とある箱庭の一方通行 (スプライター)
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プロローグ 始まりの日 new_world
箱庭へようこそ


ブルーアーカイブ×とある魔術の禁書目録の二次創作です。
一方通行が主人公で進んでいきます。

ブルーアーカイブのストーリーに原則沿って進んでいきます。

……本当かなぁ。


 

十月十八日。

 

その日、ロシアと学園都市による第三次世界大戦が勃発した。

 

その戦火の中で、それぞれが抱く物を守らんと大きく光を発する者達がいた。

 

右手に異能を宿す人間。

何も力を持たない人間。

 

そして、学園都市最強の異名を持つ人間。

 

彼等と、彼等を中心とした精鋭達による奮迅により、戦争は僅か十二日で終結した。

 

しかし、犠牲無しで戦争は語れない。

零れた命無しで戦争は紡げない。

 

『いやだよ……』

 

ある少女が、最強の彼に向けてそう言葉を零した。

 

空が、黄金の光に包まれている状況だった。

その光が段々と肥大し、膨れ上がり続けている状況だった。

 

その光を見た誰もが理解する。

あれは世界を終わらす光なのだと。

 

地表に落ちれば最後、全てが跡形もなく消し飛んでしまう最悪の光なのだと。

 

神の威光の如く破滅的な黄金が空一面に広がっていく中で、少女はしかし、そんな下らない空には目もくれず、たった一人だけを見据えていた。

 

『ずっと一緒にいたいよって、ミサカはミサカはお願いしてみる』

 

今にも泣きそうな顔で、消え入りそうな程にか細い声で、自身の願いを少女は告げる。

 

今から彼が何をしようとしているのかを、理解しているから。

 

『……そォだな』

 

ポツリと、そう彼は呟く。

 

彼女の言葉を認め、

生まれた自分の意思を認めた言葉だった。

 

だが、彼の決意は変わらない。

彼が抱く願いの為に、その言葉だけは聞き届けることが出来ない。

 

故に、

 

彼は戻って来るとも、帰って来るとも言わず。

 

ただ、

 

『俺も、ずっと一緒にいたかった』

 

子どものような笑みを浮かべて、彼は自身の理想を口にした。

 

それが、二人が交わした最後の会話だった。

 

直後、彼の身体は地面を離れ、砲弾のような速度で空へ空へと上がって行く。

 

目指す先は、黄金の光。

彼は、一方通行は迷いなくその光の中心部分へと向かうべく速度を上げて、上げて、上げて。

 

黄金の光、その塊となる部分へと激突する直前、ほんのわずかに口元を緩めた。

 

そォか。

と、何もかもが終わる寸前で彼は知る。

 

これが、守る為の戦いなのか、と。

 

直後、上空八千メートルの部分で、二つの巨大な力が激突する。

 

見る物全てが目を奪われる光景が空で炸裂する中で、少女の悲鳴だけが世界を彩っていた。

 

この日、学園都市第一位の超能力者である一方通行は、死を迎えることとなる。

 

──────────────────────────────ー

 

「……私のミスでした」

 

小さな、小さな空間があった。

人間二人が、対面に向き合ってやっと僅かに余裕が出来る程度の、小さな空間で、その対面にいる少女がポツリとそう言葉を零した。

 

その表情は、彼の身長が少女よりも高いせいと、少女が俯いているせいもあって伺えない。

 

だが、その声色から、少女がどんな感情を抱いていて、どんな表情を浮かべているのかを察するのは、難しいことではなかった。

 

「私の選択、そしてそれによって招かれた全ての状況」

 

「結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」

 

空間の外から差す黄昏色の空の光が優しく二人を照らす中で紡がれた少女の言葉には、後悔と、懺悔が多分に含まれていた。

しかし彼は、何も言わない。

 

少女の俯く姿を見つめながら、彼は言葉を発さない。

 

「今更図々しいですが、お願いします──────先生」

 

先生、少女は目の前の彼をそう呼びながら、自らの意地を投げ捨てた懇願を始める。

 

「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、恐らくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから」

 

ですから……と、少女は血にまみれた自分の身体を労わることもせず言葉を紡ぎ続ける。

 

「大事なのは経験ではなく、選択」

 

「あなたにしか出来ない選択の数々」

 

少女は語り、彼は黙し続ける。

 

経験と選択。

それは、彼の中で永遠に燻ぶり続ける火種。

 

『これ以上は一人だって死んでやることは出来ない』

 

いつかのどこかで言われた言葉。

あァと、彼は胸中で呟く。

 

一人だって死なせねェ。

いつかのどこからか、思うようになった選択

 

幾多の経験と選択は、

彼を彼であることを築き上げ、同時に彼が彼であることを留めた。

 

「責任を負う者について話した事がありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます」

 

「ですから、先生。私が信じられる人である、あなたになら、この捻れて歪んだ終着点とは、また別の結果を。そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです」

 

それは、希望。

それは、憶測、

しかし、それだけが彼女の心の拠り所だった。

 

この結末だけは、

こんな終わりだけは、

 

そう願い、

そう信じ、

彼に託す。

 

彼なら、

彼になら、

 

それが実現出来る物であると、信じて。

 

「だから先生、どうか……」

 

この世界を、助けて下さい。

消え入りそうな声で紡がれた言葉は、最後まで言い切る前に途切れていく。

 

世界が、少女が、小さな粒子へと変わる。

光となって消えて行く。

幻想のように、跡形もなく。

 

そんな光景を前にしても、彼は口を開かない。

目を閉じようともしない。

ただ、静かに見届けるだけ。

 

「…………」

 

全てが終わり、世界全てが白となった空間で、彼は一人、ゆっくりと歩き始める。

 

昼も夜も黄昏も消え失せ、自分以外誰もいなくなり、声すら声と認識されなくなったこの世界で、それでもある言葉を発しながら、彼は、一方通行は前を向く。

 

「       」

 

音とならずに溶けたその言葉は、

世界に向けての、宣戦布告。

 

同時に、新たな始まりを告げる第一歩だった。

 

 

──────────────────────────────ー

 

 

「……先生、起きて下さい」

 

近くから聞こえて来たその声に、一方通行は眉間に皺をこれ以上なく寄せながら意識をゆったりと覚醒させる。

 

誰だ寝ている自分の近くで声を上げる馬鹿は。

これ以上なく不機嫌な気持ちになりながら頭を二度三度軽く揺らそうとして、思い至る。

 

(先生……? なら関係ねェか)

 

そうだ、今の声は先生と言っていた。

ならば自分には一切繋がりのない話だと一蹴し、未だ自分を呼びよせている睡魔に身を任せようともう一度目を瞑った結果。

 

「先生!」

 

「うォァッ!?」

 

彼の耳元でそう叫ばれる結果となった。

ビクッッ! と、直後、らしくなく彼は寝るべく倒れさせていた椅子から身体を跳ね起こす。

 

が、同時に彼の中のよくもやってくれたなメーターが見る見る内に上昇し、とりあえず一発しめようと声を掛けてきた存在に目をやり、

 

声を掛けてきたのは全く知らない女であることに気付いた。

 

……誰だこいつは。

 

「少々待っていて下さいと云いましたのに、お疲れだったみたいですね、中々起きない程に熟睡されるとは」

 

怪訝な表情を浮かべる一方通行とは逆に、まるでそれが当たり前であるかのように目の前の女は一方通行に向かって話しかけてくる。

 

言葉を聞くに、一方通行のことを『先生』と思っているようだった。

 

当然、一方通行は先生ではない。

どこかの学校の教師になった記憶はないし、そんな願望もない。

 

ならば『先生』と呼ばれる他の職業を思い当たろう一瞬で脳内で検索をかけるが、そのどれもが自分には一切無縁の物ばかりだ。

 

であるならば、この状況は何なのか。

答えは一つしかない。

 

この女の勘違い。

 

そう結論付けた一方通行は。

 

「……」

 

「先生? ……先生?」

 

「人違いですゥ」

 

全てを無視してもう一度睡眠を取ろうとボスンと椅子にその身を預けさせた。

 

「そんな!? この状況で二度寝は無しですよ先生! 起きて下さい!!」

 

一方で、彼が起きた直後にすぐさま二度寝を始めたのがあまりに信じられなかったのか、女は先程までの冷静な様子は瞬時に鳴りを潜め、ゆさゆさと一方通行を物理的に起こしにかかる。

 

流石の一方通行も、そんなことをされて黙って寝続ける事が出来る訳もなく、

 

「ッッ!! おい! いい加減にしろ! 俺は先生なンかじゃねェ!! 人違いだっつってンだろォが!!」

 

ガバっとまたしても身体を起こしながら、未だ勘違いを起こし続けている目の前の正体不明女に不機嫌さ全開で正論を語る。

 

彼のことを知ってる人間ならば、この状況になった時点ではいすみませんでしたごめんなさいもう近付きませんで、めでたしめでたしである。

 

だが、

 

「いいえ。人違いじゃありません。いつまで夢を見てるんですか。ちゃんと起きて集中してください」

 

目の前の女は、彼の言葉に一切動じず、むしろ冷静さを取り戻しながらそう言葉を続けた。

 

「集中しろだと? お前さっきから何を言っ」

 

話が見えない。

この女は何を言っているんだ。

 

そう問いただすべく、一方通行が口を開いた矢先。

 

「あァ?」

 

目の前の女の後頭部から、鮮やかな青で彩られた、天使の輪っかのようなものが浮かんでいることに気付いた。

 

同時に、自分に取り巻いているこの環境自体が持つ違和感にも。

思い出したと言っても良い。

 

「ああ、これですか? これはヘイローという物で……。そうですね。先生は外からやってきた人ですから、知らなくても無理はありません、説明したい所ですが残念ながら今は一刻を争う事態です。この説明は追々に」

 

一方通行の視線から何を見ているのかを察した女は、その上で自身の事情を鑑みた結果最低限の説明、その輪っかが『ヘイロー』と呼称されていることだけを一方通行に伝達する。

 

が、既に一方通行の思考はそんな所で立ち止まっていない。

この女の後ろに浮いてる輪っかの説明は途中からもう聞いていない。

 

待て、待てと一方通行は脳内でそう呟きながら何度も何度も確認する。

ここで目覚める前、意識を失う直前の記憶を。

 

今まで自分は、こんな所にいただろうか。

目覚める前の自分は、こんな場所で惰眠を貪れる状況だっただろうか。

こんな穏やかな場所で、一人過ごしていただろうか。

 

答えは全て、否だった。

 

自分がいた場所は極寒の雪原だった。

自分がいた場所は破壊的暴力が蔓延する空間だった。

自分がいた場所は、

自分がいた場所には、

 

 

もう二人、保護するべき人物が存在していた。

 

 

バッッと、眠気が完全に消え失せ完全に己を取り戻した一方通行は反射的に、周囲を見渡す。

高層ビルの上層らしき部屋の椅子に座る自分。

ビルの窓に映る景色に目を移せばそこにあるのは近代的ビルが立ち並ぶ都心部のような光景と眩い青空ばかり。

 

どういうことだと、今度こそ一方通行の頭の中が理解不能の渦に陥る。

 

学園都市で最高の頭脳を持つ彼であっても、この状況を飲み込むのには時間と思考が必要だった。

 

(どうなってる!? 俺は間違いなくロシアにいた筈だ。ロシアで、あの光を受け止めて、打ち止めと番外個体を守って……! その結果がどうしてこんな所にいやがるンだ!?)

 

考えても考えても答えが出てこない。

意識を失う直前と意識を取り戻した直後の景色があまりにも繋がりがなさすぎる。

 

外に映る日本らしき光景。

ビルの中で寝ていたらしき形跡。

そして、何故か先生と呼ばれる状況。

 

一瞬、あの時自分は光に呑まれて死んで、ここは死後の世界なのかもと疑ったが、身体の感覚がそうではないと自分は間違いなく生きてここにいることを訴える。

 

思わず、クソッタレと毒づいた。

 

「もう一度、改めて今の状況をお伝えします」

 

混乱している一方通行の状態を見計らったかのように、努めて冷静な声色で女が口を開いた。

 

チッと、一方通行はどうにもままならない状況に舌打ちする。

 

この女に噛み付くのは簡単だ。

脅すことだって容易であろう。

だが、その手段を取ったが最後、敵意を買い何も得られなくなる可能性が格段に上がる。

 

今はこの女以外探れる情報源が存在しない以上、その手段は取れない。

敵なのか味方なのかも不明。

それでも、現状を理解するには彼女に頼る以外に方法はない。

 

一方通行はギロリと睨みつけるよう目線を彼女の方へと動かしながら、無言で続きを促す。

彼女もそれを理解したのか、一つ呼吸を置いた後、ゆっくりと口を開く。

 

「私は、七神リン、『キヴォトス』の連邦生徒会の幹部です」

 

「キヴォトス? 聞いたことがねェ学校だな」

 

瞬時に、彼の脳内でキヴォトスと言う単語で検索がかかる。

生徒会と言った以上ここはどこかの都市部にある学園なのだろう。

だが、日本のどこに置いてもキヴォトスという単語があてはまる学校は一方通行が知る中には存在していなかった。

 

「学校……と呼称していいのかはさておき、現在このキヴォトスで一つ、大きな問題が発生しています。それを先生に解決して欲しいのです」

 

「クハッッ!!」

 

リンの言葉を聞いた瞬間、一方通行は堪えきれず笑い声を上げた。

 

「あァ悪ィ悪ィ思わず笑っちまったわ。問題だァ? ここがどこかも分かってねェ人間に解決出来る問題程度ならお前等がやれば良いンじゃねえのか? 生徒会幹部さンよォ」

 

それとも、と一方通行は前置きし、

 

「俺が第一位、『一方通行』だってのを知っての救援か? もしそうなら俺の中におけるお前の好感度は速攻マイナス値十億突破だ。綺麗に丁寧に相応のもてなしをさせて貰うけど構わねェよなァ?」

 

挑発するように一方通行は口元を歪ませながらそう言った。

もしも敵なら容赦しない。

この手で触れてそれで終わり。しばらく起き上がれない様にお仕置きするだけ。

 

どんな手品でここへ連れて来たのか知らないが、ここから出て行く方法なら五万と知っている一方通行は、威圧感を隠すこともせずリンにそう詰め寄る。

 

しかし、

 

「第一位……? 申し訳ございません。実は私自身、先生がどのような方なのか、どんな経緯でここへ来られたのか知らないんです」

 

熱が上がり始めた一方通行とは対照的に、どこまでも冷静さを保ったまま、それでも内に宿る申し訳なさがそうさせているのか、少し困った顔で、リンは一方通行の言葉を否定した。

 

「あなたは恐らく私達がここに呼び出した先生……のようですが。それ以上のことは私にも……」

 

「なンだと?」

 

ペコッと頭を下げるリンの言葉と行動に、一方通行は虚を突かれたかのように静止し、何とかその言葉を吐く事だけは成功させた。

 

一方通行のこれまでの経験が、その言葉と行動にウソはないことを確信させる。

しかし、それでも納得いかないことが多数あるのは事実。

だが、ここでそれを問い詰めても何一つ答えが出ない事はこれまでのやり取りで確実。

 

「チッ……! 話にならねェ」

 

これ以上続けても埒が明かないことに舌打ちしながら、一方通行は敵意と言う名の矛を収める。

一方通行からの明確な敵意が無くなったことをリンも感じ取ったのか、クッと右手で眼鏡を支えると。

 

「こんな状況になってしまったこと、誠に遺憾に思います。でも今はとりあえず、私に付いて来て下さい。どうしても、先生にやって頂かなければならないことがあります」

 

我々連邦生徒会ではなく、と。

それだけ言い残すと、そのまま扉の方へと歩いて行く。

 

一方通行も彼女に付いて行く以外の選択肢はないため、はぁとわざとらしく嘆息しながらソファから降りると、右手の手首から今まで邪魔だからと収納していた現代的デザインの杖をシュッと伸ばし、カツンカツンと音を響かせながらリンの後ろをの後ろを歩いて行く。

 

そのことについて特に言及はされなかった。

聞かれないだけか、それとも既に聞かれた後で、自分がそれを自覚していないだけか。

 

どちらにせよ、一方通行の疑念はますます深まるばかりだった。

だが、今置かれている状況は自分の世界に入る事を許してくれない。

 

(聞きたいことはクソ程あるが、まずはコイツが抱える問題とやらを解決するのが先か。随分と遠回りになりそォだが仕方ねェ)

 

「先生にやって頂きたいこと、それを一言で言うと、我々キヴォトスの命運をかけた仕事です」

 

廊下を歩き始めてからややしばらくの後、エレベーター前で立ち止まり、この階で止まるのを待ち始めるようになった時にリンの口から端的に伝えられたのは、一方通行からすればあまりに突飛な言葉だった。

 

瞬間、あまりの異次元発言ぶりに一方通行の頭が僅かに痛くなった。

 

キヴォトスの命運をかけた仕事。

学校の命運なんてものがこの世に存在するのかとか、

なんでそんなものを部外者の自分に投げつけられるのかとか、

 

ありとあらゆる聞きたいことが溢れる水のように湧き上がってきた結果、ひとまず、ひとまずはその仕事の詳細を聞き出そうとすべく一方通行は口を開き、

 

「あ? それってどういう──」

 

「やっと見つけた!」

 

その言葉は背後から飛んで来た声によって完全に相殺された。

瞬間、リンの顔色が一瞬にして暗くなったのを一方通行は見逃さなかった。

 

同時に、今日はやけに自分の行動が中断される日だなと、己のストレスが着実に蓄積しているのを覚えながら一方通行は面倒くさそうに声の方へと振り返る。

 

そこには制服の上着らしきジャケットを着崩すスタイルを貫いていて、何故だか妙にスカートが短い黒髪のツインテールの少女がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 

「代行! 見つけた! 待ってたわよ! 早く連邦生徒会長を呼んでき……その隣の方は?」

 

駆け寄って来た少女は、リンに対して一方的に詰め寄ろうとした直後、一方通行の存在に気付き困惑の声を上げた。

 

一方通行の存在は彼女にとって異質な物だったに違いない。

リンも彼女の質問の意図が分かっているのか、彼女がここにいることに対し少々面倒くさそうにしつつも、

 

「ああ、この方は──」

 

と、軽い説明を始めようとした所で、

 

「見つけました、主席行政官」

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が今の状況について納得の行く回答を求めています」

 

「同じくこちら側からも正式な回答を要求します」

 

新たに三人の少女が、この空間へと走ってきながら次々にそんなことを口走り始めた。

 

一人は黒いリボンを栗色の髪に巻き付け、赤い手袋を着用し、とどめに左腕に『風紀』と書かれた腕章を巻いているいかにも風紀を守っていますと風格を漂わせる少女。

 

一人は鮮やかな銀髪が目立つ、いかにも正義感が強そうな毅然とした態度でリンに詰め寄る少女。

 

そしてもう一人は背中まで伸びる真っ黒な髪と、異常な程深い所までスリットが入っているセーラー服を着こんでいる、一部分だけ露出が激しい少女だった。

 

「あぁ……本当に面倒な方達に捕まってしまいましたね」

 

はぁぁぁ……と、深いため息が今にも聞こえてきそうなぐらい落ち込んだ声をリンは絞り出す。

そして、もう逃げられないと判断したのか、諦めるように口を開くと、

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問して下さった生徒会、風紀委員といった、暇を持て余している皆さん」

 

清々しい程の嫌味たっぷりな声色で、四人の訪問を歓迎した。

 

瞬間、ビキキッッ!! と、四人の少女達の額から聞こえてはいけない音が響く。心なしか後ろに浮いているヘイローの輝きが激しくなった気がするなと、一方通行は心底どうでも良さそうな顔をしながら、そんな感想を抱いた。

 

このマグマのように燃え滾っているのか吹雪く程に冷え切っているのか、どちらにでも解釈出来そうな空間の中、リンはそんなの知りませんと四人の感情の変化を当然の様に無視すると、

 

「こんな暇そ……大事な方々がここ訪ねてきた理由はよく分かっています。今、そこら中で発生してる混乱の責任を問うために、でしょう?」

 

ニッッッッコリと、今度はそれはそれはもう素敵な笑顔を表情を暗いままに浮かべたまま、三人に向かって牽制にも等しい言葉を投げかけた。

 

(案外良い性格してンなコイツ)

 

リンのもはや図太いを通り過ぎて笑ってしまいそうな態度を一方通行は声に出さずに賞賛しながら、彼女達四人が織りなす話の成り行きを一歩後ろから、無関係を装いながら見守る姿勢を続ける。

 

会話内容を聞いて察するに、今彼女達の中で取り巻いているトラブルこそが自分が解決に当たれと言われている仕事の本質なのだろうと当たりを付けた一方通行は、とりあえず目の前で繰り広げられる口論が終わるのを待つことにした。

 

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!!」

 

「連邦矯正局で停学中の生徒について、一部が脱走したと言う情報も入りました」

 

「スケバンのような不良たちが登校中の生徒を襲う頻度が最近急激に上昇しました。治安の維持が非常に難しい状況になっています」

 

「戦車やヘリなど、出所の分からない武器の不法流出も二千パーセント以上増加しました。これでは正常な学園生活に異常をきたしてしまいます」

 

(あ? 今コイツなンて言った? ヘリや戦車が流出だと? 学園内で? どォいう事だ?)

 

ピクッと、見るからに不穏な単語がスリットが激しい少女から飛び出したことに一方通行は訝し気な表情を人知れず浮かべる。

 

そもそも彼女に限らず、他の少女達が言っていることも軽く聞き流して良い状況ではない。

だがしかし、当の本人達はそれがまだそこまで大事ではないかのように語っている。

 

おかしい。

自分と彼女達で物事に対する認識価値が大いにズレている気がする。

否、違うと、一方通行は己の考えを改めた。

 

ズレていないのだ。

彼女達の価値観が、自分とそこまで乖離していないのがおかしいのだと、一方通行は違和感を覚えた原因の突き止めに成功する。

 

どう考えてもここは自分が住んでいた学園都市ではない。

なのに、彼女達が話している内容があまりにも物騒が過ぎる。

 

普通の場所ならば、連邦矯正局などと言ういかにもな施設が登場する訳がない。

普通の場所ならば、不良の襲撃による治安悪化を生徒側が解決する話になる訳がない。

普通の場所ならば、ヘリや戦車が街中をうろつく筈がない。

 

学園都市ならばあり得る話を、学園都市ではない場所でしている。

 

「オイ、さっきの話はどォ言う────」

 

あまりにも学園都市寄りのきな臭さを彼女達の発言の節々から感じ取った一方通行は、真相を知るべく少女達の会話に割って入ろうとした瞬間、

 

チン。と言う音と共に、待っていたエレベーターが到着した音が一方通行の声を途中で遮った。

今日はつくづく、話を遮られる日だった。

 

「今、何か?」

 

「…………何でもねェよ。お前も乗るンなら早くしろ」

 

一方通行が声を発したことに気付いた黒髪の少女が視線を一方通行の方に向けて聞き直すが、当の一方通行はもう良いと、カツンと杖を不機嫌そうについて一足先にエレベーターの中へと足を進める。

 

「とりあえず入りましょう。皆さんもついてきますよね」

 

一方通行が入った直後、リンも続くように足を進めながらこの場所にやってきた四人の少女達に声を掛ける。

その問いかけに当然と頷いた少女達は、続々とエレベーターへと乗り込むと、エレベーターが扉を閉め、上昇を始める前からさっきの続きだと言わんばかりにリンに向けて質問攻めを再開する。

 

最初に口を開いたのは、一番最初にリンの下へ駆け込んできた制服を着崩して着込んでいるツインテールの少女だった。

 

「ともかく! 学園内は大混乱! こんな状況で連邦生徒会長は何をしてるの!? どうして何週間も姿を見せないの!? とにかく会わせて!!」

 

「…………、連邦生徒会長は、今、席におりません。正確に言うと、行方不明になりました」

 

「「「「ッッッ!?!?」」」」

 

淡々とした口調で告げられた言葉に、少女達は一斉に驚愕したような反応を見せる。

扉が閉まり、上昇が始まったエレベーター内では、先程までとは打って変わって沈黙が場を支配していた。

 

「結論から言うと、サンクトゥムタワーの最終管理者がいなくなった為、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」

 

その静寂を破るかのように、リンが静かに語り始める。

 

「認証を迂回できる方法を探していましたが、先程までそのような方法は見つかっていませんでした」

 

「……その口ぶりですと、今はその方法があるように聞こえますが? 主席行政官」

 

黒髪の少女がリンの言葉に疑問をぶつけると、彼女はその通りと肯定するように一度小さく首を縦に振ると、

 

「この先生こそが、フィクサーになってくれる筈です」

 

と、一方通行の方へ視線を移し、とんでもない爆弾発言を投下した。

この方が!? と、驚く四人をよそに、内心おおよそこうなるであろう展開を予想していた一方通行は自分の予想が最悪にも的中してしまったことに頭が痛くなるのを感じた。

 

「ちょ! ちょっと待って! 今更ですがこの方は!? 先生!? か、仮にこの方が先生だとして! 先生がどうしてここにいるの!?」

 

突然の報告に慌てふためくツインテールの少女は、リンに詰め寄りながら様々な説明を求めた。

途中、その視線は一方通行にも注がれ、一方通行はハァと嘆息しながら知るか。とだけ言葉を返した。

 

説明が欲しいのは自分も同じである。

何ならこの少女よりも説明が欲しい。

 

「知るかって……。ヘイローもないし、キヴォトスの外から来たのは分かるけど……! ねえ! 本当にどういうことか説明して!!」

 

「……、まあ良いでしょう。先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名? ますますこんがらがってきたじゃない」

 

「こンがらがってンのはお前だけじゃねェ。キヴォトスで働く? オイオイ一体何の冗談だァ? 俺は先生じゃねェし、こんな場所で働く気もねェ。どうしてもってお前が言うからこの仕事だけ手を貸してやるだけだ。それ以外の契約は聞いてねェし、受けるつもりも無ェ」

 

突然の指名と、突然の就職発言を真っ向から一方通行は否定しながら、ずけずけとふざけたことを吠え続けるリンの方をギロリと真っ赤な目で睨みつける。

 

「……こんなことを言ってるけど?」

 

「照れているだけです」

 

「そうは見えなかったけど!?!?」

 

コホンと、わざとらしく咳き込みながら放たれたリンの言葉にんな訳ないでしょとツインテールの少女はツッコミを入れる。

そんな彼女達二人の様子を見て、このまま突っかかるのも疲れるだけかと、半ば諦めの境地で一方通行は嘆息する。

ツインテールの少女はそうやって心底疲れたように息を吐く一方通行の方をチラっと見やると、ハっと何かを思い出したような表情を浮かべた後、慌てながら姿勢を一方通行の方へ向けると、

 

「は、初めまして! 私はミレニアムサイレンススクールの……って今はそんなことどうでも良くて!!」

 

わぁぁあああああっ! と、何も聞いていないのに一方的に喋り出した挙句何故か盛大に自滅を重ねていた。

リンはそんな彼女を見て、またまたニッッッコリと真っ暗な笑みを浮かべながら、遮られた話の続きを始めようと言葉を紡ぎ始め、

 

「そんなうるさい方は気にしなくて良いです。続けますと──」

 

「誰がうるさいですって!? 私は早瀬ユウカ! 覚えておいて下さい! 先生!!」

 

ギャンッ! と、一際大きい声でリンの声を上書きするような声をエレベーター内で反響させた。

うるせェ。と、一方通行は苦い顔でユウカの自己紹介を聞き届けると、

 

「……私の名前は羽川ハスミです。よろしくお願いしますね。先生」

 

「私は火宮チナツと言います。先生、今後ともよろしくお願いします」

 

「スズミ。守月スズミが私の名前です。是非覚えておいて下さい」

 

そんな彼女に続くように、残りの全員も一斉に自己紹介を始めた。

その視線は一方通行へと注がれている。

さあ次は先生の番ですよと言いたげな顔を、全員が全員浮かべている。

 

当然、その視線の意味に気付かない訳ではない一方通行は、しかしそんな物に付き合う義理はどこにもないなと、そのまま無視を決め込もうとエレベーターの壁に背をもたれさせようとした瞬間、

 

チンッと、エレベーターが目的の階に到達した。

瞬間、少女達の視線が扉の方に向かい、一方通行は遮り日も良い事するタイミングはあるじゃないかと今日の運勢の悪さにちょっとだけ上方修正を加えた途端、

 

「そう言えば自己紹介、というより、この場所がどこか、の説明がまだでしたね。先生」

 

扉が開くか開かないかの僅かな時間の中、リンが一方通行に向かって唐突に言葉を投げかけた。

何を言ってるんだと、一方通行が言葉を投げかけるよりも前に機械の駆動音と共に、エレベーターの扉が開かれる。

 

その先に広がっていたのは、大きな部屋と左右広範囲に広がる巨大な窓。

そして、その窓から見える、百は下らない学校の数々と、天使の輪っかを後頭部に浮かべ、様々な制服に身を包んでいる無数の女子生徒らしき姿だった。

 

一方通行は、見覚えがある。

この景色自体に見覚えが無くても、認識として見覚えがある。

 

「ここは数千の学園が集まって出来た巨大な都市。神秘が宿る大きな箱庭」

 

その考えは大正解だと言わんばかりに、リンの言葉が深々と一方通行に突き刺さる。

 

それが、始まりだった。

それが、全ての始まりだった。

 

七神リンが放った発言が、彼に始まりを齎す。

 

「ようこそ、学園都市キヴォトスへ、先生」

 

 

 

──────────────────────────────ー

 

 

 

 

キヴォトスが宿す『神秘』と、学園都市が擁す超能力と言う名の『科学』。

本来出会う筈のない二つの軌跡は、数奇な運命を辿ってここに交わりを果たす。

 

きっとそれは、平穏では終わらない。

この物語は、悪夢抜きで語れない。

 

誰かが傷付き、誰もが傷付き、苦しみ、慟哭し、それでも救いを求めて手を伸ばしていく。

その手を拾い上げることが出来る主人公は、この世界には存在しない。

 

この物語にそれを成し遂げる、悪夢を壊せる少年は存在しない。

この物語の主人公は、英雄を名乗れるような偉大な人間ではない。

 

故に、少女達は戦いを選択せざるを得なくなる。

少女達は、願いを銃に乗せ引き金を引き続けることになる。

幾多の希望と数多の絶望が伸し掛かり、潰されそうになる中でも少女達は前へと進んでいく。

 

きっとこんな日も、いつか笑える日がくるからと、信じて。

 

青春と戦闘。

平和と破滅。

生と死。

青と赤。

学園都市と学園都市。

 

無数の想いが錯綜するこの世界で、神秘と科学が交差する時、

 

一方通行を中心とした、青春の物語が始まる。

 

 

とある魔術の禁書目録×ブルーアーカイブ

 

 

『とある箱庭の一方通行』

 

 



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作戦開始

 

「先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げたある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」

 

リンはエレベーターが目的の階に到達すると同時、カツカツと靴音を鳴らしながらエレベーターから降り、四人の少女達を先導するかのように歩きながらそう語り始めた。

 

ユウカ、ハスミ、スズミ、チナツ。

そして、先生とここでは呼ばれている一方通行はそれに釣られる形でぞろぞろとエレベーターから降りながら、流れるような仕草で先生がここにいる理由を語り始めるリンの言葉に耳を傾け続ける。

 

「その部活の名は、連邦捜査部(シャーレ)。しかし、部活と言ってもそれは一種の建前、もしくは部活の体を取った仮の名称と言っても良いでしょう。その実態は連邦組織と言う名目の基、キヴォトスに存在する全ての生徒を制限なく加入させ、各学園の自治区内においても制約無しに戦闘行為を行うことも可能な一種の超法規的機関。それが連邦捜査部(シャーレ)

 

どうしてこれ程の権限を持つ機関を連邦生徒会長が作り、事実上キヴォトス全ての生徒の上位権限を有することとなる部活顧問、もとい先生を連れて来ることになったのかは分かりませんがと続けながら、リンはやや憂いの帯びた表情で短く嘆息する。

 

対して、一方通行を含めた五人は誰も言葉を返さない。

その言葉を脳内で反芻しているのか、それとも驚きのあまり言葉にすらならないのか。

 

一方通行は、そのどちらとも違っていた。

彼女が言っている事を全て理解し、それでいて尚黙っている。

 

しかし、その表情は重く、楽観的に聞いている様子ではないのは客観的に見ても明らかであった。

徐に、一方通行は首元のチョーカーに手を当て、指先を軽くスライドさせる。

刹那、カチッと言う何かのスイッチが切り替わったかのような音が響き渡るが、一方通行の表情はそれで明るくなることはなかった。

 

口を噤んだまま、一方通行はもう一度首筋に手を当て、カチッと言う音を鳴らす。

一方通行のただならない様子と、意図の不明な行動にリンは気付かないフリをしながら話を続けていく。

 

連邦捜査部(シャーレ)はここから約三十キロ程離れた外郭地区にあります。今は殆ど何もない場所ですが、連邦生徒会長の命令でそこに『とある物』を持ち込んでいます。私は今から先生をそこにお連れしないといけません」

 

そう言うと、リンは懐からタブレットを取り出しては端末を操作し始める。

一方通行は、その様子を離れた場所から黙って注視していた。

 

(……連絡相手の現状をホログラフで中継可能なタブレット端末か、中々の高性能品には違いねェが、サイズがあまりにも持ち運びに不便すぎる。学園都市の最新モデルからすると四世代は昔って所か)

 

その事実は、一種の確信を一方通行に持たせた。

ここは、学園都市でありながら、自分の知ってる学園都市ではないということを。

 

一方通行が知る学園都市よりは、ここの学園都市の科学技術は二十年は遅れを取っていると言って良い。

それは、リンが操り出したタブレットと、窓の外から見た街並みが物語っている。

 

半面、一方通行が知る学園都市の外よりかは科学技術が進んでいると見ても良さそうな材料は揃っているのも確かだった。

 

五年から十年は先を行く科学技術。それは正に学園都市と呼んでいい物に他ならない。

 

つまり、と一方通行は自分に起きた異変を見つめ直し、

 

(あの光に呑まれた俺は、目が覚めたら別の世界の学園都市にいましたってかァ? ンな話があるかと言いてェ所だが、実際に起きちまった以上、信じるしかねェって訳だ)

 

この、学園都市とは隣り合わせのような場所に吹き飛ばされたことを理解した。

普通なら鼻で笑われて終わりのような与太話。

だが、一方通行にはそれを受け入れなければならない現状があった。

 

一つは、自身の連絡手段の喪失。

持っている携帯の端末を開いても電波が入らない。

リンの持っているタブレットは正常に起動していることから、ここは電波を遮断する場所ではないと判断出来る以上、一方通行はこの世界は自分がいた世界とは違う日本で、違う学園都市なのだと認めざるを得なかった。

 

そしてもう一つは、自身の能力の喪失、かつ日常生活能力の維持。

一方通行は過去、頭に強いダメージを受けた影響で歩行能力、言語能力、計算能力を全て喪失している。

それを補う為、彼は外部から補助を受けている。

演算補助システムの名前は、ミサカネットワーク。

 

一万人の同一人物かつ同一能力者によって築き上げられた、彼女達専用の特別回線である。

その回線を利用した補助が、この世界でも通用している。

 

本来なら動くことすら出来ない状態で放り出されなければおかしい状況で、通常通りの行動が出来ている。

その情報も頼りに、一方通行はこの世界を考察していく。

 

(この世界は俺の世界と表裏一体の関係で、幸運なことに同じ学園都市の名を有している場所であることが幸いして微弱だが俺の方の学園都市にいる妹達のネットワークを奇跡的に拾って、俺が受け取っている可能性が高い、か)

 

空想の物や現実の物を含めた万物全てに言える事として、名前には強い意味が含まれるというのがある。

そして、技術力の差こそあれ、キヴォトスが学園都市であることをこちら側の世界が容認している以上、それは紛れもなく『学園都市』であり、同じ名前を持っている以上、一方通行の世界にある学園都市との繋がりを完全に否定することは出来ない。

 

例えば、キヴォトスに存在する生徒の生霊が、一方通行側の学園都市に出現する可能性を否定することは出来ない。

 

同様にミサカネットワークがこちらに繋がるという事象も、同じく否定することは出来ない。

 

偶然か奇跡か、確かに一方通行の身体はミサカネットワークの補助を受け続けることに成功していた。

 

だが、それでも引っ張って来られているのは本当に本当の最低限。

微弱故に、能力が行使出来る程の補助は出来ない。

高度な演算能力を必要とする一方通行の力は、ここでは使えない。

 

ハッと、現状を大方理解した一方通行は小さく笑う。

 

(元の学園都市に帰る可能性を少しでも高めてェならここで暫く先生ごっこを演じろって訳か。シャーレ。その部活顧問。きな臭ェ情報を得るのにこれ程適した場所もねェ)

 

第一に優先すべきは元の学園都市に帰ること。

その為にはありとあらゆる帰る為に必要な情報を手に入れる必要がある。

情報の量と質、両方を率先して集めなければいけない一方通行からしてみれば、先生という立場が与えられたのは幸い所の話ではなかった。

 

上等だ。と、一方通行が意識を前に向けたと同時、リンの方からも動きがあった。

ブゥゥゥゥ……、と言う音と共に、ホログラフからポテチの袋を片手にバリボリその中身を食べている一人の少女の姿が浮かび上がる。

 

「モモカ。連邦捜査部(シャーレ)の部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

 

モモカ、と呼ばれた少女はリンの呼びかけにやや、いやかなり間の抜けた声を出しながら、

 

「え? ヘリは屋上にあるけど……、今あそこにヘリで行くのはまずいんじゃない? 連邦捜査部(シャーレ)のある外郭地区は今矯正局を脱出した停学中の生徒が暴れてて戦場になってるよ?」

 

「…………はい?」

 

と、事態が非常にややこしいことになってそうな気配がある話を悠々と、あっけらかんとした口調で切り出し始めた。

 

それを聞いたリンは思わず呆けたような表情を浮かべながら、ホログラフに映った少女の顔を凝視する。

しかし、当の少女はホログラフの向こう側でそんな視線に気付くこともなく、手に持ったスナック菓子を美味しそうに食べ続けながら、

 

「連邦生徒会に恨みを抱いた連中が連邦捜査部(シャーレ)を占拠しようとしてるみたい。なんであんなとっくの前にめちゃくちゃになってる場所を占拠しようとしてるんだか。バカの考えてることはわかんないねー」

 

と、言いたいことを言いたいだけ言い残した後、あ、デリバリーがやってきたからそろそろ切るねお疲れーと、自由の体現者の如くリンからの通信をブツンと切断した。

 

「…………」

 

モモカ視点から見ればどうでもいい話なのかもしれないが、リン視点から見ると途轍もない大事態をサラッと流されたリンの表情はまるで能面の如き無表情を浮かべていた。

心なしか、眼鏡が曇っているようにも見える。

 

これは混乱してるな。

彼女のただならない様子からそう判断した一方通行は、何かを諦めたかのような顔を浮かべた後、

 

「武装した奴等がいるならヘリは出せねェ。下に車を用意しろ」

 

リンに向かって要望を飛ばした後、エレベーターに向かって歩き出し始める。

 

「え? せ、先生一体どこへ……」

 

一方通行の行動と言動にイヤな予感がひしひしと湧いたチナツが困惑の声を上げる。

まさか、いやそんな。そうである筈がない。

今の話を聞いて、その行動をヘイローもない一般人である先生が取る筈がない。

どうか思い違いであって欲しいとチナツは彼に一応の確認を取った。

 

だが、

 

「決まってンだろうが」

 

一方通行は彼女の言葉に振り向くことすらせず、それが当然であるかのように言葉を返す。

 

建物の不法占拠を目論む武装した暴徒。

それは、字面だけを見れば恐怖の塊でしかない。

 

しかし、一方通行がそれに対処するとなれば話は忽ちにして変わって来る。

 

襲って来る暴徒の鎮圧。

一方通行からすればそれは本当になんでもない事。

 

「仕事の時間だよ、クソッタレ」

 

これまでやって来た仕事の、延長線上にある出来事だ。

 

 

 

────────────―

 

連邦捜査部(シャーレ)が存在する外郭地区。

 

辺りには大量のビルがそこかしこに見られ、ゲームセンターや大型電気店、古本屋と言った数多の娯楽施設が立ち並ぶ学生が大多数を占めるキヴォトスらしさが垣間見える場所。

 

本来ならばそこには多数の学生が様々な店に立ち寄り花の咲いた放課後を送るであろう場所は現在、

 

「って! 滅茶苦茶戦場になってるじゃない!!!! 何で私がこんな所で不良集団相手に戦う羽目になってんのよっっ!!!」

 

ユウカの絶叫の通り、武装した学生服を着こむ少女達が無秩序に暴れ回っている地へと変貌していた。

パッと見ただけでも十数人。いかにもな金髪でいかにも不良ですと表現しているかの如く制服を改造している輩がガトリング銃を構えて歩き回っている。

 

その内の何人かをいつの間にか携行していたアサルトライフルで蹴散らしながらユウカはどうして自分がこんな目に会わなきゃいけないのと怖い表情で不満を露わにする。

 

「別に俺はついて来いと頼ンだ覚えはねェ。なのに全員一緒に付いてくるしよォ……。つーかそれどっから持ち出して来た」

 

「確かに言われてませんが先生が作ったあの流れでじゃあ私帰りますねとか言えないですし先生を一人で行かせる訳にもいかないじゃないですかええこんなの詐欺ですよ詐欺詐欺!!! 逆らえない詐欺!!」

 

あとこれはキヴォトスでの必需品で基本的に外ではいつも持ち歩いていますとアサルトライフルについてユウカは一言だけ注釈を付けると、先程までは携行していなかった武器を手に、一方通行達の襲撃に気付いた不良集団が爆発物と銃で迎え撃ってくるのをひたすら返り討ちにし続けていた。

 

「で!? 目的地はあのバカでかいビルで良いのね!?」

 

「ええ、リンさんの言ってた情報が正しければ、あの雲まで届いてそうなビル。あれがシャーレです。あそこの地下にあるサンクトゥムタワーの制御権を奪還するのが今回の最終目標です」

 

「あんなのを占拠しようとするなんて何考えてるのよこの不良集団は!」

 

「あるいは、何も考えてないかもしれませんね。命令されて動いているだけの可能性もあります。そうであるならこの連中はただの有象無象です。進むのにそんなに手間はかからないかと」

 

全員の先頭に立ち真っ先に集団を相手取りながら語気を強めにして叫ぶユウカの問いにチナツとハスミは冷静に問いを返していく。

 

不良軍団の注目を一身に浴びるユウカを囮とするようにハスミは狙撃銃を構え、一人、また一人と的確に潰し、ユウカの援護をしながら一方通行の方へと目線を移すと、先生、と口を開いてから、

 

「ここに来る道中でも話しましたが、くれぐれも私達より前に出ないで下さいね。私達と違って先生は頑丈じゃありませんから」

 

そう一方通行に問いかけた。

 

「頑丈、ねェ……。撃たれて死なない人間を頑丈の一言で済まして良いのかは甚だ疑問だがな」

 

ユウカの銃弾を浴び、またはハスミの狙撃を受けバタバタと一人、また一人と倒れていく少女達を一瞥しながら一方通行は頑丈の一言で済ませたハスミの言葉に呆れを見せながら銃弾が飛び交う戦場をカツン、カツンと進む。

 

倒れた少女達を見ると、気を失ってこそいるものの、シャーレに来る道中に受けた説明通り本当に死んでいないことに一方通行は内心驚きを見せる。

 

(コイツ等の言った通り、どいつこいつも脳幹を狙撃されても十発以上もの弾丸を全身に浴びても血すら流れてねェ……気絶だけで済ンでやがる)

 

早瀬ユウカ曰く、自分達の身体は銃弾程度で死ぬ程ヤワではない。

羽川ハスミ曰く、身体能力もキヴォトスの外と比較した場合、比べることすら意味が無い程に差のある力を持っている。

火宮チナツ曰く、ただし一定以上の打撃や斬撃を一気に受けると、受けたダメージに応じた分気絶ぐらいは流石にする。

守月スズミ曰く、気絶した後、さらに気絶した時以上の質と量の攻撃を長時間受け続けると死ぬらしいが、死んだ人を見たことも聞いたこともない。

 

それは言ってしまえば全員が超常の力を有しているに等しい。

まるで能力の一種だなと、一方通行は少女達の身体に宿る特別な頑丈さを見て、自分の方の学園都市に見立てながらその力を観測する。

 

(つまり、このキヴォトスにいる生徒全員が大能力者(レベル4)相当、学園都市風に言うなら強化人間(ビルドアップ)って能力を所持していると同じと解釈して良い訳か。どンな無法地帯だここは)

 

大能力者(レベル4)。軍隊において戦術的価値を得られる程の力を有しているレベル。

それが、この学園都市では全生徒に標準搭載されている。

 

おいおいと、一方通行は改めて彼女達の異常性を認識する。

こんなのが普通であって良い筈がない。

 

学園都市の外と内があることが分かっているこの世界で、彼女達が持っている力はあまりに過ぎていると言って良い程の代物だった。

 

万が一この力が外に向かったとして、対抗手段があるのかどうかすら疑わしい。

恐らく、呆気なく蹂躙される。当然外側の人間がだ。

 

(一体どこのどいつがこンなの仕込みやがったンだァ? こっちの学園都市も真っ白サラサラって訳じゃなさそォだ。先が思いやられる)

 

こんな生徒達を相手に先生を演じなければいけない未来に一方通行は頭が痛くなるのを感じた。

はぁと嘆息しながら、一方通行はロシアの時から持っていた銃を構え、ユウカを狙っている生徒に狙いを絞ると容赦なく引き金を引いていく。

 

一発、二発、三発。

殺人的な音を響かせながら立て続けに発砲された弾丸は全て生徒の頭に命中し、ドサリと地面に転がり、ピクリとも動かなくなった。

 

直後、倒れた少女の後頭部に浮いていたヘイローが音も無く消失する。

それが気絶した証拠なのだと一方通行は雑に認識すると、即座に片腕と顎、歯を用いて銃のリロードを済ませ、周囲の安全が一時的に確保されたことを確認した後、

 

「とりあえず最終確認だ、連中は数こそ多いが動きを見る限り統率は取れてねェ。練度も低い。銃を持ってることを含めてもそこらへんにいる無能力のチンピラ共を相手する方がよっぽど面倒に違いねェ」

 

と、四人に向かって自分の経験から導き出した結論を基にしたこれからどう行動するかについての指針を告げ始めた。

 

「だが数だけは多い、一々全員を相手してもいられねェ。邪魔な奴だけ潰して先にシャーレを抑える。連中は私怨に塗れただけの有象無象だ。順当にプチプチと向かって来る奴を潰していけば半分ぐらいは恐れて逃げる筈だ」

 

少女達は一方通行の話に黙って耳を傾け続ける。

その表情は真剣で、誰も彼の言葉に不満を持つ様子はない。

 

否、ユウカも、ハスミもチナツもスズミも心のどこかで全員が思っている。

この人を戦場に出歩かせたくないと。

 

銃弾一発で致命傷、当たり所が悪ければそのまま即死。

そんな世界をろくに走ることも出来ない、足の不自由な身で闊歩するなど自殺行為も同然。

 

可能なら止めたい、後方にいて下さいと誰もが思うものの、一方通行が前に出続けることについて誰も何も言及しない。

 

それは一方通行の物言わぬ迫力がそうさせるのか、はたまた片腕にもかかわらず手慣れた様子で銃を扱い、的確に少女の頭を打ち抜いた実力が物語らせているのか、それとも少女達がそれぞれ積み重ねてきた経験が彼の言葉と行動に従うべきだと訴えているのか定かではない。

 

だが、先生の指揮下で戦うことについて、不満どころかほんの少し高揚感を覚えてしまうのも事実だった。

その感覚を、彼女達全員が秘密裏に、知らず知らずの内に共有する。

 

先生を死なせたくない。

先生を戦場に立たせたくない。

しかし、直接指揮されながら戦いたい。

 

相反するのに、どちらも本音。

どちらも本音なら、先生のやりたいように動いて欲しい。

その中で、自分達は自分達のやり方で先生の盾になろう。

 

全員の内に芽生えた共通事項が、より一層その感覚を人知れず強くしていく。

 

「問題があるとすれば進軍の足が遅ェことだが、最悪俺を置いて先に行かせるからそこは解決してる」

 

「ダメです。その案を受け入れることは私には無理です。先生を置いて進むことは出来ません」

 

四人の決意がそれぞれ固まった中、放り出された一方通行の無謀な結論をスズミが断固とした反論する。

 

強い意志で放たれた反論に一方通行は残り三人を見やると、三人ともそうですと強い表情で頷いているのが見えた。

 

「……予定より交戦する回数が増えると思うが、問題ねェな?」

 

一方通行の言葉に、はい。と、全員が一様に首を縦に振った。

なら、と一方通行は言葉を一度区切ると、

 

「先頭は早瀬。次に守月、それを追うように羽川と俺。最後方を火宮で進む。早瀬が注意を引いている間に俺と羽川と守月で連中を順次処理していく。火宮は後方警戒と俺達全員のサポートだ」

 

「「「「了解」」」」

 

一方通行の指示に、四人は同時に返事を返す。

一斉に放たれた意気の良い返事に、話は纏まったなと一方通行は話を切り上げた後、前方を見据える。

 

見ると、増援に駆け付けて来たと思わしき不良生徒がざっと十名、伏兵がいることを考慮すると十三名程が銃を構えながら近づいて来ているのを目撃した。

 

さァて。と、一方通行はコキリ、と首の骨を一度鳴らしながら四人に対し最後の言葉を投げかける。

 

「ゴミ掃除の時間だ。十分で終わらせるぞ」

 

 




あとがきってこの段階で書かないといけないのだと気付きました。

一話では知りませんでしたので何も書けず、投降したあとに「あっ」となり、しかしあとがきなので追記する訳にもいかずという体たらくを初っ端から晒してしまいました。

始めまして、スプライターと申します。

ブルーアーカイブ×とある魔術の禁書目録のクロスSSを週に一本、書いて投稿していきたいなと思っております。

初投稿なのにコメント沢山頂けて嬉しかったです。全部見てます!
これからも応援して頂けると大変大変嬉しく思います!


……2万弱書いてまだ何も始まってないとかマジ? これゲームでやると三分程度で済む話なんですけど!?

あと1話は2週間かけて書いたので万超えてますがこれからは1週間なので万は超えないです無理です5000ぐらいが限界です。


一方さんに付いて。
旧約最終巻から持ってきたのはこのタイミングが一番彼の成長タイミング的にも転移タイミング的にも適任だったからです。

新約超えて創約入ってしまうともう完全に成長しきってしまっていますので……。
あと新約以降だとブルアカ側とのパワーバランスが……。元より整わないのは承知の上ですが、それでも制御しきれないと言いますか……とりあえず諸々の理由で彼はまだまだ成長途中段階での転移とさせていただきました。


今作におけるブルアカヒロインについて。

迷っています。
誰にするか非常に迷っています。
お話の構成上メインヒロインはこの子1人!! って言うのを決めて展開する訳ではないですが、それでも何人かに絞って行こうとは思います。言ってしまうと優遇組ですね。
内定枠として3人はいるのですが、出来れば残り2人、もしくは3人ぐらい増やしたい。でも誰にするかは絶賛迷い中。

学校もなるべく散らしてあげたいが、固めた方がやりやすいのも事実。
今週中には考えを決めないと、プロローグ編のあとはアビドス編なのですが、その前にヒロインズ顔見せ編でもやりたいなと思っていますし。


来週ぐらいには誰にするか決めます! しかしまずはプロローグを書き終えます。
次回はアロナ登場回! の、予定……! というか次回でプロローグ終えないとこのペースじゃいつまで経っても作品が終わんないよ……!


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一方的な戦い

シャーレが存在する外郭地区。

 

少し前。

本当にほんの少し、一時間程前までは確かに平和そのものだったその場所は、連邦生徒会に恨みを持つ者達が集った結果、銃声が轟き、爆発音が木霊する最悪な場所へと変貌を遂げた。

 

戦火に巻かれた外郭地区は、平穏だった世界から一転、見るも無残としか言い様のない悲惨さを辺り一面に撒き散らし、集った少女達の歓声が惨劇に見舞われた外郭地区を支配していた。

 

窓や車等、あらゆる物に対してふんだんに銃弾を浴びせ、原型を留めない程に粉砕、爆発させれば、次は私次は私と、同じ行動が連鎖的に広がって行き、結果鳴りやまない銃撃音が完成し街の彩りを完膚なきまでに破壊し尽くす。

 

その破壊に便乗するように、今度は手投げ爆弾が次々に投擲され建物を派手に壊し始める。

火を噴かせ煙を立ち昇らせ、建造物を次々に崩れさせては、それを目撃した少女達の歓声に満ちた声が街中に溢れかえり、その声に釣られて、自分にもやらせてとまた誰かが爆弾を投げる。

 

少女達に街を壊す明確な理由はない。

ただ、鬱陶しい連中が大事そうに抱えている場所だから破壊する。

 

動機としては、たったそれだけ。

しかし、たったそれだけの行動原理が、自分達が動くに値する最大の理由だった。

 

故に街を壊す。

故に建造物を燃やす。

故にここを潰す。

 

好き放題に、

やりたい放題に、

満足するまで、

周囲一体を全て焼け野原にするまで。

 

外郭地区で暴れている全員が、一つ何かを壊す度に高揚感を覚えていた。

 

忌々しい連邦生徒会がこれで泡を吹けば愉快痛快。

腸を煮えくり返らせれば気分は最早最高潮。

 

その想像が何よりも嬉しくて、楽しくて、気持ち良くて、笑い声が止まらない。

 

弾丸が一つ何かに当たる度に、連邦生徒会の歪む顔が目に浮かぶ。

爆弾が一つ何かを破壊する毎に、言葉にならない達成感が心を満たす。

 

想像と実態から得られる喜びを胸に、不良少女達は次々と破壊を繰り返していく。

 

少女達は止まらない。

不良集団は止まらない。

 

街が次々と破壊されているのに、その中で聞こえるのは悲鳴ではなく歓声ばかりであった。

 

その数、実に七十人以上。

一つの軍隊にも迫るそれだけの人数が、無差別に周辺を破壊し回っていた。

 

それは何処をどう見ても無法地帯。

誰が見ても文句なしの立ち入り禁止区域。

 

近寄ることすらしてはいけない、一等級の危険地帯。

 

そんな場所を、

そんな地獄を、

 

 

五人の異質なグループが確固とした足取りで街中を歩き、不良集団と相対していた。

 

 

一人はミレニアムサイエンススクールの『セミナー』

一人はゲヘナ学園の『風紀委員会』

一人はトリニティ総合学園の『正義実現委員会』

一人は同じくトリニティ総合学園の『トリニティ自警団』

そして、杖をついて歩く、キヴォトス外から来た『一般人』

 

所属も学校もバラバラな集団が、何故か一般人を迎え入れて一同に集結し、彼女達と事を構えていた。

 

最初は何事かと思った者が大勢だった。

無関心を決め込む少女も当然の様に多かった。

殆どが興味を見せず破壊活動を続けた。

 

しかし銃声が鳴り響き、最初にちょっかいをかけた少女数名が戦闘不能に追いやられた瞬間、それを目撃した少女達は自分達が襲撃を受けたことを察した。

 

少女達はすぐさま五人を撃退せんと応戦を始める。

しかし、その誰も彼もが瞬く間に飛んでくる弾丸の餌食となり意識を失っていった。

 

刹那、不良達の敵対心が一気に上昇する。

だが、目の前のグループはそれがどうしたとばかりに進撃を続け、立ち向かった同類を悉く返り討ちにし続けていた。

 

五人の中で最も目立つのは、白髪赤目がイヤでも目を引く、キヴォトス外から来た人間。

杖をつき、不自由な身であるにもかかわらず、人を睨み殺せそうな目で少女達を威圧しながら口元を歪に吊り上げ、左手に持つ銃で狙いを定め、的確に少女達の意識を刈り取っている。

 

あれはなんだ。

一般人が何でこんな所にいる。

どうして自分達と渡り合っている? 

