リアリス・リコリス (青木アオ)
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プロローグ
プロローグ


 

 

 僕は途方に暮れていた。

 所持金も底をつき、宿に泊まることもできない。お金が底をつくまでにはファミリアに入れると思っていたが、駄目だった。

 

 何処に行っても門前払い。

 

「はぁ、どうしよう」

 

 そもそも、オラリオにやって来たのは一緒に住んでいた祖父が事故(?)で亡くなったからだ。

 村の人に聞いた話ではやばい女の人に追いかけられる中で、誤ってその人と一緒に峡谷に落ちてしまったらしい。あれでは助からないだろうとのことだった。

 

 余りにも突然のことだったため、一週間ほど死んだように過ごしていた。

 

 あれほどショックを受けたのはお義母さんとおじさんが旅に出てしまった時以来だろうか。その後持ち直した僕は、冒険者になるためにオラリオへとやって来た。

 

「おーい、そこの君!」

「え、はい!」

「ボクのファミリアに入らないかい!」

「えっ! いいんですか!?」

「お、おうとも……。もちろん歓迎するよ?」

 

 突然声を掛けてきた幼女とも少女ともとれるような人。いや、神様か。

 

 急な勧誘だった。しかし、路頭に迷う一歩手前の僕にとって逃すことのできないものだった。普通ならこのような勧誘疑うべきだ。

 

「じゃ、じゃあボクの住んでる場所に行こうか」

「は、はい!」

 

 その人は何か嬉しいことがあったのか、軽い足取りで先へ進んでいく。

 

 ファミリアに僕が初めて入るというわけではないと思うけど……。

 

 何か悪いことでも企んでいるようには感じられない。だから、入ってくれる人を探していたようだし見つかって良かったと思っているだけだと自分を納得させた。

 

「僕はヘスティア。君は?」

「ベル・クラネルです」

 

「ところで君は…………。男の子だよね?」

「えっ?」

 

 ショックだった。確かに僕の髪は長い。今は一つに結んでいるが、解くと肩甲骨が隠れてしまう。確かに会った人に顔が女の子っぽいと言われてしまったことが幾度もある。でも、それは昔の話。今は男らしいとは言えないかもしれないが、男であることが分かる程度にはなっていると思っていた。

 

「女の子っぽく見えますかね…………」

「あ、いや、違うんだよ! 確認しただけだからね。男の子だとは分かっていたから」

「そ、そうですか。良かったです」

 

 ただの確認だったらしい。ホッとする。僕の認識は間違っていなかったのだ。

 

「ベル君、よろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いします神様」

「うん!」

 

 目的地までの道中少しだけ話した。そういえば、自己紹介をどちらもしていなかったなぁ。

 

 でも、これって……。

 

 まったく知らない名前も教えてもらっていない人に付いて行っているのか僕は?

 

 この事はお義母さんに絶対に言えない。

 パンチが飛んでくる。絶対に。

 

「ボクの家はここだよ!」

「ここって……」

 

 お義母さんが言っていた教会?

 たぶんそうだよね。

 

 確かここの隠し部屋に何かを置いてあるって言っていたような……。

 

「少しボロボロだけと気にしないでくれ」

「は、はい」

 

「ベル君、こっちこっち」

 

 教会の隠し部屋みたいなところに神様と一緒に入った。

 

 やっぱり、気のせいじゃなかったみたいだ。

 ここはあの教会。

 

 この隠し部屋の奥にあるもう一つの隠し部屋がある。そこに何かがあるんだと思う。

 

「ようこそ、ヘスティア・ファミリアのホームへ! 歓迎するよ、ベル君」

「よろしくお願いします、神様。えっと、それで他の人たちは今……「さぁ、早速神の恩恵を刻むから上の服を全部脱いでそこにうつ伏せになってくれ!」は、はい」

 

 なんか、誤魔化されたような気がしないでもない。

 

 悪い神様ではないのは確実だけど、何かとっても大事なことを隠されているような気がしてしまう。取り敢えず、言われたとおりにベッドにうつ伏せになる。

 

「よし、始めるよ?」

「分かりました」

 

 

 

〈ヘスティア side〉

 

 

(これは…………)

 

 ヘスティアはベルの背中に刻まれた文字をじっと見つめていた。

 

 ステイタスは初めて刻んだ人と同じ。

 しかし、スキルが一つだけあった。

 

(君は…………)

 

 名称は【憧憬一途】。

 

 レアスキルだ。初めてステイタスを刻んだ僕にだってわかるほどのレアスキル。

 

 他の神が知れば、目を付けられかねない。最悪ベルを手に入れるために手段を択ばない可能性もある。だから、誰にも教えることはできない。もちろん、嘘を付けない純粋なベルにもだ。

 

 今は隠し続けるしかない。

 

(これはボクだけの秘密にしないといけないなぁ)

 

 

〈side out〉

 

 

 

「終わったよベル君」

「ありがとうございました」

「いやぁ~~! 良かった良かった! 君が初めてだよ、ボクの勧誘を受け入れてくれたのは!」

 

「え?」

 

 聞き間違いであってほしい言葉が聞こえてしまった。

 

 オラリオに求めていたのは出会いだ。ダンジョンでの出会いはもちろん、同じファミリアになった人たちとの出会い。数多くあるいろいろの出会いに期待していた。

 

「ベル君の前に五十人勧誘したんだけど、断られちゃったからね。五十一人目の奇跡だ」

 

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。植えの服を着終えた僕はベッドに座って、じっと神様を見つめる。

 

「神様?」

「どうしたんだい?」

「もしかして、団員って僕一人だけですか?」

「そうだよ? 言ってなかったかい?」

 

 そんなこと、僕今初めて聞いたんですけど……。

 

「今、初めて聞いたんですけど……」

「つまりベル君はボクのファミリア唯一の団員であり、団長だということだよ」

 

 確かにその通りだ。僕以外誰も居ない以上、団長に成れるのは僕以外いない。至極当たり前のことだった。

 

「そ、そうですか……」

 

 笑顔を浮かべた神様が僕の手を引き、立ち上がらせる。

 

「さぁ、頑張って行こう! おー!」

「お、おー!」

 

 こぶしを突き上げる神様。

 戸惑いつつも、それに合わせて僕もこぶしを突き上げる。

 

 

 

 これが僕と神様の出会い。

 

 

 

 




 初めまして。青木アオです。よろしくお願いします。


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ダンジョンは出会いの場
第1話 捕獲される白兎


 9/3 加筆修正しました。


 

 

――ダンジョンの5階層――

 

 

「5階層のモンスターでも問題ないみたいだなぁ」

 

 順調にモンスターを狩れていた。

 いつも通っている2階層から一気に5階層まで潜ってきてしまったが、特に問題は起きていない。むしろ、まだもう少し深く潜りたい気持ちがあった。

 

 アルフィアやザルドと修行していたのは4年も前。二人が遠くに旅立ってからはあまり修行と言えることはできていなかった。あの頃に比べて戦う技術が落ちていても5階層程度のモンスターでは苦戦するようなことはない。

 

 しかし、下手により下の層に向かえば、アドバイザーをしてくれているエイナに怒られてしまうことは明白。逸る気持ちを抑えて、技術を思い出すことに集中していた。

 

「よし、もう少し狩ったら帰ろう」

 

 もう少し下に潜ってみたいと言う気持ちがないわけではない。しかし、あまり遅くなり過ぎるのも良くないため、あと少し狩れば引き上げることにした。

 

 このままいけば順調に帰ることができただろう。

 

 普通のダンジョンであったならばの話だが。

 

『ブォォォォォォォ!!』

 

「っ……! なんでこんなところに!」

 

 本来この層に居るはずのないミノタウロスが現れた。

 

 原因は不明。ダンジョンで発生したイレギュラーだった。

 

 ミノタウロスの姿を見た瞬間、ベルは一気に反対方向へと駆けた。まだレベル1の自分では対処できるはずもない存在。

 

「行き止まり!?」

『ブォ……』

 

 ベルは振り向く。ミノタウロスが笑ったような気がした。

 

 逃げていた獲物をようやく追い詰めたのだ。そのような反応をするのも理解できる。

 

「戦うしかないのか…………」

 

 逃げることはできない。自力で何とかするしかない。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 ナイフを抜き、握り締める。

 

 ミノタウロスに向け、走り出す。

 

 向かってくるこぶしを、ギリギリのところで避けた。ブチリと巻き込まれた髪が引きちぎられる。ナイフでミノタウロスの脇腹を切り付ける。

 

 まだ浅い。

 

 でも。

 

 諦めるわけにはいかなかった。

 

 目の前のミノタウロスを倒しきる。そのことだけを考える。

 

 一回一回の攻撃は弱い。本来ミノタウロスに浅い傷跡を付けるのが精一杯。しかし、技術があれば少し変わって来る。上手くやれば、致命傷とまではいかずとも深く切り付けることはできる。

 

 ベルの速度が上がっていく。

 

 徐々に切り付けた時に発生する傷跡が深くなっていく。

 

 

 そして…………。

 

「はぁはぁ…………」

 

 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 

 集中し過ぎていたから時間感覚がマヒしていたのかもしれない。

 彼の息が切れるころになってようやくミノタウロスは倒れ、消えた。

 

 ようやくアルフィアやザルドとの修行で身に付けた技術は思い出すことができた。

 

「何とかなった…………」

 

 返り血で赤く染まったベルはダンジョンの壁に凭れ掛かりながら、息を整える。

 

 英雄になりたいと願ったあの日。

 それから幾度となく訓練と称して味わわされた地獄がなければ倒すことはできなかっただろう。

 

 

 ベルのお義母さん――アルフィアは優しい。

 

 しかし、限界を何度も超えるという限界の意味がないような迷言(?)を残している。これはベルが彼女に英雄になると言った時に言われた言葉である。

 

 余り思い出したくはない部分もある。

 

 ただ、その地獄の日々は今の彼の糧になっているのは確かだ。ただあの日々が良かったとベルがアルフィアに言えば、より苦しい地獄に放り込まれそうなので、それを絶対に口に出すことはできない。

 

(不味いかも…………)

 

 息がなかなか整わない。疲労が限界を超えていた。

 

 ベルは自分が身体を酷使し過ぎたのだと悟った。

 

 

 身体が上手く動かない。

 

 目の前が暗くなっていく。

 

 

 こんな場所で眠るわけにはいかないのに、目が閉じていくのを止めることができない。何とか立ち上がろうとした。

 

(すみません。神様…………)

 

 しかし、身体が言うことを聞くことはなく地面に倒れ伏す。

 

 そして、そのまま気絶してしまった。

 

 

 

〈??? side〉

 

 

「ん?」

 

 金髪のエルフが何かを見つけた。

 

 血塗れになって地面に倒れ伏した少年。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、こんなところで眠っている冒険者がいましたので」

 

「あら、白兎ちゃんね!」

「気絶してるみたいだな」

 

 近くを通りかかった冒険者たちが倒れ伏していた血まみれ状態のベルに気が付いたらしい。

 

 赤髪の人間がベルの赤く染まっていない部分の白い髪を見て、白兎ちゃんという不名誉なあだ名をつけてします。

 

「誰かは分かりませんが、取り敢えずギルドに届けてあげたほうが良いでしょう」

 

「そうね! じゃあ、誰が…………」

 

「団長ですね」

「団長でしょうねぇ」

「団長だな」

 

 3人の意見は一致していた。

 

「みんな酷いわ! この完璧美少女の私に押し付けてくるなんて!」

 

「ほら、早くしてください」

「もう、分かったわよ」

 

 ベルを誰が運ぶのか半ば押し付け合った形ではあるが決まる。

 

 自称完璧美少女は彼を背負って仲間と共にその場を後にするのであった。

 

 

〈side out〉

 

 

 

〈??? side〉

 

 

「出られなかった…………」

 

 金髪の少女がポツリと呟いた。

 

 ミノタウロスを倒すため追って来たまではよかった。

 しかし、助けるタイミングを完全に失ってしまったため、何もできずにベルが戦っている姿をただただ見ていることしかできなかった。

 

「おい、アイズ何やってんだ……って、何だありゃ?」

「ベート」

 

 少女の近くに狼人の少年がやって来る。少年がベルと彼を助けた女性たちを見た。何がどうなっているのか分からず首を傾げた。

 

「トマト野郎がたまたま通りかかった正義の眷属に助けられたってところか! はっ、傑作だな!」

「えっと、」

 

 少年はベルが女性たちに助けられたのだと思った。状況だけ見れば、そう思ってしまうのも仕方がない。

 

 しかし、そうではないことを知っている少女が訂正しようと口を開いた。

 

 

「おーい、二人共!」

 

 しかし、訂正することはできなかった。遠くから、二人を呼ぶ声が聞こえる。

 

「おい、行くぞ」

「……うん…………」

 

 仲間に呼ばれた以上、早く行かなければならない。

 

 もし、自分が覚えている上に彼がその話をしたらしっかりと訂正しよう。

 

 

 そんなことを考えながら、少女は先に歩きだしていた少年を追いかけるようにその場を後にするのであった。

 

 

〈side out〉

 

 

 

「ベ――んベル――ベル君!」

 

 誰かがベルの名を呼んでいる。

 

「っ……! か、神様!?」

「ベル君! 良かったよ、目が覚めて」

 

 そっと目を開くと目に涙を溜めているヘスティアの姿があった。

 

「えっと、僕は……」

 

 ダンジョンに居たはずなのに、今はヘスティアと一緒に過ごしている教会の隠し部屋のベットの上に居た。

 

 自分で帰ってきた記憶はない。

 どうしてここに居るのか分からず、混乱するベル。

 

「アストレアの子どもたちがダンジョンで倒れていたベル君を運んでくれたんだよ」

「そうだったんですね……」

「ともかくベル君が無事で良かったよ。ただし、今後は慎重に行動してくれよ。ベル君がボクを残してどこかに行ってしまうなんてことにはなって欲しくないから…………」

 

「すみません、気を付けます」

「約束だよ、ベル君」

 

 ベルが居なくなってしまうなんてこと考えたくもない。

 

 ヘスティアにとって初めてファミリアに入ってくれた子どもであり、大事な…………。

 

「じゃあ、僕はお礼を言いに行ってきます」

「あ、待ってくれ」

「? どうかしましたか?」

 

 目が覚めてすぐにも関わらず、さっそく出かけようとするベルをヘスティアは引き留めた。

 

 そもそも、先程まで気絶していた人間が外を歩き回るのはどうかという話でもある。

 地獄を経験したベルにとっては別におかしなことではないのかもしれない。これは異常な価値観の中で過ごしていた弊害だと断言してもいい。

 

「ステイタスの更新をしておかないかい?」

「でも」

「アストレアの子どもたちには明日二人で行くと伝えておいたんだよ。だから今日は行かなくてもいいよ。それに手ぶらで行くのはあまり良くないと思うからね」

「分かりました。じゃあ、神様お願いします」

「うん!」

 

 ステイタスを更新するためにベルは上半身の服を脱いだ。

 

 

 

「終わったよ、ベル君。これが今の君のステイタスだ」

「ありがとうございます」

 

 ヘスティアがベルにステイタスの写しを手渡す。

 

 熟練度の上昇値はトータルで360。成長と言うよりも飛躍したと言うべき上昇数値だった。

 

「ずいぶん頑張ったみたいだね。かなり成長しているよ」

「これ、すごく伸びてるじゃないですか!」

「あぁ、ベル君が頑張った証拠だよ」

 

 今まで以上に伸びたステイタス。ベルは喜びをかみしめている。

 

「えっと、神様。スキル欄のこの部分は…………」

「あぁ、これか。また手元が狂ってしまってね。かすれてしまったんだよ。ごめんねベル君」

 

 ふと、目に留まったスキル欄。かすれてしまったよく見えなくなっている。

 

 もしかしてと思ったが、何も変化はなかったらしい。

 

「い、いえ。あと、やっぱり魔法の欄は」

「まだわからないね。何故かはわからないけど、文字化けしている状態だからつかはないほうが良いしね。どちらも気長に待つしかないかもしれないね」

「そうですよね」

 

 魔法もスキルも発現していなかったことに肩を落とすベル。

 

「じゃあ、僕は夕飯の準備しますね。神様は少し待っていてください」

「はーい」

 

 

 

 

〈ヘスティア side〉

 

 

「ごめんね、ベル君。流石にこれは君に言えないよ」

 

 ヘスティアはベルに見せたステイタスの写しを眺めながら、呟いた。

 視線をベルに移す。背に刻まれている本当のステイタスを思い出した。

 

_______

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:H102→H179

耐久:I45→I95

器用:H124→G200

敏捷:H179→G281

魔力:I50

 

《魔法》

【??????】

《スキル》

憧憬の彼岸花(リアリス・リコリス)

・早熟する

・願い、思いが続く限り効果は持続

・願い、思いの丈により効果は上昇

_______

 

 

 初めてステイタスを刻んだ時からスキルはあったが、その後文字化けしてしまった。

 

 そのスキルが発現する一歩手前までは来ていたが、大きなきっかけがなかっただけだったらしい。

 そのきっかけこそが今日のミノタウロスとの戦闘だったことは容易に想像がつく。

 

 

 そして、魔法の欄。

 

 こちらも、このようになった原因は思いつく。

 

「はぁ…………」

 

 ヘスティアはため息をついた。

 

 下界は未知であふれている。

 しかし、その未知がかなりベル君に集まり過ぎではないのかと思ってしまうヘスティアであった。

 

 

 




【彼岸花の花言葉】
・「情熱」「独立」(赤色の彼岸花)
・「追想」「深い思いやりの心」(黄色の彼岸花)


 今後ともよろしくお願いします。


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第2話 ベルの祖父、アストレアの解

 

 

「ベル君、お礼の品は何にすればいいと思うかい?」

「うーん、そうですね」

 

 ベルは分からなかった。頭を悩ませる。

 

「ジャガ丸くんですかね…………」

「えっと、他には何か思いつかないかな?」

 

 パッと思いつくことができたのはジャガ丸くんだった。

 

 ヘスティアがアルバイトをしているということはもちろん、ご飯として食べるものの大半がジャガ丸くんであるのだからその発想になってしまうのも致し方ないことだろう。

 

 実際、ヘスティアもジャガ丸くん以外思いつかなかったためベルに聞いたのだ。貧乏ファミリアの弊害がこんなところにも出ている。団員が一人しかおらず、つい先日で来たファミリアなのだから、仕方がないと言えばその通りだ。

 

「お花はどうでしょうか?」

 

 送った相手に喜ばれたことものと考えてみればベルにも一つだけ思い当たるものがあった。

 

 アルフィアやおじさん――ザルドがまだ居た頃の話だ。当時幼かったベルはアルフィアに花を二輪摘んでプレゼントした。

 

 綺麗だったから。

 

 そして、大好きなお義母さんの瞳――翠の花と灰色の花を見つけたから。

 

 そんな理由だった。

 

 その時はすごく喜んでくれたとベルは記憶していた。

 

「まぁ、無難にお菓子でいいんじゃないかい?」

「あ、そう言えば、お菓子がありましたね。あまり食べないのでパッと思いつきませんでした」

 

 ヘスティアはようやく一番無難な案をひねり出すことができた。

 

「ベル君、甘くないお菓子もあるんだよ」

「そうなんですか?」

「焼き菓子なんかは甘くないから今度一緒に食べよ?」

「は、はい」

 

 ベルは甘いものが苦手である。

 

 田舎に住んでいたと言うのも大きな理由の一つだが、お菓子と言う物にあまりなじみがない。まったく食べないと言うわけではないため、口にするのも嫌と言うことではない。

 

 ヘスティアももちろん、ベルが甘いものを苦手なのは知っている。でも、甘くないお菓子があることを知らないなんて思っていなかった。今度食べさせてあげようと思いつつ、優し気な視線をベルに向けていた。

 

「はい」

 

 取り敢えず、それ以上考えたところで思いつきそうになかったため、妥協することにした二人であった。

 

 

 

 

 

「アストレアに会うのは久しぶりだなぁ」

「アストレア様とはお知り合いなんですね」

「あぁ、そうだよ。同郷だしね」

 

 アストレアはヘスティアの姪っ子だ。

 ヘスティアの弟であるゼウスが正妻であるヘラではない別の女性との間に儲けた子どもの一人がアストレアである。

 

 因みに三大処女神アルテミスとアテナもヘスティアの姪っ子である。

 

 

「さて、ここだね。お邪魔しまーす!」

 

「え!? ちょっと、神様!?」

 

 心構えが全くできていないベルは動揺を隠せずにいる。

 

 ヘスティアと知り合いであるアストレアのファミリアであるとはいえ、彼に取っては知らない人ばかりの場所なのだから少しは間が欲しかったらしい。

 

「あら、ヘスティア伯母様お久しぶりですね」

「あー、ヘスティアでいいよ。ボクもそのほうが気楽でいいからね」

 

 混乱気味のベルはヘスティアとアストレアのやり取りをドアの隙間から見ていた。

 

「と、今日はアストレアやアストレアの眷属にお礼を言いに来たんだよ」

「あぁ、あの子たちが言っていたわね。それで、その扉の向こうに居る子がそうかしら?」

 

 ベルに視線を向けるアストレア。ヘスティアはそこでベルがまだ中に入ってきていないことに気が付く。少し苦笑を浮かべる。ソワソワしていたので、緊張していることは察していた彼女だった。しかし、ここまでとは思っていなかったらしい。

 

「うん、そうだよ。ベル君そんなところに居ないで入ってこないとだよ」

「お、お邪魔します」

 

 ヘスティアに手招きされてようやく中に入って来た。

 

 ベルは完全にタイミングを逃していたのだ。

 

 仲が良さそうな二柱の会話を邪魔するわけにもいかない。かと言って何も言わずに中に入るのも良くない。だから、入れずにドアの前で留まっていた。

 

 もしかしたらあのまま2人が話し続けていたら、誰かが帰ってくるまでのドアの隙間から見ているままだったかもしれない。

 

「立って話すのもなんだし、二人とも座って」

 

「ありがとう」

「失礼します」

 

 三人が椅子に腰かける。

 

 アストレアとヘスティアはリラックスしているようだが、ベルはいまだ緊張状態にあるらしい。

 分かりにくいが、わずかに震えている。

 

「アストレア様、昨日はありがとうございました。アストレア様の眷属の人たちが助けてくれていなかったら、モンスターに襲われてどうなっていたことか」

「アストレア、ありがとう」

「いいのよ、あの子たちがやりたいと思ってしたことだから」

 

 二人はアストレアに向かって深々と頭を下げた。

 

 アストレアは柔らかな笑みを浮かべている。

 

「あ、えっと、これを…………」

「これは?」

 

 ベルが膝の上に抱えていた荷物を机の上に置く。

 

 

 ヘスティアとベルの二人で選んだもの。

 焼き菓子と花束だった。

 

 

 ヘスティアとベルは改めて考えると本当にこんなもので良かったのかと急に心配になってきていた。

 

「こういう時に持ってくるのは何が良いのか分からなくて、こんなものになってすみません」

「そこまで気にしなくても良かったのに。でも、ありがたくいただくわ」

 

 アストレアはヘスティアとベルから渡されたものを受け取る。

 

「それで、アストレア。君の眷属たちは今どこに居るんだい? その子たちにもお礼が言いたかったんだけど…………」

 

 ヘスティアが周りを探すように見渡す。

 

 しかし、アストレア以外の人の気配は感じられない。

 

「あぁ、あの子たちならもう少ししたら帰ってくると思うわ。だから、二人共少し待っていてね」

「わかったよ」

「は、はい」

 

 アストレア・ファミリアの眷属たちは今、オラリオを見回りしている。

 

 

 アストレア・ファミリアはガネーシャ・ファミリアと共にオラリオ内の秩序をも守っている。

 

 ただ人数自体たったの四人しかいないため、ガネーシャ・ファミリアを少しだけ手伝っている形でしかない。

 

 また、探索系ではあるものの四人のうち一人以外はある階層よりも下に潜れないという致命的な欠陥がある。

 

 

 それらはすべてある事件が原因となっている。

 その事件によって、アストレア・ファミリアは団員七人も失った。

 また、生き残った団員たちも一人を除き、長期間の昏睡状態に陥っていた。

 

 

 それから紆余曲折あったが、今は四人全員がアストレア・ファミリアとして活動している。

 

