TSして容姿にも才能にも恵まれたけど、漫然と生きる転生者。 (フル圧)
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人生を漫然と生きる転生者の話。

 転生してチートももらったけど、特にそれで何かしたいわけでもない転生者が漫然と生きるお話。


 異世界に転生し、最初に目を向けたのは鏡に映る自分の顔だった。

 当時まだ四歳程度。物心がつくと同時に前世の記憶を取り戻した私は、自分の姿に疑問を感じて鏡を覗き込んだのだ。

 

 そこにいたのは、思わず目を瞠るほどの可愛らしい少女。

 美しい金髪と透き通るような碧眼は、アニメか漫画のキャラクターのようで。

 それが自分であると認識するにはしばらくの時間を要した。

 

 それから私は魔力の総量が他人よりも数倍多いことが判明。

 剣技においても、幼くして大人たちに混じって撃ち合えるほどの実力を開花させた。

 というよりも、体をどのように動かせば有利に戦いが運ぶのか、考えなくても解ってしまうのだ。

 前世では剣道すらまともに学んだことのないはずだったのに、体は最初から染み付いていたかのように剣を自由自在に操った。

 

 生まれ落ちた家は、食べるにこまることのない裕福な家系だった。

 ただ、どうやら貴族というわけではないらしく、割とふわふわした立場だ。

 代々国に仕える騎士を輩出する名門らしいのだが、それでも貴族ではないらしい。

 貴族は後からなることができないのだとか。

 だから、貴族ほど窮屈な生活ではなかった。

 むしろその方が、前世の庶民的感覚にとっては善かったかもしれない。

 

 美貌と、才能と、そして家柄。

 全てに恵まれた転生は、ある意味この世で最も恵まれていると言えるだろう。

 少なくとも、前世の冴えないサラリーマン生活と比べれば天と地の差があると断言できる。

 

 それでも、だ。

 それでも私は――別にこの生活を恵まれているとは思えなかった。

 

 むしろ、その逆。

 私は別に前世の社畜生活を苦しいとは思っていなかった。

 むしろ休日を心の拠り所に給料を稼ぐその生活に、一定の満足を得ていたのである。

 一体いつ私が死亡したのかは思い出せないが、それが神のいたずらなのだとしたら余計なお世話というものだ。

 

 とはいえ、だからといって元いた世界に帰りたいか? というとそれもまた否である。

 そりゃ前世の方が満足の行く生活を送れていたからといって、今の生活を捨てられるかといえば話は別で。

 客観的に見れば、前世よりも今の方が私は素晴らしい生活を送っていることくらいわかっているのだから。

 

 結局。

 どっちでもいいのだ。

 現代のオタク生活も。

 異世界のチート生活も。

 

 ただ、明日のことを特に考えず。

 漫然と生きていく分には。

 どっちでも。

 

 だから、私は――

 

 

 私はそれなりに毎日を送っている。

 

 

 <>

 

 

 見知らぬ土地のギルド会館に入ると、最初に感じるのは男性の不躾な視線だ。

 無理もない、私は自分で言うのもなんだが美人極まりない。

 ちょっと身長はおもったよりも伸びなかったが、発育は決して悪くない。

 線が細いだけで、恵まれたスタイルであると自負している。

 日々のケアだって――元男性としては心中複雑だが――欠かしていないからな。

 

 だからか、私を見知っていない男は大抵私の胸か尻を最初に見てくる。

 一人でいることも理由としては大きいだろう。

 冒険者になってからこっち、こういうセクハラ目線にも慣れてしまったが、それにしたって見過ぎじゃないだろうか。

 

 そんな視線を無視してギルドの受付にツカツカと歩いて行く。

 受付では、にこやかな笑みをうかべた受付嬢が私に軽やかな声音で挨拶をしてきた。

 

「ようこそいらっしゃいました、本日はどのようなご用件でしょう」

 

 この決まり文句は、どこにいっても変わらない。

 ギルドといえばコレ、冒険者がギルドにやってきて真っ先に聴くセリフ。

 これだけで、ああ自分はギルドにやってきたのだなと思えるのは、ある種の状況反射といえる。

 そして、私も既に聞くべきことは決まっているので、つらつらとそれを伝えた。

 

「依頼を受けたい。ランクはDからB、討伐依頼であれば何でも」

「かしこまりました。ギルドカードの提示をお願いします」

 

 受付のお姉さんはそう言いながら手元にある水晶のようなものを中央に持ってくる。

 これは異世界らしい見た目こそしているものの、ギルドで手続きをするための端末みたいなものだ。

 これにギルドカードをかざすと、ホログラムのパネルが空中に出現する。

 

 お姉さんは少し操作をして、私がDからBランクの依頼を受けられることを確認する。

 このパネルのUIは見た目こそファンタジーっぽいが、かなり現代的だ。

 ソート機能等の便利機能を兼ね備えていて、パネルに表示された依頼をスクロールして見ることができる。

 

「……ここのギルドは初めてですか?」

 

 受付のお姉さんが依頼を探す間、ぽつりと言葉をかけてくる。

 いい感じの依頼を探すのにも時間はかかる。

 その間の世間話……というのもあるが、おそらく物珍しかったからだろう。

 ソロで、二十にもなっていないような小娘の冒険者というのは。

 

「ああ。このあたりには初めて来るね」

「お一人で、ですか」

「珍しいかな? とはいえ、心配はいらないよ。これでも腕には自信がある」

 

 そりゃあまあ、Bランクの依頼を受けることができるのだからお姉さんも解ってはいるのだろうけれど。

 それでも同性として気になってしまうというのはわからなくもない。

 余計なお世話とは言うまい、そもそもこういう会話はこれが初めてでもないしね。

 

「目的は、やっぱり“カタラクトの巣穴”ですか?」

「そうだね、正確に言うと……“カタラクトの巣穴”の()()かな」

「……!」

 

 受付嬢の目が大きく見開かれ、依頼を探す手が止まる。

 まったく想像もしていなかったのだろう、呆けた顔を見ると少し申し訳ない気持ちになる。

 びっくりさせるつもりはなかったのだ。

 

 ――”カタラクトの巣穴”。

 一言で言えば、ファンタジーにありがちな「ダンジョン」である。

 魔物と宝箱が自動的にポップする不思議空間。

 この世界では、神の作った魔を浄化するための場所と言われている。

 

 魔物が多く出現する場所に、外へ魔物が這い出ないよう封じたのがこの世界の「迷宮」なのだとか。

 そして、その証拠がその迷宮の最奥に待ち受ける「秘蹟」。

 これはまぁちょっと説明が難しいが、簡単に言ってしまえば迷宮の最奥は「異界」につながっている。

 

「自分の足で踏破して、その目で見る秘蹟ほど、この世界で美しい景色はないよ」

「ははぁ……」

 

 秘境、もしくは絶景。

 そう呼ぶのが相応しい光景が広がっているのだ。

 神の作り給うた神聖なる異界。

 それが「秘蹟」である。

 

「だからこの依頼は、迷宮に挑むための資金稼ぎだね。蓄えはあるんだけど、秘蹟に挑むとなると入用になるから、現地で一度ガッツリ稼ぐことにしているんだ」

「そうだったんですね……あ、ありましたよ。“エネギルホッパー”の討伐依頼です。あの、魔力の操作技術がございますか?」

「エネギルホッパーか、いいね。もちろん魔力操作は心得ている。エネギルホッパーは私にとってはカモだね」

「なら、これがいいと思います。依頼を発行しますので、手続きをお願いしますね」

 

 とかなんとか。

 話をしているうちにいい感じの依頼が見つかった。

 細かい事は省くが、私みたいな冒険者にとっては非常に実入りのいい依頼だ。

 手続きは、水晶にもう一度ギルドカードをかざして自分の名前とランク、それからこの依頼を受諾すると宣言すれば完了する。

 一応、水晶のパネルを見て、依頼内容を確認。

 うん、エネギルホッパーの討伐依頼だ。

 

 そして私はもう一度ギルドカードを提示すると――

 

「“Aランク”、ミリリアンナ・アルトハルト。この依頼を受諾する」

 

 自分の名前とランクを宣言。

 この依頼を請け負った。

 

「え――」

 

 そこで、完全に停止したのは受付のお姉さんだ。

 私が秘蹟に挑戦するといったときは、驚いたのが目に見えて分かった。

 しかし今度は、完全に思考が停止した様子で、手も止まっている。

 水晶から光が漏れて、依頼の受諾が完了したことが告げられても、受付のお姉さんは動くことができないようだった。

 

 そして、そこからさらに数秒。

 

「ミリリアンナ・アルトハルト……?」

「そうだよ?」

 

 私の名前を復唱し、それから私の体を頭のてっぺんからつま先まで眺め回して。

 

 

「“雷母”ミリリアンナ様!?」

 

 

 それはもう大きな驚きの声が、ギルド会館中に響き渡った。

 

 視線が一斉にこちらへと向く。

 それは先程の不躾な視線とは正反対の、驚愕に満ちた視線。

 半信半疑という空気を感じるが、私自身が水晶にそう名乗った以上事実なのだろうという雰囲気もある。

 ようするに、混沌としていた。

 

 不躾な視線にはいい加減なれたけれど、この視線には未だになれない。

 居心地が悪いのだ。

 

「あ、あの! 私ファンなんです。お会いできて光栄で……」

「ああ、うん。そう言ってくれると嬉しいけどね」

 

 ガタッと受付のお姉さんが立ち上がって、興奮気味にずずっと身を乗り出してくる。

 なぜだか知らないが、ギルドの受付の人は私のファンが多い。

 というか、ギルドの女性スタッフは私のファンが多い気がする。

 多分、女性のソロ冒険者で、特に知名度があるからなんだろうけれど。

 

 まぁ、なんにしても顔が近い。

 

「ええと、そうだ。依頼の受諾も終わったし、失礼してもいいかな?」

「あっ……ご、ごめんなさい。そうですね、依頼の受諾を確認しました」

 

 こほん、とお姉さんは咳払いをして。

 

「冒険者、ミリリアンナ・アルトハルト。貴方の冒険に幸多からんことを」

 

 そう告げた。

 いわゆる定形というか、依頼を受諾した際は、最後にこれで締めるのがお決まりとなっている。

 

「雷母様の秘蹟踏破、応援しています!」

 

 そしてこれは、余計な一言。

 まぁ、居心地は悪いけど、別に嫌というわけではないので素直に受け取ると、私はギルド会館を後にした。

 

 

 <>

 

 

 “雷母”ミリリアンナ・アルトハルト。

 冒険者になったのは今から二年ほど前。

 元は由緒ある騎士の一族、アルトハルト家の長女――四人目の息女として生まれた。

 その才能と美貌から、将来は有力貴族に嫁ぐか、騎士として国に仕えることを期待され騎士学校に通うものの卒業と同時に冒険者となる。

 

 それから、一年という史上最速といえるスピードで冒険者ランクをAランクに到達させると、Aランクの特典である「秘蹟への入場券」を利用して世界各地の秘蹟を回り始める。

 その実力と女性ながらにして単独で世界各地を旅する行動力から、女性のファンが多い。

 

 ――その正体は、元男性のTS転生者。

 今の生活に大きな不満はないけれど、前世の娯楽にも未練を残す、そんな中途半端な存在。

 これは、今を漫然と生きる転生者の物語だ。



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恵まれた環境を活かせない凡人のお話。

 私、ミリリアンナ・アルトハルトが転生したのは、先述した通り代々騎士を輩出する名門一族アルトハルト家だ。

 アルトハルト家には、上に三人の兄がおり後継者には困っていない。

 そのため、最初私はその才能を見込まれながらも、有力貴族との政略結婚のために色々と花嫁修行と称して礼儀作法を叩き込まれた。

 

 元は自分を俺とか言っていたけど、気がつけば私に変わっていて。

 やろうと思えばお貴族さまみたいなかしこまった物言いもできるようになった。

 今、冒険者として生きている私が身の回りのことに困らないのはこの頃の教育あってこそだ。

 

 とはいえ、あまりにも溢れすぎていた才能を捨てきれず、父は私を騎士学校に入学させた。

 騎士学校というのは、異世界ファンタジーモノによくある感じの学園である。

 

 最初はここで才能を活かして無双したりすることに興味もあった。

 しかし、すぐにそれも失せてしまう。

 なぜならそもそも才能以前に私は有力な一族の息女で、私の周囲にはその威光に与りたい学生がわんさか押し寄せてきたからだ。

 

 結果的に、私は私の派閥を作ることになってしまった。

 まぁ、その要因には私の才能も関わってくるわけだけど、一番の原因は派閥を拒めずに流されてしまった自分の意志力だろう。

 なんかこう、まるで派閥を作ることが当然のような空気があったのだ。

 これを否定するのには、そこそこ以上の勇気が必要になる。

 

 “雷母”と呼ばれるようになったのもこの頃。

 母ってなんだ、母って、と思うがまぁついてしまった二つ名を払拭することは難しい。

 「雷母派閥」なんて呼ばれて、学園の中で私の存在感が大きくなっていくのを眺めながら、私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 やがて、私の代の学園は二つの派閥に二分された。

 一つは言うまでもなく私の派閥、「雷母派閥」。

 そしてもう一つは――「閃姫派閥」と呼ばれる派閥だった。

 閃姫とは、私と同じようにとある少女に名付けられた二つ名。

 

 この時問題だったのは、私の実家「アルトハルト家」と閃姫の実家はかつて国一番の騎士を巡って争った家系であったということ。

 まぁ、要するに仲が悪い。

 今でこそ、敵対関係にないのだが、学生の時分でそれを因縁にしないことは難しい。

 私は別に閃姫に隔意などないのだが、派閥の人間があれよあれよと対立構図を作り上げてしまった。

 

 最終的に、教師の介入すら難しいほどに加熱してしまった争い。

 決着は「総代選挙」と呼ばれる――まぁ言ってしまえば生徒会選挙によって決定することとなった。

 

 

 そして私は負けた。普通にあっさり負けてしまった。

 

 

 いやね、言い訳をさせてもらうと、私は貴族政治の勉強を受けてこなかった。

 父が貴族に嫁がせるか騎士にするか決めあぐねてしまったことで、事前にそういった教育を受ける機会に不足してしまったのだ。

 これが、最初から騎士にすると決めてそういう教育をしていれば、多少は政治の心得も身についたというものなのだが。

 そうなってしまうと、前世ではせいぜいが部門のトップ程度の経験しか持たない一般庶民に政治なんてものが解るはずもなく。

 

 閃姫も政治的な教育は受けてこなかったのだが、彼女の場合そもそも完全にお飾りに甘んじていたので政治はそれが解る人間に丸投げすればよかった。

 私の場合は、仮にも船頭に立てる程度の指揮能力はあったものだから、最終判断は私に委ねられてしまった。

 それが良くなかったんだろう。

 

 で、総代選挙に負けて、派閥闘争も敗北に終わった。

 コレの何が問題かと言うと――私は騎士としての将来を閉ざされてしまったのだ。

 

 なにせ、騎士学校はのちの騎士としてのコネクションに直結する場所。

 そんな場所で敗北者になってしまった私に居場所なんてあるはずもない。

 

 かといって、貴族に嫁入りできるかというとそれもまた難しい。

 騎士学校での派閥闘争は貴族様の耳にも入っている。

 仮に私を嫁に迎えれば、その派閥闘争に油を注ぐ立場になりかねない。

 

 結論を言うと、私はやらかして就職先と嫁ぎ先を失ってしまったのだ。

 

 ただまぁ、そうなった原因は政治教育をしてこなかった父にもある。

 そういうこともあって、家で責められることはなかったものの、父は頭を抱えただろう。

 ほとぼりが冷めるまで家で飼い殺しにして、そのうち適当な身内に嫁がせるか。

 もしくは修道院に預けて一生幽閉くらいしか私の将来に選択肢がない。

 そうするには、あまりにも惜しい才能があるにも関わらず、だ。

 

