上鳴電気─レベルアップ!─ (竹中治治)
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上鳴電気:プロローグ

 昼下がりの賑やかな街中に、突如として大きな爆発音が響く。

 

「銀行強盗だ!」

 

 破壊された銀行の出入り口から飛び出してくる巨体の男。

 身長はゆうに250cmを超えており、筋肉に包まれた肉体はその力強さをこれでもかと主張する。

 平和を享受していた民衆は突如現れた脅威に晒された。

 

 上がる悲鳴、パニックを起こす人、危機感の足りない野次馬。

 混沌の坩堝とかした街中で、誰もが恐怖と狂気の渦に叩き込まれる。

 しかしこのような混沌を許さず、己の身をもってして秩序足らんとする者がいた。

 

 全身スーツを見に纏った1人の青年だ。

 身長は平均的、体つきは筋肉質だが目の前の2mをゆうに超えた巨体とは比べるべくもなく矮小。

 しかし、その目だけはこの場の誰よりも熱く燃えたぎっている。

 

(ヴィラン)め! 悪事は許さん!」

 

 悪が栄えれば、正義は育つ。

 彼はヒーロー。

 悪を成敗し弱きを助ける。その身一つで正義を為す人民の守護者である! 

 

「ハァーッ! ヒーローのお出ましだァ!! ククク……しかし貴様のようなヤツにこのオレを止めることができるかァ!?」

 

「なんだと!?」

 

「このオレの"個性"は『雷爆(オーバーロード)』。触れたものに過剰な電気を流し込み、対象を木っ端微塵に爆散させるッ!! あの銀行のシャッターのようになァァ!!!」

 

「くっ!」

 

「さらにッ! 自らの強力な電圧に耐えるため、オレ自身の肉体はこの通り特別仕様! 目の前で鉄のシャッターが爆散しようが傷ひとつつかないほど強靭ん!!! 100mを5秒! パンチングマシーン900キロ!! 矮小な貴様ではオレには勝てんん!!」

 

「極めて強力な発動型と異形型の複合"個性"だと!!??」

 

 (ヴィラン)のあまりの強さに、青年は絶望し顔には悲壮感が浮かぶ。

 これほど強力な(ヴィラン)がなぜこんなところに。やっと夢を叶えてヒーローになったばかりの駆け出しの自分ではどう足掻いても勝てない! 

 弱音が鎌首をもたげ、思考を染め上げそうになる。

 しかし、彼は駆け出しとはいえそれでもヒーロー。一般市民を置いて逃げるなどそんなことは一分の思いも抱かない! 

 

(どうする! 俺では勝てない! 救援を待つか……だが、俺の実力でやつをどれだけ足止めできるのか……おそらく、もって10分! それでは足りない! ここから一番近いヒーロー事務所は……いやしかし、こいつを倒せるほどとなると……!!)

 

「ハァーッ!! しかし安心しろ、貴様はここで死ぬことはない……なぜならオレに貴様と戦う気がないからな……」

 

「なにっ!? どう言うことだ!!!!」

 

「こう言うことだァ!!」

 

 (ヴィラン)は突如、その場を恐ろしいほどの速度で動く。

 その先にいたのは、野次馬をしていた1人の女性。

 

「きゃっ!」

 

 (ヴィラン)はあっという間の動きで女性を捕まえると、ヒーローに対して見せつけるように自らの手のひらを女性の首に沿わせた。

 

「!? 待てっ!! やめろ!!!!」

 

「おっと、動くんじゃあねェぜ……貴様が動けば、オレの手がうっかりしてしまうかもなァ!! ハッ、ハァーッ!!!!」

 

「イヤーッ!!」

 

 街中に(つんざ)く女性の悲鳴。

 なんてことだ! 人質を取られたらヒーローは動けない!! 

 

「くそっ!! その女性から手を離せ!!」

 

「離せと言われて……離す(ヴィラン)などいるかァ!!!」

 

「畜生っ!!!」

 

「オレは慎重でなァ……オレは強いが、オレより強いヒーローなど山ほどいることを知っているのだァ……貴様と戦闘している間に、上位のヒーローがやってきてはたまらんッ!!!」

 

 意外! それは慎重論ッ!! 

