元褪せ人のスローライフ(願望) (シーバくん)
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第1話
続くかは分かりませぬ。
やあ。私の名は『 』、もはや知る者は誰も居ないだろう。
私は元々地球という太陽系の惑星に住む、人間というちっぽけな生物の一人だった。
日本という比較的平和な国で、特筆すべき事も無いような平和な暮らしをしていた。
……かつては。
それが今はどうだ。
大いなる意思?女王マリカだと?
私は何処の神の気紛れか、かつてやり込んだゲームのアバターと能力を持たされて狭間の地とやらに放り出された。
不幸中の幸いというべきかそのデータは最初に作ったものであり、レベルは既にカンストしていた。
道中で手に入る魔術や祈祷等は全て入手済みであり、使用しているビルド用に装備は整っていた。
ルーンも数え切れぬ程ある。
だがそれが何になるのか。
平和な日本で暮らしてきた私にとって、そこは地獄であった。
争い事などした事の無い私は数え切れぬ程死んだ。
当然といえば当然だ。元となる技を知っているとはいえ、身体が思い通りに動く訳じゃない。
そして、戦技とやらも扱いづらかった。頭の中には理想とする型がある。
だが戦いなどした事の無い私は常に命を狙われる状況で発動するかどうかも分からない戦技に頼る事など出来なかった。
私は死んだ。数なんて覚えていない。
気が遠くなる程死んだ。気が付くと私は、いつの間にか戦技や魔法、祈祷等を上手く扱えるようになっていた。
そして、早くこの地獄を終わらせたかった……。自殺など出来ない。何故だか知らないがこの身体は死ぬ事が出来ない。
理屈はさっぱり分からないが、兎に角私は死んだ所で数秒後には狭間の地に点在する祝福で蘇ってしまう。
だが常に命を狙われ続け、こちらの都合などお構い無しの大いなる意思による使命、血の指等というイカれた集団。
何処から湧いて出たのかも分からない怪物共。好き勝手に地形を変える
このような理不尽と化け物共の蔓延る地でどのようにして戦わずして生きろというのか。
私は戦うしか無かった。
そして死を恐れなくなった時、私の人格は二つに分かたれた。
私は戦いとなると戦闘狂かという程に好戦的且つ驚く程に冷静沈着な人格へと変わる。
戦わずしては生きていく事が出来ない。
文明は崩壊し、娯楽といえるモノ等何処にも残っていない。
ある意味仕方が無かったのかも知れない。精神は摩耗し、人との会話に飢え……。まともな食事は無く娯楽も存在しない。
所詮、今まで平和に生きてきた人間が突然そのような環境に放り出されてマトモな精神でいられる理由は無い。
私は臆病な自分を押し殺し、大いなる意思とやらに従ってこの地獄を一刻も早く終わらせようとした。
その為に、大いなる意思とやらの使命に奔走した。
「また、駄目だったか……」
これで何度目か。ある時は黄金律を修復し、ある時はとある魔女の伴侶となり、またある時は狂い火の王となった。
この世界に終わりなど無いのか、何度律を正そうとも世界はエルデンリングの壊された直後に戻ってしまう。
「聞こえているか、黄金樹よ、大いなる意思よ……。私がエルデの王となった所で、世界が元の形に戻る事は無い。」
何が大いなる意思だ、巫山戯ているのかと悪態を吐きながらも女はもはや諦めているのか、今生もまたエルデの王となった。
「……ラニと一緒が良かったな。」
女は疲れからか、瞼を落とす。
「大丈夫かい?キミ。何でこんな所で倒れてるんだい?」
……何だこの痴女は。
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第2話
「……じっとボクを見つめてどうしたんだい?」
「…すまない。状況が飲み込めなくてな。」
何処だここは。
何故このように人の気配がする。
「あれかい?もしかして記憶喪失とかいう奴かい?」
そしてこの人物は……僅かにだがデミゴット達と似た様な気配がする。
「…記憶はある。それより貴公、もしや神の血を引いていたりはしないか。」
私がそう訊ねるとその人物は不思議そうに首を傾げ、口を開く。
「血を引くも何もボクは神だよ?」
その言葉を聞くと私はその人物から瞬時に距離を取った。
「お、おう……どうしたんだい?そんなに急に」
「……神と言ったな。名は何という。」
相手は困惑しているようだが、かつてこの様な神は見た事がない。
目を開けると見知らぬ土地に放り出され、そして目の前には知らぬ神。
「ボ、ボクの事かい?ヘスティアだよ。炉の女神ヘスティアって言うんだけど……聞いた事ないかい?」
炉の女神……?何だそれは。
「……この地には、貴様以外にも神がいるのか?」
「キミが訳アリなのは分かったからさ、とりあえず落ち着いておくれよ。……そんなに警戒しなくても、ボクに戦う力は無いよ。」
そう言って、目の前の人物は両手を上げて目を閉じた。
「……今までの非礼を詫びよう。それで、貴殿以外に神はいるのか。」
「そうだね……まあ数え切れない位にはいるんじゃないかな?ほら、今そこの路地裏を通ったのも一応神だよ。」
……神が路地裏を歩いているだと?だが、もはやその様な事はどうでもいい。
「ハハッ、漸くあの地獄から抜け出せたという訳か……」
いくら律を修復しようとも何故かエルデンリングの砕かれた時間軸に戻されていたが!
黄金樹が存在しないという事は……
「祝福も存在しない筈…!」
私は自らのルーンを慈悲の短剣へと変えるとその短剣で自身の首を刺し貫いた。
「えっ……ちょ!キミ!何してるんだ!」
……漸く死ねる。
あの様な地獄へと放り出され、大いなる意思とやらに翻弄され、血の指等という気狂い集団に命を付け狙われる。
そんな地獄がようやく終わる。
今まで何度も経験したのと同じように、私の意識は薄れていく。
ヘスティアは、混乱していた。
彼女は最近下界に降りてきた神であり、数日前までは
遂にヘファイストスが本気で怒り出してしまい、住まいとして廃墟の教会を与えられた後バイトを紹介されると同時に追い出されてしまったのだ。
そして眷属探しを兼ねたバイトを終わらせて帰って来ると、住まいとして与えられた廃墟の前に人が倒れているではないか。
ヘスティアは善神であった。
直ぐに倒れている人物へと駆け寄ると声を掛けた。
「……」
その人物は目を開けると呆けた顔でこちらをじーっと見つめている。
「……じっとボクを見つめてどうしたんだい?」
その人物は頭を振ると未だに呆けたような表情で口を開く。
「…すまない、状況が飲み込めなくてな。」
ヘスティアはこれは巷でよく聞くアレかと思い、訊ねてみるが……
「あれかい?もしかして記憶喪失とかいう奴かい?」
「……記憶はある。それより貴公、もしや神の血を引いていたりはしないか。」
質問の意図がよく分からなかったヘスティアは事実をそのまま口にする。
「血を引くも何もボクは神だよ?」
その瞬間、彼女は半分横になっていたとは思えない速度でヘスティアから距離を取った。
第一級冒険者レベルの身のこなしに驚きながらもヘスティアは口を開く。
「お、おう……どうしたんだい?そんなに急に」
「……神と言ったな。名は何という。」
先程とは打って変わっての刺々しい問い掛けに、
人を玩具としか思っていないタイプの神々に翻弄されてきた人物なのかと察するヘスティア。
「ボ、ボクの事かい?ヘスティアだよ。炉の女神ヘスティアって言うんだけど……聞いた事ないかい?」
その人物はその翡翠色の目をヘスティアの方へと向け、勘繰るような視線を向けてくる。
「この地には……貴様以外にも神がいるのか?」
その後も疑う様な視線に晒されつつ、そのタイプの神々と一緒にされては堪らない、と。
何より、この様に常に警戒しなくてはならない環境に置かれていたこの子があまりにも可哀想だったから。
「キミが訳アリなのは分かったからさ、とりあえず落ち着いておくれよ。……そんなに警戒しなくても、ボクに戦う力は無いよ。」
ヘスティアは相手を刺激しないように変な気は無いことを伝える。
「……今までの非礼を詫びよう。それで、貴殿以外に神はいるのか。」
ほら、やっぱり悪い子じゃないんだ。
神という存在を警戒しなくちゃいけない環境に置かれていただけで。
「そうだね……まあ数え切れない位にはいるんじゃないかな?ほら、今そこの路地裏を通ったのも一応神だよ。」
と、ヘスティアは丁度近くを通りかかった神を指さして言った。
するとその人物は警戒を解いた。
「ハハッ、漸くあの地獄から抜け出せたという訳か……」
漸くまともに話が出来るとヘスティアが思ったのも束の間、その人物は何処からか短剣を取り出すとそれを自分の首へと突き刺した。
「えっ……ちょ、キミ!何してるんだ!」
ヘスティアは善神だ。
それはもう、そこに人が倒れていればその人物がどれだけ怪しい風貌をしていようと彼女は助けるだろう。
「……何でそんな顔をしてるんだ、キミは!」
その人物は、とても安らかな顔をしていた。
彼女がどんな環境で生きてきたかは知らない。
だけど、こんな顔をして……!
「死が救いなんてことはあっちゃいけない筈なんだ…!キミは絶対に死なせないからね!」
ヘスティアはその小さな身体でその人物を担ぎあげ、引き摺りながらも必死に
ぶい!