「ヘスティアもようやくファミリアができたのね。良かったわ。ずっと入ってくれる子を探しているようだから少し心配していたのよ」

「いやー、ホント。ボクのファミリアに入ってくれてよかったよ。ありがとう、ベル君」

「いえ、僕の方こそありがとうございました。もし、神様が声を掛けてくれなかったら路頭に迷うことになっていたと思いますから。最悪、田舎に帰らないといけなかったかもしれませんし」

「あら、オラリオの外からやって来たのね。でも、どうして冒険者に成ろうと思ったの?」

 

 アストレアがベルに問うた。純粋な疑問だ。

 冒険者は危険だ。ダンジョンに潜れば、モンスターと命のやり取りをする。そして、モンスター以外にも危険は数多くある。

 

 お金を稼ぎたいから。誰かに憧れたから。誰にでも冒険者に成ろうと思った理由がある。

 

「お義母さんと約束したんです。英雄になるって。それが一番の理由です。まぁ、祖父が持っていた迷宮神聖譚の運命の出会いに憧れたのもありますけど」

 

 アストレアは少し固まってしまう。

 

「えっと…………」

「アストレアもちょっと不純な理由に聞こえるよね」

「えぇ…………」

 

 前者の理由と後者の理由の落差が激しすぎた。

 

 確かに、後者の理由も可笑しいとは決めつけてよいものではない。ただ、本当に落差が激しすぎるのだ。同じ人の理由かと首を傾げてしまう程度には。

 

 ヘスティアはまっとうな理由はもちろん、その不純な理由も聞いていた。

 

 アストレアの微妙そうな反応にも同意している。

 

「でも、祖父が言っていたんです。『ハーレムは至高!』って」

「うーん、なんか聞き覚えがありそうなセリフね」

「そうだよねー」

 

 アストレアは祖父の言葉に引っ掛かりを覚えたらしく、違和感の正体を掴むべく悩んでいた。

 

 その違和感の正体もベルの祖父の正体も知っているヘスティアは無表情に抑揚のない声でアストレアに反応している。

 

「まぁ、いいわ。それで、そのお爺さんは何処に居るのかしら? それにお義母さんも。ちょっと会ってみたいと思うのだけれど」

 

 違和感の正体を会うことができれば、解消できると持ったアストレアはベルに居場所を聞いた。

 

 しかし、それは彼には答えることができない事柄だった。

 

 

 だって、アルフィアはどこかで生きていると信じているが行方は分からない。

 

 祖父はもうすでに。

 

 

「アストレア。それは…………」

 

 ヘスティアがアストレアに説明するべく口を開く。ベル本人の口から話させるのは酷だと思ったからだ。

 

「大丈夫ですよ、神様。僕が言います」

「そうかい、分かったよ」

 

 しかし、ベルがヘスティアを止めた。これは自分が言わなければならないことだと思ったから。そして、現実から目を背けないために。

 

「お義母さんは生きているとは思います。でも、どこに居るまでは分かりません。祖父は僕が田舎を出る少し前に峡谷に落ちて亡くなっています」

「そうだったのね。ごめんなさいね、つらいことを話させてしまって」

「い、いえ。僕も気持ちの整理はある程度付けているので。お義母さんは生きているって信じていますから。それに祖父は、その、なんていうか…………。亡くなったっていう実感がないんです」

「そう…………」

 

 ヘスティアとアストレアは悲しそうな辛そうな顔をしていた。

 

 ベルはまだ14歳だ。

 肉体的な部分はもちろん、精神的にもまだまだ子供である。そんな彼にとって大切な家族を失ったことは受け入れがたいことだろう。

 

 それが分かるからこそ、どう反応すればいいのか迷っていた。

 

 慰めばいいのか。

 現実をしっかりと見せてあげるべきなのか。

 

 正解はない。どうしてあげるべきか悩むしかない。

 

 

 

 そんな二人の女神を置いていくかのようにベルの話の流れが大きく変わる。

 

「おじいちゃんってお風呂を覗いてお義母さんに畑に植えられたり、二つ先の山まで吹き飛ばされたりしていたんです。でも、基本的に翌朝には帰って来ていてピンピンしていたので。お土産を買って帰ってきたこともあったんですけど。それもあって、なんか亡くなったと思えないですよ」

「「??」」

 

 しかし、その後に続いたベルの言葉に疑問符を頭の上に浮かべた。

 

 どう考えてもおかしなことが起きていたからだ。

 

 お風呂を覗く?

 畑に人が植えられる?

 二つ先の山まで吹き飛ばされる?

 それにも関わらず、ピンピンしている?

 

 訳が分からなかった。

 

「…………あ…………」

 

 そんな中、アストレアの中でベルの言葉が全てつながる。

 

 変態である。

 異常なほど丈夫である。

 そして、年老いている姿をしている。

 

 知り合い、というよりも血の繋がった家族にそんな存在が居た。

 

「…………ヘスティア?」

「な、なんだい!?」

 

 凄みのあるアストレアの声に大きく肩を震わせたヘスティア。

 

「後で聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「う、うん。もちろんだよ」

「お願いね」

「?」

 

 顔が笑っているのに目は全く笑っていないアストレア。

 

 動揺するヘスティア。

 

 どうしたのか分からず、首を傾げるベル。

 

 

 

 アストレアの眷属が帰ってくるまで、その不穏な空気は存在し続けるのであった。

 

 





 アストレア・ファミリアは始め全員を生存させようと思っていたのですが、作者である私にはそこまで書くことはできそうになかったので4人だけが生き残った設定にしました。その生き残った理由もおいおい物語の中で説明できればと思っています。

 また、ヘスティアがベルの祖父の正体を知っている理由は少し先のお話で明かす予定です。その話の中で、ベルの魔法とスキルについても触れようと考えています。


 お読みいただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。


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第3話 アストレア・ファミリア

 遅くなり申し訳ありませんでした。


 

 

 誰かの話し声が聞こえてきた。

 

「みんな帰って来たみたいね」

 

 その誰かはアストレアの眷属だったらしい。

 

 扉が勢いよく開かれる。

 

「お帰りなさい、みんな」

 

「アストレア様、ただいま戻りました」

「アストレア様! 帰ってきました!」

「アストレア様自らお出迎えなんて、嬉しいですねぇ」

「賑やかに帰ってきましたよっと」

 

 

 アストレアが帰ってきた人たちに声を掛けた。主神自ら出迎えをする。聞く者によっては贅沢な話だというかもしれない。しかし、ヘスティア・ファミリアも主神自ら出迎えしている。

 

 

 もしかしたら、大規模なファミリアでない限り、主神自ら出迎えをすることが多いのかもしれない。ただ、主神の性格等々も関係してくるので、一概にも中小ファミリアだから主神が出迎えすると断言できない部分もある。

 

 

 帰って来た四人の眷属。赤い髪をした人物はかなり騒がしいというか落ち着きがなさそうだった。それ以外の三人は疲れているのか。赤髪の人の勢いに押されているのか。はたまたそれが素なのか。落ち着いた雰囲気だ。

 

「あなた方は?」

 

 エルフの女性がヘスティアとベルの存在に気が付く。知らない誰かがホームの中に居る。少し警戒しているようで、目を細めて聞いてきた。

 

「昨日の白兎ちゃんとその主神様ね!」

「白兎ちゃん!?」

「あっ、男の娘なのね!」

「なんか字が違う気がするんですけど!」

 

 赤髪の女性による不名誉なあだ名。そんなことを言われるとは思っていなかったベルは思わず叫んでしまう。白兎くんではない時点で確実に女の子だと思われていたことは容易に察せる。

 

 ベルと赤髪の女性のしょうもないやり取りに警戒心を下がれたエルフの女性は呆れた顔をしていた。一緒に帰って来たパルゥムの女性や黒髪の女性も同様の反応をしていた。どうやら、赤髪の女性のこのような言動は日常茶飯事らしい。その証拠にアストレアも仕方がない子ねと言わんばかりの顔をしている。

 

 

「ベル君、気にしないほうが良いよ。仕方がないんだから」

 

「神様もひどくないですか!?」

「白兎ちゃん、よろしくね!」

「もうやめてください!!」

 

 ベルも流石に涙目になる。

 

 ヘスティアは静かに憐れむような目をしつつ、視線を落としている。自分も思っていましたと言わんばかりの行動だった。

 

 そんなヘスティアの精神攻撃を受けた上に、赤髪の女性からは追加でいじられる始末。

 

 

 彼に救いはないのかもしれない。

 

「お二人共少し落ち着いてください」

 

 エルフの女性が叫ぶ二人に視線を向けて注意する。

 

「す、すみません」

「はーい」

 

 大人しくなるベル。

 

 しかし、同じく注意を受けた赤髪の女性は反省しているのかしていないのかよく分からない。

 

「アストレア様、取り敢えず…………」

 

 エルフの女性の意図を察したアストレアが口を開く。

 

「そうね。みんな座ってから落ち着いて話しましょう?」

「ごめんね、アストレア。こんなことになってしまって」

「いいのよ、もとはと言えば、あの子がベルにあんなことを言ったのが原因なのだから」

 

 どうしてこんなことになったのかと頭を抱えているヘスティア。アストレアもなんであの子はあんなことを言っちゃうのだろうかと苦笑いを浮かべていた。ヘスティアはアストレアの眷属たちが帰ってきたら、すぐにお礼を言う予定だった。しかし、何故か騒がしくなっている。

 

 ベルが気にしていることを言われてしまったのだから、あのような反応を返してしまうのも仕方がないことである。ただ、お礼を言うのは忘れないでくれよと心の中で思うのだった。

 

 

 

 

 

「みんな席に着いたわね。じゃあ、改めて。こほん、アリーゼは知っているかもしれないけど、昨日あなたたちが助けた子とその主神よ」

 

 みんなが席に着いたことを確認したアストレアが話し始める。

 

「ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルです。昨日は助けていただき本当にありがとうございました」

「ボクがベル君の主神であるヘスティアだ。昨日はベル君を助けてくれてありがとう」

 

 ベルとヘスティアがアストレア・ファミリアの面々にお礼を言う。

 

「わたしたちがしたくてしたことなのよ。気にしなくてもいいわ」

「団長の言う通りです。私たちがしたくてしたことですから」

「まぁ、見捨てて何かあれば、目覚めが悪いですからね」

「確かにそうだな」

 

「あらあら」

 

 素直な二人と素直じゃない二人。アストレアはそんな四人を見て柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ、こっちの自己紹介をしないとね。さっきも言ったともうけど、改めて。アストレア・ファミリアの主神であるアストレアよ」

 

「わたしが団長のアリーゼ・ローヴェル」

「副団長のゴジョウノ・輝夜でございます。」

「リュー・リオンです」

「ライラだ」

 

 四人となってしまったアストレア・ファミリア。ファミリアとしての全体的な力も以前と比べたら大きく低下している。

 

 ある階層よりも下に潜れない。19階層以降のダンジョン内では十全に力を発揮できない。この二つの致命的な欠点があるアリーゼ、輝夜、ライラ。

 賞金首としてギルドのブラックリストに載ったり、冒険者の権利を剥奪されてしまったりした過去のあるリュー。

 

 このような理由もあって現状、ファミリアのランクはGとなっている。ただ、弱いわけではない。全員が第二級冒険者であることから分かるように、まだまだオラリオの中でも上位に食い込めるだけの力は持っている。

 

「オラリアの警備を手伝っていることもあるから、二人共何かあったら遠慮なく相談してね。みんな構わないかしら?」

 

「「「「もちろん(です)」」」」

 

「その時はお願いします」

「うん、分かったよ」

 

 アストレアが警戒していないから、警戒していないアリーゼ。アストレアが警戒していないが、どんな人物であるかが分かるまでは警戒を解くつもりがないリューや輝夜、ライラ。

 

 しかし、三人ともヘスティアはもちろんベルもそんな警戒しなければならないような人物ではないことを会った時に感じ取っていた。ただ、単に今までそうして来たからすぐに警戒心を解くのもなんだかなというだけである。

 

 同じようにアリーゼも完全に警戒心を解いていいのかなとは思っていた。しかし、ベルとの会話で警戒するような人間ではないことははっきり分かっていた。

 

 だから、『まぁ、大丈夫よね!』という軽い感じで警戒心を解いた。その思考回路は彼女らしいと言えば彼女らしい。

 

「えっと、それじゃあ……」

 

 ベルとヘスティアはこの場を後にしようと、立ち上がる。

 

 そろそろしたら夕食の時間。その時間を邪魔してしまってはいけないと思っていた。それに自分たちも夕食を食べるので準備のためにも帰らなければならない時間帯だった。

 

「ちょっと待って! いい機会だし、一緒にご飯でもどうかしら?」

 

「いいわね。それ」

「わたしも構いませんが」

「それはいい案でございますね」

「アタシも良いぜ」

 

 アリーゼの提案にアストレア、リュー、輝夜、ライラの順に賛同していく。

 

 戸惑いつつ、ベルはヘスティアに視線を送る。彼女はこくりと頷く。

 

「僕たちも大丈夫ですけど、本当にいいんですか?」

「君たちの団欒に僕たちがお邪魔してしまうのは良くないと思うんだけど」

 

 これから何かする予定はない。あるとしても帰ってご飯を食べるくらい。確かにアリーゼの提案に乗って一緒に食事に行くことは可能だ。

 

 しかし、アストレア・ファミリアのメンバーでの食事の予定であったことは容易に察することができる。仲の良いメンバーの団欒に初対面の二人が混じってもいいのか。邪魔になってしまわないのか。

 

 そんなことをベルたちが思ってしまうのも仕方がない。

 

「わたしたちが提案したことなのだから、そこまで気にしなくていいのよ。ヘスティア」

 

 あまり遠慮し過ぎても空気が悪くなるだけ。それにいつもベルに料理を作らせてしまっていることに少し思うところがあったヘスティア。

 

「うーん、分かったよ。ベル君、お言葉に甘えさせてもらう」

「分かりました」

 

 結果、アストレアたちも問題がないとのことなので提案を受け入れることにした二人だった。

 

「よし、それじゃあ行きましょうか! あそこに!」

 

 アストレア・ファミリアはヘスティア・ファミリアを連れてホームの星屑の庭を後にするのであった。

 

 

 

 




 次は早めに更新できるよう頑張ります。

 不定期更新ですが、どうかよろしくお願いします。


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第4話 酔った白兎

 

 

 

「豊穣の女主人?」

「ベルは来たことはございませんか?」

「自炊ばっかりで外食してなかったので。輝夜さんたちはよく来るんですか?」

 

 これから行く場所――豊穣の女主人へ向かうまでの道中、ベルは輝夜と話していた。

 

 輝夜はベルと話していくうちに気が付いた。純粋過ぎる人だと言うことに。リオンも系統としては似ていなくもないが、それよりもひどいと思っている輝夜。ポンコツ純粋白兎ちゃんというベルにとって不名誉な名が彼女の中でつけられた。

 

 実際、ベルは輝夜の付けた名の通りの人間だと言ってもいい。

 

「少なくとも週に一回は。まぁ、リオンがそこで手伝いをしていることも理由の一つでございます。ところで、ベルは料理がお得意なのですか?」

「得意っていうか、よくやっているだけですよ」

「では、今度作っていただけませんか?」

「美味しくできるかはわかりませんけど、いいんですか?」

 

 自信なさげなベル。

 

 料理を彼に教えたのはザルドだ。アルフィアも多少はできたが、ザルドと比べれば天と地の差があった。ベルを溺愛していたアルフィアはすごく悔しかったらしく、苦虫を潰したような顔をしていた。一緒に料理をできるのではと思っていたら、その役目を全てザルドに取られたのだから不機嫌になるのも仕方がないのかもしれない。

 

 その憂さ晴らしに、ザルドに料理を教えてもらっている時間以外はベルにべったりだったのだとか。ただ、それでも不満はたまるらしく偶に風呂を覗きに来た祖父がいつもよりも遠くに飛ばされていた。それでも祖父は無傷で帰ってきていたのだが。

 

「ベル君、君は自分が料理が上手いことを少しは自覚してくれ」

「やっぱり実感がわかないんですよね。料理を教えてくれたおじさんが作ってくれるものに比べたら全然ですし」

 

 ヘスティアがベルは少し呆れたように呟く。

 

 毎日、ベルにご飯を作ってもらっているヘスティア。料理の腕がかなりいいことは分かっているし、それを何度か彼にも伝えている。しかし、あまり実感がないのかベルはいつも受け流してばかり。どうしてなのかと聞けば、おじさんにはかなわないからと言う。

 

 今回の外食はベルの認識を変える良いきっかけになればいいなと心の中で思うヘスティアであった。

 

「取り敢えずベルには今度何か作ってもらいましょう」

「楽しみね!」

 

 どうにかしてくれという視線がヘスティアから向けられていたアストレアは話をまとめる。

 

(アストレア、ありがとう)

(いいのよ。私もどんな感じなのか気になっていたから)

 

 二柱は小声で話す。

 

 普通に料理の腕が気になっていたというのもあるが、眷属たちの交流の場になるからいいのではと思ったのもあった。

 

「っと、着いたわよ! ベル、ヘスティア様ここが豊穣の女神よ! ちょっと値は張るけどとってもおいしいのよ。あっ、あとここでは騒ぎは起こさないようにね。ここの店主、ミアさんは怖いわよ」

「分かりました!」

 

 楽しく会話を繰り広げている間に目的の場所に付いてしまったらしい。アリーゼが初めて来たヘスティアとベルに軽く説明をした。

 

「よし、じゃあ行きましょう!」

「いらっしゃいませ。予約していたアストレア・ファミリアの皆さんですね。えっと、後ろのお二人は?」

 

 店内から案内のためにやって来た店員さん。

 

 アストレア・ファミリアではない人物の姿に戸惑ったような視線を向けてくる。

 

「ヘスティア様とその眷属のベルよ。二人も一緒にいけるかしら?」

「大丈夫ですよ。椅子を増やしますね」

 

 対応してくれた店員に何か違和感を覚えたベルは首を傾げる。何かほかの人とは少し違うような感じ。しかし、どう違うのかは分からない。

 

 ただ、漠然と警戒する必要性はないと思った。以前感じたどこかからの見つめるような観察するような視線の時もベルはそう思った。

 

「じゃあ、椅子を持ってきますので少々お待ちください」

「わざわざ、すみません」

「ごめんよ、急に」

「いいんですよ、それぐらい。それにお客さんが増えるのはいいことですから」

 

 ベルとヘスティアは対応してくれた店員に深々と頭を下げる。店員さんとしてはお客さんが増えて嬉しかったのかやたらにこやかな対応を返していた。

 

「シル、ありがとうございます」

 

 リューが申し訳なさそうに対応してくれた店員――シルへお礼を言う。

 

「もう、リューは気にし過ぎだよ。じゃあ、椅子持って来るね」

「あ、わたしも手伝います」

「リュー、ありがとう」

 

 リューは一人で椅子を取りに行こうとしたシルを引き留め、一緒に椅子を取りに行くことにした。

 

 

 

 店員さん綺麗な人ばっかりだなぁなどとぼんやり考えていたベル。突然、アリーゼから声を掛けられて驚いてしまう。

 

「じゃあ、ベル。はじめの挨拶お願いね」

「僕ですか!? な、なんで」

「ほら、早く!」

「え、えっと、かんぱーい」

「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 

 動揺を隠せないまま、何となくで初めの挨拶をするしかなかった。

 

 

 

 

 

――少し時間が経った頃――

 

 

「なんかぽわぽわしますー」

 

 顔がほんのりと赤く染まっているベルが居た。

 

 ふわりふわりと左右に揺れ動いている。

 

「何したんだい、輝夜君!!」

「間違えてお酒を飲ませてしまっただけでございますよ」

「わざとだろ君!」

「さて、何のことやら?」

 

 憤慨しているヘスティア。

 

 輝夜は特に気にした様子もなく、ヘスティアの怒りを受け流している。

 

 少し前に輝夜はにこやかな笑顔を浮かべながら、ベルに飲み物を渡している姿があった。何かやろうとしていることは誰の目にも明らか。しかし、誰も気にも留めなかった。その結果がこれである。

 

「輝夜…………」

 

 リューが何をしているんだと恐ろしいものを見るような視線を輝夜に向けている。

 

「あっ、シル。お会計をお願いするわ」

「えっ、もうですか? 今日はいつもより早いですね」

 

 アリーゼが近くに居たシルへと声を掛ける。

 

 いつもよりも早い時間に切り上げることに疑問を持つ。お店としても常連のお客さんがいつもよりも早く帰ってしまうのは嬉しいことではない。単純にこの後予定があるだけかもしれない。しかし、お店側に何らかの非がある可能性だってある。

 

 確認のためにも、聞いておいたほうが良い。

 

「輝夜がベルにお酒を飲ませちゃって今あんな感じなの」

 

 苦笑いを浮かべつつアリーゼはベルが居る方向に視線を向ける。彼女に釣られてシルも視線を向けた。

 

「おじいちゃん、またはたけにうまってるー」

「ベル君!」

「おかあさん、またいえをふきとばしちゃったー。またたてかえるんだねー。えへへ…………」

「ベルくーん! 正気に戻ってくれー!」

 

 ヘスティアはベルの両肩を握りながら、叫んでいた。

 

 正気を失ったベルの姿に若干涙目である。

 

「かなり酔っているわね、ベル」

「アストレアもベル君を正気に戻すのを手伝ってくれよ」

「無理だと思うわよ?」

「くそー、ベルくーん!」

 

 アストレアに協力を頼むが断られてしまう。

 

 結局自分一人でどうするしかないのかと思い、何度もベルへ声を掛ける。

 

「あはは、何やってんだよー! 輝夜、お前しっかり責任取ってやれよー!」

「流石にやり過ぎましたねぇ」

「クラネルさん、お水飲んでください」

 

 腹を抱えて笑っているライラ。

 

 にんまりと不気味な笑顔を浮かべている輝夜。

 

 元に戻せず、机に突っ伏したヘスティアを横目にベルへお水を渡そうとしているリュー。

 

 いろいろとおかしなことになっている。

 

 

 ハッキリ言ってカオスだった。

 

「な、なるほど?」

 

 ベルの姿を目にしたシルは少しだけ動揺してしまった。シルは酔ったことで幻でも見ているのだと自分を納得させる。誰が聞いても同じように自分を納得させるだろう。

 

 気を取り直したシル。現実では起こっていない幻であると思っている。しかし、ここは聞いてみるべきだと何となく思った彼女は一応確認してみることにした。さっきの話が幻を見ているだけなのかと。

 

「幻を見ているだけですよね?」

「いやー、本当の事みたいよ? お酒を飲んじゃう前に昔の話を聞いたら同じこと言ってたし」

「へー、そうなんですね。お会計しますねー」

「えっ、うん。お願い」

 

 理解が追い付かなくなって、無表情になる。もうこれ以上考えたくないと思考を放棄したシルは強引に話の流れを変える。アリーゼはどうしたのかと思いつつも、無表情になったシルを見て何も聞かないことにした。

 

 祖父が畑に埋まっていることだけでも理解が追い付かない。さらに母が何度も家を吹き飛ばし、その度に建て替えているなんてことを聞けば思考停止状態になってしまうのも仕方のないことだろう。

 

 ベルの幼き頃の話を知らない人からすれば、ただお酒を飲んで幻を見ているだけに思えるだろう。

 

 知っている人はあれの話かと思うだけである。それを現実にあった者だと受け入れられるかは別として。

 

「ベル、ほら行くわよ」

「はーい…………」

「団長、私も手伝います」

 

 酔ったベルを輝夜とアリーゼが支えつつ、豊穣の女神を後にする七人。

 

「わたしもベルさんと話したかったなぁ……」

 

 そんな後姿をシルは悲し気な表情を浮かべながら見つめていた。

 

 

 

――帰り道――

 

 ヘスティアはこのまま、ベルと共に自分たちの住む廃墟同然の教会へと帰るつもりだった。とは言え、足元がおぼつかない様子のベルを一人で背負って帰ることは困難だ。アリーゼと輝夜に運んでもらうしかない。

 

「あ、ヘスティアはまだ話したいことがあるからわたしたちのホームに止まってね?」

「えっ、今日かい?」

「もちろんよ。聞きたいことは早めに聞いておきたいから」

「分かったよ…………」

 

 ベル君とボクの愛の巣へいざ帰らんと意気込んでいたヘスティアはアストレアの一言に意気消沈する。

 

 確かに聞きたいことがあるからとは言われた。

 

