物語シリーズを東方キャラでやるやつ (はうでぃ)
しおりを挟む
れいむサードアイ
博麗霊夢は
一生完成しないから、供養。続かないよ。
博麗霊夢は、クラスにおいて、いわゆる一匹狼のような立ち位置を与えられている。――一匹狼という称号が、果たして他者から与えられるものなのか、という疑問はあるが。
入学式やクラス替え直後にあった、友達作りという名の一種の群れの形成。特に女生徒によく見られる行動であるそれを、博麗は一切行わなかったし、クラスメイトから話しかけられても、愛想のある対応などせず、素っ気ない反応しかしない。なんなら、不機嫌です、と言わんばかりの表情を隠さなかった時さえある。私は、あいつが笑っている絵というのを未だかつて見たことが無い。学校という1つの社会の中でパック(群れ)を形成せず、単独で放浪する姿は、まさに一匹狼のごとく。
しかしコミュニケーションに消極的だと言っても、彼女は別にコミュニケーションができないわけではない。学校の授業では、隣の席の奴とペアを組むことや、5~6人で班を形成してグループワークをすることも度々ある。そういった場面では、博麗はむやみに単独行動をとることはしない。場の流れに合わせて、教師にやれと言われたことを淡々とこなしていく。その姿を見ると、博麗の普段の立ち振る舞いが、むやみに他者を傷つけるためのものではなく、単にマイペースな性格故のものだと気付くだろう。とはいっても、円滑なコミュニケーションが得意という訳でもないため、人目を気にしない、明け透けな発言でグループの空気が悪くなる、ということも決して少なくない回数あったようだが。
博麗はいつも教室の隅の方で、一人
頭は相当いいようで、学年トップクラス。
今時、学校がテスト結果や順位を公に張り出すなんて、教育委員会も真っ青になる(PTAは真っ赤かもしれない)蛮行を仕出かすことはないし、そのうえ博麗と仲の良い生徒なんてものは、少なくとも私の通う高校には存在しないために、信憑性は定かではない。しかし、聞くところによると、案外博麗は聞けば答えてくれるらしい。そのことを知っている恐れ知らずの話によれば、少なくとも1年次の定期テストでは、上位10位以内。それも全教科で、ということらしかった。赤点ばかりの私なんかとは比べるのも烏滸がましいが、これが才能というものだろう。
運動神経もかなり良い、はずだ。
はず、というのも。毎年体育の授業で必ずやる、50m走や長座体前屈などの学生には馴染み深い新体力テスト。博麗は体力テスト
群れることをしない博麗は、いつも一人である。かといっていじめにあっているということでもない。ディープな意味でもライトな意味でも、(疎まれてはいるかもしれないが)博麗が迫害されているということは、一年以上同じ教室で授業を受けてきた私の知る限り、ない。いつだって博麗は、そこにいるのが当たり前みたいな顔をして、教室の隅で、ぼんやりとしているのだった。己の周囲に壁を作っているのだった。
そこにいるのが当たり前で。
ここにいないのが当たり前のように。
まあ、だからと言って、どうということもない。高校生活を三年間で測れば、ざっくり千人の人間と、生活空間を共有する訳だが、一体その中の何人が、自分にとって意味のある人間なのだろうか、なんて考え始めたら、とても絶望的な答えが出てしまうことは、誰だって違いないのだから。
たとえ2年間クラスが同じで、もし3年目も同じだったとしても、それでまともに言葉を交わさない相手が一人いたところで、私はそれを寂しいとは思わない。それは、つまり、そういうことだったんだろうな、なんて。後になって回想するだけだ。数年後には、博麗の顔なんて思い出すこともないし――思い出すこともできないのだろう。
それでいい。博麗も、それを望んでいるさ。博麗に限らず、学校中、いや、世界中の人間全員きっと、それでいいはずなのだ。こんな当たり前のことを、わざわざ考えることの方が、本来的に間違っているのだから。
そう思っていた。
しかし。
そんなある日のことだった。
正確に言うなら、二年生の一学期が終わって、私にとって御伽噺のようだった夏休みの幻想が明けたばかりの、九月一日のことだった。
例によって遅刻気味に、私が校舎の階段を駆け上がっていると、ちょうど踊り場のところで、空から女の子が降ってきた。
それが、博麗霊夢だった。
それも正確に言うなら、降ってきたのではなく、飛んでいた。
ふわり、と。
博麗が私の視界に入ってから今の今まで、一度も床に足も、手も、体も触れることなく。ゆらり、ゆらりと。不規則に宙を漂っていた。
偶然か、すれ違うように下へ下ろうとした博麗を、私は、咄嗟に、手首掴んで、繋ぎとめた。
無視するべきではなかっただろう。明らかに常軌を逸した光景だったのだから。
いや、間違っていたのかもしれない。
何故なら。
思わず、といった様子でこちらを振り返った博麗の顔が――――笑っていたからだ。初めて見た彼女の笑顔は。口角が上がった形式だけ整えた笑顔は、いっそ不気味で。何より、瞳孔がない、薄ら白く発光している瞳は、この世のものとは思えないような怪しさがあった。
その理解できない悍ましさに、反射的に距離をとると、博麗はこてんと、首を横に傾げて、くるりと回って、今度は上へと飛んで行った。
ふわり。ゆらり、と。踊るように。舞うように。
博麗は、私に背を向けて、空を飛んだ。
阿良々木は霧雨魔理沙。
怪異に遭うのは人間の少女。
怪異は妖怪。
親和性高いと思うんだ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
人間観察が大好きな変態
「博麗さん?」
私の問いに、阿求は首を傾げる。
「博麗さんが、どうかしましたか?」
「どうっていうか――」
私はなんとなく誤魔化した。
「――いや、なんか、気になってな。深い意味は無いぜ」
「そうですか?」
「ほら、あれだ、博麗霊夢なんて、変わった名前じゃんかさ」
「……博麗って、彼女のご実家の神社のお名前ですよ?博麗神社」
「え、そうなのか?あー、じゃあ名前の方だ。こっちならどうだ?」
「どうだ、って。何の話をしてるんですか。でも、霊夢というのは、神様仏様のお告げを聞く夢のことですよね。神道とも関わりのある言葉ですから、それが由来かもしれません」
「お前は何でも知ってるな……」
「何でもは知りませんよ。ただ、何かで見たことがあるというだけです」
阿求は訝しんでいる様子だったが、しかしそれ以上話を膨らますでもなく、「今日の霧雨さんは変ですね。まるで別人のようです」と言った。
んだそりゃ、と私は鼻を鳴らした。上手くできたか分からなかった。
我がクラスの委員長をやってる物好きな奴だ。
僅かに紫がかった黒髪は肩まで伸びており、側頭部を花の髪飾りが彩っている。
制服をきっちりと着こなし、ピンと背筋を伸ばして椅子に座る彼女は、生真面目で規則にうるさく、いろいろと小言が多い。まさに委員長、と言ってしまうような存在。
と思いきや、実態は全然そんなことはなかったりする。
私から見た阿求を一言で表現するなら、『人間大好き人間』だろうか。
人を知る、ということに並々ならぬ熱意を持っているちょっと、いや、かなり変わったやつ。歯に衣着せぬ言い方をしていいならば、ぶっちゃけ変態だ。
こいつの趣味は人間観察。具体的には人間観察の記録をつけること。
人と交流しては、その人の性格・容姿・趣味嗜好・口癖・能力等、分かったあらゆることをノートに記録するという、ハッキリ言ってキモいことを日常的にやっている。
相手のことを知るには直接言葉を交わすのが一番です、と語る彼女は、ありとあらゆる人に交流を持ちかける。校内に限っても、先輩だろうと校長だろうと工事の人だろうと、普通ならば話しかけづらいとされる人にも、迷わず声を掛ける。その場面を直接見たことがあるが、朗らかな挨拶から入って、誰とでも会話を成立させる手腕は見事なものだった。もっとも、その感嘆は、スルスルと相手の
まあ、人の趣味はそれぞれだ。私がこいつの人様には言えない趣味を知っているのも、一種の事故のようなもので。阿求は周りにはバレない、かつ迷惑にならないようにやっているらしいので、私がとやかく言う必要は無いだろう。
それに、そこから目を背けることさえできれば優秀な一女子生徒となる。
成績はとても優秀で、特に文系科目は高校に入って以来満点しかとったことが無いなんて嘘みたいなことをやってのけている。
テスト期間が近づくと、男女問わず人が集まって、彼女に勉強を教えてほしいと懇願する光景を見られる。それらを笑顔で快くいくらでも答えるので、どんどん人が集まって休み時間のたびに疑似的な勉強会が開かれるのが、阿求が所属するクラスの日常風景だ。
他には、規則にはうるさいが新しい試みを好むフレッシュな心性や、時偶いつの時代の人間だよと突っ込んでしまうような天然っぽいところなんかが特徴だろうか。
いろいろ尖ってるが、悪い奴ではない。私もこいつには好感を持っている。
だから、放課後に呼び止められて、根掘り葉掘り質問を投げかけてきて、目の前で観察記録の更新をされても、まあ、うん。苦い笑みを浮かべて許してやらんことも、ない。
「イメチェン、ではないですよね。一般的に高校生活3年間のド真ん中でやるものではないですし、それに霧雨さんの性格的にもそういうタイプではないですしねぇ」
「お前が私の何を知ってるんだよ」
「『サバサバとした性格で周囲に流されない強い芯を持っている。自己中心的な一面もあるが、心根はとてもまっすぐで隣人を大切にs」
「その気持ち悪いノートを朗読するな!」
「心外ですね。私がどれだけ取材、研究をし、編纂を繰り返してきたと思っているのですか。これは私の全てが詰まった世界に1つだけの書物ですよ?それを気持ち悪いなどと。はあ」
「そのムカつく溜息をやめろ」
「もうやめてますよ?」
「......はあ」
「溜息吐くのやめてもらっていいですか?気が散るので」
「もうやってないぜ」
「私が言っているのはこれからのことです。今のは見逃してあげるけどこれ以上は勘弁してくださいね、という意味です」
......なんなんだろうなあ、こいつは。
私以外の誰かと話すときは、口元に手を添えて「ふふふ」とお上品に笑っているというのに。私には趣味がバレてからはこの有様だ。詐欺師が自分の手口がバレた途端に演技をやめるのに似ている。というか、もはやそのものだ。
「話を逸らそうとしないでください。この夏休みに何があったのか訊いてるだけじゃないですか」
「だから、何もなかったって言ってるだろ」
「あくまでそう言い張るんですね?」
「ああ」
「では髪を染めたのに、特に理由はないと?」
「そうだぜ?」
「......ふーん?」
ジト目で此方を見つめてくる。
「なるほど分かりました」
「ようやくわかってくれたか」
「ええ。結論は出ました。霧雨さんは夏休みの間に特に理由も無く黒髪に飽きたから金に染めた、ということですね?」
「うむ」
「なんなら黒目にも飽きたから金色のカラーコンタクトを付け始めた」
「そうだな」
「そしてそして、頭が悪いのにも飽きたから、夏休み中に猛勉強をして成績も良くなったと」
「......は?何の話だ?」
「今日の課題考査。普段であれば直前まで教科書に噛り付いて、終わればご友人に自虐風に絡みに行くのに、今日は終始落ち着いていらっしゃいましたから。手ごたえがあったんだろうな、と」
「......あー、まー、うん。そうだな。馬鹿にも飽きたんだ。ほら、私は天才だからな。いままではやってなかっただけで、やればできるんだよ」
「なるほど」
人間観察を趣味にしているだけのことはある。課題考査のことは誰とも話してないのに、まさか何も話していないことから推測されるとは思っても見なかった。改めてコイツの熱意を舐めていたことを分からされた。
阿求の表情はずっと変わらない。いや、むしろ鋭くなっている気がする。顔面に穴が開いていくと錯覚するほどの眼光だ。
「あーもう!うるさいなあ!」
「特に大きな声を出した覚えはありませんが」
「顔がうるさいんだよ!済んだ話はもういいだろ!それよりも、博麗のことだよ。なんか知ってることないのか!?」
もはや形振り構っていられない。私としては、この話をこれ以上掘り下げられるは困るので、無理やりにでも話を逸らしにかかる。
阿求は暫く私を睨んだままだったが、諦めるように息を吐くと追及する姿勢を辞めた。
今も、そして最初に博麗のことを尋ねた時も、私が辞めてほしいと思ったことにはそれ以上踏み込まない。こういった親しき仲にも礼儀ありというか、ちゃんと一線引いている在り方が、彼女の良いところだ。
「そんなに気になるんですか?博麗さんのこと」
「ああ!すごく気になるぜ。私よりよっぽど変わってるし、お前だって気にはなってるだろ?」
「いやあ、そこまでではないですが......。でも確かに目立つ方ではありますね。いえ、目立たない方、ですかね」
「目立たない、か」
目立つのに目立たない――確かにそうだな。
成績も身体能力もサボり癖も、どれも学校というコミュニティの中では注目を集める特徴だ。なのに彼女は人目を惹かない。陰口とまではいかなくとも、あれほど個性を持っている彼女なら同級生らの話題に上がってもおかしくないと思うのだが、少なくとも私は聞いたことが無い。おそらくだが、阿求も同じように感じているのだろう。
とても不思議な事だ。
いや、しかし、不思議で済ませていい話なのか?