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第3話
あとミアハ様がエリクサー持ってるのは話の都合上どうしようもなかったので許して欲しいのだ。
構成が雑なのも許して欲しいのだ。
「ふぅ……これでとりあえずは大丈夫なんだよね?」
「ああ。そもそもなぜあの様な状態で息があったのかが疑問ではあるが……。」
あれからヘスティアは急に自殺しようとした正体不明の人物を必死に運んでいると、ヘスティアの人徳故か手助けをしてくれるという人間が数名現れた。
ヘスティアは彼ら彼女らにその人物をミアハの所まで運んでもらい、その尋常では無い様を見たミアハは迷いなく商品である高級ポーションを使用した。
その後、ヘスティアによる事情の説明を経て今に至る。
「だがな、ヘスティア。心の傷というものは薬では癒すことが出来んのだ。この
「そんな……」
善意で助けたつもりが、それで余計にこの子を苦しめてしまったら……とヘスティアはこの救いのない世界を嘆く。
「その心配はない。」
その声に驚いた二人は寝かされている筈の人物を見ると彼女はその翡翠色の眼を見開いて言う。
「話を聞くに、貴殿らが助けてくれたのだろう。神ヘスティア、そして見知らぬ男神よ。」
ヘスティアはしばらく呆けたような顔をしていたがハッとすると上体を起こそうとしていた女へと詰め寄る。
「何であんな事をしたんだい!とっても心配したんだぞ!それにまだ起き上がっちゃ駄目じゃないか!」
困った様な表情をする女を見兼ねてかミアハが助け舟を出す。
「こらこらヘスティア、気持ちは分かるが少し落ち着け。……それで、お前は何故この様な真似をしたのだ。」
ミアハの質問にもこれまた困った様な顔をする女だが、
言い逃れは許さないというミアハからの無言の圧を感じ取ったのか渋々と口を開いた。
「……別に、ただの確認だ。」
「……ただの確認?」
女はため息をひとつ吐くと再び口を開いた。
「まあ、貴殿らには恩がある。全て話そう。」
そこから女は全てを話し出した。
自分は元々この世界とは別の世界で平和に生きていたただの人間だった事。
だがある時、狭間の地と呼ばれる女王マリカという神の統治する世界へと飛ばされた事。
狭間の地とは死の存在しない世界だったが、世界の根幹とも言える黄金樹……
その根源たるエルデンリングが破壊され、マリカの血を引く半神……
デミゴット達がエルデンリングの破片であり力の塊たる大ルーンを手にし、その力に狂ってしまった。
そして大いなる意思に見捨てられ、世界も狂ってしまったのだと。
そして彼女は褪せ人……かつて黄金樹の祝福とやらを奪われ狭間の地を追放された人種であるということ。
狂ってしまった黄金律、即ち世界そのものを修復しようとする大いなる意思によって、再び祝福を与えられ彼の地にて使命とやらを与えられた事。
その使命はエルデの王、つまり女王マリカの代替となって世界を再び統治しろという事だ。
「私は何度も律を修復した。だが世界は何度修復しようと何故かエルデンリングの砕かれた後へと戻りたがる。
……疲れたのだよ。世界の修復等という当てのない使命とやらの為に奔走するのは。
先程も言ったが、その祝福なる呪いのせいで私は死にたくても死ねなかったのだ。だが先程は祝福を感じられなかったのでな…。
もしかしたら死ねるのではないかと思った訳だ。まあ……こうして生き延びてしまった訳だがな。
死ねると分かっただけでも儲けものだ。お陰で精神的な余裕が出来た。」
話を聞いたヘスティアとミアハは何と口にしていいのか分からなかった。
この様な話を聞いた後では、まだ生きろ等とは口が裂けても言えない。
彼女がもう一度死ぬと言うのならばそれを無責任に止めることは出来ない。
「……ごめんね!」
唐突に謝り出すヘスティア。
「……うん?」
困惑気味の女。
「君がそんなに辛い思いをしていたなんてボクは知らなかったんだ。でもさ、話を聞く限りじゃ君はもう不死ではないんだろう?」
「……ああ。死のうと思えば死ねるはずだ。」
ヘスティアは覚悟を決めたような表情をした。
「あのね、今からボクはかなり無責任で失礼な事を言うかもしれない。でも最後まで聞いて欲しいんだ。
キミは今までそれだけ大変な思いをしてきたんだ。死にたくなってしまうのも……おかしくは無いと思う。
でももう少し生きてみないかい?それだけ大変な思いをしてきたんだから、キミは自分にご褒美をあげても良いと思うんだ。」
つまりヘスティアはこう言いたいのだろう。
今までは死にたくても死ねなかったのかも知れない、でも今は違う。
死のうと思えば何時でも死んでしまえるんだから、心に余裕を持ってもう少し生きてみないかと。
「……キミを縛る祝福とやらはもう無いんだからさ、楽しんで、楽しんで、心から笑える様になってからさ。
死ぬのはそれからでも遅くないじゃないか。」
「一度口にした気がするが、先程のは死ねるかどうかの確認だ。死んだら死んだで別に良かったのだが……もう今は別にそう死に急ぐつもりはないぞ?」
「へ?」
「言っただろう、精神的な余裕が出来たと。貴殿が慈悲深い神なのは理解したが……」
つまりヘスティアは、もう死ぬ気のない人間にもう少し生きよう生きようと説得をしていた訳だ。
「ま、まあ!それならいいんだ。所で、キミはこの辺の地理の事なんかを知っているのかい?」
「いや、生憎だがここが何処かすらも分からない。なんという地名なのだ?」
ヘスティアは頬を赤くしたかと思いきや、すぐに得意げな顔へと変わって口を開いた。
「ここはオラリオだよ!」
わっしょいわっしょーい!
誤字やその他諸々は感想欄でオナシャス!
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第4話
ちなみにあせんちゅの装備は頭から
貴人の帽子、浪人の鎧、浪人の手甲、浪人の足甲です。
あれから私はこの世界の成り立ちや
ダンジョンや神々について、それに魔法や
そして今……
「ここが僕の
実際に見て回った方が早いだろうとの理由で連れ回されている。
何故か他人の店を自分の店の様に自慢する神ヘスティアは置いておこう……。
あの後、私の今後の身の振り方についても話をした。
その時に……
「だからキミは!今後間違いなくロクデナシの神々に玩具にされる事になる。」
どうにもこの世界の神とは全知零能と呼ばれているらしく、天界と呼ばれる世界から降臨してくる際にその力を封印してくるらしい。
だが自身の司る権能についての知識は残るらしく、それを商業に活かして成り上がっている神々もいるとか。
神々は力の大半を天界に置いて来ているとはいえ、その力の一部はこの世界でも使う事が可能らしい。
それが
そして、この
その勢力の強さが神々が下界と呼ぶこの世界での地位に直接影響するらしい。
つまり天界では無名であった神であろうとこの世界では強者になり得るし、天界で猛威を振るっていた名だたる神々であろうと
弱小ファミリアから抜け出せない、といった事も有り得るという事だ。
だがこの世界の神々は自らに縛りを掛けている為、逆上して神の力等を行使すれば、
他の神々に嬉々として天界に強制送還される仕組みとなっているのだとか。
そしてヘスティアが言うには基本的にこの世界の神々とは総じてロクデナシが多いらしく、
私の様な他の世界から来た等という珍獣はまず狙われるのは間違いないとの事。
そして肝心の今後の身の振り方についてだが……
「忘れていたが、礼をしなくてはならないな。私は何をすればいい?」
私の本意ではなかったとはいえ、この二人……二柱か?は経済的に余裕が無かったらしく、私の為に使ったポーション等は本来商品であったのだと。
話の途中で乱入してきた
なので何か礼をと口にしたのだが……
「ボクはつい助けちゃっただけだしね。キミもお金なんて持ってないだろうし……」
「いや、礼など良い。お前が助かって良かった。」
などと二人して言うものだからナァーザ……だったか。その女の視線がどんどん厳しくなる一方だった。
結局は出世払いという事にされ、どうせだからヘスティアがバイトに向かうまでの間にオラリオを一緒に見て回ろうと連れ回されている、という訳だ。
そして今に至る。
金など無いのは分かっているのだが、武器を見るとつい欲しくなるのは悪い癖か……
「この……魔剣というのは何だ?」
「うん…?魔剣かい?あぁ!まだ説明してなかったね。それは……」
ヘスティアが得意げな顔をして続きを話そうとした、その時、
「フン、魔剣ってのはなぁ。使い手を遺して逝っちまう武器としてはの欠陥品もいい所の消耗品さ。」
何故か不満顔の赤髪の男が割り込んで来た。
「なぁ姉ちゃん、あんたはどう思うよ?」
「あ、キミはヘファイストスの所の!」
なんだ、ヘスティアの知り合いか。
「どうも、ヘスティア様。」
「えぇーっと、何だったっけ?待ってね……今思い出すから。」
そう言ってあーでもないこーでもないとヘスティアが頭を抱えていると……
「こら、ヴェルフ!お客さんに変な事吹き込まないで頂戴。」
「ちっ、分かりましたよ……」
とまたしても赤髪で、片目に眼帯を着けている女が割り込んで来た。
「あ!ヘファイストス!」
「ちょっとヘスティア、今の時間を言ってみなさい。」
不満顔の男は何処かへと去り、ヘファイストスと呼ばれた女は不機嫌そうにそう言った。
「えぇっとね……あ!もうこんな時間だ!」
「今日はウチでバイトでしょ?何で店の前で呑気におしゃべりしてる訳?」
……そういえば今日はバイトだったのか。
「ごめんよ!実は色々あってヘファイストスのお店をこの子に案内してやってた所なんだ。」
ヘスティアがそういうとヘファイストスは不思議そうにこちらを見つめる。
「この子はね……えっと…………なんだっけ?」
「ちょっとアンタ、一緒に店を見て回ってた相手の名前も知らないってどうなのよ?」
……そういえば名乗る機会など無かったな。
「そ、それもそうだよね!キミ!名前を教えておくれよ!」
……なんと答えれば良いのだろうか。かつての記憶はあるが、あの時は生物学上の男だった……と思う。
記憶すら曖昧であるし、だからと言って狭間の地では名を名乗る事等皆無であったし……。
「あ、もしかしてボク聞いちゃマズい事聞いちゃった……?」
いや……。そういえば、この身体には最初から名前があったな。
「シルヴィアだ。」
「おお!シルヴィア君って言うんだね!」
神々には人の嘘を見抜く力が備わっていると聞いたが、この反応を見るにこれは嘘にはならないらしいな。
「ねぇ、アナタずっとこの武器を見てたけどこれが気に入ったの?」
と、神ヘファイストスが私の見ていた武器について質問をしてくる。
だが生憎、武器を気に入ったという訳では無い。
「いや、かつて似た様な刀を使っていた事があったのでな。」
「使っていたって……これを?これは物干し竿といって、物凄く技量を要求される武器なのよ?」
そうは言われても、使っていた事実に変わりはあるまい。
何より私は、魔術等で遠距離から攻撃を仕掛けるよりは前に出て斬り結ぶ方が得意だ。
「……百聞は一見にしかず、と言う奴だ。」
私はそう言ってルーンに変えていた長牙を取り出す。
「ちょ、キミ!こんなところで……!」
神ヘスティアは焦っているようだが、これから一生この術を隠し通すのは不可能だ。
「…聞いた事のないスキルね。そしてそれが……。成程ね。これ、銘はなんて言うの?」
「長牙という。」
「こらぁ!ボクを無視するなぁー!」
そう言ってヘスティアが騒ぐと神ヘファイストスは凄く嫌そうな顔をして言う。
「アンタね……。まあいいわ。とりあえずヘスティアは先に仕事を始めてて頂戴。」
「ぐぬぬ…!今は雇用主だから文句言えない……!」
と、ヘスティアは捨て台詞を吐くと諦めて仕事をしに行った。
「それで……アナタが本当にそれを扱えるだけの戦士なら、特別に何か打ってあげてもいいわよ?」
武器か、正直悩ましくはあるが……。
「申し出は有難いのだが、武器は有り余る程持っている。打って貰えるのなら防具がいい。」
そう言うと、神ヘファイストスは驚いたような表情をする。
「まさかヘファイストスブランドの武器より防具を求めるなんて……アナタ変わってるわね。」
「そうか?身を守る装備は重要だろう。」
そういえば……ここに来るまでに冒険者と呼ばれる者たちを見て来たが、重装をしている者など居なかったな。
「まあいいわ。でも流石にタダで作るっていうのは立場的に許されないから、先程アナタの言っていた武器達を見せて頂戴。」
「そのくらいなら、別に構わない。」
こうして、私は実質タダで防具を作って貰える事となった。
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第5話
バイトを辞めたのでいい機会だと思いまして……。久しぶりに投稿します!
