おまえんちヒールないの? (野井ぷら)
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1章
うちには電気がない


 おかしいな、と気付いたのは中学に入ってからのことだった。

 人里離れた山の奥、家族とボケたじーさんばーさんしか居ない集落でくらしていれば、常識なんてものはその範囲内で通用した話になってしまうもんだろう。

 

 お前も中学に通う年齢だ、いつまでも村にいてはいけないねぇ。なんて言葉と共に都会(もっと後になってそこが都会でもなんでもなくクソ田舎の地方都市だと知った)の学校へ送り出された訳なのだが、割と初日から衝撃の事実の連続だった。それはもう色々とありすぎて都会は凄いとしか思えなかったわけだよ。

 

 まずどうやら俺の暮らしていた集落。田舎暮らし通り越して原始的らしい。

 明かりと言えば薪とか蝋燭だと思い込んでいたんだが、都会には電気なんてものがあるらしいではないか。初めて電灯の明かりを見たとき、どんな魔術かと思ったぐらいだ。この話したら級友に笑われちまったし。おかげで仲良くなれたから、結果としちゃ悪くはなかったのだが。

 

 ていうか電気。

 電気すごい。

 俺も雷神の息子なんて呼ばれてたけどこんなにずっと雷を出し続ける事なんて出来ないぜ。

 スイッチ押したら明かりが点くし。テレビもなんかすげーし、車もなんかすげーわ。そういうの全部電気で動いてるっていうからもう凄いよ。凄い凄い言い過ぎて全部すげーわ。

 

 同じ言葉話してるのにこんな違うかーと感心しきりだったね。

 

 翻ってね、俺の暮らしていた集落はなんと閉鎖的で原始的な暮らしをしていたのだろうと思うのだよ。疑問にすら思わなかった俺も俺だが。

 

 集落の外に興味はなかったのかってよく聞かれるんだが、それもなかったんだよな。魔術の訓練とか色々やること多かったし楽しかったからさ。一回だけ親父の手伝いで遠出したことがあったけど、それもずっと山ん中歩いて目的地もわけわかんねー塔だったしな。それ以来二度とついていくかって思ってたんだけど、こんなことならたまに買出しに行く父親についていっときゃよかった。

 

 そんでもって今は友達になったタケシの家で遊んでいる。

 タケシの家はすごい。

 まずでかい。俺のとこの集落の畑くらいの面積全部が家だ。

 そんで変わったもの(俺基準)がいっぱいある。

 意味の分からないガラス細工だったり、なんかゴテゴテした時計だったり(時計は知ってるぞ)、仕組みがさっぱりわからん機械だったりとか。あと家事の手伝いしてくれるおっぱいの大きいフワフワした服きたお手伝いさんとおっぱいの大きい可愛い母ちゃんがいる。

 それより凄いのが「ぱそこん」だ。

 タケシの家に行くと毎回「ぱそこん」を触らせてもらっている。

 俺は教えればすぐに覚えて要領がいい子供だと父親や母親にもよく褒められている。その要領のよさは「ぱそこん」にも発揮できたのは僥倖だった。

 コイツは俺の至らない知識を全て補完してくれる。分からない事があればコイツで調べれば全部教えてくれる。凄い奴だ。

 

「なータケシー。この「ぱそこん」くれよー」

「あげてもいいけどさ、君の家電気ないだろ」

「そうだった……あっ、じゃあさ、スマホは? タケシめちゃくちゃ一杯持ってるじゃん。一つくれよ」

「あげてもいいけどさ、君の家電波届かないんじゃないの」

「そうだった……」

「大体人に物をタカるのはよくないよ。お小遣い……は厳しそうだから、ご両親にお願いしてみたら?」

「それは望み薄だぜ。貨幣という概念がうちの集落にあるのか疑わしい」

「さすがにお金の使い方くらいわかるでしょ……」

「この服とか親父が買出しにいって持ってくるけど、物々交換していたと言われても俺は驚かないぞ。というか割と最近までそうしているのかと思っていた」

「君って本当に面白い奴だね」

「もしかして褒められてる?」

「うん。とっても」

「あーーーーーぱそこん欲しいーーーーせめてスマホほしいーーー」

 

 駄々をこねてみると、タケシが何か思いついた顔になった。

 

「そうだ。メイジくん。Utuberになってみない?」

「なにそれ」

「スマホで動画を撮って、それをサイトに投稿する人たちのことをそう呼ぶんだ。ほら、いつも見てる動画サイトあるでしょ。ああいうの」

「『ためにならない』奴とか、そういうあれか。でもそれがどうスマホに繋がるんだ?」

「動画で再生数を稼ぐとお金がもらえるんだ。メイジくん元気だし、最初は僕のスマホを貸してあげるから、それでお金を稼いでみなよ」

「タケシ! お前は凄い奴だ! よし、やるぞ、目指せスマホだ!」

 

 

 

 

 とは言ったものの「何か面白いことやれ」といわれて「はーいじゃあ面白いことやりまーす!」とやれれば苦労しない。

 結局投稿する動画の内容までタケシに相談することになった。

 

「僕に相談するまで三日かかるとか、どんだけ悩んでたんだよ」

 

 タケシ的にはすぐに相談しに来るものだと思っていたらしい。

 ということは、タケシにはアイディア(覚えたての言葉)があるということだ!

 

「君ってさ運動能力凄く高いじゃない。体育の授業とか結構人間離れした動きとかするしさ。そういう所を動画に撮影すれば、きっと皆楽しんでくれるんじゃないかな」

 

 俺にはピンとこなかったが、詳しく聞いてみるとそういう他人が運動している所を見るのが好きな人という層があるらしい。やはりタケシは凄い。俺では思いつけないところだった。

 しかし運動かあ。

 

「運動って言われても何すればいいんだ?」

「パルクールでいいんじゃない? 学校の敷地とか使ってさ」

「まずパルクールを教えてくれ」

 

 こういうの、とタケシが見せてくれたスマホの動画では、都会(ここではない本当の大都会)のビルやオブジェクトで壁蹴りをしたり宙返りをしたり、飛び移ったりしている動画だ。

 

「凄いな。こんなデカい建物が都会にはあるのか」

「そこ?」

「まあこういうのでいいなら普通に出来るけど」

「すごいね。じゃあ最初は学校の塀でやってみようか」

 

 タケシの母ちゃんとお手伝いさんにお礼を言って、タケシの家から学校へ移動。

 放課後だからあまり人も居ない。以前、うちの学校は部活をするほど人が多くないからそういう活動も多くないとタケシが言っていた。でも楽器の音がしているから、吹奏楽部は練習しているみたいだ。邪魔しないように大きな声は出さないようにしよう。楽器できるやつとかマジリスペクト。(こういうと格好いいらしい。マサヒロが言っていた)

 

「ここの塀とかいいんじゃない? 僕等の身長より高いし、ジャンプしてギリギリ手がかかるくらいだ。これを軽く登って、塀伝いに走って向こう側で飛び降りる。みたいな忍者ムーブ?」

「そんなんでいいの?」

「まあ試しにやってみようよ。撮影は僕がやるからさ」

「ふーん。んじゃ合図頼むわ」

 

 始め。

 合図が来たのでとりあえず壁に向かって走り足をかける。

 正直登るも何も無いような高さなんだが、動画の感じだと捻ったり飛んだりするのが面白いのか?

 壁を踏み台に垂直跳躍。とりあえず膝を抱えて球みたいにくるくる回って、いい感じの高さになったら足を伸ばして塀の上に着地。体育の授業で習ったロンダートから後方倒立回転跳び、足が下のタイミングで大きく跳ねて、また膝を抱えてくるくる回りながら地面に着地。

 

「どう?」

「メイジくん凄い。よくそんなことできるね」

「練習すれば誰でも出来るんじゃね?」

「まあそりゃ……いや、どうだろう?」

 

 お互いに首を傾げる。

 確認したところ動画は着地まで撮れたらしい。自分の動きを第三者視点で確認するのって、何か物凄く変な感じだ。

 

「これ稼げるか?」

「イケるとおもうよ。このクオリティで動画を上げ続ければかなりの再生数稼げるんじゃないかな」

「うーん。折角だし、もうちょっと面白い奴撮ろうぜ」

「えっ、いいけど、何をするの?」

「MARUTOのエドテンの真似」

 

 漫画を読んで結構練習したから、実はこの物まねには自信があるのだ。

 もうちょっと広いところがいいかなと、校庭の端に移動する。

 

「じゃあ撮影よろしく。いくぞー」

 

 エドテンというのは、MARUTOという漫画の中に登場する忍術だ。雑誌って凄いし漫画って凄いよな。魂を呼び出して肉体に縛り付けて言う事聞かせるなんて、凄いこと考えるよな。お話の中とはいえ、これこういう術が本当にあったからお話になってるんだよな……俺にはそんなこと出来ないので棺桶っぽいものを地面からせり出させる所までだ。

 えーと地術だから、オド、イル、メ、カイ、カイ、ゼン、と。

 印を結んだら術の発動に必要ないけど、それっぽく地面にぱーんとして発動!

 ゴゴゴと背後にそれっぽいものが出てきたところで

 

「エドテンの術ぅ~」

 

 しわがれ声で言ってやれば完璧だ。どうだ決まっただろ。

 ん? なんだ? タケシってば口あいてるぞ。ちゃんと動画撮れてるんだろうな。

 

「メイジくん。やっぱり君、面白いよ」

 

 そういったタケシの瞳はキラキラ輝いていたような気がする。




ハーメルンで投稿するのは久しぶりなので色々不手際あるかもしれませんがよろしく!
キリのいいところまでは投稿しているので、もしよろしければ読み終わったところで評価いただけると幸いです!


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うちの近所に10万人もいない

 それからというもの、平日の間に動画の種を考え週末に投稿する習慣が出来上がった。

 投稿している動画は大分して二種類。

 一つが最初に撮ったパルクール系。

 俺としてはこんな地味な動画を見て何が面白いのか分からないのだが、タケシの勧めもあって続けている。こっちは主にタケシプレゼンツ(覚えた言い回し)の動画群だ。

 撮影場所は近所のどうってことのない障害物だったり、見晴らしのいい場所だったり、タケシの家だったりだ。そのうち都会に行って撮影したいと思っている。

 

 もう一つが物真似系。

 漫画とかアニメで見た技や術の真似をするっていう動画。なんでかそういう動画がなかったので、この分野に関しては俺が先駆者だ。

 最近はタケシの家でやったテレビゲーム(ぱそこんのもにたあ? でやるのになんでテレビなんだろう)の格闘ゲームの技をシリーズで投稿している。はどーけんが好評だった。あんな初歩の射出魔術の何が面白いんだろうか……リュウがやってるんだから誰かしらできるんだろうに。俺的にはサイコークラッシャーが格好いいと思うんだけど、今の俺じゃ真似できなかった。親父なら出来そうだけど、これ相手を攻撃するだけなら絶対射出魔術撃った方が強いよな……。

 

 そんな感じで一か月はあっという間に過ぎた。そして今、俺とタケシはドキドキしながらスマホの画面を見つめている。

 

「……おっ! 登録者数10万人突破したよ!」

「おっしゃー! やったぜー!」

 

 タケシ曰く、動画のくおりてぃもさることながら「稼いだ広告費で自分のスマホを買うために頑張っています」っていうチャンネルの説明が健気で受けているらしい。よくわからんけど自分専用のスマホが買えるならなんでもいいや。

 大体10万人超えたらスマホ買って月額料金払ってもお釣りがくるくらいの金額になるらしいから目標にしていた。これで俺も自分のスマホから動画を投稿できるぜ!

 しかし10万か。生きていてそんなでかい数字と直面すると思っていなかった。うちの畑で採れる野菜の中で一番多いのはメキルワッサヒなんだけど、それにしたって植わってるの数えても100ないくらいだ。それの千倍なんて言ったらメキルワッサヒに埋もれて窒息しそう。

 

「う~ん、でもこれだけやって10万人かぁ。正直動画の内容を考えれば1000万人超えてもいいと思うんだけどな……」

「マジかよ。人間ってそんなに暮らしているのか」

「なんか発言だけ切り取ると魔界の住人が現世に現れたみたいでちょっと面白いね」

 

 魔界の住人って時々出てくるって話をとーちゃんから聞いたことがある。よくよく考えると魔界ってどんなところなんだろうか。うちの集落より田舎ってことはないだろうけど、都会ほど栄えた場所ではないだろうな……そう考えると、嫌な奴が多いと噂の魔界の奴らにおのぼりさんとして親近感が湧いてくるぜ。まあたぶん魔界も田舎ってことでいいだろ。

 

「ともあれ10万人突破だ、乾杯しようぜ!」

「うん。かんぱ~い!」

 

 今日もタケシんちのジュースがうまい。あと山中さんはおっぱいがでっかい。

 

 

 

 

 

 明くる日、今日はいよいよ俺のスマホを買う日だ。なんかネットでぽちっとするだけで買うことが出来るらしいが、折角なのでお店で買うことになった。

 なんでネットのページでクリックすると買い物が出来るんだろう……? あのページに家妖精みたいな感じで人が住んでるのか……? だとすると俺たちのチャンネル登録者数も納得だ。きっとあの登録者数の中の何割かはネットページの家妖精達に違いない。ネットページの受付? なんて暇そうだからな。

 まあお店については正直俺には何が何だかわからないのでタケシ任せだ。でもスマホを選ぶときは真剣にやろう。

 

「メイジくんはどんなのがいいっていう希望ある?」

 

 んー、見た目はあんまり拘りないんだけど、光の反射は抑えた方がいいだろうから黒があれば黒一択だな。光沢もない方がいい。後はとにかく頑丈でいてほしい。落とす心算はないけど、登下校時の飛んだり跳ねたりで壊れるようだと持ち運びが辛すぎる。

 

「登校で飛んだり跳ねたり……? まあとにかく丈夫な奴で黒系ってことね。スペックとキャリアは配信のこと考えてまあまあいい奴でメジャーな奴にしておこうか。あとはスマホカバーっていうか飛んだり跳ねたりするなら鞄の中で固定した方がいいかもね」

「その辺はよくわかんねーから任すわ」

 

 スペック(カッコイイ)

 キャリア(超カッコイイ)

 意味は全く分からないけど、なんだか今日はタケシが一層輝いて見えるぜ。

 

「すみませーん。予約の花開院ですけど」

「いらっしゃいませ。こちらにおかけください」

 

 おお。端に置かれてない感じが凄い大人だぜ! でも大人に敬語使われるとなんか緊張するぞ。

 それからキャリア(超カッコイイ)がどうとか機種がどうとか色々やって、ついに念願のスマホが手に入った!

 

「うおおおおスマホだー!」

「よかったねメイジくん」

「家でもある程度使えるように気になったページは全部オフラインで保存しておこう」

「その機能使ってる人初めて見たよ……」

 

 当たり前だがうちの集落には電波なんてないからな。そもそも電気がない。

 あ、でもこれ従妹に見つかったらおもちゃにされるかもしれない。アイツ不器用だからすぐ物壊すしな……加減間違えてすぐ半殺しにするし……認識阻害の魔術は念入りにかけておこう。やりすぎると自分で見つけられなくなるから注意が必要だけど。

 

 これでよし。ようやく自分のスマホが手に入った。俺のスマホ生活はこれからだ!

 

「新スマホ第一弾はお礼の動画にしようぜ!」

「メイジくんのそういうところ、すごくいいと思うよ」



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広義の意味で田舎者でいいと思う

 世は夏。俺の家は山の中にあるからなのかそんなでもないんだけど、都会(田舎)の夏は死ぬほど暑いということを俺は身をもって知った。こんなに暑いんだったら先に言っとけよバカ親父。渋々苦手な氷雪系魔術を使って冷気を保っているが、ずっとやってると疲れるからそのうち止める。止めると暑いから余計ダレる。ダレた後魔術を使うともっとダレるというデススパイラル(かっこいい)に陥っている。

 やっぱ男は火炎魔術よ。男だったら自分の手で出した炎で肉の丸焼きを作る事に憧れるのは当然のことだ。なぜか女共は食い物の保存に便利だからと氷雪を持て囃すが、焼けば多少傷んでたって食えるんだ。だから火炎魔術最強。はい論破。

 

「でも、痛んでなければもっと美味しく食べられるよね?」

「丸焼き以上にうまい食い方なんて存在しないだろ」

「でもメイジくん給食で出てたとんかつをうまいうまい言って奪い合いしてたじゃん」

「とんかつを例に出すのは卑劣がすぎるぞタケシ。お前それは人としてどうなんだ」

「なんか文明人でごめんね」

 

 うん? うん。うん? まあいいか。

 それより夏である。こんだけ暑いとただでさえ身の入らない勉強に輪をかけて身が入らないと言い訳をしようと思っていたら、どうやら世間的にもこの暑さは耐え難いようで夏休みなるものが存在するらしい。

 別に俺は積極的に勉強したい訳じゃないからいいんだけど、タケシんちとか学校の職員室についてるエアコンを教室全部につけたらいいんじゃないか? 登下校くらいなら猪を狩るのと大差ないし。いや別に勉強したいわけじゃないからいいんだけど。

 

 話を戻して夏休みだ。中学生的には一大イベントらしいんだが、夏休み初心者の俺はイマイチこのびっぐうぇーぶに乗り切れていない。そういうときはぱそこんかタケシに頼っておけばいい。

 

「なら夏休みで都心の方に行ってみる?」

「おお! 行ってみたい! てか行ける距離にあんの?」

 

 山4つ先とか言われたら、俺の足でもさすがに日帰りできる自信はないんだが……。

 

「うん。電車で1時間ちょっとだよ。車だともうちょっとかかっちゃうから電車で行ってみようか」

「へー電車。電車かー! ついに俺も電車に乗る日がきたのかー!」

「乗ろうと思えばいつでも乗れたじゃない」

「俺貨幣持ってねぇからさ。電車って金いるんだろ? Utubeの金もタケシに任せてるし」

「そういえばメイジくん物々交換の民だったね……まあ収益から僕が出しておくからお金のことは気にしなくていいよ」

「じゃ予定立てよろしく! 今日は山中さん(お手伝いさん)いないの?」

「いるけどたぶん仕事中なんじゃないかな」

「おし、構ってもらいに行ってくる! 俺絶対山中さんを嫁に貰うんだ!」

「メイジくんのそういう素直なところいいと思うよ」

 

 都心かー。写真とか動画じゃ見たことあるけど、どんなところなんだろうなー。

 

 

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●REC

 

『はーいそれじゃあ生放送始めますー。今日は前々から街へ出かける約束をしていたので、その模様をお届けします。今メイジくんは初めての電車に乗って小学生みたいにはしゃいでいるところでーす。

 メイジくんメイジくん。初めての電車はどう?』

《すげえ。俺よりはええ》

『え、でも車だってこのくらいでてたよ』

《マジかよ。あんなトロそうな形ですげえな》

『電車に乗った感想が俺より早いって本当にメイジくん面白いですよね。皆さんもそう思いません?』

《ん? タケシそれ何してんの? 電話?》

『違うよ。今日は生放送するって言ったじゃない』

《生放送ってなんだっけ》

『んーーー簡単に言うとテレビみたいなやつ』

《すげえなスマホ! え、じゃあ俺今テレビに映ってんの?》

『ううん。僕たちのチャンネルでやってる番組に映ってるだけだよ』

《なーんだ。まあでも良かったか。テレビ出るんだったらタケシじゃなくてもっとプロフェッショナルなカメラクルーに撮ってもらいたいからな》

『メイジくん、最近プロフェッショナルって単語とクルーって単語覚えたんですよ。遊んでてもいっぱい使ってくるんで面白いです。

 あ、でもメイジくん。今もう1万人も見てくれてるみたいだよ』

《1万人? 1万人つったらあれじゃん。うちの畑で採れるたまねぎを100倍してもたりねーや。そんなに人間がいるの? マジそれだけの人間がどこで生活してるの?》

『出た、メイジくんのたまねぎ換算。ちなみにメイジ君のうちの畑ではたまねぎは二番目に育ててる野菜なんだそうですよ。

 ちょっと大きい町に出たら集合住宅がいっぱい並んでて、そこに人がいっぱい住んでるんだ。ほら、学校の近くにあるでしょ。ああいうの』

《へー。全然想像がつかねーや。あ! おい! おい! 都会が近づいてきたぞ!》

『あれ隣駅だよ。この間自転車で行ったじゃない』

《マジか! 全然でっかく見えるぞ! でけー! 駅でけー!》

『ほらメイジくん。今は僕たち以外に乗る人いないからいいけど、他に人が乗ってきたら静かにしようね』

《そういや他に人いないな》

『まあ、田舎の駅だしね』

《誰も乗ってこないんじゃね?》

『田舎だけどそこまで人がいないわけじゃないよ!』

 

 

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 で、でけえ。

 都会は本当にでかかった。

 地下かと思ったらクソでかい建物の中だったし、そもそもその建物もでかい。そんな建物がずらっと並んでて、その間を川の水みたいに人間が流れている。

 新宿には大体二時間くらいでついた。二時間って言ったら行きかえりの登下校合わせた時間と同じくらいだ。俺らが暮らしている奥卵からたったそれだけの時間でこの世のものとも思えないような場所にたどり着いてしまった!

 

 電車って本当にはええ。ここに来るまでの景色も凄かったけど、やっぱ本物の都会ってすげえ。奥卵は田舎だったんだ。そしてうちはクソ田舎ですらない何かであることが再認識できた。なんであんな不便な場所で暮らしてるんだか謎すぎるぞとーちゃん。

 

 いつまでも惚けてはいられないぜ。休み時間に計画した今日のやること表があるんだ。

まずはトチョーに行くぜ。

 

「メイジくん行き方わかるの?」

「まったく分からない。俺は雰囲気で歩を進めようとしていた。タケシ助けてくれよ」

「案内するのはいいけど、一人でどこでも行けるように地図の確認の仕方教えておくよ」

 

 ナイスだタケシ。やはりタケシは俺の知らないことを何でも教えてくれる。

 まず地図を探す? スマホの奴じゃダメなのか? 駅の中の現在地までは教えてくれない? いやいやいや、駅なんだから一か所しかないに決まってるだろ。えっ、ここまだ駅の中? 周りも? 出口が8つ以上ある? よし分かった苦しゅうない案内せよ。

 

 

 

 

 あっちこっち見て回った。都会はすごかった。

 車にも色々種類があることを知った。食い物はどこで食べても別に変わらなかったけど、地元(うちの集落ではない。奥卵のこと)と比較して種類が多かったから色々楽しめた。はらいっぱい。メロンソーダが一番美味しかった。タケシに聞いたところ別にタケシん家でも作れるらしいので今度山中さんにおねだりしてみよう。

 

「なるほどなー。都会は"色んなものがある"ってことか」

「まあそうだね。今の時代どこで暮らしていたって、欲しいものはネットで買い物はできるからね」

「いやーけどこの人の多さは衝撃的だわ。奥卵でもビビったけど、人間って本当にこんなに暮らしていたんだな」

「新宿は特に人が集まる場所だからね」

 

 本当にびっくりだ。何せこちとら山生まれ山育ち、目にした生き物大体野生の原始人だからな。でもこんだけ人間がいれば色んな奴がいるんだろうな。俺より猪狩るのが上手い奴も居るんだろうか。崖上降下殺法で俺の右に出るやつは、さすがに居ないと思いたいぜ。

 炎熱系の魔術師とかもいるのかなぁ。獲った肉の最適な調理温度とか一回語り合ってみたい。

 

「じゃ、残りの時間で動画撮影しよっか。広めの公園があるから移動しよう」

「おっけー」

 

 新宿に来てみて面白いなと思ったのが、建物が多すぎて場所が余ってないってことだ。だから奥卵みたいにはらっぱとかないし、いい感じの林もない。

 そんな中で駅からちょっと離れた場所にある公園は新宿だと割と珍しい存在なのかもしれない。

 

「今日は何撮るんだ?」

「新宿に来ました記念だし、魔術系で行く?」

「新宿って魔術どうなの? 勝手にやっていいの?」

「んー分からない。僕の知る限り魔術を使ってはいけませんって法律はないよ。危なくなければいいんじゃない?」

 

 危なくないの基準もよくわかんねーんだよな。まあたぶん爆発とかしなきゃいいよな? でもしょーじき今まで散々色々やったからネタ切れ感否めないんだよな……そもそも何が面白いのかよくわかんねーし……。

 

「ん? タケシ、あれってなんだ?」

 

 U字型の坂の間で勢いよく飛び出したり回ったりを車輪のついたローラー付きの板で繰り返している。なんだろうあれ、ああいう遊びなんだろうか。

 

「あれはスケートボードだね。ああやってバンクの間を滑ってトリックを決めたりする競技だよ」

「へー。ねーねーお兄さんたちー!」

 

 一応危ない競技? だからなのかフェンスで仕切られた向こう側でやってる人たちに声をかける。

 

「あぁ? んだぁ? 俺らに言ってんの?」

「そうそう。それどうやってるの? もっと見せてよ」

「あ、突然すみません。僕たちUtuberやってて、お兄さんの事撮影してもいいですか?」

「はあ? まあ別にいーけど。うぜぇけどオーディエンス居た方が盛り上がるしいいか……んじゃいくぞ」

 

 タケシは隣でカメラを構えていた。フェンスとか邪魔じゃないんだろうか。

 スケートボード? に乗ったお兄さんはガーって音を立てながら何回か行ったり来たりして、速度が乗ってきた所でぐぐっと身体を沈めて、台の上でぼーんと浮かび上がってクルクル回って着地した。

 

「すげー!」

 

 よくあんな器用な事しようと思い立ったな!

 その後もなんかよくわからないたぶん技なんだと思うけど、それを繰り返して最後に台真ん中を滑ってきてこっちにやってきた。

 

「ヴぉーすごかったー! よくそんなことできるな!」

「まあやってりゃそのうちな」

「その割に顔がめっちゃ得意そうじゃーん!」

「うっせーわ! なにお前ら、なんてチャンネルでやってんの」

「メイジとタケシの色々チャンネル」

「だっせー名前だな」

「当時はネットのノリが分かってなかったんだよ!」

 

 タケシは都会の人は排他的で怖いって言っていたが、ケンイチ君(スケボーをやっていた人)はふつーにいい奴だし話していて面白かった。スケボーをやらせてもらって仲良くなった。また遊びにこいと言ってたのでまた来ようと思う……迷子にならずにこれるかな……これるよね……。

 まー人間はどこにいっても人間だよな。都会だからとかそういうのないだろ。

 

 

 

「んじゃまたな。連絡するから暇だったらまた来いよ」

「うん。絶対くるぜ!」

「今日はありがとうございました」

 

 スケボーとケンイチ君との会話が盛り上がって、予定より帰りが遅くなってしまった。ちょっと暗くなり始めているから早く帰らないとな。これうちに帰るときは照明魔法使わないと足元見えないだろうなぁ。

 

 駅に向かって歩き始めたところで良く知る感覚。

 魔術の発動を感じた。

 

「なあタケシ。あっちで誰か魔術使ってるみたいだぞ。やっぱ新宿程人が集まると魔術が使えるやつも居るんだな」

「えっ。それ本当? 居ないと思うんだけどなぁ……」

「おう。ご丁寧に認識阻害の魔術も張ってるなぁ」

 

 でもなんかこう、下手クソだ。うちの従妹みたいな雑味を感じる構成だ。あいつ何回言っても直さねえんだよな……。

 

「何してるんだろうな。見に行っていい? まだ時間平気だよな」

「え、う、うん。行くの?」

「そりゃ気になるから行くよ。お、なんかバチバチ魔術飛ばしあってる感じだ。早くいこうぜタケシ!」

「わっ、待ってよ!」

 

 魔術が発動している場所は通りから一本入った場所みたいだ。往来のど真ん中を認識阻害で塞ぐなんて迷惑な奴らだ。まあ偉そうに言ったけどうちの集落は往来というか人がいなかったからその辺の良し悪しが分かってなかったりするんだけど。

 魔術が使えない人からは何も見えていないかもしれないが、俺の目だと油絵具みたいな半球が見えてきた。タケシも入れるように認識阻害の結界に亀裂を作っておく。

 にしてもきったねー術式だなー。きっとガサツな奴が描いたに違いない。

 

「逃がすな! 休ませないよう攻撃を途切れさせるな!」

 

 中では借金取りみたいな黒服で揃えた大人が3人、行き止まりに追い詰めた人影に向かって射出系の魔術を放っていた。

 

「クソッ、都市部での協定はどうした人間! お構いなしか!」

 

 追い詰められてるっぽい人は女みたいだ。

 頭部に羊みたいな角。金色の髪、蝙蝠みたいな黒い羽根、黒く尖ったくねった尻尾。

 ああ。

 新宿って魔界の住人(いなかもの)いるんだ。



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うちの近所に魔族はいない

1・26
名前がぶれてたんでラヴィーネに統一


 山の中で狩猟と自家菜園な暮らしを13年間してきた俺だったけど、今ではすっかり町暮らしのシティボーイ(マサヒロ談)な訳よ。文明を知ってしまったらもう家の中には居られないってワケ。

 ところで都会っ子かそうでないかの差ってわかる?

 そうだよね。スマホを持っているかどうかだよね。

 

「てワケだからお前田舎者。俺都会っ子。ユーノウ?」

「メイジくん。都会の子でも小さい頃は持たせてもらえないことが多いからその分類は無理があるよ」

「意味は分からんが馬鹿にされているのは分かったぞ。そこに直れ」

 

 最近授業で習った英語は魔界の田舎者には難しかったようだ。

 昨日新宿でなんか揉めてた? 魔界の住人。名前がなんとかかんとかラヴィーネというらしい。今日も元気に角やら何やらが生えて薄着だ。着替えとか持ってないんだろうか。

 あの後はなんやかんやあってタケシん家に泊ったらしい。

 それにしてもこの恰好で恥ずかしくないんだろうか。暑がりなうちの妹でももう少しつつましい恰好するぞ。俺で言ったらパンツ一枚みたいなもんだろ。例のクッソ雑な認識阻害で電車に乗ってたけど、俺だったら絶対ごめんだ。

 

「貴様、一体何者だ? 協会の連中とも違うようだが」

「まずその協会ってのが何なのか教えてくれ。実を言うと俺、都会のことはよく知らない」

 

 そう訊ねると、聞いてないラヴィーネの事情も含めて説明された。

 曰く、魔界と現世は古くから繋がりがあるらしい。

 曰く、魔界の秘宝が人間に盗み出されたからそれを探しているらしい。

 曰く、盗んだ下手人は魔術協会という組織らしい。

 曰く、魔術協会は現世(たぶんこの国のことなんだろう)の魔術を秘匿し占有している集団らしい。

 秘匿という割にはゲームとか漫画とかでモロバレしてる気がするんだけど、その組織大丈夫なんだろうか。

 

「本当にそんな組織が実在していたんですね」

「おいタケシ。なんで俺を見ながらそんな事言うんだ」

「いや、本当にメイジくん以外にもそういう魔法を使える人が居るんだなって」

 

 そりゃこれだけ人が暮らしてればその中に居ないわけないだろ。むしろ奥卵で見かけなかったことの方が珍しいくらいだ。あれ、もしかして奥卵って田舎……?

 

「そう、それだ。メイジとか言ったか。貴様、どこでそれだけの力を身に付けた? 協会の黒服3人を一瞬で倒すなど、生半な力ではないぞ」

「いやあんなふざけて遊んでる初心者くらいどうもこうもなくない?」

「えっ」

「えっ」

 

 俺は「男と女が揉めてたらとりあえず女に味方しろ」という、とーちゃんの言いつけを守っただけで、実はあの場の状況がよく分かってなかったりした。あの人達がイイモンでラヴィーネがワルモンだったら今日ぶっ飛ばせばいいかなくらいの心算でいたんだが、何かおかしかったんだろうか……。

 まあ魔術使って一人いじめてる奴なんてロクでもない奴に決まってるよな。うちの家族は事あればかーちゃん妹従妹の3人がかりで俺をフクロにしてくるロクデナシ共だからよく分かる。

 そんなことより。

 

「それよりお前、家とかどうしてるの?」

「そのお前というのを止めよ。私はエレキシュガル・フォン・ラヴィーネ。魔族の祖たるエレキシュガルが子孫、二十七代目の当主であるぞ」

「俺はメイジ」

「僕は花開院タケシです」

「名を名乗れと言っているのではない! 魔界の姫たる私に無礼だと言っているんだ!」

 

 そんな田舎(ローカル)ルール持ち出されても。そっちがその気ならこちとら雷神の息子だぞ。いや、そっか。そうだよな。分かるよ。俺もそうだったよ。都会のルールがまだ分かってないんだよな。都会には都会のルールがあるんだぜ。郷に入っては郷に従え(授業で習った)というんだ。だからここはお互い名前で呼び合うことにしようぜ。お前呼びしたのはごめんって。

 

「なんだその生ぬるい目は……まあいい。それで家か? 私が現世(こちら)に来たのは昨日のことだ。暫く現世を探索しているうちに協会の連中に追われていたのだ」

「初日だったんですね。そういう事でしたらこのまま家に泊っていきませんか?」

 

 おいおいタケシ。昨日から妙にコイツに優しいがどうした。

 

「あのねメイジくん。きっとラヴィーネさんも急に都会に来て不安なんだよ。メイジくんだって初めてこっちに来たときは驚いたんでしょ?」

「いや、俺は割と余裕だったぞ」

「メイジよ。声が震えているぞ。ちなみに私は全然不安などではない」

「だからそういう人には親切にしてあげなくちゃダメだよ。メイジくんはもうシティボーイの先輩なんだから後輩には優しくしてあげなくちゃ」

 

 先輩。先輩。シティボーイの先輩。そこはかとなく言葉の意味が通らない気がするけどなんていい響きなんだ。

 そうかー先輩ならなー先輩なら仕方ないなー。

 

「ということで暫くうちで暮らしていいですよラヴィーネさん」

「ふむ。ならば世話になるぞタケシ」

「はい。ただ、一つ条件があって」

「なに? まあいい。なんでも言うがよい。郷に入っては郷に従えだったか? エレキシュガル家の当主として恥じぬ働きをしてみせよう」

 

 

----

 

●REC

 

『え、えぇと……もう始まっているのか?