 しかし、今日だとは思っていなかった。しかもアストレアのホームに泊まらなければならない。かなり長い間尋問されることになるんだろうなと思い、死んだ魚の目になっていた。

 

 恨むぞ、ゼウスー! と心の中で叫ぶヘスティアだった。

 

「では、ベルもわたしたちのホームに連れて行きますね。それにやりたいことがございますから」

「輝夜、クラネルさんが酔っているからと言って変なことをするのは駄目です」

「リオンは何をおっしゃっているのでございますか? わたしはただベルに聞きたいことがあったので、聞いてみるだけでございますよ? まさか不埒なことをするとでも考えたのでございますか?」

 

 わざわざ勘違いしてしまうような発言を輝夜。案の定、リューが引っかかる。

 

 煽る。ここぞとばかりにすごく煽る輝夜。

 

 この場合は何を言っても駄目だ。何をすると聞いても、何を考えていたのかと煽られる。反応した時点でリューの負けだったのだ。

 

「っ……! 輝夜!」

「あら、リオンもベルが気になっているの!?」

「アリーゼはうるさいです!」

「酷い!」

 

 怒りで顔を赤くしているリュー。彼女もベルが気になっているのだと早合点したアリーゼは興奮した様子で詰め寄る。

 

 だが、怒ったリューによってその言葉は切って捨てられてしまう。

 

「あー、アタシはもう寝るから静かにしてくれよ」

 

 もう寝るつもりであるライラは何をするのかは置いておくとしてせめて自分の眠りの邪魔だけはしないでほしいと思っていた。二人が暴走するのは仕方がないことだ。

 

 しかし、それに流される形でリューまでも暴走する可能性が高い。そんなことになれば、確実に眠りを阻害される。

 

 暴走するのは分かっているが少しは気を遣ってくれと遠回しに言ったのだ。

 

「いろいろ答えて貰うだけだから、大丈夫よ!」

「酔っている時に問いただすなんて本気で言ってたのかよ。酷すぎだろお前ら。正義の眷属の名が泣くぞ」

 

 アリーゼの言葉に輝夜も頷く。ライラはリューに言っていたのは彼女をからかうためであって本気ではないと思っていた。それが本気だなんて思ってもいなかったのだ。

 

 ライラは正直、ドン引きした。酔っている状態ならば、何でもしゃべってしまいそうではある。しかし、それはあまりにも酷い。正義の眷属であるにもかかわらず、そんなことをするのかと。名を汚すことになるぞと。

 

 そんなことを言われてもまったく気にした様子のない輝夜とアリーゼ。むしろ、首を傾げているぐらいだった。

 

「わたしたちが正義ですから大丈夫でございますよ」

「そうね、輝夜の言う通りよ!」

「まじかよ」

 

 ライラが二人にジト目を向ける。何を言っても止まらない。止まるつもりはないのだと悟った。

 

 もう暴走していた。

 

 確実にリオンも巻き込まれるだろう。今日は寝れないんだろうなと思うライラだった。どこかに泊まったほうが良いのではないかとまで考え始める始末。

 

「変なことを聞かないかわたしは二人を見張っておきます」

 

 ライラはお前も同じになって変なことを聞くだろと心の中で突っ込んだ。

 

 その話を聞いているアストレアも苦笑いを浮かべている。止めに入りそうなヘスティアはこれからのアストレアとの話し合いをどうすればいいんだと頭を抱えていた。彼女たちの話は全く聞いていない様子。

 

「と言いつつも、自分も聞きたいことを聞くのだろ? ポンコツエルフ?」

「わたしはポンコツではない! クラネルさん、早く行きますよ!」

「うーん」

 

 アリーゼと輝夜からベルを引きはがし、手を引くリュー。

 

 その姿に驚くアストレア・ファミリアの面々。これからのことを考えて気を落としていたヘスティアは急に変わった空気に付いて行けず、首を傾げている。

 

「リオンにも春が来たのね!」

「あらあら」

「もう黙ってください!」

 

 空しくも夜空に吸い込まれていくリューの叫びだった。

 

 

 




 今後もよろしくお願いします。


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第5話 白兎は女ったらし

 

 

「ん、あれ……? 僕は…………」

 

 目を開ける。知らない場所。暗闇に包まれていた。誰も居ない空間でベッドに寝かされている。

 

 先程までどうしていたのかが思い出せない。輝夜に注いでもらった水を飲んだのが、ベルの最後の記憶だった。それ以降の記憶は彼の中にはない。お酒に酔ったことで記憶が飛んでしまったのだろう。

 

 この場所が一体どこなのか。そもそもなぜここに自分はいるのか。

 

 混乱のさなかにあるベル。この部屋から出てみようと思い、頭が軽く痛むのを無視して体を起こす。立ち上がろうと足を床に付けようとしたところ、扉が開く音がした。

 

 光が部屋の中に差し込む。ベルは思わず、目を細める。

 

「クラネルさん大丈夫ですか?」

「リューさん? えっと、少し頭が痛いですけどそれだけですね」

 

 リューの声が耳に届く。

 

 変な場所に居るわけではないことを察したベルは力を抜き、ベッドに体を預けた。ベッドに横になったことで多少緩和されたとはいえ、まだ軽い頭の痛みを感じている。それをそのまま伝える。

 

 リューは少し安心した様子だった。部屋にある明かりをつけ、近くにあった椅子に腰かける。

 

「お酒を飲んで酔ってしまった影響でしょう。取り敢えず、お水をどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 リューに手渡された水を口にする。

 

 どうしてこの場所に居るのか。どうしてどれまでの記憶が飛んでいるのか。それらに納得がいった。ベルは輝夜に注いでもらったのはお酒だったのかと思った。初めて飲んだからというのもあるが、まだ飲めるような年齢ではないのかなとも思うのだった。

 

 初めて飲んだというのもある。しかし、一番の原因は飲んだお酒がきつかったことだろう。

 

 そこらへんは全く考えていなかった輝夜。後悔はしていない。やり過ぎたかもしれないとは少し思っていた。しかし、いいものが見れたなと思っているあたり、少々性格の悪い輝夜らしい思考だと言えるかもしれない。

 

「ふう……。えっと、ここは?」

「わたしたちのホームである星屑の庭です。ヘスティア様はアストレア様とお話するとのことなので、クラネルさんも今日はここに泊まってください」

「いえいえ! 流石にそこまでは迷惑かけれないですよ!」

 

 慌てる。これ以上迷惑はかけたくないというのが一番にあった。女の人しかいない場所に泊まるのは躊躇いを覚えたというのもある。正直に言って恥ずかしかったのだ。出会いを求めてオラリオに来たと言ってはいても、純粋無垢である彼。

 

 女性に慣れていないのである。ヘスティアと接する時でも耐性がないことが窺い知れる場面は多い。

 

 そんな調子では女性との出会い巡り合っても上手くやることができるのかと思ってしまうほどだった。とは言え、彼の性格から考えればなんだかんだ言って、どうにかなることだろう。

 

「間違えたとはいえ、輝夜がお酒を飲ませてしまったのが原因なのです。遠慮はしなくも大丈夫です」

「でも……」

「それに完全に酔いが醒めていないはずです。そんなあなたを一人で帰らせるわけにはいきません」

「分かりました……」

 

 リューは引くつもりはなかった。

 

 今日は絶対に泊まってもらう。アリーゼや輝夜が計画していることを考えれば、帰らせてあげるのが良い。しかし、多少酔いが醒めたとはいえ、先程まで泥酔していた人を返すのは良くない。急に体調が悪くなる可能性も捨てきれない以上、ここに居てもらうほうがこちらも安心する。そのように考えていたのだった。

 

 結局ベルが折れた。

 

 リューは彼が無理に帰ろうとしたら、強制的に眠ってもらおうと考えていたので結果的に自分の身を守る選択肢を取ったと言える。

 

「おや、少しは酔いがさめたようでございますね」

「さっきまではかなりあれだったけど、大丈夫そうね。良かったわ」

「輝夜さん、アリーゼさん。すみません、ご迷惑おかけして」

 

 タイミングよく輝夜とアリーゼが入って来る。

 

 実はこの二人部屋の前でリューとベルが話していたのをこっそりと聞いていた。ただ、リューも聞いていることは知ったうえで行動している。そもそも、部屋の前で三人のうちだれが最初に入るのかじゃんけんして決めたぐらいだ。つまり三人は共犯である。

 

 何も知らないのはベルだけ。むしろ、何も知らない今が一番いいのかもしれない。

 

「そうだ、少しだけお話しないかしら? さっきはあまりできなかったし」

「はい、大丈夫ですよ」

「クラネルさん調子が悪くなりそうになったら、早めに言ってくださいね」

「あはは…………」

 

 苦笑いを浮かべるしかなかった。絶対に途中で調子が悪いだなんて言わない。無理してそのまま話してしまう。そのことに気が付かれたのかもと思うベルだった。

 

「輝夜もやはり一緒に話すのですか?」

「えぇ、もちろんでございますよ。構いませんよね、ベル?」

「はい」

 

 輝夜も参加すると聞いて、逆に何を話すのだろうかと不安になってしまう。

 

「はぁ、わたしも参加します。クラネルさん本当に気を付けて下さいね」

「分かりました」

 

 あ、これ絶対に調子が悪くなったら無理矢理眠らせれる。そんなことを悟ったベル。逃げ出すようなら意識を刈り取るつもりだったリューなら、やりかねない。というか、確実に実行するだろう。

 

「じゃあ、私から質問。ベルはオラリオに来て何がしたかったの?」

「えっと、女の子との出会いを求めて?」

「不純な動機でございますねぇ」

「クラネルさん…………」

「え、あ、いや、おじいちゃんの受け売りですから! 流石に冗談ですよ!」

 

 アリーゼの質問にいつも通り答えた。ヘスティアやアストレアはあまりいい反応をしていなかったが、そんな気持ちがあるのも事実。

 

 しかし、その答えを聞いた三人から冷たい視線が向けられる。先に話したヘスティアとアストレアの反応から考えて、冗談っぽく言ったのが功を奏した。祖父にすべての責任を押し付ける形で何と勘を逃れようとするベル。

 

 実際、すべては祖父の教育が悪いからなので押し付けるも何も元々責任を取るべき人物ではあった。

 

「本当でございますか? 少しは期待していたのではございませんか?」

「あ、はい。少し期待してました」

「どんな教育受けて来たのかしら?」

 

 輝夜には誤魔化しがきかなかったらしい。本心を見透かされていた。そもそも嘘をつくのが苦手なベルが誤魔化せるはずもない。

 

「今まで、誰にも怒られなかったのですか? そんなことを言って」

「お義母さんには殴られました」

「それはそうでしょうね。というか、それに懲りて言わないようにしたとかはなかったのですか?」

 

 同じことを言ったら、アルフィアは殴った。そして、怒った。祖父――ゼウスに対して。

 

 家ごとゼウスを吹き飛ばした。帰って来たゼウスはアルフィアにぼこぼこにされた後、畑に植えられた。しかし、それでも怒りは収まらなかったらしくいつか絶対ヘラにチクると心に誓ったぐらいだ。そして、実際にチクった結果起きたのが今のゼウスの行方不明だ。

 

 因みに巻き込まれる形で吹き飛ばされたザルドは帰ってきたら畑に植わっていたゼウスを見て、爆笑していた。それで少しは元気が出たのか、パッパッと家を建てた。

 

 あの時のことをベルは今でも覚えている。恐怖のあまり、家の残骸の隅っこで膝を抱えて震えていた。それから少しの間、ベルはアルフィアに従順だったとか。

 

「いやー、おじいちゃんがすごく言ってたので出会いってやっぱりいいものなのかなぁと」

 

 こんな事件があったにもかかわらず、ゼウスは懲りていなかったらしい。アルフィアとザルドが旅に出た後、しっかりとゼウスの英才教育を受けたベルだった。

 

「では、わたしたちのようなきれいな女性と出会えてよかったでございますねぇ」

「はい!」

 

 口角が上がっているのを見られないように口元を袖で隠しながら輝夜はからかうように言った。どんな反応をするのか想像して笑ってしまわないように耐えているようだった。慌てて何か言おうとするのか。顔を赤くして黙ってしまうのか。どんな反応が返って来るにせよ、それが面白いものであるに違いない。輝夜はそう思っていた。

 

 しかし、ベルは彼女の真意に全く気が付いた様子もなく恥ずかしがることなく笑顔で頷いた。固まってしまう輝夜。

 

 ベルにとって三人ともきれいな女の人だ。そんな人たちと出会えてよかったと心から思っているので、からかうことが不可能だった。純粋なベルだからこその返しだろう。

 

「そ、そうでございますか」

「輝夜の負けね!」

 

 絞り出すように反応し返すも、動揺から抜け出せていない。目を細めているが、視線があっち行きこっち行きしているのは一目瞭然。面白い反応が来ると思っていたら、反撃を受けたような形となったのだ。

 

 アリーゼは見たことのない反応をしている輝夜を見て満面の笑みを浮かべている。リューは顔をそっぽに向けている。しかし、肩を震わせているので笑っていることは確かだ。

 

「女ったらし……」

「えっ?」

「ベルは女ったらしでございますねぇ」

「かなりひどいこと言われた気がしますけど!?」

 

 当たり前だが、ベルに自覚はないらしい。自覚があったらそれはそれで問題だが。

 

 アリーゼもリューも輝夜の言う通りだと言わんばかりに頷いている。ベルは言葉の意味までは理解できていない。かなりひどいことを言われたのは分かっている。

 

 しかし、ベルが女ったらしであることに間違いはない。なんだかんだ言って、ベルに好意を持っている異性は少なくない。好意にまでは発展してはいないが、気になっている異性も含めればもっと多くなることだろう。

 

 否定できるようなものがない以上、発言を撤回してもらえるはずもない。これからもベルは天然の女ったらしぶりを発揮していくことだろう。

 

「覚えておいてくださいませ」

「何を!?」

「クラネルさん、頑張ってください」

「頑張ってね!」

 

 余程ベルに反撃を喰らったのが悔しかったのか、目にもの見せてやると言わんばかりに睨みつける輝夜。にこやかに笑ってはいるが、何か恐ろしい雰囲気を纏っている。

 

 面倒くさいことになると察したアリーゼとリューはベルを応援する。

 

「どういうことですか!?」

 

 状況が全く掴めずにいるベルだった。

 

 

 



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第6話 ベルのプレゼント計画

 いつもより長めです。


 

 

 

 ヘスティアとアストレアの二人はテーブルを挟んで向かい合うように座っている。

 ヘスティアは気まずいらしく、視線を彷徨わせている。逃げてしまいたいと言うのが彼女の本心だ。しかし、アストレアはそんな気持ちを察してか逃がさないと言わんばかりにヘスティアに鋭い視線を向けていた。

 

「ヘスティア、単刀直入に聞くわ。ベルの祖父はゼウスね?」

「あぁ、そうだよ」

 

 誤魔化したところで意味はない。素直に答えるしかない。

 

 ゼウスはオリュンポスの主神であり、オラリオに過去存在したゼウス・ファミリアの主神である。また、ヘスティアの弟でアストレアの父親でもある。

 

「やっぱり。ベルはそのこと知っているのよね?」

「いや、知らないと思うよ」

「それなら何故分かったの? ベルの発言で予想はつくけれど、確認できない以上本当にそうなのかまでは分からないはずよ?」

「うーん、どこから話せばいいのかなぁ」

 

 ベルは祖父の正体を知らないまま、過ごしてきた。余程のこと――ゼウス本人に再会したり、妻のヘラと出会ったりしない限り、これからも知ることはないのかもしれない。

 

「少しずつでもいいからお願い」

「分かったよ。何ていうか、結論だけを言えば写真を見たからだよ」

 

 アストレアはベルの言葉からゼウスの存在が頭に浮かんでいた。しかし、ヘスティアはゼウスだなんて思っても居なかった。

 

 ただ、変なおじいちゃんに育てられてしまったんだなとしか思っていなかった。ゼウスのことなど全く浮かんでいなかった。写真に写っていたゼウスをベルが祖父だと言った時に初めて気づいたのだった。

 

「写真?」

「ゼウスとヘラ。そして二人の子どもたちが映った写真だよ」

「そんなもの何処にあったの?」

 

 追放された二柱が映っている写真がまだこのオラリオに残っている。それはおかしな話だった。親交のある神が写真を所持している可能性がないわけではない。しかし、追い出されたことを考えれば持っていることを知られないように誰にも見られないように隠しておくはずだ。

 

 それ以外の分かりやすい場所にあるものなら廃棄されているはずだ。アストレアはヘスティアがゼウスの姉であることを知っているから、どこかの神が見せたのかと思った。

 

「えっと、今ボクたちはヘファイストスが用意してくれた教会の隠し部屋に住んでいるのは知っているよね。その隠し部屋に別の隠し部屋へ繋がる扉があったんだよ」

「そこに写真があったというわけね」

 

 納得がいったアストレア。確かに隠し部屋の隠し部屋にあったのであれば、誰にも見つかることなく未だ残っていても可笑しくない。有力ファミリアの主神であるヘファイストスが所有していた場所ならなおさらである。

 

 誰にも気が付かれず、その存在を知っているもの――ベルがやって来る時まで待ち続けていたのかもしれない。

 

 因みにヘファイストスも隠し部屋に別の隠し部屋があることは知らなかった。各自部屋の存在を知ったのだって、最近の話である。ある知り合いに管理を押し付けられて状態を維持していただけ。知り合いが恐ろしくてしっかりと内部を調べていたわけではなかった。

 

 所有している建物の中に何かいい場所はないかなと探している中で、目に留まった。調べてみると生活するには十分な広さのある隠し部屋が見つかった。ヘスティアになら廃教会を提供しても、管理を押し付けてきた人物が怒ることもない。そう踏んで家具を運び入れた上で、ヘスティアに提供したのだった。

 

「うん。どうやらあの教会はヘラ・ファミリアに所属していたベル君のお母さんが愛していた場所だったらしくてね」

「母親がヘラ・ファミリア、ね。祖父がゼウスと言うことは父親はゼウス・ファミリアかしら? はぁ……、大体は分かったわ」

 

 アストレアは軽い頭痛を覚える。

 

 父親はゼウス・ファミリア。母親はヘラ・ファミリア。最強と最凶の血を引く存在。下手な相手に知られると確実に何か起きるだろう。

 

「ヘスティア、誰にもベルの出自に関することは言わないようにしなさい。もちろん、ベル本人にもね」

「ゼウスがなにも言わなかったのはいいとしても、他の家族が冒険者をしていたことしかわなかったぐらいだし何かあるのかい?」

「二人とも眷属たちと一緒にいろいろとやらかしているらしいわよ」

「何やってるんだよ、二人共……」

 

 生き残りが闇派閥に参加したなんてことはないが、壊滅前に色々とやらかしているのは本当の話だ。

 

 あるファミリアが壊滅したり、街が少し壊れたりなんてこともあった。大半がゼウスとヘラの夫婦げんかが原因であるのだが。

 

 ともかく、今でもゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアは畏怖の対象である。そんな両ファミリアの系譜を継いでいることが知られれば、距離を置かれる可能性もある。神達のいいおもちゃにされる可能性だってある。

 

「結局、クエストに失敗して壊滅状態になった時にロキとフレイヤがオラリオから追放したらしいわ。だから、もし二柱の耳に入ればベルも追放される可能性がないとは言い切れないわよ」

「そっか……。うん、分かったよ。いろいろと教えてくれてありがとう、アストレア」

「気にしないでいいわ」

 

 流石にロキやフレイヤもそこまではしないはずだとアストレアも思っている。ただ、絶対に大丈夫と言えないのだから気を付けておくに越したことはない。

 

 因みに近々その懸念も無くなるのだが、また別の問題が発生するので結局安心できないのだった。

 

「さて、もう寝ましょうか」

「そうだね、ボクはベル君と一緒にと言いたいところだけどもう寝てるだろうしやめておくよ」

「いつも一緒に寝ているのかしら?」

「うん、そうだよ」

「本当に仲が良いのね」

「当たり前だよ。なんたってボクとベル君は運命の糸で結ばれているんだから!」

 

 胸を張るヘスティア。確かに二人は運命の糸で結ばれているのかもしれない。

 

 ゼウス・ファミリアの眷属とヘラ・ファミリアの眷属の間に産まれ、ゼウスに育てられたベル。ゼウスとヘラの姉であり、ベルの母が愛していた教会に住んでいたヘスティア。

 

 そんな二人が出会う。全てが偶然にしては出来過ぎだと思ってしまうのも仕方がない。

 

「大切にしなさいね…………」

 

 アストレアは声は少し震えていた。失った眷属たちのことを思い出したのだろう。

 

 本人から直接聞いたわけではない。しかし、ヘスティアもアストレアが眷属の大半を失っていることはもちろん耳にしている。

 

「うん、もちろんだよ…………」

 

 ヘスティアはしっかりと頷いた。

 

 

 

 空き部屋に案内されたヘスティアはそこにあったベッドの上に横になっていた。

 

(あの本のことも話せばよかったのに忘れてた。あれはたぶん魔導書だと思うけど、魔法が発現しただけじゃなくてスキルまで変異しちゃったから自信ないんだよねぇ)

 

 本来、魔導書は読んだ者に強制的に魔法を発現させるだけのものである。そして、読んだ後は効力を失ってしまう。

 

 しかし、ベルが読んだ物は違う。確かに文字化けしているため詳細は分からないものの、魔法は発現している。ただ、それだけではなかった。

 

 一つは発現していたスキル【憧憬一途】が読んだ後にステイタスを更新すると変異していたことだ。魔法と同じく文字化けしていて詳細は不明だった。

 今は【憧憬彼岸花】と言うスキルになっていることが最近のステイタス更新で判明している。効果は基本的に【憧憬一途】と同じである。

 

 二つ目は効力をいまだ失っていないことだ。読む前ほどではないが、力がまだ残っている。

 そして、真っ白なはずのページにいつの間にか文字が記されていることがある。何かを伝えようとしているかのように。

 

(あぁ、もう! 今度アストレアに話す。そうしよう!)

 

 ベルに関連することで今頼れそうな相手はアストレアしかいない。神友であるヘファイストスやオラリオの外に居るアルテミスも相談相手にもいいかもしれない。

 

 ただ、もう少し慎重に話した方がいいかなと思っているヘスティア。ヘファイストスはともかく、アルテミスには話さないほうが良いと何故か女の直感が囁いているのだ。

 

(今日は寝る! 明日は今日できなかった分も合わせて存分に甘えるから覚悟しておくんだな、ベル君!)