何より、今朝見たあれは不思議などという言葉で片づけていいものではなかった。
人が――空を飛んでいたのだ。
あの後。踊り場で博麗と接触した後のことである。
しばらく呆然と、その場に突っ立っていた私は、時間に余裕がないことを思い出して教室へ駆けた。友達が私を見るや否や、夏休み前と比べて別人のようになった私について代わるがわる質問してきたので、それらを捌きながら教室を見渡せば、窓際の一番後ろの席に彼女はいた。
いつものようにボーっと空を見て、時間の流れに身を委ねている様子に、先ほどの異様は見当たらず。始業式もHRも、今日一日それとなく様子を窺っていたが。どこを見ているのか分からない目。仏頂面な表情。地に足着いた人間らしい挙動。つまりは、いつもの博麗だった。
彼女以外、クラスの様子を探っても変わらない。なんなら一番、かつ唯一変わっていたのは私だった。
「でも、博麗さんのことなら、霧雨さんの方がよく知っているのでは?去年も同じクラスだったと思いますが」
「そう言われたら、そうなんだが。たかが一年、同じ教室で過ごした時間が長いってだけだぜ?だったら、お前に軍配が上がるさ。取材と研究と編纂を重ねた世界で1つだけの資料を持ってるんだからな」
「なに根に持ってるんですか」
阿求は苦笑した。
「博麗さん、ですか。まあ、成績優秀かつ運動神経が良い。しかしコミュニケーション能力は高くない、というより他人に関心が薄い。霧雨さん以上に自分というものを持っていて、それがマイペースな性格に現れている」
「それくらいなら私だって知ってるさ。私が知らないような、お前だからこそ知ってることを訊きたいんだよ」
「と、言われましても。同じクラスになって半年も経ってないんですよ?」
「半年、ね」
「なにか?」
「なにも。続けて」
夏休みがあったとはいえ、4カ月弱もあればあらかた調べてそうだと思ってたんだがな。見当違いだったか?
「やはり、コミュニケーションをとるつもりが無い方から得られる情報というのは少ないです。1年生の時に何度か声を掛けたことがありますが、ああも壁を作られてしまうと、難しいですね」
「ふうん、そういうもんか」
「はい。中学時代のご友人が1人でも居られたら話は違ったのでしょうが、当校にはいないでしょうし」
少し気になることがあったが、その後の微妙な表現が引っ掛かった。
「......んぁ?それは博麗に友達がいるわけない、って言いたいのか?」
「え?......ああ、いえ、そういうことではなくてですね。彼女のご実家が神社というのは話したと思いますが、博麗神社はここからかなり離れた場所にあるんです。それこそ毎日この御伽高校に登校するのには無理があるくらいに」
「へー、そうなのか。てことは、今は実家暮らしじゃないってことか?」
「はい。えっと、今はアパートで独り暮らしをしているそうです。これは本人から直接聞いたので、間違いないはずです」
分厚い書物をなぞりながら、阿求は答えた。
「ありがちな話ですと、知り合いが一人もいない高校でデビューに失敗して、お一人様街道を行くことになった。というのも考えはしましたが」
「ま、無いわな」
「私もそう思います」
勝手なイメージですけどね、と阿求。
確かに勝手なイメージだな。私なんか一度も話したことが無いのに、それはないと断言しているのだ。これ以上ないほどに、勝手だ。
人は変わる。
中学生の頃と高校生の今じゃ、訳が違う。私だってそうだし、阿求もきっとそうだ。だから、博麗も、そうなのだろう。本当は博麗も、中学時代に仲の良かった友人が何人かいて、でも高校で別れることになってしまい、マイペースな性格が災いして、新しい環境に馴染めなかった。それだけなのかもしれない。ありがちな話なのかもしれない。読書もせず、勉強もせず、ただ空を見上げているのは、過去を思い出しながら寂しがっているのかもしれない。
かもしれない、というより、それが自然な考え方だろう。なんて言ったって、ありがちな話なのだから。
今朝のことさえなければ。
そう言えた。
「でも、勝手なイメージですけど。それっぽいって、思っちゃうんですよね、博麗さん」
「ぽいって、何が」
「一人、教室で佇む姿が。空を眺めてるのが。らしいと言いますか、似合ってると言いますか」
「......」
「希薄で、朧気で、何にも囚われない。誰も触れられない。まるで――透明人間のようで」
沈黙するに――十分な言葉だった。
それは。
透明人間のよう。
触れられない。
何にも捕らわれない。
何にも――重力にも?
博麗霊夢。不思議な少女。
空を飛ぶ――彼女。
勝手なイメージ。
常識非常識。
幻想妄想。
すべてを受け入れる――だっけか。
「あー、そうだ、思い出した」
「え?」
「行くところがあった。用事を思い出したぜ」
「また唐突ですね」
「野暮用さ。思い出したら即行動。これ金言な」
「まあ、役に立つこともありますね」
立ち上がって帰り支度をする。
阿求は微妙な反応を見せる。が、私を引き留めようとはしない。露骨な切り上げ方に不審を覚えてはいるが、それはそれ。踏み込ませない私の態度に沿う。
やっぱ、どれだけ変でもこいつのことは嫌いにはなれないな。
「という訳で、取材は終わりだ。金髪金眼美少女魔理沙ちゃんは帰らなくちゃいけない。阿求、教室の戸締りよろしく!」
「元々、私が無理に引き留めた訳ですし、道理ですね。霧雨さん、今日は話に付き合っていただいて有難うございました」
「いいってことよ。じゃあまたなー!」
そして私は教室を出た。
転生先の苗字が稗田である可能性低くね?って思った。
あと、「正式名を名乗るのならこうなります。稗田阿求、と」みたいなシチュを妄想したから。
なお、そのシチュを書く日は来ない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
廊下で走ったり飛んだり殺したりしてはいけません
教室から外に出て、歩き出す。廊下を突き当りまで進み、角を曲がって階段を下りる。
――下りようと思っていた。が、そこには思いがけない先客がいた。
「あー?やっと来たわけ?ったく遅いのよ」
意外過ぎる登場人物。ここで会うなどほんの一欠片も想像だにしなかった、予想外の出来事だった。
今まで、高校に入学してから今日まで1年と5カ月。一度もまともに言葉を交わしたことが無い少女。
今朝とは違い、地に足をつけて、焦点の定まった、強い自我を窺わせる眼を持った彼女。
今朝と同じ場所で、私は博麗霊夢と初めて目を、意識を、警戒を、感情を、交わした。
「あと数分遅かったら、もう帰ってたわ。ま、その場合は明日に持ち越しになるってだけなんだけど。いや、明日はどうなってるんだ?」
現状を処理できずに呆然とする私を気にすることなく、彼女は言葉を続ける。
そこには、普段教室で見せるふわふわとした、浮いているような、超然とした様子はどこにもなく。親しみを覚える人間臭さ、盤石で大きな自意識が横たわっていた。
「ま、意味の無い仮定の話なんてさておいて」
防火扉にもたれかかっていた身を起こして、こちらに体を向ける。
女性的な美しさを滲ませる濡烏の髪、見る人に幼さを思わせる頭頂部の大きなリボン。相反する2つの要素が、体の動きと一拍遅れて揺れた。
正面から顔を合わせて、こいつ綺麗な顔してんなー、と内心呑気に感想を呟いていると。
「あんたが黒幕なのかしら?」
「......は?」
勝手に黒幕扱いされてた。
「......すまん。何の話だ?」
「ハイハイ、ありきたりな反応をどうも。とりあえずとぼけるのは追い詰められた犯人がとる行動としては定番よね」
博麗の目に呆れの感情が宿る。例えるならば王道中の王道、テンプレ展開を何度も擦った三流ミステリーの謎解きシーンを視聴中、といったところか。これまでの展開から既に犯人なんて分かりきってるんだから、これ以上私の時間を浪費しないでくれる?みたいな。そんな苛立ちや退屈をないまぜにした雄弁すぎる半目。
それを今日、初めてまともに会話をした私に向けてくるとは、いったい何がどうなったらそんな過ちが起こるのか。まるで理解できない。
「本当に何の話か分からん......。黒幕?悪いが私にも分かるように話してくれよ。頼むぜ」
「話す気はないわ。さっさと終わらせましょ」
「何をだよ!?」
同じ日本語をしゃべっているはずなのに、まるで話が通じない。異世界人と会話するとこんな感じだろうか。現実逃避じみた感想が浮かぶ。
戸惑っていても相手は待ってくれない。ノンストップで時計を進める。
数歩分の感覚を開けて向かい合っていた博麗は、左足をスッと下げて半身になり、真っ直ぐ伸びた美しい姿勢をそのままに頭の位置を僅かに下げた。頭の位置を下げたというより、脱力した結果伸びていたものが縮んだというべきか。
いまだに混乱から抜け出せていない私でも、パッと見てそれは
「ハアァッ!」
「なっ!?」
だからこそ突然の博麗の動きにもかろうじて対応することができた。
こいつ、いきなり蹴りかましてきやがった!?