 

誰かが抱いた疑問はしかし、単純明快な思考へと方向を転換する。

 

あれがどこの誰であろうと、どんな存在であろうと、上から叩き潰せば無問題。

 

不良少女達はそんな突如現れ、自分達のお楽しみを邪魔している異物集団を排除しようと次々に銃を構え、爆弾の起爆準備を整え、銃撃を始め、投擲を開始する。

 

ガガガガガガガガガッッッ!!! という聞くだけで身体が破壊されるのではないかと思う射撃音が集団を捉え、ゴバァァァァッッ!! という聴覚すら殺す轟音と共に爆発と爆風が五人目掛けて投げ放たれる。

 

これでやってきた生徒は全員気絶し、一般人は全身吹き飛んで状況終了。

お楽しみタイムは継続。なんなら一般人を危険に巻き込み、あまつさえその儚い命を散らせてしまったことに連邦生徒会が胸を傷める未来を考えると心が躍る。

 

そしてその瞬間はもう間もなく、爆弾が投げ込まれる数秒後に訪れる。

その筈、だった。

 

しかし、

 

「羽川。右手前にある崩れたビルの上だ」

 

「っ、捕捉しました」

 

一人の少女が爆弾を投げ入れようとした瞬間、白髪の一般人が的確にそちらをギロリと睨んだかと思うと、その次には少女の爆弾が的確に正義実現委員会によって撃ち抜かれ、自分の爆弾で自分の身体を吹き飛ばす結果を生んだ。

 

間近で起きた妨害行為に、残りの爆弾要因の少女達の動きが一瞬止まる。

直後、その少女達が今度は直接狙撃され、全員が意識を闇に落としていった。

 

それが二回、三回と偶然ではないことを証明するかのように次々と発生し、少女達が当初に描いていた流れが一瞬にして崩壊した。

 

爆破と共に銃撃を開始しようとしていた集団は、投擲を担当していた少女達が立て続けに阻止され続けていることに痺れを切らしたのか、ギュルルルルルッッ!! と一斉にモーターを回転させ始める。

 

ガトリング銃を担いでいる四人による一斉掃射。

百や二百では利かない圧倒的弾幕。

それはもう避ける避けないの話ではない。当てないように撃つ方が難しいレベルの雨。

 

それらが容赦なく五人を襲うまで、あとコンマ三秒と迫った所で、

 

「守月」

 

「了解です、これは痛いですよっっ!!」

 

白髪の合図と共に投げ込まれた閃光弾が全員を直撃し、意識を瞬く間に奪っていった。

 

それを繰り返された。

その動きを、繰り返され続けた。

 

不良少女達は戦力を逐次投入し、同じ手口で五人を襲おうと動き続けた。

しかしそのどれもが、何一つ成果を果たすことなく凶弾に倒れ、または自爆していった。

 

爆弾を投げ込む少女の場所は毎回違う。

銃を撃つ役割を受け持った少女も数も場所も毎回違う。

 

だと言うのに、それら全てが持っている圧殺能力を、キヴォトスの外から来た一般人の指示によって全て封殺されていた。

 

少女達が取る行動、そのどれもがその集団に致命的打撃を与えない。

それどころか、不良少女達の思う通りの行動すらさせてくれない。

 

二か所から同時に責めて来るなら二人が。

三か所なら三人が。

 

対処し、迎撃し、不良達が描く思う通りの行動を完璧に上から叩き潰し阻害していく。

 

小細工がダメなら正面突破と、前方から多数の人員で攻めれば、瞬時に前にいるミレニアムのセミナーが全員の盾となるように動き、少女達の注意を引く。

 

そして今度こそまともに放たれる銃弾の嵐。

五人に向かってではない、たった一人に向かって放たれた並外れた量の銃弾は、確実に囮として前に出た少女に命中し、その意識を否が応でも奪う。

 

奪える予定、だった。

 

しかし、

 

当たらない。

当たらない。

当たらない当たらない当たらない。

 

放たれた弾丸、その悉くが少女という的を外れていく。

弾丸が限りなく当たらない位置を予測しているのか、もしくは計算で導き出しているのか、少女達には理解出来ない事象によって、物陰にすら隠れていないセミナーの少女に致命的な一撃を与えることは出来なかった。

 

囮として前に出た一人すら倒せないまま、もたついている間に少女達は残り三人による銃撃によって全員が戦闘不能に追い込まれる。

 

ゾクリと、生き残っている何人かの背筋が凍った。

しかし、こちらにもまだ戦略は残っている。

まだあの連中に対抗する手段はある。

 

前方がダメならば後方から攻めれば良い。

幸いにもこの異物集団は街中を進んでいる最中。回り込むのはたやすく、人員の確保も容易。

 

街中を構わず進んでいたのを裏目にさせようと、後方からの襲撃を開始しようと足を進めた瞬間、

ギンッッ!! と、最後尾にいたゲヘナの風紀委員会が少女達の動きを目ざとく察知し、前にいる四人に報告した。

 

そこから先は、今までの再放送のような光景が広がるだけだった。

成す術なく、全員が返り討ちに会う時間が訪れているだけだった。

 

五人の行動、戦略、その一連の流れを全て含めて、明らかに統率された動きだった。

少女達には、決して出来ない動きだった。

比較するのもおこがましい程の、練度の差がそこにはあった。

 

一人、また一人と目の前で次々と倒れていく同類達の姿を見て、少女達の思考に恐怖が混じり、動きに鈍りが生じる。

 

戦意に、揺らぎが走る。

心に、何かが埋め込まれる。

 

まるでその瞬間を狙ったかのように、待っていたかのように、

 

カツンッッ! と、コンクリートの地面を叩く冷たい音が、銃撃に塗れて聞こえない筈の小さな音が、突如少女達の鼓膜に直接響くように走った。

 

刹那、ドクンと少女達は自分の心臓の音を認知した。

鼓動が、秒を追うごとに加速していくのを強引に思い知らされた。

 

少女達の視線が、自然とその音の走った方向に向く。

理性が必死に向きたくないと訴えても、本能がその思考を上書きしていく。

 

少女達は、ソレを見る。

ギラリと赤い目で自分達を睨む、白い悪魔のような存在を見る。

 

瞬間、今度こそソレを見た全員の身体に紛れもない一つの感情が刻み込まれた。

どうしようもない恐怖が、全員の背中を襲った。

 

一発の銃弾で死ぬ筈なのに、

吹けば飛ぶような力しかない筈なのに。

 

この市街地での戦闘で目覚ましい戦果を挙げた場面を見ていないのに。

 

どうして、どうして

こんなにも、こんなにも、

勝てないと、思ってしまうのか。

挑むことすら間違いだったと、考えてしまうのか。

 

途中、誰かが呟く。

誰かは知らない。

顔も分からなければ名前も知らない。

自分達の集まりはそういうものだ。

 

「こんなの……勝てっこない……!」

 

しかし、確かに言葉として放たれたそれは、

静かに、そして確実に残りの少女達の心に伝染していく。

 

喋った少女は、次の瞬間には頭を一般人に撃ち抜かれ昏倒した。

その様子がまた、先程喋った言葉に現実味を持たせていく。

 

毒が、回り始める。

強者を前にした弱者の本能がある行動を訴えかける。

 

気が付けば、先程まで楽しんでいた心が冷えている事に殆どの少女が気付いた。

身体が、そして銃を握る腕が否応なしに震えているのを全員が自覚した。

 

どうする。

どうする。

 

まだまだ数はこちらの方が有利。奥の手だってまだある。

このまま物量で攻め続ければいつかは、いつかは。

 

そうやって戦略を組み立てる一部の少女の理想形を奪うように、

 

「は、話と違う!! 私こんなの聞いてないぃいいいいいいッッ!!!」

 

「あんな奴等相手に勝てる訳ないじゃぁぁああああんッッ!!」

 

「あ、置いてかないでよちょっと!!! 私も逃げるぅううううッッ!!」

 

敵前逃亡を始める裏切り者が、あちらこちらから出没し始めていた。

 

 

────────────────

 

 

「やっと皆さん怖気づきましたね」

 

「あァ。思いの外時間が掛かったし結局シャーレの目の前まで戦闘を続ける羽目になったが、予定は順調に進んでると言って良いだろォな」

 

「逃亡した生徒の対応は後でするとして、気絶している人達はどうしますか?」

 

「知るか。後片づけは連邦生徒会がどォにかすンだろ」

 

ガシャンガシャンと、そこかしこで銃を投げ捨て逃亡を始める者が出始めるのを確認した一方通行とチナツは、自暴自棄を起こした残党が襲い掛かって来ないかどうかにだけ細心の注意を払いながら、当初の予定通り事が進んでいることに安堵の息をつく。

 

「それにしても……今日は戦闘がなんだかやりやすかった様な気がします」

 

その空気が残り三人にも伝わったのか、ふぅと疲れを吐き出しながら、スズミがそんなことを口にする。

 

「先生の指揮のお陰で、普段よりもずっと戦いやすかったです」

 

「生徒会長が選んだ人だから当たり前なのかもしれないけど……それでもここまで凄いなんて……!」

 

次いで、ハスミとユウカも同様に一方通行の指揮によっていつも以上のパフォーマンスを発揮出来たこと、そして先程の戦闘における彼の活躍の凄まじさを実感した。

 

確かに一方通行は個人で大々的な成果を上げたりはしていない。

しかし、彼の凄まじさはそんな目で見える物で評価する類の物ではない。

 

相対していた少女達ではなく、共に戦った自分達だからこそ分かる物があると、二人は口を揃える。

あの場、七十人以上を相手にして、戦局を操作しその中心に居続けたのは間違いなく先生だ。

 

それは銃撃だけではない、一挙手一投足。威嚇動作から恐怖の煽り方。持っている杖のつき方等、何から何まで駆使し、戦場を作り上げ、当初ありもしなかった恐怖を次第に湧き上がらせ、生き残っていた大多数の戦意を喪失させることに成功した。

 

自分達には出来ない芸当をさも当然とばかりに成し遂げつつ、それに加えて完璧な指揮を取で自分達の能力を自分達が理解している以上に活用する。

 

これが、先生の力。

これが、連邦生徒会が選んだ人。

 

「ハッ! つまりまだまだ精進しろって事だなァ。俺がいなくてもこの程度の動きが出来るまでよォ」

 

評価する二人の言動に一方通行はハッと笑いながら今後の課題だな、と二人に告げる。

んぐっっっ!! と、一方通行の発言にグサリと刺さる物があったのか、ユウカとハスミ、ついでにチナツとスズミも同時に胸を抑え、一瞬詰まりそうな表情を浮かべた。

 

あのレベルまで到達するにはどれだけ力をつけ感覚を養えば良いのか、

気が遠くなるような感覚と、実際に気が遠くなった感覚を覚える四人を見て一方通行はクカカと笑いながら機嫌を良くした直後。

 

『今回の事件で厄介な生徒が脱走していることが分かりました』

 

と、リンの声が突如ユウカの持っている端末から伝わり始めた。

うぇっ!? とユウカは服の中から突然声が聞こえて来たことにあたふたしながらも、なんとか端末を右手で取り出す。

 

相手の了承も無しに連絡を始めるのはもう一種のハッキングなンじゃねェのと考える一方通行をよそに、電子的な音を鳴らしながらユウカの端末からリンの姿がホログラフで映し出され始める。

 

『ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。前科多数の超危険人物で、通称『災厄の狐』と一部では呼ばれています。相対する時は注意して下さい』

 

言いながら、リンはホログラフ内に狐の面を付けた少女の立ち姿を映し出す。

文字通り、見たまんまの通称を付けられている少女は、立っている映像だけでは何が脅威なのか不明な程華奢な体格をしていた。

 

しかし、ワカモの映像を見た直後、一方通行の眉に一瞬深い皺が寄る。

その表情は、面倒臭いことを見て、聞いてしまったと言わんばかりの顔つきだった。

 

「ちゅ、注意って! もっと良い情報とかないの!? そのワカモって生徒の戦法とか弱点とか!!」

 

一方で、端末を手に持ち続けながらリンの話を聞いていたユウカは、有益な情報を何も言わず、ただ曖昧なことしか言わない彼女に食って掛かっている最中だった。

 

だが、

 

『…………』

 

「え? な、なんで黙ってるのよ……ちょっと代行? リン!? リンさん!? 」

 

『…………注意、して下さい。あと私ももうすぐそちらに向かいますので』

 

ユウカの口撃に通話を繋ぐのが苦しくなったのか、最後に一言逃げる様にそう言い残すと、ブツッッとリンは一方的に通信を切った。

 

ちょっと!!! とユウカは叫びながら端末をやや乱暴に叩き、もう一度リンと連絡を試みるが、引け目を感じているリンが怒り状態のユウカからの通話に応じる筈もなかった。機内モードにしてんじゃないわよ!! とユウカの絶叫が荒れた外郭地区をひた走って行く。

 

「シャーレは無事でしょうか」

 

「一見する限りでは無事に見えるが、実際はどォだかな。ただ、俺達が連中の相手をしている時、狐の面を付けた妙な女が中に入って行ったのを見かけた。さっきの話が本当なら、ほぼ確実にシャーレの中にはいるだろォな」

 

「はぁ……面倒なことになりそうな予感しかしません」

 

「同感だ」

 

ユウカの声が響く中、チナツと一方通行は現状の確認を始め、一方通行は先程の戦闘中に怪しい存在がいたことを全員に共有する。

 

現在シャーレから火の手等は上がっていないことから、明確な破壊活動は少なくとも外から見る限りでは起っていない様に見える。

 

しかし、敵が内部に入り込んでいるのは確実。

油断だけはするなと、一方通行が全員に向けて警告した。

 

それは暗に休憩時間は終わりだと告げた物であり、事実その言葉にユウカを含めた全員がその言葉にリラックスしていた心を一瞬で現実に引き戻すと、それぞれ手に持った銃を強く握り締める。

 

今から、ワカモと言う生徒と戦闘を繰り広げる。

どこまで手強いか予想が付かないが、一筋縄ではいかないことは確か。

 

少女達全員が全員そう思い、芽生える畏怖の念を押し殺そうとしていた所で、

 

「俺は地下を奪還する。お前等は上に昇って残党がいた場合制圧しろ」

 

ここから先は別行動だ。

そう放たれた一方通行の言葉が聞こえた瞬間、少女達は一斉に信じられないと言った表情で一方通行を見つめた。

一人で地下に行くと言う言葉が聞こえた瞬間、自分達は聞き間違えたのかと少女達は己の耳を疑った。

しかし、別行動を取ると続けられたことで、それが間違いではなく本気だったのだと思い知らされる。

 

「だ、ダメです先生! 今回の暴動の目的は街の破壊とシャーレの地下にあるサンクトゥムタワーです!! 間違いなく戦闘になります!! 一人で行かれるなんて無謀すぎます!!」

 

「そうです! どうして急にそんなことをっ! 考え直して下さい!!」

 

一早く一方通行の言葉を飲み込んだハスミとスズミが一方通行の作戦に声を上げて反対する。

 

状況から考えて、地下にはまず間違いなくワカモがいる。

それどころか、ワカモ以外にも何人もの生徒がいてもおかしくない。

そんな所に一人で行かせる訳にはいかない。

いくら彼が強者であっても、一般人という枠からは外れてない以上、キヴォトスの強者相手立ち回るのも、数的不利を覆すことも不可能に近い。

 

おまけに、その不自由な足では逃げる事すら困難。

退却すると言う選択が取れない人に向かわせるには、今のシャーレの地下はあまりにも無謀な場所だった。

 

彼は強い。文句なく、間違いなしに。

少女達とて分かっている。

それを、目で見て、肌で感じ、実感している。

しかし、それでも、そうだとしても。

この作戦は、彼を守っての戦いだった。

 

そう、言い切れる物でもあった。

 

一方通行自身、彼女達が己の言葉に賛成するだろうとは微塵も思っていない。

思っている上で、一方通行は引き留めようとする少女達の意思を無視することを決めていた。

 

「理由を、お聞かせ願いますでしょうか?」

 

一方通行が話を聞く気がないことを知りながら、極めて理性的に、チナツが一方通行に問いかける。

先生がそう言うには、きっと何か自分達には及ばない理由がある。

ひょっとしたら、何か大きな作戦でも立てているのかもしれない。

 

そう信じて問いかけられたチナツの言葉を。

 

「これまではお前等のやり方で戦って来た。ここから先は俺のやり方でやる」

 

一方通行はあまりにも呆気なく一蹴し、話はそれで終わりだと言うように一人シャーレの中へと足を進み始めた。

 

あっ、とチナツはその行動に声を上げることすら出来なかった。

彼の動向を、見届けることがやっとだった。

 

「先生! それでも行かれるのでしたらせめて二人……いや一人だけでも護衛に──」

 

かろうじて、かろうじて絞り出したかのようなハスミの声が背中越しに届く。

 

だが、

 

「俺には俺のやり方があンだよ」

 

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、一方通行は一人足を進め、地下への階段を降り始めた。

先生!! と叫ぶ少女達の声を背中で受け止めながら、一人ゆっくりと下へ下へと向かって行く。

 

ここから先は、暗い物になる。

泥にまみれた、掃き溜めに相応しい物が繰り広げられることになる。

 

彼女達にそれを見せることは出来ない。

光の世界にいる彼女達に、闇の人格を見せる必要はない。

 

一方通行はもう光だ闇だのに拘りを持っていない。

そんな下らない立ち位置の違いに一々足を掬われてはいない。

少し前まで抱いていたそんな幻想は、とうに打ち砕かれた。

 

ただ、自分がそう定義していた世界にいただけだという事に気付かされた。

 

故に、一方通行に迷いはない。

どこにいようと、どんな場所にいようと、自分がいるべき世界を間違えたりはもうしない。

 

しかし、それとこれとは話が別なこともある。

 

今回は、正にそれだった。

 

吐き気を催しそうな闇の匂いがする。

嫌悪感甚だしい最悪の香りがする。

 

それはもしかしたら気のせいかもしれない。

思い違いであるかもしれない。

 

だが、一方通行の勘が訴える。

それはきっと、間違いではないと。

 

ならば、

ならば、

 

暗部の手が彼女達に広がる前に対応するのは、自分の仕事以外にない。

 

「色々話を聞かせて貰うとするぜェ。ワカモさンよォ!」

 

赤く、紅い目が妖しく光る。

それはまるで獲物を喰らう前の獣の様に。

ギラついた瞳を爛々と輝かせながら、

口端を狂気に吊り上げながら、

 

一方通行は暗闇の奥深くに住む魔物と相見えんと、ゆっくり地下を進んでいく。

 

 

 





クルセイダー君の出番は搭乗者逃亡につき消失しました。
ハスミさんの見せ場が1つ減っちゃった…

ゲーム的にはチュートリアルバトルなので一行無双回です。

3話を執筆してて、あ、これアロナ出ないやとなったので1度区切って投稿です。
1週間に1話と言いましたな? あれは最低限と言うお話だ。

次回が日曜に更新されるかどうかは筆の速度次第なのであしからずです。

原作ストーリーラインに沿うってお話をしていたのにもうズレ始めてる気がしますがそれはとあるの影響ということで何卒何卒。

次回ワカモ邂逅編とアロナ邂逅編です。次回は出ます! 出します! プロローグ終わらせます!!

あと次回からコメントも時間があれば返信をさせていただく、かもしれません。
全部は無理かもです! でも出来る限りやります!! 


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シッテムの箱

「う~ん……これが一体何なのか全く分かりませんね」

 

シャーレの地下にて、狐の面を被った少女が一人、ある物を前にしてそう呟く。

その表情は隠されており窺うことは出来ないが、その声色は明らかに困惑が混じっている声だった。

 

連邦生徒会への憂さ晴らしを果たすべくここまで潜り込んだまでは良かった。

地下に大事そうな物があるらしいと聞いて破壊してやろうと意気込んだまでは良かった。

 

そう、そこまでは順調だった。

だが、

 

「そもそも、その大事そうな物って一体何処の何を示しているんでしょう?」

 

肝心の物が何なのか、ワカモには皆目見当がついていなかった。

てっきり大型の機械なりなんなりがあるのかと思ったが、あるのはどこにでもありそうなディスプレイやパソコン、電池が切れてるタブレットと、これが連邦生徒会が抱える大事な物だと確定させるには、今一決め手に欠けてしまうものばかりだった。

 

手当たり次第地下にある物全てぶち壊しても良いとも思うが、ここは地下。

 

一言付け加えると、けっこうな距離を降りてきた地下だ。

 

万が一、億が一ここで思う存分暴れに暴れた結果、無情にもここが崩れ始めたら、逃げ切ることも出来ず生き埋めが確定する。

 

はてさてどうしましょうと、ワカモは左の掌を顎に当てながら逡巡する。

このまますごすごと引き下がるのか、はたまた暴れ過ぎない様注意しながら手当たり次第に破壊をするのか。

 

選びたいのは圧倒的後者である。

後者であるには違いない。

 

が、

 

「時間を掛け過ぎるのも良くありませんし……」

 

そう呟く少女の頭に浮かぶのは、暴れている自分達を制圧せんと暴れた五人の存在。

遠目で捕捉した故にどこのどなたなのかは不明だったが、間違いなくやって来た理由は自分達を制圧する為なのは確実。もしかしたらこの地下のことも既に知られていてそれの死守も兼ねているかもしれない。

 

考える。

考える。

 

このままここで迷っていたら間違いなく戦闘になる。

迷わなくても破壊活動を続けてしまうと戦闘になる。

 

勝てないとは断言しないが、七十人以上の同類を蹴散らした五人を同時に相手するのは流石に骨が折れるにも程がある。

 

なので出来る限り迅速に目標物のみを破壊、その後速やかに撤退。が、彼女の描いていた黄金ルートだったのだが。

 

「これは……悔しいですが逃げるしかありませんね……」

 

その選択肢を選ぶこと自体が出来ない今、残されているのは勇気ある撤退のみという、受け入れたくない現状を突き付けられたワカモは、それでもしょうがないと諦め、来た道を引き返そうとした瞬間。

 

「そこから動くンじゃねェ」

 

カチャッッと、背後から後頭部に銃口を突き付けられた。

刹那、ワカモのスイッチが戦闘用の思考へと切り替わる。

 

「あらあら、私に一体なんの御用ですか?」

 

声色こそ変わらない。

先程までの、切り替わる前のワカモと何も変わらない。

 

しかし、内に秘めたる感情が、明らかに敵対者と相対する時の物へと変わっていた。

振り向かず、ただ気配のみでワカモは相手の数を探る。

 

(お相手はお一人……。おまけにこの雰囲気はキヴォトスの人ではないですね。となると、先程までのお仲間は下ではなく上への探索に行った。と言う所でしょうか)

 

背後に回られ、後頭部に銃口を突き付けられてるという圧倒的不利な状況下においても、相手が一般人なら戦局は尚こちらが有利。

仮にそのまま何発か撃たれようがこちらが倒れることはない。

むしろ、撃たれた衝撃を利用して距離を開け、仕切り直すことすら容易。

 

この人は自分の相手にならないレベルの遥か格下。いつでも叩き伏せる事が可能だとワカモは結論を出し、その上で相手の話に乗る素振りを見せた。

 

「聞きてェことは二つだ。速やかに答えろ。素直に教えるなら撃ったりはしねェ」

 

そんなワカモの思惑など露知らず、ドスの利いた声が背後から伝わる。

素直に言わないなら容赦なく撃つ。

そう脅しをかけてくる相手に、しかしワカモは仮面で表情を隠したまま内心呟く。

 

(言葉の苛烈さとは裏腹に案外甘いお方ですこと。キヴォトスの人間が撃たれたぐらいで死ぬ訳がないのはこの道中であなたが一番実感した筈ですのに)

 

本気で脅すならこの時点で撃つべきなのだ。

その程度では自分達が死ぬことはない。

何発か頭に、腹に、足に撃ち込んで、撃ち抜いて、痛みを与えて、本気だという意思を物理的に思わせてからが話し合いの始まりなのだ。

 

それがこの世界での常識。

しかし、相手はそれをしてこない。

 

抵抗してない相手を撃つのは気が引けるのか、それとも自分が撃たれることを待っていることが見抜かれているのか、現時点ではどちらとも判別が付かない。

 

付かない以上、ワカモは自分から率先して行動しないことを選択した。

 

「一つ目。お前をたぶらかした組織の名前は何だ。二つ目。その組織に何を命令された」

 

「私が個人で行った物、と言う可能性は考えないのですか?」

 

直後、背後から乾いた銃声が鳴り響いた。

銃口から放たれた弾丸は、反応すら出来ない速度でワカモの頬を掠めながら床に着弾する。

残ったのは、カラン、と薬莢が落ちる冷たい音だけ。

 

「質問にだけ答えろと言った筈だ」

 

「私に向けて撃つんじゃありませんでしたの?」

 

「俺は撃たねェとだけ言ったンだ。威嚇はこれで終わりだ」

 

次は当てる。

発した言葉に嘘偽りがないことを証明するかのように、銃口に力が籠ったのをワカモは感じ取る。

声と威圧感で本気を思わせてくる相手の行動に対し、ワカモが浮かべているのは笑みだった。

 

ほら、やっぱり甘いお方。

躊躇の無さだけは見せておきながら、その実晒しているのは慈悲ばかり。

これでは本当に脅されているのかどうか怪しいじゃありませんか。

 

ワカモは仮面の下で余裕の笑みを浮かべながらそんなことを考えながら、その上で彼の発言を首肯し、ゆっくりと口を開く。

 

「組織……あれを組織と言って良いのかは不明ですわ。なにせ、話を持ち掛けてきたのは一体の丸い洗濯機みたいなロボットでしたから」

 

確か、五十六号。と名乗っていたかしら。とワカモは素直に情報を吐露する。

 

「ロボット……つまり遠隔操作で接触してきたって訳か」

 

「いいえ。あなた知らないんです? キヴォトスのロボットは自立思考型も存在しているんですのよ? あの感じは命令こそされているものの、誰かとの連絡における中継として利用された物ではないですわ」

 

「チッ! 命令されて動いた奴がいる以上何かが潜んでいることは確定だがその規模も正体も不明ってか……! じゃァ二つ目だ。何を命令された」

 

「何もされてませんわ」

 

これも、ワカモは素直に吐露する。

話した所で、何も問題はない。

何を言った所で、勘繰られるべき裏という話がある物ではない。

 

「あ?」

 

「何も命令されてませんわ。ただ思うがままの行動をしてくれと言われただけ。だから連邦生徒会の大事な物がこの場所に運び込まれている情報を持っていた私が、吠え面かかせる為にここまで来たのですけども」

 

「……、お前は矯正局ってとこで収容されてたンだろうが。どうやって脱獄した」

 

「当初は派手に暴れるつもりでしたが、何をしたかまでは知りませんが監視の方達はそのロボットによってみんな眠らされてました」

 

だから暴れる必要なく脱獄出来、騒ぎを起こさなかったことで時間も稼げましたとワカモは、その後自分がその辺にいる恨みを持つ生徒達を誘導し、シャーレ襲撃計画を実行した経緯を語り終える。

 

語り終えた後に訪れたのは、寒さすら感じる程の静寂だった。

先程まで会話の応酬が行われていたとは思えない程に、地下室の時が止まる。

背後にいる男性と思わしき人のピリついた感覚と、僅かな空気の流れのみが世界を支配する。

 

撃たれる。

時が止まる中、ワカモの直感がそう訴える。

相手から送られる空気の僅かな振動、引き金に置いてる指の力の変化。

地下室に渦巻く、自分と相手の中だけで起こる動きに出ない微量な変化が、ワカモにそう確信を抱かせる。

 

いつ撃って来るのか。

何発撃つつもりなのか。

撃たれる前に反撃するか。

撃たれてから反撃するか。

 

振り向いてから攻撃することで一瞬の動揺を誘うか、

振り向かずに蹴り抜いて不意をつき確実に状況を反転させるか。

 

考えて、考えて、考える。

 

それが三秒、四秒と続き、

五秒を数えた所で、

 

カチャッッと、ワカモの後頭部に突きつけられていた銃口が離れて行った。

 

「はァ……もう行け」

 

今までの張りつめた空気をイヤでも醸し出していた人物から放たれたとはとても思えない、諦めの混じった気怠い声がワカモに向かって投げかけられた。

 

明らかにスイッチが切り替わった変化に、未だ戦闘用から非戦闘用へのスイッチが切り替わっておらず、油断を突いて形勢逆転の流れを作ろうとしていたワカモの口からあら? と、何ともひょうきんな声が飛び出した。

 

「身柄を拘束しないんですの?」

 

「本来はしなきゃならねェンだろうがなァ。俺からすればする理由がねェ」

 

「ここまでのことを企て、実行したのに?」

 

「どこかの誰かさンの言葉を借りるなら、自覚があンなら更生の余地有りじゃン。って奴だなァ」

 

「……連邦生徒会がそれを容認するとはとても思えないですわ」

 

「俺はここを奪還しろと言われただけだ。お前をどォにかしろと言われた覚えはねェ」

 

だから見逃す、とでも言っているのだろうかと、ワカモはどうにも釈然としない気持ちを抱えた。

今まで相対してきた人物は漏れなく自分を目の敵にし、容赦なく銃撃戦を始めるような者達ばかりだった。

 

いくらこの人物がキヴォトスの外から来た人間で、自分の事を何も知らない人間であることを差し引いたとしても、連邦生徒会から呼ばれた刺客であること、そして何人もの少女達を引き連れて乗り込んできたことから事前に情報は収集できた筈だ。

 

『狐坂ワカモ』は矯正局から脱走した最も危険な人物の一人だと。

そして、その一端を彼は見聞きし、目の当たりにした。

 

人に容赦なく拳銃を突き付ける事が可能な人物が、それらの情報を取得した上で尚、自分に対し慈悲を見せる理由がない。見つからない。

 

この人の真意が読めない。

故にワカモはどう言葉を繋げて良いか分からない。

 

いつの間にか、仮面の下で浮かべていた笑みは消えていた。

その過程で心に生まれた感情を、ワカモは上手く説明出来ない。

 

「経験上分かンだよ。そいつがドブの世界で生きてる奴かそうでないかぐらいはなァ。お前の素行不良さは大したもンだが、言ってしまえばそれだけだ。俺からすりゃァお前も上に向かわせた連中と変わらねェ」

 

ついでに外の連中もなァ。と付け加えられるが、ワカモの頭にはその言葉を収める余裕はなかった。

上に向かわせた連中、というのは一緒にいたあの四人の少女達のことなのだろうかと、ワカモはモヤが懸かり始めた頭で必死に考える。

 

しかしハッキリとした言葉が出ない。

悪事を働きに働き、『災厄の狐』とさえ呼ばれた自分をお咎め無しにしようとする心が読めない。

 

相手への返事の仕方が分からない、どう対応すれば良いのか迷っている。

だと言うのに、背後にいる男は武器の照準を外しながら、その言葉をなんでもなさそうにワカモに向ける。

 

それがまた不気味で、

しかし何故か、温かくて。

 

「俺が相手しなきゃならねェのはお前でも外で暴れてた奴等でもねェ。ここを襲うであろうとお前に目を付け、誘導したクソ野郎共の方だ」

 

「……だから、私は悪くない。と?」

 

かろうじてそんな言葉だけ絞り出す。

それが、今の彼女の精一杯。

 

「俺が裁く権利はねェって言ってるだけだ。この後どォするかはお前が決めろ」

 

だと言うのに、彼は平然とそんな言葉をワカモに向かって突き付ける。

それがいかに異端なことか、何も知らないまま。

ワカモにそれを言う事が、いかに異常で、特別なのか分からないまま。

 

「だから一旦お前をここから逃がす。その先でお前が何しようと、事が起きてから考える」

 

思わず、ワカモは言葉を発し続ける彼の方へ振り向いた。

それがどうしてなのか、彼女自身にも説明が付かない。

 

反射的に、半ば無意識的に彼女は背後へ振り返ったワカモは、銃を構えていた筈の彼の顔を見る。

 

真っ白な髪で、肌が白くて、温かい時期なのに季節外れにも程がある真っ白なコートを羽織っていて、右手でこれまた白い杖をついているどこもかしこも白一色な彼の姿を垣間見る。

 

銃をしまい、敵意を持たず、ジッとこちらを見ながらそう言い切った彼の姿を垣間見る。

 

刹那、彼の姿がワカモの脳内に完全に焼き付けられた。

 

ややしてから、目だけが赤いことに気付き、その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えて、

脳が、身体がどういう訳かフヤフヤになってしまっている時、

 

「それがこれから先生をやる者としての矜持だ、クソッタレ」

 

「…………ぁ……」

 

彼の理念を言われた瞬間、

そんなことを言われた瞬間、ワカモはこれ以上声を出す事が出来なくなった。

 

トクン、と、その瞬間から身体の中に何かが溢れた。

瞬く間に、それは全身を包んだ。

 

身体が、熱いと訴え始める。

仮面の下が、赤く赤く染まり始める。

 

「あ?」

 

彼女が発した小さい「ぁ」の発言を、彼が反芻する。

だが、それに反応するだけの思考はもうワカモには残っていない。

 

「あ、ああの、あのあのあの……っっ! そのっっ!!」

 

代わりに出てくるのは最早単語にすらなってない言葉の連続だった。

先程まで見ていた彼の顔が直視できない。

 

視ようとした瞬間、体温がカッと熱くなってしまう。

目を伏せ、あちこちに泳がせながら、ワカモはぐるぐるぐるぐると、言葉にならない感情が渦巻き続けている自分の心に振り回され続けていた。

 

この人に何を言い出したいのか、何を言いたかったのか。

それすら判断出来ないまま、あうあうと聞こえない音量で小さく何かを呟いた後、

 

「し、しししし失礼しましたぁぁああああああああああっっ」

 

叫ぶと同時、その場からの全力逃走を図り始めた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「何だったンだ、ありゃァ」

 

逃げていく途中、柱か壁にでもぶつかったのか、ぎゃん!! って間の抜けた悲鳴が聞こえて来る中、一方通行は一人、ポツリと疑問を口にする。

 

少し前まで自分を出し抜く気満々であることを隠すことすらしてなかった筈なのに、最終的には良く分からないことを口走りながら逃走する意味不明さを披露した少女に対し、流石の彼も理解が追い付かない。

 

「情緒不安定にも程があるだろォよ」

 

彼女への評価を一度それで終わらせつつ、一方通行は地下室を一瞥する。

改めて見ても、特に何かを破壊されている形跡はどこにも見られない。

 

頼まれた仕事は無事に完了したことを確認した一方通行は、さてこれからどうするかと考えていた所で。

 

「お待たせしました……あれ、ユウカさん達は?」

 

階段を降りながら、自分に向けてそう語りかけてくるリンの姿を捉えた。

 

「早瀬達は上階を警戒させてる。来たのはお前一人か?」

 

「? ええ、一人でここに来ましたけど……?」

 

「なら良い」

 

「???」

 

リンの発言からワカモと接触した気配はなさそうだと確信を得た一方通行は、一連のやり取りの意図が分からずクエスチョンマークを浮かべているリンの疑惑を別の物で上書きするように話を進める。

 

「で、ここに何があるンだ?」

 

「あ、そう。そうですね。この地下に連邦生徒会長が残した物があります」

 

その言葉にハッとしながらリンは徐にガサゴソと地下室を探し回った後。

 

「幸い、傷一つなく無事ですね」

 

ホッとした表情で見つけ出して来たそれを、一方通行に手渡した。

対し、それを渡された一方通行は怪訝な顔を浮かべる。

渡されたのは、傍から見れば普通の、もっと言えばどこにでもありそうなタブレットだった。

 

一体こんな物を渡してどういうつもりなのか。

一方通行がそう言いたげな顔をしているのをリンは見抜いていたのか。

 

「名前を、『シッテムの箱』と言います。見た目は普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みの全てが不明」

 

しかし、と、リンは付け加え。

 

「連邦生徒会長は、『これ』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復出来る筈だと、言い残しておりました」

 

「俺の物だと? どォいう事だ」

 

「つまり、私達には『これ』を起動させる事すら出来なかったのです。ですが連邦生徒会長は先生なら。と」

 

「話が見えねェな。俺はその連邦生徒会長とやらに会った記憶はねェ。なのにどォしてそンな事が言える」

 

「それは…………」

 

「……知らされてねェって事か」

 

しゅん……と、申し訳なさそうに顔を伏せるリンに一方通行は嘆息しながら頭を掻く。

彼自身、気が付けばとあるビルの椅子で寝ていて、そこをリンに起こされ、その段階を経て初めてこの世界にやってきたことを自覚した。

 

ならば、一方通行が一方通行としての意識を取り戻す前にその連邦生徒会長とやらに接触し、話を受けた可能性を完全に否定することは出来ない。

 

知らない間に誰かとやり取りし、その記憶だけを的確に切り抜かれている話があり得る訳ないだろと鼻で笑いたい気持ちは、既に今までいた世界とは違う世界にやってきているという大きな事実がそれを阻害し、同時にそういうことが可能な『世界』に今までいたことも、その可能性を否定できない材料となっていた。

 

ここには自分の知らない未知が多数眠っている。

自分の既知から外れた現象が発生した時、それを否定する材料が手元にまだ揃っていない。

 

故に一方通行は、もう一度軽く嘆息しながら。

 

「何も起きなかったとしても文句言うンじゃねェぞ」

 

言いながら、タブレット端末を起動させた。

同時に、私は離れていますねというリンの言葉が聞こえる。

 

リンが離れていく様子を傍目で確認していた一方通行の手元で、

ポンッという電子音と共に、タブレットが起動する。

 

青白い背景が表示され、その中に文字が浮かび上がる。

 

システム接続パスワードを入力してください。

 

要求されたのは、シッテムの箱を起動する為に必須の文字列。

 

当然、一方通行はそれを知らない。

英数字なのか、それとも一単語なのか、はたまた誰かの数字に関した物なのか皆目見当も付かない。

 

知らない以上は答えようがない。

百万回入力しようが、一千万回入力しようが、決して開けることの出来ない電子の壁。

 

その、筈だった。

なのに、

 

一方通行の指は、止まることなくある文字列を打ち込んでいた。

聞いた記憶も、覚えた記憶も、見た記憶すらないその文字列を滑らかに、まるでそれを知っていたかのように。何十、何百と打ち込んできた見知ったパスワードの様に、それを入力する。

 

【我々は望む、七つの嘆きを。】

 

【我々は覚えている、ジェリコの古則を。】

 

脳裏に自然と浮かんできたそれを入力し、送信する。

 

『シッテムの箱』は、送られてきたその文字を認証した後。

 

生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステム、「A.R.O.N.A」に変換します。シッテムの箱へようこそ、一方通行先生。

 

と言う文字列が、タブレット上に浮かび上がった。

 

同時、その意識がここにあるようでここにないような感覚を、一方通行は覚えることとなる。

 

それがシッテムの箱に選ばれた証であることを。

一方通行自身ですら、まだ知らない。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

異質な空間だった。

現実世界とは違う物だと直感で伝わる世界が、そこに広がっていた。

 

どこにでもありそうな学校の、どこにでもありそうな教室。

 

ただし、それは一見だけでの話。

少し辺りを見れば、この場所がどれだけ異質なのかを、ありありと実感することになる。

 

まず目を引くのは、教室の窓際を覆う壁。

 

普通ならあって当然の壁の半分以上が何かに破壊されたかのように崩れ去っており、空に広がる透き通った青とその青をより彩らせる数々の雲の光が教室全体に差し込ませていた。

 

その教室の床は一面水に浸かっており、キラキラと光に反射して輝く水面がより一層この空間を神秘的な物に昇華させている。

 

しかしそれを裏切るように、生徒が座るべき机のいくつかは教室内にあるものの、大半は傷一つないまま壁の外に乱雑に積まれ、その光景がこの教室の、ひいてはこの空間の異常性をどこまでも物語っていた。

 

日常と非日常の混在。

幻想と現実味が混ざり合った不安定な薄氷の世界。

 

一方通行は、そこで一人何の支えもなく、何かに身体を預けることもなく両足でそこに降り立っていた。

杖をついておらず、能力を使用してもいないのに身体の自由がある。

 

久しく失っていた感覚をもう一度手にした実感はしかし、それ故に彼にこの世界が現実と離れた空間にあることを感覚で理解させた。

 

不思議と、心が落ち着いていた。

取り乱すことも無ければ、考えを巡らすこともない。

 

見たこともない教室を前にして、この世界はこうであることを理解しているかのように一方通行はパシャ……パシャ……と、歩みを進め、ある机で睡眠に従事している。一人の少女の前で立ち止まる。

 

「すぅ……すぅ……もう、こんなに沢山食べられませんよぉ…………」

 

オイ、と一方通行は声をかける。

少女は目覚めない。

 

もう一度声をかける。

少女は夢から目覚めない。

 

一方通行は、仕方ないと言わんばかりに少女の肩を掴み、揺らし始める。

 

「ん……んぅ……んぅ? ふぁ……あ?」

 

その揺する動きは目覚めを誘発させるには十分だったのか、のっそりとした動きで少女の瞳が開く。

 

瞼を擦り、半眼の状態で一方通行を見つめる寝ぼけ眼の少女は、そのまま数秒間、呆けた顔で彼の顔を見つめた後、ほわぁぁあああっっ!? っと、目をパチクリさせて叫びながら勢いよく立ち上がった。

 

バシャッと、その勢いに今まで少女が座っていた椅子がひっくり返る。

 

「せ、先生!? まさか、一方通行先生!?」

 

しかし、少女は倒れた椅子を気にする素振りすら見せず、口元の涎をいそいそと服の裾で拭いながら、食い気味にそう一方通行に質問する。

 

対し、一方通行の返事はあまりにも素っ気ない物。

あァ。と、小さく頷くだけの物。

 

だがそれでも、否それこそが少女をさらに慌てさせる。

 

「あわ、あわわわわっっ! も、もうそんな時間!? え、えーと! えーと!!」

 

まずは自己紹介からして、それでその次は……と、少女は自分の掌を見つめ、親指から一本、また一本と折り曲げながら自分が次に為すべきことの確認作業を慌てて執り行い始める。

 

一方通行は、彼女の準備が終わるまでただひたすら待ち続けた。

その表情は伺い知れない。

しかし、そこに優しさが多分に含まれているのは雰囲気から見ても明らかだった。

 

そして、薬指が折り曲げられた瞬間、準備が整ったのか少女はよし!! と言いながら勢い良く顔を上げ。

 

「私はシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書のアロナと言います!!」

 

言葉のアクセントが独特の喋り口調で、少女は一方通行に自分のことをアロナと紹介した。

彼女の自己紹介に、一方通行は先程と同様の返事を返す。

 

直後、アロナの顔はパァッッと晴れやかな笑顔になり。

 

「私! 待ってました! ここでずっと! ず~~っと!! 先生のことを待ってました!!」

 

もしも彼女に尻尾が生えていたらブンブンと際限なく振り回してそうな、

もしも彼女に獣耳が生えていたらピコピコと絶え間なく上下してそうな、

 

そんな様子がありありと鮮明に描けるほど嬉しそうに。本当に心の底から嬉しそうに。今日この日、一方通行と出会えたことにアロナは感謝の気持ちを示した。

 

そんなアロナの言葉を聞いた一方通行は先程までの光景を思い出し、その割にはさっきまで居眠りしてたみてェだが。と、小馬鹿にしたように笑いながら言う。

 

あうっっ!! と、その言葉は彼女にとって必殺の一撃だったのか、よろ、よろ……と一方通行の意地悪な言葉によろめき、

 

「あ、あれはたまたまです! 居眠りしたくなる時だってありますっっ!!」

 

倒れる寸前で持ち直し、そう開き直りながら反論する。

その様子に一方通行はクックックと喉を鳴らして笑う。

アロナはむぅぅと頬を膨らませ、一方通行を睨みつけるが、一方通行は一向に堪える様子を見せない。

 

誰が見ても穏やかな笑顔になりそうな世界を構築しながら、ややしてアロナは、もしくはアロナの方が折れたのか、まあ良いです。許しますと、若干拗ねた様子を見せながら言い、コホンッと咳払いをして状況を

仕切り直すと。

 

「まだまだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが、これから先、頑張って色々な面で先生をサポートしていきますね!」

 

アロナの力強い宣言に、一方通行はそォかい。ありがとよォ。と、期待をあまりしてなさそうな声で答える。

 

「そうなのです! では、まずは生体認証を行いますね」

 

形式的ではありますが。とアロナは一方通行の態度から醸し出される本音に気付くことなく、やや小恥ずかしそうな表情で言葉を続けながら、トコトコと一方通行の方へ近づき、はい。と、右手の人差し指を一方通行に向けて差し出した。

 

あ? と疑問の声を浮かべる一方通行に対し。

 

「さあ。私の指に先生の指を当てて下さい」

 

今から何をするべきかを簡潔に伝えた。

その言葉に一瞬一方通行は固まるも、しばらく後にはァ。とため息を吐いた後、ほらよ。と、しゃがみながら彼女の指に人差し指を合わせる。

 

「えへへ、まるで大事な人と何かの約束をしているみたいでしょう?」

 

はにかみながらアロナは語り掛け、一方通行はマセてンじゃねェクソガキ。と続けた後、指紋をこれで認証してやがるのか。と、この指を合わせている意味の答えを導き出す。

 

「その通りです。先生は凄いですね! あ! 確認終了です!」

 

一方通行の指紋を自分の目でじーーーーーーっと、そこそこの時間見つめた後、認証が終わったことを言葉で一方通行に伝える。

 

最先端からはほど遠い確認方法だなァ等と言う感想を、言葉に出さずに一方通行が抱いていると、さて! と、アロナは一通りの作業が終わったのか、改めて佇まいを直し、一方通行に問いかける。

 

「先生は私に何をお望みですか?」

 

と。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……成程、先生の事情は大体把握しました。連邦生徒会長は行方不明、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなったと」

 

一方通行の説明を聞いたアロナは、先程までの明るい笑顔とは打って変わって小難しい顔つきで、何かをひたすら考える様子を見せ続けていた。

 

「私はキヴォトスの情報の多くを保有していますが……連邦生徒会長については殆ど情報がありません、彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも」

 

申し訳なさそうにそう告げるアロナに、一方通行は何の言葉も発さない。

それは落胆ではなく、その連邦生徒会長とやらの存在に対し一方通行があまり興味を持っていないというのがウェイトを大きく占めているのだが、そんなことなど露知らないアロナは一方通行の無言にあわあわと要らぬ慌てを始めた後、

 

「で、ですが! サンクトゥムタワーの問題は私が解決出来そうです」」

 

と、自信満々に発言し、一方通行はその彼女の言葉を信じ、任せる。とだけ返した。

 

はい!! と、アロナは一方通行から任されたという事実に気を取り直したのか、一層気合を込めながら

そう叫ぶと、

 

「それでは今から、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します」

 

と高らかに宣言し、

そして…………、

 

「…………サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了。先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事回収出来ました、今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります」

 

つまり、今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然ですね! と、さらっとで済ませるにはあまりにとんでもない一言を付け足しながら、アロナは目をキラキラ輝かせ、この程度のお仕事なんか朝飯前です凄いでしょ私と胸を張りながら、一方通行に一仕事終えたことを伝えた。

 

自慢げな彼女の態度をそォかいと軽くいなしつつ、一方通行は支配権の全てを握る。か。どこぞの学園都市の統括理事がやってそォな事だなと、どこか忌々し気にぼやく。

 

その言葉の意味が分からずアロナは首を傾げて先生? と不思議そうな顔で彼の名を呼ぶ。

何でもねェよ。と、その言葉を軽く流した後、一方通行は逆にアロナに、この権限を移管することは出来ねェのかと質問した。

 

「勿論出来ます! 先生が承認さえして下されば、制御権を連邦生徒会に移管することが出来ます」

 

でも……と。アロナは怪訝な表情を浮かべながら、それを実行した際に生じる不満点、不安点を率直に一方通行に述べる。

 

「大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

アロナの不安に、一方通行はしばしの間沈黙した後、乾いた笑いを教室に一度響かせ、構わねェ。と、アロナに自身の意思を伝えた。

 

彼の発した言葉に、わかりました! と、アロナは先生がそう言うのでしたらと勢い良く返事をし、その後数秒も経たずに一方通行に権限の譲渡が終わったことを報告する。

 

直後、彼の意識が揺らぎ始める。

それは、一方通行がこの空間に入る時に覚えた感覚と全く同じ物。

 

戻るのか。

身体が浮いているような、回転しているような、何かに吸い込まれているような。

どれとも言えてどれとも合致しない。そんな言葉ではとても表現出来ないような感覚が、一方通行に現実世界への帰還を伝える。

 

何かが薄れて、何かが遠ざかっていく中、一方通行はアロナにも最早聞こえない場所で呟く。

 

統括理事長気取りを味わうのも悪くねェが、まだそンな気分じゃねェなァ。

 

それが、一方通行がこの空間から自分が離れていく感覚を覚えながら発した、最後の一言だった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

目を開けた先には、先程までと変わらない。シャーレの地下室がそこにあった。

さっきのは一体何だったのかと、一方通行は小休憩がてら適当な壁に背を預けながら、手元のタブレットを見やる。

 

そこには、意識を飛ばしていた場所と同じ景色が広がっていた。

同時に、一緒に話していた青い髪の少女の姿もありありと映っている。

 

『えへへ~~~。先生~~~~~』

 

凄いだらしなさそうな笑顔で少女は一方通行に手を振っていた。

先程までの少しだけ凛とした姿からは想像もつかない。

 

「はっ! やっぱクソガキはどこまでもクソガキだなァ」

 

間抜けさ抜群な姿を笑う一方通行に、え~~~~~~~!!! とアロナから不満の声が上がる。

あんなに頑張ったのに~~~!! とその評価は不服だと訴えられるが、一方通行は聞こえねェなァの一点張りを貫く。

 

「…………。はい、分かりました」

 

そうやってしばしタブレット内のアロナと戯れていた後、シャーレの地下室で誰かと連絡を取っていたらしいリンの声が聞こえ始めた。

 

それでは失礼しますと通話を切ったリンは、一方通行の方へ振り返った後、彼が意識を取り戻し、壁に背を預け小休憩を取っている事に気付き、少し慌てた様子でこちらに向かって駆けてくると。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認出来ました。これでこれからは連邦生徒会長がいた時と同じように行政管理が進められます」

 

キヴォトス最大の危機を乗り越えることが出来たと、彼女にしては珍しく笑みを浮かべながら一方通行に報告と感謝の言葉を述べた。

 

連邦生徒会を代表して、深く感謝致します。と。

 

「で、これからどうすンだ」

 

「そうですね。『シッテムの箱』は渡しましたし、私の仕事は残り一つのようです」

 

付いて来て下さいと、一方通行に告げ。

 

連邦捜査部(シャーレ)を、これから先生にご紹介します」

 

これから一方通行が長く付き合うあろう場所の案内を始めていく。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

時刻は夕方。

リンから連邦捜査部(シャーレ)内部の説明を一通り聞き、見回りを終えた一方通行は、彼女からそういえば一緒に戦ってくれた彼女達が先生に挨拶がしたいそうですと連絡を聞き、渋々ながら彼女達ならここにいるでしょうと教えて貰った玄関口へと向かい、四人の姿を見つける。

 

ユウカが自分の学校と連絡を取り合い、チナツがスズミと何かを話し合っている中。あっ。と、一方通行がやって来たことにいち早く気付いたハスミが先生。と、少しばかり嬉しそうな声を出しながら足早に近づき、

 

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけども、直ぐ捕まるでしょう。私達はここまで。あとは担当者に任せます」

 

開口一番に、彼女の現状をそう手短に報告し、

 

「それにしても、どうやって先生はワカモを撃退出来たのですか?」

 

当然の様に湧いた疑問を、一方通行に問いかけた。

 

「説明のしようがねェな。勝手にあたふたして勝手に逃げ出した奴を見て何をどォ説明しろってンだ」

 

一方通行はそのハスミの質問に対し明確な回答を持っていない。

なにせ普通に話していたら何故だか相手が突然動揺し始め、何故だかわたわたと言葉にならない物を口から吐き出し続け、挙句の果てに逃走を始めたのだから。

 

これを一方的に見せられた側である自分が、一体何をどうやって分かりやすく説明しろと言うのだ。

 

一連の経緯を伝えながら、一方通行はハスミにこれ以上の詳細を説明するのはお手上げだと言い切る。

 

そんな一方通行の匙の投げっぷりを垣間見たハスミはと言うと。

 

「彼女がそこまで突飛な行動を取るとは思えませんが、先生が言うからには事実なのでしょうね」

 

一方通行が話した内容に、安易に頷くことが出来ない様子を見せるも、ワカモと一人で相対した先生がこうして傷一つなく無事である点。そして彼女が逃亡している事実は変わらない点から、先生が言っていることは間違ってないのでしょうとハスミは己自身をその言葉で納得させる。

 

そうやってハスミと会話を続けていると、その間に連絡を取り終えたらしいユウカもハスミと同様に足早に一方通行に接近すると、

 

「お疲れ様でした先生。先生の活躍はSNSですぐキヴォトス全域に広まるでしょう。明日にはもう話題になっているかもしれませんね」

 

ワカモを一人で撃退した事実。

そして連邦捜査部(シャーレ)にやって来た先生。と言う二つの要素が合わさって、キヴォトス中で先生の話が話題になることをユウカは予見するような発言を放った。

 

「女ってのはわかンねェなァ。ただ一人撃退してただ俺が連邦捜査部(シャーレ)にやってきただけだろォが」

 

「甘いですよ先生! こういう情報は広まるのが早いんです。そう言ってられるのも今の内だけですよ。まあ、本当に、こうやって事件を共有しちょっとだけ皆と優位に立ててられるのも今の内だけなのが……ちょっと、いや、まあかなり……癪、ではあるかもしれないけど」

 

まあそんな未来が全員にある訳ないしそんなの私が認めませんけどねと、喋っていた内容の後半が早口と小声になって上手く聞き取れない中、一方通行は心底面倒臭そうに嘆息する。

 

今からでも辞退して隠居しても良いかもしれねェ等と本気で思い始める中、ハスミが先生と声を掛け、一方通行がそちらの方へ振り返ると、ハスミとスズミが二人揃って並び、一方通行の方に向かってペコリと一度頭を下げた後。

 

「今日はこれでお別れです。近い内にトリニティ総合学園に、ひいては正義実現委員会に顔を出して下さい。先生」

 

「あ、その時にはトリニティ自警団の方にも顔を出して下さい。先生、よろしくお願いしますね」

 

「……、時間があったらな」

 

「ふふ、約束ですよ」

 

「早く時間が出来ることを願ってますね」

 

その言葉を最後に、もう一度だけお辞儀をした後、二人は連邦捜査部(シャーレ)から自分達の学園へと帰り始める。

 

二人がトリニティ学園へと戻る様子をなんとなしに見届けていると、では、とチナツが彼女達に続くように言葉を発し、

 

「私も、風紀委員会に今日のことを報告しに戻ります。図らずですが、今回の事件は良い出会いときっかけを掴む助けになったと感じます」

 

勿論、それは先生のことも含めてですよと語るチナツに、一方通行はそォかよ。と返事し、

 

「ゲヘナ学園。つったかァ。そっちも都合が空いたら寄ってやンよ」

 

と、らしくねェなァと自分でも思う言葉を投げかけた。

その言葉は、存外チナツの心に響いたのか、先程より笑顔になりながら。

 

「必ずですよ。先生」

 

そう言い残して、彼女も帰路に付き始める。

 

残ったのは、一方通行とユウカの二人のみ。

この流れで彼女もじゃあ帰りますね。と言うのだろうと一方通行は思っていたが、何故だか彼女は一向にその話を持ち出そうとしない。

 

ん~~。と、何かを悩む素振りを見せながら、名残惜しそうに口を噤み続けている。

結果、しばしの間、無言の時間が流れる。

だが、一方通行自身いつまでもこうしていたい訳じゃないので、依然として帰ろうとしないユウカの真意を知るべく、で? と話を切り出し、

 

「お前は帰らねェのか」

 

と、直球にユウカに問いかけた。

 

「へ? え、ええ勿論帰ります。帰りますよ。ただ少しだけ。平和になった空を眺めていたいなぁ。なんて思ったりもしたりしなかったり……」

 

対し、ユウカの回答は先程と同じ、最初こそ威勢が良いが後半につれて歯切れが悪くなっていく物だった。加えて、発言の最中からユウカの身体が自分の方へ一歩、寄って来たような錯覚を一方通行は覚える。

 

相変わらず後半彼女が何を言っているのか理解出来なかった一方通行だが、幸いにして前半部分である夕焼けをもっとゆっくり見ていたい。と言う言葉だけは聞き取れたので。

 

「……そォかよ。なら気が済むまでそこで佇ンでるンだなァ」

 

ここにしばらく居座るつもりならそれを最後まで見届ける義理は自分にはないなと、一方通行は連邦捜査部(シャーレ)内部へと戻るべく、踵を返し始める。

 

が、

 

「え!? ウソまさかの先生が帰っちゃうパターン!? そんな!! 先生と一緒にって言わなかったからこんなことに!? 計算ではこんな結果が導き出される可能性は極めて低いって! ま、まって先生! 帰ります! 帰りますから見送って下さい!!」

 

「……えェ」

 

「なんでちょっとイヤそうなんですか他の人達はそうじゃなかったじゃないですか!! と言うか今日ずっと思ってましたけど先生私に対してちょっと冷たくありません!! あれ私舐められてます? 舐められてませんか!?」

 

「…………いや別にィ」

 

「考えたじゃないですか!!!! 今ちょっと考えましたよね悩みましたよね今日の私街中では先頭に立って先生の盾になり続けたのにこの仕打ち!! あれ、私のさっきの感情は勘違い!? 何かの勘違いだったりします!?」

 

「お前が何を思っていたのかを俺に聞くのは勘違い以前に流石に間違いじゃねェか?」

 

「その通りですねええ清々しいまでの正論ありがとうございましたあと妙に上手い事言わないで下さいぶっ飛ばしますよ右手でぶん殴りますよ!?」

 

「もォどォでも良いから帰るなら帰れよ……」

 

「ええ、そうさせて頂きます! それではさようなら!!」

 

そう言うと、一方通行の言葉に従うかのようにユウカはクルリと背を向けると、そのまま玄関口から外へ走り出していく。

 

その際、何やらブツクサ文句を言っていたように見えたが、まァ別に良いか。と一方通行は考えていた所で、

 

「先生!!」

 

と、一際大きなユウカの声が木霊した。

振り向くと、大きく手を振りながら笑顔を見せるユウカがいて。

 

「いつか、時間が出来たら是非ミレニアムにも寄って下さいね!! あと!! 何かあったら私を遠慮なく呼んで下さいね!!」

 

その言葉の後、今度こそユウカは走り去っていった。

一方通行はユウカが発したその言葉に口元を吊り上げながら、

 

「……気が向いたらな」

 

そう、誰にも聞こえない言葉をそっと風に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 





プロローグ終了です。
それしか言う事がありません。長かったです
なんだよ。四日で結構書けるじゃねえか。

次回はアビドス編……の前に幕間編が挟まります。

オリジナル短編が、書きたいんだ……。


以下、あとがきの追記。

日曜日の投稿している時間がアレなので毎回毎回あとがきを書く時間が取れなかったりします。月曜がなければそんなこともないんですがね。


今後触れなさそうなのでプロローグについてサラっと記述。

スズミについて。
プロローグを書くということでブルアカの本編を見直していたんですが、びっくりするぐらいスズミの出番が無かったので気持ち増やしてます。
リセマラしてる時は戦闘画面しか映さないからここまで影が薄いなんて思わなかった……。


チナツ。ハスミについて。
これはスズミもそうなんですけど、ゲーム上ではグラフィックと共に表示されるので私自身二次創作を書く側になるまで気付かなかった点として、この三人を文字のみという媒体に落とし込んでみるとそれはもう口調が被りまくって仕方ないという事実に気付きました。みんなよくこれをしっかりと文章に落とし込んで描写できるな……!!

