危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない (深夜そん)
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好きでソロでやってんじゃないんですよ


 寝る前の妄想みたいな脳内設定を文字に起こして垂れ流してみるテストです。



 

ーーシャリン

 

 剣を研ぐ。こいつはとても慎重を要する作業だ。雑にやってはいけねェ。剣は切れ味が命だ。触手なり尻尾なり、細くてしなるものをブンブンと振り回す魔物ってのは思いの外多い。それをスッパリと切り落とせば脅威が幾分か減る。

 いざそういうやつと遭遇したときに使い物にならなくなったりしたら、それこそ命取りってやつだ。

 

「ねぇロン」

 

 こいつが終わったら次は斧を手入れしなきゃならねェ。斧は良い。なんせデカくて重い。魔物のやたらめったらに硬い甲殻だって力ずくでぶち破ることができる。重さで叩き壊すっつーのかな。多少刃が潰れたって武器として使い物になる。

 それでもやっぱり研ぐけどね。ダンジョンは怖いところだからね。潜る前はいつだって万全じゃなくちゃならねェ。

 

「ねぇ、ロンったら」

 

 明日は何層へ行こうか。比較的安全な中層......いや実際には安全とは言い難いけど稼ぐにはちょうどいい塩梅のところへ行こうかな。

 今日は武器の損耗が随分と激しかった。欲をかいて下層なんかに行ったせいだろう。明日は少し楽をする日に決めた。今、決めた。

 

「おーい、ロンってばー。

 無視されちゃったら、女神さまはすっごくさみしーなー?」

 

 さきほどからうちの女神さまがかまってちゃんすぎて気が散る。

 実を言えば、ずっと俺の目の前で寝そべっていたのだ。

 

「......なんスか。今、明日の準備で忙しいんスけど」

 

 雑な返事をしてしまったが、俺はこれでもこの女神さまに深い敬愛と信頼を抱いている。当然だ。このお方こそが俺をこのオラリオで一人前の男に育て上げてくださった恩人......いやさ恩神とも言うべきお方。

 すみません、これ終わったらちゃんと構いますんで、目の前でゴロンゴロンするのやめてもらっていいですかね。危ないですよ、刃物のそばでそんなことしちゃ。

 

「いやね。ほら。

 

 あんたさ、友達いないじゃない?」

 

 ンだとこのアマ。

 

 俺は睨んだ。女神だろうと関係ねェ。俺の心に最も良く刺さる言葉を、よくも言ってくれたもんだな。と、口に出すまでもなく目線でわかるように叩きつけてやった。

 

「そういうとこだぞー?

 あんたって目つきは悪いわ、面倒くさいのかしてあまり喋ろうとしないで目線で察してもらおうとするわで不気味なの。

 そんなこわーい顔して、毎日毎日、気が触れたようにダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン。そりゃ他の子たちからも敬遠されるわ」

 

「ぐっはぁッ......!」

 

 なんなんだよ。俺を言葉のナイフで傷つけて楽しいのかよ。そんなにかまってもらえないことが不服だったんですかね。これ以上は命に関わります。謝るのでもうやめてください。......ってなるかよ。

 論理的根拠に基づいてぐうの音も出ないほどに言い返してやるわ。

 

「ッお言葉ですが!

 俺がほとんど毎日ダンジョンに潜ってるのは生活のためです。あなたと俺が食べる分と、俺の装備を万全に整えるために必要な額は尋常じゃあないんです。

 ダンジョンは恐ろしいところです。準備を怠れば時としてたやすく死ぬ。装備は常に万全じゃなくちゃいけない。

 ましてや俺はソロの冒険者。このファミリア唯一の団員。俺が死んであなたを路頭に迷わせるわけにはいかないのです。

 ゆえに、万全に万全を重ねて準備を整え安全なダンジョンアタックを......」

 

「プッ、万全だの安全だの言いすぎウケる」

 

「それの何がウケるってんだこっちは大真面目だよ!?」

 

 俺はキレた。この口の悪い女神さまに物申さずにはいられない。

 

「話を戻しますがね、俺は何も好きでソロでやってんじゃないんですよ。

 ダンジョンは危険だ。共に戦う仲間がいればいいと思ったことは一度や二度じゃあない。いいや、毎日思っていますともさ。

 しかしね、俺のスキルはそれを許しちゃくれないんですよ。女神さまだってご存知でしょうに」

 

独立独歩《ソリテュード》

全ての基本アビリティに超高補正。

周囲に仲間がいる時、全ての基本アビリティに超減少補正。

人数が多いほど減少補正値が大きくなる。

 

 レベル1の頃に発現して以来ずっと俺を悩ませているスキルだ。

 いや、強いよ?上昇補正値すさまじいから。たぶんすごく強い。

 たぶんってのはね、他の冒険者と関わりが無いもんだから、俺がどれくらい強いのか自分自身よくわかってないってことね。

 けれど、普通はソロでやれるもんじゃない冒険者って仕事をなんだかんだで死なずにこなせてるってことは、やっぱりそれなりに強いはずなんだよ俺って。

 ただね、減少補正値が足を引っ張りすぎている。駆け出しの頃によそのファミリアのサポーターとして一時的にパーティを組んだことがあるのだけれど、その時はただ荷物を持って歩くだけで息切れしたくらいだからね。それなりに高かったはずの《力》がほとんど機能してなかったよね。なんなら冒険者じゃなくて一般人レベルにまで落ち込んでいたと思う。

 当然、さんざん罵倒されたあげく1ヴァリスも恵んでもらえずパーティから叩き出されたよね。苦い思い出だ。

 

 大いなる力には代償が伴う。俺の場合、その代償が交友関係だったってだけのことなのさ。

 

 俺はニヒルに笑った。

 

「その顔で、なーに考えてるか手に取るようにわかるのよねぇ。

 どーせ、俺は仲間という代償を払って大いなる力を得てるんだぁーみたいなことでしょ?」

 

 すげえな。なんでわかるの女神さま。

 そんなにわかりやすい顔してた?というかどんな顔?

 

「あのね?ロン。

 わたしが言いたいのはそういうことじゃないの」

 

 じゃあどういうことなんですか。

 俺だって人並みに欲しいですよ友達。

 このスキルさえなけりゃあね。

 と、俺の表情を読むことに長けた女神さまに訴えかけてみる。

 

「欲しいなら作ればいいじゃん。友達。

 冒険する仲間じゃなくて、普通の友達。

 戦ってないときならあんたのスキル関係ないじゃない」

 

スキル関係ないじゃない

関係ないじゃない......

ないじゃない......

 

 た、

 

「たしかにッ」

 

 俺は頭をウォーハンマーで殴りつけられたような心持ちになった。それくらい衝撃的だった。

 

 あまりにも正論である。俺のスキルでネックとなるのはあくまでも基本アビリティの減少補正だ。

 日常生活にステイタスの恩恵は必要か?友達と買い物行ったり飯食ったりするのにミノタウロスを片手で振り回すほどの《力》は必要か?

 ないでしょ、さすがに。

 

「わたしがあんたを見初めてかれこれ10年。下界はとっても楽しいわ。ロンがいるおかげで不自由もなく快適。

 でも、そのロンが限りある人生を楽しめていないのでは、わたしはとっても悲しい」

 

 女神さまが珍しく、ほんっとーに珍しく真面目な顔をしている。ほっといたらすぐに部屋を散らかし足の踏み場もなくすし、洗濯物ひとつまともにできないお方なのでたまに忘れそうになるが、こうしていると超越者らしく見える。その美しい顔には慈愛が満ちていた。

 だからだろうか。俺は改めてこのお方をお支えしなければという使命感に駆られ、ひとつ重大なことに思い至った。

 

「しかしですね。俺にプライベートな時間なんてありましたっけ?

 ないから毎日ダンジョンに潜っているのでは?」

 

 これである。装備品消耗品にべらぼうに金がかかり、よく食べてよく遊ぶ女神さまに供する金もしこたま必要なこの俺に休日などというものはない。

 ダンジョンに潜らない日も稀にあるが、そういう日は一日がかりで装備品の整備にあてている。

 

 あれ、俺ってなんのために生きてるんだろう。

 

「おーい目が濁ってきてるぞー?」

 

 おっと、いかん。死にたくなるところだった。

 

「ロン、お金の心配ならいらないわ。当てができたのよ」

 

「当て......ですか。

 まさかッ

 アルバイトをする気になったんですか?

 

 そうなんですね!?」

 

 うちの女神さまはぐーたらだ。10年前に出会ったときから何ら変わらずぐーたらだ。

 服を脱ぎ散らかし、その辺に寝そべり、両足ぱたぱたさせて、じゃが丸くんを頬張りながら、本を読んだり、変な壺や絵画を磨いて悦に入る姿をよく見かけるぐーたら女神さまだ。

 

 ロン。書店に面白そうな本があったのよ。お金ちょーだい?

 ロン。西通りに美味しい屋台が出てるんですって。お金ちょーだい?

 ロン。ちょっと肩凝りがひどいから揉んでくれない?揉んでくれないならお金ちょーだい?いや肩凝りとお金関係ないやろ。揉むよ。

 

 といった数々のおねだりを聞き入れること幾年。

 俺は敬愛するこのお方の眷属に過ぎないので特に声を荒げて文句をつける気はないのだが、あんたも働いてくれりゃあ俺たちの生活も少しは楽になるんじゃねェかなと思ったことがないわけではない。よその零細ファミリアの主神は働いているらしいですよ?

 

 しかし、このぐーたらさまが汗水流して労働することなど天地がひっくり返ってもありえないと断じてきたため、俺ががんばって稼げばいいのだと割り切って今日まで生きてきた。

 

 そんな女神さまに金の当てが出来ただと?

 

 俺は嬉しい。猛烈に感動している。

 どういう心境の変化かは存じ上げませんが、とうとう労働の大切さに目覚めてくださったんですね?

 

「いや違うけど。

 

 ロンが養ってくれるのに働くわけないじゃん」

 

 おっと、いかん。

 剣を握りつぶしそうになってしまった。

 

「女神さま。金ってのはね、そこらへんから湧いてくるようなもんじゃあないんですよ?」

 

シャ......リンーー

 

 このままではいかんと思い、とうとう武器の手入れをする手を止め女神さまと向き合った。

 数打ちとはいえ決して安価ではない代物だ。ダンジョンに挑む前から破損させてはとんだ無駄金である。

 

 俺は冷静だ。きわめて冷静である。

 つとめて冷静であれ。

 

「ロン。働く以外にもお金を得る手段はあるのよ。

 これをご覧なさい」

 

 千切れて飛んでいきそうなほど引き攣る頬を両手で伸ばす俺の目の前に、女神さまはドサリと音を立てて大袋をひとつ置いた。それもすごいドヤ顔で置いた。

 

「こ、これは......?」

 

 開けてみろと目で促す女神さまに従い、おそるおそる紐を解いた。途端、眩しい黄金の輝きが俺の目に飛び込んでくる。

 

「全て金貨だと!?大金じゃないですか!?どこでこんなものを!?」

 

 驚愕である。俺の何ヶ月分の稼ぎになるかもわからん大量の金貨がそこには詰まっていた。これならしばらくは食うに困らないだろう。

 

 女神さまが胸を張る。俺のお気に入りである安くて頑丈なシャツのボタンがはち切れそうになるくらい張る。

 今更だけどあなたなんで俺のシャツ着てるの。

 

「これはね、ロン。

 私が天界から持ち込めた唯一の値打ち物であるドレスを売って得たお金......

 

 を元手にして、カジノで大勝ちして作ったお金よ!!」

 

 ドヤ顔であぶく銭を見せつけてきた女神さまに、とうとう俺の堪忍袋の緒が切れた。

 

「あっっっれほどギャンブルするなって言い聞かせてたのに、やったんか!?あんた、やっちまったんか!?

 前にボロ負けして素寒貧になって、俺がしばらく丸腰でダンジョンアタックしてたん忘れたんか!?

 近ごろ神の宴デナトゥスに行く時の服装がなんか安っぽいな、とか思ってたら、ドレス売ってまで遊ぶ金欲しかったんか!?」

 

「な、なによ!?そんなに怒鳴らなくたっていいじゃない!勝ったんだから!」

 

「勝ちゃあいいってもんじゃないんですよ!やるなっつってんの!

 ギャンブルってのは元締めが儲かる仕組みになってるからこそ成り立ってんですよ!今回はたまたま運が良かっただけ!ぜんぜん安定しない収入源なの!

 

 降って湧いたお金なの、これは!」

 

「まぁーた安定って言った!

 あんたそれでも冒険者!?

 冒険しなさいよ、冒険!

 このお金はわたしの冒険の成果なの!」

 

「現役冒険者の前で気安く冒険とか言ってんじゃねェですよ!

 

 というかギャンブルは冒険じゃねェよ!」

 

 ギャースカ ピースカ

 

 結局、俺たちのこの醜く不毛な言い争いは、女神さまがふくれっ面でベッドに潜り込んでふて寝し始めるまで続いた。

 ロンのおたんこなす、などとおっしゃりながら低い声で唸っていらっしゃる。完全にへそを曲げてしまわれた。

 少し言い過ぎたかもしれない。明日は甘い菓子でも買って帰ってきて差し上げるとしよう。それでたぶん機嫌もなおるだろ。

 

 なんだかどっと疲れたので、途中になっていた武器の手入れもやめて俺も寝ることにした。装備が心許ないから中層に行くのすらも不安だな。いっそのこと明日は休日とやらにしてしまおうか。

 

 隣で安らかに寝息を立て始める女神さまの御顔を眺めながら思いにふける。

 

 

仲間じゃなくて友達、ねェ......。

 

 



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どうしてこうなった

 

「おい見ろよアレ。

 あそこにいるのって"武鬼バトラ"さんじゃねえか?」

 

「ああ間違いねえな。あんなイカつい装備のひと他にいるかよ」

 

「すげえ迫力だ。ダンジョンで出会ったら魔物かと思っちまうわ」

 

「背中に何本武器背負ってんだって話だよな。あれ、帰ってくる頃にはほとんどが原型を留めていないらしいぜ」

 

「すんげぇな。"武鬼"さんの剛力に武器が耐えらんねぇっつー話だもんな。まったく鍛冶屋泣かせなひとだよ」

 

「た、頼んだら握手してくんねーかな。

 俺あのひとのストイックさっつーの?冒険者としての姿勢に憧れっつーか、そういうのあんだよね」

 

「やめとけ馬鹿。

 手ぇ握りつぶされてえのかお前は」

 

 握りつぶすわきゃねェだろ馬鹿。それこそ魔物だろうがよ初対面のひとにそんなことしてりゃあよ。

 聞こえてんだよ全部。ヒソヒソやってる声ほどよく耳に入ってくんだよこちとら。

 

 朝。ギルドにやってきた俺は、同じく朝っぱらからダンジョンに挑もうかというやる気満々な冒険者たちが今日の予定を話し合う中をすり抜けながら受付窓口を目指していた。

 向けられるのは概ねすべて好奇の視線だ。大丈夫、慣れている。

 

 先程あの冒険者たちが言及していたことは実はそれほど間違っていない。俺が武器を大量に背負い込んでダンジョンに繰り出すのはいつものことであるし、帰ってくる頃にそれらのほぼ全てが破損または紛失しているのもまた事実だ。

 ソロでのダンジョン攻略はとにかく手数が足りない。魔導士ではないので遠間から攻撃する手段もない。というか仮に魔法があっても詠唱する暇がない。

 ゆえにとにかく多くの武器を担いでいく。どのような敵にも対処できるように。場合によっては身につけたすべてのものを投擲武器として扱う必要もある。

 たったひとりで様々な敵に対処しなければならない以上、なりふりかまっていられんのだ。そりゃあ武器の損耗も激しかろうよ。

 

 彼らの言で間違っているところがあるとすれば、俺がストイックにダンジョンの奥地を目指す求道者であるという大いなる勘違いと、握手した人間の手をうっかり握りつぶすような力加減も知らぬ阿呆であるという失礼極まりないイメージくらいだろう。

 

 新米とおぼしき初々しい冒険者たちの勘違い混じりの話し声をまったく聞こえてないフリして、なんのリアクションもとることなくズンズンと受付に向かう。

 身に纏うプレートメイルのグリーヴが重厚な足音を響かせる。

 

 身の守りは大切だ。上層はともかくとして、中層以降は敵の数が尋常じゃなく多いので、まったく攻撃を受けない立ち回りなんてのはソロの俺には到底無理な話である。接敵しないよう隠れてやり過ごすなんてのも同様に不可能であるからして、金属音が響いて居場所を悟られやすいというデメリットこそあれど、被弾をある程度許容できる頑丈な装いは俺にとって命綱となる。

 武器にも金をかけているが、それ以上に金をかけてオーダーメイドしてもらったのがこの鎧なのだ。どれだけ重くてもいいからとにかく硬くしてくれ、とな。

 並の冒険者ではこんなものを着るとまともに動けないことだろう。

 しかし、俺の基本アビリティにスキルのバフが加われば、体感的な重さは革の鎧とさほど変わらんように身につけられる。ヘルムも装着すればいよいよ死角なしだ。

 俺の所持品で唯一自慢できる逸品である。今日も金属の光沢が美しいよ、鎧クン。見た目が非常に威圧的なのが玉に瑕だけど。

 

 俺が好む、硬く床を踏み締める音も、冒険者たちの喧騒に呑まれれば存外小さく、呆気ないものである。

 いやはや。今日も盛況だねギルドは。朝っぱらからもうこんなに窓口の列が伸びてらぁ。

 

 おっと?何故か俺が並ぼうとすると割れるように道が開けるぞ?

 

「お、おい。"武鬼"さんが通るぞ。道を開けろよみんな」

 

 たぶんレベル3くらいであろうそこそこ腕の立ちそうな冒険者が言った。

 いやなんでそうなる。

 順番も守れないようなやつだと思われるのは流石に心外である。ため息モノだ。つい口をついて出た。

 

 なんか「ヒッ」とか短い悲鳴を上げられた気がするんだが、それを認めると俺の心がもたないので聞こえなかったことにする。

 

「道を開ける必要はないよ。先に並んでいたのはあんたたちだ。そう気を遣わないでくれよ俺なんかに」

 

「あ、ありがてぇ......」

 

「さすがは"武鬼"さんだ。謙虚で余裕のある態度だぜ」

 

「あの"武鬼"さんに話しかけてもらえるなんて、羨ましいぜ」

 

 いやなんかもう気色悪いわお前ら。

 俺に話しかけられたらなんか良いことあるのかよ。レアドロップ率が上がったりするんか。

 俺が喋りかけることそのものがレアですってか。やかましいわ。

 

 さっきからみんなが散々口にする"武鬼"とは神々より賜った俺の二つ名である。

 なんでも、武を高める場を求めるかのようにたったひとりでダンジョンに挑み続ける様を由来としているらしい。

 極東の地では力に優れる者を鬼と表現するそうな。

 武に取り憑かれた鬼の如しで、武鬼ってわけね、なるほどね。

 

 アッッッホらしい!

 好きで!ひとりで!毎日!ダンジョンに挑んでんじゃねーよ!

 

 俺がやたらめったらに他の冒険者たちから敬遠されるのは事実無根の由来からくるこの二つ名のせいだということも多分にあるだろう。

 俺だって男で冒険者なわけだから憧れを抱かれるのは正直悪い気はしない。しかしそこに畏怖の念まで混じるのはいただけない。

 危険なダンジョンを()()()ソロで踏破していくある種の狂人だと思われてしまっていることも知っているのだ、俺は。

 

 ちなみにこの二つ名がつけられた日、俺がこんなことになった元凶たる我がうるわしの女神さまはずっとニヤニヤしていた。

 いっそ腹抱えて笑ってくれってんだよ。

 

 すでに精神的に疲れてきたところだが、前の列がはけていき、とうとう窓口に辿り着いた。

 さあ、今日も今日とてダンジョンに潜るとしよう。今日は休日にしようだとかトチ狂ったことを昨日考えていた気がするが、ダメだ。ダメダメだ。

 あの女神さまには蒐集癖がある。そして計画性はない。急にぽんと増えた金でなにやら色々買い込んではすぐにまた素寒貧一歩手前になってしまうことは想像にかたくない。そうなったときに備えて貯蓄をするのだ。金を稼ぐのだ。

 そのために明朝から昨日はできなかった武器の手入れの続きをして、女神さまに朝食の作り置きをしてきたのだ。

 

「お、おはようございます、アライネス氏。

 ええっとぉ......今日もダンジョンに行かれるんですね?

 か、身体が資本の冒険者なのですから、たまにはお休みしてはどうかと、ギルド職員としては思っ.....たり思わなかったりしたりするかもしれないんですが......」

 

 なにやらはっきりしない感じで、しかし精一杯の勇気を振り絞ったであろう受付嬢のお姉さんが俺をたしなめてくれる。

 受付嬢からもダンジョン狂いの修羅か何かだと思われてビビられていることに遺憾の意を禁じ得ない。

 

 そう恐れないでくれ。

 見ろよこの涼やかな顔を。そして聞くがいい穏やかな語り口を。

 

「忠告ありがとう。だけど行かなくちゃいけない。

 俺は歩みを止めるわけにはいかないんだ」

 

「さすがは"武鬼"さんだ。なんてストイックさだよ。

 一日たりとも研鑽を怠らないあの姿勢。

 ダンジョンなんて散歩と変わらねえってさりげに言ってみせるところもかっこいいぜ」

 

 言ってない。

 

「真似できねぇよなほんと。

 あの人がパーティを組まないのって、誰もあの人の歩みについてこられないのがわかってるからって話だぜ」

 

 組みたいです。

 

 いやだからさ、丸聞こえなんだよそこの新米冒険者たち。

 そしてまるきり事実無根なんだよ。

 なんだ誰もついてこられないからって。逆に俺がついていけなくなるんだよスキルのデバフのせいで。

 

「く、くれぐれもお気をつけくださいね?

 ソロでのダンジョンアタックは、ギルドとしては本来ならば非推奨なんですからね?」

 

 この受付嬢さん、以前から思ってたけどほんと真面目だし優しいよね。

 俺がソロで毎日ダンジョンに潜ってることなんてもはや今更な話だというのに、こうして忠告をしてくれる。うっかり惚れたらどうする気だ。

 何度か受付してもらってるのに名前も知らんけど。

 

「心配には及ばないよ。今日は中層までしか降りないつもりだからね。

 俺のレベルからすれば幾分易しい階層だが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 決して油断はしない。必ず無事に帰ってくる」

 

 精一杯のキメ顔をしつつ名札をチラリ。

 エイナさんね。うん、覚えておこう。

 

「中層、ですか。あなたのレベルなら確かに、まぁ......?」

 

 俺のレベルは現在6。困ったことにこのオラリオでもかなり上位の冒険者として扱われる存在だ。

 レベルというやつはざっくり言うと「冒険」することで上がるそうな。厳密に言えば「偉業の達成」が条件になるとされている。要するに死なない程度にムチャしろってことだな。

 常日頃から無理無茶無謀などという考えとは程遠く、安全第一にやっているはずの俺のレベルがこんなにも高いのには聞くも涙、語るも涙の事情がある。

 

 常にひとりだからいつもピンチと隣り合わせなんだよね。

 

 普通、冒険者というのはパーティを組み、互いの足りないところを補い合ってダンジョンに臨むものらしい。

 剣士と魔導士の関係性がわかりやすいな。魔導士が高火力の魔法を放つためには相応の準備が必要だ。しかし魔物はそれを悠長に待ってなどくれない。だから剣士が魔物の注意を引き付け、魔導士のために精一杯時間を稼ぐ。

 二人組でさえこのように役割分担があるのだ。これがさらに多人数のパーティとなってくると、対処可能な敵の量も質も幅広くなっていくわけだな。仲間を信頼し互いの背中を預け合う。なんともうらやましい限りだ。

 

 一方で常にソロを強いられている俺はというと、連携も何もあったもんじゃない。

 乱暴に言ってしまえば、わらわらと湧いてくる魔物共を片っ端から倒していくよりほかやりようがないわけで。囲まれでもしたらそりゃもう大ピンチだ。

 

 誰も背中を守ってくれない。自分の身は自分で守るしかない。

 

 ちょっと負傷したからって魔物は待ってはくれないのだから、殲滅するまで俺の身が休まることはない。止まれば死ぬ。武器の損耗も知ったことかとなりふり構わず、俺を害するやつは皆殺しだ。

 絶体絶命の窮地を傷だらけになりながらもたったひとりの力で切り抜ける。それはとてもわかりやすい「偉業」と言えるだろう。

 

 そんな偉業もとい窮地も何度も繰り返して慣れ親しんでくるとそれはもはやただの日常である。

 つまるところ、敵に囲まれるだなんてのは俺に襲いかかる窮地の中でも序の口に過ぎないということだ。

 ダンジョンというやつは悪辣であるからして、あの手この手で冒険者を苦しめようとしてきやがる。ソロの冒険者を苦しめることには特に余念がないようだ。てんで嬉しくないことに「偉業」にはまったく事欠かない。

 勝手にソロで潜って勝手に窮地に陥っているのはお前だろう、って?仕方ねェだろそういうスキルが発現してんだからよ。

 

 ともあれ。ソロ特有のさまざまな艱難辛苦によりあれよあれよとランクアップのための条件が満たされていき、気がつけばレベル6、今では第一級冒険者の仲間入りってわけだ。本当の意味での仲間なんていねェけどな。

 

 どうしてこうなった。

 

 レベル6といったらあれだ。オラリオ屈指の大派閥であるロキファミリアの主力眷属たちと同格ということになる。

 彼らは定期的に深層に潜っては成果を上げてくる本物の英雄たちだ。

 一緒にしないでほしい。彼らに失礼でしょうが。

 

 そういやくだんのロキファミリアは今まさに深層に遠征に行ってるんだったな。ま、あの人らのことだからサクッと行って帰ってくるでしょ。

 

 ああそうだ、ロキファミリアといえば。実はあのファミリアのひとたちは比較的俺に友好的だったりする。

 なにやら負けん気の強そうな狼人に酒場で軽く喧嘩をふっかけられそうになったこともある。てめチョーシこいてんじゃねェぞコラァって感じで。

 

 それのどこが友好的なんだ、って?

 無駄に評判に踊らされることなく、ただの冒険者として荒っぽく接してくれるだけでもすげェ救われるんだよ俺にとっては。

 その場にいたアマゾネスちゃんらも「ゴメンネうちの酔っ払いがアハハ」みたいな感じで例の狼くんをふん縛って止めてくれたしね。

 

 これがもし、そんじょそこらのファミリアの団員と同じシチュエーションになったら、団長らしき人がすっ飛んできて「す、す、すんませっ、すまッせッしたァン"武鬼"の旦那ァ!このバカタレにはきっちりケジメつけさせますんで、何卒、何卒ォ!」ってなるからね。

 というかなったことあるからね。

 本当にその場で小指詰められそうになってたから宥めすかして止めたけども。

 

 そうさな、女神さまの言うことを完全に真に受けたわけじゃあないけど、友人を作るならロキファミリアのひとたちみたいに、普通に接してくれるのがいいね。

 ダンジョンで他の冒険者とすれ違ったら気さくに挨拶でもかわして交流をはかってみようか。

 

 などと考えつつ、俺はダンジョンの入り口へと向かった。

 今日も安全に、ほどほどに稼げますよう.....

 

「お、お待ちください!アライネス氏!」

 

 ......に?

 

 俺を呼び止めたのは先程の受付嬢、エイナさんであった。

 額には玉の汗が浮かんでおり、上気した顔には焦燥感が滲んでいる。

 場違いにも、ちょっとセクシーだなとか思ってしまったし何なら顔にも出ていると思うが、すでに被っているヘルムのおかげで悟られることはないだろう。よかったぜ。

 

「どうした?何か受付事項に不備でも?」

 

 つとめて冷静な声音で問うた。

 急に呼び止められるとか慣れていないのでちょっと心臓がバクバク言っている。かっこ悪いからおくびにも出したくないが。

 

 エイナさんは軽く息を切らしながら1枚の封書を差し出してくる。

 なに?恋文?

 ハハ、そんな、僕たち初対面ですよ。いやほぼ毎日顔見てるけどこちらはあなたの名前も存じ上げませんでしたよ。

 まずはお友達からで如何でしょうか。その友達ってのが既にハードル高いんだったわ、一本とられたねこりゃ。

 

 ......なんて、ンなわきゃねェよなあ。

 なんだか嫌な予感がしてきたぞ。

 

「ギルドより、レベル6冒険者"武鬼"ロン・アライネスに緊急ミッションを下します。

 

 ダンジョン深層に遠征中のロキファミリアより救援要請!

 未知の魔物との遭遇により戦線が半壊!撤退戦の補助を願いたいとのこと!

 詳しくは、そちらの封書の内容をご確認ください!」

 

......。

..............ハ?

 

なにがどうして、こうなった。



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まさしくこの世の地獄であった

 

 ダンジョン50階層にて野営中、未知の魔物の大群による襲撃あり。

 対象の外見は肉の層が連なった巨大なワーム型であり、口とおぼしき部位から装備を融解させる液体を発射する能力を有する。

 この液体は対象の体内に相当量格納されているらしく、物理的な攻撃を加えた交戦者の武器がことごとく融解されてしまう点がとりわけ厄介である。

 どうやら不壊属性デュランダルの武器までは融解することが出来ない様子ではあるも、不壊属性武器を持つ少数の冒険者のみで応戦するには多勢に無勢。

 魔法による高域殲滅で一時は戦線を押し返したものの、敵方に増援あり。51階層に続く通路から際限なく湧き出てくる魔物の対処にかかりきりで撤退戦への移行も困難を極める。

 当方負傷者多数。事態は緊急を要すると判断した。

 それ故、無理を承知のうえで、レベル7に現状最も近いと目される高位の個人戦力たる貴殿に救援を頼みたい。

 

ロキファミリア団長

フィン・ディムナ

 

 

 クッソめんどくせェ能力持ってっし俺との相性最悪な敵だな!

 

 俺は駆けていた。朝、まだ惰眠をむさぼっている女神さまに行ってきますしてきたところだというのに、すぐまた蜻蛉返りするはめになったので全速力でホームに向かって駆けていた。

 理由は言わずもがな、ギルドからの緊急ミッションもといロキファミリアからの救援要請の件を女神さまに報告するためである。

 

 不壊属性の武器?そんな高額なモン持っておりませんが?良品質の数打ちならあるけど、戦えばそいつに溶かされるんでしょ?

 決め手に欠けるから来てくれ?俺に必殺技なんてモンはねェよ、敵が全部死ぬまでひたすら武器を叩きつけるだけしか能がねェ冒険者だぞ。

 

 ああイヤだ。ンな財布の敵みたいなやつと戦いたくないよ!

 

 しかし、ミッションである。ギルドから下されるミッションには強制力がある。イヤだからと気軽に断ったらファミリアの立場が悪くなってしまう。行かざるを得ない。

 

 そもそも何故依頼先が縁もゆかりもない俺なんだ。

 

 確かに俺は第一級冒険者だ。それ相応、いやソロに限っては相応以上の実力はある。レベル7に最も近いレベル6だなんて噂されてることも知ってるし、おそらくそれが事実であろうという感覚も遺憾ながら持ち合わせている。常にソロだからなんのしがらみもなくフットワークは軽快、緊急性の高い依頼にも即座に対応がとりやすい。そして装備は常に万全に整えているから準備に多くの時間はかからない。

 

 あ、列挙してみればなるほどね。実力がある程度保証されててすぐに動ける暇そうなやつがいたら、そりゃあそいつに頼みますよね。

 問題は、その保証された実力ってやつはソロのときに限るということなんですけどね。

 救援とか俺に最も向いてない依頼だよ!

 

 半ばやけっぱちになりながら、ホームのドアを荒々しく開け放った。

 急げ。とにもかくにもまずは主神への報告だ。

 

「只今帰りました!すみません、早急にお耳に入れたい話が......」

 

「えっ?」

 

 おおっと。

 この大変なときにうちの女神さまときたら、緊張感のかけらもない寝ぼけ眼で、素っ裸で鏡の前に立ち、歯磨きをしていらっしゃった。

 昨日着ていた俺のシャツも、下着の類も全部、しわくちゃでその辺に脱ぎ捨ててあった。

 

 せめてお着替えくらいちゃんとしなさいッッッ

 

 というお小言が口走りそうになったが、今はそれどころではないので飲み込んだ。

 もう全裸でもなんでもいい、さっそく報告だ。

 

「女神さま。実はギルドより緊急の」

 

「この状況でそれはおかしくない!?」

 

 寝ぼけが吹き飛んだらしい女神さまは逃げるように飛びずさると、身体にシーツを巻きつけてこちらを睨んだ。そう警戒なさらなくとも。

 

「女神さま。緊急事態につき、いくらホームとはいえ全裸でほっつき歩きだらしのないお姿を晒していたことについては不問とします。今後は気をつけるようにお願いしますね。それでですね」

 

「いやいやいや!なんであんたがわたしを許してるような感じなの!?

 天上一の裸体を覗かれちゃったわたしが嬉し恥ずかし怒っちゃう場面じゃないのこれって!?」

 

「今日もお美しいですよ目が焼かれそうです。それでですね」

 

「テキトーに流すなぁ!