 は、初めまして。なんだか変な感じだな……。

 私の名前はエレキシュガル・フォン・ラヴィーネ。

 ね、年齢も言うのか?

 16歳だ。

 魔族の祖たるエレキシュガルが子孫、二十七代目の当主である。

 この度メイジとタケシの色々チャンネルのどうが? 製作に参加する事となった。

 今後ともよろしく。

 貴様ら現世のにん……あっ、皆さんと交流できることを楽しみにしています。

 これでよいのか?』

 

----

 

 ただ飯喰らいは迷惑だもんな。働かざるもの食うべからずっていうし。やっぱギブアンドテイク(覚えた)が大事だよ人間は。魔族にそれが当てはまるのか知らないけど。

 昨日からタケシがなんか企み顔だったのはこういうワケだったのか……動画の勢いがどうとか最近ずっと言ってたもんな……タケシ、恐ろしい奴。



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うちの山に服屋はない

1・26
名前がぶれてたんでラヴィーネに統一


 タケシの家の住人にラヴィーネが増えたが、俺の生活はそんなに変わってない。

 朝起きてさっさと家の用事を済ませて、スマホと財布とハンカチとティッシュを鞄に詰め込んでいざ奥卵だ。最近は夏になって盛った猪が多くて嫌になる。

 

 さて、今日は動画撮影の準備で立川までやってきた。いつまでも恥ずかしい恰好をさせていると俺たちまで恥ずかしいので、ラヴィーネの服を買いに来たのだ。

 最近は予算っぽい何かが動画の収益で出ている(らしい)から、その金で用意してついでに写真を撮ってファッションショー(そういうものがあるらしい)をやらせようという腹だ。予算があるといっても高い買い物なんて出来るわけないから、格安量販店での買い物ってことになった。

 ちなみに格安量販店って単語は今朝知った。ついでに言うと服屋にも入ったことがないから二人には言ってないけど実はけっこー緊張している。てか出来上がった服って店で売ってるんだな。いつもとーちゃんが持って帰ってくるから、買い出しのついでにうちの野菜と取引で交換しているのかと思ってたのに……。

 

 これからの動画はパルクール、魔術物まね、ラヴィーネ入りの動画企画、でやっていく事になった。そのうちラヴィーネも魔術物まねやるかもしれないけど。

 美醜の概念は俺にはよくわからないけど、ラヴィーネの顔立ちはぱそこんでよく見る歌って踊ってる女? とかの系統に似てるからたぶん悪い結果にはならないんじゃないかと思う。でも山中さんの方が絶対可愛いと思う。

 特にラヴィーネはうちの女共みたいに乳が小さい。山中さんくらいとは言わないけどもうちょっと頑張って膨らませた方がいいと思う。

 

「貴様こそ私より背が低いではないか。背を伸ばしたらよいのではないか?」

「成長期なんですー。これから伸びますー。ぜんぜんきにしてませんー」

「貴様のそういうところ、愉快だぞメイジ」

 

 うん? うん……うん? まあいいか。

 まあラヴィーネは俺より年上だしな。その分上背に差があるのは仕方のないことだ。年下の従妹も俺より背が高いが、俺くらいの年齢の女は男より身長が高いって保険の授業で習ったから大丈夫だ俺は何も心配していない。将来山中さんよりでっかい男になれればいい。いいんだ……。

 

「しかし現世の衣服は種類が多いな。ほう、これなど良いではないか」

 

 そう言って手に取るのは身体の線が出るピッタリしたタイプのニット服。やっぱそういう系統の服が好きらしい。

 種類がどうのっていうか、店の中いっぱいに服がずらっと並んでるのがすげーと思う。一回修行で魔力を使った繊維編みをやったことがあるけど、靴下片方の分作るだけで大変な苦労をした。都会じゃ服は機械が作ってるらしいけど、その機械だって作るのすげー大変そうじゃん。やはり都会はすごい。

 

「好むというよりは我が領ではこういった服飾が一般的というだけだ」

「それ田舎者の理論じゃん。都会に染まろうぜ」

「そういう貴様はなんというか……服の大きさがあってないのではないか? 正直見ていて野暮ったいぞ」

 

 なぜだ。大きめのシャツは身体の線が曖昧になって急所の所在を隠せるのに……。

 

「ラヴィーネさん。角や羽は仕舞えるの?」

「角と尾は無理だな。羽は畳めば穴が開いてなくとも問題ない」

「じゃあ帽子も一緒に見てみようか。キャスケット帽なんか似合うと思うよ」

 

 なんかタケシ、女の扱いが手慣れているような……まあ金持ちだしそういう機会も結構あったんだろう。うちのうるせー妹共もこの調子で手懐けてくれる事を期待しよう。

 

 

「なんで服を選ぶだけでこんなに時間がかかるんだ」

「買い物とはそういうものだろう」

 

 4時間! 4時間も「しめむら」「ヴニクロ」「ジーヴー」を回る羽目にあったんだぞ!

 勝手に一人で選べばいいのにあーでもないこーでもない無駄に悩みやがってー!

 いやでもコイツ一人にしといたらあのいつ破れるとも知れない認識阻害で街中ふらつかれることになるのか。それは不安すぎるから今日は仕方ないな。

 

「まあでもこれで認識阻害も必要なくなったんじゃないの」

「ふむ、自分では分からないが、二人から見てどうなのだ?」

「馴染んでると思うよ。少なくとも見た目で魔族だとは判別できないんじゃないの?」

「とてもお似合いですよ」

「似合っているかどうかは聞いていないのだが……まあよい。確かにこれなら術を使わなくていい分、協会の目も欺けよう。二人とも協力感謝する」

「貰った分動画の撮影で手抜くなよ」

「それはまだよく分かってないところが多いが努力はする」

 

 後日。ラヴィーネもまあまあ動ける事がわかったので一緒にパルクールの動画を撮って投稿したところ、ラヴィーネの容姿についてのコメントばかりが付いた。俺の動画なのになぜだ。



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猪より迷惑な奴はいない

 中学校生活は毎日が驚きと新鮮な刺激でいっぱいだけど、夏休みも毎日楽しめている。このままずっと夏休みが続けばいいのになんて考えてたけど、よく考えると俺の人生って今までずっと夏休みだったのでは……いや、よそう。

 

 例によって山から出て、電波が届く場所に来たタイミングでタケシにチャットアプリ(当然使える。何故なら俺はシティーボーイだからだ)で連絡してみたが、どうも今日は都合が悪いらしい。タケシがいないのにタケシの家に行くのもちょっと失礼かもしれないな。山中さんに会えないのは悲しいけど、会えない時間が二人の愛を育むってネットに書いてあったから今この瞬間にも畑の野菜みたいに愛がにょきにょき育っているんだろう。

 

 とりあえず午前中は自由研究を進めるとするか。俺の研究内容はズバリ奥卵の地理だ。まあ地理っていうかどこに何があって何ができるのかをまとめた地図を作ることだ。主に自分のために情報をまとめているんだが、来年中学に上がってくる従妹や妹の為にも用意しておこうという兄心だ。あいつらはきっと泣いて感謝するに違いない。するかなぁ。

 そのうち立川や新宿、他の町のも作るつもりだ。

 

 奥卵は一応日本の首都がある東京に所属する町らしい。奥卵より西に大きな都市はないから東京最西の町なんて呼ばれているとか。かっこいい。

 人口5000人前後。湖に面した地理上結構坂が多い。とは言えうちの山ほどではないからあんま気にならないけどな。

 中央線っていう東京を東西に横断する電車の亜種? みたいなのが通っていて、駅の周りは商業施設が多くてにぎやかだ。他はふつうの住宅らしい。俺にとってはしっかりした造りの凄い家だけど。町の家を見てから思うのは、うちの山にあるのは家ではなく小屋だということだ。

 新宿と比べれば確かに栄えていないけど、うちの集落に比べれば圧倒的に文明的だ。人口にしたって8人対5000人じゃ比較にならないし。

 

 そういう町のどこに行けば何が揃えられるのか、どんな遊び場所があるのか、危ない場所はどこなのかっていうような内容を地図として作っていく訳よ。地図作成は冒険の基本だからな!

 

 そんな事をしているとこちらに近づく集団の足音。

 なんだろうと目を向けてみると見慣れない男たちの集団だった。まずそもそも登下校以外で人間が集団になっている事が稀な奥卵であれだけの集団を形成している以上、ほぼほぼ間違いなく町の外の人達だろう。

 なんか手元のスマホと俺の顔を何度も見比べている。

 

「いたぞ! あいつだあいつ!」

 

 そう言うとゾロゾロと俺の前まで近づいてきた。何人いるのかな、さんの、6人か。まあ片手でいつでも行けるか。

 

「おにーさんたちなんか用?」

「おいお前、メイジとタケシの色々チャンネルのメイジだよな?」

「そうだけどお兄さんたちは?」

「俺は突撃系Utuberマグロだ。今日はお前のイカサマを暴きに来た。逃げんじゃねーぞ。ま、ダチ連れてきたから逃がさねーけど」

 

 お、なんか変な奴が来たな?

 

 

 とりあえず往来の真ん中でたむろしていると邪魔だから場所を変えた。広い場所ならいいでしょってことで学校に来た。今日は吹奏楽部もお休みでとっても静かだ。

 

「で、魔術を使えばいいの?」

「ただ使うだけじゃねえ。俺たちが生放送している所で生で使え。それも俺たちが指定した奴をだ」

「はあ。あんまり無理な奴じゃなきゃいいよ」

「じゃあ火。火出せよ」

「あ、ごめん。火はこの間危ないから止めろって先生に言われたから無理なんだわ」

 

 正直火を出すのの何が危ないのかよくわからなかったけど、先生がそういうなら何か理由があるんだろう。

 

「はぁ? この前動画でやってただろうが。やっぱ詐欺なんじゃねえか」

「だからその動画で先生に怒られたの。他のにしてよ」

「言い訳ダッサ……じゃあテレポート。テレポートしろ」

「テレポート?」

 

 テレポートっていうと瞬間転移ってことか?

 

「出来ねーんだな」

「そんなのでいいの?」

 

 瞬間転移とか地味な奴でいいのか。何かもっと派手なのを求められるのかと思っていたのに。ますますよくわからない人たちだ。

 

「お? おーいいよいいよ。言質取ったかんな。やれんならなやってみせろよ。ちなみに俺ら見張ってるからペテンで騙そうとしても無理だから」

「いや転移ごときで騙すもなにも……あー、んじゃ今やればいい?」

「いや待て待て。そーだな……俺たちがお前の周り囲むわ。んでお前がその中でテレポートする。これでどうよ」

「いいよ。あーでもちょっとまった、危ないから準備する」

 

 取り囲んでの転移だと雑転移は使えないな。範囲に入った空間ごと切り取るから腕とか入ってたら千切れちゃうしな。あれは痛い。

 対象を指定する奴でやるか。

 目印作らないとな。

 面倒だし水を凍らせて描くか。

 ミ、ミ、ヌル、ケ、オン ぴーっと書いて、ヒル、ヒル、カ。

 

「これ目印だから消さないでね。凍らせたから簡単に消えないと思うけど、消すと危ないよ」

「えちょ、今なにした?」

「なにって目印だけど」

「いや手見せろ。変な水仕込んでただろ」

「え? 別になにも……なあ早く囲んでくれよ」

「お、おぉ……じゃあお前ら囲むぞ。お前カメラもっとけよ」

 

 

----

 

●REC

 

 

『いつでもいいけど合図とかあるの?』

『んじゃカウント0になったらやれよ。出来るわけねえけど。3,2,1,0』

『シン、マヌ、オ』

『お。はあああああ!?』

 

――動画は手振れで乱れている

 

『ペガもタルシムもやってんのにそんな驚く? 逆昇竜で出るじゃん。あ、スマホ落として行っちゃった。切ればいいのかな? 交番に預けておくからね』

 

 

----

 

 

 というような事が昨日あったとタケシに話した。

 

「あー迷惑系のマグロが来たんだ。前から凸る凸る言ってたけど全然来ないからもう来ないかと思ってた」

「迷惑系ってなに?」

「他人に迷惑かけるようなことしてるところを動画にして投稿している人たちだよ」

 

 じゃあ嫌な奴だったのか。ぶっ飛ばせばよかった。

 

「まあまあいいじゃない。おかげでうちの動画の再生数も伸びたし、あちらの動画も伸びたみたいだしさ」

「いいのか? まあいいか。ところでさぁタケシ。もしかして魔術使うやつって珍しいのか?」

「僕はメイジくん以外で見たことなかったね。最近はラヴィーネさんが出てきたせいで自信がなくなってきたけど」

「でも珍しいって言ったってさすがに10万人とか居れば100人くらいはいるだろ。たまには使えるやついるんじゃね?」

「居るのかもしれないけど、人前で使う人は珍しいのかも。ほら、魔術協会も秘匿しているって言ってたじゃない」

「はーそうなのか。田舎者だから都会のルールはよくわかんねーな」

「田舎だからとか関係ないんじゃないかなぁ。ところでさ、僕って魔術使えるようになったりしない?」

「ん? 無理だな。俺が見てきた中で一番センスない」

「……ショック」

 

 魔術じゃなくて念動力とかなら向いてそうだけど、魔術が使いたいならしょうがないよな。



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うちの遊具は山と谷。冷やしすぎるな部屋と腹

 クーラ―は偉大だ。神なのか悪魔なのかは後世の歴史家(マサヒロの真似)に任せるとして偉大な存在であることは間違いない。なんでかっていうと氷雪系の魔術を使わないでも部屋の中が涼しくなるからだ。奥卵ほどではないにしてもううちの集落だって夏は暑い。きっと今頃家の中は暑がりの母親と妹のせいで地獄のような寒さになっているに違いない。室温管理のためにもマジで家に設置したい。なんでうちの女共は物を冷やす時に加減というものをしないんだ……。

 

「メイジ。貴様の番だぞ早くしろ」

「うるせーやい初心者の癖に偉そうに」

「そういうメイジくんだって人生設計ゲームやるの2回目じゃない」

 

 初回と2回目じゃ全然違う。俺には『経験』がある。それも競争という人生を設計し終えたという『経験』がな。あの時はタケシと山中さんにいいように嬲られたが今度は違うぞ。

 魔族の姫だか一位だかと上から目線でいるのが丸わかりだぞラヴィーネ。その油断がお前を転落へと導くのだ! 復讐マスぽちっとな。

 

「な、なんだこれは。私の人生は可愛い動物の医者となり伴侶も得て順風満帆だったではないか……急にこんな借金など……なぜ……しかも離婚? あれだけ旅行や宿泊だと仲睦まじい様子だったのになぜ……? 臣民たちよ、なぜ反乱を……?」

「バカめ。貴様の幸せなど砂上の楼閣よ。踏みにじられていた者たちの痛みを知るがよい! ……おい、そんなガチで泣くなよ、ゲームだぞこれ。ごめんって」

 

 すまんタケシ。ラヴィーネにテレビゲームはまだ早かったみたいだ。

 ひときわ暑い今日この頃。外の気温は35度を超えるらしい。凄いよな天気予報って。天気から気温からなんでも予想してくれるんだぜ。

 あまりにも暑すぎるということで今日はタケシんちで遊ぶことになった。折角3人いることだし何か動画を撮ろうという流れになり、ゲームのプレイ動画を撮っているところだ。でもこの調子じゃ没企画だな。

 

 まーしかしラヴィーネもタケシんちに随分馴染んでいるみたいだなぁ。タケシんちくらいでかいと居候も気にならないんだろうか。もしくは俺が知らないだけで結構居候とか来客が引っ切り無しに過ごしてたりするのかな。

 

「んー、まあ都内から人は結構来るよ。お父さんのお客さんだけどね」

「へー。向こうから会いに来るなんてタケシのとーちゃんすげーんだなぁ」

「どうだろうね。凄いかどうかは僕からは何とも言えないけど、尊敬はしているよ」

 

 うちのとーちゃんはどうだろう。割とポンコツなところあるから戦いの事以外はあんまり尊敬はできないかもしれない。

 タケシのとーちゃんはいい人だ。たまに顔を出して一緒に遊んでくれる。金持ちはイヤミなやつばっかりでロクでもないってとーちゃんが言ってたけど、あれは嘘だったな。

 

「そういやラヴィーネ。家宝の行方は掴めたの」

「ぐすっ……進展はあった」

「あるんかい。先にゆえよ」

 

 曰く、家の者が家宝の位置を探知する道具を用意してくれたらしい。お前何もしてないじゃん。いてっ! 分かった分かった!

 

「それがこれだ」

「なんか方位磁針みたいだな」

「原理としては似たようなものだな。エレキシュガル家に伝わる秘宝『メラージの涙』の魔力に反応して針が動く仕組みだ」

 

 魔力に反応……そんな道具が作れるんだなあ。すごい。考えたこともなかった。

 

「でもいつの間にそんなの受け取ってたんだ? 物があるってことは渡されたんでしょ?」

「ああ。普通に手渡しで受け取ったが」

「あのねラヴィーネさん。僕たちは魔界と現世がどうやって繋がっているのか知らないんだ。だから教えてもらえると助かるな」

「ふむ、なるほど」

 

 国のあちこちにある『神社』のうち、今は管理が放棄された場所がいくつかあるのだという。タケシによると奥卵にも今は管理されてない神社跡とかがあるらしい。魔界の入口っていうのはそういうところに繋がっていて、ラヴィーネも先日町のはずれにある境内で受け取ってきたということだ。

 

「なんでその持ってきてくれた人は一緒じゃないの」

「我々魔界の住人にとって現世は過ごしやすい場所ではないのだ。私ほど魔力が高ければその常ではないが、そういった魔力保有量を持つものは稀少だ。境内までなら界境故になんともないが、そこを越えようとすると恐らく灰になるだろうな」

「え、こわ」

 

 さすがに灰になった奴を元に戻すことは出来ないな……もし魔界の人と遊ぶことがあったら注意しよう。

 

「そんで、その針はどっち向いてるの」

「東だな。今後はこれを頼りに探索するつもりだ」

「じゃあ明日からはそれ使って電車に乗って探検しようぜ」

「……手を貸して……くれるのか?」

 

 なんかめっちゃ驚いた顔している。逆にこっちがびっくりしてタケシと顔を合わせる。

 

「いやそりゃ……俺たち友達だろ? なぁタケシ」

「そうですよ。水臭いこと言わないでください。それに家にまで泊めてるんですからせめて撮れ高くださいよ」

 

 うんうんそうだよな。友達付き合いっていうのはこういうことだってとーちゃん言ってた……うん? タケシ?

 

「貴様ら……正直その、助かる。私一人では見つけられたとしても奪還は難しいと思っていた」

「よし。じゃあ明日から頑張ろう。今日は暑すぎる」

「なんだか気が抜けるな……しかし明日も予報だと暑いとされていたぞ」

「持ち運びクーラーみたいな道具が魔界にあったりしない?」

「そんなものはない。大体現世の夏は暑すぎるぞ」

「日本の夏は特殊だからね」

 

 しゃあないから明日は氷雪系魔術で冷房纏って行こう。加減間違えると低体温症? とかいうので指が落ちるから嫌いなんだよな……。

 

 

 

 そうして翌日からラヴィーネんちの秘宝探しが始まった。こうして見るとなんか宝探ししてるみたいでちょっと楽しくなってくる。

 奥卵から漠然と東を針が示しているので、電車に乗って方位を確認。針の向きが変わったタイミングでも一度乗りすぎてみて、どっちの方角を指すかまで確認。その後もう一度反対方向で戻って~と繰り返して位置を絞っていった。

 そんなこんなで3日目。俺たちは新宿都庁の前に来ていた。

 

「悪の組織の根城が都庁だなんて、あまりにもベタな……」

 

 タケシがそんなことをこぼした。そういうもんなんだろうか。

 



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顔見えてないから顔面セーフ

「そういやラヴィーネと初めて会ったときもこの辺だったよな」

「もしかすると我が家の秘宝を隠している場所に近かったから警戒しての反応だったのか?」

 

 それはありそうだな。俺もメッコの実を隠していた場所を妹に漁られたときはすげー動揺したことがある。あれ以来家の中に食い物を隠すのは止めにした。木の洞に隠して置いたら猪に漁られていたときは泣いたっけな……。

 

「位置は間違いないが、この指針では方向しかわからないな。この建物はあまりにも巨大だ。どの階層に隠されているかを探すとなると骨が折れるぞ」

「あーまぁそれなら何とかなるだろ。ちょっとその方位指針かして」

 

 要はこの方位指針に登録されている魔力を探し出せば良いんだよな。ソルソル、ム、ワイ、キ、カラ、イ、ドムフ、メ、シンで採って、ミ、シン。良し出来た。

 

「これでいいな。んー、地下だな。結構深いぞ」

「ホームページで調べると、都庁の地下は三階までみたいだね。駐車場だけどそれより深い?」

「おいまてタケシ早まるな。メイジ、お前今何をやった」

 

 何って立体的におまえんちのお宝を探す探知をやってるんだけど。

 

「そんなことが出来るなら先に言え! だいたいそれが出来るならなぜ今までやらなかった!」

「いや大体の場所見つけるのに俺だけ方角分かっても納得感薄いだろ」

「何故こういう時だけ急にもっともらしいことを言うのだ……わかった。先導は任せる。私は認識阻害の魔術を使う」

「えーあの雑なやつぅ?」

「雑ではない! お前の術が複雑すぎるのだ! だいたいお前の術では効果が高すぎて我々がお互いを認識できなくなるだろう!」

「た、たしかに……」

 

 初めて気づいたぞその欠陥。この前かくれんぼやった時に見せておいて良かった。術使ったら本気で見つけられなくてラヴィーゼ半泣きだったしな。でも普通に隠れてるだけのタケシを見つけられないのはどーかと思う。

 ところで。

 

「なあタケシ。これって『ふほーしんにゅう』になるのか?」

「まあそうだね。でもバレなきゃいいんじゃない?」

「俺嫌だぞこの年でゼンカモノになるの。ラヴィーネ、ちゃんと姿見えないようにしてくれよ。心配だから俺フード被っとこ」

「心配するな。役目は果たす」

 

 そんな感じで探索は始まった。

 

 

「オン、ミル、ソ、コ、コ、ナン」

 

 地下駐車場から奥につながる扉があり、そこから暫く階段を進んでいくと建物の中に出た。探査で調べてみたところ明かりは付いてるし人の気配もあるけど、一部屋に固まって過ごしているな。何やってんだろう。鍵は魔術的なのがかかってはいたけど、トントン教授のなぞなぞの方が百倍難しいような出来だった。

 前に見かけた借金取りみたいな黒服の人たちもそうだったけど、もしかして魔術協会の人たちって初心者の集まりなのか?

 暫く進んだり曲がったり下りたりして、ようやく目的の部屋にたどり着いた。

 扉を指さして頷く。二人とも頷いたのを確認して扉を開ける。

 何もない天井の低い体育館みたいな広さの部屋の中央で、宝石とかをしまっておくショーケースがぽつんと設置されていた。中には黒い水晶みたいな球体が鎮座している。探知魔術はあの水晶に向かって矢印を向けているから、あれがラヴィーネが探していた『メラージュの涙』みたいだ。

 

「よかった。無事に見つかった……!」

「あ、ラヴィーネちょいま」

 

ウーウーウー!

 

 止めようと思うより前にラヴィーネがショーケースに触れてしまった。探し物が見つかると所かまわず取りに行きたくなるよな。気持ちはわかる。俺もくるみ割り用のとんかち見つけてその上に乗っかってたキリやらノコギリやらハンマーに気づかないで大変な目にあったことがある。

 触るとどこかに連絡が行く仕掛けがされていたのだけれど、警報に繋がっていたみたいだ。めっちゃうるさい。

 もうバレたみたいだしいいよな、力技で。ショーケースを拳で叩き割って中身をラヴィーネに投げて寄越す。

 

「投げるな! 家宝だぞ!」

「今度は失くすなよ。タケシんちで待ってて。俺も後から行くから」

「失くしていない。盗まれたのだ! て、え――」

 

 オド、イル、シン、マヌ、オ。

 

「タケシも家で待っててくれよな」

「えっ、メイジくん今なにしたの!?」

「家まで飛ばしたんだよ。ちょっと急ぐぞ。酔うかもしれないけど怒るなよ?」

「いやそういう話じゃな――」

 

 おー流石に二人も遠くに飛ばすとゴッソリ減るな。

 シャッターが下りた出入口が蹴り飛ばされて開いたのはタケシを転移させたのと同時だった。

 廊下の明かりを逆光に強そうな登場をしたのは普通のスーツを来たおじさんだった。

 ただ、普通のおじさんっていうには目がちょっと戦う人の目をしすぎて違和感がすごい。去年うちの集落に来た剣士の人みたいな目してる。

 

「メイジとタケシの色々チャンネルのメイジだな」

 

 あっ、こんな時まで俺その呼ばれ方するのか。

 俺は『雷神の息子』というかっこいい二つ名があるから是非そっちで呼んで欲しい。てかフード被ってるのになぜバレた。

 いやそうか。カマかけられてるのか。

 

「それはどうかな」

「御託はいい。五体満足で帰れると思うなよクソガキ」

 

 言うが早いか立ち昇る魔力。

 なーんだ、やっぱ都会にも居るじゃん。

 ちゃんとした魔術師。

 



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battle 対魔特別対策課 村木秀則

 東京都庁地下8階。存在しないはずの階層の広大な1フロアで二つの影が対峙していた。

 一つは小柄な人影。フードを被っておりその表情は伺い知ることはできない。

 もう一つはビジネススーツに身を包んだ男。無個性なグレーのビジネススーツと無難なネクタイだけでは到底覆い隠せていない濃密な暴力の気配を身にまとっている。スーツの男の名は村木秀則という。

 

 村木秀則は対魔特別対策課の職員という身分である。公にされていない組織であるため、対外的な身分は東京都庁の職員に偽装されている。

 対魔特別対策課は上位組織に皇室を戴く、古くは陰陽師から続く呪いへの対抗組織である。その予算は皇室や防衛機密費などで計上される国家防衛の秘中の秘であり、時の総理大臣並びに防衛大臣にしか存在を知ることが許されていない。

 かつての使命は這いよる魔に属するモノを払う事であったが、50年ほど前を境に地上へ現れる魔の眷族は激減したため、現在は主に国外からやってくる超能力者やテロリストへの対抗武力として日夜暗闘を繰り広げている。

 魔族が認識している『魔術協会』とは彼らの用いる特殊技能、『魔術』の存在を管理する部署で、対魔特殊技能秘匿課という別の部署だ。実際的にこの二つは綿密に連携しているため同一視されがちだが、荒事や現場仕事の殆どは対策課の職分であるため、所謂魔術協会と呼ばれている組織の実態は『特殊技能を持ったオフィスワーカー』の集団でありその練度は低い。

 

 だが村木は違う。

 村木が現職について12年。魔術を習得して25年。御年35歳。日々繰り返される超能力者との暗闘。平和な日本の空気を疎ましく感じる程闘争に満ちたキャリアだった。

 魔術の秘匿のため、通常は自衛隊入隊後の適性審査を経て教育が行われる。しかし村木はギフテットだった。偶然超能力者と魔術師の戦闘を目撃した際に魔術の才能が開花。以降学業の傍ら訓練を積み、現職の中ではトップエースの実力を保有するに至った。己こそが防人の武士であるという自負もある。

 

 得意魔術は火炎魔術。殺傷能力の高い超高温の炎から、熱量の変換など応用的な対応も可能な技巧派。制圧力は高いが抵抗された場合の生け捕りが難しい事が改善点とされているが、それでも運用されている事実は逆説的に制圧力への高い信頼があってのことである。

 

 村木は目の前の侵入者の実力を低く見積もってはいなかった。

 その正体が最近魔術協会をざわつかせている魔術系Utuberであろうがなかろうがどちらでもよく、厳重な防衛措置が行われていたはずの対魔局の最奥に易々と侵入した一事を重く見ていた。

 そして室内を観察すれば、安置されていた特記魔道具『癒しの水晶』が見当たらない。破壊されたか、何らかの方法で既に持ち出された後か、いくつか可能性が脳裏を過ぎるがそれらを無視して目の前の相手に集中する。

 可能であれば捕縛したい。しかし己の手札では捕縛を目的とした有効な魔術はない。

 故に行動不能にして生きていたら捕縛する。

 方針は定まった。結局やる事はいつもと同じである。身体の内より溢れる魔力の流れを腕に通して魔術を構成する。

 

「爆炎よ!」

 

 魔術の結果や威力は8割が術式に依存し残りは言霊に依存する。要は作った術式にどれだけ結果に対するイメージと気持ちを込められるかであり、発する言葉自体はなんでもよい。

 刹那、術式を通過した魔力が両腕を通して高熱体として発射され、中空で強烈な閃光を放ち急速に膨張した。しようとした。

 

『――――』

 

 対面から冷気の塊がぶつけられ、爆炎の効果は相殺された。

 

(なん――っ、いや、ならば)

 

 思ってもみない対応に一瞬思考が漂白されかけるが、村木は続けざまに火球を3つ打ち出し、漂う蒸気の靄を突っ切り斜めから角度を変えて弾速の速い槍型の炎を打ち出す。

 

『――。――――』

 

 火球に対しては水の塊がぶつけられ、衝突の勢いと急速に熱せられ水分が水蒸気爆発を起こして弾けて混ざる。炎の槍はと視線を動かせば、ゴトリという音と共に直方体の氷の塊が床に落ちていた。横面に直方体の長辺まで穿った穴が空いていた。穿孔は炎の槍を受けてぐつぐつと煮えたぎっており、やがてただの水たまりになった。

 村木の全身は総毛だつ。

 

(み、見切ったのか。攻撃の一瞬で。俺が使おうとした魔術の系統、規模、数、威力を! バケモノか!)

 

 攻撃の結果は全て『相殺』。

 押し返されるでもなく、打ち貫くでもなく、全ての結果が同程度の反抗魔術によって効果を打ち消されている。改めて相手を見れば一歩たりとも動いていない。これまでの攻撃を脅威と見られず対処可能であると判断されている証左だ。

 その刹那、相手の姿が消える。

 瞬間転移か。

 単なる高速移動か。

 耳朶を打つ体重の軽い足音――隠形ないし透明化!

 

「ならば逃げ場のない攻撃ならどうだ!」

 

 相殺も回避も不可能な規模の攻撃を決断する。部屋ごと焼き尽くすと決意し術式を構成し、発動の意を出した瞬間だった。

 

(水――)

 

 八方向。

 十六方向。

 三十二方向。

 六十四方向。

 あらゆる角度からすさまじい勢いの水流が村木に襲い掛かった。水圧で身体がコマのように弾け回り平衡感から何からあらゆる感覚が混乱していく。

 

(相手にできたこと、俺にもできるはずだ!)