誰が何を喋っているかを逐一明記しなくちゃいけないのは読んでる側としてはどう思うんだろうと不安になりつつ、しかし書かないと誰が誰やら分からんなとなったので妥協することも出来ずでした。そう言えばリンも同じような感じですね。


ユウカについて。
一方で彼女は残り全員がほぼ同じ口調なせいで、あ、今ユウカが喋ってるんだなってのが丸わかりなので印象に残りやすいかなと思いました。
あと何故かツッコミ要因になっておりますが、本当に彼女は扱いやすいんです。




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一章 それは紛れもなく憩いの一時  meeting_girls
早瀬ユウカ


早瀬ユウカの朝は早い。

否、早い時もある。と言った方が正しい。

さらに言えば、朝早く活動するようになったのはここ二週間程前からの話になる。

 

そのきっかけとなったのは、連邦生徒会が新たに立ち上げた連邦捜査部(シャーレ)という部活に顔を出すようになった事。

連邦捜査部(シャーレ)に行く日だけ、ユウカはいつもよりちょっとだけ早起きし、身支度に時間をかける。

 

ただし部活と言っても、形式上そう呼ばれているだけであり、その実態は部活動の一言で済ませて良い程生易しい物ではない。

 

連邦組織と言う名目の基キヴォトスに存在する全ての生徒を学校、所属に関係なく、さらには制限なく加入させることが出来る権限を保有し、各学園の自治区内においても制約無しに自由に出入りが出来、果ては戦闘行為すら可能な超法規的機関。それが連邦捜査部(シャーレ)という部活動の正体。

 

一方で連邦捜査部(シャーレ)は自ら目的という目的を保持することはなく、その行動理由、理念は全て部活顧問であるただ一人の『先生』と呼ばれる人物により決定される。

 

つまり、連邦捜査部(シャーレ)は先生の意向次第でどこにでも首を突っ込み、介入し、事態の解決に努めることが可能なキヴォトス内において唯一無二の第三勢力と言っても良い存在として、そして異例中の異例な存在として、現在キヴォトス内にて様々な意味で注目を集めていた。

 

その連邦捜査部(シャーレ)があるオフィスの扉、の横にある大きな窓。

 

ユウカは窓に映る自分の姿を見て、どこかおかしい所はないか身だしなみの最終チェックを行う。

 

(髪型は……、崩れてない。制服の汚れも……ないわね。うん! 今日も完璧っ!)

 

準備万端であることを確かめたユウカは最後に一度大きく深呼吸をし、少し意気込んだ声でよしと自分を鼓舞した後、扉の取っ手に手を掛ける。

 

引っ張る様にして開けた扉に踏み入れ、ユウカはコッ、コッ、と、靴音を鳴らして自分が来たという存在感を僅かにチラつかせつつオフィスに入室し。

 

「先生、おはようございます!」

 

と、開口一番元気な声を先生に浴びせた。

 

しかし。

 

「………………、やっぱり今日もまだお休み中ですか」

 

彼女が発した挨拶に返事が返ってこない事に、困惑するよりもどこか呆れにも似た感情を抱きながらユウカは先生の今を予測していた。

 

はぁと息を吐きながら、ユウカは先生が未だ夢の中で微睡んでいるであろうことを理解している上で、足音を意識的に大きく鳴らしつつオフィスの中へと進入していく。

 

どうせソファで寝ているんでしょと過去の経験から学んだユウカは先生を起こそうと一直線に向かう途中。

 

「あ。またコーヒーがそこら中に……。銘柄もまた変わってるし」

 

デスクの上とソファーテーブルの上に乱雑に放り投げられた大量のコーヒーの空き缶を見つけ、その動きを停止させた。

 

どうしよう。と、ユウカは一瞬悩む姿勢を見せる。

 

先生が飲んだ物なのだからこのまま放って先生に掃除させるのか、それとも見つけてしまった以上自分がこれを綺麗にするのか。

 

と、一度考える仕草をしてしまったものの、室内で無秩序に捨てられているゴミを見て放置出来る性格ではないユウカは、先生はこれだから私がいないと等とブツクサ言うことで気を紛らわせつつ、あるいは何かの幸福感を得つつ、さっきとは打って変わって物音をあまり立てない様に注意しながらオフィス内の掃除を始めた。

 

静かに台所からお盆を持ち出し、オフィス内の備品置き場から大きなゴミ袋を一つそっと取り出すと、持ってきたお盆に空き缶をいくつか乗せ、台所で空き缶の中を水洗いすると、それらを一つ一つ雑多にゴミ袋の中に放り込んでいく。

 

その作業を何回か繰り返して全ての缶コーヒーを袋に入れ終えたユウカは、袋の口を締めるとそのままオフィスの外にある、ビル内の空き缶置き場へと袋を持って行く。

そこは最近になって設営された先生専用のゴミ置き場。

あまりにも缶コーヒーのゴミ排出量が多い為、数々の生徒の要望によって設置されたソレは、そこに置いておくだけで既定の日になると清掃ロボットが勝手に持って行ってくれる為大変重宝されている。

 

そうした一連の流れを終え、改めてオフィス内へと戻ったユウカは今度こそ早足で先生が寝ているソファーに辿り着くと、起きて下さい先生と彼を起こそうと声を掛ける寸前、

 

穏やかな顔つきで惰眠を享受している姿を見て、一瞬動きを止めた。

 

ぐっっ、と、唸るような声が思わず飛び出し、全身が強張る感覚が走る。

それは今すぐ先生を起こさなければならないという使命感と、もう少しこの寝顔を眺めて居たいという邪な精神がぶつかり合っている事に起因する。

 

(普段は怖そうな顔をしてるのに、寝てる時は本当綺麗な顔してるのよね、先生)

 

やや蕩けた瞳で先生の寝顔を見つめながらそんなことをユウカは思う。

どうやら、先程の脳内対決で勝利を収めたのは後者の方だったらしい。

 

また、怖い顔をしていると言っても実際に接してみると先生が怖いと感じる事はあまり無く、むしろお願いをするとイヤイヤな態度を一度は取りながらも最終的には折れて聞いてくれる方なので親しみは持ちやすい人であることをユウカは知っている。

 

尤も、第一印象は相変わらず怖い人であると思われがちなのを否定することは出来ないが。

付け加えると、捜査部としての仕事を請け負っている様子を見たこともないが。

 

(て言うか、先生先生って私も皆も言ってるけど、冷静に先生の顔を眺めたら歳はあんまり私達と離れてなさそうなのよね。同い年か……一年だけ上ぐらい)

 

もしかしたら自分達と同じ学生なのではないかとユウカは勘繰ってしまう。

仮にそれが本当だとしたら彼はまだ学校に通わなければいけない身であり、キヴォトスで先生をする立場ではない筈なのだが、先生として招かれている以上それを疑うべきではない。

 

それを踏まえてもキヴォトス全員の先生をこの若さで務めているのは、ユウカから見てもいささか凄過ぎると言わざるを得ないのだが。

 

さて、とユウカは改めて考える。

時計の針は九時を回っている。先生は普段から遅くまで作業をしたり仕事をするタイプではないので、睡眠はたっぷりともう取れているだろう。起きてこないのはあくまでそういう人だから。で終わらせることが可能であり、その証拠を推察するには十分な材料が揃い過ぎている。

 

ユウカの性格的にも規定時間に起きず、惰眠を貪り続ける姿は見過ごせない。

僅かな本音を見せてしまうならば、このままこうしていても先生との時間が少なくなるだけなのでイヤだ。

 

勿論ここには仕事として来ており、私用ではないので過ごす時間とかそう言った物が重要ではないことは彼女自身重々承知だが、そうだとしてもやはり少しは『そう言う時間』があっても良いと思う気持ちはある。

 

そして先生が起きるのが遅くなればなる程、削られて行くのはユウカが一番欲している『そういう時間』なので、それはユウカとして最も望ましくない。

 

なので、先生の寝顔を十分堪能し、ほんの少しだけ幸せ気分を味わったユウカは。

 

「せ〜ん〜〜せ〜〜〜い〜!! そろそろ起きて下さらないとダメです! もう仕事の時間は過ぎてるんですから!!」

 

先程まで人知れず見せていた緩んだ顔を引き締め、まるで今ここに到着しましたよという雰囲気を纏わせてから先生の肩を掴んで揺らし、夢の世界からの覚醒を促し始めた。

 

「………………ァ? …………チッ。また、明日、来、……い……」

 

ユウカの必死な呼びかけは先生を起こす事に成功こそするものの、その肝心の先生はユウカが起こしに来ていると見るや、すぐさま二度寝の体勢へと突入する。

 

「明日の担当は私じゃないからイヤですそして言いながら寝ようとしないで下さい往生際が悪いですよ」

 

対してユウカは一瞬でも起きたこの瞬間を逃がすまいと、再び意識を夢の中へと逃がそうとする先生の肩をガシッと掴み、そうはさせませんと必死に揺する。

 

もう、本当に朝が弱すぎです先生と愚痴りながらも、その顔に嫌気が差している様子はない。

一方で先生は先生で意地でも寝ようとユウカの妨害を無視し続けようと努力を続ける。

 

そんなやり取りを二度程続けるのが、ユウカと先生の朝の日常だった。

ちなみに、勝つのは毎回ユウカである。

 

 

──────────────────

 

「そう言えば先生、またコーヒーの銘柄変えましたね」

 

時刻は午前の終わりが見えてくる頃、あの後どうにか先生を起こす事に成功したユウカは、連邦捜査部(シャーレ)に届いている多数の書類を先生と一緒に処理していくのだが、先生の仕事は早い。

 

二人でかかってやっと一日で終わるであろう仕事量を午前中で自分の分を終わらせ、現在はユウカの分を手伝い、それも半分以上終わらせてしまっている。

 

連邦捜査部(シャーレ)の付近に温泉の気配がするから周辺を掘らせろ? なンなンですかァこの要請書はァ!? ンなもン当然却下だクソ野郎』

 

『ゲヘナ風紀委員の排除への支援だァ!? 下らねェ事で俺に頼ンな自分で何とかしてみろォ。却下だ』

 

『ミレニアムに資金援助だと? 早瀬、これお前が出しただろ。考える余地もなく却下だ』

 

尤も、その殆どを無言で、あるいは一言添えて一蹴しているだけな気がするのは気のせいではないだろう。

 

先生の暴れっぷりと、却下されて当然の要望書の群れ、ついでに濡れ衣を着せられたことに対し僅かに彼女が私じゃないですと反論し、時間が多少潰されたり等をしながらユウカは仕事の殆どを終えたこと、もうすぐお昼だからということでちょっと早めに休憩を取り始め、先生に朝のゴミ掃除で思っていたことを口にした。

 

「あ? 良いだろォが別に。俺の好みなンだからよォ」

 

「ソラちゃんが困ってましたよ? この前大量に仕入れた在庫がぁあああっっ!! って」

 

「そりゃご愁傷様だなァ。他の奴等が買うのを待ってろって伝えとけ」

 

軽く笑いながら先生は言うが、ユウカとしてはそれはあまりにご無体だと、連邦捜査部(シャーレ)内部にあるコンビニを一人で切り盛りしているソラに同情を禁じ得ない。

 

彼が人一倍コーヒー愛好家なのは良い。

それでオフィスをコーヒー缶だらけにするのもまあ譲歩しよう。

 

しかし、その極端な飲み方は流石にどうかと思ってしまう。

 

「もう、笑い事じゃないです。そのずっと同じ銘柄をしばらく飲み続けて、ある日突然パタッと飽きるクセどうにかならないんですか?」

 

自分の気に入った銘柄の缶コーヒーを延々と買い続けて、かと思えば突然その銘柄を飲まなくなり、違うコーヒーに手を伸ばす。

 

新たに選ばれたその違うコーヒーもまた然り。一週間程度の気に入られだ。

 

別に気に入ったコーヒーだけを一定期間買い続けるというのは普通なら特段咎められる物ではない。

ないのだが、ここ連邦捜査部(シャーレ)においては話が別だった。

 

そう、現在連邦捜査部(シャーレ)に顔を出す生徒の中に、コーヒーを好んで飲む少女がいないのだ。

従ってコーヒーエリアは今、半ば先生専用の場所と化している。

 

そんな状態で、この銘柄を沢山飲んでくれているからと大量に仕入れた商品が、ある日から突然見向きもされなくなり、あまつさえ違う種類のコーヒーに手を伸ばされれば叫びたくなる気持ちも分かる。

 

ちなみに先生の所業をこうして咎めているユウカであるが、彼女の鞄には先生が飲んでいたのと同じ缶コーヒーがしっかり一本入っている。

先生が好んでいる味を知りたいのか、はたまたソラへの同情か定かではないが、今まで積極的に飲もうと思っていなかった物を購入している辺りが、先生への信頼度を如実に表しているように見えた。

 

「ならねェなァ。人生ってのはままならねェもンだなァオイ」

 

「言ってることが分かりませんがコーヒーと人生は先生にとって等価値だということだけは理解しました」

 

水掛け論が展開され始め、これはもう説得は無理だなとユウカは諦めモードに突入する。

 

が、先生に小言を言う流れであることは変わらなかった。

この際だ、不満に思ってることをもう少し言ってしまおうと、ユウカはやや前のめりになりながらやや食い気味に。

 

「もっと言うと」

 

「まだあンのか」

 

「あります。先生はもうちょっと野菜も摂取するべきです」

 

なんですかこのレシート。と、ユウカは机の隅に置いてあった一枚のファイルとそこに挟まれた多数のレシートを見せつけた。

 

「唐揚げ弁当にとんかつ弁当。その前は生姜焼き弁当に焼肉弁当。先生の昼食、お肉弁当ばかりじゃないですか。これは流石に見過ごせません」

 

ファイルをヒラヒラと上下に踊らせつつ、良いですか。とユウカは人差し指をピンと立てる。

 

「食事に必要なのはバランスです。コーヒー、ひいてはカフェインの取り過ぎも含めて言いますが先生の食生活はあまりに偏り過ぎです。毎日とは言いませんが何日かに一回はサラダも合わせて買いませんか?」

 

「別に食わなくても死ンだりはしねェよ」

 

「健康に悪いですしその連鎖で寿命が短くなります」

 

ユウカの熱弁に先生はそォかよと、やや面倒臭そうに相槌を打つ。

 

しかし彼女の勢いは止まらない。

元々の生真面目かつ心配性な性格が、今回は裏目として発揮されていた。

 

「あと掃除もして下さい。私、先生が掃除してるのを見たことが無いです。先生が飲み捨てた缶コーヒーとかいつも私が片付けてるじゃないですか。私がいなかったらこの部室今頃ゴミ屋敷ですよ? 設立してまだ二週間しか経過してないのに」

 

しかも全部が缶コーヒーだけというゴミ屋敷だ。

想像するだけで最悪すぎる。

そこまで熱弁した所で、全く先生はもう。という態度を取りながら小休憩とばかりに机の隅に置いていたペットボトルの蓋を開け、中に入っているお茶を飲み始める。

 

「なァ」

 

「コク……コク……。なんですか?」

 

「早瀬は俺の通い妻か何かを演じてンのか?」

 

ブッッ! と、その発言にユウカは今まさに飲んでいたお茶を勢いよく机の上に噴き出した。

その拍子に何枚かの書類が濡れ、それを目撃した先生の口から何してンだお前……等と何とも罪深い言葉が飛び出す。

 

「な、なななななにを急にっっ! か、かかか通い妻だなんてそんな! 私は先生が忙しそうだから手伝いに来てるだけで! そのついでで色々しているだけで! そそそそそんな妻みたいな行動をしているつもりはまだ全然なくていやでもそう思われたのがちょっと意外というか悪くない気分というか」

 

先生から突如として放たれたその言葉。

そこにはユウカの度重なる小言に対しての嫌味を多少含ませた反撃以外の意味合いは何も含まれていないのは冷静に考えれば彼女でも分かる物だったのだが、肝心の言われた側のユウカにとってそれは最大級の爆弾以外の何物でもなく、脳内がその一言で完全にパニック状態に陥いるのはある種当たり前のことだった。

 

あわわわわわわわわわ。と、先程までのハキハキと物事を指摘していた姿からは想像も出来ない慌てっぷりを披露する。これ以上の水害を増やさない様ペットボトルの蓋を閉じることが出来ただけでも褒めて然るべきレベルである。

 

こうなってしまっては、最早どうしてそんな言葉がこのタイミングで先生から飛び出して来たのかを冷静に推測する余裕はない。

 

結果として、先生の反撃はユウカの精神的余裕を見事に瓦解させる程の大ダメージを負わせることに成功していた。

 

「前々から思ってたがよォ」

 

一方で、ユウカの慌ただしい内面事情を露程も知らない先生は右拳で頬杖をつきながら心底呆れた表情で物申しを始める。

 

「今までまともだったのがある瞬間を境に異様に早口になる現象は何なンだ。そのせいでいつも後半何言ってるか全く聞こえねェ」

 

それは先生が私をいつも振り回してるせいです。

とはとてもじゃないがユウカには言えなかった。

 

 

──────────────────

 

「へ? 今からミレニアムに行くんですか?」

 

午後一番、残っていた仕事を粗方片付け終わった後、ユウカは先生から今からミレニアムに行くことを告げられた。

 

「あァ。調べた限りではお前の学校はキヴォトスの中でも最先端に科学が進んでる。皮肉だが悪くねェ居心地だ。そこのエンジニア部だったかァ? あそこに頼ンでたもンが届いたのと、もう一つ頼ンでた物の試作品が出来たって報告を貰ったからな」

 

灰色と白の横線が交互に入っているちょっと奇抜と言わざるを得ない私服の上から連邦生徒会の男性用制服を身に纏いつつ、ミレニアムに行く理由を先生は語る。

 

細身であること、肩まで伸びかかっている長髪で、さらに真っ白な髪であることが相乗効果を生み、白尽くしの制服をあまりにも完璧に着こなす先生の姿に一瞬見惚れ、何も考えられなくなるユウカだったが、先生が発した言葉の内容が数秒後に頭に入ってきた瞬間、ユウカはブンブンと素早く頭を二度振った後、ちょっと待ってくださいとその発言に待ったをかけた。

 

「ん? え? あの、今の話を聞く限りでは、先生はこれまでも何回かミレニアムに来てたように聞こえるんですが……」

 

咄嗟に、聞いた内容が間違ってないかの再確認を行う。

聞き間違いであって欲しいな。と思っていたユウカの心は。

 

「既に三回ぐらいは行ってるな」

 

余りにも呆気なく真実によって打ち砕かれることとなった。

 

無情な先生の発言にユウカは二歩、三歩よろけた後、いやこのままじゃダメと。ぐっと堪える様に体勢を持ち直すと、それはいくらなんでも酷過ぎませんかと喰い掛り始める。

 

「ど、どうして声ぐらい掛けてくれないんですか! 探してくれても良いじゃないですか!」

 

ミレニアム内ではそれなりに忙しい身ですけど先生と話す時間ぐらいありますし、無くても無理やり取ります! と、先生の口から放たれた聞き捨てられない初耳情報にユウカはやや感情的になりながら先生に不満を訴える。

 

確かに、確かに最初に出会ったあの日。何かあったらミレニアムに来て下さいとは言ったが、私に会いに来てくださいとは言わなかった。先生の行動に過ちはない。なんならその数日後に自分からこの連邦捜査部(シャーレ)に足を運び始めたので、今更ミレニアムで会う必要がないのも分かる。

 

そこまで自分で分かってて、理解してて尚、でもやっぱり納得いかないとユウカは乙女思考全開の、もしくは少女特有の理不尽さで先生に詰め寄る。

 

だが先生はそれに動じず、むしろお前は何を言っているんだと言わんばかりの視線を向けながら、これまた至極当然の様に答えを返した。

 

「いや探す用事もねェだろ……」

 

「あ、そうだ。ミレニアムに来たんだからついでに早瀬いないかなーみたいなノリでちょっとぐらい探してくれても良いじゃないですか!」

 

「俺がそういうタイプの性格に見えンのか?」

 

「見えませんけど!!」

 

それはそれ。これはこれという奴です。と暴論を展開しながらもまあ良いですと一方的に彼を許したユウカに対し、先生は心底体力を消費した表情でじゃァ何だったンだ今のやり取りとぼやく。

 

「ちなみに何をエンジニア部に頼んでたんですか……と言うかどうしてエンジニア部なんかに……」

 

複数の札束に羽が生えて空へと消えていく様子がありありと脳内で思い浮かび、その光景が容易に現実でも起こり得ることに頭を抱えながらユウカはどうしてよりにもよって頼った先がそこなのかと疑問を投げかけた。

 

「ミレニアムの中でもアイツ等が開発にかけては優秀そォだっただけだ」

 

言いながら、先生は懐から自前の銃を取り出し机の上に置く。

 

「一つ目はコイツだ。俺の新しい銃がいる」

 

「銃、ですか……? でも新しいのと言っても、先の戦いではそれなりに手慣れた扱いをしていたように見受けられましたが……」

 

二週間前の連邦捜査部(シャーレ)奪還作戦の時の戦いが思い起こされる。

彼の片腕は杖をつく関係上、戦闘では基本的に使えない。

 

その制約もあり、先生はどうしても片手のみでの使用を前提とした拳銃を持つことを強制される。

先生はそれをキッチリ使いこなしていた。と、ユウカは先頭に立っていたが故にそこまで詳細に把握出来てこそいない物の、その命中率の高さは目を見張る物があった事を思い出す。

 

基本的に利き手または両手で扱う事が前提とされる銃という武器種を、利き手ではない左手で使いこなしている辺り、彼の練度は相当の域に達している。

しかし、その芸当は決して己の手腕だけでは達成出来る物ではない。人間と武器にも相性がある。

 

先生の武器は、随分と手に馴染ませているのが傍目でも分かる程に使い込まれていた。

それ程の武器を手放して別のに持ち替える必要は、彼女としては無い様に思う。

 

「弾の数がもう心許ねェ。こっちの事情で弾はキヴォトスの『外』にしか無くてなァ。どォにかして取り寄せる事も出来ねェンで代わりになる物を探して貰ってる」

 

「なるほど、そう言う事情が……」

 

頷き、それならば仕方ないのか。と、ユウカは若干の勿体なさを心の奥にしまいながら先生の言い分に納得する。

 

「もう一つは俺の身体のサポートする玩具の試運転だ」

 

コンコンと、先生は杖で足を軽く叩き、

 

「見ての通りコイツは基本頼りにならねェ。この環境になってから特にだ」

 

先日の連邦捜査部(シャーレ)奪還の際に発生した戦闘でそれが良く分かったと、先生はなんでもなさそうに機能不全状態の脚を指して言う。

 

反対にその言葉を聞いた瞬間、ユウカの口は止まった。

流れが、一瞬にして変わってしまったと直感で理解する。

今までの緩い雰囲気が、一気に変わってしまったことを肌が訴えてくる。

 

「……その足は、ケガでもしてるんですか?」

 

「怪我ねェ。……まァ一言で括るなら怪我、だなァ」

 

天井を見上げながらそう喋る先生の目はどこか遠い物を見ていた。

その表情から過去を思い出しているのがユウカには丸分かりで、それ故に次の言葉を彼女は見出せない。

 

先生は何も言い出せないユウカに気付いているかの如く、もう一度足を軽く杖で叩いた後、その現代的デザインの杖を見ながら語り始める。

 

「走ることはもう出来ねェ。歩くのもコレがなきゃままならねェ。確かにやろうと思えば十分回避出来た怪我だった。いや、回避する選択肢はあの時俺の中に常にあった」

 

だが、と先生は一度言葉を区切りながら席を立ち、

 

「回避する道を選ぶ気は微塵も無かった。この不自由を選ンだ事に後悔はねェ。大事なモンを守る為にこの犠牲は必要だった。そのツケが今回って来てるだけだ」

 

とは言え一歩間違えてたらあの場で俺は死ンでたンだから、これだけで済んでるだけまだマシだなと。そう言い終えた後、連邦捜査部(シャーレ)のオフィスから出ようと歩き出し始める。

 

出て行こうとする先生に待ってくださいと言いながらその後を追うユウカの表情は浮かない。

 

一分程度の短い会話の中でユウカは思い知らされた。

自分は、先生のことを何も知らないのだと。

 

先程、頷いている場合じゃなかった。

納得している場合じゃなかったと。己の浅はかさに後悔の念が生まれる。

 

今までの話を聞いて、あの時の先生の戦いぶりを見て、自分は何も違和感を抱かなかった。

いや、思わなかったことが間違いだった。

そのことに、たった今ユウカは気付いた。

 

刹那、先生の背中を見つめるユウカの額から冷たい汗が流れる。

 

先生は銃の扱いに長けている。

そればかりか、あの弾丸飛び交い爆弾が常に投擲される戦場の中心を涼しい顔で歩くどころか、戦局を支配する程の度胸と経験がある。

 

銃の扱いが上手い事と、戦場でそれを発揮出来るかは全く別のスキルだ。

それを弾丸が当たっても死にはしない自分達と違って、一発でも当たれば死という世界でそれを両立させることが出来るのは、並大抵の人物が出来る芸当ではない。

 

果たして、果たしてそれは、普通の生活の中で育まれる経験なのだろうか。

キヴォトスの外でも、ああいった物は日常茶飯事なのだろうか。

 

違う。と、ユウカは即座に否定する。

自分の考えを、自分で否定してしまう。

 

そして気付く。気付かされる。

それが当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないという当然を。

 

本来ならば自分達と先生との生活は切り離されてしかるべきなのに。

外から来た先生にとって常識外のことがキヴォトスでは常識である事に混乱がある筈なのに、どうして彼はここまで綺麗に適応出来ているのだろう。

 

否、適応どころの話ではない。

最初からそれが当然かのように、先生は振る舞っていた。

まるで、今までいた世界でもそうだったように。

 

「どォした。お前は行かねェのか?」

 

「え? あ、い、行きます!!」

 

深い深い霧の中を手探りで進んでいるような考えの中、いつのまにか立ち止まっていたらしい自分目掛けて先生が声を掛ける。

 

先生のその一言によってその深い霧が全て吹き飛ばされたような気持ちになる中、ユウカは一度今までの思考を全て振り切り、加えてほんの少しの嬉しさを覚えて先生の後に続く。

 

キヴォトスに来る以前、先生はどんな生活を送ってきたのか。

先生はいつから身体の自由を後天的に失ったのか。

先生の過去を、先生が歩んできた道を、先生が失ったものの大きさを、ユウカは知らない。

 

先生が語った、大切にしている物が何なのかもユウカは知らない。

聞く勇気が、まだ持てない。

 

聞けば何かが、終わってしまう気がするから。

根本から、ガラガラと崩れてしまうような気がするから。

 

でも、それでも。

 

(いつか教えてくれたら、良いな)

 

なんて思うのは、やっぱり自分が先生に抱いてしまった気持ちの表れなんだろうなと。

そんなことを思いながら彼女は先生の隣を歩き、ユウカと先生の平和な一日は続いていく。

 

 

 

 










平和だ……平和過ぎる。

平和な世界にいる一方さんなんか一方さんじゃないと思う方々。安心してください。私も同じこと思いながら書いてます。
でもシリアスの前にはほのぼのが無ければ、コメディが無ければその後の悪魔的地獄が映えないのでね。仕方ないんです。

まあ地獄が始まるのはエデン条約編までほぼないんですけど。

ああああ早くエデン条約編に突入して一方さんをボッコボコにしたいぃいいい!!
能力使えない彼を一方的に殴って撃って蹴って血だまりの海に沈めさせてえ欲を必死に抑えながら日常編を書いています。

主人公は黙ってヒロインの盾になれば良いしヒロインはそんな無茶をする主人公に泣き叫んでいれば良いと思うんですよ。

そんな訳で次回はミレニアムサイエンススクールです。
学園都市であらゆる地獄を味わいつつ生きていた一方通行ですが、結局は学園都市の人間なので科学が発達しているミレニアムサイエンススクールは彼にとってシャーレに続いて居心地が良いのです。割と暇さえあればここに彼はやってきます。

そのせいで割を食ってる学校がいくつかある訳ですが、それはまたおいおいという事で。

ユウカと一方通行はもう少しほのぼのする話にしようと思っていたのに最後シリアスになっちゃった……どうしてだろう……。



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エンジニア部とゲーム開発部

 

ミレニアムサイエンススクール。

 

他の学園の追随を許さない科学技術が特徴な学園で、歴史は浅いながらもゲヘナやトリニティにも引けを取らない影響力を持つと言われる場所。

 

学生だらけの街。

科学がキヴォトス内の外の学校の追随を許さない程発達している。

 

その二つの要素が、一方通行にある種の既視感を与える。

 

懐かしさ。そんな物を覚える程一方通行は学園都市に対し良い印象を持っていない。

暗部と言う下らない学園都市の闇によって行われた非道な実験の数々。

その犠牲となった無数の子ども。

 

その犠牲者側として、あるいは加害者側として両方の立場に浸かった彼にとって学園都市と言う存在は手放しで褒めるような場所とは到底言える物ではない。

 

だが学園都市はそんな闇だらけではない場所であることも知っている。

僅かな時間ながら彼もその場所にちゃんといた。

そして、今はそれを目指そうと足掻いている。

 

故に一方通行にとってミレニアムは、学園都市の光としての面影をそこかしこから感じ取れる場所として存外気に入っている。

そんな科学エリアの中心地である学校内を、一方通行はユウカと共に歩いていた。

 

(つーか、なンで付いてくるンだ? セミナーの方向はこっちじゃねェだろ)

 

ふと、そもそもの疑問が一方通行の頭に浮かぶ。

現在一方通行はユウカと行動を共にしているが、二人で行動していると言っても、一方通行はユウカにミレニアム内の道案内をされている訳ではない。

ただ彼の進行先にユウカが勝手に付いて来ているだけ。

 

既に何度かミレニアムへ足を運んでいる一方通行の脳内には、ミレミアム敷地内の地図が完璧に描写されている。

故に道案内等の手助けを求めてはおらず、ユウカが付いてくる理由が一方通行には分からなかったが、かといって特に跳ね除ける理由も無い為、そのまま放置を続ける。

 

そう考えていた矢先。

 

「先生はこのあとすぐにエンジニア部へ?」

 

杖をつく音が断続的に響く中で、ユウカがそそくさと一方通行の隣に並ぶと唐突に質問を投げかけた。

 

「今日は俺が呼ばれてる側だからな。さっさと行って済ませるつもりだが、それがどォした」

 

「じゃあその用事が終わったらセミナーに顔を出してみませんか」

 

「あ? 行く意味もねェだろ」

 

パン、と手を合わせながらユウカから一つの提案が飛び出すも、セミナーに行って意味があるとも思えない一方通行は極めて塩な対応を行う。

 

シャーレでの仕事中、雑談として一方通行はユウカから彼女がセミナーという物がどういう組織で、その中でどのような活動をやっているかを聞かされてはいる。

 

セミナー。

ミレニアムサイエンススクールにおける生徒会の通称で、ミレニアムの適切な運営をするのが主な活動目的ではあるが、それはあくまで表向き。

彼女達の真の目的は『千年難題』と呼ばれる今の技術では解けない七つの難題の研究。

 

ミレニアムで行われる様々な研究も全てはこの課題に繋がり得る過程であるという理念に基づいて予算等の支援をしており、ミレニアムサイエンススクールという名称すらも『千年難題』を礎にしていることもあり、全ての中枢となっている概念であると。

 

一方通行はセミナーがどういう所なのかをユウカから事前に聞かされた上で、一方通行は行く意味が無いなと結論を出していた。

 

簡単に言ってしまえば、セミナーのミレニアム運営も『千年難題』もまるで興味がなかった。

 

「改めてミレニアムがどういう所なのか教えますよ。先生が気に入りそうな店や施設とかも案内します」

 

「それ別にセミナーでやらなくてもシャーレで言えば良いンじゃ───」

 

ねェか、とユウカの提案に渋い返事をしようとした瞬間。

 

「いたーーーー!! 先生ーーーーーー!!!!」

 

彼の声を遮る程の大きな声が響き渡り、次いでドドドドドッッ!!! と、地響きを思わせる程の轟音を鳴らしながら、廊下の向こう側から明るい髪の少女が凄まじい速度で一方通行目掛けて駆け寄ってくるのが見えた。

 

その声と姿に見覚えしかない一方通行はオイ。と声を掛けようとして。

 

「あっ! 止まれない!!」

 

走って来る少女の口から、思わずもう一度言ってみろと言い出したくなる言葉が聞こえ、

その声に反応して避ける間もなく、ドンッ! と鈍い音を響かせて一方通行と少女が衝突し、結果一方通行は見事に吹き飛ばされた。

 

突然の報告が飛んでくるまで全くの無警戒だった一方通行は唐突な交通事故に対応出来る訳もなく、ゴフ……と言う呻き声と共に身体を折れ曲がらせながら、ベシャっと情けない音を立てながら床に思いきり身体をぶつける。

 

「わーーーーーー!! 先生ごめんーーーー!!!」

 

同時、一方通行を吹き飛ばした少女がやってしまったと言うような表情を浮かべ、大慌てで倒れた一方通行の救助に走る。

 

その少女の名は、才羽モモイ。

一方通行がミレニアムで知り合った中で、交流の多い少女の一人である。

 

モモイは勢い余ってぶつかり、あまつさえ吹き飛ばしてしまったことにわたわたと焦りながら、ひとまず一方通行を助け起こそうと倒れた彼に手を伸ばそうとする、

 

その、刹那。

 

「モォォモォォイィィィィクゥゥゥゥゥン!? テメェはいつになったら俺を見かけるなり飛び込んでくるのを止めるンだァ!? 毎回止めろって言ってるよなァ!?」

 

怒号を響かせつつ、青筋をこれでもかと浮き上がらせて上半身を起こした一方通行は、すかさずギチィッ!! っと、左手の親指とそれ以外の指で挟むように駆け寄ってきたモモイのこめかみをガッチリと掴んだ。

 

そのままギリギリと指先でこめかみを締め付け始め、一向に言う事を聞かない彼女目掛けてアイアンクローのお仕置きを始め、いぎゃぁあああああああああああごめんなさいぃぃいいいいいいいと、甲高い悲鳴と謝罪が廊下中に迸った。

 

「そンなに俺と遊びてェなら望み通り遊んでやるよォ!! まずはこのまま耐久ゲームだ。どこまで耐えられるかここで見ててやるからよォ!」

 

「ごめんなさいぃぃいいいい謝るから手を離して先生ぇええええ!! このままだとこめかみが凹むぅぅうううううううう!!」

 

「そりゃァ見応え抜群だ一体どこまで凹むか試してやるよォ!」

 

びええええええええええッ!! と、もはや断末魔のような叫びを上げるモモイはどうにかしてこの危機から逃れるべく、または助けを求めるべく自分の両手をバタバタと慌ただしく上下に動かす。

が、一方通行はそんな儚い抵抗を気にする素振りもせず、ひたすらにモモイの頭蓋へ圧力を掛け続けていた。

 

一方的な光景が繰り広げられているが、実際の所、モモイが本気を出せば一方通行の腕を振り払うことは簡単に出来る。

それをしていないと言うことは、彼女が今の状況を楽しんでいるかどうかはともかくとして、受け入れてはいる証拠だった。

 

一方通行とモモイによるある種微笑ましいやり取りが続く、そんな中。

 

「お姉ちゃん? 今度は何を…………。うん。お姉ちゃんが何をやったかは大体分かった」

 

彼女の悲鳴を聞いて駆け付けたのか、モモイそっくりの少女がひょこっと姿を見せながら呆れたように彼女へと喋りかける。

 

モモイをお姉ちゃんと呼ぶ少女の名は、才羽ミドリ。

モモイとは双子であり、一方通行がミレニアム内で知り合った中で、特に交流が多い少女の一人だった。

 

床に倒れ上半身だけを起こしながら一方通行がモモイを虐めている姿を見ておおよそここで何が起きたかを察したミドリは、一方通行にペコリと頭を下げる。

 

「いつもお姉ちゃんがごめんなさい」

 

「ミドリ。モモイの暴走を止めろっていつも言ってるだろォが」

 

「止めたかったんですが、部室でゲームの案を練ってる最中に突然あ! 先生が来た予感がする!! って言って飛んで行かれたら、いくら私でも止められないです」

 

一方通行が発した文句に、ミドリは困ったように肩をすくめながらそう言葉を返す。

 

ちなみにこの間もモモイへの変わらず攻撃は続いており、彼女の口から延々と悲鳴が零れ続けるせいもあってか、一方通行はモモイと、ミドリ……?  私には苗字なのに……? と、冷えた声がユウカの口から絞り出された事を見事に聞き逃した。

 

「ミ、ミドリーーー!! 助けてーーーー!!!」

 

ユウカの周囲が一段と冷えたことにユウカ以外の全員が気付かぬまま、モモイは自分の窮地に颯爽と現れた救世主である妹に助けを求め始め、ミドリはその声にえぇ……と悩む素振りを見せた。

 

モモイが一方通行から受けている仕打ちは完全に彼女自身が引き起こした結果であり、紛うこと無き自業自得でしかないので、ミドリからすれば助ける理由は何一つ無い。

 

だとしても彼女は一応自分の姉であるということが働いたのか、仕方ないなと呟きつつ彼女は一方通行の肩をチョンチョンと触り

 

「先生、そのぐらいにしてあげた方が……」

 

と、やんわりとした口調で一方通行に制止を促した。

ミドリの健気な説得に、一方通行は仕方無ェなと言わんばかりに小さく息を吐くと。

 

「もう次はねェからな」

 

言いながら、パっとモモイのこめかみを掴んでいた左手を離した。

 

「ぜ……ぜ……ひ、酷い目に遭った……!!」

 

一方通行が手を離したことでようやく地獄から解放されたモモイは、涙目になりながら自分のこめかみに手をあてがい、良く耐えてくれたね。凹まないでくれてありがとう等と労いを始める。

 

「酷い目に遭ったのはどう考えても俺だろォが……!」

 

解放された直後からふざけ始めたモモイに対しもう少しお仕置きが足りなかったか等と思いつつ、一方通行はそう反論しながら杖を支えにして起き上がると、ミドリの方へ身体を向け。

 

「で? 何か用事でもあンのか」

 

と、ここまで勢い良くぶつかる程の事をしでかす程度には何か用事があったのだろうと一方通行は話が通じやすいミドリの方から話を聞き始める。

 

面倒事かそれともただの使い走りか。

この二人、否モモイのことならば可能性が高いのは圧倒的後者の方だなと性格からそう判断し、本当に後者だったらお仕置きもう一回だなと内心思う一方通行だったが、聞かれた側のミドリは一方通行の予想と反するように首を左右に振り。

 

「あ。ううん。特に用事って物はないかな。お姉ちゃんが会いたかっただけだと思う」

 

と、実にあっさりとした答えを返した。

 

「……そォかよ」

 

あれだけ大声で呼んでおいて特に用事は何もなかったことを事も無げに伝えられた一方通行は、これ以上ない程に無駄な時間を過ごしたような感覚に大きく嘆息しようとして。

 

「ミドリだって会いたい癖に。というかミドリの方が会いたい癖──」

 

モモイが何かを言い始めた直後、パンッ、と言う銃声が一発鳴り響いた。

一方通行は反射的に音が鳴った方を見ると、いつの間に構えていたのか、神速の如き早業でミドリは愛銃を取り出し、その銃口を姉のモモイへと向けて容赦なく発砲していた。

 

哀れにも妹から実力行使が入るとは露ほどにも思っていなかったモモイは、放たれた銃弾に反応すら出来ずまともに銃弾を額に貰った結果、彼女は最後まで言葉を言い終えることなく白目を剥いたまま、ドサッと仰向けに倒れて沈黙する。

 

「……酷い目に遭ってたのは確かに俺じゃなくモモイの方かもしれねェなァ」

 

あまりにも綺麗な暗殺に一方通行は僅かばかりモモイに同情する。

その傍らでミドリに対しどうしていきなり撃ったのだとかを筆頭に色々と疑問が降って湧いてきたが、追及する気も起きないので一方通行は彼女の奇行に対し何も言わない。

 

元はと言えばモモイが自分に突撃さえしてこなければこんなことになっていないので、やはりこれは彼女の自業自得でしかなく、それ以上の域は出ないな。と、一方通行は結論を出すと。

 

「特に用が無ェなら行くぞ。この後始末は適当に済ましとけよ」

 

ここで起きた全てのゴタゴタが終了したと見た一方通行はミレニアムに赴いた当初の目的であるエンジニア部の方へ歩み始めた所で。

 

「あ、その用事が終わったら、今日も部室に来ます?」

 

ミドリの方から引き留めが入った。

一方通行はその言葉に立ち止まり、数秒程考えた後、

 

「……時間があったらな」

 

振り向かず、一つの回答を置いた。

 

返事を聞いたミドリは、はい、待ってますから。と、嬉しそうな声色で発し、その後直ぐにお姉ちゃんいつまでも気絶してないで起きて等とまあまあ身勝手な事を宣いつつズリズリとモモイを引き摺り始める。

 

ミドリが姉のモモイに文句を垂れ流し続ける声が徐々に自分から遠ざかって行くのを感じ取りながら、一方通行はカツン。と杖の音を響かせて次の一歩を踏み出そうとした所で。

 

「先生、先生」

 

今度はユウカから中断の声がかかった。

何故だかいつもよりも声を一段、二段程低くして。

 

「あ?」

 

今度はお前かよと言う空気をひしひしと震わせて一方通行はユウカの呼びかけに反応する。

急いでこそいないが、待たせてはいる。

そもそも立て続けに自分の行動を妨害され続けて純粋に機嫌が悪くなり始めている。

 

それぐらいのことお前なら分かるだろ。という雰囲気を纏わせて足を止めた一方通行には、ユウカの方も自分と大して変わらない機嫌になっていることに気付かなかった。

 

はぁぁぁ……と、わざとらしく嘆息する一方通行の横で、ユウカが低い声で質問を始める。

 

「先生、今さっき二人のことを何と?」

 

「あ? ミドリとモモイがどォかしたかよ」

 

そう、何の気無しに発言する。

 

だが、

一方通行にとって普通に返事しただけだったそれは。

 

「先生、ちょぉぉっっっと、お時間よろしいですか?」

 

ユウカにとって何らかの線を越えてしまうには十分だった物らしかった。

彼女は目をカっと見開き、明らかに大きな不満と小さな怒りを宿していることを隠しもせず、一方通行に詰め寄り始めた。

 

「なんで私は早瀬なのにあの二人はミドリとモモイって名前で呼んでるんですか才羽で良いじゃないですか才羽で!!」

 

「仕方ねェだろ基本的にどっちも同じ場所にいやがるンだからよォ!! 才羽と呼んでどっちからも返事されたら面倒に決まってるだろォが!! 俺を引き留めたと思えば突然何下らねェ事言い出すンだテメェ!」

 

「下らなくなんか無いです!! 死活問題!! 結構な死活問題です!!!!」

 

訳の分からない事で突然怒り出すユウカに対し一方通行も熱を上げながら声を上げて反論する。

 

あの二人には名前呼びしなければならない面倒な理由があった。

だがそれをユウカに咎められる覚えは無い。

何なら元に戻す気もサラサラ無い。

 

一方通行にとって至極真っ当な言葉は、何故かユウカには届いてくれそうになかった。

 

どうしてユウカが突然詰め寄ってきたのかも声を張り上げたのかも不明。

もっと言えばモモイをモモイと呼び、ミドリをミドリと呼んだ事がどうしてユウカの怒りに繋がるのか全く理解出来ない。

 

ユウカと口論をする中、頭の片隅でそんなことを考えていると、ほう……。と、突然ユウカは怒りの形相を引っ込め、一方通行の反論に何かを納得したような表情をし、その後何かを思いついたような、閃いたかのような顔に一瞬なると。スッと、真剣な顔つきで一方通行の目をまじまじと見つめ始めた。

 

あァ……? と、秒でコロコロと変わるユウカの表情と感情に一方通行は戸惑いが追い付かない。

そんな中、ユウカは先生。と、改めて良い聞かすような声で一方通行に確認を取り始める。

 

「先生。私の名前は早瀬ユウカです」

 

「そりゃそォだろォよ」

 

「そして私が所属しているセミナーには、同じ早瀬という名前の仲間がいます」

 

「……はァ」

 

「ほら、紛らわしいですよね? 面倒ですよね? 行く時困りますよね? 呼ぶ時困りますよね? 困らない為の別の呼び方、あるんじゃないですか?」

 

瞬間、ほら。ほら。と、謎の催促を始めるユウカと、この流れをどう処理すれば良いんだと本気で困惑している一方通行の図式が完成する。

 

一方通行はセミナーに所属している生徒の名前はユウカから過去に聞き、名前を覚えているが、流石に苗字までは聞いていない。

 

仮に名前を聞いた生徒の苗字が彼女の言う通り『早瀬』なのだとしたら、それは当然彼女と彼女じゃない方と区別する為に分ける必要はあるだろう。

確かにユウカの言う通りだなと、一方通行は彼女が言っていることの正しさを理解する。

 

しかし、

しかしだと、一方通行は考え直し。

 

「いや、セミナーに行く理由は無ェしお前とはシャーレで会うしそのシャーレに早瀬はお前しかいねェだろ」

 

ピシャリとそう言い切り。思っていることをそのまま素直に口に出す。

 

「変える必要、あるか?」

 

あります!!!!! と、その瞬間声を大にして反論された。

突然の大声に一方通行は思わず耳を塞ぐがユウカの勢いは収まらない。

 

「それにさっきモモイ達の部室に寄るって言ってました!! セミナーに対しては渋り気味だったのに!! と言うか今も渋ってるのにゲーム開発部には渋らないなんて差別です差別!!!」

 

「あァ分かった分かった!! セミナーに寄れば良いンだろォが寄ればよォ!!」

 

その気迫に負けたかのように、とうとう一方通行は折れた。

 

「やった!! それじゃ用事が終わったらすぐセミナーに……あ!?」

 

根負けして一方通行が了承したことが嬉しかったのか、ユウカは僅かにガッツポーズをしながら彼と約束しようとした直前、稲妻が直撃したような表情を作りながらそんな声を上げた。

 

まるで何か、思い出してはいけない物を思い出してしまったかのような声だった。

一方通行はまたもやコロコロと変わるユウカの表情に追いつけずにいると。

 

「えーと……やっぱ良いです、来なくて良いです」

 

さっきの勢いは何処へ行ったのだと問い詰めたくなる程にしおらしくなりながら、自分から取り付けようとした約束を反故にし始めた。

余りにも急変する態度に一方通行はいよいよ付いて行けなくなり、一体全体何を考えているのかと、頭の中で疑問符を量産する。

 

「では先生、またシャーレでお会いしましょう」

 

オホホホホ……と、わざとらしい笑い声を出しながらユウカはそそくさとその場を後にし始める。

そんな彼女の後姿を眺めつつ、一方通行は。

 

「俺にはお前が正直良く分かンねェよ……」

 

抱いた率直な感想を、ミレニアム内の廊下で落とした。

 

──────────────────

 

科学技術の最先端を行くこの学校にも当然様々な部活がある。

 

スポーツ。

サイエンス。

文化。

そして、例外。

 

その中にあるサイエンス系部活の筆頭として、エンジニア部が存在する。

 

白石ウタハ。

豊見コトリ。

猫塚ヒビキ。

 

僅か三名で構成されたその部活は、全員が全員『マイスター』と呼ばれる機械の製作、修理を行う専門家であり、同時にミレニアムの最先端テクノロジーを巧みに活用し、高い技術力と知識で数多くの発明品を世に出した正真正銘の天才集団が集結した部活。それがエンジニア部である。

 

最先端科学を主張するミレニアムにおける一種の顔としての側面を持つ彼女達の部室は、体育館二つを丸々繋げたかのような広大さを誇っており、一般的な部室と比較できる程ではない大きさを持っている。

 

一方通行は、そのエンジニア部と協力関係を結んでいた。

 

自分やシャーレに関する機械や武器を作成する際に生じた費用は全てシャーレが負担する。

また、その際に試験的に作成した物のテスト役を可能な限り請け負う。

 

代わりに、彼女達には自分からの依頼を優先的に処理して貰う。

 

一方通行にとってまだまだ未知数なこの世界を生き残る為に必要な物資の調達、及び必要だと思った場合、自らの知識を提供し、疑似『学園都市』製のアイテムを。

 

彼女達にとっては予算の関係で取り掛かれなかった多様な技術を詰め合わせたオーパーツの作成、及び自分達では辿り着けなかった未知の技術の提供を。

 

お互いがお互いにとって不利益を被らない契約がここに交わされ、いつしか一方通行が定期的にエンジニア部にやってくる理由となり、少女達は未だ知り得ぬ世界に手を掛けたことで発生したモチベーション及び一方通行との交流に胸を躍らせるといった副次的効果もあり、四人独特の関係性が築かれるに至っていた。

 

「やあ先生、来たばかりなのに随分と疲れているようだけど、道中で何かあったのかい?」

 

「色々とあったンだよ色々となァ」

 

そんなエンジニア部の部室にて、一方通行は置いてあった椅子に適当に腰かけ、労いをかけてきたウタハに心底疲れ果てた顔でそう愚痴る。

 

モモイと物理的に衝突し、ユウカの謎の勢いに振り回される。

一つ一つは大した物ではないのだが、立て続けに発生すれば流石に疲れもする。

 

いつの間にか置かれていたコーヒーに口をつけながらそう嘆息する一方通行の様子をウタハはそうかい、と苦笑しつつ、さて。と、早速本題に取り掛かる姿勢を見せた。

 

「一応頼まれた物の一つはちゃんと用意出来たよ」

 

コトッと、一方通行の前にある机にそれを置く。

片手サイズの拳銃だった。

 

「出来る限り先生が持っていた銃と質感、重量、グリップ等ありとあらゆる部分を再現しておいた。使用感はそれでも変わるだろうが、そこは自分で調整してくれると嬉しい」

 

「悪ィな。費用はシャーレに請求しとけ」

 

礼を述べつつ、一方通行は机に浮かれた武器を左手に持ち、手触りを確かめた後、それを懐へとしまう。

 

「試し撃ちをしたいならいつでも言ってくれると良い。動き回る的を用意するぐらいは可能だ」

 

「そりゃどォも。で。もう一つの方は渋い返事だったが。そりゃどォいう事だ?」

 

「そこから先は私が説明しましょう!」

 

シャ──ッ、と、滑る様に移動しながら一方通行とウタハの会話にコトリが割って入る。

彼女はやって来た途端、ゴトッッ!! と大きな鞄を一つ机の上に置き。

 

「とりあえずどういうのが好みなのか分からなかったので! 適当に色々作っておきました!!」

 

ドサドサドサッッ!! と、鞄をひっくり返し、その中にあった物を全て机の上にぶちまけた。

 

中から出てきたのは得体の知れない金属が底に接続されている靴。

脚に巻いて使う事を想定されているであろうことが推測出来る何本もの帯状の物が重なったベルトらしき物体。

その他にも金属製の鎧の足部分のみを模した物や何かのチューブがこれ見よがしに伸びているバッグ等、見るからに怪しい物が続々と鞄から散りばめられていく。

 

