異世界で生きたくて (自堕落無力)
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原作開始前
序章


 

 この世界のとある場所、自然に囲まれている穏やかな風景に囲まれた場所にそれなりに豪勢な屋敷があった。

 

 その屋敷を、土地を所有しているのはこの世界の者ならば誰もが体の奥底に持つ『魔力』――それを引き出し、体に込めれば身体能力や感覚の強化、あるいは武器に流し込む事で武器の強化が出来るというその力を使って戦う騎士である『魔剣士』を代々輩出している家系の貴族、カゲノー家である。

 

「ふっ!!」

 

「やあっ!!」

 

 カゲノー家の屋敷の中庭にて凄まじい剣戟であり、剣舞を繰り広げているのは絹のような美しい黒髪を背中で切り揃えた容姿端麗な少女でありながら、確かな気の強さも持つ八才の少女ことカゲノー家の長女であるクレア・カゲノー。

 

 そして、そのクレアと剣戟を繰り広げているのは彼女の二歳年下の弟であり、カゲノー家の長男である短い黒髪、それなりに容姿の整った少年であるシド・カゲノーである。

 

 

 

「最近、俺の子供たちが怖くなってきたんだが……」

 

「そう? 将来安泰そうで良いじゃない」

 

 二人の手合わせを見て、魔剣士としての戦闘技術を教育しているカゲノー家の主、男爵は娘と息子の日々高まっている実力に若干戦々恐々としている。

 

 なにせ教え始めてたったの数年で自分の実力を超える域にまでどちらも達し始めているのだから無理も無い。

 

 対して、彼の妻は、娘と息子の成長ぶりを見て穏やかに微笑んでいた。

 

 

『凄い……』

 

 カゲノー家に仕える使用人たちなども皆、姉弟の戦いにそれぞれ見入っていた。

 

 

「また、腕を上げたわね。シド」

 

「姉さんこそ」

 

 二人は激しく剣舞を交えながら、それぞれの実力を讃え合う。

 

 クレアとシドの戦い方はそれぞれ相対している。

 

 クレアの剣技は言わば、才能やセンスに溢れたものを感じさせる剣技であり、対してシドの剣技は基礎を積み重ねたものである。

 

 クレアの剣舞が鋭く冴え渡ったものであるなら、シドの剣舞は堅実にして臨機応変。

 

 それが故に戦いの状況は拮抗状態。

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ本気を出していくわね」

 

「こっちもだよ」

 

 そうして、二人は共に『魔力』を練り上げ、用いる事で魔剣士としての本領を発揮し始めたのだった……。

 

 

 

 

2

 

 

 今日も姉であるクレアとの夕暮れまで決着のつかない手合わせをし、風呂に入り身を清め、食事を取り、俺は勉学のために書庫に入る。

 

 最初に言うが実は俺は転生者だ。まさか、自分がそうなるとは思わなかったがともかく、転生特典というもののためかどうかは知らないが、生まれた時からすぐにそうだと認識出来た。

 

 そのため、赤子生活は辛かったが……。

 

 ともかく、読み込んでいた物語の世界とは別の世界に転生した俺は『魔力』や『魔剣士』、『貴族』という何もかもが転生前とは違った世界に適応できるように努力した。

 

 この世界において『魔力』は武侠物の『気功』のような概念だったのでその方向性での使い方と制御の訓練をし、剣、それに格闘術そのものはとにかく基礎を追求した。結局基礎があるからこそ、応用があるからだ。

 

 そうしてこの世界での情報を掴む事も含めて書物を読みながらの勉学もしている。

 

 

 

 ひとまずは貴族に生まれたのでそれらしい生き方、『ノブレスオブリージュ』を心がけていた。

 

 

 

「……うーん、ここら辺が気になるな」

 

 生活をし、勉学している中で気になる事は纏めているのだがこの世界の重要そうな要素として『魔人ディアボロス』、それを退治した『人間、エルフ、獣人の三人の勇者』、『〈悪魔憑き〉』、『教団』などがあるのが俺は気になった。

 

 いずれ、もうちょっと自由に行動できるようになれば調べてみたりするつもりだ。

 

 

 

「わぷ」

 

「相変わらず、精が出るわねシド」

 

 考えに耽っているとこの世界において俺の姉であるクレアが声をかけていたずらとばかりに頬を突いてきた。僕の机の近くには夜食が置かれている。

 

 わざわざ、持ってきてくれたのだ。

 

 

 

「ああ、姉さん。ありがとう」

 

「どういたしまして……頑張るのは良いけど、根を詰め過ぎては駄目よ」

 

「分かってるよ。でも優秀な姉さんを補佐するには凡人の俺じゃ人一倍、いやもっともっと努力しなくちゃいけないから」

 

 実際、俺は姉で長女のクレアを補佐する者としていようと思っている。貴族にある跡取り問題やらそうした騒動はしたくないからだ。

 

 それにクレアは貴族として普通に優秀で風格もある。

 

 魔剣士としての実力も俺が体の奥底で魔力を圧縮と爆発を高速に繰り返しての蓄積や強固に練り続けながら、溜め込み続けているので鍛錬中使える魔力は制限状態とはいえ日々、俺の実力に迫り続けて今日もそうだが、引き分け続けているのだから……。

 

 

「もう、どこでそんな言葉覚えてきたの。誑しにでもなるつもり?」

 

 照れながらも微笑み、クレアは俺を抱き締めてきた。

 

 

 

「そんな器用じゃないよ、俺は……」

 

 俺は苦笑しながら、クレアを抱き締め返す。

 

 

 

「ねぇシド、貴方は私にとって、自慢の弟よ。それだけは覚えておきなさい」

 

「うん、ありがとう。俺も姉さんが自慢だよ」

 

 その言葉は事実だ。俺はクレアを姉として好きであり、親愛を抱いている。

 

 転生前の世界には姉なんていなかったしだからこそ、美人でありながら、こうして可愛がってくれる姉のクレアが好きである。

 

 

 

「ふふ……それじゃあ、夜更かしは程々にしてちゃんと寝なさい。睡眠は大事よ」

 

「はあい」

 

 クレアはそう言うが『魔力』を上手く用いれば体の自然回復力も増幅出来るので睡眠も少ない時間で済むように出来る。

 

 そうして俺はショートスリーパーとして削った睡眠時間を鍛錬や勉学という自己研鑽につぎ込んでいたのだった……。

 

 

 

 

 




 好き勝手に書いてるだけなのでよろしくお願いします。


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一話

 

 暁闇になろうという時間帯――とある森の中で一人の少年が座禅を組み、瞑想している。

 

「すう、ふうう……」

 

 そうして深呼吸しながら普段から圧縮し、爆発を高速に繰り返して蓄積し強固に練り続けて溜め込み続けている『魔力』をゆっくりと体内全てへと行き渡らせ、『血』に変えるが如く浸透させていく。

 

 すると少年の内部から淡い『魔力』の光が溢れていく。

 

 そうして、浸透させた魔力を更に制御しながら、己の体全てを確認するが如く一か所に集中、あるいはすべてに拡散などを繰り返すと……。

 

 

「良し……ふっ!!」

 

 少年は立ち上がり、『魔力』を纏うままに徒手空拳の構えを取ると四肢を振るい、闘舞を踊り始めた。少年の拳や足が唸る度、空間は叫びを上げて震え、周囲の木々や大地は砕かれていく。

 

 

 

「はああっ!!」

 

 少年は闘舞を踊り終えたと思えば次の瞬間に腰に携えた剣を抜き、剣にも『魔力』を纏わせると剣舞を踊り始める。

 

 少年が剣舞を踊る度、空間に木々、大地が闘舞を踊ったときのように切り裂かれていった……。

 

「ふうぅ……さて、そろそろ戻るか」

 

 この異世界に生まれて十年――そう、俺は十才になった。とはいえ、生活は特に変わらずカゲノー家の長男として誇れるような者に、そして姉のクレアを補佐し続けられる者になるために自己研鑽に励んでいる。

 

 最近は世に憚っている野盗を退治するなど、実戦経験を密かに積んでもいるが……。

 

「(そろそろ、あれを試すときかな)」

 

 そして、更にとあるものを実験しながら、武具と防具を開発している。

 

 というのも『魔力』は自らの体内ならばスムーズに伝導することが出来るのだが、これが剣などの物体になると話が違ってくる。

 

 要するにロスが出来てしまうのだ。例えば鉄の剣に魔力を100流したとする。そのうち実際、剣に伝わるのは10程度で実に9割の魔力が無駄になってしまう。

 

 魔力を流しやすいミスリルの剣でも100流して、50伝われば高級品扱いだ。

 

 それぐらい、実は物体に魔力を流すのは難しい。

 

 良く練り上げた魔力を込めさえすれば例え、木や布でも鉄を切り裂いたり出来る(実証済み)が、消耗具合が半端ない。

 

 そうした問題を解決するために俺は『スライム』という魔力を使って形を変え、動き回る魔法生物に注目し、コアを潰して動かないようにしたそれに対して実験してみたところその魔力伝導率は99%とほとんどロスが無いことが判明し、他者の魔力でも反応を示し、そのまま、伝導させた魔力による操作でこちらの意思通り自由に形状を変える事も判明した。

 

 なのでスライムを狩りに狩って、スライムゼリーにすると硬質的でありながら、シャープ、鎧にも見えるボディースーツと液体状でありながら、金属的でもある剣に加工した。

 

 後は実戦するのみだ。

 

 丁度、近くの廃村に盗賊団が住み着いているという話を聞いたので今夜にでも確認がてら検証しにいく。

 

 尤も、その前に……。

 

 

 

「ふふ、今日こそ勝ってみせるわ。シド」

 

「そう簡単には負けないよ、姉さん」

 

 最近は俺が魔力の制御鍛錬法などを教えた事で更に腕を上げ続けているクレアと今日も俺は制限状態とはいえ、決着のつかない手合わせを繰り広げた。

 

「う、うう……二人とも俺より強いとか父の、カゲノー家の主の威厳が……」

 

「まぁまぁ……子はいずれ、親を超えるものじゃない」

 

「早過ぎなんですけどっ!?」

 

 手合わせの最中、この世界での俺の父と母がそんな会話を繰り広げている気がした。

 

 そうして……。

 

 

 

「それじゃ、今日もお願いね……」

 

「はいよ」

 

 手合わせが終わって少しすると、クレアは髪を梳かすのを頼んできた。少し前、偶々クレアの髪が跳ねていたのが見えたので、手で梳かしたのを切っ掛けに今では櫛をも使って俺は姉の髪を整える係になっていた。

 

 これも一つの姉弟のコミュニケーションと言えるので不満も何もない。

 

 それに……。

 

 

 

「ん……ふふ、どんどん上手くなってくるわねシド。お姉ちゃん嬉しいわ」

 

 梳かしている間、心地良さげにするクレアを見るとこっちも嬉しくなる。

 

「それは良かった。俺も姉さんが喜んでくれて嬉しいよ」

 

「いずれは恋人にもこれをやってあげるようになるのね……そう、簡単にはシドはあげたりしないけど」

 

 何やら一人、盛り上がり決意するクレア。

 

「気が早すぎるよ、姉さん」

 

「いいえ、早すぎる事なんてないわ。このままだと絶対、シドは将来、多くの女性にモテるようになってしまうもの」

 

「そんな事、無いって」

 

 振り返り、抱き着いてきたクレアに応え俺も抱き締め返し苦笑するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の中であるにも関わらず、とある廃村には明かりが付いていた。

 

「ギャハハハハッ!!」

 

 この廃村は商隊を襲撃し、成果を上げた事で気分良く、宴会をしている盗賊団の拠点だった。

 

「耳障りだな」

 

 そうして、開発したばかりのスライムによる防具と剣を装備したシドは遠くから盗賊たちの様子を見て呟き……次の瞬間、『魔力』を練り上げ体からスーツ、剣にも伝導させるという戦闘態勢になり、次の瞬間……閃光の如くとなり、宴会をしている盗賊団へと駆け抜け……。

 

『ウギャアアアアアアアアアッ!?』

 

 剣閃が乱舞する度、盗賊団は断末魔の叫びを上げながら切り刻まれ、肉や血を周囲にばらまきながら解体され、塵となって消えていく。

 

 完全に油断し、警戒してすらもいないのもあって僅かな時間で碌な抵抗も出来ずに全滅した。

 

 

 

 

「うん、実に戦いやすいな」

 

 スライムによる装備を初使用した感想を言いつつ、満足げにシドは微笑んだ。

 

 そうして、盗賊団の拠点に置かれた商隊の死体の埋葬、馬車数台から金品として使えるのを獲得していく。

 

 そんな中……。

 

 

 

「これは……〈悪魔憑き〉か?」

 

 大きくて頑丈そうな檻を発見したので覆いを取ると蠢く肉塊を発見する。

 

 この世界にてある者はある日を境に肉体が腐り出す。

 

 教会はそうした者を買い取り、浄化と称して処刑しているがそうした存在こそ〈悪魔憑き〉である。

 

「この感じ、まさか魔力暴走……」

 

 シドは肉塊の様子を探ってみれば荒れ続けている大量の魔力を内包しているのを察知した。

 

 シドもある日、魔力の制御訓練していると魔力が扱いにくくなり、しかも肉体を中から壊そうとするほどに荒れ狂い、なんとか抑えこめたが危うく死にそうになった事がある。

 

 

 

 

「試してみるか」

 

 他者の魔力の制御あるいは支配技術の鍛錬を積めると思い、廃村を隠れ拠点に肉塊に対して色々試行錯誤しながら干渉していると……。

 

 

 

 

「……嘘、戻れた……」

 

 

 

「……おいおい」

 

 肉塊は姿を変貌、いや正確には元に戻ったというべきだろう。

 

 

 エルフらしく容姿端麗で長い金髪、シドと同年代の少女がそこにはいた。

 

 

 

「……色々と衝撃的だが、まずはこんばんは。俺はこの辺りにある屋敷で暮らしている貴族でカゲノー家の長男、シドだ」

 

「……私は……」

 

 そうしてシドとエルフの少女は話を始め……。

 

 

 

 

「もう、私は故郷には帰れない。シド、貴方に救われたこの命、貴方のために使わせて」

 

「……そういう事なら、俺も助けた責任ってやつを果たす事にしよう。それに君のお陰で確認したいことも出来たしな」

 

「確認したい事?」

 

「ああ、それはな……」

 

 そうして、シドとエルフの少女はこの世界にて潜み、暗躍していた『闇』を知ることになるのであった……。

 



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二話

 

 切っ掛け一つさえあれば隠された真実に辿り着くのは容易いものだ。

 

 そう、俺は〈悪魔憑き〉――正確には魔力暴走によって肉塊になり果てていたエルフの少女を他者への魔力制御術の練習台にした結果として助けた事でこの異世界に隠された真実であり、暗躍している存在を知った。

 

 まず、<悪魔憑き>についてだが、これは元は遥か昔に実在した魔人ディアボロスの細胞を埋め込まれた人物が細胞に適応できずに拒絶反応を起こし、細胞が暴走すると共に大量に蓄積した魔力が暴走する事で細胞の持ち主の体を自滅させるというものであった。

 

 もっともディアボロス細胞は魔力によって制御できるので本人が十分な魔力制御能力、あるいは外部の者が魔力制御をしてやれば暴走を阻止する事は可能である。

 

 俺がエルフの少女にやったように……そして、実はディアボロスを倒したとされる3英雄のエルフ、獣人、人間の女性たちも又、このディアボロス細胞を有していて、それが子孫の代までつまりは現代の女性たちにまで受け継がれたのである。

 

 もっとも世代交代によって細胞は薄まっていくので世代交代を多く行った人間は暴走して自滅に導く程の細胞が無かったりするのだが世代交代の回数が少ない、つまりは寿命が長いエルフや獣人はこの細胞暴走が多く起こってしまう。

 

 そして、こんな厄介な事態を引き起こしたのは全て『教団』の仕業だ。

 

 細胞の暴走を起こした者たちを〈悪魔憑き〉と称して始末するのは自分たちがやったことを隠すためであり、中には〈悪魔憑き〉として確保した者を更なる実験材料などにし、世界を支配……いや、『教団』も組織内としては一枚岩ではないらしく、それぞれの幹部や派閥などで分かれ、それぞれが野望を抱えて蠢いているようである。

 

 元からして、ディアボロスを討伐するために各地の孤児を集めて実験する機関であったのでなるべくしてなっているのだろう。

 

 まだ推測段階のものも混じっているがともかく、こうした真実、蠢く野望を知った以上は放置など無理だ。

 

 貴族としての『ノブレス・オブリージュ』、あるいは転生前に見たとあるヒーローもので好きな言葉、『大いなる力には大いなる責任が伴う』というそれを果たすため、俺は『教団』と戦う事を決めた。

 

 そんな俺の目的に賛同して、真実を探る手伝いを俺が助けたエルフの少女がしてくれた。

 

 俺とエルフの少女で世界の闇で蠢く『教団』とおなじく世界の影から対抗するための組織、『シャドウガーデン』を結成。

 

 そうして俺はその『シャドウガーデン』の首領、シャドウとなりエルフの少女は副首領という立場で名をアルファとした。

 

 もっとも俺にはカゲノー家の貴族としての生活もあるので、正直なところ、アルファの方が首領で組織運営も彼女がしている。

 

 俺も最大限、首領として組織運営をしているが2つの顔を持って、行動というのは実際にやるようになると大変とかいう物ではない。

 

 アルファには本当に助かっているし、彼女が文武両道を超えた超絶的なスペックを持っていてくれたおかげで着々と戦力増強やら資金確保、情報収集も進んできている。

 

 無論、そんな彼女に見限られない事と頼り切りにならないための戒めとして武力と知力を数十倍、数百倍以上、更にそれ以上の努力をしてもいるが……。

 

 そうして、組織を結成して2年にもなると俺とアルファの2人を除いて6人の仲間が出来た。

 

 元は〈悪魔憑き〉として処理や迫害などされていたのを助け、細胞暴走を治療し、そうして俺とアルファの仲間になると言ってくれたものたちだ。

 

 

 

 

「さて、行くか」

 

 ともかく、俺は数日前より王都にて行われた『ブシン祭』の見学及び王都の観光をし、ようやく今日、自分の屋敷に戻ってきた俺は深夜近くになると『シャドウガーデン』のアジト――アルファを治療した廃村へと皆への土産を詰めたバックパックを背負って向かったのであった……。

 

 

2

 

 

 

 シドが『シャドウガーデン』のアジトである廃村へと向かっていると……。

 

 

「ボスー、お帰りなさいなのですーッ!!」

 

 アジトへと向かっているシドへと黒髪ロングヘアーの犬系獣人の女性ことデルタが嬉しさ一杯にシドへと駆けだし、飛びついていく。

 

「おおう、ただいまデルタ。長く待たせて悪かったな」

 

 シドは飛びついてきた黒髪ロングヘアーの犬系獣人の女性であるデルタを受け止めると抱き締めつつ、頭を撫でたり、顎を撫でて可愛がり始める。

 

「んんぅ……えへへ、、デルタはいつまでも待てるから気にしてないのですよ」

 

 デルタは俺に頭や顎を撫でられるのに対し、喜びを示して甘えた。

 

 デルタはこの組織において超優秀な戦闘要員でありムードメーカーである。もっとも頭脳はからきしであるが……。

 

 

 

「そうか、偉いなデルタは」

 

「はい、偉いのです」

 

 

 そうして、シドに甘えたデルタだが……。

 

 

 

「あ、もうこの馬鹿犬っ!! また主に甘えて……」

 

 そんなデルタへと近づき、彼女へと注意するのは白髪ショートヘアーの猫獣人、『シャドウガーデン』においては諜報活動を主に行っているゼータである。

 

 ゼータはあらゆるものを器用にこなす才能を有してもいて、やはり優秀であるが飽きっぽい性格もあって物事を極めるということはしないという欠点もあった。

 

 

「構わないよ、いつもお前たちには苦労をかけているからな……甘やかすことくらい、いくらでもやってやるさ。勿論お前にもな、ゼータ。ただいま」

 

「ぅ……はい、お帰りなさい主」

 

 シドはゼータに対し、近づくとデルタと同じように頭や耳、顎などを撫でていき可愛がるとゼータは目を細め、喉を鳴らしていく。

 

「ふふん、ボスにかかればお堅いゼータも形無しなのです」

 

「なんでお前が自慢げなんだ……まあ、良い。アルファたちは全員居るか?」

 

「はい、皆、待っているのです」

 

「どうぞ、アルファ様たちにも顔を見せてあげてください」

 

 自慢げなデルタに苦笑するとシドはデルタとゼータに寄り添われながらアジトへと向かっていき……。

 

「皆、ボスが帰ってきたのですー!! お土産も持ってきてくれたのですよ」

 

「あ、もうこの馬鹿犬はっ!!」

 

 先にデルタがアジトに居る皆へと大声で叫び、ゼータが苦言を呈しながら頭を抱える。

 

「まあまあ……ともかく、皆ただいま」

 

そうして、シドが改めてアジトの中に居る皆へと呼びかければ……。

 

 

「お帰りなさい、シド」

 

 アルファがまず、シドの方へと近づきそして抱擁するとそれにシドも応える。

 

「ああ、ただいま。暖かい出迎えありがとうな」

 

「ふふ、何をいまさら……当然の事よ」

 

 二人はそうして微笑みを向け合う。

 

 

「お帰りなさいませ、シド様。そして王都でのご用事、ご苦労様です」

 

 次にシドへと声をかけたのは白銀髪ショートヘアーのエルフであるベータ。アルファほどではないにしろ彼女も又、文武両道でありシドとアルファの補佐を十分に努めている者である。

 

 又、初めて人を殺したストレスに参っていたところ、シドが気分転換になればと自分の転生前の世界での物語を読み聞かせたのが切っ掛けで物語の創作を趣味にしつつある。

 

「お前たちほど、苦労はしていないさ。心遣い、ありがとう」

 

「はぅ……いえ、そんなもったいない」

 

シドはベータに近づき、軽く頭を撫でながら言葉をかけるとベータは頬を赤く染めつつ、口元を緩めた。

 

「主様は相変わらず、暖かくお優しい方ですね」

 

 次に近づいたのは運動能力が致命的な程に低い代わりにシドが転生前の世界での様々な文化を少し話しただけでその全容を理解出来るし、あるいは戦略的な面などでも優れる全体的に卓越した頭脳を有する藍色ロングヘアーのエルフであるガンマだ。

 

 

「お前たちの働きに対してどう、報いれば良いのかいつも考えて行動しているだけ……正直、格好つけたり見栄を張っているだけだよ」

 

「そんなご謙遜を……その態度だけでも私たちにとっては十分です」

 

「そう言ってくれると気持ちは楽になる。でもお前たちが俺に尽くしてくれるように俺も尽くしたいんだ」

 

 ガンマへと苦笑しながら、シドは髪を優しく梳かした。

 

 

「ぅぅ、やっぱり主様には敵いません」

 

 ガンマは頬を赤く染めながら、至福を感じたとばかりの表情を浮かべる。

 

「えへへ、だから私達は皆、主様の事が大好きなんだよね」

 

 次に思いっきりシドへと飛びつき甘えるのは水色の髪をツインテールにしたエルフのイプシロン。

 

 能力も又、普通の者と比べれば十分に優秀な能力を持つ女性であり、最近はとある目的のために魔力制御の能力を伸ばし始めている。

 

 

「男冥利な言葉をありがとうイプシロン。俺も皆の事が大好きだ。」

 

シドはイプシロンに対してもスキンシップをしながら、語り掛ける。

 

「ふふ」

 

 満足げにイプシロンは微笑んだ。

 

「マスター……お帰りなさい」

 

 次に眠そうにしながらもシドへと声をかけたのは紫髪ロングのエルフであるイータ。

 

 彼女は『科学分野』における技術に長けた女性であり、設備さえ整えばシドの転生前の世界の文化(実際、シドが語る『科学にも興味津々』)すら再現出来るだろう能力を有してもいる。

 

 又、結構なマイペースでもある。

 

 

「おう、眠そうなのに出迎えてくれてありがとうな、イータ」

 

「ん、マスターを出迎えるのなら当然の事。眠くても頑張る」

 

「そうか、それは光栄だな」

 

 シドはイータの頭を撫でるとイータは心地良さげな態度と反応を示した。

 

「それじゃあ、皆へとお土産を渡させてもらおう。本当はもっと、この組織の首領としてやっていかなければならないのに……お前たちに負担をかけてばかりですまないな、そしてありがとう。こんな俺に尽くし、支えてくれて」

 

 改めてシドは皆へと日頃の感謝を告げる。

 

「もう……本当に……シド、貴方は私達を絶望から救ってくれた。それだけでなく、やるべき事やその助けまで……だから私たちは貴方に尽くすし、支えるわ」

 

「はい、もっともっと私たちの力を使ってくれて構いません」

 

「これからもこの身を捧げます」

 

「デルタはこれからもボスに従うのです」

 

「そうして誠心誠意、応えてくれるだけで充分です」

 

「主はもっと、堂々としてください。貴方は正しく私たちの主です」

 

「マスター……これからもよろしく」

 

 

 そんなシドへと改めてアルファたちは微笑みつつ、それぞれ確かな愛情の籠った言葉と態度を伝えた。

 

「それじゃあ、俺が居ないときにお前たちがやってきた事を話してくれ……」

 

『はい、シャドウ様』

 

 そうして、その後シドはシャドウとしての振る舞いを見せ、アルファたちもそれに準じた振る舞いをする。

 

『シャドウガーデン』は今日も又、『教団』を滅ぼすための準備を始めていくのであった……。

 

 

 

3

 

 

 

 

 それは朝にて行う手合わせの前、瞑想による魔力制御の鍛錬をシドとクレアが行っていた時……。

 

「っ、うくっ!!」

 

「姉さんっ、ちょっと待っててっ!!」

 

 クレアの魔力が突如、激しく暴走を始めた。それは例のディアボロス細胞の暴走によるものだ。急いでシドはクレアの背中へと移動し、そして右掌を当てる。

 

 アルファたちを同じ状態から助けた事、更には定期的に自らの体内にて魔力暴走を起こしそれを抑え、治癒する事で筋トレの超回復の要領で魔力の分野における改造を施しているのもあって直ぐにクレアの魔力暴走を抑えた。

 

「ふう、ありがとうシド……今の何だったのかしら?」

 

「自分の魔力の限界を超えたって事だよ。おめでとう、姉さん。これで姉さんはもっと強くなれる」

 

「そういう事なら、良かったわ……ん、それを知っててしかも抑えれたって事は……貴方、私との訓練の時、いつも手加減してたわねぇっ!!」

 

「ちょ、うわ……ゆ、許してぇぇぇぇっ!!」

 

 そうしてシドは今日1日、姉弟としての仲をもっと深めるという名目の元、クレアとお風呂に入って彼女の体を洗ったり、洗われたり、最終的には抱き枕の如く抱き締められたまま彼女のベッドで一緒に寝る事となってしまった。

 

 風呂場やそしてベッドで就寝している時……『シドぉ……好きぃ』と何やら、姉弟においての好きというには情欲の籠った態度と言葉をクレアから贈られたがシドは気にしないことにしたのだった……。

 



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三話

 

 

 この世界の貴族において15歳という年齢になるととある義務が出来る。それは王都にある学校に3年間通う事だ。そして、カゲノー家の長女であるクレアは15歳となった。

 

 よって、王都へと出立に備えて色んな準備が行われる中……。

 

「シド、今日は姉弟としてでなく、ただの1人の魔剣士として……本気で相手をしてちょうだい」

 

 いつもの手合わせだが数日程、経てばクレアが王都へと出立する事になるので二人が鍛錬を行なえるのは今日で最後だ。だからか一つの区切りとして、クレアはシドへと覚悟を秘めた瞳で本気でやってほしいと要求する。

 

 因みに今、二人が居る場所は屋敷より離れた自然の中である。

 

 二人の手合わせはその余波だけで周囲のものを巻き込み、破壊する程の規模になっているので中庭でやる訳にはいかなくなったためだ。

 

 そして、シドはというと……。

 

 

 

「分かった、姉さんの言う通りにするよ」

 

 クレアの意思に応え、頷く。

 

 

 

「ありがとう」

 

 そうして、二人はお互い剣を構え、魔力を練り上げる事で魔剣士としての戦闘態勢へ、どちらも周囲の空気を震わせるが……。

 

 

 

 

「(まさか、此処まで遠いなんて……底すら見えないわ)」

 

 クレアはシドの構えた姿、そして静かに放出している魔力の質から自分よりも遥かに高い次元の強さを持っている事を感じ取り、身体すらも震える。

 

 クレアはどう挑もうと負ける事を悟ったのだ。

 

 

 

「(それでも……)」

 

 たとえ敵わずとも自分の全力をぶつけてみせると気合を入れ、そして……。

 

「やああああっ!!」

 

 全力全霊の力を振り絞りながら、シドへと剣を振り上げながら突進する。

 

 

 

「ふっ!!」

 

 シドも又、クレアへと向かっていき……。

 

 

 

「本当、今までどれだけ手加減していたのよ」

 

 クレアは自分の剣を捌きながらその勢いを利用して死角へと切り込み、同時に振るった剣を自分の首元で寸止めしているシドへと溜め息を吐きながら言った。

 

 シドがやったのは基礎的な返し技であるが、精度もタイミングも何もかもがあまりに流麗であり、正確無比であるがゆえに絶技の域。

 

 何度も切り結んできたにも関わらず、クレアはまったく反応することが出来なかった。

 

 

 

「あ、あはは……手合わせとはいえ、大好きな姉さんを傷つけたくなかったんだよ。でもそれで姉さんの心を傷つけたというなら、ごめんなさい」

 

 シドは剣を引き、クレアから離れてクレアと同じように剣を鞘に納めると頭を深く下げて謝った。

 

「……まあ、今回は正直で素直で優しいシドの態度に免じて許してあげるわ。でも、これからは私との勝負は手加減なんてしない事、そして見てなさい。貴方より強くなってみせるんだから」

 

「だったら、僕はもっともっと強くなるよ……そう簡単に負けたくないからね」

 

 互いに挑戦的な笑みを浮かべながら、言うも……。

 

「ふふふ……」

 

「ははは……」

 

 互いに可笑しくなったのか笑い声を上げ、大きく笑う。

 

 

 

「私が居なくて寂しくなると思うけど、しっかりするのよ」

 

「姉さんの方こそ……」

 

 そんな声を掛け合いながら、二人は抱き締め合ったのだった……。

 

 

 

2

 

 

 

 

 俺はクレアが王都へと出立する前に最後の手合わせをしていたが、その中で俺とクレアの手合わせの様子を何者かが見ていたのを魔力感知で見つけていた。

 

 十中八九、ディアボロス細胞を持つ者を常に探している『ディアボロス教団』の密偵だろう。

 

 どのみち、俺とクレアの事は噂となっているので更にそれに脚色も加えて『クレアとシドの姉弟は英雄の子孫』というような噂をアルファたちに頼んで流してもらい、『ディアボロス教団』が此方へと来るように誘ったのだ。

 

 無論、それと同時に誘い込んだ『ディアボロス教団』に対し、状況に応じた対応をするようにも備えた。

 

 今回は密偵が来たなら、その密偵が報告へと戻るそれを追い、『ディアボロス教団』の手の者のアジトの場所を探る対応を取る。

 

 作戦とかそういうのが苦手ではあるが、『狩猟』としてならば待ち伏せや追い込み、偵察など様々な技術が出来るデルタと諜報を担当しているゼータにその対応を任せた。

 

 

 

 

「(さて、どうなるかな……)」

 

 そうして、屋敷で結果の報告を待っていれば……。

 

 部屋の扉が外から叩かれ……。

 

「シド、『教団』のアジトの場所が分かったわ」

 

 扉を開くとスライムを加工した変装道具を使って、人間のメイドの一人に変装したアルファが報告してきた。

 

 

「良し、ならば行こうか」

 

 

 

 因みに『シャドウガーデン』ではイータの開発技術によってスライムによるボディスーツや武具などを共通装備として用意している。

 

 ボディスーツについてはともかく、武具においては例えば運動神経が劣っているガンマなら弓矢、獣人としての身体的能力の関係上剣よりも近距離での戦いが得意なデルタなら鉄爪などそれぞれに合う武具を用意させ、その技術を磨かせている。

 

 ともかく、そうしてアルファの報告を聞いた俺は直ぐに用意を始め……。

 

「それじゃあ、皆。『ディアボロス教団』の魔の手から世界を救いに行こうか」

 

『はい、シャドウ様』

 

 『ディアボロス教団』のアジト近くにてスライムによる黒い仮面に鎧とボディースーツを混ぜたような姿となり、スライムソードを持った俺の声にそれぞれ、やはりスライムボディスーツに身を包み、スライムによる武具を持ったアルファたちが答え、そうして俺たちは襲撃を始めたのだった……。

 

 

 

3

 

 

 此処は世界中で密かに動いている『ディアボロス教団』の数多くあるアジトの一つである。

 

「む、妙だ」

 

 30半ばを過ぎたくらいの年齢、鍛えられた体躯に鋭い眼差し、灰色の髪をオールバックに纏めた男は異様に静かになった雰囲気に嫌な予感がした。

 

 彼はこのアジトの責任者であり、元は王都の近衛兵を担当し栄誉あるブシン祭の決勝大会にまで出たオルバ子爵。

 

 彼は唯一の愛娘であるミリアがこの世界における〈悪魔憑き〉の症状を発症した事で接触してきた『ディアボロス教団』と取引を交わし、娘の治療と引き換えに『ディアボロス教団』に協力する事を誓った。

 

 もっとも、今となっては『ディアボロス教団』が自分が思うよりも更に深い闇を抱えた組織であると共に自分が悪魔に魂を売った事を理解している。利用すらされているのだろうが、それでも今更、後には引けない。

 

 現に異変を感じる前には『英雄の子孫』、もしかすれば〈悪魔憑き〉かもしれないカゲノー家の長女クレアと長男のシドを拉致する計画の用意と準備をしていた……。

 

 そんなオルバの居るこのアジトの大部屋の扉が突如、切断され崩壊する。

 

 

 

「おや、これは意外だ……まさか、王都の近衛兵を務めたオルバ子爵が居るとは……」

 

「(な、子供!?)貴様らは何者だ」

 

 手に黒き剣、顔には黒い仮面、黒いスーツの上に鎧を着込んだ純黒の化身とも言うべき少年と彼に付き従う長い金髪にエルフとしての尖った耳、黒い仮面を被ったボディスーツを着た少女が自分の前へと現れたのでオルバは問いかけた。

 

「これは失礼……俺は『シャドウガーデン』の首領、シャドウ、こっちは副首領のアルファ……まだ仲間は居るが貴方の手の者を始末したり、このアジト内を探らせているので俺たち二人で先に来させていただいた」

 

 シャドウとアルファはそれぞれ、芝居がかった礼をしながら問いに答える。

 

「そして、俺たちの目的は『ディアボロス教団』の殲滅だ」

 

「何、貴様ら。何処でその名を知った?」

 

 隠されている『ディアボロス教団』の名を知っている事に驚きながら、更に内心で驚いているのはシャドウと名乗る少年、アルファと名乗る少女、どちらからも自分が奇襲をしかけるための隙が見えない事、それどころか下手をすればすぐに自分が殺される事すら、二人の立ち振る舞いと威風だけで感じてしまっている。

 

「知っているのはそれだけじゃない。魔人ディアボロス、英雄の子孫、〈悪魔憑き〉の真実についても……一つ言っておくが、真実というのはどうあっても隠せないんだ」

 

「……む、むうぅ……」

 

 答えるシャドウに対し、今すぐにでも排除しなければならないと思っているがしかし、動けない。動いた瞬間に殺すとばかりに威圧されてしまっているし、更には己の全てを見透かそうとしているかのように観察されている。

 

「そして、ついでに一つ当てよう。貴方が『ディアボロス教団』に協力しているのは貴方の一人娘、ミリア嬢が〈悪魔憑き〉になったからだろう? 別に間違っているとは言わないが……まさしく、悪魔に魂を売ったんだな」

 

「ああ、そうだとも。今更、後には引き返せない……私はどうあってもミリアを、あの娘を救ってみせると誓ったんだっ!!」

 

「良いだろう、ならばその覚悟を持って掛かって来い」

 

「ほざくなぁぁぁぁっ!!」

 

 待ってやるとばかりの態度にオルバは懐から幾つも錠剤を取り出し、その全てを飲み込みつつ剣を抜く。

 

 

 

「オオオオオッ!!」

 

 そうして彼は筋骨隆々の巨体であり、異形染みた姿となり、莫大な魔力を宿した『覚醒』状態となる。

 

 こうなればもう、元には戻れないがそれでもシャドウたちを倒さなければならない。

 

 

 

「最後に一つだけ……絶対とも言えないし、そもそも、その機会すらないかも知れないがミリア嬢を救う努力をする事を誓おう」

 

 剣を両手で持って構え、濃密に凝縮し溜め込みんでいる魔力を練り上げ漂わせながらオルバへと告げる。

 

 

「っ!?……感謝する……」

 

 オルバは覚醒状態になっても届かないシャドウとの力の差を感じながら、真摯に告げるシャドウの態度と声に何故か安堵と救いを与えられた事を感じた。

 

 後の事は心配するなと悔いは残させないと告げてくれている。

 

『ディアボロス教団』より先にシャドウに会えていればとさえ、思ってしまった。

 

 しかし、もはやどうにもならない。自分に出来る事は全てを賭してシャドウへと挑むだけ……。

 

 

 

 

「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 そうして、剣を構えるシャドウへと剣を振り上げながら突進。

 

 

 

「ふっ!!」

 

 シャドウもまた、剣を振り上げながら突進する。

 

 

 

 

 

 

「が……」

 

 そうして互いに振り下ろした斬閃が一瞬ぶつかり合うとオルバの剣は切断されると共に彼の体をシャドウの放った救済の威が籠った斬閃が体を切り裂きながらも傷を刻みつける事無く、浸透した魔力がオルバに痛みや苦しみなくオルバの命を終わらせていく。

 

「あ……り……が……」

 

 オルバはシャドウからの慈悲に感謝を告げながら地へと倒れ伏していく。

 

 彼の死に際の表情は安らかであった。

 

 

 

 

 

「礼は不要だ」

 

 言いつつ、オルバから転がった青い宝石の入った短剣、柄に娘への愛を刻んだそれをシャドウは拾う。

 

 

 

「やらなければならない事と『教団』を許せない事が一つずつ増えたな」

 

 口調は静かだが怒りの籠った声と青い宝石の入った短剣を力強く握るシド。

 

「ええ、そうね……」

 

 アルファはそんなシドの背中に手を置きながら答える。

 

「(貴方は本当に……優しい人……)」

 

 堪らず、背中からアルファはシドを抱き締めたのであった……。

 



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四話

 

 

 

 前からカゲノー家に生まれた神童であり、超天才魔剣士姉弟、そしてクレアに俺が『英雄の子孫であるかもしれない』と俺がアルファたちと共に広めた流言もあってそれを確認、『ディアボロス細胞』の持ち主ならば拉致って、実験材料にすべくこちらへと手先を放った『ディアボロス教団』の支部のアジトを俺は逆に強襲した。

 

 その支部のアジトの責任者は王都――人口百万人を超える大都市にて近衛を務めたオルバ子爵。

 

 結構な地位と職務を得ている彼が『ディアボロス教団』の手先となった理由は彼の一人娘であるミリアが〈悪魔憑き〉、『ディアボロス細胞の暴走』による自滅症状が出始めたからである。

 

 こうした経緯からしても『教団』は王都にもその勢力を有しているのは確定。

 

 又、オルバ子爵にその配下を全滅させた後、アジト内を探れば様々な資料が残っていてオルバ子爵を殺す前、彼が使っていた使用者の魔力を莫大な域に強化し、いわゆる『覚醒状態』にする薬剤の事、『ディアボロス細胞の所有者』と思われる候補者の調査書や他にも『ディアボロス・チルドレン』に関する資料もあった。

 

 『ディアボロス・チルドレン』というのは孤児や貧しい平民の子からわずかでも魔力適性があれば施設に送り、厳しい訓練と洗脳教育、薬剤投与を繰り返して自らの私兵にするというものである。

 

 又、オルバの私室には娘であるミリアの回復を信じた彼による遺書や日記、ミリアが治療を受けている王都にある教団の関係施設の場所の地図などが残されていた。

 

 そうした物があったのは親としての情や人としてのまともな部分があり、悪魔に魂を売りながらも彼なりの抵抗なのだろう。

 

 当たり前だが教団はオルバを従わせるため、一応ミリア嬢に対して治療をしているようだ。

 

 元を辿ればそれは当たり前の話であるのだが、しかして日記に書かれたミリア嬢の治療状況からすればわざと遅々とした治療をしているようである。

 

 だが、俺がオルバを殺した事が知られれば一気に態度を変えるだろう。ミリア嬢をすぐさま実験材料にするに違いない。だからこそ、救出するならばその猶予は僅かだ。

 

 本来ならば俺たちは世界中を移動しながら、もっと『ディアボロス細胞の所有者』の保護に『教団』についての更なる調査に妨害をして対抗していく算段であったが……。

 

 

 

「すまないが、予定を変える必要が出来た。オルバ子爵の娘、ミリアを助けるために……そして、そのためには相当に危険を冒さなければならない。だが、どうか俺に力を貸してほしい。お前たちの力が必要なんだ」

 

 俺はアルファたちを集めて頼み込んだ。あくまで俺の自己満足でしかないが、オルバ子爵の娘に対しての献身、娘のために悪魔に魂を売る等、全てを捧げたその覚悟を報われるようにしたいと思ったのだ。

 

 だが、ミリア嬢を救出するためには王都にあるアジトに踏み込まねばならず、下手な事は出来ない。一歩間違えば教団どころか王都の騎士団ですら敵に回すようになり、危険度は更に増すようになる。

 

 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とは言うが、あまりにも虎穴の規模がでか過ぎる。リスクが高いので俺はアルファたちへと相応の態度を示しながら、頭を下げて協力を頼む。

 

「……もう、本当にしょうがない人。シド、貴方のそういうところは美徳だけれどでももっと、私達を信頼してよ、頼ってよ……言われなくても私は貴方を支えるためにいるんだから」

 

 アルファは頭を深く下げている俺へと近づき、俺の顔を取ると微笑みかけながら口づけしてきた。

 

 

 

「言われなくたってこの力……どこまでもお貸しします」

 

「私は力ではなく、頭脳になりますがそれでも、使ってください」

 

「ボスはもっと、堂々とデルタたちに命令してくれれば良いのです」

 

「どこまでも尽くします。主様」

 

「この身全て、主に救われた時から貴方のものです」

 

「……マスターの為なら、頑張る」

 

 アルファの行動を切っ掛けにベータたちもそれぞれ、俺へと言葉をかけながら口づけてきた。

 

 

 

「ありがとうな、皆。俺は本当に果報者だ……」

 

 そして、俺はそう言いながらアルファたちの行動に応えるべく、全員にそれぞれ、抱き締めながら口づけする。

 

「では一度、教団の懐に潜り込むとしようか」

 

 

『はっ!!』

 

 そうして俺たちは王都に潜り込み、ミリア嬢を救うための計画を練りつつ、準備を始めるのであった……。

 

 

 

 

 



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五話

 

 雲一つ無く、天にて輝く太陽――今日は文句無く、晴天であり、空気も爽やか。

 

 旅立つ日としてはこれ以上無い日である。

 

 そう、今日はカゲノー家の長女であるクレア・カゲノーがミドガル魔剣士学園へと通うため、ミドガル王国王都へと向かう日であり、更にはシドも又、姉と同じく魔剣士学園へと通う事になる日を帰還の期日にし、世界へと自分の身一つ(実際は『シャドウガーデン』のアルファたちと活動するが)で修行の旅へと出る日である。

 

 なので屋敷の外では旅立とうとしているクレアとシドを見送るために父に母、その他、使用人などカゲノー家の関係者が総出で見送りを始めていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、姉さん。気を付けて」

 

「貴方の方こそね、シド」

 

 シドとクレアは抱き合いながら、声を掛け合う。

 

「全く、こういう時に限って我儘を言うんだから……約束はちゃんと守ってもらうからね」

 

「分かってるよ」

 

 シドとクレアは離れると、クレアは不満気味に念を押すような口調で言葉をかけ、シドは苦笑した。

 

 シドが旅に出るといった際、彼の父は『おおっ、そうか。流石は俺の息子……男らしい』とダンディズムを出しながら、涙を流す。

 

『うーん、まぁ今まで我儘一つ無かったものねぇ。シドは器用だから大丈夫だろうし』

 

 母は悩みながらも息子であるシドの決意の固さもあって、最後には認めた。

 

 そしてクレアは一番、旅立つというシドに対して今も納得いかないながら彼が15歳になり、ミドガル魔剣士学園に入学したときはちゃんと自分に付き合うというそうした約束を交わした事で旅立つ許可を出したのである。

 

「それじゃあ、行ってくるわ」

 

「うん、俺も行ってくるよ」

 

『行ってらっしゃい』

 

 ともかくそうして、シドとクレアはお互いへ、見送る者たちへと言葉をかけながらそれぞれ動き出し、見送る者たちはその背中へと声をかける。

 

 そして自分の屋敷を旅立ち、アルファ達との集合場所にて……。

 

「いよいよね」

 

「ああ、作戦開始だ」

 

 

 クレアと行き方こそは違うが、シドたちはオルバ子爵の娘であるミリア救出を優先に世界で暗躍する組織、『ディアボロス教団』の重要施設があるミドガル王国王都へと向かうのであった……。

 

 

 

2

 

 

 ミドガル王国王都は人口百万人を超える大都市であり、魔剣士のための学校や学者のための学校があるなど教育機関も発展しており、更には『ブシン祭』という剣技大会があるなどとにもかくにも多くの人が生活模様を繰り広げており、様々な人が行き交う都市である。

 

 そんな大都市の地下にて潜みながら、自らの野望のために行動する者が居た。

 

「ふん……もう、良いだろう。此処まで待って何も無いとなるとオルバの奴はしくじったようだ。あれは実験材料にさせてもらうとしよう」

 

 見綺麗に整えられた金髪、端整な顔立ちの青年がそう、王国王都にある地下施設の中で呟く。

 

 更に言えば、青年こそこの施設の投資者であり責任者だ。

 

 この施設は彼が仕える王国とは別の組織のためのものであり、彼にとっては真に仕えるべき組織のための施設。

 

 この施設にて成果を上げ、今以上の地位も名誉も富も……すべてを手に入れ、己が欲望を果たすために行動している。

 

「(ふふふ、あともう少しだ)」

 

 準備は整いつつある、もうじき『教団』が満足する実績を積めると思いを馳せていると……。

 

 

「おやおや……オルバ子爵でも驚いたがまさか、このミドガル王国王都で優秀な剣術指南役であるゼノン・グリフィ様まで『ディアボロス教団』の手先とは……俺の思う以上に『教団』の根は深いようだな」

 

「っ!? 君は誰だ……そして、どうやって此処まで……それになぜ、教団の事を……」

 

 ゼノン・グリフィは突如として現れた顔には黒い仮面、体には黒い鎧とスーツ、手には黒い剣と純黒の化身のような少年に驚くと共に戸惑う。

 

「俺の名はシャドウ、『シャドウガーデン』の首領をしている……目的は『ディアボロス教団』の壊滅だ」

 

「……ふ、そうかそう言えば何やら幾つかの小規模拠点を潰している者が居るとは聞いていたが、それが君か……言っておくが君たちが潰した拠点の中には教団の主力は一人もいない。雑魚を潰した程度で良い気になるとはお笑いだ」

 

 すぐさまゼノンは思考を落ち着かせると腰の鞘から剣を抜き放ちつつ、シャドウと名乗った少年にそう、言葉をかける。

 

「ああ、そうだな。随分と手応えが無くて拍子抜けしていたところだ。だから、剣術指南役である貴方ならば相手に不足は無いだろう。是非とも、その実力を見せてくれ……いや、ご指導願おうか?」

 

「くく、良いだろう。この次期ラウンズ第12席ゼノン・グリフィが稽古をつけてやろう。お代は君の命だっ!!」

 

 そうして、自然体で構えるシャドウに対しゼノンは向かっていき剣を振り下ろした。

 

「それはお断りだ」

 

「っ!?」

 

 剣を軽く滑り込ませるようにしてゼノンの振り下ろした一撃を容易く受け流す。

 

「なるほど、少しはやるようだっ!!」

 

 受け流されながらも次なる一閃をシャドウへと見舞うゼノン。

 

 

「そっちは調子が悪いようだな」

 

「んなっ!?」

 

 しかし、その一閃はまるで擦り抜けるかのようにシャドウの体を通り過ぎてしまう。超絶的な微細な体捌きにより、芯をわずかにずらす事でゼノンの一閃の隙間に身を入り込ませたのである。

 

「どうした、調子が悪いようならこっちも手加減しようか?」

 

「良いだろう、小規模とはいえ拠点を多数潰しただけの実力はあるらしい。お望み通り、本気を出してやるっ!!」

 

 シャドウの問いかけにゼノンは怒り混じりの叫びと共に尋常ならざる膨大な魔力を発しながら、それを剣に伝導する。

 

「おおおおっ!!」

 

 そして、シャドウへと向かっていき、正しく()()()()()()()を繰り出すもシャドウはそれを容易く捌くと共に……。

 

「(っ、消え……っ!?)」

 

 シャドウの姿が急に消えたかと思えば彼にとっては()()()()()()()()()()が彼の視界の隅にて輝く。

 

「うぐぅぅぅっ!?」

 

 超絶的な反射行動でゼノンはシャドウの放った一閃を回避したが、それでも回避しきれずに浅くない傷を刻みつけられた。

 

「流石に少しは目が覚めたようだな」

 

「ば、馬鹿な……今のはアイリス王女の剣そのものだった……いったい、どうやって」

 

 シャドウの指摘に驚愕を込めてゼノンは問いかける。彼が言うようにシャドウが返し技として放った一閃はこの国の王女であり、ブシン祭の優勝者であると共に天才に鬼才、王国最強とも呼ばれるアイリスのそれであった。

 

 いや、全体的な完成度はアイリス本人よりも上回っている。

 

「お目にかかる機会があり、使えそうだったから、覚えただけだ。さあ、もう稽古は終わりだ。出し惜しみせず、オルバ子爵のように覚醒するなら、しろよ」

 

 

「っ、くくく……そこまで言うなら応えようじゃないか。だが、オルバと一緒にするなよ。常人ではその力を扱いきれず、やがて自滅し死に至るが私は違う。その圧倒的な力を制御できるんだ」

 

 ゼノンは懐から錠剤を大量に取り出し、一気に飲み込んだ。

 

 

「これが覚醒者3rd……最強の力を見せてやる」

 

 ゼノンの体はオルバのように異形の巨体となりながら、その魔力は暴風として溢れ出す。さらにシャドウにつけられた傷も一瞬で再生した。

 

「やってみろ」

 

「おおおおっ!!」

 

 シャドウの言葉に答えるようにゼノンは凄まじい速さで動き、そして……。

 

「ごばっ!?」

 

 ゼノンの一閃ごと、シャドウの繰り出した鋭き刺突がゼノンの腹部を貫くと共に背中に爆発が生じ、骨に内容物、肉片に鮮血が周囲にぶちまかれた。

 

 刺突が体内へと炸裂した瞬間にシャドウが魔力を流し込み、ゼノンの荒れ狂う魔力の流れを強制的に遮断したためである。

 

「お前の最強は随分と脆かったな」

 

 そう言いながら、シャドウことシドはこの場を去り、先にミリアを確保し、撤退の準備をしているアルファたちと合流すると闇夜の王都の中を去り始める。

 

 

 少しして王都は剣術指南役ゼノン・グリフィが失踪した事で大騒ぎになるのであった……。

 

 



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六話

 

 

 ミドガル王国王都にて衝撃的事件が起こり、膨大な人口もあって喧噪の規模もとんでもないことになっていた。それもそうだろう……この王都にて主流となっている剣術であり、元は伝統的な側面が強かったブシン流を実戦的なものとした王都ブシン流へと改良し、伝えるのに重大な役割を担っていた剣術指南役であるゼノン・グリフィが謎の失踪をしたのだから。

 

 近頃はアイリス・ミドガル王女の妹であるアレクシア・ミドガルの婚約候補者として有力だとも言われる程であったために彼が失踪して一週間以上というのに今でも喧騒は収まらない。

 

 そして騒がしいのは王都の市民や王国関係者だけでなく……。

 

「ゼノン・グリフィめ……まさか、やられたというのか」

 

 ゼノンが投資し、建設した地下施設――ゼノンは世界で暗躍する『ディアボロス教団』に貢献し続けており、実績次第で次期幹部の座を約束されているほどの大物。更には施設で行っている様々な実験と研究は『教団』にとっても重要なものであった。

 

 そのために様子を探ることもそうだが、可能なら研究資料などを回収する事を命令された部隊がその役割を果たしに来たのだが……。

 

『んなっ!?』

 

 施設の中へ入った部隊は無造作に転がっている自分たちの仲間の凄惨な場面を目撃し、絶句した。

 

 圧倒的な蹂躙により、人の形すらしていない死体が多くあったのだ。ともかく、全てを探ろうと……特に研究施設の中へと入ろうとその部屋の扉を開けた瞬間……。

 

『は?』

 

 何かが切れる音が聞こえたのと奥の壁に血文字で書かれた『大まぬけ』という文字が目に入る。

 

 そして強烈な発光……。

 

 発光の直後に大爆発が起こり、その炎は施設内にばらまかれた燃料に引火し、一気に大火災を巻き起こし施設中を焼き尽くしたのであった。

 

 そう、『シャドウガーデン』の首領シドは撤退の準備と同時にもう一つ、即席のトラップを用いた破壊工作も行っていたのだ。

 

 こうして調査と回収を任務とした部隊はその役割を達成することなく、全滅した。

 

 王都では地震のような揺れが起こった事で一時の騒ぎとはなったが……。

 

 

 

2

 

 

 

 

 その少女は幸せだった……彼女の母は彼女が幼い時には亡くなっていたが、それでも彼女の父親がその分、いっぱいの愛を与えて育ててくれたからだ。

 

 王都で近衛の一人と会って忙しく、会えないこともあったがそれでもなるべく傍に居てくれた。

 

「お父さん、私頑張っていずれ、お父さんに楽をさせてあげるからね」

 

「ありがとう、その気持ちだけで十分だ」

 

 少女は15歳となり、彼女の父親が近衛として仕えている王都にある魔剣士のための学園へと入学するとそれを祝われながらも将来は父親に孝行する事を伝え、それは喜ばれた。

 

 祝いとして贈られた短剣を大事にすると誓いながら、学園生活を送ろうとしていた矢先……。

 

「ぅ……あ、はっ……い、痛い……」

 

 最初は魔力を扱いづらくなり、次には魔力の制御が不安定となって、魔力を扱うだけで痛みが走るようになり、そうして体が黒ずみ腐り始めていった。

 

「こ、これはまさか……あ、〈悪魔憑き〉……し、心配するなミリア……父さんが必ず、お前を治してやるからな」

 

 寝たきりとなりながら苦しみ、体を腐らせていく娘ミリアに対し父であるオルバはそうして、悪魔に魂を売ることを誓った。

 

「(駄目……お父さん……)」

 

 ミリアはおぼろげな視界の中で父の悲痛な覚悟を秘めた目を見て、止めようとしたが声に出せなかった。

 

 ミリアはこの後、只々夢の中を彷徨っていたが……。

 

「っ……え、あれ、私は……」

 

 ふと目を覚ますと知らない空間の部屋の中で寝台に寝かされていた。そして次に感じたのは痛みが無い事とまるで生まれ変わったかのような爽快感、膨大な魔力が馴染んでいるような感覚もあった。

 

「起きたみたいね……」

 

「(綺麗な人……)貴女は……エルフですよね……えっと、此処は?」

 

「私はアルファよ。ちょっと待ってて、貴女の疑問と貴女に起こった全てを説明してくれる人を呼ぶから」

 

 傍に居てアルファと名乗ったエルフの少女は自分に微笑むと部屋の扉前まで行き……『シド、彼女が起きたわよ』と声をかけ、扉の外から『分かった』という少年の声らしきそれを聞きながら、扉を開けつつ、離れて傍の壁の方へ……。

 

「おはよう、そして初めましてミリア嬢……カゲノー男爵の息子、シド・カゲノーだ」

 

「は、初めまして。ミリアです」

 

 扉を閉めて中に入り、丁寧に礼をしてシドが自己紹介してきたので自分もそれを返す。

 

「それじゃあ、状況説明をさせてもらう。君の父、オルバ子爵の事も含めて……」

 

 そうして、シドはミリアへ『ディアボロス教団』、『〈悪魔憑き〉』など全ての事を話し、自分たちが『シャドウガーデン』として『ディアボロス教団』と戦っている事も含めて話始める。

 

 自分がオルバ子爵を討った仇である事も隠さず、全てだ。

 

 

 

「……そんな……お父さん……」

 

 ミリアは衝撃的すぎる事実の連続に戸惑いながら、涙を流し始める。

 

「これからどうするかは君の自由だ。勿論、俺に対して復讐するのもな。その資格が君にはある。整理する時間も居るだろう……これを読んでおくと良い」

 

 そうして、シドはミリアが体を腐らせ、寝たきり状態ながらにずっと持っていたオルバから贈られた赤い宝石の入った短剣にオルバが持っていた短剣、オルバの日記とミリアにあてた遺書であるため、封を切っていないそれをミリアへと渡す。

 

「これだけは言っておく……すべてを犠牲にしてでも君を救おうとしたオルバ子爵の親としての愛に俺は敬意を表している」

 

 シドはミリアから離れ、部屋を立ち去り始めアルファはそれに続いてシドと共に部屋から立ち去り、扉を閉める。

 

「お父さん……」

 

 ミリアはオルバが残した日記と遺書を読み始め……声にならない声を持って慟哭した。

 

 それをアジトとしている廃村、ミリアがいる家の辺りからシド、彼に寄り添うアルファは聞く。

 

「……(救えたつもりか、馬鹿が)」

 

