バカと優等生先輩と抗えぬギャグ時空 (月島さん)
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1話:そうはならんやろな肝試し

皆様の息抜きになれば嬉しい一口作品です。


 

 

 

「……お前たちは、一体何を言っているんだ……?」

 

 

 それは、俺──文月学園3-A代表である藤原将生(まさき)の心の底から来る、極めて単純明快かつ純粋無垢なる疑問だった。

 

 

 

 

 

 

 

「将生君。あなたは本当に仕方のない人ですわね……もう一度だけ、説明しますよ?」

 

「あ、ああ。悪い」

 

 

 何故俺が半ば呆れられているのかさっぱり理解できぬままに、同じ3-Aのクラスメイトであり、一応だが受験が終わった後に交際を約束している相手である小暮葵が、皆を代表して俺に対する再度の説明を開始する。

 

 

「まず初めに、今日は召喚システムにカスタマイズが加えられ、普段の召喚獣と違い古今東西様々な妖怪が召喚されるようになりました」

 

「それはわかる」

 

 

 召喚システム──俺たちが高校生として現在通っているここ文月学園の根幹を成す、科学とオカルトと偶然により生み出された、テストの点に依存した強さを持つ召喚獣を呼び出すシステム──とはもうかなり長い付き合いだし、その扱いには長けている自信がある。

 それもあり先程少し試した結果、現状はカスタマイズというより多分故障なんだろうな、という感覚を覚えた。それは俺の左腕としてこれまでやってきた葵も気づいている事だろう。

 とはいえまあ、それを皆の前で直接言うわけにはいかないわけだが。

 

 システムの故障は本来あってはならない事態ではあるのだし、どういった理屈で妖怪が召喚されるようになったのかはさっぱり理解出来ないが……とりあえずそういった状況になった事そのものは理解出来る。

 

 

「それを活用して、肝試しに使うという用途を学園長が見出されました。それに従い、2年生の皆様と私たち3年生の間で学年対抗の肝試し対決をする事になったのです」

 

「……正直言ってこの時点で少々物申したい所ではあるが……まあ、いい」

 

 

 故障を誤魔化す為と実験の為に、季節も合うしいっそ肝試しに使ってやろう──極めて危うい場当たり的な対処手段とはいえ、それはまあ理解出来る。

 

 なんでそれが突然学年を跨ぐ勝負になった? 

 

 とか

 

 俺は3-A代表──この学園は学力順にクラスを分けており、上からA〜Fまでクラスが存在している。更に、クラス内で学力がトップの生徒を『代表』とする制度がある。従って俺は学年首席であり、つまりは3年の代表でもある──なのに、何故それが伝わってない? 俺不在の中、どうして話がここまで進んでいるんだ? 

 

 とか

 

 色々と言いたい事は多々あるが、この段階で文句を言っていたら恐らくキリがないと思われるため渋々受け入れる。

 

 

「勝負のルールとしては、私たち3年生は驚かす側であり、男女2人1組で来る2年生の皆様に一定以上の音量を出させる事によりリタイアして頂く。あるいは6箇所のチェックポイントなる場所にて彼らの召喚獣を打ち倒す……それを学年の人数分成すことが私たちの勝利条件となります」

 

「ルール内容そのものはわかる。──はっきり言って、俺たちに勝ち目が全くない勝負とは呼べない何かにしか見えないが、それを言っては駄目か?」

 

「駄目です」

 

 

 駄目なの? 

 

 ……俺たちの戦力は単純計算で2×6の12人。

 それに対して2年生はただ黙って突っ切るだけの単純作業をこなすだけで学年全員の戦力を使う事が可能。

 

 流石にこれは勝負とは呼べないだろう。

 

 余程恐怖に弱い人間でなければ、高校生にもなって今更肝試しで叫んだりなどしない。

 こんなルールを提示されている以上は、本当は恐怖は感じていないけど恋愛的雰囲気を優先してわざと叫ぶ──みたいな事はしないわけで……どう考えても予想されるリタイア者なんて数える程だろう。

 

 何故こんな3年生に不利なんてものじゃないような理不尽ルールになった……? 

 いや、もうこれは話がここまで進んでしまった今更言っても仕方ない事ではあるのだが……

 

 

「先程もお聞きしましたが、あなたには3-Bのチェックポイントにて待ち構えて頂きたいなと……構いませんか?」

 

「ああ。常村と夏川が3-Aのチェックポイントで待つんだろう? ……まあ、好きにすればいいさ」

 

 

 ……別に、どのチェックポイントを誰が守ろうと皆等しく圧倒的物量で押し潰されるだけだろうからな。

 

 あくまで勝ちを考えてセオリーに則るならば、最後の3-Aのチェックポイントを学年首席である俺が担当した方がいいに決まっている。

 

 とはいえまあ……こうなった以上は、勝敗に拘らずに好きなように楽しめばいいさ。

 

 それはともかく。

 

 ここまでは、

 納得はいかない部分はかなり沢山……いや正直そんな部分ばっかりではあるが……理解はできる。

 無理矢理ならば飲み込む事は出来なくはない。

 

 そんな話だ。

 

 だから、

 問題はここから。

 

 

 

 

「では私は、3-Cエリアにて着物を着用しながら待ち、2年生の皆様が到着次第それを脱衣。中のレオタード姿を見せる事で大量の鼻血を噴出させ、その音にてリタイアさせるという策を取りたいと考えておりますが……よろしいでしょうか?」

 

 

「何を言っているのかわからない」

 

 

『よろしいでしょうか?』ではない。

 

 言っていることがあまりにも意味不明だ。

 何から突っ込めばいいのかすら最早わからない。

 

 

 ──そのように、困惑極めて発言に迷う俺に対し、

 

 

「争わずして勝利を得られるのですよ? 素晴らしい事ではありませんか」

 

「そ……そう、だな?」

 

 

 さも素晴らしい善行かのように語る葵に圧倒される。

 

 ──戦わずして勝利を収める。

 それはかの豊臣秀吉の偉業に代表されるように、まさしくそれが出来るなら世話はないと言えるような理想の展開である。

 