 そこで私は提案した。

 

 

 それならお父様、私は冒険者になろうと思います――と。

 

 

 <>

 

 

 エネギルホッパーの討伐依頼。

 それを受けた私は、街の側にある森に向かっていた。

 そこは街道のある私が来た方向とは反対の森で、奥には山々が広がっている未開の地。

 ようするに魔物が湧きやすい土地ということだ。

 

 エネギルホッパーはその中でもCランクという高い脅威度を誇る魔物。

 この世界のランクはAからEランクまであり、これは冒険者、魔物共通なのだが、普通Cランク以上の魔物は迷宮以外には出現しない。

 

 数少ない例外がこのエネギルホッパーなのである。

 Cランクだけあって、結構厄介な魔物だ。

 

 ただ、受付のお姉さんにも言ったが――こいつは、私のような高ランクの冒険者にとってはカモである。

 

「ははは、効かないよ!」

 

 ――森の中に私の声が響く。

 同時、バチバチという何かが弾ける音が私の側で響いて、直後。

 迫りくる青いバッタのような魔物に、稲妻が直撃した。

 

 ぷすぷすと黒焦げになった魔物の死体が地面に転がって、私はそれに一瞥することなく空中を()()する。

 そう、私は空を飛んでいた。

 正確には木々の合間を縫って飛んでいるので、空と呼ぶには高度が低いのだけど。

 そんな私の手足を、“稲光”が包んでいる。

 

 私の異名、雷母。

 当然ながら、母の部分はともかく雷の部分には意味がある。

 

 それがこの、手足に雷をまとって空中を滑走する戦闘スタイル。

 他にも手から雷撃をぶっぱなしたりと、私の戦い方はとにかく雷属性だ。

 そりゃあもう雷母という二つ名もつくのは必然といったもんで。

 でも、可能なら雷帝とか雷王とか、かっこいいのがよかったな。

 

 で、そんなふうに森の中を飛び回りながらエネギルホッパーをふっとばすこと暫く。

 エネギルホッパーは名前の通りバッタのような魔物だ。

 その特性は、“魔力を纏う”こと。

 

 魔力というのは読んで字の如し。

 異世界といえばこれ、みたいなやつだ。

 とはいえ、それだけではどうして魔力を纏うことが厄介なのかが解りにくいだろう。

 

 魔力とはこの世界においても特異な物質である。

 なにせ物理法則に準拠しない。

 その上、魔力をまとった物体は魔力をまとった攻撃でないと傷つけられない。

 そう、エネギルホッパーの厄介なところは、魔力を纏えないと倒すことが難しいという点だ。

 

 魔力を扱うというのは結構高度な技術で、最低でもCランクの冒険者でなければ不可能である。

 結果、魔力を纏えない相手にとっては無敵のエネギルホッパーは厄介な相手。

 だが、エネギルホッパーは魔力を纏う以外は、高速で飛び回るくらいの特性しかない。

 それで体当たりされれば結構なダメージだが、魔力をまとえるくらい強い人間なら回避は容易。

 

 よって、カモ。

 エネギルホッパーを難なく狩れるかどうかが、冒険者として一人前か否かの判断基準になるというのは有名な話。

 そして私はAランクの冒険者。

 エネギルホッパーはおやつ感覚で討伐することが可能。

 

 今も襲いかかるバッタ相手に、その全てを雷光の速度で回避しながら後ろを取って、反撃の電撃で焼き切って処理している。

 これまでかれこれ十体くらいのエネギルホッパーを駆除してきたが、そろそろ十分だろうかといったところ。

 

 稲妻を纏って木々の上から飛び上がり、周囲を見渡す。

 影に隠れた魔物までは見通せないが、ある程度森の状況を知ることはできる。

 目に見える範囲でエネギルホッパーが確認できないことを認めると、私はそのまま地面に着地。

 雷光を引っ込めた。

 

「……こんなものかな」

 

 ふぅ、と一息。

 戦闘終了だ、緊張が一気に抜ける。

 

 ――この世界に転生して二十年。

 冒険者になる以前から、戦闘経験は積んできた。

 魔物の討伐に始まり、ダンジョンを根城にする盗賊の捕縛。

 ……殺し合いだってしたこともある。

 だが、いつまで経ってもなれない。

 

 殺し合いは特に、今でも可能ならやりたくない。

 こういうエネギルホッパーのような、命の危機が発生しないけれどもそれなりに歯ごたえのある魔物との戦闘は嫌いではない。

 他にも、一対一で行われる騎士の決闘も。

 どちらも生命の危険がないというのが一番の理由だ。

 ようするに、命のやり取りはしんどい。

 

 単純に力と力のぶつけ合いなら、そこまでしんどいということもないのだけど。

 でも、大好きってわけでもないな。

 

「まぁ、やるしかないんだけどさ」

 

 そう零して、ギルドカードにエネギルホッパーの討伐が記録されていることを確認すると、私はその場を後にした。

 

 

 <>

 

 

 騎士学校でまぁ、色々と大失敗をして。

 冒険者に逃げた……というには、今の生活は窮屈ではないので悪くはないのだけど。

 それでもまぁ、色々と後ろめたい思いもある。

 

 だから、騎士とはあまり関わり合いになりたくない。

 騎士学校の同期とは、特に。

 

 でもまぁ――ときにはそうも言っていられないときもある。

 

「依頼の達成を確認しました。報酬をご用意しますので少々お待ち下さい」

 

 ギルド会館に戻って、依頼の達成を報告して。

 ふと、一息ついたときのことだった。

 

「そういえば、ミリリアンナ様は聞きました?」

 

 なんて、受付嬢が雑談混じりに問いかけてくる。

 大抵、こういうのは結構重要な情報だ。

 もし知っていても、一応聞いておいた方が良いので、私は何かな? とそれに返す。

 

 

「――カタラクトの巣穴の秘蹟。どうやらもうすぐ騎士団の調査が入るらしいんです」

 

 

 うわ、と思わず声に出そうになるのを、私は頑張って抑えた。

 ――顔に出てたかどうかは、正直あまり自信がない。

 受付のお姉さんは、特に反応することはなかった。




才能はあってもそれを活かせる現代人は少ないですよねという話。
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近寄りがたい同期が一年たって変貌していた話

 騎士の役割は、国の秩序を守ること。

 その中には当然他国との戦争も含まれているが、ここ数十年単位で大きな戦争は起こっていない。

 というのも、私が生まれるちょっと前から、各地で大型の魔物が現れる頻度が増加しており。

 各国その対応に追われているため、戦争どころではないというのが現状だ。

 

 ぶっちゃけ、世界に何か異変が起きているらしいというのは何となく世界中の人間が感じているのだが。

 それに対して具体的な回答が得られていないというのもまた事実。

 私も、何れ大きな異変が起きるということは聞かされているが、それがいつになるのか、私が生きている間に起きるのかも微妙なところだという。

 ……と温泉の女神様が言っていた。

 

 そんな騎士団の仕事には、秘蹟の調査というものが含まれている。

 秘蹟とは、ダンジョンの一番奥からつながっているこの世界とは一つ別の位相に存在する空間のこと。

 そこには神々が作り上げられた神秘の大絶景が広がっており、それはもう素晴らしい空間になっている。

 もしも秘蹟に異変があれば、それはこの世界そのものの異変でもあるとされていて。

 言うなれば秘蹟はこの世界の感覚器官。

 胃腸や肺、心臓部のようなものとも言える。

 

 秘蹟に侵入することのできる立場として、Aランクの冒険者が存在する。

 つまり今の私のことだ。

 冒険者として――世界を救った英雄に与えられるランクであるSランクを除き――最高のランクにあたるAランクには様々な特権がある。

 

 その最たるものが、秘蹟への入場許可証。

 冒険者にとって、未知なる神秘が広がる秘蹟というのはまさに冒険の報酬として相応しいものといえる。

 同時に、Aランクの冒険者は身元も確かで騎士団に代わり秘蹟の調査を行うに値する資格があるとも認められるということでもある。

 

 私が一年でAランクになったのは、決して実家の存在が無いとはいえない。

 騎士の名門アルトハルト家の長女という身分は、こんなところでも私に恵まれた境遇を与えてくれているというわけだ。

 少し、複雑な部分も無いとはいえないが。

 冒険者になったのは、秘蹟を踏破したかったからというのもあって、文句を言うことはできない。

 

 秘蹟の調査は騎士団の仕事、私の冒険者としての目的は秘蹟の踏破。

 この二つからピンと来る者もいるかもしれないが、私はかつて騎士団の秘蹟調査に同行したことがある。

 有望な騎士候補は、学生の頃からこういった騎士団の大きな任務に同行しその空気に慣れさせるのが習わしとなっている。

 

 そこで、私は秘蹟の美しさを知ったのだ。

 

 目の前に広がる大自然。

 どこを切り取っても美しいと断言できるあの光景は、前世では写真の向こうと、オープンワールドの美麗マップでしか見たことのなかった光景だ。

 そういう意味で、オープンワールドで美麗マップを好き勝手飛び回ることが好きだった私は、それを現実で、自分の身で体験できることの素晴らしさを知った。

 騎士の将来を閉ざされた時、最初に思い出したのが秘蹟の絶景と、Aランク冒険者の特権だった。

 

 かくして私は、冒険者となって世界各地の秘蹟を巡りながら旅を続けている。

 それ自体は最高……とまではいかないが、まぁそれなりに楽しい生活だ。

 でも、時にはこうやって、騎士団の調査と秘蹟へのアタックがブッキングすることもある。

 というか、いつかそういうこともあるだろうな、とは考えていた。

 だから覚悟していたことでもある。

 あるのだが……

 

 それでも、正直騎士団とは顔を合わせづらいなぁ、とは思う。

 ましてやそれが同期ともなれば。

 しかも、そいつが「閃姫派閥」の人間だったともなれば――思わず私が口をへの字に曲げてしまうのは、仕方のないことだったと言い訳をしたい。

 

 

 <>

 

 

「――ミリリアンナ・アルトハルトだな?」

 

 ギルド会館で、受け取った報酬の金を弄びながらこれからどうしたものかと考えていると、不意に声をかけられた。

 憮然とした、格式張った声音である。

 クソ真面目な……とも言うが、ようするにギルドにはふさわしくない語気だ。

 

 視線を向けると、そこには甲冑姿の男が立っていた。

 

 顔立ちは悪くないが、どこか三下めいた茶髪の男。

 白銀のフルアーマーに、狼の意匠が盛り込まれたその鎧が似合わない、齢二十になるかどうかといったくらいの男だ。

 

 うげ、と思わず顔に出してしまいそうになるのを抑えた私はよくやったと思う。

 礼儀作法の勉強はこういう時に役に立つのだ。

 

「そういう君は……ガードラ・ベルルギス殿じゃないか。騎士学校以来だな」

 

 ガードラ某。

 まぁ、要するに騎士学校の同期だ。

 厄介なことに、閃姫派閥の筆頭みたいな男である。

 筆頭というか、一番悪目立ちしていたというか。

 

「君こそ、随分と騎士らしくない出で立ちになったものだ。ミリリアンナ・アルトハルト」

 

 厭味ったらしく、鼻で笑い飛ばすようにガードラは言う。

 ――これだ。

 このガードラという男、騎士学校時代はいわゆる嫌味な三下貴族みたいな奴だった。

 正確には貴族ではないのだが、ベルルギス家は騎士の名門。

 その威光を笠に着て、私達雷母派閥の人間が何か失敗するたびに嫌味を飛ばしてきた男。

 同時に自分たち閃姫派閥が失敗すると、それはもう絵に書いたようなリアクションをしてくれる愉快な男でもあった。

 

 まぁ、でも直接顔を合わせて言葉を交わしたい相手ではない。

 今のように、皮肉がポンポン飛んでくることは想像に難くないからだ。

 

 とはいえ、今の私の出で立ちが騎士とは到底かけ離れていることもまた事実。

 白いYシャツみたいな服と、体のラインが割とはっきりでる茶色のズボン。

 それに革の胸当てという、割りとありふれた冒険者ルック。

 前世の記憶から、これぞ冒険者! という感じのデザインだったから選んでみたものの、体のラインがはっきり出る以外は結構男っぽいデザインだ。

 思うに、この若干男装みたいになってるファッションが、結構女性ウケしてるんじゃないかと思うんだがどうだろう。

 

 話がそれた。

 あまりにも目の前の男と話がしたくなくて意識が現実から逃避していた。

 数秒のことだが、沈黙が降りてくるには十分な時間だ。

 私は気持ちを切り替えてガードラに呼びかける。

 

「そうだな、今の私は騎士とは関係ない。そんな私に何のようかな? あいにくと、こちらも暇ではないのだけど」

「…………」

 

 対して、ガードラはなんとも言い難い表情をした。

 苦虫を噛み潰したような……いや、どちらかというとこれから切り出すことに気まずさを覚えているような。

 らしくない顔だ。

 何かしら不本意な発言をする時、この男はもっと露骨にそれが顔に出ているはずだが。

 極力、抑えようとしているように見える。

 つまり、どういうことだ?

 

「……そうだな。ミリリアンナ・アルトハルト“殿”」

「おお?」

 

 言いにくそうに、ガードラは居住まいを正して私の呼称に“殿”をつけた。

 これはつまり、もしかしてそういうことか?

 

 

「貴殿に要請がある。騎士団の秘蹟調査に同行し、協力していただけないだろうか」

 

 

 そして、ガードラ・ベルルギスは、私に向かって。

 綺麗な一礼を見せた。

 

 騎士として、国の代表として、軍人として相応しい。

 礼節の伴ったお辞儀だ。

 ――騎士学校時代のガードラからは、想像もつかないような。

 

「……その要請が、私には魅力的に映らないことは理解しているね?」

「…………ああ、貴殿はソロの冒険者だ。騎士団に同行するよりも、単独での秘蹟調査の方が性分に合っているだろう」

「あくまで協力の要請。騎士団としても私がその要請を断ってもいいと考えているし、断ってもお互いの関係に支障が出るわけではない」

「その通りだ。もとより騎士団は騎士団のみで秘蹟を調査できるだけの戦力がある。この要請も、お互いにメリットがあると判断してのことだ」

 

 私の言葉に、ガードラはつらつらと返答する。

 騎士団の総意、もしくはガードラの所属する騎士団の長の方針を答えているのだろう。

 

 ……そう、ガードラは決して騎士のトップではない。

 この国に騎士団はいくつか存在するが、そのトップは騎士学校を卒業して二年でなれるようなものではない。

 つまり今のガードラは、

 

「……く、ふふ、ははは」

「んなっ!?」

 

 下っ端なのだ。

 雑用係、もしくは使い走り。

 

 おそらく、私の同期だからと騎士団に命じられてここまでやってこさせられたのだ。

 それが何だか、どうにもおかしくて。

 懐かしい気分と、感動で笑いが止まらなくなってしまった。

 

「なぜ笑う!」

「いや、あの口を開けば皮肉しか言わない男だったガードラが、この二年で随分大人になったものだなと、少し感動してしまってね」

「……悪いか!? 俺とて当時のままではいられないのだ。流石に当時対立していた雷母派閥のトップに情けない姿は見せられないと思い皮肉を飛ばしてみたが……思い返せば恥ずかしい限りだ!」

 

 いやいやと私は首を振る。

 

「情けないものか、むしろ立派じゃないか。苦労しているんだろう?」

「…………ふん、派閥闘争に負けて騎士の立場から逃げたお前に言われる筋合いはない」

「いいね、調子が戻ってきた」

 

 でも、顔が恥ずかしそうにしているのはマイナスポイントだ。

 いやしかし、本当に。

 二年、決して短い時間ではない。

 私はAランクの冒険者になったし、皮肉屋の悪ガキも今ではこうして自身の責務を全うしている。

 

 気がつけば、二年だ。

 

「そういう雷母殿は……昔と変わらず自由気ままなようだ」

 

 ふと、ガードラは納得した様子で頷いた。

 だがその一言は少し疑問が残る。

 自由気まま? 私が?