 シドはミリアの慟哭を聞くそれを自分の罰として実質的には救えておらず、自分は救世主ではないと深く戒めつつ、体を自噴によって震わせ。両拳を血が滲むほどに握りしめ、歯も噛み砕かんほどに噛み締め、口の端から血を流す。

 

「……」

 

 アルファはそんな彼に言葉をかけず、しかし抱擁をして深く寄り添った。

 

 

 

 

 

 

そして……。

 

「シドさん……私も『シャドウガーデン』の一人として、『教団』と戦わせてください。悪いのは全て、教団ですから……」

 

 ミリアの居る家に入れば、彼女はそう決意を込めた瞳でシドを見据え、告げる。

 

「分かった……なら、これからは君の名前はシータだ」

 

 シドはミリアに頷きながら、『シャドウガーデン』の仲間であるシータとして迎え入れたのであった……。

 




 この作品ではミリアが『シャドウガーデン』のシータになります。


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七話

 

 この世界でいう〈悪魔憑き〉の状態となっていたオルバ子爵の娘、ミリアを救出した『シャドウガーデン』。

 

 ミリアは『シャドウガーデン』の首領であるシャドウことシド・カゲノーと父親であるオルバが残した遺書と日記よりこの世界で隠された真実であり、『悪』。

 

 その『悪』に魂を売るほどに自分を愛してくれたオルバの愛を知り、そうしてミリアは新たな『シャドウガーデン』の仲間、シータとなることを決めた。

 

 王国王都の『ディアボロス教団』のアジトと口ぶりから次期幹部であったゼノンを倒した事で無視できない被害を教団に与える事は出来たがそれでも組織力は教団の方が上なのは明白。

 

 対抗するためにも情報収集もそうだが、更なる戦力の増強や資金力に政治力、組織としての秘匿性を手に入れる事が急務であった。無論、本拠地を手に入れる事もだが……。

 

 とりあえずは世界を旅しながら、表立って情報収集や資金力などを得られるようにシドはアルファ達と共に『商隊』や『傭兵』などを兼ねる『旅団』として活動するようにした。

 

 無論、裏では『シャドウガーデン』としての活動もする。

 

 首領であるシドはシャドウガーデンの総指揮と統括を担当し、副首領のアルファはその補佐。

 

 ベータは情報の分析と記録、教団の調査と〈悪魔憑き〉の救助を担当。

 

 ガンマはガーデン全体の運営と調整を担当。

 

 デルタは戦闘要員であり、イプシロンはシータと共に〈悪魔憑き〉の救助における実働要員として様々な局面のバックアップを担当する。

 

 ゼータは全体的な諜報要員であり、本拠地に最適な場所も探してもらっている。

 

 イータはガーデンに有益な研究と建築のための開発担当だ。

 

 

 本拠地は未だに獲得は出来ていないが、それでも自らの転生前の世界での技術や文化をシドは惜しみ無く使って、ディアボロス教団と戦いながら表でも裏でも組織力を発展させていく。

 

 そして、今日も又……。

 

「やあっ!!」

 

 『旅団』として世界を旅しながら、ゼータの調査力もあって本拠地としてはともかく、仮の拠点として使うには十分な場所、そこから少し離れたところでシドを相手に『シャドウガーデン』の戦闘要員であるデルタは果敢に突撃する。

 

 元々、狩りをしながら日々を過ごす獣人が故か戦闘的行為をしていなければ血が疼いてしまうらしく、シドはガス抜きも兼ねてデルタと鍛錬を重ねる事が多い。

 

「ふっ!!」

 

「はあっ!!」

 

「せやあっ!!」

 

 デルタに合わせるようにアルファにベータ、イプシロンとシータがそれぞれシドへと攻めかかっていく。

 

 彼女たちも又、教団との戦闘を重ねる役割を持つのでシドによる鍛錬を重ねている。

 

 他にも彼女達だけでなく、定期的にガンマ、ゼータ、イータも必要最低限の鍛錬をシドは課しているが……。

 

 そして、シド以外の全員、ディアボロス細胞の所有者であるために常人より遥かに膨大な魔力を有していて、それを使うだけでも並大抵の相手なら簡単に屠れるだけのものは有している。

 

 

 

 現在……アルファにベータ、デルタにイプシロンとシータは全員その膨大な魔力を存分に駆使してシドへと挑みかかっている。

 

 対するシドは『魔力』の使用を封じた状態、更に手にする武器もアルファたちは魔力伝導性に優れるスライムを加工した武具を使っているのに対し、伝導性もくそもない木剣を用いて対抗していた。

 

 曰く、魔力を封じられた状態での戦闘経験を重ねるためであり、更なる技量と戦闘感覚を養うため……前提的なものとしてシドは日々、日常の生活を送る中でも体内で魔力を圧縮し、爆発を高速に繰り返して蓄積し、それを練り上げ溜め込み続けている事で量も質も上げ続けているし毎日、少しの時間を割いてでも作っている鍛錬の時間においてはその魔力を己が血に変えるが如く、馴染ませ続けている。

 

 それもあって、シドの肉体も魔力に適応するために『器』としての進化をし続けていた。

 

 つまり、魔力による強化をせずとも常人を超えた強度を有しているのだ。

 

 無論、この鍛錬中において魔力による強化をしているアルファ達とはそれでもスペックでは遥かに劣っているのだが……。

 

 そう、普通なら瞬く間にアルファ達に叩きのめされるのは確実な状態なのに……。

 

 

「はあっ!!」

 

 シドが木剣を踊らせる。それだけで……。

 

「きゃうんっ!?」

 

「っ!?」

 

「うっ!?」

 

「まさかっ!?」

 

「嘘……っ」

 

 

 魔性の絶技ともいうべき域にあるシドの剣技によって踊る木剣はアルファたちの攻撃を捌き、反撃を炸裂させる事で勝機を手繰り寄せた。

 

「良し、今日はこの辺で良いだろう」

 

 わずか数分で一対五という劣勢状況を覆し、勝利を掴むとそう、アルファ達へと告げる。何故ならこの後、イプシロンとシータが掴んだ〈悪魔憑き〉を運び込んだ『ディアボロス教団』のアジトへと踏み込む。

 

 今回の鍛錬は戦闘前の準備運動を兼ねるので軽いものであった。

 

『はっ、シャドウ様』

 

 デルタはシャドウの揺るぎない力に感動すらしながら、他も全く底が見えないどころかさらに力を求めるシャドウの意思に震えすらしながらも彼を支えるべく、動き出すのであった……。

 

 

 

 

 

 

2

 

 

 自分は自分の仕える国に忠誠を捧げ、奉仕してきた。それは確かに評価され、地位も名誉も得てきたのだが……それは一瞬にして文字通り、崩れ落ちた。自らの身すらも……。

 

 しかし……。

 

「安心しろ、これでもう大丈夫だ」

 

 自分の前に現れた存在――シド・カゲノーと名乗る少年により、自分は復活させられる。

 

 そして元はベガルタ帝国所属の高位軍人であり、諜報員として活動していた事もある長い髪を後ろで結った褐色のエルフはその目でシドに王としての資質を見た。

 

 シドに従うアルファたちの言葉、ディアボロス教団の事など全てを聞いた褐色のエルフは……。

 

「消えるはずだったこの命、シド様……貴方たちに捧げよう」

 

「そういう事なら歓迎させてもらうよ……これから貴女の名はラムダだ」

 

 こうしてシドは教官として優れている上、諜報員として活動していた事で各国の風土から情勢に詳しく、軍事顧問をも務められる優秀なラムダを手に入れることが出来たのであった……。

 



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八話

 

 

Λ

 

 

 

 表の顔としてこの世界にて『商隊』と『傭兵』を兼ねる『旅団』として活動している『シャドウガーデン』。

 

 その『傭兵』活動をする中で特に頼りになるのが元ベガルタ帝国の高位軍人であるラムダだ。彼女は『シャドウガーデン』へと入る新人の教官となり、訓練をし、それぞれの能力に適した部隊への編制、諜報員として活躍していた事でこの世界の国々や地理などに詳しく、更には軍事顧問としての相談役を務めるなど軍務においては多岐にわたっての活躍をするほどの能力を有していた。

 

「ラムダ、お前は『剣の国』とも呼ばれているベガルタ帝国に仕えていたんだったな?」

 

「はっ、シド様。その通りです」

 

 ラムダへとシドは近づき、声をかけるとラムダは主に対する態度を取りながら、頷く。

 

 因みに『シャドウガーデン』として活動中はシドはシャドウと呼ばせているが、普段、拠点内の時などはシドと呼ばせていたりする。

 

「それじゃあ、ベガルタの剣術も修めているな?」

 

「はい、勿論……」

 

「それじゃあ、ベガルタの剣術を俺に教えてくれ。よろしく頼む」

 

「あ、頭を上げてくださいシド様。そうまでされずとも貴方の命に応じます」

 

 深々と頭を下げたシドに狼狽えながら、ラムダは言った。

 

「教えを請おうという者がその講師に対してちゃんとした態度を取らないのは間違っているだろう。ともかく、頼む」

 

「わ、分かりましたから……」

 

 自分の主でありながら、今も頭を深々と下げてくるシドにラムダは困りながらも『(なんて、実直な方……)』とシドの人柄に惹かれていた。

 

 そうして、シドはラムダにベガルタで主流な剣術の型を見せてもらい、更には指導を受けながらその型の一つ一つ、手から足捌きに至るまでゆっくりと動かしながら、魂にまで刻むが如く、実践していく……。

 

 技術を手に入れるために相応以上の努力を捧げるという当たり前の行為を凄まじい念を込めて行っていた。

 

「……(なんて、凄まじい)」

 

 努力するシドの姿はラムダにとって、いや武を極めようとする者からすれば圧倒的な程に美しい。

 

 まるで武の頂へと昇るのではなく、行く先も決められた進路さえ見えないどこまでも広がる大海原を進むが如き、努力の積み上げや強さの果ての果てをどこまでも目指そうというシドの超絶的な熱意にラムダは指導しながらも魅了されていく。

 

「む、この辺にしておいた方が良いか……ラムダ、剣術の指導ありがとう。とても分かりやすかった」

 

「も、勿体なきお言葉……シド様のお役に立てて光栄です」

 

 夕暮れ近くになったのでシドは鍛錬を終えるとラムダに対し、頭を深々と下げて礼をし、ラムダも又、それに倣う。

 

「ラムダ、俺はまだまだ未熟で若輩者だ……だから優秀な軍人であるお前が居てくれてとても助かっている。そして、これからもお前の力を貸してほしい」

 

「……っ、シド様、私の力もこの身も命も貴方様に助けられた時より、シド様の物です。お好きにお使いください」

 

 改めて頭を下げるシドに対し仕える者としての幸福を感じ、シドに仕える事が出来た幸運に感謝しながら、ラムダは言う。

 

「ありがとう」

 

「こちらこそ」

 

 そうして、シドとラムダは微笑み合いながら、拠点内へと戻ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

Θ

 

 

 

 

 『シャドウガーデン』のメンバーの一人、シータの正体はミドガル王国王都で近衛を務め、『ブシン祭』の決勝大会にまで出場したオルバ子爵の娘であるミリアだ。

 

 少し前まで彼女は〈悪魔憑き〉としてその身を腐らせ、苦しんでいた上、『教団』による遅々とした治療を受けながら『教団』がオルバを操るための道具として扱われた。

 

 そんな彼女をシドは敵対したオルバの意を汲んで救出し、自分がオルバを殺した仇である事も含めて事情を全て話し、彼女はオルバの遺書と日記を読んだのもあって、『シャドウガーデン』へと入ったのである。

 

 シドがオルバを殺した仇であるという事については複雑な思いが無いでもないが、『私が討たれるのは報いだから、復讐など考えるな』というオルバの遺書の文面や何より、誰に対しても誠心誠意、実直に対応するシドの人格に惹かれている事、そもそもの発端は『ディアボロス教団』である事もあって現在、彼女は『シャドウガーデン』の者として力を尽くしている。

 

「どうだ、ミリアさん? ここでの生活は……」

 

 今……そんなミリアにシドは『話がしたい』と言い、『シャドウガーデン』としてではなく、只のシドとミリアの2人としての話合いをしていた。

 

 

「はい、やりがいがあってとても良いですよ。そして、ありがとうございますシドさん……沢山世話してもらった上にこうして、気にかけてもらって……」

 

「いや、俺は当然の事をしているだけだ……それに礼を言うのもこちらの方だよ……仲間として協力してもらっている事、感謝してもしきれない。本当にありがとう」

 

「……私の方こそ、ありがとうございます」

 

 シドはミリアへと深々と頭を下げて礼を言い、どこまでも実直で他者に対し、誠心誠意の対応をする彼に改めて心惹かれながら、礼を返した。

 

()()()()()、私はこの身の全て、貴方に捧げます」

 

「喜んで受け取らせてもらうぞ、シータ」

 

 そうして、改めてミリアはシータとして今後も『シャドウガーデン』として尽くす事を誓い、シドはシャドウとして彼女の意に応じたのであった……。

 

 

 

 

η

 

 

 

 『シャドウガーデン』において建築や開発といったものを担うのはイータである。彼女の優秀さはシドが語る転生前の文化、『科学』を再現してしまえるほどに高い。そして、暇さえあればと言わんばかりにシドから『科学』について聞き、学んでいたりもする。

 

 そうして、今日も開発室にてシドが持ってきた『科学』を再現しようとシドと共に作業をしていた時……。

 

「ふわぁ……」

 

 イータは眠気による欠伸をした。

 

「眠そうだな」

 

「うん、眠い……」

 

「そうか、ならここまでにしよう。存分に寝てくれ」

 

 

「ありがとう、マスター……あの……」

 

「どうした?」

 

 作業を打ち切り、シドはイータに眠ってもらおうとしたが、イータは何か思い至ったとばかりの表情で声をかけてきた。

 

 

 

「その……前にデルタが言ってた、マスターの膝枕が気持ち良かったって……試して良い?」

 

「別に構わないぞ。お気に召してくれると良いが……」

 

 いつでも寝られるように研究室においてあるベットにシドは腰掛けながら、イータの問いに応じた。

 

 

 

「ありがとう、マスター……おおっ、すぴー」

 

 イータはシドの膝の上に寝っ転がるとその感触になにやら、ご機嫌となりそのまますぐ、心地良さげな表情となって眠りについた。

 

「もう寝るとは流石に早いぞ……良い夢をな、イータ」

 

「……マスター、大好きぃ」

 

 シドは苦笑しながらもイータの頭を優しく撫でつつ、声をかけ、イータは眠りながらも与えられた優しさに頬を緩めて、声を出す。

 

 そうしてシドはゆっくりとイータの体を動かしてベットへと移して寝かせ、毛布を被せると最後に頭を撫でて部屋を去ったのであった……。

 



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九話

 

 ζ

 

 

『シャドウガーデン』において全体的な諜報活動を担いながら、そして人が徐々に増えつつあるこの組織のため、本拠地として使える場所を探し続けているのは猫の獣人であるゼータだ。

 

「これが今回の成果になります。主」

 

 諜報活動から戻ってきたゼータは手に入れた情報や、本拠地として使えそうな場所をまとめた資料などをシドへと渡す。

 

「任務、ご苦労……本当にお前には苦労をかけているなゼータ。お前の働きに報いてやりたいが、何か望みはあるか?」

 

「……そ、それじゃあ……」

 

 シドはゼータから成果を受け取りながら、望みを訪ねるとためらいがちにゼータは自分の溜め込んでいた望みを言う。

 

「こんなもので良いのか?」

 

「ぅ……ふ、ん……はい、十分です」

 

 寝台の上に座ったシドが自分へと寄り添うゼータに対し、頭や耳、首や顎、尻尾などを撫で回し、あるいは揉み解すなど可愛がっていく。それに対し、ゼータは満足そうに目を細め、喉を鳴らして受け入れ、甘える。

 

「主、失礼します」

 

「ぅ、お……ふふ、くすぐったいぞゼータ」

 

 更にゼータはシドへと身を寄せ、顔を舐めたり、首元に甘噛み、尻尾を巻き付け、あるいは尻尾でシドの体を撫でるなどいわゆる、マーキングのような行為までしていく。

 

「すみません……でも、こうしてるだけで幸せになれるんです」

 

「そうか、ならこれからも甘えたいときに甘えてこい。それくらいの甲斐性は持っているつもりだ」

 

「お言葉に甘えさせてもらいます、主」

 

 シドが受け入れてくれた事で彼へと抱き着き、ゼータは幸せそうに微笑んだのだった……。

 

 

 

 

ε

 

 

 

 

『シャドウガーデン』においてその器用さと優秀さで様々な方面のバックアップを行っているのはイプシロンである。

 

「主様、紅茶をお持ちしました」

 

「ああ、ありがとう。相変わらず気が利くな、イプシロン」

 

 書類仕事をしているシドの元へとイプシロンは訪れ、トレーに乗せた紅茶入りのカップを持ち、シドの机に置く。

 

「それほどでもありませんわ」

 

 シドの言葉に嬉しそうにしながら、答えるイプシロン。

 

「うん、美味しい……イプシロン、お前背が伸びたな」

 

 シドはイプシロンが淹れた紅茶の味を褒めながら、ふと彼女を見つめ、そう言った。

 

「え、そ、そうでしょうか?」

 

「ああ、それに背だけじゃなく、全体的なスタイルも良くなったな。より魅力的になった。勿論、イプシロンは元から魅力的だが……」

 

「……ちょ、も、もぅ……お戯れを……そんなに褒められたら、イプシロンは困ってしまいますわ」

 

 イプシロンはシドから褒めちぎられ、顔を赤くし喜びが隠しきれず、頬を緩める。

 

 因みにイプシロンは全体的なスタイルを日々、磨き続けている魔力制御能力でスライムを変化させる事で徐々に成長しているように見せていた。

 

 無論、シドはその事に気づいているが指摘する程、野暮ではない。

 

「魅力的なイプシロンに世話してもらえて、俺は幸せな男だなって実感してるんだ」

 

「……ではもっともっと魅力的になって、もっともっと主様を幸せにさせていただきますね」

 

「そうか、じゃあ期待させてもらおう」

 

 

 至福だと言わんばかりの満面の笑みを浮かべて誓うイプシロンにシドも微笑みながら、言葉を返すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

δ

 

 

 とある場所に存在する古ぼけた砦――千人近くという大勢力を有する盗賊団がそこを拠点に周辺の国の村や町を襲撃しており、一般市民たちの平穏を脅かしていた。

 

 しかし……。

 

 

「がるるるぅぅあぁぁぁぁっ!!」

 

 そんな盗賊団を獲物とし、猟犬が縦横無尽に駆け回りながら爪を振るっては切り裂き、牙を持って、噛み千切る。次から次へと盗賊団を貪っていった。

 

 だが、盗賊団にとっての脅威は猟犬だけでなく……。

 

 

「ふっ!!」

 

 それは言うなら戦鬼だろう。猟犬と共に戦場を縦横無尽に動いては拳と足を唸らせ、盗賊団を打撃によって破壊していく。

 

『ぎゃああああっ!!』

 

 悲鳴や懇願、断末魔の叫びを上げる盗賊団であったが、情けも容赦もなく、猟犬とそれを従える戦鬼は蹂躙し尽くし、全滅させる。

 

 そして……。

 

 

 

 

「ふぅ……これで終わりだな。デルタ、良くやったな」

 

 デルタと共に表の仕事として、行っている傭兵として盗賊団の討伐を終えたシドは息を吐くと共に意識を切替え、デルタに声をかける。

 

 今回、デルタが前から『ボスと二人で狩りに行きたい』とお願いしてきたのでそれを叶えるために盗賊団討伐の仕事を二人で行う事にし、デルタの動きに合わせるために徒手空拳にて戦ったのだ。

 

 「えへへ、ボスー!!」

 

「うおっ、ま、待てデルタ……せめて、体を拭いてから……」

 

 返り血塗れなままにデルタは興奮状態でシドへと飛び掛かり、シドは注意しながらもとりあえず抱き締める事で受け入れる。

 

「ボスとは何をやっても楽しいですけど、やっぱり狩りをするのが一番、楽しいのです」

 

「ああ、そうだな。俺も楽しかったぞ」

 

 笑顔を浮かべて言うデルタにシドは苦笑で答える。そうして、川の方へと向かいデルタの体を洗い、髪や尻尾の手入れも軽くしてやるとそれにデルタは気持ち良さそうに、満足そうにする。

 

 

 

「んふふ、ボスは暖かくて優しいから大好きなのです」

 

「それは光栄だ。俺も明るくて楽しそうなデルタの事は大好きだよ」

 

「わーい、大好きって言われたのです」

 

 その後、たわいのない会話をしながらシドは軽くデルタを可愛がると二人で自分たちを待っている皆の元へと帰ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 



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十話

 

 γ

 

 

 人が寄り集まり、そうして組織を造り上げた時、最も必要になるのは資金だ。それが無ければ運営も何も無くなるし、必要な物資や食料などそうしたものも手に入れられず、生きるだけでも資金が無ければやっていけなくなる。

 

 だからこそ、『シャドウガーデン』は表の仕事として『傭兵』、あるいは自分たちの技術で作り上げた商品を様々な国や村などに売り渡っていく『商隊』をやっている。

 

 将来的には傭兵としても『商隊』としても活動し続けられるように世界のあちこちに本拠地や支部といったものを置けるようにするのが目標である。

 

 そして、ひとまずの目標としてはシドが十五歳になればミドガル王国王都で学生として数年、滞在するようになるため、そのミドガル王国王都に拠点を築けるように準備に取り掛かっている。

 

 幸先が良いというべきか……王国王都で経営をしている商会の一つに『ルーナ商会』という被服用品を扱う古参の商会があるのだが、現在はその女会長が老齢のために活動を停止している状態だった。

 

 よってシドはガンマを通じて接触させ、穏やかな流れで商会株及び商会の経営を譲り受けさせたのである。

 

 更に根回しは忘れず、王国王都で経営をしている商会たちとも接触し協力関係を結んでいく。

 

「良いか、ガンマ……こういうのは駆け引きだ。どっちに転んでも旨みを得られるようにしなきゃならない。臨機応変にな」

 

「はい、主様」

 

 商売における市場を独占するのを目標にこそするが、それは一気にやるものではない。何故なら他の商会が団結し、こちらを敵として様々な妨害などを仕掛けてきて非常に面倒な事になるからだ。

 

 だからこそ、ゆっくりと他の商会の動きを観察しながら、じわじわと市場を独占していき、他の商会が気づいた時には何も出来ない状況、あるいはこちらの味方になるしかない状況を造り上げるのをシドは心掛け、ガンマにもそれを重視するよう言い含めた。

 

「商売ってのも楽じゃないし、面倒なものだな」

 

 商売関係の事をまとめた資料を並べた部屋でガンマと仕事をしていたシドはふとぼやく。転生前の世界ではまったく商売といったものをしなかった事もあり、専門外の事に手を出し続けているが故に汚いやり取りをしなきゃならないのもあって、それなりに抱えるものはある。

 

 愚痴の一つも出ようというものである。

 

「ふふ、そうですね……まったく、そのとおり……ぃっ!?」

 

 軽く頭を掻き、苦笑を浮かべて愚痴るシドに近づこうとしたガンマはしかし、彼女自身の超運動音痴により、なにも無いのに転ぼうとして……。

 

「おっと、危なかったな」

 

「ぁ、ご、ごめんなさい主様……」

 

 シドはすぐに倒れるガンマへと接近し、胸の中で受け止めつつ抱き締める。

 

 それに対し、ガンマは謝りながら直ぐにシドから離れようとしたが……。

 

 

「……その、良ければもう少しだけこうしててもらえますか」

 

 思い直し、ガンマはシドの胸の中にその身を預け直す。

 

「良いとも、むしろこっちがお願いしたいくらいだ」

 

 シドもガンマへと言いながら、抱き締め直す。

 

「ガンマ、お前には十分な商才がある。その知力も含めてこれからも頼りにさせてもらうからな」

 

「嬉しいお言葉です……その期待に応えられるよう、力を尽くしますね」

 

「無理だけはするなよ」

 

 抱き締め合いながら、シドとガンマは言葉と気持ちを交わし合ったのだった……。

 

 

 

 

 

β

 

 

 

 『シャドウガーデン』においてデスクワークよりの仕事を担っているのはベータ。情報の分析と記録という文字に関係する事を担っているが故か彼女には一つの趣味があった……それは……。

 

 

「中々良い話を書いたなベータ。特に……」

 

 シドは息抜きの時間にてベータが渡してきた原稿を読んで感想を言った。そう、ベータは小説を書くのを趣味としており、そのベータが書いた小説をシドは最初に読ませてもらっている。

 

 更には出来が良いものなら、実際に本にして販売したりもしていた。中にはシドが転生前の世界の小説を参考にアイデアを提供したものもあるが……。

 

「ふふ、気に入って頂けて嬉しいです。シド様……紅茶のお代わり、淹れさせていただきますね」

 

 ベータはシドからの感想に笑みを浮かべた。そして、紅茶を入れ直そうと立ち上がり、歩いた時……彼女の懐から何かが落ちる。それはメモ帳であり……。

 

「ベータ、何か落ちたぞ……『シド様戦記』?」

 

 それはベータがシドには秘密にして書いているシドの伝記であり、メモ帳はそのためのアイデアを纏めるものかつ、内容の試し書きをしているもの。

 

「えっ、だ、駄目ですシド様……それを読んではっ!?」

 

 ベータは急いで振り返り、読まれないようにしようとしたが……。

 

「……なんかこう、むず痒くなるというかくすぐったくなるというか……」

 

 しかし、ベータの目的は叶わず、シドは『シド様戦記』を読んでいた。内容はベータの主観が入っているのもあって、シドからすれば自分の行動がかなり美化や盛られている状態。故に何とも言えない気持ちになってしまう。

 

「はふぁぁぁっ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 羞恥に悶えながら、ベータはシドへと謝る。

 

「いや、謝る必要は無いぞ。それだけ、お前が俺を想ってくれているのが読んでて伝わってくるからな。だから、嬉しいよ。ありがとうな、ベータ」

 

 シドはベータへと近づき、メモ帳を返すと彼女の頭を撫で、額へと口づけする。

 

「ど、どういたしまして」

 

 ベータはそれにより、更に顔を赤らめながらも頬を緩めて笑みを浮かべたのであった……。

 

 

 

 

 

α

 

 

 夜遅い時間でありながら、未だ自室にて様々な分野に分けられた大量の書類と格闘しているシド。

 

「……シド、そろそろ寝なさい。それとそろそろ、纏まった休みを取った方が良いわ」

 

 そんな彼の元へ現れた『シャドウガーデン』の副首領、アルファが注意をする。何故なら、シドは小休止や仮眠を取りはするが、それが気休めにすらならない程の大半の時間を仕事や鍛錬に注いでいる。

 

 ましてや最近はまるで、自分を追い込むかのように打ち込んですらいる。だからこそ、アルファは見咎めたのだ。

 

「アルファか……仮眠なら先ほど取ったし、休んでもいるから心配するな。これが一段落したら、又休むよ」

 

 シドはアルファを一瞥するも元々、ショートスリーパーである事やいざとなれば、魔力を練り上げ体を活性化させる事で体力を無理やり回復出来る事、実際仮眠に小休止は取っているので大丈夫だと伝えたが……。

 

「シド、私がそんな言葉で誤魔化されると思っているの?」

 

 シドが書類へと向けた顔をアルファは彼の両頬をその手で挟んで自分の方へと上げさせる。

 

「っ……分かった、分かったよ。ちゃんと寝れば良いんだろう」

 

 真摯に自分を見てくるアルファに堪らず、シドは降参を示すように仕事をしていた手を止め、仕事を中断する。

 

「ええ、それとちゃんと寝ているかどうか傍で監視させてもらうわね」

 

「何っ、幾らなんでも「文句あるの?」……いいえ」

 

 アルファの一緒に寝るというような言葉に流石にどうかと反論しようとしたシドだが、怒っているのが丸分かりなアルファの顔と言葉に何も言えなかった。

 

 そもそも彼女を怒らせたのは自分だと自覚はしているので、逆らえない。

 

 そうしてシドは寝台の上に横になり、アルファは嬉しげな表情を浮かべつつ、シドへと寄り添う。

 

 

 

 

「……シド、私たちは貴方にとって重荷なの?」

 

「それは違うぞ、アルファ……俺は本来、ふと気を緩めれば堕落するような情けない人間なんだよ。それにお前たちはみんな、俺より優秀ときてる。その優秀さに甘えたりしないよう、自分の気を引き締めてなくちゃいけないし、何より負けたくないし、格好つけたい。結局は俺の意地だ」

 

「……しょうがない人ね」

 

「自覚はしてる。けど、これが俺だ……それにしても、責任を果たすというのは難しいな」

 

 アルファの真摯な態度が籠った言葉に同じ態度で自分の心情を吐露し、最後には愚痴る。

 

「立派にやってくれているわよ、貴方は……前から思っていたけど、シドは随分と自己評価が低いわよね」

 

 アルファは少し起き上がると愛おし気に彼の顔を撫で回しながら、苦笑する。

 

「調子に乗らないよう、戒めてるんだ」

 

「限度というものがあるでしょう……シド、貴方はまだもっと、私達を頼るべきよ。私達は皆、貴方の力になるために貴方の元にいるんだから」

 

「……分かった。もっと頼らせてもらう……だが、俺にも意地があるというのは覚えておいてくれ」

 

「ええ、覚えておくわ」

 

 お互い、そうした話合いを通し……。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お休み」

 

「ええ、お休みなさい。シド……ちゅ」

 

 シドは眠りに付こうとしたのだが、アルファは瞬時にシドの唇に悪戯にも似た口づけをした。

 

「っ……」

 

 アルファには敵わないと内心、思いながらシドは眠りについたのであった……。

 



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十一話

 

 この世界において『聖教』が『聖地』と定めている国がある。その名こそは『リンドブルム』であり、其処では年に一回、戦士たちを集め過去の英霊たちと戦わせる『女神の試練』が行われている。

 

 その聖地リンドブルムの東部には侵入すれば二度と出られない有毒の霧に満ちた危険な樹海、『深淵の森』があり、言い伝えや伝説によればその深淵の森を抜けた先には『古都アレクサンドリア』が存在するという。

 

 アレクサンドリアが実在しないにしても、『ディアボロス教団』やそれに協力する組織から潜み、暗躍するための場所、『シャドウガーデン』の本拠地を設ける場所としては適格だろうとゼータは判断し、シドに報告。

 

 シドも又、頷くと有毒の霧を吸わないためのスライム性の防毒マスクをイータに用意させ、そうして全員で『深淵の森』の中へと踏み入った。

 

「どうやら、『霧の龍』は実在したようだな……皆、離れていろ」

 

 シドは魔力感知によって『深淵の森』の奥深くに人間を圧倒的に超えた強大な魔力を有する存在が居るのを感知し、有毒の霧も結界としての役割を果たしているのを突き止めるとアルファ達に指示をする。

 

「分かったわ」

 

 シドが剣を構えながら、歩き出し指示を出したとあってアルファ達は下がり、彼から離れる。

 

 

 

「はあっ!!」

 

 本気で戦うための装備であるスライムソードに体内にて練り上げ、溜め込んでいる魔力を解放しながら、伝導させつつ剣先に込めて振るう。

 

 霧へと放たれた壮絶なる斬閃は結界と化している霧の『核』ごと空間すらも切断した。

 

 それにより、霧は晴れ渡り……。

 

 

 

「フハハハハハッ!! よもや、儂の霧をあろうことか切り払う者がいようとはな、それも人間……お前のような強者を待っていたぁっ!!」

 

 突如、白き鱗を持つ巨龍が愉快とばかりに笑いながら姿を現した。

 

「霧の龍……実在していたのですか!!」

 

 霧の龍と思わしきその龍の登場に伝説を知っているベータは驚きながらも知的な好奇心を刺激される。

 

「挨拶を喜んでいただけたなら、なによりだ。俺の名はシド・カゲノー……龍よ、俺たちはこの森の奥にあるというアレクサンドリアを俺たちの本拠地にしたいと思い、此処に来たんだが……あんたが居たという事はアレクサンドリアもあるのか?」

 

「ふふふ、本来なら応える義理は無いがその強さに敬意を表し、答えてやろうシド・カゲノー。確かにアレクサンドリアは存在するし、過去に儂が滅ぼしこそはしたが、拠点として使えるだけのものは残っている」

 

「そうか……なら、お前を倒せばアレクサンドリアを使えるという事で良いのか?」

 

「ああ、倒せればな」

 

 シドと『霧の龍』はお互い、戦意を静かに……かつ、激しく昂ぶらせながら話を交わす。

 

「分かりやすくて助かるよ……最後に何故、アレクサンドリアを滅ぼしたんだ。言い伝えや伝説では古都アレクサンドリアの王と約定を交わした守護神とも聞いているが?」

 

「確かに儂は古の時代、アレクサンドリアの王と盟約を結んだ。王の拓きし都の繁栄を約束する強者同士の盟約を……」

 

 懐かしむかのような態度を取りながら、龍はシドの質問に答えていく。

 

「しかし、その盟約は反故にされたんだな」

 

「ああ、時の経過とともに盟約の内容も、それが意味するところも……この儂の存在すらも忘れられたのだ。人々はおろか、儂のもたらす霧によって古都に守られ続ける王の子孫たちですら、儂の存在を忘れ去っていったのだ」

 

 話をしているシドと龍から離れた場所ではベータが伝説に記された真実を残そうと書き留めていた。そもそも、シドの最後の質問はベータが抱えているだろう知的好奇心を満たしてやるための物である。

 

「で、都の人々は調子に乗ってどんどん、腐敗していったと……」

 

「ふふ、察しが良いな。お前が言うように倦怠とも言うべき、繁栄の中でアレクサンドリアは古の盟約に基づく支配者の徳や夢、野望、決意……大きな力を証し立てるための相応しいものを失っていった」

 

「なるほど、龍であるあんたにとっては大きな力に見合う気高き精神を重視しているんだな」

 

「ああ、だからこそその精神を失い、繁栄の齎す安寧を貪る者どもに大きな力の齎す恩恵を受ける資格などない」

 

「大いなる力には大いなる責任が伴うという事だな」

 

「それこそ真理であろう? 儂が盟約を結んだのは古の王の新たな都に齎せし叡智がこの世を、この世に生きる命を、変革していく事……そして、更なる強者へと立ち向かう力を己の意志で育み、生命としてより高みへと昇ろうという精神の発現を期待しての事だった」

 

「その期待を裏切られたわけだ。伝説では龍が約定を裏切ったと言われているが、実際には俺たち、人間こそ裏切り者だったという訳だな。今更、遅いが謝らせてもらう」

 

 一度、剣を下ろし深々と頭を下げ、シドは龍へと謝った。

 

「謝るというのならば……全力を出せ。分かっているぞ、まだお前は本気を出していないというのはな」

 

「ああ、良いだろう。元からそのつもりだ」

 

 龍の求めに答えながら、シドは練り上げ溜め込んでいる魔力の全てを解放する。

 

 それと共にシドの体は莫大であり、超絶的な魔力によるオーラを纏いながら輝きを溢れさせ、その伝導に彼の纏う鎧にスーツ、剣が適応するために進化を開始。

 

 世界の軛に囚われず、世界の何もかもを上回る超越者が誕生の産声を上げると共に世界が震え、軋み、絶叫を上げる。

 

「お、ぉぉぉ……これが人間に許された力だと言うのか……」

 

 驚きながらも龍はシドの全力を喜び……。

 

「私たちに見せていたのは力のほんの一端だったのね」

 

「ふぁぁ……やっぱりシド様の素晴らしさを表現するには私はまだまだです。本当に素晴らしい。生ける伝説です」

 

「私たちはまだまだ貴方の素晴らしさを理解できていなかったのですね……」

 

「デルタが思っていた通り、ボスは最強だったのですー」

 

「主様こそ、魅力的です」

 

「やはり、主こそこの世界を……」

 

「マスター、凄い」

 

「凄すぎて、なにがなんだか……」

 

「我々の予想など、全然届いていなかった……」

 

 アルファ達も全力を出したシドに対し、驚愕を超えた感情を抱き、震える。

 

 そうして……。

 

 

 

「それじゃあ、始めよう。だが最初に言っておく、勝つのは俺だ」

 

 莫大であり、超絶的な魔力とそれによる神秘的な輝きを纏う聖騎士と化したシドがそこに居る。

 

 あまりの量と質により、吐く吐息や視線にすら魔力が籠っている。もはや生ける魔力そのものであった。

 

「ならば、やってみせろッ!!」

 

 龍は応じると共に上を向き、口を開くと魔力を収束していく。

 

「……」

 

 シドは全力の一撃を放つための構えを取りながら、全力を体へ剣へと集中させていき……。

 

「グオオオオッ!!」

 

 龍は凄まじい輝きを有する閃光のブレスを吐き出した。

 

「ふっ!!」

 

 それに対し、シドは超々高速を超えた速度で驀進する閃光と化し、ブレスへと突撃しながら突き破って龍へと接近。

 

「見事……」

 

 龍は自分に対し、振り上げた剣を振り下ろそうとするシドを見て、満足そうに告げる。

 

 龍という存在にはありきたりな死は許されない。そのように世界に呪われているのだ。

 

 だからこそ、龍に対する真の勝利は命を奪える力を持つことで初めて得られる。

 

 よってその力に通じる者へいつか賜れる死を条件に従う事、これこそ龍という存在に課せられた古からの盟約であり……。

 

 

「はあっ!!」

 

 望んでいた死を受け入れた龍はシドの極光斬により、存在そのものを切り裂かれ、消滅する。

 

 

 

 しかし、霧の龍の魔力はまるでシドと永劫、共にあるとばかりにシドの魔力へと向かっていき、そうして混じり合った。

 

 シドは『霧の龍』の格と力を継承したのである。

 

 こうして、『霧の龍』を倒したシドたちは森の奥へと進み、王宮は勿論、訓練所や研究、開発室など様々な施設がある上にこの異世界では唯一のカカオやコーヒーノキの広大な農園があるなど、理想郷の如き、『古都アレクサンドリア』を手に入れた。

 

「さぁ、此処からだ……待っていろよ、ディアボロス教団。お前たちに報いを与えてやる……勝つのは、俺たち『シャドウガーデン』だ──!」

 

 シドは玉座に着きながら、世界に潜み、暗躍している『ディアボロス教団』に対し、断罪者の如く、宣言するのであった……。

 

 

 

 

 



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原作一巻
十二話


 

 この世界各地にて潜み、暗躍している『ディアボロス教団』と対抗するために創設された組織、『シャドウガーデン』は本拠地として最も相応しい聖地リンドブルムの東部にある『深淵の森』の奥深くにある『古都アレクサンドリア』を『深淵の森』を自身の領域としていた霧の龍を倒す事で手に入れた。

 

 アレクサンドリアには活動するにおいて必要な施設が多数あった上に、カカオやコーヒーノキの農園まであった。それが故にチョコレートやコーヒー、それに関連する器具をシドは転生前の知識をもとに開発し、ガンマを株主とした『ルーナ商会』の商品として売り出し始めた。

 

 それだけでなく、『ルーナ商会』がもとより扱っていた被服用品から、更に色んな分野の商品を販売するようになり、そうして巨万の富を得るようになったルーナ商会は『ミツゴシ商会』として様々な分野の商業を行う大企業となる。

 

 更にマグロのフライを使ったバーガーを最初に、転生前の世界で色んなハンバーガー、フライドポテトなどを販売するファストフード店である『バーガー・ピア』という別の商会も立ち上げたし、現実の世界でいう民間軍事会社まで作ったりなど『シャドウガーデン』は多くのフロント企業を創設している。

 

 そうして、『シャドウガーデン』は世界各地に情報網を張るのに加えて資金力や政治力を手に入れたが、首領であるシド本人は十五歳になればミドガル王国王都の魔剣士学園に通う義務がある。

 

 そのため、十五歳になったシドは魔剣士学園に通う準備のために一旦、里帰りしそのまま、魔剣士学園に試験を受けにミドガル王国王都へと向かった。

 

 まあ、既にミドガル王国王都には『ミツゴシ商会』や『バーガー・ピア』等の店があって、ガンマがその株主なので王国王都におり、通じて『シャドウガーデン』のメンバーも多く居るのだが……。

 

 因みに魔剣士学園に通うのは貴族の義務なのでシドが受けようとする試験は入学するための物ではなく『特待生』になるための試験である。

 

 特待生に相応しいと判断されれば、高い地位を有する貴族の生徒のように学園の中の寮を使う資格を得ることが出来るのだ。

 

 そしてシドの姉であるクレアも又、『特待生』として学園の中の寮を使っている。

 

 クレアの名を汚さないためにもシドも又、特待生になる必要があるし、何よりクレアとの約束の内容からしても『特待生』に絶対にならなければならないのだ。

 

 ともかく、そうして馬車を使ってミドガル王国王都へと行けば……。

 

 

 

 

「シド……久しぶり」

 

 試験を受ける事を聞いていたクレアが王国王都の門の前で待っており、シドを出迎えた。

 

「うん、久しぶり姉さん。綺麗になったね」

 

 抱き締めてきたクレアに微笑みながら、素直な感想を言う。

 

「貴方こそ随分と格好良くなったじゃない……それに何だか、一回りも二回り……いやそれ以上も大きくなったように感じるわ。流石は私の自慢の弟ね」

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ。とりあえず、魔剣士学園で試験を受けなきゃ行けないんだけど案内してくれる?」

 

「勿論、そのために来たんだからね」

 

 そうして、クレアはシドに腕を絡めて寄り添うと共にシドと一緒に歩きだしながら、シドの今までの旅について聞いたり、クレアも魔剣士学園での生活の事を言ったりした。

 

「ふふ、シド……」

 

「(接し方、間違えたかな……)」

 

 段々、愛情深くなってくるクレアに対し、シドは戸惑ったがもう気にしないようにしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ミドガル王国王都にある魔剣士学園の中、『特待生』として相応しいかどうかを判断するための試験会場に多くの受験生と試験官が居た。

 

 

 因みに魔剣士学園で一番、評価されるのは魔剣士としての実力である。

 

 よって行われる試験は実技であり、試験官を相手に模擬戦闘をするというものだ。勿論、ブシン祭優勝候補や将来有望な魔剣士の卵、『特待生』に相応しいかどうかを判断する試験官の実力はかなりの実力者が多いのだが……。

 

 そして……。

 

 

 

 

「(……こ、こんな若者が……)」

 

 一人の試験官は対峙しているシドの佇まいを見た瞬間、その実力の高さに驚愕し恐怖さえした。何故なら、どう攻めてもどう戦っても自分は容易くやられる事を察したからだ。

 

 とはいえ、試験は試験だ。お互いに刃を潰した模擬剣を構え……。

 

 

 

「それでは、始めっ!!」

 

 審判が号令を上げた瞬間……。

 

「俺の勝ちですね」

 

「っ!?」

 

 魔力を練った気配も動いた気配すらも無く、そう、何も感じさせず反応も許さず、試験官は自分の間合いに踏み込まれ、頭に軽く、模擬剣の振り下ろしを炸裂させられた。

 

「い、一本っ!!」

 

 審判は戸惑いながらもシドの勝利を告げた。

 

 

 

「……君の活躍を楽しませてもらうよ」

 

「ありがとうございます」

 

 試験官は将来、王国王都は安泰になる事を予感し、シドへと告げればシドは頷き、礼を言った。

 

「それじゃあ、合格記念の祝いをしましょうか」

 

「気が早すぎるよ、姉さん」

 

「何言ってるのよ、シドなんだから合格は確定じゃない」

 

 試験が終わるのを待っていたクレアに出迎えられながら、そんなたわいの無いやり取りを交わしながら街の中へと歩き出したのであった。

 

 数日後、特待生試験の合格証が届き、学園の中の寮を使うための書類など必要なものがシドの元へと贈られたのだった……。

 




 因みにクレアの存在が大きいとこありますが、この作品のシドはミドガル王国王都を、祖国を守るべき対象にしていたりします。

 


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十三話

 

 人口百万を超える大都市であるミドガル王国王都の中にあるミドガル魔剣士学園には国内もそうだが、留学制度もあって国外からも将来有望な生徒たちが集まる超名門校である。

 

 その上、階級制度によるものではなく、純然たる実力評価とあって低位の貴族でも入学を許される学園だ。又、同じ校舎内に学問や研究などを専門としたミドガル学術学園もある。

 

 魔剣士学園との学術学園兼用の図書館や高位貴族と『特待生』が使用を許される学園寮、魔剣士学園の実技科目を行うための専用の教室等など施設も多くあり、教育機関として優れている学園だ。

 

 そんなミドガル魔剣士学園の学園寮の一室にて……。

 

 

「まさか、転生しても学校に通う事になるなんてな」

 

 入学式や説明会も済んで今日より学生としての生活を始めるシドが身支度を整えつつ、ぼやく。

 

 因みに学園寮にて生徒に用意された部屋の内装はとても広く、小さめだがキッチン、トイレ、風呂など生活において必要不可欠なものが全て揃えられており、凄く快適な場所である

 

「シドー、起きてるわよね? 一緒に食堂行きましょう」

 

 すると部屋の外から姉であるクレアがノックすると共に声をかけてきた。

 

「うん、起きてるよ。おはよう姉さん。ありがとう、迎えに来てくれて」

 

 前からクレアに一緒に食事をするなど、いろいろと言われているのでシドは用意しており、すぐに扉を開けて挨拶した。

 

「はい、おはようシド。どういたしまして……でも、可愛い弟のためならこんなのなんでもないわ」

 

 シドが部屋の扉を閉めるのを見るとクレアはシドの腕に自分の腕を絡めて寄り添う。

 

 

「本当に僕は綺麗で優しい姉さんが居てくれて幸せだよ」

 

「もう、またそんな上手い事言って。修行の旅では女性の扱いも修行したようね?」

 

「そんな事ないよ」

 

 実際のところ、シドの組織である『シャドウガーデン』は女性中心であり、そのメンバーは現在、六百人超え。その組織の主であるため、女性との交流もすっかり慣れていたりするのでクレアの意見は鋭いところを突いていた。

 

「そう? まあ、良いわ……三年になって忙しくなるから、こういう触れ合いの時はしっかり癒してもらうからね」

 

 クレアの言うように三年生は課外授業が多くあり、更にクレアの場合、既に学園内で優秀な成績を納め続けており、騎士団への体験入団が決まっている。

 

「精一杯、頑張るよ」

 

 仲の良い雰囲気のままに食堂へと向かい、シドとクレアは一緒の席で朝食を摂り、そうしてこれまた一緒にミドガル魔剣士学園へと登校するとそれぞれの教室へと行くため、別れた。

 

 そうして、シドは自分のクラスで授業を受け始めたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣士学園の授業は午前と午後で種類が分けられており、基礎科目はクラスごとであるが実技科目は選択式でクラスも学年もごちゃまぜ。

 

 そして、数多の武器流派から自分に合った授業を選ぶことになる。

 

 とはいえ、圧倒的に人気が高いのは王都ブシン流で一部五十人であり、九部まで存在する。因みに数年前は王国の剣術指南役であるゼノン・グリフィが一部の講師を担当してたのだが、失踪により現在は別の剣術指南役である者が一部の講師である。

 

 又、ブシン流の教室は実力毎で分けられているので最初の授業はその実力を見る軽い試験のようなものがあるのだが、特待生や高位貴族などは入学前に最初に実力を見る試験を受けていたりするので入る教室は既に振り分けられていたりする。

 

「じゃあ、お先に。武運は祈っておいてやるからな」

 

 シドが実技を受ける教室は王都ブシン流の一部であり、実技を受けるための道着を入れた袋を肩に抱えており、腰には学園支給の剣を帯剣していた。

 

 もっとも剣は実技をする際は木剣に変えなければならないが……。

 

 因みにブシン流においては道着の色もこれまた、実力の高さを示すものでシドのそれは最高ランクを示す黒色である。

 

 

 シドは実力判別の試験を受けようとする同じクラスでヒョロ・ガリという短い金髪、それなりには顔が整っている男と同じく、シドと同クラスで坊主頭に平均的な顔をしたジャガ・イモという男へと声をかける。

 

 席が一緒とあって、友人関係になったのである。

 

 

「ち、良いよなぁ、特待生は……面倒な事しなくて良いんだから」

 

「本当、学園の寮を使える事と言い、羨ましいです」

 

 特待生でも高位貴族でも無い生徒は街中に用意された寮を使わなければならないため、そこは不便であった。

 

「まあ、地道に頑張る事だ」

 

 ヒョロとジャガにそう、声をかけるとシドは王都ブシン流一部の教室へと移動、その教室は広大な体育館そのものであり、更衣室に風呂、軽食堂などやはり設備が整えられていた。

 

「今日から此処で授業を受けるシド・カゲノーです。よろしくお願いします」

 

「はい、確かに……頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 シドは扉を開けるために居るメイドにブシン流一部の生徒だと証明するための紙を見せるとメイドは扉を開けた。そうして、シドは教室の中へと入って、更衣室に向かい、着替え始めた。

 

「うおっ、す、凄ぇ」

 

「おお、やばいな」

 

「格好良い……」

 

 その際、彼が服を脱いだ事で露になったその全身の筋肉、鍛え込まれ絞り込まれたまさしく、歴戦の戦士のようなそれを見た他の生徒たちは驚いたり、純粋に賞賛したり、あるいは何やらアブない発言をする者など様々な反応をする。

 

「それじゃあ、授業を始めようか」

 

 ともかく、そうしてブシン流の授業は行われ……。

 

 ストレッチや瞑想魔力制御を行い、そして型の素振りが始まれば……。

 

 

 

「ふ、しっ……」

 

『……』

 

 シドが素振りを行う姿に講師も他の生徒も全員が目を惹かれ、見続けてしまう。

 

 何故なら、シドが行う型はあまりに基礎的でありながら、恐ろしい程に無駄無く、隙無く、正確無比。基礎を極めているが故に異端染みた流麗さを有しており、絶技の領域に達している。

 

 しかし、それは才能によるものだと一言で評価は出来ない。一目見て、存在の格が違うと思った。勝てる、勝てないという話ではなく、そもそも比較すること自体が烏滸がましい程の差。何故なら型を行う一挙一動に自分たちの想像すら超えているだろう質も技量も膨大な鍛錬を積み上げているその痕跡がしっかりとあったからだった。

 

 尋常ならざる血と汗の結晶はだからこそ、圧倒的な程に美しい。極まった技術が、これ程までに人を惹きつけるのだと、シド・カゲノー以外の全ての者はその時初めて知った。

 

 剣士を志す者、あるいは剣士であるが故にシドの積み上げた努力に敬意を抱かせられる。

 

 そして……。

 

 

 

「(……私もあの剣に……)」

 

 王都ブシン流一部の教室で授業を受ける生徒の一人、女性用の道着である深いスリットの入ったスカート姿でチャイナドレスのような格好に身を包んでいる長い白銀の髪をツインテールにした、赤い瞳の容姿端麗な女性はシドの剣こそ自分が目指す境地であると確信、というより答えを得て救われていた。

 

 彼女はこの国の王女であり、王国最強とも称されるアイリス・ミドガルの妹であるアレクシア・ミドガル。

 

 彼女は姉と比べると剣の才能には乏しかった。だからこそ、基礎を忠実に積み上げて姉の剣に追い付くべく頑張ってきたが、それでも姉には追い付けず、世間からは『凡人の剣』とまで言われる始末。

 

 道すら見失っていたがしかし、今日、シドの剣が証明してくれた。努力もそして、基礎の積み上げは無駄にならず、天才をも上回る剣に研ぎ上がっていくのだと……。

 

 だからこそ……。

 

 

 

「お相手、願えるかしら?」

 

 自分が目標とすべき剣を持つシドの元へとアレクシアは『マス』というお互い攻撃は当てずに技や返し、流れの確認をする実戦形式の相手を頼んだ。

 

「喜んで相手させていただきますアレクシア王女、初めまして、俺はシド・カゲノーです」

 

「そこまで畏まらなくて良いわよ、同じ生徒なんだからアレクシアで良いわ。私もシドって呼ぶけどね……どうしても気になるっていうなら、貴方の剣が素晴らしかったからその褒美って事にでもしてちょうだい」

 

 深々と頭を下げて礼をし、手を差し出してくるシドに苦笑しながら、握手を交わし、言うアレクシア。

 

「じゃあ、そうしよう……早速始めようか」

 

「ええ」

 

 そうして、マスを始めるシドとアレクシア……シドはアレクシアが自分の剣を参考にしようとしているのを直ぐに察し、だからこそ自分の動きを見せる事で教え、アレクシアはしっかりと観察し学んでいった。

 

 二人の稽古の様子を他でマスを行っている生徒たちも見ながら、参考にしていく。

 

「(あれ、もしやこれ乗っ取られてる?)」

 

 講師はシドが講師になっているような状況に察しはしたが、敢えて気にしない事にした。

 

 

「今日の授業は此処まで」

 

『ありがとうございました』

 

ともかく、そうして時間は経過し今日の実技の授業は終了する。

 

「ありがとう、シド」

 

 アレクシアはシドへ自分が目指すべき目標を示し、更には自分が志した剣は間違いではなかったと証明してくれたシドへ礼を言う。

 

「どういたしまして。役に立てたなら光栄だ」

 

シドはアレクシアからの礼に理由は聞かず、応じた。

 

「それにしても貴方は……侮辱になってしまうかもだけど、言わせてもらうわ。凄く、努力したのね」

 

「俺の姉さん、クレア・カゲノーは天才だし、それに今もこの学園で活躍しているから弟として、汚点になりたくなかっただけだ。それに負けず嫌いだしな……優秀な姉を持つのは苦労するという事が身に染みたよ」

 

「それについては同感ね。優秀な姉を持つ者同士、なんだか仲良くやれそうね。これからもよろしくお願いするわ」

 

 最後はしみじみとしたシドの言葉にアレクシアも又、実感を込めた言葉で答え、そして微笑む。

 

「ああ、こちらこそ」

 

 

 そうして、シドとアレクシアは微笑み合ったのだった……。

 



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十四話

 

 ミドガル魔剣士学園と学術学園兼用の図書館はとても広く、蔵書されている本の種類も数も豊富である。もっとも魔剣士学園の生徒が図書館を利用する事はあまり無いが……。

 

「やっぱり、良い施設だなこの学園は」

 

 文武両道――なんであれ、己を向上させるのに余念の無いシドは放課後にこの図書館へ来ると本を読もうと探し回っていると……。

 

「えっと……」

 

 髪の色は桃色であり、お下げにしているが頭の上で一房の毛が跳ねてそれがトレードマークになっている小柄な可愛らしい顔つきの女子生徒が大量の本を抱えながら、本を探そうと悩んでいる様子だが、抱えている本の重量がきついのか辛そうにしている。

 

「今にも落としそうだから、失礼ながらお持ちしますよ。シェリー先輩」

 

 シドは少女を知っていた。というより少女はこのミドガル王国王都では有名人である。

 

 彼女の名前はシェリー・バーネットであり、学術学園の二年生でありながらもアーティファクトという魔具の研究においてはこの王国一の頭脳と評される程の成果を上げている。

 

 又、持病を抱えているために魔剣士を引退したが、過去のブシン祭で優勝経験があるこの学園の副学園長であるルスラン・バーネットの養子だ。

 

「え、あ、あの……」

 

 シェリーはシドに本を取られ、戸惑っている。

 

「俺は魔剣士学園の一年、シド・カゲノーです。貴女の論文は読ませてもらいましたが、本当に驚かされましたよ。だからこうしてお会いできて光栄だ」

 

「あ、ありがとうございます……その、シド君はアーティファクトに興味が?」

 

「というより、知識を分野関係なく、節操なく求めてるってだけですよ。知識も又、力の一つですからね。それでこの本たちは借りるやつですか、それともここでの勉強用、どちらにしろ運ばせていただきますよ」

 

「べ、勉強用です。えっと、それじゃあすみませんがお願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

 そうして、シドはシェリーの案内の元、既にノートやら書類やらおいて席を取っている机へと向かい、本を置いた。

 

 

「拝見させていただいても?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 シドはシェリーの隣へと座り、研究内容を拝見する。

 

 そうして……。

 

 

 

「これはこれで……」

 

「わ、シド君。私より凄いんじゃないですか?」

 

 いつの間にやらシェリーの研究の助手となっており、シェリーはシドの頭脳に驚かされる。

 

 シドは『シャドウガーデン』において頭脳に優れるガンマや研究者や建築家として優れるイータをそれぞれの専門分野で上回っているのだから、当たり前ではあるのだが……。

 

 ともかく、そうして二人による研究は進み……。

 

 

 

「おっと、もうそろそろ時間ですね。シェリー先輩の研究に関われて楽しかったです」

 

「私の方こそ楽しかったです、シド君……その、良ければ放課後の間だけでも良いので本格的に助手になってくれませんか……研究室は空けておきますので」

 

 何処か恥ずかしそうにしながら、そして不安げにシェリーはシドを誘う。

 

「俺で良ければ、喜んで。これからよろしくお願いします、シェリー先輩」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。シド君」

 

 シドは微笑みながら、シェリーに手を差し出しシェリーも又、明るく朗らかな笑みを浮かべてシドと握手を交わした。

 

 そうして、シドは十冊ほど本を借りていくと寮へと帰るのだった……。

 

 

 

 

 

 『シャドウガーデン』の本拠地こそは『古都アレクサンドリア』なのは変わらないが、シドがミドガル王国王都に学生として通う事により、主戦力たるメンバーに優秀な構成員の殆どはこの王国王都で経営している『ミツゴシ商会』をアジトとしていた。

 

 

 そして豪華建築物たる『ミツゴシ商会』に用意された王室の如き、場所にアルファやベータ他、メンバーが集まり、誰も座っていない玉座に対し、傅いている。

 

 そして、突如玉座の周囲に霧が発生しそれは人型へと形を変えていき、シルエットの如くとなった。

 

『皆、久しぶりだな……とりあえず、楽にしてくれ』

 

 シルエットからはシドの声が響く。シドは『霧の龍』の格と力を手に入れた事で魔法のような事まで出来るようになっていた。

 

