千手の目当ての二人を常に見張って、おまけのその周りを見て、ばれないように裏工作までしてるんだぞ!?一人で、だぞ!お前らみたいに群れてねえんだよ、こちとら!」

 

ゼツは今にもおいおいと泣き出しそうな勢いだった。それにイドラはなんだかゼツが可哀想になってしまった。

いや、確かにこの生き物は大筒木カグヤが封印されてから、ずっと一人で頑張ってきたのだ。

なんか、業務量のやたら多い仕事量をこなすブラック企業戦士のごとく。

この頃、延々とヘロヘロになるような仕事をこなしてきたイドラは思わずそれに同情してしまう。

思わず頷いてしまったイドラに、ゼツはわかってくれるかと同じように頷いた。

その場には、デスマーチの後の妙な連帯感があった。

それを、幼子がなんだこの空気はと茫然と見つめている。

 

「ああ、そんなときだ。お前の兄を見つけたのは。」

「に、い様を?」

「ああ、千手柱間と出会い、喪失し、そうしてとうとう万華鏡写輪眼を開眼した!力に溺れ、それでしか、何も守れないと思い込んで!このまま、あれの大事なものを全て失えば完璧だった!いいや、そうなるはずだったんだ!」

 

ゼツはとうとう、イドラの胸ぐらを掴み上げて、叫んだ。

 

「なんなんだよおおおおお!お前は!!」

 

何を言われましても。

イドラは、寝間着のせいか、緩んで胸が晒されかけたまま地面に転がっている。

 

(あーできれば、そんなに揺すらないで欲しい。おっぱい見えそう・・・)

 

人並みの羞恥心のままにイドラはそんなことを考えた。

ゼツのそれには、イドラだって言いたい。

いや、私は本当になんなんでしょうか?

あの日、記憶?記録?を思い出してそんなことはずっと考えていた。

 

「いや、何なんでしょうね、私・・・」

「お前以外にその答えを持ってる奴がいると思ってるのか!?」

 

いや、分からんもんは分からないんですが。

答えを持っていそうな存在が頭の中で浮かぶが、こちらから接触することは出来ないだろう。

 

「大体、お前!扉間と、それこそ手さえ繋いでなかっただろうが!なーにが、敵対氏族を越えた、愛だ!!」

 

そうだ、ゼツは知っている。現在、忍の間で話題沸騰のラブロマンスなんて存在しないのだ。そうだ、この女、この女のせいでゼツの全てはめちゃくちゃなのだ。

突然飛び込んできたそれにゼツは怒り狂いながら叫んだ。

ちらりとイドラを見た。さすがにやることをやるだけだった女は、髪も下ろしてかんざしもつけていない。

そうだ、ゼツが夜を狙ったのはこれもある。

何をとち狂ったのか、仕事と婚姻するなんて本気でしそうな扉間がまんまとイドラにご執心と成り、飛雷神の術まで使い出したときは天を仰いだ。

イドラは出来れば消しておきたかったというのに、昼間では扉間が飛んでくるリスクがある。けれど今、女の髪には何もない。

ならば、邪魔が入る可能性も低いのだ。

それにイドラはばくばくと、心臓が鳴り出した。そうして、ゼツを見て言った。

 

「手ぐらい繋いだことありますよ!?チューだってしましたもん!」

「んなもん、お前がイズナと扉間の間に飛び込んだ後の話だろうが!」

「ちがいまーす!一目惚れですもん!純愛ですもん!相思相愛ですもん!」

「嘘吐け!俺だって扉間の動向はしっかり確認してる!あいつ、仕事と魚釣り以外にろくにでかけたことねーよ!女の影なんてそれこそ商売女ぐらいしかいねーよ!」

「あ、そこ、そこ、詳しくお願いします!どういった系統か、くわしく!ゼツ様、お願いしますから!」

「あー、でも、そこまでこだわりのある感じもないかなあ。系統、って言えるほど偏っては・・・・って、何を真面目に応えさせてんだよ!」

「いーじゃないですか!減るもんでもないでしょう!こちとら、扉間様の好みについては把握しておかねば!顔の系統が違うなら、化粧で頑張るしか!」

「その発言だけで、純愛云々が嘘だってわかるんだよ!」

 

それにイドラは黙り込んだ。いや、まあ、言われたとおり自分たちの間には愛なんてあるはずもなく。

だからこそ、必死にできるだけ、千手扉間を掴んでおかねばならないのだが。

それにイドラは自由になる口を使って吐き捨てる。

 

「うるさーい!私だって!私だって!大好きなのは、善人の兄上なんて答えそうな人を堕とさなくちゃいけないんですよ!?なりふり構ってられないんです!」

 

それに心のそこからの苦労が見て取れて、ゼツも何か同情してしまう。

 

「・・・・なんだよ、その、悪く言い過ぎたよ。あと、扉間の女の趣味なんて仕事の邪魔しないぐらいしか存在しねえぞ。」

「あ、ですよね、やっぱり。」

 

イドラはつーとちょっと泣いた。誘惑しようにも、けんもほろろになりそうだ。

子どもは、え、これ、この空気でどうすればいいのと瞳をぐるんぐるんさせている。

 

「いや!俺は何をしてるんだ!そうじゃないだろ!つーか、うちはイドラ、お前は俺のことを知っているな!?」

「え、いやあ、気のせいですよ。」

「嘘だろ、さっき、しれっと人の名前を呼んでただろうが!」

「き、気のせい・・・・」

 

今にも口笛でも吹きそうな勢いでイドラはゼツから目をそらした。それに、ゼツは叫んだ。

 

「うっそだろ!まあ、いい。お前の後ろにいるのが誰なのかはわかってる。ハゴロモだろ?そうして、俺をおびき出すために、この子どもを用意したな?」

 

ゼツはげたげたと笑い声を上げた。それに、イドラは遠い目をした。

 

いえ、まったくといって良いほど、知るはずもない存在です。というか、イドラの方から聞きたい。その子、本当になんなんでしょうか?

 

「が、俺の方が一枚上手だったな!まさか、ハゴロモまで現世に介入しているとは思わなかったが!」

「いえ、私も知らないんですよね、その子。」

「は?」

 

それにゼツは己が片手で確保している子どもを見た。自分が、せっせと秘密のお友達だよと懐柔し、イドラを連れてくるように説き伏せたそれはじっと、なんだこいつという眼でゼツを見ていた。

 

「いや、ほんと何なんでしょうね、その子。」

 

思わず言ったそれにゼツは子どもを見る。

え、じゃあ、なにこれ?

いや、知らん、こっわ。

 

そんな会話が繰り広げられそうな空気だった。それにゼツは気を取り直す。ともかく、輪廻眼は必要なのだ。

 

「ま、まあいい。これが輪廻眼であることは事実だ。なら、こっちが先だ!」

「や、やめろ!!」

「ははははあははあは!いい気味だ、お前におれがどれだけ苦労して来たのか、思い知るがいい!輪廻眼はいただくぞ!」

 

ゼツはそう、高らかに言い切って、イドラの絶望するような顔を眺めながら子どもの右目に手をかける。

それに、子どもは醒めた目で、拘束もされていない両手を合わせようとした。

けれど、それよりも前にざっと足音がした。

それにゼツが思わず顔を上げると、腕組みして、イドラの近くにいた自分を囲む、えげつないほど人相の悪い四人の男。

 

がっ!

 

子どもを掴んでいた手を、男のうちの一人、千手扉間が掴んだ。

 

「人の嫁に何をしとるんだ、貴様は?」

 

それにゼツは静かに死を意識した。

 






うちはイズナが亡くなり、それでもセカイは続いていく。
そんな中で、うちはマダラは和解を求め続ける千手柱間にこう言った。

「それなら、俺を殺すか、それともお前の弟を殺すんだな。それ以外に、和解の道はない!」

それは本気だったのか、いいや、いっそのことやけだったのか。
ただ、柱間にそれを突きつけた。が、柱間はどちらも選ばなかったのだ。

どちらも選べないのならば、自分が死ぬと、そう柱間は言った。千手扉間は慌ててそれを止める。けれど、柱間は頷こうとしなかった。
そんなときだ、金属を引きずるような音がした。そうして、頭領たちのやりとりを見守っていたものたちの間から少女が飛び出してきた、身の丈ほどもある斧を持って。

はい?


突然のそれに思わず柱間は元より、マダラさえも固まった。それは、後方支援を担当しているはずの妹だったのだ。
妹は、うちはイドラはぐずぐずに泣きながら柱間に近寄った。

「き、貴様!何をする気だ!?」
「は、柱間様の、介錯を!」

可愛い顔して空恐ろしいことを女は言った。それに、柱間は慌てた。

「い、いや、俺は腹を割いて・・・」
「で、でもお、柱間様、お腹を裂いたぐらいで死ぬんですか!?」

それにその場にいた人間も思った。
いや、確かに、死ぬのか、この人は。

「わ、私、もう、戦うのは嫌で。でも、兄様も、皆も止められなくて!それで、柱間様がそうするなら、せ、せめて、介錯だけでも!」


ぶんと振り回した巨大な斧に柱間は冷や汗を垂らした。いや、さすがにクナイで腹を割くのと、でかい斧で首をたたき折られますでは、覚悟の種類が違うというか。

「い、いや、待ってくれ!え、それでか?まじで、それでか!?}
「は、はい!でも、そうですね。首を落としきれないと苦しまれますし。ど、どなたか、剣の腕に自信のある方!」

「「「ま、待て待て待て!」」」

マダラはこのままでは柱間のとんでもない首狩り劇場が繰り広げられるのを察して叫んだ。

「戦は止める!だから、イドラ!その斧を下ろすんだ!!」








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君はいつの間にか大人の階段を上っていた。

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

扉間達側の結婚式視点。

書いてるんですが、ゼツってどれぐらい頑丈なんですかね。


 

「兄様、見てください!母様の着た花嫁衣装なんですが。仕立て直さなくてもいいですね。」

 

目の前で、にこにこと笑う妹。

化粧もせず、ただ、試しに着てみたらしい母の形見である花嫁衣装である白い着物を纏った妹にうちはマダラはゆっくりと目を細めた。

 

ああ、大きく、そうしてすっかり綺麗になったのだなあ、と。

 

 

 

うちはと千手の結婚式。

そうであるとするならば、その面々は非常に盛大だった。いくら、千手と言えどもここまで他の氏族を呼ぶことはない。

他の氏族はここまでの一族が集まることのない現状で、何よりも警戒しているのは、噂のうちは一族だ。

血継限界を持つ一族は滅多に他の氏族と関わることはない。その中で群を抜いて他との交流のないのがうちは一族だ。

幻術、火遁を得意とし、黒い髪をした忍の一族。そうして、何よりも恐れられたのが写輪眼だ。見ただけで術をまねてしまえる血継限界。

何よりも、まるで刺すような冷たい空気を纏った彼らは非常に恐れられていた。

今回の花婿と花嫁と直接宴の場に座る各氏族の長達はどきどきしていた。

千手一族が安全と太鼓判を押されていたとしても不安は残る。

 

(あれが、うちはの頭領の・・・)

 

ざわざわと婚姻の席でざわめきが広がった。花嫁側に座った偉丈夫に目が行った。伸びっぱなしの黒い髪は当人の纏う空気のせいか猛獣の鬣のようだった。そうして、その横顔もまた男にしてはなんとも美しいものだった。

そうして、その隣に座る弟もまた男にしては美しい顔立ちをしていた。

けれど、しかめっ面で祝いの席だというのに、そこだけ空気がやたらと重い。そのために花嫁と花婿に挨拶に行くとき、どきどきしていた。

花婿はまだいい、けれど、うちは兄弟の姉妹であるらしい花嫁はどれだけのものなのか。

 

「こんにちは!今日はわざわざ来ていただきありがとうございます!」

 

にこっ!

と音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた花嫁は、思った以上に愛らしかった。白無垢を纏ったそれは、化粧を施されて、きちんと座っていた。

もしも、無表情でそこにいたのならば、等身大の人形か何かなのかではと勘違いするほどに麗しい見目をしていた。

けれど、その、幼子のような屈託のない笑みを見ていると、あら可愛いなんて思ってしまう。もう、にっこにこでその女は微笑んできていた。

その顔は、確かに下手な女ならば裸足で逃げ出しても可笑しくなさそうだった。けれど、そんな見目に比べて、なんともまあ気の抜けるような朗らかな笑みを浮かべるのだろうか。

うちはの兄弟たちは何くれと気を遣い、他の氏族からの酒を飲み干しているのを見て、さぞかし大事にされているのだろうと思えた。

そうして、件の噂の千手扉間と言えば。

 

「イドラ、酒はあまり飲むな。」

「ほら、これでも食べていろ。」

「それについては。」

 

もう、せっせと世話をしている。

それこそ、ひな鳥の世話をしていると言われてもおかしくないほどの甲斐甲斐しさだだ。

噂だけで、千手扉間や千手柱間から話を聞いていたとしても、あまり信じられていなかった部分もあるが、目の前にしてみれば確かにそうだ。

 

花嫁の美しさを褒めれば殺気染みた眼で睨み。

酒を飲ませようとすればうちは兄弟と威圧してきて。

花嫁が困っていればしかたがねえなという態度で世話をする。

 

これは、ベタ惚れなのでは?

これはもう、噂自体、それこそあの噂は本当なのでは?

 

そんなことを考えるが、けれど、一つだけ疑問も残る。

プライドがそれはもう、この世で一番高い山ぐらいに高いと噂のうちは一族が頭領の妹を手込めに、とまではいかないが密かに寝取られて黙って赦す物なのだろうか?

ちらりと見たうちは兄弟は、お世辞にも友好的とは言いがたく、黙り込んでいる。若干酒を飲んで、顔を赤らめているが、変わらずに無表情のままだった。

千手柱間は、なぜ、あんな無表情の男に絡んでいけるのだろうかと皆でびびっていた。

そうして、酒の席も暫くして花嫁が奥に引っ込んだ。

 

それを見送った後、うちはイズナは部下達のことが気になると、千手とうちはの人間達が宴会をしている広間の方に向かった。

 

そうして、うちはマダラは、唐突に号泣しだした。

 

「どうした!マダラよ!」

「うるせえ、柱間!弟しかいねえお前にゃ、俺の気持ちなんて、妹を嫁に出す兄の気持ちなんてわかんねえよ!」

 

酒の酔いが回ってきたのか、それとも何かきっかけがあったのか、マダラはおいおいと泣き始める。それに他の氏族たちは、どんな反応をして良いのかわからずに、黙って酒を飲み干すしかなかった。

 

そんな中、マダラはおいおいと泣きながら話を続けた。

 

「あいつがなあ、母親の形見の花嫁衣装を着てるのを見てたら、大きくなっちまったなあと思ってよ。あんなに小さくて、あんなに、俺の後をずっと追ってたってのによお。」

「わかるぞお、自分の後ろをひょこひょこ付いてきた弟がなあ、こんなに、こんなに大きくなってなあ!!」

 

何に感化されたのか、柱間までおいおい泣き出した。それを、扉間は死んだ眼で眺めている。何を言っても無駄だと察したのだろう。

 

「ああ、昔はなあ、もう、兄様兄様って俺の後をついて回ってなあ。誰よりも、イドラが好きなのは俺だったんだ。」

「そうだなあ、イドラ殿はマダラのことが大好きよなあ。」

「ああ。本当に懐かしい。まぶたを閉じれば、思い出す。イドラが初めて立ったとき、初めて忍術を使ったとき、それにはしゃいで納屋の一つを燃やしたとき、遊びに行った山で熊を捕ってきたとき、気に入ってた猫を追って迷子になって大泣きしたとき、初めて戦に出たとき。」

 

なんか、幾つかろくでもないのが混じってませんか?

そんな疑問が浮かんだが、皆は黙り込んだ。

 

「なのに、なのに!なんで、お前があいつの花婿なんだよ!!」

 

そう言ってマダラは扉間に飛びかかり、首に手を回して、絞め技を繰り出した。それにその場にいたものは息をのむが、柱間はけらけらと笑っている。

 

「うおおおおおお!!元々、貴様のせいでもあるだろうが!イドラが結婚できなかったのは!」

「うるせえよ!んなもん、可愛い妹に理想の結婚相手を聞いて、兄様ぐらい強い人、なんて言われてみろ!誰にもやりたくねえだろうが!」

「そのせいで同胞に厳しくしすぎて距離置かれてる時点で終わりだろうが!」

「ちくしょおおおおおお!むかつく!」

 

マダラは扉間を離し、そうして、だんと畳に拳を叩きつけた。

 

「それはそうとして、てめえに文句がつけるのが難しいのがむかつく!!」

 

それに他の氏族は黙り込んで、それを見つめた。マダラは鼻を啜りながら吐き捨てた。

 

「能力だけをいやあ上等だ!顔も悪くねえ!地位もある!浮気しそうだが、したら殺す!」

「せんわ!」

「・・・・俺みてえにつええ奴なんてなあ、柱間ぐらいしかいなかったんだよ。だからといって、柱間に嫁に出したくねえし。」

「えーなんでぞ?」

「おめえは尻に敷いてくれるぐれえの女がいいぞ。」

「なんでだ!?」

 

それに扉間も思わず頷いた。柱間という男は、善人であるし、優しい男ではあるが少々だらしない部分があるのは承知の上なのだ。

 

「ほんとにね!!」

 

すぱぁあんと障子を開けながらうちはイズナが入ってきた。そうして、どさりとマダラの隣に座った。

 

「さっきもさあ、うちの奴らと、千手の奴らが飲んでるとこに言ってきたんだけどさあ。揉めてたんだよねえ。誰かの仇だって。」

 

それにその場が静まりかえる。けれど、イズナは気にすることもなく、じっと扉間を見た。

 

「兄さんと、柱間がやってる隣でさ、俺、こいつと散々やりあったんだよ。殺しそうになったことも、殺されそうになることもあったし、部下をやられたこともある。その、憎しみは消えないよ。でもさあ。」

 

イズナはじっとその男を見た。

きっと、きっと、誰よりも千手扉間という男を知っているのは案外イズナであったりもする。

殺し合って、相手がどんなときにどんなことを考えるのか、散々にやってきたものだから。

 

ああ、腹立つ、腹立つ、こんな陰険な男に姉は嫁いでしまって。もう、彼女はうちはであるけれど、千手でもあるのだ。

それでも、イズナは口を開いた。

 

「お前達は強かった。それを誰よりも知っているのは俺たちだから。だから、姉さんを頼める奴がお前しかいないことぐらいもわかってるんだよ。」

 

先ほどの、千手とうちはの酒の席、憎いと叫んだ者に、誰かが言ったのだ。

 

ああ、そうだ。我らを殺せるのは、お前達だけ。ああ、そうだ、恨めしき仇よ、宿敵よ。

そうだ、お前達は強かった。

恨みの中に、怒りの中に、それでも、強いという自負の元に、思っていた。

ああ、誰よりも、強いお前達へ。そんなお前達だからこそ、認めてもいるのだと。

 

イズナと、それに少しだけ遅れてマダラが深々と頭を下げた。

 

「どうか、愛しい姉を。」

「どうか、愛らしい妹を。」

よろしく頼む。

 

「ああ、賜った。」

 

その言葉に、その景色に、氏族の人間はああと思うのだ。

誇り高く、そうして、恐ろしいうちはの人間とも、案外上手くやっていけるのではないのかと。

 

 

 

初夜。

字にして初めての夜であるが、なんだか素敵な響きを持っているように扉間は感じていた。

酔っ払い共を捌き、ようやく訪れた平穏に扉間は足早に歩いていた。

その様は、はっきり言おう、ご機嫌の一言に尽きた。下手をすれば鼻歌まで歌ってるんじゃないかというご機嫌ぶりは、赤毛の姉貴分が見れば、思わず気持ち悪いと言われるぐらいの様子だった。

 

いいですか、扉間。

あなたと彼女はなんだかんだと同衾の経験があるでしょうから口うるさいことを言う気はありません。

ですが、彼女も初めてのことが多く、疲れているでしょう。なので、手荒に扱ってはいけませんよ。必要なものは、あなたなら用意できるでしょうが。

まあ、楽しみにしていなさい。うちはと千手、両氏族で滅多にないほどぴかぴかに磨き上げてやろう!

 

扉間の脳裏にはくどくどと己に言いつのる姉貴分のことが思い浮かんでいた。

そんなもんはどうでもいいのだ。

 

(ようやく、ようやく、あの駄犬に思い知らせてやれる!!)

 

扉間の脳裏には、手も出していないのに散々に言われまくった記憶が思い浮かぶ。

ああ、そこまで言うのなら、好き勝手、散々に、手を出しまくってやろうじゃねえか。

そんな、聞いている者がいれば呆れていただろう考えがあった。

だが、それも仕方が無い。扉間もなんだかんだで男であるのだ。散々に、弄ばれ(主観)、お預けを食らい(主観)、我慢しまくったのだ。

腹を空かしまくった男には、ようやく待てが終った瞬間が嬉しくて仕方が無い。

 

(あれのことだ、どうしているのか。)

 

寝室でかの駄犬がどうしているのかを想像しているだけで、ぶっちゃけ楽しい。

 

(おろおろしているのか、落ち着かずに正座。いっそのこと寝ているのか。)

 

とうとうたどり着いた寝室。扉間はどれが正解だと、るんるんで障子を開けた。

 

正解、空。

 

「あ゛?」

 

 

 

「イドラが消えたのか!?」

「どこを探してもおられずなんですよ。」

 

その場にいたのは、酔いを冷ましてくると宴会を抜け出してきた柱間にマダラ、そうしてイズナ。

裏方に徹していた千手アカリもその場にいた。そうして、あ、これから人を殺すんですか?なんて聞きたくなる殺気混じりの扉間がいた。

 

「ともかく、ワシは飛雷神の術でイドラの所に飛ぶ。兄者たちは他の氏族にばれんように後のことを。」

「え、お前、イドラ姫のどこに印なんて。私の知る限り、着物にも、どこにもそんなものは・・・」

 

アカリがそう言っていると、思い出した。確か、簪などはつけていないが、思えば左手の薬指に装飾品をつけていたはずだ。

 

(あれか・・・)

 

扉間はそれから逃れるように術を発動しようとしたが、その腰にマダラとイズナがくっついた。

 

「・・・・何をしとる。」

「俺も連れてけ。」

「姉さんが危ないんだろ!」

「あのな!」

 

そこに柱間も同じようにくっついた。それに扉間は呆れるが、どうせ飛べるのは己だけと術を使った。

 

「は?」

 

だというのに、何故か、イドラの居場所であるそこには己だけでなく、他の三人もいた。何故か、そんなことを考えようとしたが、それよりも重大なことが目の前に転がっている。

 

正直に言えば、イドラにそっくりなために構いたくてたまらないちび助をつり上げている真っ黒なそれ。

そうして、その足下に転がる、泥だらけで、おまけに襦袢も乱れまくって、諸諸が見えそうなイドラ。

 

その黒い存在は、どう見ても自分たちを見て、やっべという顔をしていた。

 

それに扉間は何のためらいもなく、その腕を握った。

自分でさえも、まだ見ていないイドラの乱れまくった姿に扉間はひどく怒り狂っていたのだ。

 



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地獄の鬼ももう少し優しい顔をしている

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(人間って、あんなに飛ぶんだ・・・・)

 

うちはイドラはぼんやりと空を見上げた。空には煌々と月が浮かんでおり、そんな夜の空を、何かが飛んでいた。

現実逃避のようにそんなことを考えていると、ころんと自分の横に子どもが一人、降り立った。黒い腕と共に。

 

(・・・・ゼツって、死ぬのかな?)

 

イドラはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 

 

ゼツがその時、千手とうちは、おそらくこの世の忍達でもっとも相手にしたくない四人を前にして取ったのは、逃走だ。

もちろん、輪廻眼は惜しい。そうして、イドラというそれによってこのまま千手とうちはが良好な関係を築くのは困る。

けれど、ゼツは知っている。

彼らの代はいいだろう。けれど、その次は?そのまた次は?

人の生は短い。伝えるべき事はねじ曲げられ、歪になっていく。どれだけ、今が良くとも、変わらぬものもない。

 

ならば、ゼツは闇に消えるだけだ。また、いつものように、彼らが消えて新しい者になってから値踏みをすればいい。

自分の腕を掴んだそれに、ゼツは吐き捨てるように言った。

 

「これが欲しいんだろう?」

 

ゼツは子どもを掴んでいた手とは反対の方に移動させ、思いっきり放り投げた。平行に、遠くにすれば叩きつけられることが予想の出来る投げ方で。

それにさすがの千手とうちはの面々は子どもに視線を奪われていた。それに、ゼツは腕の拘束が緩んだことを理解した。

それに、ゼツは森の中に逃げ込もうとした。腕はもう諦めた、あとで切り捨てることを考えた。

けれど、逃げ足だけは自慢していたゼツは己の視界がぐらりと傾いだことに気づいた。

 

「まあ、待て。」

 

両足が吹っ飛んだことを理解してゼツはその場に這いつくばった。足音が、近づいてくる。足音は、三つだ。

それにゼツは逃げなければと匍匐前進で前に進もうとするが、それよりも先に背中にのしりと足で踏まれる。

 

「おいおい、そうだ。扉間の言うとおりだろ?」

 

ぎしりと、体が悲鳴を上げるほどの強さだった。それに軽やかな印象を受ける青年の声が重なる。

 

「本当にそうだよね。姉さんもそうだけど、俺の可愛い甥っ子のこと、けっこういじめてくれたみたいだねえ。」

 

それにゼツは頭をフル回転させた。幸いなことにゼツの体はそこそこ丈夫だ。けれど、それだけなのだ。大筒木カグヤの最後のあがき。

悲しいかな、そこまで身体面での能力は無い。

 

「・・・おい、いたぶるのはやめておけ。」

「あ?何でだよ?」

「誰がこんな馬鹿げたことをしたのか、探らねばならんだろう。」

「・・・それに、ちび助がどうやって逃げ出したのかも、こいつに聞かないといけないし。」

「扉間、てめえはこいつの両足を吹き飛ばしたからいいがな。俺たちはそうじゃねえんだよ。」

「ふん、待て。これを絞るときにお前達にもさせてやろう。」

 

ゼツは自分の背後に差し迫る危機にだらだらと冷や汗が流れる気がした。ゼツは必死に、頭を回転させた。

そうして、一つだけ、今この場にいる人間を揺すぶる話題を思い出す。

 

「千手扉間、お前、おかしいと思わないのか?」

 

それに背後にいた扉間と、そうして、うちはマダラにうちはイズナが反応したのがわかった。それにゼツは必死に言葉を紡いだ。

 

「うちはマダラ、うちはイズナ、お前達、可笑しいと思わないのか!?いったい、いつ、扉間とうちはイドラが逢瀬をする時間なんてあった?いいや、出会う瞬間があった?あの性格だぞ!?お前達にばれないようにするなんて無理な話のはずだ!」

「何が言いたい?」

「騙されてるんだよ、全員!あの、雌ギツネにな!今日だってそうだ!何故、あんな子どもが外に出れた!?あの女が手引きしたと考えるのが妥当だろう!?」

 

黙り込んだ面々に、ゼツは何かひびを入れられたのかと言葉を紡ぐ。

 

「大体、今日は初夜だったんだろう!?何をされたか、わかったもんじゃない!」

 

ゼツのそれに、体にのしかかっていた足などが消えた。それに、彼は占めたものだと逃げる態勢を取った。

けれど、無常かな。

ゼツの頭部を掴む存在があった。

つり上げられた彼の目の前に、ガチ切れているらしい三人の男の姿があった。

 

「ほう、あの、純真無垢で、人の言うことをほいほい信じて、忍であることなんて忍術ができることぐらいしか証明できねえうちの妹が、俺を騙してるとでも言いたいのか!?」

「あはははは、兄さーん。こんな、馬鹿の言うことなんて気にしなくて良いよ。誰よりも、何よりも、姉さんのことを知ってるのは俺たちだ。なら、この馬鹿に今回のことを吐かせるだけで十分だ。」

 

悲しいかな。

普通の忍の一族であれば、イドラに対して疑いの念が向かったことだろう。けれど、目の前にいるのは、きっと、誰よりも情に深い、深すぎる一族だ。

己の愛に滅びの匂いを嗅ぎ取るために、個人主義を貫く一族だ。

何かを庇護し、守らんがために狂った、一人の兄から始まった一族だ。

そんな一族がどうして、たった一つのくだらない言葉に狂わされる?

彼らは盲進する、一度愛してしまえば、それ以外は眼に入らない。ならば、どうして、守るべき愚かで、愛しい家族を疑うなんて選択をするのだろうか?

 

そうだ、ゼツは間違えた。そうして、もう一つ、彼は間違えているのだ。

 

 

初夜。

その単語を聞いて、扉間は眉間に皺をこれでもかと寄せていた。

そうして、理解する。

これから扉間のすべきこと。

まず、呼んだ客人達に何もかもが滞りなかったことを知らしめ、千手とうちはの両方に手引きした者がいないかを調べること。

そうして、イドラと子どもの回収、何があったのかの聞き取りに、それに加えて目の前の黒い物体に吐かせることだ。

大体、イドラ自身も疲労困憊だ。それから何が導き出されるのか。

 

お預けである。

 

ゼツはそれに固まった。その時、扉間はまさしく鬼の形相だった。

 

「ああ、そうだな。貴様、本当に余計なことをしてくれたな。丁度良い、少し、わからせてもいいやもしれんな。安心しろ。兄者もいる。殺さぬギリギリぐらいは、見極める眼を持っているのだ。」

 

それにマダラとイズナは、それほどまでにイドラのことを思っているのかと少し感動した。よく見ろ、ブラコン達よ、確かにそいつはイドラのために怒っているが、根っこの部分は肉欲である。

忍の三禁にひっかかっていないのだろうか?

 

 

 

(で、出た!)

 

倒れ込んでいたイドラは、柱間に抱き起こされながらそれを見ていた。ゼツの両足を切り落とした術の名前は知らないが、確か、水遁を使ったウォーターカッターだったはずだ。扉間は何のためらいもなく、ゼツの両足をそれで切り倒したのだ。

 

(おちびさんは!)

 

イドラがしびれて上手く動かない体でそちらを見れば、すでに千手柱間が使っていたらしい木遁で作られているらしい草木をクッションにしており無事だった。

 

「ひゃ、しゃ、りゃ・・・・」

「毒か!?すぐに治療を・・・・」

(そういえば、なんか、息を吸うのが、辛いような。)

 

しびれるような感覚が強くなっていく。喉の奥が張り詰めて、視界が、ぐらつく。

 

(あ、毒殺パート2!)

 

そんなイドラの暢気な考えとはほど遠く柱間は冷や汗を垂らした。

 

(筋肉までの痺れを起こしているのか!ならば、呼吸器官まで影響しているなら、このままでは。)

 

柱間は扉間にすぐに戻るように視線を向けた。

その先?

阿鼻叫喚、その一言に尽きた。

 

両足を切断されてなお、怒り狂ったうちは兄弟はそれを赦さなかったのだろう。辺りに火遁をばらまいてゼツを絶対に逃がさないという気概の元に炎の檻を作っている。

草原や木々に燃え移った炎の中で、三人はゼツをたこ殴りにしていた。炎に照らされて、凶悪に微笑むマダラにイズナ、そうして扉間の絵面は非常に怖かった。

その様には、柱間はあまりの絵面にひえと怯えた。イドラも怯えた。

もう、無意味にそれをしている三人の顔の圧が強いために、地獄で獄卒が亡者をいじめ抜いているような絵面だった。

 

イドラが死にかけであることも忘れて、二人は寄り添うようにその様をがたがたと震えながら見つめていた。

その時だ、二人に近づく存在がいた。柱間はそれに印を刻もうとするが、立っている人間に目を見開いた。

そこにいたのは、扉間だった。

いいや、細部は違う。白い髪、鋭い瞳、けれど、扉間にしてはあまりにも纏う空気が穏やかだった。

 

「・・・・治療をします。なので、お渡しください。」

 

静かな声は、やはり、扉間にしては柔らかく、優しげな声音だった。

イドラは驚いた顔をした。顔に、赤い傷のない彼はどこか自分のことを、心底後悔しているような目で見ていた。

 

 

「水遁・水衝波!」

 

その言葉と共に、マダラたちの周りの炎が波にのまれた。三人はそれを躱し、水浸しの地面に降り立った。

そこには、波に攫われ、逃れようとしていたゼツに刀を突き立てる、女と、それに侍るように立つ青年がいた。

 

女は、ゼツの腹に刀を突き立てて、嘲笑うように吐き捨てた。

 

「ざまあないな!ゼツ!」

「お、お前は誰だよ!?」

「ああ、そうだ、知るはずもなかろうよ!貴様が、わかるはずもなかろうよ!ただなあ、我らは貴様の、その、下卑た顔を一時とて忘れたことなどない!母上の、そうして、弟の仇、いとこたちの仇、叔母上の仇、ただの一度としてな!」

 

吐き捨てた女と、悔恨に満ちた顔をした青年の面立ちに扉間は目を見開いた。その面差しは、どこまでもうちはイドラによく似ていた。

 



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お名前は何?

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あんまり、話が進みませんでした。すみません。


 

「・・・・何者だ?」

 

千手扉間のそれに、女は、ひどくうちはらしい女は、歪に微笑んだ。

美しい女であるはずなのだ。

けれど、それから、夜にするような湿ったにおいがあった。背負った、長く黒い髪はまるでそれこそ闇のようだった。

 

「・・・・何者ですか。ええ、そうです。何者なぞ、そんなもの。」

 

よく似ているはずだった。

その声までも、よく似ていた。なのに、なのに、吐き出した声音はまるで子を亡くして嘆き狂う女のようだった。

浮かべた嘲笑は、まるで刺すように禍々しい。その顔立ちが美しいが故に、そらすことを赦さない力があった。

 

「出来損ないでございましょう。言われたこと、一つとて、守れもせぬ愚かな娘でございます。」

 

やたら芝居がかった声音はわざとそうしているようだった。何か、口から零れだしそうなものをこらえるような仕草だった。

 

扉間は何か、喉の奥から吐き出しそうなものを感じてこらえるように口を噤んだ。

もちろん、普段の陽気な犬っぽいのもいいが、目の前の婀娜っぽい感じも悪くない、なんて考えてはいない。

 

「こ、今度は何だ!?」

 

女はうろんな瞳をゼツに向け、そうして黙らせるようにその喉を踏みつけた。潰れたような声音を出すそれを冷たい瞳で見下ろした。

冴え冴えとしたそのまなざしは、イドラよりもずっとマダラによく似ている。それに慌てて後ろにいた青年が止めた。

 

「姉様、おやめください!それについては下手に触らぬ方が!」

「・・・・何やら立て込んでいるようだが。それは俺たちの獲物だ。返して貰おうか?」

「どうせ、殺すのでしょう?」

 

吐き捨てるようなそれにうちはマダラは顔をしかめた。

なんだ、この女は。その一言に尽きる。

せっかく、己の可愛い妹に似ているというのに、その切れ味のよいナイフのような空気が不快だった。

まるで、昔の、扉間と会う前のあの子のようだった。

悲しみを怒りに、苦しさを沈黙に、変えてしまえばそんな女になる気がした。

止めろと言いたくなった。そんな顔をするのはやめろと言いたかった。

けれど、腐敗しきったその瞳が訳もなくマダラを刺す。

互いににらみ合っているとき、ばたばたと走り寄ってくる存在があった。

扉間がそちらに目を向けると、あ、生き別れの兄弟ですかと問いかけたくなるような男が己の妻を背負い、そうして慌てて近づいてくる。

そうして、ゼツをぐりぐりと踏みつけ、青年に止められる女の様に驚愕の表情を浮かべた。

 

「ちょ!おま!何してるんだ!?」

「・・・・うるさい。」

 

男のそれに女は吐き捨てるように言った。それに青年の方はおろおろと困り果てた顔をして男を見る。

それに男は慌てて背負ったイドラを扉間に渡した。そうして、男は慌てて女の方に走っていく。

扉間はようやく己の腕の中に帰ってきた女の存在にほっと息を吐いた。そうして、その女の首元に顔を埋めた。

 

「・・・・無事だな。」

「あ、はい。その、ご心配をおかけして・・・・」

「まったくだ。もう、二度と、こんなことはしてくれるな。」

 

柔い肌に、暖かなそれに扉間は女を抱きかかえた腕の力を強めた。それにマダラとうちはイズナが寄ってくる。そうして、千手柱間も合流した。

扉間はイドラの、殆ど胸と言っていい部分に顔を埋めて、もうこのまま寝ちまいたいなあと考える。

 

「扉間、さすがにイドラ殿の胸に顔を突っ込んで思考停止しとる場合じゃないぞ。」

「・・・・だるい。」

「すごい、扉間様が怠いなんて。」

「まあ、思考停止したくなる気持ちもわかるが。」

「それより、さっきの奴とか何!?扉間にそっくりだったんだけど。」

「えっと、何でも。私と扉間様の息子らしいんですが。」

 

それに全員で現在揉めている三人組に目を向けた。

 

「・・・・とうとう、ワシの子まで。」

「良い子であったぞー。」

「暢気なこと言ってる場合か!?」

「えーじゃあ、あの亀に連れてこられたのって。あれ、そう言えばちびは!?」

「あの子ぞ。」

 

千手柱間はそう言って半泣きで女の腰に抱きついている青年を指さした。それに扉間はイドラを抱えた片方の手で柱間の肩を掴んだ。

 

「ふざけてるのか?」

「ふざけてません、ふざけてません!!あの、うちの息子が言ってました!特殊な術で見た目を変えて、幻術で幼児の精神にしてたって。」

「俺たちにも見抜けねえ術だと?」

「・・・その話、信じて良いの?」

「まあ、確かにあちらをなんとかせんとなあ。」

 

 

「まって!?お願いだから、まっ!力つっよ!!」

「五月蠅い!離せ、広間!」

「離せと言われて離せるわけじゃないだろう!?まって、カグラさーん!ほんとにまって!色々と、こう、段取りがね!?」

 

カグラと呼ばれた女は己を背後から抱え上げる男、広間にそう叫んでいる。さすがにそのまま放ってもおけないために近づいたとき、半泣きだったちびこと青年がマダラの顔を見て顔を輝かせた。

 

「ね、姉様!そうです、あの、母様に会いに行きましょう!」

 

それにゼツを足蹴にしていたカグラの動きが止まった。そうして、青年を怒鳴りつけた。

 

「どの面を下げて、私が会いにいけるというんだ!?」

 

それに青年は悲しそうな顔をした。

 

「・・・母様は、嬉しいと思います。」

「母様は優しいからそういうだろう!父様だってそうだ!愚かな私を赦してくださった!だがな、私が耐えられん!」

 

カグラは唇を噛みしめて、泣きじゃくるように言った。

 

「あの日、あの日、私は愚かな子だった。父様の子だから、傲慢で!なんでもできると勘違いをして!ゼツのことだって疑いもせずに付いていった!それでどうなった!?母様と弟、

叔母様に腹の中にいたいとこ達だって、全員、瓦礫に押しつぶされて死んだんだ!」

「それなら、僕だってそうじゃないですか!」

 

カグラのそれに青年は噛みつくように答えた。

 

「あのとき、僕が、父様達を呼んでたら。そうしたら、こんなことに。こんな、ことに・・・」

 

互いに今にも泣きそうな顔で言い合っている二人に、広間は逃げ出すのを狙っているゼツを見下ろしていった。

 

「おい、カグラ!それなら、その元凶をともかく閉じ込めておけ!逃げ出そうとしているぞ!」

 

それにカグラは視線を下に向けた。そうして、ゼツを睨んだその瞳は瞬きのうちに赤く染まる。

 

「万華鏡写輪眼!」

 

カグラのその赤い瞳には、円の中に三角形が収まった模様が浮かんでいた。

 

闇御津羽神(くらみつは)・・・・」

 

掠れたようなその声と共に、ゼツは女の足下に広がった影の中に沈んでいく。まるで、水に沈むようにぼちゃんと。

黙り込み、影を見つめるカグラに広間は冷静になったのかとほっとした。そうして、伺うように扉間達を見た。

 

「・・・・何から、お聞きしたいでしょうか?」

 

それに扉間は周りにいた人間に目配せをした。

知りたいことならばいくらでもある。けれど、何よりも目の前のそれらは信用が出来るのか?

そんな最小限の条件の中で、マダラは口を開いた。

 

「そこの女がうちはであることは理解した。けれど、そのゼツって奴とお前らはどんな関係だ?」

「・・・・弁解、になるやはわかりませんが。俺は千手扉間とイドラの息子に当たります。そうして、この二人はうちはマダラ殿と千手アカリの子になります。ウツシキから聞いているでしょう。我らは、未来から来ました。」

「証拠は?」

「・・・・そうですね。この顔を見て、などとは言えないことは理解しています。ならば、あなた方の個人的な話ぐらいはわかっていますが。」

「未来から来たなんて言うくせに予言の一つもしないわけ?」

「それが証明されるまで時間が必要になるでしょう。俺たちには時間が。」

 

そんなことを言っているとき、扉間はふと抱き上げていたイドラがまったくと言っていいほど喋っていないことに気づいた。女の性格からして、扉間にそっくりの息子を気にしそうなのだが。

そんなとき、ぼそりとイドラが呟いた。

 

「ダメだ、もう・・・」

 

なんだ、と扉間は警戒したときだ。

 

ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

 

「は?」

 

皆の視線がイドラに向く。それにイドラは顔を真っ赤にして体を縮こまらせた。

何の音か?

一発でわかる。

それは、イドラの盛大な腹の音だった。扉間は思わず怒鳴った。

 

「イドラ!」

「えーん!ごめんなさーい!!」

「お前、状況考えろよ!」

「そうだよ!今までの空気全部飛んでっちゃったよ!?」

「だって!お化粧崩れるからってご飯全然食べられなかったんですもん!一応、花嫁衣装着る前に食べたけど、少しだったからもう限界で!」

 

それにその場にいた人間はあーあと呆れた。

 

「我慢しようと思ってたんですけど!もう、限界で!」

「お前なあ!」

 

扉間は呆れた顔でイドラのほっぺたをつまんだ。それに柱間はちらりと己の甥や姪に当たるらしい彼らを見た。彼らは驚いた顔で、イドラのことを見つめている。

 

「よし!なら、ともかく一旦屋敷に帰るか!客人達を誤魔化しておる姉上も大変であろうしな!のう、カグラに、広間と言ったか?」

「え、あ、はい・・・」

「お主らも来い!どうも、積もる話があるだろうからな!」

「兄者!」

「まあ、ひとまず戻らんことには仕方が無かろう?それに、これらの話も聞きたいしな。」

「まあ、少なくとも、問題が起こったのは解決しなくちゃいけねえが。」

「兄さんも、いいの?」

「・・・・泣き虫をほって置くわけにもいかねえしな。」

 

そう言ったマダラはちらりと、未だ名乗ってもいない青年を見た。

 

「ガキに姿を変えてたらしいが。ここまで来たんだ、お前も名前ぐらい名乗れよ。」

 

それに青年はちらりと姉と兄を見た。それに広間はあーと息を吐いた。

 

「もう、俺も慌てて名前を叫んだから、お前も名乗って良いぞ。」

 

それに青年はこくりと頷いた。

 

「・・・僕は、その、うちはオビトと言います。」

 

その単語にほっぺたをつままれたまま、えっと固まった。

 





とんちき娘について出身一族内で一目置かれている部分

イドラ
普段は感情豊かだが、マジギレすると無表情で、ものすごい湿っぽい空気を出す。
普段は頑固なマダラも素直に謝るぐらいにこのときのイドラは苦手。うちはの人間はこの湿っぽい空気が非常に苦手。

アカリ
扉間もびびる殺気混じりの柱間が平気なところ。なんでも一度、そんな風に殺気を出していた柱間にビンタをして黙らせたことがある。千手の人間はどこかアカリに勝てない部分がある。


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苦難が去ってもまた苦難

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もうしわけありません、改めて挨拶をします。

私は千手広間と申します。ええ、千手扉間の長子になります。

はい、知っておられるとおり、ウツシキの力で未来から参った者です。

・・・・はい。

今回、全ての企みについては私と、そうして、カグラが考えました。

ええ、ええ、そうですね。

最初に、あの黒い存在がなんであるのか。

え、ご飯ですか?

あー私は特には。はいはい。え、じゃあ、ご飯とお汁を。はい、はい。

で、続きですが。

 

・・・・あれは、ゼツと呼ばれる者です。我らも全てを把握しているわけではないのですが、ずっと昔からうちは一族の周りを探ってはいらぬことをしていたようで。私たちは、あれをなんとか滅するか、それができないのであれば封じるためにやってきました。

はい、母上と、そうして伯母上達の生存のために。

 

あ、ありがとうございます。

あとで、冷めるから食え?あ、はい、いただきます。

・・・・おいしい。

あ、すみません。それで、何があったのか。

 

私たちが幼い頃にはある程度、里も出来ており、多くの氏族も集まっていました。その中でも、その、私やカグラは誰よりも強かったのです。

同い年ほどの子で、組み手などで本気を出すほどの存在もなく。

なので、いつも、私とカグラで遊んでいたのです。他の子とも遊んでいましたが、大体は二人で。

その時です。

声が、聞こえてきました。

・・・・父上達に知らせておくべきでした。けれど、私たちは当時、とても傲慢で。何があっても大丈夫だと盲信していました。里の中であるから、安全だとも思っていたのです。

声だけの友人と遊ぶのは、楽しかったんです。

魚釣りの穴場だとか、食べられる木の実の場所だとか。そうやって、警戒心を解いて、黒い影は私たちに秘密基地だと、そう言って、洞窟の場所を教えてくれたんです。

それで・・・あ、時雨煮。

カグラ、時雨煮はいらないのか?携帯食だけじゃ体が持たんぞ。

いらない?

あ、ほら、御茶もあるってさ。そうだ、お茶漬け。食べるか?

よし、少しだけでも食べような。

オビトもお食べ、ああ、私も食べてるから。

・・・すみません。

ああ、いえ。

それで、ああ、それで。

秘密基地だと、私たちは、散々に遊びほうけまして。ええ、ずっと、そうやって、遊びほうけまして。

それで、あまりにも帰らない私たちを心配して、母上と伯母上たちが迎えに来てくださったんです。その時、オビトが道案内をして。

・・・・洞窟が、崩れました。

・・・・私と、カグラだけは母上達が助けてくださって。オビトは、洞窟の前で待っていて。

その時、崩れていくそれに混じって、声がしました。友達の、声が、しました。

 

ご苦労様と。

 

・・・・うちはと、千手に亀裂が入りました。

父上や柱間の伯父上とマダラの伯父上にイズナの叔父上たちが仲良くされていたので。ええ、家族を、失った者同士だからと。

なので、表立っては、大丈夫だったのでしょう。

でも、噂は止まりませんでした。

 

洞窟が崩れたのは、本当に偶然だったのか。

千手の次男は非道なところがあるからと。

うちはの頭領は何を考えているのかわからないと。

 

・・・・カグラ、オビト。

ほら、あまり茶碗を握りしめるな。割れたら怪我を。すぐに治ってもだ。ほら、離しなさい。

大丈夫だ。ゼツは影の中だろう?

そうだ、変わった。だから、大丈夫だ、な?

 

 

 

「・・・すみません。色々ありまして。」

 

静かな部屋の中、雁首そろえた中で、千手扉間はそれに頭をかいた。目の前には、己そっくりの、息子と名乗る青年に、どう見ても妻であるうちはイドラの血縁であるだろう二人の姉弟。

うちはカグラとうちはオビトと名乗った二人はひどく顔色が悪い。当たり前かと扉間はため息を吐いた。

話を聞く上では、里の状態はあまりよくないのだろう。

里の中でも上位になるだろう二つの氏族の身内が死んだのと、おまけに同時に。それに何かの策略を感じない人間はいないはずだ。

そうして、うちは姉弟の様子からして相当の精神的な負荷がかかっているのは理解できた。カグラは、広間が語っている間黙り込み床に視線を這わせるのみだった。

広間が世話を焼こうとするとにらみ付けて拒否するが、広間の気にしない態度におれて最終的に茶碗を受け取っている。

 

普通ならば、先ほど、カグラの影の中に放り込まれたゼツに怒りの一つでもわき上がるのだが。

扉間も、そうしてその場にいた面々はそんな気分にはなれなかった。

何故か。

扉間の隣で丼飯をかっくらうイドラがいるせいだ。

 

「イドラ殿、おかず、まだ残っているが。」

「煮魚!」

「もう、宴も終ったからな、厨房にあったおかず持ってきたんだが。」

「姉上、俺も!」

「なんだ、柱間、お前も腹が減ったのか?マダラ殿とイズナ殿はどうする?酔い覚ましになるかと味噌汁もあるが。」

「あーくれ。」

「俺もなんか胃に入れたい・・・」

 

扉間はなんか死んだ目をしていた。

もう少し、こう、冷えた空気になっても良いはずなのに。

 

なあ、イドラ。お前、何をどんぶり飯を食べてるんだ。姉者もおひつを持ってくるな。おかわりを聞くな。兄者も何を一緒に丼飯をくっとるんだ。時雨煮が美味い、じゃないんだが?

マダラにイズナ、お前らも味噌汁啜って息を吐くな。

 

もう、完全に酒飲んだ次の日の朝食だった。時間は夜中だったが。

見てみろ、アカリなんてろくに食事をしようとしないカグラにさじを使って食べさせようとしている。あーんとしている場合か!?

けれど、止められない。

されている側のカグラがちょっと嬉しそうなのだ。あの、そのとか言っているが素直に食べさせられてるし、なんか眼にハイライトが出てきている。

オビトと広間なんて、あのカグラがご飯を、と感動している。確かに、うちはの特有の上着を着ているそれは、数少ない露出部分を見ると非常に痩せている。

ちらりと扉間は隣でもりもりと食事をする女を見た。

出会った当初、ごたごたがあった時は少し痩せていたが、今を見ろ。

千手でたくさん食べさせたせいか、ふくふくとしている。女は肉付きのいいほうがいいだろう。

そんなことを考えていると、扉間はなんだか腹が空いてくる感じがした。

 

「姉者、ワシも茶漬けをくれ。」

「ああ、待てよ。」

 

 

「・・・それで、なんだが。」

 

結局、夜中の夜食会になったその時、己の娘だというカグラに茶漬けを食わせている千手アカリが口を開いた。

平然と、唐突に増えた三人に動揺もせずに迎え入れた女だ。

 

「私の、子ですか。」

 

そう言ってカグラとオビトを見たアカリの最初の反応はなんだろうか?

アカリは無言でマダラの元に向かい、そうして、彼の両手を取った。

 

「マダラ殿、是非とも結婚しよう。」

 

プロポーズである。

その場にいる人間は、二人の背後にバラが咲き乱れているのを幻視した。それにマダラは固まった。そうして、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「な、なんでだよ!?」

「あなたと結婚すれば、マダラ殿の顔を眺め、おまけにこんな好みの顔に囲まれるんですが!」

「か、顔が好みで結婚なんてありえねえだろ!?」

 

その言葉にアカリはふむとうなずき、そうして、言った。

 

「顔以外に理由があれば受けてくださる、と?もちろん、顔以外にもありますが。」

「そ、そういうことじゃなくてな!」

 

イズナはちらりと己の甥に当たるらしいカグラとオビトを見た。彼らは、なんだか感動するように目を潤ませて鼻水を啜っている。

 

「・・・・親のこういうとこ見るのやじゃない?」

「母様と父様が仲良くされているならそれでいいです・・・」

「あー、そうだよね!俺が悪かったから!」

 

ぐずりと鼻水を啜るオビトにイズナは申し訳なくなった。そこで、ふと、カグラが口を開いた。

 

「・・・イズナの叔父様は。」

「うん?」

「父様のこと、可愛いと思いますか?」

「どうしたの、突然?」

「一度だけ、母様が言っておられて。」

 

それにイズナはちらりと兄を見た。そこには無表情の赤毛の女に口説かれて慌てている兄の姿があった。それに、イズナはふむと首を傾げた。

 

「兄さんは、昔から可愛いとこがあったよ?」

 

それにカグラは少しだけ驚いた顔をして、ちらりと二人を見た。そこに、遠い昔の記憶を重ねているように。

 

 

「お前達はどうしてその、黒い影の名前を知ってたんだ?」

 

もぐもぐとそれぞれが披露宴の食事の残りで飯をかっくらう中で、広間が口を開いた。

 

「実は、母上から聞いたんです。」

 

それに部屋の中の視線は丼飯を平らげて暢気にご飯おいしいーとるんるんしていたイドラに向けられた。

彼女はそれに冷や汗が流れ落ちた。するりと、己の腰に手が回される。手の持ち主の方を見ると、そこにはにっこりと微笑む扉間がいた。

 

「イドラ?」

どういうことだ?

 

 

話した、そりゃあ、もう洗いざらいだ。

といっても、話せることなんて微々たるもので、何を話していいかもわからないために簡潔であるが。

うちはと千手が元々とある兄弟から派生したこと、その仲を引き裂こうとしたゼツという存在がいること、そうしてそれがうちはにずっとつきまとっていたこと。

 

何故知っている?

それにイドラは全力で六道仙人のせいにした。

六道仙人、おとぎ話のような話ではあるが皆が皆知っている話だ。

六道仙人がなんでそんなことを伝えたかについては、千手とうちはの兄弟が彼の弟子に当たるからだと言った。

 

(どれぐらい伝えて良いんだろ?でも、うちはの先祖が六道仙人って知ったら調子に乗りそうなのがいるから伏せといていっか。)

 

「なんか、なんか!私は、その、色々と相性が良くて!これを伝えられたそうで!」

 

嘘くせー。

んなもんイドラだってわかっている。けれど、実際、ゼツという存在があるのならば真実であるのだろうと、一応は皆、納得した。

そこでイドラはあと口を開いた。

 

「それで、オビト!あなたのその目はいったいどこで?」

「ああ、輪廻眼については、その。実は六道仙人様にもらいまして。」

「え、どこで会ったの!?」

「時空間を移動しているときです。迷子かって突然現れまして。」

 

すげえな仙人。いや、確かに彼の仙人ならいけそうだが。

 

「いや、でも、その。なんで、その目を?」

「あの爺さん、私たちのことも知ってたみたいで。それで、ゼツがこの目を狙ってるって教えてくれたから。全力で媚びて、貰ってきた。」

「ぜんりょくでこびてもらってきた!?」

 

イドラは思わずオウム返しのように叫んだ。それにカグラとオビトが頷いた。

 

「何でも、私たちの顔、仙人の奥さんだった人にそっくりらしくて。上目遣いで一発だった。」

「なんか、色々捨てすぎじゃ?」

「いいの、母様のためだもの。」

 

そんな会話を聞きつつ、イドラはそれでも息を吐いた。だって、少なくともゼツは自分たちの手の中だ。

少なくとも、このまま進めば良いはずだ。

 

そう思っていたとき、ふと、思い出す。

NARUTOも終わり、次は息子の世代のアニメか、漫画が始まったはずだ。

それを、イドラであった存在は夕方に流し見していたはずだ。

 

そこで、思い出す。この星を滅ぼしにやってくる、遠縁の存在について。

 

(お、大筒木のこともあったんだ!)

 





もしも、千手兄弟とうちはきょうだいの性別が反転してたら

記憶を取り戻してパニックになったイドラ(男)が扉間(女)のことを幻術欠けて攫って、数日後に泣きじゃくりながら責任取りますからって泣いてるイドラをつれた扉間が目撃されるって話を考えてた。


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家族で過ごす初めての夜、略して初夜。

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読者の知ってるうちはって基本的に大事にしたかったもの全部粉微塵で、追い詰められて、追い詰められての状態なんでまともなときって観測できてないような。

マダラの原作の柱間好きも、根本として柱間しか大事に出来るものが残ってなかったからだよなあと思う日々です。


 

初夜である。

結婚して最初の夜。扉間は布団に転がっていた。本来ならばここで、色々と雰囲気があったのだろう。

が、その場にはそう言った色っぽい空気は無い。それは、まだ生まれてもない子どもが未来から来たからだとか、よく知らなかった己の一族についての因縁だとか、人の子どもを泣かせて、嫁を殺した黒いのの処分だとか。

千手扉間には考えることが多くあった。

が、それはそれとして別個に考えるべき部分がある。

 

「うわあ、本当に扉間様そっくり。」

「・・・ええ、私は父上にそっくりなもので。」

 

何故、建前初夜の夫婦の寝室に息子が一人入り込んでいるのだろうか?

 

 

千手広間たちは明後日には元の時代に帰るのだという。

 

「ああ、チャクラの充電は十分だぜ?」

 

そんなことを言ったのは、今の今までうちはオビトの服の中で眠りこけていたウツシキだった。

息子達の目的は済んだのだからそれは仕方が無いだろう。

 

「明後日までなら一族の者を誤魔化すことも出来るでしょうし。うちはの人もいるだろうから屋敷にいればいい。」

 

アカリのそれにカグラとオビトがこくこくと頷くものだから広間もそれに頷いた。明後日の早朝まで彼らは千手兄弟の屋敷に滞在することになった。

食事も終わり、さすがに寝るかと思ったときだ。

 

「広間、あんたは今日は両親の部屋で寝なさいね。」

 

それにぶふりとそれぞれで口にしていたものを吐き出した。千手柱間がずざりと姉である千手アカリの元に向かって声を潜ませて言った。

 

(あ、姉上!さすがにそれはどうなんだ!?)

(何がだ?)

(いや、一応、扉間達はこう、夫婦だろ?)

(それはそうであるとして、もう寝るだけだ。)

 

以上!

その一言で広間は扉間達の寝室に放り込まれた。ちなみにアカリはちゃっかりとオビトとカグラを己の部屋で寝かせることにしていた。

柱間も混ざりたいとねだったがダメに決まっているだろうと却下されていた。そうして、独り寝が寂しいとマダラとイズナの部屋に布団を引きずって行くのが見えた。

 

 

 

時間は深夜。

正直、イドラと戯れている広間さえいなかったら、なし崩しになだれ込めた気もする。もう、そこら辺は殆ど意地の部類に入っている。

なら、広間のことを疎ましく思うか?

 

それがどっこい思わない。

 

見てくれだけならば己にそっくり、もう、可愛いとか以前にあれ、ワシって分裂でもしたのかと徹夜明けの馬鹿見てえな考えに至るほどそっくりだ。強いて言うなら、扉間の頬や顎にある赤い傷がないぐらいだろう。

けれど、表情の作り方が違う。ふにゃっと笑うのだ。完全に、表情の作り方、そうして、のんびりとした空気。

あー、お前、なんでそんなに顔は己そっくりなのに、そんなに雰囲気が嫁さん似なんだよ。

 

「広間の好きなものって何ですか?」

「私ですか?私は、油揚げを炙ってショウガ醤油で食べるのが好きですねえ。あと、魚料理も。」

「完全に好みが酒飲み。」

「白米の方が好きですよ。」

「私もご飯好きですよー。」

「同じですねえ。」

「同じだねえ。」

 

聞いてみろ、この馬鹿みてえな会話。

イドラ自身自分が死んだ話をされてもけろりとしている。それはまあ、性格上おかしくはないのだが。

 

(まあ、未来で死ぬと言われても実感なんぞ湧くわけないか。)

 

扉間はぼんやりと二人の馬鹿見てえな会話と、脳が溶けそうな空気に思う存分浸っていた。

なんか、疲労感みたいなものが引いていく気がした。

ちょこちょこ、申し訳なさそうな顔をして自分を見てくる広間の表情もいい。自分に気を遣うぐらいちゃんと育ってることを確認できていい。扉間の周りの自意識が強く、他人をぶん回す奴らに似なかったのかとほっとしている。

そんなことに気づかない駄犬のぱやぱやさを見ろ。

 

あの空間に自身をねじ込みたいが、混ざったらあの空気が霧散しそうで嫌だ。布団に寝転んで、この緩い空気に浸るのが心地が良すぎる。

そんなことを考えていると、イドラが欠伸をし始める。

 

「すみません、もう、寝ます。」

 

イドラはのそのそと布団に潜り込んだ。扉間はほんとにこのままこいつ寝るんだろうなあとそれを見つめる。

もう、諦めた。いや、さすがに今日は無理だと理解していた。

 

「ひろまー、あした、すきなものつくったげますからねえ。」

「・・・それは、楽しみにしております。」

 

そういって沈んだ広間の表情は、マダラとイズナが必死にイドラにさせる賢いお顔によく似ていた。

 

千手イドラはそのまますやすやと眠りの淵に沈みかけていた。

一番の懸念事項だったゼツは捕獲され、結婚式も無事に終った。式さえ挙げればこっちのもんだとイドラはほくそ笑んだ。離婚なんてできるはずもないのだし。

 

(・・・ん、でも、もう、扉間様の、こうかんど、きにしなくていいのかなあ?)

 

ただ、これからやってくる大筒木の辺りに関しては懸念があるが。

 

(・・・もう、いっそ、えどてん、かんせいさせて、オールスターでなぐりかかればいいのでは。)

 

うっつらうっつらしながらふと、イドラは気づく。

そういや、今日、初夜か。

 

扉間が散々に考えていたことにイドラはようやく思い立つ。もう、完全に寝ることしか考えていなかったのだ。

まあ、互いにやることはやってると思われているのだから、今更なんともないのだが。

それはそれとして、イドラはもう夢の世界に旅立ちかけていた。けれど、あ、そういや夫婦になったんだからせめて夫婦らしいことはせにゃならんと義務感でずるりと扉間に手を差し出した。

 

「とびらま、しゃま、ちゅーして・・・」

 

それに扉間は固まった。イドラは扉間の着物の袷の部分を掴んで愚図るように言った。ばっと思わず扉間は広間を見た。広間はそっと目を覆った。

 

「見てませんので、どうぞ。あ、長引くようなら言っていただけると。」

「余計な心配せんでもいい!」

「ちゅー!」

 

愚図るように袷の部分を揺すぶられ、扉間は何となしに気づいた。たぶん、これはやらなくては終らない奴だと。

扉間はもうやけくそで、そっとその柔いほっぺたに唇を押しつけた。それにイドラは満足したようにふへりと笑い、すやすやと眠った。

扉間はどさりと布団に沈んだ。

 

・・・何してるんだ?

 

その一言に尽きた。なんとか収まった諸諸が、こう、ぐわっときてしまっている。息子の前なのに、息子の、結構年がいってしまっている息子の前のなのに。

自分の父親を思い出せば、もう少し威厳があった気がする。

 

「・・・夫婦で、仲が良いのはよいことかと。」

「慰めとるんか、それは。」

 

控えめなそれに扉間は起き上がった。そこには、困った顔で正座する広間がいた。それに扉間は不思議な気分になる。

面立ちは自分そっくりで、纏う空気はイドラに似ていて、けれど下がり眉になって困った顔をしていると、少しだけ弟にも似ていた。

弟が、大きくなれば、こうであったのだろうかと、そんなことを思わせる。

そこで広間が口を開く。

 

「・・・・私に、聞きたいことがあるのでは?」

 

それに扉間はゆっくりと微笑んだ。

未来の己はそう、悪くない育て方をしたらしいと。

 

元より、抵抗は出来た。アカリもまた、広間から扉間が情報を聞き出すのが最短であることを察して、自分たちの部屋にそれを放り込んだのだろう。

 

「あのゼツという存在がなんであるのかはわかっていないのか?」

「・・・・もう少し詳しい話をするのなら、ゼツは何かの封印を解くことを目的としていたようです。」

「それはどこから聞いた?」

「六道仙人より。」

 

それに扉間は顔をしかめた。六道仙人、その単語についてはよく聞いている。けれど、何故、今更になってとも思う。

所詮は、忍宗などというものを広めても、忍術なんてものができあがってしまった時点でだめなのだ。

宗教も悪くはない。人の倫理感や善性の方向性、そうしてタブーをすり込む上ではそれ以上のことはないが。

人を抱き込むなら、実利があってこそだろう。

 

何よりも気にくわないのは、どうもその仙人の好みがイドラであることだ。

 

「すけべじじいだろうが。」

 

それに広間は、あなたも未来では似たようなこと思われてますよ、とは言えなかった。ただ、愛想笑いを浮かべた。

 

そうして、広間が六道仙人より聞き出したことを伝えた。

ゼツというそれは何かの封印を解こうとしていること。

その封印を解くために輪廻眼と呼ばれる特別な瞳が必要なこと。

その瞳は写輪眼より成ること。

そして、もう一つ、尾獣の存在もまた必要であること。

 

「何故、六道仙人はその詳細を言わない?六道仙人もその封印を解かれては困るのだろうが。」

「・・・仮に我らや父上達の代は大丈夫であろうと、次の代や、その次がどうなるかはわかりません。そうして、何よりも、輪廻眼と言われる瞳は相当強力だそうで。それを欲しがる存在が出てくるのではと懸念されておりました。」

 

言いたいこととして、理解できなくもないが。

 

「その瞳を、よく渡したな。」

「最終的にはカグラとオビトに詰め寄られておりましたから。」

 

はははははと苦笑を浮かべるそれに、扉間は息を吐いた。

 

「・・・・あのゼツについてはこちらでなんとか処分するか、それとも封じよう。たっぷりとしたいこともあるからな。輪廻眼がそれほど強力なら、こちらでも眼をかけておこう。持つモノによっては警戒せねばならん。」

「・・・・・オビトのこと、気になっておられますか?」

 

それに扉間は笑みを深くした。察しが良いのは好きだ。

 

「そう聞こえたか?」

「オビトについては安心してください。真面目な奴ですし、元々は明るく、優しい子です。他の氏族の子どもとも良好な関係を築いています。」

「姉の方は、どうなんだ?」

 

それに広間は少しだけ、目を伏せた。そうして、息を吐く。

 

「・・・・父上にはどう見えましたか?」

「不安定だな。危うさを感じる。」

「今、だけのことです。あれは、どちらかというと、柱間様のような女だ。理想家で、傲慢で、自分よりも弱い存在を庇護すべき者とし、そうしてこの世界が優しいだけではないことも重々わかっておりますよ。」

「あれでか?」

 

扉間の嘲笑混じりのそれに、広間は息をもう一度吐いた。

 

「マダラ様が、里を出て行かれました。」

 

それに扉間は目を丸くして、広間を見た。広間は疲れたように息を吐いた。そうして、目を覆った。

 

「最後にあったのは、カグラです。そこで何を言われたのかは、未来の柱間の伯父上と、父上、そうして、イズナの叔父上だけしか知りません。まあ、伝え聞いてはいます。マダラの伯父上は、カグラに言ったそうです。母に会わせてやると。」

 

広間はすやすやと眠りこけている母を見て、少しだけ微笑んだ。

 

「・・・・あの事件以来、カグラは私を過剰に拒絶していましてね。それの理由もわかります。父も、伯父である柱間様たちも、あの子を責めなかったのです。だから、私ぐらいには責められたかったのでしょう。」

「父がいなくなった程度で、あの有様か?」

「いえ、マダラの伯父上が里を抜けたことよりも、カグラが追い詰められたのは、慕う父がそこまで追い詰められていたというのに気づかなかった己自身でしょう。それに、ああいった態度を取るのはどうせ私だけですからいいんです。」

 

広間は落ち着かないというように両手を合わせて握り込んだ。

 

「・・・・カグラは、木遁使いです。そうして、私も。」

 

それに扉間の目が見開かれた。

 

「兄者の子には!?」

「発現は、しませんでした。おかげで、千手で私を押す声もありましたが。私を頭領にするのなら、絶対に子はなさないと宣言して黙らせました。」

 

それに扉間は顔を覆った。扉間が本来ならば子をなそうとは思わなかった懸念事項。これから、里を作っていく上で、その中心になる千手が内で揉めるわけにはいかないというのに。

 

「木遁使いの、万華鏡写輪眼などと、化け物が生まれたか・・・」

「まさか、あれは化け物ではありませんよ。」

 

扉間のそれに広間は嘲笑するように言った。

 

「あれは、今、追い詰められている。父であるマダラが抜けうちはの地位はゆらいでいます。ですが、それと同時にカグラは、次世代において最強の忍でしょう。そのプレッシャー、慕っていた父を理解できていない己、母を奪ってしまった幼い弟への罪悪感、里への責任感。私の前でぐらいしか、駄々をこねることもできないのだから。」

「ワシや兄者は何をしておる。」

「上が、何を言っても、民衆や一族の期待はどうしようもないでしょう。事実、カグラは優秀だった。」

 

言葉を切った広間は扉間に言った。

 

「もしも、今後、私が生まれるようならば殺してくださってもかまいません。」

 

それに扉間は思わず、イドラを挟んで真向かいに座っていた広間の袷の部分を掴んだ。それに広間は静かな目をして、扉間を見ている。

 

「木遁の性質が、受け継がれるかはわかりません。ですが、柱間の伯父上以外の血統の木遁使いは千手に置いて邪魔だ。けれど、カグラは、父上とて惜しいでしょう?万華鏡写輪眼と、木遁使いの二つの在り方を持つ存在は。」

 

扉間は眠っているイドラを見た。よほど疲れていたのか、すやすやと未だに夢の中だ。忍者としてどうなのだろうか。

その間抜け顔を見ていると、少しだけ冷静になれた。扉間はそっと広間から体を離した。

 

「・・・そうであったとしても、うちはだけに木遁使いがおるなど、そちらの方が不満が上がる。なら、互いに一人ずつそうあったほうがましだ。養子の話はでんかったのか?」

「木遁使いであることがわかったのは、互いにそこそこ大きくなってからでしたので。」

「広間よ。」

「はい。」

「ワシらが里を作ったのは、子に死ねと言うのではなく、建前でしかないとしても生きろと願うためだ。」

 

それに広間は視線を床に向けた。

 

「・・・・もう、しわけ、ありません。」

「大体、そんなことをして見ろ。ワシが兄者や姉者に殺されるわ。」

「それは、そうですが。」

 

しょげた顔に扉間は睨むように広間を見た。

 

「そこまであの女を押すのか?」

「・・・・父上も、見ればわかりましょう。今は確かに陰っております。ですが、カグラは太陽のような女なのです。」

 

広間の脳裏には、体術などで勝てずに、いつも吹っ飛ばされて見上げた少女の姿があった。

 

広間は弱いね。まあ、いいわ。なんたって、私は強いから。誇り高いうちはの子で、情深き千手の子だもの。広間のことも、里のことも、全部、私が守ってやるわ。

 

「ええ、輝かんばかりの、存在で。」

 





一方その頃

「ずるいぞ!枕投げで写輪眼なんど勝てるわけ無い!」
「うるせえ、てめえだって影分身使ってんじゃねえよ!」
「ねえ、これ普通に怒られる奴じゃないの?」
「姉上にばれたら殺されるの。」

「わかってやってるんじゃない!」
「げ、アカリ!」
「あ。姉上!」
「柱間、普段なら怒るが。今日は無礼講。助っ人を連れてきたぞ!」
「カグラに、オビト!?」
「ねえ、二人とも明らかに動揺してない?」
「これで勝った人間に、明日の朝食の献立を決めさせてやる!」
「待って!?カグラの瞳にハイライトが・・・」
「ちょ、おま!枕投げで万華鏡写輪眼の力使う奴があるか!?」


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シリアス?さっき裸足で逃げ出した

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

ちなみに、広間は声まで父親にです。


 

(お腹いっぱい・・・)

 

うちはカグラはお腹いっぱいでふくふくしながら縁側に転がっていた。

真夜中に行われた枕投げ大会はカグラの勝ちになった。

写輪眼の瞬発性と、彼女の万華鏡写輪眼の瞳術を使って完勝をした。

 

(母様の、おにぎり。)

 

カグラが千手アカリに望んだのは、おにぎりだった。

なんの面白みもない料理だ。朝飯というのだから、そう凝った物は作れない。けれど、カグラはおにぎりと言えば出てくるものに期待した。

 

「なんだ、せっかくなら今からでも好きなものも作れるが。」

「おにぎり、がいい。」

 

それにカグラは首を振った。千手アカリはそれに不思議そうな顔をして、まあいいかと頷いた。

 

(焼き、おにぎり。)

 

ちょっとだけ、甘いお味噌を混ぜて、焼いた焼きおにぎり。

 

(甘くて、お味噌の焦げた匂い。甘辛い、おにぎり。暖かくて、お湯をかけるとおじやっぽくなっておいしい。)

 

うちは特有の外套に顔を沈めて、カグラはお腹を撫でた。

柔らかな春の匂いがした。それに、カグラは庭を見た。

 

(・・・ゼツの奴、痛覚なんてあったのか。)

 

カグラは己の影の中で行われている惨劇に眼を細めた。

 

うちはカグラの固有の瞳術は影を使い、想像を具現化させる。影の中に空間を作り、影を使って武器を、擬似的な生命を作り出せる。

使い方は様々だ。使い勝手は良い。

現在、カグラの影の中には、うちはマダラとうちはイズナ、そうして千手扉間がいる。

 

(・・・オビトに、広間にも、来るなと言われているし。)

 

それに付随して、千手広間と、うちはオビトも影の中にいる。扉間は喜々として、ゼツをいじくり回しているようだ。

影の中ならば、ある程度把握が出来る。それ故に、ゼツののたうち回る感触がまざまざと認識できた。

 

(イドラの叔母様は、母様が千手の一族に顔を見せるからって連れ出してるし。)

 

実際の所、イドラにゼツの諸諸を見せたくないのだろう。そうして、自分にも。

何となしに、カグラは己の役割を理解している。そういったことを直接するのは自分ではないし、広間の役割だ。

それが、カグラは嫌いだ。

どこか、広間にばかり重責を背負わせているようで嫌だ。

 

(・・・どうして、私はこうなんだ。)

 

いつだって、自分は本当に大事なものを見落としているような気がしてやまない。

強い者にはそれ相応の責任が伴う。

それを、自分に言ったのは、誰だったろうか。

息が詰まるような感覚がした。

それなのに、自分には何が出来ているだろうか。

カグラの母であるアカリに、一度、聞いたことがあった。

 

「かーさまは、とーさまのどこが好き?」

 

それは幼子らしいものだった。少なくとも、カグラの知る限り、父母の仲は悪くはなかった。

母は家に父がいれば大抵側で何くれと世話を焼いていた。父は父で、それを受け入れていたし、実際母の膝枕でうたた寝をしているのをカグラは目撃している。

幼子の一時的な興味のそれに、母のアカリは見事な一撃を食らわせた。

 

「顔。」

 

このとき、カグラはこの世の無常と言える何かを感じた。

いや、もちろん、人を好きになるのに理由なんていらないだろう。けれど、こう、幼心になんか微妙な気分になった。

 

「あと、可愛いところだな。」

 

かわいい?

当時のカグラは何言っとるんだと母を凝視した。

カグラの知る父は、誰よりも頼りになる人だった。少々頑固な部分があっても、どんなことでもなんとかしてくれそうな父にはそんな表現はあまりにも遠い気がした。

 

「とーさまがあ?」

「なんだ、不満か?」

「とーさまはかっこいいです。」

 

ふくれっ面の己に、アカリは笑った。そうして、頭を撫でてくれた。

 

「あの人は、可愛いよ。傲慢で、頑固で。価値観が己基準であるくせに、利他的だ。」

 

そんなところが可愛くて、守ってやりたくなるのだと母は言った。その時の言葉の意味が、自分にはわからなかった。

ただ、母はその後に自分に言った。

お前も、あの人の事を守ってあげてくれと。

 

その言葉の意味がわからなかった。父はいつだって強くて、気高くて、かっこよくて。

けれど、あの日、父が里を抜けた日。

父は、笑っていた。

 

「安心しろ、また会わせてやる。いいや、みなのことを救ってみせるから。」

 

ああ、間違えたのだと思った。

父はとても強いから、父はとても優しいから。

恋しや、恋しや、と嘆く心を父に言い続けて縋り続けて、泣き続けて。

 

その弱さが、父を追い詰めたのだ。

優しい人だと知っていたのに。己がなした罪だというのに、それでも寂しいと父に縋り付いてしまった。

 

己の罪だった。己が犯した間違いだった。なのに、なのに、自分はずっと父に甘えてしまって。

 

(・・・でも、今度は違う。今度は、間違えなかった。)

 

やり直せるのだと。

過去に帰ると言っても、そこまではっきりと微調整ができないとしても、過ちをただせるのならとそれに縋り付いた。

 

いいのかい?

ウツシキは自分たちに問うた。

過去を変えるというのは、イコールで未来も変わっちまうって事だ。それが、お前さん達にどんな結末を加えるのか、誰にだってわからないぜ?

 

下手をすれば、存在が消えてしまうかもしれない。生まれてきたという事実さえもねじ曲がってしまうかもしれない。

それでもいいのかと。

構わなかった。ただ、全ては己の愚かさと弱さによるためだから。

 

(ああ、でも、広間と、オビトだけはどうにしかしてやりたかった。)

 

私の、守るべき存在。己よりも弱い存在。ああ、どうして、自分は、こんなにも。

 

「・・・・カグラ?」

 

それにカグラは自分をのぞき込む存在に目を見開いた。

 

「イドラ叔母様。」

 

 

 

「扉間様たちは?」

「・・・えっと、わかりません。」

「そうですかあ。あ、アカリ様は長老様たちとお話ししていますよ。」

 

カグラは目の前のその人にどうしたものかと考えた。目の前のその人は、自分が殺した人で、自分が大好きな人たちから奪った人で、それと同時に自分だって大好きだった人だ。

そんな自分の空気がわかるのか、困ったような顔をした。

 

「うーん、過去のこと、気になる?」

「私は・・・」

 

カグラはイドラの方を見た。そこで、風が強く吹いた。その瞬間だ、イドラの耳にかけていた髪がばらりとなびいた。

その瞬間、カグラは見てしまったのだ。

丁度、耳の裏側にぽつぽつと赤い痕が残っていた。いや、長く伸ばした髪で見えなかった首元にまであるエグい赤い痕。

 

全部、吹っ飛んだ。

なんか、胸にあった罪悪感だとか、全てが吹っ飛んでしまっていた。

 

「・・・・まあ、私は残念ながら死んだと言われてもあまり気にしてないんですよ。たぶん、アカリ様も。」

「はあ。」

「先に産まれた者が先に死ぬというのならば、それはある意味で摂理でしょう?」

「ええ。」

「きっと、その時の私たちだって未練は無かったと思いますよ?」

「はい・・・」

 

だめだ、何かすごく慰めてくれているし、言葉をかけて貰ってるが何にも頭に入ってこない。頭の中で首元を覆った、え、かぶれてませんかってレベルのエグい痕のことしか考えられない。

 

(いやいやいや、冷静になれ、私!)

 

まさか、まさか、そんな、いくら何でもあの年の息子がいる部屋でおっぱじめるなんてそんなこたあないでしょう?

 

(そう、嫌な考えだけど、結婚式の前の日のとか、あと、痕だけ残したとか。)

 

頭の中をぐるぐるとさせながら、カグラはどこか悲しそうな顔で何かを言っているイドラを見ていた。もちろん、何を言っているのか、まったく頭に入ってこない。

 

(いやあ、でも、確かに扉間の叔父様、叔母様のこと溺愛してたって。え、いやいや、ないない。)

 

カグラの脳内には、いつだってクールで、頑なで、そうして仕事ばかりの叔父のことを思い出す。

 

(そんな、そんな、叔父上が、広間の隣でそんなこと。だいたい、広間だって起きて。)

 

そこでカグラは思い出す。確か、範囲内の音を外に漏らさないための結界術を作ったのが扉間であったことを。

 

いやいやいやいやいや!

 

「・・・カグラ、大丈夫ですか?」

「え、あ、はい!」

「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

 

そりゃあ、とんでもない事実に気づきましたし。いや、体調というか、情緒がすごい揺さぶられておりまして。

 

「お、おばうえ。」

「声がすごい震えてますけど、大丈夫ですか!?」

「あ、あの、昨日、部屋が広間と一緒で、だいじょうぶでしたか?」

 

あくまで、あくまで、遠回しに聞いたそれにイドラは顔を赤くした。

 

「あ、ええっと、はい!」

 

その様子にカグラは確信した。

ヤりやがった!叔父上、我慢できなくてヤりやがった!

 

「そ、そうですか。」

「ど、どうしました、カグラ!眼が万華鏡写輪眼に!」

「叔母様。私はやることが出来ました。なので、ちょっとこの場から姿を消します。」

「え、うん?」

「あと、叔母様、何かあるのでしたら、母様や父上にもしっかりとご相談をください。」

必ず、力を貸してくださりますから。

 

そりゃあ、夫婦なのだから、そういったこともあるだろう。けれど、そこら辺は、こう、セーブせんとあかんでしょう。

 

「それでは!」

 

カグラはそう言って、どぼんと父達のいる影の中に沈んでいく。人の可愛い弟分の隣でなにしてくれとんねんと文句を言うために。

 

 

 

 

「・・・どうしたんだろ。突然。」

 

イドラは己の姪っ子の様子に頭を傾げた。

 

(・・・にしても、まさか、ばれてないよね?)

 

イドラはどきどきしていた。正直、今日の朝も一つ恥をさらしていた。というのも、朝に息子である広間の布団に潜り込んでしまっていたのだ。

起きた扉間にめっちゃ怒られた。

 

(夫と息子の区別もつかんのかって怒られたなあ。)

 

イドラは広間に対しても申し訳なく思っていた。あの年頃の子ならば、きっと母親に抱きつかれるなんて嫌だっただろうなあと考えてのことだった。

 

(昨日使った、香油も肌に合わなかったみたいで、首元に湿疹できるし。)

 

イドラは持ってきた軟膏を塗っておいた。おかげでかゆみが気にならない。

誰もいなくなった、縁側でイドラは膝を抱えた。

 

(・・・・大筒木、どうしたらいいのかなあ。)

 

悩みはそれに尽きた。

ボルトの話はあまり覚えていないけれど、尾獣と仙術使いのナルトと、輪廻眼持ちのサスケまで苦戦していた記憶がある。

 

(・・・でも、二人のあれって今の時代にめちゃくちゃギスってた副産物だし。)

 

というか、サスケの覚醒のためにうちは一族が滅ばんといけない時点で詰みでは?

 

(せめて、今の時代から準備を。でも、どうやって信じてもらわないと。)

「悩んでるのか、お嬢さん?」

 

それに思わず声の方を見ると、そこには、ウツシキがやたらと決まった様子でそこにいた。

 

「ああ、ウツシキさん、どこにおられたんですか?」

「なーに、ちょいっと荷物に紛れ込んで寝てたんだよ。」

「ああ、そうなんですか。」

 

ウツシキはそう言ってぺたぺたと音を立てて、イドラの膝の上に乗った。イドラはよくわからずに、ウツシキの頭を撫でた。

 

「大筒木のことで悩んでたんだろう?」

「ええ、そりゃあ・・・」

 

そこで思い出す。

そう言えば、この亀、大筒木の一族に作られたって言っていたことを。

 

「そう言えば、あなた、大筒木の!」

「ああ、つって勘違いしないでくれよ。俺は所詮、カメラップの伝道師だってことをよ!」

「・・・今は大筒木とは無関係ということで?」

「ああ、そう思ってくれ。」

 

イドラはそれに悩んだ。そうは言っても、どうして信用なんてできるのだろうか?

けれど、思えば彼がどうして広間達に協力したのか、今思えば謎なのだ。

扉間達には、手当の礼だと言ってはいたが。

 

「あなたはいったい、何を望んでおられるのですか?」

 

それにウツシキは笑った。亀の笑みがなんだか不思議に思えた。ウツシキはじっと、イドラのことを見た。

 

「・・・・なあ、あんた。地獄の中で居続けるのならよ、狂った方が楽なときもあるのさ。」

 

何の話だろうとイドラは首を傾げた。

 

「この世が地獄というのなら、いいや、すべからく、全てが地獄であるんなら狂った方がマシって話だ。それが、全部意味がわかんなくても、他から見りゃあゲラゲラ笑っていられる悪夢を見る方がましだろう。あんたなら、どうする?無力な身で地獄を前に、何をする?」

 

何を言われているのかわからなかった。けれど、イドラは一度考えた。

地獄というのなら、自分が生きている世界も十分にそうだろう。けれど、と、イドラは思う。

 

「うーん、泣きます。」

「・・・・泣くのか?」

「だって、何も出来ないって前提でしょう?なら、誰かを助けることも出来ませんし、力も無いなら、力の限り叫びます。この世は地獄で、間違っていると。」

「無意味なことをするな。」

「でも、ここが地獄で、間違っていると叫べば、他の人もそう思うかもしれません。変えたいと願うかもしれません。」

 

イドラはちらりと、庭を見た。その場所は、どこまでも穏やかで柔らかな風に吹かれていた。

 

「人って慣れてしまうので。だから、地獄で生き続ければもう、それは日常になってしまうでしょう。この世が地獄だってわかれば、こんな所嫌だって思うかもしれません。嫌だと、逃げ出したいと、願うことから始めなければ。」

何も出来ないというのなら、せめてタネの一つでもまいて死にますよ。

 

「怒りでも、憎しみでも、少しだけ進んだ先にはよりよきものがあると信じていますよ。だって、私たちは人間ですもの。獣ではない。私には無理でも、私じゃない誰かが地獄を壊してくれるなら、それだけで報われますよ。」

 

その言葉に、その亀はなぜか嬉しそうに微笑んだ。そうして、どこから、何かの口寄せのための陣のようなものが書かれた紙をイドラに渡した。

 

「これは?」

「大筒木ハゴロモ、六道仙人を呼び出すためのものだ。そこらへんは、千手兄弟やうちは兄弟と一緒に仙人に相談してみりゃいい。」

「え!?」

「・・・まあ、それを使うにゃ、インドラとアシュラの転生者のチャクラと、そうして、九尾のチャクラが必要だがな。」

「え!?なんで、あなたがそんなもの・・・・」

 

それにウツシキは楽しそうに笑った。

 

「言っただろう?俺は、忍具だってな。時間移動は副産物だ。俺の本質は、平行世界における可能性の観測だ。それは、その未来の一つで知ったものさ。」

 

なあ、とウツシキは言った。

 

「俺はな、大筒木が嫌いなんだよ。これで、お前達があいつらのことを邪魔すりゃ、俺としては良い気分なのさ。それにな。」

 

亀はじっと、女を見た。それは、彼が目映いまでに目を細めた、誰かと似ていた。

 

「地獄を見続けた俺に、一度、美しいものを見せてくれた礼なんだよ。」

 

そう言った亀は、鉄で出来たからくりであることが嘘のように、優しげに微笑んだ。

 





「すまんのう、俺は少し手紙を返したり、やることがあってな。ゼツのことは頼んだぞ。」
「いいえ、柱間の叔父上。父上にはしかりと伝えておきます。」
「本当に、扉間の子か疑う・・・」
「え?」
「あ、いいや。良い子に育って良かったと思ってな。里は良いところか?」
「はい、まったく問題が無いわけではありません。多くの者が済む故に、ぶつかることもありますが。それでも、子が健やかに育っております。」
「・・・・そうか。」
「ただ。個人的に困ったことが。」
「なんぞ?俺に相談するといいぞ!」
「いえ、その。父上は里で他の氏族の子の教師役もしているのですが。その中の弟子の方々とは年も近いので仲良くさせていただいているのですが。」
「ほお。」
「ただ、大きくなればある程度場というものが出てくるでしょう?それで、様や殿をつけるのですが。様や殿をつけると、なんというか、動きを止めたり、なんといか、泣き出したり、されたりして。」
「それは、なぜだろうな?」
「わからないんですよね。他の人は、そっとしておいてやれと言うだけで。あと、カグラやオビトを避けたり、顔を凝視して動きを止めたり、顔を真っ赤にするぐらい怒ることもあって。」
「・・・・ふむ、やはり、うちはを厭うものがいるのだな。今後の在り方についてよくよく考えねば。」
「そうですね。がんばりたいと思います!」
(・・・本当に、見た目も声も扉間に似とるが、中身が違うなあ。)





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千手であるけど、うちはでもある

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

閑話休題みたいな話。


 

 

「・・・なんとも不思議だな。」

 

うちはマダラはぐるりと周りを見回した。ひたすら、黒い空間だった。

己の娘であるうちはカグラの作ったらしい空間だ。上も、下も黒い世界。

けれど、不思議と目が利く。灯りもないというのに見えることが不思議なのだ。

地に足着いた感覚もある。

 

「でも、出入りには姉様の助けがいるのは難点ですが。」

 

ひょっこりとそう言ったのは、うちはオビトだった。姉にそっくりのそれは、にこにこと笑いながらマダラに言った。

 

「・・・眼は、大丈夫なのか?」

 

マダラはずっと気になっていたことを問うた。万華鏡写輪眼の力は強大だ。それに付随したリスクもある。

マダラもまた、視界にかすみを感じるときがある。わざわざ瞳力を使うほどのことがないため、なんとかその程度で済んでいる。

 

「はい、今のところ何も。」

 

それにマダラは目を細めた。カグラはひどく気軽に瞳術を使っている様子だが、視力に低下の傾向はないようだった。

自分と、その娘の違いは何か?

 

(千手の、血?)

 

うちはと千手の間に何かがある。妹の言っていた。兄弟弟子というそれだけではない何かが。

思い悩むような仕草をしたマダラにオビトは困ったように笑った。そうして、近くにおいてあった木箱に腰掛けた。

空間の中は、広々としており、いくつかの箱が置かれていた。

 

「どうかされましたか?」

 

そう言って近づいてきたのは、千手広間だ。上を脱いでしまっている。

 

「いや、カグラの瞳術のことでな。イズナと扉間達はまだか?」

「はい、最後の分をお二人で。はい、カグラの瞳術はすばらしくて!」

 

弾んだ口調で広間はマダラに微笑みかけた。

 

「この空間自体、作ることに労力はないようなのです。なので、本来なら、影で作りだした空間というよりは、時空間忍術の類いで、どこかの空間への扉を作っているのではないかと思うのです。」

 

マダラはなんだか遠い目で嬉々としてカグラのことを語る広間のことを見た。

なんか、すごい語る。もう、嬉々として、語り続ける。

 

(おい、こいつっていつもこうなのか??)

(・・・広間兄様、こう、すごく姉様のこと、慕っているというか。そんな感じなので。)

 

マダラの問いかけにオビトは目をそらした。

マダラはちらりと目の前のそれを見る。

むかつく扉間にそっくりであるが、話せば話すほどにイドラに似ている。真顔になれば、冷たく、恐ろしい印象を受けるというのに、笑うとふにゃりと気の抜けるような空気を纏う。

ギャップがすごいのだが、笑って自分に楽しそうに喋ってくるのを見ていると、背後になんか尻尾をぶん回す犬を幻視する。

 

(・・・・父上のことを話すイズナ叔父上も同じ感じですよ。)

 

マダラのなんとも言えない顔にオビトは口にはしないがそんなことを考える。

マダラはちらりとオビトを見た。

そのオビトというのも妹のイドラに似ている。

なんでも、名付け親もイドラであるらしい。

オビトが産まれた折、名前について話を聞いた折、うちはといえばオビトかなあと言ったために決まった名前だそうだ。

 

「おい、何の話をしている?」

 

そこにまた千手扉間とうちはイズナが加わった。

 

「ああ、終ったのか?」

「ああ、箱詰めがな。」

 

ゼツって結局どうするの?

そんな話が出たとき、皆で顔を合わせた。というのも、ゼツというのがどんなものなのかわからない。

人間とどれほど体の仕組みが違うのか。

体の仕組み、精神性、術の効き方。

まずはそれから調べるかと、逃げられない影の中で散々にいじくり回したわけだが。

拷問染みたそれを使ってもまったくといっていいほど吐かない。幻術の効きも悪い。

しかたがないとばらすことにした。

その生き物に死というものが付随しているのかもわからない。ばらした体を、一つずつ箱詰めしておくことにした。

これならば、いくらなんでも暗躍は出来ないだろうと。

 

「いえ、カグラの術の有効性について少々。」

 

にっこにこだ。

それに扉間はなんとも言えない顔をした。

なんか、こう、うちの息子ってやばくないだろうか?

従妹に当たるらしい少女への感情が、こう、ちょっと危うくないだろうか?

 

(昨日の話からして、マダラに執着する兄者の気配を感じるな。)

 

それ故に扉間は思わず言った。

 

「広間よ、お前、カグラにかまけること自体は否定せんが。自分たちの・・・」

「扉間の叔父上!!」

 

それを遮るようにオビトが扉間に突進した。オビトに弾かれてその場に扉間は倒れ込む。

 

「ど、どうしました!?」

「扉間の叔父上に甘えたくなりまして!」

「こんな突然!?」

 

オビトは勢いよく立ち上がり、そうして、怒りを浮かべた扉間を立ち上がらせた。

 

「な、なんか、甘えたいので!恥ずかしいので兄様はあっちにいっててください!!」

 

それに困惑した顔をしていたが、広間は素直にそっと距離を取る。

 

「オビト、貴様!何をする!?」

「ぶつかったことは謝りますから!でも、お願いですから、兄様と姉様の関係についてはお願いですから、突っつかないでください!!」

 

その言葉にイズナとマダラも顔を寄せた。

 

「なに、そんなに二人の関係ってやばいの?」

 

イズナのそれに、オビトは困り果てた顔をした。

 

「・・・・・やばいというか、なんというか。」

 

オビトは遠くで悲しそうにぽつんと立っている広間を見た。オビトは息を吐いた。

 

「・・・・何というか、兄様って、姉様のことを本当に慕っていて。」

「はっきりいって、恋仲とかではないのか?」

「そうではないんですよ。入れ込んでおられるのは入れ込んでおられるんですけど。」

「あのな、恋仲であったとしても、結婚が赦されるはずが無かろうが。こやつらの話なら、すでに千手とうちはで婚姻は済んでいるんだぞ?」

「でも、正直、姉様の結婚相手を見つけるの、すっごい難しいんですよ。」

 

オビトははあと息を吐いた。

 

 

婚姻って、言ってしまえば旨みがあるかが重要ですよね?

姉様と婚姻すれば、それは相手に対して恩恵はありますよ?

里の創設に関わったうちはと千手の血を引いて、おまけに結婚すれば扉間叔父様と父様を縁戚関係に出来るんですから。

でも、うちはからして旨みがある相手と言われると、微妙な感じで。なら、いっそ、うちはの人間と結婚させて家を継がせるにも、あの、姉様があんまりに優秀すぎるんですよね。

うちはの人間自体、もう、姉様のその、舎弟って感じで!

婚姻させても良いんでしょうけど、うーん、微妙なんですよねえ。

もう、姉様の能力が高すぎるんですもん。それに、夫を立ててなんて絶対に出来ないでしょうし。

というか、まあ、父様の義理息子になるような根性のある人いませんし。

 

「ちなみに、姉様の理想の相手って誰だと思います?」

 

疲れた空気を吐き出したオビトにマダラが口を出した。

 

「誰だ?」

「父様並に強くて、イズナ叔父様ぐらいかっこよくて、扉間の叔父様ぐらい賢くて、柱間の叔父様ぐらいに心が広い人ですよ。」

 

んな奴がこの世にいてたまるか。

その場にいた全員が思った。マダラは己の娘が、自分たちのせいでとんでもない高望みをしてしまっていることにどうしたものかと頭を抱えた。

 

「それ、本当に言ってるの?」

「冗談だと思いますけど。でも、姉様の能力にある程度対等ぐらいの人を選ぼうとすると、本当にいないですし。大体、妻よりも能力が劣るって現状に甘んじられる人って、姉様の婿にするには色々足りない人ですしい。」

「それで、広間が候補に出ていると?」

「一番、無難な感じではあるんですけど。でも、広間の兄様は、何というか、何を考えているのかわからないんですよ。」

「わからん?」

「姉様のこと、好きかって聞いても。忍として支えてやりたいって、里の話になりますし。姉様の婚約の話が出ても特別反応もしませんし。」

「なら、違うのか?」

「でも、兄様、ただの一度も姉様の結婚話をしたことがないんですよ。」

 

それにその場にいた四人は顔を合わせる。里の諸諸の話をするのなら、跡継ぎだとか、一族同士での関係作りだとか、話題ぐらいにはしそうだ。

 

「兄様、イドラの叔母様に似て愛想はいいんですが。でも、聞き上手で自分のことを話しませんし。根っこの部分は叔父様に似てるから、合理的な考えをされるんですけど。」

「ワシは何もいっておらんのか?」

「・・・広間の兄様の姉様への諸諸について触れるなって言ったのは叔父様なのに?」

「はあ?なぜだ?」

「広間兄様の本音って、誰も知らないんですよ。叔父様は、その、イドラの叔母様が亡くなってから仕事ばかりで。あまり、広間の兄様と話せていなくて。なので、兄様は姉様の所に入り浸っていましたから。」

 

そうだ、それ故に、だ。

広間がカグラに執着する理由自体、誰にも正確な理由を知らないのだ。

オビト自身は知っている。

広間はずっとカグラの側にいた。互いの母が死んだ後、父たちはどこか何かから逃れるように仕事ばかりをしていた。

イズナも柱間もフォローはしてくれたけれど、やはり、それぞれ忙しい身だ。残された自分たちは母を事故で亡くした可哀想な子として一族で、そうして里の中で可愛がられた。

カグラも、マダラの一件で落ち込むまでは、明るく、朗らかで、勝ち気な部分も含んで皆に慕われていた。

けれど、どこか広間に対しては冷たい部分もあった。けれど、側にいさせた。その辺りの複雑な部分をオビトには理解できていない部分がある。

が、広間はずっとそんなカグラの側にいた。邪険にされてなお、広間はカグラの側にいた。

そんな二人の関係を、大人たちはカグラが照れているのだと言っていたけれど。

 

(姉様は、いい子だ。里が好きで、みんなが好きで。でも、父様の前でしか泣けなくて、そうして、兄様にしか怒ることもできなくて。)

 

一度、広間に聞いたこともある。邪険にされて悲しくないのかと。それに、広間は笑った。

 

それは私がカグラにとって特別であると言うことだから。

 

そう言ったとき、オビトは言っては何だが感じてしまった。

柱間の、マダラに関する妙な理想視というか、執着に似た何かを。

 

「叔父様や父様たちだって、何が入っているかもわからない、密閉されてるから気配もわからない。そんなものを暴きたいと思いますか?」

 

それに三人は黙り込む。

そりゃあ、見たくないに決まっている。

 

「広間の兄様が里に害をなすこと自体は考えられませんよ。兄様は、叔父様のことを、そうして、カグラ姉様のことが本当に好きで。お二人が大事にしている里を裏切るぐらいなら、死ぬことを選ぶと思います。」

 

そこら辺の心配は無いのだ。ないけれど、ただ、そんな訳もわからない、くっそ重たいとしかわかっていない感情の発露なんて見たくねえよなと言う考えがある。

もう、相手がいないのならそれでいい。二人を結婚させても良いだろうという風潮があるぐらいだ。

 

(姉様のこと、慕っている人はいても、恋い慕ってる人もいないし。)

 

カグラは幼い頃からガキ大将だった。弱い者いじめなんて惨めなことが大っ嫌いなので慕われていたから、同い年の人間は自然にカグラに頭を下げる人間が多い。

 

え、カグラさん?ああ、いい人だよな。かっこいいし、強いし。

女だてらに最前線に出て、おまけに木遁使いの写輪眼だし。

え、あの人と結婚?

いやあ、それはちょっと。

 

(男の人より、女の人にもてるもんなあ姉様。)

 

言ってしまえば暴れすぎたのだ。もう、散々に。

一族としてはカグラと結婚して欲しいと思うのだろうが、バックにいる広間に遠慮しているのだ。

 

(兄様、お年寄りにもてるもんなあ。)

 

それぞれの氏族で力を持っている古参達に広間はとてもモテた。もちろん、里の人間は助け合うべしと言う考えのカグラも困っているお年寄りの手伝いなどをするためにか、覚えは良い。もちろん、姉と同様オビトもお年寄りにも顔が広い。

 

うちはカグラ?

何を言っている、あの子は広間君といい仲だろうが。

 

なんてことを言って結婚話が破談になることもある。

オビトは兄が何を考えているのかわからずに、ふうと息を吐いた。

そんなオビトから思わず、視線をそらした三人は広間の方を見た。広間は四人から離れた、声の聞こえないそこで困惑したような顔をしている。

けれど、気づかれたのか、控えめに手を振っていた。

 

見るだけならば、愛想の良い好青年。

けれど、その中には、誰も知らない昔なじみへの煮詰まっているかもしれない、腐ってしまっているかもしれない、でっかい感情があるかもしれない。

見たくねえし、触れたくないものだ。

 

「・・・・教育、考えるか。」

「本当にな。」

 

将来の父親はそんなことを言っているが、悲しいかな。

教育とはままならないものであることを未来で知ることになる。

 



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今日も生えるよ、誤解が一つ

感想、評価、いただけました嬉しいです。

はい、やらかしました!ごめんなさい。朝、見て、一気に覚醒しました。
ばれたので諦めて匿名外しました。

それでは、改めまして。藤猫と申します、よろしくお願いします!(やけくそ

蛸の見た夢もどうぞよろしくお願いします!


 

「とーびーらーまーのおーじーうーえー・・・・・」

 

唐突に聞こえてきた怨霊のような声に皆は肩をふるわせた。そこには、据わった瞳で千手扉間を睨むカグラの姿。

扉間はそれに思わず後ずさる。顔面があまりにも妻であるイドラに似ているせいか、後ろめたいこともないのに戦いてしまう。

それは、他の人間も同じだった。大人組は、そうそう見ることもないカグラの怒りの表情に固まってしまう。

 

「カグラ!貴様、万華鏡写輪眼でこっちを見るな!」

「瞳術つかっているのだからしかたがないでしょう!?というか、んなもんはどうでもいいんですよ!!扉間の伯父上、あんた、広間の側でナニしてんですか!?」

「何の話だ!?」

「昨日!広間と、叔母上と一緒の部屋だったんでしょう!?」

「だから、何の話だ!?」

 

扉間は写輪眼をかっぴらいて己に迫ってくるカグラに後ずさりする。さすがに、写輪眼にガン見されるのは辛いと、カグラの顔を手で掴んで遠ざける。

 

「あんた、寝てる広間の隣でイドラの叔母様に手を出しただろう!」

「「はあ!?」」

 

扉間に混ざって、うちはマダラと、うちはイズナも叫んだ。

 

「てめえ、息子の隣でなにしとんじゃ!?」

「出来るか!そこでやる気になるほどすきもんじゃないわ!!」

 

思わず固まったマダラとイズナもいやいやさすがにと、扉間の言葉で正気に戻る。

確かに扉間は色々とやらかしている。けれど、さすがに広間ほどでかくなった子どもの横で、そんな、おっぱじめることはないだろう。

安心して欲しい、その疑惑というか、やらかし自体は実際に存在しないのだ。

 

「はああああああ!?殺し合ってた敵対氏族の女口説き落として、やることやったくせに!?」

 

それにマダラとイズナは何も言えなくなる。いや、それを言われると、まあ、確かに。

外野からの胡乱な視線に扉間は焦る。

だめだ、また、段階の違う誤解が生まれようとしている。

扉間は目の前の火の玉娘を睨んだ。

くそが、変なところで父親に似よってからに。

 

「それとこれとは別だろう!?大体、何の証拠があってそんなことを言っとるんだ!?」

 

マダラとイズナ、そうして目の前のことが処理しきれないうちはオビトは扉間とカグラを交互に視線を向ける。

どうなんだ、どうなんだ、真相は?

 

「はあ!?イドラの叔母様の首元とかにあんなえっぐい痕残しといて何言ってんの!?病気じゃないかってびびったわ!」

「はあ!?首の・・・・」

 

そこで扉間は思い出す。そう言えば、朝にかぶれたとめそめそするイドラがいたはずだ。

 

ぴたりと思い出して、動きを止めた扉間の様子にマダラとイズナは、こいつ覚えがあると理解した。

視線が確実に、疑いラインから確定ラインに変わったことに気づき、扉間はマダラとイズナに叫んだ。

 

「違う!」

「違わねえよ、アウトじゃボケ!!」

 

その言葉と共に、マダラとイズナがその諍いに加わった。

 

「てめえ、正式に夫婦になったからにゃあ、俺も口出しできねえが!最低限のもんがあるだろうが!」

「お前に倫理観とか気してないけどさあ!けどさあ!どうなんだよ!」

「どんだけ我慢できなかったの!」

「しとらんわ!貴様ら、人のことなんだと思っとるんだ!?」

「扉間の伯父様がどんな人かなんてわかってます!冷静で、理性的で、情熱的で!」

 

積み上げられる好感を覚えるだろう単語の後に、カグラは目を見開いた。

 

「でも、叔父様、イドラの叔母様に関してだけはタガが外れるじゃないですか!」

「どんだけ欲に狂っとると思っとるんだ!?」

「自分が結婚するまでに積み上げたもろもろに関して私だって知らないわけではないのよ!?」

 

オビトは目の前でわちゃわちゃと、うちはの三人が扉間の胸ぐらをそれぞれ掴んで騒ぐ現状にめまいが起きそうだった。

 

(え?え?どうしよう!?)

「えっと、どうされましたか?」

 

騒ぎに慌てて駆け寄ってきた広間に気づいて、オビトはわらにも縋るように言った。

それに気づいたのは、扉間だった。

 

しめたと思った。

広間ならば自分の潔白を証明できる。朝起きた折の様子も知っているはずだ。

 

「広間、昨日の夜だ!」

「昨日の夜?」

「そうだ、あのとき、ワシは・・・・」

 

そこで広間の顔が真っ赤に染まった。気まずそうに視線をそらした。それに皆の動きが止まった。完全に何かあった顔だった。

固まったそれに、広間は首元をさすりながら気まずそうに言った。

 

「あの、えっと、昨夜はすみません。でも、夫婦水入らずに割り込んだ私が悪いですし。えっと、朝だって、私が悪いので。その、すみません・・・」

 

淡く顔を染めて、恥ずかしそうに視線をそらすうぶなそれ。

昨夜に何があったのか知っている扉間は、広間の発言の意味を正確に察する。

広間の謝罪は、イドラが愚図ってチューしてと叫んだことを聞いたことだし、朝だって広間の布団に潜り込んだイドラの件だ。

もう、良い年だというのに母の胸の中で爆睡してしまったことを広間は酷く恥じていた。

が、そんな一幕を見ていない周りからすれば、その発言がどう聞こえるのか。

 

マダラは思った。広間のそれに、確信した。

 

(つまりは、なんだ。扉間の奴、夫婦水入らずの夜だからって息子の隣でおっぱじめたと?そうして、朝の乱れきった状態を見られたと?)

 

マダラは静かな視線を扉間に向けた。そうして、淡く微笑んだ。

 

「扉間、お前を殺して、俺も死ぬ。」

「なっんでだ!!??」

「うるせえええええええ!!元はといえば、元はと、言えば!俺がお前の毒牙にイドラがかかったのを知らなかったせいだ!ならば、こんな痴態をイドラに強要するお前を殺し、責を取る!」

「うわあああああ!!父様、父様!落ち着いて!!」

「そうです、父様が死んだら、皆、悲しみます!!」

「兄さん、気持ちはわかるけど、落ち着いて!?」

 

三人に引き留められてなお、引きずりながらマダラは扉間に向かう。それに扉間はその場からの逃走を考える。

 

その時だ、マダラの肩を掴む存在がいた。

 

「ま、マダラの伯父上!落ち着いてください!どうされたんですか?」

「おま、広間!お前こそ、あんなことされてどうして止める!?」

「ええっと。朝や昨夜のことですよね?あんなことなど。私は、嬉しかったんです。」

 

びりびりとした殺気混じりの空気の中で、広間は淡く微笑んだ。

その纏う空気は、本当にイドラによく似ていた。穏やかに、柔らかで、ぽけぽけとしたその笑みは肩の力が抜けていくようだった。

 

「二度と見れぬと思っていた、二人のなかむつまじい姿を見れたんです。それだけで、どれほど嬉しかったでしょうか。」

 

そう言って、穏やかに微笑むものだから。その場にいた人間は、健気さにちょっとぐずっと鼻を啜った。

その年頃ならば、寝てる隣で両親がそんなことをしだしたらガチ切れしてもおかしくないのに。

 

「広間!!」

 

カグラは感極まったかのように、広間に抱きついた。まるで木にへばりつく蝉のように、広間の胸に抱きついた。

 

「お前の、お前のことは、私が守ってやるからな!そうだ、お前と、オビトがいるんだ!どんなことが待っていても、それでも、どんなことがあっても守ってやるから!!」

「・・・・扉間、今回は、甥っ子の健気さで赦してやる。だが、同じことしてみろ。わかるな?」

 

それに扉間の額に青筋が浮かんだ。

は?

こちとら、どんだけ我慢したと思っとるんだ?

ようやく、ようやく、手が出せると思ったら何故か産まれてもない息子と同室になって結局お預けである。

 

理不尽だ、なんだこの理不尽は!?

扉間は思わず、誤解の根源である広間を見た。母親と同じ事をしやがった息子を見る。

けれど、息子はイドラによく似た、どうだ犬っぽい眼で扉間を見ている。

どうしたの?怒ってるの?

カグラの背を撫でて自分を見てくるそれに、そんなものを幻視した。

怒れなかった。

広間の経歴を考えると、怒るのも、どうかと思う自分がいる。

 

そうして、扉間の経歴にまた不名誉な風評が重なったのだ。

 

 

ちらりと、オビトはしごく幸福そうにカグラの頭を撫でる広間を見た。

 

一度、オビトは広間に聞いたことがある。

 

「兄様、扉間の叔父様とイドラの叔母様の大恋愛って本当なのかな?」

「・・・うーん、多分、嘘だろうね。」

「へえ、嘘かあ。え、嘘!?」

 

その時、広間は何か書き物をしており、ぶらんと庭に面した障子にもたれかかるようにしていたオビトは驚きに叫んだ。

 

「う、嘘なの?」

「んー・・・父上が母上にベタ惚れなのは事実だけど。でも、氏族を越えた大恋愛は嘘なんじゃないのかな?」

「お、じさまが言ってたの?」

「いいえ、ただの予想というか、察しているというのか。」

 

広間は平然と手仕事を続けていた。それにオビトは問いかける。

 

「どうして、そう思うの?」

「父上の考えならある程度理解できるから。あの人は、例え運命にあっても、恋愛だとか執着に狂える人じゃない。というか、狂うって選択肢が元々ない人だからね。」

 

何より、あの人が本当に母上が欲しいと思うなら、氏族同士の争いを終わらせてから、狩りをするみたいに追い込んでたと思うよ。

広間は面白そうに笑って、文机に肘を突き、楽しそうに笑った。

婀娜っぽいその仕草は、妙に艶ややかな印象を受ける。

 

「大方、氏族間での抗争を止めるための建前か。それとも。」

「それとも?」

「母上がとんでもないことやらかしたのか、とかかな?」

 

楽しそうに広間は笑った。それにオビトは思わずというように言った。

 

「でも、いいの?その、叔父上、結構、不名誉なあだ名をつけられてたりするけど。」

 

誰が呼んだか、卑猥様なんて言う人間もいるのだ。

 

「もう、叔父上が叔母上のことを好きだったのは証明されてるし。なら、不名誉な風評はないほうが。」

「・・・オビト。交渉だとか、戦いをするとき、都合の良い事ってなんだと思う?」

「え、なんですか?」

「相手に侮られていることだ。」

 

広間はそう言ってくすくすと笑った。

 

「忍のくせに、恋愛に現を抜かす愚か者。それを疑っているにしろ、信じているにせよ。それは侮りと成り、隙になり、そうして、こちらの有利になる。だから、父上の評判はそれでいいんです。」

 

オビトはそれに黙り込んだ。何と言えばいいのか、わからなかったのだ。

そんなオビトの顔を見て、広間は笑みを深くした。

 

「それに。」

「それに?」

「その話を振られたときの父上の苦虫を噛みつぶしたときの顔、可愛らしくて好きなんですよ。」

 

オビトはちらりと、広間を見た。

けれど、オビトはなんとなく、昨日の夜は何もなかったと察している。

けれど、広間はその誤解を止めない。

何故って、簡単だ。

欠点とは、ある意味で人が親しむきっかけになる。オビトは、父とイズナの性格については知っている。

本来、リアリストな扉間と二人の相性はよくない。

けれど、イドラを情熱的に愛しているという特性が、二人の、いいやうちはの人間の懐に入り込むきっかけになる。

うちはは、愛してくれた事実にあらがえないから。

 

広間は幸せそうに、カグラの頭を撫でながら、ちらりとオビトを見る。そうして、にっこりと笑った。

それにオビトはああ、やはりと思う。

どこまでも、その兄はやるべきことをやる人で、どこまでも正気で居続けるのだと。

 





正直、あと一年ぐらい扉間さんにお預け食らってて欲しい。


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どんなことにも余裕が必要

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


すみません、またやらかしまた!
違うんです!元気なんです!ただ、ここまでの連続投稿ってやったことなかったんで、なんか咄嗟に投稿するとき、無意識にイドラさんの話に投稿してしまって!

今後、二度と誤爆が無いように気をつけます!!(土下座


未来から来た三人と亀さんの話はまた、番外編で後日談を書きます


その夜、千手扉間はうきうきしながら廊下を歩いていた。

未来から来たという子どもたちが帰った日の夜のことだった。

重い空気を漂わせていたうちはカグラは今までのことなど忘れたようにからっとした空気を纏って決意表明をしていた。

 

父様、くそ叔父様!

うじうじしてる場合じゃありませんでした!未来で、過去を変えた結末がどうなっているのかわかりませんが、それでも、やるべきことを私は理解しました!!

私、頑張ります!!

 

燃えるような赤い瞳をたぎらせてカグラはそう言った。それに千手広間と、うちはオビトは、昔の姉様に戻ったと言いながら未来に帰っていった。

 

なんかもう、皆が皆で死んだ眼でそれを見送った。思う以上に濃い面子だったのだ。

 

「・・・皆、やっと終ったって顔をしてるが、これからあの連中を赤ん坊から育てるんだぞ?」

 

千手アカリのそれに皆が顔を見合わせた。そんな中、千手柱間だけがうきうきしていた。

まあ、柱間自身は親ではないのだから可愛がる一択でしかないのだろうが。

親となるうちはマダラと千手扉間は顔を見合わせた。

 

扉間はちょっと考える。

 

(・・・見た目はワシに似ておったが。だめだ、根本の部分であやつはイドラに似ておる。)

 

何が悲しくて親子二代でとんでもねえ誤解を生やされにゃあならんのか。

今後の子育てに関して思うところがあった。

けれど、すぐに扉間はうきうきする心を表に出した。

今は面倒ごとを考えるのはなしにしよう。

 

(今日こそ、今日こそ、本懐をとげてやろうじゃないか。)

 

 

千手扉間ってどれだけ忙しいの?

そんな問いかけに対して答えられるのは、めちゃくちゃに忙しいということだろう。

柱間は矢面に立つ上ではひどく優秀だ。けれど、書類仕事だとか、机に向かう部類のものは苦手だ。

出来ないわけではないのだが、どうしても本人の性として苦手なのだろう。

幸いなことに扉間にはアカリが味方としてついている。扉間が幾度言っても聞かない柱間であるが、アカリのことはよほど怖いのだろう。彼女が見張っていれば渋々仕事は進んでいる。

が、それはそれとし、今は里を作るぞと言う初期なのだ。

扉間とうちはイドラの婚姻は確かな宣伝効果になっている。あれほど憎み合っていた一族が酒の席とはいえ、あれだけ騒いだのだ。

もちろん、あの扉間が溺愛しているというイドラの宣伝効果もあるのだが。

おかげで他の氏族間でも、うちはと千手の作った連合に加わる動きも出来ている。

 

(奈良、山中、秋道からは色よい返事も来ている。)

 

賛同してくれている忍の一族に加えて、大名からの支援も決定した。うちはと千手での婚姻という事実に、さすがに信憑性を覚えたのだろう。

何よりも、うちはと千手という、現状において最上の力を持った忍の一族を子飼いに出来るという事実は魅力的なようだった。

 

(・・・後は、里を作るだけか。)

 

それでなんとか土台ができあがるのだ。ずっと、求めていた、少なくとも子どもに死ねと言わなくていい場所が。

思えば、と扉間は思う。

自分は案外、幼いいつかに大人というものが嫌いだった気がする。望んでもない戦いに、子どもを巻き込む大人が。

 

(感傷に浸っている場合ではないな。)

 

軽く頭を振る。

まあ、扉間は忙しい。何と言っても、これから彼は里作りの調整という、一番に面倒で、一番に難儀な仕事が残っているのだ。

物理的な里作りには不安はない。こちらには、柱間という開墾において最上の存在もいる。

けれど、これからそうそう時間が取れることはないだろう。

そうだ、今日こそ、本懐を遂げる最後のチャンスなのだ。

扉間はそう思いながら、寝室の障子を開けた。

 

寝ていた。

くっつけられた二組の布団の片方にて、彼女はすやすやと眠っていた。

扉間はそれに遠い目をした。

近づいても、もう、ぐっすりだ。布団の中で大の字になって寝ている。

 

(よだれたらしとる。)

 

それは幼い子どもが散々に遊び倒した後に倒れ込んだ後の寝相の理想そのものの様相だった。

現在、イドラは千手アカリについて家のことを学んでいる。うちはの人間を千手の家の中心部に関わらせるなど、と反発の動きもあった。

けれど、千手を代表する爺婆共にイドラはひどく人気だった。もう、入れ食いだった。

イドラがいる。それだけで爺婆共の機嫌がよくなるのだ。

というか、最初の日にたらし込んだ老人達が中心の人間だったせいか、それだけでイドラに何かしようとする人間はいなかった。

おかげで、爺婆共をなだめる役として相当重宝されているようだ。

 

「茶をしばいただけだろうに。」

 

扉間はそう言いながらそのもちもちとしたほっぺたを引っ張った。そうすれば、よだれを垂らした女の顔は余計に間抜けになる。

静かに微笑んだ扉間は意気揚々と女の布団に手をかけた。

 

 

ばさりと布団を剥ぎ取られたのがわかった。

どれだけ駄犬やら警戒心をどこに落っことしたといわれても、うちはイドラは忍である。そのため、それで眼を覚ました。

重たいまぶたを開けると、そこに自分をのぞき込む扉間の姿があった。

それにイドラは笑った。

何と言っても扉間には足を向けて眠れない。

自分自身、彼の人生の方向性を結構変えてしまっている自覚はある。

それなのに、なんだかんだで自分に優しい扉間をイドラは慕っていた。

むくりと起き上がり、イドラはふにゃふにゃの笑みを扉間に向けた。

 

「とびらましゃああ・・・・」

 

聞きようによっては媚び媚びの声であるが、完全に父親に甘える子どものものだった。扉間は上機嫌そうに抱きしめた。イドラはご機嫌に扉間にすり寄る。

 

上を見上げれば、そこにはニコニコ笑みの扉間がいた。上機嫌そうなそれにイドラも微笑んだ。

あー、なんかわからんがどうやら機嫌が良いようだとイドラはほくほくした。

キレてる扉間は基本的に怖いのだ。

扉間は抱きしめたイドラをそのまま布団に横たえた。それにイドラは、ああ、寝かせてくれてるなあと思いつつ、かけて貰える布団を待ち構えた、はずだった。

口に、カサついて、けれど柔らかな物が押しつけられた。

 

(あれ?)

 

その瞬間、半端に開けていた口内に柔らかな何かがねじ込まれた。

 

「んむ!?」

 

口の中を何かがまさぐっている。それに、何よりも考えたのは、なんでという疑問だった。

口の中をまさぐられている。

息苦しさと、ぞわぞわとした感覚にイドラは必死に体をばたつかせた。

それに扉間はようやく口を離してくれる。

 

めちゃくちゃに、機嫌がよさそうで、いい笑顔でイドラを見下げてくる。そうして、扉間はごく自然に着物の袷に手を滑り込ませてこようとしたその時、イドラは見事な身体能力でどぅるんと猫のような動きで布団から抜け出した。

 

イドラはまるで猫のように四つん這いで扉間を見つめた。毛もさかだっていた。

 

二人の間に沈黙が走る。

 

「・・・・イドラ。」

 

優しい声だった。まるで幼い子どもに言い聞かせるような声だった。けれど、イドラはぶんぶんと首を振った。

 

「やだ!!」

 

短いそれに扉間の眉間に皺が寄った。

 

 

イドラはびびっていた。彼女からすれば、すやすやと暢気していたおりに唐突に扉間から強襲されたのだ。

びりびりと、猫ならばぴんと立った尻尾と逆立った毛並みが見えただろう。

扉間は眉間に寄った皺にしてはあまりにも優しい声を出して、イドラを呼んだ。

 

「どうした、ほら、こっちに来い。」

「い、いやですううううう・・・」

 

その声を出すには、あまりにも扉間の顔が怖すぎる。というか、そっちにいったら自分は何をされるんだ?

そんな疑問がイドラの脳内を駆け巡る。

 

「イドラ、来い。」

 

唐突、ドスの利いた声になり、イドラはみゃあみゃあと半泣きになる。

 

「やですうううううう!扉間様、どうされたんですか!?」

 

それに扉間はめちゃくちゃに重いため息を吐いた。

 

「イドラよ、ワシとお前はなんだ?」

「夫婦ですううううううう。」

「婚姻をしてどれほど経った?」

「そんなに経ってないです。」

「そうだな、そうして、ワシらに体の関係もないな。」

 

その言葉にイドラは固まった、自分が何をされようとしていたのか、ようやく理解したのだ。

イドラはまるで怯えた猫のようにその場に伏せて、腕を組んで、布団の上で微笑む扉間を見上げた。

 

「おかしな話だが、熱愛という触れ込みのワシらは今だに何故か清い身でな。」

「・・・・・・・・」

「いやはや、おかしな話だ。敵対氏族で互いに交わった仲だと言うのにな?」

「・・・・・・・・」

「ああ、そうだ。流れたという子の墓にも参らんとな。表沙汰にはできんと葬式も挙げられておらんし。」

「・・・・・・・・」

 

イドラは、一つ一つ積み上がっていくやらかしに冷や汗をだらだらと垂らしていた。

 

「婚姻も終ったことだし。そろそろ、仲の良さを見せんとなあ。いや、久方ぶり故に不手際があるやもしれんが。」

 

扉間の鋭いそれに、イドラはとうとう土下座のような体勢になった。

 

「反論あるか?」

 

あるはずもなかった。

 

扉間は黙り込み、顔を伏せた女にため息を吐きながら、とんとんと布団を叩いた。

 

「ほら、来んか。」

 

それにイドラはちらりと扉間を見た。そうして、蚊の泣くような声を出した。

 

「・・・・どうしてもですかあ?」

 

それに扉間の顔が引きつった。そうして、叫んだ。

 

「貴様、何を拒否しとる!!貴様が始めたことだろうが!今更何を言っておるんだ!!??」

 

これから殺し合いでもするんですかという気迫と共に扉間が叫んだ。それにイドラも言った。

 

「だってえ!だってえ!扉間様、性欲なんてあったんですか!?柱間様と忍術にしか興味ないんじゃないんですか!?」

「人のことをなんだと思っとるんだ!?こちとら良い年した男だ!?戦場なんてもんを飛びまわっとればそれ相応に欲も出てくるわ!!??」

「そんな人間味があるなんて思わないじゃないですかああああああ!!」

「この、貴様!散々に煽っといて何いっとる!?」

「煽ってないですもん!そんなことしてませんよ!」

「ワシがその気になっとる!」

「えーん、暴論!」

 

ここで言い訳をさせて貰えるのなら、イドラとて扉間とそういったことをすることぐらいは想定していた。

イドラとて忍であるし、宗家の女だ。さほど交流のない男と夫婦になる覚悟ぐらいしていた。

けれど、その時、彼女はびびり散らしていた。

何故って、簡単だ。

 

あまりにも、扉間の眼が怖すぎた。

散々にお預けを食らい続けた扉間の空気は、あまりにもガツガツしすぎていた。

怖かった。

なんか、体を委ねたらそのまま物理的に食われんじゃないかという余裕のなさが扉間にあった。

荒い息と、若干血走った目はイドラをびびらせるのには十分だった。

 

イドラは箱入りだった。

人を殺し、戦場を飛び回り、散々にやらかしまくったそれであるが。

その女は箱入りだった。

女同士でされるようなエグめの下ネタからも、イドラには早いわねえと遠ざけられたそれは、悲しいかな、本当に学問的な、こういったことをするんだよという浅い知識しか持っていなかった。

それ故に、イドラはびびり散らしていた。

自分は何をされるんだという恐怖感しかなかった。

仮に、扉間が余裕綽々で今日はやめにしとくかとかっこよく微笑むぐらいすれば覚悟も決まっただろうが。

 

あまりにもその時の扉間には余裕がなかった。

 

イドラは咄嗟に脱出を試みようかと考えた。アカリに、覚悟できなかったと泣きつけば赦してくれそうな気がする。

 

(で、でも、私のやらかしが原因ですし。それに、一族の女として義務も・・・)

 

イドラはめくるめく、己のやらかしを思い出した。そうして、自分の立場も思い出す。それにイドラは少しだけ勇気を出そうかと考えていたときだ。

 

「イドラよ・・・・」

 

地面の底から聞こえてくるような低い声にイドラはばっと扉間を見た。そこには、ごごごごごごなんて擬音を背負った扉間がいた。

 

「逃げるなんて考えておらんだろうな?わかっているのか。仮に、貴様がここから逃げ出せば、ワシらの不和の噂が立つだろう。その不利益を理解しているな?」

 

初夜に怯える女にかける言葉として色々どうなんだろうか?

こう、安心しろとか、そういったことではなくて脅しをかける扉間には残念ながらそんな余裕はない。

気分は狩りである。

 

ギラつく瞳、じりじりと近づく扉間、それにイドラは半泣きで言った。

 

「や、やだあああああああああああ!!」

 

幼子のような声の後、イドラはその体勢からどうすればそんな瞬発力が出るんだと疑問に思うほどの勢いで飛んだ。

そうして、さすがは忍と称えられる腕力等で部屋の上部の、四隅にへばりつく。

 

「いい度胸をしているなあ!」

 

そうして、扉間とイドラの、長い夜(耐久鬼ごっこIN部屋の中)が始まった。

 




一番誰と戦いたくないかをオビトに聞いて、広間と答えられた扉間さんが広間に話を聞いた場合


私の忍術ですか?
いいえ、お恥ずかしい話、私は木遁使いといっても何というか出力が弱いというか。
柱間の叔父上やカグラのように大量の木を生やすこともできずに。
それに比べてカグラは柱間の叔父上に若干劣るとは言え、チャクラ量も多く、素晴らしいことに。
ああ、話がそれてしまって。
はい、ですので、お恥ずかしい限りなのですが。ですが、木遁という特殊な力です。私も、私なりにできることはすべきと精進はしております。
ですので、お恥ずかしいのですが、植物における毒などを主に使っていて。
ええ、マダラの伯父上には、なんとも言えない顔をされているのですが。
・・・・そう、でしょうか。
私でも、里や、皆の役に立てればと思って精進しているので、そういっていただけると。
ああ、そうだ!
ですが、自分でもなかなか有用な術だと思うものがありまして。

冬虫夏草というものをご存じですか?
はい、虫に寄生する植物の一種です。実は、これに似た特性の植物がありまして。
熊などの大型の動物に秋に寄生し、冬眠などの間にゆっくりと体に根を張り、そうして、春になると動物の体を乗っ取るというものなんです。
興味深いのは、寄生された動物はちゃんと生きているんです。そのまま寄生された動物は春の間にたっぷりと栄養を蓄え、夏には植物の苗床として息絶えるんですが。
実は、この植物、人間にも寄生が可能なんです。
ただ、体に根を張るまではなかなかの時間を必要としますし、何よりも発芽までの条件が難しいんです。

木遁を使うことで、諸諸の条件をクリアできたんです。
胞子を風上でばらまけば、相手もさすがに気づきませんし、何よりも木遁で植物を急成長させれば、簡単に発芽もするんですよ?

はい、はい。
もちろん、寄生させた相手はこちらで操ることも可能ですし、何より、情報を聞き出すことも可能なんです。
これの便利なところは、忍術で防ぐことも出来ないですし、医療忍術でも相当の腕がなければ取り除けないんですよ。
頭に根を下ろすんですから、当然なんですが。
何よりも、寄生された人間には、意識があるんですよねえ。だから、相手もまだ意識がある相手は殺しにくいので、人質にもなるんですよ?
ただ、死人にはどうしようもないので、そこらへんはなかなかネックになるんですが。

ああ、後、この植物、とても綺麗な花を咲かせるんです。寄生したものによって、色合いも変わるんです。ええ、見事な花が。


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これが普通ってごり押しすれば案外なんとかなる。

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

広間君の使わないえげつない忍術を考えるのけっこう楽しいです。キノコって植物じゃないけど、木遁も生命創造みたいな部分があるので許してください。


 

「扉間様!!お願いします!!」

「お願いします!!」

「どうか!」

 

夜のことでマンネリ解消する方法を教えてください!

うちはの姫君も口説かれたんですから。扉間様ならいけますよね!

その日、千手扉間の目は見事に死んだ。

 

 

初夜のやりなおしの折り、結局本懐って遂げられたの?

答えは是ではあるのだが、まあ、そこにたどり着くまでが酷かった。無意味に体術だけは際立った女を扉間はなかなか捕まえられなかった。

狭い部屋の中を縦横無尽に動き回る妻の捕縛は困難を極めた。

が、それを許す扉間ではなかった。

フェイントを重ね、影分身を使い、見事にイドラの捕縛に成功したのだ。

我に返れば、何をやっているんだろうと思う。何故、自分は妻と一夜を過ごすためにこんな捕獲イベントをこなさねばならないのだろうか。

 

「やだあああああああ!!」

「やだではないわ!すでに音が漏れんように結界は張っておる!以前のように助けが来るとは思わんことだな!!」

 

端から見れば完全に弱い女を手込めにする野郎の発言なのだが、それを聞くものは幸いなことにいなかった。

 

「みいいいいいいいいいいい!!」

 

 

もう、最終的には獣同士のマウントの取り合いのようになった。

勝った!という満足感はあれど、終った後、ズタボロの体を引きずって心から何してるんだろうと思った。

完全に初夜の後ではなくて、決闘した後の疲れ具合だった。

当たり前で、影分身を複数使い、狭い部屋を動き回ったのだ。そちらのほうで疲労が溜まった。

ちらりと、布団にくるまる女を見た。安らかそうなそれに扉間はいつものようにもちもちとしたほっぺたを引っ張った。

それにほにゃほにゃと笑みを浮かべ、よだれを垂らす女に扉間は昨日の怒りを忘れて微笑んだ。

扉間は妙に晴れやかな気分で、仕事のことを考えた。

 

 

 

「・・・・機嫌良いな。」

「いいのお。」

「今日って、あれでしょ?」

 

その日、千手柱間、そうしてうちは兄弟は顔を寄せ合ってひそひそと言い合った。三人が居るのは、もりもりにはえた木の上だ。

その上から、数人に囲まれた千手扉間を見下ろしていた。

 

結婚式の後、千手とうちはは里の予定地の開墾を早急に行った。

何を言っても、他の忍を受け入れるのも、その受け皿の土地が必要なのだ。生い茂った木の伐採には風遁使いと、そうして最終兵器の柱間を使った。そうして、伐採した木はそれぞれで加工し、余った分についてはうちはの火遁で燃やした。

そのほかに、伐採した木をそれぞれの一族で運んだりと忙しくしていた。

ただ、それぞれの里に帰るのも効率が悪いと、野営地のようなものを作り、交代で開拓をしていた。

 

千手とうちはでいきなり野営地を一緒にして大丈夫なのか?

そんな疑問もあったが、案外二つの氏族は上手くやっていた。

 

それはまず、互いの族長の仲がいいというのがある。

基本的に柱間がマダラにうざがらみしては怒られるというのを繰り返していた。けれど、それはそれとして、親しい野郎同士の独特な雰囲気に察せられる物がある。

 

そうして、扉間という今のところ、うちはの人間の好感度をバク上げしている存在のおかげでもあった。

え、扉間様?

ああ、いい人だ。一途で、情熱的な方で。

千手からすればうちはのその評価に頭にはてなを浮かべるものもいる。

えー、そんなに評価たっかいの、あの人?いやあ、さすがにかんざしに飛雷神の術はきも、あ、情熱的で良いの、そうなの。

 

どんなひねくれ者たちが来るかと思えば、何だろうか。扉間に対してぱたぱたと振られる尻尾が存在するのだ。

何よりも、彼らはイドラという存在の名前を出すと饒舌になった。

まあ、殆どが子どもの頃のやらかしで、いったい扉間はどんな女を娶ったのかとざわついていた。

そうして、その日、千手一族の男達はざわついていた。

なんでも、野営地に物の補給が来るのだが、そこに千手アカリが、イドラを連れてくるというのではないか。

 

ようやく、イドラという存在を見ることが出来る!

イドラが扉間の人生をめちゃくちゃにした瞬間に立ち会っていなかった千手の人間はうきうきしながら仕事をしていた。

 

 

 

「・・・・イドラ、大丈夫ですか?」

「ええっと、はい!体調は大丈夫ですよ!」

 

イドラはその日、里の開墾のために野営地にいる一族のためにと物資を運んでいた。多くの荷車に積まれた食料は圧巻であった。その荷車を守るように寄り添うイドラはため息を吐いた。

それを見て、アカリは不思議に思う。

今日、物資の補給の日程を組んだのはアカリであり、そうして、イドラを連れていくと決めたのは彼女だ。

アカリはイドラがてっきりそれに跳びはねるぐらいの様子を想像していた。きっと可愛いと内心で思っていたのだが、イドラは跳びはねてくれずに、どこか気まずそうな顔をしていた。

 

(・・・・扉間に会いたくないのだろうか?)

 

そのアカリの予想の通り、イドラは道を歩きながら悩んでいた。

 

(あああああああああああ!!会いたくなーい!山賊出てきてうやむやになったりしないかなあああああああ!!)

 

端から聞くと非常にどうなんだという思考なのだが、イドラとしては仕方が無かった。

何故って、扉間に会うのは非常に気まずい。

イドラが最後に扉間に会ったのなんて、初夜の数日後に里の予定地に向かったときを見送った折のことだ。その時も扉間は忙しくイドラと会話があまり出来ていなかった。

 

(気まずすぎて、扉間様の忙しさに甘えて避けてたのが徒に。こんなことなら、さっさと話せば良かった!)

 

だって、箱入りのイドラにとって、最初の夜の後なんて気まずさがひどかった。

というか、諸諸の発端である自分が、初夜を拒否したという手前、どの面を下げてと言われるともうどうしようもない。

わんころであったのならば、今にもきゅーきゅーと泣きそうなほどに沈んだ顔でイドラは道を歩いていた。

 

(・・・・どうしよう。というか、もう最後の方は殆ど乱闘でしたし。いえ、だってえ、マジギレの扉間様複数人に追いかけられるのはさすがに怖すぎますもん。)

 

脳裏に浮かんだのは、フェイントを重ねて、完全に拘束にかかる扉間の姿だ。その理由は分かりはするが、もう少し配慮をして欲しかった。

自業自得?

あ、はい、それはそうです。

 

なんというか、初々しい初めての夜の照れとかよりも、まぶたを閉じれば思い出すマジギレの扉間(数人)の存在が見事に全てを打ち消していた。

最悪だ。

 

「・・・イドラ、やはりどうかしたのか?体調が悪いのか?それとも、うちの愚弟が何かしたか?」

 

そんなことを、もう義理とは言え姉妹だからと名前を呼び合うようになったアカリが気遣って言ってくれたが、イドラはそんなことを聞き逃す。

というか、頭の中は後悔で一杯だった。

(こんなことなら、怖がらずにぶつかればよかったああああああ。)

「・・・・でも、扉間様も、影分身まで使ってあんな。初めてだったのに。」

 

ぼそりと、そんなことを思わず呟いてしまった。

それに、ぴしゃりとアカリの動きが止まった。というか、周りにいた複数の人間達もまた動きを止めた。

 

(初めてだったのに?)

(影分身?)

(え、待って。)

 

扉間様、初夜って名目で複数プレイに及んだんですか?

 

ガーンと降り立ったその答えに周りの人間が震えた。それは、ちょっと、その、マニアックすぎませんか?

女達は引いたし、男達はちょっと扉間を称える奴までいた。

そんな仲、アカリから燃え立つような殺気があふれ出したことを理解して、皆の動きが止まる。

イドラもまた何故かわからないが己の隣でマジギレしている義姉を見上げた。

 

「・・・・イドラ、それは本当か?」

「え?え?」

 

イドラは何故、アカリがそんなにも怒り狂っているのかわからずに返事をした。

 

「えっと、ほ、本当というと?」

「・・・・扉間が初夜に影分身を使ったことです。」

 

イドラはそれに顔を青くした。

 

(どうしよう!ばれてる!!)

 

いや、考えれば、あの日寝室は散々に暴れたせいでふすまとか穴が開いてたりした。それについては、とっくにアカリにばれていた可能性もある。

それにイドラは目を全力でうろうろさせた。

 

「ええっと、その。」

 

なんて言い訳しよう?

だって、自分たちは熱愛の上で結婚したという設定なのだ。そこに愛は、ないのだ。強いて言うなら、妥協とかもろもろあるような現実的な部分しか無いとイドラは思っている。

 

「で、でも、仕方が無かったというか。」

「仕方が無い?」

「わ、私も、あの、怖かったんですが。」

「あなたが拒否をしたというのに?」

「い、いいえ、普通のことです!扉間様も仰ってましたし!」

 

イドラの脳内には、追いかけている最中に、お前のやったことを考えればこれぐらい普通だと叫ぶ男の姿があった。

いや、完全に自分のやらかしのほうが大きすぎる。

 

それを傍目から聞いていた他一族の人間は思う。

 

(い、いたいけな箱入りの姫に、なんつうことを常識として教えてるんだ、あの男!)

 

そんな思考が分かりもしないイドラにアカリは完全に夜叉と化した表情で言った。

 

「・・・あれが無体を強いたのですね?」

(うえ!?待って、これ、私が扉間様を拒否したと思われている!?)

 

これは解いておかねば、また扉間様に迷惑を、とイドラは決心した。

 

「いいえ!色々と大変でしたが!普通のことです!頑張ります!!」

 

それは悪い大人に教えられたことを素直に信じる健気な女にしか見えなかった。それにアカリの目にぎらつく光がともった。

 

 

その日、扉間は心底機嫌が良かった。

何故って、久方ぶりにイドラに会えるのだ。正直、指示を出すことの多い扉間は、どこらへんを開拓するのかなど、細かい調整を行うために非常に忙しい。

もっぱら実働部隊にかり出されている兄たちを尻目に、うちはイズナと計測をして作った地図とにらめっこをしていた。

そのために手紙を送る暇も無く、里にもろくに帰ってこない日々が続いた。

兄やマダラ、イズナは帰らなくて良いのかとも言ったが、今は早さが求められる。ならば、さっさと終らせて住処を作り、共に住めるようにした方が良いだろう。

 

(・・・少しは二人で過ごせる時間も取れよう。)

そうしたら、あのもちもちとしたほっぺたを引っ張り、猫吸いならぬイドラ吸いをしようと扉間は考えていた。

イドラは、女の甘い匂いと、子どものようなお日様の匂いが混ざったような体臭をしている。非常に癒やされるそれはこの頃激務であった扉間にとっては非常に楽しみな物だった。

できるなら、あのぱやぱやとした空気も堪能しよう。

なんてことを、朝は考えていたのだ。

 

 

「アカリ姫!お静まりを!」

「あ、あの、その!武器を下ろしてください!!」

 

千手の人間が泣きながら据わった瞳で、何故か刀を携えたアカリを止めている。その腰には、泣きじゃくるイドラの姿があった。

悲しいかな、千手の人間はアカリに一喝されてすごすごと止めることを放棄する。

 

「・・・・扉間、私が怒っている理由がわかるな?」

 

扉間はひどい既視感を感じなら、思わず叫んだ。

 

「ワシは何もしとらんぞ!?」

 

今日も今日とて、本当に何もしていない扉間はそう叫んだ。

 



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恋愛?千手扉間に聞け。

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

次は番外編になります。


「ワシは何もしとらんぞ!?」

 

今日も今日とて、本当に何もしていない扉間はそう叫んだ。

 

 

 

 

(・・・・これは、おそらく、いつもの!)

 

千手扉間はちらりとぐずぐずと泣きながら、おやめくださいと情けなく縋っているイドラを見た。

扉間は確信した。

これはいつものだ、いつもの、あの駄犬が何かをやらかしたのだと確信した。

ならば誤解を解くために動くか?

そんなことを思うが、目の前には己の介錯のために刀を携えた千手アカリがギラつく瞳で自分を見ている現状に察した。このままではやられると。

扉間は咄嗟に逃げるように足を動かしかけた。が、それに気づいたアカリが叫んだ。

 

「柱間ぁ!!」

「兄者!」

 

二人に呼ばれた柱間は一瞬動きを止めるが、彼はすぐに決断した。

彼は印を組み、扉間の体は樹木によって拘束された。

 

「兄者!!」

 

扉間のそれに柱間はそっと合掌した。

最強と名高い彼も、恐ろしい物は存在した。彼はアカリに怒られるのが本当に怖かった。

 

「柱間、おい!弟のことを見捨てんのか!?」

「姉がおらんマダラにはわからん!よいか、弟という存在にとって姉がどれほど恐ろしいのか!」

「姉さん!」

 

うちはイズナだけはなぜか千手アカリの腰にしがみついて泣いている姉に歩き寄った。

 

「ちょっと、何してんの!もう、姉さんもどうしたの?」

「イズナあ!お願い、アカリ様のこと、とめてくださいいいいいい!」

「だから、何をそんなに怒ってるのか。」

 

アカリはそれに対して無言でイドラの手を引き剥がすと、イズナに渡した。駄犬はえーんと鳴きながらそれでもよたよたとアカリの後をついて行く。

 

「扉間、言い訳ぐらいは許します。何故、私がここまで怒っているのか、わかりますね。」

「知らんわ!姉者が怒り狂うようなことなどしとらん!」

 

扉間はそう言いつつ、姉がここまで怒り狂うようなことをした覚えがない。元々、この頃はずっと里の予定地に缶詰で、怒る原因のイドラとは接触をした覚えもない。

何だ、何だ?

今度は一体、何が起こっているんだ?

 

扉間のそれに、アカリは深くため息を吐いた。その場にいた、それぞれの氏族に緊張が走った。

元より、千手一族内でも恐れられていたアカリではあるが、うちは一族内でも族長の万華鏡写輪眼を見たがるとんでもねえ女として名が売れていた。

おかげでその場でアカリを止められるような人間はいなかった。

 

「影分身を、閨で使ったそうだな?」

「は、影分身・・・・」

 

それに扉間の中で何かが繋がってしまった。いや、全員の中で繋がってしまった。

閨で影分身を使った?

待って、もしかして扉間様。

 

「と、扉間、お前、初夜に複数はさすがに未来を行きすぎだぞ?」

 

思わずこぼした柱間のそれに、アカリの殺気が燃え立った。うちはマダラとイズナはアカリのそれにキャパシティを越えたのか茫然としている。それに扉間は目の前の姉の怒りのありかを理解し、叫んだ。

 

「誤解だ!」

「何が誤解だ!寝室のふすまに穴が開いていたのを訝しんでたが、お前、いっくら前々から関係があったからって初夜に何をしたんだ!」

 

それに対して扉間は言い訳染みたことを言えたのだ。何かの折に開いたのだろうなどと。ただ、彼自身、初夜に影分身で嫌がるイドラを押さえ込んだという事実は確実に彼の中に転がっていた。

そのために、扉間は、幼い頃から叱られまくった姉の手前、思わず素直にその罪悪感によって目を泳がせてしまった。

一瞬の沈黙が、扉間が、ナニかをしたらしいことの真実味を高めた。

 

「影分身を!?」

「・・・・なるほど、そういう使い方が。」

「初夜に、そんな、とんでもなさ過ぎるだろう、扉間様!」

 

扉間に対して一周回って尊敬の視線が注がれる。すげえよ、そんなこと普通はできねえって!

氏族の間でざわめくようなそれが広まるが、アカリはさらに扉間に怒鳴る。それに柱間は恐る恐る待ったをかけた。

 

「扉間!」

「あ、姉上待ってくれ!そう怒るが、こういったことは夫婦間の問題だろう?」

「そうだろう!閨の中でのことまで言われる筋合いがあるか!?」

 

それに他の人間も扉間のそれに確かにと頷いた。

いや、確かに扉間が閨の中で何をしてもそこら辺は夫婦間での諸諸がある。以前から関係があったのだというのなら、マンネリというものもあるのかもしれない。

けれど、それに対してアカリは冷たい目で言い切った。

 

「・・・複数でのそれを千手では普通だとイドラには言ったそうだが?」

「扉間、諦めろ!!」

「手のひら返しが早すぎるわ!!」

 

柱間は目の前でバッテンを作って扉間に言った。扉間はなんとか拘束から抜け出してアカリを見た。

 

「ワシはんなこと言っとらん!というか、何もしとらん!」

「ナ二かはしてるだろうが!」

「やめて、姉上!姉上の口からそういうこと聞きたくないぞ!」

「手は出したが普通のことしかしとらんわ!」

「はあ!?ならば、お前の言う普通って何だ!?普通の一言で、お前のやることの範囲が違ってくるだろうが!?」

「一般的なもろもろしかしとらんわ!」

「止めてくれ!弟ならまだしも、姉のそういったことは本当に聞きたくないぞ!?」

 

扉間とアカリのやりとりに柱間はえーんと半泣きで叫んだ。弟と下ネタで盛り上がることには抵抗はないが、姉のそういったことは本当に聞きたくなかったのだ。

 

「お前のせいで千手では複数が普通みたいな印象をうちはが受けたらどうするんだ!?お前、閨での常識の不一致で同盟解消とか歴史に残るわ!?」

 

その言葉に千手の人間は各々に自分たちの近くにいたうちはの人間を見た。彼らは見事にそれぞれで固まって千手の人間を凝視していた。

それにうわああああああと千手の人間は各々でうちはの人間に言い訳をする。

 

「待て待て待て待て!んなしきたりみたいなの無いからな!?」

「初夜に、貴様ら、それは・・・・」

「だから、違うって言ってるだろうが!そんなのあったらいの一番にやってるわ!」

「・・・そういう願望が。」

「おい、誰か本音漏れてんぞ!?」

「う、うちははそんなしきたりを受け入れるのは・・・」

「違うって!扉間様がやりたくて嘘ついてるだけだから!」

「おい、ワシもんなこと言っとらんぞ!!」

 

扉間がガヤに叫ぶ中、アカリは己の顔を覆った。

 

「・・・・お前達の母が亡くなったとき、後のことを頼むと言われた。そうして、それ相応に育て上げたと自負していた。だが、それは誤りだった。こんな、こんな、スケベ野郎に育つなんて!」

「だから、違うと言っとるだろうが!」

 

扉間がそう言っていると、彼の方をがしりと掴む存在があった。それに、扉間はひんやりとした殺意を感じた。

 

「扉間・・・」

 

後ろを振り向くと、万華鏡写輪眼で自分を睨むイズナとマダラがいた。

 

「覚悟、出来てるよな?」

これ、死んだわ。

 

扉間が静かにそんな覚悟を決めた。

 

 

(こ、これは、扉間様、死ぬ?)