 

 混沌とする視界と喪失した平衡感の中、あらゆる水源に向けて火球を打ち出す。

 全ての水源をせき止めるには至らなかったが回転は弱まる結果となった。

 だが――

 

「多……すぎる……」

 

 身に纏う水流を弾き飛ばしたその先に。

 照明を受けて輝く水の粒と、星が瞬くように天井を覆う無数の水球、そして逆光の人影。村木が記憶する意識を失う直前の最後の映像だった。



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うちの集落に友達はいない

 あのおじさんをやっつけた後は隠蔽魔術を使ってふつーに都庁を出て電車で奥卵まで帰った。長距離の転移は転移先に物があったときがめっちゃ危ないしそもそもめちゃくちゃ疲れるので、急いでないなら使わない魔術だ。

 うちの集落だと木が生い茂ってて開けた場所ってのがそもそもないから使いどころ殆どないんだよね……。横着した従妹がトイレに転移してきた時はグチャグチャになって地獄みたいなことになったなぁ。

 

「じゃあ今日帰るんだ」

 

 それでラヴィーネんちのお宝を取り返した翌日。

 いつものようにタケシんちにやってきた俺を迎えたのはラヴィーネからの別れの言葉だった。

 

「ああ。二人には世話になった。この恩はエレキシュガル家当主として必ず返す」

「いいよ別に。気になるなら今度ジュース奢ってくれよ」

「僕は刺激的な出来事がたくさん経験できたので、それでいいですよ」

 

 タケシ、お前ってやっぱたまに考え方がアウトロー(マサヒロが言ってた)だよな……。

 それから改まった様子でラヴィーネが続けた。

 

「そうはいかない。果たすべき礼は果たすさ。私如きの手が必要な時はいつでも言ってくれ。必ず協力する。

 それに……当主だなんだと息巻いていたが、実権は叔父にあるからお飾りなんだ、私は。だからきっと来ようと思えばまた来れると思う。でもきっと、暫くは会いに来れない。色々とやることがあるんだ」

 

 魔族は色々大変なんだな。よくわかんないけど頑張れよ。

 

「ラヴィーネさんが使っていた部屋、そのままにしておきますから」

「うん……ありがとう。タケシ。メイジ。それに実を言うと私としてもすぐにでも帰ってきたいんだ。正直もうスマホとアウスタがない生活は考えられない。私は好きで生きていく」

「アッ、ハイ」

 

 アウスタにどっぷりハマって何かに目覚めたのか、ラヴィーネ……。

 最初はタケシに言われたから始めたみたいな言い訳してたけど、次の日くらいから結構ノリノリで写真投降してたもんなお前。

 ショーニンヨッキュー(かっこいい)が満たされるって奴なのかね。

 

「少なくとも夏休みの間には戻ってこれないと思う。二月……いや四月くらいはかかると思う。戻ってきたら必ず連絡する」

「ええ。待ってますよ」

 

 おう。また盗まれないように気を付けるんだぞ。

 ……一応俺もマーキングしておくか。次があったらすぐ手元に戻せるようにしとこう。

 

「じゃあ、暫くの間、お別れだ」

「またな」

「道中お気をつけて」

 

 握手をしてラヴィーネは颯爽と帰っていった。神社跡の境内から帰るんだろう。

 にしてもヴニクロのニット着たまんまだけど、あいつの地元で変な目で見られやしないんだろうか。初めて会った時裸みたいな恰好してたけど。

 さて。

 

「メイジくん。今日はどうするの?」

「んー、俺はちょっと用事があるからそれ片づけてからかな」

「珍しいね。今日は山中さん居るよ?」

「なら後で戻ってくるわ!」

「メイジくんのそういうところ、もっと山中さんに伝わるといいね」

 

 おう。俺は元気いっぱいだぞ!

 

 

 

 

 

 奥卵は湖に面した町で、そのせいか割と傾斜がきつめの坂が多い。つまりそれだけ眺めがいい場所も多くて、今座ってるベンチも湖への見晴らしがいいスポット(言いたい)なわけだ。

 ……そろそろかな。

 こつこつこつと革靴が地面を叩く音。段々近づいてきて、ついに俺の隣に腰を下ろした。

 何そのムーブ。映画みたいで超かっこいいんだけど。

 

「意外だな。もっと町はずれで待ち構えていると思っていたが」

「別に遠くに行く必要もないしね。それにずっと魔力で所在を主張してたじゃん」

 

 現れたのは昨日ぶりのスーツのおじさん。都庁の地下で戦った人だ。何しに来たんだろう。

 

「でもよくここが分かったね」

「協会の人間はお前たちがこの町で活動している事を全員知ってるぞ。というかお前たちのチャンネルの動画を見ていれば特に隠されてもいないだろう」

「へー。そういう事した方がいいんだ」

「住所が割れると不要な面倒を抱える事にもなりかねんからな。あくまで一般論的には所在が分かるような情報は載せないのが良しとされている」

「ありがと。タケシに聞いてみるよ」

「……妙なガキだなお前は。昨日戦った相手が自分の住処に現れたんだぞ? 少しは不安に思ったり緊張したりしないのか」

 

 そりゃうちの居間でかーちゃんとお茶してたら会話が二言以上続いている事に驚くかもしれないけど、奥卵で出くわしても特には……。

 

「おじさん別に戦いに来たわけじゃないんでしょ」

「分かるのか?」

「戦う気があるなら少しは隠すでしょ。大体奥卵でこんな時間にスーツ着て歩いてる人なんて目だって仕方ないよ」

「フッ、それもそうだな。まあ負けた俺がお前相手に粋がっても仕方がない」

「今日はどうしたの?」

「……これは独り言だ」

「えっ、話しかけてるじゃん」

「独り言だ」

「アッ、ハイ」

「俺が所属している局、魔族共が呼ぶ魔術協会は癒しの水晶の行方を懸念している。昨日『何者かに』襲撃され奪取された魔道具だ。これが敵性国家に運び出されたのではないかと懸念されている。物の行方さえ知ることが出来れば襲撃犯への捜索は打ち切りになるだろう」

 

 うん。うん……? うん。

 

「具体的にどこに行ったのか俺は知らないけど、あれ元々ラヴィーネんちの宝だったらしいよ。だからラヴィーネが実家に持って帰った」

「つまり魔界だと?」

「まあたぶん。ラヴィーネは今日魔界に帰ったよ。暫く遊びに来れないとも言ってた」

「ふむ。元々物の出所が魔界だったのか。秘匿課の連中、余計なものを拾ってきやがって……」

「拾った? ラヴィーネは盗まれたって言ってたけど」

「報告では魔界の出入口を巡回していた際に拾得したとされていた。大方盗んだ魔族が現世の圧力に耐えられず境内を出た所で四散して物だけが残されていたのではないか」

 

 え。じゃあラヴィーネ逆恨みじゃね?

 

「いや、日本の法律で判断するなら盗品等保管罪が協会側に適用される可能性はある。侵入した下手人の行いが正しい訳ではないが、遺失物を法規に則らず取り扱った協会側に非が全くない訳ではない。が、実際に正規の手続きを踏んで返還要請をしたところで超法規的措置が執られる可能性は高いだろうな」

 

 つまり……どゆこと?

 

「物が現世(こちら)にないのならこちらとしては問題はない。昨日は何もなかった。拾ったものが落とし主の元へ返された。そういうことで手打ちにしないかという事だ」

「ちょーほうきてきしょち(言いたい)ってことだ」

「そうではないが、まあそのようなものだ。今後は直接的な行動に出る前に一度協会に問い合わせろ。そうすれば減る面倒もある」

 

 そう言っておじさんは立ち上がった。改めて見ると背でけぇな。俺もこのくらいになって山中さんを抱きかかえられるようになりたい。いや今でもできるか。後でやってみてもいいか聞いてみよう。

 てか連絡ってどうやってすればいいんだ?

 受付で名前と内線214番って言えば繋がる? 何それカッケェ……。

 それはそれとして。

 

「おじさん。また会える? おじさんの連絡先教えてよ」

「何故会う必要が? お前からしたら我々のような存在は疎ましいのではないのか?」

「だって俺たちってちょっと喧嘩しただけの間柄でしょ? それに、都会に出てきてから初めて会ったちゃんとした魔術師だし」

 

 そして何より炎熱系だ。是非とも肉を焼く温度について語り合いたい。

 

「ふっ……ちゃんとした、な。仕事で年中飛び回っているが、東京に戻ってきて時間が合えば考えてやる。事前に連絡を寄越して置け」

 

 そう言って背中越しに名刺を指で弾き、ふんわりした風で調整して俺の胸ポケットに入れた。

 ヤベ。なにそれ、チョーかっこいい。俺もやりてぇ。大人だわ。

 こうして友達が一人帰り、友達が一人増えた。

 都会っていいなぁと思ったある日の夏休み。




ここまでで一章です。
キリのいいところまでは投稿しているので、もしよろしければ評価貰えると嬉しいです!
基本なろうの更新に合わせてこちらも更新していきます!

あとなろうのほうで乗っけてる「12ハロンのチクショー道」もよろしく!


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メイジとタケシについて語るスレ【part24】

掲示板回


ハロー名無しさん 202X/08/02

物議をかもしている動画はこちら

【ペテン士メイジとタケシ人生終了www魔術(笑)のイカサマ暴いちゃった件www】

リンク

衝撃のデビュー作はこちら

【真似してみた】エドテンの術【MARUTO】

リンク

【やってみた】学校の塀でくるくる【真似すんなよ】

リンク

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

これガチ?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

まだ分からん。盛大な釣り動画の可能性もある

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

だから一万回いっとろーが生で見てたけどガチで消えてたんだって動画にも残ってるだろ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

いや消えただけじゃまだ何も分からなくないか?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

そもそもテレポートする前からヤバイことやってる定期

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

本当に当たり前みたいに指から水出してそれ凍らせてたよな

水鉄砲から水出すみたいだった

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

そもそもなんで今更こんな盛り上がってるん?

魔法使えるのなんて前からやってただろ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

いつもは動画だったから言い訳の余地があったけど、今回はガチの生放送でしかも敵対的な配信者の配信だったから決定的だった

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

これメイジはどの程度のことが出来るんだろうな

動画見返してみるか

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

今までやってきたこと全部できるってことだもんな。割とマジでヤバイ奴なんじゃないか? なんでこんなやつが放っておかれてるんだ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

言うても映像やん。魔法なんかないで。ワイは魔法使いの条件整えて30過ぎたけど使えんもん

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

あ、いまそういう話してないんで……

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

オカルト板の連中がイキイキしてたな

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

そら魔法があるってなったら諸々常識覆るだろ

なくても陰謀論で一生シコってた連中だぞ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

別に俺らが使えるわけでもなかろうに

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

昔からあったのか、コイツだけが特別なのかは知りたいよな

政府さん、この人です。モルモットにしてください

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

こわ。かわいい盛りの中学生男子になんてこというんだ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

昔からあった→なんでワイら知らないんや?

今急にでてきた→なんでワイら出来ないんや?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

自分のことを魔法使いか主人公だと思っている精神異常者

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

再生数エグ

マグロの動画で一番回ってるぞ

2000万は流石に笑い止まらんやろ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

メイタケのチャンネルの方もクッソ回ってて草

流石に国外からもアクセスがあると分母が違うな

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

しかもまだまだ伸びるっていう。1億いくんじゃね?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

オカルト板の連中は魔法の存在を隠している組織の存在を疑ってるな。

ありがちだけど一番ありそう

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

これだけ大々的に拡散されたらもうどうしようもないだろ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

分からないのが初投稿から今まで投稿が続いている点だよな。

そういう組織なり機関があるなら真っ先に消されてしかるべきなはずだ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

いきなり消すと逆に目立つからでは?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

それ有り得るな。

事態を見守っていくうちにもう取り返しがつかない状態になってたとか

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

案外普通に気づいてなかっただけかもしれんぞ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

そんな間抜けに管理されてて今まで存在がバレてないわけなくないかw

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

頭のおかしい大人がこんな力持ってたらヴィランになる可能性も考えるかもしれないが、メイジ自体はただの田舎から出てきたガキなのがまた

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

メイジのあの性格はキャラなのか天然なのかわからん

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

初新宿の時の放送で水族館の魚群で興奮していたあの子が悪い奴だなんて思えん

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

可愛かったよな。

うちの川にこんなに魚居ないってはしゃいでてズレてんなとも思ったがw

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

うちの川とかいう国王ワード

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

大体メイジが使ってる魔法って何なんだ?

なんか呪文唱えたりしてるが

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

呪文や条件を変えることで結果も変わるタイプの能力なんじゃないか

超能力的にはやってること殆ど念動力で対象物を操作していたってことで説明できるんだが、テレポートとなるとちょっとわからんな

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

サイコキネシス的なやつとかパイロキネシス的な奴か

それ考えると魔法使いじゃなくてただの超能力者だったりするのか?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

まるで超能力者が普通みたいな物言いはヤメロ

いないよな超能力者?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

魔法使いが出てきた以上なんでもアリな気はしてくるな

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

奇跡も魔法もあるんだよ?

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

鏡の中の世界もあるんやろか

いつか変身ベルトを手に入れた時のために続けてきた筋トレが20年目にして役立つ時が来たか

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

自分語りきっしょ

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

この中に未来人宇宙人超能力者以下省略

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

メイジに頼めば魔法教えてくれんのかな

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

前放送の時に聞いてみたけど、教えたことがないから使えるようになるのかわかんないらしい

あの口ぶりだと頼めば教えてくれそうだが

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

あんま凸とかするなよ

魔法が使えるって言っても学生なんだから

 

ハロー名無しさん 202X/08/02

彼とはどこに行けば会えますか?

 

 

 

 

 

 

アウスタウォッチ総合【part2612】

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

アウスタっていや今話題のメイタケチャンネルのラヴィーネちゃん。

魔族の姫っていうイロモノなデビューだったけどドチャクソ可愛い

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

乳がないから女人気も高いらしいな

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

実家に帰るから暫く更新出来ないらしい。ワイ涙

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

つつましい体つきなのになんか妙にエロいよな

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

わかる

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

角とあいまってまじサキュバス

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

サキュバスとか淫魔っていうワードにクッソ沸点低いから注意な

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

あの角なんなんだろうな

キャラ付け?

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

わかんね。でも可愛いから許す

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

角無いverも見てみたかったな

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

あるぞ

加工だが(リンク)

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

神あらわる

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

メイタケが話題になりすぎたから止めちゃうのかな

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

関係あるのかね

そもそもどういう関係だったのか気になる

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

ラヴィちゃん16歳でメイタケ13歳だろ?

そらもう色々よ

マジでどういう関係なんだろうな

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

タケシ曰く親戚でホームステイしているらしいぞ

その割には随分日本語ペラペラだったが

 

ハロー名無しさん 202X/08/06

魔界は日本だった……?

 

 



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♪♪♪♪魔界の姫☆エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ☆16歳♪♪♪♪

インスタ風UIの再現ってハーメルンのタグでできたりするんだろうか


 自分の姿を絵として記録する魔道具は我が領でも少し高額だが用意することが出来る。実際我が家にもあり、季節の行事や家族が集合した絵を記録していた。

 ただこのスマホのように手のひらサイズで個人が自由に使えるかというとそうではなかった。現世の道具には仕組みの分からない便利なものが多いものだ。

 この絵を保存する仕組みを『写真の撮影』と呼ぶらしいが、タケシ曰く現世にはこの撮影した写真を世の中に向けて発表し、不特定多数に見せることが出来るのだという。発表された絵や写真、動画などに対して見た側も反応を返すことが出来、交流を行うことが出来る。そういう場所がこの『アウスタ』なのだそうだ。

 タケシは私にこの『アウスタ』で私の写真を習慣的に投稿してほしいと言っていた。これは代価としての行為であるから当然行うのだが、私とてエレキシュガル家の当主。人に見られることには慣れているので写真を撮影して投稿することにも否やはない。

 ただ勝手は分からない。やり方は教わっているのでまずはやってみる事だろう。

 

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e_f_love_iine

エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ 202X/07/29

 

【初投稿】

今日世話になっている者共と現世の服を買いに行った。

このアウスタなる場所で写真を投稿しろと言われたのでやることになった。

不慣れ故至らぬ点もあるやもしれないが寛大な心で見守ってほしいと言えとタケシに言われたから伝えておく。

 

[ニットセーターで画面を無表情に眺める画像]

 

┗かわいいですね!

┗動画見たよ! かわいいね!

┗むすっとしてて笑える

┗笑顔笑顔(笑)

 

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 笑顔を浮かべろというのかこ奴らは。図々しい奴らだ。

 しかし笑顔か。この無機質な機械の端末に向かって笑みを浮かべろと言われても難しいものがある。何度か撮影してみたがどうにもぎこちない笑みになってしまう。

 

「タケシ。どうすればいいんだ?」

 

 分からないことは人に訊く。

 

「うーん、いきなり自然な笑みっていうのは難しいかもね。とりあえず視線を外してるタイプの写真から始めてみたらいいんじゃない?」

「というと、どういうことだ」

 

 話を聞くと、つまるところ何かをしているところを自動撮影にして収めるということだった。これならある程度自然な顔になるのでそこから始めてみろという。

 

「同い年くらいの人だと勉強している所を撮影しているのは多いね」

「そんなところを見て何が楽しいのだ?」

「自然な姿とか私生活を覗き見れるのがいいんだって」

 

 ふむ。では領地の者に手紙でも書くか。

 

「折角だし他の服も着てみたら?」

「同じではつまらないか。そうしてみよう」

「あ、でも初めて会った時のかっこうは止めてね」

 

 何故だ。魔力で纏うから身体に合って動きやすくて良いのに……。

 

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e_f_love_iine

エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ 202X/07/29

 

【領地の者への手紙】

生活は安定しているから安心してほしい旨を伝える

機械相手に笑みを浮かべるのは難しい故時間が欲しい

 

[リラックスした表情で手紙を書く画像]

 

┗かわいい!

┗海外の方ですか?

┗kawaii

┗頭の角はなに?

┗魔界の姫っていう設定だそうですよ

 

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 設定ではなく事実なのだが。

 それにしても可愛いか。

 可愛いか。

 そうか、私は可愛いか……。

 

 なるほど。

 

 

 

 

 

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e_f_love_iine

エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ 202X/08/03

 

【今日はカフェでフラペチーノ♪】

カフェ限定のフラペチーノっていうのが飲んでみたくて、

都会の方まで足を延ばしました~☆

奥卵にはカフェがないのはちょっと不便(うるんだ顔)

 

[容器に入ったフラペチーノから伸びるストローを咥えて><顔をしている画像]

 

┗今日も可愛いね!

┗自撮りもだいぶ慣れてきたね(笑)

┗今日のコーデもヴニクロなのに全然そう見えなくてオシャレ……

┗無加工で圧倒的顔面

┗はー好き

 

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デイリーで更新していきますので評価感想よろしくお願いします!


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2章
うちの七並べはたいがい陰湿


ここから2章です


 ラヴィーネが帰って、村木さんと戦って、夏休みが終わっても俺の都会(田舎)生活は続く。日帰りだけど。

 空いた時間でちょくちょく進めてた奥卵の地図作成も完成し、コピー機でコピーして(すごいだろう)課題として提出した。なぜか先生の目が生温かったがクラスメイトには概ね好評だった。

 勿論宿題は終わらせてある。むしろやらずに遊んでいた奴の方が何なんだと聞きたい。なあマサヒロ?

 

 マサヒロといえば。

 夏休み中、立川まで出てタケシとマサヒロの三人でプールに行ってきた。昭和記念公園っていうでっかい公園にあるプールだ。

 女の水着ってラヴィーネみたいなかっこするんだな。山中さんも誘えばよかった。

 にしてもプールって凄いよな、泳ぐためだけに水をためて遊ぶんだぜ。あれだけ水があって猪が寄ってこないのもそうだけど、人食い魚が混ざり込んでこないのも凄い。うちの川で水浴びなんてした日には物凄い勢いで飛び掛かってくるぜ。まあ飛び掛かってくるだけで別に大して強くないんだけど。あいつら身が固いし骨ばっかだから食うとこないんだよな……はっ、もしやフライにしたらワンチャン(かっこいい)あるのでは? 今度やってみよう。

 

「――なんだけど、メイジくん聞いてる?」

「おう。油でフライがワンチャンスだ」

「推察するに食べ物のこと考えてたんだね。メイジくんってとんかつといい揚げ物好きだよね」

 

 そんなこんなで放課後。例によってタケシんちだ。

 揚げ物はいい。食べるだけで体中に栄養が染み入るようで……。

 それは今はよくて。聞き逃してたからまた教えてくれ。

 

「もう。対魔特別対策課の人たちからの要請の話だよ」

「あー、魔術を教えてくれって人たちが来たら適当に言い訳して教えないでくれって奴?」

「うん。そう」

 

 生放送の時とかに魔術を教えてほしいって人は結構コメントで現れるんだけど、俺って魔術を教わったことはあるけど教えたことがないからって断ってるんだよね。かーちゃんは会話できないから論外として、とーちゃんだったら教えられると思うけど、とーちゃんもまあまあ家に居ないから実質詰みだな。従妹は馬鹿だし妹は短気だからもっと向いてない。あれ、消去法で俺しかいないような……。

 

「実際のとこ教えようがないんだよな」

「それはどうして?」

「いやさ。魔術を使うなら魔力が動かせないといけないんだけど、俺って物心ついたときにはもう魔力動かせてたじゃん」

「メイジくんの幼少期を知らないから僕からは何もコメントできないよ」

「まあ動かせたのね。で、そうなると魔力の動かし方を教えてくれってなると思うんだよ」

「少なくとも僕はそう思ったね」

「だろ? 俺はそれを教えられないんだよね」

 

 右手左手魔力みたいな感じで動くものだから、それをどう動くのか説明しろと言われると物凄く困る。

 

「だったらそれをそのまま伝える感じで行こうか。一応対策課の人にレビューしてもらうね」

「おう。レビューしてもらってくれ(わかってない)」

 

 というか逆に他の人がどうやって魔術を覚えるのか聞いてみたい。魔力が動かないところから動かすようにするのだとしたら一体どうやるんだ……? それが出来るんだったらタケシも魔術が使えるメがあると思うんだけど。

 

「じゃあ魔術物まねの動画も暫く止めた方がいいのか? ブレストファイヤーは結構自信ある出来になったんだけど」

「いや、そっちは続けて問題ないみたいだよ。あくまで『教えてほしい』って人が現れた時にそこから拡散されなければいいんだって」

「ふーん。じゃあ後で湖畔に行こうぜ。さすがに火が出るから水辺の方がいいっしょ」

「分かったよ」

 

 

 やってみて思ったことだけど、パーカーを着た状態でブレストファイヤーは止めようと思う。パーカーの紐が焦げた。ラヴィーネの買い物の時に選んでもらってお気に入りだったのに。

 

「また同じの買えばいいじゃない」

「あれがよかったの。いやまて、ワンチャン(使い時)なんとかなるかもしれない」

 

 対物時間制御で直せるんじゃないか? いつもは投げた飛礫にかけて速度を加速させるのに使っているけど、巻き戻す方向にすれば元に戻るんじゃね?

 術式反対にするのむずっ。

 ウ、ウ、ソルケイアゴズ、ララ、キノシ、ソ。どうだ!

 

「……凄いんだけど、糸まで戻ったね」

 

 がっくし項垂れる。

 夕日に浮かぶラヴィーネのツンケンした顔に向けて謝罪する。すまんラヴィーネ。お前に選んでもらったパーカーだけど、紐だけ別のにするな。ゾボラの弦でいけるかなぁ。

 

「よし。動画撮ったし、帰ってパーカーの紐の材料集めてくるわ」

「メイジくんだけ世界観がサンドボックス系だね。帰り道気を付けてね」

「おーよ。じゃーなー」

 

 ゾボラはどの辺に生えてたっけなぁ。帰り道になかったのは覚えてるんだけど、あいつら偶に鹿とか食うから臭うんだよな。この時期どうかなー。

 

「あっ、あのっ!」

 

 ん? もしかして俺が話しかけられてる?

 

「そうっ、そうです! メイジとタケシの色々チャンネルのメイジさんでしょうか!?」

「アッ、ウン」

 

 タケシに間違えられないからいいんだけど、いい加減チャンネル名変えた方がいいのかな。

 声をかけてきたのは、なんか猪っぽい雰囲気のお姉さんだった。有体に言うとちょっとぽっちゃり系だ。

 

「あた、ああああああたし、使えるんです! 魔法!」

 

 お? マジ?

 調べてみよ。イル、ソ。

 んー? 全然そんな風には見えないけどな。

 

「本当なんです! あたしずっとこの能力で悩んでて、あの、それであたし! 今からやって見せるんで!」

 

 まあやるっていうなら見るけど。

 ボロン。

 猪っぽい雰囲気のお姉さんは鞄からロープを取り出すと力を込めて握りしめた。

 すると地面に垂れ下がっていたロープが威嚇するヘビみたいに起き上がり、腕を全く動かしていないにもかかわらずウネウネと蠢動を始めた。

 おお。すごいすごい。都会で初めて見た。けどこれ――

 

「それ魔術じゃなくて念動力じゃね?」

 

 ほら対魔なんとかかんとかさん。七並べで六とか八を止めるような真似するからこういう人が出てきちゃうんじゃないか。

 




夜にも更新しますので応援よろしくお願いします!


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うちの家はよく壊れる

 とりあえず道の真ん中でする話ではなさそうなので、手近な喫茶店に一緒に入った。なんと奢ってくれるらしい。

 

「あたし、この力のせいでずっと外に出るのが怖くて……それで、魔法の力を使えるっていうメイジさんに相談したくて、あの」

「あ、うん。俺を頼ってくれてなんかありがとう……?」

 

 俺を呼び止めたぽっちゃり系のお姉さんは桐原あやかさんというそうだ。

 話は正直よく分からないけど、なんか困ってるってのは伝わった。

 要は念動力が暴発するからそれを解消したいってことだと思う。とりあえず魔術じゃないからそこから教えてあげた方がいいのかな。

 

「えーっと、まず桐原さんが使ってるのは魔術――えーと桐原さんが思ってる魔法じゃなくて、念動力だよ」

「ねんどうりょく?」

 

 桐原さんはアハロトマイノみたいに首を傾げた。食べたくなってきた。帰り道で飛んでないかな。

 

「なんだっけ、サイコネジネジ? パイロキネウチ?」

「サイコキネシスとかパイロキネシスの事ですか?」

「そう、それ!」

 

 念動力は魔術と違ってより直接的な結果しか得られない代わりに言霊や術式が必要なく、発動者の意志一つで能力が発動する速度感がウリだ。

 車に引かれそうな猫を助けるのが念動力で、雨に打たれた捨て猫に傘をさしてやれるのが魔術だ。桐原さんの首を傾げる角度が深くなった。なぜだろう。

 

 魔術と念動力の差はけっこー分かりやすい。

 魔術は魔力を動かして結果を得るけど、念動力は魔力と対象を共鳴……っていうか光らせて……? まあとにかくそんな感じにして結果を得る。だから念動力を使う時に魔力を動かす必要はない。

 つまり魔術は魔力を動かせないと絶対使えないけど、念動力は魔力さえあるなら、頑張ってればそのうち使えるってことだ。

 タケシがいい例で、タケシは魔力を1ミリも動かせないし動いてるところを見たことがないけど、魔力自体は結構あるから練習すればたぶん念動力で何かすることが出来ると思う。

 

「とゆーわけだからさ、桐原さんのはやるやらないの切り替えが曖昧なままになってるんだよ」

「それってつまり、スイッチのオンオフが出来てないってことですか?」

「うん。それで言うと明かりのスイッチがないのに勝手についたり消えたりしてる感じ」

「ははぁ……」

 

 とーちゃんから聞いた話だと念動力が使える子供は赤ん坊の頃に大概やらかすらしい。俺は赤ん坊の頃に3回家を燃やしたと言っていた。妹は家を7回吹っ飛ばしたらしいから、たぶん大分大人しい赤ん坊だったんだろう。

 

「それはどうやって収まらせたんですか?」

「俺も妹も使って覚えたよ。桐原さん、たぶんずっと使わないようにしていたでしょ」

「え、えぇ。まぁ……」

「全く逆理論だよ。使って覚えればもう二度と勝手に出ないから、とにかく使いまくって練習しちゃいなよ」

「え、えぇ!? そんなの怖いですぅ!」

 

 うおっ、なんかとんでもない声の裏返り方したぞこの人!

 いやでも念動力を制御する方法なんて使いまくる以外に方法ないしな。

 

「あ、あの! 一人だと怖いんですけど、メイジくんさんに見ていていただければ出来るかもしれないんです……!」

「くんさん……? 俺が見ててもたぶん何も役に立たないけど」

「もしこの力が暴走して、周りの人に危害を加えてしまったらと思うと怖くて」

 

 そんな心配する? 暴走しても精々街路樹か電信柱がねじ切れるくらいだと思うけど……。

 

「ヒィィッ!? この力そんな恐ろしいことになるんですかァ!?」

 

 そんな怖い? 走ってる車にぶつかった方がよっぽど危ないような。まぁ心配なら時間があるときに俺が見てるから、学校終わった後くらいの時間で奥卵に来てよ。

 

「見てくれるんですか!?」

「うんいいよ。でもジュース奢ってね。あ、連絡先教えてよ」

「あ、はい……すごっ、あたし中学生の男の子と連絡先交換してる……フヒヒ」

「桐原さん何歳なの?」

「あたしですか? 19歳です」

 

 年上だとは思っていたけど山中さんと同い年なんだ。

 それにしてもなんで俺に対して敬語なんだろう。まあそのうち慣れるかな。

 こうして俺に念動力者の知り合いが一人増えた。

 ……埼玉に住んでるの? すごい遠くから来たね。頻繁に来ることになるけど電車賃とか大丈夫なんだろうか。

 

 

 翌日の放課後。

 ゾボラの弦は無事手に入り、パーカーの紐の代用品として生成中。昨日桐原さんと話していてちょっと思いついたことがあったので、荷物を抱えてタケシんちまでやってきた。

 

「山中さーん」

 

 夕方だと山中さんは台所で晩御飯の支度をしている。

 

「なーにーメイジくん」

「これメキルワッサヒ」

「あ、これがメイジくん家の畑で一番採れるメキルワッサヒなのね。思ってたより普通の色してる」

「そりゃ食べ物なんだからヤバイ色はしてないよ」

 

 それ言いだすと紫キャベツとか食いもんの色してないような……いや、よそう。

 山中さんは受け取ったメキルワッサヒを一枚ちぎって口に運んだ。バリバリ咀嚼している。

 

「見た目は色の濃いキャベツだけど味はほうれん草ね」

「そーなんだよ。ほうれん草食べた時見た目と味の入れ違いで脳が混乱した」

「私は今その真逆のギャップで苦しんでるよ」

「あとこれ。山中さんに贈り物!」

「うん? なーにー?」

 

 ゾボラの弦は一本一本が細くて、紐にするなら編みこんで束ねないと使い物にならない。かといって糸ほどの細さがあるわけでもないから刺繍には向かない微妙な立ち位置の素材だ。ただいいこともあって、一本一本色が違うんだ。

 昨日、念動力の話をしていて昔やっていた練習を思い出した。思い出しがてらそれを贈り物に仕立て上げた物だ。気合入れてめちゃくちゃ細かい模様を編みこんだ。

 貰った山中さんは目を丸くしている。まあそりゃ見た目は目がチカチカするだけの何かだもんね。

 

「これはなあに?」

「ゾボラの弦を念動力で織って魔術を込めた魔道具だよ。地面に叩きつけると煙玉の術が出来るよ! やってみてよ」

「そんなの花開院さんの家で出来るわけないでしょ。今度メイジくんの顔にぶつけて試してみるね」

「ひどい」

 

 この余りのゾボラの弦で桐原さんには練習してもらおう。

 

「ひゃっ! ちょっとメイジくん! このワッペン今動いたわよ!?」

 

 アイツら生命力高いから狩り取った後も偶に動くけど、ダメだったのかな。




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立てばドラゴン座ればナメクジ歩く姿は中学生

誰かの作品でようつべライブ風のスクリプトを見た気がする


 都会の機械は凄いと思う。俺が思ってた機械っていうのは時計とか水車とか井戸だったんだけど、都会でちょっと過ごしているだけでもパソコンとか電車とか電灯とかクーラーとかの凄さに触れることになった。特にパソコンは全く仕組みが分からない。電気で動いてる物なのに『雷神の息子』たる俺が手も足も出ないとは……。

 たぶん俺が知らないだけで、もっと沢山の『凄い』が俺の認知する世界の外には広がっているんだと思う。

 

「ほわわわわ!」

「あ、ちょっと行ってくる」

『なんか知らんけど行ってら』

『またか』

『さっきから何してるんだ?』

 

 出会った時から薄々勘付いてはいたけど、桐原さんはうちの妹程じゃないにせよ結構不器用だ。ゾボラの弦を編みこもうとして自分の髪の毛と身体ごとソバヤシの木みたいになってる。髪が逆立ってるのってゴクーみたいでちょっと格好いいかも。

 縛られてるせいでぽっちゃりさんなのもあいまっておっぱいが余計にでっかく見えるけど、それでもさすがに山中さんの方が大きいな。

 女の髪を勝手に切るわけにはいかないから、面倒くさいけど絡まった弦だけ解いてあげる。切って生やしちゃうのが一番早いのに。

 

「はい、もう一回頑張ってね」

「ふぁい……」

 

 練習を始めて数日が経った。その間に桐原さんと色んな事を話した。

 子供の頃に念動力に目覚めて以来、物を壊すのが怖くて部屋から出られなくなったんだとか。部屋から出ずに生活していて、そのおかげで時間だけはあったからパソコンには詳しくて、Utubeで俺のことを知ったんだって。