机に並べられていく数々の道具を見て、一方通行はウタハが回答をはぐらかした理由を成程と理解した。

 

(要するに使えそうな物を適当に作ったので後は今から俺自身でテストして確かめてみろって訳か)

 

「脚のサポート。と言うお話でしたので私達三人がそれぞれ自作したアイテムをそれぞれ持ってきちゃいました!! 用途も使用法もそれぞれ違うので、気に入った奴を使って下されば!!」

 

コトリは多様なアイテムを制作した経緯を説明すると、嬉々とした表情でその中から一つを取り出し。

 

「例えばこれ、脳からの命令を即座に伝達させ次の一歩をどこに踏み出して良いかを予測し、その通りに動かしてくれる歩行補助機。名付けて『自動歩行(オートオーダー)!』 脳と補助機をリンクさせるシステムの関係上エンジニア部内でしか着脱出来ないのが難点ですが効果は保証します!」

 

と、自信作を披露した。

 

「なるほどな。却下だァ」

 

が、一方通行はこれを即断即決で否決した。

そもそも自分の脳は既に前頭葉が欠損しており、その欠損を補うという形で自分の脳は首にあるチョーカーから伸びる複数の電極で補助されている。

 

その上でさらに負担を強いるのは得策ではないし、何より一々着脱の為ここまで来なければならないのがあまりにも面倒かつ不便すぎる。

 

エンジニア部で付け外しをしない限りシャワーや寝る時もずっと装備し続けなければいけない未来を考えると、ここは彼女の案を棄却するのが妥当だろうと一方通行は冷静に判断を下す。

 

しかし。

 

「なッッッ!? なんでですか!! 自己防衛機能である小型十連装ミサイルを両足に二基ずつ搭載し、かつ気になるあの子のスカートの中を見放題! 爪先にステルス搭載された二十四時間継続使用可能な覗き見盗撮カメラまで搭載しているというのに!!!」

 

「余計却下だろ誰も頼んでねェ機能追加してンじゃねェ」

 

容赦なく浴びせられた却下の一言に、ガーン! と作品を簡単にあしらわれた事にショックを受けたコトリはいやいやいやいやと一方通行の判決に待ったをかけて必死に追加機能含めたアピールを始めたが、一方通行にとってその機能はまるで必要が無かったのでそれも含めて全て没と評した。

 

そんな、男の人なら泣いて嬉しがるであろう録画映像をシャーレのパソコンに自動転送する機能まで導入したのにとさらにどうでも良い機能を紹介しつつ、地面に手を突いて悔し涙を流すコトリだったが、一方通行はそんな彼女を完全に無視し、

 

「猫塚、お前が作ったのは何だ?」

 

と、色ボケ眼鏡よりは期待が持てそうなヒビキに作った道具の紹介を促した。

 

「任せて。良い物を作って来た」

 

指名されたヒビキは、机の上に広がる道具、ではなく部室の端に置いてあったソレを取り出し、カラカラと音を立てながら運びつつ一方通行にこれ。と見せつける。

 

瞬間、その道具を見た一方通行の頭に警鐘が響く。

頼む相手を根本的に間違えたのではないかと、過去の自分の判断を悔いるかのように彼は頭を抱えた。

 

ヒビキが運んできた物。それはどう見ても、誰がどう見ても歩行を補助する道具ではなかった。

百人中百人が、これは何かと聞かれたら全員が同じ答えを返すだろう。

 

車椅子だと。

 

「先生は杖をついて歩かないといけない。つまり歩かなければ良い。という事で発明したのが『低空飛行車輪(スライドホイール)』普段は車椅子として活用して戦闘時には下部に取り付けたジェット噴射を用いて低空飛行で空を滑るようにして移動し機動力を確保。どう?」

 

「歩行のサポートが回り回ってどォして車椅子になるンですかねェ猫塚さン?」

 

「やることは一緒。行動方法が違うだけ。後、車椅子の方が色々機能が追加出来て楽しかった」

 

「本音が全部後半で漏れてンぞお前。俺は脚を補助する道具を頼むとは言ったが面白機能満載の玩具を作れと頼んだ覚えはねェんだよ……」

 

満足気に語るヒビキを横に、コトリと大して変わらない成果物を見せつけられた一方通行は本当に頼む相手を間違えたなと後悔する段階に突入した。

 

はぁぁぁと、深く深く嘆息する一方通行に、ヒビキはどう? と、彼からの結果発表を待ち続ける。

絶対に採用される。否採用されなければおかしい。

 

そんな視線が放たれていることをひしひしと感じつつ一方通行は。

 

「当たり前に却下だ馬鹿が」

 

冷静に思った通りの事をそのまま言葉として流した。

 

「そんな!! 飛行中も身体が吹き飛ばない様に移動中は常にシートベルトが自動装着! 手元にあるボタン一つでただの空中を移動できるだけの車椅子が標的を自動追尾する大型爆弾へと変貌を遂げられるのにどこが問題が!」

 

「大有りだろォが!! シートベルトで動けねェのに爆弾化させて突撃させてみろォ! ンなことなったら敵と一緒に俺も吹き飛ぶ未来しかねェじゃねェか! あとそもそも爆弾が積まれてる物に人を乗せンな! 流れ弾が爆弾に当たった時点で俺がお陀仏になっちまうだろォがよォ!!」

 

「確かにそれは改善点。どうにかしておく」

 

「どォにかする前に破棄して欲しいンですけどォ……」

 

車椅子を引き下げながらブツブツと改善案らしき独り言を呟きつつヒビキは部室内にあるどこかへと消えていく。あの様子では破棄をする気は毛頭ないのだなと知るには十分であり、一方通行は三人中二人の自信作が駄作以上の何かだったことにこれ以上ない不安を覚えながら。

 

「白石。分かってるだろォがお前がまともじゃなけりゃ俺は帰る。そして二度と来ねェからな」

 

残っている最後の一人でありエンジニア部の部長であるウタハに釘を刺すようにそう告げる。

しかし、その言葉を向けられたウタハは、フッと小さく笑うと机に散らばってる物ではなく、自分の鞄を取り出しその中の物をガサゴソと引っ張り出し始める。

 

「その心配はないよ先生。私のは完璧だ。最高傑作と言っても良い」

 

「もうその言葉だけで不安にしかならねェよ……」

 

鞄の中に手を突っ込みながら自信満々に言い切ったウタハの態度こそが不安に思えてならない一方通行は、ひとまずウタハが鞄から取り出した物を目で追おうとして。

 

それ以降彼は考えるのを止めた。

 

「先生の足はまともに動かない。ではどうするか。その答えは考えてみれば簡単だ。別のに付け替えてしまえば良い、と言う訳で私が提案するもの。それは義足だ! 足が使えないのならいっそ別の足にしてしまえば良い。そうすればその悩みとは────」

 

「帰る」

 

彼女が言い切るより先に、一方通行はこの場を後にしようと立ち上がった。

逃げ出すようにエンジニア部から退出しようとする一方通行だったが、その行動は既にウタハに読まれていたのか、動き出すより前に彼の腕は掴まれ引っ張られ、まだここにいろと暗に強要される。

 

「待つんだ先生! 冗談だよ。先生の大切な足をちょん切ったりするもんか」

 

「いィやさっきの目はマジだった。俺が帰るって言い出さなかったらガチでぶった斬って足を作り替えるつもりだっただろォがもう良いですここには来ませン今までありがとうございましたァ!」

 

第一、彼は身体を動す際にそう命令する脳が壊れてしまった結果、思う様に足が動かないのであって、足その物は健康である。

 

たとえ今の足を捨てて義足に切り替えたとしても、命令系統が壊れている以上動かない結果は変わらない。

彼女達に脚のサポートを依頼する時にその辺りの説明はそうなった経緯等を除いて説明した筈なのだが、どうやら部長であるウタハにだけは理解して貰えなかったようだった。

 

「次! 次は自信作だ! さっきのはほんのお遊び。ジョークという物だよ。何事も最初はコメディから入るって言うだろ? 最初からシリアスじゃつまらないからね。まずは人の心を掴まなきゃ」

 

「その唯一の観客である俺の心はもう離れてるンですがそこン所はどォなンですかァ」

 

「そういう先生もこれを見れば黙ると思うよ。ほら」

 

一方通行を逃がさんと片手で彼の動きを封じつつ、もう片手で器用に鞄から取り出したのは掌に軽く収まる程に小さい円形の筒のような何か。

 

「実はヒビキの歩けないなら飛べばいいという案は悪くないと私も睨んでいてね。奇しくも揃って似たような装置を作る結果を生んでしまったよ。と言う訳でこれは先生の身体を直に浮かす装置で、訓練と身体に装着する場所次第だが音速を超える速度で飛ぶ事もかの──ああ待って先生出て行かないで欲しいもう少し真面目に装置の説明を聞いてから──」

 

「もう帰りますゥ!! 失礼しましたァ!!」

 

ここにいては人権も何もかも毟り取られる。

冗談ではなく本気で命の危機を感じた一方通行はこの場からの全力逃走を図ろうとするが、既に彼の腕は掴まれており、ウタハの腕を引き離すことは今の彼には相当な難題だった。

 

「これは別にヒビキやコトリが発明したようなトンデモ機能がある訳じゃない。ただちょっと人体を浮かしてそのまま何もしなければロケットのように吹き飛ばしてしまう物をどうにかして改良しようとしている良品だ。出力の調整次第では十分活用が期待出来───」

 

「調整次第って言ってるじゃねェかまだそれ完成してねェじゃねェかそれ誰が完成まで人体実験するンですかァ俺は嫌ですまだ死にたくありませンーーーーー!!」

 

「先生の体重や体幹で微調整しないと実用化に至らないんだそこは了承して欲しい」

 

「誰が了承するかこのクソアマァ!! 命が百あっても足りなさそうなので辞退しますゥもォいィです自分の足でキヴォトス歩きますゥ!!」

 

待ってくれ。

イヤだ。

お願いだ。

断る。

話を聞いてくれ。

全部聞いた。

じゃあ了承してくれ。

する訳ねェだろ。

 

上記のような問答が延々と繰り広げられ、埒が明かないと踏んだ一方通行は他の部に用があることを思い出したかのように告げ、時間がそれなりに経過したことを理由に逃亡に成功する。

 

結局この日、一方通行が得た収穫は拳銃一丁と少女達のシャーレの予算をふんだんに使用し、贅沢かつ無意味なコントに付き合う忍耐力だけだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

エンジニア部から命からがら逃げだした一方通行は、先程ミドリと約束した通り、彼女が所属するゲーム開発部へと足を進めていた。

 

名前の通りゲームを開発し、販売、配布する部活らしいが、一方通行は彼女達がゲームを制作している様子を見たことはなく、寧ろ遊んでいる様子ばかり観察している。

 

そんな一方通行だが、彼がゲーム開発部を訪れるのは初めてのことではない。

 

初めてミレニアムを訪れた際、初対面のモモイに無理やり引っ張られ、部室へ連れ込まれ、彼女達が嗜むコンピューターゲームに無理やり参加させられた。

 

当然一方通行も最初はゲーム開発部に連れて行かれるのを拒否し、遊びにも付き合わない姿勢を見せていたが、二人の落ち込む姿を見て渋々承諾、一時間だけと言い張った上で遊びに興じたが、彼が結局シャーレに戻ることになったのは三時間以上が経過しての事だった。

 

以降。モモイとミドリの両名、及びゲーム開発部のもう一人の部員である花岡ユズは彼のことを甚く気に入ったのか、ミレニアムで一方通行がいるのを見かければ、又はシャーレでの休憩時間に部室やシャーレ内にあるゲームセンターへ誘うようになり、一方通行も時間に余裕がある時は付き合うようになった。

 

そんな経緯を経て、現在一方通行はゲーム開発部の部室前へと辿り着いていた。

 

今日の仕事はユウカと共に終えている。

今からシャーレに戻っても特にすることはない。

なら少しばかり彼女達に付き合い暇を潰すのも悪くないかとドアノブに手を掛けた瞬間、

 

(ほら急いでミドリ! 早くしないと先生来ちゃうよ)

 

(先生……ちゃんと私がミドリだって気付いてくれるかなぁ)

 

(それを知る為にやるんじゃん早く早く!)

 

扉の向こうから、モモイとミドリの騒々しい声が聞こえて来ている事に気付いた。

 

(何騒いでンだあいつら)

 

ゲーム開発部が騒がしいのは今に始まったことでないが、何故だか今日はいつにも増してドアの奥が騒がしいことに一方通行は僅かばかり眉を寄せる。

 

が、そもそも騒いでいるのはいつもの事だったなと思い立ち、まァ何でも良いかと彼はそのままノータイムでガチャッと扉を開け。

 

ミドリの服に着替えようとしているモモイと。

モモイの服に着替えようとしているミドリの姿と、

一方通行が来てしまったことに顔を青ざめさせながらワナワナと震えるユズの姿を目撃した。

 

瞬間、先程まであんなにやかましかった部室内が途端に静まり返る。

加えて、少女達三人は一方通行の方を見つめたまま全員時が止まってしまったかのように固まってしまい誰も動こうとしない。

 

それは、スカートを手に持ち、今正に履かんとしていたミドリと、短パンを膝まで持ち上げていたモモイも同様だった。

 

さらに言えば、モモイ、ミドリ双方共上着のボタンを閉じておらず、白い肌と慎ましい膨らみを隠す布、そして下腹部を覆う逆三角状の水玉模様があしらわれた布の二つがこれでもかと一方通行の前に曝け出されている。

 

カラーもそれぞれ桃色と緑色と、徹底して自分達のイメージカラーに沿われていた。

 

「……あ?」

 

その空気を壊さんかの如く、二人のそれはもうどうしようもない程にあられもない姿を目撃した一方通行は事態が掴めないような声を上げる。

しかし、一方通行が声を発した。

それそのものが自分達の意識を現実へと呼びよせる引き金となったのか。

 

直後、モモイ、ミドリの両名は瞬く間に顔をカーーーーッッ!! と頬を紅潮させ。

 

「わーーーーーーー!! 先生見ちゃダメーーーーー!!!」

 

「先生に、みら、みられ……!!」

 

ババッッ!!! と素早くモモイは身体を隠し始め、ミドリはモモイよりも顔を真っ赤にしながら、身体を隠す動作すら出来ない程にテンパる様子を見せた。

 

慌てて短パンを履いてボタンを留め始めるモモイと、プシューーー……とフラフラと首を左右に揺らし、頭から湯気すら出始めているミドリを他所に一方通行はこの状況が良く読めず、呆れ気味に言葉を投げる。

 

「何やってンだ、お前等」

 

「先生が来るまでにミドリと服を入れ替えて先生が気付くかどうかやりたかったの!! て言うか先生冷静に聞いてないで後ろ向いててよもーー!! 恥ずかしいじゃん!!!」

 

デリカシーの無さ最大限の発言をこれでもかとぶっ放す一方通行だったが、一応服を着終え体裁を整えたモモイはそこに怒ることはせず、顔を赤くしながらポカポカと一方通行の肩を叩く。

 

しかし、この状況に対応出来なかったミドリは未だ服を着替える事も出来ず、最早茹っていると表現するしかない程に真っ赤に顔を染め上げながらフラフラと頭を揺らし

 

「見られるなら、もっと可愛いの……履いて来ればよかった」

 

最終的にその言葉を最後に、ドサッッと、羞恥に耐え切れず気絶した。

 

直後、ミドリーーーー!!!! と叫ぶモモイの絶叫と。

あ、気にするのそこなんだ……と冷静なユズのツッコミと。

だから本当何がしたかったンだよと言う一方通行の呟きが重なる。

 

「気絶するならせめて私のスカート! いやボタンも! とにかく服を着てから気絶してーーーー!!!!」

 

以降、一方通行は事ある毎に様々な少女達のあられもない姿を偶然的に目撃する事態が多発することになるのだが、

 

それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









皆さま、ハッピーエンドはお好きですか。
私は好きです。大団円。大好きでございます。

しかし、山なし谷なし大団円。お好きじゃありません。
主人公やヒロインには物語に会った大きな苦しみを経験して欲しいなと思っております。

みんな幸せで結果オーライなら片目ぐらい見えなくなっても、良いんじゃない??


エデン条約編ではそんな苦しみを与えたい訳ですが、あまりにも重いとその重みを跳ね返す突破方法が見えなかったりもします。

例えばエデン条約編で出現する『聖徒会』が『妹達』の模った思念態だったりね。

「お久しぶりです。と、あなたに撃たれた腹部の痛みを思い出しつつ、ミサカ一号は憎悪の念を第一位に向けながら武器を構えます」

とか言われたら瞬間的に一方さんの心はポッキリな訳です。

当然これは本物の『妹達』ではなく、一方通行が心の中でそうなんじゃないかと勝手に思っている妹達の感情を歪な形で具現化しただけで当人達である『妹達』は全く憎悪等抱いていないのですが、一方通行が考えていた妹達の内面がそのまま出てきた訳ですから当然一方通行はそれを事実として受け止めます。

受け止めなかったとしても攻撃なんか出来ないです。撃たれ放題です。
勿論事情なんか知らない生徒達は一方さんを庇ったり反撃したりするでしょうが、その生徒の攻撃から『妹達』を庇う為一方さんが撃たれます死んじゃいそう。

守りたい筈の人が敵を庇った。
自分の銃弾で先生が傷付いた。

どうして……と絶望に浸る当人や周囲の生徒達を横に一方さんは血だらけで意識朦朧でやっぱりこうなるのが正しかったんだ等と、間違いだらけの正解を胸に抱いて死んじゃうんだ。

って所までをプロットに書き起こした時点で、あ、これ無理だハッピーエンドルートいけないわ。ということで没に。


もう少し丸くしないとね。
でも丸くし過ぎは面白くないからね。


そんなことを考えながら、次回はちょっとだけ戦闘が入ります。
ちなみに、ユウカは現在最も多く出番を貰っているヒロインではありますが、一番勝者に近い位置にいるという訳では……ないのかもしれません。



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才羽ミドリ

一方通行が部活顧問を務めている連邦捜査部(シャーレ)には、午前午後のどちらか、もしくは一日中彼の書類事務のサポートとして働く『担当』と呼ばれる制度がある。

 

この担当を務める為には当然ながら連邦捜査部(シャーレ)に入部している必要があり、同時にそれは一方通行の呼び出しがあれば基本的に応じる。というある種の契約が為されている状態を意味している。

 

その代わりなのか、連邦捜査部(シャーレ)の担当として働いた際には、その時間、日数に応じた報酬が支払われる。

 

担当は志願制であり、望む者がいれば望むだけ連邦捜査部(シャーレ)に入り浸り彼のサポートに回ることが可能になる。

 

そう、だったのだが。

 

一方通行が当初多くて三名、四名程だと予想していた人員より倍近くの担当希望者が発生し、その全員が一日中の担当を希望し始めた。

 

さらに頭の痛い事に月から土曜までの六日間全てを希望する愚かな働き者が複数名も現れた結果、瞬く間に生徒全員の希望を叶えられない状況が完成し、見事連邦捜査部(シャーレ)設立数週間にして、志願制という一部の生徒にとっては夢のような制度は廃止された。

 

現在連邦捜査部(シャーレ)は志願制に変わって当番制を採用し、希望者全員をリストアップし、一方通行が午前か午後か、それとも一日かを決めてスケジュールを組んでいる。

 

しかし、生徒達の一日ここで働きたいという不満点は十分一方通行によって考慮され。半日担当した次の担当日は一日にするという妥協点が組まれており、現状はそれで何とか志願者全員を一週間で回すことに成功している。

 

ちなみに、一回の担当で二人以上を指名するという案を一方通行は過去に提案した事があるが敢え無く過半数、いや大多数に却下された為その案はお蔵入りとなった。

 

さらに余談として、日曜日は休みなのだが、何かと理由を付けて連邦捜査部(シャーレ)に顔を出してくる生徒も多いので一方通行はそこはもう気にしなくて良いかと半ば諦めの姿勢を取っている。

 

そんな一方通行の朝は基本的に他人次第である。

誰も彼を起こさなかった場合、午前中に起きるかどうかすら怪しい一方通行であるが、大抵は朝にやってきた今日の担当生徒に起こされてしまうので、大抵九時を過ぎた辺りから彼の一日は始まる。

 

しかし、何事も例外はある。

彼が満足いくまで睡眠を取り、気持ち良く朝を迎えられる日がある。

その例外が、才羽ミドリが一日を担当している日。

 

つまり、今日だった。

 

「……ッッ。……あァ……寝た……」

 

「あ、先生。おはようございます」

 

時刻は午前十時。一方通行が単独で起きるにしては随分と早い時間に目覚めた彼は、目が覚めたと同時そんな挨拶を貰った。

 

寝転がっているソファの上から視線だけ声がする方へ動かすと、名前の通り制服、カチューシャ等に緑色のカラーを混ぜるミレニアムのゲーム開発部に所属している生徒、才羽ミドリが事務用の椅子に座りながらこちらをじーっと見つめているのが見えた。

 

「……そォか。今日はミドリだったか」

 

どうりで穏やかな目覚めだった訳だ。

と、一方通行は一人納得する。

 

「そうです。先生がぐっすり出来る日です。の割には起きるの早かったですけどね」

 

普段よりなんと二時間近くも早いです。

と、壁に掛けてある時計の方に目線を向けながらミドリは一方通行の早起きを褒め。一方通行もミドリの動きに引っ張られるように時計を見、確かに時刻が十時を回り始めた頃であることを確認し、自分でも僅かに驚きながら、ググっとソファから身体をゆっくりと起こす。

 

そのまま軽く伸びをすると。

 

「毎日色ンな奴に起こされてるからなァ。早起きの習慣でも出来ちまったかァ?」

 

冗談めいた喋り口調で、欠伸がてら一方通行はそう独り言のように呟いた。

確かに起きる時間こそ早かったが、やはり自分で起きるというのは気分が良い。

 

相手がミドリだからこそ堪能できる時間だった。

これがユウカならばそうはいかない。

 

彼女は寝ている一方通行を見かけるや否や早く起きて下さいを連呼しながら身体を揺すり続ける、さながら人間目覚まし時計と化してしまうので、それを相手に格闘しなければならない関係上朝から気分は最低の一言に尽きてしまう。

 

だが、一方通行的にそれ以上に酷い目覚めをプレゼントしてくる相手がいる。

それがミドリの双子の姉であるモモイだった。

 

彼女は最悪な事に一方通行が起きないでいると物理的攻撃による覚醒を試み始める。

先生起きてと叫びながら強く身体を揺するのは最初の数秒だけ。それを過ぎると今度は寝ている自分目掛けて跳躍からのダイブを決める超が付く程の問題児だった。

 

当然目覚めは最低を下回って最悪。起きて最初の行動は彼女へのお仕置きと相場が決まってしまうのが、彼女が担当する日のお約束だった。

 

以上の事から、ミドリが担当する日だけが一方通行にとって現状ほぼ唯一と言っても良い、穏やかな朝を迎えられる貴重な一日となっていた。

 

「もう十時ですけどね。私としては早く起きてくれて嬉しいですけど」

 

右手に持っていた携帯ゲーム機をポケットにしまい込みつつ、彼女はそう一方通行に微笑む。

 

「別にミドリに俺を起こすなとは言ってねェンだがな」

 

「でも起こすと少しの間機嫌悪いじゃないですか。その点担当が私だと先生は気持ち良く目覚められるので、こういう風に朝のお話が出来る。お互いに良い事だと思いません?」

 

「午前の時は早々と起こすだろォが」

 

「それはそれです。先生とこうやって会話……いやお仕事しなくちゃいけませんし」

 

別に会話する時間ぐらいはいくらでもあるだろうに何故取り繕いをしたのか、イマイチ一方通行には分からなかったが、まあ体裁という物は大事かと適当に納得しながら彼はソファから起き上がり、首元のチョーカーのバッテリーを充電するデバイスをコンセントから取り外す。

 

バッテリーが最大近くまで充電されているのを確認した一方通行は、改めて右手首に装着している収納スペースから杖を伸ばし、本格的に行動を開始した。

 

「先生、音楽を聴いて寝る気持ちは分かりますけど、耳が悪くなるのであまりオススメはしないですよ?」

 

「……音量には気ィ付けてる。気にすンな」

 

充電器を取り外したのを見ていたミドリからふとそんな事を口にされる。

 

一方通行の最大連続稼働時間は四十八時間。これを超えると彼の身体は本来あるべき廃人へと戻ってしまう。

喋る事、話を聞く事、歩く事。立つ事、考える事全てが出来なくなり、再びチョーカーのバッテリーが回復するまでそれが永続する。

 

それを防ぐ為にチョーカーのバッテリー管理は一方通行にとって死活問題であり、協力を要請しなくてはいけない事柄ではあるのだが、彼はこのチョーカーから伸びている電極による補佐がないと生活できなくなる事を一部の例外、エンジニア部を除いて隠している。

 

別に黙っていなくても問題は何一つないが、ユウカ、ミドリを筆頭にこの事を喋ってしまえば必要以上に身体の心配をし始める生徒達が一定数いることから吐露する必要も無いと判断し、彼は黙秘を貫いている。

 

電極は途中で二股に別れ、耳の後ろ側に接続されている為、傍目には音楽プレイヤーを引っ掛けているようにしか見えない。

 

ある程度の誤魔化しが通じる様に敢えてそう設計されている演算補助デバイスは、その実態を隠しつつ、ミドリ達に適切な誤解を与える事に成功していた。

 

だが、この話題が続くのもあまり好ましくない。

そう予感した一方通行は。

 

「つーかよォ、普通に志願して来たからこォしてスケジュールに組ンだけどよォ。お前等双子は最近忙しいンじゃなかったのか」

 

話の流れを切るように、ミドリ中心の話題へと持って行った。

そう、今こうして連邦捜査部(シャーレ)に顔を出しているミドリはこの時期、一方通行の仕事を手伝っている暇は無かった筈だと、過去にユウカと過去にやり取りした記憶を引っ張り出す。

 

ミレニアムプライス。

ミレニアム中の部活が各々の成果物を競い合う、ミレニアムで最大級のコンテスト。

 

この賞に選ばれなければゲーム開発部は廃部。

部員もいない。評判の良いゲームも開発しない。

 

しまいには校内を大改装してギャンブル大会を始めたりと言った迷惑行為や襲撃行動も頻発した結果。そんな部に予算を払っていられる余裕はない。部室も他の有益な部に明け渡して貰う。というのがユウカ、もといミレニアムの生徒会『セミナー』会計の判断らしい。

 

だが、それはミレニアムプライスに選ばれる様な成果物を出せなかった時の話。

 

簡単な話、自分達が学校にとって有益であることを証明すれば良いのだ。

その手っ取り早い手段がミレニアムプライスで入賞する事。

そうすれば、廃部の判断を下す必要はどこにもない。問題なく部活動を続けられる。

 

こんなことになる前からもっと早くあの子達がちゃんと部活動を全うしていれば、プライスに入賞するって言うあまりにも高いハードルを越える必要なんか無かったのに。と、彼女が愚痴っていたのを思い出す。

 

ミレニアムプライスまで、残り一か月を切っている。

なので、事情を大なり小なり知っている一方通行からすれば、連邦捜査部(シャーレ)の仕事よりゲーム開発部を守る為の活動をした方が良いのではないかと思うのだが、

 

「お姉ちゃんが絶不調なんです……お姉ちゃんがシナリオ、というか全体的なゲームの方向性を決めてくれないと、ユズや私が動けなくて……。なので現在ゲーム開発は難航中です。それも超が付く程の」

 

お姉ちゃん途轍もない遅筆なので……。と肩を落としながらミドリは一方通行に自分達の現状を伝える。

一方通行は今まで聞いたことが無かったので知らなかったが、聞く限りゲーム開発部はしっかりとゲーム開発をする為の役割がそれぞれ分担しているらしい。

 

その中の最初の一歩目、及びそこからの導線を担当しているであろうモモイが初っ端から躓いている。

それが今もミドリが連邦捜査部(シャーレ)に顔を出している理由らしい。

 

「部室にいてもお姉ちゃんを焦らせるばかりだし、だったら今まで通り先生の仕事に顔を出して、お姉ちゃんの集中力を無理やりにでも上げようと考えてるんですけど……」

 

「なンならモモイも普通に来やがるしなァ。ここに来る余裕があるぐらいだからてっきり順調に進ンでるもンだと思ってたが……ま、ゲーム開発にどれだけの時間が必要なのか詳しくは知らねェが、時間は大切に使えよ」

 

今、彼女達に出来る最大限の忠告をしながら、一方通行はデスク用の椅子へと座る。

 

さァて、今日の仕事はどんな物だと一方通行は机に積み上げられた書類の山に手を伸ばそうとして、向かいにいるミドリが肩を落とし、しゅんと落ち込んでいる様子を目撃した。

 

どうやら、先程の言葉は予想以上にミドリの心に突き刺さってしまったらしい。

俯いたまま、ミドリは顔を上げずに肩を震わせ、

 

「そう、ですよね……。普通はここにいるんじゃなくて、部室でお姉ちゃんと一緒に頭を悩ませないとダメですよね……」

 

か細い声でミドリは今日の自分を悔い始めた。

ああ、これはダメなモードに入ったな。

不穏な様子から直感でそう気付いた一方通行と、それが正解だった事を証明するかのようにミドリが口を開く。

 

だが、

 

「先生、やっぱり私今日は──」

 

「ミドリ」

 

やっぱり今日は帰ります。

そう言わんとしていたミドリの口を、一方通行が先読みで塞いだ。

 

「基本的にお前達の問題に対して俺が出来ることは何もねェ。ゲームに関する知識はハッキリ言って知識でしか知らねェからな」

 

知識として知っているだけじゃなく、体感と体験を得る事が出来たのは、本当にここ最近。

キヴォトスにやって来て、ミドリやモモイと知り合って、ユズと出会ってから。

彼女達の遊びに、強引に付き合わされてから。

 

そんな自分がゲームの開発に口を出す事は出来ない。

手伝えるものではない。戦力にすらならないだろう。

 

しかし自分はキヴォトスで『先生』をやっている存在である。

キヴォトスにおける『先生』は何をするべきなのか、何を為すべきなのか、それはまだ一方通行にも掴めていない。

 

それでも。

 

困っている生徒を前にして、事も無げに見捨てるのは違う。

それだけは、確信が持てる。

 

「けどよォ。お前達三人が何に苦しんでるのかの相談くらいは乗ってやる。それにまだ一か月もあンだろ。言い出したユウカだって無茶を言いたくて言ってる訳じゃねェ。追い出しはしてェのかもしれねェが、非情な奴じゃねェのは俺が良く知ってる」

 

本人達の前ではキツイ言葉を並べ、憎まれ役のような立ち回りをしているユウカだが、その裏、ここ連邦捜査部(シャーレ)ではなんだかんだで彼女達の事を気にかけているのを一方通行は知っている。

 

立場上無理やり廃部にすることも可能な筈だが、ユウカはそれを決行してはいない。

最大限の譲歩を彼女はちゃんとしている。

後は、ゲーム開発部のメンバーがそれに応じれるかどうかだけ。

 

しかし応じれる雰囲気を現状纏って無さそうなのは、第一に解決すべき問題ではある。

 

とは言え、状況の解決に必要な第一人者であるモモイがいない今、ここでそれをミドリ相手に言及しても意味がない事は分かっている一方通行は彼女の気を紛らわそうと。

 

「それにここも頻繁に来れる物じゃ無くなったしなァ。今日は気分転換の日だった。って事にしとけェ。オラ仕事すンぞ。ここは遊び場じゃねェンだ」

 

ここでの話はこれで終わりだと仕切り直しをしつつ、適当に積み上げられた書類を手に取り、パラパラとさながら漫画の如く素早く一枚一枚を流し見しては、不要な物と若干検討が必要な物に分け始める。

 

「あれ先生、さっきユウカ……って……」

 

「あぁ。アイツがうるせェんだよ。お前等のことをミドリ、モモイと呼んでるって言ったら急に突っかかって来てよォ。あまりにもしつこいンで俺が折れた」

 

「ふーん……」

 

書類から目を離さぬままミドリとやり取りする一方通行は、ユウカの名前を出した途端ミドリの声が僅かに低くなった事に気付く事はなかった。

 

「なんだか滅茶苦茶上げて少し落とされた感じがしました。嬉しさと苦しさが同時に襲って来た気分です。それぞれ加点六十、減点二十ですね」

 

「そりゃ随分と愉快な気分だなァ。今の会話でそんな面白ェ流れがあったようには思えねェが」

 

「当番制になってしまった時点である程度分かっていた事実ではありましたが、実際に聞いてしまうと……本当に知ってる敵も知らない敵も多いです……先生」

 

「敵? 敵が誰なのか分かンねェが、そりゃミレニアムプライスの賞を全部活が狙ってるんだからなァ。全員が敵だろォよ」

 

「いやそう言う訳じゃ……まあ全員が敵という点ではそうかもしれないですが」

 

「あァ?」

 

ゴニョゴニョと自分には聞こえない声で何かを呟き始めたのと、今までの会話が妙に噛み合ってない気がする事に疑問を浮かべる一方通行だったが、ミドリの方からも特に訂正が入らなかったので、それ以上特に気にすることなく、書類整理を恐ろしい速度で進めていた所で、

 

「…………」

 

ピタリと、彼は一枚の紙を前にして、突然書類を捲る手を止めた。

目に留まったのは数多の書類の中に混ざっていた一見変哲のないチラシ。

 

『未来塾で一緒に勉強しませんか』

 

でかでかと大文字で書かれたそれを一方通行は凝視し、そのまま目線を下へと流していく。

 

「? 先生?」

 

一方通行が動かなくなった事、そして一枚のチラシを長々と読み始めたことに首を僅かに傾げながらミドリがどうかしましたかと聞いてくるが、一方通行は彼女の言葉に返事をする事なく、懐からキヴォトスで新たに購入した携帯を取り出し、とある人物を呼び出し始める。

 

『……先生? 先生から連絡して来るなんて初めてだね』

 

数回のコール音の後、電話に応じたのは一方通行が『エンジニア部』、『ゲーム開発部』と同様にミレニアムで交流を持つ事になった『ヴェリタス』の一員。小鈎ハレ。

 

キヴォトス随一の、ハッカー集団の一人である。

 

「小鈎。今はミレニアムにいるか?」

 

『藪から棒だね。私は当然ミレニアムにいるけど。それがどうかした? 声がいつもより真面目だけど』

 

電話口の相手は、平坦とした声で一方通行の質問に答え、かつ彼が急ぎの用事で掛けてきたことを察する。

ハレの察しの良さに、一々話す無駄が省ける。と、一方通行は詳細を何も告げず。

 

「今から調べて欲しい事がある。急ぎで頼む」

 

要件だけを彼女に突きつけた。

 

この未来塾。何かが引っ掛かる。

一方通行の勘がそう告げている。

無数の書類の中に混ぜられた一枚のチラシ。

一見してもじっくり読み進めても、ただの勧誘チラシにしか見えない。

だが、それだけで片づけて良い内容ではない予感がひしひしと伝わってくる。

 

学園都市にいた時の、闇にいた時の自分が語り掛ける。

何か臭う。と。

 

これが間違いなら間違いで良い。まだ自分から毒が抜け切っていなかっただけ。

しかしもしそうじゃなかったら。

一方通行が秘めている一つの『決意』に従って、動かなければならない。

 

『急に電話してきたと思ったら突然だね』

 

これが一般生徒ならば話を進める前に色々と前段階を踏まなければいけなかっただろう。

状況の説明。頼んだ理由。もしかしたら見返りの話にもなったかもしれない。

 

しかし、この状況でわざわざ自分に連絡を取って来たことの意味。

その本質をハレは分かっており。対する一方通行も、ハレがそう判断してくれると理解しており。

 

『でも良いよ。なんたって先生の頼みだもの』

 

今からどこで何をすれば良いかも聞かずに、ハレが二つ返事で了承するまで、二人の会話は止まることなく流れる水のように進んでいた。

 

「悪ィな。調べて欲しいのはゲヘナにある未来塾っての内情だ。どォも引っ掛かる」

 

『了解。何か分かったら連絡するけど。何が欲しい?』

 

「何もかもだ。分かった物全て寄越せ」

 

『三十分以内にまた掛けるよ』

 

プツッと、彼女の言葉を最後に通話が終了すると、一方通行は携帯をしまいながら徐に立ち上がり。

 

「出るぞミドリ」

 

と、一方通行が話していた内容、もとい電話の声が全く聞こえなかったミドリに結論だけを伝えた。

 

「え? え? 小鈎って、ヴェリタスの小鈎ハレ先輩? 先生さっきの電話で何を……」

 

突然立ち上がりオフィスを出て行こうとする一方通行の行動に困惑の表情を浮かべながらも、慌てて一方通行の数歩後ろをトコトコとミドリは追い始める。

 

あ、なんか先生の三歩後ろを歩くのって良いな。等とどうでも良い事を考えている彼女の思考内容を知らぬまま、ミドリと共にオフィスの外へ出た一方通行は『シッテムの箱』を取り出し、

 

トントントン。と、三回軽くタブレットの表面を指先で叩いた。

 

直後。バツン、バツンと言う音と共にオフィスの電気が次々と消え、やがて全ての電気が落ちる。

前触れなしに起きたその光景にビクッ! とミドリが軽く跳ね上がり、オフィスの方へ視線を反射的に映すと。それに合わせるかのように独特な電子音が鳴ると同時、扉がロックされた。

 

その後畳みかける様に扉の上から『ただいま外出中』と書かれたお札が一枚天井から釣り下がる。

 

それは彼が連邦捜査部(シャーレ)から出掛ける際にアロナに命令している事の一つなのだが、ミドリにとってそれを目撃するのは初めてな為、いきなりの出来事の連続に驚きの反応を彼女は示し続けていた。

 

そんなオロオロと戸惑っている彼女の気配を背中で感じながら一方通行は小さく笑い。

 

「さっさと行くぞ。俺の足じゃそこそこ時間が掛かっちまうからよォ」

 

ミドリに一切の説明をする事無く、一方通行はエレベーターを起動させ、下に降りる準備を整えていく。

 

「い、行くって、先生今からどこに何を……」

 

「決まってンだろ。今からここの特権を使うンだよ」

 

「だ、だから話が見えないんですってば……!」

 

「行先はゲヘナだ」

 

ポーン。と言う音と共にエレベーターが到着し、一方通行とミドリは揃ってエレベーターの中に入る。

一階。と押されたボタンに従い下降し始めるエレベーター内で、一方通行はミドリに最低限の説明を施し始める。

 

一方的に彼によって振り回されかと思えば、今度は次々と今からの目的を伝えられているミドリは目まぐるしく動く展開に付いていけないまま、僅かに残った冷静な部分で、でもこうやって振り回されているのも、悪くないかも。等と脳内がややお花畑に染まった思考をしていたが、それもまた一方通行が気付くことはなかった。

 

「え。でもさっきの話だとまだその未来塾って所がダメな所なのかどうか分からないんですよね? ならどうしてハレ先輩からの情報を待たずに行くんですか?」

 

頭の中がフワフワに寄り始めた中でも一方通行の話はしっかりと聞いていたらしいミドリから最もらしい質問が飛んだ。

 

先生の話を聞いた限りでは、未来塾はまだ白か黒か断定していない。

それを知る為にヴェリタスのハッカーであるハレ先輩が頑張っているというのに、どうしてもう既に行動しているんですか? 

 

尤もな言葉が一方通行に投げかけられる中。

 

「ミドリ。良い事を一つ教えといてやる。怪しい物を見つけた時はなァ」

 

一方通行はコキッと、首の音を一度鳴らし、言い切る。

 

「先んじて動くぐらいが丁度良いンだよ」

 

 










一旦区切りが良いので投稿です。半分ぐらいで千切れました。

連載を開始する前から、ミドリかモモイのどちらかはヒロインとして扱うことは決定していました。

彼女達ならば自然な流れで名前呼びが出来ること。
それをきっかけに他の特定のヒロインにのみ名前呼びする流れが作れること。
そして彼女達がメインストーリーに普通に絡んでくれること。

以上のことからこれを使わない手は無いなということでこの二人はヒロイン筆頭候補でした。

個人的に話を作りやすいという意味でもモモイがヒロインにした方が色々と扱いやすいんですが、ミドリに対して申し訳ないなと言う気持ちがずっとあり、やっぱりガチ勢がガチ勢しててこそでしょと言う訳でミドリがヒロインレースに名乗りを上げることになりました。


しかし悲しいかなこの物語は酷いお話なのです。

ヒロインになれたことが嬉しいことになるとは限らないのです。
この物語はいかにして一方さんに絶望を与えるかがテーマとして存在しています。

私はヒロインより主人公が酷い目に会っているのが好きです。
なので主人公が酷い目に会うので結果的に曇ります。

一方さんの腹が銃弾で撃ち抜かれた時にミドリがどうなるか。私はちょっと見てみたい。見てみたいので書きます。まだ遠い先のお話ですけど。



次は日曜に更新……出来たら良いな……過度な期待だけはしないでください……。



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カチコミ

『未来塾。素行不良、自由奔放な生徒が多数を占めるゲヘナ生徒を対象に長期間による更生を目的とする集中教育機関。名前を調べたら、まずこういう謳い文句が検索に引っ掛かったよ』

 

その名の通り、未来を育む塾だね。と、電話口から呆れにも似た笑いが響く。

 

「広告だけは立派なもンだ。だがそもそもの問題として、問題児がそンな更生施設染みた場所に通うのかって話があるが」

 

『問題児故に入って行った子がいるみたいだよ。おふざけ目的。やれるものならやってみろ精神。有り体に言ってしまえば、若さは強さって奴かな』

 

入塾してしまったゲヘナ生徒達の無鉄砲さぶりを、ある意味で賞賛しているハレの推測は大方当たってるだろうな。と、一方通行は彼女が語った推測が自分の見解と大方一致している事を確認した。

 

きっかけは本当に些細な事から始まったのだろう。

好奇心がくすぐられたとでも言うのだろうか。とにかく、問題児たちの中でもとりわけ例外と呼ばれる様な少女達が、暇潰し目的で入塾した。

 

ゲヘナ地区をミドリと共に歩く中、心の内で様々な可能性を組み立てていく。

一方のミドリは、ミレニアム生にとってはゲヘナ自治区は基本的に来ない場所だからか、しきりに辺りをキョロキョロと挙動不審気味に見渡しては、ゲヘナの生徒から訝し気な視線を送られ、その度に自分の背中で視線を遮ろうとしたりと中々に見てて飽きない動きを繰り返していた。

 

ミドリが行い続けている奇行を一瞬だけチラリと見つつ、一方通行はハレとの会話を進める。

 

「で。効果はあったのか」

 

『十分あったみたいだよ。通っていた子の殆どは僅か数日で真面目な生徒になり、素行不良さが消えて行ったらしい。友人に紹介を促したりもしていたみたいで、実際入塾した生徒は少しずつだが数を増やしている。現在進行形でね』

 

「なるほど。そりゃァ結構だ。あまりにも良い施設すぎて涙が出るなァ」

 

塾に入っている生徒達は今も通い続けてはいるが、彼女達が入塾する前に何度か起こした、自分達こそが世界の中心とでも叫んでいるかのような施設襲撃事件等は起こしてはいないらしい。

 

それどころか、他の生徒達の勧誘まで行っているそうだ。

 

ハレが調べて来た情報に一方通行は口元を吊り上げながらそう所感を述べる。

顔にも声にも、これでもかと湧いてくる未来塾への不信感を隠すこともせずに。

 

『でもこの場合先生が言いたいのは、効果があったことがおかしい。だね?』

 

ハレは、そんな一方通行の心情を見事に見抜いていた。

 

「よく分かってンじゃねェか。人間がそンなに簡単に変われるなら、世の中のドス黒い部分はもっと漂白されてる。なンかあンだろォ? そうなるよォなからくりが」

 

興味本位。もしくは未来塾の破壊前提で入った奴等が全員、数日後には掌をひっくり返したかの如く大人しくなり、終いには学生のお手本のような生徒になる。

 

それは果たして本当に未来塾の成果なのだろうか。

否、そんな訳がない。

そこまで都合よく話が進む訳がない。

 

チラリと、一方通行は背後を見やる。

ひょこひょこと杖を歩く自分の歩幅に合わせてその後ろを付いてくるミドリの姿を見やる。

 

一見すると人畜無害のように見えるミドリ。そして無害ではないが有害になるとはあまり想像できないモモイのような双子でさえ、施設襲撃を企て、実行してしまう。

襲う理由は人それぞれなれど、自分達の中に芯とした物があるならば、公共問わずありとあらゆる施設を襲撃するという価値観が、ここキヴォトスでは常識として存在している。

 

そして、今一方通行とミドリが歩いている場所はゲヘナ学園の自治区内。

モモイやミドリでは比較にならない程の、行動力やぶっ飛んだ思考を持つ者達が多く在籍する区域。

数ある区画の中でもとびきりに過激極まりない一般常識を持つゲヘナ生徒を相手にして、そもそも長期間による更生を目的としていること自体が破綻していると言っても良い。

 

上手くいく筈がない。

一回二回はまだしも、全部が全部上手く更生出来る筈がない。

 

仮に何万歩譲って更生出来たとしても、長期間による更生を見込んだ施設がやる事にしては、些か効果が出るのが早すぎる。

 

数日で効果が現れるのに、何故か継続に長期間を要する物。

人が変わったかのような変化が訪れているのに、それで更生終了としない物。

 

それはなんだと考えるだけ無駄だった。

そんな物、一方通行の中にある答えは一つしかない。

 

『先生の言う通り、からくりがあったよ。彼女達は間違いなく未来塾の教育を受け更生した。ただしその手段は酷く醜悪な物、結論を先に言わせてもらうと洗脳だね』

 

だろうな。と、一方通行は彼女が放った見解を特に驚きもせずに聞き続ける。

むしろそうでなくてはおかしい。

 

使用されたのはほぼ間違いなく音と映像による二重催眠。

複数の生徒を一斉に洗脳する場合、塾という場所と映像という手段は実に効率的だ。

 

キヴォトスではブルーレイディスクで学習するのが常識となっている。

であれば、生徒は何一つ疑問を抱くことなく、用意されたヘッドフォンを利用するだろう。

洗脳を目的とした映像を自然に流すことも、ディスクでの学習が常識な以上疑いもしないだろう。

 

故に一方通行は最初からその部分に関して考察を広げていない。

未来塾が洗脳と言う手段を使って生徒の意思を捻じ曲げていることを前提にここ、ゲヘナまで足を進めて来ている。

 

考えているのは、その一歩先。

 

洗脳し、駒を作り上げ、何をしようとしているかだ。

 

「洗脳した先の目的は何か掴めたか」

 

『……ごめん。流石にそこまでは探れなかった。私がこれ以外に把握出来たのは未来塾の位置情報とこれをやらかしてるのはロボット二機だけだという事だけだね。座標は既に先生の携帯に送信しているから確認して欲しい』

 

「あァ。今確認した。にしてもロボットねェ。とうとう機械が謀反を起こす時代ってかァ? 自律思考を持たせるのも考えもンだな」

 

ワカモを脱獄させたのも自律型だったなと一方通行は過去、彼女と話した会話を思い出しながら、いくつか彼が住んでいた方の学園都市とも合わせて思考を巡らしていく。

 

キヴォトスを良く思ってない『外』の連中が差し向けたキヴォトス崩壊作戦の一つか。

それとも単に逆らえない状態を作り上げ、よからぬ何かの人体実験の材料にでも使うのか。

 

キヴォトスがそこまで黒く染まっていないことを願いたいが、最悪は常に考えて損は無い。

 

自律型ロボットではあるが、誰かからの差し金であることは否定出来ない。

 

ではその目的は何か。

洗脳して良い生徒を作り上げて実績を上げてさらに生徒を集めて金儲けが目的では、わざわざゲヘナを対象にする理由がない。気性が荒い学区内で塾を立ち上げるリスクとリターンが噛み合ってなさすぎる。

 

ゲヘナで活動すること自体に意味がある筈だ。

いずれ企んでいる荒事を見据えての事か。

それとも洗脳に条件があり、該当しているのがゲヘナだけだったのか。

 

あらゆる方面から少しずつ思考を詰めていき。

 

(もしくは、隠れ蓑として最適な場所がゲヘナだってのか?)

 

一方通行は一つの可能性に辿り着いた。

常日頃から事件が起きるのが当たり前なこの学区なら自分達の問題が浮き彫りになりにくいと判断した。

だからゲヘナを選んだ。

 

この線も十分あり得るな。と、一方通行は頭の片隅に記憶しつつ、携帯を取り出しハレから送られてきた未来塾の座標を目で追っていると

 

『でも先生、先生はどうやって未来塾が黒側だと見抜けたの?』

 

電話口から、素朴な疑問が投げかけられた。

その問いに対し、一方通行は僅かに黙った後、 フゥ。と小さく息を吐いてから根拠を語り始める。

 

「考えてもみろ。わざわざシャーレにこれを届けて何の意味がある。部活顧問である、つまり先生である俺にだ。担当宛に送ったのを俺がたまたま見つけた。としても違和感があるだろォよ。向こうはこっちの業務形態を知らねェんだからな」

 

つまり、と前置きし

 

「こいつは一つのメッセージだ。たまたま洗脳が浅かった奴からのな。それが一番可能性が低い中で考えられる最悪のパターンだった。九割九分面白半分の悪戯に紛れさせた物だと思ってたがよォ。まさか本当に当たりだとは思わなかったなァ。オイオイ、俺の勘もまだまだ捨てたもンじゃなさそォだぜ」

 

無駄足前提でここまで来たがまさかまさかの大当たりだったことに自分自身でも若干の驚きがあったことを笑いながら言う一方通行だったが、ハレにとっては今の彼の言葉がそこそこ不満だったのか、先程までの業務的な声色から随分と私的な声色に調子を変化させ、

 

『先生、今私はただ働き寸前だった事を知った訳だけど』

 

と、至極真っ当な文句を垂れ始めた。

対し、一方通行も声の調子を幾分か和らげつつ反論する。

 

「ケチくせェ事言うンじゃねェよ。どォせ暇してただろォによォ」

 

『む……。いくつか反論したい所だが、まあ良いよ。今日の所はそれで』

 

完全に納得してはいないが、これ以上言っても無駄だと思ったのだろう。

ハレはそこで一旦区切りをつけ。

 

『先生』

 

真摯に彼の事を呼び。

 

『無茶、しないでね』

 

思いやる声で、そう告げた。

それに対して一方通行は一瞬だけ面食らうも、すぐに口元を緩め、 ハッ。と、短く笑う。

 

「誰に言ってやがンだ。一瞬で終わらせてやるから安心しろォ」

 

自信満々に言い切り、一方通行はハレとの連絡を切った後、で? と発しながら後ろへと振り返り。

 

「さっきからキョロキョロとしてるがよォ。ゲヘナに来た事ねェのか?」

 

遠い地方へ旅行でも来たかのようなリアクションを延々と取り続けているミドリにそう尋ねた途端、彼女は首を激しく上下に振り始めた。

 

「インドア女子が来る訳ないです! それにさっきから色んな人が見てきます! これがゲヘナ流挨拶なんでしょうか……!!」

 

「そりゃお前ひっきりなしに首動かしながら隠れる奴がいたら見るだろォよ」

 

「そんな! じゃあ今までの視線は全部私のせい!?」

 

ガーン! と、これでもかと言わんばかりのショックを受ける仕草で一方通行にもたれかかる。

こうなった時のミドリのリアクションは大してモモイと変わらない。

普段は内気と陽気で完全に分かれている二人だが、しっかりと双子である事を感じさせる瞬間だった。

 

身振り手振りが姉そっくりな大幅な動作を街中でした事で余計周囲の目がミドリへと向いているが、それについては指摘しないのが礼儀なんだろうなと一方通行はその事に黙秘しつつ。

 

「つか、周囲の視線がしンどいならゲームしながら歩けば良いじゃねェか。そォすりゃ忘れンだろ」

 

現状最も手軽かつ彼女ならではの解決方法の提案を行う。

 

だが。

 

「歩きながらゲームはダメですよ先生! ぶつかっちゃいます」

 

一方通行の提案は、真っ当な正論で正面から否定された。

 

「そォ言う所の倫理はあるンだなお前……別に良いけどよ」

 

「それに、それじゃ先生とその、お話…いや集中が、出来ないですし」

 

なンだそりゃと一瞬考えた一方通行だったが、自分達は今カチコミ中だったなと気付き、成程ミドリはミドリなりに気持ちを整えようとしていたのかと察する。

 

確かに戦闘行為があるにせよ無いにせよ、向かう先は敵地であるには違いない。

そこに到着するまで暇だからゲームしてましたじゃ、どうしても意識が敵地ではなく想像の世界の方へと削がれてしまう。実際に削がれはしなくともそうなる懸念がある。だからゲームはしない。

 

それは納得せざるを得ない話だなと、一方通行は彼女の真面目さと先を見据えた行動力を讃える。

 

一方通行の中でミドリの株が上がる。

その、矢先。

 

「ぴゃああっ!」

 

背後にいるミドリが突然、変にも程がある叫びを上げた後、ピョイッと素早く一方通行の背中に隠れ始めた。

突飛すぎる行動に今度はどうしたとミドリの方へ振り返ると、

 

「怖い生徒に睨まれました」

 

言いながら、彼女は人差し指でおずおずとある方角を指差す。

その方角へ目を向けると、見るからに不良生徒の風貌をまとった少女がギロリと睨んでいるのが分かる。

 

「先生、守って下さい」

 

いや何からだよと喉元まで迫った言葉をギリギリで堪えつつ、彼は嘆息するだけに留める。

件の生徒は既に一方通行とミドリへの興味を失ったのか立ち去っている。

 

しかし、彼女は背中から現れようとはしなかった。

ギュッと服の裾を掴みながらプルプルと震えている。

 

思わずお前はガキかと言いたくなる気持ちに駆られたが、一方通行は必死にその衝動を抑え、何とか再び嘆息するだけに止める事に成功する。

 

どうやら彼女はゲヘナ学園に対しあまりに大き過ぎる偏見を持っているらしい。

とは言え一々偏見を正すのも億劫だと、一方通行はゲヘナの少女達を恐れるミドリに対し認識の修正を行う事はせず、歩みを進める。

 

「わ!? ま、また違う人に見られました! 早く行きましょう先生! 変な人に絡まれる前に!」

 

グイィィ……! と、背中を押すようにミドリは一方通行を急かす。

押す動作をしている割にはそこまで力を入れていないのは彼女の優しさ故か。

 

押されていく最中、お前はゲヘナの生徒を化け物か何かだと思ってるのかと問い詰めたくなったが、逆にそれを肯定されそうな予感がしたのでその点には触れないことを決め、一方通行はされるがままに目的地を目指していく。

目指していく。

 

 

――――――――――――――――

 

ゲヘナの北区。

 

大きさを問わず様々な建物が乱立し、

訝し気な看板がそこかしこに並び、

正しく無法の二文字が似合う場所に、『未来塾』はひっそりと存在していた。

 

一方通行とミドリが、ハレから送られてきた位置情報を辿って到着した先に広がっていたのはある二階建て家屋だった。その二階建て家屋の二階部分に、未来塾の看板が立っている。

 

他の建物と比べると、少々ボロが目立つのが気になるぐらいで、外観に関してはそれ程注意を引く物ではない。

が、一階は、まるで誰かに襲撃された直後かのように無残な姿へと変貌を遂げているコンビニだった事は否が応でも二人の注意を引いた。

どうやらこれでも営業はされているらしい。中には武装した店員らしき少女がレジを切り盛りしている姿が見える。

 

以前からこうだったのかそれともつい最近まで普通だったのか、レジの少女は割れた窓ガラスや破壊されてる電球には気にも留めず、掃除する事もしないまま客が棚から取った弁当を温めている。

 

カモフラージュなのかそれとも偶然の産物なのか、どちらだったにせよ納得感がありそうな雰囲気を残すコンビニをしばらく見ていた一方通行は、考えていても意味はないなと、階段の手すりに手を掛け、上り始め、ミドリもそれに続く。

 

カン……カン……と、階段を進む二人の冷たい足音だけが響く。

 

ここから先は未知数。

この先に何があるか、未来塾の中がどうなってるか完全に不明。

 

引き返すなら、今しかない。

ここから先の、彼女の無事を保証する事は確約出来ない。

能力が使えた過去ならばともかく、今の一方通行にミドリを守り切れる力があるかどうかはかなり怪しい。

 

最大限努力はするが、届かない可能性はある。

むしろ、届かない可能性の方が高い。

 

自分の身を自分で守れるかどうか。

その意思を確認すべく、一方通行がミドリの方へと視線を移す。

 

ミドリは、一方通行がミドリを見る前からずっと彼の事を見つめていた。

手を若干震えさせながらも、無言で一方通行を見つめ、彼が顔を向けると同時、頷く。

 

行こう先生。

 

強がるように目で語るミドリに、一方通行は小さく息を吐き、ポンと彼女の頭に手を置いた後。

 

「無理すンじゃねェぞ」

 

ミドリの緊張を解すように語り掛け、うん。と答える彼女の震えが止まったのを確認しながら階段を昇り終え、未来塾の自動ドアの前まで二人は辿り着いた。

 

外から中の様子は見えない。

当然か。と、一方通行は心の中で呟きつつ、いつでも武器を取り出せるよう意識を集中させながら一歩、前へ踏み出した。

 

直後。二人を歓迎するかのように、ガラス張りの自動ドアが駆動音と共にゆっくりと開く。

一方通行とミドリは、開かれた先にある光景に怪訝の表情を強めた。

そこに広がっていたのは、十人程の生徒が机に座り、それぞれの眼前に置かれたパソコンをヘッドホンを装着した状態で瞬き一つせずに凝視している光景だった。

 

パソコンに映っている映像は、学習用途で使われる様な映像ではなく、ただの真っ白な画面があるだけ。

どう見ても、それは勉強のために使われる映像ではないことは二人から見ても明白。

 

生徒全員が微動だにせず、常に画面を凝視し続けている様子は言いようのない恐怖を与えたのか、隣にいるミドリから息を飲む音が聞こえる。

しかし、身体は震えておらず手はしっかりと武器に添えられている為、状況に置いてけぼりにされる心配はなさそうだった。

 

さてここからこれをどう潰すか。

懐に忍ばせている銃を左手で握りながら数ある手段のどれを取ろうかと一方通行が考えていると。

 

『いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?』

 

二人の来訪に気付いた一機のロボットが、機械音声を発しながら二人に接触を試み始めた。

人間の真似事なのか、高級そうなスーツを身に纏い二足歩行で歩く姿は妙に様になっている。

 

だが、頭部が楕円型で、顔に当たると思わしきパーツ全体が真っ黒のディスプレイ形状でかつ目が電子で表現されている姿はまさにロボット同然であり、一方通行は即座にこれが主犯の一機であると悟る。

 

主犯だと分かった以上は、遠慮も情けも無用だった。

 

『見学でしょうか? それとも入塾希望でしょうか? よろしければこちらへ。未来塾を案内させて』

 

頂きます。

そうロボットが言い終わるより先に、一方通行は額に銃を突きつけた。

刹那、ロボットの目を表していた記号が、忽ち驚愕を表すような記号へと器用に変化する。

 

一方通行は目まぐるしくロボットがいかにも感情があります。と宣っているような表現方法をそれがどうしたと言わんばかりに口元を吊り上げ。

 

「下手な芝居は止せよ三下。何のために俺が連邦生徒会の服装でわざわざやって来たと思ってやがンだ。ロボットはロボットらしく無機質に動いてろォ」

 

ズドン。と、手に持つ銃から空気を裂くような発砲音を一つ、容赦無しに鳴り響かせた。

放たれた弾丸はロボットの頭部の左半分に深々と突き刺さり、小さな破裂音と共にディスプレイの半分以上を罅割らせる。

 

『き、貴様ッ!?』

 

バチ……バチ……ッ! と、頭部から電流と火花がこれでもかと散らせ、一般的な機械製品なら既に破棄同然の有様を晒していながらも、ロボットは未だ機能を停止しておらず、二歩、三歩とよろけるように下がると、本性をさらけ出すように一方通行への敵意を剥き出しにする。

 

殺してやる。

言葉ではなく迫力でロボットは一方通行に訴えてるが、一方通行はロボットからその感情が発されること自体が、コイツが『未来塾』で生徒を洗脳したロボットの一体であることを確信する材料となった。

 

一方通行はロボットの鬼気迫る迫力に一切動じる事無く、むしろその怒りを利用するかの如き笑みを浮かべると、

 

「オイオイなンなンだその貴様だとか吠えて狼狽える姿はよォ。小悪党らしいリアクション満点で実に小物くせェじゃねェか。何の用だ? ってさっき言ったなァ。答えは笑える程に単純だ」

 

再びロボットの頭に銃の照準を合わせ。

 

「カチコミに来たぜ。クソ野郎」

 

開戦の合図とでも言うべき、二度目の発砲音が未来塾で木霊した。

 









多忙で中々展開が進められない。
3話跨ぐことが確定した未来塾編ですが、これ当初一万数千時程で纏めて一話で終われると思ってたんです。しかし現実は非情でした。構成が見えてなさすぎィ!!!