今更ですけどエルデンリングDLC発売決定は嬉しいですね。
「へぇ……じゃあこの武器は条件を満たさないと装備出来ないという訳ね。」
「ああ。武器にもよるが、これはかなり使い手を選ぶな。」
あれから私は、約束通り神ヘファイストスに所有している武器を見せていた。
「まあ、こんな所だ。まだ無いわけではないが、流石にキリが無いのでな。」
「それもそうね……。もう日も高くなってきた事だし、そろそろ貴女の防具の要望を聞きましょうか。」
突然だが、私は自分の為の防具を一つとして持っていない。
私の所有している武器や防具は全て、敵から奪った物だ。
なので柄にも無く楽しみにしてはいるのだが、こちらとしての要求はそう多くは無い。
「まず全身鎧がいい。だが機動力もある程度確保しておきたいので重すぎるのは困る。」
「いきなり難しい注文をするわね……。
重くないフルプレートアーマーってだけで、それを作れる鍛冶師はオラリオ中を探しても片手の指で足りるわよ。」
まあ流石に重くない鎧等、無理な注文だったか。
「不可能ならいい。」
私がそう口にすると神ヘファイストスは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「不可能ですって?私を誰だと思ってるの。貴女が前にしているのは鍛冶を司る神よ。この程度、不可能な事があるもんですか。」
「フッ、それは頼もしいな。」
何やらプライドを刺激してしまったらしい。やる気になってくれた様なのでこちらとしては願ったりだ。
「それでデザインはどうするつもり?」
「それこそ貴殿に任せたい、私の美的感覚など当てにならないのでな。」
これは本当だ。何百年もまともじゃないモノを見てきたせいか、かなりズレている自信がある。
「普通なら一番に口を出す所でしょうに。……まあ、分かったわ。とりあえず採寸だけしたいから、こっちに来て頂戴。」
それから私は採寸され、すぐには出来ないから10日程したらまた来るようにと言われてテナントを出た。
「さて……まずは落ち着いて生活出来るスペースを確保したいな。」
長く化け物共の徘徊する物騒な土地に居た反動か、私はとにかく落ち着いた暮らしというものに憧れた。
「そうだな……人気の少ない場所に店でも開いて、静かに暮らしたい。」
だが今の私に先立つもの等ある筈も無く、祝福が消えた影響かこの身体は食事と睡眠を必要とする。
ならば当然、宿は必要であるし食事を摂るのにも勿論通貨が必要だ。
「当面の目標は資金稼ぎだな。ダンジョンに潜るのはいいが、ファミリアとやらに所属しなくてはならないらしいが……」
ダンジョンとやらに入るにはギルドを通らなくてはならないらしい。
勿論姿を消して侵入する事は可能だが、私はこの土地でお尋ね者になるつもりは無い。
静かに暮らしたいというのに指名手配など以ての外だ。
それに
「まずは神ヘスティアを当たってみるか。」
「いいのかい!?」
あれから私は、神ヘスティアのバイトが終わるまであの廃教会に居座っていた。
それから帰宅したヘスティアに、ファミリアへ加入出来るのか確認をすると何故か酷く驚かれた。
「あ、でも……」
ヘスティア曰く、前にも説明した通り私の素性は兎も角、その特異性はすぐに隠し切れなくなるという。
そうなった時に影響力の無い自分のファミリアではキミを守ってあげられないと、ヘスティアは言う。
全く、どこまでお人好しなのか。
「それは貴殿の気にする事では無い。第一、私は自分の身くらい自分で守れる。」
この身に誇れるものなど、この力くらいしかない。
「だがまあ、元より
「うん……ごめんね。今のボクじゃ、キミに提供出来るものは何も無い。本来は
ボクは一方的に享受するだけの関係なんてイヤなんだ。これはボクのワガママだから、どうか気にしないでおくれ。」
と、まあ断られてしまった。何処までも義理を重んじる姿勢には感服する他ないが、私としては加入したかった。
これでは結局、資金集めを始められない。
どうにかしてファミリアに加入するか、最低限の資金を稼ぐ方法を考えなければならない。
私は必死に頭を働かせた。
私に出来る事など限られている。戦う事。殺す事。破壊する事。
……私は致命的なまでに何かを生み出すということに向いていないらしい。
これでは、雇ってくれる者など居ないだろう。
「考えすぎて疲れたな……。何処か休めそうな場所を探すか。」
「これは……」
適度に人の少ない路地、静かな店内。落ち着いた雰囲気……私の理想とするような店だな。
本棚があり、客は飲み物を頼めば無料で書籍を読めるらしい。
盗み防止の為か、裏口の辺りに用心棒の様な者もいる。
私は数少ない手持ちで飲み物を頼み、これからどう行動するのかを考えていた。
「これでは気が休まらないな……」
頭を使い過ぎた気分転換に、解放されている本棚の前で読めそうな書物を探す。
「魔法の種類?」
魔法といえば、この世界の住人は魔術という学問を学ぶ訳ではなく、各々が成長する過程で発現する固有のモノらしい。
「魔術とは違うようだが……」
私は戦士であると同時に魔術師でもある。
そこでふと思ったのだが、この世界の住人はあちらの世界の魔術を習得する事が出来るのかと。
魔術といっても様々だが、あちらの世界ではある程度体系化されていた。
輝石魔術、学院やカーリア王家の魔術などはその筆頭だ。
魔術とは学問であり、知力のある者ならばその資質に応じて使える魔術の幅は広がる。
だが知力が無くては魔術というモノは使えない。
逆に言えば知力……かなり曖昧だが。要するに理解し読み解く力に長けていれば使えるのだ。
「気になるな。どこかに才能のある魔術師……こちらでは魔導師というのだったか、居ないものか。」
そう独り言を零すと、店内にいた客の一人が話しかけてきた。
「失礼。盗み聞きという訳ではないのだが、聞こえてしまってな。私は魔法を生業としている者なのだが、魔術とは何だ?聞いた事がない。」
……エルフ、だったか。
種族の説明は一応されたが、私には魔法に長けた種族という事しか分かっていない。
だが都合がいい。
「魔術とは学問だ。体系化された魔術を学び、習得すればその者の知力に応じて魔法的な現象を操る事が出来るようになる。」
「ほう、それは気になるな。私にも使えるのか?」
エルフは生真面目で神経質だが、魔法への適正が高く勤勉な種族であると聞いている。
「それは分からない。まだ試した事がないからな。」
そう言うとエルフは怪訝そうな顔をする。
「ん?先程体系化されていると言わなかったか?」
まあ、流石に別の世界だとは思わないか。
「色々と事情があってな、あまり大事にはしたくない。秘密を守ってくれるのなら実験を兼ねて私が魔術の師となる事も出来る。」
「少し胡散臭いが……私のレベルも停滞して長い。それに魔術というのは純粋な興味を唆られる。他者に公言する事はしない。これでいいか?」
レベル……先程魔法を生業としていると言っていたな。
「いいだろう。ではまずは私の事情を話そう。」
リヴェリア・リヨス・アールヴは困惑していた。
今日は珍しく予定の無い日であり、馴染みの喫茶店で休日を満喫していた。
この喫茶店は知る人ぞ知る、とまでは言わないが人の少ない路地にあり、あまり有名という訳では無い。
そして店に長く通っていれば新しい客というのはすぐ分かる。
だが、別に新規の客だからといって話しかけるような事もなく、解放されている本棚から何か本を借りようと席を立った時の事。
新規の客の独り言から、偶然耳に入った魔術という言葉。
私は興味の赴くままにその人物へと話しかけた。
その人物はごく普通の服を身にまとい、赤い長髪を後ろで束ね、腰にはダガーを携えている。
そして魔術という未知に柄にも無く少し興奮してしまい、相手の話を呑んだ。
実質この話を秘密にしているだけで私は魔術という未知をものに出来るかもしれない。
そう、短絡的な思考で話を進めていくととんでもない事情を知ることとなった。
「という訳だ。」
「……待て、情報量が多過ぎだ。」
エルフは頭を抱えて黙り込んでしまった。
だが、こちらも事情を話した以上協力してもらう。
「まあ、すぐにとは言わない。準備が出来たら……」
呼び出そうと思ったが、私は住居を持っていない。
「未だ話半分だが、とりあえず理解はした。そちらの準備が出来次第、ロキ・ファミリアのホームに来てくれ。」
「ロキ・ファミリア?」
確か都市を二分する勢力の一つ、だったか。
「今更ではあるが、お前は私を知らないようだな……」
……名の売れている人物だったのか。
「ああ、この辺の事情に疎くてな。」
私がそう言うと、エルフは佇まいを正して再び口を開いた。
「リヴェリア・リヨス・アールヴだ。今更だが、よろしく頼む。」
「……シルヴィアだ。」
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第6話
毎朝5時起きで、現場仕事なので毎日場所が変わる上に出勤の度に10km以上移動してました。
辞めたいって旨をLINEで上司に送ったら既読無視されました。どうしましょw
(追記)めちゃくちゃ引き留められて辞めれませんでしたw
あれからリヴェリアと別れた私は、ある実験を兼ねて人気のない路地裏にいた。
「霊喚びの鈴……まだ使えるようだな。」
私が鈴の音を鳴らすとそこから表情のない私の写し身が現れる。
知りたい事はもう分かったので、私はもう一度鈴を鳴らし写し身を帰還させる。
私がやっていたのは狭間の地にて私の持っていたアイテムが使用可能かどうかの確認。