飛び込んできたのは上段蹴り。下げた左足で踏み込んで、そのまま流れるように右足を振り上げてきたのだ。
たたらを踏むように、不格好に後ろへ下がったので当たらなかったが、もし動いていなかったら顔面に直撃コースだった。
「チッ。外したか」
「おい!?何すんだ!危ないだろ!」
「うるさいわね。今ので大人しくやられときなさいよ」
「だから、人の話を聞け!本当に何の話をしてるか分からねえんだって!」
「じゃあ、分かんないままやられなさい!」
蹴りの足を下ろして、体側を入れ替えての追撃。軽快にジャブを連打しながら迫ってくる。
「うおっ!てえっ!くっ!」
「動くなっての!このっ!」
時に、腰の入ったストレート、不意を突くように足払い、地面から這い上がってくるアッパー。
完全に私を刈りに来ている動き。けれど、運がいいのか、それとも私も自覚していなかった天性のバトルセンスが今覚醒しているのか。どうにかダメージを負うことなく博麗の猛攻を捌き続けている。
「もーしぶといわね!こうなったら!」
攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えているのか、声を荒らげる博麗。怒りで抑えが効かなくなった彼女は、次の一手を打ち出してきた。
懐に右手を突っ込んで何かを取り出す。その手にはおよそ15cmの金属の棒。より正確に言えば、棒の形状は均一でなく端に行くほど細くなっていて、先端は鋭く尖っている。
刺されば人を殺せそうなデカイ針である。
なんでそんなもん制服に仕込んでるんだよ!?
「いやいやいや!それはマジで冗談じゃすまねえぞ!?」
「私はいつだって大マジよ」
「待て、早まるな!えーと、そ、そうだ!その黒幕?が、人違いかもしれないだろ?」
「それならまた怪しいヤツを探して刺すわ」
「コイツ躊躇いがねえ!?」
言動も行動も立派な通り魔である。
だが、そう言いつつも、博麗は凶器を構えたままその場から動かない。私を警戒しているのか、はたまた辛うじて人としての良心が残っていたか。
……前者はともかく、後者は無いな。
この際理由はなんでもいい。この膠着状態は私にとってありがたいものだ。
「なあ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
「あん?何が?」
「私を襲う理由だよ。お前の言う黒幕ってのに、本当に、全然、心当たりはないんだ」
「んー?まさかホントに分かってない?」
最初からそう言ってるだろうが。
まだ数分の関係だが、彼女のことで1つ分かったことがある。それは何を考えているのかが、とても分かりやすいということだ。
目を見れば分かる。
こんな簡単なことも分かんないの?もしかしてこいつ、馬鹿?
って言ってる。目がしゃべってる。
分かるわけないだろ!?この無差別殺人犯が!?
「あんた、見たでしょ?」
「ん?何を?」
「今朝ここで会ったわよね。ここまで言えばわかる?」
「......」
今朝の出会い。
宙に浮かぶ。不気味な笑み。発光した瞳。
......あれが夢でも妄想でもなんでもないと本人から突き付けられるとはな。
「その反応はアタリってやつね」
「あー、まあ、心当たりがあるっていうか。何の話をしているかは理解した。でも私はただの目撃者。つまり第三者だぜ」
「はあ?まだ言うの?もーめんどくさいいわね!話進まないんだけど!なにこれバグ?それとも、どっかでフラグ回収忘れてる?」
現実とゲームの境界がわかっていない、凶器を持って地団太を踏む女。
こいつ頭やば。
素直にそう思う。
でも異世界人と会話してたときよりは会話が成り立つ分、いくらかマシだ。時間稼ぎも兼ねて言葉を途切れさせないようにする。
「あ、ああ、たぶん、きっとそうだ。スチルの回収でも忘れてるんじゃないか?」
「なによクソゲーじゃない。まあいいわ。さっさと済ませましょ。えっーと、どのセーブデータだろ」
「は!?お前、セーブ&ロードのチート能力持ちなの!?」
「選択肢分岐があったら、とりあえずクイックセーブ。当たり前でしょ」
「しかも、ワンボタンでできるデメリット無し系のやつ!?」
「ちなみにセーブスロットは8コよ」
「お前の人生ノベルゲーかよ......」
何この会話。
もしかして私、精神汚染受けてる?
「ま、冗談はこの辺にして」
「お前、冗句のセンスないぜ......」
本気で言ってるのか判別できない、笑えない冗句ほど救えないものはないぞ。
「中学校を卒業して、この高校に入る前のことよ」
博麗は言った。
「中学生でも高校生でもない、春休みでもない、中途半端なその時期に――」
今回の出会いで、今までの印象は全部吹っ飛んだけど、マイペースなとこは全く変わらない。
「――奇妙な
......奇妙な、女の子?
頭がスッと冷えていく。彼女の言葉の端々に耳を傾ける。
「あいつのことはよく覚えてない。けど、あいつが犯人なのは間違いないわ」
当時のことを思い出しているのか、博麗はしかめっ面を浮かべている。
「あいつが、私の意識を奪っていったのよ」
意識を奪った......?
「最初は何ともなかった。けど少しずつ何かが私を蝕んでいった。抵抗しようにも手段がなかった。何もできずにただただ時間だけが過ぎていって」
歪んでいた表情は気付けば色が落ち、能面のようだ。
「そして、私は意識を失った」
「......」
「それからのことはあまり覚えてないわ。記憶に残ってる学校行事は、1年生のときの文化祭だけ。で、気付いたら今日よ」
......いまいちピンと来てないが。今ある情報を整理すると、だ。
約一年と半年前。博麗は
意識を奪う、というのがフワッとしていてよくわからないな。
それに、今の話だと博麗は随分と長い期間、意識を奪われた、という状態だったらしい。我が校の文化祭は例年、5月末に開催される。それが最後の記憶ということは約1年間、彼女はナニカの被害を受け続けていたということになる。
だが私の
このチグハグこそが、意識を奪われるという状態の正体なのか。
「長々と説明してあげたんだから、何か言ったらどうなの?」
考え込む私に声を掛けてくる博麗。碌にリアクションを取らない私にムカついたのか、その声は刺々しいものだった。
いや、こいつの声はファーストコンタクトからずっと攻撃的だったか。
「ま、いいわ。やることは変わらないしね」
ん?やることは変わらない?
そういえばこいつ、私を黒幕だとかなんとか言って襲い掛かってきたんだったか。
登場人物は被害者と犯人と黒幕、として。被害者=博麗、犯人=奇妙な女の子、というのは分かったが、黒幕=私ってのは何がどうしてそうなったんだ?
「いきなり出てきた金髪金眼の怪しい風貌の女。間違いなく役職持ち。残っているのは真犯人の枠だけ」
「ちょっと待て」
「つまりあんたがこの事件の裏で糸を引いていた黒幕ってことよ!」
「ガバ推理にもほどがある!?」
ど う し て そ う な っ た 。
なんでぇ?やっぱ異世界人なのか?思考回路が明らかに常人のそれではない。
「あんたをやっつけて私は元に戻るのよ!」
じっと私に向けていた針にグッと力を込めた。針先が僅かに震えた。
啖呵を切った彼女の表情は引き締まっている。話しているうちに覚悟を決めただろうその顔から、決意と、そして焦りを感じ取る。
......なるほど。
彼女の話を信じるならば、一年以上意識を失っていたが、今日突然正気を取り戻したのだ。でも、いつまた意識が飛ぶのか分からない。そのうえ、次は正気を取り戻せる確証がない。
だから今日中にどうにかしなければいけない。
それにしては今の今まで何のアクションも起こしていなかったようだが。それも何かできなかった理由があるのか。
出鱈目な推理。短絡的な行動。噛み合わない会話。
それら全てが、時間が無くて焦っていたのだと仮定すれば。理解できなくもない。
「......ッ!」
ついに駆け出した博麗。右腕を引き絞り、手に持った針の向きをこちらに定める。私を射程内に捉えたら、溜めた力を解き放つつもりだろう。
それで私が怪我したり、死んだりするとかは深く考えてないような気がする。
ただ敵を倒せば解決するのだ、と。そんな曖昧で確証がない妄想を信じて、信じるしかなくて。
それが少し羨ましい。
信じられるものが残っている。幽かに残った未来を見つめている。元に戻れる可能性を感じている。
99%が絶望でも、1%の希望がまだあって、それに手を伸ばせる。
その1%の余地が、羨ましかった。
「......はぁ」
しかも、その1%の余地が私自身とは、いったい何の冗談なのか。
羨ましい。妬ましい。こいつも私と同じ目に遭えばいい。
もしここで、私が無視して、知らん振りすれば、きっとそうなるだろう。
そうすればお仲間が増える。やったぜ、私は一人じゃない!