 

 ヘスティアの心の中での呟きを察してか、眠っていたベルはぶるりと体を震わせるのだった。

 

 

 

――朝――

 

「バイトに遅れるー!」

 

 大慌ての様子のヘスティア。ぐっすり眠ってしまっていたため、寝坊してしまったのだろう。バイトの時間に遅れそうになっている。

 

「そういえば、ヘスティア」

「なんだい!?」

「来週の神の宴には行くのかしら?」

「あぁ、ガネーシャが開くやつかぁ。そうだね……」

 

 少し考えるようなそぶりをする。行きたくないと言うのが彼女の本心だろう。行ったら行ったでバカにされるだろう。苦手な神が来ている可能性も高い。でも、会いたい神が居た。

 

 その神にどうしても頼みたいこと。頼まなくちゃいけないことがあった。

 

 だから…………。

 

「行く」

「そう、分かったわ。なら、いい機会だしわたしも行くことにするわ。引き留めてしまってごめんなさい」

「いいんだよ、それぐらい。それじゃあ、アストレアまたね!」

「えぇ、またね」

 

 そう言い残して、星屑の庭を後にするヘスティア。

 

「神様行っちゃった……」

 

 声を掛けるタイミングを失っていたベルは彼女の後姿を眺めながら、呟く。

 

「アストレア様、おはようございます」

「おはよう。もう体調は大丈夫かしら?」

「はい、全然問題なしです」

「それは良かったわ」

 

 昨日の夜にはある程度回復していた。少し頭痛が残っていたぐらいだ。

 

 今は全く問題ない。体調は万全らしい。

 

「あの、アストレア様。少し聞きたいんですが、神の宴って何ですか?」

「そうね。簡単に言うと神達が顔合わせのために豪華な衣装やドレスを着て参加する会合のようなものね。主催している神によって参加人数は大きく変わるけど」

 

 今回はガネーシャが主催となっている。オラリオでもかなりの規模を誇るガネーシャ・ファミリアで開催するため、オラリオ内のすべての神に対して招待状が送られている。そうでなければ、零細ファミリアの主神であるヘスティアまでにも招待状が送られてくることはないだろう。

 

 ただ、同じように規模の大きいロキ・ファミリアは主神のロキがヘスティアと仲が悪いため、呼ばない可能性が高い。からかうために呼ぶ可能性も案外高いが。

 

「そうなんですか……」

「どうかしたの?」

「え、あ、いや、その…………」

 

 ベルはヘスティアが普段着しか持っていないのではと思っている。

 

 実際ベルの想像する通りだ。そもそもヘスティア・ファミリアはベルが眷属になったことで最近できた零細ファミリアである。ベルはファミリア探しの間にお金が底をついていた。ヘスティアも少し前に居候していたヘファイストス・ファミリアから追い出され、最近になって仕事を始めた。

 

 誰もほとんどお金を持っていない状態からスタートしたファミリアなのだ。ドレスなど帰るようなお金は何処にもなかった。持っているのは普段着だけ。宴には普段着の中でもましな服を着て行くしかない。

 

 『神様はドレスを持ってないです』などと会って少ししか経っていない、アストレアに言ってもいいのかと迷う。視線を彷徨わせ、口ごもってしまうベル。

 

「な、なんでも「もしかして、ヘスティアは普段着しか持っていないの?」……多分そうです…………」

「なるほど…………」

 

 誤魔化そうとしたベルだったが、アストレアは察してしまったらしい。

 

 ヘスティア・ファミリアの状況を考えれば誰にでもわかりそうな話だ。実際、ヘスティアを知っている神は服を持ってないから宴には来れないだろうなと思われている。失礼な話だが、事実なのでどうしようもない。

 

「アストレア様、ドレスって何処に売ってますか?」

「お金は大丈夫なの?」

「予算は一万ヴァリスぐらいです……」

 

 予算はあまり多くない。今持っているお金と宴が開かれるまでの間に稼げるであろうお金。それらを合わせても一万ヴァリスぐらい。

 

 流石にそれだけあれば、豪華なものは無理でも、宴に着て行っても可笑しくない程度のものは買うことができるだろう。

 

「分かったわ、教えてあげる」

「ありがとうございます!」

「頑張りなさい」

「はい!」

 

 神様のためにも頑張ろうと気合を入れるベル。

 

 ベルはヘスティアにドレスのことを伝えるつもりがない。絶対に用意できるか分からないからと言うのもある。だが、一番は買うと言ったら、止められてしまうから。

 

 もし、ヘスティアに伝えればこんなことを言うだろう。

 

『僕の服はいいから、自分の装備にお金を使ってくれ!』

 

『ボクを心配させないためと思ってさ!』

 

 実際、ベルが無事に帰ってくれるなら貧乏だろうが気にしないと思っている。だから、言わない。言うわけにはいかない。恩返しをしたいから。笑顔で居て欲しいから。

 

 【大切】だから。

 

「そう言えば、ベルはダンジョンにソロで潜っているのかしら?」

「は、はい」

「もしよかったら、うちの子たちと潜って欲しいのだけど大丈夫?」

「それはすごく嬉しいんですけど、いいんですか? ご迷惑じゃ…………」

 

 ベルはアストレアの提案に首を傾げた。

 

 ベルの方からお願いすることはあっても、アストレア・ファミリアの方からお願いすることはないはずだからだ。

 

 下級冒険者であるベルと第二級冒険者であるアストレア・ファミリアの面々では潜る階層が全く違う。ベルにとってはメリットしかない良い話ではある。しかし、アストレア・ファミリアの面々にとっては全くメリットのない話のはずだ。

 

 本来なら。

 

「わたしは一緒に潜りたいでございますねぇ」

「あら、輝夜」

「そろそろいい機会でございますからねぇ。そう言うことでございますよね、アストレア様?」

「っ……! ごめんなさい…………」

 

 アストレアは思わず、謝罪の言葉を口にした。

 

 かなり強引な形だったことの自覚はアストレアにもあった。そして、その強引さには理由がある。輝夜にはその理由がすぐに分かった。もちろん、ライラやアリーゼ、リューも察している。

 

 全ては眷属たちのため。

 

 ダンジョンに対するトラウマを抱えているアリーゼ、輝夜、ライラ。仲間の死や闇派閥との戦いなど多くの出来事を経て、燃え尽きたリュー。理由はどうあれ、昔彼女たちの心の中に存在していた熱はほとんど失われてしまっている。

 

 時計の針は止まったまま。このままでは駄目だと分かっていても、一歩を踏み出せずにいる。

 

「アストレア様が心配してくださるのも当たり前でございます。わたしたちも前に進む必要がございますからね。今回のは本当にちょうどいいきっかけでございますよ」

「アストレア様、輝夜の言う通りですよ。わたしたちだっていつまでもこうしているわけにはいけませんしね。よーし、みんなやるわよ!」

「「「はーい」」」

 

 アストレア・ファミリアの面々は全員賛成らしい。やたら、元気いっぱいな様子。空元気にも見えてしまう。そんな四人を少し心配そうに見つめるアストレア。

 

 ベルはなんかいつの間にか、話がまとまっていてどうすればいいのか分からず右往左往している。

 

「じゃあ、ベル。明日はわたしとリオン。明後日は輝夜とライラ。ってな感じで交代で一緒にダンジョン行くわ! 勝手にいなくなったら駄目だからね!」

「わ、分かりました」

「そういうわけだから、今日は一人で頑張ってきなさい!」

「はい、いってきます!」

「いってらっしゃい!」

 

 アリーゼに押し切られたベルは若干の戸惑いを残しつつ、ダンジョンに向かった。

 

 

 

 ベルが居なくなった星屑の庭は静寂に満たされている。

 

 先程までの明るい雰囲気が嘘のようだった。暗い雰囲気が包み込んでいる。リューは立ち尽くしているアリーゼにそっと近づき、声を掛けた。

 

「アリーゼ、無理はしなくてもいいんですよ」

「ごめん、リオン。でも、こうでもしないと私たちは前に進めないでしょ?」

「っ……! 今日は明日に備えてゆっくりしましょう」

 

 不安で震えるアリーゼの手をそっと両手で包む。

 

 どれだけ時間が経っても当時のことは鮮明に思い出すことができる。次々と散らされていく大切な仲間の命。そして、全身を焼かれた両足を焼失した時の痛み。アリーゼには全てがつい先ほど起きたことのように感じられる。

 

 今も乗り越えることができていない悪夢に蝕まれていた。

 

 

 

 ソファーの上でだらけている輝夜。向かい側のソファーに腰かけるライラ。

 

「輝夜、お前は大丈夫なのか?」

「ベルと一緒に行くなら、抱き付いておけばいいのではございませんか? 落ち着きますし」

「そんなことしたらなんもできねえじゃねぇか。いや、まぁ、仕方ないか」

 

 抱き付いた側はもちろん、抱き付かれた側も何もできない。ダンジョンの中で何をやっているんだと言う話である。

 

 しかし、上層では問題がないとは言っても輝夜の精神の安定のためにも一番いいことなのはライラにも理解できた。とは言え、流石に冗談だ。そう思い、聞き流すことにした。

 

 両腕を切断され、全身複雑骨折により重要な臓器の損傷を負った輝夜。両目を負傷、身体を強打し内臓が傷ついたライラ。

 

 怪我は治っても心の傷までは治らない。

 

「ライラこそ大丈夫なのでございますか?」

「あー、アタシはフィンの野郎がむかつくからトラウマ解消してやるって潜ってるうちに団長やお前よりはましになってたからなぁ」

「そう言えば、そうでございましたね」

 

 怪我が三人の中でも一番軽かったライラはトラウマも二人ほど酷くない。ライラは一週間程度で昏睡状態から回復したが、アリーゼと輝夜は一ヶ月近く眠ったままだった。

 

 早めに目覚めたライラではあったが、行動ができるまで回復したのは二人が目覚めた時だった。

 

 ライラはリハビリの期間中に見舞いに来たフィンの視線がかなりむかついたらしい。今でも根に持っているのだとか。その怒りもあって、トラウマが多少緩和されているのかもしれない。

 

 

 

 前に進もうとするアストレア・ファミリアの面々。

 

 だが、もし今の彼女たちの前に『あのモンスター』が現れようものなら、もう二度と立ち上がることはできないだろう。

 

 




 今回はアストレア・ファミリアの事件について少しだけ触れました。輝夜の腕は回収して付け直した感じです。アリーゼの足が治ったことに関してはちゃんと理由があります。ただ、詳細に触れるのは当分先になりそうです。


 次回からはベル君がヘスティアにドレスを買うため、奮闘していくことでしょう。リューさんと親しいある女性が出てくるかもです。

 今後ともよろしくお願いします。


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第7話 ベルは成長期

 復活しました。


 

 

「よし」

 

 ベルは今日からアストレア・ファミリアの面々と一緒にダンジョンに潜る。

 

 本来潜る階層が違うので、迷惑じゃないのかなと思っていた。しかし、押し切られる形で決まってしまった。ベルは知らないが、アストレア・ファミリアの面々にも大きなメリットが存在するのであまり気にする必要はない。

 

 アストレア・ファミリア側のメリットを聞いたところで強くなろうとする意志の強さに変化はないだろう。ただ、足を引っ張らないように頑張るのと守れるようになるために頑張るかの違いぐらいだろうか。

 

「行ってきます、神様」

 

 装備の確認をしたベルはベッドの上で気持ちよさそうに眠っているヘスティアに向け、そう言い残して部屋を後にする。

 

 ちょっと小走りでダンジョンへ向かっているとシルに声を掛けられた。

 

「あ、ベルさん! おはようございます」

「おはようございます、シルさん」

「あれから大丈夫でしたか? かなり酔っていたみたいですが」

「はい、次の日には問題なくダンジョンに潜れましたし」

「そうですか。良かったです。どうなったのかと少し心配してたんですよ?」

「すみません……」

 

 豊穣の女主人に来た時はベルがすぐ酔ってしまっため、自己紹介程度しかできていなかった。いっぱい話したいなと思っていたシルは少し悔しかったのだとか。

 

 そうして、自然にベルと会う機会を探して居たシルの目的は早めに達成された。

 

「まぁ、大丈夫だったのならいいんですが。それで、ベルさんはこれからダンジョンですか?」

「はい」

「気をつけていってらっしゃい」

「シルさん、行ってきます!」

「また来てくださいね、ベルさん!」

「もちろんです!」

 

 上手くベルとお話する機会を作ることに成功したシルだった。

 

 

 

 

「ベル、こっちこっち!」

「アリーゼさん! リューさん! 遅れてすみません」

「いいのよ。わたしたちもちょうど話していたところだし」

 

 先に二人が来ていたため、遅れてしまったと思ったベル。実際は二人が早く来ていただけである。待たせてしまったことには変わりないが。

 

「二人が言ってたのはベル君のことだったんだ。久しぶり!」

「あ、アーディさん、お久しぶりです」

「アーディはベルのこと知っていたのですか?」

「うん。だって、ベル君がオラリオへ来た時に対応したのはわたしだし」

「なるほど、そうだったのですか」

「無事冒険者に成れたんだね、良かったよ。で、どこのファミリアに入ったのベル君?」

 

 ベルがオラリオに来た時の対応をしたのはアーディである。

 

 なんでオラリオに来たのかやどこから来たのかなど最初は普通の会話をしていた。しかし、ベルが英雄になりたいと言った後にアルゴノゥトの話で盛り上がってしまった。結果、仕事が進まなくなったアーディは様子を見に来たガネーシャ・ファミリアの団長であり彼女の姉であるシャクティに回収されて行ったのだ。

 

 連れて行かれながらアーディはベルにどうしても入れるファミリアが見つからなければ、ガネーシャ・ファミリアに来てもいいよと伝えていた。ただ、あまりお勧めはしないとも言っていたのだ。ガネーシャは善神だ。だが、普段の様子を知っている人からすれば、ちょっとねと言う感じなのである。

 

「ヘスティア・ファミリアです」

「ヘスティア様って、ファミリア作ってたの? 団員の募集をしているのは見かけたことあるけど」

 

 ジャガ丸くんを売っている団員募集中の神様。アーディのヘスティアへの認識はまさにこれだった。実際、その通りではあるが。

 

「ヘスティア・ファミリアの団員はベルだけよ?」

「あー、そういうことかー。ヘスティア様もいい神様だし、アストレア・ファミリアと関係ができたから大丈夫だと思うけど、ダンジョンには気を付けてね。特にソロで潜る時は」

「気を付けます…………」

 

 ミノタウロスに襲われると言う危険な目に遭ったので、反応に困ってしまう。

 もう危険な目に遭いましたとは言えないから、そっと視線を明後日の方向に向けた。アーディはベルの様子にどうしたのかと首を傾げる。

 

「アーディ!」

「あっ、ごめん! お姉ちゃんに呼ばれてるからもう行くね! それじゃあ、またね!」

「またねー!」

 

 アーディはそう言い残してシャクティの下へと走っていた。

 

「コホン。さて、ベル」

 

 咳払いをして気を取り直したアリーゼはベルに声を掛ける。

 

「ダンジョンに行くわよ!」

「はい!」

 

 三人はダンジョンへと歩みを進める。

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

 振るったナイフがモンスターに致命傷を与えた。最初のベルはモンスターを倒す。そのために何も考えず、がむしゃらにふるっていた。

 でも、それではうまく倒せるはずもない。あの時の姿をアルフィアが、ザルドが見たらなんていうのだろうか。倒せたことを褒めてくれる?

 

 そんなことはない。怒られる。絶対に。

 

 ベルはアルフィアとザルドが教えてくれたことを忘れていた自分が悔しくて仕方がなかった。

 二人が自身のために教えてくれたのにそれを活かさず、動いていた。あの時のミノタウロスとの死闘がなければ今も思い出せてはいなかったかもしれない。ベルはそう思った。

 

「ふぅ…………」

 

 モンスターが灰に変わる。この間までの荒々しい戦い方はない。以前と比べれば誰が見ても上手く立ち回れるようになってきていると言うだろう。でも…………。

 

【ピシリ……】

 

 新たなモンスターが姿を現す。

 

「っ……!」

 

 まだだ。まだ、足りない。こんなものじゃ駄目だ。

 

 ベルが心の中で呟く。アルフィアやザルドが教えてくれたことをまだ生かし切れていない。早さも正確さも力もすべてが足りない。

 

 ナイフを持つ手に力を籠め、構える。

 

「こい!」

 

 ベルは目の前のモンスターに向けて叫んだ。

 

 

 

 少し離れた場所でベルの邪魔にならないように偶に近づいて来ようとするモンスターの処理をしているアリーゼとリュー。いくらダンジョンにトラウマがあるとはいえ、上層ではほとんど問題なく動けている。

 やってくるモンスターも彼女たちからすれば弱いものばかりなので、よほど油断しなければ動きが悪くとも簡単に対処できるだろう。

 

「粗削りではありますが、上手く立ち回っていますね。クラネルさん」

「わたしたちが居なくても大丈夫だったんじゃないかしら?」

 

 もう少しベルを助ける形で行動すると思っていた二人はとても暇をしていた。

 

 立ち回りを教えたり、危なくならないようにカバーに入ったりすると思っていた。しかし、実際はほとんど何もすることがない。近づいて来ようとづるモンスターを処理をしてはいるが、その数だって今までに数匹程度しかいなかった。

 

「周りもよく見ていますし、クラネルさんのお義母さんやおじさんは相当な手練れだったのでしょう」

「絶対そうよね。わたしたちが戦ったら、一撃で負けるんじゃない?」

「流石に…………、いえ、そうかもしれませんね」

 

 一撃で負けるなんてことはないだろうと否定しようとしたが、家を軽く吹き飛ばしていたこともある以上有り得ると思ってしまった。

 

「アリーゼ。そろそろ、いい時間ですし出ましょう」

「そうね、ベルの体力も限界に近いでしょうし。ベルー! もう帰りましょう!」

「は、はい。分かりましたー!」

 

 アリーゼが先ほど出てきたモンスターを倒し終わり、魔石を回収していたベルに声を掛ける。ちょっと無理をしていたらしい。ベルの足取りは少し覚束ない。問題になるほどではないが、少しふらついている。

 

「クラネルさん大丈夫ですか?」

「ちょっと、頑張り過ぎたかもです」

「よし、わたしが背負ってあげるわ! ベル来ていいわよ!」

「流石にそこまでじゃないですよ。一人で歩けますから大丈夫です」

「やんわりと拒否されたー!」

「アリーゼ、ふざけすぎです。クラネルさん、早く行きましょう」

「ちょっとリオン、酷いわ! ふざけてなんかないのに!」

 

 アリーゼはベルを背負うべく背中を向けるが、やんわりと断られてしまった。冗談ではなく、本当にベルを背負いたかったのか、かなりショックを受けている様子。

 

 リューはアリーゼの抗議を無視して、ベルの手を引いて地上へ向かった。

 

 

 

 

 ダンジョンから戻り、魔石やドロップアイテムを換金し終えたベルはホームに帰って来た。

 

「神様、ただ今帰りました」

「おかえり、ベル君。今日はアストレアの子どもたちと一緒に潜ったんだろう? どうだったんだい?」

「いつもよりも多く稼げました」

「おぉ、すごいじゃないかベル君!」

「ただ、三等分しようとしたら、断られちゃって…………」

「なるほど」

 

 ベルは最初、今日稼いだお金の3分の2をアリーゼとリューに渡すつもりだった。3人で潜ったのだから稼ぎも三人で平等に分配するべきだと思っていたが、二人は受け取ることを断固として断った。

 稼ぎもなくただ時間をわざわざ自分のためだけに使わせてしまったようなもの。ベルは二人にただ働きを指せているも同然の状態にすごく罪悪感を抱いていた。ただ、二人としても本当に何もしていないのに稼ぎまで分割してもらうのは心苦しかった。実際、アリーゼもリューもほぼ何もしていなかった。

 

「あまり気にしなくてもいいと思うよ。アストレアの子どもたちだって、お金を稼ぐためにベル君と潜ったわけじゃないと思うし」

「何か知っているんですか?」

「あー、そうだね…………」

 

 ヘスティアも理由は聞いていない。ただ、アストレア・ファミリアの眷属が大半亡くなっていること。生き残りの眷属たちがほとんど地上で巡回ばかりしていること。これらのことから、生き残っている面々にはダンジョンにトラウマがあるのではないかと予想していた。

 

 だから、ベルから一緒に潜ろうと言われたと聞いた時もトラウマの解消を目的にしているんじゃないかなと考えた。ただ、これはヘスティアの予想でしかない。

 ただの予想をベルに伝える必要はないし、伝えないほうが良い。

 

「少し前まで全くダンジョンに潜っていなかったみたいだから、ゆっくり感覚を取り戻しているんじゃないかな?」

「そうだったんですか?」

「うん。だから、気にしなくていいと思うよ。それに料理をする約束しただろ? それだけでお礼としては十分だとボクは思うな」

「分かりました。すごくおいしい料理をアストレア・ファミリアの人たちに作ってみせます!」

「お、おう……。頑張ってね、ベル君」

 

 ヘスティアはベルのやる気の凄さに少し引いてしまう。

 

「と、この話はここまでだ。ベル君、ステイタスの更新をするよ」

「一昨日にしたばっかりですけど……」

「一応だよ一応。ほら早く」

「は、はい……」

 

 

 

 

「さてと…………」

 

 ヘスティアがベルの背中に自らの血を落とした。ステイタスを更新していく。そして。

 

_______

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:H179→H190

耐久:I95→H123

器用:G200→G233

敏捷:G281→F311

魔力:I50

 

《魔法》

【??????】

 

《スキル》

憧憬の彼岸花(リアリス・リコリス)

・早熟する

・願い、思いが続く限り効果は持続

・願い、思いの丈により効果は上昇

_______

 

 

「っ……!」

 

 思わず息を呑む。

 

 今日は確認のために更新してみただけだった。異常な上昇値。一日ダンジョンに潜っただけにしては可笑しい。

 

 原因はもうわかっている。

 

 初めてステイタスを刻んだ時に発現していたのは【憧憬一途】。名称や詳細が少し変わっているが、効果に関する部分はほとんど変わりない。ただ、これから何らかの変化が発生する可能性は捨てきれない。ほとんど効果が同じにもかかわらず、名称や詳細だけが変化して終わりだと考えるのは短絡的だ。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

 スキルをベルに話すわけにはいかない。

 嘘が付けるような子ではないため、下手に教えてしまうと誰かに勘づかれてしまう可能性が高い。そして、それが神たちに知られればどんなことをされるか分かったものではない。

 

 大切なベルを失いたくない。奪われたくない。

 

(今まではスキルの効果が発動していなかっただけみたいだね。もし、スキルが変化することなく最初から効果が発動していたら…………。いや、今はこれをどう隠すかだね。他の神達に知られないようにするにはベル君に言わないだけで今は済むはずだ。ただ、得体の知れない本のことはできれば相談したい。あれがベル君に悪影響を及ぼす可能性だってある。アストレアに相談しようとは思ったけど、あの子だって問題を抱えているのに迷惑を掛けるのは心が痛むんだよね。なら、ゼウスとヘラ? ゼウスはもちろん、ヘラだって孫であるベル君は大切にする。でも、連絡手段がないし…………)

 

 思考の渦に囚われるヘスティア。

 

「神様?」

「っ……! ごめん、少し考え事をしていてね。ほら、これが君の今のステイタスだよ」

 

(取り敢えず、ボクだけで何とかしてみるしかないかなぁ)

 

 ヘスティアはやっぱりアストレアに相談することはやめておこう。そう固く決意する。

 

 しかし、少し経ったある日に何かを察したアストレアに問い詰められて、全てを吐かされるヘスティアの姿があったのはご愛嬌ということで片付けるとしよう。

 

「神様、これ合ってます?」

「合ってるよ」

「こんなに伸びるものなんですか? ステイタスって?」

「それは…………」

 

 何と答えればいいのか分からず口を噤んだヘスティア。

 スキルのことは絶対に伝えないが、ステイタスが異常な程伸びている理由ぐらいは言っておくべきだ。何と誤魔化そうかなと考えていると。

 

「成長期ですかね?」

「へ?」

「えっと、こんな感じですごくステイタスが伸びやすい成長期みたいなのが冒険者にもあるのかなと思って…………」

「う、うん。そうだよ」

 

 ベルは成長期みたいなものが冒険者にもあるのだろうと勝手に勘違いした。誤魔化し方に悩んでいたヘスティアはこれは幸いだと思い、ベルと話しを合わせて今後何を聞かれても成長期であると伝えることを決意した。

 

 




 二度と小説を書くことないかもとまで思っていましたが、何とか復活しました。


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第8話 強くなりたいと願う気持ち

 すごく頑張りました。


 

 

 

 ベルは今…………。

 

「何ですかこれ!?」

 

 女装していた。

 

 服はシルたちと同じ。そして、いつもはまとめている髪も解かれている。

 

「良くお似合いですよベルさん。ふふっ」

「絶対面白がって着せただけですよね!?」

「わたしがそんな酷いことすると思っているんですか?」

「思います」

 

 シルの罠にはめられただけである。ただ、ベルが髪を伸ばしていることや体格が華奢であることもあって、女装に全く違和感がない。顔自体も女顔なのでこの状態からベルをすぐに想起させることは難しいだろう。アルフィアの面影があるため、彼女を想起させるものも居るかもしれない。

 

 アルフィアやヘラであれば、ベルの生みの親であるメーテリアを思い起こしそうではあるが。

 

 ベルの身近な者であったとしても、別の人物を浮かべてしまう。つまり、ベルが女装しているなどと言うことはほぼ気が付かれることはないため、安心して手伝えると言うことだ。しかし、それが分かったところでバレる可能性がかなり低いとは言え、女装なんてしたくなかったと言うのがベルの本音だろう。

 

「ベルさん、酷いです。そんなことを言うなんて…………」

「あー! 女装した白髪頭がシルを泣かせたニャー!」

「あっ、ちょ!?」

 

 様子を覗きに来たアーニャがシルの泣いている姿を見てしまう。当然、嘘泣きをしているだなんて思うはずもない。ベルがシルを泣かしたと勘違いされてしまう。勘違いだと指摘する隙もなく、店の方へ飛んで帰って行った。

 

 ただ、女装していることにアーニャが見た瞬間気が付いてくれたことには少しうれしくなってしまった。

 

「ベルさん?」

 