 学園に通う準備や実際に授業を受けるまでの間、敢えてシドは自分が関わらないようにし、自分が『シャドウガーデン』の首領だという事や自分を通じた組織の情報の漏洩が無いように働いたのだ。

 

 

「それでシャドウ、そっちは学園生活、どう?」

 

「息抜きとしては悪くないよ、アルファ。それじゃあ、俺が居ない間の状況の報告を頼む」

 

「ええ、それじゃあまずは……」

 

 

 世間話を交わしつつ、現在、仕事のために遠くへと行っている者を除き、この場に居るアルファにベータ、ガンマ、イータたち『ナンバーズ』である幹部はそれぞれの分野における近況報告を開始する。

 

「そして、新たにナンバーズになった子が居てね。ニューよ、さぁ、来なさい」

 

 そうして、アルファの誘いに応じ、ダークブラウンの長髪に同色の瞳、落ち着いた上品な顔立ちの女性が現れる。

 

 元は侯爵家の令嬢であり、彼女が新人だった頃よりシドは関わっていたりする。

 

 

『ほう、君がナンバーズに……昇格、おめでとう』

 

「はっ、ありがとうございます。シャドウ様」

 

 ニューはシャドウからの言葉に感動に震えつつ、礼をした。

 

 

「彼女にはシドへの連絡員、雑用を務めてもらおうと思っているわ」

 

『そうか、ならよろしく頼むぞ。ニュー』

 

「与えられた務め、しっかりと果させていただきます」

 

 ニューは再び、シドに対して深々と礼をした。

 

 

 

『では、また明日……お前たちの姿が見れて、声が聞けて嬉しかったぞ』

 

『こちらこそ』

 

 その会話を最後にシルエットと化していた霧は消失。

 

「やっぱ、二重生活というのは大変だ」

 

 手元に出現させていた魔力による霧を消失させたシドは自室でそう呟くのであった……。

 



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十五話

 

 シドがミドガル王国王都の魔剣士学園に入学し、学園にある寮での生活を始めて一か月以上の日数が経過したのもあって、学生生活に慣れてきた。

 

 

 そうして、シドの姉であるクレアの魔剣騎士団への体験入団が始まろうとしていたのもあり……。

 

「さぁ、今日という日がお姉ちゃんにとって、良い思い出になるよう楽しませなさいよ。シド」

 

 

 早朝から二人で学園の寮を出て街中を歩き始めるシドとクレアの2人。今日はクレアが魔剣騎士団へと体験入学し、その間は離れ離れになるので姉弟の仲を深めよう(弟分の補充)というクレアの要求により、シドはクレアと遊ぶ事になった。

 

 そのため、早朝からご機嫌なクレアはまるで恋人のようにシドの腕に自分の腕を絡めて寄り添う。

 

「勿論。姉さんが魔剣騎士団で頑張れるように今日は全力全霊で姉さんを励ませてもらうよ」

 

 シドは苦笑しながら、クレアを受け入れつつ彼女の言葉に答えた。

 

「うん、やっぱり、シドは良い弟ね」

 

「ありがとう、俺も姉さんが良い姉さんだってずっと、思ってるよ」

 

「ありがとう」

 

 仲睦まじい雰囲気のまま、二人で微笑み合いながら歩き続ける二人……。

 

「でも、お姉ちゃんは知ってるんだからね。最近、アレクシア王女や王国一の頭脳って言われてる学術学園二年生のシェリー・バーネットさんと随分、()()()()()()()()()

 

 クレアは軽く嫉妬混じりの視線も込めながらシドに対して睨んだ。

 

 彼女が言うようにシドが学園の異性において仲が良いのは誰かと言えばアレクシアとシェリーである。

 

 王女であるアレクシアは勿論、学生ながら研究者としてこの王都で十分な成果を上げているシェリーもどっちも有名人であり、話題になる人物。

 

 その彼女たちと学園内や時には寮内、街中で交流しているとくればシドも又、有名になるのは道理だった。

 

「確かにアレクシア王女とは魔剣士として腕を磨き合ったり、それに優秀な姉を持つ者同士として話も合うから、仲良くなったり、シェリー先輩の研究は俺にとっても中々興味深くて、面白いから一緒に研究する中で仲良くなったけど……友人としてだよ。姉さんや皆が言うようなものじゃないって」

 

 

「本当に?」

 

「本当だよ、その証拠に姉さんを蔑ろにしてないだろ? 勿論、今後も蔑ろにするつもりはないから安心して」

 

 再度、睨みながら腕を絡めてくるクレアにシドは何もやましいことは無いという視線を向け、告げた。

 

「……ま、今回はこの程度にしておいてあげるわ」

 

「寛大な心に感謝します」

 

「ふふ、でもそれとは別にシドが学園で人気者なのは嬉しいわ。学園一の『相談屋』になってるそうじゃない」

 

 次にクレアは嬉しそうに微笑みながら、言った。そう、シドは毎日、何かしら同じクラスや別のクラス、あるいは別学年の生徒たち、あるいは講師まであらゆる者たちから相談や悩み事の解決を頼まれたりしているのである。

 

「確かに……そうだけど……」

 

 シドはどこか納得いかない様子で溜息を吐く。そもそも、彼が相談屋になった切っ掛けは同じクラスの一人が何やら悩みを抱えていたようなので相談に乗り、解決をしたのが切っ掛けだ。

 

『シャドウガーデン』の首領として配下たちにとって相応しくあれるよう、振る舞っていた事や面倒見の良い性格であったが故に気配りに優れていたのもあるのだが、そうして解決した事が評判となり、更には……。

 

「皆さん、気軽に相談してください。全てこのシド君が解決しまーす!!」

 

「仲介料はいただきますけどねー」

 

 シドの男友達であるヒョロとジャガが勝手にシドを相談屋に仕立て上げ、厚かましく仲介料を取るという事まで始めた事でシドは魔剣士学園における『相談屋』になってしまったのである。

 

 まあ、頼られる事は悪いとは思って無いから、相談されるのは良いのだが……。

 

 そして、シドはしっかりとどんな悩みでも解決する成果を出しているのでより、相談屋として人気になる。よって、やはり毎日、なにがしかの相談を受け、解決に励んでしまうのであった。

 

 ともかく、シドとクレアは街中を歩き、目的地へと向かう。

 

 その目的地とは……。

 

 

「朝早くから来たのに、もう並んでるな」

 

「流石はこの王都で一番人気の店ね」

 

 王都にて毎日、開店から閉店まで客足の途絶える事の無い大型商売店である『ミツゴシ商会』へとシドとクレアが近づくと既に多くの客が開店を待って並んでいた。

 

 そう、シドにとっては自分の店とも言える店……とはいえ、会長であるルーナことガンマとの関係をクレアに言う訳にはいかないし、関係性を匂わせたりもしたくない。

 

 だから、事前にガンマには『あくまで普通の客として扱ってくれ』と連絡しておいたのだが……。

 

 開店まで残り、十分前くらいになった時だろうか。何やら店員に扮しているニューと構成員が数人ほど、出てきてカウントする器具を使いながら、歩いている。

 

 

 

「(……おいおい)」

 

 何やら、嫌な予感がしたシドは冷や汗を流しながら、様子を見守り……。

 

「おめでとうございまーす!! お客様で丁度入店――人目のお客様です」

 

 ニューがクレアにシドへと微笑みかけながら、周りの構成員たちがクラッカーを鳴らしたり、拍手したりする。

 

「え、何かサービスとかあったりするの?」

 

「はい、その通りでございます。どうぞこちらへ」

 

期待するクレアに対し、ニューは微笑んで答えると構成員たちも頷く。

 

「(どこが普通の対応なんだぁぁぁぁぁっ!?)」

 

 あからさまな対応過ぎて思わず驚愕した。そんなシドの心情を分かっているのか、いないのかニューと構成員たちは密かに目配せして微笑む。

 

「(どうですか、私たち。やりましたよって……誰もこんな対応しろって言ってないだろっ!!)」

 

 全く望んでいない事をされてシドは本当に困っていた。まぁ、もう状況が状況なので流されるままになるしかないのだが……。

 

 

 

「やったわ、今日は幸先良いわね。シド」

 

「そうだね、姉さん。今日は本当にラッキーだ」

 

 嬉しそうにするクレアにとりあえず、微笑むシド。

 

そうしてニューたちの案内のままに店の中を通り、やがて特別な応対室へと……。

 

「ようこそ、お客様方、この『ミツゴシ商会』へ……私は会長のルーナと申します」

 

 その部屋に居たルーナことガンマがクレアとシドを出迎える。

 

「初めまして、ルーナさん。私はクレア・カゲノーよ。そして、こっちは……」

 

()()()()()、クレア・カゲノーの弟、シド・カゲノーです」

 

クレアとシドがガンマへと自己紹介する。勿論、シドは初めてを装ったが……。

 

「はい、よろしくお願いします。それにしても、あっ!?」

 

「危ないっ!!」

 

 ガンマがクレアたちへと近づこうとしたところ、彼女は自身の運動音痴を発動し、何もないのに躓き、転ぼうとしたがシドがそれを受け止めた。その際、彼女に久しぶりと告げるように密かに背中を軽く叩く。

 

「ああ、すいません。お恥ずかしながら転びやすい体質でして……クレアさん、弟さんは随分と頼りがいがある素晴らしき方ですね。自慢でしょう?」

 

 ガンマもシドの背中を軽く掴む事で久しぶりに出会えた事を喜んでいる事を伝えながら、シドからゆっくりと離れつつ、クレアに微笑みかける。

 

「その通りよ、ルーナさん。そして、それが分かるなんて流石だわ」

 

 クレアはシドが褒められた事に機嫌を良くする。

 

 

 

「記念すべき――人目のお客様が貴女たちで良かったです。では、おもてなしさせていただきますね」

 

 そうしてガンマとニューたちがクレアとシドをもてなし始め、少しすると……。

 

「クレアさん。姉である貴女から見たシドさんの事を聞きたいのもそうですが、女同士で話し合いたい事もあるので少し良いですか?」

 

「勿論、良いわよ」

 

「それじゃ、俺は待機してるよ。楽しんで」

 

 そうして、ガンマとニューたちがクレア一人に更なるもてなしをする中……シドは動き出し、応対室から出て勝手知ったる様子で従業員の扉を抜けて廊下を進み、豪華客船映画で見るような階段を上り、レッドカーペットの広く明るい廊下を進む。

 

 すると突き当りに優美な彫刻の施された光り輝く巨大な扉があった。

 

 

 

『お待ちしておりました。シャドウ様』

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 扉の前に居た構成員の二人に応じ、二人が扉を開けるとその中は巨大で豪華な王室であった。

 

 そうして……。

 

「こうやって、実際に会うのが一番だな。皆とこうして会えて嬉しいよ」

 

 シドは愛おし気にこの部屋の中で控えていた者たちに笑いかける。

 

 

 

「私達だってそうよ、シド」

 

「この時をずっと待っていました。シド様」

 

「ボスー、デルタも頑張って待っていたのです」

 

「お久しぶりです、主様」

 

「主、学生生活お疲れ様です」

 

「マスター、久しぶり」

 

「シド様、相変わらずのお心遣い感謝します」

 

 ガンマから事前に話を聞いて今日のために集結した幹部であるアルファにベータ、デルタにイプシロン、ゼータにイータ、シータはそれぞれシドへ微笑みながら、声をかける。

 

 そうして、ガンマがクレアに対応している少しの時間、アルファ達との親睦を深めたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、寮の門限が迫る夜中……『ミツゴシ商会』にてガンマにより、様々なもてなしを受けたクレアはご機嫌な様子を見せていた。

 

「ふふ、今日はとっても良い日だったわ。ルーナさんとは友達になれたし、それに色々ともてなしまでされちゃって……こんなに幸運だったのは、きっとシドが普段から良い弟だからね」

 

「そう思ってくれるなら、俺にとってはなによりだよ……姉さん、騎士団での生活頑張ってね」

 

「ありがとう、シド。シドも姉さんが居なくて寂しいだろうけど、学生生活頑張るのよ」

 

「うん、勿論だよ。姉さんの恥にならないよう、しっかりやるよ」

 

「恥だなんて、何言ってるの。シドは姉さんの誇りよ。大好きだわ」

 

「うん、俺も大好きだよ」

 

 最後には寮内にて微笑み合いながら、シドとクレアは抱き合い、そうして各自の部屋へと戻る。

 

 十分に姉弟の仲を深めた今日であった……。

 



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十六話

 

 早朝、雲一つなく清々しい陽気に包まれたミドガル王国王都内にあるミドガル魔剣士学園兼学術学園敷地内の寮の玄関に一組の男女が居た。

 

 男はシド・カゲノーであり、女は今日から魔剣騎士団へと体験入団する事になるシドの姉、クレア・カゲノー。

 

「それじゃあ、行ってくるからね。シド」

 

「うん、行ってらっしゃい。姉さん」

 

 王宮内へと向かう、姉を見送るシドは姉が抱擁してきたのに対し自分も抱擁を返し、これまた姉が頬へと口づけしたので自分もそれを返す。

 

 そうして名残惜しそうに何度か振り返りながら歩くクレアに手を振り続けながら苦笑するシドであるがクレアが寮を後にし、姿も見えなくなってきたところで……。

 

「本当、仲が良すぎるくらいに良いわね。貴方たち姉弟は……正直、羨ましいわ」

 

 アレクシアがシドの後方から近付いて苦笑しつつ、声をかける。

 

「なんだ、そっちは違うのか?」

 

「えぇ、アイリス姉様は歩み寄ってくれてたんだけど、私はね……」

 

 シドの問いかけにアレクシアは気まずそうに答える。

 

 今ではシドのお陰もあって、吹っ切れているがその前までは王国内最強の剣士と名高い姉であるアイリスの剣に劣る『凡人の剣』を磨くしかなかったが故の劣等感を抱えていた。

 

 そうして、アレクシアはブシン祭の舞台で負けた時、アイリスから『私、アレクシアの剣が好きよ』と言われた事で更に自分が嫌いになり、そうしてアイリスさえ避けるようになってしまったのだ。

 

「どうするかはアレクシア次第だが、仲直りを望むなら協力するぞ」

 

「ありがとう、流石は学園内一の相談屋ね……でも、気持ちだけ受け取っておくわ。悪いのは私だし、これは私だけの力で解決しなきゃいけないもの」

 

「そうか、なら健闘だけでも祈らせてもらう」

 

「ふふ、不思議ね……貴方のその言葉だけで不安が消えるわ」

 

「それは良かった。じゃあ、行くか」

 

「ええ、今日もよろしくお願いするわ」

 

 会話をしたシドとアレクシアの二人はどちらも魔剣士学園に登校する準備はしており、授業が始まる時間より早い時間帯にもかかわらず、登校を始める。

 

 その際、アレクシアはシドの腕に自分の腕を絡めて寄り添っていた。

 

 その雰囲気は誰が見ても付き合っている事を思わせるそれだが、シドとアレクシアからすれば『仲良くしているだけ』というもの。

 

 そうして、シドとアレクシアが向かったのは学園内ではなく、王都ブシン流一部の教室。

 

 優秀な魔剣士を育て上げ、輩出するのを目的としたミドガル魔剣士学園では当然のように自主練を推奨しているので早朝稽古や夕方から夜間の稽古、休日での稽古等、学園と時間帯によっては寮に届け出こそは居るが、基本的に道場を鍛錬の場として使う事が出来る。

 

 なので今のように主にアレクシアは積極的にシドを誘い、彼を師匠として師事している。シドも基本的には彼女の頼みを聞き、魔力の質と量を鍛え上げる鍛錬法や制御の鍛錬を始め、剣技においても彼女にとって最適な技や立ち回りを指導して身に着けさせている。

 

 元よりクレアにアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータ、シータらを指導してきた上に『シャドウガーデン』の教官を担当しているラムダの指導のやり方を見ているのもあって、指導者としてもシドは優秀である。

 

 実際、アレクシアは日々、実力を上げ続けているし学園での実技科目の授業においては数日にして講師であるケイコ・シーナンですら、生徒となってその他の生徒たちと共にシドの指導を受けている程。

 

 因みにその際、『(あんたは講師だろ、仕事さぼるなよ)』と内心、思いながらも現在、実技科目の授業をこなしているのであった。

 

「そろそろ、時間だ。ひとまず此処までにしようか」

 

 シドは時間を見て、稽古を中止する事を告げる。

 

「分かったわ。それにしても貴方って、教えるの上手よね。それに強くなる秘訣もそうだけど、何から何まで教えてくれるし……」

 

 しかもシドはお金も何も見返りを要求しないのでアレクシアからすれば、申し訳なくなってくるほどだ。

 

「自分に対して教えを請い、熱心に励む者を見捨てるなんて俺の性に合わないからな。それに教える方は教える方で色々と学ぶものがあるんだよ」

 

「なら良いんだけど……ねえ、将来的な話なんだけど、あんたの姉さん……クレアさんが魔剣騎士団に入団するなら、貴方も入団するのかしら?」

 

 どこかそわそわとした様子で恥ずかしがりさえ、しながらアレクシアは質問をする。

 

「まあ、そうなるな」

 

「それなら……ね……私の右腕に、専属騎士になってもらいたいんだけど……」

 

言外に自分の傍に居て欲しいと取れる問いかけをアレクシアはシドに行い……。

 

「それは光栄で嬉しい申し出だな。身分的にも王族の側近なんて言ったら、大出世で姉さんや父さん、母さんに対しても誇れる存在になれる」

 

「……意外ね、聞いといてなんだけど貴方ってこういう話、興味無さそうだと思ったのに」

 

 アレクシアはシドからの返答に拍子抜けした様子を見せつつ、言う。

 

「いやいや、そっちがどういう認識してるかは知らないが、俺は俗だぞ。利益がある話なら、すぐに食いつくしな」

 

「そうなの……じゃあお願いね」

 

「承知した」

 

 ある程度の将来が決まったシドはその後、アレクシアから更に積極的に寄り添われるようになり、更には『専属騎士になるための練習』と称して、休日に街へとぶっちゃけデートをし(二人で出かけたり今まで以上に二人で行動を共にするようになって段々、雰囲気もまるで長年、愛し合っている熟年夫婦のようなものになっていく。

 

『お願いだから、付き合ってぇぇぇぇぇっ!?』

 

 どう見ても付き合ってるとしか思えないのにあくまで友人関係だと言い張るシドとアレクシアに堪らず、生徒たちは絶叫する羽目になるのだった……。

 

 



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十七話

 

 魔剣士を育成するためのミドガル魔剣士学園とは違い、学者や研究者を育成するための学術学園において一番の成果を出しているのは古代の文明、そしてアーティファクトを研究している二年生のシェリー・バーネット。

 

 彼女の母親であるルクレイアも又、古代の文明とアーティファクトの……というより、母が成せなかった研究を完成させるためにシェリーは研究者の道へと進んだ。

 

 そう、シェリーの母は既に故人だ。研究者の中で優秀過ぎたが故か、あるいは関わっていた研究が何者かにとっては都合が悪かったのか、命を狙われ殺されてしまったのである。

 

 そうして、一人残されたシェリーを保護し、現在は養父となっているのが元々はルクレイアの研究の支援者でもあったし、学園の副学園長であるルスラン・バーネットだ。

 

 そんな二人とシドはシェリーの研究の助手となった事で交流をするようになった。

 

 今日も又、魔剣士学園の授業が終わり、放課後となったのでシド副学園長室、つまりはルスランの部屋へと向かった。

 

「君には本当に感謝しているよ、シド・カゲノー君」

 

 自身の部屋で白髪交じりの髪をオールバックにした初老の男性、ルスラン・バーネットがシドへと感謝を告げた。

 

 何故ならかつてはブシン祭に優勝し、魔剣士の頂点とも言われた程の魔剣士であったのに自身が患った難病をシドが『魔剣士として偉大な方に平穏な人生を楽しんでもらいたい』と言って、魔力による治癒によって治したからだ。

 

 当然、その当時にシドの治療に対し、シェリーも又、大きく感謝を示した。

 

「私も感謝しています、シドさん。お義父様の病気を治してくれて……本当にありがとうございます」

 

 ルスランに続き、改めてシェリーも感謝を告げる。

 

「どういたしまして……俺の力が及ぶ範囲で出来る事をやっただけだからそう、感謝しなくて良い。恩を着せるつもりも無いからな」

 

 もう、何度目かになるかも分からない二人からの感謝に苦笑しながら、シドは言う。

 

「君は本当に素晴らしい若者だが、そう謙遜しないでくれ。治療の目途さえ立たなかった私の病を治した上にシェリーの友人となって、研究を手伝い、更には色々と研究一筋だった彼女に外の世界の事を教えてくれていて、喜ばせてくれている。君と会って、毎日が楽しいとシェリーも言っているんだよ」

 

 ルスランは幸せだと言わんばかりの表情を浮かべ、シェリーにも親として子の幸せを祝福しているような表情を向けた。

 

「ちょ、お義父様、それは言わない約束ってっ!?」

 

「ああ、すまんすまん。つい……」

 

 頬を膨らませ、まるで小動物が威嚇しているような怒り方をしているシェリーを微笑まし気に見、頭を撫でながらルスランは謝った。

 

「ともかく、今後もシェリーと仲良くしてやってくれ、シド・カゲノー君」

 

「勿論です。俺の方こそ、これからもよろしくお願いします。シェリー先輩」

 

「はい、シド君」

 

 そうして、三人は微笑み合い部屋には和やかな雰囲気が満ちる。そうして、副学園長室から出たシドは寮へと戻る途中……。

 

 

 

 

「シド様、頼まれたものは此方に」

 

「ご苦労、続けてすまないがこれをイータに見せて、製造するように伝えてくれ」

 

「はっ、直ちに!!」

 

 寮の清掃などを担当する使用人に扮したニューから大量の書類が入った包みを受け取りながら、シドは新たに数枚の書類が入った袋を渡す。ニューはそれを受け取ると即座に姿を消した。

 

 そのまま、自分の部屋に戻ると大量の書類が入った包みを開けて中の書類を見始める。

 

 それはシェリーの母親であるルクレイアが殺された事件に関する当時の記事や事件資料、捜査を担当していた者たちや記事を書こうとしていた記者の情報など集められるだけの情報であった。

 

 ルスランからその洞察力を持って不穏な物を抱えているのを見抜いたとあって、『シャドウガーデン』の力を使って集めさせたのだ。

 

 そうして調べてみればなんと、事件を捜査していた関係者も記者も他殺や自殺などで全員が亡くなっている事が分かった。どう考えても不審であった。

 

 ともかく、シドは情報を見ながら整理、そうして推理までして……。

 

 

「なるほど、大体分かった……」

 

 世界に絶対というのは無いし、まだ推理しただけのものでしか無く、まだ足りない要素もあるが現状においてこれしかないという一つの答えを導き出す。

 

 そうして、その答えに激しく怒り始めた。あまりにも卑劣であり、唾棄すべき答えだからだ。

 

「さて、どうするべきか……」

 

 足りない要素を埋めるため、そして自分の導き出した答えがとある者からすればあまりに残酷すぎるため、シドは対応策を練り始めるのだった……。

 

 



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十八話

 

 彼女は侯爵家の令嬢であり、社交界では顔が広く、煌びやかな日々を送っていた。学生ながら、将来は騎士団長になるだろうと噂される程の優秀な魔剣騎士の男が許嫁に決まったりもしたのだ。

 

 彼女の人生は彼女の意志とは関係なく、決められた道、決められた相手、決められた将来があったが彼女に不満は無く、その通りに生きてきた。

 

 周囲の価値観に従い、周囲の言葉を聞いて生きているだけで十分だった。

 

 しかし、そんな彼女の人生は一瞬で激変した。彼女は〈悪魔憑き〉になってしまったのだ。

 

 その瞬間、彼女は侯爵家の歴史から抹消され、追い出され、後は醜く腐っていき、死にゆくのみとなったが……。

 

 

 

『俺たちが救ってやる』

 

 彼女は――現在はナンバーズの一人であるニューは『シャドウガーデン』によって救われ、世界の真実を聞かされた。

 

 そうして、問われたのだ。自分たちの庇護の元、平穏な暮らしをするか……あるいはこの世界で暗躍し、悲劇を齎している元凶たる『ディアボロス教団』と戦うか否かを……。

 

『私も貴方たちの仲間として戦わせてください』

 

 ニューは初めて、自分の意志で『シャドウガーデン』の一人として『ディアボロス教団』と戦う事を決めたのである。

 

「(シド様、私の全ては貴方のものです)」

 

 ニューは、というより『シャドウガーデン』の全員がであるが、首領であるシャドウことシドに深い感謝と大きな愛情を抱いている。

 

 力だけでなく戦い方、知識を与えられただけでなく、優しさや愛情ですら与えられたのだ。

 

 そう、シドは遥か高みにある力と深淵の如き叡智を持つだけでなく、誰の心をも温める人徳を持つ。

 

 部下として道具のように扱わず、まるで家族のように接してくれ、頼ってくれるのだ。

 

 しかも悪魔憑きだけじゃなく、ディアボロス・チルドレンとなる犠牲者が出ないように魔力適性のある孤児や貧しい平民の子等、そうした人物を見つけては引き取ったり、両親ごと保護するなどもしている。

 

 自分の事以上に他者の事をどこまでも思いやれる男なのだ。

 

 もっともそんな、大きな人徳が無ければ六百名を超える『シャドウガーデン』の女性たちが全員、シドを崇拝したり、支えようとはしないし、愛したりはしないが……。

 

「お願いします、シド様。もう一度俺たちに女友達を作る機会をくださいっ!!」

 

「彼女が欲しいんですっ!!」

 

「欲望にどんだけ正直なんだお前ら、というか前にそういう機会を作ってやったら先走りまくって、チャンスを駄目にしたじゃねえかよ。俺の面子、潰しやがって……アフターケア大変だったんだからな」

 

 本当なら学術学園で二年生として生きていたニューはダークブラウンの髪を団子にまとめ、野暮ったい眼鏡をかけ、女子寮から借りた制服を着る事で一生徒へと変装した状態でシドが居る魔剣士学園の教室へと行き、悪友であるという二人と会話しているシドの姿を見る。

 

「(また、誰かのために悩んでいるのですねシド様)」

 

 そして、シドが何気ない風を装いながらもその心の奥では誰かを救うために一番、良い対応を考えているのを悟る。

 

「あの、お悩みを解決していただけると聞いたんですけれど……」

 

「ああ、そうだ。それじゃあ、場所を移そうか」

 

 シドとニューは視線では組織の首領とその配下としての挨拶をしながら、屋上へと向かった。

 

「指示通り、準備はすべて整いました。以前、イータ様に頼まれていた物も出来ています」

 

「分かった、連絡ありがとう……それで、学園は懐かしいか?」

 

連絡役としてのニューの報告にシドは頷き、問いかけてきた。

 

「はい、懐かしいですしそれに何も知らず、平穏に生きている学生たちが羨ましいです……でも、だからって私は今の……『シャドウガーデン』の一人として生きている事を後悔していません。全て自分が決めた事ですから。そして、お心遣い感謝します」

 

「そうか……こちらこそ仲間として力を貸してくれている事、感謝しているよ」

 

 ニューは自分の心情をそのまま、伝えるとシドは微笑んで感謝を告げてくる。

 

「(やはり、変わらないですね)」

 

 変化しない大きな人徳にニューは安心し、更には心を温かくされた事で微笑む。

 

 

「そう言えばナンバーズになった褒美がまだだったな。なにか望みはあるか?」

 

「では、抱き締めてください」

 

 ニューの望みに『そんな事で良いのか?』と戸惑いながらも愛情を込めてシドはニューを抱き締め、ニューも又、愛情を込めてシドを抱き締める。

 

 少しでも彼の心に安らぎを与えられるように……。

 

 シドを支え、力となり、女性として温もりや安らぎを与える事こそ『シャドウガーデン』の女性たちの優先すべき目的なのだから……。

 

 

 

 

 

 空を夜による闇が覆っている中、ミドガル王国王都も又、闇によって黒一色に包まれる。

 

 その黒を家や建物、街灯による光が明るく照らしているものの、しかし灯りの無い古びた建物の中で……。

 

「随分と人を集めたもんだなぁ、『痩騎士』さんよぉ」

 

『ディアボロス教団』のディアボロス・チルドレンであり、その中でも最上位の実力者である1stであり、組織に貢献した事でネームド・チルドレンであるくすんだ赤髪、飢えた野良犬のような目で嗤う男こと『叛逆遊戯』のレックスが彼とその他、2ndと3rdであるディアボロス・チルドレンを大勢集めた顔を仮面で隠した騎士の男に対し、声をかける。

 

「王女を誘拐しようというのだから当然だろう……それになにやら、危険な男が居てな。『強欲の瞳』があるとはいえ、念には念だ」

 

「随分と慎重なんだな、元ラウンズさんは」

 

「文句があるのか?」

 

「いいや、報酬さえ支払ってもらえりゃ十分だ」

 

「ふん……決行は学園のブシン祭の学園枠選抜大会の後だ。それまで待機していろよ。絶対に勝手な事をするな」

 

「ああ、分かってるって」

 

 凄みながら言う痩騎士にレックスは辟易しながらも頷く。そうして、痩騎士はレックスたちの元を去る。しかし、彼らは気づかない。

 

 気づく筈もない。この王国王都全域には視界でも感覚でも捉える事の出来ない程に薄い霧による結界が張られていて、その結界内に居るもの全ての姿や声など全てを知ることが出来る者が居る事など。

 

 そして暗躍する『ディアボロス教団』の影から、『ディアボロス教団』を標的として狙っている者が居る事など……。

 

 

「それじゃあ、此処は任せる」

 

「ええ」

 

 痩騎士が姿を消すのを見たシドは連れてきたアルファにベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータ、シータらに指示をすると同じくその場から姿を消す。

 

「それじゃあ、さっそく試してみましょうか」

 

 アルファはレックスたちが控える建物へと手に持っていた球体に魔力を流して起動すると球体を投擲する。それは建物の近くに落ちて破裂すると球体が破裂して強烈な発光が生じる。

 

「っ、なんだ!?」

 

 当然、この事態に建物の中から戸惑い、出てくるレックスたちであるが……。

 

「それじゃあ、いくわよ。皆」

 

『はっ!!』

 

 アルファ達はレックスたちへと強襲を仕掛ける。

 

「な……ぐああっ!?」

 

「ま、魔力が練れ……」

 

 奇襲を受けながらも対応しようとしたレックスたちはしかし、魔力が練れず無力のままに殺されていく。

 

『痩騎士』が言っていた『強欲の瞳』というのは周囲の魔力を溜め込む性質を有するアーティファクトであり、アルファが投げたのはシェリーとの研究中にその『強欲の瞳』の研究成果を知ったシドがそれを改良し、イータに開発させた『魔力阻害爆弾』。

 

 範囲内の魔力の流れを乱す力場を発生する爆弾であり、アルファ達がその影響を受けないのはその防備処理を施したスライムスーツを纏っているからである。

 

「どう、自分たちがやろうとしていた事をやられるのは?」

 

「く、くそがああああああっ!!」

 

 仮面で顔を隠しているため、唯一見える口元、残酷な笑みを向けるアルファ達に断末魔の叫びを上げながら、レックスたちディアボロス・チルドレンは何を成す事も無く、無残な死を遂げたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に溶け込んでいた室内に明かりが灯る。

 

「……」

 

 

 そうして、レックスに痩騎士と呼ばれていた者が仮面を外そうとして……。

 

「夜更かしは老体に響きますよ、ルスラン副学園長」

 

「っ!?」

 

 全く気配も姿も見せていなかったシドの声が聞こえ、副学園長室の中にあるソファーに座っている姿が見えた事、そして自分の正体を見破った事に驚愕する。

 

「……ふふ、ずっと私の全てを見透かそうとしている目だと思ったが、本当に見抜くとは恐れ入る。それで何の用かな?」

 

 痩騎士は仮面を取り、ルスランとしての素顔を見せると苦笑しながら目的を問いかける。

 

「一つ、俺の話に付き合ってもらおうと思いまして」

 

「良いだろう、君の話は面白そうだ」

 

 ルスランは言うと、シドと対面する方のソファーへと座り込む。

 

「事の経緯はこうだ。『ブシン祭』で優勝した貴方はその経歴を元に『ディアボロス教団』に声をかけられ、貴方は応じそうして『ナイツ・オブ・ラウンズ』まで上り詰め、その恩恵も何某かは受けた」

 

「っ……」

 

 シドがディアボロス教団、そして重要幹部の名まで知っている事に驚愕しながらもルスランは続きを促した。

 

「しかし、『ナイツ・オブ・ラウンズ』として、一流の魔剣士としての貴方は長続きしなかった。難病を患ってしまったからだ。それをどうにかしようと模索する内に貴方は出会ったんだろう。シェリーの母、ルクレイアさんに」

 

「ああ、その通りだよ。ルクレイアは優秀な研究者だったのだが、優秀過ぎるが故に学界には嫌われた不幸な女さ。だからこそ、接触しやすかったから私にとっては幸運だったけれどね」

 

 シドの話を、当時を懐かしみながらルスランは補足する。

 

「……そうして、貴方はルクレイアさんの研究の支援者となって数々のアーティファクトを集め、研究させた」

 

「ああ、実に良い関係だったし楽だったよ。彼女は富も栄誉も興味が無かったからね。私は彼女を利用するだけで良かった」

 

「そんな関係の中、貴方はとあるアーティファクトを見つけたんだよな。『強欲の瞳』を」

 

「本当に君は恐ろしいな……ああ、これは私が長年、探し求めたアーティファクトだ。しかし、あの愚かな女はこれが危険だと言って、国に管理してもらうよう申請を出そうとした」

 

 ルスランはピンポン玉サイズの球体を懐から取り出しながら、言う。

 

 

 

「だから、殺したんだな。ルクレイアさんを……」

 

 静かにシドはルスランへと言った。

 

「ふふふ……そうさ、体の先から中心へ突いていき、最後は心臓を突き刺し捻じったんだ。あの時は実にスカッとしたよ。それに更に幸運だったのがルクレイアの研究を娘であるシェリーが引き継いでくれた事だ。私が母の仇だとも知らずに私のために力を尽くしてくれるなんて本当に可愛い可愛い、愚かな娘だよ。その愚かさは母譲りだ」

 

 ルスランは邪悪な笑みを浮かべながら、自分の罪を何の惜しげも無く、告白した。

 

 

 

「……話に付き合ってくれてありがとうございます。ルスラン副学園長。お陰で良く分かりましたよ、貴方が情けをかけなくて良い危険な男だというのが……だからこそ、この場で始末します」

 

 シドは椅子から立ち上がりながら憤激に燃える瞳で睨みつけ、裁断者の如く、宣告する。

 

「それなら、抵抗させてもらおう。これを使ってね」

 

 同じくルスランも立ち上がりながら、手に持っていた『強欲の瞳』を起動させ、禍々しく光らせた。

 

「これで君は魔力の使えない無力な男……対して私は君が病気を治してふふ、まさか『強欲の瞳』を知っているのに何の反応もしないとは、君も愚かな男だ」

 

「ブランクのある貴方に対する只のハンデだ。良いから、来いよ」

 

「ふっ、随分と達者な負け惜しみだなっ!!」

 

 平然と言うシドに対し、魔力を放出しながらシドへと迫り、そして剣を振り下ろしたが……。

 

 

 

「がっ、あ……?」

 

 一閃を振り下ろしその斬閃を見たのに、直後……自分の肩口から袈裟上に切り裂かれていた。

 

 しかも手元には自分の剣が無く、代わりにルスランの剣先をシドが下ろしている。

 

 ルスランが一閃を振るうより早く、彼に気づかせないままに奪い取りながらルスランが振り下ろす動作に合わせて剣を振り下ろし、切り裂いたのだ。

 

「自分の剣で死ねるなら、本望だろ?」

 

「ぐがっ、」

 

 続けて剣を振り、ルスランを更に切り裂く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。徹底的に切り刻んでやる」

 

「ぅ……ぁ……や、止め……」

 

「止める訳が無いだろう、とっととくたばれ老害」

 

 無慈悲にルスランへとシドは壮絶なる剣の連閃を繰り出し、ルスランの体を肉片すらも残さない程に微塵に切り刻んだのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルスランが翌朝起きれば居なくなっていたので、シェリーは泣きながらシドを頼った。

 

「実はルスラン副学園長から昨日、夜遅くに渡されたんだ」

 

 シドはシェリーにそう言いながら、事前に自分が作っていたルスランの筆跡を真似て書いた手紙で内容は娘の幸せを祈りながら、病気も治ったので隠居するとしたそれを渡し、優秀な研究機関への推薦状、『ミツゴシ商会』がスポンサーとなっている形にした研究所(因みに所長はイータ)のそれも渡した。

 

 因みに学園自体にもシェリーより早く、スライムによる変装道具でルスランに扮し、シェリーより同じく事前に用意していたルスランの筆跡と印のある退職届を渡している。

 

 

 

「お義父さん、だからって急に居なくなるなんて……」

 

「それだけ、シェリー先輩の重荷になりたくなかったんだと思います」

 

 シェリーに多くの嘘をつき、騙す事を自分の罰としながら、一生面倒見る事をシドは誓うのであった……。

 

 

 



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十九話

 

 この世界において最近、古代文明やアーティファクトもであるが様々な分野の研究をし、今では幾つもの成果を世界に公表している大きな研究所が建築された。

 

 そのスポンサーは『ミツゴシ商会』であり、研究所の所長とは『シャドウガーデン』のイータである。他にも研究者としての素質を持つ構成員や『ディアボロス・チルドレン』として狙われそうなために保護した者が所員だ。

 

 その目的は無論、『ディアボロス教団』の技術に対抗するため、そんな『シャドウガーデン』の研究所へと見習い所員としてシドはシェリーを入れるように準備をした。

 

 将来的には勿論、正式な所員として働いてもらうが一番の目的は彼女自身を守るためである。

 

「ふわぁ、ここが最近有名な……それにしても驚きました。この研究所の人たちとシド君が知り合いだったなんて。だからあんなに研究者としても優秀だったんですね」

 

「ああ、まあな」

 

 学園が休みの日である今日、シェリーは最初の見習い所員としての仕事をするのでシドは付き添いとなって、ともに研究所内へと入った。

 

「いらっしゃい、シェリーさん。所長のイータだよ、早速ついてきて」

 

「はい、よろしくお願いします。イータさん……それじゃあ、シド君、頑張ってきますね」

 

「ああ、シェリー先輩なら大丈夫だ。イータさん、シェリーの事、よろしくお願いします」

 

「ん」

 

 シドの頼みにイータは頷き、こうしてシェリーは学業を行いつつ、学園より更に優れた研究機関で古代文明にアーティファクトの研究をするようになっていく。

 

 シェリー自身の純粋で明るい性格によって、すぐに研究所の者たちと更にはマイペースなイータとも打ち解け、可愛がられながら研究所の一員として働いていくのだった……。

 

 

 

 

2

 

 

 

 活気に溢れたミドガル王国王都の街中を寄り添い合いながら、歩いている10代の男女、どちらも鞘に納めた剣を帯剣している事からミドガル魔剣士学園の生徒だと分かる。

 

 それに男に寄り添っている女は有名人過ぎる程に有名だ。何故ならこの国の王女の一人であるアレクシア・ミドガルなのだから……。

 

 彼女に対し同じく寄り添い合っているのはシド・カゲノーだ。

 

 誰がどう見ようと愛し合っているとしか思えないが二人からすれば『友人として仲良くしている』、『居心地の良い関係』というだけである。

 

 

「……」

 

「どうしたのよ、えらく機嫌が良いじゃない」

 

 穏やかに日々を生きている市民たちの様子を見たシドが笑みを浮かべたのを見て、アレクシアは問いかけた。

 

「平穏な日々というのは良い物だと思ってな。勿論、そんな日々を仲の良い友人と一緒に楽しむのはもっと良いとそう、実感したんだ」

 

「ふふ、なにしみじみとしてんのよ。まあ、平穏な日常が一番ってのは同意するけどね」

 

「だから、俺はそれを守りたいと思っている。誰かの平穏を奪おうとする『悪』からな」

 

「正義の味方になりたいの?」

 

「いや、そんな資格は俺には無い。『悪の敵』が精々だ」

 

「……貴方は大分自己評価が低いわよね」

 

「いや、そうでもないさ……っと、辛気臭くなったな。悪い、ともかく今日は平穏を楽しもう」

 

「そうね」

 

 ついつい、先日のルスランの事や『ディアボロス教団』の事を考えて意見を言ってしまい、雰囲気が暗くなってしまったのをシドはアレクシアに謝る。

 

 アレクシアも頷きながら、軽食でも摂ろうとしたのだが……。

 

 

 

『あ』

 

 

 シドとアレクシアは現在、魔剣騎士団に体験入団しているクレアと彼女の隣にいるのは見た目は赤い長髪に凛々しく美麗な女性だが名前はアイリス・ミドガルであり、この国の第一王女と出会った。

 

 アイリスはアレクシアの姉であり、そんな彼女とクレアは自身の凄まじい能力による大活躍、魔剣士学園の生徒でもあったアイリスにとってはクレアが後輩でもある事やアイリスは妹を、クレアはシドを愛していると姉としての共通点があるなど、そうした事から仲良くなり、今日は個人的な交流を深めるため、街の見回りという名目で出歩いていたのだ。

 

 

「えっと、お初にお目にかかりますアイリス王女……其処に居るクレアの弟のシド・カゲノーです。姉がお世話になっています」

 

「いえ、こちらこそ……アレクシアと仲良くして頂いているようで……」

 

 ひとまずシドはアイリスと自己紹介し、アイリスもシドに対応した。

 

 

 

「シードー!! 貴方ねぇ、私が居ない間に他の女性とおぉぉぉぉっ!!」

 

「待って、姉さん。せめて誤解しか生まない言い方は止めよう……うぶおおおお……」

 

 しかし、シドに対してクレアは嫉妬と怒りのままに詰め寄り、首を絞めつつ、揺さぶり始め、シドは甘んじて受けながらも指摘はした。

 

 

「ま、まあ折角あったんだし姉弟の親睦を温め直そうよ。アイリス王女、それにアレクシア……二人も親睦を温め直してはどうでしょう」

 

 そうして、クレアへと意見を言いながらも彼女に意見を言いながらもその手を取るとアイリスとアレクシアにも提案をした。勿論、アレクシアにアイリスと仲直りをさせるためである。

 

 

 

「ちょっ!?、も、もうシドったら強引なんだから……」

 

「偶然、姉さんに会えたのが嬉しくてね」

 

「私も偶然、会えたのは嬉しいわ」

 

 クレアはシドが積極的に自分を誘導するように歩き始めた事で先ほどまでの怒りは吹き飛んでいるし、シドの言葉にご機嫌である。

 

 そうして、シドとクレアが居なくなると……。

 

 

「その……姉様、すみませんでした。今まで避けたりして……でも、姉様の事は嫌いじゃない、大好きです」

 

「そう、それなら良かったわ。私もアレクシアの事が大好きよ」

 

 アレクシアは深呼吸するとアイリスへと歩みより、そうして二人は抱き締め合い、姉妹の絆を取り戻し始めたのであった。

 

 そうして、夕方になりシドとアレクシアは別々であるが、それぞれ学園寮へ、クレアとアイリスは王城へと戻り始める。

 

 

 

 アレクシアは学園寮の近くまで歩いていると……。

 

「仲直りは成功したか?」

 

「ええ、おかげ様で……結局、シドに助けられちゃったわね」

 

 待っていたシドの言葉にアレクシアは苦笑しながら言う。

 

「今回は姉さんのおかげでもあるけどな……ともかく、おめでとう」

 

「ありがとう……ねぇ、シド……」

 

 アレクシアはシドの祝いに微笑みながらも彼へと近づき……。

 

「ん、どうした?」

 

 シドの間近まで近づくと一旦停止したのでシドは訝しみ……。

 

 

「……ちゅ」

 

 アレクシアは瞬間的な動きでシドの唇に自分の唇を重ねてそして、離れる。

 

「これは今までの分も含めてのお礼よ」

 

 顔を赤く染め、瞳を潤ませながらも挑戦的に微笑んだ。

 

 

「そういう事なら、俺もお返ししないとな」

 

 シドも受けて立つと言わんばかりの表情を浮かべてアレクシアに近づき、顎を軽く掴んで逃げられないようにすると……。

 

「……ん」

 

 自分の唇をアレクシアに重ね、そうして離れた。

 

『……』

 

 後は言葉は無粋とばかりに微笑み合い、そうして近づき合いながら学園寮へと入っていったのだった……。

 

 

 

 

 

 



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二十話

 

 ミドガル王国王都では二年に一度、魔剣士の世界での頂点の座を競うための『ブシン祭』という大会が開かれる。そして、『ブシン祭』にはミドガル魔剣士学園の生徒のための学園枠があり、その枠に入る生徒を決めるための大会も開かれる。

 

 そして、『ブシン祭』と選抜大会が開かれるのが今年であり、その時期が迫る中で当然、シドもアレクシアも選抜大会に出場する事を決めており、『いつまでもシドに頼ってばかりじゃ駄目だから』とアレクシアはシドとの稽古を止め、自分一人で鍛錬をするようになった。

 

 もっとも鍛錬以外の時間は大体、シドと行動を共にしているが……。

 

 

 

「ねぇ、シド……」

 

 昼の食堂、いつものように二人で並んで席に座り、食事をしているシドとアレクシア。

 

 するとシドの顔を見つめ、微笑みながらアレクシアがシドの名前を呼ぶ。

 

「どうした?」

 

「ただ、呼んでみただけよ」

 

「そうか……」

 

 アレクシアが答えたのに対し、シドも微笑んでアレクシアの頭を撫でる。それにアレクシアは心地良さそうに目を細めた。

 

 口づけしたのが切っ掛けとなり、二人の雰囲気は日に日に甘くなっていっている。

 

 なので、当然……。

 

『(あ、甘すぎるんだけどぉぉぉぉぉぉぉっ!!)』

 

 見せつける訳でも、自分たちの世界に入っている様子でもなく、あくまで自然に甘い雰囲気を醸し出しまくるシドとアレクシアに他の生徒たちは皆、内心で突っ込んだ。

 

 絶対にシドとアレクシアの関係については触れたりはしない。もう絶対、確実に付き合っているのは間違いなくとも触れたりはしないのだ。

 

 触れたらエライ事になるのは間違いないから……。

 

 結果が分かっているのに地雷原を踏んだり、爆弾を刺激する者など居ないのだ。

 

 

 

『……』

 

 シドとアレクシアは言葉で語るは無粋とばかりに視線を交わして何やら伝え合い始めている。

 

『(なんか言えってっ!! っていうかは、早く別の場所に行ってくれぇぇぇぇぇぇっ!!)』

 

 だからこそ、早く食堂から出て別の場所で好きなだけ、甘い雰囲気を出してろと思う生徒たち、そのうちの多くはシドとアレクシアによる甘い雰囲気にやられて吐血したりなどして倒れる者やあるいは『二人の関係は尊い』として推すようになるなど色んな影響を及ぼすのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、学術学園にある一つの研究室にて……。

 

「ほら、シェリー先輩。カフェオレです」

 

 シェリーの助手としていつものように研究を手伝っていたシドは一息入れるため、コーヒー豆にコーヒーを作るための専用道具を使って淹れた自分用のコーヒーにそして、甘党であるシェリーのために牛乳から何から何まで拘って作ったカフェオレを用意する。

 

 そして、研究中で席に座っているシェリーの近くにカフェオレを置き、自分も近くにおいてある椅子に座ってコーヒーを飲み始める。

 

「うん、美味しい。シド君の淹れてくれるカフェオレ、美味しくて大好きです」

 

 カフェオレを飲み、笑顔でシドへと言った。

 

「真心こめて淹れていますからね。好きになってもらえて良かった」

 

「も、もう……シド君ったら……」

 

「それで研究所の方はどうですか?」

 

「イータ所長も所員の皆さまも皆、優しくて、良くしてくれてとても良いです。それに研究の参考になる資料もいっぱいありますし……本当に凄いし、研究所として最高でした」

 

 シドからの質問にシェリーは明るい笑みで答えた。

 

「まあ、シェリー先輩なら上手くやれると思っていましたが、その通りでしたね。これからも頑張ってください。勿論、俺も助手としてサポートしますが」

 

「ありがとうございます、シド君。私もシド君がブシン祭の選抜大会やブシン祭に出た時は精一杯、シド君を応援しますね」

 

「それは光栄で嬉しいです。よろしくお願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

 そんな会話を交わしながら、シドとシェリーは微笑み合ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブシン祭の選抜大会の時期が近づく中……クレアの騎士団体験入団が終わった。そのため、シドはクレアに対し『体験入団お疲れ様&お帰りなさいの会』をする事にし、高級レストランの個室を予約し、そうしてクレアと共に今夜、向かったのだが……。

 

「シド様にクレア様、オーナーであるルーナ様より特別席へ案内するよう、言われております。どうぞ」

 

「あら、ルーナさん。此処のオーナーだったの……シド、知ってたのね」

 

「……え、いや、俺も初耳……」

 

 ウェイターからの言葉に『ミツゴシ商会』系列のレストランじゃないのにルーナがオーナーだという事にクレアは驚き、シドも又、余計な気遣いなどさせないように敢えてガンマたちには何も言わなかったし、『ミツゴシ商会』とは関係の無いレストランを選んだ。

 

 しかし、ガンマたちはその情報収集能力を活かし、これは自分たちのシドに対する忠誠心や愛を確かめるための試練だとかなんだとか誤解of誤解したままにその力を振るってシドの予約したレストランの経営権を手際良く、買い取った上にシドとクレアのための特別席まで用意した。

 

 因みに特別席は増築されたものであり、これまたシドのためにイータがその優秀な建築術を使って用意したものである。

 

「(誰もこんな事しろと言ってないし、それにここまでしろとも言ってないだろぉぉぉぉぉぉっ!?)」

 

 思わず、シドは内心でガンマたちの手際にツッコミを入れてしまった。

 

 ともかく、特別席で用意されたスペシャルコースの料理にこれまた、ツッコミはしながらも……。

 

 

 

 

「それじゃあ、騎士団への体験入団お疲れ様、そしてお帰り、姉さん」

 

「ええ、ただいまシド」

 

 まずはワインにて二人で乾杯し合った。

 

「本当、こうして私の事を想って、色々としてくれる良く出来た弟のシドが居て、私は幸せだわ」

 

「俺だって、旅立つのを許してくれたり、入学する時の試験の時には出迎えてくれたり、色々と優しくしてくれる姉さんが居て幸せだよ」

 

 姉弟としては過剰過ぎる程の親密さを放ちながら、二人は微笑み合う。

 

「まぁ、だからって……私が居ない間にアレクシア王女と付き合ってるのはどうかと思うけど……」

 

「いや、俺は男爵の出なのにアレクシア王女と付き合えるわけないじゃないか、姉さん。友人として仲良くなるのは問題ないにしてもさ」

 

「ぇ……あれで付き合って……ない?」

 

「うん、今の俺の身分では付き合えないよ」

 

 シドからのまさかの返答にクレアは驚愕と混乱する中、シドはクレアに対して再度、恋人では無いと言った。

 

「……ま、まぁ良くは無いけど、良いって事にしましょう……そうそう、アイリス王女が貴方に『アレクシアと仲良くしてくれて、それに仲直りの切っ掛けを与えてくれた事、感謝してます』と言ってたわよ」

 

「それはまた、恐れ多い……」

 

 そうして、クレアは騎士団での話をし、シドは学園での事を話して親睦を深め……。

 

 

 

「シド、選抜大会で私と戦う時は絶対に本気で戦いなさいよ」

 

「分かったよ、約束する」

 

 二人は選抜大会での誓いも交わしたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選抜大会にて勝利を掴み、ブシン祭へと出場するために鍛錬に励む魔剣士学園の生徒たち……そのうちの一人の女生徒も夜の中、自主鍛錬に精を出していた。

 

「(見ていてください、魔剣士さん……)」

 

 本来は剣の道に進む機会は無かったはずの自分に剣とそして、何よりその剣を振るって悪を挫き、人を助けるために本気を尽くすその尊さであり、美しさであり、素晴らしさを教えてくれた一人の魔剣士の男へと彼女は思いを馳せる。

 

「(私は必ず、貴方のような魔剣士になってみせます)」

 

 

 蜂蜜色の髪をロールにした容姿抜群の女性にして『芸術の国 オリアナ王国』からの留学生にしてオリアナ王国の王女、更には二年生ながらに生徒会長も務めていて魔剣士としての実力はクレアに次ぐ、学園内二位であるローズ・オリアナは自分の中に課した誓いを更に強固なものにしながら鍛錬に励む。

 

「(出来ればもう一度、会いたいです)」

 

 彼女が想いを馳せる魔剣士の男は自分の記憶にある見た目から言えば当時の自分に近いぐらいだった。だから魔剣士学園に入学するだろうし、あるいはしているかもしれないと期待しているところはあった。

 

 剣を見ればきっと分かるだろうし、それに剣士なのだから、剣で語れば良いとも思っている。

 

「(いけない、いけない。今は集中です)」

 

 ともかく、選抜大会更にはブシン祭への出場に向けて、ローズは鍛錬に励んだのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅっ、夜はやっぱり冷えるな」

 

 夜中、自主鍛錬のために学園に寮へと届けを出したため、寮と学園より離れた外の場所で鍛錬に励むシドはくしゃみをしたのだった……。

 



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二十一話

 

 

 本日、ミドガル魔剣士学園及び学術学園の学業は全て休みである。何故なら、それは二年に一度、ミドガル王国王都で開催される魔剣士による大会、『ブシン祭』。

 

 その学園枠を決めるためにミドガル魔剣士学園の生徒たちによる選抜大会が学園内の特製の会場で開催される日だからだ。

 

 

 

『勝者、クレア・カゲノー!!』

 

『うおおおおおっ!!』

 

 そして実際に行われた試合、その勝者へと観客である生徒が歓声を送る。

 

『勝者、アレクシア・ミドガル!!』

 

『わぁぁぁぁっ!!』

 

 シドより先に一回戦の試合を行ったクレアにアレクシアはそれぞれ、日頃の鍛錬の成果を発揮して勝利を納める。

 

「(シド、待ってなさいよ)」

 

「(シド、見ててね)」

 

 

 

 クレアもアレクシアもそれぞれ、シドとの試合に向けて意気込んでいる。

 

 クレアは姉として『勝つため』であり、アレクシアはシドから剣を教わっている者として『自分の頑張りを見せるため』である。

 

「(シド君の試合、まだかな……)」

 

「(シド様、アルファ様たちの分まで精一杯、応援しますね)」

 

 

 観客席に居るシェリーはシドの試合を応援するために待ち構えており、観客席に生徒たちが大勢集まるため、これ幸いと変装して潜入したニューも又、今か今かとシドの試合を心待ちにする。

 

 

 そうして……。

 

 

『次の試合を始めます』

 

 シドの一回戦の試合が始まろうとしている。シドと彼の対戦相手であるローズ・オリアナがそれぞれ、会場内へと姿を現す。

 

 シドの戦闘服はクレアにアレクシアと同じ、王都ブシン流の道着であり、武器は刃を潰した模擬剣だ。

 

 対して対戦相手のローズ・オリアナは芸術の国であるオリアナ出身らしく、ファッショナブルな戦闘服であり、武器は刃を潰した模擬の細剣だ。

 

「貴女の事を知った時は本当に驚きましたよ。ローズ王女」

 

 

「何がでしょう?」

 

 シドは向かい合いながらもローズを見て、呟きローズは戸惑い、問いかける。

 

「あの時、盗賊から助けた少女が貴女だったなんて……それに本当に魔剣士を目指してくれていて嬉しいです」

 

「っ!?」

 

 そのシドからの言葉にローズは驚愕し、そして激しく感動しながら涙が溢れ、心が高鳴り続ける。

 

「(ぁぁ、確かに彼だ……)」

 

 ローズ・オリアナは当時の記憶から比べても彼女が魔剣士の道を志した相手がシドである事を確信する。

 

 そう、シド・カゲノーこそローズが魔剣士の道を選ぶに至った切っ掛けの人であり、そして自分の恩人であり、再会を願っていた人物だったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 まだまだ幼い少女であったオリアナ王国の王女であるローズはその日、父の公務でミドガル王国王都を訪問した際、滞在先から密かに抜け出して平民の子供たちに交じって遊んでいた。

 

「きゃっ!?」

 

 突如、視界が暗くなり気を失ってしまった。

 

 

「ん、んんぅぅぅっ!?」

 

 そして、彼女が目を覚ますと薄暗い小屋の中であり、手足は荒縄で縛られ、口には猿轡をはめられた状態で転がされていた。

 

 不運な事に盗賊の集団に誘拐されてしまったのである。

 

「身なりの良いガキが居たと思ったら、まさかオリアナ王国の王女様だったとはな!!」

 

 隣の部屋から聞こえる盗賊たちの声、所持品を調べられた事で身分までバレてしまった。

 

「(いや、いやぁぁぁぁっ!!)」

 

 自分はきっと盗賊たちに売られ、オリアナ王国の敵に利用されるのだと察した彼女は恐怖し、絶望する。

 

「(誰か、助けてぇぇぇぇっ!!)」

 

 自分を探しているだろう父やオリアナ王国の誰か、あるいは誰でも良いから、とにかく自分を盗賊から助けてくれる者かが現れないかと彼女は祈りを捧げる。

 

 しかし、空想の世界ならいざ知らず、彼女が居るのは現実の世界。

 

 ご都合主義が、あるいは奇跡が簡単に起ころう筈も無い。彼女もそれは分かっていて、内心では諦めの境地ではあったが……。

 

 しかし、今此処でご都合主義であり、奇跡は確かに訪れた。

 

 

 

 

『っ!?』

 

 突如、響く破壊音に盗賊たちはその方向を見るが彼らの視界には誰も居なかった。

 

 しかし、彼らが驚愕と混乱、戸惑いによって意識に間隙が生まれている間に俊敏に動いている者は居て……。

 

 

 

 

「今、助ける」

 