基本的に私が所有している物の殆どは未だ宿していた力を保ったままの様だ。
「さて。やれる事は分かったが……」
腹が減った。
この身体になってから空腹など感じたことが無かったのでなんとも不思議な感覚だ。
だが……
「ふむ……金が無い。」
何処かで働かせては貰えないだろうか。このままではいずれ餓死してしまう。
手当り次第当たってみるか、それとも加入出来るファミリアとやらを本格的に探すか……。
「とりあえず数少ない知り合いに聞いてみるとするか。」
こうして私は先程別れたばかりのリヴェリアへ会いにロキ・ファミリアのホーム、『黄昏の館』へと向かった。
「……ここか。」
私の前には巨大な塔が四方を囲む巨大な建物が聳え立っている。
建物の前には門番らしき者たちもいる。
「すまない、リヴェリアに用があって来たのだが。」
「……副団長は多忙な御方です。何処の誰かも知れぬ人間には会わせられません。」
「ここを訪ねろと言われて来たのだが……」
……嘘はついていない。
「では確認しますのでここでお待ち下さい。」
そうして暫くするとリヴェリアが出てきた。
「なんだお前か、随分と早いな。まあここではなんだ、ついて来てくれ。」
……いつの間にか魔術を教える流れになってしまっている。
まあいい、どの道やる事は無かったのだ。とりあえず基礎を教えてやるとするか。
「まあ、これだけのスペースがあれば充分だろう。」
修練場……か。
「人目については不味いか?」
そう聞かれるも、別に不味いという事は無い。
「いや、別に聞かれようと構わないが……まあいい。まずは基礎中の基礎、レアルカリアの魔術からだ。」
「レアルカリア?」
「魔術学院レアルカリアという、魔術の本場ともいえる場所だな。ここの魔術は基本的に全ての魔術の基礎となっている。」
「つまり他はその派生ということか?」
「いや、そういう訳では無いが……まず、魔術の分類は大まかには輝石魔術、重力魔術、そして死の魔術に分類される。」
「ほう。」
「先程も言ったがこれはあくまでも大まかな分類だ、氷や溶岩を操る魔術もある。
そして貴公に主として学んでもらうのは基本的には輝石魔術に分類される魔術だ。
死の魔術等は知力とは別に信仰心なども重要になってくるからな、まあ詰め込めるだけ詰め込むつもりではあるが……」
「私次第という訳か。」
「まあ、そういう事だ。ではまずこれを渡しておこう。」
私はそう言って学院の輝石杖を渡した。
「これは?」
「基本的に魔術は杖を持って発動する。貴公の持つ杖でもいいが、まあ最初はそれでやってみるといい。」
「そう言われても、私は何をすればいい?」
「ではまず手本を見せよう。」
私はカーリアの王笏を持ち、《輝石のつぶて》を発動する。
「これは……」
「この魔術は基礎中の基礎だ。そして貴公に目指してもらうのはこれだ。」
《ほうき星》
私の魔術は射線上にある訓練用の人形を貫通して尚進んだ。
「なっ……!詠唱も無しに杖の一振りでその威力か。」
「この系統の魔術は汎用性が高い。そして今見せた魔術、ほうき星を習得出来た者は歴史上、ごく小数だ。」
「それで、どうやってそれを習得するのだ?」
「これを。」
そう言って私が渡したのは、教室のスクロール、学院のスクロール、王家のスクロールだ。
「これは……?」
「これはスクロールだ。基本的に魔術を覚える過程で必要な事は全て書いてある。」
そして魔術を発動する為に必要なものは他に二つ。
一つは持久力、
「それは全て記憶してもらう。そして発動に必要なモノの残りは精神力、所謂マインドだ。」
「……なるほど、そこは共通という訳か。」
「そのスクロールを全て理解すれば自ずと何が足りないのかが分かるはずだ。
他の魔術はそうだな……そこに書いてある全てを覚えたのなら、また教えよう。」
さて、まあこの位か。
「あとは自分で学習して貰う事になる。」
「理解した。これらを扱える様になった時は、他の魔術も御指導頂くとしよう。」
「それと……」
「ん?」
なんといえばいいか……
「話は変わるのだが、先程話した通り私は気づいたらオラリオに居た。
そして……食い扶持を自分で稼がなくてはならない訳だが、宛があったら紹介して欲しい。」
「ふむ……冒険者では無いのか?」
「ファミリアに所属していないからな、ダンジョンには潜れない。」
「そういえば言っていたな……ふむ。まあ理解した。とりあえず今日はウチで食べていくといい。」
「そうか、感謝する。」
「私はもう暫く勉学に励むとしよう。食堂は分かるか?」
「いや……」
「まあそうだろうな。では先に案内する、ついて来てくれ。」
私はリヴェリアに連れられて修練場を出た。
「ここが食堂だ。」
私が座る席を探していると誰かが駆け寄ってくる。
「あ!リヴェリアだ!」
「なんだ、ティオナか。今は来客の案内中だ。後にしてくれ。」
「えー、まあいいじゃん!キミなんて言うの?私ティオナ!」
確かアマゾネスというのだったか。
「……シルヴィアだ。」
「なんでウチのホームにいるの?」
そこでリヴェリアに声を掛けられる。
「二人とも、どうせ話すのなら席に座ってからにしたらどうだ?」
「それもそうだね!」
そうしてその日は食事を終え、そのまま客室へと案内され就寝した。
高評価よろしく!
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第7話
辻褄合わせに急遽書きました。(辻褄合わせになってない)
出来れば後で何とかしますw
「おはよー!」
ティオナと言ったか……朝から元気なものだ。
「……ああ。」
さて……今日もやることがある。
昨日は路地裏にて出来る事と出来ない事の確認をしていた。
そして遺灰の召喚なども可能なのだと結論付けていたが……
よく考えるとおかしいのだ。
トレントはともかく、遺灰の召喚は還魂碑の近くでしか出来ないという制約があった筈だ。
昨日は気づかなかったが、他にもおかしな点はいくつかあった。
私の所有物は基本的にルーンに変換して持ち歩いている。
ルーンとは具体的に何なのかと問われれば答えに詰まるのだが……
まあ所有物といっても狭間の地にて私の入手した武器など数えきれない。
同じ武器であろうと使う頻度の高いものは
そしてそれらの武器は未強化の物も含めると最低10本を超える数がある。
感覚の話にはなるが、私はその中から瞬時に必要な武器を取り出すことが出来る。
これはルーンを扱える者ならば誰でもそうだろう。
少し話が逸れたが、まあ要するにルーンに変換している武器は感覚で全て把握しているのだが……
何故か強化した覚えの無い武器まで所有している。
これも理由は分からない。……が、まあ私自身狭間の地での出来事を全て憶えている訳では無い。
だがやはり説明のつかない現象が数多く起きている事は確かだ。
そしてもう一つ。理由は不明だが私の所有していた大ルーンは全て喪失している。
つまり大ルーンによる自身の強化は不可能だという事だ。
既に不死ではなくなった私にとっての切り札になりうるかと思ったのだが……
他にもいくつか違和感は残るが……まあ原因を知る事は出来ないだろう。
可能性があるとすれば……
自身の所有するスキルなどの詳細が分かる事もあるらしい。
今後
……まあ、遺灰が召喚出来るのも武器のストックが増えるのも、私に不都合がある訳ではない。
「ようやく見つけたぞ、シルヴィア。」
「……リヴェリア?何か用か?」
「ああ。昨日、働き口に心当たりが無いかと言っていたな?お前次第だが……今は大丈夫か?」
そういえば……それがここに来た目的だったな。
「問題ない。」
「では早速行くとしようか。」
私はリヴェリアに着いて行きながら話を進める。
「どんな仕事なんだ?」
「ウチと贔屓にしてくれてる店があってな。そこの従業員だ。」
従業員……具体的な内容は行ってみないと分からないな。
「飲食店なのか?」
「ああ、酒場だよ。ウチの主神は無類の酒好きでな……。全く、何度泥酔して問題行動を起こした事やら。」
「貴公の主神、ロキ……といったか。私でも聞いた事はある。」
いつの記憶か分からないが、確かに知識としてはある。
ロキ……多くの怪物達の父であり、悪戯好きの悪神。
神話の怪物で有名なフェンリルなどもロキの息子だという。
「まあ……悪い意味で有名だからな。おっと、そろそろ着くぞ。」
ここか。如何にもな酒場だ……。
「ここだ。一応話は通してある。私はここまでだ……ではな。」
そう言うとリヴェリアは踵を返して帰っていった。
さて……私の雇い主はどんな人物なのか。
私は酒場へと足を踏み入れた。
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第8話
一応投稿は再開します。またよろしくお願いします。
私はclosedと書かれた看板を無視して扉をノックする。
そうして数秒程待つとガチャリと音を立てて酒場の扉が開いた。
「……今はまだ準備中です。何か御用でしょうか?」
扉が開くと薄緑色の髪をしたエルフが顔を出してそう言った。
「ここで働かせて欲しいのだが……」
私がそういうと薄緑色の髪をしたエルフはハッとした顔をして再び口を開いた。
「……あなたがシルヴィアさんでしたか。話は伺っております。どうぞ此方へ。」
そう言ってこちらへ背を向けるとエルフは歩き出した。私はその背を追う。
そうして歩いているとエルフが話し掛けてきた。
「リヴェリア様とはどのようなご関係で?」
……どのような関係か。ううむ、なんと言うべきか。一応私が師匠に当たるのか?
