インフィニットストラトスー可能性に満ちた閃光ー (のらり くらり)
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第1話

思い返せば、僕はこの世界がひどく醜く思えたーーー。

一人の人間が発明したものにより、この世の価値観は大きく変わったのからだ。

IS---インフィニット・ストラトスと呼ばれるそれは、現存するどんな兵器よりも力を持つものだった。詳らかに語れば、宇宙進出を前提としたパワードスーツである。各国の持つ戦闘機よりも速く、戦車が足元にも及ばないほどの火力と装甲を持つそれは、戦場に一つあるだけで勝敗を決めてしまう程の代物なのである。

ーーー結果として、宇宙進出よりも兵器としての使用が主流となったのである。

 

しかし、一つだけ欠点を挙げるのだとしたらーーーそのISは女性しか動かすことができないのである。

 

それにより、世には男尊女卑ならぬ女尊男卑の風潮が蔓延ることとなった。女性が優遇されるようになり、突如として職を失う男性が急増したのだ。

それだけでなく、ISがあるから、女性だからという理由で傍若無人に振る舞う者が増えたのである。

極めつけは生まれてくる子供が男だというだけで、中絶や命を奪う者まで現れたのだ。

僕はこの報せを聞いて戦慄した。力も無く、親を選べない立場であり、これから何十年という長い時間を生きる命が簡単に失われたからだ。

 

それからというものの、僕はこの世界の歪みを目の当たりにする。あまりにも多くの理不尽に溢れる現実は、生を実感できないほどの虚無であった。

しかし、この世界の全てがそういった人間ばかりではない。

性別や外見に囚われず、対等に接する人間もいる。僕にとってはそれが唯一の救いだった、歪みの中に存在する真実に気づかされる。

 

女尊男卑というものがありながら、苦しんでいるのは男だけではなかったからだ。大人も子供、男も女も関係なくそれぞれが悩みや苦しみを抱えていた。

 

夜の街で小遣いを稼いでいて、それを強く感じたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…累くん、累 静夢くん!」

 

「え?あぁ、はい……」

 

なんて一人で考え事をしていると、目の前にいる女性の呼び声で我に返る。

僕は今、とある学園の教室にいる。今日がその入学初日であった。思い返してみると、教室に入ってからホームルームが始まってそれぞれの自己紹介をしていた。

声をかけられたということは、僕の番が回って来たということだろう。

 

「あ、驚かせてごめんなさい。いま、「か」だから君の番なんだけど……」

 

「いえいえ、こちらこそすいません。ボーっとしてました」

 

この1年1組の副担任である山田 真耶先生は涙目になりながらオドオドとしている。大人しく、気の弱い印象を抱いていたが、あながち間違いではないようだ。

席を立って教壇の前に移動すると、数多の鋭い視線が突き刺さる。なにせクラスの大半が女子生徒であるからだ。視線には慣れているつもりだが、これは予想だにしていなかった。

なにはともあれ、ここは一種のアピールの場だ。自分を売り込むように、好印象を与えておく必要がある。

 

「皆さん、初めまして。累 静夢(かさね しずむ)といいます、よろしくお願いしますーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介は滞りなく行われており、僕はクラスの面々の顔と名前を記憶していく。これから三年という長い時間をこの場所で過ごすのだ、有事の際に手札として使える人間関係を築いておくべきだろう。

そして、一人の少年が教壇へと移動する---。

 

「ヴァルト・パークス、趣味や特技はないが……とりあえず、よろしく」

 

艶のいい金髪に、目を惹く赤い瞳の少年が素早く教壇を後にする。聞いている山田先生とクラスメイトたちが呆気に取られているが、彼はお構いなしだった。

ーーーそんな彼と目が合った。

 

刃物のように鋭く、荒々しさが感じられた。これまでに何度か会ったことがある、「強者」の目をしていた。

 

その間に会話は無い、僕はマナーとして会釈をしてやり過ごす。彼は興味が失せたのか、僕から視線を外して自分の席に着いた。

 

そして、クラス全員の自己紹介が終わる。後から合流した担任の先生の発言に全員の視線が集まる。

 

「全員終わったな。改めて、このクラスの担任を務める織斑 千冬だ。初日だが、そんなものは関係なく授業を始めていく。用意をしておくように!」

 

『はい!』

 

織斑先生の言葉に女子生徒たちは大きな声で返事をした。彼女がこのクラスに来た時は酷かった、あまりの人気に女子生徒たちがはしゃぎすぎたのだ。

 

織斑 千冬---モンド・グロッソと呼ばれるISを使ったスポーツ競技において、王者に輝いたその人である。

 

僕からすれば因縁浅からぬ人物であるが、感情的にならずに上手く立ち回る必要がある。タイミングが良く、チャイムが鳴る。

 

次の予定を説明して、教師の二人は教室を後にする。教室内は緊張が解けて、ざわざわとし始める。予め机に入れておいた教材を出して、同じく机の中にある一冊の本を取り出す。

本を開いて栞を外す、時間が来るまで読書をして時間を潰そう。自分から話しかけて、ボロを出すことだけは避けておきたい。

 

「……おい」

 

低い声で呼び止められ、仕方なく視線を上げる。そこには、先ほどまで視線を合わせていたヴァルト・パークス君がいた。

 

「なにか?ああ、失礼。私……」

 

「累 静夢、だろ?名前はさっき覚えた」

 

ああ、と生返事をしていると、彼は空席となっている僕の前の席に座る。会話の意思があるか分からず、僕は再び本に目を落とす。

 

「驚いたぜ、『他にも男がいた』なんてな……」

 

「『お互い様』だと思うよ?僕も驚いているんだ。君のこと、あんまり知らなくて申し訳ない」

 

「別にいい。退屈していたところでな、親父にここを勧められたんだ。お前は逆に有名人だものな……」

 

「噂やニュースは尾ひれが付くものさ、見てみれば大したことは無かったでしょ?」

 

自嘲するように呟くと、彼は身を乗り出して僕をジッと見つめる。

 

「最初はそう思っていたが、訂正する。おそらく、お前は俺と同じだ……」

 

「…………」

 

どういう意味なのか、様々な可能性を頭の中で考えるとチャイムが鳴った。潔く彼は、席を立って自分の席に戻っていく。

内心、大きく安堵の息を吐いて本を閉じたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。先に『クラス代表』を決めておく必要があるな」

 

教壇にいる織斑 千冬はふと思い出した。初日とはいえ、この学園に来るものは総じて優秀な部類に当たる。すぐさましごいてやろうと息巻いていたが、クラスのことを先に固めておかねば忘れてしまいそうだったからだ。

 

「先生、クラス代表ってなんですか?」

 

「まぁ、そのままの意味だ。このクラスの代表となる者を選出する、行事の際の役職ともなる。無論、内申点も付くから、やっておいて損はないぞ?」

 

うまくエサをチラつかせて、積極性を見るつもりだった千冬だが、事態は予想外の展開を迎える。

 

「はい!『織斑くん』を推薦します!」

 

「じゃあ、私は累くんを!」

 

「私はパークスくんを推薦します!」

 

クラスの面々はどうやら自薦ではなく、数人の少年たちの名を挙げた。

 

「えぇ、俺かぁ……参ったなぁ」

 

「「…………」」

 

名を呼ばれた織斑 春十は満更でもないような態度であった。静夢とヴァルトの二人は、事態を慎重に分析していく。

ヴァルトに至っては、やりたくない一心で教壇の千冬を睨みつける。

 

「お待ちください!こんな事は認められませんわ!」

 

そんな中、一人の少女が机を叩いて立ち上がる。ムッとした表情で、この事態を良く思ってはいないようだった。

 

「こんな屈辱を味わうために、私はこんな極東の地に来たわけではありませんのよ!大体、こんな素人がこのセシリア・オルコットを差し置いて……」

 

セシリア・オルコットは、どうやら自分が推薦されなかったことに腹を立てているみたいだ。

彼女は若干十五才にして、イギリスの代表候補でもある人物である。さらに由緒正しきイギリス貴族であるオルコット家の当主でもあるのだ。

そして、彼女は極度の女尊男卑主義者のようだ。静夢たちだけでなく、日本に対しての罵倒がスラスラと出てきている。

 

「イギリスだって大したお国自慢は無いだろ、マズい飯の世界一が偉そうに……」

 

「なっ、アナタ、私の祖国をバカにしますの!?」

 

「先に喧嘩を売って来たのはそっちだろ!」

 

すると、セシリアの言葉に我慢ができなかったのか、織斑 春十が言い返した。セシリアは自分の国を罵倒されて、更に声を荒げる。

 

「……いい加減にしろ!」

 

ヒートアップする前に千冬が両者を制する、言葉を詰まらせた二人は千冬を睨み付ける。はぁ、と溜息を吐いた千冬が続ける。

 

「そこまで言うのなら、実際にISで戦って決めろ。勝ったヤツがクラス代表だ」

 

「結構でしてよ」

 

「望むところだ!」

 

なにやら、三人で話しをまとめている様子だ。静夢とヴァルトは蚊帳の外であったが、静夢は結果を知りたかった。

 

「織斑先生、二人がやる気みたいなので僕たちは辞退しても構いませんか?」

 

「ダメだ、選ばれたからには貴様らにも参加してもらう」

 

どうやら、千冬も聞く耳を持っていなかったらしい。静夢もヴァルトも溜息を吐くしかなかった。

 

「では、再来週に四人の総当たりで、クラス代表決定戦を行う。詳細は追って連絡する」

 

半ば強制的に議題を終わらせて、千冬は授業を再開したのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

時が過ぎ、学園は昼休みを迎える。荒れかけた空気をどうにか回避した一年一組から出た静夢、フェイスマスクを下ろして口元を拭うと、すぐさま着け直した。

久しく身に着けるそれは、どうにも違和感があった。また時間をかけて慣れればいい、静夢は気にしない努力を心がけた。

 

「……『一夏』!」

 

「…………」

 

廊下を歩く静夢に声をかけたのは担任の千冬だった。教室にいた時の凛々しい顔ではなく、険しい顔をしている。

しかし、静夢は淡々と廊下を歩き続けた。他人の名前を呼ばれたところで、自分が構ってやる義理は無いからだ。

 

「待て…待ってくれ…!」

 

縋りつくかのように、千冬は静夢の腕を掴む。息を荒げる千冬に対し、静夢はうんざりとした表情をしていた。

 

「失礼ですが、織斑先生……?それは、『数年前に行方不明になった弟さん』ですよね?僕は織斑 一夏じゃありませんよ、そんなに似ていますか?」

 

冷静ではない千冬をあざ笑うかのように、静夢は彼女に対して冷静に少しおどけて見せた。

 

「違う、お前は私の…!」

 

「しつこいですね、あなたも……」

 

それでも尚、食い下がる千冬---。静夢はわざと聞こえるように大きな溜息を吐いた。

 

「ーー静夢!」

 

そんな静夢に助け舟を出すように、また声がかけられた。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには一人の男性が挨拶代わりに手を挙げていた。

 

「『ケネスさん』…!」

 

思わぬ再会に静夢の表情は明るくなる、ケネス・スレッグは口角を上げて求められた静夢の手を握った。

 

「お久しぶりです、本当に先生だったんですね」

 

「信用してなかったのかよ……まぁいい。それよりも驚いたぞ?お前の名前を見かけて、もしやと思ったが…」

 

「ただでさえ世間の目がありますからね、僕も彼もそうせざるを得なかったんですよ」

 

久しぶりの再会に、静夢とケネスは会話に花を咲かせる。お互いに笑みを浮かべ、互いの信頼関係が垣間見える。

 

「おい、ケネス…」

 

そんな二人を眺めていた千冬は、ケネスを睨みつける。ケネスの横槍に、蚊帳の外にされて少しばかり苛立っていた。

 

「おお、すまん。こいつとは、日本に来た時に知り合ってな。これから昼飯だろ?先に行ってろよ」

 

「わかりました。では、お先に」

 

そう言って、静夢は会釈をして食堂へ向かった。その場に千冬と二人になったケネスは、ふぅと息を吐く。

 

「なぜ邪魔をした……」

 

「おいおい、どうした?そんなに苛立つなんてらしくないじゃないか」

 

「あいつは、一夏は……!」

 

感情的になり、言葉を漏らす千冬。ケネスはそんな千冬に目を細めた。

 

「弟の事か……そんなにも似ていたのか?」

 

「ッ…!?」

 

知ってか知らずか、ケネスは静夢と同じことを言った。その言葉に千冬は、思わずケネスの胸倉を掴んだ。

 

「あいつは、私の弟だ……!ずっと、ずっと探していたんだ……!」

 

数年前、千冬の弟である織斑 一夏は消息不明となった。第二回のモンド・グロッソにて、千冬の優勝を阻止しようとした者たちに誘拐されたのだ。

その事実を知ったのは、全てが終わったあとだった。表彰式を放り出して、千冬は血眼になって一夏を捜した。

だが、彼女はついに弟を見つけ出すことはできなかったのだーーー。

 

「それでも、あいつはあいつだ。何か理由があるかもしれないし、急ぐ必要はないんじゃないか?」

 

過去に妻がいたとはいえ、ケネスは彼女の気持ちが理解できなかった。個人的には静夢に対して好感を持っているし、そんな彼が同僚の弟かもしれないという事実が浮上してきたのだ。

ケネスも混乱していたのだ。

 

「お互いに冷静になれ、な?」

 

自分でも苦しいと思いながら、ケネスは千冬の肩に手を置いた。千冬が手を離すと、ケネスはスーツの緩みを正すと、再び肩に手を置いて静夢の後を追いかけた。

ついに一人になった千冬の吐息は、虚空に吸い込まれて消えていったーーーーー。

 

 




主人公キャラ設定

累 静夢(かさね しずむ)

本名は織斑一夏、家族である織斑千冬や織斑春十の陰に隠れていた。夜の街でのアルバイトで、世界の実情を少しずつ理解していく。
第二回のモンド・グロッソにて、千冬の優勝を阻止しようとする者たちに誘拐されるがとある組織に救出される。その後はその組織に加わり、世界という大きな敵と戦うこととなる。
表の顔は、最年少で植物監察官の訓練生となった若きエース。
普段は自分の顔を隠すと同時に、潔癖症の者へのエチケットとして白のフェイスマスクをしている

名前のモデルは、声優の内山昂輝さんの演じたキャラクターです。


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第2話

あんまり話は進んでいません

次は戦闘まで行きたいところです


食堂にたどり着いた静夢は、券売機で食券を発行した。受付の職員に渡して、待っている間に空いている席を捜した。

 

偶に他の生徒たちと目が合うと、手を挙げて応えるか、ウインクをして見せた。黄色い歓声を聞きながら、出てきた昼食を受け取って歩き出した。丁度、空いている席を見つけて座ると、ようやく落ち着けて息を吐いた。

 

「ここ、空いているか……?」

 

「ええ、どうぞ」

 

静夢と同じように、昼食を抱えたヴァルトが傍にいた。断る必要もないので、静夢は着席を勧める。ヴァルトの着席を見届けると、静夢は口元のフェイスマスクを外した。

 

「いただきます」

 

手を合わせて昼食に手を着ける静夢、対面に座るヴァルトは文化の違いから、呆気に取られていた。

 

「………?」

 

自分もやるべきかと、ヴァルトも手を合わせた。

 

「無理にやる必要はないと思うよ?僕は、君の習慣に文句は言わないから」

 

「……そうか」

 

短いやり取りを終え、ヴァルトも昼食にありつく。それからの二人の間に会話は無い。限定的な環境で、まだお互いに距離を計りかねているのだ。

 

「悪い、遅くなった」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「…………」

 

そこに千冬と別れたケネスが合流する。彼は静夢の隣に座ると、対面のヴァルトを一瞥して食事を摂る。

 

「お前さんがヴァルト・パークスか……」

 

「初めまして、ヴァルト・パークスです」

 

「俺はこのIS学園の一年三組の担任、ケネス・スレッグだ」

 

二人の鋭い視線が重なる。ケネスはヴァルトに対し、静夢とは正反対の印象を抱いた。

決して静夢が浮かべないであろう、見た者を竦ませるような視線から自分と似たものを感じた。

 

「お前さんのことは調べたよ…手が先に出る、問題児ってな」

 

「荒れた環境にいましてね、親父には迷惑をかけましたよ」

 

ケネスの言葉にヴァルトは、一拍置いて話始めた。

 

「あんなことがあれば、そうもなります」

 

「災難だったな……」

 

理由を知っているケネスは気づかうように話す一方、何も知らない静夢は口をはさめずにいた。

 

そんな中、部屋の隅に設置されたモニターからニュースが流れる。

 

『次のニュースです。日を追うごとに過激さを増していく、「反政府勢力運動組織 マフティー」。無差別攻撃も垣間見える彼らの行動に、世間からの反応は様々です』

 

静夢とケネスはそのニュースをじっくりと聞き入る。対面の二人の反応に、ヴァルトは首を捻ってモニターを見た。

 

「……マフティー、か」

 

「ケネス先生はどう思っているんです?」

 

「あん?何がだ?」

 

「マフティーの事ですよ、どうなんです?」

 

静夢の問いにケネスは言葉を詰まらせた。言いたいことは腹の内にあるのだが、それが喉に詰まったかのようになったのだ。

 

「ああ、いや、その……彼らの言い分は正しいとは思うんだがな……」

 

やがて言葉を飲み込んで、当たり障りのないことを口にして昼食に目を落とした。不審な言動にヴァルトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「…………」

 

静夢はそんなケネスを横目に、それ以上は何も言わなかった。ニュースが流れた時、ケネスの顔が曇ったのだ。

 

(意地悪だったかな……)

 

静夢はケネスの事を知っていた。恩人である人物が彼を知っており、事前に情報をもらっていたのだ。

それを含めて、静夢はケネスに問うたのだ。我ながら、汚いやり方だと少し後悔したのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を終えた静夢は廊下を歩いていた。視線を落として、考えを巡らせていた。

 

(これから三年はこの鳥籠の中、焦って気付かれるよりは大人しくしておいた方が楽かな)

 

彼の入学の目的は、この学園の情報を集める事だった。組織がこの場所を危険視しているということと、自分が偶然にもISを動かしてしまったということも含めての潜入調査でもあるのだ。

これから長い期間をこの場所で過ごすのだ、慎重になりすぎるくらいが丁度良いのかもしれないと考えることを止めた。

 

「……おい」

 

そうして歩いていると、またも声をかけられる。またか、と内心はうんざりとした気持ちで静夢は振り返る。

 

「なにか?」

 

努めて冷静に、静夢は問い返す。相手は予想通りの人物であった。

 

「なんでお前がいるんだよ……!お前みたいな底辺が…!」

 

織斑 春十は声を荒げながら静夢に近づいた。

 

織斑 春十ーーー織斑 千冬の弟であり、『世界で初めてISを動かした男』である。

幼い頃から千冬のような才能に溢れた存在であり、世間は彼を持ち上げた。彼の周りには常に人が溢れ、彼はそれを持て余すことなく使った。

千冬が謙虚とするのならば、春十は強欲であったーーー。

 

彼は自分のために、言葉巧みに周りの人間たちを操ってきた。自身が気に入らない人間に対し、様々な噂を流して破滅へと追いやった。周りの人間を使い、自分の手を汚さない。常に高みの見物をしていた。

彼は千冬の弟という立場を存分に使ったきたのだ。

 

「あの、誰かと間違えていませんか?僕はご覧のとおり、ごく普通の子供だよ」

 

千冬と同じように、うまく言葉で彼を誘導する。植物監察官の訓練生として、彼は世界中を飛び回っていた。

結果として、植物監察官の知識と経験だけでなく、大人とのやり取りを身に着けた。

今となっては、大人も苦い顔をするくらいに口が上手くなっていた。

 

「ふざけるな!お前、どうやってここに来た。どんな手を使った!」

 

織斑は静夢の胸倉をつかんで、怒りをぶつける。

 

「ハァ……ここにいる、それが何よりの証拠だと思う。噂で聞くわりには、オツムは大した事ないみたいだね」

 

自身のこめかみの辺りをトントンと叩き、静夢はマスク越しに笑って見せる。彼の顔は目に見えて赤くなっていく。余程、静夢の言葉が頭に来たようだ。

ついに織斑は、怒りに任せて拳を振るった。

 

しかし、その拳には何も触れなかったーーー。

 

拳の軌道を予測した静夢は、首を傾げると同時に織斑の脇腹に拳を打ち込んだ。織斑の拳は空を切り、予想外の腹部の痛みに苦悶の表情を浮かべる。

織斑の手が静夢から離れると、彼は織斑の腕を取って床に叩きつけるようにして組み敷く。

 

「揃いも揃ってしつこいんだよ……!」

 

そう言って溜息を吐いた静夢は、織斑を解放した。これ以上、自分の時間を無駄にするつもりは無いからだ。

 

「先に手を出したのそっちだから、正当防衛ってことにしておくよ。これ以上、僕に関わるな」

 

床に伏せる織斑を睨み付け、静夢はその場を後にしたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業が終わると、静夢とヴァルトは放課後の教室にいた。

 

「長いな……」

 

担任の千冬から教室で待機するように言われたが、いつまで経っても当の本人は来ない。段々と苛立って来たヴァルトが席を立って、教室をウロウロと徘徊する。

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。これ、良ければどうぞ?」

 

機嫌を悪くするヴァルトを宥める静夢は、ポケットから二つの飴玉を差し出すとヴァルトはズンズンと足音を立てて歩み寄る。

乱暴に飴玉を一つ攫うと、包みを破いて口に放り込んだ。

 

それが幸か不幸か、ヴァルトの苛立ちを収めた。改めて冷静になると、自分の席に再び座った。

そんな彼を見て、静夢も余った飴玉の封を切った。

 

「お前は何も聞かないのか……?」

 

しばらくの沈黙を破ったのはヴァルトだった。本に目を落としていた静夢は、声に気づいて顔を上げた。

 

「無用な詮索はしない主義でね、聞かれたくないなら聞かないよ」

 

「…………」

 

それで会話を終わらせた静夢は、再び本に目を落とした。再び訪れる沈黙ーーー。

 

「まぁ、でも……」

 

「…………?」

 

妙な切り返しをする静夢に、ヴァルトは振り向いた。

尚も、本に目を落とす静夢が続けてこう言ったーーー。

 

 

 

「君が話しても良いと思ったら、その時に話してよ。僕を信頼してくれるのなら、僕も同じように君を信頼しよう」

 

 

 

その言葉に、ヴァルトは呆気に取られた。

幼い頃の、親友の言葉を思い出したーーー。

 

『みんなが君を悪く言っても、僕はいつでも君の味方だから。でも、ケンカはだめだよ?君も相手も傷つくからね』

 

今は亡き親友の言葉が脳裏によぎると同時に、親友の影が静夢と重なる。

 

「昔のことなんだがな……」

 

そう言って、ヴァルトは自分の過去を静夢に語り始めるーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

静夢はヴァルトの言葉に真摯に向き合った。

 

暗い表情で語られるヴァルトの過去は、聞いていて苦しくなるものだった。

 

ヴァルト・パークスーーーその正体は、過去にイギリス貴族として繁栄した、パークス家の嫡男であった。

 

父であるルシアン・パークスは、その誠実な姿勢から様々な人間と良好な関係を築いていった。「親の七光り」と侮辱されたヴァルトが、何度も喧嘩をしても不問とされたのは、偏にルシアンを含めた大人たちの信頼関係があったからだ。

しかし、突如として時代のうねりが、彼とヴァルトを翻弄する。

 

 

ISの登場であるーーー。

 

 

これまで対等な関係を築いていた者たちは、掌を返してパークス家から離れていった。

そのほとんどが、オルコット家を始めとした女性の権利を主張する者たちだった。

濡れ衣を着せられ、ルシアンはヴァルトや信頼する者を連れてイギリスから亡命したのだった。

 

「どうにか流れ着いた場所でも、現実は対して変わらなかった。だから、同じように拳で黙らせてきたんだ」

 

「そうか……」

 

ヴァルトの話を聞いて、静夢はとあるニュースを思い出したーーー。

 

発展途上国のインフラが整備され、ニュースに取り上げられたことだ。そこにある有名な家が関わっていたことを思い出したのだ。

 

 

 

その場所の名はーーー。

 

 

 

「ーーー『バニラ』」

 

「ああ、荒れ放題のあの場所は、慣れるまでに時間がかかった」

 

バニラーーー発展途上国と聞いて、最初に名が挙がるほどの治安の悪い国であった。窃盗や暴行、先進国では罪に問われることが横行していた。ルシアンは当時、その町に住むアバレス・レヴォという人物と共にバニラの変革を決意する。

 

ルシアンもアバレスも、人との繋がりを駆使して、資金と物資を集めた。

根も葉もない噂が流れたパークス家であったが、ルシアンの人となりを知っている者たちが集まった。かつて彼に救われた者、彼と親交のあった者たちが噂を聞きつけて協力を申し出て来たのだ。

 

そんな中でも、ヴァルトは街の不良たちを相手にしていた。どんな環境にいても、ヴァルトには七光りという肩書が付いて回った。

大人になり切れないヴァルトは、煽られるとすぐに拳を突きだす性格だった。

その度にヴァルトの親友が間に入って、仲裁をしていたというーーー。

 

「まぁ、こんなところだ……」

 

「ありがとう、話てくれて」

 

「はぁ?」

 

ヴァルトは思わず声を上げた。何も感謝されるようなことは話していない、静夢を怪訝な目で見た。

 

「僕を信頼してくれたから、話てくれたんでしょ?だから、ありがとう」

 

「……はぁ」

 

そんな言葉を言われて、ヴァルトはむずがゆい気持ちになった。よく考えてみると、どうしてこんなことを静夢に話したのか、自分でもこの感情が分からなかった。

 

「お待たせしてすいません!」

 

そんな折、息を切らした副担任の真耶が教室に駆け込んでくる。どうやら、二人の部屋割りの件についてらしい。

事前に二人が入学することは通達があったらしいが、如何せん滑り込みだったのだ。

 

二人の相部屋が用意できず、一人は一人部屋、一人は女子生徒との相部屋らしい。

 

「アイツはどうなったんです?」

 

「ああ、織斑くんは篠ノ之さんとの相部屋です」

 

「ここも色々とあるんですね……」

 

「はい、大変なんです……」

 

どんよりとする真耶に、静夢はせめてもの労いとして、彼女の肩を叩いた。

 

「さて……」

 

「どうした……?」

 

「ヴァルトくん……」

 

「な、なんだ……」

 

スッと顔をあげ、静夢はヴァルトを見据えた。声色は普通だが、目からは先ほどのような優しさはない。

思わず後ずさるヴァルトだが、静夢は容赦をしなかった。

 

「じゃ~んけ~ん、ポイ」

 

「ッ……!」

 

不意を突かれたヴァルトは、思わず手を伸ばしたのだったーーーーー。

 

 




キャラ紹介 その2

ヴァルト・パークス

元々はイギリスの名家、パークス家の嫡男。父であるルシアン・パークスの七光りと噂され、ケンカ騒ぎが後を絶たなかった。
ISの登場によって、濡れ衣を着せられて国を追われる。
たどり着いた発展途上国のバニラでもケンカに明け暮れ、その拳で勝ち抜いてきた。
かつての親友を捜しているらしい…。

バトルスピリッツ赫盟のガレット&ミラージュのキャラクター
本作では荒々しい性格にしています。


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第3話

頑張ったつもりですが、強引に戦闘まで持っていきました。結構、雑です。

まだ数話かかるかもしれませんので、ご了承ください。

あとがきにて、簡単な機体解説を載せています。

後々に、キャラと共に解説していきます。


「あの野郎、覚えてろ……」

 

眉間の皺を寄せながら、ヴァルトは寮の廊下を進む。

 

静夢の不意打ちにより、ヴァルトは泣く泣く相部屋に入ることとなった。

教室を去る際の、マスク越しの静夢の顔を忘れることができないだろう。

 

「……ここか?」

 

ポケットから受け取った鍵を見て、部屋の番号を確認する。ドアノブに手をかけた瞬間、最悪の展開を予想した。

 

「…………」

 

コンコンコン……。

 

ーーー一呼吸置いて、ヴァルトは扉をノックした。

 

「……どうぞ」

 

部屋の主もまた、少し間を空けて返事をする。

 

ヴァルトは諦めて、扉を開ける。そのまま進むと、豪華な部屋の内装に言葉を失う。日本はクオリティの高さが有名だと聞いていたが、それも貧しい者たちから搾取したものと思うと、暗い気持ちが溢れてくる。

 

部屋の主は、机に向かって黙々と作業をしていた。ISに使用するOSのようで、プログラムが画面を埋め尽くしていた。

 

「……あぁ、ええと、俺ーーー」

 

「更識 簪、よろしく……」

 

部屋の主である更識 簪は、振り返ってヴァルトを一瞥するが、ヴァルトの目つきに臆して体を引いた。

 

「あ、ああ……ヴァルト・パークスだ。よろしく」

 

「うん……」

 

あまり良いファーストコンタクトとは言えないが、ヴァルトは既に運び込まれた私物の整理を始め、簪も自分の作業を再開したのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁてと……」

 

一人部屋を賭けて、ヴァルトとのじゃんけんに勝利した静夢は大きく息を吐く。同時に安心もしている。

同室となれば、自分の正体を探られてしまうからだ。常に気の抜けない状況だけは回避したかったのである。

 

部屋の前に到着すると、静夢は扉に耳を着ける。中の状況を探ろうとするが、当然ながら何も聞こえない。国立の学園であるならば、ほとんどの扉は防音仕様だろう。静夢も聴覚に大した自信はない。

 

「まぁ、聞こえるわけないか……」

 

諦めて部屋に入ろうとするが、鍵を回したところで違和感を感じた。

回した鍵の感触があまりにも軽かったのだ。

 

既に開錠しているということであるーーー。

 

「…………」

 

中にトラップがあるかもしれない、静夢は神妙な面持ちで扉から離れた。

 

(こんなに早く仕掛けてくるのか、どうする……?)

 

懐にある護身用の得物に触れながら、静夢はゆっくりと扉に背を着ける。周囲を警戒しながら、懐に手を突っ込む。取り出した静夢の手には一丁の拳銃が握られていた、組織の仲間から持たされた物である。

 

周囲に人がいない事を確認し、マガジンやセーフティーの確認をする。スライドを引いて、深呼吸をして息を整える。

 

再び周囲の確認をして、突入の準備を整える。挿したままの鍵を元の方向に回し、ゆっくり抜いてポケットにしまうと、ドアノブに手をかける。

 

ガチャ!!

 

勢いよく扉を開け、静夢は部屋に突入したーーー。

 

「……!」

 

銃を前に構え、前進する静夢は部屋を見まわした。

何も聞こえなかったとはいえ、誰もいない部屋が開錠しているのはおかしい。進んだ先にあるベッドルーム、個室用のキッチンやシャワールームなどを、注意しながら確認した。

しかし、この部屋には誰もいないーーー。

 

銃を下ろし、静夢は考える。

 

(勘違い……?それにしても、モヤモヤするな)

 

静夢は部屋中から視線を感じていた。その場で部屋を見まわすが、やはり誰もいない。仕方なくベッドに腰をかけ、運びこまれていたスーツケースを見つける。

上着の内側にあるポケットから、スーツケースの鍵を取り出すと、しゃがみ込んで開錠する。

 

ケースを少し開けると、その隙間をジッと見つめる。

よく見ると、細い線が縦に伸びている。恩人から教えられた行動である。

もし、この線が伸びていなければ、既に自分以外の誰かがこのスーツケースを開けたということになる。

 

誰も開けていない、それを確認した静夢はスーツケースを完全に開く。だが、彼の警戒には余念がない。

本当に誰も開けていないか、スーツケースの端を触れていく。何も怪しいところがない事を確認すると、今度は中を確認していく。

 

手を突っ込んでごそごそとまさぐる。自分が何を入れたか、思い出しながら中の物に触れていく。

 

「…………」

 

結果、スーツケースに異常は見当たらなかった。荷解きをするでもなく、その場に立ち上がる静夢の眉間には皺が寄っている。

 

その時、静夢の携帯電話が震えたーーー。

 

ポケットから取り出し、通知の確認をする。

 

「ん……?」

 

一通のメッセージが届いていた。内容を確認するために、画面をタップする。

 

「あ……」

 

差出人の名前を見て、声を上げた。同時に飛び込んでくる内容に笑みを浮かべると、静夢はベッドに身を投げた。

 

『 おいっすー♪

 部屋に監視カメラがあったけど

 ハッキングしてダミー流しちゃった♪

 いつも通りにしててくれて大丈夫だからね~♪ 』

 

メッセージの内容を思い出し、静夢は安堵の息を吐いた。

 

「また借りができちゃった……相変わらず、凄い人だよ」

 

メッセージを送って来た、もう一人の恩人に感謝した。

静夢はスーツケースの荷解きをしようと、体を起こしてベッドから出たーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日、ついに決戦の日を迎えたーーー。

 

急造された男子更衣室に三人が控えているが、張りつめた空気が漂っている。

織斑 春十はどこか表情に余裕があり、ロッカーに背を着けて立っていた。ヴァルト・パークスは溢れる熱を抑えられないのか、シャドーボクシングで体を動かしている。

累 静夢はベンチに座って静かに瞑想をしている。まるで眠っているかのように、彼は雑念を取り払っている。

 

『お知らせします。アリーナの準備が整いました、選手の皆さんはピットへ移動してください』

 

アナウンスが入った、真耶の声だ。それを聞いて、三人は顔を上げた。

 

「フン……浮かれているところ悪いが、お前たちが勝つことは無いぞ?この俺が完勝するからな……!」

 

自信に満ちた宣言と共に、織斑は更衣室を最初に出る。残された二人はお互いに顔を見合わせる。

 

「随分な物言いだ、あれは自分に負けるタイプだな」

 

「一人で盛り上がっているけど……僕らは勝っても負けても、どうでも良いんだけどね」

 

静夢もヴァルトも、この戦いに大きなメリットは存在しない。ただ、内申点が付くというだけで、特にこだわる理由がないのだ。

 

「どうする?敢えて負けるか?」

 

「それもアリだね。やる気のある人間に任せればいいのにさ……」

 

「とんだ暴君だな、あの教師は……」

 

「今からでも辞退できないかな……」

 

そんな会話をしながら、静夢とヴァルトは更衣室を出た。

アリーナのピットに着くと、織斑 千冬を始めとした主要人物が揃っていた。その内の一人であるケネス・スレッグと目が合う。

 

「よう、似合っているじゃないか」

 

「どうも……」

 

「先生もここに?」

 

「おう、お前たちがどれだけ強いか間近で見たくてな。無理を言って、入れてもらったのさ」

 

そう言って、千冬の隣に立つ真耶に目を向けるケネス。彼女は苦笑いを浮かべていた。

 

「では、今日の対戦形式を発表するーーー」

 

咳払いをして、千冬はこれからのことを説明する。対戦形式は総当たり戦、全員が戦うこととなる。

さらに、機体の情報漏洩を避けるため、控え選手はピットから出ることとなる。

 

「試合の順番はランダムで決定した」

 

モニターを見ると、スポーツ競技でよく見かけるリーグ戦の表が映る。

 

「まず第一試合、オルコット対パークス。第二試合は織斑と累だ」

 

「ほう……」

 

「試合は十分後に開始する、質問が無ければ解散だ」

 

対戦表を見たケネスはニヤリとする。静夢とヴァルトは、反対側のピットに向かって歩き出した。

それに続いて、ケネスもピットを出た。

織斑 千冬はピットを出る静夢の背中をジッと見つめていたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

反対側のAピットにたどり着いた三人、中には数人の教師がスタンバイしていた。

 

「あ、ケネス先生。それに噂の二人も」

 

「噂……?」

 

「ええ、織斑先生の弟さんよりも有名なのよ?」

 

そのうちの一人に声をかけられて、ヴァルトは問い返す。静夢もヴァルトも、特に周囲のことを気にせずに過ごしてきた。

 

「織斑先生の弟くん、あまり良く言われてないみたい」

 

「「へぇ……」」

 

他の女性教師がそう話した。入学から一月も経っていないが、彼の普段の生活態度は生徒の噂を通して、教師陣の耳に入っているらしい。二人は特に興味もないので、適当な相槌を打った。

 

「それに比べて、累くんもパークスくんも真面目ですから」

 

「恐縮です」

 

「…………」

 

教師たちの評価に、静夢は謙虚な態度を取る。対して、ヴァルトはあまり褒められることに慣れていないのか、ポカンとしてから会釈をした。

 

「さぁ、お話はそれまでにして。ヴァルト、準備に入れ」

 

「はい」

 

和らいだ空気を入れ替えるため、ケネスは手を叩いた。カタパルトの前に移動するヴァルトは、右手を掲げる。

その刹那、右手の人差し指の指輪が輝いたーーー。

 

そこには愛機を纏うヴァルトがいた。

 

「これが、ヴァルト君のIS……」

 

「おう、俺の愛機『エクスプロード』だ」

 

ヴァルトのIS、エクスプロードをまじまじと見つめる静夢。ロボットを彷彿とさせる脚部に甲冑のような胸部、最も目を惹くのは腕部だろう。

通常のISより一回りも二回りも太い腕部は、四か所に銃器のような砲口が設置されている。

 

深紅の機体を身に着けるヴァルトの目は一段と鋭くなっていた。

 

「『エクスプロード』、データベースへの登録完了しました」

 

「うん、行けるな?」

 

「当然……!」

 

ケネスの確認に、ヴァルトはニヤリとして答える。

 

「それじゃあ、外しますね」

 

「ああ、頼む」

 

準備が整ったところで、静夢はピットを出る。ゲートの前で立ち止まり、ヴァルトのの方へ振り返る。

 

「あえて聞くけど……勝てる?」

 

「あえて言うぞ、俺が負けると思っているのか?」

 

互いに無邪気な笑顔を浮かべ、静夢は手を振りながらピットを出た。手を振り返して、ヴァルトはカタパルトへ移動した。

 

脚部をロックして、ヴァルトは目を閉じた。深呼吸の後、再びその鋭い目を開いた。

 

「カタパルト、問題なし。発進どうぞ……!」

 

「了解。ヴァルト・パークス、エクスプロード 出るぞ!」

 

勢いよくカタパルトが前進し、ヴァルトはアリーナへ飛び出したーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルトがアリーナに出ると、既にセシリア・オルコットがいた。優雅な雰囲気を放ち、青い機体を纏う姿は貴族の品位を表すようであった。

エクスプロードのOSが対面したセシリアのISを分析する。ヴァルトは視界の端に移るデータを一瞥する。

 

「ブルーティアーズ」ーーーイギリス産の第三世代のISで、遠距離の戦いを得意とするらしい。

 

「あら、逃げずに来られたのですね」

 

「あ?」

 

「最後に選ばせて差し上げます。今この場で謝罪をすればーーー」

 

「お前、何言ってんだ?」

 

セシリアの言葉を遮るように、ヴァルトは口を開いた。

 

「わざわざ『勝てる戦い』で逃げるわけがないだろ?安心して負けてくれ」

 

「な、私を馬鹿にしていますの!?」

 

「ほう、馬鹿にされているという自覚があるのか。悪いが、お前の演説を聞いてやるほど、俺は紳士じゃないんだよ。いいからかかって来い」

 

挑発するように手を扇いで、ヴァルトは落ち着いて戦闘態勢に入る。

 

「そうですか、なら……後悔させて差し上げますわ!」

 

ヴァルトの言葉に激高するセシリア、試合開始のカウントがゼロへと迫っていく。

 

ブーーー!!

 

カウントがゼロになると同時に、ブザーが鳴り響く。セシリアは専用武器のスナイパーライフル『スターライトMK-Ⅲ』を構えた。

同時にトリガーを引くと、ヴァルトは右足を引いて半身になった。

 

空を切る弾道にセシリアは目を見開き、ヴァルトはいつも通りの行動に移る。

セシリアに接近し、右腕を振り上げる。

 

「ッ!」

 

間合いを詰められ、セシリアは戦慄する。勢いに任せて、ヴァルトは右腕をセシリアにぶつけた。

 

「オラァァ!」

 

「ぐうっ…!?」

 

エクスプロードの右腕がブルーティアーズを捉えた。同時に爆発が起こり、拳を受けたセシリアのだけでなく、ヴァルトにも衝撃が走る。

 

「な、なんて野蛮な……!いや、それ以上に……なんて「衝撃」ですの!」

 

パニック手前のセシリアだが、そのダメージが彼女を冷静にさせた。IS同士の戦闘とはいえ、セシリアを襲った衝撃は並のものではなかった。

よく見ると、エクスプロードの右腕からは四つの煙が上がっている。

 

「……ッ!」

 

わざわざ相手に情報を与えるような真似はしない。ヴァルトの肉薄に、セシリアはライフルの弾幕で対抗する。

今のところだが、ヴァルトは近接攻撃のみ。遠距離のブルーティアーズとは機体の相性は最高といえよう。

 

しかし、セシリアが最も恐れているのは機体性能でも武装でもないーーー。

 

「なぜ、なぜ避けませんの!?」

 

ーーーヴァルトは、セシリアの一切の攻撃をかわさなかった。

 

セシリアの引いた一撃が、またもヴァルトに直撃する。しかし、ヴァルトが止まることはない。

エクスプロードのスピードを警戒したセシリアの弾幕に、ヴァルトは回避という選択を取らなかった。

段々と恐怖を感じ始めたセシリアは何度も引き金を引く、どれほどのダメージでもヴァルトはお構いなしだった。

 

「フッ……!」

 

機体のダメージが目立ってきたエクスプロードだが、ヴァルトにはまだ余裕があった。再び接近したヴァルトセシリアに拳を打ちつける。

 

「くうッ!」

 

打ち付けた拳が爆発し、ブルーティアーズへダメージを与えていく。その爆発でよろけるブルーティアーズだが、ヴァルトは攻撃の手を緩めない。

 

ブルーティアーズの腕部を掴んで引き寄せると、連続で拳を打ちつける。

 

「ハァァ!!」

 

「キャァァァ!?」

 

連続で起こる爆発にセシリアの思考が追い付かなかった。ヴァルトがセシリアを蹴り飛ばしたところで、ようやく考える間が生まれる。

 

「あなた、正気ですの!?防御も回避もしないなんて、なんて野蛮な……!」

 

「野蛮だぁ?」

 

お互いにダメージを負った状態で、セシリアの言葉にヴァルトはピクリとする。

 

「俺はこうやってのし上がって、生き残ってきた!温室育ちのお前なんかに、分かるわけがない!」

 

ヴァルトの目に力が宿る。呼応するかのように、エクスプロードの出力が上がり始めた。

 

「ああ、イライラさせるぜ!俺も親父も、こんなやつらのせいで……!」

 

ヴァルトの咆哮に、セシリアは思わず竦む。怒りと憎しみが混ざり合う感情が溢れ、彼は拳を強く握る。

 

「思い知らせてやる。俺たちの痛みを、俺たちの屈辱を!!」

 

 

 

 




簡単な機体解説

エクスプロード

ヴァルト・パークスの専用機。ヴァルトに合わせて、近接格闘を主軸に置いて製造された第二世代のIS。
銃火器も備わっているが、素手の戦いを好むヴァルトは使わない。
他にも隠された機能があるらしい……。



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第4話

「おじ様~!学園の映像、ハッキングしてきたよ!もう始まってる!」

 

「ちょ、ちょっと、マズいですよ!代表はまだ執務中ですって……!」

 

執務室に少女が飛び込んできた。それを追うように、一人の少年が彼女を諫めながら入って来た。

 

「お前たち!代表は忙しいのだぞ、後にーーー」

 

「構わんさ、『ロべス』。それにしても……追跡は大丈夫なのか?『ライム』」

 

執務室のデスクに、一人の男が座っていた。

「ルシアン・パークス」ーーー「バニラ」を発展させた立役者の一人にして、ヴァルトの父である。

ルシアンは眼鏡を外しながら、自身が座る椅子に体を預けた。

部屋に飛び込んできた少女「ライム」は、ピースサインで答えてニコリと笑った。

 

「はぁ、代表は甘やかしすぎです。『モルガン』……」

 

「す、すいません」

 

ルシアンの秘書を務める「ロべス・ティエイル」は溜息を吐き、ライムに続いて入室して来た「モルガン・バクスター」を睨んだ。

 

細長い目から発せられる視線に萎縮するモルガンは、ペコペコと謝っていた。

 

「ちょうどいい、休憩にしよう。ロべス、机と椅子を。茶や菓子は私が……」

 

「いえ、全て私が。代表は休息を」

 

「お前も人のことは言えないな、私を甘やかしすぎる」

 

クスクスと笑うルシアンに、ロべスは言葉を詰まらせる。ライムとモルガンは、その後ろで笑い声をこらえていた。

普段は冷徹なロべスだが、ルシアンには頭が上がらなかった。

ロべスが折れて、机と椅子の準備を始める。同時にルシアンも準備を始めると、ライムとモルガンも映像とスクリーンの接続を始める。

 

「あ、映った」

 

「代表、ロべス、準備ができました」

 

「うむ……」

 

「先に座っていなさい、すぐに行く」

 

紅茶の準備をしているルシアンに従い、三人はロべスの準備した椅子に座った。モルガンは持っている端末を使って、IS学園で行われている模擬戦の情報を集めた。

ヴァルトと幼い頃から信頼している彼は、先に相手の情報を集めると、その詳細に顔を歪めることとなる。

 

「代表……ヴァルトの対戦相手は、イギリスのセシリア・オルコットです」

 

「ッ……そうか」

 

モルガンはの言葉に、事情を知っているライムとロべスは目を見開く。ルシアンは一瞬、言葉に詰まったが落ち着いた様子を見せる。

トレーに人数分の紅茶と菓子を乗せて、机に置く。それぞれの前に配膳し、ルシアンは用意された椅子に腰をかける。

 

『思い知らせてやる。俺たちの痛みを、俺たちの屈辱を!』

 

映像には激昂するヴァルトが映っていた。四人が知っているヴァルトだが、その怒れる姿は未だに見たことが無かった。

 

「ヴァルト……」

 

「大丈夫です、ヴァルト様は負けませんよ」

 

「そ、そうですよ。ヴァルトが負けるわけ……」

 

我が子を心配するルシアン、ロべスはヴァルトの勝利を信じていた。モルガンは激昂するヴァルトに身震いしながらも、勝利を願っていた。

ーーーそんな中、ライムは今は亡きヴァルトの友人を思い出す。

 

「もし、『ガレット』がいたら……」

 

そんな彼女の言葉に、三人は答えることができなかったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、IS学園の第四アリーナのAピットーーー。

 

オペレーターの教師たちが驚く中、ケネスはヴァルトの戦いを冷静に分析していた。

 

「近接格闘特化、あの拳に仕掛けがあるのか……?」

 

「で、でも、あんな戦い方……『まるでケンカ』ですよ」

 

ヴァルトの駆るエクスプロードを観察するケネスに、一人の教師が呟いた。武器を使用する戦いが主流のISだが、ヴァルトは拳だけで戦っているのだ。

にもかかわらず、セシリアを追い込んでいる状態に困惑していた。

 

「あいつもさっき言っていたな?そうやって生きて来たんだ、ヴァルト・パークスってやつは」

 

オペレーターのところへ近づき、画面に映るエクスプロードの詳細に目を通した。

 

「銃火器は持っているのか、それにしても……」

 

武器があるのに、ヴァルトはそれを使っていない。ヴァルトのスタイルと言われればそれまでだが、ケネスはどうにも腑に落ちないという様子だった。

 

その時、見上げた先のモニターには、拳を炸裂させるヴァルトがいた。

 

同時にケネスはハッとして、再び画面を見た。

 

「爆発、武器……やはり、あの拳か!」

 

「せ、先生……?」

 

「ここを拡大してくれ!」

 

「は、はい……!」

 

ケネスの剣幕に押されながら、オペレーターはエクスプロードの映る画面を拡大する。ケネスはエクスプロードの拳に注目した。

 

「この拳のところ、これが一種の銃火器なんだ。打ちつけると同時に、『装填された火薬が爆発する』っていう寸法だ」

 

腕の内部には弾丸が装填されており、腕部に設置された四つの砲口から発射される。ヴァルトが拳を打ちつける衝撃で、ゼロ距離からの発砲となる。打ち付けた拳の爆発は、マズルフラッシュでもあったのだ。

 

それがエクスプロードの拳の正体だった。

 

「しかもノーガードとは……恐ろしいやつだな」

 

セシリアの攻撃を受けても尚、ヴァルトの進撃は止まらない。さながら、獰猛な獣であったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラ、どうしたぁぁ!早く落とさないと、お前をボロ雑巾にしちまぞぉぉ!」

 

「言われなくても、ハチの巣にして差し上げますわ!」

 

ヴァルトのスピードはまだ速くなっていく。セシリアの攻撃を受けても、ものともしなかった。

 

セシリアは焦りや恐怖と共に、怒りを覚え始めていた。

 

回避する相手を打ち落とすという算段であったのだが、ヴァルトの猪突猛進は予想外だったのである。遠距離から打ち続け、自分に近づけることなく勝利を掴むというプランが完全に崩れたのだ。

 

「そんなもので、この俺が止まると思ってるのか!」

 

「うぐぅ……!」

 

再び接近を許し、ヴァルトの攻撃を受ける。ゼロ距離のヴァルトに取って、スナイパーライフルはただの置物だ。

距離を詰めてしまえば、ヴァルトの土俵なのである。

 

スナイパーライフルを下からアッパーカットのようにかち上げ、がら空きになったセシリアに拳を振るう。

 

「どうせ、手を抜いても勝てるとでも思っていたんだろ?その慢心が、お前の敗因と弱さだ!」

 

ヴァルトの拳が火を噴き、セシリアが吹き飛ばされる。ヴァルトは視界の端に映るエクスプロードの現状を確認する。

 

エネルギー残量は四十六パーセントーーー腕部の弾丸は残り、三発ずつ。

 

バスロットにある予備の弾丸を展開し、腕部に装填した。スタミナに自信があるヴァルトだが、戦闘スタイルもあって長期戦が得意とは言えない。

 

「お前のエネルギーが残りどれくらいか知らないが、俺はこいつのエネルギーが尽きるまで殴り続けてやる」

 

