アニメ最終話で、喜多ちゃんがぼっちちゃんのこと抱きしめながら腹話術してる場面あるじゃん?最後後ろからその二人が描かれてるところを見てさぁ (明太子美味しい)
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私はこの日――

話の8割はアニメを追っているため、飛ばしても問題ない……かも?



 

「あ、経験者の方でしたか!失礼しました」

 

「いえいえ大丈夫ですよ」

 

 ふふっ、ひとりちゃんは本当に可愛いなぁ。

 なんて思いながら、魂が飛び出ている彼女を抱きしめたそのとき、体中に電流が走る……!

 

 

 防虫剤の匂いに紛れる、ふわりと香るひとりちゃんの良い匂い。

 サラサラで綺麗なピンク色の長髪。

 

 

 違う、いや違くない。

 とても素敵な要素ではあるが、そんなことは幾らでも知っている。

 

 

 私は今、かつて無いほどの衝撃を受けている。

 興奮のあまり頭がクラクラしてきた。

 なんだこれは、なんなんだ一体……!!

 

 全神経を右半身に集中させる。

 江ノ島に行ったときは感じなかった。そうか、あのときひとりちゃんはチャラ男に話しかけられて破裂していた――だから気付かなかった!

 

 

 

 

 私はこの日、

 

 

 

 

 

 

 

 ――この世の真理を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 私、喜多郁代は毎日が充実している。ここ最近は特にだ。

 

 今日も放課後、大好きな人のギターを一緒に買いに行く予定だ。毎日が幸せで、数ヶ月前までの私には考えられなかった。

 

 

 

 

 高校入学当時の私は、新しく出来た友人とのカラオケやクレープ巡り、イソスタ活動といった一般的な女子高生の生活を満喫していて、それなりに充実した日々を楽しんでいたと思う。

 

 

 そんなある日、私の人生を変える大きな転期が訪れた。

 

 

 結束バンドへの加入。

 そして、ひとりちゃんとの出会いだ。

 

 

 バンド加入のきっかけは、リョウ先輩への一目惚れという不純なものであった。

 

 当時を思い返すと、我ながら凄い行動力だと感心してしまうが、同時に自分自身の浅はかさに嫌気が差す。歌うことが得意なだけであり、楽器の知識など何一つ無かった私は、案の定上手くいかず初ライブもドタキャンしてしまった。

 

 私って最低だわ……。

 

 しかし、そんな自己嫌悪と罪悪感で押し潰されそうになっていた私を、結束バンドの先輩達は許すと、もう一度バンドに入って欲しいと温かく迎え入れてくれた。

 

 

 そしてそのきっかけを作ってくれたのがひとりちゃんだ……!

 

 

 ――後藤ひとりちゃん。

 第一印象は不思議な子。ギターがとっても上手で、少しだけ人と話すことが苦手。いつもピンクのジャージを着ている可愛らしい女の子。

 

 ――けれど、いつだって私達がピンチになったら助けてくれる、そんなヒーローみたいな女の子。

 

 

 今になって気づく。私が再加入したあのときも、ひとりちゃんは勇気を振り絞ってくれたんだなと。

 人見知りのひとりちゃんがあの日、初めて知り合った私を引き止める為に声を荒げるなんて中々出来ることではない。

 

 今ではこれも、ひとりちゃんとの大切な思い出だ。

 

 

 

+++

 

 そんなやる時はやるひとりちゃんではあるが、普段はちょっとだけ変な子だ。お話ししているときに中々目が合わなかったり、何も無いのに突然笑い出したり、体中がドロドロに溶けて小さくなったり。

 ひとりちゃんの変なところはまだまだある。

 

 でも安心してひとりちゃん。

 そういうところも可愛らしいなって、私は思います!キターン

 

 

 

 それに、ひとりちゃんにはかっこいいところもちゃんとある。特に記憶に残っているのは、新生結束バンド初ライブの日だ。

 

 その日は台風が日本に上陸し、朝から土砂降りだった。

 その影響かお客さんも疎ら(まばら)で、私達のファンや知り合いが殆ど居ない状況での開催になってしまった。

 

 緊張や不安、涙が出そうになるくらい厳しいお客さんの感想。全部が重なってリハーサルのときみたいに弾けなくなってしまった私達。

 

「一曲目、『ギターと孤独と蒼い惑星』でした!」

 

 そのまま落ち着くことすら出来ず一曲目が終わってしまう。

 スタジオの空気は既に冷え切っていた。

 

 どうしようお客さん一人帰っちゃったしどうしようどうしようどうし――

 

 

 左隣から聞こえて来る鋭いギターの音。

 

 

 驚いて振り向くとそこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて見る後藤さんがいた。

 見たことないくらい目を見開いて、見たことないくらい集中していて、

 

 そして――

 

 聞いたこともないくらい熱い想いを叫んでいた。

 

 ――このままじゃ嫌だ……!

 

 私はその姿から目が離せなかった。その姿が輝いて見えた。

 後藤さんを見ていると不思議と緊張と不安が無くなっていく。

 

 私は後藤さんみたいになれない。

 ギターの技術は未熟かもしれない。ボーカルの歌声もまだまだかもしれない。

 

 それでも、

 

 

 ――私だってこのままじゃ終わりたくない……!

 

 

 

 それからの演奏はあまり覚えていない。

 けれど、お客さんの熱い拍手の音は未だに強く耳に残っている。

 

 

 その日から私は――

 

 後藤さんってかっこいい……!

 

 ――後藤さんのことを意識し始めた。

 

 

 

+++

 

 そんなかっこいい後藤さんは、学校では友達が居ないため一人でいることが多いみたいだ。

 どうしてみんな彼女の魅力に気が付かないのか、不思議に思う。

 

 

 だから、後藤さんが文化祭ライブの申請用紙を握りながら保健室で寝ていたとき、ちょうど良いと思った。

 

 後藤さんは文化祭ライブに出たい。

 私はみんなに後藤さんのことを知って欲しい。

 誰も損をしない。絶対文化祭ライブに出ようと思った。

 

 保健室にもう一度様子を見に来たとき、捨てられていた申請用紙を見て少し悲しくなりながらも、勝手に用紙を提出した。

 

 それを伝えた時、後藤さんは物凄い顔をしていた。

 

 

 

 

 ――善意の押し売りをしちゃうのが私の悪いところだわ。

 

 あれから後藤さんは棺桶に引きこもり、セルフお葬式を始めてしまった。

 その様子に僅かな罪悪感を覚えてしまうが、それでも後藤さんにはライブに出て欲しい。そう思っている。

 

 

 そんなとき、廣井きくりさんの紹介で、SICK HACK(シク ハック)のライブを見に行くことになった。普段の酔っ払った様子からは考えられない、心に残る演奏だった。そんな彼女の励ましも有って、後藤さんは文化祭ライブに出る決意をしてくれた。

 

 先輩達も配慮してくださり、後藤さんのギターソロを曲の途中に設けていただいた。

 

 私は嬉しかった。文化祭ライブは絶対楽しくなるだろう。

 それになにより、

 

 ――これでみんなも後藤さんのことを!

 

 そんな未来に期待しながら彼女の方を窺うと、どこか思い詰めた表情をしていて……。

 

 ――ごめんなさい……!

 

 私は後藤さんに全てを白状し、わざと申請用紙を提出したことを謝った。

 私の告白を聞いた上で後藤さんは私のことを責めなかった。それどころか、

 

 

「感謝してます」

 

「ありがとう」

 

 

 キュゥゥゥゥゥン

 

 ――後藤さん!私、もっともっと練習頑張るから!だから文化祭ライブ、絶対成功させましょうね!キタキターン!

 

「あ、はい」

 

 ――だって後藤さんは……。

 

 

 

+++

 

 そんな誑しの後藤さん。それに先輩達と、ライブに向けて日々練習を行い、遂に文化祭一日目になった。

 

 この日はライブも無いためみんなで後藤さんのメイド喫茶に行く予定となっている。その際に(くだん)の後藤さんが居なくなる、なんて事件も起こったが無事に発見し、みんなで文化祭一日目を満喫した。

 

 ライブ本番が翌日に迫り、みんなが気合いを入れ始める。

 そんな中で私、喜多郁代は――

 

 ――後藤さんはやっぱり甘い系やフェミニン系の洋服が似合うわ……!

 

 などというあまりにも緊張感のないことばかり考えていたのだった。

 

 

 

 

 文化祭二日目、時間はあっという間に進み、遂に私達結束バンドが出演する番になった。

 

 みんなで手を重ねて気合を入れる。

 ――それじゃあ行こう、後藤さん。

 

 

 舞台の幕が上がり、私達の一曲目『忘れてやらない』が始まる。

 この曲は比較的ポップな曲調ではあるが、流石後藤さん。

 

 ――とっても素敵な歌詞だわ……!

 

 後藤さんらしい歌詞に楽しくなりながら、しっかりと一曲目を演奏しきった。

 会場はかなり盛り上がっている。みんなで頑張って練習した甲斐があった。

 

 

 私と虹夏先輩の軽いMCを挟み、二曲目『星座になれたら』が始まる。

 私一推しの曲だ。だってこの曲は――

 

 私への想いを謳ったラブソングなのだから!キタキタキタキターン! !

 

 これ程の想いを伝えられて気合いが入らない訳ない。私はより一層力を入れてサビを歌い上げる。

 

 そのとき――

 

 ――バツンッ!

 

 後藤さんの音が無くなった。チラリと横目で確認すると、彼女の一弦が切れてしまい、同時にペグの方にもトラブルがあったようだ。

 

 そんな中ギターソロが近づいて、後藤さんが目に見えて焦りだす。

 ――私にできることは……?

 

 猛特訓したとはいえ、私に彼女のような演奏技術はない。

 

 どうする、どうするどうするどう――

 

 

 ――そうだ、こんなときの為に私は練習してきたんじゃないのか。

 

 後藤さんのように聴いた人を魅了する演奏技術を持っている訳でもない。

 リョウ先輩のように独特な世界観、表現技術を持っている訳でもない。

 伊地知先輩のように積み上げてきた、全体を支える技術を持っている訳でもない。

 

 

 でも私は……、

 

 ――私は、みんなと合わせることは得意みたいだから。

 

 

 大丈夫。先輩達なら分かった上でフォローしてくれる。

 私は後藤さんにならなくていい。

 彼女が立ち直るまで支えるだけでいい。

 

 後藤さんなら大丈夫……!

 

 だから――

 

「喜多さん……!」

 

 ――みんなに見せてよ

 

 

 ――本当は後藤さんは、凄くかっこいいんだってところを……!

 

 

 

+++

 

 

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 

「あ、はい」

 

 ――私、ひとりちゃんを支えていけるようになるね。

 

「えと、あの……」

 

 ――大丈夫、気にしないで。

 

「どうして同じベッドに……」

 

 

 

+++++

 

 私、喜多郁代は毎日が充実している。ここ最近は特にだ。

 

 今も大好きな人と、それに先輩達とギターを一緒に買いに来ている。毎日が幸せで、数ヶ月前までの私には考えられなかった。

 

 

 

 

 

 ふふっ。ひとりちゃん、まだ首振ってる。

 お店の人も戸惑ってる。

 

 そんなひとりちゃんも可愛らしい。

 いつまでも見ていたいけど、そろそろギターを選びに行かないとね。

 

 ――ひとりちゃん、もう行きましょう。

 

「あ、はい」

 

 

 

 ひとりちゃんはどうやらヤマハのギターにお熱らしい。

 さっきから他のギターに見向きもしないでアレだけを見つめている。

 

 ――私もバイト代を貯めて同じものを買おうかしら……。

 

 などと考えていると、いつの間にか店員さんがひとりちゃんに近づいていて、そのギターを彼女に勧めだした。

 

 当然のようにひとりちゃんは縮こまり、アワアワと震えている。

 そんなひとりちゃんも可愛らしいと思う程、私は彼女にお熱らしい。

 

 

 いよいよ魂が飛び出し始めたひとりちゃんを支える為、私は彼女のもとへと向かう。

 既に満身創痍の彼女を抱き抱えたそのとき、体中に電流が走る……!

 

 

 私は今、かつて無いほどの衝撃を受けている。

 興奮のあまり頭がクラクラしてきた。

 なんなんだ一体、なんなんだこれは……!!

 

 全神経を右半身に集中させる。

 江ノ島に行ったときは感じなかった。そうか、あのときひとりちゃんはチャラ男に話しかけられて破裂していた――だから気付かなかった!

 

 

 

 

 そう。

 

 

 

 

 

 

 ――ひとりちゃんって、とっても柔らかいのね!キタキタキタキタイクイクイクヨーン! !

 

 

 

+++

 

 今日は良い日だ。

 結束バンドでお買い物をして、新しいギターも買って。

 なにより、ひとりちゃんがとっても柔らかくて気持ち――

 

「あの……」

 

 ――なぁに、ひとりちゃん……?

 

 

「今日はありがとうございました――」

 

「――また明日から、頑張れそうです」

 

 

 そのあまりにも可愛らしい笑顔に、私は先輩達の存在も忘れて夢中で抱き締めるのであった。

 

 




 ギュゥゥゥゥゥ

「ピェッ」

 < ぼっちちゃんが死んだーッ!


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やったわ!

一話より書きたいことを書けた気がする。

※2023/1/19追記
名前を間違える痛恨のミス……!
誤字報告感謝します!



 

 秀華高校一年二組の教室はその日、朝から異様な雰囲気に包まれていた。

 

 お喋りで笑顔の絶えない女の子や、常に仏頂面の男子でさえ戸惑いの表情を浮かべて様子を窺っている。

 教室に入ってきた生徒の誰もが二度見し目を見開く中、その光景を作り出した張本人達はというと――

 

 

 

 

 

 

「あの!あのあのあのッ……!」

 

 ――なぁにひとりちゃん。

 

「どどどどうして私の上に座っているのでしょうか……?!」

 

 ――ひとりちゃんは嫌かしら?

 

「い、嫌というか何というかその!周りも見てますし……」

 

 ――駄目、かな……?

 

「ヒュッ!?」

「も、問題ナイデス……」

 

 ――なら良かったわ!

 

 ムギュゥゥゥゥゥ

 

「ピェッ」

 

 

 

 

 柔らかそうで何よりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「今日もバイトお疲れ様!」

 

 文化祭ライブから数日が経ち、あのときの興奮も次第に落ち着いてきた今日この頃。

 私、喜多郁代はライブハウス『STARRY』でいつものようにバイトに励んでいた。

 人と話すことは嫌いじゃない。それに他所のバンドの演奏も聴くことが出来るし、早く終わればそのままスタジオで練習も出来る。私にとっては優良バイトだ。

 

 そんなバイトであるが、今日は予想以上に忙しかったため、伊地知先輩の一声で練習せずに解散となった。

 またあしたぁ、なんて間延びした先輩の挨拶に応え、ひとりちゃんと一緒にライブハウスを出る。

 

 日が沈んで暗くなった道を進み、二人きりで駅まで向かう。あまり会話は起きないが、ひとりちゃん相手であればこの沈黙も心地良い。

 

 ゆっくりと歩みを進める中で、私は彼女のギターを買いに行った日のことを思い出していた。

 そう、私がこの世の真理を知ったあの日の出来事である。

 

 ――肩を抱きしめたときのむにっとした感触。

 

 あまりのふわふわモチモチに、このまま腕が沈んでいってしまうのではと錯覚した。そういえばあの日以来、彼女の体に触れていない気がする。

 これはまずい、そろそろまずい。

 このままでは、私は一体どうなってしまうのだろうか。

 

 私は思う、ひとりちゃんと触れ合いたいと。

 

 思い立ったが吉日!

 そうと決まれば早速行動に移してみよう。この時ばかりは、自分の謎の行動力に感謝した。

 

 私はチラリと状況を確認する。

 私達は学校からここに来ている為荷物が多い。それにギターもある。ケースに入っているとはいえ、荷物にぶつかってしまうかもと考えると、あの日のように抱きつくことは少し難しい。

 

 ……何かないかしら? ひとりちゃんと触れ合えるような何か。

 

 考えて、考えて、考えてそして閃く……!

 いける、これならいけるわ!

 

 一つ息を吐き、もう一度彼女の方を確認する。

 隣を歩くひとりちゃんとの距離は拳三つ分。さぁ行くぞ!

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 話しかけると同時に彼女の方へと一歩近づく。

 

「ピェッ!」

 

「は、はい!何ですか喜多さん?」

 

 ふふっ、急に話しかけられてびっくりしちゃったのかしら? 私相手に緊張する必要なんて無いのに。

 

 ――今日は忙しかったわね。

 また一歩近づく。もう既に、彼女とは肩が触れ合いそうだ。

 

「あ、はい、ですね。えと、ドリンクの方も今日は忙しくて――」

 

 えいっ。

「ホワッ!?」

 

 ニギニギ。

 

「きききき喜多さんっ!?」

 プルプルと震えながらも私に尋ねてくるひとりちゃんに、何でもないよと一言。ただ――

 

 ひとりちゃんと手を繋ぎたかったの。

 

 なんて伝えるとひとりちゃんの顔が次第に赤くなる。

 可愛いなぁなんて思いながらしばらく手の感触を確かめていると――

 

「フゥゥゥオワアアアアアアアッ!」

 

 ひとりちゃんが限界を迎えた。やがて彼女の体の線が曖昧になり、私の手をスルリと抜けて空へと飛翔する。そのまま謎の飛行体となって、彼女は実家の神奈川方面へと飛んで行ってしまった。

 ひとりちゃんには申し訳ないが、少し面白かった。

 

 

 

 

 結論から言うと、ひとりちゃんの手はスベスベしていたが、私が期待していたふわふわモチモチの感触は得られなかった。それもそうだ。ひとりちゃんと私はギターをやっている。指先なんかは相当硬くなっているだろう。

 けれど、私は満足している。

 その硬い指先は、ひとりちゃんが今までずっと頑張ってきた証だからだ。直にそれを感じることが出来て良かった、私も頑張ろうと思えた。

 

 

 今日も良い日だったなぁ。

 

 

 そういえば――

 

 ひとりちゃんが私を結束バンドに引き留めてくれたときも、私の硬い指先を褒めてくれたっけ……。

 

 この日はニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

「よしっ! 今日はこれで終わりにしよう!」

 

 翌日、私達はスタジオで練習をしていた。

 三時間程集中して臨んでいると、伊地知先輩が終了の合図を告げる。

 片付けを終え、一息入れて汗を拭いていると、リョウ先輩が話しかけてくる。

 

「郁代。ギター始めたての頃と比べて随分上手くなった」

 

 憧れの先輩からストレートに褒められて、少しだけ体が熱くなった。

 ありがとうございます、これもひとりちゃんのお蔭です!なんて答えながらひとりちゃんの手を掴む。

 彼女はビグッ!としていたが、俯きながらもしっかりと手を握り返してくれた。

 

「二人とも仲良いねぇ〜!」

 

 ニコニコしながら茶化してくる伊地知先輩にあははと笑い返す。その勢いでお疲れ様でした! と伝え、ひとりちゃんと一緒にスタジオを出る。

 私達の手は繋がれたままだった。

 

 

 二人で駅まで向かう帰り道。昨日とは違う、私とひとりちゃんの距離感。

 

 ――今日は大丈夫なのね!

 

「あ、はい、えっと……」

 

 ――どうしたの?

 

「喜多さんと手を繋ぐことは、その、嫌いじゃないので……」

 

 ……もう! ひとりちゃんは本当にもう!

 

 ニヘラと笑いながら答えるひとりちゃんに胸が高鳴る。

 彼女と、ひとりちゃんともっともっと時間を共にしたいと思った。

 繋ぐ手に力を込めながら、どうしようか考える。

 

 定期的な昼のギター練習、放課後のSTARRY、休日のバンド練習。今でもそれなりにひとりちゃんとは一緒に過ごしている。

 これ以上時間を増やすとしたら、どうすれば――

 

 そして閃く……!

 昨日に引き続きまた閃く……!

 

 私に人を惹きつけるギターの才能は無いけれど、ひとりちゃんに関わることを考える才能はあるのかもしれない。

 今日も早速行動する。

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 

「ヴッ! あ、はい!」

 

 ――ひとりちゃんはお家が遠いけど、学校には何時くらいに来ているのかしら?

 

「あ、えとその、始業の一時間ぐらい前……ですかね」

 

 す、少し早いわね……!

 でもそっか、一時間前か。

 大丈夫、大丈夫。明日は頑張るぞ!

 

 ――それじゃひとりちゃん、また明日!

 

「あ、はい。また明日です」

 

 

 

 

 

 

+++

 

 翌日、私は普段より一時間早く起きた。

 もう少しゆっくりとしていたいが、偉大な目的のためには仕方ない。欠伸を噛み殺しながら家を出る。

 

 今日のことを考えながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。どうやら、私自身が思っている以上に今日を楽しみにしているらしい。

 

 自分の机に荷物を置いてから、私は一年二組の教室に向かう。後ろの扉から中を覗くと――

 

 居た。

 

 様子を見るに、今さっき教室に着いたばかりらしい。

 ギターを机の傍に立て掛け、荷物を置きそして――

 

 寝たふりを始めた。

 

 その様子に涙が溢れそうになりながら、私は扉を開けて教室に入る。何人かの生徒に注目されていることが分かったが、そのまま歩みを進める。

 そして、未だ登校していないらしい隣の席から椅子を借りて、彼女に話しかける。

 

 ――ひとりちゃん、おはよっ!

 

 ビクッ! ビクビクガバッ!

「あ、お、おおおおはようございます喜多さん!」

 

 教室中の視線が私達に集まるけど、それでも私は気にせず話しかける。

 

 ――今日は早く起きちゃったの。始業まで暫くお話ししましょう?キターン!

 

「エッ! あ、あの、えっとその、わ、分かりました!」

 

 

 やったわ!

 

 

 

 

 

 

+++

 

 今日は晴れてて気持ちいいわねぇ、なんて天気や気温の会話から始める。ひとりちゃんはアワアワと震えてるし、全然目も合わない。それでも、一生懸命私と会話を続けようとしてくれる。

 

 そんな姿にホッコリとしながら暫くお話ししていると、私が借りている席の子が登校してきた。

 

 ……今日はこれで終わりかしら。

 

 なんて少しがっかりしていると――

 

 突然の閃き……!

 昨日一昨日に引き続きまたまた閃く……!

 やっぱり私には、ひとりちゃんと関わる才能があるらしい。

 

 その子には席を返し、私はひとりちゃんの側に歩み寄る。

 彼女の顔にはハテナマークが浮かんでいるが、気にしない。

 

 先程から心臓の音が煩い。心なしか顔が少し火照っているような気がする。

 それでもやるぞ喜多郁代、私の行動力は凄いんだ。

 

 

 ひとりちゃん、と一声かけてから私は――

 

 

 

 

 

 

「ホワァッ!」

 

 

 

 

 

 

 ――彼女の膝の上に座った。向かい合う形で座った。

 

 

 

 

 私の心臓の音、ひとりちゃんに聞こえてないかな……?

 

 普段は周りのことなんて余り気にしないし、人から注目されることにも慣れている。そのため、恥ずかしいと感じること自体殆どない。けれど――

 

 

 今の私は、顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 秀華高校一年二組の教室はその日、朝から異様な雰囲気に包まれていた。

 

 お喋りで笑顔の絶えない女の子や常に仏頂面の男子でさえ、戸惑いの表情を浮かべ様子を窺っている。

 教室に入ってきた生徒の誰もが二度見し目を見開く中、その光景を作り出した張本人達はというと――

 

 

 

 

 

 

「あの!あのあのあのッ……!」

 

 ――なぁにひとりちゃん。

 

「どどどどうして私の上に座っているのでしょうか……?!」

 

 ――ひとりちゃんは嫌かしら?

 

「い、嫌というか何というかその!周りも見てますし……」

 

 ――駄目、かな……?

 

「ヒュッ!?」

「も、問題ナイデス……」

 

 ――なら良かったわ!

 

ムギュゥゥゥゥゥ

 

「ピェッ」

 

 

 

 

 

 

 その光景から周りの生徒は目が離せない。

 

 なんだこの幸せな空間は……!

 なんなんだこの美しい景色は……!

 

 片方はいつも明るく笑顔の可愛い、社交的で学校を代表するといっても過言ではない美少女、喜多郁代。

 

 もう片方はクラスでは存在感の殆どない、先日の文化祭ライブで強く印象を残したダイブのロックンローラー、後藤ひとり。

 

 バンドメンバー繋がりがあるとはいえ、あまりにも仲がいいご様子。

 そして気がつく。

 

 

 そうか、そうか――

 

 ――彼女達はもう既に……!

 

 

 

 その日、クラス全員の脳内にこの光景が深く刻み込まれ、決して二人の邪魔はしないと心に誓ったのだった。

 

 




 この日の学校では、突然顔を赤らめたり、急にニヤニヤし始めたりする喜多郁代の姿が確認された。


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あと少し、あと少し……。

感想、ありがとうございます。
実際にいただけると予想外に嬉しいものですね。

今度から作者も、感想を書くようにしようかしら。



 

 突然の出来事に、私の頭は真っ白になった。

 その光景から目が離せない。口も半開きのまま、その原因となった彼女を見つめる。

 

 

 

 

 ――今、ひとりちゃんがお茶を飲もうとしている。

 

 私のペットボトルから。ついさっき口を付けたばかりのペットボトルから、お茶を飲もうとしている。

 

 彼女はお水を買っていた。お茶とお水のラベルは異なる絵柄であり、中身も緑色と無色透明。簡単に見分けがつく筈だろう。

 それなのに彼女は、私のお茶を飲もうとしている。

 

 気が付いていない……?

 それともわざと?

 

 いや、人見知りのひとりちゃんが人の飲み物をわざと飲むとは考えづらい。

 

 それならやっぱり気付いていないのかしら……?

 分からない、どうしてなのか分からない。

 

 

 けれど一つだけ、確かに分かっていることがある。

 

 あと一秒もすれば彼女が、ひとりちゃんが私のお茶を飲むということだ。

 ひとりちゃんの――同性の私から見てもプルプルだと感じる――柔らかそうな唇で。

 

 ゴクリと息を呑み込む。

 あまりの緊張に、少しだけ手が汗ばんでいる気がする。

 

 ――ペットボトルを握る手が持ち上がる。

 

 彼女は未だ気が付かない。

 私はその光景から目が離せない。

 

 ――首を僅かに傾ける。

 

 無意識に呼吸が止まった。

 心臓が激しく脈打つのを感じる。

 

 

 あと少し、あと少し……。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんの唇が触れ――

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「そろそろライブもしたいねぇ〜」

 

 バイト後、伊地知先輩が机に突っ伏しながら言う。

 確かにあの文化祭の日以降、ライブには参加していない。

 

「そういえば、新曲の方はどんな感じ?」

 

 あ、ひとりちゃんが震え始めた。

 

「こればっかりは曲のインスピレーションが湧かないとどうしようもない。今はお腹が空いて力が出ない。だからご飯――」

 

「はいはい分かった分かった」

 

 伊地知先輩とリョウ先輩の気の抜けた会話を聞きながら、私はひとりちゃんの様子を窺う。

 彼女はゴミ箱に隠れようとしているが、お尻が収まっていないため全く意味がないように思える。

 

「ぼっちちゃんは――」

 

 振り向いて、その様子を確認した伊地知先輩の目からはハイライトが消え、

 

「――ダメそうだね」

 

「すすすすいませんッ!」

 

「あはは!全然怒ってなんかないよー。いつも良い歌詞書いてくれてありがとね!ぼっちちゃん!」

 

「ヴッ!ヴゥゥ……」

 

 グシュグシュと涙を流し、顔のパーツが崩壊し始めたひとりちゃんに私は慌てて駆け寄り――

 

 大丈夫、大丈夫!

 ひとりちゃんはいつも頑張ってて偉い!

 ギターもとっても上手で素敵!

 私にも優しく教えてくれるしひとりちゃんは最高よ!

 それにひとりちゃんは可愛い!良い匂い!柔らか――

 

「チョチョチョチョチョッ!それぐらいで良いって!ぼっちちゃんの表情見てみ」

 

 

 そう言われて彼女の顔を見ると、

 

「ウェヘヘそんな私なんてフヘッた、大したことないですよアハッアハハ」

 

 相変わらずひとりちゃんは直ぐ顔に出るのね!

 でも元気になってくれて良かったわ。ひとりちゃんが嬉しそうにしていると、私まで嬉しくなるもの!

 

「いよーし!気を取り直して、今日も練習頑張るぞー、おーっ!」

 

 

 おーっ!

 

 

 

 

 

 

+++

 

 今日の練習はまず、曲合わせから行うことになった。

 ボーカルは入れずに数回程繰り返したのち、問題箇所を意見し合い、重点的にその部分を練習する。

 そして最後にもう一度曲を通し、自主練へと移行。自由解散という流れになった。

 

 スタジオを使っているのだから、少し自主練の時間が勿体無いと感じる気もするが、まだライブも決まってないし余裕を持って大丈夫だと伊地知先輩が言っていた。

 

 それもそうかと納得し、演奏するために私は意識を切り替える。

 

 それじゃあ早速。喜多郁代、気合入れていきます!

 

 

 

 

 

 

+++

 

 練習を始めると、やはり私の未熟さを感じる。少しづつ成長していることは分かるけれど、同時にまだまだ先輩達との差が埋まらないことも実感してしまう。

 

 チラリと横目で確認すると、落ち着いて演奏するひとりちゃんの姿が目に入った。ギター歴数ヶ月の私ですら、彼女の演奏が上手であると感じる。

 

 年季が違う、と言ってしまえばそれまでだが、そんな事を言い訳に手を抜くなんて有り得ない。

 

 数回演奏を繰り返した後、私はグッとギターのネックを握りしめ、唇を僅かに噛みしめた。

 

 自分自身の不甲斐なさに少しだけ嫌気が差し、心が冷えていく。

 私に、特別になれるような才能はないのだろう。

 

 もう少し、家でも自主練の時間を増やそう。

 寝る時間を削っても良いかもしれない。とにかく、もっと必死に練習して少しでも先輩達に追いつかないと。

 そうじゃなきゃ、ひとりちゃんを支えられるギターになんかなれない。結束バンドにふさわしいギターボーカルになれない。

 

 だからもっと、もっと練習して、それで――

 

 

 

 

「き、喜多さん!」

 

 

 

 

 ――ひとりちゃん?

 

 

 彼女は私に近づき、ギターを握りしめる私の掌をさらに上から包み込む。

 それからゆっくりと、強く握りしめた私の左手を解いていく。

 

 

「き、喜多さんはいつも頑張ってます!ギターだって、バッキングも上手になってますし、今日も前回より上手になってました!だ、だから、落ち込まなくていいです!わ、私なんかより喜多さんはよっぽど出来た人間で、いつだって優しくて、眩しくて、だから、その、私なんかが隣にいて良いのかって、勝手に私が凹んだりして……」

 

 

 彼女は必死に想いを伝えてくれる。

 

 

 

 

 

「だから――」

 

 

 

 

 滅多に目が合わない彼女と目線が交わる。

 

 

 

 

「き、喜多さんはちゃんと前に進んでいます!焦る必要なんてないんです、喜多さんじゃないと私は駄目なんです!」

 

 

 

 プルプルと体を震わしながら。顔を真っ赤にしながら。それでも目を見開いて真っ直ぐと私を見つめ、励ましてくれるその姿が――

 

 

 

 いつかの私達を救ってくれた、かっこいい彼女と重なって見えた。

 

 

 

 目頭が熱くなる。

 私はこんなにも想われていた。

 私じゃなきゃ駄目だと言ってくれた。

 

 

 

 あはっ。

 

 

 

 唇が震えて、上手く言葉が紡げない。

 だからその代わりに、優しく彼女を抱きしめた。

 

 この想いが――

 

 

 

 

 

 

 好き。

 

 

 

 

 

 

 ――ひとりちゃんに、伝わると良いな。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 自主練の時間になった。

 私はいつものように、ひとりちゃんからギターを教わっている。

 

 今日は解散でも良いよと、気を遣ってくれた先輩達が言ってくれたが何も問題はない。

 

 夢中になってギターをかき鳴らす。

 少しでも早くみんなに追いつき、そしてひとりちゃんを支えられるようになるために。

 

 今の私はやる気が漲っている。

 何だってできる。何にだってなれる。

 

 勇気を出してくれた、ひとりちゃんのおかげだ。

 このまま徹夜で、明日の朝まで練習したいぐらいにはやる気がMAXである。

 

 

 

 もう負ける気がしないわ……!

 

 

 

 そんな、謎の自信に満ち溢れた私の視界に――

 

 

 

 あら……?

 

 

 

 ――水分補給をするひとりちゃんの姿が映った

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ――今、ひとりちゃんがお茶を飲もうとしている。

 

 私のペットボトルから。ついさっき口を付けたばかりのペットボトルから、お茶を飲もうとしている。

 

 気が付いていない……?

 それともわざと?

 

 分からない、どうしてなのか分からない。

 

 

 けれど一つだけ、確かに分かっていることがある。

 

 あと一秒もすれば彼女が、ひとりちゃんが私のお茶を飲むということだ。

 ひとりちゃんの――同性の私から見てもプルプルだと感じる――柔らかそうな唇で。

 

 ゴクリと息を呑み込む。

 あまりの緊張に、少しだけ手が汗ばんでいる気がする。

 

 ――ペットボトルを握る手が持ち上がる。

 

 彼女は未だ気が付かない。

 私はその光景から目が離せない。

 

 ――首を僅かに傾ける。

 

 無意識に呼吸が止まった。

 心臓が激しく脈打つのを感じる。

 

 

 あと少し、あと少し……。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんの唇がふれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンッ!

 

「お疲れ様〜!もうお店閉めるって!」

 

 

 

 ――そうなところで伊地知先輩が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 伊地知先輩、ちょっとお時間いただけますか……?

 

「お、お姉ちゃんに会いたい…… 」

 

 ウルウルとしている先輩にニッコリと微笑みかける私は――

 

 

 

 

 耳まで真っ赤に染まったひとりちゃんに気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 練習が終わり、ひとりちゃんと二人で駅へと向かう。

 

 月明かりが照らす中、自然と私達は手を繋ぐ。

 

 先日から私達は、手を繋いで帰るようになった。

 興奮に体が少し火照り始めるが、少し肌寒くなる今の時間帯であれば丁度いいのかもしれない。

 

 

 ――私は今、幸せだ。

 

 

 ひとりちゃんもそう思ってくれてると嬉しいな。

 

 

 気になるけれど、確かめることはしない。

 これ以上ひとりちゃんで満たされると、私が破裂してしまうから。

 今日はもうお腹いっぱいだ。

 

 

 もう私は大丈夫。

 もしまた、自分の未熟さを意識してしまうことがあっても。自分に特別な才能がないと感じてしまうことがあっても。

 

 

 彼女が私を照らしてくれる。

 

 今も私達を見守る、夜空に浮かんだ月のように。

 

 

 

 そして私は――

 

 

 

 

 

 月の周りで共に輝く、星座になりたいと思った。

 

 

 

 




喜多「もう何も恐くないっ!」
 
ぼっちちゃん間接キス直前。

喜多「あわわわわ……!」



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私が許す。

個人的に、ぼ喜多は前回みたいな真面目系よりちょっとおバカ系の方が似合う気がする。



 

 ベッドには、気持ち良さそうにスヤスヤと眠るひとりちゃんの姿。時々寝言で、武道館がどうのこうのとニヤニヤしながら呟いている。

 

 そんな彼女を見て、モニョモニョとした感情が湧き上がってきた。

 

 

 ――私はこんなにも心配したのに……!

 

 

 もうっ! と勢いよく彼女のベッドに近づき、私もそこに乗り込む。

 心配させた罰だ。少し悪戯するぐらいなら許されるだろう。もちろん、私が許す。

 

 ギィ……と僅かに軋むベッドの音に体が一瞬だけ強張るが、ひとりちゃんに起きた様子はない。

 ホッと一息、彼女の顔を間近から見下ろす。

 

 相変わらずひとりちゃんは可愛らしい。

 整った顔。サラサラで綺麗なピンクの髪。そしてなにより、ふわふわで柔らかい彼女の体……。

 

 そう、私は知っている。

 彼女を抱きしめた時の柔らかさは、天上の心地であると。

 

 ふわふわのもちもち、むにっとした柔らかさ。

 クラスのみんなにも味わって欲しいくらいだ。いや、あげないけれども。

 

 何が言いたいのかというと――

 

 あの感触を一度味わってしまった私に、この状況で我慢しろというのは酷である、ということだ。

 

 うんうん、と自分を正当化していると、十七時のチャイムが鳴り始めた。

 最終下校時刻まであと一時間と少し。

 ひとりちゃんが起きるまでは私の時間だ。

 

 

 そろそろ、いいかしら……。

 

 彼女の頬に手を伸ばす。

 ゆっくりと慎重に、ひとりちゃんを起こさないように。

 

 そして指先が――

 

 

 

 

 ――むにゅーっ。

 

 

 

 

 

 

 キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「……憂鬱な月曜日がやってきた」

 

 朝、前を歩くひとりちゃんを見つけて駆け寄ろうとする私に、そんな呟きが聞こえてきた。

 

 動いていた足がゆっくりと止まり、私は悩む。

 早く彼女と会話したいという気持ちもあるが、彼女が独り言で何を言っているのかも気になる。

 

 少しの間、脳内で吟味した結果――

 

 

 集中しているみたいだし、話しかけるのは少し待とうかしら……。

 

 

 ――私の好奇心が勝った。

 喜多郁代のひとりちゃん観察教室、開幕である。

 

 彼女は、五メートルほど離れた私から見てもどんよりとした空気を纏い、ボソボソと何かを呟き始めた。

 

「サボりたい。いや、陰キャが一日でも休んだらその日以降クラスに居ないものとして扱われちゃうか。多分花瓶とか、置かれちゃうんだろうなぁ。いっそ誰か、学校を更地にしてくれないものか……」

 

 ひ、悲観的過ぎるわ……。

 

 そんなに学校が嫌なのかしら?

 楽しいことも嬉しいことも、沢山あると思うのだけれど。

 

「クラスの人とはまだ話せてないし、文化祭でイキった奴とか思われてるのかなぁ。学校とか、本当に行く意味あるのだろうか」

 

 ヘヘッと寂しく笑う彼女に涙が止まらない。

 

 ひとりちゃん、今行くわ!

 

 歩くペースを上げ、今すぐ彼女に話しかけて励まそうとする私の耳に――

 

 

 

 

「――喜多さんが居るから学校行ってるようなもんだしなぁ」

 

 

 

 

 

 あはっ。

 

 

 

 

 

 ――ひとりちゃんおはよっ!

 

「ウェッ! あ、おおおおはようございます喜多さん……!」

 

 口をパクパクさせながら、チラチラと此方を窺うひとりちゃんの様子にほっこりする。多分、今の独り言が聞かれてないか気になるのだろう。

 

 どうかしたの? と惚けたふりをする私に彼女は何でもないと返事をする。

 

 

 今日は朝から良いことがあった。

 

 やっぱり、学校には行くものだと思った。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 学校に着いたらいつものように荷物を置き、一年二組の教室に向かう。

 これから、お楽しみの時間だ。

 

 ガラリと扉を開け、ひとりちゃんの机に向かう。

 緊張しているのか、手を膝に置いて背筋をピンと伸ばす彼女の様子に、少しだけ可笑しくなった。

 最近は寝たふりをしないで、こうやって待っていてくれる。彼女もこの時間を楽しみにしてくれていたら嬉しい。

 

 ――今日もお話ししましょう?

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 むにっ。

 

 

 

「フゥゥオォォッ!」

 

 当然のように、彼女の膝の上に向かい合って座る。

 

 最近はこれが日課になっている。

 今日もこうやって、一日のパワーを充電するのだ。

 

 ひとりちゃんはいつまでも慣れない様子だが、そんなところも可愛いらしいと感じる。

 私だって恥ずかしいのだから、少しだけ我慢して欲しい。

 この恥ずかしさも、二人で居れば二等分だ。

 

 

 

 むにむに、ポヨヨ〜ン。

 

 

 

 思う存分味わう私に、ひとりちゃんはアワアワとするだけ。

 たまに彼女の顔が溶けそうになるけれど、その時は少しだけ体を離して休憩させる。そして復帰したところをまた味わう。

 

 決して抜け出すことのできない、魔の無限ループ……!

 

 恐ろしい……!

 これがひとりちゃんの魔力……!

 

 気付いたら始業のチャイムが鳴っていた。

 

 恥ずかしさからか、真っ白になってしまったひとりちゃん。

 そんな彼女の頭をひと撫でし、私は急いで教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 今日はお昼のギター練習がお休みであるため、ひとりちゃんをご飯に誘おうと一年二組の教室に来た。

 けれど、教室の後ろから覗いてみても彼女の姿が確認できない。

 

 クラスの子に問いかけると、授業が終わった途端に存在感が希薄になり、霞となって何処かへと消えてしまったそうだ。

 

 ――ふふっ。

 

 少し笑ってしまった。

 彼女はクラスでも、いつも通りの面白い彼女らしい。

 

 以前にもひとりちゃんを誘おうとしたことはあるが、そのときも私のお友達を怖がって何処かへ隠れてしまった。学校では未だに一緒にご飯を食べたことがないため、いつかは彼女とお昼を食べたいなと思う。

 

 それで、私自慢のひとりちゃんをお友達に紹介するんだ!

 

 

 

 そういえば――

 

 私がひとりちゃんについて尋ねたとき、何故だかみんな微笑ましい様な雰囲気で私のことを見ていたわね……。

 

 私は首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 あと少しで最後の授業が終わる。

 今は問題を解く時間なので、既に終えてしまった私には関係ない、実質自由時間だ。

 

 私は脳内でこれからの予定を確認する。

 今日はSTARRYでバイトがあるため、クラスのお友達とゆっくりする時間はあまり無い。それに今日は私が教室の掃除当番だ。サクサクと終わらせて、ひとりちゃんと下北沢に向かうこととしよう。

 

 

 ――あ、でも、帰り道にクレープ屋さんが来てたわね。

 

 定期的にやってくるクレープの移動販売。

 

 ひとりちゃんと仲良くクレープ。

 

 したい。

 とてつもなく、したい。

 

 むむむと渋い顔で悩んでいると、授業の終わりを告げるチャイムが耳を揺らした。

 

 途端に弛緩した空気が教室に流れ始める。

 私は思考を早々に打ち切って、一先ず掃除を終わらせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ふうっと息を吐き、掃除用具を片付ける。

 予定より少し押してしまったが、掃除は問題なく終わった。このクラスは掃除にも協力的だからありがたく感じる。

 

 仲の良い友人達にまた明日と声を掛け、私は荷物を背負い込んだ。

 

 

 さぁ今日も頑張るぞ!

 

 バイトのことを思い浮かべ、私は気合を――

 

「喜多ちゃん!」

 

 

 ……?

 

 

「後藤さんが――」

 

 

 ……ひとりちゃん?

 

 

「――後藤さんが保健室に!」

 

 

 

 

 

 

 

+++

 

 ――走る。

 

 先生が注意しようとするが関係ない。

 

 全力で保健室へと向かう中考える。

 

 なんで……どうして……?

 

 朝に会った時はいつものひとりちゃんだと思った。体調も悪そうには見えなかった。それなのにひとりちゃんは倒れ、保健室に運ばれた。

 

 

 どうして私は気が付かなかったの……!

 

 

 無数の後悔が頭を駆け巡る。

 

 

 必死に走っていると、ようやく保健室が見えてきた。

 その勢いのまま、あまり音を立てないように扉を開ける。

 

 そんな私の視界に――

 

 

 

 

 気持ち良さそうに眠るひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

 

 ……あら?