 見るもん見たんならお金払いなさいよぉ!」

 

 ああもう話が進まん。

 今更、色々と見ちゃったくらいでピーチクパーチク言うような間柄でもあるまいに。

 

「いやほんとに緊急事態なんですって。

 具体的に言うとミッションが下りました。

 要約しますと、今から50層くんだりまで行ってロキファミリアを救援してきますので、しばらくホームをあけますね」

 

 また何か喚き始める前に一息に要件を告げた。

 

「......はぁ?

 ロキんトコの子を?

 なんであんたが」

 

 女神さまはというと、さすがにこれ以上喚き立てることなく、心底疑問だといった様子で首を傾げた。

 そうですよね。おかしいですよねこんな話。

 でも現実そういうミッションなんですよ。ほらこれ司令書。

 

「正式にギルドを通した依頼もとい指令ね。

 クエストより強制力の高いミッションという形式にしたのはギルド側の判断かしら。

 ロキんトコの人員が壊滅なんてしたら、ギルドとしてもすごい損失だものね」

 

「そういうことでしょう。

 フィンさんはフィンさんで、即応可能な戦力としてわざわざ俺をご指名だ。

 可及的速やかに深層まで辿り着けそうでいてかつロキファミリアに対立的ではない冒険者が、俺の他にいるかと言われれば......まぁ、いないでしょうからね」

 

 俺がこのオラリオでどういう立ち位置かと言うと.......まぁ言わずともわかると思うがどこにも属さない中立である。なんなら独立してるまである。

 やれ、どこそこのファミリアとファミリアは因縁があってどうたらこうたらといった、派閥争いのようなものには一切不干渉の立場を貫いている。

 理由はわかるな?属すること自体が独立独歩《ソリテュード》のデバフを食らうリスクを高めるはめになるからだ。

 

「なーんか、きな臭くない?この話」

 

 さすがは女神さまだ。なんだかんだで嗅覚が鋭い。

 とてもすっぽんぽんとは思えない、怜悧なお顔をなさっている。

 

 実は俺も、少し冷静になって見えてきたところがある。

 

 推測の域を出ないが、団長フィンないしその背後にいる主神ロキは、この機に乗じて俺を取り込もうとしているのではなかろうか。

 あの天下のロキファミリアが、少々の窮地を自力で解決できないとは思えない。伊達や酔狂で探索系ファミリアのトップを張ってるわけじゃねェんだ。本当に俺の......所詮は多少腕が立つだけにすぎない零細ファミリアのソロ冒険者なんかの力を必要とするものか?

 

 あくまで俺個人としてはロキファミリアに恩を売れるというのはメリットが大きい。

 溶解液を吐き散らす芋虫の相手はしたくないが、装備や物資の損傷紛失が生じた場合には必要経費として負担してくれそうであるし、ミッション達成のあかつきには報酬もたんまりと弾んでくれそうだ。労力をかける価値はあるだろう。

 

 それと引き換えと言ってはなんだが、ロキファミリア側は世間的にはオラリオ有数の実力者かつ孤高の冒険者ということになっている俺と懇意にしている......そこまで行かずとも手紙ひとつで呼びつけることが出来る関係であるという声望を得られるわけで、他派閥への牽制としてはまずまずの成果が予想されることだろう。

 

 もしこの考えが的を射ているのだとしたら、彼らはとんだ食わせ物である。未知の魔物の襲撃というアクシデントですらも派閥拡大のためのピースにしてしまおうというのだから。

 

「で。行くの?」

 

 女神さまが憮然とした表情で言った。

 策謀の臭いがするので関わりたくないのだろう。俺も同じ気持ちだ。

 

 しかし。

 

「行きますよ。ミッションですからね。

 ファミリアを、あなたを守るためならば俺はなんだってします」

 

 俺はここ10年で一番のキメ顔で言った。

 ああ我が女神よ、どうかご覧ください。あなたさまの見出した眷属はかように精強たる冒険者となりました。

 このロン・アライネス、あなたさまが望むのならば、その神意をどこまでも貫き通すための矛となり、その神意に歯向かう悉くを弾く盾となりましょう。

 

 最愛の女神さまと心をひとつにした俺は少々自分に酔っていた。

 

「えぇー。深層ってことはしばらく帰ってこないじゃない。

 その間のホームの炊事洗濯掃除はどうするのよ。

 ご飯は?ご飯はどうしたらいいの?

 ちゃんとお金置いてってくれる?」

 

 全然ひとつになってなかったようですね。

 あっさり醒めましたどうもありがとうございます。

 

 そうですね、あなたはこの10年で何も変わっていませんでしたね。

 さすがは永遠の時を生きる超越者。一周回って尊敬します、ぐーたらさま。

 いい機会ですのでたまにはご自分でなさってくださいね。

 あとお金ならあるでしょ、あぶく銭が。

 

「はやく帰ってきてね?

 ちゃんと洗い物貯め込んで待ってるからね?

 帰ってきたらやってね?」

 

 お願いします。これ以上幻滅させないでください。

 

 早く帰ってこいったって、行き先は深層だ。

 まず辿り着くだけでも普通なら数日がかりだろう。俺の脚でも2日はかかると見ておきたいところだ。というか救援要請出したってこたぁ50層から伝令をこちらに帰したってことだよな。もうとっくに窮地を切り抜けてるか壊滅してる頃なんじゃねェの今頃。それはまあいい。行くしかない以上俺のやることは変わらない。

 そして、辿りついたらついたで何をさせられるやらわかったもんじゃない。

 ロキファミリアの今の状態がどうかはわからないが、負傷者を抱えた状態での撤退戦の補助となると相応の拘束時間だろうよ。

 つまり。一日、二日でどうこうなるミッションではないことだけは確かである。

 

 ああ心配だ。

 帰還したとき、ホームがどんな様相になってしまっているのか心底心配だ。我がホームさながらダイダロス通りの如し、なんてことになっていないだろうな。

 せめて三日くらいで帰りたいものだ。到底無理だよなぁ......。

 

「あ、そうだ。ロン、いいものをあげるわ。

 えーっと、たしかこの辺に......」

 

 なにやら突如四つん這いになって俺に尻を向け、がらくたにしか見えない何物かが積み重なる部屋の隅をまさぐりだす我が女神。

 身体にまいていたシーツはズレにズレている。なんとあられもないお姿か。

 いやもう、ほんとにもう、なんだかなぁ。

 

「あー、あったあった。

 はい、これあげる。食べて?」

 

 何かお目当ての物を見つけたらしい女神さまが、それをそのまま俺に向かって差し出した。

 

 木箱?いやそれよりも、「食べて」と言ったか?

 

 箱を開ける。

 中にはなんだかよくわからないしわしわの乾いた物体。

 正直、キモい。

 これを食えと?食えるの?なんなの、これ。

 

 得体の知れんモンをダンジョンアタック前に食わせようとするんじゃないよ。せめて説明していただきたいものだ。

 

「女神さま。なんです、これ?」

 

「ああそれ?竜の心臓の干物」

 

 ......なんですって?

 

「竜の、心臓?それも干物?」

 

「そうよ。若い個体のだけど。それでも食せば三日三晩は疲れ知らずね。

 それ食べてひとっ走りしてきて。

 ちなみにゲロマズらしいわ」

 

 いやいや。

 いやいやいや。

 またまたぁ。

 

「な、なんでそんなものがうちに?」

 

 本当ならとんでもない値打ちモンである。豪邸が建つぞこれひとつで。

 

「行商人から買ったのよ、たまたまね。

 まさか本物の竜の心臓だなんて思いもしなかったんでしょうね。ぼったくりのつもりだったんでしょうけど、正真正銘本物のお宝だから、結果的に安い買い物だったわね。

 ほら食べて?はやく帰ってきてね?」

 

 バカな!そんな偶然があってたまるか!

 なまじ本物だとして三日三晩疲れ知らず?明らかにヤバい成分が含まれているだろうが!

 そのうえゲロマズだと?煮ても焼いても食えなさそうだものな見るからに!

 食えるもんかよそんなもの!

 なーんちゃって偽物でしたー!とか言うんでしょう?いつものお茶目な冗談ですよね?

 

「あら。ロンったらわたしのことを疑ってるんだ。生意気ね」

 

 女神さまはうっとりするような笑みを浮かべた。

 とてもすっぽんぽんとは思えない、妖しくも美しい威厳に満ちたお姿であった。

 

「いくら神の力アルカナムが使えぬとはいえ......

 

 財宝神たるこのクベーラが、宝物ほうもつの真贋を見誤るとでも?」

 

 俺は膝から崩れ落ちた。

 

 そうでしたね、我が女神クベーラ。

 あなたはこの手のことは、絶対にはずさない。

 ギャンブルは普通にはずすけど、こういうのは、はずさない。

 

 お金が大好きな守銭奴のくせに、金儲けのためにその眼力を使わないのは、あなたがお金以上に宝物を、その価値そのものを愛しているからだ。

 

 手元の竜の心臓(たぶん本物)に目を落とす。

 

 ゲロマズの干物かぁ。

 三日三晩疲れ知らずかぁ。

 その後にはどうなっちまうんだろうなぁ、俺......。

 

「ほらはやくはやく。ロキんトコの子が、あんたの救けを待ってるわよ?一刻もはやく行かなくちゃ」

 

 ぐぬぬ。正論だ。こんなところで足踏みをしている場合じゃねェ。

 今から俺が臨むのはミッションだ。お遊びじゃねェんだ。

 冒険者として、最善を尽くす必要が、ある。

 

 それはそれとしてあなたはなんでそんなにニヤついてるんですかね。

 もしかして裸を見られたこと根に持ってますか?

 これを食った俺がどうなるかわかってるから、意趣返しですか?

 

「さあ食べなさい。そしてお行きなさい。我が眷属、我が至宝よ!

 財宝神の名に於いて宣言するわ。汝に勝る光を放つ宝物など、この下界のどこにもありはしないと!

 

 ロン・アライネスにこのクベーラが命じます。

 

 とっとと行って、とっとと帰ってきて、もっとたくさんわたしを甘やかすのよ!」

 

 女神さまったら歌劇チックに仰々しく腕なんて広げるもんだから、身に纏っていたシーツはとうとう剥がれ落ちた。途端真っ赤になって縮こまった。あなたも中々にご自分に酔っておいでですね。

 

 締まらねェなぁ、お互いに。

 一応、これから命懸けのミッションなんですけども。

 

 ちゃんと帰ってくることを微塵も疑っていないのですね。

 

「はいはい有り難く頂戴致しますよ我が女神。風邪ひくからはやく服着てくださいね」

 

 特に覚悟を決めたりすることもなく、木箱の中から干物を摘み上げて口に放り込んだ。こういうのは変に意気込まないほうがいいんだ。

 筆舌に尽くし難い......苦味なのかエグ味なのか渋味なのか、ゲロマズと表現してなお不足ではないかと思える冒涜的な味の物体を咀嚼し嚥下する。

 なあに、これくらいなら以前に経費節約のために作った自家製経口ポーションのほうがマズかったくらいさ。ちなみに飲んでも傷は治らなかった。

 

 マズさよりも何よりも、問題なのは......。

 

「う、うおおおおおお!」

 

 突如湧き上がってくるこのパワー!この高揚感!この全能感!

 今の俺は無敵だ。なんだってできる。もう誰も俺を止められやしねェ。

 50階層?

 半日だ。半日で辿り着いてやるぜ。

 あと少し待ってなロキファミリアの諸君。

 

 財宝神クベーラの至宝たるこの俺が、今行くぜッ!

 

 

 なるほど、本物だったらしい。

 あの時の俺はたまには女神さまも当てをはずすんじゃないかと僅かな期待を抱いていたが、見事打ち砕かれたわけだな。

 

 あの後、弾かれるようにホームを飛び出した俺は、ギルドに辿り着くなり他の冒険者たちをハイテンションで押しのけてダンジョンの入り口をくぐった。

 そこまで行きゃあもう俺を遮るものはない。周りにはもはや俺の敵、魔物しかいない。行く手を阻む者はすべて鎧袖一触に切り捨て、危険なダンジョンの最中を駆けに駆け、跳びに跳んだ。ステイタス全開で。高笑いしながら。

 先行してダンジョンに潜っていた冒険者たちが命乞いしたり失禁したり泡吹いて気絶したりしていたのをうっすらと覚えている。すれ違った冒険者たちと気さくに挨拶を交わそうとはいったいなんだったのか。

 

 回想調なのは、現在49階層でふと我に返って立ち止まった俺が平静を取り戻したからである。取り戻してしまったからである。

 

 俺の周囲は屍山血河。ただ効率的に一刀のもとに無力化された魔物共が絶命することもできずのたうち回っている。

 

 身につけてきた装備はというと、4本あった剣はそのうち3本が半ばから折れており使用不能。斧は柄がへし曲がっておりこれもまた使用不能。クロスボウは弦が切れているうえボルトを使い切っているため今はただの精密な機構の鈍器に過ぎない。鎚だったと思われる棒きれには先端が無い。出来の悪い棍かよ。短槍および長槍はたぶん投擲してしまっていて行方知れず。鎧はさすがの強度でところどころ傷んでいるが無事。ただしヘルムは暑かったからどこかで脱ぎ捨てたような記憶がある。

 

 なんだこれ地獄か。

 

 腹いせとばかりに残り1本の剣でそこらをのたうち回る魔物共にトドメを刺して回った。

 いや、やつあたりをしてすまない。せめてもの情けだ。もう苦しむことはない。

 

 あっ、最後の1本も折れた。

 

 荒野にひとり佇む。

 魔物の流した血溜まりの中で、魔石がそこはかとなく怪しい光を放っている。金になりそうだがなんだか拾う気になれない。

 ここはまさしくこの世の地獄であった。

 

「......やっちまったな、俺」

 

 まさしく、この世の地獄であった。

 





 クベーラ神は本来は男神です。
 太鼓腹のオッサン神にこのようなムーヴをさせてしまうと私の精神が崩壊する可能性が高いので女体化してしまいました。


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何を言っているんだこいつは

 

 

 ロキファミリア団長、フィン・ディムナは勇敢にして冷静、そして聡明な指揮官である。

 何かと癖の強い第一級冒険者たちを統率し、鼓舞するその手腕は神々をして見事と言うほかないだろう。

 

 此度、ファミリアが出くわすこととなったアクシデント。

 率直に言えば、彼の手腕にかかればさほどの窮地ではない。

 

 未知の魔物の軍勢はたしかに脅威だ。負傷者も多数抱えている。

 しかしながら、犠牲者は出ていない。

 彼の指揮能力の高さはもとより、彼に付き従う団員たちの高い能力と士気、奮戦がそれを実現しているのだ。

 

 とはいえ、ダンジョンというものは悪辣だ。

 冒険者を苦しめることにかけて枚挙にいとまがない。

 

 フィンにとっても予想外であったのは軍勢の規模。

 51階層への通路から現れた敵は、初めに殲滅したものだけではなかったのだ。

 崩落した通路、その瓦礫を溶かし尽くす波のような腐食液。

 現れる数多の巨体。

 

 敵の第二陣は、第一陣の規模を上回っていた。

 

 それでもなおフィンの冷静さを奪い取るには足りない。

 即座に陣を再構築。時間こそかかれど着実に敵を殲滅し、必ずや一人の犠牲もなく撤退を。

 

 我らはロキファミリア。道化の神の眷属たち。

 如何なる舞台であろうとも、優艶に踊ってみせよう。

 

「だ、団長!ご報告が!」

 

「どうした。49階層への通路方面からの伝令だな。手短に言え」

 

「......き、救援が」

 

「なに?」

 

「救援要請を出していた、"武鬼バトラ"殿が到着致しました!」

 

......。

.............?

 

「え、はやくない?」

 

 これはさすがに冷静でいられなかった。

 

 

「こうして話すのは初めてかな。

 僕がロキファミリアの団長、フィン・ディムナだ。

 よく来てくれたね、ロン・アライネス。君の勇名はかねがね。

 救援要請に応えてくれたこと、心から感謝する」

 

 受けた印象はさながら悪鬼羅刹の類であった。

 全身を赤く染めたその男は超然とそこに立っていた。

 

 重厚なプレートメイルに染み付いたそれはおそらく血であろう。魔物の返り血か、負傷か。いずれにせよ壮絶な道のりであったことを想像させる。

 ところが、男には傷一つもなかった。それだけならばまだエリクサー等の高位の回復薬を用いたのだとすれば理解できる。

 理解できないのは、ダンジョン深層にいたってなお息切れひとつ起こしていない慮外のタフネスであった。

 

 ロン・アライネスに対して救援要請を発したのは単なる保険と、思いつきのようなものであった。

 50階層にて最初に未知の魔物と遭遇した際、フィンは敵戦力の分析を迅速に済ませ、別のことにも並列して思考を働かせていた。

 

 オラリオにおいて最強の冒険者は誰か?

 この問いに対して、冒険者ならば誰もが「自分だ」......と答えたくなるものであるが、それを声高に宣言するには憚られる規格外の存在が、二人いる。

 

 一人は"猛者おうじゃ"。言わずと知れたレベル7。ロキファミリアに匹敵する派閥を形成するフレイヤファミリアに属する最強の冒険者。

 

 そしてもう一人はこの男、"武鬼"。レベル7に最も近いレベル6。孤高の冒険者。財宝神クベーラを主神とするクベーラファミリアに所属するたったひとりの眷属。

 

 ファミリアとは集団である。神の元に志を同じくする者が集うものである。

 

 冒険者とは心を預け合うものである。仲間と共に喜びを、悲しみを、愛を、分かち合うものである。

 そしてなにより。共に困難を乗り越えるものである。

 逆説的に言えばそれは、ひとりで乗り越えられる困難には限度というものがあるということだ。

 

 それを覆す例外的な存在がこのロン・アライネスという規格外の冒険者。ただひとりでダンジョン深層へと至り、ただひとりで冒険者としての高みに手を届かせ、ただひとりで一柱の神を支える、傑物。

 

 フィンはあくまで、あくまでほんの思いつき程度にではあるが、この男をこのアクシデントに巻き込むことが出来ないかと考えた。

 ダンジョン深層での未知の魔物との遭遇というのは、全冒険者にとっての脅威に等しい。第一級冒険者を動かすに十分に足る理由、口実だ。

 

 誰とも、どことも関わりを持たない孤高の冒険者を動かした。

 

 ファミリアの繁栄の一要素として、ただそれだけの事実が欲しかった。

 といっても、心から欲したというほどのことでもなく、「まあ、そういう結果になればいいかな」といった程度のもの。

 

 フィンの初動は早かった。

 接敵とほぼ同時にこの絵図をうっすらと描いていたフィンは、第二陣の到来を見て実行に移すべしと判断。すぐさまクエスト依頼書を書き上げ脚の速い者たちに持たせ、ギルドに走らせた。

 あのメンバーならば二日もあれば無事ギルドへと帰還し、そして依頼は彼まで届く。ギルドのことだ、都合良く解釈してミッションという形にしたうえで彼に伝えてくれることだろう。

 そこから彼がミッションを受理し動き出してからまた二日、いやさしもの"武鬼"といえどひとりで深層へ至るにはもう少し猶予が必要か。

 五、六日ほど経った頃に救援にやってくることだろうと予想した。

 

 本当に手を借りたかったわけではない。

 敵の規模とこちらの戦力から予測するに、守りを主体としたこの規模の戦闘にはそれなりに時間がかかると見てはいた。

 しかしながら、いくらなんでも一週間近くも悠長にここで戦い続ける気など毛頭ないのだ。

 救援にやってきた彼と初めて会うのはせいぜい帰還の途中だろう。それでいい。彼が動いたという事実はその時すでにそこにあるのだから。

 

 ところがだ。

 二日である。

 接敵から二日後の今日、彼はここにやってきた。

 それはすなわち、救援要請を受けたその日にその足でここまで駆けてきたということに他ならない。いくらなんでも速すぎる。

 ありえないことだ。

 

 いくら集団に属さず身軽とはいえ、ひとりはひとり。

 凶悪極まる魔物が徘徊する迷宮を。複雑極まる険しい迷宮を。

 おそらくはただの半日で踏破するなどということは。

 ましてや、涼しい顔で傷一つもなくやってくるなどということは。

 ありえないことなのだ。

 

 しかし、事実として彼は今ここにいる。

 ただただ超然と、ここにいる。

 

 これは、予想を越えた怪物と関わりを持ってしまったのかもしれないな。

 

 フィンは無意識に親指をおさえた。おさえてから、どうやら疼きが無いことを感じた。それがどこか不気味にさえ思った。

 

 フィンが思考を回すことしばし。

 対面時に軽い会釈をしたのち、黙して戦況を見守るよう戦場を眺めていたロン・アライネスは、ここでようやくその重い口を開いた。

 

「すまん、失礼した。少し敵の陣容が気になってじっくり眺めてしまった。挨拶が先だわな、普通。

 ロン・アライネス、貴殿からの要請に応え馳せ参じた。

 お会い出来て光栄だ、フィン・ディムナ。

 俺の勇名なんて、あんたたちの高名からすればトカゲと竜ほどにも差があるさ」

 

 堅苦しいのは苦手なんだ、ロンと呼んでくれ。

 そう言って差し出された手を握った。

 

 思いの外、豪傑じみた男ではないのだな、と場違いにも感じてしまった。

 こうして話してみる分には超然とした印象は受けない。飄々と軽口を吐く様はそこらの酒場にいる普通の冒険者と何ら変わりなかった。

 

「挨拶はこれくらいにしておいたほうがお互いにいいだろう。

 俺は楽しみたいところなんだが、頭のあんたをいつまでも俺のおしゃべりに付き合わせるわけにもいくまい。

 さっそくだが、仕事をさせてもらうよ」

 

 そしてまた、思いの外、偏屈な男というわけでもないようだった。

 失礼は承知のうえだが、この男のイメージといえば一匹狼。誰に憚ることなく自らの武技のみを高めんとする求道者。そんなところである。

 孤高に立ち、孤独を好むとも噂されるその人物から出てくるにはいささか意外な言葉であった。

 

「あ、ああ。そうだね。助かるよ」

 

 それなりに強引な手で呼び出したのだから非難されることも覚悟していたが、それもない。聞いていた話よりも随分穏やかな気性をしていることがうかがえる。

 

 人物像の分析はこの辺でいいだろう。

 彼を動かすという目的はすでに達した。

 戦況も悪くない。彼という特大の戦力を加えれば間も無く敵を殲滅し、撤退を始められることだろう。

 

 さて、彼には陣形のどこに加わってもらおうかな。

 ファミリア以外の冒険者を指揮下に置くというのも中々新鮮なものだ。

 ましてそれが武名轟く"武鬼"ときている。なんだか年甲斐もなく楽しくなってきたぞ。

 彼はありとあらゆる武器を高度に使いこなす近接オールラウンダーだという情報は既に得ている。とするとあっちの......って、武器?

 

 揚々とその優秀な頭脳を働かせていたフィンは気づいた。

 

「ロン。君、武器を持っていないようだが、どうしたんだい?」

 

 彼は持っていなかった。

 何を?

 武器を。

 めっちゃくちゃ丸腰であった。

 

 はて、彼は武器のエキスパートではなく格闘家だったかな?

 情報を他の誰かと取り違えたかな?

 

 フィンの明晰な頭脳はにわかに混乱し始めた。

 

「あー、武器ね。すまんな、今は無いんだ」

 

「えぇ!?」

 

 何を言っているんだこいつは。

 

「まあいいんじゃないかな。どうせ溶けるんだろ、あの芋虫とヤると」

 

 な、何を言っているんだこいつは。

 

「それよりほら、早く撤退の号令をかけてやってくれよ」

 

 は?何を言っているんだ、こいつは。

 

「あとは俺があの芋虫全部肉だんごにしてくるから、ロキファミリアは退いてくれ」

 

 もう何を言っているのか、わからない。

 

 フィンの頭脳はいよいよ悲鳴を上げ、目眩すらもおぼえた。

 

 これは精神汚染ではなく単なる物凄いだけの知恵熱なので、スキルでの抵抗は望むべくもないらしい。

 

 

 地が爆ぜた。

 

 蹴り出したのだ。鎧を纏ったひとりの男が。

 

 肉が爆ぜた。

 

 ぶん殴ったのだ。男が手甲で、怪物を。

 

「ば、ばかな......」

 

 結局、思考を半ば放棄させられるはめになったフィンは、撤退の号令をかけた。

 当然、何も知らない団員たちの頭には疑問符が浮かび上がった。

 しかし、頭の命令には粛々と従うべし。

 強固な規律のもと運営されるロキファミリアの団員たちは、フィンの指揮に絶対の信頼を置いている。

 もとより退路は確保されていた。皆の行動は極めて迅速であった。

 

 フィンおよびロキファミリアの幹部たちは高台にて戦況を見守っていた。

 

 眼下で次々と肉が爆ぜていく様を見せつけられている。

 

 戦いが始まる前、ロン・アライネスは言った。

 

「イメージ通りだとは思うんだが、俺は共闘ってのが出来ない。ひとりきりでひたすら暴れる闘い方しか出来ないんだ。

 連携が取れないやつを放り込んでも陣が崩れるだけだろうから、戦場には俺だけを残して全員どっか遠くで戦況を見ててくれ。

 俺がやられたら、残党の掃除は任せる。

 まあ、さっき戦ってる様子を見てた限りだと、あの芋虫はそんなに苦手な相手じゃなさそうだ。倒し切れると思うよ」

 

 言葉の通り、彼はまさしく暴力の権化とも言うべき戦いぶりを披露した。

 

 魔物が吐く腐食液を、その重装備からは想像もつかない軽快な身のこなしでかわし。

 返す刀で接近すると、その剛拳を振るい魔物を遥か彼方へと弾き飛ばす。肉を掴んで投げ飛ばす。

 あれだけ厄介に思えた腐食液であるが、肉を突き破るでもなくただ猛烈に吹き飛ばすに徹する彼の格闘術の前には無力。

 魔物は壁面に、地面に、木々に叩きつけられた際の衝撃で絶命しているのだ。

 

「あれが"武鬼"か。この目で見るまで懐疑的であったが、なんと。噂に違わぬ、否、噂以上の豪傑ぶりよな」

 

 幹部の一人、"重傑エルガルム"ガレス・ランドロックが驚嘆を隠せぬ声で言った。

 

「常識はずれにも程があるだろう。あのはやさで、あのつよさで拳を叩きつけられては何者にも為す術などないぞ」

 

 幹部の一人、"九魔姫ナインヘル"リヴェリア・リヨス・アールヴが戦慄を隠せぬ声で言った。

 

 そしてもう一人。

 "剣姫"アイズ・ヴァレンシュタインは、何を言うでもなく只々戦場を見つめていた。

 

 怪物が怪物を屠っていく。

 次から次へと、肉の花が咲く。

 

 なんとおそろしい光景か。

 なんとおぞましい光景か。

 そして。

 

 なんと美しい光景か。

 

 "武鬼"の動きはあまりにも鮮やかだった。

 ステイタスは高いのだろう。《力》も《敏捷》も。

 だが、あの動きはそれだけでは実現できない。

 

 足運びは荒々しくも精緻だった。

 拳を振るう際、蹴りを見舞う際、全身澱みなく駆動し流麗な線を描いていた。

 それは何千、何万と繰り返された修練の軌跡だった。

 

 ステイタスはそれを後押ししているに過ぎない。

 

 あれが、強さ。

 あれが、高み。

 

 どうすれば、あそこへ行ける?

 

 今にも飛び出しそうなアイズを、フィンは手で制した。

 

「アイズ。彼を目指すべきではない」

 

 フィンは自分でも想像だにしなかったほど震えた声で言った。

 

「あれは、ひとりで戦う者の強さだ。何者にも頼らぬための強さだ。

 これはロキファミリア団長としてではなく、第一級冒険者としてでもない。ただのフィン・ディムナとしての言葉だが......

 僕は君に、君たちに、あのようになってほしくは、ない」

 

 負け惜しみでもなんでもなく、ただ平坦に思ったままを口にした。

 

 その場にいた者すべての胸に、その言葉はストンと落ちた。

 

 ひとりで戦う者の強さ。

 まこと、言い得て妙である、と。

 

 眼下の戦いは終わりが近づいていた。

 

 本当にただ淡々と、一匹、また一匹と、数を減らしていっただけ。

 そんな風に表現してしまえるほどに、魔物は呆気なく駆逐されていっていた。

 ただひとりの男の手によって。

 

 いよいよ最後の一匹。

 それも何の感慨も、達成感も、興奮も、熱も。

 

 冒険も。

 

 何も感じさせぬ平易な有様をした男が壁の染みに変えてしまった。

 

 50階層に、静寂が訪れた。

 

 

 いやあー、よかったよかった。

 

 無事にミッションを達成した俺は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

 今回は何から何までヒヤヒヤの連続だ。

 終わってみれば呆気ないモンだったが、運に助けられたところが大きいのも事実だな。

 

 ひとつ。武器を全損した状態で駆けつけて、フィンさんにメチャクチャ怒られた挙句に帰れって言われてしまうのではないかと気が気ではなかった。

 フィンさんが大人な対応をとってくれてありがたかった。

 

 ふたつ。共闘するハメになるのではないかと気が気ではなかった。

 俺の要望をすぐに聞き入れて迅速に撤退してくれて助かったよ。近くに「仲間」と判定されるひとがいると、俺の能力は尋常じゃないほど下落するからな。

 さすがにその状態で丸腰で戦う勇気は俺にはない。最悪、腹が痛いとか言って帰らせてもらうことも視野に入れていた。

 

 みっつ。この目で見るまで、芋虫共が俺の手に余る敵じゃないかと気が気ではなかった。

 結論からするとむしろ与し易い相手で助かった。

 奴ら、思っていたよりも鈍重だし、あとは肉と皮が分厚かったのだ。

 これがソーセージみたいに薄皮だったら、うっかり突き破ってしまうところだったわ。

 腐食液なんてほんと勘弁してほしい。武器はともかくとして、俺の大事な鎧クンが溶かされたらもうそれだけで戦意喪失しても不思議はないからな。

 

 様々な幸運が重なった勝利だ。

 これも女神さまのご加護、なんてな。

 

 遠巻きにこちらを見守るロキファミリアの面々に手を挙げて見せる。

 あいにくと共闘とはかなわなかったが、少しは助けになれただろうか。

 

 ここに来て戦場を見た時にすぐに察したが、来る前に俺が考えていたことは概ね正解だったようで、俺が来ずともおそらく彼らは敵を殲滅できていた。

 ただ俺が......今回の敵と意外にも相性が良い俺が来たことで減じることが出来た消耗もきっとあることだろう。

 俺が来た時点では、どうやら負傷者はそれなりにいても死者はいなかったようであるが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 何か些細なボタンの掛け違いであっさり死なない保証なんて、誰にも、どこにもない。

 俺が戦うことでその可能性を少しでも減らすことができたのなら、それでいいのではないだろうか。

 

 地を駆け壁を蹴り、ロキファミリアの面々がいる高台まで行く。

 なにやらみんなギョッとした顔で半歩ほど後ずさった気がするんだが、たぶん気のせいだろう。

 

「フィンさん。これで依頼は達成ということで構わないか?

 帰りも同道しろと言われればそうする。

 しかしまあ、そちらも体勢を立て直すことが出来たようだし、もう俺は要らないんじゃないかと愚考するんだけれど」

 

 一刻も早く帰りたい俺は、失礼を承知でフィンさんに尋ねた。

 名工クベーラがうちのホームをダイダロス通りに造り変えてしまうのを阻止したいのだ。

 

 なんだかフィンさんは上の空で呆けている。

 さすがの"勇者ブレイバー"もお疲れなのだろうか。

 

 フィンさんの横にいたとんでもない美人のエルフさんが、フィンさんの脇腹を肘で突いた。

 

「はっ!?

 いや、すまないロン。少し、ぼーっとしていた。いかんな、ハハ。

 改めて礼を言う。君のおかげで助かった。

 さすがは武名高い"武鬼"だね。見事な戦いぶりだったよ」

 

 咄嗟にがんばって作りましたみたいな爽やかスマイルでフィンさんは言った。

 マジで疲れてんな。大丈夫?竜の心臓食べたほうがいいんじゃない?

 

「質問の答えになっていないぞ、フィン」

 

「え、なんだい?彼は何か僕に質問していたのかい、リヴェリア」

 

 心配していると、なにやら二人で小声で話し始めた。

 ヒソヒソ声を聞き取るのは得意だが、さすがに考え事をしている最中にまでその内容を咀嚼することはかなわない。

 何の話かは知らんが、まあ、変につつくのも失礼だろう。

 

「あー、ロン、でいいのだろうか。

 遅ればせながら、私はリヴェリア・リヨス・アールヴという者だ。挨拶が遅くなってすまないな。

 私も、此度の貴殿の救援に感謝している。ありがとう」

 

 どういう流れなのかは交友関係皆無の俺にはとんと見当もつかないが、なにやら美人さんが自己紹介を始めた。ああ、どうも。

 

「で、だな。

 見ての通り。見ての通り?

 その、フィンは連日の無理が祟ったのか、その......