......阿保か。
「......ったく」
ふと思い浮かんだ暗い気持ちを振り払う。
そんなしょうもないことして、何になるんだか。更に惨めな気持ちになるだけだ。やらんやらん。
それに、頼まれ事もある。胡散臭い奴だが、一応は恩人だ。恩人の頼みごとを忘れるほど、私は恩知らずではないつもりだ。
博麗はもうすぐ傍まで迫っている。
私はポケットから試験管を取り出して、親指でコルク栓を弾いた。
ポンッと軽い音がする。
その瞬間、煙が大量に吹き出して、周囲一帯を包み込んだ。
「きゃっ!な、なに!?」
博麗が思わぬ反撃に面食らって脚を止め、両腕を交差して顔面を守る。
両眼を瞑った隙を突いて、すれ違いざまに手に持っていた凶器を取り上げる。
煙は無味無臭の無害なものだ。さらに短時間で消えるように作ってある。10秒もしないうちに視界は晴れた。
「......チッ!逃げたわね!」
「ここにいるぜ」
「っ!......なっ!?」
辺りを見渡して毒吐く博麗を
体を震わせた彼女は、反射的に声が聞こえた方へ
今朝と同じ場所、同じ顔触れ。しかし立ち位置は入れ替わっていた。
空を飛び、取り上げた針の先を博麗に向ける。
「動くと撃つ!」
このシチュエーションだと、針はさながら魔法の杖だな。
東方の二次創作は、かわやばぐさんが大好きです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
このCP、扱いが難しい
夏休みのことである。
私は魔法使いに襲われた。
民間人が月着陸船を打ち上げ、スマホの普及率が9割を超えたこの時代に、恥ずかしくってもう表に出られないくらいの事実だが、とにかく、私は魔法使いに襲われたのだ。
奇妙な、女の子だった。
ただ、知識を求める少女だった。
日陰に生きる、少女だった。
そんな訳で、人間を卒業した私は、外見が変化した。純日本人の両親を持つはずの私の黒い目は金色に変色し。黒い髪もこれまた金色へと、ついでにセミロングくらいの長さだったのが、ロングまで伸びた。
そりゃあクラスメイトも驚く。普通の女の子してた私が、夏休み開けたら真っ金々になってるんだから。
ちなみに、魔法使い=金髪金眼ということではない。
紫色のアイツが言うには、
「魔法使いになったから姿形が変わるわけではないわ。そこに直接的な因果関係は存在しない。ただ、あなたは間違いなく人間から魔法使いになった。見えない部分は大きく変化しているのよ。だというのに、表出しているアバターに一切の変化が現れないというのは辻褄が合わないのよ。設計図が変われば、出来上がるものは当然別物になるわ。その変化は様々よ。それがあなたの場合は、眼と髪に表れた。髪が少し長くなったけれど、霧雨魔理沙のエイドスに大きな変化は起こらず、一部分のヒュレーが変質した。人間風に説明するとこういう感じかしら。むしろその程度で済んでよかったと思いなさい」
だ、そうだ。
殴りかからなかった私を褒めてほしいね。
外見以外にも、本能や生態にも変化はある。むしろこっちの方が大きい。今の私に睡眠と食事は必要のないものだ。不老になったから子孫を残す本能もない、つまり性欲も消えたと思われる。三大欲求がないってことは、人間じゃないってことの証明になるかな。
ちなみに三大欲求っていうのは日本特有の表現だ。世界では五大欲求とか七つの大罪とかが有名だな。私が海外に行けば、半分くらいは人間になる、と言えるかもしれない。
閑話休題。
紫の魔女に襲われた私だったが、胡散臭いスキマ女に助けられた。助けられた、というのはしっくりこないが。正確に言うなら、彼女の縄張りで、彼女の法律に違反したから、違反者は取り締まりを受けた。それだけの話。私は勝手に助かっただけだ。
命は助かったが、人間に戻ることはできなかった。
「――八雲?」
「ああ。
「八雲紫、ね。まるで人間みたいな名前をしているのね」
「......言われてみれば確かにそうだな。なんでだ?」
「知らないわよ。自分で考えなさい」
「苗字があるってことは家族とか、同じ姓を名乗るものがいるのか?それとも人間の真似をしているのか」
「考えてないでさっさと行くわよ。もう、いつになったら着くのよ」
「お前が言ったんだろ......。もうすぐそこだ」
博麗から凶器を取り上げた後。
彼女の症状に1つ心当たりがあった私は、彼女に付いて来るように言って学校を後にした。
私たちが通う
トラックが入るところは見たことが無いし、おそらくはもう使われていない放置された場所と思われる。辺りには本棚や冷蔵庫、電子レンジ、ソファなどの粗大ごみが山積みにされていて、ゴミの山が敷地内にいくつも出来上がっている。
板囲いにある看板やフェンスが、中に入るなと言っているが、そんなものに効力は一切ない。人もめったに立ち寄らないここは、自由に出入りできる。
この廃品回収場に――八雲紫は住んでいる。
と言っても、実際にここで暮らしているわけではない。ここはいわば玄関のようなものだ。
「ほれ、着いたぞ」
「ただのゴミ置き場じゃない。悪の結社の秘密基地にしてはダサいわね」
「用があるときは此処に来いって言われてんだよ。てか、黒幕云々の話はもうやめろよ」
「いいわ。仕切り直しね。私の武器を返してもらおうかしら」
「なにもよくねえよ!イーブンな状況に戻してから再戦しようとするな。面の皮厚過ぎだろ」
「これで1対1。どう?降参する?」
「これまでずっと私たちしかしなかっただろ。なんなら、これから一人増えるから2対1だっての」
「くっ!嵌められた!」
「お前さては余裕あるな?」
あの時垣間見えた焦りはどこへ行ってしまったのか。
「ああ、そうだ」
飛び出た骨組みやささくれ立った木製の家具に服をひっかけないように気を付けて歩く。そこかしこに散らばるゴミや木材の破片を避けて、
「お前、あのゴツイ針以外に武器持ってないだろうな」
「え?」
「預かるから、出せ」
「は?あ?」
法外な要求を受けたという顔をする博麗だった。あんた頭おかしいの?何?あ?やんのかこら?あ?とでも言いたげな感じだ。
「八雲紫は、なんというか、胡散臭いやつだけど、一応、私の恩人だ」
恩
「その恩人に、危険人物を合わせるわけにはいかないから、なんか持ってるなら出せ。私が預かる」
「ここに来てそんなことを言うなんて」
博麗は私を睨む。
「あなた、やっぱり私を嵌めたわね」
そこまで言われるようなことかあ?
まあぶっちゃけ、いらん気遣いな気はしている。アレは一人間の手に負える存在ではない。博麗が予備の針を隠し持っていて、それを使って刺し殺すべく滅多刺しにしたところで、どうにかなる類の生物ではないのだ。
だからこれは、そういうポーズを取っているだけな訳で。別に渡さないでも、持ってないと嘘を吐くでも私としては一向に構わなかったが、しかし、やがて博麗は、「わかったわよ」と、覚悟を決めたように、言った。
「受け取りなさい」
そして、彼女はポケットやスカートの中のから、彼女が思う武器を取り出して、私に手渡した。
本当に他にも持っていたらしい。
奪った物と同じ大きさの針。縫い針よりも少し大きいくらいの針。
そして、一見して武器には到底見えない、白黒の勾玉を組み合わせた図柄をしたビー玉サイズの玉と、朱色の墨でふにゃふにゃした字が書かれたお札も。
......彼女が銃刀法違反の基準を超えているのか、法律に詳しくない私は知らんふりをするとして。ビー玉とお札は、なんだ、これ。
武器、何だろうか。
「勘違いしないでね。別に私は、あなたに気を許したという訳ではないのよ」
すべてを渡しに渡し終えた後で、博麗は言った。
「気を許したわけではないって......」
「もしもあなたが私を騙し、こんな人気のない廃墟に連れ込んで、仕返しを企んでいるというのなら、それは筋違いというものよ」
「......」
いや、筋はものすごく合っていると思う。
「大丈夫だって......余計な心配はするな」
信頼関係は無いに等しいが、まあ、仕方がない。
ここから先は、博麗一人の問題だ。
私はただの、案内人である。
預かった武器をカバンに詰め込んで、前を向き直る。そして、目的のモノに近付く。
壊れたブラウン管テレビ。
そのスイッチを押した。
線はどこにも繋がっていない。繋ぐ先があっても、背面からいろいろ出てはいけないものがこぼれているコイツでは関係ないだろう。
「ねえ、何してるの」
「さあな」
実際のところ、私も何をしているんだろうと思っている。だって、おそらくこの行為に意味はないから。
ダイヤルを回す。
「奴が言うには、こーゆー演出は大事にしないといけないらしい」
意味はないけど、力を持つものが、無理やり意味を与えることはできる。
――ブツッ。
動くはずのない壊れた機械から音が聞こえた。
周囲のゴミ山を反射して映していた画面に砂嵐が灯る。
カラーバーが目まぐるしく色を変え、ザーッ、という音がクレシェンドを効かせ、視覚と聴覚がおかしくなるんじゃないかと思った時。
ぐぱり、と。
空間にスキマが開いて。
私と博麗は気味の悪い裂け目に呑み込まれた。
少女移動中
裂け目を抜けた先が雪国、なはずもなく。薄暗い、壁も天井も無い空間だ。どこまでも広がってそうな床には、先ほど見た目玉型をした裂け目が無数にあって、それぞれが統一感の無い景色を映していた。
空中にも、星が
「ようこそ、私のスキマへ。歓迎するわ」
と。
スキマの怪物、八雲紫は、そこにいた。
部屋?の真ん中に廃品置き場で見覚えがある形をした、ゴージャスなソファが一つ。
そこに腰掛け、初めて見た時と変わらない胡散臭い笑みを浮かべる、パッと見同い年くらいの少女。
対して、博麗は――。
「趣味悪」
――相も変わらず、マイペースな奴だ。
一応事前に伝えてあったとはいえ、この世界観、あの怪しさを前にして己を貫く度胸とは。
やはり私の知る人間ではないのでは......?......やっぱ異世界人なのかなあ。
「霧雨魔理沙。確かに私は用があったら来なさいとは言ったけれど、そうポンポンと気軽に来てもらっても困るわ。あれは一種の社交辞令よ。手土産をもって来訪する点は評価してあげるけど」
「やめろ、私をお前らと同じように言うな」
「ふうん――あら?」
八雲紫は。
博麗を、遠目に眺めるようにした。
その背後に、ナニカを見るように。
「......初めまして、お嬢さん。八雲です」
「あんたがコイツの言ってた胡散臭い奴?聞いてた通りの胡散臭さね。驚いたわ」
「あら、そう」
本当に物怖じしない奴だな。
無意味に毒舌ではないと信じたかったが、誰彼構わずこの態度を貫くとは。
八雲紫は、意味ありげに頷く。
手元のスキマから扇子を取り出し、優雅に開いた。口元が隠れて、表情が目元からしか読み取れなくなった。ただし、彼女から受け取る印象は変わらない。むしろ一層胡散臭さが増したような気さえする。
たっぷり間を開けてから、私を向く。
「私好みの子を見繕ってくれたのかしら、霧雨魔理沙」
「だから私をお前らと一緒にするなって言ってるだろ。そもそも好みってなんだよ。見た目か?それとも味か?」
「さて、ね」
八雲紫は笑った。
その笑い声に、博麗は眉を顰める。
味という単語に気分を害したのかもしれない。
「えっと――まあ、詳しい話は本人から聞いてもらえばいいとして、とにかく、八雲――こいつが、1年前くらいに――」
「こいつ呼ばわりとか、あんた何様よ」
博麗は毅然とした声で言った。
「じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
「博麗さま」
「......」
この女、正気か。
「......ハクレーサマ」
「片仮名の発音はいただけないわね。ちゃんと言いなさい」
「霊夢ちゃん」
目を突かれた。
「失明するだろうが!」
「失言するからよ」
「なんだその等価交換は!?」
「アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、殺意40㎏で、私という人間は錬成できるわ」
「ほとんど殺意じゃねえかよ!ん?ということはお前の体重は46」
「死ね」
「あっぶね!殺意の割合もうちょっと高いだろ!」
その辺で満足したらしく、博麗は、ようやく、八雲紫に向き直った。
「そんなことより」
魔法使い、霧雨魔理沙から、視線を移した。
「私を助けてくれるって、聞いたんだけど?」
「助ける?それは無理な話です」
八雲紫は茶化すような、胡散臭い口調で言った。
「あなたが勝手に一人で助かるだけよ、お嬢さん」
「......」