 

 

 

 

 戸惑う私に、追い付いてきたひとりちゃんのクラスメイトが語りかける。

 

「文化祭ライブの話をしていたら、後藤さんのダイブの話になってね?そしたら急に何度も頭を机に打ちつけ始めて、私達が止める間も無く気を失っちゃったんだよ〜」

 

 あははと笑いながら話す彼女にがっくしと肩を落としながら、私は大きく息を吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 急で申し訳ありません。

 今日のバイトは、ひとりちゃんの看病のためにお休みます。

 

 伊地知先輩に連絡するとすぐにオッケーの返事と、お大事にという言葉が返って来た。

 

 これで一安心、と一息入れて椅子に座る。

 

 全く、人騒がせなんだから……。

 ひとりちゃんの奇行には困ったものだ。

 今度からは私がそばに居てあげないと。

 

 他にも言いたいことはある。

 あるけれどそれよりも――

 

 

 ――ひとりちゃんが無事で良かったわ……。

 

 

 微笑みながら彼女を見ている私の耳に――

 

「ウェヘヘヘ。武道館、とっぷすたぁ」

 

 ……。

 

 モニョモニョとした感情が湧き上がった。

 

 

 ――私はこんなにも心配したのに……!

 

 

 もうっ! と勢いよくベッドに近づき、私も乗り込む。

 

 整った顔。サラサラで綺麗なピンクの髪。そしてなにより、ふわふわで柔らかい彼女の体……。

 

 最終下校時刻まであと一時間と少し。

 ひとりちゃんが起きるまでは私の時間だ。

 

 

 そろそろ、いいかしら……。

 

 

 彼女の頬に手を伸ばす。

 ゆっくりと慎重に、ひとりちゃんを起こさないように。

 

 そして指先が――

 

 

 

 

 ――むにゅーっ。

 

 

 

 

 

 

 キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 なになになに……!?

 ひとりちゃんは頬っぺたも柔らかいのね!

 凄い……!

 凄いわひとりちゃん……!

 

 

 あまりの興奮に体が勝手に動き出す。

 彼女の頬を夢中で触っていると、無意識の内に私は馬乗りになっていた。

 

 ポーッと頭がふわふわし始め、呼吸も段々と荒くなる。

 自然と視線が、彼女の唇に向かう。

 

 ……今ならいける。

 

 私は身を乗り出して、それで――

 

 

 

 

 

 

 

 下校時刻十分前のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 ……またこのパターンか。

 

 自分のタイミングの悪さに少しだけ凹むけれど、体の興奮は少しも収まらない。

 

 悶々とし続けた私に、我慢なんて出来なかった。

 

 だから私は、

 

 

 

 

 自分の唇を親指で拭い――

 

 

 

 ゴクリッ……。

 

 

 

 ――ひとりちゃんの唇をなぞった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 これでも随分と勇気を出したのだ。ヘタレとか思わないで欲しい。

 ぶつぶつと謎の言い訳をしながら、ひとりちゃんを起こす。

 

「あ、おおおおはようございます」

 

 ムクリと起き上がる彼女にほっこりしていると、妙に顔を赤らめた彼女にチラチラとされる。

 

 どうかしたの? と尋ねてみても、彼女は答えてくれない。

 

 ……なにかしら?

 もう少し問い詰めてみたい気もするが、下校時刻も迫っている。

 

 ひとりちゃんの手を引き慌てて校門へと走り始めた私の頭には、先程までの疑問は欠けらも残っていなかった。

 

 




喜多「そろそろ狩るか…♠️」


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ピンク色のジャージ

これが書きたくて二次創作を始めたまである。



 

 ――今、私の手にはピンク色のジャージが握られている。

 

 違うんです私は悪く無いんです出来心だったんです本当です信じてください……!

 誰に聞かれた訳でもないのに、目をぐるぐるさせながら必死に弁明をする。

 

 これは偶然。そう、たまたまというやつだ。

 目の前にジャージが置いてあったら誰だって手に取ってしまう。何もおかしいところはない。それが、偶然にもひとりちゃんのジャージであっただけだ。

 

 つまり、私は悪くない……!

 聡明な頭が導き出した答えは、私の正当性を保証する素晴らしいものであった。

 

 それなら私の好きなようにしよう。だって私は悪くない、むしろ正しいのだから。

 

 ゴクリと息を呑み込み、目の前のジャージを掲げる。

 

 そして私は――

 

 

 スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 

 

 おおお……!

 こ、これがひとりちゃんがいつも着ているジャージの薫り……!

 

 ――防虫剤の匂いしかしなかった。

 

 少しだけ残念に思うが、凹むことはない。

 防虫剤の薫りに紛れる彼女自身の良い匂いを、私は毎日のように嗅いでいるのだ。この優越感が心の余裕を生む。

 

 そう、匂いはあまり重要じゃない。

 大好きな人の洋服をクンクンするという、あまりにも背徳的な行為に興奮するんだ。

 

 側からみたら異様な光景に見えるかもしれない。

 でも大丈夫。

 何も恥じることはない。だって私は正しいのだから。

 

 そんなやりたい放題の私に、何処からか悪魔の囁きが聞こえてきた。

 

 

 もう十分に味わっただろう、もう十分に楽しんだだろう。

 

 

 ――それで満足か?

 

 

 そうだ。

 まだ足りない。

 こんな所で終わりたくない……!

 進もう、まだ誰も見た事のないその先へ……!

 

 決意を新たに、さぁ行くぞ喜多郁代!

 

 

 ピンクのジャージをがばっと広げそして――

 

 

 ――袖を通した。

 

 

 ふわっ。

 こ、これは……!

 

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 凄い、凄いわ……!キターン!

 ひとりちゃんに包まれている感じがする!キタキターン!

 

 大好きな人の洋服を着ているという、あまりにも背徳的な行為に興奮が止まらないキタキタキタキターン!!

 

 

 ――拝啓、結束バンドの皆さん。

 

 私は今、ひとりちゃんと交わっています。

 

 

 ぶるぶると震えながら、私は謎の手紙を読み上げた。

 

 今の私ならどんな曲だって弾ける気がする。

 私は最強なんだ……!

 

 そうだ、自撮りをしよう。

 イソスタに上げるつもりは無い。

 お家でひっそりと楽しむために撮るのだ。邪な思いなんてどこにもない

 

 携帯を取り出してカメラを起動、インカメラモードにしてパシャパシャと写真を――

 

 

 

 

 

 

 「――き、喜多さん……?」

 

 

 

 

 

 

 ……終わったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「明日はバンドTシャツで働けって、どういうことお姉ちゃん?」

 

 今日のバイトが終わった後、店長が私達に明日の指示をしてきた。

 STARRYのバイトは服装自由の筈。伊地知先輩に続き、私も少しだけ疑問に思っていると、すぐに店長が答えてくれた。

 

「あぁ、明日のセトリは人気バンドばかりで客も随分と入ってくるだろうからな。そいつらに少しでも興味を持ってもらえるなら、お前ら的にも良いんじゃないか?うちは別に、制服が決まっている訳でもないしな」

 

 それと店では店長と呼べ、と最後に言い切って店長は買い出しに行ってしまった。

 どうやら、彼女なりに私達の知名度を上げるきっかけを考えてくれたようだ。遠回しな気遣いを見せてくれた店長に微笑ましく思いつつ、心の中で感謝した。

 

「で、お姉ちゃんはあんな風に言ってるけど、どうしよっか?」

 

 もちろん私は大丈夫です、と答えてひとりちゃんに話を振ると、彼女も震えながら問題無いと言う。

 

「良いと思う。いっそのこと物販も私達のグッズだけ置いとこう」

 

「良い訳あるかぁ!」

 

 相変わらず先輩方二人は仲が良い。

 これは私達も負けていられない。

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 

「は、はい!」

 

 勢いよく近づき、彼女の両手を握りしめた。

 ピェッ! と驚く彼女に告げる。

 

 ――明日は忙しくなるみたいだけど、頑張りましょうね!

 

 キターン! と話しかける私に、ひとりちゃんは真っ赤になりながらも力強く頷いてくれた。

 

 どうだ先輩方、私達はとっても仲が良いんですよ!

 なんて思いながら胸を張って振り向くと――

 

「最近の二人はほんとに仲が良いねぇ〜」

 

「お腹空いた」

 

 欠けらも気にした様子はなかった。

 そうですよねー……と肩を落とした私に、ひとりちゃんは優しく寄り添ってくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 翌日、いつものように授業を終え、ひとりちゃんの教室に向かう。

 後ろのドアから覗くと、溶けかけた表情の彼女が居た。

 

 えぇ! と驚き慌てて教室に入る。何とかしてバイトまでに顔を戻さないと……。

 

 隣席の子に聞くと、放課後に近づくにつれて少しずつ顔のパーツが動き出し、今のような溶けた表情になってしまったと言う。

 

 そ、そんなにバイトが憂鬱なのかしら……。

 でも大丈夫、ひとりちゃんは私が支えてあげるわ!

 

 体まで溶け始めた彼女を引き連れ、私達は最寄駅に向かった。

 

 

 

 

 

 下北沢駅を出て、いよいよSTARRYが近づいて来る。

 いつの間にかひとりちゃんの顔は戻っていたが、未だに彼女の雰囲気は暗い。

 

 ひとりちゃんはいつも頑張っているから大丈夫よ!

 それに何かあっても私が駆けつけるわ!

 

 精一杯励ますと、少しだけ表情が柔らかくなった。

 そんなひとりちゃんの姿に安心していると、彼女が急にキメ顔をして、ドラミングを始めた。

 

 え、えぇ!?

 どどどどうしちゃったのひとりちゃん!

 

 私がアタフタしていると、駅の方からリョウ先輩と伊地知先輩がやってきた。

 

「ぷぷっ。やっぱりぼっちは面白い」

 

「ぼっちちゃーん? 遊んでないでもう行くよー」

 

 普通に流すお二方に驚くが、彼女のこれは気にしないで大丈夫なものらしい。

 私もその流れに乗り、ひとりちゃんを引っ張ってついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 STARRYで早速バンドTに着替えた私達は、気合を入れてバイトに繰り出した。

 店長さんが言っていた通り、今日のバンドは人気グループばかりみたいだ。チケット販売が始まったばかりだが、既にお客さんが入り始めている。

 

 予想より多いお客さん達を必死に捌いていると、あっという間にライブの時間になった。

 

 

 ライブが始まったため、お客さんの流れも漸く落ち着いた。おかげでひとりちゃんと会話する余裕も生まれる。

 彼女の様子を窺うと、既に真っ白に燃え尽きていた。

 

 

 ふふっ、さっきは随分と忙しかったものね。

 ひとりちゃんも凄い頑張ってたわ。

 

 

 なんて思っていると、彼女の体がゆらゆらし始めた。

 どうしようか迷っていると――

 

 ふわっ。

 

 ――私の左肩に僅かな重み。

 

 驚いて横目で確認すると、ひとりちゃんが体を私に預けて立ったまま眠り始めた。

 

 器用なことをするなぁ、なんて感心しながらも、私は嬉しくなった。

 

 無意識の内に私を頼ってくれている。

 それだけ、ひとりちゃんが心を許してくれているということだ。

 

 左肩の幸せな重みを堪能しつつ、盛り上がっているステージの方を見る。

 お客さんの誰も彼もが、笑顔で楽しそうにしていた。

 

 ――いつか私達も、沢山のお客さんを笑顔に出来るバンドになろうね。

 

 ポツリと呟いたその言葉が、ひとりちゃんに聞こえたかは分からない。

 

 けれど、私の腕を掴むひとりちゃんの手に、少しだけ力がこもったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか起きていたひとりちゃんと共に、ドリンクの受付を続ける。

 そんな私達の下に、店長がやってきた。

 

「喜多ちゃん、仕事もまだ続くし先に休憩入っちゃってよ。今はお客さんも比較的落ち着いてるから」

 

 はい! と答える私に、ひとりちゃんは縋り付くような目で私を見るが、

 

「――ぼっちちゃんさっき眠ってたの知ってるよ」

 

 店長の一言にピシャリと固まり、ガクガク震えながら謝り始めた。

 

「そんな訳で、ぼっちちゃんは私が見といてやるから。その間に休憩行ってきな」

 

 はーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 スタッフルームに入り、私は一息入れる。

 自分で思っていたよりも疲れていたみたいだ。

 

 いただいた休憩時間は三十分。一先ずお茶でも飲んでゆっくりするとしよう。

 

 そのとき、目の前に何かが畳んであることに気が付く。

 私は無意識の内にそれを手に取っていた。

 

 

 

 

 ――今、私の手にはピンク色のジャージが握られている。

 

 これは偶然。そう、たまたまというやつだ。

 つまり、私は悪くない……!

 

 それなら私の好きなようにしよう。だって私は悪くない、むしろ正しいのだから。

 

 ゴクリと息を呑み込み、目の前のジャージを掲げる。

 

 そして私は――

 

 

 スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 

 

 おおお……!

 こ、これがひとりちゃんがいつも着ているジャージの薫り……!

 

 大好きな人の洋服をクンクンするという、あまりにも背徳的な行為に興奮する。

 

 やりたい放題の私に、何処からか悪魔の囁きが聞こえてきた。

 

 

 ――それで満足か?

 

 

 そうだ。

 まだ足りない。

 こんな所で終わりたくない……!

 進もう、まだ誰も見た事のないその先へ……!

 

 ピンクのジャージをがばっと広げそして――

 

 

 ――袖を通した。

 

 

 ふわっ。

 こ、これは……!

 

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 凄い、凄いわ……!キターン!

 ひとりちゃんに包まれている感じがする!キタキターン!

 

 大好きな人の洋服を着ているという、あまりにも背徳的な行為に興奮が止まらないキタキタキタキターン!!

 

 

 ――拝啓、結束バンドの皆さん。

 

 私は今、ひとりちゃんと交わっています。

 

 

 ぶるぶると震えながら、私は謎の手紙を読み上げた。

 

 そうだ、自撮りをしよう。

 イソスタに上げるつもりは無い。

 お家でひっそりと楽しむために撮るのだ。邪な思いなんてどこにもない

 

 携帯を取り出してカメラを起動、インカメラモードにしてパシャパシャと写真を――

 

 

 

 

 

 

 「――き、喜多さん……?」

 

 

 

 

 

 

 時間が止まった。

 

 

 どうする、どうすればこの状況を切り抜けられる?

 

 

 深く深く、どこまでも深く思考する。

 けれど、どれだけ考えても答えが見つからない。

 

 ――ど、どうしてひとりちゃんがここに……?

 

「あ、その、店長さんが代わってくれるって。喜多さんもいるからって。それで代わってくれました」

 

 ――そ、そっかぁ。

 

 店長の気遣いに涙が出そうになる。悪い意味で。

 

 駄目だ。

 どれだけ考えても、この状況を誤魔化す方法が思い付かない。

 

 私は(おもむろ)に、以前ライブを勝手に申請したときに使った『私は罪人です』パネルを取り出した。

 

 神様お願いします……!

 どうかひとりちゃんに嫌われませんように……。

 

 目を閉じて罪人パネルを被ろうとしている私を見て、ひとりちゃんが急に歩き出した。

 どうやら何かを探しているらしい。

 

 恐らく、私を殴り飛ばすバットでも探しているのだろう。

 今までの思い出が脳内を駆け巡る。

 

 良い人生であった……。

 

 お父さん。お母さん。

 今までありがとうござい――

 

 

「――き、喜多さん!」

 

 

 ……?

 

 

 目を開くと、私の目の前にひとりちゃんの姿。

 顔を赤らめた彼女はなんと――

 

 

 

 

 

 

「こ、これでお揃い……ですね」

 

 

 

 

 

 

 私の制服のブレザーを着ていた。

 

 

 

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 

 

 

 

 この記憶を最後に、私は意識を失った。

 

 

 




ぼっち「喜多さんのブレザー、良い匂い……」


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百合の花

喜多ちゃんのギターストラップが花柄だと、初めて気付きました。
周回しているとOPを飛ばす癖が……。

※2023/1/28追記
意図しないものを匂わせてしまった部分がありましたので修正しました。
ご指摘ありがとうございました!



 

 今日は結束バンドで練習をしている。

 今はオリジナル曲を通しで演奏しているところだ。

 

 今日の私は調子がいい。

 いつもより手首が柔らかく動くし、演奏にも着いていけている。

 

 それに何より――

 

 

 チラリとひとりちゃんの右手を見る。

 相変わらず上手でキレのある演奏をしている彼女の右手には――

 

 

 ――私とお揃いのギターピックが握られていた。

 

 

 その事実を確認して、体の奥が熱くなる。この衝動をギターにぶつけて私は必死にかき鳴らした。

 先輩方が一瞬驚いた表情でこちらを見たが、私はにこりと笑顔で応える。

 

 今日の私は絶好調だ。

 

 

 

 

 一曲弾き終えてひとりちゃんの様子を窺うと、彼女は右手を眼前に持ち上げていた。

 

 それから手の中にあるものを確認し、一度私の方へと振り向く。

 彼女の視線は私の右手に向かっている。

 

 そしてもう一度自分の右手を確認して、それから――

 

 

 

 

 

 

 

 嬉しそうにニヘラと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 か、可愛い〜〜〜キターン!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

  ……ひとりちゃんは何をしているのかしら?

 

 放課後、私は扉の隙間からひとりちゃんの様子を窺っていた。

 

 

 

 

 

 今日はアルバイトもバンド練習もない日である。

 けれども、特に何か予定が入っている訳ではなかったため、ひとりちゃんにお願いをしてギターの練習をすることにした。

 

 いつものように授業を終え、私は練習部屋へと向かう。

 

 今日はどんな練習をしよう。

 彼女のギターに合わせて簡単な曲でも弾こうか。それとも、一度初心に戻ってピッキングやカッティングの反復練習をやってもいいかもしれない。

 

 あれこれと考えていると、いつの間にか部屋の前に着いていたようだ。

 早速とばかりに入ろうとする私は、扉が僅かに開いていることに気が付く。

 どうやら既に、ひとりちゃんは中にいるらしい。

 

 

 ――少しだけ、様子を見ようかしら?

 

 

 彼女に早く会いたい気持ちはあるが、一人でいるときに何をしているのかも気になる。

 

 悩んだ末に私は、好奇心に従うことにした。

 

 先日はそのおかげで、ひとりちゃんが私と会うために学校へ来ていることを知ったのだ。

 実績が既にある。今回も好奇心に従って良い結果を得るとしよう。

 

 抜き足差し足で扉に近づく。息を潜めて隙間から覗くとそこには――

 

 

「ウェーイ! バイブス上げてこ〜う! おねーさんテキーラ追加〜! フゥッフゥ〜」

 

 

 ふふっ。

 ひ、ひとりちゃんは何をしているのかしら。

 

 

 あまりの光景に笑いが込み上げる。危うく吹き出すところだった。

 相変わらず彼女は面白い。口を抑えて笑いを堪えていると、彼女の雰囲気が少し変わった。

 

 

「渋谷に行く人この指とーまれ! ここはイソスタ映えスポットが――」

 

 

 ふふふ。

 友達を遊びに誘う練習……かしら?

 その努力は凄いと思うが、学校でやる理由が分からない。

 

 

「スタバで一緒にフラペチーノでも飲も――」

 

 

 あっ。

 

 

 

 

 

 

+++

 

「ヴッ、ヴゥゥッ」

 

 

 目の前にはさめざめと泣くひとりちゃんの姿。

 慰めようとするが、不意に先程の光景を思い出して笑いが込み上げる。

 

 

「ワ…ァア…ァ……」

 

 泣いちゃった……。

 

 

 ――だ、大丈夫よ! ひとりちゃんは素敵な女の子だもの!

 

 

 私はなんとか言葉を絞り出すが、効果はいまひとつのようだ。

 

 

「聞いてください。陽キャになりきれなかった上に黒歴史を友人に見られてしまった憐れな女のエレジー……」

 

 

 曲名で全てを察する。

 どうやら彼女は、陽キャになる予行練習をしていたようだ。

 ジャカジャカと鳴り響くギターの音。無駄に上手なのがまた笑いを誘う。

 

 三十秒と少しの弾き語りを聴き終え、賞賛の拍手を送った。

 それでもひとりちゃんは涙を流し続ける。私に見られてしまったのが相当堪えているらしい。

 

 

 どうすれば元気になってくれるのかしら……。

 

 

 考えて、考えて、そして一つだけ思い付く。

 

 これなら恐らく彼女も喜んでくれるだろう。それに私にとっても、嬉しい提案になるかもしれない。

 さぁいくぞ喜多郁代!

 

 

 私はひとりちゃんに近づき、彼女の右手を取った。

 

 

 ビクッ! としているが気にせず続ける。

 ゆっくりと手を開いて、それから彼女の人差し指を掴む。

 

 

「あ、えと。こ、これは一体何を……?」

 

 

 彼女は意図が理解できないようで、ハテナマークを浮かべている。

 焦らす必要もないし、すぐに答え合わせをすることにした。

 

 

 

 ひとりちゃんが言ったんじゃない――

 

 

 

 彼女の目が見開かれる。

 

 

 

 ――この指止まれって。

 

 

 

 一瞬の静寂。

 それからすぐに彼女は再起動した。

 

 

「ウェェエエエッ! こ、これはその! そんな遊びに誘うとかそんなんじゃなくて――」

 

 

 ――次のお休みの日、二人で一緒に渋谷へ行きましょう?

 

 

 慌てる彼女にキターン!と畳みかける。ここが正念場だ、頑張れ私!

 少し強引な自覚はある。けれど、私だってひとりちゃんとお出かけデートがしたいのだ。

 

 

「こ、怖い……。人混みが怖い。私が陽キャ溢れる渋谷に……? だ、駄目だ絶対、ミジンコみたいな私が行ったらネットに晒されて、それで――」

 

 

 ――私と一緒に居ても怖いかな……?

 

 

「ヘァッ! そ、そのぉ。喜多さんと一緒なら……ぅぅぅぅ」

 

 

 目をグルグルさせるひとりちゃん。

 そんな彼女を至近距離から見つめる私。

 

 

「い、行きます……」

 

 

 やったー!

 

 

 

 やる気に満ち溢れた私は、夢中でギターをかき鳴らして練習を始めた。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 遂にこの日がやってきた。

 ひとりちゃんと約束をしたこの日が。

 

 

 今日まで長かった。ずっと楽しみにしていた。

 予定日が近づくにつれてソワソワし始め、親に少し心配されることもあった。

 学校では今日という日に思いを馳せ、ニヤついてしまうこともあった。

 

 それだけ待ち望んでいたのだ。みんなにも分かって欲しい。

 

 謎のキメ顔でそんなことを思っていた私は、昨日二時間悩んで決めた勝負服に身を包み、颯爽と家を出る。

 

 天気は快晴。私の心を表すような、澄み渡った青空だ。

 まるで私のこれからを祝福してくれているように感じ、気分が良くなる。

 

 そんな私は鼻歌を歌いながら駅へと入り、颯爽と電車に乗り込んだ。

 

 

 

 今日の待ち合わせは現地集合にしている。

 ひとりちゃんのお家が遠いのもあるけど、現地集合の方がデートっぽく感じるのだ。

 

 もちろん私はデートだと思っているが、ひとりちゃんがそう思ってくれているかは分からない。

 だから、形から入って意識させよう、という作戦である。

 

 あまりの知将っぷりに自分が恐ろしくなる。

 李白と呼んで欲しい。私が許しましょう。

 

 なんておかしなことを考えていると、渋谷駅のアナウンスが聞こえてきた。

 電車を降りる人の流れに乗り、そのまま改札を出る。

 

 今日の待ち合わせ場所は、かの有名なハチ公前だ。

 

 有名どころなら彼女も分かるだろうと考えてここにしたが、失敗だったかもしれない。

 

 今日は休日で、かなりの人が待ち合わせをしている。

 すぐに見つけることは難しいし、なにより人混みの苦手なひとりちゃんには少し大変だろう。

 

 私に出来ることは、いち早く彼女を見つけてあげることだ。

 

 まだ来ていないだろうが、一応周りを確認する。

 すると、銅像正面に不自然な空間があることに気が付いた。

 

 

 近寄って確認してみるとそこには――

 

 

 

 ハチ公像の足元で体が溶けて、スライムのようになって泡を吹いているひとりちゃんの姿があった。

 

 

 

 ――ちょっとひとりちゃん大丈夫!?

 

 

 彼女からの返事はない。私は急いで彼女を鞄に詰め込むと、慌ててその場から離れるのであった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 一度、ひとりちゃんを人間に戻す必要があるわね……。

 

 せっかくのデートだ。人間状態の彼女と楽しみたい。

 私は頭の中で、何処かゆっくり休めるところを検索する。

 

 

 

 丁度一件、私の知っているお店がヒットした。そこで彼女を人間に戻すとしよう。

 溶けかけた彼女の頭を撫で、私はお店へと向かった。

 

 

 

 

 そして到着。

 

「こ、ここは一体……」

 

 人混みを離れた影響か、喋れるようになったひとりちゃんが尋ねてくる。

 

 ――ここは、足湯カフェよ!

 

 そう、カップル御用達の足湯カフェである。

 一人では行きづらいお店で、今まで入ったことは無かった。

 

 でも今日は入れる。

 何故なら私達はカップル。今まさにデートをしているのだから!

 

 私は彼女を引っ張り、意気揚々と入店した。

 店員さんに二名だと告げ、案内に従う。

 

 それから席に着いた私達は、飲み物を注文し早速足湯に入った。

 都会の真ん中で足湯という不思議な体験をしているが、リラックスには最適だろう。

 

 これでひとりちゃんが復活してくれたら嬉しい。

 チラリと確認すると、彼女も気持ちよさそうにしていて、ぽやぽやしながら顔をテーブルに乗せていた。

 

 

 ――良かったぁ。

 

 

 微笑む私に、ひとりちゃんが笑い返してくれる。

 

 あぁ、本当に幸せだ。

 こんな日々がいつまでも続いて欲しい。

 

 そんな風に思う私だが、突然モニョモニョとした悪戯心が湧いてきた。

 

 えいっ。

「ヒェッ!」

 

 私の足が彼女の足に触れる。

 ひとりちゃんの足はもっちりとしていた。水分を吸って柔らかさが増しているのかもしれない。

 

 えっ、えっ? と戸惑う彼女に構わず、私は足で触り続ける。

 

 ――気持ちいいわね。

 

「は、はい……」

 

 私はこの悪戯を、お店を出るまで続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 それからの私達は、二人きりのお出かけを楽しんだ。

 

 クレープも食べたしウィンドウショッピングも少しだけした。疲れたら公園やカフェで休んでまた他のお店へと向かう。

 途中、ひとりちゃんがあまりの人混みに再び消滅しそうになったが、その度に抱きしめて形を保っていた。

 今日だけでかなり今時の女子高生を満喫している気がする。

 

 ショッピングでは渋谷108に入ったが、ひとりちゃんは随分と感動していた。

 理由を聞くと――

 

「つ、遂に陽キャの象徴である渋谷108デビュー……! そう、私こそがクイーン オブ ウェイ……」

 

 と言っていた。

 目を輝かせている彼女に私も嬉しくなる。

 ピンクのジャージで108デビュー。とてもロックな気がする。

 流石クイーン オブ ウェイ。

 

 けれど、お洋服屋さんでひとりちゃんが試着してくれなかったのが唯一の心残りだ。

 甘い系の、地雷っぽいお洋服専門のお店があって、そこの服を着て欲しかったのだが……。

 

 まぁ今日はいいだろう。

 次回来たときは一緒に着て写真を撮ろうと思った。

 

 そして最後に、ひとりちゃんに告げる。

 

 

 ――帰る前に、行きたいところがあるの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は今、楽器屋さんに居る。

 実は、お出かけを決めた日から買いたいと思っていたものがあるのだ。

 

 入店した瞬間にひとりちゃんが高速で頭を振り始める、なんてことも起こったが、可愛いのでヨシ! とスルーした。

 

 目的のコーナーに辿り着く。

 そこにはいろんな種類のピックが置いてあった。

 

「き、喜多さんは自分のピック有りますよね?」

 

 と聞いてくるひとりちゃん。当然の疑問だろう。

 実際、私は既にピックを持っているしそれが壊れてしまった訳でもない。

 

 それでも欲しい。

 

 だって今日は――

 

 

 

 

 

 

 今日はひとりちゃんと初めてデートした日なんだもの。

 

 思い出が欲しいの……。

 

 

 

 

 

 

 そう告げると、彼女の顔が少し赤くなった。

 

 それから暫く選んでいると、彼女も横に並んでピックを選び始めた。

 私が疑問に思っていると、

 

 

「わ、私も喜多さんと同じもの。ほ、欲しい……です」

 

 

 

 ――なら一緒に選びましょう!

 

 

 

 二人で時間を忘れて一緒に悩み、最終的にお揃いのピックを買ってその日のデートは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 今日は結束バンドで練習をしている。

 

 一曲弾き終えてひとりちゃんの様子を窺うと、彼女は右手を眼前に持ち上げていた。

 

 それから手の中にあるものを確認し、一度私の方へと振り向く。

 彼女の視線は私の右手に向かっている。

 

 そしてもう一度自分の右手を確認して、それから――

 

 

 

 

 

 

 

 嬉しそうにニヘラと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 か、可愛い〜〜〜キターン!

 

 

 

 あまりの感動に抱きつきそうになったが、ギターが危ないので我慢する。

 

 でも、急にそんな可愛い顔をするなんて。ひとりちゃんも悪い女だわ……!

 

 私がそんな彼女に恐れ慄いていると、先輩方が話しかけてきた。

 

「今日の喜多ちゃん凄いねぇ。気持ちが凄い乗ってる感じがするよー!」

 

「うん、迫力あった」

 

 ありがとうございます! と答えて私はひとりちゃんの方を見る。

 彼女は未だピックを見つめていた。

 

 その様子を見てキュンキュンし、顔が熱くなってくる。

 そんな私の姿に、疲れているのかと勘違いした伊地知先輩が休憩を提案してきた。

 

 分かりましたと答えて私達は楽器を置いた。

 

 お揃いのピックは棚に置き、私はひとりちゃんの手を引いてスタジオを出た。

 

 

 

 

 ――ピック、凄い嬉しそうね?

 

 

 からかい混じりに声を掛けると、ひとりちゃんは私を見つめて――

 

 

 

 

「だ、だって。喜多さんとの、特別……ですから!」

 

 

 

 

 か、可愛い〜〜〜!!!

 

 感動に身を任せ、彼女を抱きしめる。

 プルプルと震える彼女は相変わらず柔らかい。

 

 

 私はひとりちゃんのことを抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

+++

 

「あれ、ぼっちちゃんと喜多ちゃんのピックってこんなやつだっけ?」

 

「いや、ぼっちのはもっと渋い感じのだった」

 

 へぇ〜と私は口に出す。

 

 棚に並んで置かれている二つのピックには――

 

 

 

 百合の花が描かれていた。

 

 

 

 




足湯カフェには必ず二人以上でいきましょう。
周りにはカップルしかいません(一敗)


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結束バンド(ガチ)

ぼざろアルバムを無限にリピートする毎日。



 

 息を潜めてタイミングを見極める。

 私は獲物を狙う鷹だ。一瞬の隙も見逃さない。

 

 そんな私に、絶好のタイミングが訪れる。彼女がダラリと腕を下ろし始めたのだ。

 

 ……今しかない!

 この機を絶対に逃さない。

 イーグル喜多、イクヨッ!

 

 私は勢い良く彼女に近づき腕を組む。それから目的のブツを取り付けた。

 

 目にも止まらぬ早業……!

 昨日、家で練習したときよりも上手に出来たと思う。

 私は腕の様子を確認してから一つ息を吐いた。

 

「ピェッ! き、喜多さん……!」

 

 ――なぁにひとりちゃん?

 

「こ、これは一体……?」

 

 彼女は未だに、自分が置かれている状況を理解出来ないようだ。

 

 

 あはっ。

 作戦成功ね!

 

 

 考えてきた計画が上手くいったことに、私は満足する。

 我ながら素晴らしいアイディアだった。

 

 ――今日は暫く、この状態で過ごしましょう?

 

「エェッ! で、でもこれじゃあ、その、そう! 動きづらかったりしちゃ――」

 

 

 ――ひとりちゃんは嫌……かな?

 

 

「エェェェェッ! あ、あのあの! うぅぅ……」

 

 至近距離から、期待の眼差しで彼女を見つめる。

 

 

 

「……だ、大丈夫です!」

 

 

 

 やったわ!

 今日はずっと、楽しいが続くのね!

 

 

 にっこりと彼女に笑いかけると、ぎこちないながらも柔らかな笑顔を見せてくれた。

 

 彼女との距離はゼロ。誰にも私と彼女を引き離すことは出来ない。

 

 

 私達の手首は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結束バンドで固く結ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「それじゃあバンドミーティング、始めるよ〜!」

 

 結束バンドが結成してから定期的に行われるバンドミーティング。

 今日は丁度、それが行われる日だ。

 私達はいつものテーブルに集まって話を聞く。

 

「まず始めに嬉しいご報告! 私達、結束バンドのグッズが少しずつ売れ始めました! はいパチパチ〜」

 

 おぉー!

 本当に嬉しいご報告だわ!

 

 こうやってグッズを買ってくれるようなファンが増えていると聞いて、純粋に嬉しくなる。

 SNS担当大臣の私も頑張った甲斐があった。いや、美容品のことしか呟いていないけれども。

 

 なんて感心していると、ひとりちゃんが意を決した顔で伊地知先輩にあることを尋ねた。

 

「えっと、その。ど、どなたのグッズが人気とか……あります? 例えばそう! わ、私とか……!」

 

 す、凄いことを聞くわね……!

 

 中々に際どいところを質問する彼女は、頬を赤く染めながらにへらと笑っていた。

 

 ……やっぱりすぐ顔に出るわねひとりちゃん。

 

 あれは恐らく、自分のグッズが売れ過ぎて困っちゃうなぁ、みたいなことを考えている顔だ。

 自信満々でぽやぽやな彼女も、ちょっとおバカで可愛らしいと思う。

 

 そう思っていると、伊地知先輩がメモ帳を取り出した。

 察するに、あれには売り上げに関するメモが記されているのだろう。

 

「えっ? あぁ、ぼっちちゃんのグッズは――」

 

 

 伊地知先輩はメモ帳から顔を上げ、菩薩のような表情で語りかける。

 

 

「……人間、数だけが全てじゃないんだよぼっちちゃん。そう、大切なのは気持ち。私達の誰もが持っている、心なんだ……」

 

 

 あっ……。

 

 全てを察してしまう。

 

 無慈悲……!

 あまりにも無慈悲……!

 

「いいいいイキってすみません……」

 

 ひとりちゃんはギターが上手で可愛いのだから、グッズ売り上げもそれなりにあると予想していた。

 なのに売れていない。

 周りも見る目が無いなぁなんて思う。

 

「ピチュン」

 

 遂にひとりちゃんからは、自尊心の崩壊する音が聞こえてきた。

 彼女は後で私が慰めよう。それまで我慢していて欲しい。

 

 ――ちなみに、どんなグッズが売れているんですか?

 

 私は、先程から気になっていたことを伊地知先輩に尋ねる。

 すると彼女は、四色の結束バンドをそれぞれ取り出し、私達に渡してきた。

 

「やっぱりバンドTが多いね〜。あ、後はこの結束バンドもそこそこかな? 特にリョウの色はかなり売れてるよ!」

 

 おぉ、流石はリョウ先輩!

 思わず目で追ってしまう程の美貌と、ミステリアスな感じがお客さんに人気なのだろう。

 私も、ひとりちゃんとは別の方向で魅力的だと感じる。

 

 しかし――

 

 各々のカラーにサインを追加しただけのものが売れるなんて……。

 それだけ応援されている、ということなのだろうか。

 

 だとしたら俄然やる気が出る。

 最近の私は絶好調だ。この勢いのまま、どこまでも進んでいきたいと思う。

 

「ふっ。傍でベースを弾いているだけなのに注目を集めてしまうとは……。我ながら自分が恐ろしい」

 

「どっから湧いてくるんだいその自信! もう、本当に調子良いんだから。そういうの今は――」

 

「眠い……」

 

「ちょいちょいちょいッ!」

 

 突然始まった先輩達の仲の良いやり取りを見ながら、手持ち無沙汰な私は結束バンドを弄る。

 

 結んでは離して。結んでは離して。結んで――

 

 

 

 

 

 

 そのとき、私の頭に雷が落ちる。

 あまりの衝撃に、体が少しだけふらついた。

 

 これはもしかしたら……使えるかもしれないわ!

 

 何気ない瞬間に突然の閃き。

 まさに天啓……!

 

 やっぱり私には、ひとりちゃんと関わる才能があるんだわ!

 

 改めて自分のことを理解した私は、早速作戦を練る。

 

 どこを狙おうか。

 タイミングはいつにしようか。

 

 それだけではない。

 成功のためには、何回か練習もしなければいけないだろう。

 

 決行は明日。

 放課後、アルバイトに向かう前にしようか。

 脳内で入念にシミュレーションを行う。

 

 その日のバイトは些か集中力を欠いていて、滅多にしないミスを連発してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 作戦決行の日がやってきた。

 

 昨日はバイト帰りに寄り道をして、目的のモノをちゃんと手に入れてきた。

 帰ってからもイメージトレーニングを行い、実際にぬいぐるみを使って練習もした。

 

 準備は万端だ。

 今の私に失敗はない。

 

 学校に登校してからも私は、いつものように過ごした。

 ひとりちゃんと会話をして、真面目に授業を受けて、友達と一緒にお昼を食べる。

 

 そうやって私は、放課後に向けて少しずつ集中力を高めていった。

 

 そして遂に最後の授業が終わる。

 私は静かに荷物を背負い込み、ゆっくりと一年二組の教室へと向かった。

 

 教室に入り、ひとりちゃんに声をかける。

 吃りながらもはいっ! と返事をした彼女は、荷物を持って私の隣に並んだ。

 

 

 

 

 

 

 息を潜めてタイミングを見極める。

 私は獲物を狙う鷹だ。一瞬の隙も見逃さない。

 

 そんな私に、絶好のタイミングが訪れる。彼女がダラリと腕を下ろし始めたのだ。

 

 ……今しかない!

 この機を絶対に逃さない。

 イーグル喜多、イクヨッ!

 

 私は勢い良く彼女に近づき腕を組む。

 それから、目的のブツを取り付けた。

 

「ピェッ! き、喜多さん……!」

 

 ――なぁにひとりちゃん?

 

「こ、これは一体……?」

 

 ――今日は暫く、この状態で過ごしましょう?

 

「エェッ! で、でもこれじゃあ、その、そう! 動きづらかったりしちゃ――」

 

 ――ひとりちゃんは嫌……かな?

 

「エェェェェッ! あ、あのあの! うぅぅ……」

 

 至近距離から、期待の眼差しで彼女を見つめる。

 

 

「……だ、大丈夫です!」

 

 

 やったわ!

 今日はずっと、楽しいが続くのね!

 

 

 にっこりと彼女に笑いかけると、ぎこちないながらも柔らかな笑顔を見せてくれた。

 

 

 私達の手首は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結束バンドで固く結ばれていた。

 

 

 

 

 廊下を行き交う生徒が驚きながらも道を譲ってくれる。

 私の友達が、遠くで驚いているのが分かった。

 彼ら、彼女らの視線は一様に私達の手首に向かっている。

 

 ちょっとやり過ぎだったかしら……?

 

 少しだけ不安に思ってしまい、組んだ腕に力がこもる。

 そんな私の不安を和らげるように、反対側からも力が伝わってきた。

 

 驚いて目線を隣に向けると、顔を真っ赤にしながらも私を見つめるひとりちゃんと目が合った。

 

 あっ……。

 

 一瞬だけ私の足が止まる。

 そんな私をリードするように、彼女は私を引き連れて歩き出した。

 

 

 ずるい、ずるいずるいずるい……!

 こんなところで、そんな急にかっこいいひとりちゃんを出すなんて!

 

 

 顔が凄く熱い。多分、私の顔は真っ赤だろう。

 恥ずかしさのあまり、俯いた顔を上げることが出来ない。

 

 

 右腕から直に伝わる彼女の温もり。

 チラリと横を向くと、目の前には彼女の可愛らしい顔。

 彼女はチラチラとこちらを窺いながら、時々にへらと笑う。

 

 

 そんな彼女に胸がぽかぽかする。

 

 

 あぁ……。

 このまま、時間が止まっちゃえばいいのになぁ。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 この状態のまま、私達は電車に乗ってSTARRYへとやってきた。

 それなりに注目されてしまったようだが、幸せを噛み締めていたためにほとんど気にならなかった。

 

 お店の扉を開け、私達は一緒に入る。まだ先輩達はいらっしゃらないようだ。

 そのままいつものテーブルへと向かい、席に座って一息ついた。

 

 彼女の様子を窺うと、真っ白に燃え尽きていた。それから首をこくりと揺らし始め、今にも眠ってしまいそうなご様子。

 あれだけ勇気を出して頑張ってくれたのだ。眠くなってしまうのも仕方ないだろう。

 

 このまま彼女が眠ってしまう前に、伝えたいことがある。

 私は、隣の彼女を見詰めながら話しかけた。

 

 

 ねぇひとりちゃん。

 

 

「ヒャイ……」

 

 

 さっきはありがとね――

 

 

 彼女の眠たげな目線が私の姿を捉える。

 

 

 ――とってもかっこよかったわ。

 

 

 彼女は嬉しそうにへにゃりと笑って、私の肩を枕に眠り始めた。

 

 

 

 

 それからアルバイトの時間になったが、店長さんに事情を説明して、彼女はスタッフルームで寝かせたままにしてもらうことになった。

 

 その代わりに、私が二人分働くようにと言われたが何も問題ない。今の私は、ひとりちゃんから貰ったパワーでやる気MAXである。

 

 

 今日も素敵な一日だった。

 彼女の頑張る姿を見て、彼女のかっこいい姿を見て――

 

 

 

 

 もっともっと彼女のことが好きになった。

 

 明日もいい日になるといいなぁ。

 そんな願いを胸に、私はバイトに繰り出したのだった。

 

 

 




 この日使用された結束バンドは、喜多郁代の部屋に大切に保管されている。


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お姉さんの気持ち


作者「くそ…じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」

ちょっとだけやらしい雰囲気になってしまいました(当社比)



 

 ――ひとりちゃん大丈夫!?

 

 彼女はあまりのショックに、体中を震わせて地べたを這いずり始めた。

 私は慌てて彼女の側にしゃがみ、必死に励ます。

 

 やはり彼女は、SNSに拒否反応を示してしまうのだろう。軽率に話題として上げてしまったことを悔やむ。

 

 遂に彼女は、以前アー写撮影をした日のような、機械音声を思わせる異音を放ち始めた。

 

 まずい。このままでは昼休みが終わってしまう。

 ようやく実現したひとりちゃんとのお昼ご飯なのだ。面白い彼女を見るのも良いが、今日くらいは二人で笑い合う時間にしたい。

 

 モゾッ。

 

 ……?

 今、一瞬だけモゾモゾとした感覚を覚えた。

 

 この感覚の正体が気になるけれど、今はひとりちゃんを復活させる方が優先だろう。

 どうやって慰めようか考えつつ、彼女の方を見つめる。

 すると突然異音が鳴り止み、うねうねとした彼女の動きが停止した。

 

 びっくりして様子を窺うと、彼女の輪郭やパーツがもとに戻っている。

 なんと驚くことに、ひとりちゃんは自力で復活したのだ! 彼女の成長に私も嬉しくなる。

 

 良かったぁなんて息を吐いた私は、すぐ目の前にあるひとりちゃんの頭を撫でる。頑張った彼女へのご褒美だと思って欲しい。

 

 ――自分で戻って来れるなんて、偉いのね……?

 

 そう告げると、彼女は頬を仄かに赤く染めながら返事をしてくれた。

 

「エッ、えっとその、何というか、ハイ」

 

 ……?