次回はまたも新たな登場人物とドタバタ揉め事する話になるのですが、多分次回で終わる。終わります。


そして話はガラっと変わってしまうのですが、8話まで書き進めて改めて思ったのですがこの作品凄く愛されてるなと。

ブルアカの知名度、人気度は今更語るまでもないですが。一方通行さん。ひいてはとある魔術の禁書目録の人気がここまで根強いとは私も思っておらず、感想や評価を沢山頂いて毎日小躍りしながら感謝しております。

ほら、だってこの作品十数年続いてる作品だから……! こう、今更二次創作しても感あるじゃないですか! 一方通行さんが格好良いのは周知として、第一話投稿しても今更禁書は時代遅れ感あるよなぁと自分自身思っていたんですが、速攻で応援コメント飛んで来て書いてよかったなと思っております。

そろそろ彼の格好良い部分も書きたい。
常日頃から一方さんを容赦なく殴りたい斬りたい撃ちたいと言って思ってる私ですが、その本質は格好良い所が見たい。なんです。本当ですよ?

ボロボロになってから勝つのが良いんじゃないですか!
死ぬ寸前まで追いつめられても立ち上がる瞬間を書きたいんです私は!!

ほら邪悪じゃない。
光ですよ光。

なので早くゴリゴリに痛めつけても良い本編を、書いていきたいな。
第一章は目算あと5話ぐらい続くのでその後になってしまいますがね。


ここからは余談でユウカとミドリの違いについてですが、一方さんはユウカに対しては自然に振る舞う一方でミドリに対してはモードを無意識に切り替えて対応しています。これはモモイも同様ですが。

身長が低い少女相手だと、歳がそこまで離れていなくと彼は保護者モードになってしまうという、ミドリにとっては嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない事態を引き起こしてしまうんですね。

なのでミドリに対してはかなり甘めに接しております彼は。そのせいでミドリがさらに卑しくなってる気がするのは気のせいです。

……ブルアカ本家シナリオにおけるミドリの卑しさってこのSSで書いてるタイプの卑しさじゃない気がするんだよな。
二人でゲヘナを歩いていることを周囲に秘密にするぐらいの軽い卑しさな気がする。

もうここまで書いた以上修正出来ませんけど!!


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風紀委員

「一つ質問があるンだけどよォ。二機あるンだったら、一機ぐらいスクラップにしても別に構わねェと思わねェか?」

 

頭部の半分以上を破壊した人型ロボットに銃口を向けながら一方通行はそんな疑問を口にする。

尋問するのに二機もいらない。

そう脅す事でこの後の展開を予測可能な範囲に収められるよう画策しての発言だった。

 

実際の所、一方通行はロボットを破壊する気は毛頭ない。

一機はほぼ制圧することに成功したが、残り一機の姿はまだ見えない。

 

気付いていない筈はない。相手は機械。こちらに悟られずに互いに連絡を取る手段はいくらでもある。

このまま自分達の迎撃に向かって来るのならば良いが、既に逃げられている場合は話が違って来る。

 

逃げたロボットを捕まえるのは容易ではないのは明らかで、その場合この半壊したロボットから情報を吐かせる方針に舵を切るしかなくなる。

 

だとしても今度はこのロボットが情報を漏らさない為に自爆する可能性が浮上する。

結局、どう転ぶにせよロボットは二機とも壊す訳にはいかず、出来る限り捕獲しておかなければならないのが一方通行が置かれている現状だった。

 

脅しを脅しとして機能させるように一機を半壊までは追い込んだ。

いつでもぶっ潰せるという所までは踏み込んだ。

 

人間相手なら多少は通じるこの方法がロボットに通じるかは未知数だ。

 

それをこのロボットは理解しているのか。

バチバチと電流を迸らせ、頭部を覆うディスプレイの電源が完全に落ちているにも関わらず。

 

「もう、勝った気でいるのですか? 我々が教育した生徒をもう助けたつもりでいるのですか?」

 

と、まるで自分達が有利な立場であるかのような言葉を一方通行に投げかけた。

 

当然、一方通行は油断などしていない。

このロボットに対する警戒は、最初から何一つ変わっていない。

それどころか、むしろ上昇している。

 

激昂していた口調が落ち着いた物に戻っている。

破棄寸前の状況でそれに対し何の恐怖も抱いていない。

 

まだまだ自律思考型の思考が浅いからなのか、はたまた本当にどうでも良いと思っているのか、このロボット自身ではない一方通行がその意図を的確に判別することは不可能。

 

警戒心を引き上げるなと言う方が、無理な話だった。

 

解決手段の一つとして、もう一発だけ撃ち込み強引に黙らせるという方法が頭を過る。

 

しかし、それはもう出来ない。

彼の目から見てもこの機械はもう限界だ。

一秒後に止まると言われても不思議ではないくらいに頭部を破損させている。

 

これ以上は撃てない。

かといって、撃つ姿勢を見せなければ相手に自分はこれ以上撃たれないと悟られる。

 

心理的に不利な状況へ追い込まれる訳にはいかない。

故に焦りを一切見せず、淡々と一方通行は銃を突きつける。

 

そこまでしても、相手は尚も余裕の態度を崩さなかった。

 

「先生が来るのは予想外でしたがまあ良いでしょう。懸念を先に排除できる機会と捉えます」

 

ピクッッ! と、その一言に一方通行が反応する。

何をする気だ。

ロボットだけでなく、その周囲への警戒をさらに強めた刹那。

 

パチンと。小気味良い音がロボットの指から響いた。

 

事態が変わったのはその直後だった。

 

ガタガタガタッッ!! とでも言うべき雑多な音が未来塾の内部から響いたかと一方通行が思ったその瞬間、今まで何が起きてもジッとし続けていた生徒達が一斉に立ち上がると、手に持っていた得物を一方通行達に向けて構えた。

 

先程まで机の上のパソコンを眺めていた筈なのに、まるでスイッチが入ったかの如く機械的に行動する少女達は、それ自体が自分の意思ではなく洗脳された故の動きであることを証明する。

 

「答えを一つ教えましょう、彼女達の洗脳はこうです。我々に対し一切の不都合を与えない。ですよ」

 

チッッ!! と、ロボットの勝利宣言に等しい言葉が放たれると同時、少女達から一切の容赦の無さを敏感に感じ取った一方通行は、即座に銃撃から隠れられそうな場所はないか辺りを見渡し、無いと分かった瞬間その身を外へ転がり込ませようと身を屈めようとしたタイミングとほぼ同時に、

 

血相を変えた表情でミドリが銃を構え、少女達からの射線を遮る様に一方通行の前に躍り出た。

 

「ッッ!!」

 

身体が勝手に動いたと言っても良い程の、ともすれば恐ろしさすら感じるミドリの反応速度に一瞬、一方通行は面食らい、次にしなくてはならない動きを止めてしまった。

 

まずい。と、彼の直感が訴える。

このままだと間違いなくミドリは弾丸の雨を浴びる。

少女達の数は十人。

その全員がフルオート射撃が可能なアサルトライフルやマシンガンを構えている。

 

いくらキヴォトスの少女達が銃弾程度では死なないと言っても、それだけの人数から射撃を受けたらただではすまないだろう。気絶で済めば御の字だ。

 

よりにもよって少女達の思考は洗脳によって、容赦のない性格へと歪まされている可能性が高い。

ミドリが気絶に追い込まれたとして、そのまま気絶で済ませてくれるかどうかに関して言えば、その確率はあまりに低いとしか言いようがなかった。

 

隠れろ。

そう命令しようとするが、ミドリの突飛な行動にその言葉が出せない。

コンマ数秒の間だけ、一方通行は動揺によって全ての行動に遅れが生じた。

 

生まれてしまった隙を逃さない様に、少女達の指が引き金に掛かる。

グッッ!! と指先が強く押し込まれていく。

百発以上の弾丸が、容赦なく放たれようとする。

 

その、寸前。

少女達が銃撃を開始するまでの僅か一瞬、その僅か一瞬より先に。

 

ミドリの方が早く行動を始めた。

 

ドパパパパッッ!! と、五発の弾丸がミドリの愛銃、フレッシュ・インスピレーションから間髪置かずに放たれる。

 

その銃撃に、一方通行を含めたミドリ以外の全員が反応する事は出来なかった。

声を発することも、思考することも、把握することも許さない。

 

ゲームのドットを撃つよう緻密な精度で放たれた五発の弾丸は、無防備に突っ立っていたミドリから見て手前側にいる五名の少女達の額、その中心部に一人一発ずつ、まるで吸い込まれていくかのように着弾し。

 

ドパァァンッッ!! と、ミドリの弾丸が命中した少女達の身体を、机や椅子、加えてそれぞれの背後にいた残り五名の少女達諸共ドミノ倒しの要領で吹き飛ばし、教室内を忽ちに大惨事の光景へと作り替えた。

 

先生を守る。

絶対に攻撃を当てさせない。

 

純粋な想いを胸に宿したミドリから放たれた弾丸は、彼女の持ち味である近距離戦闘における正確無比な連続狙撃をより無慈悲な銃弾へと昇華させた。

 

弾丸を額に受けた少女達の意識は着弾した瞬間に奪われた。

意識を失いながら吹き飛んだ少女達の身体はしかし、余波で吹き飛ばしただけの少女達の重しとなって機能する。

 

起き上がれない。

武器を構えられない。

少女達をどかせない。

正気ならばどうにか対応出来た筈のアクシデントが、今の彼女達には解決出来ない。

 

そしてその大きな隙を、ミドリは絶対に逃さない。

 

フッッ!! と、彼女の口から呼吸音が走る。

一方通行がその音で漸く身体の動きを取り戻すが、その頃にはもう、

 

ドパパパパッ!! と、呼吸を整え集中力をさらに研ぎ澄ませたミドリの弾丸が、残り五人の生徒の額に命中する。

ミドリの弾丸をまともに頭で受けてしまった残りの少女達も、最初に銃撃を受けた少女達と同じように未来塾の床に沈み、それきり動かなくなる。

 

この間、僅か五秒。

五秒でミドリは、未来塾の戦闘機能の大半を沈黙に追い込んだ。

 

「先生! 無事ですか!?」

 

バッ!! と、少女達の再起不能を確認したミドリは、彼の安否を確かめるべく振り返りながら叫ぶ。

銃撃が始まる前に制圧したのだから、無事かどうかはちょっと考えれば明らかなのだが、そんなどうでも良い事を考える余裕はない程に集中していた事を肌で感じ取った一方通行は、

 

「気ィ抜くな。ウジ虫はまだ壊せてねェぞ」

 

声を発する事で無事を教えつつ、かつ心を落ち着かせるのはまだ早い事を伝えた。

 

はい! と、勢い良く返事をしながらもう一度ミドリは未来塾の方に向き直り、倒れているロボットの方へと視線を戻した瞬間。

 

グッッ!! と、突然ミドリの足が床を離れ、どういう訳か彼女の身体が宙へと浮いた。

 

「ッッ!?」

 

「な、なにこれっっ!?」

 

目の前で起きた不可解な現象に、間近でそれを目撃した一方通行は目を見開き驚愕し、当事者であるミドリが困惑の声を上げる。

 

明らかに不自然な現象が発生したが、一方通行は事態の異常さに戸惑うことはせず、未だ姿を確認できていないもう一機のロボットがどうやってか彼女を持ち上げられていると断定し、舌打ちしながら左手に持つ銃でミドリに当てない様照準を僅かにずらしながら引き金に指を掛けた直後。

 

宙に浮いてるミドリの身体が、ミドリから見て正面にある未来塾のコンクリート製の壁目掛けて吹き飛び始めた。

相手がやろうとしていることを瞬時に嗅ぎ取った一方通行は、相手がどこにいるかもその形状も不明という状況の中、それでもミドリにだけ弾を当てない事を意識しながら容赦なく発砲を始める。

 

三発、四発、五発。

 

一発一発ごとに照準をズラして立て続けに放たれた弾丸は、しかし全てが未来塾の壁にめり込むだけで終わり、ミドリが吹き飛ぶ動きを阻害することが出来ない。

 

クソッタレがと叫びながら一方通行が歯噛みするその間にも、ミドリの身体は容赦なく壁に向かって吹き飛ばされて行く。

 

あのままでは間違いなく激突する。

壁に激突すれば、それは痛いではきっと済まされない。

 

ふつっっ。と、一方通行の血がその瞬間に沸騰した。

ガツンと頭を殴られたような衝撃が脳内を走り回り、あぁ、これはまずいと彼の理性が制止を求める。

 

一方通行はこの衝動を抑えてきた。

表に出さず、裏で隠しているという事実を自身にも自覚させず、静かに、ゆっくりと消え去るのを待つだけだった高揚が、激昂となって表出していく。

 

どうすれば彼女を救えるか。

どうすれば見えない奴をあぶり出せるか。

 

答えが一つしか出せなかった一方通行は、ギリッッッ!!! と、歯が削れる程に力強く食い縛り、覚悟を決めたようにシュッッと、杖を右手首に装着している収納装置へと収めると。

 

ほんの一瞬だけ、嗜虐性を表に出す事を許容し、

コツッッと、右の爪先で軽く床を叩いた。

 

その、直後。

 

ゴッッッッッッ!!! と言う轟音と共に、彼の靴底に特殊機構としてエンジニア部から備え付けられた噴射口から、圧縮された空気が爆発する。

 

それは人体を軽々と持ち上げ、時速にして二百キロメートルにも迫ろうかと言う勢いで一方通行を正面方向へと吹き飛ばしていく。

 

「ぐっっォっっ!!!」

 

途方もない速度で前方へ吹き飛び始めた一方通行の全身に、途轍もない空気の圧が襲い掛かる。

空気の壁が、一方通行を押し潰さんと圧迫し、声すらまともに上げられなくなった一方通行だが、それでも彼は目線を前へと注ぎ続け、右手を伸ばす。

 

ミドリに追いつくように、

ミドリよりも先に壁に激突するように。

 

追いつくまで、一秒とかからなかった。

激突まで残り二メートルを切った所でミドリに追いついた一方通行は、即座にミドリの肩を引っ掴み、彼女を庇うように引っ張りながら、己の身体を半回転させる。

 

そうして、一方通行はミドリを自身の前へと移動させることに成功しながら、背後から壁へとぶつかる様に身体の向きを調整した直後。

 

ゴシャッッ!! と、言う何かが潰れたような音と共に一方通行はコンクリートの壁に激突した。

 

「がっっぎッッッ!!!!」

 

ミシミシと、背骨が軋む。

肺の空気が、悉く強制的に吐き出される。

想像以上の激痛に、全身が硬直する。

酸素が、取り込めなくなる。

 

だが、彼は痛みに思考を手放さない。

肺にある酸素が全て吐き出され、新たに酸素を取り込むことが出来なくなっても手に持つ武器を手放さない。

 

ここで武器を手放し痛みに苦しむのは簡単だ。直ぐにでも実行できる楽な逃げ道だ。

しかし、それをすればミドリが似たような苦しみを味わう。

もう一度、違う壁に運ばれ激突させられてしまう。

 

それだけは、防がなければならない。

 

圧倒的速度で壁に激突し、同時にミドリにも押し潰される形となった一方通行は、想像を絶する痛みに呻き声を上げながらも左手に持っていた銃を離さずに耐え切ると、ミドリの右わき腹を掠める様に狙いを定め、

 

「茶番は、終わりだッッ!! 三下ァ!!!!」

 

重い銃声を、一発分響かせた。

 

幸いにも、敵の場所はもう割れていた。

ミドリを庇おうと手を伸ばし身を翻した時、何もない虚空からありもしない質量感を感じた。

敵がいるなら、可能性があるならもうそこしかなかった、

 

全身から訴えてくる痛みで震える左腕から確かに放たれた銃弾は、ミドリのわき腹のすぐ真横を通り抜け、そして。

 

バガンッッ!!! という何かが派手に壊れたような破裂音をミドリのすぐ傍から迸らせた。

直後、バチバチと電気が飛び散るような音と、ゴトンッと何かが落ちるような音が連続して響く。

 

音が鳴った方へ視線を向けると、そこには小型のドローンらしき物体が撃墜されていた。

 

「ギ……ギ……何故……バ……レ……」

 

「こいつも喋りやがるか……。にしても光学迷彩ねェ……!! てっきり二機とも人型だと思ったが、機械にしちゃ頭が回るじゃねェか」

 

苦痛に顔を歪ませながら、状況を冷静に分析した一方通行は機械らしからぬ人間の心理をついた作戦に感嘆する。

 

最初に姿を見せたロボットが人の形をしていた事が一方通行に先入観を持たせた。

二機とも人型なのだろうなと、勝手に決めつけてしまっていた。

 

そのせいでミドリの危機に一瞬反応出来ず、対応が遅れた。

理解不能な出来事だと、そこからどうして理解不能な出来事が起きたのか、考えを進める思考が先入観によって遮られてしまっていた。

 

だが、結果は物理的ダメージこそ負ったものの上々。

自分以外に大した被害を生み出す事無く、ロボットを二機とも無力化することに成功した。

 

作戦は無事、成功と言って良い。

 

「先生!! 先生大丈夫ですか!? い、いま凄い速度で壁に……っっ! それに、先生の身体から凄い音がッ!」

 

だが、ミドリだけは違ったようだった。

顔をこれでもかと青くし、身を挺して庇った一方通行の背中にそっと手を当てる。

 

「無茶をしないで下さい!! ほんの少し違えば今ので先生は、二度とう、動けなかったかもしれないんですよ!」

 

「この程度で動けなくなるよォなら、俺はもうとっくの昔に死ンでる。打算有りでの行動だ。気にする必要はねェ」

 

涙ぐんだ声で抗議するミドリを諭すように、それは無用の心配だと一方通行は言葉を添える。

 

しかし、心配するミドリからすればそれは当然の反応だった。

自分達と違って彼は生身の人間。自分達にとって擦り傷程度の怪我が、彼にとっては致命傷となる可能性は大いにある。

 

あの場で壁に激突するのは自分であるべきで、先生が庇う必要はなかったとミドリが思うのも無理はない。

寧ろ、そう考えるのが自然だった。

いくらコンクリート製の壁だとしても、そこに正面から激突させられたのだとしても、それらはすべて自分への致命傷にはならない。

 

間違いなく痛いし、想像できない程に苦しいだろうが、人体的にはダメージは無いと言っても良い。

なのになんでとミドリは困惑するが、一方通行としてはその思考こそが間に割って入った原因だった。

 

その僅かな痛みすら許容出来なかった。

頑強な肉体を持っているから大丈夫だとか関係なく。

 

先程、ミドリが一方通行を庇うように前に出たのと同じように。

彼女に痛い思いをさせたくなかった。

 

彼が動いた理由は、たったそれだけ。

たったそれだけである。

 

そしてその目的は無事に達成された。

故にこの件は既にどうでも良い物となっており、一方通行はそれよりもと、背中をさすり続けるミドリをそっと引き剥がすと、撃墜したドローン、及び最初に半壊させた人型ロボットの二機の方に改めて威圧する表情を向け、

 

「さァて、全部終わったことだしそろそろ始めよォか。楽しい楽しい尋問をよォ」

 

「我々が、喋ると、思う……の、か」

 

ギチ……ギチ……と全身の各所から軋む音を走らせながら、人型ロボットが尋問される側からすれば当然の返事を放つ。

洗脳された少女達との戦闘及びドローン型の出現、それの撃墜としばらくの間コイツを放っている間に損傷が進んだらしく、起き上がれぬ状態に付随し、音声すら途切れ途切れとなり始めている。

 

ロボットの断固とした姿勢は命知らずならば普通にあり得る行動だなと思う反面、今の一言だけで収穫があった事に一方通行は口元を吊り上げた。

 

口調が威圧する物に戻っている。それは余裕がなくなったからに他ならない。

少なくとも、今状況を支配しているのは間違いなく一方通行だった。

 

なので、彼は誰にとっても分かりやすいよう暴力的な笑みを浮かべ、

 

「まァ、別に良いけどよォ。もう既に大体分かってる段階でここまで踏み込ンで来たもンでよォ」

 

カツッ、と、収納していた杖を伸ばして改めて身体の支えを務めさせ始めてから彼は揺さぶりをかけた。

誰が何の情報も無しにここまで来るか。

誰が思い付きでシャーレからゲヘナまで足を運ぶか。

 

一方通行は大袈裟に左手を持ち上げながら、そうロボットを見下ろす。

 

どこまでも上から。

果ての果てまでも勝者側の立場で。

 

「カイザーコーポレーション」

 

ポツリと、そんな一言を何の気なしに呟いた。

 

「ッッ、!? なぜ、それ、をッッ!!」

 

カイザーコーポレーションと、ある会社名を一方通行が呟いた瞬間、ロボット側から明らかな動揺が走る。

刹那、ギチィッ! と、一方通行の口が悪魔的に吊り上がる。

 

決定的な物を見つけたように笑いながら一方通行は。

 

「あァ? 声が変わったなァ。なンだ。そンなに今の会社名に聞き覚えがあったかァ?」

 

適当に言っただけの会社にそこまで変化があるなンてよォと笑い、

同時にロボットは一方通行の策略に完全に嵌ってしまったことに気付いた。

 

「貴様……わざとッッあぐっっ!!」

 

「あァダメだ。全部終わったら途端に何もかもバカらしくなってきやがった。なンで俺がここまでチンケな三下組を相手にしなくちゃならなかったンだ? あァ?」

 

音声を遮るように彼の身体を杖の先端で抑えつけると、彼は全く持って興が覚めたとばかりに捲し立て、相手の雑さを嘲笑う。

 

そもそもが洗脳による思考の指定からしてザルさが光る。

 

『我々に対し都合がよくなるような思考を持たせる』

 

そんな曖昧な指定をしているから不都合を与えない範囲で救助要請を送られるのだ。

チラシを送るだけならば不都合ではなく、むしろ洗脳先を増やすきっかけを生む。

 

素直に助けてではなく、解釈内で可能な限り洗脳が働かない部分でそう動いた事、そしてその事をロボット側が見抜けなかった彼等の雑さ加減が、今になって一方通行の興を削いで行く。

 

とは言え、既に得たい情報は既に大方今ので得てしまっているのだが。

 

(カイザーコーポレーションねェ。キヴォトスの中にある企業の中で一番睨ンでいた物がここまでビンゴだとむしろこっちの方が踊らされてる気分になりやがる)

 

軍事会社、金融業等、キヴォトスに名を連ねる企業のあちこちにカイザーコーポレーションが運営する組織がいくつもあった。

 

シャーレで活動することになった初日にキヴォトス中の社会構造等を頭に叩き込んだ時、最も目に付いた名前だった。

 

表沙汰に出来ないような何かが起きる時、真っ先に疑っても良いだろうと睨んだ会社がカイザーだった。

 

こういう時の勘だけは鋭い。

闇に関する匂いをかぎ分ける能力は人一倍優れていると一方通行は自負している。

 

今回も、その勘は当たっていた。

まさかここまですんなりと情報が割れるとまでは思っていなかったが。

 

「洗脳の目的は資金源確保の働き手かそれとも軍事企業の方へ流すつもりだったかは知らねェが、この際それはどォでも良いよなァ、テメェ等の思惑通りにもう事は進まねェンだからよォ」

 

ガンッ!! と、不機嫌さを隠す素振りすら見せず、杖で撃墜したドローンを叩き飛ばしながら一方通行は

床で動けない人型ロボットをどこまでも見下げ果てながら宣言する。

 

「最後に俺からの宣戦布告だ」

 

絶対的な意思を。

連邦捜査部(シャーレ)の先生として。

学園都市第一位の一方通行として。

 

やる事は変わらない。

本来なら学園都市でやろうとしていた事を、先にこちらで実行するだけ。

 

「今後、テメェ等カイザー企業のやる事は全部把握させてもらうからよォ、生徒に手ェ出すともれなく俺が出張して手ェ出した連中一人残らず一つ残らずぶっ潰す事に決めてるンで」

 

キヴォトスに巣食う闇に生徒を飲み込ませたりはしないと。

連邦捜査部(シャーレ)を始める前から決意として秘めていた契りを、改めて闇筆頭と思わしきカイザーコーポレーションに向けて宣言する。

 

「そこン所、ヨロシク」

 

そこん所、よろしくと。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「先生、あのロボット二機と中で気絶させちゃった彼女達はどうします?」

 

戦闘終了後、未来塾の中に置いてあったガムテープ等でロボット二機の動きを封じ終えた一方通行とミドリは、この後どうするかを決める為一旦外へと出た。背中の痛みを引かせる為と、ミドリの心的疲労を落ち着かせる為に設けた休憩時間である。

 

未来塾のある二階部分から、一方通行は一階部分へ目線を動かす。

 

未来塾では大分派手に一方通行とミドリは暴れていた筈だが、外に出てみてもその騒ぎを不信に思う少女達は誰一人おらず、相も変わらない日常を送っていた。

 

またどこかの誰かが破壊活動を行った。

とうとう未来塾が暴れん坊によって滅茶苦茶にされた。

 

その程度の認識で済まされている事実に一方通行は改めてゲヘナという地区の治安の悪さと特異性に頭痛を覚えたが、しかしそう言う風に考えられること自体が状況が落ち着いた証拠かと割り切っている時に、ミドリからそんな質問が飛んだ。

 

そうだな、と一方通行は全てが終わり静かになった未来塾を、そこで倒れている少女達を見つめる。

 

このままここで放って置いて自然と覚醒するのを待つか、それとも適当に誰か呼んで手を貸して貰うか。

どっちを取っても時間がかかるなと一方通行は僅かに思考時間を割き、妥当な選択を選んだ。

 

「とりあえず今はロボット二機だけは回収する。倒れてるあいつらは今は後回しだ。ドローンは俺が運ぶ。問題は人型だが、一人で運べそォか?」

 

「大丈夫です。あれぐらいなら重く無さそうですし、私に任せて下さい」

 

先に危険性の高いロボット二機だけは回収し、残りの生徒達は一端保留とし、戻ってくるまでに方針を決める旨をミドリに告げると、彼女は力強く返答した。

 

ハッと、彼は意気の良いミドリの返事を少しだけ笑い。

さっさと回収して帰るとするか。

そう、ミドリに言い掛ける直前。

 

「そこを動かないで下さい」

 

自分達を威嚇するような声が響き、同時、カツカツと、複数の足音が階段を昇る音が聞こえた。

発されたのは、どう聞いても少女が出したと思わしき声色だった。

 

あァ? と、先程、ほんの数十秒前に一階部分を見渡した時には誰も未来塾を訝し気に見ていた人物はいなかったこのタイミングで、どういう訳か登場人物が増える事態に一方通行のスイッチが再び日常から非日常へと切り替わる。

 

一体誰だ。

何故この場面で第三者の介入が入る。

 

即座に一方通行の頭に思い浮かんだのはこの洗脳を企んだカイザー側の人間。

異変があったことをすぐさま察知し、問題を排除すべく動き出した。と言う筋書きが最も濃厚。

 

チッ! と、面倒くさいという感情を隠すこともしないまま一方通行は一歩だけ前へと踏み出し、困惑の表情を浮かべているミドリを後ろに回しながら、声を発した人物をその場で待ち受ける姿勢を取り始める。

 

塾の中に逃げても、塾内から外へと繋がる逃げ場所がここしか無かった以上、退路を自ら塞ぐのは得策ではないと判断しての結果だった。

 

やってくる足音の数からして三人ないし四人はいる。

キヴォトスの常識を考えると、恐らく全員が武装しているだろう。

 

応戦するにせよ逃げるにせよ、外へと繋がっているここでまず出方を見るのが一番生き残る率が高い。

半歩分横に移動し、ミドリに気付かれない様にそれとなく彼女の盾となりながら一方通行は声を発した人物達を待つ。

 

その人物達は、一方通行が警戒心を剥き出しにした状態になってから、十秒も経たずして現れた。

 

階段を昇り、まず姿を現したのは銀髪の長い髪を持つ、自分よりも背丈の小さな少女だった。

その一歩後ろを歩くように、何故か横乳が半分程曝け出された服を着込んでいるどう見ても痴女判定されるギリギリの服装をした青髪の生徒が続き、その隣にいた褐色肌の女生徒と共にこちらへと足を進めてくる。

 

こいつらは一体何の集団だ?

睨むように一方通行は目の前にいる三人組をじっと見つめながら思惟を続けていると。

 

「先生……?」

 

聞き覚えのある声が、三人の背後から響くと同時、その声の主が階段から姿を現した。

見覚えのある顔が、驚きの表情で自分達を見据えている。

 

「火宮……つまりこいつらはゲヘナの風紀委員って訳か」

 

姿を現したのは、かつてシャーレ奪還作戦で行動を共にした火宮チナツだった。

 

同時、一方通行はこの四人がゲヘナ学園の風紀委員であることを察し、少なくとも彼女達は自分達を襲いにやって来た訳ではないことを悟る。

 

「どうして先生がこんな所に……? まさか、同じ目的で……?」

 

一方、チナツもチナツで、一方通行がどうしてここにいるのか分からず、困惑しながらも彼女なりの予想を組み立てている様子だった。

その姿から、一方通行は彼女達が計画的に表れた訳でもないことを知る。

どうやら、未来塾で暴れていたのを知っていて、かつ全てが終わったタイミングで話をややこしくする為に今まで登場するのを窺っていた訳ではないらしい。

 

つまり、全くの偶然。

予想していた中で、最も話が纏まりやすそうだとしていた展開。

彼女達の登場後から一瞬で組み上げていた、最悪の想定が大きく外れた事に安堵を覚える。

 

だが、一方通行は彼女達への警戒だけはまだ解かない。

 

ただ一人だけ。

たった一人だけ、痴女と間違われてもおかしくない恰好をした少女からのみ、敵意が放たれていることを目敏く感じ取ったからだった。

 

それが自分になのか。シャーレになのか、はたまたミドリなのかまでは分からない。

しかし、彼女が向けている視線から、争い事にこそならなくても、揉め事に発展する可能性は十分にあるなと予想を立てた一方通行は、厄介事にならない事が確定したことも踏まえて。

 

「ミドリ、先に帰ってろ」

 

背後にいる少女を、これより先の世界に踏み入れさせない決断をした。

 

「え? でも先生……」

 

命令を出されたミドリは、目線を風紀委員と一方通行とで何度も往復させながら、戸惑いを露わにしながらも、自分もここにいたいという意思表示を見せた。

 

彼女が放つ敵意をミドリも感じ取ったのか。それとも一方通行のただならぬ物言いに何かを予感したか。

真意こそ一方通行には掴めなかったが、ミドリが自分の事を心配している事だけは十二分に伝わった。

 

これはこのまま命令し続ける方が逆に意固地になるな。

彼女が抱いた気持ちを的確に受け取った一方通行は、はぁと少しばかり声を優しくしながら

 

「別に何も起きはしねェよ。こいつらも俺達に何か問題を起こすような変な真似はしねェだろ。問題を解決する側の奴等が問題を起こすンじゃ話にならねェからなァ」

 

勿論、階段は風紀委員が立っている方にしかない為、その横を通り抜けなければミドリは降りられない。

その途中で彼女達にミドリの動きを封じられたが最後、穏便に話が進まなくなり先行きは不穏に包まれてしまうが、チナツがいる限りそこまでの行為は及ばないだろう。

 

連邦捜査部(シャーレ)の活動内容及び行使できる権利を考えれば、今回の騒ぎは合法の範疇に入る。

加え、その責任者である一方通行が逃げも隠れもせず堂々としているのだから、下手に騒ぎを起こして状況をややこしくするとは考えにくい。

 

だから心配する必要はどこにもない。

シャーレに戻って帰りを待ってろ。

 

そんな意味を込めた言葉を送る。

 

するとミドリは一瞬悩んだ素振りを見せながらも、コクリと小さく縦に首を動かして。

 

「オフィスで待ってますから」

 

一言だけ告げた後、彼女達の横を通り抜けながら階段を降りていった。

妨害は、当然入らない。

 

ミドリが風紀委員が登って来た階段を降りて行ったのを見届けた一方通行は、改めて風紀委員と対峙する。

 

「一体何の用だ。つってもこのタイミングじゃ考えてた事は同じだよなァ? さしずめ自分達が解決しようとしてた問題が先に解決されてたって所だろォ?」

 

先手を打つ、とばかりに彼女達が現れた理由を先んじて発表する。

連邦捜査部(シャーレ)と同様に、ゲヘナ風紀委員にも同様のチラシが送られていたのだろう。

そして、チラシに違和感を覚えたのが少しだけこちらが早かった。

 

だから一方通行とミドリの二人が先に到着したし、遅れたように彼女達がやって来た。

ゲヘナがどれだけ未来塾の情報を握っていたかは定かではないし聞く必要はもうどこにも無いが、ここに集団でやって来た以上目的は同じだったと見て良い。

 

その証拠に、四人の少女達は未来塾の惨状を信じられないという目つきで凝視していた。

ガムテープで動きを封じられている二機のロボット。

飛散した机と椅子、倒れている机、破壊されたパソコン。そして意識を失っている十人の少女。

 

それはどう見てもここで戦闘があった事を如実に物語っており、同時に戦闘した結果未来塾が敗北したことを限りなく証明していた。

 

「信じられない……! たった二人で、その内の一人はキヴォトスの外から来ている一般人なのに、これだけの数の生徒を制圧するなんて……!」

 

ポツリと、呆然とその光景を眺めていた四人の内、褐色で銀髪の少女の口からそんな声が漏れる。

他の少女達も彼女の意見に賛成なのか、皆一様に黙ったままだったが、いち早く一番先頭にいた身長の低い少女が現実世界へと帰還したのか、スッと、一歩だけ前へと進み。

 

「初めまして。あなたが噂のシャーレの先生ね。私は空崎ヒナ。で、こっちがアコ。イオリ。で、最後に先生も知ってるだろうけどチナツ。まずお礼を言わせて。彼女達を助けてくれてありがとう。風紀委員長として先生に感謝を述べるわ」

 

ペコリ、と丁寧に頭を下げて感謝の言葉を口にしながら、残りの少女達の紹介を済ませた。

彼女が声を発し始めた事で残り三人も帰還してきたのか、ヒナに名前を呼ばれた少女は、その都度小さくペコリと頭を軽く下げる。

少女達が頭を下げ、誰が誰なのかを知り得ていく傍ら、風紀委員長の物腰柔らかい態度に一方通行は瞬時にヒナに対する必要以上の警戒を解いた。

 

元々、一目見た時から彼女がこちらに敵意を向けていないことは把握していた為、それ程の意識を傾けてはいなかったのだが、改めて彼女の言葉に含まれた嘘偽りなき言葉が、一方通行にヒナは大丈夫な生徒だと確信させる。

 

「別に礼を言われる事じゃねェよ。気に入らねェ奴等が気に喰わねえ事をしてたから制裁したまでだ。奴等は二機とも一応スクラップにはしてねェ。後は任せても良いか?」

 

未来塾の中をチラリと見ながら、ほんの僅か日常に気持ちを切り替えつつ一方通行はヒナに確認を取る。

 

自分が知りたい情報は既に握った。

これ以上は深入りしても得られる物は何もない。

 

捕縛と残りの尋問、及び洗脳された少女と、今日塾にいなかった洗脳された少女達のケアと捜索は彼女達に任せた方が賢明だろう。

 

当初はロボットだけは持ち帰る予定だったが、それは誰もいなかったからの話。

風紀委員が現れたこの状況になったら、話はまるっきり別となる。

よって一方通行は、未来塾の件について、これ以降の介入は一切しない事を口にした。

 

それは後始末を全て任せると言う事に違いないが、同時に風紀委員が仕事をしたという事に仕立て上げても構わないという話でもあり、向こうの立場を考えての物。

 

むしろこうして、事件の本質的には全てが終わったタイミングで風紀委員がやって来たのは一方通行にとっても都合が良い展開だった。

 

この事件が原因不明の誰かではなく連邦捜査部(シャーレ)が動いた故に解決したこと。

それが本人達の前で証拠として確立出来た。

 

これで下手な犯人捜しの時間が作られる隙間は無いだろう。

 

「任せて。次は私達風紀委員が仕事をする番。それと先生にあまり手間をかけさせない様、今後はこういうのにも細かく目を光らせておくから」

 

頑張りの意思表示をこれでもかと感じさせるような優しい声でヒナが一方通行に向かってそう紡ぐ。

第一印象で最も頑固そうなイメージがあったヒナが、この場で一番冷静かつ柔軟な思考をしていることに一方通行は内心驚いたが、それ以外にもヒナの心強い発言と同時、チナツ、及びもう一人の褐色銀髪少女も同様の意思を示すようにコクンと頷いた事が、風紀委員に対する印象を変えさせていく。

 

威厳漂う登場をした割には、随分と柔軟に物事について対応出来る少女達だった。

これがゲヘナを取り締まるトップと、それを補佐する者達の思考かと、一方通行は『風紀委員』に対する好感度を僅かに上昇させる。

 

しかし、やはりどのような事例においても例外という物はあるらしい。

一方通行は、この場で唯一、ヒナの言葉に形だけでしか同意していない少女の方へ赤い目を向ける。

 

その少女は、微笑みを崩さぬまま、しかし目を笑わせずに一方通行の方を見つめていた。

 

警戒心を持っている所の話ではない。

明確に敵意を抱いていると言っても良いその顔は、しかし前方にいるヒナにも隣にいるイオリにも、背後にいるチナツにも悟られることのないまま、ただひたすらに一方通行だけに伝えられていた。

 

「初めましてですね。先生、委員長から既に紹介されていますが改めて。天雨アコと申します。ゲヘナ風紀委員の行政官を務めております」

 

一歩、前に出ながら丁寧に丁寧に一方通行に挨拶をする。

アコ? と、前に出た彼女の意図が掴めなかったヒナが彼女の名前を呼ぶが、アコはヒナの言葉に返事する事なく。

 

「先生がキヴォトスにおいてありとあらゆる場所に介入出来る権限があることは承知しています。ゲヘナ以外の生徒を引き連れて良い事も、戦闘行為が可能な事も。その上で一つだけ質問をさせて下さい。何故、ゲヘナの自治を担っている私達に連絡の一つも寄越さなかったのですか?」

 

連絡を寄越してさえいれば、ここでかち合う事も無かった。

そもそもゲヘナに来る必要すらなかった。

ゲヘナ学園の動向すら知らずに、シャーレだからという理由で好き勝手に動くのは礼儀が無い以前のただの無法行為だと。そうアコは叩き付ける。

 

ピクッ、と、アコから投げかけられた言葉に一方通行の眉が動く。

彼女が言わんとしている事を、その一言だけで理解する。

 

先程のはどう聞いても建前でしかない発言だと瞬時に見抜けてしまうぐらいには、彼女が発した言葉一つ一つには力が入り過ぎていた。

 

それはヒナも同様だったのか、アコ。と、微かに語気を強めて静止の声を掛けるが、彼女はヒナに対し今度は無視せず、すみませんと謝罪をするも、自分の行動を止める様子は一切なく、同じように一方通行の前に立ちはだかり続けた。

 

アコの全身から発される不信感と言う名の威圧を受ける一方通行は何も言わぬまま、目を若干細めて彼女の次の発言を待つ。

 

しかし、その目に秘められた光の中には先程彼女達がやって来た時に抱いたような荒い感情は残っていない。

 

今、一方通行が彼女に向けているのは、もっと別の感情だった。

 

「今回の事はお互いの交流不足という事で手を打ちましょう。しかしここはあくまでゲヘナ自治区。ゲヘナで起きた問題は私達ゲヘナの学生が解決します。先生の手をこれ以上煩わす訳にはいけませんから」

 

つまり、分かりやすく言ってしまえばこうだ。

自分達の縄張りで好き勝手やってんじゃねえ。

他の学区は好きにして良いが、自分達の学区の不始末だけは自分達で片づける。

 

オブラートに包んでいるが、彼女が言いたいのはそういう事だった。

 

やっぱりな。と、一方通行は立てていた予想と何一つ違わない発言だった事に嘆息する。

 

横を見ると、ヒナの顔が驚くような物へと変わっていた。

分かりやすく顔を青くさせ、何と声を掛けて良いのか迷っているように口を何度か開けては閉じてを繰り返している。

 

それはアコに向けての静止か。

それとも一方通行へ向けたアコの擁護か。

 

どちらにせよ、この先の発言を彼女に任せるのは荷が重いだろう。

次に放たれる言葉が何であれ、それは間違いなくアコを、何よりヒナ自身を深く傷付けるナイフでしかないのは明らかなのだから。

 

そう、一方通行は理解し。

ヒナが何かを口走るより先に。

 

「下らねェな。その価値観」

 

一方通行は、事も無げにアコに向かってそう吐き捨てた。

 

「は!? 下らない!? 下らないってなんですか! 私達風紀委員が風紀委員を全うしようとして何が悪いって言うんです!!」

 

「言葉通りに決まってンだろォが。風紀委員が取り締まると意気込むのは勝手だが、そこを基準にして物事の判断を定めてンじゃねェ」

 

風紀委員としての誇りを貶され怒りに震えるアコだったが、対する一方通行はあくまでも冷淡に彼女の言葉を切り捨てる。

 

怒りで揺れ動くアコの瞳を真っ直ぐに見据えながら、一方通行は更に続ける。

 

「ゲヘナは自分達が管理するとか。他はお任せしますとか。そォ言うのお前が選ぶ立場か? 選ぶ立場だとして、選ンでそれで何になる? 何が守られる? エゴだけだ。自分の中のな」

 

喰って掛かるアコを歯牙にもかけず、一方通行は未来塾で倒れているであろう少女達の方へ視線を移しながら淡々と言葉を吐き出す。

 

彼女の言いたい事が理解出来ない訳ではない。

 

キヴォトスにやって来る以前の自分が持っていた考え方だ。

持っていたからこそ、それが下らないと一方通行はハッキリ言える。

 

「こいつらが必要だったのは何だ? 風紀委員に助けて貰う事か? それとも先生である俺に助けて貰う事か? 違うなァ。全然違う。そンな些細な違いをこいつらは拘ってねェ。そンなどォでも良い事に意識を傾けてなンざ最初からねェんだよ」

 

一方通行は、アコから一切目を逸らす事無くその思想は間違っていると断言する。

 

しかし、しかし一方通行が吐いた暴言に近い指摘は、アコを酷く憤慨させるには十分だった。

風紀委員としての仕事を無下にされたと、彼女は沸騰する程の怒りをこれでもかと表情に出しながら顔を赤くし、グッッ!! と掴み掛かる勢いで一方通行に詰め寄る。

 

胸倉を掴まなかったのは、最後の良心が働いたからなのかもしれない。

 

「だから先生の活動をゲヘナでも見逃せと? その結果風紀委員が仕事をしていないと各所からバカにされる目に私達が会う事になってもですか? それで委員長の面子がどれだけ潰れると思ってるんですか! 委員長がどれだけ頑張って今を手に入れたかも知らないで!!」

 

「アコ!! そこまでにして! それ以上は!!」

 

二人の険悪極まりないやり取りにとうとう耐えられなくなったのか、ヒナの方から怒りと悲しみが混ざり合った仲裁が入る。

だが、彼女がその言葉を言い切るより先に、

 

一方通行が動いた。

 

バッッ!! と、視線はアコの方に向けたまま、右手の掌だけをヒナに向けそれ以上口を動かすなと合図を送る。

 

「っっ!!! 先生!!!」

 

一方通行の意図を汲み取り、その上でヒナはここへの介入を求めた。

これ以上は聞いていられない。

ここで二人は止まらないといけない。

 

彼女なりの判断でそう思い、そう叫ぶ

しかし、一方通行はヒナの願いを叶える事はせず、

 

「静かにしてろ。間違っちゃいねェ。空崎。お前は何も間違っちゃいねェ。けど。今だけは」

 

成り行きを見とけ。

彼女の正しさを認め、本当はそうするべきであることを一方通行自身も自覚しつつ、それでいて尚、ヒナに自分とアコとの会話に入って来ないで欲しい事を要求した。

 

でもっ! と、言いたそうにヒナの口が声を伴わずに動く。

そのまま何度か、言おうとして。言葉として言おうとして。

俯いて、顔を上げて、口を開いて、悲しそうな顔をして。

 

繰り返し、繰り返し、繰り返した後。

ヒナは一方通行の事を信じ、折れた。

 

半歩だけ下がり、顔を僅かに俯かせる。

それは一方通行に行動で伝えた、了承の意だった。

 

悪ィな。

同様に一方通行も声に出さず口だけを動かし、ヒナに感謝の意思を伝える。

 

そして、改めて一方通行はアコの方へ意識を集中させる。

面子ねェ。と、今度は小さく声に出して、彼女が先程叫んだ言葉の一つを拾い上げる。

 

「そンなに面子が大事かァ? そこまで言う程に風紀委員がこの事態を収めたっていう一円の益にもならねェクソみてェな価値観がお前の中に欲しいのかよ。確かにお前はそれで満足だろォな。結果も残せて万々歳だ。だがコイツ等は違ェなァ。確かに元はと言えば自業自得だろォな。下らねえ蛮勇が招いた結果なのは疑いよォもねえ事実にゃ違いねェだろォよ」

 

実際な話として、未来塾に対し真摯な気持ちで入ろうと思った生徒はいなかっただろう。

誰も彼もが面白半分で入塾したのは変わらないだろう。

その事については疑いようも無く少女達は悪だと断定出来る。

 

しかし、その気持ちを利用しようとしたさらにドス黒い悪がいたことは確かだ。

そして、少女達は一転して被害者側となった。

助けを求める事さえ出来ないような身体へと改造された。

 

それを助けるのに、許可がいるのだろうか。

ゲヘナにわざわざと連絡を寄越し、一々連携を取る必要があるのだろうか。

 

答えは一つだ。

そんな必要、ある訳がない。

 

一方通行は、それをもう知っている。

 

だから彼は、だがと言って、一度言葉を区切り。

 

「コイツ等にとっちゃそンな事はどォだって良いンだよ。お前等がどれだけ仕事をして他の連中に褒め称えられよォが報酬を得ようが心底関係ねェ。仕事の出来ねェクズだと罵られようがそれも関係ねェ。こいつらが望ンでたことはたった一つだ。()()()()()()()()()()()()。だよクソッタレ」

 

未だ状況の本質が理解出来てないアコへ、一方通行は現実を突きつける。

覆しようのない言葉を。

ひっくり返す事は出来ない言葉を。

 

アコは、何も発さなかった。

ただただ、語られた言葉を悔しそうに噛み締めながら、ギリギリと拳を強く握る。

 

彼女だって理解しているのだろうと、納得出来ていないだけなのだろうと一方通行は悔しそうな顔をするアコを見てほんの僅か安心する。

 

分からず屋では決してない。

彼女は言葉や態度では反論しつつも、心の中では恐らく把握しているのだ。

一方通行が語った物が何一つ間違って無い事ぐらい。

 

それでも反論する気持ちがあったのは、ヒナを想っての事。

一方通行が活躍すればするほど、ゲヘナにおけるヒナの立場が悪くなる。

 

風紀委員長の立場が悪くなれば、調子に乗って荒事が増える可能性もある。

ゲヘナ内における発言力も弱まる可能性だってあるかもしれない。

それを回避するためには、威厳を保ち続けさせるためには、第三者に介入されてはならない。

 

だから、彼女の地位を脅かすであろう自分に喰って掛かった。

その気持ちを、一方通行は理解する。

 

それでも、決して彼女の思想に折れてはならない部分だった。

アコの気持ちを汲み取り、しょうがないと妥協してはいけない部分だった。

 

そうすることを、彼は己の中で決めていたから。

この生き方を選ぶ事を、彼は決めてしまっていたから。

 

「今回はたまたま早く助けたのが俺だった。この話はこれでお終いなンだよバカが。お早い到着ありがとうございました先生が大変頑張ってくれたお陰で無駄な労力を割かずに良くなりました後は引き受けますお帰り下さいで適当に終わらせれば良かった話をよォ。少しは委員長を見習えってンだ。コイツはちゃァンと分かっていたぜ」

 

暴走し続けるアコをなんとか宥めたいが、先生にそれは止められているし、止められていなかったとしてもどうすれば状況が落ち着くのか分からないと戸惑い続けるヒナをフォローしながら一方通行はアコへそう告げる。

 

最初からこちらを煽るがてら、残りの役割を奪えば良かったのだ。

たったそれだけで良かったし、これからもそうし続ければ良かったのだ。

 

ヒナはそれを分かっていた。

チナツもイオリも受け入れていた。

 

アコだけが、納得できなかった。

彼女だけが、風紀委員としての使命に忠実だった。

 

それは正しいのだろう。

本来ならば、そうあるべきなのだろう。

アコは風紀委員の見本として、立派だったかもしれない。

 

だがそれは、助けを求める側にとっては何もかも不要の考えだ。

アコは、それだけが分かっていなかったのだ。

 

ただ、それだけの話でしかない。

 

「面子、立場。それを気にして動くのを別に悪いとは言わねえ。だがな。そこに比重を置き過ぎていると、大きな事件を前にした時、その面子とやらが足を引っ張る事態が必ず起こる。一歩前に踏み出しゃどうとでもなる問題が、そんな感情一つで踏み出すことが出来なくなり、結果取り返しのつかない問題に発展することだってある」

 

そんな彼女に、一方通行は指導を施す。

一方通行としてではなく、一人の先生として。

 

自分が守るべき対象の一人でもある、天雨アコが道を違えさせない為に。

重要な場面で、自分を見失うような事態に遭遇させない為に。

 

経験に基づいた、己の価値観を語る。

 

「こいつは忠告だ。その下らねェ価値観を捨てろ。何かを為す時、適当にいる誰かではなく、特定の誰かがするべきだなンていう価値観だけは持つンじゃねェ」

 

その言葉を最後に、カツンと杖をつきながら彼は歩き出し始める。

これ以上ここにいても用はない。いても彼女達の邪魔になるだけ。

 

やる事は果たした。アコに対して忠告も告げた。

ヒナには少し悪いことをしたかと思い、去る間際にチラリと彼女の方を一方通行は見たが、彼女はふるふると首を左右に振り、語らずに彼に意思を示す。

 

ありがとう。

 

そう言っているように聞こえた一方通行は、口元を僅かに緩ませながら心のスイッチを完全に日常用へと切り替え。

 

「次に会う時は、柔軟に考えを巡らせられるようになって欲しいもンだ」

 

ポツリとそう呟き、ゲヘナの街中へと一人消えて行った。

 

―――――――――――――――――

 

 

「あれが、シャーレ……」

 

先生が去り、中でボロボロとなっていたロボット二機をチナツとイオリが回収する作業を見守る中、ヒナは先程見た光景を思い起こしながら小さな声を音に乗せる。

 

呆けるように紡ぐ彼女の視線はどこかおぼつかない。

ただ、その瞳にはどこか熱が籠っているようだった。

 

思い起こす。彼の発言を。

アコの考えを是正する為、そしてアコの暴走にどうすれば良いか分からず動けなかった自分を支えてくれた言葉を一字一句違わずに思い出す。

 

彼が放った言葉は上っ面だけの物ではなかった。

確かな芯があって、確かに自分達を想っての物だった。

 

「あれが、先生……」

 

じっくりと胃の中を満たしていく温かいスープのように、先生が語った物一つ一つが、信念とも言うべき熱意が、ヒナの中に確かな物として根付いていく。

今後の彼女の指標として、新たに設定されていく。

 

高揚する。

心が、身体が。どうしようもなく高揚する。

悪くない気分だった。

 

「いつか、私も……」

 

そう呟く彼女の気持ちは、

いつかと呟いてしまったその言葉は。

 

彼女の今後を、これからの未来を、今までから大きく変貌させていく。

その表情に尊敬以上の感情を持つ色を、これでもかと浮かべながら。

 

しかし。

その一方で。

 

「シャーレの部活顧問。キヴォトスの外から招かれたヘイローの無い一般人。でも、あの目、あの威圧感。そして発言の一つ一つが持つ意志力。修羅場慣れしているとか、そんな一言で纏めて良い物じゃない雰囲気……」

 

アコは一人、先生が去った方向を見ながらブツブツと独り言を呟いていた。

 

「おまけに、キヴォトス全域の情報の中からピンポイントで未来塾を見抜き、かつ自治区外からでも的確に情報を収集する人員の厚さ。ゲヘナ外では勝てない所か、ゲヘナ内でようやく五分の勝負……」

 

その表情はヒナの方と一転して暗く、重い。

まるで、どうしても敵対せざるを得ない相手を見つけてしまったような顔だった。

 

「放置するのは、あまりにも危険ですね……」

 

誰にも聞こえないような声量で発した言葉は、彼女の希望通り誰にも聞き届けられる事無く空中で無散していく。

 

「とっても、とっても……」

 

その目にある強い決意が宿っている事すら、誰に悟られることも無く。

 

――――――――――――――

 

遠い場所、名も無い場所。人のいない場所。

廃墟となって久しいビルの中、一つの機械が動いていた。

 

見た目は、丸い洗濯機のような物。

しかし、側面の中央部に目を模したように作られたカメラレンズが、それが洗濯機ではなくロボットだという事を認識させる。

 

キュイィィ……と、内部の音を駆動させ、レンズを右へ左へと回しながら丸型の洗濯機、五十六号は未来塾襲撃事件の事の始まりから顛末までの全てを塾内に設置されたあらゆるカメラから記録し。

 

『発見。未来塾の内部から不明なエネルギーを『先生』から感知。検索結果、該当情報無し。該当情報無し』

 

シャーレの先生の肉体から、この世の何とも説明が付けられない。キヴォトスにも外の世界にも存在し得ない、詳細不明の微弱なエネルギーが発されていることを検知した。

 

『結論。未知のエネルギーと断定。キヴォトスに存在しない物を確認。科学の新たな発展性を検知。マスターに報告。マスターに報告』

 

五十六号はそれを理解出来ない物であることを知った。

それを発し続けているのが、紛う事なき人間からであることを知った。

 

先生。一方通行の身体から検知されたのが、『能力者』が無自覚に発し続けてしまうエネルギー。AIM拡散力場であることすら知らないまま、五十六号はそれをマスターと呼称する誰かに報告を始める。

 

何処とも知れない場所で、丸型の自律型ロボットが動き出す。

かつて狐坂ワカモを脱獄させたロボットが、静かに静かに稼働を始める。

 

世界が動き出そうとしていた。

まだ誰も予感していない場所で。

異変を異変と感知する事すら出来ない程に小さな所から。

 

しかし確実に、だけどゆっくりと。

悪の魔の手が、各々の少女達へと伸びようとしていた。

平穏が、崩れ去ろうとしている。

時間が、進もうとしている。

 

だが、まだ。

それでも、まだ。

 

世界が傾くまでは、時間がありそうだった。

救いの手に出会うまでの猶予は、残されていそうだった。

 

キヴォトスは、砂時計の中に残された僅かな砂を慈しむように平穏を謳歌する。

罅割れ、崩れそうな薄氷の上に残された時間で青春を送る。

砂時計の中に残った砂が全て落ちきるまで。

時計がひっくり返されるまで。

平穏が地獄に変わるまで。

あと…………。

 

 

 

 










二万字ですよ二万字。区切って二話で投稿しようとどれだけ思ったことか。
でも区切ると話が面白くなかったのでここまで書き切るしかなかったんです……!!