「……師弟関係だな。」
「なるほど。リヴェリア様に師事していらっしゃるのですね。」
「いや、リヴェリアが私に師事している。」
そういうとエルフは怪訝な顔をして黙り込んでしまった。
そのまま歩いていると恐らく目的の部屋がある扉の前に辿り着いた。
「ここです。……先程は失礼しました。ここで働くのであればまた話す機会もあるでしょう。その時は是非話の続きを。」
そう言ってエルフが扉をノックする。すると足音が近付いてきて扉が開いた。
すると恰幅のいい恐らくドワーフの血を引く女が出て来た。
「……ああ。あんたが例の娘だね。話は聞いたよ。あんまり理解出来なかったけどね。それで、接客は出来るかい?」
「……分からない。」
「じゃあ料理はどうだい?」
料理か……嘗て、狭間の地に転移する前は唯一の趣味だった。薄らとだがこれだけは覚えている。
「昔は良くやっていた。知らない料理もレシピがあるのなら作れる。」
「ほう……じゃああんたには料理を担当してもらおうかね。」
……もう採用決定なのか?レシピがあれば作れるのは誰でも一緒だと思うが。
「待て、私が聞くのもおかしな話だがこれでいいのか?」
「なんだい。私の決定に文句があるってのかい?……心配しなさんな。あんたにどんな事情があっても私は気にしないさ。」
……何か勘違いされてる気がするが。
「それにね、ウチに居るのはレシピがあっても丸焦げにしちまう様な奴らばっかりなのさ。」
そういってドワーフ?の女は先程薄緑色の髪をしたエルフが去っていった方向を見つめる。
「ただし!ここでは私の事は母さんと呼ぶ事。ここで働くって事は私の娘になるって事だ。」
「……生憎私は200を超えているぞ。」
「関係ないさ。ガキだろうがババアだろうがこの店で働くなら私の娘だ。」
「……そうか、では是非よろしく頼む。」
「きっちり働いて貰うからね!それと、私はミアだ。ミア母さんと呼ぶ様に。」
「了解した。」
何とも人がいい事だ。恐らく皆に慕われているのだろう。リヴェリアから私の事情はある程度聞いているだろうが、
それにしたって赤の他人である私を受け入れる理由など無いというのに。
「じゃあ、とりあえず買い出しを頼まれてくれないかい?」
「……何が必要だ?」
私がそう聞くとミア母さんは衣嚢からメモを取り出して私へと渡した。
「ここに全部書いてある。ま、急がなくてもいいから忘れずに買ってくるんだよ。」
「了解だ、ミア母さん。」
私がそういうとミア母さんはニヤッと笑って私の背を叩いた。
「よし!じゃあ行ってきな!」
「ああ。行ってくる。」
私は買い物へと向かいながら思った。他の従業員への挨拶は後でいいのだろうかと。
「……分からん。何処にどの店があるんだ。」
私は絶賛迷子中だ。どうやらミア母さんは私がこの辺の地理に詳しくない事を知らないようだ。
にしても、どうやってこの初めてのおつかいをクリアすれば良いのだろうか。
などと考えながら歩いていると、神ヘスティアが話し掛けてきた。
「あ!シルヴィア君じゃないか!」
……神ヘファイストスの所でバイトしてるんじゃ無かったのか?
「バイトはどうしたんだ?」
「少し早いけど休憩中だよ。今日はじゃが丸くん販売のバイトなんだ!」
掛け持ちしているのか。神だというのに勤勉な事だ。
「おひとつどうだい?少しだけならオマケしとくよ?」
「いや、今は遣いの途中で……店の場所がよく分からなくてな。」
「ん?仕事が見つかったのかい?良かったじゃないか!でも迷子かぁ。うぅ……実はもうすぐ休憩が終わっちゃうんだよね。」
「これと、これは何処で売ってるか分かるか?」
「これはねぇ……そこをまっすぐ進むと屋台がいっぱいあるんだ。その近くだから、そうだ!屋台の人に聞いてみたらどうだい?」
「そうだな……ではそうさせてもらおう。」
そういうと、ヘスティアは近くにある屋台の時計を見てハッとした。
「もう休憩が終わっちゃうよ!じゃあボクはバイトに戻るから、またね!シルヴィア君!」
「ああ。また会おう、神ヘスティア。」
そう言って神ヘスティアは元気に走って行ってしまった。
「屋台か……こっちか?」
神ヘスティアに言われた通りの道を真っ直ぐと進むと屋台が建ち並ぶ一帯へと出た。
「すまない、これは何処で売っているか知っているか?」
私は近くにあった屋台の店主へと質問すると、具体的な場所と行き方を教えてもらった。
そして……かなりの時間が掛かったが買い物を済ませて店へと戻ると今朝話をした薄緑色の髪をしたエルフが居た。
「あなたは……ミア母さんが言っていました。ここで働く事になったと。私はリュー・リオン。これからよろしくお願いします。」
「シルヴィアだ。よろしく頼む。」
「それは?」
「ミア母さんに買い出しを頼まれてな、道が分からなかったから遅くなった。」
「なるほど……シルヴィアさんは料理を担当するのだとミア母さんから伺っています。
ミア母さんはもう仕込みをしている様なので買ってきた食材を届けてあげてください。」
「了解した。」
そう言われて店の奥へと進むと、ミア母さんが出迎えてくれた。
「遅かったじゃないかい。……ん?店の場所を知らなかった?ああ、そういえばあんたはここの出身じゃ無かったね。
それにしても、場所も分からないでよく買い出しが出来たね。ウチの娘共は不器用なのばっかりだからおつかい一つ覚えさせるのにも苦労したのに。」
「酷いニャ!それはミャーが馬鹿だって言ってるニャ!?」
そこで漸く見知らぬ人物がミア母さんの横に立っているのに気付いた。
「事実を言っただけじゃないか、それよりあんたも挨拶しときな。」
「お前が新入りニャ!?今日からはミャーが先輩だからお前はミャーの言う事をきちんと聞くニャ!」
獣人…… キャットピープルだったか。なんというか、独特な喋り方をする種族の様だな。
と、獣人の女にミア母さんが拳骨を落とす。
「うにゃあああ!ミア母さん酷いニャ!何するニャー!」
「あんたはまともに挨拶も出来ないのかい?はぁ……こいつはアーニャ。名乗りもしないなら馬鹿猫で十分だよ。」
「そうか。よろしく頼む。馬鹿猫先輩。」
「ンニャアアア!」
と馬鹿なやり取りをしていると、隣の部屋からまた新たな人物が顔を出した。
「何をしているんですか?アーニャ。まだ昨日洗い残した皿が残ってるじゃないですか。きちんとやらないとまたミア母さんに怒られますよ?