 私はその様子に違和感を覚える。

 彼女はすぐ表情に出る。だから、いつものひとりちゃんならもっとデレデレして、ニヘラと可愛らしくて笑う筈だ。

 

 けれど、いまの彼女は挙動不審で目線も忙しなく動いている。

 

 モゾモゾッ。

 

 まただ。また突然のモゾモゾとした感覚がした。

 

 この感覚、どこかで……?

 

 具体的には思い出せない。けれど、今までも何度か感じたことのあるこの感覚。

 

 例えば駅、ホームに繋がる階段を登っている時。

 例えば学校、体育の授業に参加している時や階段を登っている時。

 

 感じた瞬間の記憶は思い出せるけれど、その正体が分からない。

 

 モヤモヤしたままもう一度ひとりちゃんの顔を見ると、またもや違和感を覚えた。

 

 ……目が動いていない?

 

 そう、彼女の目線が動かないのだ。

 先程までは動揺し忙しなく動いていた目線が、今は私の方向で固定されている。

 それに何故か、彼女の顔が先程より真っ赤に染まっていた。

 

 分からない。私は一体、何に違和感を覚えているのだろうか。

 

 改めて彼女の目線を確認すると、あることに気が付いた。

 彼女の目線は私の方に、正確には私というよりもしゃがんだ私の足元を――

 

 

 

 

 ――まさか……?

 

 

 

 

 心臓がバクバクと動き始めた。

 

 落ち着け私、よく確認しなさい。

 ここで早とちりしたら、恥ずかしさのあまり破裂してしまうぞ。

 

 自分に言い聞かせる。

 そうだ、少しカマを掛けてみよう。そうすればこれが真実かどうか確認できる筈だ。

 

 私はひとりちゃんに、少しお手洗いに行ってくると告げる。

 返事を待たずに立ち上がり、彼女の頭から少しずれた所を、ゆっくりと通り抜けた。

 そのときの彼女は――

 

 

 

 

 

 

 食い入るようにスカートの中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 あはっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 今日もバンド練習を終えて、ひとりちゃんと一緒に駅へと向かう。時刻は既に午後九時を過ぎ、人通りも随分と少なくなっている。

 

 彼女と共に、静けさに包まれた夜道を歩く。繋がれた手からは彼女の熱が伝わって来た。

 

 私はこの時間が好きだ。

 まるで、この街には私達二人しか居ないのでは無いかと錯覚するから。

 

 意外かもしれないが、ひとりちゃんと二人きりの時間というものは思ったほど多くない。学校やSTARRYでも、友人や先輩達が必ず側に居る。

 複数人で和やかに過ごすことはもちろん楽しいと思う。けれど、彼女と二人きりの時間も私にとっては大切なんだ。

 

 そんな想いを噛み締めつつ、ゆっくりとしたペースで歩く私の視界に、下北沢駅が見えて来た。

 

 もう今日はここでお別れね……。

 

「あ、あの……?」

 

 無意識の内に、手に力が入っていたようだ。

 私達二人だけの時間が終わってしまう。この手を離したくない、なんて自分勝手なことを思ってしまった。

 だって仕方ないでしょう? STARRYでは先輩達が居るし、学校では二人きりの時間が――

 

 

 

 ……学校?

 

 

 

 そうだ、忘れていた。今まで一度も成功したことがなかったから、完全に選択肢から外れていた。

 私の大切な時間がまた増えるかもしれない。

 そう思うとウキウキが止まらなくなった。その気分のまま、私はひとりちゃんに尋ねる。

 

 ――明日のお昼ご飯、一緒に食べましょう?

 

「ピェッ! で、でも、喜多さんのお友達って、よよよ陽キャっぽい人達ですよね……? む、むむむむむむむむっ!」

 

 あはっ。可愛い。

 でも見ているだけじゃ解決しない。

 

 私は繋いでいた手を離し、左右に激しく揺れる彼女の頬を両手で挟んだ。

 それから覗き込むように近づいて告げる。

 

 ――二人きりで、食べたいの。

 

 ひとりちゃんの動きが止まった。彼女の顔は赤く染まり、目もぐるぐると回っている。

 

 一瞬だけ目が合う。

 

「ピャァァァァッ!」

 

 すると彼女は奇声を発し、スルリと私の手を抜けて改札の方へと走って行ってしまった。

 

 ……やってしまった。

 

 落ち込みつつ、私も改札を通り抜けて実家方面の電車に乗る。

 私一人で舞い上がってしまい、彼女に負担を掛けてしまったようだ。

 

 一つため息を吐き、後悔しながら窓の外を見つめていた私は、ポケットに仕舞っていた携帯が揺れていることに気が付く。

 確認してみると、ひとりちゃんからのロインが届いていた。

 

『明日のお昼、よろしくお願いします』

 

 やった、やったわ!

 

 私はお礼の返事をしてから携帯を閉じた。

 明日はきっと、楽しい一日になる。

 

 私は、明日への期待にワクワクが止まらないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 翌日、待ちに待ったお昼休みがやってきた。

 仲の良い友達には既に、今日のお昼は一緒に食べられないと伝えてある。彼女の妙にニヤニヤとした反応が些か気になるが、これからのお楽しみに比べると些細なことだろう。

 

 場所はいつかの、私達が仲良くなった階段下の謎スペース。

 早速私はお弁当を持ってその場所へと向かった。

 

 到着するとそこには、正座をしたひとりちゃんが既に座っていた。

 

 どうやら少し待たせてしまったようだ。

 ひとりちゃん早いのね! なんて声を掛けながら隣に座ると、彼女はモニョっとした笑顔で応えてくれた。

 

「じ、実はお友達とお昼とか、た、食べたことなくてですね……。つつつ遂に私も、リア充しちゃうのかぁ〜と思うと、居ても立っても居られなくて」

 

 フヘッ! フヘヘヘヘ と顔をプルプルさせたひとりちゃん。

 

 楽しみにしてくれて良かったわ……!

 

 そんな彼女を微笑ましく思いながら、それじゃあ食べましょうとお弁当を広げる。彼女のお弁当は相変わらず美味しそうだ。あの優しそうなお母様が作ってくれているのだろう。

 また機会があればお邪魔したいなと思う。そしてご両親にご挨拶するんだ!

 付き合ってもいないのに謎の決意表明をした私に、ひとりちゃんが涙声で話しかけてきた。

 

「き、今日は誘ってくれて、あり、ありがとうございました。こ、この日の思い出を胸に、高校中退まで頑張ります……」

 

 まだ食べ始めてもないわよ……!?

 

 でもそっか。

 ひとりちゃんはそんなに喜んでくれたんだ。

 

 嬉しそうな彼女の様子にほっこりしつつ、お昼ご飯を食べ進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうだわ! 一緒に写真を撮りましょう……!

 

「ウェッ!」

 

 お弁当を食べ終えてから私は提案する。こんなにも彼女は喜んでくれたんだ。せっかくならお昼ご飯記念日として思い出に残したい。

 私は彼女に体を寄せて、一緒に写真を撮った。

 

 あはっ。

 ひとりちゃんの顔が少し引き攣っている。

 でも彼女らしい、とっても素敵な写真だ。

 

 私はひとりちゃんに尋ねる。

 

 ――この写真、イソスタに載せても良いかしら?

 

「ウェッ! イ、イソスタッ!?」

 

 絶対イイネが沢山来るわ!

 あ、なんならひとりちゃんも始めましょう?

 私が教えるから一緒に――

 

「――%#$¥6%8÷<〒々°%〆!」

 

 

 

 

 ――ひとりちゃん大丈夫!?

 

 やはり彼女は、SNSに拒否反応を示してしまうのだろう。軽率に話題として上げてしまったことを悔やむ。

 

 モゾッ。

 

 ……?

 今、一瞬だけモゾモゾとした感覚を覚えた。

 

 どうやって慰めようか考えつつ、彼女の方を見つめる。すると突然異音が鳴り止み、うねうねとした彼女の動きが停止した。

 なんと驚くことに、ひとりちゃんは自力で復活したのだ! 彼女の成長に私も嬉しくなる。

 

 良かったぁなんて息を吐いた私は、すぐ目の前にあるひとりちゃんの頭を撫でる。

 

 ――自分で戻って来れるなんて、偉いのね……?

 

 そう告げると、彼女は頬を仄かに赤く染めながら返事をしてくれた。

 

「エッ、えっとその、何というか、ハイ」

 

 ……?

 私はその様子に違和感を覚えた。

 彼女は今も挙動不審で、目線も忙しなく動いている。

 

 モゾモゾッ。

 

 まただ。

 

 この感覚、どこかで……?

 

 モヤモヤしたままもう一度ひとりちゃんの顔を見ると、またもや違和感を覚えた。

 先程までは動揺し忙しなく動いていた目線が、今は私の方向で固定されている。

 

 分からない。私は一体、何に違和感を覚えているのだろうか。

 

 改めて彼女の目線を確認すると、あることに気が付いた。

 彼女の目線は私の方に、正確には私というよりもしゃがんだ私の足元を――

 

 

 

 

 ――まさか……?

 

 

 

 

 私はこの仮説が真実かどうか、確かめるためにカマを掛けることにした。

 

 ひとりちゃんに、少しお手洗いに行ってくると告げる。

 返事を待たずに立ちあがり、彼女の頭から少しずれた所を、ゆっくりと通り抜けた。

 そのときの彼女は――

 

 

 

 

 

 

 食い入るようにスカートの中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 あはっ!

 

 体が火照り始める。

 もちろん恥ずかしさはある。けれどそれ以上に嬉しくなった。

 スカートの中を覗きたくなるほどに、私のことを意識してくれている。恋する女の子にとって、意中の相手に意識されること程嬉しいことはない。

 

 今日の下着は白色で、それなりに可愛いものを履いている。恥ずかしさはあれど、ひとりちゃんに見られても問題ないと言えるだろう。

 

 ――なら、少しだけサービスしちゃおうかしら?

 

 気分はまさに、思春期男子を揶揄う近所の女子大生!

 日頃から頑張るひとりちゃんにご褒美を与えるのも私の役目だ!

 

 新たな決意を胸に、私は階段下のスペースへと戻って来た。

 何故か未だに、ひとりちゃんは床に寝そべっている。

 

 今の私ならその理由が分かる。

 私が通り抜けるのを待っているのだろう。

 

 ならいいでしょう。お待たせしましたと言わんばかりに、私は彼女の頭上をゆっくりと通り抜ける。

 彼女は顔を真っ赤に染めながらも、目だけは大きく見開いていた。

 

 ゾクゾクッ。

 

 少しだけ興奮してしまった。

 

 続いて私は大丈夫? と心配するフリをして、彼女の頭の横にしゃがみ込んだ。

 ひとりちゃんからは アッ という呟きが漏れた。

 

 ――どうしたの?

 

「い、いえ! な、何でもないです」

 

 言葉は吃っているけれど、目線はチラチラとこちらを見ている。

 彼女的にはバレていないと思っているみたいだが、残念ながらバレバレである。女の子はそういう視線に敏感なんだ。

 

 遂には目を閉じたフリをして、体ごとこちらに向けた。それから薄らと目を開ける彼女。その様子が私からは丸見えである。

 

 彼女の行動に、先程から胸がキュンキュンする。年下の男の子を揶揄うお姉さんの気持ちが理解出来た。

 

 これはハマる。

 あまりにも興奮する。

 

 身体中が熱くなり、自然と息が荒くなる。もう目の前のひとりちゃんのことしか考えられない。

 彼女の顔も真っ赤だ。私で興奮してくれているのだろう。

 

 そのとき、トロンとした表情の彼女と目が合った。

 

 ――ねぇひとりちゃん

 

「ピャッ! ハ、ハイッ!」

 

 彼女は勢いよく起き上がり、正座になった。恐らく、私に怒られるとでも思っているのだろう。

 

 でも、そんなことはしない。

 私は立ち上がって、正座をしている彼女に近づく。

 それから彼女の眼前で停止し、スカートの裾を両手で掴んだ。

 

 

 今思えば、このときの私は興奮で頭がおかしくなっていたのだろう。

 腰の高さにあるひとりちゃんの顔の前で――

 

 

 

 

 

 ――い、いいよ……?

 

 

 

 

 

 スカートをめくるなんて……!

 

 ひとりちゃんがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 彼女と私の腰の間には拳一つ分しか距離がない。そんな状態なのに、私は少しずつスカートを持ち上げて行く。

 

 もう私は止められない。この興奮のまま途中で止めることなんて出来る訳ない。

 このまま最後までいくしかないんだわ!

 

 

 そして遂に――

 

 

 

 

 あっ……

 

 

 

 

 ひとりちゃんから吐息が漏れた。その僅かな風が、私の内腿(うちもも)を擽る。

 

 は、恥ずかしい。これはあまりにも恥ずかしい……!

 

 ――も、もういいかしら?

 

 ひとりちゃんからの返事はない。

 それどころか、先程よりも吐息が近づいている気がする。

 

 え、嘘? こ、このままじゃ。

 ひとりちゃんの顔がくっ付いてしまう……!

 

 

 そして、遂に……。

 ドキドキが止まらない私の内腿に、プルプルで柔らかい感触が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― キーンコーンカーンコーン

 

 

 私達は一瞬で離れた。

 お互い顔は真っ赤。息も荒く、トロンとした表情をしている。

 

「……き」

 

……き?

 

「今日はありがとうございましたー!!」

 

 ひとりちゃんは物凄い速さで走り去っていった。

 

 ……恥ずかしかった。

 

 我ながらとんでもないことをやってしまった。暫くは彼女の顔を直視できないかもしれない。さっきまでの私はどうかしていた。

 

 先程から心臓の音が鳴り止まない。呼吸も全然落ち着いてくれない。それに少しだけ体がふらつく気がする。

 

 私はもうダメかもしれない。

 今日はもう全部休もう。

 

 この日私は、先輩に練習を休むと連絡してから早退した。

 

 

 

 




ぼっち「え? 喜多さんが練習お休み……? ままままさか昼間の私が原因で……!?」涙ジョバー


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下、左、上、左上

これは純愛(確信)



 

「す、すいません。ちょっとお母さんに連絡して来ます」

 

 ひとりちゃんはそう告げて、少し離れた場所に移動した。特にすることも無い私は、ぼんやりとその様子を見つめる。

 彼女はポケットから携帯を取り出し、ロックを解除――

 

 

 

 ちょっと待って。

 今のロック解除、凄い見覚えのある指の動きをしていた気がする。

 

 下、左、上、左上。

 

 自分の携帯でロック画面を開き、ひとりちゃんの指の動きを確かめると、私は確信を得た。

 

 やっぱり、ひとりちゃんの携帯パスワードは『0421』だわ!

 

 

 『0421』

 それは私、喜多郁代の誕生日である。

 

 

 パスワードを私の誕生日にするなんて。

 これ以上私の好感度を上げて、一体どうするつもりなのひとりちゃん……!

 

 彼女の健気なアピールに胸がキュンキュンとする。この興奮のまま彼女を抱きしめたいが、なんとか我慢した。もう練習が終わったとはいえ、未だに機材やコードが散乱している。あまりハメを外してはしゃぎ回る訳にはいかないだろう。

 ゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせようとする私に――

 

 

 そうだわ!

 私もパスワードを変更して、ひとりちゃんから見える位置でロック解除してアピールするわよ!

 

 

 ――ちょっとした悪戯心が芽生えた。

 早速、本体設定から4桁のパスワード『0221』を登録する。

 

 ひとりちゃんがどんな反応をするのか、今から楽しみだ。

 ちょっとだけ悪い顔をしている私を、伊地知先輩がジト目で見ているのが分かった。先輩には私が何か良からぬことを企んでいるとバレてしまったのかもしれない。彼女は意外と鋭いところがあるのだ。あ、リョウ先輩は無表情だった。

 

 誤魔化す様に先輩達へと微笑んでいると、遂にひとりちゃんが帰ってきた。

 

 時は満ちた。

 今日も彼女の可愛らしい反応を見るとしよう。

 

 

 

 あ、あら? ロインが来ているわ。

 

 

 

 ……。

 

 自分で言うのも悲しいが、もう少し上手に出来ないのだろうか。演技は得意だと思っていたが、流石に今のは不自然だった。伊地知先輩の白々しい、とでも言いたげな視線に気付かないフリをする。

 

 けれどひとりちゃんは信じてくれたようだ。なぜなら彼女の顔に、ロインが来るくらいお友達がいるんだぁ、みたいなことが書いてあるから。

 彼女の純粋さにほっこりする。伊地知先輩にも見習ってほしい。

 

 それから、ひとりちゃんから見えるように携帯を取り出してロック画面に数字を打ち込む。

 

 0、2、2、1っと。

 

「――へぁっ!?」

 

 

 

 振り向くとそこには、顔を赤く染めた彼女が目をまん丸にして、私のことを凝視していた。

 

 

 あはっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 時刻は土曜日、朝の八時である。

 今日は午後から、夕方まで結束バンドの練習が入っている。お昼前には家を出ないといけないけれど、まだまだ集合時間には四時間程の余裕がある。何かしらで時間を潰さなければならないだろう。

 

 私は携帯を取り出し、指紋認証でロックを解除した。それから日課となっているイソスタを開く。特に何かを投稿する訳ではないが、自分の思い出を振り返ったり、友人の投稿を覗いたりする。それだけで案外時間は潰せるものだ。

 

 自分の投稿を振り返っていると、フォロワーの方々からのコメントに幾つか気になるものがあった。

 

『今日も喜多ちゃん可愛い!』

『なんかピンクの写ってね?』『クレープ美味しそう』

『ピンクのジャージかこれ』

『化粧品はどれ使ってます?』

『あの、匂わせやめてもらっていいですか?』

『恋人さんピンクジャージしか着ないのやばくね?』

 

 そう。時々写真に写り込む、ピンク色のジャージについて言及するコメントが一定数存在していた。

 

 ひとりちゃんはジャージ姿も可愛いんだから!

 

 届く訳もないが、画面の向こう側に精一杯抗議する。

 

 ほんとは私だって、ひとりちゃんとのツーショットを載せたい。けれど、彼女のSNSが苦手な感じを見ると、勝手に写真を載せる訳にはいかないだろう。

 結果として、匂わせのような投稿になってしまうのだ。

 

 いつかは彼女に許可を貰って、ジャージだけじゃない、彼女自身の可愛いところを見てもらいたいものだ。

 

 決意を新たに、私はイソスタサーフィンに没頭するのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 時刻は午後四時。少しだけお腹が空いてくる時間帯だ。

 

 午後一時過ぎには、ひとりちゃんや先輩達と合流して練習を始めたため、今は体も程よく暖まっていて、演奏にも集中できている。

 

 最近は本当に調子が良い気がする。やはり、毎日のようにひとりちゃんからぱぅわーを補給しているからだろうか。

 

 体の疲れは彼女のふわふわで柔らかい体に溶かされる。

 心の疲れは彼女の可愛らしさや素敵な心に癒される。

 

 もうずっと側にいて欲しい。心からそう思った。

 

 それに彼女は、私と目があったときににへらと笑いかけてくることがある。どこでそんな可愛い技を身に付けたのか、小一時間程問い詰めたくなるが我慢した。その技のおかげで、私の心が癒されているのだから。

 

 そんなことを考えていると、曲のラスサビが始まった。私は意識を歌とギターに戻すと、精一杯の力を込めて歌い上げる。

 

 私はその勢いのまま、曲の終わりまで全力で駆け抜けた。

 

 

 

 

「いや〜。今の曲合わせ、凄い良かったね〜! 予定が合えば次のライブも出来そうなくらいだよ〜!」

 

「凄い気持ちよく弾けた」

 

 おぉ。先輩達も凄い喜んでいる。頑張って練習してきた甲斐があった。

 

 私は一度、ふぅと息を吐き、タオルを取り出して汗を拭き始めた。やっぱり、集中して練習に取り組むとかなりの体力を持っていかれる。

 

「それじゃあ少し休憩して、最後に一回通したら自由解散にしよっか!」

 

 伊地知先輩から告げられた言葉に、私は少し考え込む。

 

 練習が終わって機材の片付けを行うと、午後五時ぐらいには終わるだろう。

 今日は午後から続けて練習していたため、自主練する体力が残っていない。たとえひとりちゃんぱぅわーを補給しても、半分ぐらいしかこの疲労は取れないだろう。となると、やっぱりこのまま解散して帰宅という流れになるのだろうか。

 

 けれど、せっかくお休みの日にひとりちゃんと会えたのだ。もう少しだけ一緒に過ごしたいとも思ってしまう。

 そんなことを考えていたとき――

 

 グゥ〜。

 

 謎の音が私の耳に入る。

 その音に反射的に振り向くと、リョウ先輩がお腹を押さえていた。

 

「……お腹すいた」

 

 

 それだわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 バンド練習が終わった。片付けはこれからだが、反省会は既に終わっている。そのため、今は自由に解散できる状況である。

 

 そんなとき、私はひとりちゃんに告げた。

 

 ――夜ご飯、一緒に行かない?

 

「わ、私ですか!? えと、い、行きます!」

 

 やったわ!

 嬉しそうな彼女を見ると、私も嬉しくなる。その勢いで一応先輩方にも尋ねたが、用事があるそうで断られてしまった。

 それでも目的であった、ひとりちゃんとの夜ご飯は約束できた。今日はもう少しだけ幸せが続くらしい。

 

 

 

「す、すいません。ちょっとお母さんに連絡して来ます」

 

 ひとりちゃんはそう告げて、少し離れた場所に移動した。特にすることも無い私は、ぼんやりとその様子を見つめる。

 彼女はポケットから携帯を取り出し、ロックを解除――

 

 

 

 ちょっと待って。

 今のロック解除、凄い見覚えのある指の動きをしていた気がする。

 

 下、左、上、左上。

 

 やっぱり、ひとりちゃんの携帯パスワードは『0421』だわ!

 

 

 『0421』

 それは私、喜多郁代の誕生日である。

 

 

 パスワードを私の誕生日にするなんて。これ以上私の好感度を上げて、一体どうするつもりなのひとりちゃん……!

 

 ゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせようとする私に――

 

 

 そうだわ!

 私もパスワードを変更して、ひとりちゃんから見える位置でロック解除してアピールするわよ!

 

 

 ――ちょっとした悪戯心が芽生えた。

 早速、本体設定から4桁のパスワード『0221』を登録する。

 

 ひとりちゃんがどんな反応をするのか楽しみにしていると、遂にひとりちゃんが帰ってきた。

 

 時は満ちた。

 今日も彼女の可愛らしい反応を見るとしよう。

 

 

 

 あ、あら? ロインが来ているわ。

 

 

 

 私は、ひとりちゃんから見えるように携帯を取り出してロック画面に数字を打ち込む。

 

 0、2、2、1っと。

 

「――へぁっ!?」

 

 

 

 振り向くとそこには、顔を赤く染めた彼女が目をまん丸にして、私のことを凝視していた。

 

 

 あはっ!

 

 

 彼女の可愛らしさに、ニヤついてしまいそうになったが必死で堪える。

 

 

 ――どうしたの?

 

 白々しくも気付かないふりをする私、喜多郁代。

 

「い、今のって。その、わ、私? え、嘘、えぇ?」

 

 物凄い勢いで彼女の目が動いている。もしや、この状況が理解できないくらい戸惑っているのだろうか?

 そんな様子の彼女も可愛らしい。絶賛ときめき中の私は、あぁと理解したように呟いてから、畳み掛けるように更に一言。

 

 ――携帯のパスワード、大切な人の誕生日にしているの。

 

「ピャァァァ」

 

 キターン! と放ったこの言葉は、ひとりちゃんの胸にヒットしたようだ。

 先程よりも顔を真っ赤に染めている。今、彼女の頭の中では、

 

 大切な人 = 誕生日 = 自分

 

 ということを理解したのだろう。えへえへと顔を蕩かしている。

 その様子に満足した私は、胸を張って伊地知先輩へと振り向いた。私はやり切りましたよと、何も悪いことはしていませんよと目線で告げる。

 

 そんな私に、先輩は苦笑いで答えてくれた。先輩的にも健全であると判断されたみたいで嬉しくなる。

 そのとき、ひとりちゃんが私の腕を掴んで話しかけてきた。

 

「あ、あの!」

 

 どうしたの?

 

「じ、実は私も……」

 

 徐に携帯の画面を私に見せるひとりちゃん。あまりにも健気なアピールに、お腹の奥が熱くなった。

 それから彼女は、えへっと笑いながらパスワードを打ち込んだ。その数字はやはり『0421』。

 

「わ、私も喜多さんのこと、す、凄い大切ですから!」

 

 あはっ!

 実際にそう言われると凄い嬉しくなる。私達はもしや、相思相愛なのではなかろうか。

 

 もう我慢できないと言わんばかりに、私は勢いよく彼女を抱きしめた。相変わらずのふわふわモチモチに感動する私は、一度体を離してから至近距離で彼女を見つめる。

 

 ひとりちゃんは目をウルウルとさせている。それから、頬を染めて私に熱っぽい視線を送ってくれた。

 

 ……これはいける。今日ここで決める。

 

 強く決意した私は、その勢いのままに伊地知先輩に尋ねた。

 

 ――STARRY、今日はいつまで空いていますか? 三時間ほど休憩したいんですけど……。

 

「ははっ。は?」

 

 氷のような彼女の冷たい眼差しに、ぶるりと震え上がった。

 私の痛恨のミスにより、一瞬で私達の興奮は冷めてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 一緒にひとりちゃんと夜ご飯を食べていると、リョウ先輩からロインがきた。なんだろうと思い、届いたメッセージを確認する。

 

 送られてきたものは画像一枚だけ。

 その画像には、ひとりちゃんを抱きしめて至近距離から見つめ合う私達が写っていた。

 

 先輩ありがとうございます〜〜〜!

 

 私は三回保存ボタンを押してから携帯を閉じると、正面のひとりちゃんがにへらと笑っていた。

 どうしたのと尋ねる私に、彼女は携帯のホーム画面を見せてくれた。

 

 そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 先程私が保存したものと同じ、お互いを抱きしめて、至近距離から見つめ合う私達の画像が設定されていた。

 

 

 




ぼっち「お友達とのツーショット。私も遂にリア充かぁ!」

喜多「あ、好き」


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私は椅子

なんだかんだで十話。ぼ喜多の熱が冷めずに続いております。



 

 昨日は興奮して中々寝付けなかった。

 

 一度でも彼女がどんな反応をするのか考え始めると、妄想が止まらなくなる。おかげで寝不足だ。夜更かしはお肌に悪いから、次からは寝る前の妄想は控えようと思う。

 

 目をショボショボとさせながら、私は教室へと入る。友人達から挨拶され、私も返事をしながら荷物を机に置いた。

 

 

「あれ? 喜多ちゃん今日は早いねー」

 

 その通り。今日の私は、いつもひとりちゃんと合流する時間より更に三十分早いのだ。

 これには昨日の妄想も関わってくるのだが、今語るのはやめておこう。

 

 私はキメ顔で、やりたいことがあるからと答えた。その表情に、友人は何となく察したらしい。彼女は途端に椎茸のような目つきをして、ニヤニヤしながら応援の言葉を残して去っていった。

 

 それじゃあ、行きますか。

 私は教室を出て、一年二組へと向かった。

 

 

 

 私は後ろの扉から二組の教室に、堂々とした足取りで入る。教室にいる生徒達の視線が、私の方に集まった。

 朝早い時間であるため、まだ数人しか登校していない。彼らは他クラスである私の登場に戸惑っているご様子。そのうちの一人が私に話しかけてきた。

 

「あー。後藤さんはまだ来てないよ」

 

 ――ありがとう。でも、それを狙ってたのよ。

 

 私は堂々と答えた。そう。今日の私は偉大なる目的のために、いつもより早く登校したのだ。

 彼にお礼を告げてから、彼女の机へと向かう。

 それから私は、椅子を引いて――

 

 

 ざわ…ざわざわ……

 

 

 ――当然のように座った。

 

 

 周囲の戸惑いなど何も気にならない。私は目を瞑って集中力を高めていく。それから、心の中で告げた。

 

 さぁひとりちゃん。私は待っているから、いつでも登校してきなさい。

 

 

 

 

 

 

 瞑想すること二十分。登校する生徒が増えてきたようで、次第に騒めきが増し始めた。何故喜多さんが? という戸惑いの声も耳に入ってくるが、私は動じない。

 不動の喜多とは私のことだ。目的を達するまで梃子でも動かない所存である。

 

 そんな訳も分からないことを考えていると、遂にその時がやってきた。

 

「ヒェッ。き、喜多さん……?」

 

 キタキタキタキタ―――!!

 

 ――ひとりちゃんおはよ!

 

「お、おはようございます」

 

 彼女は挨拶を返し、荷物を机に置いた。それから、戸惑いの表情を浮かべて私に尋ねてくる。

 

「どどどどうして、わ、私の椅子に……?」

 

 私は何も答えない。無言で微笑み、もっと近くに寄って欲しいと手招きをする。

 彼女は何も疑うことなく、私に体を近づけてくれた。

 

 ――今だ!

 

 私はガバリと手を広げて彼女を捕まえる。ぴぇっ!という声が聞こえたが、決して構うことはない。

 それからくるりと彼女の体を回転させ、もう一度抱え込んでから椅子に座った。

 

 その間約一秒。見事な早技だ。

 そして彼女に告げる。

 

 

 ――私が椅子よ!

 

 

「ヒェェェェ」

 

 彼女は恥ずかしさからか、プルプルと体を震わせている。そんな彼女の頭を一撫でして、私は両腕をお腹に回した。

 

 

 ぷにゅうっ。

 

 

 あぁ。

 私はこの日のために産まれてきたんだわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 今日はアルバイトもバンド練習もお休み。

 そのため、久しぶりにクラスのお友達と出掛けている。

 

 どうも彼女達おすすめのパンケーキ屋さんがあるらしい。美味しいのはもちろんのことで、パンケーキの見た目がとても映えると話題になっているそうだ。

 

 そうと聞いたら行くしかない。例外を除いて、女の子の体は甘いもので出来ているのだ。それに、イソスタグラマーとしても是非ともチェックしておきたい。

 

 

 友人達に連れられ、私はお店へと辿り着いた。

 そこは広くスペースをとっており、清潔感の漂うお洒落なカフェだった。その様子に私の期待が膨らむ。席に着いてから、私は噂のパンケーキを注文した。

 

 料理が届くまで、私達は雑談に花を咲かせる。最近のドラマはあれがおもしろいとか、あのグループの歌が素敵だとか。それから――

 

 

 好きな人の話だとか。

 

 

 この話になると、みんなが私の方を見てニコニコしてくる。

 ちょっと!? と思わなくもないが、私が恋をしているのは事実なので黙って受け入れている。

 何故か私がひとりちゃんのことを好きだとバレているらしい。女子高生の情報力は恐ろしい。今度からは気を付けようと思った。

 

「私も喜多ちゃんみたいな恋をしてみたいなー。どこかに少女漫画の王子様みたいな人居ないかな?」

 

「ないない。あんな完璧星人居るわけないから」

 

 友人達の会話を聞いていると、気になる単語が耳に入った。

 

 ――二人とも、少女漫画を読んでいるの?

 

 二人は驚いた顔で、読んだことないの!? と詰め寄ってきた。読んだことはないし、残念ながら興味を持ったこともなかった。

 けれど彼女達がハマるぐらいだ。少しだけ気にはなる。私はどんなところが良いのか訊いてみた。

 

「やっぱり、読んでてドキドキしちゃうところかな? 苦しいときに颯爽と助けてくれたり、主人公だけに心を許して会話してくれたりするんだよ」

 

 ふむ。苦しいときに助けてくれて、主人公だけに心を許すと。ん?

 

 その説明を聞いてはたと気が付く。

 

 その王子様、もしかしてひとりちゃん……!?

 

 なるほど。それなら確かに少女漫画も面白いだろう。もしひとりちゃんが居なかったら、私もハマっていたかもしれない。

 

「あとねー。技みたいなのがあって、それにときめいちゃうんだ。壁ドンとか顎クイとか。あ、あとは――あすなろ抱きとか!」

 

 ……?

 

 あすなろ抱きとは何だろうか、友人に尋ねてみる。

 

「ドラマで一回やってから凄い勢いで有名になってね? それから漫画でもいっぱい出るようになったんだー。私もイケメンにこんなことされたい!」

 

 これこれ! と彼女が携帯画面を見せてくれる。

 そこには、男の人が女の人を後ろから抱きしめている画像が表示されていた。

 

 

 

 ――その画像を見た瞬間、私の頭に衝撃が走った。

 

 

 

 定期的に起こるこの現象。それは決まって、私が幸せになる天才的な閃きをするときに発生する。

 

 これは使える。私は確信した。

 

 決行は明日の朝。彼女が登校するより先に準備していよう。いやそれとも――

 

 夢中で作戦を練る私の前に、美味しそうなパンケーキが届いた。ひとまず甘いスイーツを食べて、明日に備えることにしよう。

 

 噂通りの映えるパンケーキを前に、私は写真を一枚撮ってから食べ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 昨日は興奮して中々寝付けなかった。

 

 一度でも彼女がどんな反応をするのか考え始めると、妄想が止まらなくなる。おかげで寝不足だ。夜更かしはお肌に悪いから、次からは寝る前の妄想は控えようと思う。

 

 目をしょぼしょぼさせながら、私は一年二組の教室へと向かった。

 

 そして後ろの扉から堂々とした足取りで入る。教室にいる生徒達の視線が私の方に集まったが、気にせず彼女の机へと向かう。

 それから私は、彼女の椅子を引いて――

 

 

 ざわ…ざわざわ……

 

 

 ――当然のように座った。

 

 

 周囲の戸惑いなど何も気にならない。私は目を瞑って集中力を高めていく。

 

 

 そして遂に、その時はやってきた。

 

「ヒェッ。き、喜多さん……?」

 

 キタキタキタキタ―――!!

 

 ――ひとりちゃんおはよ!

 

「お、おはようございます」

 

 彼女は挨拶を返し、荷物を机に置いた。それから、戸惑いの表情を浮かべて私に尋ねてくる。

 

「どどどどうして、わ、私の椅子に……?」

 

 私は何も答えない。無言で微笑み、もっと近くに寄って欲しいと手招きをする。

 彼女は何も疑うことなく、私に体を近づけてくれた。

 

 ――今だ!

 

 私はガバリと手を広げて彼女を捕まえる。ぴぇっ!という声が聞こえたが、決して構うことはない。

 それからくるりと彼女の体を回転させ、もう一度抱え込んでから椅子に座った。

 

 その間約一秒。見事な早技だ。

 そして彼女に告げる。

 

 

 ――私が椅子よ!

 

 

「ヒェェェェ」

 

 彼女は恥ずかしさからか、プルプルと体を震わせている。そんな彼女の頭を一撫でして、私は両腕をお腹に回した。

 

 

 ぷにゅうっ。

 

 

 沈んでいく。

 私の腕が深く、どこまでも深く沈んでいく。

 

 ひとりちゃんの体は、どこを触っても柔らかいわ……。

 私はしみじみと思った。

 

 膝に乗った彼女のお尻と太もも。それはむちっとした色気を匂わせながらも、ふわふわで柔らかい感触を伝えてくれる。

 

 目の前にはサラサラでピンク色の綺麗な髪。ふわりと良い匂いが漂ってくる。

 

 そして正面に回した両腕には彼女のお腹。なんだこの柔らかさ。全く、ひとりちゃんはけしからん!

 

 私は更に力を込めて彼女を抱きしめた。彼女の体はとても暖かい。湯たんぽみたいだ。

 

 ほのぼのとして癒されていると、腕の上に僅かな重みを感じた。

 

 ――何かしらこれ?

 

 少しだけ腕を持ち上げる。

 

 

 むにゅ、プルプル。

 

 

 とても柔らかい、けれど少しだけハリも感じる。水風船みたいだわ。

 

「んっ」

 

 突然聞こえてきた艶を感じるその声に、私は全てを理解してしまった。

 

 これは! 私自身の体で感じたことのないこの感触は……!

 あまりの感動に体を震わせる。それから私は、空を見上げて一筋の涙を流した。

 

 

 あぁ。

 私はこの日のために産まれてきたんだわ……!

 

 

 

 

 

 

+++

 

 はっ!

 どうやら意識を飛ばしていたらしい。慌てて時間を確認すると、ホームルームまであと十分程だった。

 

 まだまだ楽しめることに私は嬉しくなった。ひとりちゃんは相変わらず、顔を真っ赤に染めて煙を出している。

 

 そうだ。昨日あすなろ抱きについて調べてから、やりたいことがあったのだ。

 

 私は彼女の肩を抱くように腕の位置を変え、顎を彼女の肩に乗せた。

 それから精一杯かっこいい声を作って耳元で囁く。

 

 

 ――私じゃダメかしら?

 

 

 シュボッ!

 

 その瞬間、彼女は音を立てて空気中に霧散した。膝に乗っていた重みが消えて無くなり、私の腕が空を切る。

 どうやらやり過ぎてしまったらしい。彼女は限界を超えてしまい、人の形を保てなくなってしまったようだ。

 

 ……もう少し味わっていたかったわ。

 

 残念に思いながら辺りを見渡すと、ジトっとした目で私のことを見つめる生徒達。

 

 

 あはっ!

 

 

 時間が経てばひとりちゃんは元に戻るからー!

 

 私はそんな言葉を残して急いで一年二組から脱出した。

 

 




 いつの間にかぼっちは人間に戻っていたが、その瞬間を見た者はいない。


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なにが悪いんですか!

作業を終えてうたた寝していたらなんと23時過ぎ。そのためいつもより遅い投稿になってしまいました。



 

 私は暗闇の中、息を潜める。

 

 いつも彼女がここに入っているからだろうか。少しだけひとりちゃんの香りがする。

 暗くて狭くて、それでいて少し不安だったけれど、彼女を感じたことで心に余裕が生まれた。

 

 ふぅと一つ息を吐き、私はもう一度だけ作戦を確認する。

 

 彼女が来る、捕まえる、以上!

 

 あまりにも適当だが、これくらいしかやることがないのだ。決して私の頭が足りていないからではない。本当だ。

 

 実は一度、この作戦は失敗している。対象を間違えて、伊地知先輩を相手に実行してしまったのだ。

 その時はとても気まずかった。またなんかやってんのか、とでも言いたげな先輩の視線に、私は口を結んで耐えるしかなかった。

 

 でも今回は失敗しない。伊地知先輩とリョウ先輩は既に来ており、いつものテーブルで駄弁っている。人は失敗から学ぶ生き物だ。同じ過ちはもう犯さない。

 

 携帯画面を起動して時間を確認する。集合時間まで後十分。そろそろの筈だ。

 

 彼女が――ひとりちゃんがもうすぐやってくる。

 

 そう思うだけで心が躍り出した。

 体をソワソワとさせて、早く、早くと心の中で急かす。

 

 ――トン、トン、トン。

 

 そんな私の耳に入ってくる、入り口の階段を降りる足音。

 

 来たわ!

 

 音の発生源は、あと数秒で私の目の前を通るだろう。私は体勢を整えて準備する。

 

 ――トン。

 

 あと少し。

 

 ――トン。

 

 次、次ね!

 

 ――トン。

 

 今よ!

 

 

 私は勢いよく立ち上がる。

 それから、目の前の存在をガバリと捕まえ『完熟マンゴー』の中に吸い込んだ。

 

「ピェッ!」

 

 私達は暗闇の中で密着する。目の前の存在はふわふわとした弾力を伝えてくれた。

 その感触に、私は作戦の成功を確信する。これは、この女の子はひとりちゃんだ!

 

「な、ななな!?」

 

 彼女は突然のことに混乱しているご様子。私は彼女を落ち着かせるために、優しく抱きしめて頭を撫でた。

 

「あっ、き、喜多さん」

 

 暗闇に目が慣れたのか、彼女は私の顔を見てから落ち着き始めた。

 

 ――おはようひとりちゃん。

 

「お、おはようございます。あ、あの、これは一体……?」

 

 私は何も答えない。そのまま彼女に優しく微笑み、頭を撫で続けた。すると、彼女も恐る恐るではあるが腕をこちらに回し、抱きしめ返してくれた。それから彼女は目を瞑り、体から力を抜いて私に体重を預けた。

 

 あはっ!

 

 その様子に嬉しくなった私は、抱きしめる力をさらに強める。すると彼女は、頭を私に擦り付け始めた。

 

 

 か、可愛い〜〜〜!

 ひとりちゃんって甘えん坊なのね!

 なんだか懐いた猫ちゃんみたいだわ!

 

 

 彼女のあまりの可愛さに感動する。人は、ここまで可愛らしくなれるのか。

 

 少しだけ体が震えた。いけない、今は彼女が寛いでいるのだ。あまり揺れては駄目だろう。

 

 必死に堪えていると、耳元でスゥーッという規則的で、落ち着いた吐息が聞こえてきた。

 

 なんと彼女は、私に体を預けて眠り始めたのだ。

 

 その様子に、今まで感じたことのない感覚が湧き上がる。どこか温かくて、そして微笑ましいようなこの感覚。

 彼女の頭を撫でながら、私は考える。

 

 

 ずっとこのまま、彼女を甘やかしていたい。

 ずっとこのまま、彼女は私に甘えて欲しい。

 

 

 その気持ちの名前に、一つだけ心当たりがあった。

 

 公園で遊ぶ親子。街を歩く家族の和やかな雰囲気。彼ら彼女らは皆、自分達の子供に愛情を向けていた。顔に愛していると書いてあった。その人達に共通して存在するこの感情。

 

 

 

 あぁそっか。これが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これが母性か。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 金曜日の夕方、私達はいつものように練習を終える。今日も非常に充実した練習であった。着実に自分が成長していることを実感する。次のライブでは、演奏面もそれなりに活躍できるだろう。私達は汗を拭きながら、機材を片付け始める。

 

「あ、明日もここで練習だし、楽器はSTARRYで預かるよ!」

 

 おぉ、なんと素敵な提案。今日はもうヘトヘトで、自主練を家ですることもないだろうからとてもありがたい。

 

 みんなで伊地知先輩にお礼を伝え、片付けを終えた。ちょうどそのとき、店長の星歌さんがスタジオにやってくる。

 

「お疲れ。ぼっちちゃんいる?」

 

「ヒェッ!」

 

 ……ひとりちゃん?

 

 店長が彼女を直に呼び出すとは、珍しいこともあるものだ。私達は一度顔を見合わせてから、彼女達の方へと振り返る。

 

「ちょっと相談なんだけどさ――」

 

 ひとりちゃんが不思議そうにしている。自分に相談なんて……と思っているのだろう。私も意外に感じた。これから店長が発する次の言葉に、みんなで意識を傾ける。

 

「ぼっちちゃんのこれ、邪魔だから捨てていい?」

 

 そう言ってから取り出したものは、なんと『完熟マンゴー』!

 腕が生えたり大きくなったり、幾度となく進化したそれは中々の存在感を放っていた。

 

「だ、駄目です! それを捨てるなんて。む、無理です! むむむむむむむむっ!」

 

 あはっ、可愛い。

 でも店長も酷いことを言う。『完熟マンゴー』は彼女の心を何度も救ってくれた、いわば歴戦の段ボールだ。出来れば捨てないで欲しいと、私も思ってしまう。

 

 遂に彼女は『完熟マンゴー』に立て篭もり、徹底抗戦の構えを取り始める。

 私達は白けた視線を店長に向けた。

 

「店長、いつかやると思ってた。また出所後に会おう」

 

「あああ悪かったよ! そんな悲しむとは思わなかったんだ!」

 

 あとお前は帰る前に面貸せ、とリョウ先輩に一言告げて、店長はスタジオを出て行った。

 

 私はひとりちゃんに近付いて、捨てないで済んだことを伝える。すると、にへらとした顔で彼女は這い出てきた。

 

 そんなに居心地いいのかしら?

 

 私は疑問に思った。少しひとりちゃんに頼んで段ボールを支えてもらう。それから私は、屈んでその中を覗き込んだ。

 

 こ、これは!