 争いを嫌う主義である葵らしい……らしい? 手段であり、2年生と遺恨を残さぬ平和的解決方法である……かもしれない。

 

 だったらまあ……

 

 いやいやいや。

 流されるな、俺。

 

 

「まずは1つずつ。そう、1つずつ確認したい」

 

「? はい。構いませんが……何をでしょうか?」

 

 

 落ち着け。

 何でもそうだ。

 疑問があるならば1つずつ紐解いていく必要がある。

 さながら数学の難問に取り組む時のように。

 

 

 というわけで、最大の疑問である……

 

 

「葵が着物姿からのレオタード姿を見せる事で鼻血を噴射させる。これがわからない」

 

 

 それに答えたのは葵ではなく、同じクラスの女子。

 

 

「代表、何を言ってるの? 葵の魅力は代表が一番わかってるでしょ?」

 

「いやいやいやいや。確かに葵は非常に魅力的だ。それ自体は確かによくわかっている。──だからといって、見ただけで鼻血を大量に噴射なんてしないだろう」

 

「ん? するでしょ??」

 

 

 何を当たり前かのように言っている? 

 

 

 俺がおかしいのか?? 

 なんでお前たち全員が俺に対して『お前は何を言っている?』と主張したいかのような表情をしながら見てくるんだ???? 

 

 そして葵。

 俺の言葉に恥ずかしがって顔を赤くしながらもじもじするのは確かに奥ゆかしくて可愛いが……お前が一番おかしいからな?????? ──たぶん。

 

 

 あまりにも意味がわからなすぎて、考察が疎かになってしまっているが……時間に限りがある以上、次に進まねばならない。

 

 

「──わかった。この際それは断腸の思いで受け入れよう──本当に、訳がわからないが──次に、そこまで音を出す程に大量の鼻血を出したら、恐らく肝試しのリタイア以前に人生をリタイアする危機が発生すると思うんだが」

 

「鼻血なんていくら出した所で精々保健室送りになるくらいでしょ。今更何を言ってるの?」

 

「…………」

 

 

 俺は物理法則や人体の構造を考慮した話をしているつもりなのだが、それはどうやらサラッと流す程度の、これまで何度も発生した常識的な話らしい。

 

 現状は、とうに俺の理解を超越した所にまで至っている。

 対処手段がまるで頭に思い浮かばない。

 

 俺はこの状況にまるでついていけていない。

 

 

 ──最早これまでか──

 

 

 いや! 

 まだだ!! 

 

 対応しろ、藤原将生。

 よくわからない物から逃げるのではなく、乗りこなすんだ。

 

 お前はそうして今までやってきたはずだろう? 

 この過酷な世界を。

 

 抗え。闘え。

 

 

 ──そのようにして俺が、一瞬だが諦めが脳裏を過ってしまった自分自身を励ましていると──

 

 

「作戦の有効性は疑いようがないわ。ただ、唯一……受験が終わったら葵と付き合う代表が、この作戦が嫌だと言わないかどうかが問題で」

 

 

 有効性極めて疑わしいんだが。

 

 

 ──それはともかく。

 先程の葵の『よろしいでしょうか?』はそういう事か。

 ならば──

 

 

「作戦の是非はこの際置くとして──誠に不本意だが一旦置くとして、それは構わない。着物にせよ、レオタードにせよ──葵がそれを着用する事に問題など一切ない。むしろ、堂々とするといい。今まで葵が相応に努力しているのは俺が一番良く知っているのだから」

 

 

 着物にせよ、レオタードにせよ、それは日本の文化を、新体操の歴史を示した物である。

 恥ずかしい、他人に見せたくない、見せて欲しくない……そんな事はありえないし、葵が茶道や新体操の練習に真剣に取り組む姿を側で見てきた俺がその2つを否定する事は決してない。

 

 むしろ、それらが似合う事は誇らしい話でしかないのだ。

 

 

「それに……葵が見せたがりなのは前からだろう? それが嫌ならば最初から葵と付き合おうなんて言い出しはしない。実際、その姿が誰よりも綺麗なのは間違いない事実だからな」

 

 

 人にはそれぞれ趣味嗜好がある。

 相手のそれを否定する間柄の人間が交際したとしても、すぐに別れるであろう事は目に見えた話。

 

 つまり、何が言いたいのかというと……俺が受験後に葵と交際する約束を交わしたのは、葵の性癖を理解した上だという事だ。

 

 

「わあ、流石はイケメン代表。よくもまあ臆面もなくそんな事を……すごいね」

 

「……あなたという人は、これだから本当に……」

 

 

 葵が先程以上に顔を赤らめて嬉しそうにしている。

 

 ……見せたがりなのはわかっていると言われてこのように喜ぶ葵はやはり相当な性癖をお持ちだ。まあ、葵はそこも面白いし、何より魅力的だと思ったからの交際話であるのだ。

 

 そうして俺は、圧倒されるばかりだった今回の会議において面目を保つ事にどうにか成功した。

 

 ──作戦の是非はやはり気になる所だし、その疑問が払拭される事はまずないと断言出来るわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし──

 

 

「なん……だと……?」

 

 

 俺の予測に反し、まるで漫画のように鼻血を凄まじい勢いで噴射し、音を出すどころか衝撃で自らの身体まで吹き飛ばしている多数の2年生男子を見て、最早その言葉しか発する事ができなかった。

 

 

 

 ──これは、成績優秀眉目秀麗スポーツ万能人望も運も兼ね備えた完璧超人である藤原将生が、無敵の相手

 

『ギャグ時空』

 

 に抗えない物語である──

 

 

 

 

 

 





古い記憶を頼りにしているため、記憶違いが多々あると思いますのでご容赦を。
その理由は原作が今実家にあり手元に無いためで、続ける場合は特に11、12巻を購入しなおしてからやるかもしれません。


※ただでさえ自分の中でクッソ低いエタハードルが匿名投稿だと更に下がると思ったので匿名止めました。
3年生主人公だから話数少なく完結できるはずなんだ…!
書き溜めはないけど!