 部屋から出ないで生活するってどうやるんだろうね。畑とか狩りとか家族が全部やってくれてたんだろうか。そもそもご飯はどうやって食べてたんだろう。その辺りのことを聞くと何故か泣かれたのでとりあえず保留だ。

 

 9月に入っても奥卵は暑い。タケシ曰く日本はどこも大体こんな感じで、10月辺りにならないと過ごしやすくはならないとか。俺は魔術で自分の周りだけ気温を調節できるけど、念動力の練習をしている桐原さんはそうじゃない。なので藤棚のある公園の日陰で特訓をしているわけだ。

 進捗の方はなんとも言えない感じ。狙った範囲に狙った結果が出るようになれば完全に使いこなしたってことに出来そうだけど、見た感じまだまだそんな領域に達しているようには思えなかった。

 あ、ヘルプに入ってた間に(かっこいい)コメントがまた来てた。

 

「はいはい戻ってきたよ。何してるのって? 友達の学芸会? の練習に付き合ってるよ。失敗するとこんがらがるからその都度助けてあげてる」

『あなたが信仰する神は何ですか?』

『女?』

『また年上の女か』

『山中さん?』

『こんがらがるとは』

『魔法について話してください』

 

 凄いといえばこのスマホだな。外に居てパソコンと同じようなことが出来て、しかもこうして気が向いたら配信を始めて世界中の顔も知らない人と会話をすることが出来る。

 しかもしかもだ! 別の言語をある程度自動的に翻訳してくれる機能まであるじゃないか。コメントに流れている言葉の中には日本語以外の言語で書かれているものもあるらしいんだけど、そういうのを自動で翻訳してくれている。これは本当に便利だ。翻訳の魔術はあるにはあるけど、ありとあらゆる言葉を翻訳するから耳と頭がとんでもない事になっちゃうのだ。だからこういうものがあるなら積極的に使っていきたい。

 桐原さんの念動力の練習はぶっちゃけ単調だから俺は暇だ。

 

「山中さんじゃないよ。山中さんは今日居ないって言ってた。あと魔法じゃなくて魔術ね。話せって言われても何を話せばいいのさ」

『お金たくさんあります。魔法教えてください』

『そうだぞメイジ。そんな面白そうなものはみんなでシェアするべきだ』

『俺もお前と肉を焼く温度で語り合いたいから教えてくれよ』

 

「んなこと言われてもなー。前も言ったけど魔術って魔力が動かせないと使えないのね。でさ、俺って最初っから魔力を動かせたの。ハイハイして捕まり立ちして火吹いて立ったのね。だから動くのが普通でそれを説明するのって出来ないんだよね。例えばみんなは腕の動かし方を説明できる? もしくはどうやって立ってるのか。たぶんそんな感じだよ」

『火吹いて立った(笑)』

『おいメイジ。お前ベクスはやらねーのか。俺と勝負しろ』

『こーれ切り抜きです』

『ドラゴンメイジ』

『ドラゴンメイジだと別の何かになってて草』

『神経伝達を口で説明できないということか。もっともらしくはある』

『メイジくん。最近の学校の授業はどうですか? 僕は期末試験が近くて大変です』

『逆説的にそういう幼少期に怪奇事件を起こした人物からアプローチすれば見えてくるものがあるのかも』

『そういうゴシップってガセが多すぎて見つけるのキツそう』

 

 コメントが流れるのが速すぎて答えるのが大変だ。ぱっと答えられないやつは答えなくていいってタケシが言ってたから適当に選んで答えよ。てか8000人も見てるのか……世界は人間が多いぜ……。

 

「とーちゃんからそう聞いた。妹は捕まり立ちの前に氷の塊で窓割ってたよ。これは覚えてる。ドラゴンメイジって、俺ドラゴンにはなれないよ! ベクスってゲームの奴? 夏休み中ちょっとやってたよ。面白いよね。期末試験ねー。数学とか数がでかすぎて難しいよな。4桁超えると身近な存在だと山の木の数しかなくて想像できない」

『"には"?』

『まるでドラゴンじゃなければなれるかのような物言い』

『俺たちは何にだってなれるはずだ』

『でもお前無職じゃん』

『メイジきゅん実は学校の成績悪いのか』

 

 タケシが良すぎるだけで俺は悪くない……悪くないんだ……。

 神経伝達とか怪奇事件だとかはよく分からない。たぶん後で頭のいいタケシが教えてくれるだろう。

 にしてもベクスか。いいこと閃いたぞ。

 

「ねえちょっと質問なんだけどさ。俺たちって配信越しに話したりはするけど一緒に何かやるってこと、したことないじゃん」

『急に彼氏面か。好きになるぞ』

『急にどうした』

 

「ベクスって確かみんなで対戦できるやつあったよね。ここのみんなでそれやってみない?」

 

 

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【ベクス】みんなでベクス【参加自由/1マッチ交代】

メイジとタケシの色々チャンネル

チャンネル登録者数 2005.2万人

 

25,334人が視聴中 1分前にライブ配信開始

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 休みの日に開催したらなんかむっちゃ人来た。

 むしろなんで今までその発想が出てこなかったのか自分でも不思議なんだけど、とにかく『いつも見てる皆でベクスしよう会』は思っていた以上に反響があった。対戦するって企画なので俺のチームは固定だから残りの19枠57人が入れ替え自由枠だ。始まる前から入れなかったってコメントがいっぱい流れていたが、まあそういうのは運なので諦めて応援していてくれ。

 ちなみにうちのチームはやり込み勢のタケシと桐原さんだ。俺の腕前はクソザコナメクジ(マサヒロ談。どんな生き物なんだろう)らしいから、お荷物の俺と動ける二人って部隊だ。

 

「むふーメイジくんさん! あたし引きこもってて時間だけはあるからベクスには自信あるんです! いつも助けていただいているので今日はあたしがお助けいたします!」

 

 念動力の不器用さを見ていると正直不安しかないけどやる気はあるみたいだから頑張ってもらおう。

 さて、俺が選ぶキャラは当然トール。北欧神話の雷神の名前らしい。雷神の息子たる俺とインスピレーション(かっこいい)が合うキャラクターで見た目も気に入ってる。

 

「参加者見てるとプロの人とか混ざってるけど大丈夫そうですか?」

「そ、それは無理です……」

 

 自信満々だったのにタケシの指摘で秒で折れっちゃった。まあ勝ち負けじゃなく今回は交流なんだからそういう細かいの置いといて楽しもうぜ。

 

 

「はぁ!? こいつ死体撃ちしたぞ! 許せん! おいタケシ、桐原さん! こいつ殺せ絶対殺せ! あーーーもう何やってんだよーーー! んもーーーー現実だったら逃がさないのにーーーー!」

『沸点中学生で草』

『リアルにリアルだったら死んでたぞって類の事言ってるやつ初めて見た』

『"勝ち負けじゃなくて細かいの置いといて楽しもうぜ"』(連投)

『本当に銃弾くらいなら避けてきそうなのがなんとも』

 

「はぁーーーーー!? 中学生だけど何か!? これ皆で殺しあうゲームだろ、なんで俺ばっか狙われてるんだよ! ふざけんなお前ら! 名前覚えたからな! とくにヒモヒモフクロウ、ぜってー許さんからな!」

『雷神の息子(笑)』

『さすがの雷神様も銃には勝てなかったみたいですね』

『ちゃんと中坊でワロタ』

 

 何も面白くねーよばーかばーか! 絶対に許さん、優勝するまで絶対止めないからな!




明日も更新予定です
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うちの時計は止まらない

「ムキになってもいいことなんてない。俺は大人になったんだ山中さん」

「そうなれるといいね」

 

 悲劇の休日から開けて翌週。二度と視聴者とベクスなんてしないと誓い、枕を涙で濡らした夜を超え俺はまた一つ大人になった。大人ってのはどれだけの苦味を飲み干したかだってマサヒロが言ってた。だからコーヒー貰いに来た。牛乳? うん、入れて!

 

 結果はひじょーーーーに腹立たしい事に俺の時間切れで負けになったが、配信自体はとても盛り上がった。途中から参加者の間で初心者みたいな実力の俺をいかに殺すか・殺させないかの戦いになってた気がするけど、楽しんでもらってたみたいだからいいかなって。ヒモヒモフクロウは許さんが。絶対見つけてひっぱたいてやる。

 

「ん?」

 

 スマホが振動。着信の合図だった。相手はカッコイイおじさんこと村木さんだ。珍しいというか村木さんから連絡が来るの初めてだ。

 

『メイジ。今通話するだけの時間取れるか』

「タケシんちで遊んでるだけだから特に用事ないよ」

『よし。なら念のため周囲に人がいない場所に移動してくれ』

「おお! 秘密の会話だ! 分かった!」

『……それを口にしないともっとよかったのだが、まあいい。頼むぞ』

 

 

 

 人の家の中で通話するのも悪いかなと思ったので、ちょっと早かったけど桐原さんとの待ち合わせ場所まで向かっていた。

 

『話というのは注意喚起だ。お前、念動力という力について知っているな?』

「うん。使えるけど」

『使えるのか……まあいい。では先日、桐原あやかという女がお前のもとに現れ、今も足しげく通っているな?』

「え、うん。何で知ってるの?」

『対策課がマークしていた念動力者だからだ。公安経由でこれまで一切外出しなかった人物が急に活動的になった連絡があれば警戒するのは当然のことだろう。お前のことだからそれほど心配していないが、一応何を目的としているのか聞かせろ』

 

 い、意外とちゃんと仕事してたんだな対魔特別対策課!

 あ、桐原さんだ。手を振って挨拶。身振り手振りで通話中であることを示すと、察してくれたのかベンチの端の方に寄ってくれた。やべ、今の完全にシティボーイの立ち振る舞いだった。俺も染まってきちまったぁ……くぅ。

 にしても本人の目の前で本人についての話題が進行するのってなんか凄い変な感じがする。

 けど何って言われてもね。念動力の暴発で悩んでて、制御できるようになりたいから訓練を手伝ってただけだし。

 

『ほう。お前そんなこともできるのか』

「魔術と違って念動力は1から練習したから人に教えられるしね」

『ふむ……まあ今はいい。桐原あやかはついでだ。本題はここからだ。

 ジョナサン・モストという名前に聞き覚えはあるか? A国人の念動力者だ」

「いや全然。外国の知り合いなんて配信経由でしかいないなぁ」

 

 というか外国に念動力者が居るのか。なーんだやっぱ人が多ければそれだけそういう奴がいるんじゃん。

 

『コイツはA国のエージェントで危険度Sの賞金首だ。今日本国内に潜伏中で対策課の魔術師が既に4人やられている』

 

 賞金首とか実在するんだ。てか危険度Sってカッケェ……俺も言われてみてえ。

 

「やられちゃった魔術師ってどの程度の人だったの?」

『俺を10として7か8の連中だ』

「へー。じゃあ結構しっかり戦える人がやられちゃったんだ」

『ああ。どのような方法で行われたのかは不明だが、やられた4人は何れも抵抗する間も無く戦闘不能になっている』

 

 抵抗もできなかった? まあそれはいいとして、どうしてそれを俺に伝えるの?

 

『メイジ。この国で今一番所在の分かりやすい魔術師は誰だと思う』

 

 俺以外には魔術系Utuberって居なかったから、たぶん俺……あーそういうこと。

 坂をゆっくりと登ってくる夏なのに白いファーコートの外国人。

 

「もしかしてさ、そのジョナサンって人、髪の毛緑色に染めてて白いファーコート着てる?」

『何? そうだが、まさかもう現れて――』

「あとで掛けなおすね」

 

 通話を切って立ち上がる。

 ジョナサンって人は勿体ぶって――いやたぶん上り坂で息が上がってるから普通に疲れてるんだなこれ。とにかくゆっくりと俺と桐原さんの前に立ちふさがった。

 

「キサマがメイジとタケシの――」

 

 あ、その確認だるいから割り込もう。

 

「そのメイジだよ。何か用かい――ジョナサン・モスト」

「ムッ……我が名を知るか、小僧」

 

 やるなコイツ、と思わせるムーブ(かっこいい)の一つ、名乗る前に名前を言い当てる、だ。完全に決まった。今の俺はたぶんめちゃくちゃ格好いい。

 てか相手の喋り方もなんかめっちゃかっこいいな。てか日本語上手いな……なんなら俺より言葉知ってそう……。

 

「ならば我が要件も既に知りえているな。我と戦い、敗北した暁には我が糧となるがよいぞ」

「糧とかよく分かんないんだけど、具体的にどうなるの? 俺が貴方に食べられるの?」

「そのような事をするわけがあるか! 我が勝利の暁には、敗北を素直に受け入れ、我が勝利を称えよということだ!」

 

 やっぱよく分からないけど、負けたら勝った奴をリスペクト(覚えた)しろってこと?

 対魔対策課の人がやられたって言ってたからてっきり死人が出てるのかと思ってたけど、もしかして俺の早とちり?

 

「同じならいいよ。負けた方が勝った方をリスペクトする。どう?」

「否やはない! ではそこなボーティなガァールよ。戦いの合図をするのだ」

「えっ、えっ、えっ?」

「ええい、その辺の石を宙に向かって投げよ」

「わ、わかりました。その――えいっ」

 

 宙に舞った小石が地面についた……地面についたら開始だよね?

 

「――タァーイム・ストップッ!」

 

 時間と念動力が共鳴し周囲のありとあらゆる動体の時間進行が停止する――

 

「ククク、情報部の話では対策課の村木を正面から倒したとかいう触れ込みだったが、所詮は子供よ。やはりこのジョナサン・モストの完全な能力『タイム・ストップ』の前では全て無に帰すのみ。時間の進行が停止させられた人間はその中を自由に動ける人間、つまりこの我に対して完全に無防備! どれだけの修練も、どれだけの能力もこの力の前には完全に無力なのだァ! 対人戦闘で我に敵う存在などいない。フハッ、フハッ、フハァァァッハッハァ! 痛ぶる趣味もない。一撃で終わらせてやほぎゃぶべらぁぁぁ!」

 

 なんか隙だらけでペラペラ喋りながらスタンガン片手に歩いてきたから何かと思って様子見てたんだけど、殴ってよかったんだよな?

 ――停止していた時間が動き出す。

 

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 最初の「えっ」は桐原さん。桐原さんが驚くのは分かる。たぶん桐原さん目線だといきなりジョナサン・モストが吹っ飛んで転がっていたと思う。いきなり人が吹っ飛んで転がったら驚くのも無理ない。分かる。

 で、次の「えっ」。ジョナサン・モストだ。殴られた顔を抑えながら、なんか有り得ないものを見るような目で俺を見ている。

 最後の「えっ」は俺だ。びっくりされた事にびっくりしている。

 

「な、なんで?」

「なんでって……なんで?」

「いやだって俺、時間止めていたはずで……?」

「いやそりゃ、止められてたら外すし……?」

 

 時間停止系の術や能力なんて止まったの確認してから解呪するの、基本じゃない……?

 

「ま」

「ま?」

「参りましたァー!」

 

 なんかよく分からないけど、勝ったらしい。




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うちの妹よりは全然マシ

「え、それじゃ殺して回ってた訳じゃないの?」

「貴殿、歳の割に思考が物騒だな……そんな恐ろしい真似できるわけないだろう!」

 

 戦い? が終わってジョナサンさんに詳しい話を聞いたところ、襲って回っていたのは事実だが、別に殺したりはしていないらしい。言われてみれば村木さんもやられたとしか言ってなかったな。

 確かに時間停止は念動力として相当強力な部類だと思う。対抗手段がないとその時点でお終いだからまず真っ先に対策するもんだってとーちゃんが言ってたから皆そうなのかと思ってたけど、意外とそういうものでもないのか……?

 ちなみに俺は念動力で時間を停止することは出来ない。だからそこは素直にジョナサンさんをリスペクト(かっこいい)だ。俺も練習してみようかなぁ。

 それだけ凄いことできるのに、なんで魔術師を襲って回ってたの? 別にやりたくてやってた訳じゃないんでしょ?

 

「じゅ、純粋な眼差しが心に響く……敗者は我であるし、その辺りの事情も語るとしよう」

 

 曰く、ジョナサンさんは元々A国の情報局勤めの職員で、念動力者ではなかったらしい。

 曰く、ある時ふいに念動力に目覚め、やっていくうちに時間を止めることが出来たらしい。

 曰く、念動力者を集めたエージェントに昇格となるが、訓練で時間を止めて一方的に勝つ所為で他の念動力者が敗北を認めたがらなかったらしい。

 曰く、ならば認めざるを得ないほどの結果を出してやろうと国内の念動力者を襲って回り、大体倒したので次は日本の魔術師で成果を上げてやろう。

 という感じでここまで来たらしい。

 

「余りにも奴らが我が能力を認めないがために優劣を決定づけただけの事。しかし我が能力が破られた今となっては奴らの言に一理あることが分かった。確かに我は基本をおろそかにして戦闘者としては二流もいいところであった」

「時間停止が効くんだったらそれが一番早いと思うけど」

 

 俺も次からはそうしよう。

 でもまあ戦ってる相手からしたら納得感薄いよな。向かい合ってると思った次の瞬間には気絶して終わってるんだから。それで勝ったって言われても、ってなるのも仕方がないとは思う。

 たぶん村木さんには効かなかったと思う。あの人初めから戦うつもりなら会話する前に避けられない規模の攻撃を先に出す人だから。顔も知ってたみたいだし、視界に入った瞬間に燃やしに来てたんじゃないかな。よかったね標的にしたのが俺で。

 

「日本のNINJAは恐ろしい……」

「あのぉ……A国にはあなたみたいな念動力者? がいっぱいいるんですか?」

 

 俺の会話を横で聞いていた桐原さんが訊ねた。村木さんの口ぶりだと日本にもまだまだ居るみたいな感じだったけどどうなんだろう。

 

「オゥ、ボーティガール。貴方も能力を?」

「は、はい。まだ全然使いこなせてないので練習中なんですが……」

 

 そう言ってゾボラの弦をたどたどしく編みこんで見せる桐原さん。

 

「器用な事をするのだな……Mrメイジ。この国の念動力者は皆このような訓練を積むのか?」

「他に見たことがないから分からないけど、俺が昔やってた練習ではあるよ。対物操作能力は上がったね」

「ふむ……? すまぬがボーティガール。それを貸してもらえるだろうか」

 

 受け取ったゾボラの弦に力を使って、見事に髪まで絡まってゴクーになるジョナサンさん。おお、最近出てきた神の気をどうとかこうとかした姿にそっくりだ。

 

「難しいものなのだな。そうか。私はこんなことも出来ていなかったのか……」

 

 そうつぶやくと、ゴクーの状態のまま何やら消沈した勢いでトボトボ歩いて行った。ゾボラの弦がカラフルな所為で髪がゲーミングPCみたいになっててちょっと面白い。

 あ。ゾボラの弦、持ったまま行っちゃった。どうしようか。

 

「どうしましょう……あっ、それよりメイジくんさん。さっき通話の途中で切ってましたよね」

 

 そういやそうだ。この後村木さんに勝手に戦ったことについてめっちゃ怒られた。

 

 

 

 翌日。そんなようなことが昨日あったという話をタケシにした際、DODOの奇妙な冒険という漫画を渡された。時間停止系能力についての一般的な考察の参考になるかもという話だった。

 読んでみて思ったのはデオは時間停止の使い方がイマイチだってことだ。

 時間停止系の能力は強力だからやっぱり真っ先に対策を考えなきゃいけない能力で、俺も妹にやられるまで対策しなきゃいけないって話を真に受けてなかった。次やられたときに喰らったふりして油断して近づいてきたところをボコボコにしてやったから実質五分だけど。まあそんな風に、時間停止の能力だけに頼って戦っていると破られた時に脆さが出るってことだ。

 じゃあ解呪出来る相手に使えないのかっていうと全然そんなことはなくて、『絶対に解呪しなければならない』から、使われた側には解呪の負荷がかかる。その解呪にしたってどんなに頑張っても『掛かった』のを確認してからやるので、時間停止の発動と全く同時とはならない。だから解呪まで掛かった時間の分だけ攻撃側は自由に動けるわけで、お互い分かった奴同士の時間停止はそうやって使われる。妹はバカだからやってこなくなったけど。

 よーするに、時間停止なんて道具の一つでしかない。そもそもどんなに強力な力であっても使われる前に倒しちゃえば問題ない。解呪できるのかどうかは知らないけど、戦いなれてる村木さんみたいな人だったらたぶんそうするだろう。

 それにしてもDODOは面白いな……時間を巻き戻して傷を治すのか。確かにアリだなそれ……。

 

「あっ、時間だ。タケシ、漫画ありがとうな。俺桐原さんの練習見る時間だから行ってくるわ」

「うん。帰るとき気を付けてね。また明日」

「おう。じゃーなー」

 

 山中さんにも挨拶して桐原さんとの待ち合わせ場所に向かう。最近じゃ桐原さんもやる気に満ちてて、約束の時間よりも早く例の公園にいるくらいだ。昨日みたいなことがあってもいいようにゾボラの弦の予備も結構持ってきた。さて、今日は上手くいくようになるかなぁ。

 

「遅いぞMrメイジ。我はすでに準備万端だ。早速トレーニングを始めるぞ」

 

 なんか増えた。




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全然関係ないんですがジョナサンという名前の元ネタはジョナサン・モスというサッカーの審判です


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居ない人返事して

 最初に会った時からそうなんじゃないかって気はしてたんだけど、ジョナサンさんは結構変な人だ。外国の人なのに日本語がペラペラなのも変だし、喋り方がラヴィーネばりに偉そうなのも変だ。桐原さん曰く「あれはキャラ付けしてるだけで素じゃないです。VUtuberやってるあたしがいうんだから間違いないです」とのことだけど(VUtuberってなんだろう)、まあ会話に難があるわけじゃないから別にいいか。むしろ英語で話しかけられた時の方が困るまである。

 何より変なのは、戦って負けた俺に念動力を師事しにきたことだ。なんでも桐原さんがやってるゾボラの弦を使った練習を見てピンと来たらしい。あっという間に近場のホテルに住処を作って足しげく通う妙な行動力はマサヒロにも通じる変な人だ。

 

 桐原さんとの特訓にジョナサンさんが混ざるようになって1週間が経っている。大人の外国人と年上のお姉さんと中学生の俺が奥卵の公園に集合して各々が好き勝手訓練する。知らない人からしたらけっこー奇妙な集まりだと思う。

 元々の目的だった桐原さんの念動力制御も最近は落ち着いてきていて、念動力の精度そのものも上がっている。けど偶に行き帰りの電車でやらかして電灯を割ってしまったりするらしい。

 

「どーですかメイジくんさんジョナサンさんさん! 見てください我が渾身の力作を!」

「OH、ボーティガールキリハラ。これは何というキャラクターなのだ?」

「よくぞ聞いてくれました! 大手VUtuberの兎野かしらちゃんです!」

 

 そう言って桐原さんはなんかアニメの絵っぽい絵が描かれたゾボラの弦を見せてきた。凄いな。ずっと下向いてなんかやってるなと思ったら編みこんだんだ。俺がやった目がチカチカするアート(?)ワッペンよりよほど出来がいい。

 凄いね桐原さん。桐原さんって絵とか描けるんだ。

 

「ふふーん。これでも時間だけはありましたからね。配信者として絵心は必須なんですぞ~メイジくんさん」

「念動力でゾボラの弦を編んだなら実際凄いよねこれ。イラストも可愛いね」

「むふー。かしらちゃんは推しなのです」

 

 うーん、これだけ出来るようになったらもうこの特訓に来る必要ないんじゃない? 遠くて大変でしょ。

 

「そ、そそそ、それはそうなのですがメイジくんさん……あ、あたしとしてはなんといいますか、この生活が結構気に入ってて……あ、ほら! あたしって出不精だったから結構ふと、ん、んん! ぽっちゃりしてましたけど、ここに通うようになってからちょっと痩せたんですよ!」

 

 くるっと回る桐原さん。相変わらずムチムチぽよんぽよんしてて正直服を着ていると見た目には差が分からないけど、重さで感知してみると最初に会った時より5キロくらい「何故それを!?」減ってるみたいだった。念動力って使うと魔力使うしね。

 

「それでは我もボーティガールという呼び方を改めねばならんな。Msキリハラ」

「ジョナサンさんさんにそんな風に呼ばれると、な、なんか急に恥ずかしくなってきました……あ、いやそうじゃなくて! 出来ればこれからもここに来たいんです。その、迷惑じゃなければでいいんですけど……」

「別にここに集まらなくてもいいんじゃない? 桐原さんはもう紐状の物なら大体制御出来るようになってるから、次はそれ以外の対物制御だね。だけど訓練ばっかりでもつまらないし普通に遊んだりしようよ」

「ホ、ホホホホ! だ、男子中学生と遊ぶ……ウヒヒヒ……」

 

 急に笑い出した。桐原さんはたまにきしょい。

 

「我は今しばらくは鍛錬の時間にあてる事にしている。我が身の不甲斐なさを味わったばかりだからな。A国最強と呼ばれる女史にも勝てるくらいの実力を身に付けたいものだ」

 

 ジョナサンさんは元から使えてただけあって、元々の精度が桐原さんとは比べ物にならないくらい高かった。まあ時間を触れる念動力者だしね。訓練で伸びる能力もやっぱり早い。

 でもA国最強か……いいなぁ……俺も三界無敵とか言われてみてぇ……。

 

「ではもう暫くはこの集まりを続けたいのです!」

「いいよ。元から桐原さんのための時間だし、俺も見てて楽しいから」

「Ms桐原よ。貴女は我が姉弟子となるのだから相応の実力を兼ね備えてもらわねば困るのだ。これからも我は協力する故、日々共に研鑽を詰もうではないか」

「ジョナサンさんさん……! 努力、友情、勝利。これが人生の方程式なんですね……! あたしは今我が世の春をイケメンの外国人とナマイキショタに囲まれて過ごしている!」

 

 なんかよく分からないけど桐原さんが楽しそうでよかった。出会ったころみたいに暗い顔してない方がいいしね。

 そういう訳でこの集まりは続くことになった。

 

 

 のだけど、その翌日。時間になっても二人は待ち合わせ場所に現れていない。

 あれー、土曜日だから休みにしたのかな? 今までは来てたんだけどなぁ。

 なんか二人とも用事でもあったんだろうか。連絡くれればよかったのに。

 とスマホを見ると丁度着信があった。桐原さんかな? あれ、村木さんだ。

 

「はいもしもし」

『メイジ。お前桐原あやかとジョナサン・モストの居場所を知っているか』

「桐原さんとジョナサンさん? 今ちょうど待ち合わせの時間に来なかったから連絡してみようかと思っていたところだけど」

『やはりそうか。いいかよく聞け。

 桐原あやかとジョナサン・モストの両名共に、昨夜18時以降の行方が確認出来ていない。公安と対魔特別対策課はA国の念動力者による誘拐と見ている。

 解決にお前の力が必要だ。手を貸せメイジ』



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面イン狐

「待たせた」

 

 連絡を受けて待機していたホテルの会議室に、村木さんは20分ピッタリで現れた。お供の人が何人か後に続いて入ってくる。皆俺の顔を見て驚いた顔をしているんだけど何なんだろう。まあ気にせずさっそく事情を説明してもらおう。

 

「大体通話で話した内容以上の情報はない。昨晩イチハチマルマルの定期報告時に両名の監視が異常を報告。追加部隊で捜索を続けたが1時間後に失踪が決定的となり公安と対魔特別対策課にアラートが飛んだ。翌朝改めて捜索を続けたが生存を確認できず。外部協力員に協力を依頼。合同で捜索に当たるといった状態だ」

「その外部協力員って?」

「お前のことだ」

 

 い、いつのまに俺はそんなものになっていたんだ……。

 まあジョナサンさんは何とでもできるだろうけど桐原さんは心配だ。

 

「下手人がA国の諜報員と断定された理由はいくつかある。まずジョナサン・モストを攫う動機が強いこと。奴はこちらにも噛みついたが、元々飼い主にも噛みついていた狂犬だ。他国で暴れているとなれば当然連れ戻したいはずだ。次に、お前からもたらされた情報でジョナサン・モストは時間停止能力者であることが発覚したが、その能力の性質上一撃で意識を奪わない限りは時間停止によって拘束が無意味になる。漠然と襲うだけでは時間停止能力者は誘拐できない。逆説的に能力を事前に知っている者ならばそれが出来るという点で元の所属であるA国がかなり有力視されている」

「桐原さんは?」

「恐らく一緒にいたところを共に攫われたのだろう。彼女のルーティンはお前たちとの集会後、寄り道せず帰宅でここ数週間一貫している。正直なところジョナサン・モストが攫われたところでこちらは我関せずを貫く所だったが、日本国民である桐原あやかが誘拐されたとあってはそうもいかない」

 

 なるほど。状況は分かった。友達だから二人とも助けたい。それで、俺は何をすればいいの?

 

「メイジ。お前確か癒しの水晶の時にレーダーみたいな物で探知していたって言っていたな」

「あっ、あったねそれ。二人共念動力者だから魔力で探知出来るかも」

「頼めるか」

 

 オッケー。

 ミ、ジ、キ、ハイ、カ。

 んー……。

 

「どうだ?」

「たぶん二人とも同じ場所に居るんだとは思う。この魔術って大体の方向しか分からないからすぐに居場所の特定とはならないかも。とりあえずここから東の方向だよ」

「それをレーダーみたいに改良出来ないか? 距離まで分かれば大分絞れる」

「んー……人間の魔力を探知するのは厳しいかな。というか俺が念動力者である二人の魔力をそこまではっきり覚えてない。戦った事のある村木さんとかなら行けるんだけど……。

 あっ。二人が居なくなった時間って俺との訓練の後なんだよね?」

「そう推定されているな」

 

 ならゾボラの弦で行けるかも。ゾボラの弦って弦だけでも地面に付くと勝手に増殖するから絶対失くさないよう束ごとに俺の魔力で目印付けてたんだよね。犬みたいできしょいって従妹と妹には言われたけど。

 

「いやお前なんてものを……まあいい。どうだ、行けるか?」

 

 要は自分の位置から帰ってきた反応の時間で図ればいいんだな。

 ソル、ミ、ハイ、カ、オ、カジェ。よし行けた。でも地図みたいに正確じゃないな。

 

「それでも構わん」

「一つはタケシんちで、これは俺が山中さんに上げたやつだからいいとして、残り二つは……タケシんちとの距離を考えると、立川よりは手前っぽい? それより東京側では絶対にないよ」

「何……? 立川より手前……っ!? A国の横田基地か! よし、全員準備しろ出発する!」

『了解!』

 

 お、おお……なんか映画みたいだ。

 桐原さん、無事でいてくれるといいんだけど。

 

 

 

 バスみたいな車にその場に居た全員で乗り込んで目的地の横田基地って場所に移動する車中、村木さんが何故か俺を強く見つめて打ち合わせを始めた。

 

「いいか。これから行う作戦は超法規的措置だ。発覚すれば確実に国際問題にまで発展する。だから絶対にバレないように事を運ばなければならない。故にメイジ。お前の力を借りたい。以前本部の地下まで侵入していたときに隠蔽魔術を使っていただろう。あれで突入組の姿を隠せるか」

「あれやったのラヴィーネだから俺じゃないよ」

「なに? では出来ないのか?」

「いや、出来るんだけど……」

 

 俺の隠蔽魔術はラヴィーネ曰く複雑すぎで効果が高すぎるらしく、完璧に姿を隠す代わりに術を解くまでは例え声を出したり触られていたとしても認識出来なくなってしまう欠点がある。

 あ、なんか村木さんがあきれた顔してる。

 

「何なのだその暗殺のためにあるような術は……通信機の類を使った場合ならどうなんだ?」

 

 だってそりゃ猪とか鹿とか狩る時に使う術だし……。

 通信機っていうとスマホとか?

 やったことがないから分からないってことで早速試す。うおーこれが映画とかで見るインカムか。かっこいい。こんな時じゃなきゃ一しきり堪能するのに。

 術をかけてから……あーテステス。

 

『普通に聞こえるな』

『ならこれでよさそうだね』

『いや、待て。その術は至近距離にいても存在に気づけないんだったな? なら声だけ聞こえてもお互いの居場所が分からないということは起こりうる。物――そうだな、小銭を置く。それで位置を知らせる合図としよう』

『おお。賢い。確かにそれなら分かるかも』

「それとメイジ。お前確か以前に動画でテレポートしていたな。あれに制約や条件はあるのか?」

「特にないんだけど、使う魔力が多いからあんまり連発は出来ないよ。あと出口に物があると大怪我するから、予め出る場所は決めておかないといけないくらい」

 

 転移は草一本でも足が半分に裂けるから本当に危ない。

 

「その出口は自由に決められるのか?