……其方の方が新人さんですね?私はシル・フローヴァです。これからどうぞよろしくお願いします。」
「シルヴィアだ、よろしく頼む。」
「本来はあと二人居るんだけどね、生意気にも仕事をサボって出掛けてるから、挨拶はまた別の日にしときな。」
「ミア母さん?二人はちゃんと許可を取って出掛けてるんですよ?」
「そんなのどっちも一緒だよ。この忙しい日にわざわざ出掛けるって言うんだから。」
と、そこまで言うとミア母さんは此方を向いて口を開いた。
「あんた、レシピがあれば料理は作れるって言ったね?とりあえず仕込みだけ教えるからこっちに来な。」
そうして、私は初日から結構な量の作業を与えられるのだった。
何が必要だ?でスカイリムが頭に浮かんだ。
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第9話
あれから私は基本的に毎日豊饒の女主人で料理を担当していた。今日はミア母さんの気まぐれで一日休みを貰えたので、
神ヘファイストスの所に防具を受け取りに行こうと思っている。
ただ、まだ早朝なのでこの時間に訪ねるのは流石に迷惑だろう。
そう思って、久しぶりに少しだけ身体を動かしてみるか、そう思った時だった。
「おはようございます、シルヴィア。」
「ん?リューか、おはよう。」
あれから豊饒の女主人の面々とはかなり打ち解ける事が出来た。
まあ料理を出来る人間が殆ど居ないのでよく頼られていたというのも理由の一つかもしれないが。
「鍛錬ですか?」
「……ああ、久しぶりに身体を動かそうと思ってな。」
「やはり戦えたのですね。私も丁度鍛錬をしようと思っていた所です。少し付き合って頂いても?」
「そうか、では頼む。」
そういうと、リューは木刀を中段に構えた。だが木刀か……
「使い慣れた得物で構いません。この木刀は頑丈ですから。」
リューのその言葉に、私は普通の打刀を取り出した。本来は長牙を使いたいが、生憎ここはそんなに広くない。
それにダンジョンに潜る事があったとして、近距離に対応出来る武器にも慣れていた方がいいだろう。
「……刀ですか。では、行きます!」
そういうと、リューはそのまま木刀を振り下ろしてくる。
私は打刀で木刀の振り下ろしを正面から受け止めるが、木刀は刀に食い込む事無く鍔まで滑り落ちた。
「なるほど……確かに頑丈らしい。」
リューはそのまま私の刀を振り払い、二の太刀で下段を狙ってくるが私は刀を地面へと突き刺す事で攻撃を防ぎ、
そのまま刀を軸にして回転し、胴体を狙って蹴りを放つ。
その攻撃は木刀で軽く受け止められるが、その瞬間に刀を手に取り裏拳の様にして柄で殴打する。
その意表を突く攻撃にリューは咄嗟に腕で頭をガードするが、柄による攻撃を受けてしまう。
「……思ったより動けますね。そして、私もかなり鈍っているようだ。」
「私も同じ事を考えているさ。」
やはり。……違和感程度ではあるが、身体能力が落ちている。
理由は分からない。そもそも、褪せ人という存在では無くなったことが原因なのか。
或いは、この世界に飛ばされた際に身体の構造から造り変わっているのか。だが何にせよこれは私にとって死活問題であると言える。
そもそも、元の世界での私の基本的な戦法は不死である事を利用した学習だった。
人間……同じ褪せ人同士ならば動きを読める為に一切攻撃を喰らわずに倒すという芸当も可能だったが、
この世界の敵は主にモンスターであり、今の私は人間だ。死んで学習する事も出来ず、身体能力も落ちるとなればかなり動きに制限が掛かる。
「……どうしました?」
「いや、私も衰えたと思ってな。」
「では今日はこれぐらいにしておきましょうか。シルヴィアは仕込みもあるでしょう。」
仕込みだけはもう済ませた。
折角の休みだ。面倒な事は早く済ませるに限る。その後、時間を潰す為に私はリヴェリアの進捗を確認しに黄昏の館へと向かった。
その後、黄昏の館に辿り着いた私は門番に名乗ると驚く程にあっさりと通された。
「……今日は随分と早いな。」
「日が昇るまで暇なんだ。それで、魔術の方はどうだ?」
私がそう訊ねると、リヴェリアは得意気に胸を張って答えた。
「学院と、教室のスクロールに書いてある内容ならば、もう全てマスターした。勿論実践でも使えるぞ。」
「驚いたな。まさかここまで修得が早いとは……」
一、二個使える様になっていれば良い方かと思っていたのだが。
「とりあえず、何か使ってみてくれ。」
私がそういうと、リヴェリアは訓練場へと移動し実際に輝石のつぶてを放って見せた。
「……もう《輝石の彗星》も使えるのか?」
「ああ、実際にダンジョンで使ってみたが、かなり威力のある魔法……魔術だな。その割には魔力消費も少ない。」
本人の言っていた通り、かなり知力が高いようだ。
「この調子なら、王家のスクロールも自力で読み解けるだろう。だが、先に私が優先度の高い魔術だけ教えてやろうか?」
仮にも師匠と言ってしまった手前、何もしないというのもな。少しは師匠らしい事をしようじゃないか。
「そうだな、折角だ。教えて貰えるというのなら頼もうか。」
「いいだろう。ではまずは、《輝石のアーク》だ。これはスクロールには書いていない。」
というか、今更だが言葉が通じるのは謎だな。実際リヴェリアがあの世界のスクロールが読めている事といいやはりこの世界には謎が多い。
まあ今更気にする事でもないだろうが。
「どんな魔術だ?」
私は実際に《輝石のアーク》を放ってみせる。
「なるほど、一対多の状況下ではかなり役に立ちそうだな。」
「実際そういう目的で作られた魔術だ。それに魔術師として独り立ちする際に与えられる魔術でもある。」
私の場合は覚えた経緯などそれこそ覚えてはいないが。
「あとは……これだ。」
私は《魔術の輝剣》を発動する。私の頭上に魔力で出来た剣が現れ、一定時間が経過すると訓練用の人形へと放たれた。
「これは魔術の輝剣。発動してから一定時間が経つとある程度だが自動で敵を追尾する。」
「自動でだと!?……お前の魔術はどれも常識に当て嵌らないな。」
「落ち着け、そもそも魔法など常識の外にあるものだろう。」
それはそうだが……そう言ってリヴェリアは口を噤む。
「まだ教えておきたい魔術が幾つかある。」
私はそう言って、《魔力の武器》、《魔力の盾》、《魔術の地》など汎用性に富む魔術を幾つか教えた。
「……とりあえず教えておきたいものはこれだけだ。他に、覚えておきたい魔術はあるか?」
私がそう聞くとリヴェリアは俯き、数秒程経つと再び口を開いた。
「これはソロでダンジョンに潜る時の話なんだが、魔法だと発動する時どうしても魔力でモンスターに察知されてしまう。
だが魔術は、詠唱が必要ない分バレていない時なら不意打ちが出来るかもしれないと思ってな。姿を隠す魔術なんかはあるのか?」
なるほど……魔法だと詠唱が必要だし、瞬間的な魔力の昂りなどで視認されていなくても発動までの間に気づかれるのか。
「あるぞ。では、伝授してやろうか。」
その後私はリヴェリアに《見えざる姿》を教え、そろそろヘファイストスの所へ向かおうと思った時だった。
「見つけたで!ここ最近、皆に隠れてコソコソしとったやろ!?」
何やら赤髪の神らしき人物が金髪の
「……バレたか。」
「ほんで?自分は何処の人間や?」
赤髪で糸目のこの人物が、恐らくこのファミリアの主神だろう。
「初めましてだ、神ロキ。私はシルヴィアだ。そこのリヴェリアに聞いていないのか?」
「何も聞いてへんわ。で、どういう事なん?リヴェリアたん。」
神ロキがそう言ってリヴェリアの方を向くと、リヴェリアは諦めたかのようにため息を吐いて話し始めた。
「まず、誤解はしないでくれ。何も疚しい事は無い。それと、覚悟して聞いてくれ。」
リヴェリアの言葉に神ロキと他二名が重々しく頷いた事で、再びリヴェリアは口を開いた。
「私は……十日程前か。偶然そこのシルヴィアに出会った。そいつは妙な独り言を言っていてな、魔術がどうとか言っていた。
レベルが停滞して少し焦っていた私は、その未知の魔術という言葉に興味を惹かれて話しかけた訳だ。そこからが問題で……」
私の素性の話が出ると神ロキの顔色が変わる。だがリヴェリアが話終えるまで、神ロキは黙っていた。
リヴェリアが私の素性、それと魔術の存在、そしてそうなった経緯を話終えると、神ロキは我慢ならないとばかりに叫んだ。
「ツッコミどころが多いわっ!それと自分、設定盛り過ぎやろ!?何処の主人公やねん!」
「……だが事実だ。」
私の言葉に嘘は無いと分かったのか、神ロキは何かを言いかけて結局口を噤んだ。
「少しばかり、頭が痛いよ。だけど、この情報を知ったのが僕らで良かった。」
金髪の
「魔術というものの存在が出回れば間違いなく君に危険が及ぶ。あまり公言しない事だ。
……それと言ったことをすぐ曲げる様で悪いんだけど、僕たちの力になってくれないかな?力を悪用しない事は誓うよ。」
「……随分と、ハッキリ言うのだな。」
「君は回りくどいのは好みじゃ無さそうだからね。勿論見返りも用意しよう。」
仮にもオラリオの二大勢力だ。嘘は言っていないだろう。見返りも、現時点で稼ぎがほぼ無い私にとっては渡りに船だ。
「いいだろう。だが、私に出来る事はそう多くないぞ。」
「いや、君に何かして欲しいのは、どうしても君の力を借りたい時だけだ。今は別に困っていないからね。
出来れば、そのままリヴェリアに魔術とやらを教えるのは継続して欲しいんだけど。」
「別に構わない。それと、聞いた事がある。
「……ああ。神々によって存在を否定されてしまったけどね。僕は今でも信じているよ。……いや、僕がなるんだ。女神フィアナに。」
「存在するか否かはどちらでもいい。問題なのはそこに信仰心が存在するかどうかだ。」
「……何が言いたいんだい?」
「リヴェリアが私の魔術の弟子であるように、私は祈祷という分野に於いてもこの技術を継承出来る存在を探していてな。」
「……まさかっ!」
「そのまさかだ。貴公さえ良ければその実験台になるというのはどうだ?」
この提案によるフィン側のデメリットは無いに等しい。リヴェリアと同じくレベルが停滞して長いフィンは一も二もなく引き受けた。