 笑顔を浮かべているシル。これ以上何か言ったらもっと大ごとになってしまうと察したベルは諦めた。

 

「あぁぁ! これでいいですからもう勘弁してください!」

「それは良かったです。まぁ、女性用の服しかなかったんですけどね」

「なら、何で僕に手伝って欲しいって言ったんですか!?」

「ふふっ、そんな些細なことに気にしないでいいじゃないですか。ベルさん?」

「店を始めるから二人とも出ててきな」

 

 ゆっくりしていたため、ミアに呼び出されてしまう。

 

 アーニャの報告は聞いていたので着替え終わっているのは知っていたのだろう。ベルとしては出ていったら何を言われるのかと戦々恐々している。

 

「はーい。さて、行きましょうかベルさん?」

「はい…………」

 

 逃げることはできない。シルに手を引かれ、店に出て行くベルだった。

 

 

 

 ベルがこのような事になった原因はいくつかある。それはダンジョンに潜っていた時まで遡る。

 

 

――――――――――

 

「えっと、あの……。輝夜さん?」

「何でございますか?」

「これだと僕、何もできないんですけど」

「この程度のことで何もできないのでございますか?」

 

 すごく煽られる。半分はからかっているようなものではあるが。

 

「いや、後ろから抱き付かれている状態でどうしろって言うんですか!?」

「不安でいっぱいのわたしを邪魔だからと雑に扱うのでございますか? ベルは随分と酷いお人でございますねぇ?」

「そ、それは……」

 

 この上層で不安になるほど弱くないでしょ。と言うのがベルの本音だ。

 

 実際、19階層より上では普通に動けるので問題ないはずだ。それにいくらトラウマでうまく動けないと言っても、ましてや輝夜――レベル4の冒険者が上層で危険な目に合うことはほとんどない。

 

 ちょっとした不安が襲ってきているため、ベルに抱き付いている方が安心できると言うだけである。

 

「輝夜、流石に放してやれ。ベルの成長のためについて来てるのに意味が無くなっちまうだろ?」

「はぁ…………。致し方ございませんねぇ」

 

 輝夜はベルと一緒に潜るなら彼を背後から抱き締めておくとは確かに言っていた。ライラもそれは流石に冗談だと思って聞き流していた。まさか本当にするとは思っていなかったのだ。

 

「ほら、ベル。さっさと行ってこい」

「は、はい。行ってきます。ライラさん、輝夜さん」

「おう、頑張れよー!」

 

 モンスターと戦う前からすごく疲れてしまったベルだった。

 

 その後も、少し暇ができれば後ろからベルに抱き付きに行く輝夜。ライラはずっと輝夜をまじかといわんばかりに若干引いていた。ベルもモンスターとの戦闘で疲労している中で、背中から感じる柔らかい感触に混乱することに。

 

 ベルは精神的な疲労が今まで以上に蓄積することとなった。その大きな代償を払ったことで、輝夜に抱き付かれることには今日で慣れてしまった。それに気が付いた輝夜は少し残念そうな表情を浮かべた。しかし、これからも抱き付かれることを考えればなれて良かったと言うべきだろう。

 

 

 

 極度の精神的な疲労を感じつつ、ベルは帰っていた。本来はもっと潜っているつもりだったが、ライラが止めたことで今日は引き上げることにしたのだった。

 

「あ、ベルさん。ちょうどいいところに来てくれましたね!」

 

 豊穣の女主人の前を通りかかったベルにシルが声を掛けてきた。

 

「どうしたんですか?」

「ちょうど人手がなくて困ってたんです。だから、もしよければベルさんに手伝って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

「分かりました良いですよ」

 

 疲れているため、本来なら断るべき話だ。でも、底無しのお人好しであるベルが知り合いが困っているのに無視するなんてことできるはずもない。接客だけなら、輝夜さんとのことよりも疲れるなんてことはないよねと安易に考えていた。

 

 結果がどうなったのかは言うまでもないが。

 

――――――――――

 

 

「い、いらっしゃいませー」

 

 白髪赤眼の少女が慣れない接客を一生懸命こなしていた。

 

「順調そうですね、ベルさん」

「違和感があればバレかねないので頑張っているだけですよ…………」

 

 その少女の正体はもちろんベルだ。若干彼の目から光が消えかけている。

 

 バレたくない。ならば、誰にも違和感を感じさせないようにしなければならない。誰から見ても女の人にしか思えないように行動する。

 

 しかし、それはベルにとって耐えがたいものであった。ベルは自らの中の大切な何かを守ったと同時に別の何かが砕け散っているような気がしていた。

 

 男であることを気がついて欲しい。しかし、それと同時に気がついて欲しくない。この真反対の気持ちを同時に抱き、心中複雑になっていた。

 

「団体様のご到着ニャー!」

 

「あれは……?」

 

 アストレア・ファミリアの面々よりも強い。ベルはそう感じ取った。ただ、アルフィアやザルドと比べたら弱い感じがするなとも思っていた。

 

 団体――現オラリオで最強の一角をなしているロキ・ファミリアの第一級冒険者であったとしても、一対一でレベル7を相手に勝つことはまず無理だろう。過去のオラリオで最強を誇っていたゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの生き残りである二人ならなおさらだ。

 

 集団で二人を相手するならば、可能性は多少上がる。そして、長期戦に持ち込めば、確実に勝てた。ただ、これは二人が病気で長期戦に対応できなかった時の話だ。

 

 もしかしたら、二人共病気を克服している可能性がある今となっては集団でも勝てる見込みはないだろう。レベルを上げていた場合は確実に瞬殺されて終わりだ。

 

 

 

 それから時間が経ち、お客さんの対応に追われていたベルの耳に獣人の青年の声が届いた。

 

「お、そうだアイズ! あの話してやれよ!」

「何のこと?」

 

 獣人の青年――ベートの言葉にアイズは首を傾げた。

 

「ダンジョンに居たあのトマト野郎のことだよ。ミノタウロスに襲われていた所をアストレア・ファミリアに助けられてた奴が居ただろ?」

 

 話し声が耳に入っていたベルがびくりと身体を震わせた。トマト野郎が誰のことを指しているのが分かったからだ。

 

 血まみれになっていたベルはミノタウロスを倒し終えて、気絶していた所をアストレア・ファミリアに助けられた。

 

 話の中で違うのはミノタウロスを倒したのはベルではなく、アストレア・ファミリアになっている点だけ。大まかな話は一致している。トマト野郎がベルを指していることはすぐに分かってしまった。

 

「すみません、シルさん。今日はもう……」

「……はい、分かりました。ミアお母さんにはちゃんと伝えておきます」

「本当にすみません…………」

「いいんですよ。でも、気を付けて下さいね」

「っ……! はい……」

 

 シルは突然のベルの申し出に少し驚いた。でも、理由が分かったから、特に何も言わなかった。これから何をしようとしているのか。何処に行こうとしているのか。それはすぐに分かった。危ないからと引き留めたほうが良いのは分かっている。

 

 でも、止まってはくれないだろう。だから、気を付けてと言うしかなかった。

 

「ベルさん…………」

 

 シルは服を着替えるため、店の奥に消えて行くベルの背中をじっと見つめていた。

 

 

 

 ベルがシルと話している時でも、ロキ・ファミリアによる話は続いていた。

 

「あの子のこと? でも、あの子は……」

「ミノタウロスって私たちに襲い掛かって来たのにすぐに集団で逃げていったあれのこと?」

「そう、それだよ! 残った最後のミノタウロスがいかにも駆け出しっていう見た目をしてるそいつを襲ったらしくてな。運よく通りかかった正義の眷属様に助けられたみてぇだ」

 

 口を開こうにもタイミングがない。

 

 どうしようと少し慌てているようにも見えるアイズ。

 

「えっと……」

「なら、何でトマト野郎なんや? 助けられたなら、そんなことになってないやろうに」

「正義の眷属様が牛野郎を倒した時に血を被ったんだろ? その姿がトマトみてぇでな!」

「と言うか、ベート。ほとんど見とらんやろ、それ」

 

 ベートは主神であるロキに問われた。

 

 嘘を言っていないのは分かる。ただ、話がほぼ予想でモノを言っているようなのはずっと感じていたのだ。

 

「あぁ、俺が見たのは正義の眷属様に背負われているところだけだ」

「なら、何じゃ。今までの話の大半は想像か?」

「まぁな。でも、駆け出しの冒険者がミノタウロスを倒せるわけねぇだろ?」

「まぁ、それはそうだよねー」

 

 駆け出しの冒険者がミノタウロスを倒しただなんて誰も思わないだろう。普通なら不可能なのだから。

 

 ベートの言葉にティオナも同意する。

 

(話すタイミングがない……!)

 

 アイズは心の中でそう叫んだ。ベートがこの話をしたらしっかりと訂正しようそう思っていたのに、全然訂正できない。

 

(どうしよう……って、あれ? あの子はもしかしてあの時の……?)

 

 ふと、店から出て行く白髪の少年が目に入る。

 

 あの時の子かもしれない。そう思い、アイズはその少年を追いかけようと立ち上がろうとした。

 

「アイズは全部見てたんじゃねぇのか?」

「そうなのアイズ?」

「えっ?」

 

 唐突に疑問を投げかけられたことで立ち上がることはできなかった。

 

 全く話を聞いていなかったアイズは何を聞かれているのか分からず、固まってしまう。

 

「トマト君のこと。全部見てたの?」

「う、うん」

「それでどんな感じだったの? ベートが言ってたの当たってた?」

 

 このタイミングを逃せば絶対に訂正できない。

 

 待ち望んだ機会がようやくやって来たことにちょっと安心する。

 

「えっと、ミノタウロスはあの子が倒してたよ?」

「は?」

「アイズ、その子は本当にレベル1なのかい?」

「多分……、倒すのにすごく時間がかかってたから」

「ロキ、アイズの言っていることは本当なのか?」

 

 アイズがわざわざこのような嘘を言うことはない。そう思いつつも、フィンはロキに嘘か誠かを確認する。

 

「嘘は言うとらんよ」

「その子の名前は?」

「……知らない…………。聞きたかった……」

 

 アイズはすごく残念そうに肩を落とした。

 

 戦っている最中は出て行くこともできず、ただ覗き見ることしかできなかった。正確には姿や気配を隠してもいなかったので、盗み見ていたのではなくガン見していたのが正しい。倒し終わった後で近づこうとしたら、アストレア・ファミリアが見えたので反射的に隠れてしまったのだ。

 

 結局、きっかけを全て失って終わったというわけである。早めに出ておけば、少し変わっていただろう。アイズがベルを運ぶことだってあったかもしれない。レベル1でミノタウロスに対応できる強さはそれだけアイズの目を引いたと言える。

 

 結局出ることができなかったアイズはあの時、かなり運が悪かったと言える。とは言え、最も運が悪いのはレベル1でミノタウロスと戦うことになったベルであるのだが。

 

「ギルドなら何か知っているかもしれないな。アイズ、一緒に聞きに行くか?」

「うん」

「リヴェリア、何か分かったら僕たちにも教えてくれ」

「あぁ」

 

 リヴェリアの問いにアイズはすぐに頷く。

 

 フィンもレベル1だと考えられる冒険者がミノタウロスを倒したと言うのには興味が引かれた。その冒険者を主神が改造した可能性もあるため、確認しておきたいと言うのも半分ほどあるが。

 

「それにしても、店員に新しい子がおったから話しかけたかったんやけどなぁ。いつの間にかおらんようになってしもうとるやんか」

「あれホントだ。どこ行ったんだろ?」

 

 

 

――ダンジョン6階層――

 

 装備もほとんど整えることなく、ダンジョンに入ったのだ。服はぼろぼろ。体も傷だらけになっていた。護身用に持っていたナイフもモンスターの血で染まっていた。

 

「僕は……、僕は…………!」

 

 モンスターが生れ落ちる。

 

 ベルの状態を考えれば、囲まれる前にこの場を去るべきだ。

 

「……強くなりたい…………」

 

 アルフィアやザルドたちが求めた英雄になる。そうあの日、約束した。

 

 子どもの戯言と言われるかもしれない。今はただの願望かもしれない。でも、それはいつか決意へとなるだろう。

 

「やってやる……!」

 

 目に強い光が宿る。

 

 ベルはモンスターに向けて駆けた。

 

 

 

 ヘスティアは全く帰ってこないベルが心配で全く眠れなかった。

 

 行きそうな場所はあらかた調べつくした。豊穣の女主人にも訪れたが、流石に向かったのが遅くて誰もおらず、手掛かりは掴めず。

 

 隠し部屋の扉があく音がヘスティアの耳に届く。

 

「ベル君、朝帰りとはどういうわけ……って、どうしたんだい!?」

「神様……」

 

 パッと振り返る。豊穣の女主人の誰かと眠れぬ夜でも過ごしたのかと聞こうとしたが、できなかった。

 

「傷だらけじゃないか!? 誰かに襲われたのかい!?」

「ダンジョンに行ってました……」

「まさか一晩中ダンジョンで…………? 無茶をし過ぎだ!?」

「すみません…………。でも、僕は…………」

「?」

 

 傷だらけで帰って来たベル。無茶をしたのは明白だった。

 

「僕は強くなりたいんです」

「…………」

 

 何も言えなかった。ベルが強くなりたいと言っていたのは知っている。何かいいアドバイスを上がることもできず、ベルが帰ってくるのを待つ。何もしてあげられていない自分の無力さが悔しくて仕方がない。ヘスティアはそっとベルを抱き締めた。

 

「君は強くなれるさ、絶対に。ボクが保障するよ」

「本当ですか……?」

「こんなに頑張っているんだ。なれなきゃおかしいだろう?」

「っ……!」

 

 本来なら、保証なんてできない。でも、ベルなら強くなれる。絶対に。

 

 そう確信にも似た何かがヘスティアにはあった。レアスキルだけではない。それ以外の何かが。

 

「でも、無茶だけはしないでくれ。僕は君を失いたくない…………」

「はい…………」

 

 ベルは手を持ち上げて、ヘスティアの頭を優しく撫でた。

 

 

 




 今日の時点でほとんどできていなかったんですが、何とかなりました。ちょっとずつでも執筆速度を上げて行ければいいなと思っているところです。

 これからも無理のない程度で頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。


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第9話 神会

 一日遅れてすみませんでした。


 

 

 

「戻ったぞ」

「おお、リヴェリア。戻ったか」

「お帰り、リヴェリア! 待っとったで!」

「お帰り、リヴェリア。早速で悪いけど、どうだったのか教えてくれるかな?」

「……分かった。その子の名前はベル・クラネル。ヘスティア・ファミリアに所属しているレベル1の新人冒険者だった」

 

 リヴェリアは帰って来て早々、何が聞けたのか教えるようにフィンから催促された。少しぐらい間を開けてくれてもいいんじゃないかと思ったが、気になっていることは知っているので素直に答える。

 

「あのドチビがファミリアを作っとったんか!?」

「ロキ、知り合いなのか?」

 

 ロキが突然、声を上げた。

 

 ヘスティアを知らなかったガレスが尋ねる。

 

「ドチビ――ヘスティアは最近降りてきた神でヘファイストスの所で厄介になっとったみたいや。まぁ、今は追い出されて毎日バイトしとるみたいやけど」

「確認だけど、邪神ではないんだね?」

「それはあり得んわ。ムカつくけど、正直に言えばうちの知る神々の中で一番の神格者やな」

「なるほど、ロキがそこまで言うほどの神と言うわけか」

 

 暗黒期が終わったとはいえ、まだ闇派閥が壊滅したわけではない。首謀者の神も送還されていない上に、生き残っている者はまだいる。ヘファイストスの所で厄介になっていたのだから、邪神でないことは分かる。だが、自らの主神であるロキが知り合い。

 

 その神がどういった存在なのかぐらいは聞いておきたかった。ただ、帰って来たのが予想もしていない答えだったのは驚いていた。

 

「ちょー気に喰わん奴つくけどな! ドチビ、今日の神会で存分に笑いものにしてやるわ」

「ロキは置いておくとして、ヘスティアは悪い神ではないみたいだね」

「流石に露店でジャガ丸くんを売っている邪神はいないと思うが…………」

「…………アルバイトしているのは本当だったみたいだね……」

 

 フィンもロキの言葉は冗談だと思っていた。神がアルバイトしているだなんてことが想像できなかったからだ。しかし、それが事実であることが、リヴェリアによって証明されてしまう。

 

 リヴェリアが知ったのも偶然である。アイズと共にジャガ丸くんを買いに行った。その時、店番をしていたのがヘスティアだ。案の定、手当たり次第に勧誘していたヘスティアによってリヴェリアも誘われた。ロキ・ファミリアに入っているため、やんわりと断ったが。

 

 それを聞いたヘスティアがまた自分のファミリアに誰も入ってくれないことを嘆いていたとか。勧誘した人全員に断られ続けていたのだから、その嘆きも致し方ないのかもしれない。

 

「それでリヴェリア。他には何か分ったのか?」

「いや、これ以上は流石に教えてくれなかった。ただ、彼のアドバイザーが知り合いでな。少しだけだが、他のことも教えてくれた」

 

 ベルのアドバイザーであるエイナとリヴェリアは知り合いだ。エイナの母であるアイナはリヴェリアの親友で過去に従者を務めていた。その関係があったからこそ、リヴェリアはエイナからベルのことを少しだけ詳しく聞けた。

 

 普通は基本的なことだけしか教えない。

 

「それは?」

「彼の家族がかなりの強いことだ。詳しくは分からないらしいが、聞いたら普通に教えてくれるらしい」

 

 エイナもベルが隠しているようなら家族のことはリヴェリアには話さなかっただろう。特に隠すことなく、過ごしているのでこれぐらいなら言っても大丈夫と思った。実際、ベルなら技術をどこで教えてもらったのかと聞かれたら、特にためらうことなく家族に教えてもらったと答えただろう。

 

「強いとはどれほどのものだ? わしらと同じ第一級冒険者か?」

「さぁ、そこまでは分からん。だが、その可能性はあるな」

 

 レベル1の冒険者が倒せるはずのないミノタウロス。それを倒すことができるほどの技術を教え込んだ人物が弱いはずがない。第一級冒険者である可能性だってないわけではない。

 

「少し気になるな……」

「フィン、親指が疼くのか?」

「少しね」

「はぁ…………。どこかで会うこともあるかもしれない。その時まで気長に待つとしよう」

「まぁ、それが無難かな」

 

 いずれどこかで出会うことがあるはずだ。またその時に聞けばいい。時が来るまで気長に待とう。そう思っていた。

 

 しかし、懸念すべき点が一つある。それはアイズだ。彼女がダンジョンやジャガ丸くん以外で興味を示した人物。そんな人物と再会した場合、何かしでかす可能性はないわけではない。流石にロキ・ファミリアの幹部としての自覚は芽生えているので、誘拐するなど本当にヤバいことはやらないはずだ。

 

「アイズが変なことをしなければいいのだが…………」

 

 リヴェリアの不穏な呟きは誰の耳にも入ることなく消えて行った。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ヘスティア・ファミリアのホームにて。

 

 バイトを早めに切り上げてきたヘスティアは神の宴に参加するための服装を選んでいた。悩むほどの数の服は持っていないが。

 

「着て行くならこれかなぁ」

 

 神の宴に着て行っても大丈夫そうな、ドレスっぽく見える服は一着しかない。

 

 もちろん、他の神が見ればドレスを着ていないことはすぐにわかる。だからと言って普段の服装で行くわけにもいかない。

 

「神様!」

「ん? 何だい?」

「買い物に行きましょう!」

「へ?」

 

 ヘスティアは思わず、素っ頓狂な声が上げた。

 

 

 ヘスティアはベルに連れられて、ドレス屋さんの前にやって来ていた。

 

「それで、なんでこんなところに?」

「えっと、その……」

 

 何をしようとしているのかは流石に分かる。

 

 しかし、理由も告げずにこんなところに連れてきた訳が分からなかった。説明ぐらいしてから連れて来てくれたっていいじゃないかと思っていた。

 

「何か言えないことでもあるのかな、ベル君?」

「神様、今日は神の宴ですよね……?」

「うん、そうだよ」

「ドレスとか神様は持ってないから、買いに……」

「やっぱりか! それなら、今持っている服で何とかなるから大丈夫だよ!」

 

 ベルはヘスティアならドレスなんていらないと言うことぐらい分かっていた。

 

 だから、何も言わずにつれて来たのだ。

 

 確かにヘスティアの言う通り、ドレスが無くてもどうにでもなる。でも、他の神々がドレスを着ている中で着ていないものが居れば何か言われるのは誰にだって想像できた。そんなことにはなって欲しくない。そう思いベルは今日のためにお金をため続けたのだった。

 

「そう言うと思って何も言わずに来たんです」

「うぐっ……! でも!」

「神様、駄目ですか?」

「ムググググ…………」

 

 大好きなベルの残念そうな顔を見て、駄目とは言えなかった。言いたくなかった。

 

「はぁ、分かったよ……」

 

 結局、ヘスティアが折れることになった。

 

 説得しようにも折れてはくれないのは分かっている。それに、わざわざこのためにお金を貯めたであろうベルの努力を無下にしたくない。

 

「それにしても、ベル君こんなところ知ってたんだね?」

「アストレア様に教えてもらったんです」

「あぁ、なるほど。ベル君はその時からこうするって決めてたってことか」

「あはは……」

 

 笑って誤魔化すベル。

 

 ヘスティアはアストレアとの話聞かれていたんだなと思った。

 自分とアストレア以外まだ眠っているとばかり思っていたからだ。まさか、近くにベルが居て、話を聞いているだなんて。その上、神の宴に着て行くドレスが無いから買えるようにお金を貯めることにしていたなんて考えてもいなかった。

 

「よし! じゃあ、行こう!」

「はい!」

 

 ヘスティアとベルの二人は店に入って行った。

 

 そして。

 

「どれがいいのか、あんまりわからないなぁ……。ベル君、何かいいのはあったかい?」

「うーん、そうですね……」

 

 どれがいいのか分からず、悩むことになった。

 

 どちらも、ドレスなんて買ったことがないのだから当然と言えば当然だ。ベルに関してはアルフィアがよくドレスを着ていたので何となくではあるが分かる可能性はある。しかし、ヘスティアは下界の服装に関してはほとんどわかっていない。

 

 神界でも、基本的にぐうたらしていたのでドレスなどのきらびやかな衣装をまとうことはほとんどなかったに等しい。着たことがあるのだって、彼女自身が選んだものではない。仲の良い神に選んでもらった服である。

 

「あっ、これなんていいんじゃないですか?」

「ん? どれどれ……」

 

 ベルがヘスティアに似合いそうなものを見つけた。

 

 白に近い水色を基調としたドレス。色は違うが、アルフィアが纏っていたロングドレスと雰囲気は似ている。

 

「いいじゃないかな。うん、これにするよ。でも、本当にいいのかい? ドレスだなんて」

「僕が神様にプレゼントしたいからするんですよ」

「そっか……」

「じゃあ、僕はお会計してきますね。あっ、すみません。このドレスを買いたいんですけど!」

「かしこまりました。お包みしますのでどうぞこちらへ」

 

 お会計をしに行ったベル。

 

「本当にベル君は……」

 

 近くにあった椅子に腰を掛けたヘスティアはポツリと呟く。赤くなった顔を両手で隠した。

 

 

 

 ドレスを買い終わったベルはヘスティアの元に戻ろうとしたとき、ふとあることを思い出した。

 

(そう言えば、髪留め切れそうだったな)

 

 ヘスティアが下界にやって来てからずっとつけている髪留め。

 

 もうそろそろ切れてしまいそうになっていた。ヘスティアもそれには気が付いていたらしく、お店の前で張り付いている姿をベルは見かけたことがあった。

 

「あのすみません、髪留めって売ってますか?」

「はい、こちらです」

「ありがとうござます。えっと、どれがいいかな。できれば、神様が見ていたものと同じようなのがあったらいいんだけど……」

 

 ドレスを買ったため、かなり所持金は減ったが髪留めを買う程度のお金はまだある。

 

「あっ、これ……。よし」

 

 ヘスティアが欲しそうに見ていた髪留めと似た感じのものを見つけた。

 

 

 

 買い物を終えて、ホームへと帰ってきた二人。

 

 ヘスティアがドレスに着替えるため、ベルは一時的に部屋の外へ出ていた。

 

「ベル君ー! もう大丈夫だよ」

「は、はい!」

 

 ヘスティアに呼ばれて、ベルが戻る。

 