 部屋の扉が開けられたのでその人物を見れば、剣を帯剣した黒髪の少年が安心させるための笑顔を浮かべ、暖かい言葉をかけてくれた。

 

「(本当に来てくれた)」

 

 そして、ローズはその少年こそ、自分を助けてくれる者だと少年が放つ雰囲気から感じ取った。

 

少年はローズに一言だけ告げると盗賊たちの方へと向き直り……。

 

 

 

「お前たちの罪は俺が裁く」

 

 剣を鞘から抜きながら少年は盗賊たちへ義憤に燃えながら、告げ……。

 

『やってみろよ、クソガキがぁぁぁぁぁっ!!』

 

 盗賊たちも怒りながら、少年へと向かっていく。

 

 そうして……。

 

 

 

『ぎゃあああああっ!!』

 

 少年の剣舞により、盗賊たちは為す術無く、斬断されていく。

 

 盗賊にとっては少年の剣舞は自分たちを絶対的な死へと誘う舞踏であった。

 

 

 

 しかし、ローズにとっては少年の剣舞は……。

 

 

「(綺麗……)」

 

 ローズにとって少年の剣舞は今まで見てきた芸術のどれよりも美しかった。

 

 彼はひたすらに自らの全てを捧げて剣舞を磨き抜いてきたのだという事も感じ取り、その事も含めて圧倒され、魅了される。

 

 更に……。

 

「(あの人は本気なんだ)」

 

 少年の勇姿から発露される意思――絶対に盗賊たちを倒し、ローズを救うというそれに『本気』という熱が込められていた。

 

 一つの物事に全てを懸けて打ち込むのはこれ程に素晴らしいのかとローズは感動さえしてしまう。

 

 そして……。

 

 

 

 

「(私もあんな風に……)」

 

 ローズは少年の勇姿、剣舞に魅了される中で自分も少年のように誰かを悪から助ける事が出来るようになりたいと思った。

 

 そんな事を思っている間に少年は盗賊を全滅させ、剣を振るって血と脂を飛ばすと鞘に納める。

 

 その行動さえも美しかった。

 

 

 

「ごめんな、もっと早く助けに来る事が出来なくて……怖い思いをさせてしまった」

 

「うぅん……助けてくれてありがとう」

 

 そうして、少年は盗賊たちを全滅させるとローズへと近づき、荒縄と猿轡を外すと謝りながら、抱き締める。ローズはその温かさに身を委ねながら助けてくれた事へ礼を言う。

 

「貴方の名前は?」

 

「名乗るほどの者じゃない。俺は通りすがりの魔剣士だ。まだまだ、見習いだが……」

 

 ローズは少年に名前を問うと、少年はそう苦笑して言った。その後は安全な場所まで送るとローズは彼に連れられ……。

 

「ねぇ、私も貴方みたいな魔剣士になれますか?」

 

「すべては自分次第だ。諦めず、頑張り続ければいずれは必ず、目標は達成できると俺は思っている」

 

「じゃあ、ローズも頑張ります」

 

「なら、応援させてもらおう」

 

「はい」

 

 

 そうして、その日、魔剣士の少年にローズは自分も魔剣士になる事を誓い、オリアナ王国では剣は野蛮とされているため、父も含めて皆から反対されてきたがそれに負けず、魔剣士になるため努力を続け、本気で魔剣士を目指しミドガル魔剣士学園に留学さえしたのだ。

 

 全ては自分があの日、そうされた様に……助けを求める者を救う事の出来る魔剣士になるため。

 

 そんな日々の中で今……。

 

 

 

 

「……覚えててくれたんですね……」

 

 自分を助けてくれた魔剣士の少年であるシドが自分の事を覚えててくれた事に大きく感動し、感謝しながら言う。

 

「勿論です」

 

『ローズ・オリアナ対シド・カゲノー』

 

 

 

「それじゃあ、後は剣で語りましょう」

 

「はい、喜んで」

 

 アナウンスが聞こえたのでシドもローズも剣を構え……。

 

 

 

『試合開始!!』

 

「(私の全てをぶつけます、シド君っ!!)」

 

 試合開始の合図と共にローズは最初から全力全霊を持って、シドへと向かっていくと細剣を踊らせた。

 

 それに対し、シドはローズを待ち受け……ローズが繰り出した細剣による剣閃を見ながら……。

 

「美しい剣ですね、ローズ王女」

 

「っ、ありがとうございます。シド君も流石ですね」

 

 シドが自分の剣を踊らせ、ローズの剣閃に添えた瞬間、二人の剣が完全に噛み合い、ローズの剣閃の輝きは消え、踊りも止まり、停止する。

 

 そして、シドが感想を言うとローズは嬉しくなりながらもシドの剣捌きに対して感想を言う。

 

 彼女が初めて見た時よりもシドの剣舞は限界など無いとばかりに流麗であり、研ぎ澄まされた美しさを放っていた。

 

 

「光栄です」

 

 ローズの賞賛に礼を言った次の瞬間にはローズの剣に噛み合わせた自分の剣を剣閃へと変え、ローズの首筋に擦り抜けさせながら寸止めした。

 

 

 

「参りました。私の負けです」

 

「ええ、俺の勝ちです」

 

『勝者、シド・カゲノー!!』

 

 こうして、シドはローズとの試合に勝った。

 

「ありがとうございました。ローズ王女……貴方に再会できて嬉しかったです」

 

「私の事はローズと……そして、どうか同じ学生として、気軽に仲良くしてもらえませんか?」

 

 握手を交わすシドに対し、ローズは照れながら、胸を高鳴らせながら願う。

 

「ローズがそれで良ければ……」

 

「はい、ぜひお願いします。シド君」

 

 ローズは自分の願いが通った事を喜び、微笑んだ。

 

「(貴方に救われたこの命、貴方に捧げますからね。シド君)」

 

 ローズはシドにまた新たな誓いを掲げたのだった……。

 

 

 

 

 

 



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二十二話

 

 

 本日、ミドガル魔剣士学園の敷地内にて特別に用意された会場で『ブシン祭』の学園枠を決めるための選抜大会が行われていた。

 

 『ブシン祭』へは出場するだけでも誉れ高いものであり、だからこそ魔剣士を志す学生はこの選抜大会に全てを懸けて挑んでいる。

 

 そうした、未熟ながらも懸命に鍛錬を積み、力に技、知恵を付けて試合で勝利を掴むために戦っている者の戦いであり、勇姿、闘志のぶつかり合いは誰にしても観客の目を惹き、気分を高揚させて、夢中にさせた。

 

 そもそもにして、『戦い』とは生物が生きる上で常に身近にある概念の一つだ。

 

 そうして、魔剣士たちの戦いに会場が沸き上がっている中で特に観客の目を惹き、高揚高まって逆に落ち着かせ、自分の戦いに夢中させる者が居る。

 

 この今、まさにその戦いの舞台を自分が主役の舞台に塗り替え続けている人物の戦いが行われていた。

 

 

「……っ、はあっ!!」

 

 薄がかった茶色の髪で前側をピンで留めている女性、現魔剣士団長の娘であるキシメ・ケンマが自然体で構える対戦相手のシドと対峙し、深呼吸すると一気に突進する。

 

 因みに彼女の実技科目は王都ブシン流であり、その教室は一部。現在は実質、シドが講師となってしまっていて、その教えを受けているとあって、彼女はシドの実力を十分過ぎる程に知っている。

 

 故にせめて、シドの教えを受けて自分がどこまで成長したかを見せようと彼女は自分の全力をシドへとぶつけた。

 

「ふっ!!」

 

 その一閃に対し、己の剣を添えながら勢いを利用するようにして相手の死角へと滑り込み、そのままシドは相手の首筋に剣を置く。

 

 その一連の動作自体はあくまで基礎の動きであり、魔剣士の誰でも模倣自体は出来る。しかし彼と同じ精度であり、同じ域でこなせる者は居ない。

 

 彼の繰り出す技の動作、一つ一つが尋常ない程に積み上げた基礎の塊であり、絶技の域に到達しているがゆえに……。

 

 だからこそシドの血と汗、努力の結晶による剣技に魔剣士の誰もが、更には学術学園の生徒までもがシドの戦いに魅了される。

 

 

 

 

「シド君、本当に凄い……お義父さんなら、なんて言ってたかな……」

 

 観客席で懸命に応援しているシェリーはシドの勇姿に見惚れながらも、現在はどこかへと旅立ってしまった義父であり、かつては『ブシン祭』の優勝者であるルスランの事を思いながらそんな事を呟いた。

 

「うふふ……シド君の剣はいつ見ても素晴らしいですね。もっと私も頑張らないと」

 

 一回戦で長年、自分の恩人であり、憧れであり、目標、もっと言えば慕い続けていた魔剣士であるシドと再会し、戦ったローズは負けこそしたが気分としては至福であった。

 

 ずっと思いを馳せていたのが再会したのを切っ掛けに爆発をしたとも言える。ともかく、彼女も観客席でシドに見惚れながら、応援している。

 

「ああ……例え、遊びのようなものと言えど……対峙する相手に全力で応じるシド様は本当に素晴らしいです」

 

 そして、ナンバーズとしては新米ながらもシドの連絡役という栄誉ある仕事を担っているニューもシドの勇姿の一つ、一つに感動し、心を高鳴らせながら『シャドウガーデン』の幹部構成員たちのために持ち込んでいるイータ作の超高性能カメラと映像を動画として撮る事の出来るアーティファクトでシドの戦いの一部始終を撮り続けていた。

 

 ともかく、シドは準決勝の試合に勝ち……

 

「あぅ……やっぱり、強いなぁシド君は……」

 

 対戦相手のキシメがシドと握手を交わしながら言う。

 

 

 

 「ありがとうございます……でも、キシメさんこそ先程の一撃は中々、鋭い一撃でしたよ」

 

「それはシド君の指導のお陰だよ。いつもありがとうね」

 

「いえいえ」

 

 

 そうしてキシメとの試合に勝ったシドは控室の方へと戻っていき、次に行われる準決勝の組み合わせは……。

 

「クレア・カゲノー対アレクシア・ミドガル」

 

 この組み合わせを聞いてシドとクレアが姉弟である事、少なくとも学園の生徒の殆どの認識では付き合っている関係であるシドとアレクシアの事から鑑みて……。

 

『恋人が相手の姉に自分を認めてもらう試練じゃん、これっ!?』みたいな場違いな事を思ったりした。

 

 当然、当事者である二人にしても……。

 

「ふふ、ちょうど良いわ……全てをぶつけて挑んできなさい、アレクシア王女。余すことなく、見定めてあげる」

 

「最初から、そのつもりです」

 

 クレアは暗にシドに相応しいかどうかを見る事を告げ、アレクシアは望むところだと応じる。

 

 

 お互い、剣を構え……。

 

「試合開始っ!!」

 

「はあああっ!!」

 

 試合の合図と共に全力全霊、シドに倣った魔力の圧縮と開放技術をも使い、まさしく閃光の矢の如く、駆け抜けてクレアへと向かっていく。

 

「ふっ!!」

 

 だがクレアも又、シドに魔力制御を習い、昇華し続けた者。ましてやアレクシアよりシドとは長年、腕を磨き続けた者である。

 

 よって、正面から叩き伏せるべく魔力の圧縮と開放による超高域の身体能力強化をしながら、壮絶なる剛剣へと高めた剣技を振るい迎撃する。

 

「ぐっ、う……」

 

 アレクシアの剣はクレアによって押し返され、そのままアレクシアを倒れさせようと迫る。努力と経験の差が勝利要因となってアレクシアを敗北させようとするが……。

 

「まだぁぁぁぁっ!!」

 

 しかし、敗北確定だからといって諦める事などアレクシアはしない。むしろだからこそ、それを覆そうと意思の炎を燃やし、原動力へと変える。

 

 本気という名の炎を燃やし、全てを懸けて物事へと挑む事の重要性――それをアレクシアはシドから教わっているのだから。

 

そして、意思の熱量が加わったアレクシアの剣は……。

 

()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 確かにクレアの剣を押し返したが、クレアはシドと深く付き合うなら()()()()()()()だとそれを見越していた上で次なる剣を繰り出そうと備えていた。

 

 よって……。

 

 

 

「はあっ!!」

 

「っ、うくぁっ!!」

 

 無理やり剣を引き戻して盾にしたが、アレクシアはクレアの剣によりそのまま地面に切り伏せられた。

 

「勝者、クレア・カゲノー!!」

 

「及第点は上げるわ。アレクシア」

 

「はい、クレア姉様」

 

 そうして、クレアは倒れているアレクシアに手を差し伸べ、クレアの手を取り、アレクシアは立ち上がると二人、微笑み合いながら関係を深めたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準決勝を終え、いよいよ始まるは『ブシン祭』への出場の座を賭けた決勝戦。

 

「いくわよ、シド」

 

「うん、姉さん」

 

 少し時間は置いたが今までのようにやってきた姉弟による決闘――どちらも勝者となるべく、構えを取った。

 

 そして、クレアはシドの構えを見て……。

 

 

 

「(……嬉しいわ、本当に本気で来てくれるのね)」

 

 今まで、王都ブシン流の構えであったが現在の構えはブシン流どころか他の剣技のそれとも違う構え。彼が自分の才覚で編み出した彼特有の剣技のそれだとクレアは気づく。

 

 

「(ちょっとは近づけたと思ったのになぁ……)」

 

 そして、だからこそ自分との実力差にも気づいてしまった。シドは剣士として遥かなる高みの、自分では到底、辿り着けない領域に居る事に……。

 

 とはいえ、だからこそクレアも又、全力全霊を超えた限界以上の力を持って挑む事を決めている。

 

「試合開始っ!!」

 

 クレアもだが、観客も皆が固唾をのむ中、その時は、決勝戦の開始は訪れる。

 

「しっ!!」

 

「ふっ!!」

 

 クレアとシドの姿がどちらも瞬時に消え、次の瞬間には中央で落雷の如く降り注ぐ二つの剣閃が交差する。

 

「……強くなり過ぎでしょ、本当に」

 

 シドの剣撃によって剣を折られながら、自分が切り伏せられるイメージすらも叩き込まれたクレアはその衝撃に地面へと倒れ伏す。

 

「姉さんと同じく、俺は負けず嫌いだからね」

 

 クレアとの約束通り、自分自身の剣技という本気によってクレアを下したシドはそう苦笑して言った。

 

「勝者、シド・カゲノーっ!!」

 

『うおおおおおっ!!』

 

 こうして、シドは学園選抜大会に優勝し、『ブシン祭』に学園枠としての出場が決まったのであった……。

 



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二十三話

 

 

 この世界に数多くの悲劇や惨劇たる闇を生み出しながら、その闇に隠れて暗躍し、世界の支配すら目論んでいる組織である『ディアボロス教団』。

 

 その『ディアボロス教団』の目論見を阻止し、教団が犯してきた『罪』に『滅び』という名の報いを与えるため、教団に奪われた幸福と平穏を取り戻すために戦う組織こそ『シャドウガーデン』。

 

 組織の特徴としては教団が招いた『ディアボロス細胞』所有者の魔力暴走による自滅現象であり、いわゆる〈悪魔憑き〉の症状を有する者が多くを占めているために女性が多い。

 

 そして、その全員が首領であるシャドウであるシドを慕っていたり、愛していたり、忠を捧げていたり、崇拝している事だろう。

 

 そして、そんな『シャドウガーデン』の主力陣が集っているのはシドが魔剣士学園に通っている事もあって、ミドガル王国王都で経営している『ミツゴシ商会』の中である。

 

 

『勝者、シド・カゲノー!!』

 

 現在、ミドガル魔剣士学園で少し前に行われた『ブシン祭』に出場する学園枠を決めるための選抜大会におけるシドの試合の映像をアルファ達や構成員は鑑賞していた。

 

 又、彼女たちの手元にはシドの試合における勇姿を写した写真もある。

 

「ニュー、良くやったわ。イータも良い物を開発してくれたわね……それにしても主様の勇姿は素晴らしい……」

 

 ガンマが恍惚とした表情でシドの勇姿に夢中になりながらも撮影したニューと写真を撮るカメラと映像を記録するアーティファクトを開発したイータを賞賛する。

 

「ありがとうございます」

 

「マスターが日々、どう過ごしているか気になったから……それを知れて良かった」

 

 ニューにイータもガンマと同じくシドの勇姿に見惚れながらもガンマに言葉を返す。

 

「ふふ、シド様が学園生活を楽しんでいるようで良かったです。それにしてもシド様の剣は何度見ても素晴らしい」

 

「そうなのです、ボスはいつでも強いのですっ!!」

 

「ある程度、相手に合わせるやはり、主は優しい」

 

「ふぁぁぁ……もう、主の素晴らしさはどんなに褒めても褒めきれないですわ」

 

 シータにデルタ、ゼータにイプシロンも又、それぞれシドの勇姿に満足そうにしているし、幸せそうにしている。

 

「これはしっかりと、伝記を書き記さないといけませんね」

 

 ベータは急いでシドの素晴らしさが後世において、そして永遠に語り続けられるようにするための伝記を書くため、メモに記していく。

 

 

「ふふ、楽しそうで本当に良かったわ」

 

 アルファはシドの様子から彼が学生生活を楽しそうに送っている事を喜び、微笑んだ。

 

 シドがアルファ達たちに対し彼女達がいずれ、平和と平穏を取り戻すために力を尽くしているのと同じようにアルファ達もシドが幸福に、平和に人生を生きられるよう力を尽くしている。

 

 お互いがお互いをしっかり愛しているのだ。

 

 そして、この選抜大会におけるシドの勇姿を写した写真であり、録画した映像は当然の如く、本拠地であるアレクサンドリアにも送られ……。

 

「皆、これこそシャドウ様の剣技だ。基礎を極めたがゆえに至った領域をしっかりとその目に焼き付け、励め(楽しそうに学生をしているようで良かったです)」

 

新人教育係であったり、部隊の編制などの軍事担当であるラムダは流れる映像の解説を入れたりしながら、構成員たちに指示をする。その内心では学生として楽しそうなシドのそれを喜んでいた。

 

ラムダだけでなく、アレクサンドリアに居る構成員たちもそれぞれ、シドの勇姿に見惚れつつ、喜んだり感動したりしているし……。

 

「(シド様……久しぶりに勇姿を拝見できてこの、ウィクトーリア。幸せです)」

 

 一年ほど前、かつてはとある教会に仕え、『聖女』と呼ばれる程の聖職者であったが〈悪魔憑き〉の症状が出た瞬間、教会から捨てられたがシドによって救済されたピンクブロンドの髪、エルフのために美麗な容姿を有する女性であるウィクトーリア。

 

 『シャドウガーデン』の構成員としては幹部でないため、559番と呼ばれる彼女は至福も極みにあるような表情で祈りを捧げる。

 

 現在の彼女にとってはシドこそ神であり、その信仰の域はもはや狂信であったりする。

 

 そして、この映像と写真はしっかりと加工されたうえでシドにも送られ……。

 

 

 

「……良く出来ているな、嬉しいよ」

 

 そう、感想を述べながら……。

 

「(ニューが何かやってるなとは思ったんだよ……嬉しいけど、気恥ずかし過ぎるっ!!)」

 

 内心では凄く悶絶したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 人の環境というのは切っ掛けさえあれば小さくも大きくも変化する。

 

 そして、シドの場合と言えば……。

 

「シド……」

 

 選抜大会が終わって数日後、更に親密な雰囲気を醸し出しながらシドの右腕に自分の腕を絡めて寄り添い、学園の中へシドと共に歩くアレクシア。

 

 そして……。

 

「シド君……」

 

 シドこそ自分にとって大事な魔剣士である事を知り、再会出来たローズはアレクシアと同じく、朝稽古もそうだが昼休みや自由時間の殆どを彼と過ごすようになっていた。

 

 今もシドの左腕に自分の腕を絡め、幸せそうな雰囲気を出してシドに寄り添っている。

 

「アレクシア、ローズ……」

 

 シドも自分に寄り添うアレクシアとローズのそれに応え、受け入れていく。

 

『もうどういう状況なんだ、これぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

 付き合っているとしか言えないシドとアレクシアの関係の中に入ったローズに彼女が入るのを受け入れているアレクシア、そしてローズとアレクシアのどちらとも親密な関係を築いているシドと3人の関係と雰囲気に魔剣士学園の生徒たちは自分たちの何かが崩壊するのを感じたし、より一層激しくなる甘い雰囲気にやられたりした。

 

 せめてもの抵抗にシドに『王女殺し』というあだ名をつけたのだが……。

 

 

 

「シドに殺されるなら、本望よ」

 

「はい、私の身も心も全て、シド君に捧げます。」

 

「そういう事なら、愛し殺すとしようか」

 

 よりシドとアレクシア、ローズの関係を深める事態にしかならなかった。

 

 

『無敵か、お前らぁぁぁぁぁっ!?』

 

 どうしようもなくなり、特にシドに嫉妬している男性生徒の奥が断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏してしまうのであった。

 

 こうして親しい人間を増やしたシドであるが、それだけでなく……。

 

 

 

 

「それでは、新しく生徒会長になったシド・カゲノー君。よろしくお願いします」

 

 選抜大会において圧倒的威風であり、勇姿を皆に知らしめ、刻みつけ、普段においては皆の相談役をやっている事で凄まじい程の人気を手にしており、そうしてシドは自分が知らない間に生徒会に推薦され、しかも圧倒的支持を得た事で1年の生徒会長の座を掴んでしまった。

 

「(どうして、こうなった)」

 

 予期せぬ事態に混乱しながらもシドは面倒見の良さと頼まれたら断れず、任されたものは全力を尽くして完了しようとする人の良さと生真面目さにより……。

 

「選ばれた以上は皆の期待に応えられるよう、励ませてもらいます。どうか、よろしくお願いします」 

 

『うおおおおおおっ!!』

 

 魔剣士学園の生徒会長という立場を受け入れ、皆はそれに喝采の声を上げたのだった……。

 



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原作二巻
二十四話


 

 ミドガル王国王都にて二年に一度、開催される魔剣士が強さを競う『ブシン祭』があるのは『夏』の時期であり、当然、ミドガル魔剣士学園はその時、夏休み中だ。

 

 そして、その丁度『夏休み』の時期にミドガル王国内のとある場所にてもう一つ、魔剣士が力試しをするためのイベントがあり、こちらは一年に一度開催される。

 

 そのイベントとは『英雄オリヴィエ』が魔人ディアボロスの左腕を聖域に封じたとされる『聖地リンドブルム』が開催場所となる『女神の試練』。

 

 このイベントの時は聖域の扉が開き、挑戦者に見合う古代の戦士の記憶が呼び覚まされ、挑戦者はその記憶と戦うのである。

 

 無論、戦士の記憶に見合うだけの実力が無ければ聖域の扉すら開かず、挑戦者は試練にも挑めない。毎年、数百人の魔剣士が参加するものの古代の戦士の記憶と戦えたのは十人程度。

 

 因みに十年前の話ではあるが流浪の剣士ヴェノムが挑んだ際は英雄オリヴィエを呼び出したのが話題となっている。もっともヴェノムは敗れたとの事だが……。

 

 ともかく、そんな『女神の試練』をクリアする事は大変な名誉であり、一種の絶対的なステイタスとなる。それは、勿論貴族や王族の世界においてもだ。

 

 なので……。

 

 

 

 

「そう……シドはちゃんと……だったら……」

 

「シド君なら……お父様に……」

 

 魔剣士学園の選抜大会にて優勝し、『ブシン祭』に学園枠として出ることが決まったシドはその予行演習として『女神の試練』に挑む事をアレクシアとローズに告げると、何やら将来に思いを馳せた様子で二人は顔を赤に染めつつ、呟く。

 

「シド、絶対応援するから」

 

「シド君、応援しますわ」

 

 アレクシアもローズも王女なのでその地位を使えば来賓になれる(というより、ローズにおいては既に来賓として招待の話ある)ので、現地で応援する事を告げた。

 

「ああ、これで女神ベアートリクスの試練も楽勝だ。勝利の女神が二人も俺の傍に居るんだからな」

 

「もう……馬鹿……」

 

「ちょっと、言い過ぎですよ。シド君……」

 

「本気で言ってんだけどな」

 

 シドの言葉に頬を更に赤く染めつつ、二人は微笑みながらシドへと寄り添いシドは微笑み返してどちらも抱き締める。

 

 尚、こんな滅茶苦茶甘い雰囲気とやり取りをしているのは学園内……なので……。

 

『グボアァァっ!!』

 

 余りにも劇毒過ぎるシドとアレクシアとローズのやり取りに男子生徒たちは嫉妬やらなんやらが高まって倒れ伏し……。

 

『私もあんな風に言われてみたい』

 

 女子生徒たちからは羨望の目で見られた。

 

 因みに当然であるが、シドは姉であるクレアにも『女神の試練』に挑む事は告げており……。

 

「アレクシアとローズとの将来の関係を考えれば、必須でしょうね……頑張んなさい」

 

 最近ではアレクシアにローズ、シェリーとかなり親しい事を知っており、ある程度は妥協しているクレアはそう、溜息を吐きつつ理解と納得を示して頷き、彼女も聖地リンドブルムに応援として同行する事になった。

 

 

 

 

 更に……。

 

「わぁ、実はイータさん達から聖地リンドブルムに行こうって誘われてたんです。奇遇ですね」

 

「本当ですね、シェリー先輩」

 

 シェリーはシドがリンドブルムに行く事を聞くと喜んだ。もっとも、シド自身が少しでも外の世界をシェリーに見せようとイータたちに頼んだ結果であるが……。

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 『聖地リンドブルム』は実のところ、『ディアボロス教団の重要拠点』だ。

 

 聖域は『ディアボロス教団』の研究施設を兼ねているだろうし、封印されている『ディアボロス』の左腕から『ディアボロス細胞』、それに最近掴んだ事だが、飲めば『覚醒』状態にする薬よりも更なる強大な力と不死身の如き生命力を手に出来る『ディアボロスの雫』があるだろう。

 

 何より、『リンドブルム』より東部にはシャドウガーデンの本拠地、『アレクサンドリア』がある。

 

 こうした事からシャドウガーデンはリンドブルムに潜入しながら、様々な工作を行ってきた。

 

「ようやく、ターゲットが動き出したみたいよ」

 

「そうか、結構かかったな」

 

 アルファはシドへと告げ、シドは苦笑しながらも笑う。

 

 実は女神ベアートリクス唯一神とする宗教、『聖教』は『ディアボロス教団』の仮の姿だ。それに聖地リンドブルムにて大司教として職務に励むドレイクも飾りのような人物。

 

 シドたちがターゲットにしているのは『ディアボロスの雫』を飲む事を許されたディアボロス教団の幹部である『ナイツ・オブ・ラウンズ』の一人である可能性が高いネルソン。

 

 ネルソンは普段、大司教代理として表の舞台に出てこない。

 

 だからこそ、表に引きずり出すためにドレイクがやっている汚職、何度か起こっている孤児の失踪、更に違和感無いようにしつつ、脚色も込めて黒い噂を広め続け、そうして現在、アイリス王女を代表にした騎士団による監査が決まった。

 

 だからこそ、ネルソンは動いたようだ。恐らく、『女神の試練』の開催の前日ぐらいにでもスケープゴートとしてドレイクは殺されるだろう。

 

 だからこそ、ドレイクを見張りつつ彼が殺されそうになったところを確保するようにシドは指示し、ドレイクからは情報を抜き取ってから殺す事を告げた。

 

 まあ、シドもリンドブルムに行くので彼自身が状況次第では直接動く事も言う。

 

 そして、ネルソンを引きずり出すためにアイリスがリンドブルムを訪れる事になったし、アレクシア、ローズ、クレア、シェリーの4人がリンドブルムに来る事になっているが、シドたちにとっては無問題だった。

 

 

「『女神の試練』で英雄オリヴィエの記憶か……あるいは……が出れば良いがな」

 

 シドが手に持っている書類を見ながら呟く。その書類には『災厄の魔女アウロラについて』と記されていた。

 

 ともかく、今回は大きな会議のためにアルファ達の元を訪れたシドであるが……。

 

 

 

 

「そういえば主様、今日はアイリス王女とアレクシア王女がミツゴシの方に来ましたよ」

 

「ほう、仲は良さそうだったか?」

 

「ええ、とても……それと」

 

「それと?」

 

 ガンマが微笑みながらアイリスとアレクシアについての事を言い……。

 

「アレクシア王女は『Tバック』をお買いになりましたよ」

 

「ぶふっ!? ごふ、ごふ……報告するな、そんな事を」

 

 ガンマの報告にシドは噎せてしまった。

 

「シド、私も最近、Tバックを履いているの」

 

「私もです」

 

 アルファとガンマはシドにTバックを履いているのを見せながら、迫っていく。

 

「……なんだ、妬いてるのか?」

 

「流石にちょっと、ね」

 

「どうか、お願いします」

 

「分かった」

 

 そうしてシャドウにアルファとガンマはお互いを求める。

 

 実のところ、シドは『シャドウガーデン』の幹部は当然として、構成員とも都合や状況が許す時に愛し合っているのであった……。

 

 

 



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二十五話

 

 少し前にミドガル魔剣士学園、学術学園で一学期の学年末テストが行われた。シドとシェリーはこのテストで全科目において満点を取り、アレクシアにローズ、クレアも満点では無いものの、平均点以上のテストを取って無事に夏休みは補習無しに過ごせる事となった、

 

 因みにシドの悪友であるヒョロとジャガは赤点を取るというより、何を血迷ったかカンニングをやろうとし、それがバレて夏休みはぺナルティも含めてほとんどの期間、補習を受ける事が決まった。

 

 シドはテスト前にヒョロとジャガから勉強を教えてくれと言われていたのだが、勝手に相談屋にされ、しかも厚かましい事に仲介屋として金を取っていた事やこの前の選抜大会でも自分に賭けて金を手にした事などその他諸々含め……見放した。

 

「畜生、一生恨んでるやるからなーっ!!」

 

「シド君の薄情者ーっ!!」

 

「薄情なのはお前らだ」

 

 ヒョロとジャガの断末魔に対し、シドはお前らに言われちゃおしまいだという態度で告げた。

 

 ともかく、そうして夏休みに入り、シドは通常の馬車なら学園から四日間、かかるところにある『聖地リンドブルム』で開催される『女神の試練』を受けに行く事となった。

 

 最初はクレアと共に通常の馬車でリンドブルムに行こうとしたが、アレクシアからアイリスと共に『聖教の監査と女神の試練の来賓』のため、リンドブルムに行くのでそれに同行しないかと求められた。

 

 アレクシアの独断では無く、アイリスからもシドがアレクシアと仲良くしている事、それにアイリスとアレクシアとの姉妹仲を和解させる切っ掛けとなった感謝、一度じっくりと話をしてみたいなどとそうした理由で承諾しているとの事。

 

 そうまでされては逆に断るのは無礼になるので受け入れ、そうしてミドガル魔剣士学園を集合場所に馬車を待ち、そうして王族専用のために豪華な馬車がシドとクレアの前で止まる。

 

『おはようございます、アイリス王女、アレクシア王女』

 

 シドもクレアもそれぞれ馬車から降りてきた王女姉妹へとしっかりとした礼儀を取りながら、挨拶する。

 

「はい、おはようございますクレアさん、シドさん」

 

「おはようございます、シド、クレア先輩」

 

アイリスとアレクシアもシドとクレアに応じ、挨拶を返した。

 

「シドさん、これは王女としてではなく私個人として礼をさせてください。貴女のお陰で私はアレクシアと又、姉妹としての絆を取り戻すことが出来ました。ありがとうございます」

 

「いえ、そんな……俺はただ、切っ掛けを作ったようなものですから……それにこちらこそ、二人の公務に同行させてもらえるなんてご好意を頂けるなんて……感謝します」

 

 アイリスとシドはそれぞれ、深く頭を下げて礼をする。

 

「なんか似た者同士ね……」

 

「どっちも生真面目だから」

 

 クレアとアレクシアは二人の様子に苦笑しながら、言う。

 

「ところでシド、その剣は?」

 

 アレクシアはシドが帯剣しているものが学園支給のものでない事に気づく。もっとも見た目からして、かなりの名剣だというのが分かる程のもので『女神の試練』用の剣を用意したのにそれが渡す事が出来なさそうで、アレクシアは残念な気持ちになった。

 

「これは『ミツゴシ商会』のルーナさんから『一族の家宝』だと言って、『女神の試練』の時はこれを使ってくださいって貰ったんだよ。ミスリル製だからビビった」

 

 シドはアレクシアの問いに答える。もっともそういう形式にしただけで本当のところは表での活動用に幾つかのミスリルを加工しながら造った合金製の剣であり、魔力伝導率は80%の代物である。

 

「見せていただいても?」

 

「どうぞ」

 

 シドは鞘に納められたままの剣を丁寧にアイリスへと渡し、アイリスは受け取ると鞘から剣を抜く。

 

「わ、魔力を凄く流しやすい。とんでもない名剣ですね」

 

 軽く魔力を流し、その伝導力にアイリスは驚く。

 

「本当、びっくりです」

 

 シドはアイリスから剣を返され、帯剣し直す。

 

 そうして、後は馬車の中で話をする事になったが、クレアとアレクシアがシドの隣を巡って争いかねなかったので公平なジャンケンで決めることになり……。

 

 

 

 

 

「こうなったか」

 

「あはは……」

 

 広くて快適な馬車の中、シドとアイリスが隣り合い、クレアとアレクシアが隣り合って対面している。

 

 クレアとアレクシアは残念がったが、気を取り直し、主にシドの話で盛り上がったりしていた。

 

「シドさん、学園選抜大会優勝と生徒会長就任おめでとうございます。色々と話はアレクシアや噂を通して聞いていますよ。大変、優秀で頼りになると」

 

「恐縮です。でも俺はただ姉さんが誇れるように、何よりどんな分野でも誰かに負けたくないし頼られたら、その期待に自分が出来る限り、応えられるようにしているだけです」

 

「ふふ、凄い向上心ですね。『女神の試練』を受けようとするだけはあります。それにしたって落ち着いていますね」

 

「気を抜けるときは気を抜いて、気を張らなければならないときは気を張って……切替は大事ですからね」

 

「それは確かに」

 

 シドとアイリスも話をし、笑い合う。

 

「アレクシアが言ってますよ。貴方はアレクシアの専属騎士になる事を受け入れていると……」

 

「はい、そのためにも今から早く誰もが文句を言えないだけの実績を積もうとやれるだけの事はやっているつもりです。ブシン祭での優勝も目指してますよ」

 

「……ふふ、それは怖いですね。でも、ちゃんと妹の事を考えてくれているのが伝わってきますし、覚悟があるのも分かります……なら、私から言う事はありません。それだけ、想ってくれる男性に会えるなんてアレクシアは幸せですね」

 

 自分の問いに自信すら込めて堂々と宣言するシドにアイリスはそう言う。

 

「はい、私は幸せです。アイリス姉様」

 

「……シドさん、私は貴方とアレクシアを応援します。そして、これから私的な時は私の事は姉さんと呼んでくださいね」

 

 妹の満面な笑みに頷きながら、シドへと微笑みながら言う。

 

 

 

「え、い、いやそれは……流石に……」

 

「なに、戸惑ってんのよシド。呼んで良いって言ってるんだから、呼んじゃいなさい」

 

「はい、ぜひお願いします。」

 

「……」

 

 シドはアイリスの話に戸惑ったが、クレアが促したのと再度、アイリスから要求されたので最終的には受け入れたのであった……。

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 一人の騎士の話をしよう――その男はまさしく英雄譚に出てくるような正義の剣士に憧れたのを切っ掛けに人々に害を成す悪党を倒し、人々を助けるために力を付け始めた。

 

 そうして男は『流浪の剣士』となり、世界を旅しながら世直しをしていくようになる。

 

 その日々の中、男は力試しのために『リンドブルム』で開催される『女神の試練』に参加する。

 

 資格は十分にあり、聖域の扉から出てきたのは佇むだけで凄まじい力を感じさせるエルフの女性剣士であった。

 

「ぐ……」

 

 エルフの女性剣士は強く、流浪の剣士は負けてしまう。真剣勝負で負けたので男に悔いは無いし、このまま死んでも悔いは無かった。

 

 しかし、流浪の剣士であったヴェノムの人生はこれで終わりでは無かった。

 

「まさか、オリヴィエを呼び出すとはな……ふふ、お前のような優秀な手駒となる者を探していたのだ」

 

 死にゆこうとするヴェノムに悪意が迫り、そうして十年の時が経過した現在。

 

 

 

 

 

「ま、待て……待ってくれ、ヴェノム。監査は絶対に乗りきってみせる。だから、ネルソン様に心配ないと伝えてくれ、頼むっ!!」

 

 リンドブルムにて建設されている『聖教』所有の大聖堂の中で大司教たるドレイクが必死に命乞いをしている。

 

 その相手は大司教代理という身分でありながら、ドレイクからすれば自分よりも遥かに偉いし、逆らうことも出来ない相手であるネルソンの部下にして、彼の敵対者や標的を始末する存在、『処刑人』であるヴェノム。

 

「……」

 

 そう、流浪の剣士ヴェノムは『処刑人』へと身を堕とされた。

 

 かつては力が無いために悪党によって害され、平穏を奪われる人々の笑顔のために戦っていたそんな高潔な精神を持っていた彼はその精神を奪われ、ネルソンの指示の元に容赦も情けも無く、処刑をするだけの存在となった。

 

 よって……。

 

 

 

「う、うわああああっ!!」

 

 ヴェノムはいつものように処刑の刃を振り下ろそうとして……瞬間、闇夜の大聖堂の外から中まで黒い霧が発生し、周囲一帯を覆い尽くす。

 

「っ……」

 

 ドレイクはその霧を吸った事で昏倒し……。

 

「!!」

 

 ヴェノムは霧を吸った瞬間、奪われていた意識を完全に取り戻し、そうして自分が処刑人として多くの罪なき者や力を持たない者を殺し、自分が忌み嫌っていた悪党と同じ事をしていたのを思い返す。

 

「……殺してくれ」

 

 そうして、ヴェノムは剣を手放し両手も下ろして無抵抗の状態となると霧の中から自分の方へと向かってくる存在に対し、懇願した。

 

「任せろ、お前の無念は俺が晴らしてやる」

 

 ヴェノムはその慈悲の籠った返答に安堵しながら、純黒の一閃によって両断され、その軌跡を起点に純黒が広がりヴェノムの体を呑み込んだのだった。

 

 そうして、シャドウとなっているシドはミスリルの剣を鞘に納めた。

 

 

 

「シャドウ様。大司教の確保と処刑人の始末の手際、お見事です」

 

「こちらも処刑人の手下の始末は完了しました」

 

「後の事は全て、私達にお任せください」

 

 そんなシドの近くにベータにイプシロン、シータが駆け寄り声をかける。

 

 大司教ドレイクがアイリス王女率いる騎士団の監査にてぼろを出さないよう、口封じ、そしてドレイクを殺す事で監査が出来ないようにするため、ネルソンが放った処刑人ヴェノム。

 

 その一連の動きを掴んだのでリンドブルム近くで宿泊している場所から駆け付けたシドは『霧の龍』の魔力による霧を放って人払いとドレイクの意識を昏倒、ヴェノムに関しての全ての把握と意識を覚醒させる干渉を行なった。

 

 霧を張り巡らせ、領域を形成すればシドは自身の魔力によってその領域内において、望むがままの干渉が出来る。

 

 勿論、その規模や範囲など諸々によって魔力の消費は大きなものとなるが……。

 

 

 

 

「それじゃあ、後は任せた。ドレイクは丁重にもてなしてやれ。今までの行いを含めてそれ以上をな」

 

『はっ!!』

 

 シドの指示にベータたちは頷き、そうしてシドは黒い霧を纏うと次の瞬間、黒い流星の如くとなって空を疾走する。

 

 霧を纏った足が触れた虚空はすぐさま、小型の領域に変わり、それは足場となっている。実質、一種の空間移動だった。

 

 ともかく、こうしてシドは大司教ドレイクの確保と彼を始末しようとしたネルソンの目論見を崩したのであった……。

 

 



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二十六話

 

 山を切り開いたかのような地形に壮麗な聖教会が立ち、その下に白を基調とした街並みが広がっている『聖地リンドブルム』。

 

 此処には魔人ディアボロスを倒した英雄の一人、オリヴィエがその際、ディアボロスから切り落とした左腕が『聖域』という遺跡に封印されているが故、この世界において主流となっている宗教の『聖教』においてリンドブルムは聖地とされている。

 

 しかし、実際において聖地リンドブルムは今もなお、『ディアボロス』の力を使って世界の支配を企み、暗躍している『ディアボロス教団』の重要拠点の一つだ。

 

 そして、真に聖地リンドブルムの支配者となっているのは『聖教』の大司教代理でありながら、その正体は『ディアボロス教団』の幹部の一人、『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第11席こと『強欲』のネルソンである。

 

 もっとも彼の本業は研究者であるため、普段は秘密の研究施設である『聖域』でディアボロスの左腕を研究材料として研究し続けながら、他にもディアボロス教団のために重要な薬などを開発したり、使えそうな人間などを実験材料にしたりもする。

 

 そうして、今までは密かに暗躍し続けていたネルソンだが、最近になって急に風向きが変わってきてしまい、表に出ざるを得なくなった。

 

 出所は不明だが、自分たちが秘めている『ディアボロス・チルドレン』を増やすために魔力適性のある孤児を密かに選んで洗脳や教育機関に送り付ける事による失踪や必要な研究資金を得るための汚職など、その確証を付いているような具体性のある噂が急に広まったのだ。

 

 そのため、監査をするためとして何とも厄介な事にミドガル王国アイリス王女が騎士団を率いてやってくる事になった。しかもその時期が悪い。

 

 なにせ、リンドブルムで例年通りに行われる重要なイベントである『女神の試練』が開催されようとしている時なのだから……。

 

 だからこそ、いざという時の生贄として用意していた大司教のドレイクを殺し、それを口実に監査を封じようと十年前の『女神の試練』の際に拾えた英雄オリヴィエの記憶を呼び出す事が出来る程の剣士であり、現『処刑人』のヴェノムとその手下をドレイクの元へと送ったのにしくじり、ドレイクが姿を消した。

 

 そして、こちらがそれを知る前にリンドブルム内にドレイクが監査を恐れて逃げ出したというような噂が広まり始めたのだ。

 

「ぐうう……おのれ、小癪な真似をおぉぉ」

 

 明らかに狙いすましたかのような策略と行動にネルソンは最近、『ディアボロス教団』の拠点及び構成員や重要人物などを撃破するなど、自分たちに敵対している人員も拠点も不明な組織の仕業だと確信し、まるで嵌め殺すかのような手際にネルソンは呻く。

 

「どうして、私ばかり厄介事が付きまとうのだ。ただでさえ、あいつらにも厄介事を押し付けられているというのに……」

 

 『ナイツ・オブ・ラウンズ』になった際の利点であるという莫大な力と不老の肉体を得られる『ディアボロスの雫』を当然、ネルソンは摂取しているのだがそれを良い事に他の幹部からネルソンは厄介事を全て、押し付けられている。

 

 普段はいがみ合っている関係なのにネルソンに厄介事を押し付けるときばかり彼以外の幹部は協力し合うのだ。そして、ネルソンはその激務によるストレスによって『ディアボロスの雫』を摂取しているのに髪がほぼ、抜け落ちてしまった。

 

 ともかく、まずい事態だ。

 

 アイリス王女直々の監査であり、噂によってリンドブルムの民衆が不安がっているのもあって、重点的に調べられるだろう。

 

 そうなれば、今後においても動きづらくなってしまう。

 

「ともかく、私達の問題は私達で解決しますので……」

 

 監査対象であるドレイクが失踪した事は自分たちも驚きの事であり、現在聖騎士を使って捜査中であり、見つかるまで待ってくれと言い、捜査や監査をしたいなら改めて許可を取れとネルソンは何とかごり押そうとした。

 

 これは普段、表に出ないしこういう時の生贄として色々と仕組み、いざという時は知らぬ存ぜぬが出来るようにしておいたのが役に立つ。

 

 その筈だった……。

 

「失礼ですが……こんな事態を起こしている以上、解決できるようには思えませんが?」

 

 自分に対し、意見を述べるのは『女神の試練』に参加しに来たと言い、更にはアレクシア王女の友人だというシド・カゲノー。

 

 彼の全てを見透かしてくるような、下手な事を言うなら射殺さんばかりの視線や重圧などによりネルソンは激しく気圧される。

 

「それに不安がっているリンドブルムの民衆たちを思い、アイリス様たちが直々に来たというのに無駄足を踏ませようとするとは……『聖教』はミドガル王国より偉いと?」

 

「そうだというなら、こちらにも考えがありますよ」

 

 シドに威圧されながら、問い質されたかと思えば次にはアイリスに威圧されてしまう。

 

 

「ま、待て……そちらの考え過ぎだ。決して敵対したいわけでは……」

 

 ネルソンは考えを巡らせながらこの状況を潜り抜けようとしたが……。

 

「黙って聞いていれば、好き勝手言いやがってっ!! 良いだろう、望むところだ。ドレイク様もそうだが、俺たちにやましいところなんてあるものか。監査したければ思う存分、すれば良いっ!!」

 

「そうよ、このまま私たちの事を悪く思われるのは不愉快だわ。こんな事態になった以上、好きなだけ調べてもらって潔白だと納得してもらおうじゃない」

 

 突如、聖騎士などが駆け付け、勝手に監査を受け入れると言い出した。

 

「よ、余計な事……「余計な事?」い、言え……ぐうぅ、わ、分かりました。監査を受け入れましょう。ただし、『女神の試練』が無事に終わるまでは静かにやってくださいよ」

 

 空気や状況……特にシドからのプレッシャーがどんどん、強くなっている事に耐えられず、もはや、監査を受け入れるしかないという状況になりネルソンは渋々、監査を受け入れた。

 

 

「ぅぶっ……うげえええっ!!」

 

 この後、シドからのプレッシャーから解放されたネルソンはトイレで吐いたのだった……。

 

 

 

2

 

 

 

 リンドブルムの『聖教会』に監査を行うために向かったアイリスとアレクシアに同行したクレアとシド。

 

 特にシドはネルソンの顔を窺うのと揺さぶるために同行したのだ。

 

 更にリンドブルムの『聖教』内に潜ませている『シャドウガーデン』の工作員を使って、監査を受け入れる状況すら造り上げた。

 

 これにより、かなりネルソンを追い詰めることが出来ただろう。

 

 早まった行動をして、ボロを出すかあるいは、追い詰められた事で悩み続けるかしてくれれば、更に良い。

 

 

「いやあ、最後の方は面白いくらい狼狽えていたわね。あのハゲ」

 

「ふふ、シドも追い詰め方が上手だったわね」

 

「ふざけたこと抜かしまくる態度にはむかついたからな」

 

 ともかく、そうして一つの仕事を終えた後は前から話し合っていた予定をこなすべく、シドはアレクシアとクレアの二人と一緒にとある場所へと向かい……。

 

「おはようございます、シドさん、それにアレクシアさんとクレア先輩も」

 

「おはようございます、皆さん。今日はよろしくお願いします」

 

 集合場所で待っていたローズとシェリーと合流し、そうしてリンドブルムの街を散策し始めた。

 

「ち、ちくしょう。な、なんだあいつは……」

 

「ハーレム……だとっ!?」

 

 大勢の女子に寄り添われ、親密な雰囲気出しているシドに対し、リンドブルム内の多くの男たちから嫉妬やら驚愕やら尊敬やらを受けながらもそうした者を気にせず、女性陣との散策を楽しんでいると……

 

 

 その途中……。

 

「わ、ナツメ先生のサイン会。私大ファンなんですっ!!」

 

 本屋の前で出来ている沢山の人だかりを見て、ローズが興奮しながら言う。

 

 因みにナツメというのは最近、有名になった文豪の女性でありその正体はベータだ。

 

 表の世界で情報収集をする時にベータはナツメとして動いているのである。

 

 

「あの女……なんか、胡散臭い物を感じるわ」

 

「あー、なんとなく分かるかも」

 

 サインに応じながら、ナツメの読者に媚びを売るような態度が気に入らなかったのかアレクシアが不機嫌になって言い、クレアは苦笑する。

 

「とっても綺麗な方だと思いますけど……」

 

 シェリーは純粋に意見を言った。

 

 

 

 因みに……。

 

 

 

「(何ですか、あの女……気に入らない)」

 

 ベータはサインに応じながら、シドと共にいるアレクシアに対し怒りながら愚痴る。

 

 アレクシアは王女であるのもあって、『ディアボロス教団』が重要ターゲットに選んでいるのは突き止めているし、そのためにその身を守る必要があるのも理解している。

 

 しかし、ベータはアレクシアから腹黒い物を感じ、それもあってとにかく気に入らなかった。

 

 それはそれとして……。

 

 

 

「(シド様……普段のリラックスした姿も女性に対して優しく対応しているのも素敵です)」

 

 シドに対しては好意全開であったが……。

 

「なにか、お勧めありますか?」

 

 そうして、シドが店員に扮しているシータからベータがドレイクから拷問紛いの尋問により、絞り出した情報と今までの情報、今後の予定している計画についての現在の事などを書き記している本を受け取り、自分の元へとやってくるその姿に心弾ませ……。

 

「ずっと前からファンでした。これからも頑張ってください」

 

「はい、応援ありがとうございます」

 

 そう、声を掛け合いながらベータはシドの差し出した本にサインを書く。

 

『ご苦労様、続けて頼むぞ』

 

『勿論です、シド様』

 

 その合間に視線のやり取りで労われた事に対してもベータは嬉しくなる。これは先に対応したシータも同じであるが……。

 

「ほら、とっとと行きましょう。シド」

 

 シータたちから情報記した本を受け取ったシドは特にナツメの事が気に入らないので直ぐにその場から離れようとするアレクシアに応じ、そうして散策を続けたのであった……。

 

 

 

 



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二十七話

 

 『聖地リンドブルム』には英雄オリヴィエと魔人ディアボロスによる伝説や『聖域』、『女神の試練』など世界中においても有名な話や場所などが多くある。

 

 そのためにこのリンドブルムには多くの観光客が訪れているのだが、実のところ、特に観光客を惹き付けるのはリンドブルムが温泉の名地であるという事だ。

 

 傾向として、温泉好きが多い日本人の一人であるシドも又、温泉好きでありだからこそ、リンドブルムの事は気に入っている。

 

 故に『女神の試練』開催当日である今日、早朝に温泉に入る事で試練と更に試練の後、状況次第では行う事になる作戦を開始する前のリフレッシュしようと考えていた。

 

 ただし、昨夜と違って早朝の温泉は混浴となってしまうのでクレアにアレクシア、アイリス三人が入った後に温泉に浸かろうと考えていたのだが……。

 

「シド、一緒に温泉に入るわよ」

 

「……は?」

 

 アレクシアとアイリスによる好意から高位貴族専用の最高級宿の部屋を与えられ、同室となっているのもあり、ベットが二つあるのにクレアの抱き枕となりながら寝て過ごし、そうして起床したシドはクレアが発した言葉に混乱した。

 

「今日は貴方が女神の試練に挑む記念の日だしね、万全の状態で挑めるようにお姉ちゃんがたっぷり癒してあげるわ」

 

「いやいやいや、癒すも何も……姉弟とはいえ、混浴するのは不味いだろう」

 

「何が?」

 

 とりあえず、クレアを冷静にさせようと説得を試みたシドだが、クレアは本当に何が問題あるのかという態度で問いを返してきた。

 

「何が……って、え……」

 

「ふふふ、シドはお姉ちゃんの体に欲情しちゃう変態さんって事なのかしら? それはそれで私にとっては愛しいけど……ふぅ」

 

 シドが混乱してる間に誘惑するかのように、クレアはシドをまるでヘビが獲物を捕らえるかのように抱き着き、その耳に艶やかな息を吹きかけた。

 

「っ……か、揶揄わないでくれ、姉さん」

 

 シドはクレアの息に悶えながら、言う。

 

「私に黙って、色んな女性と仲良くなったりするからよ……そこはもう、諦めているけどだからって、許してるわけじゃないんだから。ほら、良いから観念しなさい」

 

「ぅ……っぐ……はい……」

 

 クレアは愉し気に彼の首元や耳に甘噛みするという悪戯をしながら、命令してシドは『(どこで接し方、間違えたんだ)』と思いながらも応じるしか無かったのでクレアと共に部屋を出て、露天風呂のある浴室へと向かった。

 

 そして……。

 

 

 

 

「おはよう、シド。そしてクレア姉様」

 

「…………っ、お、おはようございます……シドさん」

 

 

 明らかに図ったタイミングでアレクシアと凄く恥ずかしそうにし、今もなお、戸惑っているアイリスと出会った。

 

「おはよう、アレクシア。そしてアイリス姉さん『なんで逃げるの?』ぐえっ!!」

 

 いよいよどころか現実的に状況がヤバくなってきたので挨拶して、逃げようとするとクレアとアレクシアに首根っこを掴まれて逃亡阻止された。

 

「なんでって……どう考えようと、どう見てもヤバいだろうがこれはっ!! というかアイリス姉さんまで巻き込むな」

 

「何言ってるの、巻き込んだりしていないわ。アイリス姉様だって、ちゃんと納得して此処に来たもの、ねぇ、アイリス姉様」

 

「ひっ!?、え、えぇ……そ、そうですよアレクシア。シド君、わ、私は大丈夫ですから」

 

 アレクシアが凄い腹黒い笑みでアイリスを見ながら、言うとアイリスが怯え、震えながら頷く。

 

「明らかに大丈夫じゃないよ……」

 

 いったい、アレクシアとアイリスはどんなやり取りをしたのかと思いながらシドは結局、温泉に入る事に……。

 

『おおっ……』

 

 服を脱ぐとその究極と呼べる域で鍛え上げられ、絞り込まれたシドの肉体と聖剣を思わせるようなとあるものに対し、クレアにアレクシアは恍惚とした表情で絶賛する息を吐き、アイリスもシドの肉体に対しては魅入りながら、とあるものに対してもちらちらと顔を赤に染め、照れながら見てきた。

 

「どう、シド。私の体は?」

 

「お姉ちゃんの体についても感想が欲しいなぁ」

 

 アレクシアもクレアも服を脱いで、挑戦的かつ誘惑的に自分の体に対しての感想をシドに求めた。

 

「アレクシアも姉さんも男である俺からすれば、とても魅力的で素晴らしいと思う。だから混浴出来て俺はとても恵まれていると思う。アイリス姉さん……必ずなにがしかの方法で責任は取るよ。後、とても綺麗です」

 

「……あ、ありがとうございます。シドさんも良いと思いますよ……今回の件はお互い様という事で」

 

 シドは大きく恥ずかしがっているアイリスに対して言葉をかけるとアイリスも言葉を返した。

 

 その後、事ここに至ってシドは意識を切替え、クレアにアレクシアとアイリスの三人との混浴を楽しんだのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『女神の試練』が開催されるのは広大であり、豪華なドームであり競技場の中。

 

『女神の試練』に参加するシドは剣と共にルーナによって贈られたという形式である彼専用の騎士の礼服(これも特殊な製法により、魔力の伝導率など性能は極上)を着、ミスリルの合金による剣を帯剣して競技場の外に居た。

 

 傍には彼を見送るために居るクレアとアレクシア、アイリスと……。

 

「ふふ、良くお似合いですよ。シド君」

 

「と、とても格好良いです。シド君」

 

 ローズにそして、シェリーがシドの姿に見惚れながら、微笑んで言葉をかける。

 

「ありがとう、ローズ、シェリー先輩。二人もよく似合っていて綺麗だ」

 

 シドは微笑んで礼を言うと来賓のために着飾っているローズと同じく来賓用のドレスを着ているシェリーの姿を賞賛した。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、シド君」

 

 

 

 二人もシドの言葉に微笑んだ。

 

「イータ所長もシェリー先輩を世話してくれているようで……ありがとうございます」

 

「気にしなくて良い……シェリーはとても良い子で助手としても優秀な子だから」

 

 シドはシェリーの傍に居てやはり、来賓であるために着飾っているイータに対して言いながら、視線で『よろしく頼む』と告げるとイータは微笑を浮かべ、シェリーの頭を撫でながら『任せて』と返答した。

 

 ネルソンが教団の幹部であり、確実に元幹部であったルスランの事を知っているのでシェリーに何か言わないよう、対応させるためにイータに同席するよう頼んだのだ。

 

 イータはこれにシドからの頼み、シェリーを日頃、可愛がっており個人としても気に入っているので即座に応じたのである。

 

「これはこれは……今すぐ本にしたくなるほど、微笑ましい光景ですね」

 

「げ……」

 

 

 そんな時、これも又、いざという時の護衛の役割をも担っているナツメに扮するベータが現れる。初対面早々、気にくわない相手だと認識したアレクシアは顔を歪めたが……。

 

「それはどうも。ナツメ先生。貴女もとても綺麗だ」

 

「ありがとうございます、貴方もとても格好良いですよ」

 

 来賓のために着飾ったベータを褒めると彼女は内心、凄く悶えながら応じる。

 

 視線では『計画』のための準備は整っている事をベータは伝え、シドは了承する。

 

そして……。

 

「じゃあ、そろそろ行ってくる」

 

 『女神の試練』は日が沈んでから行われるが、開会式やらなにやらのために参加する戦士は競技場の中に居なければならない。無論、女神の試練が行われるまでは用意された部屋にて色々と快適に過ごしたり、出来るらしいが……。

 

「ええ、行ってらっしゃいシド」

 

「皆に貴方の実力、見せてあげなさい」

 

「シドさんの実力、楽しませてもらいます」

 

「お気をつけて、シド君」

 

「精一杯、応援しますね」

 

「頑張って」

 

「ご武運をお祈りします」

 

 そうしてシドはクレアたちから見送られ……王女含めて魅力的な沢山の女性に見送られるその様子に……。

 

「あ、あいつは何者なんだっ!?」

 

「なんて奴なんだ……」

 

 試練に参加しようとする戦士など男性陣はシドに対し、羨望やら驚愕やら嫉妬やらを覚え、そしてその多くは直後に甘い雰囲気多めだったのでショックで地に伏せたのであった……。