 そう、風邪気味でな。代わりに私が君の質問に答えよう」

 

 え、風邪だったのフィンさん。

 そんなんでよく団員の指揮とかしてたね。

 さすがは大派閥の長だ。俺には到底真似できんな。

 

「君は救援の役目を十分に果たしてくれたと私は......

 いや、フィンが。フィンがな?フィンはそう考えている。

 ああいや、私たち全員がそう考えている。

 フィンだけじゃなくてみんなが考えている。

 なので帰りの同道は不要だ。そうだな、フィン?」

 

 ちょっとフィンフィン言い過ぎじゃないこの人?

 めちゃくちゃ仲良いのね、うらやましいわ。

 

「あ、ああ。そうだとも。

 ロン、これ以上君の手を借りてはロキファミリアの名折れだ。

 後は君の好きなようにしてくれて構わないよ。

 

 ......ま、まさかとは思うんだけど、今からこの先の階層に潜ったりするのかい?」

 

 どうにも挙動不審な風邪っぴきのフィンさんは妙なことを言い始めた。なんでこんな危険なところの、更に先まで進まなきゃならんのか。

 

「冗談が上手いな。当然、帰るよ。

 さすがに疲れ......いや、全然疲れてないな。疲れないんだったな。

 まあ、疲れてないけれど、帰るんだよ」

 

「疲れてない!?疲れない......ッ!?」

 

「ああすまん、病人の前で妙なこと言って。気にしないでくれ。

 では、長居するのもなんだし俺はお先に帰らせてもらうよ。

 報酬の件はまた後日よろしく頼む。

 フィンさん、お大事に。

 皆さん、お気をつけて」

 

「あ、ああ。ありがとう......?」

 

 久々にたくさん会話したから、なんだか名残惜しい気もするが、ファミリア水入らずの凱旋を邪魔をするのも悪かろう。

 

 颯爽と地を蹴り、49階層への通路を駆け上がった。

 行きは縦穴とかに飛び込んで随分とショートカットをしたから早かったが、帰りは大変だなこりゃ。

 まあ、全力で走れば明日の朝までにはホームに帰還できることだろう。

 ほんと頼むぞ女神さま。ご要望通りはやく帰るんだから、あまり散らかさないでいてくださいよ。

 

 

「チックショオォー!」

 

 早く帰ることに夢中だったあまりに、俺は忘れていた。

 

「そこをどけェ!邪魔すんじゃねェー!」

 

 ダンジョンは悪意をもって冒険者に牙を剥くということを。

 

 珍しくも幸運なことに、魔物に出くわすことなくスムーズに階層を駆け上がっていた。

 ミッションも無事に終わり気分はウキウキだ。身体も軽い軽い。

 ロキファミリアと、さらにはギルドを介したミッションであるためそちらからも報酬がたんまり出るであろうということを考えていたので、もはや有頂天と言っても決して過言ではなかった。

 

 そんな俺の気持ちに水を差すように、40階層で湧いて出た大量の魔物共に、みっちり隙間なく取り囲まれた。

 

 軽い苛立ちと共に背に手を伸ばす。

 ところが掴むべき得物がそこにはなく、指は空を切った。

 

 この時になってようやく自分が丸腰であることに気がついた。

 そりゃあ身体も軽いわな。物理的に。

 

 もう少し、もう少し気づくのが早ければ......!

 50階層に引き返し、ロキファミリアに恥を忍んで武器を譲ってもらうという選択肢もあったかもしれないのに!

 

 このまま何事もなく終わるのかと思ったら、やっぱりあったじゃないか窮地が!

 魔物に出くわすのがやけに遅かったのも、俺を苦しめるためのダンジョンの策略か!?

 幸運と見せかけておいてからの実はそれが不運でしたなどと、小癪な演出をしてくれるじゃないか!

 

「ダンジョンめ、いい加減ソロ冒険者に優しくしやがれ!

 俺は、俺は一刻もはやく帰りたいんだよ!!」

 

 結局。

 全部殴り飛ばして押し通るはめになったのは語るまでもないことだろう。

 

 

「なんで"武鬼"くん、ひとりで帰ったんだろーね。

 どうせ帰るんならわたしたちと一緒に帰ればいいのにさ」

 

「知らないわよあんな異常者の考えることなんて。

 それにしても許せないわあいつ。

 団長をあんっっっなに疲れさせて!」

 

「つーか俺、あんなのに喧嘩売ったのかよ......」

 

「ベート、覚えてたんだ。

 そーだよ。感謝してよね?

 わたしとティオネで止めなきゃ、死んでたかもしんないんだからさ」

 

「アッハハ!そうね、ありうるわね!

 トマトみたいに潰されちゃってさ!」

 

「いや笑えねぇよ、バカゾネス......」

 

 ロンが立ち去った後、いつぞや彼と酒場で一悶着あった面々の間で、そんな会話がなされていたとか、いないとか。

 



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神ってさ。もっとこう......

 

 

「すごい。惚れ惚れしちゃうわ」

 

 俺に馬乗りになった女神さまが言った。

 うりうり、と指でつついてくる。

 くすぐったいです。

 

「これが楽しみで女神やってると思うのわたし。

 朝からこんなの......今日一日元気でいられそう」

 

 それは幸いでございます。

 あ、そこ弱いとこなんですやめてください。

 

 俺は身を捩った。

 

「あ、こら。逃げちゃだめ。

 ローンー?

 わたし、昨日はさみしかったんだからねー?

 今日はわたしだけのロンなんだからねー?

 どこにも行っちゃダメだからねー?」

 

 ミッションだったんだから仕方ないじゃないスか。

 あとあなただけのロンっつーかそもそも、他にそのロンとかいうやつを欲しがるやついないんスよ悲しいことに。

 

「よりにもよってあのロキが絡んでるのが腹立たしいわ。

 文句言っても言っても言い足りないわ。

 わたしのロンにちょっかいかけないでよね」

 

 女神さまがしなだれかかってきた。

 柔らかな感触に安心感をおぼえる。

 

 今日は一段とすごいな。スキンシップが。

 

 なんだかんだで、ご心配をおかけしていたのかもしれない。

 

 

 ミッションを終えてホームへと帰還した俺が真っ先にしたことと言えば当然、女神さまへのご挨拶とご報告......

 といきたいところだったが、朝方であったためまだ惰眠をむさぼっていらっしゃったうえ、そもそも俺自身が血やら何やらよくわからない液体やらで汚れすぎていたので、身を清めることを最優先した。

 

 脱衣室に雑に脱ぎ捨てられた女神さまの下着を洗濯籠にきちんと入れ直し、ラックに置かれていたなんか飲みかけっぽい牛乳瓶を処分した。浴槽の湯......もとい水は張ったままになっていたので魔道具でまた沸かした。

 

 たった一日ホームを空けただけで細々としたところをよくもまあ散らかすものだ。

 

 と苦言を呈する気も起きない程度にはさして珍しいことでもないので、粛々と身を清めた。

 

 風呂から上がると女神さまは今日はちゃんと服を着て起きていた。

 ちなみにやはり俺のシャツを着ていた。

 

 あらおかえり、などと何らいつもと変わらぬ調子で言った女神さまは、半裸の俺を見るなり頬をうっすらと紅く染めてベッドを指差した。

 俺も察したので苦笑いだ。嫌いじゃないですけどね、俺も。

 

 そして冒頭に至る。

 

 女神さまは俺に、俺の背中に馬乗りだ。

 

 帰投後恒例、ステイタスの更新である。

 

 

力:A801

耐久:C645

器用:B720

敏捷:B797

 

 渡された羊皮紙に目を通す。

 なるほど確かに。

 女神さまがおっしゃるように、惚れ惚れするほどアビリティが伸びている。満遍なく高まっているな。

 スキルによるバフも加味すれば実際にはこの数値以上となるからこそ、俺はソロでもやれるほど強いのである。

 

 全て良く伸びているが、今回は特に敏捷の伸びが著しい。50階層への往復全力疾走によるものだろう。あれドーピングのおかげなんですけどいいんですかね。

 

 他の冒険者のステイタスがどんなものなのかは知らない。

 いやこれは別に俺がソロだからとかそういう話ではなく、一般常識の範疇として他人のステイタスの詮索は御法度であるからして知らないだけである。

 

 しかし、俺の成長が早いということはわかる。

 俺が冒険者になって10年。現在レベル6。レベル7も近いのではないかと巷では噂されている。

 俺と同じく10年冒険者をやってるやつでもレベル2で止まっているのがさほど珍しくない昨今の冒険者事情のなかで、異例とも言える成長速度と言えるだろう。

 

 毎日毎日敵に囲まれたり追われたり、運が悪いと追われるがまま階層主に突撃させられて大混戦の末にそれを撃破するはめになったりしてりゃ、そりゃアビリティも伸びるわな。

 

 唯一伸びないのは魔力くらいのものだ。

 まあ仕方がない。魔法が発現しなければ伸びない項目だからな。

 それに俺は0って字が好きだ。変わらずに安定しているものを見るとなんだか安心するんだよね。なんでだろうね。

 

「いよいよ魔力も伸び始めたのが良いわね。

 そこだけ数字が変わらなかったから気持ち悪いと思ってたのよねーわたし」

 

「は?」

 

「あれ。気づいてなかったの?」

 

魔力:I 32

 

 ああ!よく見たら変わっとる!俺の安定の0が!

 

 驚愕の心持ちのまま、さらに下へと目を滑らせていく。

 発展アビリティ、変わりなし。

 スキル、変わりなし。

 そして......

 

《魔法》

【パラディサス・サイン】

 

 は、発現しとる。魔法が。

 

 おお、おおおおお......!

 

 ごめんなさい0が好きとか嘘です。強がりでした。

 魔法の発現、感無量です。

 

 遂にこの時が来たか。

 ただ武器を叩き付けるか最悪拳で語るだけしか能の無かったこの俺に、新たなる力が加わる時が。

 

 やはりスタンダードな攻撃魔法だろうか。

 長文での詠唱を必要とする類のものであれば威力や攻撃範囲に期待が持てる。その場合は詠唱しながら戦えるよう訓練が必要だな。そういう技術も世の中にはあるというからな、ギルドの資料室でお勉強だ。

 逆に詠唱が短文ならばそれはそれで都合が良い。牽制として用いるのには小回りが効くほうが、むしろ良い。

 あくまで俺は近接ファイターだからな。魔法には絡め手としての役割を持たせるのも一興というやつだろう。

 

 補助系統の魔法というのも捨てがたい。

 回復魔法ならば上手く使えばポーションいらずで家計に優しい。

 付与魔法ならば俺の戦闘スタイルとも合致しており扱いに困らない。

 

 ともかく。

 この際どんな魔法でも嬉しい。

 戦術の幅が広がるのは大歓迎だ。

 

 この魔法は、俺の望みをどのように叶えてくれるんだ?

 

 魔法の発現を自覚すると、まるで頭の中にスッと紙が一枚差し込まれたかのように詠唱のことばが浮かんできた。

 なるほど、こういう感覚なのか魔法の世界の入り口に足をかけるというのは。

 

 ふむ。ふむ。

 なかなかの長文詠唱のようだな!

 

 これはさっそくダンジョンに赴いて、初お披露目と共に効果の検証と活用方法の模索が必要だ。

 いつもいつも好きでダンジョンに潜っているわけではない俺だが、今日は、まあ、あれだ。

 

 少しだけダンジョンのことを好きになってやってもいいかな?

 

 俺はスクと立ち上がった。

 女神さまはヒシと俺の腰にしがみついた。

 不満げに頬を膨らませていらっしゃる。

 

 え、なんですか?

 

「わかりやすいわねあんたは。はしゃぎすぎ。

 試し撃ちに行く気でしょ。

 だめよ。もう忘れたの?

 今日はわたしのために時間を使う日なのよ」

 

 さっきのは本気で言っていたのですか。

 

「竜の心臓の効力はまだあるようね。

 まだまだ元気そうに見えるわ。

 だったら少し行きたいところがあるから付き合いなさいな」

 

 おかげさまで元気は有り余っていますが後が怖いです。

 非常識な運動量をこなした後だというのにまったくもって疲労感がないのがことさら怖いです。

 あと、あなたの妖しい笑みも若干怖いです。

 

 しかしまあ、従うよりほかあるまい。

 俺のことを信頼してくださってはいるが、ひとりで過ごした昨夜にふと不安をおぼえられたのもまた確かなご様子なのだ。

 以前、俺が数日がかりで深層へアタックしたときもこうだった。

 少し依存体質のあるこのお方がこうして己が手の中に俺を納めようとするときは大抵、そういうときなのである。

 道楽以外での可愛らしいワガママはなんだか久しぶりに思えるな。

 

 「......おおせのままに、我が女神」

 

 無礼を承知で彼女の頭に掌を乗せた。

 ふわりとやわらかな髪の感触が心地良い。

 すみませんねこんなタコまみれの硬い手で。

 

 女神さまは目を細めており、特に文句を言うつもりはなさそうだった。

 

 

 夕暮れ時。

 ひとしきり買い物買い食いのぶらつきにさながら使用人のように付き従った俺は、ここで最後だとおっしゃる女神さまに連れられバベルへとやってきていた。

 

 俺は執事バトラーじゃなくて"武鬼バトラ"なんですがね。

 

「お邪魔するわよ、ヘファイストス」

 

「失礼致します。ヘファイストスさま」

 

 珍しいところに来たもんだと思っていたら、行き先は女神さまのご神友であるヘファイストスさまのところであったらしい。

 

 ヘファイストスさまのことは俺も知っている。

 そもそも俺が普段から身につけて使い潰している装備の数々はヘファイストスファミリアから購入しているものであり、自然、主神であるヘファイストスさまも俺のことはよくご存知だ。

 鍛冶屋泣かせソードブレイカー呼ばわりしてくるけどな!誰が櫛形の溝が入ったギザギザの短剣やねん。ギザギザしてんのはハートだけだわ。

 

「うげ。クベーラに、鍛冶屋泣かせの......」

 

 執務室で机と向かい合っていたヘファイストスさまは露骨に顔をしかめられた。

 あれ?女神さま、本当にご神友なんですよね?

 

「あんたね、アポ無しで来るのやめなさいよね。

 こっちはあんたと違って暇じゃないのよ?」

 

 ぐうの音も出ません。おっしゃる通りでございます。

 申し訳ございませんいつも暇な主神で。

 

「ごめーん。わたしとあんたの仲だから許して?」

 

「それ許す側が言うもんでしょ普通。

 で。どうしたのよ急に。眷属まで引き連れて、珍しいじゃないの」

 

 ひとの好いヘファイストスさまはなんだかんだで付き合ってくださるようだ。

 

「ちょっとさ、うちのロンが昨日やばい魔物と戦ったみたいでね?

 今後も見据えるとそろそろちゃんとした武器持ってたほうがいいんじゃないかと思って、その相談にきたの」

 

 そして女神さまはと言うと驚天動地なことをさらりとおっしゃった。

 

 この女神さま、今まで俺の冒険者としての活動方針には何も口出ししてくることはなかったのだ。

 養ってくれるなら何でもオッケー!くらいにしか考えていないものだと思っていたが、どうしたんだ急に。何か悪いモンでも食ったのか?竜の心臓か?あれは確かに頭がおかしくなるくらいマズいぞ。

 

「隣の眷属があからさまに動揺してるわよ。

 その様子だと寝耳に水ってところだったのかしらね。

 そういうのはちゃんと眷属にも考えを伝えておいてから私のところに来なさいよ」

 

「びっくりさせたかったから予定通りよ。サプライズってやつね」

 

 いやびっくりさせんでください。

 心臓に悪いです。脈は怖いくらい一定だけど。

 

「装備に関してド素人のあんた一柱で来なかったことは褒めてあげるわ。

 それで、鍛冶屋泣かせくん?

 あなたのところの主神はこう言ってるけど、あなた自身はどう思っているの?」

 

 ヘファイストスさまはこちらに振ってきた。

 当然だ。俺の装備品の話なのだから俺が黙っているわけにもいくまい。

 

「クベーラさまのおっしゃることはごもっともな話です。

 今日戦った魔物はまあ、相性が良かったので苦戦することはありませんでしたが、ちょっと色々あって武器が全損することになったのは事実ですので」

 

 全損、の部分でヘファイストスさまの眉がピクリと動いたのを俺は見逃していない。またかよお前、みたいなリアクションである。

 ほんとすみません。

 

「何か一振りだけでも。

 何があっても壊れないものが欲しい。

 そう、思いましたね」

 

 不壊属性デュランダルとか、不壊属性とか、不壊属性とかな。

 でも、お高いんでしょう?

 

「となると不壊属性ね。でも高いわよ?

 材料費込みで末端価格でも2億ヴァリスは下らないわ。

 あなたたちって実力のわりにはそんなにお金持ってないわよね?」

 

 うん知ってた。

 買えるもんならとっくに買ってますって。

 買えないから数打ち使い潰して貧乏の螺旋を巡ってるんですって。

 

「お金のことなら心配いらないわ」

 

 いや超心配なんですが女神さま。

 家計を圧迫している原因のひとつはあなたの衝動買いなんですが。

 

「あんた最近服装もなんかショボいのに説得力ないわよ」

 

 は、恥ずかしいッ

 女神さまったら、やっぱり他の神々からもドレス姿がショボくなったって思われてたんだ!

 その理由が遊ぶ金欲しさに一張羅を売りに出したからだなんて知られたらもう俺恥ずかしくて外歩けねェよ!

 

「わたしが払うんじゃないもの。

 もちろんロンでもないわ」

 

 女神さまは服装のことには一切触れず言い放った。

 

 え、どういうこと?

 不思議なことをおっしゃる方だ。

 ではいったいどこの誰がそんな大金を払ってくれるというのか。

 

「払うのはロキよ。

 あのスカポンタン、よくもわたしの可愛いロンを厄介ごとに巻き込んでくれたものだわ。

 天界にいたときあいつわたしに借金してたのよ。

 下界は下界だから天界の頃のことは忘れてやろうかと思ってたけど気が変わったわ。

 今回の件と併せて、そのツケを払ってもらうことにした。

 話ならもうついてるわ。もうすぐここに来る」

 

 とんでもないお方に肩代わりさせようとしていた!?

 オラリオ屈指の大派閥の主神だぞ、そんな強気に出て大丈夫なんですか!?

 

「あー......ロキか。

 あんたも派手な遊び癖あったけど、あいつも大概だったものね。

 その手の話を持ち出されたらあいつもあんたに頭上がらないわよねぇ」

 

 何があったんだよ天界で。

 あとロキさまのイメージが崩れるんだが。

 大派閥の主神なんだからさぞかし威厳に満ちたお方だと思っていたんだが、俺は。

 

「そういうことよ。

 ちょうど来たみたいね」

 

 ふいに部屋の入り口に目を向けると、そこには半身だけ出してそろっとこちらを伺い見る赤毛の神がおわした。

 赤々とした髪と対照的に顔色は青々としていらっしゃる。

 

「お、おーっす。

 クベーラ、言われた通り来たでー......」

 

 借金取りにおびえるような......というか実際その通りなのであろう様子でごますりしながらやってくるこの神がロキさまであるらしい。

 

「よく来たわねロキ。

 四の五の言わず耳揃えて払うもん払ってもらうわよ」

 

「ちょちょちょ、待ってぇな。

 ウチも子供たちからギルドからあんたからこの件の話はイヤっちゅうほど聞いてるで?

 けどな、あくまでこの話って冒険者同士の話とちゃう?

 ギルドを正式に通した依頼っちゅう形でもあったんやし、あんたんトコの子もそれを快く受理したんちゃうの?

 やったらウチら神が出張ってくるのはちょっとちゃうんとちゃうかなと思ったりしちゃうわけでやな」

 

「ちゃうちゃうウッセーのよ。

 借金ほっぽり出して下界に降りたのはどこのどいつだ。

 次の神の宴デナトゥスで赤裸々にあんたの恥ずかしい借金の理由ばらしてやろうか」

 

「あ、ハイ。すんません」

 

「うわ私それ気になるわ。めっちゃ聞きたい」

 

「ヘファイストスまで何言うてんねや!?

 待て待て、あんたまでそっち側につくな!

 おい青年!欲しいやろ、欲しいよな新しい武器!

 おいちゃんに任しときなんでも好きなもん買うたるから!なっ!

 1個だけやで!?なっ!?」

 

「あ、ハイ。お世話んなります」

 

 ロキさまは額に脂汗を浮かべ早口で捲し立てながら俺の腰をバシンバシン叩いた。

 初対面にして距離感がよくわからないことになっている。

 親戚のオジサンかよ。

 

 すでに厳格なイメージは崩壊していたが、それでもなお神聖さという名の株は下落の一途を辿っている。

 なんかもう遠慮はいらねェんじゃないかなって気分になっていた。

 

 あのさ。

 神ってさ。もっとこう......

 

 いや何も言うまい。

 悪い顔してふんぞりかえるうちの女神さまのお姿を見て、よこしまな考えを振り払った。

 

 親しみやすくて良いよね!

 

 

 話はまとまった。

 俺の新武装の鍛造には数週間はかかるそうで、完成したらギルドを通して連絡をよこしてくれるそうだ。

 

 ロキさまは契約書を握りしめ半泣きになりながら帰って行った。

 ヘファイストスさまは苦笑いしていた。

 

「大勝利ね!」

 

 うちの女神さまはホクホクだった。

 

 俺のためでもあったらしい今日のお出かけは、女神さまにとってもご満足いく結果となったようでなによりである。

 

 あたりはすでに暗くなりつつある。

 そんな中、俺たちは並んでゆったりと家路についていた。

 

 女神さまのお顔には寂寥?不安?

 あまり優れない色がほのかににじんでいる。

 

 ふいに手が握られた。

 

「ロン。わたしね、少し怖かったのよ」

 

 ぽつりと女神さまは言った。

 言うつもりはなかったけど、言わずにいられなかった。

 そんな調子だった。

 

「あんたは強いわ。身も心も。

 このわたしが見出したんだもの、当然ね」

 

 そりゃあ強いですとも。

 俺はあなたの宝剣なのですから。

 

「でもね、ひとりなの。

 仲間との冒険や英雄譚の主人公に憧れる普通の男の子とはちょっと違う。あんたは憧れに手を伸ばそうとしない。

 そうさせてしまっているのはわたしのせいでもあるし、あんた自身の心構えのせいでもある」

 

 今更な話だ。

 俺はそのことにはすでに折り合いをつけている。

 

「だから友達作ったらいいじゃないって言った。

 戦いの中以外でなら、あんたが楽しめるような何かがあればいいなって。これはあの日言った通りね」

 

 それを言う前提にそんな考えがあったのか。

 ほんの思いつき程度の、ただの雑談だと思っていたが。

 

「あんたはわたし以外を慮らない。

 あえてそうしていた節がある。

 けれど昨日はそうじゃない。

 あんたはあんたなりに他者を慮って動いた。

 少なくとも周りにはそう見える」

 

 ミッションとはいえ全力で動いたしな。

 少なくとも赤の他人でも求められれば助けに行くくらいには人間味のあるやつってアピールできたんじゃないかな。

 おっと?これはもしかして友達できちゃうかな?

 

「あんたの内面は本当はただのお人好し。

 いつかきっと、あんたの素敵なところに気づく子もいるわ。

 今はわたしのために戦うあんたも、わたし以外に大切なひとができたなら、きっとその子のためにも戦うでしょう。

 それが何者であれ、あんたはきっと守ろうとする。

 何か些細なボタンの掛け違いがあれば、いくらあんたでも命を落としてしまうこともあるかもしれない。

 ひとを後ろに追いやってでもひとりで戦えてしまうあんたなら。

 

 だからこそ怖くなった。

 わたし以外の誰かにも一生懸命になっちゃうんじゃないかって、あさましくはしたなく、妬いちゃいそうになった。

 

 自分で言ったことなのにバカみたい」

 

 珍しく心境を吐露した女神さまは寂しげに笑った。

 

 飄々とした振る舞いの裏であれこれ考えているのは知っていたが、こんなにも弱々しく、しかもそれを口にするお姿は初めてお目にかかる。

 俺にここまで執着し、独占欲のようなものをお持ちになっているとはさすがに思いもよらなかったことであるが、なに、眷属冥利に尽きるというものである。

 

「あなたは勘違いをしています」

 

 ゆったりとした歩みをさらに緩め、立ち止まった。

 

「友が出来たとしましょう。

 まかり間違って仲間ができたとしましょう。

 それでも、俺にとって最愛の神はあなただけだ。

 

 俺が力を示すのは、あなたのためだけだ。

 

 全力注いでミッションを手早く済ませたのはなんでだと思います?

 別にロキファミリアのためなんかじゃあない。

 あなたがホームを散らかす前に帰るんだ、って一心でのことだったんですよ?」

 

「ちょ、そんな散らかしてないし」

 

 一日にしちゃ散らかしたほうだったように思うが。

 

「あなたを支えられるのは俺だけだ。

 他のやつならとっくにあなたのぐーたらさに幻滅してファミリア崩壊してますって。

 

 だからね、女神さま。

 

 これからもこの俺に、ひとりであなたを支えさせおっふぅ」

 

「え、ちょ、ロン?ローン!?」

 

 なにこれすんごい身体が重いんだけど。

 俺の頭の上にゴライアス乗せたの誰?

 

「ああ!切れたか、切れちゃったのね!?」

 

 何がスか。

 

「竜の心臓、疲労の肩代わり!

 普通の冒険者なら三日はもつらしいんだけど、ロンには一日とちょっとしか効かなかったかー!

 使ってるエネルギーが違うものね、そうよね!」

 

 ああ、やっぱりあれそういう効果だったんですね。

 実は疑ってたんですよ。

 三日三晩 ※効能には個人差があります

 とかそういう代物なんじゃないかって。

 

「お、重い!鎧も着てないのに重い!

 筋肉つけすぎじゃないの!?

 

 ちょっと誰かー!誰か来てー!?」

 

 涙目で周囲に助けを呼びかける女神さま。

 遠のく俺の意識。

 

 せっかく決意新たに良いこと言おうとしたんだけどな。

 締まらねェよなぁ、お互いに。

 

 

「うわ、どうしたんですか!?」

 

 

「ああいいところに!君、冒険者よね?

 ちょっとこいつ運んでくれない?

 重くてわたしじゃとてもとても......!」

 

 

 女神さまの涙声に、何事かと白髪の少年が駆けつけてきてくれた。

 いや、すまんなほんと。見たところ新米だろ君。

 これが冒険者の先達、レベル7に最も近いレベル6とされる"武鬼"の晒す醜態かっての。

 

 大泣きする女神さまと、顔を耳まで真っ赤にして俺を担ごうとする少年の背中。

 

 それを最後に、俺の意識は闇に落ちた。

 





 依存系自堕落お姉さん女神と、共依存系ぼっち野郎の大まかな人物像はこれであらかた垂れ流せたと思います。
 原作キャラとの絡みも増やしていきたいところですね。

 さて、拙作をお読みいただきありがとうございます。
 思いの外ご好評いただいているようで大変ありがたく思っております。
 嬉しいことに感想もいただいているようですのでゆっくり返していきたいと思います。

 当方アニメ勢ですので知識は浅く、設定の齟齬などみられることかと思いますがご容赦ください。
 ご意見、ご指摘、ご感想などありましたら忌憚なくいただけますようお頼み申し上げます。


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ああ、なるほど。


 予想外です。
 日刊ランキング1位まことにありがとうございます。
 評価、感想励みになります。
 誤字報告もありがとうございます。お手数おかけします。

 前書きをお礼タイムに使ったので、
 謝罪タイムは後書きに回します。



 

 雨が降っていたのかもしれない。

 ひどく生温かい雨だ。

 それなのに、すっかり熱が奪われていく心地がしていた。

 

「まだ息があるなら聞いておけ」

 

 痛まないところなどありはしない。

 その中でも顔と腹、背中もか。

 

「思い上がったガキが粋がるからこうなるのだ。

 お前はクズだ。お前はカスだ」

 

 あとは、そうさな。

 

「お前は、何の価値もないゴミなのだ」

 

 

 胸が一番、痛かったのかもしれないな。

 

 

 

 息苦しさで目が覚めた。

 うつ伏せで枕に顔を押し付けるかのようにして眠っていたらそうもなるだろう。

 

 横向きに寝返りを打つ。

 起き上がる気にはならなかった。

 身体中がだるい。

 

 女神さまは先に起きたのだろう。

 しわくちゃの寝巻きがベッドの横に転がっていた。

 

 俺の服装はというと、眠る......いやあれはもう気絶だな、気絶する前と同じものだった。

 よほど寝苦しかったのか汗でしっとりとしていて不快だ。

 

 もう仕方あるまい。

 

 不本意ながらベッドから起き上がった俺は自らの着替えと女神さまの寝巻きを手に部屋を出た。

 

 浴室へと向かう道すがら、ダイニングでモソモソとパンを齧る女神さまに会い挨拶をする。

 

「おはようございます。昨日はお手数をおかけ致しました」

 

「おふぁょー。ふっふぉいおもふぁっふぁ」

 

 飲み込んでから喋りなさい。

 すっごい重かったんですね。

 

 いや俺を運んだのはあなたじゃなくてあの少年でしょうよ。

 駆け出しであろうからステイタスも未熟であろうに。

 俺の身体はさぞかし重たかったことだろう。

 

「助けてくれたあの少年にはちゃんとお礼を言いましたか?」

 

「んく。子ども扱いしないでくれる?

 ちゃんとお礼くらい言えるわよ」

 

 それはなによりである。

 

「では名前は聞いてくれましたか?

 俺も直接彼に礼をしたいのですが」

 

「あっ」

 

 そんなことだろうとは思っていましたよ。

 

 まあいい。

 ギルドで張ってりゃそのうち会えるだろう。

 

 善は急げと云う。

 今日の予定は決まったようなものだな。

 どのみち、まだ本調子とは言い難いことであるし。

 

「ロン。このパン美味しくないわ。硬い」

 

 言い忘れてたけどそれスープに浸けてふやかして食べるやつです。

 風呂から上がったらお作りしますね。

 

 なんというか、女神さまはもういつも通りであった。

 

 

「おい聞いたか。

 あの"武鬼バトラ"さんにタマ狙われてるやつがいるらしいぞ」

 

「おう。何やらかしたんだか知らねえが、まったく命知らずな野郎だ。

 見ろよ"武鬼"さんのあのお顔。

 ひどく冷めた眼をしていやがる。

 実家でよ、鶏を絞め殺すときの爺さんがあんな目をしていたのを思い出すぜ」

 

 お前ら俺のこと何だと思ってるの?

 ちょっと人探してるんですけどって窓口で訊いただけなんですけど?

 冷めた目も何もまだ眠いだけなんですけど?

 

 今日も今日とてギルドは盛況である。

 朝も早くからダンジョンに挑もうという冒険者たちでごった返していた。

 

 俺はというと、今日は珍しくも私服である。

 鎧姿でもなければ武器を携えてもいない。

 つまりダンジョンに挑む気がないということだ。

 

 俺がここに来た目的は単なる人探し。

 昨日、気絶した俺をホームまで担いでくれた心優しい少年を探すためにやってきたのである。

 

 ここにいる皆が、俺が私服なもんだから最初は誰だかわからなかったようである。

 さもあらん、俺がここに来る時はいつも必ず完全武装であったからな。

 顔は知ってても印象が違いすぎると人物の同定ができないなんてのはさほど珍しいことでもあるまいよ。

 

 しかし、それがまた皆の興味を引くようであり、ヒソヒソ声も今日はいつもの数割増しだ。

 針の筵かここは。

 

 あの少年の真っ白な髪に真っ赤な眼。

 特徴としては非常にわかりやすい部類だ。

 見つけるのはそう難しいことではないだろうと安易な考えで来てはみたものの。

 

 俺が人探しをしてるって、ただそれだけのことでこうも目立つものかよ。

 

 なるべく目立たないようにと少し引いたところで窓口からの返答を待っていると、耳の長いメガネの受付嬢が顔面蒼白でこちらに走り寄ってくるのが見えた。

 もうすでにイヤな予感がしている。

 

「ああああアライネス氏!

 そ、その子を見つけてどうなさる、なにをなさるおつもりなのでございましょうか?

 何か粗相をしましたか!?そんな子じゃないはずなんですが!

 

 いや知りませんけど!

 まったくこれっぽっちも知らない子なんですけれども!」

 

 全員がこっちを見た。

 目立たないのは無理みたいですね。

 

 嗚呼エイナさん。

 あなたもか......。

 

 ていうかこれもう知ってますって言ってるようなモンでしょ。

 

「落ち着いてくれ。

 どうもこうもない。

 ただちょっと世話になってな。

 お礼をしたいだけだよ。

 知ってるんなら会わせてくれないか?」

 

 ざわっ

 

 どよめきが起きる。

 

「あの"武鬼"さんが"お礼"参り......ッ!?」

 

「マジで何やらかしやがったんだそいつは!?」

 

「よく見ろお前ら。

 "武鬼"さん今日は何も持っちゃいねえぞ!」

 

「素手、か。楽には死ねねえってことだな......」

 

 お前らほんといい加減にしてくんない?

 

 これじゃあ埒が明かんな。出直すか?