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2話:リンチと敗北

感想ありがとうございます。
励みになります。


 

 常識を超えた事態を前にしつつも、自らを鼓舞してどうにか正気を維持したまま、チェックポイントにて2年生諸君を待ち構えて暫く。

 

 

 ふむ、どうやらようやく挑戦者が……

 

 ……!? 

 

 

「2-A 久保利光。先輩たちに勝負を申し込みま……」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ」

 

 

 俺は慌てて、久保君──葵の罠(?)を突破し、その勢いのまま俺の待つ3-Bチェックポイントまでたどり着いたペアの片割れである2年生の男子──を止めた。

 あまりにも気になり過ぎる()()がそこには存在していたのだから。

 

 

「……どうかなさいましたか、藤原先輩。僕は今すぐにでも貴方たちを打倒して先に進まなければならないのです。強敵なのは承知の上ですが……」

 

 

 何やら並々ならぬ決意を秘めた様子を見せる久保君。

 ただの肝試しに少し……いやだいぶ気迫を込めすぎな気はするが、俺に後輩が全力で向かって来てくれる事自体は嬉しい事だ。

 俺と彼は初対面なのだが、どうやら久保君は俺の事を知っていてくれているみたいで、それもまた喜ばしい事実。

 

 ……だが、今はそれよりも

 

 

「いや、君はいいんだ。初対面でいきなりこんな風に話しかけて馴れ馴れしいと思うかもしれないし、俺としては何故そこまで君が急いでいるのかも不明だが、とにかく申し訳ないとも思う。……が、そんな事よりも」

 

 

 

「この子は……一体『ナニモノ』だ?」

 

 

 

「オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ……」

 

 

 さっきからひたすらに周囲に呪詛を撒き散らす謎の妖怪がソコニイルのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、勝負には勝ちました。

 流石に点差があるからな。

 

 

「クッ、僕は先に進んで吉井君に追い付かなければならないのに……!」

 

「オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ……!」

 

「追い付く? いや、追い付くも何も、ここはチェックポイントである以上、君たちが先頭なわけだが……」

 

 がっくりと項垂れ、よくわからないが本気で悔しがる久保君と、何より召喚獣より余程悍ましい謎の妖怪に対して割と本気でドン引きしながら言う。

 進むとは何か概念的な意味なのだろうかと考えはしたが、どうやらそうではなく物理的な意味らしいから。

 

 

「! 確かに、言われてみれば……!!」

 

「オネエサマ……?」

 

 

 お前は『オネエサマ』以外の単語を発せられないのか? 

 

 

「わかりました。僕たちの負けです。ありがとうございました」

 

「──ま、まあいい勝負だった。機会があればまたよろしく頼むよ」

 

 

 急に冷静になった久保君に驚きながらも、なんとか社交辞令を返してこの場を収めた。

 

 

「何だったの? あの子たち……」

 

「わからん……」

 

 

 学年次席の高城が不在のためにペアを組む事になった、3年生の中で3位の成績である才木美夏と俺は互いに恐怖と困惑に打ち震えながらそう漏らした。

 

 いや、本当に一体何だったんだあれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして暫く待ち、次に俺の所に辿り着いたペアは

 

 

「初めまして。随分と瓜二つの双子だな、君たちは」

 

「は、初めまして、藤原先輩! 2-A、木下優子といいます!!」

 

 

 非常に良く似た顔をした双子の内の片方が、やたら上擦った声で挨拶してくる。

 

 

「姉上……まあ、いいんじゃが。ワシからも挨拶しよう。よろしく頼むぞ、藤原先輩に才木先輩じゃったか」

 

 

 なんだこいつ……

 何故こんな爺のような言葉遣いを……? 

 

 

 とはいえ、挨拶を返す美夏を横目に見ながら、俺は持ち前の冷静さでどうにかその困惑を表に出さずに会話を続ける。

 

 

「弟君の事は俺の方が一方的に……ではないみたいだが、知っているよ。木下秀吉君だろう?」

 

「藤原先輩が、ワシの事を……?」

 

「前に君の演劇を見た事があってな。見事だったよ」

 

「そうじゃったのか。感謝す……!? 今、弟と申したか!? もしや藤原先輩は、ワシの事を男と思ってくれるのか!!??」

 

 

 そういって、突然血走った目をして前のめりに質問して来る木下弟のあまりの剣幕に圧倒される。

 

 

「あ、ああ。お姉さんと同じで随分と可愛らしい見た目をしているが、君は男なんだろう?」

 

「お、おお……!!」

 

 

 何やら感極まった様子を見せる木下秀吉君。

 いや、ほんとに一体何なんだ……

 

 そして

 

「ふ、藤原先輩がアタシの事をかわいいだなんて……」

 

 姉の方は何やらもじもじしていた。

 

 

 ……それはともかく。

 

 

 俺は木下優子さんの方を向いて、

 

 

「……先程の久保君もそうだったが、俺はもしかして2年生内で有名だったりするのか?」

 

「え? まあ、それは勿論……藤原先輩の事を知らない2年生なんていないと思いますよ?」

 

 

 そこまで? 

 

 いや、俺は自分で言うのもなんだが3年の首席であり、見た目にもそれなりの自信がある以上はある程度は知られているとは思っていた。

 とはいえ、2年生全員の常識レベルの話なのか? 

 

 名前が知られているだけならばわかる。

 だが、皆にこういった反応をされるという事は、知られているのは名前だけではないという事だろう。

 

 別学年の首席をそこまで気にする物なのだろうか? 