 そして。

 

「どうかな?」

 

 顔をほんのりと赤く染め、柔らかな笑みを浮かべたヘスティアは全身を見せるようにぐるりと回る。スカートがふわりと少しだけ持ち上がった。

 

 ぽかんとした状態で固まってしまうベル。余りに綺麗さに言葉を失ってしまった。

 

「神様、すごくきれいです!」

「えへへ、ありがとう」

 

 何とか感想を絞り出したが、上手く表現することはできなかった。

 

「ベル君、本当にありがとう」

「いえ」

 

 笑みを浮かべる二人。幸せな気持ちや嬉しい気持ちで胸がいっぱいになっていた。

 

「よし、じゃあ。行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃい、神様」

「うん」

 

 ヘスティアはそう言い残して神の宴が開催されるガネーシャ・ファミリアへと向かった。

 

 

 

 

 

「モグモグ……」

 

 ヘスティアは神会で一人寂しく、食事をしていた。

 

 知り合いの一柱ぐらいには会えると思っていたが、少し早く気過ぎたらしい。誰も居なかった。

 

「あんたがドレスを着ているとは思わなかったわ……」

「あ、ヘファイストス! と、フ、フレイヤ……」

「久しぶりね。調子が良さそうで何よりだわ」

「ヘスティア、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

「……フレイヤも来てたんだね。君も元気そうで何よりだよ…………」

 

 ヘファイストスに声を掛けられたことでパッと笑顔を浮かべたヘスティア。しかし、すぐ近くに居たフレイヤの姿を見て、少し顔色を曇らせてしまった。

 

「ヘスティア、あなたまだフレイヤが苦手なのね。そろそろ慣れたでしょうに」

「う……。し、仕方ないじゃないか。苦手なんだから……」

「ふふっ、ヘスティアのそういうところ、好きよ?」

「そういうところが苦手なんだよ……」

 

 ヘスティアはフレイヤが苦手だった。フレイヤは美の神であるため、愛や情欲を司っている。処女神であるヘスティアと相性が悪い。また、食えない性格をしているのも苦手としている原因だ。フレイヤとしてはヘスティアを好んでいる様子だが。

 

「そう言えば、ヘスティア。その服どうしたの?」

「えへへ。ベル君が買ってくれたんだ!」

「あぁ、なるほど。ベルって確かあなたのファミリアに入った白髪赤眼のヒューマンよね? まさか、そんな子がいるとは思っていなかったけど。まぁ、何にせよ、順調そうでよかったわ」

 

 ヘファイストスはヘスティアがベルを眷属にしたその日に話を聞いていた。

 

 誰も居ないファミリアに入ってくれる子はほぼゼロに等しい。そんな中で、ヘスティアの眷属になった人物。彼女が騙されているのではと最初は思った。しかし、話しを聞けば、眷属になった側が騙された形になっているのに頭を抱えたと同時に安心もした。

 

 その後、偶に話に来るヘスティアからベルの惚気話を聞かされて、ヘファイストスが少し悶々としたのはまた別の話。

 

「フレイヤ、ファイたん、ドチビー!」

 

 三人に声が掛けられる。声を掛けたのはロキだ。

 

「久しぶりやな!」

「えぇ、そうね」

「……ロキ…………」

「ヘスティア、その顔どうにかしなさい」

 

 ロキと仲の悪いヘスティアは思わず、すごく嫌そうな顔を浮かべた。

 

「何しに来たんだよ……」

「ドレスも着れんような貧乏神を笑ってやろうと思って…………な…………。は?」

「はっ! ロキ! 君は誰のことを言っているんだい!」

「なななな! ドチビがドレス着とる!?」

「そんなことのために来たのね。ロキ……」

 

 驚愕するロキ。

 

 バカにしてやろうと思っていたヘスティアがドレスを着ていたからだ。ファミリアを作ったことは今日、リヴェリアから聞いていた。しかし、眷属は一人だけ。大してお金が稼げているはずもない。だから、ドレスなんて来ていないとばかり思っていた。

 

 フレイヤはヘスティアをからかうためだけにわざわざやって来たことにちょっと残念な神を見るような視線を向けている。

 

「いつまでも一緒だと思ってもらったら困るんだよ!」

「この間まで眷属もおらんくて嘆いとった貧乏神のくせに!」

「胸が貧しい君には言われたくないね!」

「むきー!」

 

 ロキがヘスティアに掴みかかる。

 

「ふみゅうううううう!」

 

 両頬を摘ままれ、振り回されるヘスティア。ロキの視界からは揺れ動く大きな果実が離れてくれない。

 

「ぐぅぅぅ! この辺にしといたるわ!」

 

 悔しさをにじませつつ、両手を離す。

 

 これ以上、あれを見ていたら、屈辱的すぎてどうにかなってしまいそうだった

 

「今度来るときはその貧相なものをボクの視界に入れないでくれよ!」

「うっさいわ! 覚えてけよぉー!」

「丸くなったわね、ロキ」

「ちょっと違う気がするのだけど……」

 

 ロキは捨て台詞を吐いて逃げていった。今回はロキの完全敗北だった。

 

「そろそろ、わたしは御暇するわ。二人ともそれじゃあね」

「うん」

「えぇ」

 

 フレイヤはただ顔を出しただけだったらしい。二人にそう言い残して帰って行った。

 

「あら、もうフレイヤは帰ってしまったのね」

「アストレアも来ていたのね」

「さっき来たところだけどね。ヘスティア、久しぶり。一週間ぶりかしら?」

「うん、久しぶりアストレア。あ、そうだ。ドレスが買えるお店をベル君に教えてくれたのは君だろう? ありがとう」

「いいのよ。それぐらい」

 

 ちょっと遅くなってしまったが、アストレアも来た。

 

 ヘスティアがドレスを着ていることに気が付き、少し安心した様子だった。ベルがヘスティアにドレスを買おうとしていることは知っているし、お店も紹介した。でも、買えるかどうかはわからない。アリーゼたちからは順調に稼いでいるとは聞いていたが、それでも少し不安に思っていたのだ。

 

「そう言えば、ヘスティア。何かここですることがあったんじゃないの? それはもう終わったの?」

「うぐっ……! まだ……」

「忘れないうちにちゃんとしておきなさいよ?」

「分かった………」

 

 アストレアはヘスティアが何か用事があることに気が付かれていたらしい。

 

 忘れてはいなかったが、言い出すタイミングがなかった。早く言い出さないといけないのに言えなかったヘスティアの心に少しダメージが入った。

 

「えっと、ヘファイストス?」

「ん? どうしたの、ヘスティア?」

「頼みたいことがあるんだけど……」

 

 意を決して、用事のある相手――ヘファイストスに声を掛ける。

 

「はぁ……。取り敢えず、言ってみなさい。それからどうするか考えるから」

「ベル君に武器を作って欲しいんだ!」

 

 ヘスティアは自らの望みを告げた。

 

 

 

 




 本来なら、火曜日に更新する予定だったのですが、間に合いませんでした。申し訳ありません。


 話は変わって、大事なお知らせです。
 次話の更新は出来ません。理由は二つです。一つ目は今週末から来週にかけて私生活がかなり忙しくなるためです。二つ目は長期更新停止前に書いた部分で気になるところを修正したいからです。
 以上の理由から来週はお休みします。皆さま、大変申し訳ありません。再来週からは更新再開します。今後ともどうかよろしくお願いします。


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第10話 ヘスティアのお願い

 短めです。


 

 

「それで? なんでわたしの所の武器が欲しいの? あなたの眷属はまだ新人冒険者でしょう? 下手にいいものを持たせたって強くなるってわけじゃないし、調子に乗って危険な目に遭う可能性だってあるのよ」

「それは……」

「その子がうちの武器を欲しそうに見てたから頼みに来たなんて言わないわよね?」

 

 ヘファイストスの言い分は正しい。

 身の丈に合った道具でなければならない。強い武器を持ったとしても本人が強くなるわけではない。それが分かってしたとしても思わず調子に乗ってしまうものである。自分の力が強くなったと錯覚を起こし、命を危険に晒してしまう。その可能性はある。

 

 そういった者たちを見たり存在を耳にしてきた。

 

 ヘファイストスは流石にそのことぐらいヘスティアでもわかっていると思っている。それを分かっているうえで頼むには訳があるはずだと。しょうもない理由の可能性もあるが。

 

「うぐっ……。それも確かにあるんだけど、一番はあの子の力になりたいからだよ。いつもベル君には支えてもらってばかりだ。何もしてあげられていない」

 

 ベルは何もしてもらっていないとは思っていない。

 

 むしろまだヘスティアに何もお返しできていないとすら思っている。

 

「そんなのは嫌なんだ……」

 

 ベルがそう言うことぐらい容易に想像できた。だからと言って何もしないなんてのは絶対に嫌だった。何かしてあげたい。その願いは日に日に強くなっていった。

 

「分かったわ。作ってあげる。あなたの眷属の武器を」

「いいのかい!?」

「お金はちゃんと払ってもらうわよ」

「もちろんさ!」

 

 満面の笑顔を浮かべるヘスティア。

 

「それじゃあ……」

「あっ、ヘファイストス。作ってもらう武器なんだけど、素材は持ち込みでも大丈夫かな?」

「武器を作るのに使える素材なんてあるの? 下手のものを使ったら、すぐに壊れるわよ?」

 

 訝し気な視線をヘスティアに向けた。

 

 一生ものになりうるものを作ろうとしている今、ヘスティアが持ち込む素材でうまくいくとは思えなかった。零細ファミリアであるヘスティア・ファミリアが上等なものを用意できるはずもない。新人冒険者が用意するのは不可能。ましてや買うことは確実に不可能。

 

 であれば、変な物を買ってしまったと思うのが普通だ。 

 

「変な物ではないよ。絶対に。素人のボクが見ても凄そうな感じだったから」

「なるほど……。その辺りは見てからね」

 

 素材の目利きをしたことがないヘスティアがすごいと言う代物。相当なものである可能性は高い。勘違いである可能性もないわけではないが。

 

「でも、何でそんなもの持ってるの?」

「ベル君が持ってたんだ。家にやって来た黒いお兄さんがくれたとか言ってたかな?」

「黒いお兄さん? 何それ? 絶対に怪しいじゃない」

 

 言葉からして怪しさの塊である。

 

 そんな人物が持ってきたもので武器を作るのに少し不安を覚えた。

 

「ベル君のお爺さんと知り合いみたいだから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ」

 

 ベルの話を聞いた限りでは大丈夫だと思えた。

 

 話をまとめるとその人物はベルの祖父であるゼウスの知り合い。神の一柱であることは確実だろう。

 

 ゼウスだけではなく、アルフィアやザルドにも用事があったらしい。しかし、ただ少し話をしに来ただけと言っていた。アルフィアの膝の上で話を聞いていたベル。最初は難しい話をしていたけど、途中からただの世間話になったらしい。

 

 ベルもその神と少しだけ話をした。

 

「取り敢えず、その素材を見せてもらえる? 駄目なら、別の素材にしないとだけど」

「ベル君が隠してあるから、すぐには持ってこられないだよね……」

「なら、一緒に教会へ行くわ。二人が今はどんな暮らしをしているのか最近、気になっていたし」

 

 よくぐうたらしているヘスティア。

 

 アルバイトに行っているため、ヘファイストス・ファミリアで厄介になっていた時に比べればだいぶましになっているのは断言できる。しかし、ファミリアの主神としてちゃんとできているかは定かではない。変なことをする性格でないのはヘファイストスも知っているので、そこまで気にしているというわけではない。

 

 ただ機会があれば少しだけ、確認しようかなと思っていた。

 

「ところで、そんな見るからに凄そうなもの何処に隠してるのよ? あそこは鍵もかからないから、簡単に盗まれるんじゃない?」

「あぁ、地下室の奥に隠し部屋があってね。そこに僕のドレスやベル君が持ってきた素材も入れてるんだよ」

「隠し部屋?」

「うん。ヘファイストスは知らなかったのかい?」

「まさか……。いえ、そんなはずは……」

 

 ヘファイストスには心当たりがあるらしい。

 

 当然と言えば当然のことである。管理していたヘファイストスが全く知らないものがあるだなんて、あり得ない。そのことぐらいは容易に想像できる。

 

 とは言え、ヘスティアのベル以外が開けられないのだから知らないはずだ。この考えも納得できる。

 

 ヘファイストスとてただ所有していただけであれば知らなかったかしれない。

 

 

 

 いくつかの疑問を残しつつ、ヘファイストスはヘスティアと共に廃教会へ向かうことにした。

 

 

 

 

「ただいまー!」

「お帰りなさい、神様」

「ただいま、ベル君。あれ、アストレア? 来ていたのかい?」

「少しあなたに聞きたいことがあったの」

「ヘスティア……。あなた何かしたの?」

 

 アストレアは有無を言わせずヘスティアにすべてを吐かせるつもりらしい。

 

 何を吐かせようとしているのか、全く想像できない。ただ一つ確実なのは逃げることはできないということだ。

 

「いや、何もしてないと思うんだけど……」

「ベルに関することで少しね?」

「げっ」

 

 バレた。ヘスティアは瞬時にそう悟った。

 

「あー。取り敢えず、入ろうか」

「えぇ、そうね」

「ベル君、君が持ってきた素材とあの本、出してきてくれるかい?」

「えっ、あの二つですか?」

「うん。あ、あとできれば写真も出してきてくれ」

「は、はい。分かりました」

 

 ここまで来た以上素直に全てを話す以外の道はヘスティアに残されていなかった。

 

 

 

 




 試験やら補講やらで忙しかったのですが、一段落ついたのでゆっくり更新していきます。


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第11話 ナイフの素材とある本

 

 

 

 丸い机を囲むように座っている三柱。

 

 ヘスティアはアストレアとヘファイストスへ交互に視線を向けながらそっと口を開いた。

 

「さて、ベル君は出かけたし話すよ」

 

 因みにベルは本来出かける予定はなかった。しかし、アストレアにそそのかされたアストレア・ファミリアの面々によって一緒に出掛けることになった。

 ベルはオラリオ来てほとんど経っておらず、街に詳しくない。だから街を案内するよと言うことでお出かけの予定をねじ込んだ。

 

 アストレアがヘスティアと話すためにアストレア・ファミリアの面々は半ば利用された形になったと言えなくもない。

 しかし、アストレア・ファミリアの面々、特にアリーゼと輝夜はかなり食いついていたので双方にとって良い取引だったのかもしれない。

 

「で、どこから話せばいいのかな? アストレアの方はもう何となくわかっているんだけど……。ヘファイストスには何を話したらいいんだい?」

「武器の素材の話をするだけのつもりだったけど、気が変わったわ。全部吐きなさい」

 

 ヘスティアにヘファイストスの要求が告げられた。

 

 その要求を聞いた瞬間、思わずめんどくさそうに顔を顰めたヘスティア。

 

「えー」

「えー、じゃないわよ。と言うか、本来なら真っ先にあの隠し部屋のことは私に言うべきでしょ? この教会はわたしがあなたに貸しているんだから」

「いやー、ベル君しか開けられないし、特に何かあったわけじゃないからいいかなぁって」

 

 ベルしか開けられない場所。

 

 おそらくアルフィアやザルドも開けられる場所。

 

 最近誰かが開けた気配がない以上、ヘファイストスも知らないものだとばかり思っていた。最初から何も記載されていない白紙であった、ベルが触ってようやく何らかの力の気配を放ち始めた本。ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが写っているいくつかの写真。

 

 あったのはそれだけ。

 

 いつか言わないといけない日が来るだろうなとぼんやりと思っていたが、ゼウスとヘラに関係する以上下手に言えないなと思っていた。出来れば、話すことなく日々が過ぎていけばと願ったいた。

 

「まぁ、それはそうなのだけど。わたしだって、この教会をヘラから押し付けられていなかったらそんなこと気にしていなかったわよ」

「あら? じゃあ、ヘファイストスは」

「ヘスティアの言うベルがゼウスとヘラの関係者であることはすぐに分かったわよ」

 

 元々、あの部屋を開けられるのはゼウスとヘラの眷属のみだった。しかし、黒竜の討伐失敗後にゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの系譜であれば開けられるように改良したと言う裏話がある。

 

 それは改良を頼んだものと実際に改良したものしか知らない秘密である。

 

「な、何だってー!」

 

 ヘスティアは若干わざとらしく聞こえるような声を上げる。

 

「そもそも、あなたがあの隠し部屋の話をしなかったら気が付かなかったわよ」

「うっ! 一生の不覚!」

 

 ヘスティアの心にヘファイストスからの容赦ない突っ込みが刺さる。

 

 胸を押さえてへなへなと机に突っ伏す。目元に涙を溜めながら、こぶしをぐっと握りしめる。

 

 悔しいも何もヘスティアが口を滑らさなければよかっただけの話だ。隠し部屋の話をしたところで今のオラリオにはヘファイストス以外に理解できる者はいないので、あまり気にする必要はないかもしれないが。

 

「まぁ、言ってくれてちょうどよかったのだけど。ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの遺産を預かっていたのもわたしだからね」

「全部丸々押し付けられたのね、ヘファイストス…………」

「えぇ、そうよ…………」

 

 どこか同情的な視線をヘファイストスに向けるアストレア。

 

 ヘファイストスは当時のことを思い出してこめかみを抑えていた。

 

「? なんかよく分かんないけど、悪かったね。あの二人が迷惑かけたみたいで」

 

 ヘスティアは首を傾げた。

 

 二人がなぜそこまで疲れた様子なのか分からない。しかし、ゼウスとヘラが原因なのはわかる。二人の姉だと言うのもあって、思わず謝罪の言葉が口からこぼれた。

 

「ゼウスはまだいいわよ、ヘラに比べればね。変態だけど。それにしてもあの二柱が両親だなんてね」

「わたしはヘラとは血の繋がりないのよね」

 

 ヘファイストスはゼウスとヘラの子ども。

 

 アストレアも母親は違うがゼウスの子ども。

 

「良かったわね、あれと血が繋がっていると考えると頭が痛くなるわよ?」

「でも、ゼウスとは血が繋がっているからそこまで変わらないと思うわよ」

「確かにそうね……」

 

 アストレアは大丈夫なのだなと少し羨ましくなったヘファイストス。しかし、ヘラの性格を思い出せばそこまで大した差はないと気付いてしまった。むしろ、ヘラ以外の神との間に生まれた子どもの方がいろいろと苦労している気がしなくもないと思ってしまった。

 

 超ヤンデレなヘラの行動を考えれば、アストレアたちの方が苦労しそうだと言う意見は誰もが納得できることだった。

 

「ゼウスはともかく、ヘラも悪い子じゃないんだけどなぁ」

「「そう言えるのはヘスティア、あなただけよ」」

「そ、そうかい?」

 

 ヘファイストスとアストレアに口をそろえて言われてしまった。

 

 ヘスティア以外の神はすべて二柱と同じように言うだろう。それ程の性格なのだ。

 

 とは言え、そんな性格のヘラだが、メーテリアと同じようにベルには滅茶苦茶可愛がるのは確実である。それに関してはアルフィアも断言していたほどである。まだ会ったことはないので、その日が来るのが言ったいつになってしまうのかは分からない。

 

「で、ベルはどっちの眷属の系譜なの?」

「どっちもだよ…………」

「は……? もう一回言ってくれるかしら?」

「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの系譜だよ」

「じゃ、じゃあ、ゼウスの眷属がヘラの眷属を……」

 

 ヘラ・ファミリアには女性の団員しかいない。逆にゼウス・ファミリアには男性の団員しかいない。

 

 それを知っているヘファイストスはすぐに一つの結論に至った。ゼウス・ファミリアの眷属がヘラ・ファミリアの眷属にあれやこれやしたと言う結論に。

 

 顔色が悪くなっていく。青を通り越して真っ白になってしまう。

 

「そう言うことだね」

「やっぱり黒竜討伐に失敗していなくても確実にゼウス・ファミリアは壊滅していたかもしれないわね。最悪、オラリオが壊滅してた可能性もあるわ」

「それはボクも思ったよ。ゼウスもよく無事だったね」

 

 和やかに話すヘスティアとアストレア。二人はただ、現実には起こらなかったことである以上あまり気にしていないだけである。

 

 とは言え、黒竜討伐が成功していればオラリオの危機は訪れるだろうが、何だかんだでベル君は家族に囲まれて過ごせていたのかなと少し考えてしまったヘスティア。

 

 自分と出会うことはなかったかもしれない。それでも、家族が居ると言うのはベルにとって良い未来だった。少しだけそんなことを考えてしまった。

 

 それこそ、ただの妄想だ。でも、そう考えずにはいられなかった。

 

「オラリオ壊滅の危機だった……?」

 

 のんびりしている二柱をよそに、ヘファイストスはいまだ混乱から抜け出せずにいる。

 

 ヘファイストスとしては簡単に流せる事象ではない。確かに二人は当時の下界には居なかったため、巻き込まれることはなかっただろう。しかし、ヘファイストスは当時から下界に居たため、確実に巻き込まれる。彼女にとってはゾッとする話だ。

 

 そんな未来があったとしてもメーテリアが説教をして急速に騒動は沈下するだろう。因みに怒ったメーテリアはヘラも恐れていたらしい。ベルにメーテリアの話をしていたアルフィアが偶々怒った姿を思い出して少し顔色を悪くしていたこともある。

 

「はぁ……。まぁ、そんなことは起きなかったのだから気にしても駄目ね。それでヘスティア、ベルがゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの系譜であることは確実なのね?」

「あぁ、ほらこれだよ」

 

 隠し部屋が開けられる時点で確実にそうであると言えるが、もう少し何か証拠となるべきものがないのかとヘスティアに問うた。

 

 それに問いに答えるようにヘスティアが二柱に写真を見せる。

 

「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが映った写真ね」

「この人がベル君の伯母さんなんだって」

「確かにベルと似ているわね」

「っ……! 静寂!? じゃあ、ベルの母親はヘラが大事にしてた子なの……?」

「知っているのかい?」

「アルフィアの方はね。でも、母親の方はあったことないわよ? ヘラが全く外に出さなかったみたいだし」

「それはだいぶ大事にしてたみたいだね。そっか、じゃあこの人かな?」

「おそらくわね」

 

 ヘラの横に座っている女性。その横にはアルフィアも居る。

 

 二人が大事そうに支えている姿から余程大事にしていたことは容易に想像できた。

 

 もちろん、ザルドも居る。

 

 そして、ゼウスと肩を組んでいる赤い目と赤い髪をした男の姿もあった。

 

「まぁ、下手にヘラと会わなくてよかったんじゃない? 最悪監禁されてたわよ、彼?」

「そうかなぁ?」

「わたしも監禁されてたと思うわよ?」

「うへぇ」

 

 なんかややこしそうなことになる気がしてしまうヘスティア。

 

 しかし、ベルの主神はヘラと仲の良いヘスティアなのだからそこまで心配せずとも大丈夫だろう。

 

「大まかなところは分かったわ。本題に移りたいのだけど、アストレアから先に言う?」

「いえ、わたしのは後で構わないわよ。先にヘファイストスの要件を終わらせて」

「分かったわ。ヘスティア、あなたが言っていた素材を見せてくれる」

「うん、これだよ」

 

 隠し部屋から取り出して近くの棚に置いていた素材を手渡す。

 

 ヘファイストスは受け取ったものをじっと見つめる。

 

「ミスリルだけど、なんかこれ……」

「?」

「いや、素材としてはこれで大丈夫よ。でも、なんかありそうなのよね」

「危ないものってことかしら?」

「そういうわけではないけど、ただのミスリルではないってことよ。まぁ、ただのミスリルで作るよりはいいものになるんじゃないかしら」

「良かったよ。ベル君が大切に持ってきてくれたのに何にも使えないものだったなんて口が裂けても言えないからね」

 

 武器にすることができると聞いて一安心するヘスティア。

 

「じゃあ、わたしの話は終わりよ。アストレアの話に移っていいわよ」

「分かったわ。確認だけど、ヘファイストスが居るけどいいのね?」

「構わないよ」

 

 アストレアがヘスティアに確認を取る。

 

 これから話すのはベルの件だ。おそらく出生の秘密よりも頭を悩ませるような内容だろう。それをヘファイストスにも聞かせていいのか分からなかった。

 

「まだ、わたしに隠し事?」

「ベル君のことだよ。こっちに関してはどうすればいいのかボクも分からなかったから下手に言えなかったんだよ……」

 