 いつのまにか俺の周りからひといなくなってるしな。

 そそくさとギルドから逃げ出すやつもいるしな。

 血の雨が降る、じゃねェよダンジョンの中でだけだよ降らせるとしたら。

 

 営業妨害ってやつになるのかなこれ。

 

 眼前のエイナさんはといえば「たとえ刺し違えてでも......!」みたいな目をしつつあるのは気のせいですかね。

 

 なにこれ俺が悪いの?

 

 相変わらずといえば相変わらずなんだが、うんざりしつつある時であった。

 

「あれ?エイナさんと......

 ああっ昨日の!もう身体は大丈夫なんですか!?」

 

 ギルドの入り口から、白髪の少年がてくてくと歩み寄ってきたのは。

 

 おお少年、いいところに来てくれた。

 本当に本当に、いいところにやってきてくれた。

 君のおかげですっかりとはいかないが身体は快調だよ。

 

 それはそれとしてこのひとたちの誤解を解いてくれないか。

 特にエイナさんがそろそろ覚悟キメそうなんだ。

 早まったことをする前に......

 

「べ、ベルくんお願いだから逃げてーーー!」

 

 この世に生まれ落ちて19年。

 母と女神さまとあとついでに魔物以外の女性から初めて頂戴したハグはとてもいい匂いがしました。

 

 とてもいい匂いがしましたが俺の気分はすこぶる優れません。

 

 

「昨日はありがとうな、少年。

 俺はクベーラファミリア所属、ロン・アライネスだ。

 堅苦しいのは苦手でな、ロンと呼んでほしい。

 君の名を聞いてもいいか?」

 

「あ、えっと。

 ヘスティアファミリアのベル・クラネルです。

 よろしくお願いします」

 

 ベルと名乗った少年は、なんだか小動物みたいに縮こまりながら言った。

 おそるおそるといった様子で俺が差し出した手を握り返してくれた。

 

 普段からビビられ慣れている俺にはわかる。

 この子は俺の名にビビってるのではなく、俺の醸し出す高位冒険者としての雰囲気にビビっているようだと。

 俺のことを知らないほどに冒険者に成り立ての新米なのだろう。

 

 それがちょっと嬉しいってどうなの俺。

 変な勘違いがないだけでこんなに救われるもんなの。

 

 いやでも結局ビビらせちまってるよほんとごめん。

 

 ここはギルドの談話室。

 俺の対面にちょこんとベル少年、そして半泣きのエイナさんが座っていた。

 

 あれ以上に騒ぎを大きくしたくなかった俺は伝家の宝刀を抜いた。

 俺はそれを力ずくと呼んでいるのだが、とりあえず俺にへばり付いていたエイナさんを軽く引き剥がして小脇に抱え、ベル少年に談話室についてくるよう促したのである。

 エイナさんは「ヒェッ」とか言いながら気絶したが知ったことではない。あんたが悪い。悪いったら悪い。

 

 なおそれはそれで大騒ぎになったがコラテラルダメージだ。

 

 ベル少年は俺の奇行にビビり散らかしながらもついてきてくれた。

 俺がやると俺の顔を見た途端にでも再び生死の境を彷徨うはめになるからと彼を促しエイナさんを叩き起こさせ、無理矢理着座させてようやく今に至るのである。

 

 我ながら強引な手を取ったものであるが、ニゲテー!ワタシノコトハイイカラー!などと奇声を上げるエイナさんにベル少年ですらも若干ヒいていた。

 ある意味では彼女の名誉も俺の汚名によって守られた形と言えるのではないだろうか。

 

 なんだか頭が痛くなってきたが、ともあれ。

 これでようやく誤解を解くことが出来そうだ。

 

「さっきはいきなり悪かったなエイナさん。

 だが話をちゃんと聞いてほしい。マジで。

 まずハッキリさせておきたいのは、俺はベル少年に危害を加える気はないってことだ。

 勝手にひとりで盛り上がって死線を潜り抜けるかのような顔をして俺に抱きついてきたあんたの暴走を止めるにはもうああするしかなかった。

 あの様子から察するにこの子はあんたの受け持ちか?

 入れ込むのは構わないんだが、この子がいい子だってわかってんならもっと信用してやってくれ。

 俺の悪名が高いのは知っているし誤解されるのも慣れているが、そんなやつにちょっかいかけるほどこの子は愚かだと思うのか?思わんのだろ?

 

 いいか、もう一度言うぞ。

 

 俺は本当に世話になった礼をするつもりでこの子を探していただけなんだお礼参りとかそういう意味で呼び出したわけじゃねェんだよわかるかわかってくれ頼むから」

 

「は、はいぃごめんなさぁい!」

 

「な、なんかごめんなさい......」

 

 何故かベル少年も謝った。

 ちょっと語りに熱が入りすぎたかな。

 熱意の甲斐もあって伝わりはしたようでなによりだ。

 

 本当に、こんなにひとと話すのはいつ以来か。

 先日のロキファミリアの面々との会話でさえ俺史上では稀有なものであったというのに、今日はそれ以上だ。

 何の記録更新しようとしてんだよ俺は。

 

 ともあれ。

 次は俺の番だな。

 

 パンッと膝を叩き立ち上がった。

 

「ベル少年は謝らんでいい。なんで君が謝ってんだ。

 そしてエイナさんの謝罪はしかと受け取った。

 そも、騒ぎが大きくなったのは俺の普段の行いのせいでもある。

 同業者のみならずギルド職員ですらもドン引きするような行いのせいでな。

 俺はもう気にしていない」

 

「......アライネス氏」

 

「そのうえで俺からもあなたに謝罪する。

 強引なことをして本当にすまなかった、エイナさん。

 女性に、ましてやエルフであるあなたに気安く触れたことを心から申し訳なく思ってる。この通りだ」

 

 そして、メチャクチャなことをしてしまったエイナさんに深々と頭を下げた。

 エルフじゃなきゃ別にいいってモンでもなし、いくらなんでもありゃねェわな。

 冷静さを欠いた俺の落ち度だ。

 

 エルフという種族は高潔な種族である。

 気安く肌を触れさせることを禁忌とするほどに。

 俺はヒューマンだから関係ねェじゃん、とはいかない。

 

 他者の誇りを傷つけるような行いに対しては相応の誠意を持った謝罪が必要だ。

 

 どのような誹りも受けるつもりではあるが、できればお手柔らかに頼みたいな。

 特にファミリアに累が及ばない形で決着をつけさせてほしいものであるが、ムシのいい話か。

 

「頭を、上げてください。アライネス氏」

 

 困惑した様子の声が頭上からかかった。

 ケジメがつくまで上げる気はない。

 

「ええっと......想像していたよりも、よく喋るんですね?じゃなくて。

 私も多大な勘違いでご迷惑をおかけしたことですので、お互い悪かったということで今回は手打ちにしませんか?

 というか初めに、だ、抱きついたのは私のほうですし。

 そもそも私ハーフエルフですし」

 

「気持ちはありがたいけれどそれでは俺の気が済まん。

 ベル少年への謝礼に来たというだけでこんな騒動を起こしたていたらく。

 なんらかのケジメはつけさせてほしい」

 

「ま、まいっちゃったなぁ......」

 

 自分でもちょっと頑固だとは思うんだけれど、これでは話は平行線となるだろう。

 エイナさんは真面目だし優しい。

 だが、その優しさに甘えていては俺の価値も、彼女の価値も貶めることとなるだろう。

 

 もはやわかりやすく誠意を示すためにも出すもん出すしかなかろうか。

 

 世の中の大抵の事象は金で解決できるからな。

 俺はつい昨日このバベルでそれを学んだところだ。

 神ですら金には逆らえない。

 

 いや最低かよ俺。

 それは最終手段にしよう。

 

「あ、そうだ」

 

 ぽつり。

 ここで、おろおろするばかりであったベル少年は思いついたとばかりにエイナさんに呼びかけた。

 

「前に言ってたあれ、ロンさんに頼むのってどうですか?

 エイナさんからロンさんへの、その、罰みたいな形で」

 

 なんだ?

 何の話をしている?

 

「べ、ベルくん本気で言ってるの?

 このひとは......いやでも、思っていたより悪いひとではないようだし」

 

 どんだけ悪いひとだと思ってたんですかね。

 というか本当に何の話?

 

「口を挟んで悪いんだけど話が見えない。

 とはいえそれが罰になるなら甘んじて受ける。

 言ってくれ」

 

 ともあれせっかくベル少年が出してくれた膠着を打開する案なのだ。

 俺としてはもはやそれに乗るしか手はない。

 

 エイナさんは言うか言わまいかしばし逡巡した様子を見せたのち、ベル少年のなにやら決意に満ちた顔を見てか、切り出した。

 

「えっと、では。冒険者ロン・アライネス氏。

 私はあなたにお願い......罰って言わなきゃあなた納得しないわよね。頑固みたいだし。

 

 あなたへの罰として、こちらにいる冒険者ベル・クラネルへの教導を命じます」

 

「......あ?」

 

 一瞬、何を言われたかよくわからなかった。

 

 教導だと?

 俺が?ベル少年を?

 

 阿呆のようなツラをしているであろう俺を見てエイナさんは少し笑った。

 ようやく少しは柔らかい表情をしてくれたと思えば俺の阿呆面もそう捨てたもんじゃないかと思った。

 

「事情を説明するとね。

 ベルくんは、まだ冒険者になってから一週間そこそこの超がつく新米冒険者なんです。

 この子が所属しているヘスティアファミリアって、聞いたことないでしょう?実はこのファミリアも最近興ったばかりのもので、所属する冒険者もベルくんひとりしかいません。

 普通のファミリアなら先輩冒険者についてダンジョンでの立ち回りとかを実践的に学ぶ機会もあるけれど、この子にはそれをしてくれる先輩がいないんですよ。困ったな、って話を以前してたんです。

 ギルドから働きかけてみて、教導してくれる冒険者を探してみたんですがこれもなかなか見つからなくって」

 

 なるほど、なるほど。

 そういう事情か。

 

 まあわざわざよそのファミリアの眷属を鍛え上げてやろうなんて物好きはそうそういねェわな。

 せいぜいがサポーターとして雇うくらいか。

 大抵ゴミみてェな扱いされるらしいけどな。

 

 いやしかしな。

 教導ったってこの俺がな......。

 

「だけどねベルくん。

 なんとなく察してると思うんだけど、この人ちょっとワケアリよ?」

 

 いや思ってても本人の前でそれを言うかよ。

 

 まあいい。

 これはベル少年も関わる話だ。

 知っておいたほうがいいことだろう。

 

「ベル少年。

 先程はあえて。そう、あえて名乗らなかったんだが。

 新米といえどももし知ってたらヒかれると思ったから名乗りたくなかったんだが。

 俺の二つ名は"武鬼"。レベル6だ」

 

「えええ!?」

 

 ほおら後ずさった。

 もう苦笑いしか出てこない。

 そうです私があの"武鬼"なんです。

 "武鬼"を悪口みたいに言うのやめよ。

 

「レベル6!?

 そんなすごいひとがなんで街中で倒れてたんですか!?」

 

 いや驚くところそこかよ。

 面白い子だな。

 

 エイナさんも「え!?」みたいな顔しないでくれ。

 あれは俺も忘れたい痴態なんだ。

 

「事情があってな、それはいいだろもう。

 で、だな。

 その反応からするに俺の悪名を知らないと見える。

 

 俺はな、端的に言えば誰ともつるまない冒険者として有名だ。

 もうこの際だからぶっちゃけるがソロで毎日毎日毎日毎日ダンジョンアタックを繰り返す狂人呼ばわりされてるような冒険者だ。

 まあそれにも事情はあるんだけれどそれもいい。

 

 知っておいてほしいのはな。

 俺がマトモなやつとは思われてないってことだよ」

 

 自分で言うのは初めてかもしれないな。

 俺の精神衛生上、自らそれを口にするのは避けてきたからな。

 自分で自分のことマトモじゃねェやつだとか言いたくないからね普通。

 

 俺の何のトキメキも生まないクソみたいな告白を聞いたベル少年はキョトンとしている。

 

 ひょっとしてまだ俺の異様さに気づいてないのかな。

 あとどれだけ自分を蔑めば気づいてもらえるのかな。

 あれ、気づいてもらうのが目的だったっけこれ。

 

 ベル少年は頭を捻っている。

 なんて言ったものかな、と考えているらしい。

 

 そして、考えた素ぶりを見せたわりにはあっけらかんと言った。

 

「その、ロンさんの悪名?はよくわからないんですけど。

 でも僕は、ロンさんは悪いひとじゃないと思います」

 

 その赤い眼にとても優しい色を宿して。

 

「だって、さっきエイナさんに謝っていた時のロンさんはとても真摯だったから。

 ちゃんと誰かを気遣えるひとなんだって思ったから。

 自分を顧みられるひとなんだって思ったから。

 

 だからきっと、悪いひとなんかじゃないと思います。

 

 あ、ごめんなさい!生意気なこと言っちゃって!」

 

 慌てて、頭を下げてくる。

 

 またもや阿呆みたいなツラを晒しているであろう俺をよそに、エイナさんはベル少年を慈しむような目で見つめていた。

 次いで彼女の目はこちらにも向けられる。

 

 それはこう語っていた。

 ね?こういう子なんです。

 

 なるほど、なるほど。

 あんたが入れ込む理由は理解した。

 

 女神さまは俺のことをお人好しだと評したが、なに。

 本当のお人好しってのはこういうやつのことを言うのだろう。

 

 しばし呆けていた俺であるが、頬を張って喝を入れた。

 思いの外デカい音が鳴ったので二人してビクリとしていた。

 

「だからなんで君が謝ってんだって。2回目だぜ」

 

 こうまで言われてこちらがウダウダ言うわけにもいくまい。

 そもそもケジメをつけたがっていたのは俺自身であるからして、ベル少年に否やがないことがわかった以上は俺の言うべきことはもう決まっている。

 

「わかったよ。ベル少年、エイナさん。

 このロン・アライネス、その罰を甘んじて受けよう。

 全身全霊を尽くすことを約束する」

 

 なんというかな。

 これはベル少年への謝礼であり。

 エイナさんに対しての贖罪でもある。

 なのに、こうも喜ばしい気持ちでいるのは悪いことな気がしてならない。

 

 

 本当に、それでいいのだろうか。

 

 

「やったぁ!

 第一級冒険者のひとに教えてもらえるなんて、僕、すごく嬉しいです!」

 

「うんうん。

 よかったわね、ベルくん」

 

 

 はしゃぐ少年。

 微笑む女性。

 

 それがとても眩しく見えた。

 

 

 ーー戦いの中以外でなら、あんたが楽しめる何かがあればいいなって。

 

 

 ああ、なるほど。

 

 これは友情と呼べるものではないかもしれないが。

 

「我が主神クベーラの名にかけて約束は違えない。

 どうかよろしく頼むよ」

 

 いいんですね。女神さま。

 

「なんてお呼びしたらいいですか?

 先生ですか?師匠ですか?

 あ、マスターとか!?」

 

「初めに言ったろう。

 大それたもんじゃない。

 

 ただの、ロンでいい」

 

 差し出した手は、今度はしかと握られた。

 

 

 その夜、俺は夢を見た。

 今日はいいことがあったから、いささか浮かれていたのかもしれない。

 

「自分が価値を見出して買ったものを捨てるだなんて、人間というのはよくわからないわね」

 

 目はろくに見えない。耳も遠い。

 しかし、その声音とその出所から、おそらくは女性であろう誰かが、ボロ切れのようになった俺を見下ろしているのがわかった。

 

 見ねばならぬと思った。

 拝まねばならぬと思った。

 

 必死に、見上げる。

 霞んでいてもわかる。

 そこには女神のように美しい女性が立っていた。

 

「あなたは才気に溢れているわ。

 ただその使い方を少し誤っただけ。

 ほんの些細なボタンの掛け違えがあっただけ」

 

 その女性は小瓶の蓋を捻るとその中身を俺に振りかけた。

 

「磨けば光る宝石みたいな子なのにね。

 彫刻師の腕が悪いのがいけないわ」

 

 温かい。

 痛みが引いていく。

 しかし、一番肝心なところはまだじくじくと痛んでいた。

 

「わたしはね。

 あなたを磨くために下界ここにやってきたのよ」

 

 突然のことに放心している俺を見て、彼女は妖しく笑った。

 

「ねえ、あなた。

 わたしのコレクションに加わってみない?

 

 価値ある宝物に、なってみる気はないかしら?」

 

 痛みなんてもう、どうでもよくなっていた。

 





 前書きに記しましたように謝罪タイムです。

 感想が私のキャパを超えています。
 あまりにも予想外です。
 某森で似たようなことしてた頃と同じノリで投稿を始めたので完全にナメておりました。

 もちろん全て目を通しております。
 感想欄見た私が逆に笑っております。
 一件一件に返信したいところなのですが、かないそうもありません。

 答えたり釈明したりしたほうがよさそうなことに関しては後書きで答えていこうかと思います。

・ステイタスの表記がわかりづらいぞ
A. まことに申し訳ございません。
普通はどれくらい伸びるものなのかわからなかったのでどうとでも取れるよう上がった後の結果のみを記載する形を取りました。
なお今後ともこのどうとでも取れるような表現はたぶん多発します。
開き直るなとおっしゃられるかもしれませんが、私のことですからたぶんやります。

・原作の暗黒期のこと調べるといいよ!
A. 助言ありがとうございます。
一応設定してはいるんですが描写できるかは謎です。

 その他感想いただきました皆様、ありがとうございました。
 今後ともよろしくお願い致します。


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こんなときどうしたらいいのかわかりません


 めちゃくちゃ今更なんですけど。

 キャラ崩壊注意です。



 

「今日あなたをお呼びした理由がわかりますか?」

 

 例のあの日のあの場所で、俺はとあるハーフエルフの女性とふたりきりで密会をしていた。

 

 彼女の面貌には朱が差している。

 瞳はほのかに潤んでいる。

 小刻みに、その身体をふるわせている。

 

 それはいつかのような怯えなどではないのだろう。

 もはや戸惑いも躊躇いも、ないのだろう。

 

 そこに浮かぶ感情の意味は、あるいは意図は。

 ひと付き合いの少ない俺なんかには生憎ときちんとわかってあげられるものではないけれど。

 

 わからずとも、しかし。

 それが変化を示すものであるということだけは確かだ。

 

 ひととは、変わりゆくものなのだな。

 よもや俺.....否俺たちの間柄がこのように変ずるなどということは誰にも、それこそ神々でさえも想像の埒外であったことだろうよ。

 

 なぜならば。

 

「まるで身に覚えがないぞ、エイナさん」

 

「なーら言ってやるわよ!

 あなたねぇ!

 

 ベルくんの教導ちゃんと真面目にやってるの!?

 

 あの子、あなたとの冒険の話を私にしてくるたびにトンチンカンで意味不明なことばっかり言うようになったんだけどどういうこと!?」

 

 あんだけ俺にビビってたエイナさんでも、その俺にこうやってキレ散らかすようになるんだもんね。

 

 なんでこんな怒ってんだろ。

 

「わけわからん、みたいな顔してないで答えて!!」

 

 

 ベル・クラネルは期待に胸を膨らませていた。

 

 今日は自らの教導官となったロンとの初めてのダンジョンアタックの日だからである。

 

 つい昨日のこと、ひょんなことから彼が自らを教え導く師のような存在として名乗りを上げてくれた明くる朝。

 昨夜、緊張でなかなか寝つくことが出来なかったベルは、それでもなおいつも以上に早くに目が覚めた。

 寝不足といえどそれを感じさせぬ活力が身体には漲っている。

 

 思うのは今日のこと。自分のこと。

 そして、彼のこと。

 

 レベル6。

 このオラリオ広しといえどごく一部の冒険者しか到達することが出来ていない、今の自分からすれば遥か高みにある存在。

 まして自らを教導してくれるあのロン・アライネスという人物は、聞くところによればレベル7にも近いとさえ噂されているほどの英雄的な冒険者だというのではないか。

 

 鈍色に輝く鎧をその身に纏い。

 ありとあらゆる武器をその腕で振るい。

 どれほどの。そしてどのような敵にもたったひとりで立ち向かう。

 

 いいのかな。

 そんなすごいひとに教えてもらっちゃって、ほんとにいいのかな!?

 

 興奮を隠せぬといった様子でバベル前の広場でひとり彼を待つ。

 約束の時間はもう近い。

 1時間も前からここで待っているのでいよいよ寒いが、心は熱かった。

 

 そういえば、ロンさんの冒険者としての姿はまだ見たことがないや。

 きっとすごくカッコいいんだろうなぁ。

 

 物語に出てくる騎士みたいにマントを翻して、堂々と。

 

 ベルは人並みに、いや人並み以上にそういうのが好きだった。

 英雄とか勇者とか騎士とか、そういうのが好きだった。

 とても男の子であった。

 

 際限なく期待が高まる。

 周囲の喧騒さえもその耳には入らない。

 

 その最中。

 

「おはよう。ベル」

 

 少し遠く、けれど聞こえないほどではないところから掛かる、これだけは今であれば聞き逃すことのない、英雄の声。

 

 遂に、来た。

 

「待たせてしまったみたいだな。

 すまん、準備に少し手間取ってな」

 

 振り向けばそこには。

 

「何を着ていこうか迷っちまったんだ」

 

 全身黒ずくめの覆面男が立っていた。

 

 ロン......さん......?

 

 周囲の喧騒が耳に届いた。

 

 

「元気がないようだな、ベル。

 ひょっとして緊張しているのか?

 ならば俺と一緒だな。

 俺もひとにものを教えるなんてのは初めての経験なんだ。

 そういう意味じゃ、俺も新米みてェなもんさ。

 大丈夫だ。一緒に強くなろうぜ」

 

 隣の怪人物が朗らかに笑う。

 たぶん、朗らかに笑っている。

 目元しか見えないのでそれも確かなことではないが。

 

「今日はな、ダンジョン1階層に潜る予定だ。

 冒険者として基本中の基本となることをそこで教えてやる。

 おっとすまんな、教えてやるだなんて偉そうに。

 自分も新米教導官だっつーのになハハ」

 

 おそらく基本から外れまくっているであろう服装をした男が何やら言っているのだが、あまり耳に入ってこない。

 

 代わりにギルドに屯する彼よりもよほど冒険者らしい服装をした冒険者たちがヒソヒソと言う声が否応なくひっきりなしに耳に入ってくる。

 

 おいあれ誰だ?

 知らねえよなんだあの格好。

 あれは極東の地の隠密、シノビの装束だな。

 なに!?知っているのかモルド!?

 つーか黒いのの隣にいるあの白髪のガキ、昨日"武鬼バトラ"さんにシメられたガキじゃね?

 

 昨日意図せず目立つはめになった自分自身。

 隣に立つ異様としか表現しようのない何者か。

 そのコンビ。

 ヒソヒソ声とかもうそういうレベルではない。

 針の筵かここは。

 

「あ、あの。ロンさん?」

 

 聞きたい。

 その服装はいったいなんのつもりなのか聞きたい。

 明らかに異様だが、この人はレベル6。

 きっと新米である自分には想像もつかないような理由があってこのような格好をしているのかもしれない。

 僕は、ロンさんは悪いひとじゃないと思います。

 思います。

 

「なんだ?さっそく質問か?

 勉強熱心なやつだなこいつめ」

 

 違うんです。

 質問といえば質問なんですが、より正しく言うならば疑問なんです。

 

 なんでそんなに浮かれた声をしているんですか?

 何がそんなに嬉しいんですか?

 という疑問も次いで湧いて出たが、今はそれを気にしている場合ではなかった。

 

 勇気を出せ。

 訊け、訊くんだベル・クラネル!

 

 少年は拳を硬く握った。

 どこかで鐘の音が鳴ったような気がしたが、完全無欠に気のせいであった。

 

「おっと。今日は窓口が空いているようだ。

 混む前に行こうぜ。

 ベル、質問はあとでな。

 なあに、時間ならたくさんあるさ」

 

 腕を引かれる。

 その声はとても優しかった。

 

 嗚呼、もう......。

 

 

「さて、ベルよ。

 君は冒険者にとって最も大事なことが何かわかるか」

 

 壁に背を預け腕組みをしながら、黒い男が言った。

 ダンジョン1階層へと至るその入り口、通称始まりの道に二人は来ていた。

 

「それはな、何が何でも生き残るということだ。

 死んでしまっては何もかもがおしまいなのだからな。

 君は、そして俺は、俺たちは。

 ただひとりの冒険者なのではない。

 俺たちを目にかけてくださる神の眷属なのだ。

 その神が与え賜うた力は神のために振るわねばならず、そしてまたその命も神のため捧げねばならん。

 俺たちの命は魔物やダンジョンなんぞに喰わせてやっていい代物じゃあないんだよ」

 

 その格好はふざけているようにしか見えない。

 しかし、その声色ときたら真面目そのものであり、熱意さえ感じられる。

 

「ベル。君なら、生き残るためにはどうすればいいと考える?」

 

 キリリと締まった目。

 射抜くような眼差し。

 

 だ、ダメだ。

 もう目でわかってしまう。

 この人はこんなにも真面目に、真摯に僕を教え導こうとしてくれている。

 服装のおかしさを気にしている場合じゃない。

 この人の教えを受けて、僕は強くなってみせるんだ。

 

 ロンさんは、真面目なんだ。

 ベルは自分に言い聞かせた。

 

「生き残るため、かぁ。

 強くなること......ですかね?」

 

 ベルが質問に答えると、ロンはニヒルに笑った。

 たぶん。

 

「ああ。それも間違いじゃないな。

 むしろそれが一番かもな。

 何者にも負けないくらい強くなりゃ、死ぬことはないだろう」

 

 けどな、と。

 

「今の君は弱い。

 レベル6となった俺ですらも、まだ弱い。

 ベル。強さってのはな、一朝一夕で身につくものではないんだ」

 

 そう続けて、ロンは壁から背を離した。

 

 レベル6でもまだ弱い。

 そう言ってのける彼は冗談を言っているようではない。

 どこか遠くを見ているような目をしていた。

 

 では、どうすれば。

 

 問いかけるより先に、彼は答えた。

 

「行こうか。

 答えはこの先で教えよう」

 

 

ーー斬った。浅い。

 

 犬のような顔をした二本足で立つ魔物、コボルト。

 ダンジョン1層に現れる、ほとんどの冒険者がゴブリンと並んで初めて戦うことになる魔物である。

 

 注意すべきはその鋭い牙と爪。

 見た目には犬の因子が色濃く現れるこの者たちであるが、犬は犬でもさながら野犬。

 つまりは獰猛なる獣、なかでもとびきり危険な魔獣のそれである。

 慣れた冒険者にとっては雑魚同然といえど、駆け出しが舐めてかかっていい相手では決してない。

 

 ベルは今、そのような者と相対していた。

 ここに誰かがやってくるのを待っていたとでも言わんばかりに壁から湧いて出たそれを見て、ロンが言ったのだ。

 まずは君の戦いを見せてくれ、と。

 

 大丈夫だ。ちゃんと戦えている。

 

 幸いにして相手は一体である。

 これが複数体ともなれば今のベルのステイタスでは苦戦は免れないかもしれないが、1層の、それも浅いところであれば群れを成した魔物と出会うことは稀だ。

 

ーー来る。右腕。爪か。

 

 かわしたが、大きく避けすぎた。

 反撃するには、やや遠い。

 

 両者、睨み合う。

 互いの出方を窺っているのだ。

 

 ベルは呼吸を整えた。

 

 落ち着け。

 いいところを見せようとする必要はない。

 いつも通りに戦えばいい。

 直すべき点は、こいつを倒してからロンさんに訊けばいい。

 

 構えをとる。

 それは向こうも同じことであった。

 

 で。当のロンはというと。

 そんな遠巻きに見る必要ある?ってくらい離れたところからこちらを見ていた。

 

 それにしてもロンさんはなぜあんなところに。

 腕を組んで壁に寄りかかるあのかっこよさげなポーズ、気に入ってるのかな。

 というか見づらいな全身黒いから壁の色に溶け込んでて。

 あれ、壁から離れたぞ。

 じりじりとこちらに近づ

 

ーーって危なッ!?

 

 コボルトの爪が頬を掠める。

 薄皮一枚だ。

 

 大丈夫、たいした傷じゃない。

 この程度の傷は今までにも負ってきた。

 今更慌てるようなことじゃない。

 

 それはそうと。

 

 ロンさん!

 気がッ散りますッッッ

 

「よーし大丈夫だ。

 よしよし、慣れてきたぞこの身体に」

 

 なにわけのわからないこと言ってるの!?

 

 ベルは混乱の最中にありながらも迫り来るコボルトの噛みつきを紙一重のところでかわした。

 視界の端にチラチラ映る黒装束さえ気になっていなければ反撃すら叶っていたかもしれぬ神懸かり的な回避であった。

 

 乱しに乱されるベルの集中力。

 もしかしたらこれは何が起きても平静を保つための訓練なのではないだろうかとすら思い始める。

 その考えがもうすでに目の前の敵から注意を逸らしており、まさしく思う壺であると言えるだろう。

 

 冷静でいられないならせめて我武者羅になってやる。

 

 いわゆるヤケクソになったベルはコボルトに突っ込んだ。

 普通であれば褒められた行為とは呼べぬ無策な暴走であったがしかし。

 今回は運が味方についた。

 

 気圧され一歩引いたコボルトが小石に足を取られたのである。

 その特大の隙を、好機を逃すはずもない。

 

 ベルの放った渾身の刺突は、見事、敵の胸元に突き立った。

 

 手応え、あり。

 魔物の核である魔石を砕く感触。

 

 次の瞬間、コボルトは霞と消えた。

 

 「っはぁーーー」

 

 ベルは大きく息を吐き出した。

 その顔には疲労感が滲んでいる。

 たったの一戦でである。

 

 紛れもなくロンの奇行のせいであった。

 

 いけない。

 ロンさんのせいにしては。

 この程度のことで集中を乱した僕がいけないんだ。

 

 紛れもなくベルは健気であった。

 君は悪くないよ悪いのは全部そこの変質者だよと誰か言ってあげてほしいくらいに。

 

 とにもかくにも一区切りがついたわけである。

 ベルはさっそく今の戦いを見ていた教導官に評価をしてもらおうと、彼に歩み寄った。

 

 彼は。

 

「油断、だな」

 

「え?ロンさ」

 

 いつのまにか抜いていた短刀を手にこちらに駆けていた。

 見える。目で追える。

 決して速くはない、しかし、これは。

 

 白刃が迫る。

 先程、ベルが放ったものよりもよほど流麗な動作で突き出されたそれは、彼の真横を通り過ぎたかと思えば。

 

 背後に迫っていたゴブリンの胸に突き立っていた。

 魔石を撃ち抜いたのだろう、ゴブリンは先程のコボルトと同様にその身を霧散させた。呆気なく。

 

「え、あっ......」

 

 あまりにも突然のことに腰が抜けた。

 ベルはその場に尻もちをついた。

 

 これまた流麗な動作で血振りした短刀を鞘に収めたロンは、ゆったりとした歩みでベルの前へと回り込むと、手を差し出してくる。

 

「こういうこともある」

 

 硬い声音であった。

 ベルは差し出されたその手をすぐに取ることはできなかった。

 

 たっぷり時間をかけて、自分の足で立ち上がる。

 

 ロンは目を細めた。

 おそらくは、苦笑い。

 

「先に答えを教えておくよ。

 弱くとも生き残るために必要なこと。

 それはな。

 備えることだよ」

 

「そな、える」

 

「そう。

 ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 戦いの後には休息を?無い無い。

 戦った後にはまた別の戦いがすぐそばまで迫り寄っているのさ。

 今みたいにな」

 

「は、い。

 ぜんぜん、気がつきません、でした」

 

「油断は命取りなんて陳腐な言葉だけどな。

 けど、それが真理だ。

 ダンジョンの中にいる限り、冒険者に安息はない。

 戦わねばならない。備えねばならない。次の戦いに」

 

 俯く。

 ベルは猛省していた。

 そうだ。敵が一体だけだと誰が言った。誰が決めた。

 決まっていない。

 

 そう思い込んだのは、僕だ。

 

 悔しくなった。

 けれど、ここに彼がいてくれてよかったとも思った。

 彼がいなければ、今頃僕は。

 

 少年は痛むほどに拳を握りしめた。

 

 なお。

 

 

 ロンがさんざん奇行に走って心を乱すような邪魔なんてしなければ、そもそもベルは下手な油断なんてしていないしコボルトもサクッとやっつけていたし新手の存在にもおそらく気づくことが出来ていたことだろう。

 

 

 

 ここですべてネタばらしをしてしまうと、ロンはダンジョンに足を踏み入れた瞬間、実はかなりビビっていた。

 当然である。言い逃れ出来ないくらいに"仲間"であるベルが自分のそばにいることでとんでもないデバフを喰らい、アビリティの下落が笑えないレベルになっていたのだから。

 

 ロンはなんだかんだでこの教導については気楽に構えていた節があった。

 

 いくらデバフ喰らうったってレベル1の教導だろ?行き先は上層だろ?

 俺レベル6だぜ?レベル7に最も近いだなんて言われてるんだぜ?