 私は『完熟マンゴー』に可能性を感じた。なにかが私のセンサーに引っかかる。

 

 ――思ったより広いのね?

 

 時間を稼ぐために、私はひとりちゃんに話しかける。

 

「あっ、そ、そうですね。それに、完全に入口を閉じると真っ暗になって、家みたいで落ち着くんです……!」

 

 ……そ、そっか。

 

 私はその発言に考えることをやめ、もう一度中を確認する。

 広さ的に一人では余裕があって、二人では少し狭いかなってぐらいのスペースに感じる。

 

 

 ――そのとき、私の頭に衝撃が走る……!

 

 

 キタキタキタキターーーーー!!

 

 突然の閃き。

 いける、これはいけるわ!

 

 自分自身の発想力に恐ろしくなった。ひとりちゃんに一言お礼を告げて、私は段ボールから這い出る。

 明日は土曜日で、練習はお昼から始まる。それなら、集合時間より早く来ることにしようか。

 

 明日への期待に胸が膨らむ。今日は早く寝て、明日に備えることにしよう。

 私はひとりちゃんと先輩達に挨拶をして、それから作戦のために店長の元へと向かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 時刻はお昼の十二時半。集合時間まで後三十分だ。

 私は今、『完熟マンゴー』の中に居る。既に店長には許可をもらっている。事情を伝えたら、何故かOKをくれてお店の鍵を貸してくれた。理由を尋ねると、

 

「面白そうだから。それに私はサプライズとか、そういうのが好きなんだ」

 

 思ったよりしょうもなかった。その後慌てて信頼しているから、なんて言っていたが、適当に流しておいた。けれどそんな店長のお陰でこの作戦が実行できる。心の中で彼女に感謝した。

 

 これでひとりちゃんと密閉空間で二人きり。絶対甘酸っぱくて、幸せな雰囲気になるだろう。私は確信した。

 

 そんなことを思う私の耳に、

 

 ――トン、トン、トン。

 

 階段を降りる足音が聞こえてきた。

 

 よし、よし!

 私は息を潜める。そして足音が目の前にやってきた!

 

 確保ー!

 私は立ち上がり、目の前の人物を段ボールに吸い込んだ。

 

「きゃっ!」

 

 ……きゃっ?

 

 おかしい。ひとりちゃんの鳴き声はそんな可愛い言葉じゃない筈だ。それに抱きしめた体はどこか細く、柔らかくはあるものの私を興奮させるには至らない。何だこれは。私は一体誰を抱きしめている。もっとふわふわもちもちな存在を私は求めて――

 

 

「――喜多ちゃん」

 

 

 ま、まままマサカァ。

 

「一体何をやっているのかな?」

 

 暗闇の中、狭い密閉空間。

 私と伊地知先輩の間に、甘酸っぱい空気なんてどこにも無かった。

 

 

 

 彼女に事情を説明する。話が進むにつれて彼女の視線が冷たくなっていったが、私は努めて気付かないフリをした。

 精一杯しょんぼりとした顔で彼女を見つめる。そんな私のことを、何故か側で見ていた店長といつの間にか来ていたリョウ先輩が爆笑していた。

 それから暫く、伊地知先輩はむむっとしていたが、最後には笑顔で――

 

「まぁいいでしょう。けど、あまりハメを外しちゃ駄目だからね!」

 

 許してくれた。

 ありがとうございます伊地知先輩。今度からは下北沢の大天使と呼ばせていただきます。

 

 それから私は、改めて『完熟マンゴー』に入り息を潜めた。先輩の顔は怖くて見れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 私は暗闇の中、息を潜める。

 

 いつも彼女がここに入っているからだろうか。少しだけひとりちゃんの香りがする。

 

 携帯画面を起動して時間を確認した。集合時間まで後十分。そろそろの筈だ。

 

 彼女が――ひとりちゃんがもうすぐやってくる。

 

 そう思うだけで心が躍り出した。

 体をソワソワとさせて、早く、早くと心の中で急かす。

 

 ――トン、トン、トン。

 

 そんな私の耳に入ってくる、入り口の階段を降りる足音。

 

 来たわ!

 

 音の発生源は、あと数秒で私の目の前を通るだろう。私は体勢を整えて準備する。

 

 ――トン。

 

 あと少し。

 

 ――トン。

 

 次、次ね!

 

 ――トン。

 

 今よ!

 

 

 私は勢いよく立ち上がる。

 それから、目の前の存在をガバリと捕まえ『完熟マンゴー』の中に吸い込んだ。

 

「ピェッ!」

 

 私達は暗闇の中で密着する。目の前の存在はふわふわとした弾力を伝えてくれた。

 その感触に、私は作戦の成功を確信する。これは、この女の子はひとりちゃんだ!

 

「な、ななな!?」

 

 彼女は突然のことに混乱しているご様子。私は彼女を落ち着かせるために、優しく抱きしめて頭を撫でた。

 

「あっ、き、喜多さん」

 

 暗闇に目が慣れたのか、彼女は私の顔を見てから落ち着き始めた。

 

 ――おはようひとりちゃん。

 

「お、おはようございます。あ、あの、これは一体……?」

 

 私は何も答えない。そのまま彼女に優しく微笑み、頭を撫で続けた。すると、彼女も恐る恐るではあるが腕をこちらに回し、抱きしめ返してくれた。それから彼女は目を瞑り、体から力を抜いて私に体重を預けた。

 

 あはっ!

 

 その様子に嬉しくなった私は、抱きしめる力をさらに強める。すると彼女は、頭を私に擦り付け始めた。

 

 

 か、可愛い〜〜〜!

 

 

 彼女のあまりの可愛さに感動する。人は、ここまで可愛らしくなれるのか。

 そんな感動する私の耳元で、スゥーッという規則的な吐息が聞こえてきた。

 

 なんと彼女は、私に体を預けて眠り始めたのだ。

 

 その様子に、今まで感じたことのない感覚が湧き上がる。どこか温かくて、そして微笑ましいようなこの感覚。

 

 

 あぁそっか。これが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これが母性か。

 

 

 

 これだけ密着して彼女のふわふわを感じているのに、少しだけしか興奮しない。興奮はするが、それ以上になんだか守ってあげたくなる。

 

 そうだ。バンドは第二の家族なんだから、ひとりちゃんが私の娘になることもあるだろう。彼女に母性の感情を向けることは何も間違っていない。むしろ母親として当然のことだろう。誇らしくすら思う。

 

 本当に幸せな時間だ。今日はずっとこのままでいよう。

 なんだか、私まで眠たくなってきた。何か忘れている気がしなくもないが、この幸せな時間に比べたら些細なことだろう。きっと先輩達も許してくれる筈だ。

 

 私はひとりちゃんの額に優しく唇を落とした。それから頭を一撫でして、目を瞑り眠ろうと――

 

「――させないよ」

 

 急に視界が眩しくなる。目を細めて明るさに慣れると、目の前にはにっこりと笑う伊地知先輩が居た。

 

 はは、ははは……。

 

 乾いた笑いが喉から出てくる。でも今回は私にも言い分がある。

 

 

 ――ひとりちゃんとゆっくりすることの、なにが悪いんですか!

 

 

「もう練習始めるんだけど!」

 

 どう考えても私が悪かった。

 私は渋々とひとりちゃんを起こし、機材の準備を始めるのだった。

 

 

 




星歌「お前楽しそうだったな」ニヤニヤ

虹夏「うっさいツンデレ!」


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惜しかったなぁ

お泊まりさせたいなぁ。けど原作みたいにちゃんとした理由がないなぁ。

から生まれたお話。



 

 ……柔らかい。

 

 微睡の中、私は何かを抱き締めていることに気が付いた。

 あまりの幸せな感触に手が自然と動き出す。

 

 ふわふわとしていて、ほんとに気持ちが良い。抱きしめる私の体がどこまでも沈んでいってしまいそうだ。

 それに、私の顔も柔らかくて温かい何かに包まれている。

 

 これは何だろう? 分からない。

 まぁいっか、気持ちいいし。

 ここが天国か……。

 

 

 

 

 ……ん?

 

 

 

 

 おかしい。

 私のベットに抱き枕は無いし、ぬいぐるみも置いていなかった筈だ。

 

 

 むにゅーっ。

 ポヨヨーン。

 

 

 確かめるために何度も手と顔を動かす。

 

 

 本当に気持ちが良い。ずっと抱いていたいわ……。

 

 

 なんて思いながら、ゆっくりと意識を覚醒させていく。目を開けると、目の前にはピンク色の巨大な山脈が鎮座していた。

 寝起きで碌に働いていない私の頭が、ハテナで支配される。

 

 

 ――何かしらこれ……?

 

 

 私はもう一度頭を近づけ、その山に挟まれた。

 

 

 柔らかい……!

 

 

 その感触に虜になる。

 夢中で頭をぐりぐりする私の耳に――

 

 

 

 

 ――んっ。

 

 

 

 

 艶やかな声が聞こえてきた。以前も聞いたことのある、ちょっとだけ色を感じるその声に、一瞬で意識が覚醒する。

 そして私は気が付く。自分が一体何を抱きしめているのかを……!

 

 

 

 あああっ!

 こ、これはまさか……!

 

 

 

 恐る恐る顔を上げた私の目の前には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キターーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 今週末は三連休である。なんでも秀華高の創立記念日とのことで、金曜日がお休みになった。

 学生にとってこれは喜ばしいことだ。平日がお休みになると、どこの施設も空いている場合が多い。友人達とのお出かけも捗るだろう。

 

 この三連休は何をしようか。

 私はワクワクとしながら、次の授業の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

「えー! 喜多ちゃんとぼっちちゃん、金曜日休みなのー!?」

 

「そんなことはありえない。私は決して認めない」

 

 時間は進み、場所はSTARRYに移る。

 今はアルバイトも終わり、みんなで一息入れてゆっくりしているところだ。そこで私は、ずっと考えていた三連休の予定について相談した。未だに何も決まっていないため、先輩達に休日の過ごし方を訊いて参考にしたい。

 

 そして伝えた週末の三連休に、先輩達は過剰な反応を示した。

 いいなぁいいなぁと言いながら、椅子に座った伊地知先輩が足をぷらぷらとさせている。リョウ先輩は本気で言っているのか分からないが、真顔で謎の凄みを発していた。

 

「あぁ休みの日の過ごし方だっけ? 私はやっぱり家事をしていることが多いかなぁ。それに、家ならお姉ちゃんとダラっとしたり、ドラムの練習もしたり出来るからね!」

 

 伊地知先輩らしい素敵な回答に頬が緩む。流石は下北沢の大天使だ。格の違いを見せつけられた。

 

 次はリョウ先輩だ。ミステリアスな雰囲気の先輩は、休日に一体どんなことをしているのだろうか。純粋に気になる。

 

「気分による」

 

 ……も、もう少し具体的なことを聞いても?

 

「CDショップでずっと曲聴いたり、本屋行って適当な音楽雑誌見たりしてる。あぁ、古着屋とかも結構行くかも」

 

 なるほど。リョウ先輩は比較的趣味に偏った過ごし方をしているようだ。

 お二方らしいといえばらしい回答に、なんだか安心する。

 

 そして最後に、ひとりちゃんに休日の過ごし方を聞いてみる。

 

「えと、ず、ずっと部屋に引きこもって、ギター弄ってます……。ヘヘッ、陰キャなもんで、つ、つまんない答えですいません」

 

 暗そうな雰囲気を漂わせながら、何故か私に謝ってきた。ひとりちゃんらしい回答で良いなと思うけれど、本人的には悲しいことらしい。

 

「で、でも! 予定は空けてます! 空いてるんじゃなくて、空けてるんです!」

 

 あはっ!

 

 江ノ島に行った日のことを思い出す。あの時も彼女は、そんなことを言って店長にアピールしていた。

 

 よし、予定は決まったわ!

 

 ――ひとりちゃん!

 

「ピッ!」

 

 ――今週末、一緒に遊びましょう?

 

「ふぇぇぇぇっ!」

 

「おっ、いいねぇー! 確か二人とも金曜日はシフト入ってないよね? ならバンド練習も無しにするから、思う存分楽しんできなよ!」

 

 おぉ流石は伊地知先輩! 本当にありがとうございます!

 あまりにも素敵な提案に私は感涙し、先輩に感謝の祈りを捧げた。えっ何? と戸惑う先輩に気にしないでくださいと伝え、私はひとりちゃんの方へと振り返る。

 

 ――それで、どうかしら?

 

「あ、あの、い、行きます!」

 

 やったわ!

 

 彼女の返事に気持ちが舞い上がる。

 あまりの喜びに私は、彼女の両手を握りしめてブンブンと振り回すのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

「で、喜多の友達が好きな人と遊ぶから、どうすれば良いか相談に乗って欲しいと……?」

 

 翌日のお昼休み。

 私は腐れ縁とも言える友人とお弁当を食べながら、今週末の相談をしていた。あ、ちなみにひとりちゃんも誘おうとしたが、友人の存在を感じ取ったようで一瞬で断られてしまった。

 

「その友達の話ってさぁ、喜――」

 

 ――その子は結構困ってるみたいなのよ。

 

 こちらは割と真剣に相談しているのだ。あまり揶揄うようなことはやめてほしい。

 私は話を戻し、好きな人の特徴を友人に伝える。

 

「人見知りで人混みが苦手、インドア系で体力も全然無い、けれど柔らかくて可愛いくてカッコいい、ねぇ……」

 

 それアンタの好きな人じゃねぇか、とでも言いたげな視線から顔を背ける。それから私は渋い顔をして、話の続きを促した。

 

「好きな人がインドア人で、人混みが苦手なら答えは決まってるでしょ」

 

 本当!?

 流石は私の腐れ縁、頼りになる友人だ。期待した目で私は彼女を見つめる。

 

「連れ込め。お泊まりデートだ」

 

 えぇぇぇぇっ!

 

 あまりの驚きに、声を上げて椅子から立ち上がってしまった。私にクラス中の視線が集まる。注目を誤魔化すために、一度咳払いをして何事もなかったように座った。

 それから何故そんな大胆な提案をしてきたのか、彼女に理由を訊く。

 

「家なら外に出て動き回る必要なんか無いし、お泊まりすれば勝手に二人の仲も進むでしょ」

 

 なるほど。たしかにお泊まりすれば、例えイベントが起きなくても二人の仲は進むだろう。ひとりちゃん的にも、外で遊ぶよりも家でゆっくりしたほうが嬉しいかもしれない。

 

 予定は決まった。それなら早速彼女を誘いに行こう。

 相談に乗ってくれた友人にお礼を告げ、私は教室を飛び出した。

 

「……やっぱり喜多の話じゃん」

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんは階段下の謎スペースに居た。やはり彼女は、暗くてジメジメしたところを好むようだ。よく覚えておこう。

 

 ――ひとりちゃん!

 

「ピッ!」

 

 ――三連休始めの金曜日、私の家でお泊まりしましょ!

 

「ヘェェェェェッ!」

 

 

 

 

 

 

 

+++

 

 待ちに待った金曜日。

 今日は私の人生で一位ニ位を争うくらい素敵な一日となるだろう。既にその確信がある。

 

 彼女のお家が遠いことから、約束の時間はお昼過ぎにしている。十四時過ぎには彼女が私の家にやってくるだろう。

 

 お菓子やジュースは補充済み、遊び道具も既に揃えた。加えてひとりちゃんを迎えるサプライズも用意した。

 完璧だ。いつでも彼女を迎える準備は出来ている。

 

 ―― ピーンポーン

 

 自分の用意周到さに満足していると、玄関のチャイムが聞こえてきた。遂にひとりちゃんがやってきたらしい。

 

 私は急いで光り輝く()()()()()()()を装着し、玄関の鍵を開けて彼女を呼び出した。

 

「き、喜多さん。おはようござ――」

 

 

 

 ―― パンッ! パンパンッ!

 

 

 

 イェ〜イ! ウェルカ〜ム!

 

 

 

 そう。私が用意したサプライズとは、以前彼女のお家にお邪魔したときに体験した、あのお出迎えを再現することだ。初めて見たときから楽しそうで良いなと思っていたのだ。だから、折角のチャンスということでやってみた。

 彼女は微動だにしない。どうやら驚きのあまり固まってしまったご様子。

 

 あはっ! サプライズ大成功ね!

 

 私が一人で盛り上がっていると、彼女は沈んだ表情でボソボソと語り始めた。

 

「どどどどうして!? わ、私がやったときはスベってたのに、どうして喜多さんがやるとこんなにも様になっているのか。こ、これが真の陽キャ? 所詮ミジンコみたいで碌に人と会話できないコミュ障陰キャには出来ないってことなのか? 私みたいな人間はいつだって陽キャの眩しさから目を逸らして、日陰に追いやら――」

 

 ちょ、ちょっと!?

 

 物凄い勢いで凹み始めた彼女に、私は慌てて駆け寄り必死に慰めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……危なかった。あのまま放置していたら数時間は無駄にしていただろう。彼女が戻ってきてくれて本当に良かった。

 

 何とか元に戻ったひとりちゃんを連れて、私の部屋へと向かう。途中、何か気になることでもあったのか、私に話しかけてきた。

 

「あ、あの、ご家族は今どちらに……?」

 

 ――お仕事で居ないから、今は私達二人っきりよ!

 

 今はまだお昼過ぎであるため、両親はお仕事に出かけている。私達にとっては非常に都合が良い。

 

「わ、私と喜多さんの二人っきり……!」

 

 彼女はそんなことを呟き、にへらと笑い始めた。

 

 もうっ! ひとりちゃんはなんて可愛らしいの!

 

 彼女はすぐ顔に出るから、喜んでいることが丸分かりである。あまりの可愛さに今すぐ抱きしめたくなったけれど、一先ず部屋に案内することの方が優先だろう。私は彼女を引き連れて自分の部屋に入った。

 

 それから彼女に少し待っているように伝え、私は急いで飲み物やお菓子を取りに行く。ここで部屋を出て行く時、わざと扉を少しだけ開けておく。それからすぐにお茶菓子を用意して、音を立てないよう慎重に部屋へと戻る。そして私は、ドアの隙間からひとりちゃんの様子を窺った。

 

 どうやら彼女は手持ち無沙汰なようで、立ったままソワソワとしている。けれど突然部屋を見渡してから、彼女は私のベッドの方へと歩き出した。

 

 

 ――ま、まさか……?

 

 

 私はごくりと唾を飲み込む。そして私は、これから起こることを一秒たりとも見逃さないように目を見開いて覗き込んだ。

 

 ひとりちゃんはベッドの脇に立ち、何かを迷う仕草をする。けれどすぐに顔を引き締め、私のベッドを見つめた。

 それから彼女は――

 

 

 あはっ!

 

 

 ――ゆっくりと私のベッドに寝転がり始めた。

 

 

 キタキタキタキターーーーー!!

 

 やった、やったわ!

 人のベッドに寝転がるなんて、よっぽど好きな人でないと出来ない筈よ! ひとりちゃんは私のことが好きなのねそうよねそうに違いないわ!

 やったー!

 

 あまりの興奮に脳内で無限に語りだす。今すぐ扉を開けて彼女に駆け寄りたくなったが、ギリギリで踏み止まる。私のベッドに寝転がるひとりちゃんを観る滅多なんて、滅多にない筈だ。もう少しだけ楽しみたい。

 

 私は興奮しながらも観察を続ける。

 ひとりちゃんはいつの間にか私のシーツに包まり、うつ伏せで寝転んでいた。それから何かを味わうように深呼吸をしている。彼女の顔は真っ赤で、目はギンギンに開いていた。

 

 

 ――ま、まさか……!

 

 

 興奮を必死に堪える私の耳に、ひとりちゃんの呟きが聞こえてきた。

 

「……喜多さん、本当に良い匂い。これが真の陽キャの匂いかぁ」

 

 キタキタキタキターーーーー!!

 

 やっぱり私の枕を味わっていたのね!

 分かる! 分かるわ!

 私もひとりちゃんのジャージを味わったもの!

 

 彼女の行動に親近感を覚える。体が勝手に動き出し、好きな人の匂いを味わってしまうのだ。だから私達はなにも悪くない。そうに違いない!

 

 私は思考を打ち切り、扉を見つめる。

 もう十分観察しただろう。もう十分我慢しただろう。

 

 ……なら、もう良いわよね? ここで決めても良いわよね!

 

 私は扉を開けて中へと入る。それからお茶菓子を机に置き、ゆっくりとベッドに近づいた。

 

 ――ひとりちゃぁぁん。

 

 自分で思うよりもねっとりとした声が出てしまった。でも構わない。私達は相思相愛なのだ。この程度、何も問題ではない。

 

 ……?

 

 けれど彼女からの返事はない。疑問に思った私は改めてよく観察してみる。すると、彼女が気持ちよさそうに寝ていることに気が付いた。

 

 そんな彼女の様子に肩の力が抜けた。折角の告白チャンスを逃してしまったのだ。全くひとりちゃんは……と私は苦笑いを浮かべる。

 そんなとき、邪な思いが私の心に浮かんできた。

 

 ――何か私にご褒美があっても良いわよね?

 

 私は優しくシーツを捲る。それからゆっくりと寝転び、彼女を優しく抱きしめた。

 

 相変わらず彼女は柔らかい。ふわふわとしていて、幸せな感触を伝えてくれる。

 

 ひとりちゃんを抱きしめているうちに、なんだか私まで眠くなってきた。今日はお泊まりだし、このまま寝ても良いかもしれない。

 

 ――大好きよ。

 

 私は一言彼女に呟き、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ……柔らかい。

 

 微睡の中、私は何かを抱き締めていることに気が付いた。

 

 おかしい。

 私のベットに抱き枕は無いし、ぬいぐるみも置いていなかった筈だ。

 

 

 むにゅーっ。

 ポヨヨーン。

 

 

 本当に気持ちが良い。ずっと抱いていたいわ……。

 

 なんて思いながら、ゆっくりと意識を覚醒させていく。目を開けると、目の前にはピンク色の巨大な山脈が鎮座していた。

 寝起きで碌に働いていない私の頭が、ハテナで支配される。

 

 

 ――何かしらこれ……?

 

 

 私はもう一度頭を近づけ、その山に挟まれた。

 谷間に夢中で頭をぐりぐりする私の耳に――

 

 

 ――んっ。

 

 

 艶やかな声が聞こえてきた。以前も聞いたことのある、ちょっとだけ色を感じるその声に、一瞬で意識が覚醒する。

 

 

 

 こ、これはまさか……!

 

 

 

 恐る恐る顔を上げた私の目の前には――

 

 

 

 

 

「き、喜多さん……」

 

 

 

 

 

 ――顔を赤く染め、潤んだ瞳でこちらを見つめるひとりちゃんが居た。

 

 

 

 

 彼女は私の腕を振り解かない。それどころか、もっと欲しいと言わんばかりに彼女の方から腕を回してきた。

 

 もう私は止まらない。他の事なんて考えられない。

 

 ――大丈夫。責任、とるから。

 

 私はひとりちゃんに一言告げて馬乗りになった。それから彼女の腕をベッドに押さえつける。彼女は抵抗しない。トロンとした瞳で私のことを見つめるだけ。

 

 私はゆっくりと顔を彼女に近づけた。お互い目は閉じない。

 

 あと少し。私達の唇がふれ――

 

 

 

「――郁代? 今日泊まるお友達は……」

 

 

 

 あっ、お母さん。

 

 

 

「お、おほほほほ、これは失礼しました。ごゆっくり娘とお楽しみください♪」

 

 

 ――ちょっ!

 

 

 私はお母さんに弁明するため、大急ぎで部屋を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……惜しかったなぁ」

 

 

 




 この日の夕食で彼女達は、喜多家の母親にそれはもう揶揄われた。結果としてお互い妙に意識してしまい、これ以上の進展はなかった。


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バレンタインif:お返し

ブルアカのショート動画を見てバレンタインを思い出した悲しい作者はここです。



 

 ――動かないで。

 

「ピッ! は、はい」

 

 私は彼女の顔へとゆっくり手を伸ばす。そして私は、彼女の口元についたチョコを親指で拭った。

 

「アッ」

 

 彼女は驚いた様子で目を見開き、私の親指を見つめている。

 

 そんな彼女から見えるように――

 

 

 

 

 

 

「ピャァァァァッ」

 

 

 

 

 

 

 ――親指をゆっくりと口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「明日はバレンタインデーだねぇ」

 

 バンド練習も終わってゆっくりとしていたとき、伊地知先輩はのほほんとした顔で告げた。

 

 そう。明日、二月十四日は女の子が大切な人、意中の相手、お友達といった様々な人に対してチョコを送るイベント、バレンタインデーである。

 

 恋する女の子にとってこのイベントは決して逃せるものではない。明日は私の、今後の行く末を左右するといっても過言ではない日になるだろう。

 

 既にチョコは用意してある。私は成功を確信した。明日は幸せな一日となるだろう。

 うぉぉぉぉと背中から炎を出して気合を入れる私に、伊地知先輩は苦笑いを浮かべた。それから他のメンバーに話しかける。

 

「リョウは毎年凄い数のチョコを貰っているよね」

 

「うん、お陰でお腹が膨れる。バレンタイン好き」

 

「はいはい。あとは――ってぼっちちゃん!?」

 

 先輩の叫び声に私は驚いて振り返る。なんとそこには、体中をガクガクと震わせているひとりちゃんの姿があった。

 

 私は慌てて彼女の元へと駆け寄った。彼女は小さい声で何かを呟いている。

 

「バレンタインデー。それは、陰キャトラウマ学校イベントランキングで毎年上位にランクインしている忌むべき日だ。この日は毎年多くの陰キャが期待して、そして無惨に散っていく。この日の陰キャ達は遅い時間に登校して下駄箱を確認し、教室では周りにバレないように机の中を覗き込む。それから一日、ソワソワとした姿で学校を過ごすも誰からもチョコを渡されることはない。放課後も無駄に図書室で時間を潰し、一縷の望みをかけて下校時に下駄箱を確認する。そしてがっかりして帰宅するのだ。その姿は憐れな敗者そのものであり、自分はやはり陰キャだと――」

 

 ――ちょっとひとりちゃん!

 

 ここまで饒舌な彼女は初めて見た。その事実になんというか、虚しくなった。

 遂に彼女は、体中をドロドロに溶かし始める。慌てて抱き締めるも、ベチャリとした感触を私に伝えるだけ。彼女のふわふわは溶けて無くなってしまったようだ。

 

 

 明日は絶対ひとりちゃんにチョコを渡して、バレンタインは良い日だと教えてあげよう。

 

 

 私は強く決意した。

 

 それから私達は何とかひとりちゃんを人間に戻し、余計なことを言う前にさっさと解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 翌日のお昼休み、私はひとりちゃんをお昼ご飯に誘った。もちろん、私と彼女の二人っきりだ。私はチョコレートを紙袋に包み、お弁当とそれを持って階段下のスペースへと向かった。そこで彼女と合流し、一緒にご飯を食べる。その際に何かが起こることはない。起こるならこの後、チョコを渡すときだろう。

 

 二人でごちそうさまでした、と声を揃える。それから私は早速とばかりに、彼女にチョコレートを渡した。

 

 

 

「き、喜多さん! あり、ありがとうございます!」

 

 目の前には、私からチョコを受け取ったひとりちゃんの姿。彼女はえへえへと笑っている。チョコを貰えたことがよっぽど嬉しかったみたいで、少しだけ涙目になっていた。それだけ喜んでもらえると、私も嬉しくなる。

 

 ――おいしい?

 

「は、はい! とってもおいしいです! そ、それにまさか私がチョコを貰えるなんて。お母さん以外の人から初めて貰いました」

 

 なんとも悲しい話を聞いて胸が痛くなった。これからは私が毎年送ろうと強く決意した。

 

 美味しそうに夢中でチョコを食べるひとりちゃんは、口の端にチョコが付いていることにも気が付かない。もっきゅもっきゅと頬を膨らませて味わう彼女は、小さな子供みたいで可愛らしい。

 

 夢中で食べている彼女は、突然何かを思い出したかのように私のことを見て呟いた。

 

「あ、で、でも、私何もお返し持ってきてない……」

 

 彼女は猫背のまま、しょんぼりとした雰囲気を醸し出す。

 お返しは無くても大丈夫とは伝えたけれど、やはりどこか悩んでいるご様子。彼女は優しい心の持ち主だから、そういうことも気にしてしまうのだろう。

 

 ひとりちゃんが美味しそうに食べてくれる、それだけで私は十分だ。それだけでお腹いっぱいなのだ。けれど彼女は凹んだ様子で――

 

「……お友達からのプレゼントにお返しも出来ないのか。やはり陰キャはチョコを貰ったって陰キャなんだ。もしかしたら私なんかよりナメクジの方が存在意義あるんじゃないか? もうだめだぁ」

 

 ――ボソボソと自分を責め始めた。

 

 まずい、このままでは昼休みが終わるまで自分の世界に入ってしまう。何とかして彼女をこちら側に戻さなければならない。

 

 状況を打開するために私は彼女を観察し、必死に思考を巡らせる。

 

 そんな私の脳内に差し込む、一筋の光。

 この状況でしか使えない、たった一つの有効な解決法。

 

 まさに天啓……!

 

 少し恥ずかしいかもしれないが、彼女を助けるために頑張るとしよう。それに、私にとってもこれは幸せな結末になるかもしれない。

 私は早速、行動に移した。

 

 

 ――それなら、お返しにチョコを貰おうかしら?

 

 

「えぇ? で、でも、今は何も……持っていないです」

 

 いや、ひとりちゃんはチョコを持っている。彼女自身が気付いていないだけだ。私は彼女からチョコを貰うために間近まで近づいた。そんな私に驚き、彼女は少しだけ後退りする。

 

 

 

 

 ――動かないで。

 

「ピッ! は、はい」

 

 私は彼女の顔へゆっくりと手を伸ばす。そして私は、彼女の唇についたチョコを親指で拭った。

 

「アッ」

 

 彼女は驚いた様子で目を見開き、私の親指を見つめている。

 

 そんな彼女から見えるように――

 

 

 

 

 

 

「ピャァァァァッ」

 

 

 

 

 

 

 ――親指をゆっくりと口に含んだ。

 

 

 興奮にお腹の奥がカッと熱くなった。

 

 私は今の状況を再確認する。ひとりちゃんの唇に触れたチョコレートを食べた。つまり今、私達は学校で交わってしまったのだ。客観的に見てもこれは事実だろう。そのことを実感して少しだけ恥ずかしくなった。私は誤魔化すように彼女に話しかける。

 

 ――チョコ、美味しいわね?

 

「ヒャイ」

 

 彼女は頬を染めて、チラチラとこちらを見ている。その視線は私の親指と唇を交互に移動していた。

 

 あはっ。

 

 彼女も意識してくれているようだ。その表情はトロンとしていて、ポーっと私のことを見つめている。

 

 興奮しているひとりちゃんは本当に可愛らしい。私は目を瞑って、その事実をしみじみと噛み締めていた。

 

「き、喜多さん!」

 

 そんなとき、ひとりちゃんが突然声を上げる。

 

 驚いて目を開けるとそこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――唇にチョコレートを付けたひとりちゃんが居た。

 

 

 あっ。え……?

 

 

 私の思考が停止した。そんな私に、彼女は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

 

「ま、まだ! お返し、で、出来てません……!」

 

 

 

 ……ひとりちゃんが悪いのだ。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 気付いたら自分の教室に居た。

 

 ここまで戻ってきた記憶がない。時間を確認すると、五時間目の授業まであと五分だ。恐らく、予鈴を聞いて急いで戻ってきたのだろう。

 

 ……私は何をしてたんだっけ?

 

 確かあの後、興奮して彼女を壁に押さえつけたような気がする。そこまでは何とか覚えているのだ。けれど、その先が思い出せない。

 

 なにか凄いことをした気がする。

 何故だ、何故私は何も覚えていないんだ。

 

 私は頭を抱えて机に突っ伏した。そんな私の様子を見てたのか、友人達が話しかけてくる。

 

「喜多ちゃん大丈夫? 教室に戻ってきたときもぼーっとしていて、少し心配――えっ!」

 

 私の顔を見た彼女達は、会話を打ち切って驚いたように声を上げた。

 

 ――どうしたの?

 

 当然、疑問に思った私は彼女達に尋ねた。

 

「その、ね? 喜多ちゃん――」

 

 私は彼女の言葉に意識を傾ける。

 

「――喜多ちゃんの唇にチョコが沢山付いてるんだけど……」

 

 

 

 

 ……うそ!

 

 私は急いで手鏡を取り出して確認する。

 そこには、チョコで唇を少しだけ黒く染めた私の顔が写っていた。

 

 もしかして私は、ひとりちゃんと キタキタ しちゃったの!?

 何で覚えてないんだ……!

 私は一体何をしたんだ……!

 

 唇をペロリと舐めてから私は、その記憶を思い出そうと躍起になったのだった。

 

 

 




 ぼっちの唇は、お家に着くまで誰にも指摘されることはなかった。


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ここここのまま

アニメでは尺の都合上カットされてしまった勉強会ですが、もし二期でやるならイチャイチャぼ喜多が見られるのかしらね……。



 

 ……当たっている。

 

 ひとりちゃんの、年齢の割に大きなおもちが私の右腕に当たっている。

 

 彼女は気付いていないのだろうか?

 それに、先程からひとりちゃんとの距離が異様に近い気がする。あまりの近さに興奮して、なんだか体がぽかぽかしてきた。そんなとき、ひとりちゃんが一度身じろぎをすると――

 

 

 むにゅっう! パフパフ〜!

 

 

 キターン!キターン!キターン!キターン!

 

 ――奇跡が起こった。

 彼女の大きなおもちが、私の腕を挟み込んだのだ。どうやって腕が挟まれたのかは分からない。けれど確かに奇跡は起こったのだ。私は神に一度感謝を捧げ、全神経を右腕に集中させる。

 

 正面に座る伊地知先輩とリョウ先輩が、私達を見ていることが分かった。視線は一様に私の右腕に向かっている。

 

 そんな彼女達の顔には、分かりやすく書いてあった。

 

 

 

 

 ――デッッッッッ!!

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 来週は秀華高で定期テストが行われる。バンド活動を始めてから勉強の時間は減ったが、それでもあまり心配していない。元から地頭は悪くないし、普段の授業も集中して受けている。だから赤点を取るようなことはないだろう。

 

 私はそんなふうに楽観的なことを考えながら、ひとりちゃんを誘ってSTARRYへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――おはようございます!

 

「あ、喜多ちゃんおはよー」

 

「郁代、助けて」

 

 先輩達は既にSTARRYに居た。けれど彼女達は普段と違い、いつものテーブルに向かって教科書やノートを広げている。リョウ先輩は何故かげっそりとした顔で椅子の背もたれに体を預けていた。

 

 その様子を見て首を傾げる私に、伊地知先輩は察したように答えてくれた。

 

「うちの高校、来週からテストなんだー」

 

 どうやら先輩達も来週から定期テストが始まるらしい。伊地知先輩に秀華高もテストだと伝えて、私とひとりちゃんは椅子に座る。

 

「どこも高校生は大変だねぇ。喜多ちゃんとぼっちちゃんは勉強大丈夫なの?」

 

 私は何も問題ない、いつも通りにやるだけだ。大丈夫ですと答えた私は、ひとりちゃんに話を振る。

 

 ――ひとりちゃんは勉強できるのかしら?

 

「あっ出来ません!」

 

 ……いい返事ね!

 

 点数が三点だったり、零点だったりするテストをペラリと広げて彼女は即答する。掛ける言葉が見つからなかった私は、取り敢えず彼女の返事を褒めてお茶を濁した。

 

 それから私は彼女の答案用紙を確認してみる。そこには、解答欄の各所に頑張って解こうとした形跡が残っていた。つまり、問題を頑張って解いた結果がこの点数である、ということだ。

 

 あまりにも痛々しいその事実を察してしまい、涙が出そうになる。彼女に掛ける言葉が本当に見つからない。

 

 ……よしっ!

 

 私がひとりちゃんに勉強を教えよう。彼女が困っている姿はあまり見たくないのだ。彼女には出来るだけ笑っていて欲しい。それにこれは、彼女へのアピールチャンスになるかもしれない。ここで賢いアピールをしておけば、私のことを頼りになる女として意識してくれるだろう、そうに違いない。

 

 ――勉強は私が教えるわ!

 

 ひとりちゃんに告げると、彼女は表情を明るくさせた。その目には、私への感謝と期待感が混ざったような感情を宿していた。

 

 ふっ、決まったわ。

 

 私は勝利を確信する。勉強はそこそこ出来るため、彼女の質問にもそれなりに答えられるだろう。

 私達は早速テーブルに筆記用具や教科書を広げて勉強会を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ――それじゃあひとりちゃん。どの教科が苦手で分からないとか、そういうのあるかしら?

 

「わ、分からないところが分からないです」

 

 

 ……。

 

 

 はい。

 

 

 ――だ、大丈夫よひとりちゃん。学年が変わっても先輩って呼ばなくていいからね。

 

「もう諦めたぁ!」

 

 ぐっ。彼女には申し訳ないけれど、私に出来ることはもう無いだろう。大人しく後輩となったひとりちゃんと、楽しい学園生活を送るしか無いかもしれない。

 

 大丈夫。高校中退したって人は生きていける。それに私達には音楽があるから学校を辞めたって問題ない。最悪私が彼女を養おう。

 

 

 ……ツートン、ツートン。

 

 

 

 私は机を叩き始める。

 

 ――もうひとりちゃんにはモールス信号で答え教えます!

 

 ほらひとりちゃんも覚えて! と彼女を急かすと、私と一緒に机を叩き始めた。

 

「もうみんな真面目にやってー!」

 

 

 

 

 

 

+++

 

 私達は一度落ち着いた後、教科書を開いて再び勉強を始めた。時間は有限である。あのまま遊んでいたら、何も勉強せずに今日が終わるところだった。先輩に感謝である。

 

 よし。

 

 練習問題を解き終えた私は一つ息を吐いた。それから、隣で集中するひとりちゃんの方を見る。

 

 

 ……綺麗。

 

 

 問題に取り組む彼女の顔は真剣で、どこか透明感のある表情をしていた。人と会話してないからだろうか。いつもより凛々しい気がする。

 

 ひとりちゃんの横顔をポーっと眺める私は、さっきから彼女のペンが動かないことに気が付いた。難しい問題に当たってしまったのだろうか。確かにこういう問題は、一度悩み始めると中々進まない。うんうん分かる〜と心の中で呟きながら彼女を見ていると、何故か彼女の向こう側にいる店長と目が合った。

 

 ……何故かしら?

 

 先程までは彼女の体が遮る壁となり、店長の姿は見えなかった。それなのに突然見えるようになったのだ。訳が分からない。疑問を解消するために一度ひとりちゃんを確認すると驚く。

 

 

 なんと彼女は――少しずつ体が透明になり始めていた。

 それに伴い、彼女の存在感も小さくなり始める。

 

 ちょ、ちょっと!?

 

 これには流石の私も驚いた。やけに透明感のある横顔だなと思っていたら、体が透明になっていたのだ。中々の衝撃である。

 

 私は恐る恐る彼女に声を掛け、肩を優しく揺すった。

 

「あっ、き、喜多さん」

 

 途端に彼女の体が実体化する。小さくなっていた存在感も元に戻り、突然目の前に人が現れたような感覚を覚えた。

 

 ビクッ と体を一度震わせてしまったがすぐに持ち直し、私はひとりちゃんに先程はどうしたのか尋ねた。

 

「えっと、あっ、あまりに問題が分からなくて、気が遠くなっていたと言いますか。そしたら体がふわふわしてきて、なんか魂が飛んできそうでした」

 

 そ、そう。

 

 私はなんとか言葉を絞り出した。先程までの現象はどうやら無意識だったらしい。この話はもうやめよう。謎が深まるだけだ。

 

 ――どの問題が分からなかったのかしら?

 

 話を変えるために、私は彼女に勉強の話を振った。

 

「あっ、数学の、この問題です」

 

 彼女は教科書に記載されている問題を私に見せてくる。確認すると、その問題は先程まで私が解いていた問題だ。少々工夫は必要であるが、この問題なら私も教えられる。

 

 ――あ、それなら私も教えられるわ。

 

 私は自分のノートを指差してそう告げると、彼女は嬉しそうな顔をして私の方へと椅子を寄せてきた。

 ノートを覗くためだろうか。かなり近くに椅子を置いて座った彼女はこちらを上目遣いで見て一言。

 

「――お、教えてください」

 

 任せなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ――ここはこの定理を使うのよ。

 

 私は早速ひとりちゃんに問題の解説をする。彼女も真剣な表情で私の話を聞いていた。その様子に調子の良くなった私はさらに詳しく解説していく。

 ところが途中、彼女の顔にハテナが浮かんだ。どうやら答えの導出過程で分からない箇所があったようだ。確かに言葉じゃ説明のしづらい箇所だ。どのように解説すればいいだろうか考える。

 

 そんなとき、彼女が私に提案してきた。

 

「あの、喜多さんのノートを見てもいいですか?」

 

 確かにその方が分かりやすいだろう。私は彼女に、勿論おっけーと答えた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 彼女がお礼を告げて私のノートを覗き込んだ、その時――

 

 

 

 

 

 むにゅうっ!

 

 

 

 

 

 彼女の大きなおもちが私の腕に押し付けられた。

 

 キターーーーーーーーーーーーン!!

 

 な、なんなのこの感触!

 とっても気持ちが良いわ!

 んんんんっ柔らかーい!

 

 興奮を抑えるのに必死でこの後の解説は碌にできなかった。けれど幸いなことに、ひとりちゃんはノートを見て自力で解決したようだ。

 

「あっ、ありがとうございました」

 

 彼女はそう言ってから私にノートを返す。

 

 こちらこそありがとう。私は幸せでした。

 勿論そんなことは言えないため、心の中でお礼を告げる。

 

 

 むにー。

 

 

 ……?

 

 ひとりちゃんが何故か離れない。それどころか、教科書やノートをこちらに引き寄せてお勉強を再開した。

 

 思考が停止する。首を傾げている私を見て、ひとりちゃんが告げた。

 

「し、質問もしやすいですし、ここここのままやっても良いですか!」

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……当たっている。

 

 ひとりちゃんの、年齢の割に大きなおもちが私の右腕に当たっている。

 

 彼女は気付いていないのだろうか? 

 それに、先程からひとりちゃんとの距離が異様に近い気がする。あまりの近さに興奮して、なんだか体がぽかぽかしてきた。そんなとき、ひとりちゃんが一度身じろぎをすると――

 

 

 むにゅっう! パフパフ〜!

 

 

 キターン!キターン!キターン!キターン!

 

 ――奇跡が起こった。

 彼女の大きなおもちが、私の腕を挟み込んだのだ。どうやって腕が挟まれたのかは分からない。けれど確かに奇跡は起こったのだ。私は神に一度感謝を捧げ、全神経を右腕に集中させる。

 

 正面に座る伊地知先輩とリョウ先輩が、私達を見ていることが分かった。視線は一様に私の右腕に向かっている。

 

 そんな彼女達の顔には、分かりやすく書いてあった。

 

 

 

 

 ――デッッッッッ!!

 

 

 

 

 その様子に少しだけ優越感。

 ひとりちゃんのおもち、私の腕を挟んでるんですよぉ。

 

 渾身のドヤ顔を先輩達に向ける。

 

「いや顔真っ赤じゃん」

 

 シラーっとした目で伊地知先輩がボソッと呟いた。リョウ先輩は目をお金のマークにしていたが、気の所為だと思いたい。

 

 先輩達の反応に努めて気付かないフリをして、幸せな感触を味わい続ける私に――

 

 私から腕を動かしたらどうなるのかしら?