 

イドラはアカリの腰に縋り付いたまま、何故、彼女がそんなに怒り狂っているのか理解した。それに、彼女は慌てた。

どうも、イドラに変態プレイを強いたと勘違いをしているらしいマダラとイズナは今にも彼を抹殺しようとしている。

イドラは自分がまたやらかしてしまったことを察した。

 

(どどどどどどど、どうしよう!?)

 

このままでは扉間が死んでしまう。彼がいないと、色々つむ。というか、自分が原因で死にそうなのだから助けねばならないのだが。

駄犬はちゃんと学習していた。こう言った場で自分がいくら弁明しても無駄であることを。ならば、どうするのか。

 

(・・・・私が、汚名を被れば良いんですね!)

 

イドラはどこか斜めになっている覚悟を決めて、アカリに着物を強く握った。

 

 

「あ、あかりさま!」

「・・・イドラ。少し待ちなさい、このスケベ野郎の始末は私がつけますので。」

「わ、わたしが、扉間様にしてって言ったので!」

 

それに辺りの空気が凍った。今までの殺気だとか、もろもろが消えて仕舞う。それに気づかずに、イドラはアカリのことを見て叫ぶように言った。

 

「つ、妻として、夫の相手をするのは当然ですし!でも、あの、仲の良さの秘訣で、閨のことも重要って聞きまして!それで、そういったことをしたらいいって、聞いて!それで、私が扉間様に頼んだんです!!」

 

もう、イドラの顔は真っ赤っかだった。顔から火が出るんじゃないかってレベルで、顔を赤くして、目をぐるんぐるんさせながらやけくそのように言った。

 

「ええっと、最初は痛かったですけど、最後はき・・・・」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

固まっていた扉間はさすがにそこまで話すのはいかんと大声を出しながら、イドラの口を覆った。

 

「あほか、おま、本当にあほか!!」

「うええええええん、だってええええええええ!!!」

 

扉間とイドラは顔を真っ赤にして互いに叫んだ。扉間は何が悲しくて、こんなことを一族だとか同盟相手のだとか、妻の身内に聞かせにゃならんと非常に恥ずかしかった。

 

そんな中、マダラが首を振った。そうして、近くにいたイズナや柱間に口を開いた。

 

「・・・イドラ、明るくなったな。」

 

それにイズナは思わず兄の顔を見た。兄は、どこか、安堵したような顔をしていた。

それは、イズナにとっていつぶりだろうかと考える。

兄は、ずっと疲れたような顔をしていた。そうして、姉もまたそうだった。

何かに追い立てられるように、何かに突きつけられるように、ずっと、ずっと、追いかけてくる何かにイズナを奪われないように、前だけを見ていた。

だからこそ、マダラも、イドラも、どこか余裕がなくて、なにかを顧みる時間が無かった。

 

「あいつがあんなにも感情を出してるのは、あいつのおかげだ。」

 

柔い女で、優しい妹だ。

自分のことを気遣って、不安で、亡くしたものが嘆く在り方に寄り添って、そうしてすり切れていった。

何かをしてやろうにも、それはマダラとて同じで。

だから、今の彼女の在り方がマダラは嬉しい。

幼い頃、泣いて、笑って生きるという言葉そのもののようなあの子に戻ったような気がした。

 

「いいのですか?」

「閨のことは夫婦の問題だ。俺たちが言うことではない。」

 

マダラはそう言って目を伏せた。

イドラがあの男の元にいることを、少なくとも今は望んでいるのだ。

あの男の元で、あの子は笑っているのだ。

嫁に行ったと覚悟したのに、妹が離れていくことを寂しいとマダラは思う。

 

「兄貴がずっとべったりじゃダメだろうしな。」

 

マダラのそれに今までのことなど忘れてなんだかしんみりとした空気になった。

それに扉間は思わずガッツポーズをした。

よっしゃ、このままうやむやになってくれ!

 

そんなことがばれたのか、聞いていたアカリがふうと息を吐いた。

 

「・・・・そうですね。確かに、夫婦間の問題に首を突っ込みすぎていました。今回のことは不問としましょう。」

 

それに扉間は息を吐く。

 

「が、それと千手に変なしきたりがあると言って回ったのはまた別問題です。」

「え?」

「扉間。」

 

尻を出せ。

それに扉間はさああと顔を青くした。

 

その日の夜、扉間は子どものとき以来に皆の前で叩かれた尻の痛さに涙し、そうして、考えれば自分の複数人プレイ容疑が否定されることもなく、確定していることを理解してまた泣いた。

ちなみにイドラは扉間に抱き枕にされながら安らかに眠っていた。

 

 

その後、扉間の元には妻と閨で悩む男達がこぞって相談に来るようになり、それに適当に答えたら成功したために、恋愛の神様みたいな信仰心が生まれるのはまた別の話である。

ちなみに複数プレイ容疑の翌日には相談者が現れるようになったため、扉間の目は死んだ。





未来では千手扉間とかかれた紙をお守りに入れて告白すると成功するってお呪いが女の子の間で流行ってる


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番外編:ある日の自来也

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番外編です。
この世界戦の未来に当たります。時系列はあまりおきになさらず。

自来也の施行を考えてたら、なんかエロとはって哲学に陥ります。ちなみに、そこまで原作通りにはいかんやろって幾つか変わっているところがあるのかと思ってます。


 

とある晴れた日、自来也はうんうんと唸りながら文机に向かっていた。目の前には、これまた真っ白な紙が広がっている。

腕を組み、そうして、大きく息を吐いた。

 

「・・・・・ダメだ!!」

 

文机に肘を突き、そうして、頭を抱えた。

 

「何も浮かばん!!」

 

絶賛、男はスランプだった。

 

 

イチャイチャパラダイスシリーズの新刊の執筆に勤しんでいた自来也はどうにも文章が浮かばずに悩んでいた。

話の構想自体が浮かばずに、取材をしようにも方向性を決められずに悩んでいた。

そこで自来也は自宅の二階にて、外を眺めながら憂いを称えた目で空を眺めた。そうして、机の上に置かれたとある本を手に取った。

 

「・・・・未だ、扉間様の足下にも及ばんのお。」

 

自来也ははあとまた息を吐いた。

 

自来也が尊敬できる人間として名を挙げるとするには、まず師である猿飛ヒルゼンの名前が挙がる。それに続いて、千手扉間の名前が挙がる。

 

千手扉間、初代火影の弟にして、木の葉隠れの里の政治面を支えた男だ。が、それはあくまで歴史書に刻まれる部分でしかない。

彼はある意味で一般的に一二を争うほどに有名な忍であるだろう。

 

うちは一族、美麗な顔立ちは多いが血継限界を持つ故に秘密主義で有り、警戒心が高い氏族だ。

その一族の、族長の妹であり、そうして皆から溺愛されていたイドラ姫を口説き落とし、あまつさえ婚姻前に体の関係を持ち込んだという剛の者だ。

何よりも、彼の考える忍術は素晴らしいと自来也は考える。

戦闘で使えば恐ろしいの一言に尽きる。事実、彼の弟子に当たる波風ミナトの飛雷神の術は運用は難しいが強力だ。

だが、蓋を開ければどうだろうか。

その強力な術が姫との逢瀬に使われていたなんて。というか、夜這いに最適すぎないか、この忍術。

 

(影分身を使った複数プレイ、結界術を使った逢瀬における隠蔽。わしには、まだ、ここまでの発想に至れん!)

 

自来也とて女と男の物語をそれ相応に書いてきた身だ。そうして、取材という名目で多くのおなごと戯れ、エロというものを探求してきた。

が、自分は扉間ほどの情熱を持ってそれを探求できているのか?

自来也は悩む。

敵対している一族の姫に惚れ、それを口説き堕としたときの高揚感、そうして、それによって高められる愛欲。

スケベとはもちろん欲望であると自来也は考えている。けれど、その欲望を本当に気持ちよく発散するには相手への好意が必要なのだ。

 

扉間は生涯妻一人を愛したそうだ。いや、イドラ姫の背後関係からして浮気した日には本当に殺されていたため出来なかった可能性もあるが。

ここまでのスケベ野郎で有りながら一途であったことから、そうとう妻を愛していたのだろう。

そうだ、扉間というそれはたった一人の妻を満足させるためにスケベを探求したのだろう。

 

(わしは、そこまで執拗にスケベを探求しているのか?)

 

いくら小説を書き、スケベな話を書いても扉間という頂に触れているのか自来也にはわからない。

聞こえてくる伝説を聞けば聞くほどに、自来也は悩む。

 

自分は扉間を越えられないのではないか?もっと、彼の人はすげえことをしていたんじゃないのだろうか?

 

「・・・・わしは、未熟だ。」

「・・・・いや、自来也のじいさん、あんた何をそんなに悩んでるんだよ。」

 

自来也はそれに頭を上げた。開いた窓から一人の忍が顔を出している。顔の半分に引きつりがあるのが気になるが、それを引いても愛嬌のある人好きのする顔立ちが。

真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。

 

「なんだ、オビトか。何のようだ?」

「なんだ、じゃねえよ。」

 

呆れた顔の青年は、うちはオビトはそのまま窓の外の屋根に腰掛けて自来也を見た。

 

 

「あんた、ナルトと約束してたんだろ?修行見てやるって。」

「あん?今日は執筆作業があるから無理だと伝えたぞ。」

「まじか、ナルトの奴すねてたぞ。」

「・・・・まあ、急に断ったからなあ。」

 

自来也の脳裏には生意気ではあるが、ひどく愛らしい少年の顔が思い浮かんだ。が、悲しいかな、そろそろ締め切りも迫っているのも事実。

目の前のうちはオビトとは長い付き合いだ。

うちはマダラのひ孫である彼は、なんでも祖父と同じ名前であるらしい。

マダラの鶴の一声で、まだ同じ名前の祖父が生きている間に名付けられたそうだ。

いいのか、それはと思うが、オビト曰く、彼の家系は非常にマダラに曾祖父に甘いためあり得るのだそうだ。不便もなかったという話を聞いている。

自来也は目を見開き、そうだと思い立つ。

 

「のう、オビト。お主、何かアイデアはないか?」

「あいであ?」

「なんだ、ないのか。うちはマダラ先生のひ孫だ。なにかないのか?」

 

それにオビトは心底嫌そうな顔をした。

 

 

自来也にとって尊敬している人間の名前に上げる存在はそう多くない。が、その中でも食い気味に名前を挙げるのはうちはマダラである。

彼もまた有名な忍だ。木の葉隠れの里の二代目の火影であり、そうしてうちは一族の族長だ。けれど、マダラにはそれよりも人に知られる功績がある。

それが、作家としての部分である。

 

一部では戦好きとも言われる彼ではあるが、文化人としての造詣は非常に高い。特に、文筆面では目を見張る物がある。

そんな彼の著作の中で有名なのは、敵対する一族の男女の恋愛を書いたものである。

察せられるだろう。そうだ、彼の書いたうちはイドラと、そうして千手扉間をモデルにしたこの話は非常に受けた。

実在のモデルがいる面とそうして有名な彼らの話はスキャンダル的な面でも人々の興味をそそった。

 

何よりも、だ。マダラという男の書く文章はそれだけ人を引き寄せた。

自来也は覚えている。

猿飛ヒルゼンの家に招かれた折、暇つぶしにと適当に読んだその本は彼に衝撃を与えた。

のめり込んでしまうような心情表現、はらはらとするチャンバラシーン、ほろりとさせる人情、人の醜さ。

何よりも、その文章はあまりに艶やかだった。濡れ場など一切ないというのに、妙なほのくらい色気を感じさせる文章。

自来也は感銘を受けた。

そうだ、物書きとしてあまりにも自来也にとって完成された憧れを持ってしまったのだ。

 

「・・・幼かったわしはマダラ先生の文章に、そりゃあ感動してなあ。未だ生きておられたマダラ先生に弟子入りを望んだが。忍としての手ほどきはしてくれたが、作家としては何も教えてくれんかった。」

「ヘエ、ソウナンダ・・・・・」

 

オビトは知っている。自来也が感銘を受けたそれは、当時、外貨稼ぎをもくろんでいた千手広間がマダラに媚びを売りまくって書かせたもので、当人達への承認は行っていないことを。

 

(・・・おかげで、財産がえげつねえことになってるんだよな。)

 

そんなことを黄昏れたくなりながら、オビトは息を吐いた。

 

「まあ、それならいいんだけどな。」

「なんだ、オビト。お前が手ほどきをしてやればよかろうに。」

「そうしてもいいんだけど、うちのサスケがそのまま修行に誘ってな。イタチが稽古をつけてやってたよ。」

「イタチ、ああ、うちはの宗家の長女か。」

 

そのまま二人は雑談染みたものを続けた。なにはともあれ、自来也はネタを探していた。

 

「にしても、狭間の奴、なんとかならねえのかなあ。」

「なんだ、また変な術でも開発したのか?」

 

狭間とは、三代目火影のうちはカグラの長男だ。父親に似たせいか猿飛や志村ダンゾウたちも甘い対応を取る。

この男がくせ者で忍術の開発を趣味としているのだが、開発するのが全てとんちきなのだ。

 

「最近開発したのはなんだったか?」

「人に猥談しか喋られなくする忍術だよ。あれんとき、まっじで大変だったんだよなあ。」

 

まあ、上忍の一部が猥談しか喋られなくなる事態ははっきり言って阿鼻叫喚だった。持続時間が短かったせいでなんとかなりはしたが。

 

「ああ、アスマと志村んとこの長男が収束に当たっておったのお。」

 

正直言って、その時の狭間のやらかしに関しては怒られるというレベルを超えているのだが、毎回、猿飛アスマと、そうして志村トビが何かと走り回っている。

止めればいいのにと一度話を振ったこともあるのだが。

二人とも顔を見合わせて首を振った。

 

曰く、もうそこら辺は諦めているそうだ。

 

「あれだ、なんだろうな。全力で振り回されるのも悪くないってか。」

「・・・天才なんです。それが分かっているから、めちゃくちゃした後に、全部が繋がった瞬間が気持ちいいというか。」

 

自来也は狭間というそれを思い出す。父親似の外見に、母親譲りの明朗快活な性格は刺さる人間には刺さるのだろうなあと思う。

 

「あれよなあ。何というか、初代や二代目、あと、三代目の周りの人間に人生めちゃくちゃにされとる奴多くないか?」

「そういうあんたも人のこと言えなくないか?」

 

それに自来也はそっと目をそらした。

 

「ああ、そう言えば、カグヤの奴は元気か?」

「ああ、昨日任務から帰ってきたぞ。ナルトやサスケと遊ぶって張り切ってたけど。」

 

話を思いっきりそらしたなあとわかったが、オビトはそう返信した。

カグヤというそれは三代目火影であるうちはカグラの末娘に当たるのだが。

皆が太鼓判を押して、誰よりもイドラに似ていると語る少女だ。

容姿もさることながら、醸し出す空気がそっくりであるらしい。ただ、その女は誰よりもマダラの戦闘力まで引き継いでいる部分もある。

ぱやぱやしているのだが、警戒心が非常に高く、あまり人前には姿を見せない。気質として猫に近いのだが、一度懐くと犬のように纏わり付いてくる。

 

(あれもあれで独特よな。)

 

カグヤというそれはどこか相反した印象を受ける。

黒い髪に麗しい顔をしており、忍者としても優秀だが、言動というか振る舞い方は幼く見える。けれど、瞳をのぞき込むと、まるで深い闇を見ている気分になる。

無表情で、まるで人に媚びることを放棄した猫のような、闇の中で狩りをする獣のような印象を受けるのだが。

けれど、親しい物の前では花開くように可憐に笑うのだ。というか、喋らなければ完璧な闇を抱えた美少女なのだが、口を開くと途端に幼児に成り下がる。

自来也はこの前、ナルト達と採ったのだと特大のカブトムシを見せられたことを思い出す。

 

「あれの片思いはまだつづいとるんか?」

「ああ、アカデミーのイルカ先生だろ?まあ、男を見る目はあったと確信は出来たけどな。それで・・・」

「いた!オビト兄さん!」

 

オビトと自来也の世間話の間に、割り込んでくる存在がいた。それは、オビトと同じ黒い瞳に黒い髪の、精悍な顔つきの青年だった。

 

「なんだよ、シスイか。」

「自来也様、失礼します。お話の途中に!」

「いや、かまわんぞ。」

「はい、それで、オビト兄さん。急いで猿飛邸に来てくれないか?」

「はあ、どうしたんだよ、突然?」

 

オビトのそれにシスイは気まずそうに視線をそらした。

 

「その、猿飛様と、志村様の孫自慢が白熱して、喧嘩に・・・・」

「はあ?またかよ!肝心の孫は?」

「呆れて遊びに行ってて。他のうたたね様とかはいつものことだから放っておけと言うし。」

「カガミ様は?」

「・・・俺の自慢をし始めて。」

 

それにオビトは天を仰いだ。

 

「・・・いや、待て。広間のじいちゃんやカグラのばあちゃんは、いや、そうだ湯治に行ってるのか。綱手のばあちゃんも留守だし。狭間は任務か。後の面々も、そうだな、確かちょうどいないのか。俺だけか。わかった、行くぞ!」

「はい、あ、カカシさんも連れてきますね!」

 

オビトは覚悟を決めたように頷いて自来也を見た。

 

「それじゃあ、ここでお暇するわ。話のネタに困るなら、うちの書庫の鍵貸すし。」

「おお、ありがたい。」

 

そのままオビトとシスイは慌ただしくその場を去った。

 

「・・・・オビト、お前も自分は違いますみたいな顔をしとるが。カカシも大分こじらせとるんだがなあ。」

 

それを見送った自来也ははあと改めて真っ白な原稿を眺めた。

 

「・・・・ネタがないのう。」

 

そう言ってぼやくように呟いて、その日もまた過ぎていった。

 



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番外編:ある日のシスイ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ごめんなさい、楽しくなって二回目の番外編です。次は本編です。

何?
ナルトの人間は同性同士でこじらせすぎじゃないかって?
逆に考えるんだ、同性だからこじらせたんだから、異性にすれば問題ないって考えるんだ。
という悪魔みたいな考えの内に書いてます。


うちはシスイは現在一人で暮らしている。

彼を溺愛しているうちはカガミは実家で暮らせば良いと言っているが、一度ぐらいはと家を出ている。

父や母もそれを認めてくれている。

その日も身支度を済ませて家を出た。そのまま向かうのは、昔なじみの家だ。

 

「・・・シスイか。」

「あ、はい。お久しぶりです。フガク様。」

 

シスイは少しだけ顔を引きつらせて答えた。

もちろん、シスイ自身、フガクのことが嫌いだとかではない。フガクは族長として申し分ない存在だ。

実力もそうであるし、何よりも気質だろう。

生真面目で職務に対して誠実だ。融通が利かない部分はあるが、法を守る者としてはそれぐらいがいいだろう。

 

(・・・・千手の人たちにはめちゃくちゃ人気があるんだよなあ。)

 

何故か、千手、といっても千手扉間の系譜の人間にはフガクはやたらと人気がある。

狭間曰く、ああいう不器用で堅物の人間って可愛くない?らしい。

といってもシスイ自身、やはり苦手だった。

彼の娘であるうちはイタチと仲のいいシスイへの視線はやはり刺々しい部分がある。

 

「何のようだ?」

「あ、えっと。イタチに会いに。」

「・・・イタチに?」

 

その威圧感にシスイは泣きたくなる。

シスイにはよこしまな気持ちはもちろん無い。

 

(いや、確かにぐっと来てしまった時もあるが。イタチとはあくまで友で!)

「あなた、シスイのことをいじめるものじゃないわ。」

「・・・いや、そんなことをしては。」

 

うちはミコトの登場にシスイはほっと息を吐いた。

元々、宗家の血筋はミコトであったりする。うちはイズナの孫に当たる彼女の争奪戦は当時は相当であったらしい。

うちはで絶大な人気を誇るイドラ姫によく似たミコトはそれこそ、うちはでもっとも尊き姫であったそうだ。

 

「あなたにも見せてやりたかったですねえ。結婚が決まったときのフガクの顔を。」

 

そう言って当時のことを話してくれた千手広間の顔を思い出しながら、シスイはミコトを見た。

 

「ごめんなさいね。イタチは今・・・・」

「シスイか?」

 

ミコトが口を開こうとしたとき、家の奥からひょっこりとうちはイタチが顔を出した。

 

「ああ、イタチ!?」

 

声が思わず裏返った。何故って、姿を見せたイタチは明らかに風呂上がりで、タンクトップから見せる諸諸にシスイは固まった。

 

「すまん、時間を間違えていたな。着替えてくるから待っていてくれ。」

「イタチ、なんて格好で出てきているんだ!?」

 

ばたばたと奥に引っ込んでいくイタチを追ってフガクもいなくなった。それにミコトがため息を吐いた。

 

「ごめんなさいね。すぐに出てくるから。」

「あ。大丈夫です。」

 

そのまま玄関に一人残されたシスイは息を吐いていると、また玄関が開いた。そちらの方に視線を向けると小柄な人影が見えた。

 

「あ、シスイ!」

 

ぴょんと自分に抱きついてきたそれをシスイは受け止めた。

 

「サスケか。おはよう。」

「おはよう!」

「アカデミーは、休みか。」

「そう!どうかしたの?」

「ああ、イタチを呼びにな。」

 

それにサスケは不機嫌そうに顔をしかめた。それにシスイは目の前の存在の機嫌をどう取るか悩んだ。

サスケからすればシスイは姉を連れて行く悪者だ。アカデミーが休みだというのだから、彼としてはイタチに稽古をつけて貰うことを計画していたのだろう。

 

「・・・今日は待機の予定だから、できるだけイタチが早く帰られるように頑張るから、な?」

「本当?」

「ああ、約束するから。」

「シスイは?」

「うん?俺もか?」

「ナルトの奴、狭間のおじさんに新しい術教わったって自慢するんだ!」

「なるほど。」

「火遁豪火球の術、早く会得して父さんに見せるんだ!」

「わかった、なら俺も早く帰られるようにするから。」

 

それにサスケはにこにこでシスイにじゃれつく。一人っ子のシスイとしてはその仕草が可愛くてたまらない。

 

「あ、そうだ。違うんだ、用があってきたんだ。」

「どうしたんだ?」

「カグヤが来てるんだ。」

 

 

 

うちはカグヤ。

おそらく、うちはの中で一番に独特な人間だ。

 

(本当に猫なんだよなあ。)

 

そこには縁側で丸くなって寝息を立てているうちはカグヤの姿があった。

カラスのような黒い髪に、真っ白な肌。そうして、見目麗しい顔立ち。長い黒い髪のせいか、優美な獣のような印象を受けるそれは、ミコトと瓜二つであるのに纏う空気が違う。

 

「カグヤ、起きろよ!」

「・・・・んん。」

 

サスケがカグヤを起こそうとゆすり起こすが、カグヤは眠そうに唸るだけだった。

 

「・・・今日はイタチの所か。」

 

うちはカグヤには困った癖のようなものがある。それは、やたらと眠ることだ。

任務となればしっかりと覚醒するのだが、それはそれとして気に入りの昼寝ポイントがある。

その中に、他人の家の縁側が入っているのだ。

 

(・・・うちははまだ身内だからいいんだがなあ。)

 

そのお気に入りの中に奈良家などの他家もある。うちはとしてはさすがにと止めさせようとしたのだが、無意味に優秀なカグヤを捕まえることも難しかった。

 

(シカク様とかは許してくれてるからいいんだけどなあ。)

「サスケ、起こさなくていい。家まで俺が送っていくから。」

「うん、わかった。」

 

サスケはそのまま家に入っていく。

 

(大抵の人間はこの人を見たらうれしがるんだけどなあ。さすがは日頃から可愛がられてるとこんなもんか。)

 

シスイは無遠慮にカグヤのことを抱き上げた。まるで野良猫を抱き上げるような仕草だった。けれど、幼い頃からオビトと共にそれと関わっているシスイからすれば、カグヤはまさしく猫だった。

どれだけ顔が良くとも、行動があまりにも突飛すぎた。

そうは言っても、何かしらをすればにっこりと笑ってぽけぽけとした空気の中でありがとうと言われると、次も何かをしてやろうと思ってしまうのだが、自分もちょろいなあとシスイは思う。

 

(ついでに家に送っていけば良いか。)

「・・・シスイ?」

「ああ。イタチか。」

 

シスイの気配に気づいたのか、身支度を済ませたイタチが顔を出した。

 

「カグヤ様がいてな、ついでに送っていっても・・・・」

 

そこでふと、シスイはイタチがカグヤのことをガン見していることに気づいた。はて?と、シスイは首を傾げる。

サスケによく構っているカグヤはイタチとも親交があるはずだ。なぜ、そんなにも凝視しているのだろうか?

 

「・・・シスイ。カグヤ様を渡してくれるか?」

「え、ええっと、どうしたんだ?」

 

シスイはすぐに気づいた。何故か、目の前で微笑む彼女が怒っていると言うことに。

けれど、それが何故かわからない。

シスイからすればよく姿を消す家猫を保護しただけの話だ。

なのに、何故イタチが怒っているのかわからない。

 

「いいから、渡してくれ。」

「いや、お前。」

 

どう見ても怒っている人間に、腕の中のそれを渡すのはためらわれた。

どこか幼くて、愛らしい、幼い頃から可愛がっていた妹分だ。イタチが彼女に何かをするのはないだろうが、それはそれとしてとも思ってしまう。

 

「何故、ためらうんだ?そんなにもその状況を手放すのが惜しいのか?」

「いや、本当にどうしたんだ?」

 

どんどん機嫌の悪くなるイタチに困惑していると、腕の中のそれがもぞりと動いた。それに視線を下に向けると、夜が己を見ていた。

ぞわりと、シスイの背筋に寒気が走る。黒く、深い色のそれは何か覗いてはいけないものを覗いた感覚だった。

が、それが笑った瞬間にそんな寒気は霧散した。

 

「シスイだ。」

 

弾んだ声、甘ったれた声音。にっこりと、幼子のような笑み。それにシスイも思わず笑みを浮かべた。そうして、カグヤを下ろした。

 

「あれ、もうこんな時間?」

「カグヤ、どこでも眠る癖はなんとかしないか?」

「眠いのは眠いからなあ。あ、もう、行くね。シスイ、イタチ、起こしてくれてありがとうね!」

 

ふにゃふにゃとした笑みでそう言われると、シスイも思わずにこにこしてしまう。やっぱり、妹分にお礼を言われるのは嬉しいのだ。

そのままカグヤは見事は身のこなしで庭から出ていく。

 

「・・・カグヤのことは可愛いか?」

「うん?そりゃあ、昔からの付き合いだしな。イタチだってカグヤ様のことは可愛いだろう?」

「・・・私は、可愛くないさ。」

「は?」

「なんでもない。それよりも行くぞ、シスイ。」

 

シスイはイタチが何故怒っているのかわからずに首を傾げた。

 

 

いいかい、女性というのは時々、妙なところで怒るものさ。それを受け止めてこそ男なんだよ。

なんて祖父は語っていたが、自分にはこれを受け止めきれる自信が無いなあとシスイは思う。上忍たちの待機場までイタチと歩きはしたが、何故、そんなに機嫌が悪いのかわからない。

 

(・・・何でだ?わからん。)

 

そんなことを考えていると、待機場でもまた何やらトラブルが起こっていた。

 

 

「だーかーら!オビトはカグヤに対して甘すぎるんだよ!」

「甘くねえって、何をそんなにキレてんだよ!?」

 

待機場の真ん中には、みんな大好きうちはオビト、そうしてその腕の中で爆睡しているカグヤの姿があった。

その目の前にいたのは一人の女性だった。美しい銀の髪を腰まで伸ばしたそれは、すらりとした痩躯ではあるが、しなやかな体をしている。

ただ、顔の下半分はマスクに覆われていたため、容貌自体ははっきりとわからない。ただ、涼しげな目元を見るに、美しい顔立ちをしているのはなんとなく察せられた。

銀髪の女、はたけカカシは心底妬ましそうにオビトの腕に収まったカグヤを見つめている。

 

「・・・・どうしたんですか、あれ?」

「あー。いつもの焼き餅だろ。」

 

そう答えたのは、疲れた顔をしている猿飛アスマだ。基本的にアスマは疲れた顔をしているのでシスイは気にはしなかった。

 

「実はさっきカグヤ様が入ってこられたんですが、そのままオビトの膝を枕に寝始めましてねえ。それを見つけたカカシがあんな状態に。」

 

そう言ってきたのはアスマの隣にいた志村トビだ。

父親似のせいで鋭利な印象を受ける顔立ちをしているが、全体的に苦労人臭がしすぎて近寄りがたさはなかった。どちらかというと人がよさそうな男だ。

 

「あー・・・なるほど。」

「大体さ、上忍のくせにたるんでるでしょ?もうちょっと厳しくしてもいいじゃない!」

「厳しくって、こいつは昔からこういう奴だし。大体、任務だとか緊急時はきりっとすっからいいだろ?」

「それでなんでオビトが甘やかすのさ!オビトがそんなんだからカグヤが成長できないんでしょ!!甘やかすならもっと頑張ってる人でもいいでしょ!?」

「甘やかすってなんだよ!?だから、いちいち意味がわかんねえんだって!?」

「意味わかんないって何!なんで、私にだけそんなに厳しいの!?」

「お前にだけ厳しいってこたあないだろ!?」

 

これは端から見ればなんになるのだろうか?

そんなことをシスイは考える。

 

「カカシさんも、昔からああですよね。」

 

イタチのそれに皆でうなずきあった。

カカシとオビトの関係は相当幼い頃に遡る。元より、縁戚関係にあった両親の頃からの関係で顔なじみであった二人ではあるが。

カカシは昔から天才だった。人よりも際だった才のせいか、なかなか友人を作ることが出来なかった。

そんなときに現れたのが、兄貴肌で、面倒見も良く、どれだけ邪見にされても平気な顔で構い続けるオビトである。

 

「色々あってからずっと引きずってるからねえ。」

「「うっわ!!」」

 

唐突に割り込んできたそれに皆が声を上げた。そこにはにっこりと微笑む男がいた。雪のような白髪に、鋭い切れ長の瞳。その造形は里の創設者の一人である千手扉間によく似ていた。

だが、纏う空気のせいだろうか、彼の祖父とはまったく似ていない。

にこにこと笑みを浮かべる様は父親の広間に似ているのだが、常時笑みを浮かべている狭間はまるで狐のようで、なんだか胡散臭い。

広間のぽけぽけとした空気を受け継がなかったせいか、ここまで印象が変わるのかと不思議に思う。

ただ、仕草自体はおっとりとしていて、忌避するほどの印象は受けない。

男は、千手狭間はどっかりと近くの据え置きの椅子に座った。

 

「狭間様、おられたんですか?」

「まあね。前のやらかしで謹慎とまでは行かないけど、活動自粛させられてね。」

「・・・本当に止めてくださいね。カグラ様に叱られるのは本当にごめんですよ。」

「そんなにこわい?怒った母上。」

「あんだけの殺気を浴びせられてそう言えるお前が異常なんだよ。」

「あれでへこたれてたら、術の研究なんて出来ないよ?にしても・・・」

 

狭間はそう言って、ずっとオビトに文句を言うカカシを見た。皮肉の連発をしながら敵愾心マックスでカグヤを見つめている。

 

「いや、にしても。そりゃあ、無愛想な自分にずっとかまい続けてくれて、死にそうなとき庇って半身潰れて帰ってきて、それでもお前が無事で良かったとか言われたらフラグの一つも立ちますよねえ。いやあ、オビトも気づかないのかねえ?」

「気づかないでしょう。あのうちはですし。」

「いや、うちはを何だと思ってるんですか。」

「忍術大好き、修行大好き、全体的に鍛錬馬鹿。」

 

それにシスイも思わず、うっと唸った。

うちはの恋愛事情ってどんな感じ?といわれるとまあ、見合いが主流であったりする。うちは自身、プライドが馬鹿高いせいで自分磨きに躍起になる。

若い内から修行、修行、修行好きが非常に多い。そのため、恋愛?何それおいしいのというのが多すぎる。

そのため、見合い結婚が殆どだ。ミコトのような事例が珍しいのだ。そのおかげで血の濃さの管理が楽なのだから、それはそうなのだが。

ただ、結婚したのだから誠実ではないとと一途に愛する努力はしてくるため家庭自体は円満なところが多い。

顔がよく、優秀で、おまけに浮気もしないとなればうちはは結婚相手としてひどく人気がある。

オビトも例に漏れない。

 

「オビト、子どもの頃からみんなに可愛がられてたしねえ。外に愛を求めなくても、満たされてるから修行に全振りだし。まあ、世話しないといけないのが多すぎて枯れてるよねえ。」

(・・・・オビトの悩みのタネの一人がなんか言ってる。)

「アスマ、何か?」

「イイエ、ナンデモナイデス・・・・」

 

アスマがぶんぶんと首を振る横でトビが口を開く。

 

「でも、オビトの曾お祖父様のマダラ様は奥方への和歌なんかも詠ってましたよね?」

「ああ、あれですねえ。」

 

狭間はちょっと笑みを深くした。

血縁で言うのなら、曾祖父のうちはマダラは自分の祖父母をモデルにした恋愛ものの他に本を出している。

というのも、敵対時代から手慰みに書いていたというチャンバラ物に、旅を題材にした随筆に、和歌まで詠んでいたのだが。

それを読んだ千手柱間がいたく感激した。弟であるうちはイズナの勧めもあって出版した作品はどれもが非常に売れた。

 

(・・・その中に、アカリの婆様っぽい人がヒロインの作品もあるから、爺様も爺様だけど。)

 

そこで狭間は己の父である広間のことを思い出した。

元より、扉間達をモデルにした恋愛物の本が出たきっかけは広間だ。生前に聞いていたという二人のなれそめなどのネタをマダラに持ち込み頼んだのだそうだ。

 

今後、世代を重ねて行くにつれて、うちはと千手がいがみ合わないか心配で。なので、両氏族が仲を違えないように、父上達の話を記録に残しておきたいんです。読みやすく、小説仕立てで。

 

こんな頼みでマダラがよく書いたなあと思われるが、イドラによく似た広間のそれに陥落したのだ。そうして、見事原稿を手に入れた広間は、これまたマダラをおだて、ねだりまくり、その話を出版まで持ち込んだのだが。

 

昔、父に聞いたことがあった。

忍の生活体系について触れている本を出版してよかったのかと。それに、広間は文机にもたれかかって楽しそうに笑っていた。

 

狭間、平和になった時、忍者にとって不利益なのはわかりますね?

ええ、そうです。

仕事がなくなりますよねえ。なので、外貨稼ぎは大事ですよ。戦がなくなっても稼ぐ手段は大事ですし。戦が起きてもお金がないわけではないので還元しておけば有事の時でも大丈夫ですし。

ああ、何よりも、広く流通していればブラフをてんこ盛りにして精度は低いですが、情報操作にうってつけでしょう?

いいですか、狭間。

おそらく、これからどんどん忍というそれは低迷していくでしょう。それは仕方が無い。ならば、せめて、我らの存在を覚えておいて貰いたいのです、私は、

人は、豊かになればなるほどに、刺激を求める。平和な世と娯楽というのは切っても切れません。恋愛物は世代の中で忌避されにくい題材ですし、許されぬ恋なんて響きも、ハッピーエンドが決まっているとなれば誰だって求めるんですよ。

何よりも、そのモデルになった地だとか、関係性も高ければ、観光としての宣伝にうってつけなんですよねえ。

ねえ、狭間。

 

(我ら忍は、いつまで、忍として生きていけると思いますか、なんて。)

 

狭間は父のそれに特別驚かなかった。というのも、狭間にとって父に問うたそれは試験問題を解いた後に、○ツケを期待する子どものそれでしかなかった。

今思えば、父は忍というよりも商人の思考に近いのかもしれない。

 

(・・・まあ、まーだ、需要と供給はなりたってるけどなあ。いつまでかは、孫世代とかになるとわかんないけど。)

 

「もういい!オビトのばーか!!」

「え、ま、カカシ!?」

 

騒がしさがピークに達した後、カカシが待機場を出て行く。いつのまにか、オビトが抱えていたカグヤも消えている。

オビトははぁとため息を吐き、ふらふらと狭間達のほうに向かってきた。

 

「・・・・なあ、まじでカカシの奴どうしたんだよ?」

「さあ。カグヤのことが心配なんじゃない?」

 

狭間のそれにオビトはうろんな目をした。皆、そっとオビトから視線をそらした。カカシの真意を言ってもいいが、それで余計にこじれて巻き込まれたくないのだ。

 

「・・・オビトさん。」

「あ、どうしたんだ、イタチ?」

「すぐに追ってください。」

「え?」

「カカシさんをすぐに、追ってください。」

 

威圧感のあるそれに、オビトはタジタジになる。他の人間に救いを求めるが、残念ながら皆。目をそらした。

人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られてしまうらしい。

イタチの威圧感に耐えきれなくなったオビトはクソっと叫びながらカカシを追った。また、イタチが不機嫌になったことを察したシスイは狭間にこそっと聞いた。

 

「・・・・イタチの不機嫌の原因ってわかりますか?」

 

それに狭間はゆるく目を細めた。

 

「まあ、春も近いし。発情期なんじゃない?」

 

それに頭に多くのはてなを浮かべるシスイに、狭間はふっと笑った。

 

 

 

火影岩の上に、一人の女が座っている。ちょうど、座りやすいと初代のつるっとした頭の上だ。そこで、彼女はじっと、夕暮れの空を眺めている。

女は明らかに一人であるのにぶつぶつと、何かに話しかけている。

 

「・・・・うん。オビトは万華鏡写輪眼になったよ。そうだね、神威は強力だからね。」

「うんうん、穢土転生に関してはお祖父様が情報を持ってるから、なんとかなるかな。改良版だよ。生け贄なしで、術者への憑依っていうのが正しいのかな?」

「サスケとナルトに会いたいの?また、鍛錬する約束してるよ。孫は可愛い?カグヤの婆様からして孫なの、あの子達。」

 

カグヤと名乗るそれはうんうんと、何かと会話をし続ける。そうして、また、空を見上げた。

 

「まだ、来ないねえ。うん、でも、来るんだよね。そうだね、なら、頑張らないと。ナルトとサスケは英雄にならない、なれない。悲劇は起きないから。でも、空からやってくるものはいる。うん、カグヤの婆様も手伝ってくれるんでしょう?うん?孫は可愛い?それ何回目?」

 

カグヤはそっと、己の胸の辺りをそっと撫でた。そこには菱形の痣らしきものが存在していた。

 

「みんなのこと、守ってあげなくちゃね。」

 

そう言って、女はぐっと背伸びをした。

 



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地雷に近づかなければいい?あっちから来る場合も存在する

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(・・・・朝。)

 

うちはイドラこと、千手イドラになったそれはむくりと起き上がる。そうして、ちらりと隣に目を向ける。

そこには空っぽの布団があるだけだった。

 

「・・・扉間様、帰ってこられなかったんだなあ。」

 

イドラはしょもりと、顔を下に向けた。

 

 

 

里の予定地、イドラの記憶の通りの木の葉隠れの里、の開拓が一応終った。

開けた場所には、今のところ千手とうちは、そうして同盟に参加を希望している氏族がぞくぞくと集まっている。

 

(・・・でも、おかげで扉間様や兄様たち、ものすごく忙しくなってるんだよなあ。)

 

イドラは寝ていた布団を片付け、家の仕事に取りかかった。

 

 

イドラは現在、千手の頭領である千手柱間の屋敷の近くに建てられた、こじんまりとした家に住んでいる。

宗家の人間とは言え次男であるのだから、夫婦と、あとは子どもが数人暮らせる程度の家でいい、と扉間からの要望であった。

イドラも掃除が楽なため、小さめの家で構わないと頷いた。

 

「・・・・子ども、何人生まれるんだろうな。」

 

家を見た義姉である千手アカリの発言について、残念ながら聞き届ける人間はいなかった。

といっても、現在住んでいる家もうちはの基準からすれば十分に大きいのだが。

千手は、他の氏族とも交流や下に置いているものがあるため、権威付けのためか規模が大きい。

千手の柱間と扉間が住んでいた屋敷なんて、正直、御殿という響きが似合うぐらいの大きさだった。

そんなこんなで、イドラはいつも通り、家の掃除だとか、洗濯だとかをしたあと、家を出た。家を出てすぐ、柱間の家がある。その家は、まさしく御殿という物にふさわしい。

 

「毎日、お掃除大変だろうなあ。」

 

そんな感想を抱えつつ、イドラは勝手口の方に向かった。

 

「こんにちはあ!」

「ああ、今日も来たんですね。」

 

そう言って出迎えてくれたのは、千手アカリと、そうしてすっかり顔なじみになった千手の女衆に、うちはの女衆だった。

 

 

現在、イドラは何日もの間、夫である千手扉間はおろか、兄であるうちはマダラや、うちはイズナに会えていなかった。

丁度、里の創設の立役者である四人はひいひい言いながら仕事に忙殺されている。

里が出来て、何が一番大事かというと、誰を受け入れるかという部分だ。

 

忍の連合を組まれるのを嫌がる者たちは存在する。それ故に、早い内に内部分裂を企んでいる存在が入り込むことは予想された。それと同時に、里の規模が大きくなれば、商人たちに職人も里に必要になっている。

千手兄弟とうちは兄弟は、大量にやってくる里への加入希望者のより抜きに、氏族たちの構える居の配置、氏族達からの不満の処理、商人達の相手に、里の外のやりとりに、大名達との調整、そうして諸諸の雑務。

 

「うちの夫、全然帰ってこないんですよねえ。」

「うちは、兄が。」

「皆、新しくやってくる一族の件でごたついているからな。」

 

女が集まれば姦しいというように、その場は非常に騒がしい。その場に集まっているのは、仕事をしている男達のために食事を用意している女達だ。

後は、うちはと千手の交流として行われている。任務に就いている人間は強制的に行動を共にするが、家にいるものたちはなかなかそうはいかない。

そのため、少しでもと、アカリとイドラが始めたものだ。その場にいる女達はアカリとイドラが選んだ、互いの氏族への感情がそこまで苛烈ではない者たちだ。

女達もその場の意味を理解しているため、言ってはならないことは察している。そのため、和やかな空気の仲、おしゃべりに興じていた。

 

「そう言えば、柱間の奴はこの頃帰れていないが。扉間もか?」

「はい、この頃はまったく帰られていないですよお。」

「頭領にイズナ様もですよ。」

「イドラ様、会われていないんですか?食事の差し入れの時も?」

 

うちはの女の一人が、不機嫌そうな顔をした。その女もイドラを可愛がっていた一人だ。イドラをないがしろにされている気分で顔をしかめる。

 

「扉間様が来るなと言われていて。」

「会うと家に帰りたくなるからイドラ断ちをしているんだと。」

 

それに女衆があらあらと口元に手を当てる。その仕草の意味がわからずにイドラは頭の上にはてなを浮かべた。

そんな中、千手の女の一人がアカリを見た。

 

「アカリ様も会われていないのですか?」

「私は時々、会っているな。」

「そうなのですか?」

「私がいると柱間が怯えて仕事が早く進む。」

 

それにうちはの人間はどよめいた。千手柱間といえば、自分たちの頭領と肩を並べる、最強と名高い忍だ。そんな彼が怯えるとはいったいどういうことなのだろうか。

 

「柱間様、昔からアカリ様に勝てませんものねえ。」

「どうかしらねえ。アカリ様の同世代の男達なんてやんちゃな奴ほどアカリ様に勝てない奴しかいないじゃない。」

「どんな強い奴でも、小さい頃に叩き込んでおけば反射で従うぞ。」

「その思考は少々邪悪では?」

 

そんなことを話しながら、弁当作りは進んでいった。

 

 

 

(・・・えっと、今日はこの後どうしましょうか?)

 

イドラ自身、特別にこれをやるというものはない。

自宅の手入れに、女同士での交流の場の取り仕切りが主ではあるが、それがものすごい量があるかというと違う。

里の構造がしっかりと決まれば、忍として任務を振って貰えるかもしれないが、それまでは特にない。

 

(・・・うちはの爺様達のところに顔でも見せに行きましょうか?)

 

ちなみに、うちはの里での居住区の割り振りは少し特殊になっている。

というのも、居住区が分けて二つあるのだ。一つは、火遁の修行のために川に近い、里の端。ここにうちはの人間の殆どが住んでいる。

そうして、もう一つが、中心街に置かれたマダラやイズナ、そうしてうちはの主な地位にある人間達が住んでいる一角だ。

秘密主義のうちはなら、隅の方に引っ込むんじゃないのか?

そう思われるかもしれないが、一部の人間達の熱烈な要望でこんな形になったのだ。

 

イドラに子が出来たとき、気軽に来れる場所に居住区を置いて欲しい!

 

そんな古参連中からの要望で、千手と対の形でそんな割り切りになった。ちなみに、マダラに気軽に会えるぞ~と柱間も喜んでいたりする。

そんな感じで、中心街の方に溜まっているだろうじじばば共に顔を見せに行こうかとイドラは考えながら道を行く。

道を行けば、千手の人間達が挨拶をしてくるのを、いつも通りわんこフェイスで応えて進む。

 

(あれ?)

 

イドラは帰ってきた屋敷にて、女が一人、立ちすくんでいるのを見つけた。

 

(ありゃ?)

 

ちなみにイドラと扉間の家に女中のような存在はいない。家の規模も小さく、また、二人ともあまり他の人間を家に置くのを好ましく思わなかったためだ。

イドラ自身、家のことは自分で行っていたため、一人でよいと考えていた。

子どもが出来たとき、そこら辺はおいおい考えようと言うことになった。

そのため、留守にしていた家に女を出迎える人間はいなかったのだろう。

 

イドラはじっとその女を見た。そうして、それが自分よりも弱いことを理解して、そっと女に近寄った。

 

「こんにちは!」

「え、あ、あの・・・・」

 

びくりと肩をふるわせたのは、美しい女だった。

金の髪に、青い瞳。

イドラはそれに、ふわああああと目を輝かせた。

 

(美人さんだあ!)

 

どこか、ビスク・ドールのような、西洋の絵に出てくる貴婦人のような美しい女だった。イドラはそれに目を輝かせた。

やっぱり、人間、美しいものは好きだ。アカリのあれはちょっと極端的すぎるが。

 

「どうかされましたか?あ、もしかして、新しくやって来られた氏族の方ですか?すみません、扉間様に挨拶ならば、今、留守にされていて。」

「あ、その・・・・」

 

改めて夫である男の不在に寂しさを覚えて、イドラは女を見た。よくよく見れば、女は己の腹を庇うように手を置いている。

何か、訳ありなのだろうか?

イドラはそれを察して、少しだけ考えた。

 

「・・・お腹空いてませんか?」

「え?」

「私、ご飯まだなんです!それで、誰かに一緒に食べて欲しいんですけど。あなたも食べませんか?」

 

女はたじたじになった。まあ、初対面の人間にそんなにがつがつ来られれば怯えもするだろう。けれど、イドラの後ろには幻視できるような尻尾が存在した。

足下でわんころが遊ぼう遊ぼうと全力で飛び回って、嬉しくない人間なんて早々いないだろう。

イドラのニコッ!!と擬音が付きそうなそれに女はこくりと頷いた。

 

「なら、準備しますね。そう言えば、お名前はなんていうんですか?」

「わ、私は、波風ウミと申します。」

「ウミさん!わあ、素敵な名前ですね!」

 

そう言った後、イドラは固まった。

待ってください、何ですか、そのめちゃくちゃ聞き覚えのある家名は。

 

 

波風、ナルトの中で覚えている人は少ないだろうが、はちゃめちゃに有名な家名だ。

なんたって、主人公の父親の家の名前なのだから。

 

(そっかあ!この時期からいたんだあ!いや、そりゃあそうだけど!)

 

イドラは頭の中で何に興奮しているのかわからない中、頭をぐるんぐるんとさせながら食事の用意をしていた。

 

「朝に炊いたお米に、お味噌汁に、扉間様達への差し入れの残りに・・・」

 

もてなしをせねばと、イドラはせっせと食事を用意した。

何と言っても、あのナルトのお父さんの、なんだろうかお母さん?おばあちゃん?なのだから。

何がだからなのか自分でもわかっていないが、よくわからないミーハー心みたいなものがあったのだ。

そうして、何故かひどく沈んだ顔で机の端に座る女の前に食事を並べていく。

顔色が悪い女に、イドラは体調が悪いのかと心配そうに顔をのぞき込んだ。

 

「あの、ご気分が悪いのなら一度休まれますか?ええっと、お布団敷きますか?」

「・・・・奥様は、私が何故、ここを訪ねてきたのか、お聞きにならないんですか?」

 

イドラは女が何故、家を訪ねてきたのか問おうとは思わなかった。何か、女からは寄る辺のない孤独な何かを感じた。そんな女の顔を、イドラはよく見た。

 

戦で、待っていた誰かが帰ってこない。待って、待って、待ってそれでも帰ってこない。

己の手からこぼれ落ちたもの、喪失、理不尽への諦観。

何かを亡くして、崩れ落ちる寸前の女。

 

たくさんいたのだ。葬式を上げて、葬列に並ぶ人間の顔を幾度も見たから。

だから、イドラはなんとなく、その女が助けを求めてここに来たような気がしたのだ。

 

「あなたがこの里の一人であるのなら、あなたも私の身内です。なれば、崩れそうなあなたを支える手を与えるのも、寝床を貸すのも、辛いというその背を撫でるのも、この身には義務であり、当たり前のことでしょう。」

 

イドラは何のためらいもなくそう言った。

普段はぼっけぼけの、駄犬である女だが、それは確かに幼い頃から宗家の人間として末端の人間の保護を行うということを教えられた身だ。

ならば、里の人間であるらしいそれを気遣うのはイドラにとっては当たり前のことだった。

それに、それに、女はばっとその場にひれ伏した。

 

「申し訳ありません、奥様。」

「えっと、何が・・・」

「私の腹には、扉間様の子がいるのです!」

「へ?」

 

一瞬の沈黙の後、イドラは叫んだ。

 

「えええええええええええええええええ!!!???」

 

 

 

 

「・・・ねえ、これの確認お願いできる人は?」

「むりぞ・・・・」

「俺ならまだ余裕があるからこっちに回せ。」

「ありがと、兄さん。扉間は?」

 

そこは仮設の仕事場だった。本格的に政治の中核の場としての建物は現在建設中だ。現在、四人は柱間の木遁で作った仮設のそこにいた。

隈の目立つイズナのそれに、机に座って書類を確認しているマダラは指さしをした。

そこにはイズナの何倍も黒々とした隈を抱えた扉間が怨念でも飛ばしてるんじゃないかというレベルで淀んだ空気を漂わせてそこにいた。

けれど、その処理速度は他の四人よりもよほど速かった。

 

「うわあ。すごい・・・」

「柱間の馬鹿が使えねえから千手でしか処理できねえ分はあいつが肩代わりしてんだよ。」

「ひどいぞ、マダラ!」

「うるせえ!てめえのせいでうちの妹は毎日寂しい思いしてんだからな!?」

 

意外というのは余計だが、書類整理などの細々とした事務に関してはマダラは得意であったりする。

元々、イズナと二人で一族の運営をしていたため、雑務などの道理を理解している分もあるだろう。そうして、柱間は出来ないわけではないのだが、机にずっと着いているのが苦手なため、集中力がすぐに切れる。

 

「お前の姉貴召喚すんぞ。」

「それは止めてくれ!俺は、本当に姉上のことは怖いんだぞ!?」

「たく、でも、もうそろそろ一息はつくんだよな。」

「うん、里に加入希望の氏族の選別が終るから。ああ、後、商人たちの選別も一応終ったからねえ。賑やかになるよ。」

「・・・・家に帰って寝てえな。」

「俺、これが終ったら結婚ぞ。」

「お前、嫁さんどんだけ待たせるんだよ。」

「そういうマダラは姉上のことどうするんぞ?」

 

扉間はそんな雑談を聞き流し、頭の中で事を整理しながら指示を紙に書いていく。

 

もうすぐ、この仕事が終る。そうしたら、家に帰るのだ。

 

(・・・帰る前にイドラに知らせて、風呂に入って。)

 

扉間の脳裏にはぱあああと顔を輝かせて、無いはずの尻尾をぶん回して自分に駆け寄ってくるイドラのことを想像した。

この頃、イマジナリーイドラの挙動の想像が上手くなっていってるのだが、どうなのだろうか。

 

(・・・こちとら、新婚なんだが?)

 

扉間は引きつりそうになる顔面をしかめて憎しみを紙にぶつけるように筆を動かす。なんだか、その紙自体が呪物になりそうな勢いだった。

自分自身、望んだことだ。

里の創設、氏族間での同盟。このぐらいの忙しさは察していたのだが、何が悲しくて、新婚の妻を放っておいて自分はむさ苦しい男四人と何十日も缶詰になっているんだと思う自分もいる。

というか、ことあるごとに、美人の嫁を貰ってと言われるが、家に帰れていない時点で意味も無い。

会いに来させれば良いじゃないかと言われればそうなのだが、この殺伐とした空気の中で、あのぼっけぼけの女に触れたらもう気が全部抜けてしまいそうで会うのはためらわれた。

 

あんまり家を空けると、浮気されるかもしれないから気をつけろよ。

 

それはいつかに同族の男が言っていた言葉だった。

 

浮気?死ぬことぐらいは覚悟の上な!が標語であるうちはの妻にはあり得ないが。ただ、粉をかけてくる男は違うだろう。

 

(・・・さっさと終らせる!)

 

扉間はこの仕事が終ったら、イドラと川釣りに行くことを決めた。

もちろん、扉間は家で絶賛トラブルが爆誕していることを彼だけが知らなかった。

 



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話すときは主語が大事

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「も、申し訳ございません!!」

 

目の前で黄金の髪をした、美しい女がそう言って泣きわめいている。それを前にして、うちはイドラこと、千手イドラは宇宙を背負った。

 

子ども??????

え、子ども??????

 

そうだ、目の前の女は千手扉間の子どもを孕んでいると言うではないか。

それに、イドラは、顔をぱああああああああと輝かせた。

 

「それはめでたいですね!!!」

 

弾んだ声でそう叫べば、頭を下げていた女、波風ウミはそれに思わず顔を上げた。目の前の、千手扉間の本妻であるはずの女は、もう、輝かんばかりの笑顔をウミに向けた。

ウミの顔には、思いっきり困惑の文字が浮んでいた。そんなことも気にせずに、イドラはもう、文字通り踊り出すほどにうれしがった。

というより、もう踊っていた。

立ち上がって、るんるん気分で両手を挙げて体を揺らしていた。

その場に千手アカリでもいればイドラに踊るのを止めさせていただろう。哀れになるほどに、ウミは困惑しながら目の前で踊り始めるイドラを見つめていた。

 

本妻に妊娠報告をしたら、にっこにこ笑顔で踊り始めた。

もう、恐怖しかない。というか、ウミは怯えて震えていた。

 

が、そんな普通の人間の繊細さなど意に返さないわんころはもう、有頂天だった。

 

(扉間様の赤ちゃん!!)

 

もう、何が嬉しいのかわからない程度に嬉しかった。扉間の血を受け継ぐ子どもというだけで嬉しさが爆発していた。

あまりにも、間男ならぬ間女への扱いとしては間違いすぎていた。

が、残念ながら、その女は本心として嬉しかったのだ。

その嬉しさの起因がどこにあるのかわからずとも、ただ、ただ、嬉しくて。

イドラはるんるん気分で踊っていたが、はっと我に返る。こんなことをしている場合ではないのだ。

 

「ウミ様!」

「は、はい!その、私としても、奥様と扉間様のことを邪魔する気は・・・・」

「寒くないですか!?」

「へ?」

 

思わず声を出したが、イドラはウミに近づいて口を開く。

 

「妊婦に対してあまりにもぞんざいでした!あ、妊婦の方なら、もう少し精のつくものが嬉しいですよね!!」

「え、あの・・・」

「お待ちください!!!なんか、こう、なんか、おいしい物を作りますから!!」

 

イドラはそう言ってその場から駆けだした。それをウミが茫然と見送った。

 

 

 

「・・・・そう言えば、扉間様にお伝えしないといけませんね。」

「え、あ、そうですよね!?」

 

イドラのそれにウミが思い出したかのように頷いた。現在、ウミは何故かイドラに髪を乾かされていた。

外を見ればとっぷりと日が暮れている。

その後、ウミはイドラにもてなされていた。意味がわからないが、そうなのだから仕方が無い。

イドラは一族内で教わった妊婦に嬉しい食べ物を買い込み、ウミに出した。その後は、寒くはないかと上着を引っ張り出し、なにを思ったのか、座布団を部屋に敷き詰めたりした。

夜になれば、風呂を焚き、ウミを入れ、そうして夫の妾というか浮気相手であるそれの髪を自ら梳かして世話をしている。

ウミは思う。

可笑しい、明らかに自分にするような態度ではない。

今のところ、誰よりもウミが困惑していた。いや、世話されるままにもてなされているその女も女なのだが、一番に動揺しなくてはいけないイドラの態度に飲まれているので仕方が無い。

 

「あ、あの、それで私のことですが・・・・」

「・・・ご安心ください、ウミ様。」

 

イドラはウミの手を取って、にっこりと笑った。

 

「必ずや、あなたの存在を認めて貰い、扉間様と暮らせるようにしてみせますので!!」

 

たぶん、色々と間違っている。間女としての経験など皆無のウミでさえも、そんな確信があった。

 

そんなウミの困惑など気にもとめずに、イドラはうっきうきだった。何故って、イドラは子どもが好きだ。これから、何者にでもなれるような生き物を愛おしがらない理由など無いだろう。

服の上からではわからないけれど、それでも、少しだけ膨らんだ腹を見てイドラは目を細めた。

イドラは扉間が好きだ。自分の存在を受け入れ、なんだかんだでものすごい勢いで振り回し、迷惑をかけているイドラを許してくれる彼が好きだ。

それは、イドラ自身、飼い主を慕う犬並の忠誠心と親しみだった。

 

(御子が出来るほど、扉間様から想われている方です!しっかりとお守りしなくては!)

 

イドラの背後にぶんぶんとうなりを上げる勢いで振り回される尻尾を幻視するぐらいにはふんすふんすと鼻息を荒くした。

 

嬉しいなあ、嬉しいなあ。

扉間様の家族が増えるんだ。それは、とてもいいことだ。それは、とっても、嬉しいことだ。

 

(いいえ、扉間様の妻の私にとっても、家族が増えると言っても過言では無いのでは!?)

 

なんて戯言も思い浮かぶ。

けれど、そうであるとするのなら、イドラはとても嬉しいと想う。

ずっと、いなくなるばかりの誰かのことを見つめていた。いなくなって、振り返ってくれない、去って行く誰かばかりだった。

けれど、家族が多くなると言うのなら、それ以上に嬉しいこともないだろう。

 

「・・・・ただ、私と扉間様の婚姻には色々と誓約というか、重大な意味がありますので。なので、あなたには窮屈な思いをさせると想いますが。許してくださればと。」

「・・・あ、あの、私は。」

 

ウミはそれに何か、ひどく困惑し、そうして、思い悩むように視線を畳に向けた。それをイドラは、彼女にとって今の立場に不安を感じているが故を察した。

 

「大丈夫です!」

「それは・・・・」

「あなたのことは、私が守りますから。」

 

イドラは女の、細くて白い手を握った。それにウミは顔をしかめ、震える声で言った。

 

「・・・・どうして、そこまで言ってくださるんですか?私の腹に、扉間様の子がいるからですか?」

「もちろん、それもあります。でも、それ以上に。」

 

あなたは、この里の人間なのだから。

 

「ならば、あなたのことは私が守りましょう。何があっても、産まれてくると言うのなら、その母にも、その子にも、確かに祝福があって当然なのだから。」

 

それにウミは泣いた。幼い子どものような顔で、ただ、ただ、苦しそうに泣いた。

 

 

 

(まずは、扉間様に伝えなくては。)

 

イドラもさすがに学習した。

この状態を素直にアカリや、己の兄弟に伝えればまさしくこの里は血で染まるだろう。というか、千手とうちはでもう一回戦争が勃発するのは目に見えている。

なので、まずは本人である扉間に伝えるべきだとイドラも理解していた。

その前に見ず知らずの女の言葉を信じて家に上げる時点で色々ダメなのだが、それについては気にしてもダメだろう。

が、そんなことはイドラにとっては関係ない。何故って、彼女には波風という家名を背負った女が産む子どもが、扉間の血を引くと疑っていなかったのだ。

もちろん、それは、波風ミナトという青年の存在があるのだが、それはイドラだけにしかもたらされない確信だ。

なので、イドラはともかくと待つことにした。アカリから、もうすぐ扉間たちの仕事もそろそろ一段落付くのだという。

ならば、少しの間は待っておいてもいいはずだ。

なんていうのは言い訳で。

 

「う、うっううう。」

(・・・泣いてる。)

 

イドラはそっと起き上がり、自分に背を向ける女の背を撫でた。

 

「気分が悪いですか?水でも持ってきましょうか。」

 

それにウミは首を振った。それにイドラはうなずき、そのまま背をなで続けた。

ウミは何故か、よく泣いた。泣いて、怯えるように体を震わせていた。イドラにはそれが何故かはわからない。ただ、ウミの立場を考えれば、こんなにも不安定な今が不安なんだろう。

だから、イドラはウミの背を撫でながら、大丈夫だと背を撫でた。

 

ウミはイドラに聞いた。

何故、そんなにも嬉しそうなのだと。ああ、だって、妻であるイドラにとって自分はじゃまであるはずだろうと。

 

(そりゃあ、私と扉間様はこれ以上無いほどに政略結婚なわけでして。)

 

なので、傷つくとか悲しいとか、そんな次元にいないのだ。どちらかというと、扉間の過剰な慈悲によって成り立っている身だ。

今想うと本当にひどいな自分のやらかし。

イドラはそっと、改めて扉間のために出来ることはしようと誓った。

けれど、イドラがそんなにもウミに優しいのは他にも理由があった。

 

「だって、嬉しいんですよお。こうやって、当たり前のように、赤子が生まれることを私は祝福できる。嬉しいなあ、本当に、嬉しいんですよ。」

 

イドラはそう言って、ウミの背を撫でて、そうして腹を見つめた。

 

「一族の女に子が出来ると聞いて、嬉しいとか、そう思うよりも、この子はいくつで死ぬんだろうか。ああ、いったい、いつ、葬式を出すんだろうと考えることの方が多かったから。」

 

今はねえ、そんなことを考えなくて良いから嬉しいんです。

 

ウミはそれに、何故かいつだって苦しそうに、泣いていた。

イドラにはそれが何故かわからない。わからないけれど、そんなとき、イドラはそっとウミのことを抱きしめてやるのだ。

まるで、泣きじゃくる幼子をあやす母のように。そうすると、ウミは泣き疲れて眠ってしまうことが常だった。

 

(・・・でも、やっぱりミナトさんの、おじいちゃん?お父さん?いいえ、女の子かも。まあ、それはいいとして。産まれたら、表沙汰には出来ないでしょうし。このまま、私が後見人てことにして、私経由で遺産相続とかだけでもしてあげるのがいいのかな?)

 

イドラはウミを見て、にこにこと笑う。

その、命を抱えた女が愛おしいのだ。

 

(扉間様の赤ちゃん、可愛いだろうなあ。というか、その場合、広間にお兄ちゃんが出来るのか。嬉しいかなあ。扉間様帰ってこないし、おくるみを縫ってしまった。ちゃんと、千手の意匠も縫い付けましたし。)

 

何を自分の子より先におくるみを縫ってんだという話だが、残念ながら扉間の赤ちゃんというものに魅入られまくっている女にそれを突っ込む人間はいなかった。

イドラの頭は孫フィーバーに浮かれる祖父母の境地だった。

そこに扉間がいれば、なんでお前はそうなんだとちょっと泣きたくなっただろう。

 

イドラはじっと、女の腹を見た。そうして、己のぺったんこの腹を見た。

 

(・・・でも、いいなあ。)

 

イドラは女の美しい金の髪を見つめて、少しだけ悲しそうな顔をした。

 

(私も、扉間様の赤ちゃん欲しいなあ。)

 

そう思いつつ、女はそのまま布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

帰ってこない。まあ、扉間が帰ってこない。

 

「と、いうわけで来てみました!」

「イドラ様!?」

 

ででんとやってきたのは仮設の仕事場だ。そこには、ゾンビ並みに顔色の悪い千手やうちはの人間が歩き回っている。

そうして、有名人であるイドラの姿に皆がざわめいた。そこに、ふらっふらのうちはヒカクが近づいてくる。

 

「どうされたんですか?」

「あ、ヒカク。なんか、すっごい隈が・・・・」

「あ、この頃、忙しくてですね。それよりも、どうかされましたか?」

「いえ、扉間様がまったく帰ってこないので。心配になりまして。あ、あと、差し入れです。」

 

ちゃーんと差し出した包みにヒカクがああと納得した。

 

「そうでしたね。結婚したばかりだというのに。お労しい・・・・」

「一目で良いので、会いたいのですが。」

 

それにヒカクは少しだけ悩んだ後、頷いた。

 

「そうですね。何はともあれ、癒やしぐらいはあったほうがよさそうですから。」

 

 

仮設のそこをイドラが歩くと、どんよりとした空気がその陽の気に当てられて少しだけ明るくなったように思われた。中には、明るすぎて逆にしおしおになる人間もいたが気にしなくて良いだろう。

 

そうして、たどり着いた、四人の執務室は、はっきり言おう何か、瘴気みたいなものが漏れ出ていそうなほどに淀んでいた。

案内されたイドラは、恐る恐る扉を叩いた。

 

「・・・はいってよい、ぞ。」

 

覇気の無い柱間のそれに、イドラは恐る恐る扉を開けた。

そこには、目が死んでいる兄や弟の姿があった。

 

「は?イドラ?」

 

いち早く正気に戻ったのはうちはマダラだった。彼は、今までに無いぐらい目の下に隈を作った兄がいた。

 

「・・・ああ、本当だ。」

 

そうして、近づいてきたのは半泣きで机に向かっている柱間の側にいた千手アカリだった。

 

「どうしたんだ?」

「扉間様が帰ってこられないので心配で。」

 

などと言っているが、そのわんころはこれから産まれてくる波風の子に関心がいきっぱなしでこの頃扉間のことを若干忘れ気味だったのは内緒の話だ。

それにアカリはああと頷いて、マダラやイズナ、そうして柱間に声をかける。

 

「・・・会わせて良いのか?」

「いや、もう、色々と限界だろうあれ。」

「なんか気力が回復するんなら会わせて良いと思うよ。」

「このままだと、扉間の奴過労死するぞ。」

 

イドラはきょろきょろと部屋の中に扉間を探すが、書類の山ばかりで彼の姿が見えない。振り返ったアカリが手招きをした。

 

「扉間ならあそこだ。」

 

それに視線を向けると、そこには堆く積まれた巻物などの山だ。それにイドラははっと気づいて、山の裏側に回る。

 

そこには、死んだ目で、くっきりと残った隈を抱えた扉間がキマッた目で何かを書付けていた。

思わずマダラたちを見たが、皆、すまんと手を上げた。

 

「そいつ、この頃ずっとその机から動いてないんだ。何か腹に入れさせたいから、声をかけてみてくれ。」

 

言われてみれば、なんだか扉間は臭った。激しい運動をしていないとはいえ、清潔からはほど遠い。イドラは意を決して、扉間の太ももを叩いた。

 

「扉間様!」

 

それにようやく扉間の視線がイドラに向けられた。扉間はイドラを視界に入れると、筆を置き、そうして大きくため息を吐いた。そうして、無言でイドラを抱き上げて己の膝の上に載せる。

扉間はそのままイドラのほっぺたを無言で揉み出した。

イドラは何故だという顔でそれに甘んじた。

 

「・・・・姉者。」

「なんだ?」

「ワシはもうダメかもしれん。」

「どうした?」

「イドラの幻覚まで見え始めた。」

「扉間、それ本物だぞ。」

「本物、ほんもの・・・・・」

 

扉間はぶつぶつ良いながらイドラの胸を揉み出した。細めの女が多いうちはの中で、そこそこ大きめのそれを無言で揉む。

イドラは意味がわからずに固まった。

 

「・・・あれ、アウトか?」

「いや、もう正気じゃないぞ?」

「まじで酷使しすぎたな。」

「しょうが無いよ。新しく大きめの商談と、大名達との謁見の調整に、護衛の選抜とかが一気に来たからねえ。」

 

書類の山に囲まれた扉間をのぞき込みながら、柱間たちはそんなことを好き勝手に言った。マダラやイズナたちが扉間のそれに怒らなかったのは、その手つきがいやらしさというよりは、可愛がっている犬に久方ぶりにあって腹を撫でるような手つきに似ていたせいだ。

というか、一番こういった仕事が得意な扉間を酷使しているという自覚がそれぞれにあったため、まあ、これで済むなら放っておいてやるかと思っていたのだ。

新婚を長いこと仕事場に縛り付けた罪悪感も確かに存在していた。

 

 

そんなことなどつゆ知らず、扉間はやわっこいそれを揉みながら、肺いっぱいにこの幻覚の匂いを嗅いだ。

久方ぶりの感触に、そうして、あの待ちに待った匂いだ。

日の光の下でたらふく遊んだ子どものような、けれど、どこか甘い、良い匂いの最高峰と言えるそれに扉間は脳が溶けるような感覚がした。

 

ああああああああ、もう仕事したくねえなあ。このままこの柔っこいのに包まれて寝たいなあなんてことを扉間は考える。

けれど、ほっぺたをぺちぺちと叩くそれで、ようやく沈みそうな意識を引っ張り上げた。

 

「とーびーらーま、さーまー!」

「なんだ?」

 

扉間はようやく、若干思考を正常に戻し始めた。

なんでいるんだだとか、どうしたんだとか、そんな言葉が出そうになるが、結構な長い間放置している自分では、なぜ来たなんてどの口が言えるという話だ。

そのため、言葉少なにそう言うと、イドラはにぱああと笑った。

その犬っぽくて、けれど、やっぱり見目麗しい女であるイドラの満面の笑みに扉間は、脳内で馬鹿みたいに思った。

 

あああああ、可愛いなこいつは。

疲れていたのだ、どこまでも、思考として、徹底的に。

といっても、扉間自身、朴念仁というわけではない。それ相応の欲もあるし、美醜もわかる。ただ、その思考を切り捨てられる程度にリアリストなだけだ。

けれど、やっぱり、姫君という言葉がよく似合う、愛らしい女が全力で大好きだとみてわかる笑みを自分に向けてくるとそんなばかみたいな考えだって浮んでくるのだ。

 

全力で自分に懐いて、心配そうに見つめてくる、愛らしいそれは忍というそれから本当に遠い。しみじみとまた、これはよくこんな世界で生きて来れたなあと、生かし続けたマダラに感心する。

 

イドラは扉間の返事にくすくすと少女のように笑って、これ以上嬉しいことはないのだというように小首を傾げた。甘えるように上目遣いをするそれは、子犬のような愛らしさと共に、妙な色香も漂わせていた。

 

(愛らしい、いや、外見が。客観的に見て、愛らしいんだ、こいつは本当に。)

 

今までしてきたやらかしは酷すぎるのだが。

 

そんなことを考えていると、イドラはそっと、扉間の耳元で囁いた。

 

「あのですねえ、扉間様。うれしいことがあるんです。」

「だから、なんだ?」

 

イドラはそれに、こっそりと、扉間にしか聞こえない声量で囁いた。

 

「扉間様の赤ちゃんが出来たんですよ!」

 

色々と主語の抜け落ちたそれに扉間の目がかっと見開かれた。そうしてまた、一つの騒動が動き出したのだ。

 



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誰がそこまで寛容になれと

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

イドラの本音も書かねば


あかちゃん?

千手扉間の、かれこれ幾日ろくな休息が取れていない脳裏に飛び込んできた単語を正確に認識できるまで時間がかかった。

 

(赤ちゃん、赤ん坊、子ども・・・・子ども!?)

 

扉間はばっと妻であるうちはイドラこと、千手イドラの肩を掴んだ。

 

「え、あ、は!?」

「はーい!」

 

あら、元気なお返事!

イドラはにこにこ笑顔で手を上げて、扉間に小首を傾げた。

そんな中、扉間は回らない頭の中で考えを巡らせる。

 

(子!?いつの、いや、時期的にあり得る。子、つまりは、あの子が生まれるのか。名前は広間で決まりなのか?男の子か。もう少し、イドラに似ている方が。いや、空気だけはそっくりだったから。次で娘を狙っても。出来れば、イドラに似てる子が。いいや、その前に出産においてのリスクが。イドラは丈夫な方だと聞いているが、うちはの人間はお産で死ぬ人間が多いと。やはり、医療忍術に関して力を入れるべきか。にしても、兄者よりも先に子が生まれるのは。木遁使いであるであるのなら、養子に。いいや、そんなことをすればイドラが。)

 

頭の中で茫然と、そんなことを考えていたが、ふとそれを見た。

 

いや、こんなことをしている場合ではない。

扉間はイドラを壊れ物を扱うように抱えて立ち上がった。それに千手アカリやうちはマダラなどがなんだなんだと視線を向ける。

 

「兄者、マダラ、それにイズナに姉者!少し抜けるぞ!」

「は?おい、扉間よ!?」

 

背後から兄の声が聞こえるが扉間はそれも気にせずに部屋を飛び出した。そんなことより身重の妻だ。

姉がいなければ仕事をさぼろうとする兄よりも優先すべきだろう。

扉間は家に帰り、イドラのことを考えて一族の女を手配することを算段に入れた。飛雷神の術で帰れば一発ではとは一瞬考えたが、胎児への影響がないとも限らないため、そのまま抱えていくことを選択した。

 

問題は、置いていかれた人間だ。扉間の強行に始めにアカリがその後を追った。

 

「待て、扉間!せめて、これの決裁だけでも!」

「は、待て待て!こっちの件どうするんだ!?」

 

アカリが追っていくのに、マダラもまたその後を追った。残されたうちはイズナと、そうして柱間は顔を見合わせた。そうして、互いににっかりと笑って部屋を飛び出した。

 

 

 

「・・・・これの報告書、誰に出すんだ?」

「ああ、それは確か・・・・」

 

その時、うちはと千手の二人が報告書の提出先について話をしていた。けれど、遠くに何か、騒がしい声が聞こえてくる。

 

「うん?」

「あ、は、扉間様!?」

「すまん!」

 

二人は廊下の真ん中で話している中に、何故か妻を抱えた扉間が飛び込んでくる。それを二人は左右に分かれる形で避けた。

 

「え?」

「な、なんだ!?」

「ちょっとすまんな!」

「え?アカリ様?」

「どいてくれ!」

「頭領!?」

 

その次にアカリとマダラが後を追う。それを二人は茫然と見送る。というか、上の人間があんなにも慌てるのだから何かが起こっているのか?

そこにまたばたばたとイズナと柱間が飛び込んでくる。

 

「はっはっは!すまんの!」

「扉間の奴、はっや!」

 

柱間たちもまた扉間を追って走って行こうとしたため、うちはの青年は慌ててそれに声をかける。

 

「と、扉間殿はどうされたんでしょうか?」

 

それにイズナが立ち止まり、答えた。

 

「いやあ、仕事させすぎて壊れちゃったみたいでさ。」

 

それに千手とうちはの二人ははあと目を見開いた。

 

 

 

扉間は本当に飛ぶような速度で走り、そうして、家に到着した。もう、内心はうっきうきだった。

子ども、青年になった息子にはすでに会っているという異常事態はおいておくとして、会った青年は可愛かった。

表面的にイドラに似ているというのが大変に良い。

 

「扉間様ー、下ろしてくださいー・・・」

 

そう言ってイドラが腕の中でちたばたとするが、扉間が不機嫌そうに腕の力を強くした。

 

「何を言っている、身重の体でそのようなことが許されるはずがないだろう!?」

 

それにイドラはきょとんとした顔をした。それに扉間はようやくわかったかと頷きながら家に入っていく。

 

「ともかく、一族の者から手伝いの者を選ぶ。初期が一番大事だからな。ワシもさすがに休むことはできんが、これからは夜には帰ってくるように周りに押しつけ、いいや、頼むようにしよう。」

 

言っては何だが、扉間は浮かれていた。

なんだかんだで子どもの好きな男だ。弟たちのことも有り、庇護すべき幼い子どもは大好きなのだ。そんな中、当人は認めていないがハチャメチャに可愛がっているイドラの懐妊に、男は浮かれていた。

足下が明らかに弾んでいる中、イドラがまたぺちりと頬をはたいた。

 

「何だ、イドラ、どう・・・」

「私は妊娠してませんよ?」

「は?」

 

何を言われているのかわからずに、腕の力が弱くなる。それにイドラはするりと、地面に下りた。そうして、めちゃくちゃに得意げな顔でイドラが家の中に扉間を招き入れた。

 

「ふふん、ご安心を。イドラがちゃんと保護しておりましたので。」

「ま、待て!イドラ、お前は何を言っている!?」

「何って、扉間様だってわかっているはずなのに!でも、安心してください。このイドラ、全力で扉間様の幸せのために協力しますので!」

 

そう言って連れてこられた部屋には腹の膨れた黄金の髪の女がいた。

 

「波風ウミ様です!」

 

イドラがはちゃめちゃに良い笑顔で言った。それに扉間は女を凝視した。

 

誰?????

 

頭の上にはてなが三つとか四つとか、それぐらい出ていた。

 

ウミと呼ばれた女は、怯えるように己を見ていた。それに、イドラが慌てて女の元に向かい、そうして、女の背を撫でた。

 

「大丈夫ですよ、扉間様はお優しい方ですから。私が、あなたのことも、子のことも守ってあげますからねえ。」

 

イドラはまるで母のように女に微笑んでいた。それを見ながら、扉間は考える。

いや、誰?

 

(子が、ワシの子が出来て。いや、イドラの腹にはいない?それで、この女は?)

 

徹夜と連日の疲労、そうしてイドラの発言でハイになった精神には現状はあまりにもぶっ飛びすぎていた。そこでイドラが少しだけ不機嫌そうな顔になって扉間の方に近づいた。

そうして、扉間の背中をぺちぺちと叩いた。

 

(扉間様!お声ぐらいかけてくださいよ!)

「・・・・待て、イドラ、一度話を聞かせろ。これは、なんだ?」

 

それにイドラはぷくりとほっぺたを膨らませた。

 

「何を言ってるんですか!扉間様の子を孕んでいるんですよ!そんなことを言うなんて!」

 

それにぶわああああああと扉間の背中に嫌な汗が浮び、イドラを見た。

待て待て待て待て待て!!!??

まったくといって良いほど覚えがない。というか、子どもは?

扉間はがんと頭を殴られたような気分だった。完全に浮かれきっていた分、衝撃がすごかった。

がっかりした、ひたすらに、がっかりした。けれど、はっと気づく、そんなことを気にしている状況じゃねえと。

そうして、扉間は叫んだ。

 

「違う!!」

「何がですか?」

 

扉間はイドラの肩を掴み、必死に言葉を重ねた。

 

「確かに、お前と会う前はそれ相応に、その、商売女と関係を持ったことはある!だが、お前との婚姻が決まってからは、そういった類いのものとは縁を切っている!」

 

イドラはそれに不思議そうに首を傾げる。

 

「お前とてわかっているだろうが!この婚姻は何があってもケチが付いてはならんことぐらい!ならば、ワシがそんなことをするはずがなかろう!?」

 

その様は、言っては何だが非常に情けなく映った。完全に浮気が妻にばれた夫でしかなかった。

が、扉間からすれば本当に覚えがない。扉間は黄金の髪をした女を憎々しげに睨んだ。怯えるように体を震わせる様は小動物のようだが、扉間にとっては忌々しいことこのうえない。

大体、何故、本妻であるイドラが夫の子を孕んだと言ってくる女をかくまってるんだ?

 

「大体、その女の腹の子がワシの子だという証拠はあるのか?」

 

扉間は必死に弁明をした。まあ、弁明をしなければ命の危機だ。背後に赤毛の姉が迫っている気がした。

が、扉間のそれにイドラは揺るがない。悲しいかな、それの脳裏には元気に飛雷神の術で飛びまくっている波風ミナトの姿があった。が、そんなことを扉間に説明しても埒があかないこともわかっている。

イドラは無言で扉間を廊下に押しやり、そうして障子を閉めた。おそらく、女への配慮でのことだろう。

 

「ですが、扉間様、考えてみてください。こうやって、わざわざ訪ねてくるぐらいの覚悟を持っておられるのですよ。嘘であるのなら、このようなことを行うなんてあり得ません!」

 

ちょっと扉間も黙り込んだ。けれど、いいやと頭を巡らせる。

なんとか、なんとか、現状を打破しなければいけない。眠っていないせいでぼんやりとする頭を動かす。

頭を悩ませる扉間に、イドラは淡く微笑んだ。

 

(扉間様の様子からして、たぶん、今回のお子は事故みたいなものなのかもしれません。ですが、それはそれとして責任は取らねば!)

 

ふんと息を吐き、イドラは扉間の肩に手を置いた。

 

「扉間様、そんな顔をなさらないでください。愛がなくとも子は生まれますし。一夜の過ちというのなら、私もそれを支える覚悟です。ともかく、アカリ様たちに伝えても殺されない方法を考えましょう?」

「いや、どう足掻いてもワシが死ぬぞ!?」

 

なんで父親であるという自分よりも、イドラの方が先に腹を決めてしまっているんだ?

というか、この女、間女についての感覚として腹が据わりすぎているだろう?

 

「イドラ、貴様はなんとも思わんのか!?」

「なんとも、とは?」

「ワシが外で子どもを作ったことに関してだ!」

 

それにイドラは少しだけ、目を伏せた。

 

「私は・・・・」

「それは、私も聞きたいなあ。」

 

背後から聞こえてくるそれに、扉間は肩をふるわせた。わかる、背後にいる存在。怒れる存在が、確実に存在する。

扉間は咄嗟にイドラを掴み、そうして、飛雷神の術で逃亡した。

 

 

 

「おい、どうした!?」

 

一歩遅れて到着したマダラは、扉間の家にて声をかける。けれど、誰も出てこないために、庭方面に面した部屋のほうに声をかけた。何故か、家の障子や襖が開け放たれており、中を覗くと、そこには一目で怒っているとわかりきったアカリと、そうして見慣れない黄金の髪をした女が一人。

女は怯えるように体を震わせている。アカリはその女に何もしないと声をかけた。

そうして、アカリはマダラに無表情でもわかるほどの怒気を孕ませて言った。

 

「マダラ殿、うちはの人間を借り受けてかまわないか?」

「は?何を・・・」

「愚弟の捕獲に、人手がいるのでな。」

 

怒れる焔のような女の気迫に、マダラは思わず、はいと頷いてしまった。

 





ぼんやり考えてる原作世代の子達

狭間
情は深いが、シンプルに性格が悪い。気に入っている人間ほどいじめたがる部分がある。広間譲りの木遁使い。祖父からの禁術の研究を受け継いでいる。固有の瞳術は○○しないと出られない部屋

マヒル
マダラの二番の目の子の長男。マダラのクローン。自分にも他人にも厳しくてめちゃくちゃに怖い。ただ、面倒見はいい。狭間が止まらないときは殴って止める。

オビト
マダラの直系の中での良心。周りのストッパーで慕われている。別名トラブル処理係。カカシとは幼なじみ。基本的にマダラの残した家を継いで、管理をしている。

カグヤ
一番のイレギュラー。中におばあちゃんが一人いる。柱間並の木遁と生命力を持っている。おばあちゃんとの仲は良好。固有の瞳術は某人狼みたいな存在の希釈能力。

柱間のひ孫
見た目は柱間の女バージョン。曾爺様そっくりなのに木遁使えないため周りに色々言われている。そのため、ネガティブな性格。マヒルを兄上を慕っている。

原作ルートだけカグヤ以外みんな死ぬ。人数はおいおい増えます。


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イドラの情

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

なにか、いろいろとすみません。


 

「扉間様!?」

 

驚いた声を上げたイドラに扉間は頭を抱えた。彼がいるのは、木の葉の里の、さらに外の洞窟の中だ。

何かあったときの避難用にと考えていた洞窟の中だ。

腕の中のイドラがじたばたとするが、それを扉間は精神安定剤のようにそれを抱えた。

やってしまったと彼自身が思う。

 

(完全に、外で女を作ったことがばれて逃げ出したことになっている!)

 

言い訳をすれば良かった!

扉間は非常に後悔していた。いや、姉である千手アカリにびびりまくった己が悪い。

 

(何があっても、言い訳程度は聞いてくれたはずだ!あの女の腹の出具合からして、すでにイドラとの婚姻は決まっていた。そんなときに争いのタネをまくほど、ワシが愚かでないことぐらいは理解しているはず!)

 

何せ、母親代わりの女だ。ある程度の証拠を示せば、こちらの話を聞いてくれたはずだ。

けれど、逃げ出したせいで、完全にその体をなしてしまっている。

 

「扉間様?」

 

きょとりと自分を見上げるそれに扉間はとうとう怒りを爆発させた。

 

「愚か者が!!何故、あの女を家に招き入れている!?」

「え??でも、扉間様の子を孕んでいると、それに波風だし・・・」

「馬鹿者が!あの女の腹の大きさを見ろ!あの頃には貴様との婚姻は決まっておった!不和の元凶をばらまくほど、貴様の夫は愚かか!?」

 

それにイドラは目を丸くした。そうして、言った。

 

「覚えは、ないのですか!?」

「あるかあ!!さすがに関係を持った女で、あれだけ派手な女がおれば覚えもあるわ!」

 

イドラはそれに目を丸くして、そうして、ぐずぐずと泣き出した。扉間はそれにぎょっとするが、当人はその場に、地面にひれ伏して泣き出した。

 

「と。」

「と?」

「扉間ざまのあかちゃんいないの!?」

 

えーんと、泣いているそれが本当にわからなかった。いいや、最初から理解など出来ていないが、そこで泣くのかと扉間は茫然とする。

 

「扉間さまのあかちゃん!」

「ええい、何故それでお前が泣くんだ!」

 

扉間は困り果ててイドラの体を起こした。脇の下に手を入れて、幼子のように抱き上げれば、それは本当にぐずぐずと泣いていた。

幼児並の号泣っぷりに扉間はうわあと呆れた顔をした。

 

「だってえ、扉間さまの赤ちゃんに会えるってえ・・・・」

「ええい!これからいくらでも産ませてやるわ!それよりも、お前は何を考えているんだ!身元もわかっていない女を信用して家に上げるなど。」

「不審なことをしても、あの人のこと拘束したり、屈服させるぐらいは出来る程度の実力差はありましたもん!」

「なんでそんなところで変に脳筋なんだ!?どうして、すぐに皆に相談しなかった!?」

「だってえ、そんな人が来たって言ったら、扉間様、うちはの人に殺されちゃうって・・・」

 

言わんとしていること自体は理解できるのが辛いところだ。扉間はぶらんとぶら下がった、涙と鼻水をぐずぐずさせた女を見る。

扉間はこれからどうすると頭を抱えながら、現実逃避のように呟いた。

 

「お前は、ワシのことが嫌いなのか?」

 

それにうえ?と自分を見つめるイドラに、扉間はため息を吐いた。

それは自分のことが好きなのだと、扉間は確信している。そうでなければ、今までの諸諸のそれに説明が付かないだろう?

 

それが、恋だとか、甘ったるい感情であるのかわからないが、扉間はその女が自分を好きであることに疑いを持っていなかった。

そうでなければ、あんな態度とか、自分に寄ってきてぽけぽけ笑って、好き好きオーラをばらまくことなどないだろう?

 

それにイドラは少しだけ困った顔をして、首を傾げた。

 

「なんだ、答えられないのか?」

「・・・・いいえ。答えられないわけではないんですが。でも、これ、扉間様に言ったら、こう、意味が無いというか。扉間様には隠しておきたいというか。」

 

それに扉間は眉間に青筋を立ててイドラを下ろして、ほっぺたをまた引っ張る。

 

「ほおおおおおお!今、現在!ワシに散々に迷惑をかけておいてよく言えたなあ?」

「うえええええええええ!ごめんなざい!」

 

いつも通りほっぺたをもちもちとした後、イドラはほっぺたをさすりながら扉間を見て観念したような顔をした。

 

「いえ、扉間様、私、あのですねえ。」

「なんだ!」

「扉間様と結婚できて、すごく嬉しいと思っています!ええ、もう、やったぜと思える程度に!色々とご迷惑をかけてる現在も、よくしてくれているのですし!」

 

でも、と。

イドラはなんとも言えない顔で扉間を見た。

 

「扉間様を好きになればなるほどに、恐ろしいのです。いつか、あなたは里を優先して、選択をして。その選択肢の中に、あなた自身が入っていたとき、どうすればいいのだろうと。」

 

扉間は思わず固まって、その黒い瞳を見た。

普段の、ぼけっとしたそれからは考えられないような、静かな声だった。ひどく、凪いだ目だった。

 

「それほどのことが・・・・」

「ありますよー、あるときも、あるでしょう。可能性はあるのでしょう?それで、それで、あなたがいなくなって、あなたのいない里で、兄様も、イズナも、一族のものだっていて。もう、子どもの葬式も、上げることだってそうそうないって。私、この里が出来て、本当に嬉しくて!」

なのに、と女はひどく老いた、生き疲れたような顔で扉間を見上げた。

 

「私、あなたがいなくなった里を、愛していられるのか、わからないのです。」

 

イドラは掠れた声でそう言った。

見上げた先の、その男は、ひどく困惑した顔をしていた。それに、イドラは話さない方がよかったのかと、ぼんやりと思った。

 

 

兄が好きだった。

兄弟の中で、一等に、兄のことが好きだった。それが何故かはわからない。ただ、漠然とイズナの手前それを言うことはなかったけれど、兄のことが一等に好きだった。

不器用で、優しくて、他人の願いを優先して黙り込んでばかりの兄が好きだった。

幸せになって欲しかった。

だから、未来が見えたとき、扉間には散々に迷惑をかけてしまったけれど、なんとかなったときはほっとした。

 

扉間にできるだけ、誠実に、真摯であろう。

男の性格は知っていた。

合理的で、そのくせ人が好きな、優しい男だ。嫌いになる理由はない。なによりも、自分がいなくなっても泣かないでくれる。

 

愛したものを亡くした人間が、崩れ落ちる瞬間を知っている。

個人主義で、自分の強さに固執している己の血筋は、そのくせ、自分だけで良いとうそぶきながらどうしようもなく誰かを愛していた。

そうして、その人間を亡くしたとき、崩れ落ちる瞬間を知っている。

 

イドラはいい。だって、彼女の愛している人たちは誰よりも強くて、きっと戦場で彼らを殺せる人間は少数だ。そうして、その殺せる人間ととっくに手を繋いでいる。

だから、いい。

イドラは、自分が死ぬのだって納得できると思っている。

イズナにはマダラがいて、マダラにはイズナがいる。愛しい誰かが死ぬぐらいなら、自分が死んだ方がましで。

 

なのに、なのに、今になって、その順位が塗り替えられようとしている己に愕然とした。

 

扉間が好きだ。

きっと、自分が死んでも彼は変わらず歩いて行くから。振り返ってもくれないかもしれないけれど、此岸に立ちながら死んだように過ごすこともないだろう。

ああ、よかったと、そう思って。

そんな彼だから、思う存分愛せることが嬉しかった。どれだけ愛を注いでも、きっと彼は変わらないから。

だから、嬉しくて。優しい扉間が好きだ。

自分が散々に引っかき回したそれらを前にしても、自分に優しくしてくれる彼が好きだ。

けれど、ふと、気づくのだ。

 

男の在り方を知っている。彼は、命の使い方を最初から決めていて、そうして、彼を失ったとき、自分はどうするのだろうか?

 

扉間が死ぬなんてあり得ない?

いいや、筋書は変わっている。ならば、自分の予想がつかない、圧倒的なイレギュラーもまたあるかもしれない。

もしも、里のために、扉間が死んだとき、自分は、自分は、どんな選択肢をするのだろうか?

 

肥大した、己の愛が恐ろしかった。

 

兄も、イズナも、死んだときについて考えて、耐えられなければ死ねば良いと安直に考えていた。二人がいない世界に興味は無かった。

なのに、扉間が死んだときを考えて、その時、自分は彼を奪った何かを憎んでしまいそうで。

それが、恐ろしかった。

 

「・・・・扉間様は、己の死ぬときの選択を間違えないでしょう?ええ、それでいいのです。私だって、もしも、その選択肢が来たとき、命ぐらいならば捧げましょう。それは、いつかに、私たち大人が決断に踏み込めず、死んでいった子どもたちへの罪滅ぼしです。ああ、でも、私、恨めしいと思ってしまって。」

 

あなたに選ばれる里が、恨めしいなどと、思ってしまって。

 

女は、華やかに微笑んだ。まるで、一目見れば恋でもしてしまいそうなほどに、愛らしく笑って見せたのだ。

扉間はじっとイドラを見た。それは、いつだって、何も考えていないと呆れた女の口から漏れ出るには全てが乖離しているように思えた。

いつも通り、人の心を緩ませる笑みのまま、それは笑っている。

扉間のそれに、イドラはそっと、男の顔に無遠慮に触れた。

 

「好きよ、ええ、本当に。好きよ。」

 

甘い声は、あまりにも脳髄を解かしそうなものだった。イドラは扉間の腰に手を回して、まるで甘えるようにその胸にすり寄った。

 

「扉間様に頭を撫でて貰うと、弾むぐらいに嬉しくて。抱きしめられると、ずっとそこにいたいと思えて。く、口づけされると、なんというか、ぐずぐずに溶けてしまいそうなほどで。」

 

えへへへと笑うその様は本当に愛らしいのだ。愛らしい、幼子のような無邪気さと、そうして、扉間の胸にすり寄るその様は喉が鳴るほどに艶かな何かを秘めている。

 

イドラはそっと、扉間から体を離した。

 

「だから、頑張ってこれ以上好きにならないようにしようと思うんです!だって、こんなこと、里の人間としてはあまりにも間違っているんですもん。扉間様は優しいから、請えば愛してくださるでしょう?でも、それで、その愛を得てしまえば、亡くしたときが恐ろしい。」

 

そんなことを、その女は言うのだ。恋していると、惚れているのと、愛していると、全てを持って囁いている女がそう言って笑うのだ。

 

「・・・・本当は、ウミ様のことだって、もしかしたらってちょっとは思ってて。いいえ、子どもがいるって事でいろいろ振り切ってたんですけど。」

「お前、なら、何故・・・・」

「だって、扉間様には好きな人がいるって、自分以外に奥さんがいるって思ったら、好きって気持ちが薄くなるかと。」

ええ、酷いことなのです。本当は、妬ましいなどと、思わぬ訳ではなかったのです。でも、でも、その妬ましさは、扉間様を疑う心は私を正気にしてくれると思って。

 

「おい、イドラ・・・」

「戻るんです。ちゃんと、戻らないと。私は、兄様と、イズナが大丈夫ならそれだけで満足で。幼い子どもの葬式だって、出さなくていいのだと、救われて。」

 

イドラはぼんやりと宙を見た。そうして、囁いた。それに、扉間は顔をしかめた。

 

インドラが、幸せならば、それだけで。

 

聞き慣れないそれに、扉間はイドラに声をかける。

 

「イドラ・・・?」

「ああああああ!いた!」

 

扉間とイドラはそれに声の方を見た。そうして、ばっと、そちらを見ると、そこにはイズナがひょっこりと顔を出していた。

扉間はとっさにまた逃げるかと体を硬くしたが、それよりも先にイズナが声をかける。

 

「あ、大丈夫だよ!あの女については誤解だってわかってるから!」

「どういうことだ?」

 

扉間のそれにイズナがてってってと近寄る。

 

「アカリ姫から聞いたけど、さすがに可笑しくないってことで、女に幻術かけて話を聞いたんだよ。まあ、それで女の虚言ってわかったからさ。」

「ほら、みろ!」

「う、ウミ様は!?」

「・・・それについては大丈夫だよ。女にも暗示がかけられてたみたいでさ。保護してる。」

「暗示?」

 

扉間が問い返せば、イズナは頷いた

 

「そ、その件でどーも、裏にいた奴のことで話し合いが増えたから。さっさと帰るよ。」

 

くいっと洞窟の出入り口を指し示したイズナは被せるように言った。

 

「あと、姉さん、兄さんからの説教があるからね?」

 

それにイドラはえーんと泣いて、しょんぼりとした。自業自得なので仕方が無いのだが。

 

「ともかく、一族の人間も引っ張り出したんだから早くしないと。」

「待て、どう言ってうちはを引っ張り出したんだ!?」

「扉間の奴に仕事させすぎて、久しぶりに会った姉さんといちゃつきたいって脱走したって。」

「大事故起こしとるじゃないか!?」

「まあ、姉さんのことを抱えて走ってるお前が目撃されてるから仕方が無いじゃん?」

 

ともかく帰るよと言ったイズナについて行きながら、ひんと泣いているイドラを扉間は見た。

インドラというそれが誰であるのかと、聞きそびれた事を考えた。

 




湿った感情を書くのは楽しいです。


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惚れた方が負け

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

今のところ、子どもになる話と犬になる話を考えてます。


ケツが痛い。

千手イドラこと、うちはイドラはその日庭の掃除をしながらそんなことを考えていた。

 

(・・・・薬、ぬった方が良いんでしょうか?)

 

イドラはそんなことを考えながらケツをさすった。

 

 

 

隠し子事件については無事に収束した。

ことの発端である波風ウミは、泣きながらイドラに謝罪をした。

 

「お金が欲しかったんです!」

 

事の発端は、ウミの夫が亡くなったことがきっかけだったそうだ。元々、彼女は忍の一族とはまったく関係の無い出自なのだという。

 

「・・・夫は忍であったそうですが、どこの一族かは知りません。私は元々、身内はおらず、怪我をした夫を助けたのが出会いでした。」

 

そのまま二人は慎ましく暮らしていたそうだが、夫は用があると言って出かけ、そうして亡くなったのだという。

 

「この里に来たのは、夫の死を知らせてくださった商人の方の口利きでした。」

 

これからこの里はきっと栄えていくだろうから、仕事の一つぐらいは探すことが出来るだろうと。

 

「ですが、身重の女を雇うのは難しいと言われて。途方に暮れていたとき、話しかけてきてくださった方がいて。」

 

その男は女の話に耳を傾けてくれたわけだが、冗談交じりにこんな話をしてくれたそうだ。

 

この里を作った千手一族の頭領の弟は今は妻を相当に溺愛しているが、過去には遊んでいたらしい。その妻は温和で有名だから、腹の子を偽れば金ぐらいは恵んでくれるやもしれんぞ?

 

それに話を聞いた、千手柱間に扉間、そうしてうちはマダラとイズナは頭を抱えた。

ウミは言ってしまえば、当分の生活費をだまし取れないかという貧困が理由でそんなことをしでかしたわけだ。

 

「・・・・怒りを買うことは予想できなかったのか?」

 

マダラのそれにウミは平伏して、ひたすら謝罪を繰り返した。

 

「申し訳ありません!何故か、その時は、それだとしか考えられず。帰ってこられた奥様にそのようなことを!」

 

その時、マダラは頭を抱えた。

イドラという妹は、昔から子どもについてひどく執着が強かった。一族の人間に子が出来れば、自ら率先し家のことを手伝ってやったり、出産の手伝いをしていた。何か気づけば、己の懐から金も出していた。

そんなイドラの前に、哀れな妊婦を出せばどうなるか。

だからといって、まさかこんなことになるなんて思わなかったのもある。

ウミの話から、金の無心をする前にイドラは女の世話を焼き始めたという。

 

「怖くて、何も言えなくて!」

 

それにその場にいた人間は少しだけ女に同情した。

設定上とはいえ、間女の立場のウミからすれば、イドラの行動はさぞかし恐ろしかっただろう。

 

「・・・そのまま家に留まったのは何故だ?ばれればどうなるか、わかっていただろう?」

「楽しみだと、言ってくださったのです。」

 

夫が亡くなり、誰も頼るものもなく、一時は腹に抱えたこの子を疎ましく思っていた女に、イドラは言ったのだ。

楽しみだと、早く産まれてこないかと、まるで我がことのように労ってくれた。

 

「その優しさに、縋ってしまいました。」

女はさめざめと泣き、そう言った。

 

 

(結局、ウミ様を里に入れた商人が企んだことだったんですよね。)

 

イドラはそのことを思い出しながら、尻をさすった。ひりひりする。

 

里が出来るのを嫌がっているのは、同業の忍に、千手やうちはを雇えなくなるのが嫌な大名に加えて、一部の商人達もそうだ。

里というシステムが出来ることでやはり、明らかに戦の回数が減っている。そうして、忍の一族同士で売りつける数などを制限してもうけを出しているような商人は里が出来ることを非常に嫌がっていたようだ。

身寄りがおらず、そうして、暗示にかかりやすい一般人のウミは彼らにとって丁度良い贄だったのだろう。

今回の里の象徴である扉間とイドラの婚姻にケチが付けば、勝手に瓦解してくれるだろうと。

うちは一族の出だというイドラならば勝手に悋気を起こすだろうと予想していたのだろう。

残念ながら、結果はだいぶ斜め上のことになった。

 

(まあ、ウミ様が千手で保護されてたのは本当に良かった。)

 

波風ウミは、結局千手一族での保護となった。今回のことの証人であることに加えて、彼女の行動は暗示でのそれであると情状酌量が与えられることとなった。

 

(赤ちゃんが生まれたら、見に行こう!)

 

るんるん気分のイドラであるが、諸諸の出来事の後、どうなったのかというとめちゃくちゃに怒られた。

 

「腹に子を抱えた女を哀れに思うのはわかる。お前はそういう子だからな。だが、それをろくに報告もなく保護し、おまけに鵜呑みにするなんて何を考えている!?」

 

久方ぶりの兄の説教はイドラに効いた。

末に産まれる波風ミナトの存在に扉間と関わりを感じていたが故の行動だが、そんなことを話せるはずもない。

おまけにアカリにまで怒られたのだから、イドラは青菜に塩というレベルではないへこみ方をしていた。

 

(・・・・扉間様も怒ってられるのかなあ。)

 

イドラはしょんもりしながら、傷む尻をさすった。

 

 

イドラが、扉間に好きにならないようにする努力について話さなかったのは、偏に彼がまたそれによってうちはを嫌厭するのではないのかと危惧していたためだ。

情によって引きずられて、まともな判断の出来ない一族と思われたら、あの悲劇がまた繰り返されるようで恐ろしかった。

イドラは、あまりにも素直に話しすぎたかと後悔した。

何よりも、とイドラは思う。

 

(・・・請えば、愛をくださるとわかっていても、それでは嫌だと思うのは我が儘でしょうか?)

 

扉間は婚姻したのだからと、欲しいと言えば愛をくれるだろう。

けれど、本音を言うのならイドラは義理ではなくて、本命が欲しいのだと。

 

(いえ、そりゃあ、私並みに惚れて欲しいとか我が儘は言いません。でも、こう、もうちょっと。)

 

我が儘を言うのなら、イドラは扉間にだって自分を好きになって欲しい。いわゆる、恋をして欲しいのだ。

好きになれば、成るほどに強欲になっていく己をイドラは恥じていた。

 

(扉間様には十分な慈悲をいただいているのに。こんな、恥ずべきだ。)

 

自分を見て可愛いとか綺麗とか思って欲しいし、好きとか言葉だって欲しい。が、そこら辺はイドラは諦めていた。

おそらく、扉間はそういったことを期待しない方が良いタイプだと、イドラにだってわかっている。

 

(・・・・性欲を抱ける程度には範疇には入れてるんですよね?でも、そう言った部分と、惚れた腫れたは違うでしょうし。)

 

イドラには悲しいかな、恋愛経験は皆無だ。

可愛いとかよく言われたが、そんなものは末っ子はなんだって可愛い現象と同じだろう。

それに比べて扉間は聞いた限りである程度そう言った駆け引きの経験もあるようだ。

何よりも、扉間はかっこいいのだとイドラは思っている。

初雪のような白い髪は綺麗で、切れ長の瞳はとてもかっこいい。それで頭も良くて情熱的ってものすごく魅力的ではないだろうか?

 

そんな思考を彼の姉貴分であるアカリが知れば鼻で笑ったことだろう。

 

イドラよ、扉間は単に顔が厳ついだけだし、頭は良いだろうが合理的すぎて女を泣かせるやな奴だぞ?

 

が、そんなことを知らないイドラはため息を吐いた。

(夫婦としての在り方に甘んじられるだけ、ありがたいと思った方がいいですよねえ。これ以上我が儘にならないように頑張らないと。何より、扉間様、怒ってられるんだろうなあ。)

 

イドラはそっと、痛む尻をさすった。

 

 

イドラはマダラに加えて、彼にも相当に叱られた。が、それ以外に、洞窟でのことを言及してくることはなかった。

ただ、閨での出来事なのだが、なぜかよく尻を叩かれる。そうして、やたらと噛んでくる。おかげでイドラの見えない部分には気持ちが悪いほどに歯形が付いている。

イドラはそれに、怒っているんだろうなあと思っている。

 

扉間はイドラが耐えきれずに半泣きになっているときに限って、楽しそうに笑うのだ。そうして、笑いを喉の奥で押し殺して囁くのだ。

 

「どうした、嫌いになったか?」

 

そんなことを言われれば、イドラにはいなんて選択肢はない。何よりも、それで頷いて嫌われることの方が恐ろしいために、嫌いじゃないですと、好きですというのだ。

そうすると、扉間は楽しそうにくっくと悪役のように笑うのだ。

 

「そうか、好きか。」

 

そう言って痛いことを継続するのだ。

 

 

(閨では、尻を叩くのは普通なんでしょうか?)

 

イドラはそんな疑問が頭を擡げるが、正直、周りに聞くわけにはいかない。さすがに、今度こそ学習したイドラはそれを聞いて勘違いが起こることは明白だった。

それ故に、疑問を抱えたままにしているのだが。

ただ、こういったことで痛いことはするものではないはずだ。それ故に、イドラはきっと扉間は怒っていて、自分に仕置きをしているのだろうなあと思っている。

それならば、イドラはそれに甘んじるだけだ。

 

(・・・それはそれとして、お尻が痛いなあ。)

 

イドラはすんとしながら、そっと己の尻をさすった。そうして、欠伸をする。

 

(・・・にしても、眠いなあ。夢見が悪いんだもんなあ。)

 

イドラは昨夜見た夢を思い出した。

誰かが泣いている夢だ。誰かが名を呼んで、そうして、泣き続けている。その名前を、イドラは未だに聞き取ることが出来ていなかった。

 

 

「・・・・扉間、この頃艶々しとるの。」

 

柱間のそれに扉間はああと顔を上げた。現在、部屋にいるのは柱間と扉間だけだった。

 

「この頃、兄者がいなくならずに仕事がすぐに終るのでな。」

「・・・わかっている。真面目にするから、姉上とマダラをけしかけるのはやめてくれ。」

 

柱間はこの世で一番、精神的に勝てない二人組を想像して息を吐いた。

現在、うちはの二人は席を立っていた。

というのも、近々、大名側の人間が視察に来ることになっているのだ。そのため、警備の関係でうちはが中心になることになっている。彼らは、それに置いての選りすぐりの人間を選出するために席を立っていた。

現在、里の形になっていると言っても、他の氏族とのやりとりに関してしっかりとした指揮系統が出来ていないため、うちはと千手で仕事を回しているのが現状だ。

 

(さっさと、指示系統を作らねば、過労死するわ。)

 

そうは言いつつも、扉間の肌は確かに潤っていた。

 

扉間は少しだけ、というのも変だが、正直に言えばるんるんだった。

 

(なんだ、イドラの奴、相当ワシのことが好きなのだな。)

 

それのために、扉間は内心ですごぶるご機嫌だった。

散々に、浮気OKだとか、自分のことを振り回して、散々なことをしてきた女は扉間にはちゃめちゃに惚れていたわけだ。なんだ、可愛いところもあるじゃないか。

 

千手の人間は多情の気がある。世継ぎの件もあって、妻を何人か持つ人間もいる。特に、柱間たちの祖父母の代はなんでも木遁使いを生み出したいと切望していた人間がおり、そこら辺がしっちゃかめっちゃかだったらしい。

そのため、扉間はちらほら、不貞の話も聞いた覚えがあった。

他の氏族から嫁いできた人間も入り乱れて、子どもが聞くにはいささか酷い話もあった。

それに、扉間は心底、結婚などするものではないと感じた。

弟たちのこともあり、子は好きだ。

けれど、妻を迎えることに関して面倒だった。

姉であるアカリのような、良くも悪くもばっさりと割り切った女は珍しい方だ。

己の母は不貞とは無縁だったが、それはそれとして男女の面倒くささには辟易していた。

結婚はいい。面倒くさそうだ。

何よりも、感情一つで破綻する可能性を秘めた契約なんてごめんだと。

 

それ故に、イドラとの結婚も、はめられたという部分に加えて、こんな不確かな契約をしなければいけないことが腹立たしかった。

けれど、蓋を開ければどうだろうか。

美しい女は、己の容姿を鼻にかけているものが多かった。

 

だが、イドラを見てみろ。こんなに愛らしく、美しく、そうして血筋も良いのに。何をどう間違えたのか、中身は見事に駄犬の一言に過ぎた。

から回って、懐いて、騒がしく。

そんなものだと思っていたのに、扉間はイドラのそのどろどろとした、愛の形を知ってしまった。

 

なんだよ、お前、めちゃくちゃに自分のことが好きじゃねえか。

そんな言葉で収めてしまっていい重さなのかはさておいて。

扉間は、その愛に悪い笑みを浮かべてしまうのだ。

 

美しい女なのだ、話せばどんな無愛想な人間でさえも、笑みを浮かべて懐に入り込むそれは頑張れば国だって傾けていたかもしれない。

いいや、すでに一人散々な目に遭っているのだが。

 

重いと思う、破滅の匂いがする愛なのだ。けれど、そんな重い愛を抱えてなお、それはどこまでも恋や愛の駆け引きなんて皆無であるらしい初心さなのだ。

例えば、扉間が何をしても、普通だと言えば素直に頷いてしまうところとか。

あれから、無言で貫いている扉間の周りを、怒ってる?怒ってる?と不安そうな顔でうろつくのを楽しんでいる自分がいる。

特に、何をしても、好きですと涙を浮かべるそれの顔を見るのが楽しくてたまらない。散々に振り回されているという自負があればあるほどに、それを翻弄できることが楽しくてたまらない。

が、扉間は悪びれない。というか、そこまで重く愛されているのならば、それを利用するぐらいのことは考える。

 

(・・・話をせねばな。)

 

沈黙を貫き、それがくーんと纏わり付くのを楽しんでいる場合ではないと扉間は正気に戻った。

いいや、楽しいが、そろそろ話をしなくてはいけない。

イドラのそれが本音であるのなら、扉間もまた己のなす事の話をしなくてはと。

 

「・・・兄者、そろそろ書類は出来たのか?」

 

扉間は思考を切り替えて、今行うべき事を進めた。

 

 

そうして、大名側の人間が視察に来たわけだが。

 

「それでは、イドラ殿行きましょうか!」

「ええっと、はい?」

 

物陰に隠れて見つめるのは、着飾ったイドラと、そうして、やたらと爽やかな存在だった。

 

「すげえ、爽やか。」

「扉間とは違うタイプぞ。」

「忍じゃ出せねえ爽やかさだな。」

「ええい、黙れ!」

 

扉間は外野にそう怒鳴りながら頭を抱えた。何故、自分はイドラと男のデートを許さねばならないのだと。

 



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初恋キラーの名前は伊達じゃない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


後書きのあかりさんの話は本編には絡んでこないので気楽に読んでください。


 

がたんと、玄関の方で音がしたことに気づき、うちはイドラこと、千手イドラは目を輝かせて立ち上がった。

 

 

千手扉間にとって、今のところ、何よりも楽しみなのは家に帰る瞬間だ。

玄関を開けて、ゆっくりと上がりがまちに座れば、奥からぱたぱたと足音が聞こえてくる。その間抜けな印象を受ける足音に耳を傾けていると、ひょっこりと女が顔を出した。

 

「お帰りなさい、扉間様!」

 

にっこりと女は、扉間の帰宅に心の底から嬉しそうに微笑んだ。

 

想像してみて欲しい。

疲れて帰った家で、ぽけぽけの、駄犬の部類に入るとはいえころころのワンコロがめちゃくちゃに尻尾をぶん回しながら出迎えてくるのだ。

それだけで何か、疲れが消えていく気分になる。

イドラはそのまま扉間を出迎え、持ってきたタライに入れた水で男の足を洗った。

 

「今日のごっはんは、焼き魚でーす!」

 

廊下を歩きながら自分の周りをうろうろしながらそんなことを言うイドラの頭を適当に撫でると家に帰ったと思える。

 

玄関まで出迎えなんて、子どもでも出来ればなくなりますよ?

女ってのは、変わる生き物ですから・・・

 

そんなことを扉間と、結婚を控えた千手柱間に言ってきたのは同族の男達なのだが。

 

(これが変わるのなら、何を信じれば良いのか。)

「なんれしゅかあ?」

「いいや、何でも無い。それで、今日は何をしていたんだ?」

「今日はですねえ、うちはの方に行きました。」

 

扉間は現在、イドラをあぐらの上に乗せて彼女のほっぺたをもちもちしながら、一日の出来事を聞いていた。

夕食の後、軽く晩酌をしながらイドラの話を聞くのが扉間の家に帰れた日の日課だった。

膝の上に乗せるたびに思うのだが、イドラの頭身というか、体が縮んでいるように感じるのは気のせいだろうか?

この頃、妙なマスコット感が増している気がした。

 

「あ!」

 

イドラは己のほっぺたをいじくり回す手から一旦逃れた。

 

「そう言えば、扉間様、火影は誰になるんですか?」

 

それに扉間は少しだけ顔をしかめた。

 

ところでの話、ようやく里の名前と、そうして里の長の名前が決まった。

もちろん、名前は木の葉隠れの里と、火影だ。

それが決まったとき、イドラは心の底からほっとした。いつ、うっかり口に出さないかと己自身でどきどきしていたのだ。

その言葉に扉間は顔をしかめた。

 

「どうかされましたか?」

「・・・・誰になるかなんぞはっきりとは言えん。里の長はあくまで皆の総意によって決まるのだから。」

「そうですかー、なら、柱間様か、それとも兄様ですねえ。うーん、でも、柱間様を支持している人たちの方が勢力が大きいので、柱間様になるんでしょうか?」

 

のんびりとしたそれに扉間は顔をしかめた。

そうして、手慰みのようにまたイドラの頬をむいむいと揉んだ。

 

(こやつ、妙なところで鼻が利く。)

 

駄犬駄犬と言ってはいるが、妙なところで聡い部分がある。

そんな、下手をすれば失礼なことを夫が考えていることなど知らないイドラはどうなるんだろうなあと考える。

 

うちはマダラの人望ってどんなものなの?とイドラは問われれば、結構あると答えられた。

イズナも存命しており、イドラもおり、強行に戦を続けず、そうして同盟理由がイドラのやらかしのためマダラの精神は安定している。そうして、一族からの支持も健在だ。

不満が出そうなたびに、イドラのやらかしで話題がかっさらわれていくというのもあるのだが。

そうして、里内での評判というと、有名な一族については微妙なところだ。

千手一族におもねることには納得しても、秘密主義者で傲慢な気のあるうちはについては気に入らないという者が多い。

里の双璧、そう言えるうちはの立場を狙っている氏族も存在している。

が、そこまで名も売れていない、少数氏族からの支持はそこそこあったりする。

理由は簡単で、イドラが兄を売り込んでいるから。

 

新しい氏族がやってくると、千手アカリはどんな忍の一族でも挨拶に向かうようにしている。

彼女曰く、伝手というのはあればあるほどいいのだという。そう言った場にイドラはよく連れて行かれた。それは閉鎖的なうちはにいた彼女にも人脈が必要だろうというアカリの気遣いであり、そうして、警戒心を解くのにイドラはぴったりの人間だったからだ。

そう言った場で、イドラはよく兄の話をした。

 

「何かお困りごとがあったら、兄様を頼ってみてください!優しい方なので、きっと聞いてくださりますから!」

 

千手柱間は愛想も良く、人好きのする性格だが細やかな気遣いなど出来ない人間だ。そのため、どうにか彼とお近づきになりたい新参者がいても、有名氏族の人間たちが彼を独占していることが殆どだ。

そう言ったとき、気を遣うのがマダラだったりする。

 

大抵の忍はマダラの雰囲気に押される。プライドの高いうちはの人間として威圧的な空気を纏い、傲慢な振る舞いを好んでいるが、うちはという名字を聞けば目を見開く。

 

脳裏に浮ぶのは、わふんとにこにこ笑みを浮かべるわんころみたいな女である。

イドラの名を出せば、妹であると言われればさらにどこぞに住む狐のような顔になる。

 

え、本当にご兄弟で?あ、血も繋がっておられて。

 

茫然とするままに、千手と同盟のうちはだと挨拶をすれば、無視もすることなく普通に返してくれる。

何よりも、マダラという男は根っこの部分は繊細で、気を遣う人間だった。そのため、新しくやってくる氏族の家紋や名前などについてはしっかりと把握している。

律儀に、ああ、あのなんてかの有名なうちはに把握されているとなれば悪い気はしない。そうして、柱間にも挨拶をしたいだろうと有名氏族を蹴散らして挨拶をさせてくれるのだ。

 

え、結構優しい。

 

そんなこんなでマダラは複数の少数氏族からは慕われている。何よりも、マダラの好感度の上昇はイドラのおかげでもあった。

イドラは人なつっこい。警戒心も薄い。そのため、挨拶に行った先で仲良くなった女衆には会うたびに、あ、どこそこのと構って欲しい散歩中の犬並みに絡みに行くのだ。

 

千手に嫁いだうちはの姫君なんてどんな傲慢な女かと思えば、愛想に全振りしたイドラが出てくるのだ。

え、自分の事なんて覚えててくれたんですか!?と感動する者も多い。そのイドラの兄なのだから、マダラの名前も売れている。

何よりも、一番に柱間がマダラのことが大好きなのだ。

マダラ様って優しいですねえと言われるだけでテンション爆上がりで、そうぞ!マダラは優しいんぞ!!とにこにこ笑みの柱間が観測されているのだから、宣伝効果として抜群なのだ。

 

そんなこんなで、柱間とマダラの人気の割合は微妙だ。やはり、柱間を支持している人間の勢力が大きいため、このままなら柱間なのだろうなあとイドラは思っている。

ちなみに、マダラは火影の立場に関してあまり執着はしていない。他利的なそれは、望まれれば精一杯やり遂げると決めているだけだ。

 

(・・・・どうしたものか。)

 

正直言えば、扉間は悩んでいた。うちはを中核に入れてもいいのか。

扉間は己の腕の中に収まり、今日の出来事を語るイドラを見た。

 

(・・・・こやつの前例を考えて、本当に、それでいいのか?)

 

イドラが聞いていれば、思わずごもっともですと土下座する勢いだっただろう。

 

扉間は悩んでいた。もちろん、前例はイドラだけならば、それは彼女だけの性質かもしれない。けれど、うちはと関わって思ったのが、ちょっと思い込みがひどくないだろうかということだった。

扉間はうちはの人間のことを思い出した。

 

 

「扉間様、お疲れでしたね。」

「扉間様、こちら、もっていってください。」

「扉間様、うちのおひいさんがすみません。」

「扉間様、これもどうぞ!新婚ですから、こういったものも必要かと!」

 

手には、大量の荷物。それは、例えば魚の干物や、野菜に酒。そうして、反応に困る精の付きそうなものだ。

 

「扉間様、その、妻に提案したら受け入れてくれて。いいえ、やはり言い方とは大事ですね!」

「扉間様、その、握手をしていただけませんか?妻と喧嘩をしてしまって・・・」

「扉間様、音の遮断の結界、いいですね!周りを気にしなくて良くて。」

 

知らん知らん知らん!

何なんだ、慕うな、懐くな、自分に恋愛相談をしてくるな!

そう叫びたいが、イドラの夫だからとさすがにある程度の年齢の者はいいとしても、若い奴ほど扉間に懐きまくっている。

特に、扉間ほど情熱的にイドラのことを愛している人間はいないと慕ってくるのだ。

 

お前ら、思い込みがひどくないか?

いいや、千手もひどいと言えばひどいのだが。距離の詰め方がエグすぎるのだ。

偏執的な部分が垣間見える彼らは、冷静な判断が必要になる中核に置いていいのか?

 

悩むたびに、扉間はイドラのやらかしを思い浮かべて、ええんか、こいつの血縁だぞと思ってしまう。

いいえ、それが突然変異なだけですとマダラがいれば答えたことだろう。

 

(・・・いいや、姉者に叱られたばかりだったな。)

 

そんなことを考えていると、扉間は姉であるアカリにキツく言われたことを思い出した。

うちはをこのまま、中核に置くのか悩んでいた扉間に、アカリはキツくそれでいいのかと言ってきたことを思い出した。

ちらりと、己の腕の中のそれを見た。産まれてくるという息子の性格を思い出した。

 

(・・・所詮は、育たねば当人がどうあるのかなんぞわからんか。)

 

扉間はそのままイドラを抱え上げ、そうして、立ち上がった。

 

「?あれ、扉間様、どうかされましたか?」

「布団は敷いているのだろう?」

「はーい、今日はお布団を干したので、ふかふかに。」

「明日は午後から仕事に出るのでな。」

 

それにイドラの顔色が変わった。恐る恐る、扉間を見れば、男は嬉しそうに笑っていた。

 

「お前の一族からも、子どもを期待されているようでな。」

 

それにイドラはかちんと固まり、寝室に連れて行かれる。

慌てているイドラの顔に、扉間は笑みを深くした。

 

みいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 

イドラの叫び声は、誰にも知られることなく消えていった。

 

 

 

(・・・たぶん、火影については、大名のほうから来る人の指示で最終的に決まるんでしょうねえ。)

 

その日、イドラは里の外れの森からの帰り道を走っていた。

というのも、彼女は余った時間を鍛錬に当てていた。それは体が鈍らないようにと言うのもあったが、何よりも。

 

(若干、太ってしまった!!)

 

もちろん、そんなことはない。イドラは細身の方であるが、元々スレンダーな体型のうちはの人間と比べると肉付きがいい。

 

「扉間は胸が好きだから、そのままで良いと思うが。」

 

なんてアカリも言ってくれる。が、それとこれとは別なのだ。やはり、好きな人にはいつだって綺麗に見て貰いたい程度の乙女心はあった。

逆に肉付きのいい千手一族からすると、アカリは細身だ。

イドラはせっせと走っていた。

 

(今日は、扉間様もお泊まりだから一人ですし。アカリ様とご飯食べましょうか?)

 

扉間は大名側の人間が来るからとまた忙しいことになっている。何でも、大名側の分家の人間が来るそうだ。

イドラもそれらが正確にいつ頃来るのかわからない。暗殺対策にと、情報は徹底的に隠されているのだ。

正式な訪問は火影が立ってからのことで、今回はどちらかというと非公式な部分になるのだ。

そのため、イドラも大名に会う予定はないため、のんびりと過ごしていた。

人の多い地区になって来れば、イドラに挨拶をしてくれる存在も出てくる。彼女はそれに挨拶をしていると、ふと、薄暗い路地が気になった。

 

(・・・なんだろう?)

 

イドラは何故か、その路地に入らねばならない気がして、ふらふらとそこに立ち入る。

普段ならば、入らないだろうそこを進むと、人影が見えた。

 

「おい、離せ、無礼者!」

「生意気を言いやがるちび助だな!?」

「どこのガキだ?」

「ガキだと!?」

「生意気なやつだな、痛い目見るか!?」

(・・・・これは。)

 

物陰に隠れて見つけたのは、十代前半ほどの少年に絡む複数の男だ。少年は仕立てのよさそうなものを纏っている。

 

(・・・うーん、やっぱり質のよくない人もいるなあ。全員をチェックって難しいものなあ。)

 

そんなことを考えつつ、イドラはともかく少年を助けねばと男達の前に姿を現した。

 

「あのお、すみません。子どもにそうやって絡むのはよくないと思います!」

 

突然現れたイドラにチンピラ達は目を丸くした。けれど、すぐにその瞳に下卑たものを混ぜた。

イドラは見た目だけならばか弱そうな、可憐な女なのだ。それ故に、男達はニタニタと笑って、イドラに手を伸ばした。

 

「なんだ、可愛い顔してるな。」

「こっちに来いよ。」

「おい、止めろ、私に絡んで・・・・」

 

少年が声を上げたとき、男が吹っ飛んだ。狭い路地裏の中で、器用に地面に叩きつけられて、男は茫然とする。男達や、そうして、少年の様子など気にもとめずにイドラは後悔した。

 

(・・・やっぱり、なめられた!そんなに、私って威厳がないんでしょうか?これでもうちはなのに。)

 

イドラは心の内の柴犬をしょもりとさせながら、気を取り直した。こういったときは、兄のまねをするのが一番なのだと。

 

「・・・・身のほど知らずが。」

 

低い声と、微かな殺気。そうして、冷たく相手を見下し、そうして、美しく傲慢に女はそれへ吐き捨てた。

 

「無礼者が、誰に触れようとしているのだ?」

 

思わず頭を垂れてしまうような、威圧感をイドラは放つ。内心で、兄様みたいにと呪文のように繰り返していた。

それに男達は脱兎のごとく逃げ出していく。

 

「・・・ふう。」

 

イドラは息を吐きながら、男達を見送った。

 

(よかったあああ、逃げ出してくれて。このままだったら、痛い目にあってもらわなくちゃいけないし。)

 

ほっとしながらイドラは腰を抜かした少年に振り返った。そうして、イドラはいつものように微笑んだ。

先ほど纏った、氷のように冷たく、焔のような殺気を消し去って、これ以上無いほどに可憐に、優しげに微笑んだ。

 

「君、おけがはありませんか?」

 

にっこりと、微笑むその様はまるで花が咲くかのようだった。そうだ、氷が溶けて、春の訪れを告げる花のようにイドラは微笑んで見せた。それに子どもは顔を真っ赤にして、叫んだ。

 

「も、問題ない!」

「そうですか?それならよかった。送っていきますよ。」

「あ、ああ。すまない!にしても、強いのだな。くのいちの方だろうか?」

「はーい、そうですよお。」

「そ、そうか。その、くのいちとはこう、思っていたのとは違って、可憐と、言うか。」

 

イドラは子どもに熱心に見つめられて首を傾げた。そうしていると、少年は慌てているのか、持っていた扇子を広げて、ぱたぱたと自分を仰ぐ。

その扇子の柄に、イドラは固まった。

何故って、簡単だ。

それは、今回やってくることになっている大名家の家紋だったのだ。

 

 




「扉間、お前、うちはに中核から閉め出すなんて考えてないか?」
「はあ?何を突然・・・」
「大名の警備案見てたらわかる。このまま、警備関係でうちはを囲うことも考えてるだろう?」

それに扉間は図星を指された気分でアカリを見た。彼女はじっと、扉間を見ていた。
執務室に残っているのは、アカリと扉間だけだ。
扉間は、いつだってその赤い瞳を見ると落ち着かなくなる。恐ろしいとかではなくて、何か、アカリというそれが自分の全てを知っているのではないかと思えてしまうのだ。

「・・・・うちはの人間に偏執的な部分があるのは、姉者とてわかっているだろう。兄者からの和平の話をどれだけはねのけた?そのために、幾人死んだ?それとも、マダラにほだされたか?」
「お前、ほだされた云々は、絶対お前が使っちゃダメだろう。」

それについてはぐうの音も出ずに、扉間はそっと視線をそらした。アカリは軽く息を吐き、そうして肩をすくめた。

「まあ、お前にこんなことを言うのは、単純に、お前にむかついてるからだからな。」
「よく、堂々と言えるな・・・」
「まあ、理論面で言ってもお前に叩き潰されるから、感情面で言った方がまだましだからな。」

扉間はそれに苦虫を噛みつぶしたかのような顔になる。
そういった所が、本当に苦手だ。あけすけのない、真っ正面からぶつかってくるのだ。扉間は、真っ正面からぶつかれてその姉に勝てたことがない。
柱間はまだいい。彼は扉間の理性を信頼している。だからこそ、彼の言い分に対して弾いてくれる。
だが、アカリは違う。彼女はどこまでも。

「お前の、自分は絶対に間違えないという態度が気に食わん。」

扉間が人間であると認識しすぎているのだ。

「・・・・姉者、ワシは。」
「別に、お前が私怨を優先するなんて考えてはない。でもな、私はやっぱり、自分だけは私怨に振り回されず、正しい判断をするって思ってるお前のことが嫌だと思う。うちはも千手も何が違う。所詮は、子どもが死なぬ世界をなんて望みながら、人殺し家業を辞められん気狂いぞ。」

切り捨てられたそれに、扉間はアカリを見た。彼女は変わること無く、無表情のまま、凪いだ瞳で扉間を見ていた。それに扉間は黙り込む。
兄の、それとは違う。けれど、その、見透かすような瞳は、いつだって扉間の口を閉ざさせた。

「・・・・力を持たねば、我らは食い潰されるだけだ。」
「ああ、そうだな。血継限界なんてものも、下手をすれば権力者に食い潰されるだけだからな。でも、お前は人間ってものを信じすぎているだろう。」

なあと、アカリは扉間を見た。
賢しい弟は、合理的な思考を好むくせに、どこかで人が善き者であると信じている。
彼の兄がそうさせてしまったのだ。彼の兄の善性に、扉間はどこかで人が争うことを嫌なのだと信じている。
そんなわけないと、アカリは思っている。
扉間がどれだけ、里を守ることを祈っても、きっと、誰かがそれをねじ曲げるのだと、あかりは思っていた。
その女は、どこまでも、人というそれを信じていなかった。

「千手一族が台頭している今はいい。だがな、柱間の子が、あれほどの影響力を持つかはわからない。なら、うちはを中核から離したとしよう。後釜を狙う馬鹿で内乱でも起きるんじゃないか?」
「そのようなことにならんために、教育を施すんだ。その里のために、足掻く者を!」
「人は自分に都合のいいものを見たがるものだ。思考を植え付けたとして、それをどうねじ曲げるかは当人次第だ。この里は、千手とうちはの同盟によって作られた。そのうちはを中核から離せば、憶測を呼ぶ。うちはを、千手は疎うていると。いいや、いいな、そうすればうちはは、不満をぶつける贄にでもなるか?」
「姉者、言葉が過ぎる!」

扉間のそれに、アカリはゆっくりと目を細めた。なあと、アカリは楽しそうに言葉を吐いた。

「私は、本来ならお前の従姉だ。お前は覚えていないだろうが、私にも、兄と弟がいた。なあ、扉間、私の兄と弟がどうやって死に、そうして、父の末路を知っているだろう?」

それに扉間は黙り込んだ。

「・・・閉鎖されていれば、鬱憤をぶつける存在がいた方が楽だ。だが、それが当たり前になったとき、どうする?楽だろう。けど、贄に憎しみをぶつけ続け、その贄が壊れたとき、人はまた新しい贄を求めるだろうな。」

なあ、扉間よ。

アカリは静かに微笑んだ。

「この里が、蠱毒にならないことを祈っているよ。」

それだけだと、アカリは静かに言った。
その女は、美しいものが好きだ。けれど、それだけだ。それ故に、醜いものが嫌いだ。


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野次馬根性を書いて、心配と読む

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


 

 

執務室には、見事に雁首をそろえて、千手柱間に千手扉間、千手アカリ。そうして、うちはマダラに、うちはイズナが頭を抱えていた。

 

「・・・どうするんだ?」

「どうもこうもないだろうが。」

 

五人の前には、一つの書簡が置かれていた。それは、まあ、色々なことが書かれているが、ざっくりを言ってしまえばこんなことが書かれていた。

 

イドラ殿へ、うちの息子があなたに惚れてしまったようなのできっぱり、すっぱり、振ってください。

 

そんなことが書かれていた。

 

 

 

扉間はそれ以上に慌てた日など無かった。

入念に準備に準備を重ねまくって、絶対に失敗できない案件だったのだ。

彼が視察に来る日さえも隠し、そうして、出迎えたのは一人の少年だ。

分家筋の彼は、まあ、悪くないと言って良かった。

 

扉間達にとっては、わざわざ大名の血筋を寄越したのだとアピールできたし、大名側にとっても万が一死んでもそこまで響かない人間を選んだのだろう。

 

「まどかテンチだ。」

「お待ちしておりました。」

 

少年はその立ち位置の通り、少しだけ怯えたように、けれど気取られはしまいと平静を装っていた。その少年はあくまで大名側が木の葉隠れの里を気にしているというアピールをしているだけで、実際の視察は彼につけられた家臣達が行う。

が、それはそれとしてその少年をぞんざいに扱う気は無かった。

 

着いてすぐは、千手柱間の屋敷に泊まり、次の日から里の案内や説明を行うことになっていた。少年の案内は、柱間とマダラが行うことになっていた。

二人がつるんで里を歩いていてもおかしくはなく、柱間の愛想の良さならば警戒心のある少年をほぐすにも丁度良い。

護衛において、マダラほど目の利く者もいない。

 

(完璧だ。)

 

もちろん、そんなことを口に出すことはなかったが、それでもそう思える程度に練った計画だった。

扉間たちの目元に浮んだ隈がその努力を表していた。

さあ、明日が本番だと扉間たちは警備の配置などについて話し合っていたわけだが。

思わぬトラブルが起こった。それが、分家の少年であるまどかテンチが屋敷から抜け出したことだ。

もちろん、屋敷には護衛として幾人かが配置されていた。

が、その日は見事になんというか、トラブルが重なった。

 

うちはの本邸のほうでは、火遁を習ったばかりの子どもがボヤ騒ぎを起こした。

千手一族の区画では土遁を習った少年がはしゃいで道をめちゃくちゃにした。

とある忍具好きが作った唐辛子入りの爆竹がハジケ、忍犬見習いの子犬にヒットして群れが里を駆け巡った。

 

何故だ!!??

 

事態を知った扉間が叫んでしまう程度に細かなトラブルが連発したのだ。

 

そんなものは序の口で、見事に、里の内でトラブルが連鎖した。イドラがいれば、なんて最悪なピタゴラスイッチなど表現していただろう。

さて、そんな騒ぎが一気に起きれば護衛に置かれていた忍も何かあったのかと、いっそのこと敵襲かと疑いを持った。

そのため、護衛の内で扉間たちに指示を仰ぎにいく者や、トラブルの様子をうかがうもので配置に穴が開いたのだ。

そうして、テンチは何故か見事にその穴をすり抜けて里に抜け出したわけだ。

 

 

 

「それで、テンチ殿はなぜ抜け出したんだ?」

「本人曰く、忍の里への好奇心だって。」

 

扉間の問いかけにイズナが答えた。それに、マダラが待ったをかける。

 

「いや、んなことより、先にこっちの処理だろ!?」

「・・・・そうよなあ、どうしたものか。」

 

柱間が困ったように首をひねる。

何故、そんな手紙が来たのかというと、少しだけ遡る。

 

テンチがいなくなり、それが扉間に知らされた瞬間、彼はぶっ倒れたくなった。

なんでそんなことになっているんだ?

え、里中でトラブルが?

なんで????

 

叫びたくなる衝動をこらえ、ともかくはと、柱間やマダラたちに伝えるように部下に言いつけ、騒動の象徴たる少年を探しに行こうとした。

感知能力を使えばすぐに見つけられると踏んでのことだった。そんな矢先に、また部下が飛び込んできたのだ。

 

「イ、 イドラ様が、テンチ様を連れてこられたのですが!?」

 

さらなるトラブルの気配を感じて、扉間の顔は青くなった。

 

大慌てで向かった玄関先には、知らせを聞いてすっ飛んで来たらしい兄やマダラとイズナ、そうしてアカリがいた。そうして。

 

「あ、あの、イドラ様のお好きなものは・・・」

「好きなもの?どうかされましたか、テンチ様?」

「きょ、今日のお礼をと思いまして!」

「そのような気を遣われずともよいのですよ?」

「な、なんと、謙虚な・・・・」

 

いつも通り、とはいかず、普段よりもきりっとした顔のイドラと、それにはわわわと、目をキラキラさせているテンチがいた。

扉間は嫌な予感に、先に来ていた四人を見た。それに、四人はそれぞれ気まずそうに視線をそらした。

 

「あ、護衛の方が来られましたよー。」

「・・・名残惜しいですが、その、また後日お礼をしますので!!」

 

扉間はそんな会話を聞きながら、大名側の護衛に釘を刺した。そうして、テンチ自身にも柱間と共に軽く言葉をかける。

そのまま屋敷に入っていく彼らを見送り、皆でイドラに視線を向けた。

 

「イドラ、おま、何があったんだ?」

「ええっと、それが。」

 

マダラのそれにイドラはテンチと会った経緯を話した。それに、男4人は頭を抱えた。

下手をすれば、今回の大名達からの支援がなしになっていたのだ。

 

「・・・・偶然が重なったとはいえ、こんなことになるなんざ。」

「大名側には書面で送っておこう。交渉が有利になるやもしれん。」

「だが、なぜ、このようなことを。」

「何か思惑があるのかもしれないけど。」

 

イドラは4人の話を不思議そうに聞きながら、じっと扉間を見ていた。

 

(扉間様だ、朝ぶりだなあ。抱きついちゃダメかなあ。さすがに、イズナもいるしなあ。お姉ちゃんとしての威厳もなあ。)

 

なんてことを考えていると、アカリがひょっこりと顔を出した。

 

「イドラ。」

「?はーい、なんですか?」

「いいえ、坊ちゃまを保護してくれてありがとうございます。おかげで、大名側との決定的な決裂は避けられましたから。それで、テンチ殿におかしなようすはなかったですか?」

「おかしな?」

「例えば、顔が赤くなったり、急に流暢に丁寧に話したりとか。」

 

それに男共は動きを止めた。出来れば、本当に出来れば、そこら辺については最後に触れたかった。めちゃくちゃにめんどくさい気配しか感じない。

けれど、んなこと気にしないアカリはイドラに聞いた。それにイドラはうーんと首を傾げた。

 

「最初に会ったときはお顔が真っ赤で。でも、扉間様の所に送ろうとしたときに、やっぱり、改めて怖くなられたみたいで。なので、大丈夫ですって抱きしめてあげました!」

 

イドラの元気なそれに皆で少年とイドラの背を思い出す。

それは、丁度、イドラが抱きしめれば、少年の頭が女の胸の辺りにくるほどで。

 

「確実に一人の幼子の何かが歪んだ気配は感じるな。」

「言っとる場合か!?」

 

扉間はそう叫んだが、イドラは不思議そうな顔をした。

 

「・・・えっと、すみません。確かに、少し不躾すぎたかもしれません。ただ、怯えられていたようなので少しでも落ち着かれるかと思って。私も、恐ろしかったとき、兄様に抱きしめて貰えたらほっとできたので。」

 

しょんもりとするイドラにマダラはちょっときゅんと来たのか、彼はそっと妹の頭を撫でた。

 

「いいや、お前は何も悪くない。」

「そうですか?」

 

そんな微笑ましい光景を見ながら扉間は頭を抱えた。

けして、悪くないはずなのだ。勝手に抜け出したという事実は、大名側へ有利な交渉材料になるだろう。

だが、嫌な予感しかしない。というよりも、明らかに自分の妻へ秋波を送っている存在が気にくわない。

いいや、というか、今後のことを考えて、こう、色々と大丈夫なのか?

 

(・・・すでにワシと婚姻をしているイドラに何かをすることはないだろうが。ない、だろうが!)

「・・・・抱きしめられて、頭まで撫でられたのか。これは、確実に歪んだな。」

「何が?」

「イズナよ、優しい姉というものに幻想を持っているものには効くものがあるんぞ。」

「あ?」

「なんでもありません!!」

 

アカリに胸ぐらを掴まれている柱間を尻目に、扉間は頭を抱えてイドラを見た。

 

「ともかく、だ。イドラ、ワシは大名側を迎えねばならんから今日は帰れん。アカリの所に泊まるんだ。いいな?」

「過保護すぎじゃないか?まだ、子どもだろう?何かをするとは思えんが。」

「一応だ、一応・・・」

 

 

 

なんて会話をした後にすぐに送られてきた手紙がそれだった。

 

「一応、交渉時に譲歩はしてくれるみたいだけど。」

 

手紙は、言ってしまえば、下手に引き離して反発したり、妙な振り方をして女嫌いになっても面倒なためしっかり振って欲しいということだ。

忍ならそれぐらいできるだろうというそれに、四人は顔を見合わせた。

 

できるのか、あれに?

 

脳裏に浮んだのは、わふんと自分に尻尾を振る女の姿が思い浮かんだ。

 

「・・・振ろうとしてドツボに嵌まりそうな気配がするのお。」

「かといって断るわけにはいかんだろうが。」

「扉間があれだけ頭を抱えるのなんて、これから見れないだろうなあ。」

 

アカリが視線を向けた先には、文字通り頭を抱えた扉間がいた。

 

(どうしろと!)

 

さすがの扉間もこんなアクシデントを経験したことなどない。思春期真っ盛りの少年の心を傷つけずに振るなんてやり方見当が付かない。

何よりも、何が悲しくて、自分の妻が関係していることに首を突っ込みたいなどと思うだろうか?

 

「イドラに指示を出したとして、それを上手くこなせるのか?」

「お前、あいつも任務の時はしゃっきりするからな?」

「だとして、傷つけずに振るなどどうするんだ!?」

「そりゃあ、お前達が幼い頃にどうすれば傷つかなかったかを考えれば・・・・」

 

そう言ってアカリはちらりと、その場にいた面子を見た。そうして、少しの間黙り込んだ後、手をぱあんと叩いた。

 

「かいさーん!!」

「どういう意味だよ!?」

「じゃあ、聞くが初恋は?」

 

それに皆で黙り込んだ。そんな健全な少年時代を過ごした人間はその場にいなかった。振り返ってみても、戦場戦場、修行修行しかしてこなかった。

 

「だめじゃねえか!この恋愛初心者共!」

「いや、待て!扉間は違うぞ!?」

「その恋が叶ってるんだから、振り方云々については信用できねえじゃねえか!ともかく、それについては下の奴らに情報収集をして、その後に台本作って、イドラに全力で暗記させる!」

 

喝!と吐き出したアカリのそれに四人は思わず頷いた。まどか一行が滞在する時間は短く、早急に行わねばならない。具体策がないのだからと、その案に従うことにしたのだ。

 

 

そうして、以前から礼をしたいと再三要望があったため、イドラに町を案内させるということで合意した。といっても、テンチ側の護衛はありきでの話だ。

それでも、実力のあるものには負ける程度の実力なのだが、うちは側から、イドラがいるならば護衛については大丈夫だろうと太鼓判が押された。

 

そんなこんなで相成った失恋作戦ではあるが。

 

 

「・・・うん、扉間のことを考えれば、圧倒的な爽やかさ。」

「いや、忍に爽やかさは出せねえだろう。」

「でも、姉さん、年下に関してはだだ甘なんだよねえ。」

「やはり、年下は可愛いからなあ。」

「といっても、イドラ様の場合、良くも悪くも接触が多いですからねえ。」

「あ、確かに、おひいさん、そう言った系統の距離感ないよなあ。」

「・・・・扉間様とイドラ様の中を引き裂こうとするなど。」

「ええ、本当に。大名の分家であるとしても赦せぬ行為!」

「いやあ、でも、あれぐらいの容姿だから惚れる云々はわかるけどなあ。」

「だからといって、身分も違う。任務などでないのなら、あそこまで秋波を送るなど。不誠実だろう?」

「だいたい、あちらとてイドラ様が婚姻していることなんぞ、とっくに知っているはずだ!」

「待てよ、まてよ!?そのクナイはなんだよ!?」

「号令が出れば、確実に・・・」

「はいはい、それは仕舞っとこうなあ。なんかあるなら命令出るから。」

「アメでも食って落ち着けよ。」

 

扉間は背後からするそれに眉間に筋を浮かべた。

 

「ええい!だまらんか、貴様ら!というか、いったい、何人おるんだ!?」

 

扉間の言った先には、柱間やマダラを筆頭に、何故か、千手やうちはの人間も物陰に隠れてイドラ達を見ている。

それに、うちはの、この頃扉間にやたらと懐いているらしい一人がぴょんと手を上げた。

 

「イドラ様と、扉間様の危機と聞きました!そのため、警備として割り振られた人間の他に非番の人間も集結をしております!」

「どおりで、気配をやたらと感じると・・・」

「命さえあれば速やかに。」

 

そう言って、うちはのそれはクナイをちらつかせる。それにアカリがはいはいと、それの肩を引いた。

 

「何かあれば命が下るから、ちょっと待て。」

「そうですか?ばれずにやれる自信があるのですが・・・」

「うん、大丈夫だから。上手くやれるようにしてるから。」

「そうですか。」

「これから、何かしたいとかあるなら相談しなさいね?」

 

うちはの青年はとぼとぼと引いていく。それに扉間が頭を抱えた。

なんでこう、自分を慕ってくるのは突き抜けたやつしかいないんだろうか?