アビドス、エデン、パヴァーヌに繋がる展開を少しでも楽にしようと色々と伏線を張っております。これでちょっとだけでも話が円滑に進むと……いいなぁ。

嬉々としてツンツン頭の受け売りを語る一方さん。これはファンに違いないですね。それが良いかどうかはさておくとして。
正しいかどうかもさておくとして。

やっとヒナちゃんを登場させることが出来ました。
ブルアカ人気投票をやったら間違いなくトップ3に入ると思っています。残り2人はミカとユウカ辺りかな。きっとその辺。シロコは4位だと思います。
ん。先生はもっと私を持ち上げるべき。

イオリとチナツの出番が壊滅的に少なかったけど、あの状況ではどうしようもない。話に割って入れません。


本編ラストではシリアスを濁しておりますが、日常編はもうちょっとだけ続きます。
次回もゲヘナ。出したかった子が出ます。



トリニティ? あの学校はメインで大きく取り扱うので今の所予定は……。


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黒舘ハルナ

ゲヘナ学園。

混沌とも称される自由と壊滅的な治安の悪さ、そしてその破天荒から生み出される生徒個人個人の強さが三大学校に名を連ねる理由にもなっているキヴォトスで最も有名な学校の一つ。

 

その自由奔放さは他校の追随を許さぬ程に圧倒し、違法サークルや爆発騒動は当たり前。

大多数の少女は確実に忌避するであろうその校風だが、それでもその異常性に惹かれてしまう変わり者が常に毎年、一定数以上ゲヘナ入学の道を示していく。

 

新たに加わってしまった好き放題やりたい放題生活を手に入れてしまった生徒がさらにゲヘナで厄介事を増やし、ゲヘナの名を殊更轟かせるのに一役買い続ける。

 

連鎖、連鎖、その連鎖。

 

いつもどこでも何時でも厄介事があちこちで絶え間なく発生している。他校で言う所の異常事態がこちらでは通常運転となる無法地帯が、良くも悪くもゲヘナの特色だった。

 

そのゲヘナ地区を、一方通行は一人歩いている。

げっそりと、心身共に疲れ果てた表情を顔面一杯に張り付かせながら。

 

「あァ……くそ……。白石のクソ野郎が……。何が調整完了もう大丈夫だ。だ……!! 一歩間違えてたら頭ぶつけて即死だったじゃねェか……!!!」

 

思い出す。先程の未来塾の出来事を。

才羽ミドリを助け出す為に使いたくなかったコレを使わざるを得なかった事態を。

 

数日前、彼はエンジニア部に顔を出した時、それぞれの部員からそれぞれが全力で楽しんで制作したであろう玩具の発表会を披露され、全てが実用に耐えずゴミ箱行きであると判定を下した。

 

しかしその僅か二日後、ウタハが先生の体重や体格に合わせて威力を調整したからと言って手渡されたのが、スイッチを合図に圧縮した空気を爆発させ、瞬間的に途轍もない程の推進力を人体に与える空気噴出砲(シュートボム)

 

一方通行としては命の危機的な意味で決して使いたくなかったソレは、蓋を開けてみれば本当に命の危機に直結する代物でしかなかった。

 

クソ。クソ。と一方通行は通行人に変な目で見られるのを気にする事無く一人愚痴り続ける。

 

あれがなかったらミドリを助けられなかった。それは認める。

背中でダメージを受け致命傷を避けるよう使いこなせたのも、百歩譲ろう。

 

だがしかし死にかけたのは事実であり、それと同時に痛い物は痛いのである。

背骨が折れてなかったのはもう奇跡でしかない。むしろどうしてあれで折れてなかったのか自分自身不思議である。

 

「背中がいてェ……!! もォ歩きたくねェ……!! どォしてミレニアムみてェにあちこちにモノレールや電車が走ってないンですかゲヘナはァ!!」

 

ユウカやミドリと言った彼との交流が多い少女達は一切気付く余地がない話だが、学園都市の第一位。二百三十万人の頂点に君臨する一方通行だが、知り合いがいない場所かつ一方通行評価で危険がないと分かっている場所では、そこそこの頻度で弱音と泣き言を吐く年頃らしい一面をありありと覗かせる存在である。

 

はぁぁぁ……!! と、どこまでもどこまでも浸透していきそうな深い深いため息をつく。

風紀委員と余計な一悶着が発生し、一段階追加で疲労がかさ増しされたのもため息の深さに一役買ってはいるのだが、彼が放った重い嘆息の本質はそこではなかった。

 

今、彼の中で疲れの原因を占めているのは、ズキズキと痛みを主張し続けている背中の他にもう一つある。

 

空腹だ。

 

そう、彼は今日、朝から何も口にしていない。

したものといえばコーヒーを一缶だけである。

 

ゲヘナに足を運び未来塾を叩き潰すまでは仕事をしなくてはならないという気持ちによって空腹は遥か彼方へと追いやられ、不調を訴えてくる事も無かった。

だがそれも仕事を終えるまで。

 

やるべきことが終わり、気持ちを日常へと戻した途端、今に至るまで忘れていた空腹がゴリゴリに主張を始め、一方通行の心を蝕み始めた。

 

その空腹に負けてしまった事が、現在一方通行がシャーレに真っすぐ帰らず、痛む身体に無理を言わせてゲヘナを歩いている理由だった。

 

即ち、料理屋巡り。

もっと言うと、肉料理屋探しの旅である。

 

当たり前と言えば当たり前の話なのだが、一方通行はシャーレで『先生』として働いているので、連邦生徒会から毎月人間一人が遊んで暮らすには十分な量の給料を連邦生徒会から貰っており、シャーレで仕事を手伝ってくれている担当生徒達の給料もここから捻出してもいる。

 

それは学園都市時代に持っていた金額からすれば遥かに届かない物ではあったが、贅沢の十ぐらいは余裕で賄える額であり、その為なのか彼の金銭感覚は学園都市時代から変わっていない。

 

つまり、そこそこに狂っていた。

 

「どの店かは……この際なンでも良いか。どこ行っても一番高ェ肉を選べば失敗はしねェだろォ」

 

なので、こんな思考が当たり前のようにポンと出る。

今の言葉をユウカが聞いたら即小言が飛んできそうだな等と存外失礼な事を思い浮かべながら一方通行は一人良さそうな店がないかゲヘナ内を探って行く。

 

ジャンクフード。もっとガッツリ食いたい。

回転寿司。肉を食えそうにない。

中華料理屋。今の気分じゃない。

 

なんでも良いと言った割には厳選に厳選を重ねてしまっている一方通行にとってそれぞれの料理店は魅力的に映らず、敢え無くスルーされていく。

 

時刻は十四時を回ろうとしている。

早く見つけたい。

早く座って休憩したい。

 

空腹と節々の痛みでイライラが募り始めた頃、ふと、一方通行の目に留まった店があった。

 

一級品の牛肉を使ったステーキハウスと書かれたその店は、今の彼にとって欲しい物が全て詰まった理想的な店として

 

「オイオイ、探せば良いのあンじゃねェか」

 

ここにしよう。

むしろここ以外の選択肢はない。

わざわざゲヘナで歩き続けた理由はこの店に入る為だった。

 

ステーキ肉にありつける嬉しさに笑みを浮かべ、己の幸福感をこれでもかと満たしてくれそう感を漂わせる未来に心を躍らせ、一方通行はステーキハウスへと足を進み始める。

 

さあてフィレかサーロインか。

俺の腹はどっちをご所望なんだと自分の気分に問いかけつつ店の前まで辿り着き、

 

直後。

 

ボッカァァァアアアアアンッッッ!!!! と言う派手な爆発音と共に、一方通行の目の前でステーキハウスが爆発炎上を始めた。

 

「………………は?」

 

目の前で起きた信じられない光景に、一方通行はらしくなく完全に硬直する。

今、ここで何が起きたのか全く理解出来ない一方通行がなんとか、なんとか絞り出せたのは、困惑と驚愕に満ち満ちた、彼らしくも無い呆けた声。

 

超絶レアな、何も考えずに出してしまった声だった。

 

パラパラと、数秒前まで店を形成していた木片やガラス破片が飛び散り始める。

 

「ケホ……ケホ……全く! 客になんて物を食べさせる店なんですのここ!!」

 

一方通行が呆気にとられ続けている中、今しがた爆発した店の出入り口の扉があったであろう付近から、店に対する文句らしき文言を零しながら一人の少女が姿を現す。

 

被っていた帽子を右手に持ち、身体のあちこちをパンパンと帽子で叩きながら煤を払う少女は何故か全身から煙を吹き出していて、大雑把ながら身体の煤を払い落とした少女はポフッ、と帽子を斜めに被り。

 

「あら?」

 

と、可愛らしい声を出しながら一方通行の方を見つめた。

 

「あらあらあら?」

 

かと思うと、トトトトッと、可憐さを感じる小走りで一方通行の方へ駆け寄り始める。

彼女が自分の方目掛けて走り始めてから、ようやっと、一方通行の思考能力が回復を始めた。

 

頭を再び働くようになり、店が爆発したこと。そしたら何故か爆発した店から少女が一人実行犯らしき言動を伴って現れ出た事。最後にその少女に見つかってしまったことを一方通行は瞬時に理解した。

 

その事実がどうしてか、一方通行には危険信号を発しているようでならなかった。

彼の本能が、目の前にいる少女に対する危機感を訴えた。

 

関わってはいけない気がする。

目を合わせてはいけない予感がする。

 

「ひょっとしてこのお店に入ろうとしておりました?」

 

ほんの少しばかり一方通行より身長が低いその少女は彼を僅かに見上げ、純粋さが見え隠れする透き通るような声で一方通行にそう語り掛けてくるが、一方通行はこの少女と一緒に行動すると何かとてつもない面倒事が待っていそうな予感がしたのか。

 

「……いや、知らねェな。暴れるのも良いがゲヘナだからって大概にしとけよ」

 

極めて渋い返事で会話を打ち切り、少女との関係を早々と絶つ方向へと舵を切った。

 

帰ろう。

今すぐシャーレに帰ろう。

帰ってシャーレで飯を食おう。

そう言えばミドリを先に待たせているんだった。

別に今すぐ飯を食わなければ死んでしまう訳じゃない。

ミドリに一言謝りつつ、シャーレにあるコンビニで弁当を買ってオフィスで食べよう。

そうしよう。

そうするべきだ。

一刻も早くここから離れるべきだ。

あれに関わるべきじゃない。

 

思考能力が回復してから時間にして僅か一秒、その結論に至った一方通行はそう捨て台詞を残してくるりと身を翻し、来た道を帰ろうとして。

 

ガシィッッ!! と、その左腕を狂人によって掴まれた。

 

カチッッ!! と、反射的に一方通行は掴まれていない右手でチョーカーのスイッチを入れる。

しかし彼の能力は発動しない。その身に反射を宿す事が出来なければ、操作をする事も出来ない。

どこまでいっても、一般人のままだった。

 

カチッ! カチッ! カチッッ!!!

そう分かっていても、彼の身体は何度も何度もスイッチを入れる。

逃げる為に、逃れる為に。

 

これに捕まっては身がもたない。理性ではなく本能がそう訴えていた。

 

「いいえ、私の目は食に関しては一切合切誤魔化せませんわ。空腹ですってあなたの顔にそう書いていますわよ。さあ! こんな下らないお店よりもっと良いお肉料理を提供して下さるお店を知ってますわ! そこに連れて行って差し上げましょう!」

 

目をキラキラと輝かせ、一方通行の左腕を自身の両腕で柔らかく絡め取りながらその少女、黒舘ハルナは満面の笑みを浮かべつつ一方的に自分の意見を述べた後、彼の返事や言葉を聞く事待つ事無く、容赦無しにズリズリと引っ張り始めた。

 

「待てオイ待てって言ってるのが聞こえないンですかァ!? 見ず知らずの人間を拉致ってンじゃねェ気兼ねなく話しかけてンじゃねェ危機感ゼロなンですかテメェはァ!!」

 

ガッ!! ガッガッッッ!! と、引き摺られる身体に負担がかからないよう器用に杖で地面をつきながら、このままでは間違いなく連れて行かれると悟った一方通行、そうはさせまいと道徳的に説得を試みる。

年頃の少女が見ず知らずの男に話しかけ、あまつさえ警戒心を全く抱かない所か好意的に接するのはどうなんだと必死に必死に言葉を重ねるが、対するハルナは一方通行の言葉などどこ吹く風で。

 

ハルナは一方的に語り、

一方的に美味さに自信がある肉料理店へと彼を連行し続けていた。

不気味さを感じてしまう程に曇りなき笑顔を浮かべ、むぎゅっと彼の左腕を両腕と胸中に埋めさせて。

 

「うふふ、楽しみですわ! 私、殿方との食事は初めてですの! さっきの店で食べた料理、私は気に入りませんでしたけど同じ店に入ろうとしたあなたの観察眼は確かな物でしたわ! あなたのお腹! とことん満たして差し上げます!」

 

「いらねェから離せってンだ!!! ナンパなら他所でやってくれませンかねェ俺を巻き込むンじゃねェ頼むから解放しろ解放してくださいお願いしますゥ!!」

 

「さあ! 美食を共に楽しみましょう!  私一押しの素晴らしい所をご紹介しますわ! うふふ、うふふふふふ!」

 

カチカチカチカチッッ!!!

全く話が通じない相手からどうにか逃げようと一方通行は何度も何度も何度も何度もチョーカーのスイッチを入れる。

 

だが、なんどやっても結果は同じ。

どれだけやっても彼に力は戻らない。

 

状況を打破する力を、世界は彼に与えてくれはしなかった。

 

カチカチカチカチカチカチカチッッッ!!

 

「クソッタレがァァァッッッ!!!!! こういう時こそ仕事しやがれミサカネットワークゥゥゥァァァアアアアッッッッ!!!!!!!!!!」

 

そしてとうとう一方通行が理不尽さに絶叫する。

理不尽さを感じているのは突然少女に拉致された一方通行の方なのか、それとも何も悪くないのに一方的に罵倒された妹達の方なのか。

 

両者とも当てはまってそうな状況はしかし、今この場面においてはどちらが正解か突き詰めても何の意味も無く、今一方通行にとって肝心なのはどれだけ拒否権を行使しても、尚ズリズリと引き摺られるように引っ張られていく状況をどうすればひっくり返せるかの一言に尽きていた。

 

だが、どう足掻こうと、どれだけ思考を巡らそうと、彼がハルナから逃げられる可能性は清々しい程にゼロと言う烙印が刻み付けられている。

 

力で敵わず逃げる能力も持たない一方通行は、成す術なく連行される事しか許されている事がなかった。

 

「この役立たずのクソガキ共がァァァァァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

ゲヘナの端まで轟いていそうな声量で放たれた、全てを諦めたかのような絶叫は果たして、しかし肝心の本人達に一切届く事無く、むしろ本人達ひいては司令塔サマに聞かれたら即その場で演算補助を打ち切られ路上に転がる鯉のような出で立ちになってしまうであろう暴言は幸運にも妹達の耳には届かず、その叫びの価値を無に帰していく。

 

一方通行。彼は往々にして女性に振り回される類の人間であり、同時にそうなった場合基本逆らう事が出来ない類の人間であった。

 

この後、彼はハルナに連れられた店にある肉料理に舌鼓を打ち、まあまあ彼女と打ち解けるようになるのだが、それは語られる事の無い話。

 

ハルナと別れ、夕暮れ頃にシャーレに帰った後、オフィスを閉めて出掛けた事で中に入れず、外でずっと一方通行の帰りを待ってたミドリに涙目で問い詰められたり心配されたりするのだが、それも語られる事のない話である。

 

 






話が膨らまない時はもういっそ膨らませずに投降すればいいやと思いました。投稿して投降宣言です。誤字ではございません。なので今回は前回の四分の一程度の文章量です。 少なすぎです!! でも書けませんでした! これ以上は悩んでも悩んでも文字数が悪戯に伸びるだけで面白くはならないと判断したんです! 許して下さい!!

誤字と言えばですが皆さまの誤字報告には凄く助かっております。気付かない所沢山多いです。ありがとうございます。大体書き上がった直後に投稿しているので校正している時間がないんですね……。日曜深夜に書いた物を次の日に校正すればいいのだと分かってはいるのですが。待たせたくないなと言う気持ちがね……あるんです。

と言う訳でこの作品は皆様のお力によって支えられております。本当に感謝しております。

さあ、やってきました私の大本命ヒロイン黒舘ハルナ。何を隠そう初めて引いた星3生徒! 

何と言っても顔の良さが最高。
可愛い生徒は沢山いても『綺麗』や『美人』度では文句なしのNo1だと思います。異論は認めます。食が絡まなければまとも! 絡めば……ゲヘナになります。

そんな彼女が登場して、次回から始まる短編で日常編、ひいてはヒロイン顔見せ編は終了となります。いよいよメインストーリーが始まって行きますね。

私はストーリーを組み立てる時、それぞれの章のラスボス戦とその過程、いわばクライマックスを真っ先に考えてそこに至るまでの道のりを後から引いていくスタイルで書くので、ブレずに進むのではないかなと思っています。思っているだけ。良いの思い付いたらどんどん追加していく欲張りセットなので大体予定通りに進みません。

初期案では一方さんも大人のカードを持たせて、「とある」組を召喚するかとか考えていた時期もあったんですが、協力的にならないorそもそもチートすぎるか実力不足かにしかならなかったので敢え無く没。一方さんは丸腰となりました。

科学サイドの人間が弱いんじゃない、キヴォトス組が強すぎるんだ……。もしくはそれ以上に科学サイドの一部が強すぎるんだ……。極端なんだよ君達……。

次回はお話がきな臭い方向に進みます。それでも日常編です。キヴォトスではこんなのが日常茶飯事! 多分、ゲヘナでは日常茶飯事……!




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一方通行「運び屋退治だァ?」

「そう、ゲヘナからある物を運び出そうとしている生徒を先生に止めて欲しいの」

 

「わざわざ早朝からシャーレにやって来たと思ったら、突然何言い出してやがる」

 

時計の針が九時を指すニ十分前。

一方通行は早朝にシャーレにやってきたゲヘナ学園の風紀委員長、空崎ヒナに寝ている所を起こされ、朝一からそんな説明を受けた。

 

当然、朝に弱い一方通行は彼女の訪問を歓迎せず、寝ぼけ眼で不機嫌極まりない態度を隠すことなく帰れと言いそうになったが、やって来た相手が空崎ヒナであること。そして急を要する相談らしい雰囲気を纏っていたことから、渋々彼女の訪問を受け入れた矢先、結論から先に言い出された。

 

頭が完全に覚醒しきっていない中で早々に話を終えられ残りをこちらに丸投げされても困ると、一方通行はひとまず彼女を来客用の椅子に腰かけさせ、気乗りしない肉体を無理やり叩き起こすべく。眠気覚ましとして冷蔵庫からコーヒーを取り出し、カフェインを体内に摂取しつつ向かいの椅子に座る。

 

とりあえず話を聞く形だけは整えた。

後は聞いていれば自然と頭が働くだろ。等と予想を付けながら一方通行は彼女の言葉を待った。

 

「順番に説明するわ。今、私達ゲヘナはトリニティ総合学園と大事な条約、少しだけ概要を説明するとお互い協力体制を築こうとする条約を結ぶ準備段階に入ってるの」

 

でも……、と顔を僅かに上げながらヒナは言葉を区切る。

クピ……と、一方通行はコーヒーを口につけながら彼女が語った内容を咀嚼しながら次の発言に備えた。

 

トリニティ総合学園。

名前だけは聞き覚えがある学校だった。

 

(トリニティ……。確か羽川や守月が在籍してる所だったか)

 

今から一か月程前、一方通行がこの世界にやって来て直ぐに訪れた最初の仕事に半ば無理やり参加した四人の内、羽川ハスミと守月スズミの二名が在籍している学校の名前だった筈だと彼は記憶を掘り起こす。

 

一方通行がキヴォトスに飛ばされてからそこそこの時間が経過しているが、一方通行は基本的にミレニアムとシャーレしか行き来していないので学校間が抱える特殊な事情等は上辺だけしか知り得ていない。

 

両校が両校を快く思っていないのは知っていたが、それを打開する動きがあった事までは知らず、同時にその条約の件でゲヘナを取り締まるトップがわざわざ早朝に、しかも一人で訪問してきた事に途轍も無いきな臭さを覚えた。

 

どう考えても、相談だけで終わる展開ではない。

相談だけなら、こんな時間に来る筈がない。

 

間違いなく、何かがあるなと予想を立てる。

 

「でも、ゲヘナとトリニティは昔から犬猿の仲で、理由あり無しに関係無くトリニティを忌み嫌っているゲヘナの生徒は少なくない。その中の一部過激派が条約を結ばせたくなくて行動を起こした」

 

コトッと、ヒナは懐から小さなプラスチック製の容器を取り出し、机の上に置いた。

中には、赤い粉末らしき物が物が半分程度入っており、彼女はそれを一方通行に手渡す。

 

「服用した子は気分が高揚し、理性のストッパーが外れ、衝動的に行動するようになってしまう劇薬。これがつい最近、ゲヘナのある部室から発見された」

 

ヒナから小瓶を受け取った一方通行はそれを眺め、容器を数回揺らした後、顔をしかめた。

どうやら、事態は一方通行が想像しているよりもさらに面倒を極めているらしい。

 

つい数日前にカイザーコーポレーションの闇の一角を覗いてからの今度は学校内からの看過できない問題。

簡単に違法薬物を作り上げてしまう生徒達のモラルの低さと、どうも不穏なイベントが立て続けに起こり過ぎなキヴォトスの毎日に心中で毒づく。

 

「当然それらは没収、部室も使用禁止の措置を取らせて貰ったのだけど、私達がこんな物を作ってると気付いて部室を制圧した際、一部の生徒の逃走を許してしまったの」

 

これが昨日の話。と、ヒナは頭を左手で支えながらしんどそうに続ける。

話を聞く限り、どうやら彼女はこの時間に至るまで徹夜で逃げた少女の捜索を風紀委員総動員で続けていたように思える。

 

それでも見つけられなかった事で、最後の手段としてシャーレに頼ったのだろう。

 

「彼女達の目的はこれをトリニティでばら撒くこと。そしてクスリはゲヘナ側から持ち込まれた事をトリニティ側が大々的に発表する事。そんなことをすれば」

 

「条約の凍結、あるいは破棄は免れねェ。最悪学園同士でいざこざが発生する可能性だってある」

 

ヒナの言葉を奪い、それらが起きた際の最悪の結末を予想する。

ええ、とヒナは肯定し、彼の仮定を否定しない。

 

朝から聞くにはあまりに重い話だった。

 

このままこの事件を野放しにすれば二校を結ぶ条約とやらが締結されないだけでなく、最悪ニ校同士による学園戦争が始まってもおかしくない。

そうなればキヴォトスがどのように変化するか、考えるだけでも億劫だ。

 

キヴォトスの中でも特に影響力を持つ三校の内の二校であるゲヘナ、トリニティが戦争を始めたらどうなるか分かった物ではない。

 

二校の間だけで収まる話じゃ無くなる可能性だって大いにある。

それこそ、キヴォトス全体を巻き込んでもおかしくないような問題に発展する事だってあるかもしれない。

 

「本来ならこんな事件成立する筈がないんだけど、トリニティ側もこれに協力しようとしている勢力が存在するの。あっちはあっちでゲヘナを毛嫌いしているから……」

 

「利害が一致しているからこそ、突飛な作戦が現実味を帯びたって訳か」

 

厄介だな。と一方通行は素直に現状を整理し眉を潜ませた。

段々と話は見えてきた。

 

だが、それでもまだまだ疑問は残る。

 

「素朴な疑問だが、俺が一枚噛まされる理由があンのか? 条約を結ぼうって事になってンなら少なくともトリニティとの仲は今の所悪くねェ筈だ。あっち側のトップと空崎が話を付けて互いに協力して解決する方向に進む事は出来そォに見えるが」

 

「それが難しいの。トリニティは生徒会長が三人いて、それぞれ担当している派閥が違う。その全員と連絡を取って協力体制を作るには、今回の件はあまりに時間が足りなさ過ぎた……加えて私達が直接トリニティに赴いて話を付けたくても、今この段階では余計な緊張を他の生徒に与える事になるから……」

 

俯き、申し訳なさそうに彼女は現状を語る。

ここで彼女がどうしてシャーレを頼って来たのかに納得点が出来た。

どのような理由があるにしろ、空崎ヒナが両校共に緊張状態に入り始めたこのタイミングでトリニティを訪れるのが問題になってしまうのだとしたら、打開策としてシャーレを頼るのは間違いではない。

 

むしろ、残された数少ない選択肢の中で最も有益と言って良いだろう。

 

シャーレならば、ゲヘナだろうがトリニティだろうが合法的に足を運べる。

クスリの取引を成功させてしまう最悪な展開になったとしても、一方通行率いるシャーレのメンバーでさえいればどこでも自由に行動、戦闘を行使出来る権利を用いて、反感を買ってしまうことを承知で強引ながらギリギリ事態を収束出来る方法が取れなくもない。

 

そもそもの話、彼女が訪問する程度で問題になってしまうのならどちらにせよ条約が成立するのは難しい。

それを解決する為にも、ゲヘナとトリニティで話を擦り合わせをする為にも、今ここで余計な火種を生む要因は早急に摘み取るべき事柄なのだ。

 

出来れば、人知れずに。

トリニティ側に、悟られずに。

 

「次だ。クスリの受け渡しはトリニティで行われるで間違いねェンだな?」

 

「……ごめんなさい。確約は出来ない。トリニティ側の条約反対勢力がゲヘナ内に侵入して秘密裏に取引してトリニティに持ち帰る可能性もある」

 

「じゃァもうこの時点で取引が終わっている可能性もある訳か」

 

「私達風紀委員が総出でゲヘナの外へ出られる目ぼしい場所は押さえてて、現在目立った動きは報告されていない。ターゲットはまだトリニティの生徒と接触していないし、ゲヘナのどこかに潜伏していると見て間違い無い筈」

 

聞いた限りでは時間の猶予はまだあるように思えた。

不穏な点があるとすれば、そこまでしていてもまだターゲットである生徒を見つけられない部分か。

 

未来塾の件でゲヘナに赴いた時に一方通行が感じた事の一つに、ゲヘナは治安の悪さから相当目立つ事でもしない限り大抵の悪事は悪事としてみなされずスルーされてしまう傾向があるという物がある。

よっぽど不審な動きをしていない限り、日常として処理してしまう危うさがあそこには跋扈している。

 

あまりにも非日常が日常過ぎて、風紀委員でも把握しきれない程に。

潜伏するのは、恐らく簡単だ。

 

「逃げた奴等の顔とかは分かンのか」

 

「把握してる。逃げたのは『科学部』の三人。顔も割れてる」

 

パサっと、机に生徒の顔写真が三枚机の上に広げられる。

三人共あまりパっとしない顔だが、一方通行はその顔を即座に記憶する。

 

忘れる事はないだろう。

 

「で、俺はどう動けば良いンだ」

 

「先生にはまずゲヘナであるチームと合流して欲しい。私達を嫌っているチームだから直接依頼はしていないけど、彼女達ならある程度ゲヘナで隠れやすい場所を把握している筈。彼女達と協力してトリニティ側からの接触が来る前に、クスリの奪取又は三人の捕獲をお願い出来る?」

 

つまり一時的に協力者をシャーレとして扱え、という事だった。

これならターゲットを取り逃がしトリニティに踏み込まざるを得ない事態になっても、そこで戦闘行為に発展してしまっても、ある程度までならシャーレの部員だからで誤魔化せる。

 

だが、全員が全員ゲヘナ生だと流石に信憑性に欠ける。

余計な悪感情を抱かれてしまうかもしれない。

 

それを防ぐ為には出来れば一人、二人ぐらいは他校からの力が欲しい。

 

「全員ゲヘナだと怪しまれる懸念があるな。その懸念を消す為ミレニアムから本物のシャーレ部員を引っ張りてェ。十五分で良い。待てるか?」

 

「大丈夫。そのぐらいなら余裕はある」

 

悪ィな。とだけ返し一方通行はすぐさま携帯を取り出し連絡を取り始める。

 

早急の用事に対応できる奴で、

かつ状況を即座に受け入れた上でシャーレにすぐ足を運んでくれる決断性が高い少女が必要だと、いくつかの条件を整え、それらが該当する少女と言えば……。

 

『……、……。はい先生。早瀬です。おはようございます。こんな朝早くにどうしました? て言うかまだ九時にもなってないのに起きてるなんてまさか徹夜とかしてるんじゃ──』

 

「ユウカ、今すぐシャーレに来い。説明は後でする」

 

『は!? ユッッ!? あ、ぇっあッッ!?』

 

「頼ンだ」

 

『…………っ、~~~~~~ッッッ!! もう! 分かりましたッ! 今から向かわせて頂きますッッ!!』

 

十分で到着します! と、宣言されて通話を打ち切られる。あの様子だと駆け足でやってくるだろう。

動揺したり怒鳴ったりと相も変わらず朝から喜怒哀楽の感情が激しい奴だなとユウカの事を評しつつ、一方通行はヒナの方へと視線を戻し、

 

「……? どォした?」

 

「……別に。なんでも……ない」

 

どういう訳か先程までの真剣とした表情はどこへやら、やや落ち込んだ顔をヒナは見せていた。

心なしか声もしょぼくれている。

今の一瞬で何か不満点でもあったのだろうかと一方通行は不審に思うが、特に何かおかしな事があった場面は思い当たらない。

 

なので一方通行は、一分一秒でも早くゲヘナに向かって欲しいであろう彼女の気持ちを踏まえ、自分が出した提案自体が不満だったのだろうとヒナの不機嫌さを推測した。

 

「ユウカを呼ンだのは最悪を回避する為だ。トリニティとの接触及び取引の完了が起きねェのが理想だが現実はそう甘くねェ。あいつがいること自体が免罪符になってくれる」

 

「そう、ね……うん。そう。分かってる。先生の意図はちゃんと分かってる」

 

歯切れが悪いな。と一方通行は一層ヒナの口調がしおらしくなってしまったことに頭を捻る。

どうもヒナの思考が今回の件とはやや離れた場所にあるように思えて仕方ならない。

 

仕方ならないが、彼女の思考方向が突然明後日の方向に向いてしまうような発言をした覚えもない。

 

それ程までユウカが来るまでの時間を待つのが不満なのだろうか。いや不満ではあるのだろう。それに足る理由はある。一刻を争う事態であることは間違いない。

しかしここまで露骨に引っ張る必要性も無いのではないかと思わずにもいられない。

 

どちらにせよ、もうユウカは呼び出してしまった。この選択はもうひっくり返せない。

何度考えても、今回の作戦にミレニアム生徒の存在は必要不可欠だ。

 

ゲーム開発部の面々と違い彼女はしっかり者なのでゲヘナで合流する事も考えたが、だとしても彼女を単身ゲヘナに呼び出すのも憚られる。

時間は掛かるが、ここで彼女を待つのが最善だろう。

 

判断は間違って無い。と、一方通行は己の選択は正しいと、自分自身にそう言い聞かせる。

どうして言い聞かせているかと言われれば、目の前にいる少女が露骨に落ち込んでしまっているからだろうか。

 

(なンなンですかァこの気まずさはァ!? 俺何か悪い事でも言ったかァ? 言ってねェよなァ?)

 

自分で自分に疑問を投げかけ、自分で否定し自分で解決する。

しかしそれで目の前の結果が変わる訳でもなく、結果余計モヤモヤする感情を覚える一方だった。

 

気まずい雰囲気がオフィスを包む。

先程までの緊迫感に包まれていた空気がいつのまにかガラっと変わってしまっていた。

 

グビッ!! と、苦し紛れに既に飲み切った缶コーヒーを煽る様に喉へ流し込もうとする動作を見せる。

 

飲むフリをし続けながら、誰かこの状況を何とかしろと一方通行とヒナしかいないこの場で、いる筈の無い第三者の助けを願う。

 

彼らしくない無茶な神頼みはどういう偶然か、時計の針が九時を指した時、突然シャーレの扉がガチャッと開いたかと思うと

 

「おはようございますですわ先生! ……あら?」

 

と言う一人の少女の元気な発声によってある程度叶えられた。

新たな問題の発生と言う犠牲と引き換えに。

 

やって来たのは、銀髪に紅色の瞳が特徴の、軍服のような出で立ちをしている少女、黒舘ハルナ。

数日前に出会い頭から早々と、そして散々に一方通行を振り回した少女である。

 

ああ、そういえば今日はコイツだったな。と、朝から叩き起こされ、用事を聞かされ続けていた一方通行はすっかり今日の『担当』は誰だったかを失念していた。

 

なるほど、彼女も朝九時ピッタリにやって来るタイプなのか。と、現実逃避に近いどうでも良い事を考えていると。

 

「先生」

 

静かに冷たい声が一方通行の耳を叩いた。

声の様子から察するに、どうやら彼女は落ち着きを取り戻したらしい。

取り戻し過ぎて怖さすら放ち始めているのが難点だが。

 

「シャーレはテロリストも迎えているの?」

 

「来る物を拒ンでねェだけだ。問題を起こしたら対処はする」

 

「放って置いたら今すぐ問題を起こすわ。具体的には一分後には」

 

「聞き捨てなりませんわね。まるで私が歩く人間爆弾みたいじゃありませんか」

 

「違うの? そう言われる様な実績は沢山積んでる方だと思ってるけど?」

 

「美食に関する実績なら、随一には違いありませんわね」

 

グイッッ、と到着早々会話に割り込みながらハルナは笑みを崩さないままヒナに喰って掛かり、そのまま二人はバチバチと火花を散らしながら言葉による応酬を始めた。

 

そう言えばこいつは出された食事が気に入らないという理由で店を爆破させてしまうトンデモ女だったなと、忘れることの出来ない初対面を一方通行は思い出す。

風紀を取り締まる側でありかつ委員長を務めているヒナとは折り合いが悪いのは考えてみれば当たり前の事だった。何なら何度も交戦経験があるのではないだろうか。

 

つまり、何度も彼女を相手にしなければならなかった話にもなる。

心底、心底一方通行はこの瞬間ヒナに同情した。

懲りない相手に何度も何度も事件を起こされるのは、相当な心労であろう。

相手に悪気がほぼ無いのも悪質だ。

 

話した事があるのは一日のみ。

それも数時間の間だけだが、一方通行はハルナと関わった中で気付いた事がある。

彼女の中にあるのは純粋さが占めており、欲求に素直に従っているだけなのだと。

 

要するに最も悪質なパターンだった。

純粋に純粋に彼女の性質は質が悪い。

 

「容疑は沢山溜まってるわ。お望みならここで発表会を行っても良いのだけど」

 

「過去の事をいつまでも引き摺っていると大人になれませんわよ」

 

「どの口が……ッ!!」

 

ハルナを鋭い眼光で強く睨みながらグッッ!! と、ヒナの握り拳に力が入る。

それを見たのか、ハルナの笑みが一段深く、暗くなる。

 

先程までとは違う緊迫感がオフィス内を包み始めた。

一触即発。正にその言葉がふさわしい雰囲気がヒナとハルナの間で漂い始める。

 

「どォでも良いがここで暴れンなよ。暴れたら即座に二人揃って叩き出す。ンで、以降二度とシャーレに出入りする事は禁止だ」

 

このままだといつ二人が銃を抜き破壊の限りを尽くし始めてもおかしくない。

 

問題児集団の集まりであるゲヘナを一手に取り締まる立場である風紀委員長と、その風紀委員長を相手に一歩も退かずに相対している美食狂い。

 

二人の実力は知らないが、相応に高いであろう事は間違いない。

一方的な戦いになるならまだしも、拮抗されては溜まった物ではない。

オフィスの物が全て壊される恐れがある所かほぼ確定的に何もかもがおじゃんになってしまう。

 

勿論一方的な戦いであってもここで戦闘される事自体は御免なのだが。

 

なので、一方通行は二人が事を起こす前に予め釘を刺した。

自分の心境を分かりやすく伝える為に低い声で発した警告は、彼の思惑通り伝わり、両者の間で渦巻いていた緊張の糸がパツンと途切れる。

 

「ぅ、ごめんなさい先生……。ここがシャーレであることを失念してた……」

 

「シャーレじゃなくても暴れンな。まだ何もやらかしてねェンだからよォ」

 

しゅん……、とまたもや申し訳なさそうにヒナは顔を俯け一方通行に謝罪する。

見てるとこちらが悪い事をした気になるような表情で謝るヒナに一方通行は、分かれば良いとだけ告げ、それ以上の言及はせず、声も元の調子に戻した。

 

(っァ? もォこンな時間か。そろそろユウカが来る頃だな)

 

ヒナとハルナのただならぬやり取りに意識を集中しすぎていたせいか、ふと時計を見た一方通行は、気付けばそこそこの時間が経過していた事を知った。

 

時間的にはそろそろユウカが到着してもおかしくない。

ならいつ彼女がオフィスに入って来ても良い様にゲヘナ出発への準備を進めておくかと、一方通行はソファから立ち上がろうとして。

 

「うふふ、先生は私の味方、ですわ!」

 

ギュッ! と、一方通行の左腕がハルナの両腕に絡め取られた。

同時に、彼の左腕に女性特有の二つの膨らみから成る柔らかい感触が伝わる。

 

それは大きければ大きい程一般的な異性ならばドキリと強制的に意識せざるを得なくなる、悩殺的必殺技の一つであり、彼女はその中でも大きい方に位置する少女ではあったのだが、相手が一方通行なのが悪かった。

 

彼はハルナの行動に対し一瞬も動揺する事無く、相変わらずよく人の手を奪う人懐こい女だなと、そんな感想を抱くだけだった。

 

しかし、例え腕を挟まれた当事者本人がそう思っていても、第三者は一方通行がそんな感想を抱いているとは思わない物である。

 

ビキッッ!! と、その光景を間近で見させられたヒナのこめかみに大きな青筋が浮かぶ。

それはハルナが放った火に油を注ぐような余計な一言が原因だったのか、はたまたハルナの誘惑行為に等しい行動が原因だったのか定かではない。

 

しかし、彼女がキレたという事実の前には最早そのどちらであろうが関係ない物だった。

 

「先生、忠告通り彼女は爆弾だった。今すぐ排除させて」

 

「ただ腕を組んでいるだけなのに酷い言われようですわ」

 

「それが問題なの……! 先生だってイヤがってるに決まってる……! なのにそんなに押し付けてっっ!!」

 

「あら、もしかして嫉妬ですの? 風紀委員長さんも案外可愛い面も持ってるんですわね。うふふ、でもその小ささじゃあこの満足感を先生に与える事は出来ませんわね。だってイヤならとっくの前に先生は振り解いている筈でしょう?」

 

「それが今生最後の言葉ね。分かった」

 

スッッと静かに、そして威厳さをこれでもかと醸し出しながら、ソファの下に置いていた銃を拾い上げてヒナが椅子から立ち上がる。

 

「喧嘩すンなっつっただろ。黒舘、いい加減お前も離せ。ンでとりあえず謝っとけ」

 

再び舞い戻ってしまった喧嘩直前の雰囲気。尤も今回は両者ではなく一方的にヒナから出されているだけだが、先程よりも歯止めが利かなくなってそうな空気に一方通行はヒナとハルナ、両方にそれぞれ声を掛ける。

 

良く分からないが、ヒナが怒り出した原因はハルナが自分の腕に絡みついているからだと推測する。

ならば、それさえなんとかすればとりあえずこの場は丸く収まってくれる。

 

最後の念押しでハルナに一言ごめんなさいと謝らせておけば、ヒナも怒りの矛先を収めてくれて、ハルナも彼女を煽るような言動を控えるようになり、結果厄介事がこれ以上は増えはしないだろうと、一方通行はその願いを込めてハルナに指示を出すが。

 

天は、一方通行に何一つ味方をしなかった。

 

「先生!!! 突然呼び出してどうし……た……ん……で、……」

 

非常に、とてつもなく非常に間の悪いタイミングで、バン!! と、勢い良くオフィスの扉が開き、駆けこむようにユウカが叫びながら姿を現し、一方通行の姿と置かれている状況を見るや否や徐々に語気を弱めて行った。

 

「………………、へぇ」

 

焦っていた表情が、氷のような表情へと変わり、最終的にはうっすらと笑みが浮かび始める。

そしてユウカはゆっくりと、そして凄みのある声で一方通行に語り掛ける。

 

「先生? ちょっとお時間よろしいですか?」

 

少し前にも怒ったユウカに同じこと言われたな等とどうでも良い事を考えながら、ここにいる自分以外の三人が三人共違う理由で面倒さを放ち始め、にっちもさっちもいかない状況になったことに対し疲れすら覚えた一方通行は、半ば諦める様に。

 

「もォ好きにすればいい……」

 

とだけ呟き、ギブアップ宣言を放った。

 

一方通行。キヴォトスに転移して以降、そこそこの頻度で少女に振り回されるようになった哀れな学園都市第一位である。

 

 

────────────────

 

 

「なるほど、だから私が呼ばれたんですね」

 

「あァ。全員が全員ゲヘナの生徒だと後々何か問題が発生した時に逃げ道がねェからな」

 

ユウカがシャーレに飛び込んできてから十分後。シャーレを出てゲヘナに向かう道中にて、一方通行は後から来たユウカと同行を申し出たハルナに情報を共有しながら今後の立ち回りについての考えを纏めていた。

 

ハルナがこの作戦に参加することをヒナは大いに渋ったが、戦力は一人でも多い方が良いだろうと言う一方通行の提案を最終的に受け入れ、先に待っているであろうチームと合流する中の一人として加わった。

 

「さっきも言ったけど、私、というか風紀委員とは折り合いが悪いチームだから私は作戦に参加できない。他の風紀委員と同様に、トリニティに繋がる道を抑える方に回る」

 

「つかさっきのゴタゴタで聞きそびれたンだがよォ。そのチームってのは何の集まりなンだ?」

 

思い出したくもないユウカの問い詰めとハルナの煽りとヒナの怒りが混ざり合った地獄の絵面によって結局シャーレ内では中断され続けていた事を、全員がある程度落ち着いたタイミングで一方通行はヒナに質問する。

 

今回の作戦の肝を握るチーム。

風紀委員を嫌っていると言う所から十中八九ゲヘナの問題児集団なのは間違いないだろうが、その上でヒナにこういう時に役に立つと目を付けられているのが誰なのか純粋に気になるのが一つ。

もう一つは、彼女達がどの方向性で危険なのかを見極める必要があった。

 

「そうね。彼女達は一言で言うと、悪に憧れるアウトロー集団って感じなのかしらね」

 

「そりゃまた厄介な憧れを抱いた連中だなァ」

 

「そうね、厄介と言えば厄介ね。まあ危険度で言えばそこの黒舘ハルナが所属する『美食研究会』に比べれば全然高くはないのだけれど」

 

彼女が言うにはセコい。ということだった。

そのセコさが隠れた生徒を炙り出すのに使える。とも。

 

「名前を『便利屋68』金を貰えればなんでもするがモットーの四人組が立ち上げた、企業の真似事をしている部活よ」

 

 

 

 







日曜投稿のが文字数少なかったので今週は二話投稿すべくちょっと頑張り。


展開はブルーアーカイブですがストーリーの根本は「とある」っぽさを意識しています。それでもキャラクターがキャラクターなのでブルアカ色が多いのですが。

シリアスにしようと思っていたのにハルナが一人絡んだだけでこの有様。次回これどうなるんですか? 私まだ構想浮かんでませんよ? 何ならユウカが登場する予定ゼロだったのに突然生えたんですが何ですかコレ??


まあ、面白ければヨシ!!!!


タイトルが往年の2chSSっぽい!! 一度やりたかった!!
日常編だからこそ出来る暴挙!
でも台本形式にする度胸はなかった。というか書けませんでした。



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便利屋68

 

社長、陸八魔アル

室長、浅黄ムツキ

課長、鬼方カヨコ

平社員、伊草ハルカ

 

以上四人で構成された、『企業』としての性質を持つ部活。

それが便利屋68だった。

 

部活ではなく企業。そして掲げている信念の一つに金さえ積まれればどんな仕事でも請け負う。が存在し、その客を選ばず場所も選ばず、解決手段も穏便に進まない部活方針が、ゲヘナにおける問題児集団の中でも、とりわけ異端さにおいては右に出る者がいないとされている所以だった。

 

そんな彼女達は今日も、社長のアルが目指す『真のアウトロー』へと至る為、悪の街道をひた走って行く。

 

「ふふ、ふふふ……。遂に来たわ……私達にも大手の仕事が……!」

 

ゲヘナの南区で赤い髪をなびかせ、スリットが二か所入ったタイトスカートを綺麗に着こなし不敵に笑うアルは、実にご機嫌である事を隠す事もせず、ツカツカと靴音を鳴らしながら、依頼人によって指定された場所へと到着した。

 

どうやらまだシャーレは到着していないらしい。

出来る女は約束時間の十分以上前には辿り着くのが前提。

 

つまり、シャーレを今後仕事相手に選ぶにしても、先制アピールは完璧と言う訳である。

ああ、二手三手先を読んでの行動、我ながら惚れ惚れしてしまう。

 

今回の仕事だけではなく、常に次を意識する。

良い仕事をすればするだけ、次の仕事へと繋がるのだ。

そして次の仕事へと繋がるかどうかはもう、この段階から始まっている。

 

「おまけに仕事内容も違法薬物の取引が成立する前に奪取する。正しく悪を持って悪を征す。実に私達が請け負うに相応しい仕事だと思わない?」

 

クルッと身を翻し、彼女は後ろを付いて来てる三人の社員に問う。

 

「社長は今回の依頼人の素性が全く知れない事に関してはどう思ってるの」

 

「最初は誰だってそういう物よ。こなせばこなすだけ、信頼を獲得して素性を明かしてくれる物なのよ! それが悪の流儀って訳よ!」

 

そういう物かな。と、アルの熱弁に対し、カヨコは抑揚のない声で不服気味に納得する。

どうやら懐疑的に思っているらしい。

確かに今回の依頼人は今までと違って取り分け変だったと言わざるを得ない。

 

電話のみでのやり取り。

ボイスチェンジャーを使用していると思わしき音声。

さらに依頼仕事は電話が掛かった当日。

極めつけにその内容が違法薬物の取引妨害。

 

怪しさ度で言えば満点だ。

百点を超えて百二十点すらある。

 

しかし、しかし。

その怪しさは、アルにとって魅力的に映った。

 

急な依頼も難なくこなせばそれは実績となる。

その打算が無かったかと言えば嘘ではない。

 

だがそれよりも前に、打算よりも前に本能が訴えてきた。

これは、一も二も無く受けるべき仕事だと。

 

「アル様に相応しい仕事だと思います!! と、とりあえず連中を見つけ出して爆破すれば良いんですよね!?」

 

事の経緯をカヨコとの会話で思い出していると、自信がなさそうな声でトンデモない発言をポロリとハルカが零す。

 

「焦らないのよハルカ。そんなことをしたら依頼どころか風紀委員に追いかけ回されるわ! 今日はゲヘナのあちこちに風紀委員が配備されてるんだから!」

 

「じゃ、じゃあ風紀委員ごと爆破するまで待つってことですか!?」

 

違うわよ!? というアルの絶叫が響き、ごめんなさいごめんなさい早とちりしてごめんなさいと、ハルカのお家芸が続く。

彼女は優秀ではあるのだが時折、もしくはまれによく暴走するきらいがある。

 

ハルカの暴走に助けられる事もあればピンチに陥ってしまう事も日常茶飯事で、今回は危機的状況にならない事をアルが心のどこかでひそかに祈っていると、くふふ~。と、可愛らしい声が流れた。

 

「所で、アルちゃんは知ってるの~? シャーレの『先生』って人~」

 

悪戯好きがよくしているような小悪魔の如き笑みを浮かべ、ムツキがアルに問いかける。

改めて聞かれて、そう言えばよく知らないなと事実を思い返した。

 

シャーレ。

一月前に設立された特殊な部活。

何処の組織にも属さず、どこの組織にも介入出来る権限を持つ超法規的機関。

 

そしてそれを束ねるのが『先生』。

 

彼女が知っているのはこのぐらいであり、その実態となる資料は全く手元にない。

 

ない、が。

 

「え、ええ勿論よ! 情報収集は仕事の第一歩。当然、抜かりないわ!」

 

フフンと鼻を鳴らし、胸を張って自信満々にそう答えてしまった。

額に小さな汗を垂らしながら。

 

彼女が持つ悪い癖。どんな時も見栄が第一が発動してしまった瞬間である。

 

「先生はそうね……。私が知ってる限りだと、誠実。って印象があるかしらね」

 

とりあえずこう言っておけば間違いないだろう。

どんな相手だろうと誠実な一面はある。

当然違う顔だって持っているだろうが、誠実と思われる一面は当然誰しも持ち合わせている、……筈だ。

細かな所に違いはあれど、おおまかな路線は合っているに違いない。

 

うんうん。と、先に言葉に乗せてから、自分の発言に信憑性があるかどうか後から考え、納得できる理由を思いついたと一人彼女は頷く。

 

「そう? 私は毎日毎日違う女と二人で街を歩いてるって聞いたけど」

 

「そうなの!?」

 

が、即座に彼女の思惑はカヨコによって否定された。

どうやら先生は例外に値する人間だったらしい。

 

それも相当な危ない人間だ。

年頃で自分好みの生徒を多数手駒にし、その日の気分で誰と遊ぶかを決め、取っ替え引っ替えしながら堂々と街を歩いている。

そして少女達の誰もそれを不満にしていないと見た。それは信頼かはたまた諦めか。もしくはその日だけの女としてでも、そう扱われる事に喜びを感じるある種終わった価値観を持ち合わせてしまったが故か。

 

どうやら相手は自分が想像していたよりもよっぽど悪党らしい。

なるほどそれならこんな仕事に協力者として顔を出すのも頷ける。

 

もしくは、自分達の中から好みの女の子を探すのが目当てなのかもしれない。

 

(でも残念だったわね! 彼女達は毒牙になんか掛けさせないし掛かる訳ないわよ。フフ! 私達は常に上を行く女達。手駒にされるのではなくする側なのよ、先生)

 

まだ見ぬ相手を自分勝手に酷評し勝利宣言をかましつつ、アルはふんぞり返りながら先生の到着を待ち続ける。

指定された時刻まであと五分。自分達目指してやってくる人影の姿は無い。

 

その事実にアルはまたしてもフフンと自信気に軽く笑う。

ここに椅子でもあったら座って足を組み、堂々とした佇まいで先生の到着を待っている所だ。

そもそも指定時刻ギリギリまでやってこない時点でもう底は見えている。

将来有望なお客様としてこの件は特に言及しないが、同じ闇業界で働く同業者としては赤点も良い所だ。

 

さてさて一体どのような人が来るのか。

興中で呟きながら、期待に胸を膨らませる。

そんな中。

 

カツン……と、聞き慣れない音がアルの耳に響いた。

今の音は何。と、音が聞こえた方向に首を動かし、

 

アルは目撃した。

 

連邦生徒会の制服に身を包んだ色白細身の男性と。

ミレニアムの制服を着こなしている少女と。

 

そして、

 

ゲヘナの中でもとびきりやばい。『美食研究会』の一人、黒舘ハルナの三人を。

 

「っっっっっ!?!?!?」

 

聞いてない。

頭の中でそんな言葉が飛び交う。

 

男の人は連邦生徒会の制服を着用している事から間違いなくシャーレの先生だろう。

隣にいるミレニアムの少女はシャーレに入部した、取っ替え引っ替えされてる哀れな少女の一人なのだろう。恐らく、きっとそうに違いない。

 

ここまでは良い。

ここまではカヨコの話から想定可能な範囲の話だ。

 

しかし、

しかしだ。

 

この場面で自分達より圧倒的格上である黒舘ハルナがやって来るのは流石に想定外だ。

瞬間、彼女の中で先生に対する格が上がる。

彼女を従えているという事実が、先生が只者ではない証拠だった。

 

それにもう一つ、もう一つアルの中で叫びたい事が一つ生まれる。

 

(二人じゃなくて三人で歩いてきたじゃない!! 仕事なのに両手に華で来たじゃない!!! 何その余裕! それが悪党の流儀なの!? スマートに仕事を終わらせて夜の街へ消えていくのが彼の日常だとでも言うの!? おまけに顔が怖い!! 視線だけで人を殺せそうじゃない!!!!)