 少なくとも、俺は少し前まで同じように見た目に優れた2年生の首席を名前以外は知らなかったわけだが……

 

 

「藤原先輩の逸話は有名じゃからなあ。文月学園史上最優秀成績者であり、スポーツ万能、見目にも優れ、人望もあり、試召戦争において常勝無敗の完全無欠な3年代表。普通の首席などとは訳が違う以上、有名になるのは当然の話じゃろうて」

 

「噂に尾ひれ付きすぎでは? ……まあ、否定はしないが……」

 

 

 俺は冷静を装いながら内心ウキウキで返答する。

 

 

 いや〜困っちゃうな〜そんなに褒められたらな〜俺もな〜

 

 

 ……今日一日、俺は色々と圧倒されてばかりで自信を失いつつあったからな。

 

 そう。これ、これなんだ。

 俺は本来強いはずなんだ。

 

 

「……藤原君、もう十分でしょう? 早く始めないと」

 

「あ、ああ。悪い、美夏。話が思いの外楽しくてな」

 

「はぁ……まあ、いつもの事だけれど」

 

 

 さっきから置いてけぼりの美夏がジト目で俺を軽く睨みながら急かしてくる。

 ……当然過ぎる反応だ。すまない。

 

 

「憧れの先輩たちの胸を借りるつもりで頑張ります!」

 

「姉上……その殊勝さを少しはワシにも……いや、なんでもない」

 

 

 そうして、俺たちに猫又娘と化け猫のコンビが襲いかかってきて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次から次へとやってくる刺客。

 

 それをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……しかし俺たちの召喚獣は既に限界を迎えていた。

 

 

 そんな中

 

 

「久しぶりだな、藤原センパイ」

 

「……(ペコリ)」

 

 

 少し前に色々あって知り合いになった、2-F代表の坂本雄二君と2-A代表の霧島翔子さんがやって来た。

 

 代表対決にして、何より2、3年の首席対決。

 字面だけ見ればまさに頂上決戦であり、ぱっと見だと熱い展開ではあるのだが……

 

 

「ああ、久しぶり。良く来たな。……とはいえ申し訳ないが、既に俺たちの召喚獣は満身創痍だ。いとも簡単に突破出来るだろう。特に霧島さんにとっては期待外れな結果になるだろうが……」

 

「計画通り……!!」

 

 

 ん? 

 

 

「この肝試し勝負、考えられる最大の難敵がアンタだった」

 

 

 まあ……それはそうだろうな。

 俺、首席だし。

 でも、難敵と言ったって……

 

 

 坂本君が続ける。

 

「確かに、翔子を遥かに凌駕する強さを持つアンタは最強だ。特筆すべき弱点もまるで見当たらない。だがそれは、あくまで1対1の戦いにおいての話。こうやって多数で襲い掛かれば倒す事は可能……!!」

 

「いや、さも『してやったり』風な事を言っているが、至極当たり前の話でしかないし、そもそもこの対決は君たち2年生が負ける方があり得ないルールなんだが……」

 

「フッ。負け惜しみは見苦しいぞ、センパイ。何より……首席でイケメンでスポーツ万能で、仕舞いには美人でエロい彼女持ち……そんな奴の存在が、許せる訳ないだろ……!!」

 

 

 いや、待て。

 作戦とか勝負とかではなく、最早単なる私怨しか感じられないんだが。

 それに俺と葵はまだ付き合ってない。

 

 だが、少し遠くで何やら凄まじき強さの大量の怨霊が、それはもう非常に強くうんうんと頷く様子が感じられる気がする。

 

 俺に霊感などなかったはずなのだが……なにやら肝試しなどより余程大きな恐怖と寒気を感じる。

 

 そんな風に俺が突っ込みを入れる前に──なぜか坂本君のペアであるはずの霧島さんが、突如として坂本君の関節を極め始めた。

 

 

「!? ふ、藤原君。あの子いきなり一体何を……」

 

「俺には、わからん……」

 

 

 今日は一体何がどうなっている? 

 あまりにも圧倒される事態が多すぎる。

 

 

 ──怨霊の恐怖に怯えた直後に行われた、一見真面目で大人しめに見える、2年生の首席である霧島さんによるあまりにも唐突で過激な暴力行為。

 

 そのあまりにも慣れきった手際は、普段から毎日のようにこうしているであろうという事実をまざまざと示している。

 

 ……霧島さんってこういう子だったのか? 

 彼女は見た目や雰囲気が葵に少し似ているなどと思っていたのだが……違ったようだ。

 

 少なくとも、葵は俺の関節を極めた事など1度もないのだから。

 ……いや、本当に言うまでもない当たり前すぎる話なんだが。

 

 そんな事を考える俺を他所に

 

 

「……雄二、やっぱり見たんだ」

 

「待て、翔子。その関節技は……あがががが! 声が! 痛みで叫び声が出るからやめろ!」

 

 …………

 

「まあ、2人とも楽しんでいるみたいだし別にいいか」

 

 

 俺は既に、突っ込みを入れる事を諦めていた。

 まさしく俺は、この状況に敗北していた……

 

 

 

 

 

 

 そのようなやり取りを経て、俺と美夏をあっさり破った(何故か俺の召喚獣に対してのみ坂本君は執拗なオーバーキルをかまして来た)坂本君と霧島さんが去った後に、敗れた俺は葵と合流した。

 

 

「お疲れ様です、将生君」

 

「ああ、ありがとう。葵もお疲れ様」

 

 

 俺たちはお互いを労う。

 戦果は……誠に不本意ながら、俺より葵の方が圧倒的に上だった。

 

 先ほど葵が主張していた、戦わずして勝つという事に関して言及するならば、この結果はまさに有言実行と言えるが……

 

 ほんと、どうなっているんだろうな……

 

 

 そんなこんなで俺たちが軽くやり取りをしていた所。

 

 

「そういえば、あなたの召喚獣が倒されるのを見たのは初めてですわね」

 

 そんな事を、葵が言ってきた。

 

「それはそうだろう。俺の召喚獣が倒されるという事はつまり、3-Aの敗北という事だからな。それを避けるために今まで皆で頑張って来ただろう?」

 

「そうですね。確かに当たり前の話ではありますが……先程の彼の言う事、ある意味ではそこまで的外れでもないのかもしれないと思いまして」

 

「……かもな」

 

 

 確かに、試召関連において俺の初めての敗北と言えるかもしれない。

 これまで無敗だったとはいえ、別に俺は無敵でもなんでもないのだ。

 

 俺も、相手のやり方次第ではいくらでも負け得る。

 それは事実として確かにある話で。

 

 

 

 

 

 

 ──そうして、唐突に始まった学年対抗の肝試しは当然のように俺たちの敗北で終わった。

 

 

 だが、この時の俺は全く理解していなかった。

 

 

 これはまだ序章も序章。

 単なる小手調べに過ぎない話でしかなかったという無惨なる事実を……




2話にして敗北する最強系オリ主。
3年生キャラがあまりにも居なさすぎるため、オリキャラ追加していきます。極力少なくするためご容赦ください。


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3話:体育祭と謎の悪寒

 

 ヒュゴォ!! 