 

 ――邪な思いが浮かんだ。

 

 

 一度思いついてしまった私はもう我慢できない。

 私はお腹を空かせた虎だ。目の前に餌を置かれた虎はすぐに食い付いてしまうのだ。

 

 顔を明後日の方向に向けながら、私は大袈裟に腕を左右に動かした。

 

 もっちり。

 ポヨンポヨンっ!

 

 んんんっ気持ちいいわ!

 恐らく、私の鼻の下は伸びているだろう。正面の先輩方がシラッとした目で私のことを見ているから。

 

 けれどひとりちゃんは嫌がらない。拒絶の声を上げないのだ。

 ならば大丈夫、問題ない。

 これは同意の下に行われているのだから。

 健全ですよ健全! 健全健全健全っ!

 

 調子に乗った私は腕をぐりぐりと彼女の体に押し付けた。

 

 

 あぁ、本当に幸せだわ……。

 

 

 しみじみと噛み締めながら腕を動かす私の耳に――

 

「――んっ」

 

 驚いてひとりちゃんの方を見る。

 彼女は顔を真っ赤に染めて、両手で口を押さえていた。

 

 

 ……あら?

 なんだか痴漢されて我慢している女の子の反応とそっくりだわ。

 

 

 疑問に思った私は彼女の顔を覗き込むと――

 

「ピャアアアアッ!」

 

 ――彼女は一瞬で透明になり、どこかへと消えてしまった。

 

 照れたひとりちゃんも本当に可愛い……イッッ!

 

 彼女の可愛さを噛み締めている私の頭に、突然の痛み。

 

「ぼっちちゃんを揶揄うのもいい加減にしなさい!」

 

 そこそこの強さで叩かれた私の意識は、ゆっくりと暗転していくのだった。

 

 




ぼっち「あっ、近づきすぎちゃったどうしよういつ離れればいいんだろうあっ喜多さんなんかいい匂いこのままでいいかも」


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次は貴女の――

時は満ちた。ぼっち、覚醒の時は来たれり。



 

「来てくれてありがとう」

 

 目の前の彼は所在なさげに、片手で後頭部を掻きながらこちらをチラチラと見ていた。

 

 ――構わないわ。それで、用事って何かしら?

 

 今日はひとりちゃんとのギター練習があるのだ。あまりここで時間を取られる訳にはいかない。私は早く早くと急かすように彼へと返事をした。

 

「あー、うん。あの、そのさぁ――」

 

 彼のどこか煮え切らない返事に少しだけ眉を顰めそうになったが我慢する。そちらから呼んだのだから、出来れば早くして欲しい。

 そんなことを考えていた私の頭は、彼が次に発する言葉を聞いて真っ白になった。

 

「――俺、喜多ちゃんのことが好きなんだよね」

 

 ……?

 

 ほわぁぁぁぁあ!

 

 こ、これが数多くの青春ドラマで話題になる、校舎裏での告白イベント!? 

 ま、まさか私が体験する側になるなんて、考えたこともなかったわ……。

 

 彼の告白に驚くと同時に、今自分が置かれている状況を理解した。

 それからなるほど、と一人で納得する。今朝、下駄箱に入っていた私宛の手紙は、どうやら告白するためのラブレターだったらしい。

 

「だから、俺と付き合ってくれませんか?」

 

 おぉー!

 最後までやり切った彼に、内心で拍手を送る。

 

 けれど、申し訳ないがそのお誘いを受けることは出来ない。私には好きな人がいるのだ。出来るだけ彼が傷つかないようにと、私は断り文句を考え始めた。

 

 

 それにしても、彼は凄い勇気を持っているものだと感心する。告白なんて、私が今まで何度も足踏みしたことを実際にやってのけたのだから。正直尊敬する。

 

「あの、それでどうかな?」

 

 いけない。こんなときに考え込んでしまった。変に期待させるのも申し訳ないから、一先ず断ることを優先しよう。

 

 

 私は彼の方を向いて告げた。

 

 

 

 

 私は、貴方の告白を受け――

 

 

 

 

 

 

 

「―― ピョォォォォォッ!」

 

 

 

 

 突如として、彼と私の間に黒い影が降り立った。その衝撃に砂煙が舞う。私達は目を覆い、砂を吸い込まないように顔を背けた。

 

 それから数秒後。

 

 煙が晴れた私達の視界には――

 

 

 

 

「きっ、喜多さんは! わ、渡さなぁぁぁいいいい!」

 

 

 

 

 ――大量の缶バッジや鎖を身に付けて、星形サングラスを光らせているひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 次第に冬が深まり、寒さに凍える日々を過ごす今日この頃。

 

 私は結束バンドの皆さんと夜ご飯を食べに来ていた。場所は学生らしく、お財布に優しいファミレスである。

 

「今日は寒かったねぇ」

 

 伊地知先輩はホットココアを飲みながら呟いた。

 確かに今日はここ最近で一番寒かった気がする。あまりの寒さに、可愛さを無視した分厚いアウターを着込んでしまった。ひとりちゃんもいつものピンクジャージに加えて、暖かそうなマフラーを首に巻いている。

 

「もうすぐクリスマスだよ。私達には関係ないけどね!」

 

 なんとも悲しい発言をする伊地知先輩に苦笑いをする。先輩なら恋の一つや二つあってもおかしくないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 リョウ先輩はどうなのだろうか。気になった私は訊いてみた。

 

「あんま興味ない。楽器やってる方が楽しい」

 

 おぉ! 流石はリョウ先輩だ。クールなところも中々に素敵である。

 

「またそんなこと言っちゃって。この前も告られてたくせに!」

 

 まぁ、女の子からだけどね。と付け加えた伊地知先輩の言葉を聞いて驚く。やはりリョウ先輩は大変オモテになられるようだ。同性すらも魅了するそのビジュアル、強い(確信)。

 

「なんかそういうの増えてきたよねぇ。私の周りでも恋人が出来たとか言う子、何人か居るし」

 

 確かに、クラスの友達も彼氏が出来たとかで喜んでいた。別に羨ましくなんかない。ないったらない。私にはひとりちゃんが居るから!

 必死に強がっている私のことなんか気にせず、先輩は話を続けた。

 

「やっぱりクリスマスが近づいてくると、彼氏彼女の話題が増えるよ」

 

 ……?

 

 それはどうしてだろうか。理由の思い付かない私は伊地知先輩に尋ねた。

 

「あぁ。やっぱり冬休みに向けてワンチャン? みたいなやつだよ。一夏ならぬ一冬の思い出を作りたくて、急にみんな動き出すの」

 

 そういうものなのか。今まで気にしたことがなかったから知らなかったけれど、言われてみると確かにそんな気がしてきた。

 

 私も一冬の思い出、ひとりちゃんと欲しいなぁ。

 

 チラッと隣に座るひとりちゃんの様子を窺う。

 彼女は美味しそうに、先程注文したハンバーグプレートを頬張っていた。

 

 ふふっ。そんなに焦らなくてもいいかな。

 

 彼女が幸せそうなら、無理に関係を変える必要もないだろう。勿論ちゅーとかはしたいけれど、慌てて告白するくらいなら今の幸せをもう少し味わっていたい。それにもし振られでもしたら二度と立ち直れない。

 

「ま、別にうちのバンドは恋愛禁止って訳でも無いし、ちゃんと練習してくれるなら自由ってことで。この話題は虚しいため終了です!」

 

 

 そんな会話をしながら、私達は夜ご飯を食べて解散した。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 翌朝、私はいつものように学校へと向かっていた。この季節になるとお家を出るのが億劫になるけれど、そんな理由でサボる訳にはいかない。私はアウターのポケットに入れたホッカイロを握り締めながら歩みを進めた。

 

 

 

 

「あっ、喜多さん」

 

 寒さに体を縮こまらせながら歩いていると、ひとりちゃんの声が後ろから聞こえてきた。振り向いてその姿を確認した私は、おはようと挨拶をする。

 

「お、おはようございます」

 

 寒さのせいか、彼女の顔が少しだけ赤くなっていた。マフラーをしているとはいえ、やはり彼女も寒そうである。

 

 今日も寒いわねぇ、なんて会話をしながら学校へと向かう。隣に並んだ彼女の両手は、手袋も付けずにぷらぷらと揺れていた。

 

 それに気付いた私はギュッと彼女の片手を掴むと、私のポケットにそのまま突っ込んだ。

 彼女からは ピッ! なんて鳴き声が聞こえてきたけれど、私は気にしない。

 

 ――これであったかいわね。

 

「アッハイ」

 

 そう話しかけた私に、彼女はか細い声で答えてくれた。それから彼女はこちらを見て、にへらと笑う。

 

 

 か、可愛い……!

 

 

 これですよこれ。

 この幸せな日常があるから、私は慌てる必要なんか無いって言ったんですよ。

 

 むっふー、と満足げに息を吐いた私は、彼女を引き連れて学校へと向かった。

 

 

 

 

 学校に着いた私達は、靴を履き替えるために下駄箱へと向かう。ここで一旦別れるが、二組の方が玄関から近いためひとりちゃんの方が先に履き替え終えるだろう。

 彼女と別れた私は、上履きを取り出すために下駄箱の扉を開く。すると、中に封筒が入っていることに気が付いた。

 

 ……なにかしらこれ?

 

 疑問に思った私はその場で封筒を開封する。

 

『喜多郁代さんへ。放課後、校舎裏の大きな木が生えている場所でお待ちしております』

 

 ……?

 

 なにかしらこれ?

 

 先程と全く同じ感想が出てきた。差出人の名前も無いし、これはどういう意図があるのだろうか。何も分からない。今日は放課後にひとりちゃんとギター練習があるのだけれど、どうすればいいだろうか。

 

 

 

 その手紙を読みながら考える私は、ひとりちゃんがすぐ側で私を見つめていることに気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 時間は進み、あっという間に放課後である。

 

 授業中や休み時間に手紙について考えてみたが、やはり何も分からなかった。友人に相談しようにも、手紙からどこか真剣な雰囲気を感じたために出来なかった。

 

 分からないものはしょうがない。実際に行って確かめるしか無いだろう。

 

 私はひとりちゃんに、『少しギター練習に遅れます』とロインを送ってから席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 校舎裏へと向かうと、既にそこには男子生徒が待っていた。確か彼は、隣のクラスに在籍している生徒だった筈だ。

 

「来てくれてありがとう」

 

 目の前の彼は所在なさげに、片手で後頭部を掻きながらこちらをチラチラと見ていた。

 

 ――構わないわ。それで、用事って何かしら?

 

 今日はひとりちゃんとのギター練習があるのだ。あまりここで時間を取られる訳にはいかない。私は早く早くと急かすように彼へと返事をした。

 

 

「――俺、喜多ちゃんのことが好きなんだよね」

 

 ……?

 

 ほわぁぁぁぁあ!

 

 こ、これが数多くの青春ドラマで話題になる、校舎裏での告白イベント!? 

 ま、まさか私が体験する側になるなんて、考えたこともなかったわ……!

 

 彼の告白に驚くと同時に、今自分が置かれている状況を理解した。

 それからなるほど、と一人で納得する。今朝、下駄箱に入っていた私宛の手紙は、どうやら告白するためラブレターだったらしい。

 

「だから、俺と付き合ってくれませんか?」

 

 おぉー!

 最後までやり切った彼に、内心で拍手を送る。

 

 けれど、申し訳ないがそのお誘いを受けることは出来ない。私には好きな人がいるのだ。出来るだけ彼が傷つかないようにと、私は断り文句を考え始めた。

 

 

 それにしても、彼は凄い勇気を持っているものだと感心する。告白なんて、私が今まで何度も足踏みしたことを実際にやってのけたのだから。正直尊敬する。

 

「あの、それでどうかな?」

 

 いけない。こんなときに考え込んでしまった。変に期待させるのも申し訳ないから、一先ず断ることを優先しよう。

 

 

 私は彼の方を向いて告げた。

 

 

 

 

 私は、貴方の告白を受け――

 

 

 

 

 

 

 

「―― ピョォォォォォッ!」

 

 

 

 

 突如として、彼と私の間に黒い影が降り立った。その衝撃に砂煙が舞う。私達は目を覆い、砂を吸い込まないように顔を背けた。

 

 それから数秒後。

 

 煙が晴れた私達の視界には――

 

 

 

 

「きっ、喜多さんは! わ、渡さなぁぁぁいいいい!」

 

 

 

 

 ――大量の缶バッジや鎖を身に付けて、星形サングラスを光らせているひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

 えぇっ!?

 

 

 突然の登場に私は動揺する。

 

 どうしてひとりちゃんがここに? それ以前にどうやってここに私が居ると分かったの?

 

 沢山の疑問が頭の中に浮かんだが、一旦それは置いておく。今はこの状況をなんとかする方が優先だろう。

 

 

 ひとりちゃんどうし――

 

 

「――だ、駄目です! 喜多さんは駄目なんです! 喜多さんはほんとに陽キャで明るくて、可愛くて、優しくて、いっ、いい匂いもします! だ、だから、貴方が喜多さんのことを好きになる気持ちも分かります」

 

 

 話しかけようとした私の声を遮って、彼女は声を張り上げる。その声には少しだけ涙が混じっていて、彼女が無理をしていることが分かった。

 けれど彼女は、正面の彼を懸命に睨みつけている。アワアワと体を震わしながらも睨みつけている。

 

 それから彼女は言葉を続けた。

 

 

「けど、けど! わ、私から喜多さんを取らないでください……! ぜ、絶対、絶対喜多さんは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――喜多さんは渡しません!」

 

 

 

 

 

 

 あ、あはっ。

 

 少しだけ涙が出てきた。

 こんなにも強い想いをぶつけられたのは初めてだ。

 それになにより、ひとりちゃんが私のために勇気を出して頑張ってくれている。その事実に胸がキュンとして、お腹の奥が熱くなった。

 

「ど、どこかへ行ってくださいいい」パンッ! パンッ!

 

 彼女はいつの間にか取り出していたクラッカーを発砲して、彼を一生懸命威嚇している。

 

 ――ありがとうひとりちゃん。

 

 私は今尚威嚇を続ける彼女を、後ろから優しく抱きしめた。

 そして正面の彼へと告げる。

 

 

 ごめんなさい。私はあなたの告白を受けることが出来ません。

 

 

「そ、そっかぁ……。い、いや、こっちこそ突然悪かったよ。だ、だから気にしないでくれ」

 

 彼は涙声でそう告げて、この場を去っていった。

 

 

 

 

 校舎裏には私とひとりちゃんの二人きり。寒空の下、私達は段差に座ってお互いに身を寄せ合っていた。

 

 ――さっきは凄かったわね。

 

「あっ、あれは、その。き、喜多さんを取られちゃうんじゃないかと必死で……」

 

 ……そっか。

 私を取られたくなかったんだ。

 

 

 ……。

 

 

 体をもじもじと恥ずかしそうにしている彼女に、私は告げた。

 

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 

 

「は、はい」

 

 

 私、ひとりちゃんのことがす――

 

 

 そのとき、びゅん! と強い風が一瞬だけ吹いた。

 

 

「……? 今、なんて言いましたか?」

 

 

 ――ふふっ。なんでもないわ。

 

 そう答えて私は立ち上がる。それから彼女に手を差し出した。もう随分と時間が経っている。はやく荷物を取りに行かないと、練習の時間が無くなってしまうだろう。

 

 未だに首を傾げている彼女に、内心で告げる。

 

 

 私は最後まで言い切ったわよひとりちゃん。

 だから、次は貴女の番。いつまでも待っているわ。

 

 

 私は彼女の手を引いて、荷物を取りに教室へと向かうのだった。

 

 

 




喜多「この缶バッジは?」
ぼっち「あっ、もしかしたら会話のネタになるかと」

喜多「この鎖は?」
ぼっち「よ、予備のギターストラップです」

喜多「このサングラスとクラッカーは?」
ぼっち「あっ、お友達との会話を盛り上げられるかと思って……」

喜多「……もう余計なものを持ってくるのは辞めましょう」
ぼっち「ヴッヴゥゥゥ」涙ジョバー



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後藤ひとり誕生日if:独り占め

せ、セーフ(震え声)

また番外編か、と思っていたらバレンタイン編を書いたのが一週間前でしたね。記念日近スギィ!



 

 

「そ、それなら――」

 

 

 目の前には少しだけ顔を赤く染めたひとりちゃんの姿。彼女はどこか緊張した様子でチラチラとこちらを見ている。

 

 プレゼントが何も思い付かず、直接本人に尋ねるという力技に出た私にひとりちゃんは答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

「――それなら誕生日は、喜多さんを独り占めしてもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 ……?

 

 

 

 

 

 え、えぇ!? そ、そんなっ、嘘でしょ、えぇ!?

 

 彼女の発言に一瞬で頭が沸騰する。

 人見知りで恥ずかしがり屋のひとりちゃんが、まさかそんな大胆な発言をするとは微塵も思っていなかった。

 

 いつもなら キターン! と喜んでいるが、今日ばかりはそんなことをする余裕もない。今の私は彼女の不意打ちにドキドキなのだ。

 

 

 わ、私を独り占めしたいって、やっぱりそういうことなのかしら?

 

 

 お友達を独り占めしたいなんて思うことは普通じゃないだろう。それこそ相手が大切な人だったり、好きな人だったり――

 

 

 ま、まさか好きな人なのぉ!?

 

 

 私は体をアワアワと震わし、目もグルグルと回しながら考える。誕生日という特別な日に私を独り占めしたいなんて。そんなの私が好きってことに違いない。そうに決まっている!

 

 茹だった頭が弾き出した結論は、私の幸せな未来を約束する素晴らしいものだった。

 

 

 そうよね。もう私はゴールしてもいいのよね……!

 

 

 空を見上げてフルフルと感動に震える私に、ひとりちゃんは何を勘違いしたのか、

 

 

「――いいいイキってすみません」

 

 なんて言って涙目で謝り出した。

 そんな彼女に私は慌てて返事をする。

 

 ――いいわよ。存分に独り占めしてちょうだい!

 

 にっこり笑顔で告げたその言葉に、ひとりちゃんはえへえへと嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ……思い付かない。

 一体どんなプレゼントを彼女へ贈ればいいのだろうか。

 

 悩み始めてから既に二週間が経過している。二月二十一日まであと三日しかない。早くプレゼントを決めないと当日に渡せなくなってしまうだろう。

 

 

 二月二十一日。それは後藤ひとりちゃんのお誕生日である。

 

 

 ならば絶対に素敵な日にしなければならない。彼女には幸せな一日を送って欲しい。あわよくば感動して『喜多さん素敵! 抱いて!』みたいな流れになってくれると最高なのだが、流石にそれは夢の見過ぎだろう。

 

 せめてひとりちゃんには笑っていて欲しい。そんな思いから私は、恥を忍んで先輩達に助言を求めようと考えた。

 

 

 

 

 

 

 場所は移ってSTARRY、アルバイトが終わった後に私は先輩達に話しかけた。因みにひとりちゃんはお休みである。

 

「プレゼント? あぁ、もうすぐぼっちちゃんの誕生日だね。喜多ちゃんはプレゼントが思い付かないんだ?」

 

 

 一応アクセサリーや香水は考えてはいたのだ。けれどペアリングやネックレスはギターの邪魔だろうし、香水に至っては彼女の性格的に好まないだろう。

 

 そう考え始めると、何も良い案が思い付かなくなってしまったのだ。一応私の使っている香水は買っているけれど、これで喜んでくれるかは微妙といったところだ。

 

「あんまり難しく考える必要は無いと思うけどなぁ。ひとりちゃんは、誕生日プレゼントならなんでも喜んでくれるよ!」

 

 特に喜多ちゃんからのプレゼントはね! と最後に一言告げて、伊地知先輩はフロアの掃除を始めた。

 

 ……その最後の一言について詳しく伺いたかった。

 

 モヤモヤとした思いを抱えながら、次はリョウ先輩に質問した。

 

「いっそのこと直接聞いてみたらいいんじゃない?」

 

 ――えぇ!? それは有りなんですか?

 驚いた私は先輩にすぐに聞き返した。

 

「確かにサプライズ感は無くなるけど、相手の欲しいものを確実にプレゼント出来る。因みに私は今、ちょうど欲しいと思っているベースがある」

 

 そ、そうですか。

 

 先輩の誕生日はまだまだ先だし、お金も持ってないからベースはプレゼント出来ないだろう。

 けれど先輩の提案はとてもタメになるものであった。なるほど、事前に聞いておくというのも良いかもしれない。むしろそれが一番のような気がしてきた。

 

 私はリョウ先輩にお礼を告げて、バイトの後片付けを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 時刻は翌日の昼休み。私達は階段下のスペースに集まってお昼を食べていた。彼女との幸せなひとときに頬が緩むが、今日の本題は別のところにある。

 私は昨日いただいたアドバイスに従って早速尋ねることにした。

 

 ――ねぇひとりちゃん。

 

「は、はい!」

 

 ――もうすぐひとりちゃんのお誕生日ね!

 

「あっ、そそそそうですね……!」

 

 あはっ。

 

 どこか挙動不審で返事をする彼女が微笑ましい。彼女も自分の誕生日が近いことを意識していたみたいで、期待の文字が顔に書かれていた。

 

 ――ひとりちゃんはお誕生日プレゼント、何がいいかしら?

 

「ウェッ!」

 

 彼女は驚いたように声を上げた。まさか自分に訊かれるとは思っていなかったらしい。私は彼女に事情を話す。同時に、一応香水も用意していると伝えた。

 

「わ、私は喜多さんからのプレゼントなら全部嬉しいですよ?」

 

 嬉しいことを言ってくれた彼女ににっこりする。けれど私は、彼女が一番喜んでくれるものをプレゼントしたいのだ。彼女のためならどんなことだってしてあげたいと思う。

 

 そう伝えた私に、彼女は少し考えてから私に話始めた。

 

 

 

 

 

 

「そ、それなら――」

 

 

 目の前には少しだけ顔を赤く染めたひとりちゃんの姿。彼女はどこか緊張した様子でチラチラとこちらを見ている。

 

 プレゼントが何も思い付かず、直接本人に尋ねるという力技に出た私にひとりちゃんは答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

「――それなら誕生日は、喜多さんを独り占めしてもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 ……?

 

 

 

 

 

 え、えぇ!? そ、そんなっ、嘘でしょ、えぇ!?

 

 彼女の発言に一瞬で頭が沸騰する。

 人見知りで恥ずかしがり屋のひとりちゃんが、まさかそんな大胆な発言をするとは微塵も思っていなかった。

 

 いつもなら キターン! と喜んでいるが、今日ばかりはそんなことをする余裕もない。今の私は彼女の不意打ちにドキドキなのだ。

 

 

 わ、私を独り占めしたいって、やっぱりそういうことなのかしら?

 

 

 お友達を独り占めしたいなんて思うことは普通じゃないだろう。それこそ相手が大切な人だったり、好きな人だったり――

 

 

 ま、まさか好きな人なのぉ!?

 

 

 私は体をアワアワと震わし、目もグルグルと回しながら考える。誕生日という特別な日に私を独り占めしたいなんて。そんなの私が好きってことに違いない。そうに決まっている!

 

 茹だった頭が弾き出した結論は、私の幸せな未来を約束する素晴らしいものだった。

 

 

 そうよね。もう私はゴールしてもいいのよね……!

 

 

 ――いいわよ。存分に独り占めしてちょうだい!

 

 にっこり笑顔で告げたその言葉に、ひとりちゃんはえへえへと嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 今日は土曜日である。

 残念ながらひとりちゃんのお誕生日は平日であったため、その週の休日に集まることにした。場所は私のお家である。これで人目を気にする必要がなくなり、思う存分楽しめるだろう。

 

 当日のお誕生日会では、既に香水をプレゼントしてある。彼女は顔をふにゃふにゃとさせて嬉しそうにしていた。その姿は本当に可愛らしくて私も幸せだったけれど、本命は今日である。

 

 今日の私はひとりちゃんに独り占めされちゃうのだ!

 

 そう思うだけで体がソワソワとし始める。私は一体何をされちゃうのだろうか。妄想が昨日から止まらない。

 

 ―― ピーンポーン。

 

 まだかまだかと時計を確認していると、お客さんの来訪を告げるベルの音が聞こえた。

 

 私は急いで玄関の扉を開けると、そこには待ち望んだひとりちゃんの姿があった。

 

 ――いらっしゃい!

 

「お、お邪魔します!」

 

 

 

 

 彼女を迎えた私は自分の部屋へと案内する。それから私達は、荷物を部屋の隅に置いてベッドに並んで座った。

 

 

 ……。

 

 

 お互い何も話さないまま五分が経った。私もひとりちゃんも、少しだけ緊張しているみたいだ。この状況も初々しいカップル感があって良いと思うけれど、このままでは日が暮れてしまうかもしれない。

 私は意を決して話しかけた。

 

 ――これで、今日の私はひとりちゃんのものね……?

 

「ピャッピャァァァァッ」

 

 彼女は顔を真っ赤にさせて声を張り上げた。どうしたの! と慌てて訊く私に、彼女は恥ずかしそうに答えてくれた。

 

「あっ、あのときは舞い上がってしまって、喜多さんがなんでもしてくれるって言ったから……」

 

 か細い声で、恥ずかしそうに話す彼女は大変可愛らしかった。そんな彼女を微笑ましく思いながらも私は、なんでもしてあげたいのは本当だと告げる。

 それを聞いて彼女は、恥ずかしそうにしながらも私に願いを伝えてくれた。

 

 

「そ、それなら――」

 

 

 ……それなら?

 ゴクリと私は唾を飲み込む。彼女がこれから話す言葉を一言一句逃しはしない。

 

 

「――それなら今日一日、わ、私のことを離さないでください」

 

 

 

 

 ……キッ。

 

 

 

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

「や、けけ決して変な意味では無くて! その、喜多さん優しいし温かいですし、そ、それに良い匂いもして、抱きつかれるとすごく気持ちいいですし実は喜多さんに貰った香水も使ってみたんですが、それじゃあ物足りなくてずっと悶々としててそれで……!」

 

 物凄い勢いで弁明を始めるひとりちゃん。相当慌てているみたいで、彼女は目をグルグルとさせていた。

 

 

 ん゙ん゙ん゙可愛いわっ!

 

 

 でもそっか。抱きしめて欲しいのか。

 ならばいいでしょう。ひとりちゃんの望むままに今日は好き放題抱きしめて、捕まえておくことしよう。

 

 

 私は未だに慌てている彼女を優しくベッドに押し倒した。それから彼女にのしかかり、ぎゅーっと強く抱きしめる。途端に伝わり始めたふわふわもちもちに、私の理性が一瞬で溶けて無くなった。

 

 彼女からは アッ て声が聞こえてきたが決して気にしない。嫌がったってやめることは無い。

 

 だってこの状況は――

 

 

 

 

 

 ……今日は覚悟しててねひとりちゃん。

 

 

 

 

 

 ――この状況は貴女が望んだのだから。

 

 

 

 

 その日の私はやりたい放題 キタキタ した。

 

 

 

 この日から私達の距離が更に縮まったのは言うまでもないだろう。

 

 

 




虹夏「結局、誕生日プレゼントは香水以外に何をあげたの?」

喜多「私です」

虹夏「?」

喜多「私です」

虹夏「??」


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お母さん

三つぐらいのネタがずっと三百文字ぐらいで止まってるぅ。



 

 ふにょん、ぽにょん。

 

 ひとりちゃんが私の頭を抱き締める。

 それから彼女は、小さい子を甘やかす様に優しく私の頭を撫で始めた。

 

「だ、大丈夫です。私はここに居ますから、ゆっくりと休んでください」

 

 ぎこちなく笑いながらも、彼女は慈しんだ目で私のことを見ていた。それから大丈夫、大丈夫、と伝える様に、彼女は私の頭を撫で続ける。

 熱で弱った私の心に、そんな彼女の優しさがゆっくりと染み渡った。

 

 こうして貰っていると、私が小さかった頃のことを思い出す。そのときも熱を出したのだが、お母さんは彼女と同じ様に頭を撫でて励ましてくれた。

 

 彼女の鼓動が耳に伝わる。トクン、トクン、という一定の音にどこか安心する。

 

 あぁ、あぁ……!

 これがひとりちゃんの母性、ひとりちゃんの包容力!

 

 あまりの心地良さに、少しずつ私の瞼が落ち始めた。

 

 

 

 

「――お休みなさい。喜多さん」

 

 

 

 

 

 うん、お母さん。

 

 

 

 

 

「ウェッ!」

 

 

……あっ。

 

 

 

 一瞬で意識が覚醒する。体からぶわっと汗が吹き出し始めた。

 

 私は今何て言ったの……?

 ま、まさか同級生に。それも好いている相手にお、お母さんと言ったの……?

 

 う、嘘よ、何かの間違いよ、そうに違いないわ!

 

 僅かな希望を胸に恐る恐る顔を上げた私の視界に――

 

 

 

「わ、私が喜多さんのお母さん……!」

 

 

 

 ――真っ赤に染まった顔を両手で押さえて、蕩けた表情をしているひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「よし! 今日はこれで終わりにしよっか!」

 

 今日も結束バンドの練習が終わり、楽器の片付けを始める。

 ここ最近は自主練を増やしているおかげか、ミスも大幅に減ったし手首もよく動くようになった。こうやって目に見える形で上達すると嬉しくなる。私はちゃんと前に進んでいるんだと実感するから。

 

 これからも頑張って練習しよう。

 決意を新たに私は片付けを進める。それから、ギターをケースにしまった私がゆっくりと立ち上がろうとした、その時。

 

 

 

 ――ふらっ。

 

 

 

 あら?

 

 突然の目眩に、咄嗟にしゃがみ込んで堪えた。

 それから目を瞑ってじっとしていると、フラつきがだんだんと治ってくる。やがてその目眩が完全に治ったことを確認した私は、ゆっくりと立ち上がった。

 

 疲れていたのだろうか? 

 

 幸いにもバンドの方々は私の様子に気付かなかったようで、着々と片付けを進めている。私は先程の目眩のことを気にしないようにして、片付けを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 片付けも終わり、私達はいつものテーブルで寛ぎ始める。ここで一度、バイトや練習の疲れを癒すのが私達の習慣になってしまったかもしれない。

 

「今日もお疲れ〜」

 

「疲れた。もう無理」

 

 私達は飲み物を片手に駄弁り始めた。

 

「今日も疲れたねぇ。バイトも予想以上に忙しかったから、今日は特に疲れたかも〜」

 

 ですねぇ、と私も先輩の発言に同意する。今日はお客さんが多い日だったみたいで、中々に大変だった。

 

「そういえば喜多ちゃん、ここ最近毎日STARRYに来てるよね? 私はここが家だから毎日居るけど、喜多ちゃんは練習ない日もバイト入れてるじゃない? 大丈夫?」

 

 おぉ。流石は気遣いの塊、伊地知先輩だ。バンドメンバーのケアも欠かさない。

 そんな彼女に私は大丈夫ですと答えた。正直疲れはするけれど、一日眠るとすぐ元気になるから問題ない。

 

「わ、私も心配です。さっきも少しふらついてたし、わ、私は喜多さんに元気でいて欲しいです!」

 

 ……まさかひとりちゃんに見られていたとは。

 

 不覚っ! とは思わなくもないが、少しだけ嬉しくなった。ひとりちゃんが私のことを見ていてくれたのだ。嬉しくない筈がない。

 私は興奮のまま、彼女の手を握りしめた。ピャッ という声が聞こえたけれど、気にせずニギニギとする。

 

「えぇ!? そっか、それならもう今日は解散しましょう!」

 

 先輩の一声により、その日のおしゃべりは終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、私は朝から熱を出して学校を休んだ。

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ――体が重い。

 

 朝からずっとベッドに潜っていたから、少しだけ体調は良くなったと思う。けれど未だに熱はあるし、寒気も感じる。この様子では、今日は一日寝たきりかもしれない。

 はぁ、とがっかりした様にため息を吐いた私は、もう一度眠ろうと目を瞑った。

 

 それにしても、熱を出すなんて随分と久しぶりな気がする。最近はずっと忙しかったから、ここにきて一気に疲れが出てきてしまったのかもしれない。

 ここ一ヶ月は毎日ギター練習とバイトの予定を入れていた。自分では無理をしているつもりは無かったけれど、寝込んでしまったのだからそれは通用しないだろう。

 

 

 ……練習、休んじゃったなぁ。

 

 

 この様な結果になってしまったが、本当に無理をしていたつもりはない。ほぼ毎日練習していたのは、それが楽しかったからだ。練習を続けると少しずつ上達していくことが分かったし、何よりバンドの皆さんを驚かせることが楽しかった。

 

 目を瞑ってそんなことを考えていた私の耳に――

 

 

 トン、トン、トン。

 

 

 ――階段を登る足音が聞こえてきた。

 

 

 

 ……お母さん?

 

 今の時間はお昼過ぎだから、いつもなら家には誰も居ない筈だ。だから、もしかしたらお母さんが仕事を休んでくれたのかもしれないと思った。

 少しだけ申し訳なく感じるけれど、同時に嬉しさも覚える。心も身体も弱っていて、先程からずっと寂しかったから。

 

 トン、トン。

 

 足音が私の部屋の前で止まった。それからガチャリ、と扉の開く音が聞こえる。

 

 私はゆっくりと目を開いて入り口の方を見た。

 

 そこには――

 

 

 

 「き、喜多さん……」

 

 

 

 ――顔を真っ青にさせたひとりちゃんが居た。

 

 

 

「喜多さん! だ、大丈夫ですか!?」

 

 ひとりちゃんはアワアワとしながら部屋に入ってくる。それから私のベッドの傍に跪いて私に話しかけ始めた。

 その様子に少しだけ嬉しくなったけれど、始めに聞きたいことがある。

 

 ――大丈夫よ。それより、ひとりちゃんはどうしてここに……?

 

「あっ、き、喜多さんのお母さんからロインがきて、寝込んでるって聞いて、それで急いで早退して来ました」

 

 お母さん……。

 

 一体いつ彼女とロイン交換をしたのか、今度問い質さないといけない。

 そんなことを黙って考えていた私に、ひとりちゃんは泣きそうな目で話しかけてきた。

 

「め、迷惑ですよね……。で、でも! 喜多さんが心配で、居ても立っても居られなくて、ごめんな――」

 

 

 ――来てくれてありがとう。とっても嬉しいわ。

 

 謝ろうとしていた彼女の言葉を遮り、私はお礼を告げる。

 すると彼女は、表情をパァァァッと明るくさせてにへらと笑った。

 

 あはっ。可愛い。

 

 彼女の可愛さに嬉しくなった私は、会話を続けようとした。けれど、

 

 ――ケホッ! ケホッ!

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 やっぱりまだ熱があるみたいだ。頭が少しだけボーっとする。

 フラフラとする意識の中、私は精一杯彼女に伝えた。

 

 ――寂しかったの。だから、来てくれて本当に嬉しかった。

 

 その言葉を聞いたひとりちゃんは私の手を握ってくれた。彼女の優しさにじんわりと私の心が温まる。

 

「き、今日はずっと、ここに居ますから」

 

 

 ……あぁ、好きだなぁ。

 

 

 彼女への好きで溢れ始める。

 彼女と、ひとりちゃんともっと触れ合いたいと思った。そんな私は、彼女と繋がれた手を少しだけ強く引っ張った。

 

「ピャッ!」

 

 ベッドに倒れ込んでくる彼女を私は抱きしめる。その体勢のまま、熱が移ってしまったらごめんなさい、と彼女に告げた。

 

「い、いや、それは大丈夫なんですけど……これは?」

 

 戸惑いの表情を見せる彼女に、私はポツリと呟く。

 

 ――寂しいの。

 

 それを聞いた彼女は、顔を赤く染めて何かを堪えるように胸を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんが私の頭を抱き締める。

 それから彼女は、小さい子を甘やかす様に優しく私の頭を撫で始めた。

 

「だ、大丈夫です。私はここに居ますから、ゆっくりと休んでください」

 

 ぎこちなく笑いながらも、彼女は慈しんだ目で私のことを見ていた。それから大丈夫、大丈夫、と伝える様に、彼女は私の頭を撫で続ける。

 熱で弱った私の心に、そんな彼女の優しさがゆっくりと染み渡った。

 

 こうして貰っていると、私が小さかった頃のことを思い出す。そのときも熱を出したのだが、お母さんは彼女と同じ様に頭を撫でて励ましてくれた。

 

 彼女の鼓動が耳に伝わる。トクン、トクン、という一定の音にどこか安心する。

 

 あぁ、あぁ……!

 これがひとりちゃんの母性、ひとりちゃんの包容力!

 

 あまりの心地良さに、少しずつ私の瞼が落ち始めた。

 

 

 

 

「――お休みなさい。喜多さん」

 

 

 

 

 

 うん、お母さん。

 

 

 

 

 

「ウェッ!」

 

 

……あっ。

 

 

 

 一瞬で意識が覚醒する。体からぶわっと汗が吹き出し始めた。

 

 私は今何て言ったの……?

 ま、まさか同級生に。それも好いている相手にお、お母さんと言ったの……?

 

 う、嘘よ、何かの間違いよ、そうに違いないわ!

 

 僅かな希望を胸に恐る恐る顔を上げた私の視界に――

 

 

 

「わ、私が喜多さんのお母さん……!」

 

 

 

 ――真っ赤に染まった顔を両手で押さえて、蕩けた表情をしているひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

 

 んん?

 

 予想外の反応に戸惑う。必死に頭を回転させようとするが、熱でうまく頭が回らない。

 ポーっとしていた私に何を思ったのか、ひとりちゃんは私の頭をもう一度おもちに抱え込んだ。

 

「だ、大丈夫、大丈夫ですよぉフヘヘ。ずっとここに居ますから。わ、私が喜多さんを守りますからぁフヘヘ」

 

 そう言って彼女は再び私の頭を撫で始める。その様子はどこか嬉しそうで、全然私のことを引いた様子はなかった。

 

 よく分からないけれど何故か上手くいったみたいだ。フラフラとしながらもホッと一息。

 

 一安心した私は、遠慮なく彼女のおもちに顔をぐりぐりと押し付け始めた。

 そんな私の行為を気にもせず、彼女はさらに私を強く抱きしめて頭を撫でる。それからボソボソと耳元で囁き始めた。

 

「喜多さんはいつも頑張ってて偉いです。可愛くて優しくて、いつも私は助かってます。だから、頼りないかもしれないですけど、もっと私のことを頼ってもいいんですよぉ」

 

 ゾワゾワッ!

 

 んんんまぁまぁまぁ!

 ひとりちゃんはどこでそんな技覚えたの!

 

 熱でフラフラとしていた頭が、今度はポヤポヤとし始める。

 耳元で吐息混じりに囁かれるこれは、まさに後藤ひとり公式ASMR!

 

 

 ……あぁ、脳が蕩けていく。

 

 

 彼女の母性に癒されて、ASMRに脳が溶かされる。彼女の存在は、万病に効くのかもしれない。

 だって、私の中の喜多郁代がとっても元気になってきたのだから。

 

「フヘ 、喜多さん可愛い。あぁ私を頼ってくれているのが分かる〜フヘヘ」

 

 未だに彼女はにへらとして私を抱きしめている。

 

 何故か彼女は嬉しそうだし、私も物凄く幸せだ。これなら熱で倒れるのも悪くないかもしれない。

 

 

 興奮と熱で頭のおかしくなった私は、そんなことを思いながらゆっくりと眠りについた。

 

 

 




ぼっち「しっかり者の喜多さんがこんなにも甘えてくれるなんて!」

喜多「彼女は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」


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妹、襲来

ふたりちゃん難すぎわろた。



 

 うーん、と頷いてから彼女は私に言葉を投げかけた。

 

「喜多ちゃんってくそめんどくさいね!」

 

 いやあああああああ!

 ご、五歳の女の子が言っていい言葉じゃないわ!

 

 私は膝から崩れ落ちた。

 ふたりちゃんの――可愛らしくて純粋そうな――見た目からは考えられない言葉の鋭さに恐れ慄く。天使のような彼女が汚れていく、その事実に私は憤りを隠せない。

 

 一体誰だ。誰がふたりちゃんにこんな言葉を教えたんだ。

 

 私は顔を上げて、どこでそんな言葉を覚えたのか彼女に尋ねた。

 

「おねーちゃんと話してたらおぼえた」

 

 ……ひとりちゃん。

 

 彼女とは後で話す必要があるだろう。ふたりちゃんを見つめながらも強く決意した。

 それから私は、どうして私のことをめんどくさいと感じたのか訊いてみる。彼女はえっとねー、と一度考えてから答えてくれた。

 

「喜多ちゃんっておねーちゃんのこと好きなんだよね?」

 

 

 

 ……?

 

 

 

 ……!

 

 

 

 ど、どうしてひとりちゃんのことが好きだって分かったのかしら!? こう、なんというか。上手く隠しながら話していたと思うのだけれど!

 

 慌てて聞き返した私に、彼女は笑いながら答えてくれた。

 

「えぇ嘘だぁ。すぐにおねーちゃんが好きって分かったよぉ!」

 

 ……そ、そっかぁ。

 

 凹み始めた私のことなんて気にせず、ふたりちゃんはニコニコと笑顔で話を続けた。

 

「どうして変なことばっかり考えてるの? 好きなら別にやることは一つだけじゃん!」

 

 ……私の閃きが変なことかぁ。

 

 五歳児のストレートな発言がグサグサと心に刺さるけれど、今はふたりちゃんの助言を聞くことが優先だ。凹んでいる暇など私にはない。

 

 そして意識を集中させた私は、ふたりちゃんの次の行動で頭が真っ白になった。

 

 なんと彼女は――

 

 

 

 

「ぎゅーっ!」

 

 

 

 

 ――私の頭をぎゅーっと抱きしめたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「明日ふたりちゃんが遊びにくるって?」

 

「は、はい。なんか私が頑張ってるところを見たいとか言ってて……。急にすいません」

 

 バイト終わり、私達がテーブルで話しているとひとりちゃんが話をし始めた。どうやら、明日はふたりちゃんがSTARRYに遊びに来るらしい。

 

 後藤ふたりちゃん。

 彼女はひとりちゃんの妹である。顔や髪色はひとりちゃんに似て可愛らしいけれど、似ている見た目に反して性格は姉と正反対。ひとりちゃんがコミュ障ならふたりちゃんはコミュ強と言えるだろう。

 

 恐らく明日の来訪も、彼女の好奇心に従った結果だろう。ひとりちゃんに駄々をこねる姿が容易に想像できて頬が緩んだ。

 

 微笑みながら彼女達の会話を聞いていると、ひとりちゃんが私の方を向いて驚くことを言ってくる。

 

「――それに、ふたりが喜多ちゃんとも会いたいって言ってました」

 

 あら?

 

 以前お邪魔したときに仲良くなった自覚はあるが、私を名指ししてまで会いたいだなんて。中々嬉しいことを言ってくれる。

 

 そうだ。彼女にムニオンの曲を弾いてあげると約束をしていた。今からにはなってしまうが、ネットで調べて練習しておこう。

 

「なら、明日は精一杯歓迎しないとね! それじゃあ今日はもう時間も遅いから解散です!」

 

 伊地知先輩の発言をきっかけに、私達は解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「今日はよろしくおねがいします。後藤ふたりです!」

 

 翌日、宣言通り彼女はやってきた。妹、襲来である。

 私と伊地知先輩は、元気に挨拶をした彼女の元へと駆け寄った。

 

「わぁ喜多ちゃんと虹夏ちゃん!」

 

 久しぶり〜なんて言いながら私達は会話を始める。彼女の純粋さは未だ健在で、可愛らしい幼女のままだった。

 

 再開トークもそこそこに、私は昨日からずっと気になっていたことを尋ねた。

 

 ――私に会いたがっていたみたいだけど、どうしたの?

 

 彼女は私の言葉を聞いて、目を輝かせた。

 

「そう! いつもおねーちゃんと仲良くしてくれてありがとう!」

 

 

 ?