「いい加減になさい!私を本気にさせたこと、後悔させてやりますわ!」

 

ブルーティアーズから何かが飛び出した、青い四基のそれはヴァルトへ向かっていく。

ブルーティアーズーーー機体と同じ名を冠するそれは、イギリスの技術を集めて作られたオールレンジの自動攻撃端末。

所謂、ビットと呼ばれるものである。

 

「今更、遅いんだよ!」

 

ヴァルトは構わずにセシリアへ接近する。避けるつもりもなければ、そのビットを破壊して回るほどの暇はない。

ビットからの攻撃を受けながらも、短い距離でトップスピードまで持っていくヴァルト。四基のビットを越えてセシリアへ向かっていく。

 

その行動に、セシリアはニヤリとした。

 

「お生憎様!まだありましてよ!」

 

その直後、ブルーティアーズのスカートアーマーがスライドした。

 

そこから放たれたのは、二基のミサイルだったーーーーー。

 

今までのヴァルトの行動から、ビットの攻撃を避けないことが分かった。それを逆手に取り、ミサイルを至近距離でぶつける作戦だ。

そしてミサイルによって停止したところを、四基のビットで集中砲火。

セシリアの中で、勝利につながるパズルが完成したのだ。

 

ーーーだが、ヴァルトは笑っていた。

 

 

 

「一体いつから、俺が接近戦しかできないと思っていた?」

 

 

 

「なっ……!」

 

まだ両者に距離がある中、ヴァルトはミサイルに拳を向ける。乾いた音が響き、拳から煙が上がった。視界が塞がれるほどの煙幕、肌が焼けるほど熱がアリーナに広がる。

 

瞬く間に起こる事に、ほとんどの人間が理解できなかった。その中にはセシリアも含まれている。

 

呆気に取られて思考が止まるセシリアを、ブルーティアーズが呼ぶ戻す。接近を告げる警報だ。

 

ハッとするセシリアだが、接近するヴァルトを止める術はもない。

 

「ウォォォ!ラァァァ!!」

 

そこからはヴァルトの独壇場だった。距離を詰めたヴァルトのラッシュに、セシリアはサンドバッグになっていた。

近接用の武器もあるが、今のヴァルトはそれを出す余裕さえ与えなかった。

 

「これで、終わりだ!」

 

両手を組んで上からハンマーのように打ち下ろした、それがとどめの一撃となった。アリーナのブザーが鳴り響き、名前を呼ばれたヴァルトはハッとして我に返った。

 

「ハァ、ハァ……終わったか」

 

息を切らしながら、ヴァルトは天を仰ぐ。過去のしがらみがあり、勝利したものの、ヴァルトの表情はどこか暗かった。

 

「ま、参りましたわ……まさか、こんな結果になろうとは」

 

悔しそうな顔で、セシリアはヴァルトに声をかけた。

 

「本日までの非礼をお詫びします、あなたは……」

 

「……何も言うな」

 

ヴァルトはセシリアが何かを言う前に身を翻した。

 

「今の俺は……お前にかける言葉を持ち合わせていない」

 

そう言い残し、ヴァルトはピットへと向かった。

セシリアはヴァルトの背中を見送って、ピットへと向かっていったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピットへ到着したヴァルトは、すぐにエクスプロードを解除した。一瞬の浮遊感と共に足を着けたヴァルトは、力が抜けてしゃがみ込む。疲労によって震える足には、まだ立ち上がるだけの余裕はなかった。

 

「情けない、こんなもので……」

 

「とりあえず、よくやったと言っておく」

 

「どうも……」

 

そんなヴァルトを労うケネス、しゃがみ込むヴァルトに手を差し出した。訝し気な視線を送り、ヴァルトは力を振り絞って立ち上がった。

 

「かわいくないやつ……」

 

自力で立ち上がったヴァルトがよろよろと歩き出すと、ケネスは溜息を吐いた。

 

「お疲れ様でした。エネルギー充填と修復がありますので、ISをお預かりします」

 

「…お願いします」

 

女性教師に迎えられ、ヴァルトは渋々といった様子で待機状態となったエクスプロードを渡す。

 

「こき使って悪いが、外にいる静夢を呼んできてくれないか?」

 

「はい……」

 

浮かない顔で、覚束ない足取りのヴァルトがピットのゲートをくぐった。

 

「お疲れ様、大丈夫?」

 

通路に出ると、静夢がドリンクとタオルを持っていた。差し出された二つを受け取り、ヴァルトは大きく息を吐く。

 

「で……?」

 

「うん……?」

 

「勝ったの?」

 

「負けたと思うか?」

 

それもそうか、そう言って互いに笑いあう。ヴァルトが壁に背を預け、ずるずるとしゃがみ込む。

 

「はぁ……」

 

「嬉しくなさそうだね?せっかく勝ったのに」

 

「何とも思わないわけじゃない、ケンカの後はいつもこうなんだ」

 

空しいーーーそう呟いたヴァルトを見た静夢は、首を傾げた。

 

「呼ばれていたぞ?早くいけよ」

 

「うん、長引かせた方がいい?」

 

静夢が言うと、ヴァルトはこの後の相手を思い出す。

 

目の前にいる静夢だーーー。

 

「余裕じゃないか……」

 

「君と同じさ、あの程度の相手には負けないよ。休憩は長くしたいでしょ?」

 

「ふん、好きにしろ」

 

静夢を追い払うように手を振ると、静夢はニコリと笑ってピットへ入っていった。

 

「お前は、俺を満足させてくれるのか……?」

 

一人になった通路で、ヴァルトは呟いた。その声に答える者はいない。横になりたくなったヴァルトは、更衣室へ向かって重い腰を上げたーーーーー。

 

 

 




雑になりましたが、ヴァルト戦はこれにて。

次回から静夢のターンです。


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第5話

闘いが終わり、セシリア・オルコットはピットへと帰還する。

 

自身の力量には自負があり、ヴァルトの言う通りで慢心は少なからず存在した。だが敗北したのも関わらず、彼女の心はどこか晴れやかだった。

 

「まずはご苦労だった。次の試合に備えて、インターバルを取っておけ」

 

「はい。山田先生、お願いします」

 

「は、はい……!」

 

慌てて立ち上がる山田 真耶は、セシリアから待機状態になったブルーティアーズを受け取る。

 

織斑 千冬はセシリアの表情を目にする。プライドの高い人間という印象を抱いていた彼女だが、今のセシリアからはそういった感情は見受けられない。

 

「思い知りましたわ」

 

「うん……?」

 

「あんなにも強い人がいたなんて、思いもしませんでしたわ」

 

「……そうだな、今の自分に満足しないことだ。代表候補なら、尚更にな」

 

セシリアは千冬の言葉に頷くと、ピットを出て行った。

 

その様子を視界の端に捉えていた真耶は、作業を続けながら千冬に話しかける。

 

「オルコットさん、何かいい事があったようですね」

 

「ああ、そうだな」

 

良い変化を目の当たりにし、教師である二人は嬉しそうだった。過激な発言をしたセシリアはクラスの中で、疎外されつつあった。

もし彼女に変化がなかったとしたらーーー千冬は最悪の結末を想像したが、今のセシリアなら、その結末を回避できるかもしれない。

 

特に確信はないが、千冬はこの後のことを心配しなかった。

 

そんな中、セシリアと入れ替わるように織斑 春十がピットへ入って来る。

 

「さぁて、軽く料理してやるか」

 

「思い上がるな馬鹿者、その気の緩みは敗北を招くぞ」

 

「心配するなよ、千冬姉。あんな奴、相手にならないぜ!」

 

自信に満ちた様子の織斑に、千冬は溜息を吐いた。数日前に専用機を受領したものの、まだ彼は素人なのである。

秀でているとはいえ、それに胡坐をかけば痛い目を見るのだ。昔から口を酸っぱくして言ってはいるが、それを聞いた試しがない。

ーーー頭を痛める千冬を他所に、織斑は専用機を展開する。

 

右手のガントレットが輝くと、彼は白を纏ったーーー。

 

「白式」ーーー織斑 春十専用に製造された第三世代ISである。

 

「よっしゃ!行くぜ!」

 

意気込んでカタパルトから発進すると、千冬はモニターを見つめた。

 

「まさか、こんな結果になるとはな……」

 

「え……?」

 

千冬の呟いた言葉を耳にして、真耶は思わず千冬の方を見た。その表情からは、弟の心配だけでなく、別の感情が混じっているように思えた。

そして、アリーナに現れた「新たな白」に歓声が沸いたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな~♪いっくんの試合が始まるぞ~」

 

とある国の海辺、蒸し暑い空気の中で声がする。整備されたISが鎮座するそこは、まるで軍の基地だった。

 

「なんだ?」

 

「『一夏』が戦うんだってよ!行こうぜ!」

 

ISの整備や物資の運搬をしていた者たちは、仕事を放り出して声の主の元へ集まる。

作業服の者や、ISの搭乗に使用するスーツを着ている者がぞろぞろと出てくると、篠ノ之 束は壁に映像を投影させる。

 

「よし!準備できた!」

 

「いつも思うけど、アンタはやることが規格外だね……」

 

エメラルダ・ズービンは、長い髪を後ろでまとめた束に苦笑いを浮かべる。

そんなエメラルダの言葉は、束にとっては誉め言葉だった。無邪気な笑みを浮かべると、ワイシャツの袖を肘の辺りまで捲る。

 

「どうなってる?終わった?」

 

「まだ始まってすらねぇよ……」

 

フェンサー・メインが後ろから顔を覗かせると、ガウマン・ノビルは呆れながらに答えた。

 

「しかも、あいつが勝つ前提かよ」

 

「一夏が負けるわけないだろ?」

 

顎髭を触りながらガウマンが呟くと、フェンサーを含めたその場の全員が頷いた。彼らは静夢と時間を共にし、苦楽を共にしてきた。

幼いながらも、信念をもって行動する静夢はメキメキと成長していった。その結果、静夢は映像の向こう側で奮闘しているのだ。

 

「そろそろだな……うん?おーい、ハサウェイ!」

 

エメラルダの隣に立つレイモンド・ケインは、遠くから歩いてくる人物を呼んだ。

 

まだ幼さが残るその青年はレイモンドに手を振って、小走りになって駆け寄る。集団にたどり着くと、仲間たちが彼を前へと押しやる。

 

「状況は?」

 

「これからだ、楽しみだな」

 

真剣な面持ちになるハサウェイ・ノアからピリピリとした空気が発せられる。それを宥めるかのように、シベット・アンハーンはハサウェイの肩に手を置いた。

 

映像からブザーが鳴ると、そこに映る二機のISは戦闘を開始したーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

準備を完了し、累 静夢はアリーナに出た。同時に観客席から上がる声援を耳にして、静夢は手を振ったりうやうやしく礼をする。

 

「俺を待たせるとはいい度胸だ……」

 

対戦相手である織斑 春十は、なにやら機嫌を損ねているようだ。口調からそれを感じたが、静夢にはどこ吹く風といった様子だった。織斑の口上が続き、暇を持て余していた。

 

(こうしていると、「ハサ」や「レーン大尉」と戦ったことを思いだすな……)

 

過去に運命の出会いをした静夢は、世界を相手にする戦いに身を投じた。恩人の一人である篠ノ之 束には反対されたものの、ハサウェイ・ノアは彼の意思を尊重してくれた。

雑務やフォローを主に仕事とし、やがては戦場へ赴くこととなる。

 

そこで直に感じた殺気や命のやり取り、人間に対して引き金を引く覚悟ーーー。

 

彼は少年でありながら、過酷な環境を生き抜いてきた。実際に己が手を汚し、葛藤したこともあった。

ーーーそれでも、彼は立ち止まることはなかった。

出会った人や、手に入れたものが静夢の支えとなったからだ。

 

自分の隠れ蓑として、ハサウェイを通じて植物監察官の訓練生となり世界を回った。

植物や自然だけでなく、その地にいる人々との出会いもまた、静夢を構成する一部となったのだ。

 

「おい!無視するな!」

 

「ん、終わった?」

 

昔を懐かしんでいると、織斑が声を荒げていた。ようやく始まると思うと、静夢は深呼吸をして戦闘態勢に入る。

 

「そんな変哲もないISで来るとは、乗っている人間と同じとは滑稽だ!」

 

「………へぇ」

 

織斑の言葉に、静夢の目が鋭くなる。織斑は図らずも静夢の逆鱗に触れた、その言葉は静夢の怒りを買うには充分だった。

 

「君は知ってる?」

 

「は?」

 

「……ISに込められた願いを」

 

「はぁ?何言ってるんだお前。そんなものは必要ない!俺は選ばれた存在、この才能があれば俺は無敵だ!」

 

高笑いをする織斑に対し、静夢は白い目を向けた。溜息を吐いて、ぼそりと呟く。

 

「よく喋るやつ……」

 

「なんだと?」

 

「昔から言うだろ?弱いやつほど、よく吠えるって」

 

口元を三日月のように歪めた静夢は、両手を広げながら肩を竦めた。

 

「……謝るなら今の内だぞ?俺は冷静さを欠こうとしている」

 

わなわなと肩を震わせる織斑は、最後通告として言葉を発した。

 

「ああ。虚勢を張るのは、自分を強く見せて自尊心を保つためって聞いた事があるけど……実際はどうなの?」

 

静夢は構わずに続けた。焦る様子も見受けられず、込み上げて来た怒りは知らぬ間に息を潜めていた。

 

「そんなに痛めつけられたいなら、望み通りにしてやる!後悔するなよ!」

 

ついに堪忍袋の緒が切れた織斑は、試合開始のブザーと共に武装を展開する。

手にした日本刀のような近接ブレード「雪片二型」ーーーそれはかつて、織斑 千冬が使用していた武器を改良したものであった。

 

飛び出す織斑に対し、静夢は自然体を保ったままであった。徐々に迫る織斑だが、静夢は尚も冷静だ。

 

「オラァァ!!」

 

間合いに入った織斑は自慢の剣を振るった。

 

開幕の一太刀を確信した織斑はニヤリとするが、その思いは裏切られることとなる。

 

「…………」

 

「……なに!?」

 

軌道を見切った静夢は体を屈める。それだけでなく、織斑の右手をすり抜けて背後を取った。

 

躱されたことに驚く織斑は、スピードを殺せずにアリーナのバリア付近でようやく止まった。

 

「てめぇ……!」

 

「攻撃を避けるのは当然だろ?それとも、絶対に当たる自信があったのかい?」

 

「ふざけたことを……!」

 

「それはこっちの台詞だよ、遊んでないで本気でやってよ」

 

静夢の口車に乗せられ、織斑は雪片二型を握り直した。勢いに任せた特攻とも見えるそれを、静夢は難なく回避していく。尚も怒りを煽る静夢は、自分から攻めることをしなかった。

 

(どんなものかと思ったけど……まぁ、こんなものか)

 

静夢が回避に徹していたのは、織斑の実力を見定めていたからだ。この場所に潜入するからには、敵戦力として専用機を持つ人間の情報を得る必要がある。

だからこそ、こうして攻撃をかわしているのだが、あまりにも退屈で肩透かしを食らった気分になった。

 

静夢と織斑との間には大きな実力の差があった。静夢は戦場に出るために、仲間たちから対人格闘や射撃の訓練を受けて来たのだ。

何度も訓練を繰り返し、素人には負けないくらいの力を持つこととなった。

 

(街の不良を相手にするより楽だな……)

 

世界をめぐり、様々なトラブルも経験してきた静夢にとって、織斑の相手は暇つぶしにもならなかったのだ。

 

まっすぐに振り下ろされた雪片を避けると、静夢は織斑の右腕を掴んだ。動きを封じたところで、左の裏拳を放つ。

 

「ガァ…!?」

 

その裏拳が顔面に当たり、織斑はのけぞった。

ISの持つシールドバリアがあるとはいえ、衝撃はパイロットへ伝わる。軽減されてはいるものの、顔面の衝撃は誰にでも効く。

 

ここぞとばかりに、静夢は攻撃に転じた。そこには若干の苛立ちがあった。

 

今度は左手で織斑の右腕を掴み、大きく振って正面を向かせる。がら空きになったところに、右フックを放った。

最後は右足で織斑を蹴り飛ばした。

 

(終わらせるか?いや、ヴァルト君のインターバルもあるしな……)

 

早々に終わらせることも可能だが、この後に控えるヴァルトのために、時間を稼ぐ必要もあった。ヴァルトはどちらでもいいと言ったが、すぐに終わらせてもヴァルトの回復が間に合わないだろう。

 

「ま、いいか」

 

なんとでもなるーーー深く考えることを止めた静夢は、武装を展開した。

右前腕部に現れたバレルアーマーが展開され、静夢は狙いを定めてトリガーを引く。

 

「そんなものに……」

 

白式からの警告に、織斑は回避行動を取る。たとえ距離があったとしても、弾道を読んで接近すればいい。織斑は右に回避するが、その選択は失策だった。

 

 

次の瞬間、信じられないことが起こるーーー。

 

 

アーマーから発射されたビームが、軌道を変えたのだ。それはまるで、リボンのように緩やかな軌道を描いて、織斑に迫った。

 

「なに……!うおッ……!?」

 

あり得ないビームの軌道に驚き、動きが止まった織斑はその攻撃を受ける。静夢は再びトリガーを引いて、淡々と織斑を追い詰めていく。

 

「クソッ…!」

 

読めない弾道を前に、織斑は手も足も出ない。ネックである遠距離、さらには曲がるビームを対処しなければいけないのだ。

 

「負けてたまるか!こんな雑魚に……!」

 

「本当によく喋るね、もう黙ってくれない?耳障りなんだけど……」

 

「ふざけるなぁぁ!!」

 

ボロボロになりながらも、ようやく弾幕を抜けた織斑。すると、白式が光を纏った。

 

「零落白夜」ーーー白式に備えられたワンオフアビリティー。自身のエネルギーを消費することで、相手のエネルギーを大きく削るというものである。

かつて、織斑 千冬が使用したものを改良したものだが、諸刃の剣であるということに変わりはない。

 

「これで終わらせてやる!覚悟しろ!」

 

「…………」

 

相手が切り札を切ったという展開だが、静夢はもはや無気力に近い状態だった。

 

世間が「天才」や「逸材」と持ち上げる織斑 春十だが、手を合わせてみれば只の子供だったのだ。姉の七光りに縋るようなISに乗り、大した力もなく自信を見せる様子は道化にすら劣って見えた。

 

(終わらせてやるのが、優しさかな……)

 

バレルアーマーを前腕部に収納すると、先ほどのように脱力して織斑を待った。

無理に相手の土俵に立つ必要はないのだが、逆を言えば相手の得意分野で負かせば鼻も折れるというものだろう。

 

「ハァァァ!!」

 

静夢を再び間合いに入れた織斑は、残る力を振り絞った。どれだけ劣勢にあろうとも、この一太刀が当たれば、間違いなく勝利を掴めるという自信があった。

散々、コケにされた分をここで返さなければ、気が収まらないというのが本心でもあった。

 

 

しかし、大きく離れた差を埋める程の力を、彼は持ち合わせていなかったーーー。

 

 

「くらえ!」

 

「……!」

 

相対する二つの白、決着はすぐであった。

 

静夢は、振るわれる雪片を屈んで躱した。同時に右フックを放ち、織斑の腹へと打ち付けた。

衝撃によって仰け反るも、織斑は再び切りかかる。

 

水平に振るおうとするが、静夢がそれをさせなかった。白式の左腕を制し、織斑の頭を掴んで押さえつけると、膝を打ち込んだ。

 

白式の腕を掴みなおし、そのまま背後に回り込んで腕を締め上げる。

武器だけを押さえてしまえば、静夢にとってはただの的だ。

 

静夢は織斑を解放してやると、正面を振り向く織斑を追撃したーーー。

 

白式の右腕を蹴り上げ、その手から得物を離す。静夢はすぐさま距離を詰めて、懐へ入り込んだ。

 

「フッ!フッ!」

 

「ウッ!?ゲフッ…!」

 

短い間隔で、静夢は腹へ二発の拳を打ちこむ。怯んで顔を上げた織斑に、右肘をぶつけた。さらに体を捻って、右の回し蹴りを放つ。

 

武器を失い、ふらふらになる織斑。静夢は左手に新たな武装を展開した。

左手を覆い隠すような、巨大なアーマーが出現した。観客席とピットにいる誰もが、静夢の行動を予見した。

 

「せぇ、の!」

 

「グァァァ!?」

 

勢いを付けた静夢は、左手のアーマーで織斑を殴りつけた。回避も防御もできない織斑は、アリーナの地面に向かっていった。

轟音と土煙を上げ、織斑はアリーナの地面に激突した。土煙が晴れると、そこにはISを解除して大の字になっている織斑がいた。

 

『勝者、累 静夢ーーー』

 

試合終了のブザーとアナウンスが流れた。静夢は虚無感を得ると同時に、溜息を吐いていた。

 

「何にも感じなかったな……ごめん、『ユニコーン』」

 

ほとんど無傷とはいえ、託されたこの力を意味のない事に使ってしまった。静夢は愛機であるIS「ユニコーン」に対して謝罪したのだったーーーーー。

 

 

 




今回は特に戦闘描写が雑になってしまったと思います。

次回からは静夢VSヴァルトになります。

物語の進展と共に、改善していきたいと思います。


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第6話

今回はガンダムキャラを出しました。

戦闘は次回からです、すいません。


試合を終えた静夢は、気を失って動かない織斑を抱えて、ピットに戻った。

 

そのままにしても良かったが、他の教師への手間や自身の周囲への印象を考えると、仕方なしにこうするしかなかった。

 

ピットへ戻ると、既にストレッチャーが用意されていた。千冬が指示を出していたのだろう。ストレッチャーに織斑を乗せると、自分もISを解除した。

 

「すみません、お願いします」

 

「ええ、お疲れ様」

 

「さっきの試合、とっても格好よかったよ」

 

ストレッチャーに付く二人の教師からの称賛に、静夢は微笑みながら一礼した。二人は織斑が乗せられたストレッチャーを押して、ピットを後にした。

 

「さて……山田先生、向こうのピットと通信はできますか?」

 

「え?ああ、はい!可能です」

 

「申し訳ありませんが、繋いでもらってもよろしいですか?」

 

丁寧な口調で真耶に話しかける静夢、真耶は少し慌てた様子で通信の準備を始めた。

 

『こちらケネス・スレッグ、どうした?』

 

「ケネス先生、静夢です」

 

『おお、お疲れさん。そっちはどうだ?』

 

慣れた口調で静夢は反対側のピットにいるケネスと話す。内容は、ヴァルトの招集とこの後の試合についてだ。

静夢もヴァルトも、クラス代表への就任には後ろ向きだ。かなうなら、この試合は棄権したいとさえ考えている。織斑が戦闘不能になった今、セシリアとヴァルトは不戦勝で白星が一つずつ加わる。

この後も続行するのか、ヴァルトやセシリアを交えて話す必要があったのだ。

 

『わかった、ヴァルトを呼ぶ。それまでは休んでいろよ』

 

「休むほど、疲れていませんよ」

 

それもそうか、ケネスは笑って返す。通信を終えると、ヴァルトを呼ぶアナウンスが流れる。

 

「山田先生、立て続けに申し訳ありませんがーーー」

 

「オルコットさんですね、連絡します」

 

「……申し訳ありません」

 

「そんなに謝らないでくださいよ」

 

どこか遠慮した態度の静夢に対し、真耶は笑って見せた。その後、セシリアを呼ぶアナウンスと同時に、観客席の生徒たちにもアナウンスが流れる。

 

「累くん、ISの修復とエネルギーの充填をしますのでーーー」

 

「ああ、いえ……僕はどうせ棄権しますから、大丈夫ですよ」

 

「ですが……」

 

「本当に大丈夫ですから、ご心配なく」

 

食い下がる真耶を押さえつけるように、静夢は矢継ぎ早に制した。

 

少しの暇ができて、手持無沙汰となった静夢は後ろに下がった。意図せず千冬の隣に立ったことを後悔した。千冬の視線が突き刺さり、どうにも鬱陶しく思えた。

 

「なんですか?」

 

「いや、慣れていると思ってな……」

 

「世界中を歩いて、色々な人と会いましたからね。自然とこうなりますよ、お国の仕事でもありますから」

 

怒気を孕んだ静夢の声に、千冬は口ごもる。沈黙が訪れると、好機と見た静夢は目を閉じた。

自分から話しかける必要はないし、向こうから声をかけられてもうまく誤魔化せるからだ。

 

「……すまなかった」

 

「…………」

 

小さな千冬の呟きに、静夢は顔を下げたまま瞼を開いた。

 

「私は何もしてやれなかった、お前が苦しんでいることにも気づかず……」

 

過去の行いを懺悔するかのよう、そんな言葉が千冬からこぼれた。

 

(今更、何を言っているんだ……)

 

静夢は声に出さず、心の中で吐き捨てる。静夢は決して彼女を恨んでいるわけではない。しかし、良く思っているわけでもないのだ。

自分を育ててくれたことには恩を感じている。だが、それだけだった。

 

心配はしてくれるが、何か対策をしてくれるわけでもない。ただただ様子を眺める千冬を、好きにはなれなかった。

家にいることも嫌になり、夜の街で小遣いを稼ぐようになってからは話す機会も減っていった。最後に話した記憶さえ思い出せないくらいだ。

 

「許してほしいとは言わない。ただ、謝りたかったんだ」

 

「僕に謝って、どうするんです?」

 

静夢の冷たい言葉が、千冬の思考を鈍らせる。

 

「懺悔なら教会でやってください、そんなことを聞く僕や山田先生の身になってもらいたいよ」

 

「ま、待ってくれ……私は」

 

「それにーーー」

 

縋るように言葉を絞り出し、手を伸ばす千冬。付き合うつもりはない静夢はバッサリと切り捨てる。

 

 

「貴方の罪を許せる人間は、もうこの世には存在しませんよ」

 

 

横目で千冬を睨んだ静夢、伸ばされた腕がダラリと力を失う。

すると、セシリアがピットへ入って来た。振り返った静夢と目が合う。

 

「あ……」

 

「………」

 

静夢は何も言わず、会釈で挨拶をする。同時にケネスからの通信が入った。

 

『よう、揃っているか?』

 

「問題なく」

 

『この後の事なんだが、お前さんたちはどうするんだ?』

 

「僕は棄権しますよ。元々、やるつもりはありませんでしたから」

 

『右に同じだ』

 

簡単な説明を終えると、静夢が棄権を申し出る。通信越しにヴァルトも棄権を表明する。

 

「私も、辞退致します……」

 

セシリアがそう言うと、千冬と真耶は驚いて振り返った。自信に満ちて、実力も兼ね備えている彼女の棄権は予想外であった。

静夢も驚いたが、一瞥するだけに留めた。おそらくヴァルトも驚いているだろうと、ピットにいる彼の様子を思い浮かべる。

 

『どういう風の吹き回しだ?』

 

想像通りのヴァルトの言葉に声を漏らしそうになる静夢だったが、それをこらえて平静を保つ。

 

「貴方と戦って、分かったのです。女だから強いわけでも、立場があるから強いわけではないと……」

 

『…………』

 

「私のように、驕った者が上に立つべきでは無いと思ったのです」

 

『なるほどな。結論を言うと……織斑の不戦勝でいいな?』

 

「『意義なし』」

 

ケネスの提案に、静夢とヴァルトは賛成した。セシリアを見ると、彼女もまた頷いていた。

 

こうして、クラス代表決定戦は幕を下ろすーーーハズだった。

 

『……静夢』

 

「なに?」

 

通信を切ろうとした静夢だが、ヴァルトに呼ばれて手を止める。

 

『勝ったんだろうな?』

 

「それを聞くの?負けるわけないよ」

 

何を聞くかと思えば、笑って答える静夢。通信越しのヴァルトも、愚問だったと笑っていた。

 

『お前が時間をかけてくれたおかげで、俺もエクスプロードもすっかり元通りだ』

 

「そう?ならよかった、僕も大したダメージは無くてね。もう一戦は余裕だよ」

 

『「…………」』

 

段々と雲行きの怪しくなっていく会話に、ついに両者は沈黙した。

 

『俺もこいつも、まだ満足してなくてな……』

 

「奇遇だね、僕もだ。あまりにも呆気なく終わって、退屈してたところだ」

 

ヴァルトは笑っているだろう。かくいう自分も、どこか浮かれている。

 

『お前たちな……』

 

「元々、時間はとってあるんでしょう?一試合くらいは大丈夫ですよ」

 

ケネスの溜息を聞きながら、静夢は真耶にユニコーンを渡した。ヴァルトを待たせる形となるが、万全の状態で臨むのなら仕方がないところである。

 

二人の試合はエキシビションマッチ、イベントに近いものだ。静夢は同じピットにいるセシリアに、ヴァルトの情報を聞き出す。

同じように、ヴァルトもピットにいるケネスから静夢の情報を得ることで、公平性を保つことにする。

 

互いにルールを確認し、静夢は通信を切った。

 

「格闘特化、ケンカのやり口か……」

 

「はい、遠距離からの攻撃が有効と思いましたが……」

 

「被弾しながら距離を詰められたと?」

 

「はい……」

 

シュンとするセシリアに、静夢は苦笑いをした。

代表候補とはいえ、百戦錬磨というわけではない。ヴァルト・パークスという人間の戦い方は、教科書には載らないものだ。

 

「しかし、その敗北は君にとって、価値のあるものだったんじゃない?」

 

「……ッ、はい」

 

「『失敗を気に病むことは無い。ただ認めて、次の糧にすればいい』」

 

「え……?」

 

静夢の言葉に、セシリアが顔を上げた。驚いているセシリアを見て、静夢はニヤリとした。いたずらが成功した子供のようだった。

 

「とある人の受け売りだよ。敗北という失敗を経験した君は、それを糧にして変わろうとしている。少し前の君からは想像できないな」

 

「そ、その節は申し訳ありませんでした……」

 

その様子に、静夢は朗らかに笑ったのだった。

 

「累くん!準備ができました!」

 

「ありがとうございます、行きます」

 

真耶からの連絡を耳にして、静夢の雰囲気が変わる。柔和な空気から一変、笑顔は影を潜めた。

 

「オルコットさん」

 

「は、はい……」

 

真耶からユニコーンを受け取った静夢が、セシリアに声をかける。消えたと思った笑顔を浮かべながら、彼は言葉かける。

 

「君はまだ強くなれると思う。いつか、強くなった君と戦いたい」

 

「私も、貴方と戦いたいと思っています。今よりも、もっと強くなって……!」

 

「お互いにベストな状態で戦いたいね、それじゃ……」

 

ユニコーンを展開した静夢は、カタパルトへ移動する。ウィンドウに映る機体の状態を見ながら、目を伏せて集中力を高めていく。

 

(さっきとは違う、気を抜いたらやられるな……)

 

浮かれつつある自分を律し、目を開いた。カタパルトの準備が整うと、静夢は一呼吸の間を置いて発進する。

 

「累 静夢、ユニコーン…行きます!」

 

純白なる獣は、新たな可能性を求めて飛び立つのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハサウェイたちが静夢の戦況を見ていた時、束は他所にも映像を回していた。

 

日本のIS企業『ロンド・ベル』ーーーかつて、静夢が世話になった新進気鋭の企業である。

そのロンド・ベルのトップにいる「ブライト・ノア」は、束からなんの報せもなく届いた映像に困惑した。

それを自分だけでなく、静夢に関わった者たちにも共有する。

 

「…………」

 

「気がかりですか?」

 

「ああ、いや……うむ」

 

秘書である「メラン」に言われ、頷くしかなかった。ハサウェイ・ノアの実父であり、久しくの再会と同時に静夢と邂逅したブライト。ハサウェイは自身の決意を明かし、ブライトは陰ながら息子の支えになることを約束した。

 

「かつての少年」と似た雰囲気を持つ静夢を、息子同様に思っている。だが、幼くも世界の歪みを知った静夢を心配している。

 

「これは他にも回しているのか?」

 

「ドクター束から受信した映像ですから、『ジオニック』にも同じものが行っているはずです」

 

そうか、と相槌を打ち、椅子へ深く座り直した。メランはその様子を一瞥し、映像を覗き込む。「かつての宿敵」である者たちも、自分のようにハラハラとしているのだろうか。

 

否、武人気質の彼らは、心配などしないだろうーーー溜息を吐き、何事もなく終わることを願うばかりのブライトであったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブライトから映像を受け取ったロンド・ベルの製造部門では、映像を食い入るように見る者と、作業を続けながら映像を注視する者に分かれていた。

どちらも静夢を信頼し、その実力を知るが故の対応である。

 

「…………」

 

そんな中、その映像をジッと見つめる青年がいた。眉間に皺をよせ、小さい声で唸っていた。

 

「『リディ』!ミーティングだぞ!」

 

「す、すみません……!」

 

上の立場である人間に叱られ、「リディ・マーセナス」は後ろ髪を引かれる思いで去っていく。

 

「あいつなら心配ない……」

 

「え……」

 

「『財団』とブライト艦長はあいつを認めてユニコーンを託した。お前もまた同じだろう?」

 

上司である「ナイジェル・ギャレット」は、例に漏れず静夢を認めている。似たような立場であるリディのことも、同じように評価をしている。

左手に巻き付けているお守りを撫でながら、リディは伏せていた顔を上げた。

 

「隊長、お疲れさんです」

 

「おい、お坊ちゃん。また隊長に迷惑をかけたのか?」

 

「そう虐めてやるな。一夏を心配していただけだ」

 

訪れた部屋には、細身の男と大柄の男がいた。「ダリル・マッギネス」はナイジェルに挨拶を交わし、「ワッツ・ステップニー」はその風貌でリディをからかう。

 

「さて、『ジェガン』と『ジェスタ』のテストについてだが……」

 

ナイジェルとリディが着席すると、四人は次に舞い込む仕事についてミーティングを始めるのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『アムロ』!一夏の試合が始まりましたよ!」

 

「なに?そんなものをどうやって……」

 

「ブライト艦長からです、ドクター束からの通信みたいで」

 

ロンド・ベル所属の製造部員である「チェーン・アギ」は、端末を一人の男に見せた。その男は、チェーンから端末を受け取った。そこに映るユニコーンを駆る静夢と、エクスプロードを駆るヴァルトの対戦をジッと見る。

 

「全く、束の無茶は学生の頃から変わらないな……」

 

学生の頃の束を知る「アムロ・レイ」という男は、危険な行動をやってのける束に目を伏せた。

 

「大丈夫でしょうか……」

 

「確かに、あれは危険なマシーンだ。しかし、一夏ならうまく使いこなせるだろう」

 

「『サイコフレーム』の共振には、驚きましたよ……」

 

過去に、このアムロは静夢と戦った経験がある。その時に発生した事態に、誰もが恐怖を感じた。

しかし、その時の現象に『温もりと安心』を感じた者もいたーーー。

 

「あいつがただの子供だったなら、『カーディアス・ビスト』もユニコーンを託したりはしなかったさ」

 

端末をチェーンに返すと、アムロは愛機のもとへ戻った。

アムロの言葉は理解が簡単であって、簡単ではない。恋人である自分よりも、彼を理解した静夢の事が、羨ましいくも憎らしいと思ったこともあった。

 

そんな自分でさえ、静夢は受け入れたのだ。ユニコーンとの出会いは、静夢の心を大きく動かすこととなった。運命の出会いに泡を食うも、しっかりと受け止めた彼は前に進むこととなる。

 

「やっぱり、『ニュータイプ』なんだ……」

 

「え?」

 

「いいえ、なんでもないわ」

 

チェーンの呟きに反応するアムロだが、首を横に振るチェーンを見て作業に戻るのだったーーーーー。

 

 




次こそは戦闘に入ります。

他のガンダムも出しつつ、原作キャラと絡めていければと思っています。


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第7話

静夢VSヴァルト、前半戦です




ブライトが束から映像を受け取るよりも早く、静夢の戦いを閲覧する者がいたーーー。

 

金の髪を上げ、椅子に背を預ける男は退屈そうにその映像を見ていた。

 

「どうされたんです?」

 

その様子を見かけた秘書の女が声をかけると、彼のために淹れたコーヒーをデスクに置いた。

 

「束からの映像が届いてな……『彼の初陣』なのだが」

 

「押されているんですか?」

 

歯切れの悪い言葉に思わず秘書は尋ねたが、その言葉に男は、まさかと言って首を横に振った。

 

「力量に差がありすぎるのだ。彼は退屈しているだろう」

 

ああ、と秘書が頷く。横から覗き込むと、慣れた動きで相手を押さえ込む静夢が映っていた。退屈しているという言葉を聞かなければ、静夢の動きは必死に見えただろう。

 

「貴方やアムロ・レイを相手にしていれば、そうなるでしょうね」

 

「まるで私が彼をそうさせたと聞こえるが……?」

 

ジロリと秘書を見る男だが、秘書は笑顔を崩さない。彼が本気で怒っているわけではないと理解しているからだ。溜息を吐く男は、秘書の淹れたコーヒーを口にした。静夢が優勢のまま、変化のない試合に男も退屈を覚えた。

 

あっという間に試合が終わると、静夢がピットへと戻っていった。男は映像を切り、デスクの書類を手に取った。

 

「もうよろしいのですか?」

 

「構わんさ。まだ試合が続こうと、一夏くんが負けることはない。『ナナイ』、おかわりだ」

 

随分と評価するーーー秘書である「ナナイ・ミゲル」は、男から空になったカップを受け取りながら、心の中で呟いた。口にしてしまえば、同じように静夢を評価する自分でさえ、否定してしまうように思えたからだ。

 

ナナイの心の内を他所に、「シャア・アズナブル」は執務に集中するのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

累 静夢、ヴァルト・パークスーーー対戦相手として、初めて顔を合わせた二人の間に言葉はない。険悪というわけではない。ただ、目の前の相手に集中しているのだ。

 

互いに前回の相手のように、相手を軽んじるわけでもない。二人は先ほどの対戦よりも、相手を警戒していた。

 

やがて、試合開始のカウントが始まるーーー。

 

「全力で行くぜ……」

 

「うん、僕もそのつもりさ……」

 

試合が始まって最初の会話は、自身の決意だった。迫るカウントに合わせ、互いの拳に力が入る。

 

ブーーー!!

 

「「ッ!」」

 

試合開始のブザーと共に、両者は接近した。武装の相性を考えれば、静夢は突っ込むべきではない。

だが、セシリアから聞いたヴァルトのスタイルを聞いての行動だった。

 

遠距離の武装を持つユニコーンだが、それが織斑の時のように行くとは断定できない。砲撃を受けても向かってくるのなら、足を止めていてはただの的だ。

 

ヴァルトは自慢の右拳を掲げると、静夢は左手に近接武装である「アームド・アーマーVN」を展開した。

 

少し、また少しと、両者の距離は縮まっていくーーー。

 

「オラァァァ!!」

 

「ハァァァ!!」

 

やがて、ゼロ距離まで接近した両者の拳が、大きな音を上げてぶつかった。観客席の最前列にいた生徒たちは、その音に驚いて耳を塞いだ。

 

同時に上がる閃光と噴煙、晴れた場所には未だに拳を合わせる二人がいた。

 

「驚いた、俺の拳を受けても無傷とはな……」

 

「想像以上だな……思っていたよりも痛いや」

 

目立った傷のないユニコーンに、ヴァルトはニヤリとしながらヒヤリとした。セシリアのようにな実力を持った者であっても、この拳を受ければダメージが見てとれた。

しかし、目の前にいる累 静夢という男は至って平然としていた。それが何よりもヴァルトを驚かせたのだった。

 

対して、その拳を受けた静夢は苦笑いを浮かべた。左手に残る痛みと衝撃は、ヴァルトへの警戒をより強くする。

この拳は相手を選ばない。一筋縄では行かないであろう相手に、静夢は戦法が意味を成さないだろうと直感した。

 

「やるじゃねぇか!」

 

張り合いを感じたヴァルトの追撃が始まる、左拳がアッパーカットのように下から向かってくる。

 

「ッ!」

 

考えるよりも速く、静夢はその一撃に対処する。「脳内に響く鈴の音」が、静夢の感覚を鋭くさせるーーー。

 

向かってくるヴァルトの左拳を、右手で叩くようにして軌道を変える。空を切るヴァルトの拳。静夢はヴァルトの体に沿うように体を捻って、その勢いでアームド・アーマーを叩きつけた。

 

質量のあるアームド・アーマーVNの打撃を後頭部に受けたヴァルトは、後頭部に残る痛みを無視して体の向きを変える。

 

(見切られた……!?コイツ、本当に何者だよ……!)

 

自分の拳を見切る人間は数少ない。出会った頃から、ただの子供ではないと感じていたが、直に拳を合わせるとそれがよくわかった。

同時に自分が言った言葉が、現実味を帯びてくるーーー。

 

『おそらく、お前は俺と同じだーーー』

 

ようやく自分と同じ、もしくは自分以上に強い人間に巡り合えた。そう考えると、ヴァルトは嬉しくて仕方がなかった。

 

「その方が燃える……!!」

 

静夢の全力がどれほどのものか、ヴァルトはこの戦いをもっと楽しみたいと思った。再び接近すると、静夢はまたも相手の攻撃を待つ。

 

「オラ!オラ!」

 

「フッ!おっと!」

 

右、左と拳を振るうヴァルトだが、静夢は体を逸らして避ける。織斑の時とは違い、鋭い拳だった。しかし、回避から反撃に移る時間を静夢に与えまいと、腕の振りが大きくなっていった。

 

「ッ!」

 

静夢は横に振るう左腕を両手で防ぎ、右手を返して大きく腕を回した。そして、左手をヴァルトの左肩に置き、がら空きになった腹部へ左膝を打ち込む。

 

「オワッ…!?」

 

久しぶりに受けた腹への痛みに、ヴァルトは思わず腹を押さえる。

 

「お前、只者じゃないな……」

 

「伊達に修羅場をくぐって来たわけじゃない、まだまだ行くよ!」

 

今度は静夢が攻める。近づけまいと腕を振るヴァルトだが、静夢はそれを受け止めた。再び手を返して、エクスプロードの右腕を捻り上げる。

 

「ウグッ……!オラァァ!」

 

「フッ!ハッ!」

 

捻られた腕を解こうともがくヴァルト、痛みに耐えながらも左腕を振り下ろす。静夢は振り下ろされる左腕を払い、今度はヴァルトの脇腹に右肘を打ち込む。

 

(コイツ、マジかよ……)

 

ヴァルトの中で焦りと恐怖が混ざり合っていた。腕には自信がある。しかし、こんなにも攻撃を見切られ、いいようにやられるとは思っても見なかった。

 

「よし……」

 

「……」

 

目を閉じるヴァルトに、静夢は警戒を強めた。言葉の通りなら、何か仕掛けてくるかもしれない。静夢はチャンスと見て、右腕に遠距離武装である『アームド・アーマーBS』を展開した。

 

折り畳まれたバレルアーマーを展開し、湾曲するビームを放った。

 

一見、卑怯にも見える行動だが、これは戦いである。隙やチャンスを見逃さず、勝利に貪欲でなければならないのだ。その点では、静夢のこの一手は正しいと言えた。

 

ビームが歪な軌道で放たれる、瞬く間にヴァルトに迫った。

しかし、誰もが予想だにしない事態が発生するーーー。

 

「ッ!」

 

ーーーヴァルトはそのビームを躱した。

 

エクスプロードの警告よりも速く、微かに聞こえた「鈴の音」の余韻を耳に残しながらーーー。

 

紙のように体をフワリと捻り、ヴァルトは急加速で接近する。静夢は驚きながらも、バレルアーマーを収納して近接戦に備える。

展開したままのアームド・アーマーVNで、ヴァルトを迎え撃つ。やがて、両者は拳が当たる距離に踏み込む。

 

ヴァルトよりも先に、静夢はアームド・アーマーVNを振り下ろした。

 

 

しかし、その一撃は空振りしたーーー。

 

 

「なッ……!?」

 

「ッ!」

 

右に避けてアームド・アーマーを躱し、ヴァルトはやり返すように静夢の脇腹に拳を打ちこんだ。突如として静夢を襲う衝撃、追撃を止めようとアームド・アーマーを横薙ぎに振る。

 

「見切った!」

 

「うそ……!?」

 

更にそれを躱し、ヴァルトは逆の脇腹を殴りつける。連続の回避とダメージに、静夢は驚きを隠せなかった。

 

 

「ここだぁぁ!!」

 

「させない!!」

 

 

流れを掴むため、ヴァルトは右拳を振るう。今度こそ追撃を止めるため、静夢はアームド・アーマーを振るう。

 

ーーー互いの腕がクロスし、痛みを伴いながらも拳には手ごたえがあった。

 

クロスカウンターによる痛み分けだ。まだ顔に残る痛みと拳の手ごたえを感じながら、両者は距離を置く。

静夢は予想以上のヴァルトの強さに感心し、ヴァルトは微かな勝機を見出しつつあった。

 

(さっきまでと動きが違う、まるで本能に従うような……)

 

(ようやく互角か……)

 

静夢は冷静にヴァルトの様子を観察すると、ヴァルトは静夢との差を感じながらエクスプロードの状態を確認する。

 

ディスプレイの一角が点滅していた。静夢を一瞥し、その画面を押した。

 

「何だ……?」

 

「俺が前に言ったこと、覚えているか?」

 

エクスプロードから赤い光が漏れ始めると、ヴァルトは静夢に語り掛けた。自己紹介と少しの会話だけで、互いに何かを感じていた。

敵意ともまた違う、言葉では言い表すことのできない感情だった。静夢は半信半疑、ヴァルトにとっては初めての経験だった。

 

「認めるぜ、お前は本気を出してもいいと思える強敵だ!」

 

「………!」

 

エクスプロードの光が、赤から青に変化した。それはまるで、温度を上げる炎そのものだった。

 

 

 

 

 

「自身のエネルギーが半分を下回った時、エクスプロードーーー『転醒』だぁぁ!!」

 

 

 

 

 

その瞬間、赤と青の光が混ざって弾けたのだったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い場所で、一人の老人がベッドに寝ていた。目を開くと、部屋全体に映る映像をジッと見る。

 

「どうされました?」

 

その老人に、とある男性が声をかけた。年を取りつつ、威厳と落ち着きのある風格だった。側には秘書と思われる男がいる。禿げ上がった頭に顎髭を生やした姿は、見た者を慄かせるものがあった。

 

「なに、気になってな……」

 

「……心配はありません」

 

老人の言葉に、男は間を置いて返事をした。映像に目を向け、ユニコーンを駆る静夢を捉える。

 

「貴方と私が信じた子です、『あいつ』のように……」

 

男性の言葉は少し震えていた、男性もまた老人と同じ気持ちなのだ。それをわかっていた秘書の男は、何も言わずに映像を見た。

 

「そうだな……『カーディアス』」

 

老人の言葉に、「カーディアス・ビスト」は力強く頷いた。そして、部屋の装飾となった石碑に歩み寄る。

今となっては意味のないものだが、老人にとっては人生を共にしたものでもある。

 

石碑に手を触れたカーディアスは顔を上げると、部屋全体に映し出される静夢の試合を見つめた。

 

「……ご当主」

 

「ああ……」

 

秘書の男に声をかけられ、カーディアスは石碑から離れた。静夢を思い、時間を割いてここに来ていたのだ。時間が迫ると、悔しそうな顔をして部屋を後にした。

一企業のトップにあるため、軽率な行動ができないという事も事実だ。自分に付き従う者たちに迷惑はかけられないのだ。

 

「『ガエル』、動向は?」

 

「はい、まだ一夏様のことは知られていません。バニラの少年も同様に……。束様が情報操作をしているとはいえ、『女性権利団体』は仕掛けてくるかもしれません」

 

秘書の「ガエル・チャン」は、カーディアスに事細かに報告した。束のおかげもあり、静夢とヴァルトのことは世間には知られていない。

しかし、二人は良くも悪くも有名人だ。静夢に関しては、植物監察官として顔が割れている。素顔を隠しているとはいえ、勘ぐる輩が出てくるだろう。それに関しては、静夢の口のうまさを信じるしかない。

 

未だに浮かない表情のまま、カーディアスはガエルと共に歩き続けたーーーーー。

 

カーディアスとガエルが去り、部屋に一人になった老人は映像を見続ける。青い光を放ち、姿を変えたヴァルトを前にしている静夢が映る。

 

「お前の、可能性を信じろ……一夏」

 

ベッドに横たわったまま、「サイアム・ビスト」は呟いたーーーーー。

 

 

 




二次創作を書く時、原作にどうやって落とし込むか……とても悩んでいます。

色々な作品を見て、様々なアイデアを目にして感心しています。

バックパック、核融合炉、メガ粒子砲など、そのまま使うのは技術的に無理では?とかすごい考えます。



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第8話

静夢VSヴァルト、中編です

次回こそは決着させますので、もうしばらくお待ちください。


赤い光が青に変わり、エクスプロードの出力はまだ上がっていく。

 

「転醒……?」

 

初めて聞く言葉に静夢は警戒するが、何が来るかも予想ができない。暴走している様子もなく、エクスプロードはヴァルトがしっかりと手綱を握っているようだ。

 

「赤き龍の雄たけびよ、革命の青き号砲を打ち鳴らせ!」

 

エクスプロードの赤い装甲が量子となり、青い装甲が新たに展開されてヴァルトを包んでいく。

特徴的である腕部は掌が天球のようになっており、翼に似たアンロックユニットは巨大な腕へと変貌する。エクスプロードに比べ、とげとげしい姿となった青き魔神は静夢を前に産声を上げる。

 

 

 

 

 

「転醒ーーー『ビッグバン』!!」

 

 

 

 

 

ヴァルトの雄たけびに呼応するかのように、大気が震えた。様変わりしたヴァルトのISに誰もが息をのんだ。

 

「これがヴァルト君の……」

 

「これで終わったと思ってないよな?」

 

「ッ!?」

 

静夢の体に激痛が走った。いきなり縛り上げられたかのような、強い痛みだった。

 

「一体、なにが……!」

 

「自分の機体をよぉく見てみろ」

 

「エネルギーが、減っている……!?」

 

ヴァルトの言葉と同時に、ユニコーンから警報が鳴る。システムを調べると、ユニコーンのシールドエネルギーが少しずつだが減少している。

 

「どうして……いや、まさか……!」

 