 

 

「こんなもん打つとかいう以前の問題だろ!?」

 

 

 ──生徒・教師交流野球。

 

 文月学園体育祭における種目の1つであり、1クラスにつき1チームを選出して、学年を問わずに野球対決する催しである。

 生徒によるチームだけでなく、教師によって構成されたチームもある、まさしく『親睦』に重きをおいた勝敗をそこまで気にしない『ゆるふわ』スポーツ種目。

 

 の、はずと認識していたのだが……どうやら違ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年の生徒・教師交流野球は競技に召喚獣を用いるものとする……ですか。面白そうではありますが、随分と急な話ですわね」

 

 配布された用紙を眺めながら葵が漏らす。

 

「ああ。どうやら野球なんていう複雑な動作をこなせるほど召喚獣を上手く制御出来るようになった事を来賓に見せびらかしたい──という側面が主にあるようだ」

 

 最近、システム関連での不具合が発生したばかりだからな。

 学園長曰く、ここらで1発面目躍如と行きたいのだという思惑があるのだとか。

 

「おや、そのような裏事情があるのですか。 ──何故あなたがそれをご存知で?」

 

 当然の疑問。

 とはいえ、過去にも似たような感じで学園長経由で俺には裏事情が伝えられるという事例はあった。ほとんどの場合においてそれに協力してもらっている葵には学園長が絡んでいるという事は既にわかっている話だろう。

 それでもわかっていてあえて聞いてくる。というのは話をスムーズにする技量の1つ。コミュニケーション能力とはこういった要素の積み重ねと言える。

 

「少し前に、このイベントのメインはトーナメント二回戦に行われるであろう2-A対3-Aの試合で、それを来賓に見せる予定だからいい試合にするようにと学園長に言われてな」

 

「なるほど……二回戦という所に色々と作為というか言い訳というか……端的に言えば少々みみっちさを感じますわね」

 

 一回戦でいきなり2-A対3-Aが行われ、それを来賓に見せるというのはあまりにもクジの作為が露骨過ぎる話。

 建前上、スポンサーなどより学生の方が大事にしなければならないのは至極当然の話だからな。

 更にはAクラス同士の対決という目玉がいきなり終わってはその後のイベント自体の盛り上がりにも関わってくる……何というか、運営側の大変さが見える話だ。

 

「トーナメント表を見ると、一回戦でそれぞれ同学年のBクラスと当たる点など、わかっている側の目線で見るとあまりにも露骨ではあるが……対外的な言い訳を言い張る事なら出来る範囲だろう」

 

「野球という競技の性質に加え、召喚獣を用いる事による初めての対決である以上、実力に開きがあったとしても1試合における勝敗はわからなかったりしますものね」

 

 

 葵の言う通り、一回戦では操作に慣れずグダグダになる事も想定されるからな。

 だから仮に俺たち、あるいは霧島さんたちが負けたとしてもBクラスが上がってくるならばまだいい、という話だ。

 どうなるにせよ、2年生対3年生の図式は作れる事だし。

 

 とはいえ勿論、一番見栄えが良いのはAクラス対決な訳で……

 

 

「だから俺が最低限一回戦と二回戦には出られるように調整しろ、と要請された。まあ、学園長から頼み事をされるのはもう慣れた話だ」

 

「なるほど……理解致しましたわ。私はどのようにすればよろしいでしょうか?」

 

 作戦というか、重要なのはやはり二回戦。

 先程言ったように慣れの側面が大きい以上、それに向けた一回戦も大切な物となるわけだから……

 

「葵にも一回戦と二回戦には出てほしい。召喚獣を扱う以上、身体能力よりも点数と召喚獣の扱いの巧みさが肝になるからな。高城にも二回戦は確実に参加してもらうつもりだ」

 

「確かに、そうなりますか。──考えてみれば、野球で男女が共に戦えるというのは面白いですわね」

 

 言われてみれば確かにそうだな。

 例年ならこの種目は男子しか参加しない物で、教師や2年生との貴重な交流の場に女子が入れないという問題点がどうしても存在してしまう。

 それを払拭出来るとなると……学園長の私情とはいえ、俺たち学生や教師にもメリットのある話と言える。

 

 とはいえ。

 

「まあ、今回に関して言えば気楽に戦えばいいさ。最悪負けてもどうにかなるのだし、三回戦以降はそれこそ純粋な親睦会のような物だ」

 

「……ふふ、つまるところ、私があなたと対等に楽しくスポーツが出来るという事ですものね。普段スポーツにおいてはどうあっても身体能力差があってお役に立てませんから……腕がなるというものです」

 

 

 葵は新体操部に所属するスポーツマンでもあるからな。

 普段では絶対に勝てない男とスポーツで対等になれると考えたら、やる気も出てくるという事か。

 俺自身も、それを楽しみに感じている。

 

 確かに、性別差は無いものの点数的な差による身体能力差はあるが……点数による差というのは性別差に比べたら遥かにフェアだからな。

 普段運動が苦手な生徒でも、この体育祭というイベントにて活躍出来るチャンスだというのもまた良し。

 

 

 ──そうだ、あれを忘れていた。

 

 

「言い忘れていたが、学園長曰く野球で優勝すれば没収品返却という景品があると言われていてな。──葵は何か先生たちに没収されたりしているか?」

 

 まあ、流石に無いとは思うが。

 

「いえ、特にはありませんわね。あなたはどうですか?」

 

「俺も無いな。──まあ、普通に考えてそんな物あるはずがないからな。どうでもいい、オマケ程度の話だ」

 

 景品として指定されているそれだが……葵も俺も全く興味を示さない。

 本当にどうでもいい話だ。

 

 そもそも普通に考えて、没収されるような物を学校に持ってくる必要など皆無。

 ましてや、没収品を手に入れるために全力を尽くす生徒などいるはずもあるまい。

 

 重ねて言うが、本当に至極どうでもいい話だな。

 何故こんな景品が定められたのか……意味がわからないくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた体育祭当日。

 

 

「1位、3-A藤原!」

 

 

 おお──! 