「ただの目印だから変えられるけど、俺が直接出向かないとダメだね」

「今はどこに設定されている?」

「今はタケシんちの部屋かな」

「……背に腹は変えられない。協力を要請できるか」

 

 タケシに連絡してみる。『転移で何人か送ることになりそうなんだけど平気?』

 返信『どういうこと? よく分からないけど物が入らないように片づけておくね』

 これで良しと。

 

「何回使える?」

 

 んー難しい質問だ。今の状態なら7回だけど、色々やった後だとそこまで使えないかもしれない。

 

「では4回分の魔力を残せ。救出対象の2名と俺とお前の分だ。俺の分は最悪、脱出時に隠蔽魔術をかけてくれれば節約できる」

「村木さん! 本当にこの子供に協力させるんですか! だってソイツは――」

 

 そこで今まで黙って聞いていた村木さんのお供っぽい対策課の人? だ。

 

「静岡。今は議論の時間じゃない。後にしろ」

「しかし……!」

「日本国民の人命が掛かっているんだぞ。四の五の言わせるな。使えるものは使う。いつも言ってるだろう」

 

 お、おぉ……なんかよく分からないけど村木さんかっこいい……。

 

「作戦を説明する。正直場当たり的な行動計画だが、今はとにかく要救出者の生存もしくは痕跡の確認をしたい。だからお前の力を借りて強引に行く」

 

 手短に行われた説明は以下のような内容だった。

 まず横田基地に対象がいるかどうかを探知の魔術で改めて確認。居なければ再度移動車に集合する。これは今も地図を確認しながら探知しているけど、場所は一致しているから問題なさそう。

 侵入は隠蔽魔術を使って正門から侵入する。そこには赤外線(?)などの科学的な監視網はなく物理的なセキュリティしかないのだそうだ。

 まずレーダー魔術を使ってゾボラの弦の魔力を目印に探索。ゾボラの弦がある場所に拘束されていればそのまま転移で脱出。そうでないなら施設を虱潰しに探索する。行動開始から二時間経過しても成果が得られない場合は集合し撤収する。

 

「正直お前の探知魔術が頼りだ」

「方向だけなら二人を直接探知できるから、ゾボラの弦の方に居なかったらそっちに切り替えよう」

「よし。じゃあこれを着ろ」

 

 といって手渡されたのは黒いジャケット。おお、フードもついてていい感じだ。

 

「それから、突入時はこれを被れ。やっつけだがな」

「おお! こ、これは……」

 

 狐の面、だ。確かにこれなら面倒なことしないでも顔が隠れるや。

 うわ。被ってみると結構視界狭いな。魔術で視覚補助しよ。

 

「どう?」

「体格以外の情報は消えたな。フードも被れよ。髪の毛などの情報を可能な限り残さないためだ。ん、よし。着いたな。術をかけたら出るぞ」

 

 了解。

 よし、ジョナサンさん、桐原さん。待っててくれよー。




新しい登場人物はみんな書いてる途中に生えてくるんですが
村木さんが一番キャラ変わった気がする


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長いお友達

 白昼堂々ってのは正にこのことなのかな。警備の兵隊さんが立ってる間を堂々と通り抜けて基地の中をひた走る。

 

『一昔前のゲームで透明化チートを使っているような気分だ』

 

 チート? がなんだか分からないけど、確かに人が多いところで隠蔽魔術を使うと変な気分になるかもしれない。

 

『場所はどうだ、問題ないか』

『追えてるよ。移動もしてない。あの建物の中だね』

『あのってのはどのだ』

『正面の奴』

『お前の正面がどれだか分からない。この術、改良の余地があるんじゃないのか』

『そういう用途じゃないだけだし! えーと、地面にE-14って書いてある建物』

『了解した。位置確認で物を置くぞ』

 

 突然地面に現れた10円玉。

 

『10円玉が出てきた。場所もそこであってるよ』

『建物自体に施錠はされていないようだな。扉を開けるから先導しろ。この術が掛かってる者同士でぶつかると急に身体が動かなくなったと感じて違和感がとてつもないな』

『もー文句ばっかり言ってー。うお、いきなり扉が開いた。じゃあ入るよ』

『それだけ成長の余地があるということだ。先導頼んだぞ』

 

 建物の中は悪の秘密組織とかそういう感じじゃなくて、本当に市役所とか学校の廊下みたいな普通の内装だった。

 さて反応は……三つ先の部屋だ。

 

『ついた。物を置くよ』

『ああ。確認した。施錠はされているみたいだが物理錠……よし開いた』

『おお。こういう物理的な鍵も魔術で開くんだ』

『念動力が使えるならより一層簡単なんじゃないか。要は鍵穴を満たして捻ればいい。蹴り飛ばすのが一番早いがな。物はどこだ?』

 

 まあそれはそう。反応は右手側の棚だけど……。

 

『セキュリティの薄さからして望みはなさそうだったが、ハズレか。次に行くぞ』

 

 ゾボラの弦が置いてあった場所は倉庫だった。連れてこられたときに所持品は全部取り上げられたのかな。

 そうなると次は直接探知するしかないんだけど、この方法は方向しか分からず距離が掴めないのが欠点だ。うーん、こういう魔術をもっと研究しておくべきだった。今言っても仕方ないのでとりあえず実行。

 

『二箇所に分かれてる。この場所から北と東、二つは離れた方向を指してるよ』

『静岡。E-14から北と東で拘留が可能な施設はあるか』

『留置所であれば南側の施設なので、恐らくマップには記載されていない施設か本来の用途とは異なる使用方法をされている可能性が高いです』

 

 車で待機している静岡さんの声が耳に届く。スマホといい、こういう通信機器って便利だよなぁ。

 

『――念動力者を拘束できる施設ならば、万が一脱走された時を考えると入口から遠い場所にあると考えるのが自然か。東がジョナサン・モストで北が桐原あやかと考えられるか? いや、地下の可能性も考えるとどちらとも言えないか。だがどちらかを選ぶしかない。メイジ、北の方に行くぞ』

『……いや、ちょっと待って。桐原さん凄いかもしれない』

『なんだ一体』

『これ』

『これとはどれだ』

『扉の横、足元の壁』

 

 普通に歩いているだけでは気づかないような足元に、一本の線で描かれた小さなイラストと矢印があった。1円玉くらいの大きさで、よく見てないと気づけない。これ、兎野かしらだ。桐原さんが好きな。

 

『これ、桐原さんが自分の髪の毛でやったんだよ!』

『なるほど、仮に閉じ込められてても髪の毛くらい細い物なら扉の隙間から外に出せるか。考えたな』

 

 紐状の物しか操れない桐原さんらしい方法かもしれない。もしかしたら身動きが取れない状態だからこんな方法を取ったのかな。でも凄い発想だ。桐原さん、こんなこと一度もやったことなかったのに。それにかなりの遠隔操作になったはずだ。それなのにこんな複雑な模様を作れるなんて、本当にすごい。しかもこれ矢印があるってことは、操作した対象と自分の位置関係が分かってるってことだよね。

 いや、建物の構造は別の術を使って把握したのかな……わからないや。助けた後に聞いてみよう。人間って追い詰められるとなんでも出来るようになるんだなぁ。そういや妹もとーちゃんに崖から落とされて浮遊を覚えてたっけ……。

 

『この目印を頼りにすれば桐原さんが居る場所にたどり着けるかも』

『わかった。だがこれだけ小さなマーキングを基準に探すのは困難だ。まず北へ向かう方針は変えない。そこでマーキングが見当たらなければもう一か所を当たるぞ。優先順位は桐原あやかの方が高い』

 

 少なくともこの建物ではないことが分かったので急いで外に出る。

 外だと目印は見つからない。髪の毛みたいな軽いものだと風で飛んでしまうのかもしれない。でも大雑把な方角は魔術で分かる。

 そして到着した北側の建物の入り口脇には、兎の耳を生やしたキャラクターの小さなイラストが設置されていた。

 

『ここだな』

『うん』

 

 曲がり角毎に設置された小さな目印を頼りに館内を進む。そして拘留されていると思しき部屋の前までやってきた。

 

『流石に見張りがいるか』

 

 これまで何度も兵隊さんとはすれ違ってはいたけど、隠蔽魔術のおかげで障害にはなっていなかった。けどこれは流石に何とかしないといけない。

 

『メイジ。守衛に隠蔽魔術を掛けろ。その後気絶させる』

 

 なるほど、倒れているところが見られなければバレるのは遅れるってことね。いやほんと、この魔術は思いもしない使われ方ばっかりするな……いつでもいいよ。

 

『やってくれ』

 

 村木さんの指示で魔術を掛ける。

 隠蔽魔術を掛けてるせいでうめき声も聞こえなかったし、村木さんが何やったのかもよく分からない。まあたぶん上手くやったんだろう。

 

『解錠も俺がやる。中の様子を見てくれ。俺はこのまま入口を見張る』

『了解』

 

 開いたぞ、という言葉と共に中に入る。

 

「……!?」

 

 桐原さんは両手両足を縛られて、丸焼きにされる猪のポーズで床に転がっていた。

 

「桐原さん、助けに来たよ!」

『インカムで拾ったから一応言っておくが、俺たちの声はお前の隠蔽魔術で聞こえないぞ』

『面倒すぎる……』

 

 じゃあこれ桐原さん目線いきなり扉が開いたと思ったら誰もいなかったってこと? 恐怖体験じゃん。んーどうやって存在を伝えよう。あ、そうださっきゾボラの弦を回収したな。これを使おう。

 念動力で~~~っと。こんなもんかな。

 ぽとっと手から落とす。ゾボラの弦、兎野かしら風だ。

 

「……メイジくんさん?」

 

 もう持ってるものないから適当に10円玉を落とす。

 

「! た、たすけにきてくれた……ご、ごわがっだでずぅ~」

『メイジ。それ以上喋らせるなら桐原あやかにも隠蔽魔術をかけろ』

『いや、ここで掛けると転移した後まで効果が続いてタケシんちが地獄みたいなことになるからもう送っちゃうね』

 

 助かったと思ったら今度はタケシんちに転移させられて、桐原さんも踏んだり蹴ったりだな。まあぱっぱとやっちゃおう。

 オド、イル、シン、マヌ、オ。

 魔力がごっそり減るなぁ。

 

『テレポーテーションか……科学者が見たら卒倒しそうな光景だな』

『出来る人居ないの?』

『俺が知る限り魔術師では居ないな。政府に匿われている可能性はあるが。さあ次だ。ジョナサン・モストを脱出させて帰るぞ』

 

 桐原さんと違ってジョナサンさんはちゃんと(?)エージェントだったからあんまり心配はしていない。怪我してたとしても生きてればなんとかなるし。

 

『そういえば桐原さんは日本人だから助けなきゃいけないって話だったけど、ジョナサンさんはどうして?』

 

 俺は友達だと思ってるから助けたいけど、村木さんからすれば元々は対策課の魔術師を襲ってきた相手だったんじゃ?

 

『お前には話していないが、お前に敗れた後、奴の方から協会に連絡があった。"不幸な行き違いがあり戦う結果となったが当方に敵対の意思無し。暫しの滞在を許可されたし"とな。そんなわけあるかと協会は噴飯ものだったが、はっきり言って時間停止能力者など率先して戦いたい相手ではないからな。監視と情報交換を条件に滞在は許可された。

 だから奴の立場はただの訪日外国人で、行方が分からなくなった以上捜索するのはおかしなことではない――と言い張るつもりだ。そして脱出後は適当な河原で見つかったとでも偽造しておけば文句は言えまい。まだ奴から交換条件の情報を得ていないからな。もし対価を得た後ならば奴がどうなろうが知ったことではない』

『アッ、ハイ』

 

 そんな話をしている間に目的の建物に到着した。方位指針は地下を指している。下り階段を3階分下りたところで指針は水平になった。まあ、水平になったところで目的地はハッキリとしていた。この階には部屋が一つしかない。

 

『開けるぞ』

『うん』

 

 村木さんが扉を開く、部屋の中は真っ暗で、廊下の明かりが差し込んで――あ、やばい。

 印。

 ソ、メロ。

 

『――ッ! 攻撃か!』

『弾いた。たぶん空気の砲弾みたいなもの。魔力は感じなかったから念動力だよ。まだ来る』

 

 弾いた一撃目で入口の扉はボーリング玉みたいな凹みを残して吹っ飛んだ。なんか目的地に着くたび毎回扉が壊れている気がする。

 一発目は余裕なかったけど二発目以降は弾くなんて真似しないぞ。

 ソル、ハ、クッイ。

 風を錘状に用意して砲弾を迎撃する。突端に触れたところから空気は混ざりあって、通り過ぎる頃にはちょっとしたそよ風になる。

 

「"見えない。でも、そこに居る"」

 

 中から女の人の声。A語? なのか何言ってるのかは分からない。こんにちはだったら挨拶返さないでごめんなさい。たぶん違うと思うけど。A語はリスペクト(かっこいい)しか分からないんだ。

 全然諦める気の無い殺意満載の空気の砲弾が連続して飛んでくるから、こちらも連続して迎撃する。

 

『村木さん。ジョナサンさんは居る?』

『奥で椅子に縛られている。目隠し猿轡耳栓と随分厳重な様子だ。幸い檻はない』

『俺がここで時間稼ぐから拘束を解ける?』

『まず入口への攻撃を何とかしろ。流石にこの状況では突入できない』

『せーので押し返すよ。せーのっ!』

 

 砲弾を迎撃した時に今度はこちらから炎の槍を撃ち返す。

 

「"炎? パイロキネシスト? それともこの国の魔術師? 中々やる"」

 

 たぶん今俺が使ってる魔術って、相手から見たら何もないところから生えてきてると思うんだけど、良く対応できるなこの人。

 奥で村木さんがジョナサンさんを解放した。でも立ち上がる様子がない。意識がないのかな。

 

『メイジ。ジョナサンの奴は薬か何かで眠らされている。それから気をつけろ。何故こんな場所に居たのか知らないが、この女はA国のSSS(トリプルエス)念動力者、アンジェラ・リンドベルだ!』

 

――パチン

 

 指が鳴り、部屋の明かりが点灯した。

 結いあげた白い髪、ピンクの瞳――でっかいおっぱいとレオタード。

 姿を現したのは、なんかとんでもない格好の女の人だった。




爆乳レオタードはいいぞ(性癖)


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battle/Secret Psychics Agentアンジェラ・リンドベル

日間のランキングに乗っててびっくりしました。ありがとうございます
色んな作者の人が自分のSSがランキングに乗っててびっくりしたって書いてて「そんなわけないやろ~」と思ってたんですが本当にびっくりしててびっくりしました
まだしばらく続くので引き続きお楽しみいただけるよう頑張ります



 A国秘密念動力諜報機関、Secres Psychics Agentとは、日本における対魔特別対策課を更に先鋭化した、より実戦的な異能力者集団である。その使命はA国内の犯罪勢力の駆逐、在野に存在する念動力者のスカウト、もしくは捕縛、そして念動力その物の研鑽、研究である。

 念動力の存在は古くは北大陸を先住民族が支配していた時代から確認されていたが、オカルトや伝承を排した技術体系に編纂されたのは太平洋戦争の直前であり、それに従って組織の発足も遅れていた。そのため比較的近代に組織された、若い集団であると言える。

 その半世紀余の歴史の中で、アンジェラ・リンドベルほどサイコキネシスに精通した念動力者は存在しなかった。単純な出力。精度。持久力。そして多岐にわたる操作対象。一時的な時間停止すら行うその実力は、組織の中ですら羨望を通り越して恐怖の対象であった。本国から遠く離れた国外で支援もなく跳ねっ返りの捕縛を言いつけられるのがそれを現しているとアンジェラは感じていた。

 

 他者にとって幸いであったことは、彼女に人並みの愛国心と正義感と倫理観が備わっていた事だろう。己が生まれた国、家族や地域を愛し、その外側にあるあまねく人々を尊重する。そうであるから、それを脅かす敵は憎むべき存在であり、排除すべき存在なのである。

 

 しかしいつからだろうか。

 生命の危機を感じるほどの敵が存在しないと気づいたときだろうか。

 自分の実力が余りにも突出しており、同じ目的を持つ同志でありながら、対等に並び立つ仲間が居ないと気づいたときだろうか。

 敵にも味方にも、並び立つ者のない生活は彼女の世界から熱を奪った。

 自然、世界は内向的になる。己の内なる能力にフォーカスされた時間は、元から高かった彼女の念動力を更に研鑽する結果となり、より一層彼我の実力差は広がってゆき―― 彼女は孤独になった。

 

 故に、彼女は今、久しくなかった"熱"を感じていた。心が高ぶる。

 反射的に撃った初撃こそ手ごたえがあったが、次弾以降は完全にいなされている。大気に干渉して弾丸として打ち出す攻撃は消費するコストが低く且つ"過剰な破壊"を引き起こさないため最も使用する頻度が高い。

 最低でも"受ける"か"避ける"事を強要出来る攻撃という認識だったが、姿の見えない侵入者は"散らして"受け流していた。攻撃強度をランダムに上下させても全て散らされている事から、この侵入者は攻撃を見てから同規模の防御を行い無効化していることになる。曲芸などという領域ですら生温い、人智を越えた超絶技巧とすら言えた。あろうことかそれを行いつつ反撃まで繰り出してくるではないか。

 高ぶりを感じる。敵だ。敵が現れたのだ。

 

 

 アンジェラは背後で物音を察知した。

 意識の糸を振り回して背後を確認。捕縛していたジョナサン・モストが独りでに浮き上がり移動していた。

 意識を取り戻した? そうだろうか。どちらかというと見えない何かに捕まれて宙を泳いでいるようだ。そこで得心する。なるほど、扉の一人ともう一人、侵入者は二人居たのだ。

 唐突に正面の一人が虚空より姿を現した。黒いジャケットに……狐の面? 小柄な体格だ。

 

「"ごめん。気合入れないとこの人倒せない。余力考えると残りの転移は2回だから、ジョナサンさんと一緒に先送るね。俺は車で乗っけてって貰って帰るよ。

 ……いや、戦いながら『長距離転移は』危なすぎるって、失敗したら俺ぐちゃぐちゃだよ。後で行くから先に待ってて。術、解除するよ"」

 

 声は幼い。恐らくこの国の言語で何かを喋っているため内容は聞き取れない。

 

「"馬鹿やろう、お前が転移し――"」

 

 背後から唐突に声。背後には二つの生体反応。こちらは成人男性。しかし声は途切れ――何? 反応が消えた? ジョナサン・モストと共に再び透明化したのか?

 分からない。分からないが、見えないだけでまだそこに居るのなら、逃がすより殺してしまった方が良いだろう。

 周囲一帯の分子運動に干渉。急速に冷却することであらゆる生命を凍り付かせる……

 

『――、―――』

 

 はずが、生まれたのはそよ風。恐らく熱量の操作によって相殺され、気圧の微変動により生まれた風だろう。器用な事をする。

 

「1on1が望み?」

 

 時間を稼いで全員逃げおおせるつもりなんだろう。そんな無様を晒す訳にはいかない。まずは目の前の相手を突破する。

 牽制に風の砲弾を32列で斉射する。ガトリングの要領で螺旋状に連続発射されるこれを受け続ける事は出来ても反撃することは

 

 時間が停止する――

 

 侮るなとすぐさま解除。刹那の間途切れたガトリングの斉射に意識を向け、

 

「なっ!?」

 

 増えていた。確かに1つだった人影は3つに分裂していた。分身なんてふざけた現象、そんな簡単に起こされてはたまったものではない。

 

(幻影? いや、別々の動きをしている。だからこそ幻影、いや、全部破壊すればよいこと!)

 

 ――時間が動き出す。

 

 一人は左、一人は右、正面の個体は砲弾を受け流す例の防御に徹している。

 分からない。分裂した個体全てが自在に動き同じ能力を有するという前提で対処する。

 速度重視で全体に発火して爆炎を炸裂させる。思ったような効果が発揮されない。いくらか相殺された。

 煙の中、左に感。対象の足元の床を隆起させ串刺しを狙うが回避される。相手も同じことを試みようとした気配はあったが、先んじて自分の足元を固めていた私が一手勝――

 

 時間が停止する――

 

 なん、いや、おかしい。解除は迅速に行う。正面と左も停止して解除していたはず? ならば、右の固体か!

 

 ――時間が動き出し、また停止する――

 

 また時間が止まった!?

 解除。右。右の個体が時間を止めたのか? いや、右も止まっている。ならば……左の個体がいない!? 一体何が起こって

 

バチィッ

 

 首筋に痛み。

 

 ――時間が動き出す。

 

(何が、なんだか……)

 

 身体が言うことを聞かず地面に崩れ落ちる。

 朦朧とする意識の中、最後に見たものは4つの狐の面が倒れた私をのぞき込む姿だった。

 そうか、1人潜伏して、4人、いたのか……。

 意識が暗転する。




ドルディアの人は毎秒続きかいて(訴える目)絵もかわいいぞ(ハート)
速水の人は復活して(訴える目)
李岳伝はいいぞ(宣伝)
ドラゴンボールad astraもいいぞ
碁打ちの霊に取り憑かれた人はいいから続き書いて(憤怒)

うちも毎日書くからさ(圧力)


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うちの集落に出会いとか別れはない

 俺って割と年中怪我とかしてたのね。妹とか従妹と魔術の訓練してたら生傷? だって絶えないし、猪とか鹿だってまあ生きてるからただ命を差し出すだけの存在じゃないのよ。

 だからさーなんてゆーのかなー、もしかして俺って都会の人と比べて『危ない』の基準がちょっとズレてんのかなーなんて思うんだけどさぁ。

 山中さんどう思う?

 うわ、え、なに、服めくってどうしたの。

 

「傷跡がない」

 

 えっ、そりゃそうでしょ。治したんだから。学校で怪我したら保健室だし、病院とかでも治すでしょ? 俺行ったことないけど。

 

「そうだけど、怪我しないのが一番だよメイジくん。みんなそう思ってるんだよ。怪我なんてしたくないから、みんな危ないことを怖がってるんだよ。子供の危ないと大人の危ないでも違いはあるし、たぶんきっとそれは人それぞれなんじゃないかな」

 

 そっかぁ。人それぞれかーむずかしいなー。

 とーちゃんにも怪我させるのは良くないって言われてたからそれは守ってるんだけど、怪我しなくても危ないことは危ないよね。

 ありがと山中さん! 参考になった! あとお嫁さんになって!

 

「はいはい。どういたしまして。メイジくんの気が変わらなかったらね」

 

 

 

 何とか基地に忍び込んだ日から2週間が経った。カレンダーは1枚捲れて10月に。

 心配だった桐原さんはあの後しばらく落ち込んでたみたいだけど、ちょっと前にまた奥卵まで遊びに来てくれた。「中学生男子との交流を逃すわけには行きませんのでフヒヒ」とか言ってたけど、別に奥卵じゃなくても中学生男子なんていっぱいいると思う。いるよね?

 念動力の練習は続けるって言ってたから、これからも桐原さんとは念動力フレンド(マサヒロが使っていた言い回し)だ。ちなみに俺とマサヒロはソウルフレンドらしい。辞書で調べても意味はよく分からなかったけど、なんかかっこいいから使っていこう。

 ジョナサンさんとはあの後会えていない。村木さん伝手で元気に過ごしているとは聞いている。まだ日本に居るらしくて、そのうち会うこともあるかもしれないそうだ。

 

 といった事の顛末をタケシに話していくうち、今後の動画投稿についての話題になった。

 

「という訳だからさ、山中さんも言ってたし、危ない事を動画でするのは止めようと思ったんだよ」

「いいと思うよ。元の目的はスマホ買うことだったもんね。今だったらライブ配信一回やるだけで月の使用量なんてパスできるから、メイジくんの好きなようにやったらいいんじゃないかな。じゃあパルクール系の動画止めるの?」

「なんで? あれ別に危なくないじゃん」

「そういうとこだと思うよ」

 

 まじかよ。前に凸られ? た時にやった短距離転移みたいなことは危ないから止めようと思ってたんだが……。

 

「前から思ってたんだけど、あの転移ってそんなに危ないの? うちの部屋に転移陣書いてあるけど大丈夫? うち爆発しない? 流石に家を爆破したら僕怒られるんだけど」

「タケシんちはでかいから大丈夫だよ。失敗すると転移してきた人は首から下がポップコーンみたいに弾け飛ぶかもしれないけど」

「なにそれこわい。えっ、僕そんな危ない術で飛ばされてたの?」

 

 だからそういうのは止めようと思ったんだよ。まあそんな派手な失敗は俺も見たことがないけど。

 

「そっかぁ。じゃあコラボの案件が来てたんだけど断った方がいいかな」

「へーそんなの来てたんだ」

「そりゃそうだよ。登録者数2000万人のUtuberと絡みたい人なんていくらでもいるもの」

 

 2000万か……2000万っていくつなんだろうな……そりゃ2000万なんだろうけど。

 

「ちなみにどんな話だったの?」

「ウイングスーツを使った動画撮影の話だよ。メイジくんだったら落ちても平気かと思って、谷の間を飛ぶ難度の高い奴に挑戦してもらおうかなと」

「ウイングスーツってなに?」

「そうだよね、分からないよね」

 

 動画を見せてもらいながら説明を受けたところによると、ムササビみたいな特別な服を着て、空を滑空するらしい。何それすげー面白そう。

 

「メイジくんムササビは知ってるの?」

「そりゃ知ってるよ。あの首切ってくる奴でしょ」

「えっ」

「えっ」

 

 ムササビは……首を狙ってこない……? じゃあどうやって生き残るんだあの生き物。

 

「まあそれは今度聞くよ。配信のネタにしよう。それでどうする? これ受けてみる?」

「んー、いつも通学で崖から飛び降りてはいるから、最悪落ちても何とでもなるんだろうけど、さすがに俺も空を飛んだことはないからな」

「へー意外。空飛んだことないんだ」

「ゆっくり落ちることはできるけど、飛び立ったりするのは俺は出来ないな」

「メイジくん。普通の人はゆっくり落ちることもできないんだよ」

 

 ジョナサンさんとか村木さんと対策課の人たちでも出来るんじゃない。あ、それが普通じゃないのね。それはそうかも。

 

「じゃあ今度それやってみるか。楽しそうだし。やる時は休みの日にしてね」

「うん。元からそのつもり。じゃあやる方向で伝えておくね」

 

 おーよ。じゃあ俺そろそろ帰る。また明日なー。

 

 

 

 暑かった頃と比べると日が傾くのは早くなったように思う。そういやもう魔術で気温の調整しなくても過ごしやすくなってるな。4月に都会に出てきてからもう半年も経つのかぁ。俺も都会に順応してきたなぁ。前までは一生あの山の中のうちで暮らすものだと思ってたけど、今じゃそんなこと考えられないよ。

 行き帰りの道もすっかり慣れた。4月は毎回気合入れてたけど、今じゃすっかりルーチンワーク(かっこいい)になってるぜ。

 ん?

 なんだか覚えのある感覚。なんだっけ、誰だっけこれ。

 気になって周囲を見回してみると、湖畔の方を望むベンチに白い頭の女の人が居た。

 

「げ」

 

 しまった声出しちゃった。あれ、何とか基地に居ためちゃくちゃ強い念動力者の人じゃん。なんでこんなところに居るんだ?

 しかも声に気づいてこっち向いちゃった。

 いや、冷静になれ。あの時俺は狐の面を被っていた。だからあれが俺だとバレるはずがない。つまり俺は何もなかったかのようにふつーに、ふつーに歩き出せばいいんだ。

 

 ――。

 

 むぇ、なんか無害な念動力の波が飛んできた。え、何これもしかしてなんか試された? 俺今どうした? 反応しちゃった? いや、いいからウォーキングだ。歩いて立ち去れば何事も上手くいく!

 ガシッと肩をつかまれる感覚。ぐるんっと視界の向きが変わり目の前にピンクの瞳がずいと迫ってきた。なんかめっちゃ検分されてる。

 

「ミツケタ」

「ふぼっ!?」

 

 なんか柔らかいものに包まれる感覚。

 えっ、なに? あの体勢からこの感触ってこれおっぱい? えっ、でっか、えっ、あ、そういやあの人なんかとんでもない格好してたけどすげーおっぱいでっかかったよな。今はなんていうだっけこれ、パンツルック? って奴でかっこいいとおもうよ。えっ、あれ、今俺抱きしめられてる? 何? なになになに? なにこれ?

 

「クル。マタ」

 

 そして唐突に解放されたかと思うと、女の人は去っていった。

 えっ……なに……? なんだったの……? くる、またってまた来るってコト!? それより俺大人の女の人に抱きしめられた……? ごめん山中さん、俺、山中さん以外の人に抱きしめられちゃった……。

 坂の下に姿が消えるまで白い女の人、アンジェラなんとかさんの姿をぼーぜんと立ちすくみながら見送る。

 

 拝啓おとーちゃん。

 都会に通うようになってから色んな事が起きて、都会での友達はまた増えました。出会った一人とは会いにくくなってしまいましたが、またきっと会えると信じてます。

 そしてたった今、たぶん友達になれるかもしれない人とまた知り合えました。

 

 都会は凄い。俺一人では想像も出来ないような事を考え、想像も出来ないようなことをする人達が沢山いる。そんなことを思った、秋の夕暮れ。




ここまでで2章です
引き続きよろしくお願いします!


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【悲報】魔界の姫エレキシュガル・フォン・ラヴィーネ、魔界に帰る

 2022/8/9 帰省日記1回目

 

 手持無沙汰というか暇というかやる事がないので手慰みに日記等を始めてみる。

 今日はメイジとタケシたちと別れてから、現世から帰還して2日目だ。転移門から馬車での移動中で、本当にやる事がない。スマホが恋しくて仕方がない。

 日付は現世での物を基準に記載しておく。私の魂はスマホと共に現世のタケシの家に仕舞ってあるのだ。

 『魔界の様子を写真に撮ってきてくださいね。これ上げますから』と手渡されたデジタルカメラと大量のモバイルバッテリー。アイツは私のことをなんだと思っているのか。私はお飾りとはいえ栄光あるエレキシュガル家の当主だぞ。それを小間使いのように全く。

 まあ、現世に戻ったとき話題にできるから撮りためておくのは悪くないか。

 さしあたって爺の働いている写真とセルフィー風で撮っておくとしよう。

 

 

 2022/8/10 帰省日記2回目

 

 魔界はなんと不便なのだと思った数日間だ。暇すぎて馬車の時速換算で転移門から我が城までの距離を計算していたが、奥卵から幕張程度の距離だった。護衛も含めて大所帯であるから時間がかかるのは已む無き事ではあるが、現世であれば電車で2時間もかからず到着する。我が領でも交通手段というものについて真剣に検討するべき段階なのではないだろうか。

 爺は写真を撮られ慣れていないし反応がなくてつまらない。一緒に撮ろうと言った時だけ妙に嬉しそうにしていたが。カメラを持たせたところ撮るのは楽しいと抜かしていた。まあ魔界に居る間、セルフィー以外ならば任せてもいいかもしれない。

 

 現世でSNSに触れて思った事がある。他者に求められ、見られることにはある種の快感がある。私も例に漏れないが、特に魔界の女はその傾向が強いように思う。

 お付きの女中達の写真を撮って見せてやった所、俄然興味を抱いている様子だった。

 魔界で写真は記念や記録として残すものであって、着飾って可愛い自分を楽しむ物ではなかったからな。

 そんなこんなで長い旅路だったが実家に到着した。これから各所へ顔出ししなければならないだろう。カメラは一応持っていくとするか。

 

 

 2022/8/14 帰省日記3回目

 

 間が空いてしまった。あまりにもやる事が多かった所為だ。

 ここ数日は我が家の秘宝『メラージの涙』を現世より奪還した式典と、元あった祭壇に安置する儀式にかかりきりだった。調整の間に各所へ顔見せを行ったり会食を行ったりと忙しなくしていた。

 明日からは少しは自由に動けるだろう。外に出たら我が城の景観でも撮影しておくか。

 はあ。こんな誰の目にも触れない場所に独り言を書き込むのはなんと寂しいのだろう。アウスタであればこんな愚にもつかない単調な内容であってもフォロワーのみんなが気に掛けてくれるというのに。

 スマホが恋しい。アウスタが恋しい。

 

 

 2022/8/15 帰省日記4回目

 

 今日は進展があった。予てから立場が複雑だった叔父上と正式に話をした。

 正直なところ、成人しているとはいえ若輩なるこの身一人にエレキシュガル家の差配を行えるとは考えていなかった。元は家は兄が継ぎ、私は嫁ぎに出る予定で領地経営の指南を兄程は受けていなかったのだ。父も兄も愚かなことをしたものだ。

 かつては私がエレキシュガルを背負って立たねばならぬという自負はあったが、現世での生活を送った後では、はっきり言ってこんなWi-fi-もないような場所より現世に居たい。

 愛すべき臣民を思う気持ちは変わらないが、それならば実務的な能力と事情に精通した叔父上に任せるのが一番であるのだ。

 それにここ数日周囲の女に写真を見せたり撮ったりして思ったことがある。これは大きな商いになるのではないか?