 



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二十八話

 

 

 『聖地リンドブルム』にて一年に一度、開催される『女神の試練』は魔剣士にとっては最高の腕試しの場である。なにせ実力さえあればその実力に見合う古代の戦士の記憶を呼び出し、戦うことが出来るのだから……。

 

 ただし、実力が無ければ古代の戦士の記憶を呼び出し、戦う事は出来ない。

 

 それでも試練を勝ち抜いた時には名誉を勝ち取れるし、参加自体は貴族でなくとも出来る事から魔剣士にとってはやはり、参加するだけの価値はある。

 

 参加費は10万ゼニーとかなり高いが……。

 

 そして、今年の『女神の試練』参加者の数は百五十人を超えている。

 

「(話には聞いていたけど、参加費にしては多くの魔剣士が参加するのね)」

 

 参加者のうちの一人である水色の髪を肩の上で切り揃え、前側の髪を布で束ねている気の強そうな同色の瞳を有している女魔剣士のアンネローゼ・フシアナスは試練に向けて待機している魔剣士たちの数を見て、そんな事を思った。

 

 因みに彼女は『剣の国』と呼ばれるベガルタ帝国の出身であり、更にその剣の腕は『ベガルタ七武剣』の座を勝ち取る程の強者だ。

 

 しかし、アンネローゼは更なる強さを求めて旅に出て、そして今回は腕試しのために『女神の試練』に参加しに来たのだ。

 

 そうして、日が沈んでから『女神の試練』が行われるのでそれまで、どう暇を過ごそうかと考えながら、周囲を見回していた時……。

 

 

「(っ!?)」

 

 アンネローゼは驚く。

 

 恐らく学生だろう程の若い少年が瞑想しているのだが、先ほどまでまるで余りに静かすぎるから感じた違和感で気づくまで少年の姿を認識する事が出来ていなかった。

 

 それは周囲から拒絶したり、拒否しているというよりは戦いへと万全の状態で戦えるように気配を研ぎ澄ませているからだ。そして、段々アンネローゼは少年の事を認識できなくなっていき……。

 

「(挑んでみたい)」

 

 少年に興味を持ったために闘志をぶつけながら近づくと……。

 

「うっ!?」

 

 瞬間、自分の首元に剣が付き付けられるのを幻視する。そう、自分の闘志に反応して闘志を返しながら、僅かな身じろぎと息遣いなどそうした対応だけで幻視させられたのだ。

 

「ご期待に応えられましたか?」

 

 少年は目を開き、アンネローゼへと問いかける。

 

「……え、ええ……瞑想の邪魔してごめんなさい。私はアンネローゼ……貴方の名前は?」

 

「俺はミドガル魔剣士学園、一年生のシド・カゲノーと言います。やることも無いから、瞑想していただけなので気にしなくて良いですよ。よろしくお願いします、アンネローゼさん」

 

「こちらこそ……」

 

 シドは立ち上がると笑みを浮かべて自己紹介して手を差し出したので、アンネローゼも笑みを浮かべ、握手をする。

 

 

「でも、シドは凄いのね……まるで本当に首元に剣を突き付けられたように感じてしまったもの」

 

 

 瞑想していた席へとシドは座り直し、アンネローゼもシドの隣に座って話をし始めた。

 

「戦いとは読み合いであり、対話です。相手の気配や視線、佇まいや振る舞いに動き、そうした相手の全てを見ながら、感じながら勝利に向けて、対処をする。だからこそ、自分だけでなく、相手から見た自分の事も意識する事……舞踊や演劇の世界ではこうしたものを『離見の見』というようですが」

 

「『離見の見』……ふふ、国を出て強くなったつもりでいたけど、私はまだまだだったようね。改めて上には上がいると実感したわ」

 

 アンネローゼはシドの意見に感心しながら、苦笑する。

 

「俺は強さは上を……頂を目指すものじゃないと思っています」

 

「え?」

 

「俗に頂点などを設けてはそこで強くなる事は出来なくなる。だからこそ、強さというのは自分がどこまで切り開けるか生涯を賭けて追求していくものだと思っています。未熟な若輩者である俺の自論でしかないですが……」

 

「……いえ、その通りだと私も思うわ。ふふ、腕試しのために来ただけなのに大事な事を学べるなんて『女神の試練』に参加しに来て良かったわ。」

 

「お役に立てたなら、良かったです」

 

「ねぇ、シド……もっと、貴方と『対話』したいから付き合ってくれないかしら。強くなるために」

 

 アンネローゼは戦いにおける『対話』を学びたいと思い、鞘に納め帯剣している剣を叩く。

 

「良いですよ、時間はまだまだありますし」

 

 アンネローゼとシドは話し合いを終えると別の場所で『女神の試練』が始まるまで相手の気配や視線、佇まいや振る舞いに動き、そうした相手の全てを見ながら、感じながらという読み合いや対話上での戦いを何度も繰り広げたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、日が沈み豪華な明かりが会場を灯し、競技場の床から古代文字が浮かび上がると白い光を放ちながらドーム状に展開する。

 

『女神の試練』がいよいよ始まったのだ。

 

 とはいえ、十三人の挑戦者が古代の戦士の記憶を呼び出す事すら出来ずに脱落したが……。

 

 しかして十四人目の挑戦者であるアンネローゼ・フシアナスがドームの中に入ると古代文字が反応し、光始めると光が人の形を形成し、半透明の戦士が出現する。

 

 アンネローゼの実力に見合う古代の戦士の記憶が聖域より呼び出されたのだ。

 

 因みに呼び出されたのはボルグという戦士である。

 

「(強い……でも)」

 

 アンネローゼはボルグが相当な強者である事を感じながらもシドとのやり取りで学んだ事を活かし……。

 

「ふっ!!」

 

 時間にしては数舜――相手の読み合い、対話を制したアンネローゼは一閃を炸裂させる事でボルグを切り裂き、勝利を納めた。

 

「おめでとうございます、アンネローゼさん」

 

「シドのお陰よ。だから貴方の戦い、期待させてもらうわ」

 

「期待に応えられるよう、頑張ります」

 

 舞台から去り始めるアンネローゼへとシドは賞賛の声をかけるとアンネローゼは微笑みながら言い、シドは苦笑する。

 

「シド、私は『ブシン祭』に参加するわ。だから次は『ブシン祭』で会いましょう」

 

「はい」

 

 事前にアンネローゼには『ブシン祭』に出場する事は言っていたため、アンネローゼは剣士としての再会の約束をし、シドもそれに応じて握手を交わすとアンネローゼは観客席へと行くため、シドの元を去るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 アンネローゼの他、八人が古代の戦士の記憶を呼び出せたが今のところ、古代の戦士の記憶に勝利したのはアンネローゼだけである。

 

 そうして、夜が更け挑戦者も残り少なくなって来た頃……その男の出番は来る。

 

「次はミドガル魔剣士学園からの挑戦者。シド・カゲノー!! 若くも勇敢な挑戦者を拍手で迎えよう!!」

 

 そのアナウンスと共に観客は大きな拍手をし、あるいは口笛を吹き、歓声を送る事で若き挑戦者を出迎え始める。

 

「行くか」

 

 そして、シドはそれに応じてゆっくりとドーム内へと歩いていく。

 

『……っ!?』

 

 そして、その瞬間挑戦者でありながらまるで絶対的王者のような威風を漂わせるシドのその姿と気迫により、観客たちは息を呑む。

 

「来い」

 

 シドはドームの中に入り、闘志を燃え上がらせながら告げると……今までのものより大きく爆発の如き、白い光がドームを白く染めて古代文字が光り輝いて一人の戦士を形成する。

 

「馬鹿なっ!? わしは動かしておらんぞっ!!」

 

 これに対し、驚愕するのはネルソン。彼はシドに先日、威圧された仕返しに恥をかかせようと仕組んでいたのにそれが覆された事に驚いた。

 

『あ?』

 

 瞬間、ネルソンに対してクレアにアレクシア、ナツメに扮しているベータが殺意を叩きつけながら睨みつける。

 

「ひぇっ……」

 

 ネルソンは威圧され、怯えた。

 

「後で話しを聞かせてもらいますよ」

 

 アイリスはそう、静かにしかし怒りを秘めた瞳で射抜きながら言い……何も言わないが、ローズ、シェリー、イータもまたネルソンに対して怒りの視線を向けている。

 

「ひ、あぁ……」

 

 更なる重圧によってネルソンの精神は削られていくその間にシドの元へと古代の戦士の記憶が呼び出され……。

 

「大当たりだ」

 

 長い黒髪に鮮やかなヴァイオレットの瞳、黒いローブは薄く、中に着る深い紫のドレスと白い肌の透けた女性であり、魔性の美を体現したような女性が現れた。

 

 そして、その女性の名をシドは知っていた。

 

 その女性の名は……。

 

 

 

「会えて光栄だ、『災厄の魔女』アウロラ」

 

「……」

 

 シドからの言葉にアウロラは『此方こそ』とばかりに静かに微笑んだのだった……。

 

 



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二十九話

 

 日が沈み、夜も更け込んだ時間帯の『リンドブルム』で開催されている『女神の試練』。

 

 それに挑むためにシドが競技場へと入れば自分が目当てとしていた『災厄の魔女』として伝説に記されている『アウロラ』の記憶が召喚された。

 

 古代の歴史を読み解くたびにアウロラの名は出るものの、容姿は不明だった。シドが分かったのは彼女が召喚される前に出現した古代文字を読み解いたからだ。

 

 アウロラは『魔人ディアボロス』の謎とも密接な繋がりがあると予測していたので召喚させられたのはシドにとって最高の状況である。

 

 ともあれ、今は『女神の試練』をやっているので後は戦いを通して知れば良いい。

 

 剣を鞘に納めたまま、シドはまず、挨拶程度に戦いにおける『読み合い』であり、『対話』を仕掛ける。

 

 これが通じるか通じないかだけでも相手の力量が分かるのだ。

 

 そして、アウロラは微笑しながらそれに応じた。

 

 よって二人はそのまま、傍目ではただ静かに佇んでいるようにしか見えない状況の中、二人の意識下において長い時間、対話をする。

 

 

 

『(先手は譲ろう)』

 

『(それじゃあ、お言葉に甘えて)』

 

 そうした対話を経た次の瞬間、シドが先手を譲ったアウロラが動く。

 

 彼女がまるで舞い始めるかのような動きをすると共に手を上げれば、シドの足元から赤い槍が突き出てたが、それはシドの体を擦り抜ける。

 

 回避された赤い槍は二股に分かれ、左右から挟み込むようにシドへと襲い掛かる。

 

 今度はシドが僅かに動いたともとれる体の揺れで二股の槍はシドの体を擦り抜けてしまった。

 

 すると避けた槍は分裂し、千本の針金が鋭く尖ったような赤い線となってシドを囲み、更に地面より数本の赤い槍が縦横無尽に動きながらシドを全方位から蹂躙するべく襲い掛かる。

 

 魔女の秘術は解き放たれ、世界に混乱と破壊を招いた究極の暴威が現出する。

 

「中々、面白い技だ。見応えがある」

 

 シドは微笑し、そう評しながら迫りくる暴威に対して舞い踊った。それによって生じるのは完全回避。

 

 そう、当たらないし掠らない。包囲網の密度的にも回避は絶対に不可能なのにしかし、シドは回避を成し遂げていた。

 

 まるで豪雨の中を一切濡れずに動くような奇跡を起こしている。超極度の微細な動きで芯を外す事で本来ある筈が無い攻めの隙間を擦り抜けつつもアウロラを観察しながら、読み合いと対話を続けていた。

 

 そんな実際にも意識下でも超高域な戦いを繰り広げている二人の戦いは正しく神話や英雄譚の如き、戦いだ。

 

 観客の誰もが息を呑みながら、二人の戦いに魅入っている。

 

 

 

「……まだまだ遠いわね……でも、必ず……」

 

 

 観客席でシドの戦いを見ているアンネローゼは極度の精神集中によってもなお、二人が繰り広げる戦いであり、『対話』を断片でしか理解できない事に苦笑しながらももっと強くなる事を決意する。

 

 そして、来賓席では……。

 

 

 

 

「……本当、強くなり過ぎよ」

 

「楽しそうでなによりだわ。妬いちゃうけど」

 

「ですね」

 

 シドとの鍛錬を通じてそれぞれ、『戦い』における読み合いと対話の能力を身に着けているクレアにアレクシア、ローズが苦笑しながらそう、評した。

 

 

「……あれが……シドさんの実力……本当に凄い」

 

 今日、初めてシドの戦う姿を見たアイリスはなんとなく、シドがアウロラと読み合いと対話を繰り広げているのを感じ取りながら、驚愕する。

 

「……」

 

 シェリーは言葉を発せない程にシドの勇姿に魅入っていた。

 

「……た、確かに良くやるようですが、避けるので手一杯な模様。追い詰められてるのには変わりない」

 

「さて、追い詰められてるのはどちらの方か」

 

「ん……」

 

 驚愕しながらも嗤うネルソンの言葉にシドから鍛錬を受けたナツメ紛するベータやイータは戦いにおける『対話』の能力を身に着けている。更にはシドが相手の土俵に合わせて戦うのが本領である事も当然、知っているが故にベータは言い、イータは頷いた。

 

 そして、皆が見守るシドとアウロラの戦いは……。

 

「素晴らしい魔技を見せてもらった。だからこそ、俺も魔技で返そう」

 

 舞い踊るような動きで魔女の暴威を回避しながら、シドはアウロラに賞賛の言葉を送りながら両手の指を動かす。

 

 すると……。

 

 

「!?」

 

 シドへと襲い掛かっていた魔女の秘術による幾本もの赤い触手の動きが急変し、同士討ちを開始した。

 

 シドは魔女の暴威を回避しながら舞いの動きにて惑わせながら、両手の指より幾本もの超極細の魔力による糸を赤い触手へと張り巡らせ、絡め取って魔力を流す事で赤い触手の支配権を奪い取り、操った事によるものだ。

 

 そして、赤い触手による包囲網は破れて『間隙』が生じる。

 

「今度は俺の土俵だ」

 

 シドの姿が消えるのと同時、アウロラが大鎌をその手に創り出す。

 

 そして剣閃の輝きと薙ぎ払いの赤い輝きが交錯し……。

 

 

 

 

 

「ああ、また会おう」

 

 アウロラの背後にて抜き放った剣を鞘に納めながら、アウロラを斬る前に彼女が『また会いましょう』と口を動かしたそれに返答する。

 

 そして、アウロラはその返答に微笑しながらその身に刻まれた斬跡より、鮮血を吹き出しながら地に倒れて消失する。

 

「どうせやるなら、お互い万全の状態でやりたかったけどな」

 

 観客たちから大歓声を送られながらシドは呟きつつ、歩き来賓室へと行くために動きながら……。

 

「アルファ、始めるぞ。別動隊にも合図を送れ」

 

「ええ」

 

 自分の傍に姿を現したアルファに指示を送り、アルファは頷く。

 

「今こそ、俺たちの存在を『ディアボロス教団』に思い知らせる時だ」

 

『全てはシャドウ様の意思のままに』

 

 アルファとは別に姿を現したイプシロンやシータ、ゼータたち『シャドウガーデン』の者たちがシドの言葉に応じたのだった……。

 

 

 

 

 



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三十話

 

 『女神の試練』に参加し、呼び出された『災厄の魔女』アウロラと戦い、勝利を納めたシドに対して観客たちは彼の戦い振りに対し、英雄にそうするかのように讃える。

 

中に感極まって涙を流すものまでいる。そんな大盛り上がりの競技場内にて……。

 

「ば、馬鹿な……アウロラが負ける筈は無い。あの女『アウロラがどうとか、そんなことはどうだって良いんだよ、この中途半端ハゲ……』ひぎ……」

 

 アウロラが負けた事に呆然とし、何かを言おうとしたネルソンをクレアとアレクシアが締め上げながら、その首筋に剣を交差するようにして沿えた。

 

「さっき、あんた。シドが試練を始める前に動かしてないとかどうとか言ってたわよね?」

 

「まさか、シドに恥を掻かせようと不正をしたんじゃないわよねぇ? 正直に答えないと完全なるハゲにするどころか、ぶっ殺すぞ」

 

「ふふふ、仮にも大司教代理なのに女神ベアートリクス様が用意した試練事態を汚すような行いをするなんて……まさか、そんなはずはありませんよね?」

 

 クレアにアレクシアはシドに恥を掻かせようとしただろうネルソンに対し、完全にガチギレしており、ローズも又、微笑みながら剣を抜いている。

 

「程々にしなさい、アレクシア。大司教代理にはこの後、きっちりと全てを話してもらわないといけませんから。それと監査ももっと、しっかりとする必要もありますね」

 

「……ひ、ひいいいっ!!」

 

 アイリスはアイリスで微笑みながらも怒りに燃えた瞳で射抜いている。ネルソンは万事休すの事態に怯えた。

 

 そんな時、突如眩い光が会場を包み、そしてそれが収まった時には白い大きな扉が現れた。

 

「扉?」

 

「開いていくわ」

 

「まさか、聖域が応えたのか……?」

 

クレアとアレクシアが淡く輝き、少しずつ開いていく扉に戸惑うとネルソンは呆然とした。

 

「ネルソン大司教代理、応えたとは?」

 

「ご存じの通り、今日は一年に一度、聖域の扉が開かれる日です」

 

 アイリスの問いにまだ呆然としながらも応じ、聖域の扉があるのは聖教会であると言い、しかし聖域はその扉を叩いた者によって招かざる扉や招集の扉、歓迎の扉など迎える扉を変えるのだと言った。

 

「こうなっては『女神の試練』を続けるわけにはいきません。観客を外にっ!!」

 

 そうして扉が開いていく中、ネルソンは来賓もそうだが観客を外に出すよう指示して係の者が誘導する。

 

「皆さまも早く「いいや、あんたには一緒に来てもらう。ネルソン大司教代理」っ!!」

 

 ネルソンはアイリスたちも外に出そうとして瞬間、来賓室に現れたシドに凄まじい殺意を浴びせられそれに圧倒された。

 

 クレアたちもシドの名を呼びながら、いつもと様子が違う彼の姿に驚く。

 

 

「いや、違うな。正しくはディアボロス教団の『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第11席、『強欲』のネルソンだ」

 

「ば、き、貴様……何故それをっ!?」

 

 シドから告げられた自身の肩書きにネルソンは驚愕した。

 

「ディアボロス教団?」

 

「この世界の裏で暗躍しながら、魔人ディアボロスの力を使って世界を支配しようとしている忌むべき『邪悪』ですよ、アイリス様」

 

「そして、私達にとっての敵よ」

 

『っ!?』

 

 アイリスの問いに答えるシドの言葉を引き継ぎ、黒い仮面で顔を隠し、黒のスーツを着ている女性、その他にも同じような仮面を顔に被り、黒いスーツを着た女性たちが現れる。

 

「改めて自己紹介をしようか。俺たちは『ディアボロス教団』の対抗組織、『シャドウガーデン』。俺はその協力者のゼロだ」

 

 シドはそう名乗り……。

 

「私は首領のシャドウ」

 

 実の正体はアルファがそう、名乗った。

 

 

「『シャドウガーデン』だとっ、うぐあっ!!」

 

 ネルソンはまたも驚きながら、ゼータとシータにより、身を取り押さえられる。

 

「さて、それじゃあ聖域の扉も開いた事だし、一緒に行こうかネルソン……アイリス様、監査に来たのなら折角です。良く見てください、このリンドブルムでいや……この世界でどんな邪悪な事が行われているのか」

 

「……はい」

 

 真摯に見ながら、言葉をかけるシドに対し頷いた。

 

「そして姉さん、アレクシア、ローズ先輩にシェリー先輩……どうするかは任せます」

 

 シドはクレアたちに行動の選択を委ねた。

 

「勿論、行くわ。どうやらシドが旅でどう、過ごしてきたのか分かりそうだしね」

 

「私だって、行くわよ。私たちの国や世界で悪しきことが行われているのなら、放っておけないわ」

 

「シド君、貴方はあの時と変わらず悪と戦ってきたのですね……なら、私も」

 

「……私も行きます」

 

 クレアにアレクシアとローズ、シェリーはそれぞれ頷きながらシドが戦っている者の存在を知ろうと決めた。

 

「……分かった。なら……っと、どうやら俺には別にお呼びがかかっているらしい。シャドウ、悪いが姉さんたちの事は任せる。皆、後で改めて話をする。今は俺を信じてくれ」

 

シドは自分の後ろに現れたどす黒い血の染みが付いた薄汚れた扉を見て苦笑するとシャドウとなっているアルファを見て言い、次にアイリスたちを見て言う。

 

 アイリスたちは皆、シドに対して頷いた。

 

 そうしてアルファ達はナツメに扮しているベータとイータもそうだが、ネルソンを連れながら、競技場内で出現した扉の中へと飛び込んでいき、シドもまた、自分の後ろに現れた扉へと入る。

 

 こうして競技場内には誰も居なくなったが、リンドブルムの壮麗な聖教会では……。

 

「がるぅぁぁぁぁっ、獲物は全て狩り尽くすのです!!」

 

「シャドウ様は容赦するなと言った。ならば、シャドウ様の敵は全て排除するっ!!」

 

 

 『女神の試練』中のために警備も少ない聖教会を聖騎士や聖職者として潜入していた『シャドウガーデン』の構成員たち、その手引きで侵入したデルタに559番たち襲撃部隊はネルソンや拷問紛いの尋問により、情報を吸い尽くし用無しなので殺したドレイク大司教の一派を皆殺しにしていく。

 

「いくら魔人に魂を売った罪深き者たちとは言え、祈ってはあげましょう」

 

 そんな様子を見ながら、『ディアボロス教団』の真実を知り、『シャドウガーデン』の協力者となる事を決めたとある『聖教』の大司教一派は祈りを捧げるのであった……。

 



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三十一話

 

 

 『聖地リンドブルム』にある『聖域』には魔人ディアボロスの『左腕』が封印されており、ディアボロス教団はそれを利用し、飲めば『覚醒状態』に出来る薬や一年に一度飲まねばならず、一年で十二滴しか生産できないという欠点があるものの莫大な力と不老の肉体を得られる『ディアボロスの雫』を生み出している。

 

 だからこそ、主に『聖域』は『ディアボロスの雫』の生産所だ。

 

 他にもこの聖域は『魔力の核』によって、ディアボロス教団以外の者の魔力を吸い取る仕掛けがされていた。

 

 更に聖域が生まれる経緯もあって、魔人の魔力とディアボロスと戦った戦士たちの魔力がこの地で渦巻いているためにこの渦に行き場を失くした記憶が閉じ込められ、古の記憶と魔人の怨念が眠る墓場となっている。

 

 そんな『聖域』にアルファ達とは別の扉で一人、入ったシドは……。

 

「約束通り、また会いに来たぞ。アウロラ」

 

 石造りの部屋で壁に拘束具で縛り付けられたアウロラへと言いながら、シドは剣を抜き放ちながら、剣閃を繰り出しアウロラを解放した。

 

「嬉しいわ、ありがとう。それとさっきは楽しかったわ」

 

 アウロラは解放されると体のコリをほぐすために伸びをすると礼を言う。

 

「俺も楽しめた。そして、改めて名乗ろう。俺はシド・カゲノーだ。アウロラ……此処から解放されたいか?」

 

「勿論、此処は永遠に繰り返される記憶の牢獄。私には少し、辛すぎるの」

 

 シドの問いにアウロラは頷きながら呟いた。

 

「それじゃあ、取引だ。此処から解放する代わりに……」

 

 シドも又、頷きながらアウロラへ取引を持ち掛けた。

 

 実のところ、『女神の試練』での戦いを通してシドはアウロラの事情を全て把握している。だからこそ、取引を持ち掛けたのだ。

 

「……魔女と取引しようだなんて怖くないの、シド?」

 

 アウロラはシドへと問いかけ……。

 

 

「全て覚悟のうえだ」

 

「私としては此処から解放されるなら、問題ないわ。それに面白そうだし」

 

「なら、決まりだな」

 

 シドは言うと次の瞬間、懐に納めていたスライムに魔力を流して起動させ、身を包ませると黒の化身たるシャドウの姿へと変わる。

 

 

「此処では魔力を碌に使えない筈……」

 

「元々、聖域には来るつもりだったんでな。対策済みだ」

 

 『強欲の瞳』を元にシドとイータにより、『シャドウガーデン』のスライム製の装備は魔力を吸い取られなくなる改造が施されていた。

 

 そして、次に手より霧状の魔力を放ち、アウロラに浴びせる。

 

「私が魔女なら、貴方は魔人ね。私の時代に居てくれたら良かったのに」

 

 霧状の魔力を浴びせられたアウロラは魔力を吸い取られなくなった事でシドに対し、微笑みながら言った。

 

 

「光栄だ。じゃあ、始めるぞ」

 

 そう告げた瞬間、シドから凄まじい魔力が噴出されるとそれが霧状となって、広がっていく。

 

 シドは『聖域』を支配し、自分の『領域』へと変え始めているのだ。しかし、その行為に聖域は反応する。

 

 次の瞬間、シドとアウロラの居る部屋が急変して戦場に変わり、大量の戦士の記憶がシドとアウロラの前に姿を現した。

 

 聖域による防衛行動によるものだ。

 

 

「聖域が拒んでいるわね」

 

「当然だな。という訳で一緒に踊ってもらえるか、アウロラ?」

 

 懐からスライムソードを出現させ、左手にはスライムソードを持ち、右手にはアウロラを拘束から解放したまま持っているミスリルの合金剣を構えながらアウロラに共闘の誘いをした。

 

「良いわ、シドの誘いだから特別よ」

 

 アウロラは赤い触手を出しながら、微笑んだ。

 

 

「それはどうも」

 

 因みにシドは大半の魔力を聖域の支配に割いているため、戦闘に使える魔力は限られているという状態だ。

 

 もっとも使える魔力が少ないという状態どころか魔力を使わない状態での戦闘にシドは慣れているので問題は無い。

 

 ともかく、シドは聖域を支配しながらアウロラと共に襲い掛かってくる大量の戦士と戦いを始めた。

 

 

「ふっ!!」

 

「それっ!!」

 

 シドが繰り出す双剣による剣閃とアウロラが操る触手が縦横無尽に舞い踊り、戦士たちに炸裂し続けたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 自分が所属する『ディアボロス教団』の幹部こと『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第11席のネルソンの精神は現在、追い詰められ続けていた。

 

 『ディアボロス教団』に敵対する組織だという『シャドウガーデン』の首領であるシャドウの正体は自分たちが利用し続けた英雄オリヴィエの末裔のエルフだった。

 

 というより、<悪魔憑き>のために死んだはずなのに生きているのだ。そして、末裔がいるからこそ聖域は反応を示し、オリヴィエの記憶を呼び出し始めてしまった。

 

 そのため、『シャドウガーデン』と更に聖域へと入ってきたアイリスたちの前でオリヴィエの記憶とそれに通じて『ディアボロス教団』が隠してきた事が暴かれていく。

 

 ご丁寧にシャドウは自分たちの情報をかなり掴んでおり、皆の前で解説までし始めた。

 

 

 

「こんな非道な事を、貴方たちは……」

 

「外道ね」

 

「まったくだわ」

 

「酷い……」

 

「なんてことを……」

 

 アイリス王女にバレたのが特にまずい。どうしてこうも自分ばかり厄介事が降りかかってくるのか、追い詰めに追い詰められ……。

 

 

 

「ディアボロスの雫には2つの大きな欠陥があった」

 

 ディアボロスの雫まで知られており、しかも当時の自分がそれを製作している様子も映っている。そう、まだ髪があった時の自分の姿が映っていたのだ。

 

 だからだろう……。

 

「一つは分かるわ、過去のこいつには髪があって今のこいつには……」

 

「髪が無い。つまり、ハゲるのね」

 

 クレアとアレクシアが堂々とそんな事を言ったので……。

 

 

 

「そんな訳があるかぁぁぁぁぁっ!! 髪が無くなったのはストレスのせいだっ、どうせ死なんのだからとどいつもこいつもわしに厄介事ばかり押し付けてきおってぇぇぇっ。何故いつもはいがみ合っているくせにそんなときばかり、協力するのだあいつらはっ。ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ネルソンはとうとう、ブチ切れてしまった。

 

 

 

『ぅゎぁ……』

 

 全員からの同情の視線がとても痛かった。

 

 

 

「その、悪かったわ」

 

「ごめんなさい」

 

 クレアとアレクシアに謝られた。

 

 

「黙れ、もう良い。こうなった以上、貴様らは皆殺しだぁっ!!」

 

 ネルソンは『ナイツ・オブ・ラウンズ』としての力を解放する。彼には絶対の勝算があった。何故ならこの聖域では彼以外の者たちは魔力を吸い取られるのだ。

 

 『核』がある中心に近ければ近い程、吸い取る量は増えるのでもっと近づいてから仕掛けたいところだったが、もう良いだろう。

 

 

「それが出来るかしらね?」

 

 瞬間、シャドウは嘲りながらネルソンを超える凄まじき魔力を解放する。

 

「んなっ!?」

 

「あら、何を驚いているのかしら? 相手の懐に入るのだからそれ相応の準備や対策をするのは当然でしょう」

 

 魔力を吸い取られていない様子のシャドウにネルソンは驚くとシャドウはまた嘲り、他の『シャドウガーデン』のメンバーも嗤う。

 

「まあ、もっとも……」

 

「っ!?」

 

 シャドウが言う中、ネルソンの体を突如、霧が包み……。

 

「貴方の相手は私達じゃないようだけど」

 

 

 霧が消えるとネルソンの姿は消えていたのだった……。

 



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三十二話

 

 『聖域』を霧状の魔力で覆い、支配しながら自分の『領域』として自由自在に使おうとしているシドはアウロラと協力しながら聖域の防衛機能と戦っていた。

そして……。

 

「捉えたぞ」

 

 聖域の重要な場所である魔力の『核』がある場所近くまでシドは占領した。そうして、後は中心部までの道を作ろうとして……次の瞬間、空間が裂けると光がこぼれ出し、一人の女性の姿を形作る。

 

「……」

 

 瞳に力無く、ガラス玉のような空虚な瞳ではあるが、その女性はアルファの祖先である英雄オリヴィエだった。聖域がその防衛機能をフルに発揮して作り上げたためか凄まじい高出力の魔力すら放っている。

 

「流石に拙いわね……」

 

 アウロラが赤い触手を出しながら、呟く。

 

「いや、問題無い。あれは伽藍洞だからな」

 

「ちょっと……」

 

 シドは現在、ミスリルの合金剣は鞘に納めており、手に持っているのはスライムソードである。アウロラへと手を出さないように制すとオリヴィエに向かって脱力しきった状態で歩き出す。

 

「……」

 

「ふっ!!」

 

 そんなシドへ向かって残像を残しながらの疾走を行い、対してシドはつぎの瞬間、爆発的な勢いで一歩踏み出しながら剣先を前へと突き出した。

 

 

「お前も解放してやるからな」

 

「……」

 

 勝負の結果は剣を振り上げた状態のオリヴィエに対し、シドの剣が深々と胸から背中まで突き刺さっているというカウンターが決まった状況。

 

 つまりはシドの勝ちだ。

 

 そして、オリヴィエに対し、シドは彼女の右耳に優しく声をかけるとオリヴィエは目を瞑り、消失。

 

 

 

「仕上げだな」

 

 シドが手を突き出し、取り払うように振るえば戦場の景色は次の瞬間、どす黒い血の痕がこびり付き、前面に古代文字が刻まれ、太い鎖が何重にも巻き付いている巨大な扉のある遺跡のような場所へと変わる。

 

 そして、扉の脇の台座に刺さっている剣を見つける。台座もそうだが、剣身にも古代文字が刻まれていた。

 

「これが聖剣か」

 

 スライムソードをスライムに変え、懐に収納すると台座に刺さっている剣の柄に手をかけ、引き抜いた。

 

 すると、剣から粒子が放たれ、シドの傍で一人の女性を形作る。

 

 

 

「解放してくれてありがとう」

 

「どういたしまして、オリヴィエ。俺はシド・カゲノーだ」

 

 それは先ほどとは違い、しっかりと意思を持ったオリヴィエだった。彼女はシドへと礼を言い、シドはそれに笑みを浮かべて返す。

 

「英雄がまさか、聖剣に封印されていたなんてね」

 

「正確にはお前と同じ、残留思念のようなものだろうけどな……『聖域』の特殊な環境だからこそ起こったんだろう」

 

「そうみたい……変な感じだけど」

 

「だろうな。ともかく早速、力を貸してもらうぞ」

 

「うん」

 

 オリヴィエは頷くとその姿は粒子となって聖剣へと纏われる。

 

「はあっ!!」

 

 そして、シドは聖剣による剣閃により、鎖ごと扉を切断。

 

「これで完全支配だ」

 

 手を突き出し、霧状の魔力を中へと放ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ネルソンは気づけば黄昏の戦場に居た。

 

「な、なんだこれは……一体、此処は何処なのだっ、それに聖域が応えないだと!?」

 

 混乱しながらもなんとかしようと『聖域』にアクセスするが、応えずしかも……。

 

「うぐっ、ま、魔力が……」

 

 魔力すらも激しく吸い取られ始め、その脱力感にネルソンは地に膝をつく。

 

「悪いな、ネルソン。もう此処はお前たちの物じゃなくなった。此処はもう、俺の『領域』なんだよ」

 

 そして、そんなネルソンの前にシドが姿を現す。

 

「き、貴様は……それに『領域』だと!?」

 

「ああ、此処を俺の魔力で支配させてもらったんだよ。此処では全てが俺の意のままだ。今、お前の状況がそうであるように……」

 

「そんな事が出来る訳……」

 

「それが俺には出来るんだ。そして……」

 

 シドが指を鳴らすと凄まじい憤怒のあまり、悪鬼の顔を晒した剣士が姿を現す。

 

「……ヴェ、ヴェノム……」

 

「ああ、お前に剣士としての尊厳を踏みにじられたヴェノムだ。そして、お前に恨みを晴らしたい者はヴェノムだけじゃないぞ」

 

 そして、更にドレイク大司教やヴェノムに殺害指示を出した事で排除した者たちが亡者の姿として現れる。

 

「う、うあああ……お、おい、や、止めろ……」

 

 ゆっくりとヴェノムにドレイクたちはネルソンへと近づき始める。

 

 

 

「散々、罪を犯してきたんだ。その報いは受けなくちゃな……悶え苦しみ、断末魔の叫びを上げ続けろ。()()()()()()()()()

 

「ど、どういう……うぎゃあああああっ!!」

 

 シドが告げながら、姿を消した事に訝しがりながらも次の瞬間、ヴェノム達亡者に襲い掛かられ、そうして切り刻まれ、刺し続けられ、噛みまくられ……徹底的に蹂躙される。

 

 そして、シドの言っていた言葉を直ぐに理解する。

 

「うぐああああああっ、が、あがああああっ!!」

 

 どれだけ斬られようが、傷つけられようが死ねないのだ。すぐに傷ついたところや破損したところが修復されてしまう。しかし、痛みは消えずに増すばかり、ならば精神は狂う筈だがそれも何故か出来ない。

 

「(い、嫌だ。頼む、殺してくれ、殺してくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!)」

 

 ネルソンは終わらない地獄に唯々、断末魔の悲鳴を上げ続け、蹂躙され続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しろ、ネルソン。お前の体は『ディアボロスの雫』接種対象として重要なサンプルだからしっかり使い尽くしてやる」

 

 『聖域』を完全に自分の領域としたシドはネルソンに干渉し、その精神は牢獄であり、永遠の地獄となる場所へと送り、その体は霧状の魔力で包んで封印状態としている。

 

 その目的は彼が言うようにネルソンは『ディアボロスの雫』を摂取しているため、研究対象や実験材料として重要なサンプルとなるからこの後、しっかり使い尽くすからである。

 

 因みに今は聖域の核がある場所の中に居て、聖剣はスライムソードを鞘へと変化させた状態で納め、それを帯剣している。

 

「アルファ、こっちは終わった。競技場への扉を開けるから、アイリス様たちと先に戻っていてくれ」

 

「(分かったわ)」

 

 シドはアルファに対し、念話で伝え、自分が言ったように競技場へと通じる扉をアルファ達が居る場所に出現させた。

 

「さて、それじゃあとは約束通りお前を解放してやる。だが、取引を交わした通り、ディアボロス教団を倒す時まで俺に力を貸してもらうぞ」

 

「それは良いけど、具体的にはどうやって……貴方、まさかっ!?」

 

「力を利用するなら、こっちの方が確実だ」

 

 アウロラが驚愕する中、シドは自分の目の前にある鎖に拘束された醜い左腕に霧状の魔力を放つと覆い、そうして……。

 

「うっぐ……がああああああああああああっ!!」

 

 圧縮された霧状の塊を自分の中へと取り込む。そうして絶叫を上げた。

 

 何故なら彼が取り込んだのは『ディアボロスの左腕』である。元からディアボロス細胞を所有している者ならともかく、何の関係も無いからこそ拒絶反応により、体や魂を引き裂かれるような凄まじい痛みに魔力の暴走が生じ始める。

 

 

 

 

「ぐ……あ、ぐ……まだだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 激しく苦しみながらも彼はその比類なき意思力であり、精神力を原動力に苦しみに耐え始め、ありとあらゆる限界を超え、奇跡を起こしていく。

 

 世界法則が歪み始めた。まるで()()()()()()()()()()と言わんばかりに……。

 

 そうして……。

 

 

 

 

「流石に死ぬかと思った」

 

「普通は死ぬのよねぇ……まさしく魔人だわ、貴方」

 

 完全に『ディアボロスの左腕』を取り込むという常識というものを幾度も超えたような事をやらかしたシドにアウロラは絶句し、呆れる。

 

「どうも……今は俺の中に居ろ」

 

「はいはい、これからよろしくねシド」

 

「ああ」

 

 アウロラはシドに答えながら、頬に口づけすると姿を消す。

 

 そして、シドは扉を出現させ、それを開いて中へと入ったのだった……。

 



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三十三話

 

 

 時間を少し遡り、場所は『聖域』内――ネルソンがシドにより、転移させられた事で残されたシャドウに扮したアルファ達、『シャドウガーデン』とクレアたちはというと……。

 

「ねぇ……貴女、シャドウだったっけ? 私はシドの姉、クレアよ」

 

 クレアがシャドウに扮したアルファへと歩み、自己紹介する

 

「どうも初めまして、クレアさん……貴女の事はゼロ、いやシドから良く聞いているわ」

 

 アルファは応じ、手を差し出すと二人は握手を交わした。

 

「そう、それでシドって二年の旅の時は貴方たちと一緒に居たって事で良いのよね?」

 

「ええ、そうよ。クレアさんがそう聞いてくることを予想していて、シドは自分の事を話すように言っているからその間の事が聞きたければ話してあげるわ」

 

「じゃあ、お願い」

 

 クレアがそう言うと二年間における『シャドウガーデン』、無論シドが協力者だという態での話なので脚色は大分あるが……ともかく、アルファは話始め……。

 

「それでね……」

 

「ふふふ」

 

 段々と話の内容が変わっていき、シドがどれだけ魅力的だとか小さい頃の話だとかをアルファとクレアだけでなく、アレクシアにシェリーにローズやナツメに扮するベータにイータ、ゼータにイプシロン、シータら等が楽しそうに話し合う『女子会』のようなものへと変わっていく。

 

 アイリスは『ディアボロス教団』について話し合おうとしたが、それはシドが帰ってきてからじっくり話すという事になった。

 

 そうこうしてシドが聖域から『女神の試練』が行われた競技場へと通じる扉を開き、アルファ達が出た後に『女子会』を再開し、早朝の時間帯が近づき、競技場の空に日が昇り始めている時……。

 

「随分と打ち解けたようだな」

 

『シド!!』

 

 シドがアルファ達と同じように扉から出て来ると皆がシドへと近づいていく。

 

「聞いたわよシドっ、道理で女の子の扱いに練れていると思ったら……このこのぉっ!!」

 

「ぅぐえええ、うおおおお……分かっていたけど、急に来たかぁ」

 

 クレアはシドへと直ぐに詰め寄り、首を絞めながら思いっきり力の如く、揺さぶった。

 

「ま、まぁともかくそういう事だよ。俺はシャドウたち、『シャドウガーデン』と共に『ディアボロス教団』と戦っている。本当はお前たちを巻き込みたくなかったが、機会が機会だったから、明かす事にしたんだ。悪かった」

 

「一人で危険な事をしていた事に思わない事が無い訳じゃないけど……でも、貴方の事だから、私達を守ろうとしたのよね」

 

「貴方はやっぱり、良い男ね」

 

「シド君は私が会った時から、ずっと変わっていなかったんですね。変わらず、誰かのために悪と戦っていた……」

 

「あんな怖い人たちと戦えるなんて、凄いですシド君」

 

 クレアにアレクシア、ローズにシェリーらがシドに対しそう話しかける。

 

「皆を苦しめる悪を放っておけなかったのが大きいけどな……それでシャドウ、大聖堂の方は?」

 

「無事、終わっているわ」

 

 アルファ達は女子会の中でも別動隊による報告を受けていたので頷く。

 

「良し、ならアイリス様。詳しい話は大聖堂でしましょう……先に少し、休憩したいですし」

 

「わ、分かりました。それとネルソン大司教代理は?」

 

「聖域内に籠りたいそうですよ」

 

 アイリスの問いにシドはそう答えると話は終わり……。

 

「ゼロ……」

 

「どうし……んむ、ふ、く……」

 

 アルファに応じていたシドだが、アルファはシドへと近づきながら抱擁し深い口づけをした。

 

『んなっ!?』

 

 アイリスも含め、クレアたちはアルファとシドの口づけのそれに驚きながら、頬を赤に染めた。

 

「ふふ、それじゃあ後でね」

 

 アルファは口づけを止めるとクレアたちに挑戦的に微笑むと離れ、『シャドウガーデン』の者たちと去っていき……。

 

「シドぉぉぉっ!!」

 

「ね、姉さ……んぐっ!?」

 

 そして、即座にクレアがシドへと近づいて抱擁しつつ、深い口づけをした。

 

「わ、私も……」

 

「女神の試練を突破した事ですし……」

 

「ふふふ……」

 

 アレクシアにローズ、ベータも便乗。

 

「……ふきゅう」

 

「シェリーには、刺激強すぎたね」

 

 一方でシェリーは刺激の強すぎる光景にキャパオーバーして気絶、イータが看病を始める。

 

「……凄い状況ですね」

 

 アイリスも又、なんとも言えない混沌とした状況で呟いたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し休憩をした後、シドはシャドウに扮したアルファとクレアにアレクシア、ローズにシェリー、ナツメに扮するベータとイータ、そして『聖教』側だったが、ディアボロス教団の暗躍の一端を掴み、命を狙われたのを助けられた事でシドたちの協力者となったセイジン・セイショクという大司教とその一派たちで集まり、口裏合わせも含めて話合いをする。

 

 というのもセイジン・セイショクは今日よりドレイクとネルソンに代わって秘密裏に此処の大司教となるからである。

 

「『ディアボロス教団』は世界のどこにでも潜んでいる。例えばこんなふうに」

 

 シドはディアボロス教団について話を始め、アイリスたちが率いる騎士団に潜み、監査中に密かに証拠消しそして、今こうして話し合いをしている事についても盗聴しようと動き、『シャドウガーデン』に捕まった『ディアボロス教団』の諜報員をこの場に引きずり出しつつ、密かに霧状の魔力によって干渉し、自白させた。

 

 

「まさか、私たちの元にまでいるなんて」

 

「だからこそ、俺らと協力して動いて欲しいんです。アイリス様……総合的な面で言えば、奴らは数も力もこちらより上だ。上手く動かないと潰されてしまう」

 

「……みたいですね。では、お願いしますシドさん、シャドウさん、それにセイジンさん」

 

 そうして、この場にてシドはアイリスやクレアたち、セイジンらと『ディアボロス教団』に対抗するための同盟を組んだのであった……。

 



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三十四話

 

 

 『聖地リンドブルム』にてやるべきことをやったシドは現在、ミドガル王国王都へと戻った。そして……。

 

「やあっ!!」

 

「せいっ!!」

 

「はあっ!!」

 

 『学園枠』として本戦への出場が決まっているミドガル王国にて開催されている魔剣士の大会である『ブシン祭』に向けて鍛錬に励んでいた。彼に付き合っている相手はクレアにアレクシア、ローズである。

 

 彼女たちは誰もがシドがこの世界で暗躍する『ディアボロス教団』と戦っている事を『聖地リンドブルム』で知り、彼の力となり、共に戦うため、今までよりも激しく熱意を燃やしていた。

 

 それはアルファ達、『シャドウガーデン』への嫉妬もあったりはするが……。

 

 鍛錬場所はミドガルより外の森林、誰も巻き込まないように配慮した場所でシドはクレア達三人と激しき剣舞を繰り広げており、その威力の余波や剣に込められ、体に纏っている魔力の衝突で周囲は荒れ狂っていく。

 

 外観でもそれだけ激しいが、四人は意識下においても激しき、読み合いであり対話を繰り広げていた。

 

『(今っ!!)』

 

 そうして、集団戦における利点である相手を常に挟み込むように動きながら攻めるクレアたちは次の瞬間、機を狙ってそれぞれの方向から一気に攻め立て……。

 

「ふっ!!」

 

 剣で捌くよりも確実と、シドは剣を躊躇なく手放すと四肢を振るい、徒手空拳による闘舞を繰り出す。

 

「あうっ!!」

 

「うくっ!!」

 

「っあ!!」

 

 従来の魔剣士ならば用いる者が居ない徒手空拳の技にクレアたちは対応できず一蹴された。

 

「まさか、こっちを使わされるなんて思わなかった。皆、強くなったな」

 

 シドは自分の打撃により、倒れているクレアたちへと近づき手を差し出して起き上がらせていく。

 

「……こうして戦ってると常々、思うわ。素手の方がキレが良さそうだったし、あんた本当、滅茶苦茶過ぎるわ」

 

「まったくよ、剣より拳が強い魔剣士って冗談にも程があるわ」

 

「まだまだ、シド君の強さを私たちは理解できていなかったのですね。流石です」

 

 クレアにアレクシア、ローズたちは呆れたり、苦笑したり、尊敬したりしながらシドへと言った。

 

「とりあえず、一旦休憩するか」

 

「じゃあ、シドに癒してもらわなくちゃね」

 

「そうね、クレア姉様」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 そうして休憩に入ったシドだがクレアたちは彼に寄り添い、口づけしたり、その体を抱き締めたりしながら、親密な交流を始める。

 

「言いたくなったから、言わせてくれ。ありがとう」

 

『どういたしまして』

 

 

 シドは手合わせの時にも伝わってきた自分を愛してくれているクレアたちの気持ちに対し、感謝し、クレアたちはシドの感謝にそう返したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 それはまだ、彼女が物心ついて少しした時の出来事……その少女は一人、眠っていたのだが急に目が覚めてしまい、寝付けなくなったので研究をしている母親の元へと向かった……。

 

 そして、扉をゆっくりと開けようとして、見たのだ……()()()()()()()()()()()()()()

 

 更にその相手は……。

 

「(お義父さん……)」

 

 自分の義父であるルスランであった……そうして、聖地リンドブルムから王都へと戻ったシェリーは全てを理解し……。

 

 

「シド君……私思い出したんです。お義父さんがお母さんを殺したって事を……」

 

 研究所へと様子を見に来たシドにシェリーは告げる。

 

「……記憶の牢獄である『聖域』へと行った事による影響か……出来るならずっと、思い出して欲しく無かったですが」

 

「それは、私もです……ねぇシド君、聞かせてくれませんか。お義父さんについて、本当の事を……お願いします」

 

「……分かった」

 

 シドは覚悟を決めたシェリーからの頼みに少し、逡巡しながらも頷き、そうしてルスランが何故、シェリーの母親であるルクレイアに近づいたか、何故ルクレイアを殺したのか等を説明し、自分がルスランを殺した事まで全てを話した。

 

「騙し隠していた事、本当にすみませんでした。シェリー先輩」

 

「シド君が謝る必要なんて無いじゃないですか。私を守るためにそうしたんでしょう、実際、前までの私だったら、耐えられませんでした」

 

 深々と生真面目に頭を下げて謝るシドにシェリーは近づき……。

 

「嘘……今も耐えられません。だから、シド君。しばらく、抱き締めてください」

 

「はい」

 

 そうしてシドはシェリーを胸の中へと抱き締める。

 

「ひ……ぐ……ふ……お母さん……」

 

 胸の中で震えながら、泣き始めるシェリーの気持ちを受け止め、その背中を優しく摩りながらシドはこうなってしまった己の不甲斐なさを恥じる。

 

「シド君、ありがとうございます」

 

 そうして、泣き止んだシェリーは顔を上げるとシドへと口づけする。

 

「シェリー先輩……」

 

「えへへ……キスしちゃいました。シド君、偶にこうして甘えても良いですか?」

 

「俺で良ければ……」

 

「良かった」

 

 そうして、どちらともなくシドとシェリーは口づけを交わしたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミドガル王国王都の王宮内にシドは居た。体裁的には『聖地リンドブルム』での『女神の試練』を突破した将来有望な魔剣士学園の学生シドを王女のアイリスが讃えるというものだが、実際には相談である。

 

 『ディアボロス教団』の事を踏まえてアイリスは自分自身が信用できるものを集めた私設部隊である『紅の騎士団』を創設したのである。この騎士団には将来的にはアレクシアにクレアとシドも入る事になっている。

 

「創設するのだけでも苦労しました。かなり反対されましたから……何とか、無理は通せましたが」

 

 アイリスは気苦労が伺える表情を浮かべながら言った。

 

「そうでしょうね、奴らからすれば……失礼、言葉は悪いですが敢えて言わせてもらいます。お飾りにしていた王女様が独自に動くのが面白くないし、気に入らないのでしょう」

 

「……もっと私に政治に関して力があれば良かったですが……私にはこれしか……」

 

 シドの言葉にアイリスは自分の拳を見つつ、言う。

 

「それは違う、アイリス姉さん。貴女には何より、王女として相応しい心……国や国民の事、皆の事を思う人徳と王女として務めを果たそうとする責任感がある。それは一番、王女として必要な物です」

 

「……シドさん」

 

 立ち上がり、近づきながら言うシドの顔をアイリスは見つめる。

 

「ただ、あまり肩に力を入れすぎるのは良くない。もっとも俺も人の事は言えない方ですが……」

 

「し、シドさん!? ぁ、ぅ、ふ……」

 

 シドはアイリスに近づくと彼女の頭を優しく撫で始め、それにアイリスが戸惑うもシドは撫でたり軽く掻くようにしてマッサージをしていく。アイリスは心地良くなり、受け入れていく。

 

「……んぅ……っ、ぁ、あの……も、もうい……良いですから……」

 

 少し受け入れていたアイリスだが、改めて自分の状況を考えると恥ずかしくなり、シドに声をかけた。

 

「失礼、随分と可愛らしかったので……ともかく、焦る必要は無い。お互い、支え合って頑張っていきましょう。ブシン祭では別ですが……」

 

 言葉の通り、撫でるのを止めると名残惜しそうに反応するアイリスに苦笑しながら、シドは言葉をかけた。

 

「はい、それは勿論。貴方との戦いを楽しみにさせてもらいます」

 

「光栄です。では、また」

 

 そうして、微笑み合いシドはアイリスの元から去ると……。

 

「……ぁぅぅ、どうしてくれるんですか。シドさん」

 

 頭を抑えながら、アイリスは悶々としたのだった……。

 



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三十五話

 

 『ブシン祭』開催が迫る時期ではあるがミドガル魔剣士学園生徒にとっては夏休みの期間であり、里帰りする生徒も多数いる。クレアとシドも例に漏れず、一度親に近況報告も兼ねて顔見せするために獣人たちの領域や魔獣生息域があったりするカゲノー男爵領へと里帰りした。

 

 因みに現在、此処には『ミツゴシ』支店も存在し、更にこのカゲノー男爵領から魔剣士の足なら朝から夜にかけて移動すればシャドウガーデンの真の本拠地である『古都アレクサンドリア』に辿り着くことが出来る。

 

「それじゃあ、行くか」

 

 シドの里帰りにはアルファ達幹部も当然の事としてついてきており、夜遅くにミツゴシ支店の中でシドは皆を集めて『聖地リンドブルム』での作戦成功を祝っての宴をしようと考え、アレクサンドリアへと行く事を決める。

 

 そして、霧状の魔力を噴出して自分も含めて覆い尽くし、その霧が瞬時に消えると全員がアレクサンドリア近くに転移していた。

 

「また、随分と強くなったのね……」

 

「流石です、シャドウ様」

 

 アルファは呆れ混じり、ベータらはそれぞれ留まる事の無いシドの成長ぶりに賞賛の声を送っていく。そうして、シドは久々に自分の本拠地を訪れたのだが……。

 

「(ええ、なにこれ……いや、本当なんだこれぇぇぇっ!?)」

 

 丁度、城の上に超巨大なシャドウ像……つまりシドの石像があり自分が居た時には無かったそれにシドは驚愕しつつ、戸惑う。

 

「……ガンマ、イータ……あれはお前たちか?」

 

 直ぐに製作者に対して、当たりをつけて問いかければ……。

 

「はい、主の素晴らしさはまだまだ表現しきれませんが、頑張りました」

 

「自信作……」

 

 ガンマは己の不甲斐なさを恥じるように言い、イータはマイペースにⅤサインをする。

 

「(いやー、愛されているわねぇ)」

 

「(流石です、マスター)」

 

 彼の体内でアウロラとスライムの鞘に納め、帯剣している聖剣を通してオリヴィエが語り掛ける。

 

 

 

「……気持ちは嬉しいよ、ありがとう」

 

「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

 

「褒められた」

 

 シドは小さく、溜息を吐き内心では頭を抱えているが、礼を言うとガンマもイータも喜ぶ。

 

「お帰りなさいませ、シド様。アルファ様達も」

 

「ああ、久しぶりだなラムダ」

 

「はい、皆……我らが主、シド様が戻られたぞーっ!!」

 

『お帰りなさいませ、シド様!!』

 

 ラムダはシドに答えると鍛錬中の者も含めて号令をかけ、出迎えさせる。

 

 そうして、シドはアレクサンドリアの城の中へと入り……。

 

 

 

 

「(此処もかよ……)」

 

 石像と同じくらい、金のかかった超豪華で派手な玉座、玉座のある広間全体の構成に内心、驚愕しながらもともかく、シドは座りながら……。

 

「皆、我らは『聖地リンドブルム』での戦いに勝利し、『ディアボロス教団』にとって深刻なダメージを与えることが出来た。『聖域』での作戦では先ずはアルファ、ベータ、イプシロン、ゼータ、イータ、シータ……良くやった」

 

 シドはアルファ達、聖域で活躍した者たちの名を呼びながら、褒める。

 

 

 

「殆ど、シドがやったようなものだけどね」

 

「でも、ありがとうございます」

 

「もっと頑張ります」

 

「ん、全ては主のために」

 

「……マスターの為なら、頑張れる」

 

「勿体ないお言葉です、シド様」

 

 

 アルファ達は受け取りながらもそう、意見を述べた。

 

「そして別動隊、大聖堂の占拠においてはデルタ、ウィクトーリア……良く動いてくれた」

 

 

「えへへ、ボスのために頑張って狩りをしたのです」

 

 

「シド様の命に応える事こそ、私の使命ですから」

 

 デルタは朗らかに笑いながら、言い……ウィクトーリアも至福を味わっていると言わんばかりの態度で応じた。

 

「そしてガンマにニュー……ベガルタでの件は良くやってくれた」

 

 シドはガンマたちがベガルタ帝国の辺境マドリーでの調査から石油を発掘出来る事を掴み、不動産バブルが始まる事を予見したので必要な事をガンマたちに任せていた。

 

「いえ、全ては主の叡智があればこそです」

 

「正しく、未来を見通すその慧眼振りに恐縮するばかりです」

 

 ガンマとニューたちがシドからの言葉に応じる。

 

「そして他の者たちも日々、それぞれ力を尽くして働いてくれる事、感謝している。俺にはお前たちの力こそが必要だ……代わりに俺はディアボロス教団との戦いに対し、勝利という結果を掴み取ろう。そして、奴らに奪われたお前たちの平和と平穏を取り返す……勝つのは俺たちだっ!!」

 

『シド様万歳、『シャドウガーデン』万歳っ!!』

 

 シドの宣誓に対し、同じくシドが居ない間にラムダを中心に考えた言葉を持って皆が応じ、拳を掲げる。

 

 

 

「それと『聖域』内で得た新しい仲間を紹介しよう」

 

 シドは左右にそれぞれ、霧の塊を出現させてそれが消えると……。

 

「やっぱり、体があるってのは良い気分ね」

 

「同感です」

 

 『ディアボロスの左腕』を取り込んだ事でアウロラの技すら使えるようになったシドはそれの応用でアウロラとオリヴィエの肉体をそれぞれ創り出し、十分な魔力も与えるとアウロラとオリヴィエの残留思念をそれに憑依させた。

 

 そうして、アウロラもオリヴィエもどちらもスライムスーツを纏っており、オリヴィエはスライムソードも持っている。

 

「……」

 

 魔人ディアボロスとも言えるアウロラが居る事、特に祖先であるオリヴィエが居る事にアルファは絶句。

 

 

「まさか『災厄の魔女』アウロラと英雄オリヴィエを復活させ、仲間にするとは……ああ、シド様にとっては全てが容易いのですね」

 

「……私たちの常識など及びもつかないのですね」

 

「ボスはやっぱり、凄いのです」

 

「ふぁぁぁぁ、す、凄すぎますぅ……」

 

「主は正しく、全知全能……いや、そんな言葉すら主にとっては侮辱だね」

 

「マスター、凄い」

 

「一日ごとに進化してるね……」

 

 ベータたちもそれぞれ興奮したり、感激したりといった反応でそれぞれの言葉で賞賛した。

 

 ともかく、シドは今回の成果を祝うために宴を開き、労ったのであった……。

 



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三十六話

 

 ミドガル王国王都では『ブシン祭』開催が迫っており、その前に一度ミドガル魔剣士学園は夏休みのため、両親の元へとクレアと共に帰ったシドはそのついでに自分の組織である『シャドウガーデン』の本拠である『アレクサンドリア』も訪れた。

 

 『聖地リンドブルム』での戦いが結果として大勝利となったからであり、それを祝うためでもある。

 

 もっともアレクサンドリアへと久々に入ったシドは城の上に超巨大な自分の石像が建てられていたり、『王の間』や玉座が超豪華な物になっており、更にはシド専用の私室まで超広々として豪華なものになっていたりなどを知って頭が痛くなったりはしたが……。

 

 そうして、シドは勝利を祝いながら『聖地リンドブルム』で働き、手柄を立てたアルファにベータ、デルタにイプシロン、ゼータ、イータ、シータにウィクトーリア、そして『ベガルタ帝国』にて重要な商業を終えたガンマとニューたちを労おうとシドがアルファ達に『何か望みはあるか?』と聞くと……。

 

『愛してくださいっ!!』と全員が全員、積極的にシドと深い情愛を交わす事を願ったのである。

 

「分かった」

 

 そうして、シドは超巨大な寝台がある自室でアルファ達と激しい情愛を交わし尽くしたのである。

 

 

 

「シドぉ……ふふふ」

 

「シド様ぁ、私幸せですぅ……」

 

「主様ぁ……」

 

「ボスぅ、大好きです……」

 

「主様……ありがとうございますぅ」

 

「主ぃ……愛してるぅ」

 

「マスター、好き……」

 

「お父さん、私、幸せだよ……」

 

「シド様ぁ……ずっと、愛してます」

 

「シド様……私は永遠に……」

 

 情愛を交わし尽くし、余韻に浸りながら眠るアルファ達はそれぞれ幸せそうな表情を浮かべながら寝言を呟く。

 

 

 

「少しはお前たちの愛に応えられていると良いが……俺もお前たちを愛しているよ」

 

 そんなアルファ達に対し、シドは微笑みながら告げた。

 

「それじゃあ、折角だし私達も愛してもらおうかしら」

 

「私もお礼したいので……」

 

「……分かった」

 

 そうして、更にアウロラとオリヴィエともシドは情愛を交わした。

 

 因みにシドは日ごろの鍛錬や改造、霧の龍の格と力の獲得、ディアボロスの左腕を取り込んだ影響により、凄まじい域の絶倫となっていたりしたのだった……。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 里帰りし、数日程自宅で過ごした後、『ブシン祭』の開催時期となったのでミドガル王国王都に戻る事となったシドとクレア。

 

「女神の試練突破と言い、ブシン祭の本戦参加と言い……なんて誇らしい息子なんだ」

 

「本当ね、シド、折角だし優勝しちゃいなさい」

 

 シドとクレアの父親は感動しながら、言い母親は微笑みながら、シドへと言う。

 

「参加する以上は優勝目指して全力を尽くすよ」

 

「ふふ、あんたの全力って想像つかないし怖いけどね」

 

 そうして、シドとクレアは『ブシン祭』の開催時期であるため、観戦しようと準備する者や『ブシン祭』に参加しようとする多くの魔剣士などいつもより賑わっているミドガル王国王都へと戻り……。

 

「シドォォォォッ、あんたねぇ、いったい姉様にどんなことしたのよ。姉様が完全に惚れちゃってるじゃないっ!! それはそれで良いんだけどぉっ!!」

 

「ぅぐおおっ、気を張り詰め過ぎず、力を抜けるようにしただけだが?」

 

 アレクシアに首を掴まれ、激しく揺さぶられながらシドは彼女の問いに答えた。

 

「まぁたそうやって、何か人の心を自分に惹き付けるコミュニケーションしたんでしょう。相変わらず、どういう能力身に着けてんのよっ」

 

「うぐあああっ、く、加わってんじゃねえ……」

 

 更にクレアも加わり、今日はまた激しく首を絞められながら揺さぶられていた。もっとも今ではこれも一つのコミュニケーションになってしまっているのだが……。

 

 

「シド君、お帰りなさい」

 

「お帰りなさい、シド君」

 

 ともかく、そうしてアレクシアにローズとシェリ―に出迎えられたシドはクレアもそうだが、賑わっているミドガル王国王都でデートを始めた。

 

 すると……。

 

 

 

 

「おい兄ちゃん、随分と見せつけてくれるじゃねえか」

 

「昼間からイチャイチャしやがって」

 

「俺らに分けてくれや」

 

 『ブシン祭』に参加しに来たと思われるそれぞれ体格の良い魔剣士がシドに対し嫉妬やら怒りやら纏いながら声をかけ、近づいてきた。

 

 

 

「絡んでくるんじゃねえよ、鬱陶しい」

 

 シドは視線の向きや闘気、僅かに漂わせた魔力、僅かな動作を行いながら言い……。

 

『がはっ!?』

 

 そうして魔剣士たちは強烈な打撃を炸裂させられたという『幻覚』を体験し、地面に倒れ伏した。

 

 

 

「相変わらず、とんでもないわね。シド」

 

「アンネローゼさん、久しぶりです」

 

 魔剣士たちを倒すと声をかけられ、見れば『女神の試練』の時に出会い交流をしたアンネローゼであった。

 

「ええ、久しぶり。約束通り、ブシン祭に参加しに来たわよ」

 

「光栄です」

 

 そして、シドとアンネローゼは言葉を交わしながら握手をする。

 

『はぁ……』

 

 また、シドがアンネローゼに対してパーフェクトなコミュニケーションで彼女の心を自分へと惹き付けたのだとクレアとアレクシアは理解し、溜息を吐いたのであった……。

 



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三十七話

 

 

 来週に予選開始となるミドガル王国王都の『ブシン祭』を観戦しにくるのは一般市民だけでなくミドガルの周辺国の者たちもであり、更に言えばミドガルの同盟国である『芸術の国』と呼ばれるオリアナ王国も自国内では魔剣士の立場は低いものの、国の関係も考えて来賓として『ブシン祭』開催の時にはオリアナの王族たちは観戦へとやってくる。

 

「(……シド君)」

 

 そして今日、『ブシン祭』の来賓として招かれ、準備などのために早めにミドガル王国へとやってきたオリアナ王国の王、ラファエロ・オリアナに彼の娘であり、オリアナ王国の王女であるローズ・オリアナは再会しようとしていた。

 

 オリアナ王国では魔剣士は野蛮だとして、蔑まれていると言っても良い程であり、そのため、剣の道を選んだローズに父も含めて誰も良い顔をしなかった。

 

 それでもラファエロは娘が選んだのならと直接的な応援こそしなかったものの、ミドガル魔剣士学園への留学を許すなど手助けはしてくれた。だからこそ、感謝しているし久々に再会出来るのは嬉しい。

 

 とはいえ、それを抜きにしてローズの気持ちは曇っている。今から彼女の婚約者としてオリアナ王国の侯爵家次男ドエム・ケツハットを紹介される事になるからだ。

 

 自分にはもう既に心に決めた人が、シドが居るのに……。

 

 ともかく、ローズは文官や騎士たちが傍に控え、後は国王とドエム・ケツハットが入るのを待っている部屋で待機していると……。

 

「陛下のおなりです」

 

 騎士の声が響き、そうして扉が開けられラファエロとドエム・ケツハットが部屋へと入ってくる気配。

 

「さあ、陛下……」

 

「面を上げよ」

 

「お久しぶりです、陛下」

 

 そうして、ラファエロの声に従い顔を伏せて待機していたローズは顔を上下て父の顔を見……。

 

「あっ!!」

 

 瞳の焦点が明らかに定まっておらず、茫洋としている確実に正気じゃない父の姿がそこにあった。

 

「久し……ぶりだ。ローズ」

 

 その話し声すら普通ではなく、口の端から涎を垂れ流す様子は苦しそうである。

 

「お父様……っ」

 

 ローズは驚愕しながらも父の姿を見、次に長髪を後ろで束ねたそれなりに容貌は整っているが、悪どい笑みを浮かべた男――ドエム・ケツハットの様子を見……。

 

『フフフフ……』

 

 更に嗤い始める文官と騎士たちの様子と声に全てを悟った。ドエムは『ディアボロス教団』と繋がっており、文官や騎士たちも裏切っている。そして父親は傀儡に……ならば母は? 国民は?