 レベルがひとつ違えばそれはまったく別の次元の存在と言っても過言じゃねェんだ、たとえアビリティの熟練度が全部0になったってレベルが下がるわけじゃねェんだから楽勝っしょ上層くらい。

 

 と、こんな具合であった。

 

 ところがである。

 広場でベルと合流しようとしたその瞬間。

 おそらくスキル的には、イコール自分の心持ちとしては仲間とパーティを組んだと見做したその瞬間。

 

 あやうく膝をつきそうになった。

 一応デバフを加味して普段の格好で来なくてよかった、と。

 いざとなればベルと一緒に逃げられるように身軽な格好をしていてよかった、と。

 心から思った。

 

 あれ?尋常じゃなく身体重くね?

 というか今の俺の身体能力ヘタこきゃレベル1相当じゃね?

 覆面の下で盛大に焦るロン。

 

 先程のベルではないが......

 アビリティが0より下には落ちないなどと誰が言った?誰が決めた?

 

 そう思い込んでいたのは、俺だ。

 

 まさしくそんな心境であった。

 

 パーティを組むという発想自体がこれまで頭になかったロンは独立独歩《ソリテュード》の効果についての検証はおろそかにしていた。

 そのツケがここで来たのである。

 

 アビリティには潜在値というものが存在する。

 仮に、ランクアップしたてで全アビリティの熟練度が0となったレベル2の冒険者が2人いたとしよう。

 

 Aくんはすべてのアビリティの熟練度をS999まで成長させてからランクアップを果たしレベル2になりました。

 Bくんはひとつのアビリティの熟練度がD500になってすぐにランクアップを果たしレベル2になりました。

 強いのはどっちですか?

 

 Aくんです!

 脳内会議場のロンくんは手を挙げて元気に答えました。

 

 それはなぜですか?

 脳内会議場のアライネスくんは手を挙げて質問をしました。

 

 それが潜在値の差なんじゃないの。

 脳内会議場のクベーラ先生は投げやりに答えました。

 

 つまりはそういうことなのだろう。

 

 アビリティには目に見える数字以外にも潜在的な数字、すなわち潜在値が存在するというのは少し勉強した冒険者ならば誰でも知っていることである。

 ロンは自らのスキルの効果のひとつである「アビリティの超減少補正」という文言を「すっげェ減るんでしょ」くらいに解釈していた。

 

 ダメだなあ。

 ちゃんと書いてあるじゃあないか、()減少補正と。

 超えるんだよ、減らしてもなお足りない分は。

 潜在値から。これまでのお前のすべての研鑽から。レベルからも。

 だからお前はゴミなのだ。

 脳内会議場に何故かいるどこか見覚えのあるオッサンが笑った。

 

 推定から結論を導き出したロンはとにかくベルに悟られないよう明るく振る舞った。

 教導はもう決まったことである、今更後に退くことはできない。

 

 大丈夫、まだ大丈夫だ。

 下がったとはいえレベル1相当はおそらくあるのだから、上層なら大丈夫だ。

 大丈夫ったら大丈夫なんだ。

 

 自己暗示をかけつつ始まりの道で一休み。

 一休みしつつ、普段とはまったく異なる自らの身体の動きの違和感を慣らすべく努める。

 

 ようやく違和感に慣れ始めたのがベルとコボルトとの交戦中。

 そこはさすがのレベル6、さすがの"武鬼"。

 推定レベル1にまで落ちぶれようとも身につけた武技に衰えはない。

 脳が現在の自らの身体能力を把握すれば、それを振るうことに何ら問題などありはしなかった。

 

 抜群のタイミングで奇跡のマッチングを果たしたロンは、抜群にイカしてると自画自賛してしまうほどの短刀捌きを披露し見事ゴブリンを撃破、そして。

 

 無垢な少年の心に深い爪痕を残してしまった。

 

 

「あそこに曲がり角がある」

 

「はい、ありますね」

 

「想定されることは?」

 

「えっと、敵がいるかもしれない、ですか?」

 

「そうだ。いい想定だ。

 では、どんな敵がいる?」

 

「ど、どんな?

 コボルトとか、ゴブリンとか......?」

 

「甘いな、ベル。

 それではまだ甘い。備えが足りない。

 あの曲がり角からはな。

 

 ミノタウロスが出てくるかもしれない」

 

「ええっ!?それって中層の魔物.....」

 

「......ダンジョンでは?」

 

「はっ!

 何が起こるか、わからない......」

 

「いいぞベル!

 その心構えを忘れるんじゃないぞ!」

 

 たまには、忘れていいと思います。

 

 

「と、まあこんな感じかな俺の教導は」

 

 エイナさんにベルへの教導の様子を事細かに伝えた俺は一仕事終えたと腕を組んだ。

 身振り手振りを交えた臨場感抜群の語りであった。

 我ながら見事な教官ぶりであると誇らしい気持ちだ。

 

 ベルはとても素直だし飲み込みが良い。

 教わったことはなんでも実践しようと挑戦してみるあの姿勢なんて、俺も見習いたいところである。

 良い教え子を持つことが出来て教導官冥利に尽きるというものだ。

 

「なるほど」

 

 エイナさんはメガネをクイッと指で押し上げた。

 その身体は再び小刻みに震えている。

 おっと感動しているのかな?

 

「だからな、誤解なんだよエイナさん。

 俺は真面目にやってるし、ベルにおかしなことなんて教えちゃいない。

 ダンジョンでは何が起こるかわからねェんだ。

 常に追われる想定も武器が破損する想定も落とし穴に落ちてうっかり辿り着いた先がモンスターハウスでその時にはもう武器が無いから丸腰で一網打尽にする想定も、何もかも想定して挑まなきゃ安全なダンジョンアタックは叶わないんだよ。

 そうでないと。

 

 立派なソロ冒険者になれないだろ?」

 

 ブチン。

 何かが切れる音がした。

 

 まずい!

 クロスボウの弦が!

 あれ、今日は私服だから持ってねェわ。

 

「あ......」

 

 エイナさんは立ち上がった。

 なに、どうしたの?トイレ?

 

「あんッたみたいなのを増やしてどうすんのよ!

 だぁーれがベルくんをソロ冒険者として育ててくれって頼んだってのよ!?

 私が頼んだのはダンジョンでの立ち回りの実践だとか、そういう一般的なことでしょーが!?

 曲がり角からミノタウロスってなに!?

 あるわけないでしょそんなこと!

 あんたいつもそんなこと考えながら冒険してんの!?バカじゃないの!?

 あーもうバカだったのは私のほうだわ!

 ロンさんに頼んだ私がバカでしたごめんねベルくん!

 

 とにかく!

 もう明日から教導はしなくていいから、バカなこと考えながらひとりでダンジョンに挑んでればいいのよあなたは!」

 

 うわあ火がついたように怒ってる。

 今にも胸ぐらに掴みかかられそうだ。

 

「そこまで言わなくても......」

 

「言うわよ!

 あのベルくんの口から"予備のナイフを20本くらい買いたいんですけどお金が足りないんです"とか聞かされた私の気持ちわかる!?」

 

「いい心構えだな、としか......」

 

「バカ!ほんとバカ!

 もうやだぁ!」

 

 エイナさんはメガネをそっと机に置いて顔を覆って泣き出した。

 かける言葉が見つからない。

 

 女神さま。

 俺、こんなときどうしたらいいのかわかりません。

 やはり俺にはまだ他者と交友を持つことは早かったのでしょうか。

 

 あんたにはわたしだけいればそれでいいのよ。

 

 今頃ホームでゴロゴロしているであろう女神さまの声が何故だか聞こえた気がした。





 すみませんこういう作風です。


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口は災いのもと


 前話では「全然自分のことを好きでもなんでもない美人なメガネのお姉さんに罵られたうえそのお姉さんは怒りと興奮のあまり感情を制御することかなわず上擦った声でか細く罵声を繰り返しながら泣き出しちゃったりしてほしいなあ」という私の個人的な事情が文に滲み出てしまったがためにエイナさんに見るに耐えない罵詈雑言を吐かせてしまったことをここに深くお詫び申し上げます。



 

 ロキファミリアが深層から帰還したらしい。

 アクシデントにこそ見舞われたものの、ひとりの犠牲もない帰還であったそうだ。なによりである。

 

 ギルドづてにその連絡を受けた俺は、冒険者の正装として完全武装でかのファミリアのホームである黄昏の館に足を運んでいた。

 

 大手のファミリアが相手であるから緊張してしまう。

 救援要請を出した側と受けた側、立場のうえでは受けた側である俺のほうが上となるのが普通のことだとは思うのだが、そもファミリアとしての規模がまるで違うので、この緊張感もやむなしと言えるだろう。

 

 かたや探索系トップ、数々の英傑が在籍する超がつくほどヒロイックなロキファミリア。

 かたやファミリアっつーかもはや俺。俺そのもの。

 ロキファミリア対ロン・アライネスの交渉が待ち受けているのである。

 

 まあべつに、大それたこと要求するつもりなんて無いんだけどね。

 終わってみれば楽な仕事であったことだし、最終的にはうちの女神さまがメチャクチャやってあちらの主神にゲロ吐きそうな顔させたりしてたことだしね。

 なんならもううっかり脱ぎ捨てちゃったヘルムの分の補填だけでいいよ。不壊属性デュランダルの武器買ってもらえるし。予備の武器まだたくさんあるし。

 

 ロキファミリアとの交渉が終わればギルドとの交渉も待っている。

 1日に2件も回るんだ、どちらかは手短にしないとな。

 

「おー、近くで見るとでけえな。城かよ。

 何人いりゃ攻め落とせんだこれ」

 

 そんなこんなで黄昏の館にたどり着いた俺は、その威容を見上げてつい独り言を呟いた。

 

 こういうでかい建造物を見るとワクワクしちゃうね。

 女神さまが戦記物の本を持っていたから借りて読んだことがあるんだけど、城を攻めたり守ったり、味方の将軍と敵の将軍は実はかつての盟友であり互いの考えがわかるからこそ熱い駆け引きがあったり......と、相当面白かったのを思い出した。

 戦術の参考にでもなりゃいいかなって思って読んでみただけなんだけども、普通にハマっちゃったよね。

 ソロに活用できそうな戦術は作中に登場しなかったけど。

 

 黄昏の館はさすが大手のファミリアのホームなだけあって門からしてもうバカでかい。そのうえ門番まで立っているときたものだ。

 うちのホームに門番立たせたら冒険に行くやついなくなっちまうよ。

 

 こんにちは門番さん、今日もお勤めご苦労さまです。

 

「......!?え?え!?

 "武鬼バトラ"殿!?」

 

 あれ、どうしたん。

 俺が来ること聞いてなかった?

 

「完全武装の、"武鬼"......。

 せ、せ、攻め落とすゥ!?」

 

 いや、待て。

 聞こえてたのか。

 俺が悪かった。

 これは完全に俺が悪い。

 迂闊なことを口走ってしまったのは謝る。

 謝るから釈明をさせてほしい。

 

「て、敵襲!敵襲ーーー!」

 

 違うんですーーー!

 

 

「よ、よく来てくれたねロン。

 先日はありがとう。

 ようこそ黄昏の館へ。歓迎する。

 いや、うん。歓迎させてほしい」

 

 いつぞや見たときとまったく同じ爽やかスマイル......

 をかなり引き攣らせたフィンさんと、俺は対面していた。

 

 あやうく大騒動になるところであったが、何事かと槍持って飛び出してきたこのひとが一喝してくれたおかげでなんとかなったのであった。

 鎮まれ!の一言でみんなピシッと止まるのな。

 ほんとすげェわこの人。

 

 んでもってマジでごめんなさい、フィンさん。

 風邪治った?病み上がりに変な騒動に巻き込んでほんと申し訳ない。

 

「寛大な対応に感謝と謝罪を。

 迂闊なことを口走った俺が全面的に悪い。

 自分の評判なんてイヤというほど思い知ってるってのに。

 カチコミだと思われちまったんだよなぁ......」

 

 フィンさん、もう超苦笑い。

 そろそろあんたに槍で突かれても文句は言えんよ俺。

 

「その、評判とは違って君が穏やかな好人物であるということは先日の件で僕はわかっているつもりだよ。

 まあそう気に病むことはない。

 ただ、まあ......少し驚きはしたかな」

 

 そう思っていたらこれである。

 

 なんなのこのひと現人神か何かなの。

 大人とかいうレベルじゃないよ。人格レベル10くらいあるよ。

 

「重ね重ね、寛大な対応に感謝する」

 

「いいんだ。

 こちらも君にとってはかなり面倒なことに巻き込んでしまったことだしね。

 互いに水に流そうじゃないか。

 というかもう忘れたほうがいい色々と」

 

 最後のそれが本音ですねわかります。

 

「すまないがこちらも例の件の後始末で色々と立て込んでいてね。

 さっそくなんだが、本題に入っても構わないかな」

 

「もちろんだ。

 時間をとってもらえるだけでもありがたいよ」

 

 すでに無駄な時間も相当食わせたことだしな。

 そうさな、せめて少しでもこの人の負担を減らして差し上げるためにも、もう交渉とかめんどくせェことは無しにしてしまおう。

 

「ではまず報酬の件なんだが......」

 

 いそいそと書類らしきものを用意し始めるフィンさん。

 デキる男って素敵ね。

 

 でもそれもう必要ねェんスよ。

 さっさと切り上げようぜこの話。

 

「あ、いいっス」

 

「は?」

 

「報酬ならギルドから出るだろ。

 補填だけでいいよ。ヘルム1個分の。

 ああいや、なんならそれもいらんわ」

 

「な、なにを言っているんだ君は」

 

 あれ。そんな驚くこと?

 ははあ、さてはまだ知らんな。

 おたくの主神がすでに俺に多大なるものを下賜してくださることを。

 

「あんたんトコの主神からなにか聞いてない?」

 

「ロキから?いや、なにも聞いていないが」

 

 あー、やっぱりね。

 

 っつーか、これもしかして言ったらやばいやつだったんかな。

 やべえぞまたやらかしたかもしれん。

 口は災いのもとと云う。口に出せば災いが起きるのはつい今し方実証されたばかりである。

 

 なお俺は黙ってても何故か災いに見舞われることに定評がある男だ。

 

「アー......お互い忘れないか?今の」

 

「いやいやいや!それは無理があるだろう!

 なに?なにを、いやどんなやりとりをしたんだロキと!?

 僕がいない間にいったい何があったんだ!?」

 

 気の毒なくらい取り乱し始めるフィンさん。

 そっかぁ、無理かぁ......。

 

「いや、あのな?

 おたくの主神。

 俺に最低でも2億ヴァリスする武器奢ってくれるって。

 実際いくらかかってんのか知らねェけど。

 契約書もすでに交わしてある。

 これ以上受け取るのはちょっと気が引けるかな、と。

 だから報酬はもういらんかな、と......」

 

「に、に、におく?

 さいてい、でも......?」

 

 フィンさんは頭をふらつかせた。

 そのまま真後ろにでも倒れ込みそうな様子である。

 ステイタス全開で支えようかと思ったんだけど、どうにかご自分でこらえた。

 無敵かよこのひと。

 

 いや無敵じゃねェよな実際大ダメージだよな。

 何も知らないところにいきなりそんな巨額の出費を知らされては、いくら天下のロキファミリアといえどこたえるよな。

 

 しかし俺じゃないんです。うちの女神さまがやったことなんです。

 あ。だったら俺の責任だわ文句あるならかかってきてください。

 

 フィンさんは頭を押さえている。

 なんかブツブツ言っている。

 ついには震え始めた。

 

 ごめん、ロキさま。

 

「ロキーーーーーー!!!」

 

 フィンさんにはもっとごめん。

 

 

 フィンさんの絶叫とロキさまの悲鳴らしきものを背中に、俺は黄昏の館をあとにした。

 

 次いでやってきたのはギルドだ。

 報酬の本命はこちらである。

 

 夕方ということもあり、帰り支度を始めている冒険者たちの姿が目立つ。

 俺の顔を見た途端「こいつ今から潜るのか?」みたいな顔をするやつがほとんどなんだが、どんだけダンジョン好きだと思われてんだよ俺。

 

 まあいい。

 さっさと報酬ふんだくって帰るとしよう。

 

 ロキファミリアとは違ってこちらには何の遠慮もいらない。

 クエストのような文面のものを勝手に拡大解釈なりなんなりしてミッションという形にしてまで俺に投げ寄越してきたのはこいつらだからな。

 まあ別に楽なミッションだったしそれで恨んだりしているわけではないのだが、うちの女神さまが不安な思いをお抱えになることになった原因とも言えることなのでやっぱ許さんわお前ら金払え。

 

 さあて、どんだけむしり取ってやろうかな。

 

 窓口はどこも空いている。

 というよりはほぼ誰も立っておらず、ほぼすべての職員が奥の詰め所でデスクワークの真っ最中だ。

 いつもお勤めご苦労さまです。

 

 お、窓口にいるのエイナさんじゃん。

 俺をベルの教導官からクビにしたエイナさん。

 ベルくん大好きすぎて彼のためならこの悪名高き"武鬼"にもガチギレできちゃう肝の据わったベルくんガチ勢のエイナさん。

 

 あれこのひと実は結構アブナイひとじゃね?

 あんな幼なげな子にイイ大人が......。

 

 ひそかに心の中でエイナさんの印象を真面目なギルド員からややアブナイひとにランクダウンさせつつも、今では気軽に話せる数少ない知り合いなので結局俺は声をかけることにした。

 

「よう、エイナさん。

 暇そうだな」

 

 絶賛仲違い中なのに気まずくないのかって?

 

 とりあえず先日の件は俺の中では不幸な勘違いが生んだ悲劇、つまりいつものことということでカタがついているので、特に気にすることもなく笑顔で挨拶が出来てしまうね。

 

 その辺のことに関して俺をみくびっていただいては困る。

 向こうが勝手に俺を解釈するのならこっちも勘違いだの一点張りで解釈し返してやるだけなんだよ。

 

 そんな悲しき宿命を背負う俺のもう一方で。

 声をかけられた彼女はというと

 ビッッックゥ!

 って擬音と共に飛び跳ねて天井に突き刺さんじゃねェかってほど肩を震わせた。

 

 あー、俺と違って向こうは普通のひとだからやっぱり気にしているようだな。

 

「ろ、アアアライネス氏!?」

 

「そーだよロン・アライネスだ。

 どうしたそんなに挙動不審になっちまって」

 

「あ、ああいや、そのぉ......」

 

「先日の迷宮愛好家だの過剰安全対策委員会だのソロ製造機だののウィットに富んだ罵詈雑言の嵐のことなら別に気にしちゃいねェよ。

 さすがにあの剣幕には驚いたがな。あんたもっと温厚だと思ってたから」

 

「そ、その節は本当にごめんなさい。

 ちょっと気が動転してたんです私」

 

 頭を下げられた。

 

 シュンとしちゃってまあ。

 根は真面目なんだろうね本当に。

 可愛い子に狂わされちゃったんだね。

 俺も女神さまに狂わされたからまあわかるよ。

 

 仕方がねェ、ここは俺の小粋なジョークで和ませてやるとしよう。

 

「頭上げなよ。俺ら謝り合ってばっかだな。

 ま、俺も俺で良かれと思ってベルに大方非常識であろうことまで教えちまったんだろうしな。常識というやつをそもそも知らんが。

 

 にしてもミノタウロスはさすがにバカじゃねェのって自分でも思ったわ」

 

 ほらどうよ。

 上層の曲がり角にミノタウロス、だぜ?

 あんときそこで一番声張り上げてたろあんた。

 ツボだろ?

 

 

 顔を上げたエイナさんは死んだ魚のような目をしていた。

 

 

 え!?なんで!?

 今のは「まったくもうそうですよーロンさんたらウフフ」ってなるトコとちゃうの!?

 予想と違う反応過ぎてうっかりロキさまの口調になっちまったわ。

 

 おーい、エイナさん?

 秒毎に鮮度が落ちていますよ?

 目の前で手を振ってやる。

 

 すると彼女はぽつり。

 

「ロンさん。出たんです」

 

 あ?なにがよ?

 

「ミノタウロス。5階層に」

 

「ブフッ」

 

 おいおい、エイナさんも冗談とか言うんだね。

 そういうの好きだぜ俺。

 

「本当です。ベルくんが遭遇しました」

 

 ......え?

 

「あなたの教えを守ったことで近くに居合わせた"剣姫"の救援が間に合い、九死に一生を得たそうです」

 

 

ーーこれはさっきの続きだがな、ベル。

 

ーーはい。どうしても勝てない強敵とやむを得ず対面してしまったときですね。

 

ーーそうだ。お前ならどうする?

 

ーーうーん、逃げますね。

 

ーー正解だ。じゃあ、行き止まりや隘路に追い込まれるなどして逃げられないときは?立ち向かっても決して勝ち目はないぞ。

 

ーーえっ!?それは......どうしたらいいんでしょう?ロンさんならどうするんですか?

 

ーー俺は未だそういう状況に出会したことはないんだが、そうさな。

 

 命乞いでもして神の助けがくるのを待つしかねェんじゃねェか。

 

 

「ミノタウロスに平身低頭して命乞いしたら頭上を拳が通過していったそうです」

 

 ウッソだろお前。

 そんなことってある?

 

 というかなに、そもそも何故5階層にミノタウロスが?

 まさか口は災いのもとってやつか?

 これも俺のせいなのかひょっとして!?

 

 わけがわからず混乱する俺をよそに。

 エイナさんはというとその目をさらに濁らせていた。

 

「ダンジョンでは何が起きるかわからない、か。

 あなたの言う通りだったわね。

 ぐうの音も出ないほどあなたが正しかったことが証明されました。

 私、ただあなたを感情任せに罵倒したイヤな女なんです......。

 ベルくんはあなたのおかげで命が助かったんですぅ......」

 

 ああ待て泣くな泣くな。

 ベルくんガチ勢だからってここで泣くんじゃない。

 俺が泣かせてるみてェになるだろ。

 

 ああほらもうざわつき始めた!

 はやいよ、みんなの反応がよ!

 

 ただでさえあんた、俺に小脇に抱えられたあの件で色々噂ンなってんだから!!

 

「ああ、おい、ほら!

 そもそもこんな話をしに来たんじゃねェんだよ!

 俺は先日のミッションの報酬の話をしに来たんだ!」

 

 強引に軌道修正を図る。

 俺の伝家の宝刀、力ずくである。

 なお話術のアビリティに関して俺のスキルは一切バフを与えてはくれないので効くかどうかは自信がない。

 

「え、ああ。

 それで来てたんだ。

 完全武装だから今から潜る気かと......」

 

 いやあんたもかよ。

 荒くれ者の冒険者たちと思考回路が似通ってんだよ。

 アドバイザーとはいえ非戦闘員だろうがよあんたは。

 

「というわけで上に話通してきてくんない?

 あんたが一番頼みやすいんだよ。

 まあなんだ、謝り合った仲ってやつだからな」

 

「ロンさん......」

 

「早めに頼むわ。女神さまが待ってるんでヨロシク」

 

「......はい。頼まれましたよロン・アライネス氏」

 

 ひとまず仕事をするときの顔に軌道修正することに成功した。

 もしかして俺の話術の熟練度、ぐんぐん伸びてるんじゃない?

 IランクからHランクにそろそろ上がりそうかな?

 まだそんなに低いのかよ。

 

 まあ。

 こと金がかかった大事な交渉においてチラつかせるのは舌じゃなく別のモンのほうが効果的だがな俺の場合。

 

 遠慮する気がねェときは、特に。

 

 

「おっかえりー。

 ご飯にする?ご飯にする?

 それとも」

 

 ご・は・ん?じゃねンすわ。

 お腹空いてるのはわかりましたのでおとなしくお待ちください。

 

 帰宅と共に女神さまに抱きつかれた。

 お食事をご所望なようである。

 

 不敬ながら前だと邪魔になるので後ろにまわっていただいた。

 

「交渉は上手くいったのかしら。

 お小遣いは期待していいのかしらね?」

 

 調理に取り掛かる俺の背に張り付いたまま、女神さまは問うた。

 

「ロキファミリアからはさすがに何も。

 ギルドからはたんまりと」

 

「そう、上々ね」

 

 俺が女神さまのため金を稼ぐことに喜びや使命感を帯びるのに対し、女神さまは金を使うことに心血を注ぐ。

 この黄金タッグを前にすれば如何なるものであろうと金蔓になってしまうこと間違いなしである。

 あれ、タッグなのに俺の負担だけやたらとでかくない?

 

 いや。女神さまは一発がでかいんだ。

 10年に一発だけど。

 

「ときにロン。

 極東にはタダより高いものはない、という言葉があるそうよ」

 

 なにやら気になることを言いだす女神さま。

 

「どういう意味の言葉なんです?

 タダはタダでしょうよ」

 

 およそ女神さまに似合わない言葉である。

 価値はあればあるほどいいしそれがタダで手に入るなら言うことなしね、みたいなお方であるからして。

 俺もそうやって拾われたようなもんだしな。

 

「対価を求めないというのはね。

 だったらなにを求めているのかわからなくてかえって怖くなってしまうものなんですって。

 結果的に高くつくはめになりかねない、ってこと。

 わたしにはわからない感覚だけれど。

 強請られたらロンが強請り返してくれるでしょうし」

 

 いや強請り返すのはどうかと思います。

 たぶんやるけど。

 

「まあ。たしかに。

 借りを作ったままで返さないとモヤモヤはしますね。

 俺にはなんとなくわかりますよ」

 

 しかしさすがは女神さまだ。

 含蓄に富んだお言葉をよくご存知である。

 あなたの眷属はまたひとつ賢くなりましたよ。

 

「わかっててやったの?

 いつのまにか随分悪い子になってしまったのね」

 

 女神さまはニヤニヤとしながら言った。

 え、なにこわい。

 

「ロキファミリアの件」

 

 ニヤけた顔のまま、おっしゃった。

 ロキファミリア?それがどうしたというのだろうか。

 

「眷属に詰められて、ロキは釈明混じりに全部ゲロったでしょうね。

 あくまでこのクベーラがロキに対して借金を取り立てただけであると」

 

 まあ、それは事実かと思われます。

 というかそうでしかなくない?

 

「だったらあんた自身は何も要求していないと捉えることも出来るのではないかしら?」

 

 は?

 いやいや。

 

「あそこの団長。

 フィンて子だっけ。

 あの子、頭が切れるんですってね?」

 

 頭も切れるし人柄も良い。

 俺はあのひとを尊敬していますよ。

 あなたの次くらいには。

 今のところ人類ではトップクラスです。

 

「ああいうタイプの子ってね。

 あんたみたいなのが一番苦手なのよ」

 

 おいおい女神さま、嫉妬ですか?

 まったくお可愛らしいことで。

 この俺の心がフィンさんに取られそうになっちゃって妬いておられるからと、そのように他人を貶めようとするものでは......

 

「普通の考えでは及ばないような、それこそ正気の沙汰とは思えないような行動を、特に悪意もなくやっちゃうヤツほど読めないものはないのよ、策士にとってはね」

 

 ......。

 

 悪意、いつも特にありません。よく誤解はされますが。

 正気の沙汰とは思えない行動、毎日してます。不本意ながら。

 

 いや、俺のことじゃん。

 フィンさん俺のこと苦手ってことになるじゃん。

 俺はこんなに尊敬してるのに。

 

「深読みしてる可能性はわりと高いわよ。

 あんた自身は見返りを求めず、あくまで神個人同士のやりとりで終わらせた。形の上ではそうしておいたうえで、あんたは主神であるわたしを介してちゃっかり実利まで得ている。誰が見ても困難なミッションを無償で達成したという確かな声望と共に、ね。

 

 こうしてみるとすごい策士だわ、ロン。

 今頃その子、戦々恐々としているんじゃないかしら」

 

「はは、またまた......」

 

 それは過大評価しすぎってもんだぜ。

 

 無いよな?フィンさん。

 

 

「やってくれたものだね、ロン・アライネス。

 君は一体何を目的としているんだ?

 あの友好的な様子はとても演技には見えなかった。

 しかしあれが本心だとすればまるでただの......

 いや、これほどの策士だ。

 よほど裏の顔を隠すのが上手いのか?

 そうだとしたら厄介に過ぎる個人だと言わざるを得ないぞ。

 

 深層へとただひとりで無傷かつ無疲労で到達するだけの勇。

 新種の魔物を何の障害も感じさせることなくただひとりで捩じ伏せるだけの武。

 それに加え僕の描いた絵図にあえて乗ることで結果的に自分ひとりだけが圧倒的な実利を貪ることとなるよう仕向けるだけの知。

 そしてあまつさえ、対外的には無償奉仕と捉えられなくもない行為に見せて決着をつけたことで徳を得ようとすらもしている。

 

 何がしたい。

 いや、何をさせようと言うんだ僕たちに。

 クソッ

 わからない。わからないぞ。

 恐ろしいものだな、理解できないというのは。

 

 だが必ず君の尻尾を捕まえてみせようじゃあないか。

 僕だってなかなか捨てたものじゃないんだよ。

 これは僕と君との知恵比べというわけか。

 いいだろう、いいだろう。

 乗ってやるとも。

 盤上にあげることができる駒はこちらの......」

 

 

 

「なにやってるの?」

 

「おおアイズたん。

 あんな、フィンはな。

 ちょっと疲れてしもとるんや。

 もっと冷めた子やと思っててんけどな。

 変な熱に浮かされてるみたいなんや。

 ソーっとしといたり」

 

「わかった」

 

 大有りであった。



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ウケる

 

「不服を申し立てます」

 

 あれ。ポーションどこやったっけ。

 先日のミッションで半ば暴走状態の俺が湯水のように使っていたようであるとはいえまだ在庫はあったはずなんだが。

 

「女神さまはちょっとむかついています」

 

 あーあったあった。

 なんでこんなとこにあんだよ。

 箱の上に変な人形立ってんじゃん。お立ち台じゃないんだぞ。

 女神さまの仕業だなこれは。

 

「ロン。こっちを見なさい」

 

「女神さま」

 

「なに」

 

「いいですか、ポーションの箱の上に人形を立たせてはいけません。

 せめてポーションを抜いて箱だけを使ってください」

 

「わかった。次からそうする」

 

 うむ、できたら次はやらないで欲しいのだがなんだか聞き分けがいいので今回はこれでよしとしよう。

 さて次は縄と鉤爪を......

 

「ロン。話を聞いて。

 ちゃんとこっち見て」

 

 裾を引かれる。

 手を止め振り向いた。

 

 なんスか。

 今日も今日とてダンジョンに潜るための準備で忙しいのですが。

 いつもとは違って時間にもうるさいのですが、俺。

 

 なにせ今日はひとりではないのだからな。

 

 エイナさんとの仲違いとも言えぬ妙なすれ違いが解消された昨日あの後、俺のベルへの教導は再開の運びとなった。

 特にベル本人と今日約束したわけではないのだが、ギルドに行けば会えるだろう。

 俺が先に着けば彼を待っていればいいし、彼が先に着いたならエイナさんが俺との教導の話をしたうえで彼を留めておいてくれるという手筈になっている。

 とはいえ時間は有限であるからして、だらだらと準備しているわけにもいくまいよ。

 

 俺ひとりが窮地に陥る分には派手に暴れればなんとかなるかもしれないしなんとかしてきたわけだが、パーティを組むとなるとそうも言っていられない。

 なにせ教導中の俺はめちゃくちゃ弱いのである。

 準備はいつも通り入念に。心はいつも以上に厳粛に、だ。

 

 さあて今日はどんなことをベルに教えようかな。

 ここ最近はクビになっていたからまずは彼の成長具合を確かめるところからかな。

 下手したらもうデバフ状態の俺より強くなってたりするんじゃないかなあの子。

 

「ロン。あなた浮かれてないかしら」

 

 なんですと。

 この俺が浮かれている?

 

「たしかに言ったわ。

 交友関係を広めるようにしてみたらいいと」

 

「ええ、女神さまのおっしゃったよう俺なりに努力していますよ。

 ベルへの教導は俺にもいい刺激になっていますし、エイナさんは数少ない気軽に話せるひとになりつつあります」

 

「そうね。だからこそ」

 

 だからこそ?

 

「めっちゃさみしい。

 そりゃあんたが生き生きしてるのを見るのは嬉しい。

 でもそれとこれとは話が別。

 わたしは蚊帳の外でめっちゃさみしい。

 あの新米クンにあんたがとられたみたいでめっちゃくやしい。

 よくもそんなわたしの前でノリノリで楽しそうに準備してくれていやがるわね」

 

 理不尽すぎません?

 

「受付嬢の子とも仲が良さそうね。

 美人らしいわね。このわたしとどちらが美しいのかしら。

 ああいま思い出した。あんたその子をさらって手籠にしたとか噂立ってるわよ何やらかしたの。

 

 まさか事実じゃないわよねあんたのことだから周りが勝手に勘違いしたのよねでもね火のないところに煙は立たないの。

 

 それに順ずる何かを、その子と、したの?」

 

 いやこわいこわいこわい。

 女神さま、目が据わっていらっしゃいます。

 無論事実とは異なりますし。

 

 なに。

 あなた財宝神ですよね?

 実は嫉妬を司る女神だったりもするんですか?