頭をよぎる推測に、静夢はヴァルトを睨み付ける。睨まれても平然としていたヴァルトだが、余裕が出てきたのかニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あの弾丸に、細工がされていたのか……?」

 

「お前は本当にすごいな……そうだ、あの弾丸には仕掛けがある」

 

ことごとく自分を飽きさせない、そんな静夢にヴァルトはクスクスと笑っていた。

 

「エクスプロードの弾丸には、あるウイルスが仕込まれている。打ち込まれた弾丸、弾痕から機体の内側に入り込んで機体を蝕んでいく。このビッグバンは、そのウイルスを発動させる機能もある」

 

ビッグバンはあくまでウイルスのトリガーだ、普通の相手ならエクスプロードで勝つことができるのだ。奥の手であるビッグバンを出すのは、静夢がそれだけの相手だからなのである。

そういうことか、ヴァルトの説明で冷静になった静夢はヴァルトから受けた傷を見る。

弾丸が撃ち込まれた痕があり、青い光が不気味に、明滅している。

 

「ここから勝つには、エネルギーが尽きる前に君を倒すしかないのか……」

 

静夢がボソリと呟いくと、ヴァルトが眉をしかめた。ここから静夢が逆転するには、その通りだった。しかし、こうして話している間にもユニコーンのエネルギーは刻一刻とゼロに迫っていく。

 

「やけに余裕じゃないか?」

 

「そんな事はないさ、とても焦っているよ」

 

静夢の返答にヴァルトは苛立ちを感じた。自分は切り札を出したにも関わらず、静夢の冷静な様子が気に入らなかった。

 

「言ったよな?お前は俺と同じだと」

 

「うん、覚えているよ」

 

「だったら何でそんなにヘラヘラしていやがる!俺は全力を出した、そうでなければお前を倒せないと感じたからだ!」

 

静夢の様子に、ヴァルトの怒りが爆発した。こうでも言わなければ、自分の気が済まないのだ。静夢を認めた自分が、情けなく思えてしまった。

 

「俺とお前は同じだ!弱い奴らに飽きて、自分を満たす相手を探している!!」

 

感情が爆発したヴァルトが仕掛けた。天球のような掌を握りしめ、思い切りユニコーンを殴りつけた。アンロックユニットとして浮遊しているサブアームでも殴りつけた。エクスプロードのような一撃の威力はないが、単純に増えた腕の質量でのゴリ押しだった。

 

二倍となった拳の質量に押され、ユニコーンは地面に向かっていった。

 

「クッ……!」

 

静夢は姿勢制御で体勢を整え、地面との激突を回避する。土煙を上げながら、壁際で止まった。大きく息を吐き、ゆっくり立ち上がると、上空に浮かぶビッグバンを見つめる。

 

「本気を出せよ!そして、本気のお前を倒した時……俺は真の勝利を手に入れる!」

 

静夢は思ったーーーいつから自分を押さえつけてきたのだろうかと。

 

生きていく上で、自分に仮面を着ける必要があった。そうでもしなければ、生きていくことが出来なかったのだ。結果として、それは今の自分を構成する礎となった。さらに言えば、仕事で大いに役に立ったのだ。

 

このユニコーンを授かり、この機体に込められた願いを知った。ーーー同時に、この機体が持つ大きな力を恐れた。

その片鱗に触れた際、静夢の中に流れ込んだ感情の濁流にのみ込まれたこともあった。自分が初めて過ちを犯したときと同じく、長く葛藤をした。

それ以来、ユニコーンの力をセーブして来た。自身や仲間たちが命の危機に瀕した時にだけ、ユニコーンの力を使おうと心に決めて来たのだ。

 

しかし、目の前にユニコーンの全力を望むヴァルトがいる。そして、微かな可能性を感じてもいるーーー。

 

「苛立たせる……ああ、イラつくぜ!こんな奴を見込んだ俺が馬鹿だった!」

 

もはや、問答は無意味だと思った。ほんの少しだが、期待していた自分が恥ずかしくなった。

 

「これで沈め……!」

 

再び加速し、ヴァルトは静夢に肉薄する。ウイルスのおかげで、ユニコーンはもうすぐ力尽きる。この試合の意味はもうない、また退屈な日々に戻るだけーーーそう思っていた。

 

ーーー渾身の力で振るったビッグバンの二つの拳は、ユニコーンの腕によって止められた。

 

「ッ!?」

 

「すまない、君を侮っていたわけじゃないんだ……ただ、この強すぎる力が怖かったんだよ。もし、使い方を誤ってしまえば……これはただの殺人兵器になる」

 

倍となったビッグバンの拳を、たった一本の腕で止めた静夢の独白ーーーヴァルトは体全体に雷が走るような感覚を覚えた。

アームド・アーマーの砲撃を躱した時の比ではない。それ以上の何かを、今の静夢から感じたのだ。

 

「そうさせないために、僕がしっかりしないといけない。けど、今はこの鎖を解放する……」

 

静夢の決意ーーーそれに呼応するかのように、ユニコーンから赤い光がこぼれ始める。

 

「全力でキミに勝つ……もし暴走しちゃったら、躊躇わないでね?」

 

急いでユニコーンから離れたヴァルトは、両腕とサブアームの天球を体の前で合体させた。エネルギーを収束させ、やがて荷電粒子砲として撃ち放つ。

光の渦となったそれは、ユニコーンに向かっていく。しかし、静夢は動く素振りを見せなかった。

 

誰もがヴァルトの勝利を予感した。しかし、轟音と共に上がる土煙が晴れると、そこには悠然と立つユニコーンがいた。

観客席のざわめきが耳に入るが、ヴァルトにとってはどうでも良かった。

 

「前言撤回だ……やっぱり、お前は強い。さぁ、来いよ!楽しもうぜ!」

 

やはり、自分の目に狂いはなかった。モチベーションは一気に頂点まで登り、ヴァルトは静夢に拳を向けた。

 

「『父さん』……行くよ」

 

この力を託してくれた人に誓い、静夢はユニコーンの真の力を解き放つ。白い装甲が展開し、赤い光は段々と強くなっていく。

脚部から展開した装甲は、やがて頭部にまで及ぶ。特徴的な一角のインターフェースが割れ、ユニコーンは真の姿を現した。

 

 

 

『NT-D』ーーー「ニュータイプ・デストロイヤー」と呼ばれるそれは、赤い光を煌々と放ち始めたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

はるか遠くの海洋上、『金の不死鳥』が飛んでいたーーー。

 

特に目的は無く、己が望むままに翼をはためかせる。そのスピードは従来のISの比ではなく、レーダーで捉えることができても追いつくことは不可能だった。

 

「……?」

 

今日も気ままに飛んでいると、何かを感じてスピードを落とした。やがて、「彼女」は完全に停止する。

その何かのある方向へ振り返るが、何を言うでもなくただジッと見つめていた。

 

「………」

 

そして、腑に落ちたのか彼女は再び飛翔した。過去に問答をした少年を思い浮かべ、彼女は加速を止めなかった。かの少年なら、この世界に変革をもたらす存在となるかもしれない。

今の彼なら心配はないだろうという、信頼の証でもあった。

 

その後、青い光を纏う彼女を見た者たちは、流星を見たと噂するのであったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

変貌を遂げた二機のISに、アリーナの観客席は沸いた。二人の少年による激闘は、学年を問わず目を惹いた。

 

「ねぇ、すごいよ!」

 

「姿が変わった!」

 

語彙力の低下を感じながら、観客席の少女たちは盛り上がりを見せる。姿を変えた赤と青の光が交差し、戦いは更に激しさを増す。

二人の少年は、どこか楽しそうに笑みを浮かべている。

 

「…………」

 

過去に出会った少年を思い浮かべながら、『篠ノ之 箒』は目の前の戦いを目に焼き付けた。累 静夢という少年をこの学園で見かけた時、彼女は言葉を失った。

彼が過去に別れた幼馴染の少年とそっくりだったからだ、それは織斑 千冬も同じだ。

 

しかし、彼女は静夢に何も聞かなかった。いや、聞くことが出来なかったのだ。彼の持つ雰囲気や表情が、過去のものと異なっていたからだ。口元を隠しており、真意を図れないということも事実だ。

だが、自分の知っている織斑 一夏とは思えなかったのだ。優しい表情は同じように見えるが、その隠された口元や意図は暗い何かを感じた。

 

そんな彼の過去に、踏み込んで良いものか否かーーー今の彼女に、明確な答えは無かった。

 

「…………」

 

「かんちゃん、ライオンみたいな目になってる♪」

 

「え?あぁ、ごめん……」

 

そんな箒とは離れた場所で、更識 簪は食い入るように試合を見ていた。幼馴染である『布仏 本音』が隣に座り、稀に見る簪の目つきにケラケラと笑った。ヴァルトと同室である簪は、意外にもヴァルトと馬が合った。

 

日本の代表候補である簪だが、自身の専用機を持っていない。正確には開発中なのだが、彼女は四苦八苦しながら完成を目指している。一企業の代表として専用機を持つヴァルトは、そんな彼女に手を貸した。

自身で作り上げるという信念を持つ簪は、ヴァルトの助力を断った。しかし、自分の力には限界を感じていた。結果として、折れた簪がヴァルトの力を借りることとなったのだ。

 

隣に座る本音や、メカニックの卵である先輩たちの力を借りて、専用機である『打鉄弐式』は完成に大きく近づいたのだった。

ヴァルトからエクスプロードのデータをもらっており、同時にビッグバンの詳細も知らされていた。そこから荷電粒子砲のデータを研究し、武装面の大幅な強化も施されていた。

 

「『パーくん』にぞっこんだもんね、そりゃ応援するよね」

 

「ち、違うよ!彼はそういうのじゃ……」

 

最初はヴァルトを警戒していた簪だったが、打鉄弐式の開発に関わるうちに、二人の関係は深まっていた。そこには、友と言える感情があった。

ヴァルトに関しては不明だが、簪は自分が彼に対して持つ感情を自覚しつつある。

 

「大丈夫だよ。『しずむん』も強いけど、パーくんを信じよ?」

 

「……うん、そうだね」

 

ヴァルトに信頼を置く本音に頬を膨らませ、簪は自身の勉強も兼ねてヴァルトを応援するのだったーーーーー。

 

 

 



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第9話

お久しぶりです。

ようやく投稿ができました。
静夢VSヴァルト、決着です。


「ようやくその気になったか!待ちくたびれたぜ!」

 

NT-Dーーーニュータイプ・デストロイヤーという真の姿を現したユニコーンを前に、ヴァルトは狂乱したかのように雄たけびを上げた。自身が望んだ静夢との本気の戦いに、人生で最も高揚しているといってもよい。

 

「……」

 

対して、ユニコーンを操る静夢はディスプレイからの情報に目もくれず、ビッグバンを観察している。

 

(スピードは変わらず、近接よりも遠距離が得意なのか……?)

 

ビッグバンに変わってからの行動を思い起こし、分析を重ねて対策を練る。冷静かつ迅速に、軍人のような人間たちと関わってから、静夢にはやはり大人の一面が芽生えていた。

 

(しかし、僕にデストロイモードを操れるだろうか……)

 

静夢には不安の種が存在した。過去の記憶が甦り、モヤモヤとした感情や思考が生まれる。ユニコーンの性能を何度か解放した時、静夢はユニコーンが自分の手から離れる感覚を覚えたのだ。

意識がはっきりとあり、視覚や聴覚も正常だった。

 

ーーーにも関わらず、自分が操作するよりも速く、ユニコーンが動いていたのだ。

 

まるでこの機体に意思があるかのようで、その時の無駄の無い動きは今でも脳裏に焼き付いている。恐怖を覚え、静夢は自分からデストロイモードを封印したのだ。

 

自分の手から離れ、他者を傷つける前に手を打つしかなかったーーー。

 

(啖呵を切ってこのザマ、ヴァルト君はがっかりするだろうな……けど)

 

しかし、今となっては引くに引けない。静夢は決意し、ビッグバンをその目に捉えた。

ディスプレイを見て、エネルギー残量を確認する。ビッグバンのウイルスによって、少しずつ蝕まれるエネルギーは三十パーセントを切ろうとしている。

 

「何もしないわけにはいかない……!」

 

一息に飛び出し、ユニコーンはビッグバンに迫る。大した策は浮かばなかったが、静夢は夢中で飛び出したのだ。

本気を望むヴァルトに答えるため、自身の中にある推測を確信に変えるためにーーー。

 

「ここで落とす!」

 

接近するユニコーンへ目掛けて、ヴァルトは荷電粒子砲を使う。エクスプロードに比べ、ビッグバンは近接戦闘を得意としない。代わりに遠距離を得意とし、転醒の二面性を体現していた。

 

「威力もある、食らったら大変だ……!」

 

体を捻って、その砲撃を回避する静夢。その姿はさながら曲芸で、観客席からは歓声が上がる。

 

「チッ……!」

 

砲撃を回避され、さらに接近する静夢に舌打ちするヴァルト。前で構えていた四本の腕を解除し、接近戦に備える。

 

「撃って来ない……連射はできないと見た!」

 

射撃の構えを解いたヴァルトを見て、静夢は一筋の光を見た。デストロイモードによって、背部に展開されたグリップを掴んだ。

 

「ッ!?」

 

「ハァァ!!」

 

間合いに入ると、勢いよくグリップを引き抜いた。グリップからビームサーベルが展開され、ビッグバンに向けて振り下ろす。

 

「させるかよ!」

 

ユニコーンの右腕を受け止めたビッグバンは、ビームサーベルの一撃を回避する。

 

「オォォォ!!」

 

「なにッ!?」

 

鍔競り合いの中、ユニコーンのパワーが勝った。徐々に押され始めると、ヴァルトはより濃厚となる敗北にゾッとする。

 

「舐めるなぁぁぁ!!」

 

負けじとヴァルトは右腕を振り上げる。このままユニコーンを遠ざければ、チャージした荷電粒子砲をぶつけることができる。

 

しかし、静夢の行動はヴァルトの予想を大きく上回るものだったーーー。

 

「フッ!」

 

「なッ、足場にして……!」

 

ヴァルトの振り上げた右腕を、静夢は足場にして宙返りを決める。体勢を直し、啞然とするヴァルトの隙を突いてビームサーベルを横に振る。

 

バシィィィィ!!

 

ーーー激しい火花を上げ、ビッグバンのサブアームに横一文字の傷がついた。

 

「なんて動きだよ……信じられねぇ!」

 

「一気に押し込む……!」

 

静夢は追撃に出た。お互いにエネルギーは残り僅か、どれだけ我慢が出来るかの勝負となる。

 

「ハァァ!」

 

大きく振りかぶり、静夢はビームサーベルを振り下ろした。しかし、ヴァルトは直感的にそれを予測した。

 

「何でか知らないが……読めたぜ、その動きが!」

 

ビッグバンの左手を開き、今度はユニコーンの右腕を掴んだ。動きの止まったユニコーンに対し、右の拳をぶつけた。

 

「グゥゥ!?」

 

咄嗟に左手を挙げ、直撃を免れた。しかし、衝撃を打ち消すまでには至らなかった。

左手から体にかけて衝撃が走る。だが、静夢は勝負を諦めることはしない。

 

「ッ!」

 

バババババ!!

 

側頭部に設置されている小径のバルカンを連射する。本来は飛来するミサイルを撃ち落とすための弾幕だが、ここで静夢が使ったのは策があったからだ。

 

「どこに向けて……ハッ!?」

 

それを静夢の悪あがきと思ったヴァルトだったが、突如として起こる衝撃に驚く。思わずユニコーンの手を離し、静夢はその間に脱出する。

 

中距離の間合いを取り、自分と相手の状況を分析する。

 

「チッ!やられた……」

 

ヴァルトはビッグバンの状況に舌打ちをした。先ほどの爆発で、サブアームの一つは使い物にならない。静夢のバルカンが、サブアームの傷に直撃して誘爆したのだ。

 

油断によって招いた現状に、自分の弱さを実感する。同時に静夢への敬意と畏怖を感じた。

 

「その状態では、もう砲撃は使えないね?」

 

「本当にそう思ってるのか?高を括ると痛い目を見るぜ?」

 

静夢の推測は当たっている。四本の腕の天球を合わせることで荷電粒子砲を使えるのだが、その一つでも封じられればもう使用はできない。

ブラフと悟られないように、ヴァルトは平静を保った。

 

しかし、どちらも窮地にいるのは事実だーーー。

 

お互いのシールドエネルギーは残り僅かーーー決着はすぐそこまで近付いている。

 

「さぁ、行くよ!」

 

再び仕掛けたのは静夢だった。ビームサーベルを構え、加速してビッグバンへ接近する。ヴァルトの言葉が本当なら、再び荷電粒子砲を撃ってくると踏んでの行動だ。

 

(どこまでも狡猾でまっすぐなやつ……)

 

静夢の接近に、ヴァルトは溜息を吐きたくなった。苛立ちも落胆も今はない、純粋に静夢との決着を望む自分がいた。

 

 

ビームサーベルに対して、防御の構えを取るヴァルト。どっしりと構え、振り下ろされるビームサーベルに備える。

ヴァルトの予想通り、静夢は正面から接近した。間合いに入り、ビームサーベルを振り下ろす。

 

左手を挙げ、ヴァルトは静夢の一撃を防ぐ。ここまでは、お互いに予想していた展開だ。勝負はここからだーーー。

 

「フン!」

 

「ウワッ!?」

 

防いだ左手を大きく振り、静夢の体勢を崩した。

決めるならここしかない、ヴァルトは勝負に出るしかなかった。

 

右手に力を込め、全力で振り上げる。この一撃が当たれば、ユニコーンのエネルギーは文字通り尽きるのだ。

 

「勝った……!」

 

ヴァルトは思わず声に出していた。押し殺していた欲が顔を出し、確信と共にあふれ出していた。

 

しかし、決着の瞬間というものは、最後まで何が起こるか分からない。それが勝負の醍醐味、面白味というものだろう。

 

ーーー静夢も笑っていたのだ。

 

「じゃんけんは、グーよりパーの方が強いって知ってる?」

 

不敵な笑みだった。その瞬間、ヴァルトの頭に音が響いた。静夢の攻撃はまだ終わりではなかったのだ。

 

刹那、左手のアームド・アーマーが大きく展開した。

四方向に展開されたアームド・アーマーは、甲高い音を立てて振動していた。

 

「なんてものを使いやがる……!」

 

ナイフや銃などの凶器の比ではない、そう感じさせるほどのプレッシャーがあった。ヴァルトが突き出した右手は、もう止められない。合わせるかのように静夢は左手のアームド・アーマーVNを振るった。

 

ガシャァァァァ!!

 

アームド・アーマーVNの四本の爪が、ビッグバンの右腕を粉砕した。破片が飛び散り、ヴァルトの右腕が露わになっていた。

ーーー試合終了を告げるブザーが響いた。

 

『勝者、累 静夢』

 

アナウンスに続いて、歓声と拍手が鳴り響く。全力を出し切った二人は、息を切らして天を仰いだ。

 

「負けたぜ、こんなに強い奴がいたとはな……親父に感謝しないといけなくなった」

 

「偶然かもね、君の云う本当の勝利には程遠いんではないかな?」

 

「そこは「ありがとう」や「お前も強かった」と言うところだよ……」

 

静夢の言葉が嫌味に聞こえて、そんなことを口にするヴァルトは笑っていた。初戦の時とも違う、憑き物が落ちたような顔だった。

 

「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど……」

 

「なんだ?」

 

「どうして、あのビームを避けられたんだい?その後の接近も、動きが違っていた」

 

静夢が気になっていた、ヴァルトの動きーーーかつて戦った、アムロ・レイやシャア・アズナブルに似たものを感じ取っていた。

 

「ああ、あれな……」

 

どこか歯切れの悪い口調で、ヴァルトは露わになった右手で頭を掻く。

 

「俺にもよくわからないんだが……偶にあるんだよ。こう、直感的に何か来るって……あ、でも、そうなったのは最近だぞ?」

 

「……そうか」

 

自分にもよくわからないが、自分なりに何かを伝えようとヴァルトの手振りは大きくなっていった。

静夢は腑に落ちたのか、それ以上は追及しなかった。

 

アームド・アーマーを収納し、静夢は左手を掲げた。

 

「ありがとう、楽しかったよ」

 

「…次は負けねぇ」

 

ヴァルトも左手を掲げ、互いの腕をぶつけ合う。互いへのリスペクトに、再び拍手が起こる。

こうして、クラス代表決定戦の幕は下りたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑 春十をクラス代表とすることで折り合いがついた談論は、累 静夢とヴァルト・パークスのエキシビションマッチを持って幕を閉じた。

激戦の後となると、余計なことに頭を使う余裕はなかった。静夢もヴァルトも、思いのほか疲弊していた。

千冬やケネスの話は聞き流し、汗の始末をして普段着になったことで、ようやく安寧を享受するに至る。

 

ロンド・ベルの人間としてIS学園にいる静夢は、今日の戦闘をレポートとして提出しなければならない。自室のベッドに身を沈めてから、それを思い出して体を起こしたのだった。

 

ユニコーンが集めた戦闘データをもとにレポートを作成、デストロイモードになってからの機体性能の比較をグラフなどで簡潔に表現する。一か所に留まることで、植物監察官の仕事から離れてはいるものの、学園周囲の植物についてのレポートも課題として受け取っている。

 

「はぁ、目が疲れるな……」

 

かけていた眼鏡を外し、累 静夢は大きく息を吐いた。椅子にもたれて、目を閉じた。

 

暗闇となった視界で思い浮かべるのは、今日の戦いだったーーー。

 

 

 

ヴァルトとの闘いに、静夢はアムロやシャアを始めた強者の雰囲気を感じ取った。そして、ヴァルトの語る直感はおそらく自分の想像通りだろう。

同時に見たビジョンーーーヴァルトの過去を……。

 

父の影に身を落としながら、ヴァルトは自分の居場所を探していたのだろうか……。

 

暴力でしか自分を表現できないヴァルトが出会った友、その出会いはヴァルトを少しずつ変化していった。ヴァルトから聞いた通りのことを自分の視点で見た静夢は、そこに怒りや悲しみといった感情を覚えた。

 

過去にも経験した、他者の記憶を垣間見る感覚。ヴァルトはこれを予見して、同類と言ったのかーーー彼の口ぶりからすれば、それはNOだ。

感覚的に自分と似た何かを感じての言葉か、静夢は思考の海に身を落としていったーーーーー。

 

 

 

「ニュータイプーーーわかり合う、心か……」

 

 

 

一人しかいない部屋で呟いた静夢の言葉は、誰にも知られず虚空に消えていく。目を開き、静夢は疲れた体を起こした。

そして、途中のレポートに向かって手を伸ばしたのだったーーーーー。

 

 




キリになったので、次はキャラ設定や紹介にしようかと思います。

描写のない設定もあるので、そのあたりも詳しくやって行ければと思っています。


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登場人物 その1

今回はキャラ紹介です。

一度に全員は大変なので、数回に分ける予定です。



 

累 静夢(かさね しずむ)

 

若くして、植物監察官の訓練生として活動する少年。その正体は、織斑 千冬の実弟である織斑 一夏その人である。

兄でもある織斑 春十のこともあり、世間からはその比較対象とされていた。

 

世間の目に嫌気がさし、夜の街でその体を使って金銭を稼いでいた。

第二回のモンド・グロッソでは、千冬の棄権を要求するために誘拐されるが、束に依頼された反政府勢力運動「マフティー」に救助される。

 

それ以来、マフティーの一員として活動を始める。

現実や戦場を目の当たりにし、苦悩しながらも前に進むことを決意する。

 

マフティーのリーダーである「ハサウェイ・ノア」と共に、彼の父である「ブライト・ノア」と出会う。同時に、盟友の「アムロ・レイ」や宿敵の「シャア・アズナブル」とも邂逅する。

 

ブライトが率いる企業「ロンド・ベル」のISに誤って触れ、奇しくもISを起動させてしまう。それを機に、テストパイロットとしてロンド・ベルに所属することとなる。

 

隠れ蓑として、ハサウェイの紹介で植物監察官の訓練生として世界を回った。

 

マフティー、ロンド・ベル、植物監察官という三足のわらじを履いてIS学園に入学する。相手を立てつつ、自分の意思を表現する態度は相手の心を掴んでいく。

 

ブライトを通し、ロンド・ベルの支援者でもある「ビスト財団」の当主、「カーディアス・ビスト」と出会う。カーディアスとは親と子の関係で、真実を知ることとなる。財団によって調整がされていた最新鋭機「ユニコーン」を譲渡され、内側に眠る可能性を信じることを強く願う。

 

名前のモデルは声優の内山昂輝さんが演じたキャラ。

鬼滅の刃より「累」、SSSS.DYNAZENONより「シズム」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルト・パークス

 

静夢と同じくISを起動させた少年。英国貴族の嫡男であったが、ISの登場によってその立場を追われる。父や僅かな人間たちと共に、たどり着いた発展途上国の「バニラ」に流れ着く。

 

立場を失いながらも、他者からの信頼の厚い「ルシアン・パークス」を父に持ち、バニラのインフラ整備が徹底され、一躍時の人となる。その裏で、父の影に埋もれていた。

 

七光りというレッテルを嫌い、噂する人間たちをその拳で黙らせてきた。荒れたバニラでも、その拳で強さを表していた。

 

バニラで友と巡り合い、変化を見せる。しかし、その友がヴァルトの前から姿を消したことをきっかけに、喧嘩に明け暮れる日々を送る。

その友の行方を追っているが、未だに真相を掴めずにいる。

 

とあるきっかけでISを動かし、コアネットワークによって情報を察知した篠ノ之 束と出会う。

束との邂逅を経て、のちの愛機である「エクスプロード」を受領する。

 

父や束の勧めと、友の手がかりを追ってIS学園に入学。怨敵とも言える「セシリア・オルコット」と再会し、クラス代表決定戦では、その憎悪をむき出しにする。

 

累 静夢との出会いは、今までにないものを感じたり、シンパシーを感じている。

戦闘では、直感的な動きが見られ、対戦した静夢を驚かせる。

 

モデルのキャラはバトルスピリッツ赫盟のガレットより「ヴァルト・パークス」

冷静沈着な性格に対し、今作ではバーサーカーのような荒々しい性格となっている。

自分と同等または自分以上の相手を求めている。

 

同室の更識 簪の専用機である「打鉄弐式」の製造を手助けしたこともあり、意外と面倒見が良い一面もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケネス・スレッグ

 

IS学園で教師を務める男。一年三組の担任でもあり、担当は機械工学。

普段は調子の良い一面がある優男のようだが、時には容赦のない冷徹な部分も存在している。

 

静夢とは日本に来る前の「とある事件」で出会う事となる。それ以来、静夢のことを一目置いている。

 

マフティーのやり方には賛同できないが、一定の理解を示してもいる。

マフティーという名を聞くたびに胸が苦しくなるが、それが何故かはまだ気づけていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑 千冬(おりむら ちふゆ)

 

二度に渡って世界を制覇した人物で、「ブリュンヒルデ」の二つ名を持つ。

 

弟との溝を感じながらも、解決できずに苦悩する日々を送る。実弟の織斑 一夏の誘拐を後に聞かされ現場に向かうが、一夏の発見には至らなかった。

 

協力を申し出たドイツ軍に、数年の指導を行った。

 

静夢を顔を見て一夏を重ねるが、静夢はそれを否定する。

一年一組の担任でもあり、厳しくも正しい姿勢は生徒と教師問わずに信頼を寄せられている。

 

 




今回は主要な人物の紹介でした。

次は組織に属する人たちにしようかと思っています。

機体の紹介も後々に……。


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登場人物 その2

キャラ紹介の第2回です。

今回はマフティーの面々についてです。


 

ハサウェイ・ノア

 

反政府勢力運動「マフティー」を率いる人物、その正体は別世界からの漂流者である。

ISのある世界からは想像できないような、高度な発展を遂げた宇宙世紀の人間であり、その世界でもマフティーとして行動していた。

 

しかし、敵の罠によって拘束。その後、処刑の身となる。

 

だが、その魂は別の世界に流れ着いていたのだった。ボロボロの姿で篠ノ之 束に救助され、世界の現状を知る。そこでもまた、マフティーのような存在が必要だと感じ、着々と準備を開始する。

 

束と共に行動し、その途中で過去の仲間たちと再会する。束の力を存分に借り、再びマフティーを組織していった。

 

普段は植物監察官として行動しており、その地位を利用して情報を集めている。

 

束から一夏の救出を依頼され、恩返しの意も込めてそれを実行する。

 

初めての邂逅で、一夏に正体を知られると、自分たちのことを包み隠さずに話した。一夏の思いを酌み、マフティーの一員として迎え入れる。

 

情報を集めていくうちに、この世界に実の父であるブライト・ノアがいることを知る。過去のことも含めて、植物監察官としてブライトのところへと赴く。しかし、父よりも先に英雄視するアムロ・レイと再会する。幸か不幸か、同時にシャア・アズナブルとも再会した。

 

自身の意思をブライトに示し、技術と物資の提供を依頼した。

 

一夏のことを弟のように思っているが、純粋でありながら一貫した意思を持つところを羨ましくも思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガウマン・ノビル

 

マフティーの一員であり、戦闘員として活動している。過去にもマフティーの一員として戦場を経験した。

 

顔に傷があり、大柄な体格から勘違いされやすいが、面倒見の良い一面がある。レーンと同じく一夏の戦闘訓練に付き合ったこともある。

 

かつて人質としてキルケー部隊に捕らえられ、レーンと面識がある。目の前で戦闘技術を目の当たりにし、自身が死なないためにレーンへ指示したことがある。

 

マフティーのMSである「メッサー」を乗りこなし、かつてはペーネロペーを苦戦させるほどの腕前を持つ。その力量は今でも健在であり、ISとして再現されたメッサーを軽々と乗りこなす。

 

 

 

 

 

 

 

 

エメラルダ・ズービン

 

マフティーの戦闘員である女性、かつてもマフティーの一員としてMSのパイロットを務めていた。

しかし、心の弱さからレギュラーパイロットから外された経験がある。

 

実際の戦場を経験し、心の弱さを克服した。

宇宙世紀ではレーンのペーネロペーによって撃墜された。

 

男勝りな一面もあり、仲間たちに喝を入れることもある。だが、心配症でもあり、ハサウェイと一夏がブライトの元へ訪れた時は気が気ではなかった。

 

宇宙世紀と同じく指揮官機のメッサーに乗っている。一夏の救出作戦では、索敵を担当していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

レイモンド・ケイン

 

マフティーに所属する戦闘員。ISには乗らないものの、白兵戦を担当する。

 

一夏が実戦の参加を申し出た時に、同じチームとして参加。チームでの動きを一夏に伝授した。ガウマンと同じく、一夏の戦闘訓練に付き合った。

 

エメラルダとは宇宙世紀からの恋人同士で、撃墜された彼女との再会には運命を感じた。

 

船舶やヘリコプターの操縦を担当することもあり、実戦ではハサウェイに部隊長を任せられるほどの信頼を得る。

 

 

 

 

 

 

 

 

シベット・アンハーン

 

レイモンドと同じく、白兵戦で部隊長を担当するメンバーの一人。

 

首に大きなタトゥーが入っており、鋭い目つきが特徴的。冷静な態度で物事に対応し、部隊を指揮する。

 

ISの適応はないが、戦場ではその冷静さを武器にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

フェンサー・メイン

 

マフティーの戦闘員で、一夏に次いで若いメンバー。

 

筋トレが趣味であり、一夏のトレーニングを指導している。一夏と年が近いため、兄弟のように接している。

 

宇宙世紀ではパイロットとして、メッサーを操っていたがレーンによって撃墜される。

 

ISとなったメッサーを、変わらぬテクニックで操っている。一夏の救出作戦では、ルート検索と索敵を担当していた。

 

 

 

 




次回はロンド・ベルやジオンのメンバーの紹介を考えています。

現時点での紹介なので、キャラが出る度に追加していくつもりです。

本編はもう少しだけお待ちください。


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登場人物 その3

キャラ紹介、今回はロンド・ベルの面々です。

次回はジオンと財団の紹介になります。


 

ブライト・ノア

 

新進の企業である「ロンド・ベル」の社長である人物、宇宙世紀で地球連邦軍「ロンド・ベル」の隊長を務めていた。

ハサウェイ・ノアの実父であり、ハサウェイがマフティーであるとは知らなかった。

 

新たに目覚めた世界で、アムロ・レイやシャア・アズナブルといった生前の戦友と宿敵と邂逅。さらに、ISの生みの親である「篠ノ之 束」と出会い、世界の混沌を危惧する。

 

束のISに理解を示し、ISの技術提供を申し込んだ。

 

ハサウェイと再会すると、ロンド・ベルの人間としてではなく、個人としての協力を約束した。

 

生来の実直な性格は変わらず、衰えを感じさせないものがあった。融通が利かないともいえるが、そのまっすぐな面は周囲の信頼を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アムロ・レイ

 

ブライト率いるロンド・ベル隊に所属していた、言わずと知れたエースパイロット。戦闘に関して、ずば抜けたセンスで相手を圧倒する。

 

現在はロンド・ベルに所属し、開発・製造・パイロットなどマルチに活躍している。束の協力を得て開発した、かつての愛機「ν(ニュー)ガンダム」のパイロットを務めている。

 

大人となって再会したハサウェイと戦い、心のうちを吐露する彼を諭す。ユニコーンを駆る一夏の相手を務めた時は、両機の搭載する「サイコフレーム」によって一夏の過去を垣間見る。感情の渦に呑まれ、暴走するユニコーンを無力化するほどの実力を持ち合わせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

メラン

 

ロンド・ベルに所属し、主な仕事はブライトの秘書。

 

寡黙で、常に冷静な対応をする。生前も副艦長として、ブライトの隣に立ち続けた。感情の起伏は乏しいが、その変わらない態度がブライトを幾度も助けてきた。

 

常に一歩下がった場所から物事を見ており、その観察眼を働かせている。

 

ハサウェイとの再会、一夏との邂逅を遂げたブライトを横で見ており、感傷に浸るブライトを一瞥した。

 

 

 

 

 

 

 

 

チェーン・アギ

 

ロンド・ベル所属の技術士官である女性。アムロの隣に立ち、ロンド・ベルの製造部門を牽引する一人。

 

νガンダムの製造にも関わっており、束から協力を仰がれるほどの技術を持っている。一夏が譲渡されたユニコーンに興味を持ち、νとの模擬戦で発生したサイコフィールドで一夏が人間離れした能力を持っていると見抜いた。

 

少年時代のハサウェイを知っており、大人となって再会したハサウェイを叱った。今のハサウェイに対して、口出しをすることなく見守ることを決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

リディ・マーセナス

 

ロンド・ ベル所属の若いパイロット、生前もロンド・ベルの士官としてMSに乗っていた。

 

新たな世界で国会議員として活動する父と再会、父の伝手でロンド・ベルへ入社する。かつて顔を合わせたブライトは、彼の表情の変化に驚いていた。

 

一夏と同じく、財団からテスト機を受領している。過去の罪を背負いながら、再び手に入れた可能性の獣を正しく使うと決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイジェル・ギャレット

 

ロンド・ベルに所属するパイロット部門のリーダー、主にISとなったかつてのMSの製造とテストを担当する。

 

生前もロンド・ベルのMS隊の隊長を務めており、ブライトには信頼を置いている。一夏の面倒を見たこともあり、子供ながらに技術や吸収力の高さを評価している。

 

かつてはリディの面倒を見たこともあり、再会した時の雰囲気に驚いた。

 

隊長であるが故に冷静さを求められるが、臆することも怒れることもなく、ブライトやメランの作戦を忠実に実行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダリル・マッギネス

 

ロンド・ベルのパイロットの一人、生前もナイジェル率いるMS隊のパイロットとして活躍した。

 

飄々とした性格で、一夏の兄貴分として振る舞う一面もある。朝黒い肌から、一夏もフェンサーを重ねて兄のように思っている。

 

かつて、リディがチームに編入したこともあり、面識がある。久しく再会した時は、鋭くなった雰囲気に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ワッツ・ステップニー

 

ロンド・ベルのパイロットの一人、かつてはナイジェル隊のパイロットとしても活躍。

 

パイロット部門の中では最も血の気が多く、感情的な行動が多く目立つ。二十六という若さながら、丸顔の寸胴という風貌から他部門の人間から誤解されやすい。

 

しかし、熱い心を持っており、力仕事では人一倍の活躍を見せる。

 

リディのことを「坊ちゃん」と称しており、再会時にはその風貌に圧倒される。

 

 

 

 

 



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登場人物 その4

四回目の登場人物紹介です。

次回からは本編になります。


シャア・アズナブル

 

ロンド・ベルと同じく新進の企業「ジオニック」を率いる総帥。かつては「赤い彗星」という二つ名を持つ、ネオ・ジオンの総帥であった。

 

アムロをライバルと称し、何度も対峙してきた。互いに憎みながらも、その実力を認めている。

 

束の発表したISに興味を示し、その技術を評価している。ブライトの危惧が的中し、ある事件をきっかけにISの誤った価値観を与えてしまったことを後悔する束に理解を示す。

 

自身を含めた宇宙世紀の知識を束に与え、技術の再現に尽力した。ブライトと同じく、束に技術提供を申し出た。

 

宇宙世紀に比べ、歪んでいるこの世界を無価値と切り捨てる。一夏と対峙し、過去のアムロを重ねると、決意を固める一夏を「純真なエゴイスト」と評価する。

一夏のことを認めており、新たなニュータイプの素質を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナナイ・ミゲル

 

シャアの秘書を務め、彼をサポートする。かつては、「ニュータイプ研究所」の長であり、人工的なニュータイプである「強化人間」の研究をしていた。

 

公の場では秘書、私的では恋人としてシャアに寄り添う。シャアが評価する一夏に、研究者としての興味を惹かれる。実際にその力を目の当たりにし、シャアと同じように一夏を一目置いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

カーディアス・ビスト

 

ロンド・ベルを支援するビスト財団の当主、一夏の実の父親である。支援はロンド・ベルだけでなく、ジオニックや各国の企業や機関にも及ぶ。その中にはIS学園も含まれているという噂もある。

 

一夏がロンド・ベルに所属して間もなく、ブライトから一夏を紹介される。当初は自身と一夏の関係を隠していたが、一夏が過去の記憶を思い出したことから真実を明かす。

 

一夏の可能性を信じ、ユニコーンを託す。しかし、「女性権利団体」による奇襲で負傷する。

ユニコーンを駆る一夏によって救出され、一命を取り留める。奇しくも、それがユニコーンの初陣となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

サイアム・ビスト

 

ビスト財団の創始者にして、当主であるカーディアス・ビストの祖父に当たる。一夏とは曾祖父と曾孫の関係。

 

かつては、宇宙世紀で繁栄したビスト財団を築いた人物である。

 

宇宙世紀で冷凍睡眠を繰り返していたため、体が衰えていることもあり、現在はカーディアスに託している。ビスト邸の地下にある氷室で世界の行く末を見据えている。財団のことを知った一夏を招き、自身や宇宙世紀の出来事を語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガエル・チャン

 

カーディアスの秘書とボディーガードを務める男、カーディアスが信頼を寄せる数少ない人物でもある。

宇宙世紀においても同じように財団に尽くしていた。

 

ユニコーンに乗り始めた一夏を鍛えたこともあり、戦闘においても頼りになる存在である。

 

 




細かい設定は自己解釈やご都合がたくさんあります。

ご意見、ご感想ありましたらお願いします。


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登場人物 その5

今回は学園関連のキャラ設定となります。

鈴以外はほとんど原作と変わらないので、申し訳程度になっています。


 

篠ノ之 箒

 

一年一組に所属、ISの生みの親である篠ノ之 束の実妹である。一夏の幼馴染でもあり、過去を知っている人物。ISが発表され、特例措置によって姉や静夢たちとは離れ離れになる。

後述の織斑 春十とも面識があるが、彼よりも静夢のことを昔から気にかけていた。

 

幼い頃から剣道をやっており、全国大会にも出場するほどの実力を持っている。IS学園でも剣道部に所属している。

 

IS学園で静夢と会い、かつてのことを話すが静夢は人違いだと濁す。

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリア・オルコット

 

イギリスの代表候補にして、英国貴族であるオルコット家の当主。ISの登場により、母へ媚び諂うようになった父を見て、男を見下すようになる。

貴族としての立ち振る舞いは悪くないが、大きな態度により一時はクラスで孤立する。

 

クラス代表を決める模擬戦でヴァルトと戦うも、敗北する。しかし、その敗北から新たな価値観を見つけ、後日改めて謝罪をしてクラスの仲間として交流を続ける。

 

貴族の素養として、紅茶の淹れ方はマスターしている。静夢にその手ほどきをした。

 

第三世代のISである「ブルーティアーズ」を専用機とし、スナイパーライフルなどを使用した遠距離の戦いを得意とする。特徴的な武装は「BT兵器」という独立行動が可能な攻撃端末であり、ミサイル型の二基を含めた六基を操る。

しかし、使用時には集中力を必要とし、行動が制限されるというデメリットを有する。

 

 

 

 

 

 

 

 

布仏 本音

 

一年一組に所属する静夢とヴァルトのクラスメイト、間延びした口調と物腰柔らかな性格をしている。その性格から友人関係は良好で、友人同士の橋渡しを担っているとか…。

 

性格や外見によらず、整備士としての腕は高い。後述の更識 簪の専用機になる「打鉄弐式」の開発にも携わっている。

 

更識家に仕える一族の出身であり、本来は身の回りの世話をするのだが、簪に手伝ってもらうことのほうが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

相川 清香

 

一年一組に所属する静夢とヴァルトのクラスメイト、本音とはいつも行動を共にしている。快活な人物でクラスの空気を変えるムードメーカーな一面を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

四十院 神楽

 

一年一組に所属する静夢とヴァルトのクラスメイト、箒と同じく剣道部に所属している。旧華族の出身で、清楚で気品のある雰囲気を持っている。その外見と温和な性格からか、外国の生徒たちから日本語をの教授を頼まれる。そこにはヴァルトも含まれていたりもする…。

 

 

 

 

 

 

 

 

鷹月 静寐

 

一年一組に所属する静夢とヴァルトのクラスメイト、ショートカットに青いヘアピンをしている。真面目な性格でイベントや行事などには積極的、性別や出身など分け隔てなく人と接する優しい一面を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑 春十

 

一年一組のクラス代表を務める世界初の男性操縦者。織斑 千冬の弟であり、優秀な成績からは天才や逸材と持ち上げられてきた。一夏の兄でもあるが、自分よりも能力的に劣る弟を虐げて来た。

 

専用機として第三世代のISである「白式」を持っている。最適化が終わった時点で、ワンオフアビリティーである「零落白夜」を使用できるが、それのせいで武装を一つしか使用できない欠点を持つ。

 

クラス代表決定戦では静夢と対戦するが、一撃も与えられずに敗北。クラス代表対抗戦では後述の鳳 鈴音と対戦するも、その実力差から劣勢に追い込まれる。

その後、乱入したゴーレムと相対するも、遠距離からの攻撃になす術もなく、鈴音の足を引っ張る事となる。

フェネクスによって事態は収拾へと向かうが、静夢が犯人であると糾弾する。しかし、無関係なヴァルトを貶したことによって静夢から怒りの拳を受けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳 鈴音

 

一年二組のクラス代表を務め、中国の代表候補でもある少女。箒と同じく、かつての静夢の過去を知っている。

 

天真爛漫な少女であり、考えるよりも先に行動する性格。

母国では的 劉信(ディ リュウシン)を師とする「龍爪虎牙拳」の門下生として鍛錬を積む。戦闘ではISだけに頼らず、体術を用いたスタイルで戦う。

 

静夢と出会い、一夏と分かるも本人にそれを否定される。割り切るために模擬戦を挑み、静夢と互角の戦いを見せると静夢たちと友情を深めていく。

 

クラス代表対抗戦では織斑と対戦し、これを圧倒。勝利を目前にるも、ゴーレムの乱入により、制圧のために単独で戦闘する。

IS越しでも伝わる人間の気配が察知できず、一度は恐れを抱くも師の教えを思い出し、ゴーレムを戦闘不能までに追い詰めた。

 

一夏への思いを忘れられず、静夢へ思いを打ち明けると、体を重ねて一夜を明かすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

更識 簪

 

一年四組でクラス代表を務める日本の代表候補。実姉である更識 楯無はIS学園の生徒会長、ロシアの国家代表を務めており、姉との差がコンプレックスとなっている。

 

自身の専用機である打鉄弐式を受領する予定だったが、織斑 春十の登場によって開発が中止となる。その後、自身で引き受け単独で開発に着手する。

ヴァルトのルームメイトであり、エクスプロードのデータを貰って開発のフォローをしてもらっている。

 

その後、静夢の助けを借り、本音を始とする整備課の助けを借りて完成までこぎつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

更識 楯無

 

IS学園の生徒会長とロシアの国家代表を務める人物。簪の実姉であり、妹を守ろうとするもすれ違いを起こしている。歩み寄ろうとはしているが、簪の対応が辛辣で話す場を設けることも叶わない。

開発を手伝っている静夢やヴァルトを警戒するが、それが余計に簪を刺激してしまう結果となる。

 

対暗部用暗部である「更識家」の現当主であり、ゴーレムの調査などにも関わっている。

 

扇子を常備しており、時折それを使って会話を行っている。静夢に謹慎解除を言い渡した際、静夢に探りを入れるがうまく躱され、逆に見透かされるような言葉を受け取った。

 

 

 

 

 



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第10話

少し間が空きましたが、更新します。

今回は少し短めです。


「というわけで、一年一組のクラス代表は織斑 春十くんに決定しました!」

 

翌日、一年一組の教室で、副担任の山田 真耶が結果を報告した。しばしの沈黙のあと、累 静夢が小さく手を叩く。

 

それに倣い、所々で拍手が疎らに起こる。しかし、当の本人は呆気にとられている。クラスの面々も、どこか納得していないような様子だった。

 

「せ、先生…なんで俺なんでしょうか?」

 

「あ、それはですねーーー」

 

「ーーー代わりに説明させて頂きます」

 

困惑する織斑が真耶に問いかける。真耶が答えようとすると、セシリア・オルコットが挙手をした。発言の許可を求めて、真耶に視線を送る。

それに気づき、真耶は頷いた。

 

「本来なら、勝利した累さんやパークスさんが選定されるはずですが……お二人にその意思はなく、私に権利を譲渡されました」

 

クラスの面々はセシリアの言葉に聞き入り、事の顛末を知ることとなる。静夢とヴァルト・パークスは、自分たちが説明する手間が省け、セシリアの言動に注目する。

 

「ですが…先日の私の態度は、人の上に立つ者としては不相応だと感じました」

 

消去法で織斑に回って来たということだった。クラスの面々は、反省を見せるセシリアに困惑した。先日まで、自信に満ちた様子を見せたセシリアだが、自分の行いを理解しているようだった。

 

「そのため、私も辞退したということです……」

 

そういって、セシリアは教壇へ向かうと、クラスの全員と向き合う。

 

「先日は失礼な態度を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした……!」

 

深々と頭を下げ、セシリアは謝罪の意を述べる。生徒たちは困惑し、対応に迷っていた。

 

「彼女も反省しているし、良いんじゃない?みんなは?」

 

場を収めようと、静夢が立ち上がった。同意を求めると、教室の空気は困惑から理解へと変化していく。

 

「…………」

 

ヴァルト・パークスは立ち上がり、鋭い目でセシリアと向き合う。

 

「お前のことは恨んでないが、許したわけじゃない。仮にも国の代表になるかもしれないんだ。精々、気を付けるんだな……」

 

そう言って、ヴァルトは着席すると、興味を無くしたように視線を窓の向こう側へ向けたのだった。

 

「まぁ、反省してるみたいだし……」

 

「うん、いいんじゃないかな……?」

 

静夢とヴァルトの反応を見て、クラスメイトたちはセシリアを受け入れ始めた。

 

「ありがとうございます……!本当にごめんなさい……!」

 

目に涙を浮かべ、セシリアは再び頭を下げた。理解を示したのは真耶も同じだった、彼女はセシリアの肩に手を置いて頷いた。

 

「ーーーどうしてこうなった……」

 

ただ一人、置いてけぼりになった織斑の声は誰にも届かなかった。小さな呟きは、虚空へと吸い込まれていった。

 

こうして、セシリア・オルコットを始めとした一年一組は、新たなスタートを切ったのであるーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

某所にて、一人の少女がタブレットをジッと見つめていた。そこに映る静夢とヴァルトの激闘、決着を見届けると、彼女はタブレットを置いた。

 

ベッドから立ち上がり、窓辺に移動する。遠くに聞こえる喧騒を聞きながら、夜の街並みを見下ろしていた。

一人で住むには広く、街並みを見下ろせる高さの部屋は、どこか不自然だった。

 

「『エム』、入るわよ?」

 

その部屋に一人の女性が尋ねる。長い金髪を携え、豪華なドレスを身に着ける女性は、窓辺に少女を見つける。

 

「もういいの?」

 

ベッドに置かれたタブレットを見て、女性は少女に尋ねる。「エム」と呼ばれた少女は、瞠目して頷いた。

 

「ああ、『私の弟』が負けるわけがないからなーーー」

 

自信に満ちた様子のエムに、女性は思わず笑みを浮かべた。年相応に見えるその様子にクスクスと笑う女性を見て、エムはムッと頬を膨らませた。

 

「『お兄さん』、でしょう?」

 

「いいや、私の方が上だ!」

 

意固地になるエム、女性はおかしくて笑うことを止められなかった。

 

「それで、なにかあったのか?『スコール』」

 

「ああ、忘れていたわ……」

 

エムに言われて、「スコール・ミューゼル」はハッとした。

 

「アメリカとイスラエルの共同でISが作られているという情報が入ったのーーー」

 

「強奪するのか?」

 

「ーーー最後まで話を聞きなさい」

 

遮るかのように声を上げたエムに、スコールは溜息を吐いて注意する。お気に入りの少年に比べ、彼女はどうしてこうも向こう見ずなのか……。スコールは壁に背を着けて、説明を続ける。

 

「完成は三ヶ月後、ということよ。稼働テストを目処に動くわ」

 