 

 

「ちょっ、ふたりやめ――」

 

「――おねーちゃん最近、喜多ちゃんのお話ばっかするの。だから仲良しなんだなって! あのおねーちゃんがお友達と仲良しなんて珍しいもん!」

 

 

 まぁ!

 ひとりちゃんは家で私のことを話してるの?

 なんて素敵な情報!

 

 

 ふたりちゃんの内部告発に、ひとりちゃんの顔は真っ赤っかだ。

 余程恥ずかしかったらしい。彼女はトイレに行ってきます、と私達に告げて凄い速さで駆け出した。

 そんな彼女が心配なのか、伊地知先輩はひとりちゃんについて行った。

 

 私達は構わず会話を続ける。ふたりちゃんが、

 

「喜多ちゃんはおねーちゃんとどんなふうに仲良くしているの?」

 

 なんて聞いてきたから、私の今までの行動をお話しした。天才的な閃きの数々である。これはふたりちゃんも楽しめるだろう。一緒にそのときの感動を伝えることも忘れない。

 

 私はふたりちゃんに熱弁する。

 そんな私の様子に、ふたりちゃんはちょっとだけ変な顔をしていた。

 

 ――どうしたのかしら?

 

 当然気になった私は彼女に尋ねる。今はふわふわもちもちの感動を伝える上で重要なところだ。疑問があるなら先に解消しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 うーん、と頷いてから彼女は私に言葉を投げかけた。

 

「喜多ちゃんってくそめんどくさいね!」

 

 いやあああああああ!

 ご、五歳の女の子が言っていい言葉じゃないわ!

 

 私は膝から崩れ落ちた。

 ふたりちゃんの――可愛らしくて純粋そうな――見た目からは考えられない言葉の鋭さに恐れ慄く。天使のような彼女が汚れていく、その事実に私は憤りを隠せない。

 

 一体誰だ。誰がふたりちゃんにこんな言葉を教えたんだ。

 

 私は顔を上げて、どこでそんな言葉を覚えたのか彼女に尋ねた。

 

「おねーちゃんと話してたらおぼえた」

 

 ……ひとりちゃん。

 

 彼女とは後で話す必要があるだろう。ふたりちゃんを見つめながらも強く決意した。

 それから私は、どうして私のことをめんどくさいと感じたのか訊いてみる。彼女はえっとねー、と一度考えてから答えてくれた。

 

「喜多ちゃんっておねーちゃんのこと好きなんだよね?」

 

 

 

 ……?

 

 

 

 ……!

 

 

 

 ど、どうしてひとりちゃんのことが好きだって分かったのかしら!? こう、なんというか。上手く隠しながら話していたと思うのだけれど!

 

 慌てて聞き返した私に、彼女は笑いながら答えてくれた。

 

「えぇ嘘だぁ。すぐにおねーちゃんが好きって分かったよぉ!」

 

 ……そ、そっかぁ。

 

 凹み始めた私のことなんて気にせず、ふたりちゃんはニコニコと笑顔で話を続けた。

 

「どうして変なことばっかり考えてるの? 好きなら別にやることは一つだけじゃん!」

 

 ……私の閃きが変なことかぁ。

 

 五歳児のストレートな発言がグサグサと心に刺さるけれど、今はふたりちゃんの助言を聞くことが優先だ。凹んでいる暇など私にはない。

 

 そして意識を集中させた私は、ふたりちゃんの次の行動で頭が真っ白になった。

 

 なんと彼女は――

 

 

 

 

「ぎゅーっ!」

 

 

 

 

 ――私の頭をぎゅーっと抱きしめたのだ。

 

 

 

 

 ふお、ふぉぉぉぉ……!

 

 

 ふわりと漂う甘いミルクのような匂い。

 幼いからだろうか、彼女のポカポカと温かい体温。

 私の顔を包み込む、子供特有の異常に柔らかいふわふわもちもちな身体。

 ひとりちゃんとそっくりな幼い顔とピンク色の綺麗な髪。

 

 

 あ、まずい。興奮しそう。

 抑えろ、抑えろ、抑えろ!

 ひとりちゃんっぽくて可愛い女の子なら誰でもいいのか私。流石に節操なさすぎだろう。

 

 

 私は必死に我慢しながらもふたりちゃんを味わい続ける。

 そんな私を見て、彼女は楽しそうに言葉を告げた。

 

 

「こうやって、全身で好きって伝えればいいんだよ!」

 

 

 そう言って彼女は、私の頭を抱きしめる力を強めた。

 その瞬間、私の心に伝わってくるふたりちゃんの気持ち。

 

 

 ふお、ふぉぉぉぉキターン!

 

 

 凄い。凄いわふたりちゃん!

 私を抱きしめる彼女の身体から、喜多ちゃんのこと好きーって感情が伝わってくる!

 これは使えるわ! 

 

 

 私は興奮のまま立ち上がり、ふたりちゃんを抱き上げてクルクルと回り始めた。

 

「わぁ! おもしろーい!」

 

 私にぎゅっとしがみ付く彼女はニコニコとしている。嬉しくなった私は彼女を肩車の体勢に変えて、そのままSTARRYの中を小走りで動き始めた。

 

「喜多ちゃん凄い凄い!」

 

 彼女のおかげで新たな大好きアピールを学ぶことが出来た。一時は五歳児に興奮してしまうかと思ったが、それも鋼の理性によってなんとか我慢出来ている。

 

 素晴らしい収穫だ。恥を忍んでふたりちゃんを頼った甲斐があったというものだろう。

 

 だからふたりちゃんには思う存分楽しんで欲しい。彼女の助言はとっても為になったのだから、その感謝を少しでも伝えたい。

 

 そんな風にふたりちゃんと遊んでいる私の視界に――

 

 

 

 

「わ、私より喜多さんと仲良くなってる……!?」

 

 

 

 

 ――顔を真っ青にしたひとりちゃんの姿が映った。

 

 

 

「と、トイレに行っている間に一体何が? わ、私と喜多さんの結束力はたったの五分くらいで五歳児に抜かされてしまうものだったのか……。嘘だそんな筈はない。本当か? 本当にそうか? ふたりの元気さと喜多さんの陽キャオーラがシナジーを起こして――」

 

「――あははっ! おねーちゃんまためんどくさくなってるー!」

 

 自分の世界に入ったひとりちゃんを見て笑うふたりちゃん。無邪気であるが故に言葉のナイフが鋭い。グサグサとひとりちゃんに刺さっている。

 

 ふたりちゃん、恐ろしい子……!

 

 そんな馬鹿なことを考えていた私の頭を叩き、ふたりちゃんは話し始めた。

 

「喜多ちゃん、今だよ!」

 

 あ、あら?

 

「やることは一つでしょ!」

 

 まままマサカァ!

 

「早く早く!」

 

 ぐっ、容赦ないわね。

 でもそうね。好きならちゃんとアピールしないとだめよね!

 

 先程から急かすふたりちゃんに、私は遂に覚悟を決めた。

 

 やってやる、大好きアピールをやってやるわよ!

 

 目標は、天井を見上げて立ち尽くし未だ一人の世界に入っているひとりちゃん。

 一歩、二歩と彼女の方へと足を踏み出していく。これから行うことを意識して少しだけ体が火照りだした。けれど決して歩みを止めることはしない。私だってこの気持ちを彼女に伝えたいのだから。

 

 そして遂にひとりちゃんの目の前に到着した。

 私は両腕をガバリと広げる。それから目の前の彼女に覆い被さるようにゆっくりと抱きついた。

 

 

 ――もっちりふにょん。

 

 

 キタキタキタキターーーーーーン!

 

 

 これよこれ! 私が本当に味わいたかったものはこれなのよ!

 んんん気持ちがいいわ!

 

 ひとりちゃんはピャッ! と声を上げたが、構わずむぎゅーっと抱きしめる。すると彼女は顔を真っ赤に染めてプルプルと震え出した。

 そんな彼女を見て、私の中の大好きが溢れ出す。

 

 

 好き。好き。好き。

 

 

 幸せな感触を味わうとともに、私は全身で大好きを表現した。少しでも多く彼女に伝わるように、抱きしめる力を強くする。

 

 この想いがひとりちゃんに伝わって欲しい。

 そんなことを思っていた私の頭上で、ふたりちゃんが嬉しそうに声を上げた。

 

「おねーちゃんと喜多ちゃんが仲良しで嬉しい! 私、喜多ちゃんみたいなおねーちゃんが欲しかったの!」

 

 

 やった! やったわ!

 ふたりちゃんが義姉さん発言をしてくれたわ!

 

 

 一瞬で心が舞い上がった。好きな人の妹を味方に付けたのだ。もう勝ちと言ってもいいだろう。

 

 

 ありがとうふたりちゃん。

 貴女のおかげで今日はとっても幸せな一日だったわ。

 

 

 そんなことを考えながら頭上のふたりちゃんを見上げる。彼女は私の顔を覗き込んで間近からにっこりと笑った。

 

 

 あはっ!

 

 

 どうやら彼女の望んだ展開だったようだ。

 私も笑顔で応えて彼女と通じ合う。

 

 そんな私達にひとりちゃんは不満を感じたらしい。

 

「――わ、私も!」

 

 そんな声をあげてにっちゃりとした、どこかぎこちない笑顔で私達を見つめ始めた。

 

 そのぎこちない変な顔に、私とふたりちゃんは声をあげて笑うのだった。

 

 




喜多「ふたりちゃんいい匂いで危なかったわー」

ふたり「ひゃっ。なんか寒気がする!」


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一番体がだらしない

稀に見る長編。五千字でもちもちを伝えていくスタイル。



 

「コヒューコヒュー」

 

 膝に手を付き、顔を青白くさせたひとりちゃんが必死に呼吸を繰り返す。彼女はびっしょりと汗を掻き、体をフラフラとさせていた。

 

 ――ひとりちゃん大丈夫?

 

「ヒューヒュー」

 

 返事がない。ただの屍のようだわ。

 

 ひとりちゃんは未だに苦しそうな表情をしている。まだ五分もランニングしていないけれど、彼女は既にヘトヘトらしい。

 

 その様子に心が痛む。

 今すぐに休憩を提案したくなったけれど、私は心を鬼にして我慢した。甘やかすだけが彼女の為になる訳ではないのだ。

 

 その代わりに、私は彼女に近づいて持参したタオルで汗を拭ってあげた。

 

「ヒュー、あり、ありがヒュー」

 

 あはっ。

 

 呼吸が整っていないせいか、全然言えてなかった。けれどそんな彼女を見て心がほっこりする。

 

 ――よしっ! それじゃあまだまだ行くわよ!

 

 心も和んだ私は、ひとりちゃんにランニングの再開を告げる。

 

 彼女は絶望の表情を浮かべ、ただただ空を見上げて立ち尽くす。それから悲しそうにポツリと一言呟いた。

 

「どうして、どうしてこんなことに……!」

 

 いや、ひとりちゃんのダイエットなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ある日、私は学校の休み時間にひとりちゃんを見かけた。彼女は顔を青白く染めて、体をフラフラとさせている。

 

「あっ、き、喜多さん」

 

 ――ど、どうしたのひとりちゃん?

 

 戸惑いながらも尋ねる私に、彼女は掠れた声で答えてくれた。

 

「あっ、さっきの体育の時間がマラソンでして。わ、私のミジンコみたいな体力じゃ全然持たなくて、このまま体が溶けてしまいそうなんです」

 

 そ、そっか。

 今にも消滅してしまいそうな彼女に掛ける言葉が見つからない。

 

 何か力になってあげられたらいいのだけれど……。

 

 そんなことを思う私は、ひとりちゃんが壁に右手を付いて体を支えていることに気が付いた。手で支えているにも関わらず、彼女は今にも倒れてしまいそうなご様子。

 

 見つけた。これなら私でも力になれそうね!

 

 私は意気揚々と彼女の隣に並んだ。それから、フラフラな彼女の左肩を抱き抱えて支える。彼女も私の意図を察したようで、お礼を告げてから体を預けてくれた。

 

 

 ずっしり。

 むっちりむわぁ。

 

 

 ふぉ!

 す、凄い!

 これは凄い!

 すごく、すごいわ……!

 

 あまりにも唐突な快感に語彙力が消失する。

 決して邪な思いなんて無かった。本当だ。だからこそ凄いとしか言えなくなってしまった。

 どうやら私は、意識しなくてもひとりちゃんに対して気持ちいいことをしてしまうらしい。これも普段から色々と考えているからだろうか。グッジョブ私! と自画自賛してしまう。

 

 感動に打ち震えながらひとりちゃんを味わい続けていると、何を思ったのか彼女が私から少しだけ体を離し始めた。

 

 な、なぜ!?

 一体どうしたのひとりちゃん!

 

 あたふたとする私にひとりちゃんは告げた。

 

「あっあの私、体育の後なので、汗が、そのぉ、ちょっと匂ってしまうかも……」

 

 匂うなんてとんでもないわひとりちゃん!

 むしろ良い匂いよ。こう、なんというか。とても興奮する匂いがするわよ!

 汗の匂いで私を誘惑するなんて。全く、ひとりちゃんは悪い女だわー!

 

 なんてことは言える筈がないので、私は態とらしくクンクンと匂いを嗅いで、素知らぬ顔で良い匂いだと伝える。彼女はそれに安心したのか、力を抜いて体を預けてくれた。

 なんとか無難にやり過ごすことが出来た私は、彼女を抱き抱えてゆっくりと歩き始めた。

 

 

 ずしっ。

 むにゅぅ。

 むっちりむわぁ。

 

 

 美味しい。ひとりちゃんが美味しいわ。

 

 私はモグモグとこの幸せを味わい続ける。しかし彼女は何を思ったのか、再び体を少しだけ離れさせた。

 

 な、なぜ!?

 私は認めないわよひとりちゃん!

 

 彼女は恐る恐るといった様子で、私に尋ねた。

 

「お、重くないですか? 最近唐揚げとか、油っこいものばかり食べていたので、その、不安です」

 

 ……そうね。

 残念だけれど、江ノ島に行ったときよりは重くなってるわね。

 

 勿論そんなことは言える筈がないので、今回も無難に答える。

 

 ――だ、大丈夫よ、多分。

 

 まずい。少し吃ってしまった。これでは彼女に悟られてしまうかもしれない。

 私はチラッと彼女の様子を窺う。

 

 隣を歩くひとりちゃんは――

 

 

 

「そ、そうですか。ふ、太ったんだ私」

 

 

 

 ――ショックを受けたような顔をしていた。

 

 

 ……やってしまった。

 

 彼女は今尚腰を引かせていて、此方に近づくことはしない。なんとか私に全身を預けて欲しいが、今更何を言ったところで誤魔化すことは不可能だろう。私はしょんぼりとしながらトボトボ歩く。

 

 なんとも言えない空気を醸し出し、私達は一年二組の教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――着いたわよ。

 

 そう声を掛けて私は、ひとりちゃんを椅子に座らせる。彼女は待ってましたと言わんばかりに椅子に向かって体を蕩かした。

 

 そんなに疲れたのかしら? 体育の授業よね?

 

 なんて疑問を抱いていると、ひとりちゃんに何らかの動きを確認する。彼女は首をコクコクと揺らしながら、目をショボショボとさせ始めた。

 

 あはっ。可愛い。

 

 いつまでも眺めていたいが、もうすぐ授業が始まってしまう。心を鬼にして彼女を起こすとしよう。

 

 決意した私は、ひとりちゃんの頭を一度ぎゅっと抱きしめる。すると彼女はピャッ! と声をあげて飛び起きた。ひとりちゃんのお目目はパチパチとしている。

 

 これでよしっと。

 

 その様子に安心した私は、二組の教室を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

「これで終わりっと。今日もお疲れ様!」

 

 時間は進み、場所はSTARRYへと移る。

 いつものようにアルバイトをしていると、伊地知先輩が終了を告げた。私達はフロアにあるテーブルに向かって疲れを癒やし始める。

 

 私はジュースを片手に力を抜く。今日もバイトをやり切ったという心地良い疲労感に包まれながら、ぼーっと目線を隣に動かした。

 

 そこには全身の力を抜き、背もたれにぐったりと寄りかかるひとりちゃんの姿があった。

 

 ――ひとりちゃん大丈夫?

 

「あっ、ァハイ」

 

 相当疲れているみたいだ。今日の体育はマラソンだったらしいから、疲労が溜まっているのだろう。

 

 対照的に、正面に座る先輩達は楽しそうに会話をしている。疲れてはいるのだろうが、まだまだ余裕がありそうに見えた。

 

「今日も疲れたねー」

 

「そうだね。私も疲れて寝そうになった」

 

「いやいつも眠そうじゃん」

 

 相変わらず先輩達は仲がいい。この様子なら私達結束バンドは安泰だろう。私はほっこりとしつつ会話を盗み聞いた。

 

「最近は草ばっか食べてるから、体力が凄い落ちてる。だからバイト中に寝るのも仕方がない」

 

 えぇ!? 

 どうやらリョウ先輩は再び野草生活をしているらしい。また何か高価なものを買ってしまったのかもしれない。

 

「いやなんで草なんか食べてるのよって疑問は置いといて。だから最近はげっそりしてたんだ。体調は大丈夫なの?」

 

「ダメかも。お腹が空いて力が出ない。体重も1キロ落ち――」

 

 体重、という単語が聞こえたそのとき、私の隣からガタガタッ! という音が聞こえた。

 

 あ、まずい。

 

 そう思った私は急いでひとりちゃんの方へと振り返る。

 そこには顔を真っ青に染めた彼女が、椅子の上で膝を抱えて震えていた。心なしか体も溶け始めている気がする。

 

 私は頭を抱えた。折角学校の出来事を忘れかけていたのに、先輩達の会話を聞いて再び思い出してしまったようだ。

 こうなってしまったらもうどうしようもない。時間が彼女の心を癒してくれるまで、ゆっくりと待つことにしよう。

 

 

 ひとりちゃんに椅子を近づけてのんびりとしていると、何かの結論に至ったのか彼女が言葉を発し始めた。

 

「私は豚です。人と上手く会話も出来ず、ぶくぶくと太り続ける雌豚なのです……」

 

 め、雌豚!?

 

 そのやらしい響きに私はびっくりする。どこで彼女はそんな言葉を覚えたのだろうか。そこのところ、改めて詳しく聞きたいと思った。

 

「へぇ、ぼっち太ったんだ」

 

 あぁ! リョウ先輩の言葉がひとりちゃんに突き刺さっているわ!

 

 彼女はウッ! と胸を押さえて苦しみ始めた。

 

「今のはリョウが悪い」

 

 パシッとリョウ先輩の頭を叩いた伊地知先輩はそう言ってからひとりちゃんに告げた。

 

「別にぼっちちゃんは太ってるようには見えないよー。確かに運動不足な感じ*1はあったけど、気になる程じゃないでしょ!」

 

 それ、フォローになってないのでは?

 郁代は訝しんだ。

 

 案の定、ひとりちゃんは再び苦しみ始める。

 私はどうやって励まそうかと悩むけれど、一向に方法が思い浮かばない。このままでは暫く引きずってしまうだろう。

 彼女には出来るだけ笑顔でいてほしい。そんな想いから私は考え続けた。

 

 ウンウンと暫くの間悩み続けていると、ひとりちゃんが突然立ち上がって力強く宣言した。

 

「わ、私! これからダイエットします!」

 

 

 おぉ!

 凄いわひとりちゃん!

 

 

 感動した私は、どんなダイエットをするつもりなのか彼女に尋ねる。

 

「ラ、ランニングします! 元々体力無かったので、痩せるのと体力を付けるの両方やります!」

 

 凄い、凄すぎる……!

 同時に二つの欠点を無くそうとするなんて、ひとりちゃんも成長しているのね……!

 

 感動に打ち震える私をスルーして、伊地知先輩はひとりちゃんに尋ねる。

 

「ぼっちちゃん凄いじゃん! ちなみにどれくらいの頻度でやる予定なの?」

 

 私達に褒められてえへえへとしている彼女はその質問に動きを止める。それから彼女は、悩んだ表情でボソボソと答え始めた。

 

「あっ、週一、いや月一。あ、やっぱ年一でいきます」

 

「決意脆すぎでしょ!」

 

「ぷぷっ」

 

 あはっ。ちょっと面白い。

 

 けれど流石に月一、年一では効果が出ないだろう。なら、私のやるべきことは一つだ。

 私は伊地知先輩の言葉に動揺しているひとりちゃんに声をかけた。

 

 ――私も付き合うから、週一で頑張りましょう?

 

「うっ、よ、陽キャパワーに私が付いていけるか分からないので、そ、それはちょっと……」

 

 む。思ったより旗色が悪い。

 どう説得しようか考えていると、横から伊地知先輩が言葉を発した。

 

「おぉ良いじゃん! 喜多ちゃん痩せてるし、運動神経もいいから助けになるんじゃない?」

 

 おぉナイスアシストですよ先輩!

 その勢いに乗り、私はひとりちゃんをキターン! と見つめ続ける。彼女はそんな私達に押し切られたのか、か細い声で答えてくれた。

 

「うっ。わ、分かりました」

 

 やったわ!

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 金曜日の放課後。私とひとりちゃんは運動着に着替えてストレッチをしていた。尚、ひとりちゃんの服装はいつものジャージである。

 

 あれから彼女と相談した結果、ランニングは金曜日の放課後に集まって行うことにした。ひとりちゃんのお家が遠いこと、次の日が休日であることが主な理由だ。バンド練習とアルバイトはこれから二ヶ月ほど調整してもらっている。

 

 ――それじゃあ、始めはゆっくりと走るわね?

 

「あっはい! わかりました」

 

 やる気十分な彼女に頬を緩ませて、私達は走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コヒューコヒュー」

 

 膝に手を付き、顔を青白くさせたひとりちゃんが必死に呼吸を繰り返す。彼女はびっしょりと汗を掻き、体をフラフラとさせていた。

 

 ――ひとりちゃん大丈夫?

 

「ヒューヒュー」

 

 返事がない。ただの屍のようだわ。

 

 ひとりちゃんは未だに苦しそうな表情をしている。まだ五分もランニングしていないけれど、彼女は既にヘトヘトらしい。

 

 その様子に心が痛む。

 今すぐに休憩を提案したくなったけれど、私は心を鬼にして我慢した。甘やかすだけが彼女の為になる訳ではないのだ。

 

 ――よしっ! それじゃあまだまだ行くわよ!

 

 彼女は絶望の表情を浮かべ、ただただ空を見上げて立ち尽くす。それから悲しそうにポツリと一言呟いた。

 

「どうして、どうしてこんなことに……!」

 

 いや、ひとりちゃんのダイエットなんだけど。

 

 

 

 

 

 あれから適度に休憩を取りながら、私達はランニングを続けていた。時間にして約一時間。初回にしては随分と頑張っただろう。今日はこの辺で終わることにする。

 

 ――お疲れ様! ひとりちゃんは大丈夫?

 

「ヒューヒュー」

 

 うん、ダメそうね!

 

 そんなことを思いながら、私はひとりちゃんに近づいて声を掛けた。

 

 ――初めてなのに、頑張ってて偉いわひとりちゃん!

 

 本当に私はそう思った。

 ゆっくりとはいえ一時間も走り続けたのだ。流石はひとりちゃんだ。いつだって彼女はやるときはやる、カッコいい女の子だ。

 

 精一杯そう告げると、彼女ははぁはぁとしながらも私を見てにへらと笑った。そんな彼女に私もにこりと微笑み返す。

 

 少しの間お互いに見つめあっていると、ひとりちゃんがふらっと体を揺らした。

 

 危ない! そう思った私は慌てて彼女を抱きしめる。

 

 

 

 むっちりむわぁ。むっわぁ。

 

 

 

 ふお、ふぉおおおおお!

 以前にも増して濃い匂いがする!

 

 ひとりちゃんの、汗の混じった新鮮な匂いが間近から私に直撃する。その事実に私は腰が抜けそうになった。

 

 まずい。このままでは興奮で我慢できなくなる。

 一瞬で頭が茹で上がった私は、そんな頭のおかしいことを考え始めた。

 

「あっ、す、すいません。少し力が抜けちゃって……」

 

 ――大丈夫よ。むしろ興奮ほわぁ!

 

「ピャッ!」

 

 危なかった。うっかり全部、正直に話してしまうところだった。突然の大声に彼女も驚いたようだが、興奮が キタキタ の(くだり)は聞いていなかったみたいで安心する。

 

 ――それじゃあ、今日はお家に帰りましょうか。

 

 先程のことを誤魔化すように、私はひとりちゃんに告げた。

 彼女も表情を明るくさせて、はい! と答えてくれた。

 

「あっ、でも――」

 

 

 

 

 ……でも?

 

 

 

 

「――荷物を取りに行くまでは、この体勢のままでいいですか?」

 

 

 キタキタキタキターーーーーーーー!!

 

 

 ――もちろんよ!

 

 食い気味に答えた私に、ひとりちゃんはにへらと嬉しそうに笑うのだった。

 

*1
156cm、50kg。胸で重い。ぼっちは運動不足で一番体がだらしない。

はまじあき先生のYouTube配信「【送った人】ぼざろ5巻感想マロ配信!【皆忘れてる】」より抜粋。




ぼっち「歩く体力残ってないから助かった……」

喜多「抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ」キタキタキタキタ


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棒付きキャンディ(コーラ味)

打ち込んでは消して、打ち込んでは消して。
気付いたら一週間経っていました。



 

 彼女は突然の出来事に目を白黒とさせている。

 私の行動があまりにも唐突で、現状をうまく理解出来ていないようだ。

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんが棒付きキャンディ*1を舐めている。

 

 

 

 

 

 

 それは――私が先程まで舐めていたものである。

 

 

 キャンディを口に含む彼女の姿を見て、私の頭が一瞬で茹で上がった。あまりの興奮にお腹の奥がジュンと疼き出す。

 

 

 全く。ひとりちゃんはなんてえっちなんだ。

 たった一つしか無い、それも私が舐めていたコーラ味のキャンディを望むなんて。

 ひとりちゃんはえっちで悪い女だわー。

 

 

 私が自分を正当化していると、ひとりちゃんは顔を真っ赤に染めて唇をワナワナと震わせ始めた。自分が一体何を舐めているのか、漸く理解が追いついたらしい。

 

「あっ、あにょ! こ、これって――」

 

 ――お友達なら普通のことよ!

 

 ひとりちゃんの言葉を キターン! と遮り、私はにっこりと微笑む。

 

 多分、私の顔は彼女と同じくらい真っ赤になっているだろう。それだけ恥ずかしい行為をしたという自覚はある。実のところ結構勇気を出しての行動なのだ。

 

 けれど、その恥ずかしさに見合うだけの収穫はあった。

 

 

 今、私はキャンディを通してひとりちゃんと交わっている。

 

 

 その既成事実を作ることが出来たのだ。これだけで今日はもうお腹いっぱいかもしれない。

 

 ――おいしい?

 

「ヒャッ、ヒャイ! お、美味しいです」

 

 

 あはっ。

 

 

 ホワホワとした気分のまま尋ねる私に、ひとりちゃんは恥ずかしそうに答えてくれた。

 

 彼女曰く、美味しいらしい。

 

 その返答に自然と頬が緩む。

 先程までは羞恥心の方が強かったけれど、今の私は幸せな気持ちでいっぱいだ。

 

 

 今日も素敵な一日になりそうだ。

 

 

 目を瞑って空を仰ぎ、幸せをしみじみと噛み締めていると――

 

 

 

 

 

 ピトッ。

 

 

 

 

 

 ――私の唇に、何かが触れた。

 

 

 ……?

 

 

 何かしらこれ?

 どこか甘くて、少しだけ炭酸を含んだような味がする。

 

 疑問に思った私は、ゆっくりと目を開く。

 そこには、何かを持って腕を差し出しているひとりちゃんの姿があった。

 

 ……?

 

 疑問を解消するべく、私はゆっくりと目線を下げて彼女の腕を辿る。

 ギリギリまで下げて見えたものは、白くて細長い棒状のものだった。

 

 

 ……ま、まさか!

 

 

 その正体に行きついた私は、頭の中が真っ白になった。

 

 私の唇には――

 

 

 

 

 

 

「お、お友達なら普通……ですよね?」

 

 

 

 

 

 

 ――先程よりも一回り小さくなった、棒付きキャンディが触れていた。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 練習もアルバイトもお休みのとある日。

 

 お家のお菓子が無くなっていることに気付いた私は、追加で補充するために近所のスーパーに来ていた。

 

 日頃から勉強のお供として。また、ギター練習の気分転換として食べているため、お菓子の減りが以前よりも早い。

 だから今回は、飴とかガムといった比較的口に残りやすいものを買おうと思う。

 

 お店の自動ドアをくぐり抜けた私は、一直線にお菓子のコーナーへと向かうのだった。

 

 

 

 あれがいい、これがいい。

 私は色々とお菓子を物色する。

 

 バイトをしているとはいえ、お金が有り余っているわけでは無いのだ。だから、出来れば一袋に沢山入っているお菓子を手に入れたい。

 

 そんなことを考えながら歩く私の前に、中々に強烈な広告が現れた。

 

『在庫処理セール! 棒付きキャンディ三十個入り20%OFF!!』

 

 二袋買った。

 

 

 

 

 帰宅後、早速とばかりにキャンディの袋を開封する。棒付きキャンディを食べるなんて小学校のとき以来だ。

 懐かしさを覚えながらも私は袋の中身を覗く。

 

 コーラ、ラムネ、メロン、オレンジ。

 とりあえず、コーラ味を食べることにしようか。

 

 包装を解いて口に含む。

 相変わらず美味しい味に頬が緩んだ。

 

 これは良い買い物をした。

 

 私は暫くの間、キャンディの入った袋を持ち歩くことに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 棒付きキャンディを買ってから数日後。

 私はひとりちゃんとSTARRYに向かっていた。

 

 今日も練習頑張ろうとか、この前の休日は何をしたとか、そんな日常的な会話をしながら並んで歩く。

 

 それからもう少しでSTARRYに着くというところまで来て、ひとりちゃんが思い出したかのように会話を切り出した。

 

「そ、そういえば、喜多さんって最近飴を舐めていますよね? 私も昔、棒付きのキャンディをよく買って食べてました」

 

 彼女の言葉に私は、そうね! と元気に切り返す。

 

 それから鞄を開き、中から適当なキャンディを取り出して口に含んだ。

 この味はコーラ味だろうか。やっぱり美味しい。

 謎にハマってしまったかもしれない。

 

 口の中でぺろぺろと味わう私は、ひとりちゃんが羨むような目をしていることに気付いた。

 

 ふむふむ。

 

 私だけ舐めて歩くというのも少し気まずいだろう。

 それに、ひとりちゃんが笑顔になってくれるなら何個だってあげちゃう所存だ。

 

 そう思った私は、何味が良いか彼女に尋ねる。

 その言葉を聞いて、彼女は顔をパァァァッと明るくさせた。

 

 

 あはっ。

 やはりひとりちゃんはすぐ顔に出る。そんなに喜んでくれると、私まで嬉しくなってしまう。

 

 

「じゃ、じゃあ! コーラ味貰っても良いですか?」

 

 ――もちろん!

 

 私は早速鞄を開いてキャンディの袋を確認する。幾つか残っているキャンディ達を掻き分けて、私は彼女の望むコーラ味を探した。

 

 ガサゴソ。

 

 あら?

 

 ガサゴソガサゴソ。

 

 ……。

 

 

 ――無いわ。

 

「は、はい?」

 

 ――コーラ味はもう無いわ。

 

 どんよりとした雰囲気のまま私はひとりちゃんに告げた。すると彼女も、しょんぼりとした顔で私のことを見つめてきた。

 

 

 うっ。

 ひとりちゃんはすぐに顔に出るから、本気でしょんぼりとしていることが分かってしまう。

 

 ……どうしようかしら。

 

 必死に頭を巡らす私は、無意識のうちに歯を噛み合わせた。

 

 カラン、コロン。

 

 どうやら、先程口に含んだキャンディを噛んでしまったみたいだ。少しだけ欠けたキャンディからは、コーラの味が伝わってくる。

 

 

 ……!

 

 

 こ、これよ!

 

 

 ――コーラ味のキャンディ有ったわよ!

 

 私がそう声を上げると、ひとりちゃんは顔をパァァァと明るくさせた。

 

 あはっ!

 

 その様子に嬉しくなる。

 

 よし。彼女の期待を裏切る訳にはいかないだろう。

 ちょっとえっちで恥ずかしいけれど、やるしかない。やるしかないんだ!

 さぁ行くぞ喜多郁代。今日もひとりちゃんを喜ばせるぞ!

 

 

 私はひとりちゃんの正面に立って、口からキャンディを引き抜いた。

 そのときにチュパっと小さな音がして、これから自分が何をするのか意識してしまう。少しだけ体温が上がり始めた。

 

 目の前のひとりちゃんはポカンとした様子で私のことを見ている。何をしているのだろうか? なんて思っているのだろう。

 

 私はその可愛らしいお口に――

 

 

 

 

 

「ングッ!」

 

 

 

 

 

 ――棒付きキャンディを突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんが棒付きキャンディを舐めている。

 

 

 

 

 

 

 それは――私が先程まで舐めていたものである。

 

 

 キャンディを口に含む彼女の姿を見て、私の頭が一瞬で茹で上がった。あまりの興奮にお腹の奥がジュンと疼き出す。

 

 

 全く。ひとりちゃんはなんてえっちなんだ。

 たった一つしか無い、それも私が舐めていたコーラ味のキャンディを望むなんて。

 ひとりちゃんはえっちで悪い女だわー。

 

 

 私が自分を正当化していると、ひとりちゃんは顔を真っ赤に染めて唇をワナワナと震わせ始めた。

 

「あっ、あにょ! こ、これって――」

 

 ――お友達なら普通のことよ!

 

 ひとりちゃんの言葉を キターン! と遮り、私はにっこりと微笑む。

 

 多分、私の顔は彼女と同じくらい真っ赤になっているだろう。それだけ恥ずかしい行為をしたという自覚はある。実のところ結構勇気を出しての行動なのだ。

 

 けれど、その恥ずかしさに見合うだけの収穫はあった。

 

 

 今、私はキャンディを通してひとりちゃんと交わっている。

 

 

 その既成事実を作ることが出来たのだ。これだけで今日はもうお腹いっぱいかもしれない。

 

 ――おいしい?

 

「ヒャッ、ヒャイ! お、美味しいです」

 

 

 あはっ。

 

 

 ホワホワとした気分のまま尋ねる私に、ひとりちゃんは恥ずかしそうに答えてくれた。

 

 彼女曰く、美味しいらしい。

 

 その返答に自然と頬が緩む。

 先程までは羞恥心の方が強かったけれど、今の私は幸せな気持ちでいっぱいだ。

 

 

 今日も素敵な一日になりそうだ。

 

 

 目を瞑って空を仰ぎ、幸せをしみじみと噛み締めていると――

 

 

 

 

 

 ピトッ。

 

 

 

 

 

 ――私の唇に、何かが触れた。

 

 

 ……?

 

 

 何かしらこれ?

 どこか甘くて、少しだけ炭酸を含んだような味がする。

 

 疑問に思った私は、ゆっくりと目を開く。

 そこには、何かを持って腕を差し出しているひとりちゃんの姿があった。

 

 ……?

 

 疑問を解消するべく、私はゆっくりと目線を下げて彼女の腕を辿る。

 ギリギリまで下げて見えたものは、白くて細長い棒状のものだった。

 

 

 ……ま、まさか!

 

 

 その正体に行きついた私は、頭の中が真っ白になった。

 

 私の唇には――

 

 

 

 

 

 

「お、お友達なら普通……ですよね?」

 

 

 

 

 

 

 ――先程よりも一回り小さくなった、棒付きキャンディが触れていた。

 

 

 

 

 

 唇に触れているものの正体に行きついた私は、無意識のうちに唇を開く。

 

 隙ありと言わんばかりに、彼女は私の口内にキャンディを押し込んだ。それから、恥ずかしそうにしながらも話しかけてくる。

 

「わ、分けてくださってありがとうございました。お、お友達だから、か、返しますね」

 

 

 ……キ。

 

 キタキタキタキターーーーーーーー!!!

 

 

 な、なんてえっちなことをするのよひとりちゃん!

 もう! ひとりちゃんは本当にもう!

 

 

 一気に体温が上がる。

 あまりの興奮に、気分がふわふわとし始めた。

 

 

「お、美味しいですか?」

 

 

 ……狙って言っているのかしら?

 

 

 態とか天然か、物凄い気になる。けれど、どちらにせよ私の返事は決まっていた。

 

 ――お、美味しいわよ。

 

 動揺して少しだけ吃ってしまった。けれど、ひとりちゃんは何も気にしていないみたいで、良かったぁなんて呟いている。

 

 

 全く、とんでもないことになったわね……。

 まさか、ひとりちゃんがカウンターを放ってくるとは思ってもいなかったわ。

 

 

 自分のことを棚に上げてそんなことを思っていた私だが、キャンディから伝わるコーラの味に一旦思考を止める。

 

 一先ず、今はこの幸せキャンディを味わい尽くすことにしようか。

 そう決めた私は、ねちっこく舌を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 もう少しでキャンディが無くなる。

 まだ数分しか味わっていないのに、この幸せな時間が終わってしまう。

 

 その悲しみをなんとか堪えるために、私は少しだけ歯に力を入れた。

 

 ガリッ。

 

 あぁ!

 やってしまった。またこのキャンディの寿命が縮んでしまった。

 

 いや駄目だ。ネガティブなことを考えるのはもうやめよう。

 今みたいに予期せぬ事態だって起こってしまうのだ。それなら、残り僅かな時間を最後まで楽しむ方が有意義だろう。

 

 そんなことを思いながら歩いていると――

 

「おーい」

 

 後ろから伊地知先輩の声が聞こえた。

 

 私とひとりちゃんはその声に振り返った。どうやら、伊地知先輩は買い出しに行っていたらしい。レジ袋を片手に、私達の方へと歩いてきた。

 

「あー! チュッパチャップスじゃん!」

 

 目の前に来ると、先輩は私の口元を見て声を上げた。

 

「いいなぁ。あっ、私も食べたいんだけど、貰えたり……する?」

 

 勿論大丈夫だ。

 いいですよと答えた私は、何味が良いか彼女に尋ねる。

 

「えっとねー。じゃあコーラ!」

 

 

 

 ……スゥー。

 

 

 

 ――すいません。コーラ味はもう無いです。

 

 そう答えた私のことを、ひとりちゃんがギョッとした顔で見つめてきた。それから、私の口元を一度確認してから話しかけてくる。

 

「えっ、で、でも。まだ口の中に残ってますよね? さっきみたいにあげな――」

 

 ――わぁぁぁぁそれじゃあSTARRYに行きましょう!

 

 大声でひとりちゃんの言葉を遮った私は、誤魔化すようにSTARRYへと走り出したのだった。

 

 

*1
チュッパチャップス。とても美味しい。




虹夏「喜多ちゃーん? ぼっちちゃんを揶揄うのも程々にしなよ?」アホ毛ブンブン

喜多「エ、エスパー!?」ガクブル


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番外編① : 伊地知虹夏は考える

初めての他者視点がこれでいいのか作者よ。いや、やってみたくなっちゃったんですよしょうがない(早口)。

※2023/3/19追記
誤字報告ありがとうございます。大変助かります!


 

 私、伊地知虹夏は考える。

 

 かの 面食い陽キャレズ女(喜多郁代)を懲らしめるためには一体どうすればいいのか。

 

 彼女には苦労している。

 特に最近の彼女は、いつもぼっちちゃんを揶揄ったり、辱めたりしている気がする。あまりの羞恥心にぼっちちゃんが蒸発してしまったのは一度や二度ではないだろう。

 おかげで練習を急遽中止にしたことだってあった。

 

 ぼっちちゃんのことが好きなのは理解出来る。なんなら応援もしている。ぼっちちゃんだって楽しそうだし、仲が良くなるのはいいことだと私は思う。

 

 だからといって、何をやっても目を瞑ります、許します! とはいかないのだ。

 

 曲がりなりにも、私は結束バンドのリーダーなんだ。

 

 練習に支障をきたす悪戯や、過度な風紀の乱れは防がなくてはならない。このまま放置していたら、いつかSTARRYはスタジオセット付のラブホテルにされてしまう。

 

 考えて考えて考えて、そして思い付く。

 

 

 そうだ!

 彼女にもぼっちちゃんと同じ気持ちを味わってもらおう。

 普段、どれだけぼっちちゃんが恥ずかしい思いをしているのか、彼女に分からせてやるのだ。

 

 そうすれば流石の彼女でも少しは慎みを覚えてくれる筈だ。

 頼む。誰かそうだと言って欲しい。お願いします。

 

 

 そんな祈りを神に捧げた私は、喜多ちゃん更生大作戦を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 ――ねぇ、喜多ちゃん。

 

「はい? なんですか伊地知先輩?」

 

 時刻は放課後。STARRYでのアルバイトが終わったタイミングで、私は喜多ちゃんに声を掛けた。

 今はリョウもぼっちちゃんもいない、絶好の機会だ。先日考えた作戦を実行し、彼女を分からせてやるのだと気合いを入れる。

 

 まず始めに、ジャブ代わりの一発を打ち込んだ。

 

 ――わ、私、喜多ちゃんのこと、け、結構好きだよ!

 

 

 ……。

 

 おいおいおい。

 喜多ちゃんはぼっちちゃんにいつもこんなことを言ってんのか。

 私の方が恥ずかしいわ。

 なんか吃っちゃったし、私が意識してるみたいじゃねぇか。

 

 内心でそんなことを思っていても、決して表情には出さない。いつも通りの明るい笑顔で、私は喜多ちゃんのことを見た。

 

「私も伊地知先輩のこと、結構、いえ、とっても好きですよ?」

 

 

 んなっ!

 なんだこの陽キャ最強か……!

 

 恥ずかしげもなくそんなことを言う彼女に戦慄する。

 

 一体どれだけの経験を積めば、そんなどストレートな言葉を口に出来るか。

 

 喜多ちゃんへの認識を改めなければならない。

 彼女はこの程度のことでは動揺すらせず、反撃してくる余裕さえも持っている真の陽キャであると。

 

 第一プランの失敗を認めた私は、動揺を悟られないように、次のプランへと移行した。

 

 私はポケットに仕込んだ機械のスイッチを入れ、彼女に話しかけた。

 

 ――ち、ちなみに、どんなところが好きとか、聞いてもいいかな?

 

 ぐっ。少し恥ずかしい。

 けれど、彼女を分からせるためには必要なことだ。

 

 そう自分に言い聞かせて我慢する。

 

「明るいところとか、笑顔が素敵なところとか、ドラムが()()なところです! 他にもありますけど、強いて挙げるならこういうのとかですね」

 

 ほほう! 嬉しいことを言ってくれる。

 

 機嫌の良くなった私は、その勢いのままどんどんと質問をする。

 

 ――リョウのことも好きって言ってたよね。因みにどんなところ?

 

「なんと言ってもあの見た目ですよ! ()()()()()()な見た目から出るミステリアスな雰囲気! それに声が少しだけ低いっていうのもポイントですよね!」

 

 強い(確信)。

 

 彼女の勢いに少しだけ引いてしまう。

 今後は彼女にリョウのことを聞くのはやめておこうと強く決意した。

 

 けれど私が求めていたデータは手に入った。少なくとも、私が考えていた第二のプランは無事に成功するだろう。

 

 そして最後に、私はぼっちちゃんのことを聞く。

 

 ――ぼっちちゃんのことは大好きなんだよね。どんなところが好きなの?

 

「んなっ!」

 

 おぉ!

 

 今日一驚いた反応をする彼女に、私の機嫌がさらに良くなった。

 

 彼女は頬を染めて、口をパクパクとさせている。突然の恋バナに思考が停止してしまったみたいだ。

 

「ど、どうして伊地知先輩がそのことを?」

 

 いや誰でも分かるから。

 

 喉元まで上がってきたその言葉をギリギリで呑み込んだ私は、無難に偶然知ることができたと伝える。

 

 そうですかぁ、なんて彼女は一度呟いてから、内緒ですよと前置きして私に切り出した。

 

「……ひとりちゃんってかっこいいじゃないですか」

 

 うん。

 

 

 ……。

 

 

 えっ、終わり?