 

「・・・・つまりは、ここには警備の他に、イドラのことを聞きつけた野次馬が何人もいると?」

「野次馬とは失敬な!」

「そうですよ、俺ら、扉間様のことが心配で!」

「そうです!千手の皆も、うちはの皆も、イドラ様のことが心配で来たんです!」

 

扉間は千手の人間を睨んだ。純粋に、目をキラキラさせているうちはは百歩譲って良いが、千手のてめえらはこれを酒の肴に飲む気だろうが?

 

扉間の鬼気迫る睨みに千手の人間はそっと目をそらした。

そりゃあ、扉間という堅物が嫁さんを寝取られるかもしれない瀬戸際だ。もちろん、んなことはイドラやテンチの背景からして絶対にないし、上手く事を収めるという信頼があるために楽観的に構えている部分はある。

そのため、楽しそうと見に来た人間は多い。

 

「安心しろ、あとで締めておくから。」

「え、アカリ様!?」

「言い訳あるか?」

「・・・ないです。」

 

アカリの睨みに、その場にいた千手の人間は怯えるように体を縮こませた。それをうちはの人間は尊敬の目で見た。

すでにうちはの人間の多くが、アカリがマダラに嫁いでくるものだと思っている。

厳しい男であるマダラであるが、やはり、その強さは尊敬を集めている。この頃は、少しだけ丸くなったこともあり、早く次世代をと望む声もある。

うちはとしては、自分たちの可愛いイドラを嫁に出したのだから、千手からも嫁を貰うべきだという声がある。

それも、ただの女では嫌だとも。

 

アカリという女は、そんなこんなでうちはでは人気だ。乱雑な千手の人間をにらみ一つで黙らせる彼女の強さは、まさしく頭領の妻にふさわしいのだと。

 

「にしても、姉さんの着物、よく用意できたね。あれ、すっごく上等だよね?」

「ああ、あれは元々、扉間がイドラに贈っていた分だ。」

 

その言葉に一同は、イドラの纏うそれを見た。青地に、白い糸で花の柄が細かく縫われたそれは、まさしく、扉間を連想させる色合いだった。

 

(こいつ!)

 

自分の好みの衣服を着せて、接待とは言え他の男の元に送り出してやがる!

扉間の隠そうともしない独占欲を垣間見て、人間って変わるもんだなあとなんとも言えない顔をする。

その事実を初めて知った一同は思わず扉間を見た。扉間は己の背中に突き刺さる視線を無視した。

 

千手の人間は、さすがに大人げねえと扉間を見ていたが、うちははキラキラとした目で扉間を見た。

 

(やはり、扉間殿にイドラ様を任せてよかった!)

 

うちはからの好感度が爆上がりしている中、思わず、柱間が口を開いた。

 

「・・・・扉間よ。」

「なんだ?」

「さすがに、テンチ殿が可哀想だろうが?」

「知らん!」

「知らんじゃないぞ!?そりゃあ、テンチ殿も悪いが、いたいけな少年の初恋への返しが酷すぎるぞ!?」

「知らん知らん!大体、あれとて、仕事が落ち着けばどこかに出かける約束のために買った物だぞ!?急遽用意が出来んかったから仕方が無く着せたというのに!」

 

扉間の切実なそれに世帯持ちが柱間を止める。

 

「いや、そりゃあ、しかたがないっすよ。」

「扉間様は悪くないです!」

「やはり、ひと思いに・・・・」

「それ、何回するんだよ!」

 

そんなことを言っている中、アカリは心配そうにイドラを見ていた。扉間のそれについては今に始まったことでもないだろうと。

 

「本当に大丈夫か。なんだかんだ、指示は出しているが。」

 

そこにマダラとイズナが大丈夫だと頷いた。

 

「・・・・まあ、そこまで俺としては心配はしてねえんだ。」

「そうなのか?」

「ああ、見せてやろうじゃねえか。」

 

マダラはどや顔で言った。

 

「イドラの、恋愛感情の壊しっぷりを!」

 



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駄犬は結局駄犬である

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(・・・・大丈夫なのかな。)

 

うちはイドラこと千手イドラはどうしたものかと頭を悩ませながら道を歩いていた。そこに、声がかかる。

 

「イドラ姫、どうかされましたか?」

 

ちらりとその方向を見ると、黒い髪の愛らしい顔立ちをした少年が気遣わしげに自分を見ていた。

 

「いいえ、なんでもありませんよ?」

 

にっこりと微笑むと、少年、まどかテンチは照れ照れと顔を赤くした。それにイドラはどきどきをしながらテンチを見つめる。

 

(・・・うーん。私に出来るでしょうか?)

 

イドラは内心ですんとしながらそう思った。

 

 

「いいか、ともかく躱すんだ!」

「何か、良い雰囲気になって、告白があれば御の字!きっぱり、すっぱり、夫がいて、それはもう、大好きだって言って断るんです!」

「頑張って振るんだぞ!」

 

三者三様に、この案内に来る前に自分を取り囲んだ兄や夫たちの台詞を反芻してイドラは悩んでいた。

今回の接待についてもイドラは出来るのだろうかと悩んでいた。基本的に戦場、戦場三昧でこう言った任務をこなしたことはない。

 

(これを着れたのは嬉しいけれど。)

 

イドラは自分の纏った青の衣装に少しだけ踊りたくなった。それは、夫である千手扉間から贈られた物で結局着る機会に恵まれなかったものだ。

服の下の諸諸のせいで一人で着付けたものだが。

 

(似合っているって言ってくださいました!)

 

それだけでイドラは扉間の周りをくるくると纏わり付いて、尻尾をぶん回していた。そんなことを思い出しながら、イドラは少年を見た。

 

(・・・私のことが、好きになるというのが信じられない、というのもある。)

 

イドラはちょっとだけ頬を赤らめて、はにかむ少年を見た。確かに、それは恋する少年そのものだった。けれど、イドラは内心で、本当に?と思っている。

 

別段、イドラだって縁談の話が出ないわけではなかった。事実、弟のうちはイズナは死別していると言っても婚姻はしているし、兄のうちはマダラも婚約者がいたときもあったのだ。

ならば、イドラだってそう言った話が出なかったわけではない。

 

(でも、結局縁談がなったこと、なかったものなあ。)

 

イドラの縁談は何故か結ばれなかった。相手が戦死したりだとか、他に好きな人がいたりだとか、様々であるが、イドラは結婚できなかった。実際、イドラは女にしては行き遅れの範囲に入る。

イドラの天井知らずの夫への好意は、よくわからんが自分を嫁に貰ってくれたという感謝も含まれている。

 

(ともかく、頑張って振るぞ!)

 

イドラは私はやるぞやるぜと内心で鼻息を荒くして任務に向かうことにした。

 

「それでは、商人達の住む区域に向かいますね?」

「わ、わかった!」

 

イドラはそれににっこりと微笑んだ。それはそれとして、年下の少年は可愛いなあと思いながら。

 

 

 

「お、動き出したな。」

 

兄である千手柱間の声を聞きながら扉間は懐からとある札を取りだした。そうして、それを額に押しつける。端から見れば非常にシュールなそれにイズナが口を開いた。

 

「なんだよ、それ?」

 

それに扉間は言いたくはないが、気にするなでは済まないだろうと口を開いた。

 

「・・・・これの片割れの札をイドラに持たせている。距離は限られるが、その札の周囲の音をこちらで拾えるのだ。情報戦において使えると試行しているものだ。」

 

それは事実で、以前から戦場でのそれぞれの意思疎通は非常に重要になる。そのため、以前から通信手段になる忍術を考えていたのだ。

ちなみに、全然、成功していなかった。

けれど、今回の事態に、扉間はもう、死ぬ気で頑張った。せめて、イドラ達の状態を把握しておきたいと死ぬ気で頑張ってなんとか一組の札を作り上げたのだ。

 

それを聞いていた千手アカリが叫ぶ。

 

「審議!」

 

その言葉にその場にいた面々が口を開いた。

 

「ダメだろ。」

「いや、ダメだね。」

「アウトぞ。」

「さすがにおひいさんにも個人的なもんが・・・」

「わかります、妻のことは常に気になりますよね!」

「と、扉間様、さすがにそれは・・・」

「おっも。」

「それ、量産できたら欲しいのですが。」

「いや、束縛しすぎでしょ。」

 

個々で発せられたそれに、アカリが扉間に言った。

 

「有罪!」

「誰がじゃ!」

「今、おかしなのも混ざってなかったか?」

 

アカリのそれに扉間は叫んだ。こそこそと物陰に隠れるために小さくなったままにアカリは隣にいた扉間に言った。

 

「お前、この頃段々欲を隠さなくなってきてるのはどうかと思うぞ!?」

「どこがだ!欲ってなんだ、欲って!」

「性欲。」

「八つ橋に包まんか!」

 

扉間のそれにアカリはきりっとした顔をした。

 

「何を言う。男の原動力にスケベは大事らしいぞ。」

「ワシがいつ、スケベ心で術の開発をした。」

「己のみを振り返ってみろ!」

 

それにその場にいた者たちは、扉間の有名な術について考えてみた。

 

「飛雷神の術。」

「逢瀬のために・・・」

「ていうか、全然気づかなかったんだけど。」

「まあ、いつも俺らがいるわけでもねえし。」

「というか、そのためにあんだけの術を開発したんですね、この人。」

「影分身の術・・・」

「いや、あれはあれでエグさが。」

「媒介いらずはいいんですけどねえ。」

「結界術も。」

「いや、音の遮断まで行くとまじで生々しさが出てきてやなんですけど。」

「まあ、補給のときとかに使えそうではある。」

「いや、全部使える術なんだけどなあ。」

 

扉間は頭を抱えたくなった。自分が必死こいて作った術に何故、そんな卑猥な理由に紐付けされてるんだ?

 

「ええい!んな理由ではないわ!ワシは、全て、真面目に術を作った!」

「飛雷神の術、イドラのかんざしなんかにつけてるくせに?」

 

それにぐうの音も出なくなる。いや、確かにそうだが。

 

「・・・今回の盗聴のそれも、今後は使わないと?」

 

それに扉間は、普段の彼ならば堂々と使わないとしれっと嘘をついただろう。だが、目の前の、アカリというそれを前にすると何故かそう言った小細工が出来ない。

トラブルメーカーで、トラブルホイホイのイドラの監視のために使おうと思っていたのは事実だ。

というか、イドラの服の下とかを知られた日にはアカリに何をされるだろう。

 

あ?んなもん、里を一望できる崖の上から逆さづりよ。

 

思わず聞こえてくる姉貴分のそれに扉間は首を振る。

 

「おい、目をそらすなや!」

「だあああああああ!えん罪だ、えん罪!」

「・・・あのな、扉間。私だって全面的に責めてるわけじゃない。ただ、この頃あけすけになりすぎて、術の使い方の方向性に関して察したくないという話だ。」

「あけすけってなんだ!?あけすけって!」

「・・・・思えば、兆候はあったな。」

 

扉間のそれにアカリはどこか黄昏れたような顔で遠くを見る。

 

「なんか、こう、やたらと水遁の粘着度を上げる術を作ってるときに気づけばよかった。」

 

それは傷の保護に使えないかと考えていた術だ。それに扉間はこれからどうなるかを瞬時に察した。

 

「粘着度・・・・」

「何に・・・」

 

それにその場にいた人間は察した。その術の使い道に関して。

 

「扉間様、結構即物的っすね。」

「誰がじゃ!大体、その術も・・・」

「扉間よ。」

 

そこで背後にいた柱間がそっと扉間の肩を叩いた。

 

「なんだ、兄者!ワシは・・・・」

「そう否定するな。お前も男ぞ、姉者もそう責めるものではないだろう。作るきっかけがなんであろうと、お前が里に貢献しておるのは変わりは無い。姉者もそう突いてやるな。男には触れて欲しくないこともあるんぞ。」

「・・・お前が茶屋で騒動起こしたのもそれに当たるのか?」

「その時はまことにすみませんでした。」

 

柱間のアカリへの綺麗に頭を下げる動作に皆、まあ、確かにそれはそうかとうなずき合った。

マダラもまた、いや、これはこれでどうなんだろうか?

というか、扉間のあけすけすぎる諸諸に自分も怒った方が良いのかと思う。

ただ、マダラは今日、自分に男に贈られたという衣装をにこにこで見せに来た妹を思い出す。

きっと、見られないと思っていた。

それこそ、年頃だろうと着飾るものでもと勧めるマダラにイドラは暗い目で首を振る。

 

そのようなことを気にするときではないでしょう?

 

好きな男のためにと、着飾って笑う妹は美しかった。それは、容姿の話ではない。

 

ねえ、兄様。見てください。綺麗ですか?扉間様も、似合っていると言ってくださったんですよ?

 

零れるような、淡い笑み。

それは、いつかに、マダラが愛して、守りたかった、軽やかに生きる妹の在り方だ。

マダラは、それに扉間にイドラを嫁がせたことを正解だったと思う。

 

例え、それのねっこの部分にあるのが扉間のすけべであっても。

 

(・・・・互いに偶然会ってそのまま恋に落ちたなんて信じてねえが。)

 

マダラは二人に聞かされたなれそめを思い出す。というか、それを話す折に全力で目をそらすイドラの様子から言えない何かがあったのだろうが。

マダラは諦めたように扉間の肩を叩いた。

 

「・・・扉間、あれだ。その、ほどほどにな。」

「これ、優しく言われた方がキツい案件じゃね?」

「マダラ様がこれだけ慈悲深く接してる時点で感謝すべきでは?」

「普通なら扉間様がここで吹っ飛ばされてる案件ですから。」

「だから、ワシによこしまな気持ちはないのだと何度言えばいいのだ!?」

「やることやってる時点で、この言い訳は通用しないのでは?」

 

どこで狂ったんだとしみじみと思う。

いや、これでもけっこう頑張ってるんだけどと思う。トラブルについても、対処しようとしているのだ。

いや、その根源は自分の妻なのだが。

何が悲しくて、術を開発する原動力にスケベがあるのだと思われなくてはいけないのだ。

扉間は若干半泣きでもういいわと諦めたようにイドラたちを見つめた。

 

 

 

「・・・テンチ様。大丈夫ですか?」

「あ、ああ!大丈夫だ!」

「そうですか。なれど、何かありますればすぐに言ってくださればと思います。」

 

それにテンチはこくりと頷いた。それに、うちはイドラはにっこりとたおやかに微笑んだ。それにテンチはどきどきと早鐘のようになる胸を押さえた。

 

「うちはの姫?」

 

テンチは千手の屋敷に戻ってすぐに自分を助けてくれた女がどこの出であるか知りたがった。

そこで知ったのが、里の創設に関わったうちは一族の姫で有り、現在は千手に嫁いでいると言うことだった。

 

「すでに結婚しておりますが。」

「そ、そんなことはいいのだ。それで、他に情報は?」

「そうですねえ。聞きしに勝る仲の良さだそうで。」

 

テンチは護衛で有り、側近のそれに少しだけ顔をしかめた。

そうだと、必死に内心で言い訳を重ねる。自分はあくまで今回の件でお礼を言いたいだけで、何か、よこしまなことなんてありはしないのだ。

 

「・・・それで、里の様子はどうでしたか?」

 

側近のそれにテンチはああと冷たく目を細めた。

 

「下手な都市よりも治安はいい。お前も、明日見てみろ。驚くほど、目が行き届いている。」

「テンチ様が絡まれたのにですか?」

「路地裏に、おまけに、そこそこ奥まった場所だ。そんな所でもわざわざ言葉までかけてくるのだからしつけが行き届いているぞ?」

 

皮肉交じりにテンチは言った。

 

「・・・・私がいなくなった後の屋敷の様子は?」

「蜂が突いた、が正しいですね。すぐに探すための人間が手配されたようですよ?」

「そうか。」

 

今回、視察にテンチが選ばれた上で、いくつか行動を起こすように命じられている。それは、忍達が大名達にどんな感情を持っているか、どう行動を起こすのか、水面下で探るためだ。

大名側も必死なのだ。

少数であるからこそ、金や物資で取引が成っていた。けれど、実際里が相成ったとき、彼らが増長し、下手な権力を求められては困るのだ。

大名側もまた、生き残るために忍たちの様子を探りたかったのだ。

テンチはそう言った面で丁度よかったのだ。

子どもで有り、人々に侮られる。そうして、分家の彼は死んでも換えが効く。

忍達はどう考えているのか?

 

(帰るとき、幻術の一つでもかけられているやもしれんな。)

 

なんてことを考えていたのだが。

 

「どうかされましたか?」

「な、なんでもない。」

(な、なんだ、これは!?)

 

テンチは顔を赤くして、隣を歩く女を見た。

黒い髪に、黒い瞳。美しい女だ。いいや、もっと、美しい女ならばいるだろう。けれど、テンチは何故か、ひどく女に引かれた。

かの有名なうちはの姫。

それがどんな人間なのか探ってやると言う建前でやってきたのだが。

 

「・・・商人の他に、職人も移住しているのか?」

「はい、忍にとって、クナイなどは切っても切れませんので。ただ、氏族によっては長年契約しているものがいるので、それを使っている場合もございます。」

「ならば、鉄の補給も必要になるのか。」

「そうですね。それについては・・・」

 

テンチはイドラの淀みのない話にうっとりとしてしまう。

 

(こんなに愛らしく、そうして、賢いなんて!)

 

もちろん、イドラのそれは扉間やマダラが必死に詰め込んだ知識なわけだが。彼らの知り合いならば、イドラの背後に、私たちが頑張りましたとマダラや扉間たちの顔がぼんやりと浮んだことだろう。

美しい見目をしているというのに、にっこりと微笑んだその様はまるで幼子のようにあどけなく、愛らしい。それに加えて、強いだなんて。

 

(こんな女性がこの世にいたなんて。)

 

テンチはどきどきとする胸をさすった。その時、テンチは自分の頬に軽く何かが触れたような気がした。

 

「テンチ様?」

「え、あ、はい!?」

「顔が赤いですね。熱かったでしょうか?熱でもありますか?」

 

そう言って頬に触れてくる手に、そうして、自分をのぞき込むイドラの顔にテンチは顔を皿に赤くした。

 

「ああ、どこかで休まれた方が良いですか?」

「い、いや、その・・・・」

 

 

 

「完全に、良い雰囲気ですが。」

「いや、年上の美人なお姉さんっていいですよねえ。」

「イドラ様にあんなことされたら、ああもなりますわ。」

 

そういつつ、皆は札を持った扉間を見た。

 

((うわあ。))

 

今にもテンチを呪うんじゃねえかってレベルの形相を浮かべていた。ぐぎぎぎと、何か、怨念が出るレベルだ。

 

「扉間よ。」

「なんだ?」

「気にくわんのなら、そう言ってもいいのだぞ?」

「なんとも思っておらんわ!」

 

いや、嘘吐けよ。皆がそう思った。

事実、扉間はイドラがその子どものことをなんとも思っていないことぐらいは理解している。命令だからそうしている。

が、それはそれとしてもそれが他人に全力で愛想を振りまいていることが気に入らない。

どろりとした情念のそれを覚えている。

自分がいなければ生きていけない、その、水飴でも口に突っ込まれたかのような感覚を忘れていない。

 

(・・・まあ、あれを知っておるのはワシだけだが。)

 

それで少しだけ持ち直す。けれど、それはそれとして、自分への愛はそのままに誰か気に入った人間が出来れば全力で懐きに行くのがその女なのだ。

 

(重たい女であるならば、常にそうあればいいものを!)

 

悲しいかな、重ったい情念を抱えた女と、駄犬が同居しているのがイドラなのだ。

イドラの愛と言える感情と、遊んでくれるの?構ってくれるの?と懐きに行く感情はまったく別物なのだ。

おかげで、あの重たい感情を見せられても、どっかに爆走していくイドラの姿を幻視している自分がいる。

 

「・・・そろそろだな。」

「ええ、そろそろですね。」

「このまままともな時間が続きませんよ。」

 

うちはの人間が口を開ける。なんだと、皆の視線を集めた。そこで、イドラが立ち止まった。

それにうちはの人間は何かを察したのか、ああと目を細める。

 

 

「あ!」

 

イドラは路地裏のそこで立ち止まる。それにテンチも反応した。

 

「どうかされましたか?」

 

テンチはそう言って、イドラの見る方向に視線を向けた。そこには、何かの糞が転がっていた。

テンチの頭の上にはてなが浮んだ。

なぜ、こんなものに反応したのだ?

 

「その、何か、あるんでしょうか。これに・・・」

「・・・この場所。そうして、周りに転がる餌の残骸。これは、ブチ大将のうんこですね!!」

 

意気揚々と言ってのけたそれにテンチの目が点になった。

 

 

この里では、現在、熾烈な争いが起きているのです。

西には歴戦の戦士、クロ大将。東には、三毛の姉御。そうして、南を支配するのが、ブチ大将なのです!

現在、三毛の姉御は出産に入っているので少し勢力が弱まっていまして。クロ大将が一番頭角を現しているのです!

ですが、私はクロ大将は年を取り過ぎており、代替わりが近いと思っているのです。

現在、一番勢力が小さいとは言え、誰よりも若いブチ大将がこの里の頂点を取ると考えられます。

また、小さな勢力が、だんだんと集結しておりまして。

 

 

札から聞こえてくるイドラの熱い、現在の野良猫大戦の全容に皆がひどく微妙な顔をした。

いや、何をそんなに熱く語って。

え、お前野良猫会議にもわざわざ参加してそれぞれの勢力を調べてるの?何してるの、お前は。

 

わふんと、全力で駄犬モードに入ったことを察して、マダラはどや顔をする。

 

「どうだ、イドラのあれを。」

「僕も姉さんが猫集会に参加してるの見たなあ。」

「あーあ、とうとう、猫の糞を枝で突いて、食べたものの解説までし出した。」

「護衛がすげえ、いいのかこれはって顔をしてる・・・・」

 

何というか、もう、輝かんばかりの顔で猫の糞をこねくり回しているイドラのそれに、皆が、マダラの言っていたことの意味を察した。

 

「いつもああなのか?」

 

柱間のそれにマダラはちょっと遠い目をした。

 

「いや、まあ、あいつを嫁にしたいって奴がいなかったわけじゃないんだけどなあ。」

「そのたびに、まあ。」

「目の前を横切った馴染みの猫を追いかけ。」

「森に逢瀬に行けば、カブトムシを捕って相手に自慢し。」

「町中に行けば、何故か野良犬に懐かれまくって群れをなし。」

「あのときは、到頭本物だって認識されたのってなってなあ。」

「伝説なのは、茶屋に入って数時間マダラ様の話をし続けたことですねえ。」

 

マダラはぱあんと己の額を叩いた。

 

「顔はいいんだ!うちの妹は、そりゃあ、もう可愛い!引く手あまたなんだよ!」

「ええ、本当にイドラ様は可愛らしくて、お優しい。もう、正直どんな男だって釣り合いなんぞ取れませんが!」

「それはそれとして、全力でやっぱり駄犬なんだよね。」

「軽くって話じゃないような罵倒をしているが大丈夫なのか?」

 

イドラは基本的にちゃんとしている。

戦場ではきりっとしているし、うちはでは頭領の家の人間として氏族のきりもりだってしている。さすがに皆での話し合いの場でもまともなままだ。

もちろん、家では全力で駄犬を貫いているのだが、さすがにある程度近しい家の人間でなければそんな様子をはっきりと知るものはいない。

そんなこんなで、イドラというそれに幻想を抱いた、遠い家の人間から縁談が来るわけだが。

蓋を開けて、改めて知る駄犬の部分を見ると、一気に庇護対象や妹分にシフトチェンジをしてやっぱりとなる。

そうして、子どもからも最初は素敵なお姉さんみたいな扱いを受けるのだが、言動を見る内に幻想から醒めるのだ。

 

素朴な疑問とそんなことを言われている中で、皆が扉間を見た。扉間は平然とそれを眺めている。というか、あの程度でゆらいではイドラの夫などしていないのだ。というか、猫の勢力図についてはイドラからよく聞かされているため、気にもしない。

そんな中、千手の人間はそれに扉間を見た。

完全に、この意味不明っぷりをみればイドラは扉間の好みの範囲外だろう。けれど、事実、彼はなんだかんだでイドラにぞっこんだ。

 

(顔か。)

(そんなにドツボにはまるぐらい好みだったか。)

(いや、顔はいいよなあ。)

(これの息子だっていう広間も、イドラに似た顔が好きだったものなあ。)

(あーでも、うちはの人間の顔が好みなんはめっちゃわかる。)

「おい、何か失礼なことを考えているだろう!?」

「いや、やはり姉弟だなあと。」

 

千手の一人が扉間とアカリの顔を見比べた。

千手一族って面食いの傾向があるという話がそこに生まれたが、そんなことは関係ない。

 

「ふっ、だが、これで百年の恋も冷めただろう!イドラのあれを見て、嫌いにはならないが、恋愛対象から外れない人間はいなかった。」

 

さすがに意中の相手とは言え、満面の笑みで目の前でうんこをいじり倒せば恋も冷めるだろう。

そう思っていたマダラに札からまた声が聞こえる。

 

「なんて、純粋なんだ!」

 

感極まったテンチのそれにマダラを筆頭にしたうちはの人間が驚愕の顔をした。

 

「な、なんだと!?」

 

遠くに見えるテンチの顔は、うっとりと完全に恋い焦がれるときのそれだ。

 

「つ、つええ!なんて奴だ!あれだけのことをされてもまだ、持つのか?」

「完全に絶対的な強者にかけるような発言になっているな。」

「いや、にしても目の前でうんここねくり回す女を純粋の一言で片付けるのは強いだろう。」

 

なんて言っているとき、札から声がした。

 

「あの、イドラ姫。夫君のことなんだが。」

 

それに皆がごくりと息をのんだ。

 



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責任とれと言いはしても、それはこっちの話でもある

感想、評価ありがとうございます。
感想が欲しいので、いただけると嬉しいです。

うちはの人間て好きな人には徹底的に優しいイメージなので、嫌いな人間にだけ手荒なイメージがあります。


 

 

(・・・・どうすれば、こんなに無垢な生き物ができるのだろうか?)

 

まどかテンチはじっと目の前で嬉々として語るそれを見た。

 

醜いものならば、多く見た。

それは、例えば、生き残るためであり、権力を握るためであり、怒りであったり、理由など様々で。

それでも、いつだって、出会う人間には微かにでも、打算や利益を求める心があった。

それをテンチは仕方が無いと納得している。

 

仕方が無い、仕方が無い。

己の生きている時代も、世界も、そんなものであるのだとわかっている。幼くとも、それを理解できていたのだ。

けれど、それ故に。

 

「・・・それでですねえ。ブチ大将は愛想も良いので良い餌も貰っていまして。」

 

その、幼子のような在り方が目映かったのだ。

 

「それならば、さぞかし立派な体格でしょうね。」

 

テンチがそう返せば、うちはイドラこと、千手イドラは顔を輝かせた。

 

「はい、そうなのです!」

 

忍とは、血に濡れ、謀略のまっただ中にあるのだと聞いた。なのに、どうして、この女はこんなにも真綿の中にあったかのように無垢なのだろうか。

それもまた、戦場にて、死人の山を築いていたというのだ。なのに、何故だろうか。

それからは、血なまぐささなど欠片だって無かった。

己があった、うちはや千手一族の人間を思い出す。

千手柱間は特に陽気で、人当たりはよさそうだった。けれど、テンチにもわかっていた。

その目は、人を殺したこともある人間のものだと。

なのに、イドラからはそんなものは感じられなかった。

だからこそテンチは、その女に惹かれた。

 

どうすれば、こんなにも柔らかな心根を保てるのだろうか?

どうすれば、こんなにも無垢に生きられるのだろうか?

 

自分には無理だ。自分の生きる世界では無理だ。

わかっている、だからこそ、その在り方は愛おしいと思ってしまうのだ。

 

何か、泥の中で、自分だけが見つけた輝かしいもののように思えたのだ。

あのとき、自分を助けたその瞬間、何か、美しいものに会えた気がしたのだ。それ故に、だ。

 

(千手扉間!)

 

かのスケベがそれの夫であることがひどく腹立たしかったのだ。

 

 

「扉間様ですか!」

 

イドラはにっこにこで己の夫の話に飛びついた。それにテンチはむっとする。

千手扉間、その男の話はテンチも知っているし、そうして、実際に会った。兄と比べて愛想の悪いそれは、テンチも事前に情報を得ていた。

 

なあ、聞いたか?

ああ、聞いたぞ。

千手とうちはの同盟ぞ。

ああ、そのきっかけだ。

知っている。

 

千手とうちはの頭領の身内の恋愛沙汰だろう?

 

ああ、千手扉間。人は評判に寄らんな。

それに、彼の男、相当の色好みらしいぞ?

 

(・・・・確かめねば!)

 

今回、テンチがなんだかんだとイドラとの接触を望んだのは偏に、その女の夫についての噂を聞いたためだ。

冷徹にして、賢しく、彼の千手柱間の右腕。

それは、悪いものばかりではない。賢しい男であるし、依頼についても堅実な働きをすると。

それ故に、千手扉間というそれは、依頼する側からしても抜け目なく、警戒心を誘う存在だった。

そんなときに広まった千手扉間の婚姻話、おまけに、敵対していたはずのうちはの姫君と、密かに逢瀬を重ねた果てに婚姻を結ぶというのだ。

千手一族と取引のあった家の主なる人間はまさしく、目玉が飛び出る勢いで驚いたのだ。

 

え、いやあ、嘘でしょ、さすがに。

 

なんて言っていたのに、蓋を開ければどうだろうか。

めちゃくちゃ噂が出てくる。

大名側も色々探ってくるのだが、ものすごい話しか出てこない。

 

夜這いのためにわざわざ忍術開発したらしいぞ。

子どもまで作ったらしいぞ。

もう、絶対囲い込んで逃がさねえって気概を感じる。

というか、さすがにここまで極端を行かれると反応に困るって言うか。

常に側にいるために特製のかんざしを作ったとか。

 

後半になるにつれて、もう、扉間の狂いっぷりは一部の人間の娯楽になりかけた。

そりゃあ、冷徹で有り、仕事人間にして、愛想のない男の恋愛沙汰なんて正直に言えば興味しかそそらなかったのだ。

 

人って変わるもんねえ。

なれそめ、なれそめ知りたい!

どういう感じでここまで成ったのか知りたいんだよ!

 

一番知りたいなれそめ話は、ひどく簡潔にしか出回っていないことに大名たちも畳に拳を叩きつけた。

一番知りてえんだよ、そこを!

まあ、恋愛もので一番盛り上がるところをお預けにされたのだから、大名側のかゆいところに手が届かない状態も納得なのだが。

けれど、さすがにそこら辺の詳細を詳しくとは聞けなかった。

ちなみに、テンチはしらないことだが、彼につけられた護衛達は、それについて補完するためにイドラと扉間の情報収集を命じられていたりする。

もちろん、大名たちの期待する恋愛模様など存在しないのだ。それは扉間たちしか知らないことだ。

ちなみに、後年で千手広間の計画により発行された二人の恋愛ものは、大名たちから多大なる感謝を得ることになる。ようやく、待ちに待った、デモ映像だけで我慢していた作品の本編が出た並の嬉しさだ。そうして、暇を持て余した大名たちによるそれを題材にした創作なんかも出回るようになるが、それはまた別の話だろう。

 

さて、そんなテンチであるが、扉間については女好きで、相当の好き者であるなんて噂が耳に入っているのだ。

こんなにも純粋そうな女が騙されていないかと、テンチは心底心配したのだ。

 

が、そんなテンチの心配なんてお構いなしにイドラは嬉々として己の夫の話をした。

テンチは、イドラの語る扉間の話を聞いた。

それは、どこまでも、優しい男の話だ。

 

扉間様はですねえ、優しいのですよ。

頭を撫でてくれるんです。私の話を聞いてくれるのです。私の好物があると、そっと分けてくれるのです。

 

それは、まるで、慕う父や兄のことを話す幼子のようで。それに、テンチはいいなあと思う。何か、日向の、柔らかな匂いがする気がした。

 

(ああ、愛らしい。)

 

その、楽しそうに緩んだかんばせが何よりも、愛らしくて。

 

「・・・・扉間様のことが、お好きなのですね。」

「はい、大好きです!」

 

イドラは存在しない尻尾をスクリューしながら答えた。それにテンチは思わず言った。

 

「でも、大変なこともあるでしょう?」

 

その言葉は幼い少年の隠しきれない嫉妬のようなものがあった。

その言葉に、イドラは思わず考え込む。

大変?

 

どちらかというと、苦労をかけているのは自分の気がするなあとイドラは思う。けれど、それと同時に、ふと、思い出す。

 

「・・・確かに、痛いのはちょっとなあ。」

「え?」

 

 

 

 

が!

イドラの台詞に千手扉間は無言で持っていた札を破り捨てようとした。けれど、それよりも先にその手を掴む者があった。

誰であるかなんて、見ないでもわかる。

 

(見たくねえ~!!)

 

もう、己の口調さえ忘れて扉間はそう思った。

 

「おい、なんか言えや。」

 

無罪ですと言おうと思った。けれど、悲しいかな、今回は無罪でも何でも無く、本気の自業自得なのだ。

けれど、言い訳をするのなら、扉間にはそう言った趣味はない。というか、そう言った方向には淡泊なはずなのだ。

けれど、イドラについては、本気でこいつは痛い目見ねえかなあと思う心もやっぱりある。

駄犬を可愛いと思ってしまうとしても、それはそれとしてこの野郎!と思う部分もあるために。

いや、ものすごい本音を言うのなら、嫌なことをしても好き好きといって縋ってくるのが嬉しくなっていた部分がある。

そのため、今回は本気で弁解のしようが無いのだ。

赤い瞳の視線が刺さる。兄と同族の目が刺さる。

 

「夫婦のことぞ!」

「必死に考えた言い訳がそれなのか!?」

 

千手アカリは扉間の胸ぐらを掴みながら言った。それに千手柱間とうちはマダラが止めに入る。

 

「ま、待て待て待て!姉上、誤解かもしれんだろう!?」

「そうだ、痛いことつっても、色々あるだろう。」

「マダラ殿は、イドラが何をされていても良いと?」

「・・・いや、まあ、正直なあ。」

 

痛い目に会っても、その時は、と思うことがある可能性は秘めている妹だ。叱られてげんこつを堕とされても文句は言えない。

そんなとき、札からまた声がした。

 

「な、何かされているのですか!?」

「え、ええっと。」

 

イドラはまたやってしまったと冷や汗を垂らした。

 

(えっと、えっと、えええっと!!)

 

挽回をイドラは目をぐるぐるさせる。何か、言い訳をと考えた。

 

「は、歯がかゆいのかと!」

「歯が!?」

 

札から聞こえてくるそれに皆の目が扉間に集まる。イドラのそれに皆が理解する。

 

(噛んでるんだ。)

(噛んだんだ。)

(噛んでやがるんだ。)

「噛んでんじゃねえか!」

 

アカリは扉間の首に腕を回して、がっちりと固定する。イドラがいれば、そ、それは伝説のチョークスクリーパーと宣っていただろう。

 

「おま、人様の娘に何を付き合わせてんだ!?」

「良いだろうが!ワシの嫁じゃ!」

「言い訳にするには、お前、どうなんだよ!?」

 

ぎっちぎちに扉間を締め上げている中で、千手柱間は恐る恐るうちは兄弟を見ると二人とも、溶けたような目をして宇宙を背負っていた。

柱間はそれにあああああと頭を抱えたくなった。そりゃあ、怒りも忘れてそんな顔をもしたくなるだろう。

 

「マダラ!イズナよ!正気に戻れ!」

 

ちらりと千手の人間を見れば興味津々とした目で扉間を見ているし、うちはに至ってはえ?え?と困り果てたような顔をしている。

マダラは、もう、茫然としていた。

 

(噛む?え?イドラを?????)

 

それはもう、マダラにはよくわからない世界の話だった。

怒りとか、何を妹にしてくれているんだという諸諸は、自分にとってあまりにも馴染みのない世界に全て飛んでいった。

イズナも頭の上にはてなを浮かべていた。

女とは弱く、守るべきものであるというのが彼の価値観だ。そのために、いくら強いとはいえ、イドラを戦場に出すことに罪悪感を覚えていた。

もう、家庭に入り、これから子でもなせば戦に出ることはないと安心していた。

そんな彼には、何故、扉間がイドラを傷つけるようなことをするのかわからなかった。

 

「と、扉間、お前、姉さんのことが好きだって言うのは嘘だったのか?」

 

ショックを受けたかのようなイズナのそれに、うちはの人間はそれぞれ近く千手に視線を向ける。

なんで?

茫然と信じていたものに裏切られたみたいな目に、千手の人間達の中で罪悪感が浮ぶ。

 

「い、いや、扉間はイドラのことが好きだと思うぞ!いや、ただ、そのお、ちょっと当人の癖がねじ曲がっているというか・・・」

「なんで好きな人にひどいことするんだ?」

「いや、あの、あれだよ。そういう奴もイルって話で!少数派だから!」

「・・・・そう言った愛もあるのか。」

「おい、そんなわけ無いだろう!?」

「でも、扉間様がそう言うなら!」

「帰ってこい!」

「い、イズナ殿、あれだ。その、人には時々癖の強い奴がいて。愛情表現が独特な場合が。いや、何を説明させとんじゃ!」

 

うちはのなんで?という視線に耐えきれないようにアカリが口を開く。けれど、すぐに正気に戻って扉間にそう言った。

 

「知らんがな!大体、イドラとて嫌がっとらんかったぞ!?」

「ああ、そうなんだ、で終われると思ってないだろうが!扉間、私は、お前に言い聞かせただろう?うちが昔血継限界の件で大荒れして、婚姻関係がぐっちゃぐちゃになったし、泣いた女が多かったと。お前とて、それがわかっているから、私の意を組んで本来なら柱間の嫁になるはずだった私を庇ったのだろう?」

 

アカリのそれに、イドラのそれを一瞬忘れてうちはの視線が彼女に向かった。

 

「そうなのか?」

「あー・・・そのなあ、言い伝えなのかわからんが。木遁を使える人間の母は必ず赤毛だそうでな。宗家の人間の妻には赤毛が多いんぞ。」

「なんで破談になったんだ?」

 

それに柱間はちょっとだけぐすっとしながら遠い目をした。

 

「・・・・姉上に、柱間とだけは絶対に嫌だとふられたんぞ。」

 

その言葉に今でも言い合っている扉間とアカリ以外の視線がマダラに向かった。纏う空気に棘があるというか、近寄りがたいものはあるが、見目麗しい容姿だ。

皆が思った。

 

あー、タイプじゃなかったんだろうなあ。

 

ある意味でアカリの極まった潔さに納得した。そりゃあ、マダラの顔がドタイプなら柱間はありえんだろうなあと納得する。

 

「嫁さんには優しくしろとあれだけ言っただろう!?」

「優しくしとるわ!少し、あれだ、興が乗りすぎただけだ!」

「ひらきなおってんじゃねえよ!!やっぱり、私の育て方が・・・・」

「姉者!閨のことは夫婦の問題だ!口出しするな!」

「お前、まじで欲を隠さなくてなってきて!」

 

そんな会話にマダラは悩んだ。扉間には恩がある。イドラはすっかり明るくなった。それには感謝すべきだ。

けれど、妹がなんだか変態プレイに付き合わされてるみたいな状況はどうなんだ?

 

怒るべきなのか?

いや、でも、夫婦のことだし。イドラは嫌がっているのか?でも、妹にそんなこと直接聞きたくはない。

というか、目の前でぎっちぎちに姉貴に締め上げられている扉間を見ているとどんどん冷静になっている自分もいる。

うちはの人間もどうしようと思う。そんなときだ、マダラは己の隣から、それはもう冷たい空気を感じ取った。それに恐る恐る視線を向けた。

そうすれば、万華鏡写輪眼をかっぴらいたイズナがいた。

 

「ねえ、ちょっと、どいてくんない?」

「は?」

「そこの馬鹿、殺せないから。」

 

イズナがアカリにそう言った瞬間に、皆がイズナに飛びついた。

 

「うおおおおおお!待て、待って!イズナ様!」

「扉間様に何かあればイドラ様が悲しまれます!」

「ちょっと欲望に素直になりすぎただけなんです!」

「悪い人じゃないんですよ!」

「そうぞ!扉間は、あの、その、ちょっと色々ねちっこいだけぞ!」

「イズナ、さすがに刃傷沙汰はやべえぞ!」

「うるさーい!姉さんのこと大事にするって約束しただろう!お前が、姉さんのこと愛してるって信用してたのに!」

「はあああああああ!?ならば言うぞ!イズナよ!!」

 

扉間は立ち上がり、イズナの万華鏡写輪眼を見つめた。それに、イズナも少しだけ冷静になった。

 

「好き勝手言い寄ってからに!いいか、ワシがどんな奴か、散々にやり合った貴様なら知ってるだろうが!」

「知ってる!性格悪いし、無駄が嫌い!」

「そうだ!そのワシが、だぞ!今後の千手のことを考えて、跡継ぎ争いも考慮し、結婚する気も無かったワシがだぞ!?うちはと婚姻しとるんだ!おまけに、良くも悪くも、人のことを振り回す女とだ!」

 

それにうちは側も、ちょっと、ああ、はいと頷いた。イドラが扉間のことをぶん回していることに関しては確かにと頷いてしまう。

 

「あいつにあったせいで、ワシとて人生めちゃくちゃだ!まったく予想してなかったことばかりだ!いいか、ワシとてあいつに人の諸諸ねじ曲げた責任を取って貰う!大事にだと!?当たり前だ!ようやく手に入れた女だ!言われずとも、してやるわ!」

 

それに皆がぽかんと口を開けた。

当たり前だ。

扉間というそれは、確かにイドラに対して熱愛しているというのが事実であったとしても、ここまでむき出しのそれを振り回すことなんてなかったのだ。

というか、彼らがいるのは、イドラ達を視認できるギリギリの距離であると言っても、人の行き交う往来だ。

言ってしまえば、扉間の盛大な告白は晴れて、木の葉隠れの里の人間に広まるわけで。

柱間は口元を手で覆い、久方ぶりにはわわしていた。

扉間の発言は、劇的な出会いをし、苦しみながらそれでも逢瀬を重ね、そうして、ようやく婚姻にまで至ったという狂おしい愛の言葉に聞こえた。

 

というか、千手の人間も、うちはの人間も、その発言で扉間のイドラへの重たい何かを感じ取った。

ああ、そこまで、そこまで、思ってるんですか!

この往来で、絶対的に己のことを言いたがらないあなたが!

千手の人間は扉間ののろけにごちそうさんですとそっと手を合わせ、うちはの人間は扉間を尊敬の目で見る。

 

「お、おまえ、そこまで、姉さんのことを!」

 

イズナは茫然とした。だって、目の前の男のことをイズナはうちはの中で誰よりも知っているという自負があった。

けれど、男から漏れ出した、イドラへの積年の思いというものを感じ取り、万華鏡写輪眼を閉じた。

マダラもまた、それにイズナの肩を叩いた。

信じてみようと、思うのだ。扉間の、イドラへの愛情というものを。例え、少しばかり、何かが歪んでいるとしても。

 

「・・・イズナよ、扉間のことを、信じてみよう。」

「そうだね。」

 

なんてしんみりとしているが、実際問題、イドラと扉間の縁なんて柱間やアカリとそう変わらない程度の薄さではあるのだが。

 

 

 

なんてやりとりをしているなんて知らないイドラは必死にテンチをなだめていた。

 

「その、大丈夫です!扉間様は、優しいですから!」

 

それに納得しないのはテンチだ。何か、ひどいことをされていると察知して、今まで考えていたことを口にした。

 

「イドラ姫、このようなことを提案するのは間違っているやもしれませんが。うちに来ませんか?」

「え?」

「・・・・大名側に幾人か、護衛として忍を贈ることになっているのです。大名たちの妻や娘の護衛に同性の人間を、という話もあります。戦場に出ることもないでしょう。なら、もう、血なまぐささなどもない!あなたは。」

 

テンチが顔を上げた先でイドラは淡く微笑んでいた。変わること無く、静かに、笑っていた。

 

「・・・・少しだけ、案内する道からそれますが、いいですか?」

 





自来也とかに伝わってる扉間伝説の出所は、大名側が集めまくった当時の噂とか聞き取りとかの資料とか、あと密かに書かれてたマダラが書いた二人の恋愛ものの二次創作だったりする。


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お前が死んでも

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

元々湿った文章書いてるので、段々素が出て切る。ギャグに舵を切らねば。


ここのマダラさんは、基本的に諸諸のことに対して寛容。
自分の次の子は、素直で兄の言うことを聞く子だったが、次に産まれたイドラが伝説をうち立て過ぎて、人生も、人間も、そんなに思い通りには行かないし、理想は理想だよなあと思っているため。
無理なときは本気で無理だよねの精神をしている。


 

「大丈夫ですか?」

「え、あ、はい・・・・」

 

うちはイドラこと、千手イドラはとある崖の上にまで駆け上がり、そうして、背負っていた少年をおろした。

それに、まどかテンチは正直、ゲロを吐きそうになりながらふらふらと立ち上がった。そうして、イドラを見た。

 

イドラは、ぽすんと、崖の淵に座った。着ているそれが汚れるのも忘れたのか、まるで幼子のように足を揺らした。

テンチはそれに、恐る恐る近づいた。さすがに崖に足を投げ出すのは恐ろしかったため、イドラの斜め後ろに屈み込んだ。

 

「・・・いい眺めでしょう?」

 

弾んだ声でイドラは言った。それにテンチは頷いた。その言葉は事実で、崖からは里が一望できた。まだ、全ての開墾が済んでいないため、森が目立つが確実に人の住処が存在する。

テンチはちらりとイドラを見た。彼女は、自分が道をそれることに了承するとテンチを背負って思いっきり飛んだ。

さすがは忍、というべきか、イドラはまさしく飛ぶように屋根を歩き、森を駆け、そうして崖をそのまま登り切った。

美しい着物は動きにくいだろうに、伸びやかにそれは動いて見せた。

 

「あ、護衛が・・・」

「あ、置いて来ちゃいましたねえ。でも、大丈夫です!私、これでも強いので!」

 

むふんと鼻から息を吐くイドラにテンチは笑ってしまった。そうして、恐る恐る聞いた。

 

「・・・何故、ここに?」

 

それにイドラは少しだけ悩むような顔をした。そうして、うんと頷いた。

 

「テンチ様、私はお恥ずかしながら、こう、上手い言い方出来ないので、直接に言うのですが。先ほどの、私を護衛として召し抱えるという話は、お断りさせていただきます。」

「な、何故だ!?うちもうちはを個人的に雇えるというのなら、報酬も十分出す!木の葉としても有益のはずだ!」

「うーん、それはどうしても、だめというか・・・・」

「立場の、せいか?お前が、千手扉間の妻だから、か?」

「うーん、まあ、私が扉間様と離れたくないというのもありますが。」

 

震えるような声にイドラは苦笑した。苦笑して、そうして、彼女は里に視線を向けた。

 

「・・・・私はですねえ、いつか、この里のために死にたいと思っているんです。」

 

それにテンチは思わず、イドラの横顔を見た。その顔は、どこまでも、満ち足りていて、己の言葉を欠片だって疑っていなかった。

それが、その、日だまりの匂いのする女にはあまりにも、不釣り合いに見えて。

 

「どうして?」

 

掠れた声でそう言った。それに、イドラはやっぱり微笑んだ。

 

「この景色、綺麗でしょう。ここが私の故郷で、兄様たちの生きる場所になるんです。だから、見ていただきたかったんです。私の愛したもの、私の、守りたいものなのですよ。」

 

 

幼い子どもが、きっと、明日も遊ぼうね、なんて。

そんなたわいもない言葉を吐くときのような、そんな声で、その女は言うものだから。

 

「イドラ姫は、死ぬのが怖くないのか?」

「おかしなことを仰られる。我らは、産まれたときより、誇りがために死ねと言われる身であるのに。」

 

やっぱり、その声は弾むように楽しげで。はしゃぐ子どものようで。

 

「戦に出て、柱間様や兄様の攻撃をかいくぐって、生き残って。それで、ふと、周りを見るんです。そうしたら、誰かが死んでるんです。それを見るたびに、思うんです。何のために戦っているんだろうって。自分よりも、遅くに産まれて、私よりも幼い子どもが死んで。あーあって、何がしたいんだろうって。」

 

だからと、イドラは心底嬉しそうに言うのだ。

 

「ここなら、私、守るために戦えるんです。子どもが行くべき地獄に、私が代わりに行って上げられるんです。ねえ、テンチ様、それがどれだけ幸いなのか、わかりますか?」

 

イドラはそう言って、目下の里を見下ろした。そこは、いつかに、己の一族の牢獄になるはずだった。

 

(柱間様達が生きてるときから、ナルトたちまでは八十年ぐらいらしいから。そうかあ、うちはは百年も満たずに滅びたのか。)

 

今は、どうだろうか。己の起こした騒動は、うちはの命をつないだろうか?

恐ろしい、と思う。

己の内で、嘆く女の声がする。

 

信じるな、信じるな。それは、いつかに、お前達を信用できぬと手を振りほどくのだと。

 

けれど、それをイドラは振り払う。

何かが変わってしまった。ゼツは封じられて、兄と柱間と、扉間とイズナはなんだかんだでやっている。

なら、変わったのだと思うのだ。それがイドラは嬉しい。

 

「私はですねえ、テンチ様。死ぬときに、呪いをかけて死にたいんです。」

「の、呪い?」

 

唐突に出てきた不穏な単語に、イドラは頷いた。

 

「この里には、私の愛した人たちがいて、私の愛した人たちの大事なものがあって。もしも、それを守るために死ぬとするなら。私の死で、それが守られるなら。私、きっと、死ぬときに思うんです。ああ、よかったなあって。」

 

イドラは笑う。本当に幸せそうに、本当に、それ以上のことがないように、里を愛おしそうに見た。

彼女の脳裏には、幾人もの誰かの顔が浮んでいた。

 

それは、千手の顔や、里に入ってから仲良くなった人間の顔。

そうして、同族の顔。

それは、物語の中ではただのエキストラだ。彼らの末は、名前さえも出ないままに、一人の同族の少年に殺されただけの、脇役達。

 

(死んだ理由も理由だから、きっと、里の公式の記録には載せられてないんだろうなあ。)

 

イドラは知っている。皆、生きていて、赤ん坊が産まれて、妻を愛した男がいて、それに微笑む妻がいて。

誰もがどうしようもなく、生きていて。

それが、イドラは愛おしいから。だから、そのために死ぬのなら、イドラは笑って死ぬのだろう。

イドラは、テンチを見た。彼は、なんだか、泣きそうな顔をしていた。

 

「それで、残された者はどうなるんだ?そんなこと、望んでなどいないだろう。なら、それは。」

「それを覚悟しているのです。覚悟して、後を頼むと願ってここにいる。そういうものでしょう?信じて、きっと大丈夫だと願っているんです。例え、私がいなくても、きっと何かは残るでしょう。」

 

 

扉間は、きっと、イドラを選んでくれないのだろうなあとわかってから、彼女はよくよく考えた。

なんだか癪だ。なんだか、自分だけが追いかけているようで大変に癪だ。

 

(・・・いいえ、でも、私が死んだら、イズナも悲しむでしょうし。)

 

そうして、浮んだのは、一人の男だ。己を愛してくれる、優しい兄だ。

きっと、彼は自分が先に死んだらとっても、とっても、苦しむだろう、悲しむだろう。

だから、そうだと思ったのだ。

 

己が、例え、火にくべられるとするのなら。

どうか、その煌々とした火を愛してくださいと。どうか、そのくべられた火を囲んで、私を思い出してくださいと。

 

私の愛したものが詰まったこの、小さな箱庭を、どうか守って、愛してくださいねと。

呪いの一つでも残していこう。

 

 

そうしよう、ああ、そうしよう。

名案だと、イドラは胸を張った。イドラはちゃんと、うちはの人間が自分を愛してくれると知っている。我が儘だって聞いてくれる。

だから、ねえと、甘えたようにいつも通り我が儘を聞いてくれと願うのだ。

 

どうか、どうか、あなたの愛する誰かのいるこの場所を、そうして、私の愛したものをどうか、守ってくださいね。

 

(それが、きっと、扉間様の願うことでもあるから。)

 

共に生きていくと決めたのだろう。共に、その地に根を張って生きていくと決めたのだろう。だから、どうか己の影に呪われて、ずっと生きて欲しいのだ。あんな、あんな、惨めに死なないで欲しいのだ。

 

(・・・あの子が、一人にならないように。)

 

目を閉じれば、少年の顔が思い浮かぶ。可愛い弟にそっくりの、生意気そうな、家族が好きだった少年の顔が。

 

いつか、どこかで聞いた。

とある場所では、あなたの人生の汚点になりたいなんて口説き文句があるらしい。

それがいいなあと思う。

悲しいことに、自分の好きな人は、自分を傷にはしてくれそうにない。なら、汚点ぐらいには、呪いを残せないだろうか。

 

笑う、笑う、女が笑う。

それにテンチは改めて、ああと思う。

この世は地獄であるらしい。この世は、その、幼子のように無垢なる女にそんな生き方を押しつける。

 

「それは、とても、ひどい話だ。」

「そうですか?」

「・・・だって、そう言われたらそうせざるをえない。」

「ええ、でも、いいじゃないですか。例え、呪われても、生きてくれればじゅうぶんですもの。」

 

テンチの、茫然とした顔を見てイドラは少しだけ苦笑して、そうして、彼の顔をのぞき込んだ。

 

「テンチ様、ええっと、こういうのってたぶんそんな端的に聞くのって悪いことだと思うんですが。テンチ様は、私のことが好きって本当ですか?」

 

本当なら、顔を真っ赤にして違うと叫んでいただろう。けれど、その時のテンチは泣きたいような気分でこくりと頷いた。

それにイドラは照れ照れと顔を淡く赤くして、えへへへと笑った。

それは、まるで、血の臭いだとか、そんなものを知らない少女のようで、それに、テンチはああと思う。

なんだか、素敵なものに会えた気分で、もっと知りたいと、もっと話をしてみたいと思って。

笑うそれは、やっぱりとても綺麗なものに見えた。

 

膝を抱えて笑う女は、ひどく愛らしかった。

テンチは何を言えばいいのかわからなくて。想いが遂げられないことが悲しいとかではなくて、ただ、切なくて。

そんなことを、笑って言う女のことが切なくて。

それを見たイドラは、うーんと唸った。彼女は振られたことが悲しかったのだと思ったのだ。

 

「よし!テンチ様、なら、こういたしましょう!」

「なんだ?」

「いいですか、テンチ様!これから、テンチ様はどんどん大きくなられて、立派な若者になるでしょう!そうしたら、私よりももっと綺麗な人を好きになって、また会いに来てください!私が逃した魚は大きかったって悔しがるぐらいに立派に成ってください。」

 

私、待っていますから。

 

女は、死を望む言葉の後に、あっさりと、それを覆してテンチを待っているというのだ。

その矛盾に、テンチは少しだけ笑った。

 

「それまでに、お前は死んでいるかもしれないのにか?」

「そ、それに関しては、頑張って生きて見せますよ!それに、兄様たちが今、平和になれって頑張ってますしね!だから、テンチ様が大人になるまでは、私、ここにいますよ。だから、とびっきりにいい男になってまた、会いに来てください。それで、悔しがらせてくださいね!」

 

それは完璧な、テンチを振るための言葉で。

けれど、テンチはそれにぐすりと鼻を啜って、ちょっと笑った。

矛盾しているようで、それは、心底、テンチに生きて欲しいと思っているのだ。まだ、会って間もない己に。

それで、いい男に成って見返せなんて、ひどいことを言うもので!

けれど、散々に人を殺したはずの女がそんなにも、血の匂いがしないのはきっと、そうなのだからだろう。

それは、きっと、最後まで誰かに生きて欲しいと思うのだろう。それを、いいなあと思うのだ。

 

「千手扉間のことがそんなに好きか?」

「はい、大好きです。」

「相当スケベらしいが。」

「え、スケベじゃないですよ!?」

 

焦ってそんなことを言うイドラにテンチは笑った。なるほど、これが己の初恋なんてものの終わりで、そういうのなら、自分もまた呪われているのだろう。

また、生きて、誰かを好きになって、そうして会いに来いというのだ。

それまで、生きろと、死なないでと、そう言われているのだ。

でも、きっと、その感覚は悪くない。

 

いいなあと思う。素敵だなあと思う。

仇敵だった男を、千手一族の男を憎むわけでもなく、愛するという選択肢をとったそれのことを。

 

「・・・夫のどこが、そんなに好きなんだ?」

「うーん、そうですねえ。」

 

イドラはぱっと、花咲くように笑った。

 

「私が死んでも、当たり前のように生きて、幸せに成ってくれるような人だからです。」

 

ああ、それはなかなかに。

 

「・・・なるほど、それは確かにいい男だ。」

 

 

 

(・・・・怒ってるのかな?)

 

イドラは千手扉間に頭を拭かれながらどきどきしていた。

なんとか、まどかテンチという少年は自分のことを諦めてくれたようだが、それはそれとして、予定コースから思いっきり場外へと飛び出したことについては怒られるかもなあと思っていた。

けれど、驚くことに後ほど合流した護衛からの咎めはなく、扉間たちも特別怒ることは無かった。

ただ、何か、沈んだ空気を出していたので、自分が間違えたのかと戦々恐々していたのだが、別段叱られることもない。

というか、今日は頑張ったからと好物のきつねうどんを食べさせてもらえたし、扉間は早く仕事を片付けて自分と一緒にいてくれる。

こうやって、頭をてぬぐいで丁寧にぬぐってくれている。

イドラはねむねむと目をぱしぱしさせた。喉からごろごろと音が聞こえてきそうなほどのだらけっぷりだ。

けれど、扉間はなんだか眉間に皺を寄せて、黙り込んでいる。

大きく欠伸をしながら、イドラは今日着た衣服を洗わなくてはなあと考える。そこで、はっと気がつく。

 

(ま、まさか!あの衣装を汚したから、怒っているのでは?)

 

ようやくまともに貰った衣装は散々なやんちゃで砂埃だらけだ。自分で洗う気だが、確かに着て初っぱなであんだけでどろどろにしたのは自分でもどうかと思うのだ。

イドラはそれで扉間が怒っていると理解して、めしょっとした。

 

「・・・・ごめんなさい。」

「何を急に。待て、何か隠してることでもあるのか!?」

「今日、せっかくいただいた衣装を汚してしまったので・・・」

「ああ、それか。いや、今更な気もするが。別に構わん。あの衣装は捨てろ。」

「え!?でも、あれってお高いのでは!?」

「・・・お前、質の良い忍具へ金をかけるのにはためらわんくせに、そこで反応するのか。あのなあ、別の男との逢瀬に使った衣装など着てみろ。ワシが、お前のことをかわいがっとる爺どもに五月蠅く言われるわ。大体、本来なら、よそ行きのための衣装をもう少し仕立てねばならんのだからな?」

「・・・わかりましたあ。」

イドラはそう言いつつ、衣装をどこかに隠しておくことに決めた。だって、扉間から最初に貰ったものなのだ。

イドラは隠し場所を考えていると、扉間は髪を乾かすのを止めて、そっと、イドラの目の前に何かを差し出した。

 

「?これは・・・」

 

それは、古びたクナイだった。小さな、おそらく子供用だろうものだった。

イドラはそれを何だろうと両手の中でくるくると回してみる。そうして、くんくんと等々匂いを嗅ぎ出した。

扉間は最終的になめたりしそうで、イドラの手を止めた。

 

「・・・ワシが子どもの頃に使っていたクナイだ。」

「はあ?」

 

イドラは本当にそれの意味がわからずに頭の上にはてなが浮んでいた。それに扉間はイドラの顔をのぞき込む。

己の膝の上に乗ったそれに、扉間は静かに言った。

 

「・・・お前、言っていただろう。ワシがいないと生きていけないと。」

 

何か色々はしょっている気がするし、マダラとかイズナがいるならまだ保っていられる気もするが。

概ねそうかとイドラは頷いた。

それに扉間は盛大にため息を吐いた後、とんとんとクナイを指さした。

 

「もしも、本当に、ワシがお前よりも先に死んだとして。本当に耐えられんと言うのならそれで死ね。」

「扉間様、熱でもあるのですか?」

 

その言葉に扉間は、ぎちぎちに女の頭を掴んで締め上げた。

 

「みいいいいいいいい!」

「貴様、人が真剣に話をしておるときに・・・」

「扉間様、効率第一じゃないですか!なら、自害なんて無駄なこと、一番嫌いでしょう!?」

 

それに扉間は息を吐き、女の頭から手を離した。イドラは痛む頭をさすっている。

 

「イドラよ、お前、ワシに言っていないことがあるだろう。」

 

それにイドラはぎくりと体を震わせた。もちろん、ある。

ぶっちゃけ詳しい千手とうちはの因縁の話だとか、兄たちの前世だとか、後は大筒木が来るから六道仙人と相談してえなあと思いつつ、全然何も出来ていない。

 

(・・・六道仙人様のこと、いつ言おう。)

「大体、ワシに着せた濡れ衣のこととて本当に、こたびの同盟のための強行なのか?」

 

いいえ、未来でのあなたから始まる、あなた周りの人間のクソさへの怒りです。

が、これからあなたの弟子になる人間たちがクソだからです、なんて素直に言えるわけもない。イドラはそっと、全力で目をそらした。

それに扉間は息を吐く。

 

「貴様のあれのせいで、ワシの評判がどうなっとるかわかるか?開発する忍術は全てスケベ目的の色物ぞ?貴様を大事にしている愛妻家の触れ込みでなんとか均衡をたもっとるが。同族の女どもの視線の痛さといったら・・・・」

「も、申し訳ないです・・・・」

 

扉間の苦さにあふれたそれに、イドラは穴があったら入りたいと体を丸めた。それを見ていた扉間はイドラの脇に手を入れて、それを自分を向かい合う形で方向転換をさせた。

そうして、イドラの頬を片手で掴んだ。

もにもにと、いつも通りそれの頬を揉む。

 

「イドラよ、ワシはお前のことを愛しておる。」

「嘘だあ。」

 

それに扉間はなんのためらいもなくイドラの頭にチョップを送る。

 

「いだっ!」

「貴様は、本当に締まらん奴だな!これで頬の一つでも赤らめんか!」

「えー・・・だってえ、そんなこというひとじゃないじゃないですか!」

 

それに扉間はずいっとイドラに顔を近づけた。

 

「なら、貴様の中では、ワシがなんとも思っていない女のために、すけべの異名に耐え、子が出来たと言われて家に走って連れ帰り、わけもわからんうちはからの懐きを躱し、他の氏族から恋愛指導を頼まれている現状に耐えていると思っているのか!?」

「うおおおおおおお!その節というか、色々とご迷惑をかけてもうしわけありません!!」

 

イドラはそう言って倒れ込み、ずりずりと扉間から距離を取ろうとする。それに、扉間はそれの腰を掴んで己の方に引きずった。

 

「だから、だ。イドラよ。ワシは、どうも貴様を愛しているようだ。そうでなければ、こんなにも動きにくい状態に成ってなお、お前のことを消すわけでもなく、こうやって手元に置いているのだから。」

(・・・それは、私は可能性として、消されていた可能性があると?)

 

イドラは己が辿ったかもしれない事実にぞっとしながら、じとりと扉間を見た。

ほんまですか、あんさんと、言いたくなったのだ。

そこでふと、気づく。自分に覆い被さる男の耳が真っ赤になっていることに。

それにイドラは、その言葉が本当であることに気づいて、どんどん己の顔に熱が集まっていることに気づいた。

 

「・・・とびらまさまあ。」

「なんだ?」

「耳、真っ赤なんですが。」

 

それに扉間は少しだけ沈黙した後、無言でイドラの頬に噛みついた。

 

「みいいいいいいいいい!」

「ええい、五月蠅い!黙って事実を受け止めろ!」

「えーん、だってえ、今、私たちものすごい恥ずかしいことしてる気がするんですがあ!?」

「黙れ!ワシだって、何が悲しくて、己にスケベの異名を振りまくきっかけになった女に惚れねばならんのだと後悔しとるんだからな!」

「うおおおおおお!重ね重ね、申し訳しかないいいいいいい!」

 

そう言って、己の下でじたじたと、顔を真っ赤にしてのたうち回る女に、扉間は目を細めた。

 

 

他人のために死にたいと、呪いを背負わせてでも、生きて欲しいと聞こえたとき。

扉間は、それの中の何かをまた、のぞき込んだ気がした。

そうして、惚れた腫れたというくせに、本音を殆ど喋らずに、黙り込む女が憎らしかった。

千手は沈黙した。

そうして、うちははそれぞれでああと言って、そうして、頷いた。

マダラだけが、頷いた。

 

「ああ、そうだな。」

お前も、そうだろうなあ。

 

いつか、己はと扉間は思うのだ。

その必要があるのなら、その順番が己に回ってきたのなら、自分は命をくべるのだろう。

けれど、と扉間は己の下でじたばたとする女を見た。

 

そんなにも、耐えられないというのなら、これのことは貰っていこう。

いいだろう、いいはずだ。

自分の人生は、これにめちゃくちゃにされたのだ。それが、残されることに耐えられないというのなら、それの命一つぐらい、貰っていっても良いだろう。

 

(なにか、あったな。確か、お前が死んでも、寺にはやらん。)

 

続きはどこかぼやけている。だから、扉間はそっと胸の内で呟いた。

 

お前が死んでも、寺にはやらん。所詮は忍の一生だ。墜ちる地獄は、皆同じ。

なら、その地獄まで、付き合わせても良いだろう。

 





扉間、お前、イドラに与えたクナイのことだが。
うお!説教か!?
説教というか、お前、もう少し警戒しろと。あれのことをイドラがうちはに言ったら、うちはで自決用のクナイが流行ったらどうするだ?
・・・・口止めは。
した、自決用のクナイを貰って、あんなに嬉しそうなのもどうなんだろうな。
恩に着る、姉者。
嬉しそうだったよ。私の死、死に方を選ばせてくれて嬉しいってな。
姉者、何か、機嫌が悪いか?
・・・どちらかという、八つ当たりだな。私は、死ぬときに共に来いと言ってくれる人間もいないからな。
・・・・・。
あと、むかつくのもあるか。
むかつく?
戦場に出ることもろくに出来ん、弱い奴の戯言だ。弱いくせに、戦で死ねもせず、生き残った人間からすれば、先に行く人間をどんな顔で見ているのかなんて興味も無いと思っていたからな。
姉者、ワシは、ただで死なんぞ。
その前に、マダラ殿とイズナ殿、お前ら兄弟がいて死ぬ状況なんてないだろうけどな。なんだ、お前ら、国一つでも滅ぼす気かって過剰戦力だしな。お前は、私には死んでも良いとはいわんだろうし。
・・・・姉者と、共にはなあ。うん?待て、姉者、ワシがわる、うおおおおおお!?


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あくの強い女しかいない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

イドラの声、ぱっと見ミコトさんの見た目で蜜璃ちゃんの声とか脳がバグりそうですね。

投稿が遅れてすみません、忙しかったもので。


 

兄が結婚した。

この文面だけで言うのなら、非常にめでたいことだろう。

けれど、うちはイズナにとって、その事実は非常に納得がいかないことだった。

 

「どうかされたか、イズナ殿。」

「・・・別に。」

 

目の前には、一人の女がいた。せっせと、縫い物をしている。

それは、一言で言うのなら、焔のような女だ。イズナにとって見慣れた紅蓮のような髪に、同じ色合いの鮮烈な赤い瞳。

それに反して、その肌はまるで雪のように白い。赤と白で構成された女は、鋭く、冷ややかな印象を受けるが、それはそれとして見目は良い。

ただ、その顔は見事な鉄仮面だった。表情というそれはそげ落ちていたが、それに反してその声音はひどく感情豊かだった。

 

(・・・・こいつが兄さんと結婚なんて。)

 

イズナははあとため息を吐いた。

 

 

 

千手柱間がうずまきの姫と結婚したのを機に、うちはからもうちはマダラの婚姻を望む声が上がった。それに千手アカリとの婚姻があいなったわけだ。

正直、頭領同士の婚姻は同時に行われたわけだが、イズナはそれを死んだ目で思い出す。二度と、結婚式の指揮など執らねえと決意を固めるぐらいに、目が回るほどに忙しかった。

おまけに、里の仕事まで中心でやっている人間達なのだから、その忙しさはまさしく目が回るほどだった。

 

さて、そんな女であるが、うちはでの評判と言えば、上々である。

元々、嫁入りを所望されていたことに加えて、彼女について姉であるうちはイドラこと千手イドラからの売り込みがすごかった。

 

あのねえ、優しい人だよ。ええっと、ご飯も旨いんですよ。よくしてくれたんですよ!

 

アカリの周りを尻尾をぶん回して動くイドラに、うちはからの印象が悪くなかったと言うこともある。

ただ、やはり、うちはからの悪意に晒される場合もあった。

 

(ずぶといんだよねえ。)

 

アカリはそれに何をしたかと言えば、その恨み言をうんうんと聞くだけだった。

けれど、それが、真っ向から瞳を見てくるのだ。ただ、じっと、うちは一族の瞳をのぞき込んでくる。

脅しにと、写輪眼でにらみ付けてなお、それは真っ向から目を見てくるのだ。

 

恐ろしくないのか、何故なのだと、そう問えばアカリは笑うのだ。

 

「この程度、受け止めなくて、何を覚悟にうちはの女になれようか。何よりも、その目を私に向け、この身に危害を加える覚悟がお前にあるのか?」

 

それに黙り込むしかないだろう。里の人間になってそこそこの期間が経つが、うちはと目を合わせてくる存在などいない。

強いて言うのなら、マダラの万華鏡写輪眼を美しいと言って見たがる千手柱間と、その姉である千手アカリ、いまやうちはアカリぐらいだろう。

大抵の人間はそれに根負けする。それに対抗するには、アカリの言葉は重すぎる。

何よりも、アカリは苦もなく人の憎しみを聞いた。憎しみをえんえんと聞いた後、ぽつりと、置いていかれるのは寂しいと、そんなことを言う。

アカリは、いつも、怒りや憎悪に悲しみや寂しさで返す。

それは、ひどく、イドラと同じで。

だから、うちはの人間はその女の、真っ向から己を見る赤い瞳に黙り込む。

 

(けどなあ。)

「・・・・・やはり、マダラ殿には渋い色が似合う。だが、明るい色合いも着てくだされば。イズナ殿。どうすればいいと思う?」

「・・・・さあね?」

「そうか、イズナ殿が言ってくださればきっと、了承されるのだが。」

 

心底残念そうな言葉と共にアカリが握った着物は、今月になって仕立てられた四着目の兄の衣服である。

 

アカリという女は、それはもう、マダラの見た目が好きらしい。

婚姻の時など、自分の衣服に金をかけるならマダラの方に金をかけて欲しいと熱烈に言いつのったほどだ。

無表情のまま、何パターンにもなる、微妙な色合いの違いしか無い花婿衣装を見せられたときのマダラの顔が忘れられない。

イズナ自身、己の兄のことは大好きだし、顔も良いと思っているがそれはそれとしてあの熱意はすごすぎる。

もちろん、衣装については花嫁のほうに予算がかけられたわけだが、それはそれとして、アカリの情熱は衰えなかった。

 

「・・・・なあ、嫁さんって、こう、ああいった感じなのか?」

 

マダラが困惑したような顔をして、周りの身内にそんなことを聞いた。うちはの人間も、なんだかんだ面倒見は良いと言ってもめちゃくちゃに怖いし、近寄りがたい頭領の家庭問題に興味があった。

何よりも、アカリはこう、良い意味でも悪い意味でも有名だ。

うちのおひいさん並にこゆい人なんて実在したのか、なんて感覚で。

 

「いや、何だ。俺の世話への、情熱がすごいんだが・・・・」

 

特に有名なのは、マダラの髪の手入れだろう。

マダラの髪は、まるで逆立つたてがみのようにあらぶっている。それは、偏にどうしても体格的に千手に比べて華奢に見えることを防ぐためだ。

そんなマダラの髪は、アカリと結婚してから明らかに毛並みが良くなりすぎている。

もう、つやつやだし、さわり心地が抜群にいい。おまけに、忍なのだからと無香料のものを使っている。

 

千手柱間に、マダラの毛並みがよくなったのお、なんて言われているのは兄には秘密にしているイズナだ。

 

「いや、あまり喋らねえし、やって欲しいことを察するのも早いが。いや、ずっと、人のことをガン見してくるんだよ。五月蠅くないんだが、こう、目が、五月蠅いんだよ。きらきらしててよ・・・」

 

まあ、確かにあまりいない部類の人間だろう。

ただ、マダラ自身はアカリのことを気に入っているようだ。イズナ自身、面白くないが。

マダラという男は女が苦手だ。

弱く、やかましく、よく理解の出来ない存在だと遠巻きにする傾向があった。また、潔癖な部分があるのが拍車をかけたのだろう。

ただ、アカリという女は、強く、静かで、肝の据わった女だ。何よりも、無愛想であれど、人が嫌いなわけではないマダラのことをよく理解している。

例えば、柱間と、その妻であるうずまきミトこと千手ミトと四人で茶などをする時がある。そう言った場合、どうしても共通の話題のある千手の人間たちがよく喋ることになる。

けれど、アカリはマダラのことを慮り、彼の趣味である鷹狩りや、和歌などの話に話題を変えるのだ。

元々、姫君であるミトとはそう言った話をよくするせいか、マダラと仲が良い。

柱間も、鷹の飼育の話は興味があるらしく、そういった話題に食いつく。

慣れているのだろうなあとイズナは思う。そう言った、多くの人間への気の使い方のようなものが。

ただ、それを引いても、なんというかアカリの兄への賛美が怖い。

 

アカリがうちはの人間になった折り、彼女にはある程度の金が渡された。それは、うちはの人間特有の衣装などを仕立てるためだ。

また、マダラが気を遣い、女の好みそうな装飾品や化粧品を新しく買えばと思ってのことだ。

が、そんなマダラの気遣いは見事に打ち砕かれた。

何故って?

アカリが最小限の物しか買わず、残りの予算をマダラの衣服を仕立てるための布代に使ったためだ。

 

「もう一着だけ!この色合いをどうしても、着ていただきたく!!!」

 

顔に表情はないのに、声だけはやたらと感情的で何か脳がバグりそうだった。というか、自分の化粧品代なんかをケチって夫を飾り立てることに必死になる女なんぞかつていただろうか?

まあ、そんなアカリの態度がうちはの人間から好印象を持たれるのだろう。

千手の姫君は、うちの頭領にベタ惚れらしいと。

 

(いや、あの話のせいか。)

 

あの話というのは、マダラとアカリの初夜の話だ。

 

ええ、お恥ずかしい話、私もそう言った経験などは無く。緊張している私に、マダラ様はお優しく言ってくださった。

こういったものは、あくまで式のおまけのようなもので、そこまで緊張するならまた今度にすればいいと言ってくださって!

 

まあ、二人の結婚の意味合いを考えれば少々どうかと思うのだが。

千手扉間の悪評を考えると、マダラの発言は非常に真摯というか、アカリへの思いやりにあふれたもので。

ざっくりいうと、マダラの株が上がって、扉間の株が下がった。

 

「ワシが何をしたと・・・・」

 

なんて言いながらイドラの足を枕にふて寝を決め込む扉間がいたとかいないとか。

 

「・・・なあ。」

「はい?」

「今月は、それで終わりにしろよ。兄さんだって、体が二つも三つもあるわけじゃないんだから。」

「・・・分かっています。」

 

なんてことを言いながら、来月はどんな色合いにしようと兄の顔にぞっこんの義姉にイズナはため息を吐いた。

見る目はあるが、なんか色々ダメじゃないだろうかと、そんな感想を持っていた。

 

 

 

 

「あれ、また来てるの?」

「ああ、イズナ殿。」

 

その日、イズナは兄の家を訪れていた。兄が所用でいないことは知っていたが、借りたい書物があったのだ。

イズナは兄と別で暮らしている。というのも、亡くなった妻の実家に預けていた息子のクズハと現在生活を共にしているためだ。

そんな彼の目の先には、アカリがよく雑務などをしている一室がある。そこには、正座をしたアカリと、その膝を枕にうたた寝をしている柱間に、そうして、赤毛の女の後ろで丸くなって寝ている姉のイドラだ。

 

「どうも、泊まり込みの仕事を終らせたそうでな。ここに来て、そのままだ。」

 

アカリはそう言って、柱間の頭を撫でた。その様は、まるで幼い子どもをあやす母のようだった。

 

初代火影として選ばれたのは、結局柱間だった。それに対して、マダラはあまり不満はない様子だった。

何故かというと、目のいいうちはは警邏としての役割を任せられることになったわけだが、その準備だとか、選出だとかで目が回るほど忙しい。

 

この状態で火影の仕事?ふざけてんのか?

 

法の番人などと聞こえは良いが、結局は監視する側ということだが。うちはに嫌な仕事が回ってきたと言う人間もいた。

ならば、日向はどうなのだという話も出た。

けれど、日向に主として任せたくないというのが扉間の意見だった。

日向には呪印を施すなど、血族でも互いを縛り合っている部分がある。それに比べて、うちはは特別分家などにそういったものは敷いていない。

正直な話、うちはは決められたルールのうちで生きるということが性質としてあっているのだ。

何よりも、うちは全体で警邏として役割を持たせるという話ではない。あくまで、うちはが指揮を執るために、何割かは警邏部門に所属をして欲しいという話だ。普通の忍として、優秀な者ならば暗部などの精鋭にも所属は出来る。

ある程度の権限も任せられるわけだから、嫌な話ばかりではない。

どんな仕事にも旨みと嫌な部分はあるものだ。

千手もまた、医療関係への所属を勧めるような動きがある。

 

そんなこんなで、柱間は目が回るほど忙しいわけだが。

柱間は本当に疲れ切ると、マダラの家に向かう。

マダラの家にいるアカリに、言い方は何だが甘えに来るのだ。もちろん、アカリも家同士の調整など仕事はあるが、さすがに柱間ほど忙しいわけではない。

アカリもさすがに疲れ切った柱間を無碍には扱えず、やれ飯を食え、寝ているのか、頑張っているなと甘やかすわけだ。そうして、ここにマダラも加わることがある。

マダラも忙しいのだが、優秀なことに加えて机仕事に苦はない彼は、ちゃんと休憩を取る程度の余裕がある。

おまけに、マダラがいるとアカリのことをいさめてくれるのでいつもより対応が甘くなるのだ。

義兄のマダラと姉のアカリの二人から甘やかされることに柱間はすっかり味を占めてしまっていた。

もちろん、言葉自体はなんだかんだで厳しいが、それはそれとして、やれ飯を食えだとか、頑張ったなとか褒められる柱間はうちはの屋敷でよく見られる光景だ。

 

「・・・いいの、それ?」

「何がだ?」

「あのさ、あんただって一応うちの人間でしょう。それを柱間の膝枕とか五月蠅い奴がいるんじゃないの?」

「・・・・どうだろうなあ。まあ、確かに、昔は五月蠅いのがいたな。扉間の許嫁であろうとか、そんなにも愛しいのなら結婚すれば良いとか。」

「どうしたのさ、それ。」

「はっはっは、強制的に黙らせた。暴力ではなくとも、黙らせる方法なんていくらでもあるからな。」

 

さらりと怖いことを言いつつ、アカリはちらりと柱間を見た。

 

「私は、これと結婚だけは絶対にしたくなかったからな。」

 

そこまでばっさりと言われると、さすがにイズナも柱間のことが哀れになる。いいや、そこまで言わなくても、と。

 

「まあ、確かに、兄さんほど顔は良くないけど。悪くもないじゃん。」

 

イズナはそう言って、アカリの斜め前に座った。そうすると、どこか幼い寝顔の、自分にとって義兄になってしまった男を見た。

 

「・・・・そうだな。まあ、確かにがたいだけは大きくなったが。なあ、イズナ殿。あなたにもあるだろう、辛いことがあって、兄に泣きつくなんてことが。」

柱間は、幼い頃からそれができない子どもだった。

 

「まあ、長子だから?」

「そう言った話ではないな。この子にも、散々に泣いて、甘ったれだった時がある。」

大人たちに、その泣き虫は殺されてしまったけれど。

 

イズナは思わず、そう言ったアカリの顔を見た。その顔は、凍り付くように冷たかった。

 

 

さて、そうだ、イズナ殿。

私の母と、この子の母が姉妹であることは話したか。けれどね、実際の所、父親達も兄弟だったんだ。家系図では、いとこだったが。

私の父はいわゆる妾の子でな。子どものいないところに貰われていったわけだ。そうして、柱間達の父が本妻の息子ということだ。

そうして、私の兄が生まれた。

兄は、そうだな。秀才でな。柱間は、辛いことがあると、よく兄の所に来て泣いていたよ。修行もつけて貰っていた。

柱間は不器用な子で、あまり期待をされていない子だった。家の中で、兄を次期頭領に推す人間もいた。

 

・・・何もかもが変わったのは、きっと、柱間に木遁の才があると知れた時だ。

火遁を使う、ああ、うちはではないが。忍とあの子は戦い、もろに喰らったそうだ。

すごいぞ、もう、全身がやけどにまみれて、死ぬのだと、思ったときだ。

ドロドロに崩れた肌は、まるで、再生でもするように、治ったそうだ。

それでどうなったと思う?

大人たちは、柱間を神様としたよ。担ぎ上げ、神輿とした。

ああ、言い伝えが真になったと。

それから、あの子は、兄の元には来なくなった、泣き言も言わなくなった。

 

一族の、長になるのだと。

戦場に出ているとは言え、齢いくつの子に、どんな責を望むというのだろうな。

そうして、私の兄が死んだ。私の、弟も死んだ。

あの子は泣かなくなった。

弟たちも戦場に出る年が近くなったのもあるのだろうがな。

 

その時には、イズナ殿にとっても知れているだろう、あの性格だ。正しいのだろうさ。長になると言うことだとか、大人になるということだとか、そうであるのなら泣かなくなるのが正しいのだ。

けれど、私は赦せなかった。

大人たちによって殺された、泣き虫の、甘ったれた、幼い弟に私だけが未練がましく縋り付いていた。

 

「・・・・私はずっと、赦せないのだ。だから、ひっぱたいて泣かせて、甘やかしてやる。私は、ずっと、この子が神様になることが赦せないのだ。」

 

そう言って、アカリは幼い子どもにするように、寝息を立てる柱間の頭を撫でてやる。イズナは、それに特別な何かを思わなかった。

ただ、ああと思う。

この女は、人一倍、千手柱間を愛しているのだろうと。

 

それは、例えば恋ではなくて。もっと、自分に兄が注ぐのと似ているようで、けれど、少し違うものだ。それは、何というか、雨が降りしきるようなものではなくて、まるで燃えるような、怒りに似ている。

それをイズナはなにも思わない。

ただ、何故か、まったく違うはずなのに、その愛し方は姉に似ている気がした。

 

イズナは、女のその怒りは嫌いではない。

アカリの、腹の底から燃えるような怒りは、女の根幹のようで。

イズナはきっと、千手のことが嫌いでも、千手が戦場で見せる激情は好きだった。

 

イズナは、きっと、叶うのならば。

扉間という男とずっと殺しあいをしていたかった。戦場で、永遠に、互いを高め合う殺しあいをしていたかった。

それが、どれほど無謀で愚かな夢かは知っているけれど。

 

千手よ、お前達は強かった。誰よりも、きっと、強かったから。

 

だから、今の生活が嫌いなわけではないけれど。燃えさかる火は、いつか消えねばならないのだから。仕方が無くとも、そんな愚かな夢想をしてしまう。

イズナは気を取り直すようにアカリを見た。

 

「・・・・神様になるってどういう意味なの?」

「そうだなあ、私心を捨てて、他人のためになる行動をするってことだな。私は、いつか、これが誰かのために捨てた心を拾ってひっぱたいてやりたいんだ。私は、ずっと、この子に責を押しつける世界が嫌いなままだから。」

 

アカリはそう言って、緩やかに目を、微かに細めた。ひどく、優しい目をしていた。

 

「私はこれを男として見れなかった。どうしても、これは、私にとってこれ自身が捨てた甘ったれの泣き虫のままだからな。」

「でも、そういうのって奥さんの役目じゃないの?」

「ミト殿はまだ、そこまで柱間に信頼されていないからな。彼女はまだ、柱間にとって庇護すべきもので、甘えていい存在ではないから。そこら辺は今、互いを慣らしている最中だからな。これは、私の弟であるが、私のものではないというのはわかっている。」

 

そういった女の顔を見つつ、イズナはふと、アカリに背中をくっつけて丸まって寝ている姉を見た。もう、顔は健やかですぴょーなんて擬音が尽きそうな顔をしている。

それにイズナは思う。

うちの姉は確かにやらかしは多いが、以前は、もっと、こう、普段からきりっとしていた気がするのだが。

 

「姉さん、昔はもっときりっとしてた気がするんだけど。」

「それはそうだろう。イズナ殿の前では、これは姉だからな。守るべき存在がいるなら嫌でもきりっとするだろう。」

 

それにイズナの中で、姉のことを思い出す。

千手と戦いを繰り広げている日々。葬式の準備をして、けれど、次の戦があるからと弔いも簡素にしてしまった。

泣く女をイドラは抱きしめていた。兄弟が帰らぬと泣く幼子の涙を拭っていた。墓穴を前に、立ちすくむ、女の淀んだ瞳を覚えている。

イズナはそれに、イドラを見た。

青白い肌は、まるで桃のように鮮やかでまろい。健康そのものの姉は、昔の面影なんて嘘のようだ。

 

(なら、いいのかな。)

 

なんてことを考えていると、ワシが育てましたとむかつく男の顔が思い浮かんだ。それをイズナは振りほどく。

 

「そんなもん?にしても、どうして姉さんがここにいるのさ?」

「ああ、届け物をしてくれてな。それで、おやつを出したんだが。食べたら寝た。」

「うーん、生活態度が幼児なんだよなあ。大体、姉さん、この頃よく寝るよねえ。あと、食べる量も増えてるらしいし。生活が健やかすぎる・・・・」

「・・・何?」

 

イズナは寝ている姉のことをのぞき込んだ。そこで気づいた、姉の首の裏に黒い、小さな何かがあることに。

 

(?ほくろ、か?でも、四角い?)

「イズナ殿、それは本当か?」

「え、何がさ?」

 

アカリはそれに、柱間の頭の下から己の膝を素早く抜き、代わりに座布団を噛ませる。

 

「今度は、本当であるといいが。イズナ殿、このままここにいてくれ!」

 

アカリはそう言って、イドラの体をそっと抱き上げてその場を去って行く。

イズナはそれに首を傾げる。

そうして、イドラの首のそれについて考えるが、すぐに忘れてしまった。

 



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人間というのは変わる者、それはそれとして変わりすぎ

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

扉間の妊娠時の反応は次になります。

イドラのイメージ画、えんがちょ様よりいただきました!あらすじにあるので、見てみてください!
頑張って投稿していきます!


 

「おーい、イノヒト、チョウギ!」

 

その日、奈良シカノは代々、同盟を組んでいる山中一族と秋道一族の頭領を訪ねていた。秋道に行くと、丁度、山中の家にチョウギが向かったことを知り、そちらに足を向けた。

奈良家の頭領であるシカノが向かうと、素直に部屋に通された。

そこには、見知った昔なじみであるイノヒトとチョウギが部屋の中で向かい合わせに話をしていた。

 

「ああ、シカノか。どうしたんだ?」

「何って、相談があってな。お前らも同じだろうが。」

「ああ、お前もか。」

 

三人は顔を合わせて困った顔をした。

 

「・・・・・イドラ様への贈り物、何にすべきか。」

 

呟いたそれにはあと、彼らはため息を吐いた。

 

 

彼らにとって、代々同盟、といってもどちらかと言えば主従のような意味合いのある猿飛一族から、千手とうちはによってなる忍連合への加入の話があったのは大分前のことだ。

 

現在の猿飛の頭領である猿飛サスケは歴代でも実力者として名高い。そんな彼から忍連合への加入について相談があったとき、本格的にそれについて思考しているということだと察せられた。

シカノは加入については考えていいと思っていた。

というのも、千手とうちはの禍根はそれこそ忍の間で有名で、脈々と受け継がれた憎しみはそれこそどちらかが滅ぶまで続くだろうと思われていた。

そんな彼らが同盟を宣言し、おまけに火の国の大名への支援を願い出たのだ。その本気度は計り知れない。

シカノはそれについて、出来るならば今のうちに加入をし、里の創設メンバーに加わることで重要な地位を確保する必要性を感じていた。

大国である火の国の後ろ盾と、最強と名高い千手とうちはの名が連なる忍連合は必ず、成功するだろう。

 

ただ、どうしても懸念事項があった。

 

「・・・・あの、扉間殿が。」

「それは。」

「なんとも言えませんな。」

 

さて、そんな忍連合についての話を聞けば、どういった経緯で同盟がなったのかということなのだが。

 

「それがなあ。何でも、交戦中に扉間殿がうちはの姫君と愛し合っているから、もう戦いたくないと、戦闘を放棄されたそうでな。」

 

キセルを咥えた猿飛サスケのそれに、その場にいた猪鹿蝶は目が点になった。

もちろん、それは噂が尾ひれが付きまくった結果で、実際の所、イドラの特攻と扉間への軽蔑が妙な一体感を持った勢いでの結果なわけだが。

そんなことを彼らが知るわけない。

 

「扉間殿が、ですか。」

「ですが、いくら扉間殿の言葉とは言え、そこまで簡単に同盟が?」

「何より、同盟を突っぱねていたのは、うちはでは?」

 

それに猿飛は肩をすくめた。

 

何でも、その、扉間と密通していたといううちはの姫は、一族でも相当に可愛がられていたのだという。

それをシカノは意外なことだと思った。交流が無いために、そこまで知らないが、うちはといえば誇り高く、秘密主義の血継限界持ちの家だ。

そんな彼らが、いくら一族単位で可愛がっているとは言え、密通した姫を赦すのか?

けれど、調べれば調べるほどにどうやらその話は真実のようなのだ。

というか、扉間についての、なかなかにスケベな話も出てきたりもした。

ちなみに、改めて自分についての噂を知った扉間は疲れ切った目で川釣りをしているのが目撃されている。

 

憎み合っていた一族のその行動に、奈良家の進言も有り、猿飛一族は連合への加入が決められた。そうして、封印術を得意とする志村一族もまた同盟に加わることを聞いた。

 

木の葉隠れの里と名付けられた里に向かえば、なるほど、千手とうちははギクシャクしている部分があったが、よくやっているようだった。

 

そこで話題に上がるのが、同盟の核になったイドラという女だった。

けれど、うちはの姫君であり、千手の二男に嫁いだ身だ。そうそう会えないだろうと思っていたが。

 

「わあ、もしかして、奈良家の方ですか?こんにちは!」

「こ、こんにちは。」

 

普通に、町を歩いていた。普通に、買い物をしただろう野菜を抱えてにこにこしている黒髪の女に話しかけられた。見た目からして、うちはの人間であることはわかったが、一族の人間から見て、あまりにも雰囲気が違いすぎた。

 

「こんにちは!扉間様や兄様がお世話になってます!」

「い、いえ、そのようなことは・・・・」

 

てっきり、つんとした高飛車そうなお姫様かと思っていたが、なにやらそんなことはない。

 

「そうなんですか?奈良家の人は皆さん、優秀だって聞いてますよー、あ、あと、猿飛一族の、サスケ様もすごいって!兄様も、ものすごい強いって認められてましたー!」

 

うちはの姫君はシカノの周りを嬉しそうに笑いながら忙しなくうろうろしている。今にも、ぴょんぴょんと跳びはねそうなほどにはしゃいでいる。

 

「そ、それは光栄で・・・」

 

そんなことを言いながら、目の前の、確かに目を見張るほど美しい娘であるのだが、脳内で完全に人に全力で懐いている犬と重なって仕方が無い。

わふんと言いながら、尻尾を振り回す真っ黒な犬。

想像と、目の前のそれとではなんというか、ひどく混乱してしまう。

 

「そうですよー。」

 

大荷物を抱えてにこにこと笑うその様は、完全にお使い帰りの幼子のようだった。

 

「そ、それは・・・」

「イドラ!」

 

その声に視線を向けると、そこには、慌てた様子の扉間の姿があった。

 

「ワシから離れるなと言っただろうが!」

「あ、扉間様!奈良家の方です!すごいです!お庭に鹿がたくさんいるんですよね!」

「ああ、そうだな。よかったな。わかったから、ワシから離れるなよ?」

 

扉間はそう言って、必死の形相でイドラの持っている荷物をかっさらい、空いた片手でイドラの手をがっちりと握った。

その様は、迷子を見つけた親の形相だった。

 

「すまんな、シカノ殿。うちの妻が困らせたか。」

「い、いえ、特別には・・・・休暇ですか?」

「ああ、少し立て込んでいたことが終ってな。シャバの空気を、いや、外の空気を吸ってこいと言われてな。」

 

疲れ切った顔で自分の握った手をぶんぶんと振り回す妻を見る扉間に、休暇になっているのかと疑問に思う。

シカノはそんなことを思いながら、嬉しそうに扉間の手を振り回すイドラを見た。

 

何か、こう、想像していた全てからかけ離れた女だ。

あー、こういうのが好みなのかあ。

ふわふわしてて、言い方が悪いが、何にも考えていなさそうと言うか。

 

(・・・・確かに、これが好みなら、そうそうなあ。)

 

シカノは、千手と近づきになりたいと、頭領である千手柱間は無理だが、扉間ならばと縁談が数多く舞い込んでいるのは知っていた。

が、全てについてけんもほろろで断っていることも知っている。

それは、こんな、干したての布団の匂いがしそうな女、そうそういるはずもない。

というか、よく、これで戦場に出て生き残っていたものだと驚く。

 

シカノは手を振り回すことに飽きたのか、扉間の腰に抱きついてにこにこしながら自分を見るうちはの姫を見た。

そんなとき、扉間はイドラから手を離した。そうして、そのまま彼女の頬に手を回し、そうして、そのほっぺたをむいむいとさわり始める。それにうちはの姫はにっこにこで嬉しそうな顔をする。

シカノは何か、口からは砂糖が出てきそうな気分になった。

それと同時に、イドラの、えへへへへ、撫でてくれるんですか?嬉しいです、と文字が浮んできそうな満面の笑みに、何か、ご機嫌な犬を見ている気分になって笑みをこぼした。

そんなとき、シカノは自分に向けられる視線に気づいた。

 

(やべえ!)

 

視線の先にはジト目で自分を睨む扉間がいた。それにシカノは顔を青くする。

そうなのだ、あの話が本当なら、扉間は相当その姫に入れ込んでいるのだ。

なんてシカノは考えていたが、実際の所、扉間はまたイドラが何かをやらかしたのかとどきどきしていた。

気分としては、散歩中に逃げ出した犬に追いついた飼い主の気分だ。傍目からいちゃついているように見えても、手を繋いだり、体に腕を回すのも、イドラがどこかに行かないように確保しているに過ぎない。

じと目も必死さによって鬼気迫るものになっているが、嫉妬なんて欠片もない。

シカノが驚くような甘い空気は無く、扉間はどこまでも保護者の必死さだけだ。

が、傍目から見れば完全に妻に絡んだ男に牽制する男の様だ。

 

「な、なんでもありません!」

「そうか?ならば、ワシらはこれで暇する。ほれ、イドラ、挨拶を。」

「はーい!さよなら、シカノ様!今度、鹿、見に行ってもいいですか?」

「・・・・はあ、すまんが、暇があれば頼む。」

「は、はい。家の者には伝えておきます。」

 

それにイドラはそのまま扉間の腰に抱きついて、とことこと歩いて行く。シカノはそれを見つめながら、何やら熱く鹿について語っているらしいイドラを見送った。そうして、それを優しげな瞳をして見つめる、扉間の姿にも。

 

 

「・・・・女性なのだから、着物だとかのほうがいいのか?」

「まあ、子どもに必要そうなのは一族で送るだろうしなあ。」

 

そんなにも皆でイドラというそれの機嫌を取ろうとしているのは、彼女の存在は非常に重要視されている。

千手一族の頭領にも可愛がられ、その弟である扉間からも熱愛されているのだ。

おまけに、あのとっつきにくいうちは一族も、彼女の話をすると態度が軟化するのだ。

おまけに、里内の女達のコミュニティにおいて絶大な影響力のある、うちはに嫁いだ千手アカリや千手ミトからも可愛がられているのだ。

まさしく、彼女から覚えめでたければ、里の中核とも交流が生まれるのだ。野心がなくとも、機嫌を損ねたくないと思うのが当たり前だ。

そのために、彼女の妊娠には、里全体で高い関心を集めている。

 

「あー・・・止めといた方がいいぞ。」

 

そんなことを思い出していたシカノは思わずと口を開いた。

 

「なんか、もっと、こう消耗品みたいなのがいい気がするなあ。そういうのは、止めといた方がいいだろうな。」

「なんでだ?」

 

それにシカノは肩をすくめた。

 

「馬に蹴られそうでこええんだよ。そうだ、シカの角でも送るか。」

「鹿の角?薬にもなるけど、なんでだ?」

「よくわからんが、でけえ鹿の角がうちはで流行してるらしいんだよ。あと、鹿の革もいいかもな。うちはの頭領は確か、鷹狩りが趣味だから、餌掛けでも作るだろうし。」

 

他の二人の顔を見て、シカノは自分をにらみ付ける扉間のことを思い出した。馬に蹴られて死ぬのは勘弁だと思ってだった。

 

(・・・・猿飛殿にも、もう少し詳しく報告しなくちゃな。)

 

 

 

「きょーの、ご飯は、煮物でーすう。」

 

柔らかな鼻歌交じりのそれに、周りにいる人間はにっこりと笑った。その視線の先には一人の女がいる。

それは女だ。

真っ黒な、カラスの濡れ羽のような髪に、同じような夜のような黒い瞳に白い肌。顔立ち自体はまるで猫のようなものなのだが、その輝かんばかりの朗らかな空気と、顔に浮んだ幼子のような無邪気な表情のせいか、人好きの犬のような印象を受けた。

何よりも、目立つのはその腹が丸々と膨らんでいることだろう。

それは鼻歌交じりにとある店に向かった。

 

「おじさーん!お野菜ください。」

「はいはい、イドラ様、今日は何を?」

「今日のご飯は煮物なので、大根ください。」

「はいはい、良い物を選びますからね。」

「ありがとうございまーす!」

 

元気に愛らしい声でそんなお礼を言えば、店主であるらしい男はまるで孫でも見るような顔をする。そのまま女はてとてとと道を進んでいく。

そんな店に後からまた客が来る。そうして、そんな客が世話話程度に口を開いた。

 

「おやじさん、そういえば、さっきえらくべっぴんさんが来てたね。どこの人?」

「あれ、あんた知らないの?」

「有名な人?」

「そりゃあね。ありゃあ、うちはのおひいさんで、いや、今は千手の扉間様に嫁がれてるから、千手イドラ様だね。」

「ああ、千手の弟君の?へえ、でも、そんなおひいさんがわざわざ一人で買い物に?」

「ああ、身分は良いが、人好きの人でな。俺みたいなのともよく話してくれるよ。ここら辺のじいさんばあさんなんかとは顔見知りなんじゃないのかねえ。」

「それはまた珍しい。そういう人は屋敷に引きこもっているものかと。」

「ああ、火影様の奥方はなかなか出てこられないからな。まあ、イドラ様の場合、戦場出身で腕っ節に関しては勝てる者はいないのもあるが。あれを見てみろ。」

 

店主の言葉に視線を向ける。そうすれば、向かいの建物の屋根の上に人影があった。

 

「あれはな、警邏のうちはの人だよ。」

「・・・なるほど、確かにこれなら安全だ。」

 

うなずく客に店主はそれと、と付け加える。

 

「あとな、あの方は扉間様からそれは寵愛されてるからな。下手なことをするんじゃないぞ?」

「そ、そうか。にしても、千手とうちはの夫婦に子が出来るのか。めでたいねえ。」

「ああ、争っていた氏族の間に子が出来るんだ。めでたいよ。本当に。」

 

店主は心の底から嬉しそうに目を細めた。

それに客はおおと、びびりながら頷いた。そんな中、客人は屋根の上の忍に、なんとなく己の縄張りを見て回る黒猫の姿が重なって見えた。

 

 

 

「・・・・・なんだ、冬眠明けの熊にしては季節違いじゃないか?」

「ああ、アカリ様。いえ、まあ、イドラ様が買い物に行かれてからあれですよ。」

 

その日、千手アカリことうちはアカリは弟である千手扉間の家を訪れていた。懐妊し、腹の膨れたうちはイドラこと千手イドラのために荷物を持って訪れた。

表から声をかけたが、残念ながら返答はない。そのため、アカリはおそらく手伝いの人間がいるだろう勝手口のある台所に向かった。

そこには、勝手口付近でそわそわとする弟がいた。

それに、手伝いに来ていた千手の女衆の一人が答えた。

扉間自体、体格が良く、おまけに体の厚みもあるため無意味にうろつく様がまさしく熊のごとしだ。

 

「ずっとか?」

「ええ、水を飲みに来たと言ってからずっと。」

 

アカリはなんとも言えない顔をする。

うちはイズナと話をした後、イドラを医者に担ぎ込めば、妊娠の事実に気づいた。その後、アカリはイドラを自宅に送り届け、扉間に知らせたわけだが。

 

「おい、扉間、子が出来たぞ!」

「誰のだ?」

「お前な、そんなものお前のに決まってるだろうが。」

「今度は誰だ?また調べごとが増えた。」

「イドラの腹に、お前の子が、だ!!」

 

執務室に飛び込み、そう叫べば、扉間は疲れた顔をする。

以前のことが相当の傷になっているらしい扉間は、またどこの馬鹿がと死んだ目をする。それにアカリが言えば、扉間はかっと目を見開き、消えた。

 

「・・・便利だなあ、飛雷神の術。」

 

そんなことを思わず呟いた。その後に、アカリはひとまず千手柱間と、そうしてイズナに知らせねばと自宅に戻った。

そこには寝癖の付いた頭をかきながらうちはマダラとイズナと話をしている、柱間がいた。

 

「おかえりなさい、マダラ殿。」

「ああ、帰った。にしても、イドラに何かあったのか?」

「おお、姉上、どこにいっていたのだ?」

「・・・柱間、お前、寝癖までつけやがって。ほら、火影がそんなんじゃ示しが付かんぞ。」

 

マダラは渋い顔をして柱間の髪についた寝癖を手ぐしで整える。それを見たアカリは懐に収めている櫛を取り出す。

 

「おい、止めろ。他人の櫛を使うのは縁起が悪いだろう。」

「ああ、そうだな。にしても、柱間、お前の髪にしては頑固な寝癖がついたな。」

 

そんな風に言われながらマダラやアカリに世話を焼かれて柱間はなんだかふくふくとしている。それにイズナはうわあという顔で眺めている。

 

「そういえば、アカリ殿はなんで姉さんのことを連れていったの?」

「そうだ!実はな、扉間に子が出来たんだ!」

 

それに三人は目つきを鋭くさせた。正直、寝癖の付いた柱間と、それを整えてやろうとしている最中のマダラが顔をきりっとさせても何かしまらない絵面だ。

 

「今度はどこの奴だ?」

「うちの奴らを出すか。」

「まったく、姉さんまた家に入れちゃったの?」

「私も言葉が足りなかった自覚はあるが、皆、傷がでかいな。違うわ!イドラの腹に、扉間の子がいるんだ!」

 

その言葉にようやく三人は目を見開き、一斉にアカリに詰め寄った。

 

「本当か!?」

「医者にも診せた、はっきりと。ただ、初期だから安静にしているようにとだけ言われた。」

「・・・・そうか、ようやくあの子に子が。」

 

マダラは少しだけ涙ぐみ、胸の内で幼い頃になくなった母親に少しだけそれを報告する。小さかったあの子もすっかり大きくなったのだと、改めて理解した。

 

「一人目は流れちゃったし。もしかしたら、とも思ってたけど。」

 

イズナはそう言えば、皆でよかったとほっとしていた。

イドラ達がいれば、そんな設定ありましたねと後ろめたそうな顔をしたことだろうものだった。

 

「なんだ、皆、冷静だな。」

「まあ、元気な息子が産まれてくるのは確定していたからな。」

「その前に起こった諸諸が酷すぎて、そこまでの衝撃が少ない。嬉しいし、おめでたいけどね!?」

 

その言葉に男達の脳裏に一人の青年の姿が思い浮かぶ。

イドラのようなふわふわとした空気を纏った、扉間に瓜二つの青年だ。そこまでなら別にいい。

それぞれ身内の子だ。何の間違いか、バグなのか、成長した彼に会った身としてはなかなかに可愛い奴だと思えた。

けれど、マダラとアカリの娘に見る、何か、恍惚とした視線。そうして、オビトの言葉を思い出す。

 

大丈夫か?

 

そんな唐突な不安に襲われた。

 

「兄さん、やっぱり、互いに子どもが産まれたら会わせるの?」

「いや、それは、いとこになるだろうからな。会わせないってことはないだろう?」

「まあ、どうなるかについては神のみぞ知るとしか。」

「にしても、扉間に子とはなあ。何をして遊ぼうかのお。そうぞ、マダラの子も生まれるしのお。綺麗なべべでも買ってやろうかのお。」

 

アカリとうちは兄弟が若干の未来への不安を話している中、柱間は己の甥っ子と姪っ子への期待感を膨らませていた。

うっきうきの柱間はふと、と思い立つ。

 

「そう言えば、扉間には伝えたのか?それに、イドラ殿は?」

「扉間になら誰よりも先に伝えたぞ。そのまま飛雷神の術でイドラの所に飛んだ。イドラは普通に自宅に置いてきた。そうだ、後で手伝いの女を選出せねば!」

「うちはと千手、どっちで選ぶの?」

「・・・・・うーん、イドラは両家に人気があるからなあ。まあ、両家から交互に選ぶってことにしようか。」

 

そんな話をしていると、扉間が塀を越えて顔を出した。

 

「なにしとるんだ!?」

 

柱間のそれに扉間はそのまま庭を突っ切り、縁側に駆け寄ってきた。

 

「飛雷神の術を使うほどの距離ではないだろう。」

「だからって、塀を越えてくる奴があるか!?ああ、髪に葉っぱまでつけて・・・・」

 

近づいてきた扉間にアカリは呆れたような顔でそう言って、葉っぱを取ってやる。それをイズナはじっと見つめる。

 

「扉間よ、おめでとうぞ、息子が出来たとはな。」

「兄者、別段、息子とは決まっておらんが。」

「諦めろ、たぶん、産まれてくるのはおそらく、あれだ。」

 

そんな会話を聞いていたアカリの視界に、何故か普段から一つ結びになっている髪を解いているイズナが入り込んだ。

 

「髪を解いたのか?」

「・・・紐がちぎれちゃって。」

「そうなのですか。」

 

イズナはそれにじっとアカリを見る。アカリはどうかしたのだろうかと、イズナを見返した。それにイズナは不機嫌そうな顔をしてマダラに近づいた。

 

「兄さんに結んで貰う!」

「はあ、わかりました。」

 

アカリはイズナの不機嫌の理由がわからずに首を傾げた。

 

「家でか?」

「ああ、あれが出産するまでは仕事はできる限り、家でするからな。持ち出しの出来ん分はどこかでまとめてするからな!」

「それについてはまあ、調整次第だろ。どうせ、家と火影邸が近いんだ。何かあればすぐに来れるしな。」

「おお、構わんが。お前がそこまでするとはな。」

 

柱間は妊娠について喜びはしても、そこまでイドラの側にいたがる扉間を意外に思う。人の目などいくらでも入れられるし、飛雷神の術でどうにでもなるはずだ。

それに、扉間は叫ぶように言った。

 

「兄者はイドラをなめておる!」

 

ぴしゃりと言い捨てて、扉間はわなわなと手を震わせた。

 

「いいか、あやつが千手に嫁ぐことが決まってからどれだけのもめ事を起こしたと思う!?」

 

それに柱間とマダラに、髪を結って貰っているイズナは思い出す。それこそ、思い出してごらんと何か、歌うように聞こえてくる気がした。

 

キノコにあたって血を吐き、ぶっ倒れ、よくわからないが未来から子どもが来て、誘拐され、未来が見えたということが発覚し、よくわからん隠し子騒動を起こし、大名の家系をたぶらかし(語弊がある)。

 

「子が出来たんだぞ!?もっとすごいことが起こっても驚かんぞ!?」

 

それにマダラは思わずというように扉間の肩を掴んだ。

 

「よーし!扉間、柱間の監視と、その他の補佐は俺とイズナがなんとかする!お前はイドラから離れるな!わかったな!?」

「マダラ、貴様も任せた!ただ、人との交渉は兄者と姉者に、イズナの誰かと一緒にしろ。貴様はそういった所で主導権を握ろうと頑張りすぎて、人から誤解を受ける傾向がある。」

「これって軽い暴言な気もするが。扉間、諸諸のことと、女衆のことは任せなさい。お前は、イドラについておやり。あの子も、最初の子が流れて不安だろう。」

「・・・・・ああ。」

「なんで急にすんってなんの!?怖いんだけど!」

 

 

「ただいまでーす!あ、扉間様!」

 

アカリは明るく、朗らかな声に視線を向けると、勝手口からひょっこりと顔を出したイドラがいた。

 

「ああ、帰ったのか。」

「はい、扉間様は?」

「喉が渇いてな。水を取りに来た。」

「そうなんですか、偶然ですね!」

 

アカリと女衆はそれをしらっとした目で見る。

偶然のぐの字もない。

ただ、扉間の気持ちもわかる。さすがに、四六時中嫁さんにひっつきぱなしも辛かろうと、イドラの一人の外出を許可したことと、仕事がある手前、付いては行かない理性はあれど、心配は心配なのだ。

ちなみに、扉間のその様子のせいで周りは非常に冷静だ。一人が動揺していると、周りは不思議と冷静になるものだ。

 

「今日はですね、お魚とお野菜の煮物ですよ。」

「そうか、わかったから。荷物はこっちによこせ。疲れただろう、休むぞ。」

 

扉間はそう言ってイドラから買い物してきたものを奪い、女衆に渡す。

 

「あ、アカリ様!来られていたんですか?」

「ああ、すぐに帰るけれどね。」

「そうなんですか。また、来てくださいね!」

「ほら、イドラ、こっちに来い。」

 

過保護にイドラを連れて行く扉間にアカリは遠い目をした。

 

「見てください、奥さん。あれが、一生結婚もしない、一族の子がワシの子だとか抜かしてた男の末路ですよ?」

「・・・・本当に、人って変わりますねえ。」

 

はあと、アカリは扉間の後ろ姿を見つめた。

 

 




ああ、門番の。
その門番のっていうの止めてくれよ。うちはの兄さん。あれ、なにそれ?
これか?これは、奈良家の方から貰った鹿の角だ。薬になるが、大量になって処分に困っていたそうでな。
ふうん?それで、なんでそんなの持ってるんだ?
この頃、うちはでは、大きな鹿の角を探すのが流行っているんだ。
(何その流行・・・)
イドラ様がそれは立派な牡鹿の角を貰ってこられてな。見事でな、一族内で流行ってるんだ。
(やっぱ、うちはって変な奴ら・・・・)
そうだ、お前にもこれをやろう。
なに、これ。仏像・・・・?
ああ、鹿の角は彫り物に適していてな。拾ってきたもので、彫り物をするのも流行っている。黙々と一つのことに集中すると、悩みも整理できていいしな。
(な、なんだ、この仏像。ちいせえくせにめちゃくちゃ彫り込みがすげえ。執念つうか、何か、重いものを感じる・・・)
あー・・・・なんか、悩みでもあるのか?
・・・別にない。お前がそんなことを気にすることなどない。
(これは、警戒されてるな。うちはがこういう態度をしたときは、下手に出た方がいいって、柱間様が言われてたなあ。誇り高いから、弱み、見せたがらないって。)
いいや、ただ、悩みがあるって彫り物をしてるって今、言ってただろう?もちろん、お前が悩んで、解決できないことを俺が解決できるとは言わないが。まあ、話せば整理が出来ていいかと思ったんだ。不快だった、すまんな。
・・・・実はな。


その後、うちはが執拗に手作業をするようになったら何かしら抱えているサインであると里で周知されるようになるのは近い未来の話である。


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男だって不安になるのだ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


 

 

「男は無力だからなあ。」

 

そんなことを言われたのは、妊娠が分かってすぐ、一族の男の一人からの言葉だった。

 

 

最初、姉である千手アカリことうちはアカリから妊娠うんぬんの話を聞き、またかと思った。以前の騒動を思い出し、今度はどこの馬鹿がやったのかと考えたが。

イドラの腹に、というそれで全てが吹っ飛び、そのままイドラの元に飛雷神の術で飛んだ。

そうすれば、部屋の中で、机に寄りかかるようにしてすよすよと寝ている女がいた。

よしよし、言いつけ通りに指輪でもつけているのだなと扉間は寝ているうちはイドラこと千手イドラの頭を撫でた。

そうすると、イドラは微かに震えながら、目を開けて、扉間を見た。完全に、今にもまぶたが落ちそうであったが必死に扉間を認識すると目を見開いた。

 

「扉間様!扉間様の赤ちゃん出来ました!」

「おお、そうだな!よくやった!」

 

扉間は本心からようやくそれを喜ぶことが出来た。己の胸の中でじたじたとふんすと鼻息を荒くしてそれを報告する女に扉間はそうかと頷いて抱きしめた。

赤ん坊のような甘い匂いと、干したての布団のような匂いがいつもより強くなっている気がした。

 

「・・・体のこともある。いいか、家のことはこれから一族の者に手伝って貰うのだぞ。あと、医者にも定期的にかからねばな。」

 

扉間はそう言ってイドラの体を持ち上げ、ひどく自然な動作で己の膝の上に乗せた。動き回るイドラを拘束するためにこの頃はよくするようになった動作だ。他意は無い。

 

(・・・・食事についても見直すか。妊婦には、吐き気が酷くて食欲が出ず、痩せる場合があるそうだからな。子への栄養のためにしっかり食わせねば。あと、産婆についてもどうするか。経験があるのは。)

「それでですねえ、アカリ様が産着を作ってくださるそうなんです。」

「そうか、姉者はそういったことが得意だからな。」

 

扉間はイドラの話に相づちを打ちながら、これからのことを考える。

 

(医者には、姉者のことだ、口止めはしているだろう。ある程度までは皆に口止めをせねば。護衛、必要か。身重のこれに無理をさせるなど言語道断。うちはと、千手。うちはから選ぶか。あやつら、護衛への適性も高いことであるし。マダラに話をつけておくとして。選出はあちらに任せるか。体を冷やすのは大敵のはずだ。何か、上着になりそうな、暖かな衣服を用意せねば。あと、ミト殿に言って、これの千手での仕事の軽減も出来るように調整をするとして。)

 

扉間は今後についてをずらずらと考えて、己の腕の中に囲い込んだ女に淡く微笑んだ。

 

「広間がいるんですねえ!嬉しいなあ、扉間様に似てるんですよ?早く、産まれてこないかな。生まれてくる子、みんな、扉間様に似てたらいいな!」

 

それに扉間はちょっと遠い目をした。

いや、これからの里のことを考えて、己のような割り切った思考の人間が産まれてくるのは結構だ。育て甲斐もあるだろう。

けれど、自分に似ている子どもがそんなに大勢は扉間自身もちょっとなあ、と思う。

正直、子はいらないと言っていたのは、その部分もある。自分と似ていては、おそらく、弟子には出来ても子としても関係を築けるような想像が出来なかったのだ。

 

「ワシは、お前に見た目も中身も似た女がいいがな。」

 

それは振り回す人間が二倍になると言うことなのだが、それ以上に自分のクローンが増えるような状態も扉間は嫌だった。

ならば、振り回されても癒やしが二倍になっている方がいい気がする。

扉間の脳裏にはイドラに似た娘がにっこりと微笑んで自分に手を伸ばす様が浮んだ。

だいぶ、良い感じがした。

 

「私ですか?でも、扉間様に似ておられる方が優秀ですよ。」

「イドラよ、それとこれとは別なんだ。」

 

扉間の遠い目にイドラは不思議そうな顔をする。扉間はそれに女のほっぺたを掴みながら、切実に願った。さすがに、生まれてくる子全員が自分に似ているなんて事は無いようにと。

広間は中身は自分に似ていても、表面上はイドラに似ていたからよかったものの、自分と中身まで瓜二つはなあと思うのだ。

 

(・・・まあ、千手の誰かを。いや、後は姉上に任せて、ワシは段取りをした後は、仕事に。)

 

そこでふと、扉間は気づく。腕の中できゃらきゃらと笑うそれ。

 

これ、放っておいて大丈夫なのか?

 

扉間の脳裏には、積み重なったイドラのもろもろが浮んだ。

 

「どうしました?」

 

こてりと首を傾げて自分を見上げるそれは、角度的に完璧で、普段よりもずっと幼く見えた。

 

監禁、誘拐、なにかの陰謀に巻き込まれる可能性。

 

考えれば考えるほどに可能性が湧き出てくる。

 

飛雷神の術?

いいや、あれはあくまでこちらから向かうためのもので危機を感じ取らねば意味が無い。声を受信するための忍術も未完成で、効果が続くかはわからない。

 

(・・・・仕事は抜けられんぞ!?)

 

いいえ、あなたの自宅は仕事場から走れば数分ですし、周りを千手とうちはで固めた邸宅に乗り込む馬鹿がどこにいるのですか。

なんて、そんな当たり前のことが頭をよぎれど、扉間は己の膝の上にいる女を理解していた。

そんな斜め上を行くのがこの駄犬なのだと。

扉間は壊れ物を扱うようにイドラを膝から下ろした。

 

「イドラよ、いいか、ワシは少し出てくる。大人しく、大人しく、ここにいるんだぞ?」

「はい?」

 

そうして、扉間は在宅での仕事が赦された。

 

が、どうしても出勤して調整しなくてはいけない部分がある。

 

 

 

「・・・・おい、扉間、大丈夫なの?」

「ああ、これの編纂が終れば、ともかく一段落だ。そうだ、クズハの理解度はどうだ?」

「うん、良い感じだよ。ただ、クナイの投げ方とかは氏族なんかで癖もあるし、均一にするの?」

「ああ、教育に関して出来れば均一の方が実力が測りやすくていいだろうな。あと、どうしても親のいない子どもについては教育での遅れが出る。家庭での教育はあくまで補完に止めるべきだろう。」

 

その日は、忍術アカデミーのための教科書の編纂をイズナと行っていた。ちなみに、柱間とマダラは仲良く里にやってきた氏族の不満などについての話し合いと、まとめを行うために缶詰にされている。

本来ならば、家でしても構わなかったのだが、他に確認が必要な機密文書があったため、ついでにと行っているのだ。

 

「おーい、食事を持ってきたんだが。」

 

そう言っていると、ひょっこりと扉から千手アカリことうちはアカリが顔を出した。

その手にはお盆があり、握り飯と湯飲みと急須があった。

 

「ほら、扉間のは魚の甘露煮、イズナ殿のは火薬飯のおにぎりだ。」

「やった!」

 

イズナは嬉しそうに言って、いただきますと言いながら握り飯を食べる。アカリは湯飲みに茶を注ぎながら扉間に声をかけた。

 

「扉間も食べなさい。」

「・・・いらん。これを先に終らせる。食べるなら、家に持ち帰っても良いか?」

 

イドラの腹が膨れるにつれて、扉間の過保護さは増している。それにイズナはこいつ、本当に姉さんのこと好きだなあと扉間を見た。

できるだけ家に人を入れたくないようで、家事も率先して扉間がしているようだ。

おかげで、イドラがめそっとしながら、私、穀潰しでは?なんて言っている始末なのだ。

思えば、あの、扉間の最低な所業を知ったとき、一族の人間は皆、男を拒絶していた。

いくら好きでも、敵対している一族の姫に手を出して、子どもまでこさえたあげくに、否定するとかまじでない。

けれど、扉間はイドラの夫としてよくやっている。

いや、本当によくやっている。

攫われれば迎えに行き、よくわからん生き物をブチ飛ばし、何かわからない少年を引っかけてきても対策をしている。

いや、本当によくやっている。

正直、イドラにこれだけ食いついていく男はこれまでいなかった。

大抵、すいません、手に負えないですとさじを投げたり、どうにかなりそうでも死んでしまったりと様々だ。

敵対する一族の女を娶る覚悟はあったのだろうと理解する。

 

もちろん、扉間にそんな覚悟はないし、事が進む内に覚悟を決めさせられたというのが真実なのだが。

 

(・・・千手って面食いなのかな。)

 

イズナはそう思いつつ。隣の女を見た。

イズナは、それが嫁ぐと決まったときに聞いたのだ。

己の父や兄を殺した氏族の男に嫁ぐ気分は、と。

それは鎌をかけようとしたことと、そうして、女の覚悟を見るためだ。イズナはその時、その、焔のような女の身内がどうやって死んだのか知らなかった。

それにアカリはいつもの無表情のままに握りこぶしを作って叫んだ。

 

「あんな美形に嫁げるんだ。毎日、毎朝、あの顔をタダで眺められる。政略結婚最高だ!!」

 

(いや、あの精神性を持つ女には勝てない。)

 

イズナは、何か、小舅として嫁をいびってやろうと思っていた感情がそれでしぼんでいくのを感じた。

いや、あの精神性の女にどんないびりを加えれば良いのだろうか。

正直、女が突っかかってくるうちはの人間の顔から目を離さないのは、正直、顔面の鑑賞をしているのでは無いかと疑っている。

その図太さを前に、イズナは静かな完敗を覚っていた。いくら何でも、嫁ぐ相手にそれを言う図太さには勝てないだろう。

 

「・・・・なんで、母親でもない扉間が、産まれてもない子のいかく期に入るのか。」

「いかく期?」

「子どもを産んで間もない女は、神経が過敏になるんだ。それで、近づく人間への警戒心が高くなったりな。」

「それで少しでも警戒心が高くなればいいがな。」

 

扉間のそれにイズナとアカリは、たぶん無理だろうなあと互いでうなずき合う。

 

「・・・・男など無力な者だと、何人にも言われてきたんだろ。調べれば調べるほどに、妊娠の危険性も出てくる始末だ。」

「千手はまだ、出産で亡くなることはないほうだからな。女が丈夫だ。」

「それに比べて、うちはの死亡率はなんだ!?」

 

それにアカリは小さく息を吐いた。扉間がそんなにも苛立つ原因はそれなのだろう。

うちはは、出産が原因で亡くなる女が多い。

元より、体が華奢で難産が多い。それと同時に、体力が無い者も多く、子どもを産んだ後に亡くなるものもいる。

それを知った扉間が明らかにイドラの体調に気を遣いだした。

 

ちなみに、それに関してアカリはもちろん、マダラもイズナもそこまで動揺はしていない。

元より、女を束ねるアカリにはそういったことは耳慣れているし、そう言ったときに助けようと医療に関しても術を磨いている。

マダラとイズナに関してはもちろん、心配しているが、出産とはそう言ったものだと理解している。何よりも。

 

「・・・・・出血。再生では間にあわんのなら、いっそのこと、チャクラを直接注ぐことで生命力を移すことも考えては。」

「何か、やばい方向に行ってないか、お前?」

 

アカリはため息を吐きながら、さっさと帰れと扉間に言った。そこで、ふとと扉間は思い立つように顔を上げた。

 

「そうだ、姉者。眠りが深くなる茶がなかったか?妊婦でも飲めるものを。」

「ああ、用意は出来るが、どうしたんだ?」

「姉さんのこと?」

「あやつ、時々、夜中にうなされておるんだ。」

「神経が高ぶっているのか・・・・」

「・・・何やら、ごめんなさい、母様と泣いているんだが。」

 

それにイズナとアカリは遠い目をした。

あの子は何を、夢の中まで母親に怒られているんだと。

 

「何を夢でまで怒られてるんだ・・・・」

「お気に入りの猫を追いかけて、肥だめに嵌まったときの記憶かなあ・・・」

 

 

夢を見る。

この頃、すっかりと重くなった腹のせいか、寝返りも打てない。そんな感覚の中、イドラは腹にあった扉間の腕の重みの不在にどこだと無意識に探る。

そんなとき、少しだけ目を開けると、頭上に誰かの顔が見える。

 

(あれ、私?)

 

そう思うほど、その顔は自分に似ていた。そこで、イドラは思い立つ。ああ、母様の夢を見ているのだと。

嫁ぐぐらいの年になった娘の夢枕に立ってくれたのかと思っているが、そこでふと、誰かが泣くような声がする。

それは、すすり泣くような、微かなものだ。それに、イドラは咄嗟に母が泣いているのだと覚る。

 

(・・・・千手に嫁いだ私に怒っているのかも。)

 

それは仕方が無い。確か、母は身内を千手との戦いで失っているはずなのだ。イドラは咄嗟に起き上がり、母に向かい合った。

 

「母様、あの、色々と納得されていないでしょうが。でも、あの、扉間様はお優しいので・・・」

 

なんて、寝ぼけた感覚のまま言ってみる。そこで、ふと、気づく。目の前で自分を見てぽろぽろと泣いているその人は、母ではない。

いや、母にはもう、それはそれは似ている。けれど、言い方は可笑しいのだが、顔立ちはよく似ているのに、目の前のその人は格段に美しかった。

何か、纏う空気が、まるで、輝かんばかりに美しいと感じさせる。

泣いているその様は、どうにかして、泣き止ませてあげたいと願ってしまうほどに可憐だった。

 

「あれ、あの、どなたで・・・・」

「誠に、優しいなどと、思っているのか?」

「えっと、え?あの・・・・」

 

イドラは母親をすっ飛ばして、ご先祖様!?と慌てていると、その人は口を開く。まるで、鈴を転がすよう、なんて形容詞の似合うこれまた可憐な声だ。

ずっと聞いていたいと、そんなことを思ってしまう声だった。

 

「愛しい娘よ、子どもなど産んではならん。」

 

女はぽたぽたと、まるで狂わんばかりに悲しげに涙をこぼして、イドラの手を掴んだ。その言葉に、イドラは腹を庇う。

それに女は恨みがましそうに腹を見たる。

 

「や、やです!私と、扉間様の子です!可愛いですもの、どうしてそんなことを言うんですか!」

「優しいものか!ならば、聞くぞ!お前の記憶にある男は、うちはが滅んだことを、嘆いたか!?己の弟子のしたことに後悔を持ったのか!?」

 

それにイドラの中でフラッシュバックするのは、あの、漫画の中でのワンシーンで。

そうだと、思う。

そうだ、あの、物語の中で、誰も、うちはが滅んだことを間違いだとか、後悔だとか、いいや、意図して起こされた滅びを罪だと悔いてくれただろうか?

イドラの喉の奥で、何かがぐるりと、うごめいた。

それに女は、美しいが故に、その瞳がぎらぎらと輝いて自分を見ている。

 

「ほうれ、見ろ!優しいなんてことなどなかろうに!そうだ、子など、産まなければ良かった!」

 

その女は顔を覆って、悲しそうにすすり泣く。

 

「あの、男の言葉など信じなければ。あの男の事なんぞ信じずに、腹に収めて連れて行ってしまえばよかったのだ。ああ、可愛い、妾の娘。その子はこちらに引き渡せ。産んでなんとする。どうせ、男の目的の薪に使われるだけのこと・・・」

 

イドラはそれにやだやだと首を振る。

 

「や、やだ!やだやだ、やっだ!兄様も、イズナも、一族のみんなも会いたいって言ってくれてるのに!アカリ様だって、抱っこしてくれるって言ってますし!やだ、私の子ですもの!」

「こんな地獄に、産み落とすのか?」

 

イドラの目の前で、美しい女が、涙を流している。

その女は、どこまでも、泣いていた。何か、とても悲しんでいた。気が狂わんばかりに、その美しい女は、何かを嘆いていた。

 

「産まなければ、地獄など知らずに済んだのだ。導きも、言葉も、願いも、全て与えられずに終る子どもの多きこと。」

 

女はそう言って、イドラのことを抱きしめた。

赤ん坊のような甘い匂いと、太陽の匂いがした。とても、良い匂いだった。

 

「でも、産んで、一人で歩けるようになるまで、助けてあげるんです。そうしたら、きっと。」

 

イドラは必死にそう言いつのる。女はとんとんとイドラの背中を叩いた。

 

「無意味なことだ。所詮、妾たちが望まれるのは産み落とすことだけ。育むことは、所詮は望まれていないのだ。のお、信じるな。所詮、あれらは、妾達が命を引き換えに産み落とした命と、他人のために消費するのだ。」

 

ああと、女が、泣いている。

可愛い、インドラ、すまないと。

 

 

「イドラ!」

 

自分を揺すり起こす声でイドラは眼を覚ました。頬に冷たい感触が流れる。

 

「とびらまざまああああ・・・・」

「どうした、うなされていたが・・・」

「わかんないです・・・怖い夢を見たような、気が・・・」

 

イドラは重い腹を抱えて、自分が何を見たのかと少しだけ頭をひねったが、何を見たのかとんと覚えていなかった。

 





のう、姉者、兄者。
なんぞ?
なんだ?
ワシの顔は、母上に似ておるだろう?
ああ、そうだの。
私は祖母似だから、お前とは似てないな。
それでだな、ワシは昔から、父上がそのせいでこの顔に弱いということを理解していたのだが。
・・・・柱間のこともよく庇っていたものなあ。
お前、自覚してやっておったのか。
それでだな、広間が大きくなっただろう。見た目はワシに似ておるのに、纏う空気や仕草だとか、イドラによく似ているわけだが。
ああ、本当に、不思議な感覚になるな。
あやつ、この頃、ワシにものをねだるとき、口調を若干イドラに寄せてくるようになってな。
・・・・それは、また。
不思議とな、無理ではない範囲を責めてねだるのだ。
感想は?
・・・・ダメだ、つい、頼み事を聞いてしまう。
カエルの子はカエル・・・
この場合、ミイラ取りがミイラでは?
幼い頃は効率的にと思っていたが、親になってこう、弱点を突くこの技は何というか、なかなかにエグいやり方だったのだと自覚してしまってな。
なんだ、仏間殿に申し訳ないとでも。
いや、まったくおもっとらん。
扉間、お前な・・・・



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番外編:ある日の志村の孫娘

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

続きの前に、すみません、また番外編です。どうしても書きたくなって。ちなみに、千手の広間も狭間も扉間に見た目もそっくりな上に声も同じイメージです。


少女が通りを歩いている。そうすれば、幾人かの通行人が軽くお辞儀をしたりと、丁寧な態度を取るものもいた。それに少女はにっこりと微笑んで答える。

まず目につくのはその見事な黒髪だろう。艶やかなそれは二つ結びになっており、俗に言うツインテールになっていた。

猫のようなつり目は、まるで吸い込まれそうな黒い瞳をしていた。勝ち気そうな顔をしているせいか、気まぐれそうな猫のような印象を受ける。

チャイナ服に似た衣服から伸びる手足はすらりと子鹿のように細い。

 

(今日は、どうしようかな?)

 

そんなことを考えつつ、志村アオバは道を歩いていた。

まだアカデミーに通っている彼女にとって、学校が休みというのはなかなかに暇だ。

普通の子どもならば、友人と遊ぶなり、家族と過ごすなりするものだが。

悲しいかな、アオバというそれには友人というものが少なかった。本人の性格や育った環境のせいか、大人と関わることが多かったというのもあるだろう。

家族と、過ごすには皆が忙しい身だ。父親は任務でおらず、母親も用事がある。祖母は時間を作ってくれるだろうが、無理をさせたくない。

そこで、少女の脳裏には一人の老人の姿が思い浮かぶ。それにアオバはむすりと顔をしかめた。

 

(お祖父様なんて、ずっとヒルゼン様と仕事をしてればいいのよ!)

 

ぷんぷんと音が尽きそうなほどむすっとした顔をしてアオバは歩き出す。

 

(・・・このちゃんも、今日はナル君と、オビトさんと修行だって行っちゃうし。)

 

アオバの脳裏にはるんるんで兄貴分のうずまきナルトと走って行く猿飛木ノ葉丸の姿が浮んだ。

甘味屋にでも行こうかとも思ったが、一人で食べても空しいだけだと思い、どこかでクナイや手裏剣の修行でもしようかと足を進めた。

 

「おや、アオバちゃんか。一人とは珍しいな。ちび助とは別なのか?」

 

後ろから聞こえてきたそれにアオバは振り返った。そこには、背の高い白髪の青年が立っていた。

それは、一目見ればどこか怜悧な印象を受ける顔立ちをしていた。無表情であれば、近寄りがたいものを感じさせるだろう。

けれど、浮かべた楽しそうな笑みのせいか、一欠片の胡散臭さはあれど、人好きのする空気を纏っていた。

 

「狭間様!お珍しいですね、こんな時間に。」

 

アオバと視線を合わせるために屈んでいた千手狭間はぐっと背筋を伸ばし、頭をかいた。

 

「いやいや、この前の騒動で母から大目玉を食らってな。暫く内勤なのさ。」

「ああ、お祖父様が言っておられた・・・」

「げえ、ダンゾウの奴、何か言ってた?」

 

狭間は顔を情けなく歪ませて、頭を掻いた。

それをアオバは呆れた目で見た。

 

「探究心は結構ですけど、限度があるって言われてましたよ。」

「あー、今度会ったら嫌み言われそうだなあ。」

「言われないようにすればよろしいのでは?」

「それはそれとして、研究は楽しいからどうだろね。」

 

のんびりとしたそれに、アオバは顔をしかめた。

狭間というそれは、はっきり言えばトラブルメーカーだ。

 

(この人が扉間様の直系なんて信じられない。)

 

アオバはむすっと顔をしかめた。

曰く、研究者としては有名で、医療忍術に関して特に際立っている男であるが、それと同時にふざけた忍術を作るのが趣味で、それを試しては騒動を起こす。

例えば、強制的に自分の性的な好みを言わせる術だとか、強制的に犬や猫に姿を変えさせる術、人の衣装をランダムで変わったように見える術だとか。

何か、いたずらの域を出ないが、それはそれとして大混乱をまねくものだった。

 

「・・・あれ、怒ったか?」

「怒ってません!でも、狭間様はもう少し自分の行いについて考えないといけません!狭間様の行いが、カグラ様や広間様、そうして、扉間様の名に泥を塗るのですよ。」

 

ぷんぷんと擬音が着きそうなそれに狭間は可愛いなあと和みながら、うーんと息を吐いた。

 

「アオバは扉の爺様の事が好きだねえ。」

「当たり前です!誰よりも里を思い、多くの事業や掟、里の根幹と言えるものを作られた立派な方です!そうして、何よりも!」

 

アオバはにっこりと、今までの怒りなんて忘れたように微笑んで狭間に振り返った。

 

「一途で、奥様を愛された情熱的な殿方なんですから!」

 

それに狭間は、ああ、ねえと頷いた。

 

 

 

「マダラ様の書かれた小説も素敵でしたけど、やっぱり、この前ドラマになった作品も新しい解釈があって素敵で!私としては、やっぱり、山で修行をしていたイドラ様を見かねて、傷の手当てをしているシーンが本当に、よくて!」

 

アオバは嬉々として、この頃流行っているドラマの話をした。

それは、マダラの書いた我らが扉間とイドラの恋愛模様の小説をドラマ化したものだ。何でも、ほどよく解釈を加え、かつ、原作小説の内容に忠実だと評判らしい。

アオバは千手扉間という男をそれはそれは尊敬している。

それは、彼女の祖父である志村ダンゾウが扉間の弟子で有り、彼を尊敬している影響もある。また、彼女の名前をつけたのは扉間であったりする。そうして、木の葉の少女のバイブルである恋愛小説の主人公であることが最も理由であろう。

恋に憧れる少女なら一度は読んで、憧れるその本のせいか、扉間はひどく女児に人気があったりする。

その事実に草葉の陰で誰かが爆笑している気がするが、気のせいだろう。

 

「あー・・・あれね。」

「狭間様は見てないんですか?」

「そりゃあ、やっぱり身内の話だからねえ。ちょっち気まずいのな。」

「せっかくだからご覧になればいいですよ。それで、少しは扉間様や広間様を見習えばいいのです!」

 

つんと済ました顔でそういう少女に狭間はゆるりと微笑んだ。小生意気な少女の大人ぶったその仕草は彼にとってひどく壺で、訳もなく甘やかしたくなる。

 

「・・・まあ、そこら辺はまねしてもねえ。俺にもやることがあるし。にしても、そんなに二人を慕ってるけど、木ノ葉丸のことはいいの?」

「憧れと本命は違いますよ。」

「やだ、めちゃくちゃ澄んだ瞳してるね。」

 

何を言うのだとアオバは憤慨した。

扉間も広間もすでに素敵な奥様がいるのに、横恋慕なんてするはずがないじゃないか。

 

「私はこのちゃんが好きなんです!」

「木ノ葉丸ねえ。」

 

狭間の脳裏には修行をつけてとねだる少年の姿が思い浮かんだ。両親や祖父母が忙しいせいか、寂しさを虚勢に変えて、生意気な言動が目立っている子だった。

ただ、この頃、狭間の妹のお気に入りであるうずまきナルトを兄貴分と慕うようになってからだいぶ安定した印象を受ける。

狭間は意外だなあと思う。

己の隣を歩く少女は非常に優秀だ。それは、学業面でも身体面でも他より一つ飛び抜けている。おまけに、祖父や父に似てストイックで堅物な気がある少女だ。

 

(今ならともかく、前の木ノ葉丸みたいな感じは嫌いそうだったんだが。)

 

狭間はなんとなく少女に聞いた。

 

「そう言えば、アオバちゃんはなんで木の葉丸のことが好きなの?」

「・・・・お祖父様と同じ事を聞かないでください。」

「っんふ、なに、ダンゾウに反対されたのか?」

「そうです!お祖母様から聞いて、ずっと、あんな小生意気な小僧やめておけって言うんです!」

「っふ、それは、腹立つな?」

 

狭間はあの堅物が孫の恋路に口出ししている状態が面白すぎてぷるぷると震えた。

アオバは怒っていた。

修行をつけてくれると言いながら仕事だとブッチしたり、遅れたりするくせに、そういったことにだけは口を挟むのだから溜まったものじゃない。

アオバはそっと、忍具入れを撫でた。

そこには、千手扉間の名前の入ったお守りが入っている。今日も、この恋が成就しますようにとお祈りをしてきたばかりだ。

 

(扉間様、見守っていてください!)

「まあ、恋路が叶うことを祈ってるよ。でも、木ノ葉丸も今は色恋よりも、修行を男同士でやってるほうが楽しいだろうしな。」

「ご安心を、長期戦になるのはわかっていますので。」

「・・・・そんな覚悟を決めた顔をしなくても。」

 

狭間は何か、覚悟を決めてきりっとした顔をした少女に思わず言った。

 

「覚悟だって決めますよ!お祖母様を見てれば、このちゃんみたいな人は女から追いかけないと永遠に成就しないってわかってますもん!お祖母様が言ってました。本当に手に入れたいなら、人生に全力で汚点になるくらいの勢いがないと、火影なんかを目指してる男の人生には食い込めないって。」

「いやあ、さすがはダンゾウに一目惚れの後、扉の爺様に縁談を組んで貰うように直談判した人の言葉は重いな。」

 

ダンゾウという男を攻略する上で、どこに焦点を当てればいいのかわかっている選択肢である。

ちなみに、扉間はその縁談を嬉々として組んだ。

人生の墓場への道連れは多い方がいいのである。

 

「当たり前ですよ。お祖父様のこと、お祖母様がなんて言ってるか知ってますか?」

「なんて言ってるの?」

 

それにアオバはすました顔で祖母のまねをする。

 

「いいですか、アオバ。旦那様について、私はあまり期待していません。ええ、何と言ってもあの方は妻である私の尻を追いかけ回すより、よほどヒルゼン様の尻を追いかけ回してる人なんですから。」

「っふ、あはははあははあははははははははははは!!!」

 

こらえきれなくなった狭間は等々、ゲラゲラとその場に蹲って爆笑した。人気が無い地域まで歩いてきていたからよかったが、それはそれとして目を引いた。

狭間は笑いすぎて浮んだ涙を拭う。

 

「いやあ、やっぱり、アオバちゃんとこの婆様、好きだわ。思想がめちゃくちゃに強くて。」

「ええ、お祖母様はすごいんです!私、将来は、お祖母様か、それともアカリ様のように強い人になりたいんです。」

「・・・それは、ちょっと、おすすめしないな。」

「何でですか?」

「うん、この里のある程度の年齢の悪ガキは、アカリの婆様に叱られて大きくなったからね。」

 

狭間は目の前の可愛らしい少女が、あんな女傑女傑した存在になって欲しくないなあと思っていた。さすがに、それを相手にする木ノ葉丸が可哀想である。

 

(いや、猿飛の家は、気の強い女が好きだからなあ。このままでいいのか?)

「狭間様も好きな方はいないのですか?」

 

それに狭間はうーんとねえと、少しだけ困ったように首を傾げて、口元に笑みを浮かべていた。

 

「そうねえ、いないわけじゃないけど。」

「え!?」

 

アオバは唐突な恋バナにキラキラとした目をして、狭間を見た。

 

「どなたですか!?よろしければ、私の人脈を使って、お相手の好みを探って見せますよ!?」

「うーん、食いつきがすごいねえ。」

「なんですか、奥手なんですか!?狭間様も扉間様やマダラ様をご家族に持っておられるのです!見習ってください!」

「さすがに、殺し合いをしてる氏族の女を口説き落とすガッツのある男も、自分の書いた小説に妻に似た女をヒロインにして書く細やかな男もそうそういないと思うよ。」

「何を言うんですか。他人の人生に傷跡を残す勢いが無ければ恋愛なんて出来ませんよ?」

「それはたぶん、君んとこのお祖母様の特別な事情じゃ無いのかな?」

 

狭間は肩をすくめて背伸びをするように空を見上げた。

 

「まあ、いいなあと思う程度でね。でも、大分年上だし。ちょっと、相手が特殊な立場だから難しいだろうねえ。」

「それで作戦を立ててこそです!お祖母様も、お祖父様を堕とすために扉間様やヒルゼン様、後、マダラ様や柱間様の方々とご相談されたそうですし!」

「完全に裏切り者とか、戦争起こすときに相談する面子なのよね。国でも堕としたかったのかな?」

 

狭間はそんなことを言いつつ、まさしく狩られる勢いで結婚まで行ったダンゾウに内心で合掌した。まあ、なんだかんだで夫婦仲は良い様子だ。

息子の志村トビ曰く、家の中ではけっこうべったりしているらしい。

 

「まあ、成就させない恋もあるのよ。」

「わかりません。」

 

むすっとしたアオバに狭間はくすくすと笑った。

その横顔にアオバは少しだけどきどきとした。普段の、まるでそれこそが通常のように浮かべた胡散臭い笑みをしまい、ゆるりと目を細める様はまさしく、扉間によく似ていた。

 

「・・・・片思いっていうのは、案外楽しいものさ。」

 

アオバはその言葉の意味がやっぱりわからなくて。けれど、その、扉間によく似ているように見えた狭間に黙り込んだ。

狭間は話題を変えるように言った。

 

「そう言えば、帰宅途中だから暇だけど。アオバちゃんはどうしたの?」

「・・・本当はお祖父様が、今日は修行をつけてくださるって。志村の呪印のこととか、風遁とか、教えてくださるって言っていたのに。」

 

狭間は少女がやたらと祖父に対して当たりの強い理由を察した。いいや、普段から、強いのは強いのだが。

それはそれとして、少女が祖父を尊敬しているのも知っている。

なんといっても、木ノ葉丸も、隣の少女も、おむつの頃から知っている身だ。

 

(にしても、恋って人を変えるのねえ。いや、アオバの場合、恋に恋してる部分はあったけどね。)

「・・・・なあ、アオバちゃん。」

「何ですか?」

「よければ、俺の修行に付き合ってくれるか?」

 

 

 

 

その日、志村ダンゾウは里の道をとぼとぼ歩いていた。

その理由は簡単で、妻に家から放り出されたためだ。

 

(アオバめ、どこまで行ったのか。)

 

ダンゾウは孫娘であるアオバを探していた。利発で、おまけに滅多にないほど愛らしい孫ではあるが非常に生意気な子どもだ。

 

(・・・・完全にあやつに似たな。)

 

脳裏に浮ぶのは、自分の人生に猪のごとく突っ込んできて、そのまま居座って見せた妻のことだ

息子は控え目な性格で、その嫁も穏やかな性質だ。完全に、あの火の玉具合は己の妻似だろう。

ダンゾウは突然入った案件を終えて、ようやく帰宅した自分に妻が言ったことを思い出した。

 

ええ、お帰りなさいませ、旦那様。

ところで、今日、急な要件でお疲れ様でした。はい、それで、アオバとの約束は覚えておいでで?