 

 これはよろしくない。

 非常におだやかではない。

 

 ゆえに。

 

「ちょっと失礼」

 

 そっと女神さまを抱きしめた。

 

「......質問の答えになっていないようだけど」

 

「エイナさんはちょっと事情あって申し訳なくも小脇に抱えさせてもらったので、あなたのことはしかとこの腕に抱きしめようかと」

 

「なるほど、事情はだいたいわかった。

 しかしこれでわたしが満足するほど安いとでも?」

 

「安いと思っていませんし値がつけられるものとも思っていませんが、わかりやすくはありませんか?」

 

「......これから毎日ね」

 

 おおせの、ままに。

 

 

 ひとしきり女神さまを撫でくりまわした後、ようやくのこと準備を整えギルドへ向けて発つ。

 ちゃっかりと夕飯は豪華にせよとのおねだりも拝命することとなったが、まあ、ギルドからの報酬もあるしたまには良いだろう。

 

 この頃のあの方の不安定な様子は、おそらく環境の変化によるものであろう。

 俺自身戸惑いがないというと嘘になる。

 なにせ、こんなにも急に俺の交友関係が変わった。

 一昔前の俺、否俺たちからすれば想像もできなかった......しなかったことである。

 

 ベルは友ではない。教え子だ。

 エイナさんは友ではない。共にベルを見守る協力者だ。

 しかしもう無関係ではない。

 

 あの日女神さまがおっしゃったこと。

 この俺が女神さま以外に心を配る。

 ありえないこととはもう言えないであろうな、今となっては。

 

 それでも変わらないものがあるのもまた確かであるということ。

 女神さまに伝わっていれば、いいのだが。

 

 それはそうと落ち着かない。

 何故かと言えばそれはもう装備のことである。

 

 長剣1本に短剣2本、フランキスカが2本。

 そしてクロスボウ。

 服装はといえば鋲打ちのレザーメイルにヘッドギア。

 け、軽装すぎる......。

 

 しかし、検証の結果デバフ状態の俺が機動力を損なわずになんとか運用できそうなのがこの程度の装備だったのである。

 いずれも品質は良くレベル1相当の冒険者が持つような代物ではないとはいえ、不安なものは不安だ。

 ああ鎧クン。どうして君はそんなに重いんだい。

 どんだけ重くてもいいって注文したの俺だったわ。

 

 教導初日からクビになるまでは逃走のことも考えとにかく身軽さと消音性を重視した格好をしていたが、どうやらエイナさんどころかベルからも不評であったことが判明したためあれはお蔵入りとなった。

 顔含め全身を覆い隠せて気に入ってたんだけどな、あれ。

 ベルが悪名高い俺とつるんでいることを隠すのにうってつけだったのだが。

 

 いつもよりもとてつもなく軽く感じる身体に違和感をおぼえながら歩いていると、やがてギルドへと辿り着いた。

 

 出がけに女神さまをあやすのにそこそこ時間を使ったが、ざっと見た感じではベルはまだ来ていない。実は今日は休日に設定していたりするのであろうか。

 つい昨日ミノタウロスに襲われたというからそうであっても不思議はないことなので、しばらく待っても来なければさっさと引き返して完全武装で出直し通常通りダンジョンアタックすることとしよう。

 

 その時は俺も休日にすればいいじゃんって?

 バカ言っちゃいけねェ教導という大事な用事があるならともかく特に用事がないなら四の五の言わずダンジョンだ。

 女神さまのためにも労働を尊ぶべし。

 

 適当な椅子に腰を下ろし頬杖をつく。

 今日もギルドは盛況だ。ガヤガヤと賑わいを見せている。

 

「おい知ってるか"武鬼バトラ"さんのあの話」

 

 おおっと早速始まりましたギルド名物ヒソヒソ話。

 実況はこのわたくしロン・アライネス、解説はあの話とやらの当の本人である"武鬼"さん、合わせてひとりでお送りしたいと思います。

 今日はどのような勘違いでロン選手をうんざりさせてくれやがろうというのでしょうか、見どころ満点ですお見逃しなく。

 

「この間"武鬼"さんにシメられた白髪のガキいるだろ」

 

 ベルのことでしょうか。

 シメてませんお礼をしようとしただけです。

 

「あのガキ、"武鬼"さんの舎弟にしてもらったらしいぞ」

 

 舎弟じゃないです教え子です。

 

「この間からあのガキ、何度か黒装束のやつと一緒にいたろ」

 

 それ俺のことですね。

 

「あれな、実は"武鬼"さんなんじゃねえかって話なんだ」

 

 なんでうっすらバレてんだよ。

 

「191.8Cのあの高身にあの渋い声。

 あの発達した広背筋と大臀筋のつき方。

 おおよそ間違いねえんじゃねえかって話だ」

 

 おおっと気色悪い!

 ロン選手の精神に甚大なるダメージです!!

 

 なんで俺の身長を小数点まで把握してんの!?

 広背筋と大臀筋のつき方ってなに!?

 俺の背中とケツじっくり眺めてたやつがいるってこと!?

 誰なのそれ言い出したやつ!?

 

「ま、俺なんだけどな見抜いたのは」

 

 お前かよ!!

 

「つまりだ。あのガキは中々根性据わってんのが"武鬼"さんに認められて舎弟にしてもらったから、直々に鍛えてもらってんじゃねえかって話になったわけよ」

 

 事実とまったく異なる理由だけど教導してるのは確かです。

 

「おっと、噂のガキがきたぜ。まったくうらやましいやつだ」

 

 うらやまないでくださいお願いだから。

 話し相手のやつも同意するようにうんうん頷かないでください。

 

 って、ベルが来たのか。

 これ以上は俺の精神がもたない可能性が高いからさっさと合流してダンジョンに行ってしまおう。

 

 いや待て。

 この、なんか俺のプロフィールにやけに詳しいやつらがいる前でのこのこ出ていくの?

 せっかく気づかれてないのに?

 イヤなんだけど存在を認識されるの。

 

 すまんベルよ。

 俺のためにも少し待っててほしい。

 この屈強な男たちが先にダンジョンに潜るまで俺はここを動けないのだ。

 

 ベルは窓口のほうへと向かっていく。

 エイナさんがそれに気づく。

 話を始めた。たぶん俺の教導のことだろう。

 

 おお、喜んでくれているなベルよ。

 よかった、実は本音では俺の教導イヤがってて微妙な反応とかされたらどうしようかと思ってたわ。

 

 おっと屈強な男たちがダンジョンに潜っていったな。これで一安心だ。

 何の安心なんだよ"武鬼"ともあろうものがナニを恐れてたんだよ。

 

 ともあれ危険は去ったので話しかけるとしよう。

 

「よう、ベル。来たか」

 

「あっ。ロンさん。

 エイナさんから話は聞きました。

 今日はよろしくお願いします!」

 

「おう、こちらこそだ」

 

 身体が重くなる。スキルが発動したらしい。

 

「しっかりロンさんに教わってくるのよ、ベルくん。

 あまり極端なのは真似しなくてもいいけど......」

 

「はい!」

 

 すみませんどこからが極端なのか誰か俺に教導していただけませんかね。

 まあいい。その辺はエイナさんと擦り合わせるなりしてフォローすることができるだろう。

 

「じゃ、行くか。

 10分......いや30分後くらいに行くか」

 

「なんで30分後に!?」

 

 先行してる屈強な男たちに絶対に追いつきたくないからですエイナさん。

 

 

「へぇ、豊穣の女主人ントコの店員とね。

 昨日の"剣姫"の件といい随分色気づいてんなベルよ」

 

「そ、そんなんじゃないですって」

 

 教導を終えた俺たちは帰路にて雑談に興じていた。

 

 昨日の5階層でのミノタウロスとの遭遇の件についてはエイナさんから聞いていた通りだ。

 

 で、豊穣の女主人ってのはいわゆる冒険者向けの酒場である。

 女将さんのミア・グランドはたしか元レベル6の冒険者だ。

 店員についてもそこいらの冒険者より遥かにレベルの高い連中が多く在籍しており、仮にあそこを敵に回せば下手なファミリアなら壊滅させられるんじゃねェかってほどの戦力を誇る店である。

 まあ怒らせなきゃ温厚だから、特に危険性もなくむしろ安全地帯なんだけどなあそこ。

 ちなみに店員は揃いも揃って美人だし料理は美味くて量も多いが値段はお高め。

 俺は女神さまと何度か行ったことがあるが、たまにする贅沢程度のモンなので常連というわけではない。

 

 その豊穣の女主人に勤める店員と、ベルは今朝方お弁当もらっちゃうくらい仲良くなったらしい。

 その店員、ちゃっかりしたことにお弁当あげたんだから夜はうちに食いにこいよとベルを誘ったらしく、律儀なこいつは今日行くことにしたそうな。

 

 ふむ。これはちょうどいい機会かもしれんな。

 

「ベル。俺とうちの女神さまも行っていいか?」

 

「え?一緒にきてくれるんですか!?」

 

「おう。うちの女神さまが今日はご馳走をご所望でな。

 あそこなら飯も酒も美味い。女神さまも満足なさるだろう」

 

「やったぁ!

 あ、僕も神さま呼んでいいですか?」

 

「もちろんだとも。

 俺としても是非ご挨拶したかったところだ」

 

「うわぁ楽しみだなあ!」

 

 なんというか、懐いてくれているようでこちらも嬉しくなるな。

 

「店の場所を知ってるんなら現地で待ち合わせでいいだろ。

 一旦帰ってまた合流な」

 

「わかりました!」

 

 そんなこんなで、ベルとその主神.....ヘスティアさまだったな、との会食が決定した。

 

 楽しみだなあ、はこっちのセリフだよ。

 

 わずかに弾む胸のうちを悟られぬよう努めつつ雑談を続け、俺たちはダンジョンを後にし各々のホームへと帰還した。

 

 

 夕刻。

 約束の通り、俺は豊穣の女主人にて女神さま、ベルと共に料理と酒に舌鼓を打っていた。

 

 自己紹介に始まり簡単な雑談に興じる。

 うちの女神さまはといえば俺とふたりきりでなかったのが若干不満であったのか最初はぶーたれていたものの、なんだかんだでベルのことは気に入った様子で適度に可愛がっている。

 すごいなベル。女神さまが興味を示す人間はけっこう少ないというのに。

 

 ベルが今朝ひっかけた.....ひっかけられた?店員はシルというらしい。

 なにやらうちの席にへばりついてベルにお酌をしたりしている。

 

 ちなみにベルのトコの主神は不在。

 残念ながら、先約のあったバイト先の打ち上げに行ってしまったそうな。

 聞きましたか女神さま。バイトですってよ?

 

「ロン。これも食べたいわ」

 

「お、美味そうですね。俺も頼みます。

 ベルも食うか?」

 

「いえ、あまり持ち合わせがないので.....」

 

「何言ってんだ奢りに決まってんだろ。頼むぞ?」

 

「ええっそんな悪いですよ」

 

「すんませんシルさん、これ3つね」

 

「ありがとうございまーす!」

 

 とまあこんな具合にまずまずの盛り上がり。

 

 久々に食うこの店の料理の味には女神さまもご満悦。

 俺ももちろん噛み締めるように食っている。

 次いつ食えるかわからんからな。

 

 そんな折であった。

 

「ご予約のお客さま、ご来店ニャ!」

 

 団体客が店の扉をくぐってきた。

 それを横目で見た俺は目を丸くしてしまう。

 

 あの団体さんロキファミリアじゃねェか。

 うわあすんごい偶然ですこと。

 

 先頭を切るはロキさま。若干頬がこけている。

 続いてフィンさん。若干頬がこけている。

 

 たぶん遠征帰りの打ち上げなんだけど俺もとい女神さまに支払う金のことを気にしてああも憔悴しているのだろう。

 申し訳ねェ、おおよそ俺は何も悪くないはずなんだが、なんだか申し訳ねェよ。

 

「よっしゃみんな、遠征ご苦労さん!

 今夜は宴や!

 思う存分.....いや多少セーブして飲めーい!」

 

 小声だけど確かに聞こえてしまいました!

 セーブさせちゃってごめんなさい!

 

 ご挨拶しに行ったほうがいいんかな......。

 いやしかし元凶とも言える俺が行くとあからさまな水差しになるよな......。

 よし、ここは気づかないフリをしておこう。

 女神さまも、いいですね?とアイコンタクト。

 

「なにあれ超ウケる」

 

 女神さまは性格の悪さを爆発させていらっしゃる。

 大丈夫です、俺はそんなあなたでも愛しております。

 愛しておりますが絶対に絡みに行かないでくださいね。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン......さん」

 

 ベルはというと懸想しているらしい"剣姫"に目が釘付けだ。

 ミッションのときはほとんど顔も合わせていなかったので気にしていなかったが、こうして見ると確かにすごい美人だ。

 あんな美人に間一髪のところで命を救われたとあれば惚れちまうのもわかる。

 

 痛ッ

 女神さま、足を踏まないでください。

 

「減点よロン」

 

 もともと何点あったんですかね。

 

 と、ロキファミリアの登場でこちらの席もなんだかおかしな様子となってくる。

 運ばれてくる料理と酒に手をつけながらも目と耳はどうもあちらの席に流されてしまう形である。

 

 主神によるセーブしろ音頭は聞こえなかったらしい向こうの団員はといえばそりゃもう飲めや食えやの大騒ぎ。

 

 ロキさまは酒を水で割って飲んでいる。

 フィンさんはもはや水しか飲んでいない。

 

「ウケる」

 

 女神さまマジで痛い目見ますよいつか。

 その時は俺も一緒ですけど。

 

「よっしゃアイズ!

 そろそろあの話をしてやろうぜ!」

 

 トップふたりが盛り下がるなか、ひとりの狼人がハイテンションに話し始めた。

 あれあいつ......以前俺に絡んできたやつじゃないか?

 

 頬を赤らめてあからさまに酔った様子である狼人。

 いつぞやもそうだったが彼は酒癖が悪かったりするのだろうか。

 

「あれだよあれ!

 俺たちが17階層で逃したミノタウロス!

 あれ、最後の一匹お前が5階層で始末したろ」

 

 いや酔ってるにしてもとんでもねェこと言っちゃってるよ。

 あんたらが逃したんかい逃さず始末しといてくれよあぶねェな。

 

「んでよ!

 そん時その場にいたトマ......トマトやろ......いやなんでもねぇわりぃ酔ってるわ幻覚見えやがる水くれ水」

 

 じっと様子を眺めていた俺と狼人の目が合った。

 途端なんだかおとなしくなる彼。

 あ、ごめん見すぎてたよな。

 すまんな爆笑必至の確信決めた顔でのジョーク披露すんの邪魔しちまって。

 

「そうだぞ、酔いすぎだベート。

 まったくお前ときたら......」

 

「いや、おう。

 いつもわりぃな」

 

「なんだどうしたらしくないな」

 

「見えちゃいけねぇもんが見えて、な。トマト、トマトか......

 

「??」

 

 それにしてもあの豹変はいったいなんなんだ。

 自分で言い出しといてトマトになんかイヤな思い出でもあるんか彼。

 

「ウケる」

 

 女神さまも酔ってますねそんななんでもかんでもウケちゃって。

 そろそろお開きにしたほうがよかろうか。

 

「ロンさん」

 

 女神さまのお口に水のコップを押し当てていると、ベルが呟いた。

 なんだか浮かない顔をしている。

 

「あの狼人のひとが言おうとしてたの、たぶん僕の話です」

 

 まあ、察するわ。

 他に上層でミノタウロスと遭遇する数奇な運命のやついないだろうし。

 

「情けないですよね、僕。

 本当ならあの場に飛び込んで行ってでもアイズさんにお礼言わなきゃいけないなって思ってたけどぜんぜん踏ん切りつかなくて。

 あの話をされそうになったら余計に足もすくんで。

 弱い自分に嫌気が差しそうです」

 

 俯いている。

 手を握りしめている。

 

 言わんとすることはわかる。

 お礼言ったほうがいいのも事実だろう。

 しかしまあ、今じゃなくてもいいんじゃねェかな。

 

 大丈夫だ。

 それは弱くて情けねェやつがする貌じゃねェよ。

 

「悔しそうに見えるぜ」

 

「え?」

 

「なに、嘲りも謗りも気にすることはない。

 自分が正しいと思うことをやってりゃいい。

 いつしか誰も何も言えなくなるくらい腕っぷしを磨くといい。

 少なくとも俺はそうして生きてきた。

 そのせいで評判はすこぶる悪いが......俺にはこのお方がいる。

 それでいいと思ってるから、好きにやってる」

 

「ロンさん......」

 

「お前が大事にするモンが何かは知らん。

 知らないが。

 悲しみも怒りも、そして悔しささえも。

 自分を罰するために使う必要はねェ。

 そういう悪いモンは大事なモンを守り通すためのバネとして使ってやるといい。

 そのほうが、スカッとする」

 

 どうやら、俺も酔っているらしい。

 女神さまがもういらないと飲むことを拒否しているコップを引き下げると、残りに口をつけ飲み干した。

 

「すまんな、しけた空気になっちまった。

 腹もいっぱいになったろ。

 そろそろ帰ろうぜ」

 

 伝票を持って立ち上がる。

 女神さまが、まだ呑むのーとかおほざきになっているが知らん。

 俺は顔が熱いんだ、たぶんこれは風邪だから帰って寝たいのだ。

 

「ロンさん」

 

「なんだ」

 

 ベルもまた立ち上がった。

 女神さまは机にへばりついていたのを引き剥がして片手で抱き寄せた。

 

「ありがとうございます。

 明日からも、よろしくお願いします。

 僕。強くなりたいんです」

 

 深々としたおじぎ。

 その頭に手を置いた。

 

「おう」

 

 当たり前だ任せとけ、と言ってやるには俺は弱すぎるし常識も知らねェけどもな。

 まあ、全力は尽くすよ。

 

 上げられたその顔はもう、強いやつのそれだった。

 

 

「いた。

 見間違いじゃねえ、確かにいた」

 

「えーベートそれほんと?

 どう見ても酔ってたじゃん信用できなーい」

 

「マジなんだって!

 お前をトマトにしてやろうかって顔でこっち見てたって!」

 

「ウッハなにそれウケる」

 

「ウケてたまるかバカゾネス!!」

 

「それは本当かいベート本当にあそこにロン・アライネスがいたのかいだとしたらなんの目的でいやさすがに偶然かいやしかしもしいたのなら接触してこなかった理由は」

 

「あーもうあんたがあいつの話するからまた団長がおかしくなっちゃったじゃないのよ!」

 

「知らねえよ!!」

 

 ロンたちが立ち去った後、いつぞや彼と酒場で一悶着あった面々プラスちょっとお疲れ気味の顔をした小人族の間で、そんな会話がなされていたとか、いないとか。





 あくまで個人的事情と申し上げたにも関わらず寛大なお言葉を多数いただけましたことを深く感謝致します。


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俺が欲しいのはもっと普通の友達だから!


 脳筋。



 

 振り下ろされた刃を受ける。火花が散る。

 腕が軋む。腰を落とす。脚も軋んだ。石畳も。

 

 なんと、重い。

 

 こりゃ得物が先に根を上げそうだ。

 

 マトモに受けてはいられんとほんのわずかに刃を滑らせる。

 重心をずらして身体が泳いだところにカウンターを見舞ってやろうかと意図したのだ、が。

 

「イヤになるぜ」

 

 悪態を吐かざるを得ない。

 この野郎、力の入れ所と抜き所が.....いやそもそも勝負勘かこれは。

 

 一言、巧い。

 

 無駄な力を乗せ続けてこない。

 崩せない。

 故に逃げるしかない。

 

 深追いする気はないのだろう。

 手の内を探るような一手であのような剛剣を気軽に振るわれてはたまったもんじゃないが、事実としてただの様子見に過ぎなかったようだ。

 飛び退き距離をとった俺にすぐさま追撃を仕掛ける気は無い様子が窺える。

 

「探るような目をしているのはそちらとて同じことだろう」

 

 対峙する男が仏頂面で言った。

 俺より人相悪いぞあんた。

 もう少し笑ったらどうだい。

 こっちには笑える余裕なんてねェけどな。

 

「あんたの目的がわからん。

 何故俺たちが戦う必要がある」

 

 そう、ワケがわからないのだ。

 何故俺はこんな化け物と戦うはめになっている。

 人違いか何かじゃねェのかってほど心当たりがない。

 

 化け物は言う。

 

「それは先程言った通りだ」

 

 だからそれがわかんねェっつってんだよ。

 

 真っ向勝負を受ける気はもはやない。

 こちらは完全なる逃げの姿勢。

 

 それを見てとったらしい彼はつまらなさそうに眉を顰める。

 イヤでも付き合ってもらうぞとその目は語っていて、うんざりしそうだ。

 

 もう一度、言う。

 眼前に立つ化け物はそう前置きした。

 

 何度言われようが同じだと睨み返す。

 

「あのお方曰く。

 

 

『あのヤベェ子が派手にギラギラしすぎてて目当ての子が霞んで見えなくなりそうだから何とかしてきて』。

 

 

 俺が戦う理由はそれで十分だ」

 

「こっちは不十分だっつってんだろが!!」

 

 ンな意味わかんねェ理由でいきなり襲いかかってくるレベル7ヤツってられっかってんだよ"猛者おうじゃ"さんよォ!?

 

「がんばってー」

 

 女神さまも飲み物片手に観戦モードに入ってんじゃねェですよ!!

 

 

 怪物祭モンスターフィリア

 年に一度この時期に、大手の派閥であるガネーシャファミリアが主催者となって行われる一大イベントである。

 そのメインはなんといってもガネーシャファミリア所属のテイマーによる魔物の調教ショー。

 簡単に言えばダンジョンでわざわざ捕獲してきた魔物共を闘技場に押し込めて鞭でベシンベシンやったりする見世物だ。

 観客はそのスリリングな様子を見て楽しむのである。

 

 正直、俺も女神さまもそういうのは趣味じゃない。

 俺に至ってはもう魔物なんぞ見たくもない。見飽きてる。

 だったら特に胸躍らせることもなく、普段通りの一日として過ごすのかといえば、そういうわけでもない。

 

 うちの女神さまは毎年この日を楽しみにしておられる。

 大きなイベントだからピンからキリまで出店がたくさん出るからである。

 

 美味い店に不味い店、不味いけど見てくれだけは愉快な物からここらじゃ見かけない珍しい物を売る店もあり。

 食い物のみならず装飾品や細工物を取り扱う店もあり、そしてまたその品質はといえばまさしく玉石混交のひどく混沌とした有様。

 皆お祭りだからとやりたい放題、出し放題。

 そんな如何にも女神さまの好みそうな雑多さが窺えるイベントというわけである。

 

 故にこの日の俺の役割は毎年決まっている。

 朝からつきっきりで女神さまのエスコートもとい保護者である。

 目を輝かせながら衝動買いしたり満面の笑みで買い食いしたりニヤケながら店を冷やかしたりするのにひたすらお供する一日となる。

 

 この日ばかりはさしもの俺といえど冒険者は休業だ。

 さもあらん、女神さまの笑顔をお守りすることこそが俺の第一の使命であるからして、元気いっぱい弾ける笑顔で祭りを楽しむ姿に俺もひとときの安らぎが得られる日なのである。

 

「ねえ見て見て。

 このコート新作なのよ。

 似合ってる?美しい?

 肯定以外は認めないわ」

 

 ホームを出る前からすでにテンションお高めの女神さまはくるりと身を翻して言った。

 何の毛皮か存じませんがすげえ高そうっすねいくらしましたかそれ、などと素直な感想を述べようものなら大顰蹙を買うこととなるのは想像に難くない。

 お美しいのは事実なので余計なことは言わずお褒めするべきであろう。口は災いのもとであるからして。

 

「よくお似合いです。

 とてもお美しく神々しいですよ」

 

「でしょでしょー?」

 

 よし、上機嫌である。

 

「それにしてもロンは地味ね。ほんと地味。

 せっかくのお祭りなのに普段と何も変わらないわ。

 あんた顔の造りは悪くないのに身なりと目つきで損してるわよ」

 

 ご機嫌はよろしいのに息をするようにダメ出ししてくるの勘弁してもらえませんかね。

 服に金かけるくらいなら装備に金かけたいんですよこちとら。

 あと無駄に身体がデカいものですから格好の良い服を買うとなると必然オーダーメイドなんですよこちとら。

 

 それに。

 

「あなたの護衛も兼ねているのですから動きやすいのが一番ですよ」

 

 さすがにいつものように重装備はかなわないとはいえど最低限機能性は備えておかなければ落ち着かないのだ。

 街中をガチャガチャとたくさん武器を引っ提げて歩き回るわけにもいくまいし、剣1本というありえない軽装で動き回るのならばせめて機動性くらいは確保したいのである。

 

「あんたの常在戦場っぷりは半分ビョーキね」

 

「なんとでも。

 最近それも自覚してきたところですが、これが俺の性分ですので」

 

「せっかくのデートなのに色気がないわねぇ。

 ま、いいけど」

 

 呆れたような目。

 いつもの憎まれ口。

 

 ん、と目で促される。

 すみませんね、中々気が利きませんで。

 

 俺は手のひらを上にし、差し出した。

 麗しのお嬢さまの手がそこに重ねられた。

 

 

 出店を見て回る。

 普通に考えれば明らかに割高であろう商品も、お祭りだからか飛ぶように売れているようで、屋台に立つ人間たちはいつも以上に声を張り上げてセールストークを繰り広げていた。

 

 女神さまはというと目につくものにことごとくふらふらと吸い寄せられてはあれが欲しいこれも欲しいとおっしゃり、すでに片手いっぱいに食べ物をお持ちになっている。

 もう片手はというと俺の手を離す気はないらしく、必然持ちきれない分は俺の空いた片手でダートや千本もかくやという有様で串物を持つはめになっていた。

 そろそろどっかで座ってこれ消費しません?

 うっかり投擲しそうですよ?癖で。

 

「ロン。その串焼き1個食べさせて」

 

「おおせのままに」

 

 角度を調整して串の1本を女神さまのお口に近づける。

 かぶりついた。

 お行儀が大変よろしくないがこんな日くらいはまあいいだろう。

 

「んーまぁまぁね」

 

 女神さまのまぁまぁねはけっこうな褒め言葉である。

 さっきこれを買った屋台は当たりだったということだろう。

 顔を綻ばせる女神さまに俺の頬も思わず緩む。

 

 厄介ごとのないこういう日は俺にとって貴重も貴重だ。

 最近ではベルの教導時くらいにしかこういう日は無かったしそれ以前についてはもう推して知るべし。

 とはいえ教導も結局戦場に身を置くことには違いないので頬を緩ませる暇など無かったわけであるが。

 

 などと若干心をささくれ立たせていると。

 

「うげ」

 

 なにやら聞き覚えのある声。

 

「あーらあらあら」

 

 すげェ底意地の悪そうなうちの女神さまの声。

 

「く、クベーラとその眷属......」

 

 見ると、そこには神がいた。

 若干こけていた頬が若干戻っている。若干。

 

 ロキさまである。

 

 最近何かと縁がありますね。

 そちらにとって良縁ではなさそうですが。

 

「"武鬼バトラ"......さん」

 

 よくよく見ればロキさまの隣にはどえらいべっぴんさん。

 靡く金髪、均整のとれた抜群のプロポーション、そして人から生まれたとは思えぬ造形美の極地とも言えるその美貌。

 "剣姫"アイズ・ヴァレンシュタインもまたそこにいた。

 いたいいたい痛いです女神さま足踏んでますよ。

 

「こんなところで奇遇ねロキぃ、お祭り楽しんでるぅ?」

 

 相変わらず性格の悪いうちの女神さま。

 むやみやたらに煽らないでください女神さま。

 

「カーッ!

 楽しい楽しい祭りのときにイヤなヤツのツラ拝むはめになったもんや!

 はよ行くでアイズ!

 こいつ貧乏神の疫病神や!尻の毛までむしり取られるで一緒におったら!」

 

「実際むしられたやつは言うことが違うわねウフフ」

 

 すみませんロキさま。

 借金してたのがあなたの落ち度なのは承知のうえなんですがどう見てもうちの女神さまが悪者ですすみません。

 

「待って、ロキ」

 

 "剣姫"は腕を引っ張られながらもその場を動こうとはしなかった。

 その視線の先はというと......え?俺?

 

 じっと見つめてくる。

 危うい目で。

 そして俺の足もまた女神さまのせいで危うい。ぐりぐりしないで。

 

「あなたが強いのは何故?」

 

 彼女はごくごく端的に問うた。

 え?今ここでこの空気の中それ聞く?という心持ちであるが、その目は真剣であった。

 

 彼女もまた俺に近しいダンジョン狂いの類であるという噂は耳にしている。

 いや俺がダンジョンに狂っているのは甚だ不本意な話であるのだが、それはそれとして。

 何か、焦る理由でもあるのか。

 知ったことではない、が。

 

 問われた以上は答えねばなるまい。

 

「守るモンがあるからじゃねェかな」

 

 女神さまの手をギュッと握りながら、言った。

 

 "剣姫"はキョトンとしている。

 

「俺は自分が最強だなんて思い上がっちゃいないが、そこそこ強いと自負してはいる。

 何故そうも強くなったのかと問われれば、それはこのお方をたとえひとりきりであろうとも支え、守るためであると答えるよりほかない。

 そのためなら俺はなんでもする。なんでもできるから強い。

 これで答えになるかい?」

 

「よく、わかりません」

 

「だろうね。それでいいと思うよ。

 俺の強さは歪だ。正統派じゃない。

 無名に過ぎなかった俺があんたよりも後からランクアップを重ね、今ではあんたを上回っているのには歪な理由がある。

 それは俺の都合であってあんたの都合じゃない。

 悪いな参考になりそうもなくて」

 

「いえ......」

 

 しょぼくれているように見えるが、本当に俺が答えられるとしたらこれくらいのことしかないのである。

 身体の鍛え方云々なんて教えても仕方がなかろうしそういう話でもないだろう。

 彼女が俺みたいな筋肉だるまになったらベルが泣きそうだしな。

 

 ああ、ベルといえば。

 

「ああそうだ、先日はベルが世話になったみたいだな。

 遅くなっちまったが、彼の教導官として彼の命を救ってくれたことにお礼を言わせてほしい。

 彼もあんたに感謝していたが、なかなか礼を言う機会に恵まれないようでな」

 

「ベル......ってミノタウロスに謝ってた子のこと?」

 

「そうだ。ミノタウロスに命乞いしてた子のことだ」

 

 印象がミノタウロスと紐付けられているのはツッコミどころなのだろうか。

 

「そう、ですか。

 怖がられて、なかったんだ......」

 

 聞いたところによればベルはミノタウロスへの命乞いのあとさらに"剣姫"にも平謝りしながら脱兎の如く逃げ去ったという。

 失礼な話であるが、猛牛が切り裂かれてその後ろからこんな美人が出てきたんじゃ、お年頃の少年としては無理からぬ反応とも言えるだろう。

 どうやら彼女はそれを気にしていたようだ。

 ある意味ミノタウロス以上に怖がられてたんじゃないかと思っていても不思議はなかろうな。誤解なんだが。

 

「悪いな、あれでいていい子なんだ。

 彼がおかしな行動をとった際には大方俺のせいだと思ってもらってかまわんよ......っと」

 

 女神さまに手を引かれた。

 いつまで喋ってんだ、ってところか。

 

「じゃ、そういうわけでな。

 ロキさま、アイズさん。そちらも祭りを楽しんでくれ」

 

 今度こそ話は終わりだ。

 楽しい祭りのときによくわからん話をするものではない。

 

 ロキさまに腕を引かれて、まだ何か訊きたそうにしている"剣姫"が遠ざかっていく。

 

 俺の足から己の足をどけた女神さまは軽く鼻を鳴らした。

 

「わたしのロンに色目を使うなんてン億年はやいわ小娘」

 

 あなたちょっと美人に対して厳しくありません?