 ヘスティアは机にへたり込んだ。

 

 最初は相談しようと思っていたが、色々あって断念した事柄である。

 

「かなり悩んでいる様子なのになかなか相談してくれなかったのはヘスティアでしょう?」

「うっ……!」

「アストレア・ファミリアも大きな問題を抱えているからって言わなかったのかもしれないけど、わたしだってベルのことは気に入っているのよ。ちゃんと話して」

「アストレア……、君ベル君のこと気に入ってたんだね」

「えっ、気にするところそこ?」

 

 ヘファイストスがヘスティアの言葉に突っ込みを入れる。

 

 もっと他に気にするところはあったはずだ。それにも関わらず、ヘスティアが気にしたのはアストレアがベルを気に入っていると言うこと。なぜそこを気にしたんだと言わざるを得なかった。

 

「何言ってるんだ、ヘファイストス! ボクのベル君が取られちゃうじゃないか!」

「あなた本当に何言ってるのよ……」

「あらあら」

「まぁ、今はいいか。それでこれだよ。ボクの悩みの種は」

 

 棚の上で素材の横に置かれていた本を机の上に置く。

 

 アストレアがそっと開くが、中には文字が一つもなかった。ただの白紙。パラパラと簡単に全体のページを見ても白紙しか存在していない。

 

 一応、どこかのページには文字は記されている。ただし、文章になっておらず、九割九分が消されてちょっとだけ残った文字とも言える状態である。意味は不明。解読などまず不可能であった。

 

「これは……?」

「恐らく魔導書だよ。ここの隠し部屋にあったんだよ」

「なるほど……。でも、これまだ力が残っているわよね」

 

 ヘファイストスが呟く。

 

 ただの魔導書であればこうなってしまったとしても放置していたかもしれない。

 

 普通の魔導書をベルが読んでしまった時に証拠を消そうとしたぐらいだ。その可能性は大いにある。

 

「それだよ、ボクが悩んでいたのは。本来使用したら力をなくすはずの魔導書に何故かまだ力が残っている。絶対に可笑しいよこれは」

「確かにヘスティアの言う通りだけど、悪い感じはしないわよ?」

「それは同感ね」

「ボクもそれは感じてたんだよねー」

 

 変な物であるのは確かだが、悪い感じはしない。

 

 三柱の意見は合致していた。

 

「取り敢えず今は放置するほかないわね」

「そっか」

 

 結果、何も分からないため、放置することになった。

 

 

 

 




 何故か分かりませんが、サッとかけました。

 次回は恐らくベルとヘスティアのデート会です。


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第12話 漆黒のナイフ

 

 

 ヘスティアが漆黒のナイフをそっと撫でる。

 

 刻まれた神聖文字が淡く光り輝く。そして、光が治まる。

 

「これで完成ね」

「ありがとう、ヘファイストス!」

 

 ヘファイストスの言葉にヘスティアが喜びのあまり、飛び上がる。

 

「一応言っておくけど、これは本来あなたの眷属なら誰でも使えるものになるはずだった。でも、使った素材の影響からかあなたの加護が込められたあなたの分身のような物になっている。ベル以外は使えないわよ。そこは注意しなさい」

「なんかすごいことになったね? でも、何でそんなことになったんだい?」

 

 完成した漆黒のナイフを漆黒の鞘に納めながら、ヘファイストスは口を開く。

 

 ヘスティアはヘファイストスからの説明を聞いて首を傾げた。

 

 ヘスティアの眷属でなければどのような人物であっても使うことはできない。正確にはただのなまくら以下の存在になってしまう。ナイフがそう言う物であることはすぐに理解できた。ヘスティアの髪やイコル、神聖文字を編み込むことで完成したナイフ。そうならないほうがおかしいだろう。

 

 しかし、使用した素材の影響からかヘスティアの加護が付与されたヘスティアの分身のような存在になった。特殊なものを使ったとは言え、素材一つでそこまで変わってしまう。使った素材の異常性がよく分かる結果だった。

 

「理由は不明よ。でも、ベル以外が使えないのは断言できるわ。使ったとしてもなまくら以下。まったく使い物にならない」

「なるほど」

「あと、これまだ強くなるわよ。多分だけど」

「それはベル君が強くなったら強くなるのとは違うのかい?」

「それとは別よ。そうね……」

 

 ヘファイストスが顎に手を当て、深く考えるような仕草をする。

 

 ナイフを作っている頃から、少し時間が空けばすぐにヘファイストスは何か深く考えている様子だった。どうしたのかとヘスティアが聞いても何でもないと言うだけ。理由はわからないが、何か悩むことが考えることがあるのは確かだった。

 

「じゃあ、一つ試してみましょうか」

「何をするんだい?」

「わたしのイコルを垂らしてみるのよ」

「そんなことしたって何も変わらないんじゃないのかい?」

 

 漆黒のナイフを鞘から抜き、作業台の上にそっと置いた。

 

 ヘファイストスはナイフに自身のイコルを垂らそうとしていたのだった。試してみたいことがそんなことだとは思っていなかったヘスティアは少し驚く。

 

「普通はそうよ。でも、これなら何か変わるかもしれない」

「ヘファイストスがそう言うのならそうなんだね」

 

 全く疑うことがなく、信頼してくれているヘスティアにヘファイストスは苦笑交じりの笑みを浮かべる。嬉しくもあり、恥ずかしくもある。そんな気持ちを隠すような笑みだった。

 

 表情に出したところでヘファイストスの気持ちをヘスティアが察することはなかったかもしれない。しかし、それでも照れた表情をするのは少々恥ずかしかった。

 

「じゃあ、やってみましょうか」

「うん」

 

 ヘファイストスが指先を針で刺し、滲んだ血をそっと落とす。

 

 ナイフに刻まれた神聖文字が光を発する。光はすぐに収まり、変化が起こったことだけが示された。

 

 変化を確認するようにヘファイストスがそっと手に取る。ナイフの各部をじっと見つめながら、微細な変化を感じ取っている。

 

「はぁ……。まったく、何なのよこれ……」

 

 何かが分かったらしい。しかし、その分かったことはヘファイストスにとって頭が痛くなるような内容だったらしく顔を顰めながら、大きな溜息を吐いた。

 

「ヘファイストス、大丈夫かい?」

「大丈夫よ。ちょっと頭が痛くなりそうになっただけだから」

「いや、それ本当に大丈夫なのかい?」

 

 ヘファイストスはこめかみを抑える。

 

 明らかに大丈夫じゃなさそうな様子だった。ヘスティアは不安そうな表情を浮かべる。その表情を見たヘファイストスは苦笑いを浮かべながら、口を開く。

 

「本当に大丈夫だから気にしなくていいわ」

「そうかい……。それならいいんだけど」

 

 まだ不安そうな表情を浮かべつつも、ヘファイストスが大丈夫と言う以上それ以上追及することは止めた。自分が聞くべきことを聞く。それが今するべきことだとして、気を引き締める。

 

「それでヘファイストス。ナイフはどうなったんだい?」

「そうね……。ベル以外が使えないってところは変わってない。でも、少しだけどあなたの加護が強化されているわ。たぶん、わたしの垂らしたイコルを吸収して加護の強化に役立てたって感じかしら」

「なっ、そんなこと起きるはずがないだろ! ただ、イコルを垂らしただけでそんな!」

 

 真剣な表情でヘファイストスに説明を受けていたヘスティアの顔が驚きの色に染まる。

 

 他の神のイコルで一人の神の加護を強化する。そんなことはあり得ない。誰もがそう言うだろう。しかし、実際に起きてしまった。

 

「だから、わたしも驚いているのよ。こんなこと有り得るはずがない。でも、あなたの分身ともいうべき存在になった時点でおかしいことはわかっていたでしょう?」

「それはそうだけど……」

「因みにゼウスの加護も付与されていたわよ。他の神の加護らしきものもあったけど、それらもすべてあなたの加護の強化に使われちゃったみたいね」

「えぇ……。それホントに大丈夫なのかい?」

 

 不安に駆られる。

 

 このナイフはベル君に渡さず、封印しておくほうが良いのかもしれない。

 

 思わず、そんなことを口にしようとした。

 

「まぁ、ヘスティアの愛が他の加護をも飲み込むほどだったと思っておけばいいんじゃない」

「なるほど、ボクのベル君への愛がすごかったと言うわけか」

「それで納得できるのね」

 

 ヘファイストスの言葉に先程までの不安は消し飛んだ。

 

 自分のベルへの愛の大きさが証明されたような気分だった。先程までの不安そうな表情は何だったのかと言わんばかりの切り替えの早さ。

 

 しかも、何の根拠もないないはずなのに何故そこまで納得できるのか。ちょっと引いてしまったヘファイストスだった。

 

「まぁ、危ないものでないことは確実よ。それに、これがあれば奇跡すらも起こせるかもしれない」

「奇跡?」

「えぇ、救えないはずのひとを救うような奇跡」

「そっか」

 

 どこか納得できてしまった。

 

 ベルならば救えないはずのひとにでも確実に手を伸ばす。救いたいと願う。そして、奇跡だって起こして見せる。そんな気がした。

 

 ただの想像でしかない。でも、ベルならやってみせるはずだと思った。

 

「よし、これでいいわね。はい」

「本当にありがとうヘファイストス」

 

 ヘスティアにナイフを納めた箱を手渡す。

 

「ちゃんとお金は払ってもらうからね」

「分かっているさ。じゃあ、僕はベル君にこれを渡しに行くよ!」

「ちょっと待ちなさい。そのナイフの名前まだ決めていないでしょう? どうするの? 因みにラブ・ダガ―なんていうおかしな名前つけたら承知しないからね」

「流石にそんな名前は付けないよ」

 

 候補の一つだったなんて口が裂けても言えない。

 

「そうだね。ヘスティア・ナイフにするよ」

「まぁ、それが一番合ってるわね」

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 そう言い残して、駆け足で去って行ってしまった。

 

「はぁ、まったく。ちゃんと休まないと倒れるわよ、ヘスティア」

 

 ヘファイストスはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

「シルさん何処だろ?」

 

 ベルはシルを探していた。

 

 豊穣の女主人の前を通った時にアーニャからシルに忘れ物を届けるように頼まれた。そこで人が多そうな場所に行って探している。しかし、まだ見つからない。

 

 正直に言って人が多すぎるため、シルを見つけることはほぼ不可能に近い。

 

「ベル君ー!」

「神様!?」

 

 結果、会うことができたのはヘスティアだった。

 

「どうしてここにいるんですか?」

「何を言っているんだい、ベル君。君に会いに来たに決まっているだろ?」

「そ、そうですか」

「まさか、ベル君はボクと会いたくなかったのかい?」

「そんなわけないじゃないですか! 僕だって神様と会いたかったですよ」

「それは良かった。そうだ、ベル君。デートしよっか」

 

 ヘスティアがベルの手を引く。

 

「へっ……! あ、いや。ある人に忘れ物を届けないといけなくて……」

「なら、そのある人を探しながら回ろうよ。どっちにしろ、いろんなところを回るんだから」

「それはそうなんですけど」

「ほら早く!」

「ちょっと待ってくださいよ、神様!」

 

 

 

 

 

 買ったクレープを食べるヘスティアは少々不機嫌そうだった。

 

「なるほどね。ベル君が探しているのは女の人だとは」

「怪物際に行ったのはいいんですけど、財布を忘れちゃったみたいで」

「へー」

 

 ベルが探している人が女の人だった。

 

 何とも言い難い気分だった。二人のデートの目的の一つが女の人を探すこと。そんなこと思いもしなかった。まぁ、強引にベルをデートに誘ったヘスティアが原因であるが。

 

「むしゃむしゃ……」

「あ、神様」

「ん? どうしたんだい?」

「ほっぺについてましたよ」

 

 ヘスティアの頬にクリームが付いているのが見えてしまった。だから、声を掛けこっちを向いた瞬間、ヘスティアの頬にそっと手を伸ばす。

 

 ベルは頬についていたクリームを取って、ヘスティアに見せてから自然な流れで自分の口に入れた。

 

「へあっ! べ、ベル君!?」

「どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないよ!」

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げる。恥ずかしさなどは全く意識していない自然な動き。

 

 ヘスティアはなんか自分だけがやたら気にしているような気がして悔しくなり、何もなかったかのように振る舞うことにした。

 

 誰の目から見ても何かありましたと言う反応をしたのに今更誤魔化せるはずもなく、近くに居たカップルが微笑まし気に二人を見つめていた。

 

「それでベル君、次は……」

『オォォォォォォ!!』

「「っ……!」」

 

 ヘスティアの声を遮るようにモンスターの鳴き声が響いた。

 

 モンスター――シルバーバックの姿が二人の目に映る。そして、シルバーバックの目と合ったような気がした。

 

「神様、離れましょう!」

「う、うん」

 

 嫌な予感がしたベルがヘスティアの手を引いて走り出す。

 

「何か追って来てるんだけど!?」

「神様、知り合いですか!?」

「そんなわけあるかー!」

「ですよね!?」

 

 手を引かれているヘスティアがふと後ろに目を向けると、自分たちを追ってきているシルバーバックの姿があった。ヘスティアの叫び声に釣られて、ベルも後ろに目を向けるとシルバーバックが追いかけている姿が目に入った。

 

 混乱したベルはヘスティアに知り合いかと問うが、もちろんそんなわけはない。否定されてしまう。

 

『オォォォォ!!』

「「ひぃ!」」

 

 二人は悲鳴を上げ、走る速度を上げた。

 

 




 ベル君の強化だけでなく、ヘスティア・ナイフも強化されています。何らかの形で影響は出てきますが、今はまだ不明と言うことで。今後をお楽しみにしていただければと思います。

 よろしくお願いします。


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第13話 ヘスティア・ナイフ

 

 

 

 アストレア・ファミリアは現在、オラリオの警備のため巡回をしていた。

 

 アリーゼとリュー。輝夜とライラ。二手に分かれて行動していた。怪物祭という大きな行事。何らかの犯罪を起こすものが現れる可能性は高い。犯罪者の取り締まりをする必要があった。しかし、今の所問題は起きていない。

 

 順調に怪物祭が終わる。そう思った頃。

 

 事件は起こった。

 

「何の騒ぎだ? これは」

「さぁ?」

「ライラ。取り敢えず、ギルドに向かうぞ」

「おう」

 

 微かに叫び声が聞こえてきた。

 

 恐らく、何らかの騒ぎが起きている場所はここから少々離れた場所。そのためか、今いる場所は穏やかである。今から向かったところで間に合う気はしない。すぐに誰かが解決してしまい、特にすることはないだろう。しかし、何があっただけは確認しておくべきだ。

 

 そう考えて輝夜とライラはギルドに向かおうとした。

 

 しかし、できなかった。

 

 二人の行動を邪魔するように緑色の蛇のようなモンスターが現れた。

 

 向かって来るモンスター。輝夜は刀で切るべく、抜刀して素早く振るう。

 

「輝夜!?」

「っ……! こいつ、新種のモンスターだ!」

 

 切ることは叶わず、力で押し負けて後ろに吹き飛ばされる。上手く力を受け流したため、壁に激突することはなかったが、手が軽く痺れてしまう。

 

 刀を再度握り直す。

 

「どこから出て来たんだよ!?」

「さぁな。でも、ここでどうにかするほかないみたいだ」

 

 モンスターはまた向かって来る。

 

 飛び上がるように避ける。そして、刀を振るう。

 

 頭と思われる部分でなければ刃が通る。その期待は裏切られ、刀は簡単に弾かれてしまう。

 

「やれるか?」

「無理だな。刃が全く通らない」

「第一級冒険者じゃなけりゃ、対応できねってことか……」

「そう言うことだ。ライラ、救援を呼びに行けるか?」

「お前はどうするんだよ?」

 

 第二級冒険者である輝夜。その彼女の刃が全く通らない。

 

 なら、このモンスターを倒すことが可能なのは第一級冒険者しかいない。輝夜よりもレベルの低いライラでは時間稼ぎは不可能。時間稼ぎは輝夜にしかできない。その間に第一級冒険者をライラが呼びに行く以外に生き残る方法はない。

 

「ぐぅ……!」

「ちっ……! のんびり会話する時間はくれねぇか」

 

 一匹しかいないから何とかいなせている。

 

 しかし、それもそう長くは持たない。自分よりも強い存在との相対はダンジョンに深くは潜れず、腕が鈍ってしまっている輝夜にとってはかなりきついものだ。

 

「はぁ……。ダンジョンじゃないからな。動きが悪くなることもない。多少の時間は稼げる」

 

 大きく息を吐く。額に浮かんだ汗を拭う。

 

 刀を握り直す。剣先をモンスターへ向ける。

 

 輝夜の言葉がただの強がりだと言うことは誰でもわかる。

 

「死ぬつもりか?」

「バカめ。そんなつもりに見えるか?」

「そりゃそうか。じゃあ、頼む」

「早く呼んでくれ」

「おう」

 

 ライラが助けを呼ぶためにこの場を去る。

 

「さて、ライラが帰ってくるまで付き合ってもらうぞ、化け物!」

 

 モンスターは見計らったかのように再び突撃してくる。

 

 避けつつ、刀を振るうが傷が全くつかない。

 

(ちっ! かすり傷一つつかないな。どうなっている?)

 

 心の中で舌打ちをする。

 

 ここまで強力な敵が出てくることは想定外だ。ただでさえ、地上にモンスターが出現すると言うイレギュラー。ダンジョン内で出てきた方がまだ納得できた。

 

 その分、死ぬ確率が大きく上がってしまうが。

 

(ここまで鈍っていようとはな……)

 

 自分の腕が大きく落ちていることに悔しさを滲ませる。

 

 以前の輝夜であれば、傷はつけることができたはずだ。場合によっては倒すことも可能であったかもしれない。

 

 全てが狂うきっかけは5年前。あれさえなければこのような醜態をさらすこともなかったはずだ。苛立ちが募る。あの事件を起こした者へ。それ以上にその事件以降立ち止まったままで居る自分自身へ。

 

(こいつ……! 魔法ならなんとかなるか?)

 

 このままでは埒が明かない。

 

 魔法での攻撃はまだ試していない。なら、そちらであれば傷を付けられるかもしれない。

 

「【禍つ彼……】まさか!」

 

 魔法を発動させるため詠唱式を口にした途端、輝夜の足元の地面がかすかに振動する。

 

 ほとんど反射的な行動だった。とっさに飛び上がる。そして、次の瞬間、地面が割れて同じモンスターが出現する。輝夜との距離は近い。接触するまでほとんど時間はない。

 

 しかし、詠唱式を完成させ魔法を打ち込むことは残された短い時間でも可能。そう考え、詠唱を続けようとした。

 

「蛇じゃない!?」

 

 蛇と思っていたモンスターが口を開く。蛇などではなく植物だった。

 

 防御のために伸ばしていた腕が飲み込まれる。そして。

 

「あぐっ……!」

 

 激しい痛みに悲鳴が零れる。腕が噛み千切られたわけではない。しかし、確実に骨が折れた。血が出ているのも感覚的に分かる。

 

 武器を持つ利き手がモンスターの口の中に飲み込まれた。身体だって獲物を捕獲するように存在している部分に捕らえられているため、動きもままならない。捕まえた獲物を溶かすための体液でも存在しているのか来ている服も若干解け始めている。

 

 自由な左手で手刀を作り、モンスターへ突き刺そうとした瞬間。

 

 モンスターは噛み切れないことが分かったからか、口を離して放り投げてしまう。

 

「…………ぐっ……!」

 

 民家の壁に衝突する。肺に溜まっていた空気が強制的に吐き出される。

 

 口元から血が流れる。衝撃で内蔵が傷付いているのだ。

 

 輝夜は噛まれた部分に視線を送る。

 

 確かに千切れてはいない。しかし、現状使い物にならない。幸い、持っていた刀も一緒に吐き出されている。戦うための武器がなくて困るなどと言うことはない。

 

 しかし、武器を持って動けるかはまた別の話。

 

「……くそっ…………ゴホゴホ…………」

 

 悪態をつきながら、迫って来るモンスターを睨みつける。

 

 血が混じった咳が出る。

 

 そして。

 

「おりゃー!」

「はぁー!」

 

 二人のアマゾネスが飛び上がり、こぶしを輝夜に迫ってきていたモンスターへ振り下ろす。

 

「硬った!」

「何なのよこいつ!?」

 

 こぶしは硬い音と共に弾かれてしまう。

 

「……ロキの眷属か…………」

 

 輝夜がポツリと呟く。

 

 ロキ・ファミリアの眷属。

 

 やって来たアマゾネスの二人は第一級冒険者だ。遅れてやって来た来た山吹色のエルフは第二級冒険者。アマゾネス二人が時間を稼ぎ、エルフが魔法を打ち込む。それで確実に倒せるはずだ。

 

 ロキ・ファミリアが来た以上、輝夜の出番はない。輝夜は安心したように力を抜く。

 

「輝夜! 全く無茶しやがって」

「ゲホゲホ……。悪かったな…………」

「しゃべらなくていいから、安静にしてろ」

「……あぁ…………」

 

 走り寄って来たライラがポーションを飲ませる。

 

 傷がじわじわと治っていく。しかし、失われた体力や血がすぐに回復するわけではない。折れた骨もポーションでは回復できない。エリクサーを使うか、治療院で見てもらうしかない。

 

 ひび割れた壁に背を預ける。

 

「大丈夫か?」

「何とかな……」

 

 飲み終わったポーションをライラがそっと輝夜の口元から放す。

 

(……ベルは大丈夫か…………?)