 

「ガードラ、君には私が自由気ままに見えているのか?」

「……? そうでなくて何だと言うんだ? 学生時代は最強の騎士の名を閃姫様と二分し、今では騎士の身分を飛び越えて、世界有数の冒険者になってしまった」

 

 ああ、うん確かに。

 ガードラは対立派閥の、それも私に常日頃から敵対的な言動を繰り返してきた男だ。

 とはいえ、ガードラにとって私は自身の派閥の長である閃姫に匹敵する騎士であるという認識は当然ある。

 まぁどういうことかといえば、彼にしてみれば私は凄い存在なのだ。

 実態はどうであれ。

 

 騎士の身分を飛び越えてとはよく言ったものだ。

 最初は私を逃げたと皮肉ったのに、本音ではそんなふうに思っているんだから。

 でもねガードラ、残念ながら私はそんな立派な人間ではないよ。

 

「ガードラ、私はね……人生を自由に生きてなんかいない」

「はぁ?」

 

 信じられないものを見るような目。

 ああ、そんな風に見られると、少しばかり申し訳なくなってくる。

 だって私は――

 

 

「私は人生を自由ではなく適当に……そう、漫然と生きているんだ」

 

 

 そんな大層な生き方など、全くしてはいないんだから。




 嫌味な三下貴族……ではない! みたいな話。
 二年も立つとイケイケだった陽キャも、真面目な社会人になるんですよっていうのを遠目に見てる感じです。


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鮮烈にして稲妻の如き騎士

他人視点です。


 騎士学校において、ガードラ・ベルルギスの同期には二人の女傑がいた。

 一人は“閃姫”と呼ばれる少女。

 千年前に魔物と人類の存亡をかけた戦いで、人類を守るべく戦ったという騎士の一族の一人娘。

 その楚々としてされども戦場(いくさば)では勇猛果敢なる振る舞いは、多くの騎士の目標とされた。

 

 そしてもうひとりが――“雷母”ミリリアンナ・アルトハルト。

 閃姫の家系とは数百年前に騎士としての派閥争いを繰り広げた歴史を持つアルトハルト家の四人目の息女。

 今は決して険悪な関係ではないものの、古くからの因縁を持つ立場にあった。

 

 そんな二人の女騎士は、どちらも騎士学校始まって以来の天才と呼ばれるほど才能に溢れていた。

 彼女たちを信奉する騎士候補生も多く、両家の因縁もあってそれが対立関係になるにはそうかからない。

 気がつけば、閃姫派閥と雷母派閥の派閥が発生し、騎士学校は二分されてしまった。

 

 ガードラは閃姫派閥の人間だ。

 理由は閃姫の一族とガードラは親戚だから。

 よくある話だ。

 

 しかし、閃姫派閥に所属していながらその運営に特に関わっていなかった――単純にガードラは口が悪く嫌われていたからだ――ガードラにとって、むしろ閃姫よりも雷母の方が関わっている時間は長かったといえる。

 そんなガードラから見て、雷母ミリリアンナはとにかく自由な存在だった。

 というよりも、騎士学校においてミリリアンナを指して評される言葉はこの一言に集約される。

 

 “破天荒”。

 

 ミリリアンナ本人にその気は一切無いが、ミリリアンナの振る舞いは常識はずれもいいところであることが殆どだった。

 その最たるものは、彼女の戦闘スタイルだ。

 両手足に雷光を身にまとい空中を飛び回るなど、騎士の戦い方ではない。

 

 だが、残念ながらミリリアンナにそれを指摘する人間はいなかった。

 この戦い方はミリリアンナが派閥のトップになってから身につけたものであり、周囲の人間がそれを突っ込めるはずもない。

 これで剣の腕が未熟であれば、教師がストップをかけていたかもしれないがミリリアンナは入学当初から剣で教わることがないほどだった。

 

 そして、一番の理由はそもそもミリリアンナのライバルである閃姫の戦い方の方が、もっと派手で奇抜だったからだ。

 なのでミリリアンナだけを変だと指摘するのはおかしいという空気になった。

 そしてそれはそのまま、ミリリアンナが卒業するまで継続することとなる。

 何なら未だにガードラはミリリアンナに彼女の戦い方がおかしいと指摘する勇気はない。

 

 ここで、じゃあ閃姫だって“破天荒”扱いされなきゃおかしくないかとも思うが、しかし。

 閃姫は騎士としての矜持か、ギリギリ剣を握っていた。

 だから一応騎士の戦い方として周囲も納得できたのである。

 剣を握りすらしないミリリアンナは当然それをぶっちぎって変だった。

 あくまで派手で奇抜であるというだけで、一応閃姫の戦い方は騎士のそれだったのだから。

 

 他にもこんな話がある。

 ミリリアンナは、ある時騎士団の秘蹟調査に同行した。

 秘蹟といえばこの世で最も美しい光景が広がる空間と言われている。

 騎士にしてみれば憧れの仕事。

 騎士学校の成績優秀者であるミリリアンナが、それに同行して騎士団の仕事を学ぶのは当然の成り行きである。

 

 が、そこでミリリアンナは不慮の事故により騎士団から逸れ、遭難してしまう。

 具体的にいうと、その時騎士団が調査したのは地下深くまで伸びる谷の秘蹟だったのだ。

 美しい光景だが、足をすべらせるとそのまま谷の底まで真っ逆さま。

 ミリリアンナは運悪く、そんな場所で足場が崩れてしまったのである。

 

 幸いにもミリリアンナは手足を稲妻に変えて飛び回ることができたので、落下しても生存することは容易だ。

 そのため騎士団もミリリアンナの生存を前提に捜索を行ったのだが――

 

 

 最終的に、ミリリアンナは秘蹟に必ず一つは存在する女神の泉に全裸で浸かっているところを発見された。

 

 

 女神の泉は、一言で言えば泉の女神フォスの作った温泉である。

 温泉? という部分は一旦脇に除けるとして、つまり浸かるととても気持ちがいい。

 ので、ミリリアンナはそこで入浴していたのだ。

 が、当然全裸だった。

 幸い発見したのが女騎士であったため、大事には至らなかったものの。

 後に自由気ままな雷母の武勇伝として、それは語られることとなる。

 

 そんな破天荒なミリリアンナであったから、当然それを信奉する者たちはミリリアンナの自由奔放な部分に惹かれて彼女の派閥に所属した。

 ガードラのような、家柄で所属が自動的に決まった人間を除けば、ミリリアンナとは自由を愛する者たちにとって象徴のような存在だったのである。

 

 騎士とは厳格な規則によってまとまった、統率の取れた集団だ。

 だが、その中でも他人より優れた戦果を上げ、認められたい者は多い。

 上昇志向の高い庶民にとって、ミリリアンナは憧れになるには十分な存在だった。

 

 逆に言えば、騎士本来の厳格さは閃姫に劣るとも言える。

 そして厳格さを第一とする騎士候補生の家柄は、自然と騎士の家系のものが多かった。

 ガードラのように、というと他の閃姫派閥に失礼だと今のガードラは考えているが。

 ようするにそういうことだ。

 

 結果、何が起きたか。

 

 最終的に雷母派閥と閃姫派閥の決着となった総代選挙。

 その勝敗は最初から支持層の時点で決まっているようなものだった。

 騎士学校に入学するものは、基本的にただの一般人より騎士家系のもののほうが多い。

 

 ――ミリリアンナの敗北は、最初から必然だったのである。

 

 結果、ミリリアンナは実質騎士としての未来を絶たれた。

 貴族に嫁入りすることすら困難となり、彼女のコレまでの人生は実質否定されたようなものである。

 閃姫派閥にもその状況に同情するものもいたが――彼女の行動は周囲の想像を越えるものだった。

 

 

 冒険者になってしまったのである。

 

 

 冒険者は原則、国に縛られない自由な存在とされている。

 騎士として国に仕えることのできなくなったミリリアンナの行き先としてはコレ以上無いほど相応しい場所。

 ミリリアンナは強い、実際一年でAランクにまで上り詰めてしまうほどに。

 だから、多くの彼女を知る人間は、それを()()()()()と評価していた。

 

 ガードラだって、その一人だ。

 正直なところ、ガードラは家柄さえ関わらなければ、間違いなく雷母派閥に所属していただろうと断言できる。

 なにせガードラにとって、自分が誇れるものは家柄だけだ。

 家柄を盾に皮肉をいっていなければ、周りから排斥されると本気で思っていたコンプレックスの塊。

 それが当時のガードラで。

 ミリリアンナは家柄も、才能も、美貌すらも関係ないと言わんばかりに自由に振る舞う、自分とは正反対の存在だったのだから。

 

 それでも、当時は家柄以外にすがるもののなかったガードラは、その家柄で閃姫派閥に所属し、雷母派閥と敵対した。

 自分の本心を自分にすら押し隠し、雷母派閥へ敵意を剥き出しにしたのである。

 

 調子に乗っていた、というのもあるだろう。

 家柄しか誇るものがないと言っても、その家柄自体は騎士学校の同期のなかではかなり上のほうだったのだから。

 学校以外に世界を知らないガードラにとって、その家柄というカードは間違いなく最強の手札だったのだ。

 ただ、ガードラの代ではたまたまガードラ以上の家柄がさほどいなかったというだけで、騎士団全体で見ればガードラの家柄はせいぜいが中の上程度のものだったのだけど。

 

 そして騎士学校を卒業し、ガードラは騎士団に入団した。

 そこで待っていたのは、それまで天狗になっていたガードラの鼻っ柱を全力でへし折る、騎士団の業務だった。

 ミリリアンナにしてみれば、体育会系の職場なんてそんなものという感想になるのだろうけれど。

 温室育ちの社会を知らないガードラは、それはもう徹底的に折って叩いて治された。

 結果として出来上がったのは、今のようにそこそこまっとうな、社会人二年目の青年である。

 

 そんな時に飛び込んできたのが、雷母ミリリアンナ・アルトハルトのAランク冒険者への昇格という知らせだった。

 それを初めて聞いた時ガードラは思った。

 “変わらないな”、と。

 だが、二年ぶりに再会したミリリアンナはこういった。

 

 

 自分はそんな、自由な存在ではないよ、と。

 

 

 ガードラは思った。

 どこが――――? と。

 

 

 <>

 

 

「別に自由になんて生きようとは思ってないんだ、コレは本当に。だって本当に自由に生きたいなら、派閥争いなんて目もくれないじゃないか」

「あ……」

 

 そう続けたミリリアンナの言葉に、初めてガードラは納得した様子で言葉を漏らした。

 言われてみればそうだ、と。

 だが同時に、反論もすぐにガードラの口からは飛び出した。

 

「だが、何も言わなかったじゃないかお前は! むしろ、派閥のトップとして当然のように振る舞っていた! お前自身がそうしたかったからそうしたんじゃないのか!?」

 

 どころか、完全に派閥の運営を側近にまかせていた閃姫よりも、積極的に派閥のことへミリリアンナは関与していた。

 それなら、普通誰だって雷母は派閥闘争を望んでいると考える。

 

「まぁ嫌ってわけでもなかったけどね」

「なら……!」

「でも、やりたくないと言い出せる空気でもなかっただろう。そもそもそれを言ったらあの閃姫のことだ、絶対本音じゃあ派閥闘争なんて望んでなかったろうね」

 

 ただ……とミリリアンナは少し言葉を考えて……そして諦めた。

 

「ただ、あの学生特有の熱気みたいなのは嫌いじゃなかったよ」

「何だその、適当な……」

「だからいっただろう、適当なんだって」

 

 ピッと、ミリリアンナはガードラを指さして、語り始める。

 思わず呑まれてしまう雰囲気、このあたりはやはり、変わっていないとガードラは思う。

 

「君、騎士学校を卒業してから随分と苦労してるんだろ? なんというか、一皮むけるとガードラという男はおもったよりも真面目な男だったわけだ」

「……」

「まぁ、昔からどれだけ自分たちがピンチだろうと、皮肉を忘れないガッツのある男だとは思っていたけど……あの性格の悪さをここまで矯正されて、それでも()()()()()()のは凄いことだと私は思うよ」

「そ、そうか……」

 

 でもね、とミリリアンナはガードラを指していた指を振るって続ける。

 

「別に、ずっと真面目でいる必要もないんだ。我慢して、我慢して、我慢して、それでもだめそうなら一度適当にしてみるといい」

「それは……どれくらい我慢すればいいんだ?」

「そうだなぁ……」

 

 最後に、その指を唇につけて、上を向いた。

 態度と奔放っぷりに見合わない小柄さは、こういう時に可愛らしさに変わると評判だ。

 憧れこそあるものの、色々と痛い目に遭わされ続けたガードラは、それを素直に可愛いとは受け取れないが。

 

 ともかく、少し考えてミリリアンナは言った。

 

 

「――一度死んで、生まれ変わったら……とか?」

 

 

 いや、実際には殆ど何も考えていないような顔で、そういった。

 ――適当。

 確かにその言葉は、今の彼女の言動と態度を見れば本当なのだろう。

 

「何だそれ」

 

 気がつけば、そう言ってガードラは苦笑していた。

 ああ、まったく。

 

 二年たって、ミリリアンナの本性を知って。

 少しばかりは昔より自分自身が大人になって。

 それでも、

 

「……やっぱりお前は、自由奔放な雷母様だよ」

「そうかなぁ?」

 

 ――当時の憧れは、微塵も変わることなく。

 あの頃のミリリアンナ・アルトハルトは、今もそこで楽しそうに笑っていた。




割りと適当に生きているけど、それが人によっては憧れに移るという話。


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あんまりお世話になりたくない知り合いの話。

日間一位ありがとうございます!