 

 

 予期せぬ遭遇からその後も祭りは続く。

 女神さまは買い食いに満足したようであり、今は小休止。

 このあとは冷やかしがてら掘り出し物でも探しにぶらつくことになるだろう。

 

 そういえば、調教ショーはもう始まっているのかな。

 

「女神さま。ショーはご覧になりますか?」

 

 ほとんど答えはわかりきっているが念のため尋ねた。

 

「それは別にいいわ。

 ロンと一緒にいろんなお店を回るほうが楽しいもの」

 

 左様で。

 タコヤキなる謎の球状の小麦焼きを頬張る。

 うむ、まあまあ美味い。

 なお俺のところに回ってきたのはこれひとつである。他はすべて女神さまの腹におさまった。

 

「食べましたし、少し休んだらまた店を回りますか?」

 

「そうね。また竜の心臓売ってないかしら。楽しみ」

 

 それはあまり思い出したくありません。

 でもあれば便利なので万が一見つけたら買っておいてもいいかもしれませんね。

 

 そうホイホイと買えてたまるかという代物とその劇物チックな効果に思いを馳せて視線がやや遠くなる。

 

「お宝、お宝ー」

 

 女神さまはあるかもわからない宝物に胸を弾ませルンルン気分。

 俺はというとややげんなり。

 

 そんな時であった。

 耳が捉えたくもない音を捉えたのは。

 

「女神さま。俺のそばから離れないように」

 

 呼びかけた。

 

「言われずともそうするわよ、ずっとね」

 

 女神さまは泰然と頷いた。

 

 そういう意味じゃないんだがおそらくわかっていて言っているのだろう。

 それはそれとして。

 じゃあどういう意味かと言うと......悲鳴だ。

 街中から、ひとの悲鳴がする。

 

 これは何か起きたな。厄介ごとの臭いだ。

 

 立ち上がる。

 剣の柄に手を置いた。

 

 気を張り巡らせる。

 

 悲鳴の出所は一箇所ではない、彼方此方から聞こえる。

 そしてまた、声はひとのもののみではない。

 

「魔物、か。

 ガネーシャファミリアめ、何かしくじったか?」

 

 聞こえるのは耳に馴染んだ魔物の咆哮。

 

 街中で魔物の声が聞こえるということは本来尋常のことではない。

 しかしながら、今日この日に限ってはありえない話というわけでもないとも言える。

 

 明確な意図と目的をもって魔物が地上に連れ出されている日だからである。

 

 ガネーシャファミリアは大手のファミリアだけあって人材も豊富であり、毎年この怪物祭という一歩間違えば超危険なイベントを危なげなく運営してきたその手腕はといえば見事なものである。

 しかしそれで安心して気を緩ませるほど俺はダンジョンというやつを信用していない。

 ダンジョンは。そしてそこから生まれる魔物共は。

 何をしでかすか、わからない。

 

 警戒する。思考する。

 ひとまずは女神さまを連れてホームへ向かうべきか。

 道中、おそらくは何らかの原因で脱走したであろう魔物と遭遇した際には斬り伏せればいい。

 騒ぎを鎮圧するのに力を貸したいところではあるが、まずは女神さまの身の安全が最優先である。

 俺のそばから離れさせるべきではない。

 

 そんなとき。

 数歩先の石畳、その下から気配。

 さっそくおでましか。

 

「ロン。守ってね」

 

 言われずとも。

 

 石畳を捲り上がらせ顔を覗かせたのは、蛇のような魔物。

 いや、これは。蔓か?

 見たことがない種類の魔物だ。新種か、この間の芋虫のような。

 

「関係ないな」

 

 一息に距離を詰め抜刀一閃。

 容易く刈り取る。

 え、弱っ。

 

 拍子抜けしたが警戒は怠らない。

 もしかしたら再生したり斬ったら増えたり死んだら有毒ガスを撒き散らしたりする類のやつかもしれない。

 

 なんでもいいぞ、この"武鬼"を止められるものなら止めてみるがいい。

 

 警戒する俺をよそに魔物は霧散し魔石が転がった。

 

 いや終わり!?

 え、ほんとに終わり!?

 新種っぽいのに弱くない!?

 

 拍子抜けである。

 今の1体以外にほかに魔物の気配もない。

 

 ま、まあ、いい。

 女神さまの御身が安全ならばそれに越したことはない。

 ちょっとカッコつけちゃったけど別にいい。

 

 俺を止めるには不足であったな、魔物共め。

 次はもっとまともなやつを連れてくるんだな。

 

 魔石を拾い上げ剣を鞘に収めた。

 

 思えばこれは女神さまが言うところの"フラグ"なるものであったのかもしれない。

 

「見事な太刀筋だ。

 修練の軌跡が窺える。

 これは思いの外期待できそうだ」

 

 足音。声。

 付近を警戒するこの俺にすら気取られることなくそばまで近づいてきていた何者か。

 

 振り向けばそこには。

 

「あのお方曰く。

 

『あのヤベェ子が派手にギラギラしすぎてて目当ての子が霞んで見えなくなりそうだから何とかしてきて』」

 

 俺以上の長身に俺以上に筋骨隆々。

 そして俺以上の実力者。

 

「手合わせ願おうか、"武鬼"よ」

 

 現オラリオ最強、レベル7、"猛者"オッタルにしか見えない猪人がそこにいた。

 

 あんたのほうがよほどギラついとるわ、いったい何しにここに来た!?

 

 めちゃくちゃびっくりする俺。

 構えるオッタル。

 

 そして冒頭に至る。

 

 

 オッタルの行動原理はといえば単純明快である。

 彼にとっての「全て」であるさるお方の願いを叶えること、それに尽きる。

 

 自分はあのお方を喜ばせる舌を持たぬ。

 あるのは武技のみ。

 それしか、ない。

 

 あのお方からは、なんとかしてきて、などと言われたがどうすればいいのかはよくわからなかった。

 なのでひとまず装備を整えて"武鬼"を訪った次第である。

 戦えばわかることだろう、と。

 

 前々から興味はあった。

 狂人の如く只管に武技を磨く"武鬼"という男はこのオラリオでは有名だ。

 その行動の異質さははっきり言えばオッタルにとってみればどうでもいい。自分も似たようなことをする時もある。さすがに毎日ではないが。

 

 興味があるのはその強さ。

 かつて無名であったこの男はある日を境に常軌を逸したダンジョンアタックを繰り返し、瞬く間に名を上げていった。

 最近ではやや落ち着きを持ってきているとはいえ、それでもなお今の自分に追随する実力者、レベル7に最も近いレベル6などと呼ばれる存在であることに相違ない。

 

 オッタルはひとりの武人として強者との戦いに飢えていた。

 機会があれば是非刃を交えてみたい。拳で語ってみたい。

 そんなほのかな興味と期待を抱いていた。

 

 そして今がその機会というものである。

 

 様子見程度に一撃見舞った。

 並の冒険者であれば膝をつきそのままくず折れるようなそれを。

 

 なるほど、巧いな。

 

 見事受け止められ、あまつさえこちらを崩そうとすらしてくるその技量は感嘆に値する。

 

 その後も幾度か刃を交えるも、ものの見事にいなされる。

 得物の扱いに、身体の扱いに非常に優れている。

 この男は、自分との戦いを成立させられる実力者だ。

 

 が、しかし。

 

「無意味だからやめねェ?

 それどころじゃないだろ大騒ぎだぜ街ン中。

 一緒に......いややっぱ別行動で魔物狩らない?そうしない?」

 

 やる気が、ない。

 

 仕方がないことだろう。

 向こうにとって自分は通り魔のようなものである。

 若干の申し訳なさもある。しかし。

 

「この絶好の機会を逃すのは実に惜しい。

 全力を出せ、"武鬼"」

 

「話が通じなさすぎない?」

 

 悪いが付き合ってもらう。

 それがあのお方のためであり、そして俺自身のためでもあるのだ。

 

 オッタルは矢継ぎ早に剛剣を振るった。

 

 本来ならば格下であるはずのこの"武鬼"という男はなにやらそれを感じさせぬ底知れなさがある。

 フレイヤファミリアには"武鬼"と同じレベル6が複数在籍しており、オッタルは自らの地位を付け狙う彼らと手合わせをする機会も多々あるわけだが、眼前のこの男からはとても彼らと同格とは思えぬ力量を感じてならない。

 

 なによりも立ち回りが器用だ。

 実力相応ではない、とも言える。

 これほどの実力がありながら、この男は弱者のように立ち回る。

 

 ステイタスに優る自分と真っ向から打ち合わないのは、やる気だけの問題ではないだろう。

 さすがの"武鬼"といえど、技量は自分と大きく差はない。

 膂力については体格を含め明確にこちらが勝るだろう。

 だからこその逃げの一手。判断として間違っていない。

 

「ムッ」

 

 暗器の使用もそれだ。

 

 遠間から投擲されたのはダート。

 剣で軽く打ち払う。

 小賢しい小細工であるが、牽制としては優れている一手であった。

 ほのかに異臭。

 おそらくは、毒が塗られていた。

 

 警戒度を上げる。

 油断すればやられかねない、と。

 

 "武鬼"は息を切らしていない。

 何かを狙っている目をしてもいる。

 冷静な狩人の目だ。

 

 何をしてくるかわからない。

 構わん、来るならば来い。

 

 油断なく構えるオッタルに対し、"武鬼"もまた覚悟を決めたように構えをとった。

 

 踏み込んでくる。

 石畳が爆ぜる。

 中々。

 速いではないか。

 

 ブロードソードによる一撃を受け止めた。

 いい重さをしている。

 自分の体幹を崩すほどとは言えぬが、なかなかどうして。

 楽しく、なってきたではないか。

 

 力を込めて押し返そうとする。

 その時であった。

 

『天は遥か遠く

 

 朗々と唱えられる句。

 

 これは、詠唱......ッ!?

 

 警戒度を一気に引き上げる。

 "武鬼"が魔法を使うなどという話は聞いたことがない。

 

 力任せに弾き飛ばした。

 幸いだ、とばかりに距離をとると、彼我の距離感を測るかのように片手で剣を突き出してくる。

 そして、"武鬼"は詠唱を続けようとする。

 

 弾き飛ばしたのは悪手をとったか、と再度踏み込んだ。

 "武鬼"はあろうことかさらに逃げた。

 

『地は杳として知らず

 

 そして唱えられた句に従って"武鬼"の身を魔力の光がほのかに包む。

 

 これは平行詠唱。

 本来であれば魔法の詠唱というものは集中力を要する。

 少しでもそれを切らせば、心を乱せば、詠唱の句は紡げない。

 彼は戦いながら、いや今は逃げながらではあるが、詠唱を続行し成立させている。

 

 すなわち、"武鬼"の詠唱はブラフなどではない、魔法の発動を狙っている。

 どのような威力、規模、あるいは効果なのかわからないそれを。

 

 させるものか。

 

 オッタルは様子見を捨て全力で踏み込み、出来る限りの力と技で持って剣を振るう、振るう、振るう。

 武器が数打ちなのが惜しいところだ。

 正真正銘の全力に耐えうる武器であれば、もう少し出力を上げられたものを。

 

『迷い人よ

 

 が、しかし。

 抑えているとはいえ今出せる全力。

 それを"武鬼"はいなし続ける。

 向こうもまた全力ではなかったということか。

 

「今漸くーー

 

 "武鬼"を纏う光は強まってきている。

 これを発動させてしまうのは甚だまずい。

 武器のことなど、もう気にしている場合では、ない。

 

「ヌォオオオオ!!」

 

 咆哮、猪突。

 全開放に等しいそれで踏み込んだ。

 ここまでの打ち合いで見えてきているところもある。

 これはいなせまい、というだけの一撃を見舞ってくれよう。

 

 さあ、乱せ。

 詠唱を。心を。

 

 突撃するオッタルをよそに。

 

 ーー猪人らしいトコ見せてくれたな」

 

 食わせ者が笑っていた。

 

 気づいた。

 まずい。

 

 ほんのわずか、ブラフのブラフ......とおぼしきものに踊らされたオッタルは後悔した。

 "武鬼"はとうに詠唱をやめている。光は霧散している。

 その幅広の剣を構えつけ狙っているのは、オッタルが持つ、武器。

 

 狙いは武器破壊かッ

 

 気づいたオッタルは強引に剣の軌道を変えた。

 "武鬼"が持つあのブロードソード、よくよく見れば切れ味なんて二の次の数打ちに見えるが、とかく刀身が厚い。

 まともにかちあえば、折れるのはここまで酷使してきたこちらの剣!

 

 両手持ちでは受けさせぬ。

 片手でいなせるほど手緩い一撃をくれてやるつもりもない。

 かわすならかわせ、"武鬼"!

 

 全霊の水平斬り。

 オッタルの狙い通り、"武鬼"は想定とは異なる強引な軌道変更に焦りを見せたように見える。

 剣を引いた。

 

 そうだ、これでいい。

 ブラフは見破られれば効果はない。

 仕切り直させてもらうぞ。

 

 口角をわずか上げるオッタル。

 

 対して"武鬼"は。

 

「イヤになるぜ」

 

 バギィンッッッ

 

 恐ろしく細かな動作で。

 真下からの痛烈なアッパーカットを見事に合わせ、オッタルの剣を叩き折った。

 

 その拳には......

 

「ナックル、ダスター......」

 

 いつはめた。

 最初からそんなものを貴様はつけていたか。

 いや、そもそもいつから狙っていた。

 

「剣で迎え撃たせてくれよ、あぶねェだろうが」

 

 冷や汗を流す男はまさしく底知れない。

 さらに彼は、反撃する気など無いとばかりに慌てて飛び退いた。

 

「ハァー、弁償はしないぜ。

 それよりまだやるかい。

 いいだろ、もう。

 腕がじんじんしやがる」

 

 ぷらぷらと剣を殴りつけた手を揺らす彼は確かに満身創痍である。

 肩を揺らし息を吸い、吐いていた。

 

「......俺の負け、か」

 

 折れた、否叩き折られた剣を見て呟いた。

 言い知れぬ敗北感が胸に押し寄せる。

 

「なに言ってんだ、まともにやって俺があんたに勝てるわけねェだろ。

 俺の剣のほうが良いモンだっただけだ。

 俺の鉄拳のほうが良いモンだっただけだ。

 値段聞くかい?これね、6900万ヴァリスの特注品」

 

 なるほど俺のは3200万ヴァリスだ、などと答えそうになるほどあっさりとした調子で"武鬼"は語りかけてくる。

 いやそうじゃなくてだな。

 

 街中の騒ぎはどうやらおさまっている。

 あのお方の目的はおそらくもう、達せられていることだろう。

 

「このまま続けてもたぶん素手のあんたのほうが俺より強い。

 だからこの辺で勘弁してくんねェかなマジで」

 

 つまり、この男と戦う必要はもう無い。

 目的もなく無闇に武を振るうことは本意ではない。

 

「......非礼を詫びよう」

 

 この弱者のように振る舞う強者に敬意を。

 そして次は負けぬとも心に決めた。

 ここは頭を下げるべきところである。

 

「いやほんとわけわかんねェんだけど、あれかい?

 あんたんとこの主神の差金?

 まあわからんでもないよ。俺も女神さまに言われたらたぶん大抵のことはするしな。

 

 目的がわかってれば、ですよ女神さま。ねえわかってます?なんでもするとか言ってませんよ?ねえ?」

 

 息を整えながらも饒舌に喋るこの男ときたらなお底知れぬ。

 ただ噂通りの武人には見えぬ。

 そうであったならば期待通りであったとともに、今となってはこうであってくれたことがむしろ期待以上であったという感想が頭に浮かんだ。

 

 そしてまた、この男も一柱の女神を信仰する者であるということもわかった。

 剣を交えていれば自然、わかる。

 この男の戦う理由は、彼の後ろでおっとりと笑う、あの女神なのであろうと。

 

「......そんなところだ。俺には武しかないのでな。

 次は、是非互いに全力が出せる装備で闘ってみたいと思う」

 

 素直な感想であった。

 自分に小細工ができるとは思えないが、小細工を弄する敵手との手合わせは経験としては得難い。

 ただ迷宮で魔物を狩るのとはまた違った経験が得られることは間違いないことであろう。

 

「いや無理、マジで無理。

 何本武器をダメにされるかわからん。てか死ぬ。

 ほんと無理なんで、もう帰るな?帰っていいよね?」

 

 じりじりとこちらから距離を離していく"武鬼"の顔には苦笑。

 当然か、この戦いは彼にとってみればただ通り魔の襲撃から身を守っただけに過ぎないのであろうから。

 

 残念だ。

 出会い方さえ違っていればな。

 

 オッタルは背を向けた。

 

「また会いたいものだ、ロン・アライネス」

 

 帰ろう、あの方のところへ。

 歩み出す。

 

 また、思う。

 

 もし俺に対等な好敵手ともというものが出来るとするならば、それは貴様のような漢であろう。

 

 折れた剣を片手に歩み出すオッタルの背中は晴れやかであり、その身の丈以上に大きかった。

 

 

 二度と会いたくないよ!!

 

 なんだったの!?

 結局なんで俺たちは戦っていたの!?

 なんであんたは満足気なの!?

 

 去り行くオッタルの背に向けて、冷や汗だらだらで内心悪態をついた。

 

 おそらくは向こうの主神、フレイヤが彼に何か言ったから彼は襲いかかってきたのだろう。

 あそこはフレイヤさまを崇めるファミリアだ。

 あそこの団員は皆フレイヤさまに頭をヤラレちまってる狂信者の集まりだと耳にしたことがある。

 俺は今回、どういうわけかそれに巻き込まれてしまったようだ。甚だ迷惑な話である。

 

 わけがわからん。

 死ぬかと思った。

 

 彼との手合わせというかなんかよくわからんこの戦い、口にした通り装備の品質の差に救われた形での決着である。

 彼が本気で俺を始末する気なら、このような結果にはなっていない。

 なんか勝手に負けを認めて勝手に満足して帰ってくれたからよかったものの、ここで殺し合いになっていたらたぶん殺られていたのは俺のほうだ。

 まして女神さまを守りながらだなんて勝ちの目が一切見えない。

 本当に、彼が手を抜いてくれていて良かった。

 

「ロン。拳で語り合った者同士の間には友情が生まれるそうよ」

 

 酒をお飲みになりながら女神さまが言った。

 あんたこの間読んだ本から引用したんだろうけど現実的にそんな話あってたまるかって話だからね!?

 

「イヤです。

 あんな怖いひとともう関わりたくないです」

 

 気軽に殴り合ったり斬り合ったりする友達とかいらないから!

 俺が欲しいのはもっと普通の友達だから!

 

「あらそう、あの子残念がると思うわよそれ聞いたら」

 

 しょんぼりウルウルしてるオッタルさんが脳裏をよぎった。

 さっき食ったタコヤキを吐きそうになった。

 

「イヤなものはイヤなんです。

 ただでさえ最近、屈強な男たちと妙な縁があるんです。

 勘弁してくださいマジで」

 

「それはダメよロン。

 わたしというものがありながら、それはダメ」

 

 そう言いつつも女神さまはニヤけておられる。

 俺だってダメです、ダメダメです。

 

 ほんとにもう。

 

 深くため息を吐いた。

 身体の節々が悲鳴を上げている。

 全力で彼奴の剣を防ぎ続けた弊害であった。

 

 武器を気遣って全力を控えていてくれたからこそ、あれだけ防ぐことが出来た剛剣の使い手である。

 そのうえ技まであるときたら、いくら俺といえど長く打ち合ってなどいられないことだろう。

 手に残る痺れがそれを物語っていた。

 

 息を整える。

 散々な祭りだ。

 どうせこの騒ぎだ、祭りは中止だろう。

 もう帰っていいよな?

 

 女神さまも同じことを考えたのだろう。

 

「そろそろ息は整ったかしら。帰りましょ。

 残念だわ。この騒ぎだからお祭りはおしまいね」

 

 手を握られる。

 ナックルダスターを嵌めた手とは逆の手だ。

 

 このお方ときたらまったく、今し方眷属が死闘を繰り広げた後だというのに呑気なものである。

 

「なによその顔。

 あんたが負けるわけないんだから、あんなの良い見世物じゃない。

 調教ショーよりよっぽど楽しかったわ」

 

 にこりと笑うその顔を見て、こちらも思わず苦笑した。

 あなたにとっては俺の綱渡りのような戦いも娯楽でしたか。

 

 それならまあ、重畳でございます。

 手をしかと握り返し、歩み出す。

 

 女神さまは笑顔だ。

 その結果さえあるのであれば、俺にとってはそれでいい。

 

 帰ろう、俺たちのホームへ。

 

 歩き出すと共に、女神さまはヒシと俺の腕に抱きついた。

 

 

「あら、どうしたの。オッタル。

 あなたが笑うなんて珍しい」

 

「フレイヤさま。

 今、俺は、笑っていましたか?」

 

「ええ。わずかにね」

 

「そう、ですか。

 そうですね。

 久々に、良い出会いがありましたので

 あなたのおかげです」

 

「そのうえ饒舌。

 こちらも良いものが見れたことだし、今日は良い日ね」

 

 オラリオの中心に建つ、天を衝く巨塔バベル。

 そこから景色を見下ろすひとりと一柱は、その日、満足気に笑っていたという。

 

 

それにしてもあのヤベェ子の横槍がなくてほんとよかったわ。

 いい仕事したわよオッタル

 

 

 一柱は内心ガッツポーズだったという。

 





 前話では私の個人的な事情により原作屈指の人気を誇る有名キャラであるトマトヤロウをあえて登場させずその出番を丸ごとカットするという暴挙に出てしまったことをここに深くお詫び申し上げます。


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本気なのか、あなたは

 

 

 先日の激動の怪物祭モンスターフィリアもといオッタル襲撃事件より幾日か経った。

 その間、ベルの教導を彼の異様な成長速度に若干ビビりつつ教導官の尊厳を賭けながらやったり、ある日ベルがエイナさんとデートに出かけて何だか置いてけぼりを食らった気分になったのでひとりでダンジョンアタックしてたらまたぞろ魔物に囲まれボコられてボコり殺し返したり、またある日魔物に追われて辿り着いた深層で「こんなところで奇遇だなロン・アライネス。共にどうだ」などとワケのわからないことを抜かすたくましい猪人に話しかけられたのをダンジョンアタックに狂ってるフリをすることでスルーしたりと、いつもとほんの少し違うソロ冒険者街道を邁進していた。うん、日常が戻ってきた気分だね。

 

 じゃねェわ!

 

 あんただよあんた、オッタルあんたコラァ!!

 奇遇だなじゃねンだわかれこれ3回目くらいなんだわ昨日で!!

 スルーしてんのに「ところでこの武器を見てくれ。こいつをどう思う?」とか訊いてこないでくれよ反応に困るっつーか反応できねェんだよ!?

 

 奇遇でも偶然でもない、間違いなく必然的に彼と遭遇している。

 どういうわけか彼は俺に目をつけている。

 身の危険を、感じる。

 

 ギルドでも時々妙な噂を耳にする。

 やれ「"武鬼バトラ"さんが遂に"猛者おうじゃ"と矛を交えたらしい」だの「三日三晩の決闘の末決着着かずふたりの間には友情が芽生えた」だの「それがいつしか愛へ......」だの何故か女性冒険者を中心に尾鰭背鰭がこれでもかと付きまくった事実無根極まりない妄想の旋風が吹き荒れている。

 それにより俺の精神がゴリゴリ削られている。いっそ大暴れしてギルドを恐怖のどん底に陥れてやろうかと物騒なことまで考えてしまったくらいだ。

 

 何がどうしてこうなっちまったんだ。

 俺がいったい何をしたというのだ、神よ......いや女神さまのことじゃないですあなたはそろそろニヤけるのやめないとオヤツ抜きにしますよマジで。

 

 ともかくだ。

 これは非常に危険な事態だ。

 そんじょそこらの木端冒険者......などと言ってしまうと失礼だが今の俺の精神状態的にこれくらいの暴言は許せ、いや違う脱線した。つまり並の冒険者に目をつけられるのならまだ許容できる。

 俺や女神さまに因縁つけてちょっかいかけてくるヤツはどこのどいつであろうがあえて俺の悪評通りの振る舞いでもってして二度とナメた真似ができねェようにしてやるともさ。

 

 しかしあんたはダメだ。

 あんただけはダメだよオッタルさんよ。

 ちょっかいも因縁もなく、むしろどういうわけか友好的な態度で来てくれてんのはなんとなくわかるんだが、あんたはちょっと強すぎるし好戦的すぎる。

 

 ヒトが獅子にじゃれつかれて無事で済むか?ネコじゃねンだぞ甘噛みで死ねるわ。

 挨拶がてら「手合わせしよう」などと言い出しかねないあの超危険人物は俺と住む世界が違いすぎるのだ。

 俺のモットーは安心安全。バイオレンスの極地のような戦闘狂の都市最強との絡みなどこれっぽっちも望んでいないのである。

 

 対策が必要だ。

 と言っても敵対関係となるのは無論最悪手である。

 本当に何故だかわからないがせっかく友好的なのにこちらからそれを崩すなどもってのほかである。

 ではどうする?決まりきったことだ。

 

 結論。

 獅子にじゃれつかれても平気なように鍛えるしかない。

 

 やってやろうじゃねェかよ!

 

 イヤだけど!超イヤだけどな!

 

 俺は覚悟を決めた。

 甚だ不本意ながら決めざるを得なかった。

 グッバイ日常。

 いや俺の日常がそもそもバイオレンス寄りなのだが、それはそれとして。

 

 こうなってはもう楽な階層でいい塩梅に稼ごうなどと生温いことは言っていられない。

 今一度、自分を鍛え直す必要がある。

 それも不幸に巻き込まれて仕方なく陥る窮地とかではなく、正しい意味での窮地、冒険をする必要があるのだ。

 

 そんな俺に朗報が舞い込んできた。

 ロキさまが代金を肩代わりしてくれたヘファイストスファミリアブランドの超高級武器が完成したとの報せを受け取ったのである。 

 

 なんともまあ渡りに船とでも言うべきか。

 修行のため自ら進んで深層へのダンジョンアタックに繰り出そうとしていた俺にとっては朗報も朗報である。

 武器をダメにする魔物共(確定)と武器をダメにする猪人(予定)との交戦の可能性がある今、不壊属性デュランダルほど頼りになるものはあるまいよ。

 

 そんなこんなで。

 

「新武装楽しみねー」

 

「ッス」

 

「あらどしたの。テンション低いわよー?」

 

「覚悟の後押しをされてる気分で素直に喜べないッス」

 

「ウケる」

 

「ウケねェッス」

 

 完成した武器を受け取りに、女神さまを伴ってバベルへと向かうのであった。

 

 

「これが完成した武器よ」

 

 屈強な冒険者数名により運び込まれたそれを前に、ヘファイストスさまが言った。

 

 全長およそ3.6Mってところか。

 手にかけ、持ち上げてみる。

 

「ウソでしょ。それを片手で軽々と」

 

 ヘファイストスさまが目を丸くした。

 確かに、ズシリと重い。それなりにな。

 

「振り回すことも想定しているのでこれくらいは」

 

「そうなんだけどさぁ......」

 

 呆れたような顔をなさっている。

 どれだけ重くなろうと構わないと注文したのは俺だ。

 その俺が重くて持てませんなどと抜かせば笑い話にもなるまいよ。

 

 軽く素振りしてみたら怒られた。

 あぶねェからやめろって。

 ごもっともですごめんなさい。

 

 それにしても、良い出来だ。

 さすがとしか言いようがない。

 

「注文の通りにしたわ。

 前提としてまず不壊属性。

 あなたの戦闘スタイルに合わせたマルチウェポン。

 先端は槍。両側面に半月刃と鉤爪。

 いわゆるハルバードね。

 大型化していてかつ重量も従来のものよりも随分あるけれど」

 

 そう。

 俺が注文して鍛っていただいたのはハルバード、斧槍である。

 何か1本不壊属性を持つとしたら、こいつと決めていた。

 

 理由は至極単純である。

 1本の武器であらゆる局面に対応するならその1本にあらゆる機能を備わらせてしまえばいい。

 突いてよし、薙いでよし、叩いてよしの斧槍はまさしく俺が理想とする武器である。

 

 斧槍というのは扱いが難しい武器である。

 用途が非常に広いため状況に応じて打つ手を取捨選択せねばならないこと、そもそも長く重いため熟練を要するということなどがその理由だ。

 

 俺にとってはわけないことだ。

 あらゆる武器を使いあらゆる敵を叩きのめしてきたこの俺に取り扱うことのできない武器などありはしない。

 使いこなしてみせようじゃないか、このじゃじゃ馬も。

 

「さて鍛冶屋泣かせソードブレイカーくん?

 とても大事なことを決めましょうか」

 

 斧槍を見ながら密かに胸を弾ませていた俺に、ヘファイストスさまが凛々しい笑顔を浮かべつつ言った。

 

 大事なこと、とは?

 

 俺がピンと来ていない様子を察したか、ヘファイストスさまは諭すようにおっしゃる。

 

「わからないかしら。

 大事なことというのはね。

 あなたの、あなたのためのその武器の、銘よ」

 

「銘、ですか......」

 

「そ」

 

 今まで気にしたことのなかったものである。

 俺にとって武器は使い潰すものであったからして。

 ひとつの武器にこだわりなど持たず、多くを携えて戦い、時によりそれを投げ捨てることも厭わないものであったからして。

 

「武器には打ち手と使い手の魂が宿る。

 その武器はね、今日からあなたの半身のようなものなのよ。

 というか今まであなたはその半身をたくさん抱えてたくさん使ってたくさん散らせてきたのよその辺わかってるかしら」

 

「あ、すんません」

 

 ヘファイストスさまはちょっとお怒りのようであった。

 鍛治の神としては俺の武器に対する扱いに思うところもあるのだろう。

 

「ま、いいのよ。

 今のは冗談。ごめんなさいね?」

 

 そうかと思えば、悪戯っぽく笑った。

 続けておっしゃる。

 

「あなたは別に雑に使っていて壊したわけではない。

 むしろあなたのメンテナンス技術については鍛冶士としても見習うべきところも多いわ。

 あなたは武器を愛しているし、愛されている。

 あなたと共に壊れるまで戦った武器はきっと本望だったでしょうね」

 

「ヘファイストスさま......」

 

 意外であった。

 そんな風に、思ってくださっていたのか。

 俺に一定の評価をお持ちになってくださっていたのか。

 このうえなく光栄なことだ。

 

「それで、よ。

 その子は決して壊れないわ。

 あなたの生涯の相棒と言ってもいい。

 だからね?

 名前、つけてあげない?」

 

 ヘファイストスさまはとても優しいお顔でおっしゃった。

 

 さすがは鍛治の神である。

 武具は我が子同然、いやさ自分自身と同然とも言わんばかりか。

 武具に対してかけるその思い、いち武器の使い手として尊敬に値する。

 

 しかし、な。

 

「名前、ねェ。

 急に言われましてもね」

 

 これである。

 俺にとって今まで発想すらなかったことなので、急に言われても困り果ててしまうばかりなのだ。

 

「えー、男の子なんだからカッコいい銘の装備に憧れたりしなかったのあなた。しなかったんでしょうねぇ」

 

 なにせカッコ良さもへったくれもなく日々必死だったものですから。

 苦笑しか出てこないです、はい。

 

 いざ銘をつけろと言われてもどうしたらいいやらわからない。

 斧槍をじっと眺めてみるが何も浮かんではこない。

 どうしたものか。

 

「クベーラ。あんたは何かない?」

 

 ヘファイストスさまはぼやーっとしていた女神さまに振った。

 なるほど、いいかもしれない。

 

「いいですね。

 女神さま、俺の命を預けるこの武器に、是非とも名を与えてやっていただけませんか」

 

 俺の命は女神さまのもの。

 この武器は俺の命を預けるもの。

 すなわち、女神さまこそがこの武器の名付け親にふさわしい。

 完璧な三段論法である。

 

 振られた女神さまはというと、キョトンとしておられる。

 非常に愛らしいお姿であるが、このお方はこう見えて財宝神。

 きっと数多の名のある宝具のこともご存知であろう。

 あやかるにふさわしいだけの引き出しには事欠かないはずである。

 そういう意味でもこのお方は名付け親として抜群に優れていると言えるであろう。

 

 しばし黙考する女神さま。

 真剣に考えてくださっているようで嬉しい。

 こいつもきっと喜んでいることであろう。

 

 やがて、閃いたとばかりに手を打たれた。

 

 おお、決まりましたか!

 

 神妙に待つ。

 1秒か1分か、はたまた1時間なのか。

 あやふやな時間が流れた。

 

 女神さまがその形の良い唇をわずか湿らせた。

 ゆっくり、口を開く。

 

 我が最愛の女神が名付ける、俺の武器の名は......

 

 

「クベーラちゃん大好き棒」

 

 

 名、は......

 

「......」

 

「......ンフッ」

 

 おい笑ってんじゃねェぞヘファイストスさま。

 

 いや、冗談だろ?

 ねえ。

 

「め、女神さ」

 

「クベーラちゃん大好き棒」

 

「ンッフ!フハ!」

 

 

 もうやめてくれェ!!

 

 

 なんだその恥ずかしい名前は!?

 好きですよ、大好きですよ!?

 でもありえない、それはありえないですよ女神さま!?

 

 え、なに?

 オッタルと今度遭遇したとき

「ほう、良い武器だな。銘は何というのだ?」

「クベーラちゃん大好き棒です」

「お、おう」

などという会話に興じろとでもおっしゃるおつもりか!?

 ベルに「これが俺の新武装クベーラちゃん大好き棒だ」って真面目くさった顔で紹介してみせろってのか!?

 

 ドンッッッ引きだよ!!

 

 眼前のクベーラちゃん大好き棒(仮)が鈍い光を放っている。

 その姿はどこか誇らしげに見えた。

 ダメだよ!?

 君が納得してても俺が納得してないよ!?しないよ!?