 

 

 2022/8/22 帰省日記5回目

 

 机に向かって字を書くという性質上、日記を書くというのは一度億劫と感じると続かなくなってしまうものだ。空白の期間はそういことだ。スマホなら手元でいつでも書けるし、途中保存も公開も自由自在で一瞬で世界中に発信できるというのに。スマホが恋しい。SNSのみんなにいいねを貰いたい。

 ここ最近はお茶会や会合、夜会や舞踏会などで領内を飛び回っていた。

 武勇伝として現世での秘宝捜索についての話をした。ハッキリ言ってメイジが居なければ潜入することもままならなかったし、あの後現れた村木なる戦士に勝つこともできなかっただろう。

 私も魔術師としては一廉の者であるという自負があったのだが、メイジと出会ってから上には上がいるということを思い知らされた。謙虚でありたいと思う。

 それから文化としてのSNS、写真、また現世の服飾について語った。やはり写真や服飾の話については女性の食いつきがよかった。現世の服を輸入させるのもいいかもしれない。

 我がエレキシュガル家の領地は基本的に温暖であるため、被服は基本的に薄着となる。

 肌を見せる面積も多いし、覆う布地そのものも薄く、身体に張り付く身体の線が出るような素材が多い。現世に出るまでは何とも思っていなかったが、確かにこれは若干破廉恥だな……。

 

 

 2022/9/7 帰省日記6回目

 

 帰省して大体一月が経った。最早写真を撮るだけでは治まりきらない程スマホが恋しい。禁断症状だ。手元にありもしないスマホの影を見ることがある。時には重さすら手のひらに感じるほどだ。もういっそこちらでスマホの機能を持った魔術を開発するか?

 いい発想かもしれない。夜会で知己を得たあの魔術師も巻き込めば実現できるかもしれない。

 

 

 2022/9/16 帰省日記7回目

 

 実現するには越えなければならない壁が多かった。現世に戻った際、メイジに相談してみるのもいいかもしれない。

 近頃の私は夜会で知己を得た魔術師の元に足しげく通っているのだが、彼女は優れた人品を有した素晴らしい人だと尊敬できるのだが、付き合う人物は選んだ方が良いと思う。特にあの淫魔族の女はダメだ。確かに優れた発想を持つ魔術師ではあるが、あんな奴を術の開発に混ぜてしまったら、術全体が淫乱ピンクに染められるに決まっている。

 規範を守るアウスタグラマーたる私が浸食を防がなくては。

 

 

 2022/9/20 帰省日記8回目

 

 いよいよ本格的に現世に帰る(家は勿論我が領ではあるのだが)日取りを調整する段階に入った。ああ待ち遠しい。カフェでフラペチーノを楽しみたい。SNSで可愛いを浴びたい。私の戦いは現世(これから)だ。

 



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3章
うちの朝食でサンドイッチは出ない


ここから3章です


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【コラボ企画】奥多摩の山から多摩湖まで空中遊泳【ウイングスーツ】

メイジとタケシの色々チャンネル

チャンネル登録者数 2025.7万人

 

120k人が視聴中 42分前にライブ配信開始

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 びゅうびゅう吹き付ける風を切り裂く感覚はなんとも新鮮で、あの憎たらしいモモンガが見境なく首筋を切り付けて来る気持ちがちょっとだけ分かったような気にさせてくれた。いや、やっぱあの害獣許せないわ。

 眼下には緑の絨毯、そして遠くにはちょっとした水溜まりみたいに奥多摩湖が広がっている。空から見ると縮尺が分からなくなって遠近感が狂うんだなぁ。

 

《どうだいメイジ。空を飛ぶ気分は?》

 

 インカムからインストラクター(かっこいい)の大川さんの声。

 俺は今動画の撮影と配信でウイングスーツっていう空を滑空する特別な服を着て、奥多摩の山から奥多摩湖までを空中遊泳していた。

 カメラがくっついた変なヘルメットと配信中のコメントを表示する眼鏡を被りながらだとちょっと違和感あるけど、魔術で空気の流れを整えてやればなんとかなる。

 気分はどうかって聞かれれば、控えめに言って最高だ。なんで今までやろうと思わなかったんだろう。やっぱり都会の人は考えることが違うぜ!

 それにしてもこの訊き方いいな。「自分の手で肉を焼いた気分はどうだ?」って俺もいつか使おう。なんか悪い奴っぽくなるのはなんでだ。

 

「すげーよこれ。もっと早くやればよかった。今度うちの山でもやってみるよ」

『うちの山とかいうパワーワード』

『見てるだけでタマヒュンするんだが』

『I国人も見てます』

『これ控えめに言って死ぬ直前じゃなきゃ見れない光景だろ』

『このレベルの高さから落ちて死ぬつもりならもうそれ死ぬ気ないだろ』

『なんかめっちゃ速度出てないか? 大丈夫かメイジ』

『素敵な光景です』

『ワオ。スーパーマン』

 

 前々から予告していただけあって今日はいつもより大勢の人が配信に来てくれている。もう数字の表示が意味わからない記号になってた。

 

「うちの山だとアハロトマイノが邪魔かもしれないけど、邪魔しに来たら邪魔しに来たで夕飯になるしいいかな。タマヒュンは登校するとき崖から飛び降りて近道してるから慣れてるんだ。I国の人も見てくれてるの? ありがとー。このくらいじゃ死なないでしょ」

『だからなんやねんそのアハロトマイノ』

『私は生物学者です。それはどんな生物なのですか?』

『謎生物来た』

『この前言ってた首狩りモモンガも謎の生態すぎる』

『鳥? 崖? まって情報が多すぎる』

『ここ初めてか? 力抜けよ。適当に聞き流すのがコツだぞ』

 

 遠くからゆっくりと目的地の奥多摩湖が近づいてくる。谷間を走る道路を上から見下ろすのは不思議な感じだ。俺は今重力の力で車より早く動いている! 車に勝ったぞ! いうほど勝ったか?

 

「大川さん。これ着地どうするって言ってたっけ」

《聞いてなかったのかい!? 湖の上まで遊泳したらパラシュートを開くんだよ!》

「あーそうだそうだ。それであの紐を引くんだ」

 

 目的地の多摩湖はもうすぐそこだ。すぐそこだけど空の上からそう見えるだけで実際にはまだ距離がある。でも時間的な話で言えば割とすぐ着きそうな距離感だ。

 黙ってたけど実は途中から速度出すのが楽しくて風の抵抗を減らしたりしていた。その所為で今結構勢いがついてて、このまま飛ぶと対岸の山肌に突っ込むくらいには速度が出ている。大丈夫かな、パラシュートってどのくらい減速してくれるんだろう。

 

《それじゃあカウントダウンするから0で引いてね》

『333333333』

『222222222』

『11111111111111111』

「ゼロ! ふんもっぼ!?」

 

 俺は大丈夫だったけど停止の反動でカメラが落ちちゃった。視聴者のみんなごめん。たぶん結構怖い映像だったと思う。

 あー、でも楽しかったな。またやりたい。これ貰えないかな……。

 

 

 

 

 

 10月も下旬に差し掛かろうという頃。気温はすっかり過ごしやすくなって、学校行事では体育祭が終わり、12月の中間テストに向けて試験範囲が肩を回し始めていた。

 学校生活は何も変わらないようで、毎日違うことが起こってて楽しい。タケシは勿論、マサヒロもタクヤもミヤモもクラスメイト(ソウルメイト)は皆楽しい奴ばっかりだ。

 そんな中でも大きな出来事の一つは間違いなくアンジェラさんだろう。

 

「なに」

「ううん。なんでもないけど……」

 

 頭上に備え付けられたピンクの瞳から降り注ぐ視線の光線。真下から見ると睫毛なげーな……。今日も簡素なパンツルック? 銀髪桃眼の外国人は先日訳あって戦った念動力者アンジェラさん。今日もおっぱいがでっかい。

 この数週間で随分達者になった日本語だけど、感情の起伏が分かりにくい短文での会話は俺が知る対話の中で最も難易度が高い。つれない態度が殆どのケケ猫でももうちょっとマシだと思う。

 アンジェラさんはあの時急に現れて颯爽と立ち去り、やがて奥卵に頻出するようになった。

 話? を聞いたところ、俺と念動力を使った模擬戦がしたくてやってきたらしい。まあそれはいい。別に俺もそういうのに付き合うのは嫌いじゃないし、何なら今朝も妹と魔術でやってきたし、アンジェラさんとも何回もやったけど、そうじゃないんだ。

 

「あのさ、アンジェラさん」

「なに」

「この体勢なんとかならない?」

「にげるでしょ、あなた」

「いや別に逃げてる訳じゃなくて、この体勢になりたくないだけで」

「にげてる」

「にげてないし!」

「ならこのまま」

 

 うん。うん……? うん。

 アンジェラさんは近い。物理的にすごく。

 具体的には俺が座ってると脇の下を持ち上げて絶対に膝の上に乗せてくる。そりゃアンジェラさんの方が身長高いけど、そんな子供みたいに扱われては男の沽券に関わる。身長何センチ? 5.67フィート? それ何センチ? 約173? くっ、そのうち追い抜いてやるからな。

 今日はタケシが習い事だから、見つからなさそうな公園のベンチでSNSを色々見て回っていたんだけど、アンジェラさんはどこからともなく嗅ぎ付けて俺をホールドしてしまった。

 いや逃げてないが???

 と、こんな感じで俺の日常に一人増えた。

 そして、明日もう一人増える。これがもう一つの大きな出来事。

 ラヴィーネが魔界から帰ってくるのだそうだ。

 

「アンジェラさん仕事とか大丈夫なの」

「休暇中。初めて使った」

 

 いいなあ。俺も休暇使ってみたい。毎日遊んでるみたいなもんだけど。




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うちに何用かい?

「久しいなスマホ。早速で悪いがタケシはどこにある?」

「ラヴィーネさん。僕とスマホが逆。あとこれ預かってたスマホね」

「おお! 私のデコちゃん!」

 

 デコちゃん。デコちゃん……?

 ラヴィーネが帰ってきた。魔界とこっちの出入口から家までは結構遠く、行き来するのもそれなりに大変なんだって。

 久しぶりに会ったラヴィーネは目がスマホだった。

 よくよく聞いてみると帰省中スマホが使えなくて禁断症状を起こしていたみたいだ。俺も家に帰ると電波が無いから少しは気持ちが分かるけど、そんなになるほどなのかな。なるかも。

 相変わらずちょっと毛先がふわふわした金髪だし、羊みたいな角が生えてるし、アイドルみたいな顔してる。アウスタだと可愛い可愛い言われてちょーし乗ってたらしいけど、俺は山中さんの方が可愛いと思う。

 変わったことと言えば初めて会った時みたいな服じゃなくて、ヴニクロで買った服を着ていたことだ。こっちの方が可愛いらしい。動きやすいとか言ってたあの頃のラヴィーネは何処に。

 

 落ち着いたところでアンジェラさんの紹介。ラヴィーネがアンジェラさんの圧に気圧されていたが意外な事にすぐ服とかお洒落の話題で打ち解けていた。女の話はよく分からん。タケシ、ヌメブラやろうぜ。

 そう。アンジェラさんがついにタケシんちまでついてくるようになった。タケシが「別にいいんじゃない? 面白そうだし」とその場に居た山中さんをチラッと見ながら許可を出した所為で俺たちの遊び場にまで入ってくるようになった。なんで山中さん見たんだろう。そしてなんで山中さんちょっと怒ってるのだ……?

 まあちょっと年上だけど別にヌメブラくらいできるっしょ。

 できる? 何使うの? カズト? 悪魔がよ……っ!

 

 

「あーこれメイジくん死んだ。死ぬわけない? まあみてなって。ほら死んだ。アンさん上手いですね」

『2Pうますぎワロタ』

『メイジへttttttった』

『災風完璧で隙なさすぎる』

『メイジはなんであれだけ動けるのにゲームは弱いんだ?』

『運動能力とゲームの強さは関係ないってことだな。よかったなオマエラ』

『仮想(こっち)は俺たちのフィールドってワケ』

 

 せっかくなのでとゲームの配信を始めたのが過ちだった。アンジェラさん強いぞ。え、本当に強い。なんなの? なんなら念動力で戦ってるときより強いぞ。オフの日に一人でネット対戦してた? 馬鹿野郎……! パーティーゲームだろうが……ヌメブラは……っ!

 結果俺のモッシーがカズトの拳に粉々にされる映像が移され続けている。今度は星になった。

 てかコメントの皆もえらそーに! そこまでいうならお前らやってみろよな!

 ほら勝てないじゃん。お前らも雑魚―。え、俺になら勝てる? はー??? 掛かって来いよ! げっ、お前はヒモヒモフクロウ! ナシナシ! ノーカン!(覚えた) ヌメブラはパーティーゲームだから大勢でやるのが正解でーす。はい4人乱闘。おい! なんで俺ばっかり集中攻撃するんだよ!

 

「おかしいゆるされないこんなことは……」

「メイジくんヌメブラはあんまり上手くないもんね。アロラントは上手なのに」

「あれは見るところ少なくていいからね……。遠くの動いている物を認識して撃つのは初心者には難しいのだ。うちの山じゃあんな遠くから攻撃してくる生き物、とーちゃんしかいないから」

『むしろとーちゃんが何なんだ』

『スナイプしてくるとーちゃん草』

『ヒモヒモはこんなところで初狩りしてないで配信しろ』

『スナイプ親父』

『8倍スコープとーちゃん』

 

 8倍スコープとーちゃんは面白いわ。今度言ってみよ。

 アンジェラさんはちゃんと隣に座ってプレイしている。正座でめっちゃ姿勢いい……。外国の人って正座出来ないって聞くけどアレ嘘だったのかな。

 アンジェラさんは俺の根気強い説得の甲斐あってよーやく抱きかかえるのを止めてくれるようになった。最初の頃は顔がおっぱいに挟まれて恥ずかしかったけど、段々女の人に抱きかかえられてる方が恥ずかしい事に気づいたのだ。

 でも山中さんにやってもらいたいかも……いや、俺は抱きしめられるよりも身長2メートル体重100キロのクッキョーな身体で山中さんを白馬の王子様みたいにお姫様抱っこしてお嫁さんに迎えるような男になるんだ。あの魅惑の膨らみの誘惑に負けてはいけない。

 お、質問きてる。

 

「"ラヴィーネちゃんはどこに行ってたの?" だってラヴィーネ。実家帰ってたんだよね。ああさっき話してたね。転移門から実家まで結構距離あるって。どのくらいなの? 奥卵から幕張くらい? 暇すぎて計算した? 何それ面白い」

『幕張は魔界だった……?』

『群馬じゃなかったのか』

『魔界へは転移する門があるのですか?』

『いや距離の話だからワンチャン群馬の可能性あるぞ』

 

「今度アウスタに実家で過ごしてた時の写真アップするから見てくれだってさ」

『絶対見る』

『ラヴィーネさん復活するんですね! いつも参考にしてます! 大好きなんで嬉しいです!』

『通勤時に見てます』

『彼女は本物の悪魔なのですか?』

『本人は魔族って言ってたぞ。悪魔との差は不明』

『サキュバスって言うとクッソキレてくるから注意な』

 

「あのさぁなんでラヴィーネの話だとみんなこんな好意的なの? 俺にももーちょっと優しくしてくれてもよくない?」

『ダメ』

『ダメ』

『いじけてる時がかわいいからダメ』

 

 なんでだ。おれは理不尽には屈しないぞ!

 

 

 

 ダメでした。

 あの後色んなゲームをアンジェラさんやタケシやラヴィーネ、視聴者の皆とやったんだけど大体俺がボコボコのヴォッコにされて終わった。かなしい。

 時間も時間だったので解散となり、妙に付いてきたがるアンジェラさんを駅まで送っていつもの帰り道だ。

 

 そういえば、桐原さんとジョナサンさんを連れ戻す時に探査の魔術の性能が悪いせいで色々手間取った事があったから色々改良していたんだけど、魔術でどうこうするより念動力でやるのが早いとアンジェラさんにいつも使ってる探査の方法を教わった。念話でつなげて探査で検索するのが早いらしい。なるほどなーと思って最近は帰り道で猪を探すついでに練習している。

 

「おい、貴様!」

 

 概念の説明を受けると簡単そうに聞こえたんだけど、やはりというかなんというか、実際にやると結構難しい。例えるなら遠くに投げた槍をアンテナにWi-fiを受信するような感じだろうか。自分でもよく分からないなこの例え。

 

「きーさーまーじゃーきーさーま!」

「え、俺?」

「そうじゃ! 他に誰がいるというのだこんな山道に!」

「いや、虫とか鳥とか……」

「ワシがそんな動植物相手に一人孤独に粋がる寂しい奴に見えるか愚か者! 貴様じゃ貴様! 先日巨大な式力を使って空を飛んでおったろう!」

 

 え? いや、あれはかっこつけて落ちてるだけだから別に飛んではないよ。

 

「どちらでも良いわ! いきなりあんなバカでかい式力なぞ使いおってー! 驚いてねぐらから転がり落ちてしまったろうが! だいたい起きてみたら霊脈もズタズタになりかけていたぞ! 貴様! さては転移なぞ使いおったな! 白状しろ!」

 

 なんか怒ってる。

 霊脈がボロボロ? うちだと何ともなかったけど……もしかしてこの辺の霊脈、狭くね?

 

「言う事に欠いて我が土地の霊脈を狭いと申したか! もー堪忍ならんぞ小僧! そこに直れ!」

 

 茶色い髪に山吹色の獣耳。ふっさふさの尻尾を蓄えた巫女さんみたいな格好の女の子。ぷんぷん怒って地団駄を踏む姿はせいぜい小学生くらいにしか見えなくて。

 

「奥卵の守護稲荷、山中コエダとは我の事ぞ!」

 

 わあ。妖怪だ。初めて見た。

 



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その定義だとうちはまだ戦国

 ごめん、帰りが遅くなると怒られるから、暗いし明日でいい?

 うむ。それならば仕方ない。また明日の明るい時間にでも来るがよい。

 

「ただし! このまじないを受けよ。約束を違えれば貴様の身体は内から無残にも飛び散ることとなろう」

 

 なんて言葉と共に別れ際、権能が振るわれた。身体が弾けるくらいならまあ、家の中とかじゃなきゃいいかなと思わなくもない。

 まあそんな感じで、昨日はいかにも戦いに発展しそうな雰囲気だったけど、コエダちゃん? さん? は意外と話が通じる人? で、俺の言い分を受け入れて詳しい話はまた次の日にということになった。

 言い出した俺が言うのもなんだけど、そんな口約束で次の日にしていいんだろうか。言っちゃなんだけどあんな権能、外そうと思えばいつだって外せるしな……。俺はちゃんと学校終わったら行くけどさ……。

 そんな訳で放課後。スマホを緩衝材のタオルに包んでから鞄に仕舞いこんで席を立つ。割と真面目に最近セーサツヨダツの権をスマホに握られているような気がする。

 

「メイジくん。今日はうちくるの?」

「いんや、ちょっと山に用事があるから行けないわ」

「柴刈り?」

「そんな事勝手にしたら怒られるよ。日が沈む前にって約束だからちょっと急ぐね」

「はーい。アンジェラさんには連絡しておいてね。放っておくとうちに来るから」

「今日は都内で用事があるって言ってたから居ないと思うけど、一応後で連絡しておくわ」

 

 いつかアンジェラさんにはヌメブラでリベンジしなくてはならない。収益金でズウィッチ買って練習しようかなぁ。いやでも家に持って帰ったら確実に妹に破壊されるしな……。

 

 

 そんな事を考えながら道路沿いを走り、昨日の山道にやってきた。コエダちゃんさん? は足をぶらぶらしながら手ごろな岩の上に座っていた。ピコンと耳がこちらを向き、遅れて顔がこっちを向いた。

 

「む。来たか小僧。待っていたのじゃ」

 

 今日も獣耳巫女さんの格好だ。こういうのってのじゃロリ(マサヒロ談)っていうらしい。そういうの抜きにしても妖怪の人と会話するのは初めてだ。都会には色んな人が居て凄い。

 

「妖怪ではないわ! 我は奥卵の守護稲荷、山中コエダじゃ!」

「俺、とーちゃんから式力だけで生きてる存在のことを妖怪って教わったんだけど、違うの?」

「違うわ! いや、そう大きく違いはしないが、ワシはそのようなちんけな存在とは核とするものが異なる!」

 

 その割に身長は俺より低いみたいだけど……あ、そういうんじゃない? はい。

 式力っていうのはよーするに魔力みたいなものだ。魔力ってのは現象に干渉するには一番普遍的っていうか汎用的っていうか、何でもできる素材なんだけど、式力はその中でも結果だけにフォーカス(かっこいい)した力の源なんだって。

 だからたぶんコエダちゃんさんが言うバカでかい式力どうのっていうのは、俺がこの間ウイングスーツを着ているときに使った空気抵抗を減らす魔術の事だと思う。式力を意識する人からすると効果を発揮した瞬間の魔術がそう見えるんだと思って俺はてきとーに話を合わせていた。なんでかっていうとここを一々細かく言うと怒り出す輩が居るからだ。

 まあうちのかーちゃんなんだけど。

 

「それで。殊勝にもこうして顔を出したからには弁明の一つでも聞けるのかの」

「いや、そういうんじゃなくて。ごめんね、大きな音出して」

「なんじゃお主は。そんなに素直に謝られては毒気が抜かれてしまうわ」

「動画の撮影とか配信で色々気が回ってなかったんだ。ごめんね、俺が悪かったよ」

「ま、まぁよいわ。どうがのさつえい? とやらであれば仕方あるまい。しかし今の世の人は皆お主のように空を飛ぶのか?」

「そんなことないよ。少なくとも俺は空を自由に飛べる人を見たことがないし。俺もあれ、別に飛んでたわけじゃなくてかっこつけて落ちてただけだからね」

「なんじゃそれは。どういうことだ?」

 

 詳しく話さないと帰してくれなさそうなので、ウイングスーツの件から全部話した。空気抵抗がーとか仕組みはよく分からないけど、空を滑空するのに便利な服を着て、高いところから飛び降りてモモンガの真似をしていたという説明だ。

 

「はえー。今の世はそのような物があるのじゃな」

「結構珍しいものらしいよ」

「そのような多様性があるだけで人の世の進みが感じられるというものじゃ。昔は人の子と言えば畑、子作り、戦、商い、たまに祭りくらいなものじゃったからな。空を飛ぼう等と考えはしても事に起こしはせんかったろう」

 

 一体いつの世の話なんだろう。歴史の授業で習った戦国時代とかだろうか。まあうちの集落だと今でも大体そんな感じだけど。

 コエダちゃんさんはぽんと手を打って腰かけていた岩から飛び降りた。

 

「よし。決めたぞ小僧。ワシは人の世を見聞する」

「へー。いいんじゃないの。都会は面白いものがいっぱいあるよ」

 

 でもどうだろう。その恰好じゃ目立つんじゃないだろうか。巫女は居ないことはないけど、獣耳を生やした人は奥卵じゃ見たことがない。秋葉原とか池袋には居たけど。

 

「なんと。その秋葉原や池袋なる場所には同胞がまだ暮らしておるのか。それは是非向かわねばな」

 

 同胞? どーかな、別に魔力は感じなかったからただのアクセサリーだと思うけど。

 まあ人が一杯居るし、観光してみるのもいいんじゃない。

 

「目的地が出来たのはいいけど、その服の方はどうするの? 目立って仕方ないと思うんだけど」

「それならば問題ない。オン!」

 

 ぽわんと煙がのぼったかと思えば、なんとコエダちゃんさんの姿が小さな狐そのものになっているではないか! すげー! MARUTOの変化の術だ!

 

「これでどうじゃ? どこからどう見ても可愛い狐じゃろ」

「すげー! 変身した! すげー! うんうん狐。もうめっちゃ狐だよ!」

「うむ。ならばこれでよし。では行くぞ」

 

 うん。うん? 行く?

 

「行くって何が?」

「何ってお主が案内するのじゃろう。我が領域で騒いだ迷惑料じゃ。まさか嫌とは言うまいな?」



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うちの案内は5分で終わる

 結局コエダさま(様付けを強要された)と一緒に奥卵まで戻ってきて、町を案内することになった。

 こういう時、夏季課題で作った奥卵の地図が役に立つ。俺はシティーボーイ(言いなれた)だから紙媒体だけでは無く、ちゃんとスマホにも画像として残しているのだ。だからわざわざ家に取りに帰ったりなんてことはしない。使いこなしてる俺カッケェ……。

 コエダさまは俺の隣をちょこちょこと狐の姿で歩いている。偶に縁石に飛び乗ってガードレール越しに道路の反対側を眺めたりと忙しない。

 

「ほおー。石の道や鉄の車は見かけておるから存在を知ってはいたが、町まで石で出来ておるのじゃな」

 

 それすげー分かる。城とか塔のレベルで建物が石作りだったから最初すげーびっくりした覚えがある。うちなんか木造も木造。石の部分なんてない完全無欠の木造家屋だ。

 

「ふむ、小腹が空いたの。おいメイジ。豆腐屋はないのか」

 

 あるよー。たしか前に品揃えを調べた時は油揚げも置いてあったはず。

 

「豆腐屋に油揚げがないわけなかろう。いくら世が違えどそのくらいの常識は弁えておる」

「へーそうなんだ。覚えとこ。俺結構こっちで過ごして慣れてきたつもりだったんだけど、まだまだ知らない事いっぱいあるんだなー。コエダさまやるな」

「そうじゃろそうじゃろ」

 

 呼び方については別になんだって構わないんだけど、狐を様呼びするのって他の人から見たらどう思われるんだろう。逆に目立つ……いやそもそも街中で狐を見たことがないから狐が居るだけでも目立っているような気はする。獣耳巫女服姿よりはマシだろうけど。

 豆腐屋の丸豆さんで油揚げを買い(買わされた)コエダさまにちぎって渡す。手が油でベッタベタだ。手洗おう。ニル、チ、ソ。

 それにしても狐って本当に油揚げ好きなんだなぁ。獣ってああいう植物油っぽいもの好まないのかと思ってた。え、別に狐は油揚げを食べない? コエダさまが好きなだけ? へーそうなんだ。今日は狐についての解像度が上がっていく日だ。知の高まりを感じる。

 

「む、メイジではないか。妙な所で会うな」

 

 そうしているとジーヴーの買い物袋を持ったラヴィーネと出くわした。そういやこの道まっすぐ行くとタケシんちだな。ラヴィーネは相変わらずタケシんちで居候しているから、家に戻る途中なんだろう。

 最近はキュロットスカートとかいうのでどれだけ足を出すかみたいなチキンレースにハマっているらしい。今日もそれを履いていて太ももくらいから足が出ていた。最近まあまあ気温が下がってくる日が増えてきたけど、寒くないんだろうか。

 男の半ズボンとどう違うのかと前に訊いたことがあるんだけど、本人曰く全然違うらしい。都会のお洒落は難しい。

 

「何をしていたん……だ……」

 

 そんなラヴィーネは油揚げを食んでいるコエダさまに気づくと動きを止め、ドサっと肩にかけていた買い物袋を取り落とした。プルプル震えている。一体どうしたんだ。

 

「お、おいメイジ。な、なんなのだこの可愛い生き物は。まるで獣相の濃いマルクシ族の者が四足になったようではないか……」

 

 マルクシ族? 魔族の種族なんだろうか。

 ラヴィーネって狐を見たことがないの? 割とネットで写真とか上がってるのを見かけるけど。

 

「キツネ!? キツネというのかこの生き物は! 噛まないか? 火を吹かないか? 他の生き物を苗床にしないか? しない? おお、それはよかった。犬や猫ならこの町で触ったことがあるがそれとは違うのか……か、かわいい奴め……ほーらよちよち……」

 

 こういう生き物は動物図鑑にいっぱい載ってるから今度一緒に図書館行こうぜ。

 魔界に小動物とかいないんだろうか。うちには鳥とか畜生モモンガとか家かじってくるリスとか居るけど。

 魔界じゃ小さい四足獣は幼生体しかいない? 小さいと生き残れないから最低でも身長くらいの体高にはなる? 世知辛すぎる。魔界の生き物図鑑も見てみたいぞ。

 一応狐のふりをするつもりのコエダさまは構おうとしてくるラヴィーネを鬱陶しそうにあしらっていた。

 

「メイジ! この可愛い生き物はお前のものか!」

「いや、別に俺のとかじゃないけど」

「な、なら抱きしめるのもやぶさかではないはずだな……しゃ、写真も撮っちゃうぞ。はっ! 可愛い私と可愛い生き物……そうか、犬や猫と一緒に映っていた者共はそういうことだったのか……!」

 

 俺はいいけどコエダさまが許すだろうか。既にだいぶ鬱陶しそうな目でスマホを向けるラヴィーネを見ているぞ。

 あとコエダさまは由緒正しい? 奥卵の守護稲荷? だからいいけど、野生の狐に触るのはダメって動物図鑑には書いてあったぞ。病気が危ないんだって。

 いよいよ抱きかかえようと手を伸ばし始めたラヴィーネ。『なんなのだこいつは』という目でコエダさまが俺に助けを求めている気がするけど、俺には可愛いを求めるラヴィーネを止めることは出来ない。魔界ではスマホと可愛いに飢えていたらしく、帰ってきてから『バエル?』物とか『可愛い』物を見るとだいたいこんな調子なんだ。

 

「ほら、一緒にセルフィーを撮ろうね。ほら、怖くない、怖くない、痛くしないから、えへへ」

「やーめーろーとーゆーとるのじゃー!」

 

 ぼわん!

 あ。

 ついに我慢できなくなったコエダさまが変身を解いて俺の後ろに回って盾にしてきた。

 

「メイジ! なんなのだこいつは! さっきからパシャパシャと音の鳴る訳の分からんものを向けてからに!」

「ほわああ! なんて獣相の薄いマルクシ族だ! メイジそこをどけ! 私の部屋に連れて帰る!」

「やめーるのーじゃー!」

 

 いや本人嫌がってるから止めてやれよ……あと俺を中心におっかけっこするの止めておくれ。

 

 

 

 

「ふむ、それで、これをどうするのじゃ、らびーね」

「まずこの写真アプリを起動して、その後ここをタップ――触ることでこの手前のカメラが有効になるから――」

「おお! ワシが映っておる! あとは先ほどのように良き頃に再度画面をたっぷするのじゃな。よし、らびーね。共に撮ろうではないか」

「私のアウスタに載せてもいいか?」

「それが何なのかは分からぬが、別に構わぬぞ」

「……よしっ」

 

 おいラヴィーネ。ネットリテラシー(かっこいい)をよく分かってない頭戦国時代の守護稲荷さまを騙すような真似をするんじゃない。しーって。いやまあ本人がいいって言ってるならいいけど。いいのかな。いいか。

 追いかけっこは引き分けに終わったんだけど、疲れて休戦している間にコエダさまが『先ほどからワシに向けているそのぱしゃぱしゃはなんなのじゃ?』とスマホに興味を示したところから共通の話題が出来、30分もする頃には膝の上に乗せて手取り足取り教えるような仲になっていた。なんかあの体勢、俺とアンジェラさんみたいで思い出し羞恥が……。

 女同士だと見た目の差もあってほのぼのしてていいな。たぶんコエダさまに小さいとかそれに近いこと言うとめちゃくちゃ怒るだろうけど。

 ちなみにコエダさまには俺のスマホを貸していじってもらっている。

 何かするたびにすごいのじゃすごいのじゃと騒ぎ立てるコエダさまを俺は後方で腕組みして見守っている。あったなぁ、俺にもそんな頃が。

 

「おいメイジ! ワシもすまほが欲しいのじゃ! このすまほをワシに献上するのじゃ」

 

 そのスマホは大事なものだから上げられないなぁ。

 こういう時はそうだなー。コエダさま、動画に出てみてよ。その動画の収益でスマホ買おうよ。

 

「なんじゃそのどうがとやらは。そういえば最初に式力を出したときもどうががどうとか言っておったな。それをやればすまほが手に入るのか?」

 

 まあそう単純な話じゃないけど、たぶんタケシに相談すればなんとかしてくれるだろ。

 

「そういうことなら私も手伝うぞ。コエダ」

「おお、先輩として頼もしいのお、らびーね。では一つよろしく頼むのじゃ」

 

 ところでなんでラヴィーネには呼び捨てで呼ばせて俺はさま付けなの……?