 

 

 今行われているのは、あらゆる体育祭で成されるであろう花形種目の1つである徒競走。

 

 順位が発表され、歓声が上がる。

 

 フッ……まあこんな所だ。

 

 ──文月学園は試験校である以上、来賓やスポンサーのご機嫌伺いをする必要がある。

 具体的に言えば

 

『この学校では学生が健全で模範的な成長を遂げていますよ』

 

 というアピールをする外部に向けて行う事が求められているのだ。

 

 つまり、3年首席でありながらスポーツにも優れた俺という、まさしくこの学校を代表する生徒は、学内外問わずに最も注目を集めるという事である。

 

 とはいえ、マイナー競技や集団競技……例えば玉入れや、それこそ親睦野球などではいくら俺といえど埋もれざるを得ない。

 

 だからこそ、徒競走やリレーなどの個人の力で活躍出来る花形競技においては、運営側によって更に目立たせるためにこうしてわざわざ1位を読み上げたりするという賛否両論を集め得る事も時には行われるわけだが……期待に応える事など、造作もない事だ。

 

 

「「キャー! 藤原先輩カッコいい!!」」

 

 

 後輩女子諸君から歓声が上がる。

 

 

 やれやれ、困ったものだ。

 俺には葵がいるのにな〜チラッチラッ

 

 

 ……体育祭となるとこのように女子からちやほやされたり、連絡先を渡されたり、なんなら直接告白されたりするのは、俺にとっては高校入学以前から行われている毎年の風物詩と言える。

 

 多数の女子曰く、普段の体育の時間でも俺は十二分に活躍しているのだが、こういったイベント事となると女子目線では何やらいつも以上にカッコよく見えるのだとか。

 

 もう慣れた物とはいえ、やはり男としては嬉しい物でもある。

 

 ──つまりは、俺は内心では全く困ってなどいないのである。

 

 当たり前の話だろう? 

 自らの活躍に対してちやほやされる事を苦痛に思う人間が居ないとは言わないが、ごく少数派だと断定出来るのだから。

 

 ましてやそれが後輩の異性からとなると、最早嬉しく思わないわけがない。

 つまるところ、毎年行われるこの体育祭というイベントは、俺にとってはまさしく待ち望んだボーナスイベントと呼べるような物なのである。

 

 嫉妬心から色々と言ってくる奴も偶にはいるわけだが、その大半が本心では俺のようになりたいと思っているはず。

 

 大学以降は体育祭という行事は無くなってしまうため、これが最後の機会。

 

 だから、みんな思う存分に……

 

 

 …………!? 

 

 

 突如として感じた『何か』に対し、思わず体をビクッとさせてしまう。

 

 今、明確な寒気──どころか殺気のような『何か』を感じたのだが……気のせいだろうか? 

 

 

「どうかしたのか? 藤原」

 

「いや……何でもない」

 

 

 どうにか同級生に対しては平静を保つ。

 

 ──真っ昼間にも関わらず、何やら凄まじい怨念のような……肝試しはもう終わったはずなのだが。

 

 ……あの肝試し以来、このように殺気のような物を感じる機会が増えた気がする。

 

 はっとして振り返ったりすると霧散するのだが……

 

 特に1人でいる時は尚更感じる。

 まあ、俺が学内で1人でいる事など滅多にないからそこはいいのだが。

 

 

「チィ、奴はやはり隙が無さすぎる……憎ましい」

「歴代最高は伊達じゃないって事だな……妬ましい」

「あいつ、さっき俺の好きな子に……恨めしい」

「あんな可愛い先輩と付き合っていながら……許さない」

 

 

 ……ゾゾゾっ! 

 

 

 ──風邪でも引いたのだろうか。

 今日は身体性能的には絶好調であり、運動によって身体は火照っているはずなのだが、この寒気は一体……? 

 

 

 まあ、いい。

 

 次は野球トーナメント一回戦だ。

 

 色々な意味で長い付き合いで勝手の知れた3-B相手であり、問題なく勝てると予想してはいるが……勝負に絶対はないのだ。

 

 油断せずに行こう。

 



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4話:まともな勝負

 

 

『ではこれより、2-A対3-Aの試合を開始します』

 

 

 審判の声に従い、今から一回戦とは比較にならない程に沢山のギャラリーに囲まれる中、俺たち3-Aと2-Aによる召喚獣を用いた野球試合が行われる。

 

 どうやら無事、霧島さんたちも勝利を収める事が出来たようだ。

 

 交流野球の一回戦、3-Bとの対決の際に俺はピッチャーとして球の細かい投げ方やバッターとしてのスイングスピードなどを確認する事ができた。メンバーも3-Aにおけるベストに近いと言える面子が揃っている。

 ──つまり、既に準備は万端と言える。

 

 

 リーダーである俺と霧島さんは互いに挨拶を交わす。

 

 

「……お久しぶりです」

 

「肝試し以来だな、霧島さん。あの時とは違ってフェアな戦いだから、お互い存分に楽しもう」

 

 そのようにしてひとしきり社交辞令を言う俺に対し、霧島さんが何やら気合いの入ったような姿を見せる。

 

「……勝ち目が薄いのはわかっていますが、負けません」

 

「? まあ、そうだな。それでこそだ」

 

 

 肝試しでの久保君といい、今回の霧島さんといい。

 よくわからない所で気迫を見せるな? 君たちは。

 肝試しもこの催しも、そこまで本気になるものでは無いだろうに。

 