 さて、騎士団とのバッティングは避けたい。

 同時に騎士団の要請も私は断った。

 単純に集団行動がもう懲り懲りというのもあるし、騎士団の人間と顔を合わせるのが気まずいということもある。

 一番の気まずい要因であったガードラと、多少は打ち解けることができたとしても、だ。

 

 そもそも私は騎士の名門アルトハルト家の長女。

 騎士団の中では、相応に注目される立場にある。

 というか、我が家の家長と長男はそれぞれ自分の騎士団を持っている幹部職だからね。

 ガードラの鎧の紋章を見る限り、お父様や大兄様ではないようだけど。

 というかそもそも二人の騎士団だったら彼らが要請にやってくるだろうし、そうなると私は断れない。

 仮にも騎士の立場を逃げてるからね、家の中ではカーストが低いのだ。

 まぁ、冒険者になってから帰ったのはAランク昇格の報告だけで、その時は盛大にお祝いもしてもらったけど。

 

 ともかく私は騎士団よりも先に秘蹟を踏破したい。

 別に騎士団の調査が秘蹟の環境を荒らすようなものではないとはわかっているけれど。

 人の手が入ったという意識があると、大自然の神秘も堪能しにくくなるというものだ。

 そして騎士団の調査は明日、明後日という話ではないにしろ、数日後には始まる。

 集団で行動するから踏破スピードは私より遅いだろうが、それでも今日明日中には出発しないと、おそらくダンジョンの最奥あたりでブッキングする計算だ。

 

 そうなってくると、呑気に秘蹟挑戦の資金稼ぎをしている余裕はない。

 本来ならそういう資金稼ぎまで含めて秘蹟挑戦の醍醐味なのだが。

 解決策は二つ、一つは貯金を崩して秘蹟挑戦に必要なアイテムの補充を行う。

 これは非常に単純で、そもそも私は秘蹟挑戦に必要なアイテムが揃っていれば単独で秘蹟の踏破が可能だ。

 だからその準備にかかる諸々の時間をお金で解決する。

 資金稼ぎが必要ってのも、そもそもはそういう話だしね。

 

 そしてもう一つ。

 正直こちらはあまり期待していない。

 なにせ言ってる自分ですら無茶な考えだと思うからだ。

 でも、やらないよりはマシ、もし成功したら貯金を崩さずにすむ。

 加えて安全マージンも確保できて踏破スピード爆上がりだ。

 一人で強行軍するとなると、多少なりとも危険はでてくるからね。

 つまりやり得。

 でも、どう考えても無茶。

 

 とかなんとか考えつつ、とりあえずギルドの受付に依頼を出した。

 そして次の日、これで依頼を受ける冒険者がいなければ諦めて今日買い出しして明日の朝に出発しようと考えていたのだが――

 

 

「あ、ミリリアンナ様、ミリリアンナ様が希望されていた()()()()()()()()()()()()の方、見つかりましたよ?」

 

 

 朝、ギルド会館にやってきて早々に。

 昨日と同じ受付のお姉さんから、そんな風に声をかけられた。

 

 まじかぁ。

 

 

 <>

 

 

 依頼とはこうだ。

 

『当方Aランク冒険者、近日中に秘蹟への踏破を行うためその同行者を募集する。

 条件はBランク以上の冒険者で、二、三日で秘蹟の踏破が可能な実力を有するモノ。

 募集の期日は明日の朝まで、もし希望するものがいたら名乗り出てほしい。

 報酬は要相談。可能な限りそちらの要求に答える。

                  Aランク冒険者 ミリリアンナ・アルトハルト』

 

 概ねこんな感じ。

 何このふざけてるのかって依頼。

 こんなの受けるのはよっぽどのお馬鹿さんか、私の知り合いかのどちらかだ。

 前者はまぁ流石に依頼を受ける段階で弾かれるだろうから、要するに偶然にも私の知り合いがこの街にいて、私の依頼を目にしたということになる。

 

 なんという偶然。

 というか私のこういう依頼に応えてくれる関係の知り合いなんて数人しか心当たりがないから、本当に運命的な幸運だ。

 これは私にも、多少なりとも運が向いてきたか? いや、転生してかなり恵まれた境遇にいる時点で幸運なんだけど。

 そんなものがまやかしであると、私はすぐに突きつけられることとなる。

 

 

「あらぁ、ミリリアンナちゃんまた大きくなりましたぁ!?」

 

 

 この人が受けてくれましたよと受付嬢が呼び出した“彼女”を見た時、私は回れ右をしたくなった。

 ある意味異様な女だった。

 まず何と言っても、服装が巫女服っぽいソシャゲによくある感じの露出度の高い服。

 いくらこの世界が緩めのファンタジー世界だからって、割と世界観無視してるなって感じの衣服を身にまとった白髪で長身の女性だ。

 年の頃はよくわからない。十代にも見えるし、二十代にも見える。

 何なら若すぎる四十代にも見える。

 総じて言えることは色気が凄い。

 

 露出度の高さもそうだが、こいつの胸の大きさはおそらく世界一だ。

 私の知る限りこの世でもっとも大きい爆乳をたゆんたゆんと揺らしながら、そいつは私に笑顔で手を振った。

 というか、私にパタパタと駆け寄ってきて、

 

「……マルセナ、きむぎゅう」

 

 君か、と言いかけた私をその胸でむぎゅう、と包んだ。

 声に出るくらいむぎゅう、とされた。

 息が苦しい。

 

「んー、魔力の総量もまた多くなってます。アンナちゃんは毎日が成長期ですねぇ」

「むぐぐむぐ、むぐぐぐむぐぐ、むぐむぐぐ」

「はーい、貴方のマルセナ・フォクセシアですよ?」

 

 マルセナ・フォクセシア。

 それがこいつの名前だ。

 如何にも“和”って感じの見た目から繰り出されるバリバリの横文字ネームに脳がバグる。

 ともあれ、その性格はここまでの流れを見れば一目瞭然。

 優しい(含みのある言い方)えっちなお姉さんだ。

 ランクはB、だが実力は折り紙付き。

 まぁ、ダンジョン攻略の同行者としてはコレ以上無いほどの適任だろう。

 

「……ぷはぁ! スキンシップが激しい! あと私は別に大きくなってない」

「気にしてるんですか? ふふふ、そういうところは可愛げがありますねぇ、アンナちゃん」

「遠回しに私に可愛げがないと言っているのか?」

 

 マルセナは、ニコニコと笑って答えなかった。

 いや、自分でも己に可愛げなんてものがあるとは思っていないが。

 それでもこう、近くにいると体力を使うタイプの相手に言われると思うところはある。

 何だよその含みのある笑いは、文句があるなら口で言え、口で。

 

「それにしたって、随分とまた間がいいな、君は」

「うふふ、アンナちゃんがカタラクトに挑戦するっていうのはぁ、小耳に挟んでたんですよぉ」

「……うん?」

「それで? 近く騎士団もカタラクトの調査をするっていうじゃないですかぁ」

「…………」

 

 あれ? それってつまり?

 

「多分、アンナちゃんがこういう依頼を出すんじゃないかなぁって、スタンバってましたぁ!」

 

 ストーカーじゃないか!

 

「……依頼を破棄する! やめだやめ! 私一人でダンジョンに潜る!」

「ええー? 一応依頼を出すまで妾、我慢してたんですよ? それなのにやめるだなんてあんまりです」

 

 どうでもいいけど、マルセナの一人称は妾である。

 雅だ……いや似合ってるんだけどさ。

 というか、顔が近い!

 

「そもそも、既に依頼は受諾されてますから。破棄するとなれば当然違約金が必要です。それを支払って、ダンジョンアタックの資金を捻出できます? アンナちゃん」

「うぐ……」

 

 できなくはない、できなくはないが。

 その後数ヶ月はまた貯蓄に励まなくてはいけなくなる。

 それだけあれば、秘蹟一つ回れるというのに。

 比較的どうでもいい出費で、それだけの遠回りは御免だ。

 何より……

 

「つまり、君はなんだ? もしかしてこれまでも、私が依頼をだしたらすぐに応えられるようにスタンバイしてたのか?」

「? そうですよ?」

「……マジか」

 

 別に本人の勝手とはいえ、ストーカーした結果とはいえ。

 そういうことをされるとちょっと申し訳ない気分になるな。

 しかも、あくまでこちらから言い出さない限り目の前に現れることはないとまで来た。

 実際これまで、私は彼女がストーキングしていることを知らなかったわけだし。

 

 思うに、こういうところで強く断れないから、私は適当なんだと自分でも思うのではなかろうか。

 派閥闘争のこともそうだが、本当に嫌ならはっきり突っぱねてしまえばいいのだ。

 そうすることができる程度に、私はこの世界では強いのだから。

 でもまぁ、

 

 それをやったら、多分この先もっと嫌な気分になるよなぁ。

 漫然と、そう思う。

 

「……わかったよ、失礼なことを言って悪かったマルセナ」

「いえいえ、それじゃあ一緒にダンジョンに潜って、秘蹟に挑戦してくれるんですねぇ?」

 

 ああ、とうなずく。

 流石にここまで来たら、それ以外の選択肢はあるまい。

 今回の秘蹟踏破は、マルセナ・フォクセシア同行のもとで行われる。

 これは決定事項だ。

 

 ただし、

 

 

「それで、報酬の件なんだが」

「それで、報酬の件なんですけど」

 

 

 ――その時、私とマルセナの言葉が綺麗にシンクロした。

 

「報酬はお金やダンジョンのお宝で――」

「――“可能な限りそちらの要求に応える。”でしたよね?」

「……はい」

 

 書かなければよかった。

 どうせ来ないんだから、そんな一文書かなければよかった――

 

 もし来るとしたら知り合いで、そうなるとその一文を書いて後悔することになるのはマルセナと……あとまぁ一人か二人いるかいないかくらいだからと。

 せめて誠意を見せないとと思って、そう書き加えたことがいけなかったのだ。

 

 結果として、可能な限り要求に応えると書いたことを、最も後悔する相手が依頼を受けてしまった。

 うん、まぁこればっかりは自業自得ですね。

 いやしかし、交渉の余地はあるはずだ。

 

「報酬は後払いで……!」

「ええー? 前払いでいいじゃないですか。報酬に多少時間を使っても、妾がいればダンジョンの探索効率が数倍に跳ね上がるのはアンナちゃんもご存知の通りですよ?」

「…………」

 

 反論できない!

 終わりだ……

 

「分かりました……」

「やったぁ! それじゃあ一緒に――」

 

 なぜ、私がこんなにも報酬の件でマルセナと揉めるのか。

 理由はとても単純だ。

 

 ()()()と、マルセナは私の肩をつかんで、にこやかに微笑んだ。

 いや、どっちかというと、艶やかに。

 

 

「――宿屋まで行きましょうかぁ」

 

 

「……はい」

 

 私は獅子の前に放り出されたネズミのように、か細くそう答えるしか無いのだった。

 

 あ、いやまって受付のお姉さん! 決していかがわしいことではないんです!

 ホントだって! 違うんですってば!

 顔を赤らめてひそひそと隣の受付の人と話をするのをやめてください!!




 TSモノには主人公を良くない目で見るえっちなお姉さんは必須という話。


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多分人生で一番TSを実感する瞬間の話。

 本当にいかがわしい話ではない、と予め断言しておく。

 少なくとも私の貞操は今のところ無事だ。

 そろそろ一体どこで捨てるんだという気にもなってきたが、男相手は断固拒否なので今のところ鉄壁の城門は閉ざされたままである。

 

 という下の話はさておいて、私はTS転生者である。

 前世は男、性自認だってどっちかというと男に近い。

 それでもあまり周囲からは奇異の目では見られないが。

 これは幼い頃の厳しい花嫁修業と、二十年にも及ぶ女性としての生活で諸々のことに“慣れて”しまったというのが実際のところ。

 ただそれでも、普段着などはどちらかというと男性的で、地味なファッションであることが多い。

 

 騎士学校時代。

 つまり学生時代は制服だけが私のファッションだった。

 男性らしいずぼらな感覚がそうさせたというのもあるが、単純に騎士学校の制服は中性的で性別を意識させないものだったというのが大きい。

 閃姫なんかは、おそらく参謀の彼女が着せたのだろうけど、それはもうお姫様というか。

 姫騎士! って感じの格好をしていたが。

 というか女性の騎士候補生は大抵制服をある程度カスタムしてくる。

 そんな中、デフォルトの制服を常に着込んでいた私は、逆にかっこいいと女性から評判だったのは、何だか不思議な話だ。

 

 話を戻すと、私はあまり女性的な服装を好まない。

 着れない訳では無いが、積極的に着ようとは思わない。

 この傾向は冒険者になってからさらに加速した。

 理由は荒くれ者である冒険者の下卑た視線もそうだが、何より――

 

 

 騎士学校時代より、そういう衣服を着ることが増えたというのも、まぁ大きな理由の一つだ。

 

 

 <>

 

 

「きゃー! アンナちゃんかわいいですよー! きゃー!」

 

 今現在、私は自分が宿泊している宿屋で、マルセナから一種のセクハラを受けていた。

 直接身体を触られているわけではない。

 強いて言うなら、敢えてアレな表現をするなら。

 

 “視姦”、というのが正しいだろうか。

 

「ねぇ、そろそろいいかな? これ背中が大胆過ぎて恥ずかしいんだよ」

「むしろそれがグー! ですよ!」

 

 言いながら、私は鏡に背中を向けて振り返る。

 大胆というか、殆ど何も身に着けていないあけっぴろげな背中がそこにあった。

 透明感のある白い肌に、浮き出る肩甲骨がなんとも色気を感じさせる。

 ……これが自分でなければ。

 

 そう、私は今かなり大胆な衣装を身にまとっていた。

 

 具体的には、背中が殆ど開かれた、露出度の異様に高い白い軽装鎧である。

 当然おヘソだって見えている。

 逆に胸元はライトアーマーとでも呼ぶべき銀色の胸当てで覆われており、露出はない。

 代わりにふりふりのリボンがあしらわれ、ここだけはどちらかというと可愛げのある感じになっていた。

 下は当然スカートだ。

 それはもうギリッギリまで切り詰められた短い丈のスカートだ。

 

 これ、何かというとマジックアイテムである。

 この世界は、ギルド会館の水晶端末や、マルセナの服装を見ていると解るがかなりゆるい感じのファンタジー世界だ。

 ダンジョンに潜るとこんな感じのちょっとスケベな装備がドロップしたり、日本刀がドロップしたりする。

 私はそういう装備をいくつか保有していて、ダンジョンなどに潜る時はそれを着用する。

 つまりこれは私の私物なのだ。

 

「いやぁー、眼福、眼福。コレがあるから妾は明日も戦えるのです」

 

 ――マルセナの報酬とは、すなわち私を着せ替え人形にすることだ。

 なんというベタな話か。

 TS転生者といえば着せ替え人形。

 ちょっとエッチな衣装をたっぷり着せられて、恥ずかしがって顔を赤らめるのである。

 ……解っていても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 これで、もう少し女性であることを受け入れられれば違うのかなぁ、とも思うが。

 

 鏡を見る、そこに映っているのは自分で言うのも何だがとんでもない美少女だ。

 背丈が低いせいで、あまりハタチには見られないが、凛としていて意思の強そうな顔立ちであることは確か。

 普段だとこれがもう少しジトーッとした眠そうな目をしているのだが。

 戦闘中とか、今回みたいに恥ずかしい思いをしていると緊張するので、自然と目がツリ目気味になる。

 

 コケティッシュな、イケメン女子がそこにいた。

 当然、私である。

 

「じゃあ、次はこれお願いしまーす」

「……もうそろそろいいんじゃないか? ここらへんでおしまいにしてもさ」

「だめでーす。アンナちゃんが後一着、新しい装備をダンジョンで見つけたって私、リサーチしちゃってるんですからね?」

「どこ情報なのさ、それぇ……」

 

 ぶつぶつと言いながら、アイテムボックスから小さな杖のようなものを取り出す。

 アイテムボックスはその名の通り……というと変だけど、異次元の収納スポットだ。

 創作でよくあるアレは、この世界にも我が物顔で存在していた。

 流石に高級品だけど。

 

 杖の方は、強いて言うなら魔女っ子ステッキとでも呼ぶべきだろうか。

 所持している衣服を自由に切り替えることのできるマジックアイテムだ。

 私の場合地味な冒険者ルックから、派手なソシャゲルックに変身するので、魔女っ子ステッキと呼んでいる。

 それを振るうと、私の衣装はさらに変化した。

 

 白を基調とした衣装から、黒を基調とした衣装へ。

 シルエットの印象は、制服のようなドレス。

 肩には金の刺繍、軍服についてるようなアレがあしらわれ、胸元はちょっとひらひらして開けている。

 胸以外を開けっ広げにする代わりに、胸元はしっかりガードされていたさっきの衣装とは正反対に。

 私の、華奢なスタイルにしてはそこそこ出ているバストが強調される感じの衣装だ。

 下はスカート、丈は結構長くて、膝くらいまである。

 

 ちょっと胸のあたりが大胆に見える以外は、結構フォーマルな、それでいて可愛らしい衣装だ。

 正直、個人的には出ているところが少ないので先程よりは恥ずかしくない。

 で、この服装、先程制服だとか、軍服だとか評したが――これには理由がある。

 

「……どうかな?」

「まぁ、まぁまぁまぁ」

 

 こういう場で見せるとなると、それでも多少は気恥ずかしくなるために、おずおずと問いかけてしまった。

 しかし、マルセナの反応はやはりというか好意的なものだった。

 

「――()()()()!」

 

 その言動は、ちょっと不思議なものではあったけど。

 

「“黒姫装束”じゃないですか! まさかまた見かけることになるなんて。相変わらずアンナちゃんは運がいいですねぇ」

 