おお。
博麗の目が人殺しの目になっていく。
あからさまに訝しんでいる。
「あんたふざけてんの?ぶっとばすわよ。そこの金色女は助けたんなら、一人や二人増えても変わらないでしょ?」
「あら、おめでたい人ねえ」
だから何でお前はそんな挑発するような言い方をするんだ。それが効果的な相手もいるのだろうけれど、しかし博麗に限っては、それはない。
挑発には先制攻撃をもって返すタイプだ。
「まあまあ、落ち着けって」
やむなく、私が仲裁に入った。
二人の間に、強引に割り込むようにして。
「余計な真似を。殺すわよ」
「......」
当然のように殺すって言った。
やっぱあのレシピ、お前を錬成するのには殺意足りねえよ。
「まあ、何にせよ」
八雲紫は対照的に、気楽そうに言った。
「話してくれないと、話は先に進まないわね。読心は私の領分ではなくってね。それ以上に対話が好きなのよ、根がお喋りなものでね。とはいえ秘密は守るわよ。話す相手もいないし平気よ平気」
「......」
「はあ。まず、私が簡単に説明すると――」
「いいわ」
博麗が、またも、大枠を語ろうとした私を遮った。
「自分で、するから」
「博麗――」
「うるさい。自分でできるっての」
そう言った。
魔理沙と紫って、なんかCP要素あります?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
雑にレイマリのための設定を付け加える
句読点の打ち方バグってるでしょ。
二時間後。
私は、胡散臭いスキマお化け、八雲紫と別れて、博麗の家にいた。
博麗の家。
石ころ荘。間抜けな名前だ。
木造アパート二階建て、築三十年。シャワー、水洗トイレ備え付け。六畳一間。1K。最寄りの駅まで徒歩十五分。
手狭ではあるが、生活していくのに必要な環境は最低限整っている。
阿求が言っていた通り、アパートで一人暮らしをしているらしい。
じろじろ建物を見ていた私を見て、博麗は、
「私の実家は
と、訊いてもいないことを説明した。
言い訳でもするように。
「だから物心が付く頃には、作法とか礼儀を教え込まれたわ。口に出して言われたことはないけど、継いでほしいと思ってたんじゃないかしら。私もそのつもりだったわ。だから教えられたことはちゃんと覚えて、小学生になったら仕事の手伝いも始めた。中学でも部活に入らず、家のことばっかりやってたわ」
「へー。なんか、意外だな」
今日の博麗からは想像もできない。神様に唾でも吐いてそうなイメージがある。
「私はそれでよかったんだけどね。でも、両親はそう思わなかったみたいで。閉じた世界で生きる必要は無いとか、いろいろ見てからでも遅くないとか。とにかく神社のことは一度忘れて、見分を深めなさいって話になったのよ」
「それで、ここに?」
「ええ。実家が神社である以上、家を離れないと始まらないから。家賃とか、実家との距離とか、いろいろ考えた結果、ここで一人暮らしをする羽目になったのよ」
「ふーん」
一人暮らし故の面倒事を思ってか、博麗は眉尻を下げて溜息を吐いている。
が、それにしては大して拒否感のようなものを感じなかった。
......。
「一人暮らしをさせられて、不満か?」
「うーん、どうかしら。まあ面倒は多いわ。家事は全部自分でやらなきゃいけないしね」
「じゃあ」
「でも、これが私を思っての行動だってのは理解しているもの。お金も多めに送ってもらってるし、それ以上の文句はないわ」
自然と、そうなったのだろう。ふわりと、笑っていた。
その顔を見れば、口だけでなく本心からそう思っているのだと、否が応でもわかる。
彼女を包む温かくて、柔らかい雰囲気は家族を思い出しているからか。それとも
「......なんか柄にもないこと言った気がするわ。さっさと入りましょ」
気恥ずかしくなったのか、アパート前で立ち止まるのをやめて、博麗は建物横の階段へと歩き出した。
すると当然、
ともかく。
ともかく、私は――博麗の家、石ころ荘の二〇一号室に招待された。
「さて、それじゃあやることさっさと済ませましょうか」
やることというのは、シャワーである。
体を清めるための、禊だとか。
八雲いわく、冷たい水で体を洗い流し、新品でなくともよいから清潔な服に着替えてくるように――との、ことだった。
要するに私はそれに付き合わされているという訳だ。
博麗はカバンを置いて、シャワーがあると思われる方向へ歩く。そうすれば、やはり
「ちょ、ちょいちょいちょい!」
「っと!......なに?」
「いや、なに?じゃなくてだな」
「あー?シャワーの前になんかやることあったっけ?」
いや、ない。
体を清めて、清潔な服に着替える以外の指示は受けていない。
受けていないが。
「いや、お前、
「はー?なんでよ。あんたも一緒に入るのよ」
「は!?それこそなんでだよ!私は別に身を清める必要ねーだろ!」
「それはそうだけど。でもそうしないと、シャワー中、
「そ、れはそ、うだけど!たった数分だぜ?待ってる間は、できるだけ
「ダメ。今日で決着付けるんだから。やれることは全部やるのよ!だから!うだうだ言ってないで!あんたも入るの!」
「うわなにをするやめ――」
年頃の少女二人の、あられもない姿を詳しく描写する訳にもいくまい。
ので。先刻の、八雲の言葉を、回想した。
「
博麗が、事情を――というほど、長い話ではなかったが、とにかく、抱えている事情を、順序だてて語り終わったところで、八雲は、「成程ね」とうなずいた後、しばらく扇子で口元を隠して目を閉じてから、ふと思いついたような響きで、そう言った。
「悟り?」
博麗が訊き返した。
「美濃や飛騨に住んでいて、第三の目を使って、人の心を読むと言われているわね。細部はいろいろばらつくことがあるけれど、共通しているのは、人の心を読む――ってところね。覚に出会った人間は、心に思ったことを次々と言い当てられて、考えることができなくなり、最終的に心を奪われてしまう。そうね」
「心を――」
奪われる。
意識を――奪われる。
「心ではなく、目玉を奪うなんてお話もあるみたいだけれど。あれは全く別のお話ね」
「じゃあ――博麗に何かしているのは、その覚ってやつなんだな?」
「そうでもあるし、そうでもないわね」
「は?」
いたずらっぽく笑みを浮かべる八雲。
「ある日覚と出会い、そこで心を奪われて、今日までふらふらと、体だけが生きてきた。というのなら、そうなのでしょう」
しかし、と扇子をピシャリと閉じて、博麗を指す。
「今日までずっと取り憑かれ続けて、心を無くし、しかし今日、ふと、何かの拍子に心を取り戻した。というのなら、そうではないわ」
「......うーん。もうちょっとわかりやすく言えないのか?」
クスクスと笑う表情だけ見れば、言葉遊びを楽しむ童女なんだが。その正体は、そんななまっチョロいもんじゃないからなあ。
「つまり」
静かに、話を聞いていた博麗。
目を閉じ、顎に手を当て、口を開く。
「何も奪われてなんか、なかったのね」
「――お見事」
八雲は一瞬、面食らったような表情をした後、再び満面の笑みを湛えた。
あんな表情、初めて見たな。
というか、だ。
「おい、一体何だと言うんだ?」
「おかげで犯人がわかったのよ。あなたは無駄じゃなかったの」
「いや、犯人は分からないけど。取り合えず、分かったことはある」
博麗は目を開いて、私を見た。
「その覚とかいうやつに、私の心を奪われたのなら。今、私の意識が戻っているのは、おかしいってことよ」
「――そうか」
「だって、誰も取り返してなんか、いないんだから」
確かに、その通りだ。
奪われたものは、取り返さないと戻ってこない。今日、偶然、覚とかいうやつが、気まぐれで返却に来た、なんて馬鹿な話はないのだから。
「――ってことは」
「ええ。そもそも奪われた、という考えが間違ってたのよ」
「じゃあ、いったい」
――奪われたと思われた、博麗の心はどこにあったのか。
私と博麗は、八雲の方へ向いた。
八雲は、満を持して、といった風情で話し始めた。
「まあ、お嬢さんが行き遭ったのが覚だというのは間違いないわ。けれど、今回のは少し変わった子ね。言うなれば、心を閉ざした覚、かしら」
心を閉ざした。
心を見て、心を止め、心を奪う。心の化物が。
「たまーにいるのよ。変わり者がね。酒に弱い鬼、群れない天狗、社交的な魔女。今回のは、そういうの」
鬼。天狗。
気になる言葉が出てきたが、後回しにするべきだろう。
「それで?」
「第三の目を閉じた。そうすると、まず、心を読む能力は失われるでしょう。......ここからは正直、個人差。どういった変化を遂げるのかは未知数ですが」
そういう割には悩む素振りすら見せない奴だ。
「聞いた話をもとに考えれば、失った能力の代わりに――
――無意識。
目を閉じて、心を閉じて、心が読めなくなった。他人の意識が分からなくなった。
意識を無くした。転じて、無意識を得た。
「変わり者の覚に取り憑かれたあなたは、無意識を操られ、その心を失った。いえ、失ったのではなかったわね。ただ、意識できなくなっただけ」
「意識できなくなった、だけ......」
「そして、浸食が進み、あなたを知覚することは誰にもできなくなった。だって、無意識だもの。視界に入っても、路傍の石ころのように思われていたでしょう。思われることも、なかったでしょう」
「......」
「勿論、あなた自身も、自分を見失った」
――そういうことか。
今日一日、ずっと考えていた。どうしてこんなに目立つ奴が、目立ってないのだろうか、と。
端から認識されていなかったのだ。道端の石ころの形が、美しい正二十面体だったとしても、人はそのことに気付かない。拾い上げて、すげー!と誰かと話し合う、なんてことはしない。
「でも、あなたは運が良かったわ」
「はあ?運がいい、ですって?この話のどこがよ!」
「だって、運命の王子様が見つけ出してくれたのだから」
運命の王子様、とかいうのは無視するとして。
「そういえば。私は普通にお前が見えたんだったな。あの時はまだ、無意識に操られてたはずなのに」
浮いて、笑って、発光した瞳が、その証拠だ。
浸食具合は、今日が一番深刻だったはずだ。なぜならずっと取り憑かれているのだから。
だというのに、今まで気付かなかった私が、今日は気付いた。
とすると、要因は他にある。
そして、それは一つしかない。
「――私が、魔法使いに、なったから、か」
「その通り。魔法使いというのは、ありとあらゆる事象を
そうだ。私は、魔法使いなのだ。
夏休み前と、後で違うことと言ったら、それしかない。
......。
「ついでに訊きたいんだが。偉大なる魔法使い様の貴重な記録によると、博麗は取り憑かれた後も毎日欠かさず学校に来てたらしいんだ。これはどういう理屈なんだ?」
「どうもこうも、偉大なる魔法使い様の貴重な記録にそう記されているのなら、それが事実なんでしょう。無意識って言うから分かりづらいかもしれないわね。そうね。この場合は習慣、とでも言い換えましょうか。習慣もある種、一つの無意識よ」
そういわれると、確かにそうかもしれない、と思う。
長年やってきた習慣は、いちいち考えて、意識してやるものではない。半ば無意識化で行う。
博麗も小学校、中学校と9年間続けてきた、平日は学校に登校する、という習慣を、無意識に守り続けてきたのだ。
日本の義務教育の勝利だな。
「今日の朝、あなたと目が合った時に、私は目覚めたわ」
博麗が、私を見てそう言った。
「けれど、微かに意識が戻っただけ。寝ぼけてる様な感覚だったわ。体は勝手に動いていた」
「ふむ。私がお前を意識したことで、無意識の影響が小さくなった、ってところか?」
「たぶんそういうこと。で、
「ほー。そういうことだったのか」
ってことは、だ。
「阿求だな」
「あきゅー?」
「うちのクラスの委員長だよ。そいつと博麗について、話をしたんだ」
「私のことについて話したってことは、二人の人間が私を意識した、ということね」
博麗は満足したように頷いた。いろいろと納得できることがあったのだろう。
私も、阿求の話を思い出して、腑に落ちるところがあった。
「博麗さんのことなら、霧雨さんの方がよく知っているのでは?」「同じクラスになって半年も経ってないんですよ?」「1年生の時に何度か声をかけたことがありますが、」
いやいや、あの人間観察変態女が、だぜ?1学期間も時間があって、一切の情報を掴んでないなんてこと、ありえないんだよ。あの時感じた違和感は、見当違いなんかじゃなかったんだ。
「さて」
ピシャンッ!