 

 ローズの中で不安や怒りや悲しみや絶望がありとあらゆる負の感情が巡り……追い詰められ……。

 

「(ふっ、容易い)」

 

 ローズが覚悟を決めた表情を浮かべたのを見てドエムは後はどうにでも自分の策略で翻弄出来ると内心、喜んだ。

 

 しかし……彼は知らない。いや、知る術など無い。

 

 彼が居るミドガル王国王都は『悪』を許さぬ者の領域である事を……。

 

 

 

「何を嗤っていやがる」

 

「がっ、あ、が……?」

 

 暗く、そして聞くだけで心まで凍り付くかのような凄まじき憎悪と憤怒と殺意に塗れた声が聞こえたかと思うとドエムは背中から腹部まで剣によって貫かれた。

 

「貴様のような屑に許されるのは、断末魔の悲鳴を上げながら地獄へと落ちる事だけだ。もっとも、そう簡単に地獄へは送ってやらんがな。まずは挨拶代わりだ。苦しみ抜け」

 

「う、ぐぅ……ごぱっ、うぐあああああっ!!」

 

 剣がゆっくりと捻られ、引き抜かれる痛みを味わうと誰かも分からない者が自分の目の前に現れ、そのまま剣で切り刻まれる。

 

「うぐああああああ(な、何だこれは……何がどうなって……)」

 

 ドエムは奇妙な体験をしていた。切り裂かれている感覚とそれに伴う激痛はあるのに、手足も胸も心臓も首も全く体から離れる事は無く、よって永遠に感覚だけが積み重ねられていく。

 

 そして、それは他の騎士と文官たちも同様であった。

 

 

 

「言ったろ、挨拶代わりだと……そんな程度で参ってんじゃねえよ」

 

『っ!?』

 

 そうして、一日や二日それ以上の時間、永遠に切り刻まれる苦しみを味わっていたドエムたちは男の声により、意識が覚醒。

 

 其処は自分たちが先ほどからいた場所であり、目の前にはローズの傍に顔を隠した仮面、鎧とスーツなど黒の化身とも評するべき者が居た。

 

 それは無論、シドである。

 

 オリアナ王国へと潜入している部下からディアボロス教団の関係者であるドエム・ケツハットがミドガルへと国王と共にやってくるという情報を掴み、更にドエムがローズの婚約者となっている事などを含めてローズの身を案じ、ミドガルに張り巡らせている霧の力を使って様子を探り、事態を知ると霧状の魔力をまずは放って、幻覚の世界にドエムたちを誘ったのである。

 

 そして、自分も又、ローズの元へと転移した。

 

「(シド君……また助けに来てくれたのですね……)」

 

 仮面などで姿を隠していても幼い自分を助けてくれた時と変わらぬ背中を見て、ローズは目の前にいるのがシドだと直ぐに分かり、感動し、安堵さえする。

 

「はぁはぁ……き「喋って良いと誰が言った? まだまだ、苦しんでもらう」が、あがああああああっ!?」

 

『ぐ、うぐぉぉぉぉっ!!』

 

 何か言おうとするドエムの言葉を制し、シドは霧状の魔力をドエムたちに放つと霧を浴びた者たちは苦しみ始める。何故ならその霧は猛毒であったからだ。

 

「さて、お前たちの末路は当然、地獄行きだが……その前に喜べよ。お前たちがラファエロ王にやったようにお前たちを俺の人形として役立てながら使い潰してやる。その処置を始めるまではしばらく毒を味わっていろ」

 

「う、が……や、止め……」

 

 シドはドエムたちに裁きを告げるが如く、言うとドエムたちを霧で包み、その霧を晴らすとドエムたちの姿は消えていた。シドの本拠地の方へと転移させたのである。

 

 

 

 

「シド君……」

 

「安心してくださいローズ先輩、貴女の父を……ラファエロ王を今から治します」

 

「っ、どうか、お父様をお願いします」

 

 シドの言葉にローズは頭を深々と下げて頼み込む。

 

 

 そうして、シドは未だ茫洋としているラファエロ王の元へと近づき……。

 

 

「今、治します」

 

 ラファエロ王へと右手を翳し、霧状の魔力の光を浴び始めた。

 

 そうして、治療を終えると一旦、シドは隅の方へと移動し……。

 

 

 

「……っ、わ、私は……何を……此処は……?」

 

 ラファエロは先ほどまでとは違い、はっきりとした様子であり、今の状況に混乱していた。

 

 

「お父様……」

 

「ローズ……おぉ、ローズかっ!! 随分と美しくなったな」

 

「ありがとうございます、お父様……」

 

 ラファエロはローズの姿を見ると優しく微笑み、声をかけローズも又、優しく微笑みながらも涙を流し、そうして親子二人は抱擁を交わした。

 

「(ようやく、少しはましな救い方が出来た)」

 

 ローズとラファエロの様子にシドは納得しながら、内心で呟くのであった……。

 



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三十八話

 

 オリアナ王国の国王であるラファエロは表向きの身分としては侯爵家次男であり、裏の身分としては『ディアボロス教団』の手先であるドエム・ケツハットに薬物を使われ、傀儡とされていた。

 

 それは今より昔、オリアナ王国に攻め込んだ十万のベガルタ兵を壊滅させたという秘密の力、『黒キ薔薇』に通ずる鍵を渡すのを拒んだからであり、更にとある細工をして自分がどうなろうとその鍵を使えず、手に入れる事さえできないようにしたからである。

 

 だからこそ、ドエム・ケツハットはラファエロを傀儡にし、そして『黒キ薔薇』に通じる鍵を使用出来る可能性が高いローズへとその魔手を伸ばそうとした。

 

 もっとも、実行しようとした瞬間、シドに介入され彼による断罪を受ける羽目となり、ラファエロは救出された訳だが……。

 

「本当に、本当に良かったです。お父様……うっ!!」

 

 そして、ラファエロと再会し、救出された喜びもあって抱き締めていたローズは父から離れながら、微笑んだが突如、苦鳴を上げて胸を抑える。

 

「ローズっ!?」

 

「どうやら、ローズ先輩も『ディアボロス細胞』の所有者だったようですね。今、馴染ませます」

 

 シドはローズへと手を向けると干渉を開始し、魔力を暴走させようとするディアボロス細胞を抑えながらローズの身へと馴染ませていく。

 

『ディアボロスの左腕』を聖域にてその身に取り込んだシドは魔人ディアボロスの力を使えるようになり、細胞に関しての干渉力も増した。

 

「っ、魔力が溢れて……」

 

「聖域で少しは見たと思いますが、<悪魔憑き>はその溢れる魔力を制御できないことにより自滅していく状態。制御できるようにすれば問題は無いですよ。だから安心してください。ローズ先輩、ラファエロ王」

 

「君は一体……」

 

 ローズの様子を見て、安心そうだと確認するとラファエロはシドに問いかけ……。

 

「紹介が遅れ、申し訳ありませんラファエロ王。俺はミドガル王国に仕えるカゲノー男爵家長男であり、そしてミドガル魔剣士学園の一年のシド・カゲノーです」

 

 シドは仮面を外すと自己紹介をした。

 

「お父様、私が小さい頃に盗賊に誘拐されたのを助けてくれた魔剣士も彼、シド君です」

 

「……なんとっ、では君は私にとって大恩人という訳か……シド・カゲノー君。昔も今も娘をそして、私まで助けて頂き、感謝する。この大恩は必ず、相応しい礼を持って返そう」

 

 ラファエロは娘の言葉に驚くと一度、深呼吸して王として、そして一人の父親として深々とシドに対し、頭を下げて礼をした。

 

「礼を尽くしていただき、恐れ多いです。だが、俺は当然の事をしただけですので……それにまだ終わっていない。どうか、ラファエロ王、恩を返したいというなら、俺に貴方の国を『ディアボロス教団』の魔の手から救うのに協力させていただきたい」

 

「……そ、そんな事まで」

 

 シドからの要求にラファエロは彼の誠意も含めて驚き、感動さえした。

 

「関わったら、最後までというのが俺の信条なのです。どうかこの願いを聞き届けてもらえませんか?」

 

「……此方こそ、どうか助力して頂きたい。素晴らしき『英雄』よ」

 

 そうして、深々と礼をしながらシドへと手を伸ばし、シドはその手を握り、握手を交わした。

 

「願いを聞き届けて頂き、感謝します。それでは詳しい話はこれからという事で……今はもうしばらく、ローズ先輩と親子水入らずの時間を楽しんでください」

 

「シド君、何度も私を助けてくれて、お父様も……そして私の国まで……」

 

 シドへとローズは近づき、彼の顔を愛おし気に見つめながら言う。

 

「困っている人を放っておけないだけですよ。そして、誰かを苦しめる『悪』はもっと見過ごせない」

 

「……本当に貴方は素晴らしいです……シド・カゲノー、私、ローズ・オリアナは永遠の愛を貴方に誓います」

 

 ローズはそう告げつつ、ラファエロの方を一瞬見て、彼が頷いたのを見るとシドへと口づけした。

 

「ありがとうございます、ローズ先輩」

 

 そうして、シドはその身を霧で包み姿を消した。

 

 

 

 

 

「まさか、正しく英雄たる男がこの世界に居るとは……そして、良い男を見つけたな」

 

「はい、お父様」

 

ラファエロとローズはシドが居た方向を見つめつつ、そう、話し合ったのだった……。

 

 

 

 

 所変わって、『シャドウガーデン』の本拠地であるアレクサンドリアのとある部屋では……。

 

「うぐ、あぐぅ、あ、がああああああああああああっ!?」

 

 シドによってこの部屋まで転移させられたドエム・ケツハットは猛毒を消されたが頭に融合していると言ってもいい、シドの手から放たれた霧状の触手が蠢く度に絶叫を上げていた。

 

 無論、他にもドエム側に属していた文官や騎士たちも同じように霧状の触手が頭に融合しており、蠢く度に絶叫している。

 

 シドがドエムたちを操り人形とすべく、脳内からしっかりと浸食をしているからだ。

 

「この際だから言わせてもらうが、ドエム・ケツハットなんて酷い名前を付けられるなんてお前は呪いでも受けたのか? 正直、名前を呼ぼうとする度に吹き出しそうになるんだよ」

 

 そんな事を言いながら、シドはドエム・ケツハットたちを自分の操り人形とすべく、浸食を続けるのだった……。

 



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三十九話

 

 

 ミドガル王国王都で二年に一度、開催される魔剣士の大会である『ブシン祭』の予選は今日、始まった。

 

 一回戦と二回戦は王都の外の草原で行われ、三回戦と四回戦、本戦は闘技場で行われる形であり、シドは『本戦』参加の枠を勝ち取っているため、予選に参加する必要は無いが……。

 

「今年も『ブシン祭』への参加者は多いな」

 

 

 しかし、一回戦が開催されている草原でシドはクレアとアレクシア、シェリーと共に観戦に来ていた。

 

 何事にも油断をせず、生真面目に取り組むシドは選手の分析に来たのだ。

 

 因みにローズが居ないのはオリアナ王国救出に備えて『シャドウガーデン』との仲介を務めるためであり、今は『シャドウガーデン』との連携力を高めるため、本拠地であるアレクサンドリアでシャドウガーデンの構成員と鍛錬したり、幾つかの任務に参加していたりする。

 

 彼女と部隊を組んでいるのは生真面目な性格、青髪に小柄でスレンダーな体型のエルフな664番、金髪で柔らかな雰囲気、マイペースであり、グラマーなスタイルのエルフである665番の二人で部隊長は664番だ。

 

 年齢としては664番がローズより一つ年上、665番がローズと同年齢だったりする。

 

 二人にローズの事を頼むと『はっ、お任せくださいゼロ様』、『はーい、分かりましたシャ「ちょっとっ!!」……ゼロ様』

 

 664番は使命感に燃えながら応じ、665番は打ち合わせしたのに危うくシドの事をシャドウと言おうとして、664番に訂正された。

 

 

「『女神の試練』と違って参加費が必要ない分、多いわね。本戦開始が長くなりそうだわ」

 

 シドの呟きにクレアが答える。

 

「『ブシン祭』へ参加して活躍すれば私たちの城に招いたり、騎士団として雇用したり、他の国に対しての評価になったりそういう得もあるからね……活躍すればだけど」

 

 アレクシアが言うように魔剣士にとってブシン祭への参加は自分の実力や活躍はミドガルだけじゃなく周辺国、他の国々を広める事にも繋がり、活躍さえすれば勿論評価され、経歴を飾る事やそれに伴う優遇があったりするので参加者が増える要因になっているのだ。

 

「皆、やる気満々ですね」

 

シドにクレアたちが観客として寄り添いながら、見ていると……。

 

「おおう、相変わらずイチャイチャしてんなぁシド。ちくしょうが」

 

 同じく観戦していたヒョロが声をかけ、近づいてくる。

 

「よう、お前も観戦しに来たのか。といってもどうせ賭け事してんだろうが……」

 

「ふっ、今回は只の調査だよ。大穴を探したりとかな……もっとも俺はシドを信じているから、お前に賭けるぜ」

 

「そりゃどうも」

 

 ヒョロの目的を察し、問いかけてみれば堂々と宣言したので呆れながら、応じた。

 

 ともかくそんなこんなでシドは予選の開催期間は観戦し、選手の分析をしながら本戦で戦う時のイメージトレーニングを中心に鍛えながら、備えたのだった……。

 

 

 

2

 

 

 予選が全て終わり、ブシン祭の本戦の1回戦が今日、闘技場で開催される。シドの試合はまだなのもあって、アレクシアの好意から用意された王族やそれに近い高位貴族専用の観戦席のチケットを持ってクレアとローズ、シェリーと共に部屋へと向かう。

 

「向こうではどうですか?」

 

「はい、664番さんも665番さんもどちらも大変、良くしてくださってくれます」

 

「それは良かった」

 

その最中、シドは小声で『シャドウガーデン』での行動はどうかや一緒に部隊を組んでいる二人について問えば、ローズは微笑みながら応じた。

 

ともかく、豪華な扉の前にいるスタッフにチケットを渡し、仲へと入れば……。

 

「おはようシド、クレア姉様にローズ先輩、シェリー先輩も……こっちよ」

 

 アレクシアが扉近くで待っており、挨拶するとシドの手を取りながら案内する。

 

「おはようございます、皆さん……シドさんも今回から、試合ですが準備や調子はどうですか?」

 

 アレクシアが案内する方へと行けば、アイリスも居て立ち上がり軽く礼をするとシドに問いかける。

 

「当然、万全ですよ。お心遣い感謝します」

 

「いえいえ」

 

 そうして席に着き(因みにシドの席はちゃっかり、アレクシアの隣であり、これまたしれっと寄り添っていた)、試合の観戦を一同は始める。

 

彼らが観戦しようとする試合はクイントンという体格は良く、筋骨も逞しい歴戦の猛者そのものな大剣使いの男とアンネローゼの試合。

 

そうして……。

 

 

 

 

「うおおおっ!!」

 

「はあっ!!」

 

 試合開始と共にクイントンはアンネローゼへと全力で突撃し、それに対しアンネローゼも応じてクイントンへと駆ける。

 

 そうして、2つの剣閃が輝き……。

 

 

 

 

「うぐあああああっ!!」

 

 クイントンがアンネローゼの剣閃によって、地に倒れ伏した。

 

「流石は元『ベガルタ七武剣』のアンネローゼさん。強い……」

 

「はい、本当に強いです」

 

 目を見張るアイリスの言葉に答えるシドであるが、アンネローゼとシドがブシン祭開催の前に出会った時、『女神の試練』の時に手ほどきをしたのをアンネローゼから聞いているシドの隣のアレクシア、反対の席でやはり隣となっているクレアがシドの手を密かに抓ったり、足を踏んだりしていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ試合だから準備してきます」

 

「はい、シドさんの試合、楽しませてもらいますね」

 

「頑張んなさいよ」

 

「しっかりね」

 

「お気をつけて」

 

「いっぱい応援しますね、シド君」

 

 シドが立ち上がり、皆へと言うとアイリスたちは笑顔で応じ、部屋を出るシドを見送り、部屋を出たシドは廊下を歩いていく。

 

 

 

「エルフの匂いがする」

 

 廊下を歩いていると灰色のローブで顔も体も隠した者がすれ違いつつ、シドに濃い青色の瞳で見ながら呟いた。

 

 

「確かに何人かエルフの方と仲良くしていますからね、俺はシド・カゲノーと言います。貴女は?」

 

「私はベアトリクス。私と良く似た顔のエルフを知らないか? 妹の忘れ形見を探しているんだ」

 

 ベアトリクスは名乗ると近づきながら、シドへと問いかける。

 

「人付き合いは苦手なようですね、フードで顔が見えないから、分からないんですが」

 

「そうだった、ごめん」

 

 ベアトリクスは苦笑して指摘するシドの言葉に謝りながら、フードを取った。その顔はアルファに彼女の祖先であるオリヴィエに良く似ており、血が繋がっていると言われても信じられる程である。

 

「……顔が似ているかどうかで言えば、知り合いに居ますよ。それがベアトリクスさんが探しているエルフかどうかは断言できませんけど」

 

「どうか一度、会わせてもらえないだろうか?」

 

シドの言葉にベアトリクスは頼み込み……。

 

「……彼女は今、仕事中で居ないから少し待つことになるし、ベアトリクスさんの探しているエルフで無かったとしても借り一つにしてもらいます。それで良いなら……」

 

「うん、私に出来る事ならなんでもする」

 

「なんでもするなんてあまり、言わない方が良いですよ」

 

 言いながらもシドは懐からメモ帳を取り出し、ペンで書いていく。

 

「これをこの国にある『ミツゴシ商会』の店員にでも見せてください。良い対応をしてくれますし、俺も後で話をしにいきます」

 

 そして、メモ帳を破き、内容を記した紙をベアトリクスに手渡す。

 

「うん、ありがとう。それとあと一つ……」

 

 ベアトリクスは礼を言いながら、受け取ると懐に納めて、そして流れるような動きかつ自然な動きで鞘から剣をシドに向かって、抜き放ち……。

 

 

 

「満足しましたか?」

 

「……っ、凄い……」

 

 一体、どんな技量か……シドへとベアトリクスの抜き放った剣は彼女の意識も反応も許さず、シドの手に奪い取られ、ベアトリクスの首へと突きつけられていた。

 

それにベアトリクスは驚く。

 

「本当に驚いた、シドは私より強いね」

 

「それはどうも……お返しします」

 

「ありがとう」

 

 剣を回すようにして柄の方をベアトリクスに向けると彼女は受け取り、鞘に納める。

 

 

 

「では、俺は試合があるのでこれで」

 

「うん、頑張って、私も応援するね、シド」

 

「光栄です」

 

 そうして、シドはベアトリクスから去っていく。そんな彼の背中をベアトリクスは…。

 

「……(こんなに心地良いのは初めて)」

 

 心地良い気分に身を任せながら、微笑んで見つめるのだった……。

 

 

 

 



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四十話

 

 『ブシン祭』本戦一回戦が行われている闘技場ではアンネローゼ・フシアナス対クイントンの試合が始まり、結果はアンネローゼの勝利で終わった。

 

 そうして次はシド・カゲノーとその対戦相手による試合である。

 

「君の話は聞いているよ、あの『女神の試練』を合格したようだね。学生ながら大したものだ。おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 シドの対戦相手、金髪であり、容姿は端麗で雰囲気は好青年、髪には煌びやかな飾り、体には金の鎧を身に纏い装飾過多な両手剣を得物にしたゴルドー・キンメッキが闘技場の舞台でシドへと話かけ、シドは賞賛に対し頭を下げる。

 

 因みにゴルドー・キンメッキは『不敗神話』の二つ名を持っているが、それを嫌って『常勝金龍』という二つ名を広めようとしている。そして、『不敗神話』の名が広まった由来としてはゴルドーは自分が負ける可能性がある相手とは絶対に戦わない。

 

 勝てる相手とだけ、戦うが自分より強い相手とは当たった時点で棄権するのだ。裏返せば相手の実力と自分の実力を見抜く観察眼を持っているという事でもあるが……。とはいえ、確実に勝てる相手とだけ戦い、大会上位に食い込んでいるし規模の小さい大会なら優勝経験もあるので実力が無い訳ではない。

 

 現にこの『ブシン祭』の本戦に参加出来ているのがその証拠である。

 

 

 そして、ゴルドーはシドの実力を……。

 

「さて、準備は良いかな?(『女神の試練』を合格しただけあって多少はやるようだが、勝てる)」

 

 自分が勝てる実力差だと判断した。よって、このまま試合を行うために両手剣を構える。

 

「ええ、いつでも」

 

 シドは『女神の試練』でも使った合金剣を鞘に納めたまま腰から外し、前傾姿勢になりながら左手は鞘を持ち、右手は柄に添えるといういわゆる居合の構えを取った。

 

「シド・カゲノー対ゴルドー・キンメッキ!!」

 

 そうして両者の名前が呼ばれ……。

 

 

「試合開始!!」

 

 審判が試合開始を告げた。

 

 

 

「(あ?)」

 

 

 

 先手必勝とばかりにシドへとゴルドーが一歩踏み込もうとした瞬間、ゴルドーの首が剣閃の輝きと共に刎ねられ、地に転がった。

 

「うがあああっ!?」

 

 しかし、彼の意識は地面を転がる痛みと衝撃と共に覚醒する。

 

「見立て通り、()()()()()()()()()()()()()()

 

 シドはまったく変わらない居合の構えで待機したまま、声をかける。

 

「はぁはぁ……い、今のは……幻覚……それに下がらされた?」

 

 ゴルドーは立ち上がりながら、首を抑えつつ彼自身の観察眼により、事態を理解する。理解してしまう……シドが視線に闘気、僅かな動作によって自分にフェイントの極限たる幻覚を体験させ、自分はそれに反応してしまい無様に地面を転がされたのだと。

 

 現に観客はいきなり後ろへと下がりながら、地面を転がった事を訝っている。

 

 

 

「……そんな事が出来る訳あるか……うぐっ!?」

 

 未だ、自分の見立てでは勝てる実力の筈なのに自分を翻弄したシドに対し、怒りながら回り込みをかけようとすれば、瞬時に足が切り飛ばされる幻覚を見、地面に倒れ込んでしまう。

 

「くそ……があっ!?」

 

 立ち上がりながら、シドへと向かおうとすれば次は手が斬り飛ばされる幻覚を……とことん翻弄された事でゴルドーはさらに事態を悟った。

 

 シドは自分の観察眼を欺いたのだという事を……。

 

 

 

「き……「おっと、それはよろしくない」っ!?」

 

 迷わず、棄権しようとした瞬間、問答無用で漸滅される幻覚を体験させられる。

 

 

 

「はっ……あ、は、はぁはぁ……い、いったい、何のつもりだ?」

 

 ゴルドーは斬滅される幻覚を体験した事で地に伏せた体勢から起き上がり、シドへと問いかける。

 

「何のつもりも何も……俺は只、貴方と真剣勝負がしたいだけですよ。それにゴルドーさん、貴方は強くなる素質を持っている。もっと上を目指し、強敵との戦いを求め、挑むその気概さえ持てば……常勝という虚飾を捨てさえすれば」

 

 シドはゴルドーを真摯に見つめながら、告げた。

 

「……何故、会ったばかりの俺に期待し、信頼しているんだ」

 

 シドが自分に対し、期待し信頼している事を感じ、問いかけた。

 

「そうするに値すると俺が判断しただけですよ。さあ、勝敗はともかく、お互い本気で戦いましょう」

 

「……ああ、そうだな……本気でやろうっ!!」

 

 シドの言葉にゴルドーは応じ、剣を構えて全力の魔力を剣に込めていく。それはシドから漂う気高さに迷う事無く、魔剣士として応えたいと思ったから……強敵に全力で挑むという事をしたいと思ったからである。

 

「いくぞっ、邪神・秒殺・金龍剣っ!!」

 

 ゴルドーの高まる魔力は黄金の龍を幻視させながら、そうして構えているシドへと突撃し、薙ぎ払いの一閃を放つ。

 

 黄金の龍がシドを喰らおうとして……。

 

 

「ふっ!!」

 

 シドが鞘から剣を抜き放ち、剣閃が輝きを放つ。

 

「(美しい……)」

 

 その輝きにゴルドーは目を惹かれながら……。

 

「うあああああああっ!!」

 

 剣閃が龍の幻像を切り裂きながら生じた爆発的な衝撃波がゴルドーを吹っ飛ばし、地面を転がせていく。

 

「(……もっと強くなろう……俺を信じてくれたシドのように……)」

 

 そうして、ゴルドーはシドに憧れを抱きながら、目標とし強くなる事を誓う。

 

 彼の鍍金は今、剥がされたのである。

 

 

 

「なれますよ、貴方なら」

 

 シドは剣を鞘に納め、腰へと戻しながら告げた。

 

「勝者、シド・カゲノー!!」

 

『うおおおおおっ!!』

 

 シドの勝利を告げる審判の声にシドが見せた居合の一閃の見事さや勇姿に感動した観客たちは賞賛や興奮の声を上げる。

 

 

 

「彼は本当に凄いですね……」

 

 アイリスはゴルドーに全力以上の全力を出させた上で切り伏せた彼の理念と実力を賞賛する。

 

 

 

「ふふ、まったく……面倒見良いんだから」

 

「まあ、シドだからね」

 

「ええ、シド君ですから」

 

「はい、シド君は優しいです」

 

 クレアにアレクシア、ローズは魔剣士の視点でシドの意図を読み取り、シェリーも分からないながらに満足そうに倒れているゴルドーの様子なども見て、全員が笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「凄い技……本格的に挑んでみたい」

 

 観客席でシドの試合を見たベアトリクスはシドに挑戦者として挑みたいと強く意識するのだった……。

 



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四十一話

 

 『ブシン祭』本戦での対戦相手であるゴルドー・キンメッキとの試合に勝利したシドはクレアたちが居る高位貴族用の観戦席まで戻ろうと廊下を歩いていた。

 

「試合の勝利、おめでとう。シド……まあ、貴方の勝利は疑っていなかったけど」

 

 すると自分が来るのを待っていたであろうアンネローゼが居て、勝利を祝う言葉をかける。

 

「ありがとうございます、アンネローゼさん。それとアンネローゼさんも勝利、おめでとうございます。女神の試練であった時からかなり強くなりましたね」

 

「ふふ、ありがとう。もっともその切っ掛けを与えてくれたのはシドだけどね。それで言えば、ゴルドーもきっと強くなると思うわ」

 

「はい、俺もそう思います。ゴルドーさんは将来的にはかなりの魔剣士になるでしょう」

 

「貴方って本当、面倒見が良いというかなんというか……教官とか向いてるわよね」

 

「いえいえ、俺なんてまだまだ未熟な若輩者に過ぎませんよ」

 

「いくら何でも謙遜しすぎよ。貴方が未熟なら私達だって未熟になっちゃうわ」

 

 苦笑して言うシドにアンネローゼは溜息を吐いて、そう言った。

 

「それには私も同感ですね」

 

 そのアンネローゼに続いたのは試合の準備のために廊下を歩いていたアイリスである。

 

「アイリス王女!! 初めまして、私はアンネローゼ・フシアナスと言います。貴女のブシン祭での活躍はベガルタでも聞いていました。こうして会うことが出来て光栄です」

 

アンネローゼは驚きながらもアイリスへと挨拶をした。

 

「こちらこそですよ、アンネローゼさん。貴女の試合は見させていただきましたが、大変素晴らしかった。それとシドさんも……二人とも、勝利おめでとうございます」

 

 

『ありがとうございます、アイリス王女』

 

 アイリスからの称賛に対し、シドもアンネローゼも深々と頭を下げながら礼をする。

 

「ふふ、私も負けてはいられません。ではこれで」

 

 そうして微笑みながら、アイリスはシドとアンネローゼの元を去り、試合へと向かっていく。

 

「シド、明日の二回戦は全力で挑ませてもらうわ。貴方と戦うのを楽しみにしていたもの」

 

 アンネローゼが挑戦的な表情で告げる。彼女が言うように明日の二回戦ではシドとアンネローゼが戦う事になっていた。

 

「それは俺もですよ」

 

 そうして二人は右拳を突き合わせた。

 

「それじゃあね」

 

「はい」

 

 お互い、戦いに向けての誓いをすると別れ合うとシドは観戦席へと戻り、アイリスの試合をクレアたちと共に観戦する。

 

 

 

 

「アイリス様も強いな」

 

 シドが言うようにアイリスは騎士団の体験入団中はクレアとそして、ブシン祭が行わる前まではアレクシアと鍛錬したりして、つまりはシドの指導を受けた彼女たちを通して実力を上げ続けていた。

 

 その実力を遺憾無く発揮し、一撃で対戦相手を倒したのだ。

 

「ええ、アイリス王女は強いわよ。それに努力家でもあるしね」

 

「私もシドたちが里帰りしてるとき、鍛錬にいっぱい、付き合わされたわ」

 

「流石はアイリス王女、伊達にブシン祭で何度も優勝してませんね」

 

「女性として、格好良いですね」

 

 クレアにアレクシア、ローズ、シェリーがアイリスについてそう話していく。

 

 

 そうして、シドたちは話をしていると……。

 

「今、戻りました」

 

 試合を終えたアイリスが戻ってきた。

 

「アイリス王女、大変素晴らしい試合でした……それと失礼、髪が乱れています」

 

「ぁ……うう、また……」

 

 シドは席から立ち上がり、勝利を賞賛しながらアイリスへと近づき、彼女の髪を手櫛で梳かし、整えながら軽く撫でていく。

 

 

 

 その心地良さにアイリスは浸らされ、受け入れてしまう。

 

『(これかーっ!!)』

 

 そしてアレクシアにクレアはアイリスがシドに惚れた原因を悟った。

 

 

 

「これで良しです」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「どういたしまして」

 

 アイリスは恥ずかしさもあって、頬を赤に染めながらシドへと礼を言い、シドはそれを受け取る。

 

「シド、久々に私もやってよ」

 

「それじゃあ、私も」

 

「私もお願いします」

 

「皆さんと同じく」

 

 そうしてクレアたちもシドに手櫛であり、撫でるのを要求しシドはそれに応えたのであった。

 

 因みにアイリスの次の試合だがアンネローゼにシドにアイリスとそれまでの試合で全員、一撃で勝利しているのもあって、一撃で倒せなければならないというような雰囲気が出来てしまっている中、なんとかそれをやり遂げたツギーデ・マッケンジーは凄まじい程の達成感とそれによる喜びで涙を流したのであった。

 

 もっともそんな彼の二回戦の相手はアイリスであるのだが……。

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

『ブシン祭』が開催されているミドガル王国王都へとやってきたエルフのベアトリクスは自分の妹の娘、つまりは姪を探しに来たというのが王都を訪れた理由である。

 

 そして、彼女の名は有名だ。

 

 何故なら、『ブシン祭』の初代優勝者であり、『武神』や『剣聖』という二つ名を持っている。

 

 因みに彼女の年齢は百歳であり、長命種族なエルフとしてはこれでも若い方である。

 

 ベアトリクスは今まで、そして姪を探している現在においても長い旅の道中、色んなものを見てきた。それでも……。

 

「貴女も私の子孫なのね」

 

 シドにより、彼女の姪であろうアルファが仕事を終えて戻ってくるまでの間、ベアトリクスは『ミツゴシ商会』で客人として迎えられる事となったのだがそんな彼女の前にオリヴィエが現れる。

 

 因みにオリヴィエはシドの指示などが無い時は、アウロラと共に変装しながら王都の街を出歩いていたりする。

 

『ディアボロス教団』の手や聖域からも解放されたとあって、自由を謳歌しているのである。

 

 そして、シドの指示あって、ベアトリクスの前に姿を現したオリヴィエ。

 

 彼女を見て、ベアトリクスは……。

 

 

 

 

「え、ご、御先祖様……? え……は、え????」

 

 オリヴィエの事は知っていたようだが、それでも目の前に居る事に大混乱し……。

 

 

 

 

「……」

 

 今にも頭から煙を出すような様子さえ見せながら固まった。彼女の処理能力では対応できなかったのだ。

 

「おお、固まってる固まってる……ふふ、ベアトリクスにとってはこれ以上無いくらいのサプライズになった訳だな」

 

「本当に見事な固まりようね。無理も無いけど」

 

 シドは愉快気に良い、アウロラも微笑みながら、ベアトリクスの前で手を振り、固まっているのを確認する。

 

 そうして、時間が経ち、ベアトリクスが正常に戻るとオリヴィエについて事情を説明した。

 

 

 

「ご先祖様を助けてくれてありがとう、シド。君は今まで会った人間の中でも良い人だ」

 

「嬉しい言葉をありがとう、ベアトリクス」

 

 ベアトリクスはシドに畏まらず友人として接して欲しいと言ったのでシドはそれを了承している。

 

 そうして、ベアトリクスからの感謝を受け取りながら、同じく礼を言ったのだった……。

 



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四十二話

 

 本来なら、日が昇り始める時間帯――『ブシン祭』の本戦二回戦が行われるミドガル王国王都の今日の空模様はあいにくの曇りであり、更にはもうじき雨が降りそうな悪天候である。もっとも試合自体は空模様に関係なく行われるのだが……。

 

「あまり、自然界には干渉したくは無いが……『ブシン祭』の間は万全の状態で試合がしたいんだ。悪いな」

 

 天に向かって、掌を上げたシドはそうして霧状の魔力を放出し、ミドガル王国王都に広がっている雲へと拡散し、浸透。

 

「ふっ!!」

 

 そうして雲どころか天候を支配し、強制的に晴れへと快晴の状態へと変化させた。

 

「これで良し」

 

 満足げに言うと一旦、部屋に戻りクレアにローズ、シェリーが迎えに来るまで待っていた。

 

「それにしても、不思議よねぇ……今にも雨が降りそうだったのに急に晴れるなんて」

 

 少しするとクレアにローズ、シェリーが学生寮のシドの部屋を訪れ、一緒に闘技場へと向かい始める。因みに二回戦の一試合目はシドとアンネローゼの試合であり、二試合目はこの国の王女であるアイリスとツギデ・マッケンジー、そうして三回戦目は二つの試合の勝者どうしによる決勝となる。

 

 闘技場へと向かっている間、当然の事ではあるがクレアが今日の天候について話始めた。

 

「俺としては()()()()()()()()。思う存分、試合に打ち込めるから」

 

 天候を強制的に変更した張本人であるシドは微笑みながら、しれっと答えた。

 

「ふふ、きっと天もシド君の試合を見たいという事でしょう」

 

「今日もいっぱい、応援しますね。シド君」

 

 ローズもシェリーもシドの意見に応え、そうして闘技場の近くへ……。

 

 

「おはよう、シド」

 

「同じくおはよう……あんたの巡り合わせには驚かされるわ」

 

「おはようございます、シドさん……まさか、『武神』であるベアトリクス様と知り合いだなんて」

 

 闘技場手前にはベアトリクス、更にはアイリスとアレクシアが居て挨拶をする。

 

 正確にはベアトリクスはシドの応援のために闘技場を訪れたのだが、それに気づいたアイリスとアレクシアが話をし、そうした所にシドたちが近づいたという事である。

 

 

「あんたって子はどうして、こう会う女性が容姿優れてる大物だったり、有名人だったりするのよ」

 

 呆れるアレクシアと同じようにクレアも又、いわゆる美少女や美女と縁がありまくるシドに呆れながら、言った。

 

「いっそ、『良い男には良い女が寄り添ってくるのが世界の常識』とでも己惚れておこうか?」

 

「そうね……もうそれで良いわ」

 

 苦笑と共に戯言を言うシドに対し、クレアは溜息を吐きながら言った。

 

「さて、俺の試合は最初だし、準備してくるよ」

 

 そうして、皆へと声掛けをしたシドは見送られながら準備のため、闘技場の選手控室へと歩いていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪天候の中、始まると思われた『ブシン祭』の二回戦は奇跡とも言っていい、天気の急変により、快晴という恵まれた条件の中で今、一試合目が始まろうとしている。

 

「貴方に出会って以来、この時が来るのを待ち望んでいたわ。シド」

 

「それは光栄ですし、貴女と戦うのを楽しみにしていたのは俺も同じです。お互い、楽しみましょう」

 

 舞台へと上がりながら、嬉しそうに話し合うアンネローゼとシド。そして、シドは話しながら、剣を抜きとある仕草をした。

 

「ええ、そのつもりよ」

 

 アンネローゼはシドの仕草に驚きながらもすぐにそれに対する返礼をする。

 

「私達の国での決闘の礼儀をよく知ってるわね。しかも古いやつを」

 

「知り合いにベガルタ帝国出身の人がいるので習ったんです。無論、礼儀だけじゃありませんが」

 

 そう、シドがアンネローゼにした仕草はベガルタ帝国の者どうしが決闘前に交わす挨拶であり、礼儀。

 

『シャドウガーデン』の軍事担当にして教官でもある元ベガルタ帝国の高位軍人のラムダからシドは習っていたのだ。

 

 そうして、次にはこれまたアンネローゼにとっては見知っているほどに知っている構えを取る。

 

「……みたいね」

 

 アンネローゼはそれにまたも驚きながら、同じ構えを取る。

 

「アンネローゼ・フシアナス対シド・カゲノー!!」

 

 審判は試合を行う両者の名を呼び……。

 

 

「試合開始!!」

 

 試合開始の合図を告げる。

 

 瞬時にアンネローゼとシドは意識を切り替えながら、二人の意識間では幾度の『読み合い』と『対話』の応酬を繰り広げ……。

 

「はあっ!!」

 

 現実感では少しの静寂の後でアンネローゼが先んじて動き、攻め込む。

 

「ふっ!!」

 

 アンネローゼが振り下ろす剣閃をシドは容易く切り払う。そうして凄絶な剣舞の応酬が始まった。

 

 そして、すぐに観客たちは理解する。

 

 その流麗さ、精度、完成度など全ての点に関して歴然とした差はあるが、二人の剣舞は同じ剣術のそれであると……それほどまでに動き自体は酷似していたのだ。

 

 実際、その通りだ。ベガルタ帝国の実力者であるアンネローゼに合わせてシドは『剣の国』と呼ばれているベガルタ帝国主流の剣術を使っているのだから……。

 

「く、う……(やっぱり、凄い……)」

 

 アンネローゼは自分と同じ剣術の技を繰り出し、追い詰めているシドを内心、賞賛する。

 

 彼の繰り出す技の完成度に流麗さ、精度は一つ一つが極め尽くした絶技でありながら、限界など知らぬとばかりに鋭く研ぎ澄まされ、更に巧みとなっていく。

 

 知っていて身につけて行けたからこそ、対応できていたそれが段々、突き放され喰らいつけなくなっていく。

 

「(なんて輝きなの……)」

 

 そして、彼の剣舞からそれを身に着けるまでに積み上げた果てしなき、練度であり、捧げた血と汗が放つ輝きと熱量にアンネローゼは当てられる。

 

『強さとは上を目指すものではなく、追求する物だ』と言ったそれを体現している彼に剣士としてアンネローゼは惹かれていった。

 

 

「(まだよ、もっと……)」

 

 たとえ対抗できず、喰らいつけなくとも彼から自分が強くなるために必要なものを感じ取り、得るためにアンネローゼは挑んでいく。

 

 そして、それをちゃんと理解しながらまるで稽古をつけるが如く、シドは応えていた。

 

「ふ……う……はぁ、はぁ……ねぇ、シド」

 

 何度か吹っ飛ばされ、地を転がされてもアンネローゼは再起し、死力を尽くして挑んでいったアンネローゼはまた再起するとシドへと話かけた。

 

「はい、何ですか?」

 

「最後に貴方自身の剣技を見せて」

 

 アンネローゼはシドへと要求した。

 

 結局のところ、人には個人差というものが存在する。それは体の動かし方もそうだし、剣術においても同じことだ。

 

 最終的には自らに合うように最適化していくしかないのだから……よって、アンネローゼはシド自身が独自に編み上げた剣技を見せて欲しいと要求した。

 

 彼による正真正銘の本気が見たいという事でもあるが……。

 

「貴女がそう、望むなら」

 

 そうして、シドはベガルタ流のものではない彼自身の剣技を披露するための構えを取り……。

 

「(ああ、なんて……)」

 

 瞬間、アンネローゼは人や物だけじゃなく概念などあらゆる全てを確実に斬滅するために限界無く研ぎ澄まされ、魔性の輝きを放つ剣閃の輝きを幻視しながら魅了される。

 

「降参よ」

 

 自分に幻視させている間に剣を頭上近くで寸止めしていたシドに対して敗北を認めた。

 

 

 

「勝者、シド・カゲノー!!」

 

 そうして、審判はシドの勝利を告げ、闘技場の観客は勝者を讃える歓声を上げる。

 

「楽しかったですよ、アンネローゼさん」

 

「ええ、こちらこそ。強くなるために必要な事を学ばせてもらったわ」

 

 シドもアンネローゼも剣を納めると握手を交わしながら会話する。

 

「ねぇ、シド……因みにだけど、ベガルタ帝国の古い決闘の礼儀だけど同姓と異性では意味合いが違う事は知ってる?」

 

 アンネローゼはシドに対して微笑みながら、問いかけた。

 

「え、そうなんですか?」

 

「ええ、そして、異性に対しての意味合いってのはこういう事よ」

 

 そして、シドが自分の問いに対して理解が無いのを確信し、彼が戸惑うのを見ると彼を抱き寄せ……。

 

「うむっ!?」

 

「ふふ、知らなかったとはいえ、礼儀を交わした以上はちゃんと責任取ってもらうからね。今すぐにとは言わないけど……」

 

 彼へと口づけするとアンネローゼは魅惑的に微笑みながら、シドに告げ、突如とした口づけに観客たちは黄色い声を上げる。

 

 べガルタ帝国による古来の決闘の礼儀を異性同士で行うのはつまり、『勝者』が『敗者』を自分のものにするというそれを誓い合うためのものなのだった……。

 

 廃れに廃れたものであったため、ラムダは礼のやり方は知っていたが、異性どうしによる意味合いは知らずにいた。

 

 よって、こうした事故染みた事が起こってしまったのだ。

 

 

「分かりました」

 

 とはいえ、生真面目なシドはアンネローゼに対し責任を取る事を誓ったのだった……。

 



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四十三話

 

 『ブシン祭』の本戦二回戦、最初に行われたアンネローゼとの試合に勝利したシドはアンネローゼと別れ、クレアたちが待つ特別席へと移動する。

 

 因みにベアトリクスもアイリスの計らいにより、特別席で観戦する事になった。

 

 そうして、特別席へと入れば……。

 

「お初にお目にかかります、クラウス国王陛下。そして、ラファエロ王……」

 

 特別席には決勝が行われるのもあって、試合を観戦に来ていたミドガルの国王で赤い短髪に国王としての威厳に満ちた顔つきの男、クラウス・ミドガルと来賓として来ているオリアナ王国のラファエロも居た。

 

 ラファエロの隣には彼を傀儡にしていたドエム・ケツハットも居るがシドによって、操り人形にされているので問題は無い。

 

 もっともブシン祭が終わった後は色々とラファエロ王と話合いやらドエムをどう操るかなどやることはたくさんあったりするが……。

 

「うむ……先程の試合、見せてもらった。若く才気に溢れた君のような逸材が我が国に居る事を嬉しく思う。娘たちからも話は聞いているが、仲良くしてもらっているようだな」

 

 クラウスは国王として振る舞いながらも最後の方は何か察しているようで父親としての態度で睨みつけてきた。

 

「いえいえ、世話になっているのは此方の方ですよ。陛下」

 

「ふふふ、シド殿には私の娘も世話になっているようで嬉しいよ。どうか、これからもよろしく頼む」

 

「光栄なお言葉です。よろしくされたいのは此方の方ですけどね」

 

 ラファエロ王に応じながら、一礼してクレアたちの方へと向かう。

 

 

「もう、あんたに女性との交流に何か言うのは疲れたわ。只、出来る限り程々にしなさいよね。後、勝利おめでとう。流石ね」

 

「相変わらず、貴方の実力は本当、底が見えないわ。」

 

「大変、素晴らしかったです。シド君」

 

「はい、とっても格好良かったです」

 

「シドは強いね」

 

 席に座るとクレアにアレクシア、ローズにシェリー、ベアトリクスらが声をかけてきた。

 

「皆、ありがとう」

 

 そうして、アイリスとツギーデ・マッケンジーの試合が行われ、一瞬であり、アイリスの一撃でツギーデ・マッケンジーは切り伏せられて負けた。

 

 そうして、決勝はシドとアイリスの試合になる事が決まり、昼に行われる事が決まり、万全な状態で戦えるよう長めに時間が取られた、そうしてシドもアイリスも準備に入り……。

 

 

 

 

 

 

『ブシン祭』本戦、決勝がいよいよ始まる。

 

 観客はこの国の王女であり、優勝経験もあってこの国最強と称しているアイリス・ミドガルとそして、先ほどまでの試合で凄まじい実力を見せつけてきたシド・カゲノーと二人の試合がどのようなものになるか期待しており、興奮していた。

 

 そうして、そんな盛り上がりに盛り上がっている空気の中……。

 

「シドさん。貴方と戦える今日、この日は私にとって幸運です……女神の試練で貴方の戦いを見た時からずっと戦いたいと思っていましたから。最初から全力全霊で挑ませてもらいます」

 

 試合の舞台へと上がりながら、アイリスはシドに向かって言い、剣を抜き構える。

 

「そう言ってもらえて光栄です、アイリス王女。そして、その挑戦受けて立ちましょう」

 

 

 シドも剣を抜き、構えながらアイリスに返答した。

 

 

 

 そうして……。

 

「アイリス・ミドガル対シド・カゲノー!! 試合開始!!」

 

 審判が決勝の開始を告げると……。

 

「はあああああっ!!」

 

 全力全霊で挑むと告げた通り、アイリスは激しく尋常ならざる魔力を練り上げ、凝縮したそれを纏いながら剣を振り上げ、シドへと疾走する。

 

 魔力の量に制御能力、どちらもアイリスは魔剣士として並外れており、魔剣士の世界でも最上位に入れるほどの逸材であった。

 

「しっ!!」

 

 自身に向かって疾走し、壮絶なる剣閃を振り下ろしてきたアイリスに対し、シドは剣に練り上げた魔力を込めながら、空間を穿つ程の威力を有した刺突を放つ。

 

「うっ!?」

 

 アイリスの剣に刺突を炸裂させた瞬間に凝縮した魔力を解放と同時に干渉する事でアイリスの剣だけを消滅させると一度、自分の剣を引きながら、そのままアイリスの首へと突き付けた。

 

「……完敗です。まさか、これ程までに遠いとは」

 

 そうして、敗北を理解したアイリスが降参を告げ、勝敗が決まった事で観客は歓声を上げた。

 

 すると……。

 

「シド、私とも戦ってくれる? 折角だから、戦いたい」

 

「え……はい?」

 

 剣を納めたシドに対し、舞台へと歩いてきたベアトリクスが挑戦をし、それにシドは混乱したのであった……。

 

 



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四十四話

 

 ミドガル王国王都で二年に一度、開催されている魔剣士による武闘大会である『ブシン祭』は今年も行われ、そうして本戦の決勝にしてこの国の王女であるアイリス・ミドガルとシド・カゲノーの試合はシドの勝利により、彼の優勝が決まった。

 

 この時点で本来ならば『ブシン祭』は終了であるのだが……。

 

 

「シドと戦いたい。駄目ですか、ミドガル王?」

 

 観戦席で試合を見ていたベアトリクスはこの国の王であるクラウスへとそう、問いかける。

 

「ほう、『剣聖』であるベアトリクス殿が興味を持つか……私としては構いませんよ、初代と新のブシン祭の王者たちによる試合は例年以上の盛り上がりを見せるでしょうし。只、勿論、彼がベアトリクス殿との勝負を承知すればですが」

 

「分かった、ありがとうございます」

 

 

 クラウスはそう言って、許可を出しベアトリクスは感謝を告げて姿を消した。

 

 他の観戦席で見ている高位貴族などは既に今までにない事態に期待や興奮したりしている。

 

 

「わぁーお、凄い事になったわね」

 

「まあ、シド自身が撒いた種みたいなもんだし、自業自得よ」

 

 

「強い相手と戦いたくなるのは魔剣士の常ですしね」

 

「えっと、シド君は大丈夫なんでしょうか……」

 

『それは大丈夫』

 

 クレアたちは苦笑やら溜め息やらを吐き、シェリーはシドを心配するとクレアたちが太鼓判を押した。

 

 そうして……。

 

「シド、私とも戦ってくれる? 折角だから、戦いたい」

 

ベアトリクスは試合を終えたシドに対し、自分と戦う事をお願いした。

 

 最初、シドは混乱し戸惑ったものの……。

 

「良いですけど、次からはこういう時は前もって、約束交わすとかしてくださいね。急だと本当に混乱するので」

 

「うん、分かった。勝負受けてくれてありがとう」

 

 苦笑しながら言うシドの言葉にベアトリクスは礼を言うと観戦席の方を見て頷いた。

 

「い、良いんですかシドさん?」

 

「ええ、構いませんよ。どのみち乱れた雰囲気をどうにかするには受けた方が手っ取り早いでしょうし」

 

「気遣っていただき、ありがとうございます」

 

 苦笑しながら言うシドに対し、アイリスは言うと状況を見ていた審判の元へと行き、状況を告げる。

 

「これより『ブシン祭』初代王者ベアトリクスと新王者、シド・カゲノーによる特別試合を行います!!」

 

 

『うおおおおおおっ!!』

 

 例年では無かった突然の出来事、伝説に名高いベアトリクスとついさっき、アイリスに打ち勝ったシドが試合を行うという事に観客たちは興奮の完成を上げた。

 

 ベアトリクスの乱入に先程まで混乱し、戸惑っていた雰囲気は消えている。

 

「折角だから、俺の本領を見せましょう」

 

 シドは剣帯に吊るしている鞘に納めた剣を外すと地面へと落とし、拳を構える。

 