 黒姫装束というのは通称だ。

 そもそもこの衣服、実は私の国の騎士学校の制服に近いデザインをしている。

 違うのは女性が着るための服であるということ。

 それを男女どちらが着ても違和感ないようにデザインしなおしたのが、騎士学校の制服なのだ。

 

 というのも、この服は今から千年前、魔物との激闘を繰り広げた騎士、“黒姫”クリスノートの身にまとっていた装備と同じものなのである。

 ちなみにこの黒姫は閃姫の先祖ね。

 なのでそこからこれは黒姫装束と言われている。

 

 元はダンジョンのドロップアイテムだったのだ。

 なので時には同じものが二つドロップすることもある。

 今回は千年越しに時代をまたぐ事となったが、ドロップすることは何らおかしなことではない。

 それがまぁ、いろいろあって黒姫に拾われて、人類と魔物の戦争の最前線で使われた。

 故にある意味象徴的な装備ではあるが、もちろん性能だってとんでもない。

 コレを着ているときの私と、普段着の私では倍近い戦力差がある……とここでは言わせてもらおう。

 

「これはアンナちゃんも、雷母ではなく雷姫とよばれることになるかもしれませんねぇ」

「いや、語呂悪いし……閃姫とかぶるのはなんか嫌だよ」

 

 あの子の事は嫌いじゃないし、むしろ好ましい相手だが。

 比べられるのは御免だ。

 もう飽きた、とも言う。

 

「それにしても……こうなると、もうアンナちゃんのニュースタイルも見納めですかねぇ」

「……確かに黒姫装束は私が持っている装備の中では一番高性能だけど、部分的には優れた装備もあるからどうかな」

 

 私はこれまで、ダンジョンで見つけた様々な装備を身に着けて戦ってきた。

 新しい装備を見るたびに、マルセナは私のニュースタイルだと喜んできたが。

 黒姫装束を越える装備は、今後そうそうお目にかかることはないだろう。

 

 寂しそうなマルセナにそう返しながら、私はコレまで身につけてきた装備の数々を思い出す。

 ダンジョンでドロップする女性向けの装備というのは、大抵可愛らしいかスケベな衣装だ。

 これはダンジョンのドロップを用意しているのが、戦の神様だからと言われている。

 この世界には神様が色々いるが、戦の神様はスケベで可愛い女の子が好きだと評判だ。

 

 ちなみにこの世界の神は女性しかいない。

 

 そういうわけもあって、私の装備というのはどちらかというと可愛らしい物が多い。

 多分、私の人生でこれほどまでに女性らしい服装を着ているのは、幼少期以来だろう。

 それくらい、今の私はかなりファッションが女性に寄っている。

 

 服装を選ぶ。

 その瞬間は私が人生で一番TSを実感する瞬間だ。

 お風呂に入っている時とかは、いっそ完全に女性であるためTSは意識しない。

 ファッションは、男物も女物も選ぶ余地がある。

 言ってしまえば、衣服とは性別を象徴するアイテムなのだ。

 

 普段は男性的な衣服を好む私でも、戦闘中はこうして女性的なものを着込む事が多い。

 そしてスカート系の装備で下着が見えていないかを気にするたびに、自分が女になっているなぁと実感するのだ。

 できれば、もう少しこの曖昧な性自認で状況をやり過ごしたいのだが。

 男にキュンとしないだけ、まだ私は踏みとどまっていると言いたい。

 

「妾ちょっと寂しいです。最初は何だか危なっかしい初心者だったアンナちゃんが、たった二年でここまで成長しちゃうなんて」

「一応、実力はそんなに変わってないからね? 正直この年齢になると身体能力の向上もだいぶ頭打ちだし」

「冒険者として、ですよぉ。少なくともアンナちゃんの装備は、二年でぐんぐんアップグレードしています」

 

 自分にしてみれば、適当にいい感じの装備にどんどん乗り換えていただけなのだけど。

 そう言われると、何だか自分が成長したんじゃないかなぁ、という気になってくる。

 

「そうだ! 私と初めて会った時の衣装に着替えてみてくださいよ、まだ持ってますか?」

「あれ? アレかぁ。アレはまぁ、初めて手に入れたマジックアイテムだから、記念に残してあるけど」

 

 言いながら、ステッキに意識を向ける。

 懐かしくなった勢いもあって、着替えるのはさして抵抗もなかった。

 まぁ、服装としても黒に近い緑を基調としたスカート以外にさして特徴のない衣服であるから、デザインもあまり気にならないんだけど。

 

 ――ちなみに、ダンジョンで見つかるドロップアイテムはその人に相応しいものが自動的に選ばれる。

 衣服のドロップアイテムはその人がその場で身につけられるものになっているし、同じ衣服でも手に入れる人によってサイズは異なるものだ。

 

 だから、自然と。

 

「むぐぅ!」

「アンナちゃん!?」

 

 昔の衣服に着替えた私は、思わず違和感から胸元を押さえてしまった。

 思わず心配そうにマルセナが駆け寄ってくるが、大丈夫だと手で制する。

 なぜかといえば、答えは単純。

 

 

「……下着がきつい」

 

 

 ――ダンジョンのドロップアイテムは、下着まで一式ついてくる。

 なので、成長するときつくなるのだ。

 身長は、さして伸びていないけれど。

 こういうところは、この二年でも少しは成長しているんだなぁ、なんて。

 

 私はこの時、多分人生で最も自分がTSしたのだと、実感したのだった。




もうすぐハタチでも多少は成長するという話。
身長の割には結構大きいです。


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ちょっとえっちなお姉さんの話

総合評価10000ptありがとうございます。
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今後もよろしくお願いします。


 マルセナ・フォクセシア。

 自称ちょっとえっちな優しいお姉さん。

 私から言わせてもらえば大いに異論はあるものの、冒険者としては優秀で実力があることは確かだ。

 彼女の性格はともかく、彼女に幾度も世話になっている身としてはその実績を否定することはできない。

 

 先ほど私を着せ替え人形にしたように、可愛いものには何事も目がない性格。

 だからか有望で可愛い新人に対しては非常に優しいと評判だ。

 自称ちょっとえっちで優しい……はここからきているんだろう。

 

 ただ同時に、見込みの薄い冒険者には厳しい存在であるとも言われている。

 冒険者はとにかく無茶をして死ぬことの多い職業だから、若い人間がそうやって死んでいくのをみていて許せないのだろう。

 ぶっちゃけ私も、最初はそういうダメな新人扱いを受けていた。

 

 そりゃまぁ、最初の出会いがBランク魔物が出現した場所に突っ込んできたEランクの無謀な冒険者とそれを止める先達という立場だったのだから当然だけど。

 でも正直な話私には勝算があった。

 というかその魔物は騎士学校時代にソロで討伐したことのある魔物なので普通にやれば負けない相手だったのだ。

 が、そんなことマルセナにわかるはずもなく。

 お互い色々と行き違いをしたまま、その戦場で私たちは喧嘩をしつつBランク魔物を討伐した。

 

 後から振り返れば悪いのは全面的に私で、その頃の負い目もあってかいまだにマルセナには頭の上がらない部分も多い。

 マルセナがバカを言っているならともかく、冒険中の私とマルセナの関係は、当時から変わらず。

 

 厳格な先輩と適当な後輩という、そんな関係に落ち着いていた。

 

 

 <>

 

 

「アンナちゃん、右の方の通路からまた新しい魔物が来ますよ!」

「無視して突っ切ろう、もうすぐ休憩ポイントなんだ。今日はそこまでさっさと進みたい!」

「ちょっとは慎重になってくださいよぉ! やってくる魔物が今のアンナちゃんより速かったらどうするんですか!?」

 

 ダンジョン。

 冒険者の探索先として、これほど王道な場所はそうそう無い。

 神が魔物を封じた土地。

 それは例えば広大な洞窟であったり、煉瓦造りの迷路であったり。

 時には火山の中に作られた燃え盛るダンジョンや、深海の中にある特殊な魔術が使えないと入ることすら叶わないダンジョンすらある。

 

 そんな個性豊かなダンジョンの定義は三つ。

 一つは魔物がランダムでポップするということ。

 もう一つは宝箱が定期的にどこかへ出現するということ。

 そして最後に、秘蹟とそれを守る“守護者“が存在することだ。

 

 今私たちが潜っている“カタラクトの巣穴“は、地下へ地下へと進んでいく迷路型の比較的オーソドックスなダンジョンだ。

 ダンジョンの危険度は基本的にそのダンジョンの深さによって決まる。

 カタラクトの巣穴は、地下五層に及ぶ深度を誇り、これはダンジョンの中でも平均に位置する。

 なんというか、プレーンオブプレーンなダンジョンと言える。

 

 そんなダンジョンを今私とマルセナは、()()していた。

 

「……ほらやっぱり追いついてきた! スピルドービー、ランクBの危険なモンスターです!」

「追いついてきたら? そんなの最初から決まってるじゃないかマルセナ!」

 

 スピルドービーは、“ビー”から察しがつくかもしれないが蜂型の魔物だ。

 とにかく速度が速いことが有名で、私の見立てだとその速度は音速を越える。

 針に強烈な毒を持つことも知られているが、ぶっちゃけ毒で殺すよりその速度を活かしての突撃で冒険者を屠ってくることのほうが多い。

 

 とはいえ、私のやるべきことは変わらない。

 振り返った私の尾を引いて、稲光が空中を奔る。

 その光が私の手の中へと集まり、そしてそれが迫り来るスピルドービーに襲いかかった!

 

「直接私の雷撃で迎撃するまでさ!」

「もう、どうしてアンナちゃんは戦闘中そんなにイケイケになっちゃうんですかぁ!」

 

 高速で飛び回る蜂。

 それらは私の雷撃を、一度は回避する。

 しかしこちらはまだまだ何度でも雷撃を放射できる。

 回避したところを狙いすましての第二射、直撃を受けた蜂はビビビッとその場で痺れながら停止する。

 やけこげた臭いが、周囲に広がった。

 

「やりましたか!?」

「やってないかも! いやでも、あれだけ綺麗に焦げれば速度は落ちるさ」

 

 そう言うと私は魔物に背を向けて、悠々と迷宮を雷光を纏って飛び去っていった。

 背中には私に振り回されるマルセナを抱えて。

 詰まるところ、今の私たちは私がマルセナを背負って空を飛んでダンジョンを進んでいるのである。

 いうまでもなくこれが移動方法として一番速いからだ。

 

「仕方ないといえば仕方ないですが、情緒がないですねぇこの探索方法」

「宝箱も全部スルーすることになるしね、強行軍じゃなければやらないよ」

 

 なお、口にすると怒られるので黙っているが、この場合の強行軍とは探索がめんどくさくなった場合も指す。

 だって律儀にマップの全部を埋めるのって面倒なんだもん。

 前世ではゲームのトロコンとかマップ埋めとか全然やりきったことのない面倒くさがりなもので。

 実際に移動する必要があって、ゲームの数倍も時間がかかるダンジョンアタックでそんなことやりたくない。

 

「そろそろ第三階層も終着。丸一日ぶっ続けて飛び回ったけど、案外何とかなるもんだね」

「今のアンナちゃんの魔力ならコレくらい当然ですよー、とはいえ流石に集中力がひれひれじゃないですか? 休憩ポイントについたらじっくりおねんねしましょうね?」

「待ってくれ何をするつもりだ? 普通に休むぞ私は!」

 

 嫌だ、女子になって赤ちゃんプレイとか男のままより恥ずかしい!

 なんかこう、タダの変態って扱いで済む男より、普通に許容できる範囲な気がする女のほうが自分的にはメンタルに来る!

 なんて、意識が完全に休憩に向いて、ちょっと集中が途切れたタイミング。

 

「――ストップ」

 

 それが、マルセナの真面目な声音で一気に引き締められた。

 私は即座に滑走をやめると、安全にスピードを落として地面に着地した。

 雷光が若干地面を焦がし、尾を引いて跡を残す。

 それをちらりと振り返ってから、前方の気配に意識を切り替えた。

 

「何体いる?」

「……三十体くらいでしょうか」

「魔物溜まりかぁ……厄介だな」

 

 魔物溜まり。

 一言で言えばダンジョンによくあるモンスターハウスだ。

 この世界の知識で説明すると、魔物が発生しやすいポイントであるダンジョンの中で、さらに強く魔物が発生するポイントがある。

 それが魔物溜まり。

 “悪い魔力”が集積してできるとかなんとか、騎士学校では習ったけれど。

 結局、そこには結構な数の魔物がうようよしている。

 

 コレをほうっておくと最悪魔物がダンジョンの外に出てしまう。

 なので見つけたら掃除するか、即座にギルドへ報告するのが冒険者の鉄則だ。

 

 ――それ、強行軍でダンジョンを攻略したい私達にとっては最悪じゃない?

 と思うが今回はその限りではない。

 

「スピルドービーは、ここから湧いてきたんですね」

「三層にしては物騒な魔物だったが、そういうわけか」

 

 私もマルセナもそのことはわかっているので、落ち着いたものだ。

 そもそもダンジョンに魔物溜まりができることは珍しいことではないのと、後はもう一つ。

 

「Aランクの魔物がいなければ、騎士団の方にお任せしてしまいましょう」

「そもそも騎士団が調査に来てなければ強行軍なんてしてないわけだし、それがいいね」

 

 そう、騎士団がいるのだ。

 連中はAランクの魔物だろうと、そいつが群れで暴れてなければ普通に討伐できるくらいには強いので、Bランクの魔物しかいない魔物溜まりくらいなら心配は要らない。

 流石にAランクの魔物がいた場合は、最悪巣穴外にある街が滅ぶ可能性もあるので無視はしないが。

 念のため、探知魔術に反応して応答を返すマジックアイテムを設置しておけば大丈夫だろう。

 これは魔物溜まりを発見したけど、訳あって対処できないということを表明するためのアイテムだ。

 騎士団に先に秘蹟へ挑戦すると報告したら、もし魔物溜まりを見つけたらこれを設置しておいてくれと言われたので忘れずに設置する。

 任せてしまうのは申し訳ない、という気持ちもあるが。

 騎士団にしてみれば、自分たちの仕事であるはずの魔物溜まりの駆除を少人数の冒険者に任せるほうが問題だ。

 

 だからこちらの問題は――

 

「後の問題は、ここを通らないと休憩ポイントにたどり着けないってことか」

「それに関しては――」

 

 ひょいっと、マルセナが私から飛び降りると自身のアイテムボックスから、自身の得物である錫杖のようなものを取り出す。

 見た目は錫杖だが頭部に槍の穂先がついているのが特徴の、これまたマジックアイテム。

 

「この妾、マルセナ・フォクセシアちゃんにお任せあれ!」

「年齢考えて?」

 

 ――と即答したらマジ蹴りされた。

 スネがいったいんですけど!?