と。
扇子を閉じる音に、注意が向く。
八雲がソファに横向きに寝転がっていた。
「大抵の疑問は解けた頃合いでしょうし、そろそろこの話もお終いにしましょう」
「お終い?」
「ええ。博麗さん。心を取り戻したいというのなら、力になりましょう。元々私の頼みで連れて来られたのですし」
「助けてくれる、ってことね」
「助けません。力は貸しますが」
そうですね、といつの間にか、手に握っていた懐中時計を確認する八雲。
「まだ日も出ていますし、いったん家に帰りなさいな。それで、体を冷水で清めて、清潔な服に着替えてきてくれる?こちらはこちらで準備しておくので。霧雨魔理沙の同級生ということは、ごく普通の高校生ってことなんだろうけれど、お嬢さん、夜中に家を出て来れますか?」
「平気よ。それくらい」
「なら、夜中の零時ごろ、もう一度ここに集合ということで、いいですね」
「いいけど――清潔な服って?」
「新品である必要はないですが。制服というのは、いただけませんね。毎日着ている物でしょう」
「礼は?」
「はい?」
「とぼけてんじゃないわよ。ボランティアで助けようってわけじゃないんでしょ?」
「ふむ」
八雲はそこで、私を見る。
そこの説明はしてなかったか、とでも言いたげだ。
「いえ。これは私にも利がある話ですので、お代は結構です」
「......怪しいわね」
「詳しい話はあとで、霧雨魔理沙に訊きなさい。彼女には理由を教えています」
「あっそ。ならいいわ」
博麗は話は終わりだと言わんばかりに、踵を返した。
いや、ここスキマの謎空間だから、自由に出ていけないぞ。
「ああ、そうだわ。ひとつ言い忘れてたことがあるの」
博麗を追っかけて、私もこの空間を後にする動きをしていたところ。
八雲が、それはもうわざとらしく、手を合わせたりしながら、最後に言ってきたのだ。
「博麗さん、今あなたの意識がはっきりしているのは、そこの魔法使いの意識が、あなたに強く向いているからよ」
「それはもうわかってるわよ」
「つまり意識がはっきりしていればいるほど、取り憑いているものを引き剥がしやい状態ということでもあります」
「そういうこと、になるのか?」
「ええ。けれど、そこの魔法使いの意識が、あっちへそっちへ飛んで行ってしまうと、夜になる頃にはまた、あなたは無意識に囚われていることでしょう」
「......それは困るわね」
......なんか、嫌な予感がするな。
「安心してください。解決策はありますから」
「何?勿体ぶらずに早く言いなさい」
「無理やり意識させてあげればいいんですわ」
「おい」
無理やりってなんだよ。
「......例えば?」
「すぐ思いついた簡単な方法は、手を握る、とかかしら。魔法使いの性質上、あなたの手の感触を常に記録し続けるはずよ」
「その言い方を辞めろ!なんか変態っぽいだろうが!」
そんなの、まるで阿求じゃないか!私はあんな悪趣味女とは違う!
「......なるほど」
「は、博麗?き、気にすんなって。私たちで遊んでるだけさ」
「でも、理論上間違ったことは言ってないわよね?」
「い、いや、それは、」
「触覚以外の五感もフルに活用したら、
「黙れ黙れ!用は済んだんだ!さっさと帰らせろ!」
そして――。
そして、二時間後――今現在、だ。
戦場ヶ原の家。浴室の中。
「――ちょっと。今シャワー浴びてて、目見えないんだから、体が触れてなきゃだめなのよ。コラ!逃げるな!」
「ちょ、濡れる!濡れるから!」
「だったら服脱いで入りなさいってば!」
「い・や・だ!」
――まあ、そういうわけだ。
「おい、一体何だと言うんだ?」
「おかげで犯人がわかったのよ。あなたは無駄じゃなかったの」
「いや、犯人は分からないけど。取り合えず、分かったことはある」
これとか永夜抄の会話をそのまま入れてたりする。
にわかだから、これくらいしか絡められんけど。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
説明回は筆者の妄想展覧会
化物語って、怪異とは何かの説明ないってヤバくないですか?考えられないんですけど。西尾維新ぇ......。
ひどい目に遭った。
あの後、浴室の外から手を伸ばしていたい私と、服を脱がせて室内に入れたい博麗との戦いは、結局、私の敗北で幕を閉じた。
先に言っておくが、全裸にはなっていない。今日初めて会話をしたんだ。そんな奴の家に招かれているというだけでも、いろいろすっ飛ばしているというのに、そのうえ服を脱いで、全裸で一緒になってシャワーを浴びるなど、いくら人間性を捨てた私でも、できないものはできない。
制服の下にはショーパンと薄手のシャツを着ていたので、その格好で付き合ってやった。
それでも濡れるもんは濡れる。博麗宅は、特別広いわけではない。むしろ最低限の機能しかない、狭い部類に入る。目の前で、手の届く範囲にいる奴が、こちらのことを何も気にせずシャワーを浴びれば、そりゃ当然のことだが、ビショビショになる。
「あーもう。やってくれたな......」
「つべこべ言わずに入ればよかったのよ。それを長いこと愚図っちゃって。幼稚園児じゃあるまいし」
「お前には恥じらいってもんが無いのか!」
「恥?何に恥を感じる必要があるのかしら?別に見られて減るもんじゃないし、これが一番合理的だっただけよ」
「お前が気付いてないだけで、他にもいろいろ奪われてるんじゃねえの?」
年頃の女の子だろうに、この反応はどうにかならんのか?
ぽんぽん目の前で服脱ぐわ、一切隠そうとしないわで、私が無駄に気を遣う羽目になった。
洗面所に置いてあったタオルを借りて軽く水分を拭き取って、放り投げた制服を持ってから居間へ移動した。博麗も私の肩を掴んで、後に続く。
すっぽんぽんで。
いや、着替え用意してなかったから仕方ないけどな。身を清めるためだから、脱いだものをもう1回着るわけにはいかないし。
でもなぁ......。同じ女子高生として、ドン引きを禁じ得ない。
頼むから、一欠片だけでも恥じらいを持ってくれ......。
「さて、何を着ようかしら」
「なんでもいいから早くしろ」
「清潔な服ねえ。白い服の方がいいのかしら?」
「知らねえよ......」
「ショーツとブラは何色がいい?」
「知らねえよ!」
「耳元で喚かないで。相談してるだけなのに、どうして大声を出すのか。訳が分からないわ」
「半裸で全裸にお着換え相談されてる、この状況の方が訳が分からない!」
「あ、こら」
流石にこれ以上は付き合いきれん。
博麗の接触する手を振り払って、ちゃぶ台横に座る。付き添いとしての義理はあるので、博麗の姿は視界内に留めておく。
博麗は不満そうな声を上げたが、諦めたのか下着選びに戻った。
「ドライヤー借りるぜ」
「おー」
気のない返事を聞き流して、ドライヤーで髪や服を乾かす。
すぐ目に付いて取り出しやすい場所に置いてあったが、しかし散らかっているということはない。使いやすく、それでいてきちんと片付けられた部屋だった。
幼い頃から実家の手伝いをしていたと言っていたし、一人暮らしになってもしっかり掃除をしているらしかった。
しっかりした奴なのか、適当な奴なのか、本当に難解な人間性をしている。
「てか、あんた魔法使いよね?」
「まあ、そうだが」
「魔法でどうにかできないの?髪乾かすくらい」
微妙に、嫌な質問だな。
「あのな。私は魔法使いになってまだ1カ月程度しか経ってないんだぞ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。だから碌な魔法は使えないぜ」
「なんだ。面白くないわね」
「別にお前を楽しませるために覚えてるんじゃない!」
「じゃあ何ならできるの?」
無駄に挑発するような声音だ。
こんなのに乗ってやるほど私は安い女ではないが。まあ?舐められたまま、ってのはいただけない。
ふわっ、と。
「お」
胡坐をかいたまま体を宙へ浮かす。今朝の博麗に似ているかもしれない。
魔法使いには、適正というか、親和性というか。ともかく、得意な分野があるらしい。わたしの得意分野の一つが飛行だ。初めて成功させた魔法で、イメージするだけで簡単に成功した。
クルッと180度横に回転して、上下逆さまになって博麗を見やる。
どうだ?自分で言うのもなんだが、ちょっと凄くないか?