 しかし、この場においてこの(ヴィラン)の行動は最適解以外の何ものでもない。自らの力に自負を持ちながら、それでいて自らの身の丈を正確に把握する。

 それはなかなかできることではない。

 自らの力に驕った力が強いだけの(ヴィラン)は往々にして何も為せずに捕縛されることになるだろう。

 しかし、真に厄介なのはこのタイプの(ヴィラン)。冷静さと大胆さを併せ持つ頭の良い(ヴィラン)こそもっとも厄介。

 

 強さや"個性"などは関係ない。

 なぜなら人間という生物の唯一無二たるその賢さ、それこそが連綿と続く人類の真なる強さそのものなのだから!!!! 

 付け焼き刃の力である"個性"などよりも、賢さを力として振るう(ヴィラン)の方がはるかに厄介!! 

 

「ハァーッ!! 貴様はそこでジッとしていろ……オレはこのままゆったりと帰らせてもらおう……アフタヌーンティーの時間なのでなァ!!!! 守らなきゃならねェもんが多いヤツは大変だよなァ、ヒーローッ!!!!」

 

 圧倒的な(ヴィラン)の優位。

 それはヒーローたる彼がどう足掻こうとも覆らない非常な現実。絶望と悲壮感と無力感に打ちひしがれる青年。

 しかし、そんな彼の耳に(ヴィラン)でも自分でも人質の女性でもない誰かの声が聞こえてきた。

 

「守らなきゃならねぇもんって、どこだよ」

 

「ハァーッ? そんなもの、ここに人質の女が……いねェ!!!??」

 

 動揺した(ヴィラン)の声に釣られるように、ヒーローは気づく。

 いつのまにか、(ヴィラン)が人質に取っていた女性の姿が(ヴィラン)の側にはなく。少し離れた場所に移動していたのだ。

 

 女性のそばに立っているのは1人の少年。歳の頃はおそらく中学生。

 金髪に三白眼。ブルゾンにジーパンを着こなし、ポケットに手を突っ込みながら姿勢良く立っている。

 その風貌はどこにでもいるチャラついたやんちゃ少年。

 しかし彼の背後には先ほどまで人質にされていた女性と、(ヴィラン)が銀行から奪ったであろう大金が詰め込まれた大きなカバンが置いてあった。

 

「貴様ッ!! いつのまにッ!!!」

 

 動揺した(ヴィラン)の声に、少年はニヤリと口角を上げて答える。

 

「ああ……クセになってんだ──音殺して動くの」

 

「ッ!!! 貴様ァッ!!!!!」

 

「少年!! 危ない!!!」

 

 少年の笑みを挑発と受け取ったのか、(ヴィラン)は鬼のような形相で少年の下へ駆け出す。

 驚くべき速度で動く(ヴィラン)。ヒーローの警告も虚しく、少年は一歩もその場から動かない。すぐに(ヴィラン)は少年の肩をその大きな手で掴んでしまう。

 

「ハァーッ!! 威勢の良いクソガキがァ!! どんな手品を使ったのかは知らんが、ヒーローごっこは楽しかったかッ!? 捕まえたぞッ!!!」

 

「手品なんて使ってねーよ。俺の動きにアンタが置いてかれたってだけだろ」

 

「クソガキィイイイ……状況がわかってんのかァ!? 貴様はこれから地獄の苦しみを受けながら死ぬのだ……オレの手のひらに触れている以上、逃げることなどできねェからなァ!!!」

 

 威圧するように少年を上から見下ろし、怒声を発する(ヴィラン)

 しかし、少年はこの危機的状況下においても何も恐怖を感じていないのだろうか。

 呑気にあくびを噛み殺し、余裕綽々とした態度を隠そうともしない。さらにあろうことか(ヴィラン)と目を合わせるように見上げると、その表情を嘲笑に歪めてみせた。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ。最初から逃げる気ねぇし。やってみろよ」

 

「ッ!!!! 殺すッ!!!!! 弾け飛べ『サンダーインパクト』ッ!!!!!」

 

 あまりにも強烈な電撃が(ヴィラン)の手のひらから溢れ出し、少年の体を蹂躙する。目も開けられないほどの雷光の中で、少年の死を予感したヒーローは絶望の淵源で自らの不甲斐なさと無力を呪った。

 

「あぁ……なんてことだ……俺は弱い!!」

 