 

 気を取り直して。

 マルセナは魔力を集めると、それを杖を介して私と自身に使用した。

 

 “幻月”マルセナ・フォクセシア。

 そんな二つ名で呼ばれるBランク冒険者のマルセナが操るは、“幻術”。

 すなわち私達にそれを使用すると何がおきるかというと――

 

「いいですか、アンナちゃん。静かに、しー、しーですからね?」

「わかってる、わかってるから引っ付かないでくれるかなぁ?」

 

 私達は、その後三十体以上もの魔物が待ち受ける魔物溜まりを、我が物顔で通り抜けようとしていた。

 いや、正確にはかなり慎重に、バレないように進んでいるけれど。

 現在私達の姿は魔物達には見えていない。

 足音も、聞こえていない。

 そんな状態で、こっそりと魔物だまりを抜けようとしていたのだ。

 

 そう、マルセナは幻術使い。

 視覚や聴覚から相手の認識を操作してしまう。

 操作されているということすら認識できないほどの幻術。

 気がつけばマルセナの術中にハマってしまうそれは、あまりにも驚異であると言えた。

 

 ここまでくれば、マルセナの言葉の意味も理解してもらえるだろう。

 自分がいれば探索効率は数倍に跳ね上がる。

 その原因が、これだ。

 私がいれば、ダンジョンを場合によってはギミックを無視して高速で突破できる。

 マルセナがいれば、凶悪な魔物がいてもそれをスルーして突破できる。

 

 はっきり言って、ダンジョン攻略において私とマルセナほど相性のいい冒険者もいないだろう。

 自称、ちょっとえっちなお姉さん。

 私にとっては、お小言が多かったり何かと人をスケベな視線で見てくる先輩。

 

 それが、マルセナ。

 まぁ尊敬はあまりできないが……すごいヤツであるということに違いはない。

 そしてコレまでの私とマルセナの言動で想像がついてるモノもいるかもしれないが。

 

 マルセナ・フォクセシアには、ある秘密があった――




一ヶ月が三日になるのは数倍ってレベルじゃねえんだよなぁ…という話


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狐にとっての黒装束の姫。

マルセナ視点を含みます。


 マルセナがミリリアンナと出会ったのは、今から二年ほど前のこと。

 二人が出会ったのは、とある戦場と化した森の中であった。

 人が住んでいないような森の中。

 そこに、数体のBランク魔物が突如として出現したのである。

 

 普段はせいぜいがDランク魔物が年に一度現れるかどうかという森だ。

 当然、人々の対応は遅れた。

 普通こういった魔物を討伐するのは騎士団なのだが、その森はあまりにも辺鄙すぎて、騎士の到着にはかなりの時間を要する。

 そんな場所に、偶然通りかかったのがBランク冒険者のマルセナだ。

 

 一般的に、Bランク冒険者にはBランクの魔物をタイマンで勝率五割程度の実力があればなることができる。

 だから、数体のBランク魔物が出現したこの状況を一人でどうにかするのは明らかに無茶だ。

 

 彼女が“幻月”マルセナ・フォクセシアでなければ。

 実際のところ、マルセナがBランク冒険者をしているのは様々な事情があってのことで。

 本来の実力はもっと上。

 ミリリアンナ曰く「本当はSだけど、面倒だからB」。

 いや何の話だ、マルセナはよく解らなかった。

 

 ともかく、幸運にもマルセナが居合わせたことで、なんとかその森での騒動は大きな被害なく沈静化する。

 ……はずだった。

 

 討伐に向かったマルセナの側を、一人の少女が雷光を纏って通り過ぎていくまでは。

 言うまでもなくミリリアンナである。

 

 ――信じられないものを見た。

 

 まず最初に信じられなかったのは、ミリリアンナの服装である。

 彼女が身にまとっているのは黒に近い緑を基調とした衣服なのだが、それは主にEランクからDランクの冒険者に最適とされるマジックアイテムだ。

 それを身にまとうということは、彼女がこの場にいてはいけないランクの冒険者であるという証。

 

 慌ててそれを止めようとマルセナは幻術をミリリアンナにかけたのだが――

 彼女はその幻術を()()()()Bランクの魔物に突っ込んでいってしまった。

 殆ど自殺行為である。

 

 最終的に、問題なくミリリアンナがその魔物と戦えたこと。

 止めるよりも、協力して魔物を討伐した方が早いと判断したことから、マルセナはミリリアンナの静止を諦めた。

 終わったら目一杯お説教をして、二度とこんな事はしないと誓わせると心に決めて。

 

 

 ――そうして話をしてみると、ミリリアンナはあっさりマルセナに自分が悪いと全面的に認めて謝罪をした。

 

 

 意外、というか。

 思ってもみない反応だった。

 Bランクの魔物と問題なく戦闘ができるEランクの駆け出し冒険者。

 どう考えても別の分野――例えば騎士――でその才能を磨いてきた実力者である。

 だから今回の件は、マルセナが誤解をして彼女の邪魔をしてしまったとも言えなくはない。

 

 とはいえどちらに問題があったにせよ、マルセナはミリリアンナは自分の非を認めないだろうと思っていた。

 才能があり、自負もある。

 あのくらいの魔物なら問題なく倒せる実力者。

 相応にプライドというものがあって、マルセナもそれは尊重されるべきだと考えている。

 ただそれはそれとして、言うべきことははっきりと言うとマルセナが決めていただけで。

 

 しかし、ミリリアンナは素直に認めた。

 全部自分が悪かったのだと。

 そう端的に言って頭を下げたのである。

 

 そうなってしまうと、次に困るのはマルセナだ。

 決して今回の件はミリリアンナが全面的に悪いというものでもないのだから。

 迷惑をかけてしまった詫び。

 そして何よりも、マルセナが感じた直感。

 それらを総合して、マルセナはある提案をした。

 

“冒険者としての心得を貴方に教えます。それでどうか、この件は手打ちということにはできませんか?”

 

 ――と。

 

 マルセナの感じた直感。

 それはとても、あまりに単純な話だった。

 

 

 この少女は、放っておけない。

 

 

 まるで、雲をつかむような雰囲気が、かつての“彼女”を想起させたのか。

 マルセナの、ながい、長い――あまりにも永い人生の中で。

 たった二回しか感じたことのない、その直感を。

 

 マルセナは、どうしても無視することができなかったのだ。

 

 

 <>

 

 

 休憩ポイントとは、ダンジョンの中で唯一魔物が湧かず、そして入ってこない場所だ。

 なんでそんな都合のいい場所が、と思うがダンジョンは神の創作物。

 そういう都合のいいことができるから神なのだ。

 実際、それがあるから私たちは問題なくダンジョンを攻略できるわけで。

 これで到達済みの休憩ポイントをつなぐワープとかあったら、ユーザーフレンドリーなんだけどなぁとか私は思ってしまうが。

 

 これら休憩ポイントはダンジョンの各階層の最後に設けられている。

 だからダンジョン攻略を目指す場合は、一日でこの休憩ポイントに到達することを目標とする。

 本来ならまずはそのためにじっくりマップ作成に励み、準備が整ったと判断したら一気に一日で休憩ポイントに到達。

 そこを拠点に次の階層を探索……というのが一般的だが、私達の場合は違う。

 ダンジョンの中を他人の数倍速で行動できる私と、強敵を幻術で無視できるマルセナ。

 この二人なら、一日もあれば五層あるダンジョンの半分を無理やり踏破することも可能だった。

 まぁ流石に、一人で探索する場合はもう少し慎重にやるんだけど。

 事前の準備も含めて一ヶ月からニヶ月。

 ……それでも、普通の冒険者なら秘蹟踏破は一年かかると言われているから、随分早いけどね。

 

 他にも例外はある、騎士団だ。

 彼らはそもそもダンジョンのマップを持っているので探索に時間をかける必要はない。

 騎士団がダンジョンのお宝を物色するのも、冒険者から悪印象を持たれる。

 なので彼らはさっさとダンジョンを攻略してしまうのだ。

 

 ともかく、私とマルセナは魔物溜まりをなんとか幻術で突破して三層の休憩ポイントまでたどり着いた。

 ここまでが一日目の工程。

 二日目に五層まで突破、三日目に“守護者”の討伐。四日目から秘蹟を見て回って、目的が果たせれば五日目には帰途につく。

 そんな感じのスケジュールだ。

 騎士団の出発は今日か明日。このスケジュールなら、秘蹟からの帰りにどこかで騎士団とすれ違うだろうという想定である。

 

 のでまぁ、今日はゆっくりと休む。

 私の魔力総量はチートとしか言い様がない。

 なのであれだけダンジョンを雷を纏って走り回っても底をつくことはない。

 だが、それでも魔力の回復に睡眠以上に効率的なものはないので、休憩ポイントではぐっすり休むのだ。

 幸いにもブッキングする冒険者もおらず、今日は一日快適に休めそうである。

 

 ――なんて思って寝袋に入ったのだが。

 

 

 ふと、夜中に気がついて目が覚めると、その寝袋の中にマルセナが入っていた。

 

 

 正直、叫び声を上げてふっ飛ばさなかったのは、単に運が良かったからだ。

 いやだって、マルセナはなんか私を見る目がやらしい。

 同性だから我慢しているだけで、これが異性だったら絶対に距離を取っている。

 いや自分としては私はどっちかというと男なのだけど。

 

 ともかく、私は気がつけばマルセナに抱きしめられていた。

 私を圧迫する特大の包容力。

 爆がついて乳がつく母なる大地に顔を埋めながら。

 どうしたものかと思案する。

 まぁ、悪いのはマルセナなんだし、起こしてどっかに行ってもらうかとも考えた。

 

 だが、何となくマルセナがこうなる理由にも想像がつく。

 私は今、黒姫装束を身にまとって眠りについている。

 休憩ポイントだから必要ないといえばないのだが、一応即座に戦闘へ入れるように。

 ……マルセナにとっては、思い出しか無いこの服を着ているのだ。

 顔に出さなくとも、思うところはあって当然。

 

 事実――

 

 

「……クリス」

 

 

 ぽつり、とつぶやいたマルセナの言葉に。

 私は、一つ溜め息。

 しょうがないと諦めた。

 

「私はクリスじゃないよ……ミリリアンナだ」

 

 “雷母”ミリリアンナ。

 まぁそんな風に呼ばれるわけだからして。

 

 今日くらいは、母みたいなことをしてもいいかな、なんて思うのは果たして間違いだろうか。

 

 

 <>

 

 

 聞くところによれば、ミリリアンナはダンジョンの最奥にある秘蹟を巡るためにAランク冒険者になったらしい。

 バカなのだろうか。

 思わず素で何をいっているのだ? と問い返してしまったが、流石にこれはマルセナが悪いということはないと思う。

 

 一般的に、秘蹟とはこの世で最も神聖なる場所。

 神々の眠る場所。

 そこに入ることは、選ばれた人間だけに許された栄誉である。

 かつて、騎士団の調査に同行したミリリアンナは、そこで秘蹟の美しさに魅了されたのだという。

 

 確かに秘蹟は美しい空間だ。

 しかしだからといって、まるでそこに観光か何かのような気軽さで向かうのは果たしてどうか。

 

 ただ、一言言えるのはミリリアンナは本気だ。

 決してふざけてなどいない、理由こそ軽いが本気で秘蹟を踏破しようとしている。

 

 さらに言えば、ミリリアンナの実力もまた本物。

 マルセナと初めて出会った時は、高ランクの魔物を討伐することでランクを効率よくあげようとしていたらしいが。

 そんなことをしなくとも二年もすればミリリアンナはAランクに上がっているだろうとマルセナは断言できた。

 結果は、その半分の一年というあまりにも早すぎる速度での到達であったが。

 

 ミリリアンナと出会ってからというものの、マルセナの生活は大きく変化したと言ってもいい。

 それまで、マルセナの旅に目的などなかった。

 世界のあちこちを当てもなくさまよって、困っている人がいれば助ける。

 そんな生活を、果たして()()()続けた?

 

 それが、ミリリアンナと出会ってからはまさに波乱の連続。

 何故か彼女がどこかの街へたどり着くと、そこでは必ず事件が起きる。

 街を騒がす誘拐事件、ダンジョンから溢れ出る魔物、果てはAランク魔物の襲撃など。

 普通の人間が生きていれば、一生に一度出会うかどうかのイベントを、彼女は毎日のように体験しているのである。

 今回の、秘蹟踏破だってそうだ。

 まさか騎士団の調査とブッキングするなんて。

 しかも、だというのに騎士団と協力せず一人で秘蹟を踏破――どころか、騎士団より先に踏破したいだなんて。

 言っていることは解るが、あまりにも非常識だ。

 

 放っておけないというマルセナの直感は正解だった。

 こんな少女、果たしてどこで倒れてしまうかもわからない。

 

 何より、彼女は何時かどこともしれない場所へ行ってしまうかもしれない。

 ミリリアンナと旅をすると、どうしてもそう思ってしまう。

 掴みどころがなくて、気がつけば自分の手のひらからこぼれ落ちてしまいそうな少女。

 誰の手を止まり木にすることもない渡り鳥。

 

 彼女は目を離すと新しい装備をどこからともなく見つけてくる。

 あそこまで複数の装備を見つける冒険者は稀だ。

 まるで、見るたびに姿を変える雲のように。

 そんな少女の姿を見るのが、マルセナは決して嫌いではない。

 だから、あの手この手で、ミリリアンナの着せ替えを試みていたわけだが。

 

 

 そんな彼女が、ついに黒姫装束を見つけた。

 

 

 いつかはそんな時が来ると思っていた。

 それがいつかなんて、考えたくもなかった。

 

 ()()

 

 違う、絶対に違う。

 ミリリアンナは()()ではない。

 ミリリアンナに()()を重ねてはいけない。

 ミリリアンナは今を生きているのだから、彼女には彼女の人生があるのだから。

 

 自分がミリリアンナを助けようとしたのは、()()の面影をミリリアンナに重ねたからではない。

 決して、ないのだ。

 決して――

 

 

 “黒姫”クリスノートの面影を、ミリリアンナに重ねている、なんてことは。

 

 

 絶対に。




お姉さんの過去話をしつつ進めて行きます
昨日は色々あって投稿できなかったので今日は二回行動です。
次回は17時ごろ


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お姉さんにも歴史はある話。

 ダンジョンの最奥には守護者という存在がいる。

 それは神が作り上げた秘蹟への侵入を阻む関門。

 これを突破できないならば、Aランク冒険者でも秘蹟へ侵入することは叶わない。

 

 その実力は、概ねAランクの魔物とそう変わらない。

 Aランクの魔物の強さは、Aランクの冒険者が()()()()()()()()()()()()程度。

 ここだけ他のランクとくらべて飛び抜けて強さが異なる。

 というのも、Aランクは一般的に、存在するだけで街や国が滅びかねない災厄に与えられるランクだ。

 

 逆に冒険者のAランクには、実力以外にも周囲からの推薦、本人の素行等の要素が見られることになる。

 ようは、Aランクというのはそれだけ特別ということだ。

 そしてSランクはそれ以上。

 Aランクは現実的に存在しうる災厄。

 地震や台風が、前世であれば年に一度は大きいものに国のどこかは見舞われるように。

 逆にSランクは、それこそ世界をどうにかしてしまうレベルの代物に対して与えられるランク。

 わかりやすいところで言うと……恐竜を滅ぼしたという隕石とかは、この世界ならSランクに分類されるだろう。

 

 人類の冒険者も、それ相応に大きな功績を残さないとSランクにはなれない。

 直近だと……千年前の人類と魔物の戦いを終わらせた“黒姫”と“幻月老狐”あたりか。

 

 話を戻すと、私達は現在その守護者がいるエリアの眼の前までやってきていた。

 ダンジョン攻略も三日目、正念場といったところだ。

 で、問題はその守護者なんだけど。

 

「たしかここの守護者って、他にはない結構厄介な特性があったと思うんだけど」

「そうですねぇ、まずは守護者特性としての膨大な魔力は当然として……」

 

 入る前に、私はマルセナに守護者の詳細を問いかける。

 彼女は、このカタラクトの巣穴の守護者がどういう存在かを把握しているのだ。

 

 まず、そもそも守護者というのはAランク魔物相当の能力を有する。

 それと同時に、守護者独自の特性として、無限に近い魔力というものがある。

 これは神がダンジョンを作る際に込めた魔力を守護者は好きなだけ汲みあげることができるというもの。

 実際には無限ではないが、ダンジョン一つの魔力を枯れさせるためには、計算上一万年程度の時間が必要で。

 しかも、それは時間経過で回復する分を含まない。

 なので実質無限、というのが正しいか。

 

 そして最後に、守護者の持つ、固有能力。

 

「このダンジョンの守護者の名は“ディアクラ”。模倣能力を有しています」

 

 模倣能力。

 つまりコピー能力。

 コピーといっても、コピーの仕方は色々ある。

 “ディアクラ”の場合は――

 

「相手の最も苦手とする存在を模倣する……んだっけ」

「最も苦手とする強者を模倣しますねぇ。例えば、Aランク魔物とか」

「うへぇ」

 

 いや、Aランク魔物相当の強さがあるんだから、それくらいは当然なのだけど。

 守護者は基本的に攻略されることを前提としているがAランク魔物はそうではない、という違いがある。

 前者には弱点があって、後者にはないと考えればわかりやすいか。

 いや、後者には一応弱点がある。

 “魔力切れ”だ。

 ――つまり、結果的にディアクラがAランク魔物を模倣した場合、実質的に弱点のない守護者が誕生する。

 厄介だ。

 

「しかも私達の場合は……」

「おそらく、“人間”を模倣すると思われます」

「…………閃姫、かなぁ」

 

 そしてディアクラは人間を模倣することができる。

 つまり私達の場合誰が模倣されるかといえば、間違いなく閃姫以外にないだろう。

 

 私、雷母ミリリアンナが最も苦手とし、最も強いと認識する相手。

 

「閃姫ちゃんですかぁ……」

「そういえば、マルセナって閃姫に思うところってないのかな?」

「……? 無いですよ? 閃姫ちゃんは()()()とは違いますから」

「…………ふぅん」

 

 なるほど、なるほどね。

 前々から気になっていたけど、聞いてこなかったことをついでに聞いてみたが。

 ()()()()()()か。

 

 ともかく、

 

「相手が閃姫なら、切り札は当然マルセナだ。くれぐれも頼むよ?」

「解っていますってばぁ。アンナちゃんのことは、妾が絶対に守ってあげますからねぇ?」

「なんで肩に手をおいた!?」

 

 あっちいけ、しっし!