「そっちが『剣聖』なら、俺は『拳聖』だ。『ブシン祭』は魔剣士の大会だから、今まではこっちを使いませんでしたが」

 

「構わない、本気のシドとの戦いは望むところだ」

 

 ベアトリクスはシドへと言い、『居合』の構えを取る。

 

 そうして対峙する二人……。

 

 

 

「ベアトリクス対シド・カゲノー、試合開始!!」

 

 審判が試合開始を告げるとベアトリクスもシドも魔力を練り上げ、纏い……。

 

「来い」

 

「ふっ!!」

 

 シドの誘いにベアトリクスは反応し、疾走するとシドの間合いに踏み込み、鞘より凄絶な剣閃を抜き放つ。

 

 その剣閃に対し、シドは……。

 

「アイ・アム・アトミック!!」

 

 転生前の世界にてとある存在を目指したがため、彼は強さを求めた。その中で核を右ストレートで弾き返すなどという狂気の沙汰に満ちた思考をした事があるが、かつては結局諦めたのである。

 

 しかし、魔力を得て生まれたこの世界にて再起した彼は追い求めた境地を再び、目指した、

 

 そうして、彼は全力で放てば核爆発級の威力を誇る拳閃をベアトリクスの剣閃を上回る程度に制限して放つ。

 

 

 

 

 

「うああああっ!!」

 

 拳の炸裂と生じた爆光と衝撃波によりベアトリクスは吹っ飛ばされ、地を転がっていく。

 

「俺の勝ちだ」

 

 シドはそうして、観客たちに向かって拳を突き上げた。

 

 

 

 

『わあああああっ!!』

 

 勝者であるシドを観客たちは讃える。また、この日を機に特にミドガルでは拳闘術が追求され、広まっていく事になるがそれは別の話であるのだった……。

 



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四十五話

 

 今年開催された『ブシン祭』は例年以上の盛り上がりを見せた。それはなにより、初代王者であり『剣聖』と評されたこの世界で最強の剣士であるベアトリクスにさえ勝利したシドの存在があるからだ。

 

 シドは剣技だけでなく、それさえ上回る拳技、更に魔力制御能力などあらゆる全てが武人として超越しており、正しく『武神』と評すべき実力を有していて、その片鱗を見せつけたが故である。

 

 そうして、シドは『ブシン祭』の優勝者となり讃えられながらこの国の城で行われる宴に招かれた。

 

 その宴には関係者としてシドの姉であるクレアにシェリー、折角の機会だからとベアトリクスにオリアナの国王であるラファエロと共にローズ、更には闘技場で優勝を祝いに来たアンネローゼも招待されたのである。

 

「優勝おめでとう、シド・カゲノー君。君には本当に驚かされたよ。まさか剣技だけでなく、拳闘さえ優れているとは……君のような逸材が居る事は我が国にとって誇りだよ」

 

「ありがとうございます、クラウス陛下」

 

 そうして宴の会場内でまず、国王であるクラウスがシドを呼び、讃えると騎士の礼を持ってシドは応じた。

 

 これにより、宴は始まると当然今回の主役であるシドへと高位貴族たちは話しかけていく。

 

「『女神の試練』でも君の実力は拝見したが、本当に圧倒的だ。そして、それに裏打ちされた努力の積み重ねも見て取れた……まさしく英雄だなシド・カゲノー君」

 

「俺と変わらないぐらいの年齢なのに君は凄いな……まだ天才だと簡単に言えれば良かったんだが」

 

 更には騎士たちもシドへと話しかけ、アイリスが最近創設した『紅の騎士団』の副団長であり、頼れる重鎮でもある獅子の鬣のような髭をした大柄の騎士であるグレンと美しい青髪に端整な顔立ちで将来有望な若手騎士にして、かつてニューの許嫁でもあったマルコ・グレンジャーも又、握手を求めつつ、近いうちに手合わせしようと約束を交わしたりした。

 

 そうして、ある程度落ち着いたところで……。

 

「優勝しただけあって、今日の貴方は随分と人気者ね。シド」

 

「まあ、お陰様でな……流石に疲れるよ」

 

 クレアたちの元へと行ったので声をかけられた。

 

「ふふ、今日はまだ序の口よシド……優勝おめでとう、これは十分な戦績よ。私達が関係を深めるのにはね」

 

「ええ、あれだけ、見事な勝利と実力を見せたのですからね。お疲れさまでした、シド君」

 

「上手く言えませんけど、シド君は本当に格好良くて凄かったです」

 

 クレアにアレクシア、ローズにシェリーはシドへと寄り添いながら彼の優勝を讃えつつ、微笑む。

 

「皆、ありがとう」

 

 シドも又、微笑みながら礼を言う。

 

「まさか、素手の方が強いなんて、流石に見抜けなかった。でも、楽しかったよ。シド」

 

「どの能力もずば抜け過ぎて正直、怖いわ……それもまた、貴方の魅力なんでしょうけどね」

 

 ベアトリクスにそして、アンネローゼもまたシドへと近づき、声をかける。

 

「どうも、ベアトリクスさん。それにアンネローゼさん。二人とも結構、馴染んでますね」

 

「一応、こういう場には呼ばれた事はあるから……苦手だけど」

 

「私もベガルタ帝国に居た頃は嫌でも色んな宴に呼ばれたりしたわ」

 

 

 シドからの言葉に二人とも苦笑を浮かべながら、答える。

 

「本当に貴方は女性たちを惹き付ける何かを持っているようですね、シドさん。私も人の事は言えませんが……」

 

 そんなこんなで会話をしているとアイリスも近づいてきて、苦笑を浮かべると共に話しかけてくる。

 

 

 

「……シド、折角だしピアノ弾きなさいよ。久しぶりに貴方の演奏が聴きたいわ」

 

「え、クレア姉様。シドってピアノ弾けるの?」

 

 急に宴の会場にあるピアノを見ながら、クレアがシドに対してピアノを弾くよう要求すし、その内容にアレクシアは驚いた。

 

 他の者たちも同様である。

 

「ええ、しかも滅茶苦茶上手いわよ。こっちに来てからは弾こうとして無いけど」

 

「魔剣士目指してるのに、ピアノ弾くってのもなんかな……けど、今日はまぁ、特別だ」

 

 クレアが話題を切り出した事ですっかり、興味津々になっているアレクシア達を見てシドはピアノを弾く事にした。そうして、ピアノの元へと行けば当然、クラウス王にラファエロ王、他の高位貴族や騎士たちからも注目の視線を浴びる。

 

「少し、ピアノを弾かせていただきます」

 

 そう言うと彼は転生前の世界で習っていたピアノであり、自分が特に好きであった月の光をイメージさせる第一楽章から第三楽章まであるその曲を全て演奏した。

 

 因みに彼のピアノの腕に感動し、イプシロンは実際のところ、彼の弟子となり、今ではシロンと言う名でこの世界で超有名な演奏家であり、作曲家にもなっている。

 

 もっともイプシロンのピアノの才能は演奏を一度聞いただけで耳コピしてしまうという破格の才能の持ち主であったりするのだが……。

 

 ともかく、そのイプシロンよりはるかに高い演奏の腕を持って会場内の者を自分の演奏の虜とし、演奏が終了すると盛大な拍手で讃えられたのであった……。

 



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四十六話

 

 

 今年も例年通り、ミドガル王国王都にて開催された『ブシン祭』は終わり、優勝者であるシドを中心とした城での宴も終わったその翌日……。

 

「それではな、ローズ。久しぶりにお前に会うことが出来て本当に良かった。そして、親としていつでもお前を愛しているぞ」

 

「はい、私もお父様を愛しています。そして、気をつけて」

 

 ミドガル王国の同盟国である『芸術の国』ことオリアナ王国へと帰国の準備をしている国王であるラファエロは娘であるローズと抱き合いながら、別れの挨拶を交わす。

 

「シド・カゲノー君、私たちの件に関しての礼は必ずさせてもらうと約束しよう。どうか、改めてよろしく頼む」

 

「勿論です。そして、俺も俺の全力を持ってオリアナ王国と貴方たちを『ディアボロス教団』から救う事を約束しましょう」

 

 そう、今後の件に関しての話をローズと共にいたシドがラファエロと交わす。

 

 それと同時に一つの問題があった。

 

 オリアナ王国を完全に支配するために動いていた『ディアボロス教団』の手先であるドエム・ケツハットを自分の操り人形とするための作業をしている時に判明した事であるが、実はラファエロ王の妻であり、ローズの母であるレイナ王妃がドエム・ケツハットと不倫関係にあり、しかもラファエロ王を操り人形とするための薬を食事に盛るなどドエム・ケツハットに積極的に協力する程に関係が深い。

 

「……うわぁ、マジか……」

 

 転生前の世界にて王宮物でありがちな問題でありつつ、それが現実として起こった事で生々しいというか、なんというか……面倒過ぎる事態に思わず、シドは呻いて頭を抱えた。

 

 勿論、この後、ラファエロ王には報告したが……。

 

「そうか、レイナが……」

 

 ラファエロ王も又、相当に複雑な表情を浮かべながら頭を抱えるもともかく、この件に関しては国でのことが全て片付いてからラファエロ自身がケリつけるとシドに言ったので、シドはラファエロに任せる事にしたのだった。

 

 そうして、ローズと共にラファエロを見送ったシドは次に別の場所へと行き……。

 

「それじゃあ、私はまた強くなるために旅を続けるわ。貴方との戦いでまた、色々と学べたから」

 

 

 修行の旅を再開しようとするアンネローゼは見送りに来たシドへと告げる。

 

「なら、俺としてはなによりだ。アンネローゼ、お前はまだまだ強くなれる、それは俺が保証するよ」

 

 シドは宴の時にアンネローゼから敬語は止めて欲しいと言われているのでそうしていた。

 

「だったら、安心だわ。ふふ、()()()()()()()()()

 

 アンネローゼはシドを抱き締めると口づけをした。

 

「どういたしまして」

 

「それじゃあ、またね」

 

「ああ、気を付けてな」

 

 そうして、シドはアンネローゼの求めに応じて深く抱擁し、口づけすると旅立つアンネローゼを見送ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 ミドガル王国王都だけでなく、世界中において商会としてはかなりの財力と権威を有している『ミツゴシ商会』は実際のところ、『シャドウガーデン』のフロント企業。

 

 そんなミツゴシ商会のミドガル王国支店に現在、ベアトリクスは世話になっている。

 

 彼女が『ブシン祭』を開催しているミドガル王国王都へとやってきたのは、現在は亡くなっている彼女の妹の娘、つまりは姪だと思われるエルフが此処に居るのだと噂で聞いたからだ。

 

 そして、偶然に出会って話をしたシドの好意により、ベアトリクスが求めるエルフだろう者がいるが現在は仕事で居ないので帰還するまで、『ミツゴシ商会』で宿を取らせてもらっていた。

 

「シドにはいっぱい世話になってる……お礼しなくちゃ」

 

 ベアトリクスは『ミツゴシ商会』の会長であるルーナより与えられた部屋で呟く。

 

 彼女はミツゴシ商会での事もそうだが、ブシン祭中に突然、乱入し挑戦したのにそれを受け入れてくれたりなどシドの善意に感謝しており、だからこそシドが望む事は何でもしようと決めている。

 

 そうして……。

 

「ベアトリクスさん、貴女が求めている当人かは知りませんが、今、帰ってきましたよ。会いますか?」

 

 部屋の外から扉を叩く音と自分を呼びかけるシドの言葉が聞こえる。

 

「うん、お願い」

 

 ベアトリクスはシドの言葉に答えながら、扉を開けた。

 

「それじゃあ、こっちへ」

 

 シドはベアトリクスを先導し、部屋へと向かう。その中で自分も話し合いには同席する事を告げ、ベアトリクスの了承を取る。

 

 そのまま、とある部屋へと向かいシドが先に部屋の扉を開けると……。

 

「……久しぶりですね、ベアトリクス叔母様」

 

 先にシドからベアトリクスの件に関して報告され、どう決断するにしても向き合えと言われたアルファはだからこそ、ベアトリクスに身内として対応した。

 

 もっともその表情は険しい物だが……。

 

「……うん、久しぶり■■。生きててくれて、良かった。妹に似て、綺麗になったね」

 

 ベアトリクスも当時、アルファに出会った時の記憶を振り返りながら、嬉しそうに言う。

 

「ありがとうございます……それで、どうして私に会いに来たんですか? それも今更……」

 

「……そ、それは貴女が此処に居るって聞いたから、久しぶりに会いに……」

 

「そうですか……それじゃあ、貴女が此処に来るまでの話をしましょうベアトリクス叔母様……私ね、<悪魔憑き>だったんですよ」

 

「っ!?」

 

 ベアトリクスはアルファが告げた衝撃的な事に驚愕する。

 

「叔母さまは約束しましたよね、困った時は呼んだら、すぐに助けに来てくれるって……だから、何度も呼びましたよ。悪魔憑きだから肉も骨も腐る激痛に悶えながら、意識も消えて……自分が自分じゃ無くなっていく中で何度も助けを求めたんですよ。でも、貴女は来なかったし助けてくれなかった」

 

「……う、あ……」

 

 続くアルファの言葉は特段、ベアトリクスを責めるものじゃなく、更には何でもない事かのように語られる。だからこそ、それがベアトリクスにとっては何より辛かった。

 

「でも、そんな私を彼が……シドが助けてくれた」

 

「え……」

 

 アルファが言いながら、二人の話を聞いているシドの方を向くのに対しベアトリクスも同じく、シドの方を見た。

 

 シドは只、頷くだけである。

 

「ベアトリクス叔母様……もう私には私の生活があって、やるべき事もあって、私にとっては家族と呼べる皆も居るんです。だから、私の事はご心配無く……只、もう二度と私の前に現れないでください。貴女はもう、私の「おっと、それは駄目だ」んっ!?」

 

 アルファは静かにベアトリクスに最後通告ともなる拒絶の言葉を言おうとしたのをシドが後ろから口を塞いで止めた。

 

「どう判断し、どう行動するかはお前の自由だが……それでも自分の過去を否定はするな。言っただろう、向き合えと……」

 

「……シド……」

 

 塞いだ手を離すとアルファに対し、呼びかけながら頭を撫でる。

 

「さて、第三者として言わせてもらおう。アルファ、お前は素直になれ……そして、ベアトリクスさん……妹が居たなら、貴女がやるべき事は分かっているでしょう。それを遠慮なくすれば良い」

 

「……」

 

 アルファにそして、ベアトリクスへとシドは意見を言う。ベアトリクスはそれに頷いた。

 

「これ以上は俺が居るのは無粋だろう……後は折角会った身内同士、焦らずゆっくりと話をすれば良い……」

 

 そうして、シドは立ち上がり部屋から出ると……。

 

「……」

 

「っ、ぅ……」

 

 ベアトリクスは何も言いはしないが謝罪も含めて自分の感情を、アルファを未だ想っている事を抱擁にて伝え、それを最初こそ躊躇いはしたが、結果的にはアルファは受け入れ、抱擁を返したのであった……。

 



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四十七話

 

 この世界を百年は優に超える程の長き年数、裏側より支配している『ディアボロス教団』に対抗するために創設された『シャドウガーデン』。

 

 その本拠は深く濃い霧が結界となって全てを覆い隠している『古都アレクサンドリア』にある。

 

 その訓練場では……。

 

「やあああっ!!」

 

「甘いっ!!」

 

 ディアボロス教団は殆ど、『芸術の国』オリアナ王国を支配していると言っていい状態であり、しかもラファエロ王は教団に抗った事で薬により傀儡状態とまでなっていたがシドの手により、回復しそして現在はラファエロ王、そして彼の娘であり、王女のローズは『シャドウガーデン』と密かな協力関係を築いていた。

 

 そして、ローズは現在、『シャドウガーデン』との関係を深めるために『ブシン祭』も終わって、夏休み終了までの後一週間ほどは更に積極的に構成員の664番と665番とチームを組んで任務を行っていたり、現在のように『シャドウガーデン』の教官を務めるラムダと鍛錬を行っていたりした。

 

 今は、見事な魔力制御と共にローズが放った凄まじい剣撃をラムダがそれを上回る剣撃にて弾き返したところである。

 

「ローズ王女、ゼロ様から基本的な物は教えられたとは聞いている。だが、貴女はまだ、それを自分のものに出来ていない。もっと、自分自身で己の体に完全に合うようにしなければ」

 

「っ、はい、ラムダさん」

 

 ラムダからの指摘にローズは頷き、剣を構える。

 

「私達もローズに負けてられないよ、665番」

 

「うん、そうだね」

 

 それと同時に身を起こして、ローズと同じように剣を構える664番と665番。

 

「さぁ、いつでも来い」

 

『やああああっ!!』

 

 ラムダの誘いに応じ、ローズに664番と665番の3人は力を合わせて立ち向かっていった。

 

 そんな様子を鍛錬の邪魔をしないように気配と姿を隠してみる者が一人。

 

「上手くやっているようだな」

 

 その者とはシドであり、彼はローズの様子を見て安堵の籠った呟きを発する。

 

 自分とは指導の勝手が違うし、何より部隊を組んでの鍛錬でもあるのでやりづらいだろうなと思っていたが664番と665番、ラムダとの関係も見た所、大丈夫そうであった。

 

 それにローズ本人からもラムダは『厳しくても私の事を良く見てくれて、抜群の指導をしてくれるので教官として尊敬できる人』と聞いているし、664番と665番についても『どちらも自分の仲間であり、友人』だと聞いている。

 

 ラムダからもローズの事は『指導を真剣に聞いてくれて、しっかりと指摘したところは直し一生懸命なので教え甲斐はある』と言っており、部隊を組んでいる664番と665番のどちらも『王女として尊敬できるし、今後も仲間として十分にやっていける人』だと好感であった。

 

 

「鍛錬お疲れ、精が出るな」

 

「シド君っ!?」

 

『ゼロ様っ!?』

 

 鍛錬が一段落したところでシドは気配と姿を隠すのを止め、ローズたちへと声をかけ、労うのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界から次元的に隔絶された場所――それはかつて『聖域』と呼ばれた場所であったが……。

 

「大分、色々と弄ってこういう事が出来るようになったぞ」

 

 シドが言いながら、手を動かせば風景はがらりと変わり、都市の物へと変わった。

 

「凄い、感触から匂いから雰囲気から……本物過ぎる程に本物ね」

 

 現れた都市のそれを触ったりしながら感想を言うのはアルファだ。

 

「ああ。、いわゆる仮想現実を作り出せるようになった。この場所だけでなく、準備さえすればどこでもな」

 

「さ、流石はシャドウ様。その御業はまだまだ私達の届かない領域にあるのですね……」

 

「他にはどのような事が出来るのでしょうか?」

 

「一応、体感的な物として時間も空間も弄れるぞ。例えば、お前たちが望む場所と望む状況での逢瀬も可能だ」

 

「それは、それはとっても良い事なのですー!!」

 

「シド様とあんな事やこんな事……えへへ」

 

「そんなご配慮まで考えて頂けているとは……」

 

「相変わらず、凄い」

 

「ええ、本当に」

 

 ベータはシドを絶賛し、ガンマが質問してシドがそれに答えた事でデルタにイプシロン、ゼータにイータ、シータだけでなく、勿論、アルファにベータ、ガンマとこの場へと呼ばれた幹部は個人的な時間や逢瀬でのシチュエーションを作ってもらえる事を喜ぶ。

 

 

 

 

「牢獄みたいな場所が早変わりしちゃったわねぇ」

 

「そうですね……勿論、良い事ではありますが」

 

 以前、残留思念状態だったとはいえ、牢獄の如く縛られていたアウロラとオリヴィエは苦笑しながら、言い合う。

 

「…………シドは本当に何者?」

 

 そして、何より呆然とこの状況を眺めていた人物――アルファと和解する事が出来た上にシドの計らいによってしばらく、『シャドウガーデン』の協力者という立場に付き、共に行動する事にしたベアトリクスはシドの底の見えない実力に疑問の呟きを放つのだった……。

 



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四十八話

 

Θ

 

 

 とある館の大広間、夜会の格好に身を包んだ男女が見事な演奏が何処からか鳴り響いている場所にて二人だけの舞踏に興じていた。

 

「楽しんでいるようだな」

 

「はい、私……ずっと憧れていたんです。好きな人と踊るのを……だから、幸せです。シド様」

 

「それは良かった」

 

 舞踏に興じていたのはシドとかつてはオルバ子爵の娘であるミリアであり、今はシータである。

 

 『聖域』と呼ばれていた空間を弄り、環境や時間間隔など自分の思い通りの世界を作れるようにしたシドは早速、その効果をまずは『シャドウガーデン』の幹部たちに体験させる事とし、一人一人の理想に応じた世界での交流を始めたのである。

 

 シータの望みが夜会での舞踏だったのだ。

 

 魔力暴走により、この世界で言う『悪魔憑き』の症状が出て長い間、苦しんでいた彼女は子爵の令嬢として舞踏会に参加した事が無い。

 

 故にそれに対する憧れは強くなり、望むようになった。

 

 だからこそ、その望みが叶った彼女は途轍もなく楽し気に微笑みながら、舞い踊り。シドはそれに合わせていく……。

 

 最初こそは礼儀に倣ったものだったが、二人以外に誰も居ない事もあって、気持ちに沿った自由にシータは踊り、シドもそれに付き合った。

 

 そうして、演奏が終わると二人は少し離れてどちらも礼をする。

 

「シド様、本当にありがとうございました」

 

「こちらこそ、日々の働きに感謝している。愛しているぞ、シータ」

 

「私も愛しています、シド様」

 

 そうして、近づき合い、抱き締め合うと口づけを交わしつつ、愛を交わし合ったのだった……。

 

 

 

 

 η

 

 

 

 何処かの研究施設――様々な研究設備があるその部屋で色んな科学の研究が行われていた。

 

「これがこうでな……」

 

「成程……」

 

 シドは自分の元の世界の科学のそれを仮想現実のそれと映し出しながら、イータに説明しイータは興味深そうに聞いていく。

 

 仮想現実として実際に再現すれば口頭で語るより、伝わりやすいし説明もしやすい。

 

 イータの望みは変わらず、シドから科学の事を聞く事であった。どこまでも研究熱心なのだ。

 

「本当にこんなんで良いのか……もっと、色んな事をしてやれるぞ」

 

 

 ひとしきり、イータが望むだけの科学の事を伝えたシドは膝枕を要求してきた彼女を受け入れ、髪を撫でながら語り掛ける。

 

 

「うぅん、私はこれで良い……」

 

 イータはシドの頬に触れて引き寄せ……

 

「そうか」

 

 シドは引き寄せられるままにイータへと口づけする。

 

 

「大好きだよ、マスター」

 

「俺もだ、イータ」

 

 そう愛を語り合うシドもイータに近づきながら、横になりそうして……。

 

 

 

 

 

 ζ

 

 

 

 何処かの室内にて猫の獣人は一人の男にこれ以上無いくらい、身を摺り寄せながら耳や首元を甘噛みしたり、舐めたり、尻尾を絡ませたりしてとにもかくにも甘えまくっていた。

 

「どうした、今までより甘えてくるじゃないか」

 

 ゼータの耳や顔、首元や尻尾……彼女の甘えに応じてシドも愛撫やマッサージ、毛づくろいなどをして満足するように甘やかせばゼータは微笑みながら、目を蕩けさせ、喉を鳴らし続ける。

 

 ゼータの望みは場所は何処でも良いが、とにかくシドに思いっきり、甘える事であったのだ。

 

 

 

「これでも、いつもは我慢してるんだよ。主は忙しいから……」

 

「そうか、それはすまないな。だが、これからはちゃんと今回のように甘やかしてやるからな」

 

「ん、だから主大好き。愛してる」

 

「俺の方こそ」

 

 甘えながら、甘やかしながら二人は口づけしそのまま、愛を交わし合ったのだった……。

 



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四十九話

 

 ε

 

 

 広々とした演奏会場に向かい合うように置かれているのは二台のピアノ。演奏者は一人の男と一人の女であり……そうして、二人は重奏を開始する。

 

 観客はおらず、二人の世界だけで同じ音楽を共有する男女。二人による重奏は聴く者が居れば間違いなく、虜となる程の見事な演奏であった。

 

「……良いぞ、更に腕を上げたなイプシロン」

 

「お褒めに預かり光栄です。主様……しかし、主様に比べればイプシロンはまだまだですわ」

 

 演奏をしていたのはシドとそして、表の世界では天才作曲家かつ同じく天才ピアニストのシロンとして活動しているイプシロンである。

 

 因みに彼女の音楽の才能は一度曲を聞くだけで音階を完璧に把握し、楽譜に書き起こせるうえ演奏も出来てしまうというとんでもない領域であったりする。

 

 そして先程、二人が弾いたのはシドがこの世界に転生する前に居た世界で『幻想』の名を冠した曲だ。

 

「二人で演奏し合うというのも良いもんだな。それじゃあ、続けて行こうか」

 

「はい、喜んで」

 

 シドとイプシロンは二人だけの演奏による交流を続け……。

 

「俺のために魅力的な女性でいようとしてくれるのは本当にありがたいし、嬉しいよ。もっとも俺は本来のお前も可愛らしくて良いと思っているが」

 

「ふぁぁ……嬉しいお言葉、ありがとうございますぅ……イプシロンは幸せですぅ」

 

 例えばイプシロンの私室などシドと彼女のプライベートな時間のみにおいてイプシロンはスライムによってスタイルなどを盛るそれは行わず、スレンダーで小柄という本来の姿になる。

 

 そんな彼女を自らの腕の中に抱き入れ、可愛がりながら愛を捧ぐのがシドがイプシロンにする愛情の伝え方でもあった。

 

「ふぁ……ちゅ、んく……愛しています、主様」

 

「俺もだ、イプシロン」

 

 そうして、幸福に蕩けながらシドへと口づけし、愛を言葉でも伝えるイプシロンはシドと深い交流をしていくのであった……。

 

 

 

 

δ

 

 

 

 

 木々に川など大自然に囲まれた秘境のような場所で疾走をする二人、一人は獣人の女性であり、もう一人は人間の男である。

 

「あははは、凄いのです楽しいのですっ。本当に空気も匂いも本物としか思えないのですーっ!!」

 

 興奮と共に喜び、笑いながら疾走しているのはデルタだ。

 

「お気に召したようで良かった」

 

 彼女のテンションも相まって爆走しているそれに苦も無く並走しているのはシドであった。

 

「はい、やっぱりボスは最高なのですっ!!」

 

「そう言って貰えて嬉しいよ」

 

 そうして、しばらく大自然の中を縦横無尽に走り回った二人……。

 

「えへへ……んんぅ、ボスぅ……大好きなのです。本当に本当に大好きなのですぅー」

 

「ああ、ありがとうなデルタ、俺もお前の事が大好きだよ。愛してる」

 

 満足した事で走るのを止めたデルタに対し、彼女の乱れた髪を手櫛で整えながら、頭や耳に顔、そうしてまた髪に尻尾など、愛撫をシドは始め……デルタはされるがままとなりながらもシドに対し、自らの体や尻尾を擦り付けたり、舐めたり、甘噛みしたりとスキンシップを積極的に行う。

 

 

「はぅ、んちゅ、ふ……気持ち良いのです」

 

「それは良かった……続けるぞ?」

 

「どうぞなのです」

 

 そうして、デルタへとシドは深い口づけし、彼女からの返事により深く深く繋がっていくのであった……。

 

 

 

 γ

 

 

 

 とある式場で向かい合う男女の二人――男の方は今から行おうとしている祭事に向けた正装のスーツを着こなしながら、堂々としているが……。

 

「~~~~」

 

 もう一人の正装であるドレスを着、ウェディングベールを被った女性は滅茶苦茶恥ずかしがっていた。

 

 

「どうした、結婚式をしてみたいと言ったのはお前だぞ、ガンマ?」

 

 シドは軽く、呆れながら新事業の研究という建前を設けて結婚式を要望したガンマに言う。

 

 シドが言うようにガンマは滅茶苦茶、照れまくっており……全身真っ赤と言っても良い程であった。

 

「それはそうですけど……実際にやってみると振りとはいえ……ぅぅっ」

 

 二人だけでの体験で他の者たちに内緒にするというルールなので思い切り、建前も設けて仮想の結婚式を要望したガンマであるが、幸せが溢れすぎてしまっているのだ。

 

「まったく、ほら……やるぞ」

 

「ぁ……」

 

 シドはガンマの腕を取り、寄り添いつつ共に歩くように促していった。

 

 

 

「す、すみません主様……」

 

「謝る必要は無い。むしろ、こんなので喜んでくれているなら俺だって嬉しいよ。愛してるぞ、ガンマ」

 

「~~~~はい、主様。私も愛しています」

 

 そうして、微笑み合ったシドとガンマは愛の誓いを共に交わしながら深く深く繋がっていくのであった……。

 



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五十話

 

 

 EX

 

 

 神秘的であり、幻想的な雰囲気すら森林に一人の男と二人の女性が居た。

 

「あぁ、そう此処です。この雰囲気です……幼い頃しか住んでいなかったので朧気でありますが此処が私の故郷……ありがとうございます、マスター」

 

 二人の女性のうちの一人、オリヴィエが森林にて深呼吸し、良く観察する事で景色を、匂いや空気までも楽しんでいく。

 

 その様子はまるで年頃の少女のようでさえある。

 

 シドがオリヴィエの記憶から彼女がディアボロス教団の魔の手にかかり、死後も聖域に囚われる事になる前、純粋に人生を楽しんでいたころに住んでいた森林を再現して見せたのだ。

 

「満足してくれたなら、なによりだ。アウロラ、お前も何か要望があれば叶えてやるぞ」

 

「それじゃあ、その言葉に甘えさせてもらおうかしら。でも、本当に何から何まで変わったわね、この『聖域』も前は辛気臭いわ、息苦しいわで最悪だったのに……今では快適そのものだわ」

 

 

 シドが二人の女性のうちの一人、アウロラへそう言うと彼女は微笑み、改めて自分を年数が分からなくなるくらい捕らえていた『聖域』という名の牢獄が様変わりした事を実感した。

 

「活動拠点にするなら、それぐらいはしないとな」

 

 アウロラへとそう答えたシド、オリヴィエは自分の故郷の森林を楽しみ、アウロラは『今』、つまりは現代の国や町がどうなっているかの方が興味あるとの事でシドは彼女が暮らしているミドガル王国王都とは別の国を再現し、楽しませた。

 

「シド、大好きよ」

 

「愛しています、マスター」

 

 自分たちを楽しませてくれるシドに対し、オリヴィエもアウロラも愛を捧ぐ事でお礼をしたのであった……。

 

 

 

 

β

 

 

 ミドガル王国王都にある魔剣士学園に一人の女子生徒が居た。彼女は容姿端麗であり、文武両道の優秀さをも有している。天は彼女に二物を与えたと言われるような状態であった。

 

 そんな彼女には一人、気になる男子生徒が居て……。

 

「ナツメ、もう待たねぇ……今すぐ俺の女になれ」

 

 その男子生徒は歩いていたナツメの手を取り、学園にて人気のない場所まで強制的に連れて行くと壁へと押しやりながら、手を壁へと伸ばす事によって、『壁ドン』状態にすると顔をナツメの方へと寄せ、宣言する。

 

「ぅ、あ……だ、駄目……し、シド君」

 

 ナツメはそんなシドの行為に顔を赤く染めながら、弱弱しく身震いさせるだけ。

 

「じゃあなんで俺の手を振りほどかねぇ、今も抵抗しねぇ……本当は俺の女になりたいんだろう、自分に正直になれよ」

 

「で、でも……」

 

「しょうがねぇな」

 

 そうして、シドは一瞬の後に右手を壁から離すと、ナツメの顎を掴んで獰猛とも言える口づけをした。

 

「んちゅ、くちゅ、ふちゅ、むちゅ……ふ、ふぁぁ……」

 

 ナツメは深い口づけをシドにされていく中でどんどんと蕩けていき、最終的に至福を味わっているかのような表情になってしまう。

 

「って、おーいベータ、これ、まだ一回目だぞ」

 

「んへへぇ、幸せですぅ」

 

 ベータの『恋愛物を書くために色んな恋愛を経験したい』という要望を聞いてその仮想状況を作り上げて、体験させようとしたシドであるが開始して早々、もう満足気なベータに戸惑う。

 

 

「シド様、いつまでも私は愛しています」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 

 その後、色んなシチュエーションの恋愛をする中でシドとベータを深く愛を交わしたのであった……。

 

 

α

 

 

 大きな寝台の上にシドは寝そべっており、そんな彼の上では……。

 

「どうかしら、シド……私のマッサージは?」

 

「痛かったら、直ぐに言って……やり直すから」

 

 『何かしてもらうより、何かする方が良い』、『尽くす方が好き』というアルファの意見によってシドは彼女がシドのために身に着けたマッサージを受け、見様見真似ながらも『シドには返しきれない借りがあるから』とベアトリクスも又、シドにマッサージをして癒しを与えていた。

 

「ふ、く……お、おお……全然問題無いし凄く気持ち良いよ、極楽だ」

 

 シドは二人のマッサージによる気持ち良さに浸りながら、言う。

 

 

「それなら、良かったわ」

 

「うん、良かった」

 

 そうしてアルファとベアトリクスはシドへのマッサージを続けていき、彼が気持ち良さによって身も心もリラックスしていくと……。

 

 

「それじゃ、そろそろ本格的に奉仕させてもらうわね」

 

「私はこういうの、初めてだけど……頑張る」

 

 アルファとベアトリクスは衣服を脱ぎ、その美しい身体を曝け出す。

 

「ん、ちょ、ちょっと待って……ベアトリクスはそれで良いのか?」

 

 流石にベアトリクスには確認を取るシド。

 

「うん、シドなら良い……シドには沢山の恩があるし、それに……私もシドの事が好きみたいだから」

 

 ベアトリクスは顔を赤に染めながらも最後には微笑んでシドに告げた。

 

「分かった、それじゃあよろしく頼む」

 

「うん、私の方こそ」

 

「ちょっと、見せつけないでよ。ん……」

 

 アルファは嫉妬したかのように言いながら、今は仰向けになっているシドの上に乗っかり口づけした。

 

 

「ご、ごめん……ふむ」

 

 アルファがシドの上から離れるとベアトリクスがアルファに倣うようにシドの上に乗って口づけした。

 

「愛しているわ、シド」

 

「愛してる、シド」

 

「それは俺もだよ。アルファ、ベアトリクス」

 

 そうしてシドはアルファとベアトリクスの奉仕を受けながら、深く愛を交わしていったのであった……。

 



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五十一話

 

 シドの手により、時間も空間も景色もと全てが彼の思いのままの世界であり、彼専用の仮想世界と化した『聖域』。

 

 それがあるのは『聖地リンドブルム』であり、リンドブルムは観光地ともなっている。

 

 そんなリンドブルムの街を……。

 

「此処は相変わらず、賑やかですね」

 

「まあ、観光地だし温泉の名所だからな。まあ、つい最近まで騒動はあったが」

 

『シャドウガーデン』の本拠であるアレクサンドリアの元で訓練や自分が属している部隊の仲間と共に任務に明け暮れているローズの息抜きがてら、シドは彼女とデートをしていた。

 

 此処は少し前まで『ディアボロス教団』の幹部であったネルソンが支配していたのだが、シド達『シャドウガーデン』の手によりネルソンは実験材料と化し、リンドブルム自体はシドが抱えていた元『聖教』所属であり、『聖教』の裏側で動いていた『ディアボロス教団』に近づきすぎたために抹殺されようとしていた者たちと元は宗教国家オルムの聖女であったウィクトーリアが表でも裏でも『聖地リンドブルム』の管轄者となっている。

 

 流石に焦っているのか、『ディアボロス教団』が諜報員や『ディアボロスチルドレン』などの刺客を放ってきているが全員、返り討ちや捕らえて尋問に拷問、場合によっては逆にこっち側に取り込むなどした結果、今はリンドブルムに関して『ディアボロス教団』からの動きは無くなった。

 

「シド君、何度も言いますが本当にありがとうございます。誘拐された時、お父様が教団に操られようとした時に助けてくれて……それに私だけでなく、お父様まで助けてくれただけでなく、私の国や民まで助けようとしてくれて……」

 

 ローズはシドの腕に自分の腕を、彼の手に自分の手を絡めながら彼の眼を見つめて礼を言った。

 

「まだ礼を言われるには早いですが、受け取らせてもらいます」

 

「本当に……私はシド君に返しきれない恩や礼がありますね」

 

「いえ、既に貰っていますよ。それに今からも」

 

「ぁ……し、シド君……ふむ、ん、くちゅ……」

 

 シドはローズの顎を掴むと自分の顔を彼女の顔へと近づけ、そうしてどちらからともなく目を瞑って口づけし、舌までも絡め合った。

 

その後も色々とリンドブルムの街を回ってデートを楽しんだ二人は『シャドウガーデン』の本拠にあるシドの自室へと戻り……。

 

「シド君、心から貴方を愛しています。どうか私の愛を受け取ってください」

 

「はい、喜んで受け取らせてもらいます」

 

 シドとローズはベットの上で愛を語り合い、交わし合い、貪り合っていく。

 

 因みに身分が身分なので大事が無いようにちゃんとシドは『ミツゴシ商会』が開発し、その効果が故に学生から大人まで男性にとっては重宝する価値がある避妊具こと『コンドーム』を使っているのだった……。

 



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五十二話

 

 

 ミドガル王国王都の城――国にとって重要な祭りである『ブシン祭』も終わり、この城においていつも通りの日常を送り始めていく中……。

 

「今日はお呼びいただきありがとうございます。アイリス義姉さん。アレクシア」

 

「お呼びいただき光栄です」

 

 もうじき魔剣士学園の夏休みが終わろうとするまで数日だが、アレクシアを通じてアイリスより『鍛錬しませんか?』と誘いがあり、シドとクレアは城を訪れたのだ。

 

 将来的にはアイリスの私兵の騎士団である『紅の騎士団』にシドもクレアも配属される事になっているのでそれに向け、兵士や文官など城の者に対する顔見せにもなる。

 

 最もシドは『ブシン祭』の優勝者であるので暖かく、迎えられる者でもあるが……そして、一日泊まる事にもなっていた。

 

「いえいえ、こちらこそ夏休みを過ごしているのにお呼びに応じていただきありがとうございます。シドさん、クレアさん」

 

「もう、シドも姉様も相変わらず固いんだから……」

 

 丁寧な挨拶をするシドとアイリスにアレクシアは苦笑し、呆れたように息を吐いた。

 

「ところでシド、その手に抱えているのは?」

 

「流石に何も持たずにってのは柄じゃないから、お土産のようなものだ。どうぞ、アイリス義姉さん、アレクシア」

 

 シドはその手に抱えていた二つの大きな包みを渡す。

 

「ど、どうも……ってこれはっ!!」

 

「あら、良い手触りと柔らかさね。うん、良い抱き心地」

 

 包みを開ければアイリスには見るだけでもふもふで柔らかそうな見た目の白熊のぬいぐるみ的な物、アレクシアにも同じようにもふもふでやわらかそうな見た目の猫のぬいぐるみ的なものであった。

 

「『ミツゴシ商会』の新商品の抱きぐるみというやつだ……アイリス義姉さんは特に気に入られたようで良かったよ」

 

「ふわぁ、柔らかくてもふもふ……って、はっ、こ、これは違うんです」

 

 シドが言うようにアイリスは白熊の抱きぐるみを即座に気に入ったようで強く抱き締めながら、腹部に顔を埋めて嗅いだりなど抱きぐるみを早速堪能していた。

 

 それは正に新しいぬいぐるみを買ってもらった少女のようであり、今この場がどんな場か気づいたアイリスは取り繕うとした。

 

 

「もう遅いですよ、姉様」

 

 アレクシアは溜息を吐く。

 

「まぁまぁ、気を抜ける物があるのは良い事ですよ」

 

「ぁ、あうぅ……し、シドさんまた……ふ、んん、き、気持ち良い……」

 

 アイリスに対し、シドは近づくと何度もやっているように彼女の頭から顔からマッサージするかの如く、撫で擽り、軽く揉むなど刺激していく。

 

 その手つきによる心地良さにアイリスは受け入れ、虜となった。

 

「(ぅぅ、やっぱり良い心地です)」

 

 今までに何度かマッサージするようにしてシドに甘やかされているアイリスだが、彼女は幼い時より剣の天才であり、王族として正しく生きる事を意識していたが故か自分から『甘える』といった事をした事が無い。

 

 アレクシアは自分から逆に甘える事が多々あったが……しかし、彼女が気づかないうちに『甘えたい』という意識がどこかにあったのだ。それは今まで寝るときに熊のぬいぐるみを抱く事やうさちゃんの下着を身に着ける事によって発散していた。

 

 しかし、その甘えたいという意識を満たした事でアイリスはシドに惹かれ始めたのだ。

 

 夜寝ていてもシドに甘やかされたり、抱き締められたりといった夢を見たり、アレクシアの想い人だというのに自然とシドと添い遂げる事を意識してしまったり……。

 

 

 

『姉様……そうですか、姉様もシドの事……』

 

 しかも気分が盛り上がっていた時に彼の名を呼びながら、とあることをやっていた際、アレクシアに見られてしまった。すると何故だかアレクシアは微笑み、今回、鍛錬とは別にとある事をシドの姉であるクレアとも密かに相談してやることになっているのだ。

 

「(シドさん、貴方も悪いんですから責任取ってくださいね)」

 

 アイリスはそう、心の中でシドに言いながらもシドの甘やかしに身を委ねる。

 

「私もお願いね、シド」

 

「お姉ちゃんにもしなさいよ」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 アレクシアとクレアもアイリスと同じような事をするように頼み、シドは応じた。

 

 そうして、ともかくは先ずは城の中庭で四人は鍛錬を始め……。

 

 

 

「……本当に貴方は凄まじいですね」

 

「相変わらず、とんでもないわね」

 

「普段、一体どういう鍛錬してるんだか……」

 

 

 アイリスにアレクシア、クレアは協力してシドへと攻めかかっているが全てシドに捌かれている。

 

 驚くべきはなんとシドは目を布で覆う、つまりは視界を封じた状態であるという事だ。

 

「どう、控えめに言っても化け物だぞ」

 

「ま、正に武神……」

 

「お、俺たちは伝説を目にしている……」

 

 

 超人的と呼ぶ事すら生温い程の超絶的な武人としての実力を見せるシドに周囲の軍人たちは驚愕した。

 

 そうして、鍛錬が終わり時間も過ぎていくと……。

 

「シド……私達の愛、受け止めなさい」

 

「よろしくね、シド」

 

「もう貴方の事しか考えられなくなりました。責任取ってください」

 

 クレアとアレクシア、アイリスがシドへと迫る。

 

「幾らなんでも姉さんとはマズいてっ!?」

 

「安心して、そのためにこれがあるわ」

 

 流石に実姉であるクレアの愛は受け止められないと言うもクレアは持参したコンドームを見せつける。

 

「それ、使い方間違ってるからぁぁぁっ!?」

 

 クレアはシドに対し、凄まじい愛を発揮してアレクシアとアイリスと共にシドへと迫り、自分の愛を受け止めさせたのであった。

 

 彼女が言うようにちゃんとコンドームは使ったが……。

 



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五十三話

 

 『学術都市ラワガス』の群島の外れ――誰も寄り付かない辺鄙な場所を複数の者たちが訪れていた。

 

「如何にもな場所だ」

 

 この場所を訪れた者の一人であるシドが今は破壊されて入り放題になっている施設の扉を見て呟く。

 

「そうですね、でも秘密裏に研究するなら此処は良い場所だと思います」

 

「うん、最適」

 

 シドの呟きに彼に連れられたシェリーとイータが応じる。

 

「妙な仕掛けがあるのは、この先だよ」

 

 ゼータがそう言いながら三人を先導する。

 

 この場所はゼータが諜報活動にて見つけたものであるが、自分ではどうにもできない妙な仕掛けがあり、入る事は叶わなかったためにその時は諦めた。

 

 そして、一度リンドブルムの『聖域』にアルファ達と入った事で仕掛けがその『聖域』と似ているとゼータは確信。

 

 そうしてこの研究施設を調べるため、イータと彼女の良き妹分であり弟子になっているシェリー(勿論、将来的な成長をさせるのも目的)、そしてゼータを連れてシドはこの場所へとやってきたのである。

 

 ゼータの案内の元、一同は進んでいき……。

 

「ほら、前の『聖域』の奴とそっくりでしょ?」

 

 周囲は滅茶苦茶に荒れているのに中心にある大扉は全く荒れていない。それは特殊なアーティファクトによってロックされているからである。

 

「ああ、そうだな……ちょっと待ってろ」

 

 そうしてシドはロックされている扉を前に魔力を解放、それは赤き霧として噴出したかと思えば幾重もの触手となり、扉へと突き刺さり瞬時に同化していく。

 

 少しするとロックは外れ、砕け散った。そのまま、触手は扉の先へ、或いは隠し部屋のような場所へと突き進んでいった。

 

「良し、大体は把握した。研究資料を見に行くぞ、この先は危険なものが眠っているようだからな」

 

 ロックを外しながら、研究施設全てを把握したシドは今度は自分がイータにシェリー、ゼータを大扉の先ではなく、隠し部屋の方へと先導し始めた。

 

 

 

 その裏で……。

 

「本当、良く今までこんなのを封じてこれたもんだ」

 

 大扉の先の部屋――大型の培養液に満たされたカプセルの中に居る禍々しく巨大なドラゴンの元へと力の大半を込めて創り出した分身をシドは向かわせていた。

 

「折角だ、俺の力になってもらおう」

 

 そうして後に今自分が居る世界とは別次元の世界である『魔界』であり、第十二魔界の王である『ニーズヘッグ』だと分かる存在を解放し……。

 

「いくぞっ!!」

 

 魔力を大解放するとシドの体が霧に包まれ、巨大化しながら姿も変容していき、霧の龍をベースにその姿を悪魔にも近づけたような姿になる。

 

 霧の龍の力を取り込んだうえ、ディアボロスの左腕も又、取り込んでいる影響だ。

 

 そして、赤き龍にして悪魔になったシドは全身から太く鋭い触手を生やしながらニーズヘッグへと攻めかかる。

 

『オ……オオオオッ!!』

 

 ニーズヘッグはシドを自分にとって脅威である捕食者だと認識し、意識を一気に覚醒して対抗するが碌な抵抗も出来ず、シドに取り込まれてしまったのであった。

 

 

 そして、この研究施設はラワガスの初代学園長にして超天才の科学者であるロード・ラワガスのものであり、しかも彼は『ディアボロス教団』の幹部、『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第11席でもあり、ネルソンの先代を務めていた者であった。

 

 研究内容としては最初は『ディアボロスの雫』に取り組んでいたが、完成が見えてきたので興味を失くし、別次元の世界である『魔界』についての研究をしていたようだ。

 

「あの……ロード・ラワガスまで『ディアボロス教団』に協力していたなんて……」

 

 研究施設の調査を終え、これも又、後で使えるようにするとシドはラワガスの観光をシェリーと始める。

 

「それだけ、奴らの根が深いって事だな……さて、今はそんな暗い事は考えず、楽しもう。折角のデートだからな」

 

「……そうですね、私も楽しみたいです」

 

 シドとシェリーはデートを楽しむ事に集中し、そうして夜はラワガスにあるミツゴシ商会のホテルの部屋で……。

 

「シド君、私、シド君に会えて幸せです」

 

「それは光栄ですね……俺もシェリー先輩と会えて良かったと思っていますよ」

 

 心置きなく、お互いの愛を伝え合い、交わし合ったのだった……。

 



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原作三巻
五十四話


 

 ミドガル王国王都にて開催された『ブシン祭』も終わり、そして魔剣士学園及び学術学園での『夏休み』も終わった翌日。

 

 そのため、学生である者たちは2学期を始めるために学生寮や駅などから「学園へと登校を始める。

 

 しかし、学園に向かう生徒たちの意識は授業などには向いていなく……。

 

『ブシン祭優勝おめでとう』

 

 今年のブシン祭にてこの国の王女にして最強の魔剣士であるアイリスでさえ、そして初代優勝者にして『剣聖』と名高きベアトリクスでさえ、圧倒的な勝利をして見せた事でこの世界最強の魔剣士とさえ認識されているシド・カゲノーに対し学生たちは優勝を褒め讃え、敬意を込めた言葉も送っていく。

 

「ああ、ありがとう」

 

 そんな生徒達に対しシドは当然、返事を返す。

 

「ふふ、当たり前だけどすっかり人気者ね」

 

「ブシン祭であれだけ大暴れしたから、余計にね」

 

「あの時のシド君の勇姿は今も鮮明に思い返せる程、この目に刻み付けています」

 

「魔剣士じゃない私でも感動するくらい、凄かったですからね」

 

 そんなシドは姉であるクレア、第二王女であるアレクシア、オリアナ王国の王女であるローズに若いながら天才学者として有名であるシェリーに親し気に寄り添われている。

 

 彼女たちの隠そうともしない深い情愛から周囲の者たちはその関係の深さを察しつつ、触れないし無視する事を一瞬で決め、それを続けなければシドと彼女たちが醸し出す雰囲気にやられる事を悟った。

 

 そうして1年にして生徒会長であり、ブシン祭優勝者のために始業式では挨拶を担当させられたり、学業をしながらも他の貴族たちに招かれるなど色々と忙しい日々を過ごしたシドは……。

 

「散々、色んな人にブシン祭の優勝を祝われたでしょうが私からも祝福させて下さい。シド様」

 

「ありがとうございます、ルーナ会長」

 

 秋休み前、状況も落ち着いてきた日にミツゴシ商会グループのレストランへとシドは向かい、ガンマ扮するルーナに祝われた。

 

 

 因みに彼女含め、『シャドウガーデン』の者たちはバッチリ、『ブシン祭』でのシドの試合を録画しており、編集などして永久保存版として何度も観賞をしていたりする。

 

「色々とお疲れ様、シド……貴族社会も大変だったでしょ」

 

「まぁ、正直ね」

 

 今回、シドはクレアと二人きりでの『祝勝会』をするためにミツゴシ商会グループのレストランを訪れ、シドやシドの関係者以外は受ける事が許されない超VIP待遇を受けながらの食事を始めた。

 

「……ねぇ、覚えてる? 私達が初めて一緒に盗賊退治に行った事?」

 

「勿論、あれはあれで良い思い出だ」

 

 それはシドが6歳、クレアが8歳の時の話――二人は特別訓練と称して当時、カゲノー家領地の近くの森に潜んでいた『スカーフェイス盗賊団』を討伐に向かった。

 

「ば、馬鹿な……こんなガキどもに俺たちが……」

 

 二人のお互いを高め合う、というよりはシドがそうなるように振る舞っている連携技によって盗賊団に戸惑いと恐怖を植え付け、断末魔さえ上げさせながら討伐させたのである。

 

 そうしてシドとクレアは思い出話に花を咲かせながら……。

 

「ねえ、あの時みたいに二人で討伐任務をしましょう。今度の相手は始祖の吸血鬼『血の女王』だけど」

 

「それはまた、大物だ……でも、良いよ」

 

 クレアからの要求にシドは頷いたのであった。

 

 

 

 そんな二人のやりとりがあるのと同時刻、ミドガル王国王都の路地裏……。

 

 

 

「ひぃぃ、ば、化け物ッ!?」

 

 一人の人間が赤い瞳、血の気の無い青白い肌、鋭い牙をだらしなく開いた口から見せる人間――いや、怪物に襲われようとしていたが……。

 

「ほう、グールとは珍しいな」

 

「ガッ!?」

 

 王国王都を自分の領域としている事で事態を感知したシドは分身を創り出して送り出しており、吸血鬼の手下であるグールに対し、人差し指の抜き手を炸裂させながら魔力を送り込んで動きを支配して見せながら呟く。

 

 後でサンプルとしてイータたちに研究させるためだ。

 

 因みに襲われようとしていた者は既に安全な場所に転移させているし、襲われようとしていた事やグールの記憶も忘れさせている。

 

「討伐は急いだ方が良さそうだ」

 

 赤に染まっているという明らかに異常な月を見上げながら、呟きシドの分身は本拠へとサンプル材料とするグールを抱えて転移したのであった……。

 

 

 

 

 

 



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五十五話

 

 この世界において、世界中の悪が集まるが故に法などは無力。己が欲を満たすために殺しも盗みも悪事をなんでもやって良いが、それは手に掛けようとする相手も同じなので結局は食らい合いとなる。

 

 そう、その悪党集う場所は『弱肉強食』こそ真理なのだ。

 

 通常ならばそんなもので溢れれば都市としても機能はしないが、善であれ、悪であれ、人が集えば社会が形成されるのだろう。

 

 その都市には都市を支配するだけの王が三人、その三人がそれぞれ住まう三本の塔が建てられている。

 

 一本は『紅の塔』であり、その主は始祖の吸血鬼にして『血の女王』と呼ばれる伝説の怪物だ。もっとも『血の女王』は塔から出ること無く、活動しているのはその配下であるクリムゾンという吸血鬼の男。

 

 二本目は『白の塔』であり、その主は九本の尾を有する白銀の狐人の女性にして『妖狐』と呼ばれる者。

 

 三本目は『黒の塔』であり、先の二つの塔の主とは違って人間の男であるが『暴君』と呼ばれるその通り名どおりに強大な暴威を有するという。

 

 そんな三人が睨み合っている事でバランスが取れているのか、この都市――『無法都市』は成り立っている。驚くべきは三人の王者の実力は『ディアボロス教団』にとっても手を焼くのか、一切の影が無いという事だ。

 

 ともかく、そんな無法都市であるが最近、大きくバランスが崩れようとしていた。

 

 『血の女王』の配下であるクリムゾンやグールが無法都市の外に出て動いている事もそうだが、何より、段々と月が赤く染まっている事から完全なる『赤き月』になれば能力を飛躍的に上昇させ、狂暴性もそれに追随すると放置しておけばとんでもない事になる。

 

 伝説によれば三日間、赤き月が続いた時は四つの国は壊滅的な被害を受けたという……。

 

 この事態を重く受け止めた周辺国は魔剣士ギルドに『血の女王』討伐を依頼し、やはり無法都市に一流の魔剣士や力に自信のある魔剣士たちが集い始める事となった。

 

 そして……。

 

「そういう訳で皆、頼んだ」

 

『はっ、シャドウ様』

 

「分かったのです、ボス」

 

「日頃の礼はきっちりするわ」

 

「久しぶりの戦闘ですね」

 

「頑張る」

 

 クレアと共に『血の女王』討伐のために無法都市に行く事になったシドはその裏で『紅の塔』内部での調査やらクリムゾンが集めているだろう財宝、その中には何か、使える魔道具があるかもしれないので金品の収穫といった任務をベータをリーダーにローズと彼女とチームを組んでいる664番と665番に任せ、場所が場所なので戦闘要員として別部隊、デルタとアウロラにオリヴィエとベアトリクスを動かす事にして……。

 

 

「おーい、シドー助けてくれぇっ!!」

 

「俺も頼むっ!!」

 

 シドとのブシン祭での対決を通して強さを求めてクイントンと組みながら、旅を始めたゴルドーはしかし、この無法都市で『紅の塔』の門番に負けてしまい、無法都市の住人の洗礼を受けてぼろぼろにされて奴隷状態となっていた。

 

 そして、クレアと共に魔剣士ギルドで情報収集などをしようとしたシドの姿を見て助けを求める。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「ふふ、優しいんだから」

 

 シドは溜息を吐きながら奴隷商人からゴルドーとクイントンを購入し、その後は魔力による治療をして全快状態に。

 

「出した金の分は働いてもらうからな」

 

「ああ、当然だ。本当にありがとう」

 

「命の借りは当然、でかく返すぜ」

 

 ゴルドーとクイントンはシドに大きく感謝を示し、絶対に後悔させないと誓ったのであった……。

 



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五十六話

 

 吸血鬼及びその眷属の力と凶暴性が増す『赤き月』の完成が近づく時期となり、無法都市にて『紅の塔』を居城とする始祖の吸血鬼こと『血の女王』討伐の任務が魔剣士協会に下された。

 

 そして、その『血の女王』討伐に参加したいというクレアの願いを聞き、シドは無法都市へと足を運んだ。

 

 途中、ブシン祭に参加した名うての魔剣士であるクイントンとゴルドーが奴隷として売り出されていたので彼ら二人を購入しつつ、魔剣士協会へと足を運ぶと……。

 

「あら、ふふ……来るとは思っていたけどこうして実際にそれが叶うと嬉しい物ね。久しぶり、あなた」

 

「お、おう。久しぶりだなアンネローゼ。俺も会えて嬉しいよ」

 

 

 『血の女王』討伐の任務を魔剣士協会だけでなく、各地の魔剣士にも任務参加の募集がかけられている。アンネローゼも又、クイントンやゴルドーと同じく任務に参加しようとやってきていたようだった。

 

会うなり、微笑まれながら抱き着かれたのでシドはそれに答えた。

 

「って、クイントンとゴルドーじゃない……どうやら、あんた達、まさか『紅の塔』に挑んで負けたようね」

 

クイントンとゴルドーが居る事に驚いたものの、二人の様子を見て事態を察した。

 

「ああ、門番からして強かったよ」

 

「生きてるだけでもうけもんだし、それにこうしてご主人様に拾われたのも更に幸運だ」

 

「ご主人様は止めろ……」

 

 そうして、会議が開かれようとしている魔剣士協会の中を歩けば……。

 

「貴方が今年のブシン祭の優秀者で『剣聖』にも勝ったシド・カゲノー……お会いできて光栄です。私はクローディアと言います」

 

「俺はグレインだ。一時は使い捨てにされたと正直、思ったが……あんたが居てくれるなら心強い」

 

 魔剣士協会に属している生真面目な態度で自己紹介をする女性の魔剣士、クローディアとそれなりに体格の良い男のグレインがシドへと声をかけた。

 

「その気持ちに応えられるよう励ませてもらうよ。それとあの二人に装備を与えてやってくれ」

 

 シドは二人と握手を交わしつつ、クイントンとゴルドーに戦う用の衣装武器を与えるように頼んだのであった……。

 