 

「い、いや、もっとありますよ! ひとりちゃんはかっこいいし可愛いんです。それにふわふわで柔らかいし、むちむちで、ほんとにむちむち! もっちりしてて()()()()()んですよ! それに、良い匂いがするんですよ。あっ、伊地知先輩は知らないですよね? 防虫剤の匂いはひとりちゃんのジャージから匂ってるだけで、彼女の匂いは凄い――」

 

 ――おっけーお疲れ!

 

 彼女の言葉を遮って、私は何とか会話を終わらせる。

 

 なんだ。一体なんなんだこの陽キャは!

 途中から何故か私にマウント取ってきやがった。

 

 全く。

 喜多ちゃん、恐ろしい子……!

 

 恐れ慄く私に気を遣ったのか、彼女は少し落ち着いた様子で話を続けた。

 

「いろいろありますけど、やっぱり一番はかっこいいところなんですよ。私達が苦しいときはいつだって助けてくれる、そんなヒーローみたいな女の子なんです」

 

 おぉ。

 

 思っていたよりも素敵な話を聞けてほっこりする。

 真の陽キャだってやっぱり女の子なのだと安心した。

 

 しかし、だからこそ私は心を鬼にしなければならない。

 親しき仲にも、という諺の通り、彼女にはその辺りをもう一度理解してもらいたい。

 

 既にデータは揃っている。彼女を分からせる日は近いだろう。

 

 ニヤケそうになった頬を必死に押さえる。

 それから私は、早く片付けを終えるためにフロアの清掃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 喜多ちゃんと色々話してから数日後。

 

 あれからいくつものデータを追加で入手した私は、寝る間も惜しんで毎晩作業を続けていた。お陰で寝不足である。

 ここだけの話、途中から楽しくなってしまってアレコレと遊んでいたのは秘密だ。

 

 けれどその甲斐もあって、私の求めていたものが遂に完成したのだ。

 

 

 今日、漸く彼女を分からせることが出来る。

 ハメを外し過ぎた彼女も、これで少しは落ち着いてくれるだろう。

 

 期待を胸に私は、小型の音楽再生プレイヤーを片手にSTARRYへと向かった。

 

 

 

 

 アルバイトも終わり、早速私は喜多ちゃんを呼び出した。出来るだけ自然に呼び出したから、リョウやぼっちちゃんが怪しむこともないだろう。

 

 なんですか? と話しかけてくる彼女に、私は右手に握りしめた音楽プレイヤーを見せつけた。

 

 彼女の顔には未だにハテナマークが浮かんでいる。そんな顔も様になるのだから、陽キャは得だと羨んでしまう。

 

 けれど、これからその顔が羞恥で歪むのかと思うと楽しみで仕方がない。

 

 邪悪な笑みを必死に我慢する私は、彼女に良く見えるようにゆっくりと再生ボタンを押し込んだ。

 

『私、ユニセッ○ス上手なんですよね。それに気持ちいいし、毎日練習してます!』

 

 

 ……。

 

 

「ほわぁ!」

 

 はっはー!

 やってやったぞー!

 

 流石の彼女でも予想外だったみたいだ。

 彼女はポカンと口を開いて私のことを見ている。

 

『いや私、とってもユニセッ○ス好きなので、毎日大変ですよー!』

 

「ちょっと!? 何変なことやってるんですかぁ!」

 

 喜多ちゃんはそう言って私に飛びかかってくる。

 彼女の両手は私の音楽再生プレイヤーに向かっていた。

 

 渡さん。絶対に渡さんぞ!

 

 全力で音楽プレイヤーを奪いたい喜多ちゃんと、渡さないと必死に抗い続ける私。

 

 そんな壮絶な戦いを繰り広げていた私達の元に、我らが結束バンドのメンバーとお姉ちゃんがやってくる。

 

 そこそこの大きさで騒いでしまっていたようで、お姉ちゃんの眉間には皺が寄っていた。

 

 その表情を見てぶるりと震えた私に、隙ありといわんばかりに喜多ちゃんが手を伸ばしてくる。

 

 そんな彼女に気付いた私は、慌てて音楽プレイヤーを握りしめる。

 

 ――ぽちぽち。

 

 あっ。

 どこかは分からないけれど、幾つかのボタンを押してしまったみたいだ。

 

 それから数秒後。

 スタジオに響き渡るくらいの大きな音で、とある音声が流れ始めた。

 

『ひとりちゃんってかっこいいんじゃないですか。い、いや、もっとありますよ! ひとりちゃんはかっこいいし可愛いんです。それにふわふわで柔らかいし、むちむちで、ほんとにむちむち! もっちりしてて気持ちいいんですよ! それに、良い匂いがするんですよ。あっ、伊地知先輩は知らないですよね? 防虫剤の匂いはひとりちゃんのジャージから匂ってるだけで、彼女の匂いは凄い――』

 

 

 そこで音声が途切れた。

 

 シンとした空気がSTARRYを包み込む。

 誰もが呼吸を忘れ、これからどうなってしまうのかとハラハラドキドキしていた。

 

 

『ひとりちゃんってかっこいいんじゃないですか。い、いや、もっとありますよ! ひとりちゃんはかっこいいし可愛――』

 

 

 ループ再生になっていたのか、同じ音声が流れ始める。

 しかし、喜多ちゃんが目にも止まらぬ速さで私から音楽プレイヤーを奪い取ったお陰で、二回目の再生は防ぐことが出来た。

 それから彼女は、ギギギと音が出そうなくらいぎこちなく、ぼっちちゃんの方へと振り返った。

 

 ぼっちちゃんの表情は、長い前髪と俯いてることが相まって上手く確認できない。

 

 

「き、喜多さん――」

 

 

 徐に言葉を発したぼっちちゃんに、私達はゴクリと唾を飲み込んで次の言葉を待つ。

 

 

 

 

「――喜多さん。そ、そんな褒めてくれるなんて、それ程でもないですよぉ。ふひ! ふへっへ。ま、まぁでも? き、喜多さんがそう言ってくれるならそうなのかな? ふへへ」

 

 

 

 鈍すぎる……!

 友達関係の経験値が無さすぎることと、承認欲求高めなことがここにきて裏目に出てしまうとは……!

 その悲しき事実に涙が止まらない。

 

 

 そんなことを思いながらガックリとしている私の肩を――

 

 

 

「伊地知先輩、ちょっとお時間いただけますか?」

 

 

 

 ――喜多ちゃんの両手ががっしりと掴んだ。

 

 

 

 あー。終わったかもしれない。

 

 お、お姉ちゃんに会いたい。

 私の呟いたその言葉に、お姉ちゃんはそっと背を向けて歩き去ったのだった。

 

 

 




虹夏「まぁ、これに懲りたらあんまりハメを外さないようにね」

喜多「いやどの口が……?」ブチギレキターン!


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私の女

引っ越しが重なり遅くなってしまいました。初引っ越しですが、思ったよりやることが多くて驚きました。



 

 気絶しているひとりちゃんを前に、先程の出来事を思い返す。

 

 そこそこ長い間活動してきたが、男性ファンに詰め寄られたのは初めてかもしれない。

 私達の音楽が届いたのは嬉しいが、あの勢いで寄って来られると少しだけ恐怖を覚えてしまう。

 

 ひとりちゃんも最初はデレデレとしていたけれど、段々と余裕が無くなり最後には爆発してしまった。

 

 今後はファンとの、特に男性ファンとの距離感を上手く考えなくてはならないだろう。

 

 

 ――俺、リードギターの貴女が好きで、カッコよすぎです、めっちゃ好きっす! 俺にギター教えてもらえませんか? てかロイン交換しましょうよ!

 

 

 イラッ。

 

 

 先程の光景が頭によぎった私は、苛つきながら目の前で眠るひとりちゃんに覆い被さる。

 

 

 アイツの顔は覚えた。

 今後は郁代バリアで、ひとりちゃんには近づけさせないと心に誓う。

 

 

 大体、ひとりちゃんは私にギターを教えているんだ。

 ファンとはいえ、ぽっと出の男に彼女を渡す訳ないだろう。

 ひとりちゃんは私達の。いや、私の女なんだ。

 絶対、絶対渡してやるもんか。

 

 

 そんな独占欲に濡れた想いを溢れさせた私は、彼女に跨ったままジャージのファスナーに手をかけ、ゆっくりと下に降ろしていく。

 

 

 全く。

 ひとりちゃんもひとりちゃんだ。

 最初だけとはいえ、褒められるとすぐにデレデレしちゃって。

 ひとりちゃんは隙が多いのだから、あんまり心配させるようなことはやめてほしい。

 

 

 目の前には、少しだけ露出した彼女の首元。

 私はそこから目が離せない。

 

 ひとりちゃんは未だに気絶している。

 そんな無防備な彼女との距離を、私は少しずつ縮めていった。

 

 僅かに汗を浮かばせた、白くて綺麗な彼女の首元。

 

 

 私はそこに向かって――

 

 

 

 

 チュゥゥゥゥ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ひとりちゃんは、私のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 突然ではあるが先日、STARRYでライブを行った。

 

 手応えとしては、中々のものだったと思う。

 お客さんは以前と比べて随分と入っていたし、スタジオも結構盛り上がっていた。

 

 当日の歌っている最中、お客さんが楽しそうに体を揺らしていることが分かって嬉しくなった。

 

 そんな彼ら彼女らの様子を見て実感する。

 

 

 やっぱりライブって楽しいなって。

 

 

 SNSでエゴサしても悪い意見は見当たらず、むしろ結束バンドが凄かった! なんて呟きもあった。

 

 ミュージシャンのように、上手な演奏が出来る訳じゃない。

 歌手のように、沢山の人に響く歌を歌える訳じゃない。

 

 それでも。

 私達の演奏は、確かにお客さんの心に届いた。

 

 今はそれだけで十分だ。

 まだまだ私達は上手くなれる。

 先日の経験を生かして、これからも積み重ねていこう。

 

 そう決意した私は、アルバイトのためにSTARRYへと向かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 STARRYにて。

 時刻はあっという間に進み、チケット販売の時間になった。

 

 今日の私はドリンク担当だ。

 大変嬉しいことに、ひとりちゃんと一緒である。

 

 どうも今日はバイトスタッフが多いらしく、それぞれの受付や担当に二人乃至(ないし)は三人が配置されている。

 それだけ今日のセトリは、人気バンドばかりなのだろう。

 

 今日は忙しくなるぞ!

 

 そう気合を入れた私は、ひとりちゃんと一緒にドリンク受付に立った。

 

 

 

 

 

 一組目のライブが始まった。

 

 忙しかった。

 ただその一言に尽きる。

 

 お客さんが続々と入ってきてから暫く。

 私達には常にドリンクの注文が入っていてずっと大変だった。ここまで忙しいのは久しぶりだったかもしれない。

 

 けれど、漸くゆっくりできる。

 

 隣にはいつかのように、真っ白になったひとりちゃんの姿。

 そんなひとりちゃんを必死に励まし、私達は一息入れ始めた。

 

 

 それから暫くして、私達の元へと歩いて来る男性の姿が視界に映った。

 ドリンクの注文かと思った私は、息を吹き返したひとりちゃんと共に背筋を伸ばして待ち構える。

 

 そして、受付前に来た彼は一言。

 

「あの、結束バンドの方ですよね?」

 

 

 

 ……!

 

 

 

 もしかして、私達のファンかしら!

 遂に私達は、バイト中に話しかけられるくらい有名になったのね!

 やったわー!

 

 

 なんて内心を隠して、全く驚いて無いですよって顔で彼の質問に肯定する。

 

「やっぱり! 先日のライブ見ました! 俺凄い感動して、ほんと良かったですよ!」

 

 おぉ!

 割と普通のファンじゃないか!

 

 正直嬉しい。

 隣のひとりちゃんも、パァァァって表情を明るくさせている。

 

「特にピンクの貴方! ギター上手でびっくりしましたよ!」

 

 おぉ!

 この男、分かっているじゃないか!!

 

 確かに、先日のひとりちゃんは程よく緊張も抜けていて、まるでプロみたいだと感じる程の演奏だった。彼女も、バンドでの演奏に段々と慣れてきたのかもしれない。

 

 ひとりちゃんも成長している。

 まだまだ私も頑張るぞー!

 

 そんな、改めて決意をする私の耳に――

 

「――俺、リードギターの貴女が好きで、カッコよすぎです、めっちゃ好きっす! 俺にギター教えてもらえませんか? てかロイン交換しましょうよ!」

 

 

 はっ?

 

 

 はっ?

 

 

「ぅえ!? そ、そんな好きとか、そ、そういうのあっ、あっえと、ちょっと、その……」

 

「いやー、ほんとカッコよかったっすよ! で、ロインどうすか?」

 

 彼の勢いに、ひとりちゃんはデレデレとした表情から焦ったような表情へと変わった。

 次第に彼女の目がグルグルと回り出し、最終的には――

 

「ぁっ、あ、ああアアアアアアアアアッ!!」パァン!

 

 ――爆発した。

 

 

 ……。

 

 

「ひっ! お、お化け!」

 

 アイツはそんな捨て台詞を残し、大慌てでSTARRYから出ていった。

 

 

 

 ……店長。

 

 私は店長を呼んで事情を説明する。

 休憩を貰った私は、スカスカになったひとりちゃんを引っ張ってスタッフルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 気絶しているひとりちゃんを前に、先程の出来事を思い返す。

 

 私達の音楽が届いたのは嬉しいが、あの勢いで寄って来られると少しだけ恐怖を覚えてしまう。

 

 今後はファンとの、特に男性ファンとの距離感を上手く考えなくてはならないだろう。

 

 

 ――てかロイン交換しましょうよ!

 

 

 イラッ。

 

 

 先程の光景が頭によぎった私は、苛つきながら目の前で眠るひとりちゃんに覆い被さる。

 

 

 大体、ひとりちゃんは私にギターを教えているんだ。

 ファンとはいえ、ぽっと出の男に彼女を渡す訳ないだろう。

 ひとりちゃんは私達の。いや、私の女なんだ。

 絶対、絶対渡してやるもんか。

 

 

 そんな独占欲に濡れた想いを溢れさせた私は、彼女に跨ったままジャージのファスナーに手をかけ、ゆっくりと下に降ろしていく。

 

 目の前には、少しだけ露出した彼女の首元。

 私はそこから目が離せない。

 

 ひとりちゃんは未だに気絶している。

 そんな無防備な彼女との距離を、私は少しずつ縮めていった。

 

 僅かに汗を浮かばせた、白くて綺麗な彼女の首元。

 

 

 私はそこに向かって――

 

 

 

 

 チュゥゥゥゥ。

 

 

 

 

 ――吸い付いた。

 

 チュパッと一度、唇を離す。

 そこには、赤い斑点がひとつだけ残っていた。

 

 

 ゾクゾクッ!

 

 

 私の大好きな人が、私のキスマークを付けている。

 その事実を認識して、お腹の奥がジュンと熱くなった。

 

 そうだ。

 またいつ先程のアイツみたいな男が来るか分からない。

 だから、こうやって私のものだという証を残しておかないと。

 

 

 私は自分の行為を正当化し、再び彼女の首元に向かって唇を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュゥゥゥゥ。

 

「……んぅ」

 

 

 ……!

 

 

 

 夢中になって彼女を味わっていると、ひとりちゃんが僅かに声を上げて身じろぎをする。

 そんな彼女から一瞬で離れた私は、素知らぬ顔で携帯を弄っているフリをした。

 

 

 起きちゃったかしら?

 そっ、それより、バレてないわよね?

 

 

 内心ドキドキとしながら様子を窺っていると、ひとりちゃんの目がゆっくりと開き始める。

 彼女は目線だけで辺りを見渡し、最後に私の姿を捉えた。

 

「あっ、お、おはようございます」

 

 気絶から復活した彼女は、一言目にそんな言葉を発した。

 

 

 せ、せーふ!

 

 

 ホッと一安心する私に対して、彼女は不思議そうな顔をしながらも当然の疑問を尋ねてきた。

 

「ど、どれくらい私は寝ていましたか?」

 

 私は腕時計を確認する。

 驚くことに、彼女が気絶してから既に約一時間が経過していた。

 

 

 そ、そんな。

 体感では五分くらいだったのに……!

 

 

 その事実に心の底から驚く。

 

 彼女を味わっているときは全く時間の流れを感じなかった。それだけ夢中になっていた。

 もしかしたら、私の人生の中でも一位二位にランクインするぐらい集中していたかもしれない。

 

 そんなことを考えながらも、私は一先ずひとりちゃんの質問に答えた。

 すると彼女は、ぴゃっ! という声をあげながら大慌てで起き上がった。

 

「バ、バイト!」

 

 きっとひとりちゃんは、バイトをサボってしまったのでは無いかと慌てているのだろう。

 

 彼女は根が真面目で良い子なのだ。

 それなりの頻度で、人と関わりたくないとか、バイトを辞めたいとか言ってはいるが、彼女が一度やり始めたことを投げ出すことは殆ど無い。

 

 今だってその真面目な部分が出ているのだろう。

 

 けれど、慌てなくても大丈夫だ。

 アワアワとしているひとりちゃんを制して、私は彼女に告げる。

 

 ――店長には伝えてあるから、ゆっくりしていて大丈夫よ。

 

 それを聞いた彼女は、安心した様子で息を吐いた。

 相変わらず良い子な彼女に、心がほっこりとする。

 

 

 なんて良い女なんだ。

 可愛くて、良い子で、ふわふわもちもちで。

 もしかして最強か?

 

 

 改めてひとりちゃんの素晴らしさを理解した私は、感動に打ち震えると共に、いつか絶対に彼女と幸せになってやろうと決意する。絶対にだ。

 

 

 彼女に告白して、付き合って。

 そして最後には体を重ねて。

 

 

 

 

 

 ――そこまで考えた私は、ひとりちゃんの首元に視線を向けた。

 

 そのまま視線を固定し、ずっと彼女の首元を見つめ続ける。

 

「ど、どうしました?」

 

 そんな私に疑問を覚えた彼女が、ビクビクとした様子で訊いてくる。

 なんでもないわ、と答えながらも視線はそこから動かさない。

 

 

 

 彼女の首元には――

 

 

 

 

 ひとりちゃん。

 絶対に貴方を捕まえて見せるわ。

 

 

 

 

 ――私のものだと主張するように、幾つもの赤い跡が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

+++

 

 や、やりすぎたかしら?

 

 今更になって不安に思う。

 

 何故私はあんなにキスマークを付けてしまったんだ。

 興奮していたとはいえ、不味いとか思わないのか。

 沢山有りすぎてちょっとだけ背筋がゾワリとする*1

 

 誤魔化すために必死で頭を回し続ける。

 なんとか策を捻り出した私は、彼女に向かって言葉を投げ掛けた。

 

 ――ジャ、ジャージが空いてるわよひとりちゃん。

 

「あっ、そうですね。なんでだろう?」

 

 彼女はそう言ってファスナーを上げ始める。

 

 よし、よし。

 このまま最後まで行って――

 

「――あれ?」

 

 あっ。

 

「あっ、あの。わ、私の首元になんか赤い斑点みたいな出来てませんか?」

 

 

 

 どうするどうするどうする!?

 

 必死で頭を回し続ける。

 この返答に、私の恋愛人生が懸かっているのだ。

 頼む。何か、何か思い付いてお願い!

 

 

 そして私は、彼女に向かって答えた。

 

 

 

 ――そうね。虫が飛んでいたから、虫刺されじゃないかしら?

 

 

 

 あまりに稚拙……!

 いや、これは仕方がない。

 だって何も思い付かなかったのだ。

 むしろ、稚拙とはいえなんとか捻り出した私を褒めて欲しいくらいだ。

 

 

 

「――喜多さん」

 

 そんな私に話しかけるひとりちゃん。

 ゴクリと唾を飲み込んで、私は次の言葉を待つ。

 

 そして彼女は――

 

 

 

「たっ、確かに最近暑いですからね。蚊とかでしょうか?」

 

 

 

 

 せ、せーふ!

 やった、やったわ!

 私の勝利よ!

 

 祝福のベルが脳内に鳴り響く。

 いけない。少しだけ涙が出てきたわ。

 

 天井を見上げて涙を堪える私に、不思議そうな顔をするひとりちゃん。

 そんな彼女は、ジャージのファスナーを上げきって立ち上がった。

 首元のキスマークは完璧に隠れている。

 

「き、喜多さん。時間も遅いので、そろそろ戻りませんか?」

 

 ひとりちゃんの言葉に頷いた私は、彼女の腕を取って、ルンルン気分でスタジオへと戻るのだった。

 

 

*1
喜多郁代は集合体恐怖症である。




ふたり「お、おねーちゃんそれなに!?」

ぼっち「えっ? あぁ虫刺され。喜多さんが教えてくれたんだ」

ふたり「へ、へぇー。そうなんだ(白目)」


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エイプリルフールif:産まれそう

エイプリルフール。存在感なさすぎぃ! 一日ずれてますがご勘弁を……。



 

 妊娠した。

 

 

 

 

 ひとりちゃんにそう告げた翌朝。

 学校に登校した私は、いつものように一年二組の教室へと向かう。

 

 

 その道中、私は昨日のエイプリルフールについて思い出していた。

 白けた視線を向けてきた先輩達にはショックであったが、その分ひとりちゃんで癒されたから良しとしよう。

 

 それにしても――昨日のひとりちゃんは本当に可愛かった。

 

 手を繋いで子供が出来るなんて。そんな明らかな嘘を信じるとは、本当に可愛らしくて純粋な女の子だ。

 

 一先ず教室で会ったときに、昨日の妊娠騒動は冗談であったことを告げようか。心苦しいけれど、もうエイプリルフールは終わったのだ。

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか一年二組の教室に着いたみたいだ。

 

 

 さぁ、今日もひとりちゃんとの楽しい時間を過ごそうか。

 

 

 期待を胸にドアを開けた私は、目の前の光景に目を見開く。

 

 なんとそこには――

 

 

「夜泣きが二、三回? お、多い……」

 

 

 

 ――育児本を机に広げているひとりちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 本日はエイプリルフールである。

 誰が言い出したのかは分からないが、この日には色々な起源があるらしい。にわかの私にとっては、お友達を揶揄うだけの日というイメージしかない。

 

 

 この日は毎年、適当な嘘をついてお友達と笑っていた。けれど、今年の私は一味違う。

 

 私の愛すべきひとりちゃんと、結束バンドの存在だ。

 

 彼女達を驚かすために、今年は気合いの入った冗談を用意している。一週間ほど頭を捻って考えたのだ。地味に大変ではあったが、それに見合うだけのものが出来上がったと思う。放課後のアルバイトが今から楽しみだ。

 

 そんな邪な思いを胸に、私は次の授業に向けて教科書を準備するのであった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 そして、時刻はアルバイトの終わりまで進む。

 

 待ちに待った私のお楽しみタイムである。

 誰から行こうか。やはりメインディッシュは最後にして、最初は先輩達からにしようか。

 

 そう考えた私は、早速リョウ先輩と伊地知先輩を呼び出した。

 

 

 

 

 ――私、妊娠しました。

 

 開口一番に告げたその言葉に、先輩達がポカンと口を開ける。

 

 おぉ!

 思ったより悪くない反応だ。

 

「い、郁代。凄いロックだ」

 

 流石のリョウ先輩でも動揺しているご様子。頑張って考えてきた甲斐があったと嬉しくなる。

 

「だ、誰の子なの?」

 

 それを待っていた! よくぞ聞いてくれました伊地知先輩!

 私は予め用意していた答えを告げる。

 

 ――ひとりちゃんとの子です。

 

 

 

 

 一瞬で場が凍った。

 沈黙の中、先輩達の目が白けたものに変わっていく。

 

「あぁ、今日はエイプリルフールだったね」

 

「解散」

 

 ちょ、ちょっと!?

 待ってくださいよー!

 

 引き留めの一切を無視して、先輩達はフロアの掃除へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 大変遺憾である。

 あんな目をしなくても良いではないか。

 

 ぷりぷりとしながらも、私は切り替える。

 先輩達はただの前菜だ。フルコースで言えば最弱の立ち位置と言えるだろう。だから、あまり気にする必要はない。

 

 大切なのはメインディッシュ、つまりひとりちゃんだ。

 

 彼女の反応を想像して、ジュルリとヨダレが出そうになった。

 全く、どんな可愛い反応をするのか楽しみだ!

 

 

 

 私はそんなことを考えながら、早速とばかりにひとりちゃんを呼びだした。

 

 

 

 

 

 

 妊娠した。

 

 

 ひとりちゃんにそう伝えると、彼女は物凄い勢いで視線を動かし、汗をダラダラと流し始めた。

 

「えっ、あっ。ぇえ!? き、喜多さんが妊娠? だ、誰だ。一体いつの間に!」

 

 あはっ。

 

 とんでもなく動揺しているご様子。

 期待していた反応を見れて大満足な私は、次の一手を繰り出すことにした。勿論、私が気持ち良くなるためである。

 

 ――誰の子だと思う?

 

 私は優しくお腹を撫でながら、目の前のひとりちゃんに問いかける。その際、慈愛の微笑みで彼女を見つめることも忘れない。

 

「ェエエエエエエエ」

 

 彼女は顔を真っ青にさせて、ウンウンと頭を捻っている。

 分からないならしょうがない。それじゃあ、答え合わせをするとしようか。

 

 

 

 ――ひとりちゃんとの子よ。

 

 

 

 一瞬の沈黙。

 

 

 

 それから、

 

「ヒェっ! ひぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 あはっ!

 

 これよこれ。これが見たかったのよ!

 先輩達に話しても、白けた目で私のことを見てくるだけだし。

 やっぱりひとりちゃんは可愛いわね!

 

 ほっこりとしていたそんな時、ピタッと突然彼女の悲鳴が止まった。

 私はその様子を疑問に思っていると、彼女は意を決したように問いかけてきた。

 

「ど、どうやって、に、ににに妊娠したんでしょうか? わっ、私と!」

 

 頬を染めて恥ずかしそうにしながらも、彼女は目線を此方に固定している。彼女の目元は、普段と違って少しだけ凛々しく見えた。

 

 ――え、えっとね。

 

 いつもと違って凛々しい彼女に動揺した私は、上手く言葉を紡げない。

 そんな私に、彼女の目が凛々しいものからジトッとしたものへと変わり始めた。

 

 

 ま、まずい!

 このままではキターンタイムが終わってしまう。

 

 

 私は畳み掛けるように、ひとりちゃんに告げた。

 

 ――バイト帰りの私達ってよく手を繋ぐじゃない? あれよ。あれで妊娠したの。

 

 

 うーん、苦しい()。

 でも大丈夫。大丈夫よ喜多郁代。

 純粋でふわふわピュアピュア。そんなひとりちゃんなら、これでいける筈よ!

 

 

 そう確信した私は、彼女がどんな反応をするのか、ウキウキしながら見つめ返した。

 

「そ、そうなんですかぁ!」

 

 やったわ!

 

 あまりの喜びに、彼女から見えない位置でガッツポーズをしてしまった。

 けれどこれで大丈夫。束の間の夫婦生活を楽しもうじゃないか。

 

 

 そう意気込んだ私は、ひとりちゃんに話しかけようとする。しかし――

 

「あっ。じゃ、じゃあ、私はやることがあるので帰ります」

 

 彼女はそう言ってSTARRYを出ていってしまった。

 

 そ、そんなぁ。

 

 この状況をもっと楽しみたかった私は、がっくりと肩を落としてしまう。

 

 そんな私を、先輩達は未だに白けた目で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 妊娠した。

 

 ひとりちゃんにそう告げた翌朝。

 学校に登校した私は、いつものように一年二組の教室へと向かう。

 

 昨日のひとりちゃんは本当に可愛かった。

 

 手を繋いで子供が出来るなんて嘘を信じるとは。本当に可愛らしくて純粋な女の子だ。

 

 一先ず教室で会ったときに、昨日の妊娠騒動は冗談であったことを告げようか。心苦しいけれど、もうエイプリルフールは終わったのだ。

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか一年二組の教室に着いたみたいだ。

 

 

 さぁ、今日もひとりちゃんとの楽しい時間を過ごそうか。

 

 

 期待を胸にドアを開けた私は、目の前の光景に目を見開く。

 

 なんとそこには――

 

 

「夜泣きが二、三回? お、多い……」

 

 

 

 ――育児本を机に広げているひとりちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 教室には異様な空気が漂っている。

 原因は言わずもがな、育児本を熟読するひとりちゃんだろう。

 生徒達が見守る中、私は意を決して教室へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ギターを弾いてるときと同じくらい真剣な表情をしている彼女に、私は話しかける。

 

 ――ひ、ひとりちゃん?

 

「あっ、おはようございます喜多さん」

 

 本から顔を上げた彼女は、何でもないかのように挨拶をした。

 

 ――それ、どうしたの?

 

 私は机の上に指を差しながら問いかける。

 彼女は、あぁと一言呟いてから答えてくれた。

 

「わ、私も子持ちになりますから、予習しとかないとって思って」

 

 教室中からガタガタっと音がした。ひとりちゃんのとんでもない発言に、誰もが驚いてしまったようだ。

 

「――って喜多さん! わ、私の椅子に座ってください! もう、一人の体じゃないんですよ!!」

 

 そう言って彼女は立ち上がる。それから、私の肩を優しく押して椅子に座らせてくれた。

 

「ここに赤ちゃんが居るんですね……」

 

 それから彼女は、私のお腹を優しくさすりだした。

 

 

 あっ、良い。すごく良い。

 とっても気持ち良い……。

 

 

 妊娠中の私を気遣う彼女に、お腹の奥がジュンとした。あまりの興奮に、何かが産まれそうになった。いや、既に産まれたのかもしれない。

 

 

 

 ふぅ……。

 

 

 

 何かを産んで落ち着いた私は、ふぅと一度息を吐いてから目を瞑り、頭をフル回転させて考える。

 

 

 どうやって冗談だと切り出せば良いのかしら……。

 

 

 あまりにも真剣なひとりちゃんの様子に、タイミングを失ってしまった。今も私のお腹をさする彼女に、少しだけ胸が苦しくなる。

 

 けれど、いつまでもこのままでいる訳にはいかないだろう。自分で蒔いた種だ。辛いけれど、真実を告げることにしようか。

 

 

 ひとりちゃん、と私は声をかける。

 真剣な雰囲気を醸し出す私に、はい、と彼女は答えてくれた。

 

 

 そして告げる。残酷な真実を、彼女に告げる。

 

 ――妊娠の話、全部嘘なの。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 あぁ、私は最低だ。

 なんてことをしてしまったんだ。

 胸が苦しい。只々苦しい。

 

 

 そんな自己嫌悪に浸っていると、ひとりちゃんが私の名前を優しく呼んでくれた。

 

 それから彼女は、私に向かって少しだけ微笑んだ。

 

「じ、実は私も、嘘なんじゃないかなって、少しだけ思ってました」

 

 だ、だから安心してください、なんて最後に付け足して、彼女は私の頭を撫で始めた。

 

 

 

 ……!

 

 

 んんんまぁ!

 まさか、ひとりちゃんが気づいているとは……!

 

 

 私の完璧な冗談を看破した彼女に、賞賛を送る。流石はひとりちゃんだ。なんて賢いのだろうか。

 

 しかし、ここで疑問が残る。

 何故、彼女は育児本を読んでいたのだろうか?

 

 謎を解明するため、私は彼女に問いかけた。

 

 ――どうして育児本を読んでいたの?

 

 私の質問に彼女は、少しだけ考えてから答えてくれた。

 

「は、半分くらいは、揶揄われたお返しのつもりでした」

 

 ほほう! やるわねひとりちゃん!

 それで、もう半分は?

 

 続きを促す私に、彼女は少しだけ恥ずかしそうにしながら答えてくれた。

 

「もっ、もう半分は、喜多さんと私の子供なら。もしそれが本当だったら、嬉しいなぁ。な、なんて思っていたり?」

 

 

 ……キ。

 

 キタキタキタキターーーーーーーーーーーー!!!

 

 

 彼女のあまりにも可愛らしい発言が、私のお腹(しきゅう)に直撃した。その影響で、お腹の奥がジュンとする。

 この感覚。もしや私のお腹に新たな生命が宿ったのかもしれない。

 

 あ、妊娠したわ。

 そう確信してしまうほどに、今の私は興奮していた。

 

 駄目だ。一回発散しないと、今日はもう駄目だ!

 

 私は勢いよく立ち上がり、ひとりちゃんの腕を掴んだ。

 

 ――行くわよひとりちゃん!

 

「えぇ!? ど、どこにですか?」

 

 そんなの決まっている。

 

 保健室、体育倉庫、多目的室、女子トイレ、校舎裏。

 何処でもいい。とにかくその辺だ!

 

 私は彼女の腕を引っ張って、勢いよく教室を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 私達が教室に戻ったのは、お昼休みが終わる頃だったとここに記しておく。

 

 




おまけ①
ぼっち「お母さん育児に関する本ある?」

美智代「あるけれど、どうしたの?」

ぼっち「妊娠した」

美智代「!」

ぼっち「喜多さんが」

美智代「!!!」

おまけ②

星歌「はいこれ」

喜多「なんですかこれ。おむつと、哺乳瓶?」

星歌「妊娠祝い」

喜多「は?」


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ランジェリーショップ

一瞬で二週間が過ぎ去った。時の流れが早すぎるぅ。
いつも感想ありがとうございます。本話は皆様の感想から得たアイデアとなっております。楽しんでいただけたら幸いです。



 

 ……まだかしら?

 

 彼女が試着室に入ってから既に十分は経過している。いい加減待ちきれず、体がソワソワとし始めた頃合いだ。

 

 ――ひとりちゃん大丈夫? もう着れたかしら?

 

「は、はい! うっ、うぅぅぅ」

 

 どうやら着れたらしい。それなら、今は恥ずかしくて出てこれない状態なのだろう。

 

 早く見たいなぁ。

 どうすれば彼女は出てきてくれるのだろうか。

 私は考える。考え続ける。

 

 

 ふむ。ふむふむ。ふむ?

 

 

 目の前の試着室を見ていたその時――

 

 

 ……!

 閃いたわ!

 

 

 ――私の頭に差し込む、一筋の光。

 

 いける。これならいけるわ!

 

 私は一歩、試着室へと足を踏み出した。

 それからゆっくりと腕を持ち上げ、カーテンへと手をかける。

 

 ふふふ。

 さぁ、彼女の素敵な姿を拝むとしようか!

 

 私は勢いよく、目の前のカーテンを開いた。

 

 

 シャァッ!

 

「ぴぃあ!」

 

 

 

 なんとそこには――

 

 

 

「み、見ないでください……!」

 

 

 

 ――ピンク色で統一された、可愛らしい下着を身に付けるひとりちゃんの姿があった。

 

 

 

 ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!!

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 ひとりちゃんって柔らかいわよねぇ……。

 

 

 退屈な授業中、私はそんなことを考えていた。

 

 いや、これはしょうがない。だって退屈なんだもの。

 私は悪くない。

 

 誰に聞かれた訳でもないのに言い訳をした私は、脳内ピンク色の妄想を再開する。

 

 彼女のプルプルなお肌。

 どこに触れても、ふわふわとした感触を伝えてくれる。

 

 そして何より、あのおもちだ。

 なんだあの大きさ。なんだあの柔らかさ。

 

 ここだけの話、どさくさに紛れて何回もあのおもちを味わっている。

 その感触は、何度触れても決して飽きることはない。

 

 特に、あのおもちに挟まれたときは最高だった。

 水風船のようにもっちりと、そしてマシュマロのようにフワフワとしている。

 

 ジャージ越しに味わっていたが、まるで直に触って――

 

 

 ちょっと待って。

 

 

 ひとりちゃんって、下着を付けているわよね?

 さ、流石にノーブラじゃないわよね??

 

 不安だ。流石に大丈夫だとは思うが、あの柔らかさは少しだけ不安になる。

 それとも、おもちを持つものはアレが普通なのだろうか。

 

 

 これは確かめる必要があるだろう。

 授業が終わると同時に、私はひとりちゃんへとロインを送った。

 

 

 

 

 

 

+++

 

「そ、それで、話って何でしょうか?」

 

 階段下の謎スペースに呼び出されたひとりちゃんは、頭にハテナを浮かべながら私に問いかける。

 

 

 どうしよう。

 なんて聞けばいいのだろうか?

 

 

 正直に、ブラジャーしてますか? なんて聞ける訳ない。

 そんな変態みたいな真似、とてもじゃないが私には出来ない。

 

「あ、あの……?」

 

 黙りこくって考える私に不安を覚えたのか、彼女はオドオドとしながら返事を急かしてきた。

 

 

 ふむ。それならば仕方ない。

 少々強引だけれど、直に確かめさせていただこう。

 

 

 ――動かないで。

 

「ぴぃ!」

 

 鋭く告げたその言葉に、ひとりちゃんはビクリと一度驚いてから固まった。

 

 私はそんな彼女の首元に手を伸ばし、ファスナーのチャックを指先で掴む。

 

 

 ジジジジ。

 

 

 ゆっくりと露わになっていく、シャツに包まれた豊かなおもち。あまりの大きさに、チャックを下ろす手がポヨンポヨンとおもちに触れた。

 

 

 はぁはぁ……。

 

 

 私自身の、荒くなった呼吸の音が耳に伝わる。

 ちょっとだけえっちなことをしている気分になった。

 

 そして、チャックの高さがおもちの頂点に達した、そのとき――

 

 

「んっ」

 

 

 ほわぁ!

 

 私は一瞬で手を離す。

 

 

 い、今の声、ひとりちゃんよね?

 あんな色っぽい声を出せるなんて。

 なんていやらしい!

 

 

 いえ、落ち着くのよ喜多郁代。

 本来の目的を忘れてはいけないわ。

 

 

 なんとか理性を保った私は、気を取り直して再び、ファスナーのチャックへと手を伸ばす。

 

 そして手が触れそうになったそのとき。

 

「――あ、あの。これは一体、何を?」

 

 流石に不審に思ったのか、彼女は頬を僅かに染めながらも私に尋ねてきた。

 

 

 ……そうね。もう、正直に話すしかないわね。

 

 

 誤魔化しきれなくなった私は、本日の目的を彼女に告げる。

 

「えぇっ! さ、流石に下着は着てますよ!」

 

 流石にそうよね。本当に良か――

 

 

 ちょ、ちょっと待って。

 じゃあ、あの異常な程の柔らかさは、ブラジャー越しだったってことなのかしら!

 

 馬鹿な! そんなことはありえない。

 直に自分のおもち(?)を触ったときよりも柔らかかったぞ!ウゾダドンドコドーン!

 

 泣きそう。

 これが持つものと持たざるものの格差というものか。

 く、くそぅ。

 

 一人で勝手に凹み、ずっしりとした雰囲気を醸し出した私は、彼女に向かって恨み言を言う。

 

 ――ひとりちゃんは胸がおっきくて良いわよね。

 

「エッ!」

 

 ――すごく、大きいです。

 

「エェっ!」

 

 そんな私にアタフタとしながら、ひとりちゃんは早口で答える。

 

「で、でも、大きい方が良いとか、そんなの無いですよ! 重いし、肩凝るし。それにブラだって大変なんです。先週もサイズが合わなくてホックが壊れちゃうし、もう全然下着のストックが――」

 

 

 はぁ!

 まだ大きくなるっていうことかしら!

 

 とんでもない女ね。

 ひとりちゃん、恐ろしい子……!

 

 

 まぁ、この話はもういいわ。虚しいだけだし。

 それよりも、先程の会話に気になるところがあった。

 

 ――もうブラジャーの予備が無いの?

 

「は、はい。今着ているやつと、あと1セットしか無いです」

 

 ほほう。

 大きいからそんなことになるのだ。

 やはり私ぐらいが丁度いい。

 

 あいや、そうじゃない。今はひとりちゃんの話だろう。

 胸のことになるとすぐに話が脱線してしまう。私の悪い癖だ。

 

 

 ひとりちゃんはブラの予備が殆ど無いのか。そっかそっか。

 なら、やるべきことは決まった。

 

 ――ひとりちゃん!

 

「は、はいっ!」

 

 ――今週末、二人でお買い物に行くわよキターン!

 

「エェェェェ」

 

 

 

 

 

++++++

 

 待ちに待った週末がやってきた。

 ひとりちゃんと出かける日である。

 

 あれから渋り続けるひとりちゃんを何度も説得した結果、何とかおっけーの返事を貰うことができた。

 その際に顔がドロドロと溶けていたけれど、いつものことだから問題ない。実際すぐに顔が戻っていた。

 

 そんな風に今週の出来事を振り返っていると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「お、おはようございます。喜多さん」

 

 ――おはようひとりちゃん!

 

 挨拶を返した私は、早速とばかりに彼女の手を引いて、目的地へと歩き出した。

 

「えっ? えっ? ど、どこに行くんですか?」

 

 

 ふっ。そんなの決まっているわ。

 

 ひとりちゃんの下着を買いに行くのよ!

 

 

 ババーン! と告げたその言葉に、彼女はムンクの叫びを連想させる顔になった。

 

 絶望したのか、彼女の体から一気に力が抜ける。

 今がチャンスとばかりに、私は彼女を引っ張ってショッピングモールへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 今、私達はランジェリーショップにいる。

 

 まだ入ったばかりだが、既にワクワクが止まらない。

 これから私は、ひとりちゃんに似合う最高に可愛らしい下着を選ぶのだ。その事実にジュルリと涎が垂れそうになったが、なんとか理性を奮い立たせる。

 

 既にサイズは測ってもらった。後は本命の下着を買うだけである。

 

 それじゃあ行くわよ! と言って、私はひとりちゃんに笑顔を向けた。

 そんな私に、彼女は青ざめた顔で答える。

 

「あわわわわ! か、帰っていいですか?」

 

 勿論駄目に決まってる。

 秒でその提案を却下した私は、下着の山へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 これもいいかしら?

 それともこっち?

 

 可愛いものからちょっとセクシーなものまで。様々な下着達を前に、中々納得するものが決まらない。

 

 これは私の偏見だけれど、ひとりちゃんには可愛い系の方が似合うだろう。勿論セクシーなものも見てみたいが、彼女の良さを活かすには可愛いもの一択だ。

 

 よし、決めた。

 

 ――ひとりちゃん!

 

「ぴっ! は、はい!」

 

 ――これ、試着してみて。

 

「ひぇぇ……」

 

 渋る彼女に下着を握らせ、私は試着室へと強引に押し込んだのだった。

 

 

 

 

 

 ……まだかしら?

 

 彼女が試着室に入ってから既に十分は経過している。いい加減待ちきれず、体がソワソワとし始めた頃合いだ。

 

 ――ひとりちゃん大丈夫? もう着れたかしら?

 

「は、はい! うっ、うぅぅぅ」

 

 どうやら着れたらしい。

 

 早く見たいなぁ。

 

 そんな思いから、私は一歩、試着室へと足を踏み出した。

 それからゆっくりと腕を持ち上げ、カーテンへと手をかける。

 

 ふふふ。

 さぁ、彼女の素敵な姿を拝むとしようか!

 

 私は勢いよく、目の前のカーテンを開いた。

 

 

 シャァッ!