・・・・はあ、あの子なら、お祖父様は私よりも仕事が大事なのだとふてくされて出て行きましてね。まだ、帰っていませんよ。

木ノ葉丸さん?

あの子なら、今日は別で修行していましたよ。まったく、普段は木ノ葉丸さんのことを気にくわないというくせに、変なところで信用されて。

ふふふふふ、あらあら、眉間に皺が寄っていますよ。そういう所はお可愛らしいですね、本当に。それでは、あの子を迎えに行ってあげてください。旦那様が迎えに行けば、ご機嫌も直るでしょう。

 

 

ダンゾウは何故、孫の機嫌を取らなくては、なんて考えも浮ぶが、それはそれとして今回は自分が悪いという自覚があるために歩みを止めなかった。

 

(あれのことだ、おそらく、あの辺りに。)

 

ダンゾウは孫娘がよく行く修行場に向かっていた。人通りの少ない地区になったところで、向こうから歩いて来る存在が目に付いた。それにダンゾウは目を見開いた。

 

「あれ、ダンゾウか?」

 

そう言って自分に近づいてきたのは、彼にとって苦手の部類に入る、千手狭間であり、そうして、その背中にはすやすやと眠る孫娘がいた。

 

「狭間様!?」

「おい、そんな大声出すなよ。アオバちゃん、起きるだろう?」

 

ダンゾウは慌ててその人影に歩み寄り、そうして手を差し出した。それに狭間は背負っていた少女を男に渡した。アオバはすやすやとそのままダンゾウの胸に納まって眠り続ける。

 

「いやあ、さっきまでずっとクナイの投げ方だとか、受け身だとかしてて動き回り続けてな。おかげで疲れてバタンキューだよ。」

「お手を煩わせたようで申し訳ない。修行まで面倒を・・・」

「面倒なんて事無いさ。里の子だ。ならば、俺にとって十分にそれに構う理由だろう。」

 

そのままダンゾウは狭間と共に歩き出す。住宅街への道行きは同じなためであるが、ダンゾウとしては気まずい。

 

「そういや、急な案件があったの?」

「はい、後日、知らされるかと思いますが。」

「ふーん?お前が関わってるなら、あの辺かねえ。」

 

そんな話をしながら、ダンゾウはちらりと隣の青年を見た。青年の印象を例えるならば、陽気そうな狐だろう。

千手広間のようにぽわぽわとした空気を持っていないせいか、師である扉間に似た顔立ちに常に笑みを浮かべているせいでなんだか胡散臭い。

けれど、持ち前の愛嬌のせいか、不信感は持たれなかった。

 

(・・・もう少し、なんとかならんのか。)

 

有能ではあるのだ。有能ではあるのだが、ダンゾウとしてはもう少し扉間や広間に似ていて欲しかった。

 

(扉間様に似ておられたら、いや、せめて、広間様に似ておられたら。)

 

ダンゾウの内心は複雑だ。有能で、そのくせトラブルばかり起こし、里ではそんな狭間に呆れている人間もいる。

憎まれてはいない。あの、千手のいたずら小僧はいつまでいたずら小僧のままなのだと、愛情ありきでの話だ。

けれど、それと同時に、軽んじている人間もいる。それは、里の内部にはもちろん、外部も同様の話だ。

 

(何故、扉間様に広間様に似ておられたら。)

「そう言えばな。」

 

狭間はそう言えばと思い出したように口を開けた。それにダンゾウは青年に視線を向けた。

 

「アオバに今日、怒られたよ。へらへらしてないで、もう少し、扉間様や広間様を見習ってくださいって。」

 

それにダンゾウは顔を青くした。

 

「ご、ご無礼を!」

「いいよ、俺も自覚あるしねえ。」

 

ケラケラと笑うそれに、ダンゾウは頭を抱えたくなった。

己が抱いた孫娘は年の割には利発だ。それこそ、アカデミーの同年代の中で一番に賢しい子だとの自負がある。

祖父の色眼鏡とかではなくと、ダンゾウは付け加える。

また、志村という家名に守られてきたためか、少々傲慢な気がある。そのために、非常に生意気な態度を大人に取ることがあることは知っていた。

それを、きちんと正さなかったことをダンゾウは恥じた。

 

いいか、教育は速さが肝心だ。

ああ、どんだけ駄犬でも小さい頃からこつこつとすれば、まあ、なんだ。少しは改善はするぞ。

 

脳裏にはどこか黄昏れたような顔の男が二人浮んだ。

 

「・・・アオバには言いつけておきますので。」

「いいよ、いたずら小僧って言われてる身だしな。」

 

楽しそうな、弾むような声音にダンゾウは思わず、呟いた。

 

「ならば、道化のふりをするのは止められたらどうですか?」

 

それに前を歩いていた狭間は立ち止まる。それに、ダンゾウもまた歩を止めた。すでに、夕暮れが過ぎている。もうすぐ、日が暮れる。

狭間はくるりと振り返った。

彼は、普段のように、へらへらと笑っていなかった。

目を細め、口元には豪傑な印象を受ける、快活そうな笑みを浮かべていた。

 

「・・・・いいや、これでいいのだ。賢しいものが上にいると、愚か者も賢しく立ち回る。道化の振りは気楽で良い。餌が大きければ大きいほどに、つり上がる獲物は大きいからな。」

 

寒気がするほどに目の前のそれは、彼の敬愛した千手扉間に、そうして、慕っていた千手広間に、似ている。

 

「ま、尊敬とか慕われ担当はオビトとかマヒルとかいとこ殿たちがいっから、俺はおどけてるほうがいいだろ。他人の本心を試すにはこれで十分だ。」

 

けれど、瞬きの内に、狭間はまた、へらへらと笑って見せた。それは、まるで、夢のように消えたような感覚だった。

 

「・・・・今の表情をずっとされたら、アオバも生意気なことなど言わないでしょうに。」

「ふ、はっはっは!いいや、ごめんだ。道化もなかなかに楽しいのでな。」

 

弾んだ声で、それはそう言った。己を見つめるその目は、遠い昔、幼い己を見る師の目によく似ていた。

 

(これだから、嫌なのだ。)

 

ダンゾウは、扉間の血を引いているからといって、様付けをするほど可愛い性格をしている自覚はない。

ならば、何故、彼らを様と敬称で呼ぶのか。

そんなのは簡単だ。

 

まるで子犬のような軽やかさしかないようで、まるで狐のようにいたずらをする奔放さしかないようで、彼らはどこまでも選択すべき時、何を持っても私心を殺してなすべき事をすると確信を持っているからだ。

仮面のように被った、愛嬌だとか、人の良さを脱ぎ捨てれば、その下に隠した火の意思を知っている。

炎を絶やさないために、己を薪にするのだろう、彼らは。

だからこそ、自分は、火影になれない今に納得しているのだろうか。

 

「にしても、ダンゾウは本当にあの人のこと好きだね。めっちゃスケベだけど。」

 

ダンゾウはそれにぴしりと固まる。そうして、苦い顔をした。

 

(・・・完璧な人、ではなかったなあ。)

 

師である千手扉間は、それは優秀だった。かっこよかった。

いつだって冷静で、けれど、ユーモアもあって、優秀で。

早くに男の親族を亡くしたダンゾウにとって、扉間はまさしく理想だった。

それこそ、奥方にも一途で子煩悩な彼にダンゾウは熱を上げていた。

 

(・・・イドラ様も、お美しい人だった。柔らかくて、日だまりの匂いがして。広間様はあの方によく似ておられて。)

 

脳裏に浮ぶのは、いつだって花のように微笑む、一人の女だ。そうして、次には火の玉のような己の妻だった。

いいや、嫌いではないのだが、ないの、だが。

何か、ひどく間違えた気分になるのは何故だろうか。元より、結婚などまったく頭になかった身で息子や孫まで出来たのは、彼の女が自分をひき殺す勢いで突っ込んで来てくれたおかげな訳だが。

 

ダンゾウよ、理想と現実は違うものだ。

 

(先生、そうは言っても。いや、あなたは結構理想的な生活を送っていたのでは?)

 

そんなこんなで、扉間とは、ダンゾウのこうありたいというか、そう言ったものだったわけだ。

ある程度の年齢になって知った、扉間の夜の武勇伝を聞くまでは。

ヒルゼンだとか、まあ、うたたねコハルだとかは省いても、男連中はざわついた。やっぱり、そう言った面に興味ある年頃としては、まさしくさすがです、先生みたいな空気があった。

けれど、ダンゾウは、己の中で扉間の何かががらがらと崩れていく気がした。

この年になれば、ある程度割り切れるものもあるが。

若い頃は、ひどくショックだったことだ。

 

そりゃあ、それだけ苦労して手に入れた奥方なら溺愛するでしょう。そんだけやらかして、受け入れてくれる人ならあの勢いで囲い込みもするでしょう。

 

でも、やっぱり、それを押しても扉間という男はかっこよかったのだ。だから、そんなすけべであると知ってもやっぱりダンゾウにとって扉間は憧れなのだ。

まあ、すけべという部分ですげえなと思う自分がいるのも本当であったりする。

そんなダンゾウの思い悩んでいることを察してか、狭間は少しだけ考えた後に老いた男の首に腕を回した。

そうして、耳元で囁いた。

 

「どうした、ダンゾウ?お前も、閨で影分身を使ったのではないか?」

「!!??」

 

ダンゾウは思わず、ばっと狭間のことを片手で振り払った。

 

「ごめん、ごめん、そんなに動くとアオバが起きるぞ。」

 

それにダンゾウは腕の中のアオバを見たが、相当疲れていたのか、すやすやとアオバにほっとする。ダンゾウはそんな中で狭間を睨んだ。

 

「わざと先生のまねをして、そういったことを言うのは止めてください・・・・」

「なんだ、沈んでいたから元気づけてやろうかと思ったのに。」

 

ああ、本当に苦手だと、ダンゾウの目の前でいたずらっぽく、艶やかに笑うそれを見た。

扉間と同じようにリアリストで、広間に似て人の心の機微というものに聡く、だというのに、人をからかうのが大好きな、それがダンゾウは苦手だ。

 

「まあ、そんな顔をするな、ダンゾウ。」

「そう思われるのなら、止めていただきたい。」

 

そうやって、どれだけからかわれても叱りも出来ない自分を見れば、どうしようも無くほだされて、認めてしまっている自分がいる。

 

(・・・・そんなもの、この里には多いか。)

 

ダンゾウはそのまま、すやすやと眠る孫娘が起きたとき、どうやって機嫌を取るかについて思考を切り替えながら青年の後を歩いた。

 

 





ヒルゼン:ご意見番として生活している。原作よりも気楽且つ、能力的には同じでも活躍が控えめなせいか息子とそこまで仲悪くない。火影を目指していたが、扉間の周囲の人間が濃すぎてなれなかった。禁術関係の管理もしている。

ダンゾウ:暗部の管理を行っているが、火の玉みてえな女が妻になったのと、ヒルゼンとのわかりやすい差が出ていないため精神的に安定している。広間と共に禁術関係の管理もしている。

木の葉丸:原作よりも叱ってくれる人も構ってくれる人もめちゃくちゃ多いので、あんまりクソガキ感はない。アオバとは性差を超えたライバルだと思ってる。

アオバ:火の球みたいな性質の祖母に似て苛烈。色々あって木の葉丸のことが好き。扉間のことを慕っている。

志村と猿飛の息子達:父親関連で交流のあった千手やうちはの人間に振り回されまくって父親関係でこじれていない。

火の玉みたいな志村の嫁:ダンゾウに一目惚れして、そのまま男の人生に突っ込み居座った猛者。そのためにヒルゼンと扉間を味方につけて、口説き落とした女。尊敬しているのは、イドラとアカリ。ヒルゼンの嫁とは仲が良い。


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そうして、容易く折れる腕

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

扉間さんたちこの前に、何も出来ないからって男四人でお百度参りを汗だくになるぐらいしてた。


 

 

「うわあああああああああああ!」

 

それはまさしく絶叫と言っていい声音だった。布団に横たわった女はべしょべしょに泣きながら夫である千手扉間の腕を掴んでいる。

 

「扉間ざまなんてきらいだあああああああああ!!」

「好きと言え!!」

 

扉間の腕がみしりと鳴った。

 

 

「扉間、そろそろだろうから覚悟をしておけよ。」

 

そんなことを姉である千手アカリことうちはアカリに言われたのはある日のこと。うちはイドラこと、千手イドラの腹がはち切れんばかりに膨らんだときのことだ。

 

「・・・わかっている。」

「まあ、そうは言っても男にはやることはないだろうから何を、というわけでもないがな。ただ、覚悟は決めておけよ。」

「覚悟も何も、ワシには待つことしか出来んだろうが。」

「だからこそだ、何も出来ないことの覚悟を決めろという話だ。」

 

それに扉間はいったい何の話だと、首を傾げたものだが。

 

 

「・・・・こういうことか。」

「うええええええええええええ!!いたいいいいいいいいい!!」

 

その場には死んだ目の男が四人集っていた。

 

 

出産というものから男は基本的に遠ざけられる。まあ、風習だとか諸諸あるが、それでも、そういったことを取り仕切るのは女でしかない。

女の身内が未婚のアカリしかないなかった扉間は、記録上でのことしか知らなかった。それは、柱間も同じだ。

それ故に、何もしないと言っても悶々と待ち続けることしか出来ないのだと思っていたのだが。

 

「・・・・ごめんなさいいいいいいい!!」

 

イドラの断末魔に等しい声を前にうなだれた。こんなことになるなんて思っていなかったのだ。

けれど、ひたすらに嫁の苦しむ声を聞くのはキツい。

 

「聞いてられない・・・」

「イズナ、お前にはすでに子がいただろう。」

「仕方が無いだろう。こっちが戦に出てるときに産まれてたんだから。」

 

現在、千手柱間に扉間、そうして、うちはマダラとうちはイズナは一部屋に集まっていた。イドラが産気づいたことを知った三人が落ち着かないと集まってきたのだ。

ちなみに、扉間の屋敷の周りにはイドラが産気づいたことを知った身内がそわそわと幾人か中をうかがっている。

というか、イドラの声がでかすぎて周りに響き渡っていた。

 

「兄者も、ミト殿はいいのか?」

「扉間についていると言ってきたからな。だが、すごいな。」

 

柱間さえも顔を青くする。現在、扉間の屋敷にて集まっているわけだが、遠くから聞こえてくる声がもう、悲壮感がすごいのだ。

痛みにもだえる声を延々と聞くのはキツい。

扉間はそこで一人で黙っているマダラの方を見た。そこには、まるで祈るように丸まりながら跪くマダラの存在がいた。

 

「に、兄さん、大丈夫?」

 

イズナが思わずそう言えば、マダラが顔を青くして起き上がった。

 

「お、俺が赤ん坊を産めるようになれねえのか?」

「マダラ、ヤバいんぞ!?」

「柱間、木遁でどうにか出来ないか!?」

「待て待て待て!どこに思考を吹っ飛ばしとる!?」

「おま、考えてみろ!いいか、これからイドラが子どもを産むたびにこうなるんだぞ!俺だって、子どもが出来たら、アカリのあれを聞くんだぞ!?」

 

なら、と。マダラはその場に蹲った。

 

「俺が産んでやれたら・・・・・!」

「マダラ、お前はやはり優しい奴ぞ。」

 

蹲るマダラに柱間はそう言うが、だいぶ思考が明後日の方向に吹っ飛んでいる自覚はないだろうか?

 

「兄者、マダラを褒めるとき、優しいと言えばよいと思っていないか?」

「兄さん、落ち着いて!そうしたら、兄さんが苦しむんだよ!?アカリ殿が一番嫌がるよ!?」

「あいつは、あいつが、苦しむ俺も素敵って言う奴だ!」

 

男たちがそんなことを言っていると、白装束に身を包んだ産婆の一人が部屋に飛び込んできた。

 

「扉間様!よろしいでしょうか!?」

「は?」

 

 

そこで冒頭に繋がった。

何故か、扉間は出産の途中のイドラの横に座り、必死に声をかけている。

 

「いいのか!?いいのか、これは!?男のワシがここにいると知れたら大事だろう!?」

 

出産の折に男がいるのは禁忌だ。けれど、はっきりとした理由など無く、慣習と言えばそうである決まりをアカリはあっさりと破ることに決めた。

そんなことより、夫の存在でイドラを安心させる方が先だ。

 

「黙れ!イドラに声をかけて落ち着かせろ!」

「いいんです!私たちが黙っておけばわからないので!」

「んなこと気にしてないで、声をかけなさい!?」

 

今回の産婆に選ばれた女衆はそう言って扉間に声をかける。

イドラの出産は長引いており、何故かと言えば、ただでさえ華奢なイドラの腹の子が大柄なせいでなかなか産まれないのだという。

痛みに錯乱したイドラも何やら、ひたすら、母様ごめんなさいと言いつのり、力が入らない様子だった。

出産時に変なことを口走るのはよくある話だ。今回の出産の責任者であるアカリもよく聞いた。

 

(・・・やはり、うちはから誰かを呼んでくるべきだったか。いや、今更遅い。)

 

アカリはそれに一つの選択をした。

それが、その場に扉間を連れてくると言うことだった。

 

「イドラ、ほら、扉間だぞ!」

「うえええええええええ!扉間様!」

「な、なんだ!?」

 

普段からそこそこ声がでかい嫁だが、その時は痛みのせいかさらに声がデカかった。

 

「扉間様!覚えといてください!覚えといてください!」

「何をだ!?」

「覚えといてくださいいいいいいいいい!!」

「だから、何をだ!?」

 

マジで意味がわからない。何を覚えとけば良いんだ?いいや、痛みによるうわごとのようなものなのだが、現在、感じたことのない独特な空気に飲まれていた部分がある。

 

「扉間様、私のこと嫌いなんだ!」

「どうした、急に!」

「痛いんですもん!痛いですもん!扉間様、私のことが嫌いだから!」

「関係ないわ!」

「どっちかっていうと、お前さんが好きだからこうなってるんだ!」

 

緊張感をなだめるために周りからの野次まで混ざる。

 

「お前に痛いことしたことないだろう!?」

「しました!お布団の中で、お腹とか背中とか噛んでました!私のことが嫌いだから!」

「あん!!??」

 

アカリの怒号に扉間が慌てたような声を出す。

 

「うおおおおおおお!違う、違うぞ!」

「何しとるんじゃ!何しとるんじゃ!!!」

「アカリ様、んなことは今はどうでも良いですから!」

(噛んだんだ。)

(噛んだんだ。)

(扉間様、そういう趣味が。いや、前から結構とがってたわ。)

 

「うえええええええ、扉間様、わたしのこときらいなんだあああああああ!」

 

狂ったようにそんなことを言われて、扉間は己の腕を掴むイドラのその手を撫でた。

 

「嫌いなものか!嫌いだったら、はなから構っておらんわ!」

「本当!?本当!?こんなに痛いのに!?」

「痛いだろうが、嫌いではない!ほら、広間に会いたいだろう!?」

「会いたい、会いたいけど!扉間様、わたしのこと、きらいだあああああああああ!!」

「なぜ、そこに返るんだ!?せめて、叫ぶなら好きと言え!!」

「うええええええ、好きですよおおおお!」

「いちゃつく前にいきまんか!」

「うああああああああああああ!!」

 

イドラはそう叫ぶと同時に、赤ん坊の産声が響き渡る。それに扉間はほっとした。そうして、赤ん坊の方を見ようとしたとき、みしりとイドラが掴んでいた腕が軋みを立て。

 

ぼき。

 

何かが、軽くおれる音がした。それと同時に、扉間の腕に痛みが走る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

その場にはイドラの痛みに苦しむ声と、赤ん坊の泣き声と、そうして、扉間の痛みにもだえる絶叫が響き渡る。

それに気づいた産婆役たちは、扉間の赤く腫れていく腕に声を上げる。

扉間は自分を掴んだイドラの手を凝視した。そうして、激痛が走る腕を見る。

なんで自分は妻の出産で腕を折られているんだ?

 

「あ、なんだ!?」

「イドラ!イドラ!手を離せ!」

「扉間様の腕、すごい勢いで腫れて!」

「待て、イドラの奴気絶してるぞ!?」

「ともかく手を離させろ、誰か、医者を呼べ!」

「む、むすこを、だかせてくれ・・・・」

「その腕で抱けると!?言ってる場合か!?」

 

扉間は痛みはあるが、それはそれとして、とりあえずそう言った。子どものことは楽しみであったし、いの一番に抱っこするのは自分であると思っていた。

何か、腕の痛みから現実逃避をしたかったというのもある。

そんなとき、部屋の前を誰かが走る音がした。

 

「おい、どうした!?」

「扉間の絶叫が聞こえたが!?」

「姉さんは無事なの!?」

 

扉間の何故か上がった絶叫に柱間、マダラ、イズナが駆けつけたのだ。

それに女衆の一人がふすまを開けて叫んだ。

 

「申し訳ありません!扉間様の腕が折れたので、医者を呼ばねばなりません!」

 

それに男達は思わず言った。

 

「なんで!?」

 

そんなこんなで千手広間という存在が生まれた日は、何よりも賑やかな日になった。

そうして、扉間は誓った。何をしても、無痛での出産方法の開発を急ぐことを、包帯を添え木で塞がった片腕をぶら下げて、固く誓ったのだった。

 




ああ、私の生まれた日はそれは賑やかだったそうで。
私の産声と、母の絶叫と、父の痛みに耐える声。そうして、私が生まれた声に喜ぶうちはと千手の皆さんの歓喜の声。
ええ、めっちゃ五月蠅かったんで、他の氏族から苦情が入ったそうです。


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誤解と書いて事実と読む

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

少し、日数が離れてしまいました。

ダンゾウとかヒルゼンとか実際問題どこら辺で産まれてるんだろう。里が出来たぐらいの時には産まれてたのか?
でも、ダンゾウの父親なんかは戦場で死んだ云々があるから里の創設より前なのかな?どうなんだろう。


「・・・・というわけだ。」

 

その日、千手扉間は氏族同士での会議に出ていた。なんとか里の根幹の、任務の管理体制等の形ができあがり、それぞれの氏族での忍の登録も終った。

今回は氏族の長が集まり、里の方針についてと任務の割り振りについての話し合いを行っていた。

そんな中、話の中心、実務についての細かい調整を行っていた扉間に集まった氏族の長達の視線が集まっている。

 

「以上、ほかに何かあるか?」

 

それに氏族の人間は視線を思わず扉間の、添え木をされて三角巾で吊られた腕を見た。

その視線に気づきながら、扉間はそのままないなと一言で片付けた。

その様は、まさしく触れるな、言うなという気概に満ちていた。

 

 

千手とうちはの間に子が出来た。

これ自体は、良いことだ。他の氏族にとっても里の在り方が盤石であることを示しているのだから。

それぞれの氏族の長も、扉間の妻であるうちはイドラこと千手イドラの腹が大分膨れ、そうして、出産が近いことは知っていた。

それぞれの氏族の女衆にとってまさしくマスコット扱いされているその女については、非常によく聞いた。

そうして、とうとう産まれるとなり、千手はもちろん、うちはの人間が明らかにそわそわしていた。普段はつんとすました態度のうちはの人間が明らかに動揺しているのを見た。

そうして、とうとう産まれるとなると、うちはの人間や千手の人間が気になりすぎるあまり、扉間の屋敷の周りに集まっていた。

 

猫集会にでけえ犬が紛れ込んでるみたいな質感のある光景だった。

 

そんなこんなで里の中心街にある屋敷なのだから、そこで騒いでいればそれ相応に聞こえてくる。民家が密集しているのだからなおさらだ。

何よりも、その子がどうやって産まれてくるのか。

死産などになった場合、色々と対応が変わってくるため、それぞれで屋敷の様子を探らせていたわけだが。

 

「お布団の中で痛いことした!背中とか、お腹とか、噛んでましたもの!」

 

これ聞いてどんな顔をすれば良いんでしょうね?

屋敷から聞こえてきたイドラのそれに、様子を探っていた一人の表情がそれを告げていた。

 

そんなもの、こっちだって知りたいのですが。

もちろん、扉間の話は氏族でも有名だ。開発した忍術だってそうだ。

 

例えば、飛雷神の術。

あるうちは曰く。

「あれは扉間様がイドラ様に会うために開発したものだ。ああ、確かに、争っていた時期のことだ。だが、今ではそれでよかったのだと思う。イドラ様には、それぐらい思ってくださる方ではないと、あの、まあ、うん。我らも安心だしな。」

 

例えば、影分身の術。

ある千手曰く。

「そうだなあ、影分身って媒介ないと出来なかったのを無しでも出来るようにしたのはすげえよな。ここだけの話、あれだ。閨で複数でやるためにって話が。いやあ、扉間様もむっつりだよなあ!」

 

例えば、結界術。

ある人間曰く。

「あの術はよいぞ!何と言っても扉間から逃げるときに便利でのお!いや、サボっとらんからな!?まあ、あれもあやつがイドラ殿と会うために作ったのだろうな。うちの弟は情熱的だからな!」

 

そんな話を聞いた後、どんな顔をすれば良いのだろうか。全体的に、さすがに飛雷神の術は習得方法は知らされていないためにいいが、他の術は共有されているわけで。

便利なのだ。非常に便利なのだ。

けれど、使うたびに、でもこれ、すけべ目的で作られたんだよな、なんてことが頭に浮ぶのだ。

言っちゃあ何だがすごいやだなあと思うものもいる。

それと同時に、正直、その扉間の術の開発理由が本当なのかと懐疑的な者もいた。

あの扉間が?

それは千手と関わりがあった、地位の高い人間は特にそうだった。

 

開発された術は全て強力だ。ならば、忌避感や強力な術への危機感の軽減のためにわざとそんな噂を流しているのではないだろうか?

そんな考えをしているものもいた。

 

 

扉間自身、その術をすけべで作ったことも無ければ、使ったこともないが、積み上げられた事実(勘違い)によりそんな誤解が生まれていた。

そうして、少数派の人間達の扉間への疑いについて本人が知れば泣いて喜んだことだろう。

何と言っても、スケベである事実で名前が売れるよりも、そう言った方向で名前が売れた方が百倍ましだ。

残念ながら扉間を慰めるのはその勘違いの原因であるわんころだけである。

 

氏族の長達はそこら辺についてはおいおい探っていくしか無いと考える。このまま、里の中核に進むことが出来れば、重要な情報について知ることも出来るだろう。

それぐらいのポテンシャルと熱意を持っていける女でなければ、扉間も敵対している氏族の女と密通もしなかったし、この里も出来なかったのだから。

 

それはそれとして、扉間の腕の骨折については何があったのか?

 

聞いた話では、赤ん坊の産声と同時に千手とうちはで歓声が上がったそうだが、何故か扉間の絶叫も聞こえてきたそうだ。

話の上ではてっきり喜びのあまり雄叫びでも上げたのかと思ったのだが。

 

何故か、次に会ったときに扉間は骨折していた。

 

(((なんで?)))

 

会議の中の人間全員で思った。なんで骨折してるんだ?

任務に出たという話も聞かない。

何よりも、猛者である千手扉間の腕を折るような存在と接触したのなら少し話が出てもいいはずなのだが。

だが、聞けなかった。公然の秘密というか、触れてはならない部分がある。その骨折という事実はそれに当たるかも知れないと思うと、なかなか触れられなかった部分があった。

というよりも、おそらく扉間の長男が生まれた日に何かあったのだろうが、それに触れるとイドラの噛んだ発言に触れないといけないわけだ。

 

そんな時、志村の頭領である志村ジロウがゆっくりと扉間に近づいた。

 

「・・・・扉間殿、よろしいか?」

「ああ?なんだろうか?」

「ああ、実は・・・」

 

ジロウはそのまま扉間と所用について話し合いを行う。それを猿飛の頭領である猿飛サスケは見つめた。

志村の一族は、寡黙な人間が多い。といっても、うちはと違う印象を受けるのは、寡黙と言っても黙々と何かに打ち込む実直な性格の者が多いからだろうか。

猿飛はともかくはと、千手柱間の方に向かった。

 

「柱間殿。」

「おお、猿飛殿!」

 

そのまま二人は談笑をし始める。そうして、志村の用事が終ったのか、そちらの言葉が途切れたとき、丁度、柱間達の話も終った。

そんなとき、柱間が口を開いた。

 

「そうだ、扉間!今日、家に行ってもいいか?」

「・・・・兄者、今日もか。」

「いいだろう!甥っ子に会いたいんぞ!」

「殆ど毎日だろうが!自分の嫁のところに帰れ!」

「ミトも甥っ子の話をすると喜ぶんだ。」

 

初めての近い親類の子どもにうきうきしているらしい柱間のそれに扉間は呆れた顔をした。

そこにひょっこりとうちはマダラとうちはイズナが割り込む。

 

「おい、柱間。あまり弟を困らせるな。」

「マダラよ、お前も毎日のように行っているだろう?」

「俺は嫁さんがイドラの世話に行ってるから迎えだ。」

「そのたびに広間のこと抱っこしてるの知ってるぞ。イズナも行っておるだろう?」

「僕はクズハが遊びに行ってるから迎えだよ。」

 

氏族の人間は雑談などをするふりをしながら、その会話に耳を傾けている。

 

(やはり、相当の寵愛を受けているな。お子と同世代になりそうな、嬰児がうちにいただろうか?)

 

そんな考えを幾人も抱えている中、ひょっこりと出入り口から千手アカリことうちはアカリが顔を出した。

 

「・・・失礼する。」

 

赤い髪のそれはいつも通りの鉄仮面のまま、千手兄弟とうちは兄弟に近づいていく。幾人もがその女に視線を向けるが、それに怖じけることもなく歩みを進めた。

そうして、アカリは猿飛と志村に軽く会釈をした。

 

「申し訳ない、少々よろしいだろうか?」

「いえ、こちらの用事は終りましたので。」

「同じく。」

「そうか、なら、失礼する。」

 

アカリがそう言って扉間に向かい合ったとき、イズナが不思議そうに言った。

 

「あれ、どうしたの?今日は姉さんのところに行ってないの?」

「今日はミトと用事があってな。ただ、急ぎでこれだけは渡しておきたかったんだ。」

 

そう言って、アカリは持っていた冊子を渡した。

 

「ほら、扉間。頼まれてた資料だ。」

「おお、礼を言う。」

「まったく、千手の書庫も早く整理しなくてはな。目録、作らないと・・・・」

「姉上、なんだ、それは?」

「強烈な麻痺毒をまとめた図録。」

 

それに図録を持っている扉間に視線が行く。

 

「・・・扉間、お前、今度は何を。」

「うちの妹に、お前・・・・」

「違うわ!新しい毒薬の研究をしようなどとは考えとらん!そうして、何故、そこでイドラが出てくる!?」

「なら、何をしようとしてるんだ?」

「毒の研究なら、僕もしたい。」

 

他の氏族の人間もちょっとどきどきしながらそれを眺めている。

扉間はそれに不機嫌そうに、恨み深そうに吐き捨てた。

 

「出産における痛みの軽減をするんだ・・・・!」

 

それにその場にいた全員が内心で合掌した。

相当、トラウマになってるな、これはと。

いや、あの場にいた男達全員が、目の当たりにした女の苦しみは若干のトラウマになっている。

イズナは、死んだ自分の妻をもう少し労れば良かったと内心で後悔し、息子を連れて墓参りにでも行くかと思っていた。

猿飛などは、こいつ本当に嫁さん好きだなと思う。そう思った後に、いや、演技か?とも悩む。

実際問題、あのスケベな噂話がどれほど本当なのかは微妙なところだろう。

 

「麻痺毒は分量によっては痛み止めに使えるからな。体に負担のない分量がわかれば、それだけで大分体への負担が減る。」

 

アカリの補足に、なるほどと頷く中で、志村が淡々とした声音で喋り始める。

 

「・・・扉間殿は、イドラ殿を大事にされているのだな。」

 

珍しいなと、その場にいた人間は思う。

志村というそれは、あまりそういった世辞というか、世間話をしない人間のように思っていたためだ。

扉間はなんとも言えない顔をする。

それは大事にしてはいる。もう、坂道でいきなり荷車に乗せられて黒柴に突き落とされたのと同じだが。もう、同じ船に乗ってしまったのなら諦めるしかない。

飼い主として、しっかり世話をしていく覚悟は決めた。

けれど、改めて、そんなストレートなことを言われると、なにか納得できない自分がおり、表情が引きつる気がした。

 

が、扉間の性格を知っている周りからすると、その引きつり笑みさえも照れたように見えてしまう。

そんな中、柱間は嬉しそうににこっと笑う。可愛い義妹について饒舌に話し始める。

 

「そうだ!扉間はそれはイドラ殿を大事にしていてな!もう、すごいんぞ。」

 

とっさに隣にいた兄の顔に裏拳をぶち込まなかった自分を扉間は褒めたかった。

 

「兄者、いいからさっさと行け!溜まっている仕事があるだろう!?」

「持ち帰りで、お前の所に行ってもいいか?」

「そう言って広間に構ってサボるだろうが!」

 

ここでイドラが嫌がっているとでも言えばいいのだが、あの人間大好きな駄犬は他人の訪問をうれしがる。

広間のことも、見てみてと尻尾をぶん回しているのだ。

もう少し、危機感を持って欲しいと思うのは我が儘だろうか?

 

「扉間の腕がこれだから、お前にしわ寄せが行ってるのか。」

「そうぞ。姉者ばかり広間に構ってずるいぞ。」

「その情熱はお前の子が生まれて、そっちに注ぎなさい。」

「というか、うちのクズハに構ってくれるのは良いけど、あんまりお菓子上げないでよ。」

 

皆に非難されて柱間はしょもりとしながら頷いた。そんなとき、志村が口を開く。

 

「そう言えば、扉間殿の腕は何があったので?」

 

それに部屋の中がしんと静まりかえる。

 

(き、きいた・・・・)

 

その場にいた全員が、志村の方を見た。

 

(((きいたあああああああああああ!!)))

 

それぞれで周りにアイコンタクトを送りまくった。

 

おい、聞いたぞ、あの人。

触れて良い部分だったのか?

いやいや、志村が聞いたんだから。

猿飛殿も、おい、聞きやがったよって顔をしてるぞ。

 

そんなざわつきの中、猿飛は隣の志村を見た。それは、どこか神経質そうな顔立ちの男だ。どこか醒めた顔で淡々と目の前のそれらを見ていた。

 

(おい、どうするんだよ?)

(素直に言うのは?)

(ダメに決まっているだろう!?しきたり自体に関して、破ったことが知れれば、男だけでは無く、女達からの非難が来る!)

 

それで扉間だけに来るのならいいが、それがイドラや千手広間にまで及ぶのは避けたい。あの、すぐに人を信用するイドラは悪意との相性があまりよくない。

 

適当な理由をつけるにも、あまり意味深なことを言って誤解を爆誕させるのは避けたかった。すでに連鎖爆発で焼け野原になっているが、そこは気にしても仕方が無いだろう。

そこですっとアカリが前に出る。マダラや柱間、そうして、扉間もイズナもそちらに視線を向ける。

アカリは大きく頷いた。

 

任せておけ。

 

そう言外に言っていることを察したが、マダラたちはまあ、アカリならばそこまで変な事にはならないだろうと任せた。

扉間だけは、なにやら嫌な予感がして引き留めようとした。

けれど、すでに全てが遅かった。

 

「扉間がイドラに変態行為をしていたので私が折った。」

 

皆、それに度肝を抜かれた。

 

え、まじですか?

 

頭領達がそれぞれマダラたちを見た。

マダラたちも驚きのあまり、アカリを凝視していた。それが、普段はないだろう、その動揺の在り方がひどくアカリの言葉に真実味を持たせていた。

けれど、柱間やマダラに、イズナ、そうして扉間でさえも度肝を抜かれていた。

 

え、それ言っちゃうの?

 

正直、あの夜のイドラの発言自体に関してマダラもイズナもしっかり聞いていた。

イズナは無言でクナイを取り出そうとしていたが、扉間も必死にイドラを慰めていることと、その後のために思わず流してしまった。

それに加えて、扉間の腕は綺麗に折れているのではなく、イドラが思いっきり握り込んだために粉々になっていた。

回復の早い千手であれど、まだ完治していないのは症状が複雑であるためだ。

マダラとイズナとしても、一応は穢れだとかそんな理由であれど、男が入るべきではない出産という場にイドラのためにと本人がリアリストということを抜いても入ったのだ。

そうして、見事に折られて腫れた腕と、片手で小さな赤ん坊を抱いている男の様子にさすがにとがめる気にはなれなかった。

けれど、改めて、マダラとイズナは扉間を見る。

 

こいつ、イドラのこと噛んでるんだ・・・・・

 

そのしょっぱい顔に、頭領達の間に動揺が走る。

おい、まじか。

あのイドラの叫び、痛みで錯乱してへんなことを言ったとかじゃなくて、マジモンの話なのか?

 

「ま、待て待て、待て!!」

 

扉間は自由になる片方でアカリの肩を掴んだ。

 

「待て、姉者!」

「いや、ここは私も責任を取らねば。」

 

なんのよ、何の責任だ。柱間とマダラ、イズナはどうするんだと互いに視線を走らせた。

けれど、アカリはやたらと覚悟を決めた目で扉間の手を肩から下ろした。

 

(いいか、扉間、物事を隠すにはそれを越える衝撃を与えるべきだ。)

(それがどうした!?)

(お前の腕を折るような猛者と出くわしたのならある程度情報が無いと可笑しい。さりとて、お前ほどの男がうっかりで骨を折るわけがない。その中でお前の骨を折っても違和感のない理由は何か。)

 

アカリは物憂げに扉間を見た。

 

(・・・私としてはお前のそこら辺についてとがめたいが、さすがに腕まで折ったお前をとがめようと思わん。ただ、イドラのためだ。)

 

お前の尊厳の一つは、犠牲に出来るだろう?

 

アカリは任せろと言うように軽く拳を握って親指を立てた。

 

「・・・嫁さんに噛み痕を。」

「噂通りの好きもの・・・・」

 

ぼそりと聞こえた、頭領達の誰かが発したそれに扉間は思わず叫んだ。

 

「か、噛んどらん!!」

「嘘吐け!」

「違う!あれは、イドラが錯乱しとっただけだ!」

「言い訳するな!あの後、イドラに聞いたら動揺しながら全力で視線をそらしてたわ!」

 

アカリはあくまでイドラと赤ん坊の火の粉を避けるために全力で扉間に汚名を着せようとしていた。もう、そこら辺でこれ以上落ちることはないだろうと考えたためだ。

そうして、噛んだ発言に関しては出産の日に大騒ぎしすぎてもう、公然の秘密でしかない。

けれど、扉間としては冗談ではない。

何が悲しくてこれ以上汚名を着なくてはいけないのか。

この頃は、うちは以外の氏族からも縁談が上手く行って欲しいからだとか、嫁さんと仲直りしたいのでとか、言われて握手を求められているのに。

 

自分は何だ、恋愛成就の神なのか?

 

なんてことを言った日には、俺とおそろいだの!なんて兄が嬉々として言ってきそうで口にはしていないが。

いいや、扉間だってわかっている。

まじで、この頃周りにスケベな奴ですねって扱いをされている。

なんか、閨についての相談だとか、なんか媚薬だとか変な方向の話を振られたり、相談があったりするのだ。

強いて言うのなら、愛妻家ですからねと断るのが面倒な場に誘われなくなったのはいいが。

それはそれとして扉間は、正直諦めきれなかった。

扉間を本当にスケベだと信じているのは、千手やうちはといった人間だ。未だに里に加わって間もない氏族の中には扉間スケベ説を信じていないものもいる。

もう、一生そうであって欲しい。

 

イドラと所詮は政略結婚で、扉間のスケベについては同盟についての宣伝だろうという話だ。

もう、扉間は一生そうやって疑っていて欲しいと思う。

隙の無い男よ、みたいな感じで思っていて欲しい。

スケベのために忍術研究をしているなんて汚名、草葉の陰で父親である仏間が泣いているきがしたが、父親にはそれ相応に恨みもあるので泣かせといていいかとも思う。

けれど、それはそれとして、扉間はスケベであるという汚名から逃れることを諦めきれなかった。

 

「お前、骨を折ったことで流してやろうと思ったが。その態度で行くのか?」

「誤解だと言っているだろうが。」

 

扉間の声が若干上ずる。だって、今回に関しては誤解じゃ無くて本当なのである。

自分を全力で振り回す駄犬にようやく有利に立てることが楽しくて調子に乗った部分がある。けれど、それ以外は本当に誤解なのだ。

というか、この結婚自体、本気で覚えが無いことから始まったわけで。

ならば、今回こそ全力で誤魔化してやる!

というか、閨の情報が本格的に広まるのが嫌なのもある。

が、アカリの発言で扉間は黙り込む。

 

「こちとら、出産の後、イドラを介抱したときにがっつりその痕見てるんだよ。」

 

その時の扉間の様子を見た人間は、撃沈というのはああいった様を言うのだろうと思っただろう。

 

「アカリ姫、まあ、そこら辺で押さえたらどうだ?」

 

そう言って横やりを入れたのは猿飛だった。それは扉間に恩を着せたいというのもあったが、何よりもそこら辺を姉に詰められる扉間に同情した。

そうして、一種の敬意を覚えた。

 

すげえな、こいつ、そんなことしてんの?

そんな、男としての敬意。

 

(すました顔して、やるな!)

 

そうして、次に志村が扉間の肩を叩いた。

 

「・・・扉間殿、それはそうとしてなのですが。」

奥方にそういったことをしていると、いつか嫌われますよ。

 

その言葉に、その場にいた、今まで扉間のスケベ話自体が何かの工作ではないかと疑っていた人間たちに確信をもたらした。

 

あ、この人、本当にただのスケベで、嫁さんのことが大好きなだけの人なんだ。

 

その後、うちはや千手の人間以外からの恋愛相談が扉間に持ち込まれるようになるのはまた別の話である。

 

 

 

「・・・のんきに寝とるな。」

 

扉間は疲労感に苛まれながら、自宅に帰ってきた。

普段ならば出迎える妻の姿が見えず、手伝いに来ていた千手の女衆に聞けば、息子と昼寝の真っ最中であるらしい。

遊びに来ると言っていた柱間は一旦自宅の方によるらしい。そのまま家に帰れと思う。新婚の部類に入るのだから、そっちも子どもを早く作れと思う。

マダラやイズナも、一旦は自宅に寄るそうだ。姉もまた一頻り嵐を起こして、去って行った。

 

(千手の跡取りは兄者の子であらねばならんというのに。)

 

そんなことを考えながら、言われた部屋をのぞき込むと、そこにはぽかぽかとした陽光の中でうたた寝をする女と、赤ん坊、そうして幼児と言っていい男児がすやすやと寝息を立てている。

 

イドラは赤ん坊の寝かされた敷布の横に転がって眠っている。そうして、その幼子も赤ん坊を挟む形でイドラの向かいに横たわっている。

そよそよと、微かなそよ風が吹く部屋の中は確かに昼寝日和だ。

 

「・・・・なんだ、お前は起きているのか。」

 

よくよく見ると、広間だけが起きているようで目を開けている。そうして口をむぐむぐとさせている。

扉間は淡く笑い、息子の広間の頭の方へ回り込み、座った。座る瞬間、広間の周りにちらかったおもちゃを避ける。

 

「ああ、クズハが持ってきたんだな。」

 

小さな声で囁くように言って広間の頬を突いた。産まれて間もないために軽く腕や足を動かすだけだ。

まだ、寝返りも出来ない小さな体だ。

 

いや、赤ん坊にしてはでけえぞ。さすがは千手の子だ。

 

アカリの発言が脳裏をかすめるが、それを振り払い、次は赤ん坊の手を突いた。そうすると、おもちゃのような小さな、熱い手が己の指先を掴む。

 

「父の指とわかるか?」

 

ぎちりと、強い力が指先に伝われば扉間はわけもなく微笑んでいた。

そこでその横で眠る女に視線が行った。

広間を産んだ後、まだ体力が戻っていないそれはよく眠る。扉間は広間に掴まれた指とは反対の手で、女の頬を突いた。

 

イドラは口をむぐむぐとさせてそのまま眠り続ける。

相変わらずの駄犬振りである。けれど、赤ん坊に赤の他人が近づくと、自然と目が覚めるのだから母親は出来ているようだ。

そこで扉間はふと、その少年の方を見た。

 

イズナの息子であるうちはクズハとはあまり仲が良くない。今まで恐れていた千手の、おまけに棟梁の弟で有り、扉間自身そこまで子ども受けしない容姿だ。

はちゃめちゃにびびられている。

けれど、それはそれとして己のいとこに当たる広間のことは可愛いらしく、毎日とまではいかなくともやってきては自分の遊んでいたおもちゃを持ってくるらしい。

 

不思議な光景だと、扉間は思う。

千手の子を、うちはの人間は守るように横たわっているその様に。

 

(いいや、違うな。)

 

それは、千手の子であり、そうして、うちはの子どもでもあるのだ。

扉間は己の指先を掴んだ赤ん坊に淡く笑った。

 

「・・・できるだけ、ゆっくり大きくなるのだぞ。」

 

そんなことを、今日も広まっている誤解(真実)から目をそらしながら扉間はそんなことを言った。

 

 




はざまああああああああああ!!
・・・・おや、父上が怒っておられて。狭間がまた何かしたのか。
なあ、かくまって!!
匿うと言っても、また、何かお前がしたのだろう?
違う、今回は本気の誤解なんだよ!
ふむ、話だけは聞きますが。
いや、あのさ、実は扉のじいさまが俺の本棚から本を持っていって。
本を?
そう、時々エンタメ系の軽いのが読みたいって。それはいいんだよ。許可してたし。でもさ、しくったのが、借りてかれる少し前に俺、急な任務が入って慌ててたんだよ。それで、その時、本棚の本落として、適当にカバーつけちゃったんだよ。
それで何か変な内容のものだったので?
・・・・いや、恋愛ものを数冊借りてったったみたいでさ。同じ作者の。
それで、何をそんなに怒って。本の間に互乗起爆札でも入ってたんですか?
それしてたら、この家自体とっくに吹っ飛んでるけど。いや、その、持っていた数冊殆ど純愛ものでさ。それのヒロインが、まあ、健気なわんこ系で。
おや、父上の好きそうなのじゃないですか。
ああ、作者が同じでさあ。まあ、それで、純愛系が混じってたのはいいんだけど。その、一冊、寝取られが紛れてまして・・・・その、わんこ系のちょっと間抜けで健気な女の子が弱みを握られて、そのままって話で。
・・・・狭間、人の趣味をとやかく言いたくは無いですが。
違う!あの本は自来也の爺様が新地開拓したいって買っといて、やっぱし好みじゃないって押しつけられたんだよ!
だからといって、そんな悍ましものを持っておくなんて。
まあ、うちの身内からは忌み嫌われてる系統だけどさ。
安心しなさい、うちはでは浮気は死を覚悟するもの。寝取られようと、寝取った相手を殺して、寝取られた方は再教育すればいいので。
一周回って清々しいぃ。
ですが、父上がそれで怒るなんて珍しい。マダラ様ならキレて里を追いかけ回しても可笑しくないですが。
いや、本題はここからで。どうも、話自体は創作だからって割り切った上で流してくれたみたいなんだけど。その、それを読んでたことを、イドラの婆様に知られちゃったみたいで・・・
おおっと、雲行きが変わってきましたね。
んで、あれだよ。その、爺様の新しい性癖だと思ったみたいで、婆様が、爺様に、覚悟を決めた顔で頑張った方がいいかって聞いたらしくって。
どおりでこの数日、二人の距離感がおかしいと。いえ、もしかしたら、こんなに大きな息子がいるのに年の離れまくった妹か弟が生まれやしないかとヒヤヒヤしておりましたが。
さすがにぶっ飛びすぎでは?いや、爺様ならいけるのか?でも、多分、爺様のあの怒り自体は八つ当たりなんだよ!
どうして?
あのね、こちとら千手扉間の三代だけど、中身は似ていないなんて言われるけど、結局根っこの部分は同じですやん。だから、わかる、扉間の爺様は顔を真っ赤にしてが、がんばりますからって恥ずかしそうに自分の性癖に沿ってくれようとした婆様に興奮した自分を後ろめたくて怒ってるんだよ。あの人、むっつりだから。
ほう、誰がだ?
え、ま、爺様!?あだだだだだだだだだだだだだだだ!!!
おや、父上。
狭間よ、余計なことを言っているが、どうだ、久しぶりに稽古でもつけてやろうじゃ無いか。
え、ま、ぎゃああああああああああああああ!!??
さて、二人ともいなくなりましたが。ふむ、寝取られですか。新規の開拓もいいかもしれませんね。


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赤ん坊って可愛い、それはそれとして寂しい

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


この話のキャラと原作に飛ばす話を考えてるけど、だいぶ脱線してしまう。
原作のダンゾウに、広間とか狭間とか、ひ孫の方のオビトと原作のカカシをぶつけたい。


赤ちゃんって可愛い。

それはまさしく、この世の当たり前だろう。暖かくて、柔らかくて、丸っこいのだから産まれたばかりのしわくちゃな赤ん坊さえも可愛いものだ。

それについてうちはイドラこと千手イドラだって否定しない。否定はしないのだけれど。

 

(・・・・私のなのに。)

 

 

 

千手とうちはの合いの子である千手広間が産まれてから数ヶ月が経った。それぐらい経てばある程度、自意識とまでは行かないが何かしらの反応をするようになる。

そんな広間であるが、赤ん坊であるのにすでに完全に見た目は父親である千手扉間の生き写しだ。

扉間が赤ん坊の頃はこうだったんだろうなあと思えるような見た目だ。兄である千手柱間は、赤ん坊の扉間ぞ!とそれは嬉しそうに広間に構っている。

正直、未来からやってきた息子や娘一行の存在を知っていた千手兄弟とうちは兄弟を除けば、皆、イドラに似ている子を望んでいた。

そのため、そうかあ、扉間様似かあとちょっと残念そうにしていた。

軽く無礼では無いか?と扉間が思う程度に、千手の人間はがっかりした。が、広間は見た目は扉間似であれど、中身はきちんと母親似だった。

 

広間はめちゃくちゃに愛想が良かった。

誰に抱っこされても泣くことは無く、どんな人間にもぱたぱたと手を伸ばしてご機嫌で懐くのだ。

いないいないばあなんてして見ればもうにっこにこで喜ぶのだから誰も彼もが広間に構いたがった。広間は両家で爆発的に人気だった。

 

アイドルってあんな感じかなあ、などとイドラが呟く程度に人気だった。

 

「・・・・さすがはイドラの子、扉間とは大違い。」

「扉間様が赤ん坊の頃ってどんな感じですか?」

「そうだな、なんというか、赤ん坊の頃からあれは扉間として完成してたからな。」

「か、完成・・・」

「ああ、赤ん坊の頃から、あれだ。」

 

その言葉にイドラの脳内には泰然自若にどっしりと構える赤ん坊の姿が浮んだ。たしかに、そんな赤ん坊は嫌かもしれない。

 

 

 

「本当に扉間殿に似ておられますね。」

「ああ、見た目は本当に扉間似だ。」

「可愛いですよ!」

 

その日、イドラは義理の姉であるうずまきミトこと千手ミトに会いに行っていた。

ミトの腕の中にはすやすやと眠る広間がいる。

基本的にぐーすかと眠るか、それとも周りに愛想を振りまくことしかできない広間は抱っこされようと、畳の上に寝かされようと基本的に変わらない。

泣くことだっておしめが濡れたときだとか、そんな時だけなのだから非常にご機嫌だ。

 

赤ん坊の時のイドラそっくりだとマダラが太鼓判を押している。

 

ミトは正座をしながらにこにこと赤ん坊をのぞき込んでいる。イドラはその膝の上に両手を乗せてにこにこと笑いながらミトに話しかけている。

それをアカリは湯飲みの中身を啜りながら、ぼんやりと、全力で人に懐いている犬と飼い主の姿がダブって見えた。

 

 

「にしても、本当に泣かれませんね。」

「ですねえ、赤ちゃんってもう少し泣くんだが。」

「私もイズナも夜泣きが酷かったので覚悟してたんですけど、昼も夜もずっとご機嫌です。」

 

ミトは抱っこしていた広間をイドラに渡した。広間は母親の腕の中に帰ってきたことが分かったのか、おもちゃのような手をイドラに伸ばしている。

 

「ちなみに、柱間は人見知りはしなかったが、夜泣きはすごかったぞ。本当に、赤ん坊のくせにどこにそんな体力があると思われるぐらいに。」

 

アカリの覚悟を促すような言葉にミトはこれから産まれる子どもに少しだけ覚悟を決める。

 

「そう言えば、うちの夫君が赤ん坊の頃はどんな感じだった?」

「兄様は、夜泣きとかはあんまりしなかったそうですけど、人見知りがすごくて、父様とか、母様以外の人に抱っこされると泣きわめいてました。」

「繊細だ。」

 

ミトは目の前で話し込む二人を見た。

ミトにとって、義理の姉になるアカリについては昔から付き合いがあった。

元々、祖母がうずまき一族の出であった彼女は時折うずまきの里を訪れて、封印術などについて学んでいた。

うずまきにて高い地位の家系にあるミトとも顔をよく会わせていた。

そんなアカリの印象は、淡泊な人、である。別段、ミトに対して辛辣だとかはない。女衆とは仲良くしており、当時、千手の宗家にアカリしか女がいないために、彼の一族の女主人はまさしく彼女だった。

そうして、千手柱間との縁談が持ち上がり、決まったとき、アカリは当たり前のように自分の元に顔を出した。

そうして、千手での決まり事や彼女がこれからするだろう雑務について引き継ぎのようなものが行われた。

アカリはやはり普段と変わらず、淡々と事を進めた。ミトはそれを意外に思った。

なんといっても、彼女と柱間との間には婚姻話もあったし、それを抜いてもアカリの彼の人への入れ込みは有名だ。

簡潔な祝いの言葉を発してはくれたが、何か、思うところは無いかとミトはどきどきしていた。

周りの人間、それこそ父や母からこの縁談は必ず成功させるように言い含められていた。

柱間の名声はそれこそ、忍の間に行き渡っている。彼との縁談で、うずまき一族が優位な立場に着くことが出来る。

その縁談で、千手の裏方を仕切っているアカリの機嫌を損ねたくは無かった。

といっても、アカリは変わらず淡々としており、ミトに幾つかの頼み事、それが一番に印象的であったけれど、ひどく醒めた人だという印象だった。

 

(・・・・マダラ様と結婚されて、こう、だいぶ印象は変わりましたが。)

 

ミトはマダラと結婚してからのアカリの変貌振りにちょっと遠い目をした。いや、こう、扉間の婚約者であったときに比べて圧倒的に生き生きとはしているのだけれど。

それでも、以前の出来るお姉さんみたいな幻想が崩れたことに関してはしょっぱく感じる。

 

「ミト様?」

 

その声にミトは意識を戻す。そこには赤ん坊を抱っこしたイドラが心配そうに自分を見ていた。

広間は千手の赤ん坊らしく平均よりも大分大きな赤ん坊だった。それを小柄なイドラが抱っこしているせいか、少女が弟だとかの世話をしているように見える。

 

「どうかされましたか?」

 

イドラというそれをミトは最初は警戒していた。婚約者である柱間は、うちはの頭領について執心しているようで少しだけ話題を聞いていたが。

うちはといえば、千手と相対する一族で、血継限界持ちの秘密主義な一族だ。

姫として戦場に出たことのないミトは伝聞でしか知らないが、高慢で、非情であるのだと聞いていた。

そんな一族と、扉間が密通して恋愛をしていたなんて話を聞いて、ミトは、てっきり同盟への宣伝のために付け加えられた話なのだと思っていた。

 

ああ、義理の姉妹になるといううちはの娘とはやっていけるのだろうか?

ミトは千手の兄弟の妻として行うだろう腹の探り合いを思い、結婚についてまったく挨拶にも来なかった扉間をしばきに帰ると千手に戻ったアカリに探りを入れた。

 

うちはの姫君には会えましたか?

 

軽く手紙でそう問えば、ある程度の情報は貰えるだろうと考えていた。

返信には、ひたすらに、扉間への愚痴が書かれていた。それに、ミトはおそらく絞られただろう扉間に密かに合掌した。

そうして、肝心のイドラについてだが。

 

何というか、めちゃくちゃ可愛かった。

 

ざっくりとした情報がそれだけ添えられていた。

ミトは混乱した。

 

可愛い?

何だその思春期の少年の感想みたいな情報は。

 

柱間にも探りを入れたが、柱間も同じようにめちゃくちゃ可愛い妹が出来て嬉しい、ミトも絶対に気に入るとのことだった。

ミトはそれに焦りを覚えた。

これから自分が掌握せねばならない一族を、すでにうちはに食い込まれてしまっている。

一番に関わりが難しそうな扉間もほだされているのだ。

ミトはこれから、千手で派閥を作らねばならないことに頭を抱え、そうして、イドラにあったわけだが。

 

「こんにちは、ミト様!!!!」

 

あら、元気なご挨拶。

そんな感想と共に引き合わされたそれは、自分に向けて尻尾をぶん回す黒いわんこである。

 

「お話聞いてました!柱間様の奥さんですよね!赤毛が綺麗ですね!うずまきの方ですね!あ、私は、うちはのイドラです!でも、今は千手のイドラなんです!扉間様の奥さんです!これからよろしくお願いしますね!」

 

丁度、千手の女衆の顔合わせに向かっていたとき、廊下でアカリと、そうして話題のイドラにあったわけだが。

そのイドラは心底嬉しそうにアカリに纏わり付いてくる。もう、アカリの周りをうろうろとうろついている。

 

ミトの中で、高慢でつんとすました姫の姿ががらがらと崩れ落ちた。その後も、千手の女衆の元に行けば、それはもうちやほやされた。

おまんじゅうを渡されて、にこにこしながら食べかすつけてる様なんて、緊張感の欠片もない。

完全に、孫を愛でるおばあちゃんの会だった、

 

(でも・・・・)

 

目の前で自分に尻尾を全力で振るイドラを見る。

 

(可愛い!)

 

見目も良いのもあるが、好意を隠さずに全力で微笑まれれば誰だって心をぱかりと開けてしまうだろう。

ミトはイドラに微笑みかけた。

 

「いいえ、何でもありませんよ。それで、イドラ様、おいしいおまんじゅうがあるのですが・・・」

「おまんじゅう?」

「まてい!」

 

ミトがそう言ったとき、手をがしりと掴まれる。

 

「・・・ミト、お前、すでに扉間に怒られているだろうが。あまり、イドラに菓子を与えるなと。」

「そ、それは・・・・」

 

ミトの脳内には、やたらとイドラに菓子を与えて関心を買おうとしたときに、雷を落とした義弟の顔が浮んだ。

ああ、だって、イドラは愛想がいい。それはイコールで誰に対しても平等と言うことだ。

正直、ミトはその改めて出来た可愛い妹分にお姉ちゃんとして慕われたいと願望があった。そうして、全力で懐かれたいと思ってしまっていた。

だって、可愛いのだ。千手の女衆がちやほやするのもわかるほどに。

 

飯が入らなくなるだろうが!

 

今は母乳のことも有り、イドラも食事には気をつけねばならない。それはそうだとミトも理解する。ミトは断りを入れようと、イドラの方を見た。

そこにはしょんぼりとした黒柴が1匹。

 

「イドラ様、おやつにしましょう!」

「だから、餌付けをするな!」

 

アカリのそれにミトは「はい」と肩を下げた。

 

 

 

イドラは広間が可愛がられて嬉しく思っていた。

嫌われるよりも、好かれる方が何倍も良いだろう。

何よりも、広間をきっかけに、柱間の妻であるミトと会えたことが嬉しい。

 

(ミト様と仲良くしておけば、私に何かあっても千手で女衆にないがしろにされないはず。)

 

なんて打算的なこともあったが、それはそれとしてミトはイドラに優しくしてくれる。

 

「扉間様とけんかしたら、家に来てくださいね。柱間様のことを説得して、お二人とも養いますから。」

 

よくわからないが、ミトは自分に対してよくしてくれる。

下手をすると、全力で彼女と柱間の家で養おうとしてくる勢いだ。

 

「みんな、広間の事が好きだから優しくしてくれますね!」

 

俗に言う、抱っこひもを使って広間を己の体にくくりつけてイドラは赤ん坊に言った。その様は、まるで幼い子どもが子守をするかのように稚い。

イドラは嬉しく思った。

どこに行っても、皆、広間にちやほやしてくれる。

千手もうちはも、広間にメロメロだ。それをイドラは嬉しく思う。

嬉しく、思うのだ。自分への関心が薄れてきた感もあるが、それ以上に、嬉しいのだが。

 

 

イドラは廊下を歩く、風呂に入って、もう、後は寝るだけで。その日は扉間が帰ってきていて、広間を見てくれていた。

イドラはるんるんで広間と扉間のいる部屋に行った。

 

「上がりました!」

 

そう言って、部屋をのぞき込むと、そこには広間と、そうしてそれを膝に置くように抱っこしている扉間の姿。

それにイドラはしょんもりする。

 

「どうかしたのか?」

「・・・なんでもないですよー。」

 

そのまま少しの間、その日の出来事、広間の様子などを扉間に報告する。それに扉間は穏やかに微笑んで、広間をのぞき込む。

 

「そうか、今日も皆に愛想を振りまいたのか。」

 

それに広間はすでに夢の中だ。そんな話をしながら、イドラはそわそわと扉間を見る。が、話を終えると、さっさと寝てしまう。イドラは広間に何があったときに動けるように赤ん坊に寄り添って寝る。

そのまま寝入るのだが、イドラはその日もしょんもりした。

 

 

「広間、いいですか。」

 

その日は用も無く、一日家にいた。母乳を与えるために幾度も起きるが、元より忍をしているイドラは短時間で起きては眠るという不規則さについては平気だった。

野営などについてはそういったこともよくある。

そのため、体調面では問題はない。そのため、できるだけ家事は自分でしているのだが。

イドラは広間に乳を与えつつ、不満そうに言い聞かせた。

 

「扉間様はあなたの父上です。ですが、私の夫ですので少しは返してくださいよ?」

 

ぷんすかと言いながら、イドラ自身でこれはこれでどうなのだろうと悩む。

広間が産まれてから、皆が広間に関心を向ける。それをイドラは嬉しく思う。木の葉隠れの里が無ければ、本来ならば忌まれていたはずの子が、こんなにも祝福されている。

自分の産んだ子だ。

何よりも、愛おしい。可愛い、愛しい男の子だ。

けれど、イドラには不満があった。

扉間はきちんと自宅に帰ってくると、広間を抱っこして、その日にあったことをイドラから聞くことを習慣にしていた。

けれど、いつも、イドラは思っていた。

 

(扉間様のお膝の上は、私のなのに!)

 

きゃんと、犬が吠えていた。

 

 

イドラは扉間の膝の上に座って、その日にあったことを話すのが日課だった。その時間がイドラは何よりも好きだ。

なんといっても、皆に引っ張りだこの夫を独り占めできる時間だったのだ。

全力で甘えても赦されたし、懐きまくってひっついていい時間だった。が、その膝の上の特権は見事に息子にかっさらわれたわけで。

 

母としての自分も、妻としての自分も、うちはとしての自分も、姉としての自分も、扉間様が広間を可愛がってくれて嬉しいなあ、可愛いものなあ、大好き、と思考しているのだけれど。

その中で、駄犬の部分が私の特権なのにと吠えている。

 

(・・・・子どもが産まれると、夫と関係が薄れるかもって本当だったんだ。)

 

それはあくまで、子育てに忙しい妻から夫の関心が離れて浮気に走る場合の話なのだが、イドラにはとって息子に嫉妬している自分の現状が心底情けない。

それで広間に何かしようだとかはないのだけれど、何か、その場に蹲って全力でジタバタしたくなるときがある。

そんなことしるはずもない広間は、変わらずじたばたと手足を動かしている。

それにイドラは可愛いなあとにっこり笑った。

 

新雪のようなふわふわとした髪に、赤い瞳はなんだか雪兎みたいで可愛い。

その感想を聞いたイドラの兄やアカリなどは、赤ん坊に似ているだろう扉間のことを思い出した。

 

(雪兎。)

(配色は同じなのにな。)

(どっちかっていうと、白い狐のような・・・)

(兎、ではないな・・・)

 

などと思われているが、そんなことを知らないイドラは新ためて決意をした。

 

(がんばって、扉間様の関心を取り戻そう!そうだ、アカリ様に一度相談してみよう!)

 

イドラはそんなことを腹に決めて、広間のことをあやし始めた。

 





おーい、ナルト。
あれ、オビトの兄ちゃん。どったの?
なんだ、オビトか。
サスケ、お前、もう少し呼び方なんとかならねえのか?
なんでだよ?
クソ生意気だな。いや、俺はもう諦めてるけど、マヒルの奴に怒られるのはお前だぞ?
・・・・マヒルさんには言わないでくれ。
いや、言いつけはしねえけどさ。
なんだよ、サスケ。お前、マヒルの兄ちゃんもこええのか?
うるせえ!お前だって、マヒルさんに怒られてみろよ!
まあ、マヒルの奴、一番ジジイに似て礼儀作法にも厳しいしな、いや、あれはアカリの婆様に似たのか。
そういや、オビト、俺に何のよう?
ああ、そうだ、お前のこと、ヤオの奴が探してたぞ。
え・・・・あ、やべえええええええ!部屋の掃除するように言われてたんだ!サスケ、修行はまた今度だってばよ!
お、おい!?何だよ、あいつだってヤオの奴のこと怖がってんじゃないか。
・・・・まあ、クシナの姉ちゃんにそっくりだからな。双子なのに、ナルトと違ってしっかりしてるし。
修行、どうしようかな。
うん?じゃあ、俺とするか?
しょうがねえな、我慢してやる。
お前、イタチに向ける優しさの半分を俺に見せろよ・・・・


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後悔って後から悔いると書くが、それはそれとして取り返しは大抵つかない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


 

「夫の関心を取り返す方法ってありますか?」

 

そんなことを唐突に口にしたうちはイドラこと千手イドラに、千手アカリことうちはアカリは困った顔をした。

どんな返答をすれば良いのか、女にはわからなかった。

 

 

 

その日、アカリはいつも通り縫い物をしていた。

せっせと、夫であるうちはマダラを拝み倒して許可を得た、新作の衣装である。渋い、紺の着物は夫によく似合うだろうとウキウキしていた。

そんなとき、ひょっこりと訪ねてきたのは義妹であるイドラだった。

庭先から顔を出したそれはなにやらしょもくれて自分を見ていた。

 

「イドラ、どうしたんだ?広間は?」

「広間は千手の女衆に預けてきました。あの、少し、ご相談があるんですが?」

「ああ、そうか。なら、上がりなさい。茶でも出そう。」

 

アカリはそのしょもくれた女を気遣いながら、素早くイドラの悩みそうなことを頭の中で並べる。

 

(千手の人間、いや、男衆の方は柱間と扉間が締め付けている。女の方も、ミトを抱き込んだ時点で、表立って争うほどの奴もいない。なら・・・)

 

アカリは無表情のままに怒りをたぎらせる。

 

あの愚弟か?

 

(いやいや・・・・)

 

アカリはお盆を持って軽く首を振った。

散々にやらかし尽くした後だ。これ以上、なにかがあることはないはずだ。

なんだかんだで、理性の固まりの、理想主義の弟ではあるが、相当妻のことは溺愛している様子だ。

 

(・・・うちはの女を引っかけたあげく、子まで作ったと聞いたときはどうなるかと思ったが。思った以上に良い子だ。)

 

アカリはそっと、常に持っていた短刀を撫でた。

責は取らねばならないと思っていた。それは、例えば、扉間の強硬な策による無理矢理な関係からのものであるのならばなおさらに。

 

あの子達を、お願いします。

 

冷ややかな、静かな目をした白雪の髪をした女を思い出す。お願いとは、何をすれば良いのかとそう思って、それでも、必死に自分よりも立場も力も格上になる男達の尻をひっぱたきながら来たのだ。

忍であるというのなら、血に濡れた手であっても、最後の一線を越えないで欲しいと。

 

(いや、扉間はそこら辺の部分軽く飛び越えてるか。)

 

それでも、和平のためにだとか、一族のためにだとか、そんな理由でイドラに手を出したのならば、きっとアカリは扉間を赦さなかっただろう。

千手であろうと、すぐに懐いてしまう愛らしい女の顔を思い出す。

それが誰かに消費されるように使い潰されたとしたら、アカリは、赦せないと思っただろうから。

 

(何より、あの仕事大好き、兄上大好きの奴に気が抜ける存在があったほうがいいだろう。)

 

ある意味で趣味と仕事が混同している弟分はそうやって振り回されている具合が丁度良い。なにせ、正しいかどうかの理由を幾度も積み上げて結論を出すそれは、一度は出した答えを梃子でも曲げないのだ。

ならば、感情論でそれでいいのかとがなり立てる存在は必要だ。

事実は変わらないとして、正しさなんてもの、時勢で簡単に覆るのだから。

 

「イドラ?」

「はーい・・・。」

 

そこにはしょもくれたイドラがぼんやりと座っていた。

 

「ほら、顔を上げて。どうしたんだ?」

「・・・はい、その、アカリ。」

 

顔を上げてぺたりと立てた耳が伏せるのを幻視する。そんななか、アカリは表では無表情でも心の中でにっこにこだった。

 

(あー、やはり顔がいい!)

 

もしも、アカリが笑みを浮かべられたのなら、もう、それは輝かんばかりに微笑んでいたことだろう。

 

(うちはに来て、何よりも嬉しいのは歩けば美形に当たることだ。一族総出で集まれば、もう、右を向いても左を向いても、系統の違う美形に会えてしまう。いや、政略結婚万歳!)

 

養父の千手仏間が知れば血の涙を流して情けないと言い捨てるようなことを考えていた。が、安心して欲しい。

それ以上にひどいことを、扉間もしているのだからとアカリは笑う。

現在、手を出していても、扉間のやらかしは誤解であるのだが、広まってしまったものは手遅れなのだ。

悲しいことではあるが。

 

(仏間殿は草葉の陰で泣いていればいい。死んだときは、千手とうちはの合いの子だと、嘲笑いながら変化の一つで顔を見せてやるさ。)

 

そんな悪魔のようなことを考えながらアカリはイドラを見た。それにイドラはしょんもりしながら口を開き、そうして、冒頭に繋がるのだ。

 

 

「・・・・また、扉間が何か?」

 

みしりと湯飲みを持つ手が震えるのを見て、イドラが首を振る。

 

「・・・・違います。何もしてくれません。」

 

イドラはすんとしながら口を開いた。

 

「前は、帰ってこられたらずっと構ってくれたのに、広間が出来てから全然可愛がってくださらないんです。寂しいです。夜も、前みたいにしてくれません。」

 

イドラはまたくーんとしながらしょんもりとする。

前なら何よりも先に頭を撫でてくれたし、膝にも乗せてくれたが、今では全部広間にそれが向かっている。もちろん、最初の子どもは可愛いだろうし、イドラもそれは理解している。けれど、それはそれとして寂しい。

前ならば同じ布団で扉間にくっついて爆睡できていたのに、広間の授乳の関係で同じ部屋でも別々の布団になっている。

仕方が無いのは無いのだが、それはそれとして寂しい。

けれど、それを表立って言うのはさすがに大人げない気もする。そのため、イドラはその日、アカリに相談にやってきたのだ。

 

アカリはそれに思わず額を手で押さえた。

 

(・・・・いや、確かに扉間の気持ちもわからなくはない。)

 

赤ん坊を産んですぐ、イドラには静養を取らせていた。産後が一番に経過の上で気になるのだと、赤ん坊にお乳をやるとか、本人が望む限りおしめだとかはさせたが、それ以外は扉間とアカリが世話をしていた。

互いに今は亡き末っ子のおむつを替えた仲だ。そんじょそこらの新人よりは上手く出来る。

 

(いや、大変であった赤ん坊に会いたい千手やうちはの人間をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。)

 

お前ら、産後すぐに赤ん坊に会いに来た姑とか舅とかに殺意抱いただろうが、後にしろ!

 

そう言って千手の人間を黙らせたのは記憶に新しい。

そんなこんなで扉間がイドラに閨で手を出さない気持ちはわかる。というか、すけべなお前がよくぞ我慢とちょっと涙ぐんでしまいそうだった。

 

「・・・やっぱり、あっちのほうが可愛いですよね。」

 

イドラの脳内には自分だって可愛くてたまらない広間の顔を思い出した。いや、本当に可愛いのは可愛いのだ。なんといっても扉間に似ているのだからその感情はひとしおだ。

けれど、それにアカリは思わず固まった。

 

(・・・・待て、あいつ、もしかして商売女のところに通って!?)

 

仕事ばっかでそんな暇があるとでも?

そんな声がするが、いや、影分身でなんとかなるだろ、腐っても千手の男だ。チャクラなら十分にある。

一瞬アカリの瞳から感情が抜け落ちたが、待て待てと理性が止める。

 

(いや、だが、あいつだって男だ。溜まるものは溜まるだろうからなあ。)

 

実際問題、姫君であったアカリは耳年増でしかないのだが、それはそれとして男の事情だってある程度察している。

そう言った欲だってあるだろう。柱間がそういった系統の店で問題を起こした折のことを一瞬思い出して首を振った。

 

(いや、ここでちゃんとイドラの体を気遣っているのだから責めることはない。でも、確かに、女からすれば嫌だろうが。)

 

アカリが扉間に怒るのは、変な性的嗜好をイドラにさも当たり前のように教え込んだりするからだ。

もちろん、事実無根が殆どなのだが、あまりにも状況証拠が多すぎる。千手扉間という存在が積み上げた業が帰ってきているのだろう。当人は何もしてないので事故でしかないのだが。

 

「・・・・そんなに?」

 

その時のアカリは、好奇心の末にそう聞いてしまった。

 

「そんなにです!前はあんなに色々したのに!」

 

イドラはぷんすこした。

前ならば散々人のほっぺたをもちもちしていたのに、この頃はずっと広間のほっぺたと指で撫でている。

 

(赤ちゃんのつるぷに肌には勝てませんよ!)

 

イドラは肌の手入れを頑張るかと悩んだ。それにアカリはそんなにも変わるのかと悩んだ。

何と言っても、子をなした後、自分も多分そうなるのだろうなあと予想をしていたせいだ。

 

所詮は政略結婚で、自分とマダラの間に愛はない。いいや、情だってない。

まあ、マダラというそれの繊細さを見るに責を取って浮気などはせずにできる限りのことはしてくれるだろうが。

それはそれとして、アカリは自分自身が結婚まで押し切った自覚はあった。

もう、それは全力で外堀を埋め立てた自負があった。

 

(だってなあ、好みだったんだ。顔が。)

 

一目見た瞬間、何かがガツンと来てしまったのだ。何か、見つめていると背後に花が咲いているのだ。

出来ればお近づきにと、そう思っていた。けれど、イドラと扉間の結婚について考えれば、千手からうちはに嫁を出したほうがと話が出たとき、しめたと思った。

柱間もマダラに執着しているのだ、ここで自分が嫁に行けば、彼の人と義兄弟になれるぞとアピールすれば弟分は嬉々としてそれを後押ししてくれた。

 

ラッキーだった。そんなこんなで自分自身で滑り込んだというか、押し切った結婚生活であるが幸せだ。うちはの人間に何を言われても、顔を眺めていればいつの間にか終るのだ。

 

(うちはは女性陣も本当に美人で。いえ、妙な色気がすごくて女の私も持ってかれそうで。)

 

別に愛されたいわけでは無い。マダラというそれに何かをしてやりたいとは願っても、何かをして欲しいわけでもない。

ただ、確かに今まであった関心が無くなりそうだと感じるのは確かに寂しいだろう。

まあ、マダラとの会話なんて半分が下の弟たちの昔話だとか柱間の愚痴だとか、もう半分は事務的な一族についての相談だとかだ。

それでも個人的な雑談がなくなればアカリだって悲しいと思うだろう。

 

数少ない、マダラの情報を確保できる場なのだ。義弟であるうちはイズナのほうがガードが堅いので情報を得るのは難しい。

 

(・・・子を数人なしたらそういった触れ合いもなくなるだろうが。いや、子どもを介して私への関心があればまだ救いか。)

 

冷たい人ではないだろうが、マダラという存在から関心を買えるほどアカリは自分が借りがある人間であるとは思っていない

良くも悪くも、子を育てる共同体として側にいれるだけ御の字だろう。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

アカリはイドラのそれに気を取り直す。ともかくだ、今はイドラの相談なのだが。

どうしたものかとアカリは悩む。

仕方が無いだとか、気にするなとかは言えない。おそらく、イドラの体調が万全になればあの弟分は嬉々として手を出すはずだ。

すけべだから。

けれど、時間が解決してくれるとは言えない。イドラだって、相当悩んでいるからこうやって相談してきたのだろうし。

けれど、悲しいかな、アカリだって夫婦間のそういったことを解決するほど経験豊富ではない。

これが子が出来て自分に構わない妻をないがしろにして女に走っているのならば、夫の方を締め上げれば済むのだが。

扉間のあの、アカリ自身もいいのかこれと思うような溺愛ぶりを見るにそれで解決とは行かないのだろう。

 

「ええっと、そうだな。」

「はい?」

 

アカリの中でぶわあああああといくつもの話題が出てくるが、すぐに女はそれを飲み込んだ。

 

「珍しい菓子があるんだ!少し、休憩しようか!?」

「お菓子!」

(ああああ、すまん。ミト、私も人のこと言えん。)

 

アカリは間を持たせるためにイドラに菓子を与える自分を嘆きながら、つい最近貰った菓子を取りに向かった。

 

(なんだったか。確かに、遠方の菓子で。酒の風味を効かせたものだとか。まあ、実際はそう感じる香草だそうだから、イドラにやっても大丈夫だろう。)

 

なんて考えた少し前の自分をアカリは殴りつけたくなった。

 

「扉間様のばあああああああああか!!」

 

目の前には顔を真っ赤にしてぐずぐずに泣いているイドラがいた。それに、アカリは思い出す。その菓子を貰った際の話を。

 

ええ、酒は入っておらず、そう感じる香草を入れております。ただ、本当に稀なんですが、酔っ払いのようになる者もいるそうで。

ええ、そんなもの、結婚相手が生き別れの兄弟だったぐらいの確率の方なので、気にされなくてもいいですから。

 

ああと、アカリは顔を真っ赤にしたそれに思う。

イドラよ、お前は泣き上戸であったのかと。

 



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嫌いの一言ほど、キツいものはない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


バタバタしており、以前からだいぶ空いてしまい、すみません。また、投稿再開です。短めです。


 

「・・・・わかった。」

 

その時、執務室には非常に苦い顔をした千手扉間の姿があった。

 

 

 

扉間の目の前にはしょぼくれた顔で仕事をしている千手柱間がいた。その前には疲れた顔をした扉間がいた。

それは丁度、扉間がトイレに立った折に抜け出そうとしているのを、隠れていた影分身によって捕獲をされた。

 

(・・・集中力が切れると逃げ出すのが本当に。)

 

その日は、いつもなら柱間の監視も請け負っているうちはマダラやうちはイズナはその日はいなかった。

彼らは任務の難易度に関して氏族からの聞き取りを行うためにいなかった。本来ならば、人好きの柱間がいくのが順当なのだが、それはそうとしてその男も仕事が立て込んでいることも有り、急遽マダラとイズナが抜擢されたのだ。

威圧感を感じる男ではあるが、生真面目なため、小さな氏族の声もきちんと聞くし、言われたそのままを伝えてくれる。この頃はうちはも懐に入れるとゲロ甘になるのだと察する者も多いため怖がられていない。

そのため、扉間はマダラと、記録役にイズナを送り出したのだ。

 

(あいつのやる気?あいつの性格からして、書類の類いは苦手だろう。それなら、報告関連についてはそのまま話をさせろ。土産話の類いなら素直に聞く。)

 

扉間は何か、自分以上に兄を理解しているらしいマダラのそれにため息を吐いた。

 

「・・・確認や認証に関してもう少し、誰がするかなど考えねばならんな。」

「そうしてくれ。里全てのことに目を通すとしてもさすがに物理的に無理ぞ。」

 

すでにやる気が失せているのか、青菜に塩としおしおとへたり込んでいる柱間を見た。それに扉間は苦渋の決断と、ため息を吐いた。

 

「・・・・今日の分の仕事を終らせれば、広間と遊べるように時間を取る。」

「本当か!?」

 

扉間のそれに現金なことに柱間は目を輝かせた。

そうして、それにうきうきとした状態で仕事を始めた。それに扉間は頭を抱えたくなった。

兄を動かす、わかりやすい餌が出来たのはいいのだが。

だが、これでいいのだろうか?

人なつっこい、正直、これで自分と瓜二つでなければ己の子か疑わしいほど広間は人なつっこい。

 

可愛いのだ。

めちゃくちゃわかる。見た目は自分に似ているのに、他人への愛想の振り方が神がかっている。

抱っこすればにこにこ笑い、微笑めば同じように微笑み、何をしてもいちいち反応をくれるのだ。

おまけに滅多に泣かないとくれば、子どもが嫌いで無ければいくらでも構いたくなるだろう。

 

(・・・これで己の子が産まれたときはどうする気だ。)

 

元々情に深いのだから可愛がっている弟と、そうして親友の妹の子が可愛くないはずが無い。何よりも、顔立ちが扉間に似ているけれど、広間が笑った瞬間は、イドラと、それと同時に弟であった千手瓦間にそっくりだった。

 

(・・・大人になったときは気づかなかったが。)

 

未来から来たという息子の笑みはイドラに似てふにゃふにゃとしていたが、赤子の全力の笑みは、幼い頃にいなくなった瓦間のくったくのないそれに似ていて。

 

胸の奥で、古傷が痛む気がした。

扉間は、それでも薄い笑みを浮かべた。何か、遠い昔に亡くしたものは変わりはしないけれど、それでも、巡ってきたものがあったのだと。

 

「広間もかわいいが。マダラと姉上の子も待ち遠しいのお。」

 

うきうきとした柱間のそれに扉間は頭を抱えた。

 

 

千手柱間はこの世の春を謳歌している。

自身の望んでいた里造りは順調で、親友のマダラも義兄にクラスチェンジして側にいてくれる。新しく弟と妹も増えた。

そうして、弟も嫁を貰い、甥っ子まで出来たのだ。

もう、柱間はうっきうきだった。浮かれていた。目の前の山のような仕事を別にすれば最高だった。

いや、柱間自身は自覚はないが、弟の尊厳を贄にくべているのだが。まあ、些細なことだろう。

 

(・・・・マダラが火影にならんかったのは、残念だが。)

 

柱間はそこでしゅんとした。

柱間は火影に関してはマダラを押した。その男ほど優しい男などいないのだと。

が、やはり、多数決にて柱間に決まった。

マダラ自身も、こんの忙しいときに火影業なんて出来るか、と怒られてしまっている。ちなみに、姉であるアカリにもがっつりと怒られてしまった。

二つの機関の実質的な長が出来るかと。

 

(・・・似合うと思ったんだがのお。)

 

よくわからないが、柱間はずっと、マダラこそが長という立場にふさわしいと思っていた。弱者を守るという信念、庇護者としての在り方、何か、柱間にとってマダラとは誰かを守ることに祈りを持つ男だと思っていた。

というか、何かわからないが、柱間はずっとマダラという存在の下に下ることにためらいが無かった。

それは、彼が持つ強者としても傲慢さのせいでもあるが、それと同時に、彼の奥底に眠る弟根性のたまものである。

いや、元より、里に必要ならそこら辺を気にする人間ではないのだが。

マダラという存在の下にある己というものが、驚くほどしっくりきた。というか、どちらかというと、挙動としてイドラ並みに慕うぐらいのことをしても違和感がない自分がいる。

それに彼の背後霊が、わかるぞと大きく頷いている。

というか、イドラという確変が起こった辺りで彼の背後霊はずっと泣きながらサイリウムを振っていたが、それを柱間が知ることはない。

 

(広間があれほど可愛いのだ。いや、大きくなった時も可愛かったが。)

 

それはそれとして、マダラの娘なんて絶対可愛いじゃ無いか。いいや、自分の姪っ子なのだからかわいさなんて天元突破である。

 

(・・・マダラと稽古でもつけてやりたいなあ。あと、菓子だとかも買ってやりたいのお。)

 

産まれてもないマダラの娘で有り、姪っ子についてうきうきしている兄を見て頭を抱えたくなった。

こう、色々と大丈夫なのだろうか?

さすがに姪や甥にかまけて実子を粗雑に扱うような男ではないが。というか、父親は自分なのに、何か色々とかっ攫われていきそうな危機感は何だろうか?

 

「兄者、ともかく仕事を・・・」

「も、申し訳ありません!」

 

突然、ノックと共に扉の向こうから慌ただしい声がした。それに扉間は入れと合図を送る。それに、慌てた様子で飛び込んできたのは、うちはヒカクであった。

 

「イドラ様が!」

 

それに扉間と柱間は目を見開き、そうして、殺気混じりに何だと叫んだ。

 

 

 

「・・・・すまん。」

 

そこには珍しく本当に落ち込んだ声音でそう言う千手アカリことうちはアカリがいた。

彼女の背後の部屋は、カオスの一言に尽きた。

 

「イドラ様、泣かないでください!」

「ほら、でっかい猫です!」

「こっちは、犬飼から借りてきた子犬ですよ!可愛いですよ!」

「菓子はどうですか!?」

「竹とんぼは!?非常に飛びます!」

 

部屋の中心には、鼻水やら涙やら、顔をぐしゃぐしゃにして泣くイドラが体育座りをしている。そうして、その周りにはおろおろとしているうちはの人間がいた。

どうやら必死に機嫌を取ろうとしているらしい彼らは思い思いのご機嫌伺いのものを持っている。

それは例えば、イドラの好きそうな甘味だとか、でんでん太鼓などのおもちゃ、そうして極めつけはよくわからんが尻尾をぶん回している子犬に、明らかにメンチを切っているブチ模様のでけえ猫。

猫に関してはどこで捕まえてきたんだ?

柱間は何となしに泣く子供を必死にあやす黒猫の集団を幻視する。

 

そんな疑問に首をひねりながら、扉間は姉を見た。

 

「のう、何があったんだ?」

 

柱間のそれにアカリが額に手を当てた。

 

「・・・・実は、その、珍しい菓子を貰ってな。」

「ふむ。」

「それだけで何故、ああなる?」

「いや、それでな。何でも、酒の風味のする、特別な香草が使われているものでな。」

「おお、あれか。ミトと食ったぞ。」

「あれか。」

「扉間は貰わなかったのか?」

「ワシは甘味はそこまででないからな。イドラも酒が好きなわけでもなし。」

「ああ、そうか。まあ、それでだ。まあ、珍しい菓子なわけだから。せっかくだからと食べさせようと思ったんだが。そのな、何でも、その菓子に使われている香草は体質によって酔っ払いのようになるらしくて。」

「つまりは、あれは酔っ払っていると?」

 

それにアカリは苦悶の顔で心底申し訳なさそうに頷いた。

 

扉間と柱間は部屋の中を見て、納得した。なるほど、あれは泥酔しているのかと。

三人がイドラが泣きじゃくるそれに飛んでいかなかったのは、単に、女という者は何故そうなっているのかと知ってから手をつけなくては痛い目に合うということを理解しているためだ。

 

何を怒っているんだ?

 

その一言で散々、姉から怒りを買った男二人は骨身に染みた。

何よりも、イドラが外的な存在により泣かされるという可能性は低いためでもある。

そこまでの命知らず、今のところ、木の葉隠れの里にはいない。

 

「にしても、相当の泣き上戸みたいでな。うちはの真ん中で泣くものだから、ああやって昔なじみ達が泣き止みそうなものを持ってあやしてくれているんだが。」

 

それはそれとしてでんでん太鼓はどうなんだろうか。つーか、正直五月蠅い。

部屋の中に響くでんでんというそれに扉間は動き出した。

何はともあれ、さすがにこんなところで泣き続けるのも体面も悪い。

何よりも、こんなところがマダラに見られればどうなるだろうか。アカリも、さすがに他の氏族の家に出向いているマダラを、こんな理由で呼び戻すのも忍びないと扉間たちを呼んだのだ。

 

「ともかく、イドラのことは連れて帰る。兄者、後でワシの仕事を家に送ってくれ。」

「おお、わかったぞ。」

 

柱間はともかくイドラの危機で無かったことにほっとしながら、扉間の仕事の割り振りを考える。

 

「・・・・あの、そのだな、扉間。」

「どうしたのだ、姉上?」

 

珍しく歯切れの悪い姉の言葉に柱間が不思議そうな顔をした。そうして、扉間もいぶかしげに振り返る。

 

「いや、その・・・・」

 

姉にしては珍しく歯切れの悪いそれに扉間はいぶかしんだが、それはそれとして早々としなくてはいけないとイドラの元に歩き出す。

 

「・・・・扉間、その、イドラは今、非常に機嫌が悪いんだ。」

「見ればわかる。」

 

その時、扉間は自分が近づけば、イドラは泣き止んで、そうしてにっこりと笑って自分に甘えてくるのだと、そう思っていた。

そのわんこからの愛を余すこと無く受け続けた男にとってそれは疑いようも無かったのだ。

 

「イドラ?」

 

声をかけたその瞬間。

じろりと睨んだ、その女が。

 

「扉間ざまなんて、ぎらい!」

 

鼻水混じりにそう言うまでは。

 



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兄姉の前でする告白なんて地獄に等しい

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


後数話で完結予定です。頑張って走りきろうと思います。


その時、千手柱間と千手アカリことうちはアカリは目の前のそれを茫然と見つめた。

わんわんと泣く、うちはイドラにおろおろと困るうちはの人間。

そうして、イドラの前で崩れ落ちる千手扉間の姿だった。

 

 

 

「扉間ざま、いじわるするから嫌いです!!」

「い、いどら様・・・」

「そのようなこと!」

「扉間様はよき夫君ですよ!?」

「そうです、お優しい方です!」

 

おろおろと周りでイドラをなだめるうちはのそれを珍しく彼女は無視した。そんな反応が初めてなのか、彼らは酔っ払いの戯れ言と察しても非常に慌てている。

アカリと柱間はそっとその場に崩れ落ちた扉間に近寄った。

 

「・・・・真っ白だな。」

「灰になっとるな。」

 

その言葉の通り、扉間は白目でもむいてんじゃないかという程に茫然としていた。

アカリは興味深そうに扉間の頭をこんこんと叩くが、何の反応もない。

 

「・・・まあ、そりゃあ、普段あれだけ懐いとるからのお。よほどの衝撃だったのか。」

「ふむ、今までで扉間に膝を付かせた猛者がどれほどいるのか。」

 

アカリは滅多に見れない弟の石像化を珍しそうに眺めた。それに柱間はどうしたものかと扉間の方を揺すぶった。

 

「おーい、扉間?」

「だめだな。完全に思考を飛ばしてる。仕方が無い。」

 

アカリは扉間に顔を近づけた。

 

 

 

きらい

 

その一言が扉間の中でぐるぐる回っていた。

嫌い?

待て、イドラは今そう言ったのか?

 

嫌い、きらい、きらい・・・

 

嫌い!!

 

扉間はまるで頭を鈍器か何かで殴られたかのような心地だった。

出産の時は痛みによる錯乱でいわれはしたが、その後はちゃんと訂正があった。

 

妻にそう言われて非常に傷ついた。

 

皮肉交じりにそう言えば、好きですとミーミーと泣きながら縋り付いてくるのを見れば溜飲も下がった。

 

女のふくふくとしたほっぺたをいじりながら甘ったるい声で好きですと言われるのは悪くなかった。

そうだ、だからこそ、扉間はまるで頭を鈍器で殴られたかのような心地だった。

 

 

扉間という男は図太い男である。

それは、彼の生来の性質もある。けれど、それ以上に男の周りも関係していた。

その最たる者が、兄である柱間と、そうして姉であるアカリである。

彼らは基本的に扉間がどれだけ辛辣でも、ずっと肯定を重ね続けた。それは扉間はずっと正論ばかりを言うため、否定が出来ないためだが。

おかげで男の自己肯定感はましましになっていった。

それ故に、扉間は誰かに否定されても、気に入らないと言われても平気だ。

 

は?こちとら千手柱間と千手アカリから肯定されてるんだが?

まあ、実際そんなことは考えていないが、そんな感覚で生きている。

だからこそ、だ。

嫌いという、自分を愛してやまない女からの否定は的確に扉間の腹にダメージを与えた。

 

嫌いって、いや、ワシがお前に何をした?

嫌なことなどしていないし、父上だとかと比べて圧倒的にいい父親してる自負があるんだが?

いや、父上達にも色々とあったとはいえ、やはりクソだと思う面があるな。

いや、それはそれとしても、ワシに落ち度があるか?

イドラのこととて大事にしている。いや、溺愛していると言われる。それについては、建前もあるし、癒やしであるのだから。

いや!

それはそれとして嫌いってなんだ!?

ワシのこと大好きなくせに、あそこまで言っといて、今更何言っとるんだ!?

いや、だが、あれが嘘を言うことは・・・

基本的に素直なやつだ、嘘なんて言うはずが無い。

ならば、本当に?

は?ワシのことが、嫌い?いや、そんなことは。理由はなんだ?そこまでのことしたなど。

広間への対応もいいはずだ。イドラに全ての負担がないように、手伝いをも入れていたぞ?

一族の者の言葉も聞き入れ、定期的に家に帰るようにしていたはずだ!?

嫌いなどと、嫌い、きらい・・・・・

 

何を考えても最終的に嫌いに立ち返る扉間のそれに、ふと、何かが混じった。

 

扉間よ。

 

それは、姉の声だ。扉間はそれが聞こえても最終的に流そうとした。

けれど。

 

早く帰ってこい。でなければ、お前が幼い頃に私のことを美人だと褒めて花をくれた話をイドラにするぞ?

 

 

「ワシの黒歴史!!」

「おお、帰ってきた。」

「やはり、これが一番効くな。」

「姉者!あれは、結婚の意味もわかっておらんかったときのことだろうが!?」

 

扉間のそれにアカリははあとため息を吐いて、己の頬に手を当てた。

 

「はあ、ひどいな。小さい頃は花冠を作って私にくれたのに。」

「いくつの話だ!まだ、戦場に出る前の話を!」

「何を、こう言った話ならば売るほどあるというのに。イドラに話さないことを感謝しろ。」

「当たり前だ、そんなこと!」

「聞いたか、柱間?姉や兄が弟の面白話をどれだけしたいか、弟はわかってくれないのだ。」

「本当にのお。弟の可愛い昔話を可愛い義妹と共有できんのは悲しいのお。」

「私だって、イドラに扉間の昔話と引き換えに旦那様の可愛い話を聞き出すのを我慢しているのに。」

「それは本当に自粛すべき事ぞ。」

 

およよと嘘泣き(無表情)のアカリを捨て置いて、扉間は改めて泣いているイドラの方を見た。

 

「イドラよ。」

「意地悪な扉間様なんて知りません。」

 

つんのすましたそれに、扉間に確かなダメージを喰らわせた。

それにうちはの面々が慌てる。

 

「ワシは何も・・・」

 

扉間はとりつくようにそう言って何をと思っていると、イドラはじとりとした目をした。それに扉間は己の記憶を探る、何をそんなに怒るのか。

 

(ワシはちゃんと・・・・)

 

そこでふと思い出す。

いや、がっちり、しっかり、確かに自分は意地の悪いことをしていたじゃないかと。

じとりとした目を感じる。

 

 

イドラが自分の膝を定位置と覚えているのはわかっていた。最初は居心地が悪そうだったが、速攻で馴染んだそれはごろごろと喉を鳴らしそうな勢いで慣れた。

 

里が出来、仕事にはやりがいはあれど、大名達からの要請に、氏族からの不満や要望、そうして任務の割り振りなどしたいこととやらねばならないことは別である。

否応もなく、ご機嫌伺いのようなストレスの溜まるものもあるわけで。

そんな中で、イドラとのふれあいはそう言ったストレスが溶けていく気がした。ぬくくてやわっこい体を抱きしめて、たわいもない話を聞いて、ふくふくとしたほっぺたを触れば疲れなんて吹き飛ぶだろう。

 

そんな中で、扉間はまあ、悪いことを知ってしまったのだ。

 

ぐずりもしない超健康優良児の息子を夜に抱っこしていた折。

ふにゃふにゃのそれに上機嫌になった。

やわっこくて、暖かくて、まあ可愛いことこの上ない。それがぱたぱたと作り物のような腕を動かしているのだから愛おしさは格別だ。

そんなときに、気づいたのだ。

 

広間の話をしながら、じとーとした目で自分を見るイドラのことを。

 

広間にばかり構うとどうなるか?

簡単だ、イドラが頑張って自分の気を引こうと、自分に必死に媚びを売ってくるのだ。

 

扉間さまーと自分に纏わり付いたり、必死に気を引こうとするイドラに味を占めたこの男、わざと、イドラに素っ気なく振る舞ったのだ。

イドラが甘えてくれば、どうしたのだと普通の顔をして。

悲しそうな顔で、扉間さまーと自分に甘えてくるその姿はまあ可愛くて。

ぎゅんと胸に湧き上がる衝動を抱えて、すました顔で受け止めていたわけだ。

 

(いや、ワシとて膝に乗せてと言えば、止めようと思っておったのだ!)

 

ただ、イドラがそれを言わなかっただけで。

そんなときだ、シャッと、何かを引き抜くような音がした。それに思わず後ろを向くと、そこには据わった眼で自分を見つめながら、短刀を鞘から引き抜きかけている姉がいた。

 

「姉上、どうしたのだ!?」

「私の中の何かが、こう、反応を・・・」

 

それに扉間の取った行動は単純だ。

 

「ワシは何もしとらん!ただ、言葉が足りんかったと思っておる。」

 

全力で誤魔化すという選択肢だ。

何と言っても、今回は何もかもが事実だ。自分も意地の悪いことをしていた自負がある。が、扉間というそれはさすがに姉が恐ろしい。

こちとら何年姉貴分と付き合ってきたのだ。いや、誤魔化す前に誤解は大量生産されているのだが。

 

「少々すれ違いがあっただけだ。」

 

それにアカリはイドラから相談があったことを思い起こす。確かに、産後の微妙な時期に外である程度発散というと、まあ、わからなくはない。

 

(ただなあ。)

 

普通の家ならば子どもにかかりきりで夫が外で何かしらを済ませてきた方がありがたがられるのだ。

が、うちはという家で生活していたアカリは理解していた。

が、うちはは普通とは違うのだ。

 

「扉間さまだって、わたしのことなんてどうでもいいんだ。」

 

鼻水啜りながらそう言って泣く情けないそれにうちはの人間はどうしたのだと慌てる。が、べろんべろんで酔っ払うイドラにそんなことは関係ない。

 

大好きなのに、大好きなのに、とイドラは鼻水を啜った。扉間はイドラによく好きかと聞くのだ。それをご満悦で聞くくせに、よくよく考えると自分は扉間に好きと言われたことはあるだろうか?

いや、後追いをOKされている時点で重いが、それはそれとして言葉をくれないことに不満があった。

自分には散々意地悪して、言わせているくせに。

そこに自分に追いすがるイドラ見たさに減ったスキンシップへの不満がイドラの中で爆発した。

これでもこの女、周りに愛情ならば新人に酒を飲ませる勢いで注がれてきたのだ。

 

「いいですもん!うわきしますもん!」

「イドラ様!」

「そのようなことを言うものではないです!」

「そうです!浮気をするなら?」

「死を覚悟、です!」

 

なかなかに物騒な話しも聞こえてきたが、アカリは酔っ払いの戯れとは言え、まずいことになったと柱間と共に扉間たちに近づく。

 

「と、扉間、落ち着いて・・・・・」

 

柱間とアカリは思わず固まった。扉間は、まさしく、般若の顔をしていた。それにうちはの人間も固まって扉間を見つめる。

 

「ほおおおおおおおお!?どこの馬の骨のことを言っとるんだ!?」

 

任務が失敗したときでさえもそこまで焦っていないだろう男のそれに皆が度肝を抜かれた。

イドラの性格からして浮気など考えられない。

だが、それはそれとして、その駄犬ぶりから本意はなくとも勢いで何かをしでかしそうなものはある。

というか、誰と浮気するんだ?

言い方からして相手がすでに決まっているのでは?

 

「貴様がその気ならばいいだろう!だが、一つだけ覚えておけ!貴様が浮気しようと、お前が妻であることは変わらんし、浮気相手は地獄に落としてやるからな!!」

 

それにイドラは持っていた猫を掲げた。

 

「ブチ大将と!」

 

扉間はそれに思わず崩れ落ちそうになった。いや、確かに雄ではあるが。

 

「猫と浮気など出来るか!」

「ブチ大将はどう思いますか!?」

 

猫に何を聞くのだと思うが、そのふてぶてしい猫はぶふんと鼻で笑うように息を吐き、そうしてイドラの頬を撫でた。

 

仕方がねえなあ。うちに来いよ、面倒見てやるから。

そんな発言が聞こえてきそうなふてぶてしさだ。

 

「ほら!」

「何がほら、だ!ほれ、さっさと帰るぞ!帰ったらいっくらでも構ってやるから!」

 

扉間は己に突き刺さる、後方からの、特にうちはからのキラキラとして羨望の瞳に耐えきれなくなりながらそう言った。

 

「やーです!かえーりーまーせーん!」

「どうしたらいいんだ?」

 

だめだ、女のなだめ方なんて、キレた姉への謝り方ぐらいしかわからない。このタイプの女のご機嫌を取る事なんてなかったのだ。

というか、扉間に対してここまで恥も外聞も無い対応をする人間なんていなかったのだ。

 

「・・・・私のこと、好きですか?」

 

ぐずりとそう言いながら、体格差のせいで上目遣いになったイドラのうるうるとした目が自分を見る。

それに、何か、胸にぎゅんと来るものがあった。いいや、そうは言っても、イドラの顔は顔から出るタイプの液体ならすべからく漏れ出ている状態なのだが。

 

なんだ、そのめんどくさい彼女みたいなのは。

いや、そこまでこじらせた原因はずっとイドラに意地の悪いことをしていた自分のせいなのだが。

 

(おお、言ってやろうじゃないか!こちとら、長老達の前ですでに恥など吹っ飛ばしたのだ!)

 

だが、改めて言うとなったとき。

扉間は後ろからの視線に気づく。

 

わかる。あまり、扉間がしっかりとしているのと、当人の気質でそう弟をからかうことのない柱間と、そうして、姉の特権だと黒歴史を掘り起こしていじくってくるアカリが自分を見ている。

 

絶対に、何を言っても、口止めしようとも酒の席か何かで今回の話をされる。夫婦喧嘩の何かは切り取られても、確実に今回の件が外に出る。

 

(くそが!両氏族を繋ぐ縁談だからと話をばらまきすぎた!)

 

いやだって、まさか、ここまで振り回されるなんて思ってもみなかった。

いいえ、初対面ですでにめちゃくちゃ振り回されていましたぞと、誰かの背後霊が言っている気がする。

だが、嫌いになるかというと、そんなことはない。

だって、それはそれとして、イドラが癒やしになっているし、当人はがんとして認めないが、その女はとっても可愛いのだ。

にっこりと笑えば、どうしたと肩の力が抜けるのは、仕事のしすぎで自分はいったい何をしているのだと思考の迷路に陥っても、このためにしているのだとわからせてくれる。

抱き上げて、やわっこくてぬくい体を抱きしめると、明日も頑張ろうと思えるのだ。

それはそれとして、頭の上がらない姉と、弟と義妹の仲の良さを自慢したい兄の前で盛大な愛の言葉なんて絶対吐きたくない。

ジジイになっても酒の肴にされるのだ。なんだ、その地獄は。

まだ、からかってくると言うのなら反発心も出せるが、弟の可愛い話として話すのだから始末が悪い。

そうして、うちはの人間にも絶対伝わる。

 

義兄と義弟から感じる生暖かい視線はキツい。戦場であった殺気混じりのそれのほうが数倍ましだ。

 

そう思っていると、目の前のイドラの顔がしかめっ面になり、少しずつ、後退していく。

扉間はそれに、ぜってえ嫌だと思いつつ、等々折れた。

 

「す、好きに決まっているだろうが。」

 

後ろで兄がはわわしている気配を感じたが、扉間は必死にそれに耐える。

 

「・・・どれぐらいですか?」

 

まだ言わせるか、この女は。そう思いつつも、全て自分でまいたタネだ。

 

「婚姻までして、敵対氏族のお前と婚姻までしたんだぞ?」

 

それにイドラは不服そうにじいっと目を扉間に向けた。扉間はそれに、ええいとやけになって叫んだ。

 

「お前のことが嫌いなら、仕事を詰め込んでわざわざ帰らんし、数時間だけでもと仕事合間を縫って帰ってもこんわ!好きだ!そうだ、惚れとるからここまでめんどくさいことでも付き合っておるんだぞ!」

 

盛大なそれに、うちはのキラキラとした瞳が最大出力になるのに扉間はなんだかその場から逃げ出したくなる。

 

「と、扉間・・・・」

 

感嘆の声が柱間から聞こえたが、もう知らんと、扉間は羞恥でここから逃げ出したくなった。そこでイドラはブチ大将を畳に置いた。

ブチ大将は行ってやれよと、イドラの足を尻尾で撫でる。

イドラは扉間に近づいた。

 

「バンザイしてください。」

 

扉間は諦めの境地でそれに従った。そうすると、無防備になった腕の中にイドラは飛び込み、そうして、にっこりと微笑んで、扉間を見上げた。

 

「私も、扉間様のこと、大好きです!!」

 

元気いっぱいにそう言われたそれは、婚姻前に、自分に言った破れかぶれの惚れた云々とは違って。

心からの言葉で、そうして、にっこりと笑ったその顔は鼻水と涙混じりなのに、愛らしいことこの上ない。

何か、婚姻前よりもずっと可愛いと思ってしまうのは気のせいだろうか?

 

扉間はなんとか妻のご機嫌伺いが出来たとほっとしながら、それと同時に周りのさすがは扉間様だという視線と、兄と姉のよかったなあという視線に死んだ目になりながら、現実逃避のようにイドラの頭を撫でた。

ちなみに、夫婦げんかの相談が扉間に飛び込んでくるようになるのは別の話だろう。

 

 

 

イドラはすやすやと寝ていた。

酔っ払い案件の後、失態についてそこそこ扉間に怒られたが、膝の上については解禁された。この頃は、広間を抱っこしたイドラがそこに乗っている。

そうして、その日も一日が終って、床についたわけだが。

誰かの声で眼を覚ました。

 

「ひゃい?」

 

イドラはむくりと起き上がった。そこはいつも通りの、自分の寝室だ。

けれど、見慣れない者が一人。

 

「ようやく、眼を覚ましたか。」

 

そこにいたのは、イドラがテレビの中で見た、忍の仙人。

 

「・・・・本当に、面差しはサクヤに似ているな。」

 

呟いたそれにイドラは夢かとうなずき、そのまま布団に潜り込む。それに仙人は叫んだ。

 

「二度寝をするな!」

 



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母親似の子どもに勝てる男親はいない

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「起きなさい!こら、イドラ!」

 

布団を被って聞こえるそれにイドラはしぱしぱとまぶたを開け、上を見上げた。そこには、完全に見覚えがないわけではないが、確実にここにはいないはずのご先祖様がいた。

 

「・・・あと、五刻。」

「本当にいい加減、眼を覚ましなさい!がっつり寝ようとするんじゃない!」

 

 

 

「・・・・夢じゃないんですか」

「単なる夢ではない。」

 

目の前の、老人。普通の人間にしては角が生え、そうして、顔色が悪くて。そうして、その瞳。

紫の、二つの瞳。

 

「六道、仙人様?」

「ああ、そうして、お前にとって始祖である大筒木ハゴロモ、とも言う。」

 

うちはイドラこと、千手イドラは目の前のそれをじっと見たあと、きょろりと周りを見回した。そこは、いつも通りの寝室であったが、おかしなことに共に寝ていた息子の千手広間や夫の千手扉間の姿がない。

 

「・・・まったく、顔は似ているのだがなあ。いや、」

「あの、広間と、扉間様は?」

「・・・ここはお前の夢の中だ。ただ、寝る前に見ていた風景を写し取っているに過ぎん。」

「ああ、それで。」

 

先の疑問を聞いてイドラは納得した。そうすれば、二人の間に沈黙が訪れる。

 

(ど、どうすれば!?)

 

ここで自分は何をすべきなのだ?

というか、この仙人様は何故自分の夢に出てきているのだろうか?

 

イドラはそう思いつつ、緊張のせいなのか、首の後ろがざわざわと嫌な感覚に襲われた。

それに段々と頭に広がっていた眠気が大分覚めた。

 

待て、自分結構ヤバめな状況に陥っているのではないだろうか?

 

頭の上にはてなを多く浮かべたイドラにハゴロモは淡く微笑んだ。

 

「・・・何故、わしが会いに来たのか、わからないか?」

「ええっと、はい。何か、ご用でしょうか?」

 

くーんと聞こえてきそうな程にしょげたイドラのそれにハゴロモは息を吐いた。

 

「・・・わしに会えるように術の詳細を渡されていなかったか?」

 

それにイドラは一瞬沈黙した。

 

「・・・・忘れてました。」

 

イドラのそれにハゴロモは額に手を当てた。そうしてため息を吐いた。

 

「あの亀にわざわざ渡しておいたものを、忘れていたのか!?」

「身重の女にとって出産以上に優先すべき事なんてないんですもの!」

「・・・出産の件で忘れていたと?」

「はい。」

 

しゅんとしたイドラのそれにハゴロモはなんとも言えない顔をした。ふわふわと宙に浮きながら、その場に反省の意を身をもって表しているイドラを見た。

 

「・・・あの、それは、ええっとハゴロモ様があれを亀さんに渡したってことですか?」

「ああ。あの亀が使った時空間忍術によって何かがねじれた。それにより、お前の息子たちにわしと意思疎通が叶ったようだ。」

「あ、あの。あの子達は・・・」

「・・・安心しなさい。彼らは無事、帰ることができた。」

 

ハゴロモの柔らかな笑みに、イドラは彼らがけして悪い結末にたどり着いていないことを理解してほっとする。

にっこりと微笑むイドラの暢気さに、ハゴロモは額に手を当てた。

 

「だというのに、お前はまったくといっていいほど事を起こそうとしなかったな。」

「里造りで目が回るほど忙しかったんですもん!」

「ですもんじゃない、ですもんじゃ。はあ、まったく、抜けているところまで似なくてもいいだろうに。」

 

ハゴロモは呆れたように首を振った。

 

イドラはみーと情けなく声を上げる。それにハゴロモは何か、遠い昔の残光を眺めるようにゆっくりと目を細めた。

 

「うちはの末の子、イドラよ。お前に伝えねばならないことがあるのだが。そうだな。少し、こちらにおいで。」

 

ハゴロモは畳の上に降り立ち、とんとんと膝を叩いた。それにイドラは恐る恐る近づいた。ハゴロモは不思議そうに自分を見るイドラに穏やかに微笑み、そうして、もう一度、膝を叩いた。

膝に乗れと言われていると理解はしたが、イドラは悩む。さすがに、どうなんだろうか。

夫ではないし、こちとらすでに一児の母だ。他人の膝の上に乗るのは。

と、そんなことを考えたが、目の前にいるのは自分の先祖で、ものすごくざっくりいえばおじいちゃんのようなものだ。

何よりも、イドラというそれは、そういった扱いに慣れていたし、彼女の駄犬の勘が告げていた。

 

よくわからんが、この人は自分を可愛がってくれるいい人だ!

 

イドラは遠慮がちであったがとんとハゴロモの膝の上に乗る。その場に彼女の身内がいれば、羞恥心!無礼!とまどい!ためらえ!と叫んでいただろう。

そのうちの一人は、可愛がってくれるのならば誰でも良いのかと叫んでいたことだろう。

が、残念ながらそれは初対面の、夫の元婚約者という体の女の膝を枕に寝る女だ。

躊躇はない。

何よりも、NARUTOの知識云々よりも、何かそれに対して敬意というものが薄い。その理由はイドラにはわからないが、彼女はハゴロモを何となしにそこそこ雑に扱っていいという感覚を持っていた。

イドラは不思議な気分で、ハゴロモを見上げた。

ハゴロモは何か、心底、嬉しそうにイドラの顔を見て、そうして戯れるように髪を梳いていく。

その手つきは、幼い頃の母のようで、自分を慈しむ兄のようで、戯れる弟のようで、そうして、夫のそれに似ていた。

 

「サクヤに、よく似ているな。」

 

その目は自分を見ていないと、イドラはなんとなく理解した。その目を、その、輪廻眼をイドラはじっと見た。

それは遠い昔を見ていて、自分ではない、イドラと誰かを重ねているようだった。

イドラは、それが、なんとなく父と重なった。

遠い昔、父が、そんな目をしていた。そんな目で、もういない、女のことをイドラに見ていた。

なんだか、イドラは悲しくなって、今、目の前の仙人と言われる、神様になってしまった誰かがたまらなく悲しくなってしまって。

だから、イドラはそっと、老人の頬に手を当てた。皺の寄ったそれは遠い昔に死に装束を着せた老人のようで。

 

「大丈夫ですよ。」

 

何についてなのか、イドラもわからずに、そう言った。それにハゴロモは顔を歪めて、そうかと言った。幾度も、イドラのことを抱きしめて、そうかと。幾度も、呟いた。

 

 

ハゴロモはそれから、幾つか質問をした。

それは例えば、千手柱間やうちはマダラのことだとか、一族のことだとか、千手一族のこと。そうして、広間のことや、夫である千手扉間のことも。

何か、千手アカリことうちはアカリに関しては怖じ気づくような態度が不思議であったけれど。

ハゴロモは、そうかと、イドラの話を嬉しそうに聞いた後、名残惜しそうにもう大丈夫だと言った。

 

「聞きたいことがあるはずだ。」

「・・・・私、何故か、未来を見たんです。それは。」

「そうだな。少し、話をするか。」

 

 

イドラよ、お前はわしの妻、そうして、インドラの母であるサクヤ姫の生まれ変わりだ。

彼女とは、長い旅の末に会った。

彼女は、果ての地、母の支配の範囲外であった場所を治める一族の姫だった。彼らがそこまで力を持ったのは、サクヤが千里眼を有していたためだった。

彼女に惹かれたわしは、彼女を娶り、そうして子が生まれた。

 

「・・・・子を産んだ後は、亡くなられたんですか?」

「ああ、産後の肥立ちが悪かった。」

 

ハゴロモは後悔をするようにそう言った。そうして、軽く息を吐いた。

 

「あの、でも、私、その、未来と言ってもなんだか、違う、もののような気が。」

 

さすがにこの世界がアニメになってる世界を見てたんですが、それは何でしょうかと言うことも出来ない。

 

「違う?」

「ええっと、その、私が何故か、存在しなかったんですが?」

「・・・・サクヤの話で言うのなら。ガマの夢は運命であるのなら、人の見る先はあくまで可能性であるらしい。」

「可能性?」

「確定されぬが故に、変えることが叶うのだと。」

「・・・私、その人に、会ったかも知れません。」

 

イドラの脳裏には、あの、恨めしそうで、悲しそうで、けれど、それでもどこか優しげな女のことが思い出された。怖いのに、何か、とってもとっても、悲しそうな人で。

それにハゴロモは目線を下げた。

 

「・・・サクヤ、そうか。わしを、恨んでいるのか。」

 

苦みの走った悔恨の声音。

それにイドラはぽつりと言った。

 

「・・・私は、そんなに似ていますか?」

 

それにハゴロモは己の顎の髭をしごいた。そうして、頷いた。

 

「顔立ちはよく。中身は、まあ、いや、あの人もそこそこ抜けておったからな。」

「私に激似のオビトとカグラに甘えられて輪廻眼渡しちゃうぐらいに?」

 

それにハゴロモは盛大に咳払いをした。

 

「うおっほん。違う、あれに関しては必要であったからで。」

 

イドラはそれに何か、嘘だと感じた。よくわからないが、何かが嘘だとイドラに囁いていた。

ハゴロモは何か、気まずそうな顔をした。

 

「・・・・母親似の子に勝てる男親はそうそうおらん。」

(認めた・・・・)

 

ハゴロモはそこで息を吐き、改めてイドラを見た。

 

「・・・イドラよ。お前が未来を見たのは、おそらく、サクヤの生まれ変わりであることが関係しているのだろう。だが、そのおかげで、あの子達の悲劇が終ろうとしている。わしが何故、お前の夢に入り込んだのか。それは、お前の。」

 

何か盛大に誤魔化そうとしているのを感じながら、イドラはハゴロモを見た。

そこでハゴロモの声がぶつりと途切れた。

 

「え、あの、ハゴロモ様!?」

「く、そうか、サク・・!お前・・まを・・・のか!?なに・・おそれて・・・!・・・くびの・・・・・!・・・・いみ・・・のか!いわな・・・・おま・・・なにを!」

「ハゴロモ様!あの、よく、聞こえないのです!」

 

イドラは何が起こっているのかわからずにそう叫んだ。それと同時に、ずぶりとイドラは何かに沈むような感覚がした。下を見ると、自分の下半身が何かに沈んでいる。辺りは寝室の風景から真っ暗な空間に置き換わっていた。

 

「イドラ!」

「はーい!!」

 

どんどん遠ざかっていくハゴロモの声はどこまでも遠い。それでも、ハゴロモは必死に手を伸ばし、イドラの額に指を添えた。

それに何か、頭に何かの陣が浮んだ。

 

「口寄せの術だ!道案内に鳥を用意した!それを使い、尾獣たちのチャクラと、そうして・・・・・」

 

最後の力だと叫んだ声はどんどん遠く、そうして、姿も遠のいていく。

 

「・・・・・!はし・・・・まだ・・・・と、ともに。そうして・・・・・・・と!」

「きーこーえーまーせーん!!!」

「早くするんだ!お前の、命に関わるのだ!」

 

最後に聞こえたそれと同時に、イドラは己の耳を何か、冷たい手がふさいだことを理解した。

 

 

 

そうだ、だから、イドラはその日、絶叫と共に起き上がり、扉間をそれによってたたき起こした後、取るものも取らずに口寄せを行った。

扉間はイドラの様子を不審に思ったが、広間を放っておくことが出来なかったため止められなかった。

イドラは何かにとりつかれたかのように、というよりも、自分の命の危機だと聞いてひたすらに慌てていた。

こちとら、孫の顔を見るまでは死にたくないんですが!?

 

そう思って、紙に術を記し、そうして、言われたとおりに鳥を呼ぶ。

 

(鳥、なんだろ、鳥って・・・)

 

漠然とした感覚の中、イドラは何の鳥だろうと考えていた。

 

ぼふんと、白い煙と共に、何かが現れる。

 

「・・・・六道仙人より、命を賜りここにある。」

 

めちゃくちゃ渋い声だった。いい声だった。

 

「この身は汝の案内がため。我が名は八咫烏。」

 

イドラはそれに目を見開いた。

 

「サクヤ姫の生まれ変わりよ。この旅路、しかと預かった。」

 

何故って?

簡単な話だ。

八咫烏と名乗ったそれは、どこをどう見ても、ペンギンであったからだ。

 



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八咫烏?贅沢な名だね。お前は今日からペン吉だよ。

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

最終章になります。


「い、たたたたたあたたたた!声帯の無駄遣い!声帯の無駄使い!?」

「この、愚か者!何故、鳥で連想したのがこれなのだ!?」

 

部屋の中には、よくわからない生き物に頭を突かれながら逃げ惑う妻の姿があった。

その日、千手扉間は自分で何を見ているのだろうと、心からわからなくなった。

 

 

 

「うわああああああああああああ!!」

 

その日、扉間は突然聞こえてきた妻であるうちはイドラこと千手イドラの声に叩き起こされた。扉間は敵襲かと、飛ぶように起き上がり、辺りを見回した。

そこには、何故か、非常に慌てた様子のイドラの姿があった。

 

「イドラ、どうした?」

 

扉間は今度は何をやらかしたと恐る恐る聞いた。

 

「え、あの、えっと!すみません、ちょっと、広間のこと、お願いします!」

 

イドラは挙動不審にそう言って、部屋を出て行く。扉間はすぐにイドラを追おうとするが、さすがに寝起きにそこまで騒がれて広間が愚図り始める。

 

「おお、珍しいな。」

 

ふにゃふにゃと泣く息子の尻などを確認するが、どうやらおしめではないらしい。

 

(腹は、いや、少し前に乳は与えていたな。)

 

夜泣きは少ない広間ではあるが、さすがに授乳の時などは泣くため、イドラはこまめに起きて世話をしている。仕事のことなどを考えれば、別々で寝た方がいいのだが。

それはそれとして、自分の立場上、確実に子どもとふれあう時間なんて少ない。ならば、寝るときぐらいはという想いがあった。

元より、仕事でなかなか家に帰ることができないならばなおさらだ。

 

外を見れば、まだ、空が白み始めたばかりだ。この時間ならば、まだ自分たちも寝ているはずだ。

 

(おかしい、イドラの奴は基本的に広間が泣くぐらいせねば、起きることなどないというのに。)

 

扉間は軽く広間をあやしながら、泣き止んだ後にイドラを追うかと考える。そんなときだ、玄関が騒がしくなった。

 

「扉間!!」

 

玄関から聞こえる兄、千手柱間の声に、扉間は立ち上がり、そちらに急いだ。

 

 

「兄者、どうし、本当にどうした!?」

 

玄関に急いだ扉間を出迎えたのは、兄である千手柱間と、そうして、義兄のうちはマダラだった。彼らは何故か非常に慌てた様子で、扉間を見た。

 

「・・・・何か、知らせでもあったのか?」

 

扉間は脳内で、柱間やマダラが飛んでくるような要件があったかと考える。ただ彼らに知らせがあって、自分に知らせが無いことはおかしい。

柱間とマダラは困惑した顔で互いの顔を見た。

 

「いや、そのな。」

「・・・・柱間、お前も見たのか?」

 

深刻そうなマダラのそれに柱間も、目を見開いた。

 

「お前もか?」

「だから、何だ?」

 

扉間はすでに機嫌を直し、すやすやと眠り始めている息子を抱えて兄たちを見た。さすがに、それ相応の理由がなければ追い出すだろう。

 

「それがの、扉間よ!夢枕に、六道仙人様が立たれたんだ!」

 

それに扉間はしらっとした目をした。そうして、柱間に向けていった。

 

「寝ぼけておるなら、さっさと帰れ!ミト殿も心配されておるだろう!マダラもだ!お前に何かあって怒鳴られるのはワシだ!その前に、せめて着替えてから来んか!」

「いや、聞いてくれ!だが、ただの夢にしてあまりにもこう、生々しい夢だったのだ!それで、イドラの命の危機と。」

「あれなら、特に問題はないが。」

「・・・扉間、イドラは?」

「あれなら寝ぼけていたような・・・」

 

そこまで言って扉間も確かに起き抜けのイドラの様子に不信感を持った。そこで、扉間の耳にイドラの悲鳴が飛び込んできた。

 

「みいいいいいいいいい!!」

 

ばっとイドラのそれに扉間は振り返った。そうして、抱えていた広間を柱間に渡す。

 

「頼む!」

 

それと同時に、扉間は飛雷神の術を使い、イドラの元に飛んだ。それに柱間は思わず言った。

 

「あやつ、寝とる時も飛雷神の術の印しつけたものを持たせるのか。」

 

 

 

「イドラ!」

 

扉間は飛雷神の術で飛んだ先のそこで繰り広げられている光景に思わず目を点にした。そこでは、部屋の中を逃げ回っているイドラがいた。

そうして、イドラが何から逃げているのか。

 

(な、なんだあれは?)

 

全体的に丸いシルエットのそれは、つやつやと光沢のある毛に覆われている。ずんぐりとしたそれは、背中は黒く、腹の部分は白い。細部を見るに、イドラの頭を突いているくちばしや、足下を見るに水かきの付いたそれはアヒルのようだった。

おそらく、鳥に分類されるのだろうが、明らかに手、翼に当たる部分は貧弱すぎて飛行など不可能だろう。

 

「この、誇り高き我が身を、このような矮小な存在に落とすとは!」

 

そうして、やたらといい声で話している。

動物の中には、仙人になるための修行を行い、知性や言葉を獲得する存在があるが、それもそう言った類いなのだろうか?

 

「うえええええええええ!声帯の無駄遣いいいいいいい!」

 

肩に乗られ、頭を突かれるイドラはパニックになっているのか、そう言いながら部屋の中をぐるぐると歩き回っている。

 

「扉間よ、なにが・・・・」

「イドラ、どうし・・・・・」

 

そこで一つ遅れて、柱間とマダラがやってきたわけだが。二人もその光景に固まった。

 

「な、なんだ、あれは?」

「見たこともない、生き物だな。」

「この、愚かな娘が!何故、鳥の連想でこれになったのだ!?」

「ごめんなさいいいいいいいいい!」

 

扉間はそれになんとか気を取り直し、部屋を逃げ惑うイドラに近づいた。そうして、べりっと、ペンギンをイドラから引き離す。

 

「とびらまざまああああああ!」

 

救世主の存在にイドラは扉間に飛びついた。散々その鳥?に突かれたせいで髪はぼさぼさだ。扉間はそれにため息を吐きながら、その髪を片手で整えてやる。

 

「この、離せ!千手の末!我は屈辱の代償を払わせている最中なんだ!」

「何が屈辱だ!貴様こそ、人の嫁に何をしてくれとる!?」

 

首根っこを掴んだそれに、扉間を怒鳴り、そうして手に力を入れた。

 

「ぺーん!!」

 

その鳥?の叫び声は景気よく、屋敷に響き渡った。

 

 

 

「・・・それで?貴様が六道仙人の使いだと?」

 

ぷらんと庭先につるされた、イドラ曰く、ペンギンと呼ばれるらしい種族のそれは哀れの一言に尽きた。

それを見ていたマダラと、そうして柱間もなんとも言えない顔でそのペンギンを見つめた。

 

「確かに、仙人様は鳥を使いに出すと言われていたが。」

「・・・鳥なのか、これは?」

 

柱間とマダラの夢枕に立ったという六道仙人が伝えたのは、二つだけ。イドラに命の危機が訪れていること、そうして、それを阻止するために使いの鳥が現れると言うことだった。

 

「他にも話しておられたようなのだが、どうも、よく聞こえなくてな。」

「ああ、そうだ!我が名は八咫烏!六道仙人の使いである!」

 

やけくそのようにそう言ったペンギンは、しゅんと肩を落とした。扉間はそれに、無駄にいい声だと感心した。

 

「かそっくの、激辛好きの外道の顔が・・・」

 

イドラのその言葉の意味についてはわからないが。

 

「八咫烏、といわれてものお。」

「八咫烏と言えば、それこそ、足が三本の大鴉のことだろうが。」

「そうだ!だが、その姿では目立つだろうと、六道仙人様がお気遣いくださり、普通のカラスの姿で現れるはずだったのだ!それを・・・」

 

鳥の顔でもわかる、憤怒の表情でそれは言った。

 

「あの娘が、口寄せ時にこの姿を想像したせいで、こんな影響が出てしまったのだ!!」

 

ぺーんと泣いているが、無駄にいい声のせいで思考がねじれる。

 

「兄様、柱間さまー、扉間さまー、朝ご飯の用意が出来ましたよー」

 

のんびりとした声と共にイドラが庭先に出てくる。

その場にイドラがいなかったのは単純で、朝食の準備をしていたせいだ。元より、朝はイドラが用意している。柱間とマダラも八咫烏のことが気になると、そのまま屋敷に留まっているため、二人の分も必要だろうと広間を背負って台所に向かった。

何よりも、八咫烏を捕獲し、庭先につるしている最中に、イドラの腹が鳴ったため、ひとまずは食事をということになった。

それに、ぎろりとペンギンがイドラを見た。

 

「この、私をこんな姿にしておいて、なんと暢気な!」

「うえーん!ペン吉もごめんなさい・・・」

「誰がペン吉だ!」

「そう怒るな、ペン太郎。」

「そうだな、ペン造。」

「ここには安直な発想のやつしかいないのか!?」

 

悲鳴のようなそれにマダラはため息を吐いた。そうして、ペンギンを囲む面々を見た。

 

「それで、扉間よ、こいつは信用していいってことでいいのか?」

 

それに扉間はなんとも微妙な顔をした。

 

言葉を話すことの出来る動物は希少だ。これが敵の罠だというのなら、夢を介して、イドラとそうして、柱間やマダラに干渉を行った存在がいたということだ。

そんな忍術について、噂さえも聞いたことはない。ならば、そのペンギンの言葉通り、六道仙人からの使いということになる。

 

「・・・今のところ、嘘ではないのだろうな。」

「何度、言えばいいのだ!嘘ではない!まったく、今ここで本当の姿にならないことをありがたく思え!」

 

ペン吉はぷんすかと怒っているが、見た目がそこそこ可愛らしいので何か、生意気な口を利かれてもそこまで腹立たしく思わない。

 

「じゃあ、ペン吉のこと下ろしてもいいですか?」

「誰がペン吉だ!」

「ペン吉、ご飯どうしますか?生魚はないので、干物で我慢して欲しいんですが。」

「我に干物を食べさせる気か!はあ、大体、我は肉のほうが好ましい。ないと言うのなら、それで我慢してやろう。」

「お味噌汁と、ご飯でも大丈夫ですか?」

「はあ、仕方が無いな。」

「待て待て待て!イドラ!」

「はい?」

 

イドラは不思議そうな顔でペン吉の腹に手を回して持ち上げている。それは幼子がぬいぐるみを抱えているかのような空気感のある光景だ。

扉間はイドラを見ながら額に手を当てた。

 

「それを食事に誘うと?」

「はい?朝ご飯の時間なので。それに、六道仙人様のお使いなら、もてなしをと。」

 

それに扉間はペン吉を見る。

 

「我とて、もてなしを無下にするほど無粋ではない。何よりも、サクヤ様もこんな方だった。諦めもつく。」

 

いいのだろうか、こう、色々と。

というか、誰だ、サクヤって。

悩む扉間に許可されたと思ったのか、んしょと下ろされたペン吉はそのままイドラと手?翼?を繋いで、そのままてちてちと家に入っていく。

 

「のお、マダラよ。うちはの所の衣装、あの、ペンギンというのによく似ておらんか?」

 

柱間のそれにマダラと扉間は改めて、ペン吉とイドラを見た。それに、二人は、イドラが何から連想して、ペン吉の姿が変化したのか、何となしに理解した。

 

 

 

 

「ふむ、なかなかいい味だった。」

「お粗末様でーす。」

 

扉間は何か、食事の味がよくわからない感覚だった。

何故って、目の前で起こっていた光景があまりにも意味不明だったからだ。

 

(どうやってあの翼?で箸が持てるんだ!?いや、その前に茶碗もそうだ。いや、その前にあのくちばしでどうやって咀嚼を!?)

 

ペンギンが箸を操り、茶碗を持ち、そうして、咀嚼をしている光景。というか、何故、自分たちは暢気にペンギンと食事を囲んでいるのだろうか。

それに疑問を持っているのは、どうやら自分とマダラだけのようで、イドラと柱間は暢気におかずについてペン吉に薦めている。

この二人は妙なところで肝が据わっているので、素性もよくわからないペンギンを前に普通にしている。

扉間は思わず、マダラを見た。マダラはそれに同意するように頷いた。

 

やっぱ、この現状おかしいよな?

 

なんだかんだで、互いに兄と妹に弱いため、流されてしまっているが、やはりこのペンギンと食卓を囲んでいる現状っておかしいよな?

どっかの次元のマダラと扉間が見れば、その場で殴りあいが起こるだろうが、悲しいかな。なんだかんだで、一番に価値観の会う二人である。

 

「おい、それで、ペン吉。」

「八咫烏だと何度言えばわかるのだ!?」

「イドラの命の危機とは何のことなのだ?」

 

それに暢気な食事風景から一気に空気が戻った。それに、イドラだけがはっとした顔して、そうだったのという顔をしている。

扉間は話が進まないと、それを無視した。

 

それにペン吉はため息を吐きながら、啜っていた湯飲みを置いた。

 

「それの首筋を見ろ。」

 

それにマダラはイドラに近づき、着物を少しだけ捲った。そこには、薄くなっているが、確実な歯形が存在した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

柱間と、そうして、それを止めようとしたが間に会わなかった扉間の間に沈黙を訪れる。イドラは自分の首筋なんて見えるわけもないので、現状が理解できずにそのままだ。

柱間は少しだけ顔を赤くして扉間を見た。

扉間は少しだけこらえるような顔をした。マダラはチベットスナギツネのような表情をした後に、思いっきり扉間の頭をはたいた。

 

「っ!」

 

ばしんといい音がしたが、扉間はそれに甘んじた。ちなみに、イドラは何もわからずに頭にはてなが浮んでいる。

 

「・・・・なんだ、これは?」

 

改めて見た、首筋には、菱形の奇妙な模様がそこにあった。

扉間はそれに固まった。

イドラの体ならば、それはもう、嫌ほど、いいや、嫌ではないのだが、見てきた。

けれど、男は、今の今まで、それに気づくことなどなくて。

 

「カーマと、呼ばれるものだ。ただ、一つ言えるのは、それはとある術の印だ。」

「術?」

「ああ、お前が気づかないのは、その術を施した存在が意図的に隠していたからな。ただ、今は我がそれを浮かび上がらせている。」

「おい、術ってどんなものだ!?」

「人格の書き換えだ。」

 

そのペンギンはたんと立ち上がり、そうして、てちてちとイドラの前に来た。

 

「それは、言ってしまえば、他人の体に己の人格を書きかえるものだ。擬似的な不死の概念をもたらすものだ。」

 

イドラはぞっとした。

 

「い、いつのまに?わ、私、その、まったく身に覚えが無いんですが!?」

 

いや、というよりも、聞き覚えがあったのだ。確か、それはBORUTOの時に出ていたもののはず。

ペン吉は少しだけ考えるような素振りをした後、はあと息を吐いた。

 

「知らん。」

「知らんって、お前な!?」

「我とて、ただの使いだ。一つ言えるのは、それをなんとか出来るのは六道仙人様、ただ一人。それ故に、だ。貴様らに役目を与える。」

 

ペン吉はそう言うと、びしりと、四人を翼で射した。

 

「これより、千手柱間、そうして、うちはマダラ、加えてうちはイドラは尾獣たちの回収を行い、六道仙人様へ拝謁すること。それだけが、うちはイドラを救う術だ。」

 

そのペンギンは、冴え冴えとした声音でそう言った。イドラは、それに、己の首元に改めて、死に神の鎌が向けられていることを理解した。

 





そう言えば兄様。
なんだ?
お一人で来られたんですか?
ああ、イズナとは別の家だし。アカリは、まあ、寝かせてきた。
そうなんですか。でも、珍しいですね。アカリ様、たぶん、こういったとき、緊急時には必ず来られるのに。
・・・・まあ、疲れてたから。
え、体力自慢のアカリ様が?うずまきだから、それだけは自慢だって言われてたのに。あれ、昨日、何か特別なことありましたっけ。
・・・・・・・・。
イドラよ。
はい、何でしょうか、柱間様。
扉間が呼んでおるぞ。
はーい、わかりました!
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
夫婦仲がよいのは、いいことぞ。
姉貴のそういった事情を察して気まずいって顔しといて、んなことわざわざ言わんでいいわ!察してんなら黙っとけ!
マダラよ、顔が真っ赤ぞ。
うるせえ!



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本気で怒るとき静かな人ほど怖いもの

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

本編が終ったら、マダラとアカリの話と、我愛羅のラブコメのネタ書きたいと思ってます。


空気が重くなったことを理解して、うちはイドラこと、千手イドラは無意識に、己の隣で寝ていた千手広間を抱え上げ、そうしてペン吉に手を伸ばそうとした。その殺気が戦場でよく感じたもので、イドラはその場から逃げ出す算段を立てる。

ペン吉に手を伸ばしたのは、偏にそれがその殺気を纏った存在に勝てないだろうと考えてのことだった。

 

けれど、それよりも先に、イドラは背後から伸びてきた手に捕まった。

それはイドラの顎をすくい上げるように掴んだ。己の首を這う、荒れた指先にイドラは固まった。

 

「・・・・ほう。」

 

短い声だった。それは、彼女にとって安心できる手のはずだ。けれど、今、背後から立ちこめる、三つの殺気にイドラは戦くように固まった。

そうして、持ち上げていた腰を下ろし、素直に座った。

脳裏にあるのは、戦場での記憶だ。逃げろと頭の中でがたがたと本能がなっている。もちろん、それが自分に向けられていないことぐらいは理解している。

けれど、自分で無くとも、誰かが怒鳴られている光景に気まずさというか、居心地が悪い思いをするだろう。

イドラの今は、それに似ていた。

 

「・・・扉間よ。」

「兄者の考えているようなことはありえん。」

「確かか?」

「山中の結界をかいくぐり、うちはの目さえもくぐり抜け、そうして、千手の住居の中心にあるこの屋敷に潜り込めるほどの存在がいれば、の話だ。」

「うちの目を抜けるか、確かにありえんな。」

 

喉元を、指がすりすりとこする。

その仕草には覚えがあった。扉間がイドラを可愛がるときに、そんな仕草をする。普段ならば構って貰えるとそのまま体を預けるのだが。

そんな考え、浮びもしない。するりと、指先が、己の喉元をこするたびに、まるで刃物でも突きつけられている気分になった。

ぞわりぞわりと、腹の底から何かに撫でられるような感覚だった。

 

(・・・・怒ってる。)

 

義兄の柱間は別にして、扉間もマダラも、怒りの感情に関してはひどく激しい。

怒鳴って、怒っているとわかりやすく示している。

けれど、イドラは知っている。

マダラが本当に怒るとき、それはまるで凪いだ海のように静かなのだ。

そうして、今、本当に怒った扉間もまた、そうなのだと理解した。

この、平淡で、静かな感情こそが、三人が本当に怒っているときなのだと。

発せられた、その言葉。

それは、絡みつくように粘着質で、そのくせ燃えさかるような苛烈さに満ちていた。

まるで愛玩動物を撫でるような指の動きに、イドラはがたがたと震える。

 

(せ、生殺与奪の権限を握られている!)

 

もちろん、殺されるだとか、そんなものはないのだが。

さすがに、戦えば、山だろうと、岩場だろうと、更地に変える人間達のマジギレの殺気を浴びれば、イドラもびびる。

イドラはちらりと抱き上げた広間を見たが、赤ん坊はのんきにくうくう寝ている。

 

(肝が据わってるうううう!)

 

イドラは現状のことなど忘れて感心していたが、また、首筋に走る指先の感触に現実に引き戻される。

扉間は、まるでいつものように、イドラを可愛がるような手つきで首を指先で撫ぜる。けれど、まるで凍り付くような視線がイドラの首に注がれている。

イドラの気分は、肉食獣に捕食される寸前に適当に弄ばれる獲物の気分だ。

 

(いいなあ、私も夢の世界に逃げたい・・・・)

 

「・・・・人格の書き換え。」

「もっと、言えるのならば、身体情報の書き換えも行う。」

 

ペン吉の追加の情報に三人の視線が向かったことを理解する。イドラはそれにこの殺気の中を平然としていることに驚いた。

 

「犯人はわからんと?」

「我はあくまで使いだと言っただろうが。そんなことをするよりも、早く動くことを勧めよう。」

「・・・尾獣の捕獲、というとなかなか難しいものがある。」

「ふん、千手柱間よ。マダラは万華鏡写輪眼を開眼しているのだろう。それがあれば、尾獣程度、操ることも造作も無い。何より、我は尾獣たちと交渉を行うためにやってきたのだ。」

 

びしりと翼が三人に向けられた。

 

「尾獣たちは気性の激しいものもいるが、穏やかなものもいる。そういったものたちから集めていけばいい。そうだな、磯撫や牛鬼から進める方がいいか。」

「いそ・・・・?」

「三尾と、八尾のことです。」

 

それに自分の後頭部に視線が来るのがわかった。イドラは非常に気まずい思いでそれに黙り込む。

イドラの様子に扉間はため息を吐いた。

 

「・・・尾獣に名前があると?」

「あるだろう。尾獣たちの名前、そうして、こう伝えればいい。長らく分かたれた、大筒木が再び交わった、六道仙人へご報告を行うと。」

「待て!尾獣たちと六道仙人はどういった関係なんだ!?」

「・・・・そうか、それさえも、貴様らは忘れ果てたか。」

 

苦々しさの混じった声音で、そのペンギンは吐き捨てた。なかなかにシュールな絵面だった。

 

「元々、尾獣たちは、六道仙人が作りだした、というのは語弊があるが。彼の人が育てたのだ。人と共に生きるようにと。だが、時が進むにつれ、人は尾獣たちの力を欲しがり、やがて、人に絶望した尾獣たちはそのまま距離を置いた。」

 

ペン吉は翼をぱたぱたと動かした。

 

「・・・忍宗を受け継ごうとした、後継者達の末が散々に殺し合っていたのだから、それもまた当たり前か。」

「ならば、それで尾獣たちと交渉が叶うと?」

「ああ、といっても、けして人を信じぬというものがあるだろうが。その時は、力尽くで連れてこい。後は我が何とかしよう。」

「といっても、尾獣たちを連れてくるのは避けた方がよいのだが。」

「そんなことを言ってる場合か!?」

「今、他国でそれぞれ里を作る動きが出てきている。火の国で尾獣を集めるような動きがあった場合、そのまま火の国と他の国で戦争が起こる可能性もある。」

「イドラがどうなってもいいと!?」

「そう言っているわけではない!」

(どうしよう・・・・)

 

イドラは兄の怒りと、柱間の苛立ちに冷や汗が流れ始める。

自分のせいだ。

何か、自分自身でも把握できていないが、えらいことになってしまった。

 

また、戦になる?

 

何よりも、己のせいで。

何よりも、自分の、この命一つだけのせいで。

 

終ったはずなのに、また、始まるの?

 

腹の底が冷えていく感覚がした。ずしりと、腕にかかる重みが、いつかに、もういなくなってしまった弟たちと重なった。

 

「イドラよ。」

 

その時、また、扉間がかかっていた手を引いて、イドラを上に向かせた。

 

「うえ。」

「イドラよ。」

 

扉間は柔らかに微笑んで自分を見ろしていた。のけぞるような形で見上げた、扉間の慈悲深ささえ感じる笑みは、はっきり言おう、めちゃくちゃ怖かった。

絶対にそういった表情をするような空気で無いことは分かっているため、怖くてたまらない。

イドラは腹の底が寒くなるような感覚も吹き飛んで、がたがたと震え出す。それに尻尾があればくるんと丸まっていたことだろう。

 

「ひゃい・・・・」

「なんだ、そう怯えるな。」

 

にこにこと笑う、その様が怖い。

 

(何もしてない、何もしてない、本当に、何もしてない!!)

「イドラよ、お前にふざけたことをした奴に覚えはあるか?」

「な、ないですううううう。広間が産まれてから、基本的におうちにいましたし。前みたいに、修行で出かけたりも無かったし。基本的に、外に行くのも、町中にしかいきませんでしいいいいいい!」

 

無実ですうううう、と情けない声を上げたそれに、扉間は緩く笑った。するりと、イドラは己の首に這う、夫の指先にぞわざわと背中に駆け巡るものがある。

 

「そうか、わかった。」

 

扉間はそういうと、ようやくイドラの首から手を離した。そうして、ひょいっと、イドラと広間を抱え上げた。

 

「え、あの、あれ?」

 

イドラの不思議そうな声音など聞こえないように扉間は静かに笑った。

 

「マダラよ、暫く、イドラを姉者に預けたいが、大丈夫か?」

「そりゃあ、大丈夫だが。お前、どうする気なんだ?」

「・・・・兄者、マダラよ。ガキの頃、禁止はされていたが、どうしてもしたいことはなかったか?」

「だから、それが何の関係が。」

「してはいけないというのなら、簡単だ。」

 

扉間は瞳孔のかっぴかれた瞳で、ぎらぎらと凶悪に笑って見せた。

 

「ばれなければ、なかったも同じだ。」

 

 

 

 

「・・・・あれ、あんたも呼ばれたのか?」

「ああ、お前もか。」

 

その日、千手の男は何故か呼ばれた千手扉間の屋敷に呼び出されていた。そうして、通された先にはうちはの人間が数人と、そうして同じような千手の人間が数人。

男が声をかけたのは、顔見知りになっているうちはヒカクだった。

 

「あんたも扉間様に呼ばれたのか?」

「いや、私は族長様だが。呼ばれた理由は?」

「いや、知らん。ただ、急ぎとしか聞いてないが。」

 

そんなことを話していると、ほかのうちはの人間がわらわらと集まってくる。先ほどまですました顔をしていたのに、慣れた人間が来ると群がるようにやってくる。

 

「久しぶりだな。」

「お久しぶりです。」

「元気にしているか?」

(うちはの人間って物腰柔らかか、高圧的な奴の二択しかないのか?)

 

ただ、慣れればまあ、好意的であることがわかるのでいいのだが。

 

「集まったか?」

 

そう言って入ってきたのは自分たちを呼んだ、千手扉間だ。

不機嫌そうな彼の後に、千手柱間とうちはマダラ、そうしてうちはイズナが続いた。

それに千手の人間も、うちはの人間も気を引き締めてその場に止まった。

上座に三人が座り、珍しく、マダラと柱間の間、中心に扉間が座った。

 

「・・・よく集まってくれた。今日、この場に呼んだのは、秘密裏の任務を頼むためだ。」

 

おもむろに口を開いた柱間の言葉に千手の人間は首を傾げる。

秘密裏、なるほど、そのために事前の情報が無かったのか。

 

(だが、それにしちゃあ、人数が多すぎねえか?)