「でも、それもう見たわ」
「え?......あ、そっか」
そういえば、学校で見せてたな。
「他には?」
「......」
「......ないの?」
「まあ、新米だし......」
「......」
「......」
「......ふっ」
私は静かに床に座った。
くそっ。
「せめてもの情けよ。あんたのドヤ顔は、見なかったことにしてあげる」
うるせぇ。この露出魔。
私は心の中で悪態をついた。
「それで」
言いながら、箪笥から取り出したスカートみたいな白い布に足を通す博麗。あれは裾除け、だったか?にしては短いな。膝丈しかない。
「あの胡散臭い奴に何を頼まれてたの?」
「え?何の話だ?」
「あとで、あんたに訊きなさいって」
「えーっと......」
ああ。
そうだ、思い出した。
「あいつがここにやってきたのは最近の話でな。転々と日本中のいろんなとこを巡っているんだ。で、各地で奇妙な出来事に直面して困っている人を助けて回ってるんだよ」
「奇妙な出来事?」
「主に妖怪によって起こされた事件さ。今のお前みたいにな」
妖怪。独立した妖力の暴走。
それは空想の産物。それは妄想の具現化。それは幻想の残骸。
人間の恐れが形を持った存在。
ぶっちゃけ私も曖昧にしか理解していないが、簡単に言うと、人間が「こんなのが、もしいたら......」って考えを設計図に生まれる怪物である。
「妖怪ねぇ......」
「なんだよ。お前も当事者なんだから、今更信じないとか言わないだろ?」
「当たり前よ。で?あの妖怪は何、ボランティアの妖怪とでもいうのかしら」
まだ信用していないのだろう。謝礼を断られたことを根に持っているらしい。
タダより高い物はない、という諺もある。相手が化物であることも加味すると、その警戒は妥当なものだろう。
だが、今回は例外だ。
「私もアイツに助けられた口だが。あいつの
「なら、自分のため?」
「いや、妖怪のためだ」
「え?」
呆けた顔をする博麗。
そういうリアクションになるわな。私も同じだったと思う。
妖怪に困っている人間に手を差し伸べる。しかし、
これは妖怪の生態が関係している。
先も述べた通り、妖怪は人間の想い、恐れ、感情から生まれる存在だ。そして、人間の感情を糧にして生きる存在だ。
「妖怪は人間の感情を食って生きている。つまり、人間に忘れられると死んじまうんだよ」
「えー。それ結構ダメな欠陥じゃない?」
確かに。かなり歪な生き物だと思う。そもそも生き物と呼んで良いものなのか微妙だが。
妖怪の大半は、人間を害する本能を持っている。ちょっとしたいたずらから死に至るようなものまで、いろいろだ。
そして本能に忠実に生きる妖怪は、考えることをあまりしない。人間をいじめたくなったらちょっかいを出す。殺したいと思ったら殺す。
そうすると、人間と妖怪のバランスが崩壊する時が必ず来る。
殺しを続けた妖怪は、その存在が大きなものとなり、いつか人間に見つかる。そうなれば人間vs妖怪の戦争の始まりだ。
一見、強大な力を持っている妖怪が有利に見えるがそうではない。なにせ、妖怪は人間がいなければ生きていけないのだから。
妖怪が長く生き続ける方法。それは、人間に見つかることなく。けれど妖怪を恐れる人間がほどほどにいる。そんな微妙なラインを維持し続けるしかない。
「つまり、あの胡散臭い妖怪はそのラインの調整をしているのね」
「そうだ。時には人間を食い物にし、時には殺しを過ぎた妖怪の首を撥ねる。そうやって人間と妖怪の共存を図っている、らしいぜ」
「......お代は金銭より感情で、か。なんだか人間みたいね」
贈り物は金額じゃなくて、気持ちがこもっていることが大切なんです、ってか。
ちょっと面白いかもな。
「理解したわ。あんたは調整用の人材紹介を頼まれていたのね」
「1度妖怪の被害を受けた人間は、質の良い感情を送ってくれるから、コスパが良いらしい」
「それなら何も気負うことなく、助けられてあげましょう」
「もともと気負うようなタイプじゃないだろ」
「なんなら謝礼を払ってほしいわね」
「逆に要求していく!?」
「妖怪なら一億円くらい簡単に盗めるでしょ」
「がめつ過ぎる!」
こいつの方ががよっぽど妖怪らしい。
「ふむ。決めたわ」
博麗は、ようやく着替えを終え、振り返った。
......着替え終わった、んだが。
「......」
「あんた友達いないの?着替えたんだから、感想の1つや2つ言ってみたらどうなのよ」
友達がいなさそうなのは、私よりも博麗だと思うんだが。
いや、それよりも。
「......なんだ。その服」
「何って、妖怪の言ってた清潔な服よ」
「清潔、ねえ......」
素っ裸から見ていたので、何を着ているのは全て把握している。
下着は、下は膝丈の裾除け。上は
その上に、トップスはフリルがたっぷりの襟が目立つ、
両腕には、トップスに袖がない代わりに、
最後に、いつもと変わらぬ大きなリボンを頭のてっぺんで結んだら完成だ。
......いや、やっぱり、なんだこれ。
一応、色合いから察することはできる。赤と白の二色。紅白でまとめられた衣装は、
「巫女服、か?」
「ええ。
「嘘だ!」
「なんですって!」
だって、いろいろおかしいだろ!
へそ丸出しだし!腋も丸見えだし!
神に仕える人間がこんな格好するわけないだろ!
やっぱり露出狂だったんだ!
「博麗......お前、そんな格好を、小学生の時から、ずっと......」
「んなわけないでしょうが!まともに着るのは今日が初めてよ!」
「え、でも、お前ん
「神社でお仕事するときは、もっと普通の巫女服を着るわよ!これは特別製!」
「――特別製?」
なんだ。てっきり神社(意味深)みたいな、罰当たりそうなこと考えたぜ。
「私の実家が社家って話はしたと思うんだけど。それとは別の一面を持っていたらしいわ」
「別の一面?」
「ええ。うちは、まあまあ長く続いてる一族なんだけどね。江戸時代の頃は陰陽師として働いていた、って話を母さんから聞いたことがあるの」
「陰陽師ぃ?」
これまた新しい単語が出てきたな。
しかし、陰陽師か。妖怪がいて、一定数がそれを恐れていたんだから、対抗する勢力が生まれるのは、謂わば当然か。
「この巫女服は、悪いお化けをやっつけるときに着るのよって。引っ越すときに、母さんに無理やり持たされたのよ」
「妖怪調伏の正装か。確かに、今の状況にはうってつけだな」
「ええ。着替えを悩んだいるときに、ふと思い出したの。そういえばお化け退治の装備セットがあったな、って」
「装備、セット?」
「あんたも見てるでしょ?これよ」
棚から取り出したのは、針とお札とビー玉っぽい何か。
「あ!それか!」
「無意識の妖怪に取り憑かれてからは、持つだけ持ってたのよ。何の役にも立たなかったけどね」
「このお札とか玉って、どう使うんだ?」
「知らないわ」
「おい!」
「知らないものは知らないわよ。たぶん母さんも知らないわ。一式持たされたのもお守り以上の意味はなかったと思う」
「へー。でも、お札はもしかしたら効果があったかもしれないな」
「どうして?」
「お札には神の力が込められているっていうしな。それに一年近く妖怪に乗っ取られてたくせに、お前、めちゃくちゃピンピンしてるじゃないか。なんかしらご利益があったんじゃないか?」
「......言われてみれば、そうね」
博麗は、そんなこと考えもしなかったのか、ぼーっとお札を見下ろして。
「なら、母さんに感謝しないとね」
ふっ、と。笑ったのだった。
......。
「......なによ。厭らしい目で見ないでくれる?不愉快だわ」
「は!?見てねーよ!」
「......あーやだやだ。こういう奴が巫女さんのストーカーとかするのよねー」
「だから、そんな目で見てないって!」
「死ねばいいのに」
「殺意100%!?」
くっ!46kgが重い!
「さてと」
博麗は棚からもう一つ、白い紙が付いた木の棒、
「もしもすべてが上手くいったら、勉強しないとなあ。授業あんまり覚えてないのよね......」
「別に頭が悪いわけじゃないんだろ?てか、むしろ良いだろ。ちょっと復習すりゃあ、どうにかなるって」
「あんた、ノート見せてね」
「なんでっ!?」
「別にいいじゃない。それくらい」
博麗は微笑した。
「快復祝いよ。いいでしょ?」
書いてるうちにいっぱい設定思いついちゃった。
戦場ヶ原さんリスペクトすると露出狂になるのは仕方ない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
胎児対峙退治
ぶっちゃけ深く設定してないから、深く考える必要は無い。
ここは地方の、さらに外れの町である。夜になれば周囲はとても暗くなる。家々の明かりは消え、眠りについた町は、ぽつぽつと間隔を開けて辛うじて灯っている街灯だけが頼りだ。
だから空を仰げば、満点の星空が目に飛び込んでくる。デネブ、アルタイル、ベガ。一般にも有名な夏の大三角が、月の無い今日は一等輝いて見えた。
だから、というのも、冷静に考えてみれば不思議な話だ。周りに人口灯が溢れていようと、いなかろうと。月の輝く夜も、隠れる夜も。星空は変わらずそこに在って、私の目に映らなくとも位置が変わっている訳でもない。いや、何光年がうんちゃらかんちゃら考えれば、今いる位置は変わっているのかもしれないが。
ともかく。
夜中の零時、少し過ぎたところで。
私と博麗は、例の廃品置き場に徒歩で来ていた。空を飛んで連れていけ、と博麗に言われたが、生憎複数人での飛行は試したことが無いので、安全を重視して、そうなった。
何も食べていないが、私は問題ない。博麗はどうだろうか。
無機質な板囲いを超えて、ゴミの山から飛び出た木片や金属パイプを避けて、壊れたブラウン管テレビがあった場所へたどり着く。
「え」
しかし、そこにブラウン管テレビはなく、無造作に置かれた裂け目だけがあった。ポンッ、と空中にある裂け目は周囲の風景に全く馴染んでおらず、端的に言うとめちゃくちゃ浮いていた。横に回って見てみると、厚さ1mmの黒い縦線みたいになってた。雑ぅ。
おそらくここを通ってこいということなのだろう。博麗をちらりと見やってから、私は裂け目に飛び込んだ。移動した。
少女移動中......。みたいな間はなく、チャンネルを切り替えたようにピッ、っと世界が変わった。いや、だから雑ぅ......。
目玉模様がたくさんある床、壁、天井。ソファと、そこに座る八雲紫。
「よく来たわね」
「なんか適当じゃなかったか?演出が大事だとか言ってたよな?」
「あの演出、普通に面倒臭いのよ」
「あ、そう」
「こっちの方がいいじゃない。Skipできるなら最初からSkipボタン置いときなさいよ」
この辺に、と自身の右上らへんをくるくる指差す博麗を無視して、もう一度周囲を見渡す。数時間前と特に変わったところはないように思える。準備がある、みたいなことを言っていたが、なんだったのだろうか。
「うん、お嬢さん、いい感じに清廉になっていますね。お見事です。一応確認しておきますが、お化粧はしていませんね?」
「生まれてこの方したことないわ」
「そう。それは素晴らしい。霧雨魔理沙。あなたも、シャワーを浴びてきたかしら」
「え、おう。......いや、私はいいだろ」
意外な質問に思わず言葉が詰まる。私は部外者だから、必要ないと思うのだが。と、八雲の目を見るとにんまりと、揶揄う色が見えた。それが意味するのは言葉通りの問いかけではないということ。
ふと、博麗に浴室に連れ込まれた時のことを思い出す。げんなりとした気分が蘇った。表情にも出てしまったのか、八雲の人を食ったような表情が、より濃くなったような気がした。
......なんか、いろいろ見透かされている気がする。流石、妖怪。ような、ではなく実際に人を食っているだけのことはある。
「あなたは代り映えしませんね」
「別にいいだろ、制服で」
「
「余計なお世話だぜ」
そもそも着替えなど持っていないし。
「では、さっさと済ませてしまいましょう」
八雲はソファから立ち上がり、博麗に中央を譲るように移動した。
私の数歩横で立ち止まり、振り返る。
「しかし、八雲。
「大丈夫とは、何がですか?年頃の少女たちを、夜中に引っ張り出すなんて真似をしているんです。早く終わらせたいというのは、大人として当たり前の配慮でしょう」
お前がそんなまっとうな感性を持っているわけないだろ。
「その、無意識の妖怪だか何だかって、そんなに簡単に退治でできるもんなのかって意味だよ」
「あら、もしかして、失敗するかも。なんて考えているのかしら」
八雲は扇子を開き、口元を隠した。
「まあ、無理もないでしょう。あなたの場合は私が見つけた時点で、
「......」
「確かに1年以上という長い期間妖怪に取り憑かれていたというのは、一般に
「今の博麗?」
「あの装い。霊力を感じます。そのつもりで見れば、彼女自身も有していると気付きました」
霊力。
私が持つ魔力とも、妖怪が持つ妖力とも違う、力。これは推測でしかないが、博麗の先祖にいたとされる陰陽師たちが持っていた力なのではないだろうか。
「あとは、あの覇王の如き傍若無人な自我。今日まで事故に遭うことがなかった豪運。そして一番は、あなたという存在がここにいて、同じクラスで、魔法使いになって、彼女を見つけるという偶然。ここまでくれば、彼女が未だに五体満足なのも、必然と言えるかもしれませんね」
霊力。自我。豪運。偶然。
それだけのものを持っている博麗が助かるのは、もはや必然、か。
じゃあ、助からなかった私は、どれだけのものを持っているのだろうか。
力は?意志は?奇跡は?運命は?