 

「ぴぃあ!」

 

 

 

 なんとそこには――

 

 

 

「み、見ないでください……!」

 

 

 

 ――ピンク色で統一された、可愛らしい下着を身に付けるひとりちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 思考が加速する。

 この瞬間を鮮明に記憶しようと、彼女の頭から爪先まで、私の視線が高速で這い回った。

 

 普段はジャージに隠された、真っ白な柔肌。

 決して晒されることはない、おもちによる深い谷間。

 

 その全てを私は目に焼き付ける。

 

 その間、約0.1秒。

 私は今この一瞬だけ、常人達を凌駕した。

 

 私に誰かを惹きつける才能はないけれど、ひとりちゃんを舐め回すように見る才能はあるみたいだ。

 

 そんな素敵な彼女を凝視していると、ひとりちゃんは恥ずかしそうに訊いてきた。

 

「ど、どうで――」

 

 ――可愛い。

 

 私は食い気味に即答する。

 そんな私に顔を赤らめながらも、モニョモニョと嬉しそうな表情をするひとりちゃん。

 

 

 ……良いわよね? もうここで決めて良いわよね!

 

 

 彼女のあまりの可愛さに我慢できなくなった私は、試着室の中に飛び込んでカーテンを閉める。

 

「ひぇ! な、何を?」

 

 ――静かに。

 

「ぴ!」

 

 動揺するひとりちゃんを制して、私は彼女を抱きしめる。

 下着だけだからか、彼女の柔らかさが直に私へと伝わってきた。

 

 あー、いけませんよひとりちゃん。これはいけません。

 私が我慢できなくなってしまいますわ。

 

 腰に回した手をゆっくりと上に持ち上げていく。それから、彼女の柔らかな背中を指先でツーっとなぞり始めた。

 

「ひゃ!」

 

 

 あぁ、気持ちいい。

 これが本物のひとりちゃんか。

 ふわふわだぁ!

 

 既に大満足ではあるが、最後のお楽しみがまだ残っている。

 多分、そろそろの筈だ、ほら。

 

 背中をなぞっていた指先が、ブラジャーのホックに引っかかった。

 私はそれを両手で掴み、外そうと試みた。

 

「ちょ、ちょっと! さ、流石にまだ駄目です!」

 

 えぇ、いいじゃない。

 先っぽだけ!

 

「ど、どういう意味ですかぁ!?」

 

 必死に抵抗するひとりちゃん。

 けれど悲しいかな、彼女の体力では私に勝つことはできない。

 この戦い、時間は私の味方である。

 

 私はそんな確信の下、彼女と戦い続けた。

 

 

 

 

 ひとりちゃんの限界はすぐに訪れた。

 もう無理、といった感じで力の抜けた彼女の腕をどかし、私はブラのホックへと手をかける。

 

 いよいよだ。いよいよ本物のおもち様が目の前に現れる。

 ひとりちゃん、早く私に見せておくれ。

 

 さぁ、さぁさぁさぁ!

 

 私はホックを両手で持ち、外そうと――

 

 

「――お客様。そういうのは他所でやってください」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 はぁ。

 

 一つため息を吐いた私は、ひとりちゃんから体を離す。

 

 あとちょっとだったのに、なんて視線を店員さんに向けるが、凄い目で私のことを睨んできたので逸らしてしまった。

 

 

 ……ここまでね。

 まぁ、本来の目的は達成したから良しとしましょうか。

 

 

 そう考えた私は、着替えるように彼女へと伝えて、レジの方に向かうのだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 ひとりちゃんと帰り道を歩く。

 私達の間には、微妙に気まずい空気が流れていた。

 

 原因はやはり、先程の試着室での一件だろう。

 例の下着は奢ってあげたが、お礼を言われただけでこの気まずさは解消されなかった。

 

 そんな空気を入れ替えようと、先程から何か話題を探しているが、一向に見つかる気配はない。

 

 もしかして、このままずっと気まずいままだったり……?

 

 

 嫌だ。そんなのは嫌だ!

 

 

 その想いを原動力に、私はぶるりと奮い立つ。

 私達の幸せな未来のためには、こんなところで立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

 気合をいれろ喜多郁代。

 さぁいく――

 

「 ――き、喜多さん!」

 

 あら!?

 

 一瞬早く、彼女が大きな声を上げた。

 私は驚いた後、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「先程は、その。外だし、人前だし、あんまりえっちなのは駄目です!」

 

 ……仰る通りです。

 

 ぐうの音も出ない正論に口をつぐむ。

 あれは明らかに私が悪かった。

 

 ――ごめんなさい。

 

 彼女に向かって頭を下げる。

 そんな私を前に、彼女は何も答えない。

 

 

 ……。

 だめ、かしら?

 

 

「わ、分かりました。許します!」

 

 

 ひとりちゃん!

 

 

 はしゃぎ回る私に向かって彼女は、でも! と大きな声で言葉を続けた。

 

「こ、今度からは、人前でえっちなことはしないでください」

 

 はい、猛省します。

 

 数秒の沈黙。

 未だにしょんぼりと俯いて落ち込む私は、ポツリと彼女が発した言葉に耳を疑った。

 

「――二人だけなら、その、べ、別に大丈夫ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 ……!

 

 

 衝撃的な発言に、ガバリと勢いよく顔を隣に向ける。

 ひとりちゃんは恥ずかしそうに、反対側へと顔を逸らしていた。

 

 

 ――い、今、なんて?

 

「な、何でもないです!」

 

 彼女はそう告げ、体を蒸発させて私の前から消え去った。

 

 

 ……それ、任意で出来るのね。

 

 いつも通りのひとりちゃんに、肩の力が抜ける。

 

 

 今日は色々とあったけれど、最後には丸く収まって良かった。

 彼女の体を味わって、許されて、意味深な言葉も聞けた。

 

 大収穫だ。

 

 

 今日は誘って良かった。

 また、二人でお出かけしたいな。

 

 

 一人だけになった帰り道、私はそんなことを考えながらゆっくりと歩くのだった。

 

 




 後日、喜多郁代はぼっちとお揃いの下着(数サイズダウン)を買いに行った。


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喜多ちゃん誕生日番外編:何でも言うことを聞く

喜多ちゃんお誕生日おめでとう。



 

「こ、これ! 受け取ってください!」

 

 

 ……キ。

 キタキタキタキターーーーー!!!

 

 

 ――ありがとうひとりちゃん!

 

 待ちに待った彼女からのプレゼントに、一瞬で私の心が爆発する。

 

 

 ちゃんと覚えててくれたのね!

 うーっ、嬉しいー!

 

 

 興奮のあまり、ひとりちゃんの目の前で小躍りしそうになった。

 

 それくらい嬉しいことなのだ。

 意中の相手が私の為だけに頭を悩ませ、そしてプレゼントをくれる。

 この出来事を超える幸せなんてそうそう無いだろう。

 

 しかし、肝心の中身はまだ分からない。

 

 ……気になる。

 とても気になる。

 

 私の両手に収まるサイズの、可愛らしく包装されたピンクの箱。

 ひとりちゃんらしからぬセンスの良さに疑問を覚えるけれど、その中身に比べれば些事だろう。

 

 ――プレゼント、ここで開けてもいいかしら?

 

「えぇ! ぅう……」

 

 彼女は悩んでいるご様子。

 

「ほ、本当に大したものじゃなくて、リョウ先輩と虹夏ちゃんに相談してやっと決まったやつで!」

 

 ほほう!

 それは良い情報だわ!

 

 一気に期待値が上がる。

 素敵なリョウ先輩と大天使の伊地知先輩。この二人が揃ったのならば、そうそうおかしなことにはならないだろう。

 

 同時に、なるほど! と一人で納得する。

 私に隠れてコソコソとしていたのは、これを相談していたのかと。

 漸く私にも理解できた。

 

 

 それから私は、期待の眼差しでひとりちゃんを見つめる。見つめ続ける。

 

「うぅ……。わ、分かりました!」

 

 

 やったわ!

 

 

 私は丁寧にラッピングを剥がした。

 それから、ゆっくりと蓋を持ち上げる。

 

 中に何が入っているのか、ドキドキで胸が膨らんだ。

 

 

 蓋を開けるとそこには――

 

 

 

「えへへ。ど、どうですかね?」

 

 

 

 ――ひとりちゃんの髪留めと、『何でも言うことを聞く券』が三枚入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 もうすぐ私の誕生日である。

 

 毎年この日を楽しみにしている。けれど実は、今年の誕生日はこれまでと桁違いに楽しみだったりする。

 

 

 それは何故か。

 

 そう。

 今年はひとりちゃんがいるからだ。

 

 あの優しくてもちもちのひとりちゃんが、お友達の誕生日を忘れる筈がない。

 実際ここ数日の彼女は、ソワソワしたり、私のことをチラチラと見ていたりする。

 

 これは期待できる。

 私はそう確信し、ひとりちゃんをほっこりとしながら見守るのだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 私の誕生日が三日後に迫ったとある日。

 私達結束バンドの面々は、STARRYでバイトの後片付けを行っていた。

 

 私は一人、黙々と床を磨く。

 

 そんな私の視界に、ひとりちゃんと伊地知先輩が二人でコソコソと話し合っている姿が映った。

 

 伊地知先輩がニヤリと笑い、ひとりちゃんが慌てている。

 

 

 むむっ。なんか楽しそうだ。

 出来れば私の前で内緒話はやめて欲しい。

 脳が破壊されてしまう。

 

 

 私は彼女達から目を逸らして、掃除に意識を戻した。

 

 

 私は一人、黙々と床を磨く。

 

 腰が痛いわぁなんて思いながら顔を上げると、今度はひとりちゃんがリョウ先輩とコソコソしているのが見えた。

 

 リョウ先輩が真顔で何かを呟き、ひとりちゃんが顔を真っ赤にしている。

 

 

 むむっ。顔が良い。いやそうじゃない。

 ひとりちゃんを揶揄っていいのは私だけではないのか?

 いけない、このままじゃ脳が破壊される。

 

 

 私は顔をブンブンと振り、先程のことを忘れようと夢中で床を磨き出した。

 

 

 

 

 必死に床を磨くこと二十分。気付けば床がピカピカになっていた。

 

 モップを片手に、私はふぅと一息入れる。

 辺りを見渡すと、それぞれが持ち場に戻って掃除をしていた。

 

 その様子に一安心した私は、ドリンク周りを片付けているひとりちゃんの元へと向かう。

 

 ――ひとりちゃん。

 

「ぴっ! き、喜多さん」

 

 

 あはっ。

 そんなに驚かなくてもいいのに。

 そこまで大袈裟な反応をされてしまうと、何か隠してるんじゃないかって勘ぐっちゃうわ!

 

 

 ――さっきは先輩達と、何を話していたのかしら?

 

「エッ。な、何でもないです」

 

 うん、何でもあるみたいね。

 私は続けて彼女に問いかける。

 

 ――どうしても、駄目かしら?

 

 

「うぅ……。む、無理です。むむむむむっ!」

 

 あはっ! 可愛い。

 

 首をブンブンと振る彼女に、心がほっこりとする。

 

 でもそうか。

 そんなに駄目なら、もう問い詰めることは辞めておこう。

 

 私はひとりちゃんに謝って、帰る準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 遂にやってきた、私の誕生日当日。

 

 朝からおめでとう! と沢山のお友達から祝われている。

 それはとても嬉しい。嬉しいのだけれど、ひとりちゃんからは未だに何もない。

 

 何故だろう。

 思い当たる節があるとすれば――

 

 

 ま、まままさかぁ!

 この前のバイトで、無理に問い詰めたから、き、嫌われた!?

 

 

 その可能性に思い当たり、ブワッと汗が噴き出し始める。

 

 

 そ、そんな! う、嘘よね。大丈夫よね?

 

 

 一人教室でアワアワと震える私は、居ても立っても居られず、ひとりちゃんが居るであろう、暗くてじめじめした場所へと走り出した。

 

 

 ――ひとりちゃん!

 

 

「ぴっ! き、喜多さん!」

 

 勢いよくひとりちゃんに迫り、私は直球で質問する。

 

 ――私のこと、嫌い?

 

「えぇっ! き、嫌いな訳ないですよ! む、むしろ――」

 

 ――そうよね! ありがとう!

 

 それだけ聞いて一安心した私は、彼女の言葉を遮って教室へと戻り出した。

 

 

 良かったぁ。

 

 

 ふぅと一息。肩の力が抜ける。

 

 そうだ。ひとりちゃんが私のことを嫌うなんてあり得ないのだ。にわかは黙っていて欲しい。

 

 そんなことを考えながら歩いていたとき、うしろからひとりちゃんの声が聞こえてきた。

 

「喜多さん!」

 

 あら?

 

 私はその声に振り返る。

 そこには、息も絶え絶えなひとりちゃんの姿があった。彼女の手は、小さな箱を大事そうに抱えている。

 

 ――どうしたの?

 

 そう問いかける私に向かって、ひとりちゃんはガバリと、その手に持っていた箱を差し出した。

 

 

 

「こ、これ! 受け取ってください!」

 

 

 ……キ。

 キタキタキタキターーーーー!!!

 

 

 ――ありがとうひとりちゃん!

 

 待ちに待った彼女からのプレゼントに、一瞬で私の心が爆発する。

 

 

 ちゃんと覚えててくれたのね!

 うーっ、嬉しいー!

 

 

 興奮のあまり、ひとりちゃんの目の前で小躍りしそうになった。

 

 意中の相手が私の為だけに頭を悩ませ、そしてプレゼントをくれる。

 この出来事を超える幸せなんてそうそう無いだろう。

 

 しかし、肝心の中身が未だに分からない。

 

 ……気になる。

 とても気になる。

 

 ――プレゼント、ここで開けてもいいかしら?

 

「えぇ! ぅう……」

 

 彼女は悩んでいるご様子。

 

「ほ、本当に大したものじゃなくて、リョウ先輩と虹夏ちゃんに相談してやっと決まったやつで!」

 

 ほほう!

 それは良い情報だわ!

 

 一気に期待値が上がる。

 素敵なリョウ先輩と大天使の伊地知先輩。この二人が揃ったのならば、そうそうおかしなことにはならないだろう。

 

 同時に、なるほど! と一人で納得する。

 私に隠れてコソコソとしていたのは、これを相談していたのかと。

 漸く私にも理解できた。

 

 

 それから私は、期待の眼差しでひとりちゃんを見つめる。見つめ続ける。

 

「うぅ……。わ、分かりました!」

 

 

 やったわ!

 

 

 私は丁寧にラッピングを剥がした。

 それから、ゆっくりと蓋を持ち上げる。

 

 中に何が入っているのか、ドキドキで胸が膨らんだ。

 

 

 蓋を開けるとそこには――

 

 

 

「えへへ。ど、どうですかね?」

 

 

 

 ――ひとりちゃんの髪留めと、『何でも言うことを聞く券』が三枚入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『何でも言うことを聞く券』

 

 まさか高校生にもなって受け取る日が来るとは思わなかった。

 

 けれど、とても嬉しい。

 これがあれば、ひとりちゃんは私の言うことを何でも聞いてくれるのだ。しかも三回も。

 

 私は一つずつ確認することにした。

 

 ――この髪留めって、ひとりちゃんと同じ?

 

「は、はい! 伊地知先輩が、喜多ちゃんは私とお揃いのものを喜ぶって言ってて」

 

 流石は伊地知先輩!

 貴女は本当に私のことをよくわかっていらっしゃる!!

 

 今度タピオカでも奢ってあげよう。私は心に決めた。

 

 それでは早速。

 よしっと。

 

 ――これ、似合う?

 

「ぴゃっ。と、とっても似合います!」

 

 あはっ! 嬉しいわ!

 

 そして、話は例のブツへと移る。

 

 ――この券は?

 

「あ、リョウ先輩が言ってて、絶対喜ぶって」

 

 ほんと最高ですよ先輩。

 今度ご飯奢りますリョウ先輩。ほんと最高!

 

 続けて私は、この券について説明を求めた。

 

「あっ、はい。こ、この券を使えば、喜多さんのお願いをなんでも――」

 

 ん? 今何でもするって(以下略)。

 

 そっかぁ、そっかぁ!

 

 嬉しくなった私は、この券を何に使おうか早速考える。

 

 お洋服屋さんに行って、着せ替え人形になってもらう?

 それとも、ジャージじゃなくて私服デートとか?

 ちょっとだけえっちなことも頼んじゃう?

 

 嗚呼、やりたいことが沢山あって困っちゃうわ!

 

 

 

 

 まぁでも、最初にお願いすることは決まっているのだけれどね。

 

 私は箱から一枚取り出して、ひとりちゃんに渡した。

 

「喜多さん?」

 

 よ、よーし。恥ずかしいけど、い、言っちゃうぞ〜。

 

 

 

 

 

 ――これから先、ずっと。ずっと、ひとりちゃんの傍にいてもいいですか?

 

「えっ……?」

 

 ――バンドも私生活も、特別なことは何も無い私が、特別なひとりちゃんの傍にいてもいいですか?

 

 ずっと気になっていたのだ。

 

 私はいつもひとりちゃんを振り回してばかりだし、変な悪戯ばかりするし、ギターもそこまで上手くないし。中々にめんどくさい女になっている自覚はあった。

 

 だから、『何でも言うことを聞く券』は本当に嬉しかった。

 

 これで安心だと、私の中で納得できるから。

 

 私の問いにひとりちゃんは答える。

 

「いつもありがとうございます。わ、私は、喜多さんが傍に居てくれてよかったと思ってます。あんなに嫌だった学校も、最近はちょっと楽しいし。だから、私の方から頼みたいくらいです。ず、ずっと傍に、い、居てほしいって」

 

 

 ……キ。

 キタキタキタキターーーーーン!

 

 なんて良い子なのかしら!!

 

 あまりに素敵な回答を聞き、感動で体が打ち震えた。

 

 

 でもそうか。

 ひとりちゃんもそう思ってくれてたのか。

 なら、もう遠慮は要らないわね!

 

 

 ひとりちゃんから『ずっと傍に居て欲しい』発言も聞けたし、今度からは少し過激なことをしても大丈夫だろう。

 

 

 ということで、早速二枚目の『何でも言うことを聞く券』を使うことにした。

 

 

 

 欲望を満たすために。

 

 

 

 

 

+++

 

 ポムポム。

 ぱふんぱふん。

 

 今、私はひとりちゃんのおもちに挟まっている。

 ジャージ越しじゃない、シャツの上から味わっている。

 

 今まで感じたことのないその柔らかさに、段々と意識が沈んでいく感じがする。

 

 

 いけない。まだ少ししか味わってないのに。

 

 でもなんかもう、眠っても良いかもしれない。

 今日は色々あったし、意を決して傍に居ても良いか聞いたから、心が結構疲れたのだ。

 

 だから、今日はこのままでも良いかな。

 

 そんなことを一度考えた私は、睡魔に抗うことなく眠りに落ちたのだった。

 

 




喜多「これからずっと、何でも言うこと聞いて」最後の一枚ペラー

ぼっち「えぇ!?」


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膝枕

アマプラ面白すぎだろ! 気付いたら三週間経ってました。

それはそうと、LIVEイベント -恒星- がもうすぐですね。私も現地行きたかった、恒星Tシャツ欲しかった(作者、心からの叫び)。



 

「ど、どうぞ」

 

 ひとりちゃんがそう告げたのを確認し、私は彼女の太ももに頭を乗せる。

 

 

 もっちり。

 

 

 おほっ!

 これよこれ!

 これが欲しかったのよ!

 

 

 疲れ切った体が、彼女の柔らかさで癒されていく。

 あまりの柔らかさに、私の頭がどこまでも沈み込んでいくのではないかと錯覚した。

 

 

 はぁ気持ちいい。

 全く、仕事終わりのひとりちゃんは最高だ!

 

 

 けれど、まだまだお楽しみは残っている。

 

 私はゆっくりと体の向きを変えた。ちょうど正面に、ひとりちゃんのお腹が見える体勢である。

 

 

 もっっちり。

 

 

 むほほっ!

 私のほっぺたに、ひとりちゃんの柔らかいおみ足が当たっているわ!

 

 

 計算通りだ。さすが私、とても賢い。

 

 

 あまりの感動に体を震わせる。

 

 

 それにしても、ひとりちゃんの太ももがこんなにも柔らかいとは。実際に体感してみないと中々分からないものである。

 

 私が内心でうんうんと頷き、満足していたそのとき、ふと目の前の、柔らかそうな彼女のお腹に意識を持っていかれた。

 

 

 ふわふわもっちり。

 

 

 美味しそうだ。

 

 ジャージに包まれているにも関わらず、そのお腹からはふわふわオーラが溢れ出ている。

 

 

 ……ゴクリ。

 

 

 そうよね。

 ここまできて終わりだなんて、そんなことはあり得ないわよね。

 

 

 覚悟を決めた私は、ほっぺたの幸せな感触に別れを告げ、目の前に存在するひとりちゃんのお腹へと意識を集中させる。

 

 

 

 それじゃあ、進もうか。まだ見たことのないその先へ。

 

 

 

 目をクワッと見開いた私は――

 

 

 

 

「ちょっ、き、喜多さん!?」

 

 

 

 

 ――もっちりとした、彼女のお腹へと顔を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 金曜日のお昼休み。

 私は襲いかかってくる睡魔と必死に戦っていた。

 

 最近、疲れが溜まっている気がする、

 毎日学校に行って、バイトをして、スタジオ練習をして、イソスタをして。

 

 花の女子高生を満喫している、と言えばそれまでだが、流石に忙しすぎでは無いだろうか?

 

 今日だって放課後にアルバイトが入っている。なんと本日で五連勤目だ。

 学生に毎日出勤させるなんて、流石は店長。お茶の水の魔王(サタン)と呼ばれただけのことはある。

 

 まさか、STARRYはブラック企業だった……?

 

 なんて馬鹿な想像をしてしまう。いや、シフトを提出したのは私だけれども。

 

 元々運動は得意だったから、毎日シフトを入れても問題ないと思っていたのだ。お金も欲しいし。

 

 それがまさか、こんなにも大変だったとは。

 

 

 ぐぅ。

 

 

 もう駄目だと言わんばかりに、私は机へと突っ伏した。

 

 お友達との会話はしないで、次の授業まで寝てよう。

 

 そう決めた私は目を瞑り、眠ろうとする。

 

 

 しかし――

 

 

「――やっぱ女子は胸っしょ!」

 

「分かるわー」「そうかぁ?」

 

 

 はっ?

 

 

 はっ?

 

 

 なんだこいつら。

 人が眠ろうとしてるのに大声でそんな会話をしやがって。

 男子三人が集まって、態々教室で話すことなのか?

 

 疲れているからか、少しだけ彼らへの苛立ちが湧いてきた。

 

 

 そんなに大きい方が良いのか?

 小さいと固いってか!

 

 

 いや確かに、私もひとりちゃんみたいな大きくて柔らかい方が好きだけれど。

 あれはもちもちしていて良いモノだ。

 

 

「いや、俺は足がいいな。特に太もも」

 

「へー」「あー、分かる」

 

 

 ほう。中々分かっているじゃないか。

 女の子は胸が全てではないのだ。彼はよく分かっている。

 

 

「太ももはむっちりしてて柔らかそうな方が良い。膝枕してもらったり、ほっぺたスリスリしてみたいわ」

 

「お前中々変態だな」「むっつりやん」

 

 ふむ。

 むっちりしていて柔らかい太もも。

 

 ひとりちゃんの太ももが思い浮かんだ。

 あれはふわふわもちもちで、絶対に気持ちいいだろう。彼女は運動もあまりしないから、筋肉とかも付いていない筈だ。

 

 じゅるり。

 

 いつか私も、欲望のままに味わってみたいものだ。

 

 そんなピンク色の妄想をしていると――

 

 

 ―― キーンコーンカーンコーン

 

 

 あぁ!

 

 

 結局、一睡も出来ずにお昼休みが終わってしまった。

 

 私は疲れ切った体で、授業の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 くわぁっと一つ、欠伸をする。

 

 あれから休み時間の度に仮眠をしていたが、やはり疲れが抜けきってないみたいだ。

 

 そんな私を見たひとりちゃんは、心配そうな顔で話しかけてくる。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 相変わらずひとりちゃんは優しい。その上、私の些細な欠伸にまで気遣ってくれるなんて。

 

 なんて良い女なんだ。

 

 

 ――少し、疲れが溜まっちゃっててね?

 

 

 私は答えた。

 

「た、確かに、最近の喜多さんは頑張ってて、忙しそうだなって思ってました」

 

 そっか。ひとりちゃんから見てもそう感じるのか。

 

 出来ると過信して、一人で勝手に頑張り過ぎちゃって、今みたいにヘトヘトになって、人に心配させて。

 

 

 ――私って、ダサいなぁ。

 

 

 ポツリと、無意識のうちに漏れてしまった。

 

 ……はっ!

 

 慌てて口を押さえる。何でもないと必死に誤魔化した。

 

 そんな私を見て、ひとりちゃんはゆっくりと歩みを止める。それから、頬を僅かに染めながら話しかけてきた。

 

「喜多さん」

 

 は、はい!

 

 叱られているわけでもないのに、背筋を伸ばしてしまう。

 私はゴクリと、彼女の言葉を待った。

 

 

「が、頑張っている喜多さんはいつも輝いてて、わ、私はす、好きですよ」

 

 

 ……。

 

 

 ヘァッ!

 えっ、ちょあっ、ええっ!?

 

 な、なになになに!?

 そんな急に、す、好きって、もう!

 

 

 アタフタする私に構わず、ひとりちゃんは言葉を続けた。

 

「だから、ダサくなんてないです。喜多さんは、す、素敵です!」

 

 

 ふぉ、ふぉぉぉぉキターン!

 

 

「思うに、喜多さんは実直というか、真面目過ぎるのかなって思います」

 

 喜びと興奮で蕩けそうになっている私を無視して、ひとりちゃんは言葉を続けた。

 

「だ、だから、自分にもう少し優しくしてもいいと思います」

 

 抑えろ抑えろ抑えろ。

 今、ひとりちゃんが私を励ましてくれているんだ。溶けるな私、集中しろ。

 

「た、例えば、そうですね……。じ、自分にご褒美をあげるなんてどうですか!」

 

 

 ……ご褒美?

 

 ふむふむ。

 悲しいことに何も思い浮かばない。正直、最近は忙しかったから、そんなことを考える余裕もなかった。

 

 しかし、ご褒美かぁ。

 本当に何も思い浮か――

 

 

『――いや、俺は足がいいな。特に太もも』

 

 

 ……!

 

 

『膝枕してもらったり、ほっぺたスリスリしてみたいわ』

 

 

 頭の中に差し込む、一筋の光。

 それはいつだって、私が困ったときに舞い降りてくる神からのお告げ。

 

 まさに天啓ッ!

 

 

 あはっ、決まりね。

 

 

 ――ひとりちゃん!

 

 

「は、はいぃ!」

 

 

 ――今日のバイトが終わったら、膝枕をお願いしてもいい?

 

 ご褒美として!

 

「エエェェェッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと滅茶苦茶お願いした。

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 いよいよだ。

 いよいよ私のお楽しみタイムが始まる。

 

 そう、ひとりちゃんの膝枕だ。

 

 彼女は押しに弱いから、必死にお願いしたら了承してくれた。ついでにジャージも脱いで、生足でやってもらうようにも頼んである。

 

 じゅるりキターン!

 

 もう既に、バイトとスタジオ練習は終わっている。STARRYの戸締りまで暫く時間があるため、その間にフィーバータイムを行う、という作戦だ。

 

 

 早く、早く、早く!

 

 

「お、お待たせしました」

 

 

 キタキタキタキターーーーー!!!

 

 満を辞して現れたひとりちゃん。

 彼女の下半身からは、もちもちで美しいおみ足が輝いていた。

 流石にスカートは履いたままであったけれど、それでも生足は嬉しい。

 

 そんなひとりちゃんは、恥ずかしそうに足をモジモジとしている。

 

 

 もう我慢出来ないわ!

 

 

 ――来て早々申し訳ないけど、早速お願いするわ!

 

 

「は、はい! わ、分かりました!」

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ」

 

 ひとりちゃんがそう告げたのを確認し、私は彼女の太ももに頭を乗せる。

 

 

 もっちり。

 

 

 おほっ!

 

 

 疲れ切った体が、彼女の柔らかさで癒されていく。

 

 

 はぁ気持ちいい。

 全く、仕事終わりのひとりちゃんは最高だ!

 

 

 けれど、まだまだお楽しみは残っている。

 

 私はゆっくりと体の向きを変えた。ちょうど正面に、ひとりちゃんのお腹が見える体勢である。

 

 

 もっっちり。

 

 

 むほほっ!

 私のほっぺたに、ひとりちゃんの柔らかいおみ足が当たっているわ!

 

 

 計算通りだ。さすが私、とても賢い。

 

 

 あまりの感動に体を震わせる。

 

 

 それにしても、ひとりちゃんの太ももがこんなにも柔らかいとは。実際に体感してみないと中々分からないものである。

 

 私が内心でうんうんと頷き、満足していたそのとき、ふと目の前の、柔らかそうな彼女のお腹に意識を持っていかれた。

 

 

 ふわふわもっちり。

 

 

 美味しそうだ。

 

 ジャージに包まれているにも関わらず、そのお腹からはふわふわオーラが溢れ出ている。

 

 

 ……ゴクリ。

 

 

 そうよね。

 ここまできて終わりだなんて、そんなことはあり得ないわよね。

 

 

 覚悟を決めた私は、ほっぺたの幸せな感触に別れを告げ、目の前に存在するひとりちゃんのお腹へと意識を集中させる。

 

 

 

 それじゃあ、進もうか。まだ見たことのないその先へ。

 

 

 

 目をクワッと見開いた私は――

 

 

 

 

「ちょっ、き、喜多さん!?」

 

 

 

 

 ――もっちりとした、彼女のお腹へと顔を突っ込んだ。

 

 

 

 もっちりふにょん。

 

 

 

 ふぉ! ほわぁぁぁぁあっ!

 

 水餅かと錯覚するくらい、ふにょんふにょんと柔らかいお腹。

 ふわりと薫る、ひとりちゃん自身の良い匂い。

 

 

 んぉ!

 おっおっおっ!

 

 ビクビクンッ! ビクッ!

 

 

 ふぅ。

 

 

 これはまずい。本当にまずい。

 このままじゃ気をやってしまう。なんならやった。

 

 

 もうこのまま一生ひとりちゃんに包まれていたい。

 

 

 けれど、そろそろ顔を離さないと。

 本当にひとりちゃんから離れられなくなってしまう。

 

 

 ぐ、ぐぅぅゔゔゔ!

 

 

 私は決死の想いで、ひとりちゃんのお腹から顔を離し、膝枕の体勢に戻った。

 

 

 あぁ、今日は本当に最高だった。

 

 そんな風に余韻に浸っていると、ひとりちゃんが私に向かって話しかけてきた。

 

「つ、疲れは取れましたか?」

 

 

 ――もう最高よ!

 

 

 食い気味に答える。

 するとひとりちゃんは、私の顔を覗き込んで嬉しそうに言葉を放った。

 

「ふへっ。な、なら良かったです!」

 

 

 

 

 

 むにょんむにゅん。

 

 

 んぉっ!

 

 

 

 

 

 今の体勢を思い出して欲しい。

 

 私は今、仰向けでひとりちゃんに膝枕されている。

 そしてひとりちゃんが、私の顔を覗き込んだ。

 

 するとどうなるだろうか。

 

 

 答えはそう――

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりちゃんのとても豊かなおもちが、私の顔を押し潰したのだ。

 

 

 

 

 んぉぉぉぉぉキターン!キターン!ビクビクンッ!

 

 

 

 

 

 

 この悲鳴はSTARRY中に響き渡り、慌てて確認しにきた店長や先輩達に、私の痴態が目撃されてしまうのだった。

 

 




虹夏「次はない」アホ毛ブンブン

喜多「ひぇっ」



ぼっち「ふへへ」



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サブカルファッション

前回から今回まで、色々ありましたね。
恒星(最高でした)、キスの日、虹夏ちゃんの誕生日。全てを無視して本日投稿。
「ぼっちざろっく プリンセスカフェ」で調べるとサブカルぼっちが見られると思いますので、ご参考までに。



 

「お、美味しいですっ」

 

 か、か、可愛い〜〜〜!

 

 目の前には、しゃがみ込んで苺クレープを食べるひとりちゃんの姿。もっちゃもっちゃと美味しそうに頬張っているその姿は、可愛らしい小動物を連想させる。

 

 そして何より、彼女の服装がその可愛らしさを際立たせている。

 なんと今日の彼女は、私が選んだコーデに身を包んでいるのだ!

 

 いつものダサ――とても趣のある服装とは違い、今日は凄く女の子女の子している。

 色はイメージカラーのピンク色。けれど彼女が羽織っているものは、ジャージではなくフード付きの可愛らしいパーカーである。下にはスカート、ついでにハイソックスも追加しておいた。

 

 それだけでも可愛い。とても可愛い。

 

 たがしかし!

 今日一番のチャームポイントは丸メガネであるとここに宣言しよう。

 

 その丸メガネが彼女の大きな瞳を際立たせ、尚且つ素敵なお顔をアピールしている。またメガネをかけたことで普段とのギャップが生まれ、クラッとしてしまうほどの魅力を醸し出していた。

 

 俗に、サブカルファッションというスタイルだが、ここまで似合うとは思わなかった。甘い系の服以外も似合うなんて、ひとりちゃんは最強か?

 

「はむはむ」

 

 はー、好き。

 

 相変わらず美味しそうに食べている彼女を見て、愛おしさが溢れ出す。このまま、いつまでもひとりちゃんを見守っていたいと本気で思った。

 

 ほんわかとした気分のままひとりちゃんを見つめていると、ほっぺたにクリームが付いてることに気が付く。彼女は食べることに夢中で、それに気付いた様子はない。

 

 

 あはっ。

 

 

 ひとりちゃぁぁぁん。

 

 私はひとりちゃんに近づき、彼女の名前を呼ぶ。自分で言うのも悲しいが、その声はネッチョリとしていて少しだけ気持ち悪かった。

 

「は、はい?」

 

 ひとりちゃんが私を見上げる。

 彼女の上目遣いを受けて昇天しそうになったが、鋼の意思でそれを堪えた。

 

 私は彼女の頬へと手を伸ばす。

 

 ゆっくり、ゆっくり。

 

「ぴっ!」

 

 そして指先が触れる。私の人差し指が、彼女の頬に付いたクリームを拭った。

 

 ――クリーム、付いていたわよ?

 

「あ、ありがとうございます! は、早く拭きましょう。今ティッシュを出しますね」

 

 そんな勿体ないことするわけないじゃない!

 

 私はひとりちゃんの提案を断った。彼女の顔に、何故? という文字が浮かびあがる。

 

 いいでしょう。ひとりちゃんの疑問には私、喜多郁代がお答えしましょう。

 

 私が何故断ったのか。そして私は、これから何をするのか。勿論、そんなことは決まっている。よく見ていてほしい。

 

 

 私は腕を持ち上げる。

 

 それから、ゆっくりと口を開けて――

 

 

 

 

「えちょっ!? き、喜多さ、えぇ!」

 

 

 

 

 ――クリームのついた指をネッチョリと舐めた。

 

 

 

 

 とっても甘いわぁ(恍惚)。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 最近、キラキラが足りない気がする。

 毎日のようにスタジオ練習、アルバイトをしているせいか、私の生活から『映え』という二文字の影が薄くなってしまったようだ。

 

 だから、ここ数日は殆どイソスタの更新が出来てない。疲れた体で頑張って投稿しても、おはようの挨拶や楽器の写真を載せることぐらい。

 

 

 私は花の女子高生なのよ!

 

 

 これはまずい。ただでさえ郁代なんてシワシワネームなのだ。このままでは私生活までシワシワになってしまう。これは由々しき事態である。早急にキラキラ成分を補給しなければ。

 

 強く決意した私は早速、イソスタに使えそうな映えスポット、映えスイーツを検索するのであった。

 

 

 

 

 

 あれから一時間程かけて、漸く良い感じの映えスポットが見つかった。最近話題になっている、クレープ屋さんである。

 

 どうやらそのお店は、お持ち帰り専門のクレープ屋さんであるらしい。お店でゆっくりとは出来ないけれど、近くには公園やショッピングモールがあるため、そこまで気にする程ではないだろう。

 

 私は本日の予定リストに、クレープ屋さん♡と書き足した。

 

 一人で行こうか。いや、一人でクレープを食べて、それで写真を撮るだけなんて、流石に寂し過ぎる。

 

 それならどうするか。そんなこと決まっている!

 

 

 

 ――ひとりちゃんとクレープデートよ!!

 

 

 

 

 

 

 このあと滅茶苦茶お誘いした。

 

 

 

 

 

+++

 

 時刻は進み、ひとりちゃんとの約束の時間である。

 最初こそ、お外は嫌だとか、家から出たくないだとか、色々と理由をつけて粘っていたが、私が悲しんだ声で返事をすると直ぐに了承してくれた。

 

 ひとりちゃんは本当に優しくて可愛らしい女の子だ。悪い女に引っかからないよう、私が守らなくてはいけない。

 

 そんなことを考えていると、フラフラとした足取りで待ち合わせ場所へと近づいてくるひとりちゃんの姿を発見する。嬉しくなった私は、急いで彼女の元へと駆け寄った。

 

 ――おはよう!

 

「あっ、お、おはようございます!」

 

 あはっ! 今日も可愛いわね!

 

 

 無事に合流できた私達は、早速とばかりに目的地へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 そして到着する。今話題のクレープ屋さん――

 

 

「こ、ここは?」

 

 

 ――ではなく、お洋服屋さんである。

 

 合流してすぐにクレープを食べるのは少しだけ勿体ないと思うし、折角のデートなのだ。ピンクジャージのひとりちゃんも可愛いと思うが、オシャレした彼女とも一日を過ごしてみたい。

 

 ということでお洋服屋さんにやってきた。この後にクレープ屋さんに行く予定である。

 

 ちなみに、お洋服の代金は私が負担する。だから今日は、もの凄く可愛いひとりちゃんを作り上げることとする。私はひとりちゃんの肩を掴み、未だに呆けている彼女をグイグイと押し込んでいくのだった。

 

 

 

 

 あれも着せて。これも着せて。素材が素晴らしいとどんな服でも似合う。流石はひとりちゃんだ。私も鼻が高い。

 

「ひぇぇ」

 

 ひとりちゃんは既に満身創痍のようだ。これ以上は彼女に酷かもしれない。そろそろどの服を買うか決めるとしよう。

 

 ふむふむ。

 着ていたときの彼女の反応、それと私の好みを鑑みるに……。

 

 ――これよ!

 

 改めてひとりちゃんに着てもらう。

 

 

「ど、どうですか……?」

 

 おほっ!

 とっても素敵だわ!

 

 恥ずかしそうに試着室から出てきたひとりちゃんを見て、私の頭が爆発する。やはり私の目に狂いはなかった。今のひとりちゃんは最高に可愛らしい。

 

 未だにモジモジとしている彼女を引き連れ、私はレジへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

「お、美味しいですっ」

 

 か、か、可愛い〜〜〜!

 

 目の前には、しゃがみ込んで苺クレープを食べるひとりちゃんの姿。もっちゃもっちゃと美味しそうに頬張っているその姿は、可愛らしい小動物を連想させる。

 

 そして何より、彼女の服装がその可愛らしさを際立たせている。

 なんと今日の彼女は、私が選んだコーデに身を包んでいるのだ!

 

 いつものダサ――とても趣のある服装とは違い、今日は凄く女の子女の子している。

 色はイメージカラーのピンク色。けれど彼女が羽織っているものは、ジャージではなくフード付きの可愛らしいパーカーである。下にはスカート、ついでにハイソックスも追加しておいた。

 

 それだけでも可愛い。とても可愛い。

 

 たがしかし!

 今日一番のチャームポイントは丸メガネであるとここに宣言しよう。

 

 その丸メガネが彼女の大きな瞳を際立たせ、尚且つ素敵なお顔をアピールしている。またメガネをかけたことで普段とのギャップが生まれ、クラッとしてしまうほどの魅力を醸し出していた。

 

 俗に、サブカルファッションというスタイルだが、ここまで似合うとは思わなかった。甘い系の服以外も似合うなんて、ひとりちゃんは最強か?

 

「はむはむ」

 

 はー、好き。

 

 相変わらず美味しそうに食べている彼女を見て、愛おしさが溢れ出す。このまま、いつまでもひとりちゃんを見守っていたいと本気で思った。

 

 ほんわかとした気分のままひとりちゃんを見つめていると、ほっぺたにクリームが付いてることに気が付く。彼女は食べることに夢中で、それに気付いた様子はない。

 

 

 あはっ。

 

 

 ひとりちゃぁぁぁん。

 

 

「は、はい?」

 

 

 彼女の頬へと手を伸ばす。

 

 ゆっくり、ゆっくり。

 

「ぴっ!」

 

 そして指先が触れる。私の人差し指が、彼女の頬に付いたクリームを拭った。

 

 ――クリーム、付いていたわよ?

 

「あ、ありがとうございます! は、早く拭きましょう。今ティッシュを出しますね」

 

 そんな勿体ないことするわけないじゃない!

 

 

 私は腕を持ち上げる。

 

 それから、ゆっくりと口を開けて――

 

 

 

 

「えちょっ!? き、喜多さ、えぇ!」

 

 

 

 

 ――クリームのついた指をネッチョリと舐めた。

 

 

 

 

 とっても甘いわぁ(恍惚)。

 

 

 ひとりちゃんのクリームを舐めた、という興奮が、一瞬で体を駆け巡る。あまりの興奮に、私の腰が砕けそうになった、

 

 おお、おおおおおおっ!

 

 これは良いものだ! 

 ひとりちゃんのほっぺたを経由するだけでこんなにも美味しくなるなんて!

 

 目の前で恥ずかしそうにしているひとりちゃんを見下ろす。彼女は顔を僅かに赤く染めて、ポーッとした様子で私のことを見上げていた。

 

 いける。

 

「んぐっ!」

 

 そんな彼女の口元に、私のクレープを押し付ける。そして離す。彼女の口元には、沢山のクリームが付いていた。

 

 これでよし。

 

 私は再び彼女のほっぺたに付着したクリームを拭い、そして舐めた。

 

 

 あまぁい(恍惚)

 これよこれ。これがしたかったのよ!

 

 ひとりちゃんにクリームをつけて、それを食べる。魔の無限ループだ。いつまでもやっていられる気がする。ほんとに最高――

 

 

「――喜多さん!」

 

 

 恍惚とした表情を浮かべる私に、ひとりちゃんが突然声を張り上げる。あまりに突然のことで、私は体をビクッとさせてしまった。

 

 慌ててひとりちゃんの方を見る。すると――

 

 

 

 

 ムッギュ。

 

 

 

 

 ――私の口に、苺クレープが押し付けられた。

 

 

 ???

 

 一体何が起こったの?

 

 突然のことに戸惑っていると、クレープが私の口から離される。恐らく、私の口の周りにはべっとりとクリームが付いていることだろう。

 

「う、動かないでください!」

 

 そう言って彼女は、私の顔へと手を伸ばす。とても凛々しい表情で、ゆっくりと、私の口元へ手を伸ばす。

 

 

 えっ、うそ? そんな、まさか……?

 

 

 ひとりちゃんの手が唇に触れ――

 

 

 

 

 

 

「やっ、やっぱ恥ずかし、むっ、むむむむむむむっ!」パァン!

 

 

 

 

 

 ――そうなところでひとりちゃんが破裂した。

 

 

 

 

 ……危なかった。

 

 ひとりちゃんの不意打ちに、心臓がバクバクと音を立てている気がする。あのまま続けられていたら、破裂していたのは私だっただろう。

 

 

 全くもう。急に本気モードに入るのだから、ひとりちゃんは心臓に悪いわ……。

 

 

 頭の中には先程の凛々しいひとりちゃんの姿。

 

 

 かっこよかった。

 次は最後までやって欲しいな……。

 

 

 火照った頬を手で扇ぎながら、私はひとりちゃんの破片を集め始めるのであった。

 

 

 




ぼっち「そっ、それで、イソスタの写真は撮ったんですか?」

喜多「……――」

ぼっち「??」

喜多「忘れたわ」ションボリイクヨ


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