 少年の行動は勇気があった。無力な己に代わり女性を助け、(ヴィラン)を挑発することで足止めも行う。

 本来ならヒーローたる己がやらなばならぬ行いだった。

 無力な自分の代わりに力を持っているだけのヒーローでもない一般市民の少年がそれを為した。

 そんな勇気ある少年の輝かしい未来を己の弱さが奪ってしまった。せめて、この(ヴィラン)だけはなんとしてでも捕まえなければならない。

 決意した青年はこの場の誰よりもヒーローだった(少年)のように、立ち向かおうとして──そこであり得ないものを見た。

 

「な、なんでッ……なんともねェ!!!」

 

 少年だ。それも、無傷。

 あれほどの雷撃を一身に浴びながら、その身に傷ひとつなく何事もなかったかのように変わらずそこに立っている。

 あきらかな異常、目を疑うような光景。

 あれは夢だったのか……否。(ヴィラン)によるあの攻撃は間違いなく現実だった。

 証拠に、少年の足下のアスファルトは(ヴィラン)の攻撃の余波を受けてクレーターのように抉れている。

 しかし、アスファルトを破壊するほどの電撃……その事実が、さらに少年の異常性を際立たせる。

 

 ヒーローたる青年はその光景に唖然とするがそれ以上に動揺しているのは、当然ながらその電撃を放ち、その威力を知る(ヴィラン)自身だ。

 

「どういうことだ!!! オレの電撃は、人間が耐えられるような出力じゃねェ!!! しかも爆散もしてねェ、ゾウでも殺す力だぞ!!!!!」

 

「強力な電気か……」

 

 狼狽する(ヴィラン)を嘲笑うかのように、少年はニヤリと笑みを浮かべて見せる。

 

「生まれた時から浴びてたぜ──家庭の事情でね」

 

 その笑みを真正面から見た(ヴィラン)はここに至ってようやくわかったのだ。

 己は、決して手を出してはいけない相手に手を出してしまったことを。思えば最初からおかしかった。

 常人の数倍の身体能力を持つ自分が、なぜ何も気づくことができず人質を取り返されたのか。

 逃げれば良かったのだ。人質を取り返された時点で、イレギュラーが発生した時点で、その異常性を恐れるべきだった。

 ただの子どもにしか見えなかったために判断を鈍らせた。

 違うのだ……この少年は自分とは、普通の人間とは違うのだ。もっと恐ろしいナニカ……こいつは化け物だ。

 

「あっ……ああ……」

 

 そのとき(ヴィラン)の体の中から、ぽきりっ……と何かが折れる音がした。

 

「で、俺結構強いけど──どうする?」

 

「投降……する……」

 

「あっそ、じゃ、別にいいよ。ヒーローさん、コイツ投降するってさ」

 

「ああ……」

 

 心が折れて、まるで芋虫のように縮こまる(ヴィラン)

 あれだけ恐ろしかった存在が、まるで矮小な蟻のように無力な存在に見えた。

 ヒーローたる青年はおそるおそる(ヴィラン)に近づくと、慎重にその体を拘束する。この間、(ヴィラン)は一切抵抗することなく拘束を受け入れた。

 その姿はなんとも、悲しい存在に見えた。

 

「じゃ、俺帰るわ。個性あんま使ってねーけど、事情聴取とかされたくねぇし」

 

「待っ……いや、協力本当に助かった! 君はきっとすごいヒーローになる! 一緒に仕事ができる日が今から楽しみだ!」

 

 精一杯の感謝を込めて、青年は頭を下げる。

 ヒーローが民間人の少年に助けてもらって頭を下げる。それだけ聞くと酷く滑稽で情けないなものに聞こえるが、青年の感謝の気持ちは透き通るほどに真摯でとても立派なものに見えた。

 

「そういうのやめてくれって、恥ずかしい! ……兄ちゃんも気にすんなよ。コイツとはたまたま俺が相性良かっただけだと思うし」

 

「少年……ありがとう、俺ももっと精進するよ」

 

 そんなとき、ふと遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

 

「やべ! 警察きた! じゃ、俺もう本当に帰るわ!」

 

「ああ、警察の対応は俺に任せてくれ。絶対に君に不都合のないようにする」

 

「頼むぜ! じゃあな!」

 

 サイレンから逃げるように少年は駆け出す。

 その背中に少年の活躍を見ていた人々の拍手、感謝や称賛の声がこれでもかと投げられる。

「ありがとう」「かっこよかった」「すごい」「助かった」

 

 そんな大歓声の中で、1人のヒーローの声が自然とよく響く。

 

「最後に! 君の名前を聞かせてくれ!!」

 

 その声を聞いた少年は、一度だけ振り返りニヤッと笑うと大きな声を張り上げた。

 