 

 

----

 

●REC

 

『こんにちは。今回は緊急で動画回しています。

 そういえば動画だとお久しぶりですね、皆さんこんにちは。エレキシュガル・フォン・ラヴィーネです。

 今日はアウスタでアップする服を買いに行った帰りだったんですが、その帰りがけにメイジとばったり出くわしまして。今隣に居るんですが、今日の主役はメイジではなくて、こちらの方です!』

『こ、これに向かって喋れば良いのか? どうも皆の者。ワシは奥卵の守護稲荷、山中コエダじゃ。以後よろしく頼む』

『きゃーーーーー! かわいいーーーー!』

『のわーーー! 止めるのじゃ、らびーね! 耳を触るな、尻尾を撫でるなー!』

 

………………

…………

……

 

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うちには悪魔みたいな妹がいる

「のう、らびーね。アウスタへのリンクを貼るにはどうしたらいいのじゃ?」

「それならここにリンクの共有があるから――」

 

 大昔は理解できないものや恐ろしいものを物の例えとして「悪魔」と言ったらしい。現代だと「単純に凄いこと」や「有効だけどいやらしいこと」に対して使ったりするらしい。

 それでいうとスマホは悪魔だ。もう悪魔も悪魔。大悪魔。超悪魔。こんな便利なものを渡されたら絶対に手放したくなくなるに決まっている。

 コエダさまもスマホの悪魔的魅力に憑りつかれてしまった一人だ。先日アップした動画の収益でスマホを手に入れると、結構すぐに色んな事が出来るようになっていった。分からないことがあればこうして放課後に喫茶店に集まって質問をしにくるし、頭戦国時代の割にスマホへの順応というか、興味が人一倍高いように感じた。

 スマホで何かするたびに感動するコエダさまを見て俺も「そうだよな。そうだよな」と深くうなずく。都会の人はみんな当たり前みたいな顔してスマホを使うけど、こんな多機能で便利な道具、他にないからね? 皆は俺の魔術で驚くみたいだけど、俺からすれば都会のあらゆる便利な物が驚きで仕方がないよ……。

 

「のう。ワシの住処だと動画の再生が遅いのじゃが、それは何故なのじゃ?」

「それはたぶん山奥だと電波が届きにくいからだよコエダさま。俺も帰り道で電波繋がらなくなるもん」

「ははー。そういうことか。ならばオフラインで楽しめるように予め動画をダウンロードしておく事が肝要か」

 

 全く同じ結論になってて懐かしい気持ちになった。

 まあこんな風に、コエダさまはもうそれはそれはどっぷりと都会の文化に浸かっている。

 

「コエダ。今度一緒に服を見繕いに行こう。山中も行きたがっていたぞ」

「服か。たしかに一々狐に化けたり戻ったりするのは億劫じゃし、いつもの姿では妙な輩に写真をねだられて鬱陶しいからの。山中というのは主の家の召使か?」

 

 そういえばコエダさまも山中さんも山中だ。紛らわしいけどコエダさまを山中さまとは呼ばないから山中さんは山中さんのままでいいか。いまさら名前で呼ぶの、ちょっと恥ずかしいし……。

 ちなみに山中さんは山中りんこって言う名前だ。お嫁さんにしたらりんこって呼び捨てにするんだろうなぁ。うへへ。

 

「おい聞いているのかメイジ」

「え、なに? ごめん聞いてなかった」

「週末コエダの服を買いに行くぞ。お前も荷物持ちで来い」

「土曜だったら午前中は用事あるんだけど午後でもいい?」

「構わんが、珍しいな」

「うん。村木さんに呼ばれててさ」

 

 

 

 新宿。それはビルが山のようにそびえ、人が川のように流れる大都会。奥卵はいい町だと思うけど、やっぱ新宿と比べると長閑だ。

 今日は村木さんに呼ばれて都庁の地下、対魔特別対策課及び秘匿課……所謂魔術協会の事務所にやってきた。

 扉が開いて姿を現したのは村木さんと、桐原さんを助けに行ったときに一緒になった静岡さんだ。

 

「直接会うのはあの時以来か」

 

 そう言われてみればそうかもしれない。細かい連絡とかは短文チャットでしてたけどね。

 

「あの後色々と立て込んでいたからな。当事者の一人であったお前にも状況を説明しておくために今日は来てもらった。秘匿性の高い内容が含まれる。他言は無用だ」

 

 そこから聞かされたのは、あの時なんで桐原さんが誘拐されるに至ったのかについてだ。アンジェラさんからの情報で奇妙な事が分かったらしい。

 

 まずあの時、A国側のエージェントがジョナサンさんを捕縛に動いていた。実働部隊は3人で、元から日本駐在のA国エージェントが2名、それから本国から派遣されたアンジェラさんというメンバーだった。

 そもそもアンジェラさんは単独でもジョナサンさんに対処可能であると考えられて本国から派遣されてきたという。なのに駐在のエージェントが横割りをする形で対策部隊を結成し、アンジェラさんを指揮下に入れてしまったらしい。命令自体は正式に発令されていたので従ったが、不自然さは覚えていたという。

 その上で現場で出くわした桐原さんについても何のかんのと言い訳を付けて捕縛しようとしていたとか。最終的には先任命令で押し切られ、そのままジョナサンさんの監視を言いつけられて俺たちと接敵したのだとか。まああの場に居たのは俺じゃなくて狐の面をかぶった謎の男なんだけど。

 

「どうも、最初から桐原あやかを誘拐するつもりであったように思える節がある」

「どゆこと?」

「以前から公安と対策課は念動力者である桐原あやかを監視していると言ったな? あれは念動力者が危険な動向を見せないかを監視するものでもあるが、近年念動力者の中に不審な失踪をする者が多く見受けられるようになったために開始された、どちらかと言えば保護するための措置だ。

 そして先の不審な動きをした先任エージェントの二人、現在は行方をくらませている。対策課及びA国SPAは重要参考人として行方を追っているが、現在のところ足取りはつかめていない。

 先の念動力者の不審な失踪の裏に、念動力者を集めて何かをしようとしている組織の影があり、失踪した二人のエージェントはその構成員だったのではないかと見ている」

 

 それらの目的を調べるためにも先任エージェントの行方を捜査することは必要。

 これまであまりにも協力体制を結べていなかった二つの組織であるが故に起きた今回の事件を反省して今後は連携を強化すると共に、現在行方不明の彼らの捜索と捕縛について、今後の協力体制の礎として日本とA国で共同して捜査にあたることになった。

 

「我々も向こうさんも、それまでの組織体制に固執しすぎていた。

 今回の件にしても、我々がジョナサン・モストを捕捉した段階で協力を依頼していれば済んだ話だし、お前に倒された後の取引についても上層部が余計な欲を出す事もなかった。向こうも対象が日本にいると分かっているならこちらに協力を要請すれば民間人に被害を及ぼすこともなかった」

 

 まとめるとこうだ。

 差し当って迷惑かけたジョナサンさんは好きにしていいから、謝罪の意味も込めて当事者の一人である特記戦力のアンジェラさんを貸し出すから、今回の話は手打ちにしてもらえないだろうか。あと一緒に悪い奴探そうぜ。

 こっちも不法侵入しちゃってごめんね。でも元をただせば悪いのそっちだからチャラってことでいいよね。分かった。一緒に頑張ろう。

 じゃあそれで。っていう超法規的措置の末生まれたのが今の状況らしい。

 

「対策課としても面子があるからアンジェラ・リンドベルの手を易々と借りる事はないだろうが、いざという時の戦力としては間違いなく頼りになる。ジョナサン・モストはA国からも使い倒すように言われているから遠慮はしないが、アンジェラ・リンドベルについては現状待機が多い」

 

 へー。だからアンジェラさん日本にいて暇してたのか。

 

「不幸中の幸いは桐原あやかに後遺症の残る傷害がなかったことだ。政府による謝罪は受け入れられた。本人の意向としてはこれまで通りの生活を送りたいということだった」

「別に俺から言う事とかはないよ。桐原さんがいいならいいんじゃない?」

 

 正直話を聞かされても何がどうなってそうなったのか、よくわからない。一番迷惑したのって桐原さんだし、桐原さんがいいならいいんじゃないかな。

 

「お前の助力のおかげで今の状況があると言ってもいい。本来ならばもっと拗れていた筈だ。だから何か報酬の希望があれば言ってみろ」

「報酬? お金とかってこと?」

「金がいいなら金で渡すが」

 

 いや別にお金も困ってないしな。うちは畑と狩りで食料も足りてるし。スマホ代もUtubeの収益でまかなえてるしなぁ。

 あ、そうだ。

 

「じゃあさ、こういうの用意できない?」

「何? 何に使うんだこんなもの」

「まあちょっと必要になるかもしれないんだけど、たぶん市販はされてないだろうなって。あともう一つはこれ」

「そっちは別に構わないが……一つ目はオーダーメイドになるぞ。体のサイズだけ教えろ。特に身長で鯖読むなよ」

 

 そんな嘘つかないよ!

 ……つかないよ!



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かかしの気分

 配信で聞いた男がしたくない事第一位。それは女の買い物の荷物持ち。

 でも不思議だよね。配信のコメントの皆って恋人とか居なさそうなのになんでそれが嫌ってわかるんだろう?

 だけど気持ちは分かる。前にラヴィーネに付き合わされた時も無駄にあれこれ歩き回ったから。今回はタケシは居なくて俺1人だ。アイツ用事があるとか言って逃げやがったんだ……顔笑ってたもん……。そして今回は服を選ぶ側も1人じゃない。3人だ。3倍だぞ3倍。でも俺負けないよ。何故なら山中さんが居るからだ!

 

 新宿で村木さんと会って、そこから立川まで引き返してラヴィーネ、コエダさま、山中さん(!!!!!!)と合流。約束していたコエダさまの服を見繕う会が始まった。別に昭島とかニオンモールでもいいと思うんだけどね。店が色々あるから立川がいいんだそうだ。まあ確かに立川とか八王子だとそんなに必要? ってくらいお店はいろいろあると思う。

 とりあえず巫女服は目立つからコエダさまには俺の服を貸している。ぶかぶかだけど尻尾や耳を出すのに邪魔じゃなさそうだからこれでいいということだ。まだそれでも目立つから尻尾や耳に部分的な隠蔽の魔術をかけている。これ初めからコエダさまに術かければよくない……? ダメ? 町の人間にコエダさまを見せたい? そう……。

 

 そういえばラヴィーネや村木さんに散々ダメだしされた例の隠蔽魔術は改良した。改良というか別の魔術を開発した。カスタマー(かっこいい)の意見は大切にしないとね。

 具体的には隠蔽しない対象っていうのを選べるようにした。つまり姿を確認させたい人には効果が出ているのか分かるように半透明になって見えて、それ以外の人には見えないっていうことだ。これが結構難しかったけど、念動力まで動員してなんとか成し遂げた。やっぱり魔術は特定の人を指定する事が苦手だ。

 あとは今やったみたいに隠蔽を部分的にすることもやった。これも最初の魔術と一緒に出来るようにしようとしていたんだけど、『別の魔術を複数回使うか使い分ければいいではないか』とラヴィーネに言われて確かにと思ったから別の術にした。どーも俺はなんでも一つでやろうとしすぎるらしい。だって十徳ナイフみたいでかっこいいじゃん……。

 早速役に立ってそれはそれでよかったけど。そんなことより!

 

「山中さん山中さん!」

「なあにメイジくん」

「なんじゃ」

「コエダさまはコエダさまって呼ぶから……」

「分かりにくいじゃろ。りんこと呼べば良いではないか。のお、りんこ」

「そうだよメイジくん。どうして私だけ名前で呼んでくれないの? 寂しいなー」

 

 山中さん絶対そんなこと思ってないくせに! 顔が笑ってる!

 い、いいじゃん! なんか名前で呼ぶの恥ずかしいの! コエダさまはコエダさまって呼ぶからね!

 

「メイジは妙な所で子供っぽいな」

「式力だけいっちょ前で他はガキじゃなー」

 

 うるせーやい! うちの集落じゃ16で大人だ、あと3年で俺は大人になるんだい!

 

「メイジくん、3年経っても今のままかもしれないね」

「そんな気がするのぉ」

 

 俺はでっかい男になるんだ。さーほらぐずぐずしてないで服見に行こうぜ服!

 最初はヴニクロだ、というラヴィーネの先導でようやく歩き出した。

 

「ねえねえメイジくん。さっきは何を言おうとしていたの?」

 

 すすっと山中さんが隣によってきて顔を近づけて言った。今日の山中さんは仕事中にいつも着けてるエプロンをしてないから何か新鮮だ。ちょっとひらひらの付いたブラウス? に長いスカート。でっかいおっぱい。うん可愛い。

 

「あ、うん。服の事よく分からないけど、今日の山中さんいつもと違った感じで可愛いねって言おうと思ってた!」

 

 山中さんは中学のクラスメイトみたいに髪を染めたりしてないから髪色は黒なんだけど、髪を片側にまとめて結ってていい感じなのだ。なんというか、お嬢様っぽくてお上品だ。とっても似合ってる。姫っていうわりに姫感ないラヴィーネとは大違いだ。

 

「……そういうことは言うのに名前で呼ぶのは恥ずかしがるんだ」

 

 頭をぐりぐりされた。なんでだ!

 

 

 

「メイジ。お前は何か買わないのか?」

 

 同じデザインの服の色についてあーでもないこーでもない10分討論して結局別のデザインの服を見に行った後の事。ラヴィーネが両腕を紙袋で埋めている俺に言った。ちなみにどっちも買いなよという言葉は封殺された。

 さっき村木さんに服の発注したから上はいらないかな。

 

「服? なぜそんなものを協会に依頼したのだ」

「欲しいもの無いかって聞かれたからさー。普通のフードだと顔まで隠れないからちょっとフードが大きい奴が欲しいって言ったんだ。あとコエダさまが狐になったとき、そこに入れるといいなと思ったから。普通のだとちょっときつそうだし」

 

 あの服の中からお供のペットが出てくる奴を俺もやってみたい感はある。コエダさまだと普通に頭踏んづけてきそうだけど。

 

「風呂敷でよいではないか。だいたいなぜワシはお前に運ばれる前提なのだ」

 

 風呂敷はちょっと……。

 いいじゃんコエダさまは寝ながら移動できるんだよ?

 

「別にこの姿で良いではないか。こうして現世の服も見繕っておることだし」

 

 それもそうか。まあでも、いつかやるかもしれないし、そもそもコエダさまが入れる機能はついでだし……。

 

「にしてもコエダさま、耳と尻尾の調整があるとはいえ、結構今風の服も普通に似合うんだね」

「髪が明るい茶色だから服は合わせやすいな。耳は、まあ私の角と同じで帽子を被るか開き直るかすれば良いのではないか」

「そうじゃろそうじゃろ」

 

 なんというか、街に溶け込んだ恰好だ。たぶん要所要所お洒落なんだろうけど俺には認識できないから普通にいそうな小学生って感じ。

 

「尻尾の穴は家に帰ったら調整しよう。私は最近裁縫も始めたんだ」

 

 ラヴィーネはそのうち店でも始めそうな勢いだ。そういえば魔界で使えるSNS計画も考えてたな。魔術だけでやるには厳しいから、魔道具を使う方法を模索中って言ってた。

 

「山中さんは服買わないの?」

「うーん、私の場合は市販の物だと上はちょっと合わないかな。着れるサイズで買うと太って見えるから」

「なんで? 別にいいじゃん」

 

 何着てもきっと山中さん可愛いよ。

 

「ダメなんだよ」

「アッ、ハイ」

 

 謎の圧が出てきたので撤退。山中さんはたまに怖い。

 

「りんこよ。お主、袴なども似合うのではないか?」

「小さい頃は節目のお祝いで着ていたこともありますね。うち、実家が神社なので」

「ほお。ということは山中というのは我が配下の神職であったのか」

「関係性は分かりませんが、コエダ様が仰るのでしたらそうかもしれません」

「妙な所で縁が繋がるものじゃなー」

 

 というか山中さん、コエダさまのこと普通に受け入れてるのなんでなんだろう。

 ラヴィーネで慣れたし、そもそも俺が居たからそういうものだと諦めた? なんか照れるぜ。照れるところじゃない? なぜなのだ。



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うちに温度計はない

 中間テストと冬の足音が近づく11月半ば。うちの山より寒いことはなかろうと思っていたんだけど都会の冬もちゃんと寒い。単純な気温だけならうちの山の方が寒いんだろうけど、都会は道路や建物が一度冷えるとそこから冷気が伝わってくるような気がする。まあ俺は炎熱系魔術師。寒さ対策はお手の物である。あちち、マフラー温めすぎた。

 そう、マフラー。

 この間服を買いに行ったとき山中さんに選んでもらった白と紺色の縞々の奴だ。このマフラーは二人の絆なのだ……つまり実質婚約指輪相当では? 婚約マフラー。うへへ。

 

「何を気色悪い顔をしている」

「何だか幸せそう」

「有体に言ってメイジくんキモイね」

 

 散々な言われようだ。それぞれラヴィーネ、アンジェラさん、タケシだ。しかし今の俺は無敵である。何故なら山中さんに選んでもらったマフラーがあるからだ。マフラーバリー。

 今日はアンジェラさんも交えてファミレスで相談会だ。アンジェラさんもなんか久々な感じがする。

 何の話かというと魔界にスマホを、の話だ。

 

「結局その何とかって教授とはどういう話になったの?」

「やはり画面の出力という所で躓いているみたいだ。スマホレベルの高等な映像反映は道具を使ったところで魔術だけでは再現できないという結論だ」

 

 まあ、それはそうだ。魔界でスマホとSNS計画は結構越えなきゃいけない壁が多い。

 まず撮影した写真を保存しておく端末が必要だ。これは今でも写真という形で保存出来ているらしいけど、一枚現像がやっとの容量で、これでは少ないと思う。これを解決しないと気軽に写真が撮れない。

 次に撮影した写真を保存しておいたとして、どのように共有するのかだ。

 絵の展覧会みたいに一堂に会してとかでもいいっちゃいいんだけど、目標とするものがアウスタみたいなSNSなので、どこでも手軽に閲覧できる機能が必要だ。

 最後にその閲覧した写真に反応を示す機能。

 

「詳細は分からないけれど、難しそうっていうのは聞いててわかった。正直そこまでやるなら魔界にアンテナ立ててスマホ持ち込んだ方が早いよね」

 

 タケシの意見はごもっともであるが、別に出来ないわけではない。

 一先ず世界中に発信するって所は置いといて、撮った写真を相手に共有できればいいんだ。それで相手がそれに反応を示せれば尚いいんだから、要は念話の応用でいけるってことだよ。

 だからつまり、ケ、ウル、ニ、メ、ソア。

 

「これでどう?」

「わっ、すごいよメイジくん。頭の中にメイジくんが山中さんとデレデレしながら映ってる写真の映像が浮かんできた! 初めて魔術を体験できたかも!」

 

 いや今までも動画撮影で見てたし転移とかしてきたじゃん。不思議体験として分かりやすい? そう……。

 

「うむ。見えるな。確かに浮かんできた映像に対してこちらから念話でコメントを返せば一応コミュニケーションの基礎はこなせる。思っていたものとは異なるが、ここから進歩させていくさ」

「だらしない顔」

 

 アンジェラさんの感想はともかく、これで一通りの検証は出来たな。

 魔術が使えるラヴィーネ、魔術は使えないが魔力があって念動力者のアンジェラさん、魔術も念動力も使えないが魔力はあるタケシ。全員に対してこの写真の共有が行えたわけだ。

 じゃあ後で術式と呪文渡すから。ただこれ目で見たものしか送れないから、やっぱ映像を保存しておく手段は必要だね。

 

「まあその辺りは改良に期待するとしよう」

 

 それよりラヴィーネすごいじゃん。告知見たよ。なんか服のコラボ? するらしいじゃん。

 そう訊ねると物凄くわかりやすく得意げな表情を浮かべた。心なしかふわふわの毛先も巻きを強めて跳ね上がってる気がする。

 

「そうなのだ。企業の方から依頼があってな。これでまた多くの人々に可愛い私を見せられるぞ」

 

 俺も結構都会を楽しんでる方だと思うけど、ラヴィーネには敵わないと思う。こういう見られることに対する意識が分かる時、ラヴィーネって姫だなって感じでいいと思う。

 

 入口の鈴の鳴る音。

 あれ、コエダさまだ。今日は来ないってメッセージ飛んできてたのに。実は連絡がある時、鳥とか動物が手紙を運んでくるのを勝手にちょっと期待していたりした。勿論そんなことはなかったけど。

 コエダさまはアンジェラさんを凝視して固まっている。自慢の尻尾と耳がピーンと逆立って天を衝いている。見つめられているアンジェラさんは初めて見るコエダさまに表情は変わってないけど膝の上の手がソワソワしている。

 

「な、なんじゃこのとてつもない波動は。おいメイジ! こやつヤバイぞ! 日本を沈めかねない波動の力を秘めておるぞ!」

「……そんなことはしない」

 

 そんな大袈裟な。どうせ見たことないくらい大きいから適当言ってるんでしょ。ほらアンジェラさんも悲しそうな顔してる。特に表情変わってないけど。

 あれ、今しないっていった? もしかして、しないだけで出来なくもない? そ、そんなことできるの「そんなことはできない」あ、はいすみません。

 

「コエダさま。こちら今は日本で活動中の念動力者のアンジェラさん。以前色々あって戦った仲。アンジェラさん。このちんまいのはコエダさま。奥卵の守護稲荷やってるんだって」

「シュゴイナリ? それはどんな意味」

 

 そういやどんな意味なんだろうコエダさま。奥卵の土地や霊脈を守る守護役。はえーそういう役回りだったんだ。うちの山への入口とかコエダさまが作ったんだろうか。

 

「おいメイジ。お主よくこんなのと戦って無事に生き残れたな。式力だけバカでかいはなたれ小僧かと思っていたが、ちょっとだけ見直したぞ」

 

 俺、町の案内とか説明、結構頑張ってたと思うんだけどそういうところで見直してくれないのか……。

 

「そうではなくてだな! おいメイジ。手を貸せ。何やら東でとんでもないことが起きておるようだぞ」



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説明書がお好き

「メイジ。お主と出会った時に霊脈が乱れていたというのは話したことがあっただろう」

 

 

 

 そういえば出会った時なんかそんなことを言ってた気がする。俺の転移の所為だって言ってたやつだよね?

 

 

 

「うむ。あの時はそれが原因だと思うておったのじゃが、それが違うように思えてきた。修復して元の流れに戻したのじゃが、先ほどまた大きな乱れが生じた。どうも東の方で大きく崩れるような何かが起きてその影響が出たようでな。

 

 故、調べに行くぞ。どうも次第に悪くなって、このままでは下手すれば地盤ごと沈みかねん勢いじゃ」

 

「それってここじゃダメなの?」

 

「流石に距離が遠いのじゃ。川の汚れは上流に行かねば原因が分かるまい」

 

 

 

 そういうものなんだ。

 

 服を引っ張られる感覚。なあにアンジェラさん。

 

 

 

「メイジ。有事は村木に連絡が必要。それから私にも手伝えることは? 危機が迫っているなら協力したい」

 

「そうだねメイジくん。協会の時は相談を省略したせいで迷惑をかけてしまったから、早めに連絡はしておこう」

 

 

 

 あ、たしかに。何をするにしても村木さんに連絡はした方がいいよね。ありがとうアンジェラさん。タケシ。もうしてくれた? ありがと。でも俺からもしとくね。

 

 

 

「コエダさま。その乱れっていうのがどの辺りっていうのは分かる?」

 

「今はまだわからぬ。故に一先ず移動して位置を特定したいのじゃ。そこな色々デカい女も連れていくのか?」

 

 

 

 デカい女て。

 

 アンジェラさん手伝ってくれるの? わかった。

 

 一旦新宿まで出てみて、そこで調べてみよう。

 

 

 

「ちょっと待て。私を置いていくつもりか? 世界が違うとはいえ私とて貴種。危機には立ち向かう心構えはある」

 

「ラヴィーネ。貴女のことは尊敬しているけれど、こういう仕事は貴女の舞台ではないと思う」

 

「アンジェ……いや、お前ほどの実力者が言うのならそうなのだろう。分かった。私は待機している。武運を祈る」

 

 

 

 意味ありげに見つめあい頷き合った二人。

 

 い、いつの間にそんな仲良くなったんだ二人とも。服の話で盛り上がってたのと連絡取りあってたのは知ってたけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅ラッシュってほどの時間じゃない浅い夕方の電車は、いくら中央線と言えども空いている。今日は中央線を行ったり来たりだな。

 

 ラヴィーネは最近引っ越したっていうマンションに帰っていった。なんかちょっぴり不満そうな顔だったけど、あいつ姫であって戦士じゃないしな。危ないかもしれないことは俺みたいな頑丈なのがやるべきだと思う。

 

 

 

 前に短い時間だけど、神社跡でラヴィーネの身の回りの世話してたっていうお爺さんと会った事があった。ほんとーにたまたま通りかかったときに出くわしたんだけど、都会の生活を色々心配しているみたいだった。

 

 何かタケシのとーちゃんと知り合いだったみたいで、こっちで世話になってるのがタケシのとーちゃんだって知って少しは安心したみたいだ。妙な縁もあるんだなぁ。

 

 ん? まてよ? だからラヴィーネと初めて会った時、タケシはあんなにグイグイ行ったのかな。あの時は都会のルールをよく分かってなかったからあんまり気にしなかったけど、今度聞いてみよ。

 

 

 

 でもいいよなぁ、ああやって心配してくれる家族みたいな人が居るのって。うちはかーちゃんはずっと不貞寝してるし、妹は論外だし、従妹んちも俺の事全然気にしないだろうしな。

 

 何かと世話焼いてくれるとーちゃんはそんな風に考えてくれてるのかなーないだろうなー。

 

 さて気を取り直して。

 

 

 

「コエダさま。とりあえず新宿まで出るけど、コエダさまの言う東ってどのくらい東なの?」

 

「わからぬ。一先ず都に出ればどの程度の距離かは分かるはずじゃ。どこか程よく人気のない場所はないか?」

 

 

 

 少し大きめのダボっとした服の袖からちんまい手で耳隠しの帽子の角度を調整しながら、アンジェラさんの膝の上に乗せられているコエダさまが訊ねてきた。にしてもアンジェラさん、俺の時もそうだったけど誰かを膝の上に乗せるのが好きなのか……?

 

 

 

 人の少ない場所ねぇ。んー新宿ってどこも人が多いからなぁ。

 

 あ、一か所あった。ケンイチ君とスケボーやったあの公園とか人があんまり居なかったよ。

 

 

 

「目星が付くならば目的地はそこじゃな。してメイジよ。お主霊脈についてどの程度造詣が深い?」

 

 

 

 霊脈? 詳しいか詳しくないかって話なら、別に詳しくはない。

 

 ただ霊脈って呼ばれている魔力の流れが土地にはあって、それを利用する異能力があることは知ってる。俺が使う転移の魔術なんかはだいたいそれで、水道と蛇口末みたいな物を想像してもらえばいいと思う。俺もこの説明が出来るくらいには都会の技術に造詣が深くなったのだ。あってるかは知らないけど。

 

 

 

「概要だけで詳しく何か知っている訳ではない、ということじゃな。まあそれでもお主に何か手伝わせる事もあるやもしれん。一応そのつもりで備えておくのじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 この公園に来たのは初めて新宿を観光した時で、あれからもう4、5カ月経ってると思うとなんだか変な感じだ。あの時は暑かったけど今はもう寒い。

 

 思った通り人影はあまりない。協会の人が使ってた人払いを使えばより確実だと思う。

 

 

 

「よし、少し調べるから待っておれ」

 

 

 

 そう言ってコエダさまはムムムと耳をピコピコ動かしながら目をつむって何かを探り始めた。

 

 俺もやってみるか。

 

 霊脈っていうのはさっきも言ったように水道みたいなものだと俺は思ってる。

 

 土地の地下に張り巡らされた土地そのものが持つ新陳代謝の管で、自然と出来るものでそれその物に意思はない。体の魔力を把握するように意識をそこに向ければ存在は感じられるんだけど、どーなんだろう。俺にはコエダさまの言う乱れっていうのがよく分からない。水質に拘る水好きみたいな人だと分かるんだろうか。奥卵の水はおいしいよ。

 

 アンジェラさんは魔術は最近練習を始めたくらいなので感知には参加してないみたいだ。ぼんやりした目で辺りを見渡している。

 

 

 

「うむ。まだ東じゃな。だが近くはなってきている」

 

 

 

 ぱちっと目を開いたコエダさまが言った。まだ東? 地図で言うとどのあたり?

 

 

 

「うーむ、奥卵との距離で考えると川の向こうではありそうじゃ」

 

「まだ移動するのね。もうじきムラキもここに来る。合流してから次の移動を」

 

 

 

 アンジェラさんの提案に頷き、村木さんを待つことになった。

 

 

 

「ところでメイジ、アンジェラとやらよ。そのムラキとは何者じゃ?」

 

 

 

 ……そういえば村木さんにコエダさまの事なんて説明しよう。




おなかをいためた(´・ω・`)


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うちにグローバル化の波は届かない

 自分に無い物に興味を持つのって、相手への興味の第一歩になると思う。俺には獣耳がないから、先頭に立って霊脈の乱れの元に向かってピコピコ動くコエダさまの耳がどうなってるのか凄く気になる。

 

 東京を超えて錦糸町まで進んだところでコエダさまが降りると言い出した。方位磁針で物を探した経験があるから分かるけど、たぶん示す方向が変わったんだと思う。

 

 ずんずん進んでいくコエダさまに合わせて、俺たちもその後ろをゾロゾロとついていく。

 

 

 

「おいメイジ。本当にあんな事をさせていいのか。俺も怪異や異能の存在とはそれなり以上に渡り合ってきたが、あれほどハッキリと顕現された土地神に拝謁したのは初めてだぞ」

 

 

 

 いいんじゃない。本人がやるって言ってたんだし。

 

 合流した村木さんはコエダさまに対して物凄く畏まった? 態度を取っていた。土地神に類する存在に対する態度としては当然なんだとか。

 

 コエダさま土地神なの?

 

 守護稲荷であって違うからそんなに畏まらないで良い?

 

 今は調査を優先せよ?

 

 だってさ。使えるものは使うんじゃなかったの?

 

 

 

「それでいいなら俺は構わないが……やり辛さはあるな。まあいい、なら割り切るぞ。

 

山中様。目標は見つかりましたか?」

 

「コエダで良いぞ。大体絞れては来たのじゃ。あの方角……ああ。分かりやすくバカでかい物を作りおって。あの建物の地下じゃな」

 

 

 

 コエダさまが示した指の先にあったのは、日本で一番大きな建物、スカイツリーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 村木さんは目的地がスカイツリーと分かると、すぐに地下区画への入館許可を取ってくれた。異能の力は武器弾薬以上に被害が多くなる上に緊急的な事態が多いから、こういう特権的な事が許されているんだって。村木さんに連絡しておいてよかった。改めて思うと今までも村木さんには助けてもらっていたんだな。今度ちゃんとお礼言おう。

 

 

 

 俺はこの辺にはまだ観光にも来たことがない。秋葉原には一回だけ行ったことがあるけど、それ以東となると初めてだ。勿論スカイツリーも遠くから見たことはあったけど入ったことはない。

 

 足元まで来るとその大きさがより強調される。都会は凄いなー。こんな巨大な建造物を人の手で作り上げてしまうなんて。俺も崖を削ってそれっぽい物を作れたりしないだろうか。

 

 

 

 村木さんの話によると、スカイツリーは陰陽道的に東京の要の一つに当たるらしく、地下施設には儀式を行う祭壇があるんだとか。他には近場だと都庁、東京タワー、皇居にも似た施設があり、こちらの調査に合わせてそちらにも確認を送っているらしい。手際が良くて本当に凄い。

 

 ん。侵入痕。

 

 

 

「村木さん、アンジェラさん」

 

「分かってる」

 

 

 

 施錠こそかかっていたが、物理錠の次の魔術錠が突破されていた。

 

 

 

「――人の気配はない」

 

「確かか、アンジェラよ」

 

「念波を飛ばして反応を探った。少なくともこの入口より奥に人型の生き物は確認できなかった。小動物は居るみたいだけど」

 

「……殺鼠剤は別に散布させるとして、一応警戒は怠るなよ」

 

 

 

 アンジェラさんが俺を見つけた時にもやってた念の波を飛ばす術だ。自分の位置がバレバレだからそういう使い方してこなかったけど、確かにこういう時、何かを見つけるのに便利だなぁ。参考にしよう。

 

 元々地下だった場所からさらに二つ降りたところに儀式の祭壇があった。

 

 

 

「なんじゃこれは……?」

 

 

 

 呻くコエダさまの気持ちも分からないでもない。それは見た目に判断出来るものではなかった。

 

 祭壇の中央、霊脈の流れのちょうど中心に位置する箇所には、蜘蛛の足のように地面に突き立ち、胴体部分がアンテナのように広がった機械……中心部分からして槍みたいなものだろうか? が突き刺さっていた。

 

 流石にここまで近ければ何をしているのかも分かる。この装置で霊脈の流れを操作して、別の場所へ力を流動している。

 

 

 

「妙な絡繰りを作ったものよ。これを破壊すれば霊脈の乱れも元に戻るというもの。どれ」

 

「コエダ様、今しばらく」

 

 

 

 腕まくりして肩ぐるぐるしたコエダさまを村木さんがさえぎった。

 

 

 

「なんじゃ村木。さっさと壊さんと東京ごと海に沈むことになるぞ」

 

「見るに、そうした崩壊が起こるまで今しばらく猶予があると思われます。可能であれば下手人を捕えたく」

 

「悠長じゃのお。場所の特定ということか?」

 

「それもありますが、事が上手く運んでいるうちは心にどこか慢心があるのが人の常。破壊の準備は整えておき、確保と同時に行うが上策かと」

 

「なるほどの。まあ確かに、見た所、一日二日で何かが起こるような状態ではないが」

 

「御力により早期発見できたのが良かったのでしょう。下手人もこのような事態は想定していなかったはず」

 

「ふふん、奥卵の守護稲荷を侮るでないぞ」

 

「お見事にございます」

 

 

 

 おお。コエダさまめっちゃ得意気だ。耳も尻尾もご機嫌で、ちんまい胸を反らしている。実際凄い。

 

 

 

「メイジよ。場所は分かるか?」

 

 

 

 うん。いけるよ。

 

 桐原さんの時にダメだった魔術は改良済みだ。ここから流れ出している力の先を地図に当てはめてと……。

 

 

 

「両国国技館?」

 

「今は相撲はやっていないが人の出入りはそれなりにあるはずだ。と、いうよりこれは、休館中の隣の博物館ではないか? どちらにせよここからなら比較的近い。車を手配する」

 

 

 

 力の先はここから南南西、両国っていう駅の近くに向かっていた。

 

 

 

「二手に分かれましょう。コエダ様にはこちらでお待ちいただき、配下として手の者をこちらに向かわせますので人手が必要であればお使いください。下手人の元へは私、アンジェラ、メイジで向かいます」

 

「あいわかった」

 

「では連絡用の道具を持参いたしますので――」

 

「ああ、スマホでよければワシも持っておるぞ」

 

「……………………今しばらく。

 

 おい、メイジ。ちょっとこい」

 

 

 

 え、なに。めっちゃ引っ張るじゃん……。

 

 ちょっと離れた場所で村木さんは俺の頭を両手で掴んで顔を突き合わせてきた。目が据わってる。

 

 お前なんてことしてくれたんだ。土地神がスマホを持ってるぞ。何? 動画にも出た? 秘匿課の連中はそんなこと一度も、なに、チャットもできるしSNSもやってて相談事コーナーが大人気? 特に恋愛相談が人気? 馬鹿が、土地神様に人間の恋愛相談をするなどなんて畏れ多いことを! 神頼みはするのに相談はダメなのか? 屁理屈をいうな!