 まったく、油断も隙もない。

 今朝だって起きたら自分から潜り込んできたことを忘れて暴走しようとするし。

 うう、まだなんか舐められた感触が残っている気がする。

 

 しかしそんな事に意識を取られているわけにはいかない。

 私はさっさとエリアへ侵入することにした。

 

 

 その直後、後ろにいたはずのマルセナの姿が消えて、私は一人になっていた。

 

 

「は――」

 

 まずい、と思うよりも先に。

 私の体は“それ”が来ると()()()()()()()()()()後方へ吹っ飛び“それ”を回避した。

 

 手を地につけての後方一回転。

 そのまま、手をバネにさらに距離を取ると、空中で雷光を展開。

 その場に静止した。

 

 気がつけば、周囲は霧に覆われている。

 何が起こったのか。

 

 今、いきなり私の心臓へ向けて槍の穂先が飛んできたのだ。

 

 何が起きたのか一瞬混乱したが、冷静になればなんてことはない。

 ()()だ。

 私は今、幻術を見せられている。

 それはつまり、

 

「――――何者だ、貴様」

 

 しゃらん、と音がする。

 鈴のようなその音色は、つまり“彼女”の錫杖が鳴らしているのだろう。

 

「そっちこそ、随分ご挨拶だね?」

 

 霧の中から、カツカツという足音と共に彼女は姿を表す。

 

 

「――マルセナ」

 

 

 先程まで、私の後ろにいたはずの女。

 もしくは、私の味方だったはずの女が、こちらに敵意を向けてそこにいた。

 

「なぜ妾の名をしっておる? おかしな奴だ。魔の眷属かはたまた魔、そのものか……」

「おーおー、実際に見ると何だか雰囲気があるじゃないか。自称ちょっとえっちな優しいお姉さん?」

「何だそれは、莫迦にしているようだな。妾はそのような破廉恥な存在ではない」

 

 一歩、霧から姿を表したマルセナがこちらに近づいてくる。

 そうすると、彼女の後方にあった“それ”もこちらの視界に入ってきた。

 

 尾だ。

 

 それも、九つ。

 白銀の美しい狐の尾がマルセナの背でゆらめいていた。

 頭には、狐の耳までちょこんと生えている。

 

「いいだろう。妾の前に姿を見せたことを後悔するが良い」

 

 しゃらん。

 鈴を鳴らしてから、マルセナは錫杖の穂先を構えて見得を切る。

 

 

「我が名は“幻月老狐”マルセナ・プロリエ! 我が友“黒姫”クリスノートと共に、人類を守護するものである!」

 

 

 そうして、マルセナは――

 

 ()

 

 かつてのマルセナ、それも全盛期のマルセナを模したカタラクトの巣穴守護者。

 

 ディアクラが、私めがけて突っ込んできた――!

 

 

 <>

 

 

 マルセナ・プロリエ・フォクセシア。

 それがマルセナの本当の名前だ。

 色々事情があってこれを全て名乗ることはないが、私はその本名を知っている。

 

 彼女の正体を知っている。

 

 今から千年ほど前、人類は魔物によって存亡の危機にあった。

 無数のAランク魔物が各国を襲い、さらにはSランク魔物まで存在が確認される始末。

 その絶体絶命の状況を救ったのが、一人の騎士と一人の“狐”。

 

 “黒姫”クリスノート。

 そしてそんな彼女に付き従う神より遣わされた獣、“幻月老狐”マルセナだ。

 

 基本的に、神はこの世界には不干渉である。

 天啓として声を届けることはあるものの、直接その力を振るうことはない。

 唯一、例外として神が人に与えられるものがある。

 

 “神意”と呼ばれるものだ。

 カムイ、もしくはシンイとも呼ばれるそれは、神が人に与えた力そのもの。

 神意を与えられた人間は、その神の名を名乗ることが許される。

 そしてこれは人に限らず、時には動物にも与えられることがある。

 それがマルセナだ。

 

 マルセナは神にその力を与えられて以来、千年もの間この世界を生きてきた。

 その間に色々あって、今の“自称ちょっとえっちな優しいお姉さん”に落ち着いたけれど。

 本来のマルセナの気質はあんな感じ。

 

 一応話に聞いてはいたけれど、本当にあんな偉そうな感じだったと知って私は思わず目を白黒させたよ。

 でもまぁ、言葉を交わしてみればなんてことはない。

 アレはたしかにマルセナだ。

 

 つまり、どうやら模倣の守護者ディアクラは、私たちの記憶の中から()()()()()()()()を読み取ってそれを模倣したらしい。

 というのも、今のマルセナは当時ほどの実力を出せない。

 見た目的にも、白銀の九尾は今のマルセナには備わっていない。

 

 他にも、今私はマルセナから完全に切り離された状態にある。

 言葉も交わせなければ、お互いに物理的な干渉も完全に不可能。

 これは全盛期マルセナの幻術が、()()()()作用することが原因である。

 

 “幻月”マルセナ・フォクセシアの能力はあくまで単なる幻術。

 他人の精神面に作用して幻覚を見せる能力だ。

 しかし、“幻月老狐”マルセナ・プロリエの場合、それを空間にも作用させることができる。

 今私がいる霧の空間は、マルセナによって切り取られた異空間。

 

 幻の世界といったところか。

 

 言うまでもなく厄介な相手だ。

 ただでさえマルセナの幻覚は私でも防げない。

 さらにはこっちのマルセナが隔離されてしまったせいで、私は一人でディアクラに挑まなくてはならない。

 なるほど確かに。

 私の記憶の中でもっとも強力で、そして苦手とする相手だ。

 

 ああ、でもやっぱりというべきか――

 

 

 ……やっぱり、君のとなりに黒姫はいないんだな、マルセナ。

 

 

 わかった、わかったよ。

 こういうのは個人的には不本意ではある。

 他人の心の闇とかどうでもいいし、それで誰かに迷惑をかけたり本人が死を選んだりするのでなければ気にもとめない。

 

 でも、それで私に牙を剥かれたら私は迎え撃たないわけにはいかないだろう?

 

 何度でもいうけどね、マルセナ。

 私は決して黒姫クリスノートではない。

 ましてや、

 

 黒姫クリスノートはもうこの世界にはいない。

 

 いないんだよ、どこにも。

 

 それがわからないようならば、

 

 仮にも雷母と呼ばれる身。

 仮にもAランクの冒険者。

 仮にも、君にお世話になった者として、

 

 

 君にそのことを、教えてあげなければいけないな!




主人公がマルセナに対してアクションを起こそうとする理由は一番最後の世話になったからが8割です。
主人公はそういうやつです。という話。


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強くてかっこよかった頃のお姉さんと戦う話。

「どうした、この程度か!? 妾に攻撃の一つも届いていないではないか!」

 

 霧の中を駆け回りながら、襲いかかるマルセナ本人を回避する。

 このマルセナ、めちゃくちゃ数が多い。

 幻術によって複数のマルセナが四方八方から飛びかかってくるのだ。

 当然雷撃で迎え撃つが、大半は幻である。

 時折攻撃が当たるが、これも幻。

 全盛期マルセナの空間に干渉する幻術で作られた質量を持つ空間といったところか。

 

「そういうマルセナも、こちらに攻撃を当てられていないようだけど!?」

「猪口才! 今に叩き落としてくれる!」

 

 改めてマルセナの幻術についておさらいしよう。

 まず、視覚や聴覚に作用する精神的かつオーソドックスな幻術。

 私に襲いかかってくる無数のマルセナはこれによって見せられている幻覚だ。

 他にも、私の視界を惑わせて空を飛んでいるつもりが地面に向かって墜落しているなんて状況を作ることもできる。

 

 次に、全盛期マルセナの空間に影響を与える幻術。

 幻術というか、もはや空間創造に近いそれは、戦闘中は目に見えない壁を作る能力になると考えるとわかりやすい。

 物理的に影響を与えるといっても、剣を生み出したり、毒を生み出したりはできない。

 あくまで目に見えない壁を作って他人と自分を切り離したりする程度。

 戦う相手が目の前にいないといけないから、主な使い方は強敵を隔離して孤立させたりする感じ。

 集団戦だと便利だけど、タイマンだと特性の一つが潰される弱点があるな。

 

 さっきから幻覚のマルセナが襲いかかってきているけど、あのマルセナたちの手に握られている錫杖の槍は、先端に鋭利な見えない“空間の壁”が存在する。

 そのためそれで刺されるととても痛いし、実質的にあいつらは武器にだけ質量を持っているのと変わらない。

 また、一部のマルセナには手応えがあるが、これもまた中に見えない空間の壁がある。

 

 つまり全盛期マルセナの戦い方は、強敵を他者とは隔離することで孤立させる。

 その後は、無数のマルセナによる人海戦術で敵を追い詰めつつ。

 その敵の感覚を狂わせ、さらには見えない壁を作るなどして相手の逃げ場を潰す。

 

 死ぬほど面倒くさいね?

 

「こちらの速度に追いつけていないようだね! そりゃそうだ、身体能力は高いけど雷に追いつけるほどではない!」

 

 霧の中を、私の雷光だけが文字を描くように空中を奔る。

 追いかける無数のマルセナは、私の速度に追いつけないから私の前方に配置するしか無い。

 それも、四方八方に飛び回ってしまえば難しい。

 そういう意味では、向こうにこちらへの有効打が存在していないといえる。

 

 だが、それは普通ではない。

 どういうことか? 単純だ。

 

「莫迦な……! 何故視界が狂わない! 妾の幻術を前に、正常な感覚を保つことなど不可能であるというのに!」

 

 驚愕するマルセナの声が聞こえてくる。

 そもそも前提がおかしいのだ。

 視界を狂わされ、さらには突如見えない壁が出現する。

 空を飛び回るとなればそれは、マルセナに取っていつでも相手を地面に墜落させられると同意義。

 だというのに私は飛び回っている。

 

 感覚器官が狂う。

 今、自分が空を飛んでいるのか、地に墜ちているのかわからなくなる。

 だから、私は()()に従って上を目指す。

 突如として目の前に壁が出現する。

 それが、私には()()で予め解っていたから、出現と同時にその場で回転し、方向転換する。

 同時に、死角を突いて迫るマルセナの槍も首をひねって回避。

 真横を穂先が通り抜けた。

 

「……何故!」

「悪いね、どうしてか解っちゃうんだよこれが」

 

 私には才能があった。

 剣の才能、戦いの才能。

 それは、殆ど直感で体をどのように動かせばいいのか解ってしまうほどの。

 文字通り、()()()それが解る。

 

 私の才能(チート)は、端的に言えばそういうものだった。

 

「私が何故こんな戦い方を選んだか。それは、これだけ自由に飛び回っても問題なく戦闘ができる才能があるからだ」

「ふざけている。それではまるでクリスだ……! そんな才能、この世に二つとあるものか!」

「あるんだな……時代が違うから!」

 

 いや、黒姫どんな怪物なんだよ。

 私のコレは、前世になかったことから明らかに何かしらのチートだと断言できるが。

 黒姫のそれは天然じゃないか?

 黒姫は転生者じゃないんだぞ!?

 

 ともあれ、こうなってしまえば戦闘は膠着する。

 私はマルセナの本体を見つけることができず、マルセナはこの方法では私を捉えることができない。

 状況を変える必要があった。

 

「だが、どうするかな? こちらの魔力が尽きることはない。妾はお前が朽ち果てるまで付き合うことができるぞ」

「……無茶言わないでほしいなぁ」

 

 いや、何日かかるのよそれ。

 まぁでも、しかけるならこちらからしかないか。

 第一、これ以上マルセナの遊びに付き合うのもそろそろ飽きた。

 私は、上へ向かって飛び上がる。

 途中何度も感覚が反転しながらもそれに対応し、壁とマルセナを避ける。

 

「とはいえ、対応自体は簡単だ」

「莫迦を言うな、妾の幻術を破れる者はいない!」

「――破る必要がないからね」

 

 くるりと反転して、空中の天井と思われる場所に足をつける。

 バリバリと足の稲妻が発光したまま、私は地面を見下ろす。

 空間全てを覆う霧は、視界と呼べるものを許さない。

 だがそれでも、私の目には()()()()()()()が見えていた。

 

 私がしたことは単純。

 空間の地面から天井までを図ることで、空間の体積を計ったのである。

 それを為したのは私の才能によるものもあるが、もう一つ。

 

「私は知っているからね、この空間の体積は比例するって」

 

 この空間は箱だ。

 どこか一つを拡大すれば他も比例して拡大される箱。

 だから、高さが解ってしまえば他の部分も計算することができると私は知っている。

 確かにマルセナ――ディアクラには無限に近い魔力がある。

 だが、私には知識がある。

 幻月老狐マルセナの知識が。

 

 ――未来のマルセナ・フォクセシアから、それを教えてもらったのだ。

 

 

()()()()

 

 

 空間の全景が見えてしまえば、そこからその空間で動く全ての物体を直感的に把握することができる。

 マルセナの本体も、幻術を見破ることなく発見することが可能だ。

 

 私は手に雷の槍を生み出す。

 槍使い相手に、槍で返すのは一種の意趣返し。

 散々人の首やら心臓やら狙ってくれたお返しだ。

 まぁ、人々を愛する神が作った守護者は人間を殺さないので、実際にはちょっと急所からずらすんだろうけど。

 でも死なないだけで痛いからね。

 痛いのは嫌だ。

 

 そうして出来上がった槍を、正確無比にマルセナ本体へ向けて私は投擲した。

 

「莫迦な!!」

「さっきからそれしか言わないね」

 

 槍は弾かれるが、弾いたということはそこに本体のマルセナがいるということだ。

 

「この幻月老狐の、神より齎された秘技を()()するなど、許されることではない!」

「言っている暇があったら、避けないとだめだよ」

 

 私はそのまま連続で雷槍を射出し、マルセナを追い立てていく。

 幻術で感覚を狂わせてくるが、それが無駄なことは既にわかっているだろう。

 さぁ、状況を動かしたぞ。

 

「ぬぅ……致し方あるまい!」

 

 ――直後、霧が張れた。

 

「まさかクリス以外に、これを見せる時が来るとはな!」

 

 そう言いながら、地に立つマルセナが()()()していく。

 いや、これもまた幻覚だ。

 だがその幻覚はこれまでとは違う。

 マルセナの作り上げた空間の集積体。

 大量の魔力によって作られた質量を持つ巨大なマルセナである。

 

「はぁ!!」

 

 その質量に、マルセナは魔力を通す。

 魔力を通した物体は、魔力を通した物体以外で傷つけることはできない。

 だからこのマルセナは、マルセナが込めた魔力以上の魔力でないと傷つけられない。

 つまり、マルセナは純粋な出力勝負を仕掛けてきたのだ。

 

「幻月老狐の真髄を垣間見たことを誇りに思い、散るがいい!」

 

 勝ちを確信した言葉とともにマルセナが天井の私へ向けて槍を突き出してくる。

 ああ、まったくとんでもないな。

 でも――

 

「……()()()()ね」

 

 私は天井からとん、と足を離して地面へ向けて落下を始める。

 両手には稲光。

 拳を引いて、迫る槍へ向けてそれを突き出す。

 

「笑止! 無謀が極まったな!」

 

 激突。

 私の手から雷光が迸る。

 両者は、完全に拮抗していた。

 

「な――」

 

 ()

 

 押していた。

 どちらが? などと聞くまでもない。

 

 圧倒していた。

 ()()、マルセナの槍を圧倒していたのだ。

 

「悪いね、私はちょっとばかり特別なんだよ」

 

 転生が? チートが?