上鳴電気(かみなりでんき)! ヒーロー志望!」

 

 少年──上鳴の言葉に、民衆はワッと盛り上がる。

 

「ありがとう! また会おう、ヒーロー!!!」

 

 応えるように片手を上げた少年は、やがて街の雑踏の中へと消えていく。

 この日、この場にいた人々は1人のヒーロー志望の少年の名を深く心に刻み込むことになった。

 

 そしてこれが彼の──上鳴電気という最高のヒーローの、始まりの一ページとして綴られたのである!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべー、咄嗟だったけど言ってみたかったセリフめっちゃ言えたぜ。電気使いならキルアのセリフは言わなきゃ損だよな」




続くかはわかりません


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入試

 この世界はファンタジーだ。

 

 人間のほとんどが『個性』という異能を持ち、それを悪用した(ヴィラン)が繁栄し、それを誅する正義であるヒーローが活躍する。

 誰が言ったかヒーロー社会。

 アメコミ的な世界観と言えばわかるだろう。

 これをファンタジーと称するかは諸説あるだろうが、まぁ大別してファンタジーのジャンルの一つと見て良いだろう。

 

 現実に魔法なんて存在せず、超能力なんて眉唾物。それが常識であり普通だ。

 しかし、この世界では『個性』という異能はあって当たり前。

 炎を吹く人がいて、水を操る人がいて、人間の規格を逸脱した機能を備えた人がいて、でもそれが当たり前。

 この世界の人々はそんな当たり前に対してなんの疑問も抱かないが、俺に言わせれば異常としか思えない。

 そんな『普通』と『異常』の両方を知っている俺は、『普通』の世界から『異常』の世界にやってきた。

 要するに転生だ。

 

 前世の記憶とも言える、『普通』の世界の記憶を思い出したのは8歳のころ。

 当時どうしようもないクソガキだった俺は、日々元気に外を駆け回り遊びまくっていた。

 そんな中、ある日。

 外でいつも通り遊んでいると、ゲリラ豪雨が降り出した。空はゴロゴロと唸りだし、立つのがやっとの強風が吹き荒ぶ。

 遊ぶってレベルじゃねーぞ! 

 と危機を感じた俺はすぐに避難しようとして、瞬間、視界が真っ白に染まった。

 

 雷が落ちたのだ。俺の真上に。

 その時である。体に凄まじい電流が走り、1億ボルトの雷に包まれながら俺は前世の記憶を取り戻した。

 それと同時に個性も覚醒する。

『帯電』

 電気を体に溜め込み、纏うことができる個性だ。

 この個性によって雷の強力な電気を取り込むことで死なずに済んだのだ。

 ラッキーである。

 

 しかし生まれてから死ぬまでの人間1人の人生分の膨大な記憶と、無効化したとはいえ莫大な電気を浴びた影響はでかい。

 とてつもない情報量、目覚めたばかりの個性には些か荷が重すぎる電気エネルギー。

 幼い脳は処理能力の限界を超越し──俺はアホになった。

 

 これは伝え聞いた話だが、公園で豪雨の中「ウェ〜イ、ウェ〜イ」とうわごとのように繰り返しアホ面を晒しながら徘徊する俺は警察に保護されて家に帰ったらしい。

 アホになっている間の記憶がないので伝聞なのである。

 

 そんな感じでなんやかんやあって前世の記憶を取り戻し、かなり遅めの個性の覚醒を迎えた俺は精力的に動き始めた。

 なにせファンタジーだ。

 夢見た魔法とは違うかもしれないが、個性というせっかくの異能。これを楽しまないなんてもったいない。生まれ直した意味がない。

 

 なので、ヒーローを目指すことにした。

 この世界の日本では個性を無許可で行使することは禁止されている。なぜなら個性という力は千差万別だが、その気になれば悪用などいくらでもできるからだ。

 例えばだが、そこらの一般人の多くが目に見えない銃を持っているとする。そしてそれを見破ることはほぼ不可能。さらに外的な制限はなくその引き金を引くかどうかは本人の気分次第。

 お分かりだろう。個性はこの見えない銃となにも変わらない。

 そんな世の中でどうやって秩序や平和を唱えることができるのか。

 人のモラルに訴えかけるだけではあまりに不足。個性の行使を制限するのは当然の帰結である。

 