 

うちはでは門番の、と呼ばれる千手のそれは内心で不思議に思う。

現在集まっている人数を考えれば、小隊がいくつかできるほどだろう。おまけに、人選を見れば、マダラや柱間に近しい、実力者揃いばかりだ。

 

(ここまでの人数、実力者集めるって。戦争の準備か?いいや、それだとしても、他の氏族も少しは呼ばれてねえのはおかしい。)

 

他の人間の顔を見ても、情報を知っているものはいなさそうだ。

そんなことを思っていると、マダラが口を開く。

 

「・・・今回の任務は、氏族の長と、そうしてこの場にいる者しか知らされていない。そうして、その任務は、同胞以外に知られてはいけない。」

(おいおい、まじか。)

 

男は顔を引きつらせた。それは、その任務が大名達へは知らされず、あくまで里内だけで完結すると言うことだ。

 

(それはさすがにまずいだろう。)

 

自分たちはあくまで国に仕えるという名目がある。そこまでの独断は赦されるのか?

 

(ばれたらえらいことになるんじゃ・・・)

 

そう思っていた男の耳に、さらなるとんでもないことが飛び込んでくる。

 

「任務の内容は、尾獣の回収だ。」

 

それに息を飲む音がしたけれど。はてさて、それは、誰のものなのか。

 

「扉間様!」

 

千手の人間が、任務内容を告げた扉間に叫んだ。そうして、彼に近づき、そうして首を振った。

 

「その言葉の意味をわかっておいでか!?」

「そうです!尾獣など、あれの力を求めてどれだけの人間が犠牲になったのか知っておいででしょう!?」

「そうです!捕獲など、出来るはずがありません!」

 

その言葉に扉間は無言で後ろを指した。その先にいるのは、当代最強と名高い、木の葉の双璧。

それに思わず黙り込む。

 

そりゃあ、その人たち出されたら、黙り込むことしかできない。というか、その二人でかかればぶっちゃけ出来そう。

確かに、という納得の空気が漂うが、すぐに正気に戻った。

 

「い、いいえ!確かにお二人ならば可能でしょうが!仮に尾獣を捕獲できたとして、他国からの非難は避けられません。」

「そうです。木の葉の里は、ただでさえ、お二人がおられるというのに。」

 

それに、門番の男は顔をしかめた。

現在、他国でも里作りが進んでいる。それは、木の葉隠れの里の運営が順調であるからだ。元より、因縁の深すぎる千手とうちはの氏族の同盟は早々と瓦解すると思われていた。けれど、そんな予想なんてなんのそので、すでに混血の子まで生まれている。

それに慌てたのは、他の忍達であり、そうして他国の大名だ。

千手は木遁使いの柱間に、参謀役の扉間。うちはは万華鏡写輪眼のマダラとイズナがいるのだ。

それでさえも過剰戦力といっていいのに、もしかすれば、次代からも同じほどの存在が出てくるかも知れないのだ。

それに対抗するという意味合いもあり、里作りが行われている。このまま、尾獣捕獲が叶えば。

 

(いや、マダラ様と柱間様ならたぶん出来る。)

 

もう、それに関しては安心と安全の二人なのだ。ならば、捕獲は確実だろう。だが、現状、これ以上の戦力、つまりは尾獣まで手に入れてしまえば、下手をすれば警戒した他国の連合軍との戦争になる。

 

「・・・イドラが何かの術にかかった。」

 

それにうちはの人間からひりつくような敵意、いや、殺気とも言える何かが湧き上がる。扉間はそれに目をつぶり、息を吐いた。

 

「その術は、強いて言うならば山中一族の心転身の術に似ている。他人の体を乗っ取るものだ。」

「・・・それは、だれが?」

 

刺すような感情が、己の隣からわき上がる。男は見たくねえと思いながら、ちらりと隣をうかがった。そこには、写輪眼をかっぴらいたうちはの人間がいた。

 

(うわあ、みんな写輪眼で光っててきれいねえ。)

 

現実逃避のようにそう思った。

隣の千手の同胞があからさまにびくっと肩を揺らしているのはご愛敬だろうか。

 

「・・・犯人の目星はついておらん。ただ、里の人間に同じような人間がいないか探してはおる。そうして、この術には尾獣が関係しておることはわかった。」

「なるほど、そのために・・・・」

 

男は納得した。あの、現実主義の扉間が何をそこまでと思ったが、それにあの人が関わっているのならと頷いた。

そんな中、千手の人間が声を上げた。

 

「確かにイドラ姫の安否は重要です!ですが、あまりにもそれは危機感がなさ過ぎます!たった一人のためにそのような!」

「貴様、イドラ様が死んでも良いと!?」

「そうだ、あの方の危機なのだぞ!?」

「だが、そうだとしても、あまりにも危険が過ぎるだろう!」

 

その言葉にうちはの人間が全員立ち上がり、そうして、千手の人間に食ってかかる。男はやばいと慌てて、千手の人間をなだめる。

 

「おい、止めろ!」

「静まれ!」

 

びりびりとしたマダラのそれに、その場は静まりかえる。そうして、沈黙の後に扉間は口を開いた。

 

「全ての責はワシが取ろう。」

「な!」

 

男はあんぐりと口を開けた。

いや、だって、扉間だぞ?

いっくら、色ボケ、変態、卑猥なことに全振りになっている昨今であれど、男はやはりどこまでも理性的で、合理的で、感情など置いて来ていて。

 

(責任って、それで済むような問題か?)

 

確かに扉間は地位も高く、重要な人間だ。けれど、今回の問題はそれで片が付くのか?

 

 

 

(・・・・やはりか。)

 

扉間は静かに事の騒動を見ていた。

その反応は予想通りだった。

うちはの人間はいい。けれど、千手はそうはいかないことは理解していた。けれど、尾獣の捕獲など、千手の人間に知らせないわけにはいかず、そうして、早急な回収には人手がいるため、ばらさない手はない。

また、氏族の長達には術のことを伝え、尾獣を調べると言うことは伝えている。

こういう時、忍最強の双璧たる二人の男が兄弟だと非常に便利だ。

なんとかすると言ったときの安心感と信頼度が半端ないので、説得は早かった。

何よりも、氏族達にはあくまで調べると言うことで済ませている。さすがに、彼らも尾獣を回収と言うことに関してすぐに判断を下すことは難しいだろう。だが、イドラのことを考えれば、そんな悠長なことをしている暇はないのだ。

イドラは同盟の要で有り、そうして、己の息子の母なのだ。死なせるものか、誰が、奪われて堪るものか。

何よりも、扉間にはどうしても六道仙人に会いたい理由があった。

 

(人の嫁に、何を粉をかけてやがるのか!)

 

扉間の脳裏にはイドラから聞いた話が浮んだ。

 

(六道仙人様ですか?お膝の上に載せてくれて、頭を撫でてくださいました!)

 

は?

扉間の眉間に青筋が浮んだのはまた別の話だろう。

前々から気になっていたが、仙人だかなんだか知らないが、何を人の嫁さんに粉をかけてるんだ?

というか、妻に似てるからって人の嫁さん、膝の上に乗せるか?

 

ぜってえ、一言、二言言ってやる!

金輪際、イドラに近づかないように言い含めてやる!

仙人とか関係ねえ、夫として絶対にイドラから引き離す!二度と現れないように、封印でも何でもしてやる。

 

扉間はそんな思惑も込みで、尾獣の回収に乗り出したのだ。

 

(・・・・千手の人間も、うちはの人間も、おそらく、ワシがイドラを溺愛しているがために強行を行おうとしていると思っているのだろう。)

 

それでいい、扉間自身、今回は散々な目にあっているが、自身の勘違いを逆手に取ることにした。

 

扉間が尾獣について接触が図れると知ったとき、彼の脳裏には一つの考えが浮んだ。

そのまま、尾獣の力を運用することは出来ないか?

正直、扉間も尾獣については制御をしたいのが本音だ。あんな、天変地異の権化のような存在が闊歩しているのははっきり言って迷惑だ。

ならば、どうするか?

 

(尾獣自体を封印し、その力を運用することが出来れば。)

 

それについてはうずまきの封印術をあさっている。そうして、それが叶えば、他の里への分配について考えていた。

元より、扉間は戦力についてできるだけ均等にすることで、三すくみのように戦争の勃発を避けたいのが本音だ。

何よりも、尾獣を制御しようとするなんておごった思想をする人間はいない。ならば、例え、尾獣がいなくなろうとも、人気のないところに引っ込んだのだろうと誰もが思う。

元より、尾獣の存在する地域に近づく者もいないため、ばれる可能性も非常に低いのだ。

そうして、どの里も、尾獣の力というそれを前にすれば、受け取らないという選択も出来ない。

 

(尾獣については回収時に封印し、その後は他の里への分配で黙らせればいい。そうして、事前にばれた場合も、交渉である程度、色をつければよいだろう。他里の人間も、うちはと千手、そうして、猿飛に志村、おまけに日向が連合を組んであせっておるだろうし。)

 

ただ、さすがに扉間も尾獣の捕獲に関しては己一人では無理であるし、確実に兄たちの力は必要だ。が、さすがにその二人も尾獣の捕獲には難色を示すだろう。

扉間はほくそ笑んだ。

そうだ、うちはの人間は扉間のイドラへの愛に熱狂してそれを受け入れるだろう。

千手の人間も、なんだかんだでイドラにほだされているものは多い。危険だと口にしても、尾獣の力の運用(本命)について話をすれば、納得はするはずだ。

 

扉間は内心で悪い顔をした。

ふ、今まで散々な目に会ってきたが、今回はその勘違いを受け入れよう。どんどん、勘違いして、今回の尾獣の回収の賛同が増えればいい。

 

(事前に、この件は兄者たちにも根回しをしている。それ以上のことなどない・・・・)

 

そこでうちはの一人が立ち上がり、扉間に叫んだ。

 

「扉間様!もしや、責任を取るとは・・・そんな、扉間様、自身の命をかけておられると!?」

 

部屋に訪れた沈黙。

扉間の背中に、嫌な汗が伝った。

なにか、非常にまずいことだけは理解した。

 

 



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愛の前には命は軽い

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


 

命をかけるというそれに、うちはイズナは固まった。

思わず視線を向けた、千手扉間の顔は茫然と、まるで見透かされたことに驚いたような顔をしていた。

 

 

「姉さんが!?」

 

事の真相をイズナが知ったのは、うちはイドラこと千手イドラがマダラの家に預けられた後のことだった。

息子のクズハを見送った後、いつもの通り、火影邸に向かおうとしていたときに使いが来たのだ。それも、内容はわからずに知らせだけが来たのだから、イズナも慌てた。

何が起きたと向かった先で聞かされたのが、イドラに起こっていることだった。

 

(・・・・策はあるって言うけど。)

 

イズナは元より、兄であるうちはマダラと千手柱間にはどうやって一族の人間を説得するのかについては説明されていた。

曰く、六道仙人の使いだという間抜けな鳥の話では、尾獣自体の大きさを変えることは可能という。

尾獣たちが何よりも目立つのは、その大きさだ。それをなんとか出来るのなら、秘密裏に尾獣を集めること自体はなんとかなるはずだ。

そうして、もしもばれたときは尾獣をネタに他里と交渉を行うことは聞かされていた。

 

「いいのか?」

「何がだ?」

 

何か、妙に据わった眼の扉間にイズナは聞いた。

 

「・・・・危険なはずだろ。」

「そうだ。」

「・・・反対すると思ってた。」

「・・・するか。あれにはまだまだ責任を取ってもらわんとな。」

 

冷たい奴だと思っていた。

姉に惚れていると言っても、どこかで、きっと冷たい奴なのだと思っていた。けれど、と、イズナはぎらぎらと怒りをたぎらせる瞳の男にこぶしを握り込んだ。

間違っているのだ。

こんな、私心を捨てて、姉は切り捨てられないといけないのだ。

今は、里のために、一族よりも優先しなくてはいけない瞬間があると、イズナだってわかっている。

けれど、その男は、姉を選択してくれたのだ。勝てる要素があるといっても、それでも、男は姉を優先してくれたのだ。

 

(・・・・ありがとう、義兄さん。)

 

ぽつんと、心の内で呟かれたそれは、イズナが初めて扉間を義兄と呼んだその瞬間だった。

 

もちろん、その時の扉間の脳内は、イドラを救うことに必死ではあるが、それ以上に人の女に粉をかけているらしいクソジジイへの制裁で目が据わっていたわけだが。

それを知らないイズナは健気にそんなことを考えていた。

 

そのまま、扉間が説得を行おうとしていたとき、悲愴な顔でそんなことを言ったうちはの人間に視線が行った。

イズナはそれに何をと思ったが扉間の珍しく動揺した顔にそれが本当であると理解した。

その顔は扉間が今までの経験で嫌な予感しかしなかったためであるのだが。

 

「・・・・何を言っておる。ワシは。」

 

扉間は誰にも知られていないが、ものすごい心臓をバクバクさせて言葉を紡ごうとした。けれど、それよりも先にうちはの男が口を開く。

 

「扉間様!私は知っておりますよ!イドラ様に幼少期のクナイを渡されたことを!」

 

クナイ、と部屋の中に動揺が広まる。

柱間やマダラ、そうしてイズナは扉間の方を見るが、男は珍しく動揺が顔にしみ出していた。

その時、扉間は滝のような汗が背中に伝っていた。

 

「私も、イドラ様が古びたクナイを持ってられたことに疑問を持ち、どうかされたのか聞いたのです。その時、イドラ様が言っておられました。それはイドラ様に何かあったとき、扉間様が必ずや、それこそ命をかけてでも敵を取るという証としていただいたと。」

 

それに部屋にいた一族で動揺が走った。

扉間はそれに一瞬だけほっとした。どうやら、後追い云々の話は広まっていないようだと。けれど、すぐに扉間は正気に戻る。

それはそれとして、やべえ内容が爆誕してるじゃねえか!?

すでに伝説は突き立てまくっているので、今更と言えば今更なのだが、それはそれとしてこれ以上立ちまくる誤解に扉間は待ったをかけようとした。

 

「・・・・・ですが、扉間様も立場があります。そのため、イドラ様から口止めされていましたが。ですが!尾獣を集めることによって、多くを敵に回すお覚悟を持っておられるというのなら。この身、それを伝えずにはいられません!」

 

男の脳裏には、何かうきうきでクナイを磨いていたイドラの姿が思い浮かんだ。

 

イドラ様、古くて小さいクナイですね。どうされたんですか?

これですか、これは!えっと・・・・

どうされましたか?

ええっと、これは、その、扉間様に貰って。

ああ、扉間様に。ですが、なぜ、そんなものを?

ええっと、あの、あー、扉間様に、お守りで、貰いまして?

お守り?確かに、心強いですが。クナイですか・・・・

どうしよう、命云々については、言えない・・・・

え?

あ、あの、これは扉間様が私に何かあっても必ずどうにかしてやるって、あれです、そんな感じです!

 

イドラはさすがに後追い云々を言えないため、必死に言い訳を考えたが、何かふわっとしたことを言ってしまったわけだ。

が、そのうちはの青年からすれば、所々聞こえてきた単語、命、どうにかしてやる、そんな単語を自分の中で悪魔合体した結果、そんなことになってしまったのだ。

本来の意味合いと、模造された内容どっちがましかと言われると悩ましい。ただ、とんでもない玉突き事故は起こっている。

 

「待て、そのようなことは言っていないが!?」

 

その言葉は真実だ。まあ、それ以上にやべえことを言っているのだが。

 

「扉間!」

 

突然のイズナの叫び声に、扉間は肩を揺らせた。それに振り向けば、そこにはイズナが半泣きで立っていた。

何故、目にそんなに涙を溜めているのかわからずに扉間は動揺しながら振り返った。

 

「お前、どういうことだよ!?」

「どういうこととは、何だ!?」

「自分だけ、責任をおっかむる気かってことだよ!」

「そんなこと考えていないが!?」

 

扉間からすれば本当に寝耳に水だ。いいや、というよりも、イドラも救うが、それ以上に尾獣を使って戦力増強と牽制と、資金調達を企んでいる具合には図太いのだが。

あまりにも斜め上からの話で、動揺したそれが扉間の自己犠牲の信憑性を増させていた。

それにイズナは扉間の胸ぐらを掴んだ。

 

「お前、ふざけんなよ!そんな、なに、自分で全部背負おうとしてるんだよ!?」

「だから、しとらんわ!言っただろうが、責任は・・・」

「言ったさ!でも、それだけで本当に責任が取れるのか!?」

 

一族の人間は事前に責任の取り方について話がされていたことを察したが、それ以上に、確かにと思う。

扉間がどんな方法を用意していたのかはわからないが、それはそれとして、どんな方法であっても批難は避けられないはずだ。

それこそ、現在、火の国という最大の国にまつろう、忍において最強と名高い千手とうちはの同盟の要である扉間を引きずり下ろしたいと思っている存在はいるはずだ。

氏族達は、あまりにも強い千手の戦力を削り、自分たちを有利に進めたいという思い、そうして、大名達は忍側が力をつけることを避けたいという思惑は存在する。

そんな人間達に責任を問われれば?

下手なことでは収まらない。

ならば、どうするか?

部屋の人間達は、全てを察した。

それで、イドラを救うために、この男は最小の犠牲で済ませるために己の命をかけようとしているのだ。

 

「なんだよ、姉さんのこと!ようやく、戦の時とは違って、穏やかになって!子どもだって出来て!すっごく幸せそうなんだよ!なのに、姉さんのこと、置いていく気なのかよ!」

義兄さん・・・・

 

最後の、義兄という単語に、皆が度肝を抜かれていた。

イズナが千手への態度を軟化させても、頑なに扉間のことをそう呼ばないことは皆知っていた。

まあ、それも仕方が無い。

彼らの関係性もあるし、イズナの兄たちは千手との戦で死んだのだ。関係性は義兄弟と言っても、そう呼ぶ必要も無いだろうと。

けれど、彼は、イズナは、扉間を義兄と呼んだのだ。

兄と、扉間を、千手の男を、心底、家族であると認めたのだ。

 

「い、イズナよ、そのような・・・・」

 

扉間は義兄と呼ばれたことに動揺し、あとずさりをした。

やばい、非常にまずいことになっている。

 

「ワシは己のことを犠牲にしようなどとは思っておらん!大体、言ったが、ワシは!」

「扉間よ、もうよい。」

 

肩をポンと叩かれて、その、兄の声に、扉間は瞬間風速最大級に嫌な予感を覚える。

ばっと後ろを振り返った。その先には感極まったように目をうるうるさせている柱間と、そうして、何か、こらえるような顔をしたマダラがいた。

 

「あに・・・」

「もう、何も言うな!扉間よ!」

 

頼む、何も喋ってくれるなと願って柱間に声をかけようとしたが、それ以上の圧で扉間の言葉は遮られる。

 

「すまん!俺は、兄として、お前の覚悟を見誤っていた!今回のことで、そこまで、自身の命をかけるなどと!兄として、お前をわかってやれていなかった!お前なら、どんなことになっても全力で生き残り、敵対している奴らをついでにあぶり出すぐらいに考えていると!」

 

安心して欲しい、その分析で十分、弟のことは理解できている。というか、方向性としてはばっちりだ。

 

「兄者!ワシは、そんなことなど思ってはおらん!」

「扉間よ!」

 

そこで今度はマダラの声が重なる。それに扉間はせめてとマダラに助けを求めるために視線を向けた。が、マダラは感極まったように頷いた。

 

「もう、何も言うな!お前がそこまでの覚悟であるのなら、うちはもまた、お前と道を同じにする所存だ!」

 

マダラは扉間の背中を軽く叩いた。

 

「義弟よ。」

 

その言葉に扉間の目が確実に死んだ。

 

そんな扉間の死んだ目などお構いなしに、うちはの人間が全員立ち上がった。そうして、千手の人間に頭を下げた。

それに千手の人間は動揺する。慣れてきているとは言え、さすがにプライドが高い彼らを苦手としてぎこちない関係性になっているのだ。

それ故に、彼らがそこまで頭を下げたことに驚いた。

 

「・・・・頼みます。千手にとっても危険があることは理解している。だが、イドラ様は、我らのために。愛し合っているとは言え、敵対している一族に嫁がれた。それによって、救われた命がある。このまま、あの子を犠牲になど、我らには出来ない。そうして、そのために、命をかけてくださると、そこまでイドラ様を助けてくれようとしている扉間様の心を、どうかくんで欲しいのだ。」

 

それに、門番をしていた男は、そっと目の前のうちはの人間を起こした。それに、他の千手の人間も同じようにした。

 

「・・・・我らも、扉間様の花嫁を失いたいわけではない。」

 

立ち上がったそれに扉間は慌てて言った。

 

「待て!そんなことを、ワシはまったく考えていない!ならば・・・・!」

「扉間よ!」

 

柱間が扉間の肩を掴んだ。

 

「安心しろ、何を持ってもお前にも、そうして、イドラにも指一本触れさせん!皆の者!此度の件が漏れれば、扉間の命が危うい!わかっているな!」

「はっ!」

 

その場にいた人間が覚悟を決めて、心を一つにして頷いた。扉間は、己に抱きつくイズナのつむじを見つめて、もう、やけの域でそれを眺めた。

ここに、絶対に失敗してはいけない(扉間の命がかかっています)尾獣捕獲計画が爆誕したのだ。

扉間の命を担保に、ある意味で本当に千手とうちはの心が一つになったのだ。

酷い話である。

 





ああ、イドラ。旦那様に聞いています。大変なことになっていますね。
あ、アカリ様、お世話になります!そう言えば、体調は大丈夫ですか?
・・・・ああ、はい。少し、普段は使わない筋肉を使ったせいか、疲れてしまって。
そうなんですか?何かあったら言ってくださいね!体力はあるので!あと、兄様とは仲良くされていますか?
ええ、よくしてくれるが、どうかしたのか?
だって、兄様、新婚生活で話が持たないからってご飯の席で延々と私やイズナの思い出話を数時間ノンストップでしたって聞いたんですが。
ああ、いいや、それで旦那様の昔の話しもわかって楽しいし。イドラやイズナ殿の昔の話が聞けるのは楽しいからな。
でも、数時間、私たちの失敗とかの話を聞いても楽しくないのでは?
いいや、とても楽しいよ。何よりも、弱みは握っておいた方がいいだろう?
あれ?なんか、寒気がする!?
それに、ほら、あれを見てください。
え?わあ、白ウサギ!可愛い!
以前、鷹狩りの時に見つけたそうで。持って帰ってきてくださったんです。そのまま、庭で飼っているんですよ。
・・・・贈り物が生きたうさぎ。
ああ、非常時には食べてもいいしな。
いま、兄様とアカリ様が夫婦であることをしっかりと理解しました。


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主人公補正って最強だ、なら、ラスボス補正もたぶんある

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

完結後に、番外編で読みたい奴のリクエストみたいなのしてみたいんですけど、活動報告で計画してます。


 

その日、九つの尾を持つ尾獣、九喇嘛は特別なことなどなく過ごしていた。

煩わしい人間達から離れた、秘境と言っていい場所は彼にとってお気に入りの場所だった。

特別、生理現象もない彼にとって、一日とまさしく寝て過ごすぐらいしかしないのだが。

そんな穏やかさもまた、彼は気に入っていた。

そんな穏やかさが壊されたのは、唐突であった。

 

「・・・・まどの!」

 

ぴくりと耳を震わせれば、九喇嘛の耳に人間の声が聞こえてきた。九喇嘛は、またかと不快そうに顔を歪めた。

 

(またか。)

 

少し前に、雲隠れと名乗る忍が九喇嘛を捕獲しようとやってきた。もちろん、やってきた人間達は全員、踏み潰してしまった。

九喇嘛は一瞬、その場から立ち去ろうかと考えるが、それよりも先に、何故自分の方が下がらねばならぬと不快感を覚える。

九喇嘛はそのまま待ち構えることを決めた。

気配はどんどん近づいてくる。

そうして、彼は気づいた。

 

「くらま殿!」

 

その人間達が、己の名前を呼んでいることに。

 

 

 

「・・・・誰だ!」

 

森の中、高く伸びた木々の間、九喇嘛は吐き捨てるように叫んでいた。

それほどまでに、彼は内心で荒れていた。

 

何故、その名前を知っている?

 

尾獣の名前は、尾獣たち本人と、そうして父親である六道仙人ぐらいしか知るはずがないのだ。

ならば、尾獣たちのなかでそれを教えたというのか?

いや、ありえない。そんなことなどあり得るはずがない。

己自身の名前を教えることはあり得ても、他の尾獣の名前はありえるはずがないのだ。

ならば、誰だ?

誰がどうやって、その名前を知り得たというのだ?

 

九喇嘛が警戒するようにうなり声を上げた瞬間、声を上げていただろう存在が姿を現した。

それは、二人の男だ。

一人は大樹の幹のような色の髪をしており、もう一人は真っ黒な色をしていた。

九喇嘛は思わず少しだけ、動揺するように動きを止めた。

何故って、黒い髪の男のその瞳。

赤く、暗がりの中で輝くその瞳。

 

それが、誰であるかはわからずとも、どこの出であるのかは理解した。

 

「九喇嘛殿とお見受けするが、間違いは無いだろうか!?」

「何者だ!?」

 

叩きつけるような九喇嘛のそれさえも、二人の男は微動だにしない。

 

「おお、聞いたか、マダラよ!」

「そんなに声を張り上げんでも聞こえている!」

 

九喇嘛は今までにないその態度に苛立ち、威圧するように叫んだ。

 

「その名を、どこで知った!?」

 

周りの木々がざわめき、辺りに九喇嘛の声が響き渡る。それにさえも、二人の男は動揺もしない。

 

「おお、すまん!ついつい、興奮してしまったな!俺は千手柱間、九喇嘛殿にわかりやすく言うのなら、大筒木アシュラの生まれ変わりだ。」

 

その言葉に九喇嘛は目を見開いた。

アシュラ、その名前が今を生きる存在から出てきたことに驚愕したのだ。

 

(いいや、こいつは今、何と言った!?生まれ変わり!?アシュラの転生体だと!?)

 

まじまじとみた男は、確かに、面影があると言えばそうだろう。謀られているのか、そう考えたが、それ以上に何故、それを知っているということになる。

二人のことを凝視する九喇嘛を前にして、千手柱間と名乗った男は少し、てれてれしながら、隣りにいた男と肩を組んだ。

 

「そうして、こちらが、大筒木インドラの生まれ変わりである、うちはマダラ!俺の友にして、義兄ぞ!」

「いらん情報を言わんでいい!」

「いいだろう!新しくお前を紹介する機会もないし。言う機会がなかったから嬉しいぞ、義兄上!」

「義兄呼びするな!」

「事実ぞ!」

 

目の前でぎゃーすかと、というよりもいちゃつき始めた二人に、九喇嘛はしらっとした表情をした。

 

(・・・・・この空気、こいつは確実にアシュラの生まれ変わりだ。)

 

妙な既視感というか、感慨深さを感じつつ、九喇嘛は目を細めた。そうして、口を開いた。

 

「お前ら、ようやく仲直りしたのか。いったい、何年かかっているんだ。」

 

今まで威圧感を持っていた声音が格段に柔らかくなるのを理解して、マダラと呼ばれた男は自分にじゃれつく男を手で押しのけながら口を開いた。

 

「・・・知っているのか?」

「知っているも何も。両方、直接的にそこまで縁はないが、ずっと見ていたからな。インドラよ、お前は知らんだろうが、お前がいなくなってからアシュラは本当に面倒でな。生まれ変わってでも兄を止めると言いながら、酒に酔うたびに、お前がいるはずの方を見てはぐちぐちと。」

 

はあとため息を吐きつつ、九喇嘛は遠い昔、六道仙人から相談されたことを思い出した。

 

後継者にアシュラを選んだはいいが。いや、人の手を借りながらなんとかしてはいるのだが。酒が入るたびに、インドラとの思い出を語り、インドラがいる方を見ながらぶつぶつと呟いとるんだが、大丈夫だろうか?

 

いいえ、たぶん、色々ダメです。

そんなことを思いつつ、尾獣たちに出来ることなど無いのだからとスルーしていた。

それが、蓋を開ければ世代を延々と超えて等々ここまで長引くとは思わなかった。

 

人は忘れる生き物だ。数世代、人をまたいだだけで忍宗を覚えているものがどれだけいるだろうか。

けれど、彼らは忘れなかったのだ。

アシュラの後継と、インドラの後継、憎しみだけをずっと引きずって歩いたのだ。

九喇嘛はふむと、頷いて、二人の男を見下ろした。

決着はついたらしい。

 

(ならば、予言もまた叶うのだろうか?)

 

ガマのした予言、それについて九喇嘛は思い出す。

 

いつか、九匹の獣たちと人が昼寝をしても赦される日が来る。

 

(・・・・・今でもわからん。)

 

曰く、ガマが見た夢では尾獣たちはのんきにすやすやと寝ていたらしい。そうして、その背中だとか子どもや大人、金髪や黒髪、赤毛。目も、碧眼や黒い瞳など、さまざまな人間がのんきに眠りこけていたり、楽しそうに遊んでいたらしい。

 

そんな日が、お前達が暢気に人と生きていける日がいつか来るのだと、六道仙人は言っていたが。

 

(・・・・特に、碧眼の子どもと黒い瞳の子どもが目に付いたらしいが。)

 

九喇嘛には何と暢気な夢だと息を吐く。

 

「・・・・それで、俺に何のようだ?」

「おお、それでの。六道仙人様が夢見に立たれましての。それで、尾獣たちに頼み事がありましてな。」

 

その言葉に九喇嘛は顔をしかめた。

 

「ふん、断る。」

「え、いや、その!断られるわけにはいかないのだ!うちの義妹が件で!」

「くどい!」

 

九喇嘛はそう言って、ばんと尻尾を地面に叩きつけた。尾獣の中で、強い力を持った九喇嘛はそれだけ人間たちに狙われてきた。

それは、力尽くであることもあったし、下手に出てくる者もいた。

けれど、全てが九喇嘛の力を利用しようとしてのことだ。

 

彼らが自分の名前を知っているのは気になる。けれど、九喇嘛はそれらを信用することが出来なかった。何よりも、六道仙人がそこまで彼らに干渉していることこそがおかしいのだ。

散々に兄弟達で殺しあいを続けさせて、今更干渉する意味がわからない。

警戒心を強めた九喇嘛はそう吐き捨てた。

信じられるはずがないのだ。それ故に、九喇嘛は男達から離れた。

 

「そのような!頼む、九喇嘛殿!我が義妹の危機なのだ!」

「失せるがいい、アシュラの末裔、インドラの末裔よ。関わる気は無い。」

 

九喇嘛はこれ以上に関わる気は無いと彼らは追い返そうとした。けれど、それよりも先にマダラは笑った。

 

「・・・・柱間よ、わかっていただろう。この九尾は元より、人一倍、扱いが難しいと。」

「そうだがなあ。乱暴は出来れば控えたかったが。仕方が無い。」

「はっ!なんだ、お前達、この九尾を力尽くで押さえると?」

 

九喇嘛はそれを鼻で笑った。そうだ、いつものように追い払ってしまおうとした。

が、悲しいかな。

確かに、尾獣である九喇嘛に勝てる存在なんてそうそういないだろう。

だが、この世には補正というものが存在する。

本来ならば、ある意味で、物語の主人公とラスボス級を担っていた二人が手を組んだらどうなるか?

主人公補正があれば、ラスボス補正も存在する。

簡単だ。

 

「柱間、行くぞ。」

「おお!」

 

その返事と共に、マダラの目は万華鏡写輪眼に、柱間は仙人の縁取りが浮んだ。

 

「は、ま、うわああああああああああああああああああああああ!?」

 

勝てる奴なんているはずがないのである。

 

 

 

「・・・・これが、かの有名な。」

「なんともまあ、不可思議な。」

 

そう言って、その場にいたうちはと千手の人間は柱間の抱いたそれに視線が奪われていた。その手の中にいたのは、子犬サイズの狐で、もとい、九尾たる九喇嘛である。

九喇嘛はじたじたと柱間の腕の中で暴れ続けている。

 

「くそがああああああああああ!なんだ、これは!?」

「暴れんでくれ、九喇嘛殿!」

「おい、早く籠に入れちまえ。」

「だがなあ、可愛そうでは無いか?」

「慈悲はいらん。」

 

その言葉で柱間はそっと、九喇嘛を持ってきていた籠の中に入れた。竹か何かを編み込んでいるらしいそれは外の様子がよく見える。

 

「休まれていきますか?」

「時間が無い、すぐに立つ。」

「わかりました。」

 

そのまま柱間達はその場から立ち去った。

 

 

九喇嘛は籠の中をじたじたと動いた。相当の速さで動いているせいで揺れは酷いが、気遣いなのか何なのか、布が幾重もに重なって敷き詰められているせいで痛みはない。

 

(どういうことだ!?)

 

九喇嘛は焦っていた。

何はともあれ、柱間とマダラに負けた九喇嘛に二人は何かの札を貼り付けた。それの札によって九喇嘛は縮み、そうして、チャクラを扱えなくなったのだ。

おまけに、指先を見れば、つんつんとした爪はまるくなり、質感は完全にぬいぐるみ。

お子さんに渡しても大丈夫な安全設計に成り果てている。

 

「おい、なんだ、これは!?」

「六道仙人様より預かった術ぞ。尾獣たちの中には頼みを聞いてくれんものがおるだろうから、これを使えとな。」

 

あのジジイが!?と九喇嘛は今更になって干渉を行っている事実に驚いた。そうして、逃げようと九喇嘛は最後の抵抗に籠をがじがじと噛んだが乳歯に等しい、ちっちゃい歯では何も出来ない。

屈辱だ、何をしても、なんと惨めなことだろうか。

 

「・・・・可愛い。」

「誰が可愛いだと!?」

 

それは野営の最中に逃げようともがく九喇嘛にかけられた言葉だった。が、そう言ったうちはの人間だという男はどこかきらきらとした九喇嘛を見つめている。

 

「ゴヨウ殿、あまり、近づかないほうがいいのではないか?」

「ああ、桃華殿。だが、全部小さくて可愛いだろう?」

 

千手の女はそれになんとも言えない微妙な顔をした。ゴヨウと呼ばれた男は暢気に笑っている。それに桃華と呼ばれたそれは微妙な顔をする。

鋭い目つきをしているが、くせっ毛なのかぴょんぴょんと跳ねた髪のために妙な愛嬌がある。

 

「誰が可愛いだと!?」

 

ぐるぐるうなり声を上げる九喇嘛にゴヨウはにこにこと笑みを深くする。それに桃華は呆れながらゴヨウを促した。

 

「九喇嘛殿も腹が減っているだろう。頭領の捕った肉でも食べるだろうか?」

「おお、そうだ!せっかくならば、私が焼こう!」

 

るんるん気分でその場から去り、ゴヨウを横目に桃華がため息をついた。

 

「申し訳ない。あの男も悪い奴ではないんだが。なんでも、忍猫のようなつんつんとした生き物が大好きでな。自分に噛みつくような存在に構いたがるんだ。」

 

それに九喇嘛は男のやけに傷だらけの手を思い出した。なるほど、あれはそういった経緯で付いたのか。

 

「まあ、短い旅路であるが、我慢してくれ。」

 

桃華の疲れたようなそれに九喇嘛は自分を可愛いと連呼する男との旅を考えてげんなりした。

 

 

 

が、その旅は意外なことにそこそこ快適であった。

籠を背負うゴヨウのうざがらみを抜けば、新鮮な肉は貰えたし、塩をまぶしたりと飽きさせないように調理もしてくれる。

時折、自分に関わってくる柱間とマダラの様子を見るのは、嫌ではなかった。

 

遠い昔、九喇嘛にとって六道仙人の息子達は遠い存在だった。

力の強い自分たちは、人と近すぎればよくないことがあるだろうと。元より、六道仙人自体、尾獣たちの強さにより、距離をどれぐらいにするのかと悩んでいたのもある。

 

だから、ずっと、遠くで見ていた。

見ているだけだった。

仲の良い彼ら、戯れる彼ら、そうして、仲違いをし、決別して、そうして、生まれ変わっても殺し合う彼ら。

 

不本意で、腹立たしく思ってはいるのだ。

けれど、それ以上に。

 

(よかったなあ。)

 

人を信じてなどいない。彼らはよく自分を失望させて、散々にうんざりしていて。

 

けれど、遠い昔、己に優しくしてくれた父親代わりが愛した二人の在り方に安堵している自分がいた。

よかったな、そう、ただ、思う自分がいた。

 

 

が、それとこれとは別だ。

九喇嘛は唐突に連れてこられた屋敷で、逃げ出す機会をうかがっていた。

籠から出されれば、それこそこちらのものだ。

 

「・・・・・戻ったぞ。」

 

桃華とゴヨウは屋敷の前で消え、残りは柱間とマダラだけになる。

彼らは、屋敷の奥、中心に当たるだろう部屋に向かった。そうして、その部屋の押し入れを開け、なんと、奥の壁を押せば、隠し部屋への道が開かれた。

 

さて、これからどんな目に。九喇嘛は警戒心を持って、部屋の中を見た。

その中には、自分と同じサイズになっためちゃくちゃにくつろいでいる、尾獣たちがいた。

 

「ああ、そこそこ!」

「このお菓子、おいしいですねえ。」

「んん・・・・眠い・・・・」

 

野生を無くした動物のように、尾獣たちは三人の女達の膝の上だったり、近くで思い思いにくつろいでいたのだ。

 



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NARUTOと言えば九尾だよね?そんなことはない?

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


「お、九喇嘛じゃないか。」

「あなたも来たんですか?」

 

籠に入った九喇嘛の姿に思い思いにくつろいでいた尾獣たちが声をかけた。それに九喇嘛はわなわなと震えて、籠を掴んで叫んだ。

 

「な、なにをしているんだ、貴様らは!?」

「何って、尾獣が集まるまで待ってたんだろう?」

「待っていた、じゃない!その体たらくは何なんだ!?」

 

九喇嘛がそう怒鳴るが、尾獣たちはその場から動くこともなく、まったりとしたままだ。

そこで、ぴょんと一人の女が立ち上がった。長い黒い髪に、白い肌をした女だ。

見目自体はいいのに、浮かべる表情がなんというか非常に間抜けだ。

それに九喇嘛は妙な既視感を覚えるが、それよりも先にその女の腕の中にいる存在で全てを持って行かれる。

 

「わあああああああああ!すごい、九喇嘛だ!兄様、柱間様、連れてこられたんですね!」

「おお、マダラと一緒であったから楽だったぞ!」

「イドラ、体調はどうだ?」

「はい、特に変わりは無いのですが。」

 

そんな頭上で広がる会話など気にもとめずに、九喇嘛は女の腕の中に収まった一尾こと、守鶴に叫んだ。

 

「なんだ、九喇嘛、お前も来たのか?」

「お前も、じゃねえよ!守鶴、お前、何してるんだ!?」

「何って、インドラとアシュラが仲直りしたって言うから、顔を出したんだろ?お前は、大方意地でも張って力尽くで連れてこられたってとこだろ?」

 

はっと鼻で笑われ、九喇嘛の眉間に皺が寄る。

 

「何を暢気にしている!?それでも尾獣か!?そんな女の腕の中で、何を暢気に!」

「兄様、私も!私も!九喇嘛を抱っこしたいでーす!」

「おいいいいいいいい!俺は犬か、猫か!?」

「狐ぞ。」

「待て、イドラ。」

 

そんな九喇嘛の悲痛な声など無視して、マダラは籠から九喇嘛を、それこそ犬のように首根っこを掴んで引きずり出した。それに、イドラは一旦、守鶴をその場に置き、受け取った。

 

「わあああああああああ!すごーい!九喇嘛だ!」

「くそがあああああああああああああ!!!」

 

最後の抵抗だと九喇嘛が女の腕の中で暴れるが、悲しいかな、ふかふかボディのそれはイドラにとって嬉しいことでしかなく、きゃらきゃらと笑い出す。

尾獣たる自分に戸惑い無く頬ずりをしてくるそれに、警戒心のなさを嘆きたくなった。

 

「あなた、おかえりですか?」

「旦那様、お疲れ様です。」

「おお、ミト!帰ったぞ。」

「ああ、帰った。」

 

イドラに続いて、千手柱間とうちはマダラの妻である、ミトとアカリが続いた。ミトの腕の中には八尾こと牛鬼が、アカリの肩には二尾こと又旅が乗っている。

そうして、その足下に、残りの、尾獣たちがわらわたと集っている。ミトとアカリは尾獣たちをその場に下ろした。

 

「みなさーん、九喇嘛が来ましたよ-」

「離さんか!お前も、何を暢気にしている!?」

 

イドラがその場に座り込み、九喇嘛を他の尾獣たちに見せる。ちょっとした、小動物に囲まれているイドラの姿はなかなかにファンシーだ。

 

「あなたが、九喇嘛様ですか?」

「くっそ、てめえは誰だ!?」

「はい、私はあなたを連れてきた千手柱間の妻の、ミトと申します。そちらの、あなたを抱っこされているのが、マダラ様の妹君のイドラ様です。」

「こいつが、インドラの!?」

 

ちらりと見たその顔を見ろ、なんて間抜けでふにゃふにゃとした顔をしているのだろうか。

そうして、その片割れにいたもう一人の赤毛の女が口を開く。

 

「ご挨拶を。私は、あなたを連れてきたマダラ様の、ふう、妻でアカリと申します。」

「あ、はい、ご丁寧に。」

 

九喇嘛は思わず見上げたその女の顔を見て、かきんと固まる。鉄仮面のその女、何か、妙な既視感を覚える。

思わず固まった九喇嘛のそれに頷いて、アカリはそのままマダラたちに目を向けた。

それを確認しつつ、アカリやミトは里であったこと、また、扉間がなんとか一人で進めている業務について報告をし始める。

 

「何って、ようやくアシュラとインドラが仲直りしたって言うし。」

「だから、その、おめでたいことだよ?」

「六道仙人様にも久方ぶりに会えるかもしれないと聞きましたし。」

「それはいいとして、何をそんな、体たらくをしているんだ!?女の膝の上ででれでれとしやがって!」

 

九喇嘛のそれに、いく尾かは、気まずそうに顔をそらした。

 

「いいや、九喇嘛!お前だって、いい匂いの柔っこい女の膝の上で甘やかされてみろ、飛ぶぜ!?」

「・・・・ぼ、僕達、すぐに大きくなっちゃったから、そういうことされたことなかったから。でも、お膝の上で、うとうとするの、とっても気持ちいいよ?」

「アカリの姐さんなんて、オイラのこと普通に可愛がってくれるしな!」

 

ちなみに、アカリはカブトムシそっくりの重明のことも、ナメクジに似ており、おまけに粘膜に覆われた犀犬のことも平気で膝に乗せて世話をしていたりする。

 

やじゃないのか、と、女にとっては苦手そうな自分たちに触れるアカリがそう言えば、彼女は遠い目で言った。

 

・・・・・やんちゃで、好奇心の塊のような男を四人世話していると、虫もナメクジも平気になるんだぞ?

 

それを聞いていたミトとイドラは、過去に千手兄弟が何をやらかしたのか気になったが、そっとその疑問を胸にしまった。

 

「おやつもおいしいし。みんな、優しいよ。」

 

のんびりとした磯撫のそれに九喇嘛が叫ぶ。

 

「お前ら、それでどれだけ煮え湯を飲まされてきたと思っている!?それで利用されるのがオチだろう!?」

「ふ、あはははあははあはあはあはあは!!!!!」

 

突然聞こえた哄笑に尾獣とイドラが視線を向けた。そこには、棚が置かれているのだが、その上に何かが立っている。

 

「九喇嘛よ、また、間抜けな姿になったものだな!?」

 

楽しそうな声と共に、それはひらりとその場に降り立った。それを尾獣とイドラは茫然と見つめた。

 

「ずいぶんと、可愛い姿になったではないか!?」

 

鋭いくちばし、煌々と光る瞳、雄々しい翼。その黒鳥は揺るやかに微笑み、その低く静かな声音で九喇嘛に言った。

それに、九喇嘛は目を見開き、そうして、言った。

 

「だ、誰だ?」

 

そこにいたのは、見事なまでのペンギンである。

その言葉にペンギンはぴきりと固まった。そうして、わなわなと震えながら、びしりと翼を九喇嘛に向けた。

 

「八咫烏だ!や・た・が・ら・す!」

 

その言葉に九喇嘛は目を見開いた後、そうして、イドラの腕の中でひっくり返ってげらげらと笑い出す。

 

「ふ、く、はははあははあははあはあはははははは!!なんだ、お前、その、ふ、ま、間抜けな姿は!」

 

ばたばたと九喇嘛は手足を振り回して、それを笑った。その言葉に他の尾獣たちは、あーあと呆れた顔をした。その瞬間、ペンギンは九喇嘛に飛びかかり、くちばしで突き始める。

 

「い、いだだだだだだだだだ!!」

「この、くそ狐!こちとら、望んでこんな姿になってないわ!」

「ペン吉、ダメですよ!」

 

イドラにそう言われて引き離されている中、双方、ぶらんと宙づりになる。

 

「・・・・大丈夫か?」

「大丈夫ではないわ!こんのくそ狐!」

「誰がくそ狐か!この間抜けな鳥め!」

「大丈夫です!」

 

九喇嘛とペン吉の喧嘩に恐る恐ると口を開いたマダラに、イドラはふんすと息を吐いた。それにマダラは頷いた。

 

「俺たちは、ひとまず、とんでもねえ業務量をこなしてる扉間のとこに行く。お前はここで尾獣たちと大人しくしてるんだぞ?」

「はーい。」

「また後で来るからな?」

「わかりました、柱間様!」

「私も用事があるので一旦は抜けますので。」

「はい、ありがとうございました、ミト様!」

「尾獣の皆様も、後でおやつを持ってきますからね。」

「わかった、ミト!」

「前のあんこの奴がいいぜ!」

「はいはい、わかりました。」

「皆、イドラに何かしてみろ。この世の果てまで追い回してしばき倒すからな。」

「はい!」

「分かりました!アカリ様!」

「いえっさー!」

「待て、お前ら、なんでこの赤毛の女にびびってるんだ?」

 

そんなことを言っていると、マダラたちはそのまま足早に部屋から立ち去った。それを見送った後、イドラは改めて九喇嘛を見た。

 

「改めまして、私は、うちはイドラと申します。」

 

それに九喇嘛ははんと息を吐いた。

 

「・・・・八咫よ。貴様、何故、人間に肩入れをしている?ジジイがわざわざここまで干渉するなどありえんだろう!?」

 

その言葉に尾獣たちは、あーと納得するように頷いた。それにペン吉は九喇嘛を突くのを止め、その場に降り立った。

 

「はあ、イドラ様、ちょっとお顔をきりっとさせてくれますか?」

「はあ?何を言って・・・・」

 

その言葉にイドラは不思議そうな顔をしたが、一度頷いて、顔に力を入れた。ふにゃふにゃとした、それが引き締まり、静かな表情を浮かべる。

なるほど、顔の造形はいいのだから、表情一つでなかなか印象が変わる。

そうして、九喇嘛はその表情にようやく理解した。

 

「まさか・・・・!」

 

九喇嘛は女に覚えた既視感の正体をようやく理解した。

その顔は、彼の父親代わりである六道仙人の妻、サクヤ姫にそっくりだったのだ。

 

 

 

「この方は、サクヤ様の生まれ変わりなのだ。」

「どうりでな。お前、元々、あの人のもんだったからな。にしても、あの爺さんなにしてんだよ!?」

「九喇嘛、原因はこれだぜ。」

 

孫悟空はそう言って、イドラの背中に飛び乗った。さすがに重かったのか、べしゃりとその場に倒れ込んだ。

 

「重いです・・・」

「我慢してくれや、イドラの嬢ちゃん。」

 

べたりと倒れ伏したイドラの周りに尾獣がわらわらと集まる。そうして、ペン吉がぺろんと首筋にかかった髪をめくった。

そこには、奇妙な菱形の模様があった。

 

「なんだこれは?」

「これがやっかいな術でな。詳細は私も知らん。ただ、六道仙人様にとっても良くないようでな。急遽、私が使わされたわけだ。」

 

ペン吉がぺしぺしとイドラの首元を翼で叩き、その術について簡単に説明を行った。それを見つつ、九喇嘛は何故、マダラや柱間がそこまで必死に自分たちを集めた理由もわかった。

九喇嘛の脳裏には、イドラに声をかける四人の顔が浮んだ。

わかる、ああ、わかる。

その瞳には、慈しみがあって、柔らかなものがあった。

大事にされているのだろうと。

あの、父親代わりの男が愛した女と同様に。

 

「重いです、どいてください・・・」

 

それにさすがに孫悟空も背中から退いた。起き上がり、座ったそれはにっこりと先ほどのきりっとした顔も忘れたようにぽやぽやと笑った。

そうして、何故か興奮気味にイドラは九喇嘛を抱き上げた。

 

「何する!?」

「だって、九喇嘛様ですよ!九喇嘛様、九尾!」

 

興奮気味にそう言って、イドラはきらきらとした目で九喇嘛を見る。守鶴が面白くなさそうな顔をしているのが端に見えた。それが、たまらなく、居心地が悪い。

それは、例えば、憧れを見るようなもので。それは、例えば、幼い頃から馴染んだ庇護者へ向けるような甘ったれていて。

そのくせ、まるで、そうだ、まるで。

 

イドラは高く掲げた九喇嘛をそっと己の膝の上に乗せた。そうして、そっと、獣の頭を撫でた。するすると、頭を撫でて、耳をくすぐり、背中をさする。

 

「ごめんなさい、森の中で静かに過ごしていたのに。私のせいです。だから、ここにいる間は、おいしいご飯も、おやつも用意しますね。」

 

見上げた先、微笑んだ女。

ああ、まるで、その瞳は、愛しいと、言っているような眼で。

ああ、そんな目を、向けてくれたことがある。そうだ、いつか、少しの間だけ。

父と慕った男に、そんな目を、確かに。

 

「ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、どうか、ここにいてくださいね。」

 

己の体を滑る、暖かな、白い手があんまりにも心地が良くて。九喇嘛は喉の奥で、まるで、愛玩動物のように喉の奥がなりそうになった。

抱きしめられたその瞬間、心臓の音が、どくりと鳴る音がした。命の音がした。

何故だろうか、ひどく、懐かしい気がした。懐かしくて、たまらない気分になった。

けれど、そこで、自分を見る、九つの目に正気に戻る。

 

九喇嘛はばっと周りを見回すと、にやにやと笑う守鶴の顔が見えた。それに九喇嘛は羞恥により、ばっと守鶴に吠える。

 

「てめえ、なんだごら!」

「九喇嘛も甘えてやんの!」

「誰がだ!?」

 

九喇嘛はそのまま守鶴に飛びかかる。それにイドラは慌てて二匹を止める。

 

「またやってるな。」

「九喇嘛は頑固だからなあ。」

「尾獣の中で一番強いって、人から一番狙われてたから。人間嫌いも一押しだし。」

 

そんな中、ペン吉が翼を組んで、呆れた顔をした。いくら、尾獣であるといっても、今のふわふわボディではろくな抵抗も出来ない。

 

「守鶴様、あまり、九喇嘛様のこと、からかっちゃダメですよ。」

「しーらね。」

 

守鶴はそう言った後、イドラの胸の中に飛び込んだ。そうして、柔らかな胸に埋もれて、尻尾を振る。

 

ああ、なんて、甘ったれな顔だろうか。なんて、自分たちらしくないのだろうか。

 

「・・・・ジジイが、お前を使わせたのも納得だな。サクヤのおひいさんに、そっくりだ。」

 

守鶴を撫でるその顔は、なんとも間抜けで、けれど、その柔らかな微笑みは遠い昔に見た、女の顔にそっくりだった。

それにペン吉はしたり顔で頷いた。

 

「ようやく信じたか?六道仙人様が、今回の件に干渉する理由が。」

「ああ、なんせ。」

 

九喇嘛は疲れたようにため息を吐いて、うろんな瞳をした。

 

「ジジイ、おひいさんにベタ惚れだったからな・・・・」

 

その言葉に尾獣たちは同じようになんとも言えない顔をした。

 

 

 

「六道仙人様がサクヤ様に会われたときのこと、覚えておられますか?」

「覚えてるよお。」

「国の端に、未来を知る姫がいるって聞いて行ってみたらとんでもねえ美人でよ。」

「美人って、最初は御簾越しで、声だけだろ。」

「会った後の最初の発言が、可憐だ、でしたっけ?」

「忍宗を広めるって言って旅を続けたはいいものの、相談があるってそのたびに会いに行ってましたもんねえ。」

「わかるぞ、我なんて伝書鳩代わりだったのだからな。」

「サクヤの姫様の姉君に邪険に扱われても不屈さで会いに行ってられましたものね。」

 

その場にいた尾獣たちははあとため息を吐いた。

 

自慢の父だ。自分たちのような、人でないものを子として、育ててくれたのだ。

けれど、その場にいた尾獣たちはしょっぱい顔になる。

誰だって、父親のでれでれの恋愛模様は見たくないのだ。

 

「そう言えば、今回は月兎はいないのか?」

「・・・・・あれなら、今回は留守番だ。」

 

そんな会話を聞きながら、九喇嘛は守鶴を撫でている女を見た。

イドラは不思議そうな顔をしていたが、守鶴のことを機嫌よさそうに撫でている。その様に九喇嘛は苦々しい顔をしていた。

遠い昔であるというのに、今でも、鮮やかに覚えているのだ。

さすがに、尾獣たちは直接的に関わることは出来なかったけれど。けれど、父親を介して、遠くで見ていたのだ。

聖人じみた、息子達にさえも正しく関わり続けた男が、恋なんてものを捧げた女のことを。

 

「・・・・お前達が、大人しくしている理由もわかった。」

「わかったか?俺たちも、まあ、最初は渋っていたんだがな。インドラとアシュラのこともあるが、サクヤのおひいさんの生まれ変わりといわれるとな。」

「といっても、孫悟空と守鶴はあなたと同じように強制的に連行されてきましたけどね。」

「お前もか。」

「ああ、インドラとアシュラの奴ら、めっちゃ怖かったんだが・・・・」

 

遠い目をした孫悟空に九喇嘛は少し同情した。あれは確かにひどい、というか、はちゃめちゃに雑だった。詳しく言うと、戦闘シーンがカットされるぐらいの雑な扱いをされたのだ。

 

なにしてんだろうか、あのジジイはと九喇嘛は遠い目をした。

あんた、自分の息子達の惨状も傍観してたくせに。

そんなとき、また、女を見た。

その女の向こうに、いつかに、静かに笑う黒い髪の女を思い出した。まじまじと見れば、細部は違う。

どちらかというと、サクヤ姫のほうがずっと美人だ。けれど、ああ、似ている。

 

触ってみたかったのだ、名を呼んでみたかったのだ、話をしてみたかったのだ。

ぼんやりと、憧れ染みた思いで、その女のことを見ていた。

父親代わりがようやく口説き落として、結婚して、子が出来て、ようやく話せるだろうかと考えていたとき。

女が死んだ。子を産んで、そうして、死んだ。

 

だから、だろうか。

 

(半端なまま、ここまで来たのか。)

 

何か、遠くで、優しそうな女のことを見ていて。何をして欲しかったのかわからないまま、ただ、話してみたかったというぼんやりとした願望だけが胸にある。

九喇嘛はなんとなく女の膝の上に手を置いた。それにイドラは不思議な顔をして、それに手を重ねた。

柔らかなようで、案外タコの目立つ手だった。

 

「どうかしました?」

 

その瞳にあるのは、やっぱり、信頼と甘えと、そうして、親しみで。

なんだか、それに九喇嘛だって自分の身内がそれだとか、周りの人間たちの近くでくつろいでいた理由もわかる気がした。

それは、あまりにも、己の身を焼く、遠い昔の残光のようで。

 

「少しの間なら、いてやろう。」

 

チャクラを渡して、六道仙人に文句を言って。それぐらい、そのささいなことならば、自分も。

 

(いいか。)

 

がたん。

 

そんな九喇嘛がちょっとセンチメンタルな気分になっていたときだ。

隠し扉らしいそこが空き、ひょっこりと誰かが顔を出した。そこには、白銀の、つんつんとした髪をした、目つきの鋭い男が一人。

それは、イドラの姿を見た瞬間、咄嗟のように守鶴を引き離した。

 

「こんのクソ狸、何回言えばわかるんだ!?」

「はあ、うっさいわ、こんの嫉妬男!!」

 



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流されてたけど、思えば色々おかしい

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。




 

 

「人の嫁の胸に埋もれてるスケベ狸がなにをいっとる!」

「うっせえ!少しぐらいいいだろうが!」

「えーん、扉間様、止めてください!」

 

目の前で怒る、一尾の守鶴とほっぺたをつねり上げる男に、九喇嘛はなんだと他の尾獣に視線を向ける。それに、八尾の牛鬼がああと頷いた。

 

「お前を捕まえた、アシュラの生まれ変わりの千手柱間っていただろう?」

「ああ。」

「あれの、今世の弟だ。」

「あの甘ったれが兄か。世も末だな。」

「まあ、世も末は末だけど。」

「ちなみにインドラはそのまま長子だぞ。」

「あいつ、ただでさえ背負い込みやすいんだから、いっかい、弟とかになったほうがいいんじゃないのか?」

 

そんな尾獣たちの会話の間に、決着が付いたらしく首根っこを掴んだ守鶴が放られる。

 

「扉間、お前、少しは俺に敬意を払えよ!」

「払われたいのなら、それ相応の態度を見せろ!」

 

まったくと言いながら、扉間は守鶴を尾獣たちの中に放った。放り投げると思ったが、普通にとんとおいたのが意外だった。

 

「イドラ、離れろ!ほら、広間だ。」

「あ!広間!お体、なんにもありませんでしたか?」

「見事なまでの健康体だ。うちはや千手でよく見る流行病の兆候もないそうだ。」

「そうかあ、よかったあ!」

 

扉間は自身の足にすがりつくイドラの体を引き離し、そうして、正面からは見えなかったがよくよく見れば、背中から何かを下ろした。

九喇嘛は思わず食い入るようにそれを見た。それは、赤ん坊だ。

もう、首が据わっているらしい赤ん坊は母の腕の中で収まっている。そうして、イドラはそうだといってとことこと自分の元にやってくる。

赤ん坊自体がそこそこ大きいためか、でかめのぬいぐるみを抱えているような景色だった。

そうしてそれに合わせるように尾獣たちはわらわらとイドラの元に集まっていく。   

 

「広間だ!」

「見せろ見せろ!」

「九喇嘛様、そうだ、紹介しますね!」

 

差し出された、銀の髪をした、赤ん坊。きっと、見ることなど無いと思っていた、柔らかなそれ。

 

「私の息子の広間と申します。」

 

唖然とした、茫然とした。

だって、それは、自分にとって、何よりもほど遠いと思っていた生き物だ。その赤ん坊は何よりも安全であるだろう母の胸の中で、不思議そうに自分に手を伸ばす。

 

自分を見る、黒い瞳。それは、己を見て、無邪気に笑う女の目によく似ていた。

乳臭い、甘い、それは、まるで何の疑いもためらいも無く、己に触れた。

 

やわっこくて、温かなそれ。

 

自分を無遠慮に掴んだそれに、九喇嘛は固まった。

 

 

 

「お前は!」

 

尾獣たちの中心にいたイドラを扉間が上から引き上げた。腋に手をかけて、そのまま持ち上げた。

 

「尾獣たちに広間をあまり近づけるなと!」

「何すんだよ!」

「俺の癒やし枠返せ!」

「においを嗅ぎたいんですの!」

「少しぐらいいいじゃないですか!」

「ええい、たかるな!散れ!イドラ、お前は広間に乳をやってこい!」

 

扉間は尾獣たちからイドラを引き離し、そうして、部屋の隅の区切られた場所を指した。それにイドラも、慌てて広間を抱えて歩き出した。

扉間はそれを追う尾獣たちの前に立ちはだかる。

 

「懐くなと言っているだろうが!」

「なんもしねえよ!」

「赤ちゃん、もうちょっと、見たい・・・」

「ケチ!」

「あのな!逆に聞くが、堂々と尾獣たちに自分の息子を近づける方がおかしいだろうが!」

「イドラは?」

「あんな今までよく生き残って来れたか疑問な奴を平均値にするな!」

 

尾獣たちからブーイングが上がる。九喇嘛は扉間の物言いにイラッとしたが、言いたいことももっともなため口を噤んだ。

 

「はあ、まったく、貴様らももう少し、考える頭を持ってはどうだ?」

「なんだよ、ペン吉。」

「ペン吉さん、そんなこと言わなくても。」

「やーいペン吉。」

「だあれが、ペン吉だ!貴様ら、我が八咫烏だと知っとるだろうが!」

「ええい、お前ら、少しは静かにしろ!」

 

尾獣たちはわらわらと扉間に飛びつき、抗議の声を上げる。そんな中、ぺーんと怒るペン吉はため息を吐きながら自分は違うとイドラの元に行こうとした。

が、扉間は他の尾獣たちと話をしながらペン吉の頭をわしづかみにして壁に叩きつける。

びたーんとすごい音がするが、尾獣たちはそのまま扉間にたかっている。

扉間自身、拒絶はしているが強硬手段をとるということはない。

 

「・・・・いいのか、あれ。」

「ああ、あいつ、元々、サクヤ姫に仕えてたろ?そのせいか、イドラの嬢ちゃんの世話を焼きたがって纏わり付いちゃ、焼き餅焼いた扉間にどつかれてるんだ。」

「・・・・なるほど。」

 

九喇嘛はぼやくように言った後、赤ん坊に握られた手をじっと見つめた。

柔らかくて、暖かくて、甘い匂いがして。

九喇嘛は不思議そうにその感触を思い出した。

 

 

 

「イドラ、食事だ。」

「ほら、お前はこれが好きだろう?」

「ほら、体を拭くための水と手ぬぐいだ。」

「髪が乱れておるぞ。」

「ほれ、今日はもう寝ろ。」

 

思った以上にこいつ尽くす奴だな。

 

九喇嘛は扉間と呼ばれる男が来てからの行動を見ていた。イドラは現在、術の経過観察のために男の家にある隠し部屋で保護されているらしい。少し、体調を崩しているからと周りには伝えてある。

そうして、人目がつかないようにと尾獣たちも同じように放り込まれているそうだ。

部屋から出られないイドラに対して、扉間は食事に身を清めるためのものなど、細かく世話をしている。

男でそれだけ、妻の世話をするのは珍しいなと思った。彼の思い出す父親像の六道仙人もそこまでのことはしていない。

状況が状況のためだろうか?

 

そうして、その間に、尾獣たちを捌いている。

近づくな、お前らの飯はそっちだ、これは嫌い?我が儘言うんじゃない、喧嘩をするな!

尾獣たちはイドラに構って貰おうと、扉間をかいくぐろうとするが、それは見事に止められる。

けれど、九喇嘛自身なんとなく、こいつら扉間に構ってもらおうとすることが本題になってないか?

 

「貴様ら、いい加減にせんと封印するぞ!?」

「やっべ、キレたぞ!」

「逃げなくちゃ!」

 

きゃっきゃと笑うはしゃぎ声を九喇嘛は遠い目をする。

お前ら、楽しんでないか?

 

「そう言えば、皆さんは今日、来られないんですか?」

「今日は皆、仕事が立て込んでおるから無理だ。」

「そうですかあ。」

 

しょぼんとしているそれに扉間は苦笑した。その横顔は少しだけ、優しげだった。

 

 

 

「いいか、最後の尾獣がそろったのだ。明日、六道仙人を呼び出すからな。」

「わかってる!」

「承知しておりますわ。」

「おい、お前、もう少し詰めろよ。」

「ここが一番広間に近いんだよ。」

「扉間様は寝ないんですか?」

「聞いとるのか!?さっさと寝ろ!」

「「「「はあーい!」」」」

 

九喇嘛はなんとも言えない顔をした。だって、目の前では地下のじめっとした生活に対応するためか寝台があるのだが、そこにはイドラと尾獣たちが満ち満ちになっている。

潰される危険性があるためか、広間は一人用の小さな寝台に寝かされている。

 

扉間は諦めたように、毛玉に埋まった女の頭を撫でた。少しすれば、すやすやと寝息を立てる。

 

「・・・・・お前はいいのか?」

「ほう、俺に人となれ合えというのか?」

 

皮肉がこもったそれに九喇嘛は目の前のそれの反応を見た。事情はわかりはしたが、九喇嘛は目の前のそれを信用することが出来ない。

 

人には、散々に辛酸をなめさせられてきたのだから。

 

「そうだろう!?」

 

九喇嘛のそれに扉間は大きく頷き、獣のことを抱き上げた。

 

「そうだ、その反応が正しいのだ!」

「な、なんだ!?」

「尾獣を集めるとなって、こちらもそれ相応の苦労をすると思ったのだ!だが、蓋を開けると尾獣たちはそれは大変だとほいほい付いてきて!」

「お、おう。」

「それはいい。こちらとしてもありがたい話だ!だがな、来てすぐにイドラを前にすると、野生を失った動物がごとくごろごろ懐いて!イドラも、ミト殿も、姉者も!無駄に丸っこい輪郭に情が沸いて自ら世話をすると言うし!兄者もマダラもそれを許可しおって!」

「それは、た、大変だな?」

「見てみろ!あの懐きっぷりを!もう、群れの一部と化しておる!」

 

九喇嘛は少しだけ扉間に同情した。

いや、九喇嘛もそれの言いたいことがわかる。

完全に、懐きすぎなのだ。尾獣たちもおかしいが、それはそれとしてそんな尾獣たちを受け入れる人間の方もおかしいのだ。

 

なあ、知ってるか?こちとら、国も滅ぼせる存在なんだぞ?

もう少し、警戒心を。可愛いからそんな気にならない?

あ、そうですか。

 

「つーか、お前もそんなに言うのなら隔離しろよ。」

「・・・ワシとて最初はその気だった。だが、連れてこられた尾獣たちをイドラの奴は気に入ってしまってな。絶対に世話をすると聞かず。それに、姉者まで賛同してしまって。大体、今回、時間が無いからと尾獣たちの能力を封じる術も信用できるかわからんが。だが、時間がないのも事実だ。」

「・・・いつの世も、男は女に弱いな。」

 

全てを察した九喇嘛は扉間に同情の視線を向けた。けれど、はっと気を取り直す。

こちとら、それでも尾獣なのだ。

最後のプライドは手放してなるものかと、九喇嘛は皮肉モードに入る。

さすがにこれでほだされるのはチョロすぎる。

 

「ふん、そう言う貴様もあの女にだいぶ甘いようだが?」

「どこがだ?」

 

扉間のそれに九喇嘛はしらーとした目を男に向ける。

え、あれだけ世話をしていて?

あれだけ、甲斐甲斐しくしていて?

 

「・・・お前、それはないだろう?お前もどうせ、イドラにベタ惚れじゃないか。」

「はあ!?どこがだ!?」

 

扉間は叫んだ。もしも、ここに誰かがいれば何言ってるんだと呆れた顔をしただろう。

咄嗟に叫んだ扉間はそっといろんな物から視線をそらした。

大々的に叫んだことは諸諸あれど、なにか、殆ど無関係な存在には面子みたいなものを保ちたい気が少しした。

 

「何よりも、よく、千手とうちはで婚姻がなったな。どうしたんだ?」

 

九喇嘛も人間とは距離を置いていたが、噂話を聞かないわけでは無い。そんな中、うちはと千手などどれだけ仲が悪いかぐらいは知っていた。

ふとした好奇心でそう聞けば、扉間はくわっと目を見開いた。

 

「よく、聞いてくれた!」

「お、おう。」

「そうだ、散々、丸め込まれ、振り回され、そうして、押さえつけられてきたが!こんなことになるのがおかしいのだ!」

 

九喇嘛はとがった様子の扉間にドン引きをしながら距離を置きたくなる。

 

「いいか、あれは遡ること・・・・」

 

それから扉間は語った。

何故か、戦の最中で責任を取れと叫ばれたこと。

何故か、自分がイドラを孕ませた最低男になっていたこと。

何故か、自分がとんでもない好き者になっていたこと。

 

所々、恨みがましさやら複雑さの伴った話を扉間は語った。

九喇嘛は、それに恐れ戦きながらそれを聞いた。

 

「・・・・ということだ。」

「そ、それは、大変だったな?」

 

九喇嘛は少しだけそれに同情した。その話を聞く上では、なかなかに不名誉極まりない話だろう。

九喇嘛の哀れんだ目に、その、いかめしい顔をしたそれは感激した顔をして九喇嘛のことを抱きしめる。

 

「わかってくれるか!そうだ、こちとら、何が悲しくて敵対している氏族の姫を口説き落として、孕ませたあげくに、閨のための術開発をしたと思われにゃならん!」

 

まあ、その話がどこまでも本当なのかはわからないが。

ただ、それから悪意のようなものは感じない。尾獣たちもある程度懐いている。

 

ちなみに、尾獣たちは皆、懐いてはいる。ただ、男の中で一番に人気があるのはマダラらしい。何故って、一番世話の仕方が細々しているし、甘えるとそこそこほだされて言うことを聞いてくれるためだ。

男兄弟で育った柱間は扱いが雑且つ適当なため、不人気だったりする。扉間も扱いは雑だが、それはそれとして気遣い自体は出来るので柱間よりは人気がある。

 

(嘘は、ついていないのかもしれないが。全て真実かはわからない。)

 

とも思うが、その鬼気迫る様子になんだか、本当なのかなあとも思う。

けれど、なんとなく、それは抜け目ないにおいもする。

 

「・・・・大体、お前達もお前達だ。どうして、あんなに容易く懐く。イドラの奴、どうしてこうも、変な存在にばかり纏わり付かれおって。」

 

その言葉に、なんだろうか。

九喇嘛は思わず、口を滑らせてしまった。

 

「・・・・誰とて、望んで暗がりにいるのではない。日だまりを、見つめていたい時もある。」

 

それに扉間はじっと、九喇嘛を見た。

九喇嘛自身も、何を言っているのだろうかと思った。何を、一体、言っているのだろうか。

 

言ってもせんないことだ。願っても無駄なことだ。祈っても届かないことがある。

ただ、ただ、自分たちは人と暮らすにはあまりにも、違うことが多すぎる。だから、遠くにいたのだ。

 

人と共に、と。

そう、己の父代わりは言ったけれど。

 

九喇嘛は父のことが好きだ。彼の願いを否定したいだとか、それを間違っているだとかは思わないけれど。

けれど、どこかで、思ってもいる。

 

己の息子さえも争っているのに、何を、わかり合うことなどできるのだろうか?

 

その思いも嘘では無い。

 

脳裏に、浮んでくる。

馬鹿みたいに笑う女がいた。何のためらいも無く、弱くて、柔らかくて、暖かい赤ん坊を自分に見せて、紹介してくれる女。

昔、遠くで見ていた、女に似たそれ。

尾獣たちに呆れていて。

なのに、その心をわかるのも本当だ。

 

暗がりでは無くて、日だまりの中で微睡んでいたいのは。

きっと、当たり前のように手を差し出してくれるのが、あんまりにも目映くて。

 

(戯れ言だ、こんなこと。)

 

扉間は少しだけ、黙った後、九喇嘛のことを掴み、そうして寝台の上に放り投げた。

 

「おい!」

「明日、やることがあるのだ。さっさと寝ろ。」

 

寝息が聞こえる。甘ったれた、在り方だ。なのに、いいかなと思う自分がいる。

九喇嘛はそのまま寝台に眠るイドラの髪を撫でる男を見た。

 

事が終れば、お前は尾獣たちをどうするんだ?

そう、聞こうかと思った。思ったけれど、その顔を見ていると、聞く気になれなかった。

九喇嘛はそのまま眠った。

幼い、いつかの時のように。

 






なあ、マヒル。俺って、地味じゃん?
え、千手のクソガキと名高い狭間が地味とかふざけてるのかって?
そんな悲しいこと言うなよ。
でさ、俺も木遁の使い方とか父上譲りだろ?やっぱ、芸が無いなって。
それでさ、得意の水遁で何か術を作ろと思って。

液体の利点ってなんだと思う?
形を自由自在に変えられることってところなんだけど。
扉の爺様も、言ってたけど殺傷能力って大きさとか規模よりも、針一本で生けるだろ?水遁って、何かを形作る上で水って一番媒介にちょうどいいだろ?
だからさ、自由自在に操れる水の固まりって便利だと思わない?

衝撃を吸収する、スライム状にすれば守りも出来る。
攻撃用に硬化すれば、良い感じになるしさ。
自分をドーム状に覆って守りにして、針状の水を辺りにまき散らせば敵も一網打尽だろ?
水っていうのが弱いなら、液体状の金属、水銀とかつかってもいいしさ。
重量?
俺の瞳術応用すれば、持ち運びも出来るしさ。水なら、水遁で作ればいいし。

チャクラを使っても操作性とか、持続性が難しいなら分身の術の応用と、あと、チャクラを溜めておく媒介をぶち込んでおけばそこそこいけそうだし!

とか考えてたんだけど、量産できそうだから一端作るの止められたんだよね。悲しい。






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結婚とは、妥協と、そうして変化を受け入れる物らしい

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最終章になります。この章で終わりです。


 

 

青い小物が増えた。

ふと、気づくことがある。

己が妻にした女というのは、黒、というか藍色の、暗い色をよく好んできていた。

まるで、闇に紛れるような、そんな色ばかりを着ていた。元々、忍であるし、一族の装束がそうなのだからそれも当たり前なのだが。

嫁いできてすぐ、女の持ち物の、色合いの地味さに驚いた。

それでも、まだ、小娘なんて言われてもおかしくない年で、なんとも地味なものだと。

着飾ること自体そこまで好まない姉の方がよほど、鮮やかな衣装を持っていた。

 

そうして、さすがに立場もあると、何かしら仕立てさせると、青や、白を好むようになった。

似合いはした。けれど、なんとなく、それはもっと暖かな色を選びそうだと思っていた。

鮮烈な、赤だとか。

 

何故と聞けば、それは不思議そうな顔をして、そうして、少しだけはにかむ。

 

「・・・扉間様の、色なので。」

 

胸の奥で、ぐるりと、何かが渦巻く。突き上げてくるものがある。

淡く頬を染めて、どこか、好かれたいと願う媚びめいたその目は、妙な色気がある。

どうしたのかと自分を見上げるそれの頭を乱雑にがしがしと撫でる。そうすると、きゃーと幼児のようにはしゃぎ始める。

目の前には、構って貰えるのが嬉しい駄犬が1匹。

 

そんな所は、うちはだと思う。

 

どこか、暗く、湿っていて、そのくせ、どこか、甘い匂いがする。

 

愛している。

言葉にしたことがある。まあ、そうだ、ほだされていて、目を離すとさっさと死にそうなそれが心配で溜まらない。

 

今は、薄氷の上を渡っているのだ。

 

それと、そうして、己の姉はその薄氷を支えている。それが死ねば、それが、千手の責で死ねば、その薄氷は容易く割れる。

 

それを死なせてはいけない。それを、愛しているほうが都合がいい。だから、愛を語る。愛を語り、それを受け取った女が微笑めば、薄氷はより強固になる。

 

愛している。

安いだろう。なんとも、安価な信頼と、覚悟だろうが。

 

けれど、真正面からそれを指摘されれば否定せずにはいられない。

 

愛妻家なんて評判があっても、そんなことを認めるなど、恥ずかしすぎるだろう。

恥ずかしいのだ、だから、自分は、その愛を否定するのだ。

 

きっと、そうなのだ。

 

ふと、己の小物に、朱い色や白い色のものが増えている。

兄も赤い色の小物が増えている。

姉は、以前よりもずっと針仕事が増えている。

一族は、何故か鹿の角で出来た仏像だとか根付だとかを持っている。

たわいも無いことだ。けれど、今までと違うこと。

おそらく、それが、共に生きていくということなのかと思うときが増えている。

 

 

 

 

 

 

「ともかく、さっさと終らせるぞ。」

 

千手扉間のそれに、その場にいた人間はなんとも言えない顔をした。

時間は夜。

もう、空には満天の星空だ。いやに晴れた夜空の下。

里から少し離れた開けた場所だ。

 

「わかったぞ!」

「イドラ、寒くないか?」

「大丈夫でーす!」

「もう、暴れないでよ!」

 

扉間の前には、それぞれ尾獣を抱えた、身内が四人。

千手柱間、うちはマダラ、千手イドラ、うちはイズナ。

そうして、それぞれの腕の中に収まった尾獣たち。

子どもの頃の、いいや、イドラに会う前の自分だったらぶっ倒れていそうな光景だ。

何をそんなに気軽に、愛玩動物がごとく扱えるのだ。

そんな扱いをしていいものではないのだが。

が、扉間はすっかり慣れた。何が起こってももう大丈夫だ。

六道仙人に会うなんてことがあってから、もう、色々お腹いっぱいだ。

 

扉間よ、それを抱いてる内、二人は戦闘能力的な意味合いならそこまで変わらんぞ。

 

脳裏に、己の息子を任せてきた姉の姿が浮んだ。そうだな、あんた、尾獣と自分の弟と夫と何が変わるんだと可愛がってたものな。

 

「ええい、貴様ら、もう少ししゃんとしろ!」

「ペン吉、五月蠅い。」

「ペン吉、どんなにえらそうにしても威厳は無いぞ。」

「や・た・が・ら・す!!」

 

自分の足下でぺーんと吠えているペンギンが飛べない翼を振り回す。

 

「振り回しても無駄な翼を振り回して空しくないのですか?」

「又旅よ、喧嘩を売っているのか?」

「あら、別に?」

「・・・・・・吐いたつばは飲み込めんぞ!?」

「うおおおおおおおお!?ワシの頭の上で決戦を起こすのは止めてくれ!!」

「・・・・それはさておき。」

「さておいていいのか?」

 

自分の肩でくつろぐ九喇嘛の言葉を流しながら扉間はイドラから預かったそれを取りだした。それは何かの術式が書かれている。

 

「それで、これに兄者とマダラ、そうして尾獣たちのチャクラを込めればいいのだが。」

「これがねえ。」

 

己の髪をついばまれて暴れる柱間と、それを止めるマダラを横目にイズナと扉間はそれをのぞき込む。

イドラはいいのだろうかとマダラと柱間のことを見つめる。

 

「ワシも調べはしたが、まったく知らん内容だ。ただ、これにすがらねばならんのも事実だ。」

「あんまり不確かなものに賭けたくは無いけど。」

 

イズナはちらりと自分よりも少しだけ小柄な姉を見た。姉は視界の端でペン吉と又旅に戦いの場にされた柱間を怯えたように見ている。

その頭を撫でた。

 

「姐さんのためだからね。」

「ああ、そうだ。兄者、マダラ、そろそろふざけてないで帰ってこい!」

「ふざけとるように見えておるのか!?ワシがハゲる一歩手前だったというのに。」

「顔に火遁を浴びて溶けた皮膚も再生する奴ってハゲるのか?」

 

尾獣を脇に抱えて半泣きの柱間の言葉に思わずマダラは疑問をぶつける。

柱間の髪はペン吉と又旅のせいかぼさぼさだ。明るければ、彼の肩に髪が数本落ちていることが分かっただろう。

それを無視して、扉間は地面に下りた尾獣たちに術式を差し出す。

 

「ほら、これにチャクラを注いでくれ。」

「ハゲるやもしれんだろう?というか、あれしたのマダラだったろうが。」

「正直、溶けた顔が再生すんのはキモかった。」

「本当にひどくないか!?」

「しかたがねえだろうが。俺も、あれが当たったとき、こいつ死んだなと思ったんだぞ?その後、起き上がってくる悪夢見てえな光景を見た俺の方が可哀想だろうが。」

「ど、どの口が案件ぞ。」

(・・・・・柱間様って、がんになったらどうなるんだろう。がん細胞がすごい勢いで増殖して即死とかになったりするのかな?)

 

視界の隅でそんな話をしている中、尾獣たちが順々にチャクラを込めていく。そうして、扉間が兄たちを呼ぶ。

 

「兄者、マダラ、そろそろ来い!」

「扉間、マダラがひどいんぞ・・・・」

「正直な感想だろう。」

「俺もあれ見たけど、正直キモい。」

「私もしばらく夢に見ました・・・・」

「え、待って、そんなに??」

「そんなことはいいから、さっさとしろ!」

 

扉間の辛辣な返答に柱間はめしょめしょしながらチャクラを込めた。それに続いてマダラもチャクラを込めた。

 

それに、紙に書かれた術式がかすかに光り始める。

 

「扉間よ、離せ!」

 

ペン吉のそれに扉間はそれを地面に放り投げた。そうして、距離を取る。

皆が固唾を飲み込み、それを見つめた。

 

そうすると、紙の上空に何かの輪郭が現れる。それが段々と濃くなっていき、そうして、最後には一つの何かが現れた。

 

「・・・・間にあったか。」

 

低いその声に、尾獣たちがそれに近寄る。扉間達はどんな反応をすればいいのかわからない。

くすんだ色の髪に、そうして、一番に目を引くのはその瞳だ。紫の、そうだ、未来から来たという少年がしていた、瞳。

そうして、額に輝く、赤い瞳。

それに少なくとも、うちはの面々は目の前のそれに繋がりを感じた。それは座禅を組んだ形で宙に浮いている。

忍術の祖であり、自分たちの祖先に関係する。尾獣たちはそのまま男に駆け寄っていく。

 

「久しいな、皆。」

「お久しぶりです!」

「あの、ひさし、ぶりです。」

「久しぶりだな!」

 

それぞれの尾獣たちからの挨拶に答える。六道仙人は静かに微笑んだ。

 

「ハゴロモ様。」

「ああ、八咫烏よ。ご苦労であった。」

「いいえ、これもこの身の役目とあれば。」

「お前からすれば、ある意味で、不本意であっただろう。」

「・・・・ハゴロモ様、彼らがインドラ様とアシュラ様の生まれ変わりの、うちはマダラ、そうして千手柱間になります。その後ろにいるのは、互いの弟。そうして、イドラです。」

 

紹介にあずかったことを理解して五人はそろそろと六道仙人に近寄った。

 

「・・・・お目にかかります、私は、千手柱間と申します。」

「同じく、お初にお目にかかります。うちはマダラと申します。」

 

柱間とマダラはひとまずそう言って丁寧に挨拶をした。それに習い、弟妹達も挨拶をした。

 

「千手柱間が弟、千手扉間と言います。」

「うちはマダラが弟、うちはイズナになります。」

「同じく、うちはマダラが妹、うちはイドラと申します。」

「・・・・ああ、イドラか。来なさい。」

 

それにイドラは怯えるように目の前の兄の衣服を掴む。それにペン吉は静かな声で、なんとも、その声音によくあった物言いで。

 

「イドラ、おいで。」

 

怯えるようにマダラの腰に抱きついていた女はそれにはじかれるように六道仙人に近づいた。

何か、ひどく落ち着かない。心臓がバクバクと鳴っている。

それは、まるで、悪夢を見たいつかのように。

 

夢の中では味わわなかった、ぞわぞわとする質感に六道仙人を見た。遠くで、女のすすり泣く声がする気がした。

 

「よし、首を見せなさい。ひとまずは、何よりもこれが先だ。」

 

それにイドラはくるりと振り返った。そうすると、眉間にこれでもかと皺を寄せた扉間が見えた。

イドラはそっと見ない振りをした。

 

「・・・ともかく、封印をせねば。」

 

そこまで言ったとき、六道仙人は八咫烏を見た。そうして、改めて、周りを見回した。

 

「八咫烏よ!もう一人はどこだ!?」

 

八咫烏はそれに何も答えなかった。

 

「わしはイワナガも連れてこいと言ったはずだ!?」

「・・・・いいえ、私は確かに命じられたとおりに行いました。」

「六道仙人殿、いったい、何を・・・」

 

柱間が言い終らないうちに、扉間はイドラの安全を確保しようとした。けれど、何かが男の体に巻き付いた。

それが、鎖の形をしたものであることを理解して、ぐるりと後ろを振り返った。

そこには、燃えるような赤い髪をたなびかせたそれがいた。

 

「イワナガよ、何の邪魔を!?」

「あ、姉上!?」

「アカリ、なんで、お前がここに!?」

 

それは無言で柱間たちに近寄る。皆が皆、うずまきの封印術なのか、がっちりと拘束されていた。

それはじっと、イドラのことだけを見ていた。イドラのことだけを見て、歩いた。

 

アカリの術自体、振りほどけるはずなのだ。けれど、何故か、ぎちぎちに締め上げた鎖は振りほどけない。

 

「イワナガ、これを離せ!」

 

六道仙人、そうして、尾獣たちでさえ、その鎖を振りほどけない。イドラは踏み潰されたカエルのように鎖に巻き付かれて転がっている。

イドラは鎖を振りほどこうとか、助けを呼ぶなんてこと頭になかった。

頭の中で、女の泣く声が反響する。

ぐるぐると気が遠くなりそうな意識の中で、アカリであるはずのそれが、イドラの頭を撫でた。

 

「イワナガ、何を考えておる?八咫烏、お前も!」

「・・・・ハゴロモよ。何を、考えているなんてこと、貴様にわかるはずが無い。」

 

それは壮絶な怒りを含んだ目で六道仙人を、いつかに、大筒木ハゴロモであったはずのそれを見た。

 

「・・・・妹を、任せたとき、幸せにすると貴様は言った。妹の子のことも、託した。そうだ、我が息子、アシュラのことも、お前に託した。その末路は何だ?我らは一抜けをさせて貰う。この子のことも、そうして、我らが息子のことも。全て、持っていく。」

 

女は、まるで怨嗟を叫ぶような、焔をたぎらせるような、そんな苛烈な声音で叫んだ。

 

「貴様のことなど、信じなければ良かったのだ!」

 

それと同時に、イドラの耳の奥で、姉様という言葉と同時にその意識はふっと消え失せた。

 



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正気を取り戻すのに必要なのはインパクト

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


「はあ。」

「どうかしたのか、ミト?」

 

千手ミトは憂うようにため息を吐いた。それに、近くで繕い物をしていた千手アカリこと、うちはアカリが返事をした。

それにミトは悩ましいという顔をした。

 

「・・・・私は詳しい話は知らされておりませんが。今日で、尾獣様達とはお別れなんですよね?」

「まあ、そうだな。」

「・・・柱間様にお願いして、お一人ぐらいは残ってくださらないかと。せっかく、首に巻く組み紐まで用意したのに。」

 

そう言ったミトの手の中には、色とりどりの組み紐が握られている。それにアカリは、夫婦そろって剛毅だなあとちょっと渋い顔をした。

 

「え。尾獣様達、いなくなるんですか?」

「ああ、さすがに、里で抱えるのは過剰戦力だからな。」

 

ミトとアカリの会話に反応したのは、うちはイズナの息子の、うちはクズハだ。父が留守と言うことで、義理の叔母であるアカリの元に預けられている。

クズハも、従兄弟の広間に会えるとやってきた。そうして、今も広間の手を握ってご満悦であったのだが。

寝かされていた広間から離れて、クズハはずりずりと四つん這いにアカリの膝の上に手を置いた。

 

「何でですか?みんな、置いておいてもいいでしょう?」

「うーん、単純計算で、旦那様と柱間がもう八人ずつ増えると考えると、多方面で難しいものがあるからな。」

「なんで!?叔父様が増えたら、アカリ様も、父様も嬉しいでしょう!?」

「そうです!柱間様が増えたら、みなさん嬉しいはずです!」

「単純的に、あの二人が増えるのは軽い悪夢だろうな、周りからして。」

 

アカリはイズナ譲りの可愛い顔にぐらつきながらダメですと首を振る。それにミトとクズハは尾獣たちに残って貰うにはどうしたらいいか話をし始めた。

 

(・・・尾獣たちと、クズハを会わせたのは失敗だっただろうか。)

 

そんなことを考えて広間の様子をうかがおうとしたアカリは、ぴたりと、動きを止めた。そうして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「アカリ様?」

 

アカリはそれに応えることも無く、部屋から出ていき、そうして、障子を閉じる。

 

「アカリ様?」

 

クズハはその様子に不安を覚えて、すぐに立ち上がり、障子を開けた。

 

「あれ、いない?」

 

そこには、人影は無く、しんと静まりかえった夜が広がるだけだった。

 

 

 

「きゃん!」

 

うちはイドラこと、千手イドラは尻に酷い痛みを感じて意識を取り戻した。そうして、辺りを見回した。

そこは、どこかの部屋だった。板張りのそこは、御簾だとかで区切られている。イドラは、前世と言える記憶の中で見た、平安貴族のような部屋だなあと思った。

 

「にーさま?イズナ?扉間様?柱間様?」

 

イドラはともかく敵がいるとか、そういうことではないようで、ほっとしながら甘ったれた声で泣いた。ともかく、ここから出ようと御簾を捲ろうとしたが、それは、まるで描かれた絵のように壁にぶつかる。

 

「????」

 

イドラは頭の上に盛大なはてなを浮かべる。

 

「無駄ですよ。」

 

誰もいなかったはずの背後から聞こえてきたそれに、イドラは構えを取って振り返った。そこにいたのは、これまた自分にそっくりの、女が一人。

 

「・・・・母様?」

「いいえ、私はあなたの母様ではありませんよ。私は、あなたの前世。」

 

真っ黒の目が自分を見ている。それにイドラはびびるように後ずさりをするが、背後は壁のようにどこにもいけない。

 

「・・・・サクヤ姫?」

「ええ、そうです。私は、サクヤ。ここは、私が死んだ場所。そうして、あなたの中、です。」

 

自分にそっくりな顔をしたそれは、自分よりもいささか賢そうで、そうして、その涙からはまるで雨粒みたいに涙が零れていた。

イドラはそれにとてとてと近寄り、そうして、袖でその涙を拭う。

 

「どこか、痛いですか?」

「私の涙を拭ってくれるのですか?私が敵かもわからないのに。」

 

イドラは改めて女を見た。

自分にそっくりなそれは、自分よりもいささか背が高く、簡素な十二単のような衣装を着ている。衣装から見える腕は、血の気がないほど白く、そうして、枯れ木のように細い。

 

病んでいる、死ぬ前の母のように、病んでいるにおいがした。

 

「・・・・私の中って、どういうことですか?」

 

イドラはなんと答えればいいのかわからずに、そう問うた。それにサクヤは上を見た。天井を見上げて、そうして、イドラのことを見下ろした。

 

「・・・アシュラとインドラが幾度も生まれ変わっているのは知っていますね?」

「はい。」

「それと同じように、私、サクヤと姉であるイワナガもまた、同じように転生を繰り返しているのですよ。ここは、あなたの精神の中。アカリの中にいるイワナガ姉様は、あなたの肉体に私を宿らせようとしています。」

「え?」

「このままでは、あなたは死ぬ、ということです。」

 

イドラはそれに固まり、そうして、叫んだ。

 

「えええええええええええええええええええ!!!???」

「こら、はしたないですよ。」

 

サクヤはがばりと開いたイドラの口をそっと閉じた。

 

「うえ、死にたくないよおおおおおお!」

 

みいいいいいいい!と泣くイドラのそれに、サクヤは頷く。

 

「そうですね、死にたくないですね。ただ、色々と厄介なのです。」

「厄介、ですか?」

「私はここから出て行けません。」

「どうしてですか?」

「ここから出て行くと言うことは、あなたの体を乗っ取ると言うことなので。乗っ取ってもいいのですか?」

 

サクヤは不思議そうに首を傾げる。それに、イドラはぶんぶんと首を振る。

 

「ええ、そうです。ただ、あなたの兄や弟、そうして、千手の子たちは姉様が精神世界に放り込んでおられるので、身動きも取れません。ハゴロモ様は、姉様と相性が悪いので、封印術で何も出来ないでしょうし。」

「うええええええ、どうしましょう?私、死んじゃうんですか?なら、今のうちに遺言書いておきましょうか?」

「もう少し、死に対してあらがいを持った方がいいと思いますよ?」

 

サクヤはため息を吐いた後、首を振る。

 

「・・・・白い助けが来るので、それまでの辛抱です。」

「サクヤ様は。」

「はい。」

「生き返りとかに、興味は無いんですか?ハゴロモ様とか、その、イワナガ様にも。」

「・・・・・もう、どうでもいいのです。泣いて、わめいても、何も変わりはしなかった。」

 

女の目からは、変わらず、ぽたぽたと雫が流れ落ちている。

 

「あなたは、何ですか?」

「・・・・そうですね。久方ぶりの客人。私の娘。そうですね。私たちは、なんなのか。」

全ては、空から一人の女がやってきたことから始まりました。

 

 

 

 

 

「・・・・扉間よ、聞いているのか?」

 

それに扉間はふっと意識を取り戻した。

目の前には、兄がいた。

 

「・・・・・え?」

 

思わず漏れ出た言葉に、兄である千手柱間は顔をしかめた。周りに視線を走らせると、そこが元千手の里にあった自分たちの住居の一室であることを理解する。

 

「扉間よ、本当に大丈夫か?」

 

そう言われて、扉間は、ああと力なく頷いた。

 

「いや、すまん、兄者。何でも無い。何か、すまん。」

長い、白昼夢を見ていた気分だった。

 

 

それから、全てが進んでいく。

イズナは死んだ、自分で殺した。

うちはの勢力はどんどん削れていく。

戦場で見るマダラの顔色はまるで死人のようになる。

 

(これでいい。)

 

これこそが正しい、こうであるはずなのだ。

この筋書きこそが、本来で。

 

(・・・ワシは、何を、本来とは?)

 

兄である柱間の嘆きに呆れる。友の手が取れない、何を言う。

この時代、そんなことはよくある話だ。

いっそのこと、うちはが滅ぶことも、それはそれでありだろう。

なのに、何故だろうか。

戦場で、うちはと相対するその時、扉間は誰かを探している。

誰か、誰かが、自分の元に走り寄ってくるのを。

 

 

マダラが、兄か自分に死ねという。

それに失笑が浮びそうだった。

 

ああ、滅び行く貴様らが、散々に兄の伸ばした手を振りほどいておきながら。

 

兄者。

正しくて、優しくて、馬鹿みたいに誰かのことを信じていて。

けれど、そんな男だから、扉間は己の在り方を賭けて、男の語る夢に賭けたのだ。

どれだけ荒唐無稽でも、どれだけ、困難な道であろうとも。

歩いて行く男に未来を賭けたかった。

そのためならば、どんなことでもしよう。

 

「兄者。」

 

もう、自分をそう呼ぶ二人はいないから。そんな二人を奪った世界を間違っていると思うから。

 

(ねえ、扉間義兄さん、ご飯をおごってよ!)

 

気の強そうで、生意気そうな、声がした。空耳だ。

兄は、結局自分が死ぬという。弟のことも、捨てられないから、だから、自分が死ぬという。

それにマダラはようやく、兄の手を取った。

はらわたが見えたという。けれど、扉間にはそのはらわたが見えない。マダラは、最後まで、そのはらわたを見せようとしなかった。

 

 

うちはを里の中心部から遠ざけた。

あまりにもリスクがありすぎる。彼らは優秀ではあるが、感情の起伏が激しい。

何よりもマダラの変貌ぶりに、扉間は恐れをいだいた。

 

愛しいものを亡くしたなんてよくある話だ。誰にだってある話だ。

それだけの話ではないのだ。何もかもをなくしたわけではないのだ。

何もかもを無くさないために、兄の夢であるこの里を守るために、扉間はなんだって。

うちはにも恩恵はある。その能力にあった扱いをしているはずだ。

だから。

 

扉間よ、この里をお前は蠱毒にでもする気か?

 

冷たく、厳しい声がした気がした。空耳だ。

 

 

そうして、マダラが里を抜けた。あの戦力が野放しになるのは痛いが、兄と自分がいる間はどうにもでなる。

そのまま、静かにどこかでくたばってくれるなら、それでいい。マダラがいなくなれば、うちはを掌握すること自体簡単だ。

すでに、千手に反抗できるほどの人間はとっくに戦死していた。

 

あれを頼んだ、可愛い妹だ。泣かしてくれるなよ。

 

無愛想で、けれど、優しい声がした。空耳だ。

 

 

 

そうして、マダラが九尾の狐を連れて帰り、そうして、里を襲ったとき、兄が出た。自分は万が一の時を考えて避難の準備を進めていた。

 

扉間よ!今日、マダラと飲みだがお前も来るか?

 

楽しそうで、陽気そうな声がした。空耳だ。

 

空耳、のはずだ。

声がする。声がして、その言葉の内容なんて聞いた瞬間霞のように消えていくのに。

なのに、がたがたと、頭の中でダメだと叫ぶ。

 

間違っているのだ。

どこが?

これではダメなのだ。

何が?

 

イズナが死んだのは、自分とてそうなっていたからだ。戦だからだ、そうするしかなかったからだ。

うちはを中核から遠ざけたのは、彼らが破綻に満ちていたからだ、マダラの狂気が透けて見えたからだ。彼らにだって、正しく、恩恵はあったはずだ。

これから、兄がマダラを殺すとして、それは間違っているのか?

里に仇なしたそれが死ぬとして、いったい、何を。

 

何も間違っていない。これこそが最善だ。

そう決めただろう。里を作ると、せめて子の死なない世界を作るのだ。

 

扉間様、ねえ、あのね、好きですよ。私ね、あなたのことが好きなんです。

 

甘ったれで、可憐で、そうして、どこまでも自分を信じる声がした。

 

 

それに、扉間は走り出した。

 

 

 

 

 

「・・・・扉間?」

 

柱間とマダラは何故か現れて特大の水遁をぶっかけられて思わず度肝を抜かれた。

まさしく、顔に水をぶっかけれて、思考が止まった。何よりも、現れるはずのない存在なのだ。

 

「・・・・ふっ、扉間よ、お前も。」

「二人とも、帰るぞ。」

 

マダラは、自分に、その言葉がかけられたことに驚いた顔をした。

 

「帰る、ふ、どこにだ?どこに、俺が帰ると言うんだ!?」

 

激高したマダラの言葉に、扉間は、鎧もつけていない無防備な姿のまま返した。

 

「里にだ。お前が名付けた、里にだ。お前の夢の果てに、だ。」

「あの場所に、俺の夢はない!」

「・・・・そうだ、お前の守りたかった弟はもういない。だが、託された氏族はあるはずだ。」

「貴様が、貴様が、それを言うのか!?」

 

扉間の頭がガンガンとなる。痛む、何かの声がずっと響く。

間違いだ、それこそが、間違いだ。それは死んだ方がいい。それは不要だ。

それは、その激情は、いつしか、何かを滅ぼすと、そんな声がするのに。

なのに、その声高に叫ぶ声の中で、冷たくて厳しい女の声がする。

 

お前は最善を尽くしたか?お前のまいたタネは、良き物ばかりか?

歩み寄ることを放棄した時点で、全てが繰り返される。

 

そうして、本当に、かすかな、声が。泣く、声がする。女が、みーみーと泣く声がする。

これこそが正しいのだ。そうだ、自分は最善の選択をしたはずなのだ。

けれど、本当に、と、誰かが言う。

 

「ああ、そうだ!いいか、里はうちはと、そうして、同時に千手だけのものではない。里に集った人間が、あの場所を守るために行動せねばならん!そうでなければ、あの里の、中にいる誰もが死ぬのだ。一人の選択で、あまたが滅ぶ。ならば、我らは間違えられない。」

だが、と扉間はマダラを見た。

 

狂気に、歪に、狂った目。

けれど、自分の服の裾を掴まれるような感触が。甘ったれた女が、よく見てと囁いている気がした。

その、狂気の奥に、泣き叫ぶ悲しみの色がある。

 

止めて、止めて、兄様を苦しめないで。兄様が、お願い、扉間様。お願い、ねえ、兄様のはらわたを知っているでしょう?

だから、おねがい。

 

扉間は、これで最後だと。これで、決着を付けるのだと。その、わんわんと泣くそれに言った。

 

「話をするぞ。」

 

扉間は、どこまでも無防備に、防具をつけていないそのままに、男に近づいた。そうして、その手を掴んだ。

 

「お前が、いつか、里を滅ぼすというなら殺さねばならん。だがな、そうでないのなら。お前が、本当に何を望んでいるのか。マダラよ。」

 

お前のはらわたを、ワシに見せろ。

 

ああ、そうだ、そうでなければ。

 

「あの女が泣くのだ。泣いて、泣いて、このままでは。」

 

扉間は無意識のうちに顔を青くして叫んだ。

 

「姉者に関節技をかけられて、体をめきゃめきゃにされる!!」

 

 

がちゃんと、何かが壊れる音がした。

それと同時に、聞き馴染んだ声がした。

 

「うるせえええええええええええ!!知るかああああああああああ!!??」

「は、イズナ!?」

 

扉間は元気いっぱいのそれに振り返れば、そこにはぜえぜえと息を荒くしたうちはイズナが立っていた。

 



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親の心子知らずとは言うが、それはそれとして子の心だって親は知らない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

今回はちょい長いです。


 

「あ、扉間!あれ、ここどこ?」

「いや、ワシにもわからんが。」

 

千手扉間は突然現れたうちはイズナに目を白黒させながら答えた。それにイズナも不思議そうに周りを見回した。

そうだ、自分たちはと、今までのことを思い出した。

うちはアカリこと、千手アカリに拘束され、その後気絶したのだ。が、そうであるとして、自分たちはどこにいる?

今までの、おそらく幻覚は何なのか。

 

「・・・・・イズナよ、お前も幻覚を?」

「あれ、扉間も?」

「ああ。色々と酷い内容だ。」

 

扉間は吐き気がするような内容に額に手を添えた。

そこには、目の前のクソ生意気な男はいなくて。

そこには、厳しくはあれど、自分たちを慈しんでくれた姉はいなくて。

そこには、可愛い息子は存在せず。

 

そうして、にこにこと笑う、駄犬、もとい妻はおらず。

 

「そうなの、僕は子どもの頃にまで戻って、千手と争ってたんだけど。里を作った方が兄さんの精神的に安定するって察して、古参連中に和平を押し通したところで終ったんだけど。」

「お、お前は、割り切りがあまりにも早すぎるだろう!?」

「はあ?大体、姉さんがいない時点でおかしいんだよ。千手と同盟はむかつくけど、お前らの医療技術は便利だし。主権を取れればこっちのもんだから。」

「・・・・ワシは、けっこう繊細な方かもしれん。」

「なんだよ、そういうお前は?」

「・・・・・酷い内容だ。」

「ふうん?まあ、いいけど。」

 

扉間の顔色の悪さを察したのか、イズナは深くは聞かなかった。

二人は改めて周りを見回した。そこは、不思議な場所だった。

足下は、まるで水たまりほどの水が延々と続いている。規模としては、湖だろうか?それにしては、深さは無く、そうして、地平線が見えるほどに広い。そうして、上を向けば、澄んだ青空が広がっている。水面に空の色が移るせいか、まるで、世界が青に染まっているかのような心地になる。

 

「ここも幻覚?」

「いいや、にしても、チャクラに乱れは感じられん。お前は?」

「・・・・だめだ、写輪眼は使えない。」

「こっちもチャクラが練れん。」

「なんだよ、役立たずかよ。」

「そういうお前もだろうが!?」

「こんな美少年を捕まえて?」

「くっ!姉者のせいで、妙な自己肯定感を身につけおって!」

 

ふざけたようにぶりっこをする男であるが、まあ、確かに本当に綺麗な顔立ちはしていた。

二人は互いの持ち物について調べるが、持っていたはずの忍具も無く、おまけに忍術の使えない状態だ。

 

「ともかくだ、ふざけてないでここから抜け出すことを考えねば!」

「そうだね、ともかく、周りを調べて・・・」

 

二人がそう言っているとき、どこからか、なんだろうか。

何か、そうだ、雪崩のような、そんな音。

扉間とイズナは思わず一瞬だけ顔を合わせ、そうして、音の方を見た。まるで死ぬ前の光景のような美しい光景の中、遠くに、何かの影が見える。

 

「・・・・なんだ?」

「もしや、津波か?」

 

思わずそう言いはしたが、現在、あまりにも情報が欠けているとひとまず音の方を見た。確かに、音の方には、何か、大量に迫っている。

チャクラが練れない今、自分たちは無力に等しい。扉間とイズナはひとまずそれから逃れようとした。

けれど、二人はその、それこそ津波に似た影の正体に思わず口をあんぐり開けた。

 

幅、そうして、高さも数メートルはある、そうだ、ぱっと見は津波に似ているそれの正体。

 

「う・・・・・」

 

それは大量の。

 

「「うさぎだあああああああああああああ!?」」

 

津波がごとく折り重なりながら二人に迫る、数万、いや、それ以上の数の、兎であった。

 

「何あれ、何あれ、何あれ!!??」

「知るか、走れ!」

 

二人は自分たちに迫ってくる兎の姿に慌てて走り出した。何せ、基本的に忍術で対処している身だ。ひとまず、自信のある体力で回避するしか無い。

一瞬だけ、兎ならと思いはしたが、その物量にさすがに無理だと思い直す。

 

「待って!?何あの兎!?いや、ここ自体幻術かなんかなの!?熱出してるときの夢みたいになってるけど?」

「そういった形跡もない!大体、チャクラ自体練れんこともおかしいだろうが!?うちはを幻術で騙せるほどの手練れがいるのか!?」

「待って、じゃあ、何、これって現実なの!?これが?え、これが!?」

 

イズナは扉間と隣り合って全力疾走していた。ここまで走るのなんて、いたずらがばれてぶち切れたうちはタジマに追いかけられて以来である。

イズナの振り返った先には、ふわふわとした白い毛並みの、可愛らしい兎(数万匹)が白い波となっている。

全てがつぶらな瞳(数万)で自分を見ている。小さな足はてとてと(数のせいで地鳴りレベル)と踊っている。

 

「悪夢!!」

 

イズナの言葉に扉間もちらりと後ろを見た。いいや、本当に一匹だけならイドラの土産に連れて帰ろうかと考えていただろうが、戦争は数という言葉を表すかのような迫力だ。

 

「お前ら森に住んでたんだろ!?兎の何か、情報無いのかよ!?」

「夏の兎は痩せておってまずい!」

「聞いてねえよ!」

「兎なんぞ、おやつ代わりぐらいの扱いだったわ!」

「使えねえな!」

「貴様がいうか!?大体、互いに、忍術も使えず、忍具もない状態で、これを打破できる方法があるとでも!?」

「忍術の使えないお前なんて、ただの筋肉達磨じゃん!」

「それを言うなら、貴様とてただの顔面がいいだけのもやしっ子だろうが!」

「うっせえ、こっちとら筋肉付かなくて大変なんだからな!」

「そう言うなら偏食を治せ!姉者が、うちはの人間は肉を食わんから献立に困るとぼやいておったぞ!」

「肉は臭いから好きじゃない!」

「そんなんだから、マダラの奴が実益かねて鷹狩りすることになってるんだろうが!」

 

さすがは忍というのか、二人は野生の獣に追いつかれない程度の速さで走りながらそんな会話をしている。だが、永遠に走り続けられるわけではない。

 

(走っても走っても景色が変わらん。このままではじり貧か。)

「イズナよ、ひとまず二手に分かれるぞ!」

 

少なくとも二手に分かれれば、兎が何を目的にしているのかわかる。もしも、仮にどちらかならば、一人の手は空く。

その意図を察して、イズナは頷いた。

そうして、二人は思いっきり左右に分かれる。それに、兎は二つに分かれて、イズナと扉間を追いかける。

 

(目的は互いか。)

 

扉間はそのまま自分の動きで兎の動きを鈍らせられないかと足に力を込めた。その時、だ。

影が、地面に映る。

それに扉間は思わず頭上を見た。

 

兎の、津波がすでに頭上に迫っている。

扉間自身、何を言っているんだと思った。けれど、大量に折り重なった兎が、扉間を飲み込もうとすでに頭上に迫っていた。

 

「うおおおおおおおお!?」

 

思わず叫んでしまうほどに異様な光景に扉間は叫んだ。兎たちはまるで雨のように扉間に降り注ぐ。

 

もふん。

魅惑の感触だった。ふかふかしていて、そうして、滑らかで有りながら、仄かに暖かい。何よりも、動物としての獣臭さなんて欠片も無く、まるで干したての布団のような匂いがした。

これでももふもふとした物には五月蠅いのだ、襟巻きだって厳選している。

それ故に、扉間にとってまさしく、その感触は極上であると太鼓判を押せた。

 

もふん、もふもふ、もふん!!

扉間は自分が毛玉の海に溺れたことを理解したその瞬間、ぽんとどこかに放り出される。

扉間はそれに体をひねり、その場に降り立った。

もふんと、そんな音を地面が立てる。

 

扉間はそれに素早く立ち上がるが、地面があまりにもぐにゃりと、いや、柔らかいことに気づく。周りを見回すと一面が白いもふもふに覆われている。

 

「おお、無事であったか!」

 

その声の方を見ると、そこには六道仙人が、いいや、大筒木ハゴロモがいた。

 

「六道仙人様?」

「ああ、そうだ。」

「ここはいったい・・・・」

 

扉間がそう問いかけようとしたとき、ぼすんと後ろで音がする。

そこには、ぜえぜえと荒い息を吐くイズナがいた。

 

「イズナ、おい、大丈夫か?」

 

思わずそれに近づいた扉間であるが、イズナは荒い息のままその裾を握る。

 

「う、兎が、兎で、溺れて!」

「落ち着け!」

「もふもふと、いいにおいで、沈んで・・・・」

「完全にトラウマになっとるな。」

 

扉間がイズナの背中を撫でていると、また、声がした。

 

「あら、そんなに恐ろしかったですか?」

「当たり前だろ!いくら兎でも、あんな数は反則だろうが!」

 

イズナが怒鳴った先、そこには、きゅるんとまん丸い目に、ふわふわとした白い毛並みの、兎がいた。

 

「うさぎいいいいいいいい!!」

 

イズナはまるで驚いた猫のような跳躍力で扉間の肩に飛び乗った。ふーと唸るような威嚇音を聞きながら、扉間はぐらぐらと揺れる。

 

「そんなに驚かなくともよろしいでしょうに。」

「お、お前は?」

 

扉間は目を白黒させる。その、兎から発せられるだろう、その声は、なんとも不思議な声だ。

若くはあるが、ひどく落ち着いた女の声だ。

その場に、扉間の妻がいれば、聖女様!!と叫んでいたことだろう。

 

「そやつの名は月兎。遠い昔、ワシの妻であったサクヤに仕えておった存在だ。」

「うちの、ご先祖様の・・・・」

「ええ、ご紹介にあずかりました、月兎と申します。にしても、確かに強硬が過ぎて申し訳がありません。どうしても時間を窮しておりましたので。」

 

こてんと首を傾げて、鼻をぴすぴす動かす兎の姿が確かに可愛らしい。イズナは扉間に肩車をさせた状態で兎を見つめる。

 

「ここがどこ、というお話でしたら、ここは私の上ですね。」

「上?つまりは、ここは巨大な兎の上であると?」

「待ってよ、じゃあ、お前はなんなの?」

「さあ、ここにいる小さな私も私であり、この大きな私も私。多重に分かれたとしても、素が同じであるのなら、これも、それも、全てが私なのですよ。」

 

扉間は分身による多重思考のようなものかと考える。イズナは扉間の肩車から下りて、月兎に近づいた。

 

「それよりも、今の状況を教えてくれない?姉さんや、兄さん、あと、うちの義姉は!?」

「・・・・現在、他の方は無事です。ですが、時間の問題でしょう。そうして、今、あなた方は精神だけの世界に閉じ込められているのですよ。肉体は、草原に放られています。」

 

それに扉間も、イズナも己の体を見る。けれど、特別な感覚はない。

 

「現状についてお話をするのなら、ひとまず、昔、遠い昔の、全ての始まりからお話しせねばなりません。」

「そんな暇あるの?」

「それをせねば始まりません。できるだけ手短に話しますので。よろしいですね、ハゴロモよ。」

「ああ、わかっている。」

 

ハゴロモのそれに月兎はうなずき、そうして、語り始める。

それは、宙から女が来たことから始まったのだと。

 

「そうして、インドラ様とアシュラ様は後継者争いを起こされ、決別をし。生まれ変わりながら延々と争い続けておられるのです。」

 

短く、完結に話されたそれを聞いた扉間とイズナは、ひどく、しらっとした目をハゴロモに向けた。

 

「それってさあ。」

「ああ。」

「この六道仙人とか仰々しく名乗ってるじいさんが後継者教育に盛大に失敗したのが原因ってこと?」

「そうですね。忍術の開発により、争いが起こるのは絶対的にありましたが。それはそれとして、そこの老人がもう少し上手くしていれば規模も、期間も短く出来ていたでしょう。」

 

ぐさりと、ハゴロモに何かが刺さるのが見えた。

扉間としては、さすがに無礼ではと頭の中で思うが、それはそれとして、その意見に頷いてしまう。

 

「大体、息子が二人いて、長男に継がせない時点でそりゃこじれるわ。」

「おまけに、長男のインドラは、幼い頃から後継者としての自覚を持って勉学などに励んでいたわけだろう?」

「ええ、アシュラ様はインドラ様がいるからと、そういったことはサボりがちでした。」

「普通さ、そういった後継関係ってある程度資質を見て、小さい頃からどれにするか決めるものじゃないの?完璧が難しいなら、二男とか三男に補佐役として教育するとか。」

「ある程度自尊心や、積み上げたものが出てくるときにこじれるのはわかるからな。」

「だよねえ、うちだって兄さんの強さとか、諸諸あって、俺は補佐として教育受けたし。」

「資質が見抜けなかった場合や、母親の立場などでぎりぎりまで推し量る場合があるが。それはそれとして、兄弟で支え合うという建前があるのなら、兄弟で互いのことを見るように教育すべきだろう。」

「そりゃあ、天然で育てたらそうなるよ。いっくら兄弟でも立場も、建前もあるんだから。それで子孫まで割を食うとか最悪!」

「・・・・インドラの気質に問題があるとして、こじれるのも必然のような状態だな。」

 

月兎は目の前の会話でハゴロモにすごい勢いで矢が刺さるのが見えたが、無視した。そこら辺に関しては思うところがありすぎる。

 

「それで、その後継者争いが、今の状況となんの関係が?」

 

 

扉間の問いに月兎はふんすと鼻を鳴らした。

 

「・・・・大筒木カグヤ、忍の祖である彼女が、宙の果てから来たことはお話ししましたね?」

 

それについて、イズナはもちろん、扉間も想像が出来ない。ただ、ひどく遠い場所であるという感覚だけがある。

そうして、大筒木という一族についてもそうだ。

 

「土地の自然エネルギーを吸収して、その場を枯らしていく厄介な侵略者とお考えください。」

 

それが月兎からの説明で有り、扉間自身は非常に興味がそそられたが、今はぐっとそれをこらえる。

 

「大筒木は、人と同じような姿をしています。人との生殖能力もあるので、近しい種族ではあるのでしょう。ですが、彼らは基本的に、肉体的にも、精神的にも人とは違います。彼らは、実際、人よりもずっと優れた種族です。不老長命、いいえ、殆ど不死と言っていい。そうして、彼らは全員、万華鏡写輪眼以上の瞳術を持っているのです。」

 

その言葉にイズナと扉間は顔をしかめた。互いに、万華鏡写輪眼がどれほどの力であるか、知っている。そうであるが故に、不死などと言われるそれが、それ以上の瞳術を持っているという意味。

 

「彼らは、自分たちが優れた種族であると自負しています。そうですね、人など畜生ほどにしか思っていないほどに。自分たちを、神のように思っているほどに。」

 

その言い方にイズナはむすりと顔をしかめた。それに扉間は眉をしかめた。

そうであるとするのなら。

 

「そうですね、おかしいですね。」

 

月兎は扉間の顔に頷いた。

 

「そんな種族と、どうして、人が番い、子までなしたのか。」

 

とても、おかしな話でしょう?

 

冴え冴えとした、その兎の声は、どこか、無機質で冷たい声だった。

 

 

イズナは思わず隣にいた扉間の服を掴んだ。

愛らしい、その瞳がしんとした、ガラス玉のようでひどく不気味だった。何よりも、兎の津波に攫われたことがそこそこトラウマになっていた。

 

「・・・・さて、カグヤという女は大筒木という種族の中で、確かに温和な部類で有り、地位が低い女だったそうです。ですが、だからといって、畜生と交わり子をなすなど、おかしなことです。」

「何故か、知っているのか?」

 

それに月兎は鼻をヒクヒクさせた後、ぴょんと、一度だけ跳ねて、ぐっと背筋を伸ばして空を見上げた。

 

「・・・・人の体には、病魔などに対して防衛反応があるのは知っておられますか?」

「発熱などのことか?」

「ええ、それと同様に、大地にもまたそういった防衛本能があるのです。それを、あなた方は神や、運命と言うのでしょうか。」

 

黒々とした、ガラス玉が自分を見る。それは、ぴょんと、また跳ねた。

 

「ただの土や、水に意識があるって言うの?」

「さあ、私にはそこまでの理解は出来ません。もっと言うのならば、この星に住まう者からなる、集合意識、いいえ、もっと大きな存在なのか。そこまでは、わかりません。ただ、私は、その存在によって生み出されたのです。」

 

兎はぶるんと身を震わせた。

 

「何故、カエルや、その他の獣たちに仙人という高度な知恵を持った存在がいるのでしょうか?彼らの作る札や、術はどこから来たのか。元々、この星の主なる種族は彼らでありましたが。動物はどうしても欲、そうですね。どこかに進む活力が足りませんでした。そのために、次に産まれたのが人間です。」

 

ぴょんと、兎が跳ねる。

 

「カエルの見る夢は、運命である。それは、この星が指し示す、よりよき運命であり、私心なのです。さて、そんなとき、大筒木がやってきました。この星は困りました。彼らは、星、つまりは大地から生命エネルギーを吸い出してしまう。ですが、この星に、彼らに対抗できる存在はいませんでした。さりとて、カグヤをのけれたとしても、次が来る。急激な進化は難しい。そうであるのなら、何が最短であり、最善か。」

 

その言葉に扉間は口を開いた。

 

「そのための子か。」

「・・・・そうか、確かに、それは最短だ。」

 

子がなせるというのなら、血を混ぜることで一方的に高い能力を持った次代が生まれる。そんな魂胆があったのだろう。

 

「・・・・場というのは大事で。カグヤという女が、精神的にまだ情のある個体であったことが幸いしました。強いて言うならば、因果がねじ曲げられた。恋に落ちないはずの人でなしは、愛を知り、子をなした。この星という世界が、そう筋書きを書いたために。」

 

兎はずっと黙り込んだままのハゴロモを見て、そうして、苦々しく言った。

 

「ええ、ですが、幾つか予想外のことがありました。大筒木という種族は、非常に能力的に高くはありました。混血の彼らは、共感能力も有していました。ですが、あまりにも、その力は強く、その子どもたちには、特に、写輪眼を継いだハゴロモの子には、その力を受け止める力を有していなかった。」

「その未来によって、この星が産みだしたのが、インドラと、そうしてアシュラの母である、サクヤと、そうして、イワナガであった。」

 

引き継ぐようにハゴロモは重くなっていた口を開いた。

 

「それによってって、どういうこと?」

「・・・・人の血が濃い子どもでは、強い陽遁と、陰遁を受け止めることが出来なかった。ならばと、その力を分け、そして、その力を受け止められるまで、人という種族が進化するまで待つはずだったのだ。その産み分けのために、二人の女が生み出された。」

「ええ、そうです。いつか来る、侵略者への反撃。この星が産みだした防衛機能。それが、大筒木と人の混血であるあなたたちの原初。事実、大筒木の血を継いだ子どもたちは多種多様に進化を遂げました。彼らに加え、大筒木の特徴を濃く受け継いだあなたたちの血が混じれば成功でした。ですが、その計画はすべておじゃんになりました。」

 

月兎はきっとハゴロモを睨み、叫んだ。

 

「そこにいるくそジジイのせいで!!」

 

その言葉と共に、大量の兎がどこからか現れ、一斉にハゴロモに襲いかかる。

 

「お、お前達、やめ!?」

 

草食動物とはいえ、一斉に全身を噛まれるのは痛いのか、ハゴロモがもがいている。

そうして、扉間たちに説明をしていた個体もハゴロモに飛びかかった。

 

「何が、息子達にはあまり傲慢になってほしくないから、ですか!私も、そして、八咫烏も、彼らが仲違いをしないように潤滑剤として生み出された部分もあるというのに!ああ、イワナガ姫がお前に封印術など教えてしまったせいで何も出来なくなるし!ようやく、封印が解けたと思えば、互いに殺し合っているなど!この、愚か者が!!」

「く、すまん!だが、あまり、大きな力が側にいれば、母のようになることも考えられて!」

「だからといって、妻であった女たちに仕えていた我らを封印するなどばかですか!?」

「仕方が無いだろう!?お前達はあまりにも強力だった!尾獣たちのように、人とどう関わらせるのか!あまりにも難しい問題であったのだ!」

「そうだとしても、抵抗した私や八咫烏まで封印することではないでしょう!?」

 

イズナは何か、すっかりとトラウマになったような面持ちで兎にたかられるハゴロモを見ていた。扉間は六道仙人という立場を考えて、助けたほうがと思う。

 

(いいか、扉間よ。確かに大人になってもクソみたいな存在はいる。だが、最低限の敬意は持つんだぞ。)

 

脳裏には、幼い頃から自分に礼儀など叩き込んだ姉の姿が思い浮かぶ。

それに扉間はハゴロモを助けようかと考えた。

 

(だが、どんな時も自業自得は存在する。それはそうなると思うようなクソジジイやクソババアは一度痛い目見た方がいいから見捨てろ。)

 

かこーんと、扉間の中で天秤が傾いだ。

よし、見捨てよう。

扉間は、悪党ではないが、それはそれとして卑劣である。

 

「・・・・さて、それで本題ですが。」

 

いつの間にか、新たに現れた兎が語り始める。

 

「サクヤ姫と、イワナガ姫は、大筒木の血を効率的、且つ、素早く広めるための胎でした。そうして、時が来れば、もう一度、大筒木の体と、精神を統合させるための存在だったのです。」

「今世の、その胎がイドラと、そうして姉者と言うことか?」

「・・・・先ほど、大筒木は、不死であると言いましたね。それには、彼らの使う、楔という術が大きく関係しています。彼らは、自分の体に不都合が出来ると、他人の体に楔を使い、その体を乗っ取るのです。」

「まってよ!じゃあ、姉さんの体は、ご先祖様に乗っ取られるってことなの!?」

 

イズナが月兎に飛びつくと同時に、扉間はようやく、何故イドラが狙われたのかを理解した。

 

「違います!本来は、ただ、肉体的にサクヤ姫やイワナガ姫に近づけるだけの、改良版でした。ですが、イワナガ様が、精神までのものに変えてしまってしまいました。」

「そのイワナガは、何を今更そんなことを!?」

 

その言葉に、月兎は恥じ入るように、顔を下に向けた。

 

「申し訳ありません。私は、それが何故かわからないのです。」

「なんだよ、使えないな!」

「重ね重ね、申し訳ございません。ですが、イワナガ姫を止めることは出来ます。」

 

月兎はそう言ってとある印を二人に教える。

 

「これは封印術の一種です。これを使えば、イワナガ姫を一時的にでも封じることは出来ます。隙さえできれば、イドラ様にかけられた楔についても私がなんとかできます。これからお二人を現実に送り返します。ハゴロモは、念入りに封印されているので無理ですが、お二人は軽いため可能です。私も協力いたしますので。」

「それを赦すと思っているのか?」

 

それは、すっかり聞き馴染んだ、あの低く落ち着いた声だった。

 



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この世界の兄や姉は弟妹が何よりも好き

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

イズナの話、書いておきたかった。


ばさりという羽ばたき音がした。

そちらに視線を向けると、鳥がいた。

それこそ、翼を広げたその様は、怪鳥と表現がしていいほどの大きさであった。

その声は、イドラが外道神父と宣ったそれと同じ声で。

 

「月兎よ。こそこそと隠れていると思っていたが、なるほど、こんなことをしていたわけだ。ハゴロモを解放したのもお前だな。」

「・・・・・・見つかりましたか。」

 

吐き捨てるような月兎のそれに、うちはイズナが言った。

 

「ぺ、ペン吉!?」

「飛べたのか、ペン吉。」

「ペン吉ー!お前、大丈夫だったのか!?」

「今更かっこつけてもそこそこ無理があるだろう。」

「姉さんの胸ででれついてたの知ってるからなあ!」

 

それに空に浮んだ、大鴉が叫んだ。変わらない、良い声をしている。

 

「だーれがペン吉だ!?鴉だって言ってるだろうが!?見ろ、完全に違うだろうが!?」

「ペン吉、兄さんと柱間知らない!?」

「無視をするな!」

「ペン吉って何ですか?」

「あだ名だ。」

 

ペン吉、もとい、八咫烏はイズナのそれにぐぐぐとわななくが必死にそれを押さえつける。

 

「・・・・ふん。まあ、いい。お前達に邪魔をさせるわけにはいかん。」

「八咫烏よ、お前は何をする気だ?」

「・・・・ハゴロモ、貴様はいつもそうだ。何故、イワナガ姫がこのようなことをしたのか、まったくと言っていいほどわかっていない。裏切られたのだと、愚かなことを考えてはいないだろうな?この身は、はじめから貴様に忠誠などなかったのだから。」

 

憎々しげに吐き捨てた八咫烏は改めて、うちはイズナと、千手扉間を見た。

 

「・・・・ただ、お前達に危害を加えたいわけでは無い。どれほど似ておらずとも、お前達はイワナガ姫とサクヤ姫の末。このまま大人しくしているというのなら。」

「ほう、イドラや姉者の危機に黙っていろと?」

「てめえ、姉さんと、兄さんの嫁に手を出しておいてよく言えたな?」

 

それに八咫烏が少しだけ黙り込む。けれど、喉の奥を震わせるように笑った。

 

「だが、いいのか。このままでは、柱間とマダラは兄弟のごとくあり続けるぞ?」

「それがどうした!何が言いたい?」

「・・・・我は、お前たちの心を知っている。幼い頃から、察していたのだろう。なあ、兄たちの運命に、お前達は割り込むことが出来ぬのだと。」

 

そこで、二人の後ろ手を誰かが引いた。それに、二人は振り払うように後ろを見る。

 

「・・・・いいの?」

 

その言葉に二人は声のする、足下を見た。

そこには、子どもが二人いた。

 

一人は、白い髪をした、扉間によく似た子ども。

もう一人は、うちはタジマによく似て、けれど、少しだけ優しげな顔をしている。

それに、扉間とイズナは呟いた。

 

「瓦間?」

「うそ、トガク兄さん?」

 

その子どもはにこにこと笑いながら、二人に微笑みかけた。

 

「このまま、千手と同盟をするの?」

「うちはと手を取り合うの?」

 

二人はにっこりと微笑んだ。

 

「「あの日、あの川で。二人が出会った時に。」」

それを、父に伝えたのは、誰だった?

 

それと同時に、どぼんと水に沈む感覚がした。

 

 

 

「っは!」

 

イズナはもがきながら立ち上がる。そうすれば、目の前には、あの日。

兄と、そうして、柱間が決別した日の光景だ。

にらみ合った双者。決別を決めた兄の目には、赤い、瞳が浮んでいる。

 

「・・・あの日、父様に兄さんの動向を伝えたのはイズナでしょ?」

 

その声に隣を見た。そこには、幼い頃の姿のまま、あの日、戦で死んだときのままの兄がいた。マダラ以外の、二番目の兄。

 

「・・・・お前は何だ。トガク兄さんの姿を借りやがって!ペン吉か?」

 

それに幼い少年の顔をしたそれは、笑みを深くした。

 

「違うかな?」

 

彼はそう言った後、ふっと姿がゆらいだ。そうすれば、そこにいるのは、一人の少年だ。

それは誰かに似ていた。

黒い髪に、黒い瞳、つり上がった瞳に、白い肌。

自分に似ていて、そうして、兄にも似ている。

強いていうのなら、兄の顔を大分温和にすれば、そんな顔になるのだろうかと思わせた。

それは淡く微笑んだ。

 

「僕は、そうだね。君と同じ者だった、存在かな?」

「同じ?うちはの人間だろうけど。」

「僕は、遠い昔、インドラの生まれ変わりだった人の、弟だった存在かな?」

「・・・・曖昧な、言い方。」

「うん、ここにいるのは、ただのチャクラなんだ。いつかに、どこかで、戦場の中でのたれ死んだ、残りカス。子どもの最後の断末魔。記憶だけになったチャクラを、イワナガ姫が収拾し続けた、嘆きの記憶。」

 

それと同時に、目の前の、兄と柱間の決別のシーンがぐるりと変わる。

そこは、イズナにとって馴染んだ戦場だった。うちはと、そうして、千手の特徴を有した人間が殺し合っている。

それに対してイズナは特別な感覚など持たなかった。

けれど、そうだ、その殺し合いの中で目を引いたのだ。

一人の、少年。

自分の隣にいた少年が、その戦場にいて。

大人に囲まれ、なんとか逃げ出して、そうして、少年はほっとした顔をした。

その先にいたのは、厳しい顔つきの少しだけ、年が上の少年だ。

 

「兄ちゃん!」

 

助けを呼ぶ声だった。呼んでいた、兄に縋った弟。

けれど、兄は振り返らない。

だって、彼の前には、ああ。

 

どこか、柱間の面影を残した少年が、一人。

 

「あああああああああああああああああ!?」

 

断末魔が響いた。よくある話、イズナだっていくらだって見た光景。

子どもが、一人、弱い子どもが死んだだけ。

 

「・・・ねえ、答えてくれる?」

 

静かな声でそれは、自分に言った。それにイズナは子どもの方を振り返った。その子どもは凪いだ瞳で自分を見る。

 

これは幻覚だ。

これは、ただの、幻だ。

けれど。

 

「ねえ、君は、わかっていただろう?」

 

静かな声だった。やっぱり、それは静かな声だ。

 

「僕たちは、兄ちゃんの弟でも。でも、僕達はいつだって、蚊帳の外。」

あの日、誰よりも、兄の笑みを取り戻してくれたのが千手の彼であると知りながら。

君はどうして、マダラのそれを父に知らせたの?

 

ああ、それは。

イズナにはわかる。その子どもの言いたいことが。

 

それは、いつかの、イズナであったものだから。

 

 

 

兄が、遠いと思うようになったのはいつのころだろうか。

ただ、ある時から兄が頻繁に外出するようになった。確か、それは兄が二人亡くなってから久方ぶりに上機嫌な様子で。

暢気で温和な姉も、沈んだ顔をしていたが、兄の機嫌のよさそうなそれに伴って少しだけ明るくなったように見えた。

それはきっと良いことだ。

けれど、イズナからすれば鍛錬をしてくれる時間も減ったし、何をそんなに機嫌が良いのかと気になる。

 

何か、とっても綺麗な景色を見つけたのだろうか?

それとも、おいしい木の実がなっている場所?

穴場の修行場?

 

いつもなら、嬉しいことを自分にすぐ教えてくれる兄さん。

優しい兄さん。

何よりも、父よりもなお、自分を大事にしてくれた兄さん。

 

「ごめんな、また今度。」

「兄様が嬉しいなら、それでいいでしょう?」

 

うん。そうだね。きっと、そうだね。

 

(どうしてかなあ。)

 

何故か、兄が、ひどく、遠くて。

自分を置いて行ってしまう気がした。

 

父に、兄の様子がおかしいと話をしたのは、偶然だ。父も兄の様子がおかしいと理解していたのだろう。

仕方が無かったのだろう。けれど、話さないことだって出来た。事実、姉は黙っていた。

察していたのだ。

兄が、ああ、兄さんが、また笑ってくれたのだと。

そうして、兄が千手の少年と会っていることを知り、決別した。

姉はついていかなかった。

女だからといっていたけれど、年からして、姉の方が当時は実力があった。けれど、姉を連れて行かなかったのは偏に父が娘に対してどうしても甘かったせいだろう。

イズナも、姉を連れて行かないことに賛成だった。

 

優しくて、甘ったれの姉はきっと、友と別れを選択する兄に肩入れをして、その場を乱すことはわかっていた。何よりも、姉はそれに相当心を痛めることがわかったためだ。

兄にそこまで咎めはなかった。

千手の人間と会っていたことは他の氏族に知らせられないため、咎めを受ければ不審に思われるためだ。

兄は、自分を責めなかった。

姉は、兄の事実を知り、その後はずっとべったりと張り付いていた。

姉は、泣いていた。

その理由がわからなかった。

 

どうして泣くの?

だって、兄さんが、兄さんが。

 

兄さんが、悪いのに。

 

それに姉はじっと自分を見ていた。自分を見て、そうだ。

 

「だって、兄様は一人になっちゃった。」

 

その意味を理解したのは、きっと、ようやく里ができてすぐのこと。

 

兄はそのまま、優しい兄のままだった。姉は、前よりもずっと暗くて静かになった。

 

変わらない、変わらない、兄は優しいまま、姉は少しだけ手がかかって、けれど可愛いまま。

なのに、二人とも、何故か、遠くを見ている。遠くを、イズナの知らないどこかを見ているのだと理解したのはいつからだろうか。

 

兄はあれからも、夢に見ていたのだろうか。弟たちが死なないでいれた世界を。柱間と夢見た世界を。

姉は、ずっと夢を見ていたのだろうか。それとも、焦がれた男のことを考えていたのだろうか。

 

その遠い目が嫌いだった。その、うちはでも、自分でもない、どこかを見ている目が嫌いだった。

 

戦が、千手との戦が嫌いだった。

兄が、柱間と向かい合う瞬間が嫌いだった。

その時、兄は優しい兄ではなくなる。その時、兄は、自分の事なんて忘れてしまっている気がした。

 

兄は柱間を、自分は扉間を。

それは必然で、けれど、わかっていた。自分では柱間の相手にはならないし、そうして、自分が柱間との戦いに邪魔になっている。

 

つがいのようだと思ったことがある。

 

あいつだけが、俺を殺せる。

それは純然たる事実で、そうして、どこか、隔絶させるような感覚だった。

 

姉に問うたことがある。

 

「姉さんは、柱間のこと、どう思う。」

「・・・・特には。ああ、でも、そうですね。優しそうな人だと思います。」

 

それは、きっと、弟だから漏らされた本音だった。本音で、だからこそ、イズナはどんどん恐ろしくなる。

兄が、姉までも、遠くに行ってしまう。

俺の、兄さんと、姉さんなのに。

なのに、ああ、教えてよ、二人とも。いったい、どこを見てるんだ?

 

 

 

「いいの?」

 

少年が淡く笑った。

 

「このままで、いいの?」

「何が、言いたいんだよ?」

 

その返事が弱々しくなってしまったのは、何故だろうか。少年は、柔らかに笑ったまま、自分を見ている。

優しい笑みだった。なんだか、見ているこっちが泣きそうになる顔だった。

 

「なら、何もするなって言うのかよ!姉さんが死ぬの、黙って見てろって言うのかよ!」

「・・・・でも、そうしたら、どこにも行かないよ。」

 

ああ、なんてことを言うのだろう。ああ、なんて、なんて、悍ましくて。

なのに、己の中の、幼い自分が怯えている。

 

行かないで。行かないで、ねえ、僕の知らないところに行かないで。

大好きな兄さん、可愛い姉さん。

 

兄は唯一の存在をうちはではなく、仇の一族に見いだした。

姉はたった一つの恋を、仇の一族に差し出した。

どうして、ねえ、どうして、そいつらなの。

ねえ、兄さん、姉さん、僕よりも、そいつらのほうがいいの?

がたがたと、胸の奥で震える心に少年が微笑んだ。

 

「そうそう、嘘なんて吐かないで!」

 

少年は笑った。笑って、水面が揺れるように姿がぶれた。

 

「わかっていたんです!どれほど愛しても、その憎悪以上の感情を越えることなんてなくて!」

 

そこにいたのは、黒い髪をした、華奢な女。

また体がゆらぐ。

 

「理解していたのに、認められなかった!親友だって、思ってたのにな!」

 

そこにいたのは、精かんな顔つきの青年。

また、姿がゆらぐ。

 

「妻で、子までなしたのに、その心に触れたことなどありませんでした!」

「どれほど足掻こうと、その強さにたどり着くことは出来なかった!」

「愛しい我が子!なれど、何も出来なかった!」

「愛してくれていた!ああ、だが、一番になんてなれもせず!」

「ねえ、行かないで欲しいなんて思って!」

「ずっと一緒だって!違うよ!あの人はいつだって!」

「あいつのことばかり見ているんだ!」

「わかっていたんだ!」

「わかって、いたのに。」

「ああ、ずっと、あの、赤い目が誰を見ていたかなんて知って。」

「必死に、忘れられないようにしているのに。」

「あの人は、いつだって、あいつのことばかり。」

 

姿が、ゆらぐ。

幼い子ども、女、男、老人。

それは、まるで怨嗟の声を上げながら、泣いていた。

 

我らでは、その運命に割り込むことさえ出来ぬのだと!

 

笑う、笑う、泣きながらそれは笑って。そうして、また、子どもの姿に戻る。

 

「ああ、そう、僕達は、いつかにインドラや、そうしてアシュラの転生者の、兄弟で、親友で、妻で、そうして、運命になれなかった者たちの残りカス!どれだけ手を伸ばしても、結局、彼らは憎しみで、怒りで、そうして、愛で我らを選んでくれなかった!」

イズナ、君だって、思っていただろう。ああ、この人たちは、最期に誰を選ぶのだろうかと。自分ではない、誰かを選ぶかも知れない二人が憎かったのだろう?

 

ああ、それにイズナは反論さえ出来ずに、口を噤んだ。

引き結んだ口元はまるで駄々っ子のように心許ない。

 

それは、イズナの中でずっと、がたがたと揺れる心の一つだ。

千手との同盟の後、全てに納得がいったわけではなくて、それでも仕方が無いことがあって。

 

姉が、ずっと、沈んで、雨のにおいを纏っていた姉が、昔みたいに笑っていて。兄だって、少しだけ肩から力が抜けていて。

憎い、嫌いだ、仇なのだ。

なのに、周りも、そうして、自分もああこれでよかったと思っていた。

けれど、嫌だと、わめく自分がいた。

 

父よりも自分を守ってくれた兄さん。母よりも自分を慈しんでくれた姉さん。

自分よりも、大事な誰かが出来た兄さんと姉さん。

 

ああ、ああ、ああ!

俺の方がずっと、柱間よりも、扉間よりも、二人のことが好きなのに!

 

俺が兄さんのことを守りたかったのに。兄さんを守れるほどの力が無くて。

俺が姉さんを笑わせたかったのに。姉さんのことを笑わせられるほどのことなんてできなくて。

 

「このまま、お姉ちゃんが死んだら、悲しいね。でも、そうしたら、もう、お姉ちゃんはどこにも行かないよ。お姉ちゃんが死んだら、お兄ちゃんは今度こそ、柱間と決別するよ。ねえ、今度は、君と一緒のものを見てくれる。」

運命は覆らなくても、共にすることはないのなら。それこそ、君の望みじゃないの?

 

「五月蠅い!そんなこと、するはずないだろう!?俺が、俺が、姉さんにそんなこと!」

 

弾む声、軽やかな声、ああ、けれど、イズナの中で黙れと言えない自分がいる。

 

自分は、自分は、そんなことを望んでいないはずなのに。

裏切られた感覚がある。

敵の男を愛した姉。敵の男に気を許し、子までなした姉。姉を口説き落としたやがったクソ野郎。

 

(クソが、扉間め!)

 

それ自体がひどい風評被害なのは誰も言わないことである。

 

思わず口を噤んだイズナに、目の前の少年は笑みを深くする。そんなとき、声が、聞こえた。

 

『どうでもいいわ、そんなこと!』

「は!?」

 

思わず周りを見回すが、誰もいない。ただ、その声は確実ににっくき仇の扉間である。

 

『大体、兄者の運命とかどうでもいいわ!世の中の兄弟が基本として、べったりと、大好きとか異端の考えにきまっとろうが!見てみろ!?優しい兄が殺気で弟を無理矢理黙らせると思うか!?』

「はあああああああ!?いつの世だって、弟は兄さんが好きなもんだろう!?お前のとこが変わってるだけだし!」

『それにな、正直、マダラにワシは感謝しとるわ!あの癖の強い姉を引き取れる男なんぞこの世に兄者以外におるとは思っておらんかったし!』

「・・・・それは、まあ、そうだけど。」

『将来、結婚しない同士で兄者の子を二人で猫かわいがりする想像しかしておらんかったから、片付いてほっとしとるわ!帰ってこられても困る!』

(・・・・・お前のことも、扉間が片付いて良かったって言われてるのは黙っておこう。)

 

けれど、イズナは何かあったときに、義姉に言いつけると脅しに使えるからと心の中にメモをする。

 

『大体な!』

 

イズナはその声を聞いた。気にくわない、ずっと殺し合っていた男の言葉だ。姉のことをかっ攫っていくクソ野郎だ。

自分とは違って、兄と夢を共有した男だ。

嫌いで、けれど、認めないなんて駄々をこねることも出来ないぐらいに知っているそれの言葉だ。

 

『ワシとて、憎かった!ずっと、怒り続けていた!ワシから弟たちを奪った世界が!無理矢理に押しつけられる理不尽が!嘆くしか出来んものががたがた抜かすな!』

 

その男は、どこまでもリアリストなそれの原初。それは、きっと、そう変わったものでなくて。

赦せるものかという、弟を亡くした兄の怒りだ。

 

『大体な、人生の途中で割り込んできたマダラなんぞ、兄者の人なつっこさでなんとかなっただけだろうが!?こちとら、産まれたことからの仲ぞ!今世の、千手柱間の弟はワシで、夢のために足掻いたのは誰でもないワシだ!前世など、知るものか!』

 

それに、イズナは笑った。

あーあ、なんともまあ、豪胆で、図太くて、そうして、一人の兄の掛け値無しの本音で。

ああ、そうだ。

運命なんて、どうでもいい。

そうだ、こちとら、産まれた頃からその兄と、そうして、姉の愛情たっぷりに育てられてきたのだ。

そうだ、イズナの原初は、きっと。

戦場で生きるのだから、死んだって構わないと覚悟はあった。けれど、だからこそ、だ。

生き残っていた、兄と姉と共にいる。

それこそが、イズナの原初。

イズナは少年を見た。

 

「お前、馬鹿だよ。」

「どうして?」

「・・・奥さんだった人とか、親友だった人とかのことはわかんないけどさ。でも、お前、弟だったのならわかるだろう。兄さんは、ずっと、俺たちが一番好きだったって。」

 

イズナはにっと笑った。

そうだ、いつかに、遠い所、自分の知らないところを見ていた二人の原初は、他の兄弟が死んだからで。

そうだ、二人とも、ずっと、自分のために、自分が死なないで呉れるようにと願っていた。

 

子どもの葬式をしなくていいかと、泣いた姉を覚えている。

 

「知らない!兄さんの運命が柱間だって!?だったらなんだ!?いいか、兄さんが誰よりも、何よりも、姉さんを除いて愛してるのは俺だ!姉さんが誰よりも可愛いと思ってるのは俺だ!運命にねじ入れない程度なら、最初からわめき立てるな!」

 

切った啖呵に、少年は笑った。

 

「そうか。そっか、なら、僕達には何も言えない。僕達は、ただの記憶で、それに何かを思うことは出来ないから。僕達は、一抜けするよ。」

 

それと同時に、イズナの足下がどぶんと揺れる。

 

「・・・・八咫烏に言われて、僕達のことを慮ってくれたイワナガ姫のために何かしてあげたかったけど。君はまだ、終っていないのなら。僕らにはこれ以上、何も出来ないや。」

じゃあね、僕達みたいになっちゃだめだよ。

 

「は、何言って・・・・!」

 

どしんと、また、尻餅をつくような感覚がした。

 

「ああ、また、来たのですね。」

「え?」

 

そこにいたのは、女だった。それは姉によく似ていて。けれど、姉よりもいささかきりっとした表情をしていた。

けれど、それが姉でないことはわかっていた。

何故って?

その女の膝の上で爆睡を決め込んでいるうちはイドラの姿を確認したからだ。

 

 

 



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猫耳ってロマンだと思う

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。




 

 

「・・・・そう。来れる場所ではないんですが。」

 

あらあらと困ったように首を傾げる女に、うちはイズナは少しだけ黙り込んだ。

その様相は、よくよく考えれば、姉よりも、母に似ていた。

柔らかく、静かに、微笑む女。

イズナが幼い頃になくなったせいで、そう、はっきりと覚えているわけではないけれど。

なんだか、見たような気分になる。

美しい、高価そうな着物を着た女が静かに微笑んでいる様を。いつかに、見たような気がした。

けれど、そんなことなどすぐに忘れてしまう。

何故って?

その膝の上で、話題の姉がすぴすぴと寝ているのだ。

女は満足そうに、姉の髪をするすると梳っている。

イズナは思わず額に手を当てた。

 

寝てやがる。寝てやがるよ、この駄犬。

 

イズナは誰にするんだというフォローをしかけたが、頭を振った。彼自身、どんな反応をすれば良いのかわからなかったのだ。

 

「あの、あなたは・・・・」

 

そんなとき、どさどさと大量の何かが降ってくる音がした。

 

「どこだ、ここは?」

「おい、大丈夫か?」

「イズナ、無事だったのか!?」

「扉間、あんた、大丈夫?」

「おお!扉間に、うん?イドラか?」

「ま、ちょ、たすけてえええええええええ!!」

 

イズナは目の前の光景に思いっきり顔をしかめた。彼の視線の先には、人間の山が出来ていた。

それは、見失っていた千手扉間や、そうして、千手柱間。何よりも疑問だったのは、何故か、他にも数人、うちはや千手の人間まで紛れ込んでいることだった。

おそらく、突然落下したのだろうが、それはそれとして忍者としてどうなのだ?