「私も出るのか?」

 

「でなければ声をかけないわ」

 

エムは首を傾げた。相手はIS、自分は専用のISを持ってはいない。強奪の任務は他のメンバーも参加するはずだが、味方にもISがない事には戦力差に不安が残る。

 

「束がいうには、プレゼントを用意しているそうよ?」

 

「……」

 

「要件はそれだけ、一夏や彼女からの情報も待つわ」

 

スコールはそう言って部屋を出た。一人になったエムは、ベッドに座ってタブレットを手に取る。

起動したタブレットの壁紙、そこには奇妙な再会をした家族との写真があった。

 

「一夏……」

 

恋焦がれているようだ、エムは自身でそう感じていた。胸の内に広がる締め付けられるような痛みを感じながら、彼女はタブレットを抱えて眠りについたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な言語によって喧騒としたロビーを歩きながら、少女はゲートに向かって歩いていた。久しく訪れた日本は、ISが広まったこともあってか、少し息苦しいと感じた。

 

「あの……」

 

「あ、鳳 鈴音(ファン リンイン)さんですね。お待ちしておりました」

 

係員と思われる女性に声をかけた少女、鳳 鈴音は丁寧な言葉遣いの女性に戸惑ってペコリとする。

鈴音を伴って女性が歩き始めると、ロビーに設置された大きなディスプレイにノイズが走ったーーー。

 

『どれだけの人間が、この世界の歪みに気づいているだろうか。我々は、ISによって失われた平穏を取り戻すため、やむを得ず行動をした』

 

雑音が混じった音声に、鈴音は思わず足を止めた。画面には黄色の背景に、十字架に弧を描いた赤いエンブレムが映っていた。

 

『女性というだけで、横暴を繰り返すこの現実が異常であるということを、心より理解して頂きたいのである』

 

「なんだ……?」

 

「例のマフティーだよ、回線をジャックしてるのさ」

 

「嫌だわ、まったく……」

 

「そうよ、そのせいで私たちが苦しむなんて……!」

 

鈴音と同じように、その放送を聞いていた者たちが口にする。彼らの言うことも、マフティーの言葉も正しいのだ。鈴音は溜息を吐き、ディスプレイから目を逸らした。

 

「鳳さん?どうされました?」

 

「あ、すいません…!」

 

係員の声に我に返ると、鈴音は再び歩き出した。やがて、二人はゲートをくぐり、駐車していた車に乗り込む。

 

「こちらにどうぞ」

 

女性が後部座席の扉を開け、鈴音はまたペコリと頭を下げて身を落ち着ける。女性は鈴音の反対側のドアから後部座席に座った。

 

「ほら、速く出して頂戴」

 

「はいはい…」

 

「まったく…」

 

女性は後部座席から運転に催促をする。運転席に座る男性は気だるげに返事をすると、ギアを入れてゆっくりと発進した。

その様子に、鈴音は再び視線を逸らしたーーー。

 

マフティーは、こんなことが当たり前になっていることを憂いているのだろう。ISは女性にしか動かせないという概念が、この歪みを生んだ原因だろう。その結果、女尊男卑という風潮が完成し、女性の傍若無人な振舞いが横行しているのだ。

 

(そりゃ、ぶっ壊したくもなるわね……)

 

自身も故郷で嫌というほど見たやり取りに、鈴音はマフティーの行動にも理解ができた。自身も似たような経験があり、辛い思いをしたことがある。

しかし、仕返しや復讐を考えることはしなかった。無意味に終わることが目に見えている、何よりも師の教えがあるからだ。

 

「憎しみや怒りに囚われて、その力を使わない」ーーー何度も教えられ、鈴音はそれを忠実に守って来た。

 

(「あいつ」も、こんな世界を嫌っていたのかしら……)

 

今は亡き、友のことを考えながら、鈴音はシートの上で身をよじって目を閉じたのだったーーー。

 

 

 



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第11話

皆さまのおかげで、UAが13000を超えました。

皆さまが楽しめるような作品を作れるよう、これからも励んでいきます。


午前の授業が続き、一年一組の生徒たちはアリーナに来ていた。全員がISの装着時に着用するスーツを身に纏い、番号の順番で整列している。

 

「それではこれより、ISを使った実演を行う!専用機を持つ者は前へ出ろ!」

 

その前で指示を出す織斑 千冬は変わらない毅然とした態度だった。気だるげな様子の静夢は、溜息を吐きながら前に進む。

それはヴァルトも同じようで、偶然にも目が合うと、静夢は苦笑いを浮かべた。応えるように薄ら笑いを浮かべたヴァルトも、静夢と同じように列から前に出た。

 

「専用機を持つお前たちには、他の生徒たちの手本になってもらう。各自、ISを展開しろ」

 

列の前に並んだ静夢、ヴァルト、セシリア、織斑の四人。千冬の指示に従い、それぞれが愛機を展開する。

ーーーISを纏い、高くなった視界の中で、静夢は上を見上げた。

 

(今日も良い天気だなぁ…)

 

異性ばかりで息の詰まる日々を送り、数多の視線を受けている静夢は現実逃避をしていた。自分からこの場所に来ることを志願したものの、実際に過ごしてみれば想像以上に苦しいのだ。

女性の扱いは慣れているものの、リラックスできる時間が短く、精神的な疲労が蓄積されていた。

 

「……」

 

「…どうしたの?」

 

横からヴァルトの視線を感じ、首を傾げながら尋ねた。あの一戦を経て、静夢とヴァルトは更に仲を深めた。ヴァルトの身の上話を聞いた静夢は、植物監察官となった時の話や、海外で活動した過去を話した。

静夢としては、ヴァルトの持つ力を確かめる必要があった。もしもヴァルトがニュータイプなのだとしたら、自分が見たビジョンと同じくヴァルトも何かを感じとっているはずだ。

 

ーーーそれは自分の正体を知られるという、大きな危険を孕んでいた。

 

「いや、なんでもない…」

 

今日のヴァルトはいつもと違った。どこかよそよそしく、歯切れの悪い返事が多かった。

もしやーーー静夢の中にあった小さな危惧は、空気を注入している風船のように膨らんでいった。

 

「そう…」

 

ヴァルトの態度に、静夢は詮索しなかった。余計なことを口走って、ボロを出すことを避けるためであった。

 

「織斑、いつまでかかっている……?」

 

四人の中で、織斑だけが展開に手間取っていた。ISに触れた時間が短いということもあるが、実力主義のこのIS学園では言い訳にもならない。

 

「くッ、もう少し……よし!」

 

数秒を経て、織斑は白式を展開した。全員が展開を終えると、千冬は新たな指示を出す。

 

「よし、飛べ」

 

千冬の新たな指示の元、四人は宙へと舞う。先頭はセシリア、レディファーストの精神で静夢が後ろに付く。静夢を観察するように、ヴァルトがその後ろに付き、最後に織斑が飛んでいる。

 

「織斑、スピードを上げろ!」

 

「無茶ばかり言う……!」

 

千冬の檄に文句を垂れる織斑、それは尤もである。自信に満ちた織斑だが、なぜか思うように動かせないのだ。データなど表面では優れていると理解できても、それを操る技術が伴わなければ意味がない。

 

つまり、彼は白式を使いこなせてはいないのだーーー。

 

そんな織斑を他所に、三人は飛行を続ける。

 

「こうして飛ぶと、やっぱり気持ちがいいな~」

 

「ええ、そうですわね」

 

静夢の呟きに、先頭のセシリアが答える。代表決定戦以来、セシリアの態度は柔らかくなった。自信家な所は相変わらずだが、出会った頃に比べて差別的な行動をしなくなった。

そればかりか、静夢やヴァルトに積極的に話かけている。現状に満足せず、自分の短所を自覚し、より強くなろうとしているのだ。

自分に変化を齎した、静夢やヴァルトに恥じない人間となるためだったーーー。

 

「自分がこうしてISに乗って飛ぶなんて、思いもしなかった……ヴァルト君は?」

 

「ん?あ、ああ…俺も似たようなモンだ」

 

飛びながら後ろを見た静夢だが、ヴァルトのたどたどしい返答は変わらなかった。

 

(マズいな、これは……)

 

静夢の危惧は確信に変わっていった。自身の正体や過去がヴァルトに知られている可能性が出てきたのだ。

内心で溜息を吐きながら、どうしようかと思案しているとオープンチャンネルの通信が入った。

 

「よし、そのあたりでいい。次は急降下からの完全停止だ、目標は十センチだ」

 

通信に気づいて三人が止まると、ようやく織斑がそれに追いついた。それを見て、千冬が新たな指示をだす。

初心者にしては難易度の高い行為だが、何を言っても彼女は聞き入れてくれないだろう。静夢はユニコーンの調子を見ながら、そう考えていた。

 

ここに来るまでにユニコーンの全力を思い知り、性能に制限をかけて競技用として持ち込んだ。

制限をかける提案をした自分を誉めたい気持ちだった。

 

「レディファーストで」

 

「それでは、お言葉に甘えて」

 

本来の意味では違うのだが、情報収集を含めて静夢は先発を譲った。セシリアはそれを気にした様子もなく、スピードを上げて地上に向かっていった。

流石に代表候補といったところだろうか、彼女は難なくスピードを殺し切った。それを見ていたクラスメイトは歓声を上げる。

 

上空から見ていた静夢は拍手を送った。ヴァルトは腕を組んだまま、沈黙を保っている。

 

「ねぇ、一つ賭けをしない?」

 

「うん?」

 

「な、なんだよ…」

 

静夢の提案に、ヴァルトは横目で彼をチラリと見やる。織斑はどこか警戒する様子を見せていた。

 

「ビリは三日間、二人にご飯を奢るとか?」

 

「ハッ、そんな意味もない事に乗るわけがないだろ。少しは考えろよ」

 

静夢の提案に、織斑は無意味だと吐き捨てた。それを見ていたヴァルトは、彼を鼻で笑った。

 

「放っておいてやれ、静夢。天才様は負けたくないから、必死なんだよ」

 

「なんだと……?」

 

「そうだろ?自信があるなら乗ってやればいい、自信が無いからそうやって逃げているんじゃないのか?」

 

ユニコーンと肩を組み、ヴァルトは織斑を煽る。そのうちに、織斑は肩をぶるぶると震わせて口を開く。

 

「いいだろう、やってやるよ!見せてやろうじゃないか!俺の実力を!」

 

どうやら彼は煽られると弱いらしい、思い通りになったヴァルトは静夢とアイコンタクトを取る。こんなにもうまくことが進むとは思わず、ヴァルトと目が合った静夢は笑った。

 

「それじゃあ、先に行くよ。奢りの件、よろしく」

 

「…………」

 

「は?お、おい……!」

 

そう言って、静夢はユニコーンを地上へ向けて加速させた。突如として襲う圧力に静夢の眉間に皺が寄る。

しかし、それは「彼も同じだった」ーーー。

 

「……!」

 

なんと隣にはヴァルトがいた。静夢と同じように、エクスプロードを地上へ向けていた。

 

「……」

 

「……」

 

二人の間に言葉は無かった。変わりに存在したのは、互いの内側を探るような視線だった。

暫く混じり合う視線だったが、互いのISからの警告に気づいて、ようやく迫る地面に目を向けた。

 

(この辺りか……!)

 

(こんなところかな……?)

 

目標の高さまでの目安を、感覚で操作する二人。だが、勝敗を分けたのは精神的な余裕だった。

ほとんど同時に慣性制御を行い、地表のすれすれで停止する。

 

「「「「「おお……!!」」」」」

 

再び歓声が上がると、千冬のチェックが入る。

 

「パークスは十二センチ、累は十センチだ」

 

「クソッ…!」

 

「ふぅ……」

 

千冬の告げる結果に、ヴァルトは悔しそうに舌打ちをする。静夢は安堵したように息を吐く。

 

「まぁ、大丈夫だよ……」

 

「……?」

 

悔しがるヴァルトに忍び寄るかのように、静夢は彼に耳打ちをする。

 

「彼が成功させるとは思えないし、気楽に待っていようよ」

 

「ああ、そうだな……」

 

静夢はニコリと微笑みを浮かべると、今度は自分がエクスプロードと肩を組む。二人は並んで歩き、列の前にいるセシリアの隣に立つ。

 

「流石ですね、代表候補」

 

「とんでもございませんわ。静夢さんも流石です」

 

「どうも」

 

「パークスさんも、惜しかったですわね」

 

「おう……」

 

少し前まで敵対していたとも言えるセシリアの言葉に、ヴァルトは戸惑った様子で相槌を打った。

 

その後、操作を誤った織斑が地面に激突した。賭けは静夢とヴァルトの勝利となり、織斑は三日間の支払いを受け持つ結果となったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、食べすぎたな……」

 

その日の昼食は豪勢だった。織斑が支払いということがあり、普段は食べない量を食べて、静夢は苦しそうな表情だった。途中で自動販売機により、缶コーヒーを買って屋上に足を運んだ。

 

扉を開き、広い空間に足を踏み入れる。人工芝もあり、休息の場所として適しているといえる。

静夢は屋上を囲う安全柵のところまで近寄り、肘をかけて寄りかかる。買ってきた缶コーヒーを開け、口元を隠すマスクを下げて一口だけ飲んだ。

 

ガチャリーーー。

 

すると、屋上の扉が開いた。静夢は、誰が来たのかわかっている。振り返ることをせず、海の風を浴びながら水平線の彼方を見つめた。

 

「お前か?組織の秘蔵っ子とやらは……」

 

「僕の所属はあなたと違いますよ。秘蔵っ子というのも、持ち上げすぎに思えるな」

 

そこでようやく静夢が振り返る。静夢の視線の先に立っていたのは、一人の少女だった。金の長い髪を束ね、下着が見えるようなスリットスカートと、黒のガーターベルトが目を惹く。

彼女は『ダリル・ケイシー』、このIS学園の三年生で、アメリカの代表候補生だ。

 

「フン、なんだっていいが……オレの邪魔だけはするなよ?」

 

「承知しています。僕は僕の役目を果たします」

 

ダリルはポケットからUSBメモリを出し、静夢に向けて放り投げた。静夢は難なくそれを掴み、自分のポケットからも同じようにUSBメモリを投げた。

メモリをキャッチしたダリルは、訝しげな視線でメモリと静夢を交互に見る。

 

「目的が同じなんだから、変なことはしませんよ。僕の得た情報です、確認をお願いします」

 

ダリルから受け取ったメモリをしまって、静夢は缶コーヒーを一気に飲み干す。

 

「ここの人達、色々と緩くないですか?勝手に情報をくれるんですが……」

 

「過信しているんだろ、ここなら大丈夫ってな……」

 

ダリルは大きな溜息を吐いた、うんざりとした様子だった。静夢は気遣って、別のポケットから飴玉を取り出した。飴を持った手を見せ、彼女の意欲を確かめる。

すると、ダリルは溜息は吐いて手を挙げた。寄こせとの仰せだ。

 

メモリと同じくそれを放り投げた。受け取ったダリルは封を切って口に放り込む。

 

ガツガツと飴玉に噛みつきながら、ダリルは静夢から受け取ったメモリの内容を確認する。静夢が信頼できる相手かどうか、ダリルはまだ半信半疑であった。

暫くして、内容の確認を終えたダリルは鋭い目を静夢に向ける。

 

「なんで、ここまでの情報を手に入れられた?オレでもここまで深くまでは探れなかった……」

 

「言ったでしょう?向こうから情報をくれたんですよ」

 

目元しか見えないが、静夢は笑って答える。ダリルはどこか不気味に見えるその笑みを警戒する。

 

「ベッドで少しその気にさせれば、後は流れですから」

 

「な……お、お前……!」

 

「それに、苦しんでいるのは……男だけじゃありませんからね」

 

柵に背を預け、天を仰いだと思えば、静夢は目を閉じて深呼吸をした。

 

「性別も、大人や子供も関係なく……みんな同じくらいに苦しんでいるんだ」

 

「……」

 

目を開いた静夢は、マスクを着けて口元を隠した。

 

「では、僕は行きます。何かあれば、連絡を頂ければ向かいますので」

 

「ああ……」

 

柵から身を離すと、静夢はダリルの横を通って屋上を後にする。

 

「おい……」

 

「はい……?」

 

ダリルの横を通り過ぎた時、彼女は静夢に投げかける。足を止め、静夢は振り返ってダリルを見据える。

 

「『ヤツ』は敵なのか……?」

 

「……誰のことです?」

 

彼女の問いに一拍の間を置いて、静夢は問い返す。

 

「~~~ッ、お前といつも一緒にいるアイツだよ!」

 

「ああ、ヴァルトくんですか」

 

痺れを切らしたダリルが声を荒げた。ようやく会話が成立し、静夢は納得した表情を浮かべる。

 

「今夜、それを確かめます。もし、敵になるようならーーー僕が必ず始末する」

 

静夢が刹那に見せた刃物のような鋭い感覚。ダリルは背筋に寒気が走り、言葉を詰まらせる。

 

「会えてよかったですよ、『ダリル先輩』」

 

ーーー静夢はダリルに背を向け、屋上を後にする。

 

扉が閉まり、一人になったダリルは再び溜息を吐いた。受け取ったメモリの内容は、自分では入手できないかった情報ばかりだった。

仕事は出来るみたいだが、まだ信頼して良いか判断ができない。

何よりも、善人の顔から垣間見えた殺気にも思えたモノーーー普通ではない何かを感じていた。

 

「……やりづれぇ、エムの方が分かりやすいのか……どのみち、食えない相手か」

 

そう静夢を位置づけると、ダリルはメモリをポケットにしまって屋上を後にしたーーーーー。

 

 




速いですがダリル先輩を出しました。あんまり知識がないので、口調とか不安です。

ご存知の方がいましたら、アドバイスを下さい。


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第12話

お久しぶりです、一月も空いてしまいまして申し訳ありませんでした。

ようやく話が進むと思いますので、よろしくお願いします。


その夜、静夢はヴァルトを自室に呼んだ。目的はただ一つーーー彼がニュータイプかどうか、自分の正体に気づいたか。それを確かめるためだ。

 

片付いた部屋を更に片付け、来客用のためにセシリアから教わった紅茶を淹れる。次第早まる鼓動や、上昇する体温を感じながら、静夢は溜息を吐いてベッドに腰を落とす。

 

「こんなに緊張するものか……恐れているのかな」

 

もしも、ヴァルトが静夢の正体を知ったとしようーーー彼がそれを材料に、牙を向ける可能性もある。

静夢は最悪の事態を想定して、枕の下に隠していた銃を取り出した。マガジンを取り出し、装填されている弾丸をチェックする。マガジンを押し込み、スライドを引いた。

 

傍らに置くと、静夢は脱力してベッドに身を預けたーーー。

 

「冷静になると、色々とやってきたな……」

 

もしかしたら、これが最後になるかもしれない。静夢は走馬灯のように過去を思い浮かべた。植物監察官の裏で、マフティーの人間として手を汚してきた。その中には、自分と同等か、もっと幼い子供もいた。

 

「今までもやってきたことだ。僕にだって……出来るはずだ」

 

久々の仕事だと自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。呼吸を一つすると、身を起こした。

 

コンコンコンーーー。

 

ノックが聞こえると、静夢はもう一度、深呼吸をしてベッドを降りる。

 

「ちょっと待ってて、すぐに開ける」

 

ゆったりとした足取りで、静夢はドアまで歩く。そして、開錠して扉を開けた。

 

「いらっしゃい、待っていたよ。入って」

 

「おう……」

 

扉を開けた先に、ヴァルトが立っていた。静夢は笑顔でヴァルトを迎え入れる。静夢が奥に進むと、ヴァルトはそれに続いて入室した。

どこか警戒した様子で、視線は部屋をくまなく走っているーーー。

 

「とりあえず座っていて、お茶の準備をするから」

 

「あ、ああ……」

 

着席を促すと、静夢は簡易キッチンの方へ消えていく。落ち着かない様子のヴァルトは、静夢の背中を見送って大人しく椅子に座る。

机に広がる書類が目に入り、それを手に取った。目を通していくと、記されているのは、植物を中心にした自然についてのことであった。

 

「お待たせ。口に合うか分からないけど……」

 

「……ッ!?」

 

静夢が紅茶の乗った盆を持ってくると、ヴァルトは慌てて書類を元に戻した。瞬時に居住まいを正すと、平静を装った。

 

「いいよ、楽にして」

 

「……」

 

「尤も、君の返答次第だけどね……」

 

「ッ!」

 

最後に釘を刺しておくと、ヴァルトの肩が揺れた。静夢は机に盆を置くと、隣の椅子に腰を下ろす。盆に乗るティーカップをヴァルトの前に置くと、もう一つのティーカップを取った。

置かれたティーカップを前にするヴァルトに対し、静夢は見せつけるように紅茶を口に含む。

 

「味は保証できないけど、毒なんて入れていないよ。そんなつまらない事をすると思った?」

 

「……」

 

静夢のその一言に、ヴァルトは紅茶を飲まざるを得なかった。それは一度でも静夢を一目置いた自分に嘘をつくことに繋がるからだ。静夢がヴァルトの真意を確かめるように、ヴァルトもまた、静夢の真意を確かめたかった。

 

ゆっくりとカップを手に取り、紅茶の香りを嗅ぐ。鼻腔をくすぐる良い香りだ、仮りに何かが入っていたとしても、それを判別できるような知識も経験もない。ヴァルトは意を決して紅茶を飲んだ。

 

「……」

 

「え、おいしくない?」

 

「いや、普通だ……」

 

「ああ、良かった……驚かさないでよ」

 

硬直するヴァルトに、静夢は思わず尋ねた。暫くの沈黙の後、ヴァルトが驚いた様子で呟くと、緊張の糸が解けた静夢が天を仰いだ。

 

「はぁ……」

 

大きな溜息を吐き、静夢は安堵する。そんな彼を見ながら、ヴァルトは再び紅茶に口を付ける。ヴァルトの視線に気づいた静夢は、椅子に座り直してヴァルトを見据える。

 

「何か、聞きたいことがあるんじゃない?」

 

「……」

 

「安心して。知り合いのおかげで、カメラや盗聴器は無力化してある。今なら、聞きたいことが全て聞けるかもしれないよ?」

 

静夢に問われ、ヴァルトは沈黙してカップを机に置く。ここまで来たら、正直に言わざるを得ないだろう。ヴァルトはまっすぐな瞳を、静夢へと向けたーーー。

 

 

 

「お前はーーー『織斑 一夏』なのか?」

 

 

 

ヴァルトの問いに、静夢は口を開かない。落ち着いた態度で、紅茶を飲んでいた。

 

「仮に……僕が君のいう織斑 一夏だったとしよう。君はどうするんだ?」

 

「なに……?」

 

「その質問は、僕の正体を知ったからこそ聞けることのはず。それを使って、行動を起こすのかい……?」

 

「はぁ……お前、俺をバカにしているだろ?」

 

呆れた様子で溜息を吐くヴァルトは、カップを手に取って一気に紅茶を飲み干す。

 

「俺が、『そんなつまらない事をすると思った』か?」

 

返答に困り、言葉を詰まらせる静夢に、ヴァルトはしてやったりと笑う。どうやら警戒をしすぎて、足元を掬われたようだ。これ以上の言い訳は、意味を成さない。静夢も紅茶を飲み干し、カップを空にした。

 

「わかった、君を信じよう。僕のことを話すよ」

 

一息ついて、静夢は己の過去を語りだすーーー。

織斑 千冬と織斑春十の弟として生きていたこと、夜の街で働いていたこと、ロンド・ベルのことや自身の出生についてーーーその全てをヴァルトに明かした。

 

「お前も、俺の中を見たのか……?」

 

「まぁね。君から事前に話してもらったこともあって、色々とね」

 

「どうして、俺たちだけなんだ……?」

 

ヴァルトはジッと静夢を見据え、静夢は新たな真実を語ることを決めた。

 

「ニュータイプ、聞いたことはある?」

 

「ニュータイプ……?」

 

静夢は頷き、ヴァルトは再び神妙な顔つきになる。

 

「お茶を淹れなおすよ、今夜は長くなりそうだ……」

 

「……」

 

椅子から立ち上がり、静夢はヴァルトと自分のカップを持ってキッチンへ消えていく。ヴァルトは何度目か分からない溜息を吐いたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニュータイプ」ーーー宇宙に出た人類がその力を開花させた存在。時に人と世界を動かし、時に争いの引き金になったそれは、曖昧な定義によって噂だけが独り歩きしていたという。様々な人間がその定義を語り、そもそもニュータイプの存在そのものがあやふやなものになっていた。

 

静夢は、アムロ・レイやシャア・アズナブルといったニュータイプからその話を聞いたことがあった。しかし、静夢にとって宇宙世紀はスケールが大きく、理解するにはある程度の時間を要した。

 

曰く、戦争がなくとも分かり合える存在。曰く、死者との対話が可能な存在。曰く、モビルスーツの操縦に適した人間。多様な意義が交錯していたという。

 

「……」

 

「…大丈夫?」

 

「ああ……いや、少し休ませてくれ」

 

眉間に寄った皺を戻したヴァルトは、大きく息を吐いて脱力した。静夢はそれを見て、苦笑いを浮かべて紅茶を啜る。

 

「別の世界、宇宙に住める時代……それだけでも手一杯なのに、そんな人間がいるなんてな」

 

「僕も初めて聞いた時は理解できなかったよ、今の君と同じ」

 

「そんな俺たちが、当のニュータイプ……?」

 

「信じられないでしょ?」

 

ああ、と相槌を打つヴァルト。今度は疲れ切った表情をしていて、静夢はクスクスと笑う。

 

「僕も未だに信じられない、でも……実際に僕たちはそんな経験をした」

 

ヴァルトはそれに頷いた。静夢は戦場でそれを感じ、ヴァルトは喧嘩に明け暮れる中でその感覚を知ったのだ。

認めないわけにはいかなかった。それに触れてしまえば、もう知らないフリはできないのだ。

 

「お前はこれから、どうするんだ?」

 

「僕のやることは変わらない。君こそどうするの?」

 

「俺はこの世界が気に入らない。だが、俺には力がない……」

 

ヴァルトはそう言って、右手を見つめて拳を握る。自分の境遇から、この世界の在り方に疑問を持っているようだ。

静夢はカップを置いて、ヴァルトを見据えるーーー。

 

「ISは女性しか動かせない。しかし、僕たちには動かせた……なぜだと思う?」

 

「それは……」

 

突然の問答に、ヴァルトは戸惑って言葉に詰まる。偶然にも動かしてしまって、うんざりとしていたのだ。どうして動かせるかなど考えもしなかった。

 

「ニュータイプだから動かせたのか、他の要因があるのか……」

 

「……」

 

「いずれにせよ、なにか理由があったんだと思いたい。この力を、正しいことに使いたいから……」

 

そう言って静夢は立ち上がり、ヴァルトに手を差し伸べる。

 

「今は仲間、それでいい?」

 

「……ああ、問題ない」

 

それに応えるように、ヴァルトも立ち上がった。差し伸べられた手を、力強く握った。

 

今夜はそれでお開きになった。門限も近いこともあり、ヴァルトは静夢の部屋に泊まることにした。ルームメイトの簪に連絡し、静夢はキッチンで簡単な夜食を作って振る舞う。

 

それから二人は会話に花を咲かせる、内容は専ら身の周りのことだ。バニラにいる友人や父親のこと、ニュータイプの大人たちのことーーー気づけば日付が変わり、すっかり時間を忘れた二人は、遅刻寸前で教室に入ったというーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日、一年一組の教室は少し騒がしかった。理由は当然、静夢とヴァルトの不在である。

クラスの顔とも言える二人の不在、少女たちは主のいない席を見つめていた。

 

「ねぇ、静夢くん見た?」

 

「ううん、食堂でも見なかったよ?いつもの時間になっても来なくて…」

 

「そういえば、ヴァルトくんも来てないけど…」

 

「欠席…?」

 

少女たちの憶測が飛び交い、ざわざわと喧騒が教室を包み始める。そんな中、教室の扉が勢いよく開かれた。

突然のことに驚き、クラスにいる誰もが視線を送る。

 

そこにいたのは、一人の少女であったーーー。

 

「このクラスの代表は誰?」

 

小柄でありながら、艶やかなツインテールを揺らし、少女は教室を見渡す。まじまじと見渡した後、彼女は嘲笑した。

その中の誰もが平凡に見えたのだ、自分よりも弱い人間しかいない教室を見て笑った。

 

「『鈴』?鈴じゃないか?」

 

その少女に声をかけたのは、織斑 春十だった。面識があるかのように、気軽に話しかけていた。

 

「気安く話しかけないでくれない?アンタには興味ないの」

 

「なっ、お前……!」

 

気にも留めない様子で、鳳 鈴音は織斑をあしらう。虚仮にされた織斑は、カッとなって鈴音に手を伸ばす。

 

 

 

しかし、その手が彼女に触れることは無かったーーー。

 

 

 

向かってくる織斑の手を掴むと、鈴音はグイと捻り上げた。腕の痛みに苦悶の表情を浮かべる織斑、鈴音は力強く彼を引き寄せた。

そして、全力で織斑の右頬を叩いたのだったーーー。

 

乾いた音を皮切りに、波紋のように沈黙が広がる。あまりにも素早い鈴音の動きに、

誰もが言葉を失っていた。

 

「痛い?アイツはもっと痛い思いをしてきたのに……アンタみたいなやつが!」

 

「はい、そこまで」

 

悔しさが滲む拳を振り上げた鈴音だが、その拳を持ち上げられて振り返る。この怒りをぶつけなければ気が収まらない。

この拳を阻む者は誰かーーー鈴音は鋭い目のまま振り返った。

 

「あ……」

 

「朝から暴力沙汰はやめない?みんなが使う場所だし、ね?」

 

この状況に介入した静夢は、諭すかのように語り掛ける。鈴音は静夢の顔を見ると、拳から力が抜けていた。静夢は掴んだ鈴音の手を離し、クラスメイトに目を向けた。

 

「おはよう、みんな」

 

「うん……」

 

「お、おはよう……」

 

静夢の介入がダメ押しになったかのように、クラスメイトの面々は思考停止に陥っていた。静夢の挨拶を返すしかできなかった。

 

「なにかあったのか?」

 

「え、ああ…実はーーー」

 

静夢の後ろにいたヴァルトが先に教室に入ると、近くにいたセシリアに状況の説明を求めた。

状況が呑み込めた静夢とヴァルトはなるほど、と呟いた。

 

「時間も時間だし、今は教室に戻ったら?先生たちも来る頃だし…」

 

「そうね、悪かったわ…」

 

どうにか落ち着いた様子の鈴音を見て、静夢も安心して教室に足を踏み入れる。丁度その時、千冬が教室を訪れる。

 

「……何かあったのか?」

 

「千冬さん……」

 

「まぁ、色々と」

 

静夢が曖昧な言葉で誤魔化していると、鈴音をチラリと見る。彼女も静夢を見ており、視線が交わる。

顎を振って、彼女に帰るように催促した。マスクのせいで静夢の表情が分からない鈴音は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、その場を後にした。

 

「席に着け、ホームルームを始めるぞ」

 

「はーい」

 

お道化た様子で返事をすると、静夢は自分の席に向かう。頬を押さえて呆然とする織斑の横を通りすぎるところで足を止めた。

 

「君を助けたのはこれで『二度目』だ、感謝してよね?」

 

織斑を一切見ることなく、そう言い残して静夢は着席した。机の中にある教材を取り出しながら、思い返すのは鈴音のことだった。

まだ織斑 一夏だったころ、彼女によって静夢は救われていた。自分を一人の人間として認めてくれた彼女と、こんなところで再会するとは思ってもみなかった。

 

(まったく、予想外だな……またデータを見直しておこう)

 

しっかりと切り替えて、静夢は今日も一生徒として振る舞う。自分が望む未来のため、息を潜めて紛れるのだったーーーーー。

 

 



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第13話

今のところ、月イチ更新ができているので継続していきたいところです。



朝の騒動を経て始まった一日はいつも通りに思えた、未だに眠気の残る静夢とヴァルト以外は……。

 

「ふぁ…」

 

マスクの下で欠伸をしながら、静夢は上の空で授業を受けていた。昨夜のヴァルトとの対話は、満足の代わりに睡眠不足を齎した。あまりの眠気にノートの字は歪み、教師の声はさながら子守歌だった。

 

「累、この問題を解いてみろ」

 

「……」

 

「聞いているのか?」

 

「え?ああ、すみません……」

 

怒気を含んだ声にようやく気が付いた静夢、素直に謝る姿に千冬は溜息を吐いた。

 

「体調が優れないのか?」

 

「ああ、いえ……大丈夫です」

 

「ならば良い。この問題は解け」

 

「えーっと…異常が発生した時は安全な場所に移動し、ISを解除することだと思います」

 

教科書の問題文を見ながら、静夢は解答する。

 

「……正解だ」

 

暫くの沈黙のあと、千冬が答える。クラスメイトの歓声と拍手が起こり、静夢は少し戸惑って首を傾げる。

その歓声を耳にして、ヴァルトはようやく目を開いたーーー。

 

腕組みを解き、首を動かして何度かの瞬きをする。何事かと思い、キョロキョロと教室を見回した。歓声の中心にいた静夢を見つけると、変わらない日常に得心がいって再び目を閉じたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ…んん」

 

午前の最後の授業。欠伸をしたヴァルトは、目尻に涙を浮かべた。昨夜の静夢との対話以降、宇宙世紀のことが頭から離れなかった。

遥か未来の話ーーーおとぎ話にしてはよく出来ていると思ったが、聞いているうちに興味を惹かれたことも事実である。

 

(こんな退屈な思いもしなかっただろうな……)

 

ISよりも優れたモビルスーツというもの、宇宙に住む数多の人類、実際にそんな世界が来るのだろうかと、ぼんやりと考えるのだった……。

 

「~~~ということになるのだが、聞いているのか?ヴァルト・パークス」

 

「え……?」

 

教壇にて咳払いをするケネス・スレッグの声に、ぼんやりとしたヴァルトの意識は現実に引き戻された。

再びキョロキョロと教室を見渡すが、ケネス以外にもクラスメイト達の視線が突き刺さっていた。

 

「……すいません」

 

「うん。素直なところは評価するがね、あまりに集中できていないとなると……注意せざるを得ないわけだ」

 

溜息を吐くケネスに、ヴァルトは謝罪する。眠い目をこすりながら、集中しようとするヴァルトを見たケネスは、若い頃の自分を思い出して、あまり叱ることができなかった。

 

「まぁ、今回は大目に見てやる。あんまり態度が悪いと、成績に響くからな。気を付けろよ?」

 

「はい、すいませんでした」

 

ケネスはそれ以上、問い詰めることをしなかった。静夢と同様に、ヴァルトを一目置いているということもある。見方を変えれば贔屓と捉えられても仕方がないが、この二人を見ていると、何か引っかかるものがある。

 

それが何なのかーーーケネス自身も分からなかった。どこかぼんやりとしていて、明確には言えなかった。

 

そんなことも露知らず、認めたはずの静夢はうつらうつらと船を漕いでいる。

 

問題児たちめ…心の中でそう呟いたケネスは、諦めたように溜息を吐いて授業を続けるのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーンーーー。

 

授業終了を告げる鐘が鳴ると、船を漕いでいた静夢はハッとする。反射的に体が動き、力が入る。間もなく織斑の号令が行われ、昼休みに入った。

 

「はぁ……んん、あぁ…」

 

体を伸ばした後に脱力し、静夢は椅子に座り込んだ。チラリとヴァルトの方を見ると、睡眠不足なのかヴァルトも大きな欠伸をしていた。

重い腰を上げて、静夢はヴァルトの席に歩み寄る。

 

「食堂、一緒に行こうよ」

 

「ああ……」

 

腕を延ばす静夢、ヴァルトも首を鳴らして答えた。

 

「「ふぁ……」」

 

ヴァルトが席を立つと、二人は欠伸をした。くすぐったくて、変な感じがして思わず笑みがこぼれる。

 

「二人とも、昨夜は遅かったのですか?大きな欠伸をして…」

 

そんな二人を見ながら、セシリアはクスクスと笑っていた。

 

「ヴァルト君が寝かせてくれなかったんだよ」

 

「おい、夢中になっていたのはお前の方だろ…!」

 

「それは君だってーーー」

 

セシリアに問われ、静夢はどうということなく言葉を返す。異議があるのか、ヴァルトがそれに噛みつく。

しかし、セシリアを含めたクラスメイトたちの表情が凍り付くーーー。

 

異様な空気を感じ取った静夢が振り返る。一歩引いたような距離で見つめるクラスメイトたち、ヴァルトも困惑して首を傾げていた。

 

「貴方たち、そういう関係で……」

 

「で、出来てる……!」

 

「ん…?あ、違うぞ?変な意味でなくてだな……」

 

段々と青ざめるセシリア、クラスメイトの『相川 清香』は上気した様子で二人を指さす。どういう意味なのか、ようやく気付いたヴァルトは必死なって弁解を試みる。

 

「しずむん、パーくんと何してたの?」

 

「うん?僕の仕事の事とか、ヴァルト君の住んでた場所の事とか……色々とお話はしていたよ?」

 

クラスの中でも、恐らく最も純粋であろう布仏 本音が尋ねる。うーん、と考え込むようにしながら、静夢は言葉を選びながら語る。言っている事に嘘はない、今までも似たような状況に見舞われた静夢は、淡々とした様子であった。

 

「え、何かおかしかった?普通のことだと思ったんだけど…」

 

「そ、そういう事でしたか…」

 

「私たちの勘違いでしたね…」

 

冷や汗をかいて、セシリアが肩を撫で下ろす。その後ろで『四十院 神楽』は腑に落ちたという様子だった。

それに倣って、他の生徒たちも落ち着いた様子を見せていた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「ああ…」

 

げんなりとしたヴァルトは、静夢に連れられて教室を出た。二人の去った教室は、暫くの沈黙を経て、少女たちは脱力したーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、どうなることかと思ったぜ…」

 

「変に誤魔化そうとすると、逆に気づかれるよ?いつも通りにしていればいいんだよ」

 

がっくりと肩を落としながらヴァルトは溜息を吐いた。静夢はクスクスと笑いながら、ヴァルトに助言をする。

 

「周りの目があるとはいえ、僕たちの会話が気づかれることはないさ」

 

「……」

 

食えないやつーーーヴァルトは静夢が見せる一面に、言葉にできない感覚が走る。自分とは違う意味合いで、修羅場をくぐった経験のある言動を見せる。

 

静夢とヴァルトは並んで廊下を歩いていると、すれ違う生徒や教師に愛想よく挨拶をしていた。そんな静夢の様子を、ヴァルトは怪訝な表情で見ていた。

 

「うまいもんだな…」

 

「仕事で得たスキルの一つだと思っているよ、大抵の人間なら言い負かす自信がある」

 

自慢げに胸を張る静夢に、ヴァルトは適当な返事をする。今日のランチのメニューについて語り合っていると、食堂に到着する。

 

「うん?」

 

「どうしたの?」

 

「あれ…」

 

「え?」

 

何かに気が付いたヴァルトに、静夢は尋ねた。ヴァルトの指差す方向に目を向けると、食堂の入り口に一人の少女が立っていた。

 

鳳 鈴音だったーーー。

 

誰かを待っているのか、壁に背を着けて、退屈そうに腕を抱えるようにしていた。すると、彼女は静夢とヴァルトを視界に捉えた。

目が合うと、鈴音は手を挙げた。こちらに来いということだろうか、静夢とヴァルトは顔を見合わせると、諦めるようにして彼女に声をかけた。

 

「もしかして、待ってたの?」

 

「当たり前じゃない、いつまで待たせるのよ」

 

「よく言う、待ち合わせなんかしていないだろ……」

 

鈴音の勝手な言い分にヴァルトは溜息を吐き、静夢はマスクの下で苦笑いを浮かべた。活発な彼女に引かれながら、二人は食堂に足を踏み入れる。

初日の鈴音は食堂のシステムがわからない。思い出したかのように静夢が声を上げると、食券の購入方法を教える。

 

出身地に倣い、鈴音はラーメンを注文する。完成までの間、暫し待っていた。

隣に立つ静夢が気になり、チラリと横の彼を覗き見る。

 

「……?」

 

「……ッ」

 

鈴音の視線を感じ取ったのか、静夢は顔を向ける。視線が合い、思わず視線を逸らす鈴音。視線に気づかれたせいかどうか分からない、心臓の鼓動がいつもより騒がしく思えた。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

「え、ああ、謝謝」

 

ラーメンの到着を告げる声にハッとし、思わず母国の言葉が出る。急いで受け取り、空いている席を探してキョロキョロと辺りを見まわす。

 

「向こう、空いてるね」

 

「早く行くぞ」

 

後から来る静夢とヴァルトが空席を見つけ、速足で歩いていく。それを追って、鈴音も付いていく。五人ほどが座れる丸形の席に座り、各々が昼食を摂り始める。

 

「あー、しずむん見つけたー」

 

時を同じくして、本音と簪が訪れる。二人は既に昼食を持っており、席を探しているようだった。

 

「ここ、空いてる?」

 

「ああ、いいぞ」

 

控え目に、恐る恐ると尋ねる簪。ヴァルトは二つ返事で了承し、二人が座れるように奥へと詰める。二人が着席を確認し、改めて一同は昼食にありつく。

 

「かんちゃん、こちらは転校生のりんりんでーす」

 

「ちょっと!それだと、私がパンダみたいじゃない!」

 

「中国なんだろ?あながち間違いじゃないだろ」

 

「なんですってーー!?」

 

「よ、よろしく……りんりん?」

 

「ッ、だからーー!」

 

本音のペースに乗せられ、鈴音は肩で息をしていた。壁を作らずに済み、すぐに打ち解けた様子が見える。

 

(昔と変わらないな、こういうところ……)

 

まだ自分がただの少年だった頃の事を思い出し、静夢はどこか安心した表情を浮かべる。

まだ自分が居場所を作れなかった頃、転校してきた彼女は今と同じだったーーー。

 

天真爛漫な性格で、誰とでもコミュニケーションを取れる彼女に声をかけられたことは、今でも覚えている。

 

「ヴァルト、ちょっと相談があるんだけど……」

 

「帰ったら見てやるよ。偶には休め、顔色が良くない」

 

専用機の完成を急ぐ簪だが、ヴァルトは簪の不調を見抜いて諫める。言い当てられた簪は言葉に詰まり、シュンとする。

そんな彼女を見たヴァルトは、溜息を吐いて簪の頭に手を置く。

 

「お前に何かあったら本末転倒ってやつだろ。一流の人間ほど、体調管理をしっかりやる。今日は少し進めたら終わりだ、いいな?」

 

「……うん」

 

ヴァルトに諭されると、素直に頷いた簪であった。

 

「仲いいね~」

 

「そうだね」

 

そんな二人を微笑ましく見つめる友、一人だけ置いてけぼりとなっている鈴音は、黙々とラーメンをすする。

偶にチラリと静夢を見つめているーーー。

 

マスクを外し、素顔が晒されている静夢の顔は、過去に関わった少年の顔だったのだ。

 

「さっきから何?そんなに見られると、穴が開いちゃうよ」

 

「え、ああ、えと……」

 

声をかける前に静夢が冗談を交えて口を開いた。不意打ちを突かれたように、鈴音は言葉を詰まらせた。

 

「どうしても、アンタに聞きたいことがあるの……」

 

「いいよ。屋上でいい?」

 

静夢の提案に頷くと、それから会話は途絶えた。普段から穏やかな雰囲気を放つ本音も、二人の間にある何かを感じ取って沈黙する。

ヴァルトはまた静夢が面倒なことに関わっていると感じ取り、関わらないようにしていた。

 

「それじゃあ、先に行くわ」

 

「うん、すぐに行くよ」

 

いつの間にかラーメンを平らげていた鈴音が立ち上がり、席を後にする。その背中を見つめ、静夢は紅茶を飲み干して息を吐く。

 

「お前、あいつに何かしたのか?」

 

「初対面なのに?ま、この後のお話次第だね」

 

「面倒事は御免だぞ」

 

「そんなことにはならないさ……」

 

マスクを着け、静夢も席を後にする。簪と本音は顔を見合わせ、戸惑った様子を見せる。ヴァルトは溜息を吐いて昼食を終えるのだったーーーーー。

 

 

 



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第14話

昼食を終え、鈴音を追って足早に廊下を歩く静夢。屋上へ向かう途中で、自販機でジュースを購入する。少しだけ息を切らして屋上にたどり着くと、扉を開けた先に彼女はいた。

 

手すりに寄りかかり、退屈そうにしている鈴音に静夢は声をかける。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「いいわ、私が誘ったんだもの」

 

どこかしおらしく、遠慮したような態度を感じる。静夢は購入したジュースを鈴音に差し出す。無碍にするわけにもいかず、鈴音はそれを受け取る。

沈黙が支配する空間で、二人はお互いに切り出すタイミングを見計らっていた。

 

「あ、ジュースはそれでよかった?急いでいたから…」

 

「え!?あ、ああ…大丈夫よ、ありがとう…」

 

いざ話そうと思うと、言葉に詰まって鈴音は言い淀む。久しく再会した彼にどう声をかければいいのか分からず、落ち着かなかったのだ。

 

「ねぇーーー」

 

「なに?」

 

思い切って、鈴音は静夢に尋ねる。静夢はいつも通りに、鷹揚な様子で彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「アンタは一夏なの…?」

 

「……」

 

意を決して尋ねた鈴音に、静夢は何も言わなかった。ここで自身の正体を明かす事は自滅にもつながる。これはヴァルトの時に経験しているが、今は鈴音をしっかりと信頼できる確信がない。

 

ましてや、彼女は中国の代表候補ーーーどこから情報が洩れるか分からないのだ。

 

そこで静夢が取った選択はーーー。

 

 

 

 

「またそれ?そんなに似ているかな…」

 

 

 

 

言いくるめて、誤魔化すことを選んだ。どのみち気付かれることは目に見えているが、先延ばしにするくらいは出来る。

わざとらしく、自分の顔をぺたぺたと触る。鈴音の方を向くことはしない。凡そ、彼女がどんな気でいるかは分かるし、今の自分にはそんな資格はないからだ。

 

「な、何言ってるのよ…アンタ、バカにするのもいい加減にしなさいよ!」

 

呆気に取られた後、声を荒げる鈴音。瞳には怒りの色が見え、悔しいのか歯ぎしりをする。

静夢は激高する鈴音に向き直り、口元を覆うマスクを外す。

 

「一夏じゃない!私がアンタの顔を忘れるわけがないでしょ!?」

 

静夢を織斑 一夏と言い張る鈴音に、静夢は大きな溜息を吐くーーー。

 

「僕は累 静夢だよ。それ以上でもなければ、以下でもない。ましてや、これまで僕の全てを、君が否定できるのかい?それとも、昔の恋人と重ねてしまったのかな?」

 

嘲るようにクスクスと笑い、ポケットから飴を取り出して口に放り込む。舌の上でコロコロと遊ばせ、やがて隠すようにマスクを着ける。

 

「ふざけんな!私が、どれだけアンタをーーー!」

 

「……」

 

「ッ、アアァァーー!」

 

ついに限界を迎えて心の内を吐露する鈴音を遮り、静夢は突き放すように冷たい眼差しを向ける。言いたいことも言えず、納得のいかない彼女は顔を伏せて声を上げる。

 

しばらく声を上げ、息を切らした鈴音が顔を上げた。目元には涙が浮かんでおり、思いの丈が見てとれる。

 

「いいわ、アンタが私の知ってるアイツじゃないってことは認める」

 

「本当に?そんな顔には見えないけど……」

 

「頭で理解させて飲み込んだのよ。それくらい、理解しなさいよ…」

 

「そうですか……」

 

「ただし…!」

 

鈴音が声を張り上げ、静夢は手すりに寄りかかったまま、彼女を見つめる。

 

「放課後に武道場に来なさい!これは、私の気持ちにケリをつけるためよ。この言葉に噓は無いわ」

 

静夢を指差して宣言する鈴音に、静夢は溜息を吐いた。千冬や織斑ほどでは無いにしろ、彼女も過去の自分に執着しているきらいがある。

一つのことにこだわるあまりに、視野の狭窄に陥ってしまっているのだ。

 

しつこく付きまとわれるのは、あまりいい気分ではない。ましてや、過去の自分を知っている人間なら尚更である。

 

「条件がある。どんな結果になろうと、過度な干渉はナシ。いいね?」

 

「いいわ、それでいきましょう」

 

鈴音はそう言って、屋上を後にする。口の中で小さくなった飴を噛み砕き、一人取り残された静夢は蒸れるマスクを外す。

 

「はぁ、面倒くさいなぁ……!」

 

一人を良い事に心の内を声に出す。口元を撫でる風が涼しくなる半面、頭の中は苛立ちが募るばかりだった。

 

「寄ってたかって、過去にこだわって……!」

 

頭をガシガシと搔きむしり、先刻の鈴音のように声を上げたい気分であった。夜の仕事の経験を思い出し、気持ちを落ち着かせる。

はぁ、と小さな溜息を吐いて、静夢は首に下げたマスクを口元に着ける。

 

「ここで駄々をこねても仕方がない、か……」

 

頭と心を切り替えて、静夢は屋上を後にした。ドアをくぐり、階段へ足を向けた瞬間だったーーー。

 

「ッーーー」

 

視線を感じ、静夢の足が止まる。自分の立場や纏わりつくものを考えれば、不思議ではない。ここに来てからは何度もあった、面と向かっての接触だってあった。

夜の仕事の要領で言いくるめると、そのままベッドで骨抜きにして差し上げたのだ。

 

自分から誘うのは静夢のポリシーに反するが、相手は自分の命を狙っているのかもしれない。そう考えれば、ポリシーを気にしている場合ではない。相手にするついでに、持っている情報を頂いて関係各所へ流しもしたのだ。

 

「……」

 

しかし、今回のお相手は、どうやら様子見のようだ。本気で命を狙う相手なら、周到な用意と完璧なタイミングを狙うはずだ。

隠れていると思われる方向は敢えて見なかった。不用意な隙を見せることにも繋がる。

 

膠着状態から数分が経ったーーーしかし、相手は仕掛けては来ない。

 

「帰ろうか、時間が勿体ない」

 

わざと声に出して言うと、静夢は今度こそ階段を下りて教室へ向かったーーーーー。

 

 

 

 

「気づかれた…?どのみち、厄介な子ね。噂も当てにならないわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の授業が終わると、静夢は重苦しい雰囲気で武道場へ向かった。鈴音との約束だ。有耶無耶にして、その場をやり過ごすこともできたが、厄介なことに過去の因縁もある。その隣にいるヴァルトは、着替えを脇に抱える静夢を横目で見ていた。

 

「お得意の口は通じなかったのか?」

 

「言わないでよ、頭が痛くなる……」

 

ヴァルトは、げんなりとした様子の静夢を笑い飛ばした。普段からは考えられない慌てぶりを見て、新鮮な気持ちになると共に、かつて垣間見た静夢の過去を思い出す。

身内の影に隠れた自分に対し、静夢は身内に苦しめられて来た。自分がまだマシな立場にいたということを思い知った。

 

「苦労している、なんて……言葉一つで片づけられないか」

 

「僕にとっては過去のことだよ。今更、そんな事は気にしない。僕が見ているのは、いつだって明日や未来だから」

 

「……強いんだな」

 

「僕なんてまだまださ。追いつかなきゃいけない人たちが、沢山いるからね」

 

この前向きな姿勢が静夢の強さとも考えるヴァルトは、それが偶に羨ましいと感じる。自分はまだ目先のことに囚われていたり、現実を否定するという漠然としたものしか見えていない。

 

(俺も、お前に追いつけるだろうか……)

 

自分らしくもなく、センチメンタルな感情が浮かび上がっていたーーー。

 

すると、遠くから掛け声や激しく打ち合う音が聞こえてくるーーー。

 

「あ、ここかな?」

 

それを聞いた静夢は駆けだした。当事者ではないヴァルトは、ゆっくりと静夢の後を追う。静夢が扉を覗くようにしていると、追いついたヴァルトも同じように後ろから覗き込む。

 

「めーーん!!」

 

「一本!」

 

「1!2!1!2!」

 

覗き込んだ武道場では、剣道部の部員たちが汗を輝かせながら邁進していた。ある場所では試合さながらの練習をしており、また別の場所では列になって竹刀を振っていた。

 

「あら、噂の二人じゃない。どうしたの?」

 

すぐ近くで練習を見ていた顧問の教師に声をかけられ、二人は一礼をする。

 

「ちょっと用があって来たんですが……」

 

「うちの誰かに?」

 

「ああ、いえ。そういうわけじゃなくて…」

 

目的の人物を探し、武道場を見まわすが、鈴音はいなかった。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

後ろから声をかけられ、静夢とヴァルトが振り返る。鈴音だ。急いでやって来て、息を切らしていた。

 

「大丈夫、僕らも今来たところだよ」

 

「そう?それじゃあ、始めましょうか」

 

「なぁ…」

 

何事もないように話が進んでいるが、ヴァルトが何かに気が付いて声をかける。

 

「『使用許可』はとってあるのか?」

 

ヴァルトの言葉に鈴音と静夢は顔を見合わせたーーー。

 

「使用許可って?」

 

「取ってあるんじゃないの?」

 

「お前ら……」

 

既に準備が済んでいるものだと思っていた二人は首を傾げ、そんな二人を見たヴァルトは溜息を吐いて頭を抱える。近くにいた教師も、思わず苦笑いを浮かべる。

 

静夢とヴァルトが鈴音に一通りのことを教えると、事態はゆっくりと収束に向かっていく。

 

「ごめん……」

 

「いいよ、僕も気が回らなかった」

 

「じゃあ、今回はナシだな。明日にでも申請して、許可が下りたらーーー」

 

「別にいいわよ?」

 

場所が取れてない状態のため、引き上げようとする一行だったが、それを教師が引き留める。

思わず足が止まり、三人は驚いて首を傾げた。

 

「い、いいんですか?」

 

「構わないわ、そろそろ休憩に入るしね」

 

「許可は?取ってないけど…」

 

「今、私がした。ということでは、不服かしら?」

 

いたずらっ子のように微笑む大人に、静夢とヴァルトは顔を見合わせ頷く。

 

「「ありがとうございます」」

 

静夢とヴァルトが感謝を告げる。静夢が頭を下げると、鈴音が遅れて一礼したーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

剣道部の休憩に合わせ、武道場から人が遠ざかる。顧問の教師からの指示であったが、剣道部員の面々は不思議に思いながら武道場を見つめる。

 

その先には、トレーニングウェアに着替えた静夢と鈴音が、中央で向かいあっていたーーー。

 

「条件はあの時と同じ、どんな結果でも文句ナシで」

 

「もちろん、始めましょう」

 

確認の後、二人は準備を始める。あまり気が乗らない静夢だが、簡単なストレッチをする。

対する鈴音は同じようにストレッチを行い、目を閉じて瞑想をしている。

 

「……フゥ」

 

「いい?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

目を閉じて集中している鈴音に、申し訳なさそうに声をかける静夢。パッと目を開いた鈴音は頷いた。

 

両者はしっかりと向かい合い、ついに勝負が始まるーーー。

 

自然体でリラックスした状態の静夢は、いつものように構える。

鈴音は両手を体の前で合わせると、腰を落としながら右手を前にして構えた。

 

「ッ、その構え……!」

 

「さぁ、行くわよ!!」

 

その構えを見てハッとする静夢だが、鈴音は容赦なく牙を剝く。勢いよく飛び出し、か細い右足からは想像もできないほどの蹴りが飛び出す。静夢は半身になって避けるが、鈴音の追撃は終わらない。

 

鈴音の右手が鋭く突き出され、咄嗟に出した右手でそれを防ぐ。

 

(あの構え、この動き……間違いない、これは……!)