 それでも俺はこのファンタジーな力を自由に振るって楽しみたい。あとついでにちやほやされたい。

 その欲求は『普通』の世界からやってきた俺だからこそ、この世界の誰よりも強いのだ。

 だが個性を制限なく行使できるのはヒーローか、(ヴィラン)のどちらか。

 (ヴィラン)になるのは論外。いったい誰がわざわざ犯罪者になるというのか。

 であるならば、自然とヒーローを目指すことになる。

 そのためにもなによりも戦闘力だ。ヒーローにはさまざまな能力が求められるが、戦闘力以外はおいおい身につければ良い。

 そして戦闘力を伸ばすことは、俺のファンタジーを堪能したいという欲求と一致する。一石二鳥だ。

 

 まずは自らの個性である『帯電』について理解を深めることにした。

 やれること、やれないことをはっきりさせるのだ。

 さまざまな検証を行い、その応用の幅を広げていく。

 前世の記憶を得た俺には多くのアニメやゲームといった創作の知識がある。それらの記憶を探り、参考になりそうな能力をピックアップし試していく。

 そうして個性の練度を上げていき、我ながらかなりイケてるのではと思うレベルまで鍛え上げた。

 

 さらに、個性を鍛える傍らで肉体改造も行った。ヒーローは体が資本。個性は大事だが、それを振るう器である肉体もまた大事。

 とくにこの世界の人類は個性因子が作用しているのか前世の人類と比較して明らかに身体能力が高い。

 正確には、身体能力の上限が高いといった印象だが。

 多くの一般市民の身体能力は前世の人間の標準とそう変わらないが、トップヒーローの身体能力など明らかに前世のトップアスリートのそれを上回る。

 

 肉体は鍛えれば鍛えるだけ得だ。しかも細マッチョはモテるらしい。

 前世の記憶を取り戻してから鍛え続けた結果、俺の肉体は機能美に溢れたしなやかな筋肉に覆われた細マッチョに進化した。

 中学の水泳の授業では女子の視線を釘付けにした肉体美。今世の顔面レベルがもともと高かったのも相まってモテモテだ。素晴らしい。

 俺はモテたい一心で肉体を……違う、俺はヒーローになるために個性鍛錬と同時に肉体改造を極めたのだ。

 

 だが個性の行使を制限される社会であまり派手に鍛えることはできない。

 なので、俺は近所の山の中で鍛えることにした。

 山中なら警察にバレることもおそらくない。実際捕まったことはないのでバレていないはず。

 バレなきゃ犯罪じゃないので問題はなかろう。

 

 山は素晴らしい。個性を派手に運用しても咎められることはないし、山を駆け回るだけで自然と肉体が鍛えられる天然の筋トレマシーンだ。

 たまに遭遇する野生動物はいいアクセントだ。ちょうどいい実戦経験を提供してくれる。

 俺が初めてクマを倒したのは10歳の時、死闘だった。ちなみに今では個性を使わずに殴り倒せる。

 

 残念なのは俺が修行場にしている山で爆音を発しながら高速で動き回る正体不明の動物がいるらしいのだが、そいつにはついぞ出会えなかったことだ。

 きっと素晴らしい経験値になってくれたであろうに。

 そいつに出会うために夏休みを使って一週間家に帰らず山の中でスニーキングしたこともあった。その間、噂の爆音すら聞こえてこなかったのであれはおそらくガセだったのだろう。

 許せん。

 

 そんなこんなで充実した第二の人生を送っている俺ももう中学3年生。

 そして今日。高校受験の当日である。

 

「これで60ポイントか」

 

 大きなロボットを軽くボコして、呟いた。

 他の受験生の状況的に多分60ポイントもあればまず合格ラインは超えてるだろう。

 時間はまだまだ余ってるが一段落、と言った感じだ。

 

 俺が進学先に選んだ高校は雄英高校。ヒーローを目指す俺は当然ヒーロー科を受験した。

 どうやら日本で最も高度な教育を行うヒーロー科があるのはこの雄英高校だと言う話だ。正直な話、ヒーロー科でしっかりとした実績があるならどこでもよかったのだが、中学の教師や同級生に熱心に勧められてここを受験することに決めた。

 どうせなら一番いいところにしとけと言われると 「それは、そう」という気持ちになったのである。

 