 無法都市から少し離れた場所――空は夜の暗闇が覆い、天頂へと上った月が赤く染まり行こうとしていた。

 

 それは今までより深い。

 

「いよいよ、『赤き月』の本番かお前たち……頼んだぞ」

 

 シャドーとしての姿になったシド――先にクレアと共に無法都市に入ったシドの方は比重で言えばこっちのシドより力の少ない分体である。

 

 最も必要に応じて力を与える事は出来るが……そして、共に連れてきたベータにローズと664番と665番の部隊、デルタとアウロラとオリヴィエにベアトリクスらへと声をかける。

 

 

 

 

「お任せください、シャドー様」

 

「貴方の目の前で失敗なんてできません」

 

「当然です」

 

「しっかり、やりますよー」

 

「狩りの開始が楽しみなのです」

 

「うん、これ着心地良いわね」

 

「ええ、まったく」

 

「スライムにこんな利用法があったなんて……」

 

 ベータ達はシドからの声に気合を入れ、スライムスーツに仮面とスライムソードを与えられたアウロラたちはその感触と魔力伝導力の高さに手応えを喜んでいたのだった……。

 



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五十七話

 

 『血の女王』討伐に向けての魔剣士協会での有力な魔剣士を集めての会議は全然、長くかからずに済んだ。

 

 というのもシドがクレアにアンネローゼと一緒に『紅の塔』へと『血の女王』討伐に向かうと言えば、良くぞ言ってくれたとばかりに反論も無く、任されたし討伐に向かっている間、グールが無法都市を襲撃するからその討伐と対抗する力のない市民の避難を頼めば、これも又、反論も無く頷いた。

 

 因みにクイントンとゴルドーも一度、『紅の塔』の門番に敗れているが故かなんだかんだ言っても恐怖心があり、だからこそグール討伐と市民の避難を任せ、二人は頷いた。

 

 そうして、直ぐにクレアとアンネローゼと共に魔剣士協会の拠点から『紅の塔』を目指していたのだが……。

 

「何か用か?」

 

 物陰の方から視線を感じたのでそちらを見やり、声をかける。

 

 

 

「すまない、私は『最古のヴァンパイアハンター』メアリーだ」

 

 

 姿を現したのは赤い長髪の上につばの広い帽子を被り、漆黒の衣服に身を包んだ美しい容姿の女性が名乗った。

 

 

 

「これはどうも……俺はシド・カゲノーだ。御覧の通り、学生だが魔剣士をしている」

 

「私はシドの姉のクレア・カゲノーよ。同じく今は学生の魔剣士をしているわ」

 

「私はアンネローゼ・フシアナスよ。旅をしている魔剣士ってところね」

 

 シド達も又、名乗っていく。

 

「君たちは『血の女王』こと始祖の吸血鬼、エリザベートを討伐に行くのだろう?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ならば同じ目的を持つ者どうし、協力し合おう。ついてきてくれ」

 

 そうして、シド達はメアリーの案内の元、崩れそうな家屋へと入った。室内は大量の土砂で埋もれかけていた。

 

 

 

「地下から『紅の塔』に入るという事か」

 

「察しが良いな、その通りだ。本来なら多くの眷属たちやグールが居るから地下からも『紅の塔』には入れない。だが、完全なる『赤き月』が浮かび上がった時、エリザベート復活のために贄を探しに眷属やグールが塔を出るその時がチャンスだ」

 

「そうか……では、単刀直入に話を済ませるとしよう」

 

「っ!?」

 

 メアリーの話を聞いたシドは刹那、抜き放つまでの一切を感知も視認もさせずに彼女の首に剣を突き付けた。

 

「俺は気配や魔力には敏感でな。メアリー、お前は吸血鬼だな……察するところ、エリザベートの眷属の一人といったところか。そうだろ? 正直に答えろ」

 

「……とんでもない少年だな……ああ、そうだ。私は吸血鬼、そしてエリザベート様の眷属の一人だった」

 

「それがなぜ、自分の主を殺そうとしている? 全てを語ってもらおうか」

 

「あぁ」

 

 そうして、メアリーは話し始めた。

 

 エリザベートは始祖の吸血鬼でありながら、人間の血を吸う事を止め、人との共存を選び、そうして人と吸血鬼が共に暮らす安息の地を作ろうとした。

 

 しかし、それは叶わなかった。『赤き月』が浮かんでいた夜、メアリーに次ぐ幹部の吸血鬼であるクリムゾンが食事に人の血を混ぜており、エリザベートを暴走させながら彼女と共に配下を率いて幾つかの国とそこに住む人々を滅ぼしたのである。

 

 暴走を止めようとしたメアリーだが、間に合わず、全てが終わった夜……。

 

『もう二度と過ちを犯さぬように、もう二度と蘇らぬように、灰を海へと捨ててくれ』

 

 涙を流しながら、自らの心臓に剣を突き刺し自殺した彼女だが、急所を僅かに外していたために一種の仮死状態に……メアリーはエリザベートの指示に従えず、永遠の眠りについた主を棺に隠し守護し続けたのである。

 

 だが、その数年後にクリムゾンに奪われ、現在は彼と共に『紅の塔』に居るとの事だ。

 

「これが私の全てだ。私は主の命令に従えず、守れもしなかった裏切り者だ」

 

「だが、悪では無いな。聞くが今までにお前は人の血を吸ったか?」

 

「吸っていない。私は私だけでもエリザベート様の夢を、人との共存を成し遂げたいと願っている」

 

「ならば良し……姉さん、アンネローゼ……任務変更だ。クリムゾンを倒しエリザベートが眠る棺を取り返すぞ」

 

「そうね」

 

「それでこそだわ」

 

 本心からのメアリーの言葉に頷くとシドはクレアとアンネローゼに声をかけ、二人は頷いた。

 

「な、何故……」

 

「さっきも言ったが、お前もエリザベートも悪くない。悪いのはクリムゾンという吸血鬼だからな。人との共存を望む程の者たちならば協力し合う方が良いし、何より出来る限りなら、皆が笑える結果を手に入れる方が良いだろう」

 

「……すまない、そしてありがとう。この恩は必ず」

 

「それは終わった後にしよう」

 

 そう言うとシドは陽動もそうだが、無法都市内より生贄をグールやクリムゾンの配下に用意されないよう、自分は無法都市を守護しながら『紅の塔』へ行く事を告げ、クレアにアンネローゼ、メアリーは地下から『紅の塔』へ行くという別行動をする事にしたのだった……。

 



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五十八話

 

 今夜の月は今までよりも深い赤色の光を放っており、魔性そのものであった。

 

 それが故か……。

 

『グオオオッ!!』

 

 赤き月の光をそのまま加護としているように『紅の塔』から『無法都市』全体へと押し寄せるグールの群れの肌も瞳も血のように赤く、鋭い牙と爪を剥き出しにしながら、凄まじい獰猛さを発していた。

 

 勢いも又、この瞬間こそを待ち焦がれたとばかりである。

 

 そう、今は『赤き月』が浮かぶ時。三日間も夜が明けないこの夜こそが吸血鬼とその眷属にとっての本領が発揮される。

 

 赤き月による加護を得て戦闘能力も凶暴性も遥かに増し、他種族の生物に対して圧倒的暴威を発揮するのだ。

 

 そうして、『無法都市』の人々を蹂躙しようとしたグールであるが……。

 

「成程、確かに普段のグールとは段違いだ」

 

 無法都市に来た時からシドは普段、自分が居るミドガル王国王都のように感知できない程に薄い霧の魔力を張り巡らせて自分にとっての『領域』を形成していた。

 

 そして、クレアたちと別行動をとる事となったシドは本体であるシャドウを召喚し、融合して元の状態になるとグールの群れが出てきた事で超高速で無法都市内を駆け抜けながら、グールを剣閃乱舞で斬滅していった。

 

 本来ならば魔力の奔流や高速で動く衝撃波などで周囲を荒らし尽くす影響があるが、霧の魔力を張り巡らせている事でそうした外部の影響を打ち消していた。

 

「今はグールの群れが暴れているから、魔剣士協会に避難してください」

 

「は、はい。あ、あの私マリーって言います。ありがとうございました」

 

 無法都市の色町にてグールに襲われようとしていた赤紫の髪と瞳の美しい娼婦のマリーを助けると避難を促すとマリーは頷いて名乗り、礼を言った。

 

 

「俺の名前はシドだ。間に合って良かった」

 

 軽く挨拶をするとシドは再び、グールを殲滅するために超速で駆け跳ねた。

 

 そして、無法都市にてグールを殲滅しているのはシドだけではない。

 

「がるるぅああっ!! 狩って狩って狩りまくるのですっ!!」

 

 別の場所ではデルタが外部への影響はシドの霧が打ち消しているので思う存分に駆け回りながらグールを上回る凶暴さでグールを蹂躙しているデルタに……。

 

「ふふ、本当に便利ね。それにしても私が人助けするなんて……」

 

 別の場所ではアウロラが身に纏っているスライムスーツの一部やスライムソードを自分の技と組み合わせて触手に槍や爪や鎌など様々な形状の武器として用い、魔技を披露してグールを滅ぼしていく。

 

「ようやく、英雄らしい事が出来ます」

 

「それは良かった」

 

 更に別の場所ではオリヴィエとベアトリクスがグールを剣舞にて解体していった。

 

 

 

 そうして、『紅の塔』の内部では……。

 

「それじゃあ、シャドウ様からの任務を果たすわよ」

 

『はいっ!!』

 

 シドによる霧を使っての転移により、ベータ達潜入組は潜入を果たし、すぐさま書庫の資料調査や重要書類の回収や宝物の回収の手立てをすべく行動を開始したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グールで溢れている『紅の塔』周辺、そんなグールの群れを堂々と蹴散らしながら進んでいる二人の男女が居た。

 

「邪魔くせぇっ!!」

 

 男の方は巨大な鉈のような鉄塊を振り回してグールを粉砕している褐色の巨漢、『黒の塔』の主である『暴君』ことジャガーノート。

 

「ほんま、汚らわしいなぁ。嫌になりんす」

 

 女の方は両手の鉄扇にて華麗な舞を披露しながら、グールを切り刻んでいく妖しさすら有した九本の尾を持つ白銀の狐人、『白の塔』の主である『妖狐』ことユキメ。

 

 自分たちに押し寄せるグールの群れを始末し、ジャガノートが凶暴性を剥き出しにユキメへと襲い掛かろうとして……。

 

「すみませんが、その女性とは知り合いなんですよ。だから、相手なら俺がします」

 

「っ、てめぇっ!?」

 

「っ、あんさんは……」

 

 シドの呼びかけと共に放たれた闘志により、一瞬、死を錯覚したジャガノートは動きを止めながらシドを睨みつけ……ユキメの方は戸惑った。

 

「一応、恩人なんですが……まあ、数年も経っているから仕方ありませんね。シド・カゲノーです。本当に久しぶりですね、ユキメさん」

 

「……っ、ええ、ほんまに」

 

 シドが笑顔を浮かべて呼びかければユキメは笑顔を浮かべ、今にも抱き着きそうな様子で答えた。

 

「シド……ブシン祭で大暴れしたって奴か……ちょうど良い、相手してもらおうじゃねえかぁっ!!」

 

 対してジャガーノートは面白そうな奴が現れたとばかりに愉快気に笑い、一気にシドへと襲い掛かった。

 

「ふっ!!」

 

 そうして鉈をシドに向かって振り下ろしたが……。

 

「終わりですか?」

 

「っ!?」

 

 ジャガノートが振り下ろした鉈を左手で掴み、握り砕く。

 

「まだに決まってるだろっ!!」

 

 

 左拳を握り締め、シドの顔面に向けて拳撃を放つ。

 

 

 「ふっ!!」

 

 「っ、があっ!?」

 

 右の掌打で軽く押し返すとそのまま、右拳を握り締めジャガーノートの腹部へと拳撃を深く打ち込み、倒れようとしたところで……

 

「寝ていてください」

 

 右足を振り上げ、そのまま踵を振り下ろす事で地面へとクレーターを創り上げる程にめり込ませる。

 

 そうして霧状にした魔力でジャガーノートを包み込み、『黒の塔』内部に転移させた。

 

「ふふ、相変わらず凄いお人ですなぁシドはん」

 

「どうも、ユキメさん」

 

 自分の腕を抱くようにして寄り添ってくるユキメに対し、シドは苦笑したのであった……。

 



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五十九話

 

 弱肉強食の縮図とも言うべき『無法都市』には都市全体の覇権を握ろうとする三人の覇者が居て、それぞれ居城となるべき塔を建てていた。

 

 その三本の塔のうち、血のように赤き塔こと『紅の塔』を居城とするのは『始祖の吸血鬼』であるエリザベートとその配下の吸血鬼と眷属であるグールたち。

 

 現在、吸血鬼に連なる者の戦闘力を激増させ、狂暴化させる上に三日間、日の光が訪れず、太陽も登らない『赤き月』の発生によって『無法都市』を支配しようとしていた。

 

 少なくとも今日で『無法都市』の勢力も状況も激変する事になるだろう。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「ヒヒ……」

 

 

 

 『紅の塔』には門番を務める『番犬』と呼ばれる男が居た。見た目は痩せ細った長身の男であり、くすんだ汚らしい白髪が肩まで伸びていて右肩から先が無いなど全体的にボロボロであった。

 

 番犬である男は現在の『紅の塔』を支配しているエリザベートの幹部であるクリムゾンに敗北した事で右肩から先を奪われ、ぶざまに命乞いをした事で番犬となり、自分の意思での殺戮を禁じられた。

 

 しかし、吸血鬼やグールが出払っている今……彼の行動を咎める者はいない。門番の役割はしなければならないが、殺しは出来る。

 

 それが彼にとっては何よりの喜びであった。

 

「なぁ、門番さん。ちょっと昔話を聞いてくれ……昔々、ある国に純白の象徴のような騎士団長の男が居た。まるで理想の騎士そのものだった男には実はとんでもない一面があったんだ」

 

「ヒヒ、とんでもない一面っていうのはなんだい?」

 

 番犬の前にシドが姿を現し、歩みながら話始めると番犬は問いかける。

 

「夜な夜な町で人を斬り殺すのが大好きなサイコパスだったんだよ。そうして、その一面が同僚にバレて尚、騎士団全員を全滅させて逃亡を開始、逃亡先でも殺しを続け……そうして、この無法都市に流れ着いた」

 

「ヒヒ、そこまでは良かったが調子に乗って『紅の塔』に挑んで負けちまってこの様だよ」

 

「自業自得だな。だが、お前のやってきた所業からすればまだ報いとしては不十分だ」

 

 そうして、シドは鞘から剣を抜き、左手だけで持つ。

 

 

「なんのつもりだい?」

 

「フェアにやってやろうというだけだ。ついでだ、先に仕掛けてこい」

 

 身の丈を超える長さの刀を抜きながら、番犬が問いかければシドはそう答えて剣を振るうと魔力によって斬撃を飛ばし、彼の首輪に繋がって動きを封じていた鎖を切断する。

 

「ヒヒヒャアアアアッ!! 喜んでぇぇっ!!」

 

 解放された『白い悪魔』は狂い喜びながら、シドへと向かって行き、刹那にて二つの剣閃が輝く。

 

「じゃあな。精々お前が切り殺してきた人々の分、苦しんで死ね」

 

「ぅ……あ……ぐ、ん……が、ああ……ぐああああっ!!」

 

 シドが侮蔑を吐き捨てながら、『白い悪魔』の傍を通り過ぎると腹部にかすり傷程に小さな切り傷が出来ていて、大した事の無い筈なのに『白い悪魔』は倒れて苦しみ始める。

 

 『白い悪魔』に刻まれた傷口から、シドが剣に纏わせた魔力の毒霧が体へと浸透したからだ。

 

 彼はこのまま、ゆっくりと、しかし大きくなっていく苦しみと痛みに悶えながら死ぬ事になるのである。

 

 

 

「悪党に対しては相変わらず、容赦ないお人やわぁ」

 

「容赦する理由が無いですからね」

 

 『白い悪魔』に死を与えたシドは傍へと近づくユキメに対し、そう答えながら共に『紅の塔』へと入っていった。

 

 そうして、『紅の塔』へと地下から侵入してきたクレアたちとは進路が違うのか吸血鬼が何体か居て、ユキメと共に蹴散らしながら塔を上がっていったのだった……。

 

 

 

 二

 

 

 

 塔の頂上の部屋にて待つワインレッドの髪を横に流した端麗な顔立ちの男はエリザベートのナンバー2の幹部の吸血鬼であるクリムゾン。彼の傍には大きな棺が置かれていた。

 

「くそ、生贄はまだか……一体、何がどうなっているっ!!」

 

 グールも部下の吸血鬼たちもエリザベートの復活のために必要な若い男、贄を連れてこない事に怒り、焦っていた。

 

「かくなる上は……」

 

 

 懐からクリムゾンは()()()()()()()()()()を取り出しながら呟いたのであった……。

 

 

 

 



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六十話

 

 吸血鬼の居城となっている『紅の塔』の門番を務めていた『番犬』を倒し、堂々と入ったシドとユキメはそのまま、シドが霧状の魔力を噴出し塔内に張り巡らせると地下から侵入したクレア達の居場所を探り、そのまま空間を繋げると『穴』を出現させる。

 

『シド!?』

 

 突如、自分たちが居る場所に穴が開いたことで警戒したクレアたちだがシドであったためにクレアとアンネローゼは嬉し気な笑みを浮かべ、メアリーは驚愕した。

 

「お待たせ姉さん、アンネローゼ、メアリー。それとこっちは塔に来るときに出会ったこの無法都市で『白の塔』の主をしている『妖狐』のユキメさんだ」

 

「わっちはユキメ。よろしくでありんす……特にクレアはん、シドはんはほんまえぇ男やなぁ、クレアはんにとっても自慢の弟でありんしょう」

 

「ええ、勿論よ。貴女、見所あるわねユキメさん」

 

 シドがユキメを紹介するとユキメはクレアへと近づき、声をかけるとクレアはシドが褒められた事で上機嫌となった。

 

「まったく、大物の女性たちとの縁が凄いわねシドは……流石だわ」

 

 アンネローゼもシドに対し、笑みを浮かべた。

 

 

「っ、あの『妖狐』と……」

 

 メアリーはユキメと親し気な様子のシドに再び、驚いた。

 

 ともかく、こうして合流を果たしたシド達は途中、襲い掛かってくるグールとクリムゾン配下の吸血鬼を蹴散らし、進んで頂上へ……。

 

「ふんっ!!」

 

 シドが代表となって強烈な蹴撃を炸裂させて頂上の部屋の扉を破壊した。

 

 

「っ!! これはこれは……相変わらず家畜とすべき人間と仲が良いようだな、メアリー」

 

 クリムゾンはメアリーの姿を見るとそう、侮蔑する笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「エリザベート様を返してもらうぞ、クリムゾン」

 

「返す? 何を言っている……喜べ、メアリー。エリザベート様は今日、復活するのだ。そして、我らが吸血鬼の始祖としてこの世界を支配する。とはいえ、『妖狐』までいるのならこのままではまずいな」

 

 倒錯した表情を浮かべて高らかに語りながら、部屋に踏み入った者たちを見てユキメの姿を見ると懐から錠剤の入った瓶を取り出した。

 

「お前、教団と繋がっていたのか」

 

「教団? 知らんな、これは昔、この塔に踏み込んできた者を殺した時に手に入れたものだ。そして、人間は我らより劣る家畜だが、こういう便利なものを創り出す能力だけは認めてやってもいい」

 

 シドの質問に訝しがりながらもクリムゾンは瓶内の錠剤を全て飲み干す。すると……。

 

「お、おおおおおっ!!」

 

 クリムゾンの姿が膨らみ、異様な蠕動やらを生じて変貌を遂げていく。そうして、赤き巨大な人型の蝙蝠の怪物が君臨した。

 

「フハハハハ、見るが良い。これが吸血鬼の真の力だ」

 

 そして湧き上がる魔力に興奮し、激しく笑うクリムゾンの身体からシド達に向け、大量の赤き槍と剣に棘上の触手が放たれる。

 

「悪いがそれはもう、()()()()()()

 

「なっ!?」

 

 シドが剣閃を数度、振るえば槍と触手の群れを纏めて斬滅した事で自分の攻撃に難なく対処されたクリムゾンは。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

 そして、シドが道を切り開いたと同時に姉弟であるがゆえに言葉で伝えずともシドの意図を理解していたクレアが切り込み、全力の剣閃を炸裂させる。

 

「しいっ!!」

 

 そして、クレアの剣閃が瞬いた直後にシドが追撃の剣閃を炸裂させた。

 

「いくわよ、シド」

 

「ああ、勿論だ」

 

 そうして、二人は絶技の域にある連携技で構成された剣舞を披露すると一つの抵抗も許さずに次々とクリムゾンの身体を切り刻んでいき、最初こそとてつもない再生力で瞬時に傷が消えていったクリムゾンであったが、徐々に傷が生まれていく。

 

「う、ぐ、ば、馬鹿な、ぐあああああっ!!」

 

 そうしてシドとクレアの剣舞によって解体されていき……。

 

 

 

「な、舐めるなぁっ!!」

 

「お前がな」

 

 クリムゾンが魔力を暴走させた波動を放つとシドが絶大なる剣閃にて空間ごと切断して無力化した。

 

「ふ、ふふ……やはり、奥の手を打っておいて良かった」

 

 シドとクレアの剣舞によって解体されつつあるクリムゾンの身体が赤き粒子に変わっていく中で彼は笑みを浮かべた。

 

「やるじゃないか、時間稼ぎだったわけだな」

 

 クリムゾン自身は知らないが事前に『ディアボロスの雫』をかけてエリザベートの心臓を鼓動させていた彼はシド達に攻撃を放ったと同時に棺の中の心臓にも触手を放つ事で湧き上がっている魔力と血を捧げ続けていたのである。

 

「ああ、尤もこの状態でお前たちを全滅させる事が出来れば良かったのだがな。まぁ、良い……我らが吸血鬼に栄光あれぇぇぇ……」

 

 そうしてクリムゾンは赤い粒子となって棺の中へと吸収され……。

 

 

 

「女王様のお目覚めか」

 

「あ、あれがエリザベート様だと……」

 

 棺が打ち上げられると同時、赤色の巨大な蝙蝠の怪物を連想させるフォルムの外装を鎧のように纏った赤い長髪にして魔性の美を有する吸血鬼の始祖である女性ことエリザベートが姿を現したのであった……。

 

 

 




 原作と違って『赤き月』のバフだけでなくディアボロスの雫と錠剤成分によって劇的にエリザベートは強化されています。


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六十一話

 

 

 『赤き月』による光が無法都市だけでなく世界中に降り注ぐ中、始祖の吸血鬼こと『血の女王』エリザベートは自らの居城である『紅の塔』にて復活を果たした。

 

「アアアアアッ!!」

 

 クリムゾンの手により、『ディアボロスの雫』と錠剤の成分を摂取した事により、本来よりも劇的に強化された状態でだ。しかしその反動によるものか目覚めたと同時に力を解放するかの如く、幾千、幾万、幾億とも思える膨大な数の触手を周囲へと放った。

 

 この場に何者かがいるなら、直ちに切り裂かれ、貫かれ、砕かれ……暴虐の嵐によって死体すら残さず、この世を去る事になるだろう。

 

 

()()()()……。

 

「その手の類は何度も見た(とはいっても、こいつを出させたか)」

 

 シドは今まで魔力伝導率が高いだけの剣として擬態させていたそれを解き、スライムソードとすると剣身を幾つもの細い線状に変化させるとエリザベートが放った触手へと向かわせて絡ませ、触手の制御を奪い取って触手どうしの同士討ちを発生させる。

 

 

「ふっ!!」

 

 そして周囲に飛び散った触手の残滓を刃状に再構成すると線状にした剣線と共にエリザベートに対し、数多もの剣閃を炸裂させようと放つ。

 

「ガアッ!!」

 

 しかし、エリザベートは数舜の間霧化する事により、剣閃を透過しながらシドへと突進。巨大な腕より生えた鋭い爪で貫こうとするが……。

 

 

「捕まえたぞ、女王様」

 

「ギッ!?」

 

 先ほどの応酬の間に張り巡らせていた魔力の糸による結界を構成し、エリザベートの身体を拘束する。

 

「終わりだ」

 

 シドは無防備なエリザベートに絶大なる剣閃を振り下ろすが……。

 

 その刹那にエリザベートの身体が霧となって弾けて消失すると同時にシドの頭上に瞬時に霧は集まって、姿を現した。

 

 そして、剣を振り下ろして隙だらけなシドに対し頭上から貫かんと凄まじい速度で突進するも横手から()()()()()()がエリザベートへと突撃しており……。

 

「ガアッ!?」

 

 シドにエリザベートが突進を炸裂させるより少し早く、彼女の体に突き刺さりつつ、彼女自身を壁まで吹っ飛ばす。

 

「まだまだ」

 

 シドは張り巡らせて糸で結界を作るだけでなく、刃状にして再構成したエリザベートの触手の残滓を染み込ませていた。それを杭として集合させ、エリザベートへの奇襲として放ったのである。

 

 

 

 そして、更にまだ魔力の糸は杭と繋がっており、自身の魔力を伝導させ……。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 そのまま、エリザベートを貫いている杭を爆発させ内部からエリザベートを呑み込ませる。

 

 しかして、爆発による光が消えるかというところで霧がシドの周囲に広がり、視界を埋め尽くしながらその赤色の霧の中、三体のエリザベートがシドを囲みながら襲い掛かる。

 

 爆発の直前、自ら魔力を暴走させて自爆する事で回避し凄まじい再生能力によって肉片から再生、瞬時に霧化をしつつ、飛び散っていた血で分身を創り上げたのだ。

 

「やっぱり、手狭だな」

 

 シドの視界を覆いながら瞬時に襲い掛かったエリザベートに対し、シドは膨大な魔力を体とスライムソードに漲らせると凄まじい斬閃の渦を自分を中心に発生させ、三体のエリザベートと霧を微塵も残さず切り刻む。

 

「準備運動はこの辺で良いだろう、女王様も力が馴染んだようだしな」

 

 シドが呟くと同時、彼の視界の先では霧が集まり魔性の輝きを放つ赤きドレスを纏ったエリザベートが優雅に立っていた。

 

 シドが言うように溢れていた魔力の制御にエリザベートは成功しており、先ほどまでとは違い、その瞳に理知も宿していた。

 

 

「……ッ!!」

 

「うおっとッ!!」

 

 エリザベートは背中に一対の赤い翼を生やすとシドへと今までより、更に早い速度にて突撃。そのまま壁を突き破ってシドと共に外へと飛び出した。

 

「し、シドぉぉぉぉッ!!」

 

 今までシドとエリザベートの超絶なる戦いを傍観するしかなかったクレアが悲鳴を上げる。

 

 

 

 そして、外では……。

 

「まあ、あそこでは俺らが戦うには手狭だったよな」

 

「……」

 

 シドがエリザベートにより、空中へと連れ出され吹っ飛ばされたがシドは背中より霧状の翼を一対、生やす事で浮遊しエリザベートはそれを眺めていた。

 

「それじゃあ、女王様。まだまだ踊っていただけますか?」

 

「……」

 

 貴族が舞踏会でやるような礼をしながらのシドの誘いに対し、エリザベートは僅かに微笑み、そして赤い月の光に包まれた空中にてお互いに相手へと突撃を開始したのであった……。

 

 

 

 

 

 

 



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六十二話

 

 

 『赤き月』が浮かぶ夜の世界は吸血鬼の世界である。そんな世界の真の主にして現代に蘇った吸血鬼の始祖であるエリザベートは一人の敵と戦っていた。

 

 自らの力の本質を解放し、背に霧の翼を生やしたシドである。

 

 エリザベートは幾つもの分身を生み出すとそれぞれ、体より幾つもの先端を槍の穂先や剣の刃先、爪状にした赤き触手を放ち、或いは自らの赤い爪を伸ばして迫り、あるいは赤き鏃を幾つも放ち、更には自分の身体を赤い霧にして変幻自在な軌道で動きながら、シドへと攻撃する。

 

「随分と激しく踊ってくれるものだな」

 

 シドは激しく霧状の魔力を噴出すると共に形状も伸縮も自在なスライムソードにて剣閃を乱舞させる事で空間ごと切断していき、切れないものなど何もないとばかりに次々と斬滅していく。

 

「っ……」

 

「次は俺の領域にて歓迎しよう」

 

 そして、シドは更に魔力を噴出させるとそれは霧の龍の姿を模し、咆哮をするとエリザベートごと周囲を白い霧で覆い尽くしたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シドとエリザベートが姿を消した『紅の塔』の屋上の部屋。

 

 クレアにアンネローゼ、ユキメとメアリーがそれぞれシドを信じて待っていると……。

 

『っ!?』

 

 部屋内の霧が生じ、そこに穴が開くとエリザベートが吹っ飛びながら姿を現し、床に転がりながらも赤き触手を突き立て、体勢を立て直す。

 

 その姿はぼろぼろで再生力が弱っているのか、負傷もしていた。

 

 

 

「姉さん、アンネローゼ、ユキメさん……一分だけ頼むっ!!」

 

『任せてっ!!』

 

 

 シドが指示をするとすぐにクレアとアンネローゼ、ユキメはエリザベートへと向かい、剣による舞と鉄扇による舞にてエリザベートと武闘を繰り広げる。

 

 

 

「メアリー、エリザベートを倒すのか、生かすのか一分で最後の決断を決めてください」

 

 そんな中でシドは魔力を剣に収束しながら、メアリーに言う。

 

「っ……」

 

 メアリーはその言葉にエリザベートを見る。

 

「やあっ!!」

 

「はあっ!!」

 

「ほいなっ!!」

 

 その最中にも一分の時間稼ぎをシドに頼まれた三人は彼の頼みに答えるため全力以上の全力を出してエリザベートと戦う。

 

 なにせ、愛する男に任されたのだから女としては答えなければならないという意地に使命感。

 

 なにより圧倒的であったエリザベートを自分たち三人で戦えるほどに弱らせたシドの戦いを無駄にしないためである。

 

「行くわよ、二人とも」

 

「勿論、絶対にシドからの頼みを果たしてみせるわ」

 

「女の意地を見せるときや」

 

 そうして、三人は意志を一つに戦舞を連携させてエリザベートと渡り合い……。

 

 

「メアリー、返答は?」

 

「……私は……私は変わらず、エリザベート様と『安息の地』を探したいっ!! まだまだエリザベート様と生きていたいんだっ!!」

 

「なら、この剣を突き立てろ。俺を信じるなら」

 

 魔力を収束させた剣をメアリーに投げ渡し……。

 

 

「っ、これは……」

 

 受け取ったメアリーは剣に凝縮されている魔力が体にも伝わり、力が漲っていくのを感じ……。

 

「今だっ!!」

 

 その声と同時にクレアたちはエリザベートから離れ……。

 

 

 

「やああああっ!!」

 

 メアリーが凄まじい魔力を噴出しながら、エリザベートへと激走し……。

 

 

 

 

 

「っ……メアリー……お前には本当に苦労をかけたな……」

 

 剣がエリザベートの身体に突き刺さると閃光が放たれ、それが止むとその体に剣は無く、目の前の忠臣に謝罪と愛の意が籠った視線と言葉をかけるエリザベートが居た。

 

「エリザベート様……っ……ふ、ぅ……!!」

 

 自分の知るエリザベートが帰って来たのを把握するとメアリーは涙を流し、エリザベートを深く抱き締めながら嗚咽を漏らす。

 

 

 

「……すまなかった」

 

 エリザベートはそんなメアリーを受け入れ、深く抱擁する。

 

 

 

 

「本当にシドは女の子に優しいんだから……」

 

「でも、誰もが幸せに終わるやり方が良いのは一番だしね」

 

「そうやね、それが一番やわ」

 

「ああ、皆が皆、良い終わり方が出来るならそれが良い」

 

 種族こそ吸血鬼だが人間と変わらない一つの仲睦まじい主と忠臣の情にシド達は満足げな笑みを浮かべたのであった……。

 

 

 

 



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六十三話

 

 

 『赤き月』の時期がやってきた事で主にして吸血鬼の始祖であるエリザベートを蘇らせ、世界の覇権を握ろうとした吸血鬼のクリムゾンと彼の意志に従っていた吸血鬼は死んでおり、グールも又、同じ。

 

 おそらく系譜的には繋がりがあったからこそ、『ディアボロス』由来の血の雫や錠剤を摂取させられた事で暴走状態となって蘇ったエリザベートはシドによって落ち着きを取り戻しているし、駄目押しに魔力やディアボロスの細胞が馴染むように調整したスライムソードをメアリーに刺させるようにしてエリザベートの身体に融合させた。

 

 そうして、エリザベートは完全に自我を取り戻し、メアリーとの主従関係も取り戻している。

 

「本当にシドにはどうお礼を返せば良いか……ありがとう」

 

「私からも礼を言わせて欲しい。暴走した私を抑えてくれてありがとう」

 

エリザベートとメアリーは抱き合った後、シドに向き合って言う。

 

「どういたしまして。俺がやりたいようにやっただけだ。そんなに恩とか意識しなくて良い」

 

「流石にそういう訳にはいかない。何か私に出来る事があるなら、言ってくれ。喜んで力になる事を誓う」

 

「一度だけでなく何度でもな」

 

「じゃあ、助けが必要な時は遠慮なく頼らせてもらう事にする。だから、今は二人で長年離れていた分、親交を温めれば良い」

 

 シドが二人へ言いつつ、霧によるゲートを出した。

 

 

 

「皆、ここを通れば外に出られるから少し出ていてくれ。表向きには『血の女王』が討伐された事にするため、大掛かりな事をするからな」

 

 シドがそう言ったため、エリザベートとメアリーにクレアとアンネローゼにユキメはゲートを通って外へと出た。

 

「偶には全力を出さないとな」

 

 そうして霧状の魔力を大量に噴出し続けるとその霧がシドの身体を包み、そうして霧が晴れれば龍と悪魔を混ぜたような異形と化したシドが居た。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 そうして青紫の輝きを放ち、それは『紅の塔』の頂上の部屋から下までに浸透し、激しい光の爆発を起こした。

 

 これにより、『紅の塔』は『聖域化』しながらこの世界の空間から隔離された特殊な空間へと転移された。

 

 

 

 そして、シドは異形となった事で背に生えた翼により、天空高くへと昇って……。

 

「アイ・アム・アトミックフルバースト!!」

 

 凄烈な青紫の光の輝きを纏うと、先ほどとはさらに激しく爆発し……『赤い月』によって赤に染まった光が消し飛ばされ通常の夜へと次々に塗り替えられたのであった。

 

 

 

「それじゃあ、今度こそ『安息の地』を見つけられると良いな」

 

「重ね重ね、ありがとう……」

 

「では、またな……」

 

 全てが終わった後、改めてエリザベートとメアリーに会い、旅立つ二人をシドは見送ったのである。

 

 

 

 そして……。

 

「皆、安心してくれ。『血の女王』はこの俺が責任持って討伐した。今後は吸血鬼の脅威に脅かされる事は二度と無い」

 

『おおおおおっ!!』

 

 無法都市にある魔剣士協会へとクレアたちと共に戻ったシドは『紅の塔』と『赤き月』のそれが消えているのを『血の女王』が討伐された証拠という事にして、避難しに来た者たちや戻って来た魔剣士たちへと報告し、それに皆は喜んだのである。

 

 そうして……。

 

「ふふ、折角の縁や。まだまだ夜は長いし、わっちのところでゆっくりしていきなんし」

 

「そうさせてもらうわ」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

「シドさん、命のお礼はしっかりとさせていただきます」

 

「は、はは……」

 

 全てが終わった後はユキメの居城である『白の塔』へとユキメがシドにクレアにアンネローゼ、そして魔剣士協会で避難していたユキメが管理する色町で働いている娼婦のマリーがシドにお礼をしたいと言っていたので彼女も招待し……。

 

「たっぷりと奉仕させてもらいんす」

 

「私も頑張ったシドにご褒美あげるわね」

 

「良い機会だし、私も」

 

「私もそれなりに自信があるんですよ」

 

「そういう事なら、俺も応えさせてもらおう」

 

 シドは残りの夜をユキメにクレアとアンネローゼ、マリーと繋がりながら愛と快楽を共に感じ合って過ごしたのであった……。

 



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六十四話

 

 

 吸血鬼とそれに連なる者が力を得て活性化する異常な天候である『赤き月』が訪れた事により、無法都市に君臨している王者の一人、吸血鬼の始祖が『血の女王』、エリザベートが復活し暴れ回る事を危惧した国々によって『魔剣士協会』は血の女王討伐任務を与えられ、それは今年の『ブシン祭』の優秀者であるシドによって『赤き月』と『血の女王』、両方が解決したのである。

 

 もっとも血の女王であるエリザベートはメアリーと共に安息の地を求めての旅に出ているので討伐はしていないのだが……。

 

 

 因みに……。

 

「太陽の光とは良い物だな」

 

「はい、本当に……」

 

 エリザベートはクリムゾンにより、ディアボロスの雫や錠剤を投与された事で復活前には克服は出来なかった日光に対する耐性を得ていた。

 

 主を暴走させるという謀反に等しい事をしたクリムゾンであるが、結果的には一つくらいは主のためになる事をしていたようだ。

 

 ともかく、世界の国々はこうして平穏を取り戻したのである。

 

 

 

 そうして、問題が解決した翌朝……。

 

 

 

「それじゃあ、またどこかで会いましょう。シド」

 

「ああ、そうだな。アンネローゼ」

 

「シドさん、いつか店にいらしてくださいね」

 

「勿論だ」

 

 ユキメのいる『白の塔』を去って、旅にでるというアンネローゼと無法都市を出て料亭を開くというマリーを見送り……。

 

「シド、借りは返させてもらうからな」

 

「人の何倍も働くぜ」

 

「よろしくな」

 

 無法都市で奴隷になってしまったクイントンとゴルドーはシドに買ってもらった事で救われた。そして、シドの言う通りにグールから無法都市で生きる一般人の救援や避難をした彼らは更に『シャドウガーデン』によって運営されている傭兵組織を紹介され、そこで働く事で借りを返す事を契約し、そこへと向かうのをシドによって見送られたのである。

 

 

 

「それじゃあ、帰ろうか姉さん」

 

「えぇ」

 

 その後、シドとクレアはミドガル王国王都へと帰還をしたのである。

 

 その一方で……

 

「イータ、吸血鬼の血液のサンプルだ」

 

「ん、ありがとうマスター」

 

 ミドガル王国王都で経営している『ミツゴシ商会』に隠された『シャドウガーデン』のアジトでイータにシドは戦いの最中に採取していたクリムゾンとエリザベートの血液の入った薬瓶を渡し、イータは嬉しそうに微笑んだ。

 

「お前たちも良くやってくれたな。その分、しっかりと労わせてもらう」

 

『ありがとうございます、シャドウ様』

 

 無法都市にて密かに『紅の塔』にて宝や資料の回収をしていたベータにローズ、664番と665番チームとグールの討伐をしていたデルタにベアトリクス、アウロラにオリヴィエたちに礼を言った後、『特殊空間』にてそれぞれが望むシチュエーションで愛を交わしたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今より数年前、獣人の国は戦乱の世であり力のある部族は他の部族を侵略するという『弱肉強食』の理が成り立っていた。

 

 そうした侵略に対抗するために同盟をする獣人たちもおり、一つの妖狐族と一つの大狼族もそうであった。ましてや妖狐族と大狼族の同盟は妖狐族の中でも強い三本の尾を持つ女性の娘と大狼族の長の息子が婚約関係を結ぶほどに強固であったが、しかしその同盟によって平和になることは無かった。

 

 近くで大部族の衝突が起こり、それに巻き込まれてしまい結果として村は襲われ……妖狐族の娘――ユキメは当時、婚約者であった大狼族の長の息子に連れられ、侵略された村より避難したがそこで恐ろしい話を聞く。

 

『お前の母は俺が切り伏せた。『教団』による素晴らしい薬と庇護をあの女は受け入れなかったからな』

 

「ぇ、な、何を……言っているの……?」

 

『ユキメ、俺と供に来い。そして復讐をするんだ』

 

「い、いや……きゃあっ!!」

 

「お前も俺を拒むのかっ!!」

 

 愛していた人からユキメは逃げ出すもその背を大狼族の息子は容赦なく切り裂いた。

 

 そして……。

 

 

 

「拒むなら、死ね……っづぎゃあああああああああああああああああっ!!」

 

 倒れたユキメの背を貫こうとした息子は飛来した剣閃が目に炸裂した事で両目を切り裂かれた激痛に苦しんだ。

 

「うああ……」

 

 そして、息子は必死でその場から逃げ出す。

 

「ユキメさんだな……貴女の母と救えるだけの妖狐族と大狼族は救いました。もう少し救援が間に合えば良かったのですが」

 

 当時、実戦経験を積むために十歳の頃から度々、盗賊の討伐などをしていたシドはその日、妖狐族と大狼族の村が襲撃されているのを発見し、急いで救いにいったのだ。

 

 結果としてある程度、復帰が出来る程度には被害を軽減出来たのである。

 

 その後、シドはユキメ達の村を襲った部族をシドが皆殺しにしたり、村の復興を助けたのだ。

 

 

 

 

「ほんまに感謝しておりんす、シドはん」

 

「そう言ってもらえるならなによりだ。もっと早く、お前たちを助けられたらもっと良かったんだが……」

 

「村の復興まで手伝って貰ったんだから、十分でありんす」

 

 後日、『白の塔』にてシドはユキメと話をしていた。

 

 

 

「やっぱり、復讐をする気なのか?」

 

 そして、話を切り出す。ユキメの母親を殺そうとしたユキメの婚約者である大狼族の月丹の事を……。

 

 彼は当然ながら、それぞれの村にとっては大罪人であった。

 

 

 

「婚約者であった者としてのけじめでありんすので」

 

「そうか……じゃあ、これは提案なんだが……」

 

 そうして、シドは提案をする。ユキメは『無法都市』で色町を取り仕切っているが表の世界でも商会を経営しているのである。

 

「シドはんが『ミツゴシ』の……ふふふ、ほんまに稀代の傑物やわ」

 

「お褒めに預かり、光栄だ」

 

 そうして、シドはユキメと商会の経営者どうしの協力関係も結んだのであった……。

 



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六十五話

 

 この世界の商業において頂点にある商会とは何か? そんな質問をした者に皆は冗談かとでも言うように笑い、こう答えるだろう。

 

『ミツゴシ商会』だと……。

 

 まずどこから生み出しているか分からない超特産品の『コーヒー』や『チョコレート』は元より、作り出す衣服や雑誌、嗜好品や玩具等々様々な分野に手を出しているし、まるで遥かに未来の技術を知っているとでもいうかのように高い生産力を図っている。

 

 しかも売り出す対象は貴族だけでなく、一般市民向けにも色々と開発しているので老若男女問わず遥かな人気だ。

 

 しかし、市場を独占している訳では無く、大商会連合に属する商会にもある程度の技術提供やら共同制作するなどもしていた。

 

 それでも駆け引きにおいては『ミツゴシ商会』が圧倒的優位の元で行われるため、結局のところ、ミツゴシが商会の頂点に座しているのは明らかである。

 

『ミツゴシ商会』から利益を得れど、いずれは蹴落としてやろうと計画している大商会連合にとってしかし、最近になって驚天動地な出来事が起こった。

 

 なんと『ミツゴシ商会』が最近、名を上げてきた『雪狐商会』を吸収合併するというのである。『ミツゴシ商会』が更に権威と力を増すその事を大商会連合は無視できなくなり、だからこそ重すぎる腰を上げる事となった。

 

『ミツゴシ商会』が『雪狐商会』と手を組んだため、『雪狐商会』が商売を経営している市場に『ミツゴシ』の商品を輸送するという情報が舞い込んできたからというのもある。

 

 それには『コーヒー』や『チョコレート』の原料となる物すら運ばれるという。今まで輸送法ですら分からなかったが故に千載一遇のチャンスだと判断したのだ。

 

 そして、夜中のとある場所にて数十台の荷台が並んでいるミツゴシ商会の『輸送隊』による野営地が築かれていた。

 

 荷台の一つ一つが一億ゼニーを超える商品を積んでいる。言わば宝の山だ。

 

「へへ、情報通りだな」

 

「護衛の一人すらいねぇ……潜入しているガーターの旦那の部下からの情報とはいえ、調子に乗り過ぎだろう」

 

「まぁ良い、やっちまうぞ」

 

 そんな野営地を遠くから眺めているのは覆面を被り、腰に剣を差しているという山賊に扮した魔剣士の集団。

 

 大商会連合に属している『ガーター商会』の私兵団である。そして彼らは獲物を狩ろうと野営地へと静かに忍び寄っていき……。

 

「は!? さっきまで輸送隊の奴が居た筈……」

 

 「これ、只の砂……」

 

 天幕に入ればさっきまで輸送隊による人影や気配があった筈なのに消失したようにいなくなっており、荷台にあるものも只の藁や砂を入れただけの袋であった。

 

 瞬間、罠に嵌められたと気づいた瞬間、強烈な閃光が私兵団に降り注ぎ……。

 

「ぐっ、ま、魔力が……」

 

 私兵団は魔力を失った。

 

 

 

「こうも簡単に罠に嵌るとはな……遠慮はいらん、畜生共を狩り殺せ」

 

『はっ、シャドウ様』

 

 罠に嵌り、イータによって新開発された魔力消失弾による効果で魔力を失い、狼狽するガーター商会の私兵団の様子をシドが霧による干渉で眺めながら、ゲートを作り出しニューに短い金髪であり、生真面目な雰囲気漂う男装のエルフの麗人であるカイと金と銀のオッドアイであり、短い黒髪のハーフエルフであるオメガたちによる『シャドウガーデン』の襲撃部隊が行動を開始、私兵団による断末魔の叫びが周囲に響いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 そして、『ミツゴシ商会』の建物内では会長であるルーナと最近、『ミツゴシ商会』に雇用されながら、頭角を現して働く男のラギリが居た。

 

 今夜はラギリの働きを評価してルーナは個人的な食事をしようと誘惑をしたのである。

 

「美味しかったですか、ラギリ?」

 

「ええ、とても……これ以上ない、絶品でした」

 

「それは良かった。なにせ貴方にとってはこれが()()()()()ですからね」

 

「は、それはどういう……うぐっ!? が、は……」

 

 食事を終えたラギリに笑顔で問いかけたルーナ。 ラギリは彼女の言葉の意味を問おうとした瞬間、体内に激痛と苦しみが生まれ、堪らず倒れ伏しながらもがき苦しみ始めた。

 

 毒を盛られたのである。

 

「ふふ、その毒は直ぐに死ねるようなものではありません。ですが勘違いしないでください、私達は貴方がガーター商会からの諜報員だと言うのは気づいていました。目に見える裏切り者程扱いやすいものは無い……ありがとうございます、存分に踊ってくれて。だから、これは慈悲です。最後の慈悲に貴方の最後を見届けてもあげましょう」

 

 本当なら、たっぷりと切り刻みながら殺すところなんですよと言いながら、ルーナは先ほどまでの男を誘惑するような微笑みはどこへやら、冷酷な瞳でもがき苦しんでいるラギリを見ていた。

 

「が……か……ぁ……」

 

 そうしてしばらくして死ぬラギリの様子を只々、冷酷にルーナことガンマは見届けていた。

 

「終わったな」

 

「はい、主様。流石の計略でした」

 

 ユキメと手を組んだシドはそれに乗じて『ガーター商会』の諜報員と私兵団を始末する策を練り、それを実行した。

 

「計略と言う程でも無いけどな……さて、向こうが動いた以上はここまでだ。計画通りに『大商会連合』を丸ごと乗っ取るぞ」

 

「主様の御心のままに」

 

 『ガーター商会』が動いた事でシドは数年前より『大商会連合』の全てを乗っ取ろうと画策し、駆け引きしている間に仕込んでいたそれを使う事を指示したのであった……。

 




 信用崩壊なんてことはしません、この作品では『大商会連合』を丸ごとシドは征服します。


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六十六話

 

 とある広い空間の部屋の中央には一台のピアノが置かれている。そしてピアノの近くに置かれた椅子に男が座り、曲を奏でる。

 

 その曲は現在、深い夜の中で奏でられているが夜明けに勝利を迎える事を確信している曲にして夜明けに至るまでに敗北を迎える者たちへの鎮魂歌である。

 

 そして、男が鎮魂歌を捧げる中で……。

 

 

「がはっ!!」

 

「うぐっ!!」

 

 とある建物の中で活動していた男たちが襲撃者達により殲滅され……。

 

「貴方達を助けに来ました」

 

 そうして『大商会連合』に属し、有能な者が商会を経営しているもののディアボロス教団が利用するために人質に取られていた者が救出されたり……。

 

「野郎ども、相手は鬼畜外道どもだ。やっちまえぇぇっ!!」

 

「我が剣をくらえっ!!」

 

 大商会連合の手駒である魔剣士の傭兵団やディアボロス教団の部隊がクイントンとゴルドーなどが所属する傭兵団の襲撃により、壊滅していく。

 

「申し訳ありませんが死んでください」

 

「あぐ、お、お前……」

 

 大商会連合の中でディアボロス教団に自ら協力し、私服を肥やす者は内部に潜んでいた者によって始末されたり……。

 

「な、なんだ……ぐわあああっ!!」

 

「た、頼む命だけは助けてくれ金は……ふぐっ!!」

 

 大商会連合と不正取引にて繋がっていた貴族らすらも襲撃され殲滅されていった。

 

 一夜の中でこの世界の各国で商売を経営している『大商会連合』の情勢は激変し、全て『ミツゴシ商会』に吸収合併されていき、これによって商会の頂点の座に正式に君臨するのである。

 

『……』

 

 そんな中……夜明けの勝利を鎮魂歌として奏でる演奏家より少し離れたところにそれぞれ黒衣を着た男三人と獣人の男一人が演奏を聴いていた。

 

 一人だけ種族は違う襲撃者の四人達は『四つ葉』と呼ばれるガーター商会を裏から支配しているディアボロス教団の準幹部の一人である月丹による私兵団の中の精鋭四人である。

 

 商会の世界で大きな力を有している『ミツゴシ商会』から資金や商品の製造法を奪い取りに来たがミツゴシ商会の建物の中に入った瞬間、原理は不明だが男がピアノを演奏しているこの空間に来たのである。

 

 そして、演奏家の男には全く隙が無いどころか動いた瞬間に自分たちが殺される事すら強制的に幻視した。演奏を聴きながら自分たちの終わりを悟り……。

 

「ご清聴、ありがとう……それじゃあ、始めようか」

 

 演奏家の男は椅子から立ち上がり、四つ葉に語り掛けつつ少し歩くと右手に黒い液体状の剣を出現させた。

 

 

 

 『うおおおおっ!!』

 

 死ぬと理解しながらも逃げられないとも悟っている四つ葉の男たちは男へと向かって行き……そして変幻自在にして流麗に黒い剣閃が踊ると全員の首を刎ねたのである。

 

「因みにさっきの曲は『Nessun dormakakko(誰も寝てはならぬ)』って曲だ。良い曲だったろ」

 

 

 四つ葉を返り討ちにしたシドは遺体へと告げる。そして……。

 

「あ、あいつが……あいつが来るというのかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ガーター商会の建物にある目に刃傷が刻まれていて失明しており、グラサンをかけた大狼族の男にして月丹は四つ葉の生首と共に贈られた手紙に『次はお前だ。相変わらず弱い者虐めが好きなんだな。罰として与えた目の傷は未だに疼くか?』と記されており、震えながら読み上げるカエルのような小太りの男、ガーターの声を聞くと魔力を噴出させながら激しく激怒する。

 

「良い機会だ。昔と今と纏めてこの借りを必ず返してやるからなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そうして三日月が浮かぶ夜に響き渡る怒りの咆哮を上げるのであった……。

 



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六十七話

 

 ミドガル王国の王都に店舗を構えている商会の一つ、ガーター商会の支配人であるガーターは自分の邸内を忙しなく駆け回っていた。

 

「(も、もう終わりだ。こ、このままでは私は破滅してしまう)」

 

 密かにガーターが繋がっている組織である『ディアボロス教団』が元となって成り立っていた『大商会連合』は実質的に瓦解が始まっていた。協力して経営していた筈の『ミツゴシ商会』は遥かに自分たちより巨大な組織であり、しかも最初から自分たちを支配すべく、手筈をも整えていたのだ。

 

 なんという周到であり、完璧であり、計画としても穴が無く、臨機応変だったのだろう。ディアボロス教団も今は自分たちが末端としたり、財源としている組織やら商会やらが崩壊し始めているのでそちらの対処で手一杯の筈だ。

 

 それにディアボロス教団から派遣された幹部の月丹は『ミドガル商会』と『ユキメ商会』による宴への招待状……というよりは今回の件における全ての決着をつけるためのものだろう。

 

「ユキメ……お前までっ!!」

 

 そう、更に怒りの炎を燃やしながら月丹は招待状が示した場所へと向かった。だからこそ、今がチャンスだ。

 

よって、ガーターは逃亡を開始しようとして……。

 

「ガーター会長ですね……貴方には聞きたい事が山ほどあります。来て頂けますね?」

 

「……はは」

 

 シドにより、ガーターが部下たちに指示して行ってきた証拠やら証人やらを手渡されたアイリスが私的に、そして秘密裏に動かせる自分の騎士団である『紅の騎士団』を率いてガーターに接触し、ガーターは終わりを悟って地面に座り込んでしまったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が降り始めた夜中、とある場所に二人の獣人と一人の男が居た。

 

「ユキメ……お前まで俺から全てを奪おうとしているとはな」

 

「何を血迷った事を言っているんだ。そもそもお前が婚約者だったユキメさんの母親を殺そうとしたし、ユキメさんも殺すところだっただろう。逆恨みも甚だしいし、ユキメさんの母親もユキメさんも救って、お前の同族も含めて何人かは救ったんだから感謝して欲しいな」

 

「黙れ、そして貴様かっ、俺から目を奪ったのはっ!!」

 

「だから、それはお前がユキメさんを殺そうとしていたからだろう。まあ、救助優先だったからお前を殺せなかったのは俺の落ち度だけどな……だからこそ、今日此処で全ての決着をつけようじゃないか月丹。因みに俺の名前はシド・カゲノーだ」

 

「そうか、貴様があの……望むところだ」

 

「最もシドはんが出るまでもありんせん。わっちが元婚約者として引導を渡しんす」

 

「なんだとぉ……」

 

 月丹は怒りのままに腰に差した鞘から長刀を抜き、構え……。

 

 それに対してユキメは九本の尾を太く長くし、澄んだ水のような瞳を赤に染め、濃密な魔力を漂わせながら鉄扇を構える。

 

 そして、月丹とユキメが対峙して数舜後、刀が描く軌跡と鉄扇が描く軌跡が交錯し……。

 

「が……ぁ……ば、馬鹿な……」

 

 月丹が雪の積もった地面に跪いた。ユキメに負けた事に月丹はショックを受けていた。

 

「これが妖狐族の真の姿と力……これでぬしはおしまいでありんす」

 

「ユキメぇぇぇぇぇ……」

 

 睨みつける月丹の瞳に対し、悲しげな瞳を向けながら鉄扇を突き付ける。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

 

「どこへでも行きなんし……これが婚約者であったわっちの最後の情けでありんす。願うなら、わっちの村とわっちの命を助けてくれた優しいぬしに戻って……」

 

ユキメは月丹を一瞥すると彼の元から去り……。

 

「ふ、ふざけるな……ふざけるな、ユキメぇぇぇっ!!」

 

 恥辱を与えられたとばかりに更に怒りながら、月丹は薬を飲んで傷を癒しながら立ち上がり……。

 

 

 

「おっと、そこまでだ。お前……大狼族の剣士だったらしいがその誇りすら失ったようだな」

 

「づ!?」

 

 シドからの威圧によって月丹は動きを止めさせられる。

 

「慈悲も要らないというなら、良いだろう。俺が応えてやるよ……ほら、何でもやって良いぞ。本気で、全力で挑んで来い」

 

「う、うおおおおっ!!」

 

そうして月丹は自分の懐から更に大量の錠剤を取り出す。ディアボロス教団が使う強化薬だ。

 

それを自分の許容量を超えて飲み込み……。

 

「ぅぐぅおがあああああああああっ!!」

 

 月丹は赤い血の塊のような瞳を開き、身体をどす黒く変色させ、筋肉を醜く歪めながら肥大化させると共に凄まじい魔力を吹き荒れさせた。限界以上の魔力であるためか体が崩壊しつつ、それを修復し始めているという狂った状態が生じた。

 

「来い」

 

「ぅ……ぁ、ああ……な、何故だ、力を求めたというのに……俺はどうして……」

 

 シドが自然体にて構えながら漂わせている力に月丹は震える。散々力を求めたというのにユキメには敵わず、シドにおいては自分が知る『ディアボロス教団』の最強の実力者ですら超えていると理解までさせられた。

 

「そんな事、俺が知るか。只、安易に薬を使ったり、負けを認めずに不意打ちをしようとするような弱い精神の奴が強くなれる訳は無いとは思うけどな」

 

「ぎ……おおおおおおおおっ!!」

 

 シドは容赦なく、断言すると月丹は長刀を持ってシドへと迫り……。

 

「ふっ!!」

 

「がはっ!! く……が……俺は間違えたのか……」

 

 月丹の心臓をシドの拳撃が貫き、月丹は大量の血塊を吐き出す。

 

 

 

「ああ、そうだな。致命的な間違いだ」

 

 

 

「……くく……俺の同胞とユキメの一族……救ってくれた事、感謝する……ユキメは……託す、ユキメ……す……ま……」

 

 

 

「月丹……」

 

「今更、遅いんだよ……」

 

 月丹は憑き物が取れたような穏やかな表情でシドに語り掛けると届かない声の小ささではあるが、ユキメに顔を向けながら謝りそうして倒れ……永遠の眠りにつく。

 

 シドは何とも言えない表情で吐き捨て、ユキメは最後の最後にかつての優しかった頃の態度を見せた月丹に悲し気な表情を向けたのだった……。

 

 

 



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