「だが、生憎今日は予定がある。また別の日になるが……それで良いか?」
「ああ!構わない。何なら僕の方から訪ねよう。何処に行けばいい?」
「私は普段、豊饒の女主人という酒場で働いている。用がある時はそこに来てくれ。」
「なんや、自分ミア母ちゃん所の知り合いなんか?前行った時は顔見らんかったけど……最近入ったんか?」
「ああ。リヴェリアの紹介でな。まあ普段は料理をしているからウェイトレスとして表に出てくる事は少ないだろうがな。」
「ほぇー。っていうか、何かさっきからガレスが静か過ぎひん?……って寝とる!?」
「お前が無理やり連れて来たからだろう。こいつは昨日遅くまでダンジョンに潜ってたみたいだし、疲れていて当然だろう。」
「まあ、連れて来た意味は無かったみたいだけどね。」
フィンが苦笑しながらそう呟く。
「改めて、ロキ・ファミリアを宜しく頼むよ。」
「ああ。宜しく頼む。……さて、私は予定があるので出掛けてくる。それと、フィン……だったか?夜なら祈祷を教える時間はある。
生憎酒場なので閉まるのは明け方になるが、それでもいいなら訪ねて来てくれ。」
「助かるよ。じゃあ、今日……というか、明日かな。早速行かせてもらうよ。」
そうして、私はロキ・ファミリアのホーム……黄昏の館を後にするのだった。
「……来たわね。」
「ああ。出来たか?」
ここはヘファイストス・ファミリアの主神であるヘファイストスの部屋だ。
「……これよ。」
そこには、見る者に上品さを感じさせる騎士鎧があった。
「全身鎧は着けた事あるのよね?ちょっと着てみてくれる?」
言われた通り、足から装備を着用していく。
「……我ながら、よく出来たんじゃないかしら。」
鏡を見ると、そこには見るからにいい所の騎士がいた。……何か既視感があるな。
「なるほど。胴体部分はサーコートになっているのか。コレクションにしようと思っていたが、これなら実戦で使えそうだな。」
私がそう口にするとヘファイストスは顔に怒りを浮かべて文句を言う。
「あなたね、鍛冶師の前で絶対に言っちゃいけない事言ってるの分かってる?」
「……ああ。済まない。確かに失礼だったな。」
装備品をコレクションするのは単なる癖だが、確かに造ってくれた鍛冶師の前で言う事では無かったな。
「……これは何だ?」
貴族が持つ様な紋章の入った盾……頼んだ覚えは無いが。
「サービスよ。頑丈さは保証するわ。まあ何にせよ、これなら注文通りだと思うけど?」
「ああ。満足だ。私だけの防具だろう?初めてだ……それにいい品だ。感謝する。神ヘファイストス。」
私がヘルムを外しながらそういうと、ヘファイストスは少し固まる。
「あなた、そんな表情も出来たのね。何時もそうしてればいいのに。」
……どんな表情だ?別に普通だと思うが。
「まあ、何かあったら言ってくれ。その時は力になる。」
「ふふ、じゃあその時は頼んだわよ。」
そうして、私だけの新たな防具を手に入れた私は何時もよりも少しだけ足取りが軽くなるのだった。
休みだー。(毎日甥っ子の世話してるから暇では無い)
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第10話
私が神ヘファイストスから防具を受け取って一晩経つ。
夜中というか、もう日が登りそうな時間になってロキ・ファミリアの団長殿はやって来た。
「今日はもう来ないのかと思っていたぞ。」
「いや……本当に申し訳ない。提出期限が迫ってる書類があってね。それが明日までだったんだ。」
お陰で誰かが起きるところだった。起きたのがミア母さんだったら拳骨モノだ。
「まあいい。だが……ここで教えるのは不可能だぞ。回復系の祈祷ならば教えられるが。」
私がそういうとフィンは驚愕の表情を浮かべる。
「回復までこなせるのかい!?攻撃系のスキルの様なものだと思っていたから驚いたよ。」
「基本的にはその認識で間違いない。ただ……私の見立てでは貴公は盲目的に何かを信仰する事が出来ないだろう?」
フィンはなまじ頭が良い分、余計な事を考えてしまって純粋な信仰心を抱けない様なタイプだろう。
「……駄目なのかい?」
「駄目という訳では無い。私も神を心から信仰した事など無いからな。要は何処まで自分を騙せるかだ。」
「信仰という位だから、かなり強く思い込まなきゃ駄目って事かな?」
正直、祈祷も一応体系化はされているが魔術とは違って信仰という曖昧なものが基準なので、私も詳しくは分からない。
私の場合は気付いたらそもそも使えたしな。
「人に教えるのは初めてなのでな、とりあえずは簡単な祈祷から教えよう。」
すぐに修得したリヴェリアを見るに、知力や信仰などその魔術や祈祷に必要な能力値にさえ達していれば自ずと使える筈だ。
その後、フィンに一つ一つ祈祷を見せて使えるか試してみる。
《性急な回復》《回復》《大回復》《毒の治癒》《魔力防護》《炎防護》《雷防護》
これらの祈祷をフィンは何度か見るだけで使えるようになった。恐らくフィンのステイタスが必要能力値に達していたのだろう。
《黄金樹に誓って》や《雷の槍》等も覚えさせたかったが、これらはまだ使用出来なかった。
「まさか一日でここまで手札が増えるなんてね……僕が何年もしてきた努力は何だったんだろうね。」
「恐らくだが、その下積みがあったからこそ今この場でこれだけの祈祷が修得出来たのだと思うぞ。言っておくが気休めでは無い。」
私がそういうとフィンの顔にあった迷いの表情が消え去った。
「……それもそうだね。本当に感謝するよ。《大回復》だったかい?あれは特に重宝するだろう。」
フィンが今日覚えた全ての祈祷はダンジョンにおいてはかなり役に立つだろう。私は《炎防護》なんて実戦だと一度も使った事は無いがな。
「役に立てたなら良かった……だが不味い。もう日が昇っている。私は仕込みがあるから、また何かあったら来てくれ。」
「ああ。本当に、本当に感謝するよ。」
「信仰心を伸ばすことも忘れるなよ。」
そう言って私は今日の仕込み作業を始めるのだった。
フィン・ディムナはシルヴィアと名乗る人物と出会ってから何か歯車が大きく動いた様な、そんな感覚がしていた。
「まさか、たった一日でこれだけのスキル……祈祷が覚えられるなんて。」
僕は昔から、特に暗黒期に入ってからは常に力を求めて戦ってきた。全ては同族たちの、
だがある時を境に能力値の上昇がピタッと止まってしまった。
いや、元からすぐに上がるものでも無いというのは理解している。それに
だが、ここ数年は単に才能の限界を感じていた。同じレベルであるリヴェリアとガレスも能力値の上昇が微々たるものになっている。
こんな事を言いたくは無いが、自分の才能に半ば見切りをつけてしまっていた。勿論鍛錬は欠かしていない。定期的にダンジョンにだって潜っていた。
それに僕は団長という立場上、遠征などがあれば必ず自分が先頭に立たなくてはならない。
リヴェリアやガレスよりは戦う機会も多かった筈だ。だがいつまで経ってもレベルが上がらない所か全くアビリティが上昇していない日なんてのもあった。
そんな時、リヴェリアが僕達ファミリアに隠れて誰かと会い始めた。
最初はリヴェリアにも春が来たのかなんて微笑ましく思っていたけど、毎日一人でダンジョンに潜り出してからは余計に怪しく感じるようになった。
ロキとガレスも同意見らしく、リヴェリアが例の誰かと会っている時に話し掛けてみる事にした。
するとどうだろうか。シルヴィアと名乗ったヒューマンの過去はバッドエンドの御伽噺の様な内容でにわかには信じがたいものだった。
だがロキは彼女は嘘を吐いていないと言う。ならば真実なのだろう。
そして、リヴェリアが彼女と定期的に会っていた理由も判明した。
どうやら彼女の世界の技術である魔術とやらを修得するべく、彼女に師事していたらしい。
リヴェリアとシルヴィアの話に割って入り、とりあえず敵対だけはしない様に話を進めた。
だが彼女は思ったよりも好意的で、僕に祈祷という技術を教えてくれるという。
リヴェリアが実際に魔術という技術を修得している事もあり、未だに半信半疑ながらも彼女の提案に飛びついた。
あの時の自分の判断を誉めてあげたい。いや……何もかも彼女のお陰か。
打算や、ファミリアへの損得抜きで心から誰かに感謝をしたのなど何時ぶりだろうか。もしかすると初めてかもしれない。
彼女が教えてくれた祈祷というものは、他者への回復すら可能にするという。
リヴェリアの話を聞く限りでは攻撃系のスキルの様な認識だったので、まさか回復が出来るとは思ってもみなかった。
昔、新しい魔法を覚えた時は本当に嬉しかった。例えそれが使い所の限られる魔法であったとしても、
新しい事が出来るようになる喜びは確かにあった。
それを、思い出した。そして……そう。純粋な、冒険に対する熱が再びこの身に湧いてきた。
初心を、思い出した。
昔は今ほど打算的でも臆病でも無かった。いつの間にか忘れてしまっていたらしい。
実際、このままでは腐っていくだけだったのかもしれない。
けれどそうはなら無かった。僕はこの日を忘れないだろう。確かにこれはきっかけでしか無かったのかもしれない。
だが思い出した。それと同時に今のままでは一族の再興など不可能である事も理解している。
ファミリアの団長でもある以上、これからも何かを切り捨てる判断をしなくてはならないかもしれない。
でも、僕は
僕はもう、昨日までの僕とは違う。僕の中の女神が言っている。
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第11話
毎日の11時間労働が祟ったか。
ちなみに作中で登場する武器達は当然最終強化済みです。……DLCのトレーラーみて帰って来やした。
あれからも、私が休みの日などには定期的にフィンに祈祷を教え、リヴェリアには魔術の指導をしていた。
「……貴公らは、本当に末恐ろしいな。」
リヴェリアに関しては最初から分かっていた事だが、本当に才能に溢れている。既に実践的な輝石魔術は殆ど網羅したのではなかろうか。
まだ私が教えれるものがあるとすれば、切り札になりうる魔術だけか。そうだな……後はほうき星と、彗星アズールくらいか。