 今行われているのが、ヒーロー科の実技試験。

 ヒーロー科らしく、(ヴィラン)に見立てたロボットこと擬似(ヴィラン)をボコして得点を競い合う単純明快な試験である。

 ぶっちゃけ、楽勝だ。

 なにせスパーリングの相棒であるクマ三郎と比べて明らかに弱い。クマ三郎なら余裕の表情で耐えてくる軽いジャブで大破するのだから苦戦などするはずもなく。

 まぁ、仮に個性があったところでクマと戦える中学3年生はあまりいないと思うので擬似(ヴィラン)がクマ三郎くらい強かったら雄英高校はアホということになる。これから入学する学校がアホじゃなくて良かった。

 

 そんな具合なので、周囲を見る余裕も出てくる。

 他の受験生の様子を見た感じ、ロボットの強さはけっこうちょうど良く設定されているように感じた。

 戦闘に有利な個性を持った受験生はそれほど苦労なく倒せるし、そうでなくともある程度鍛えていれば素の身体能力で十分倒せるくらいの強さだ。

 必要なのは攻撃力よりも体力な感じもするな。この広い試験会場を駆け回り、擬似(ヴィラン)を他の受験生より早く見つけて速く倒す。

 体を鍛えて筋力と体力をつければ極端な話無個性でもそこそこやれそうではある。

 それでもやはり戦闘系個性持ちがかなり有利だが。

 

 不公平……とはあまり思わない。

 俺の勝手な考えだが、やっぱりヒーローに一番求められるのは(ヴィラン)を制圧できる戦闘能力だと思うし。

 災害対策や救助支援に有効な個性を持ったヒーローも大事だし、そういったヒーローが活躍する場面も多い。

 だとしても、やっぱり最低限の戦闘力はないといざってときに時間稼ぎすらできないので困ってしまう。

 戦闘に無関係の個性を持ったヒーローでも、突発的なチンピラ程度は即制圧できるくらいの戦闘力は必要なはずだ。

 

 なので不公平とは思わないが……戦闘に向かない個性持ちに対してもっとチャンスはあった方がいいとも思う。

 まぁ、素人の俺が考えつくくらいだ。雄英高校の上層部もそのくらいのことわかってるだろう。俺が難しく考えることじゃねーわ。

 

「よう。大丈夫か?」

 

「え、?! あ、えーと、脚痛めちゃって」

 

 60ポイント稼いで勝手に実技試験をクリアした気分になったので、目についた受験生に声をかける。

 道端で疲れた感じで座り込んでいる男子だ。脚を痛めたらしいが、とくに焦っている様子はないのでおそらく記念受験なのだろう。

 本気で受かりたいなら脚を痛めたくらいで諦めたりはしない。

 

「そっか、歩けるか?」

 

「なんとか……」

 

「じゃ、あっちの方から会場出るといいぞ。今は擬似(ヴィラン)がいねぇから。ここにいると危ないぜ」

 

「……探知系?」

 

「そんな感じ」

 

 電波を放って、返ってくる反射波から物質や地形を把握する。

 要するにレーダーだ。山という厳しい環境ではいかに先に野生動物を発見できるかが重要だったため、真っ先に習得した技の一つである。野生では索敵を怠った者から死ぬ。

 目で見るほど詳細にはわからないが、物体の輪郭を掴むことができる程度の精度で探知できるので擬似(ヴィラン)がいるかいないかくらいはわかる。

 

「なるほど。正直、どうすればいいのかって思ってたんだ。助かったよ」

 

「おう、転ばないよう気をつけろよ」

 

「ありがとう」

 

 脚を気にしながら歩いていく男子の背中を見送る。

 うーん、ヒーローっぽい。多分だけどヒーローってこういうこともするよな。

 擬似(ヴィラン)の強さは理不尽なものではないし学校側も気をつけてるだろうから重症者はまず出ないと思うが、ああいう軽傷者は試験の性質上どうしても出てしまうだろう。

 俺はもうポイント集め終わって余裕あるし、少し気にかけとくか。

 さっきの男子みたいに諦めて休んでる受験生はほかにも何人かいる。擬似(ヴィラン)が休んでるヤツを追撃することはないだろうが、流れ弾とかは当たるかもしれんしちょっと危ない。

 諦めてないなら余計なお世話だろうが、諦めて休んでるくらいなら会場出た方がいいだろ。

 

 そうして何人かに声をかけて適当に救助活動の真似事をしていると、突如大きな音を立てながら巨大な擬似(ヴィラン)が動き出した。

 実技試験前の説明で聞いたヤツだ。0ポイント(ヴィラン)。倒してもポイントにならないおじゃま虫的なフィールドギミック。

 

「でけー」

 

 そんな感嘆が思わず出てくるくらい、思ったよりも大きい。周りのビルと変わらない大きさだ。これってけっこう危なくないか? 