 

静夢は鈴音のこの動きに覚えがあった。かつて、自然調査のために中国を訪れた際に、出会った『とある武人』と同じ動きだったのだ。

 

「甘い!」

 

右手で防いだ一撃だが、鈴音はそれを素早く返して静夢のバランスを崩した。ノーガードとなった静夢は、左手で追撃に備える。

 

その反応に、鈴音は笑みを浮かべたーーー。

 

「ハッ!!」

 

「ッ!?」

 

鈴音は静夢の反応をあざ笑うかのように、がら空きとなった脇腹を狙った。意識の外からの攻撃に、静夢は反応できなかった。

脇腹への一撃を受け、静夢はたじろいで体勢を崩した。

 

(仕掛ける…!)

 

追撃に出る鈴音の肉薄、静夢との体格差があるため、鈴音はその差を埋めるべく間髪いれずに攻撃に打って出た。

 

「クッ…!?」

 

「チッ!」

 

飛びかかった鈴音の振り下ろす右手を避けた静夢は、前転して距離を取る。体勢を立て直し、彼女の動きを注視する。

 

「どう?舐めてると痛い目を見るわよ?」

 

してやったりと、無邪気に笑う鈴音。静夢は、かの武人との組手を思い出す。

 

隙のない鋭い一手に苦戦し、回避することが精一杯だった。それからは強くなっているという自負はあるものの、静夢は無意識にプレッシャーを感じていた。

 

思わぬ強敵との遭遇、静夢は自身の判断の甘さを痛感する。適度に加減をして、彼女に勝ちを譲れば丸く収まると思っていた。ヴァルト戦のように、勝ちを譲れない気分ではないが……。

 

(本気でやらないと、後悔するかもしれないな……)

 

静夢は覚悟を決め、一呼吸の後に目を閉じたのだったーーーーー。

 

 

 



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第15話

静夢と鈴音がいる武道場、休憩に入った剣道部員たちは休息の最中で、武道場の二人に注目する。その中には箒の視線も含まれていた。

 

中学時代、全国大会に出場した経験のある彼女は、IS学園に入学しても剣道を続けていた。放課後に武道場に訪れた三人を気にせずにはいられなかった。

 

「……」

 

「…気になるのか?」

 

「ッ、ああ……」

 

壁に背を着けながら眺めているヴァルトに声をかけられ、肩を揺らす。流れる汗を気にも留めず、二人の戦いを見つめる。

彼女のその眼差しに、羨望のようなものを感じたヴァルトは、自分とは似て異なる何かを感じた。静夢との戦いで彼の過去を見たヴァルト、その中には箒の姿を垣間見た。

 

「最初は互いに様子見だろうか……」

 

「中華娘の方はな。静夢は…おそらくだが、裏をかかれて焦っている」

 

「……よく見ているんだな」

 

「当然だ、俺が認めたヤツだからなーーー」

 

そう言うヴァルトの目が変わった、同時に静夢の様子も変わった。鈴音との距離を置いて、目を伏せた。

 

「な、なぜあんなに距離を…」

 

「アイツも本気を出すみたいだな、そろそろ動くぞ」

 

戸惑うばかりの箒に、ヴァルトは静夢の全てが手に取るように理解できた。

二人の戦いは加速していくーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を伏せた静夢は、気持ちを落ち着かせる。彼女のスタイルに気持ちを乱したが、攻略法はいくらでもある。自分の経験と、持ち得るテクニックを信じるだけだ。

 

彼女の鋭い『爪』と荒々しい『牙』を崩すにはーーー。

 

(何のつもりか知らないけど、見逃すわけが無い……!)

 

静夢の思惑が読めないものの、膠着状態を放置するわけにはいかない。元々、せっかちな性格も相まってか、鈴音は臆することなく駆け出した。

未だに目を閉じて動かない静夢に目掛けて、渾身の力を込めた拳を放ったーーー。

 

「ッ!」

 

静夢が目を開いた。咄嗟に右手を出し、鈴音の拳を逸らした。驚いた鈴音だが、追撃の手を止めない。右手によって隠されていた左手で、同じように脇腹を狙う。

 

「!!」

 

「ッ、ウソ!?」

 

鈴音が声を上げた。追撃さえも読まれたのだ、静夢は鈴音の左手をしっかりとつかんでいた。

 

「そぉれ!!」

 

鈴音の右手を掴み、完全に彼女を拘束した静夢は、力いっぱい彼女を放り投げた。左手だけを離し、彼女を武道場に叩きつける形となる。

 

「ッ~~~!?」

 

驚いたのも束の間、気が付いたら天を仰いでいた鈴音。苦悶の表情を浮かべていた。静夢が追い打ちをかける、右手を掴んだまま、左拳を振り下ろす。

 

「舐めんな~~!!」

 

鈴音がそれに対応する。小柄な体格を十二分に使い、小回りの利く動きで切り抜ける。左脚を大きく回し、続いて右脚を振り回した。

静夢は思わず鈴音の手を離してしまい、彼女の自由を許した。

 

「フッ!」

 

膝を胸に着けるようにして体を丸めた彼女は、畳に着けた両手を一気に押し上げる。その勢いを使って、体を起こした彼女は何事もなかったかのようにして静夢に向き直る。

 

「「……」」

 

お互いに構えると、再び相手の出方を窺う。

すると、鈴音は構えを解いたーーー。

 

「降参するわ、これで終わりにしましょ」

 

まさかと思われた決着に、見学していた剣道部員が溜息を洩らした。静夢は構えを解かず、鈴音の一挙手一投足に注目する。

静夢は覚悟を決め、思考ではなく直感で動くことを決めた。相手の動きに合わせて、その場で対応していたのだ。

 

そんな中で、彼女の降伏宣言だ。まだ何かあるかもしれないと、警戒を解かずにはいられなかった。

鈴音は未だに自分を睨み続ける静夢を見て、苦笑いを浮かべて手を振った。

 

「だから、私の負けよ。約束は守るわ」

 

「……ハァ」

 

彼女の言葉にようやく力を抜いた静夢は、武道場に体を沈めた。決着を見届けたヴァルトは武道場に足を踏み入れる。

 

「生きているか?」

 

「どうにかね…」

 

上から井戸を覗きこむように見下ろすヴァルトは、静夢の疲れた表情を見て、気分を察する。手を伸ばすと、静夢がそれを掴む。引っ張ってやると、思ったよりも重かった。余程、力んでいたのだろう。反動で力が入っていなかったのだ。

 

「苦戦したみたいだが……」

 

「うん、ちょっとね。さすが、『竜爪虎牙拳』だ」

 

「知ってるの!?」

 

静夢の言葉に反応したのは鈴音だった。鈴音の驚いた顔に納得した。

 

「ということは、君の師匠は『的 劉信(ディー リュウシン)』?」

 

「師匠のことまで……」

 

「仕事で中国に行ったことがあってね。道に迷った時に助けられたんだよ」

 

「どこにでも行くんだな……」

 

「わがままを言ってね、強引についていったんだよ」

 

植物監察官の研修生となって間もない頃、ハサウェイに無理を言って中国に渡ったことを思い出す。まだ経験の浅い彼は案の定、道に迷った。携帯電話も使用できず、途方に暮れていたところを、鈴音の師である劉信と出会ったのだ。

それから数日の間、彼のところで世話になっていた。そこで知ったのが、竜爪虎牙拳である。

 

「あの人に会わなかったら、今頃どうなっていたか……」

 

「じゃあ、師匠が言ってたヤツって、アンタだったのね」

 

「え、悪く言われてた?」

 

鈴音が思い出したように呟くと、静夢は困惑した。迷惑をかけた自覚があったが、門下生に愚痴をこぼすほどに疎ましく思われているとは思いもしなかった。

 

「逆よ、弟子にしたかったらしいわ。育てたかったって」

 

「なんだ、そっちか……師範は元気?」

 

「ええ、まだ若い人でもあるしね」

 

最後はわだかまりが解けて、劉信のことや流派のことを話しあっていた。汗の始末をして着替えると、武道場を後にしても、話は尽きなかったようだーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴音と別れ、ヴァルトと合流した静夢は肩を並べて歩く。目指す場所は食堂だ。

 

「ハァ、面倒だな……」

 

「そう言わないの。折角、お呼ばれされたんだから」

 

「あいつが居れば十分だろうが……」

 

「彼にそんな甲斐性はないさ、食費が浮くと思えば楽だろう?」

 

不貞腐れたヴァルトに対し、静夢は肩を竦めてみせた。今回は一年一組のクラス代表が決定したことの集まりだ。主役はクラス代表である織斑なのだが、同じクラスであるために二人も招待されている。

 

ISを動かせる男が三人もいるということで、別のクラスからも参加を希望する生徒も多かったらしく、クラス会というよりも学年を通じてのオリエンテーションに近いものとなる。

本音に引きずり込むようにして簪も参加するらしく、気乗りしていない様子をヴァルトは知っている。鈴音は織斑とのこともあって、自室に籠るらしい。

 

「あ、来たよ!」

 

食堂に入ると、予想よりも参加者がいた。ガヤガヤとする食堂を歩くと、二人を見つけた清香が声を上げた。あまり目立ちたくないヴァルトが溜息を吐き、静夢はマスクの下で苦笑いを浮かべた。

 

「これで揃いましたね」

 

「さ、早く早く!」

 

神楽が周囲を見渡し、『鷹月 静寐』が静夢とヴァルトに着席を促す。席には既に織斑が座っており、ヴァルトは静夢の背中を押して着席を促す。何事かと思って振り返ると、ヴァルトが真剣な顔で首を横に振っていた。

 

「仕方がないな~」

 

ヴァルトの気持ちを察した静夢は、溜息を吐いて織斑の隣に座ると、その隣にヴァルトが座った。よっぽど織斑を嫌悪しているらしく、静夢を壁にして着席したのだ。

 

(イヤな役回りだな……)

 

自分が行かなければヴァルトは参加しないだろうし、織斑だけだと色々と危ぶまれる。ましてやこの二人だけとなると、また変な騒ぎになるだろう。

自分でも損をしていると思いながら、平静を装う静夢は目を伏せた。

 

静夢とヴァルトが来たことで、一組の面々は揃ったらしい。二人の飲み物が用意される。

 

「えー、それでは!織斑くんのクラス代表決定を祝して、かんぱーーい!!」

 

「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」

 

静寐の音頭を皮切りに、食堂は大賑わい。幼い彼女たちの喧騒が辺りを包む。

 

「月末のクラス代表対抗戦、頑張ってね。織斑くん」

 

「食堂のスイーツ無料のためにね!」

 

「ああ、頑張るよ。ありがとう」

 

クラスメイトが、月末に行われるクラス代表対抗戦に参加する織斑にエールを送る。優勝したクラスには、半年間のスイーツ無料がもたらされる。甘味の好きな少女たちは、それに夢中だ。故に、織斑には何があっても勝利してもらわなくてはならないのだ。

 

そんな彼女の裏側も知らず、織斑は張り付けたような笑みを向ける。静夢はそんな彼の態度を嫌悪して、ヴァルトの方に身を寄せた。

 

「お前もかよ…」

 

「仕方がないだろ、許してよ」

 

お互いに険しい顔をして、テーブルの食事をつまみながら、時間の経過を待つのだった。

 

「はーい、新聞部です!噂の三人に取材しに来ましたー!」

 

「「「「「「おぉーー!」」」」」」

 

人の波をかき分け、カメラを首に下げた少女が現れる。

 

「どうもー、新聞部の黛です。あ、これ名刺ね」

 

素早く三人に寄る『黛 薫子』は、三人に名刺を渡す。ヴァルトと織斑は、受け取った名刺を怪訝な顔でジッと見る。

 

「ありがとうございます。累 静夢です、よろしくお願いします」

 

「お、これはご丁寧に……頂戴します」

 

「「「「「「……大人だぁ~~」」」」」」

 

静夢は懐からケースを取り出し、名刺を一枚取って黛に渡す。普段では見慣れない光景に少女たちが何故か盛り上がる。

 

「ガチなやつだ、いつも持っているの?」

 

「ええ、上の人に持たされました。良くも悪くも役に立ってます」

 

ハサウェイと共に行動している時から、いざという時のために名刺を持たされた。黛のものに比べてしっかりとした作りに、彼女は感嘆の息を吐く。

 

「それじゃあ、早速聞いていこうかな。まずは織斑くん、クラス代表になった意気込みを」

 

「え、いきなりだな……とりあえず、頑張ります」

 

「えー、ちょっとインパクトに欠けるな……もっと無い?俺に触れるとやけどするぜ、みたいな」

 

無難な意気込みに、黛は顔を顰める。記事にする身としては、もっと人目を惹くようなものが欲しいのだ。真向から否定された織斑も顔を顰めると、何とか捻り出そうと考え込む。

 

「自分、不器用ですから…」

 

「うわ、前時代的!ま、それでいいや。適当に書いておくから」

 

「いいのか、それ…」

 

「世間に出回らないし、良いんじゃない?」

 

黛の態度に、ヴァルトは彼女の仕事を疑った。静夢は世間の情報操作の闇を知っているため、大して気に留めなかった。

 

「次に累くん、織斑くんに快勝したみたいだけど、どうして辞退したの?」

 

織斑から静夢に矛先を向けた黛の純粋な質問、近くにいる誰もが耳を傾ける。機体性能や操縦技術など、どれをとってもトップクラスだ。クラスメイトの誰もが、静夢が代表に就くと思っていた。

 

「そうですね、企業の代表でここにいるという事と、仕事の方もあるので辞退しました。まぁ僕自身、就任するつもりがなかったというのが、本音ですけどね」

 

顎に手を添えて、考えるような素振りをした静夢は、マスクの下でクスクスと笑った。その答えでいい感触を得たのか、黛も周りの生徒たちも笑顔を浮かべた。

 

「じゃあ、パークスくんにも聞いちゃおうかな。ズバリ、ライバルは?」

 

「累 静夢。こいつを追い越す事しか考えていない」

 

迷いなく宣言し、ヴァルトは静夢の肩に肘を置いた。その堂々とした態度に再び歓声が上がる。肩に乗せられたヴァルトの肘に、静夢は首をもたげる。

 

「そんなに言われたら照れちゃうよ」

 

「本心だ」

 

「ほほぅ、仲の良さも垣間見えて情熱的、と。それじゃあ、最後に写真、いいかな?」

 

メモを終えた黛がカメラを向けた。織斑が立ち上がると、仕方なく静夢とヴァルトも立ち上がる。移動する際に、セシリアと目が合ったヴァルトは彼女に手招きをする。

ヴァルトも静夢もセンターを嫌って、織斑を立たせる。そうすると、必ず織斑の隣に立つこととなる。

壁として彼女を呼び、押し付けるように織斑の隣に立たせた。

 

(とことん嫌うね……)

 

(言わなくても分かるだろ…)

 

目が合っただけで会話し、二人は両端に立った。

 

「私まで、良いのですか?対象は三人でしょうに…」

 

場違いのように感じていたセシリアが事情も知らず、異性に挟まれてオロオロとしている。そんな彼女に、織斑は一歩近付いて声をかける。

その瞳にはドロリとした淀みがあった。彼女に優しさを向け、気を惹こうという下心があった。

 

「当然さ、だってーーー」

 

「自信を持って、君はここに立つ資格がある」

 

「もっと堂々としていろ、いつぞやの時みたくな…」

 

「な!あの時は……!」

 

「まぁまぁ、そこまでにして。ほら、さっさと撮ってもらって終わりにしよう?」

 

織斑が声をかけた瞬間、静夢とヴァルトがセシリアに声をかけた。織斑の声は、大きな波にさらわれたかのように消えていった。

 

「はーい、撮りますよー」

 

黛の準備が整い、織斑は行き場のない怒りを飲み込んだ。悟られないように、グッと堪えていつものように平静を保った。

 

「行きまーす。はい、チーズ!」

 

姿勢を正した四人を見て、黛はカメラを構えた。フラッシュが焚かれると、四人の後ろにはクラスメートたちの姿があった。

 

「貴方たち……」

 

「いいじゃん!セシリアだけズルい!」

 

「そーよ!」

 

「すいません、もう一枚撮ってもらっていいですか?」

 

クラスメートたちに呆れるセシリアは溜息を吐き、クラスメートたちは逆ハーレムのような彼女の立場に不満を漏らす。

静夢は黛に頼み、再び撮影を申し込んだ。静夢の意を理解し、ヴァルトはクラスメートたちを指示して整列させた。

 

黛は段々と和んでいく雰囲気に笑みを浮かべ、彼らの姿をシャッターに収めたのだったーーーーー。

 

 

 

 




濃密な戦闘を期待していた方々、申し訳ありません。次回はガンガンやっていくつもりですので、ご容赦ください。

もう少し書きたかったのですが、ここで一度切ります。
次回はもう少し頑張ります。



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第16話

「はぁ、疲れたな…」

 

食堂を出て、静夢は自室へ向かって歩いた。同年代の少女たちに囲まれた経験があまりない彼は、とてつもなく神経をすり減らしていた。ヴァルトや織斑が問題を起こさないようにする立ち回り、クラスの面々を騙すこと、静夢はすぐにでも休息を摂りたかった。

 

部屋が近づき、マスクをずらして口元を露わにする。熱を含むマスクが取られ、口元の涼しさを感じると、口元を手で拭った。部屋の前にたどり着くと、ポケットの中のしまった鍵を取り出した。

 

重い瞼のせいで、鍵が入らずに苦戦しながらも、どうにか鍵穴に差し込んで開錠する。ガチャリという重い音が鳴り、開錠を確認した静夢は部屋へと入ったーーー。

 

 

 

 

 

「お帰りなさーい!ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」

 

 

 

 

 

扉の先に一人の少女がいた。エプロンをしていて腕や足が見え、艶めかしい雰囲気を纏った彼女はニコニコと笑みを浮かべていた。

キッチンから取り出したであろうレードルを、静夢へと向けていた。

 

「……」

 

「ーーーえ、ちょっと……?」

 

既に疲労が限界に達していた静夢に、彼女は映らなかった。無言で歩きだし、彼女の隣を通っていく。

年頃の反応を期待していたのか、その少女はベッドへ向かう静夢に戸惑った。

 

ジャケットを脱ぎ捨て、首元を緩めた静夢。ベルトを緩めて、そのままベッドへと倒れ込んだーーー。

 

「あのー、もしもーし?」

 

不満げな顔をした少女は遠くから問いかけるが、静夢の返事はない。ベッドまで歩み寄り、少女は静夢の顔を覗き込む。不穏な噂を耳にして彼を探っていたが、このあどけない寝顔からは想像できない。

 

「ふぅ、今日は収穫なしか…」

 

部屋へ侵入し、荷物や周りのもの物色したが、怪しいものは見られなかった。彼が所属する組織に関する資料は見つかったものの、深くまで知ることは叶わなかった。これは彼を疑うべきか、噂を疑うべきか…。

 

少女は仕方なく立ち上がり、着替えるためにシャワールームへと入っていったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー明くる日、静夢はふと目を覚ました。

 

「ハッ……!」

 

勢いよく顔を上げ、時刻を確認する。針はまだ日の出よりも前の時刻を差していた。脱力して再びベッドへ身を沈めると、寝返りを打って仰向けになる。

天井を見つめ、昨夜のことを思い返したーーー。

 

(皆でご飯を食べて、それから部屋に戻って来て……)

 

眠気が襲ってきて、睡眠欲に身を任せたことを思い出す。ただ、何かが引っかかる……。

 

(誰かに会ったか?会話の記憶がない……)

 

朧気な意識のまま、欠伸をかいて体を伸ばす。まだ時間に余裕があるが、まだ体も頭も起床を望んではいなかった。アラームをいつもの起床時間にセットし、静夢は再び意識を手放したーーー。

 

そして、アラームが鳴る前に目が覚めると、今度はベッドを出て支度を始める。

パソコンを起動し、メールの確認をする。ロンド・ベルと植物観察局からのメッセージを見て、それの返事をしていく。

 

ロンド・ベルからは、パイロット部門とメカニック部門からの要望などであった。先の試合での感想やアドバイス、試作で開発した装備のプランに目を通していく。

 

「高火力で高機動、理に適ってるな」

 

一通り目を通すと、メカニック部門の優秀さに驚く。そのプランを採用した際の有用性、投入する際の注意点などの質問を書き記し、返事を返した。

観察局からのメールでは、ハサウェイの師である『アマダ・マンサン』からであった。

内容は静夢を心配するようなもので、思わず苦笑いを浮かべた。初めて会ったのはハサウェイと共に観察局へ訪れた時、車椅子に乗ったアマダは柔和な笑みを浮かべていた。

 

植物観察官の仕事や在り方、仕事に関わるうえで必要なマナーなど、基礎から教わった。後に、マフティーという組織を創り上げた人間と接触する事となるーーー。

『クワック・サルヴァ―』ーーーヤブ医者という意味のコードネームを騙るその男は、かつてハサウェイをマフティーに誘った張本人だ。連邦軍の要職に就き、様々な暗躍をしていたとハサウェイから聞いた。

 

静夢にハサウェイと同じものを感じたサルヴァーは、同じように事の始まりを語った。腐敗する連邦政府、汚染される地球、変わらぬ人類ーーーハサウェイたちから聞いたことよりも深く踏み込んだ話を聞き、静夢は耳を傾ける。

静夢は自身の願いを示すと、サルヴァーは無邪気に笑っていたーーー。

 

「あれから九人、それでも人間は変わらないか……」

 

マフティーは今日も活動を続けている。女尊男卑思想を掲げる人間を中心にした危険人物の排除、それに関わる物の抹消……世間の反応は疎らだ。

それを悪だという女性、不遇な自分たちの希望になりうると謳う男性、危害を受けない自分には関係ないと歯牙にもかけない者たちーーー。

 

「人々の意識が変わらない限り、この世界は変わらない……難しいな」

 

メールを閉じてパソコンをシャットダウンすると、マスクを装着して部屋を後にしたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

「…おはよ」

 

廊下を歩くと、鈴音と遭遇した。

 

「眠れた?」

 

「ええ、ベッドの心地が良くて寝過ごすところだったわ」

 

苦笑いを浮かべる鈴音に、静夢はマスク越しに笑って見せた。

 

「同じ部屋の子とはうまくやっていけそう?」

 

「ええ、大丈夫よ。ティナは気難しい相手じゃないし」

 

鈴音の返事に、静夢はアメリカの出来事を思い出す。鈴音と同室の『ティナ・ハミルトン』とは、アメリカを訪れていた時に出会った。海外の植物分布を調べるために現地へ赴き、作業現場の近くを散歩していた彼女と出会った。

 

ティナは日本人に会った経験があまりなく、新鮮な気持ちだったらしい。偶然にも同じ年ということもあり、それが交流に拍車をかけた。ちぐはぐで拙い英語で話しながら、ティナはそれを大らかな気持ちで受け止めた。

しばらくして、まさかこんな所で再会するとはお互いに思っていなかった。

 

「そう言えば、簪の機体は間に合いそうなの?」

 

「うん、順調に進めばね」

 

思い出したように鈴音が問うと、静夢は頷いて答える。ヴァルトを始めとした周囲の協力のおかげで、打鉄弐式は着々と完成が近づいている。

あとはOSのみとなっているが、そこにヴァルトはアドバイスができなかった。静夢はかじった程度なので、微力ながらの助力であった。

 

簪の専攻でもあるので、そこは彼女の技術に任せるしかなかった。静夢やヴァルトを通じて、セシリアのブルーティアーズの技術も提供された。そこまでの義理もなく、申し訳ないと思った簪だったが、ひたむきな姿勢に心打たれたセシリアに押し切られたらしい。

 

「恵まれているのね、いいじゃない」

 

「君だって師範に教えられたんだ、同じだろう?」

 

「まぁね」

 

朝食を乗せたトレーを持ちながら、二人は空席を探して歩く。適当な空席を見つけると、二人は腰を下ろした。手を合わせて、食事を始める。

 

『次のニュースです。IS製造会社である『アクシズ』が、新たなISの製造を発表しました。これには、ジオニック社や篠ノ之 束氏の技術提供が関わっているとのことです』

 

テレビで流れるニュースから、聞いた事のあるワードが出てきた。静夢は手を止め、画面に目を向けた。

対面に座る鈴音は、つられてテレビに目を向ける。

 

『会見を開いた代表の『ハマーン・カーン』氏は、試作段階の機体を用意し、実際の性能を披露しました』

 

画面には会見の実際の映像が切り抜かれており、席の中央にいる女性がデータを見せながら説明をしていた。

鋭い目が特徴の女性は自信に満ちており、放たれる言葉には全て力が籠っていた。

 

『本機体のコンセプトは、汎用性である。パイロットや戦況を選ばず、適した状態で使用が出来る事だ。様々なオプションを用意し、期待以上の成果が得られるだろう!』

 

宣言にも思える力の籠った説明に、記者たちは圧倒されて声を上げる。実際に機体に乗っている少女は、自身の手足のようにその機体を操っている。

 

『順次、この機体をロールアウトし、パッケージも発表していく。心して待つがよい、俗物ども!!』

 

踵を返し、代表のハマーンは会場を後にする。そのニュースはそれで終わり、新たな情報が流れてくる。画面から目を離して、静夢は食事を続ける。鈴音も向き直り、食事を再開する。

 

「今のもアンタの知り合い?」

 

「代表同士がね。僕も何度か会ったことがあるけど、強い人だった」

 

「戦ったの?」

 

鈴音の問いに、静夢は首を振った。

 

「会った時の雰囲気だよ、戦わなくてもわかった」

 

そう言うと鈴音は納得したように、ああ、と声を上げた。静夢はニュータイプの直感で言ったが、武術に精通する鈴音もそれが理解できた。

本当に強い人間は、手や声を出さずとも実力が立ち振る舞いに見えるものだ。静夢はハマーンに会った時、鳥肌が立ったことを思い出す。

 

アムロやシャアと同じニュータイプであることを聞いていたが、二人よりも強い意志を感じた。悪寒を感じ、静夢は初対面でハマーンに萎縮していた。

そんな静夢に対し、ハマーンは優しく接していた。おそらく、眼中になかったからだろうと静夢は思った。

 

話てみると、広い目で俯瞰できる人だとわかった。それでいて自分の目的を果たすべく動くタイプで、唯我独尊とも捉えられる。

 

「そんな人間がゴロゴロいるのね」

 

「うん、世界は広いのさ……」

 

自分たちが強くなったという自負はある。しかし、それでも遠く及ばない人間がいる。頭では理解していても、目の当りにすると改めて自分の現在地を思い知らされる。

 

若干の暗い気持ちを漂わせながら、二人は朝食を済ませて教室へと向かっていったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

平和な日常が過ぎていき、クラス代表対抗戦が明日に迫った頃であるーーー。

 

「そろそろ対抗戦だけど、調子はどうだい?」

 

「良い感じよ、負ける気なんて微塵もないわ」

 

自信に満ちた鈴音の返事に、静夢はニコリと笑った。

 

「初戦は勝ちが決まっているし、決勝で簪と戦うのが楽しみよ!」

 

対戦相手は放課後に決められ、各クラスに通達されていた。簪の機体もどうにか完成し、これからお披露目を兼ねた試運転をやるらしい。ヴァルトから伝えられ、見に行く道中で鈴音と合流したのだった。

 

「楽しみにしているよ」

 

「釘付けにしてあげるから、期待していなさい!」

 

やる気は充分のようだ、明日は完璧なパフォーマンスが予想される。

 

そう思った時だったーーー。

 

「やぁ、鈴」

 

廊下を歩いていると、件の対戦相手が声をかけてきた。仮面のような笑みを浮かべた少年に、鈴音は眉間に皺を寄せる。

 

「なに?急いでいるんだけど……」

 

「つれないな、明日はよろしく頼むよ」

 

明日の対抗戦ーーー鈴音の初戦の相手である織斑は、手を差し出して握手を求める。

 

「ーーー申し訳ないけど、僕たちは急いでいるんだ」

 

鈴音が機嫌を損ねる前に静夢が動いた。鈴音の肩を抱き、織斑の隣を速足で過ぎていく。

 

「な、おい…!」

 

「そういうことだから、再見(ツァイチェン)」

 

淡泊な態度でやり過ごす鈴音は、静夢に連れられて廊下を歩いていく。遠くで織斑の声が聞こえたが、静夢は鈴音の肩に置いた手を耳に添えた。廊下の突き当りを曲がり、織斑が見えなくなったところで、ようやく肩の荷が下りる。

 

「相変わらずだね、あんな奴に付きまとわれると大変でしょ?」

 

「…え?あ、ああ!そ、そうね!ホントにいい迷惑よね!」

 

なぜか顔を赤くして、鈴音はまくしたてるように早口になった。急に態度が変わり、不思議に思った静夢だったが……。

 

「……あ」

 

自分たちの状況を冷静になって考えると、鈴音の様子の変化が腑に落ちた。

 

「ごめん。やり過ごすためとはいえ、デリカシーが無かったね」

 

鈴音の肩を抱いたままの手を離し、そのまま鈴音から距離を取る。いきなり肩を抱かれて、気持ちのいい人間はいないだろう。年頃の少女であるなら尚更だろう。いくら織斑を嫌悪しているとはいえ、鈴音に不快な思いをさせてしまい、静夢は彼女にかける言葉を考えた。

 

「…」

 

「…ちょっと?」

 

しかし、静夢は鈴音から離れることができなかった。鈴音が静夢の袖を掴んでいたのだーーー。

 

「…言ってない」

 

「…なに?」

 

「別に、嫌とは言ってない……」

 

頬を紅潮させ、照れくさそうに顔を伏せる鈴音に、静夢は微笑ましい気持ちになる。良い判断とは言えなかったが、少なくとも彼女との関係は悪化させずに済みそうだ。

 

「……もう一回、やっておくかい?」

 

「~~~~ッ、バカ!」

 

苦笑いを浮かべながら提案する静夢だったが、鈴音は勢いよく手を振り払ったーーーーー。




次こそは戦闘に入ります。

次こそはやりますので……。


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第17話

(ホントに何なのよ!コイツ、わざとやってんじゃないでしょうね!?)

 

気まずい空気の中、静夢の後ろを歩く鈴音は頭の中がモヤモヤとしていた。偶然か故意か、静夢に抱かれた肩が熱を帯びている気がした。視線の先にいる静夢は、相変わらずの様子で平然としている。焦りを感じている自分に対してあの落ち着き様、どうにも気に食わなかったのだ。

 

「……ッ!?」

 

「どうかした?さっきから変だけど……」

 

振り返った静夢が尋ねて来た。

 

誰のせいでこうなったと思っているのかーーー鈴音は言葉にできないこの感情を処理できず、表情をクシャリと歪めて頭を掻きむしる。

 

「ちょ、本当にどうしたの?」

 

「うるさいわね!」

 

本心で心配する静夢だが、鈴音はそれを受け止める余裕がなかった。思わず激しい言葉で突き放し、駆け出して静夢を追い抜いていく。

 

「なんなんだ……」

 

さっきまで顔を赤くして可愛い一面を見せたかと思えば、今度はヒステリックに声を荒げる。女性特有のものと思えばそれまでだが、あまりにも突然のことに戸惑いを見せる。

 

溜息を吐いて彼女を追う。ヴァルトたちがいるであろうアリーナが近づくにつれ、ざわざわとする喧騒が聞こえて来た。簪もいるし、二人が試運転を兼ねて模擬戦をやっているのかもしれない。

 

ヴァルトのことだ、あまり手加減をしていないかもしれない。簪に何かあるといけないと、静夢は早足でアリーナへ向かうーーー。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 

 

アリーナの観客席に出ると、先に到着していた鈴音も驚いていた。アリーナの中央から端の壁まで地面がえぐれ、その壁まで破損していた。そこにはヴァルトと簪がいた。

 

『そこの二人!大丈夫なの!?』

 

慌てた様子のアリーナの担当をしていた教師が、管制塔からアナウンスで呼びかける。ヴァルトは手を挙げて応えると、腕の中に納まる簪を見る。小さく振るえ、焦燥が見えた。

どうにか無傷で終わり、安堵の息を吐く。ギャラリーが少しいて、ざわざわとしている。落ち着いた途端に周囲の状況が波のように押し寄せる。

 

「……」

 

「……」

 

観客席にいる静夢と目が合う。手を挙げると、静夢も手を挙げて応える。ヴァルトはエクスプロードの状況を確認すると、打鉄弐式を纏う簪を抱えて、ピットへと飛び立ったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルトの行動を見て、静夢はピットへ駆け足で向かう。鈴音はハッとして、その後を追う。ピットへ入ると、そこには意気消沈した簪がいた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、怪我はない」

 

駆け寄って声をかける静夢に、ヴァルトは無事を伝える。

 

「試運転で飛んでいたんだが、急に挙動がおかしくなってな…スラスター周りの異常だったかもしれない」

 

完成した打鉄弐式の試運転の最中だった、打鉄弐式のスラスターから火が上がった。黒煙が上がり、高度が低くなっていった。

これはマズいと感じ、ピットで見ていたヴァルトはエクスプロードを纏って飛び出した。

 

「少し見てみよう。簪ちゃん、降りられる?」

 

「……」

 

「…簪?」

 

「ッ、大丈夫…」

 

反応しない簪にヴァルトが声をかける。それでようやく我に返った簪は、降りる準備を始める。体を固定していた装甲が外れ、簪はフッと力が抜ける感覚を覚える。

 

「はい、どうぞ」

 

「ん…」

 

後は降りるだけとなった簪に、静夢とヴァルトは手を差し出す。それどころではなかった簪は、気にした様子もなく二人の手を取った。

 

「…ありがとう」

 

「引きずっちゃダメだよ。まだ時間はあるから」

 

「へこんでいる場合じゃない。少し休んだら、原因を洗い出して調整するぞ」

 

曇った表情をする簪に、二人は背中を押すように声をかける。損傷の程度を考えれば、まだ取り返しがつく。簪は目を伏せて深呼吸をする、二人の言っていることは正しい。

 

自分の汗と涙の結晶である打鉄弐式の試運転が、こんな結果に終わったことは無念である。しかし、悔しさや悲しみに浸っている場合ではない。この現実を糧とし、明日の試合に間に合わさなければいけないのだ。

 

ーーーパシン!!

 

自分を律するかのように、簪は自身の頬を叩く。思わぬ行動に、静夢とヴァルトだけでなく、少し離れた場所で見ていた鈴音も驚いていた。

 

「よし…!」

 

「良い顔になったな。ほら……」

 

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

 

「じゃあ、休憩しながら作戦会議をしようか。助っ人は呼んでおいたから」

 

心機一転、やる気に満ちた簪。ヴァルトは試運転の前に買っておいたドリンクを差し出すが、彼女はやんわりと断った。折衷案として、静夢は休憩がてらの話し合いを持ちかけた。

 

「かんちゃ~ん♪」

 

場の空気を和ませるような声が聞こえて、簪はゲート付近に目を向けた。そこには幼き頃からの友である本音と、新聞部として静夢たちを尋ねた黛がいた。

 

「本音、どうして……」

 

「しずむんにお呼ばれしたの~。かんちゃんのピンチって聞いて~」

 

「貴重な時間を頂いて、ありがとうございます」

 

「いいのいいの、気にしないで」

 

「専用機に触れるのは、なかなかレアだしね!」

 

黛を筆頭とした生徒たちは、整備課に所属している。奇しくもギブアンドテイクの条件が完成していた。黛たちが手早く機体を調べると、OSとスラスターの両方に問題があったらしい。

 

「まずはスラスターの方から直そうか」

 

「OSも見直していって、問題が無いかチェックしたいね」

 

黛の連れて来た生徒たちによる原因の調査が終わると、簪の休息を兼ねたブラッシュアップが行われた。静夢が購買で買って来た菓子や飲み物をつまみながら、少女たちは意見を出し合う。

 

「見たところは問題なさそうだけど……」

 

「あ、ここ!もしかしたら、こいつが悪さをしてたんじゃ…」

 

構築したOSを睨み付けるように見つめる簪、ユニコーンの整備に関わった静夢が何かを見つけた。その声に引き寄せられ、少女たちはOSを見つめる。

 

「「「これだ!」」」

 

問題の原因を発見した一行は直ちに行動に移る。簪と静夢がOSを書き換え、本音と黛を中心にスラスターの修理が始まった。

 

「ここを換えて…こう、かな」

 

「うん。それなら、ここもこうしたら…」

 

「あ、そうだった」

 

「パークスくん!向こうからサンダーとコードを持って来て!」

 

「了解、他には……?」

 

「パーくん、お菓子とジュースが欲しいな~」

 

「後にしろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

作業は夕食までかかり、一時解散となった。黛たちも夕食後も参加してくれるとのことらしい。

 

「とりあえず休憩して、また再開しようか」

 

「そうだな」

 

二人の声を耳にして、簪の集中が途切れる。大きく息を吐き、彼女もようやく脱力する。

 

「大丈夫?」

 

「うん、大丈夫」

 

静夢の気遣いに返事をすると、簪は立ち上がって体を伸ばす。

 

「二人は着替えてきなよ、待っているから」

 

「いや、先に行っていいぞ?」

 

「いいよ、一人じゃ物足りないし」

 

気遣いの応酬の末、ヴァルトと簪は更衣室へ向かおうと歩き始めた。

 

その時、ピットのゲートが開いたーーー。

 

 

 

「簪ちゃん!!」

 

 

 

簪の名を呼ぶ少女がピットへ駆け込んでくる。急いでいたのか、頬は上気して息を切らしている。ーーーしかし、簪の表情は曇っている。

 

「大丈夫!?専用機にトラブルがあったって聞いて……『お姉ちゃん』、生徒会の仕事でこんな時間になっちゃったけどーーー」

 

「お姉ちゃん」ーーーその言葉で静夢とヴァルトは事情を察した。彼女は簪の姉に当たる人物だろう。静夢は仲間たちからの情報で彼女のことを知っており、ヴァルトは簪本人から話を聞いていた。

 

彼女の名は「更識 楯無」ーーーこのIS学園で生徒会長を務める、簪の姉である。

 

「…大丈夫。順調に行ってるから」

 

「無理はしないでね?何かあったら、相談してくれれば…」

 

「大丈夫だから!もう放っておいて…」

 

オロオロとした様子の楯無に、簪は語気を強めて突き放す。

 

「ごめん、着替えてくる……」

 

沈黙の末、簪は更衣室へと向かって離れていく。初対面の三人は関わりが無く、そこに会話が生まれることはない。

 

「…ごめんなさいね、迷惑をかけて」

 

ーーー楯無からこぼれた謝罪に、二人はピクリと反応する。

 

「色々とあるのだけど、あの子の専用機は…」

 

「ーーー訂正しろよ」

 

楯無の言葉を遮るように、ヴァルトは低い声を発した。怒りの念が籠った目で、彼は楯無を捉えている。

 

「俺たちはいやいやで手伝っているわけじゃない、あいつの努力を知っているから手を貸しているんだ」

 

「僕も同じです。彼女は一途で努力家だ、それを姉であるあなたが否定するのは間違いですよ」

 

ヴァルトの肯定に静夢も同意する。彼女の境遇や、それに抗おうとする強さを知っている。時には立ち止まっても、諦めることなく歩き出すことが出来る人間である。

 

「否定というと違うかもしれませんが……意地を張らずに仲良くすればいいじゃないですか」

 

「う…」

 

言い直した静夢の言葉が楯無に突き刺さり、彼女は膝から崩れ落ちた。

 

「仕方がないじゃない、そうするしかなかったんだもの…」

 

「それで簪が納得するわけないだろ…」

 

彼女の言う通り、家庭の事情があるのは理解できる。しかし、簪がそれを理解できるかは別問題といえる。ヴァルトの正論が楯無に追い打ちをかける。

 

「俺たちに構う暇があったら、姉らしい事の一つでもやってみろよ」

 

ヴァルトの最後のダメ押しが楯無のメンタルを砕く。すすり泣くような声が聞こえると、ヴァルトは溜息を吐いた。静夢へ目配せをすると、彼は更衣室へ向かった。

残された静夢は、そのままにしておくことも考えたが、変な恨みを買いたくなかったので楯無に声をかける。

 

「一度、しっかりと話し合った方がいいかもしれませんよ?尤も、簪ちゃんにその気があればですが…」

 

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない……!!」

 

気を遣ったつもりの静夢の言葉が止めとなった。楯無はついに涙をこぼし、静夢は戸惑う。

その後、合流した簪とヴァルトの手を借りて事なきを得た。毅然とした姉しか見なかった簪は、泣き崩れる姉を見て戸惑いを見せていたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、クラス代表対抗戦当日ーーー。

 

「「ふぁ……」」

 

欠伸をかく静夢とヴァルトは眠気が覚めないまま、アリーナの観客席にいた。簪の打鉄弐式は昨夜の内に改修が完了した。一同は自室に戻る気力が無く、整備室で雑魚寝することとなった。

普段から規則正しい生活を送る静夢だが、珍しくその日は寝過ごした。急いで全員を起こし、自室に戻らせると一年の四人は早足でアリーナに向かった。

 

「おはよ……眠そうだね」

 

「あ、『ティナ』。おはよ」

 

そんな二人の隣に腰をかける『ティナ・ハミルトン』は、二人の様子から苦労を察する。静夢とここで再会してから、ティナは旧交を温める。時には食事、時にはベッドの中など様々である。しかし、彼女は静夢と交際しているわけではない。そういう割り切った関係だが、暫く静夢と会えなかったストレスがあった。

 

「そんな隙を見せると、食べちゃうよ…?」

 

「……勘弁してよ」

 

耳元で囁かれた言葉に、静夢の意識が引き戻される。静夢の様子に満足が行ったのか、笑みを浮かべたティナは話を続ける。

 

「どうにかなったの?」

 

「うん、危うく寝坊するところだったけどね」

 

「鈴の方も?」

 

「……あの子は何もしなくても大丈夫だよ」

 

知ってか知らずか、ティナの問いに静夢は言葉に詰まる。彼女はアメリカの代表候補でもある。一見しただけでも、静夢と鈴音のことを見抜いたのかもしれない。静夢は背後からナイフを突きつけられた感覚を覚えた。

 

ーーーそんな話をしていると、最初の試合が始まる。

 

最初の試合は鈴音と織斑の対戦、鈴音は静夢たちと同じ様子で眠そうにしていた。緊張感が無いともとれるが、戦闘を経験した者が見ればリラックスしているとも見える。

 

そんな様子が気に入らないのか、織斑は声を荒げている。秘匿回線(プライベートチャンネル)で話ているため、声は聞こえない。

ーーー静夢が観客席で見ている人間の気分を理解すると、カウントダウンが始まる。

 

落ち着いた様子の鈴音は、両手を体の前で構えると、右手を左肩に添えるように構えた。流れるような滑らかな動きで、両手で円を描くようにすると、左肩が前に来るように半身になる。

肩と同じ高さで両手を構え、体勢を変えて右手を前にして構える。

 

龍爪虎牙拳の真のルーティーン、静夢は真意に気づく。

ーーー鈴音は本気で勝ちに行くつもりだ。

 

カウントがゼロになり、織斑が雪片二型を抜刀して飛び込む。鈴音は構えたまま、微動だにしない。その姿は、まるで静夢と同じだった。

 

織斑が振るう雪片の軌道を見切り、鈴音は体を屈めて回避する。避けられたことで空回りした織斑が体勢を崩し、鈴音は目を細めて相手を分析する。

 

(静夢の情報によれば、武器はあれだけ。確か、千冬さんが使ってたやつのお下がりだっけ……)

 

龍爪虎牙拳の道を歩む鈴音からすれば、誇示するだけの力しか持たない織斑のそれはメッキのように見えた。

見た目は派手に見えるが、中身を見れば大したことは無かった。

 

二度、三度と見切ると、冷静に相手の動きに合わせていく。真上から振り下ろされた雪片二型を避けると、竜の如く爪を突き刺す。

 

「ハァ!!」

 

素早い連撃が決まり、鈴音は加速して織斑を蹴り飛ばす。尚も肉薄する織斑だが、鈴音との実力差は明白だ。

 

「クッ、俺がこの程度で…」

 

「そうね、この程度なんだから大したことは無いわね」

 

「なんだと……!」

 

「喋る暇があったらかかってきなさい、死なない程度に痛めつけてやるわ!」

 

手をひらひらと煽って、織斑を挑発する。本気を出している鈴音だが、『まだ武器を出していない』のだ。

 

鈴音の搭乗する第三世代ISーーー「甲龍(シェンロン)」は燃費と安定性を重視した機体である。メイン武装にはアンロックユニットの「龍砲」、青龍刀のような二基の近接武器である「双天牙月」などがある。

 

しかし、まだ一度も使用してはいないーーー。

 