 

「って、兄さんに、アカリ殿!」

 

イズナは落ちてきた面々の中で、一番上に鎮座した義姉と、そうして、兄の存在に駆け寄った。

 

「イズナ、大丈夫か!?」

 

人が折り重なった山の頂点に居座っていたうちはマダラは、気を失っているらしい千手アカリこと、うちはアカリを抱えてイズナに駆け寄る。

 

「俺は大丈夫だけど、兄さん達は!?というか、アカリ殿はどうしてここに!?」

「お前たちがいなくなった後、月兎の奴に連れられて違うとこに向かったんだ。」

「いいのお、優しい姉上というのは。姉上、起きとったとしてもあんなに優しくないだろうなあ。」

「今更、姉者に期待をしてどうする。」

「アカリ様は基本的に塩ですよ、柱間様。」

「アカリ様、そんなに怖いですか?」

「いいや、あの人は怖い。本当に怖い。古参連中もけっこう秘密を握られてるからなあ。」

「・・・うちはに甘いよなあ。」

「つって、当社比、みたいなもんだろ。」

「でも、マダラ様、アカリ様と仲良いな。アカリ様のこと見つけたとき、抱えようとした柱間様からひったくったし。」

「おい、さすがにこの人数が上にいるのはやばいんだけど!?」

「あなた方、そろそろ、どかれたらどうですか?」

 

どこからか現れた月兎に山の上に横たわったままの千手柱間や、その下敷きになりながら腕を組んでその様を眺めている千手扉間たちはそう言われてわらわらと山から退いた。

それに一番下にいた千手の男がぜえぜえと息を吐く。

 

「し、しぬかと思った。」

 

その真に迫った様子にうちはの一人がその背中を撫でる。

 

「待って!?兄さん達はいいけど、ほかの面々はどうしたの!?いなかったよね!?」

「いえ、我らも早めに寝ていた、はずなのですが。」

「千手の奴らもそんな感じですね。」

 

代表して、うちはと千手の人間がそれぞれ答えた。

 

「姉上については、ペン吉から逃げるためにと月兎が飛んだ先で、千手とうちはの人間たちがいたんだが。そこで事情を聞いているときに、月兎が連れてきたんだが。」

「・・・本来なら、扉間様達に会わせて柱間様たちも回収する予定でしたが。お二人に関しては念入りに隠されていたので時間がかかったのです。」

「俺たちは?」

「あなた方に関しては、多分、血縁ですので寝ているせいで意識が繋がってしまったせいでしょう。」

「にしても、信じられませんね。我らの祖が、イドラ様やアカリ様の体を乗っ取ろうなどと!」

 

そんなことを言っているのが聞こえているとき、マダラがイズナの後ろにいる存在に気づいた。

 

「母上?」

 

漏れ出たそれに、柱間と、そうして扉間もようやく部屋の奥、御簾とイズナに隠れて見えていなかった女の存在に気づいた。

 

「・・・・母、ええ、そうですね。あなたを産んだのは、ある意味で私ならば、私は母であるのですね。」

 

静かなそれは、豪奢な服を纏い、ちょこんと御簾の奥に座した女はまさしく姫君だった。

マダラは、その物悲しそうな顔にああ、違うなと思った。

マダラの記憶の中の母は、いつも床に伏していたけれど、それでもいつだって淡く笑ってくれる人だった。

その、涙のにおいが染みついた女にマダラは少しだけ首を振る。

 

「・・・おお、イドラにそっくりな方だのう。」

「・・・もしや、あなたがインドラの母であるサクヤ姫か?」

「ええ、私の名はサクヤ。いつかに、うちはの祖たるインドラの母であったものです。」

「それは、お初にお目にかかる。私の名は、千手柱間、アシュラの末に当たるものです。」

「挨拶などいりません。あなたのことも、あなたの弟のことも、後ろの、我が末たちや、姉様の末たちのこともよくよく知っておりますので。」

「そ、そうですか。」

 

柱間は、イドラとよく似た女に素っ気なくされてしゅんとした。その後ろで、千手とうちはの人間達がざわつく。

月兎に、自分たちの祖先の話などは聞いているが、実際にその存在を目の前にすると信じられない気持ちにはなる。

ただ、自分たちの上司というか、目上の存在の、山だとか、そこら辺を更地にする存在のことを思い出すとそんなこともあるのかなあとぼんやりと思うだけだった。

そんなとき、人混みの中から兎が女の前に踊り出た。

 

「サクヤ姫。」

「ああ、月兎。お前が来たのなら、そうですか。姉様は、そうされるのですね。」

「サクヤ姫、私を使わせたのはあなたです。なら、イワナガ姫が何を目的にしているのか、わかっておられるのですか?」

「・・・この子も、いなくなるのですか。」

 

そう言って、サクヤは膝の辺りを撫でた。それに、ようやく、その場にいた面々はサクヤのたっぷりとした衣服の中に埋まった存在に気づいた。

真っ黒な髪と、丸まった小柄な体躯。

そうして、かすかに聞こえる安らかそうな寝息。

 

それに、特に扉間の目が、くわっと見開かれた。

 

(こ、こいつ!)

 

なんてところで寝てるんだ、この駄犬!

 

おい、どうする!?

ど、どうするって、引き取るか!?

いや、あの方は、うちはの祖なのだろう!?無礼だろう!?

いや、見てみろ!頭を撫でて完全にご満悦だぞ、あのおひいさん!

ああ、完全に、姉上と同じ目をしとる・・・

 

その場にいた人間は、ざわついた。いいのか、これは?

いや、本人はご満悦だけど。

マダラと柱間はアイコンタクトで上記の会話を交わした。扉間は、もう、今にもぶっ倒れそうな顔をした。

 

なにしとるんだ、いや、何しとるんだお前は!?

 

くらっと、今にも気絶しそうな中で、それをうちはの人間が支える。

 

(扉間様、しっかり!)

(イドラ様ならありえます!)

(寝てるだけならまだましですって!)

 

それはフォローなのか?

そんな疑問が浮んだ千手の人間達は、ひとまず、ぶっ倒れそうな扉間を支える。

件のイドラは、体を丸めてくうくうと寝ている。

 

「ああ、そうですね。千手の、扉間。こちらに来なさい。」

 

サクヤのそれに、扉間はふらふらとそれに近づく。全員が、ごくりと生唾を飲み込んだ。扉間はもう、無礼やら、混乱やら、何よりも自分自身お体が乗っ取られかけているというのに、乗っ取っている存在の膝の上ですやすやと健やかに寝ている嫁に何を言えばいいのだろうか?

 

「あなたの妻なのでしょう、この子は?」

 

そう言ってごろりと転がしたうちはイドラこそ、千手イドラが扉間の方に向けられた。その頭には、何故か、ふわっふわの猫耳がついていた。

 

??????????????????

 

扉間はもちろん、その場にいた全員の頭の上にはてなが浮んでいた。

扉間は、もう、素直に、無礼だとか、そんなことも忘れて疑問を口にした。

 

「申し訳ないが、イドラの頭の、耳はなんだろうか?」

 

イドラは口元をむにゅむにゅさせる。そうすると、それにつられて耳がぴこぴこと揺れる。

それにサクヤは一度、イドラを見た。そうして、不思議そうな顔をする。

 

「可愛いでしょう?」

 

いや、あんた、それは。

それはもちろん可愛いのは可愛いのだが。いや、聞きたいのはそっちではないのだ。

なんで、イドラの耳に猫耳が付いているかどうかで。

 

「いや、なんで耳がついてるのか知りたいんだけど!?」

 

とっさのイズナのそれに、サクヤはああと頷いた。

 

「だって、イドラが夫はこれが好きだからって言っていたので。迎えに来るのなら、嬉しいと思ったんですが。」

 

がっと、扉間に全員の視線が向けられる。それに扉間は全身に嫌な汗が伝うのがわかる。

 

「い、いや、違うぞ!違う!」

 

扉間は今までのトラウマでひとまず、違うと否定するがそれにサクヤが不思議そうな顔をしてイドラにはえたピコピコ揺れる耳を撫でた。よくよく見ると、黒い尻尾がぴこりと揺れた。

 

「でも、毎日のようにこれをふわふわといじって楽しんでいたのでしょう?」

「とびらまあ!!!」

 

イズナが叫び、扉間につかみかかる。

 

「お、お前、さすがに趣味が濃すぎるだろ!?」

「知らん!誤解だ!サクヤ姫、何の話だ!?」

 

それにサクヤはイドラにそっくりの顔で不思議そうな顔をする。

 

「違うのですか?だって、毎日ではないけれど、ずっといじっていると・・・・」

「とびらまあああああああ!お前、何、うちのご先祖にとんでもねえこと言わせようとしてるんだよ!」

「おいいいいいいいい!違うわ!違う、誤解だ!何か、大変な誤解がある!」

「姉さんに生やされてるの見て、何が誤解だよ!」

 

取っ組み合いになっている中、柱間は度肝を抜かれた。いや、何というか、どんな顔をすれば良いのだろうか?

弟が嫁さんに猫耳生やすのが趣味。

なんだろうか、マニアック極まりないのは事実だが、それはそれとして、ダメというのも何か違うような・・・・・

 

「猫耳・・・・」

「昔から、なんか、毛のものすきだよな。」

「襟巻きとか。」

「理解が出来ん。」

「俺はちょっとわかる・・・・」

「いいのか?」

「いや、でも、どうなんだ?」

「でも、嫌がってないのなら。」

「猫耳付きのイドラ様かわいいな。」

「だめだ、俺も目覚めそう・・・・」

 

柱間がまた扉間の扉間が開いていることに固まっていると、まだ気を失っているらしいアカリをマダラが渡してきた。

 

「え、あ、ま、マダラ!?」

 

マダラは無言でアカリを柱間に託した。そうして、イズナと取っ組み合いになっている扉間に近づいた。そうして、マダラは華麗に扉間に足払いをかけ、そうして、手足を絡ませ、関節技を決める。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!?」

「てめえはあああああああああああ!人の妹になんつうことさせてんだ!?」

「あだだだだだだだだだあだだだだだだだだだ!?」

「うおおおおおおお姉上が怒ったときと同じ、あれは、伝説の姉上式の背骨折り!そうか、マダラよ、姉上とそこまで仲良く!」

「これって感動していいやつなんですか!?」

「アカリ様のあれっていつもなんですか!?」

「そうだな、アカリ様の身内になったなら言っておく。」

「あれは、千手のクソガキは一度は味わう、背骨折りだ。」

「その他に関節技の種類があるから気をつけろよ?」

 

千手の男達はなにか、爽やかさえある顔で親指を立てた。

サクヤはそれに不思議そうな顔をした。

 

(・・・変ですねえ。イドラの話では、扉間という男はふわふわとした物が好きで。それこそ、気に入りの襟巻きを毎晩いじっていると聞いたのに。)

 

イドラがどれほど夫のことが好きなのか、サクヤはよくよく聞いている。だからこそ、せっかく会いに来るというのなら喜ばせてやろうとイドラに耳を生やしたというのに。

ちらりと見た、暢気して寝る女をサクヤは不思議そうに見る。

 

こんなに可愛いのに、何故、自分の息子の生まれ変わりはこんなに怒っているのだろうか?

 

よくわからないが、怒っているのでとめるかと考える。

 

「マダラよ、止めなさい。」

「サクヤ姫!止めてくれるな!俺は、そんな、妹を畜生のように・・・・・!」

「誤解だ、何にもしとらん!」

「嘘をつけ!」

「そうだよ、やっぱり、こいつを信じるなんて、やっぱり・・・」

 

イズナが苦虫を噛みつぶしたかのような顔をする。そんなとき、サクヤの顔が歪んだ。

 

「・・・・また、あなたたちは喧嘩をするのですか?」

 

その言葉に、サクヤに視線を向けた。サクヤは悲しそうな顔でイドラの頭を撫でた。自分で生やしたふわふわの猫耳に撫でた。

サクヤとしては可愛い娘?孫?が可愛くなってご満悦な時にまた喧嘩を見て悲しそうな顔になる。

その顔は、ひどくイドラに似ているものだからマダラとイズナの罪悪感をちくちくと刺さる。

 

「・・・・マダラはどうして、そんなに怒るの?夫婦の仲が良いことは嬉しいでしょう?」

 

サクヤのそれにマダラは黙り込む。

 

(イドラの奴!あの馬鹿、また変なことを吹き込んだな!?)

 

ぎっちぎちに締め上げられている中、扉間はぜえぜえと息を吐きながら、仕返しをすることを固く誓う。具体的に言うと、猫耳を生やさせることを誓った。

悲しいかな、今回に関しては本当にイドラは何にも悪くなかったりするのだ。

そんな扉間は後日、本当に猫耳を生やす忍術を開発するのだが。

悲しいかな、今回はイドラはまったく悪くないし、その忍術に扉間の汚名が増えるのはまた別の話だろう。

 

「そうですよ!マダラ様!」

 

そこでさすがにぎちぎちに締め上げられている扉間を不憫に思った千手の一人が割って入る。

 

「そこまで自分の癖に素直になれてるなら、夫婦間の仲が良好って事でしょう?」

 

とんでも理論来たな、これ。

千手とうちはの人間はそれで行くのかと目を見開くが、先陣を切った男は是で行くぞと据わった眼をする。

それに千手とうちはの人間は、頷いた。

今は喧嘩をしているときではないが、それはそれとして、スケベ方面にそこまで素直な一人の男を庇わねば男が廃ると思ったのだ。

アカリの意識があればその場にいた全員が関節技を決められていたであろう。

だが、そうはならなかったために、話は進んでいく。

 

「そうっすね!マンネリ対策にもなりますし!」

「イドラ様可愛いし!」

「そこまでするって、相当仲が良いって事ですしね!?」

「マダラ様もちょっとはいいなと思ったでしょう!?」

「もう、これは男の中の男ですよ!?この探究心。」

 

もう、色々最悪だ。

なんだろうか、この会話。

そんな方面の話を求めてはいないのだ。

言っている本人達も、自分たちで何を言っているのだろうという気分になっている。

それはそれとして、そこまで閨のことにこだわる男に尊敬の念を持っているのも又事実だ。

この男を救わねばならん!

そんな感覚もある。

 

マダラは息を吐き、締め上げていた扉間を下ろした。それにイズナが不満そうな顔をする。

 

「兄さん!?」

「言うな、イズナ。イドラなら、本当に嫌ならアカリに相談でもしている。そうでもないってことは、了承してるって事だ。それに、夫婦仲がいいってことだろう?」

「それは・・・・・」

「何よりも、今はこんな会話をしている場合じゃねえしな。」

 

下ろされた扉間はぜえぜえと息を吐きながら、それはそうだと同意した。いや、本当に。そうしながら、扉間は黄昏れた。

自分は何で、こんな先祖の前で生き恥をさらさねばならんのだ?

そんな中、アカリを抱えた柱間が扉間の方を叩いた。

 

「兄者?」

 

それに柱間はこっそりと聞いた。

 

「俺にも、猫耳の術、教えてくれ。」

「二度と話しかけてくるな。」

 

ドスの利いた声の後、扉間はちらりとイドラを見た。

そこには、すよすよと寝ている駄犬が1匹。

 

やっぱり、駄犬は駄犬であったのだ。

 





イズナの上がっていた好感度が若干下がった件


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なくともいいが、ある方がいいものは存在する

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

アンケートについてはなんとなく、どっちだろうと。
どっちに似るかはお好みで。


 

「扉間よ、大丈夫か?」

「・・・・話しかけるな。」

 

千手扉間はぐったりとしながらその場に座り込んでいた。千手柱間は扉間のそれにしゅんとしたが、理由が理由なだけに仕方が無いのだが。

それに、千手とうちはの人間は扉間のことを慰めるように取り囲む。

 

「扉間様、そんなに落ち込まなくても。」

「扉間様が、イドラ様のことをどれだけ好きかわかっていますから。」

「そうですよ、大体、扉間様がすけべなことなんて皆、わかってますから!」

「ぶっとばしていいか?」

 

ぐっと己に親指を突き出してきた千手の男のそれをへし折ろうかと扉間は真面目に考える。

もう、何か、色々体の力が抜けそうだった。

確かに、昔から毛のものは好きだったが、そんな妻に耳を生やすほど飢えているとか、求めているわけではない。

それを先祖に当たる女に言い放たれて、うちはマダラとうちはイズナからの視線がまあ痛いことこの上ない。

ここに姉がいても、眠っていることが幸運だろうか?

 

(ワシが何かしたのか?)

 

幾度思っただろうことだが、それ自体が今更だ。というか、当人の業を考えると大分不運としては軽い部類に入るだろう。

 

「扉間、覚えておけよ。アカリ殿にお前のこと言いつけるからな。」

「それだけは勘弁してくれ!姉者に殺される!!」

 

いいや、そこそこ見合った不幸が降り注いでいるかも知れない。

 

「イドラ様、そろそろ起きてください!」

 

扉間が沈んだ顔をして、ずたぼろの中でそんなことも気にもせずに月兎だけはうちはイドラこと、千手イドラの頬をぺしぺしと叩く。

けれど、イドラはすやすやと変わらず爆睡を決め込んでいる。

うちはマダラも妻であるアカリを柱間に預けて、イドラを揺すった。けれど、イドラはむにゃむにゃと口元をもむもむするだけでまったく起きない。

どんだけ爆睡しているのかとマダラは呆れた。

 

「くそ、昔から寝汚いのはわかってたが、ここまでか!?」

 

そんな中、サクヤは自分の近くでイドラのことを揺すり起こすマダラのことを眺めながら、そっと男の頭を撫でる。

それにがちんとマダラは固まった。背中に立たれるのが嫌いだと公言する、警戒心の強い男だ。

柱間と、そうして、うちはの人間は内心で悲鳴を上げる。

気分は、気性の荒い肉食動物に幼児が手を伸ばしているのに悲鳴を上げる飼育員だ。

 

「・・・・さわり心地が良いですねえ。」

「妻が、手入れをしているので。」

 

マダラは突然のその挙動にそれだけを返した。普段の男ならば、振りほどくぐらいのことはしただろうが、あまりにも、目の前のそれは特殊すぎる。

そのために、咄嗟にどうすれば良いのかとそんな仕草をしてしまった。

 

「・・・妻?」

「後ろの、赤毛の。」

「ああ、アシュラのが、抱えている女子ですね。そうですか、大事にされているのですね。」

 

サクヤはうっすらと涙の後が残る目元を和らげた。そうして、赤い髪の女にようやく気づいたかのような顔で視線を向けた。

 

「不思議なこと。我が子の髪も、妻の顔も見なかった私が、幾度も重ねた死の果てにお前の髪を撫でている。」

 

それは、嬉しそうでなかった。考え込むような仕草だった。

 

「サクヤ姫!イドラ様が起きられないのですが!?」

 

その時、あまりにも爆睡を決め込んでいるイドラに対して、月兎が叫んだ。それにサクヤはああと頷く。

 

「それはそうでしょうね。そうそう起きないですよ。」

「ど、どういうことですか?」

「今、この子の精神は、いいえ、くわしく言うのならチャクラは私に吸収されているのです。」

 

少しの沈黙、その後に、サクヤにその場にいた人間が飛びつくように近づいた。

 

「「「どういうことですか!?」」」

 

サクヤはぼんやりとした、その表情はこれまたイドラにそっくりで、サクヤはこくりとうなずいた。

 

「ここは精神世界。心だけの存在が、どうして眠る事なんてあるのですか?」

 

心底不思議そうな言葉に皆がそれはそうだと納得する。そうして、改めて気を失ったままのアカリを見た。

 

「サクヤ姫!ならば、彼女たちは!」

「・・・・皆、私や姉様が生まれた理由は聞いていますか?」

「月兎に、空より来る災厄の討ち滅ぼす子を、産むためと。」

「・・・・ええ、写輪眼や、千手の高い再生能力が、人という種族に馴染んだ後、高い資質の子を産む胎として、再度、私たちの肉体の資質を子孫である存在に受け継がせるための楔でした。ですが、もっと詳しく言うのなら、チャクラを引き継がせるための術。」

 

サクヤは己の膝の上で眠るイドラの頭を撫でた。

 

「この子のチャクラを、私のチャクラが侵食しているのですよ。少しずつ、少しずつ。」

「なぜ、放っておくのですか!?」

「これは、姉様がしていること。私には、どうしようもないことです。」

 

その言葉に柱間は己の姉に視線を向ける。

 

「御母堂様!ならば、姉上も、そうなのですか?」

「ああ。姉様の器の方ですね。そうですね。」

 

同意をされて、柱間たちの顔色はさあと青くなる。

 

「姉上!」

 

柱間がアカリのことをゆすぶるが、赤毛の女は目を覚まさない。サクヤはアカリの様子に顔を歪めたマダラのことをじっと見た。そうして、囁くように言った。

 

「あれが大事か?」

「己の妻です、当たり前でしょう!?」

 

激高するようなそれにサクヤはゆっくりと瞬きをした。

 

「なら、語りかけてみなさい。」

「語りかける?」

「彼女たちの精神に揺すぶりをかけて見なさい。今、この子達は、幸せな夢を見ているのですよ」

「夢?」

「目覚めて欲しくないのなら、醒めて欲しくない夢を見せた方がいいでしょう。だからこそ、起きなくてはといけないことを聞かせれば。そうすれば、起きる可能性があります。」

「精神に揺すぶりを・・・・」

 

それにその場にいた人間が、アカリと、そうして、変わらず猫耳がぴこぴこ跳ねているイドラを見つめた。

イズナがそっとイドラの耳に口を寄せた。

 

「姉さん、ごめん。あのことが兄さんにばれた。」

 

それにイドラの顔が歪んだ。

 

「ううう、兄様、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・」

 

そう言いながら、じたじたと手足を動かす。

それに何か気づいたらしいうちはの人間がそっとアカリに囁く。

 

「アカリ様、マダラ様の今季の衣装、どうしましょうか?」

「・・・うーん、旦那様には、渋めの色が似合、う。」

 

アカリは眉間に皺を寄せて寝言を言う。

それにくわっと皆が口を開く。

 

「この路線か!」

「イドラ様の怒られネタ知ってるやつ!」

「待て、イズナ、何隠してるんだ!」

「それは弟妹同盟で秘匿だよ!」

 

イズナの叫びにマダラはため息を吐いた。これで反応があるのなら、正直に言えば、何を言えば起きるのかマダラにはわかっていた。

それがわかる程度に、アカリのことは理解していた。いいや、それぐらいアカリは色々とあけすけだ。

曰く、顔に出ないから、口に出すようになったのだという。

けれど、言いたくない。

いや、言うのは構わないのだが。

 

「なんぞ、マダラ、面白い顔をして。」

 

マダラのしかめっ面にイズナは全てを察したのか、肩に手を置いた。

 

「兄さん。」

「・・・・言わないとダメか。」

「俺が言ってもいいけど、多分、兄さんが言った方が確実だよ。」

「どうした、マダラよ!何をそんなに嫌がるのだ!?姉上の危機だというのに。」

「いいや、その。嫌な予感だ。」

 

そう言いはしても、それが確実であると理解しているために、マダラはなんとも言えない顔をしてアカリに顔を寄せた。

 

「・・・・アカリよ。」

 

それはすやすやと眠ったままだ。マダラはゆっくりと口を開いた。

柱間と扉間、そうして千手の人間は何を言うのだろうとそれを見守った。うちはの人間は、あれだろうなあと理解しているのかそれを見つめている。

 

「以前、見せた。あー、神楽の衣装があっただろう。」

 

それに、アカリの手先が震えるのがわかった。そうして、マダラが何を言おうとしているのか、なんとなく千手の人間は察した。

 

「前に言っていたとおり、それを纏って、舞も見せてやる。あと、あれだ、化粧も、しても・・・・」

 

がしり!

その言葉と共に、アカリの目がかっと見開かれる。そうして、マダラの腕を掴んだ。

 

「化粧は私がするということでいいですか!?」

 

アカリは跳ねるように飛び上がり、そうして、マダラの両手を握った。

 

「言質を、言質を取りましたからね!?ええ、ええ、ええ!確かに、あの衣装はもう少し、華奢な方の大きさです!ですが、ある程度手直しは出来ます!ああ、白い衣装はあなたの黒い髪と瞳に栄えますし!少しだけ、紅をさしても!いいえ、隈取りも赤にしませんか?舞の時の小道具も、指定が無いのなら、選ばせて・・・・・」

 

アカリはマダラの頬を両手で包み、るんるんでその顔をのぞき込み男を見つめるその様はまさしく熱を上げていた。

 

「わかった!わかったから!後でいくらでも聞いてやるから!!」

 

マダラは目の前で、無表情でありながら、きらきらとした眼をする妻を落ち着かせる。それに柱間と扉間は、しらっとした顔をした。

いや、何だろうか。

起きて良かったのはよかったのだが、それで起きるのか、我らが姉よというしょっぱさがある。

まあ、結婚生活が円満なようでよかったなあとは思う。こういった、敵対氏族同士での同盟が絡んだ結婚なんて悲惨なのが普通なのだ。

いや、問題の女達がどうこうも図太すぎるのはあるのだろうが。

 

「マダラ様の言ってる衣装ってなんだ?」

「うちはでは、新年に宗家の男児が女の装いをして神楽を舞うんだ。」

「アカリ様も、うちはの人間になったからな。それで、衣装の手入れとか、準備のことを話したときにマダラ様がそれを着て神楽をしてた話をしたら。」

「食いつくだろうなあ。あの人、マダラ様の顔好きだし。」

「・・・・なぜ、神楽を舞う年齢の時に出会えなかったんだと崩れ落ちられてな。」

「その後、なんとか目の前で舞ってくれないかとごねにごねられて・・・・」

「姉者、いい加減にしろ!」

 

興奮気味にマダラの肩を掴んで鼻息荒くしているアカリを、柱間と扉間が引き離す。

 

「姉者!いい加減にせんか!」

「そうぞ、そんな場合ではないのだぞ!?」

「何を言う、柱間、お前だって見たいだろう?」

「見たい!」

「んなこと言うとる場合か!」

 

ひとまず引き離したアカリは、ようやく自分たちの状態に気づいたのか周りを見回した。

 

「・・・ここは?私は確か、ミトやクズハと一緒に。」

「ようやく気づいたのか。」

「いや、旦那様は基本的に押しに弱いからな。ここでたたみ込めばそのまま負けてくれるのがわかるからな。」

「兄者は説明を頼む。」

「そうだな、それで、姉上よ。」

 

ぐったりとしたマダラとイズナを横目に扉間は改めてくるんと丸まって眠るイドラを見た。

その時、扉間はもちろん、そのほかの千手やうちはの人間は、イドラがすぐに起きるのだと思っていた。

寂しがりで、甘ったれで、そうして、扉間が大好きなその女は、扉間の言葉にすぐに起きるものなのだと。

 

「イドラ、早く起きろ!」

「もう、少し・・・・」

「でかい猫がいるぞ!」

「マダラが怒っておるが、お前、何をした?」

「ちがうんですー、兄様、あれは、イズナも止めなかったんです・・・」

「広間が泣いているぞ!」

「おむつ、ごはん、おっぱいさっき上げたのにぃ。」

「飯の時間だぞ?きつねうどんだ。」

「お腹いっぱいですぅ・・・」

「新作の鹿の彫り物、見ませんか?」

「猫、猫がいい・・・・」

「姉さん、起きないとあのこと、兄さんにばらすよ?」

「うええええええ、ごめんなさい、にいさまあ・・・・」

「待て、本当に何を隠してるんだ?」

「イドラ、行きたがっておった茶屋に行かんか?」

「えへへへへへ、いきたいでーす・・・」

「マダラ様の危機です!」

「うえええええええ、私がいても役に立ちません・・・・」

 

 

まあ、起きない。

扉間は、イドラが飛び起きそうなことを並べたが、反応はあれどまったくと言っていいほど起きないのだ。

 

「この馬鹿、まったく起きん!」 

「ここまで寝汚いとは・・・・」

「く、扉間様さえ、起こすことが出来ないなんて。お手上げじゃないか!」

 

その場にいた人間は頭を抱えた。イドラは単純で、彼女が飛び起きるようなこと、いくらでもあると考えたのだ。が、蓋を開ければどうだろう。

その駄犬は、いや、今は猫だろうか。

華麗に爆睡を決め込んでいる。

 

「なるほど、それでか。というか、私はお前の生まれ変わりの、母親の生まれ変わりというわけか?」

「そうだのお、いや、ここで姉上と縁があるとは。」

「死んでも私はお前を育てなくちゃいけないのか・・・・」

「そ、そんな嫌そうに言わんでも。」

 

説明を受けたらしいアカリは頷きながら、ようやく、皆に囲まれているイドラの姿を確認するためにのぞき込む。

そうして、彼女はイドラに付いた猫耳と尻尾を確認した。

 

がっ!

 

ノールックで扉間の頭を掴んだ。

 

「うおおおおおおおおお!姉者、無実!無実の罪だ!」

「てめえ、こんなとこまで変なお前の思想が混じってるだろうが!」

「アカリ様、違う!ほんとに違う!」

「今回は、いや、今回だけは無実だから!」

「ま、待て!アカリ!」

 

アカリは掴んだ頭から手を離し、そうして、扉間の首に腕を回して締め上げる。完全に落とすタイプの締め上げ方だ。

そうして、周りの発言にアカリは腕の力を緩める。

 

「それをされたのは、こちらの。」

 

アカリはそれにぼんやりとその場のことを眺めている女を示した。

イズナはそれにほっとして、そうして、アカリに言いつけることは一旦白紙にした。このままでは姉が未亡人になってしまう。

というか、兄や姉とは弟妹に甘いという認識の元生きてきたイズナは、怖い姉のいる扉間が哀れになったのだ。

そのため、口を噤むことにした。

 

「うちはの方でしょうか?」

「サクヤと申します。」

「イドラの。」

「ええ、そうです。あなたは、姉様にそっくりの、赤い髪をされているのですね。」

 

そういったサクヤの瞳は、どこか淀んでいた。千手の人間は、何か肌にぞわりとしたものを感じた。

 

「姉様にそっくりの、強くて、美しくて、しっかりとしていて・・・・・」

 

淀んだ瞳をアカリは気にせずに話しかける。

 

「イドラの耳は、あなたが?」

「ええ、可愛いでしょう?」

 

ぽけぽけと微笑む様は、なるほど、イドラに本当によく似ている。

 

「ここは私の領域。私のような存在でも、この程度のことは可能ですよ。イドラのこれも私がしました。」

「・・・・この程度、というと、誰にもできる、と?」

「ええ、見ることしか出来ぬ、弱者であれど、この場だけはいかようにも。」

「それは、イドラ以外にも?」

「ええ、可能、ですけど。」

 

皮肉交じりであったサクヤの声に、被せるようにアカリが言った。それに気づいたらしい柱間ががっと肩を掴む。

 

「まってい!姉上!」

「いいや、待たんな!マダラ殿にも頼みたい!」

「は!?そんなこと、できるはずが!」

「出来ますよ。」

 

ぼふんと、わざとらしい煙がマダラを中心に沸き起こる。

 

「うおおおおおおおおおおおお!?」

「に、兄さん!?」

 

煙がなくなった後に残るのは、ぴこんと猫耳が揺れるマダラがいた。

 

「何してくれてるんだ!?」

「マダラにも猫耳が!」

「この年での猫耳はキツいだろう!?」

「扉間、どういう意味だ!?」

 

話題のアカリはその場にどさりと倒れて、顔を覆った。

 

「ああああああああああああああああああ!?」

 

叫び出したアカリに皆がびびり散らかしていると、女は叫ぶ。

 

「何故、私には写輪眼がないんだ!?」

「言うに事欠いてそれなのか!?」

「くそ!イドラがいれば、後で幻術で再生して貰えたというのに!」

「写輪眼のことを何だと思っているんだ!?」

「強力な瞳術だとはわかっている!わかっているが、それはそれとして、うちはにいると、完璧に覚えておきたいことが多すぎる!旦那様の猫耳なんて、そんなもの一生保存版じゃないか!?」

「耳が、耳が、二つ?俺はどっちで何を聞いてるんだ?」

「マダラ様が混乱されている!」

 

扉間はアカリの奇行に遠い目をして、そうして、改めてイドラに向き直った。

 

「それはさておき。」

「さ、さておいてよいのか?」

 

柱間は後ろで、マダラの耳を触ろうと彼に距離を詰めるアカリを見る。

まあ、人生は楽しそうだ。

 

「・・・・あなたは、イドラが眼を覚まさない理由がわかりますか?」

「肉体を乗っ取る上で、意識を吸収するのなら眼を覚まさない方がいい。ならば、見る夢は幸福なもののほうがいい。」

 

サクヤはじっと、扉間を見た。

 

「イドラは、よい夢を見ていますよ。父や母がおり、兄弟達が生きていて、そうして、お前達千手もいる。」

これ以上無いほどの夢を見ているのです。

 

サクヤのそれに、扉間は顔をしかめた。

後ろで、千手と、うちは、そうして、姉たちの声がする。その場には、柱間と、自分しかいない。

 

「精神を揺すぶるというのは、その夢から覚めるほどの衝撃を、という話。」

「これが目を覚まさんのは、都合のいい夢がよいから、ということですか?」

「その子が何に執着しているのか、それに尽きるのでしょうね。」

 

扉間は、目の前ですやすやと眠る女を見た。

執着、それに、扉間は考えて目を見開いた。

 

それの執着とは何だろうか?

 

兄さんが好き、イズナが好き、ずっと一緒にいたい。

氏族のみんなが好き、優しい人が好き、

猫が好き、きつねうどんが好き。

 

子どもに死んで欲しくない。

 

千手扉間が好き。

 

そう言って、思えば、その女は生に執着していたことなんてあっただろうか?

腹の奥が冷えていく。

 

ああ、そうか、この女は、思えば。

誰かに生きてと願っても、生きていたいと言ったことは思えばなかったではないか?

 

扉間は、どんどん腹の底が冷えていく感覚がした。

今更、ではあるのだが。

まるで、太陽のように朗らかで、明るいのに。

他人のことを優先して、誰かが笑っていることを優先して。

人が好きで、輪の中にいる。

 

それは兄に似ていた。理不尽に怒り、泣きわめき、変わるために足掻いた。

まあ、それのあがきは扉間にとんでもない被害を被らせたが。

まあ、結果的に良い方に向かった、向かった、のだ。一応。とんでもねえ恥を背負うことになっても。

 

それは確かに変えたのだ。それの駄々が、恥が、涙が、少しだけ、何かを良い方向に変えたのだ。

あのとき、泣いた顔が、どこか、扉間の慕う兄に似ていた。

似ていたから、扉間は勘違いしていた。

 

それは、いつだって、明るくて、朗らかなのに。

どこか、全てを手放すことにためらいのない、無頓着さがあったことを。

うちはの人間は、そうだ、傲慢で自信過剰で、そのくせ、どこか滅びの甘い匂いがした。

 

「・・・・お前は、生きたくないのか?」

 

囁くような声でそう言った。それは、近くにいた柱間だけが聞いていた。

 

「お前は、もう、何も未練などないのか?」

 

それは、真実なのだろう。

兄も弟も、氏族も、そうして子どももこのままならば里に馴染んで生きていける。その時点で、これは、もういいのだと考えていたのだろうか。

夢から覚めるほどの、執着は、生きる気持ちがこれには。

 

「扉間よ。」

 

扉間は声をかけてきた柱間に視線を向けた。柱間は穏やかに微笑んでいた。

 

「兄者よ。これは・・・」

「イドラは眼を覚ましたいと思っておるよ。」

「何故、そう言える?」

 

すやすやと、それは変わること無く眠っている。起きる気配など無い。

 

「それは、起きるよ。イドラは、誰よりも。」

誰かと生きることが好きで、人を愛しているのだから。

 

揺るぐことのない兄の言葉に、扉間は女を見た。

 

「下手なことを言うからダメなのだ。こういうときは、素直にお前がどう思っているのか言ってみるものだ。」

 

その言葉に扉間はそっとイドラに顔を近づけた。

その男は、リアリストで。

甘い愛の言葉なんて吐くような男ではなくて。

縋ることさえありえない。

それは、きっと、兄が死んでも変わらない。扉間は、きっと変わらない。

 

それは、どこまでも、変わらない。

いつかに、どこかの世界で、マダラという男の狂気に、うちはを爪弾きにしたそれのままなのだ。

けれど、今は、今だけは、そこで知らなかったことも、あり得なかったこともあるのだから。

 

「イドラよ。」

 

静かに扉間は口を開いた。

 

「お前は言ったな。何故、ワシが好きなのだと。」

それは、笑った。

あのときは、互いの結婚なんて嘘だらけで、責任なんて扉間には知ることもないことばかりだ。

 

あなたは、私が死んでも、そのまま変わらず生きていくだろうから。

 

「・・・ワシはお前がいなくても変わらんだろう。里のこともある、息子もいる。兄者もいる。思い込みの激しい、お前の氏族も、お前の兄や、弟もいる。手のかかる奴らばかりだ。お前がいなくとも、やることばかりだ。だから、ワシは変わらんぞ。」

 

それはリアリストだ。自分がいつかに、兄に見せられた美しい夢の先を諦めること何てないだろう。

いつかに、一人の男を脅威とし、その氏族が滅ぶ要因になったように。

変わらない、変わらない、それは立ち止まることなどしない。

それは、いつかに死んだ弟たちへの、なにも変える気は無かった大人たちへの報復で、祈りだから。

扉間は、たった一人の喪失に狂えない、そんな愚かにはなれない。

けれど。

 

「なあ、イドラよ。それでもな、ワシはお前が死ねば悲しく、そうして、寂しいと思う。」

だから、起きろ。共に帰るぞ。

 

その言葉に、猫の耳がぴくりと震えた。そうして、ふるふるとけぶるようなまつげが震えた。

ぱちくりと、真っ黒な、夜色の瞳が自分を見た。

むくりと起き上がったそれは、不思議そうな顔をした。

 

「・・・・扉間様、あれ、泣いておられるような?うん?私、サクヤ様とお話しして?」

 

不思議そうな顔をしたそれを、扉間は抱きしめた。祈るように、まるで、慈しむように抱きしめた。

 

 

 

「待て、アカリ!耳を、耳を揉むな!あっ!」

「ここですか、ここですね!ふっわふわ!」

「アカリ殿!落ち着いて!」

「イズナ、お前も、人の尻尾をどさくさで触るな!」

 

月兎は感動的だろう場面の後ろで、取っ組み合いになっているアカリたちに遠い目をした。

 




嫉妬とか焼き餅ってやく?

柱間
基本的に他人からの優先順位高めで生きているし、幸せならOKぞの精神のため、今まで嫉妬や焼き餅やらをしたことがない。嫁さんもいるが、精神が健全すぎて相当のことがない限り、危機感もない。
ただ、この頃、自分への感情が揺るがないと思っていた姉や弟、そうしてマダラなどからの矢印の方向が薄くなっているのでそわっとする。焼き餅の焼き方わからないので、犬みたいに周りをうろつくぐらいしか出来ない。

扉間
執着心がないわけではないが、嫉妬という感情がある意味で欠落している。里を作るという目的に障害にならなければどうもでいいと思っていたが。交通事故みたいに人生に突っ込んで来た女のせいで色々変わった。自分のことが好きであると揺るがないが、それはそれとして愛想を振りまくるために気が気ではない。嫉妬しているとは言わないが、嫌だとははっきり言う。


アカリ
愛されるより愛したい派なので、相手がどうしようとあまり気にしない。それよりも世話をさせろという感覚で生きている。ただ、それはそれとして相手の関心が誰に向くのか気になる。表に出せないし、出さない。皮肉の一つぐらいは口に出す。


マダラ
嫉妬心を出すほど相手に執着していない。弟も兄が最優先なのでする機会が無い。
ただ、嫉妬する場合感情任せにバチクソキレる。嫉妬心も人一倍強い。
ただ、嫁にした女があまりにもわかりやすいの、焼き餅焼く機会はない。

イズナ
兄と同じく、嫉妬するほどの相手がいない。兄も自分を優先ため機会が無い。
奥さんについても過ごす時間が無かったため、嫉妬心がなかった。焼き餅焼くときは、ネチネチ皮肉を重ねて追い込んでくる。

イドラ
焼き餅も嫉妬もものすごいする。が、他人を優先するためそれを表に出さずにため込むため、最終的に爆発して周りを焼きはらう。焼き餅の仕方は、泣くし、暴れる。ため込んだ末に、アカリなどに相談して、扉間は酷い目に会う。


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兄弟喧嘩って規模ではない

感想、評価ありがとうございます。
このまま、走り抜けたいので、感想、少しでもくださると大変に嬉しいです。


「耳があああああああああ・・・・」

 

うちはイドラこと、千手イドラはふわっふわな己の耳に戦きながら触る。

情けなさが爆発したまま、叫ぶ中、夫の千手扉間は無言でその耳をいじくる。

ふわふわとしたそれは、かすかに何か香ばしいにおいがする。イドラが表現するならおそらく、焼きたてのパンのようなにおいだと言っただろう。

柔らかくて、温かなそれに扉間は無言で鼻先を埋めた。

 

「うええええええええ、匂いかがれてるぅ。」

「・・・・じっとしておれ、この駄犬!ワシがどれだけ心配したかわかるか?」

「起きたばっかでわかんないですよお。大体、私、サクヤ様のお話聞いてて、そのまま寝ちゃったんですけどお。」

「はあ、にしても、確かに癖になるな、この匂い。」

 

心配をかけられた腹いせだとふんすと匂いを嗅ぐ。イドラは何が何だとわからないままに助けを求めるようにサクヤを見た。それに、サクヤは隣で頭を抱える兎を持ち上げた。

 

「月兎、説明を。」

「もう、何故、このようなことに。インドラ様とアシュラ様の関係はもう少しピリつかれていたのに・・・・」

 

千手柱間は何かしら扉間がストレスを感じていることを察して、そっと視線をそらす。そうして、イドラを後ろから両脇に手をかけて持ち上げた扉間をおいて、騒がしい後ろに視線を向けた。

 

そこには、全てを諦めた顔でうちはアカリに頭を抱えられて、姉のささやかな胸に顔を埋めた義兄弟の姿があった。姉はうちはマダラの頭に生えた猫耳に顔を埋めてご満悦な顔をしている。うちはイズナはというと、生えた尻尾を興味深そうに見つめている。

 

見捨てるか。

 

思わずそんな思考が思い浮かぶ。

いや、マダラを助けたいとは思うが、それはそれとしてその中に突っ込んでいきたくない。絶対嫌だ、姉の至福の時間を邪魔するとか恐ろしすぎて行きたくない。

見ろ、千手とうちはの人間も触れたくねえって顔をして、それを見つめている。

そこで気づく。

マダラからの目線が自分に突き刺さっていることを。

 

助けてくれ。

 

それを理解して、柱間はぐっと拳を握って、そうして一歩踏み出した。

 

「あ、姉上!そろそろ、離してやってくれんか?」

「もう少しダメか?こんな可愛い旦那様、二度と存在しないだろうに。」

 

うちはの人間は戦く、誰が山一つ更地にする男を可愛いというのだろうか。むぎゅむぎゅに抱きしめられたマダラは、今までされたことのない対応に宇宙を背負っている。

それはそれとして、微笑とは言え、ごきげんな姉の様子に驚く。

トラウマで笑うことのない姉の微笑みはプライスレスだ。それはそれとして、今はそんな時ではないのだが。

その時、ぽんという音と共にイドラと、そうしてマダラの耳が消える。

 

「皆さん!皆さん!いい加減、こっちに来てください!」

 

月兎の呼び声に、皆がぞろぞろとサクヤの元に集う。扉間はイドラの後頭部に顔を埋めて精神の安寧を保っていた。

 

「サクヤ姫のおかげで大分話がそれましたが!ともかく、現実世界に帰りますからね!」

「うえええ、帰れるんですか?」

「精神世界に居続ければ、また、チャクラの同化が進まずに済みます!アカリ様は、全力で、イワナガ姫に抵抗してください!その隙に、楔を私が封じますので!」

「まあ、それは頑張るが。」

「俺たちはどうなるんだ?」

「あなた方は今回紛れ込んだだけですので、眠っている体に戻るだけでしょう。」

「そうか、ならば、お前達は一旦待機しておけ。」

「そうだな、俺たちが暴れるとなると、いないほうがいいか。」

「それよりも、姉者はあらがえるのか?」

「もう、意地の張り合いのような物なので。ただ、今回、眼を覚ますことが出来たのなら、いけるでしょう。」

「なるほど、ならば、マダラ殿の神楽を見るという強い意志を持とう。」

 

千手とうちはの人間はそれに頷いた。

 

「ならば、サクヤ姫、お願いします!」

「そうですか。」

 

サクヤは扉間に抱えられた、なんだか間抜けなイドラの方を見た。そうして、それは、淡く微笑んだ。

 

「・・・・良い夢でしたか?」

 

サクヤのそれに、イドラは少しだけ驚いた。事情は知っている、目の前のその人は自分の生まれ変わる前で、そうして、ある意味で殺されかけていて。

けれど、サクヤは、何だろうか。

全てに対して関心が薄い。イドラが死にかけていることも、そうして、自分が生き返ると言うことにも、特別な関心は無かった。

 

「はーい!えっと、良い夢でした。」

 

イドラはそれに言われるがままにそう答えた。そうだ、うっすらとだけど、覚えているのは、幸福なもので。

 

父も母も、そうして、亡くなった兄弟たちも生きていて。おまけに、千手との同盟も終って、皆が平和に暮らしていて。

 

「父様に、子どものこと、抱っこして貰えました!」

 

弾むようなそれに、その場にいた人間は、夢の内容をある程度理解した。

 

「それでも、起きたのですか?」

「はい、だって、父様はあの子たちの存在をけして許してなんてくれませんもの。それを許すのは、父様ではないですもの。」

 

揺るがない言葉、それに、サクヤは淡く微笑んだ。そうして、頷いた。

 

「そうですね。きっと、そうですね。」

 

それと同時に、足下がふっと消える感触。そうして、視点がぐるりと回った。

 

 

 

「イワナガよ!その子を離せ!」

「離す物か!大体、これはサクヤではないというのに、鼻の下を伸ばしおりやがって!」

「誤解だ!母親似の娘は、その、少し夢だったのだ!」

 

聞こえてくるそれに、イドラは目を見開いた。そこにいたのは、慣れ親しんだ義理の姉である。

 

「ふべ!?」

 

それと同時に、足を後方に引きずられた。

 

「な!?」

「帰ったか!」

「いだい・・・・」

 

イドラが起き上がった先には、自分の足を掴んだ扉間と、そうして、柱間とマダラ、イズナがいた。

視線の先には、封印術を使い、大筒木ハゴロモを拘束しているアカリがいた。

見れば、アカリとハゴロモが向き合う形で立っていた。ハゴロモの後ろに下がる形で扉間たちが立っている。

ぽっかりと、浮んだ満月のせいか、辺りは驚くほどに明るくて。昼間のような明かりが不思議だった。

それにイドラは慌てる。

 

「あれ、アカリ様は!?」

「ここだ。」

 

その声の方に視線を向けた。そこには、赤みがかった茶色の毛をした兎が1匹。

 

「ええええええええええ!?何でですか!?」

「どうも、その、肉体を司る陽遁を掌握されていたようで。肉体から、吹っ飛ばされてしまい。急遽、私の分身体をお貸ししております。」

「えーん、すっかり可愛くなってる・・・・」

 

イドラはぼやきながら、アカリを持ち上げて頭の上に載せる。見た目は完全にマスコットだ。

 

「・・・・・サクヤは、お前達を逃がしたのか?」

「イワナガ姫、サクヤ姫はこの件に関わられる気はないとのことです!アカリ様に、体をお返しください。」

「黙れ!」

「イワナガよ!お前は何を目的にこのようなことを・・・・」

「ハゴロモよ、本当にわからないのか?」

 

アカリの姿をした、イワナガは顔を歪めた。

 

「・・・・子孫の者たちまで巻き込むような道理があるのか!?」

 

向かい合った赤毛の女にハゴロモがそう言った。それに、扉間はちらりと兄を見る。それに、柱間はもちろん、マダラとイズナも頷いた。

 

(・・・・奇襲はかけるが、姉者は兄者やマダラの本気には耐えられん。ならば、写輪眼を使い、幻術にかける。)

 

扉間の意図を理解して、皆で機会をうかがう。イドラはそれを理解できず、アカリとハゴロモとイワナガを交互に見る。

 

「そう言えば、尾獣の方たちは?」

「彼らはイワナガ姫に取り込まれています。おかげで、チャクラが尽きない状態で・・・・」

「ああ、そうだ、ないだろう!貴様にはな!私にはある!」

「何をそこまでお怒りになられておるのだ!?」

 

柱間のそれに、イワナガは切なそうに男を見た。目をこらすように、そうだ、その中に必死に、己の息子の面影を探すように。

 

「・・・・インドラとアシュラたちと同様に我らも又幾度も生まれ変わった。その間、我らは、生まれ変わった血族達の中で、ずっと、お前達を見ていた。我らの魂は特殊であったが故に。千手とうちはに分かれ、その先でずっと、見ていた。」

 

イワナガは顔を歪めた。冷たい、夜風が辺りに吹いた。

 

「お前にわかるか?気の遠くなるような、久遠の日々の中で、愛しい子らの殺し合いを見せられる母の気持ちが!」

 

叩きつける、叫びのそれに、イドラは目を見開いた。そうかと、ああ、そうかと。

そうだ、目の前のその人からすれば。

自分たちにとって、互いは他人だった。

何故、殺し合っているかなんて知らぬまま、遠い昔の因縁に縛られてここまで来た。

けれど、彼女は違うのだ。彼女は、ずっと、息子達が殺し合うという地続きの中であの殺し合いを見ていたのだ。

 

「ハゴロモよ、私が、どんな気持ちでアシュラと、そうして、サクヤの忘れ形見を預けたのかわかるか?お前ならばと、信じたのだ!信じた末が、あれだったのだ!」

 

イワナガは握り込んだ拳で己の胸を叩いた。

 

「止めろと叫んだ!止めてくれと!そんなことのために、殺し合いをさせるために産んだわけではない!届かぬ声で叫んで、それでも、お前達は殺し合うのを止めてくれなかった。」

「だが、だが!それでも、今、我らは同盟を組み、そうして、共に道を歩んでいるのです!」

「殺し合わぬと、多くを飲み込み、ここまで来たのだ!ならば!」

「・・・・同盟、はっ!お前達は、自分たちが和平を望んだ最初だと思っているのか?」

 

柱間とマダラの言葉に、女は嘲笑うように言った。それに、二人は口を噤んだ。

 

「長いときの中で、和平がなされようとしたことがなかったわけではない。千手も、うちはも、強力な氏族だったからな。だか、それは、叶わなかった!一代はよくても次の世代が、その次の世代が、どこかで必ず破綻した!それさえも忘れて、今更何を言う!」

 

イワナガはがちりと奥歯を噛みしめた。

 

「・・・・・もう、私は疲れた。」

 

掠れた声で、それは、普段は鉄仮面のアカリの顔で、ぞっとするような怒りをたぎらせて吐き捨てる。

それは、一人の母の怨嗟だ。ずっと、蚊帳の外で、すでに死んだがゆえにたぎらせた、焔のような怒りがそこにある。

 

「信じた、ああ、この子達ならばと、信じて。そうして、私の生まれ変わった女が殺されるたびに、破綻を見送るたびに、もう、信じられん。」

 

だからと、イワナガは柱間と、そうして、マダラを見つめた。

 

「全てのことを、この代で終らせるのだ。」

「何をする気だ!?」

 

ふんすとアカリが入っているらしい兎がそう言えば、イワナガは自分の体を見下ろした。

 

「・・・・インドラと、そうして、アシュラのチャクラを引っぺがし、そうして、私と、サクヤの魂を封印する。千手とうちはの因縁は無理でも、インドラとアシュラの因縁だけは、それだけは、私が終らせる!」

「お待ちを!チャクラを引っぺがすなど!現在の転生先であるお二人の命が!」

「ああ、そうだ!だが、私たちが外に出られる機会は、楔が発動したとき、今を逃してはもうこれ以上の時など訪れないだろう!」

「いいえ、何よりも!大筒木たちがやってくるまでそう時間はないのです!わかっておられるでしょう!?アシュラとインドラの転生体は、すべからく強力な力を持つ!お二人の転生体が産まれなければ、大筒木への反撃が出来る存在は産まれない!この星が滅ぶのですよ?」

「構わない。そんなこと、私はどうでもいい。」

 

そこにいたのは、ずっと、ずっと、泣き続けた母だった。

柱間も、マダラも、そうして、扉間やイズナだって黙り込んだ。

それは、その、女はきっと、ずっと彼らの側にいた。

 

千手の子として、うちはの子として、誇り高く戦いなさい。敵を殺しなさい。

そんな激高、幾度も聞いて。

それでも、その声の奥にある、嘆きの音をずっと知っていた。

 

子が死んだ母を知っている。泣いて、泣いて、どうしてだと嘆く女達の声。

戦場に出られる女などそう多くない。多くの女達は母になり、子を育て、そうして、見送るだけだ。

だから、彼らはずっと、その生きるか死ぬかの立ち回りにさえ入ることが出来ない。

爪弾きなのだ、彼女たちは。

 

「アシュラは、優しい子だった。兄が好きな子だった。私が、誰よりも、お前よりも、サクヤを愛していたように。あの子は、インドラと、優しい兄と共にあればそれでよかったのに。愛だと、笑わせるな。それで、あの子は他人を、お前の願いを優先し、あの子が一番に願った、インドラと共にありたいという願いをひねり潰した!お前は、あの子を世界の贄にした!あの子の唯一の幸福を、捨てさせた!」

「お前は、何をした!?忍宗だと?笑わせるな!己の子さえも、争う教えにどんな価値がある!?お前は、何も、何を・・・・」

「・・・・・あの日、インドラに纏わり付く影に気づかなかったのはわしのせいだ。だが、インドラもアシュラも、己の因果を背負って歩いた。インドラは力に溺れ、戦うことを求めた。故に、わしは、愛によって、人を束ねるアシュラに希望を託したのだ。」

インドラを、アシュラが止めてくれると。

 

その言葉に、その言葉を聞いた瞬間、イドラの脳裏に声が響く。

 

あなたが・・・・

「え?」

 

それと同時に、ぽーんと、吹っ飛ばされる感覚がした。

 

「誰でもない、あなたが、それを言うのですか?」

 

イドラの口から漏れ出た言葉に、イワナガの言葉を聞いていた皆が視線を向ける。イドラも吹っ飛ばされた感覚のままに起き上がる。そこで、気づく、

目の前には、可愛い黒い毛並みに覆われた愛らしいあんよがあった。

 

「う、兎になってるうううううううううう!?」

「は!?イドラ、お主、なにをそんなにふわふわになっとるんだ!?」

「えーん、私のせいじゃないでーす!!」

「うおっ!?」

 

イドラの頭に乗っていたアカリ(兎)が落ちる。イドラに意識が向かっている間に、イワナガの側には、イドラが、いいや、彼女の肉体を纏ったサクヤが立つ。

 

「うわああああああああん!耳と尻尾だけじゃなくて、全身色物になっちゃった!」

 

扉間が慌ててイドラ(兎)とアカリ(兎)を抱き上げる。

ハゴロモはじっと、己の目の前に立つ、二人を見た。それは、奇しくも、男の妻であった女達とそっくりで。

 

「サクヤ。」

「・・・・信じようと思いました。今回こそは、そうだと。でも、もう、いいです。私も、もう、終りたいです。」

「サクヤ様!体を返してくださいよお!」

 

えーんと、兎の姿で半泣きになっているせいでお労しさが倍増している。扉間の腕の中で、泣く兎をサクヤはうろんな瞳で見つめた。

 

「・・・・嘘つき。」

「嘘って。」

「知っているでしょう?イドラ、お前はずっと知っていたでしょう?本当は、どうなるはずだったのか。」

 

それにイドラは思わず黙り込んだ。

 

「この場にいるものなら、本当はどうだったか知っているはずだ。夢で見せただろう?柱間と、そうして、マダラの末路がどうなるはずだったのか。」

 

静かなそれに全員が、何か、喉元に刃物を突き立てられる気分だった。

 

「違うと、その夢を打ち消して、ここまで来たのでしょう?ええ、そうですね。イドラという、特異点により、運命は分岐しました。でも、たった一つの要因で、全てが決まるのなら、滅びも又容易く訪れる。」

 

ハゴロモ様、と、旦那様と、サクヤはぼたぼたと涙を流して、微笑んだ。

まるで、それこそが、己の普通であるかのようにそれは止め処なく涙を流した。

 

「信じようと思いました。でも、あなたがそう言うのなら、私は、私は、もう、全てが嫌です。もう、我慢しません。ねえ、ハゴロモ様、確かにインドラは力に溺れました。己が、人を導くのだと、傲慢な思想を持ちました。」

 

ですが、とサクヤは止め処なく涙を流して言った。

 

「でも、そうなったのは、誰のせいでしたか?」

周りはずっと、あの子に、人を導くことを求め続けたのに。

 

がらんどうの瞳が、ハゴロモに向けられた。

 

 

忍術を開発したあの子に、その責をあなたに問うたとき、あなたはなんと答えられましたか?

あなたが側に置いた、忍宗の人々は、インドラこそが跡継ぎと、ずっと責と立場を求め続けましたね。強いあの子に縋り、あの子に統べる責を求め続けた。

あの子に、インドラに、誰かの庇護者で有り続けることを求めた。だから、あの子は、そうあったのでしょう?

インドラは、誰よりも、人の愚かしさを知っていましたよ。人が振う力を作りだした己の責を取るために。

 

「あの子の、インドラはずっと他人のために生きていました。あの子は、弱さも、愚かさも、赦せなかった。でも、あの子は、たった一つだけ、慈悲への問いかけを持っていた。アシュラだけは、あの子の、凝り固まった正義感の中の柔らかさだったのに。」

 

あなたが、それを奪った!

 

それは、いつかの、母の嘆きだった。どうしようもない、母の嘆きだった。

 

イワナガは、サクヤのことを抱きしめた。

 

「すまない、サクヤ。すまない、私が、私が、少しでもあの子達を育てられていれば、そうすれば、私が、生きていれば・・・・」

「もう、もう、嫌!信じたかったけれど、もう、嫌!きっと、もう、何も変わらない!」

 

さめざめと泣くサクヤを抱きしめて、イワナガは、燃えるような赤い瞳でハゴロモを睨んだ。

 

「お前は、止められたのだ!インドラが、今際の際に会いに来たとき、どうして、殺しに来たのだと言った?会いに来てくれたのかと、父として言葉をかけてくれなかった?死した我らには出来なかったそれを。」

「どうして、アシュラに頼むとなどと、生まれ変わってまで殺し合うことを認めてしまったのですか?あの子が、本当に、それを願うとでも?兄と、殺し合うことを認めると思われたのですか?あなたはただ、父としての責を放棄しただけ!」

 

兄弟で殺し合うことを、お前は認め、それを是とした!

 

「それだけは、それだけは、父親として、お前は許してはいけなかったのに!しないでくれと、縋ることも出来たのに!それを、我らは、死した我らがどんな思いで見つめていたと思う?」

「あなたは嘆いてさえくれなかった!己が息子の末路さえ、殺し合うことを認めた時点で、乱世が来ることは決まってた!インドラの言うとおりに。」

 

赤い瞳と、そうして、いつの間にか黒から変わり果てた青い瞳、未来を見通す瞳がハゴロモと、そうして、息子達のなれの果てを見つめた。

 

「アシュラは、ずっと嘆いた。けれど、己の力を知っていたが故に、悲しむことしかできなかった。」

「インドラは、ずっと怒っていた。誰も、あの子の弱さを許してくれなかった。」

 

だから、と。

二人の母は言った。

 

「私はずっと、怒り続けていた。あの子はけして、自分の一番の幸福を許さない世界に怒らなかった。」

「私は、ずっと、嘆き続けていた。あの子はけして、己の弱さを許さなかった世界に涙を流さなかったから。」

 

それ故に、と。

 

「もう、滅ぶも、栄えるも好きにしてくれ。私たちはどうでもいい。この星の末も。」

「もう、私たちの子どもを、インドラとアシュラを、返してください。」

 

それは、いつかに、殺し合う子どもたちの末路を見続けた女達の、幾星霜の果ての嘆きと怒りだった。

 

 

 



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マスコット的ではあるが、それはそれとして悪名も広がっている

感想、評価ありがとうございます。

描写不足があったかと猛省、あと二、三話で終ります。頑張るので、感想いただけと大変嬉しいです。


 

 

目の前にあるのは、ちんまりとした、黒い手足。ふかふかの毛並みに覆われた兎の足。ぐっと低くなった視線に、全体的に可動部がひどく小さくなった。というか、四足歩行なのにそこまで違和感はない。

 

「えーん!猫耳の次は兎になるって色物が極み過ぎませんか!?」

「黙ってろ、イドラ!」

 

最悪な日だ、もう、色々と最悪だ。何が悲しくて、自分の前世に体を乗っ取られかけて、それと同時に兎になっているのだ。

もふもふの魅力的なフォルムは自分でなければ、きっと嬉しくて抱っこしたがったろうが、自分がもふもふになっても嬉しくない。

うちはイドラこと、千手イドラは夫である千手扉間の後頭部に捕まり、嘆いている。後頭部に垂れ耳の黒兎をひっつけた扉間はそこそこファンシーな見た目をしていた。もう、容赦なく、ぶん回されながらそんな彼らが何をしているかというと。

 

ひゅんと、鎖がイドラの頭上をかすっていく。

 

「今、かすりましたよね!?」

「イドラ、あまり、髪を引っ張るな!」

 

現在、扉間たちは、イワナガの背後から伸びる、無数の鎖から逃げていた。

 

 

二人の体が乗っ取られた際、千手柱間やうちはマダラ、そうして、うちはイズナに、扉間は動いた。元々の体がアカリの物ならば、そこまで手荒には出来ない。

うずまきらしく、元々頑丈であるが、戦闘の才はないとそこまで鍛えていない女の体をどこまで扱って良いのかわからない。けれど、その程度ならば拘束すること自体は難しくはないはずだ。

どちらかというと、厄介なのはイドラの方だ。普段から、散々に駄犬だとか、今は兎ではあるが、千手との戦場に出ても、柱間の木遁から普通に生還する女の方がずっと厄介だと思っていた。

だというのにだ、何故か、そのアカリの体をしたイワナガ、くそ強い。

 

まるで、海かというような量の鎖は絡め取られればチャクラが練れなくなるという厄介さ。ならばと鎖をかいくぐり、フィジカルでたたきのめそうとすると、何故かアカリ本人よりも明らかにパワーアップしているのだ。

 

「姉上、こんなに強かったか!?」

「楔で、おそらく!イワナガ姫の、肉体や能力が近づいて!色々と、高まっておられるのかと!」

 

柱間達が鎖に捕まりそうになる度に分裂をしては、庇っている月兎が叫ぶ。

 

「はっはっはっはっは!当たり前だ!この方は、元より、この星の危機として認識された、大筒木カグヤから逃げ続けた方であり、六道仙人と呼ばれたハゴロモと戦った存在だ!」

 

頭上でわめく大鴉も面倒だ。頭上からデカい火の玉が降ってくるのだ。

 

「ペン吉、まじで後で覚えとけよ!!」

 

イズナの怒鳴り声が聞こえる。

 

「だからって、俺と柱間相手にして普通にいなせるのは規格外過ぎるだろう!?」

「・・・・イワナガは、元々、肉体面ではわしとそう変わらんかった!」

「うえええええええええ!?六道仙人様と!?ためで!?」

「でなければ、サクヤを娶るとき、苦労しなかった!自分以上に強くない男に妹はやらんと!当時は、まだ、肉体だけだったが!にしても、この封印術の籠った鎖は厄介すぎる!!」

(この鎖は厄介だが、それ以上に面倒なのが!)

 

びゅんびゅんと、鎖がまるで蛇のように襲いかかるのを皆が必死に逃げる。

マダラとイズナは、写輪眼で。柱間は木遁を盾に、扉間は使える術をフルで使って。

イドラは、現実逃避のようにドッジボールで最後に残った人間並みの必死さを思い出す。

 

(・・・・そう言えば、アカリ様は。)

 

隣にいたマダラに扉間が放り投げられたアカリを心配してイドラはそちらのほうを向いた。そこには、確かにアカリはいた。

うちは特有の襟元に非常に幸せそうな顔をしている、赤茶の毛並みの兎がいた。

なんとなく、これはこれでと言ってそうな感じがして、イドラは見なかったことにした。

扉間の視線の先には、イワナガの後ろに隠れた、非力そうな女。扉間にとって厄介なのはそちらだった。

それというのも。

 

「姉様、二時の方向、三秒後。」

 

その言葉と同時に、その方向の通りにイワナガが鎖を振えば、予言通り攻撃をかいくぐったマダラが現れる。

 

「くそ!」

「精度の高すぎる未来視など!」

「あの力と、イワナガの腕力で母上から追手を躱し続けたからなあ。さすがは・・・」

「暢気に言ってる場合ですか!?いや、その前に、あなたはもう少し抵抗できないのですか?」

「ハゴロモ様は、すでにイワナガ姫に能力を諸諸封じられているのですよ!元々、封印術自体、イワナガ様の方が上手なので!」

「なるほど、期待するなと。」

 

扉間の得意な奇襲に任せた戦いは、未来視の出来るサクヤに潰されていく。

今は、イワナガが戦闘へのブランクがあることとサクヤを庇うために隙をうかがいつつ、避けることが出来ているが。

 

「というか、大筒木でもないのに、この方々なんで強いんですかあああああ!!」

「そりゃあ、大筒木への対策のための血族、氏族の母になるための方々なので!現在、尾獣たちからのチャクラを供給しているのも!ありますが!この星からの、後ろ盾みたい!なのも!あるので!」

「つまりか、この星の理自体が、この女の味方をしていると!?」

「じゃなくちゃ、あなた方相手にここまで圧倒できませんよ!!」

 

そんな月兎の言葉を聞きながら、扉間はほぞを噛む。

避けられないわけではない。けれど、決定打に欠け、おまけに相手は自分たちの一歩先で行動できるのだ。

 

(大体、兄者とマダラの術さえも、鎖で押し込めるような奴にどうしろと!?)

 

殺す気でいければいいのだが、それはそれとして二人の肉対面のことを考えると手荒なことをするのは。

それこそ、もう、肉体は諦めて兎のままで生きていくのならば良いのだろうが。

 

「なんか不穏なこと考えてませんか?」

 

扉間は己の髪を掴む、ふわふわで、もう、両手で掴めるほどの兎の存在を感じる。

自分の懐に入れても収まりは良い。

それはそれでいいのでは?

もう、方々でトラブル起させないという方面で籠にでも入れて連れて歩くのは。

 

「不穏さしか感じない!扉間様!目が怖いです!」

「・・・・なんでもない。」

「嘘だあああああああ!!」

 

遠くでぎゃーすかと扉間たちが言っているとき、改めて柱間が口を開く。

 

「イワナガ姫、おやめいただきたい!私も、そうして、マダラもあなた方の息子ではない!」

「貴様らがどう思っていようと、こちらには関係の無いこと!妹と、妻の体を返して貰おう!」

「・・・・先ほども言ったはずだ!我らの目的は、貴様らの中にあるチャクラだ!」

 

こらえるような顔をしたイワナガのそれに、ハゴロモが口を開く。

 

「本当にそうか?イワナガよ、ならば何故、千手とうちはの諍いに心を痛める?彼らは確かにインドラやアシュラたちが続いた先だ。けれど、彼らは彼らなりの選択を、そうして、願いを持っているのだ。ならば、何をそこまで嘆く?」

「ならば、どうしてお前は嘆かない。どうして、お前は、ああ、何故!」

 

荒れ狂う嵐のような声がする。イワナガの、声がする。けれど、イドラはそれよりも、黙り込んでじっとマダラのことを見つめるサクヤの方が気になった。

黙り込んで、じっと、自分の顔で、目で、その青い目でぼんやりとマダラのことを見つめている。

 

(あの目は・・・・)

 

そんなことを考えていたイドラの手元は緩んだ。

 

「あ・・・・」

 

ぽーんと、イドラはそのまま鎖の海に飛んでいく。

 

((((イ、イドラ!?))))

「イドラ!?」

「うわあああああああああああ!?」

 

イドラの悲鳴が響き渡り、そうして、彼女は地面に叩きつけられる。ぽーんと、黒い毛玉が地面に転がった。

急いで扉間の元に返ろうとするが、彼自身が動いているのと、そうしてイドラの手足が短すぎてどれだけ手足を動かしてもまったく追いつかない。

そうして、襲いかかる鎖の波。

 

あー、これは死にましたわ。

 

もう、そんな覚悟を決めるような光景で、イドラは茫然と迫る鎖を見つめた。もう、半泣きで、諦めの境地だった。が、その時。

がきんと、何かが鎖をはじく。

 

「え?」

「兎!?」

「ヒカク!?」

 

イドラが驚きでそう声を上げた先には彼女にとってなじみ深いうちはヒカクがいた。

 

「うさ、いや、イドラ様の声が!?」

「イドラですよ!色々あって兎になっちゃってますけど!」

 

そんな会話をしていると、また、鎖が襲ってくる。それにヒカクはイドラを抱えてその場から飛んだ。

 

「兎!?」

「ヒカク殿、なんで兎なんて!?」

「違います、イドラです!」

「え、イドラ様!?」

「どうしたんですか、猫耳の次は、とうとう扉間様に兎にされたんですか?」

「警戒のための耳が、垂れてて。兎になってまで警戒心がないなんて。」

 

周りを見ると、何故か、千手とうちはの人間が十数人ほど、結構な数で立っていた。

 

「ヒカク、何故、お前が!?」

「皆、どうしてここに?」

 

そんなことを言っていると、一旦は距離を取るためにか、イワナガたちから離れるためにイドラ達の側まで退いた。

 

「ちょ、勝手に何してるの?」

「お前達、どうしてここにいる!?」

「申し訳ありません!」

 

そこで口を開いたのは、イドラ達と同様に夢に飲まれた千手の人間だ。

 

「待機、ということでしたが、さすがに心配になり。何よりも、里の警備をしていた一族のものが、こちらの方向が騒がしいと言いまして。」

「・・・まあ、これだけ騒いでいればな。」

「は、アカリ様!?」

「兎から、アカリ様の声が!」

「うっわ、アカリ様まで兎に!?」

「まさか、うちはの衣装の襟に入るために?」

「気持ちはわかりますが、さすがにそれは・・・・」

「どういう意味だ、貴様ら?」

 

兎の姿での威嚇は、ぱっと身は大変に可愛らしいのに、しつけの行き届いた千手の人間達は一斉に姿勢を正して首を振る。

 

(しみついてんなあ。)

 

非力なはずの女の身で、うちはに匹敵する千手の男達に恐れられている女とは何なのだろうか?

そんなことを考えるが、マダラは思わずえりの中を見た。ふわふわとしたそれが首元でもぞもぞ動くとくすぐったい。

そうすると、赤茶の兎はくりくりとした瞳で見上げてくる。

マダラは無言で、首元の兎を撫でた。そうすると、くりくりとした目をとろんとさせる。

 

「・・・・もう、いっそ、このままの方がいいのでは。」

「柱間?」

「何でも無い!!」

 

がたがたと震える兄を無視して扉間が千手とうちはの人間に口を開く。

 

「勝手に里の外に出るなど!他の氏族からも疑われるだろう!?」

「里の外が騒がしいのは、見張りをしていたうちはだけで共有しています。ただ、それに千手とうちはの人間でどうすればいいかと話し合いまして。夢で起こったことを共有し、ひとまず様子だけを見に。他の氏族に関しましては・・・・」

 

千手にうちはの方々、こんな時間に、どうかされましたか?

あー、その。

何か、ありましたか?

実は、イドラ様が、その。

あ。それは、何というか、お疲れ様です。何か、ありましたらすぐに言ってください。

ええ、お力を借りるかも知れませんが。

はい、お願いします。イドラ様に何かあれば、妻や母たちから色々言われますし。それに、あの方はいつも大変でしょうから。

お気遣い、ありがとうございます。

 

「というような感じでイドラ様の話を出したらすぐに納得されました。追手の気配もありません。」

「待ってください、私の悪名、広がりすぎでは!?」

「いえ、皮肉というよりは本気で心配されてましたよ?」

「それはそれであまりにも恥では?」

「出産で騒ぎすぎて、もう少し静かにしてくれと言われてから、そこそこ色物扱いは受けてますよ。」

「すでに終ってた、私の評価!?」

「姉さんの名前を出した瞬間、理解をされてる時点でもう色々終ってるよって、やば!?」

 

のんびりとそんなことを話していてたとき、また、鎖がその場にいた人間を襲う。

 

「うわああああああああ!」

「うちはの者は千手の人間を助けろ!千手の者は全力で避けろ!」

「待ってください!この鎖は何ですか!?というか、あの、キレてるアカリ様?とイドラ様は!?」

「夢で言ってた、千手とうちはの先祖に姉さん達の体を乗っ取られてんの!」

「なんで襲われてるんですか!?」

「柱間と兄さんの命を狙ってんだよ!」

「何でですか!?」

「落ち着いたら教えてやる!」

 

それと同時に、千手とうちはの人間がペアになって鎖の波を避ける。絶対にあり得ない千手とうちはの共闘だ。そうそうない。

 

「月兎、なんとかなりませんか?」

「・・・・お二人の体の主導権を取り返せば。そのためにはまず、お二人に近づかないと。」

「未来視持ちの人間の裏をかけと?」

「おまけに、頭上から火の玉降ってくるんですが!?」

「・・・・サクヤ姫の未来視はどれほどまで感知できる?」

「数秒先から、いくらでも。ただ、そこまで多くの情報を処理することは。」

 

その言葉に扉間は少し考えた後、兄の元まで飛雷神の術で飛ぶ。

 

「うおっ!?扉間よ、どうした!?」

「兄者、考えがある。」

「おお、なんだ、乗った!」

 

 

 

 

「・・・・姉様。」

「もう少し待て、サクヤ。必ず、インドラとアシュラのチャクラだけは、あれだけは返して貰う。」

 

その言葉にサクヤは少しだけうつむき、そうして、口を開く。

 

「姉様、ねえ、手加減してる?」

「・・・・・そんなこと、していない。」

 

サクヤのそれに、イワナガの鎖がブルブルと震える。それに、サクヤは目線を下に向けた。

 

「そう。」

 

掠れた声でそう言って、その時、サクヤの青い瞳が淡く輝く。青の中に浮んだ、三重になった白い円がぐるぐると回り出す。

 

「・・・・姉様、柱間とマダラが。」

「どちらからだ?」

「ううん。」

 

サクヤの瞳がぐると回る。

 

「上。」

 

その声と同時に、サクヤ達の目の前に紫の鎧を纏った仏が現れる。

 

 

 

「・・・・・須佐能乎を纏った真数千手だと!?」

 

八咫烏は目を見開いた。そうして、一気に下降する。

 

「くそが!肉体の安全から考えて、それは避けると思っていたが!覚悟を決めたか!」

 

さすがはイワナガというべきか、その鎖は確実に真数千手を絡め取る。けれど、どれほどそれが持つかわからない。

その技が続いている間は、確実に鎖で捕らえる範囲内が少なくなる。二人が肉薄されていることを理解して、八咫烏が下降する。

 

「それを許すと思いますか!?」

 

けれど、高度を下げた瞬間、何かが自分に飛びついてくる。それは、自分と同じ、見上げるような大きさの、兎だ。

 

「月兎、貴様!」

「あなたの相手は私です!」

 

そのまま兎は鴉の体を抱えて、ぐるんと回転し、人間達から遠く離れた場所に着地する。

 

「離せ、月兎!」

「離すと思いますか!八咫烏よ!太陽と焔を司る、導きの鳥!お前こそ、どうしてこのようなことを!我らが生み出された意味を忘れたか!」

「忘れなどするものか、月兎!月と大地を司る、繁栄の獣!我らは産まれた頃から、本能のように、多くを知っていた!大筒木のことも、それを打ち倒すためのこの星からの反撃たる種族が産まれるまでの守護、それこそが我らの使命!」

「ならば、何故、イワナガ姫に加担する!」

「我は貴様とは違う!貴様こそ、何故、イワナガ姫と、そうして、サクヤ姫の心を無視できる!」

「インドラ様とアシュラ様、お二人からなった血脈は確かに続いた!それを滅ぼすことこそ、彼の人たちを真の意味で傷つけるでしょう!あなたとて、わかっているでしょう!」

 

それに、ばさりと、鴉は暴れる。

 

「月兎よ、我はお前よりも早くに封印から逃れた。故に、わかっているのだ。月兎よ、あの方々の魂は特殊だ。故に、どこにも帰れず、至れない。故に、お二人は転生した魂の牢獄で、ただ、いつかに現れる千手とうちはの混血児が現れるまで見つめていたのだ。」

 

誰と話すことも、ただ、ただ、見つめていたのだ。一人で嘆き、一人で苦しみ、死を見つめ続けた二人の女。

 

「誰とも接触できず、牢獄の中で、愛した者たちの形見が死に続けるのを見た二人は、真の意味で、まともであるとお前が思っているのか?」

「・・・それでも。」

 

月兎は八咫烏に覆い被さる。

 

「生きたいと願う者の邪魔をする道理などあるはずがない!」

私は繁栄の獣なのだから!

 

鴉に噛みついた、その視界の隅で、うちはの目に導かれた千手の忍が、イワナガたちに迫る。

 

相手は、肉体のことを考えて本気で来るとは考えていないはずだ。

 

扉間の言葉を思い出す。

 

それを逆手に取る。兄者とマダラが本気を出せば、そちらに出力は向くはずだ。そうして、未来視が多くの、事象ではなく、人間の行動まで細かく見ているのなら。この人数の未来を全て見ることは出来ない。

 

扉間と、イズナの懐から、黒と赤茶の毛玉が飛び出すのが見える。

 

大丈夫ですか、イドラ様。確かに、お二人が直接的に触れれば一旦は肉体に戻れるでしょう。ですが、主導権を取れなければ、今度こそ。

 

大丈夫です!必ず、体を返して貰います!だって。

 

その母は、にっこりと兎の姿でもわかるような笑みを浮かべた。

 

「広間におっぱいあげないといけないので!」

 



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ずっと一人は誰でも病む

感想、評価ありがとうございます。
もうすぐ、終るので、頑張ります。感想いただけましたらうれしいです。


 

 

どぶんと水に沈むような感覚がした。それに、うちはイドラこと、千手イドラは周りを見回した。

ああ、こういう感じかと、イドラは周りを見回した。

イドラのことを追い出すほど体を掌握しているのなら、それ相応の深層心理に到達しないといけないといわれてはいた。

なんだか、夜の水の中にいるような気分になる。ゆっくりと暗い、底に沈んでいく。

 

いいですか!絶対に勝つ!同情も、哀れみも持ってはいけません!同調とはもっとも忌避すべきものなのですから。

 

そうして、降り立ったのはイドラが最初に眠らされた時に落ちた、サクヤ姫の部屋だった。

そこには、変わらないままのサクヤがいた。

彼女はぼんやりと、そこにいた。イドラに特別反応することもない。ただ、ただ、そこにいて、虚空を見つめている。

 

「サクヤ姫?あの、私の体を返してもらいに来ました!」

 

ふんすと鼻息を荒くしたイドラにサクヤは口を開く。

 

「本当に、いいのですか?」

「・・・はい、息子がおります。まだ、乳を欲しがるほどに幼い息子がいるのです。争った氏族の血が混ざった、夜明けを告げるわが息子が。」

 

サクヤはそれにイドラの方を見た。涙の跡が残った、まるで遠い昔に遠征で見た、夜の海のような瞳が自分を見ていた。

 

「・・・・あなたの存在は、まさしく奇跡。私たちは意識はあれど、しょせんは死人。何もできぬまま、傍観者でしかなかった。」

 

サクヤは天井を見上げた。

 

「あなたの代になって、マダラの末路を知りました。その悲劇と憎悪の果てに、訪れる結末も。けれど、私はそれが許せなかった。」

まるで、あの子を贄にしたような結末を、赦せなかった。

 

サクヤはイドラに手を差し出した。

 

「そうして、奇跡は相成った。今まで、けして、訪れなかった奇跡。どれほど叫んでも届きはしなかった未来視の結果はどんな形であれ届いた。あなたは結末を変えてくれた。変えることはできた。ゼツさえも、われらが義母様の企みさえも砕いてくれた!」

「それでも、やめられないんですか?」

「・・・・イドラ、過去とは寂しがりなのですよ。」

置いて行かれることを赦せないように。

 

サクヤはそれに笑って、涙を流しながら、淡く微笑んだ。

その言葉にイドラはふんすと息を吐いた。

わかっていたことだったからだ。自分の言葉一つで、自分の願い一つで、諦めきれるのならばとっくにしていたはずだ。

けれど、引くわけにはいかないのだ。

だからこそ、イドラはぴょんとサクヤに飛びついた。驚いたサクヤの顔が目に飛び込んでくる。

月兎から聞いた、深層心理への入り口。それは、サクヤの体に触れること。

 

それと同時に、どぼんとまた水に沈むような感覚がした。

 

 

 

私の世界は、熱にうなされながら見つめる部屋の天井でした。

未来視は私にとって負担であったそうで、私が自分で健康だなんて思ったことは片手で足りるほどでした。

・・・・それを不幸とは思いませんでした。

それが当たり前でしたので。それは日常でしたので。

 

ずっと、姉様と、二人で生きていくのだと思っていました。

 

ハゴロモ様は、私の王子様でした。

私の未来視に興味を持たれてこられて、少しだけ話をして。

・・・・どうして、好きになったんでしょうか?

ただ、好きで。

 

幸せでした!

好きな人と結婚して、子どもが、インドラがお腹に来てくれて。

幸せだった。

・・・・子を、諦めろと言われていたんです。私、丈夫では無かった物で。死ぬことだって、わかっていて。

それでも、それ以上に、お腹の中で育っていく我が子はとても愛おしかった。

私の命一つ、いくらでも捧げてもいいと、本当に思っていて。

 

苦しんで、痛くて、それでも産んだインドラを抱っこして。

可愛かったなあ。

インドラ、私似だったんですよ。でも、髪の色はハゴロモ様に似て。可愛いなあと、思って。

でも、その時、私、気づいたんです。

インドラを抱っこする腕はどんどん重くなって、体も起すことも出来なくて、意識はもののすぐに薄れていく感じがして。

 

死ぬんだと、わかっていたのに。

赤ん坊を産むようなことに耐えられる体ではなかったのに。

わかっていて、でも、好きな人の赤ちゃん、産みたくて。そんなこと、かなわないって思っていたから。

命くらい、いくらでも、それぐらい、きっと、捧げられると思ったのに。

 

死にたくないって、思ってしまった。

こんなに、いとおしいのに、こんなに、弱いのに。

私は、この子に、何もしてやれないまま死ぬんだと、そう理解したとき。

死にたくないと、私、泣きじゃくってしまって。

この子が、見るものも、触れるものも、笑う瞬間も、もう、二度と、抱きしめてやれないと分かった瞬間、どうしようもなく未練を、感じてしまった!

いやだと、泣きじゃくって、産婆をしてくれた姉様に追いすがって、死にたくないと私はずっと、泣いたんです。

 

「・・・・姉様に、最後に、頼むと。幸せに、なってと、インドラに私は願ったんです。」

 

イドラはぼんやりと、一人の女が己が生んだ子に、追いすがって死にたくないと泣いているのを見た。

そうして、女がこと切れた。赤毛の女が、わかったと、幾度も、幾度も、叫ぶのを見た。

それにイドラはまるで、呪いのような声に聞こえた。

 

 

きっと、幸運であった。

死んだ後も、私は意識があって、ずっと、インドラの傍であの子のことを見ていた。

・・・・本来なら、めぐるのはチャクラで意識自体は消え失せるはずだったのに。私はあまりにも思いが強すぎて。自我を保ったままであったと後に月兎に聞いた。

 

幸せでした。

姉様は、とても謝ってくれました。最後まで、育てると、約束したのにと。

よかったのです、仕方がないことがあって、どうしようもないことがあると、己の死で理解していたから。

姉様と、ハゴロモ様が婚姻したのは複雑だったけれど。それでも、姉妹で嫁ぐことも珍しいことでもなかったのだから。

・・・インドラを、抱きしめることができなくて、言葉は届かなくて。

けれど、死しておのが息子を見守ることができるのだから、私は幸運だった。

そう、思っていた。

 

 

・・・・・どこで、間違えたのだろうか。

どこかで、間違えた。

 

ゼツという存在だけで、あの子が道を踏み違えたわけでもなかった。

ハゴロモ様に選ばれなかっただけで、あの子が憎悪にまみれたわけでもなくて。

アシュラと仲たがいしたことが、インドラのすべてを否定するわけではなくて。

周囲からの期待で、あの子のすべてが決まったわけでもなくて。

 

多くの何かが、少しずつ、束ねられて、あの子は力を求めて。

己を慕ってくれる誰かさえも、力のための薪にして。

そうして、あの子の中で、唯一だった愛さえも切り捨てたとき、間違えたのだと、あの子は間違えてしまったと、帰れないのだと理解した。

 

 

やめてと幾度も叫んで、もういいとすがって、すべてが無駄だった。

当たり前のこと。

その声と、すがりつく体を、私はとっくに放り出していた。

・・・・あの子が死んで、私はほっとした。

それでも、この子の生はこれで最後だと、そう、思っていたのに。

 

私は、そのままだった。

いいえ、それこそが正しかった。私の役目は、私の魂の役目は、アシュラとインドラの末が交わるとき、そのチャクラを渡すことだった。

だから、その時が来るまで、幾度も、幾度も、生まれ変わって。

ずっと、見ていた。すべてを。

 

「・・・・変わらない。ずっと、全てが変わらなくて。血の匂いも、臓物の色も、すっかりなじんでしまった。」

「・・・・サクヤ様は。」

 

イドラの言葉に、サクヤは、流れる涙をぬぐいもせずに、不思議そうに首を傾げた。

 

「どうして、そんなにもインドラ様のチャクラに執着されるのですか?」

「・・・・私たちは、ここで終わりです。楔の術はあいなり、私はようやくこの世から消える。いいえ、あなたに混ざるのか、それとも、成仏、というのが正しいのか。少なくとも、いえるのは、ここでサクヤというそれは終わるのなら。かまわない。」

ただ、未練なのだと、それは言った。

 

「これ以上、あの子が戦い続けてほしくない。戦乱の世は、一時だけ収まっても。戦は終わらず、大筒木が来れば、また戦いに身を投じる。それが、耐えられない。」

「・・・・兄さまは、インドラ様ではありません。」

 

それにサクヤは否と、そう言おうとしたのだろう。

けれど、すぐに、そんなことを言っても意味がない、いいや、ここまで来たのだからとサクヤは口を開く。

淡く、口に笑みを浮かべて。

 

 

「救われたいと、思ってしまった。」

 

吐き出されたそれは、悲哀の色に満ちていた。

 

 

 

インドラは一人で死んだ。

子もいて、妻もいて、けれど、どこか一人で。

インドラが生まれ変わるたびに、私は、その近くで、母や妹、そんな誰かの中であの子が生まれ変わるたびに、その人生を見ていた。

インドラは、あの子だけで。

けれど、救われたかった。

どうしても、あの子の面影を転生体に重ねずにはいられなかった。

 

救われたかった。

あの子は、インドラは、寂しく死んだ。それでも、生まれ変わった先で、幸せに生きたからと。

そうしたら、救われる気がした。そうしたら、少しだけ、散々に泣いて、散々に死んでいった誰かのことを、飲み込める気がした。

 

兄弟と仲たがいせず、誰かを愛し、何かをいつくしんで、穏やかに、一度でも、死んでくれれば。

アシュラと、仲直りをしてくれれば。

それでも、この結末に、たどり着けたから、と、それだけを。

 

 

全てが、脆い夢だった。

今度こそはと、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは。

 

思って、思って、思って、そう、信じて。

信じて、信じて、信じて、見ていることしかできなくて。それだけを、祈って、あの子のことを見ていた。

 

きしむ音が、耳の奥でしていた。

ぎしぎしと、きしむ音がして。

いつだったか、いつかに、べきりと、折れてしまった。

 

積み上げられた死体の山に、心が折れてしまった。

愛していた、愛していた、愛していた、何もできないまま、ただ、産んだだけの母親だったけれど、それでも、愛していた。

抱きしめてあげたくて、話をしてやりたくて、見ていることしか出来なかった。

 

 

心が折れて、もう、いいと。もう、何も見たくないと思っても、いやでもずっと見ることしかできなかった。

まただめだったと思うたびに、軋んで、軋んで、軋んで、軋んで。

もう、何人目になる息子の躯を見たとき。姉の息子の亡骸を見たとき

 

イドラは、女の言葉を聞いた。記憶を見た。

自分が生まれ変わりだという、女を見た。ぼたぼたと、女の悲しみに連動して、涙が出てくる。

ただ、泣いて。悲しくて。

それでも、イドラはそれを見る。

 

軋む音がする。イドラの耳に、何かが軋む音がして。

そうして、軋んで、折れた。

 

べきりと、あっさりと、もう、折れてしまった。

救われたいとなんて思うこと自体がおこがましかったのだ。何もできないまま死んだ母親が、そんなことを思う方が愚かだったのだ。

 

いうなれば、自分は壊れているのだと、サクヤは涙を流しながら笑った。

狂うほどの時間を、誰とも話すこともできずに、ただ、愛した子の死を見つめ続けて、どこかで、何かが軋んで、折れてしまった女の成れの果て。

 

 

イドラはそれにぼたぼたと涙をこぼした。

それは、なんとなく、自分の涙ではなくて。それは、目の前の、女の涙であった。

悲しいと、苦しいと、そうして、諦観がないまぜになったそれ。

イドラは今にも、崩れ落ちて、その場でわんわんと泣きじゃくりたくなった。

それは、もう、数えるのさえもおこがましいほど、息子の死を見つめた女の悲しみだった。

だから、泣き叫んで、そのまま何もかもを放棄したかった。

 

イドラはただ、目の前の女のことを見る。涙でかすんだ視界の中で、自分とよく似た顔が泣きながら、仮面のように浮かべた笑みがある。

 

イドラはぺたぺたと、サクヤに近づいた、変わらない、部屋の風景。

近づいた、その顔をイドラは触れた。涙の跡の残る頬は湿っていた。イドラは、慰めるようにその頬を撫でた。

 

「でも、サクヤ様はそんなことを思っていないでしょう?兄様のことも、一族に滅んで欲しいとも思っていないでしょう?」

「何故?いいえ、いいえ、私はもう、全部どうでもいいのです。もう、散々に、疲れ果ててました。救われたいなんて思うことこそが間違いだった。ならば、もう、いい。ただ、インドラのチャクラだけは、それだけは、返して欲しいと。」

「だって、サクヤ様。サクヤ様は、私たちのことを。兄様だけじゃない、皆のことを愛してくれているでしょう?」

 

揺るがないそれに、サクヤはやっぱり悲しそうな顔をした。

 

「サクヤ様の目は、ずっと、母様みたいでした。母様みたいな目で、兄様のことも、私のことも、一族の皆のことをずっと、見ておられたじゃないですか。」

 

あなたはずっと、好きにしろと。

生きたければそうすればいいと言っていた。自分たちが精神世界から返るきっかけも、全て、サクヤは許していた。

ならば、と。

イドラは目の前のそれを見る。

 

「サクヤ様は、いったい、何を見捨てられずに、何を許せなくて、そんなことをされるのですか?」

目の前の、己と瓜二つの顔。鏡に映しだされたそれ。

 

ああ、わかっているのだ。

わかっているのだ。

サクヤとて、わかっているのだ。

わかっているけれど。

 

サクヤの脳裏には、一人の男の生涯が浮ぶ。

弟を亡くして、一人になって、理想の里のはずなのに孤独になって。

そうして、己の中の絶望と諦観を、育て上げて、道化に成り下がった息子同然の存在。

 

今度こそ、そうだ、今度こそは、きっと。

千手とうちはの同盟は相成った。あの子の弟と妹は、生き残り、ほら、騒がしい妻までいるから。

今度こそは、きっと、今度こそは、必ず。

あの子は、幸せに。

 

本当に?

 

幾度も裏切られて、へし折られた心がそう問いかける。

 

「イドラ、信じられるのか?これから、何も、悲劇も、憎悪も、何もなく、滞りなく進むと。知っているはずだ。確かに、ゼツはいなくなった。あの悲劇の立役者はいなくなった!けれど、今までの悲劇を起したのは人間だ。ならば、私は、せめて、息子だけでも戦いの枠組みから解放したいと思うことは、間違っているのか?」

 

自分たちが自由に動けるのは、この、楔が発動している短い期間。これで、自分たちは打ち止めだ。ならば、そうであるのなら。

せめてと、そう思う自分がいる。

 

それにイドラは悲しそうな顔をした。悲しそうな顔をした。

わかるのだ、わかるのだ、イドラだって女の気持ちがわかるのだ。

 

イドラだって、どこかで、亡くした誰かの代わりに、何かをしてやりたいと思う心はある。

何かを、どこかで重ねて、あの人は無理だった。

だから、せめて、この子はと、救われたいと思う心がどこかであって。

 

今度こそは、今度こそは、誰も死なないように。そう思って目の前には死体の山。

守れなくて、この子だけは、あの子に出来なかったことをやってあげたくて。

自分が彼女と同じになった時。

見ていることしか出来なくて、広間がそんな風に、ずっと戦う人生を、愛したはずの誰かと争うことしか出来ない人生を幾度も見せられて。

それで、自分は狂わないのだろうか?

それは、自分にはわからない。

けれど、狂ってしまうだろうとなと、自分でも自覚できる部分もある。

 

ああ、でも、だめだ。

同調してはいけないと、白い兎が悲しそうに言っていて。

何よりも、決めていたのだ。そうだ。

 

「サクヤ様、ごめんなさい。あなたの心はわかります。」

 

救われたいと思う心も、今度こそはを繰り返して折れてしまった心も。

わかるのだ。

けれど、と。イドラはサクヤを見た。

 

「でも、だめです。だめです。私はあなたを選べません。私は、あの日、選んでしまった。」

 

あの日、千手扉間に責任をおっかぶせてしまったあのときに、イドラはとっくに選んでしまった。

 

「私、お母さんなんです。だから、私、あなた(過去)を選べません。私は、扉間様と広間(未来)を選びます。」

 





・・・・サスケ。
げ、なんだよ、ヤオ。
用があるから話しかけたんでしょう?というか、あんた、また野良猫の群れに交ざって。
ああ、いいだろ?この頃見つけた穴場。
もう、中忍なんだから。いや、いいわ。それより、聞きたいことがあって探してるのよ。
何?  <にゃー <にゃー
・・・あんた、恋人出来た?
あー?できるわけねーじゃん。
まあ、そうよね。そんなの私だって同じだし。
どうしたんだよ、まだ、行き遅れるって年齢でもないだろ?
うちの、母さんがね。
ああ?
例の約束、すすめるとか言ってて。
それって、あの、うちの母さんと話してた、互いに男女の子どもが産まれたら結婚させようってあれか?
それよ。
さすがに、ないだろ?
今はね。でも、長いこと恋人でもいなかったら、本当に推し進められる可能性があるわよ?
断りゃいいだろ? <にゃー <にゃー <にゃー
いいけど、正直、断りたくない自分がいるのよ。
・・・・え、お前、俺のこと好きなの? <シャー! <シャー!
あんたのことはどうもでいいのよ。もう一人の弟みたいなもんなんだから。ただ、イタチ様を、お義姉様って呼べるのはあまりにも魅力的すぎる!
・・・・お前、どうなんだよ、それ。
サスケだってどうなのよ。私と結婚したら、ナルトの兄になれるのよ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・一端持ち帰らせてくれ! 
<にゃー <にゃー <にゃー <にゃー <にゃー <にゃー
そこまで長考しなくても。というか、猫がすごいわね!?






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人の人生めちゃくちゃにした責任は取ってもらう

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


これにてイドラの責任を取って欲しい話は終りになります。
二話分ぐらいあるんですが、切りの良いところで終りたかったので一話にしてあります。

見切り発車で初めて、回収しきれなかったりするところもあるかもしれませんが、ここまで長い話を終らせられて嬉しく思います。
これからは番外編を書いていこうと思っています。 
活動報告にて、読みたい話を募集しますので何かくださると嬉しいです。純粋にどういった話が読みたいのかも知りたいので簡潔なものでもいいので下さると嬉しいです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 

「・・・・これ、大丈夫なのか?」

 

その場には奇妙な沈黙が訪れていた。千手とうちはの人間達は円になって中心を見つめた。そこには、二人の女が気を失って倒れている。

 

「・・・・おそらく、現在主導権を争っておられるのだと思います。」

 

神妙な面持ちで月兎がそう言った。その隣には、八咫烏、もといペンギンがじたばたと動きながら、鎖に縛られている。二つとも、すでに元の大きさに戻っていた。

うちはイドラこと千手イドラの隣には千手扉間が、千手アカリことうちはアカリの隣にはうちはマダラがどこか不安そうな顔をしている。そうして、互いの兄弟の後ろに千手柱間と、うちはイズナが立っている。

頭側に、六道仙人こと、大筒木ハゴロモがいた。

 

「・・・・あ。」

 

千手の人間の一人が声を漏らした。アカリの指先がかすかに動く。それにマダラたちはアカリに声をかけようとした。けれど、それよりも先にあかりの目が見開かれ、そうして、うつ伏せになりながらもがく。

 

「千手アカリ!肉体をよこせ!」

「誰が渡すか!死人が今更になって起きてきて何様だ!」

「私の子のチャクラを返して貰うためだ!」

「私の弟に手を出すな!」

 

ジタバタと暴れるそれの口からは、それこそ、まるでアカリとイワナガそれぞれの言葉を口に出す。

 

「これは、主導権が拮抗してますね。」

 

アカリとイワナガはそのまま地面に四つん這いになり、拳を握る。

 

「私の体だ!」

 

それに柱間とマダラが慌ててアカリの体を撫でる。

 

「姉上、大丈夫か!?」

「アカリ!」

 

それに千手とうちはの人間が声をかける。

 

「アカリ様!頑張ってください!」

「自我の強さで負けるような女じゃないでしょう!?」

「帰ったら、マダラ様の神楽を見るんでしょう!?」

「アカリ様なら勝てますから!」

「こんなことで負ける玉ですか!」

「でも、若干返ってきて欲しくない感じもある!」

「あくの強さで勝てる奴なんているはずがないでしょう!」

「てめえらどさくさに紛れて罵倒した奴、覚えてろよ!」

 

アカリはそう叫びながら、己の内で暴れる前世と宣うそれに歯を食いしばった。

 

「イワナガ姫、私の妻を返していただきたい!」

「そ、そんな妻なんて。ま、まあ、事実ですが。」

 

アカリの照れ照れとしたそれに、千手の男達は戦く。

 

(すごいぞ、姉上が女の顔をしておる。)

(あんな顔も出来るのか。)

(いや、本当にあのアカリ様を妻に出来る時点で尊敬する。)

(怒らせてもマダラ様の名前出せばいけるんだから本当に救世主だよな。)

(アカリ様への最終兵器ってだけでありがてえよ。)

 

千手の男達はそっとマダラに心の内で合掌する。姉貴分の女の部分とか複雑すぎるが、それはそれとして対抗できる存在はありがたい以外の言葉がない。

 

「アカリ、いちゃついとる場合か!」

「はああああああ!?嫉妬か!良いだろう!?顔良し、優秀、おまけに優しい夫だからな!羨ましいだろう!確かに、六道仙人などもすごいが、マダラ様の方がずっといい男だ!」

 

すげえこと言ってんなあと思いはすれど、女同士の喧嘩に割って入るものではないとわかりきっているので黙り込む。それにイワナガはキレながら吐き捨てた。

 

「羨ましくなど無いわ!大体、ハゴロモの事なんてどうでも、よくはないが、意識したことなど無いわ!私が好きなのは、サクヤだけだ!妹さえいればそれでいい!あの子さえ、あの子さえ、幸せだったら、私は、それだけで、それだけで、よかったのに!」

 

唐突なそれにハゴロモがこらえるような顔をしてイワナガに話しかける。

 

「イワナガよ。」

「ハゴロモ!」

 

それにイワナガはアカリの体を起して、座り込んだままハゴロモをにらみ付けた。

 

「お前は、わしを恨んでいるか?」

 

その言葉にイワナガはひくりを顔をひくつかせた。

 

「恨む?恨むと、それはどういう意味だ?私がお前を恨んでいると。私が、何故、お前を恨んでいると?」

 

嘲笑じみたそれにハゴロモは言葉を吐いた。

 

「お前との約束を、破った。必ずや、幸せにすると。そうしてサクヤとの約束も、わしは破った。」

託された子を、幸せに、わしは出来なかった。

 

その言葉にイワナガは憤怒の表情を浮かべた。そうして、喉の奥から絞り出すような、冷たい声を吐き出した。

 

「そうか、お前は、そう思うのか。それこそが、私の怒りだと。お前は、どうして・・・」

「面倒な!いい加減にしろ!」

 

アカリが叫ぶ。

 

「あんた、いい加減に不満があるならさっさと言え!散々、湿度の高い記憶見せられてこっちだって辟易してるわ!」

「はああああああああ!?勝手に見といて何を言う!?」

「旦那に怒ってるなら素直に喧嘩しなさい!報われて欲しかった子がいないなら、旦那殴ってすっきりするしかないだろうが!」

「それで、それで収めろというのか!?私の息子は、死んだのだ。死んで。」

「・・・・は。」

 

そんなことを言っているとき、隣で横たわっているイドラが口を開いた。それに扉間がイドラのことを抱き上げる。

 

「イドラ?」

 

ゆっくりと眼を覚ましたそれは、太陽のような女からはほど遠く、静かな目をしていた。そうして、扉間から視線をそらし、赤毛の女と、ハゴロモの方を見た。

 

「イワナガ様。」

「・・・・イドラか。ならば、サクヤは。」

「イワナガ様にお聞きしたいことがあります。イワナガ様は、本当は怒っておられないのでしょう?」

 

その言葉にイワナガは何をと、妹によく似た女を見た。

 

「私は、憎い。全てが、憎い。だから、せめて、返して貰うのだ!あの子の、形見を、それだけを。ただ。」

「・・・サクヤ様が持っておいででした。」

 

その言葉に、千手とうちはの円を中心にぼんやりとした、強いて言うのなら火の玉と言えるものが現れ始める。

 

「なんだ、これは!?」

 

戦いの姿勢を取る前にその火の玉は次々に人の姿に変わっていく。それは、幼子から、少ないが老人まで様々で。

その中で、千手の、門番と呼ばれている青年は目を見開いた。何故って、それはその人影の中に遠い昔に戦死したはずの身内がいたのだ。

そうして、他の人間達からもどんどん声が上がっていく。

 

「伯父上!」

「じいちゃん!」

「従兄さん!?」

 

ぼんやりと、幽鬼のような彼らはどこか寂しそうで、けれど、静かに微笑んでいた。

 

「ずっと、拾い続けていたと。死んで、無念で、悲しみと苦しみに染みついたチャクラをあなたは。」

「チャクラ、これがか!?」

「・・・・精神のチャクラには、当人の感情が残ることがある。イワナガよ。お前は、千手とうちはの人間達が死ぬ度に、それを拾っていたのか?」

「・・・・・当たり前だ!」

 

イワナガは拳をキツく握りしめた。

 

「それでも、血は薄くなれど全てが愛しい末の子どもたちだ!だが、誰も覚えていてはくれない。永遠はない!ならば、不憫だ。」

それが忘れられていくのは、あまりにも、不憫だろう?

 

「・・・・サクヤ様が、言われていました。ずっと、ずっと、そうやって置き捨てられた記憶と共にあって。それを拾って。消えることさえも不憫だと泣いたのだと。」

 

イドラはそっと、その赤い髪を撫でた。

あんまりにも、悲しみと、苦しみばかりを背負って、そうしてアシュラの転生者のことを見つめていたために、どこかで歪んでしまったのだと。

それに、一人の子どもがそっと近づいてきた。

それは、黒い髪をした、うちはらしい顔立ちの少年だ。それは少しだけ透けた体でそっとイワナガに微笑んだ。

 

「・・・・イワナガ姫。」

「・・・・安心しなさい。必ず、目的は。そうしたら、一緒に眠ろう。」

亡くしてしまったがゆえの穴は塞がらない。代わりになるかも知れないことはあって、代替えが存在しない穴は存在する。

死んでしまった者は、二度と生き返られない。手からこぼれ落ちたそれは、変えられない。

 

そこでふと、柱間は己の手に触れる感覚を覚えた。

 

「・・・板間?」

 

そこには、少しだけ透けた、死んだはずの弟が淡く微笑んでいた。

それに扉間も己の手に触れる感覚があった。そうだ、そこには、自分によく似た、三男坊がいて。

 

「ミヨウ!?」

「トガク兄さん?」

 

そうして、マダラの隣にはイドラによく似た少年が、そうして、イズナの隣には父親似の少年が立っている。

それを皮切りに、千手とうちはの人間達の隣にも、いつかに、いなくなった誰かが立っていた。

 

そうして、耳に、悲鳴が飛び込んでくる。

 

死にたくない!

 

そうだ、それは、怨嗟の声だった。

 

死にたくない!怖いよ!嫌だ、嫌だ、兄さん!父上!いやだ、怖いよ!あああああああ、憎い!殺してやる!

千手/うちは!殺してやる!

 

「止めてくれ!」

 

誰かが叫ぶ。

それは自分たちが蓋をした、憎しみで。

 

「恨んでいるのか?」

「お前達は、この同盟を、認めてなんぞいなくて。」

 

柱間とマダラのそれに皆、首を振った。それと同時に頭に、何かが流れ込んでくる。

鴉が、自分を運んでいく。その先には、赤い髪の、アカリによく似た顔が一人。

 

「・・・・憎いか、悲しいか、苦しいか。そうか、そうか。そうだろう。救ってやることは出来ん。だが、子守歌ぐらいは歌ってやろう。」

 

優しかったのだ。その人は、消えていくしかない自分たちを拾って、抱いていてくれた。

忘れられるのはあまりにも不憫だと。

 

「でも、歪んでしまった。ずっと、俺たちの悲しい、苦しいを聞き続けたから。だから、歪んで、何も信じられないと、そうなってしまった。」

「何を言っている。私は、ただ、憎いだけだ。」

「いいえ、違う。あなたは優しかった。俺たちの悲しみや憎しみさえも、消えることは哀れだと抱えてくれた。でも、もういいんです。」

 

それはちらりと、イズナの方を見た。

 

「・・・・俺たちは運命にはなれなかったし。そうして、結局、兄さん達の憎しみの理由になってしまった。でも、もういい。」

それでも、愛されていたから。自分が死んでも、あの人は生きてくれたから。

 

「それだけで、よかったんだって思い出した。」

 

少年の言葉にそれぞれの隣にいた彼らはにっこりと微笑んだ。

 

「板間、瓦間!お前達は・・・・」

「トガク、ミヨウ!」

 

柱間に扉間、マダラとイズナは兄弟の姿をしたそれに追いすがる。けれど、彼らは淡く笑ったまま、手を振った。互いに手を繋いできゃらきゃらと笑いながら、少年の方に向き直った。

イズナはそれに追いかけようとするが、マダラがそれを押しとどめる。

 

「・・・・・彼岸に行った時は、土産話を用意していく。」

 

言いたいことならば多くあったのに、何故か、そんなことを言った。もっと、もっと、あったのに。

恨んでいないか、憎くないか、自分たちを、千手と同盟を組んだ自分たちを。

けれど、それ以上に思ったのだ。

優しい弟たちは、きっと、そんなことなんて言わないから。

だから、そんなことを言ってしまった。

イズナはそれに顔を歪め、それでもと頷いた。

 

「そうだね、たくさん、お土産話を用意していくから。」

 

それに、二人の少年はこくりと頷いた。微笑んで頷いてくれた。

 

「今度は、この里では、お前達のようなことがないように。必ず、そんなことなどないようにするからな!」

 

柱間のそれに、瓦間と板間は可笑しそうに笑った。そうして、わかっているよと言うように頷いた。

扉間はそれにちらりと弟たちを見た。

小さいまま、大人になることも出来なかった弟たち。自分は、もう、すっかり大人になって、ああ、息子さえいるのならば。

それは自分と彼らの間にある隔たりだ。だからこそ、何かを言う言葉はなく、軽く手を振った。

子どものようにそんなことをして、それに弟たちは頷いた。

そうして、その少年に吸い込まれていく。一つになった少年はイワナガに言った。

 

「・・・・もう、いきます。ありがとう。それでも、俺たち、思ってしまったから。」

死んだのは悲しかったけれど、そうだと、思い出したんです。それ以上に、生きて欲しかったんです。だから、俺たちは先に行きます。

 

そのまま、彼らは消えていく。するすると、まるで解けていくように消えていく。

それにイワナガは目を見開いて叫ぶ。

 

「行くな!そんな、そんなの・・・・サクヤよ、何故だ!?お前とて、もういいと。そう、願っていたのだろう!どうして、お前は。」

 

それにイドラはゆっくりと瞬きをした。それに、開かれた目は青く染まっている。

 

「・・・・イドラに夫婦喧嘩は面と面を向かってしろと、言われました。」

 

それに、イドラは、いいや、サクヤはゆっくりと立ち上がって、そうしてハゴロモの元に向かった。

 

「サクヤよ。」

「・・・・お久しゅうございます。ハゴロモ様。」

 

静かなそれの後に、ハゴロモはサクヤを見た。

 

「・・・・ふがいないわしを、怒っているのか?」

「怒る、強いていうのならば、それはそうであったのでしょう。ですが、わかってもいました。死人である我らに生者のあなたの選択を責める資格がないことを。だから、私は、諦めようと思っていました。選択肢も、願いも、それはイドラ達が決めることと。ですが、ですが、あなたは言いましたよね。」

 

アシュラに希望を託したのだと。

 

サクヤは顔をくしゃくしゃにしてハゴロモを見つめた。

 

「インドラが悪であると、あの子は間違えたのだと。それぐらい、わかっておりましたよ。わかっておりました。だから、耐えました。仕方が無いと、けれど、けれど、どうしても、納得がいかないのです。言いましたよね。インドラが、会いに来たとき、あなたは殺しに来たのだと。」

仕方が無いと、そう言っても仕方が無いのだと、わかっていた。

 

けれど、ずっとサクヤは恨んでいた。

 

「あなたは、最期まで、あの子の父ではなくて。忍宗の人間として生きたことを、恨んでおりましたよ。」

 

静かな声音で言ったそれにハゴロモは顔をしかめた。

 

「仕方が無いことでしたでしょう。それが、正しかったのでしょう。言葉を躱し、インドラのなした罪業に諦められたのでしょう!ええ、仕方が無いのです。仕方が、ないのです。」

 

その女は幾度も、幾度も、仕方が無いと呟いて。

けれど、最期にはすり切れるような声で言った。

 

「それでも、言って欲しかったのです。争いを託すのではなくて、仲直りしろと言って欲しかった。父であったのなら、死した私には出来ないことを望んでしまった!」

 

泣きじゃくりながら、ぼたぼたと、無数の雫を流してそれは言った。

 

「イドラに、言われました。過去は選べないと。それを抱いていては、ずっと過去が地続きのまま、悲劇の延長戦になるしかないから。だから、未来を選ぶのだと。」

羨ましい。

 

サクヤはさめざめと羨ましいと泣いた。

 

「あの子は、これから選ぶのだと。願いと、悲劇を繰り返さないために。可愛い我が子を選ぶのだと、言われて。羨ましくて、妬ましくて。ええ、でも。」

それ以上に、理解せずにはいられなかった。

 

サクヤはとうとう、耐えきれなくなったと顔を覆って泣き始める。

 

「ああ、憎らしゅうございます!恨んでおります!仕方が無いとわかってなお、あの子達の、長きにわたる因縁の引き金を引いたあなたが、どうしても、憎いと。愛していたが故に、なおさらに!」

 

イワナガはそれに、立ち上がり、そうしてサクヤの肩を抱いた。

 

「わかっているのだ!ああ、わかっているのだ!わかっていてなお、それでも。」

 

イワナガは、怒りのにじんだ目でハゴロモを見た後、柱間と、そうしてマダラを見た。

 

「いつか、大義のために切り捨てられ、無念の内に死んでいく誰かを見た時、どうすればいい?だから、せめて、返して欲しかったのだ。息子のチャクラを、ただ。」

 

正しいのだ、正しいのだとわかっているのだと。

イワナガも囁いた。

 

「・・・・止まらんとわかっていた。」

 

二人の妻を前に、ハゴロモは言った。

 

「どこかで間違えてしまったのだろう。インドラは、真摯でありすぎた。アシュラは、ある意味で兄を神聖視しすぎていた。そうだ、あまりにも、多くの理解が足りなかった。わしもインドラも、神にはなれん。永遠の守護ができないのなら、いつかに手を離されなければいかん。アシュラも、兄も悩み、間違う可能性を考えなければいけなかった。」

それが出来ず、あの子達は争ってしまった。あの結末に至ってしまった。

 

それでも、と。

ハゴロモは二人に近づいた。それにイワナガは警戒するようにサクヤを抱きしめる。それにハゴロモは躊躇するように足を止めた。けれど、一歩、足を動かす。

 

「それでも、確かに、彼らはこの結末に至ったのならば。信じなくてはならん、託さねばならん。我らも又、所詮、有限の命の中にあるのだから。死人のあるべき場所はここではない。」

 

いいやと、ハゴロモは拳を握りしめた。

 

「全て、わしで終らせねばならなかった。だが、それが出来なかった。インドラのことを、止められなかった、いさめられなかった。それをアシュラに託した時、わしとてどれほど悔やんだことか!」

 

それは今まで平淡な印象を受けた仙人の、むき出しの言葉だった。

 

「忍宗もあの子たち、二人に任せたかった。二人で、生きていてくれればと思った。当たり前だ。兄が、弟を害したいなどとどうして思いなどするだろうか!」

 

けれどと、ハゴロモはまぶたを固くつぶり、開いた。

 

「出来なかった、それ故に託した。託して、死んだとというならば、それに口出しなどできん。わしはその時点で死人だ。生者の世界は生者だけのもの。わしが口を出せば、アシュラに託した意味は無くなる。」

 

己の子が争って、辛いのは己だけだと思っているのか?

 

それは胸を抉るような言葉で。それは、イワナガも、サクヤも、目をそらしていた事実で。

 

「信じていただきたい。」

 

柱間が割って入った。

振り向いた先にいた男はイワナガを見ていた。

 

「確かに、その、この同盟に至るまで色々とありました。」

 

それにその場にいた一同が思わず扉間を見た。

 

「見るな!」

 

それにそっと皆で視線をそらした。いや、本当に色々。いや、いろいろで済まないことがあり過ぎるのだが。

 

「失ったものもまた、多くありました。」

 

柱間のそれを引き継ぐようにマダラが口を開く。

 

「弟たちが死んだとき、それでも変わるものなどないのだと。だが。」

 

マダラはちらりと、隣の男を見た。

 

「殺し合うべき一族に、同じ願いを持つものがいた。」

 

柱間はそれに心底嬉しそうに笑った。

昔、向かい合わせになって刃を交えた運命は、今、隣り合わせに立っている。肩をならべて、立っている。

その後ろには、互いの弟がいて、そうして、そのまた後ろには両氏族の人間が入り乱れている。

そうだ、それこそが、きっと証明だ。

 

「これから間違いが起こらないと、なんの憂いもなく、悲しみもなく、進んでいけるなどと思ってはいません。」

「そんなことはわかりきっている。理想とは、叶わないが故に理想だ。だが、それを叶えるためには荒んだ道でもゆかねばならない。」

「・・・・少しだけ垣間見た未来は、それでもなお、愛らしいものでした。」

「楽な道を向かっても願った先にはゆけませんので!ならば、困難な道を行きましょう。けして、一人ではないのなら。」

その道はきっと、苦しくも、心強いもののはずだ。

 

昔、自分たちの袂は違えられた。きっと、二度と、その道を同じにすることはないのだと。

けれど、また自分たちは道を同じにした。

悲劇は起きないなんて、奇跡でしかないと思っている。

けれど、それを言うのなら、奇跡は確かに起きたじゃないか。ならば、自分たちは信じるしかない。

 

尾獣たちは言った。

何度も、何度も、お前達は殺し合った。幾度も、幾度も、わかり合えずに、またダメだったと繰り返した。

けれど、確かにこの結末に至ったのだ。

 

そこでイズナも口を開いた。

 

「・・・納得できないことは、多くある。いなくなった誰かのことも、信用できるかも、わからなかった。それでも、交わった末に出来た未来がある。」

 

イズナの脳裏には、姉の子であるのに、まったく似ていない銀の髪をした甥っ子のことを思い出す。それを、己が息子は嬉しそうに笑って抱きしめる。

唄が、耳の奥で響いている。

歌詞は違えど、千手にもまた同じ旋律で伝わっている唄だ。

ああ、そうかと、思えば、憎しみ以外で伝わったものがあったのだ。

 

「その未来のために、その未来が幸せになってくれるのなら。その憎しみを飲み込むと、決めました。」

 

許すこと何て出来ないと思っていた。

父に、そうして、優しかった一族は憎めと、怒れとわめき立てる。

いいや、本音を言うのならイズナはうちはとは滅びゆく一族であることをどこかで理解していた。

濃い血はいつかに途絶える。少なくなった自分たちでは、依頼をこなしていくのも難しくなる。

だから、イズナはせめて仇を討って、戦いの内に死にたかった。

まあ、そんなことも吹っ飛ぶとんでもないことが起こってしまったわけだが。

それでも、よかったと、イズナは思う。

よかったのだと、今は思える。

 

それにイワナガはサクヤを抱いた腕の力を強めた。

そこで、サクヤはその腕の中から抜け出した。そうして、扉間に視線を向ける。

 

「・・・・あなたは、どうですか?」

 

それに扉間は改めて、その女が何よりも自分にそれを問いたかったのだと理解した。

 

それとイドラがどんな会話をしたのかわからない。ただ、それは聞いているのだ。

いつかに、里と、そうしてその女と、己が子を天秤にかけたとき、どちらに傾けるのだと。

答える義務はないのだろう。答えたところで、イドラの体を返して貰うことに変わりは無い。

ただ、それはいつかに、己の正しさに飲まれるかも知れない犠牲の欠片。

 

「・・・・奇跡など、起きることを期待する方が愚かでしょう。」

 

静かな声にじっと、イドラの瞳でそれは自分をじっと見つめる。

 

「昔、神に祈ったこともありました。母は、自分たちの無事を神仏に祈っていると。ですが、神も仏も、私の弟を救ってはくれませんでした。」

 

言葉が一つ漏れ出した。

 

「昔、大人たちに何故と問いました。憎いからと、恨めしいからと、宿敵だからと、そんなことしか語りもせず。永遠に争い続けることなどできん。目の前のことしか頭にない時点で、いつかは打ち止めだと。」

 

扉間の脳裏には、幼い頃、兄と、そうしてうちはの少年の後ろ姿が思い出される。

呆れる想いがあった。そんなことをして、父や氏族にもどんなことを思われるのかと。

けれど、その後、兄の話したこと。

 

自分と同じ思いの奴がいたんだ、うちはに、そいつも確かに、この戦乱を憂いていた。

 

「だからなあ、扉間。信じたいんだ。」

 

呆れた。その言葉がどれほど真実なのか、幼い頃のことをどれだけ信じられるのか。

そう思った。それと同時に、こうも思った。

それが、本当であるのなら、それを信じていいのなら。

 

世界には希望が持てるのではと。

 

「憎み合った氏族にも、今を憂うものがあるのなら。同盟を組み、争いを止める一歩になるのだと。」

 

皮肉なことに。

本来ならば、散々に憎みあい、信用できぬとマダラを切り捨てた扉間にとっても、確かに兄と男が願ったそれは希望であったのだ。

憎んだ相手にも、この世界を憂うというのなら、いつか足並みをそろえてやっていけるかもしれない。

それは確かに希望だった。

 

「私は、いつか、その必要があるのなら。妻も子も、切り捨てるやも知れません。」

 

それにマダラとイズナ、そうしてうちはの人間たちからもどよめきが起こる。けれど、扉間は続ける。

嘘はつけない。偽ることは出来ない。

 

「だからこそ、それが起きぬように我らはタネをまくのです。そうならないために、その悲劇が起きる前にそれを回避する。悲劇が起きたとして、それを次の世代に続けさせない。それこそが、今を生きる我らがすべきこと。」

 

扉間は息を吸った。息を吸い、そうして、いつかに、その女に最初に言われたことを思い出す。思い出して、そうして皮肉も交えて言った。

 

「責は取ります。共に生きていくと決めたその時に、それは決めたことですので。命を賭けて。」

 

揺るがないそれに扉間は一瞬だけリップサービスが過ぎたかと後悔した。けれど、もう、命を賭けるのもかすむようなことばかり起きているので諦めた。

うちは勢からの熱視線も無視した。断固として無視した。

 

その言葉に、サクヤは一度だけ頷いた。

 

「姉様。」

「サクヤよ、何故だ。どうして、お前は納得できる!?」

「・・・イドラがね、言ったのです。そんなにも信用できないのなら、このまま自分の体に同居すれば良いと。」

「は?」

 

サクヤは目を細めた。

それは、未来を選ぶと言って、けれどと言った。

 

悲劇が起きないか、起きるか、わかりません。私が知る上でたくさんのことがそれてしまっているから。大戦は、起きるでしょう。風の里は火の国の肥沃な大地を欲しがるだろうから。

でも、それでも、互いでなんとかやっていく術を探します。

あなたのことは選べない。でも、一緒に行くことは出来るでしょうから。見届けてください。今度こそ、インドラとアシュラが仲直りするのを見届けてください。

 

「・・・もし、だめだったらどうするのと。そう言ったら、何と言ったと思います?」

「なんと?」

「その時は、一緒に泣いてあげますって。」

 

サクヤはそれにふふふふふと笑った。涙を流して、それは笑った。

 

「一人はとても辛いから。だから、一緒にいてくれると。そうして、叱られたのです。夫に不満があるのなら、ちゃんと喧嘩をしないとと。姉様、私、怒ってませんよ。私、インドラに幸せになってと言ったけれど。でも、それは、姉様もでした。ハゴロモ様もでした。姉様、もう、いいんです。信じましょう。ちゃんと、仲直り、してくれたんですから。あの子たちも、もういいと言ってくれたのだから。」

 

それにイワナガは唇を噛みしめた。そこで、ハゴロモがそっとその背中を撫でた。

イワナガはそれを振り払わなかった。

 

「いいのか?」

「いいのです。もう、いいのです。」

「・・・すまなかった。本当に、すまなかった。」

 

その言葉と同時に、イドラとアカリの体からするりと何かが抜けた。それはマダラたちが見た、豪奢な衣装を纏ったイドラによく似た女と。そうして、まるで若武者のように武装をしたアカリによく似た女だった。

 

「ようやく、自由になれた。」

「よかったあ。これで一生兎生活にはならない。」

 

それに千手とうちはの人間は群がった。

 

「イドラ、違和感はないか!?」

「扉間様!!」

 

イドラはべしりと扉間の頭に飛びついた。アカリもマダラに大丈夫だと答える。

 

「イドラ。」

 

そこで名前を呼ばれる。それにイドラは扉間から離れて、サクヤに向き合った。

きっとと理解する。

それは、夢の中、一度問われたことをもう一度聞かれるのだと理解した。

 

 

「ほんとうに良いのか?」

「保証など、どこにもない。」

「変わらないだろう。」

「血縁でさえも食い合い、殺し合い、その末は何もかも忘れて、ただ、憎いとがなり立てる。」

「今はよくとも、先はわからない。」

 

それでも?

 

優しい声だった。泣きたくなるほど、それは優しい声だった。

その声は、まるで狂いゆく嵐のような雨粒の音と、吹きすさぶ風のように怒りに満ちていて。

なのに、何故だろうか。

ひどく、ひどく、優しい声だった。

もういいんだと、ただ、もう、止めてくれと。

全ての罪悪を引き受けてくれる、優しい声だった。

 

ああ、と頬に涙が流れていく。何のための涙なのか、自分にだってわからない。

けれど、ぼたぼたと涙が零れていく。

イドラはええと、頷いた。夢の中で、問われても、同じように答えたのだ。そうして、イドラに続くようにアカリも答えた。

 

「それでも、私、これからも生きて欲しいと思います。例え、そうであるかも知れなくても、私たちはその時いないとしても。生きて欲しいんです。」

「ずっと、全てが憎かった。ずっと、父や母が、いいや、この血族全てが憎かった。あの日、過去は私たちに、未来に、過去のために死ねと言ったから。」

 

悲しみの願いと、憎悪の決別が二人から漏れ出した。それに、二人はまるで全てがわかり合っているかのように目の前の、遠い昔、生きて欲しいと思った、幸せで会って欲しかった子を徹底的にねじ曲げられた母に、言った。

 

「生きてと言って欲しかったです。」

「誇りも、知らない人間の復讐も、どうでもいい。」

「幼いあの子が死んだのは罰でしたか?」

「弱さはあの子の罪だったのか?」

「違う、あれは、振り上げた拳を振り下ろせなかった大人の弱さだった。」

「それに逆らえなかった幼い私たちの業だった。」

「兄はずっと泣いていたのに。」

「弟は初めての理解者に救われたのに。」

「父はそれを奪いました。」

「あれの父はそれに怒りを抱いた。」

「どうして、苦しめるんだって。」

「敵同士だった。」

「でも、言って欲しかった。」

「私たちは、あの日、父に、母に、一族に。幼い、弟や妹たちへ、せめて。」

「生きてと、言って欲しかった。」

 

それはきっと、目の前の女だって同じだった。自分が死んでもよかった。ただ、愛しい誰かが生きてくれれば、それだけでよかった。

愛していた、一族も、母も、父も。

けれど、心のどこかで怒っていた。

 

「未来は変わるかも知れません。」

「変わりはしないと思ったことは確かに変わった。」

「ならば、歩いて行くしかないんです。」

「もう、私たちは決めたのだ。共に生きていくと。」

 

だからと、イドラは目の前の母を見た。自分たちの先祖を産んだ、この血族の母へ。

 

「だから、さようなら。」

ありがとう、優しいあなた。

 

でも、でも、ごめんなさい。

 

それらは互いに酷く、優しげに、穏やかに言った。

それはとてもひどい言葉だった。それは、捨て去るためで、否定のためで、どうしようもなく放り捨てるための言葉で。

けれど、決めたのだ。

 

あの日、殺せと憎めと、そう言われて。

そう願われた、受け継がなければならない因縁を自分たちは捨て去った。

あの日、憎んでと、奪われた誰かの感情を自分たちはそっと捨て置いてしまった。

亡くした人の嘆き、奪った存在への憎悪。

自分たちだって理解している。復讐をと、思う気持ちがある。けれど、もう、決めたのだ。

 

いらない、もう、いらないから。

もう、自分たちは選んでしまった。

 

「過去を背負うのは私たちだけです。」

「もう、そんなものは受け継がない。」

「託すのは、一つだけ。」

「いつかよりよき者になれることだけを。」

 

サクヤはそれにああと頷いた。

ああ、振られてしまった。彼女と自分は違うのだ。散々に、間違えてしまった自分とは違うのだ。

いいや、何よりも、憎しみと怒りで盲いた瞳はイドラの言葉で醒めてしまった。

 

「一緒に行きましょう。そうしたら、広間のこと、抱っこしてあげてください。彼の人から続いたものは確かにここまでたどり着いたんです。」

 

抱っこしてあげてください。

息子から母を奪うなんて、自分が一番に望んでいなかったことなのに。

イワナガはそれにああと言った。そうして、じっと柱間の方を見た。

 

「・・・・サクヤよ。」

「はい。」

「似てないな。」

 

アシュラは、もっと、脳天気そうな子だったのに。

 

 

わかっていた。わかっていた。けれど、諦めきれなくて、憎くて、どうしても駄々をこねるように嫌だと叫んでいた。

でも、いいかもしれないと、イワナガは息を吐いた。

もういいと、彼女の足掻いた理由はことごとく、未来に全てを託してしまったのだから。

 

(私たちは、ずっと、聞きたかった。)

 

後悔していると、男から、それだけを。

 

 

「・・・・・イワナガ、サクヤ。もう行こう。わしらのあるべき場所に。」

「・・・・・わかった。ただ、その前に頼みがある。」

「私も。」

 

イワナガとサクヤはそう言って互いの氏族たちに近づいた。

 

「・・・・こう見れば案外似ていないな。」

「あなたの子にですか?」

「ああ、そうだな。」

 

イワナガはハゴロモの手を引き、そうして、ちらりとマダラたちに話しかけるサクヤのことを確認した。

 

「おい、千手の子どもたちよ。散々に迷惑をかけたが。」

「真に。」

「体を乗っ取りかけてたくせに堂々としていますね。」

 

憑き物が落ちたかのようなイワナガにアカリと扉間が皮肉そうに言った。それにイワナガはすまないと付け加えた。

 

「まあ、それに対して詫びとして。少しだけ忠告をする。」

「忠告?」

「いいか、詳しいことは月兎と、ああ、八咫烏のことを忘れていたな。」

 

月兎に引きずられている八咫烏を見てイワナガはその封印を解いた。

 

「イワナガ姫!よろしいのですか?」

「・・・・すまないな。八咫烏よ。ただ、目的としていたあの子たちも消えてしまった。消えるのが忍びないと、共に封印されて朽ちていくはずだったが。」

「我は、あなたがそう望むのであれば。」

「・・・ありがとう。アカリよ。」

「はい?」

「これはお前に託そう。生意気な口を利くが、火遁と良き目を持っている。よく仕えてくれるだろう。」

 

八咫烏はその言葉にアカリの肩に止まった。

 

「・・・・これから、大筒木、つまりはお前達の遠い先祖が攻めてくる。詳細は月兎と八咫烏に聞け。それで、だ。」

 

イワナガと、そうしてハゴロモは少しだけ気まずそうな顔をした。

それに千手の人間はひどい不安感に襲われる。

イワナガは声を抑えて話をする。

 

「・・・これから、千手とうちはの人間に我らのチャクラが少しずつ広まることになる。まあ、悪いことではない。それは、陽遁や陰遁の要素を強く持った子どもが産まれやすくなる。そうすれば、木遁や写輪眼が発現しやすくなるからな。あー、それでだ。」

 

イワナガはちらりとハゴロモを見た。

 

「写輪眼が?」

 

驚きの声が上がる中、ハゴロモは口を開く。

 

「・・・・そのな、写輪眼は精神的な負荷がかかったときが発現条件になるのだが。そうすると、うちはの人間達はまあ、精神的に不安定になる。だが、安心するといい。イワナガとサクヤのチャクラが氏族内で広がればそういったことも憂わなくていい。」

「それは、何故?」

「ざっくりと言うとな、精神的な負荷への耐性ができる。あれだ、今後、だんだんとうちはの人間達の性格がぽやぽやし始める。あれだな、イドラみたいな性格のが増える。」

 

それに思わず千手の人間はうちは一族の方を見た。少しだけ離れているせいと、サクヤに気を取られているせいで気づかれてはいない。

というか、すごい情報が出てきたが、それ以上にとあることに気を取られる。

 

え、あのど天然わんころみたいなのが増えるの?

 

「それは!」

「はっはっは!いや、我らのチャクラが氏族内に広まれば、能力的にいいこともあるが、そう言った面もあるから不安だったが。いや、大丈夫だな!」

共に生きていくって決めたんだものな!

 

イワナガはやたらと爽やかな笑みを浮かべ、そうして、ハゴロモ共々距離を置く。

 

「まあ、大丈夫だ!私の子ならば、サクヤの子どもたちと上手くやっていける!頼んだぞ!普段はど天然でも戦闘の時とかはちゃんとするから大丈夫だ!」

「ちょ、待て!」

「もう少し、詳しい話を!」

 

扉間や柱間が追いすがろうとするが、それよりも先にイワナガはサクヤを回収し、そうして、ハゴロモと振り返る。

 

「それじゃあ、達者でな!」

 

言い逃げのようにそう言った後、三人はそのまま霧のように消え失せた。

それに千手の人間はあああああああああああと叫んだ。

 

「謀られた!」

「言い逃げぞ!」

 

千手の人間は、頭を抱える中、うちはの人間達がそれぞれにどうしたどうしたと駆け寄った。

 

「扉間様?大丈夫ですか?」

 

きょとりとした、己の妻が自分の顔をのぞき込む。

ちらりと見たそれは、にこにこと愛想良く笑っていた。

 

「・・・・・とんでもないものを押しつけられた気分だ。」

「え、何をですか?」

 

扉間のそれに、うちはたちは大丈夫かとそれぞれの千手のことを心配そうに見つめた。

ちらりと、よくよく見れば空が白み始めている。

もう、夜明けなのだ。

それに扉間は、あーあとため息を吐いた。

そうして、女を見る。

 

「・・・・・イドラよ。」

「はーい?」

「貴様のせいで、ワシの人生はめちゃくちゃだ。」

 

考えていた同盟だとか、うちはとの付き合い方だとか、もう、諸諸が完全にまがってしまっていた。

おまけに自分の一族は下手をすると、駄犬が多くなったうちはの世話まで焼かないといけないのだ。

けれど、明け始める空を見つめていると、どこか悪くない気分だった。扉間はイドラの頬を掴んで、むいむいと揉んだ。

 

「責任を取れよ。」

 

その言葉にイドラはにっこりと微笑んだ。

 

「はい、扉間様は、責任、取ってくれましたから!ちゃんと、人生を賭けて責任、取って見せますよ!」

 

弾んだ声が聞こえてくる。それと同時に、ゆっくりと夜が明けた。

 



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番外編:ある日の九喇嘛

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


完結まで読んでいただき、ありがたく思います。
また、活動報告にてコメントくださった方もありがとうございます。
前から書こうと思っていたものになります。


 

「ナルトおおおお!!そろそろ、起きなさい!」

 

家の中に響き渡るような怒声に九喇嘛はかっと目を見開いた。そうして、ゆっくりと起き上がると、ばたばたと騒がしい足音がした。

 

「もう、あんた、遅刻するわよ!」

「仕方ねえじゃん!昨日、遅くまで修行してたんだってばさ!」

「だからって睡眠時間削ってまでやったら意味ないでしょ?このままだとちびのまんまよ?」

「二人とも!騒いでないでご飯食べちゃってばね!」

 

九喇嘛はそれに欠伸をしながらぐっと背伸びをした。彼がいるのは、ちょうど、居間に置かれたソファの上だ。本来の寝床はこの家の家主の息子、波風ナルトこと、うずまきナルトの部屋にあるのだが、朝食を食べた後、二度寝を決め込んでいたのだ。

ソファの後ろ側で騒がしい双子の声を聞きながら、九喇嘛はさんさんと日光の入るベランダを見た。

そうしていると、背もたれから自分を見下ろす存在に気づく。

 

「くーらま!」

 

その小さな手は無粋に自分のことを抱き上げると、ぐりぐりと頬ずりをしてくる。

 

「じゃあ、俺ってば学校行ってくるからさ!帰ったら修行だからな!」

「ナルト、ほら、早く行くわよ!九喇嘛も、行ってくるわね。」

「ああ!ほら、はよう行ってこい!」

 

ナルトの背後から顔を出したのは、赤毛をした少女だ。全体的な配色は父親、顔立ちは母親に似たナルトとは正反対で、色合いは母親だが顔立ちは父親に似た凜々しい少女だ。

双子の片割れである波風ヤオことうずまきヤオはそのままナルトを引っ張っていく。

九喇嘛はソファの上に放られてふうと息を吐いた。

 

「やあ、ようやくいったってばね。九喇嘛?」

「なんだ、クシナ?」

 

二人の母親であるうずまきクシナに九喇嘛は返事をする。

 

「私、これからミナトのとこに着替えとお弁当持っていくんだけど。あんた、どうする?」

「・・・俺も散歩に行ってくる。」

「わかったわ。」

 

九喇嘛はそのまま準備をするクシナを尻目に、家を出る。火影にしては質素、という言い方は変だがマンションを出た後、九喇嘛は変化をする。

そうすると、鮮やかな夕焼けのような髪をした少年の姿があった。

きつめの顔立ちのそれはそのままふらふらと町を歩き出す。

ちらりと見た火影岩を見れば、四つの顔が連なっている。

 

「・・・・長いこと続いたものだな。」

 

しみじみとした声の後、そのまままた歩き出した。

 

 

 

「・・・・九喇嘛殿、何をされてるんですか?」

「んあ?」

 

ぼおっとしていた九喇嘛に話しかけてくる存在に気づき目を開けた。そうして、下を見ればしかめっ面をしたうちはの現頭領がいた。

 

「フガクか?」

「そうですが。そんなところで何をしているんですか?」

 

そんなところとは失礼な、と九喇嘛はまた欠伸をして伸びをし起き上がる。九喇嘛がいるのは、うちは神社の本殿の屋根の上だ。

そうして、そんな九喇嘛を見つけたうちはフガクが彼を起したというわけだ。

ひらりと屋根から下りた九喇嘛にフガクは顔をしかめた。

 

「いいだろ、ここ、里の外れでうちは以外の人間は来ないしな。お前こそ、なにを・・・・」

 

そう言った九喇嘛はフガクの手にある、袋に気づいた。猫の餌だ。

それにフガクはちょっと顔をほころばせた。

 

「私は猫の餌当番なので!」

 

どや顔を晒している男に九喇嘛は遠い目をした。

 

 

 

「ほら、喧嘩をするなよ。クロ、白、大将、三角・・・・」

 

フガクの周りにはわらわらと猫が集まってくる。それに餌皿に餌を盛っていくのを眺める。

 

「お前ら、本当に猫が好きだな・・・・」

「イドラ様から伝わることですから。増えすぎないように、餌をやっている猫は去勢もしておりますので、ご安心を。」

 

そんなにきりっとしながら言うことだろうか?

九喇嘛はそれにぼんやりと話題の、千手イドラのことを思い出す。何故か、うちは一族、動物、特にでかいのがやたら好きなのだ。

野良猫に餌をやったあげくに増えすぎて大目玉を食らったために、ルールを設けられたのは懐かしい記憶だ。

現在も、地域猫として一族全体で餌やりを当番でしているらしい。

一度情をかけると、そうそう抜け出せないのが玉に瑕だろう。

 

(扉間とマダラに怒られて全員で正座させられてたな、うちは一族・・・・)

 

うちはと任務をするときは気をつけろ!あいつら、狐とか猫とか見つけたら追いかけていくからな!

 

なんてことを言われている一族だ。いいや、昔はもう少ししっかりと。

 

(いいや、思えば信頼できる奴の前になると一気に緩むところがあったものなあ。)

「そう言えば、九喇嘛殿。尾獣大戦、今年も参加されるんですか?」

 

それに九喇嘛はもう、そんな時期かと遠い目をした。

 

「うちのが言ってましたよ、今年は誰に賭けるのかと。」

「今思えば、尾獣たちに競技させて、それの順位で賭博をするなんぞ気が狂っているな。」

「まあ、尾獣たちを持つ国はもちろん、出資した国からも利益は配られますし。おかげで風の里はその競技場として砂漠を貸せるのだから利益が出ていいでしょうが。」

 

そんなことを言っているフガクの足下にはわらわらと猫が集まって、にゃーにゃーと合唱になっている。フガクはその中の1匹を抱き上げた。

 

木の葉の里は里の中で一番に利益を出している。それというのも、もちろん、任務を多くを受けているというのもあるが、それ以上にマダラの書いた小説の利益が大きい。

印税と言えるものはもちろん、それに合わせて作られたグッズ類。

何よりも、舞台になった場所への観光からの利益もなかなかのものだ。

 

「いえ、大戦で売り出されてる九喇嘛殿のぬいぐるみ、サスケが気に入ってずっと部屋に飾っていますので。」

「・・・大戦、あれも最初は柱間とマダラのガス抜きだったんだがなあ。」

 

うちはマダラは身内判定をするとどこまでもデロ甘で、平和を願っている男だったが、それはそれとして戦うことを好む部分があった。千手柱間と身内になると、表立って本気で戦うことが出来なくなる。

それでは溜まるだろうと、うちはアカリが定期的に本気で戦える場を整えるように提案したわけだが。

それに目を付けたのが、千手広間で。

 

「安全地帯から見ると、お二人の戦いは一種の娯楽になりますよ!」

 

その言葉で、結界の中で繰り広げられる戦いを見れると宣伝すれば、観戦料を払ってでも見たいという人間が殺到したわけだ。

里は、里の最高戦力を見せつけ、牽制になる。大名達も自分たちの戦力を宣伝出来るわけだ。そうして、その場で売られ始めたのが、九喇嘛のぬいぐるみだ。

が、さすがに二人も老いてくる。

そこで次に考えられたのが、尾獣たちの大運動会だ。でけえ生き物が暴れても大丈夫な砂漠を貸すことで、貧しい土地しかない風の里も潤いが出てきた。

その賭博で出た利益は、他の里にも分配されているのだが、うはうはなわけだ。

 

人間の賭博に利用されるのは嫌じゃない?

 

そんなこともあるが、競い合う競技は年々で違うため、1匹が勝ち続けることもなく。勝てば非常にちやほやしてもらえるのだから、納得できる。

何よりも、大筒木が来たときに向けた人間との連帯の練習も兼ねているのだ。

 

(広間の奴はこういった金稼ぎに関しては本当にめざとかったな・・・)

 

そんな中、九喇嘛の脳裏にはにやにやと笑う守鶴の姿。

 

「今年はひねり潰してやるからな・・・・・!」

 

ごごごごごと怒気の混ざるそれを気にした風もなく、フガクは不思議そうな顔をしながら猫まみれになっている。

 

「そう言えば、サスケの奴は大丈夫なのか?」

「ああ、カグヤ様が月兎とペン吉を譲ってくださってなんとか。」

「・・・俺も九喇嘛が欲しいと駄々をこねられたときは本当に困ったぞ。」

「本当に、あのときは申し訳ないことを・・」

 

九喇嘛の世話は基本的にうずまきの人間が担当している。一応は、里の中に住まうということで能力を封印している。それは封印術に長けたうずまきの人間が担当しているため、うずまきの人間の家に住んでいるわけだが。

 

「うちで茶でもしていきますか?」

「いいや、いい。そろそろ、ナルトとヤオが帰ってくる頃だからな。」

「ああ、そうですね。私もサスケが帰ってくる頃か。」

「夜勤明けだろう?さっさと帰ってやれ。お前が構ってくれんから、オビトやらマヒルの奴に修行を付けて貰ってるんだろう?」

「・・・そうですね。では、私はこれで。」

 

フガクはそれに簡単に片付けをして、そのまま神社から出て行く。足下に大量の猫を引き連れて。

 

(ファンシーだ・・・・)

 

 

 

九喇嘛はそのまま学校に向かう。おそらく、ナルトが帰ってくる頃合いだろうと。

驚かせるために、九喇嘛はわざわざ猫に変化をして、学校近くをうろつく。

 

「落ちこぼれ!」

 

そこでそんな声を聞き、九喇嘛はその声の方に駆けていく。そっと、草原から顔を出し、学校に併設された鍛錬場をのぞき込む。すると、ナルトと、その周りを取り囲むのは学校の生徒達だった。

 

「お、落ちこぼれなんかじゃないってばさ!」

「へえ、聞いたかよ!影分身もろくに使えないくせに!」

「火影様の息子が情けないよな!」

「そんな状態で火影になるとか身の程がわからねえのかなあ?」

 

それに九喇嘛は草陰の中で、あーと思う。

 

(・・・・うずまきの血が濃いのと、俺のチャクラの器になっているからなあ。チャクラの扱いが上手く出来ていないんだよなあ。)

 

今のところ、千手の人間達が色々と指導をしてくれているが、それもなかなか上手く言っていないのだ。

 

(カグヤの奴が多重影分身を教えられるように手続きをしていると聞いたが。)

まだ、子どもであるため、身体チャクラと精神チャクラが未熟な内に扱いの仕方を覚えさせねばならないのだが。

 

九喇嘛はどうやって助けるかと悩んでいたとき、視界の端から何かが駆けてくる。

それは、うちはサスケだった。

 

「ナルト!こんな所にいたのか?」

「あ、さ、サスケ。」

「学校終ったらすぐに修行だって言ってただろ!」

「え、えっと・・・・」

 

ナルトはおろおろと目の前の生徒たちを見た。サスケはそれにようやく生徒たちに気づいた。

 

「なんだよ、あんたたち、先約は俺だからな!」

 

サスケはぷんぷん、なんて擬音の似合う怒り方をした後、ナルトを連れていこうと手を引いた。それに生徒たちも少しだけ引いた。

 

「おい、あいつ・・・」

「うちはの。」

「やばくねえか?」

「何だよ、用がないなら行くからな。」

 

ひどく興味のなさそうなサスケはナルトの手を引いた。

 

「行こうぜ、今日は兄さんに教えて貰った手裏剣、教えてやるから!」

「で、でも、いいのかなあ?」

 

そのサスケの態度が鼻についたのか、一人が叫ぶ。

 

「うちは、お前、なんでそんな奴と連んでんだよ!そんな、落ちこぼれ!」

「・・・俺が誰と一緒にいようと、関係ないだろ?」

 

今までの小生意気そうな空気など、どこへやら。冷たく吐き出された言葉にその場にいた人間は固まった。

ぎらぎらと光る、赤い瞳に、誰かが写輪眼だと恐れおののく。けれど、その時だ。

 

「おい、何してんだよ!」

 

ばたばたと走ってくる人影が幾つかあった。

 

「ナルトに何してんだよ!」

「・・・・またからまれたのか。」

「めんどくせえ・・・」

「早く、あっち行きなよ!」

 

そう言ったのは四つの人影だ。犬塚キバ、油女シノ、奈良シカマル、秋道チョウジがいた。

 

「なんだよ、お前ら!」

「よってたかって下らねえことしてるからだろ!」

「わん!」

 

キバのそれに生徒がふざけてるのかとわめくが、それよりも先にシカマルが焦ったように声をかけた。

 

「なあ、あんたら、そろそろどっかに行った方が良いと思うんすけど?」

「はあ?何言ってやがる?」

「こいつ、奈良家の。」

「はっ!結局守って貰ってて情けなくねえのかねえ?」

「あの、本当にもう行った方が・・・」

「あ?いったい、何を・・・」

「いや、もう遅いな・・・・」

 

シノのぼやくようなそれに生徒たちがはあと顔をしかめていた。けれど、その言葉にナルトとサスケを庇うように立っていた四人の顔が引きつった。それに生徒たちはうんと不思議そうな顔をした。

その時だ、じゃらりと鎖の音が響く。それに、生徒たちの顔が引きつった。

彼らは恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「ねえ、あんた達・・・・」

 

じゃらりと響く、鎖の音。そうして、ゆらゆらと揺れる赤い髪。

 

「あ。」

「赤い血潮のハバネロ(二代目)!!」

「何を、人の片割れ泣かしてくれてんの?」

 

その後、数人の悲鳴が上がったが、それは割愛しよう。

 

 

「二度と、うちのナルトに近寄んじゃねえわよ!?」

「・・・・こええ。」

「ナルトに手を出せば、ああなると何故わからん。」

「ナルト君?大丈夫?」

 

キレたヤオの背中を見ながら、シカマルとシノが呟いた。そうして、彼女と共にやってきた日向ヒナタがナルトに問いかけた。それを横目に、キバたちはヤオの鎖でぼこぼこにされた生徒たちを見て合掌した。

 

「・・・うん、ありがとうだってばさ、ヒナタ。」

「え、えっと、ううん!気にしないで!」

「まったく、にしてもお前、情けねえな!あんな奴らにいいようにされてよ!お前、俺とライバルの自覚あるのか?」

 

キバの呆れた言葉にサスケの顳顬がぴくりと震えた。

 

「はあ!?誰がナルトのライバルだって?」

 

その言葉に張り合いの精神が膨らんだのか、キバが叫んだ。

 

「何言ってんだ!火影になるためのライバルなんだよ!お前、目指してねえじゃん!」

「当たり前だろ!俺は父さんや姉さんみたいに影から火影を助けるような奴になるのが夢なんだから!」

「なら、同じ目標の俺の方がふさわしいじゃねえか!」

「なんだと!?」

 

キバとサスケが争っている中、シカマルが面倒くさそうな顔をした。本来ならば、こう言った諍いごとに首を突っ込まない彼であるが、そうも言ってられないのには訳がある。

ナルトの姉のヤオというそれは、まあ怖い。

シカマル達の同級生でガキ大将はと言われて名前が挙がる程度には。

そんな彼女の逆鱗であるナルトに何かあると後日、痛い目にあう可能性があるのだ。

ちなみに、チョウジに関してはヤオが趣味で作っている菓子に買収されている。

 

(・・・ああ見えて、大人受けがいいんだよなあ。)

 

奈良家のじじばばなど、愛想の良いヤオのファンはそこそこいる。ちなみに、うちはのオビトもランクインしている。

つまりは、彼女が少しでも大人の間で口を利くと、ものすごい影響力を持って自分にしわ寄せが来る可能性もあるのだ。

キバはキバで火影の息子であるナルトに対抗意識を燃やしているようで、自分以外にナルトにちょっかいをかける存在を面白く思っていないようだ。シノは、完全に付き合いなのだろうが。

いじめっ子達を追い払った後、ヤオは無言でナルトに近づいた。

 

「ナルト、起きなさい。手当するわよ。」

「・・・・なあ、ヤオ。」

「何?」

 

すりむいたらしい膝小僧の確認をしていたヤオに、ナルトはしょんもりとしながら言った。

 

「俺ってば、火影になるの、難しいのかな?」

 

その言葉に周りの人間が目を見開いた。

ナルトというのは、それはもう諦めが悪い。

今まで火影の夢を語っても、彼自身の成績などから否定されること星の数ほどだ。けれど、それは諦めたくないといいながら必死に努力を重ねている。

母親に似て負けん気が強く、何を言われても減らず口を叩くナルトが、弱音なんて!