 

 ──肝試しといえば……そうだ。

 霧島さんは確か……

 

 突如として味方である坂本君の関節を極め出した(仮に敵だとしても当然おかしい)霧島さんの暴挙を思い出しながらも、俺はどうにか平静を装い

 

 

「とにかく、良い試合にしよう」

 

「……はい。よろしくお願いします」

 

 

 そうして、俺たちの試合は始まった。

 

 ──先程はフェアな戦いとは言ったが、野球対決となるとやはりどうあっても首席が男子であり、野球経験者でもある俺が率いる3-Aが有利になってしまうだろう。

 ……とはいえそれを言い出したらそもそも3年生対2年生という年齢差がある対戦な時点でこちらが圧倒的に有利だという話になってしまう。

 葵とも似たような話をしたが、身体能力差や根本的なルールによる差が無い以上、出来る限りの公平さを持った勝負なのは間違いない。

 

 

 気を取り直して。

 今回の3-Aのメンバーについてだが。

 

 1番は常村、2番は夏川。

 正直俺としてはこの2人には思う所がなくはない……所の話ではないのだが、それは今言う事ではあるまい。戦力としては普通に優秀な2人だ。

 だからこそ、2人は……いや、後にすべきだろう。

 

 3番は学年次席である高城。

 成績においても、総合的に見た戦力としても文月学園第3学年において俺の次である優秀な人材だ。

 極めて高い能力に反して性格はかなりのアホではあるのだが……まあ、何事も使い方次第である。

 

 4番は俺。

 自分に対して言う事はない。

 

 5番は葵。

 身体能力の重要性が無いとは言わないが、普段の野球よりは間違いなく低く、女子であろうと戦力になるこのルールにおいて、一回戦を見た結果として俺や高城に次いで3番目に上手いと判断したためにこの打順に入って貰う。

 

 6〜9番もそれぞれ適性を見て配置した。

 

 これが、俺たち3-Aチームとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先攻は2-A。

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 バッターボックスに入った男子生徒が挨拶してくる。

 

 先程言ったようにピッチャーは俺であり、キャッチャーは学年次席の高城。球を可能な限り速く投げるためには、キャッチャーも高得点者であって欲しいからな。身体能力も高い高城はまさにうってつけである。

 

 まあ、それでも勿論全力投球なんて出来るはずもない。

 フィードバックによって反動がダメージとして与えられるこの交流野球ならば尚更の話。

 

 俺が力任せの全力投球なんてすれば、キャッチミスをした瞬間に被害者高城によるグロ画像が撒き散らかされる事になるからな。

 誰に言われるまでもなく当たり前の話である。

 

 

 そんな常識事項はともかく。

 挨拶への返しとして会釈をした後、俺の召喚獣は振りかぶり──

 

 

『ストライク!』

 

 

「は、速い……」

 

 

「なんてスピードだ……あれが3年首席か」

「噂に違わぬ能力という事か」

「成績優秀なだけでなく実に爽やかな好漢ではないか。文月学園は素晴らしい人材を育てたようだ」

 

 

 バッターの男子生徒が戦慄した表情をして声を漏らし、ギャラリーの皆さんも似たような反応をしている。

 

 

 フッ……やはり体育祭は俺のステージといった所だな。

 余程の、そう余程訳のわからない反則じみた真似さえされなければ、俺の無双は約束されていると言っていいだろう。

 

 

 まあ、学生による健全な催しである体育祭。

 ましてや親睦を旨とした交流野球にてまさかそんな事があるわけもなし。考えるだけ無駄な話だ。

 

 

 ──そうして俺は、1回を三者凡退にて切り抜ける。

 

 

 流石に2-Aと言うべきか、全て三振とはいかず、バットに当ててくる生徒はいたが……当てるだけだった。

 

 まあ逆の立場で考えた場合、俺ですらこの投手──目に捉えるのが困難なレベルの豪速球と変化球を使い分け、疲労による抜け球も一切ないなどというふざけた投手──を5回までしかない1試合のみで攻略するなんて事は不可能だろうからな。仕方のない話だ。

 

 

 

 

 

 次は俺たちの攻撃。

 

 2-Aのピッチャーは工藤愛子という名の快活そうな女子。

 動きから見て彼女はきっと野球、あるいはソフトボールの経験者なのだろう。

 

 キャッチャーは先程1番バッターであった男子生徒。

 

 

 工藤さんはバッターの常村に対し──

 

 

「あの子、なかなかやるな」

 

「そうですわね。球も速い上にコントロールも上々。攻略には手こずりそうな良い投手です」

 

 

 葵の言うように、身体能力が関係しない事もあり、彼女は女子でありながらかなり高レベルでまとまった好投手だった。

 

 常村、そして2番の夏川もあっさり凡退。

 これは野球経験者でもなければ厳しい相手かもしれないな。

 

 

「とはいえ……」

 

 

 カァン! 

 

 

 3番バッターの高城がヒットを打つ音が聞こえてきた。

 結果は単打ではあったが、これが両チーム初ヒットとなる。

 

 

「高城ならば対応出来るだろうと思っていた」

 

「確かに、彼はあなたに次ぐ能力の持ち主ですものね。……あの騙されやすい性格さえなければ素直に尊敬できるのですが……」

 

「一応ヒットを打ったのに酷い言われようだな……まあ、日頃の行い故だが」

 

 とはいえ、本当にあの性格さえなければな……とは俺も思わざるを得ない話ではあるのだが。

 悪い奴という訳では決してないのだが……純粋すぎるというか、周りが見えて無さすぎるというか、焦りやすすぎるというか。

 

 上手く俺が舵取りさえしてやれば、高城は本当に素晴らしい戦力であるからこそ惜しいというか。

 

 ……まあ、ヒットを打った男をあまり悪く言ってはなるまい。

 

 

 

 ──さて、俺の打席だ。

 

 

 先程から俺は散々に色々と語ってきているわけだが、野球は点を取らねば勝てないスポーツ。

 

 肝心のバッターとしての俺自身はどうなのかというと──

 

 

 カァァン!! 