リヴェリアが突出しているが、フィンの才能も大概のものだ。信仰心という曖昧なモノを理解し使いこなせている。
既に黄金樹に誓ってや雷の槍といった実践的な祈祷はモノにしている。今回で黄金樹系の祈祷の、実践的なものは全て覚えてしまった。
だが、古龍の祈祷などは相性が悪いのか発動そのものが出来ない様だった。竜雷の加護は使えるのに何故だろうか……
フィンに関していえばもう私から教えられる事は無いだろう。流石に竜餐祈祷や狂い火などのおぞましい祈祷は覚えたがらないだろうしな。
「フィン、もう貴公に教えられる事は無い。他に私の知っている祈祷は貴公には向かない。……人を辞める覚悟があるのならば教えられるが。」
私がそう言うと、フィンは苦笑しながら首を横に振った。
「いや、辞めておくよ。僕は人のまま強くならなくちゃならないんだ。……シルヴィア。心から、君に感謝を。」
「そう畏まらないでくれ。だがまあ、貴公らの才能には本当に驚いたよ。だがリヴェリア。貴公にはまだ教えられる事が残っている。」
今はロキ・ファミリアのホームである黄昏の館にいる。定期的に行っている報告会の様なものだ。
「だがその前に、フィン。貴公の成長と門出を祝って私からの餞別だ、受け取れ。」
そう言って私が渡したのは黄金樹の聖印。フィンの在り方を考えれば黄金律の聖印をでもと思ったが、
フィンの使う祈祷を考えるとやはり此方の方が恩恵が大きいだろう。
「……これは?」
「黄金樹の聖印だ。貴公の使う祈祷、特に黄金樹系の祈祷の効果を強化する補正がかかる。」
そう言うとフィンはまじまじと黄金樹の聖印を眺めはじめた。
「……そんな特殊効果の付いている触媒を貰っていいのかい?」
「そのような触媒など、生憎腐るほど持っている。貴公は黙って受け取ればいい。師から最後の餞別だぞ。」
「そういう事なら、有難く受け取っておくよ。……全く、君には返しきれない程の借りが出来てしまったね。」
元々私の気紛れなので気にするなと言ってはいるが、こればかりはフィンとリヴェリアも頑なに譲らない。
何かあればすぐに力を貸すと言われている。……何かあればすぐに都市最大派閥が動いてくれるのだ、これ程心強い事も無いだろう。
「では、リヴェリア。貴公に教えられる事ももう多くは無い。後はそうだな……切り札となる魔術を最後に二つ、教えておこう。」
「……心してかかるとしよう。」
そうして、リヴェリアは難なくほうき星と彗星アズールを一日でマスターした。これで、祈祷も魔術も私だけの技術では無くなったな。
何か必要だな、私だけのアイデンティティが。……本格的に考えた方が良さそうだ、
「……リヴェリア、貴公にも餞別をやる。好きな杖を選べ。」
そう言って私が取り出したのはカーリアの王笏、アズールの輝石杖、ルーサットの輝石杖。リヴェリアに最も恩恵のある杖を選んだつもりだ。
「これは?」
「アズールの輝石杖か。その杖は詠唱速度が上がるが魔力消費が増える。」
「こっちの杖は?」
「ルーサットの輝石杖は瞬間火力が高いのと、魔術補正が高い。……燃費を犠牲に威力が上がるという認識でいい。」
「……ではこの杖は?」
「カーリアの王笏は固有戦技があるのと、特定の魔術を強化する。前に教えたレナラの満月。あれの威力が上がるぞ。」
全て説明したが、リヴェリアは未だ迷っているようだ。
「……お前のオススメはどれだ?」
……ふーむ。最も似合うのはカーリアの王笏だろうが、恩恵が大きいのはルーサットの輝石杖だろうな。
「これだな、ルーサットの輝石杖。貴公に似合うかは置いておいて、恩恵は一番大きいだろう。」
「そうか……そうだな、確かに私には火力を底上げする杖が良いようだ。」
という事で、杖を受け取ったリヴェリア。
だが、ここで突如シルヴィアがおかしな事を言い始める。
「……リヴェリア、魔術師……ここでは魔導師というのだったな。の最大の弱点は何か分かるか。」
「は?……そうだな、詠唱中の隙が大きい事か?」
此奴は唐突に何を言い始めるんだと思いながらも魔導師という存在の弱点を考える。
「違う。」
ふむ、私の師は変わり者だが、確かにその教えは全て私自身の為になっている。この問いにも、何か意味があるのだろう。
「……前衛の存在を必要とする事か?」
「違うぞ、リヴェリア。魔導師の最大の弱点……それは、魔力が切れるとただのカカシになる事だ。」
ここでリヴェリアの頭は疑問符で一杯になった。魔力が切れるとただのカカシ……それはそうだろう。
その代わりに、高い火力と範囲攻撃を行える。そんなものはオラリオの魔導師でなくとも当然知っている。
というか、後衛とはそもそもそういうモノだろう。
「……何を言っているんだ?」
「つまりだ、魔導師の最大の弱点をお前は未だ克服出来ていない。」
……それは幾ら私でも不可能だろう。魔導師は魔力が無くては戦えない。そんなのは常識だ。
私の場合は護身術として習った為にある程度近接戦闘もこなせるが、当然本職には及ばない。それはそうだ。
戦士と魔導師は古来よりそういった棲み分けがされてきた。
どれほど優れた魔法戦士でも魔法の火力では絶対に魔導師には及ばない。
どれほど優れた魔導師であっても近接戦闘ではどう足掻いても戦士には敵わない。
御伽噺では魔法戦士が近接戦闘を行いながら魔法をバカスカ撃っているがあれは御伽噺だからだ。
「……まさか、私に近接戦をしろとでもいうのか?」
「正解だ。私は弟子である貴公に死んで欲しくない。という事で、戦士としても私が鍛えてやろう。」
……魔法と近接戦の両方を極める。そんな馬鹿げた事が可能なら戦士と魔導師としての棲み分けなどあるはずが無い。
実際、それを実践したものはいる。……通常であれば、ただの器用貧乏で終わるのが関の山だろう。
「貴公は魔導師なのだから、近接戦も魔法で行うのは別にいい。ついこの前教えたカーリアの速剣などはその為の魔術だ。
……私が言っているのは一人の時の話だ。パーティで行動する分には前衛が居る。だが、ダンジョンとは何処までも未知なのだろう?
いつ仲間と分断されるか分からない。実際、分断されてしまったとしよう。
そんな時、仲間と合流出来るまで魔力を温存する術を教えてやる。そう言っているのだよ。」
いや……別に頼んでいないが。それにどれほどのイレギュラーを想定しているんだ。実際にその状況になった場合、普通は温存なんて考えない。
それに私とてこれだけ長く魔導師をやって来ていれば魔力の分配に気を使って戦うのは身体に染み付いている。
「……何か一つでいい。常に武器を身につけて、それを使う事を癖付けるといい。咄嗟に剣を抜ける位には。」
「一応、遠征などの時は剣を持って行っているが……」
「その程度では駄目だ。……道中の雑魚共には剣を使って戦うといい。なに、貴公ならすぐ慣れるさ。」
……剣とはいっても、大抵使うのはファミリアの備品だ。
「……別に剣で無くともいい。何なら武器は私が見繕ってやるさ。」
「いや、逆に近接武器は剣以外扱えないんだが……弓ならば多少得意なんだがな。」
私がそういうとシルヴィアはまたしても幾つか剣らしきモノを取り出した。……何処から出してるんだろうな、あれは。
「……刀と大剣は勘弁してくれ。流石に扱えない。」
「この曲剣は扱えそうか?」
……何で曲剣なんて扱いの難しい物をチョイスするんだ。
私は無言で首を横に振る。
「ではこの二つをやろう。」
…短剣と、レイピアか?
「輝石のクリスとロジェールの刺剣という。私としてはその刺剣を使いこなせるようになって欲しいので、鍛錬するならば付き合おう。」
……何でそんなに私に近接戦をさせたがるんだ。だが、レイピアか……また扱いの難しいものを。
「では……私が壁となろう。魔術も魔法も禁止だ。その剣だけで掛かって来い。」
……いや流石に無理がないか?私は魔導師だぞ?
「来ないのならば此方から行くぞ!」
……なんか私の師匠テンションおかしくないか?こんなキャラでは無かったと思うんだが。
と、何故か近接戦の訓練をさせられるリヴェリアなのであった。……リヴェリアは思った。この訓練こそフィンにしてやれよと。
……ふふ、あれからリヴェリアには近接戦の訓練をしてやっている。魔力が無くても戦えるように。
かなり動きは良くなった。やはり才能に溢れている。フィンにも近いうちに近接戦の訓練をしてやろう。
私は当然戦技などは使わずに技量のみで相手をしているが、時折油断していると不意をつく攻撃をしてくる位には剣を扱える様になった。
ロジェールの刺剣に付いている戦技はそのままだが、魔力派生にはしてある。
どうやら状態異常の蓄積は私にしか扱えないらしい。冷気派生も意味が無かった。
「……輝石のクリスを使っている所を見た事が無いな。」
私としてはついでに渡しただけだし別に構わないんだが。
「……なんか最近やけに明るくないかい?」
フィン・ディムナは恩人であるシルヴィアの様子がここ最近少しおかしい事について疑問を持っていた。
「いや、確かに私も感じていた。特に訓練の時なんかは狂気的な笑みを浮かべていたぞ。」
「……いやまあ、楽しそうな分には良いんだ。彼女の過去は聞くだけでもかなり壮絶だったからね。」
彼女に恩のある身としては幸せになって欲しいし、楽しそうにしている分には良いんだけどね。
「私としては、最初の落ち着き払った姿を知っている分、少し明るくなっただけでかなりギャップを感じるな。」
「まあとりあえず、良い事じゃないか。というか最近よく考えているんだけど、彼女が他のファミリアに入ったらどうしようか。」
とてもじゃないが、敵対なんて考えたくも無い。近接戦も中距離戦も化け物じみて強いのは知っているし、恩のある身として絶対に敵対などしたくない。
「……まあ、そこは私達が口を挟む事じゃない。シルヴィアが別のファミリアに入りたいと言うんだったら、素直に受け入れようじゃないか。」
「……そう、だね。別に繋がりが無くなるわけではないんだ。まあ、それでも別のファミリアに入ると言われると少しショックだけどね。」
フィンは本格的にシルヴィアをどうファミリアに引き入れようかと団長として培ったスキルとその優秀な頭脳をフル回転させるのだった。
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