 

遠目にそれを聞いていた九喇嘛も、まあなと少し考える。

何と言ってもナルトの父親であるミナトは千手扉間ほどの天才と言われるような男で、母であるクシナも優秀な忍だ。

双子の片割れのヤオも、早々と封印術について学び、成績も良い。そんなナルトを出がらしだと馬鹿にする人間は実際いる。

 

(ヤオの奴が妙なところで人嫌いなのもそういった部分があるのだろうな。)

 

「俺ってばさ、前も同じ事があって、そんなときだってサスケに助けてもらったし。その前も、女子にサスケに近寄るなって言われたときは、サクラちゃんとかに助けて貰ったし。こんな俺が火影になんかなれるのかなって。」

 

そんなことをぼやくナルトに、ヤオはため息を吐いた。

 

「なら、諦めるの?」

「やだ!けどさ・・・・」

「なら、弱音吐いてる間にやることやるしかないでしょう?大体、ナルト、お父さんだって言ってたでしょう?自来也様に、それに、狭間様に他の人だって。火影になるのは、どんな人か。」

「・・・・みんなに、認められた人。」

「そうよ。いい、成績が悪いだけの奴と、成績が悪くても努力が出来る奴。どっちのほうが火影になれる?」

「努力が出来る奴・・・・」

「そう。ナルト、私にはあんたが火影になれるなんて絶対を口にするほど夢見がちじゃないけど。」

 

あんたの夢の先まで支えてあげるのは約束できるわ。

 

その言葉にナルトはぐっとこらえるような顔をした後、立ち上がった。膝小僧が痛いような気がしたけれど、そんなのへっちゃらだ。

 

「そうだってばよ!俺、父ちゃんみたいな火影になるってばさ!」

「そうだぞ!」

 

そこにサスケが飛び込んでくる。そうして、ナルトにぐりぐりと頬ずりをする。

 

「お前が火影になって、俺がお前のことを支えるんだからな!頑張れよ!」

 

サスケはふんすと息を吐く。

お姉ちゃん子のサスケではあるが、いつの頃からか共に遊べる同い年ほどの同性の兄弟というものに憧れを持っていた。そんなとき、近くにいたのがナルトだ。

優秀なサスケに噛みついてくる程度に根性があり、何よりも素直で人好きのするナルトはサスケの大のお気に入りであり、兄弟のようなものだ。

そんな彼がナルトの、火影になるという夢が大のお気に入りだ。

何と言っても、彼の憧れは火影を支える父で有り、そうして、自分のことを何かと見守ってくれる姉が理想の上のきょうだいなのだ。

それ故に、サスケの夢は火影になった弟分を支える優秀な忍となった訳なのだ。

 

「だから、火影になるのは俺だって言ってるだろ!」

「お前は絶対にやだね!」

 

それに飛び込んできたキバにサスケはぴしゃりと言い返す。ふうううとにらみ合う二人を見つつ、ヤオはそっとナルトの肩に手を置いた。

そうして、ひそひそと話しかける。

 

「それにね、ナルト。火影になるって事はね、否応なくうちはたちの管理もしないといけないの。サスケのこと、他人に任せられる?」

 

その言葉にナルトはもちろん、その場にいた人間達にサスケに吸い寄せられたトラブルを思い出す。

思い出してごらんと、何やら歌詞のフレーズと共に。

 

(・・・・皆で森に授業の一環で行った時は狸を追いかけ迷子になったな。)

(でも、何故か狸の群れに送ってきて貰ったよね。)

(数週間前は、イタチのお姉さんが呼んでるからって変なおじさんに路地裏に連れて行かれそうになったっけ。)

(あのときは、オビトの兄様が気づいて、相手のことをしばき倒してくれたからよかったけどね。)

 

その他にもある、サスケのやらかし。

いや、当人自体、学校での成績もいいのだ。けれど、どっかで抜けている。身内の話を出すとすぐに信じてしまうびっくりするようなチョロさがある。

同世代のうちはである、うちはマヒルの妹であるうちはタマモもなかなかのわんころ具合なため、周りのざわつきはいかんせん正しい。

 

(優秀な奴が多いって親父には聞くけどなあ。)

 

いや、プライド高いが、仕事は出来る。素直な褒め言葉でヤル気になってくれるから扱いやすい。何よりも、懐けばそれこそ裏切りなどそうそうないのだからある意味で管理する側としては楽なのだ。ただ、非常に他人を振り回す。

奈良家の、それこそ争っていた時期を知っている世代は、当時のピリつき具合は周りに味方がいなかったせいだったのだろうかなんて回想をしているのもいるぐらいだ。

 

ナルトはそれに顔を青くした。それこそ、赤ん坊の頃からの付き合いであるそれとはまさしく兄弟同然だ。

ナルトは慌てて、サスケに駆け寄り、そうして叫ぶ。

 

「俺、俺、絶対火影になるってばよ!」

 

固い決意を聞きながら、シカマルはさっさと帰るかと息を吐く。

彼としては、もう、無難な人生バンザイなのだから火影だとかのごたごたに関わる気はない。

ちなみに、彼の描く無難な夢がことごとく叶わないのはまだ誰も知らないことだ。

 

 

「・・・・平和だなあ。」

 

何やら目の前で起こるそれらを見つつ、九喇嘛は呟いた。そうして、ぐっと背伸びをして、ナルトたちに合流するために歩き出した。

今日も今日とて木の葉は平和だと、火影岩を見つめながら独りごちた。

 





ナルト
原作同様根性はあるが、怖い姉がいるせいか生意気よりも健気さが前面に出ている。怖い母ちゃんと姉ちゃんと優しい父ちゃんに見守れているので、原作よりもしっかりしている分、少しだけ弱音を吐いたりもする。
サスケとは今は衝突はないが、大きくなればそれ相応に喧嘩もしていくことになる。が、ちゃんと仲直りしてやっていく。
サクラちゃんに関しては自分のことを気にかけてくれるのは嬉しいが、姉や母の影を感じてちょっと怖い。優しい年上の女性が好み。

サスケ
原作同様生意気が爆発しているが、それはそれとして家族がかけることはないため、甘ったれな部分がある。優秀ではあるが、時としてびっくりするようなチョロサを見せつける。顔と、姉がいるために異性について気遣いが出来るのでモテる。それはそれとして同性の奴らと遊ぶのが楽しすぎる。写輪眼は父親に修行の約束を破られたときに数時間泣きわめいた後開眼した。
恋がいまいちわからない。たぶん、家族以外でナルトが一番好き。

キバ
何かとナルトと張り合っている。それに乗じてサスケにも絡まれている。サスケのおかげで原作よりもツッコミ力が鍛えられている少年。

シノ
あんまり目立たないが、ナルトの頑張っている姿には好感を持っている。扉間の二男の孫娘に気に入られてつきまとわれているが、どう反応すればいいのか悩んでいる。

シマカルとチョウジ
ヤオからの頼みでナルトを気遣っているが、それはそれとしてよく遊んでいる。ちなみに、シカマルの夢はここでも叶わない

ヒナタ
ヤオと仲がいい。互いに料理が好きなので、レシピなどよく話し合っている。

ヤオ
赤い血潮のハバネロの二つ名を密かに継いでいる。ナルトのことを馬鹿にする人間が多いため、人嫌いの気がある。それはそれとして猫かぶりも上手く、親からの信頼は絶大。ナルト世代の裏番。

九喇嘛
誰にも恐れられず、生意気でも心優しい小さな相棒の元で、彼は今日も微睡んでいる。そうして、彼だけではない、多くの子どもたちが彼の名を呼んでいる。
きっと、その未来をずっと夢見ていた。





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番外編:どんな女にも可愛いところは絶対ある

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

マダラとアカリの話です。

また、活動報告にてコメントくださった方もありがとうございます。
次は、我愛羅の話を書きたい。


「兄様、アカリ様は確かに兄様のことが大好きです!ですが、それにあぐらを掻いていてはだめですよ!」

 

なんてことをうちはマダラに言ってきたのは、とんでもない紆余曲折の末、敵対していた氏族に嫁いでいった妹だった。

 

 

「マダラ様、おはようございます。」

「・・・ああ。」

 

マダラの生活というのはいつ、何をするかというのがきっちり決まっている。朝は早めに起きて軽く体を動かし、そうして、妻である千手アカリことうちはアカリの用意した食事を食べる。

朝は静かだ。互いに黙々と食事を食べる。

それについてはマダラもなにも思っていない。というか、マダラ自体そこまで饒舌な方ではないし、うちはでは食事は黙ってするものだった。

ただ、千手ではわいわいと騒がしくするらしい。

 

(そこら辺も正反対だな。)

 

けれど、アカリもそこまで喋る性質ではない。そういったところは気に入っている。姦しく喋るような女は苦手だ。

 

(・・・いや、ただ。)

 

マダラはちらりとアカリを見た。

目を細めてうっとりと、マダラや近しい人間ぐらいにしかわからないが、ガン見している。もう、自分の顔をおかずに飯を食っているのではと疑うほどに見つめている。

最初は慣れなかったが、視線を集めること自体には慣れているのでまあいいかと流している。

 

「マダラ様、今日のご予定は?」

「・・・今日は任務の振り分けだけだ。遅くはならない。」

「わかりました。いってらっしゃいませ。」

 

そのまま火打ちをされて見送られていく。

正直、アカリ自身も里の運営にはそこそこ食い込んでいるので、自分に聞かずともしれるのだろうが。

夫婦っぽいからとアカリから要望が出たため、しているにすぎない。そのまま、イズナの分まで弁当を持たされてマダラは仕事場に向かう。

マダラは道中でため息を吐いた。

 

新婚夫婦というのは、こんなものでいいのだろうか?

 

 

 

「ミトか?おおう、今日も名残惜しかったが出てきたぞ!」

 

それは丁度昼時。

柱間のケツを叩きながら順調に仕事を終らせて昼になった。イズナは今のところ、息子がいることに加えて人好きのする容姿を使ってアカデミーにて講師をしている。

イズナに何を言われてもお顔が可愛いから何か嫌じゃないですよねえ。

なんて妹は言ってくる。

弁当はすでに渡している。

 

「姉上の弁当か、懐かしいな。俺にもくれ!俺のもやるから。」

「お前、行儀がわりいな・・・」

「いいだろ、これぐらい。」

 

マダラはそれに呆れながら、大根の煮物を柱間のほうにやる。柱間はそれに嬉しそうに笑いながら、ひじきの煮物を寄越した。

 

「・・・ひじきか。」

「おお、乾物がこっちにも来てな。魚も、海のものが食えるようになる。流通が活発になっている。」

「こっちは穀物を出してるのか。体を作るなら肉類は重要だしな。」

「うちはは肉類を好まんらしいな。」

「ああ、鷹狩りを口実に食わせてはいるが。そういや、アカリの奴が作ってくれたしぐれ煮か?あれは飯に合うと好評だったな。」

「おお!しぐれ煮か、懐かしいな!」

 

柱間は淡く微笑んでしみじみと呟く。

 

「・・・・末の弟は肉が苦手でな。酒やら醤油やら薬味を多く使うからなかなか作れんが、それだけは飯に合うとよく食うとったよ。」

「・・・・ああ、イズナやクズハの食いつきもいい。食いやすいってな。」

 

懐かしそうに語る柱間に目を細めて、マダラはミトが作ったというひじきの煮物を口にする。それは、旨いが普段自分が食べているものに比べると味が濃い。

そうして、同じようにアカリの料理を口にした柱間も不思議そうな顔をした。

 

「・・・おや?」

「どうした?」

「いいや、昔の姉上に比べると、味が薄くてな。ああ、うちははこんな感じか?」

 

それにマダラはああと思い出す。確かに、最初に女の料理を食べたときに比べるとずいぶんと薄くなった。

 

「寂しいが、姉上がうちはに馴染んだようで何よりだ!」

 

嬉しそうに目を細める柱間に、マダラの脳裏には静かな顔をした妻の顔が浮んだ。

現在、悩みのタネである女の顔が。

 

 

一応は政略結婚とはいえ、婚姻をした仲だ。

同盟の象徴という部分があるのだから、仲が良好なのが一番だ。

 

(夫婦の在り方とは・・・)

 

マダラも一応は婚約していた一族の女がいたが、ろくに話す暇もなく病死してしまった。イズナの方も婚姻してすぐに子どもが出来、そうして産後の肥立ちが悪く亡くなった。

実際、柱間も婚姻は遅い方だ。何故って、本来なら結婚していたはずのアカリが絶対に嫌だと拒否したため、改めて探すハメになったのだ。

 

そんなこんなで始まった結婚生活であるが、新婚ってこんな感じか?とマダラさえも思うような生活だ。

元々も饒舌ではないマダラと、同じくそこまで饒舌ではないアカリの結婚生活は驚くほどに静かだ。

アカリ自身、察することに長けているのか、マダラのしてほしいことは先に準備してくれているので生活は快適だ。アカリの鉄仮面もまあ、察せられることもあるため無言でのやりとりが出来ているのだが。

 

何というか、新婚として色々と間違っている。

 

(嫌われてはないんだろうが。)

 

アカリに嫌われていないことは太鼓判を押せる。アカリは何でも自分の顔が好みらしい。

それについて疑ってはいない。信用しかない。けれど、顔だけ好きですというのは、こう、納得したくない感覚がある。

けれど、表面的にはあまりにも冷え切った家庭なのだ。

 

(初夜の時は、それこそ初陣前の若武者見てえな緊張ぐらいだったが。)

 

初夜に無表情とはいえ、がっちがちに緊張した妻のことを思い出す。

そんなマダラの様子に柱間が不思議そうな顔をした。

 

「どうかしたのか、マダラ?」

「・・・いや。」

 

マダラは一瞬、相談しようかと考える。そこまで長い付き合いではないマダラよりも弟である柱間に相談してもいいかもしれない。

けれど、すぐにマダラの中で夫婦仲を相談するなんて情けないのでは、という考えが浮ぶ。

 

「いや・・・」

 

そこでマダラの脳裏にぷんぷんと怒りながらきゃんきゃんと吠える妹の姿が浮んだ。

 

兄様、アカリ様は兄様のことが大好きですが、それにあぐらを掻いてはいけませんよ!

 

話題がないからと、弟妹達の思い出話を延延と語ったマダラに説教する妹のことが浮んだ。ダメか、アカリも嬉しそうだったんだが。アカリも、柱間や扉間の昔のやらかしの話になって盛り上がったんだが。

 

「本当に大丈夫か?」

 

柱間の心配そうな顔にマダラの中でぐらぐらと揺れる。けれど、妹のどうかと思いますという、お前に言われるほどかという動揺もある。

 

「・・・・アカリのことなんだが。」

 

苦々しい顔と共にマダラは夫婦仲に悩んでいることを語った。それに柱間ははわわわと顔を赤らめた。それをマダラは無言で殴りつける。

 

「うっお!酷いぞ、マダラ!?」

「うるせえ!なら、そのにやにやした顔どうにかしろや!」

「違うぞ、俺はただ単に姉夫婦の仲睦まじさにほのぼのしてただけぞ!」

「ばか、仲睦まじいって前よりも俺はあいつの好物さえ知らんぞが。」

「唐突に正気に戻らんでくれんか?」

 

マダラは柱間のそれにはあとため息を吐きながら、焼き魚を口にする。

そうなのだ、夫婦になってからそこそこ経つが、マダラという男はアカリという女の好物さえ知らない。

女との結婚まで足早にかけ過ぎて、そこら辺はおろそかになっている。

 

「姉上の好物か?姉上なあ、そうさなあ、鶏肉ぞ。」

「鶏肉?女にしては珍しいな・・・」

「子どもの頃は、薬草を探していたときによく罠を仕掛けてな。おやつ代わりに食わせて貰ったものぞ。懐かしい。」

 

それにマダラは、千手一族の人間の肉体の頑丈さというのか、そこら辺の胃の大きさの理由を理解できた気がした。

 

「・・・兄者、マダラ。少し、いいか?」

 

そんなことを言っていると、ひょっこりと顔を出したのは彼らの弟で有り、義弟である千手扉間だった。

 

「なんだ、飯の最中か?」

「おお、扉間!良いところに!」

「おい、柱間!」

 

柱間の様子に、彼がこの相談を扉間にまで持ちかけようとしていることを察してマダラが叫んだ。けれど、それよりも先に扉間は何やら面白いことがあると察してマダラを押しのけて兄に顔を寄せる。

 

「なんだ?」

「おい、扉間、それよりも用があったんだろうが?」

「急ぎではない。それこそ、義兄殿の悩みを聞けんほど時間が無いわけでは無いのでな。」

 

扉間がそう言うと同時に、柱間が口を開く。

 

「実はの、マダラが姉上との夫婦生活に悩んでおるのだ。」

「おい!」

「いいではないか、色々あったが、扉間ほど仲睦まじい夫婦はおらんぞ?」

 

そのいろいろに問題があるのですが、それは。

などと思ってもマダラはそれはそうだろうと少しだけ黙り込んだ。

扉間は少しだけ視線をそらした。

戦争時にとんでもない美人局に会ったら仲睦まじい夫婦になれるぞ、なんて言いかけてさすがに口を閉じた。

 

「・・・・ワシらとしては、姉上の機嫌がよいから、夫婦仲は良好かと思っていたんだが。」

「いや、悪いわけじゃないんだが。それよりも、そんなに機嫌がいいのか?」

「・・・・まあ、姉上も色々あったからのう。戦時中は、時折ぴりぴりしておったよ。八つ当たりをする人ではないが、それはそれとして、機嫌がいいことに越したことはないさ。」

 

柱間の苦笑交じりのそれにマダラは触れなかった。ある意味で、よくある話ではあるのだろう、戦時中であるのならばなおさらに。

 

「・・・・ただなあ、会話がねえんだよなあ。」

「家ではずっとだんまりなのか?」

「いや、わざわざ話す必要性があるものが。大体、女とお前ら何を話すんだ?」

「童貞みたいなこと言うの。」

 

バキっという音が聞こえたが、扉間はそれは無視した。さすがにこれは兄が悪いだろうと理解してのことだった。

 

「痛いんぞ!」

「うるせえ!女に現を抜かすような暇なんてなかったんだよ!!」

「だからといってひどいぞ!」

 

大の男が騒いでいるが、扉間は一瞬無視をしようかと思った。けれど、目の前の男達、ただ拳一つで下手をすると人が死ぬタイプなため、扉間が声をかける。

 

「ええい!執務室で騒ぐな!大体、夫婦の仲なぞ、普段の会話から始めるべきだろう。」

「・・・普段の、会話なあ。」

「俺はその日の出来事を話すぞ。マダラの話ばっかりぞ!」

「・・・道理でミト殿に会うと、やたらと俺のことに詳しいと。」

 

扉間は自分で言ったのだからと、記憶を探るが基本的に息子の話題ばかりだった。

それがなければ、イドラ自身、たわいもないことをずっと話している。

 

「・・・・ともかく、会話もなければ、姉者のことを何も知らん現状が夫婦としてどうかという話なのだろう?」

「まあな。」

「ならば、普段はしないことをしたらどうだ?贈り物とか。話題にはなるだろう。」

「・・・自分の予算を削って、俺の服の予算に回せないか交渉されるんだが。」

 

それに柱間と扉間は遠い目をした。

いや、思えば、マダラとあってからは、自分たちの方が姉貴分の意外な一面を見ているのではないだろうか?

 

(・・・・男として見えんって、俺の顔が純粋に好みじゃないって意味だったのか。)

 

柱間はその事実にぐすんと鼻を啜った。

いや、ミトは男前だって言ってくれるし、と柱間はじめっとキノコを生やす。

 

「普段と違うことなあ。」

 

マダラはふむと頷いた。

 

 

 

鼻歌が聞こえる。マダラはそれに、ちらりと後ろを見た。

そこには赤毛の女が、無表情とはいえ、機嫌がよさそうだった。

 

「・・・・痛いところはないでしょうか?」

「いいや、特にはねえが。」

 

自分の違和感に気づいたのか、アカリはそう言った。それにマダラは否定する。

 

婚姻してから、マダラの髪の手入れをするのがアカリの日課だ。というか、マダラの身支度全般の世話を好んでしている。

おかげで、弟妹や甥っ子からの評判は上々だ。

 

すごい、野生の獣並みにごわごわだった兄様の毛並みがこんなにふかふかつやつやになるなんて!

 

なんて妹に言われた日にはさすがに泣きたくなったが。

量の多いマダラの髪を絡まりを少しずつ解いて、薬湯を塗り込んでいくのは根気がいるが。アカリはそれが苦ではないらしい。

肌の手入れもさせてくれと言われたときはさすがに断ったが。それはそれとして目に見えてがっかりするのはどうなんだろうか。

 

「・・・・旦那様の髪を梳いているとき、櫛が欠けたんですが、欠けた一部が見つかっておらず。どこにあると思いますか?」

 

と、アカリが相談しているのをマダラは知らない。

背後に立たれるのは苦手であるが、それはそれとしてアカリと己の実力差はよくわかっている。それには殺されないという侮りが、後ろに立つことを許可させている。

 

(頭を触られている、眠気が来るな。)

 

そんなことを思いつつ、マダラは昼間にしていた話を思い出していた。

 

(・・・・普段と違うこと、か。)

「アカリよ。」

「はい、どうかされましたか?」

「お前の髪、俺も梳いてもいいか?」

「はい?」

 

 

「・・・・・本当にいいのですか?」

「まあ、気まぐれみてえなもんだ。」

「はあ、お望みならばそれでかまいませんが。」

 

マダラはそのまま女の髪を梳る。なるほど、自分とは正反対でさらさらとしたそれは驚くほどに櫛をするすると通っていく。

妹が幼い頃、母もあまり床から離れられなかったせいでそう言った世話をマダラが引き受けていた時があった。

 

(・・・・いや、なんも話すことねえな。)

 

普段とは違うことをしているが、結局マダラも話さなければ、アカリも話さないのだから結果は同じだ。

ちらりと、女の髪を見る。それは、ミトの髪とはまったく違う。

アカリの髪は、まるで、紅蓮のように燃えるような色をしている。それは、ある意味でマダラにとってなじみ深い色だった。

 

「綺麗な髪だな。」

 

なんとなく、マダラはそう言った。単に感想を吐き出したに過ぎないが、マダラも言ってから己らしくないと思い立ち、何を言っているのかと考える。

 

「・・ありがとう、ございます。」

 

やはり、淡々とした声音でそう返事をアカリはする。それに、マダラは気まずさを覚えるが、それと同時に、気づく。

梳るためにあらわになった女の耳が真っ赤に染まっているのを。

マダラはそれに目を見開いた。そうして、ちらりと見た女は変わらず無表情だった。

 

「・・・アカリよ。」

「はい、どうかされましたか?」

「お前、耳が赤いぞ。」

 

その言葉にアカリは一瞬動きを止めたが、すぐにがばりと起き上がった。

 

「・・・・・そろそろ寝ましょうか。明日も早いでしょう?水を持って参りますので。」

 

アカリはそう言って、足早にその場から去ろうとするが、マダラは無言でその足を掴んだ。

無意識の行動で起したそれに、アカリは思わずというように膝を突く。

そのままずるりと、マダラは自分のほうに引きずった。

精神的に千手の男共に勝っているせいで強者のように扱われがちだが、実際の所、アカリは弱い。まさしく、赤子の手をひねるがごとく。

 

「・・・・マダラ様、何か、気に入らないことでも?」

 

柱間と扉間の怯える、絶対零度のまなざしをマダラに向ける。一目で不機嫌であるとわかるのだが、それ以上に、アカリの耳は赤く色づいている。

 

「いいや、ただ。お前の髪は美しいなと思ってな。」

 

マダラは何故か、先ほど言ったそれをもう一度続けた。それにアカリは顔をさらに不機嫌そうに歪めた。けれど、耳は更に赤くなる。

 

「世辞が上手いですね。」

 

何故かひどく攻撃的にそういうアカリにマダラは反射で言葉を吐いた。

 

「俺がそんな暇な男だと思うのか?」

「・・・・らしくないと思いましたので。」

 

アカリはマダラから視線をそらすために、顔を背ける。そのために、マダラの目の前には真っ赤になった耳が晒される。

マダラはそれに、なんだろうか、胸の奥でぎゅんと高鳴るものがあった。そうして、衝動のようにその耳を甘噛みした。

 

「ひゃあ!?」

 

思っていた以上に可愛らしい声がアカリの口から飛び出た。それに思わずマダラは耳を離してしまう。

アカリはそれに顔を手で覆い、そうして、マダラから逃れるようにそらした。

手で覆っているとはいえ、アカリの顔はわかりやすいほどに真っ赤に染まっている。

 

「・・・もう、ご勘弁ください。」

 

絞り出すようなささやかな声に、マダラは思わず呟いた。

 

「・・・・お前、可愛いな。」

 

ぽつりと呟いたそれに、アカリはさらに顔を赤くした。

そんなマダラの胸には、なにか、ぎゅんと高鳴るような感覚はさらにした。

 

(・・・そうか。)

 

昔、父に忍の三禁の話をされた事がある。幼かったマダラには、それさえも自制できないなんて愚かだろうと思ったものだが。

ただ、この時、マダラは忍の三禁とわざわざ言われるほどの理由がその時になってようやくわかった心地がした。

 






アカリ様、この頃、髪が伸びてこられましたね。
本当ですね。
ああ、そうだな。
長すぎるのはうっとうしいと言われていましたし。少し、切られますか?
そうなのですか、ミト様?
ええ、イドラ様。夏になると、少し切られていたんですが。
・・・いいや、いい。
そうですか?伸ばされるのですか?
その、少し、伸ばしていた気分なんだ。


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番外編:認めたくない未来ほど無慈悲なまでに真実だ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

前から書きたかったネタです。少し続きます。


 

 

ふと、千手扉間は眼を覚ました。いつも通りのことだ。さっさと起きて、そうして兄が起きているか確認しなくては。寝坊でもすれば、父から大目玉を食らう。

そう思ったとき、眠気から覚醒した瞬間、自分がやたらとやわっこいものにぎゅうぎゅうに抱きしめられていることに気づく。

 

(なんだ!?)

 

扉間はかっと目を見開いた。視線の先には、真っ白な、柔らかそうな何か。

 

(は?)

 

あり得ない光景に固まった。それと同時に、頭上から声がした。 

 

「んん・・・・」

(女?)

 

扉間は女の顔を確認しようとしたが、それよりも早く自分の体に巻き付いていた腕がぐいっと自分を引き寄せる。

 

「んん゛!?」

 

ぼすりと顔を埋めたのは柔らかくて、甘い匂いのする、女のはだけた着物から見える谷間だ。

 

「んんんんんんーーーっ!?」

 

柔らかい、いい匂いがする、味わったことのない感触に扉間は頭の中でどたどたと暴れる。

じたばたとさすがに暴れた扉間に気づいたのか、手の主は力を緩めた。それに扉間は潜り込んでいたらしい布団から逃れる。

布団で自分を拘束していたらしい女を警戒したのと、脅せるような武器もないためにともかく距離を取ることにした。

周りを見回すと、どう見ても覚えのない部屋だった。そうして、自分の着ている寝間着さえも大きさが合っていない。というか、ふんどしさえもゆるゆるで扉間は慌ててずるずるの寝間着の袷を直した。

 

「あれえ、扉間様?」

(おれの名前は、知っているのか?)

 

ならば人違いだとかではないはずだ。けれど、拐かしにしてはあまりにも共にいる人間の態度が緩すぎる。女を差し向けるには、自分はあまりにも幼すぎる。

逃げるか、そう考えたが、どこにいるかもわからない状態で下手に逃げ出して逃げ切れるのか?

それならば、このまま従順な態度を取って情報をうかがった方がいいのか?

顔を上げた女は、黒い髪に黒い瞳、そうしてどこか品のある美しい顔立ちをしていた。自分の一族にはいない種類の顔立ちだ。

 

「・・・・まだ、暗いですよお、今日、早い日でしたっけ?」

 

扉間はなんというか、うぞうぞと起き上がるそれの声に肩の力が抜けるような心地がした。

なんだ、そのふにゃふにゃの甘ったれた声は。

そう思って起き上がった存在の姿に扉間は固まった。

何故って、その女の寝間着、寝ている間に乱れたのだろう、ぱっかーんと袷が開かれ、白い胸から腹まであらわになっていたのだ。

扉間は固まった。

別段、女の裸を見たことはないが、それはそれとして、ぽやぽやとした女の、その、白い胸と腹は何というか、今まで見たものとは違う気がした。

表情はやたらと幼いのに、何故か、その女は

 

「あれ?扉間様?」

 

それはようやく暗い中でも目が覚めたのか、慣れたのか、ずいっと扉間に視線を向けた。そうして、ぱああああと顔を輝かせた。

 

「わあ!可愛い!」

 

女はとてとてと警戒心の欠片もない足音を立てて自分に近づいてくる。その仕草に、扉間は、あ、こいつってもしかして忍じゃないんじゃないかと考える。

その気の緩みの所為か、扉間は女が自分に近づくのを許してしまった。それは不躾に自分の脇に手を入れて、軽々と抱き上げる。その華奢な体から考えられない怪力に、扉間は改めてそれが忍であることを理解した。

 

「は、離せ!」

「少しぐらい、いいじゃないですか!わあ、小さい頃の広間みたいですねえ。あれ、でも、どうして子どもの姿になんて?」

 

女はそう言ってまたむぎゅむぎゅと自分の顔をその白い胸に押しつける。そこまで力はないため窒息なんて事はないのだが。

柔らかい、いい匂い、すべすべしている、なんてことが頭の中を駆け巡る。けれど、扉間は何か、ダメな方向に行くことだけは理解して思いっきり暴れる。

不思議そうなそれに扉間は怒鳴る。

 

「子どもの姿だと!?お前、おれがなんなのかわかって攫ったはずだ!」

「ええ、攫ったなんて、ひどいですねえ。というか、ここはあなたのおうち・・・・」

 

そこまで言った後、女は扉間を己の胸から離し、そうして顔色悪く言った。

 

「あ、あの、もしかして、何も覚えてない?」

「だから、お前は何を言っているんだ!?」

 

その言葉に女はかちんと固まって、そうして、扉間を抱えて廊下を走り出した。

 

「広間ああああああああああ!!!」

 

 

 

「はあ、それで、私の所に来たと。」

「えーん、どうしましょう!扉間様、子どもになっちゃって!」

 

扉間は目の前のそれに固まった。幾分、年を取っているとはいえ、自分にそっくりな青年ともいえる年かさのそれに混乱したのだ。

いや、容姿だけならばそっくりなのだが、纏う空気は今まであった人間で異質だ。強いて言うのなら、纏う空気はどこか兄の柱間に似ている気がした。

 

「うーん、父上の術。私も、さすがに父上の術の全てを把握しているわけではないのですよねえ。」

 

困り果てた様子の、千手広間の様子に千手イドラはうるうると目を潤ませた。

 

「どうしましょう・・・」

「ともかく、父上の仕事関係は伯父上たちに相談するとして。」

「兄上?」

「どうかされましたか?」

 

扉間は固まっている間に、ふすまが開けられた。その先にいたのは、二人の男女だった。

その二人の容姿に扉間は度肝を抜かれた。

 

「え、父上どうしたの!?ちっちゃ!」

「わあ、可愛らしいですねえ。」

 

少年は、亡くなった弟の板間にそっくりだった。いいや、彼が成長していればきっとこうであったのだろうと想像させる姿だった。

そうして、その片割れの少女と言える年かさのそれは、扉間の散々に恐れる姉に似ていた。

けれど、その少女の髪は自分と同じ真っ白な色をしていたし、何よりもとある一件以来無表情であり、そうして更にもまして恐ろしくなっただろう姉とは違い表情豊かだ。

 

「蔵間に、スズラン、起きたんですか?」

「あんだけ母上が騒いだら、そりゃ起きるよ。」

「何かあったのかと心配で。でも、ふふふ、父上、どうされたんですか?」

 

スズランと呼ばれたそれは、にこにこしながら広間の目の前に仁王立ちをしている扉間に微笑んだ。

 

「どうもこうも、まったくわからないんですよねえ。いいや、何か、そう言った術を開発しているみたいな話は聞いたような。」

「珍しいね、父上が失敗するなんて。」

「でも、記憶も無くて、どうしましょう・・・・」

 

後ろでめしょめしょと泣く女の気配を感じる。

扉間は混乱の極みの中で、泣きたいのはこっちだと叫びたくなかった。

待て、父上って何だ!?

父!?

いや、わかる、言葉の意味はわかる。だが、自分の年を見ろ、父なんて無理だろ?

いいや、なんとなく察しているのだ、なんとなくは。

 

「わあ、父上、可愛い。」

 

自分に近づいたスズランはにっこにこで己の頬を指で突いてくる。

 

「ほっぺたぷにぷにだ!」

「え、本当ですか?」

 

今までめしょめしょしていたらしい女が自分に近づいて、そうして、同じようにほっぺたを突く。

 

「本当だ!扉間様、このごろお仕事ばっかりでお肌、ガサガサでしたのに。さすがは、子ども、艶々だ!」

「可愛いなあ、広間の兄上もちっちゃい頃、こんなんでしたか?」

「はあい、こんなんでしたあ。」

「いいなあ、私も可愛い兄上のお世話をしたかったなあ。」

「仕方が無いですねえ、産まれてないから。」

「そうですねえ、仕方が無いですねえ。」

 

扉間はなんだか脳が溶けていくような感覚だった。

なんだ、この馬鹿みたいな会話は。

聞いているだけで気が狂いそうだった。なんというか、似たようなぽやぽやした空気に溺れて死にたくなる。

広間は母と妹ののんびりとした空気に感化されて、よかったですねえと自分ではあり得ないようにふにゃふにゃの笑みを浮かべている。

 

助けて欲しい。扉間は切に、誰でもいいから、この地獄のような空気から助け出して欲しかった。

 

「おい、母上、スズラン、そろそろ本題に入らねえとダメなんじゃねえの?」

 

そう言って、扉間をその地獄から助け出したのは、蔵間であった。母と娘に挟まれた扉間をひょいっと抱えてそのまま二人から遠ざける。

 

「そうでした!」

「父上が可愛くて忘れてましたねえ。」

「そうですねえ。」

 

扉間はもう一度あのぽやぽやの中に返されないように蔵間の足を掴んだ。それに蔵間は思わず兄の方を見た。

 

わざと放っておいたでしょ?

 

それに広間はにっこりと微笑むことで答えた。

 

「・・・そうですね。ともかく、私だけじゃどうしようもないですし。何よりも、今日の父上の処理する仕事のことがありますからねえ。」

 

広間は少しだけ悩むような仕草をした後に、蔵間に話しかける。

 

「蔵間、伯父上たちを呼んできてください。事情は話さず、至急と言えば来てくださるでしょう。」

「わかったよ、支度してくる。」

 

そのまま蔵間は扉間に申し訳なさそうな顔をして、部屋を出て行く。扉間の縋るような視線をそのまま引きちぎっていった。

 

「スズラン、父上の着物が合わないようなので、私や蔵閒の子どもの頃の服が残ってないか探してきてください。」

「はい、わかりました。」

「母上は、早めに朝食の用意をお願いできませんか?」

「ああ、兄様達、ご飯食べられないでしょうし。わかりました。」

 

そのまま二人が部屋を出て行った後、広間は扉間に、おそらく、齢数才程度の年になった父に目を向けた。

 

「さて、もうすでに自分の状態に関して理解が出来たのでしょうか?」

「・・・・ああ、理解、出来た。」

「ここは、あなたからすれば数十年ほど先の世で有り、私はあなたの息子で広間と申します。」

「これだけのことが起こって、理解できんほど愚かではない。」

「ええ、ですが、あくまで時空間による過去と未来の父上の入れ替えというよりは、着ているものからして肉体年齢に引き合わされた記憶障害と見るべきでしょうね。」

 

困り果てたそれに、扉間は気になっていることを口にした。

自分が、例えば、全てを忘れているとして、今いる彼は確かに幼い頃の彼のままなのだ。

 

「・・・・戦は、変わらずか?」

 

その言葉に広間は少しだけ驚いた顔をした後、くすりと穏やかに微笑んだ。その仕草はひどく自分らしくなくて、ああ、それは顔はそっくりでも自分に似ていないことを理解する。

 

「いいえ、今のところは落ち着いていますよ。現在、千手は多数の氏族と同盟を結び、一つの里として機能しています。大きな戦も、今のところは起こってはいませんよ。」

 

それに、それに、扉間は驚いた顔をして、そうして、どこか切なそうな顔をした。

 

「そうか、兄者は夢を叶えたのか・・・・」

「あなたの夢でもあったでしょう?」

「ふん、始まりは兄者だ。」

「素直じゃないですねえ。まあ、あなたはそんな場所で色々と頑張っていますよ。ほら、先ほどの私の母も他氏族の方ですよ?」

「ああ、政略結婚か。だが、あんな氏族がいたのか?」

「おや、何を言うのですか。誰よりも、何よりも、千手である方ならば、知っている氏族ですよ?」

「は、どこの・・・」

 

そこまで言って、扉間は女の容姿を思い出す。

黒い髪に、黒い瞳、整った容姿、そうして清廉そうであるのに妙な暗さの混ざる色気。

扉間はそれに一つの氏族が思い至る。

いいや、まさか、そんなことが、あるはずが・・・・

 

そこで広間は混乱の中にあるだろう父親をからかいたくなってしまった。

 

「そんなに言うのなら、ほら、見てください。」

 

言葉のままに向けた視線の先、そこには、二つの赤い瞳。

その瞳の名前ならば、ああ、何よりも知っている。

 

(写、輪眼?)

「我らが母、千手イドラこと、うちはイドラは、ああ見えてうちはの頭領のマダラ様の妹に当たります。」

 

混乱の中で決められた、その言葉。

マダラ、知っている。

だって、自分は少し前にそれと密会をする兄を締めたばかりで。

 

「嘘だ!!!」

 

吐き出されたそれに、広間はどこまでも無慈悲に告げる。

 

「本当ですよ?」

 





蔵間
名前の元は、お察し狐様。
板間そっくりのツートンカラーの髪の色をしている。
ぽけぽけした身内の中で唯一色々はっきりしている。ぽけぽけした母と妹を守るために奮闘中。
ツッコミ。
何かあった未来では産まれなかった人。

スズラン
顔はアカリにそっくりだが、中身は母親そっくり。髪は白。
母親からはアカリの2Pバージョンみたいだなあと思われている。
母親との会話を聞いていると、脳が溶けそうになると話題。
イドラ似の娘が欲しかった父親が戦々恐々としていたが、中身は母親似であると理解してガッツポーズをした。


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番外編:認めたくない未来ほど無慈悲なまでに真実だ 2

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。

くらまの名前、わかりにくいので漢字変更します。高校生と中学生の男子がいる家庭の食事量ってエグいですよね。


 

 

「やったな。」

「やったね。」

「やったの。」

 

上から、うちはマダラ、うちはイズナ、そうして、千手柱間は呆れたようにそう言った。そんな中、千手扉間(少年)は目の前の光景に茫然とした。どう見ても、うちはの、あの河原で見た少年達の面影がある。というか、うちはの人間と兄が雁首そろえて自分の目の前にいる時点で、全てを察してしまう。

 

「・・・それで、どうやれば術が解けるのかは皆目見当が付かねえのか?」

「私にはどうとも。後で父上の研究室を覗こうとは思いますが。下手な手順で触ると、消えたり、爆発したりするので時間がかかりますね。」

「待って、爆発すんの!?」

「爆発します。」

 

イズナのそれに千手広間がにっこりと笑って答える。そんな中、柱間がしみじみとした声で言った。

 

「そう言えば、あやつが若くなれんかとぼやいておったな。」

「はあ?なんでまた。」

「この頃徹夜がキツいと。」

「いや、寝ろよ。」

 

そんな冷静な声音が聞こえてくるが、扉間にはそんなことは関係ない。兄の姿はなんとか理解できた。全体的な顔立ちは、幼い頃と変わっていないのだろう、確かに兄だと認識できた。

けれど、わらわらとやってきたうちはの人間に扉間の脳は沸騰しそうだった。

いくら、同盟やらなんやらで上手く言ったとしても、少し前に父親と殴り込みのように兄の密会を止めさせた手前、そう簡単に切り替えができなかったのだ。

扉間からすれば、自分の息子という面々さえもうちはというならばまさしく敵に囲まれた状態だ。

いくら冷静とは言え、さすがに諸諸で精神的な負荷があったのだろう、扉間はのそのそと兄の足下により、そうしてその袴をぎゅっと握る。

マダラはそれに不安だったのだろうなあと考えていたが、ふと、柱間の方を見ると男はふるふると震えながらマダラに小声で話しかけてきた。

 

(見ろ!マダラよ!扉間は俺の袴の裾を!)

「いや、この状態なら普通だろ。」

「な、扉間のこれがどれほど貴重なのか。マダラはわかっておらん!」

 

柱間はぷりぷりしながら扉間のことを抱き上げた。扉間は兄に抱かれることに不満がないわけではないが、それはそれとして召しものや話を聞く上で千手の頭領は兄なのだろう。

そんな兄の腕の中ならば、うちはがいようと一応は安心できる。

そんな扉間の幼い仕草にマダラは少しだけ考えるような仕草をした後、懐から手ぬぐいを取り出した。

 

「イズナ。」

「何、兄さん?」

「手ぬぐい。」

 

マダラのそれにイズナは察したのか、ああと頷く。

 

「兄さん、扉間に甘くない?」

「義弟だからな。」

 

簡潔な言葉と共に、マダラは自ら手ぬぐいで目隠しをした。それにイズナも懐から手ぬぐいを出して習う。

 

「ほれ、これでどうだ?」

 

扉間は目を丸くした。うちはにとって何よりも武器であるはずの瞳を覆ったのだ。

いくら、それが手ぬぐいと言っても、瞳を隠したその仕草に扉間は度肝を抜かれたのだ。

 

「よいのか?」

 

柱間のそれに扉間もうなずきかける。

 

「見えんのだから、転ばんか?」

「気にするのはそこじゃないだろう!?」

 

思わず扉間は柱間の腕の中でずっこける。けれど、柱間は不思議そうな顔をした。

 

「だがなあ、目が見えんのは不便だろう?前は、万華鏡写輪眼の影響で視力も落ちとったしなあ。」

「まあ、月兎が治療してくれたおかげで治ったからよかったけど。」

「ただ、回復させただけで、結局使い続けたら同じだしな。」

「血縁者の瞳と交換すりゃあいいらしいが。」

「そう言えば、イズナとの瞳の交換、するのか?」

「まあ、今のところ、この里とやらかすやつらはいないだろうけど。一応ね。」

「月兎の話じゃ、例のイドラのチャクラが一族内に広まれば視力が衰えることもないって話だが。」

 

何やらすごい会話が繰り広げられているのはわかる。けれど、それ以上に、現状に対して言いたいことの方があった。

 

(いや、何を暢気に。その前にうちはの奴らは写輪眼を、いや、まんげきょう写輪眼とはいったい?いいや、その前に、瞳を隠したうちはを前に、兄者は何をそんなにのんきに!?)

 

扉間は混乱の極みなのだろう、もう、口から煙を吐きそうな勢いだった。それを部屋の隅で見ていた蔵間は哀れむようにそれを見ていた。

 

「・・・助けねえの?」

「うん?」

 

隣にいた広間は不思議そうな顔をした。そうして、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべた。

 

「可愛いですねえ。」

 

のんびりとしたそれは、暗に助けずに眺めることを選んだと無慈悲に告げていた。それに蔵間は思わず、哀れよと内心で合掌した。

 

「ところで、今日の父上の仕事、どうしますか?」

 

そう言えばと思いだしたかのように広間がそう言った。

それに柱間とマダラは顔を寄せ合う。

 

「そこまで急な案件はないよな?」

「だが、扉間が抜けるのはなあ。第一、この現状を周りにばらすのは。」

「・・・うーん、なら、しばらく私が代役になりましょうか?父上のまねぐらいならできますし。」

「でも、兄上、父上にそっくりだけど身長は?」

 

そう言われて広間に視線が集中する。

その青年は確かに容姿等は父親そっくりなだが、背丈は違った。それは、柱間よりも数センチほどでかい。

元々体格のいい家系だ。それに、幼い頃から栄養状態のいい食事を取らせ続ければ、まあ、でかくもなるだろう。

 

「・・・・人前に出るときだけ変化で。なるたけ、誰にも会わないようにで行くしか無いですね。」

「それしかないな。」

 

はあと大人たちはため息を吐いた。

 

 

「兄様ー、イズナー、柱間様ー。朝ご飯食べますかあ?」

 

固まっていた扉間の耳に、あの、間延びした声が飛び込んでくる。そう言ってひょっこりと顔を出したのは、あの、朝方に自分に抱きついてきた女だった。

 

「ああ、そうだな。相伴に預かろう。」

「はいはーい。」

 

それを扉間は今までの衝撃を忘れて、見送った。

いや、何だろうか、あの生き物は。

年かさ的に、イズナと名乗った男とマダラの間なのだろうが。

足音さえも、とてとてとやる気というか覇気が無い。あれが、かのうちはの頭領一家の女?

嘘だろ、姉者のように養子なのでは?いや、にしても忍の一族の女にするには、あまりにも、あまりにも、こう、愚鈍すぎないだろうか?

 

(あの場にいなかったのもうなずけるな。)

 

例え、子どもがあれしかおらずとも、自分だって連れて行きたくない。というか、あんなでかい息子がいるのだからそこそこの年齢だろうが。

よく生き残れたな。

 

なんて感心をしている扉間の頭に、なにやら視線が集まった。

それに思わず振り返ると、そこには、無数の生暖かい目をした、柱間や広間に蔵間。

え?うちはの人間は目を覆ってるって?

手ぬぐいをしてもわかる程の、生暖かい目。

 

「何だ?」

「いやのお。」

「なあ。」

「お前ってほんとにさ。」

 

その瞳の意味はわからない。ただ、非常に自分にとって不本意なことは確かだ。

 

「なんだ、その目は!」

「うん、まあ。」

「・・・・気にするな。」

「扉間は、変わらんのお。」

 

柱間だけがにっこにこで扉間の頭を撫でた。それに扉間は大変イラッとしたが、さすがに兄に八つ当たりをするわけには行かず、睨みをきかせることしか出来なかった。

 

もちろん、その場にいた人間は、小さい頃からこいつの好みって変わらねえんだなあってぬるめの視線を向けていただけだ。

 

(あの場にイドラがおらんでよかったなあ。)

(あの場にいたら、あの場で初恋が一つ終るのか。)

(下手したら、もう少し、終戦が早まった可能性もあるのか。)

 

なんてことを柱間達は各々で、自分たちの決別であった河原での思い出を思い返していた。

 

まあ、なんて事実はもちろんないが。それはそれとして、それに何よりも突っ込む扉間自身が不在ならば何の問題もない。

ただ、扉間の名誉的なものが削れるだけだが。

その場でそれに対して突っ込めそうな彼の息子は、訂正しても無駄であるし、意味も、得もないために沈黙を保った。

そんなものである。

 

 

 

「ごっはんでーす!」

「お米、たくさん炊きましたよー。」

 

そう言って持ってこられた食事は居間に当たる部屋の大机に置かれた。マダラはそれに対して、適当な席に着く。普段ならば上座など考えるが、身内の家で、そう言った差も微妙なのだから深く考えることはなかった。

 

(にしても、未だに慣れん。)

 

うちはでは食事と言えば、膳を使って食べていたのだが、千手では大机を皆で囲む。その理由というのも。

 

「はーい、昨日の残り物とか、色々ありますから。」

 

煮物だとか、乾物だとか、汁物だとか。

大皿に乗っかったおかずと、そうして、イドラが昔話ご飯と名付けた山盛りの白米。

なみなみといれられた味噌汁。

 

「いっつも見るけど。」

「・・・すごいな。」

 

自分たちが食べる量の数倍が並んでいる。

 

 

(・・・・おお。)

 

扉間の目の前に豪勢な食事が並んでいる。炊きたての白米に、汁物、納豆に煮物、そうして、山盛りの焼き魚だ。

 

「それでは。」

いただきまーす!

 

るんるんのかけ声と共に皆が箸を取った。

 

 

千手は食事を大机に皆で着いて食べる。

何故かって?

膳に少しずつ装って食べるなんてしゃらくせえ事出来ないからだ。

 

「母上、おかわり!」

「はいはーい!」

「母上、佃煮ってもうないの?」

「今日、作っときますねー」

「イドラ、俺もくれ。」

「はいはーい。」

「おれも・・・」

「はーい!」

 

山盛りの昔話ご飯はみるみるうちに無くなり、千手の血を引く男達はそれらを胃に収めていく。

 

(・・・見てるだけでお腹がよくなる。)

 

イズナは自分には少なめに盛られた米を見て情けなく思いながら、それでも無理はすることなく米を口にした。

 

千手は基本的にうちはの三倍は食べる。

元より、忍なんて体力勝負に加えて身体能力に特化した千手の消費カロリーはえげつないのだ。

そのため、大皿に乗せた食事を奪い合うように食べるし、基本的に米なんて朝方に炊いたものを一日かけて食べるのが当たり前だというのに、千手では毎食炊いていると言えばその食べる量も察せられるだろう。

 

(・・・アカリの奴が、嫁いできたとき、珍しく騒いでたな。)

 

え、米ってこんなに少なくて。え、釜、もう一つ分は炊かなくては。

いいんですね!?本当ですね!?なら、おかずもこれだけですけど、あとで足りないと言われるとかまいはしませんが時間が・・・

本当にいいんですね!?

 

何回も聞かれながら米を炊いていたが、結局、それが十分に足りたときは驚いていた。

 

か、釜一つ分で一日持つなんてあり得るのか!?

 

おかげでアカリは驚くほど、家事の量が少なくなったと感じているようだ。まあ、作る食事の料理が少なくなったのだから当然だが。

 

ただ、千手の食いっぷりを見ればわかる。

柱間でさえも平然と丼飯をかっ込んでいる。本人曰く、この頃は食べれんでなあと言うが、下手すればうちはの若い奴らよりも食ってる可能性がある。

おそらく、うちはならば一日持つだろう、おひつは、千手の人間たちによって食い尽くされていく。

といっても、それも当然だ。

何と言っても、この場にはそんなに食う千手で、人間で一番に飯を食う年頃の、男子が二人いるのだ。

もう、目の前に並んだ大皿の料理はすでに空だ。

 

そんなことを考えながら、マダラは家にいるときよりも濃いと感じる妹の料理をもむもむと食べた。

 

 

 

扉間はもむもむと米を食べる。正直言って、朝食にしてはあまりにも豪華だ。普通ならば、漬物と汁物程度だったはずだが。

 

(千手とうちはの同盟、なるほど、勢力はなかなかにあるようだな。)

 

体力勝負なのだから、食事にはある程度費用は割かねばならない。

けれど、別に味に頓着しなくてもいいのだ。

扉間の食べている食事は明らかに味にも気を遣っている。食事に金をかけられるのは、それ相応の余裕がある人間だけだ。

 

(広間が子どもの頃を思いだすのお。)

(ほっぺたぷっくぷくですねえ。)

(・・・・父様がいないなら、私が化けて、案件の決裁だけ伯父上たちに見て貰うのがいいですね。)

(頬袋ぱんぱんにして・・・)

(ちっちゃい頃は可愛かったんだな。)

 

なんてことを三者三様に考えていると、隣に座って配膳をしながら自分の分を食べていたイドラは扉間の方に視線を向ける。

 

可愛いなあとにこにこしながら扉間の食事風景を見ていたが、それはそれとして邪魔をしないと眺めていたが、ずいっと扉間に顔を寄せる。

それに気づいた扉間が驚き、思わず目をつぶる。そうして、何か、己の口元を柔らかい何かがかすめたような感覚がした。

 

(な、何を!?)

 

目を開けると、そこには人差し指の先に米粒を付け、それを口に含む女の姿があった。

 

「ほっぺたにおべんとつけてましたよ?」

 

ゆるりと口に弧を描き、甘やかな流し目をこちらに向ける女は、文句なしに妙な色香を纏っていた。それに、扉間は固まった。

あの、子どものような女が浮かべるにはあまりにも不釣り合いなものだった。

 

「そう言えば、母上、落ち着いたね。さっきまでどうしようって言ってたのに。」

「ふっふっふ、蔵間よ。よく聞いてくれました!」

 

そういって、イドラは扉間のことを抱き上げて、膝の上に置いた。突然のそれに、扉間は茶碗と箸を持った状態で固まる。

 

「この頃、扉間様はとてもお忙しかったです。いえ、それも仕方が無いこと。他の氏族の子どもたちの指導もありましたし。ですが、よくよく考えればこの状態の扉間様はお暇で、誰にも取られずに済むということなのです!」

 

思わず見上げたその先で、女が笑っていた。

 

まるで、子犬のような、いっそのこと賢くさえもないのだと思っていた。

ぱやぱやで、泣いていたかと思えば、笑って。

いっそのこと、息子と言った男よりも幼いのだと。

 

なのに、その女は、愛らしく、まん丸な瞳を細めて、女として笑っていた。

愛らしいと感じていた顔立ちに、艶やかな表情を浮かべていた。

そうだ、朝、起きたときは驚いて、警戒して、逃げ出しはしたのだ。

けれど、今、腹も良くなって、現実を理解して初めて、自分の体に押しつけられる柔らかくて、いい匂いのする体を自覚する。

ばくばくと、心臓がなる気がした。

 

そうして、イドラは何を思ったのか、扉間に顔を近づける。そうだ、その、柔らかそうな唇が自分に迫ってくることを理解して、扉間は固く目をつぶった。

そうして、訪れた感触は、額に何かがこすり合わさるような感触、そうして、鼻先に何かが触れる感触。

 

「えへへへへ、なので、扉間様のお世話は私がするんです!」

「まあ、手が空いてるのはそうだしな。」

「姉上にも頼んでおこう。」

「・・・・私は、伯父上たちと父上に化けて参りますので。蔵間。」

「へいへい。」

「お前は、父様の研究室で軽く術について調べてくれ。禁って書いてるのには触らずに。」「了解した。」

「スズラン、お前はこのまま・・・」

 

遠くで聞こえるそれに、扉間は目を見開いた。そこには、鼻と額を自分にこすりつけるイドラの姿があった。

そうして、イドラはそっと扉間の耳元で囁いた。

 

(ふふふふ、チューは大人になってからです。許可も無く、そんなことしませんよ?)

 

いたずらが成功したかのようなイドラはくすくすと笑った。「それ」に、扉間は自分がからかわれたことを理解して、膝の上から立ち上がる。

 

「お前みたいな、ブス、誰が結婚なんてするものか!」

 

バクバクとなる心臓を押さえて、羞恥と怒り、そうして、少しだけのがっかり感に扉間は顔を真っ赤にして怒鳴ったのだ。

 





広間
体格のいい家系に産まれ、栄養状態のいいまますくすく育った結果、見事に伯父とかの身長を抜いた。180ぐらいあるし、これからも伸びて最終的に190になる。
この世界でも変わること無く、冬虫夏草の術は使える。


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番外編:認めたくない未来ほど無慈悲なまでに真実だ 3

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

結構続きそうです。


 

 

「・・・・扉間さまあ、大丈夫ですか?」

 

間延びした声に扉間は痛む頭を押さえた。そうして、デローンとうつ伏せに伸びた女のことを見た。

 

「誰のせいだ?」

 

むすりとしたそれにイドラは謝罪するように頭を下げた。そうすれば、まるで猫がごめん寝をしている時のようになる。

その幼い仕草に千手扉間はため息を吐いた。これは、本当に子どもをすでに三人産んだ女なのか疑問が出てくる。

けれど、そんな疑問は柱間に落とされた拳骨の痛みで飛んでいく。

 

 

 

イドラにからかわれたことを理解して、怒り狂った扉間は次の瞬間、茫然としたイドラの顔を見つめているとその瞳がみるみると水気を帯びていく。

顔をくしゃくしゃにして、目からぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 

「うううううううううう!!」

 

次の瞬間、それはめしょめしょになって泣き出した。

 

「ごめんなさいいいいいいいいい!!」

 

年甲斐もなく、大泣きをする女に扉間は固まった。

何と言っても、それの時代というのはそこまで感情の発露がよいとされているわけではなくて。

そんなにも、大勢の前であけすけに大泣きをするなんてあり得ないことだった。何よりも、自分の言葉だけでそんなに動揺するなんて考えもしなかった。

その時、がんと、頭に降り注いだのが一発の拳骨だ。

まさしく、目の前の星が散るほどの痛みに蹲るが、それと同時に後ろに感じる威圧感に固まった。

 

「扉間よ?」

「・・・今、うちの妹をブスっつったか?」

「お前、まっじであとで後悔するよ?」

 

それに扉間は思わず黙り込んで、後ずさりをする。

殺される。

びりびりとした怒りは、幼い頃の比ではない。扉間の瞳にうっすらと涙が浮び、ふらふらとその場に崩れ落ちそうになる。

そう思ったとき、ぱあんと何かを打ち鳴らす音がした。

 

「伯父上たち、そこら辺で止められた方が・・・・」

 

千手柱間とうちはマダラ、うちはイズナが振り向いた先にはふにゃふにゃと笑う、自分の息子らしい、千手広間がいた。

 

「広間よ、これは重要なことだ。」

「この馬鹿にしっかりとわからせないといけないだろうが?」

 

あふれるような威圧感に扉間は体を震わせたが、その青年は慣れた様子で困ったように首を傾げた。

 

「・・・・父上に、ひどいことを、されるのですか?」

 

それに扉間は目を見開いた。なんというか、顔は自分にそっくりだ。切れ長の瞳に、いかめしい顔立ちもしているのに。

けれど、決定的に表情の作り方が違う。

眉を下げ、視線を下に向け、そうして、物悲しそうに目を細める様は見ているものの罪悪感を誘った。

 

「子どもの父上にそのようなことをされるのですか?」

 

何よりも纏う空気感だろうか。

耳にぺたんと下がった犬の耳が見える。それが、他人の庇護欲だとか、そんなものを煽った。扉間は一周回って感心した。

自分と同じ顔で、ここまで違う空気を出せるのはすごいだろう。

というか、うっすらとにじんだ涙に、唖然としていた。その間に、自分の腰を抱えるものがいた。

 

(はいはい、父上はこっちね。)

 

そう言って、自分は促されるようにイドラの元に連れて行かれる。いつの間にか、スズランがそっとイドラのことをなだめている。

そうして、イドラと言えばぐずぐずと、それはもう情けないほどにぐずぐずに泣いている。

目からも、鼻からも、顔から出せそうな水が全部出ている状態だ。

なんというか、そこまであけすけに、何もかもを殴り捨て大泣きする妙齢の女には引いてしまう。

なんだあの、この世の終わりのような顔は。

それを見かねて、スズランが手ぬぐいでイドラの鼻などを拭えばだいぶましになる。

大きな、ガラス玉もかくやという黒い瞳が自分を見つめる。それに扉間は思わず後ずさりそうになる。

なんというか、陳腐な表現ではあるが、吸い込まれそうな瞳だった。いいや、黒いそれは普段ならば恐怖さえ浮ぶものだろう。

うちはの黒い瞳は、まさしく、死への誘いだ。その、真っ黒な瞳はいつだって、鋭く、殺意と憎しみを宿しているものだ。

けれど、なんだろうか、その女の目は。

淀んだ、虚のような目のはずだ。

なのに、まるで黒蜜のような甘さを含んで自分を見ている。

じいっと、それこそ、見つめていると喉が焼けそうな甘さを含んで。

 

嫌いになった?嫌いにならないで?大好き、大好き、ごめんなさい、大好きだから。

 

そんな言葉が聞こえてきそうな顔で自分を見つめてくるのだ。

扉間はなんだか落ち着かなくなる。

 

(警戒、そうだ、警戒しているんだ・・・・)

 

扉間は己の落ち着かなさを警戒心だと思い至る。

いくら、同盟込みの婚姻だからと言って、あのうちはがここまで自分に好意を見せるのなんて間違っている。

 

(父上、母上のことなだめてくれよ。)

(なんでおれがそんなこと・・・)

(あー、もう。このままだと伯父上たちからぼこぼこにされるよ?それでもいいの?)

 

それに思わず扉間は動きを止めた。彼には基本的に恐れるものはないが、それはそれとして姉と、そうして後ろの大人になったらしい兄は恐ろしい。

扉間の中で、意地よりも、兄からの怒りを回避することに天秤が向けられる。

 

「・・・・わかった、もう、怒っとらんから泣くな。」

「・・・・本当?」

「本当だ。」

 

それにイドラはぱあああああと顔を輝かせた。そうして、ぴょんと扉間に抱きつく。

 

「よかったああああああああ!扉間様、ごめんなさい!」

 

むにゅりとした感触が顔一杯に広がり、扉間は叫んだ。

 

「貴様!離れんか!!」

 

 

 

 

その後、広間がなだめすかして、うちは兄弟と柱間は拳を収めてくれた。けれど、それはそれとして拳の決まった頭はずきずきと痛んでいる。

 

「痛いですか?」

「痛いに決まっておろうが!」

「・・・・まあ、それは確かに。」

 

イドラはそんなことを言いつつ、部屋の真ん中であぐらをかく扉間の前に寝転び、ごろんごろんと上機嫌そうに揺れている。

その仕草の幼さに、扉間は辟易したようにため息を吐いた。

 

(・・・兄者にはおいていかれるし。)

 

柱間達は、それはともかく仕事があるとそのまま火影邸に向かってしまった。そうして、扉間の身代わりを務める広間も又それに同行した。

 

(何か、こそこそと話していたのは気になったが。)

 

そう言えば、いいの、言わなくて?

いや、子どもに教えるのは少しなあ。

だがのう、ここにいる内に知ったときの方が衝撃なのでは?

まあ、戻ることを前提にすれば、その時はその時としか。

 

扉間は盗み聞いた話に首を傾げた。

 

蔵間もまた、はいはい父上の書庫とか行ってくるから。立ち入り?ダメに決まってんでしょ、お子様厳禁だよ、あそこは、とさっさとどこかに行ってしまった。

そうして、残った娘だというスズランは、私は家事してきますー母上、父上とゆっくりしてくださいねえと消えてしまった。

 

「・・・・貴様は、何をそんなにうれしがっている?」

 

その言葉にイドラは転がったまま手足をばたばたさせる。

 

「嬉しいですよ?だって、扉間様が一日中おうちにいるなんて夢みたいですもの!」

「・・・妻というのは夫が家にいないのを喜ぶ物だと思うがな。」

 

脳裏に浮ぶのは、千手のよくも悪くもたくましい女衆だ。それにイドラはぷくりと頬を膨らませ、そうしてじたばたと暴れ始めた。

 

「だってえ、扉間様、全然この頃おうちにいてくださらないんですもん!」

 

むすっとしたイドラが自分に顔を近づけてくる。鼻をくすぐる甘い匂いに、扉間は何か、むずむずとして女から距離を取った。

 

「里の調整が終ったら、他の里との調節でお忙しいですし!それ以外は広間達の修行に付き合うとか、あと、他の氏族の子どもたちにまで手を回してるんですよー!夫婦の時間なんて、いいえ、夜には構ってくださいますが、そういったことではないんですよ。」

 

後半はごにょごにょとしてしていて聞きづらいが、なかなかに不満そうなそれを見た。

畳に転がってのっぺりとふてくされるその様を扉間はじっと見つめた。

そうして、ぷくぷくに膨れたほっぺたをじっと見つめた。そうして、なんとなく、自分に懐く獣を撫でるような感覚でその頬に手を伸ばした。

 

なるほど、しっとりとした肌はもちもちとしている。

 

(女どもが嫉妬しそうなことだな。)

 

それにイドラは驚いた顔をしたが、上半身を起して懐く猫のようにその手のひらにすり寄った。ゆるゆると微笑んで自分を見上げるその様は、甘えた子犬のような愛嬌があった。

 

(・・・・まあ、確かに、このぐらい懐くならば。)

 

猫を愛でるように気に入った自分がいたのかもしれないと、未来の自分を夢想した。その時、イドラはむくりと起き上がって扉間に近づいた。

一瞬、何をするのだろうかと考えた。けれど、その唇が自分に迫ってくるのを理解し、咄嗟に手でそれを防ぐ。

柔らかなその感覚に扉間は叫んだ。

 

「き、貴様、何をしてるんだ!?」

 

防がれたことに驚いたイドラはきょとりとした顔をした。

 

「あれ?そういう空気でしたよね?」

「どんな空気だ!?くっ、うちはでは色事が相当盛んなのだな!?」

 

扉間は女がそういったことに詳しいことが妙に腹立たしくそう吐き捨てると、イドラはよかったあと暢気に笑った。

 

「そうですか!?得意そうですか!?扉間様に、子ども過ぎるとよく怒られてたんですよ!でも、そう見えるぐらいに慣れたんですね!扉間様のご指導のおかげですね!」

「は?」

 

扉間はイドラのそれに固まる。そんな扉間の様子などどこ吹く風でイドラはにこにこと笑う。

 

「お、おれが?」

「はあーい?そうですよお、子どもっぽいから、こういう空気とか読めるように、指導を受けて上手くなったんですよ?」

 

にこにことイドラは笑う。

イドラの脳裏には、扉間の厳しい指導を思い出す。

 

イドラよ、顔を寄せるときにくしゃみをするなと、だああああ、鼻水垂れておるじゃないか!

イドラよ、こういうときは、静かにしておくものだ。お腹減りました?じゃないんだ!

イドラ、イドラ!寝るな、え?今日は広間と森の中で遊び倒して?そうか、楽しかったか、そうか・・・・・

 

思い返す、扉間の厳しい指導?にイドラはうんうんと頷いた。そんなイドラの脳裏など知るはずのない扉間は茫然とする。

 

え?自分が?

こんな、ぱっやぱやで、ふにゃふにゃで、空気も読めなさそうな女に、そんなことを教え込むのか?

自分の妻に?

 

(す、スケベ、親父ではないか!)

 

扉間はその事実に膝を突く。

いいや、忍になるというのだから非道をなすことも考えていた。けれど、なんというか、え、そっち方向なの?という衝撃は計り知れるものではない。

 

(な、何故だ、未来のおれ!)

 

がっくりとまたうなだれだした扉間の様子に、イドラはおろおろとその周りをぐるぐると回り出す。

 

「扉間さまあ?大丈夫ですか?痛みますか?アカリ様ももうそろそろ来られると思いますが・・・」

「・・・姉者か。」

 

沈んでいた精神に渇を入れ、扉間は顔を上げた。

何か、違う話題に気をそらしたかった。全力で全てから目をそらしたかったのだ。

 

「だが、里の長の妻ならば、忙しいのではないか?」

 

扉間はどこか、感慨深さを感じていた。姉と兄の婚姻話には驚いたが、それはそれとしてあの姉の手綱を持てるのなんて兄ぐらいだろうとも思った。

昔から、兄には比較的厳しく、そうして、甘かった。

それにイドラは不思議そうな顔をした。

 

「いいえ?アカリ様、柱間様と結婚されてませんよ?」

「は?」

 

扉間は固まってイドラを見た。

 

「ま、まさか、あの人未婚か!?」

「いいえ?ご結婚されて、女一人に男二人のお子さんもいますよお?」

「な。ならば、誰だ!?兄者以外に姉者の手綱を取れる者なんて・・・・」

「兄様ですよ?」

 

それに扉間の中で時が止まる。

 

「あ、あの、マダラ?」

「はーい!」

 

扉間はあんぐりを口を開けて、そうして叫んだ。

 

「同盟のためとはいえ、体を張りすぎだろう!?」

「扉間様、アカリ様に怒られますよ?」

 

それに扉間は口をふさぐ。

 

「仲良い夫婦ですよ。あと、お子さん達もいい子ですし。特に、長女のカグラちゃんがですねえ。」

「叔母様!私を呼びましたか?」

 

その声に思わず庭先を見ると、何かがそこに降り立った。

 

「面白いことがあると聞いてはせ参じましたが、これは、とんでもないことになっていますね!」

 

そう言って現れたのは、イドラにそっくりな女だった。

ただ、違うのは、イドラが日向で居眠りをする猫ならば、その女は勇猛果敢な狼のように荒々しく、けれど妙な愛嬌を纏っている。

それに、扉間はどこか、兄のことを少し思い出した。

 

「あ、あと、これは土産です。」

 

そういったうちはカグラの腕には、三人の幼子が抱えられていた。

 

 

 

 

「おや、今日は、何やら雰囲気が違うようで。」

 

それにちらりと、扉間の姿をしたそれは視線を向ける。そこには、うちはの青年が立っていた。

黒い髪に、黒い瞳は典型的なうちはの人間であった他、右に流した髪に一房だけ赤い色が混ざっているのが印象的だった。

その姿は、うちはの古参たちは、マダラの父であるタジマにそっくりだと太鼓判を押す。

 

「カザリか。」

「ええ、扉間の叔父様。カザリでございますが。」

 

わざとらしい叔父呼びにそれは少し考えた後、口を開いた。

 

「どうかしたか?」

「いいえ、今日は空気が柔らかいようでしたので。何か、ありましたのかと。それに、今日は広間の従兄様の姿も見えませんから。」

「・・・あれなら、少しな。ワシの私用だ。」

「おや、それはそれは。扉間の叔父様は抜けられない身ですので、それは仕方がありませんね。」

「ふむ、どうした、カザリよ。今日はやけに言ってくるでは無いか?」

 

ゆっくりと目を細め、楽しそうに浮かべた笑みはどこか皮肉気だ。その、扉間の姿にカザリは満足したのか口を開く。

 

「いいえ、ただ、今日は姉上が楽しそうなことがあると家を飛び出していかれたので。」

「・・・待て、カグラはまだ、任務のはず。」

「ただの届け物でしたので、昨日の遅くに帰ってこられたんですよ。」

「聞いてない!」

 

その言葉と共に、ぼふんと音を立てて、変化の術が解かれた。そうして、そこには眉をしょげさせた、扉間によく似た青年が現れる。

 

「聞いてませんよ!なら、今日、カグラは休みなんですか?」

「おや、扉間様ごっこは止めるんですが?」

「お前の前では、必要ないでしょう?やりたがっていたからわざわざ乗ったんですからね?」

 

むすりとしたそれにカザリは淡く笑った。その笑みは、タジマに非常に似ていると身内では評判だ。

 

「ああああああ、カグラがいないからって引き受けたのに。なら、予定を合わせれば構ってもらえたかもしれないのか・・・・」

「まあ、元々仕事なんですから、無理な話でしょう?」

「やりようならいくらでもあるんですよ・・・」

 

しょげたその様にカザリは呆れた顔をした。

 

「にしても、何があったので?」

「聞いてませんか?」

「さあ、扉間の叔父様の穴埋めに父様達は必死ですので。何かあったことだけしか。」

「まあ、術の失敗でね。少し、幼くなってるんだよ。」

 

それはそれはとカザリは楽しそうに目を細めた。

 

「収まる見込みは?」

「術の系統による。」

 

広間は指先で机を叩いた。

 

「ただの変化と暗示による記憶の退行ならチャクラ切れを狙えばなんとかなる。幻術でもそうだ。けれど、本当の意味で子どもに戻っているようなら、もう一度育て直しに成る可能性がかすかとはいえある。」

「それはそれは大変なことで。」

「・・・カザリ?」

「はい?」

「大変という顔じゃないんだけど?」

「・・・これは失礼を。」

 

そう言ってくすくすと笑うカザリの姿に広間は軽くため息を吐いた。

 

「そう言えば、何ですが。」

「うん、なに?」

「クズハの従兄様から聞いたんですが。今日、確か、猿飛、志村、あと、うちのカガミの指導日だったはずですけど、大丈夫なんですかね?」

「え?」

 





カグヤ
イドラ似の愛嬌と元気ましまし娘。楽しいことが大好きで、顔が広い。
表面的には元気ましましで柱間に似ていると言われるが、根っこの部分は母親似。何も考えてないようで、勘はいいほう。
目の色は母親譲り。ファザコンであるが、それについて母親はさすが私の子だと言っている。父親は妹似で嬉しいが、嫁さん似の娘も欲しかったなあと思っている。
広間との関係性はギリギリのところでいろんなものを無意識に避けている


カザリ
いつもにこにこ笑っているが、何を考えているのかよくわからないと評判。父親は父と弟に似ている長男のことを気に入っている。それはそれとして思考が読めないとは感じている。姉や従兄が起す騒動については安全地帯で見物している。
絡繰りが好きで、傀儡を持っている。


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番外編:今日のさんにん

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

すみません、扉間様のショタ化の続きではなくて、自来也たち三忍の日常になります。何か、無性に書きたくなってしまって。


 

 

「・・・・はあ。」

 

その日、自来也はふらふらと歩いていた。丁度、なんとか終えた締め切りの後の事だ。

体力的には問題ないが、精神的な疲労の元、その日は倒れるように寝てしまった。

そうして、起きればとっぷり日は暮れている。

腹が減ったと起き上がれば、悲しいかな、籠りきっていた自宅には食材なんて存在しなかった。

のそのそと何かを買いにと出かけたものの、さすがに商店などはすでに閉まっている。

 

(さすがに空きっ腹はなあ・・・・)

 

などと考えていた自来也の目に、何やら屋台が飛び込んできた。この辺りに、あっただろうかと考えたが、それよりも空きっ腹の方が堪えた。

自来也はそのままいそいそと屋台に近づいた。

 

 

「で、なあーんで、お前らがいるんだ!?」

「それはこっちの話だよ。」

 

不機嫌そうな綱手の声に自来也は顔をしかめた。それに綱手は酒で赤らんだ顔のまま、隣の大男を見る。

 

「あんた、うっさいわよ。」

「大声も出るわ!というか、大蛇丸、お前、いつの間に帰って来とったんだ?」

「私用があったのよ。」

「なんだ、一言いやあ、飯にでも誘ったというのに。」

 

それに大蛇丸はふんと息を吐いた後、大根を口にする。そんな同期、というか、同じ班であった子どもたちだった彼らを見て、おでん屋の店主は目を細めた。

 

「ふふふふふ、いいですねえ。久方ぶりの同窓会ですか。」

 

それに自来也は目を見開いて、叫んだ。

 

「わしは、何よりもあんたに聞きたいんだが!?何をしとんだ、カザリ様!?」

「何を、とは?私はしがないおでん屋ですが?」

 

きょとんとした顔をした男は、不思議そうな顔をした。うちは一族を思わせる秀麗な顔立ちと、そうして、黒い髪に黒い瞳、そうして、それに混ざる一房の赤髪。

多趣味な男ではあるが、とうとうおでん屋まで始めているとは驚いた。

 

「マヒルをまた困らせてないでしょうね?」

「・・・自来也、カザリのおじ様に何を言っても無駄だぞ。」

「おや、酷いですね、綱手ちゃん?」

 

カザリのそれに、綱手はごほりとむせる。

 

「おじ様!頼みますから、ちゃんづけはどうにかしてください!」

「嫌ですか?元々、あなたがそう呼べと言ってきたのに?」

「・・・・若かった頃、狭間なんかがばあさん呼ばわりしてきたのが気にくわなかったんです。おじ様まで呼ばなくても。」

「おかげで、うちの身内、ちゃんづけが根付いてますものねえ。変えたのなんて、気を遣ったオビトぐらいでしょうし。」

 

がっくりとうなだれる綱手を横目に、自来也は気にしない方がいいと思い居直る。そうして、空きっ腹だと注文をする。

 

「なら、カザリ様、なんか適当にくれないか?」

「おや、お酒は?」

「今日は何にも食ってないんだよ。」

「おや、そうなのですか?」

「・・・・どうせ、またくだらない小説でも書いてたんでしょう?」

「くだらねえとはなんだ!?」

「カザリ様、うどんあったでしょう?おでんのおだしで出してあげたら?」

「ですね、少し待ってください。」

 

大蛇丸はどこ吹く風で隣でそんな注文をする。それにカザリは準備を始めた。それに自来也は大蛇丸を睨む。

 

「お前な、人の仕事をくだらないとはなんだ!?」

「・・・・あら、くだらないでしょう?」

 

大蛇丸は心底不機嫌そうな顔をする。

 

「自分の理想の女を捜す旅がてらに書いてる小説をくだらないといって何が悪いの?」

 

それに自来也はぐうの音も出ない。言外に、お前、忍者だろうがという副音声が聞こえる。

 

「お前も懲りないな。」

「五月蠅いぞ・・・・」

「自来也、何ですかお前、まだ初恋を引きずってるんですか?」

 

それに対して自来也は思わず黙り込んだ。

 

 

自来也という男は尊敬している男が幾人かいるが、その中に入っている男、千手扉間。彼の人を尊敬しない男なんてこの世にいるだろうかと思っている。

そんな彼に自来也が憧れるのは、もちろん、その突き抜けたスケベさの他に、もう一つ理由がある。

それは、男の妻についてだ。

 

当時、うちはマダラの家に通っていた自来也はそこで一人の女に会う。

 

「あれ、君は、誰かな?」

 

「・・・・あのとき、わしは、雷に打たれたんだ!」

 

自来也は拳をぎゅっと握りしめた。

覚えている、鴉の濡れ羽のような黒い髪、黒曜石のような瞳、そうして、秀麗な顔立ちに浮かべられたあどけない表情。

体質なのか、若々しいままの女に、自来也の中で何かが鳴り響いた。

 

「それで開口一番に結婚してくださいってイドラの大叔母様に告白して、扉間の大叔父様に面会禁止にされたんだろう?」

「うるさい!知らなかったんだよ!見た目的に、うちはの誰かだとしか思っておらんかったんだ!」

「それで、形作られた性癖に忠実になったと。」

「カザリ様、言い方を考えてください・・・」

 

自来也は気まずい思いをしながら、目の前のうどんを啜る。だしの利いた汁で食べるうどんは非常に旨い。

そうだ、あの日、まさしく初恋と言えるそれにあった自来也であるが、数日も経たないうちに見事失恋を果し、おまけに夫の扉間に警戒されてなかなか会わせて貰えなかった。

いいや、子どもであることを笠に着てイドラに抱きついていた自来也の自業自得なのだが。

そんなこんなで、自来也というそれは旅を趣味にしている。

何故って?

 

(いつか、わしも、イドラ様のような人と、なんて思っているが。)

 

それで結婚し損ねているのだから笑える話だろう。

結局、三人の中で結婚したのなんて綱手ぐらいだろう。自来也はここまで気の強い女を惚れさせた加藤ダンに感心する。

 

「ですが、それなら、うちの母様はダメでしたか?美人でしたよ?」

 

のんびりとしたそれに、三人の肩が三者三様に震えた。

 

「カザリ様!」

「あり得ないでしょう!」

「あんな例外に惚れる方なんていないでしょう!?」

 

がたんと立ち上がった三人に、カザリは口元を隠して悲しそうな顔をした。

 

「おや、ひどい。我が母上にそのような・・・・」

 

それに三人はそれぞれ苦い顔をした。

 

 

うちはアカリ、この名前を聞いて震え上がらない木の葉隠れの里のクソガキはいないだろう。

かくいう自来也も、なかなかのクソガキであったため、彼女には散々に扱き倒された。それこそ、火影岩から彼女の封印術の鎖で吊り下げられたことさえある。

記憶の隅で、初代様もつるされていた気がするが、多分、記憶違いだろう。

そうして、自来也の両隣の二人も又、幼い頃に彼女に叱られたことがあるため、その態度もわかる。

 

めっちゃ怖いのだ。

身に染みついた、逆らわない方がいいという感覚はけして拭えず、女はそのままある意味で伝説になっている。

おかげで、自来也がすっかり勝ち気な女が苦手になってしまった。ちょっかいはかけても、本格的に手を出すなんてことは出来なくなった。

 

(あの人に惚れられておるマダラ先生はすごい・・・・)

 

自来也は心の中でマダラへの尊敬を深くした。というか、若干、うずまき系統のクシナに惚れた愛弟子の趣味もわかんねえなあと思っている。

 

「猿は母様が初恋だったんですけどねえ。」

「・・・・身内のそういう話、聞きたくないんですが。」

「えー。そう言わず。いやあ、懐かしいですねえ。母様に構って欲しいから散々にいたずらをしては、怒られて。」

「・・・・猿飛先生は、女の趣味が悪いわね。」

「ふふふふ、そういう大蛇丸はどうですか?」

 

その言葉に大蛇丸の持っていた箸がかすかに揺れた。それに、大蛇丸は睨みつけるようにカザリを見た。カザリはおやおやと淡く笑う。

その言葉に自来也が飛びついた。

 

「お、なんだ、大蛇丸、好いた女がいるのか?」

「・・・・あんたには関係ないでしょ?」

「は?関係あるに決まってるだろう?」

 

自来也はひどく真剣な目で大蛇丸を見る。それに大蛇丸は驚いた顔をして、思わず自来也を見返した。

その空気に綱手とカザリは、おおっと二人のことを見る。

 

「・・・・ネタに困っとるから話を聞かせんか!女の落とし方ぐらい、教えてやれるしな!」

 

バキ!

「うっ!!」

 

短い音共に、自来也はカウンターに突っ伏した。それに会わせるように、カザリは自来也の目の前の食器類を素早く引き上げ、綱手もまた自分の皿などを持ち上げる。

 

「・・・カザリ様、おかわり。」

「はいはい。」

 

短い距離の中、的確な腹へのエルボーに自来也は呻く。

 

「お、お前、さすがに酷いだろう!?」

「昔なじみの恋愛話、メシの種にしようとしたあんたに言われたかないわよ!」

「仕方が無いだろうが!狭間の奴とも情報交換しとるが、なかなかいいネタがないんだよ!」

「だからってあんたにだけは、絶対言いたくないわ!」

「やはり、好いた奴がいるんだな、この、憎い奴め!」

 

二人の話を聞きながら、綱手は酒を啜る。

 

「・・・・カグラの姉様が現役だった頃は互いにもっとピリついてたのになあ。」

「まあ、父様や叔父様達が色々と退かれた後でしたからねえ。ただの小娘と侮って、戦争が始まってすぐのことでしたし。」

「にしても、大蛇丸のやつも丸くなったな。火影になると、色々と根回ししてた時期もあったのに。」

「それはそうでしょう。それを気に入った姉様に色々と連れ回されて懲りたようですから。」

 

その言葉に綱手の脳裏には、うちはカグラに連れ回されて疲れ切っていた男の姿が思い浮かぶ。

 

綱手、火影って、大変よ。大名連中の機嫌伺いまでは予想してたけど。あたし、うちはの人間とずっと話してたら、狂いそうになるわ・・・・・

 

それっきり、大蛇丸は自分には向いていないと火影になることは諦めた。まあ、わかる。

火影になるというのイコールで性格はさておいて、能力だけはくそ高いうちはの人間と密接に関わっていくのだ。

そうして、なんだかんだ面倒見のいい大蛇丸はそのままずるずるとうちはに懐かれ、とうとう家出した。

家出、というか、実質抜け忍なのだが、上の人間も大蛇丸に押しつけ過ぎた自覚はあるらしく、特別な取り計らいで、今は音の里に出向している扱いだ。

今は、音の里で広間と連帯して研究を続けているそうだ。

 

(・・・・なんだかんだ、ライバル視していた日向も、全体的に真面目な性格が災いして、振り回されたあげく、ツーマンセルになってるのもいるし。)

「というか、綱手、あなたは帰らなくてもいいんですか?」

「今日はダンが帰らないからな。深酒だ!」

「まあ、私も今日は遅くまでやる気ですけど。ほどほどにしないと、母様呼びますからね?」

「・・・・控えます。」

 

綱手はがっくりと肩を落とした。

千手の姫君なんて言われる綱手だが、頭が上がらない存在は多くいる。

それは、まず、千手ならば誰もが頭を垂れるアカリの大叔母だ。

祖父に賭博について教えられたとき、二人で叱られたあげく、千手柱間が火影岩からつるされたのを覚えている。

そうして、兄貴分と姉貴分の千手広間と、うちはカグラだ。

幼い頃から叩き込まれた関係性は見事に綱手を締め付けている。

 

「綱手!」

「なんだよ、自来也!」

「お前は、大蛇丸の好いとる奴、知っておるのか?」

 

それに綱手はちらりと大蛇丸を見た。教えたら殺すと言っているその目に、綱手はそっと目をそらす。

 

「命は惜しい。」

「なんだ、ケチだのお。」

 

むすっとしたそれに大蛇丸は大きくため息を吐き、立ち上がる。

 

「もう、よろしいので?」

「ええ、この馬鹿といると疲れる。」

「はあ!?久しぶりに会ったというのに、もっと何か言えんのか?」

 

それに大蛇丸は答えずさっさと屋台から離れていく。

 

「大蛇丸!帰る前にちゃんと、広間の兄様に挨拶してくださいよ!あなたの後見人なんですから!」

「わかっています!」

 

そのまますたすたと去って行くそれに自来也も立ち上がった。

 

「追いかけるのか?」

「おお!ぜえったいに聞き出してやる!」

 

そう言って料金をおいて、大蛇丸の後を追いかけていく大男の姿に綱手は呆れた顔をした。

 

「あいつら、いつまでああしてるんだ?」

「さあ?春が来るまででは?」

 

 

「あんた、本当にしつこいわね。」

「いいだろうが、昔なじみと話したいという健気な心だぞ?」

「好奇心でしょうが。」

 

暗い夜道をそのまま歩いて行く。

そうしていると、大蛇丸が口を開いた。

 

「昔馴染みって言ったって、いったいまともに話もせずにどれだけ経ったのだ。あたしは、別の里で、あんたはふらふらと他の場所を旅してるし。執着する意味がわかんないわ。」

 

その言葉に、自来也はきょとりとした。そうして、ああと笑った。

 

「なんだ、ひどいこと言うの。寂しいと言ったのは、お前だろ?」

 

それに大蛇丸は夜の道を歩いていた足を止めた。そうして、心底驚いたような顔をした。自来也はそれに気づかずに、歩きながら昔のことを思い出していた。

 

 

当時、猿飛ヒルゼンの元で同じ班になった綱手と、そうして大蛇丸であったが、お世辞にも仲が良いとは言えなかった。

綱手はいいとして、大蛇丸に関しては本当に気にくわなかった。お高くとまっていて、女とも男とも言えない中性的な容姿は少女達にも人気があったことが面白くなかった。

そのせいでよく突っかかっていった自来也であるが、あるときのことだ。珍しく、大蛇丸を見かけた。

それは、偶然通りがかった墓場のことで。

 

(あいつの両親が死んだ時だったか。)

 

そんなことも知らない自来也は軽く声をかけてしまった。黙りこくった大蛇丸に無視されたと思った自来也はいきり立って怒鳴り、そうして、よくよく目の前の墓を見て後悔した。

それは、大蛇丸の両親の名前があったのだ。

 

「・・・・お前、一人になったのか?」

 

幼い自来也には言える言葉なんてそれぐらいで。それに大蛇丸はのろのろとようやく顔を上げた。

 

「だったら、何?」

 

それはいつも通り、平淡そうで。けれど、なんだか、らしくなくて。

 

「だったらって、お前、そりゃ、悲しいし、寂しいだろ?」

 

無表情のまま、動じないそれが気まずくて、自来也は視線をうろうろとさせる。

 

「・・・・そうか。」

 

大蛇丸は自来也の言葉に、ふっと空を見た。

 

「寂しいのか、な。」

 

自来也は、その顔に。今まで、いけ好かなくて、気取ってて、つまらなさそうな少年の顔に、初めてそれに胸がぐずりとうずくような気がした。

だから、自来也は咄嗟に大蛇丸の手を握った。

 

「お、おれはいるからな!」

「・・・何言ってるの?」

「だから、お前の側におれはいるから。おれだけは、絶対、どこにもいかないから。お前のこと、見てるぞ。そうしたら、寂しくはないだろう?」

 

幼い子どもの戯れ言だ。きっと、その、クールぶった少年の、初めて見る弱り切ったそれに、自来也はその手を握ったのだ。

今にも、どこかに行ってしまいそうなほどであったから。

 

(あの後、先生も来たなあ。そういえば。)

「・・・・どこにもいかないって言ったのはそっちでしょう?」

「なんか言ったか?」

 

後ろから聞こえてきたそれに、自来也が振り返った。そうすれば、大蛇丸が呆れた顔をしていた。

 

「そんなこと覚えてたの?」

「そりゃあな。あのとき、ようやく、お前のこと仲間と思えたし。」

「仲間、ねえ。」

 

大蛇丸はふっと笑った後、自来也にひらひらと手を振った。

 

「付いてきても、何も教えないわよ。大体、子どもだっているんだし。恋とか、それとか、してる暇ないもの。」

「子ども!!??」

 

夜に響くそれに、大蛇丸は振り返える。そこには、あんぐりと口を開いた男がいた。

 

「いつのまに!?嫁さんは!?結婚しとったのか!?」

「嫁なんていないわよ。」

「え、お前が産んだのか?」

 

混乱のあまりそういった自来也に、大蛇丸は少し考えた後、笑った。

 

「そうよ。」

「はあ!?」

「何驚いてるの。別に、性別を変えることも、胎を作るのだってできないわけじゃないしね?」

 

にっこりと微笑んだそれの顔には、幼い頃のようなあどけない表情が浮んでいた。それに、自来也は父親が誰であるのか、とんと聴けずにいた。

 





自来也
ずっと平和な世の中なので、後継教育の後は好きにしている。数日で散った初恋を引きずりまくっている未練がましい男。
黒髪ロングで細身の女が好み。アカリから受けたトラウマのせいで綱手のことは恋愛対象に見れなかった。ある意味で、恋に恋している男。

大蛇丸
両親以外はそこそこどうでもよかった天才。両親の死に、ぐらついていた脳を自来也に焼かれた。ずっと側にいるとか言っといて理想の女を捜して里にいない自来也に怒っているが、約束を覚えていたことにまた脳が焼かれている。
白い髪の子がいる。容姿はたぶんBORUTO版

綱手
多分一番幸せ。弟も生きてるし、旦那もいる。
ただ、親戚一同に頭が上がらないし、アカリのことはトラウマになっている。

カザリ
趣味の多い男。不定期に屋台を出しては里の噂話など集めている。

猿飛
初恋はアカリ。いたずらして叱り飛ばされるのを喜んでいたのは黒歴史。そのせいか、マダラが苦手。

扉間
妻の周りにスケベなクソガキが湧いてバチキレた。


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番外:とある火影の甘え

感想、評価、ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

すみません、めちゃくちゃ忙しくて暫く更新等は大分スローになります。依然書いていた小ネタがあったので肉付けしたものです。

柱間の甘えについてです。


 

「父上。その、このようなこと言いたくは無いですが。」

 

そう言ったのは、己の長男の榊だった。

 

「アカリの叔母上に対してもう少しだけどうにかなりませんか?」

 

ちょっとしょっぱい顔をした息子の顔に、千手柱間は少しだけ驚いた顔をした。

 

 

 

 

「おい、柱間、どうした?」

「うん?いや、のう。」

 

柱間はぼんやりと空に浮んだ月を眺めて、考え込んでいた。それに、隣から声をかけられて我に返る。

そうして、隣に視線を向けると、そこにはくつろいだ様子のうちはマダラがいた。

二人は、千手の屋敷で月見酒をしていた。

ちょうど、仕事が一段落付き、久方ぶりに二人で飲もうという話になった。

弟たちにも話を振ったが、彼らは彼らで予定があるそうだ。

 

いいや、柱間の弟である千手扉間はこの頃、末の娘が生まれて丁度フィーバー中だ。まあ、誘いを断ってもさもありなんだろう。

 

歯切れの悪い柱間の言葉にマダラは不信そうな顔をした。

 

「なんだ?」

「いやのお・・・・」

 

柱間はその顔にマダラの言いたいことは察せられたが、それはそれとしてどう言えばいいのだろうか。

柱間の長子である榊は、従兄達よりも少しだけ年が下だ。そうは言っても、温和で有りながらしっかりとした性格で非常に頼もしい。

それこそ、木遁は受け継がなかったものの、自由奔放すぎる兄貴分と姉貴分の手綱を握れる程度には、まあ、抑止力になってくれるのでありがたい。

 

(・・・木遁を発現したのがカグラと広間だけだったときはどうなるかと思ったが。)

 

広間自体、千手に興味は無く、どうしてカグラもうちはの人間で千手という家自体は今後、榊が担っていくことだろう。元より、今後、里という枠組みが出来た今、家という概念がどれほどゆらがないかはわからないが。

 

それはそれとして、今日、榊にそんなことを言われて柱間は少しだけ悩んでしまう。というのも、榊にそう言われる少し前に柱間は実際、アカリに散々に叱られていた。

こっそりと賭博場に行って服まで引っぺがされたのがばれたのだ。

基本的に、柱間自身、叱られてけろっとしているタイプなので、一番にお叱りが効くアカリにお鉢が回ってくることが殆どだ。

そうして、それを見ていた榊が心配して声をかけてきたのだ。

 

まあ、もう、一つの里の長で、おまけに父である柱間が、それこそ、忍において最強である彼が未だに姉に迷惑をかけているのはあまりにも情けなく映ったのだろう。

柱間は息子に言われたことには堪えたが、それはそれとしてどうするべきなのだろうか?

 

「のう、マダラ・・・」

 

それはそれとして柱間は人に頼ることの出来る素直な男のため、自然に義兄に悩みを打ち明けた。

 

 

 

 

「んなの、前からのことだろうが。つーか、嫁さんに言われて懲りずに賭博なんぞするお前が全面的にわりいだろう。」

 

みぞおちに来るその一言に柱間は撃沈しそうになった。いや、まさしくごもっともとしかいいようがない。

うなだれる柱間にマダラは呆れた顔をした。

 

「・・・・つって、短気だ、こええだ言われてるが、あいつに怒られてる内が華だろ。アカリの奴に見捨てられるって、おしまいっていっても良いぐらいだろ。」

 

柱間は、まあ、それはと頷いた。

アカリは誰かを見捨てると言うことを滅多にしない。

 

戦争で子どもを失った親がいるのならば、親を失った子どもは多くいた。もちろん、そういった存在は家の中で世話をする。けれど、一人一人に情をかけるなんて無理な話だ。

 

荒れて、爪弾きにされるものは存在した。

アカリは、特にそんな子どもに構った。悪さをすればひっぱたき、用を命じて常に側に置き、そうして、頭を撫でてやる。

 

柱間も別の意味で人を見捨てないと言われるが、それは柱間が強い上での上下関係が関係しているのも否めない。

けれど、アカリは違う。

 

(姉上は弱いからこそ、誰かの前に立ち、言葉を聞ける。)

 

千手でアカリの発言権が強いのは、妻のいない柱間たちの代わりに内を仕切っていたこともあるのだろう。けれど、それと同時に、彼女にケツをしばかれ、頭を撫でられた人間が多いのもあるのだろう。

 

柱間だって理解している。

アカリという存在に見捨てられたら、結構ダメなほうのアウトゾーンに入ってしまうことぐらい。

けれど、それはそれとして賭博を止められない自分がいる。あのアカリに叱られて、止められないのだから業が深いと己でも思う。

 

「・・・そういえば、マダラよ。お前は、そこら辺に怒らんよな。何故だ?いつもなら、もう少し怒るだろうに。」

「・・・賭け事つっても、自分のこづかいの範囲だから目をつぶってんだよ。これで借金でもして見ろ。アカリと一緒に説教だからな。」

「・・・・はい。」

 

柱間はしゅんとしながら頷いた。そうだ、この男、腐っても千手の頭領、金ならばそれこそ唸るほどあるわけで。

けれど、さすがにそこまで溺れたらアウトゾーンは越えているだろう。

しょぼくれるそれを前に、マダラは息を吐いた。

 

「・・・・大体、姉に甘えてる弟を止めるほど無粋でもねえよ。」

 

それに柱間は顔を上げて、そうしてマダラの顔を凝視した。それは、驚愕と、そうして、図星を突かれたかのような顔だ。

それにマダラは呆れた顔をした。

 

 

「知っていますか、旦那様。」

 

以前、アカリが呆れ半分に話したことがある。

 

「賭け事に嵌まる理由というのは、もちろん、金を得るという理由もありますが、それ以上に賭け事に勝った瞬間だけ、どんな凡人でも特別になれるそうですよ。」

 

柱間の賭け事について苦言を漏らしたマダラにアカリは口を開いたのだ。

 

「あの子が賭け事が好きなのは、あの子が味わえない凡人の気持ちを味わえるからでしょう。まったく。」

 

一息吐いたアカリは、物悲しそうに目を細めて、哀れな子だと囁いた。

 

それにマダラは、何と言えばいいのかわからなかった。

 

「・・・・あいつの心は、我らでは慰めたりんか。」

「あれが欲深で、人一倍寂しがりなだけですよ。」

 

物憂げなマダラのそれをアカリはバッサリと切り捨てる。それにマダラは妻を見るが、不機嫌そうなそれは、心底そう思っているようだった。

 

「昔から、人の中でわいわいするのが好きなくせに、どこか、あれはズレていました。まあ、怪我をしてもすぐに治るような性質では、死生観やらからして逸脱しているのも道理です。何度、止めろと怒鳴ったか思い出せませんが。」

 

アカリの体から立ちこめる怒気に、マダラは思わず後ずさった。いいや、内にあった柱間へのもやもやとした感情はそれに薄れる。

んなことより、この、怒ると誰よりもやっかいな女を優先するべきだろう。

 

「せ、戦場でのこともあるだろうから、な!?」

「そうだとしても、です!あの馬鹿、何があっても自分の力でひっくり返せるせいで、変な方向に傲慢になって。」

 

呆れたようにため息を吐いて、それは思い悩むように額に手を当てた。

 

「・・・私は、あれを育てているとき、恐ろしくて仕方が無くなりました。あれは、周りを愛していますし、大事にしているけれど。裏切られたとき、あれはそれを何のためらいもなく、あっさりと許すのでしょう。」

 

それが、恐ろしくてたまらない。

 

 

 

「あ、甘えておるか?」

 

柱間は動揺のあまり、そんなことを言った。

いいや、それはそうだろう。

情けないなあと思いはしても、さすがに、甘えなどと言われても素直に受け入れるわけにはいかないだろう。

もう、良い年だ。多くを率いた、それこそ、上に立つ人間だ。

ならば、そんな情けないことはないだろう。

柱間のそれにマダラは自覚していなかったのかと呆れた顔をした。

 

「・・・・お前な、アカリよりも強さも何も上なんだから、押さえつけようと思えば出来ただろうが。そのくせ、叱られる度にへーこらしてあいつの周りをうろついてる時点で甘えてるだろう。」

 

真っ向からばっさりと言われて、柱間はそうだろうかと背中を丸めた。それを見つめながら、マダラは酒をあおった。

 

甘えて、は、確かにいるのかもしれない。

それこそ、この年になっても物悲しい気分になるとマダラの家に行ってはアカリの膝の上で昼寝をしているのだから情けないのだが。

 

お前、ミトの所に行きなさい。

 

そう言われてもやっぱり、柱間の足はアカリの元に向かう。

いいや、わかっている。

わかっている、

アカリぐらいだったのだ。

 

柱間が、どれだけ情けなくたって、愚かでもあっても、それを許してくれたのはアカリぐらいだったのだ。

 

 

小さい頃は、柱間は誰かの下で、甘やかされて、庇護におかれて過ごしていた。

その時、柱間は弟だった。

彼を守ってくれる兄がいた。

それは、アカリの兄で、そうして、彼は死んだ。

 

木遁を発現すれば、柱間にも責任というものが現れた。それを柱間は是とした。

彼は兄で、守るべき者があるのならそうすべきだと理解していた。

何よりも、柱間の再生能力は自己犠牲という点では相性が良すぎた。それを周りは是とした。

 

それこそが強者の責であり、役目であった。

扉間も、それにねぎらいだとか、心配の言葉を口にしても、本格的にそれを止めることはなかった。

 

(思えば、姉上だけか。)

 

戦場帰りに怪我の心配をするのも、治るからと火遁に突っ込んでいったことにキレ散らかしたのも、吹っ飛んだ腕をひっつけた自分に安静を命じたのも。

 

彼女はずっと、自己犠牲を己に課し続ける柱間を怒り続けていた。

彼女だけが、柱間が死ぬことも、敗北することも、そうして、傷つくことを恐れ続けていた。

 

ああ、と柱間は思い出す。

 

姉と結婚するのだと父に言われたとき、勘弁してくれと父に言った。

その時から、とっくに自分と姉の上下関係は決まっていて、身内からはこれから先尻に敷かれ続けると合掌されていた。

 

柱間だって泣きたくなった。

姉とこのままずっと一緒なんて!

なんて、思っていたのだ。けれど。

 

「私は嬉しいよ。ずっと、どこにも行かなくていいから。」

 

それに柱間は、そうかと思った。姉は女で、ずっと一緒に何ていられず、いつかに自分の知らない誰かの元に嫁に行くかも知れなかったのだ。

 

(そうか。)

 

柱間の手を握って、姉が今日のおやつの話をする。普段ならば、ほかの小さな子どもの手を握るはずのそれが、自分の指に絡まっている。

 

(・・・・唄を、うたっていた。)

 

それは、千手に伝わる唄。柔らかな、それ。

 

(そうか、ずっと一緒か。ずっと、一緒ならば。)

 

この人と一緒ならば、それはとっても良い気がする。

 

 

(ま!ばっきばきに振られたのだが!)

 

何をどうあっても、弟にしか思えん。男には思えん。

 

それは自分もですけどおおおおおおおおお!

自分だって、姉を女に思ったことはない。ただ、家族がもっと近しい家族になるだけで。

それはそれとして、そこまでばっさりと言われると、やっぱり男として色々あるのだ。

ちなみに、大々的にそう振ったアカリに千手の人間はさもありなんと頷いた。

 

馬鹿クソ強い柱間に意見を言える人間は限られていたし、やらかしを叱れる人間はそれこそごく少数だ。そんな中、一番お叱りが効くアカリが引っ張り出された。

 

そりゃあ、母親張りに叱り続け、ケツを蹴っ飛ばしてきた存在を男には思えなくなっても仕方が無いだろうと。

 

柱間はそれでも抵抗したのだ。

だって、自分と結婚しないのなら、いったい誰と結婚するんだという話だ。

 

「俺をおいて誰の所に嫁ぐんだ!?」

「人聞きの悪いこと言ってんじゃ無い!今更、いけるとこなんてないから行かず後家じゃ!」

 

その言葉に柱間はならいいかと結婚を破談にすることを認めた。嫁に行かずに、ずっと千手にいてくれればそれでよかった。

 

「・・・・甘えておるなあ。」

「自覚は出たか?」

 

マダラの呆れた声音に、柱間はちらりと隣を見た。隣にいるそれは、誰よりも優しくて、あの日、柱間の暗かった世界を晴らしてくれた。

 

柱間の希望で、柱間の光で、柱間の夢の証。

 

「・・・のう、マダラよ。」

「なんだよ?」

「俺は、姉上と結婚したかったのかもしれん。」

「お、寝取り宣言か?」

「末恐ろしいことを言うな!違う、そうじゃなくてだな!あのだな、なんというか、俺は姉上がずっと自分の側にいてくれると信じて疑っておらんかったんだ。それこそ、何があっても俺のことを優先してくれると。」

 

マダラは義弟になった男のあまりにも甘ったれた言葉に呆れと、これは、警戒しておいた方がいいのだろうかと考える。

 

「だから、正直、お前と姉上が結婚してくれてよかった。そうでなければ、俺も難癖を付けて邪魔しておったかもしれん。」

「・・・・・お前な。」

 

呆れたような顔をした後、マダラは口を開いた。

 

「お前、もう少し、分かりやすく甘えろよ。アカリの奴、心配してたぞ。」

 

それに柱間はなにを思ったか、あぐらを掻いて縁側に座っているマダラに近寄った。そうして、彼の脇に頭を突っ込んでその膝に頭をおいた。

 

「おい!?どうした、お前!?」

 

マダラはどうしたのだと驚愕する。イズナも同じようなスキンシップをするときはあるが、この男がそんな仕草をすることなんて今までなかった。というか、気色の悪い方向で甘えてくるなと言う感想しかない。

柱間は自分が無意識のようにした甘えに何をやっているんだろうと思った。

というか、こういった懐き方はしたことがないのだ。

いや、本当に、どうしてだと思う。

ただ、うっすらとした記憶の中で、自分は誰かに甘えるとき、膝に顔を埋めていたことを思い出す。

そうすれば、泣いた顔を見せなくて良いから。

 

「お前、まじでどけ!」

 

無理矢理に膝から落とすかと考えたが、それよりも先に柱間が口を開いた。

 

「・・・マダラよ。どこにもいかんでくれ。」

「・・・・どうした、急に。」

 

呆れたような声を出した後、マダラは柱間の頭上で呆れたようにため息を吐いた後、その頭を乱雑に撫でた。

それに柱間はほっとした。

 

柱間という男はきっと、大抵のことは許してしまう。自分から離れていくことも、自分を裏切ることも、他人には他人の願いがあって、それを仕方が無いと立場故の行動をするとしても、それ自身は許してしまうのだろう。

扉間さえも、きっと、そうなったとしても、苦しんで、悲しんで、怒っても、許してしまうのだと思う。

けれど、そうやって子どものように縋る男と、そうして、自分の尻を蹴飛ばし続けた女のことだけは諦めきれずに引きずり続けるのだと思う。

 

それは遠いいつかに、神様になろうとした男の在り方に怒った女が引き留め続けた寂しがりの弟の甘えだったから。

 



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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

すみません、ショタ化の続きではなくて、リクエストであった原作軸の千手兄弟がこの世界線に来たらという話です。
どうしても、こっちが書きたくなっていまいまして。


 

 

その日、千手扉間という男は本当に運が悪かった。

例えば、予定した締め切りが早まっただとか、兄の賭博場への通いが多くなっただとか、他からの要望の調整だとか、目が回るほどの忙しさだった。

 

「扉間よ?」

「・・・・ああ?」

 

もう、ぶっ通しでどれほど机に向かっていただろうか、兄が話しかけてきたことに頭を上げた。

 

「大丈夫か?」

「・・・ああ。そろそろ、休もうと思っていたところだ。」

「そ、そうか。あと、お前に頼まれていたものだ。」

 

扉間は目をしょぼしょぼさせて兄から巻物を幾つか受け取った。それに千手柱間は心配そうな顔をする。

現在、細かな調整を扉間が担っている。柱間は良くも悪くもそういったことに向かないし、下に振るとしても命令系統があまり出来ていない今、難しいことが多くある。

 

「休んでおるのか?」

「今は、踏ん張りどころだ。」

 

ぼやく言葉と共に、扉間はあまり巻物を確認せずに、封を解く。

それが、きっと間違いだった。

もっと、確認を行えば良かったのだ。なのに、なのに、扉間はその時、回らない頭とがたつく体と、そうして、薄れそうな意識が全ての間違いを引き起こしたのだろう。

 

ふわりと、浮遊感に襲われた。

 

 

 

「な、何だ!?」

 

柱間の声と共に扉間は視界が暗がりに切り替わったことを理解した。そうして、そのままその場に降り立つ。いくら疲労が溜まっているとは言え、腐っても忍である男は易々とそれを行った。

 

「これは、時空間忍術か?」

 

柱間が慌てた様子でそう言えば、扉間は意識に渇を入れ、そうして持っていた巻物に目を向けた。

 

「・・・兄者。」

「お、おお、どうした?」

「この資料、棚の、三段目のどれを取ってきた?」

「右から二番目であろう?」

 

それに扉間は眉間に皺を寄せた。

 

「ワシは、左からと言ったのだ!」

「そ、そうだったか!?すまん!」

「もういい。にしても、これは、作りかけの術か?あそこには何を・・・」

 

扉間がぶつぶつと呟いているが、柱間はぐるりと周りを見回した。その部屋は、どうやら書庫のようで、狭い部屋の中に所狭しと巻物や書物が置かれている。

 

「にしても、ここはどこだ?」

「・・・おそらく、そこまで遠くではないだろうが。」

「おい、扉間よ、これを見ろ。」

 

その言葉に視線を向けると、そこには千手の家紋が書かれた箱が置かれていた。古びたそれの中身を見ると、雑多なものが放り込まれていた。

 

「一族の誰かの家か。」

「勝手に詫びを入れねばならんな。」

「ともかく家人を探すか・・・」

 

身内の証を見つけた二人はともかくと部屋を出た。扉間は一応はという警戒、そうして家人を探すために周りを探った。

そうすれば、数人の人間の存在を感知した。

 

「誰かいるようだな。」

「そうか、にしても、誰の家だろうな?」

 

そんなことを言いつつ、二人は一応、詫びだけは入れねばと歩みを進めた。

そうすると、庭に面しているらしい縁側に出た。

それは、目が眩みそうなほど、明るい場所だった。

 

柔らかな日光の射した縁側には、布団が並べられている。けれど、その布団の上には家の人間なのだろうか、三人ほどごろ寝している。

それに柱間は笑みを浮かべた。

 

母君に怒られるぞ、なんて言葉が出そうになった。

けれど、そんな言葉はすぐに喉の奥に引っ込んだ。いいや、隣にいた弟さえも息を飲むのが聞こえた。

その布団の隣に、少年が一人、いた。ぶらんと縁側に足を放り出していた。

齢は十になるか、なってないかという程だろうか。自分たちに背を向けて、何か書物を読んでいるらしいそれは、白と、黒に分かれた特徴的な髪。

いいや、それだけではない。

それだけではないのだ、柱間がその子どもに目を奪われたのは。

 

「い、たま・・・・?」

 

喉の奥で、戦くように、張り付くようにあった言葉が柱間のそれから漏れ出た。それに少年はゆっくりと振り返った。

その面立ちは、ああ、弟と瓜二つで。あの日、物言わぬ骸になって帰ってきた幼い末の弟。いいや、あのときよりも少しだけ成長しているだろう顔立ちだった。

 

少年は、柱間と扉間の顔に驚いた顔をしたが、すぐに表情をほころばせて立ち上がり、二人に駆け寄る。

 

「どうしたの?」

 

それは可笑しそうな、そんな顔で自分たちを見上げた。

柱間はそれに動揺するように戦いた。

 

これは、なんなのだろうか?

一族に、こんなにも弟に似た子どもが産まれたなんて話があっただろうか?

そうであるのなら、血縁として近いはずだ。

いいや、違う、幻覚なのだろうか?

それとも、もっと。

 

柱間はふらふらとその子どもに手を伸ばそうとした。その、丸い頬に手を伸ばそうとした。

けれど、その手は隣にいた扉間に振り払われた。そうして、その板間にそっくりの子どもの胸ぐらを掴んだ。

 

「何が目的だ?」

「え、え?」

「扉間、子どもぞ!?」

 

扉間は柱間の言葉など気にもとめずに子どもを見下ろした。そうして、子どものことを睨みつつ、観察した。

 

動作としては、困惑が一番だろうか?

特別、悪意などは感じない。けれど、その見目は何だ?何を目的にしている?

 

(・・・ならば、先ほどの家紋こそ罠か。)

 

扉間はこの場が自分たちにとって安全な場所なのか、それさえも疑ってその子どもに手を伸ばす。

ひとまず、人質に取って、この場が安全かどうか確認だけでも。

 

そう思ったとき、何かが自分に突っ込んでくる。

扉間は咄嗟の動きで、その何かに取り出したクナイを向ける。けれど、そのクナイを、何かは同じように弾き、そうして、跳び上がったそれは天井に逆さに着地する。

柱間と扉間はその何かに視線を向けた。

 

そうして、驚く。

それは、一人の見目の良い少女だった。おそらく、年齢としては十数か、そこらだろう。

夜のような黒い髪に、白磁の肌。そうして、朝焼けのような赤い瞳をしていた。

けれど、その纏う衣装と、そうして、顔立ちは何を見てもうちはのものだろう。

その赤い瞳は自分たちを捕らえた瞬間、まるで墨を垂らしたかのように、巴が浮び上がる。

 

(写輪眼!)

 

扉間は咄嗟にまぶたを閉じて、子どもから距離を取るために後方に下がる。

 

「ひーろま!ぱす!!」

「はい!」

「うああああ!」

 

軽やかな少女の声と、少年の声が二つ。

それに、扉間と柱間は声の方向から少女がどこにいるのか予想して、目を開く。そうすると、板間によく似た少年を囲い、自分たちを見ている。

それに、柱間と扉間の目が見開かれた。

 

何故って、その少年達の顔には覚えがあった。

一人は、未だ幼かったために薄れてはいるが、確かに記憶があるだろうその顔。

 

「うちは、タジマ・・・・」

 

扉間の口から漏れ出たそれに次、柱間は口を開く。

 

「瓦、間?」

 

そうして、もう一人。

それは、よくよく見れば扉間によく似た髪の色をしていた。顔立ちも扉間によく似ていたけれど、纏う空気の朗らかさは二番目の弟に似ていた。

そうして、その三人の前に立つ、写輪眼で自分たちを睨む少女。

 

「・・・・何者だ。」

 

ギラつくような瞳の中、少女は怖じ気づくこともなく、柱間と扉間をねめつける。

 

「この屋敷が誰ぞのものであるのか知ってのことか?いいや、ずかずかと入り込んできた無頼者の分際で、家人に手を出すとは恐れ入る。」

 

せせら笑うようなそれに扉間の眉間に皺が寄る。けれど、それを慌てて柱間が止める。

 

「ま、待て!家に勝手に入ったのは俺たちの方だろう!?」

「・・・・兄者、あれを見てそんなことが言えるのか?」

 

それに柱間は何と言えばいいのかわからなかった。目の前の、少女を除いた子どもたちの顔。それは、何というか、悪意を感じないと言えば嘘になる。

そんな顔の子どもがいれば、噂ぐらいは知っているはずだろう。いいや、逆に知らされなかった。

けれど、そんなことがあり得るのか?

その前に、ここはどこだ?

そうでないのなら、ここは、一体。

 

「・・・・おい、無礼だと理解しているのなら、名の一つでも名乗ったらどうだ?それとも、名も名乗れん程度の人間か?」

「何を・・・・」

 

少女がそんなことを吐き捨てると、ぱたぱたと、間抜けな音が聞こえてきた。

それは、丁度、柱間達の右側のふすまの向こうから聞こえる。それに、少女達の顔に焦りが出る。

 

「広間ー?どうかしましたかー?」

 

間延びした声と共にひょっこりと顔を出したのは、一人の女だった。

それは、少女とよく似た顔をしていた。

違うのは、黒い瞳だけなのだろう。そうして、その纏う空気だろうか。

顔立ちや、その服装から女がうちはの人間であることは理解できる。けれど、まるで小春日和のような、柔らかな空気を纏っていた。

それだけで、どこか、見たことがないような異端を見るような気分だった。

 

それは自分を見て、まるで、花が開くように微笑んだ。それに扉間は女が目を引く程度に見目が良いことを理解する。

 

「あれえ?柱間様に、扉間様?どうかされましたかー?」

「あれ?」

 

女が不思議そうな顔をして、自分たちを見上げた。そうして、同じような間延びした声が女の足下から聞こえた。

そうすると、そこには幼い、白髪の少女がおり、自分のことを不思議そうに見つめている。

 

「母上!こちらに来てください!」

 

その言葉に目の前の女は不思議そうに扉間によく似た少年の方を見た。それに、白髪の幼子だけが嬉しそうにてとてとと部屋を横切る。

それに少女がいち早く反応し、白い髪の幼子を攫うように抱えて、後ろに匿う。それに、女は何か異常事態を察したのか、少女達の方に向かおうとした。

 

けれど、それを扉間は腕を掴んで引き留めた。

 

「え?」

 

不思議そうな顔をしたそれに扉間は口を開いた。

 

「・・・ここは誰の家で、あれらは誰の子だ?」

「おい、叔母様を離せ!」

「・・・叔母、なら、ここはやはり木の葉の。」

「黙っていないで、答えろ。」

 

柱間の言葉を無視して、扉間はたたみかけた。それはうちはの人間であるのならば何故、千手の屋敷にいるのだ?

写輪眼になった時のことを考えて、女の胸の辺りに視線を向ける。

それに女はおずおずとした声で話し始めた。

 

「こ、ここは・・・・」

「くそ!カザリ!もういい、吹け!」

「はいはい、準備は出来ていますよ。」

 

そんな言葉に扉間は少女達の方に視線を向ける。そこには、巻物を広げ、何かを口寄せした。

 

(・・・・ホラ、貝?)

 

頭の上にどでかい疑問符が浮んだと同時に、少女達は耳をふさぐ。

そうして、タジマによく似た少年はそれを構え、高らかに笛を吹いた。

 

ぶおおおおおおおおおおおおおおおおん!

 

とんでもない音量で辺りに響き渡る。そうして、吹き終わった少年、カザリと呼ばれたそれは爽やかに微笑んでホラ貝を下ろした。

 

「練習した甲斐がありました・・・・!」

 

満足げなそれの後に、女が目を見開いて叫ぶ。

 

「ああああああああああ!吹いちゃったんですか!?」

「不審者がいるんだから、当たり前です!」

「不審者って、どこに。」

(なんの合図だ!?)

 

扉間はそう思った瞬間、庭を囲んでいた塀の上にわらわらと何かが集まってくる。

 

「どうされましたか!?」

「カグラ様?」

「カザリ様、また、吹きたくて吹いたとか言わないでくださいよ?」

「広間様!?」

「なんだなんだ・・・」

「扉間様たち、駆けつけるぞー」

「今日って、アカリ様はどうしてるっけ!?」

 

それは、見覚えのある千手の人間と、そうしてうちはの人間達が幾人も連れ立って、堀を越えて庭に入ってくる。

 

「あれ?扉間様?」

「なんでこんな時間に・・・」

「カザリ様、また吹きたくて吹いたんですか!?」

「・・・・お母上からお叱りが来ますよ?」

「やべ、俺、ずらかるぞ。」

「おい、どこ行く気だ?」

 

わらわらと、なんだなんだと集まってきたらしい両氏族の人間は部屋の中の柱間と扉間を不思議そうに見た後、呆れた様子で扉間達を見た。

 

「扉間様?こんな時間にどうされたんですか?」

「柱間様、早く執務に戻られた方が!」

「アカリ様、どうされてたっけ?」

「だが、扉間様もいるのだから、何か用があるのでは?」

 

扉間と柱間はその光景に目を白黒させた。何というか、彼らの知る両氏族とはあまりにもかけ離れていた。

なんというか、非常に和やかだった。互いに雑談を交わしながら、柱間と扉間を心配そうに見つめる。

 

(アカリ、とは誰だ?)

「おい!それは、二人に似ているが、不審者だぞ!」

「不審者って何を。」

「叔父上たちによく似てるが、まったく違う!変化の術か何かを使っているんだ!」

「そのようなこと・・・・」

 

何て言っていると、扉間は己の隣に何かが現れたことを理解した。それに視線を向ける前に、女の腕を掴んだ手を何かが払いのけた。

 

「・・・・昼間に何があったのかと思えば。」

 

そこにいたのは、自分と鏡映しかのようなそれ。

 

「人の姿を取って、家に入り込むとは。」

いい度胸をしているな?

 

そう言ったのは、まさしく、己自身、千手扉間の姿があった。

 





ホラ貝
トラブルほいほいの子どもたちに持たされている防犯ブザー代わり。こりゃあやばいと思ったら吹けと言われている。カザリが一番吹くのが上手い。
時々、里に響くホラ貝はある意味で名物になっている。


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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない 2

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

長くなりそうだったので切りの良いとこで切りました。

Twitter始めましたので、良ければ見てみてください。
小ネタとか、話に関係ないキャラの話とかをしております。


 

 

(あれ?????)

 

その日、千手イドラは特別なこともなく過ごしていた。ただ、その日はうずまきの里に義姉のうちはアカリが出かけており、上の甥を預かること以外は特に変わったことは無い。一番下の、件のオビトはうちはの奥方たちに預けられている。そのせいか、うちはの人間が比較的にるんるんしている。

 

丁度、アカデミーを卒業した、イドラの息子の広間と姪のうちはカグラは任務がないと休日で、上の甥であるカザリも何もないと庭に面した部屋でくつろいでいた。

そんな中、イドラは待望の娘のスズランを連れて家の用事をしていた。

 

「愛しい子、可愛い子、お月さんが見ているよー。」

「よりゅの、とばりー、そのなーかで。」

「おねむりなさいー、だーれも、それを、さまたげなーい。」

「わたしがーまーもーるーかーらー。」

 

洗濯物をたたみ、その隣で、スズランがゴロゴロと転がっている。互いにうちはの子守歌を合唱してご機嫌だ。

 

「はーうえ、きょうはちちうえ、かえってくる?」

「今日は遅くなるそうですよー。」

「そっかあ。」

 

まだ舌っ足らずな所のある娘の返事にイドラはそうだと考える。

 

(・・・でも、どれぐらいに仕事が終るんでしょうか?お夜食とか持っていくぐらい遅くなられるのかな?)

 

うーんと思いながら、夕飯を何にするかと考える。そんなとき、息子達のいる方の居室がやけに騒がしい。イドラははてりと首を傾げた。

何をそんなに騒いでいるのかと、部屋に向かったわけだが。

 

 

 

目の前には夫の千手扉間が冷たい目で自分を見ている。誰の家だと、おかしな事を言ってくる。己の家に何を言ってるんだろうか?

けれど、その目にイドラは固まった。

だって、その目は、いつかに戦場で見た男にそっくりで。

 

(あ、これ、ダメな奴・・・・)

 

己を掴んだ手の力に怯えたその瞬間、後ろから夫の声がしてきた。

 

(え?)

 

そうして、己の頭上から何かが発射された。

 

(あれ、天泣では!?)

 

イドラはそう思うと同時に、何かすごい力で後方に吹っ飛ばされる。

 

「みいいいいいいいいいいいい!?」

 

訳もわからずに放り出されはしても、腐っても忍。妙な形で放り投げられてもそれはくるりと見事な仕草でその場に下りたって見せた。

畳の上で、それはやんのかとステップを踏むように四本足でたんと跳ねる。

 

「何!?なになになに!!??」

 

大混乱で己に背を向けた扉間に視線を向ける。

それにイドラはびくりと震えた。尻尾や耳があれば、ぺたんと伏せて、ぶわりと毛が逆立っていただろう。

いいや、その場にいた、子どもや千手とうちはの人間が固まった。

 

(((ま、マジギレしてる!)))

 

 

 

「貴様・・・・」

 

扉間は己の目の前で自分を庇った千手柱間を見た。

 

「兄者!庇うな!」

「そんなことを言ってる場合か!扉間よ、先ほどの術は天泣か!?」

「・・・・・この状況で暢気なことだ。」

 

柱間の言葉を遮るようにその偽物は口を開く。それに扉間は返事をした。

 

「貴様こそ、ワシに化けて何を目的にしている?」

「それはこちらの言葉だ!」

 

ぎゃんと鳴いた偽物はわなわなと震えながら叫んだ。

 

「貴様こそ、イドラに何のようだ!?勝手に人の物に触れよって!イドラ!」

「うええええええええええ!私、何も知らないですよ!?」

「貴様がまた、変な物を引っかけた方がまだ信じられるわ!前も、滝隠れの忍を拾ってきた前科を忘れたか!?」

「あれはあ、そのお、色々と訳があ・・・・・」

「貴様は、無駄に人の間をふらふらしおってからに。」

「私が尻軽みたいじゃないですか!?」

 

イドラと呼ばれたそれは全てから遠ざかるように蹲るように丸まった。それに今まで大勢の中にいた、それこそ、己にも、瓦間にも似た少年が慌てて女に近づいていった。

そうして、慰めるようにその背を撫でた。

それを忌々しそうに眺めた後、偽物は扉間の方を向く。

扉間と柱間は何というか、目を点にしていた。

 

いやいやと、二人は脳内に手を振った。目の前のそれは、言っては何だが、扉間そのものだった。

仕草だとか、口調だとか、兄弟だからこそ理解している何か。そうだ、互いに、ある意味で連理の比翼のように、この戦場を生き抜いてきたからこそ、それがまさしく千手扉間そのものだと思えた。

けれど、何だろうか、その男から飛び出すその嫉妬丸出しのそれ。

ギリギリと己に向けられる目は、自分ではあり得ないように敵意と怒りに満ちている。

 

それ故に柱間と扉間は、何だろうか。鏡を見ていて、ふと、確かに感じる違和感に気分が悪くなるようなそんな、感覚を持った。

 

それは確かに千手扉間であるのに、けれど、それは何かが違う。

 

(動くか?)

 

だが、周りの状況、そうして、目の前の偽物が何を仕掛けてくるのかわからない。というよりも、今の、状況が把握しきれない。

 

(ならば、撤退が・・・・・)

 

扉間が術を仕掛けようとしたとき、大声が辺りに響き渡る。

 

「広間に、蔵間!今度はどうした!?」

「カグラ、お前又何かしたのか!?」

「姉さん、今度は何したの!?」

 

どたどたと駆けつけてくる音に庭が騒がしくなる。そうして、縁側に寄ってきていた両氏族を押しのけるように数人がやってくる。

 

その、光景に、その中の一人に。

扉間は目を見開いた。

悪夢のような光景だった。そうだ、趣味の悪い冗談?いいや、もっと、ひどいものだろう。

 

「うっわ、扉間二人、あれ、柱間さんももう一人いない!?」

 

うちはマダラの隣で、当たり前のように自分を見つめるうちはイズナ。自分が殺した男、うちはマダラの軋みの元凶。

 

ああ、ああ、なんて。

扉間はそれに怒りの言葉を吐こうとしたとき、己の隣に立つ兄から圧倒的な怒気が、いいや、屈服するようなチャクラが漏れ出す。

 

「それはなんだ?」

 

柱間のそれに皆が怯えるように体を縮める。柱間はまっすぐにうちはイズナを見つめる。その悪趣味さに、彼は憎悪さえ込めるようににらみ付けて。

 

「う、うええええええええええええええええ!!!」

 

そこで幼い少女の声が泣き声が響く。柱間はその悲鳴染みたそれに思わず殺気を収めた。そこには、白髪の少女がパニックになっているのか、兄の腕から逃れようとしていた。

それに、集まっていた両氏族の人間はおろおろと子どものことを見つめている。

なんというか、特に、その時のうちは一族は困り果てた顔をしている。

 

「スズラン、ほら、どうし・・・・」

 

それに偽物が駆け寄ろうとするが、少女は扉間の顔をしたそれを見て更にパニックになる。

 

「やあ!あっちいって!!」

 

それに、その偽物は、ぴきりと固まって、そうして、崩れ落ちた。それに扉間と柱間はまた目が点になる。

今までの殺気混じりの空気など忘れて、自分たちに背を向けて崩れ落ちる様が、なんというかあまりにも情けないというか、異常過ぎた。

いや、お前、化けるならもっとあるだろ?

いや、その前に、化けるというのならば今の現状が本当に謎すぎるのだ。

 

「あーあ・・・」

「止まったぞ。」

「あれは当分、続くぞ。」

 

先ほどまでの殺気も忘れて、崩れ落ちた扉間に柱間の偽物と、マダラは呆れた顔をしていた。

そうして、泣き叫んだ少女に、今まで蹲っていた女が立ち上がり、そうして駆けていく。

 

「スズラン?」

 

女は、今までの何というか、情けなさとか愚かさなんて拭い捨てられて柔らかな声で少女に話しかける。

 

「ほら、何を泣くのですか?」

「こわいいいいいい・・・・」

「怖くなどありませんよ、ほら、父上も、兄上も母もいますよ。何も、怖い事なんて起こりませんよ?柱間様は、少し、怒ってしまっただけで、お前に怒ってるわけではないですよ?」

「ほんと?」

「ええ、ええ、本当に。」

 

黒い髪の女は小柄な中、それよりもずっと小さな少女を抱えて、背中を叩く。そうすると、目に涙を溜めていた少女はきょとんとした顔をしたが、母親の体温に安心したのか、すんとしながら泣き止んだ。

それに周りから安堵のため息が出る。

 

「ほら、父上、そろそろ起きてください。」

「スズランが、あっちいけと・・・・!」

「あの子は母に似ておりますから、すぐに忘れますよ。」

「せっかく、ようやく、父という認識を持たれたというのに・・・」

「雑用なら請け負いますから、時間を作りましょう。今のところ、情勢は落ち着いておりますから。ほら、立ってください。」

 

その横で、崩れ落ちた男を広間が起き上がらせる。

それを広間はなんとか起き上がらせた。

 

「その、だなあ。悪気があったわけではないのだが?」

「というよりも、お主は何者だ?」

 

柱間がばつの悪そうにそう言えば、柱間の偽物が返事をする。それに柱間はうーんと首を傾げた。

 

「いや、俺は千手柱間だが?」

「いや、俺も千手柱間だが?」

 

それに二人の柱間は互いに首を傾げる。そのタイミングまでぴったりであった。

なんとも間抜けな仕草に、これ、けっきょくどうすんのという空気が流れる。

 

「ええい、兄者、そんなことを言っている場合か!?」

「いや、だが、俺から見ても俺だしなあ。」

「あちらが偽物で、兄者が本物に決まっておるだろうが!大体、この場はおかしなことばかりだ!」

「だが、幻術にかかっているわけでもないだろう?」

「だが、なぜあれがここに!」

「あのお・・・・」

 

喧嘩をしている柱間と扉間に声がかかる。二人がそちらを見ると、そこには、扉間にも瓦間にも似たあの少年だ。

彼は扉間の偽物を支えながらおずおずと口にした。

 

「広間!勝手に口を利くな。」

「ですが、このままだとどうしようもないですし。それに、大丈夫だと思いますよ?」

「何を根拠に・・・・」

 

それに広間と呼ばれたそれは、少し悩んだ後、おっとりと微笑んだ。

 

「父上が守ってくださいますでしょう。」

 

なんとも気が抜けるというか、扉間という存在への信頼感を表したあどけない微笑みに、皆が気が抜けるような感覚がした。

扉間と柱間は、その顔でありながら、ほんわかした空気感を放ちながら、場の空気さえも巻き込むふにゃふにゃとしたそれに気が抜ける心地がした。

 

「ええっと、そちらの方が柱間様であると仮定できるのなら、木遁は使えますか?使えるのなら、証拠を見せていただけませんか?」

 

その言葉に柱間は確かにそれは証明になると、近くにあった適当な柱に手を添えた。そうすれば、柱から若枝が一本茂った。

それに周りの人間からざわめきが立つ。

だって、そうだろう。

 

木遁、それを使える人間がどれだけ限られているのか。そんなこと、千手とうちはの人間であるのならば誰だって知っている。

 

「うーん、これは困りましたねえ。柱間様は、柱間様であられるようですねえ。」

 

皆が驚いている中、広間はのんびりとそう言った。それに、隣に立った男だけが同意するように目を細めた。

 

「・・・そうですね、ここで奇跡が起きて、木遁使いがまだおられた可能性があるので。もう一つ、ご質問を?」

 

広間はのんびりと、落ち着き払ったそのままに口を開いた。

 

「柱間様、あなたが天啓を授かったのは、おいくつの時でしたか?」

 

それに、扉間は目を見開いた。

 

天啓を得た。

そんな表現を、兄である千手柱間は自分にだけ漏らしたことがある。

いくら同盟を組んだとはいえ、兄とマダラが昔会っており、そうして、共に夢を語った事なんて話せるはずがない。

そのため、周囲は柱間とマダラの親しさに、どこかで会っていたことは予想されても、具体的な時期なんて知らされてはいない。

何よりも、天啓なんて表現、自分にしか漏らしたことはないはずだ。

扉間は、ある意味で、千手柱間が柱間たるかを証明する質問としてこれ以上のことはないだろうと理解する。

いいや、広間というそれは、その事情を汲んで質問をしたということだ。

天啓、その表現さえも自分や、そうして彼の妻しか知らないだろう。

 

柱間に、それに、じっとマダラを見た。そうして、口を開く。

それは、柱間がマダラにあった齢だった。

 

それに、ぱんと拍手の音が一回。

 

「それならば、そちらの柱間様は柱間様ですし。おそらく、その隣の、弟君も本物でしょう。本物の柱間様が二人おられるよりも、どちらも本物である方が整合性も取れますでしょうし。ですが、さて。」

 

広間は不思議そうに首を傾げた。

 

「これは、いったいどういうことなのでしょうかねえ?」

 

それに応えられるものなどいるはずもなく、互いに目を見合わせた。

 



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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない 3

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

長くなりそうだったので切りの良いとこで切りました。


Twitterの方で、原作の黒幕がマダラじゃなくて広間だった場合の小ネタが爆誕したので、清書してあげたいと思ってます。


その二人は誰なのか。

そんな疑問が浮んだとき、物の見事に皆の視線は千手扉間に向かった。

 

「・・・なんだ、その目は!」

「父上、また、何かされたのですか?」

「広間、貴様ワシがこんな意味のわからん忍術を作っとらんと知っておろうが!」

「・・・・目の前のお二方が、父上と叔父上なら、あちらが起点になっている可能性もありますし。なら、ここは一つ。」

 

千手広間はやはりぱんと手を打ち鳴らした。それに警戒するように千手兄弟が体を強ばらせた。

 

「お茶にしましょうか?」

 

 

 

「お茶請けのおせんべいでーす!甘めとしょっぱいのでーす。」

「甘めがいい!」

「しょっぱい方が。」

「湯飲み足りねえから借りてきたぞ。」

「追加のお茶っ葉!」

「追加のお湯出来たぞ!」

「んなぐらぐらのお湯で飲めるか!差し水いれろ!」

 

迷い込んだ千手扉間、現在は本来の道筋として二代目とする、は何だこの光景はと頭を抱えたくなった。

 

 

広間というそれがお茶にすると言えば、周りの人間がざわつく。

 

「あほか!何を暢気なことを!」

 

扉間の怒鳴り声に初代と二代目は同じように頷いた。

ここで何を言うのかと思えば、暢気なそれに何を思う。それに、広間はけろりとした顔で時計を見た。

 

「でも、もう、おやつの時間ですよ?」

 

その言葉と共に、ぐううううううと間抜けな、腹の鳴る音がした。音の方を見ると、先ほどまで獣のように冷たい瞳をしていたうちはの少女からだった。

それは特別恥ずかしがる様子もなく、あっけらかんと言ってのける。

 

「そう言えば、お腹が減ったな!!」

 

元気いっぱいのそれに広間の隣にいた扉間は頭を抱え、うちはマダラは呆れたようにため息を吐き、そうして、うちはイズナと千手柱間はけらけらと笑った。

広間はそれに初代と二代目に近づき、二人のことを上目遣いに見た。媚びるような仕草であったが、そのまったりとした空気のせいか猫が足にすり寄る甘えのような仕草に見えた。

 

「尋問のように暗いところで話をするよりもお茶をしながらの方が、柱間の叔父上は嬉しいでしょうし。」

「お前は、どうしてそう暢気な。」

「でも、お二人からは敵意はあれど悪意は感じませんもの。」

だから父上も問答無用に拘束されなかったんでしょう?

 

のんびりとしたそれに扉間は思うところがあってなのか口を噤む。それに娘を抱っこしていたうちはイドラが立ち上がる。

 

「じゃあ、お茶の用意しますねー。」

 

よくわからんが茶をご所望かとイドラは娘をうちはカザリに預けて、てとてとと奥に消えていく。

それに周りの両氏族の人間がわらわらと動き始める。

 

「机出しますか?」

「この人数ならやかんが足りんぞ。」

「湯飲みもですよー。」

「適当なとっから借りてこいよ。」

「あ、よくわからんけど二人とも、ちょっとどいてください。」

「あ、すまん・・・」

 

今までの空気など忘れたようにうちはの人間も、千手の人間も勝手知ったるやと家の中に散っていく。

それに扉間ははあとため息を吐きながら、縁側に向かいどっかりとその場に座る。柱間やマダラ、そうしてイズナも縁側に腰掛けて部屋に上がる準備をする。

初代と二代目は放置され、困惑しながら部屋を見回す。そこに、声がかけられた。

 

「なあ。」

 

視線を向けると、大分下の方に艶々とした黒い髪が見えた。

 

「机置くから、叔父様たち、そこにいたら邪魔だよ。こっち来て!」

 

そういって、何のためらいもなしに少女は初代の手を掴んで縁側の方に近づいた。

 

「お、おお!?」

 

何というか、あまりにも気安いその仕草に柱間は動揺する。

うちは一族は里に属しているが、そうは言っても警戒心が高い。秘密主義で有り、血継限界を持った彼らは里の端に住居を構えていることもあるため、彼らは人を寄せ付けない。

柱間も、里の長と言っても、特に子どもには警戒心を持たれて距離を置かれる。

けれど、その少女は何のためらいもなく柱間に近づき、そうしてその手に何のためらいもなく触れる。

忍者にとって、それがどれほど信頼を持っての行動か理解できた。

扉間も、その気安い仕草に目を見開いた。

そうして、向かった先で扉間は白目を剥きそうになった。

 

「ほら、スズラン、こっちに来い!」

 

そこには、這いつくばってカザリに抱っこされたスズランへでんでん太鼓を叩きながらにじり寄る扉間の姿があった。

 

「やあ!」

「くうううう!何故だ、スズラン!父上だぞ!?」

「やあ!」

 

断固拒否の姿勢でスズランは従兄のカザリの胸に顔を埋めている。それに扉間はうなだれるようにでんでん太鼓を叩き続けている。

 

「・・・・何をしておる?」

 

扉間はその己の情けない姿に口元をひくつかせながら見下ろした。それに、うなだれていた扉間は起き上がり、恨みがましそうに二代目を見た。

 

「誰のせいだと思っている!?貴様のせいで娘がワシのことを怖がって近寄らなくなったんだぞ!?」

 

扉間は悲惨な顔を手で覆った。それに初代は、見たこともないような様子に天変地異の前触れかとそわそわする。何よりも、扉間は千手の二番手で有り、そうして、里の中心にいる存在だ。

そんな姿はあまりにも示しが付かない。けれど、周りの人間は、ある意味で見慣れた様子と特別に気にしていない。

基本的に、千手の人間は恐ろしい姉貴分のおかげで情けないのがデフォルトなのである。

 

「貴様にわかるか!?連日の仕事のせいで家に帰れず!ようやっと帰れて娘に会えば、おじさん誰と言われるワシの気持ちが!ようやく、父であると覚えさせて、とてとてと歩み寄ってくるのを楽しみにしておったのに!」

「あー。広間、大変だったでしょ?」

「・・・・まあ、父上に化けて、まねをして、スズランにようやくすり込んだと思っていたんですけどねえ。まあ、どうせ少ししたら怖かったことも忘れるでしょう。母様にそっくりなので。」

「扉の叔父上、あのとき、めちゃくちゃ落ち込んでたものなあ。」

「知るか!大体、あの程度で怯えていてどうする!?大体、娘、などと・・・・貴様、結婚しているのか!?」

 

改めてのそれに扉間はうろんな目で二代目を見た。

 

「しておるわ。貴様は、いや、大体貴様らはどこから来たんだ?」

 

それに扉間は、自分たちがここにいる経緯を話した。

 

「ん?まて、その棚の、それは・・・」

「それって、飛雷神の術の改良版ではないですか?」

 

二人の会話に割って入ったのは、足を洗う水を汲みに行っていた広間だった。

 

「・・・飛雷神の術の?」

 

どこか居心地が悪そうに丁度、柱間の後ろの辺りに座っていた初代がそう言えば広間は立ち上がり淡く微笑んだ。

 

「ええ。確か、マーキングの代わりに、個々人の肉体情報に紐付けをしたものを作りませんでしたっけ?」

 

それに扉間と二代目はああと頷いた。

 

「・・・そうだ、確か作りはしたが。」

「わざわざ肉体情報を手に入れた時点で、マーキングをされているだろうとお蔵入りさせたものだったな。」

「これは、仮説ですが。確か、父上、初期設定の情報をご自分にされていませんでしたか?そうであるのなら。移動させる存在が、術を発動させたために何か齟齬が産まれたのでは?」

 

その言葉に扉間と二代目は互いに顔を見合わせて、確かにと考え込み始める。それを見ていた初代は恐る恐ると声をかけた。

 

「すまん、その、お前さんは誰だろうか?扉間によく似ているが。」

 

それに柱間はああ、そうかと思い口を開いた。

 

「そちらの扉間は結婚しておらんのか?」

「ということは。」

「そうだ。先ほど話したのが広間。マダラの妹君と扉間の長男ぞ。」

 

それに初代と二代目の目が見開かれた。

 

それに柱間が順々に紹介していく。

 

「そうして、そこの白髪の子が末のスズラン。スズランを抱っこしておるのがマダラと、姉上の長男でカザリ。イズナの隣におるのが蔵間。そうして、そっちの俺を連れてきたのがマダラの長女のカグラぞ。」

 

丁度、カグラと紹介された少女は足を洗い終わったのを確認し、マダラの脇に頭を突っ込むと男の膝の上に体を滑り込ませた。

 

「父様!お仕事はいいんですか?」

「ホラ貝が聞こえたから急いできたんだろう?まあ、急ぎの物は今のところは無いが。」

 

カグラはゴロゴロと喉を鳴らす猫のようにマダラの首に手を回して頭をこすりつける。

 

「もう、カグラ、兄さんの膝の上で甘える年じゃないでしょう?」

 

イズナの叱責にカグラはふくれっ面になってマダラに甘えるように見上げた。

 

「父様、ダメですか?」

 

それにマダラは苦笑交じりでカグラの頭を撫でて首を軽く振る。

 

「まあ、今はいいだろう。」

「やった!えへへへへへ・・・」

 

カグラはゆるゆると微笑みながらマダラに甘える。

 

「もう、娘には甘いんだから。」

「いいだろう?どうせ、すぐに大きくなってしまうんだから。」

 

マダラはそう言って、初代が見たことがないような穏やかな笑みで娘の話をうんうんと頷いている。

それにイズナは仕方が無いなあと淡く微笑んだ。

 

(・・・マダラは、あんな顔をするのか。)

 

ぼんやりと、柱間が思い出すのは自分に背を向けて、そうして里を出て行ったマダラの姿だった。

 

(・・・マダラよ、お前はどこに。)

 

そんな後ろ姿を見ていた初代はびくりと体を震わせた。何故って、庭に立ったままの広間の目が赤く、巴の柄が浮んでいたのだ。

反射のように立ち上がろうとした柱間の肩を誰かが掴んだ。

 

「柱間の叔父上。」

「お前、カザリか?」

「広間のことならばお気になさらず。」

「い、いや、だが写輪眼が。」

 

声を潜めた柱間にカザリは楽しそうに目を細めた。その顔立ちは、幼い頃にあったうちはタジマを思い出させて少しだけ落ち着かない気分になる。

 

「あれはただ単に姉様の姿を記録しているだけですよ。後で幻術で見返すだけですから。」

 

なんで?????