 

 

 

「……こちら、私の連絡先でございます」

 

「うむ。送ったぞ。ワシはここで吉報を待つ」

 

「て、手慣れている……」

 

 

 

 そりゃラヴィーネが付きっ切りで教えてたからね。

 

 

 

「稲荷もグローバル化の時代よ。そのうち海の向こうの守護共と交流もするようになるのかのぉ」

 

 

 

 あ、なんか村木さんが遠い目してる。



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うちじゃライブはできない

 車が止まったので降車する。

 一応3人とも狐の面はしているが(なんでまた狐の面なんだろう)改良型隠蔽魔術で姿は隠してある。前回みたいにお互いの位置が分からないなんて間抜けは無しだぜ。

 

 両国国技館は相撲の開催場所として有名なんだけど(みたことはない)相撲をやってないときは歌ったり踊ったりのライブをやったりしていて、いつかビッグになる事が目標のマサヒロと一緒に全国ライブツアー計画を練ったときに調べたことがあった場所だ。

 駅前の雰囲気は青梅線の駅みたいな感じで、もうちょっと西にある秋葉原とかに比べると都会感は少ない。俺も目が肥えたもんだぜ。でも地域全体が大きな道路と雑居ビルが続いてて、そういうところは西東京地区と比べると都会っぽさがあるようにも思う。

 国技館は駅の真ん前にある。だけど目的地はその隣の博物館だ。霊脈の反応がそこを示すし、出入口に魔術の警戒陣が敷いてある事からも今回の件の犯人がまだそこに居る事を知らせてくれている。

 

「メイジ。バレずに突入したい。何か方法はあるか」

「出入口から入らなければいいんじゃない? あの陣出入口だけ塞いでるみたいだし」

 

 外から見てわかるだけでも少なくとも3F以上の窓にそういった警戒陣は見当たらない。出入口だけ塞ぐ理由もよく分からないけど、維持しようとすると大変だからなんだろうか。

 上から入るんだったら階段作るけど。え、その術で壁に穴をあければいい? た、たしかに。

 

「でもいいの? そんなことして」

「問題ない。後で話は通すからやってくれ」

 

 了解。

 とりあえず警戒陣の無い場所の壁を抜こう。砂にでもしておけば後で戻せるか。

 サ、ク、モラ、ソ。

 

「よし。アンジェラ、先頭を頼む」

「了解。接敵の場合は?」

「捕縛は考えなくていい。制圧を第一にしろ」

「俺は?」

「基本は援護だな。直接的には俺とアンジェラがやる。何か感知したらすぐに言え」

「了解。あと反応は建物の地下だよ」

「地下なら倉庫として広いスペースがある。恐らく何も管理されていないそこを利用しているのだろう。行くぞ」

 

 魔術による警戒網は入り口だけだった。でも本当にそれだけだろうか?

 いよいよ地下倉庫の扉に手をかけた瞬間、扉の内側から巨大な式力が膨れ上がった。

 

「アンジェラさん!」

「問題ない」

 

 アンジェラさんが先制して扉を吹き飛ばし、内から放たれた巨大な熱量を力場で固めた盾で押し返す。力場、という対象は念動力において最も操作が難しいものの一つであり、最も汎用性が高い操作対象だ。そりゃもうなんでも出来る。

 アンジェラさんはかつて俺に対して空気を圧縮した弾丸を使っていたが、あれは一応侵入者である俺の身を気遣った攻撃で、アンジェラさんほどの出力を持つ念動力で全力の力場をぶつけられると跡形も残らず消し飛ぶことになる。ちなみにアンジェラさんはそんな出力の攻撃を模擬戦でいつも俺に向けて使っていた。防げるから良いって言ったの俺なんだけど。おかげで上達したとご満悦だった。

 

「むっ」

 

 そういう出力の力場だからこそ驚いた。なんと相手の攻撃が力場を貫通しかけている。

 村木さんが素早く対応する。水と氷の術式。力場の貫通とほぼ同時に放たれたそれが、力場の干渉で減衰した熱量を相殺して大量の蒸気を発生させた。

 レ、ワ。

 視界が悪いので風で切り払う。

 がらんとした空間の中央にスカイツリーの地下祭壇で見たものと似た機械が毒々しい色の魔力を帯びて鎮座していた。

 その前に男が二人。外国人っぽい顔立ちだ。

 

「"貴様か。アンジェラ。その小賢しい術はどちらの魔術師の仕業だ?"」

「……ジョナサン・モスト捕縛の作戦以来ね」

「"なんだ? この国の言葉で話しかけてくるとは、随分染まったようだなアンジェラ"」

 

 たぶんアンジェラさんがそれとなく俺たちに伝えてくれたんだと思うけど、ちょっとビックリすることに、彼らは俺たちの姿を捉えているようだった。まじか。やっぱ選択対象にだけ見れるようにするとかやったせいで隠蔽自体が甘くなってるのかな。

 ジョナサンさんの件以来ということはこの人たちが直接的に桐原さんを攫おうとしていた人たちってことか。プライド高そうな顔してる。

 村木さんを伺う。そうだよね、見られているとはいえ解除する理由も特にないよね。村木さんが術の準備に入るのを察したのか、アンジェラさんが会話を繋いだ。

 

「"エドワード。ジーニ。馬鹿な真似を。投降しなさい"」

「"するわけが無かろう。何故ならばなアンジェラ。今の俺は、俺たちは、本国で最強の名を欲しいがままにしている貴様よりも強いのだ"」

「"お前のその目が気に入らなかった。まるで全てのものに価値がないとでも言いたげな、その目がな。だが、今ならば少しは気持ちが分かるぞ。なるほど確かに、超越するとどうでもよくなるな。この世の全てが。お前の事さえもな!"」

「"その割には随分と吠える"」

「"なんだと、貴様状況がわか――"」

 

 何をしゃべってるのか分からないけど、男の言葉を村木さんの極炎が遮った。ありとあらゆる可燃物を燃やし尽くす炎によって男たち二人が立っていた空間とその奥の機械が飲み込まれる。村木さん凄いな、ちゃんと殺すつもりだ。

 焼失された大気を補填しようと地上から気圧がかかり、入り口側から強い風が吹き込んでくる。そして炎の幕が開けると、男たちは無傷のまま余裕の笑みを浮かべていた。村木さんの表情が厳しいものに変わる。

 人ならまだ分かる。機械も無傷なのは解せなかった。

 

「"ククク、そのような攻撃は通じんよ"」

「"一度やってみたかったのだ。攻撃を受けて効かない事を誇示するっていうのをな"」

 

 村木さんは戦いが上手い人だけど、出力はそこまで高くない。となると、今の攻撃が通用しなかったのなら相手に傷を負わせるのはもう無理だろう。

 なら、俺の出番かな。大体わかった。村木さん、コエダさまに連絡を。あと、足元を固めておいて。

 

「"なんだ小さい男。お前がやるのか?"」

 

 俺が前に出ると、じーに? って呼ばれていた男の方がなんか言った。金髪だから金髪って呼ぼう。もう一人の方は黒髪だ。

 言葉の意味は分からないけど、たぶん小さいとかそんなよーな事を言ってきたんだろう。スモールくらいは分かるんだぜ。今は小さいけどそのうちお前たちみたいにでっかくなるし。コイツは許さん、ちょっと怪我させてもいいだろ。

 

「アンジェラさん。黒髪の方をお願い。暫く出力が高いから気を付けて」

 

 頷く気配。よし、あっちは任せよ。

 二人の魔力は不自然だ。霊脈に細工して自分の中に取り入れてるのは見れば分かるんだけど、外から取り込んだ魔力なんて普通は自分の中の魔力と混ざりあわない。水と油みたいに。それがどういうことだか分からないけど、その油を単純にそのまま自分の物のように扱えているように見える。

 霊脈の威力で攻撃が撃てればそりゃ強い。アンジェラさんの力場の盾が破壊されるのも分かる話だ。逆に言うとそこまでしないと割れないアンジェラさんの力場が何なのって話でもあるんだけど……。

 扱えてるということは、恐らく補正がかかっている。

 彼らは本当なら水鉄砲で、それ相応のタンクしか持っていなかった。

 それが水量をダムみたいに無尽蔵にしたせいで、水の放出に耐えるために霊脈の側が勝手に本来備わってないはずの機能を補填したんだ。

 身体が勝手に消防車にされているようなものだ。そして今の彼らはホースの先端。元となる水を止めれば対策の手段はいくらでも思いつく。

 のだけど、逆に言うとその水(霊脈から流れる力)を止めないとどうにもならない訳で、それがなかなか難しそうだ。

 まあやるんだけどね。気合入れるぞ。

 



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不器用な君

 相手はA国人でアンジェラさんの元同僚で、念動力者だ。実際に目の前に対峙して魔力の動きが魔術師の物ではないからそう判断できる。

 であるとすると少々不可解な点が多い。

 念動力者は操作対象への共鳴によって結果を得る。だから既に繰り出された結果に対しては、何らかの行動を起こして別の結果をぶつけない限り対応できない。生成途中の結果に対して干渉するなんて言うのは魔術の分野で念動力ではそういう事は出来ない。

 だからさっきの村木さんの攻撃を『受け流した』というのが念動力では説明できない。あの時、間違いなく攻撃は相手に届いていて、力場であるとかそういった障壁が張られている様子はなかった。

 

 この部屋に入る前、最初の攻撃の時にも俺は式力を感知した。相手が念動力者だと分かって妙だと思ったけど、よーやくタネが割れた。どうしてそうなったのかは分からないけど、彼らは今、霊脈から何某かの方法で、式力で結果を得る能力を得ている。それは権能と呼ばれる術形態だ。

 権能は割と意味不明な力だ。とにかく結果だけが突きつけられる。その中でも特徴的なのが属性の変化だ。

 

「"燃え尽きろ!"」

 

 金髪の人が攻撃の意を発する。

 瞬間俺の周辺の大気が超高熱の炎で包まれる。権能は念動力並みに発動が速く、攻撃の意とほぼ同時に結果が完成する。過程とかない。いきなり結果だけ出てくるので魔術を使って後出しで発動を防ぐのは難しい。このままだと焼かれてしまうが、こういうとき便利なのが式力という力だ。

 

「"……は?"」

 

 身体の属性を火に変える。人間は通常、木と土と水の複合属性だ。木は燃えやすいし土は燃やせなくもない。水は炎を遠ざけるけど量が少ないと意味がない。だから人間は燃える。

 なので、その属性を火にする。火はそれ以上燃えない。だってもう燃えてるから。なので火属性の俺は燃えません。

 炎が消える。俺の身体と衣服は火なので、炎じゃ全く傷つかないという結果に終わった。

 これが先ほど村木さんの攻撃に対して相手のやっていた事だ。自分の属性を攻撃に対応した物に変化させ効果をなくす。ゲームでも装備で属性耐性を変えてるじゃん。あれってまんま権能と式力だよなぁって思った。

 なんか金髪の人すっげービックリしてる。同じことされると思ってなかったのかな。

 黒髪の人はアンジェラさんの攻撃への対処でそれどころじゃなさそう。単純に上から重力負荷を掛けられて苦しんでる。アンジェラさんももう大体理解したみたいだ。

 そう。この一見無敵で便利に思える属性の変化にも欠点がある。受けた属性でダメージを負う攻撃であれば、普通にダメージになるってところ。つまりは変化した属性で防げる攻撃とそうでない攻撃がある。発動に意が必要であるから自動で切り替えられるなんてことは起きない。

 だから結局のところ、相手の防御を掻い潜り有効な攻撃を命中させる……普通の戦いと何も変わらないってことだ。

 

「"今の私なら出来るはず、時間停止――! ハハハ、これが時間軸に触れる感覚か、ジョナサンの奴が溺れるのも分かるぞ……!"」

 

 なんか楽しそうだけど解除してっと。

 

 ジル、マ、ソ、ソ、アイ、マ、オ。

 本体に指示権を残した分身を5体作る。この分身の魔術の悪いところは分身が殴られるとちゃんと俺も痛いところだ。その代わり、増やした分だけ手数が増える。あと分身は殴られると痛いけど、痛いだけで傷を負ったりして死にはしないのもいいとこだ。

 さて行くぞ。

 

「"!? なん、止めたはず、だが、なんだ!? 増えて――"」

 

 1人目が岩の轢弾を毎秒40発程度発射し回避を強要させた。物理方面への透過は出来ない様子。2人目が着地を狩り、直接氷の魔術で首から下を凍り付かせに行く。属性変化で対応された。3人目が炎の槍で同時攻撃。時間を止めて逃げようとしたから手の空いた1人目で解除したけど攻撃自体は飛んで交わされ、4人目が霊脈に刺さった機械と金髪・黒髪さんとの間に壁を作り出し、俺が機械に蹴りを入れた。

 

「"そんな物理的な衝撃程度で装置が壊れるはず……なっ!?"」

 

 機械は『あらゆる攻撃の影響を受けない』権能が付与されていた。これ自体は強力な権能で俺は付与できないんだけど、それならそうと話は簡単で、俺はこの機械を壊したいわけじゃなくて止めたいだけだから、蹴り飛ばして要の位置をずらしてやればいい。権能と式力には一々細かい意味や取り決めがあるから、位置が変わった程度でも機能停止してしまうことがある。案の定霊脈から汲みだされていた流れが止まった。

 攻撃という脅威ではないから、権能は発動せず機械は俺の蹴りで位置がずれた。こういう意外と融通が効かないのが権能や式力の悪いところだ。

 ずらしたところで機械から流れる毒々しい光も消えた。5人目がスマホでコエダさまに連絡を入れる。こっちは解除完了っと。戦うのに5人はいらないからこの分身はここでお役御免だ。

 

「"何をした貴様! くっ、力が遠ざかる……万能の力が!"」

 

 元栓は閉めた。残ったのはただの容量満タンの権能・念動力使いだ。あと別に霊脈に流れている力って万能でも何でもないと思う。

 対応方針の基本は同じだ。受けきれない攻撃を続けて有効な攻撃を命中させる。

 

 1人目で相手の左右後方向に壁を出現させる。さすがに足元は守りが固められていた。相手も同じようにこちらの足元の崩壊を狙ったけど村木さんが守りを固めていてくれているから効果は出ない。2人目が以前アンジェラさんがやっていた大気を圧縮した風の弾丸を連続で打ち出す。逃げ場はない。

 物理的な衝撃を無効にできる権能は持っていないから、有効かと思ったけどそのまま受けてきた。身体を岩の属性に変えて風の弾丸を受けているらしい。確かに硬さのある属性で打撃のダメージを抑えることは出来るかもしれないけど

 

 時間が停止する――

 3人目が解除

 ――時間が動き出す。

 時間を止めてその間に抜けようとしてきたみたいだけど隙間は作らない。

 その間にも風の弾丸は次々と金髪さんに着弾し、属性を変化させた式力を削り続けている。

 権能も式力も割と意味不明な力だが、発動に魔力を消費する性質は他の異能の力と変わらない。こうやって継続的にダメージが蓄積する状況で発動を続ければ、消費する魔力は雪だるま式に増えていく。

 

「"ぐぅ!"」

 

 発火能力。1人目で発動に被せて対処。連続して3発。こちらも対処。

 4人目の準備が完了。風の弾丸を止めて水流を発射。

 

「"ぬおおおお!"」

 

 命中。しかし身体の属性を水に変えて突進してくる。そうだよな。無効化しやすいとそれに変えたくなるよな。

 なので、例の誰も認識できなくなる隠蔽で隠れていた本体で隙だらけの顔面に拳を叩きこむ。したたかに脳を揺らした一撃で金髪さんは地面に倒れ込んだ。

 拳と刃物はいつだって俺を裏切らない。

 

「"が、ああああぁぁぁ!"」

 

 ドスン、と重たい音。黒髪さんが壁に叩きつけられ、壁面に蜘蛛の巣状のヒビを奔らせている。アンジェラさんの方も決着がついたらしい。

 

「ふぅー……なんとか、なったか」

 

 戦闘の喧騒から一転、沈黙の降りる地下倉庫に村木さんのそんな独白が響いた。



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うちにしかなかったもの

 念動力者に単純な捕縛はあまり意味が無いが、やらないよりはマシだろうということで移送の人員が到着するまで気絶している金髪と黒髪の二人を拘束することになった。

 

「いやしかし……凄まじい力だったな。あれは何だったのだ?」

 

 あれ、村木さん権能とか知らない? その一種だよ。

 一つずつ開帳されれば分かるけどああも連続されると分からない? 確かにそうかも。コエダさまが詳しいから訊いてみたら教えてもらえると思うよ。

 

「初めて出力で劣る相手と戦った。貴重な経験」

「アンジェラもご苦労だったな。そんな相手が二度と現れないことを願うが」

「結局どうやって権能を突破したの?」

「重力で足止めして発火で燃やしながら力場で殴った。際限なく力が補給されていたら押しきれなかった」

 

 クールな印象の多いアンジェラさんが汗ばんでシャツが汗でベトベトだ。結構ギリギリまで力を使ったのかな。元を絶たなきゃ危なかったってことか。先に機械の方を止めてよかった。

 

「この人たちってアンジェラさんの同僚だったの?」

「同僚ではあった。ジョナサン・モストのとき強引に捕縛に動いた人たち」

「ここで姿を現したのは運が良かったな。この機械の出所といい、調べねばならないことは多そうだが。地脈の類を利用できる技術が攻撃的に使われたことは、由々しき事態だ」

 

 ほんとコエダさまが早めに気づいてよかった。今度油揚げ上げよう。

 

「"……うっ!? ぐぅ、なんだ、どうなっている"」

 

 黒髪の方が意識を取り戻したらしい。何言ってるか分からないけど呻いている。何か痛そうだ。

 

「"ぐうぅぅ……腕が" 腕が痛い。医者を呼んでくれ」

 

 言葉は途中から日本語に変わった。なんだ喋れたのか。アンジェラさんが無機質に答える。

 

「骨が折れている。暴れると悪くなる」

「そんな事言われなくとも分かる! が、痛いものは痛い! ぐぅぅぅ、医者を呼んでくれ、頼む……!」

 

 痛みで意識を取り戻した黒髪さんが悶えながら喚く。

 いやいや。医者とか言ってないで魔力残ってるんだし治せばいいじゃん。

 別にいいよ治しても。もういつでも制圧出来るし。

 

「馬鹿を……言うな。癒しや回復の異能などあるわけがないだろうが……!」

 

 ん? 何を言ってるんだこの人。

 ねえ村木さん。

 

「お前こそ何を言っているんだ?」

「え、どういうこと?」

「回復に類する異能は、異能の歴史の中で、確かなものは一つも確認されていない」

 

 

 

 

 

 え?

 

「お前、知らなかったのか……? 過去から現在まで約4千年の間、異能力についての記録は残されているが、真偽の確かな人体を修復するような異能は1つとして記録されていない。メジャーな異能力である魔術、念動力は言わずもがな、その他ローカルな異能力に至るまでだ」

 

 唯一の例外は約一年前。魔界の界境で拾得した癒しの水晶と呼ばれる物の出現で、当時日本の魔術界は沸き立ったものだ。

 だがそれすらも特定波長の魔力を放出することで周囲の人間の細胞修復を誤差程度に早める効果しか発揮しないと確認され、チタンネックレスの方がまだ疲労回復に効果があるという検証結果だった。

 余計にファンタジーにありがちな急速な肉体回復を行う回復魔法という物が異能で再現する事が難しいことを認識させられただけだ。

 今年の夏に、あの魔族の女が持ち帰った物のことだ。

 

「えっ……」

 

 それじゃあ。それじゃあ本当に?

 

「都会って回復魔術(ヒール)ないの?」

 

 いやいや、そんな馬鹿な。

 本当に言ってるの?

 え、じゃあ学校にある保健室ってなにをするところなの? 怪我を治すところだよね?

 怪我の治療? それって魔術で治すことじゃないの? ちがう?

 たまに傷口を放置していたり絆創膏をつけてるやつを見て疑問に思わなかったのか? いや、あれくらいの傷だったら放っておいても治るからほっといてるのかなって……うちの従妹とか妹とかそんな感じだし。

 

 そもそも魔術は秘匿されてる? あ、そっかそういえばそうだ……え、じゃあ病院は? 病院もそう?

 え、じゃあ大きめの怪我したらどうしてるの?

 切り傷なら包帯巻くか縫う? 縫う!? 身体を!? なんでそんな恐ろしいことを。

 え、じゃあ身体とかがバラバラになったらそのまんまってこと?

 まじかよ。魔術の訓練とかいままでどうやってきたんだ。

 

 まじかよ。まじかよ。そんなことってあるのか。

 頭がクラクラする。ちょっとしゃがもう。

 

 じゃあ、もし。もしも。

 もしも、俺が、身近な人へ妹や従妹にやるみたいに力を振るっていたら。そしてそれを治せないと知らず、放っておいてしまっていたら。

 

 もしも、タケシやラヴィーネ、村木さんに桐原さん、ジョナサンさんの転移に失敗していたら。身体の一部が欠損するような怪我を負ってしまっていたら。近くに俺が居ればいいかもしれない。でも転移の後、俺は電車で帰っていた。

 都会ではそういう怪我は、取り返しがつかないんだ。俺はもしかしたら、大切な人たちを傷つけていたかもしれないんだ。

 そうなってなくて良かった。本当によかった。

 

 

 

 

 

 

 はー。

 

「どうしたのメイジくん。溜息なんか吐いちゃって」

 

 げ、タケシ。なんでここが分かったんだ。

 

「いや、メイジくん目立つし。町の人にメイジくん見ませんでしたかって訊けばそのうち見つけられるよ。学校でも元気なかったし、何かあったの?」

「んーまあ、あったっていうか、元からだったっていうか」

「マサヒロくんも直接訊かないくらいには心配してたよ」

 

 珍しいなマサヒロが気を使ってくるなんて。そんなに俺暗い顔してたのか……。

 まーさー、何があったっていうか、自分の馬鹿さ加減に気づいたっていうか、そんな感じ。

 

「え、メイジくん自分で自分の事頭がいいと思ってたの?」

「思ってないけど! 思ってないけど、上手くやってるもんだと思ってた」

「うーん、まあ、どうなんだろうね。何をもって上手くやったとするのかは難しいけど、メイジくんはこっちで過ごしてみてどうだった? 楽しくなかった?」

 

 いんや、めっちゃ楽しいよ。

 知らない人が一杯居るし、皆違うことしてるし、食べ物はおいしいし、ゲームは面白いし、配信も知らない人といっぱい話せて面白い。

 

「じゃあいいんじゃない? しくじった所は反省すれば」

「うーん、そーゆーもんなのかなー」

 

 そうである気もするし、そうでない気もする。

 

「でもさ、コエダ様から聞いたよ。なんだか大活躍だったみたいだね?」

「まあ、戦ったりするのは俺得意だからさ」

「そうなの?」

「何ならそれしかしてこなかった」

「蛮族じゃん」

 

 確かに。俺よく町を破壊しなかったな。妹のこと笑えねーや。

 

「そういえばメイジくんがこれまでどうしてきたのかって、聞いたことなかったね」

「そうだっけ?」

「うん」

 

 はーそうだったか。そういや俺が都会のことばっかり聞いてた気がする。

 

「俺んちって山の奥なんだよ。本当に家と畑、あと山しかない。山には猪とか鹿とか、たまに狼がいてさ。そいつら何か知らないけどうちの方まで出張ってくるんだよ。そういう奴らと戦うのが俺の役目だった」

「毎日狩猟してたってこと?」

「狩猟っていうか、戦いだな。バトル。猪も鹿も普通に魔術使って武器もって殺しに来るからさ」

「なにそれこわい。それこっちに出てきたりしないの?」

「それはないな。タケシには前にもちょっと話したけど、奥卵の山の奥に界境ってのがあって、それを通じてうちの山と奥卵は繋がってるのね。で、その界境って鍵みたいなのがないと出入りできないようになってんだ。だからタケシを家に招待することは出来ないし、向こうの生き物がこっちに来ることもないよ」

「ふーん。前は聞き流したけどさ、その界境っていうのは何なの?」

「界境? 界境は界境だよ。都会にもあるじゃん。場所と場所を繋いでる場所」

「無いよそんなの。世界は地続きで出来てるんだ。そんなワープゲートみたいなのないって」

「いや魔界があるじゃん。たぶん他にもあるぞ、そういうの」

「……た、たしかに。いや、でも一般的にはあると思われてないんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「また一つ勝手にしていた勘違いが解けた気がする。うちって変わった場所にあるんだな」

「対話って大事だね」

「まーでもこれは魔界も似たようなもんで、魔界の人たちもたぶんなんかそういう資格的なものがないとこちらに出てこれないんだと思う。じゃないと魔界の人たち、今頃スマホとSNSに夢中だ」

 

 あ、魔族といえば。神社の境内でラヴィーネの使用人さん? のじーさんとちょっと話した時のことを思い出した。

 

「今まで聞けてなかったんだけどさ、タケシって魔術の存在とか魔族の存在って知ってたの?」

「うん。話に聞いてはいたよ」

「そうなのか」

「うーん、まあせっかくだし話しちゃおうか。別に面白い話でもないんだけどね」

 

 タケシは小さい時に魔術や魔族の存在を父親から聞いていて、けど成長するにつれてそれは父親が言っていた嘘だと思うようになったんだとか。

 

「親って子供に夢を持たせるために有り得ないような事を結構言ってくるんだ。サンタクロースはお父さんだったし、節分の鬼なんて実在しないし、赤ちゃんはコウノトリが運んでくる訳でもないし、いい子にしていて良い事があるのは子供じゃなくて大人なんだ。だから同じように魔術も魔族も居ないんだって自然と思うようになっててさ」

 

 でも魔術はあった。魔族は居た。

 

「楽しくなっちゃってさ。なんか結構、僕も無茶苦茶してたと思うんだよね。本当に居たんだって、皆に伝えたくなっちゃったんだ」

「ラヴィーネと会った時のタケシはなんかすげーグイグイ行ってるなとは思った」

「まーね。ラヴィーネさんって分かりやすく『ホンモノ』だったじゃん。だから今思い返すと結構とんでもない事してたなって思う。はー。なんか僕も落ち込んできた。村木さんいつもありがとうだね」

 

 じゃあ一緒に落ち込むか。

 はー。

 



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エピローグ:一年生の終わり

 世界はうちの集落みたいに年中命のやり取りをし続けるような、殺伐としただけの仕組みで動いてはいなかった。

 漫画みたいにイイモン、ワルモンに別けられるような単純な仕組みだけで動いてもいなかった。

 

 俺に将来の夢はなかった。

 俺の世界はこれまで自分、獲物、家族、それだけしかなかった。

 朝起きて、その日生きていくために獲物と戦って、畑を手伝って、空いた時間で魔術の訓練をして、暗くなったら寝る。

 俺の生活は獲物との戦いと魔術しかなかった。

 このままずっと死ぬまでそうなんだろうと思ってた。

 

 だけど、都会に出た。学校に通うようになった。

 知り合いが出来た。友達が出来た。

 ルールを知った。仕組みを知った。

 たぶん色んなルールを破って、色んな仕組みを無視していた。

 そのたび俺は、きっと俺が知らないところでたくさんの人に助けてもらっていた。

 

 界境を越えた先にある土地にはその土地のルールがあって、仕組みがある。

 都会で暫く過ごしていてようやく分かったことがある。

 たぶん俺たちは強い。強すぎるんだ。

 

 俺たちが猪と呼んで狩っていた生き物は、都会の技術じゃ恐らく戦車の砲弾でも倒せない。

 鹿と呼んでいた生き物は対抗手段を持ち合わせないと、視界に入った人間全てを焼き殺す。

 狼はもっと悪い。遠吠え一つで町なんか簡単に氷漬けにされてしまう。

 

 動物図鑑を調べてみたけれど、都会の生き物に種として人の生存を脅かすものは一つも居なかった。歴史の授業で習った。人を一番殺した生き物は人だった。

 

 力の強さはただあるだけだ。

 力が強いだけじゃ、スマホは作れない。町を便利にする電気は作れないし、見上げるような大きな建物も作れやしない。

 

 だから、俺たちは注意しなくちゃいけないんだ。

 そうして人の営みによって積み上げられた世界を壊してしまわないように。

 そうする事で俺たちは世界に受け入れられるんだ。

 

 とーちゃんがこっちの物を最低限しか持って帰ってこなかったのは、きっとそういうことなんだ。いつもどこかの界境へ消えては帰ってきて、行った先の世界の話なんて一つもしなくて。たぶんとーちゃんもそこで何かやってるんだ。知り合った人たちと、友達と、仲間と。

 

 とーちゃんは最初に言っていた。

「他人に怪我をさせるな」「女の子には優しくしろ」

 頷きはしたけど、本当には理解してなかった。

 俺はもし他人を怪我させてしまったとしても、すぐに回復魔術(ヒール)で治せばいいとずっと思っていた。

 だってこれまでそうだったんだから。穴が開いても、足が折れても、腕が取れても、死んでさえいなければ、治せば何も問題はないのだから。

 でも違った。例え魔術師だったとしても、回復魔術なんてものは皆が使えるものではないんだ。

 

 初めて出来た友達がマサヒロでよかった。

 じゃなければ人間関係は明るく楽しく接するのが良い事だと知ることがなかった。

 世界の仕組みを教えてくれたのがタケシでよかった。

 じゃなければ俺はもっと気安く人を傷つけていた。

 

 初めてちゃんと接した女の人が山中さんでよかった。

 優しくすれば、優しくしてもらえるってことが分かったから。

 

 出来ないことや知らないことも沢山あるけど、それでも俺、まだまだ都会で過ごしてみたい。だってまだ俺は何も返せていないんだから。

 

 将来の夢が出来たんだ。

 村木さんみたいな、仕事が出来て、色んなものを守れる人。

 俺はそういう男になってみたい。

 

 俺、今度二年生になるんだ。

 もっと勉強して、ご飯を食べて、世界を知ろうと思う。

 誰かの役に立つ人になるために。

 

 

 

 

 

「……――とゆーよーな事を思ってるんだ。どうかな山中さん」

「なれるといいねー」

「しんけんにきいてない!」

「なれるかどうかは、これから次第なんじゃないかな。メイジくんまだ中学生だし。でも、私はメイジくんなら頑張れるんじゃないかなって期待しているよ」

「うん! 任せて!」

 

 都会に回復魔術(ヒール)はない。

 でも、将来の夢があった。

 

 

 

【第一部:一年生編 完】




というところで第一部完です
第二部はそのうちいずれ!
とりあえずいっぱい寝る


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