 

 

『ホームラン!!』

 

 

 こうなる。

 

 俺は野球経験者であり、点数的にも工藤さんより遥かに高い。

 確かに彼女は好投手だが……召喚獣を用いる事によって力が増すのは何もピッチャーだけではない、という至極単純明快な話である。

 

 

 つまり、何が言いたいのかというと。

 

 ……工藤さんでは俺は抑えられないという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから再び攻守が交代するが、引き続き俺の球を芯で捉えられる人間は誰もおらず、無失点のまま切り抜ける。

 

 

 

「これはもう決まりか……?」

「やはり、流石は3年といった所か」

 

 

 ギャラリーも、そして選手たちの間にもそういった雰囲気が流れ出す。

 

 

 どうする?霧島さん。

 

 

 そうして、次の俺の打席が回ってきた所で。

 

 

『ピッチャー交代! 2-A工藤愛子に代わり、霧島翔子!!』

 

 

 霧島さんへの投手変更が成されると同時に、キャッチャーも肝試しで関わりがあった久保君に変更される。

 

 

 ──ふむ、そのパターンで来るわけか。

 まあそんな所だろうな。

 

 

 霧島さんの召喚獣が振りかぶり──

 

 

 ゴオォッ!! 

 

 

 物凄い豪速球がミットに吸い込まれるのを、俺は一切動く事なく見逃した。

 

 

「なんて速さだ……」

「あんなの打てるわけない」

「これが2年首席の召喚獣の力か……速さなら3年首席より上だぞ……。これなら試合はまだわからないか」

 

 

 ギャラリーの皆さんがどよめく。

 

 彼らが言うようにこんな球打てるわけないだろう──と誰しもが思っているであろうこの状況において、俺は彼女の球を見逃しながらも違った感想を抱いていた。

 

 

 わかるよ、霧島さん。

 君からすればやれる事はもうそれしかないよな。

 

 だが……

 

 

 2投目。

 

 ヒュゴォ! 

 

 先程と同様に霧島さんの手から轟音と共に放たれた球を……

 

 カァァン! 

 

「まあ、こんな所だな」

 

 確かな手応えと共に、俺は呟く。

 そうして球の行方は……

 

 

『ホームラン!』

 

 

 審判が宣言する。

 それと同時に、ギャラリーの皆さんがそれはもう十二分に沸き立つ。

 

 とりあえず、これで来賓を満足させる事は成功したと見ていいだろうな。

 

 

「どうして……? 藤原先輩にはあの球が見えているのか……!?」

 

 

 久保君が驚愕した表情をし、思わずといった声を上げる。

 

 勿論、見えているはずがない。

 

 だが、先程の1投で球の速度は理解した。

 細かい速度調整は、動きから見て野球経験がなく、今マウンドに立ったばかりの突貫工事ピッチャーには難しいだろう。

 無理矢理調整しようとした結果として速度が遅くなりすぎるならば、それこそ容易な話だ。

 

 つまり、球種とコースがわかれば打てる。

 

 そして、肝心の何処にどの球種が投げられるか、だが……

 

 何のことはない。

 キャッチャーが構えた所にストレートが来る、というだけの話だ。

 

 先程言ったように霧島さんは間違いなく野球経験者ではないし、そもそもこのスピードでの変化球などキャッチャーが捕れるわけがない。

 コースに対応したキャッチングも不可能だろう。

 

 そのため、彼女に出来る事は、ただ久保君が構えた所に豪速球を投げるだけ、となる。

 

 勿論、それだけでも十二分に脅威ではある。投げるのが召喚獣であるため、細かいコントロールをせずとも狙った場所に速球を投げられるというのは普通に手強い相手だ。

 それもあって、並のバッターならば当てる事は出来ても球威に負けてホームランにまではならないだろうが……霧島さん以上の点数を誇る俺ならば、本塁打を打てる。

 

 それだけの話だ。

 

 可愛い後輩とはいえ今は対戦する敵である以上、何故打てたのかなどを言いはしない。気付かないならば全打席ホームランを打たせて頂くだけの話。

 まあ霧島さんであれば流石にすぐ気付くだろうし、そうでなくとも敬遠という至極妥当な策もある。

 更に言えば、そもそも5回までしかないルールである以上、俺の打席はせいぜいあと1回しか回ってこないだろう。

 

 

 そのようにして迎えた最後の打席、案の定俺は敬遠された。

 

 

 実に正しい判断だが、あまりにも遅すぎた。

 

 君たちが本気で勝ちたいのならば、最初から俺は全打席敬遠すべきだったな。

 

 

 

 

 

 

 そうして、俺は結局彼らに点を与える事は無く……

 

 

『試合終了ー! 結果は5-0で3-Aの勝利となります』

 

 

 結果として見るならば、Aクラス対決は俺たち3-Aの大勝であり、圧勝であった。

 

 まあ、高校における学年対抗戦なんて普通はこんな物だ。

 文月学園ではない普通の高校でも体育の催しで学年が違う物同士がクラス単位で競うという物はままあると思われるが、余程の事が無ければ普通に3年生が勝つだろう。

 俺たちの年代における1歳差とはあらゆる面において絶対的な差だから。

 それは、召喚獣による対決だろうと大差は無い事だ。

 

 これら3年生に明らかに忖度されたイベントは、卒業前に花を添えるという意味合いが大きいのだと思われる。

 ──今更俺が言うまでもない常識の話だな。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、将生君」

 

「葵もお疲れ様」

 

 俺と葵は互いに労い合う。

 まだ試合は残っているとはいえ、俺たちがこの種目において果たすべき目的は既に成し遂げたのだから。

 

「次のお相手は2-Fですか。私は別種目と時間が重なっているため出られないですが、応援していますわ」

 

 

 ──これからはスポンサーの目を気にせず純粋な親睦として、遊びとしての野球大会となる。

 

 フッ……せいぜいこの調子で、先輩の威厳というやつを見せつけていこうではないか。





次回『まともじゃない勝負』デュ◯ルスタンバイ!


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