 

柱間の頭の上にはたくさんのはてなマークが浮ぶ。

疑問は多くあったが、思わず口に出したのは一つだけ。

 

「い、いいのか、写輪眼が・・・」

「まあ、よくあることじゃないですか?まあ、良いことではないですが。どうも、気が緩んだり、高ぶったりすると無意識になってしまうのは気をつけなければいけませんが。」

 

なんてことを言った。それに、柱間は自分がどんな顔をすれば良いのかわからなくなる。

ちらりと、自分の方を見た。

そこには、何の憂いもなくマダラと話をしている自分がいる。そうして、彼の娘であるという可愛らしい少女にもじゃれつかれて、和気藹々と話をしている自分。

 

「おーい、机これ使って良いですか?」

「ああ、それを使え!」

「何個出す?」

「おーい!机出し終わったらうちはの人間は手伝ってくれ!」

 

庭には、七輪を幾つか持ち寄り、そうしてやかんだとかを抱えたうちはと千手の人間が見えた。

 

「ここでやるのか?」

「この人数だと庭で直接湧かした方が早いでしょ?」

「マダラ様、火種くださーい!」

「うちはの火遁を火種にするな!」

 

なんだか和やかだ。今まで散々争いあったことなど、なかったかのようで。

それは、自分たちの里には無い物だ。

そこで、てとてとと、大柄な男達の中から、華奢で小さな何かがぽんと飛び出してくる。

それは、最初にあったスズランを連れたうちはの女だった。

 

「皆さん、おやつ何にしますかあ?」

 

間延びして、のんびりとした声音はなんだかひどくうちはらしくない。くるくるとよく変わる表情はまるで少女のように愛らしい。

 

「何って何があるの?」

「おせんべいと、あと、お腹減ってるならご飯のこりがあるので焼きおにぎりができますよ?」

「おにぎり!」

「僕もおにぎりがいいなあ。」

 

食べ盛りの子どもたちは焼きおにぎりを所望する。

 

「兄様はどうされますか?」

「俺は茶だけでいい。」

 

それに柱間は改めてその少女がマダラの妹で有り、そうして、扉間の妻であることを理解した。

 

「ええっと、柱間、様は?」

「・・・いいや、俺も茶だけで構わんよ?」

「?はーい。わかりましたあ。」

 

てとてとと間抜けな音を立てて、女は去って行く。それに初代はその後ろ姿を見送った。どんな顔をしていいのだろうか。

声が聞こえる。

がやがやと、千手とうちはの人間達が楽しそうに茶の準備をしている。

それは、自分たちの里ではけしてありえない風景だった。

 

(・・・おい。)

 

扉間は息子の仮定について考えていると、目の前の、もう一人の自分の存在がこれ以上無いほどに険しい顔をしている。

本当を言うのならば、扉間は目の前のそれが自分と同位体であると理解していた。

感知タイプである彼は、男のチャクラが自分と同じであることも、初代のチャクラも又兄と同じであることも理解していた。

 

けれど、それだけでは信用できない。そのために煽るようなことを言って出方をうかがっていたのだ。

それでも、こうやって茶をするなどとしたのは、少なくとも初代の価値観はどうやら勝手知ったる兄と同じであるようだ。

ならば、子どもがいる場で二代目が何かをやらかそうとすれば、絶対的に初代が止めにかかるだろう。

 

(何よりも。)

 

初代の、マダラとイズナへの態度も気になった。

相手の状態を知るために、多くの情報を得るためにその場にいる人間と、そうして状況を少しだけ変えることにしただけだ。

相手を動揺させるには、相手にとって予想の出来ない状況に引き込むのが一番だ。

それは、自分が散々に嵌まった術中だ。何と言っても、それで人生の墓場に突っ込まれた自分が誰よりも自覚している。

 

(貴様、どういうことだ!?)

(何だ?)

(なぜ、うちはの女を妻にした?あの一族がどういった存在か、わからないわけではないだろう?あれを身内に取り込む事の意味が?)

 

んなもん、とんでもない美人局にあったからだよと叫びたかったが、そんなことを言える立場ではない。というか、そんなことを言えば痛い目に会うのは自分である。

それ故に、扉間はため息を吐いた。

 

(・・・・色々あったのだ。)

(何がだ!?)

 

風評被害であるとは言え、誤魔化すには時間が足らず。かといって、伝わっている事実を伝える訳にもいかず。

扉間は全力で話を明後日の方向に向けるのであった。

 

 



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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない 4

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

長くなりそうだったので切りの良いとこで切りました。

下のはTwitterで書いた小ネタです。なんか妙に気に入ったので載せました。


 

 

茶をしばく。

周りはわいわいと出されたせんべいと茶と、子どもたちは焼きおにぎりを頬張る。

 

「焼きおにぎりは、火が命!」

 

なんて、声が聞こえてくる物だから、千手柱間こと初代はそれに思わず庭先を見た。そこには、朗らかに笑ううちはの女がいて。その周りに、うちははもちろん、千手一族までもたむろしている。

 

「・・・それで?」

 

初代は隣に座った二代目こと、弟の千手扉間の言葉に我に返る。二代目はこれ以上無いほどに不機嫌そうな顔で机の向かい側に座った四人と、そうして、その子どもたちを見た。

 

「と、扉間よ、そんな剣呑な口調で・・・」

「兄者は黙っておれ!」

 

ぴしゃりと言われた初代はしょんもりとしながらそれを聞いた。

 

「ねえ、声を荒げないでくれない?うちの姪っ子が怯えてるんだけど?」

 

不機嫌そうな声に二代目は視線を向ける。そこには、机に付いたうちはイズナがいた。その膝の上には、雪のような、それこそ自分と同じ色の髪をした幼女が怯えたように体を震わせた。

それに、二代目は悪い夢を見ているような気分になった。

それが崩れ落ちる瞬間を覚えている。それの脇腹を切り裂く瞬間も、そうしてそれが死んだ後に戦場に現れたうちはマダラの顔でさえも。

 

「それで、話とは・・・・」

「ねえ、兄上、味噌味のおにぎりと醤油味の交換してよ。」

「うーん?蔵間はお味噌のほうが好き?」

「なら、私と交換するか?」

「お腹が空いているなら、私の分、食べますか?」

 

がやがやと聞こえてくる子どもの声に、扉間はだんと机を叩いた。

 

「ええい!これからの話を考えるならそやつらをなんとかしろ!」

 

二代目の視線の先、そこには、五人の子どもがいた。それらは、千手柱間たちと同様に机についておやつに出された焼きおにぎりなどを頬張っている。

普段ならばそこまで目くじらを立てる男ではないが、現状が現状なだけにそう怒鳴るのも致し方がないだろう。

右から、千手柱間、千手広間、千手扉間、千手蔵間、うちはカザリ、うちはマダラにその膝の上にうちはカグラ、その隣にうちはイズナといったところだろうか。

それに千手扉間はため息を吐いた。

 

「・・・お前達に最初に会ったのはこれらだ。ならば、これらがここにおるのも道理だろう。」

「それが理由になると思っているのか!何より、一応は侵入者のワシらと何を茶をしばいておる!?」

 

まあ、それは確かに道理だ。

さすがに全員が机に付くことが出来ないと、縁側に腰掛けて部屋の動向を見守っていたうちはと千手の人間達は頷いた。

それに扉間はため息を吐いた。

 

「・・・追い払ってもどうせ聞きに来るのだから最初からいさせた方がいいのだ。」

「この程度の子どもに何を・・・・」

 

その言葉にその場にいた全員が、苦笑いをするか、なんとも言えない顔で視線をそらす。その、己さえも、いいや己とは決まっていないのだが、それの仕草に二代目の中にそれが本当ではないのかと考えが浮ぶ。

扉間からすれば、すでに身内にばれているのだ。ならば、ある程度一気にここで情報を共有して今後に当たればいい。

 

え?もしも周りに知られちゃいけないことが出来たら?

 

(その時は、広間に任せるか。)

 

ついこの間、息子の広間は万華鏡写輪眼に目覚めたばかりだ。

何が原因だって?

従妹のカグラが長期の任務が長引き、開眼した。

何を言っているのかわからねえと思うが、開眼しちまったものは開眼してしまったのだ。

 

うちはの人間が写輪眼を開眼する、ラインと言えるべきものが引き下げられていることはマダラたちも実感しているらしい。

 

(・・・・さすがに万華鏡写輪眼に至ったのは、息子や姪っ子だけ。)

 

おまけに、彼らはいくら瞳術を使っても失明する兆候はない。千手の血は、確かに写輪眼のデメリットを打ち消しているのだろう。

そんなこんなで開眼した広間の瞳術は、記憶操作だ。

エグい。

いや、エグい。

もちろん、それ相応に冷却期間が必要であったり、デメリットもあるが、そこまで負担というわけではない。

未来の息子と同等の方向性というか。術の開発もしている息子は扉間でさえも引き留めた方がいい気がする方向に行っている気がするのだが。

いや、止めていいのか?

これから絶対的に、自分や兄が死んだ後は荒れることは予想が出来るのならば、強化に努めるのが、いいのはいいのだが。

信用は、出来る。出来るのだが。

母親似のパヤついた空気は本心をよくよく隠す。

それって本音を言っているのか?

父親の自分でさえも少しばかり、不安な面がある。

 

でも、優秀なんだよなあ。

冷静というのならば、それはそうなのだが。だが、なんというか。

精神的にハチャメチャに安定している、従姉弟や弟たちが全力で引き留めてくれるだろうと思いはするが。

 

「それで、お前達は術の発動で、気づけばこの家の物置にいたということでいいのか?」

 

考え込んだ自分に呆れたマダラがそのまま話を続けた。二代目は眉間に寄せた皺を更に深めた。そうして、柱間は何やら悲しそうな顔をした。

マダラは、もしかしてそれらの知る限りの自分は死んでるんじゃねえかと少し考えた。

 

向かいの初代から感じる、なんとも言えない、じめっとした質感の視線に嫌な予感を覚えた。

 

「だからそうだと言っているだろうが。」

「・・・そうであるとして、この状況はいったい。」

「猫の箱みたいだね。」

 

二代目と扉間がにらみ合うようにぼやくと同時に、ぽつんとカグラが呟いた。ゆうゆうと、まるで優雅な猫のような仕草でそれは口の端についた米粒を舐めとりながら言った。

明るく快活な印象から抜けて、それはひどく、うちはらしい仕草のように見える。

 

「猫の箱?」

「なんだったけ?イドラの伯母様に聞いたっきりだったんだけど。」

「ああ、あれですか。重なり合った可能性の存在の有無でしたっけ?」

 

カグラが広間から横流しされるおにぎりにかぶり付くと同時に、カザリが 言葉を引き継いだ。

 

「なんだ、それは?」

「ある種の思考実験だと聞きましたが。伯母様から直接聞いた方が早いと思いますよ?」

「そうだな。イドラ!」

 

扉間のそれに庭先で七輪を目の前に、ぱたぱたとうちわを使いながら焼きおにぎりの追加を作っていたイドラが跳ねるように返事をした。

 

「はあーい?」

 

イドラは丁度出来上がった焼きおにぎりを空いていた皿に盛っていく。

縁側を登り、そうして机ににじり寄る。

扉間が口を開く前に、イドラは納得するような顔をして向かいに座る初代に近づいた。

 

「柱間様も、お腹空きましたかあ?」

「お、おお?」

 

予想外に話しかけてきたイドラに初代は驚いた顔をして、曖昧に返事を返す。イドラは嬉しそうに微笑んで持っていた皿を机に置いた。そうして、両手をちょこんと机に置いて初代に微笑んだ。

 

「お味噌と、お醤油と。ああ、焼き加減も抜群ですよお。火加減には自信があるので!」

 

初代はそれに固まった。いや、その隣にいた二代目まで改めて女を見た。

うちは自体、あまり、他人に近づいてくることはない。話していれば壁を感じる。けれど、それは愛玩用に育てられた犬のような愛想の振り方だ。

今でさえも、所属のわからない自分たちににこにこと微笑みかけて、のんきしている。

けれど、容姿を見ればうちははうちはで。

初代はなんだか、その頭を撫でたくなった。撫でてと言われているような気がして。

 

「イドラ!握り飯で呼んだのではない!」

「えー、でも、せっかく絶妙な焼き加減が・・・・」

 

イドラはほかほかと湯気を立てる、お醤油の香ばしい匂いのするそれを未練がましく見つめる。

扉間はそれにあきれ果てながら立ち上がり、そうしてイドラの後ろに回り込む。そうして、当たり前のように脇の下に両手を入れて抱き上げた。

イドラはぐでりと、それこそ無抵抗に抱き上げられる猫のごとくそのまま連れ去られる。

その、あまりにも、不躾というか、予想外の対応に唖然とする。

 

何故、抱き上げる、立たせりゃいいだろ?

というか、待て、その女、頭身縮んでねえか?

 

扉間はそんな突き刺さる視線など慣れたものでさっさと元の席に戻り、そうして、座った後に、何のためらいもなくイドラを膝の上に乗せた。

 

「それで、イドラよ。話が・・・・」

「待て待て待て待て!!!」

 

扉間が平然と話を進めようとしたとき、二代目が割って入る。それに扉間は、なんだようるせえなあという顔をした。

 

「貴様は何を平然と膝の上に乗せておる!?」

 

初代もあまりの光景に目を見開いた。

もちろん、幼い子どもを可愛がるという意味で膝の上に載せるということはあるだろう。けれど、扉間の膝の上にいるのは、それの妻だという。

おまけに、子どもがすでに三人も。

はしたないだとか、言えることは多くあるのだが、初代はあんぐりを口を開けてそれを見た。

 

扉間が?

あの、扉間が?

こんな白昼堂々と、おまけに、人前で女を膝の上に載せている?

 

一種の宇宙を背負って、初代は固まった。そこに二代目がたたみかける。

 

「人前で何を平然と!貴様に恥はないのか!?」

「ま、待つのだ、そちらの扉間よ!落ち着け、な?」

「そうだ。まあ、是に関してはそう突っ込んでやるな。」

「まあ、いつもの光景と言えば光景だもんね。」

「何がだ!?というか、兄者達もとめんか!人の顔で何をしておる!?現状を考えろ!いいや、その前に、そんなことをするな!」

 

二代目にそう言われた、扉間は変わらずにふてぶてしい顔をしていたが。

 

(・・・・そういやそうだ。)

 

内心でやっちまったあと頭を抱えていた。

もう、何も考えずにイドラを膝に乗せている。夜とか膝の上に載せて、今日の出来事を話すのなんか普通にしている。

というか、そこら辺に周りもなんのツッコミもしてこない現状がやばいのではないだろうか?

 

(無自覚なバカップルっぷり、嫌いじゃないです。)

 

なんて、息子がにこにことしながら自分たちを見ているのなんて扉間は知らない。

 

「確かに、少しはしたないかもしれん!だが、扉間はそれはそれはイドラのことを溺愛しておってな!それはもう、目に入れても痛くないほどぞ!」

 

柱間はなんだか嬉しくなって口を開く。だって、何と言っても可愛くて仕方が無い弟夫婦のことだ。

自慢したくて堪らない。

 

「時々、良い所に飯を食いに行っても、味の感想を聞くとイドラの飯が食いたいというし。遠出すると必ず、イドラが好きだというものを買うしの!あと、イドラに飛雷神の術もかけて・・・・・」

「ああああああああああああああああああ!!!???」

 

ばっちーんと柱間の口元をビンタの勢いで扉間はふさいだ。広間は慣れた様子で体をのけぞらせてそれを避ける。

 

「いらんこと言わんでいい!!」

「なんぞ!こんなの、公然の事実ではないか!」

「言っていいことと悪いことがあるだろう!」

「言われたくない範疇だって理解してるのに、お前やってんだ。」

 

イズナの言葉にマダラは口を開くことも出来ず、茶を啜った。イドラは、自分のやらかしがやらかしなので、平気そうにぽけぽけと膝の上に座っている。

 

「は?飛雷神の術だと!?」

 

くわっと二代目がそれに反応する。

 

「どういうことだ!?わざわざ飛雷針の術だと!?」

「ええい、それは今のことに関係などないだろう!?流せ!」

「流せるか!何故、そんなことをしている!?」

「それはですね!」

「扉間様が!」

「イドラ様のことを!」

「非常に愛しているからです!」

 

突然割り込んできたそれに、視線を向けると、嬉しそうなうちはの人間達がわらわらと机に群がっていた。

 

キラキラとした瞳に、思わず初代と二代目はたじたじになる。

彼らにとって、うちはの人間はどこか自分たちから一歩引いていた。マダラの行いや、何よりも、うちはが劣勢の内に同盟を組んだために、遠慮している部分があった。

何よりも、今のところ、里の中核にあるのは長い間争いあっていた千手だ。遠巻きにするのも仕方が無いだろう。

が、これはなんだと初代と二代目は目を見開いた。

うちはの後ろにはスクリューする尻尾が見えたし、縁側に止まる千手の中には興奮で飛び出した者の履き物を脱がせてやっているものまでいた。

 

「おい!余計なことをいわんでいい!」

「ですが、扉間様!」

「そうです、扉間様がどれだけイドラ様を愛しておられるか!」

「誤解など生まれてはそれこそ!」

 

扉間は慌てて己の武勇伝(全部、とまではいかないが大半は誤解)の拡散を止めようとした。

が、そんなもので止まるものでないのが、一度走り出してしまったうちはなわけで。

 

「修行中の森の中で偶然出会い!」

「少しずつ惹かれ、互いがうちはと千手と知りながら!」

「それでも会うことも止められず!」

「等々飛雷神の術を使って逢瀬をし!」

「飛雷神の術は対、うちはに作ったのであって、そんな用途には!」

 

扉間は、なんとか考えたイドラとの逢瀬の記録(捏造)に入り込む勝手な予想を止める。けれど、うちはのそれらはわかっていますよと頷く。

 

「ふっ、扉間様、照れないでもいいのですよ?」

「そうですよ、公然の事実というものです!」

「つーか、そうでないとあの忙しさでどうやって女としけ込んでたって話じゃねえの?」

「さすがに、女との逢瀬で作った術、戦で使ってたってのは図太すぎると思うけどな。」

「それぐらい図太いだろ、あの人。」

「違いない。」

「おうい!そこのお前、後で呼び出しだからな!?」

 

話に入り込んできた千手の人間に扉間が渇を入れる。そこで、イズナが不機嫌そうな顔をする。

 

「扉間、言いたくないけど、お前何言われても文句言えないんだからな!?」

「はあ!?イズナ、何を根拠に!」

「言っとくけど、俺はお前が最初の子が流れたとき、一族の手前だったとは言えしらばっくれたことは許してないんだからな!?」

「お前、それは!」

 

イドラは居心地が悪そうに扉間の膝の上で体を縮こませて、顔を伏せた。

止めるまもなくどんどん進んでいく話ではあるが、それはそれとしてハチャメチャに気まずい。

だって、そんな子どもは存在しないし、というか、あの時ばっちり自分は清い身だった。

全体的に扉間はすごい勢いで轢いた巻き込み事故の自覚があるが故だ。

それにうちはの人間や周りの人間は、そんなイドラの自己保身ましましの心境など知るよしはない。

 

というか、悲しそうに(気まずいだけ)顔を伏せる様に皆が思う。

ああ、流れた子のことを考えて悲しんでいるのだと。

 

扉間はもう、進みまくった誤解だとか、というか、その誤解ありきで有利に進んだことがある手前、言いよどむことしか出来ない。

 

「まあ?今のところはいい父親だし、夫だし、そこら辺は努力してると思うけどさ!それはそれとして、俺はお前が姉さんにしてる変態行為は許してないからな!?」

「しとらんと言っとるだろうが!忍術は全て真面目に、戦うために作ったに過ぎん!」

「初夜で分身の術使った奴に言われたくねえよ!」

「子どもの前でんなこと言うな!!」

 

イドラはそれに自分のやらかしを更に自覚し、羞恥で更に顔を伏せる。耳も真っ赤にしてのことに、扉間がなにやら羞恥を煽るようなことをしたのだと、更に信憑性が増していく。

 

「いやあ、すごいですねえ。」

「イズナ!子どもの前だぞ!」

「広間よ、耳ふさいでやろうか?」

「いつものことですからお気になさらず。」

 

広間は蔵間の耳を、マダラはカグラの耳を、そうしてイズナは膝の上のスズランの耳をふさぎながら話が続く。

そこで、だんと机を勢いよく叩く音が辺りに響いた。

それに、視線が、二代目に向けられる。

二代目は座った瞳で、己自身を見た。

それは、ギラギラと、剣呑に輝く目を扉間に向ける。そうして、端的に吐き捨てた。

 

「殺す。」

 

 

 

 

「あれ?火影様は?」

「あー・・・ホラ貝。」

 

火影である千手柱間に用事のあった忍の一人は、執務室を覗いた。そこには、千手の男が一人でいた。

 

「なんだ、また広間様か?前は何だったっけか?」

「猪の大群に追いかけられた時だな。」

 

ホラ貝は、よくよくトラブルに巻き込まれる彼らに持たされた非常時の呼び出しだ。

ただ、ホラ貝自体が彼らのブームになっているため、理由もなく吹かれることもあるが。緊急時の時の吹き方で危険の有無はわかる。

 

「そうか、いつ頃帰られるか・・・」

「まあ、早々のことが無い限り、火影様と、マダラ様は帰ってこられるだろう。」

「急ぎもないし、まあ、そうだなあ。」

 

何やら千手の居住区から叫び声が上がった気がするが、やらかした広間かカグラが怒られているのだろうと彼らは気にしない。

 

今日も木の葉は平和であるなあと頷いた。

 





「父上、明日、カグラとの結婚について叔父上に挨拶に行くんですが。」
「待て待て待て待て、父上、聞いてない。」
「ですが、反対されることは不安で。」
「お前、話を聞く気がないな?」
「やはり、柱間の叔父上同様の強さがないとダメでしょうか?」
「お前はこの世があんなのがほいほいリポップするタイプの修羅の世界だとおもっとるんか?」
「でも、カグラはもしも、反対されるなら一緒に里を出るぐらいして覚悟をみせようと言ってくれて!」
「覚悟を占めるためにほいほい里を出ようとするでない!」
「よければ、新しい里をつくろうとまで言ってくれて!」
「駆け落ちついでに里抜けするな!うん?なんだ、これは・・」
「それで、ついでに里抜けした後、新しい里の構想も考えてみたんですが。」
「ぐおおおおお!無駄に完璧な計画をねりおって!」
「ですが、やはり不安で。どうすればいいと思いますか?」
「まて、これはもしや、マダラに口利きしろと遠回しに脅されとるんか?」



「と、いうわけなのだが。」
「こんな形でそんなこと知りたくねえよ。」


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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない 5

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

前から大分あいて申し訳ないです。


 

「乱心!扉間様、乱心!!」

「落ち着かれよ!扉間様!」

「おい、印組めないように手のひら握れよ!」

「落ち着け、扉間よ!」

「離さんか!!」

 

キレ散らかした千手扉間(IFバージョン)こと二代目は、千手扉間の胸ぐらを掴んで叫ぶ。それに、扉間は抱えていたイドラを高く掲げて叫んだ。

千手柱間こと初代は二代目を後ろから羽交い締めにしている。そうして、足や手をうちはや千手の人間で止める。

うちはマダラや、こちらの千手柱間たちはやべえやべえと子どもたちを抱えて、一旦、二人から遠ざかる。 

 

「あーあ・・・」

「まあ、こうなるか。」

「おい、止めなくていいのか?あっちのお前は止めてるぞ?」

「本当に止めるべき時に俺は入ろうと思ってな。」

 

なんてことを暢気に言いながら、二人の兄と一人の弟は子どもの安否だけは確保した。

イドラに関しては、まあ、扉間がなんとかするだろうと信頼を持ってそのままにした。

 

「離さんか!?」

「誰が離すか、貴様、言うに事欠いて、うちはの女と、おまけに頭領の妹と密通など!?」

「密通などしとらんわ!」

 

そうだ、扉間は絶叫した。目の前の二代目の言いたいこともわかる。

同盟後の、政略結婚であるならば、仲睦まじい様子を見せるのも必要であるだろう。

いいや、もう、自分の膝の上に当たり前のように置いてある時点で全てが度外視なのだが。

話題のうちはイドラはぶらーんと扉間に掲げられるままにえーんと泣いている。

 

だが、こいつ、なにやらかしたって?

 

「貴様!?戦時中に、戦時中に、敵の女と通じるなどと!?恥を知れ!忍の三禁を忘れたか!?」

 

もう、何か、ぶっつんと来てしまっていた。

意味のわからねえ状況に放り込まれ、なごやかな茶会に迎え入れられ、見ろ、この、周りのうちはの人間を!

千手のことも見てみろ!

牙の抜けた獣ではないか!

何をそんなにふにゃふにゃしている、しゃきっとせんか!

 

が、それについてまだ、まだ、我慢できた。

もう、百歩譲って、自分から遠ざけるように高く掲げられてぷらんと抱き上げられているそれ。

 

まあ、いい。もう、それと仲睦まじいことは、もう、百歩譲っていいだろう。切り替えなければいけない、血管ぶち切れそうになっても、なにしてんだよてめえという感情があふれ出しても、もう、仕方がねえだろう。

政略結婚して、子どもまで作って、そこまで言ったらもう、何も言えないだろう?

 

だが、だが、何だ、それは。

 

「貴様!忍術をなんだと思っておる!?いいや、その前に分身の術を、閨でどうやって使った!?それが!何故!周りに知られておるんだ!?」

「ワシだって不本意に決まっておろうが!」

「何故なのか、はっきり言え!」

「知らんわ!いつの間にか漏れておったんだ!」

「ワシの分際でそんなことが漏れ出るはずがなかろうが!!」

 

首元をがんがんと掴んで叫んだ。それに、イドラはなんとかこの場を収めようとした。何と言っても、その、扉間の汚点と言えるべき評価の元凶は自分なのだ。

ならば、今こそ、扉間のことを庇うときではないだろうか?

扉間が知れば、全力で止めろ止めろと叫んでいただろう。イドラは扉間に確保されていた手の中からぬるんと脱出した。

さすがはうちは、イヌ科ではあるがやはりネコ科らしい。

 

「扉間様、扉間様は悪くないのです!」

 

聞いていると訳がわからなくなる台詞をイドラは吐いて、びしりと二代目に宣言をした。扉間は二代目に意識が向けられていたためにイドラを逃したことを後悔する。

やべえと思った。

 

(止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ!!!!)

 

今まで、散々に爆破された誤解起爆札に吹っ飛ばされた身だ。嫌な予感しかしなかった。扉間はイドラの口をふさぎ、捕獲を試みる。けれど、悲しいかな。

扉間は二代目にがっちりと拘束されており、そんなことは出来ない。

イドラは自分の夫に大丈夫だとアイコンタクトをする。

 

悲しいかな、何も安心できない。不安しかない。

 

「・・・貴様が、マダラの妹か。」

「はーい!えっと、兄様の妹で、イズナのお姉ちゃんのイドラです!」

 

二代目は何というか、行動として理解していたが、改めてまじまじとそれを見た。

これは本当にうちはの人間なのか?

あの、マダラの?

 

それは、扉間の知るマダラからあまりにもかけ離れた生き物だった。

 

焔のような激情を秘めた暗い黒の瞳は、まるで夜のように穏やかで。

冷たく、頑なな表情を浮かべる顔には、朗らかで明るい笑みが浮んでいる。

 

夜に潜む猫のような一族の見目をしたそれは、まるで春の日に外を駆け回る子犬のようだった。

同じ家に育ったにしては、まるで正反対の生き物のように見えて仕方が無かった。

それは、ふんすと、やるぞやるぞと鼻息を荒くする。

扉間は嫌な予感しかしない。けれど、それを止めたとしても、絶対に面倒なことになる予測しか立てられない。

予測が付かない、それ故に咄嗟にどんな行動をすべきなのかわからない。

そんな扉間の焦りなんて気にすることもなく、イドラはにこにこしながら言った。

 

「扉間様が忍術を開発したのは、あくまで真面目なものばかりです!互いが敵対していたとき、柱間様はもちろん、扉間様のことはそれはそれは恐れられておりました!」

 

その言葉に、うちはの人間はうんうんと頷く。

イドラは手をバンザイしながら、聞いて聞いてと二代目を見つめる。

 

「扉間様の術はあくまで、うちはのために開発した物!不埒な理由などではないのです!大体、そのような、ええっと、まあ、不埒な理由で作った術を戦で使うなどするはずがないのです!」

 

どうだとイドラは得意げに言った。一応は弁解と言えば弁解だ。扉間は、あくまで普通の弁解に一応は誤解は浮ばないだろうと考えた。

 

「・・・・閨で術を使ったことについては?」

 

二代目のそれにイドラはそっと視線をそらした。それについては、本当に弁解のしようが無い。というか、その術を使った理由も自分の拒絶のせいだ。

何も言えない、というか、自分で婚姻生活に巻き込んでおいたくせにあれだけドタバタ劇を繰り広げた自分に羞恥を感じて思わず顔を赤くした。

弁解できない、いや、弁解など、どうして出来るだろう。

 

(いや、ですが!ここで否定せねば!)

 

イドラは一念発起して、嘘をつくことにした。嘘が何だ、こちとら忍だ!

 

「ふっつうでした!めちゃくちゃふっつうの、初夜でした!!」

「嘘をつくのが下手くそか!?」

 

二代目のそれに皆がさもありなんと頷いた、扉間は天を思わず仰ぎたくなった。

 

周りの目から見ればどうだろうか?

完全に下手くそに、扉間を庇うための嘘をついているだろう。一瞬黙るその仕草は、わざとらしく見えたことだろう。けれど、イドラの性格や扱いからして、それの仕草はひどく自然だった。

それが、イドラの言葉が嘘であると表していた。

 

「違う、絶対に違う!不埒なことで術を使ったことなどないわ!」

「嘘をつけ!これでどんな言い訳が付く!?」

「はああああああ!?なら、ワシの作った術をどうやって不埒に使うと!?」

 

誤解がどれだけ回っていたとして、さすがに己にまで誤解をされて堪るかと扉間は叫んだ。それに、二代目は一瞬だけ確かにと考えた。

自分の忍術はあくまで、チャクラの効率的な使い方、そうして、奇襲などに特化しているはずだ。

何に使うのだ?

 

二代目の動きが止まり、そうして、思考に入った瞬間、千手の一人が呟いた。

 

「・・・・飛雷神の術で、ばれずに夜這いが出来る。」

 

それに二代目の動きがピタリと止まる。それに扉間が咄嗟に叫んだ。

 

「そんな暇があると!?」

「影分身使えば、時間も作れるじゃないっすか!」

「大体、あの術って仕事が多すぎて自分がもう一人欲しいって作った奴でしたもんね。」

「なるほど、もう一人自分が欲しいと。」

「おい、ワシの敵になりたいと取っていいのか、貴様らは!」

 

二代目は、頭を抱えたくなった。というか、どんな状況だ?

自分の向かい側に立つそれの足下ではみいみい泣きながら、違うんですと哀れに泣いている女がいる。

それにうちはの人間も、そうして、千手の人間もああ、いつものことだなあと頷いた。

 

妙なところで理性的な我らが扉間様は、イドラという女に惚れ込んでいるくせに、それを指摘されると否定するのだ。

まあ、恥ずかしいのだろう。

何と言っても、扉間は理性的で、合理的で、それは事実であるし、自負があるのならば、自分が恋に茹だった頭を持っているなんてプライドが許さないのだ。

その程度、かっこつけたくなる感覚もわからなくはないのだと。忍として、建前があるのだってわかっている。

基本的に里の人間にはスルーされている。

 

はいはい、いつまでも新婚気分になってるぐらい、ベタ惚れなんですね。スケベなことも、まあ、子が多いのは悪いことじゃないですもんね?

 

なんて思われている現状を扉間は直視したとき死にたくなる。なんだ、その評価は?

こちとら、巻き込み事故でとんでもないことになっただけなんだが!?

 

「でも、政略結婚とか、あくまで義務での結婚とか。継承問題で揉めたくないから結婚しないって公言してた男が、柱間のおじ上以上に子ども作ってる時点で言い訳のしようが無いのでは?」

 

なんて息子に言われているのを扉間は知らない。

 

おかげで、里の人間から向けられる生ぬるい視線について扉間も諦めの境地だ。もう、見たけりゃ見ろよ。

表立って言われなくなっただけましだろ、まし、うん、多分。

 

築き上げられた無類の信頼により、すっかり扉間という男は愛妻家のスケベ男の名前をほしいままにした。

生き恥である。

 

というか。やることやってると言ってもノーマルなことしかしたことないのに、理不尽すぎないだろうか。

扉間はいつも思っている。

 

顔はいいだろう、善良そうだ。けれど、それだけだ。

そんな女に自分が?

 

二代目は己がどれだけ理性的かを理解している。

 

悲しいことならば、苦しいことならば、地獄のような世界で、それでも彼は理不尽へ立ち向かうためにどうすればいいのかと正確に理解していた。

 

弟が死んだ時でさえも、泣くことなんてなかった。

 

だからこそ、二代目は理解していた。

自分はきっと、誰かに恋をするだとか、誰かに一方的に心を傾けること何てないのだろうと。

誰かを好ましいと思ったとして、それはあくまで親しみだとか、その程度で。

自分の身持ちを崩すような何かが訪れることはないのだと。

それが、千手扉間という男だった。

 

二代目は深くため息を吐いて、扉間の胸ぐらから手を離した。

怒りに染まっていた思考は冷めていく。それに、扉間は自分から離れていった手を驚いた顔で見つめる。

 

「兄者、離せ。頭が冷えた。」

「お、おお。わかった。」

 

あくまで冷静な弟の声に初代はそっと拘束を解いた。それに、千手の人間やうちはの人間もならう。二代目は扉間に背を向けて初代の方に視線を向けた。

 

「兄者、やはり、これは幻術だろう。」

「は、何を今更。大体、幻術にしてはおかしいだろう?」

 

初代は現実逃避を始めたかと二代目を見たが、彼は冷めた目で自分の後ろにいたそれに顎で指した。

 

「ならば、何かしらの術に嵌まったと言うことだろう。」

「貴様、まだ認めんと?」

「あれが、ワシであるはずがない。」

 

二代目は初代の目をじっと見た。そうして、冷たく笑った。

 

「他人に狂えるほど、器用な性格などしておらん。何よりも、だ。敵対している女の寝床に滑り込むようなこと、ワシがすると思うか?」

 

冷たく吐かれたそれに、柱間はそれもそうだと頷いた。

忍者に色の任務があるのは、そう言った場は誰もが緩むせいだ。初代は、二代目がそんなことを安易にしないということを理解していた。

二代目はそれ故に、目の前のそれは自分でないのだと改めて理解した。

それ故に、怒りを収めた。怒る理由がないのだ。

それ故に、思考は冷め、改めて現状がどんなものであるのかを思考し始める。

 

いや、扉間だってそうなのだ。そんな、戦時中に頭領の妹の女なんてやばい案件に手を出す男ではないのだ。

が、現在の里では、もう、色々ととんでもない大恋愛をしたことになっている。

一人の女の、間の悪さと、かみ合いによって。

悲しい話だ。まあ、扉間も本来ならおんなじように巻き込み事故を起すはずだったので仕方が無いのだろう。

マダラの後ろの幽霊が頷いた気がした。

 

初代がそう納得しかけたとき、はああああと扉間だけがバチキレる。

 

何、一人でシリアスめな空気を出しているので?

こちとら、お前と同じ路線で行きたかったんだが?

いけなかったんだが?

何、こっちのことだけ可笑しい奴であり得ないと切り捨ててるんだ???

 

扉間だって不本意だ。

そりゃあ、子どもは可愛いし、うちはの管理だってくそ楽だし、大名達は自分の恋愛事を面白がっているので付き合い自体は楽な部分がある。

それはそれとして、自分だって、そっち路線で行きたかったんだが!?

 

だが、もう色々と取り返しが付かない。

扉間はそれに、そっちがその気ならと口元をひくつかせた、元より、誤解ならば散々に産んできた自分だ。

ならば、答えは一つだけ。

 

「ほう、貴様、そのようなことよく言えたな?」

「何を。」

 

扉間はにやりと笑った。

 

「貴様こそ、先ほどまでイドラの胸をガン見しといてよく言うわ!!」

 

地獄に行くならば道連れ一択、それだけだ。男は、どこまでも卑劣である。

 

それに、皆の視線が二代目にばっと向けられる。自分に向けられる、写輪眼の混ざった視線に二代目は叫んだ。

 

「はあああああああああ!!??そんなわけ無かろうが!写輪眼を避けてのことだと!」

 

そこで、ふと、扉間の後ろにいた初代が呟いた。いや、だって、余計なことだとわかっていたが。それはそれとして、確かにと思ってしまった。

 

「確かに、熱心に見ておったな。」

 

とんでもない勢いで繰り出された援軍(扉間側)からの攻撃に皆はやっぱりだと理解した。

 

「違う!写輪眼と目を合わせんようにしていただけだ!」

「ほう、ならば、イドラのことを拘束して、後ろを向かせればよかっただろうが!何故、わざわざ、胸をガン見していた?」

「おい、貴様にだって被害があるだろう!?」

 

んなことしらん、地獄に行くなら道連れだ。扉間は、良い笑顔、若干泣きそうなそれで二代目を見つめた。

それに、うちはの一人が思わず二代目に話しかけた。それは、あくまで慰めで、深い意味は無い。

 

「ま、まあまあ。扉間様!そう怒らずに!男なんてみなスケベですよ!」

 

その言葉に、二代目は確実に、自分が扉間側に引っ張られたことを理解した。

 

「・・・きさ、ま。」

「ふ、どうした?スケベ野郎?」

 

勝ち誇った、いや、自分自身にも確実にダメージは受けている中、扉間は笑った。それに、二代目の中でびきりと何かがキレた。

 

「水遁・・・・・・・・!!」

「ちょ、ここで水遁は!?」

「止めろ、止めろ!!」

 

柱間とマダラまで飛び出した中、まあ、父が行くなら大丈夫かと暢気していたカグラが呟いた。

 

「・・・イドラのおば様って、扉間のおじ様にだけ効く変な匂いでも出てるのかね?」

 

それに、横にいた広間が肩をすくめた。

 

「まあ、春ですからねえ。」

 



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番外編:それが自分であるなんて、絶対に認めたくはない 6

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

前からずいぶんと間が開いてしまってすみません。切りのいいところまで書けたので一端投稿します。

次回は里ぶらりになるのかな?

身内向けに書いたこのシリーズのR18ものを投稿してみましたので良ければ読んでみてください。


 

 

「今日何しようか?」

「おうちでのんびりとは行かなくなりましたしね。」

「外れの方で鍛錬でもしますか?」

「おじ上、ちゃんと付いてきてくださいよ。」

「あ、ああ。わかっておるよ。」

 

千手柱間こと、初代は自分の手を引いている少年に頷いた。それに、少年はうんうんと頷いた。

その少年は、不思議な髪色で、頭の右と左で綺麗に色が分かれている。白と、黒に分かれたその様はやっぱり男の末の弟によく似ていた。

 

(・・・兄者。警戒を。)

(わかっておるよ、わかって、おるよ。)

 

自分の隣に立つ弟の言葉に、初代はこくりと頷いた。けれど、己の手を握る、幼くて暖かなそれに初代は少しだけ涙ぐんでしまいそうになった。

切り替えるには、少しだけ遠い昔の残光が目映すぎて。

それに千手扉間こと二代目はため息を吐いた。

彼は己の隣をちらりと見た。そこには、なんともまったりとした空気を纏った、己と瓜二つの少年がいた。

 

「どうかされましたか?」

「いいや。」

「ああ、もしや、僕だけにお二人のことを任されたのが気になっておられるのですか?」

「・・・・他にもおるだろうが。」

「そうですねえ、カグラにカザリもいましたねえ。」

 

言外に、自分たちに付けられた忍がいることを示せば、少年は笑みを深くした。それがなんとも言えない脳天気というのだろうか。

ふにゃふにゅとした覇気の無い笑みのせいか、体から力が抜けていく気がした。二代目の頭上にはさんさんと太陽が降り注ぎ、青い空が広がっている。

こんな風に暢気にしているのは何故だろうかと、思い出す。

 

 

 

二代目は千手扉間の罠(自傷)に怒り狂い襲いはしたが、さすがに千手柱間二人とうちは兄弟たちには勝てず、取り押さえられた。

その横でイドラがえーんと泣いていた。

 

「貴様!ワシを道連れにしおって!」

「ふん!こちとら落ちる名などないのでな!」

「これ以上悲しい話ってありますか?」

 

ぜーぜーと言いながら扉間と二代目はにらみ合う。そこで埒があかないと、最初の話題に戻ったのだ。

 

 

うえ?猫の話ですか?

ええっと、事象における多面的な可能性について観測についての話、だっけ?

うん?あれ、違うんだっけ?でも、これって量子物理学の話だから関係ないのかなあ?

え、量子物理学の話?うーん、うーん。せ、説明が難しい・・・・

あ、話がそれた。

ええっと、例えば、ここに箱があります。この箱の中に猫を入れます。そうして、この箱には箱を閉めた後、二分の一の確率で毒が中に吹き出すようにします。

え?猫が死ぬか?

・・・・猫が、死ぬのは、やですね。うーん、あ、いれるのは何かわからない、生きてる何かにしましょう!

それならいいですね?

はーい、いいですね。

えっと、それでですが。

例えば、ここでその何かを箱に入れるとします。箱の中はわからないので、毒をくらった何かが死んでいるのか、生きてるのか、私たちにはわかりません。

さて、何かは生きているのか、死んでいるのか。

箱の中には、生きている何かと、死んでいる何かが存在している。

 

「でも、箱を開ければ事実がわかります。そうなれば、例えば開けた先で生きている何かがあったとすれば。死んでいた何かはどこにいったのか。」

 

 

(辿った可能性は、観測できないだけでどこかで続いている。)

 

その女は、それを平行世界と言った。

二代目としてもその話については理解は出来た。辿ったかも知れない可能性の先はどこに向かうのか、消えるのではなく、違うものとして自分たちが観測できないどこかにあるというのは考えられないものではない。

 

「・・・それはお前の考えなのか?」

「いいえ?私のじゃないです。」

「これは未来視のようなものが出来るのだ。」

 

扉間はそう言って、自分の隣にいる千手イドラのほっぺたを片手でもちもちと触る。

いちゃつくなあ!と叫びたかったが、また話が戻るのがわかっていたため、ぐっと歯がみした。

何はともあれ、これからどうするという話になった。

 

「監視でもつける?」

 

うちはイズナの言葉に二代目は不機嫌そうな顔をしたが、それも妥当かと理解する。少なくとも、ここは自分たちの里ではないようだ。ちらりと見た、隣にいた千手柱間こと初代はじっとうちはマダラのことを見ていた。

 

(里抜けまでされてまで、兄者は・・・・)

 

苛立ち混じりにそう思っていると、扉間の声がした。

 

「広間。」

 

短くそう言った言葉に、部屋の端で妹を膝の上に置いて和んでいた少年が返事をした。

 

「はーい?」

 

間延びした、それこそ母親そっくりの声音で言った。少年はにこにこと、常に笑っているせいか糸目のように見える顔のまま扉間に近づいた。

 

「なんでしょうか?」

 

自分にそっくりのはずだ。けれど、その間抜けな、なんとも言えないまったりとした声音には違和感というものはない。

そののんびりとした仕草や空気のせいだろうか?

 

「あちらの兄者達にはお前がつけ。」

「「「「はあ!!??」」」」

 

呼ばれた広間にそう言った扉間の言葉に、二代目はもちろん、マダラたちも驚きの声を上げた。

 

「おい!さすがに砂利共に任せんなよ!」

「ダメに決まってるでしょ!?」

「そうだぞ!?扉間!」

「いくら何でも、ワシらのことを舐めておるのか!?」

「扉間よ、さすがに己のこととは言え過信しすぎだろう?」

 

両者からされる批難に、扉間はええいと振り払うように答えた。

 

「ええい!なら言うが、そちらの兄者とワシの実力を鑑みて、だ。二人を拘束できるような設備はない!」

「なら、貴様が見張るなり、なんなり方法はあるだろうが?」

 

二代目の言葉に扉間は据わった眼で顔を近づけた。

 

「聞くぞ?ワシならばわかるはずだ。そんな暇があるとでも?」

 

その言葉にマダラはもちろん、初代や他の面々もあーまあねえと視線を泳がせた。

現在、少なくとも扉間はマダラやイズナにまで仕事を徹底的に振っているので二代目よりは負担は少ない。

ただ、それはそれとして調整役である彼はそのしわ寄せが一気にやってくるため仕事量は多いのだ。

 

「突然やってきた貴様らに割く暇はない!!ともかく、今日の仕事を終らせて、そっちの兄者達のことは後だ、後。」

 

扉間の言葉と同時に、何か、人影が彼に飛びかかる。それは、背中をよじ登り、肩に手をかけて背後から扉間をのぞき込むように見た。

 

「おっじ上!私も!私も、こっちのおじ上達と遊んでもいい!?」

「カグラ、遊びではないのだぞ?」

「えー、でも、こっちのおじ上達は仕事ないんでしょ?久しぶりに木遁見て欲しい!」

 

その言葉に扉間はこれ幸いと返事をした。

 

「おお!行ってこい!」

 

力強い扉間のそれに二人はカグラに引きずられてそのまま家を出たわけだ。

 

 

「・・・・・お前な。」

「いくら、カグラが強くても。」

「さすがに危険ではないのか?」

 

呆れたような兄と、義兄弟の言葉に扉間は肩をすくめた。

 

「・・・ワシが頼んだのは、カグラではなく広間だ。大体、それがわかっておるから本格的に止めんかったんだろうが。」

 

それに柱間達は、まあそうではあるがと互いを見る。

 

「あれのことだ。すでに、あやつらに植え付けておる。そうでなければ、あんなにもあっさりと頷くはずがなかろう。」

「なら、このまま広間に監視を続けさせるの?」

「大体、あいつが柱間と同様の力量なら監視なんざ無意味だろうがな。」

「ただ、あちらの俺?が木遁使いであるのは事実であるし。やはり、俺なのだろうなあ。」

 

扉間は己の足下で出て行ったカグラたちに晩ご飯までには帰っておいでよーなんて暢気を噛ましていた女を抱き上げた。

何故だろうか。

その瞬間だけ、ちまっと、二頭身に見えるそれを抱き上げた扉間は無言で女の後頭部に顔を埋めた。

 

(((またやってる・・・・・)))

 

すうううううううと深呼吸の音が聞こえる中、当の本人は慣れた様子でぷらーんと抱えられている。

それに兄貴達は若干の哀れみの籠った視線を向けた。

 

つかれてんなあと。

いや、疲労の理由もわかりはするためなんとも言えない空気感をともなってそれを見つめる。

千手の男である扉間は太鼓判を押せるほどに体は頑丈ではあるが、それはそれとして精神的にべっきりと行くことはあるようだった。

そんな扉間の精神的な癒やしには近くに丁度いい存在がいるわけで。

それが一番効くらしい。

 

マダラは、それについて己の妻に聞いたことがある。

あれってお前的にセーフの類いなのか?

 

それに妻は遠い目をして首を振った。

 

「死んだ眼のあれが、一心不乱にイドラのほっぺた揉んでるの見たら、一周回って哀れで。」

 

周りの人間も、扉間の激務具合は理解しているので、嫁さんの体臭で元気になるならええんやないとスルーしている。

イドラはイドラで、扉間の役に立っている!と心なしか顔をきりっとさせている。

 

「・・・・それに、だ。」

 

扉間はイドラの後頭部から顔を上げてカグラ達が去って行った方向を見た。

 

「広間の術は、チャクラが多ければ多いほどによく効くからな。ワシらとは、良くも悪くも相性が悪い。」

 

扉間の言葉にマダラとイズナは苦い顔をした。

広間の術ほど、初見での攻略が難しいものはない。いいや、少年に近づいてしまったその時点で、術に嵌まってしまっているのだ。

マダラは鼻孔を突く甘い匂いに顔をしかめた。ある意味で、すでに自分の体の中にも根付いているのだろうか。

 

「・・・・まあ、時間稼ぎならそれもそうか。おい!」

「すでに、二人ほど付けております。」

 

マダラの言葉に、お茶も終わりかと勝手に片付けに入っていたうちはの人間が返事をした。

 

「まあ、今日の分だけでも終らせて、早くあっちの扉間達のことなんとかしないと。アカリのねえさん、あと少しで帰ってくるんじゃない?」

 

その言葉に綺麗に千手の人間達の動きが止まる。

そうだ、今回、この騒動に一番に駆けつけそうな女がいないのは、彼女がうずまきの里に用事で出かけているためだ。

それに、千手の人間がそっと逃げ出そうとする。それに、誰よりも早く柱間が肩を掴んだ。

 

「おい!逃がさんからな!」

「ああああああああ!知りませんからね!?俺たちは関係ないですから!!」

「柱間様が二人になったからって俺たちは関係ないでしょう!?」

 

他にも逃げ出そうとする存在はいたが、柱間はそれらを木遁によって作りだした蔓で捕らえていく。

 

「俺、この前叱られたばっかなんですよ!」

「そんなもの俺だってそうだぞ!?」

「賭博して服まで剥がされた柱間様が悪いんでしょう!?」

「そういうお前だって、嫁さんを怒らせて姉上に仲を取り持って貰ったんだろうが!?」

「俺のそれと、柱間様じゃあ過失も重さが違いすぎませんか!?」

 

わちゃわちゃと千手の人間たちがアカリを恐れてそれぞれのやらかしを叫んでいるのをうちはの人間はまたかあと見つめていた。

 

「・・・ほんと、柱間さんと千手の人間って仲いいね。」

 

イズナの呆れ半分のそれに扉間は首を振った。

 

「あれは仲がいいとは言わん。連帯感が無駄にあると言うんだ。共通のことが多すぎる。」

 

その場にいた人間達の殆どが、幼い頃はおねしょの後始末から大人になって妻との喧嘩の仲裁を頼んだ者まで幅広くアカリに頭が上がらないものしかいないのだ。

イズナとマダラはそれに扉間の腕の中できりっとした顔をしている女に視線を向けた。

 

まあ、それは、そうねと頷いた。

 

「ですが、アカリ様もこちらの話を聞いてくださらないわけではない。ならば、叱られるとは限らないのでは?」

「「「姉上/アカリ様に詰められるのを考えるだけで恐ろしいんだ!!!」」」

 

綺麗にそろった声に、普段の行いが悪いせいだろうとマダラは呆れた。

 

「・・・ともかく、ワシらがいない状態で、おまけに付いているのが子どもだけなら。目的というものが見えてくるだろう。」

「また、失敗すれば損失がでかいことを・・・」

「だが、今現在の懸念は、何故あいつらがここにいるかということよりも、ここで何をしたがるか、だな。」

「あ・・・」

 

マダラがそう呟けば、イドラが声を漏らした。それに扉間が己の足下を見ると、そこには野ねずみが座っていた。

それはひょいひょいと扉間の足を昇り、肩に飛び乗った。

 

「来たな。」

 

その鼠自体は特別なことはない。それこそ、口寄せをするような類いのものではない。けれど、その鼠は不思議なことに頭の天辺に花が咲いていた。

扉間は嬉しそうにその鼠の首をかいてやった。

 

「眼がばらまかれたのなら、後は情報が入ってくるのを待つだけだろう。残りの仕事を終らせるか。」

「飛雷神は?」

「用意はしておる。飛ぼうと思えば飛べる。何よりも、ペン吉と月兎も付いておるしな。どうする?お前も一応いくか?」

「・・・いいや。下手な眼があれば、食いつかねえだろう。」

「なら、一旦待機か。」

「なら、一旦、火影邸に戻るのか?」

 

もみくちゃになっていた柱間のそれに、扉間は頷いた。

 

「急ぎのものがあるからな。行くぞ。」

 

扉間はそう言って部屋を出て行く。それを見ながら、部屋にいた全員が思った。

 

イドラのことを、連れてくんだ。

扉間の腕の中にいた女は不思議そうな顔のまま連れて行かれた。

 

 

 

 



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番外編:カグヤという女について

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

すみません、ちょっと過去と現代のカグヤについての話です。三話で終ります。



フォロワーさんにマダアカと扉イドのFAいただきました!
https://x.com/fujineko56/status/1728390091918426227?s=20
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https://x.com/fujineko56/status/1727359704861749363?s=20



その日、木の葉の里の、任務関係の受付ではどこかそわそわとしている空気が漂っていた。

 

(・・・・そう言えば、今日か。)

 

うみのイルカは己に向けられる視線を理解しながら、仕事に集中しようと目の前の書類を見つめた。

そんなとき、かたんと、机の上に何かが置かれる音がした。

その音にイルカは顔を上げた。

そこには、一人の女が立っていた。

それを見て、イルカは一瞬、等身大の人形でも立っているのかと錯覚した。

 

美しい女だった。

まるで雪のような肌に、絹糸のようにさらさらとした黒い髪。黒と白で構成された女は、腕利きの職人が丹精込めて作ったかのように美しかった。

ぴくりとも動かない表情のせいか、それから生気のようなものが感じられない。それが、人形染みた何かに見えるのだろう。

けれど、何よりも目を引くのはその瞳だ。

 

真っ黒な、瞳だ。

まるで新月の夜のように、しんと静まりかえった、真っ黒な瞳だ。

吸い込まれるという表現がしっくり来る瞳にイルカは必死に渇を入れて視線を引き剥がした。

机の上に置かれた書類を受け取り、そうして、手続きをした。

 

「お疲れ様です・・・」

 

イルカのそれに、女は動くこともなくじっと己を見つめ続ける。それに、イルカは何か不備があっただろうかと考えるが、それにようやく思い立つ。

 

「・・・・おかえりなさ、い?」

 

それは正しかった。

イルカが、そう言った瞬間、女は言葉の通りまるで花のように微笑んだ。

可憐で見目麗しい人形のような顔に、まるで幼子のようにあどけなく、子犬のように愛嬌に満ちた笑みが浮べばどうなるだろうか?

 

「うん!ただいま、イルカ先生!」

「は、はい!」

 

イルカは熱くなる頬を隠すように首をすくめた。

 

(ああああああ!今日も可愛い!)

 

 

 

うちはカグヤ、この人名はおそらく、木の葉の里でも相当に有名だろう。

二代目火影の孫であり、三代目火影の娘なんて肩書きはそれだけできらめいているとさえ言える。

それと同時に、忍界隈でも超が着く名門というのだろうか、著名な家系のうちはと千手の血を引き、血継限界である写輪眼を開眼、それと同時に木遁まで使えるなど属性盛り込みすぎだろうとツッコミが入るレベルである。

おまけに当人も相当優秀な忍だ。

イルカが知る限り、困難な任務をやり遂げている。

 

が、それ以上に、やはり考えてしまうのは。

 

(今日も可愛かったなあ、カグヤさん・・・)

 

可愛いのだ、これがまた。

うちは一族独特の美麗な容姿に加えて、愛らしくぽやぽやとした空気感のギャップが溜まらない。

普段の、人形染みた冷たい空気が、懐いた人間を目の前にすれば一変して花開くように笑うのだ。

それが、まるで気高い生き物が、人の足にすり寄るような仕草で。

 

イルカはアカデミーの廊下を歩きながら、ちらりと自分の手の中のそれを見つめた。

 

どんぐりである。

まんまるとして、傘が着いた、立派などんぐりだ。

 

どんぐりって。

アカデミーの生徒でさえも、もうちょっと、こうあるのに。

上忍で、S級ランクの任務さえもこなす女であるのに、贈り物がどんぐりなのだ。

イルカの脳裏には、それを自分に渡して、ばいばーいと控えめに手を振っていく様を思い出した。

美人からの微笑みが自分に一直線に、それこそ好意を隠さないそれはなかなかのインパクトだ。

 

(でもなあ・・・・)

「イルカ先生?」

 

熱っぽいため息を吐いていたとき、声をかけられ、イルカは肩をふるわせた。

 

「え!?あ、ま、マヒル先生・・・・」

 

振り向いた先にいたのは、一人の男だった。

 

「どうかされましたか?」

 

その男、うちはマヒルはどこか気遣わしげにイルカのことを見た。

 

 

 

 

マヒルというそれの特徴を一言で言うのなら、二代目火影であるうちはマダラと、見た目が瓜二つであることだ。

当たり前で、彼はマダラの長男であるうちはカザリの息子であるのだから当然だが。年のいった人間はマヒルの顔を見るだけで思わず頭を下げたり、びくりと肩をふるわせるほどには似ている。

ただ、さすがに彼のような長髪ではなく、さっぱりと刈り込まれた短髪だ。けれど、それ以外はまったくといってそっくりだ。

ただ。

 

「何か、深刻そうと言うか、考え事をされていたようですが何かありましたか?」

 

柔らかな声音でそう言ってくる男は、気遣わしげに自分を見ている。

 

「い、いえ!なんでもないですから!」

「そうですか。ですが、何かありましたらいつでも相談してください。私に無理なことでも、これでも伝手は多いので、解決案が見つかるかも知れませんから。」

 

そう言って控えめに笑うさまにイルカは、優しいいいいいいと胸の中で叫んだ。

マダラを知るものがいたら、さぶいぼが立っているだろう光景だった。

 

そのまま二人は隣だって歩き出した。

教師として働いているマヒルとは、基本的に生徒の話になる。

 

「サスケは、上級授業ではどんな感じですか?」

「少し調子に乗るところはありますが、それはそれとしてきちんと学んでいますよ。」

「それはよかった。」

 

といってもマヒルはただの教師というわけではない。忍の養成のためのアカデミーでは、やはりどうしても体術など、実力が飛び出てしまうものが出てくる。

そのために、一部の力量に達した子どもには別口で上級授業というものが存在している。ただ、クラス自体を分けては将来は同僚になることが決まっている他の生徒と溝が出来てしまうことを考えて、あくまで一部の授業を別にしている。

そんな授業を担当しているのがマヒルだ。

 

やはり、飛び抜けた実力がある子どもは有名氏族の出身が多く、下手な大人では舐めている場合が多い。

そう言った中、有名氏族出身で、腕利きである彼はうってつけの存在だった。

何よりも、彼は子どもにはある程度恐れられている。

何故、といわれると一言で済むだろう。

マヒルというそれが見た目は祖父に似ているが、中身は赤毛の祖母似である。

 

(すごいなあ・・・・)

 

年がそう違わないが、優秀で、そうして教師として結果を出しているマヒルにイルカは尊敬の念を向けた。

そんな中、マヒルは恐る恐るというような顔をする。

 

「ところで、イルカ先生。その、カグヤが何かしていませんか?」

「え?い、いいえ。何か、この頃よく話しかけて来てくださるんですが。」

「そうですか。ですが、何か、迷惑だと思うならばすぐに言っていただきたい!」

 

食い気味のそれにイルカはおずおずと頷いた。

イルカはそれに、少しだけそうだよなあと納得した。

 

 

マヒルからすればカグヤは可愛い妹分だろう。

うちはや千手の人間達がカグヤのことを可愛がっているのは有名な話だ。そんな彼女が自分のような、言っては何だがぱっとしない男の周りをうろついてるのは面白くはないだろう。

その様子に何かを察したのか、マヒルは手をぶんぶんと振った。

 

「い、いいや、気にしないでくれ!あくまで、カグヤが迷惑をかけていないか気になっただけだ。その、あの子は周りから甘やかされていたから。」

 

気を遣わせてしまったことを理解して、イルカはなんとも言えない顔をした。

というよりも、イルカ自身、ずっと悩んでいるのだ。

 

なぜ、カグヤというそれが自分の周りをうろついているのか。

 

カグヤとイルカが会ったのは、それこそ、ほんの数ヶ月前だ。見回りで校舎の屋上を訪れた際、そこで爆睡を決め込んでいたカグヤにあったのだ。

 

(おお。)

 

イルカは思わず、まじまじとそれのことを見つめた。何と言っても、その顔は文句の付け所のないほどに愛くるしい。

生徒の一人である、うちはサスケの母親であるうちはミコトに似ていた。けれど、ミコトよりも、幼く、そうして小柄な体は庇護欲を誘った。

 

イルカはそれに、少しの懐かしさを感じた。

本当のところ、イルカは一度だけそれに会ったことがある。イルカが中忍になって 少ししたときの任務だった。

機密文書を運ぶというそれを、他の忍に襲われたとき。

 

思い出すのは、黒い獣が、それらをあっさりとのけてしまったとき。

イルカはぼんやりとその時のことを思い出す。

 

(・・・・本当に顔がいいな。)

 

不躾であれど、芸術品を鑑賞するような心持ちだった。

そこで、ぱちくりと、丸まったそれの瞳が開いた。それにイルカは体をのけぞらせた。

その、澄んだ、真っ黒な瞳は、何の感情も浮んでいないように見えた。

それに一瞬だけ、恐れを抱いたけれど、次の瞬間、それはほころぶように微笑んだ。

 

「誰?」

 

にっこりと、人形のような、美麗な顔にある無表情さから一転。にっこりと、それこそ、花のように、人に懐く犬のような愛嬌が足されたそれは文句なしに愛らしい。

 

「え、あ、あ、アカデミーの、うみのイルカです!」

 

イルカは寝込みを襲っているような状況であることに思い至り、慌てて叫んだ。それに、女は不思議そうにイルカを見た後、また、にっこりと、子猫のような愛らしさを浮かべて、イルカの方に顔を寄せた。

 

可愛い、いい匂い、無礼、いろんな事が頭をぐるぐると回っている中、それはイルカに甘えるように言った。

 

「私、うちはカグヤって言うんだ。」

よろしくね?

 

そう言って、女は夢のように美しい笑みを浮かべて見せた。

 

 

それからだ。

カグヤという存在が、イルカの生活の中に入り込んでくるようになったのは。

任務から帰ってくればいの一番に会いに来るし、イルカを見つければ寄ってくる。

何故かはわからない。

カグヤ自体、にこにこと笑っているだけで何かをイルカに望むことはない。イルカも又女慣れしていないせいで何故かを聞けない。

 

(本当に、何でだろうなあ。)

 

イルカはそんなことを物憂げに考えた。

 

 

 

 

「はあ・・・」

「元気がないな。」

 

うちはマヒルはため息を吐いていると、後ろから声をかけられた。それに振り返れば、彼にとっては親類に当たる千手蔵間が立っていた。

ツートンカラーだった髪は、だんだん白髪が多くなって父親のような雪景色になりかけているのが悩みらしい。

 

「蔵間のおじさん、珍しいですね。」

「うん、まあ、ちょっと用事でな。さっきのが、あのうみのイルカ君?」

 

蔵間は今ではすっかり、うちはと千手の間で時の人になっている存在の名前を口にした。

それにマヒルはええと頷いた。

この頃、ずっと気にしている存在にマヒルはどうしたものかと考える。

 

「やはり、カグヤは、その、うみの先生のことを好ましく思っているんですかね?」

「鈍いねえ。どうみても、そうだろう?」

「・・・・ですよねえ。」

 

はあとマヒルはため息を吐いた。

それに、蔵間はさもありんというか、同意するように頷いた。

悲壮な顔をした二人であるが、別段、イルカのことを悪く思っているだとかではない。

ただ、彼らの悩みの原因はうちはカグヤのことだった。

 

「・・・・力の扱いは、わかっているはずです。」

「そこら辺は、まあ、わかってるとは思うがなあ。」

 

ああ、心配だと二人はため息を吐いた。

二人にとって、うみのイルカにじゃれつくカグヤというのは、偏に、中型犬にじゃれつく熊を見ている気分なのだ。

 

「誰が、この世におじ上二人の強さを足して割らずにぶち込んだ存在を爆誕させるんだろうなあ。」

「さすがに、さすがに、乱暴に扱わないとは、思いますが。ただ。」

 

うちはと千手の両氏族はすっかり、全盛期ほどの数はいない。ただ、なんだかんだで続く交流の内、うちはカグヤは非常に有名だ。

もちろん、うちはの、まさしくアイドルであったイドラに色々と似ているのはそうなのだが。

それ以上に、持って生まれた資質と言えるものがカッ飛びすぎていた。

最強と最強の血筋を混ぜたらすごいの生まれんじゃね?を地で行くような馬鹿の思想の元生まれてしまったその娘は、それはもう強かった。

本気を出すほどのこともないために、皆、まあ強いんだろうなあと言う認識の元で動いているが。

上の人間達や身内は知っている。

 

それが無意味な強さを持って爆誕していること。というか、それ以前に、カグヤの中にいる存在もやばいのだが。

 

おかげでマヒルなんかはドキドキだ。

先ほども言ったとおり、柴犬の周りをヒグマがうろついているようなスリリングな気分になるのだから。

 

「・・・・まあ、あの子にも恋愛感情があるんだと思えば、めでたいんじゃないか?」

「できるだけ良い感じで言おうとしてるんでしょうが、厳しいですよ。というか、どうして扉間のお祖父様の系譜の女達はこう、カッ飛んだのが多いのか!?」

「それって、うちの娘のこと言ってる?いやあ、婿のガイ君、面白いけどなあ。」

 

目の前で頭を抱えるマヒルと見つめて、蔵間は考える。

 

(・・・それを言うと、マダラのおじ上の系譜の男は情けないのが多くないか?)

 

 

 

 

ごろーんと、うちはカグヤは祖父で有り、二代目火影であるうちはマダラの顔岩の上にいた。

つんつん頭は、転がるには不便な部分が多いが、それはそれとして真上からしか見つからないので気に入っている。

まるで、昼寝をする猫のように丸まっているカグヤの足下に誰かが立つ。

それにカグヤは目を開けて、そちらのほうに視線を向けた。

そこには、真っ白な髪に、薄い藤色の目、そうして、額にはかっと見開かれた三個目の目玉がある、美しい女が一人。

というか、頭に角が生えているので人ではないのだろうが。いいや、この世にはもっと尖った装いをしているものもいるが。

それは、ノースリーブのセーターにジーパンという今時の装いをしていた。

それはカグヤを威圧的に見下ろして叫んだ。

 

「カグヤ、貴様、男の口説き方というものをわかっておらぬ!!」

 

それにカグヤはしぱしぱと目を瞬かせた後、またごろりと転がった。

 

「寝るな!!」

 





うん?ナルトにサスケに春野のところの子か。どうした?
ふむ、課外授業でキン角とギン角たちの騒動の話を聞いてくることになった?
懐かしいな、ダンゾウ。
・・・・懐かしいと言うより、悪夢だろう。にしても、あれは悲劇だった。

当時、里同士の同名で里の影同士での立ち会いがあったわけだが。
そこでクーデターが起こったわけだ。
悲惨だったなあ。
ああ。
当時、二代目になったばかりのマダラ様が喜々として迎え撃って。共闘にはしゃいだカグラ様も飛び出して。
ぼっこぼこだったなあ・・・・

今でも先生の、殺すなよ!?生け捕れよ!?ころ、ばっかもん!!という声が思い出されるよ。
その後、期待するほどじゃなかったと、ズタボロの相手側を引きずって来た二代目とカグラ様のしょんもり顔が懐かしいな。
いやあ、ほんとに馬鹿だろ、あやつら。
あの二人が出た時点ですることないですねえと茶をしばきだしたカザリ様と蔵間様に助太刀行かなくていいのかと焦ったが。
本当に必要なかったなあ、ヒルゼン
というか、代替わりしたからといって、何故、二代目ならいけると思ったかわからん。
いけんだろ、普通。
いや、あれよりも、里に留守番されてた初代様が、ずるいぞ~俺もマダラと戦いたかった~とうざがらみされてるほうが面倒だったな。
まあ、というのが、当時の記憶だな。

・・・・・なあ。
うん。
ああ。
悲惨な歴史を聞いて来いって言われたけど、これって悲惨な話?
相手が悲惨ではあるな。


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番外編:カグヤという女について 2

感想、評価ありがとうございます。感想嬉しいです。

カグヤマッマについて。前にリクエストがあったのでこの場にて。切るとこ見失って一万越えになりました。

シリアス目一杯で、ギャグ方向は薄いというか、ないです。
感想でもあったのですが、孫世代の人たちの年齢はふわっとしてます。扉間の孫娘はガイ先生と同年代です。


 

 

どれだけの時間が過ぎたのかなんて、その女にはわからない。

ぽつんと、封印されてから、何かがあるわけではない。

ただ、ただ、そこにいた。

 

そこは真っ白な空間だ。

いいや、しようと思えば、いくらでも見たい景色だとか、いじくることは出来たのだろうが。

そんなことをするほどの遊び心なんてそれには、大筒木カグヤにはなかった。

 

(いいや、実際の所は、ただの夢か。)

 

自分が知覚しているのは、精神世界のようなもので、肉体は封印により眠っているのと同じだ。

そのせいか、時間の流れについてどこまでも鈍感だ。

鈍った思考の中で、ああ、まだかと孵化を夢見るさなぎのような感覚に陥る。

 

「うん?」

 

その時、何故だろうか。

真っ白な空間の中に、突然、色が混じった。

 

(・・・く、ろい?)

 

久方ぶりに認識した色というものに、カグヤはゆっくりと、一度だけ瞬きをした。

そうしても、それは別段、幻覚というわけではなく、底に確かに存在していた。

それに、カグヤは、ゆっくりと近づいた。

 

警戒心がないわけではない。

けれど、それは生まれながらの強者であって。

何かあっても、どうにでもなるという思考と、どこか、投げやりな何かがなかったわけではない。

そうして、近づいた先にいたのは、黒い何かだった。

 

(お、んなか?)

 

それは、真っ黒な髪をした女だった。

まるで猫のように丸まって、穏やかな顔で眠っている。

カグヤはゆっくりと、転がっていたそれをよく見るために膝を突いた。癖のように、その場に正座をしてそれの顔をのぞき込んだ。

 

それは、客観的な感想として、愛らしい顔をしていた。

真っ白な肌に、墨で書いたような黒い髪。

 

(・・・間抜けな顔。)

 

ただ、何というか、表情が間抜けすぎるのだ。

すぴーと聞こえてきそうな程安らかな顔で眠っている。これでもう少し、賢しげな顔をすれば、それ相応の待遇が得られそうなものを、とまじまじと見つめる。

なんとなく、起すことはしなかった。

久方ぶりに己の側に存在する人の姿に、不思議な気分になった。どれぐらい見つめていただろうか。

ふと、思い立つ。

 

それが何故、ここにいるのか。それは、何なのか。

カグヤはそれを知るために、口を開いた。

 

「おい、そこの。」

 

不遜、というのだろうか。何よりも、傲慢に聞こえる声音でそれが言えば、黒髪の女はもぞもぞと動く。

それにカグヤは起きるだろうかと見つめる。けれど、女はうごうごと動いた後、ぷるぷると腕立て伏せでもするように起き上がろうとした。

 

けれど。

 

ぺしゃ!

 

それは空しくその場に崩れ落ち、次には、ぐーと安らかな寝息が聞こえてきた。

 

寝た?

 

カグヤの脳内には、多くのはてなが浮んだ。

耳を澄ませれば、変わること無く、ぐーと安らかな寝息が聞こえる。

カグヤは、正直、どうすればいいのかわからなかった。

なんせ、彼女の目の前でのんきしながら爆睡決め込む奴なんていなかったのだ。

 

「起きないか!?」

 

叱りつけるようにそう言うと、それはまたもぞもぞと動きながら、手探りを始める。

カグヤはそれに、布団を探しているのだろうと何となしに察した。

 

(・・・・どうする?)

 

起せばいいのだが。何となしに、目の前のそれを乱雑に扱って起すのは、何か、違う気がした。相手にあまりにも、振り回されているというのだろうか。

いいや、正直混乱していた。

なんだこれはという以外の何ものでもなかった。

 

そんなことを考えていると、それはいつの間にか自分の近くにまでにじり寄ってきていた。

 

ぺしんと、自分の膝にそれの手が置かれた。何を、と。思考が止まったその瞬間、ぼすりと女の軽い頭が膝の上に乗った。

すぴーと、女の安らかな寝息が聞こえてきた。

 

(ね、寝た!?)

 

その大筒木カグヤ、人でなしとして、人からは離れた思考をしているが、正直言おう。

その女の思考がまったくと言っていいほどわからなかった。

 

(何かの術に嵌まっている?)

 

そんなことを考えて動けずにいたが、特別何も起こらない。というか、女の安らかな寝息が聞こえてくるだけだ。

カグヤはまじまじとそれを見た。

なんせ、膝枕なんて、子どもたちの父親にだってした覚えがない。自分の膝の上にある、体温は、ひどく、久方ぶりのものだった。

 

(・・・・ぬくい。)

 

眠っているせいだろうか、ほかほかとした女の体温にカグヤは、なんだか思考が止まってしまった。

膝のかすかな重み、体温、いいや、もっと言うのなら。

警戒心よりも遙かに不思議な気分であったのだ。

そんなにも、己のためらいだとか、そんなこともなく触れて、近寄ってくるものなんていなくて。

何年と、長い間を生きてなお、そんな生き物というか、己以外の何かにあったことに驚いていた。

何よりも、その女が、なんというか、警戒心を持つには強さというものを感じさせなかったというのもあるだろう。

そっと、女の髪に振れてみた。

なるほど、毛並みは文句なしにいいらしい。

髪を梳るように撫でれば、それは、ふにゃふにゃと笑った。

 

「う、えへへへへへへへへへへ・・・・」

 

よだれを垂らした、間抜けな笑み。あまりにも無防備で、安心しきった笑み。

それにカグヤは、小馬鹿にするように微笑んで、女の髪を撫でた。

 

「・・・・間抜けな顔だ。」

 

何か、全て馬鹿馬鹿しい気分になった。

 

 

 

 

「あれは、なんだったのか。」

 

カグヤは、どことも言えない虚空に呟いた。なんせ、カグヤの元にやってきた女はそのまま膝を枕にしてすやすやと眠っていると、突然消えて仕舞った。

カグヤは、まさしく夢を見ていたような気分だった。

ただ、あの、久方ぶりに感じたぬくもりだけのことを覚えていた。

 

何かの偶然?息子達の企て?いいや、同じ大筒木たちが何かを?

 

多くを考えたが、はっきりとした答えなど出るわけがない。考えても、全てが違う気がした。

いいや、同胞達は違うだろう。わざわざ自分に何かをするには、個人主義が過ぎる。

息子達も違う。全てが今更だと理解していた。

 

(・・・ならば、偶然。)

 

そこまで考えたとき、視界の隅に、何かが映った。カグヤは無意識のうちに立ち上がり、そうして、改めてそれに近づいた。

そこには、やはり、真っ黒な毛玉が丸まっていた。変わらず、ぐーすかと、安らかに眠っているそれは変わりは無い。

 

カグヤは、以前と同じように、それに声をかけた。その場に座り、それをのぞき込んだ。

 

「そなた、起きよ。」

 

声をかければ、それは、もぞもぞと前と同じようにうごめいた。ぷるぷると起き上がり、それは、以前とは違い、ゆっくりと顔を上げた。

 

「あれえ?」

 

寝起きだとわかるような、芯のない声だった。それは、カグヤのことを見て、ぱしぱしと、目を瞬かせた。

 

「なんでえ?大筒木の、カグヤ?うーん、でも、ご先祖様だから、失礼だから、カグヤさまあ?」

 

自分の名前を知っていること、そうして、自分を先祖という言葉。

 

(ハゴロモか、ハムラの子孫か?)

 

まじまじと見つめた先にいる顔は、お世辞にも二人の面影は感じない。

 

「へんなゆめえ。」

 

目をぐしぐしとこすりながら、それは変わること無く眠そうな声を出した。カグヤはじっと、それを物珍しい気分で眺めた。

眠っているときも警戒心というか、危機感を欠いていたが、起きても変わることは無いらしい。

今にも、眠いと言いながらその場に寝転がってしまいそうだった、

カグヤは、それに、何だろうか。

幼いときの子どもたちのことを思い出して、そのまま寝かせてやることを考えた。

けれど、すぐに、何をと自分に呆れた。

そんなことをしている暇などないのだ。

 

「貴様、妾の名前を知っていると言うことは。大筒木の者か?」

「えー?違いますよー。大筒木はあ、ご先祖様でえ、わたしは、うちはの・・・」

 

そんなことをふにゃふにゃと、幼子のような笑みで言ったそれは、段々と声がはっきりしていくことをカグヤは察した。

そこまで言ったとき、女の目が見開かれた。

 

「うええええええええええええええ!?」

 

今までめったりと、のんびりと、それこそ日向の中で腹一杯の心地で昼寝をする子犬のような風情であったのに。

それは、カグヤの顔をはっきりと捕らえた瞬間、絶叫を叫んだ。

 

「お、大筒木カグヤ!?」

 

カグヤは久方ぶりの、他人の大声に思わず顔をしかめた。それに、女は更に慌てた面持ちになる。

 

「静まれ、貴様は・・・」

「わーん!にいさまあ!はしらまさまあ!いずなあ!とびらまさまあ!どこ!?どこ!?どうしよおおおおおおお!?」

 

それをわかりやすくそう叫びながら、カグヤに背を向けて、走り出す。

 

「待たぬか!」

「わあああああああああん!こわいよおおおおおおおおお!?」

 

ひゃんひゃんと泣くそれをカグヤは追いかける。けれど、とある場所に着くと、まるで見えない壁があるように行き止まりに行き着いた。

それは、ぐんぐんと遠くに走って行く。

 

「待て!おい!待たぬか!!」

 

カグヤは威圧感を持たせて叫ぶ。叫びながら、カグヤは、ああとぼんやりと考える。変わらないと。

脳裏に浮んだのは、自分の膝にあった、重さとぬくもり。

どこか、その背が、遠い昔に己を拒絶した子どもたちと重なった。

 

その声に、女は肩をふるわせて、一瞬だけ振り返った。そうして、それは、何か戸惑いを持って立ち止まり自分のことを見つめていた。

それが何故かはわからないけれど、更に声をかける。

 

「こちらに来い!」

 

それに女はびくりと肩をふるわせて、夢から覚めたというようにそのまま駆けだしてしまった。

けれど、カグヤにはどうにも出来ない。封印され、術は使えず、壁に阻まれ、どこにもいけない。

カグヤは、またかと、じっとその背を見つめていた。

 

 

 

 

次に、その女が現れたとき、カグヤはその頭を握りつぶして仕舞おうかと思った。けれど、カグヤはそれに触れようとすると、まるでそこに何もないというようにすり抜けた。

 

(なるほど、こちらからは何も出来ぬと。)

 

失笑混じりであったが、それでも、少しでも情報をと女を又起す。それは前よりは覚醒していたのか、すぐに正気に戻る。自分を見た瞬間、瞳に宿った怯え。

それに、変わらないと。

何も、変わりはしないと少しだけ笑いながらカグヤは口を開こうとした。

けれど、それよりも先に、女が叫んだのだ。

 

「あ、あの!この前は、申し訳ありませんでした!!」

 

それは、深々と、その場に土下座をして見せた。

カグヤは、何故か逃げることもなくそんな態度を取ったそれに面を喰らった。

 

「・・・何を、謝る?」

 

女は恐る恐る、顔を上げた。

 

「あの、えっと、この前、初対面の人にとても失礼なことをしてしまって!ご先祖様に、名前も名乗らずに、逃げちゃって!」

 

それはジタバタと、手を振って申し訳なさを示していた。

 

「普通に無礼です!何も聞かずに、逃げちゃって!えっと、だから!」

 

そこで女ははっと気がつき、カグヤを見た。怯えが混ざった、けれど、はっきりとカグヤを見て、それは言った。

 

「私、イドラです!えっと、大筒木ハゴロモの長男の、インドラの末の、うちはイドラです!」

 

初めまして、カグヤのお祖母様!

 

それはとても場違いで、けれど、今までの怯えなんてなかったことのように。

女は、カグヤのことを見つめて言った。

 

 

 

 

「お祖母様!」

 

聞こえてきたそれに、カグヤはため息を吐いた。ちらりと、声の方を見ると、そこにはにこにこと、まるで番犬に向かない犬のように笑う己の末がいた。

 

「・・・また来たのか?」

「来たというか、来ちゃったというか・・・」

 

不思議そうな顔でカグヤのことを見上げて、にっこりとそれは笑った。

 

イドラという女がカグヤの精神世界に紛れ込んで何回目のことだろうか?

なんせ、考えるのも面倒だった。

何故って、それはカグヤにとって、欠片だって役に立たなかった。

 

お前は何だ?

カグヤのお祖母様の子孫です!

何故、ここにいる?

? そう言えば、何ででしょうか?

ハゴロモについては知っているのか?

知ってます!夫婦喧嘩に巻き込まれたので!

・・・今回のことは、ハゴロモが関わっているのか?

?いいえ、あ、でも、確かにペン吉たちが何か言ってたような?

ここがどこかわかるのか?

私の夢の中?

 

情報なんてまったく出てこない。聞き出しても、全体的にふわっとしている。カグヤはそれへの期待を止めた。

経験的に、こういった者は振っても何も出てこないタイプだ。

無理矢理聞き出すことも出来ない。どうやら、敵意や害意があると干渉はできないようだ。ならば、構うだけ無駄だろう。

カグヤはまあ、手がかりのことも考えて、それを観察はしても無視をしようと決めた。

けれど、どうやらそのカグヤの無関心さをそれは友好的な態度と勘違いしたのか、ちょっとずつではあるがカグヤへの距離感と言えるものが確実に縮まっていった。

 

大丈夫か、これは?

カグヤはそう思った。

 

「それでですねえ、今日はですねえ、榊君がキノコのお裾分けしてくれてえ。あ、マイタケなんですけどね!炊き込みご飯にするんですよ!」

 

カグヤは、今日のイドラ日記を話半分に聞いた。

へえ、ほお、そうか。

おお、なんだ、その生返事。

そんな感想が出てきそうな相づちにさえも、イドラはにこにこしながら話をする。

何をそんなに話題が出てくる。

 

いや、近所の野良猫の出産祝いに魚をあげたとか、何でも、女の住む場所の長に当たる男の盆栽の成長記録と、本当にどうでもいい。

けれど、その無駄な話の中にも何か情報は無いかと、聞き流す。

おかげで、ある程度の現状は把握できた。

 

なんでも、女はハゴロモの長男の子孫で、最近までとある一族と殺し合いをしていたらしい。それも、二男の子孫達と争っていたそうだ。

それに、カグヤは血かと、ひっそりと嘲笑した。

同じ血をわけど。

争う在り方に、それは誰の血によるものかと微笑んだ。

 

それは、己の血か。それとも。

 

(・・・あの日、己の子を孕んだ妾を殺そうとした、あの男の。)

「でもね!」

 

そんな思考の中に、嬉しそうな、弾んだ声が割り込んできた。それに、思わず声の方に視線を向けた。

そこでは、1匹の黒犬がねえねえと微笑んでいた。

 

「仲直り、したんですよ!」

 

これ以上、それ以上、嬉しいこともないようにそれは、カグヤに甘えるように笑った。

 

「たくさん、たくさん、遠回りして。たくさん、たくさん、なくして。たくさん、たくさん、間違えて。たくさん、たくさん、犠牲を積み上げたけど。それでも、カグヤ様、私たち、仲直りできたんです!」

苦い思いも、苦しい思いも、大っ嫌いって心も、たくさんあって。でも、それを飲み込んで、ここまで来たんですよ!

 

そう言って笑う女に、カグヤは不思議な心地で問うた。

 

「なぜ、そのように嬉しそうなのだ?多くの犠牲、多くの間違いをしたと自覚しながら、憎い敵と仲直りしたことをうれしがる?」

 

それは当然の言葉だった。それは、当たり前の疑問だ。

それに、イドラは少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「・・・・でも、喧嘩をずっと続けるよりも、仲直りしたほうがずっとましじゃないですか?」

 

鼻を啜る音がして、カグヤは驚いて女のことを見れば、それは涙ぐんでいた。

カグヤはそれに驚いた。

なんとも言っても、それは、ずっと笑ってばかりだと思っていたのだ。

 

「・・・なぜ、泣く?」

「だってえ・・・・・・」

 

それはぐずぐずと泣きながら、鼻水を垂らして、泣いて、もう顔から出る水分ならば全部出す勢いで、ぐずぐずと泣いていた。

 

「むかしのごとお、おもいだしたらあ、かなしくなってぎてえええええ・・・・」

「ああ、情けない顔をするな!妾の末なのだろう!?」

 

思わずそんな言葉が出た。

写輪眼も証拠だと見せられて、確かに己の末だと理解した。けれど、カグヤは情けなくぐずぐずと泣くそれが本当に己の血を引いているのか疑わしくなる。

 

「ほら、泣くな。泣くな。」

 

それに理解だとか、同情だとか、そんなものはなくて。

ただ、本当に、泣くなと思って声をかけた。それに、ぼんやりと、カグヤは昔のことを思い出す。

子どもたちが幼かった頃、そんな風に泣いていたときはあっただろうかと。

 

(どう、だったのだろうかな。)

 

何故か、思い出したのは、幼子が二人、笑っている場面だった。

 

 

 

 

その女は、変わること無くやってくる。

変わること無くやってきて、女の平和ボケした日常の話を聞かせてくる。それにカグヤはなんとか、外の世界の移ろいを理解した。

女は、時折、カグヤに相談をした。

 

子どものこと、夫のこと、兄妹のこと。

それは、とてもたわいもない。

言い出せないことがあるだとか、やってることについてどうかと思うが口出しをしていいのか、だとか。

 

子どもに封印され、夫に殺されかけ、兄妹もいない自分によくそんなことを聞けると呆れた。

けれど、しょんもりとしたそれに、気まぐれに声をかけてやれば嬉しそうに微笑んだ。

何を、そんなに嬉しいのだろうか。

力も振えず、閉じ込められた、己を。

イドラはにこにこして、言うのだ。

 

「よく、わかりませんけど。でも、聞いていたというか、知っていたというか、それ以上にカグヤ様はお優しいので。だから、話していると楽しいです。」

 

にこにこと、にこにこと、それは自分のことがこの世で一番好いているのではないかと思うほどに笑ってカグヤに懐くのだ。

それに、カグヤは頭を撫でてやる。

それに、女はやっぱりえへへへと笑うのだ。

 

(愚かな奴だ。)

 

簡単に己を殺せる自分を、手段がないだけで放置しているだけの自分を、まるでひどく、尊い者のように見つめてくるものだから。

カグヤは哀れむように、笑った。

 

 

 

 

何故、忘れていたのだろうか。

そう思った。

それが、あまりにも無防備に、嬉しそうに、安寧の中で笑うから。

だから、カグヤは忘れていた。

宙から来る、同胞達のことを。

 

それを思い出したのは、イドラがあるとき、傷を作ってやってきた時があった。

 

「どうしたのだ!?どこの不届き者にやられた!?」

 

痛々しく腫れたそれに、イドラは困ったように笑った。

 

「えへへへへへ、ええっと、その、二男と組み手してたら、うっかり頬に入っちゃって。」

 

カグヤは、茫然とした。だって、イドラから聞いていた二男とはけして大人ともいえないし、強くもない。

そんな存在に殴られて、そんなにも、あっさりと損傷したその体。

ああ、忘れていた。

 

これは、この星に住む、人という生き物が、どれほど脆いのか。

 

「いろいろ鈍っちゃったかなあ?うーん、そう言えば、カグヤ様?」

 

目の前の、黒いわんこは真っ黒な、濡れたような瞳で自分を見つめる。

無垢で、哀れで、弱くて、カグヤに懐く、愛らしい娘。

己の血を引いた、娘。

 

それを、宙からやってくる同胞は、なんとする?

 

「・・・・イドラよ。」

「はーい?」

「お前は、ハゴロモと接触が出来るのか?」

「え?ああ、えっと、前に言って月兎が。あ、もしかして、仲直り・・・」

「妾の封印を解く方法を、聞き出してきなさい。」

 

イドラはそこで、ようやく、目の前のそれの空気が変わったことを理解した。

今までの、無関心が故の、大樹のような穏やかさは消えてしまった。

 

「えっと、それは、ハゴロモ様と、仲直りを・・・」

「お前は、妾の同胞が宙からやってくることを知らぬのか?」

 

それにイドラの顔が強ばった。全てを知っていることを理解して、カグヤはイドラを見た。

 

「わかっているのならば、はよう外に出ねば。全てが手遅れになるのだぞ?」

「ま、また、無限月詠をされるのですか?」

「それしか方法はない!」

 

断言するようなカグヤの声に、イドラの方が震えた。

 

「いくら、写輪眼を持っていたとして、大筒木の血はすっかり薄れているはず。あれらに対抗できるほどの力を持った存在はおらぬだろう!?そうなれば、どうなるか、わかっているはずだ。」

「に、兄様に、柱間様に、イズナも、扉間様だって!尾、尾獣の子達だって、みんな!」

「お前の兄たちが死ねばどうなる!」

 

怯えるように後ろに下がった女に、カグヤはにじり寄る。カグヤは己を恐れるようなその仕草に苛立ったが、そこでふと、思い至る。それが、何を恐れているのか。

 

「安心するがよい。お前の兄弟や、子らを組み込む気はない。犠牲になるのは有象無象だ。それならば、よいだろう?」

 

ハゴロモも、気に入りがいたが故に自分に反抗してきたのだ。これも一つの母だ。己の子が犠牲になるのは赦せぬのだろうと。

その人でなしは理解した。

理解した、気になった。

 

「違う。」

 

ぽつりと呟いたそれに、カグヤは女を見た。

それは、カグヤの娘は、悲しむように、いいや、哀れむように、自分を見ていた。

それは、遠い昔に見た、己の息子と重なって。

 

「そうでは、ないのです。カグヤ様。」

「何故だ!」

 

咄嗟に叫んだそれに、イドラは、その場から脱兎のごとく逃げていく。初めて、言葉を交わしたときと同じように。

 

「戻ってきなさい!!」

 

叫んだそれに、女は、振り返らない。

 

「行ってはならん!それでどうする!何が出来る!?」

 

何故、母の元から逃げるのだ。なぜ、己の下で、幼いときのように無邪気に戯れていられない?

 

「弱いお前に、何が、何をしようと!」

 

叫んだそれに、遠く、遠く、どこまでも。カグヤから背を向けて。

どうして、安寧の中で、己の元で生きてくれない?

どうして、死んでしまうような選択をするというのだ?

 

「戻ってきなさい!」

 

死体を、思い出す。己を殺そうとした、己が愛した男の、がらんどうの瞳。黒い、濡れたような、瞳から、光が消えて。

 

「何故だ・・・・」

 

茫然と、美しい女が呟いた。

 

「なぜ、お前達は、いつも。ただ、そこにいればよいという願いさえ。ただ、安寧の中で生きてくれればと言う願いさえ、聞き届けてはくれんのだ。」

 

 

 

それから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。イドラが現れないカグヤには、時間の経過などわからない。

ただ、二度と現れない気がしていた。

二度と、それは、ハゴロモとハムラのように、二度と。

 

なのに、だ。

その女は現れた。

とても、静かな瞳をして。

カグヤの元に、現れた。

 

「・・・・何ようだ?」

 

静かな声に、イドラは少しだけ戸惑うような顔をした。そうして、目を伏せながら、そろそろとカグヤに近づいた。

座っていたカグヤの隣で、膝を抱える。

 

「・・・・私の、写輪眼の、能力。夢渡り、なんです。」

 

何故か、そんなことを言った。

カグヤは、何か、それにする気力がわかなかった。どうせ、何をしようとしても、自分には干渉は出来ないのだ。

無駄なことをしても仕方が無い。

 

「夢を介して、違う世界の、どこかの人の夢に行く。そこで、記憶とか、意識とか、ふれあえる。幽冥、って言うんです。」

 

おずおずと、己を見上げたその瞳は、赤く、そうして、螺旋の模様が刻み込まれていた。

 

「写輪眼の能力、万華鏡になる前に、発現することがあって。私のも、そうで。だから、最初は、夢でカグヤ様に会ってるの、覚えて無くて。なんだか、楽しい夢を見てて、そんなこと、ばっかりで。」

 

疲れたように、かすかな、笑みで、それはえへへへへと笑って。

 

「でも、あなたが怖くて、逃げ出した日。全部、理解して、目が開いて。」

 

女はゆっくりと立ち上がった。

そうして、真っ赤な瞳で己を見る。

 

「お母様。」

 

呼ばれたそれに目を見開いた。そうして、イドラのことを見た。

それは、見開いた瞳に涙を溜めて、自分を見ていた。

 

「私たちを、愛してくださって。愛そうとしてくれて、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。」

その愛を、私たちは、受け取れない。

 

それは、いつかに、掟を破った己の息子と重なった。

 

「それが、お前の愛か?ハゴロモのように、通じぬ愛を抱えて、滅びると!?お前達はいつもそうだ!それで!?封印は出来ても、お前達は結局、妾のことを殺せず!封じることしか出来ぬ!同胞達が、あやつらに勝てるとでも!?死ぬぞ!皆!そうやって!」

 

そうだ、知らぬからそう言える。

愛の力を信じろと?

それで、その力で自分は殺せたのか?

結局封じて、時間稼ぎをしているだけではないか。

結局滅びるだけなのだ。結局、無意味に、無価値に、蹂躙されるだけではないか。

あの日、自分に殺された男の姿、そうして、自分を庇って死んだ、侍女の、彼女の、崩れ落ちる瞬間を、ただ。

 

イドラは、ぼたぼたと、涙を流して。そうして、カグヤの首に腕を回した。

それは、ああ、あの日、間抜けな黒犬に膝を貸した時の、そのぬくもりを、思い出して。

あの日、己の愛した男が、自分を抱きしめたときのことを、思い出して。

 

裏切った愛が、何故か、自分を、抱きしめている気がして。

 

「ずっと、あなたは一人で背負われていたのですね。愛した誰かを、失ういつかを。滅ぶしかないいつかを。あなたは、私たちとは違う。でも、愛そうとしてくれた。」

 

肩が、濡れている。ぼたぼたと、暖かな何かが自分の、肩に降っていて。

 

「カグヤ様、お母様。もう、いいのです。」

私たち、大人になりました。だから、だから、もう、いいのです。

 

腕の力を緩めて、それは、静かに泣きながら。けれど、今までとは違う、大人びたそれで、カグヤに言うのだ。

 

「一人で、背負わなくてもいいんです。私たちも、ちゃんと、あなたのことを守れるぐらい強くなったのです!」

 

だから、だからと、それは幾度も言った。そうして、耐えられないというようにカグヤのことを抱きしめた。

女にとって精一杯で、けれど、カグヤには、あまりにも弱々しい、羽虫のような力で。

それに、カグヤは、固まった。

 

「何を言っている?」

「ごめんなさい。裏切られて、きっと、悲しくて、痛くて。でも、あなたは、歪でも守ろうとした。わかります!だって、私だって、お母さんだから!可愛いあの子達を、守りたいと思えば、きっと、なりふり構わなくなるって!でも、あなたの息子はそれを拒絶した。だから、悲しいですよね!苦しいですよね!裏切られた愛を信じろと、それはきっと苦しくて! でも、愛したくて、切り捨てられない!」

あなたは、ずっと、一人で勝てぬ相手と戦い続けていたのに。

 

(妾は、ただ・・・)

 

遠い昔、あの日、ハゴロモに愛を信じろと言われたとき、憎しみが、あの日、己の裏切った男と重なった。

どうして信じられるのだ?

 

人ではないから、己は拒絶された、殺されそうになった。

カグヤは、その在り方を変えられない。ならばどうすればいいのだろうか?

見捨てればよかったのだ。

裏切られたのだから、きっと、子どものことだけ抱えて、それで。

 

なのに。なのに。なのに!

 

見下ろした世界は、腹に抱えた子どもたちは、あの日、カグヤの失われた愛のよすがだった。

ふと、その青い空を、美しい夜空を見上げれば、それでも柔らかな幸福を、思い出す。

見捨てられなかった、蹂躙されるのが赦せなかった。

脆くて、狭い、カグヤの箱庭。青い、宝石。

 

だから、カグヤは守ろうとした。人でなしの愛で、化け物の理で、人には理解できぬ在り方で。

 

お前が言うのか?

ああ、ハゴロモよ。

憎い男に似た、愛しい息子よ!

お前が、言うのか。

その顔で、己に矢を下した、その、形で!

 

ああ、裏切られた。

また、自分は、愛に、裏切られた。

ならば、もう信じまい。

もう、二度と、愛など。

人のことなど。

カグヤは、所詮、人でなしだったから。

 

だから、ずっと、一人で。

弱者だけの世界で、女は、ただ、一人で戦い続けていた。

 

「今更、何を信じられる?」

 

女の黒い髪が、揺れているのを見た。自分を抱きしめるぬくもりが、あまりにも弱い力が。

 

ああ、これも死ぬのだと思うと、たまらなくなって。

 

イドラは又体を離した。ただ、静かに涙を流す女。自分には似ていない、己の血を引いた、哀れな娘。

 

「あなたを愛する、私の心を。」

 

そんな、世迷い言を、女は吐いた。

 

 

「愛?貴様が!?妾を恐れて、拒絶して、逃げ出したお前が、愛しているなど!」

「それでも、私は、ここに来ました。」

 

それにカグヤは黙り込む。

だって、それは確かにここにきた。恐れて、拒絶して、それでもこうやって帰ってきて、カグヤを抱きしめている。

 

「あなたのことが怖かった。だって、あなたは私のことを慮ってくれたけれど、私が愛した人たちのことを慮ってはくれなかったから。だから、怖かった。でも、思ったんです。それでも、あなたは、確かに、私のことを。愛した誰かのことを、守ろうとしてくれた。」

 

いつかに、紙の中で敵としてそこにいた女は、鬼だと言われた。

けれど、イドラは思うのだ。

もしも、自分は、大切な誰かに裏切られたと思って、大事なものがことごとく壊されるいつかを知っていて、それを一人で背負い続けた時、壊れずにいられるのだろうか。

 

鬼子母神の話を思い出した。

 

彼女は、少しだけ、その母は、似ている気がした。

結局、鬼が悟りへ至るために必要だった、子への愛さえもなくした、悲しくて、寂しい鬼。

だから、イドラは怖くて、恐ろしくて、けれどそれ以上に悲しくてたまらなかった。

その愛を、イドラは知っていた。

同じ母であるが故に、人でなしの女の中にあった、子への愛を。

そうして、いつかに、自分たちを滅ぼそうとしたかもしれない男への愛を抱えていたイドラには。

カグヤの、寂しい在り方が、その喪失が、痛いほどにわかってしまった。

 

愛おしい、けれど、恨めしい。

全てに同調できずとも、女の、その寂しさを、どうしようもなく理解した。

 

「あなたの在り方は我らにとっては、とても、とても怖いです。あなたにとって有象無象に見える存在は、繋がって、誰かにとっての愛する人であるかもしれない。だから、カグヤ様。その愛を、私たちは、受け取れない。でも。」

 

イドラはカグヤから体を離して、涙を流して、その真っ白な手を取った。

 

「どうか、私に、あなたを愛させて。」

 

愛、愛、愛。

うっとうしいはずだった。

憎んで、裏切られて、膿んだ傷が痛むはずなのに。

何故だろうか、女の、愛は、あの日、ハゴロモに向けられた言葉のような苛立ちも、そうして、憎しみも、浮んでこなかった。

 

「それで、お前は何をすると?弱く、脆い、お前に、何が?」

 

カグヤは、何か、凪いだような気持ちで女に問うた。

答えが聞きたかった。

何を持って、証明を、何を。

 

「見せてあげます。私たちが、どれだけ強くなったのか。ちゃんと、大丈夫だって、お母様のことを、安心させてあげます。そうしたら、今度はあなたを一緒に守りたいと思うのです。」

「・・・それがどれほど、困難な道かわかっているのか?」

「わかってます!でも、私たちが知らなくちゃいけないのは、楽な道の歩き方じゃなくて、困難な道の歩き方です。でも、安心してください!」

 

忍は、ド根性、ですから!

 

女が笑っていた。

弱くて、愚かで、自分のことを簡単に信じて、懐いて、けれど、自分を愛するのだというそれの顔を見ていると。

カグヤは、なんだか、あーあと、肩の力を抜いてしまった。

 

「・・・・もう、よい。」

 

カグヤは、女の頭を撫でた。

いつかに、そうしたように、その毛並みのいい黒髪を。ただ、撫でた。

 

いつかに、共に生きて欲しいと思った愛は、カグヤを殺そうとした。

カグヤのことを理解できぬと、裏切った。

大地の色をした髪は、真っ黒になって。警戒心なんてなくなって。カグヤの愛を拒絶するくせに、愛していると宣う程度に図々しくなって。

 

カグヤのことを、守りたいと、そう言うのだ。

 

ああと、カグヤは思う。

あの日、裏切られたはずの愛は、面影なんてことごとく消え失せて、それでも、カグヤの元に返ってきてくれた。

だから、それでいいのだと、女は掴んでいた子どもの手をそっと手放すことを決めたのだ

 

 

 

「・・・・・はあ、イドラの言うことを信じてみたのはよかった。思惑通り、無駄に強い子が生まれ、妾も安心と、そう思っていたというのに。」

 

びろーんと、くつろいだ猫のような孫娘にカグヤは怒鳴る。

 

「その体たらくは何だ!?」

 

それに己と同じ名前を冠した、娘が気だるそうに欠伸を吐いた。

 




ねえねえ、オビビ。
唐突にふざけた適当な呼び方すんのやめてくんね?
俺、オビビは生涯独身だと思ってたんだけど。なんで、カカちゃんと結婚しの?
……あいつってさ、俺のこと、ガキの頃から好きだったりした?
クソ鈍チンで笑う。志村のじい様だってもう少し鋭いぞ。
そっかあ!やっぱりかあ!
そりゃ、あの子の親父さんが里の人間から叩かれてたことあるだろ?あの時、お前の親父さんが匿ったじゃん。
ああ、うちは全体でそのやらかしを覆すって動き回ってたもんな。
ほんと、うちはって優秀なやつ好きだよな。
気に入ったやつがいると身内のこと紹介するのはやめた方がいいけどな。
すぐに身内に取り込みたがるの一種の妖怪みたいだよな。
言い方!
まあ、それは置いといて。なんで結婚したの?
…あの顔に迫られたら頷いちまって。
お前、確かにアカリの婆さまの孫だよ。


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番外編:カグヤという女について 3

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

短めです、次回で終って、その次からそれが~続きも投稿します。


 

 

「・・・・カグヤの婆様、うるさいよお。」

「五月蠅いではないわ!まったく、お前はどうしてそうなのだ?」

 

呆れたような声を出して、大筒木カグヤはうちはカグヤの両脇に手を入れて猫よろしく抱き上げる。そうすれば、びろんと伸びた末娘が眠そうにしぱしぱとまぶたを開け閉めする。

 

「もう良い年であろうが!もう少し、あぷろーちの仕方というものがあるだろうが!」

「うーん・・・・」

 

カグヤはそれにゆっくりと目を見開く。

それと同時に、少女の髪は真っ白に、そうして瞳は真っ青に染まる。その瞳は、澄んだ青の中に魔方陣のような紋様が浮び、そうしてぐるぐると忙しなく回転している。

それと同時に、カグヤは抱き上げられた腕からずるんと、それこそ女の腕をすり抜けるように離れた。

 

「こやつ、また!」

 

それにカグヤ、皆からわかりにくいからと婆様と呼ばれているそれは呆れたように声を上げた。

地面を見れば、不満そうな白髪の髪をしたカグヤがいた。

それに呆れる。

 

「まったく貴様というやつは。」

 

カグヤはその場に座り込み、そうして、ぐしぐしと目をこする。婆様は眠たげなそれの頬を両手で掴み、むにむにと揉む。

むーと目を細めるそれにため息を吐いた。

 

「はあ、せっかく可愛らしい顔に生まれたというのに。誘惑の仕方というものがあるだろう?大体、ああいう初心な奴なら、その乳でも押しつけてやればよいのに。」

「婆様、下品。」

 

眠たそうな顔をしてカグヤはぶるぶると震えた。そうすると、カグヤの見目は、元の夜色の髪と瞳に戻る。

 

「婆様、託児所はいいの?」

「分身体を置いて来とるから支障はない。」

「婆様、元気ねえ。」

 

変わることの無い暢気な声だ。それにカグヤはため息を吐き、そうして、抱き上げる。今度は拒絶もすることはない。カグヤはその場に座り込み、膝の上に乗せた。そうすれば、二代目のつんつん髪の隙間から里が見えた。

 

(・・・・妾が目覚めてから、長いことが経ったな。)

 

カグヤの婆が、千手イドラと出会って少しして。

彼女は喜々としてカグヤに会いに来た。

 

「カグヤ様のこと、お外に出てもいいって許可を貰えました!」

 

カグヤはそれに目を丸くした。どこをどうすれば、そんなことになるのかと頭にはてなが浮んだのだ。

というのも、イドラは固有瞳術のおかげで大筒木ハゴロモや、その妻達とコンタクトが取れたらしい。

 

「ハゴロモ様から、兄様とか、扉間様とか、説得してもらったんです!」

条件付きでなら、許可が出たんです!

 

「ばっちくそ怒られましたけど・・・・」

ぐずっと鼻水を啜りながらちょっと泣いていた。

まあ、カグヤのことを扉間たちに知らせず、こっそりと色々動いていたのだから、当たり前なのだが。

 

(・・・・ハゴロモの奴、嫁達にもそこそこ言われたらしいからな。)

 

ハゴロモは、妻達にも説得されたらしい。時間もずいぶんと経ったのだし、一度、話をしてもいいのではないかと。

だからといってさすがにそのまま解放するわけにはいかない。

どうするとなった時のことだ。

 

「それならば、私のことをお使いください。」

 

そう言ったのは、すっかり子どもたちのおもちゃのようになっていた月兎だった。

 

私が分裂できるのは知っておられますね?

あれは、全てが私なのです。私は個にして全。全にして個。

・・・深く考えずともいいのです。その一つをお貸ししましょう。

 

神卸し、というものをご存じでしょうか?

 

(人の意識だけを他に移す、か。)

 

事実、山中という一族では同じような術を使っている。そのため、ここにいる大筒木カグヤというのは月兎という仙兎の体に精神だけを卸されている状態なのだ。

月兎自体、分裂し、体をいくらでも作れるからと、その一つを貸し出されている。

千手扉間が考案した穢土転生は肉体の一部から、その当時の情報を再現するものだ。

 

穢土転生はメモリーカードで、カグヤ様のこの術はネットでリアルタイムの情報を引っ張ってる感じですかね?

 

などとイドラは言っていたが婆様にはよくわからない。

が、そのおかげでなんとか、術だとかは使えない状態で降り立った現世であるが。

まあ、暇である。

強いて言うのなら、好み!!と何やら嬉しそうにカグヤのことを飾り立てる変わった赤毛の女が構ってくるぐらいだった。

婆様は思わず己の姿を見た。

別段、お洒落だとかに興味があるわけではない。

 

いいですか、カグヤ様。どこにだってふさわしい格好というものがございます。もちろん、そういった古風な格好も結構ですが、それはそれとして似合うものがあるのならそうすべき、いいえ、趣味とかではなく!

 

なんて赤毛の女、いいや、うちはアカリからの猛プッシュから衣服にある程度気にはしている。といっても、基本的に興味は無いので、カグヤの衣服はうちはカグラが用意していたりする。

 

等身大の着せ替え人形~なんて言われていたりするが。

 

それはそれとして、カグヤの婆様は暇だった。カグヤの術と、忍術はまったく違う。ただ、今後のことを考えて大筒木の情報を扉間達に渡せば、あとは特にやることもない。

というか、カグヤの婆様自体正直、人間というものが嫌いだ。

彼女の中で、弱者とは、己に恐怖する、迫害する苦い経験が根付いていたせいだろうか。

けれど、それはそれとして。

 

「カグヤ様、新しく生まれた、一族の子なんですよ!」

 

赤ん坊は可愛かった。

 

イドラやアカリの周りには常に女衆であふれていたし、そうすれば、婚姻した女が赤ん坊を連れてくる。

それに、カグヤは、まあ赤ん坊だけは可愛いと認めた。

その後、カグヤはただ、ぼんやりとしていた。

いつ、同族が来るかはわからないが、ひとまずはそれらがどうするか。イドラとの約束通り見守ることにしたのだ。

が、さすがに数十年も何もやらないわけにはいかない。

暇というのは人を殺す。

 

そこで、カグラが火影になった時だ。

 

「いやあ、くのいちも登用したいけど、子どもがネックだしなあ。」

 

火影の代替わりで一時的に起った戦争で、孤児が増えたために人手が足りなかった。それに、カグヤの婆様は手を上げたのだ。

 

「ならば、妾が世話をしよう。昼間に親がおらんのならそれも見よう。」

 

端的に言えば、暇だったのだ。

カグヤの婆様は、まあ、立派な人でなしで。

気長で、子どもの泣き声を聞き続けても疲弊することもなく、人手が足りないのなら分身すればいいわけで。

おまけに、数日寝なくても大丈夫というのだ。

 

「お、いいなあ!なら、婆様、頼みますよ!」

 

カグラはそう言って、本当にあっさりとカグヤの婆様に許可を出した。いいのか、とざわつきはしたが長い間里で大人しくしていたし、術も瞳術も使えないのならば、まあと頷いた。

それを聞きつけたハゴロモが、いいのかと抗議をしたが、子育てに関してだけは貴様に言われる筋合いないわとたたっ切られていた。

 

そんなこんなで託児所を始めたカグヤの婆様であるが、普通に運営していた。監視用にと付けられた千手スズランと一緒に順調に子どもの世話をしている。

孤児院と託児所、全部ごった煮で、カグヤの婆様自体、医療まで学んで病児療育まで始めている。

まあ、施設内にあふれるカグヤの婆様の姿に慣れれば快適だ。それに混ざる、元火影の姿もあったりするけど、それも慣れればいいだろう。

 

「大体、お前とてわかるだろうが。あのようでは結婚など一生無理だぞ?」

「どんぐりも、綺麗な石も嬉しいよ?」

「そういうことではないわ!まったく。そのようにのんびりしおって。妾は心配ぞ?」

 

それにカグヤは不思議そうな顔をした。そうして、ぱちりと瞬きをした。

 

そうして、その瞳は、万華鏡写輪眼に変わる。その模様は、母親のうちはカグラのものと瓜二つだった。

そうすれば、カグヤの影はうぞりと、手の形をしてカグヤの婆様の頬を撫でる。

 

「大丈夫?」

「・・・・心配しておるだけだ。」

 

特異な子が生まれたと、カグヤは夢を見るように目を細めた。

 

 

うちはカグヤは、最強の忍である。

それは、その少女が開眼した瞳術のせいだろう。

青く、そうして、不可思議な紋様が現れるそれは、見た術を全てコピーすることの出来るものだった。

血継限界さえもコピーすることの叶うそれは、まさしく規格外であった。

チャクラを多量に消費することさえも、千手柱間に引けを取らないチャクラ量のおかげで問題はない。

戦闘技術さえも、それは、祖父達の資質をしっかりを受け継いでいた。

 

(カグラもなかなかだったが。)

 

うちはカグラの瞳術は、吸収と放出だ。

カグヤの婆様は自分に触る、影で出来た手を見る。その手は、少量であるが、チャクラを確実に吸い取っている。

 

いやあ、便利は便利。影を媒体にして、触れたもののチャクラをそのまま吸い取って。忍術だってチャクラに変換出来るし。ああ、でも、チャクラの保存に困ってたんです。出来れば多めに保存はしておきたいし、というか、出来れば私以外にも使えたら便利ですから。

月兎の中に保存出来るから、咄嗟の時になんとかなるだろう!

 

月兎曰く、それは器であるらしい。

チャクラをため込む電池にも、何か卸す器にもなるのだと。

 

「いや、私は戦闘能力全振りですし!ほら、隕石とか降らせられ、似たようなこと出来る?」

ぺーんと泣いている黒い鳥のことは気にしなくていいだろう。

 

(・・・星の脅威へのカウンター、最強の生き物、大筒木の天敵。)

 

それは幼い頃から何を考えているのかわからなくて、ぼんやりとしていて、どこか利他的だった。

本能のように、守護することを是としたそれ。

大筒木の権能を人の体に出力したような、そんな生き物。

 

「・・・・命短し、恋をせよと言うだろう?」

 

カグヤの婆様は囁くようにそう言った。それに、カグヤは変わらず不思議そうな顔をした。

そうして、カグヤの婆様はぐっと拳を握った。

 

「さっさと押し倒せ!お前ならいける。」

「そんなんだからみんなに、婆様に恋愛相談するなって言われるんだよ?」

「何を言う?いいか、この里でお前ほど毛並みのいい、血統書を付けてもいいほどの女はいないのだぞ?そんな奴を傷物にしたと思われれば。責任を取るしかなくなる!」

「カグヤの婆様、なんでそこら辺だけ価値観が戦国のままなのお?」

 

珍しくはちゃめちゃに嫌そうな顔をした孫娘に、カグヤの婆様は呆れた。

 

「よいか、いい男とは争奪戦なのだ!」

「イルカ先生、モテてないよ?」

「貴様は鬼か?」

 

惚れた男を一刀両断した娘にカグヤの婆様は呆れた。それにカグヤは立ち上がる。

眠たそうに、変わらずに、くわああと欠伸をした。

 

「婆様も、そろそろ戻りなよ。香燐が探してるみたいだから。」

「これ!まだ、話は・・・」

 

そう言うと同時に、カグヤはそのまま黒い渦の中に吸い込まれていく。

カグヤの婆様は、オビトの神威を使ったのだろうと当りを付けてため息を吐いた。

 

「・・・オビトの奴が、神威の中に秘密基地を作られて困っておると言っておったが。あやつは、本当に。」

 

ぼやきながら、カグヤの婆様は、どこかで聞いた歌の歌詞を思い出す。

命短し、というそれ。

 

(・・・・利他的で、他人に対して、流されてばかりの娘が恋をしたというのだ。応援ぐらい、してやりたくなるものだろう?)

 

そんなことは、当人にはどこ吹く風であるのだが。

カグヤの婆様はそれに諦めを感じつつ、託児所に帰ることにした。

 





大筒木カグヤ
今のとこ、対大筒木戦用の練習相手とか、託児所とかしながら隠居してるおばあちゃん。出来ることは封印されてそこまで多くはないがのんびりやってる。
他人の恋愛ごとに首を突っ込むのが好きだが、あまりにも肉食過ぎて信用はされていない。服はアカリとカグラの趣味。
三男?あれは息子というよりは、切り離した別思考であるからな。放っておいていいぞ。
夫に顔が似ているらしく、千手柱間への辺当りが強かった。
孫娘の事情は知っている。

うちはカグヤ
めちゃくちゃ強いし、めちゃくちゃ頑丈。まったりと過ごしている。
大筒木の天敵。人の膝の上でよく寝る。周りからは色々と大丈夫なのかと心配されつつ、可愛がられて生活している。
火力高めな瞳術に目覚めている。ただし、地球限定のもよう。
強いなりに代償はあって、人生は短め。
その人生にも、今までにも、これからにも、ちゃんと納得しているし、幸せだと思っている。
イルカ先生のことは可愛いから好きらしい。

カグヤの家族
イルカ先生?あ、あの好青年?
いいよー、ちゃんと口説き落としてお付き合いしような?頑張れな?
というスタンス。結婚するなら好きな人が一番丸く収まるからねと見守っている。
カグヤの事情は知っている。


月兎とペン吉
いいもん、ちゃんと火力はあるもんと拗ねている鴉と兎が慰めている。

黒幕に成るはずだった人
処理がめんどくさいと放置されてる。哀れな人。


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番外編:カグヤという女について 4

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

がっつり、イルカ先生とカグヤの話しです。
申し訳ない、もう一話だけ続きます。


 

教師の仕事は過酷だ。

 

(・・・・課題の処理は終った。あと、授業計画はまだ期間がある。ああ、そうだ、あいつの補習内容を考えないと。)

 

深夜、とまではいかないが、そこそこ遅めの時間にうみのイルカは帰宅した。

実家はあるが、それはそれとして自立がしたいと独り暮らしをしているイルカは自宅であるアパートの目の前まで帰ってきた。

そこで、ふと、上を見上げる。

そうすれば、時分の部屋に明かりが付いていることに気づいた。

 

イルカはそれに、部屋に誰がいるのか理解して、慌ててアパートの階段を駆け上がった。

 

 

変わること無く明かりの付いた部屋にイルカは慌てて飛び込めば、なんだか腹の空く匂いが鼻をくすぐる。

 

「イルカせんせー、おかえりー。」

 

これまたまったりとした声音でそれはひょっこりとイルカの方に視線を向けた。にっこりと笑ったうちはカグヤはにこにこと菜箸を持ってイルカを出迎えた。

 

 

 

「今日のご飯、鯖味噌ー。」

「お、おいしそうですね!」

 

極端に散らかっているわけではないが、片付いてはいない部屋にてイルカは使い古されたテーブルについて返事をした。

机の上には、言っていたおかずや味噌汁が置かれている。

 

「ご飯、どれぐらい食べますか?」

「え、えっと、普通で。」

 

それにカグヤはイルカの茶碗に米を盛り、自分に差し出してくる。イルカはそれを受け取り、そうして、茶碗を見下ろした。

 

(・・・・これは、いいのだろうか?)

 

イルカは何故、こんなことになっているのかを改めて思い出した。

 

 

 

「イルカせんせー、お野菜いりますか?」

「野菜、ですか?」

 

そんなことを聞かれたのは、とある帰り道でのことだ。今日の夕飯はどうしたものかと考えていたとき、ひょっこりとどこからともなく現れたカグヤはそう言った。

丁度、人通りのある道で、皆がカグヤに注目していたが、本人はどこ吹く風で、イルカの腰に抱きついてにこにこと笑う。

イルカは腰に感じる暖かな感覚にどぎまぎしていたが、ふと視線を感じた。

イルカは、警備隊のうちはの人間の視線に、背筋を正した。彼からすれば、うちのお嬢になにしとんじゃいという意味合いだと思ってのことだが、どちらかというかカグヤ、怪我させるなよ!?というどきどきの視線である。

そんな中、イルカにカグヤは言った。

 

「サクモのおじ様がたくさんくれたんだけど、いらない?」

「ええっと、そうですね。ありがたいんですけど。なかなか、料理をする暇が・・・・」

 

イルカも料理が出来ないわけではないが、それはそれとして時間が足りずに出来合いで済ませることも多い。

せっかく貰ったものを腐らせる可能性を考慮して、イルカがそう言えばカグヤはじとっと視線を向ける。

 

「イルカせんせー、ちゃんとご飯食べてます?」

「え?」

「ナル君から、ラーメンを食べに行くところをよく目撃してると聞いてますが?」

 

それに少しだけ図星を指されて、イルカは視線をそらす。それに、カグヤはふむとうなずき、イルカににっこりと笑った。

 

「じゃあ、ご飯、作りに行ってあげるね!」

「え?」

 

それからあれよあれよというままに何故か、カグヤがイルカの自宅で夕飯を作っていた。

野菜をはちゃめちゃにいれられた豚汁は普通に旨かった。

 

「父上と母上、いつ死んでも可笑しくないからって家事は兄様と叩き込まれたから得意だよ。」

 

まったりとした台詞に混ざる物騒な諸事情を聞きながら飲んだ豚汁は、旨かったが同時になんだこの夢はとも思った。

というか、夢でしかないと思っていた。

だって、考えて欲しい。

里で一番に有名な家の、お姫様といって差し支えのない、とびっきりに可愛い女の子が家まで来て食事を作ってくれるのだ。

なんだその都合のいい夢は、と自分だって思うのだ。

が、目の前のそれは変わること無くもくもくと夕飯を食べている。

 

カグヤはそれを機に、時折イルカの元に材料を持参しては食事を作る。

そんなことをしなくても、と言うと。

 

「・・・・今日、父上も、母上も、兄様もいないので。ご飯、独りで食べるの寂しいから。」

 

上目遣いに、一緒に食べてくれると嬉しいと言われると、女慣れしていないイルカはそれだけでノックアウトしてしまう。

頭の中で、世間体とか、カグヤの評判だとか、天秤がぐらんぐらんと揺れはすれど。

最終的に、ねえ、だめ?いいでしょう?なんて甘えられると天秤はかこーんと簡単に傾いた。

一度、家の前で待ちぼうけを食らっていたことも有り、それに鍵まで渡してしまっている。

 

ダメだろう、こう、色々と。

え、お前まさか等々同棲間近なのか!?と同僚からざわつきが起ったが、なんとかそれを否定した。

自分のことを心配して、食事を作りに来てくれるだけだと。

それに、同僚達のしらっとした目を覚えている。

 

何言ってんの、こいつ?

 

(俺だって、わかってるけどさ!!)

 

そりゃあ、異性が何の意味も無くわざわざ自分の元に来て、食事を作ってくれるとか。

ないとは、理解している。

けれど、なら、なんでだと言われると。

 

「・・・イルカせんせー?」

「あ、はい!?」

 

もごもごと考えていたイルカの耳元に柔らかな声が飛び込んでくる。そこには、不思議そうな顔をしたカグヤがいた。

 

「な、なんですか!?」

「お風呂わいてるから、入ってきたらどうですかー?」

「え、ありがとうございます!」

「着替え、干してあったの畳んでおきました。」

 

イルカの返事にカグヤは勝手知ったると寝間着と下着まで渡される。それにイルカはとぼとぼと浴室に向かった。

湯治が趣味の男であるために、風呂場だけはこだわって選んだ部屋だ。

かこーんと、暖かな湯に浸かりながら、イルカは頭を抱えた。

 

冷蔵庫にあったお豆腐と、御ネギ使いました。あと、白菜が腐りそうだったので味噌汁にいれちゃいました。

洗濯洗剤無くなりそうなので、買ってきたほうがいいですよ。

この靴下、穴開いちゃったので捨てますねー?

 

完全に、自分よりも家の諸諸に対して掌握されている。

というか、自分の家なのに、一瞬日用品をどこにしまったのか悩むときがあるのはやばくないか?

それ以前にカグヤの茶碗とか箸だとか、貰ったものを飾る棚だとかイルカの家を占拠し始めているのだが。

 

うちはカグヤはうみのイルカが好きである。

それはもう、里の中でも当たり前の事実のような扱いになっている。

というか、千手やうちはの人間からも、カグヤ様のこと頼みますみたいなことを言われるし、やっかみ半分、祝福半分、いつ結婚するの?なんて言われている。

この前など、三代目にわざわざ声をかけられて倒れそうになった。

両親からも、大丈夫か!?と連絡が来たぐらいだ。付き合ってないことを伝えても、照れるな嘘をつくなと言われる。

 

だが、悲しいかな。

本当にイルカとカグヤは付き合っていないのだ。

何故か、カグヤがイルカの通い妻を勝手にしているだけだ。

意味のわからない字面であるが。

 

それにあの世でとんでもない巻き込み事故で結婚まで逝った卑猥様がわかるぞ!うちはの女には気をつけろ!と叫んでいたが。

イルカの知るところではない。

 

(いや、というか。俺はあくまでカグヤさんのことは、こう、可愛いとか思ってただけで。)

 

クラスで一番可愛い女の子を遠目に見るような感覚だった。

けれど、その女の子は何故か自分の生活に潜り込んでにこにこと笑っている。

イルカはぶくぶくと風呂に沈んだ。

 

(ダメだ、そんな、不誠実だ。)

 

正直に言おう、イルカだってカグヤのことは好きだ。誰だって、自分に好き好きとしてくる可愛い女の子とか大好きだろう。

でも、俺は俺のことが好きな子が好きだとかちょっと即物的すぎないか?という想いもあって。

 

なんで?

その一言に尽きるのだ。

 

正直、イルカを好きになる理由がない。容姿もいいというわけでもなければ、特別優秀というわけではない。カグヤの回りの男は、太鼓判を押すほどに優秀で、おまけにうちはの人間なのだから顔がいいものが殆どだ。

ならば、男を見る目だって肥えているだろう。

ならば、何か企みがある?

いいや、そんな企みに巻き込む理由がないのだ。

 

「イルカせんせー?」

「え、あ、はい!?」

「大丈夫ですか?寝てませんか?」

「あ、い、今出ます!」

 

考え込んでいるうちに時間が経っていたのか、カグヤが声をかけてくる。それにイルカは慌てて風呂から上がった。

寝間着に着替えて部屋に向かえば、そこには身支度を調えたカグヤがいた。

 

「お帰りですか?」

「うん、明日、お休みだからお昼にまた来てもいい?」

「え、あ、それは、大丈夫です!」

 

そう言えばカグヤがにこにこと笑って、イルカの腰に抱きついた。そうして、イルカを見上げてやったーと声を上げる。

幼い子どものような無邪気さで微笑むそれに、イルカはやっぱり可愛いなあと思ってしまう。

そのままカグヤは玄関にて靴を履き、ばいばーいと暢気に出て行こうとした。

そこで、イルカは、ようやく思い立つ。

 

「あ、あの、カグヤさん?」

「なんですか?」

 

やはり、のんびりとした声で答えたそれに、イルカは恐る恐る声をかけた。

 

「あの、なんでわざわざ俺の、その、世話というか、いろいろとよくしてくれるのかな、と。」

 

それにカグヤはきょとりとした顔をした。

 

イルカとカグヤが関わったのは、偏に彼女がうずまきナルトを介してのことだった。

イルカは、ナルトについてよくよく気にかけていた。贔屓にならないようにと気を遣いながらもだ。

それは、ナルトの現状に対して思うところがあったせいだ。

イルカの両親は優秀な忍で、今でも任務を受けている。が、イルカは未だに中忍だ。それは、イルカの実力が足りないというよりは、彼の資質の問題だ。

忍として非情な判断を下すことが難しかった。

教師としての在り方には納得している。けれど、自分の実力に対して思うことがないわけでもなく。

 

火影の息子で有りながら、お世辞にも優秀とは言えないナルトのことを、自分と重ねてしまっていた。もちろん、自分とナルトでは色々と違う部分が多いのだが。

 

そんなナルトとカグヤが一緒にいるときに、偶然イルカがいたのだ。ナルトは普段通り、イルカに話しかけてきた。

イルカはナルトに対応しながら、ちらりと少しだけ離れた所にいたカグヤの存在が目に映る。

それは、じっと、無表情に見つめていて、真っ暗な夜色の瞳が見開かれていた。けれど、すぐに、淡く笑って見せた。

それはもう、可憐な笑みだった。

にっこりと、花が咲くような。

 

その笑みにイルカの顔は見事に真っ赤に染まったのだ。

 

(いや、だって、可愛かったんだ・・・・)

 

遠い昔に自分を助けた彼女の、ナルトに向けられたとはいえ、これ以上無いほどに愛らしい笑みだったものだから。

ナルトに顔が真っ赤だとからかわれたのが懐かしい。

それからカグヤはよくよくイルカに絡んでくるようになったのだ。最初はナルトのアカデミーの様子を聞きに来る程度だったが、段々と距離が近くなっていった。

が、さすがに里の中での評判もある。何よりも、なんというか、このままずるずると続けるのもどうかと思う。

というか、イルカが辛い。

ただの親切心でこれが行われているとすれば、なんというか、自分の思い上がりに死にたくなると言うか。

 

「も、もちろん、カグヤさんが俺のことを心配してくれてて、それで、こんなにも色々としてくれてるのはわかってるんですけど!ただ、周りの目があって、なんでか、色々と、知りたいというか!」

 

しどろもどろにそう言ったイルカの顔は真っ赤になった。イルカも自身の顔に熱が集まっていることを理解した。

自分自身で何を言っているのだろうと考える。そこで、カグヤはきょとんと目を瞬かせた。

そうして、次の瞬間、カグヤはイルカに対して両手を伸ばした。肩が掴まれ、強制的に屈み込まされたイルカの、頬、というか、口の端に柔らかい感触が伝わる。

 

「へ?」

 

間抜けな声を出して、イルカはその感触を探るように、口の端を指先で撫でた。

 

「え、あ、えっと、え???」

 

動揺で何を言っているのかわからない。ただ、一つだけわかるのは自分の顔がまるで、ゆでたこのように真っ赤になっていることと。

そうして。

 

「あ、ほっぺ、に、あ、え?」

 

理解できない、いや、わかったのだ。

 

ほっぺたにチューされた!!??

 

茫然と、かきんと固まるイルカの耳にくすくすと少女のような笑い声が入り込む。

そこには、まるでいたずらに成功したような、けれど、緩くかすかに弧を描く口元と、緩く細められた笑みは、ひどく大人びていて、かすかに香る色香さえあった。

 

カグヤはイルカに顔を近づけて、楽しそうに囁いた。

 

「言わないと、イルカ先生は、わからない?」

「それは、その、どういう意味、なのかと。」

 

それにカグヤはくすりと笑って、イルカに微笑んだ。そうして、イルカの口の端をとんと突いた。

 

「さっきの意味、わかったら教えてね?」

 

柔らかく、なんだか甘い匂いのするような声音でカグヤは告げた。カグヤはそのままバイバーイと家を出ていく。

それにイルカはがんと、壁に頭を打ち付けて、ずるずるとその場に蹲った。そうして、顔を両手で覆う。

 

心臓がばくばくと音を立てている。顔から火が出るように熱い。

 

「・・・・意味ってなんだよーっ!」

 

叫んだそれに、返事をしてくれる存在はいなかった。強いて言うのなら、わかるぞと頷く卑猥様の幻影が存在していた気がした。

 

 

 

 

自分が、他とは少しだけズレた生き物であるというのは、何となしに自覚していた。

それをカグヤは別段気にしてはいなかった。

大おじである千手柱間は、その寂しさを賭博で埋めていたようだが、カグヤはそれさえも別段気にしていなかった。

 

戦争でも起きれば、カグヤの強さは大々的に宣伝され、祭り上げられるか、恐れられるか、どちらかになっていただろうが。

ただ、平和な世の中は小さな小競り合いや、災害などはあっても、おおっぴらな大戦は起らなかった。

そのおかげで、その少女は、愛らしい娘のままでいられた。

ただ、カグヤは、知っている。

 

それでも、任務で知られてしまった、人よりも強いという事実に遠巻きにされることもあった。

別段、疎まれるというわけでもなく、少しだけ距離を置かれるだけで。

恐怖と言うよりも、畏怖されて。

別段、それを気にしない。

大好きな人はたくさんいる。兄や姉、いとこたちに一族、そうして里の皆はカグヤのことを可愛がってくれる。

何よりも、可愛い弟分の二人がすくすくと育っている。

だから、カグヤは、必要の無いときはうとうとと微睡むだけだ。

 

けれど、あるときのこと。

一人の中忍を助けたことがある。

当たり前のように助けて、敵を蹴散らして、そうして振り返る。その先には、自分を恐れる誰かがいるはずだった。

 

が、そんなことはなかった。

確かに、そんな感情もあったのに。そこにあったのは、無邪気な感謝で。

 

変な人。

こわがってもいいのに。そんなこと考えていた時、また会った。可愛い弟分が懐いているらしい、その先生。

見覚えがあって、けれど、自分が近づいて、暴れたときのことを思い出して嫌な思いをさせるのも忍びなかった。

だから、遠巻きに見ていた。

そこで、ふと、カグヤは笑った。可愛い、弟分が笑うから。思わず笑いかけてしまった。

 

それに、うみのイルカというのは、ぼおっと、美しい女を見るように、見とれるように、頬を赤らめていたものだから。

 

「イルカせんせー、顔真っ赤!」

「ち、違う!ちょっと、その、暑いんだ!」

 

そんな会話が聞こえて、愉快になってカグヤはけらけらと笑った。

 

 

カグヤはてとてとと夜道を帰る。

それを襲える存在などいないから、暢気に、夜道を帰る。

 

カグヤは、己の頬をむにむにと揉んだ。冷たい夜風が頬に当たって心地が良い。

 

自分が微笑むだけで照れて。

自分が近づくだけでそわそわして。

自分が話しかけるだけで浮き足立って。

自分が抱きつくだけで固まって。

 

自分のことを、焦がれるように見つめてきて。

 

(可愛いなあ・・・・)

 

カグヤはそれにえへへへへと笑って、ちょっと踊るみたいにぴょんぴょんと飛んだ。

 

「次に会ったら、言ってくれないかな?」

 

顔を真っ赤にして、好きなんて、言ってはくれないだろうか?

カグヤはそう考えて、ふふふふと笑って家路を歩いた。

 





なあ、狭間?
何、オビト?
お前さ、正直、うみの先生のことどう思ってんの?
どうしたの、急に?
いや、だって、お前シスコンじゃん。
はあ?どこがよ、うちって結構ドライでしょ?
・・・全てのシスコン、ブラコンの基準をうちはに置くな。お前も一般的に考えたら十分にシスコンだ。

・・・いや、そりゃあ、うちの究極で完璧な、天才的なカグヤに釣り合う男かはわからないな。
急な手のひら返しに魂が追いつかねえ。
だが、お前、考えてみろ!
自分の身内で、ああいった系統の男を連れてきたら、確かに頼りがいはねえけど圧倒的に見る目があるなと思うだろう?
よくわからねえけど、お眼鏡に適ったのはわかった。そうして、気持ちはわかる!


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番外編:カグヤという女について 5

感想。評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

どうしても、缶ビールを片手にしたカグヤの婆様の姿が離れなくて。
次から、それが自分であるなんての続きになります。

フォロワーさんが描いてくださりました。
https://x.com/fujineko56/status/1756600740720861481?s=20

活動報告の方に簡単な家系図載せました。


 

 

「そこはもう押し倒さんか!!」

だあーんと机に叩きつけられる音に、居間にいた全員の肩が震えた。

 

「お前!そこは、もう、そこまでいくのならいっそ押し倒さんか!!」

「突然なんだよ、婆様!?」

「どうもこうもないわ!もどかしい!!」

 

大筒木カグヤはぎりぎりと歯がみしながら吐き捨てるように言った。それに、部屋にいた人間がなんだなんだと視線を向ける。

時間帯は夜で有り、そろそろ寝るかとも思えるような具合だった。そこは、うちはオビトの管理するマダラ邸だ。里の中心部に有り、うちは一族が住んでいる地区からはだいぶ離れている。

カグヤに、家の主であるオビトと、うちはクズハとうちはカザリ、そうして千手広間の視線が集まる。

そんなカグヤは、缶ビールを片手にばんばんと机を叩いた。

 

「ええい!ならば聞け!カグヤの奴のヘタレっぷりを!」

 

カグヤはそのまま、イルカとカグヤのやりとりとビール片手に熱く語る。

 

「もどかしいわ!それをやるぐらいなら、風呂場に裸で突撃しろとは思わんか!?」

「思わねえよ!!つーか、あんた、何を初々しい二人のあれこれ知ってんだよ!?」

「カグヤは妾にとって中継地点のようなもの!それぐらいは容易いわ!」

「何してんのあんた!?」

 

ぎゃーすかと騒ぐオビトとカグヤの婆様を見つつ、カザリとクズハは茶を啜った。

 

「うーん、大分外堀埋めてきましたね。」

「止めなくていいのかねえ。」

「それは、どちらの話ですか?」

「両方?」

 

カザリとクズハはそう言って茶を啜る。本来なら、二人は己の子どもと居を同じにしているが、それぞれ用事で実家を訪れ、そのまま長居をして、泊まることを決めてのんびりとしている。

ちなみに、オビトの両親と祖父に当たる三人は懸賞で当たった温泉に行っており留守にしている。

 

「そういえば、狭間はどう思ってるんですか?」

「なーにが?」

 

狭間は畳の上に転がって、ペン吉と将棋をしていた。そうして、寝転んだ背中の上で月兎がすやすやと寝ている。

 

「妹が男を作ったのだから、それ相応に思うことがあるのでは?」

「男って、カザリ、言い方・・・・」

「えー、でも。クズハの兄様もミコトちゃんが結婚するとき面白くなかったんじゃないの?」

 

それにクズハは少しだけ困った顔をした。

 

「・・・・うーん、まあ、フガク君もいい子だったし。婿に入ってくれたから。でも、確かに寂しかったかな?今は、孫達もいて楽しいものは楽しいけどね。」

 

のんびりとした声音でクズハが言えば、狭間はむうと顔をしかめた。

 

「のろけられた気分なんですがね。」

「それで、結局狭間はどう思ってるので?」

「・・・・いや、だってさあ。」

 

狭間はごろんと横になって手枕をして、カザリとクズハを見上げる。

 

「話せば話すほど良い奴なんだよなあ~。文句が付けらんない!あと、そこはかとなく、あの微妙なお人好しそうな空間感、俺も好みだしさ。」

 

狭間が転がった拍子に背中で寝込けていた月兎が転がる。そうして、事態を把握していないのか、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「広間はどう言ってるの?あの子、カグヤのこと溺愛してたのに。」

「まあ、母上にくりそつだったしなあ。まあ、それはそれとして、別にカグヤと混同してるわけでもないし。素性も調べて埃もないから好きにすればって感じだな。母上はああいう人だし。というか、ペン吉は反対してたじゃん。そこら辺、どうなんだ?」

「・・・・そんなもの、カグヤの姫様に合う男などいるはずがないでしょう。」

 

将棋を指していたペンギンは不快そうに羽を組んだ。

 

「ですが、反対などしてみてください・・・・!カグヤ様に嫌われれば、爺は、爺は!!」

「ペンギンのくせに家老みたいで草が出そう。」

「ペンギンのくせに缶ビール片手に将棋打ってるの、だいぶ嫌。」

 

狭間達がわやわやとしているとカグヤが不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「まったく、女というのはもっと図々しい方が可愛げがあってよいわ。」

「図々しいってな。だからといって、すぐに肉体関係を求めさせようとするのは悪い癖だぞ!?」

「そりゃあ、孕めば一発じゃからな。」

「とんでもないアンモラル発言にドン引きですわよ!!」

 

動揺のあまりお嬢様言葉を吐き出したオビトにカグヤははあとため息を吐きながら缶ビールを啜った。

言い換えれば、天女みたいな立場の人外をするには、あまりにも生臭すぎる光景だ。ちなみに、一番の気に入りは清酒らしい。

 

「大体な、子どもが出来ればちゃんと責任を取ってくれる奴ばっかじゃないからな?普通にとんずらする奴だっているんだぞ?」

「うちはそういうのないですね、とんずら。」

「まあ、うちはは血継限界の辺とか、性質的にね。千手は、前は婚外子とか普通にいたけど、アカリのおばさまがしつけたから。まあ、ね。」

 

そこでカグヤはちらりとオビトの膝の上を見た。そうして、その膝の上にいる存在の頭を撫でる。

 

「ほれ、これぐらい図々しい方が可愛げがあるぞ?」

 

そう言って膝の上に居座っているはたけカカシに視線を向けた。それにカカシはふてぶてしい表情でめんどくさそうにカグヤに視線を向ける。

 

「人の膝の上に居座ったあげく、R-18小説読んでる女の図々しさに可愛げを求めろと?」

 

もっともなご意見ではあるが、それにカカシが不機嫌そうにオビトの耳を引っ張る。

 

「可愛いでしょ!?」

「いててててててて!!おま、その態度でどこが可愛いと!?」

「わーたーしーは、かーわーいーいーでーす!!」

「わあった!わあったから!」

 

銀の髪は腰まで伸びており、豊かな胸に、ほっそりとした腰はまさしく絶世美女といって差し支えはない。

ただ、ひたすら、オビトに対して甘えている部分が目立つが。

 

「ただ、中身は見事にクソガキのまんまですねえ。」

「でも、あれだって対オビビだからまあ。」

「独りに降りかかる負担がひどくない?」

「いやあ、他の人には物腰柔らかなのにねえ。」

「でもさ、オビトも悪いからな。」

 

狭間はそう言いながら、オビトを見た。オビトはへいへいと言いながらまるで幼い子どもをあやすように頭を撫でて、抱きしめている。

カカシは機嫌よさそうな顔をしていた。

 

基本的にオビトの周りの殆どは、多かれ少なかれ弟妹持ちが殆どだ。そんな中、オビトだけは一人っ子であった。

幼い頃にきょうだいに憧れていたオビトの家にやってきたのが、サクモと、そうしてカカシであったのだ。

年が一つ下のカカシにさっそくオビトは兄ぶっていたのだ。もちろん、カカシにぼこぼこにされて、すぐにへこんでいた。

 

「名残だよな。カカシに対してはゲロ甘だもんねえ。」

 

などと狭間のつぶやきに、他の人間もうんうんと頷く。

それにカグヤの婆様はしみじみと言う。

 

「やはり、娘の一人でも産んでおけばよかった。息子は可愛くない。」

「息子だって可愛いですが?」

「カザリ、お前、その素直さを息子の前でみせてやらんか・・・・」

 

などと言っていると、玄関の戸が開く音がした。

 

「・・・誰だ?」

「あー、これは。」

「っばんわ!!起きてるか!野郎共!」

 

ばーんと障子を開けて入ってきたのは、淡雪のような髪をした女だ。

肩まで伸びた白い髪に、黒い瞳。

ややつり上がったアーモンド型の大きな瞳。愛嬌のある猫を思わせる、愛らしい女だ。

 

「ユリちゃん、どうしたの、こんな時間に?」

 

入ってきたのは、千手蔵間の長女である千手ユリ、現在はマイト・ユリだ。

 

「おおっす、アイス食べる?」

 

そう言ってドサリとスーパーの袋を置いた。中を見れば、高めのカップアイスが入っている。

 

「おや、これは大量に。どうしたんですか?」

「なんかね、くじで当たっちゃってさ。ガイは辛党だし、私も食べるのに限度があるからおっそわけ~。」

 

豊かな胸をたぷんと揺らしながら、ユリはきゃらきゃらと笑う。

まったりとした声音の後、皆がわらわらとアイスを見ている中、ユリはカカシの頭を撫でる。

 

「ふふふ、我が儘猫ちゃんめ、またオビトに甘えてるの?」

「いいでしょ、ここに定住するって決めたんだから。」

「俺の膝なのに?」

「そっかあ、あ、そう言えば。また、ガイが手合わせしたいって言ってたから時間あるときによろしくねー。」

 

間延びした、のんびりとした声音でそう言った。それにカカシはめんどくさそうな顔をした。

 

「またあ?というか、夫が自分以外の女に構うのっていいの?」

「えー?カカシとガイってそんな感じじゃないし。というか、私、カカシとガイに結婚して欲しかったのに。」

「あり得なさすぎて、一周回って笑うわ、その組み合わせ。というか、あいつがどんだけ結婚から遠いのかわかってんの?」

 

狭間のそれに、ユリは拳を握りしめた。

 

「えー!なんで?ずっと思ってたけど、なんでガイってモテないの?あんな面白い男なら、女なら数人は群がってもおかしくなくない?」

「おかしくなくなくないな。」

 

オビトの言葉に皆、思わず頷く。

マイト・ガイ。良い奴だ。良い奴だけど、あまりにも癖が強すぎる。

 

「なんでさあ!」

「つーか、お前だって別にガイと結婚したかったわけじゃないだろが?」

「うーん、あんまり、私は結婚するって感覚無くてさ。でも、ガイには結婚して欲しかったんだあ。ガイの子どもならものすごく面白いだろうし!」

「マジで誰に似たんだ。」

「どっちかというと、扉のおじさまの血が強い気がしますけどねえ。」

 

ユリはそのまま拳を握った。

 

「だからさあ!頑張って女の子にプレゼンしても、狭間とか、マヒルとか、あとオビトとかヤシロなんか紹介してって言われるし!」

「オビトのこと紹介して欲しい奴の名前教えて?」

「こーら、私的な暗殺は禁止ですよ?」

「でも、気づいたんだ。別に、私も女だから、ガイの子産めるって!」

 

喜々として語った女に、クズハが聞いた。

 

「・・・・ねえ、ユリ、さすがにやっちゃダメなラインは越えてないよね?」

 

それにユリは少しだけ黙った後、にっこりと笑った。

 

「掟は破ってないよ?」

「それ以外のラインは軽々越えたの!?」

「よくぞやった!これだ!この図々しさこそ、カグヤは持つべきなのだ!!」

「いらねえよ!!持つな!推奨すんな!!」

「まあ、殺し合ってる間に敵対氏族の、長の妹を孕ませた男の血筋だから、これぐらいは多少。」

「扉間様の悪口は禁句だよ、ここでは。」

 

そんなことを聞いている中、今まで黙っていたペン吉がばちんと音を立てて、駒を動かした。

 

「王手。」

「は?え、まじで!?」

 

八方から聞こえてくる騒がしい声の中、玄関から、ただいまと話題の中心の女の声がした。

 




ヤシロ
ちょろっと出た人。
綱手の息子、ダン似の優男。飄々としてる。いい人。
ユリ
みんな大好き火の玉娘。祖父の好奇心的なものが抽出されたような変わり者。研究者気質。顔はfgoのお虎さんを想像してくださると。


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