何も、持っていないのだろうか。
何も持っていなかった私が助からなかったのも、やはり必然、だったのだろうか。
......。
「で?妖怪退治って、具体的には何をするのよ?」
博麗が、手持無沙汰な様子で八雲に問いかける。腕を組んで、片足に重心を傾けて、リラックスした体勢。これからが正念場だというのに。そうとは思えないほどに自然体だった。
「あら、ごめんなさい。説明がまだだったわね」
八雲は私から博麗に目を移して、まるで心が籠っていない謝罪をした。
「でも説明するほどのことでもないわ。あなたと妖怪の間に
「境界?」
「そう、境界。私はスキマと呼んでいますが」
扇子を閉じて、左から右に線を引くように手を薙いだ。
すると、ぐぱり、と目玉模様の裂け目が開いた。裂け目の先には、箱型の大きな建物。暗くて分かりにくいが、建物前にあるこじんまりとした噴水から、それが私たちが通う御伽高校であると分かった。
「詳しいことを理解する必要はありません。時間をかけて癒着してしまったお嬢さんと無意識の妖怪は、簡単には離れません。ですが私が力を使って、無理やり引き剥がす。それさえ理解していただければ」
目の前にあけた境界を閉じながら、そう言った。
にしても、境界。スキマ、ね。
「つまりお前は境界の妖怪?ということか?」
「あら。お嬢さんはともかく、あなたも分かってなかったの?」
「知らん。胡散臭いスキマ女だとは思っていた」
「私も胡散臭い悪趣味女だと思ってたわ」
「あらあら」
閉じた扇子をもう一度開いて、口元を隠しながらウフフ、と笑った。
「妖怪と聞けば鬼、河童、天狗等、有名な種族が思い浮かぶかもしれません。でも実の所、妖怪というのは唯一無二の存在がかなりの数いるのよ」
「八雲紫以外に境界の妖怪はいないってことか?」
「ええ。少なくとも私が知る限りね」
「へー。お前も妖怪である以上、人間の感情から生まれたっていうのに。昔の人間は変なことを考える奴がいたんだな」
「あら?妖怪は何も昔に生まれたものばかりじゃないわよ?」
「え?そうなのか?」
なんか江戸時代に生まれたイメージが強いんだが。
「自分で言ってるじゃない。人間の感情から生まれるって。現代にも人間はいる。むしろ増えているんだから、その分妖怪だって生まれているわ」
「......言われてみれば確かにそうだな」
「現代の妖怪......。例えばどんなの?」
「そうねぇ......。急激に力を付けた妖怪と言えば、『妖怪1足りない』とかかしら」
「「あぁー......」」
「似たようなものに『ミリ残し』なんかも」
「「ああぁぁぁ......」」
博麗と共感の溜息を漏らす。
なるほど。そりゃあ最近のやつだな。
「かくいう私も副業で違う妖怪をやっているわ」
「え!副業!?妖怪に副業とかいう概念があるのか!?」
「境界、なんて自分で言うのもなんだけど、感情を集めやすいとは言えないもの。私ほど強大な存在になれば必要なエネルギーも増えますし、兼業しないとやっていけませんわ」
「......ちなみに、他にはどんな妖怪を?」
「『カバンの中に入っているイヤホンを絡ませる妖怪』とか」
「あれお前の仕業か!」
「死ねばいいのに」
あの日常の中でイラっとするあるあるランキング6位の『カバンの中に入れたイヤホンが絡まる』の正体見たり、スキマ女ァ!(自由律俳句)(私調べ)。
「あと」
「まだあるのか!?」
「『リモコンを隠す妖怪』とか『スマホを隠す妖怪』とか『掛け布団の長辺と短辺を入れ替える妖怪』とか『コーンポタージュの缶のコーンを残す妖怪』とか『スーパーの薄い袋の開き口がどっちか分からなくする妖怪』とか」
「こいつ、ここで退治した方が世のため人のためでは?」
「死ね。今すぐ死ね」
この世の巨悪の何割かは、こいつが担ってるらしい。
閑話休題。
「さて。では、始めましょうか」
巨悪――もとい八雲紫は、言う。
「落ち着くところから始めましょう。大切なのは、意識です。あなたという存在の隅から隅までを、自認すること」
「隅から隅まで――」
「リラックスして。無意識を追い出すの。その体はあなたのものよ。あなただけのもの。目を閉じて――指先、爪先、毛先まで。自意識だけで満たしなさい」
言われるまでもなく博麗はリラックスしていたが、深呼吸をした後、彼女は両手を左右に広げた。軽く肘を曲げ、胸の高さまで。指は人差し指と中指だけ伸ばし、他は握り込んでいる。
深い、呼吸の音だけが聞こえる。
すると。
ふわり、と。
博麗が、浮いた。足も、手も、体も床に触れることなく。宙に浮いている。
その姿は。もう何日も前のことのように思えるが、今朝の彼女、無意識の妖怪に完全に意識を奪われていた博麗と、とても似ていた。
しかし、あの時と違うのは、ゆらり、ゆらりと。不規則に宙を漂うことなく、奇妙な表現だが、根を張っているような安定感のもとに飛んでいた。
「この時代に、霊力の扱い方に自力で目覚めるとは......。恐ろしい子ね」
八雲のスキマの中は無風の空間のはずだが、彼女の髪は、スカートは、袖は、リボンは、ふわふわと翻っている。何かの力が発生している。八雲が言った霊力だろうか。
今の博麗は、まるであらゆる柵から解き放たれたかのようだった。地球の重力も、如何なる重圧も、目に見えぬ脅威も、今の彼女には全くの意味がないのではないか。そう本能的に思わせる。
「無理やり境界をつくるつもりでしたが。これなら、少し手を貸すだけで大丈夫そうね」
『人間と妖怪の境界』
八雲が何かを唱えて、何かをした。
分かったのはそれだけだ。目には見えないが、何か大きな干渉をした。
そして。
「あ!」
博麗の体が二重にぼやけて見える、と思った途端。彼女の体から、人型の何かが飛び出ていった。
それは、黄色のリボンを付けた帽子を被った少女に見えた。
本当にコレが犯人なのか、と疑念を抱いたが、すぐに晴れた。何故なら飛び出た少女が振り返った、その顔が――笑っていたからだ。初めて見た博麗の表情。口角だけが上がった形式だけ整えた笑顔。薄ら白く発光している瞳。不気味で、この世のものとは思えない怪しさ。
間違いなく、あいつだ。
あれが、無意識の妖怪。よく見ると胸元に、目を閉じた眼球のような物体が浮かんでいた。
じっと見つめていると、彼女はその勢いのまま動き続けて。
何かを打ち出してきた。
それはまるで弾幕のようで。青と緑の無数の玉が無差別に、無造作に、無意識に、スキマの中にバラまかれた。
「おいおい!攻撃してくるのかよ!」
「あら、元気ね」
幸い私は距離を取っていたこともあって、軽く動くだけで避けられた。八雲もいつの間にか手に持っていた日傘で弾幕を防いでいる。
しかし。
「は、博麗!」
こんな状況でも変わらず、周囲の変化に強制されることなく、博麗はその場から動いていなかった。避けようとも迎撃しようともしていない。何もアクションを起こそうとしない。
あのままでは必ず弾幕に当たる。
「くそっ!」
なら、私が!
足に――力を。
「待ちなさい」
八雲の声がした。
片手をあげて、私の動きを制した。
「見てなさい」
扇子を開いて、口元を隠しながら、変わらぬ態度で見ている。
斜め後ろから見ている私は、彼女の口元が僅かに見えた。扇子の裏でも、にんまりと笑っていた。
博麗を見る。
弾幕が迫る。
弾幕が触れる。
「......え」
弾幕は触れなかった。
博麗に当たらなかった。
いや、正確に言うと、
ふと。放課後、阿求との会話を思い出す。
希薄で、朧気で、何にも囚われない。誰も触れられない。まるで――透明人間のような。
気付けば弾幕は止んでいた。数秒前の穏やかな空間に戻った。
しかし、このままではいけないだろう。何もしなければ、またあの妖怪が何かするかもしれない。だったら今のうちに何らかの策を講じるべきだ。
八雲にそう問いかけようとして、やめた。
何故なら、彼女の顔が数秒前から変わっていないからだ。付き合いは長くない。が、
『......こいし』
『あれー?おねーちゃん?』
――既に終わっている、ということだ。
新たに現れたそれは、またしても少女の姿をしていた。
彼女の容姿で語る必要があるのは、たったの一点だけ。胸元に眼球のような物体が浮かんでいること。
つまり、彼女も覚妖怪。
『どこいってたの。帰るわよ』
『はーい』
何か言葉を交わしたのか、何度か口元が動いた後、2体の覚妖怪はどこかへ飛び去って行った。
――終わった、のか?
無意識の妖怪は去った。
博麗は知らぬ間に、地に足を付けて立っていた。どことなく存在感が強くなったような気がする。
博麗は八雲に目をやった。
私も後を追いかけた。
「妖怪退治完了、ですわね」
――そういうことらしかった。
霊夢が妖怪退治ってなって、苦戦する姿は想像できないんだよねえ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む