 戦闘力自体は見かけほど強いわけではないのかもしれないが、巨大ってのはそれだけで危険だ。

 雄英高校なのだから安全面にはちゃんと配慮してると思いたいが、ちょっと……いや、かなり心配である。

 

 案の定、周りの受験生がパニックを起こし始めた。

 それも仕方なかろう。普通の中学生はビルの大きさの物体が動けばそれだけで恐怖してしまう。

 だが闇雲に逃げるのは逆に危ない。パニックで視野狭窄に陥っているのなら尚更だ。不幸な事故を防ぐためにもおかしの法則は守護らねばならぬ……。

 

 どうしたものか、と考えてるとこの状況でもパニックにならず比較的落ち着いた様子の受験生を見つけた。

 見つけたといっても、その受験生は目に見えないのだが。

 服だけがそこに浮いているというなんともシュールな絵面を見つけたのである。透明人間の個性なのだろう。服は見えても着ている本人は視認できない。面白い。

 

「なぁ、アンタ。落ち着いてるな」

 

「え!? う、うん……なんかパニックになってる人見ると、逆にちょっと落ち着いてきたかも……?」

 

 あーわかるわー、それ。

 自分よりも焦ってたりする人見ると、逆に冷静になる理論ってあるよな。

 客観的になれるっていうか。この現象ってなんか名前ついてたりすんのか? 

 

「怪我してる人もいるし、大丈夫なのかなって……」

 

 不安そうに呟く透明人間の女の子。表情はわからないが、声でも感情はわかるものだ。

 この状況で自分より他人の心配をできるなんてたいしたものである。

 俺みたいに自分の強さに自信があって、害されるわけがないとたかを括ってるから問題ないって思ってるタイプじゃないだろうし。

 ヒーローは自分の命をベットして他人を助ける利他主義の極致みたいな仕事だ。

 恐怖を感じながらも他者を思いやれる利他的な彼女は、なんかすごくヒーローっぽい。

 すごいね、この子。合法的に個性を使いたいがためにヒーローを志した俺よりよっぽどヒーローに向いてるよ。

 

「じゃあ、俺たちでなんとかしようぜ」

 

「なんとかって……どうするの?」

 

「アンタがみんなを落ち着かせて、俺がヤツをぶっ倒す! 簡単だろ?」

 

「倒せるの?」

 

「余裕だぜ」

 

 自信満々にニヤリと笑ってやると、少女もつられるように笑みを浮かべた(多分)。

 

「よし、やろう! 私はみんなを落ち着かせればいいんだね?」

 

「おう、これでも振り回して注目を集めてくれ。アンタは透明だけどよく目立つだろ?」

 

「任された!」

 

 ジャージの上着を脱いで少女に渡す。

 彼女は透明人間なので目立つのとは対極の存在に感じるが、服だけが浮いているなんて逆にかなり目立つだろう。

 その上で渡したジャージをぶんぶん振り回して大声でも出せばかなりの注目が集まるはずだ。

 

「じゃ、こっちは頼むな」

 

「うん! そっちも無理はしないでね!」

 

 少女と別れ、逃げてくる受験生とは反対に俺は0ポイント(ヴィラン)を目指す。

 

「やっぱでけー」

 

 近くで見るとその大きさがよくわかる。

 こんな巨大なロボットが動けばそりゃあ怖いしパニックにもなるだろうな。

 まぁ、倒すくらいならなんとでもなりそうだ。周囲にはもう受験生もいないし巻き込んでしまうこともない。

 せっかくだしあまり使う機会のない必殺技をぶちかましてやろう。良いサンドバッグになってくれ。

 

 電磁力を操って近くのビルの外壁を駆け上がり、屋上に登る。

 あの巨体を倒すなら、足元からちまちま攻撃するよりも同じ高さから弱点の頭を狙う方が良い。

 おもむろにポケットからコインを一枚取り出す。

 

「電気使いなら、やっぱこれは外せないっしょ」

 

 コインを持った手を伸ばして0ポイント(ヴィラン)の頭に狙いを定める。

 そしてコインを弾き……落ちてきたコインを磁力と電流で撃ち出す! 