 

 自分たちが師事している兎のような少年が騒ぎに巻き込まれているような気がして不安になる輝夜だった。

 

 

 

 

 

――ダイダロス通り――

 

 ベルはヘスティアの手を引きながら、走り続けていた。

 

 最初は普通の町中を逃げていたものの、全く引き離すことができず、追い詰められていった。追い詰められた先にあったのはダイダロス通り。オラリオに存在しているもう一つの迷宮と呼ばれるその場所。追いかけられている状況でここに入るのはかなり危険だ。

 

 道は複雑で迷う可能性は高い。そして、行き止まりに突き当たることも多い。今以上に追い込まれる可能性は高い。しかし、そこ以外に進める道はない。

 

 ベルは躊躇いを捨て、ダイダロス通りに飛び込んだ。

 

『グォォォォ!!』

「まだ追いかけて来る……!」

「本当に何で追いかけてくるだい、あれは!?」

 

 いまだ追いかけて来るシルバーバック。

 

 ヘスティアを狙っているのは確実。シルバーバックの視線がヘスティアに向いているのは何度も見た。しかし、理由は全く分からない。

 

「本当に神様の知り合いじゃないですよね!?」

「ここまでくると知り合いだったのかと思ってきたよ。そんなはずないのに。お話できるのかな?」

 

 ベルの問いに若干目が虚ろに成りながら答えるヘスティア。

 

 ヘスティアはここ数日ほとんど休みなく動きっぱなしだった。ヘファイストスが言ったように休まなければいけない状態である。しかし、ナイフが完成したこともあってやたらテンションが高い。それによって疲労感を忘れて元気いっぱいな状態で行動し続けているだけである。

 

 ちょっと血迷ったような発言をするのも致し方ない。

 

「ちょ、神様!? 正気に戻ってください!?」

「へ? あ、うん」

 

 ヘスティアの様子がかなりおかしい。

 

 ベルが慌てて、ヘスティアを正気に戻す。

 

「このままじゃあ……」

 

 逃げ続けるのも限界がある。

 

 ヘスティアの様子を見るにそこまで余裕があるとは思えない。

 

『オォォォォ!!』

「上から!?」

 

 細道を抜けた瞬間、上からシルバーバックが降って来た。

 

 先回りされていたのだ。

 

「神様、離れていてください」

「ちょ、ベル君!」

 

 ベルはヘスティアの手を離し、持っていたナイフを引き抜く。シルバーバックへ向けて走り出す。飛び上がる。ナイフをシルバーバックの頭に突き刺すべく、振り下ろす。

 

 しかし。

 

「っ……!」

 

 硬い音と共に弾き返されてしまう。

 

 ベルの体勢が崩れた。

 

 見計らったかのようにシルバーバックがこぶしを振るう。

 

『グォォォォ!!』

 

 空中で姿勢を無理やり変える。しかし、しっかりと姿勢は整えられない。ベルの身体を強い衝撃が襲う。身体を守るように構えたナイフは呆気なく砕け散り、身に纏っていた防具も悲鳴を上げてひしゃげる。砕けたナイフの破片が空を舞う。

 

 ベルの身体が吹き飛ばされる。

 

 衝撃を逃がすように地面を転がった。地面に手を突く。無理やり姿勢を変え、足を地面につけて力一杯蹴る。勢い良く駆け出し、ヘスティアの下へと向かう。

 

「神様!」

「ベル君!」

 

 シルバーバックの振り下ろされたこぶしがヘスティアに衝突する寸前でお姫様抱っこで掻っ攫う。背後でシルバーバックのこぶしが地面とぶつかった衝撃が響く。

 

『ギィアアアアアア!!』

 

 逃げられたことに怒り狂ったような鳴き声を上げる。

 

 また追いかけてきているのは振り返らずともわかる。

 

「大丈夫ですか!?」

「こんな状況なのにボクはすごく幸せな気持ちだよ」

「何言ってるんですか!?」

 

 ベルとヘスティアの会話が微妙にかみ合っていない。

 

 ヘスティアはベルにお姫様抱っこされていることを知って、顔を赤くしながら笑みを浮かべている。

 

 ベルはシルバーバックに追いつかれないように必死に走っている。

 

「神様……」

「ベル君…………?」

 

 ベルの声音がおかしい。ヘスティアはそう思い、ベルの顔を見つめる。

 

 余裕がなさそうな表情。そして、何かを決意したような雰囲気。ヘスティアは嫌な感覚を覚えた。ベルの服の胸元をぎゅっと握る。離さないように。どこかに行ってしまわないように。

 

 当てもなく走り続けた先にはトンネルがあった。

 

 ここを進めば別の場所に出ることができる。

 

 でも。

 

「下ろしますね」

「……うん…………」

 

 ベルがヘスティアを下ろす。

 

 ヘスティアは不安な気持ちでいっぱいになる。何か変なことを考えているんじゃないだろうか。そう思って。

 

「すみません、神様」

 

 ベルがそう呟きながら、ヘスティアをトンネルの奥へ押し込む。

 

 そして、入り口にあった鉄格子に手を伸ばす。

 

 伸ばした手を振り返ったヘスティアが包み込む。引き離すように手を引き戻そうとするが、放してはくれない。

 

「神様、放してください……」

「嫌だ……」

「お願いですから……!」

「嫌だ! 絶対に離さない!」

 

 ヘスティアの手を振り解くことができない。

 

 ここを通れば二人で逃げることはできるかもしれない。しかし、先回りされている可能性がないわけではない。ベルが囮になれば、ヘスティアは確実に逃げることができる。

 

 ヘスティアを、大切な家族を失いたくない。

 

 アルフィアやザルドの調子が悪かった頃を知っている。大切な家族を失うかもしれないと思った時の恐怖はベルの心にしっかり残されている。

 

「ベル君を置いて一人で逃げるなんてできるわけないじゃないか! ボクは大切な家族である君を失いたくない!」

「っ……!」

 

 ヘスティアは目に涙を溜めていた。

 

 ベルはそっと顔を伏せる。

 

「でも、僕は……!」

 

 あのシルバーバックに勝てない。そう言葉を続けようとした。

 

 シルバーバックを倒すことができるならば、違った選択肢もあったかもしれない。でも、武器は壊れた。素手で倒すことは不可能。残された選択肢は一つだけ。だから。

 

「勝てるよ。ベル君なら。絶対に」

 

 ヘスティアの言葉でベルは口を噤んだ。

 

「ベル君、できるだけ距離を稼いでくれ。ボクに考えがある」

 

 ヘスティアは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「行き止まり!?」

 

 ヘスティアを抱えて、ベルはできるだけ距離を稼ぐべく走った。

 

 しかし、向かった先は行き止まりだった。戻ってもシルバーバックと相対するだけ。

 

 絶望的な状況だった。

 

「いや、大丈夫だよベル君。ここで何とかする」

「でも、どうやって」

「言っただろ? 君があれを倒すんだ。」

「何を言って」

 

 確かにヘスティアはそう言っていた。しかし、それは不可能だ。

 

 そう再度答えようとしたベルの目にあるものが映る。

 

「武器ならここにある」

「それは?」

 

 ヘスティアが取り出した漆黒のナイフ。

 

「ヘスティア・ナイフ。君の新しい武器だ」

「ヘスティア・ナイフ……」

 

 ヘスティアの言葉を復唱するように武器の名を口にするベル。

 

「ベル君、今からステイタスを更新する」

「分かりました……」

 

 ヘスティアの目から光は失われていない。

 

 絶望なんてしていない。

 

 ベルが勝つことを確信しているような目だった。

 

 ベルはこくりと頷く。

 

 

 

 ヘスティアがヘスティア・ナイフの先で指先を指す。刻まれた神聖文字が淡く光る。指先から血が滲み出る。

 

 ヘスティア・ナイフをベルに渡す。ベルはそれを少しの間じっとを見つめた後に強く握り締めた。

 

 黒のインナーの上から背中にイコルを垂らすヘスティア。

 

_______

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:G239→E439

耐久:H141→G231

器用:G267→E456

敏捷:F359→D583

魔力:I50

 

《魔法》

【??????】

 

《スキル》

憧憬の彼岸花(リアリス・リコリス)

・早熟する

・願い、思いが続く限り効果は持続

・願い、思いの丈により効果は上昇

_______

 

 

 全アビリティの上昇値は700オーバー。

 

 成長ではなく飛躍。

 

(これならいける!)

 

 シルバーバックが道の奥から顔を覗かせた。

 

「神様、来ます!」

「できたよ!」

 

 ステイタスの更新が終わった。

 

 飛び出すべく、腰を落とした状態で待機するベル。

 

 ヘスティアはベルの背中にそっと触れる。

 

「ベル君、大丈夫。君ならできるさ」

「はい…………!」

「さ、行くんだ!」

 

 ヘスティアがベルの背中を優しく推す。

 

 ベルが大きく息を吸う。

 

 そして。

 

「っ……!」

 

 飛び出す。

 

『オォォォォ!!!!』

 

 興奮したように叫ぶシルバーバック。

 

 シルバーバックの枷についている鎖が鞭のように振るわれる。

 

 ベルが構えていたヘスティア・ナイフと衝突し砕け散る。

 

『!』

 

 声はなかった。

 

 シルバーバックの動揺が目に見えて分かる。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 その隙をつくように駆けた。

 

 目指すはモンスター共通の弱点――魔石がある胸元。地面を蹴る。

 

 突き出したヘスティア・ナイフから小さく炎が上がり、刃を包み込む。薄っすらと炎を纏ったナイフがシルバーバックの防具を焼き切る。最後の障害を突破した刃は魔石に突き刺さった。

 

 ピシリと何かにひびが入る音と共に微かな振動がナイフ越しに伝わった。

 

 力を無くしたシルバーバックの身体がぐらりと揺れる。ベルが後ろへ飛び下がったと同時にシルバーバックの身体は地面へと倒れ伏す。

 

 そして。

 

「っ……!」

 

 灰に変わる。音は消え、辺りを静寂が包んだ。

 

「ベル君!!」

「神様!」

 

 ベルは胸に飛び込んできたヘスティアをそっと抱き留める。ぎゅっと抱き付くヘスティアの背を優しく撫でる。

 

「「「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」」」

 

 辺りを包み込んでいた静寂を吹き飛ばすように息を顰めて見守っていたダイダロス通りの住人たちが歓声を上げた。

 

 熱気に包まれる。

 

 

 

 ベルはヘスティアを優しく抱き締める。

 

 ヘスティアもそれに応じるようにベルを抱き締め返した。

 

 

 




 本格的な戦闘シーンを初めて書いてみたのですが、どうでしょうか。戦闘シーンは苦手だったのですが、今回はちょっと楽しかったかなと思います。

 次の話で一巻の内容は終わりの予定です。


 今後ともよろしくお願いします。


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第14話 ヘスティアの髪留め

 

 

――豊穣の女主人――

 

 シルがドアを開けて部屋から出てきた。

 

 部屋の中にはヘスティアが居る。

 

「シルさん、神様はどうでしたか?」

「過労で倒れただけです。命に別状はないので大丈夫ですよ」

「良かった……」

 

 胸をなで下ろす。

 

 シルバーバックとの戦いが終わってすぐ。ヘスティアは倒れてしまった。理由はわからない。慌てたベルはヘスティアを抱えて走った。目指す場所はミアハ・ファミリア。いつもポーションを買う時にお世話になっている。そこであれば、ヘスティアを見てくれるかもしれない。そう思い、駆けた。

 

 その道中で財布を忘れていたため、何も買えずただうろうろしていたシルと偶然出会ったのだ。平常時なら頼まれていた財布を渡すところだが、今は非常時。軽く説明をしてから、再び走り出そうとした。そこでシルに止められ、豊穣の女主人に案内されたのだった。

 

「それで……」

「シルさん?」

「ベルさん、今日はごめんなさい」

「えっ!? いや、何でシルさんが謝るんですか!?」

 

 突然頭を下げるシル。あまりに唐突のことであったため、ベルには何が何だか分からなかった。

 

「わたしが財布を忘れていなければベルさんたちがモンスターに襲われることもなかったのに」

「謝らないでください。襲われたのはシルさんのせいじゃないんですから」

「それは……」

 

 何故か分からないが凄く微妙な顔をする。

 

 襲われた原因を作ったのはシルではない。なのに何故そんな顔をするのか分からず、ベルは首を傾げた。シルに向けられた視線は純粋だった。それを受けたシルは余計に気まずそうな顔をする。

 

 ミアが居れば納得したような顔をしつつ、何らかの助け舟を出していたかもしれない。しかし、この場にミアはいない。シルが自分一人でこの微妙な空気をどうにかするしかない。

 

「僕も神様も無事に終わったんですし、本当に気にしなくていいですよ?」

「でも、やっぱり気になります。わたしに何かできることはありませんか?」

「えっ? いや、そんな何かしてもらうなんて悪いですよ」

「わたしがそうしたいからするんです。それにそうでもしないとわたしが嫌なんです」

「でも」

 

 ベルが何を言ってもシルは引くつもりがないらしい。

 

 やたらぐいぐいと来る。余りの押しの強さにベルは少しずつ押されていく。ゆっくりとゆっくりと。町娘は白兎を追い詰めていく。白兎に気が付かれないように慎重に。しかし、逃がさないように確実に。

 

 そして。

 

「あ、そうだ。なら、ベルさんのお昼ご飯をわたしが作ります」

「本当に大丈夫ですから。そこまでしてもらうわけには」

「駄目、ですか?」

 

 ベルの手をシルの手がそっと包み込む。ウルウルとした目でベルを見つめるシル。

 

 町娘は白兎を捕まえた。気が付かぬうちに追い詰められていた白兎に逃げ場はもうない。

 

 あ、駄目だ。ベルは瞬時にそう思った。どうやっても、敵わない。素直に受け入れる以外の道は残されていない。そう悟った。断ることはできない。

 

 だから。

 

「……お願いします…………」

「はい」

 

 素直に受け入れた。

 

 ベルが受け入れてくれたことが余程嬉しかったのか、シルは満面の笑みを浮かべる。綺麗で見惚れてしまうような笑顔。ベルは直視できなくなってしまい、そっと視線を明後日の方向に向けた。

 

 視線を逸らされたことに気が付いたシルは少し不満そうな表情を浮かべる。そして、何か思いついたのか、ベルに近づく。後ろは壁になっているため、ベルは下がることができない。

 

「あ、ベルさん」

「は、はい」

 

 鼻と鼻が触れ合うほどの距離まで詰める。シルがじっとベルの目を見つめる。

 

 恥ずかしさのあまり顔を赤く染めたベルは思わず、目を閉じてしまう。シルはそんな姿を見てふっと柔らかく微笑む。そして、耳元に口を近づけ。

 

「ベルさんが戦っている姿が少し見えたんですけど、すごく格好良かったです。わたし、思わず見惚れちゃいました」

「えっ?」

 

 そっと囁いた。ベルは目を開く。

 

 離れたシルは恥ずかしそうに顔をお盆で隠している。ベルは何が起こったのかすぐに理解できていない様子。耳を抑えながら、茫然としていた。

 

 下からアーニャがシルを呼ぶ声がかすかに聞こえてくる。

 

「じゃあ、ベルさん呼ばれてるので行きますね」

 

 そう言い残して去って行くシルの耳はほんのりと赤く染まっているように見えた。

 

 窓から差し込む夕日が生み出したただの目の錯覚なのか。それとも本当に赤く染まっていたのか。真偽は不明である。

 

「からかわれたんだよね……」

 

 ベルのその呟きは誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 ヘスティアの眠る部屋の前で座り込んでいるベル。

 

 部屋の中でヘスティアが目を覚ますのを待とうかと最初は思った。しかし、その時のかすかな音で目を覚ますかもしれない。そう考えて断念した。

 

 窓から差し込む夕日はほんのりとした温かさをベルに与える。疲労が蓄積しているベルを眠りに誘っていた。うつらうつらとなり、櫓を漕ぎ始めた頃。

 

【ガタン!】

 

 部屋の中で大きな音が鳴った。

 

「神様!?」

 

 跳ね起きたベルは慌てて、扉を開ける。

 

 飛び込むように入った部屋の中ではヘスティアが床に転がっていた。

 

「あ痛たたた……」

「大丈夫ですか!?」

 

 ヘスティアを優しく抱き起す。

 

 強くぶつけたらしく、鼻先が赤くなっている。

 

「うん。ベッドから降りようとしたら力が入らなくてね。床に落ちちゃったんだよ」

「過労で倒れたんですから無理しないでください」

「心配かけてごめんね、ベル君」

 

 ヘスティアの無事を確認したベルは胸を撫で下ろす。

 

「神様、すみません」

「へぁ」

 

 ベルが謝罪しながら、ヘスティアを御姫様抱っこする。ヘスティアは訳が分からず、変な声を上げてしまう。心臓をバクバクといっている。ヘスティアは顔を赤く染め、ベルの服を掴みながらそっと目を閉じた。

 

 そして、背中に柔らかな感触を覚える。そっと目を開くと、ベッドに移動させてくれただけであったことに気が付く。

 

「あ、ありがとう」

「いえ」

 

 あぁ、このままベル君と共に! などと不純なことを考えていた処女神の期待は裏切られた。

 

 この流れでそんな方向に行くはずもないにもかかわらず、なぜそのような発想に至ったのか。疲労がたまっていることや先程まで寝ていたため寝惚けていることが重なった故に明後日の方向に思考が言ってしまったのかもしれない。

 

 とは言え、場所が良くてもベルがそのような行動に出るとは考えられない。ヘスティアの抱く願望が叶う時が一体いつ来るのか。誰にもわからない。

 

「それでこの二日間何してたんですか? パーティーから帰って来たと思ったらすぐにどこかに行っちゃいましたし」

 

 その時のことを思い出して、ベルは不安そうな表情を浮かべる。

 

 パーティーがあった日の翌日。アストレア・ファミリアによるオラリオの案内を称したデートから帰って来たら、ヘスティアはホームに居なかった。最初はホームから出る前に一緒に居たヘファイストスやアストレアとどこかに行ったと思った。しかし、ヘスティアは夜になっても帰ってこなかった。それによってベルは不安を募らせた。そして、朝になってもヘスティアの姿はホームにない。

 

 嫌われちゃったのかなとか。攫われちゃったのかなとか。まぁ、色々と考えてしまった。不安を抱えて、重い足取りでヘスティアを探していたベル。

 

 足取りが全くつかめなかったため、一緒に居たアストレアに話を聞こうとアストレア・ファミリアのホームに向かうが、誰も居ない。ヘファイストスに聞いてみることも考えたが、ヘファイストス・ファミリアに知り合いはいなかったため、断念した。

 

 肩を落として道をフラフラとしていた所、豊穣の女主人でシルへの届け物を頼まれてしまったのであった。

 

 結果的にヘスティアと会うことができた。事件に巻き込まれてしまったが。

 

「あー、その……。ベル君に渡したナイフをね」

「これですか?」

「そう、それ。それを作って貰ってたんだ、ヘファイストスに。まぁ、ボクも少し手伝ったんだけどね」

 

 ヘスティアの言葉を聞いて、ベルは腰に差さっていたヘスティア・ナイフを取り出す。

 

「じゃ、じゃあ、これはやっぱりヘファイストス・ファミリアの!?」

「う、うん」

 

 ベルが驚きのあまり大きな声を上げる。ヘスティアはベルの反応に驚きつつも、頷いた。

 

 鞘に記されている文字。それはヘファイストス・ファミリアで作られたことを示すもの。

 

 ベルはヘスティアが目覚めるまでの間、暇だったため貰ったナイフを眺めていた。少しして眠たくなってしまったが、それまでにヘファイストス・ファミリアのロゴには気が付いていた。しかし、まさかそんなもののはずがない。そう思って、気が付かぬふりをした。

 

「こんな高いもの僕には……むぐっ…………」

 

 勿体ない。そう口にしようとしたところ、ヘスティアの指がベルの口をふさぐ

 

「ボクは君に何もできていない。ただ養われているだけだ。そんなのは嫌だったんだ。強くなりたいと言う君の助けになりたかった。だから……!」

「神様……」

 

 叫びだった。

 

 ヘスティアの心の中にあった思い。ベルに支えられているだけで何もしてあげられない自分の無力さが悔しくて仕方がなかった。どうにかして、助けになりたかった。だから、ヘスティア・ナイフの製作をヘファイストスに頼んだ。

 

 ヘスティアも色々と作業をした。炉に火を入れたり、神聖文字を刻んだり。なんだかんだ言って神経を使う作業をしていた。慣れない作業であったため、かなり疲れてしまった。

 

「お金だったらちゃんと話を付けてきた。それにこれは君が持ってきたあの素材を使ってるんだよ?」

「え、あれをですか?」

「あぁ、だからお金だってそれほど高くないんだぜ?」

 

 本来の値段よりは確かに安い。

 

 本来であれば二億ヴァリスするはずだったものが、素材を持ち込んだ結果、一億二千ヴァリス。しかし、いくら四割も割安になったと言っても団員が一人しかいない弱小ファミリアが払えるようなものではない。

 

 ヘファイストスはゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの遺産を支払いに充てることにしないかと聞いた。しかし、これはボクがベル君に送るものだと言ってその提案を拒否した。ヘスティア個人の借金として、バイトの給料から天引きされていく。その約束が結ばれた。

 

 ファミリア事態に影響はない借金である。とは言え、発覚すれば変わってしまう。ベルがヘスティア一人で払うのを拒否するのは容易に想像できる。

 

「ありがとう、ございます」

 

 ただその一言。

 

 絞り出すように告げられた言葉はその一言だった。

 

 沢山言いたいことはあった。感謝の言葉だけではない。神様にはたくさんのことをして貰いました。ボクの方が助けてもらってばかりです、と。でも、出てきたのは感謝の言葉だった。その一言にすべての思いが詰まっている。

 

「いいんだよ、ベル君」

 

 ヘスティアは涙をこらえるベルをそっと抱き締めた。

 

 

 

 それから少し時間が経ち、回復したヘスティアはベルと共に豊穣の女主人で食事を取った。

 

 そして、廃教会への岐路にて。

 

「ふぅ、やっぱりあそこのご飯は美味しいね」

「そうですね。今度手伝うことがあったら教えてもらえるかな?」

 

 廃教会はすぐ近く。

 

 辺りは暗く、静けさが辺りを包み込んでいる。ヘスティアとベル。二人の足音や話し声が響いていた。

 

「君は何処へ向かっているんだい?」

「?」

「いや、何でもないよ」

 

 素直な疑問が口から零れるが、ベルの耳には届いていなかった。何か話が長くなってしまいそうな予感がしたため、ヘスティアは再度聞き直すことなく誤魔化した。

 

 料理の腕を今以上に上げようとしているベル。君は英雄に成りたいと言ってたんじゃなかっただろう。ヘスティアはそう思った。

 

 ベルは単純に美味しいものを作れるようになりたいと思っているだけである。ただその腕前は今でも十分なもの。普通の人からすればそれ以上して何処を目指しているのかと言いたくなるのも理解できる。

 

「神様、本当に大丈夫なんですか? もう少し休んでいた方が良かったんじゃ」

 

 豊穣の女主人で食事を取る前にしっかりとヘスティアに確認はした。しかし、それでも心配なのは変わらない。

 

「いや、本当にもう大丈夫だよ。それにいつまでもあそこで休んでいるのも悪いしね。まぁ、ベル君と一緒にホームで寝たかったのもあるんだけど。あそこじゃあ、一緒に寝られないしね」

「あはは……」

 

 苦笑する。これなら大丈夫なんだなと安心する反面、自分の身が危ない気がして少し不安を覚えてしまった。いつも一緒に眠っているので特に気にすることはないはず。なのに何故か不安感を覚えてしまうベルだった。

 

「さ、帰って寝よう! ベル君!」

「はい」

 

 ヘスティアはベルの手を引き、ホームへ早足で向かって行った。

 

 

 

 

 

――翌朝――

 

 ベルが用意してくれた朝食を食べ終えたヘスティアはバイトに行く準備をしていた。ベルもこれからダンジョンに向かおうと準備しようとしたところ、異変に気が付く。

 

「あれ? 神様いつもの髪留めは?」

「あぁ、昨日切れちゃったみたいでね」

 

 昨日髪を結んでいなかったため、ベルが聞いた時はただのイメチェンだと答えていた。どうかなと聞かれて綺麗ですと答えた。だから、髪留めは切れていないと思っていた。

 

 しかし、シルバーバックとの戦闘時に切れてしまっていたらしい。元々かなりボロボロになっていていつ切れても可笑しくない状態だったので致し方ない。

 

「神様、ちょっと待っててください」

「う、うん」

 

 何か考えるようなそぶりをしたかと思えば、よしと口にして覚悟を決めたような雰囲気になるベル。そして、バイトに向かおうとしていたヘスティアを呼び止めた。

 

 ヘスティアは呼び止められる理由が分からず首を傾げる。

 

「神様、これを」

「これって」

 

 タンスから取り出した箱をヘスティアに渡す。

 

 受け取った箱をそっと開くと髪留めが入っていた。リボンに触れる。手触りが良い。髪留めについている小さな銀色の鐘が音を鳴らす。安いものでないことはすぐに分かった。

 

「どうして」

「神様の髪留めが切れそうになっていたので以前、買っておいたんです。渡しそびれちゃってたんですけど」

「ベル君……」

 

 嬉しかった。ヘスティアは笑みを零す。

 

 もっと早く渡すつもりだったベルはここまで遅くなってしまったことが気まずかった。だから、チラチラとヘスティアに視線を向けているものの、しっかりと目を合わせられない。

 

「そっか……。ベル君、君が付けてくれるかい?」

「えっ?」

「君が送ってくれたものだ。君に付けてもらいたいんだ」

「分かりました」

 

 ベルは髪留めの入った箱をヘスティアから受け取る。鏡の前に座ったヘスティア。緊張した面持ちでヘスティアの髪に手を伸ばす。髪を整えるように優しい手つきで頭を撫でる。

 

 さらさらとしたヘスティアの髪の感触。ベルは心地よくて優しく頭を撫で続ける。ヘスティアは気持ちよさそうに目を細めている。髪は整え終わっている。それに気が付いて、我に返ったベルはヘスティアの髪を結っていく。慣れていない。それが分かるような手つきだった。しかし、ベルの手つきは優しかった。

 

 ヘスティアは心地よかった。

 

「ベル君、ボクは君と出会えてすごくよかったって思うよ。君と出会えなかったらなんて考えられない」

「僕もです。僕も神様と出会えて本当に良かったです」

 

 改めてベルと出会えたことが良かったと思った。

 

 それはもちろんベルも同じ。ヘスティアと出会えてよかったと心から思っている。

 

 二人の間に優しい空気が流れる。鏡越しに二人の視線がぶつかる。思わず、笑みを浮かべる二人。

 

「できました」

「ありがとう」

 

 目の前の鏡を見る。お世辞にもうまくできたとは言えない出来栄えだった。でも、ベルが結ってくれたことが一番うれしかった。

 

 だから。

 

 

 

 

 振り返ったヘスティアは微笑んだ。

 

 ほんのりと赤く染まった頬。差し込む朝日を反射して黒い髪が光っているように見える。

 

 ヘスティアに見惚れる。

 

 顔を赤く染めながら、ベルもそっと微笑み返した。

 

 

 




 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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