 

冷静に、冷静になって考える事をアルが出来ていたならば、女生徒しかいないキヴォトスではシャーレに入部するのも、そして連れて歩くのも女性ばかりになってしまうのは当然もとい前提である事に気付き、取り乱す事もなかったのかもしれない。

 

が、事前にカヨコから告げられた妖しい先生の噂。そしてその通りに現れてしまった先生の姿から、アルはもう先生に付いてきた二人の事を『そう』としか認識出来なくなっていた。

 

尤も、常日頃から生徒の要望とはいえ二人きりでしか街を歩いていない先生の方にも、そう誤解されてしまう不備があるかないかと言われればあるとしか言いようがないのもまた事実だが。

 

「お前等が便利屋って奴か」

 

低い声が先生から迸る。

先生は顔や目元だけでなく声までも怖かった。

確かに見てくれは悪くないがどうしても拭い去れない恐怖感を彼から感じ取り、世間的にはこういう人のがモテるのかしら等と一瞬考えてしまう彼女だったが、他にも少女達がいる中で、真っ先にアル目掛けて彼は声を掛けて来た事に彼女は正気を取り戻す。

 

いけない。

仕事に関係ない事で心を取り乱してはいけない。

 

切り替えるのよ陸八魔アル。と、彼女は思考を現実に寄り戻し。

 

「そういう貴方は、シャーレの先生、で良いのかしら?」

 

あくまでいつも通りに、平静に先生に問いかける。

 

「あァ。お前等の力を借りに来た」

 

どうやら心の中の動揺は気付かれていないようだった。

良し。と彼女は早々に失態があった事を上手く隠せている事を自分で褒めつつ、先生とどう連携を取り合うか、そしてお互いにどう動くかの会議を始める。

 

「仕事の内容は聞いているわ。ゲヘナに潜んでいる生徒を見つけ出し。違法薬物を他校と取引する前に薬物を奪取する、で良いのよね」

 

「…………、概ねその認識で間違いねェ。俺はゲヘナの地理はまだ疎い。基本的にはお前等と黒舘を頼りに動く事になる」

 

一瞬先生が言い澱んだ事にアルは若干疑問を沸かせたが、その後に続いた彼の言葉に成程。と、アルは自分達が何故先生と協力するよう依頼に注文が入ったのかを理解し、同時に別の疑問が浮かび上がり、それにより最初の疑問を忘れ去る。

 

先生の発言の中にあった不審な点。それはどうして先生がこの仕事をすることになっているのか。だった。

 

ゲヘナの地理に詳しくないのならば、彼が来る必要性は無い。

自分達に声を掛けているのなら、そのまま協力を要請せず便利屋に一任してしまえば良い。

 

なのに彼がわざわざミレニアムの生徒及び黒舘ハルナを引き連れてやって来た理由。

彼に仕事を依頼した人物の思惑。

 

分からないわね。と、アルはその答えに辿り着くことが出来ないモヤモヤに一瞬苛まれるが、今はそれを考える時間じゃないかと気持ちを切り替え。

 

「任されたわ。私達は私達のやるべきことをさせて貰うわよ」

 

まずはしっかりと目先に迫る仕事の対応をしなければならない。便利屋68の社長として。

アルの言葉に先生はよし、と頷くと。

 

「まずは互いのすり合わせとおさらいだ。薬物を持って逃げてるのは『ゲヘナ科学部』の三人。連中はゲヘナのどこかに隠れてる。そいつ等を逃がさねェ様に風紀委員があちこちで見張りを立ててる。ここまでは良いな?」

 

コクンと頷く。

それはカヨコ、ムツキ、ハルカの三人も同様だった。

 

「俺達の目的は薬物を取引させない事。だ、その際に戦闘行為になっても良い様に俺が来た。つまり、俺がいる限り多少無茶な行動でもまかり通る。それが例えどこであってもだ」

 

「それはつまり……他校でもって事?」

 

そうカヨコが口を挟み、彼女の言葉に先生はあぁと肯定する。

 

「依頼してきた奴はそのつもりで俺を頼った。最善はゲヘナ内で完結させる事だが、最悪はいくら想定していても良い」

 

カヨコの質問と、それに対する先生の返答で、アルは先程抱いた疑問である先生がいる事の必要性を知った。

 

薬物の奪取。

それは言葉だけで言えば簡単に聞こえるが、実際はそうではない。

作戦が実行された時、間違いなく薬物を奪わせまいと相手も抵抗する。

必然的に、戦闘は免れないだろう。

 

それがゲヘナであるならばまだ問題はないだろう。

しかし、それ以外ならば。

万が一ゲヘナからの脱出を許し、追った先で戦闘になる事もあり得る。

 

そのリスクを最大限緩和する為先生はやって来たのだ。

 

しかしそれでもアルの中に疑問は残る。

自分達は風紀委員に目を付けられ過ぎた結果ゲヘナの外にオフィスを構えている。

結果的だがゲヘナの外に構えられたオフィスは、依頼者が望むどこの仕事ぶりにも柔軟に対応できる利点となって働いており、それもあってか自分達は何処で戦闘をしてしまったかどうかに重点を置いていない。

 

ゲヘナ地区内だからだとかそうじゃないとかで、仕事を選んでいない。

彼女達にとっては、ゲヘナ外での戦闘行為をすることに置いて何ら危機感を抱く事はない。

 

にもかかわらず、それを正式としても良い様に先生がやってきている。

依頼者が便利屋の性質を理解していないのか、それとも念には念をかけたか。

 

(まあ問題ないでしょ。どんな事が起きる可能性があったとしても起きる前に解決してしまえば)

 

前向きな視線で考えれば、先生がいることは万が一が発生した時の保険だ。

であるならば、保険が適用される前に終わらせてしまえば問題ない。

 

自分達ならば、恐らくそれは可能だ。

 

「ここからが本題だ。科学部の奴等が何処へ隠れてるかを見つけ出す為に便利屋の力が必要だ。この状況、どォ見る?」

 

「そうね、風紀委員はゲヘナの外へ行かせない様に見張ってるけど、基本的に外を見ようとしているから内部全体に目は行き届いていない。相当な数が動いていそうだけど総動員でもない。穴はいくらでもあるわ」

 

「そうですわね。その中でも一番潜伏先として有り得そうなのは……」

 

アルの言葉から続けるようにハルナが顎に手を当てながら発し、

 

「地下か、廃墟、ですわね」

 

最も潜伏している可能性が高い場所を二か所、挙げる。

 

「地下があンのか?」

 

「正確に言うと下水道ですわ。逃げ道として優秀ですのよ?」

 

うんうんと彼女の言葉に同意するようアルも頷く。

自分達も何度下水道に逃げ込み風紀委員から逃げ切った事か。

 

臭うから毎回あそこに行くのはイヤなんだけどなぁと過去を思い出したかのように愚痴るムツキを宥めていると、先生がアルの方に視線を合わせる。

 

「下水道に詳しいか?」

 

「ま、まあそれなりには? 逃げ道を常に確保するのもプロだもの!」

 

本当はがむしゃらに逃げ続けていたらいつの間にか覚えていただけなのだけど、と言葉に出さず本音を零したアルだったが、その過程を決して語らず、詳しいという真実だけを告げる。

何故ならその方が見栄えが良いから。

 

詳しくなった理由なんか適当に誤魔化して真実を言わずに黙っていれば案外分からない物だ。

要は結果が大事なのだ。

自分達は地下での逃げ道に詳しい。彼にとっても自分達にとってもそれだけで十分だ。

 

都合の良さそうな部分だけを話したアルに、そうか。と、先生は考え事をするように数秒沈黙した後。

 

「廃墟ってのはゲヘナの生徒がぶっ壊した後の施設って事で良いのか?」

 

抱いていたもう一つの疑問をぶつけて来た。

 

「概ねね。建て替えられるまでの間だけだけど、身を隠すにはうってつけね」

 

「お金が無い時何回か寝泊まりしたこともあったもんね~。最低でも雨風は凌げるし」

 

アルが懸命にゲヘナの内部事情を話していると、ムツキが茶化すように自分達の過去を暴露し、慌ててアルは人差し指を立ててシーッ!! とそれ以上の追撃を取り止めさせる。

情けない事実を知られ、うんざりされては今後に影響が出る。

 

ムツキを静かにさせた後、恐る恐るアルは先生の様子を窺うが、幸いな事に彼はその事について何も触れる様子を見せず、つーことは未来塾とかあった北区も捜索の範囲内か、と、面倒くさそうに先生は呟くと。

 

「七人でゾロゾロ動いても効率が悪い。チームを二つに分けるぞ。俺と……そォ言えば名前を聞いてなかったな」

 

言いかけて、思い出したように彼はアル達の方を見やった。

 

「陸八魔アルよ」

「浅黄ムツキだよ~」

「鬼方カヨコ」

「い、伊草ハルカっ! で、ですっ!」

 

「俺の事は先生で良い。で、お前等と同じゲヘナの黒舘ハルナと、ミレニアムの早瀬ユウカだ」

 

彼がこっちを見た意図を察し、全員が次々に簡易的な自己紹介を始め、それを聞いた先生もミレニアムの子をアル達に紹介する。

 

ユウカとハルナは彼の紹介に反応しペコリと下げる一方で、ムツキ、カヨコ、ハルカの反応は様々だった。

 

ムツキはニコニコと笑みを浮かべ、小躍りしそうな雰囲気で挨拶し、

カヨコは相変わらず淡々と名前だけを述べ、

ハルカは物凄い勢いでガバッッ!!! と頭を深く下げる。

 

一瞬、一瞬だがアルはハルナ、ユウカと自分達を比べ、忙しない四人組だと思われていないかしら等と先生の方に視線を向けるが、肝心の彼は特に気にする事もなく話を先程の内容へと戻し、

 

「そォだな。俺と陸八魔、浅黄、伊草で下水道を回る。鬼方と黒舘、ユウカの三人で廃墟を回れ。廃墟を漁る場所は黒舘と鬼方に一任する」

 

淡々と続きを述べた。

細かい事は気にせず目的だけを告げるその姿勢はスマートそのもので、アルは少し先生の言動に一瞬呆けていると。

 

「あれ~~~。先生ユウカちゃん一人だけ名前呼び~~~? ねえ私の事もムツキって呼んで良いんだよ~~?」

 

先生の早瀬ユウカだけ名前呼びした事実をからかうようにムツキが前に出て、くふふと揶揄い始めた。

しかし先生は彼女の言葉に何一つ動揺することなく。

 

「あ? 必要ねェだろ。ユウカを名前で呼ンでるのは仕方なくだ。これ以上年甲斐もなく駄々捏ねられたくねェンでな」

 

サラっと言いのけ、ムツキの揶揄いを躱した。

まるで何回も何回もその手の発言を聞いてきたみたいに先生は軽くムツキをあしらい、遮られた話を続けようとした所で、聞き捨てならないと今度はユウカが先生に喰って掛かり始めた。

 

どうやら彼女にとっては重大問題に発展してしまったらしい。

 

「ちょっっ!! 先生! 私がいつ駄々捏ねたって言うんですか!!!」

 

「自覚ねェのかお前? あン時のお前全然引き下がらなかったじゃねェかよ」

 

「そ! それは! でもっ……!! だってっっ!!!」

 

あの時、と言うのがいつの日を指すのか先生、ユウカ共に今日が初対面のアルには分からなかったが、話の内容からユウカが先生に対し並々ならぬ感情を抱いているのだけは察しが付いた。

 

名前を呼んでほしくて駄々を捏ねる。普通の相手にそんなことはしない。

先生の事を大切に思っている人がいる。と言う事実が、アルの中の先生像を少しばかり修正していく。

 

そこまで悪どい人じゃないかもしれない。

名前で呼んでと詰められ、最終的には折れて名前呼びをし始めたという事から、あんな怖い顔と声の癖して意外と押しに弱く、存外生徒に甘い人なのかもしれない。

 

ちょっと、ほんのちょっとだけ親しみやすさをアルは覚えていると。

 

「なら私の事もハルナ。と呼んで欲しいですわ先生! 黒舘なんて他人行儀なのイヤですわ!」

 

不服さを隠しもせずハルナが先生に物申しを始めた。

その様子はどう見ても可愛らしく嫉妬する少女のそれでしかなく、常日頃からゲヘナで問題を起こしているテロリスト集団の一人とはとても思えない程に親しみに溢れていた。

 

これが彼女の本性なのか、それとも先生の前でだけ見せている特別なのか。

いずれにせよハルナは完全に彼によって懐柔されている事実が、またもやアルの中にある第一印象及びカヨコからの情報により構築された先生像を崩していく。

 

一体どのようにハルナを手懐けたのか。

その手腕は確かな物なのではないか。

 

わ! 先生モテモテ~~! 等と先生を茶化すムツキを他所にアルは考えを重ねていると。

 

「今はンな事で時間使ってる場合じゃねェだろ。依頼主様は一秒でも早い解決をお望みだ。雑談するなら今すぐ帰るか全部終わった後でしやがれ」

 

ユウカとハルナ、そしてムツキの三人に纏めて釘を刺すと、行くぞ。と、話を終わらせるように先生は一人歩き始め、その後ろをはいは~い。と上機嫌そうにムツキがトコトコと付いて行く。

 

二人の後姿を眺めながら、終わった後には許容するのね。と、キツイ言動とは裏腹に内容自体は甘い物である一面を垣間見たアルは、第一印象と事前情報のみで人を決め付けるのは良くないなと反省し、先生への見方を改めなくちゃ等と考えに耽っていると、ちょん、と、彼女の服の裾が優しく引っ張られた。

 

「アル様、行きましょうっっ……!」

 

見ると、同じく先生の同行組に加えられたハルカがアルの服の裾を優しく引っ張っていた。

このままじゃ置いて行かれますよ。

震える声での呼び掛けにアルも思考の海から浮上し、慌てて先生達の後を追う。

 

「それじゃ、私達も行こっか。付いて来て、廃墟が多い場所の当て、あるから」

 

背中から聞こえるカヨコの言葉と、離れていく複数の足音を聞きながら、アルは先生、ムツキ、ハルカと共に下水道へと潜って行く。

 

後に起きる大事件が起きるきっかけが、この薬物取引妨害作戦の中に隠れていた事に、彼女達の誰一人、先生でさえ気付かぬまま。

 

 

 














想定3話から4話ぐらいにズレそう。

全く関係ない話ですが、今回の文中で登場した『その日だけの女としてでも、そう扱われる事に喜びを感じるある種終わった価値観を持ち合わせてしまった少女』

劇中ではアルちゃんの妄想ですが、ミドリやユウカとか割とそれで妥協しそうじゃないかなとは思った。

ミドリは可愛いので定期的に虐めたい欲が出るので抑えるので必死です。
まあそれはユウカとかも該当しちゃうんですけど。

実は未来塾編ではミドリがコンクリの壁に激突させられて血を流してから一方さんブチ切れるプロットだったんですよね。
序盤からそんなの良くない!! もうちょっと熟してから!! とダメージを負う前に救出する方向に修正しましたが、今後はどうなることなんでしょう……。

銃で撃って撃たれる世界なのですから、無傷でずっと過ごせる筈が……ないよね! 一方さんもヒロインズも!

でも安心して! 本当に虐めたいのは一方通行だけだから! 君の涙が一方通行を曇らせるんだ! 痛いという声が怒りを燃え上がらせるんだ。君の為に一方通行はブチ切れて暴れたよ。それって結構、幸せじゃない?

だから君の為に心を擦り減らしていく先生の姿に涙を流そう! そしてお互いに曇って行こう! それも青春だ! ブルーアーカイブだ!

涙は透明だものね。
そこに込められている濁った感情を涙は色にしてくれないからね。
少女の涙で世界は彩られる。

なんて、なんて透き通った世界観なんだ……!!


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不幸の星の下に生きる

 

「陸八魔、連中が下水道に身を隠している可能性があるのは分かった。だが一つ疑問がある。奴等はこの後どォやって外へ出るつもりだ?」

 

先生と合流し、二チームに別れ、彼女達が下水道に進入し仕事を開始してから既に数十分。何となくここにいるだろうと当たりを付けながら歩き続けるも、現状成果は特に得られていない。

 

下水道とはいえ範囲は広大に及ぶ。その中から三人をピンポイントで見つけるのは易々と出来る事ではない。

 

しかし道は無限に続いている訳でもない。潜伏場所を地下にしたのならばどこかしらで必ず見つけられると、下水道内部を道案内を兼ねて先頭を歩くアルの背後から、そんな先生の疑問が投げかけられた。

 

言われて、気付かされる。

確かにゲヘナの地下は逃げ込むのはうってつけだ。

そこから外へ出るのも難しくはないだろう。

 

ただし、それは地下から出る場所は何処でも良いという条件があった場合の話。

今回のケースは事情が違う。

彼女達は、ゲヘナの外側へと近い場所から地上に出なければならない。

 

それも、風紀委員がいないような場所に。

それは果たして可能なのか? と、少しばかり、その質問にアルは考え込む。

 

風紀委員はバカの集まりではない。

科学部の三人の目的がゲヘナからの脱出ならば、当然警戒を強化する。

下水道全体を捜索するのは困難でも、近い場所を見張るだけならば人出や捜索に必要なパワーは少なくて済み、十分可能な範囲に収まる。

 

そしてそれは、逃げている彼女達も把握しているに違いない。

と、なると。と、アルは口を開き、推測を語り始める。

 

「やっぱり基本的には籠城しているつもりなのかしら。一日中神経をひり付かせている風紀委員が疲れたタイミングを見計らって一気に外へ脱出する。考えられない線ではないわ」

 

それらの条件を当て嵌めた時、最も可能性が高いであろうと予想される展開を述べるアルだったが、対する先生は彼女の推測にイヤ。と一つ否定を入れる。

 

「ここでジッと大人しくしながら風紀委員の動きを見続けるのはリスクが高ェ。風紀委員だって下水道の事は把握してる。何人か足を踏み入れてもいる筈だ。長期戦を見越して籠城するなら廃墟にいる方が物資調達を考えても百倍そっちのがましだ。地上の方が風紀委員の動向も探りやすい。連中が廃墟じゃなく下水道に潜ンでいると仮定した場合、ここでの奴等の利点は何だ?」

 

逃げやすい場所としては認める。

しかし、留まり続ける場所としては最悪だ。

危険度が高い方は下水道の方なのは疑いようがない。

 

逃げるにせよ隠れるにせよ、それとも作戦を進めるにせよ、風紀委員の動向が分からない場所でひたすら待ち続けるより、把握できる場所で臨機応変に動ける地上を選択するのは良く考えれば当然の選択だ。

 

あくまで仮定での話であるが、それでも尚ここを選んだ利点があるとするならばと、先生の疑問にアルがそうね。と自分なりの見解を述べようとした直前。

 

「そんなの簡単じゃん~。やって来た連中を一網打尽にしやすいからじゃない? どうせ大勢でわらわら攻めて来る感じでもないんだし」

 

「そ、そうですよね! みんな爆弾で吹き飛ばしてしまえば問題無いですもんね!!」

 

あはっと笑いながらムツキが銃を撃つ仕草をしながら地下を選んだ理由はそれしかないと豪語し、ハルカが相変わらずサラリととんでもない作戦を口にする。

 

一体何が問題無いのだろうとハルカの作戦に対し思わずにはいられないが、アルはハルカの発言を一旦無視しつつ、逆にムツキが語った理由には納得性はあるなと考えを巡らせる。

少なくともここなら乱戦になることはないだろうし、会敵したとしても基本的には正面からの撃ち合いになる事が想定される。

 

三人という少人数で戦闘を潜り抜けなければならないことを考えた場合、多人数で多方面から叩かれる可能性がある地上より、一か所にのみ気を配りながら逃げるか戦うかを選べる地下の方が生き残れる率は高い。

 

ムツキの言う通り、大勢で地下を探し回る事もないだろう。

それはもう、地上に出て下さいと教えているような物だからだ。

 

「その考えはあり得るな。が、浅黄、お前声がでけェ。もう少し静かにしろ。地下だから声が響く。俺等が来てる事にこれで気付かれたら笑い種だ。笑って済ませられねェがな」

 

先生も概ねアルと同じ思考を辿っていたのかハルカの発言を聞かなかったことにしつつムツキの推理に肯定の意を示し、同時に彼女へ僅かな注意を促す。

それを聞いていたアルは先生も中々鋭いわね。と、ムツキに対する指摘含めて彼の優秀さに感心していると。

 

「そう言えば先生。ちょっと気分悪い? さっきから少し顔色が悪いけど?」

 

と言うような声が聞こえ、振り向くとムツキが心配そうに先生の顔を覗き込んでいるのが見えた。

 

言われてみれば、足の進みも地下に踏み込む前より遅くなっている気がする。

下水道特有の臭いで気分を悪くしたのかしら。と、一度地上に出て休憩を取る事も視野に入れようかと、アルはここから最も早く外へ出られる場所はどこだったかしらと記憶を掘り起こし始めた所で、

 

「気にすンな。この程度なら大した事じゃねェ……時間が惜しい。さっさと進むぞ」

 

彼女の考えに先手を打つように、彼はカツンと杖を鳴らしそのまま先へと足を進め始めた。

 

本当に大丈夫なの? と心配するムツキに心配ねぇと返事しながら歩く彼の歩調はやはりどこか覚束ない。

心なしか、身体も左右に揺れている。

 

先頭に立ち続けていたが故に気付かなかったが、これはそれなりにまずい状態ではないか?

便利屋68を纏める社長としての目が、彼の状態の悪さは深刻な方に寄っているのを訴える。

 

「辛いなら先生だけでも地上組と合流しても良いのよ? 確かに下水道って慣れてないと中々しんどいもの。無理することはないわ」

 

なので、彼女は先生に無理のないよう、下水道からの脱出を勧めてみたが。

 

「ゲヘナのどこを捜索してるかも分からねェ奴等と合流するまでどれだけ時間が掛かると思ってやがる。良いから進むぞ」

 

アルの提案はぶっきらぼうに正論を言う先生によって一蹴された。

本当に先生をこのまま引き連れて大丈夫なのかとアルはモヤモヤを抱えていると。

 

「言うけど先生~。もしこの先で連中と会敵して、戦闘になった時に途中でバタッて倒れたりしない~? アルちゃん先生を担いで戦うの大変そう~」

 

「ハッ! 誰に言ってやがる。俺が足を引っ張るようになったら世界は終わりだよクソッタレ」

 

ムツキのからかいを先生は鼻で笑い飛ばしていた。

 

物凄い自信満々だった。

何処から来るのか分からない程に自信タップリな声だった。

そして担ぐ役割は自分だった。

勝手に決められていた。

 

え? この流れ確定なの? 私が先生を担ぐ未来はもう決まってるの!? と、アルは唐突に告げられた新事実に戸惑っている時。

 

先生の携帯から小さく音が鳴り始めた

 

「……っ、少し待て。ユウカから連絡だ」

 

先生はそう言って一度アル達三人の動きを制すと、携帯を取り出しミレニアムの少女と通話を始める。

 

このタイミングで電話してきた目的は何なのだろうか。

潜伏先が見つかったか、それとも何かアクシデントか。

 

電話の向こう側からの声が聞き取れないまま、先生の声から、二人が話している内容を大まかに把握しようとアルも耳を傾ける。

 

「…………おォ。……いや、こっちはまだ収穫無しだ……。そっちは…………、そォか…………」

 

どうやら、内容から成果報告ではないらしい。

先生のトーンが上がらない事から、地上組も苦戦していることが窺える。

 

では、一体何の報告なのだろうか。

聞くことに意識を集中しながら、電話を掛けて来た意図を掴みかねていると。

 

「……ァ? 黒舘が別行動を始めた?」

 

ピクッ、とその言葉にアル、ムツキ、ハルカの三人が同時に反応する。

どうやら、芳しくない報告で間違いないようだった。

 

「チッ! 何考えてやがるンだあいつは。まァ良い。ユウカは引き続き鬼方と捜索を続けろ。だが連中を見つけたら俺に連絡しそのまま待機だ。二人でもどォにかなると思うが、万が一逃がすと厄介だ。良いな? …………、……あァ? なンで体調悪いって分かるンだよお前……、もォ切るぞ」

 

察し良すぎんだろと言いながら、先生は通話を一方的に切断した。

最後、あっ! ちょっと!! と、こちらでも聞こえそうなぐらい大きな声が聞こえたが先生はそれを完全に無視し、携帯を収める。

 

「向こうでアクシデントだ。黒舘が一人で別行動を始めた。少しだけ離れると一言告げて別れたらしいから何か考えはあるンだろォがな」

 

何でもなさそうに移動を再開する先生だったが、彼女達はそうはいかなかった。

一人で行動し始めたという部分に対して引っ掛かりを覚えない訳がなかった。

 

相手はゲヘナの美食研究会、黒舘ハルナ。

 

アル自身会った事は殆ど無く、会話になると皆無に近い。

が、このタイミングでの離脱はあまりにもおかしすぎないだろうか。

科学部の三人と実はどこかで繋がってるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「先生は疑わないの? このタイミングで一人行動ってすっごく怪しくない?」

 

ストレートに、アルが思っていた事をムツキが先生に問う。

 

「言いてェ事は分かるが、人を見る目は持ってるつもりだ。あいつは敵対する時はハッキリ敵ですと宣言してから敵に回るタイプだ。つまり問題ねェ」

 

他にも理由は色々あるがなと付け足して、先生はこの話はそれで終わりだとばかりに会話を切り上げた。

 

今日の私は先生の敵、ですわ!!

 

僅かしか話していないのに堂々とそう宣言する彼女の様子がありありとアルの脳内に映し出される。

なるほど確かに彼女なら言いそうだと、先生が語るハルナ概念の説得力の高さに納得する。

 

ムツキは先生の回答に半分ぐらい納得がいかなかったのか、ふ~ん。とだけ呟き、しかしそれ以上の追及はせずにトコトコと先生の後を歩き始める。

 

そのまま歩いて数分が経過し、下水道の十字路に辿り着いた頃。

 

「ア、アル様! これ見て下さい!!」

 

何かを発見したのか、ハルカがしゃがみ込みながら違和感のある場所を指差した。

 

「これは……足跡か?」

 

ハルカの指差した方向を見ながら先生がポツリと零す。

見れば、確かに乾いていない靴跡らしき物がうっすらとコンクリート部分に残っていた。

 

下水道の水が靴に付着した事で残されたと思わしき痕跡は、三人分。

数も合っていて、この状況で他に下水道に足を踏み入れている少女がピッタリ三人いた等と言う可能性は極めて低い。

 

間違いなく、件の三人だろうと確定して良い状況だった。

 

「先生どうする? カヨコ達を呼ぶ?」

 

当たりを引いたのは自分達だった。

であるならば、地上を捜索している二人をこれ以上無駄な仕事をさせる必要もない。

六人ならば、狭い下水道の中だとしても難なくその三人を制圧する事が出来るだろう。

 

だが、呼ぶとなればどこにいるかによるが時間も相応にかかる。

逃走中の三人は地面にある痕跡の真新しさからここを通ってから時間はそれほど経過していない筈。

つまり、相手は籠城ではなく移動を続けているという事になる。

 

このままここで待てば取り逃がす事になるかもしれない。

恐らく自分とムツキ、ハルカの三人でも制圧するのは容易だろうと推測出来るが、それでも今、この仕事を仕切っているのは先生である以上。勝手な判断は出来ない。

 

アルは、彼に最終的な判断を仰ぐ。

 

「……いや、俺達だけで進む。見た限り目標は近い。こっから先は私語禁止だ」

 

その言葉に、全員がコクンと頷いた。

自分達もプロ。状況はしっかりと理解している。

ここから先は、足音一つ一つに気を配る程、慎重に歩かなければならない。

 

私語を禁止するという事は、しばらくはカヨコ達と連絡を取るつもりもないのだろう。

緊張がアル達の中に走る中、シュッ。と、何かが滑る音が先生の方から聞こえた。

音の発生源を見ると、先生は右手に持ってた杖を手首に仕込んでいる道具の中に収納し、右手を壁に手をついて、杖をつかずに歩き始める。

 

杖の音はこれで鳴りを潜めた。

が、

 

「……チッ!」

 

ずり、と、引き摺るような足音が、杖をつく音を引き換えに一段と大きく響き始める。

どうやら、ここまでが先生の限界らしい。

 

音を立てまいとどれだけ努力しようが、彼の足が言う事を聞くのは脚を動かす事のみで、その先にある繊細な動作を受け付けてはくれていなかった。

 

この音がどこまで響いているか正確な把握こそアルには出来なかったが、体感では小さい方だと認識する。

間近に接近しない限りは、大丈夫なんじゃないかと思うぐらいだった。

 

「……行くぞ」

 

彼は助力を願う事もせず、自力で前へと進んでいく。

その様子を見てアルはハルカとムツキに目配せで指示を飛ばした。

 

元々下水道に入って以降先生は体調を悪くしている。

自分を支える杖も使っていない以上、何かが起きた時彼は自分で自分をリカバリー出来るか甚だ疑問だ。

 

その時は手を貸す必要がある。

それを、ムツキとハルカに担って欲しい。

なので、彼女は何かあったら先生を助ける様にと目線だけで訴え、二人はアルが何を言って来たのかを理解したようにアルに頷き返した。

 

見届けたアルはこれで万が一の対応は大丈夫ねと。先生の前に立ち先頭を進んでいく。

背後に一抹の不安を感じながらも、悟られない様に。

 

出会った当初の頃であれば、それは先生に自分達の良い所をアピールし、彼からの信用を得た果てに良いクライアントになって貰う為の物としての行動だっただろう。

だが、今の彼女は先生にこれ以上の負担を掛けさせまいとする為に斬然に振る舞っている。

彼女自身自覚していないまま、同じ行動ながらも、その目的は丸っきり違う物へと変化していた。

 

「…………」

「……、っ」

 

それから暫く、四人の息遣いと先生の引き摺るような足音の二つだけが響く空間が続いた。

流れる小さな水の音と、冷たいコンクリートから放たれる無音の圧力がやけに四人に重くのしかかる。

 

彼女達の歩行速度は遅い。

慎重に歩いているのもあるが、何よりの原因は先生にあった。

健常者ではない先生の一歩はアル達よりも狭く、歩行速度も半分にすら満たない。

 

これまでは杖をつき、腕の力を用いた推進力も利用して無理やりに誤魔化していたが、その杖の使用を封じた今、その誤魔化しはもう出来ない。

おまけに体調悪化も重なっており、現在先生は歩行する事だけで相応の体力を消耗し続けていた。

 

その先生に合わせてアル達も移動している関係上、どうしても遅くなる。

足跡は未だ続いている。

間違いなくこの先に彼女達はいる。

しかし、相手も移動しているならば、この距離が縮まる事はない。

 

相手の方が明らかに早い以上、追い付く為には立ち止まって貰う必要がある。

無論そんな望みを抱いたとて律義に相手が立ち止まる奇跡が起きる訳がなく、距離が開いているかもしれないという焦燥感が余計に少女達の神経を削る。

 

アルは、結論を出さなければいけない時が来ていた。

 

このまま先生を連れて歩くか。

もしくは突発的に相手と邂逅した時における瞬間的な戦力を削って先生の肩を誰かが担ぐか。

それとも、先生の事を放って置いて三人で追跡を開始するか。

 

どの選択が良い?

どれを選べば後悔が生まれない?

悩む。悩まされる。

アルは歩調を崩すことなく、前方を見つめ、汗を垂らすその顔を誰に見られることもないまま思考を続ける。

 

彼がいれば戦闘中の免罪符が手に入る。

だがそれは別に今の段階では必要ない。

ゲヘナ内でゲヘナ生徒が暴れても大きな問題に発展はしない。

それは至っていつもの事で普通の事だ。

彼の権力や権利は、この段階において齎す恩恵は非常に少ないと言える。

 

以上の事から、連れて行かなくても良い理由は、ある。

 

では、連れて行かなかった時に発生する欠点は?

戦闘が起きた際の指揮が必要?

カヨコが欠けて三人だから万が一に対処できない可能性があるからその保険?

それは果たして本当に先生がいたら回避できる問題?

むしろ彼を連れて行くことによって、余計彼が危機にさらされる方が確率が高いのでは?

 

……。

………………。

…………………………。

 

(ダメ、考えても考えても、今ここで先生を置いて私達だけで先に進む方が良い理由しか思いつかない)

 

このままここでグズグズしていても埒が明かない。

答えは出た。否、当の前から分かり切っていた。

ただ、思ったままの事を言葉にする勇気を持てないだけだった。

 

でも、それで良いのだろうか。

本当にその選択を選んで良いのだろうか。

 

仕事を遂行する為に必要な答えは既に出ている筈なのに、

アルの心はどうしてかその答えを否定したがっていた。

 

そんな折。

 

「便利屋。俺を置いて先に行け」

 

不意に、先生が口を開いた。

アルが考えていた事と同じ内容を、口走った。

 

「あはっ、良いの先生~~? 世界終わっちゃうよ?」

 

「言ってろ。巻き返しは後からって相場は決まってンだ」

 

「今から私達が終わらせて来るのに?」

 

「口が減らねェガキだ」

 

彼の発言を受けて、ムツキがこの場全体の空気を和ます為なのか、少し前に先生が発した宣言の揚げ足を取ろうとするも、先生はそれを呆気なく躱す。

 

先生と出会ってから、いつの間にか馴染みになった光景だった。

 

「不自由さにここまで直面すると面倒な身体になったもンだと言わざるを得ねェな。おまけにこの程度の地下ですらアウトになってンだから笑えねェ」

 

動く意思が無いことをアル達に伝える為なのか、彼は収納していた杖をスルッと伸ばし、右腕に体重を預け小休止しながらそう愚痴る。

 

しかし彼が語った愚痴の後半部分は何に対して言っているのかサッパリ分からなかった。

ので、つい反射的にアルは噛み砕いて説明して欲しいと声に出そうとするが。

 

「さっさと行け。グズグズしてたら俺を連れてるのと同じだ」

 

これ以上留まるなと遠回しに言われ、アルは喉まで出掛かっていた質問を引っ込めるしかなかった。

 

「……良いのね?」

 

代わりに、最終確認を取る。

先生を置いて先に進んでも大丈夫かという、答えは出ている確認を。

 

「良いも何もねェだろ。仕事を完遂する為の必要行為だ。何を躊躇ってやがる」

 

先生は彼女の言葉に頷く所か、その質疑応答すら不要であるとアルは逆に指摘された。

同時に、叱咤が飛んでくる。

 

同じ仕事を受け持つ仲間としてではなく、生徒と先生の間柄としての叱咤が。

 

「お前、一流の悪党を目指そうとしてるらしいな。だったらまず悪党らしく、仕事を遂行できない奴は放る覚悟を持て」

 

自分の理念を、アルは先生に話した記憶は無い。

彼は彼なりの情報網で自分達の事を知り、便利屋68の理念を知り、その上で先生は彼女に対し、冷たさが宿る言葉を紡ぐ。

 

それは、便利屋68が便利屋68であり続け、彼女達が彼女達らしく彼女達を全うする為に必要な心構えの教授だった。

 

一呼吸分、先生は息を肺に取り込みながら、ほんの少しだけ時間を空けて。

 

「悪党を目指して、目指した先に何があると思ってその座を欲してるのかは知らねェが、お前に一つアドバイスだ。仲間意識を持つのと仲間を切り捨てる勇気を持つのは別だ。誰でも助ける。目の前の困ってる奴に手を伸ばす。それはヒーローの仕事だ。悪党がやる事じゃねェ」

 

ゆっくりと語られたそれは、ただのアドバイスにしてはズシリとした重みに溢れていた。

アルは先生が放つ言葉を、ゆっくりゆっくり咀嚼する。

 

今語られているのは、先生が抱く彼なりの悪党感なのだろう。

しかし、価値観という一言では説明しきれない程に、先生の言葉には重圧が放たれ続けていた。

 

まるで、実体験をしていたかのように。

自分自身の過去を、振り返って発言しているかのようだった。

 

アルは、彼の言葉を咀嚼しきれない。

まだ、その頂へ登れていない。

 

「一流の悪は目的の為に手段を『選んで』一直線に進むもンだ。仲間を助けなければいけない程の危機だとして手を伸ばすのか、助けなくても生き残るだろうと信じて見捨てるか。お前は今、俺を見てどう思う」

 

「……無事に見えるわ。手を貸さなくても大丈夫なぐらいには」

 

「ならそれが答えだ。他人の状況に流されるな。自分の芯となる美学を持て」

 

「美学……?」

 

「そォだ。当然二流以下のクソみてェな奴が吠える美学じゃねェ。一流の悪としての美学を携えろ。そォすりゃ無駄にオロオロする事も無くなる」

 

自分が決めた判断基準に則って行動しろ。

それが出来りゃ立派な悪党だ。

そう先生は言う。

 

未だ、彼の言う事の全部をアルは理解出来ていない。

それは彼女の不徳が致す所かもしれないし、単なるカリスマ不足なのかもしれない。

もしかすると、一生掛かっても辿り着けない境地であるから、かもしれない。

 

だが、

それでも、

 

先の一言は、彼女の胸に何かを刻んだ。

与えられた言葉の一つ一つの意味を噛み締めるように、アルは先生の言葉を何度も反復させる。

 

運命が、変わる音がした。

良い方なのか悪い方なのか、未知のままで。

 

「それなら~。先生はヒーローってことにならない? うん、なっちゃうよね~」

 

「……ァ?」

 

アルの中の価値観が進化を始めた頃、ムツキが嬉しそうに笑いながらそんな事を口にする。

 

当然先生は訝し気にムツキの方を睨みつけるが、彼女はそんな目全然怖くないもん。と悪戯っぽく口許を吊り上げ、先生を見上げながらくふふ~と笑う。

 

「だって先生は、困ってる人がいたら声掛けちゃうでしょ? 何だかそんなタイプって気がする」

 

「……バカバカしい。俺がヒーローに見えるならお前の目は盲目だな。眼科に行け」

 

「はいは~い。この先にいるおバカさん三人をぶちのめしてから考えま~す」

 

トトト、と、鼻歌を今にも歌いそうな雰囲気を醸し出しながら、一人単独でムツキは足跡を追って足早に歩き始める。

それはまるでアルやハルカに早く来て。とおねだりしているようにも見えた。

 

「お前等もさっさと行け。逃げられても知らねェからな」

 

「え、ええ! 追うわよハルカ!!」

 

「はいアル様! え、えっと先生! ここを動かないで下さいね。酷い目に会っても知りませんから!!」

 

物騒な言葉を言い残しやがったな、と、ハルカの言葉に僅かに戦慄していると思わしき先生の独り言を耳で拾いながら、アルとハルカの二人もムツキの後を追う。

 

先を歩くムツキに追いつくのに、十秒と掛からなかった。

ここから先は三人での行動となる。

 

相手は三人。人数的には互角。

チームワークが織りなす連携戦術的観点で見れば、カヨコがいない分こちらがやや劣勢。

個人で言えば、恐らく個々の戦力が勝るこちらが有利と言った所だろうか。

 

不安要素は少なからずある。

だが、言う程危険な戦闘でもない。と言うのがアルが抱いている実感だった。

 

「で? どうするのアルちゃん? 走って追い付いてみる?」

 

「そうね……足音にだけ気を付けて速度を上げるわよ。下水道から逃げられたら追うのが難しくなるから。二人とも、戦闘準備だけはしておいて。見つけ次第速攻で叩き潰すわ!」

 

「おっけ~~! あはっ! 面白くなってきちゃった」

 

「りょ、了解です!! アル様の進軍の邪魔は絶対にさせませんっっ!!」

 

足跡を追跡し始めてからどれぐらいの時間が経過しただろうか。

先生の身体を気遣いながら進んだ関係で、お互いの距離はむしろ開いていると見て間違いない。

 

その気遣いが無用になった今、進軍速度は先の倍以上にまでなっているが、それでも尚足りないと踏んだのか、アルは足音に極力注意しながら速度を上げるよう二人に指示する。

 

気が付けば、歩いていたのが早歩きになり、早歩きだったのが走るにまで至る。

このペースなら、そこまで時間を掛ける事無く邂逅する。

 

緊張がアルの心境を包む。

仕事の大一番の時はいつだってこの圧迫感と向き合っているが、今日のは一段と違う物のように思えた。

それもこれも全部、先生から受けた助言のせいなのだろうか。

 

(フフ、一流の悪。悪くないわ。むしろそれこそ私が目指していた物! 見ていて先生! 立派な悪になり上がる為の、最初の狼煙をっ!!)

 

意気込み、己を鼓舞し、アルは先頭をひた走る。

その表情に迷いは無く、煌びやかに輝いてさえいた。

 

今の自分は無敵。

直感がそう訴えてくる。

ここにいるのが自分一人しかいなかったとしても、どうにか出来ると断言出来る程にアルの心は晴れ渡っていた。

 

それでも、それでもこう言えてしまうのだろう。

陸八魔アルは。どこまでも陸八魔アルだった。

 

それは一種の避けられない呪いのように、彼女に襲い掛かる。

 

プツンッと、

アルの足に糸のような何かが引っ掛かり、引っ張られた糸がそのまま切れたような感覚が走った。

 

「は?」

 

何が起きた? とは考えない。

何故ならその直後に、事象が発生したからだ。

 

カッッッ!! という真っ白な閃光が走った。

あ、まずいと思った時には、もう何もかもが遅かった。

 

誰かが仕掛けを起動させた瞬間に起爆する爆弾はアルの足によって作動し、

直後、ドッゴォォンッッ!!! と言うそれはそれは大きな轟音が鳴り響いた。

 

「いぎゃあああああああああッ!?」

 

大きな爆発がアルに、そしてすぐ後ろにいたハルカとムツキの二人に襲い掛かる。

下水道中に響いたのではないかと思ってしまう程の轟音と共に発生した爆発に対しそれはもう綺麗に巻き込まれたアルはゴロゴロと下水道の中を転がりながら悲鳴を上げる。

 

まともに爆風を浴びて死なない所か叫ぶ余裕すらあるのは、流石キヴォトスの生徒と言った所か。

 

「げほっっげほっっっ、な、なになになにっっっっ!?」

 

まさか先制攻撃が放たれるとは露程も思ってなかったアルは、咳き込みながら立ち上がり、何が起きたのかまだ理解出来ていないかのように戸惑い叫ぶ。

お気に入りのスーツが台無しだが、今はそんな所に気を配っている余裕等無い。

 

大事なのは、今自分達は何をされたのか。だった。

 

「けほ……けほ……いきなりなんて最悪~~。膝擦りむいちゃったじゃん~」

 

「ゆ、許さない許さない許さない許さない。よ、よくもアル様にこんな仕打ちをっっ!」

 

振り返ると、ハルカとムツキの二人も立ち上がっている。

言葉を発している所から察するに、さほど大きなダメージは負っていないようだった。

 

発言内容はムツキの方は相変わらずであり、特に何も問題はない。

 

しかし、ハルカの方は大いに問題だった。

爆発のダメージから復帰して以降、彼女の目が据わっている。

発言が、聞くのも恐ろしい物へと変化している。

 

やばい。

こうなった時のハルカはまずい。

 

過去の経験からアルはそう予感し、慌てて彼女を落ち着かせようとする。

 

が、アルがその行動を実行に移す前に。

 

ドダダダダダダッッ!! と、数多の駆けてくる強い足音が鳴り響いた。

 

イヤな未来が見えた気がした。

振り向きたくない光景が広がっている気がした。

それでも、振り向かない訳にはいかなかった。

 

足音が響いた方向に目を向け、そして目撃する。

 

武器を構え、自分達三人に照準を合わせている、

総勢十五名に及ぶゲヘナの不良と思わしき生徒を。

 

「な、ななななななななななっっっ!?」

 

瞬間、白目を剥いて倒れそうになる感覚をアルは覚えた。

倒れなかったのは、リーダーたる重圧が為せる技か。

しかしそれで状況が好転する訳でもない。

現実が変わる訳でもない。

 

話と違う。

何この状況。

相手は三人じゃなかったの。

と言うか聞いてた三人がこの十五人の中のどこにもいない。

 

言いたい事叫びたいことが次々と頭の中に飛来する。

だが、時間は待ってくれない。

 

相手は全員敵意剥き出し。

いつ撃ってきてもおかしくない状況。

隠れる場所は、どこにもない。

 

どうしようどうしようどうしよう。

混乱する。

ただひたすらアルは混乱する。

 

三人で十五人をこの狭い場所で迎撃するなど無謀も良い所だ。

間違いなく返り討ちに会う。

 

逃げなければ、

即座にこの場から離れなければ。

 

そう、アルは二人に指示しようとする。

その、直前に。

 

「さっすがアルちゃん。こうなるのが分かってたから先生を止めたんだ。すご~い」

 

「あ、っえ!? いっ、あっっ! ムッッ!?」

 

銃を構え戦闘態勢を取りながらムツキはわざとらしく陽気に振る舞いながらアルを賞賛する。

こうなる事を見越して先行した。

危険を先生から遠ざけた。

 

凄いねと、褒め讃える。

 

勿論、アルはこうなる未来を予想していない。

なんでここに十五人もいるのかも、

どうして三人分の痕跡しか残さなかったのかも分からない。

 

逃げたい。

今すぐ逃げたい。

逃げて先生と合流し指示を仰ぎたい。

 

心の底からそう思う。

 

だが。

 

「ふ、ふふふふ。ふふふふふふ」

 

瞬間、陸八魔アルの最大とも言っていい悪癖が発動した。

先生が背後にいる。それも理由だろう。

ヘイローを持たない、銃弾一発で死んでしまう人の所にこれだけの人数を向かわせる訳には行かない。それも立派な理由の一つだろう。

 

だが。

だがしかし。

 

彼女が不敵に笑ってしまった理由。

それは。

 

「当然よ! こんな危ない連中を先生の所へ連れて行ける訳ないもの!!」

 

誰かの発言で勝手に退路を封じ、乗ってしまう勝手に逃げ道を断ってしまう自分の性格故にだった。

 

これが、陸八魔アルが持つ最大最悪の悪癖。

 

自分で自分の逃げ道を断つ。

 

このせいで何度も痛い目を見た日々を送り、そして何度痛い目を見ても決して治らない、治せない悪い悪い彼女の癖だった。

当然、彼女自身その自身最大の欠点はイヤと言う程理解している訳で。

 

(い、言っちゃったーーーーーー!!! 流れに逆らえずつい言っちゃったじゃないーーーー!! でもこの状況で逃げるなんて言える訳ないわよっっ!! だけど逃げたいーーーーーーーー!!!)

 

堂々と宣言した格好の良い姿とは裏腹に、内心ではダメダメな精神がこれでもかと表出していた。

 

けれども、どれだけ彼女が内心で猛省しようとも、言ってしまった現実が変わる訳ではない。

彼女の発言は、大きな宣戦布告と受け取られるには十分だった。

 

ガガガガガガガガガッッ!!

 

結果、総勢十五人から一斉掃射の刑を受ける事になる。

だが、腹を括らざるを得ない状況を作ってしまったアルは自業自得ながらも覚悟を決め。

 

「いだだだだだっっ!? そ、そっちがやる気ならこっちだって全力でやってやろうじゃない!!!! ムツキ! ハルカ!!! 存分に暴れなさい!!!」

 

勝てないと半ば理解しながらも、応戦を開始しようとして。

 

「アルちゃ~ん。ハルカちゃんもういませ~ん」

 

「はえ!?」

 

既に反撃を開始しているムツキから放たれた返事に、彼女は能天気とも思われそうな声を出してしまった。

ハルカが、このタイミングで姿を消した?

 

やばい。

やばいやばいやばい。

 

頭の中で警鐘どころではない音が鳴り響く。

 

先生から離脱した途端次々と襲い掛かるアクシデントにアルはぶっ倒れそうな感覚を覚える。

 

「あっははは! ぶっ飛んじゃえ~~!」

 

その間にも、爆弾がギッシリと詰まった複数のバッグをムツキが敵集団の中に投げ込み、起爆させ現場をさらに混乱に陥れている。しっちゃかめっちゃか。の一言ではとても片付けられない状況だった。

 

もはや今起きている状況を整理するのに精一杯。

そんな中で、アルにとってさらに悩みの種が飛来する。

 

ゴバアアアッッッ!!! と、ジェットの噴射音と思わしき、強い風の音が突然背後で鳴った。

今度は何っ!? と、アルは反射的に音が聞こえて来た背後を振り返り。

 

先生が空を飛んでいる姿を目撃した。

 

「…………っっっ??????」

「わ! 先生すっごい! 空飛んでる~!」

 

目の前で起きている信じられない現象に、今度こそ彼女の思考は固まる。

 

そして、それは十五人。否、ムツキの攻撃により既に四人程が戦闘不能に追い込まれていた為、生き残っていた十一人も同様だった。

生き残っていた全員が全員、アルと同様に人が空を飛んでいるという信じられない物を見た事でその動きを止める。

 

はしゃいでいるのは、ムツキ一人だけ。

 

先生は、靴底から迸る強烈なジェット噴射を綺麗に操り、壁に激突することも無ければフラフラと蛇行する事もなく真っすぐに飛行を続け。

 

着地寸前、靴の爪先周辺から同じようにジェットが噴射し、逆噴射の要領で彼は衝撃一つ受ける事無く綺麗に杖から着地すると。

 

「爆発が聞こえたから無理して来て見りゃどォ言う事だこりゃァ……」

 

恐らく彼が想定していた状況と食い違いが多々発生している事に困惑の声を上げる。

その声に、ハッ! とアルは正気を取り戻すと、未だ不良生徒達が硬直しているのを良い事にグッ! と先生に詰め寄る。

 

まずい。

今このタイミングでの登場はまずい。

 

戦闘中でもあるし、暴走中でもある。

今すぐにでも、ここから逃がさなければ。

 

「ダ! ダメよ先生! 離れて!! 今ここはきけ────」

 

「アル様! 準備終わりました!!!!!!!」

 

アルが、先生に説得を行おうとしたとほぼ同時。

どこからともなく、ハルカのあまりにも元気な声が聞こえた。

 

何をとは、聞けなかった。

聞く、時間がなかった。

 

再び、下水道に閃光が走った。

ハルカが、好き勝手に暴れた結果だった。

 

ああ、終わった。と、アルが全てにおいて諦めの境地に至った瞬間。

 

大きな大きな爆発が不良達の背後付近で発生し。

下水道の一部が崩落した。

 

陸八魔アル。

不幸体質が良く似合う少女である。

 











結末だけを想定して書くから文章が伸びる伸びる。
本来なら3話で終わらせる予定だったんですよ? 実際はまだ半分ぐらいなのに。

キヴォトスをあっちこっちに移動する話を書いてると一方通行の移動手段は何かしら確保しても良いかなと思っている最近です。

一方通行がバイクの免許を取って買う話を書きたくなっております。。
大型を購入して後ろに誰が乗るかでヒロイン同士で争って欲しい。欲しくない?



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格の違い

 

大地が揺れた。

そう思わせる程の振動と轟音が、地下から響いた。

 

「なっなにっっ!? 地震ッ!?」

 

ミレニアムのセミナーがその振動に大きく動揺する。

 

だが、彼女、鬼方カヨコは逆に冷静だった。

むしろ、やっちゃったかとでも言いたいように右手を頭に沿える。

 

この規模の爆発と爆発音がこのタイミングで地下から聞こえる。

彼女にとってその事実はもう、これをやらかした犯人が誰なのかを指し示していると同様だった。

予想は外れて欲しいと願うが、こういう時に神様は微笑んでくれない。

 

十中八九。爆発を発生させたのは身内で間違いがなかった。

詳細を言うと、伊草ハルカの仕業で間違いがなかった。

 

「とりあえず爆心地まで行こうか。音からすると遠くないし」

 

爆発の発生場所は走れば数分で辿り着ける。

そう説明し、カヨコは嘆息しながら走り始める。

 

「え!? 今の爆発なの!? ねえちょっと! ちょっとっっ!?」

 

対するセミナーは早々に断言しあまつさえ走り始めたカヨコに説明を求めるが、答えてくれなさそうな雰囲気に叫びつつ、渋々と言った風にカヨコの後を追い始めていた。

 

走り抜ける二人が追い抜いて行く視界の先では、流石に先程の音は地上の生徒の動揺を誘ったのか、多くの少女達がザワついていた。

まずいな。と、カヨコは状況の深刻さに眉を潜める。

 

この騒ぎは相手にとって都合が良い展開になってる。

ハルカの爆発で全員吹き飛ばせたならそれが一番だけど、もしそうでなかった場合、この状況は向こうにとって千載一遇のチャンスだ。

 

風紀委員がピリピリとしている中での爆発。まず間違いなく何かがあったのだと調査が入る。

多数の風紀委員が、下水道へと進入する。

そうすれば勿論、地上の防衛が手薄になる。

 

これを機に、ゲヘナの外へと脱出される危険性がある。

 

走りながらカヨコが立てた予想はしかし、近くの下水道から中へと潜って行く風紀委員を複数人、この目で見てしまった事で確信に近い物へと瞬く間に変わっていく。

 

ああ、本当にまずいことになってるかもしれない。

何もかもがこちらに都合が悪く、相手にとって都合が良く動いている気さえしてくる。

 

あまり可能性としては高くないが、もしハルカの爆発が見当違いの物であって、かつ騒ぎになるまでが計算されている物だとしたら。

 

(いや、そこまでは考えすぎ……? でも万が一もある。それを見越して私達二人で地上の警戒に専念する? いやでも、二人じゃ見張るのも見つけた後にする対応も限界がある。やっぱり一度合流しなきゃ……っ!)