ーーー龍爪虎牙拳の鈴音にとって、武器は邪魔でもあるのだ。

 

再び振るわれた雪片二型を防ぎ、猛る虎の牙で攻め立てる。武器に頼らず、己が肉体のみで翻弄する鈴音。あっという間にリードし、勝利は目前となる。

 

「これで……ッ!?」

 

トドメの一撃を決めようとした瞬間、鈴音は何かを直感した。織斑から距離を取り、アリーナの上空を見つめた。

それは観客席にいる静夢とヴァルトも同じであったーーー。

 

 

 

「なんだ…?」

 

 

「なにか来る…」

 

 

 

異変を感じ取った者たちの感覚は正しい。遥か上空より、アリーナに向かう何かがそこにはあったーーーーー。

 

 

 




ようやく戦闘に入れました。

月一のペースで投降していきたいと思っています。


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第18話

「~~♪~♪~~~♪」

 

暗がりの一室ーーーパンツスーツの長い脚を机に乗せ、束は膝の上にある端末を操る。機嫌がいいのか、鼻唄交じりで素早くタイピングしていた。

 

「何かいい事でもありましたか?」

 

「あ、クーちゃん。大したことじゃないんだけどね」

 

そんな束に声をかけた長い銀髪の少女は、トレイにカップを乗せて尋ねた。少女に気づいた束は、彼女を一瞥してほほ笑んだ。少女は素っ気ない束の対応を気にせず、淹れたての紅茶を机に置いた。

 

「ありがと」

 

「まだ、一夏様ほどではありませんが……」

 

「どっちのお茶も美味しいよ…うん、良い香り」

 

カップを手に取り、紅茶の香りを堪能する束。ゴクリと口に含み、再び笑みを浮かべる。

 

「美味しいね、ありがとうね」

 

「恐縮です……それで、何かされていましたか?」

 

目を伏せた銀髪の少女、『クロエ・クロニクル』は小さく礼をすると、束の行動について尋ねた。

 

「いっくんのところにちょっとお邪魔しようかと思ってね…」

 

悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべた束は作業に戻る。その言葉の真意に気づいたクロエは、口から出かけた言葉を飲み込む。ある出来事をきっかけに、静夢に救われた彼女は束に預けられる事となった。

 

恩人でもあり、親でもある束の行いに口を出すべきではない、クロエは悟って黙ったのだった。

深く頭を下げ、クロエは束のいる部屋を後にしたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として訪れる異常事態に、アリーナは騒然とする。轟音と共に放たれた閃光がアリーナのバリアを貫通し、人々は息をのむ。

 

天より現れた異形のそれは、アリーナに着地すると周囲を見渡すように顔を動かす。

 

「なに…?」

 

「来た…!」

 

「は?」

 

呆気に取られる鈴音を他所に、織斑はその異形に向かって飛び込んだ。その異形は肥大した両腕を構え、その腕からビームを撃つ。一発目を回避した織斑だが、次いで放たれた二発目が直撃する。

 

近接戦闘しかできない白式の唯一の勝機は、この弾幕を搔い潜って懐まで飛び込まなければいけない。しかし、織斑にはそれだけの技術が伴っていない。

回避と直撃を繰り返し、膠着状態に痺れを切らしたのは鈴音だったーーー。

 

「ああもう!役に立たないヤツね!」

 

変わらない戦況に、鈴音がアンロックユニットの龍砲を起動する。織斑に気を取られている間に照準を定め、二つの砲門から放たれた衝撃が異形を吹き飛ばした。

間髪入れずに連発し、相手の動きを封じる。その間に織斑が下がって体勢を整える。

 

「鈴、助かった」

 

「アンタの実力じゃ、真正面から行っても返り討ちに遭うのは目に見えていたでしょ!少しは考えてから戦いなさいよ!」

 

織斑の行動を責め立てると、鈴音は相手の分析に入る。主な武器は両腕だけだろう、あの腕からアリーナのバリアを破るほどの攻撃が放たれたと思うと、鈴音は寒気を感じる。あんなものが人間に向けて放たれたらーーー鈴音は最悪の事態を想定し、それを回避せんと奔走する。

 

「俺も加勢するぞ……!」

 

「アンタはピットの戻りなさい、私が抑えるから」

 

「けど……」

 

「邪魔なの!素人は黙って逃げていればいいのよ!」

 

苛立ちを覚えながら、鈴音は降下して地面に着地する。異形はジッと鈴音を見つめたまま動かない。暫くの間、沈黙が続く。どちらも攻撃することなく、相手の動きを観察する。

 

(動かない?どうして何も仕掛けてこないの……)

 

不気味なくらいに、異形は沈黙を貫いている。そして、鈴音が最も気がかりになっていることーーー。

 

(「雰囲気」や「オーラ」が全く感じられない、こんな奴がいるなんて…)

 

ISに乗っていても感じられる人の気配が感じられないのだ。鈴音が異形に対して感じられる疑問がそれである。

 

「アンタ、何者なの?目的はなに?」

 

この長い沈黙も気がかりの一つだ。これだけの力を持ちながら、様子見という選択をするのはおかしい。

鈴音が問いかけても、異形は何も語らない。そればかりか、穴が開くほどに鈴音を凝視していた。

 

『鳳!どうした!』

 

「こいつ、やっぱりおかしいですよ。まるでーーー」

 

「『人間じゃない』だろ?」

 

慌てた声の千冬に、鈴音は自分の意見を述べようとした瞬間であった。いつの間にか隣にいた織斑が、自身の疑問を言い当てた。

 

「アンタ、なんで…」

 

「見てみろよ。なんだか規則的な動きをしてないか?さっきまで何もしなかったのは、お前の動きを観察していたからだろう」

 

顎に手を当てるような仕草で、織斑はスラスラと説明する。不本意ながら、それは当たっていた。もしもあの異形が、人ではない何かであったらーーー。

ーーー「別の恐怖」を感じながら、鈴音は異形から目を離さない。

 

「ッ!」

 

異形が両腕を構える。それからの鈴音の判断は速かった、発射の前に飛び出して距離を詰める。

 

『鳳!』

 

「私がこいつをどうにかします!急いで避難誘導を!」

 

千冬の制止を振り切り、弾幕を避けながら異形へと接近する。時には龍砲を放って、異形の狙いを乱していく。

相手の戦闘力は未知数だ、手を抜いて勝てる保証はない。だからこそ、鈴音は全力で立ち向かう覚悟を決める。

 

「ハアッ!!」

 

ゼロ距離まで接近すると、異形は右腕を振りかぶる。鈴音は身を屈めながら体を捻り、左脚を伸ばして異形を蹴り上げる。

異形の腕が地面に振り下ろされるが、鈴音を捉えることはなかった。再び彼女を捉えようと左腕を振りかぶる。鈴音は尻もちを着いた状態で、そこを支点にして両足を振り回す。

 

静夢の攻撃を防いだ一手が功を奏した。ブレイクダンスのように勢いを付けて立ち上がり、構えて相手の出方を観察する。

近接戦闘はお粗末なものと判断した。武器を使っていないということ、腕を振り回す以外の行動をしなかったことが彼女の見解だ。

 

(もしも、まだ何かを隠していたら……)

 

一抹の不安が顔を覗かせ、鈴音の不安を募らせる。異形が武器を使わなかったのは、相手である自分が脅威にはならないと判断されたのかーーー不安と苛立ちが交わり、鈴音の精神をじわじわと蝕んでいく。

 

『どんな時でも感情をコントロールしろ』

 

「ッ!?」

 

不意に脳裏をよぎる師の言葉に、鈴音はハッとする。感情的になりやすい自分に、師である劉信が口を酸っぱくして言っていた。

ふと肩の力が抜けた鈴音は、構えを解いてリラックスをした状態になる。

 

『鳳!何を…!』

 

「バカ!何してる!」

 

千冬と織斑の声は鈴音には届かなかった。精神を研ぎ澄まし、恐れや焦りといった感情を取り除く。

 

「流れる水のように、通り抜ける風のようにーーー」

 

再び構え、鈴音は異形を見据えた。先ほどまでの不安はもう存在しない、クリアになった思考で分析を再開する。

 

(ーーー何もしてこない。あいつの言う通り、人が乗っていないとしたら……遠慮はしない。私の全てを叩きこむ!)

 

腹は決まった、鈴音は意を決して飛び込んだ。

異形も反応して腕を構えるが、鈴音は異形の注意を逸らすように龍砲を連射する。異形も負けじと腕からビームを放つ。

 

龍砲で狙いを逸らしていても、ビームは鈴音と甲龍を掠める。最小限の回避運動をしてはいるものの、無傷とまではいかなかった。しかし、鈴音の龍砲も異形に直撃している。

 

接近の最中、鈴音は近接武器である双天牙月を両手に持つ。途切れる事のない弾幕、どちらが先に回避に走るかーーー我慢比べでもあった。

 

「ッ!」

 

ビームの雨が弱くなった、先に引いたのは異形の方だった。鈴音はトップスピードまで加速し、双天牙月を握りしめる。

一撃離脱で終わらせるつもりは無かった、鈴音は地面を削って減速しながら距離を詰めた。

ーーーやがて、至近距離まで詰め寄ると、異形は大きく腕を振り上げる。

 

 

 

「今更、そんなものにビビるわけないでしょ!!」

 

 

 

鈴音は右手の双天牙月を振り上げるフェイントを挟んだ。本命は龍砲であった、振り上げた異形の腕を目掛けて、龍砲を放って態勢を崩した。

その隙に異形の左腕を狙い、左手に持つ双天牙月を突き刺した。

 

「セヤァァァ!!」

 

その勢いでクルリと体を回転させて、今度こそ右手の双天牙月を振り抜く。その刃は見事に異形の体を捉えた。右手の双天牙月を投げつけると、それは異形の体に突き刺さる。

 

バランスを崩したように見えた異形だが、一歩、また一歩と後退して持ちこたえる。しかし、鈴音の爪と牙からは逃れられなかったーーー。

 

「『龍閃』!!」

 

懐に潜り込んだ鈴音は、異形に突き刺さった双天牙月を目掛けて拳と蹴りを乱発した。素早く放たれる拳と蹴りは釘を打ち込むかのように、双天牙月を徐々に異形の体へと押し込んでいった。

 

「ヤアァァ!!」

 

ーーーズドン!!

ーーービシッ!ビシビシ!

 

最後の蹴りが入ると、罅が音を立てて広がっていく。異形が膝を着いた。

 

「す、すげぇ…」

 

遠巻きに見ることしか叶わなかった織斑が声にする。反して、鈴音は一歩引いた距離で異形を睨み付ける。相手がこと切れるまで、最後まで気を抜かないことーーー同じく師からの教えであった。

 

鈴音の対応は当たったーーー。

 

ギ、ギギ…。

 

軋みを上げながら、左腕を鈴音に向ける。再び構えるが、異形は虫の息だ。

ほんの少しの気の緩みであった、鈴音は呼吸を整えて瞬きをする。

 

ーーー異形の左手の『光』を見逃したのだ。

 

『鈴音!気を抜くな!』

 

千冬の声に鈴音はハッとする、異形はまだ自分を狙っている。突き刺さったままの双天牙月が意味を成すかは不明だが、鈴音は再び集中する。

 

「撃たれる前に…!」

 

未だに異形は撃たない、鈴音は先手を取って接近しようと身構えた。

 

 

 

しかし、それは叶わなかったーーー。

 

 

 

『金の翼』が異形を上から押しつぶしたのだーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

所属不明の敵性ISの介入により、クラス代表対抗戦は中止となった。簪のデビューは持ち越しとなったが、事態の程を考えれば仕方がない。

IS学園の広い一室、デスクに向かう一人の男性は、向かいに立つ二人の子供たちに真剣な眼差しを向けた。

 

「初めまして、私はこのIS学園の学園長の『轡木 十蔵』です。まずは無事で何よりでした、あまり褒められた行動ではありませんが…たくさんの人たちが救われました、本当にありがとう」

 

壮年の男性は立ち上がり、向かいに立つ鈴音と織斑に深く頭を下げる。

 

「いえいえ、大したことはしていませんよ」

 

「…アンタは眺めていただけですもんね」

 

よくもぬけぬけと、今にも唾を吐き捨てそうな顔をした鈴音が呟く。事態が落ち着きを見せた頃、轡木は当事者である者たちを招集した。実際に戦闘に参加した鈴音と織斑を始め、ピットにいた千冬やケネス、観客席にいた静夢やヴァルトがいる。

 

「あのISについて、何か分かったことはありましたか?」

 

まずは確かな情報が必要だった。轡木は教師陣に質問を投げかけた。

 

「はい。詳しく調査を行ったところ、『あのISは無人』でした。しかも、使用されていたコアは『未登録なもの』でした」

 

調査に立ち会った真耶からの報告に、部屋の空気が凍り付く。

 

「アラスカ条約」ーーー正式名称を「IS運用協定」とする条約によりコアの管理など、ISの取引を規制するものである。

それにより、各国の所有するISにも制限が設けられることとなる。しかし、実態はISの技術を独占する日本への情報開示を求めた協定でもある。

 

つまり、侵入してきたあの異形は「この世の出回っていないもの」であるということだ。

 

「ドクター篠ノ之も知らないものが出回ったということなのか…しかし、誰が何のために?」

 

冷静な分析をするケネスだが、その言葉に誰もが沈黙する。ISの生みの親である束さえも知らないものが、学園を襲ったのだ。

 

「ハッキングを受けたと報告が上がっていますが…?」

 

「ええ。ゲートが閉じられ、観客席に多数の生徒が残されました。鳳がうまく立ち回ってくれたおかげで、怪我人は報告されていません」

 

新たな質問に対して、今度はケネスが答えた。異形が侵入してきた際に、アリーナのプログラムがハッキングを受けたのだ。

観客席のゲートが閉まり、生徒たちは観客席に閉じ込められた。外から三年の生徒たちが解除に当たっていた、ピットで待機していた簪もそれに助力していた。

 

「通信は可能だったため、観客席にいた累、パークス、オルコットに生徒たちの護衛を指示しました」

 

静夢たちはそれに頷く。轟音によって切り裂かれた平穏、静夢とヴァルトは何かが迫る違和感を覚えていた。騒然となる観客席の中で、静夢はケネスからの通信を受け取っていた。

 

声色から緊迫した空気を感じ取った静夢は冷静に対処した。大きな声で叫び、恐怖し叫ぶ生徒たちを宥めて落ち着かせる。

臨戦態勢となり、いつでも出られるように準備をする。鈴音の奮戦を注視しながら、ヴァルトとセシリアは避難誘導に当たった。

 

「なるほど、ありがとうございます。無人機に関しては厳重に管理し、調査を続けるようにしてください」

 

「「分かりました」」

 

区切りが付き、轡木は指示を出す。無人機の情報は生徒たちには開示せず、ここに集められた者たちのみが知ることとなる。

調査は立ち会った千冬と真耶を中心に進められていくこととなった。

 

「そして、もう一つ気になるのはーーーあの無人機を屠った『もう一体のIS』ですね」

 

椅子から立ち上がり、外へと目を向けた轡木から漏れた言葉に、大人たちの表情は難色を示した。

 

異形を仕留めたのは、鈴音ではなく新たに現れた別のISであったーーー。

異形が侵入した場所からアリーナへと舞い降り、神秘的なその立ち振る舞いに誰もが目を奪われた。

 

搭乗者を包み込むような全身装甲(フルスキン)でありながら、異形とは正反対のものであった。

鈴音が動くよりも速く、そのISは異形を仕留めた。セシリアのブルーティアーズのように端末を飛ばし、瞬く間に異形を沈黙させた。仕事を終えた端末は、ISの背に対となるように戻った。

 

翼のように見えたそれは、末端のスタビライザーが揺れて一個の生命体と見紛うほどであった。

異形を倒したISは鈴音を見据えた。連戦になる覚悟を決める鈴音だが、あの異形を一瞬で仕留める相手に勝てる自信はなかった。相打ち、もしくは敗北覚悟の特攻が頭をよぎった。

 

しかし、それは杞憂に終わった。

そのISは何もせず、観客席を一瞥してその場から離脱したのだ。ピットのケネスがレーダーで追跡を命令するが、気づけばISは圏外まで飛び立っていた。

 

『金の不死鳥』ーーー部屋にいる誰かが呟いた、各地で目撃されている金のISを目の当たりにした者たちは、噂が本当であったことを思い知る。

 

 

 

 

 



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第19話

異形が侵入する少し前、観客席で静夢とヴァルトは並んで鈴音と織斑の対戦を観ていた。

 

「鳳さん、すごいよ!」

 

「拳法かな?カッコイイよね!」

 

「武器ナシであれだけ動けるなんて…」

 

鈴音の身のこなしや、隙を見せない戦いに目を輝かせる少女たちは、年相応の反応を見せている。

 

「前から思ってたけど、織斑くんってあんまり強くないよね?」

 

「累くんにも一方的にやられてたしね…」

 

「あ~あ、フリーパスは無理か」

 

静夢との戦闘もあり、織斑の実力不足は浮き彫りとなっていた。少女たちもあまり期待した様子を見せず、予想通りの展開に溜め息を吐いた。

 

「ーーーいい気分か?」

 

「まさか、興味ないね」

 

「…なにが?」

 

静夢に耳打ちをするヴァルト、静夢は肩を竦めて吐き捨てた。言葉の意味が分からず、ティナは首を傾げた。

 

その時だったーーー。

 

鈴音が織斑から距離を置き、天を仰ぐ。どうしたというのかーーー誰もが疑問に思う頃に、静夢とヴァルトも空を見上げる。

 

「なんだ…?」

 

「なにか来る…」

 

接近する違和感を覚えながら、二人は目を凝らすーーー。

 

そして訪れる異変、轟音と閃光がもたらす騒然……阿鼻叫喚の中、静夢は誰よりも冷静に立ち上がる。

暴力に慣れているヴァルトだが、明確な命の危険を前に焦りを隠せない。

 

「おい…」

 

「さぁ…?」

 

立ち上がったヴァルトは静夢に問うが、静夢は適当にそれをあしらう。静夢の素性を知ったヴァルトは、この事態に静夢が関係していると踏んだ。マスクのせいで静夢の表情は読み取れない、ヴァルトは相変わらずの様子に溜息を吐いた。

 

「……?」

 

静夢のポケットにある端末が震えた、取り出して画面を見ずに接続した。

 

「はい」

 

『静夢か!緊急事態だ!』

 

「ええ、こちらでも確認しています。状況は?」

 

端末から聞こえるケネスの声は鋭く、ピリピリとした者だった。漆黒のフルスキンのISは、周囲を観察するように首を左右に振っていた。

 

『侵入したISによってシステムがハッキングされた!解除を試みているが、まだ時間がかかりそうだ……』

 

「…みたいですね」

 

肩を落とすほどの低い声を聞きながら、静夢は観客席のゲートを遠目で見た。そこには避難しようとする生徒たちで溢れ返っていた。

 

 

「中の、というか、鈴ちゃんに任せるしかないでしょう。もしもの時のため、僕らも動けるようにはしますから」

 

『すまない、お前に押し付けるような形で…』

 

「そういうのは後にしましょう、ヴァルト君やセシリアちゃんには僕から伝えておきますね。それでは」

 

そう言って静夢はケネスの返事を待たずに通信を切る。端末を再びポケットにしまうと、アリーナの中央を見つめる。

静夢は侵入したISを知っている。束から見せられたものを思い出し、彼女の持つ技術に感心する。

 

(相変わらず、桁違いの技術だよな…)

 

「おい、なんだって?」

 

「……あ、そうだった。あれのせいでシステムがうまく働かないらしい、避難ができないから、いつでも動けるようにはしておけって」

 

「わかった、セシリアは…」

 

「確か…いた、あそこだ。ヴァルト君は合流して、さっきのことを伝えて?僕はみんなに伝えるから」

 

「任せる、俺だと手が出そうだ…!」

 

ヴァルトの声で我に返り、ケネスからの指示を間接的に伝える。役割が決まると、セシリアを視認したヴァルトは人波をかき分けて走り出す。

 

「だからそっちを任せたんだよ……」

 

聞こえないところまで駆け出したヴァルトの背を見つめ、静夢は喧騒の中で呟いた。

 

「さて、面倒だけど仕事しようか」

 

何度目かわからない溜息を吐き、静夢はゲートに集まる生徒たちに歩み寄る。彼女たちは涙目になりながら現状を伝えると、静夢は頷きながら固く閉じられた扉に触れる。

 

備え付けられた操作ボタンを適当に押してみるが、システムが応答せずアクセスを拒否している。

 

束は本気かもしれないーーー高度な技術の裏側に潜む危うさ、静夢は悪寒を覚えながら後ろの生徒たちに向き直った。

 

「みんな、まずは落ち着いて。先生たちが対処に動いている、孤立しないように出来るだけここに集まっていて!何かあれば専用機持ちの僕たちが守るから」

 

「静夢さん、大丈夫ですか!?」

 

ヴァルトと合流したセシリアが、ゲートまで駆け寄って来る。ヴァルトもその後に続いて静夢たちと合流、専用機を持つ三人は集団の前に出る。

 

「あの機体、どう思う?」

 

「今は何も、ただ陰謀めいたものを感じるね…」

 

「誰がなんのために……?」

 

セシリアの問に静夢は首を横に振る。事実を話すわけにもいかず、危機的状況で周囲を騙す行動に神経をすり減らす。

アリーナの中では、鈴音が異形を相手に大立ち回りを繰り広げている。鈴音と実際に戦った静夢は、彼女の本気を目の当たりにする。

 

かつて出会った劉信の姿を重ね、郷愁を感じる。弾幕をかいくぐりながら、鈴音は異形を追い詰めていく。双天牙月を突き刺し、龍閃が放たれる。ーーーやがて、鈴音の連撃に異形は膝を着く。

 

「どうにかなりそうだな…」

 

「ええ。それに、鳳さんの強さも半端なものではありませんね…」

 

事態の収束を確信して、ヴァルトは安堵する。セシリアはそれに頷き、侵入してきた異形を抑える鈴音の実力に冷や汗をかく。

静夢もヴァルトと同じく、こと無きを得る未来を想像して息を吐く。

 

しかし、異形はまだ沈黙してはいなかったーーー。

 

「ッ!まだだ……!」

 

異形が腕を上げ、鈴音を狙う。静夢はユニコーンを展開するが、アリーナのバリアを破って中に入るまでには時間を要する。

 

「間に合わないか…!」

 

『ーーー大丈夫だよ』

 

「「ッ!?」」

 

諦めかけた静夢は声を聞いた、静夢に倣ってエクスプロードを展開するヴァルトにもそれは聞こえた。

 

異形の攻撃を遮るかのように、金の翼が飛び込んできたのだ。一瞬の出来事に放心する一同、天より舞い降りる不死鳥がすべてを終わらせた。

自在に動く翼は、傷ついた異形を一瞬で片づける。突き刺さったままの双天牙月を目掛けて突貫、異形の左腕を切り落とす形となった。

 

龍砲で破損した右拳を狙い、粉々にする。最後に胴体に刺さる双天牙月に突っ込み、異形を真っ二つに割る。

 

ーーー全てが終わり、翼は不死鳥の背に舞い戻る。空中に佇み、観客席を見た。

 

「……」

 

不死鳥は静夢をジッと見つめ、静夢も視線を逸らさない。そこに言葉はなく、不死鳥は満足したのかそこから飛び立った。

 

「今の機体は、一体…」

 

「……」

 

嵐のように過ぎ去ったISに、セシリアは途方もないプレッシャーを感じた。静夢と同じく、声を聞いたヴァルトは静夢を見た。

不死鳥がいた空を見上げたまま、静夢は着信に気づいて端末を取り出したーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事態、俺は『スパイによる手引き』があると思いますーーー」

 

不穏な空気の理事長室、沈黙を破ったのは織斑だった。誰もが突拍子もない言葉に呆気に取られる。

 

「どうしてでしょう?」

 

「決まっています、後から来たISはアイツのものと酷似しているからです!」

 

轡木の問に対し、織斑はそう言って静夢を指さす。いきなり名前を呼ばれ、ドキリとして静夢は肩を揺らした。

 

「ふざけた言いがかりも大概にしろ!こいつがそんな事をする理由がない!」

 

「ムキになって庇うのがその証拠だ、お前らはよくつるんでいるみたいだしな…」

 

的外れな織斑の指摘に、ヴァルトは憤慨した。

 

「そういうお前も、俺たちの命を狙っているんじゃないのか?共謀して、この事態を引き起こしたんだろ」

 

「言わせておけば……!」

 

「スラム出身なんだってな?まともな教育を受けずに育つからそうなるんだよ」

 

「織斑、それまでにしておけ」

 

口が過ぎるーーー千冬は遠回しに弟に釘を刺す。しかし、織斑は止まらない。

 

「どうせ周りが碌でもないやつらばかりだったんだろ。困るんだよな…民度を下げられると」

 

「ッ!」

 

ヴァルトは我慢の限界を迎えた。自身のみならず、家族を含めた者たちを侮辱されれば無理もない。周りの目がどうなろうと、この怒りを織斑にぶつけなければ気が治まらなかった。

 

「ダメだ、やめるんだ」

 

「離せ…!」

 

それを静夢が止めた、ヴァルトの肩を掴んで制止する。一触即発の空気となり、ケネスは静夢のファインプレーに安堵する。

 

「ふん、そいつの方が立場を理解しているな。力でしか解決できない脳筋はこれだから困る」

 

「そうだよ、君が手を出す必要はない」

 

「は……?」

 

困った様子で肩を竦める織斑、静夢はヴァルトに優しく問いかける。呆気に取られたのは織斑の方であったーーー。

 

「フッ…!」

 

「ブゲッ!?」

 

ヴァルトの肩から手を離し、そのまま何度か肩を叩く。なんの躊躇いもなく、静夢は織斑を殴りつけた。

 

「君が手を汚すまでもない、分かった?」

 

「お前…」

 

ヴァルトの方を向いて、笑みを浮かべた。再び織斑を見下ろすと、歩み寄って彼の胸倉を掴んだ。

 

「僕は優しいから、ほとんどのことは笑って見逃してあげるよ。けど、僕の友達を笑うやつは絶対に許さない…分かったならいい加減に黙っていろ!」

 

鼻息を荒くしながら、織斑を離した静夢は轡木に向き直る。

 

「僕は無実です。しかし、このような行いの後では何を言っても無駄でしょう。どう判断されても構いません、学園長のご判断にお任せします」

 

「こいつの言っていることは本当です。もし、こいつが裁かれるというなら、俺にも同じ処分を……」

 

「ヴァルトくん……!」

 

自分の気遣いを無視するかのようなヴァルトの行動に、静夢は声を荒げる。

 

「勝手に一人で解決するな!俺もお前も当事者だ、どう言ったって同じだろ」

 

そんな静夢に、ヴァルトも声を荒げて胸倉をつかむ。平行線を辿る現状に、轡木は手を叩いて雰囲気を入れ替える。

 

「まぁ、まずは落ち着いて。冷静になって話を進めましょう」

 

「はい…」

 

「…すいません」

 

「ちゃんと謝れるのは偉いですね。ええ、まずは不死鳥と呼ばれるISについてです。あの機体は噂の通り、各地で目撃されています。その目的は不明、戦闘に介入するわけでもない……」

 

再び席に座り、不死鳥についてわかっていることを語る。轡木の言う通り、あの不死鳥は度々、各地で目撃されている。しかし、今回のように何もせずに飛び去っていく。

まるで気ままに世界旅行をしているかのようであるーーー。

 

「映像を確認させてもらいました。織斑くんの言う通り、累くんのISと似ているようにも思えます」

 

「学園長、まさか静夢が本当にスパイだと……?」

 

轡木の意見に噛みついたのはケネスだった。ヴァルトと同じように、静夢を信頼している彼は轡木の前に躍り出る。

 

「そうは言っていません。私も彼がスパイだなんて思ってはいませんよ、学園での彼の評価は高いですし」

 

「…恐れ入ります」

 

正直な轡木の評価に、静夢は姿勢を正して会釈をする。

 

「しかし、織斑くんへの暴行を見逃すわけにもいきません。それはしっかりと処罰させてもらいます」

 

「しかし…!」

 

「ですが、織斑くんのパークスくんに対しての侮辱も見過ごせません。よって、二人には数週間の自室謹慎を命じます」

 

静夢への対処に不服のヴァルトを遮るかのように、轡木は言葉を述べる。公平な立場での判断にケネスは納得する、ヴァルトは言葉を飲み込んで引き下がった。

 

「ま、待ってください…どうして俺まで」

 

「累くんの行いに対し、君のそれは目に余る。少しは反省した方がよろしいかと」

 

納得がいかない織斑は食い下がるが、轡木はそれを淡々と切り捨てる。助けを求めようと千冬を見るが、彼女は険しい表情で溜息を吐いた。

 

「学園長の仰ることは正しい、暫くは頭を冷やせ」

 

ここで庇っては、教師としても人としても示しが付かない。千冬もまた、公平な立場で言葉を述べる。

 

「では、今日はこれでお開きとしましょう。また事情聴取をさせて頂きますので、それまでは勝手な行動をしないように。いいですね?」

 

轡木が締めの一言を述べると、教師たちは一礼して部屋を後にする。ケネスと目が合った静夢は感謝の意を込めて一礼すると、ケネスは笑ってウィンクをして去って行った。

 

「なんなんだよ、ふざけんなよ……」

 

負け惜しみのように呟いた織斑は、静夢を睨み付けて理事長室を後にした。残された静夢、ヴァルト、鈴音も順に去っていく。

 

「ーーー鳳さん」

 

「は、はい……」

 

轡木に声をかけられた鈴音は、上ずった声を上げて返事をする。轡木は席を立って、鈴音の前に来る。

 

「あなたのおかげで誰も傷つかずに済みました。改めてお礼をさせてください、本当にありがとうございました」

 

「あ、いえ……私も夢中だったし、頭を上げてください」

 

深く礼をした轡木に、鈴音は狼狽する。目上の人間に、こうやって遜った態度を取られたことが無かったからだ。

 

そんな様子を眺めた静夢は、そっと理事長室を後にしたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

自室へ戻り、制服から部屋着に着替えた静夢。シャワーを浴び、眠気を覚えた体をベッドに倒した。異形や不死鳥の出現、ノーマークの織斑からの指摘ーーーここに来て、今日ほど神経をすり減らした日はないだろう。

 

「しばらくは籠の鳥だ、休暇だと思ってゆっくりしようかな」

 

謹慎期間をポジティブに捉え、それまでにやりたいことを探し始める。束のおかげで、学園側の脅威はほとんどがゼロだ。昔の仲間たちとチャットをするのもいい、久しく教授の教えを乞うのも悪くはない。

 

やりたいことが溢れていて手が付けられない、そう考えている時だったーーー。

 

コンコンコンーーー。

 

部屋の扉がノックされた。謹慎を命じられた自分に会いに来た、ヴァルトかケネスと予想する静夢は、扉の前でドアノブを握って動きを止める。

訪れたのがヴァルトやケネスでは無い可能性もある、ここで気を抜いて下手を打つわけにもいかなかった。静夢はマスクを取りに部屋へ戻る、素早く付けてドアまで駆け寄る。

 

「私だけど…いい?」

 

「…良いのかい?学園長に止められているのに」

 

扉の向こうから聞こえたのは鈴音の声だった、予想だにしない来客に静夢は困惑を悟られないように装った。

 

「……どうしても、会いたかったの」

 

「ーーー入って」

 

鍵を開けると、静夢は扉から離れてキッチンへ向かう。沸かして間もないケトルを確認し、鈴音の口に合う飲み物を探す。

扉が開き、顔だけを覗かせた鈴音。静夢と目が合うと、彼は部屋を指さす。入室の許可を得ると、鈴音は恐る恐ると部屋に入った。

 

「向こうで適当に座って、飲み物を持っていくから」

 

いつものような爛漫な雰囲気は影を潜めている、しおらしく弱々しい姿に静夢は昔の仕事の感覚を思い出す。

 

「お待たせ」

 

「あ、お構いなく…」

 

飲み物を持ちながら部屋に戻ると、鈴音は椅子に座りながら膝を抱えていた。静夢の声を聞いて、居住まいを正した。

飲み物を渡し、静夢はベッドに腰を下ろした。

 

「それで、どうしたの?」

 

「……」

 

「……鈴ちゃん?」

 

返事が返って来ないので、静夢は問い返した。鈴音は顔を伏せ、ポツリと言葉を漏らす。

 

「あの時を思い出したの…誰も助けてくれなくて、一人だった時のこと」

 

「うん…」

 

「あいつが、あんたのせいって言って…『あんたがずっと傷ついていた』事がフラッシュバックして、そしたら…あんたのことしか考えられなくなって…!」

 

しゃっくり交じりの独白、鈴音の頬に伝う涙、静夢は彼女の本心に触れて気持ちが揺れる。鈴音の言葉に当てられて、静夢も過去を思い出す。

異国からの来訪者、偉大な家族との軋轢、過去の静夢は鈴音にシンパシーを感じていたのだ。

 

そんな彼女に声をかけたのは、自分と同じ苦しみを知っているからと思ったからだろう。それからというものの、二人でいることを悪く言われても気にならなくなった。

 

「ーーー好き」

 

「……ッ」

 

「好きなのーーー『一夏』、愛してる…!」

 

こぼれた言葉と思いは止まらなかった。顔を伏せた鈴音の目からこぼれる涙の粒が、静夢の心を苦しめる。

どう足掻いても、自分は人間でしかない。どれだけの女性と夜を共にしても、どれだけ体を重ねても、触れてしまった心には目を背けられない。

 

深入りはするな、踏み込むなーーーどれだけ教え込まれても、割り切るには時間がかかった。

ましてや彼女のように、自分を知り、優しさを与えてくれる人間にはーーー。

 

「…ごめん」

 

「ッ!?」

 

静夢の答えはやはり拒絶であった。織斑 一夏はもうこの世界には存在しない、世界の闇に触れた今の自分が、人並みの幸福を享受することなどできないのだ。

 

「君の気持ちには答えられない、僕は累 静夢だからーーー」

 

「それでもいい!私にとって、あんたは……!」

 

立ち上がった鈴音は、静夢の胸に飛び込む。強く抱き締めて声を上げて泣く彼女に、静夢は心を決める。それが彼女を救うかは分からない、彼女をさらに傷つけてしまうかもしれないーーーしかし、何もしないわけにはいかなかった。

 

「一夏…」

 

「君が望むなら、僕は織斑 一夏になるよ。今夜だけは、君を…」

 

「お願い…離れたくない」

 

顔を上げた鈴音の潤んだ瞳に、静夢はマスクをずらして顔を晒した。彼女の願いを叶えるため、優しく口付けをした。

彼女を抱え、ベッドまで運ぶ。首にかけたマスクを外し、ベッドへ寝そべる彼女に覆い被さる。

 

優しいキスを繰り返し、二人は温もりを分かち合う。目の前で自分を求めるパートナーに全てを捧げるつもりで、静夢は鈴音を深く愛していくーーーーー。

 

 

 




一応、これで区切りとします。

機体解説をいい加減にやった方がいいのかなーと思っています。



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機体解説

原作一巻が区切りとなったので、機体解説を乗せます。

こちらも順次編集していく形を取ります。


 

・ユニコーン

 

累 静夢が専用機とする第三世代IS。開発には篠ノ之 束が関わっており、曰く新世代の可能性を持つ機体。

その正体は宇宙世紀という別の次元で造られたモビルスーツであり、規格外の性能を発揮している。パイロットの意思に反応するサイコフレームが全身に備えられているが、束も宇宙世紀のメカニックでもその本質は未解明である。

「NT-D」と呼ばれるシステムがあり、全身の装甲がスライドしてサイコフレームが露わになる「デストロイモード」が存在する。

 

テストパイロットとして静夢が搭乗した際は、これまでのパイロットたちが成しえなかった動きを見せる。その際に突如として暴走、制御不能に陥る事態となる。アムロやシャアを始めとした歴戦のニュータイプたちによって事なきを得た。

 

その後、静夢はデストロイモードを封印。ユニコーンモードでの運用を決めた。ヴァルト・パークスとの対戦の際には、その封印を解いてその力を見せた。

 

 

 

 

 

・エクスプロード

 

ヴァルト・パークスの専用機である第三世代のIS。バニラでの展示イベントにて、ヴァルトが誤ってISを起動してしまい、それをコアネットワークで感知した束より製造された。

ヴァルトの性格に合わせて、近接戦闘に特化したISとなっており、主な武器は両腕部に仕込まれた射撃兵装。射撃も可能だが、ヴァルトはこれで相手を殴りつけることで、至近距離からの射撃も合わせたスタイルで戦う。

 

エクスプロードには別の姿があり、条件を満たすことで真の姿を現すーーー。

 

それが「ビッグバン」というエクスプロードの裏の顔である。

エネルギーが半分を下回ると、ヴァルトの判断で形態が変化する。本人はそれを「転醒」と呼んでいる。

赤のボディから刺々しいフォルムの青い姿へと変わり、戦闘スタイルも遠距離からの砲撃を得意としている。最大の特徴は、転醒によって発動するISを蝕むウイルス。エクスプロードによって発射された弾丸にウイルスが仕込まれており、ビッグバンへの転醒がウイルスを発動させるトリガーでもある。

 

両腕とサブアームで発射する荷電粒子砲が武器であり、強力な一撃を放つことができる。しかし、連続での発射をできないデメリットも存在する。

 

 

 

 

 

・ブルーティアーズ

 

セシリア・オルコットの搭乗するイギリス製の第三世代IS。ビーム兵器を運用する希少な機体であり、スナイパーライフルとBT兵器という四基の自動端末を操る。

しかし、練度は低いため自身が停止した状態でのみ操作が可能となる。

 

左右のスカートアーマーにミサイル型のBT兵器も存在しており、ヴァルトとの対戦時は奇襲として使用した。

近接用のナイフである「インターセプター」もあるが、彼女の性格上、使用頻度は少ない。

 

 

 

 

 

・甲龍

 

鳳 鈴音の搭乗する中国製の第三世代IS。燃費を主軸に製造されており、長期戦に長けている。主な武器は青龍刀を象った「双天牙月」、二刀流や連結しての使用が確認されている。

両肩に装備された空気を圧縮して砲弾を生成する衝撃砲「龍砲」により、多彩な戦法で戦う。

 

 

 

 

 

・白式

 

織斑 春十が専用機としている日本の第三世代のIS。「一次移行(ファーストシフト)」と呼ばれる初期段階でありながら、「単一仕様能力(ワンオフアビリティー)」を発現している。

しかし、それのせいで「拡張領域(バスロット)」を使用しているため、武装はブレードのみとなっている。

 

その武装は姉である織斑 千冬の現役時代で使用していた「雪片」の後継である「雪片二型」、実体剣の状態とエネルギーを展開した状態が存在している。

「零落白夜」というワンオフアビリティーが存在し、同じく千冬が使用していたものと同じである。エネルギーを使用するかわりに、相手のエネルギーを大きく削る一撃必殺の代物である。

 

 

 

 

 

・ゴーレム

 

束がIS学園に送った無人のIS。未登録のコアが使用されており、秘密を知るのは極わずかである。大型の腕部が武器であり、それによる近接戦闘や搭載されたビーム攻撃で戦う。

そのビームの威力はアリーナのシールドを一撃で貫くほどである。

 

鈴音と織斑のクラス代表対抗戦に乱入し、学園を混乱の渦に落とした。織斑をビームで退け、鈴音と戦う。

互角の戦いを見せたが、意を決した鈴音の前に戦闘不能となる。しかし、最後の一撃を加えようとしたところ、後述のフェネクスによって沈黙する結果となる。

 

 

 

 

 

・フェネクス

 

侵入したゴーレムを沈黙させた謎のISで、各地で目撃されてはいるが明確な行動が見られないため目的は不明。

 

その正体はユニコーンと同じく、宇宙世紀で製造されたモビルスーツである。実験中に暴走を起こし、その後、逃走。サイコフレームの光を纏いながら目撃したという情報だけが残った。

ユニコーンと同じく、デストロイモードが存在しており、規格外の性能を発揮した。

 

ゴーレムをあっという間に沈黙させ、それを目撃した静夢を一瞥して学園を後にしたーーー。

 

 

 

 

 

 



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第20話

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。

皆さまのおかげで、UA20000を超えました。ありがとうございます。

本年も皆さまにとって良い年であることを祈っております。




「ん……」

 

心地よい温もりに包まれたベッドの上で、鳳 鈴音は目を覚ます。朧気な意識のまま体を起こすと、部屋の模様で自室にいないことを理解する。ベッドには自分以外の人間はいない。

しかし、少し前までいたような気がする。ベッドの温もりがその証だろう。

 

「……うん」

 

どこか納得し、鈴音は再びベッドに身を委ねる。心地よいこの温もりに浸り、夢の中へと沈んでいくーーー。

 

「……起きた?」

 

そんな鈴音に声をかけた累 静夢は、両手に淹れたばかりの紅茶を持っていた。今はマスクを外して、本来の自分をさらけ出していた。鈴音は横になったまま、顔を出して静夢を見つめた。

 

「要る?」

 

可愛らしい様子の彼女に、カップを差し出す静夢。その変わらない微笑みに、鈴音は観念して体を起こす。静夢から紅茶を受け取り、息を吹きかけて冷まして飲み始める。

意識がハッキリとして、冷静になった途端に鈴音は頬の紅潮を感じる。封じ込めていた感情が溢れ出し、行為にまで及んだのだ。今は一糸纏わぬ姿でいる。

 

「大丈夫だった?どこか具合が悪くなったりしていない?」

 

「え!?あ、ああ……大丈夫、大丈夫だから」

 

「そっか」

 

再び優しい笑みを向ける静夢。鈴音は飄々とした様子への悔しさと、自分だけ焦っていることへの恥ずかしさが入り混じっていた。純潔を捧げた結果となるが、静夢の手慣れたリードに身を任せ、一時の快楽と安心を味わった。

そこに悔いや怒りといった感情は存在しなかった。

 

「あまり遅くなると怪しまれちゃうし、早いうちに帰った方がいいね。シャワーは浴びれそう?」

 

「そうね」

 

「一緒に入る?」

 

「い、いいわよ……もう」

 

意地の悪い言い方をする静夢に、鈴音は頬を膨らませる。時計は早朝を示しており、遅れると織斑 千冬やケネス・スレッグといった教師たちに見つかる可能性がある。鈴音は気だるい体を動かし、シーツを脱いでベッドを出た。

 

「あーーー」

 

足に力が入らず、膝を折って転びそうになる鈴音。それに反応した静夢が鈴音を受け止めた。

 

「ごめん、ありがと」

 

「……」

 

「あ、んん……」

 

苦笑いを浮かべる鈴音に悪戯心が沸いたのか、静夢は優しく口付けを交わす。驚く鈴音だが、それを受け入れる。唇から感じる温もりが行為を思い出させ、鈴音の気持ちを揺さぶる。

 

「もう、急ぐんでしょ?」

 

「…そうでした」

 

鈴音に諌められ、静夢は鈴音を離した。シャワールームへ消えていく鈴音を見送り、静夢はベッドへ倒れ込む。鈴音の温もりがまだ残るベッドで、昨夜の行為を思い返す。

無意識に彼女を求めて、少し強引になっていた自分が情けなく感じてしまう。仕事で教えられた相手の要求に応える姿勢を保てず、ただ欲望の向くままに鈴音の体を貪った。

 

「まだまだ、だよな……」

 

見知った相手だからか、自分への思いを吐露したからかーーーどちらにしても、まともに仕事をこなせたとは言えないだろう。自分がまだ半人前であることを思い知る。

 

色々と考えていると、シャワールームから物音がする。鈴音が出てくる前に、彼女の脱いだ服を集めた。更に、ドライヤーと櫛を用意して彼女の帰りを待った。

 

「はぁ~、ありがとう」

 

「いいえ、目が覚めたかな?」

 

長い髪を拭きながらタオルを巻いた鈴音が出てくる。静夢の問いに頷くと、静夢が集めた服を身に着けていく。ジャケットのボタンを留め、鈴音は静夢の膝に腰を下ろす。

そんな彼女に笑みを浮かべ、静夢は鈴音の髪にドライヤーの温風を当てる。適切な距離で優しく当て、片方の手で髪を梳く。

 

「ーーーよし」

 

ドライヤーを止め、櫛を手に取って髪を梳かしていく。鈴音のトレードマークである二つの髪留めを取り、髪を纏めてセットしていく。

 

「完成、これでいい?」

 

「……うん、合格」

 

髪留めを触りながら、静夢の腕前を確かめる。振り返って笑みを浮かべると、静夢も釣られて笑う。鈴音は立ち上がって歩き出し、静夢もそれについていく。

扉の前にたどり着くと、鈴音が振り返って静夢を見つめる。

 

「送っていくよ」

 

「遠慮するわ、謹慎中でしょ?下手に噂が立つのは良くないだろうし」

 

「……そうだね」

 

逆に気を遣われて、申し訳なくなる静夢は顔を伏せる。

 

「ーーー『静夢』」

 

名前を呼ばれ、静夢は思わず顔を上げた。その視線の先に、目を閉じてジッと待つ鈴音がいる。彼女の頬に手を当て、静夢は再び口付けを交わした。唇が離れると、二人は見つめ合い、抱きしめ合う。

しばらくそのままで、温もりを感じ合うーーー。

 

「ーーーそれじゃあ、行くわ」

 

「うん、またね」

 

そう言って、鈴音は手を振って静夢の部屋を出る。扉が閉まり、静寂の中で腕をダラリと下ろす。全てが終わり、緊張の糸が切れた静夢から欠伸が出た。

彼の予定は未だに決まっていない、再びベッドに倒れ込む。彼女の匂いと温もりが残るベッドで、静夢は再び夢の世界へ落ちていくーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

謹慎から五日が経過した、静夢はロンド・ベルのメカニックと通話をしていた。パソコン越しに、画面の端にデータを映しながら意見交換をしていく。

 

『俺が過去に使ったものをISで再現した形だけど、あの時は総力戦だったからな…』

 

画面の向こう側で遠くを見つめるメカニックの『タクヤ・イレイ』は、どこか複雑そうだった。かつて、ユニコーンガンダムの強化プランを設計した人間であり、宇宙世紀を生き抜いた人間でもある。

ISというモビルスーツとは違う新たな技術に目を輝かせるが、それによって蔓延した女尊男卑の風潮にげんなりとしていた。

 

「いや、これだけの武装だけど、デザインというのかな?戦闘に支障をきたすことが無いような設計はありがたいよ。早速、帰った時に試したいな」

 

『お、おう。準備はしておくよ』

 

「わざわざありがとう、『タクヤくん』」

 

静夢が意見を述べ、屈託のない笑顔を向ける。その顔を見て、タクヤは溜息を吐いた。

 

「どうしたの?」

 

『ああ、いや……まだ、慣れなくてな』

 

頭を掻きながら呟くタクヤは、未だにしっくり来ない呼び方に歯がゆさのようなものを感じた。初めて会った時も、「タクヤさん」という静夢の謙遜ぶりには困惑したものだ。

タクヤとしては、静夢と対等でありたいと思う部分がある。対して静夢は、自分の方が下であるべきと、見事に食い違う部分があった。

 

ーーー静夢が妥協して、今の呼び方になったそうだ。

 

「言ったでしょ?僕の方が下なんだから、当然だよ」

 

『俺は別になぁ……』

 

「最低限の礼儀としてだよ、タクヤくん」

 

再び溜息を吐くタクヤは、頑張って飲み込んで良しとする。このまま問答をしても何も解決しそうにない。

 

『それじゃあ、準備は始めておくからな』

 

「うん、ありがとう」

 

そう言って通信は終わった。静夢はパソコンの電源を落とし、コーヒーを淹れようとキッチンに向かう。ケトルを火にかけ、沸騰を待つ間にドリッパーやフィルターといった道具を準備する。

 

コンコンコンーーー。

 

そんな中、来客を告げるノックが聞こえた。静夢は机に置いたマスクを着け、扉の前に立つ。

 

「……はい」

 

「はーい。お姉さんだけど、いいかしら?」

 

「…どちら様です?」

 

全く心当たりのない来客に、静夢は首を傾げた。

 

「いやねぇ。私よ、私」

 

「この部屋に簪ちゃんはいませんけど……」

 

「分かってるじゃない!バカにして…」

 

「どうされたんです?」

 

仕方なく扉を開ける静夢の前に、扇子で口元を隠している楯無がいた。扇子に書かれた「屈辱」の文字は、彼女の心情を表しているようだった。うんざりとした態度で、静夢は返事をしていた。

 

「謹慎は今日で終わりよ、その知らせに来たの」

 

「わざわざそれを言うためだけに?しかも、こんなに早く解除されるなんて」

 

「いちいち引っかかる言い方ね…」

 

棘のある言葉に楯無は眉間に皺を寄せる。

 

「貴方が手引きをしたという証拠が見つからなかったし、これ以上の謹慎に意味が無いと判断されたわ」

 

「最初から違うと言っているのに…まぁ、形でもやっておかないと後が怖いですものね。こんな世界だし」

 

静夢が目を伏せて文句を言う。その言葉に、楯無は何も言い返せない。静夢の言う通り、この世界は大きく歪んでしまった。女性の小さな一言で、事が大きく一転してしまう事がある。

 

それはこのIS学園でも例外ではないーーー。

 

平等に接する人間もいれば、セシリアのように女尊男卑主義の人間もいる。大人も子供も関係なく、敵や害悪と判断されて排斥しようとする動きもあるという。

 

「分かりました、わざわざありがとうございます」

 

本題が終わり、静夢は扉に手をかけた。

 

「ーーー待って」

 

楯無が部屋に戻ろうとする静夢を引き留める。

 

「どうしました?」

 

「あなたは一体、何者なの…?」

 

疑問と書かれた扇子を広げ、口元を隠す楯無の目は鋭かった。幾度も超えて来た場面だ、静夢にとっては脅威にはならない。

 

「御覧のとおり、僕はごく普通な子供ですよ。隠すことは何もありません」

 

マスクの下でニヤリとしながら、静夢は堂々と言ってのける。楯無の意図の凡そは理解できる、楯無も静夢のことを完全には信頼してはいない。

簪に協力しているとはいえ、疑いを晴らすには説得力に欠ける。

 