 それもある。

 だが、それ以上に。

 

「何だ、何だ何だ、何だこれは……お主、一体どれほど」

 

 マルセナの顔が驚愕に歪む。

 

 

「一体どれほど、その身に魔力を有しているのだ!?」

 

 

 生まれながらにして、私の魔力は他人の数倍あった。

 それが、様々な事情で成長を続け今に至る。

 マルセナが、再会の時に“また魔力が増えた”といったように。

 ダンジョンの三層を突破する間、雷を出して空を飛び続けても問題なかったように。

 私の魔力は、もはや数倍では済まないほどに増大していた。

 

「悪いな、私は単純な出力勝負なら、この世界の誰にも負けないんだよ――!」

 

 この世で私に出力勝負で勝てる相手がいるとしたら、それは()()()()()くらいなものだ。

 

 もしも、ディアクラ――ダンジョンの魔力をそのまま全てぶつけるならともかく。

 そんなことをすればダンジョン事態が崩壊してしまう。

 何よりディアクラは模倣の守護者だから、一度に使える魔力は模倣先に依存するだろう。

 だから、私が出力勝負で負ける道理はないのだ。

 

「お主……まさか誘導したのか!?」

「そうだね。幻術を打ち破るよりも、こっちで勝つ方が楽だからな」

 

 最初から、マルセナの本体を見つけたのはこの出力勝負に持ち込むため。

 幻術は破らなくてもマルセナは倒せる。

 

 私なら、それが可能だ。

 

「ぬ、おおお! ぬおあああああああああ!!」

「今更唸っても、遅いんだよな!」

 

 そうして、私はさらに雷光の出力を上げると――

 

 

 巨大マルセナを、その魔力ごと吹き飛ばすのだった。

 

 

 <>

 

 

 正常に戻った感覚を確かめながら、ゆっくりと地面に降り立つ。

 マルセナの奴が、感覚をいじった上からさらに感覚をいじるなんてことを何回もしたせいで私の感覚器官はボロボロだ。

 ちょっと、暫く自分の感覚は無視して直感だけで動かないと、酔いで死にそうだ。

 おえっ。

 

 いや、美少女は吐かない。

 トイレにいかないのと同じくらいの常識だ。

 だから我慢の子。

 

 なんてアホなことを考えながら、マルセナの姿を探す。

 幻術はまだ解除されていない。

 多分、どこかで幻月老狐のマルセナがぶっ倒れているはずだ。

 

「――ダメだ」

 

 声がする。

 

「まだ、ダメだ。まだ、妾は倒れてはならぬのだ――」

 

 声のする方向に足を向ける。

 

「どこだ――」

 

 さして時間もかからず、マルセナは見つかった。

 

「どこだ、クリス――」

 

 マルセナは、探していた。

 

 

「どこにも行かないでくれ、クリス――」

 

 

 今から千年前。

 魔物との生存戦争の最後。

 いなくなってしまった相棒。

 

 世界から消えた伝説の騎士。

 “黒姫”クリスノートを、彼女は今も探していた――――




主人公が強かった話


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お姉さんとさよならの話。

 千年前の人と魔物の存亡をかけた戦い。

 人魔討滅大戦なんて、騎士学校の教科書には書かれていたけれど。

 その戦いの最後で、“黒姫”クリスノートは消息を絶ってしまう。

 彼女が最後に戦った魔物の悪あがき、つまり自爆を防ぐために。

 

 最後の瞬間、マルセナは意識をうしなってその状況を見ていないそうだ。

 だから果たしてクリスが跡形もなく消えてしまったのか。

 それともどこか遠くへ飛ばされて、記憶を失ってしまったのか。

 この世界とは違う場所へ飛ばされて帰れなくなったのか。

 それすらもわからないのだという。

 

 それから千年だ。

 マルセナは神から“フォクセシア”を名乗ることを許されて、人々からSランク冒険者の称号を贈られた。

 しかしそれらを全て辞退して、Bランク冒険者として身分を隠しあちこちを旅するようになる。

 消えてしまったクリスの痕跡を追いかけながら。

 

 それから、千年だ。

 

 マルセナが、私にクリスを重ねていることは知っていた。

 しかし、クリスの子孫は私ではなく閃姫である

 まぁ、クリスの直接の子孫ではないのだけど。

 話に聞く限りでは、クリスは私ではなく閃姫に人間性は近いようだし。

 一体何で私なんだ? とも思ったが。

 

 ここまでくればはっきりしている。

 マルセナにとって、私はどこかへ行ってしまいそうな存在なんだろう。

 クリスノートと同様に、自分の知らないところで、いつのまにかどこかへ。

 

 そんな相手に、私はどんな言葉をかければいいんだろうな?

 マルセナがクリスと歩んできた時間。

 クリスを探してさまよってきた時間。

 それは、とても私みたいな適当な人間じゃ、埋めることのできないもので。

 少なくとも、私なんかがそれらしいことを言って許されるものではなかったんだ。

 

 

 <>

 

 

「マルセナ、君は生真面目すぎだ」

 

 消えゆく幻月老狐――かつてのマルセナに呼びかける。

 果たしてこれは本物のマルセナも聞いているだろうか。

 もう幻術は解けかけているから、もしかしたら聞こえているかもしれない。

 そう思いながら、自分の言葉をまとめるために私は続けた。

 

「クリスノートがいなくなった後、君はクリスノートを探すために旅を続けた。……その時、君は英雄マルセナ・プロリエではいられない」

「…………」

「だから、自分を変えた。厳格で生真面目な幻月老狐ではなく……“ちょっとえっちな優しいお姉さん”に」

 

 時折、マルセナが自称していたりもするそのフレーズ。

 というより今のマルセナの生き方は、マルセナが必死に考えてそう振る舞っている生き方だ。

 この世界を放浪する者として、若き新芽を支えるものとして。

 親しみやすい誰かになろうと考えて、そしてこうなった。

 

 

「いや、真面目すぎかよ」

 

 

 だってそうだろう?

 気合い入れすぎだ。

 いくら何でもキャラが違いすぎるのに、マルセナが全力かつ真面目にそう振る舞うものだからある程度はそれっぽく振る舞えている。

 かつての自分が聞けば、何だそれは破廉恥なと反応を返すにも関わらず。

 

 なんていうかなぁ、もっと肩の力を抜いてもいいと思うんだ。

 私がマルセナの素を見たのは一度だけ。

 私が秘蹟に挑戦するため、Aランクになろうとしていると明かした時だ。

 アレ以外は、基本的に今のマルセナの口調を保っているし保てている。

 それくらい、本気でマルセナはちょっとえっちで優しいお姉さんになろうとしているということだ。

 

 いやでも、なんか私をやらしい目で見てくるのは素だと思うが。

 絶対クリスにも内心あんな感じだったよね?

 そこに関してだけは演技ではなく本性を表しただけですよね?

 

 話を戻そう。

 

「私としては、真面目すぎる君が千年もクリスを探し続けるのは違和感がある」

「…………何を、言っている?」

 

 そこで、ようやく幻の中の模倣されたマルセナが口を開いた。

 

「クリスは、妾の前から消えてしまった。いなくなってしまったんだ。それを見つけたいと思うのはそんなにおかしなことか?」

()()()()()()()()()()だろって話。君はそんな自分のために、千年も時間を使うタイプか? 違うだろ」

 

 私の言葉に、マルセナは苦虫を噛み潰したように視線をそらす。

 図星だ。

 

「自分のためじゃなくて、誰かのためだな? それもクリスを守れなかったことに対する罪滅ぼしだけが理由じゃない」

「何を言う。誰かのためだとしたら、罪滅ぼし以外に何の理由があるという……」

 

 普通に考えれば、自分のためでなかったとしたらそれはクリスのためだ。

 罪滅ぼし、罪悪感。

 そういう言葉から、マルセナがこの千年の彷徨を、罰として受け入れていたことは否めない。

 

 でも、それだけではないと私は思う。

 

「探し続けていたんだ。それはクリスだけじゃない」

「……」

 

 それは、あまりにも単純な話だ。

 

 

「自分の死に場所。マルセナ・プロリエとしてもう一度、命を捨てるための場所を探していたんだ」

 

 

 自己犠牲。

 自分を捨てることで誰かを救う。

 そのために、マルセナが生きてきたのだとしたら。

 

「であれば、妾は――」

 

 ――空間が、はっきりと崩れ落ちていくのが解る。

 ディアクラが非活性状態に入り――守護者は魔力さえあれば何度でも復活する――幻月老狐のマルセナが消えていく。

 そうして残るのは、

 

 マルセナ・プロリエのいた場所に残るのは――

 

 

「妾は、どうすればよかったんでしょうねぇ? ――アンナちゃん」

 

 

 呆然と、道を見失って立ち尽くす。

 マルセナ・フォクセシアの姿だけだった。

 

 

 <>

 

 

 色々と考えたけど、結局答えは一つしかなかった。

 どこか物憂げに、恥ずかしそうに、マルセナはこちらの言葉を待っている。

 守護者の去った静かな部屋の中、マルセナの呼吸と心音が聞こえてきそうなほど。

 今、この部屋は沈黙が満ちている。

 

 とても、とても重く永い沈黙が、降りてきている。

 

 私は……少しだけためらって、けれども。

 もはやそれ以上に言葉がないから――

 

 はっきりとマルセナに伝えた。

 

 

「わからないや、ごめんね」

 

 

「えっ」

 

 端的に、答えた。

 

「色々考えたんだけど、なんにもいい感じのこと言えなくてね」

「……えっ」

「なのでごめんなさい。私にはマルセナを救うのは無理そうだ」

「えっえっえっ」

 

 当たり前といえば当たり前だけど。

 マルセナの抱えてるものに、幾らマルセナがクリスノートと私を重ねてるからって。

 私が答えを出すのは無理な話だ。

 なので、素直にそう答えることにした。

 

「待って待って待って!? さっきまでの真面目な雰囲気はなんだったんですか!?」

「いやぁ、特に何も考えてなかったよ。かつてのマルセナがあまりにも自分をごまかすものだから、それを否定していただけ」

 

 だって否定しないと、そもそもこういう話もできないからだ。

 伊達にマルセナは千年間も自分の本音を偽ってきた訳では無い。

 私がマルセナの事情を聞いた時だって、こういう話ははぐらかされてしまったんだから。

 

「少なくとも、あのマルセナがあそこまで話さなかったら、マルセナはまたこの話をごまかすだろ?」

「それで帰ってくる答えが“わからない”ならわざわざ掘り返さなくてもいいじゃないですか!」

「一理ある」

「今そう思ったみたいに言わないでください!」

 

 とはいえなぁ、親しい友人がそんな風に曇った顔してたら話を聞かないわけにいかないし。

 かと言ってそれで何かいい感じに答えを返せるわけでもなし。

 私にできることと言ったらせいぜい――

 

「でも、少しはスッキリしないかな? 話せることを話したらさ」

「……話したのは、妾じゃないですけどね」

「それでもだよ。いやむしろだからこそ、マルセナは冷静に話を聞けたはずだ」

 

 ――せいぜい、マルセナの話を聞くことくらい。

 聞いて、それは大変だったねと答えることくらい。

 それくらいしか、私にはできないんだ。

 

「…………けど、それはアンナちゃんの話じゃありません! 妾の迷いは、アンナちゃんにも無関係じゃないんですよ!?」

「私がどこかへ行ってしまいそうだって? そうかなぁ」

 

 マルセナは、納得はいかないながらもこちらの言いたいことを理解したのか話を変える。

 しかし、私がどこかへ行きそうだっていうのはあまりピンとこない。

 私は私だ、自分のしたいことを、したいなりにやる。

 今に満足はしていないけど、漫然とはしている。

 そんな行き方を二十年、いや前世を含めればその倍以上続けてきて。

 

 今更、どうにかなることなんて無いと思うけど。

 マルセナはそう思わないみたいだ。

 

「アンナちゃんは、自分のことだからわからないんです! アンナちゃんがふわふわしてるっていうのは妾じゃなくたってそう思うはずですから!」

「マジか」

 

 初めてしった。

 私そんなに主体性が無いように見えるか?

 これでも、そこそこ信条……ってほどではないけどある程度方向性を持ってやってきたはずなんだけど。

 

「でもね、大丈夫だよマルセナ」

「何がですか……」

 

 とはいえ、そういうことならきちんと言葉にしないと行けないな。

 当たり前のことなんだから、わざわざ口に出すまでもないと思っていたけれど。

 

()()()()()()()()()()よ」

「……なんですか、それ?」

 

 どうやらピンと来ていないようだ。

 文字通りのことなんだけど、主語が抜けていた。

 

 私は、なんてことはないことを改めて確認するように、それを口にする。

 

「――誰かを庇って死んだりしない」

 

 だって、死にたくないから。

 

「――誰かの代わりに重荷を背負ったりしない」

 

 だって、背負えるほど私は大人じゃないから。

 

「――誰かに呪いを残して消えたりしない」

 

 だって、死なないから。

 

「だから私は、どこにもいかないし、勝手に死なない。当然だろ?」

 

 そんな、世界の命運を握れるほど私はたいそうな人間ではない。

 それに命を賭けれるほど、崇高な使命感を持ち合わせていない。

 

「……根拠は?」

 

 訝しむようなマルセナの視線。

 心配性な彼女らしいそれに、けれども私は何だかおかしくなってしまって、笑いが溢れる。

 

 

「あはは、()()()

 

 

 そんなものは元から無い。

 というか、用意する予定もない。

 

「じゃあ、意味ないじゃないですか!」

「あるに決まってるじゃないか。だって私自身がそう言ってるんだよ?」

「それが意味ないって言ってるんじゃ――!」

 

 確かに、私は基本的に適当な生き方をしているけれど。

 漫然と流れるままに流されているけれど。

 

 

「自分を信じられなくて、何を信じられるっていうのさ」

 

 

 そこだけは、多分ずっと昔から。

 ずっとずっと昔から。

 一度死んでも変わらない、私の生き方なんだろう。

 

「――――」

 

 マルセナは、沈黙した。

 納得した様子はない。

 受け入れた様子もない。

 ただ、少しだけ目を白黒させて。

 

「……ふふ、あはは」

 

 笑みを浮かべた。

 

「笑うなよ、真剣なんだこっちは」

「解ってます……解ってしまいました」

 

 その笑みに、どれほどの感情が込められているのか。

 私にはさっぱりわからない。

 けれど、そうやって笑みを浮かべるマルセナに、私が安堵しているのは解る。

 

 答えなんて、何一つ出していないけれど。

 

 

「アンナちゃんって人がどういう人か、妾とっても解っちゃいました」

 

 

 その言葉は間違いではないと、私はそう思うんだ。



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