 

「し、承知ンフッしたわ。

 く、く、クク、クべーラッちゃん、大好......アッハもうダメ!!」

 

 ヘファイストスさまがとうとう腹を抱えて笑い出した。

 さらっと承知しようとしないでほしい。

 

 女神さまは何故か胸を張っている。

 もしかして冗談じゃないんかこれ。

 本気なのか、あなたは。

 正気なのか、あなたは。

 

 ヘファイストスさまはそれこそ正気を失ったように笑っている。

 このお方のこんなお姿を見るのは初めてだ。

 見たくなかった。

 

 ひとしきり笑ったヘファイストスさまが落ち着きを取り戻すのには数分を要した。

 俺は地獄のようなその数分でこれまでの人生を振り返っており、今はちょうど女神さまと出会ったところあたりであった。

 当時のこのお方はここまでアレではなかったように思うのだがはたして。

 時間が彼女を狂わせたのか、あるいは狂わせたのは俺なのか。

 そもそも俺が狂っているのか、狂っているのはこの世界なのか。

 

 ああそうだ、もうすべてダンジョンが悪い。

 ダンジョンなんて存在するからいけないのだ。

 そうに違いないのだ。

 

 俺が現実逃避をしていると、ヘファイストスさまがプルプル震えながら口を開く。

 

「うふ、ウフフ、特に異論がないなら決定で、い、いいのかしらッ」

 

 まだツボっている様子でとんでもないことをおっしゃった。

 

 待て。待ってくれ。

 

「ありますあります超あります!」

 

 ここで異論を挟まねばこいつはクベーラちゃん大好き棒だ。

 それだけはダメだ。

 絶対に阻止せねばならない。

 

「なによ、文句あるの」

 

 ないと思ってるの女神さま!?

 

 いやしかしどうやら本気らしいからあからさまに否定して機嫌を損ねられるわけにもいかぬ。

 あくまで。あくまでもやんわりと、修正をはかるのだ。

 今こそ、クベーラファミリア唯一の眷属たるこのロン・アライネスの真価が問われるときなのだ。

 

「め、滅相もない。

 俺の武器なのですからやはり俺がつけたほうがいいんじゃないかと思い直した次第でして。いやほんとに。

 女神さまに文句などあろうはずもございません」

 

「ロン。神の前で嘘はつけないって知ってた?」

 

 速攻で瓦解しました。

 そうでしたね、つけませんでしたね、嘘。

 

「ふーん。

 ロンはわたしのこと好きじゃないんだ。ふーん」

 

 やべェぞ不機嫌だ!

 ちゃうねん、好きなのはほんまやねん!

 いやなんでロキさまになってんだ落ち着け俺。

 

 さらっと論点がすり替わっているのも問題だ。

 俺が不服を申し立てているのはあくまでそのありえないネーミングセンスに対してであって、女神さまのことをお慕いしているか否かということではないのだ。

 

 しかし、やや......いやかなりメンドクサイところのあるこのお方のことなので嘘でも冗談でも嫌いだなんて言おうものならマジでどれだけ機嫌を損ねるやらわかったものではない。

 そもそも俺は女神さまを本気でお慕いしているので嘘でも嫌いだなんて言うはずがないのである。そこだけは履き違えていただいてはならない。

 

 俺が女神さまを大切に思っているのは本心だ。

 考えろ、大切な女神さまをお守りするための俺の新武装、その名を考えるんだ。

 

 ん?

 

 大、切......。

 大切、か。

 

 

「『大切プレシアス』」

 

 

 口をついて出た。

 

「え?」

 

 女神さまが目を剥いた。

 

「この武器の、銘です。

 『大切』がいいと、思いました」

 

 しっくりときた。

 女神さまを見ていると、自然と浮かんできた言葉だったのだ。

 

「大事なもの、って意味よ」

 

 ヘファイストスさまが言った。

 その顔には揶揄うような、どこか子供っぽいような、しかし慈愛に満ちた笑顔が浮かんでいた。

 先程腹抱えて笑っていたのと同一神物とは思えない。

 

「し、知ってるわよそれくらい」

 

 女神さまは頬を赤らめた。

 

 小っ恥ずかしいが、しかし。

 

 そう、大切なのだ。

 大事なものなのだ。

 女神さまは。

 その女神さまをお守りするための、こいつは。

 

 だからこいつの銘は、これがいい。

 これしか、ない。

 

 女神さまが挙動不審になり始める。

 普段はあれだけ俺に対しての好意を開けっぴろげにしているわりに、意外とこういうのには弱いらしい。

 

「ろ、ロン?

 別のにしない?

 カリヴァーンとかフラガラッハとかティルファングとかカッコよくない?」

 

「全部剣よそれ」

 

「黙ってなさいヘファイストス!」

 

 いつも女神さまには困らされてばかりであるが。

 本当にマジで色々と困らせてくださるお方ではあるが。

 これは意趣返しになっているのかな。

 

 そういうつもりでは、なかったのだが。

 

「女神さま。ヘファイストスさま。

 こいつの銘は『大切』です。

 もう、決めました」

 

 俺の思いが覆らないことを悟ったのであろう。

 

 女神さまは顔を赤くしたまま押し黙り、ヘファイストスさまは優しげに笑った。

 

「いい銘よ。ロン・アライネス。

 あなたの冒険はこれから、『大切』と共にある。

 どう?

 その子の使い手に、なれそうかしら?」

 

 手に取り、肩に担いだ。

 それなりに軽いと思ったが、しかし。

 

「無論」

 

 思いの外、重いものなのかもしれないな。

 

 いつもより小さく見える女神さまを眺めながら、そう、思った。

 

 

 帰り道、ホームへの道すがら。

 いつもならば俺に組みつくなりなんなり、とにかくへばりついている女神さまであるが、今日は一歩下がってついてきている。

 

「怒っていますか?」

 

 問いかけてみると、頬を膨らませた。

 

「怒ってると言ったらどうやって機嫌をとってくれるのかしらね」

 

 拗ねたようにおっしゃるその姿がおかしくて笑ってしまった。

 それでまたヘソを曲げてしまわれる。

 

「......ズルいわ。ロン、あんたはズルい」

 

 いっそ耳に心地良いものだ。

 なんとでもおっしゃればよろしい。

 そう目で言って差し上げると、駆け寄ってきた。

 

「生意気」

 

 そうしてそのまま腕に組みついてくる。

 

 結局、こうなった。

 

「生意気にもなりますとも。

 10年も共に生きているのですから」

 

 当時の俺がこうなると。

 いや、あなたがこうなるとは、あなた自身が思っていなかったことでしょうけれどね。

 

「わたしたちにとって10年なんてあっという間のことよ。

 これから先も、そう」

 

 そう、でしょうね。

 なにせあなた方は永遠なのですから。

 

「女神さま。

 俺をあなたの眷属にしていただいたこと、感謝しています」

 

「なによ。改まって」

 

 腕に顔を埋めて言うその声はくぐもっていた。

 

「この先何があろうとも、俺はこの『大切』と共に、そしてあなたと共にあります。

 死ぬまで。

 いいや、死したその後であろうとも、必ず」

 

 びくりと震えた気がした。

 

「気安く言うわね。

 あんたにわかるのかしら。永遠が」

 

 その声には棘がある。

 腕に爪を立てられている。

 

 覚悟ならとうに済ませているというのに。

 俺が嘘をついていないことなど、お見通しでしょうに。

 あなたは、神なのですから。

 

 それでもあえて口にすべきこともある。

 

「わかるわけがないでしょう。

 

 でもね、誓うだけならタダなんですよ。

 好きでしょう?タダって」

 

 震えが止まった。

 

「......ほんと、生意気」

 

 なんとでも、おっしゃればよろしい。

 

 不敬であるが、頭を撫でて差し上げたくなった。

 しかし、生憎と手には『大切』。

 両腕共に、ふさがっていた。

 

 家路は遠く道は長く。

 

 肩に担いだ『大切』と、腕にしがみつく『大切』が、どちらもとても重くなった気がした。

 





 フツノミタマ。


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まだ冒険してないよ!?

 

 

 ベルがサポーターを雇った。

 リリと名乗る犬人の女の子である。随分と小柄な少女だった。

 一見すると幼子と見紛わんばかりなのに出るとこは出ている。より直接的な表現をするなら胸がデカい。なんだあれは。

 実は大人の小人族が精巧なつけ耳や尻尾か何かを使って化けてんじゃねェのかって思ったが、変な詮索をするものでもない。

 初めて出来た「仲間」にベルが喜んでいたのだからそれでよかろう。釘は刺したがな、一応。

 

 しかしうらやましいぞベル。

 いや、その子の胸の将来性についてじゃなくて仲間が出来たってことについての感想ね?

 

 俺はベルの仲間じゃないのかって?

 まあそりゃあ、広い意味では仲間と言えるだろうが狭い意味だとそうとも言えまいよ。

 教導中の俺は雑魚そのものとはいえれっきとしたレベル6である。

 あくまでも俺は彼の先達であり教導者である。共に冒険をする仲間かというと、少し違う。

 

 ちなみにそのサポーターの少女は一度顔合わせをした際に俺を見ても何の反応も示さなかった。

 おそらく俺の普段の鎧姿は知っていても教導時の姿までは知らないクチであろう。彼女に限らずそう珍しいもんでもない。

 俺がかの有名な"武鬼バトラ"だと知ればいったいどんな顔をしてくれるかは些か楽しみである。

 

 で、だ。

 そのリリなるサポーターの少女の登場により発生した問題がひとつある。

 

 ここで俺の持つスキルについておさらいしておこう。

 

 

独立独歩《ソリテュード》

・全ての基本アビリティに超高補正。

・周囲に仲間がいる時、全ての基本アビリティに超減少補正。

・人数が多いほど減少補正値が大きくなる。

 

 

人数が多いほど減少補正値が大きくなる。

 はいここ注目。

 

 これだよ問題は。

 

 考えてもみるといい。

 ベルと二人の状態......つまりは「仲間」にあたる人数が一人ぽっちの時点でもう、レベル6の俺が推定レベル1相当の能力にまで落ちぶれるのである。

 ここにリリという二人目の仲間が加わるとどうなるかなど......ちょっと検証する気も起きないくらい、想像するだに恐ろしいことだ。

 

 少し本題とは逸れるが、これまでにベルの教導を通じて密かに検証した限りで推測されるスキルの発動条件は、思いのほか緩いということがわかっている。

 スキルというやつは発現するときもそうであるらしいが、当人の思いや心持ちに起因するところが大きいようで。

 たとえば俺は普段からベルのことを仲間だとみなしているが、「さあ今から一緒に戦おうか」と俺が思わない限りはスキルは発動しない。

 ただその場に一緒にいるだけで問答無用で発動するような代物ではないということだけは確かだ。

 だったら心を無にして仲間をその辺に転がってる芋か何か、あるいはいっそのこと敵とでも認識すりゃデバフを防げるんじゃねェの?と考えてみたことがあるんだが......

 

 できるわきゃねェだろそんな血も涙もないこと!

 一緒に戦ってくれるんだぞ俺なんかと!!

 

 ってことで結局デバフを受け入れながら戦うはめになっていたのである。

 

 これに追い討ちをかけるのが本題たる仲間の人数問題。

 ひとりよりふたり、ふたりよりたくさん。

 なんと嬉しく頼もしいことか。なおのこと心を鬼にできやしねェ。

 

 やってみたら案外二人目以降の減少補正は緩やかかもしれない、などという甘い考えは既に捨て去っている。

 10年このスキルと付き合ってきた俺の勘が叫んでいるのだ。

 あと一人でも仲間が増えたらもう一般人レベルまたはそれ以下にまで落ちぶれるとな。

 

 見える。

 背負った武器の重さで腰をやられてその場にくず折れる俺の姿が。

 検証のためとはいえカッコ悪すぎてそんなのできねェよ!

 

 変な見栄張ってんじゃねェよと思われるかもしれないが、見栄以外にも気安く人前で検証をしたり、それこそ事実......すなわちスキルの詳細を明かしたりすることが出来ない事情が確かに存在するということも忘れてはならない。

 

 このスキルは俺にとって致命的な弱点だ。

 散々繰り返すがデバフを喰らった俺は弱い。

 おそらく、それなりに腕の立つ冒険者であれば容易く俺を殺すことが出来るだろう。培った技術だけでステイタスの壁を越えることは非常に難しい。

 すなわち、このデバフを利用した何者かに襲撃されるシチュエーションというのが俺が死にうる状況の中でも最もマズいこととなる。

 被害が俺ひとりに留まらない可能性が高いからだ。

 

 故に、リリという今時点では信用に足るのかどうかわからない人物が同伴するときは当然のこととして、信用できるであろうベル個人にさえもスキルの情報について打ち明けることは決して出来ない。

 もし仮に打ち明けたとして、彼が他の誰かにそれを話すかと問われれば......まぁ否であろう。彼がそのようなことをするとは俺も思いたくない。

 

 が、しかし。

 

 彼の意思に関わらず情報を吐かせる方法などいくらでもあるのだ。

 

 手慣れた人間による誘導尋問や拷問は基本中の基本として想定しておきたい。

 彼の主神や仲間を人質に取って脅すといった手段も当然有効だ。

 それらを彼が持つ硬い意思の力で跳ね除けたとしても今度は魔法がある。

 精神に強い作用を及ぼす魔法なんてのがもし存在するならば、術者が望む情報を意のままに吐かせることだってできるかもしれない。

 魔法というやつは極論何でもアリであるからして、中身を詳しく想定すること自体がもはや無駄だ。無駄だが、無視はできん。魔法ならどんな事象でも起こしうる、くらいには考えておいたほうがいい。

 

 そういった諸々のリスクを勘案した場合、やはりスキルの詳細については明かすべきではないという判断を下さざるを得ない。

 

 そもそも俺は彼のことも心から......いや、止そう。

 

 ともかく。

 そういう事情もあって、ベルには教導官離れと称してリリと二人でダンジョンに潜らせている。

 実際、彼のここ最近の成長速度はハッキリ言って異常だ。他人のステイタスの詮索は御法度であるからして実際のアビリティなど想像することしか出来ないが......あの感じはほぼ間違いなくDないしEはある。これもリリの胸の話じゃないよ?念のためね?

 

 まあつまり。

 実力的には俺が実地で教えられることなどもうほぼ残っていないであろうから、あとはアドバイザーよろしく受けた報告や相談に対し冒険者の先達として助言するに徹するというスタイルに切り替えても良かろうという判断が下せるわけである。

 

 少し寂しい気もするがいずれ必ずこういう日が訪れるのはわかっていたことだ。

 この際俺の心情などどうだっていいから、今は彼の成長と彼に仲間ができたことを祝福しようではないか。

 

 というか。

 目下のところ戦力について問題を抱えているのはむしろ俺のほうであると言えよう。

 あれから遭遇していないとはいえ、そろそろまた会いそうな例のあの人との戦いに備えて、イヤイヤながらでも自分を追い込んでいかねばならない。

 

 がんばれベル。

 お前にはお前の冒険があるように、俺にもまた俺の冒険が待っているのだ。

 

 そういうわけで。

 今日も俺はひとりであった。

 

 

 さあ行くぜ冒険、来いよ窮地。

 そのような心持ちでダンジョンを練り歩く。

 

 今日の俺はフル装備中のフル装備。剣もダガーもメイスも鉄球も何でもござれだ。売るほどあるけど売る気はない。

 その中でも一際目立っているのはやはり俺の身の丈のおよそ倍はあろうかという長大な斧槍『大切プレシアス』だ。

 基本的にはこれ1本で全て事足りる。他の装備品はあくまでも予備や牽制目的の代物に過ぎない。

 

 というか、せっかく不壊属性デュランダルを持ってるのに他の武器を消耗するのはもったいないからね!

 

 これは案外、マズい兆候かもしれない。

 あまりにも頼りになり過ぎる武器が1本存在することによって、ついそれに頼ってしまいがちになるなどという傾向は、武器術使いとしては本末転倒もいいところである。

 ロン・アライネスという冒険者を客観的な目線で評価した場合、その強みはスキルによるバフを含んだ圧倒的なステイタスと数多の武器を状況に応じて自在に使い分ける戦闘技術に集約されていると言っていいだろう。

 だからこそ、いくらマルチウェポンかつ破損を気にする必要がない代物とはいえ斧槍1本だけを頼って何が起こるかもわからぬ危険極まりないダンジョンを攻略していくなどというその舐め腐った性根は冒険者としての腕を鈍らせる要因と......

 

「おっと居やがったなデカブツ!

 俺の新武装『大切』の錆にしてやるぜ!」

 

 なりかねないけどそれはそれとして、少しくらいはしゃいだってたまにはいいよね!

 

 大きく振りかぶる。

 眼前に、()()()()()全力で斧槍を叩きつけた。

 

 間欠泉のように水柱が立つ。

 水場が()()()

 

 陸揚げされた魚......なんて見たことは無いが。

 

 きっとそんな風に、デカブツーー階層主アンフィス・バエナは打ち上げられた。

 

 隙だらけである。

 駆け寄り、これでもかと滅多打ちにした。

 斬った。突いた。薙いだ。叩いた。

 遠慮はいらん、そうだろ『大切』?

 

 自らの縄張りたる水上において突如として起きたまさかの事態に混乱の最中に陥ったであろうその双頭の竜は、全身をくねらせ大暴れである。

 しかしながら、下手人であるちっぽけなヒューマンたるこの俺の正確な所在を掴むこと叶わず、為されるがまま全身ありとあらゆる箇所から血を垂れ流し弱り果てていく。

 

 ようやく体勢を整え俺に向き直ったその時には。

 

「よいッしょォァ!!」

 

 素っ首ひとつ叩き斬られることとなる。

 落とした。生臭い血が噴き出す。

 

 さしものデカブツといえどこれはたまらんと言わんばかりに悲鳴を上げ大きくのけぞった。

 またしてもデカい隙を晒してくれたな。

 

 何もさせてやるつもりは無い。

 今落としたのはブレスを吐くほうの首だ。

 魔法阻害の霧を吐くほうはどうでもいい。どうせ魔法は使わん。

 攻防なんて不要だ。あるのは俺の攻だけだ。

 

 こちらは万事予定通りだ。

 想定外に哭くのは、お前だけでいい。

 

 先程、水面を、水底までもを叩き割ったのと同じように。

 全霊で振り下ろした。

 

 鱗を、皮膚を、割く感触。まだ刃は止まらない。

 核を捉えた会心の手応え。

 

 った。

 

 恨みがましく、残った一首でこちらを睨め付けた階層主は、その身をボロボロと崩れさせていく。

 

「来て欲しくない時に限って狙ったように俺の前に姿を現すお前のことが嫌いだったが、なに。

 新武装の試験運用としちゃなかなか上等だったよ」

 

 構えは解かない。残心は忘れない。

 弱り果て絶命寸前とはいえ階層主、何らかの最後っ屁がないとも限らない。

 あるいはこいつが斃れてすぐに新手が現れないとも限らない。

 

 そんな俺の警戒もただの取り越し苦労であったか、呆気なくアンフィス・バエナはその身を霞と消した。

 

 周囲に敵の気配、なし。

 こちらの損耗、なし。

 ドロップアイテム......なしかよ。

 

 戦闘終了リザルトだ。

 

 何から何までしけていやがる。お前それでも階層主か。

 

 本来ならばアンフィス・バエナは十分に強敵である。

 水中を縄張りとするかの竜に挑むには、人間という生物の性能はいささか足りていない。

 

 水辺の絶対強者たるヤツの此度の敗因はひとつ。

 武器の破損を気にせず全力を出すことのできる俺と戦っちまったこと、それだけだ。

 よもや力技で水を割って陸地に打ち上げられちまうなどとは思うまい。

 

 ......にしてもあっさり倒してしまったな。

 

「いいのか、これで」

 

 たまらず呟いた。

 何がだって?

 そりゃあ。

 

「全ッ然冒険にならねェ......」

 

 階層主を苦もなく倒せちまったんじゃ、いったい何が俺にとっての「偉業」とやらになるんだ、って話になっちまうことに尽きる。

 

 おそらくじわじわとランクアップに必要な経験値エクセリアは蓄積していっていることだろう。

 先日の50階層への往復だって普通の冒険者の目線に立てば偉業も偉業だと言えるはず。

 しかし、いずれにせよ終わってみれば楽勝であったからして、俺の主観では冒険とも偉業とも到底思えない。

 本当にこんなことをしていて大丈夫なのかと不安になる。

 

 ひたすら静かなダンジョン27階層。

 背中には頼りになりすぎる相棒。

 

 冒険って、どうすればいいんだっけ......?

 

 答えてくれる者などいないと知っていたから、心の中だけで呟いた。

 

 

 元気の有り余った身体で駆けに駆け、今度は37階層。

 アンフィス・バエナ戦がどうにも歯応えのない結果だったので、今度は同じく階層主であるウダイオスに挑んでみようかと思った次第である。

 

 あの竜がクサレ徘徊お邪魔野郎(メスかもしれんが)であるのに対し、ウダイオスはとても良いヤツだ。

 なにせあの骨野郎(メスかもしれんが)はその場から動かない。

 身体はデカいしそこら中から黒い剣のようなものを生やす遠距離攻撃は持っているしでマトモに戦うなら非常に鬱陶しい相手であると想定されるが、動かないので俺の足なら逃げるのも容易いのである。

 俺は今までただの一度もウダイオスの相手をマトモにしてやったことがないほどだ。

 

 アンフィス・バエナに、実質初挑戦のウダイオスを加えた豪華階層主連戦コースだ。これにはステイタスも大喜びなのではないだろうか。冒険できちゃうのではないだろうか。偉業達成、しちゃうのではないだろうか。

 

 問題はヤツが湧いているかだが、調べた限りじゃもう湧いてるはずだ。

 大手のファミリアに先を越される前にヤっちまおうそうしよう。

 俺の経験値の糧となれ。

 

 目的地へ向けてただ歩く。

 邪魔する雑魚は出会い頭に叩きのめした。

 さあもう近いぞ、俺に冒険をさせてくれ。

 

 随分と久方ぶりに戦意が高揚していたが、しかし。

 ウダイオスの湧き地点に近寄るにつれ、戦闘音が耳へと届く。

 

 これは......誰かが先に戦っているのか。

 もしかして湧き待ちしてました?ウダイオス狩り流行ってるんですか?

 

 ......ヤツか?まさかヤツなのか!?

 ある意味で階層主よりもよほどヤバいヤツとここで遭遇なのか!?

 

 そんな!俺まだ冒険してないよ!?

 全然強くなってないよ!?

 

 戦々恐々としつつ、こそっと様子を窺い見る。

 すると。

 

 そこにはすごい美人がいた。

 ああよかったどう見てもオッタルじゃなかったわ。

 あの筋肉オバケが美人に見え始めたらいよいよ俺の頭もオワリだからな。

 

 戦場には二人。

 一人は深い緑の髪を揺らし見守るエルフ。確か、リヴェリアさんだったかな、ロキファミリアの副団長の。

 一人は金の髪を靡かせ、今まさにウダイオスとタイマン張ってるヒューマンの美少女。あれアイズ・ヴァレンシュタインじゃねェか。

 なにやってんの?ひとりで階層主に挑むなんて自殺行為だぞ!?

 あ、俺もだったわ。なんならさっき一匹殺ってきたわ。

 

 ははあ、さては彼女も俺と同じクチだな。

 修行か何だか知らないが、階層主に挑んでみたくなったのであろう。

 わかるよわかる。そういう時あるよね。俺は無かったけど今はやむを得ずそういう時になっちゃってるの。筋肉が怖くてね。

 

 アイズさんは全身傷だらけなりながらウダイオスと戦っている。

 見たところ、やや劣勢。

 何かひとつしくじれば即敗戦であろうという綱渡りじみた戦いをしているが、上手く致命傷を避けつつ着実に攻撃を重ねている。

 彼女が戦っているところを見るのはこれが初めてだが、なるほど強い。

 巨大だが決して遅くはないウダイオス相手にあれほど軽快な立ち回り、武器を振り回してゴリ押ししようなどと考えていた俺も見習わねばならない華麗な戦い方だ。

 

 いざとなったら助けてくれる味方がそばで控えてるってのはさぞかし心強いであろうな。大方手出ししないよう頼んでいるのだろう。

 いやしかし、鬼気迫るあの様子から察するに本当にいざとなっても助力は求めていなさそうにも見える。いよいよ殺されそうってなったらさすがにリヴェリアさんが手を出すだろうが。

 あ、俺?すいません助力しようとした瞬間にレベル1になると思うんでまるきり戦力として期待できないですごめんなさい。

 

 そもそも獲物の横取りはマナー違反である。

 手を出したくとも手出しできん。

 まいったねこりゃ。仮に俺のデバフがなくたって戦いが終わるまではまったく介入できんぞ。

 

 俺がウダイオスと戦いたいからって彼女が負けてしまうのを祈るのも気が引ける。

 

 なんかもうやる気も萎えてきたし、彼女の戦いをここで見届けた後、今日はもう帰っちまおうかな。

 冷静になってみるとやっぱり冒険とか性に合わないって思い始めてしまっているものな。

 

「先程からこちらを覗き見ているのは何者だ」

 

 ため息でも吐きたくなるほど沈んだ心持ちの俺であったが、よもや気配断ちまで疎かになるとは何とも情けない話である。

 リヴェリアさんに、覗き野郎呼ばわりされてしまった。

 

 バレたものは仕方がないので姿を現す。

 すると。

 

「......!?」

 

 声には出さなかったがメチャクチャ驚いていらっしゃる。

 そんなに意外かね俺がここにいるのは。

 

 警戒されているのがとても悲しいけれどこの程度で俺はめげない。

 まずはヘルムを脱いで気さくにご挨拶である。

 

「やあどうも。

 邪魔しちゃ悪いと思って見てたんだ。

 悪いね、結果的に覗き見みたいになっちまって」

 

「ああ、いや。すまない。少し気を張っていた。

 配慮に痛み入るよ、ロン」

 

 ほら、話せばわかるじゃないか。

 こんなことなら初めから声をかけてみればよかっただろうか。

 

「アイズさんの修行中かい?

 ウダイオスとはなかなか良いチョイスだね。

 俺も狙ってたんだけど先越されちまったよ」

 

 ここで笑顔も忘れてはならない。

 殺伐としたダンジョンの中だからこそ笑顔は大切だと俺は考えるようになった。

 鬼気迫る表情でダンジョンアタックを繰り返す姿にビビられているというのならば、なおのことそうであろう。

 

 共通の話題を出すことによって他者からの共感というものは得られるという。

 いやー俺もウダイオス狙ってたんスよー、えーまじー?うちらもー!てかなう戦ってる的なー、みたいな会話がなされれば万々歳だな。

 さあ、話よ弾め。そして共にアイズさんの勇姿を見守ろうではないか。

 

「え゛

 君もわざわざウダイオス目当てにひとりで......」

 

 あ。たぶんマズったわこれ。

 俺の妄想とはかなり違う反応だわ。

 てっきり俺以外の第一級冒険者の間では地点固定で管理のしやすいウダイオス狩りが流行っているものだと思っていたが普通に異常だったっぽいわこの反応。

 

「あー、いつもじゃないよ?

 今日はたまたまね、たまたま。

 アンフィス・バエナが残念な感じだったから口直し的な......」

 

「口直しって何だ!?

 その口ぶりだとアンフィス・バエナを討伐してきたのか!?

 それに飽きたらずウダイオスまで狙っているのか!?口直しに!?」

 

 喋れば喋るほど互いの認識のずれがわかって辛くなってきたが、あらぬ誤解がかけられることだけは避けねばならぬ。

 少なくとも横取りする気はないから安心してください。

 

「アイズさんの邪魔はしないから安心してくれ。

 あれはあの子の冒険だ、俺のモンじゃない。

 ああほら、気を散らせた俺が言うのもなんだが、見てみなよ」

 

「そ、そうだった!アイズは!」

 

「勝てそうだぜ。根性あるね、あの子」

 

 見ればアイズさんは劣勢を見事覆し、今まさにウダイオスにトドメを刺そうかというところまで追い詰めている。

 やるねェ。あのバカデカい黒い剣、ウダイオスのヤツいつもあれ持ってんだけどこれがまた間合いが広くて厄介だってのに。もうへし折れてんじゃん。

 

 あ、勝った。

 リル・ラファーガってなにあれ必殺技?

 超かっこいい。俺も真似しようかな。

 いやひとりで技名叫んでても虚しいだけだよなやめとこ。

 

「やったのか、アイズ......!」

 

 リヴェリアさんは感極まっている。

 いいモンだよね、知り合いが困難を乗り越える姿って。

 

 アイズさんは満身創痍だ。

 彼女、確かレベル5だものな。

 ギルドの推定ではレベル6であるウダイオスをひとりで討伐するとは、見事と言うほかない。

 

 しかし、これで俺の階層主二連戦の夢は露と消えたわけか。

 アイズさんが無事勝利したことは喜ばしいし、いいモン見せてもらったけれど。

 

 嗚呼、俺の冒険はいったい何処に......。

 

「ウダイオスのつがいでウダイメスとかが実はいたりしねェかな......」

 

「なんなんだ何を言っているんだお前は!?」

 

 あ、ごめん変な独り言で水差しちゃって。

 俺も相当精神的に参っちまってるみたいだ、このような世迷いごとを。

 

「"武鬼"......さん?いつから?」

 

 ふらふらのアイズさんもこちらに気づいた。

 よかった、俺に気づかないくらいウダイオスとの戦いに集中できていたようで。

 どうやら邪魔にはなっていなかったようだ。

 

「今さっき。

 おめでとうアイズさん、見事な戦いぶりだった。

 あ、これどうぞ。使ってくれ」

 

 邪魔にはなってなかったにしても戦いに水を差したには違いないので、お詫びの印にエリクサーを投げ渡した。

 キャッチした彼女はきょとんとしている。

 

「お、おいロン。アイズもなに受け取ってるんだ。

 そんなものを受け取る筋合いはこちらには......」

 

 リヴェリアさんが何か言っている。

 コラこの子ったら知らないひとからお菓子もらっちゃいけませんみたいなノリを感じる。

 いや失礼だな口にはしてないから許して。

 

「いいモン見せてもらった礼と水を差した詫び。

 あとは俺の無駄に昂りすぎた冒険欲を冷ますための物資提供かなぁ」

 

 たぶん最後のが一番大きいです。

 もうこれ以上戦わないための理由づけなんです、虎の子の回復薬を差し上げるのは。

 ある意味俺のためなんです。

 

「......よくわからないけど。もらって、いいの?」

 

 どうしたらいいかわからない様子のアイズさんに対し、頷いた。

 

「それ飲んで帰りもどうかご安全にな。

 俺もウダイメス探したら帰るわ」

 

「いやそんなのいない......」

 

「やっぱりよくわからないけど、ありがとう?」

 

 予期せぬ遭遇にお互い困惑しっぱなしであったが、しかし。

 こちらとしては肩に入っちまった力を抜いてくれたことに感謝である。

 

 どうも俺は、自分の冒険よりも他人の冒険を見聞きするほうが性に合っていたらしい。

 アイズさん然り、それこそベル然りな。

 

 礼を言いながら立ち去って行くふたりを見送った。

 しれっとアイズさんがウダイオスのドロップアイテムらしきものを手にしていたのに妬ましさを覚えた。

 お前そういうとこだぞアンフィス・バエナ。下層をうろちょろして邪魔ばかりしてくる詫びとして俺にも何かよこせよ。

 

「あー......どうすっかな、俺の修行」

 

 ふたりの姿が見えなくなった後、呟いた。

 積極的に冒険に繰り出すことが性に合わないというのはもうわかったので、頭を悩ませるばかりである。

 

 奥地を見据える。

 このダンジョンの遥か先。

 それこそ未だ到達したことのない階層になら、俺にとっての冒険とやらも待ち受けているのであろうか。

 

 俺はひとりだ。

 誰も俺の無謀をカバーしてくれる者などいやしない。

 

 ムチャしなきゃ冒険にならねェってのは頭ではわかっちゃいるんだが、しかし。

 ひとりで知らないところにまで行ってしまうのは、ただの命知らずってモンだよな。

 それならまだオッタルとじゃれ合うほうがマシなんじゃないかと思えるほどに。

 

 結論。

 死なない程度にムチャする匙加減ってのは、かくも難しい。

 

 とうとう口をついたため息ひとつ、歩き出した。

 

 ちなみにウダイメスはいないようだったので諦めて帰りました。

 

 

「アイズも無茶をするね。

 階層主をひとりで討伐してしまうとは」

 

「その無茶を許可したのはお前だし、それを見届けたのは私だ。

 責める資格はないだろうな」

 

「まったくもってその通りだ。

 しかし、彼女の成長に繋がる結果になったことは喜ばしいが、やはり危ういね」

 

「うむ。今後とも注意しようではないか。

 ああそうだ、お前にひとつ報告がある」

 

「ん?なんだい?」

 

「アイズとウダイオスとの交戦中、ロン

「ロン・アライネスが現れただって!?」

 

「食い気味だなお前な。反応が早いんだこれがな」

 

「彼は今度は何をしたんだい!?」

 

「若干興奮気味なのがな。

 いや待てわかった、言う、言うから。

 といっても特に何も......ああ、エリクサーをくれたな」

 

「エリクサーをくれただって!?」

 

「オーバーリアクションなんだなこれがまたな」

 

「いったい何が目的だロン・アライネスいやそもそも何故リヴェリアたちのもとに現れたんだ彼はアイズがウダイオスに挑むことを知っていたのかいやさすがにそれは偶然としても」

 

「......これで失礼するぞ。疲れた」

 

 後日。

 事の報告を行ったハイエルフと、それを受けた近頃特定の人物に関する話題に限りちょっとおかしくなる小人族との間で、そんな会話がなされていたとか、いないとか。

 





 とある小人族にぼっち野郎をここまで過大評価させているのは特に伏線を張っているつもりでもなく単に私が書きたいからそうしているだけであることをここに深くお詫び申し上げます。


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