「そんなに疑うのなら、釈放なんてしないでここで始末すればいい。そうすれば悩みの一つは消えますよ?」

 

「ーーーッ!」

 

「そこで何もできないのは、弱さか優しさか…失礼します」

 

それだけ言い残し、静夢は扉を閉める。一人になった部屋でマスクを外し、吐息で蒸れた口元を拭う。

そして、再びコーヒーを淹れようとキッチンへ向かったのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ジオニック社の一室でシャア・アズナブルは一枚の書類を眺めて思考の海を泳いでいる。

書類に記載されている一人の少女、そして少女のものと思われるISの情報が添付されている。

 

「『シャルロット』を送るのですか?」

 

「ああ、彼女の方が適任だろう」

 

部屋に入って来たナナイ・ミゲルは、シャアが持つ書類を見て尋ねる。頷いたシャアは、書類を机の上に置いた。そして、パソコンに映る詳細なデータを見つめる。

 

「『ザク』が再び日の目を浴びるとは、思いもしませんでした」

 

「宇宙世紀ではあり得なかっただろうな、この世界だからこそだろう」

 

宇宙世紀で発展したモビルスーツの開発と運用。自身も搭乗し、生涯のライバルと激闘を繰り広げた機体。汎用性の高さから、様々な姿で戦場に出てきたが、時代の流れと共に姿を消していった。

 

「話を通しておいてくれ。彼のところなら、喜んでいくだろう」

 

シャアの指示にナナイは小さく頷いた。候補がもう一人いたのだが、性格からして潜入には向いていない。無邪気で天真爛漫な面が強く、事態が悪化してしまう可能性があった。

ナナイとしては、もう一人が行ってくれることを願った。あまりにも無邪気で、我の強いあの少女とは何度も衝突してきた。しばらく自分から離れてくれれば、気も楽になっただろう。

 

「『クェス』には向いていないことだよ、仕方がないさ」

 

考えていることを言い当てられ、ナナイは言葉に詰まる。シャアもナナイの考えは理解できる。

候補に挙がった『クェス・パラヤ』は、あまりにも純粋だ。故に大人の考えを理解できず、周囲の反感を買うことがある。静夢でさえも、やり辛い相手と言わしめたほどである。

 

溜息を吐いてナナイはシャアに敬礼をすると、部屋を出て別の場所へ向かう。当の本人がいるであろうファクトリーに通信を入れて、搬入する資材や機体の調整をすべく、ナナイは感情を押さえ込んで廊下を歩いたーーーーー。

 

 

 




次回からようやく原作2巻に入ります。

気ままにゆっくりと投稿する形になりますが、よろしくお願いします。


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第21話

お気に入り登録100件を超えました、誠にありがとうございます。


翌日、静夢はいつも通りの時刻に目を覚ました。謹慎中であっても、生活習慣を崩すことは無かった。顔を洗い、丁寧に髭を剃って身なりを整えていく。

そういえばーーーふと、昨日のメールを思い出した。

 

ジオニックからテストパイロットをIS学園に派遣するという話だ。静夢とは因縁浅からぬ仲の少女だ。

父親が愛人に産ませ、実母の死後に父親に引き取られた。その後、閉鎖された空間で育てられ、本妻である女からの虐待が彼女を苦しめた。

 

そして二人は出会った、戦場の中でーーー。

マフティーの人間として、まだ織斑 一夏だった頃の事である。彼の意向でハサウェイは一夏を戦場へと送った。まだユニコーンを持たない一夏は、レイモンドのチームに入り、歩兵として戦場を駆けた。

そこで初めて、自身が持つ力を自覚するーーー。

 

目的である人物を射殺し、引き上げるときに声を聞いた。助けを求めるか細い声だった。今にも消えそうな声を、一夏は確かに聞いたのだ。部屋を隈なく探し、息を切らしながら警戒も忘れずに探索した。

そして、シャルロットを見つけた。恐怖に怯え、震える彼女に差し出した手が握られたことを思い出す。

 

紆余曲折があり、彼女はジオニックに身を置くこととなった。実力主義でもある環境で、彼女はため込んだストレスと隠された才能を爆発させた。シャア・アズナブル、ハマーン・カーンといった強者たちに可愛がられ、テストパイロットとして活動している。

 

「アフターケアに苦労しそうだな……」

 

人当たりが良く、優等生の気質があるシャルロットだが、静夢には人一倍の執着を見せている。故に、静夢は扱いを心得ているが、ご機嫌取りには苦労している。

朝から溜息を吐き、静夢はマスクを着けて口元を隠すと、朝食のために部屋を出た。

 

久しく歩く廊下はどこか新鮮で、少しだけ光って見えた。同じ目的で廊下を歩く生徒たちには笑みを浮かべ、時に手を振って挨拶をして見せた。食券を購入すると、厨房の職員に渡して端で待つ。

やがて、静夢の食事を持って来た職員と目が合う。静夢は会釈をして、食事を受け取る。

 

「久々じゃないか、休んでたのかい?」

 

「まぁ、そんなところです。ありがとうございます、いただきます」

 

「ああ、今日も頑張るんだよ」

 

恰幅の良い婦人が、元気な笑みを浮かべる。静夢は再び会釈をして、席に向かった。空席を見つけ、腰を下ろしてマスクを外す。手を合わせて食事を始め、喧騒がBGMのように流れていく。日常に戻った安心感と、年頃の異性が放つボルテージに圧倒される感覚を得る。

 

そんな静夢に声をかける人間がいたーーー。

 

「ようッ!久しぶりだな」

 

「おはようございます、ケネス先生」

 

いつものような軽快な雰囲気で、ケネスは静夢の隣に座った。

 

「すまなかったな、お前に迷惑をかけちまった」

 

「構いませんよ、先生にも立場がありますし。そうでもしなければ、先生が悪者になってたかもしれませんから」

 

自身のことを優先せず、ケネスを気遣う様子を見せる静夢。大人顔負けのフォローを受けて、ケネスは嬉しさと歯痒さを感じる。

 

累 静夢と初めて会った時からそうだったーーー。

 

自分の立場に胡坐をかくような事をせず、謙虚な振る舞いで相手を立てる。世渡り上手な一面は、子供ながらに流石と言えた。

有事の際の冷静な対応は、数多の命を救った。先日の事件がその証拠だ。

 

「お前には敵わんな……」

 

「……何に対してかわかりませんが、僕だってあなたには敵いませんよ」

 

「ん?例えば?」

 

「うーん…女性の扱い方、とか?」

 

「こいつ、人のこと言えないじゃねぇか」

 

変わらない様子の静夢に、ケネスは彼の頭を乱雑に撫でまわす。これが静夢の人心掌握かもしれないと感じながら、ケネスは静夢との再会を喜んだ。

 

「ところで、彼も昨日で謹慎が解けたんですか?」

 

「ん?ああ、織斑も今日から登校の予定だ。千冬が何かするかと思ってたが、意外だったな」

 

「身内贔屓は示しがつきませんしね。まぁ、やっても問題にはならないかもしれませんが…」

 

「そう卑屈になるなって…まぁ、あながち間違いでもないんだがな」

 

静夢の言わんとすることは正しい。ISによって歪んだ世界、その頂点にいると言っても過言ではない織斑 千冬、学園内という閉鎖空間での情報操作、覗けば覗くほどに闇は深くなっていく。

千冬を盲信する人間は存在する、それによる贔屓も発生するだろう。どの道、静夢にとっては全く関係のない話だった。

 

「そういう空気があるという事も事実だ。勿論、お前の事を評価するやつだっている」

 

「複雑で面倒なことです」

 

「ああ、本当にな……」

 

歪んだ人間ばかりではない。しかし、故に衝突と軋轢が生まれるのだ。

 

「それで、何かわかりました?」

 

「いや、全くの手詰まりだ。これでもかっていうくらいに、調べてはいるんだがな……何も手がかりが出てこない」

 

分かり切っていたことだが、静夢はケネスに問いかけた。ケネスは首を横に振り、両手を上げた、言葉通りのお手上げということだ。

恐らくこれはジャブだ、束がその気になれば世界を崩壊させる事も可能だろう。

 

今の束がそんな事をしないと分かっていても、彼女の過ちがそう思わせるーーー。

 

その後、二人は食事を始める。朝食をたくさん食べるタイプのケネスは、多く盛られた肉と野菜を頬張る。その姿に圧倒される静夢は、黙々とパンをちぎりながら口に放り込んでいく。

 

「僕にできることはありません、お役に立てず申し訳ありません」

 

「いいや、お前が気にすることじゃない。こっちこそ悪かったな」

 

静夢の方が先に食事を終え、マスクを着けて席を立つ。トレーを持って席を離れようとするが、少し進んで足を止める。

 

「どうした?」

 

「いや…この世界は、これからどうなっていくんだろうかと思って」

 

「……そうだな、良くなっていくといいんだが」

 

「……今のままでは、無理でしょうね」

 

そんな言葉のやり取りをして、静夢はトレーを返して食堂を後にするのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう…」

 

「あ!おはよう!」

 

「おはようございます」

 

「おはよ~」

 

謹慎明けの初日は緊張する、静夢は恐る恐る教室に入った。どうなるものかと思っていたが、クラスメイトたちの温かい反応に静夢は肩の力が抜けた。

彼女たちに色々と聞かれたが、いつもの飄々とした態度でのらりくらりと躱していく。

 

「あ…」

 

「よ…」

 

先に教室に来ていたヴァルトと視線が合った。ヴァルトは自分の席に座っていて、その場で手を挙げて挨拶をする。静夢は同じように手を挙げ、自分の席に座った。

可もなく不可もなくといった様子で、教室は前と変わらない雰囲気だった。

 

ーーー不意に教室の扉が開いた。

織斑が顔を覗かせ、教室に入ってきた。

 

クラスメイトの数人が駆け寄り、声をかけた。しかし、集まったのは片手で収まるくらいの人数だった。クラス代表対抗戦から、彼のメッキは剝がれて来た。実態を目の当たりにしてから、彼女たちの中で織斑の評価は変わって来た。

 

座学や知識などは申し分ないといったところだ。しかし、ISを使った実技は拙いものと言わざるを得ない。静夢や鈴音との戦いでは、初心者と変わらない様子に期待外れなものとなった。

後になってから、彼女たちは織斑に期待を寄せすぎていたと感じた。刺激のない世界で、静夢やヴァルトといった力を持つ異性が近くにいれば、自ずと期待が高まって来るものだ。

 

「織斑くん、風邪でも引いてたの?」

 

「ちょっと休んでいたから心配したんだよ~?」

 

「あ、ああ…そうなんだ。体調が悪くって」

 

単純に疑問をぶつけたクラスメイトの質問に、織斑は頬を引き攣らせながら答える。事件の真相は緘口令が敷かれている、彼自身の口から情報が洩れれば千冬に何を言われるか分かったものではない。

 

挙動不審な対応にクラスメイトたちは困惑する。顔色から察したのか、本能的に何かを感じたのか、それ以上の追求はしなかった。

 

「……」

 

「……」

 

その織斑は静夢と目が合うと、すぐに視線を逸らして席に座った。無論、静夢から織斑に噛みつく必要は無い。静夢にとって織斑は眼中に無い存在だからだ。糾弾された時は驚いたが、ボロを出した覚えも無く偶然だろうと考えた。

結果として、教師たちによって判決が下り、彼が真相を掴んでいたかは不明のままだ。

 

次に同じことがあればその時に対応するということで、静夢の中で落ち着いた。

 

その後、千冬が教室を訪れる。教室の空気が張りつめ、全員が席に着く。

 

「諸君、おはよう」

 

「「「「「おはようございます!!」」」」」

 

千冬の挨拶に彼女たちは元気な返事をする。変わらない声の大きさに、千冬は未だ慣れずに困惑する。

小さく息を吐くと、彼女は気持ちを落ち着けて生徒たちに向き合うーーー。

 

「今日はホームルームの前に、転入生の紹介をする」

 

千冬の報せに教室はざわざわとする。新学期が始まり一ヶ月は経つ、どんな人物が来るのかと期待が高まっていく。

しばらくの喧騒を千冬が諫める。ピタリと静かになった教室、千冬は頷いて扉を見やる。

 

「ーーー入れ」

 

千冬の声に従い、一人の生徒が教室に入って来る。スカートから覗く華奢な足で教壇に上り、長い金の髪を後ろで束ねた少女が微笑を浮かべている。

 

「皆さん、初めまして。『シャルロット・ルロワ』です、よろしくお願いします」

 

柔和な笑みを浮かべたシャルロット・ルロワは、同性であるクラスの少女たちはその姿に目を奪われていた。

 

「あ、えーっと、ジオニックでテストパイロットをやっています。不慣れなこともありますが、頑張りましゅ!」

 

軽く自己紹介をして締めくくろうとしたシャルロット。最後の最後で噛むと、ハッとして口元を両手で隠す。悟られまいとした彼女なりの照れ隠しなのだろう、その可愛らしい一面に少女たちは翻弄される。

 

「静かにしろ!」

 

再び喧騒が訪れる、混沌と化す教室に千冬の一喝が響き渡る。千冬が咳払いをすると、仕切り直して口を開く。

 

「席は窓際の後ろの席だ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

着席を促すと、シャルロットは席に向かって歩いていく。シャルロットをが通り過ぎた後を目で追う少女たちもいる中、ヴァルトは大して興味を抱くことは無かった。自分には損も得もないと思っていた。

 

彼女とすれ違うその瞬間まではーーー。

 

「……ッ!?」

 

おぞましい何かを感じ取ったヴァルト。静夢との経験から普通では無いと直感するが、何かがおかしい。鳥肌が立ち、高揚感ではなく恐怖や畏怖といったものを感じ取る。

 

思わず振り返ると、その視線に気付いたのかシャルロットも足を止めて振り返る。微笑みを浮かべ、すぐに席へと向かった。

 

「パーくん、どしたの~?」

 

「ああ、いや、何でもない…」

 

後ろの席である本音の声に気づいてヴァルトはハッとする。気のせいとは思えない、そんなプレッシャーをシャルロットから感じ取った。

 

しかし、それを感じ取ったのは静夢も同じだったーーー。

 

「自分以外の同類」を見つけ、興味を持ったシャルロットの戯れだった。事前に報告をしなかった自分の落ち度、静夢は後でヴァルトのフォローをしようと決めた。

 

その後、ホームルームが恙なく行われ、チャイムが鳴った。

 

「二時限は二組との合同授業だ、遅れないように行動すること。以上!」

 

念のため、再び連絡をして千冬は教室を出て行く。緊張の糸が解けた教室はシャルロットの話題で持ち切りとなる。

 

「あの、ルロワさんーーー」

 

「しーーずーーむーー!!」

 

生徒の一人が声をかけるが、それよりも速くシャルロットは駆け出していた。全速力の足で静夢に向かい、静夢はやれやれと溜息を吐いて立ち上がる。

胸に飛び込んでくるシャルロットを受け止め、反動が付いてその場でクルリと回る。シャルロットが足を着けると、静夢の胸に顔をうずめる。

 

「はぁ~、会いたかった」

 

「久しぶり。元気そうだね、『シャーリー』」

 

名前を呼ばれ、顔を上げたシャルロットは満面の笑みを浮かべる。ヴァルトへの戯れを咎めようとした静夢だが、その笑みを見てしまうとどうにも怒れなかった。

静夢はこれはいけないと思いつつも溜息を吐き、シャルロットの頭を撫でていたーーーーー。

 

 

 




強引ではありますが、原作二巻に入ります。

人物紹介や機体設定も後々に追加していきます。


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第22話

始業のチャイムが鳴り、一時限の授業が始まる。専門的なISの授業だけではなく、通常の授業も必修科目となる。今回の現代国語では、字の読み書きに苦労する者たちがいる。

 

ISや千冬に憧れて、日本国外から訪れる者たちだ。

学園に入学するにあたって、初めて日本へ来る者たちも少なくはない。高を括り、大した予習もせずに入学する者も中に存在する。各国家の代表候補となっている者たちは、それぞれの国の面子というものもあり、教育の時間が取られているともいう。

 

ーーー勿論、特に勉強をせずともクリアする者もいる。

 

シャルロットはジオニックに入り、人並みの待遇を受けた。今までのように虐げられることは無くなったが、優しくされることへ慣れるには時間がかかった。

ナナイを中心に彼女のメンタルケアをして、ようやく年頃の女の子へ戻っていった。

 

テストパイロットの仕事を中心に生活し、自分の持つ能力を自覚してから彼女はISや戦闘にのめり込んでいった。直感的に相手の動きや、攻撃の軌道を読めるようになり、機体の状況を肌で感じるようになった。

 

自身の能力を恐れることなく、シャルロットはその力を活用していった。時にその力に驕り、周囲と衝突することが何度かあった。

その度のシャアやハマーン、ナナイといった大人たちに叱られた。ただ叱られるだけでなく、何が間違いだったのか、幼い子供を諭すようにして育てられた。

 

のめり込んだ結果、シャルロットが大した勉強をしているような様子を想像できない静夢。大丈夫だろうかと心配になり、机に彼女に目を向けた。

視線の先に映るシャルロットは何か考えているのか、右手に持ったペンを回している。ダンスを踊るかのようにペンが周り、シャルロットの細い指をグルグルとしていた。

 

「…?」

 

静夢の視線に気づいたシャルロットは、見るからに顔を綻ばせる。ニコニコとして手を振る彼女に、静夢は苦笑いを浮かべて手を振り返した。

 

「お二人さん?授業中にイチャイチャされると困るんですけど…?」

 

咳払いをして注意を向ける教師の女性は、静夢と目が合って微笑んだ。

 

「す、すいません」

 

「仲良しなのはいい事なんだけどね、時と場合ってものが…」

 

「先生!私はまだ静夢とそういう関係じゃなくて……」

 

教師の言葉を遮るかのように挙手をしたシャルロットだが、言葉を紡ぐうちにその頬が段々と紅潮していった。

その様子を見た教師は怒る気も失せ、溜息をこぼした。

 

「ともかく、授業はしっかりと受けるように」

 

「はい、気をつけます」

 

そう言い残し、教師は教壇の方へと戻っていく。静夢は溜息を吐き、口元のマスクを団扇の代わりにして扇いだーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

一時限の授業が終わり、クラスは再び喧騒を取り戻す。しかし、次は合同授業のために時間が無い。

 

「行こうぜ」

 

「うん。シャーリー、次は移動だよ。みんなも何かあったらお願いしていいかな?」

 

ヴァルトに声をかけられ、静夢は席を立ち上がる。シャルロットにも声をかけ、不慣れな彼女のフォローをクラスメイトたちに頼む。

 

「任せて!」

 

「このお方は何があっても……」

 

「守るよ~」

 

清香、神楽、本音が答える。愛嬌のあるシャルロットに心を掴まれた彼女たちの気持ちは一つのようで、全員が頷いていた。

 

「迷惑かけてごめんね?」

 

「大丈夫だって!気にしないで!」

 

シュンとするシャルロットを見て、静寐が慌ててフォローをする。その様子を見たヴァルトは顔をしかめ、静夢は肩を竦める。シャルロットの本性を垣間見たヴァルトは、彼女が猫を被っているということを知っている。

静夢も同じように、彼女が世渡り上手になっていることを知っているのだ。

 

この真実を告げるべきか、黙殺するべきか、すでに虜になる少女たちの夢を壊すことはできなかった。

 

シャルロットを彼女たちに任せ、二人は更衣室へと移動する。ヴァルトは廊下を歩く静夢の背中を叩いた。

振り向いた静夢だが、眉間に皺を寄せるヴァルトに文句を言えなかった。

 

「聞いてないぞ、あいつも同じなんて」

 

「ごめんね、伝えないといけないと思ってはいたんだ」

 

「まったく…とんでもない女狐だな」

 

ヴァルトの言葉に静夢は笑った。荒んだ環境で育ち、強者によって磨かれた才能ーーー気づけば、シャルロットは強さを求めるジャンキーのようになっていた。

 

「本当にごめんね?彼女も悪気があったわけではない…と思うんだ」

 

「無意識であれは、もう悪意だろうが……!」

 

「君がニュータイプだって分かって、試したくなったんじゃないかな?」

 

「勘弁してくれよ…」

 

朝から神経をすり減らし、ヴァルトは溜息をこぼした。彼女から感じたプレッシャーは、バニラにいた頃には感じえなかった「死の予感」そのものであった。

ナイフなどの凶器を向けられた経験はあっても、彼はニュータイプの直感で切り抜けてきた。

 

それとは比べ物にならない恐怖を感じ取ったのだーーー。

 

「あれが味方かよ、お前もとんでも無いやつだな」

 

「うーん、慣れかな?『あんなこと』があればね…」

 

「やっぱり、あれもワケありか?」

 

「いや、前にねーーー」

 

そして語られる静夢とシャルロットの過去ーーージオニックを訪れた時のことである。

 

ジオニックで成長を遂げたシャルロットの模擬戦を観戦していた静夢は、シャルロットから直々に対戦相手に指名された。当時の彼は、ユニコーンのデストロイモードの件もあり、戦いには消極的であった。

駄々をこねるシャルロットを宥めるために、仕方なく対戦を受け入れた。その時はユニコーンをロンド・ベルに預け、専用機を持っていなかった静夢はシャアから余っている機体を借りた。

 

ーーーそれは、凡そジオニックにあってはならない機体であった。

ーーー『ガンダム』があったのだ。

 

かつて、アムロが乗ったMSをISで再現したそれは、静夢が見た資料に比べて重装備となっていた。シールドとライフルが一つとなったもの、背部のキャノンにミサイルポッドなど、アムロが乗るものとは別のものであった。

 

なぜーーー静夢はそこで踏みとどまった。大きな理由があるのか、私的なのか…シャアとアムロの関係に口出しは出来なかった。

 

兎にも角にも、準備が整った静夢はシャルロットと対戦した。シャルロットの駆る「ザクストーム」は、かつてジオン軍が運用したMSであるザクをモデルに開発されたISである。

赤とオレンジでカラーリングされたその機体は、その名のとおりの動きを見せた。マシンガン、バズーカなどの弾頭のカーテン、背部にある一対のブースターによる機動は恐ろしいと感じた。

 

結果は引き分けに終わった。弾切れとブースターのオーバーヒートが発生し、どちらも行動不能となった。ボロボロになった機体が激戦を想像させ、シャアは笑いながらそれを称賛した。その陰でナナイが頭を抱え、ヒートアップしたことを叱られる。それからというものの、シャルロットは静夢にぞっこんとなっていったーーー。

 

「ーーーと、まぁ……そんな感じで、殺し合った仲かな」

 

乾いた笑い声を上げ、懐かしむかのような静夢を見たヴァルト、彼が住む次元の違う人間なのだと想像する。また、静夢と死闘を演じるシャルロットの実力も窺える。

 

更衣室にたどり着き、二人はISスーツに着替えてアリーナへと向かう。千冬が指揮し、合同授業ともなると遅刻は許されない。二人は早足で急いだ。

 

「「おはようございます」」

 

「あら、おはよう。早いのね」

 

アリーナへたどり着いた二人を迎えた教師が挨拶をする、ヴァルトはその女性が武道場で会った剣道部の顧問だったことに気づく。

女性はハッとしたヴァルトにニコリと微笑み、小さく手を振った。

 

「ところで、織斑くんは?」

 

「「……」」

 

尋ねられた二人はポカンとし、顔を見合わせた。尋ねられてようやく、織斑の存在に気づいた。二人は今朝からシャルロットのことで精一杯だったのだ。

 

「「後から来ます、多分…」」

 

「…まぁ、いいわ。整列して待っていてちょうだい」

 

静夢が一礼すると、ヴァルトもそれに倣って頭を下げる。列は完成しつつあり、二人はその中に入っていったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより合同授業を始める!」

 

生徒たちが全て集まり、千冬の号令で二つのクラスによる合同授業が始まる。ISを使った実技ということもあるため、少女たちは真剣な目をしている。

 

「まずは手本として、専用機を持つ者に代表してやってもらう。オルコット、鳳、前に出ろ」

 

指名された二人は列から出ると、集団の前に躍り出る。セシリアと鈴音はISを展開しようと準備を始める。二人による模擬戦が行われる、生徒たちがそう思っていると千冬が小さく呟いた。

 

「準備はできたか、ちょうどいい」

 

彼女はそう言って上を見上げる。それに気づいた静夢とヴァルトは同じように上を見上げる。すると、二人の中で鈴の音が鳴る。何かを直感で感じ取り、こちらに近づくような声が聞こえて来た。

 

「退いてくださ~~い!!」

 

空から訪れたのは副担任の真耶だった。それに気づいた生徒たちは視線を上に向ける。

 

「マジかよ…!」

 

「マズいな…!」

 

誰よりも速く気づいた静夢とヴァルトが列を抜け、前へと躍り出る。このままでは真耶がアリーナに叩きつけられる、最悪の場合を予感した二人は、真耶の救助に乗り切る。

 

「山田先生…!」

 

そこに織斑が割り込んだ。驚くヴァルトだったが、反射的に最適解を導き出す。

 

「邪魔だ、どけ!」

 

行く道を遮る織斑を突き飛ばしたヴァルトは、静夢が通る道の露払いをする。不意に背を押された織斑は、耐えられずにつんのめるようにして膝を着いた。

 

「お前…!」

 

「ナイスアシスト!」

 

織斑が立ち上がるよりも速く、静夢がしゃがんだ織斑を踏み台にして飛び上がる。すぐさまユニコーンを展開し、墜落寸前の真耶を受け止める。

 

受け止めると同時に襲い来る衝撃、ユニコーンの頑丈さを信じてバーニアを逆噴射させる。最初こそ衝撃が強かったが、少しずつ収まっていった。バーニアを切り、大きく安堵の息を吐く。

 

「山田先生、無事ですか?」

 

「は、はい。助かりました…」

 

静夢が覗き込むようにして尋ねると、腕の中の真耶は頷いて同じように安堵の息を吐いた。

 

「立てますか?」

 

「ええ、問題ありません」

 

再び尋ねると、真耶は凜とした表情で返事をした。その場でISを展開する真耶を下ろし、彼女は静夢に礼を言って列の方へと移動した。

 

(ーーー強い女性(ひと)だな)

 

静夢は真耶の過去を知っている。普段からは想像もできない能力を持つも、それに驕ることなくひたむきに努力してきたのだろう。先程のような非常時でも、冷静に対処して切り替えられる彼女の強さを見た気がした。

 

彼女のような人間が多ければ、こんな世界でもマシになるだろうかーーーそんなありもしない幻想が頭をよぎるが、そんなものに意味がないと知る静夢は溜息を吐いた。現実は簡単ではない、彼女のような人間が持つ優しさだけで世界が変わることはないのだ。

 

(……静夢のエッチ)

 

物思いに耽っていると、頭の中に響くシャルロットの声に我に返る。

 

(人助けなんだから勘弁してよ…)

 

(デレデレしてる)

 

(してないよ。まったく君は…)

 

不機嫌に頬を膨らませ、シャルロットはそっぽを向いた。彼女にとって、静夢が自分以外の女と関わることが気に食わないのだろう。溜息を吐いた静夢はユニコーンを解除し、列へと戻っていった。

その後、真耶がセシリアと鈴音を相手に模擬戦が開始されたーーーーー。

 

 

 




回想ですが、シャルロットの専用機を出しました。後々に設定のページに追加していきます。


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第23話

静夢が真耶を下ろし、事無きを得ると、改めて授業が開始される。真耶が前に戻って来ると、千冬が口を開く。

 

「今回はお前たちと山田先生で、模擬戦を行ってもらう」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

どこか緊張しているのか、上擦った声で返事をする真耶。そんな彼女を見て、自信に満ちているセシリアはニヤリとする。普段からおっとりとした真耶が戦闘に向いているとは思えず、自分の相手になりうるのかと考えた。

 

対して鈴音は、静夢から離れた時の真耶の表情を見ていた。戦う人間の表情をしていたのだ。油断していたと言っていいだろう。切り替わった真耶の表情を見て、鈴音は震えた。

 

「来なさい、ブルーティアーズ!」

 

「…はぁ、ッ!」

 

ブルーティアーズを展開させたセシリアを見て我に返り、鈴音は息を吐いて心を落ち着ける。そして、甲龍を展開する。

 

「準備はいいな…?」

 

確認の意を込めた千冬の声に真耶が頷いた。セシリアと鈴音の方を見るが、彼女たちの表情を見て察した。

 

それに頷き、千冬は大きく息を吸うーーーーー。

 

 

 

「始め……!!」

 

 

 

千冬の合図を皮切りに、強者たちによる模擬戦が開始されたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

模擬戦が始まり、ヴァルトはその様子を見ていた。しかし、後方から刺さる視線が気になって仕方がない。シャルロットから放たれる視線に込められた好奇心のようなそれは、ヴァルトの身を強張らせた。

 

助けを求めようと、隣に立つ静夢へ声をかけようとした。

その瞬間であるーーー。

 

『動かないで』

 

「ッ!?」

 

殺気となったシャルロットの声がヴァルトの体を縛り付ける。先程のような感覚が襲い、ヴァルトは開こうとした口をゆっくりと閉ざす。

 

『静夢に変なことをしたら…覚悟してね?』

 

「~~~ッ!?」

 

年頃の女の子の声で、らしからぬ事を言い放つシャルロット。ヴァルトはパニックに陥り、呼吸の間隔が速くなっていく。

 

『シャーリー、イジメないの』

 

隣で震えるヴァルトを見兼ねて、静夢は助け舟を出す。静夢の介入に、シャルロットはまたも不機嫌になる。

 

『その子のことばっかり…久々に会えたんだから、優しくしてよ』

 

『だからって、周りに当たらないでくれ…』

 

シャルロットの言い分も、強ち間違いとは言えないだろう。可愛らしい乙女心と言ってもいい。

しかし、事情を知らない者にとってはそうも言えない。

 

自分の頭の中で繰り広げられる恋人の別れ話のようなやり取りに、ヴァルトはうんざりとしている。シャルロットに釘を刺されたこともあり、二人に口を出せずにいる。

 

「ルロワ、山田先生の乗るISの説明をしてみろ」

 

「はーい…」

 

千冬に指名されたシャルロットは、引き下がって模擬戦を観察しながら口を開く。

 

「山田先生のラファール・リバイブは、フランスのデュノア社によって製造されました。日本製の打鉄に次ぐ、世界シェア二位を誇るものです。汎用性に優れ、搭乗者に合わせてカスタマイズが可能です」

 

「そこまでだ、もう終わる」

 

千冬が手を挙げ、スラスラと話すシャルロットを制止する。すると、中々のスピードでセシリアと鈴音が落下して来た。鈴音がセシリアの背後に回り、出来るだけ衝撃を軽減しようとスラスターを逆噴射させた。

 

小さな揺れと、土煙が舞い上がる。晴れた土煙の中には、敗色が濃厚としている二人の姿があった。

 

「や、やられましたわ…」

 

「お互いの悪いところを一気に突かれたわね」

 

二人は立ち上がって模擬戦の反省をする。この切り替えの早さは、やはり強者の一因とも言えるだろう。

 

「分かったか?これでも山田先生は日本の代表候補だ、敬意を持って接するように」

 

「『元』ですよ、もう何年も前のことですから」

 

今回の模擬戦は経験者同士による手本に加えて、真耶の実力を披露させる二つの意味があった。恥ずかしそうな顔をする真耶はゆっくりと降りて着地する。

 

「お二人も凄かったです。オルコットさんはビットの使い方が上手でした、機体の特徴を理解しながら行動してみましょう。鳳さんは仲間がいる時を想定して、近接と遠距離を上手く組み合わせてみるのもいいでしょう」

 

「「ありがとうございました」」

 

代表候補を相手に取りながら、真耶は二人の短所を見抜いていた。その上でアドバイスを述べると、二人はそれをしっかりと受け取って真耶に感謝を告げる。

 

これにて模擬戦は幕を下ろし、専用機を持つ六人が主導となってISを使った実技に入った。ISの乗り降りから始まり、その場で簡単な歩行などを行ったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァー、疲れた…みんな元気だよね」

 

「僕らがおかしいんだよ、彼女たちの方が普通なのさ」

 

午後の授業が終わり、放課後になった学園。シャルロットは静夢の後ろを付いていって、静夢の部屋に入ると本性を晒した。

可愛らしい一面を見せたシャルロットだったが、静夢と同じように同年代の子供たちに揉まれてグッタリとしている。

自分たちの方が常識からズレているという実感がありながら、静夢も同情するように苦笑いを浮かべている。

 

すると、静夢のパソコンに通信が入る。早足で駆け寄り、通信を繋いだ。

 

「はい、こちら静夢」

 

『やぁ、元気にやっているかな?』

 

「ハサ…!」

 

その通信はハサウェイからであった、ハサウェイの顔を見た静夢の表情が明るくなる。静夢の様子を見て、微笑ましい気持ちになったハサウェイの肩から力が抜ける。

 

『クラス代表の件だったか、君の戦いを見たよ』

 

「あ、退屈な戦いだったでしょう?ハサやレーン大尉に比べたら…」

 

『いいや、謙遜することは無い。ましてや、ユニコーンの本気で戦ったんだろう?よくやったな、「一夏」』

 

「はい…!」

 

ハサウェイの評価に静夢は元気な声で返事をした。ベッドの上で体を起こし、ハサウェイに尻尾を振る静夢を見たシャルロット。自分が蔑ろにされているような気がして、再びベッドに倒れ込む。

 

『近況報告もここまでにして…そろそろ本題に入ろうか』

 

ハサウェイの声色が明らかに変わった、静夢の表情からも笑みが消える。椅子に座り直し、気分を入れ替えて耳を傾ける。

 

「どうしたんです?」

 

『夏頃に作戦を実行しようと思っている、君にも手伝ってもらいたいんだ』

 

「わかりました、詳細を教えてください」

 

静夢の二つ返事に面を食らって、ハサウェイは呆気に取られた。静夢は、画面の向こう側で返事のないハサウェイに声をかける。

 

「ハサ…?」

 

『ああいや……理由を聞かないのかと思ってね』

 

「理由なんかいりませんよ、あなたの頼みですから」

 

静夢はさも当然の如く言ってのける。そんな静夢に、ハサウェイは申し訳ない気持ちと複雑な気持ちを感じた。

 

『僕個人としては、普通の学生として過ごしてもらいたいんだけどな…』

 

ハサウェイの言うことも理解できる。本来、静夢は学生としてのかけがえのない青春を謳歌しているはずだった。本人の意思だとしても、戦場や世界の闇と戦うことは本来あってはならない。

 

「今更、普通の子供には戻れませんよ……」

 

『……』

 

「すいません、話の腰を折ってしまって……」

 

『いや、いい。作戦に関してはまだ時間がある、固まったらまた連絡するよ』

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

『ところで、シャルロットはどうだい?』

 

ハサウェイに問われ、静夢は振り返ってベッドの方を見る。しかし、彼女はベッドの上で寝息を立てていた。

 

「まぁ、初日としては上々…ですかね?」

 

『何事もなくやっているのなら問題ない、クェスだったらどうなっていたか…』

 

「僕としてもシャーリーが来てくれて助かります、クェスなら初日でバレるでしょうね」

 

出向の候補になった少女のことを想像して、二人は溜息をこぼす。どのみち、味方が増えてくれれば静夢の負担は軽くなる。シャルロットは静夢のように演技がうまいこともあって、静夢のカバーも可能だ。

 

『それじゃ、くれぐれも無茶はしないようにな?』

 

「わかってます」

 

通信はそれで終わった。静夢は息を吐いて脱力すると、目を閉じて首をもたげる。自分を心配してくれる気持ちはイヤでもわかった、夜の街での経験が他人の気持ちを感じ取る力を静夢に授けたのだ。

 

ーーー「普通の学生として」

 

ハサウェイの言葉が頭の中で反芻される、同時に悲しそうな表情もフラッシュバック

する。

 

(僕が誰かに心配されるような資格なんて…)

 

これまでに犯してきた罪はもう数えていない、最初こそ忘れないようにと胸に刻んでいたが、現実は足早に巡って彼を追い詰める。

その結果、静夢は過去の行いを気に留めることは無くなった…。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

甘い声が聞こえると、首に細い腕が回される。ゆっくりと目を開けると、シャルロットが静夢の顔を覗き込むようにしていた。しばらく目を合わせると、彼女は心配そうに首を傾げていた。

 

「何でもないよ、ただ……」

 

「ーーー普通の人間になりたかった?」

 

「…ッ」

 

静夢の背に悪寒が走る、まるで心の中を読まれたようだった。ニュータイプとしての能力を考えれば容易だが、彼女は静夢の嫌がることはしなかった。

ハサウェイとの会話を聞いていれば、考えていることのほとんどは読み取れた。

 

すると、シャルロットがグッと顔を寄せる。やがて、二人の唇が触れるーーー。

 

静夢はそれを受け止める、そっと目を閉じて流れに身を任せる。

 

唇をかきわけ、シャルロットの舌が静夢を蝕むように犯していく。尚も受け入れる静夢の舌が絡み合い、シャルロットの頭を撫でる。

 

「プハッ…」

 

「ッ、ハァ…!」

 

シャルロットが静夢から離れ、息を切らした二人の視線がぶつかる。潤んだシャルロットの瞳に映る自分を見る静夢、他者の愛を受け入れる自分が歪んで見えた。

 

「ねぇ、シよ?」

 

「……うん」

 

こうなってしまっては、もう引き下がることはできない。静夢が椅子から立ち上がると、シャルロットが引っ張るようにしてベッドへ向かう。

静夢がベッドに膝を着くと、シャルロットは静夢の肩を掴んで押し倒す。

 

再び見つめ合い、今度はシャルロットが静夢の頭を撫でる。

 

「悲しいの…?」

 

静夢の表情を見たシャルロットが問う。仮面を着けている普段の姿からは想像できない、弱く脆い一面に優越感を感じる。同時にそんな静夢を独占できるという高揚感、シャルロットは心臓の鼓動が速くなっていく感覚を我慢できなかった。

 

服を脱ぎ、静夢の服を剝いでいく。気持ちが逸るあまりに手が覚束ない、手が震えてシャツのボタンに苦戦する。

 

「シャーリー…」

 

「な、なに?」

 

静夢の声に肩を揺らし、思わず手を離す。静夢は怯えたような顔のシャルロットの手を掴み、己の胸に抱き寄せる。

体温と同時に感じるシャルロットの早い鼓動ーーー興奮か不安か、震える彼女の身体を抱きしめる。

 

「今日はゆっくりしよう、ね?」

 

「……うん」

 

顔を覗かせたシャルロットの欲は影を潜め、静夢の優しさに身を寄せる。一度着替え、ラフな格好になった二人は改めてベッドに入る。

 

「ところで、同室の子はいいの?」

 

「……なんだっけ?」

 

シャルロットの部屋の割り振りを思い出した静夢だったが、本人は全く知らない様子だった。シャルロットの転入に合わせて、真耶が忙しそうにしていた様子を見ていた静夢。彼女があまりにも不憫で、気の毒に思った。

 

「いいの、久々に一夏と寝たいの」

 

「はいはい…」

 

離れていたのは数か月だけだったが、彼女にとっては長い時間だったのだろう。下手に刺激して痛い目を見たり、周囲に迷惑をかけるわけにもいかなかった。

静夢は夕食時に合わせてアラームをセットし、枕元に置いてシャルロットと向き合う。

 

「……ん」

 

シャルロットが静夢の背に手を回して身を寄せた。胸に顔を埋めるその姿は、親に甘える子供そのものだった。

静夢はそんな彼女を抱きしめ、同じようにその体温に包まれながら意識を手放したのだったーーーーー。

 

 

 



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第24話

翌日、一年一組の教室は重苦しい空気に包まれていた。シャルロットが転入してきた翌日、新たな来訪者が現れたのだ。

しかし、その少女は鋭い目を向けていた。小柄ながらも、炎のような赤い瞳に銀の髪の少女はシャルロットとは真反対の人間だったーーー。

 

「ボーデヴィッヒ、挨拶をしろ」

 

「了解しました、教官!」

 

千冬が痺れを切らして口を開き、その少女は千冬に敬礼すると再び向き直る。

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ!」

 

転入生であるラウラ・ボーデヴィッヒは、宣言するかのように声を張る。同年代の子供にしては少し低い声、左目の眼帯がより威圧感を際立たせる。ヴァルトと同じタイプの人間だが、彼のような不器用な優しさは見当たらない。

 

 

「お、終わりですか?」

 

「以上だ、特に話すことはない」

 

その後の言葉を期待していた真耶は肩透かしを食らい、戸惑いを隠せなかった。必要最低限のことをやり遂げたラウラは、淡々とした態度で澄ました顔をしていた。そんなラウラに溜息を吐いた千冬は、やれやれと溜息を吐いた。

 

「空いている席に座れ」

 

「ハッ!」

 

千冬の指示に敬礼し、ラウラは用意された席に向かう。しかし、一歩踏みだしたところでピタリと立ち止まる。目前にいる織斑をジッと見据え、動かなくなる。

 

そしてーーー。

 

 

 

 

 

パァン!!

 

 

 

 

 

乾いた音が教室に響く。音に気を取られ、ラウラが織斑の頬を叩いたということに後から気づく。

 

「随分な挨拶だな…」

 

「私は認めない、教官の汚点である貴様を…!」

 

叩かれた頬を摩りながらラウラを見る織斑、ラウラはそんな織斑を睨み付ける。その瞳からは溢れんばかりの怒りや憎しみが見えた。

ラウラはそれで自分の席に向かった。今のやり取りで大体のことを察した静夢だが、特に気にした様子はない。

 

自分が当事者とはいえ、千冬への関心はないので大きな問題はない。一瞥するだけに留め、静夢は平静を保っていた。

嵐のような出来事に騒然とする教室、子供たちは沈黙を保つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終了し、食堂に人が集まる。静夢とヴァルトは肩を並べて食堂に到着し、食券を出して列に並ぶ。シャルロットも二人の動きを見ながら、食券を出して後ろに並んだ。

 

「あ…」

 

「ん…?」

 

「やぁ」

 

鈴音が顔を出し、三人と目が合う。同じように食券を出し、その後ろに並び立つ。

 

「聞いたわよ、また転入生が来たって」

 

「ああ、また厄介ごとだろうな…」

 

「まぁ、下手に刺激しなければ大丈夫じゃないかな?織斑先生のファンみたいだし」

 

静夢の分析にヴァルトと鈴音は納得する。軍人気質なラウラの千冬に対する態度は一目瞭然、余程の執着があるのだろう。

 

「『推し』ってやつか?」

 

「……そうだね、そんなものでしょ」

 

ヴァルトから出た例えにクスリと笑む静夢は、出された食事を受け取って空席を探す。しかし、どこにも空席は見当たらない。

どうしたものかと思案していると、空きのあるテーブルがあったーーー。

 

「お前、まさか…」

 

「空きが無いなら仕方がないさ、立って食べるわけにもいかないし」

 

静夢の視線の先には、一人で食事をしているラウラの姿があった。彼女の放つ雰囲気からか、彼女はテーブルを独占するかのようにして昼食を摂っている。

静夢の選択に渋るヴァルトだが、背に腹は代えられない状況だ。鈴音も諦めてそれを受け入れ、シャルロットは静夢の行動を否定することはしなかった。

 

「失礼、相席でも良いかな?」

 

「……」

 

静夢は積極的に踏み込んで声をかける。静夢の声を聞いたラウラは顔を上げ、静夢を一瞥して食事を再開する。歓迎はされてはいないが、拒絶されているわけでもない。静夢はそれを承諾と判断した。

 

「大丈夫みたい、失礼して」

 

「アンタ、図太い神経してるのね…」

 

「まぁ、静夢ならワケないのかもな…」

 

「ふふん、当然だよ。知らなかった?」

 

後ろで待機していた一同は静夢の行動に呆気に取られ、深く考えないようにした。静夢ならと、シャルロットはニコニコして静夢の隣に座った。

 

「「いただきます」」

 

席に着いた静夢と鈴音は、行儀よく手を合わせて食事に手を着ける。ヴァルトとシャルロットもそれに合わせてスプーンを持った。

 

「静夢、放課後は暇?」

 

「特に用事は無いけど、何かあるの?」

 

「ストームを見てほしくて、向こうでの整備が不満ってわけじゃないんだけど…」

 

「分かった。見てみるけど、本職に比べたら下手だから許してよ?」

 

ユニコーンを受領するに際し、静夢はアムロを中心としたメカニックたちに整備を教わった。四苦八苦しながらもどうにか身に着け、今は情報漏洩を避ける意味でも自身で整備を行っている。

 

同意を得たシャルロットの表情はパァッと明るくなり、嬉しくなって食事のスピードが速くなっていく。二人の空間を見せられたヴァルトと鈴音は、何も言わずに食事を続ける。

 

「そういえば…」

 

何かを思い出し静夢が尚も食事を続けるラウラを見る。

 

「君、軍人さん…?」

 

「……それがどうした?」

 

食事の手を止め、ラウラは冷たい眼差しで静夢を見据える。殺気にも似た感情を察知したテーブルの空気がピリピリと変わっていく。静夢に向けられた殺気に反応したシャルロットは、ラウラを敵として認識する。

 

ヴァルトと鈴音は直感的にそれを感じ取り、臨戦態勢に切り替わる。

静夢は隣で一触即発となっているシャルロットを宥める。今は戦う意思を持たないということだ。静夢にその気がないというのなら、シャルロットはグッと気持ちを堪えた。

 

「もしかしたら、知っているかな……『アメリカ海軍のオールドエース』のこと」

 

「知っているのか…!?あの人を…!」

 

静夢の言葉に反応したラウラが立ち上がった。先程まで放たれていた殺気が一瞬で消え去り、彼女の表情からは憧れや羨望といった幼い感情が浮かんでいた。

 

いきなり大声を上げ、立ち上がったラウラに注目が集まる。一瞬の沈黙にハッと気づき、ラウラは冷静に着席する。

 

「ごめんなさい、大丈夫です」

 

周囲に謝罪し、静夢は両手をヒラヒラと振った。すると、食堂は何事もなかったかのように再び喧騒に包まれた。

 

「どうしてあの人を知っているんだ…」

 

「仕事でアメリカに行くことがあってね、道に迷っていたところを助けてくれたんだ」

 

「人脈が広すぎるだろ…」

 

そして静夢は、かつての出会いを打ち明けるーーー。

 

アメリカの森林公園で植物や自然の調査をしていた。一通りの仕事を終え、暇ができた静夢はアメリカの街を観光しようと考えた。買い物の予定があったハサウェイに付いて行き、街並みを見物していた。

 

しかし、人混みに巻き込まれ、静夢はハサウェイとはぐれてしまったのだーーー。

 

どうしたものかと、彷徨っているうちに海岸へたどり着いた。呆然として、座り込む静夢に声をかけたのがアメリカ海軍に所属する壮年の男だった。

植物監察官の日本人だと拙い英語で必死に訴えると、男性は何かを察したのか頷いてみせた。

 

不安そうにする自分に、ホットドッグを買ってくれたあの時の感覚をしみじみと思い出すーーー。

 

ホットドッグを食べながらお互いのことを話していくうちに、親交を深めて行った二人。静夢は森林公園のことを伝えると、男性のバイクで送り届けてもらった。

初めてバイクに乗った時の風を切る感覚、ヘルメットをせずに乗ったそれは風をより近くに感じた。

 

森林公園にたどり着くと、教授を始めとしたスタッフたちがバタバタと慌てふためいていた。車椅子に乗った教授が静夢を目にすると、ホッとした様子を見せた。ハサウェイに連絡すると、遅れて合流した彼に小一時間ほどの説教を受けた。

 

男性が割って入ったことで、静夢は解放される。改めてハサウェイが礼を言うと、男性は気にするなとハサウェイの肩に手を置いた。

去り際の男性に声をかけると、そこで初めて男性の名前と素性を知ったーーー。

 

「まさかお前が、あの『ピーター・ミシェル大佐』を知っているとは…」

 

「有名人なの?」

 

「有名どころか、もはや伝説と言っても過言ではないな。単機で敵国の施設を破壊、撃墜されるも敵側の機体で生還したのだからな」

 

ラウラの早口な解説に静夢は感心した。自分を送り届けてくれた優しい一面しか知らず、彼のことをあまり知らなかったのだ。

話を聞いていくと、思ったよりも破天荒な人間らしいーーー。

 

命令違反に無許可発進など、若いころは尖っていたらしいのだが……。

 

「なぁ、盛り上がっているところ悪いんだが…」

 

「「……?」」

 

ヴァルトが二人の間に割って入り、横槍をいれるような形となる。何事かと二人は首を傾げる。

 

「あんまり話していると時間が無くなるぞ?続きは放課後でもいいだろ」

 

「「……ハッ」」

 

本当に時間を忘れていたらしい二人は、ヴァルトの言葉に我に返る。食事の手を速め、残りの時間を有効に使うために急ぐ。

二人が会話に花を咲かせている間に、三人は食事を終える寸前だ。

 

「もう、仕方がないんだから…」

 

「…まったく」

 

迫る時間に焦る二人を尻目に、鈴音とヴァルトが溜息を吐く。結局、静夢とラウラが食事を済ませるまで待ち、一行が食堂を出たのは午後の授業が始まる十分前だったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これで本日は終了だ。明日もしっかり頑張るように」

 

『ありがとうございました!』

 

ホームルームを終え、千冬が教室を後にする。大きな声で挨拶をする少女たちは、緊張が解けて教室の空気も集中が途切れる。放課後になり、部活動に勤しむ者は早足で教室を出る。予定の無い者は、友人たちと共にこの後の予定を話している。

 

「累 静夢!先ほどの続きだ!」

 

興奮冷めやらぬラウラは鼻息を荒くして静夢に声をかける。朝の様子からは想像できない姿にクスリとすると、静夢は立ち上がって彼女を連れて教室を出る。シャルロットの視線を感じ取り、謝罪の意味を込めて彼女に向かって手を合わせた。

 

そんな静夢を見て、シャルロットは頬を膨らませてそっぽを向く。あの状態になっては話を聞いてくれはしないだろう、今夜は彼女のアフターケアで精一杯になるだろう。

 