 

「──『超電磁砲(レールガン)』!」

 

 射出されたコインが超加速され、まるでビームのような軌跡を描きながら0ポイント(ヴィラン)の頭を完膚なきまでに破壊する。

 頭部を破壊されたヤツは動きを止め、完全に沈黙した。

 

「はぁ……最高の気分だぜ」

 

 電気系の個性に生まれてよかった。

 

 多くの厨二病が憧れた、御坂美琴の『超電磁砲(レールガン)』。

 この技は『とある魔術の禁書目録(インデックス)』に登場する電気使いの超能力者、御坂美琴の代名詞でもある必殺技だ。

 転生して厨二病を再発した俺も試行錯誤してなんとか習得した。

 彼女はこの技を分間8連射することができる。だが、俺はそこまで非常識で圧倒的な力を持っているわけではないので、せいぜい数発撃つくらいしかできない。

 俺の個性は帯電能力であって発電能力ではないからな。

 出力自体はそれほど負けてないだろうが、自発的に電力を供給できない俺はスタミナが決定的に足りないのである。

 

 それでもこうして『超電磁砲(レールガン)』を撃てるなんて感無量。

 習得したはいいものの破壊力が大きすぎて山の中では撃てないし、ヒーローになっても不殺が原則な以上撃つ場面ないんじゃないのかと思っていたところだ。

 こうしてちょうどいいサンドバッグを用意してくれた雄英高校には感謝しかない。

 

 そんな感じでしばし余韻に浸っていると『終了!!』というアナウンスが会場に響いた。

 実技試験が終わったらしいのでビルを降りる。今度は外壁を歩いたりせず普通にビル内の階段を使って降りた。

 

 あの『超電磁砲(レールガン)』を見て他の受験生がどんな反応をしているか楽しみだ。

 そんなことを思いながら会場を歩く。しかし、0ポイント(ヴィラン)が倒されたことでざわついてはいたのだが誰も俺のことになど触れない。

 俺の姿を見てもなんのリアクションもない。

 

 なんで誰もちやほやしてくれないのか……と残念がっていたが、よく考えたらビルの上で行った攻撃をいったい誰が地上から確認できるというのか。

超電磁砲(レールガン)』は見えたかもしれないが、それを誰が撃ったのかなどわかりっこない。

 失敗である。効率を考えてビルの上から攻撃したが、多少手間がかかってもみんなが見てる前で地上から派手に倒すべきだったのだ。

 俺が1人悔しがっていると、誰かが俺の方に駆け寄ってきた。

 

「お疲れ! 本当に倒しちゃったんだ! すごいね!」

 

「! へ、まぁな。余裕だぜ!」

 

 さっきの透明人間の女の子だ。彼女は「すごい! すごい!」とキャッキャしながら俺を褒めてくれる。

 俺の自尊心と虚栄心に彼女の言葉が染み渡り、あまりにもちっぽけで矮小で謙虚でささやかな自己顕示欲が満たされていく。

 ── Foo!! 気持ちいいぜ!!! これだよ、これ! 俺はこういうのが欲しくてヒーローになるんだよ! 

 

「あ、そうだ! 名前聞いてなかった! 私、葉隠透(はがくれとおる)! あなたは?」

 

「上鳴電気だ。よろしくな!」

 

「よろしくね、上鳴くん! ね、連絡先も交換しよ!」

 

 そんな感じで、葉隠としばらく交流をした。

 彼女は素直で優しくて、すぐ褒めてくれる。しかもめちゃくちゃ元気で明るくて話してて楽しい。

 葉隠と友達になれただけでも今日受験に来た価値があったな。

 それから流れで入試が終わるまで一緒にいて、最後は雄英の校門で別れた。

 

「じゃあな、葉隠! 4月に会おうぜ!」

 

「うん! 連絡もするね! またねー!」

 

 そんな感じで俺の受験は終わった。

超電磁砲(レールガン)』は撃てたし、葉隠という友達もできたし、今日はとても素晴らしく充実した1日だったな。




高評価と感想がとても嬉しくてモチベーションが上がったので続きができました。
高評価、感想、ありがとうございます。ウレシイウレシイ

前話であれだけキルアのパロディやっておいて技は禁書から引っ張ってくる暴挙。
ヒロインは葉隠ちゃんになりそうです。理由は葉隠ちゃんがかわいいからです。シンプル!
でも恋愛描写はそんなにやる気ないのでふんわりした感じだと思います。


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