自販機のある場所までラウラを連れて移動すると、彼女の分の飲みものを買って渡した。渡された飲み物に戸惑う表情を見せるラウラだが、静夢は気にした様子を見せなかった。

備え付けられたベンチに座って飲み物に口を付けると、ラウラもオドオドとしながら隣に座る。

 

「むこうでは織斑先生とは一緒だったの?」

 

「……」

 

核心を突く静夢の言葉にラウラは押し黙る。考えるように俯き、彼女は自身に起こったことを語りだす。

 

「私は、ドイツ軍で部隊長をやっていた。自分でも優秀な部類だと思っている」

 

「立派じゃない、自信を持ってもいいでしょ」

 

俯いたまま、ラウラは首を横に振る。

 

「ISの登場によって、立場は大きく変わってしまった。適合性を向上させるためにナノマシンを使用した……結果は不適合。力の制御もままならず、成績は転落する一方。『できそこない』の烙印を押された」

 

ラウラは左目に手を当てる、そのナノマシンの影響が出ているのだろう。

 

「その時に会ったんだ、あの人に」

 

静夢の言葉にラウラは頷いた。ISの教官としてドイツ軍へ赴任した千冬と出会い、ラウラの転機が訪れる。

千冬の訓練により、メキメキと力を付けた彼女は再び部隊長へ着任した。

 

「なるほどね~…好きだったんだ、あの人のこと」

 

「……ッ、ああ、そうなのだろうな。憧れや羨望といったものもあるが、尊敬している」

 

彼女の悲愴の中に見えたその笑みは、間違いなく本物なのだろう。同時に静夢の中では興醒めするような感覚があった。

実の弟である自分には見向きもしなかった千冬が、なんの繋がりもない少女に手を差し伸べたのだ。

 

(色々と思うところがあったんだろうな、あの人も)

 

今更、自分からそれを蒸し返すことはしない。今の自分にあるものへの絶対的な信頼があるからだ。

静夢は立ち上がり、ラウラの前で膝を着く。

 

「君はどうしたいの?」

 

「私は……」

 

口ごもり、迷いが見え隠れする彼女は再び俯く。そして静夢は、ほんの少しの言葉とポケットの飴玉を置いて、その場を後にしたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の授業が終わったが、教師たちには仕事が山積みだ。書類は数が多く、目を通すだけでも気が滅入る。次の授業に使う資料や教材の準備をしたり、部活動の顧問を勤める者もせわしなくしている。

 

それは織斑 千冬も例外ではないーーー。

 

有名なせいか、仕事に終わりが見えない。最近になって転入してきたシャルロットとラウラの入寮の手続きを筆頭に、様々な仕事が舞い込んでくる。

茶道部の顧問を勤める彼女だが、仕事が手一杯で時間が取れない。今日は活動日なのだが、どうやら顔を出せそうにない。

 

溜息を吐いて途方に暮れていると、机にコーヒーが置かれる。

 

「今日はクラブの日だろ?偶には顔をだしてやれよ、お前の息抜きも兼ねてな」

 

「ケネス……」

 

コーヒーを飲みながら、ケネスは千冬の机に置かれている書類を手に取る。目を通しながら、複雑な内容に顔を顰める。

 

「『タッグマッチ』か、あの二人が組んだら誰も相手にならないだろうから、制限は設けるべきだな」

 

「ああ、近いうちに知らせておこう。それにしても、どうかしたのか?」

 

ケネスの萎んでいく顔を見た千冬は、コーヒーを啜りながら尋ねた。ケネスは手にしていた書類を千冬に差し出す。書類を手に取った彼女は、内容を確認していく。

 

「各国からの来賓か…」

 

「ああ…無いとは思うが、顔見知りと遭遇するかもな」

 

最悪の結果を想像し、うんざりとしながらケネスは項垂れる。一月ほど先に開催される「学年別トーナメント」ーーーーー毎年恒例となる「個人戦」の行事だ。しかし、前回はアクシデントが発生したらしい。今回はその反省を踏まえて、二人一組のチーム戦となった。

 

もしも静夢とヴァルトが組んでしまえば、誰も相手にならないことは明確だった。パワーバランスも考えて、ケネスは制限やルールの設定を提案したのだ。

 

「少しやっておこう、俺の気が変わらないうちに行けよ」

 

「…すまない」

 

机の書類とファイルを掴んで、ケネスは千冬へ催促する。千冬はコーヒーに手を着けて脱力する。このケネス・スレッグという男の第一印象は、軽薄な優男というものだった。

 

年齢は千冬の方が下だが、それを感じさせないフランクな空気があった。知らぬ間に同僚のようなやり取りをしていたが、ケネスはそれを気にしなかった。

 

「すまないな、埋め合わせはしよう」

 

「期待しているぜ、ブリュンヒルデさん」

 

まだ熱いコーヒーを飲み干し、千冬は立ち上がった。ケネスは二ッと笑って、ウインクをして自分のデスクに戻る。軽く机の上を整理し、千冬は職員室を後にする。

廊下に出て、茶道部の部室へと向かうーーー。

 

「千冬姉!!」

 

その背後から千冬に声をかける少年。千冬は声に気づいて振り返る。

 

「織斑か、どうした?」

 

「あいつ、一体なんなんだ!間違われたうえにいきなり殴られて…とんだとばっちりじゃねぇか!」

 

織斑は当たり散らすように、千冬へ鬱憤を晴らす。ラウラに頬を叩かれたことを引きずって、やりようのない怒りを露わにした。

 

「ドイツにいた頃の教え子だ、後で言っておく。事故に巻き込まれたと思って忘れろ」

 

「事故だと…あんなやつに間違われた結果がこれかよ!割に合わないじゃねぇか!あんな「落ちこぼれ」のせいで…!」

 

織斑の言葉に、千冬は拳を握る。千冬のドイツへの赴任は、第二回のモンド・グロッソに遡るーーー。

 

第二回のモンド・グロッソが開催され、参加する千冬に加えて二人の弟も現地を訪れていた。しかし、そこで事件が起こる……。

 

末弟の一夏が何者かによって誘拐されたのだーーー。

目的は千冬を棄権させることだったーーー。

 

千冬はそれを聞き、決勝戦を投げうって一夏の救出に向かった。ドイツ軍の助けを借り、千冬は一夏が囚われている場所を突き止めたが、そこに一夏の姿はなかった。

そして、ドイツ軍への恩を返すために一年間の教官として赴いたのだーーー。

 

ーーーラウラへの師事は、一夏への罪滅ぼしでもあった。

 

もしも一夏と向き合っていたら、一夏の言葉を聞いていたら……遮二無二で努力をするラウラの姿を一夏と重ね、千冬は自分の出来ることに心血を注いだ。

 

「千冬姉だってそう思っていただろ!?あいつさえいなければ……」

 

「黙れ……」

 

「え…?」

 

「黙れと言っている!」

 

千冬の声が廊下に響く。あまりの大声に織斑は肩を揺らして沈黙する。織斑に歩み寄り、彼の胸倉につかみかかる。

 

「ど、どうしたんだよ。事実じゃないか」

 

「なぜそうまでして一夏を虐げる!?あいつがそれほどの罪を犯したのか!あいつは、あいつはただ…!」

 

突飛な千冬の行動に狼狽する織斑だが、千冬は激昂してついに拳まで振り上げた。

 

「その辺にしておけ!」

 

千冬の背後から、振り上げた腕を掴んだのはケネスだった。カッコよく送り出したと思えば、千冬の声が聞こえて首を傾げた。廊下に顔を出すと、実の弟に掴みかかっているではないか。

千冬が本気になっては手を着けられない、ケネスは駆け出して千冬を止めた。

 

「離せ!離してくれ!」

 

「弟に殴りかかるやつがあるか!落ち着けって!」

 

ケネスの腕を振り払おうと暴れる千冬、そんな千冬に離されまいとケネスは全身全霊で彼女の腕を掴んだ。

 

「いい加減にしろ!」

 

「……ッ!?」

 

癇癪を起したかのように暴れる千冬を抑えることが精一杯で、事態は膠着する。ケネスは一度、千冬の手を離した。

そして、大きく振りかぶった手で千冬の頬を叩く。

 

頬の痛みに我に返った千冬は、叩かれた頬を押さえて呆然とする。肩を上下に揺らし、息を切らしたケネスは腰を抜かしたかのように座り込む織斑を見る。

 

「お前はもう帰れ」

 

「え、あ…」

 

「速く行け!」

 

「あ、あぁ…!」

 

ケネスが一喝すると、織斑も我に返る。まるで恐怖に怯えるように、立ち上がって走り出した。

 

すると、千冬が膝を着く。嗚咽交じりで、頬を伝う涙を目にするケネス。

 

「すまなかったな、止めるためとは云え…」

 

「わたしは、わたしは…」

 

ケネスは初めて千冬の涙を見た。ブリュンヒルデと称えられ、男勝りな一面の印象しか無い女傑からは想像もできなかった。千冬の隣に座り、彼女の肩に手を置く。

 

「お前はやるべきことをやったんだろ?きっと一夏くんだって、どこかで生きているはずだ。なによりも、お前を恨んでなんているものか」

 

今はこんな薄っぺらな言葉しか出せない、これで千冬の苦しみが軽くなるわけが無い。しかし、ケネスは何もしないではいられなかった。それが大人としてか、男としてかは分からなかった。

 

 

 

 

 

「教官…」

 

 

 

 

 

千冬の弱さを見たのは、ケネスだけではなかった。廊下の影から顔を覗かせたラウラは、千冬の涙に思考がかき乱された。自身にとっての救世主でもある彼女が初めて見せる表情、ラウラは静夢と別れて千冬と話をしなかった。

 

しかし、職員室の前で泣き崩れるところに遭遇してしまう。彼女もまた、一人の人間であると実感する。

 

ラウラの右手には、静夢からもらった飴玉が握られていた。それを見つめ、彼女はその場を後にしたのだったーーーーー。

 

 

 



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第25話

「ハァ、ハァ……」

 

静夢は自室で息を切らしていた。全身に汗が滲み、体温の上昇は長距離のマラソンランナーを想像させる。

 

「どうしたの?まだまだ満足できないよ…!」

 

シャルロットも同じように汗をかいていた。しかし、静夢に比べてまだ余裕があるように見える。その言葉どおりにシャルロットはまだ物足りない。放課後の予定を後回しにされ、他の女の相手をする静夢を許せなかったのだ。

 

静夢に構わず、シャルロットはペースを上げていく。

 

「お願い、もう勘弁して…」

 

静夢も最初は負けじと必死だったが、今はシャルロットに命を取られまいと必死だった。こうなるかもしれないことを薄々と予感していた静夢だったが、実際に体感すると息も絶え絶えであった。

 

弱々しく呻く静夢に、シャルロットの気分は高揚する。シャルロットにとって、今の静夢はまな板の鯉だった。どうやって料理をしようものかーーーシャルロットは、静夢に対して強くいられるこの瞬間が大好物だった。

 

まだまだギアの上がるシャルロットを見て、静夢はベッドの上で諦めたような表情を浮かべる。

 

そして、全てを手放してシャルロットに委ねたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで…?」

 

「……なに?」

 

「あの娘のこと、どうしたの?」

 

行為を終え、肩を並べて横たわるシャルロットが静夢に尋ねた。自分よりも優先するほどだ、さぞ価値のある存在だったのだろう。シャルロットの期待に満ちた眼差しは静夢を悩ませた。静夢はラウラとのやり取りを隠さずにシャルロットへ明かした。互いの共通の知人である軍人のこと、彼女の抱える悩み、簡単に解決できない問題を目の当たりにして、静夢はどうしようかと考える。

 

ぼんやりとラウラとの会話を思い出すーーーーー。

 

 

 

 

 

『君はどうしたいの?』

 

『私は…』

 

『一度、話してみたら?』

 

『……』

 

静夢の提案にラウラは考え込む。ラウラはもう一度、千冬に帰ってほしかった。たった一日だが、この国のISに対しての意識はあまりにも低いと感じた。優秀でカリスマ性のある千冬がこんなところで埋もれてはいけないのだ。

ラウラの知っている「強い姿」は、決して色褪せることのない絶対的なものだった。

 

『言わないと伝わらないことってあるでしょ?』

 

『…ッ、そうだな』

 

『どんな結果になったとしても、後悔するくらいならやれることをやった方がいいと思う。僕の意見だけどね』

 

達観したかのような口ぶりから一変して、濁すように苦笑いを浮かべる静夢。マスクで隠れた表情を読み取り、ラウラは腑に落ちたかのような顔をする。

 

『何事も、考えてからの行動さ。君の行く末に幸があらんことを祈るよ』

 

そう言って静夢は立ち上がり、ポケットにある飴玉を置いてその場を後にしたーーーーー。

 

 

 

 

 

その後の彼女がどうなったかは分からない。よく考えてみれば、偉そうなことを言ってしまったと少し考える。

行為の後の疲れからか、重くなってくる瞼が静夢を夢へと誘う。それはシャルロットも同じようで、ぼんやりとした意識で静夢の話はあまり頭に入ってはいない。

 

シャルロットにとってはどうでもいいことだった。愛機の整備と行為の余韻と倦怠感に満足し、小さな欠伸が静夢に移る。

 

静夢の胸に顔を埋め、シャルロットはそこで眠るつもりで寝息を立てる。静夢はシャルロットの頭を撫でると、自分も寝ようと目を閉じた。今の自分ではラウラの苦悩は解決できないだろう、後は彼女の頑張り次第だ。

 

半ば投げやりな判断をして、静夢はシャルロットの温もりと共に意識を手放したのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も退屈な授業を終え、ラウラは学園を彷徨う。教師から出てくる言葉は既に軍で習得し、基本的なことばかりでつまらない。しかし、最も彼女を悩ませることがある。

 

千冬との対話であるーーー。

 

静夢の言葉と千冬の弱さが彼女の意思を揺らした、確固たる自信は崩れ始めている。どうすればいいのか…考えても答えは出せずにいた。

 

「ハァ…」

 

思わずこぼれるため息は、誰にも気づかれずに消えていく。気力を無くして歩いていくうちに、ラウラは職員室の近くまで来ていたことに気づく。立ち止まり、本当はどうするべきなのかと考える。

 

『一度、話してみたら?』

 

静夢の言葉が頭をよぎる。ここで足踏みをしたままでいいのか、時間を置いて機会を窺った方がいいのか、考えるほどにラウラの迷いは深くなっていく。

 

その時、彼女に手を差し伸べるようにこの男が現れるーーー。

 

「どうした?こんなところで」

 

「あ、あなたは…」

 

「お前、ドイツの候補生だろ?千冬の教え子の…」

 

特徴的な眼帯に、軍服のように改造された制服でラウラを思い出したケネス。千冬の関係で噂になっていたことを思い出し、声をかけたのだ。

 

「千冬に用があるのか?中にいるだろ…」

 

「あ、いえ、その……」

 

扉から部屋の中を覗くケネスにラウラは狼狽する。まだ決心が付かない状態で千冬と会うわけにはいかなかったからだ。そんなラウラの様子を見て、ケネスは思わず首を傾げる。

 

日本で見かけるようになった千冬のファンと同じだと思っていたが、千冬に会うことを躊躇っているように見えた。千冬からは、良くも悪くも手のかかる存在だと聞いている。ラウラの表情から不安を感じ取り、何か事情があるかもしれないと考えた。

 

「千冬と何かあったのか?」

 

「いえ、教官は、ッ…」

 

ケネスは膝を着き、彼女と同じ目線になって尋ねた。口ごもる姿から、千冬のことだと理解できる。

 

「まぁ、誰にだって言い辛いことはある。俺の経験から言わせてもらうと、話せる時には話をしておいた方がいい。後悔する前にな…」

 

「後悔……?」

 

「そうだ。二度と会うことも、話すことも出来なくなる前にな…」

 

そう言ったケネスから見える哀愁。過去を思い出し、躊躇っている姿のラウラにケネスは言葉を紡ぐ。

 

「俺は戦友を失った。今でもあいつのことを思い出すよ」

 

「あなたも、軍人で…?」

 

「アメリカ陸軍にな、こんなところに来るとは思いもしなかった」

 

ケネスは立ち上がり、廊下の窓から見える空を見つめる。水平線に沈む太陽が空を鮮やかなオレンジに染め上げる。母国で見る空と、日本での夕暮れはどこか違うものがある。

 

「お前がどんな経験をしてきたかは理解しかねるが、後悔だけはするなよ?まだ未来がある立場だ、やりたいことを存分にやるといい」

 

その言葉を聞いて、ラウラは静夢の言葉を思い出す。

 

後悔するくらいならーーーいい加減に、踏み出さなければいけないのかもしれない。

 

「同じような言葉を、言われたことがあります…」

 

「そうか…」

 

相槌を打ったケネスは、ポケットから飴玉を取り出すラウラを見た。意を決して飴玉を口に放り込む思い切りの良さから、覚悟の具合が見てとれる。

 

「呼んでくるか?」

 

「いえ、自分で行きます」

 

彼女はもう一人でも大丈夫だろう。言葉の端から感じる意思は、ケネスを納得させる。飴玉が小さくなるまで待ち、やがて小さくなった飴玉を嚙み砕く。深呼吸を繰り返し、ラウラは大きな一歩を踏み出すーーー。

 

職員室の扉を開き、千冬を探してキョロキョロと周囲を見渡す。すると、自分の机で作業をする千冬を発見した。

集中して凜とする横顔に思わず目を奪われるが、今回の目的はそれではない。

 

千冬を目にし、再び深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして、力強く踏み出した。

 

「教官、いえ…織斑先生」

 

「……どうした?」

 

千冬は誰が来たかをすぐに理解し、作業の手を止めた。声の主を見ると、昨日までの尖った雰囲気は感じられなかった。呆気に取られるも、ドイツのいた頃と変わらない引き締まった顔を見て、自身も身が引き締まる。

 

「ーーー少しだけ、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ヴァルトは簪に頼まれてアリーナの整備室を訪れた。おそらく、簪の目的は打鉄弐式の試運転だろう。

かつての失敗を経験し、クラス代表対抗戦に合わせたものの披露する機会には恵まれなかった。今回こそはと、鼻息を荒くする簪を思い出したヴァルトはクスリと笑みを浮かべる。

 

「来たぞ」

 

「ありがとう、少し待ってて」

 

整備室では簪が打鉄弐式を展開し、最終チェックをしていた。鬼気迫る顔で、素早くコンソールのキーをタッチしている。

クラス代表対抗戦の直前や、その後もチェックを怠ることはなかった。

 

簪の緊張から来るプレッシャーを感じたヴァルトは、思わず溜息を吐いた。彼女はどこか気負いすぎているようだった。

 

「もう出られるのか?」

 

「もう少し……よし、お待たせ」

 

「その前に落ち着け、なんでビビッてる?」

 

ヴァルトに指摘され、簪は押し黙る。彼女の気持ちが分からないわけではない。しかし、今の状態の簪を出すわけにはいかなかった。

 

「失敗を恐れる気持ちが分からないわけじゃない。けど、これまでの努力が今のお前にはあるだろ?」

 

「うん…」

 

「説教くさくなっちまうな。信じろ、自分と手伝ってくれた奴らのことを」

 

恥ずかしそうに頭を掻くヴァルト。諭される簪は、冷静になるために深呼吸を始める。目を閉じて、規則的なリズムで呼吸をする。そしてーーーーー。

 

 

 

パチン!!

 

 

 

両手で頬を叩き、簪は自分に喝を入れる。どこかで見た光景と感じたヴァルトも呆気に取られ、すぐに言葉が出てこなかった。

 

「そうだ、私は一人じゃない。ヴァルトと静夢がいて、本音や整備課の先輩たちがいてくれる」

 

「…行けるな?」

 

「うん、もう大丈夫」

 

改めて問いかけるヴァルトに、簪は決意の瞳を向ける。晴れやかな表情に納得し、ヴァルトは頷いた。

 

「ピットに行くぞ」

 

「うん…!」

 

ヴァルトは踵を返して部屋を後にする。簪は打鉄弐式を解除し、ヴァルトに付いていく。

 

ピットに上がると、アリーナの使用の申請を確認して準備めを始める。簪が事前に使用許可の申請をしていたことから、確認はすぐに済んだ。この申請や手続きなどを疎かにすると、他のアリーナ使用者との衝突を招くほかにもペナルティが課されることがあるのだ。

 

再び打鉄弐式を展開し、簪は発進の準備を始める。

 

「よし、軽くウォームアップをしてからターゲットを出す。いいな?」

 

「うん、わかった」

 

ヴァルトはオペレーター席にいる教師に頼み、実技で使用する練習用のプログラムを起動する。カタパルトに脚部をロックした簪はハイパーセンサーを再び確認すると、現時点で機体の異常は見当たらなかった。

 

「更識さん、準備はいい?」

 

「はい、お願いします!」

 

ピットでオペレーターを務める教師が声をかける、返事をした簪の気合いは十分だった。カタパルトの近くで見守るヴァルトは、野暮と思いながらも声を投げる。

 

「何かあったらすぐに言え、迎えに行く」

 

「う、うん…」

 

「…どうした?」

 

ヴァルトはなぜか戸惑った返事をする簪に首を傾げた。ヴァルトに問われた簪は頬を紅潮させていく。

 

「だって、彼氏みたいなこと言うから……」

 

「……待て、違うぞ。フォローするって意味でだな…」

 

簪に言われてようやく理解したヴァルトもハッとして、誤解を解こうと狼狽する。

 

「ちょっとー?始めてもいいですかー?」

 

それを眺めていたオペレーターの教師だが、放課後の時間も有限ということもあり声をかけるしかなかった。その声に気づき、ヴァルトは邪魔にならないようにカタパルトから離れる。

 

「さっきも言ったが、機体が暖まってきたら始めるからな。その時にまた通信を入れてくれ」

 

「わ、わかった……行ってくるね」

 

「浮かれてると怪我するわよ?ちゃんと集中するように」

 

「は、はい!」

 

「君も、不用意に女の子を口説かないの」

 

指を差され、教師に諫められたヴァルトは頭を下げる。その注意も強ち間違いでもない。集中力を切らし、それが切っ掛けで大きな事故にもつながりかねないのだ。

三度となる自分への喝を入れ、簪の頬には紅葉がぼんやりと描かれている。

 

「準備はいい?」

 

「は、はい!もう本当に大丈夫です!」

 

呼吸を整える簪は、最後にもう一度だけ機体のチェックをする。センサーの感度良好、スラスターなどのエンジン部分も正常に作動している。

 

「カタパルト、オンライン。いつでもどうぞ」

 

センサー越しに聞こえる声に簪は頷く。それを合図として、カタパルトから発進するためのカウントダウンが始まる。

 

その時が迫り、やがてカウントはゼロを示すーーー。

 

「更識 簪ーーー打鉄弐式、出ます!」

 

カタパルトが勢いよく射出された。押し出される力に圧迫されながら、簪は空中でのPICの作動をチェックする。カタパルトから離れ、スピードを得た打鉄弐式は浮遊からの飛行を開始する。

 

 

 

今、簪のリベンジが始まるーーーーー。

 

 

 

 



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第26話

「異常なし、このまま行く…!」

 

未だに硬さの残る体は、久しく感じる風の心地を味わえない。簪は警戒をしたまま、しばらく飛行を続ける。左右の旋回、上昇と下降などの基本的な動きで機体に熱を通していく。ウィンドウは開いていない、簪はピットとの回線を開いた。

 

「ヴァルト!」

 

『了解。お願いします』

 

通信を受け取ったヴァルトは教師に頼むと、訓練用のターゲットが続々と出てくる。プログラムにはモードがあり、今回は初心者向けのものとなっている。前回のことを鑑みて、ヴァルトが選択したのだ。

教師はその選択を英断と感じた。簪が発進した後、ヴァルトから相談されて事情をしった彼女は、ヴァルトの観察眼や配慮に感心した。

 

『まずは近接だ。十個のうち、三個がボーダーラインだ』

 

「わかった!」

 

バスロットから近接武器である薙刀『夢現(ゆめうつつ)』を手にする。白式の雪片、甲龍の双天牙月よりもリーチのあるそれは、ユニコーンのアームド・アーマーVNのような振動でターゲットを難なく切り裂いた。

 

剣よりも長く、相応の重量があるそれを軽やかに捌いていく。二つ目のターゲットを難なくクリアした。

 

「これで、最後!!」

 

三つ目のターゲットを捉えた簪はスラスターを吹かし、その勢いのまま夢現でターゲットを突き刺した。ターゲットから薙刀を引き抜き、他のターゲットに目を向けた。

 

『よし、クリアできたな。今度は荷電粒子砲だ、これは二個だ』

 

「うん!」

 

「ただしーーー」

 

背中に搭載されている二門の荷電粒子砲『春雷』を起動させようとした時、ヴァルトは言葉を続けた。

 

『二発で決めろ』

 

「え?」

 

『二発以内にクリアが条件だ、失敗したらそこで終わりだ』

 

ヴァルトから課された試練。先ほどよりも難易度の上がる目標に、簪の体温が下がっていく。失敗のできない現状に立たされ、少し前まで勢いが衰えていく。

 

『ハァ…』

 

そんな簪を見たのか、ヴァルトの溜息が通信越しに聞こえた。もしも失敗したら、ヴァルトやみんなを裏切ることになったら…恐怖がじわじわと簪の心を支配していく。

 

『「お前ならできる」と踏んでいるんだが、どうする…?』

 

「……ッ!」

 

『自信を持て、胸を張れ、お前にはこれまでの積み重ねがあるだろ』

 

ヴァルトの言葉は簪を蝕む恐怖を晴らす。ヴァルトの信頼が簪に力と勇気を与えた。その期待に応えるべく、簪は前を向いたーーー。

 

「行きます…!」

 

再び飛翔する打鉄弐式、簪は冷静に二つのターゲットを目で追っていく。再び春雷を起動し、エネルギー充填を開始する。その間も、簪はターゲットから目を離さなかった。

 

『春雷ーーーエネルギー充填完了』

 

OSがウィンドウを開き、春雷の状況を知らせる。ハイパーセンサーでターゲットを狙い、ロックのためにターゲットを追っていく。

 

「あ…!?」

 

簪が声を上げた。焦るあまり、引き金を引いてしまったのだ。春雷から放たれた荷電粒子砲は二筋の尾を引いて向かっていく。その先に狙ったターゲットはなかったーーー。

 

『最後の一発だ、しっかり決めろ』

 

「はい!」

 

ミスをしたものの、簪は気持ちを切り替える。再びターゲットを追いかける。

 

『焦るな、しっかり狙って撃てばいい』

 

「うん…!」

 

ヴァルトの淡々とした声は、簪の心を冷静にさせた。彼女も少し前に比べて落ち着いている自覚がある。どうしてこんなにも落ち着けているのかは分からない。同時に感じる安心は、彼女の視野を広げていく。

視界を走るターゲットたちを目で追い、春雷を構えたーーー。

 

再びセンサーが切り替わり、ターゲットをロックしようとマーカーが追っていく。やがて、マーカーはターゲットを捉える。

そして、簪は引き金を引いたのだったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席では、簪の様子を見つめる少女がいた。姉である楯無だ。彼女の様子を見ては安堵したり顰めたりと、普段の彼女からは想像できないほどの百面相を浮かべている。

 

「よし!焦らないで、そのままーーー」

 

「普通に声をかければいいのに…」

 

まるでスポーツの試合観戦をしているかのような楯無を見て、静夢は仕方なさそうに溜息を吐く。静夢に目撃され、思わず掲げた腕をしおらしく下ろす。静夢はヴァルトがいるであろうピットを一瞥し、簪を目で追っていく。

 

「こうして見ると、打鉄とは思えないスピードだな」

 

日本産のISである打鉄だが、その姿は鎧武者を想像させるものだった。防御に特化したその機体は、シールドが破壊される前に再生するといわれている。日本が世界に誇る質の高さを体現しており、カスタマイズの幅広さも特徴だ。

 

簪の打鉄弐式は、ベースが打鉄とは思えないほどのスピードでアリーナを翔ける。力強く飛ぶその姿に、楯無は妹の成長を感じた。

 

二人の実家、「更識家」ーーー対暗部用の暗部であるものに、妹を巻き込みたくない一心だった。簪を想っての言葉が彼女を苦しめたこと、それが溝を深めていったことをずっと引きずっていた。

 

織斑の登場により、簪の打鉄弐式の製造が凍結されたことを知り、楯無は憤りを覚えた。企業の杜撰な対応に抗議することは簡単だったが、そんなことをしても意味が無いことは明らかであった。

呆然とする簪にかける言葉が浮かばず、当たり障りない態度を取っていくうちに時間だけがすぎていった。

 

やがて、簪は自身で専用機の製造に着手した。その目には、偉業を成し遂げた姉の背中があった。楯無は専用機を自分の手で造りあげた、それが簪がこだわる最大の理由だった。

無論、楯無も一人で完成させたわけではないが、躍起になっていた簪はそれをしらなかった。やがて壁に突き当たり、立ち止まる結果となってしまった。

 

楯無は簪のことを影から見ていた。当然、行き詰っていることもーーー。

 

そして、彼女が周りの協力を得たことで、再び前に進んだことは喜ばしかった。同時に寂しくもあり、簪に協力する静夢とヴァルトを警戒してもいた。静夢は言わずもがな、腹を探らせないずる賢さを持つ。

ヴァルトの方は、家の力を使って素性を調査した。祖国を追いやられ、辺境の地で再興するまでに何度も喧嘩騒ぎを起こしていた彼の存在は、簪に悪影響を及ぼす可能性があると危惧していた。

 

クラス代表対抗戦の戦闘データはその危惧を裏付けた。ダメージや相手の策を無視し、自らの欲望のままに強者を求めるその姿は恐ろしくもあった。静夢との戦闘では、セシリアの前では見せなかった笑みがあった。

静夢の技術と才能に当てられ、ヴァルトも新たな段階へ上り詰めていく姿は、国家代表同士の接戦を思わせた。

 

しかし、獰猛な一面の裏にある面倒見のよさは簪の背中を強く押していた。簪も信頼している。唆されているとも思ったが、無愛想でそういったことには興味を見せないことは明らかだった。

簪から遠ざけるべきか、凜として見守るべきか……楯無も答えを出せずにいた。

 

「まったく、どうしちゃったのかしら…」

 

自分らしくない、彼女はそう感じた。簪は大事だ、これは絶対とも言える前提である。妹の成長を嬉しく思う反面で、ヴァルトをまだ信頼できていない不信感が足を引っ張る。

 

「いい加減にしなくちゃ…」

 

簪と同じように、楯無は頬を叩いた。その仕草を見ていた静夢は、血の繋がりを感じた。

簪のように、ではない。簪が、楯無の仕草を真似していたと察する。お互いに言葉以外で分かり合おうとした結果、二人の現状が出来上がってしまった。おそらく自分も人のことを言えた義理ではないのかもしれないが、こうして見ればきっと仲のいい姉妹だったのだろう。

 

「努力を褒めてあげればいい。彼女はあなたの背中を見てあの場所にいるのだからーーー」

 

静夢はその場を後にする、目指すはヴァルトのいるピットだ。一人になった楯無は、簪のこれまでの努力を目に焼き付けるべく、アリーナで舞う簪を見つめたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

(しっかり狙って…!)

 

ヴァルトの言葉で冷静になった簪は彼の言葉を反芻してターゲットを狙う。マーカーがターゲットを追尾し、引き金に指をかけてその時を待つ。

深呼吸をして気持ちを落ち着け、やがてマーカーはターゲットを捉えるーーー。

 

「ッ!」

 

ターゲットを捉えたマーカーの色が変化し、ロックしたことをセンサーが音で伝えてくる。簪は引き金を引いた。春雷から放たれた荷電粒子砲は、まっすぐターゲットへ向かっていく。

 

そして、二筋の荷電粒子砲は二つのターゲットを見事に破壊したーーー。

 

「やった!」

 

思わず簪は声を上げる。プレッシャーを跳ね除けたこと、ヴァルトの機体に応えられたこと、簪の表情が明るくなる。しかし、まだ終わりではない。新たなターゲットが前を通りすぎ、簪はハッとする。

 

『よくやった、ここが正念場だぞ』

 

「うん…!」

 

ヴァルトの言う通り、最後の難関が立ちはだかる。

 

マルチロックオンシステムーーー打鉄弐式の最大の特徴である兵装だ。六基のミサイルポッドから発射される八門のミサイル、合わせて四十八のミサイルが独立稼働するという火力に特化したもの。それを使いこなすには、高度な空間認識能力が要求される。

システム自体は完成している、問題はそれを簪が使いこなせるか否かーーー。

 

前回はそれを使わずに終わってしまった、今回が初めてのお披露目ということになる。

簪はこれに合わせて、シミュレーターでの訓練や真耶からの指導を仰いでいた。扱えるだけのポテンシャルは十分にあるとヴァルトは踏んでいた。

 

「行くよ…!」

 

『ターゲットの数も踏まえて、射出するポッドは一基までだ。』

 

「わかった!」

 

ヴァルトの指示を聞いて、簪はコンソールを展開する。キーを素早く押して、ハイパーセンサーをマルチロックオンに適したモードへ切り換える。ポッドを射出する用意をして、集中力を高めてターゲットを睨み付ける。

 

ここまでやってきた、達成感を覚える簪は目頭が熱くなった。様々な困難に見舞われた彼女だが、苦悩の果てにたどり着いたこの場所は輝いて見えた。これまでの努力は無駄ではなかったのだと、心の底から思えた。

 

ここまで来たなら成功で終わらせる、簪にもう迷いはない。

 

コンソールのキーを押し、一基のミサイルポッドが射出されたーーー。

 

射出されたポッドのカバーが開き、六基のミサイルが顔を出した。ハイパーセンサーが同じ数のマーカーを出現させ、ターゲットを追いかける。やがて、全てのマーカーがターゲットを捉えた。

 

 

 

          「行って!!」

 

 

 

簪の声と共に、ポッドからミサイルが飛び出した。アリーナのバリアに沿うようにして、左右から三基ずつ飛んだミサイルはターゲットへ向かう。

 

一つ目のターゲットをミサイルが捉えると、それを飛び越えた別のミサイルがターゲットに迫る。やがて二つ目のターゲットを破壊した。

 

ここまでは順調だ、この先を乗り越えられるかーーー簪の真価が問われる。

 

残りのミサイルがターゲットを追う。同時に行われる並行思考で、ミサイルの弾道を変えていく。

簪の頭はすでにパンク寸前だった。OSやハイパーセンサーの補助があるとはいえ、一つのミサイルに集中すれば弾道が変わってしまう。

 

(集中しなきゃ!少しでも油断したら……)

 

切迫した心情で簪はターゲットの位置とミサイルの弾道を交互に見ながら、コンソールを叩いていく。

 

「クッ…!?」

 

一瞬だった、一基のミサイルの軌道がズレてアリーナの壁にぶつかった。炎を上げて散るミサイル、ハッとした隙にもう一基のミサイルが地面にぶつかった。

 

残りのターゲットは二つ、残りのミサイルも二基、後がない状況だった。

ーーーしかし、簪は諦めていなかった。

 

ヴァルトと静夢、本音たちの友情が心の支えとなり、彼女の希望となっているからだーーー。

 

ターゲットとミサイルが同じ数になったことにより、簪の負担は減った。良くも悪くも好都合だった。簪は集中力を高める。

 

「これで…!」

 

ウィンドウに映されるプログラム、ミサイルとターゲットの軌道計算を見ながら、コンソールを叩いていく。簪の勘が正しければ、二発のミサイルはターゲットを破壊する。

 

簪だけでなく、見守る面々もミサイルとターゲットの結末を見つめるーーー。

 

「ここまで来たら、行けよ…!」

 

「当たってくれ…!」

 

「お願い…!」

 

ヴァルトは念じ、静夢は願う。観客席の楯無は祈る。

 

 

 

 

 

運命を見つめる彼らの視線の先に、ターゲットの姿はなかったーーーーー。

 

簪は見事にリベンジを果たしたのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 



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第27話

覚悟の決まったラウラは千冬との対面を果たした。しかし、目的はそれだけではない。千冬が場所を変えるため、彼女を連れて中庭へと足を運んだ。

 

「それで、どうした?」

 

「申し訳ありません、貴重な時間を割いて頂き…」

 

始めにラウラは謝った。自分のために、千冬の時間と自由を奪ったことに対する罪悪感がそうさせた。他の生徒たちへの態度のギャップに戸惑うも、千冬はそれに頷いて見せた。

 

「私は、あなたを説得するためにここへ来ました」

 

ラウラの独白に、千冬は彼女の思惑を察していた。ドイツ軍で見た彼女は、意気消沈していて今にも消えてしまいそうな印象だった。瘴気を含む溜息を吐く彼女には影が差していて、かつての弟を重ねていた。

 

一夏がバイトを始めてから顔を合わせることが一気に減り、たまに見せる憂いの表情が今のラウラと同じだった。

 

これまでは優秀な人物だったと聞いていたが、ナノマシンの試験運用から転落するかのごとく埋もれていったらしい。

 

そんな彼女に千冬は問うーーー。

 

 

 

 

 

「ーーー強くなりたいか」

 

 

 

 

 

ラウラは、気高くある千冬が輝いて見えたのだ。掌を返したように後ろ指を差し、白い目に晒されていた者たちに囲まれ、暗闇の中にいる彼女を照らした。

 

千冬が来てからの日々は、普段の訓練をさらに過酷なものへと変えていった。千冬は差別をせず、平等に指導と待遇を施した。少しずつ変化を遂げるラウラを妬む者がいても千冬は手を出さなかった。

それは、ラウラが自分で解決できるだけの力を付けていったからだ。

 

やがて、部隊長に返り咲いたラウラは、ISが配備された特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」のリーダーとなる。部隊に所属する者は全てナノマシンの適合手術を受けており、全員が眼帯をしている。

 

ーーーほんの少しの感傷に浸る千冬だったが、ラウラの目的を果たすことはできない。

 

「貴方のような方が、ここで埋もれていいはずがない。もう一度、ドイツに帰ってきてほしかったのです…」

 

「……」

 

「しかし、今はそうは思っていません」

 

「どういうことだ?」

 

「その、失礼ですが、あなたと織斑 春十のやり取りを見てしまって…」

 

千冬は言葉に詰まり、溜息を吐いた。教え子に情けない姿を見られてしまったこと、まだ自分が未熟であると痛感したからだ。

 

「かつて、あなたが教えてくれた家族のことを思い出しました」

 

ラウラの言葉に、千冬は再び物思いにふける。ラウラに明かした二人の弟の話、自分の罪でもあり、愛する家族の話ーーー。

 

「私はあの時、優しい顔をする貴方を見た。そんな貴方を見たくなかった…力が全てだと思っていたから」

 

「……」

 

「でも違った。私は、貴方の強さしか見ていなかったと気づきました。完璧な人間などいないーーー都合のいい負け惜しみだと思っていました」

 

千冬は、目の前のいる教え子が自分の知っている彼女とは思えなかった。良くも悪くも、年相応なメンタルでもあったラウラから出る言葉ではなかった。

 

「貴方がここにいるのは、貴方が望むものがあるからだと思いたいんですーーー失礼します」

 

「…ラウラ!」

 

腑に落ちたラウラは、深く頭を下げて踵を返す。彼女の背を見つめた千冬が呼び止めると、ラウラは立ち止まって振り返る。

 

「この場所で、何かを見つけられたか?」

 

「ーーーはい。少しだけ、分かった気がします」

 

そうか、と千冬が頷いた。あの時に見せた優しい表情であった。その優しさの意味を知っている今、ラウラはそれに笑みを浮かべることで返事をする。

再び一礼し、ラウラは帰路につく。中庭で一人になった千冬は、何とも言えない安心を感じた。

 

置かれた環境もあり、新天地でやっていけるかどうか。入学当時のセシリアと同じで、孤立する心配があったが、今の状況なら問題なくやっていけるかもしれないーーー。

不確かな希望を抱いた千冬であったーーー。

 

 

 

 

 

「許してやれ、あいつも「お前」も何も事情を知らなかったのだから。」

 

 

 

 

 

千冬は視界にいない者へ向かって語り掛け、その場を後にした。誰もいなくなったであろう中庭に、静寂が訪れるーーーーー。

 

 

 

 

 

「なんだよ、「話が違う」じゃねぇか……」

 

 

 

 

 

影から出てきたその者は、苦虫を噛み潰したような表情で立ち去ったのだったーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、一年一組は実践授業でアリーナに集まっていた。学園で貸し出している打鉄を使い、専用機を持っている者たちが中心となって乗降の練習をしていた。

専用機を持たない少女たちの間では、静夢を始めとする少年たちの指導を求めてグループ分けは熾烈を極めているらしい。

 

「どうしよう、ボーデヴィッヒさんのグループになっちゃった…」

 

「あまり文句を言っても仕方がありませんよ」

 

ラウラのグループに分けられた少女がこぼすと、神楽がそれを諫める。実際のところ、ラウラは指示をしない。軍人である彼女は、ISに対しての意識が低いこの場所では、モチベーションがあまり上がらなかった。

兵器を扱っているという自覚の少ない者に指導をしても、大した意味を成さないという現場の感覚やプロの経験がそうさせた。

 

前回の授業でラウラのグループになった生徒からは、何の指示もなく、気まずい時間だったらしい。

 

「でもさ、実際にあたると辛くない?」

 

「そうなんだよね~、明らかに見下してるって分かるし」

 

ラウラへの嫌悪を示したのは「鏡 ナギ」だった。長い黒髪に赤いヘアピンが特徴の彼女は、ストレッチをしてどんよりとした気分を紛らわせる。

 

「すまない、遅くなった」

 

グレーのISスーツを着用したラウラが到着すると、ナギは神楽を盾にするように後ろに隠れた。さっきまでの愚痴を聞かれたかもしれないという危機感が彼女を脅かした。

 

「ほら、始まりますよ」

 

「うぅ…」

 

神楽が後ろのナギに言うと、ナギは観念して出てきた。生徒たちが一列に並ぶと、準備ができた様子を見たラウラが頷いた。

 

「ーーーよし、では始めよう」

 

ラウラの第一声に、生徒たちは呆気に取られた。前回は指導するつもりの無かった彼女が、今日は担当する彼女たちに声をかけたのだ。

 

「まずは簡単な乗降から、番号の早い順でやろう」

 

「は、はい…」

 

このグループで番号が最も小さいのはナギだった。恐る恐る打鉄に近寄り、搭乗の準備をする。

 

「うむ、基本はできているな。準備が整ったら歩行に移る」

 

ナギの状態を見て、ラウラは及第点を付ける。そして、自身のISを展開する。

 

そこに現れた「黒」は、これまでに彼女たちが見て来た専用機の中で、最も異質に感じるものだった。ラウラが軍人と知れば納得のできるものであったが、争いとは無縁の少女たちからすればその機体には違和感があった。

 

「シュヴァルツェア・レーゲン」ーーードイツ製の最新鋭機であるラウラの専用機は、これから歩行を行うナギの打鉄を支えるようにして寄り添う。

 

「「「「………」」」」

 

「……?」

 

ナギを含めて、少女たちの視線を感じたラウラは、何事かとキョロキョロと見渡す。そして、シュヴァルツェア・レーゲンの特徴に気づく。肩に装備されているレール砲だ。

 

「…今は不要だな」

 

レール砲をバスロットに収納し、彼女たちに不安を与えないようにと気を遣う。そう言えばーーー来日前にとある情報を目にしたことがあった。なんでも日本では軍の演習を一般人が見学できるイベントがあるらしい。

 

軍のことを紹介し、自分たちのことを知ってもらおうという意味合いがあったのだろう。普通なら軍人と接する機会はなく、物珍しさに集まっている程度だと思っていた。

 

一見して下らないと目を逸らしたが、よくよく考えれば自分がやっているのはそういうことなのかもしれないと思った。

 

「さて、大丈夫か?」

 

「う、うん…」

 

「よし…」

 

ナギに問いかけ、搭乗が完了している彼女に頷くラウラ。スタスタと歩き、ナギの打鉄から少し離れたところでたち止まる。

 

「ここまで歩いてこい」

 

「は、はい…」

 

ラウラの指示に頷くナギだが、緊張の面持ちであった。それが表に出てきたのか、最初の一歩が重い。踏む出す切っ掛けも無く、ナギはその場に立ち尽くす。

 

「心配するな。肩の力を抜いて、ゆっくりと始めればいい」

 

ラウラの声色は優しかった。それはまるで、母親が子供の背中を押すような安心感があった。

 

その瞬間、ナギの身体から力が抜けたーーー。

 

体が軽くなり、何を迷っていたのかと自問する。意を決した今の彼女から、緊張の色は見えなかった。ナギは、はじめの一歩を力強く踏み出した。

 

バランスを取りながら、ぎこちない足取りでラウラの元へ向かっていく。さながら、掴まり立ちを覚えた子供が、自力で歩き始めたようなものだった。

 

「そうだ、その調子だ」

 

ラウラはまだ手を貸さなかった。そうすれば簡単に事は済むが、それではナギのためにはならないのだ。ここにいるほとんどの人間が、自分のような経験を持たない者たちだ。

自分が率先し、彼女たちの手本にならなければならない。千冬との対話を終えたラウラは心を入れ替え、他人との接し方を再び学び直そうとした。軍という規律と上下関係の厳しい空間とは違い、この学園にはとげとげしい雰囲気はない。

 

郷に入っては郷に従えーーー博識な副官の言葉を思い出し、ラウラは彼女たちと向き合おうと決めた。

 

「もう少しだ、最後まで気を抜くなよ」

 

優しくも真面目さを覗かせる言葉でナギの背中を押し、ゴールを示すかのように手を差し出した。ナギもそれを目指し、一歩を踏み出す。

 

「頑張れ!!」

 

「もう少しですよ!」

 

同じグループの少女と神楽が声をかける。まだ見ている側の自分たちも、ナギの雄姿を見て心を震わせていた。その思いが通じたのか、ナギの一歩に揺らぎはなかった。あと一歩、ラウラに向かって手を伸ばすーーー。

 

「あっ…!?」

 

最後の一歩でナギのバランスが崩れた。誰もがそこで転倒を予測する。

 

ーーーガシッ!

 

しかし、彼女は転倒することはなかった。直前にラウラが手を伸ばし、ナギを支えていたからだ。思わぬ救助にナギは驚き、ラウラは笑みを浮かべてナギを立たせる。

 

「あと一歩のところだったが、悪くない。PICのないISはやり辛いだろう?この感覚を忘れないでほしい」

 

経験を活かし、それを知らない者たちの視線に合わせて、ラウラは丁寧に説明をしていく。ナギが打鉄から降りると、別の者の番となる。それぞれの長所と課題を見抜き、それぞれのアドバイスをしていく。

 

これを機に、ラウラは信頼を得ることとなるが、彼女はまだそれを知らない。遠くから見ていた千冬はようやく肩の荷が下りたと感じたーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに数日が過ぎた日のことだった。鈴音は日課のトレーニングでアリーナを訪れていた。ISスーツに身を包み、ストレッチを入念に行う。

すると、そこに鈴音と同じようにトレーニングのためにアリーナを訪れる少女がいた。

 

「あら、奇遇ですわね」

 

「アンタも自主練?」

 

鈴音に続いてアリーナに現れたのはセシリアだった。少女ながらにグラマラスな体形が、青いISスーツによって一層の際立ちを見せる。対して、おとなしいスタイルの鈴音は目の敵のようにして睨みつける。

 

「先日の戦い、拝見させていただきました。見事な勝利でした」

 

「え、ああ…」

 

あまり会話をしたことがない鈴音は、セシリアの称賛に戸惑った。その時は緊急事態につき、周囲のことを考える余裕はあまりなかった。結果として事態は収束し、こうして感謝を告げられるということは、自分の行動には意味があったのだと感じる。

 

「鈴音さん、私と模擬戦をしていただけませんか?」

 

感謝の後の申し出に、鈴音はセシリアに向き直る。彼女の目はまっすぐに鈴音を見つめ、鈴音は静かな闘志を感じた。打算も計略もない、セシリアは純粋に鈴音と戦いたかったのだ。

 

専用機の所持者の中で、セシリアは遅れを取っていると感じた。ヴァルトや鈴音のような武装に頼らない接近戦も出来ず、静夢のような冷静な観察眼や戦闘の思考も持ち合わせてはいない。織斑のような一撃必殺の切り札がない自分に、何が必要なのかーーー。

 

セシリアはまず経験を積むことを考えた。そこから得られるものを応用し、どんな相手でも自分の戦いが出来るようなメイキングを目指す。

鈴音のように武術と武装をうまく混ぜ合わせた戦いをする者との戦いで、セシリアは新たなステージに踏み込もうと考えた。

 

「いいわ、やりましょ。オールレンジ武装の相手ともやりたいしね、それで…」

 

セシリアの提案を承諾した鈴音、彼女もまた経験を積みたいがために利害の一致があった。セシリアから視線を外し、鈴音は遠くからこちらを見る人間を捉えた。

 

    「あんたは遠くから高みの見物?」

 

    「ああ、すまなかったな」

 

アリーナの中央にいる鈴音とセシリアを見ていたのはラウラだった。特に干渉するわけでもなく、ピットから出てすぐのところに腰を下ろしていた。

 

ずっとその視線を感じ取っていた鈴音は、何もしないラウラが逆に不気味だった。初日から噂のある彼女は有名人で、最近では人が変わったと話題になっていた。

 

「邪魔をするつもりはない。戦うに限らず、見学は大事なことだろう?」

 

ラウラの言葉も一理ある。鈴音はぐうの音も出ずに口ごもると、精一杯の抵抗として咳払いをする。

 

「なら、こうしましょう。三人によるバトルロワイアル、混戦の方が良い刺激になるでしょ?」

 

セシリアを見ながら、鈴音は新たに提案する。マンツーマンでの指導では内容が偏る恐れもあり、最善策とは言い切れない。バトルロワイアル形式の実戦を想像した練習が最も経験を積める見込みがある。

 

「わかりましたわ、お願いします」

 

「あんたも、それでいいわね?」

 

「うむ、折角のお誘いだ。無碍にはできないな」

 

セシリアは鈴音の提案に頷き、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを展開して二人の輪に入って来る。

 

やがて鈴音とセシリアも専用機を展開し、三人は戦闘態勢を取るーーー。

 

今ここに、強者たちによる激闘が開始されるーーーーー。

 

 

 

 



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