 

様々な可能性を考慮し、やはり一度爆発がした方へ行ってみるしかない。

未練はある。迷いはまだある。

だがそれらを全て振り切る様に決断すると、彼女は動揺する生徒の隙間を縫う様に走り、

 

やがて、大きな一塊の人集りを見つけた。

場所は、爆発が発生したと思わしき場所。

カヨコが目的地と定めた場所だった。

 

(……、まさか)

 

イヤな予感がした。

この上なく、申し訳ない予感がした。

 

ザワザワと集まった少女達の喧騒がうるさいが、その中に一つ、少女の物とは思えない声が混じっている。

何だか今日、聞いた事がある声が聞いた事のない音量で放たれ続けている。

 

おおよそ全ての事情を把握しながらも、カヨコはそうであって欲しくないなという一縷の望みをかけて音源の発信地まで近づき、

 

「り! く! は! ち! ま! く! ンンンンンンンンンンッッ!? こいつァ一体どういう事なんですかねェェエエエエエエッッ!? もう少しで生き埋めだったンですがァァァア!?!?!?」

 

額に青筋をこれでもかと立てながら白目を剥いているウチの社長の胸倉を掴みながら上下に揺するシャーレの先生と、

 

「私だって知らないわよぉぉおおおっっ!! 知りたくないわよこんなのぉぉおおおおっっ!!」

 

必死に必死に弁解をするいつものスーツがボロボロになってる社長の姿と、

 

「ごめんなさい先生ごめんなさい先生ごめんなさいアル様ごめんなさいアル様!!」

 

二人に対し何度も何度も腰が折れ曲がるのではないかと言う程の角度で謝り倒すこの爆発の元凶が騒いでいるのを発見した。

 

もう、今日爆発ばっかり~~と、三人とはやや関わらない場所で服についた埃を払いながら今日一日の運勢を呪っている少女もいたが、今はそれは置いておく。

 

「な、なにこれ……。一体何が起きたの……?」

 

騒ぎの元凶が先生と愉快な仲間達であることを目撃したセミナーから困惑の声が零れる。

この様子だと説明したとて理解してくれるかは微妙な所だろう。

 

さてどう説明した物かとカオス極まりない状況を整理しようと努力を試みるも、目の前に広がる現実こそが正解であり誤魔化しも言い訳も通用しないのが苦しい所だった。

 

ああ、やっぱり神様は微笑んでくれなかった。

実に見事と言う他無い程に、想像していた通りの光景が広がってしまっていた。

 

まあ、いつもの事だし慣れた物かと、カヨコは悲観しそうになった己を強引に前向き思考へと切り替える。

 

「先生、先生」

 

まずは先生の怒りを収めなければならない。

なので、カヨコはとりあえず先生の方の注意を向けさせるようにトントンと彼の肩を叩きつつ二度呼びかけ。

 

「ごめんなさい。やっぱり私もそっちに付いて行くべきだった」

 

素直に、部外者側からの謝罪をした。

無論、一緒に付いて行ったとしてもハルカの暴走を止められたかは分からない。

否、十中八九今と同じ状況になっていただろう。違いはこの爆発に巻き込まれた被害者が一人増えてるか否かだけだ。

 

しかしそんなこと先生は知らない訳で。

もしかしたら自分の采配ミスかもしれない。とほんの僅かでも思ってくれたらこっちの勝ちな訳で。

 

「…………チッッ! もう良い、終わった事をグチグチ言っても仕方ねェ」

 

カヨコの目論見通り、自分のミスが招いた事故なのかもしれないと先生は考えたのか、不機嫌さを物語る表情は残しながらも社長を掴んでいた手を離す。

 

ごめん。と、内心カヨコは謝る。

同時に、この人は本当に甘い人だな。と、思わずにはいられなかった。

 

死にかけたのだからもっと怒鳴っても八つ当たりしても普通は当たり前の行為な筈で、咎められる権利は無いというのに、第三者からの謝罪一つで許すのは少し心配にもなる。

 

「先生、体調はもう大丈夫なんですか?」

 

「地上に上がってさえしまえばな。つか何やってンだお前」

 

「先生の服の埃を払ってるんです。ほらじっとしてて下さい」

 

「いやする必要ねェだろ今」

 

立ち上がった先生を気に掛けるように、彼の服に付いた埃をパンパンと払いながらセミナーが体調は悪いままなのかと問いつつ、お節介を発動する。

直ぐ終わりますからと強引に事を為すその姿は、傍から見ているととても先生と生徒の関係には見えない。

 

そういえば、少し前に先生と連絡を取り合っていた時に声だけで体調不良を彼女は見抜いていたなとカヨコは思い返す。

良く彼の事を観察してる人なんだな。等と能天気な人間なら思うかもしれないが、生憎カヨコは抜けているタイプの少女ではない。

 

頼まれてもいないのに汚れを気にかけ、不調を見抜き、見出しなみを整える。

先生も先生で口ではしなくて良いと言っている物の、態度には出さず言葉も強くしていない。

 

彼女の気遣いを、嘆息しながら受け入れているようにカヨコは見えた。

 

(意外とお似合い……なのかな?)

 

この二人を見ていると温度が上がりそうだった。

見ると社長やムツキ、ハルカも二人の方に視線を寄せている。

 

ムツキは面白く無さそうに少しむくれ顔で、

ハルカはおどおどとしながら手と銃で顔を隠しつつ、その隙間から覗き見をしていて、

社長は……顔を真っ赤にしていた。分かっていたが彼女が一番ウブだった。

 

かく言うカヨコ自身も少し視線のやり場に困るな。と、思っていると先生はそろそろ良いだろ。と、ある程度埃が振り払えた所で彼女に終わりを知らせるように一歩前に踏み出すと。

 

「状況の確認だ。事態は急変した。地下に連中は最初からいなかった。この騒ぎを起こして最初から地上で逃げる算段を立ててやがった。騒ぎが起きた今もう既に脱出を始めてるに違いねェ。地下にいた十五人以外にもどンだけ協力者がいやがるかは知らねェが、俺達も早急に動く必要がある」

 

カヨコ達便利屋68が今、先生とセミナーをどういう視線で見つめていたのか、ちっとも気付く気配がないままいつも通りに怖い顔怖い声で状況が非常に良くない事を共有する。

 

頭の切り替え時だ。

雰囲気がそう訴えていると気付いたカヨコは、先生の言葉に一考しつつ質問する。

 

「動くって。徒歩で移動してたらそれこそどうにもならないんじゃないの?」

 

「そォだ。どうにもならねェ。だがここで泣き寝入りする選択がある筈もねェ」

 

諦める気を微塵も見せない先生は、そう言いながら彼はぐるりと周囲を見渡し始める。

 

何を探しているんだろう。

彼の視線を追うようにカヨコも視線を動かし。

 

ああ。と、彼女は全てを理解した。

 

同時に、先生って割と形振り構わないタイプであることをカヨコは知る。

むしろ、これを思いつくのは限りなく外道だ。

 

良い人なのか悪い人なのか、はたまたその両方なのか。

ああ、これは憧れる人が絶えない訳だ。と、カヨコは先生が持つ二つの性質が少女達の感性に非常に良くない影響を与えているであろうことを痛感した。

 

正と悪。二つの性質を併せ持つ『異性の先生』なんて、年頃の少女にとって劇薬でしかないだろう。

 

「状況が状況だ、仕方ねェ。適当に停めてある車を一台拝借する」

 

「なっ!? 先生!? そ、それって犯罪ですよ!? い、いくらなんでもそれはっっ!!」

 

瞬間、ミレニアム生から慌てて抗議が入った。

状況が状況とは言え、泥棒はいくらなんでもダメだと、正義に則って先生を説得にかかる。

どうやらセミナーは先生の『正』の部分にダメにされたタイプらしい。

 

それを念頭に入れて考えれば、この状況になって尚、それはダメですと、先生が犯罪行為に手を染めさせないよう彼女が説得し始めるのも、カヨコにとっては頷ける話。

 

だが。彼女が言い放つ綺麗言は、この場にとって相応しくない物であるのもまた事実であった。

 

「事が事だ。壊したら倍で弁償してやる。今はこれしか手段がねェ。この中に運転出来る奴は?」

 

彼女の反論を一言で無理やりに黙らせつつ、彼はサクサクと話を進める。

セミナーの彼女もそこは理解しているのか、先生の言葉に対し何か言いたそうな顔を一瞬浮かばせるが、それを言葉に出す愚かな事はしなかった。

 

車を盗むのは良いが、そこから先は技術の壁がある。

先生はその技術をクリアしている人間はこの中にいるかを聞き、

瞬間、カヨコ、ムツキ、ハルカの視線が一人の少女に向いた。

 

「へ!? 私!? い、いや出来るけどっっ! 社長だし格好が付くから取得したけど!!!」

 

視線を向けられた本人は凄いぐらい狼狽しながら言い訳のような言葉を並べていた。

先生もこの中で免許を取ってるならアルであることを予想していたのか、特に驚きもせず、良しと立ち上がると、早速行動に移すべく移動を始めた所で、

 

「その必要はありませんわ先生ーーー!!!」

 

つんざくような大声が響き渡り、この場にいた六人がピタリと動きを止めた。

声が聞こえて来た方を見ると、黄色いオープンカーがこちら目掛けて走って来るのが見える。

 

運転席には、先程やる事が出来ましたと言って離脱した『美食研究会』の黒舘ハルナが搭乗しており、その助手席にはしくしくと表現するには足りない程の大粒の涙を流しながら泣いている黒髪の少女がいた。

だがその口は入念に入念にテープで塞がれており、言葉を喋る事は出来ていない。

 

カヨコの知る限りでは『美食研究会』に黒髪の少女はいない。間違いなく助手席で涙を流している彼女は巻き込まれた側の人間であった。というか口を塞がれている彼女の状況からそんな事はもう誰が見ても明らかだった。

 

何なら車のボンネットにデカデカと『給食』と書かれてある。

給と食の字の間にお茶碗大盛りの白米が描かれたイラストも特徴的だ。

つまりどう考えてもあの車はハルナの所有物とは考えられなかった。

 

記憶が確かならば彼女は『給食部』の部長、愛清フウカだった筈だ。

一体彼女は離脱していた先で何をやっていたのか。

いや、とカヨコはそこまで考えて、何も考える必要が無い事に気付く。

悲しい事に考えずとも状況が答えを語っていた。

 

ハルナとフウカを交互に見ながらオイオイ……、という先生の呆れたような声と、

すっごい~というムツキの面白い物を見たような声が重なる。

 

『私は彼女を拉致し、彼女の車を運転してここまで来ました』

 

満面の笑みを浮かべているハルナの表情にデカデカと書かれているに違いない一連の情報を見ると、カヨコ達の普段の行いは大分マシなんじゃないかとカヨコ自身が思ってしまう。

 

そんな感想を抱いている間にも見る見る内にハルナが運転する車は先生の下へと近付いて行き、キキーーーーッッ!! と、タイヤがコンクリートに擦り付けられる音を大きく響かせながら先生の目の前で車を停止させた彼女は、顔を車の外へと出す。

 

「お待たせしましたわ先生! 学園の方に戻っていたので時間が予想以上にかかってしまいまして。こういう未来もあると見越して車を一つお借りさせて頂きましたの!」

「んーーーー!! んっっ!! んーーーーーーーーーー!!!!!」

「本人えらくご不満そォに見えるが……」

 

「いいえ。二時間程貸して頂けますかと聞いたら快く貸して下さいましたわ」

「んーーーーー!! んーーーーーーー!!!!」

「首すげェ左右に振ってるように見えるが……」

 

「ちなみに有事であることを伝えたら、最悪車の事は気にしなくて良いという太っ腹発言まで頂いているので、遠慮は無用ですわ先生!」

「んんんっっ!? んーーーー!! んんんんんーーーーーーーー!!」

「初耳ですって顔をしたようにしか見えねェしさっきよりも拒絶の意思が凄ェンだが……」

 

トリオ漫才か? と思わせるような会話が先生とハルナ、及び言葉を発せぬフウカの間で繰り広げられる。

今の会話で分かった事は黒舘ハルナの言う事は何一つ信用しない方が良いということだけだった。

それだけは先生やカヨコを含めたこの場にいる全員の共通認識として刻み込まれる。

 

やっていることは極悪そのもの。

決して褒められた物ではない。

とは言え、とは言えだ。

運転手も移動手段も手に入ったのは朗報と言える。

 

「ウフフ、あ、もう降りても大丈夫ですよフウカさん。というか降りて下さると助かりますわ。ここから先は人数が多いので」

 

「鬼畜かお前。いや降ろすのは賛成だがよォ……」

 

一方でフウカにとっては散々な結末である事に違いはなかった。

何なら彼女がここまでハルナによって連れて来られた意味も不明だった。

最初から車だけ引っ張ってきたら良かったんじゃないの? という社長のツッコミは全員スルーによって綺麗に無視されていく。

 

さめざめと泣く彼女を下ろしながら先生が入れ替わる様に助手席へと乗り込もうとすると、セミナーからちょっと待ったの声明が入った。

 

「先生は私と一緒に後ろの方が良くないですか? 助手席は危険ですよ。色々と」

 

運転席にいるハルナを警戒してか先生は私の隣に座るのが良いとセミナーが提案する。

彼女が放った『色々と』と言う部分には恐らく、いや確実に助手席に座る車と言う性質が持つ危険性の他に、ハルナが隣にいる事による危機を危惧しての乙女的感情が隠れている。

 

あとは自分が先生の隣に座りたいというこれまた乙女的恋愛観か。

 

いずれにせよセミナーのいじらしい一面がうっすらどころか全開で、何なら先生がどうしてこの感情に気付かないのか不思議な程の直球勝負をセミナーがしている事をカヨコは見抜くが、口にはしない。

 

と言うか、口にしたら面倒な事になるのは明らかだ。

言わない方が得する物は世の中には沢山ある。

今回のもその沢山ある中の一つだ。

 

「あら。足が不自由な先生は助手席でゆったりする方が良いと思いますが?」

 

ほらね。とカヨコは自分の判断が正しいことを知る。

こんなバチバチと火花が飛び散っている中で仲裁を行いたくなんかない。

 

ハルナはハルナで折れる気が微塵もなかった。どころか正論を武器に本音を隠したまま目的を達成しようとしていた。

 

助手席に座らせた所でデートでもないこの状況で特に何か出来る訳でもないだろうにと思うが、彼女達は彼女達なりの譲れない物があるのだろうなと、適当にカヨコは理由を付ける。

 

「んぐぐっっっ!!」

「フフ、さあ先生、時間はあまりありませんわ」

 

勝利を悟ったのか、ハルナは声高々に先生を助手席へと誘う。

時間もない。後ろに誘う明確な理由もない。

敗北を喫したセミナーは悔しそうに歯噛みしながら、後ろの席へと座っていく。

 

二人のやり取りが終わり安全が確保された今ここで呆けている場合じゃないと、カヨコは未だ先程までの自分と同様に思考が別方向へ飛んでいる社長やムツキ、ハルカに声を掛ける。

 

「ほら私達も。流石に五人は狭いだろうけど両端の人が半身放り出せばギリ入れそうだから」

 

背中を押し、ムツキ、ハルカ、社長の順に押し込んでいき、最後に自分も乗り込む。

座るスペースはもう残されていない。立っての搭乗だ。

セミナーも同様で半ば無理やり立たされ、身体の半分程が車に収まっていない為まあまあ体勢的に苦しいが、彼女ならきっと大丈夫だろう。

と言うか、間に挟んだ三人の内、ムツキ以外は不安要素が大きすぎる。走り出した瞬間から落車する光景がありありと再生出来てしまう。

 

そしてムツキは体躯が幼い以上外へと飛び出させるメリットも薄い。

自分とセミナーが身体を張るのが、状況的に一番最善な選択肢だった。

 

カヨコ達便利屋が車へと乗り込み、ハルナとセミナーの話も落ち着きを見せ、言いたい事は終わったかと、それらのやり取りを傍で見ていた先生は、ハルナとセミナーの気持ちなぞ知らぬまま改めて助手席に乗り込もうと腕に力をかけながら、

 

「まァ、壊しても壊さなくても弁償してやる。とりあえず二倍でダメになったら五倍だ。それで一旦手を打ってくれると助かる。後、黒舘は光側の中じゃ終わってる部類の奴だが考え無しで行動する奴じゃねェ。無差別にお前を選ンだ訳じゃねェ筈だ、気休めにもならねェと思うが、一種の信頼の裏返しだと思ってたら良い。本当に気休めにもならねェと思うがな」

 

乗り込む直前に、絶望しているフウカに向けてそんな慰めの言葉を残した。

先生の声にフウカは顔を上げるが、先生はそれ以上言葉を発さず、全員が乗り込んでいるのを確認しながら、自身も助手席に座ると、ハルナに出せと指示を飛ばす。

 

重い音を上げながら走り出す車の振動に揺られながら、まさか先生のフォローが入ることを見越して、もしくは先生を紹介する為に彼女をわざわざ連れてきたのか? とカヨコはハルナがフウカを連れて来た理由を邪推するも、どれだけ考えようが真相は全てハルナの中にしかない。

 

「目的地はトリニティだ。ここからだとどれぐらいかかる?」

 

「飛ばせば数十分ですわ。相手の移動手段が車かバイクでない限り追いつけますわね」

 

「トリニティまでのルートは何通りあるンだ」

 

「高架道路が通っていて記憶が正しければそれ一本しかない筈ですわ」

 

「分かった。黒舘、全力で飛ばせ。相手は一刻も早くゲヘナから抜け出してェ。ンな時に徒歩や自転車は選ぶ筈がねェ。速度が出るバイクか車が定石だ。で、もうとっくにさっきの騒ぎで奴等は風紀委員の警備が甘くなったのを突いて脱出してるに決まってる。なら後は、」

 

「速度勝負……ですわねっっ!!」

 

クラクションを大きく響かせ、集っていた生徒達を飛び退かしながらハルナはアクセルを強く踏み込む。

ググッ、と、一瞬身体が後ろへと流される感覚がカヨコに襲い掛かるが、気合いで踏み止まる。

 

その横でトリニティに行くの!? 聞いてないわよっっ!? と相変わらず目まぐるしく変わる状況に振り回されている社長の姿が見えるが、カヨコとしてはトリニティに向かう話は特段驚くべき話でも無かった。

 

この状況を作り上げた科学部の三人がこれからどうしたいか、少し考えれば自ずと答えは見えてくる。

薬をばら撒きたいならゲヘナですれば良いのだ。それをあえてしない理由、その目的。

ゲヘナの悪評をばら撒く。それが三人の目的であり、薬がただの手段に過ぎないなら、彼女達の行く先はトリニティ以外に考えられない。

 

「先にトリニティに到着されてたらアウトだ。あっちには俺達の協力者がいねェ。トリニティ側もゲヘナから無法者が侵入してくる事を知らねェ。着いたが最後ゲヘナの比じゃなく簡単に潜り込まれる。そうなるともう見つけられねェ。絶対に追いつけ黒舘ッ!」

 

了解ですわ!! と、勢い良く返事をするハルナはさらにアクセルを強く踏み込んで行く。どうやら彼女はこういう場面で強く前に出られる良い度胸を持つ少女のようだった。

 

まあ、そうじゃなきゃ美食研究会になんていられないか。と、どうでも良い事をカヨコが考えている間にも、車は出口付近を警備している風紀委員をも思わず横に逃げてしまう程の速度を出しながらゲヘナの外へと脱出していく。

 

ガタッッ!! と、百キロ近い速度を出している状態では直進している状態ですら車が揺れる。

その状態からさらに速度が上がる。これではもうまともに曲がることすらままならない。

強引に曲がろうとハンドルを切れば最後、半身乗り出し組の二人のどちらかが振り落とされてしまう。

 

定員オーバーな車で進むには、あまりに無茶な状態でのドライブが始まっていた。

 

「鬼方! ユウカ! 振り落とされンなよ。落ちても拾えねェからな」

 

「分かってる、心配しないで飛ばして」

 

顔だけを後ろに向けて発破をかける先生の声に、どんな状況でも耐えてみせるとカヨコは心配しないでと強気に訴える。

 

その、一方で、

 

「先生! こっち見ちゃダメです!!!」

 

セミナーは顔を真っ赤にし、身体を出来る限り屈めながら先生に後ろを振り向かないでと懇願を始めた。

 

「あァ?」

 

「風が凄くてスカートが!! あ、ダメです先生! 振り向いちゃダメ!!! というかあなたも同じじゃない!!!! なんでそんな平静なのよ!!!」

 

カヨコの方を見ながら怒鳴るセミナーの下半身に彼女も視線を向けると、バサバサと彼女の紺色のスカートが凄い勢いではためていた。

それはもう凄い勢いだった。隠すとか隠さないとかのレベルではなかった。

白い布が百パーセント見えていた。セミナーも精一杯の抵抗なのか左手で飛び出さんとする身体を抑えつつ右手でスカートの裾を抑えつけているが、前か後ろ、どちらか片方しか隠せていない状態ではそれはあまり意味を為さない。

 

それはカヨコ自身もそうではあったのだが、彼女はまあ自分が選んだ道だしとその運命を受け入れる。

 

「いっつも短いの履いてるからだ。今更だろ。それにどうせ誰も見ちゃいねェよ」

 

「先生がいるじゃないですか!! そりゃ!! そりゃちょっとは見られても良いかなとか思ったりどういうのが好きなんだろうとか考えたりもしてますし見られても可愛いなって思われるような物選んでいますよなんならシャーレに行く時ちょっとスカート短くしてますけどって何言わせるんですか乙女の秘密を暴かないで下さい!!!!」

 

「だからその早口何言ってるか聞こえねェンだっつの。風もあって後半どころか先生がいる以外全然聞き取れねェ。喋るならもっとゆっくり喋れ。出来ねェなら閉じてろ。舌噛むぞ」

 

先生のバカァァアアッッ!! と声高々に叫ぶセミナーと、うるせぇと耳を塞ぐ先生の図は微笑ましいを通り越して呆れがやってくる。対象は勿論先生にだ。

この人、朴念仁を通り越した何かなのではないのか。

鈍感なんて言葉では到底説明できない程の扱いの酷さにカヨコはセミナーに同情する。

 

「先生はスカートが短い方が好きなのですか? それならそうと早く言って下されば良かったですのに……」

 

「言ってねェし言わねェし別に好きでもねェ。服装ぐらい好きにしろォ。ンなもンで評価変わるかよ」

 

「先生の好みに合わせたいのは当然ですわ。後学の為に先生の好きな服装を教えて頂ければ嬉しいのですが。タイツは無しが良いとか胸元は強調していた方が良いとか。言って下されば期待に沿えてみせますわよ?」

 

「気にしたこともねェし俺からも特にねェよ。さっきも言ったが好きにしろ」

 

服装の話なのにどうして先生的には女性的部分のどこに魅力を感じるのか言う話になっているのかカヨコには甚だ疑問だった。というか先程からセミナーもハルナも誘惑する話しかしていない。服装関連の話はほぼゼロだった。いや間接的には服装の話なのかもしれないが。

 

と言うかハルナはハルナでセミナーに劣らない程の直球ストレートを先生に投げているし自身の体型に関して有り得ない程の自信に満ち溢れていた。

聞く人が聞けば忽ち顔を真っ赤にしキョドってしまいそうな彼女の発言だが、先生は顔色一つ変えない。そればかりか淡々と質問を処理し続けている。それもそれで凄い。ある種の才能だった。

 

先生とお近付きになりたい当人達にとっては、先生に持って欲しくはなかった才能だっただろうが。

 

どうやら、同情すべき相手はセミナー以外にもいるようだった。

セミナーと違って落ち込む様子も怒る様子も見せていないのは流石黒舘ハルナと言った所だろうか。

 

なんだろう、とカヨコは不意に思う。

この先生の鈍感さに振り回されてるの、この二人だけじゃないんじゃない? と。

もっともっと居そうな気がする。

というか今後さらに増えそうな気もする。

 

実はとんでもなく罪な男なのではないかと、先生関連の話に対しては全くの部外者であるカヨコは冷静に、彼がこれから積んでいくであろう悪行、及びその被害に会うであろう見知らぬ少女達に心の中で合掌していると、

 

「ちょっと先生! いやハルナさん!! 赤です赤信号!!!」

 

セミナーが大慌てで話をしている二人を止める様に大声を上げた。

彼女の言葉に引っ張られるようにカヨコも前方に視線を向ける。

 

セミナーの言葉通り、前方には赤信号が点灯していた。

おまけに差し掛かろうとしている交差点には、一台のトラック。

 

このまま何もしなければ、丁度ぶつかりそうなタイミングだった。

 

「止まって下さいトラックにぶつかりますよ!!!!」

 

前のめりになりながらセミナーが必死の形相でブレーキを要求する。

このままだと確実にぶつかる。

そう、必死に彼女は説得するが。

 

「見えねェな」

 

「見えませんわね!!!」

 

前にいる二人の見解は一緒だった。

青信号を走るトラックに道を譲る気はないと、グッッ!! と、ハルナはさらに強くアクセルを踏み込み、車を加速させる。

 

上げて上げて、さらに速度を上げられた給食部の車は、トラックが交差点に差し掛かる直前に交差点に進入する。

直後、トラックの巨体がカヨコ達の真横から止まることなく突入し、

 

ゴァッッ!! と、激突するまで残り十センチを切るギリギリの距離で、給食部の車はトラックと衝突する事なく交差点をすり抜けた。

 

ぎゃああああああああああああッッ!!! という社長とセミナーの叫びが車内を覆う。

ハルカも声にこそ出さない物の顔は真っ青。

一方でムツキだけは楽しそうに最高! と叫んでいた。

 

カヨコだって彼女達程声を大にして感情を露わにしていないものの、冷静ではいられてはいなかった。

その額には冷や汗が流れている。

心臓の鼓動が激しい。

あとコンマ一秒遅れていたら吹き飛ばされていた。

その事実と、今を生き抜いた事実に彼女はどうしようもなく生を実感させる。

 

「さあ! もうすぐ高架ですわ! その後はトリニティまで一直線ですわよ!!」

 

力強く叫ぶハルナの言葉が、今のカヨコにはどうしようもなく頼もしく、そして限りなく恨めしく思えた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「成程、科学部は西側から脱出、トリニティへと向かったと」

 

『加えて下水道にて爆発。把握の為向かった風紀委員が内部で多数の生徒と交戦を開始しています』

 

『さらに南側から『美食研究会』及び『便利屋68』のメンバーを乗せた車がゲヘナから飛び出したのを視認しました。行先は同様にトリニティの様です』

 

『下水道の爆発に関与したのは『便利屋68』の疑いが強く、現場を制圧次第調査を始めます』

 

他の風紀委員達から情報が飛び交う中、それらを整理しながらゲヘナの北区で警戒任務に就いていた天雨アコは一人嘆息する。

状況は面倒な事になっている。

 

それもこれも下水道を派手に爆発させたと思わしき便利屋68のせい。

そのせいで風紀委員が混乱に陥り、脱出を許した。

 

委員長から間接的に依頼したのに状況を悪化させているだけではないかとイライラを隠せないまま彼女は手に持つタブレットと睨めっこを続け、今後自分達がどう動くべきなのかを練る。

 

いっそトリニティに改めて連絡をする?

いや、遅すぎる。尻拭いに走っているであろう便利屋達に任せた方がまだ丸く収まる確率は高い。

だが美食研究会も噛んでいる以上、彼女達の存在はもう爆弾以上の何かだ。派手に爆発する前にこちら側から関与した方が良い気もする。

 

だがそれでは、今後のゲヘナとトリニティの関係性において公平が約束出来ない。

しかし、美食研究会たちが厄介事を起こした場合その公平は自分達が解決した時のそれよりも遥かに酷くなるだろう。

 

どうすれば正解なのか。

どの選択を取ればゲヘナにとって都合が悪くならないのか。

 

必死に、必死に一人で考える。

 

「初めまして」

 

男性のような声が聞こえて来たのは、正にそんな時だった。

バッッ!! と、振り返りながらアコは反射的に護身用の拳銃を構える。

 

そして、絶句した。

 

何故なら、振り向いた先にいる存在が何もかもが真っ黒で出来ていたからだ。

 

「なっっ、ん、ですか……そ……れ……」

 

黒いスーツ、黒い革靴、それはまだいい。許容出来る範囲だ。

だが、それ以外があまりにも常識を離れている。

 

人間ならば顔と呼ぶべき場所に、顔に必要なパーツが存在していない。

あるのは、ただただ漆黒だった。

 

本来髪の毛があると思わしき場所には、おぞましささえ感じる黒い煙がゆらゆらと揺れていた。

唯一人間らしい部分と言える目は輝く程に白く発光し、口も怪しく閃光を発し続けていた。

 

表情なんて物はない。

感情があるのかどうかすら計り知れない。

 

上記に挙げた全ての事柄が、ただひび割れた仮面を被っているならばどれほど救いだっただろうか。

 

しかし、肌が訴える。

直感が、どうしようもなく告げて来る。

 

そのひび割れた黒の顔は、それこそが彼の本体であると。

無慈悲にも、アコ自身がそうであると心のどこかで理解していた。

 

しかしだとして、この状況に戸惑わない訳ではない。

そこまで彼女は、完成された少女ではない。

 

これは何だ。人か? 怪物か?

言葉は喋っている。だがそれが果たして人間であることの証明に繋がるのか?

 

分からない。

判断出来ない。

 

アコは聞いた事が無い。

アコは見た事が無い。

 

顔が真っ黒で割れた仮面を被っているような人間など、生きて来た中で出会った事がない。

 

「そう敵意を剥き出しにしないで頂きたい。私はあなたと敵対する気はありません。今日はあなたに会いに来たのです。ゲヘナの風紀委員、行政官である天雨アコ様に」

 

言いながら、黒い化け物はじり、とアコの方へと一歩、また一歩とにじり寄る。

ゾクリ、と背筋が凍る。額にも、背中にもイヤな汗が流れる。

今まで感じた事のないような威圧感が、アコを襲う。

 

気付けば、彼女の足は一歩、また一歩と、相手との距離が縮まる度後ずさりを始めていた。

 

「生憎ですが、私はあなたに用はありません。お引き取りをお願いします」

 

その中で、彼女は凛とした態度で会話を打ち切ろうとする。

しかし、彼女の声は震えていた。

アコ自身気付かない内に、この場での格付けが決定していた。

 

どうする。

どうする。

 

声を絞り出しながら、この状況を打開する方法を考える。

 

撃って迎撃を試みてはどうだ。

否、もしそのまま戦闘に持ち込むのはあまりに都合が悪い

戦闘能力がそこまで高くない以上その状況に持ち込んだ時点で不利だ。

呆気なく、制圧されてしまうかもしれない。

 

選べない。

 

 

ならば、いっそ全力で逃げ、この場からの離脱を試みるか。

否、相手はこちらの気付かない内に近くまで接近してしまう程の隠密さに長けている。

どこまで逃げても、安心感には包まれない。

身体能力も不明な以上、得策とは言えない。

 

選べない。

 

 

では、このまま会話に応じて時間を稼ぐか。

だが、応じたとして、仲間がここに来る保証はない。

それどころか、応じた時点で何か仕掛けられるかもしれない。

 

選べない。

 

 

頭の中で選択肢が次々と浮かんでは消えていく。

どれも有効ではないように思える。

どれも失敗するように感じる。

 

カツ……。

一歩、黒の男が近づく。

 

ズリ……。

一歩、少女の足が後ずさる。

 

「お話をしましょう。互いの利益の為に」

 

一歩進みながら黒服が語る。

一歩近づきながら黒服が告げる。

 

それは、アコが決定的に道を違えるか否かの瀬戸際だった。

アコはただ、その言葉を聞く事しか出来ない。

 

逃げる事も、

戦う事も出来ず、

現状維持を貫いている間にも、話は進んでいく。

 

「これは、その為の場なのですから」

 

物語は、少しずつ、されど確実に歪み始める。

少女達にそれを否定する自由を、与えられる事も無く。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「捉えましたわ!!! 科学部の方々が乗ってると思わしき車!!!」

 

高架道路を走り抜けていく先、ハルナが珍しく声を荒らげて叫ぶ。

ここまで飛ばしに飛ばした結果が功を奏したらしく、一方通行の視界の先にある前方に一台、しきりに後ろを気にしながら走る車があった。

 

車に乗っているのは、三人だった。

加えて、三人ともが一方通行が事前にヒナから受け取った顔写真と顔や髪色が一致した。

 

それが、一方通行が確信を得た決め手となる。

間違いない。

あれが、今回のターゲットだと。

 

「高架を走ってる間に追いつけ黒舘!」

 

「そのつもり、ですわっっ!!」

 

この車が出せる最大の速度でハルナは追跡を開始する。

当然向こうも狙いが自分達である事を承知しているのか、あちらも捕まるまいと加速した。

そればかりか、三人の中の一人が窓から顔を出し始める。

 

サブマシンガンを携えて。

 

「ッッ! チッッ!! 当然迎撃もしてくるか! 鬼方! ユウカ! 振り落とされンじゃねェぞ」

 

「ええ、少々荒く行きますわよ!」

 

「今までも十分荒かったじゃない!! 今更よ今更!! 耐えて見せるわよ何があっても!!」

 

ハルナの言葉にユウカが抗議し、それでも心強い言葉と共に了承の意を返す。

それと同時に、ハルナがグイッ! とハンドルを右へと傾けた直後、

 

前方の車から弾丸が飛来し始めた。

 

銃弾が一秒前まで車があった直線上に飛び散って来るも、ハルナの運転捌きは見事の一言で、重量オーバーかつ最高速度で走っているという考えうる限り最悪と言っても良い程の悪状況の中、車を右車線へと変更するようにスムーズな移動を行い、その直撃を回避する。

 

「ぐっっっ!! ぐぅうううう!!」

 

「き、つっっっ!」

 

だが、曲がった際の反動は大きく、外側にいるユウカ、カヨコの両名から食い縛る声が迸る。

身体に掛かる横G自体はそうでもないが、その身を支える物は己の腕一本と体幹のみ。

 

振り落とされたら終わりと言うプレッシャーは、実数値以上の圧力を二人に加える。

 

その間にも相手からの攻撃は続く。

ハルナは己の勘を頼りに右に左にハンドルを回し直撃を避けている物の、直進を続けられない以上その差は見る見る内に開いて行く。

 

そもそもこの状況でスムーズに何度も車線変更出来る技術が既に怪物染みている。一般人なら即座に横転させてしまう物を彼女は事も無げに何度もやり遂げている。

 

だが、それでもそのままアクセルを踏みっぱなしで曲がる技術までは至っていなかった。

僅かにだが、彼女はブレーキこそ掛けない物の、曲がる瞬間アクセルから足を外している。

 

真っすぐに走れない。

最大速度を出し続けられない。

 

加えて、相手からの迎撃を常に避ける様にしながらも横転しない様気を配らなければならない。

そして、いつまでも銃弾を避け続けられるとも思えない。

 

いつかは当たる。

数と言う試行の果てに、命中してしまうだろう。

 

状況は、極めてまずいと言えた。

高架が終わるまで、トリニティ区に入るまで残り数キロ。

 

「こちらも攻撃すべきですわ! このままじゃ引き離される前に蜂の巣になってしまいますわよ!?」

 

「だな! オイ! 座ってる便利屋三人! 仕事だ!」

 

ハルナの提言に一方通行は安全を貪っているアル、ムツキ、ハルカの三人に攻撃命令を下す。

その言葉にムツキは待ってましたと言う様に嬉々とした表情で、

ハルカはおどおどとしながらも三人の中で真っ先に準備を終えて、

そしてアルは何かを諦めたかのように、またはヤケクソのように強く立ち上がり。

 

「や、やってやろうじゃない!! ムツキ! ハルカ!! トリニティに着く前に吹き飛ばすわよ!」

 

便利屋を束ねる社長らしい声を上げながら、自身が持つ狙撃銃を片手で構えつつ残り二人に発破をかけた。

 

「りょうか~い! ぶっ潰してあげる!!」

 

「了解ですアル様!!」

 

続くように、ムツキが機関銃を、ハルカが散弾銃を構え、射撃を開始する。

ガガガガガッッ!!! と、言う派手な音が背後から絶え間なく鳴り響き始める。

 

それらは前方を走る車に向かって行くが。

弾丸は、当たっている様子は見えなかった。

 

「だ、ダメですアル様! この距離では私の武器はっっ!!」

 

一通り撃ち切り、リロード動作をする中でハルカから悲痛な声が響く。

 

事実、ムツキはともかく、ハルカの散弾銃はこの状況に置いて役に立っているとはとても言えなかった。

彼女の武器は近距離で輝く物。

前の車との距離は数十メートルは開いている。おまけに相手も車。動き続けている対象物。

 

ハルカの散弾銃との相性は、最悪と言って良かった。

その事実が、見る見る内にハルカの意気を削いで行く。

 

だが、

 

「いや、無理に当てなくて良い。当てるのが勿論最適だが当たらなくても構わねェ。撃たれてる事実が大事なンだ。相手だってそのまま撃たれてェ筈がねェ。必ず意識し、回避に走る。俺達と同様にな。そォすりゃ追いつけもする。至近距離に入ってからが本番だ伊草! それまでは適当に撃ってろ」

 

「は! はい!! 撃ち続けます!!!」

 

彼女の消沈した気持ちを、一方通行は即座に立て直す。

その言葉に彼女も気を持ち直したのか、リロードが終わると再び射撃を開始する。

 

「じゃ、この距離で当てるのは私とアルちゃんの仕事だよね~~~!」

 

どちらかと言うと、私はフラフラさせる方かな。と、ムツキが持ち前の機関銃を乱射する。

あの小柄な体躯からどこにそんな力があるのか、彼女は射撃の反動を自身の肉体で完璧にコントロールしながらこの場で最も有効的な射撃を行い続ける。

 

あれはまずい。放って置けばいつか命中する。

そう相手も思ったのか、彼女達も自分達と同様に右に左へと車を動かし回避運動を始める。

 

これで良い。と、一方通行は状況が少しだけ好転した事に僅かながら安堵する。

相手が左右に踊った分だけ、向こうからの射撃も外れやすくなる。それにフラつけばフラつく程追い付きやすくもなる。

 

だが、状況はまだ五分。

距離は離されなくなったが、縮んだ訳でもない。

 

この状況を詰める一手が欲しいな。

今ある手札で何かないかと一方通行が頭を回し始める直後

 

「アルちゃんおねが~い!」

 

背後にいるムツキがアルに何かをお願いし。

 

「ええ、一撃で十分よっ!」

 

ムツキのお願いに応えるよう声高々に叫んだアルが、右手に持つ狙撃銃で狙いを定めた後、

ズドッッ!! という発砲音が一発だけ響いた直後。

 

前方に走る車付近で、轟音と共に爆発が迸った。

 

「ッッッッ!?!?!?!?!?」

 

直撃こそしなかったものの、目の前で起きた爆発と爆風は相手の視界を封じ、思考を惑わせる仕事を果たしたのか、彼女達の車が一気に制御不能な状態へと陥り始めた。

 

あちらもあちらで最高速度に近い速さで走っていたのもあり、右へ左へハンドルを一気に取られていく。

何度も何度も直そうとハンドルを切っているように見えるが、車の揺れは留まる事を知らない。ハンドルを切れば切る程、その揺れも大きくなり制御も難しくなる。

 

ブレーキを踏んでくれれば即座にクラッシュだったが、彼女達は意地でもブレーキを踏み込んでいる様子は見せず、アクセルとエンジンブレーキのみでの制御を試み続けていた。

 

この状況でブレーキを踏まない度胸は流石だなと一方通行は心のどこかで彼女達を賞賛しつつ、そして便利屋の連中は爆発芸ばっかだなとどいつもこいつも爆発をメインに立ち回っている事に小さく小さく嘆息しつつ、相手からの銃撃が止んだ事を確認した彼は。

 

「黒舘!!!」

 

勝負を決める為、ハルナに最後の命令を飛ばした。

 

言葉を出さず、彼女はハンドルを正面にしながら、アクセルを全開で踏み抜く。

給食部の車が、再び最高速度へと達する。

相手との距離が、見る見る内に縮まっていく。

 

二十メートル、十六メートル、十三メートル。

 

十メートル、七メートル。

 

高架道路が終わる。

トリニティに差し掛かる。

 

だが、それにはもう僅かばかり猶予がある。

その猶予は、ここではあまりにも大きい猶予だった。

 

ここで決める。

真横に付いてハルカの散弾銃で車を止めさせれば終わりだ。

 

一方通行も、ハルナも、ユウカもカヨコもムツキも、アルもハルカも全員がそう思い、ここで終わらせる覚悟を胸に秘めながら最初で最後の邂逅を前に武器を握る。

 

前方との車との距離が、縮む。

 

四メートル。

三メートル。

そして、二メートルまで迫った所で。

 

キラリと、遠い場所から何かの光が反射し目に届いたような感覚を一方通行は覚えた。

 

「ッッ!?」

 

それが何か、考えなかった。

ただ、その詳細を把握するより先に。

 

「止まれハルナァッッ!!!!」

 

大声で、彼女に制動を命令した。

 

「~~~~~~~~~~~ッッッ!?」

 

刹那、キィィィイイイイイッッ!!!!!! と、タイヤが地面に強く擦れる轟音が走る。

暴れそうになる車を、必死に必死に繋ぎ止める。

気を抜けばひっくり返る。

一瞬でも油断すれば大惨事になる。

 

圧倒的な重責の中、それでもハルナは突然下された命令を着実に遂行していた。

それはハルナが、一方通行に命令された直後、その意図を考えるより先に身体が一方通行の声に反応した事を示していた。

 

その証拠に、彼女の顔は未だ驚きに溢れている。

どうしてこのタイミングでブレーキを、そんな表情だった。

 

だが、その声に反応出来たのは黒舘ハルナ一人だけ。

 

後ろで立っていた五人は、反応出来る訳がなかった。

 

「わっっっっ!?」

 

「ひぃぃいいいいいっっ!!」

 

「きゃぁああああああああッッ!!」

 

大小様々な悲鳴が五つ重なり、その中でも特に前方へと進む移動に耐えられなかったムツキとハルカが運転席や助手席になだれ込む。

 

ギリギリ持ちこたえたアル、ユウカ、カヨコも、身体を強打していた。

 

それでもハルナは己の腕を頼りに車を綺麗に操る。

速度を落とし、車を真っすぐに保ち続け。

 

ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり制御権を奪われない様に速度を落としていく。

そして、何とか、何とか無事に止まり切る事が出来、ふぅと、訪れた安息に一息ついた、その、直後。

 

ゴバアアアアアアアアアッッ!! と耳をつんざくような爆発音が前方から轟き、一方通行達の耳を焼いた。

 

「ッッッッッッッ!!!!!」

 

とても聞いていられない爆音から身を守る為咄嗟に耳を塞ぎながら、一方通行は音の出所に目線を向けた後。

 

先程まで追いかけていた車が、大破炎上していたのを発見した。

破壊された車の傍では、その車に搭乗していた三人が気絶しているのが視認出来る。

 

それは同時に、あの時自分が出した命令が間違っていなかった事を語っていた。

あのまま走り続けていれば、

並走し続けていれば、

自分達も纏めて、あの爆発の餌食になっていた。

 

己の生存本能が告げた気付きは、しかしその場面での生存にしか働いていなかった。

地獄は、これから始まる。

 

車を止め、辛くも生き残った一方通行達を待ち受けていたのは、数多の少女達だった。

 

その数、総勢五十名。

五十人ものトリニティ生徒が、武器を構え、兵器を構え一方通行達と対峙していた。

誰も彼もが、殺気を放っている。

 

やってきたゲヘナの生徒を撃退したというだけの雰囲気ではなかった。

 

「先生ッッ!!」

 

車を降りたハルナとユウカが、トリニティの熱烈な歓迎から一方通行を守るべく彼の前に立つ。

いつ何が起きても彼を守れるように。

どんな事があっても、彼だけは守り切りたいという願いの為に。

 

釣られるように、便利屋三人も車から降り武器を構える。

アルだけはわなわなと震えているが、今はそんなことに気を配っている暇は無い。

 

「私達はゲヘナとの関係が新たなステージに進む事を望みません。ですが、このままだといずれそうなる未来が訪れるでしょう。ではどうすれば良いか。答えは簡単です。そんな未来が訪れても良いような平和が訪れなければ良い」

 

誰が言い始めたのか、五十人の内の誰かが、ポツリとそう言葉を零す。

それは、一方通行がこの状況を理解するには十分な言葉だった。

 

彼女は、彼女達はトリニティの中でもはみ出し者の中のはみ出し物。

 

「先生、あなたを殺せば、トリニティは全ての学校と戦争になると思いませんか?」

 

ゲヘナとの条約を嫌うあまり、全学校と対立することを選んでしまった少女達だった。

間違いなくそれは少数派だ。

限りない少数派だ。

しかし、少数は確かにトリニティに存在してしまっていた。

 

その全員が、ここに集結している。

目的を達成する為に。

トリニティのトップが預かり知らぬ場所で、引き戻せない程の大きな戦争を起こす為に。

 

「……狂ってンのかテメェ等? ンな事の為にトリニティにいる奴等全員を巻き込むつもりか?」

 

「ええ、巻き込みます。そうしなければ私達の願いは達成出来ない。それが我々が語る正義です」

 

ダメだ、話が通じない。

否、初めから聞く気が無い。

 

初めから。

初めから彼女達の目的は、薬を用いてトリニティとゲヘナを内側からじっくりと破滅させるような時間のかかる物じゃなかった。

 

もっと確実な物だった、

もっと単純な物だった。

 

ゲヘナの生徒を殺せば良い。

それだけで全てが自分達にとって都合の良い方向へと転がり始める。

その為に自分達と同じ、条約に反対姿勢を示すゲヘナの生徒と秘密裏に交流を持ち、協力関係を結んでおいて、共に両校の戦争を煽るという目的の下で信頼を築き、しかしその実態は彼女達をトリニティにおびき寄せる為の方便に過ぎなかった。

 

彼女達の思惑に気付かぬまま、わざわざ近づいてくれたゲヘナの生徒を殺せばそれで話は成立だ。

おあつらえ向きに彼女達は違法薬物を持っている。持ってこさせるように仕向けている。

 

ここで容赦なくゲヘナの生徒を殺害すれば、当然ゲヘナの怒りはトリニティに向けられる。

一方で、薬を持ち込んできた事実は変わらない為、その怒りはトリニティからゲヘナへとさも当たり前のように向けられる。

 

その後は泥沼化していく二校を眺め、愉悦に浸っていれば良い。

 

それが、彼女達の描いていた当初のシナリオ。

しかし、その風向きが変わった。

 

もっと大きく、もっと確実な存在がこの事件を解決する為に動いていた。

それが、連邦捜査部の先生。

一方通行。

 

何もかも偶然だったかもしれない。

だが訪れた偶然は、トリニティにとってあまりに大きなチャンスとなって廻った。

 

逃さない手は、どこにも無かった。

利用するしか、道は無かった。

 

逃す手はない。

逃す訳にはいかない。

 

五十人から一斉に銃が、構えられる。

 

彼を、殺害する為。

全学校と戦争を起こす為。

 

条約を、破棄させる為。

 

彼女達が持つ銃の引き金に、人差し指が添えられる。

 

来る。撃って来る。

ユウカとハルナが彼の前で身構える。

 

五十人を相手にこちらは七人。

制圧出来るかどうかと言われればかなり厳しいと言うしかない状況。

 

絶体絶命。

そんな言葉が各々の頭に浮かび上がる。

 

そんな、そんな状況の時。

 

「フフ、フフフ、アハハハハハッッ!!」

 

一人、不自然に笑う少女がいた。

ボロボロのスーツを纏いながら、綺麗だった赤い髪の毛を煤で汚しながら、

少女は、陸八魔アルは面白い物を見つけてしまったかのように、この場でおかしそうに笑っていた。

 

「正義、それが正義! 本当に戦争を起こすのが正義だってなら、あなた達、相当腐ってるわね」

 

ピタリと笑い声を止めながら、普段の彼女とはとても思えないドスの利いた声で、アルは一歩前に踏み出しながら少女達に向かってそう言い放つ。

 

まるで、宣戦布告でもするかの様に。

敵意を自分一人に向けさせる様に。

 

「正義です。実現委員会には実現できない、ティーパーティーでは辿り着く事すら出来ない。果ての果てにある正義がこれです! 大勢の血が流れるでしょう。被害は甚大な物になるでしょう。ですが、やがて全員が気付く筈です。この道が正しかった事を」

 

対し、トリニティ側は崩れない。

己の信じた物は正しいと、その先にどんな道があろうと、いずれそれが正しかったのだと皆分かってくれると、そんな世迷い事を堂々と口にする。

 

だが、

だがアルは、その言葉を下らないとばかりにもう一度あはっ! と笑うと。

形相を恐ろしい物へと変え、彼女達に向かって吐き捨てる。

 

「正義を語るのがそんなに好き!? だったらまずはこの私と言う『悪』を噛み砕いてみなさいよ! 出来ないなら自分の腕にでも噛み付いてれば良いわ! どうせ同じ味よ!!」

 

吠える。

陸八魔アルが吠え、一方通行は一皮剥けた彼女の様子に、格の違いを見せつける彼女の姿に口角を上げる。

 

順調に一流の悪党に近づいているじゃねェか。と。

 

一方通行からの高評価が為されている事に気付かぬまま、アルは尤も、と彼女は叫びながら狙撃銃を構える。

 

そのまま即座にズドッッ!! と言う音と共にアルの狙撃銃から銃弾が発射された。

それは少女達が最も集まっている場所に着弾し、そして。

 

ゴバッッ!! と言う大きな爆発音と共に、少女達の十人以上を瞬く間に気絶させた。

 

「私に比べれば、随分と薄味でしょうけどね!!!」

 

それが、反逆者制圧戦の始まりの合図だった。

 







ゲマトリア、暗躍開始。
メインストーリーに沿って話を書いていきますとか一話二話の段階で書いた記憶がありますが沿って書く気が微塵も無いですねこれ。
アコちゃんの運命はどうなるんでしょう。私、気になります。

一方で中々面白い立ち位置へとなっている陸八魔アル。
アルちゃんは面白いのも良いけど格好良いのだって似合うと思うのです。

と言うか二万字書いててまだ終わってないのはやりすぎ。
次回で畳むのですが本来なら今回で終わらせる筈でした。

キャラ同士のやりとりを書いているとどうしても文字数が嵩みます。
でも楽しいのです。やめられません。
ヒロイン同士がバチバチしてるの、書いてて凄く楽しいんです……。一方通行とのやり取り書くの凄く楽しいんです。
もっと書いてあげたい欲が湧いては字数を圧迫し、投稿が遅れて行きます。

次回は何文字いくんでしょう? そもそも終われるんでしょうか?

あ、言い忘れていましたがこの物語は少女達が一方通行を口説いて行く物語です。現状全くなびいてる様子はありませんが、彼女達の努力が実を結ぶ時が来るんでしょうか。

私、気になります。


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時間との闘い

さて、この状況をどうするか。

一方通行は熱くなっているアル達から一歩引いた距離で戦況を冷静に見つめ直す。

 

わらわらと集まっているトリニティ生。

その標的となっている自分。

 

彼女達の勝利条件。自分達の敗北条件。

それら全てを照らし合わせた上で、一方通行は静かにやるべきことを見定めた。

 

「まずは先生を狙え! 他の者は後回しだ! 先にシャーレを潰すんだ!」

 

「誰がさせるもんですか!!! ムツキ!! ハルカ!! カヨコ!! 思う存分暴れなさい!!」

 

「了解」

 

「りょうか~い!」

 

「了解ですアル様!!」

 

トリニティの司令塔らしき少女から全員目掛けて号令がかかる。

そうはさせまいとアルから便利屋全員に命令がかけられる。

 

そのまま便利屋68は先陣を切る様に前線で戦闘を始めた。

 

だが、それでもトリニティ生の目標は変わらない。

あくまでも一方通行を標的にし続けていた。

彼女達の利益としても、戦場の状況を鑑みてもその選択は正しいと言える。

 

一方通行はキヴォトスの少女達とは違いヘイローを持たない。

銃弾一発の当たり所が良くて致命傷。悪ければ即死だ。

 

簡単に殺せる癖に彼を殺せば実質的に向こうの勝利である以上、真っ先に狙うのは当然と言える。

 

当然、ユウカやハルナ、便利屋68もそれは理解している。

だから先程アルは挑発的な発言をぶつけた。

 

狙いを一方通行から少しでも逸らす為に。

 

一方通行はこの戦闘においての最大の弱点。

その弱点を守ろうとすればする程、残り全員のパフォーマンスが犠牲になる。

 

自分がここにいる事で全員の動きに負担が掛かる。

 

それを、一方通行自身も分かっているからこそ。

 

「ユウカ、黒舘。道を開けろ」

 

そう、一言だけ告げた。

え? と彼の信じられない言葉にユウカが振り向くが、彼は返事を聞くより先に二歩、後ろへと下がりながらついていた杖を右手首にしまい。

 

カツッ、と、靴裏を軽く叩いた。

 

そして。

 

ゴバッッ!! と靴底に仕込んだジェット噴射を利用し、空を滑り始めた。

風の爆発的噴射により、彼の身体は瞬く間に空へと持ち上がり、勢いのまま彼は飛行を始める。

 

一番最初に使用した時は、緊急だった事もあって制御は出来なかった。

しかし、その時の出力、挙動は一方通行の頭の中に記憶された。

 

状況は観測した。

動作を確認した。

 

後は簡単だった。

頭の中で計算する。

身体が前にどれだけ吹き飛ぶかの勢い、身体の向きを変えての方向移動のやり方。止まる時の風の向き。

刻まれた経験を基に、状況毎に弾き出される計算結果を逐一出力するだけ。

演算ではなく計算。その程度ならば今の一方通行でも造作も無い。

 

そして、彼はジェット噴射の風量がある限り、自由自在に空を飛ぶ能力を手に入れた。

自身が持つ計算力で、本来ならば長い熟練を積む必要がある技術を、たった一回の使用で物にした。

 

空力指揮(エアコマンダー)とも呼んで良いその力を、一方通行は存分に振るう。

 

彼は前傾姿勢になると、その右手の掌をグバッ! と広げる様に伸ばした。

狙いは、手頃な場所にいた、トリニティの生徒一人。

 

「ッッッ!?」

 

その少女は一方通行が飛んでいる事に、人が突然空を飛び、異様な速度で近付いている事実に完全に身体を硬直させていた。

 

時速にして二百キロを有に超す一方通行は、その少女の隙を逃す事無く。

 

ガシッッ!! と、少女の頭を容赦なく鷲掴みにし、飛ぶ勢いを一切殺す事無くそのまま少女を空へとかっ攫った。

 

「ァッッッ!? 」

 

顔の上半分を強引に掴まれ、空へと連れ去られた少女の口からそんな声が零れる。

しかし一方通行はその声に一瞬も情を見せる事無く、上昇を始めながら前へ前へと速度を落とす事無く飛行し、時速二百キロを保ったまま、近い場所にあったビル。その三階のガラス窓目掛けて。

 

「まずはこっからだクソ野郎ッッ!!!」

 

ガシャァァアアアアンッッ!!! と、少女の頭を容赦無くその窓へと叩き付けた。

叩き付けられた窓は盛大な音を立てながら破壊され、勢いそのまま一方通行と少女は共にビルの中へと吸い込んでいく。

 

「ッッ!!」

 

身体の向き、足の向きを操作し、彼は衝撃を殺しながら着地し、杖を伸ばして身体の安定を取り戻す傍ら、今しがた窓へと叩き付けた少女が気絶しているのを確認すると、

 

「ゲームセンターか。あまり人はいねェよォだが……」

 

飛んで来た場所がゲームセンターであり、時間的に人の集まりが少ない事を認知する。

だが決してゼロと言う訳ではなく、遊んでいた何人かの少女達は、今の音は何事かと、音の発生源である一方通行の方へ注目していた。

 

しかし彼はその視線に一切注意を向ける事無く、割った窓の方に視線を向け、

 

「十人ぐらいか。もっと来ると思ったが、仕方ねェか」

 

一方通行が逃げ込んだゲームセンターへ乗り込もうと走って来る少女達の数を見て愚痴を垂らした。

あれだけ堂々と一方通行を狙う宣言をしておきながら、実際に殺す為に踏み入ろうとしている奴等は五分の一程度しかいない。

 

それは十人は既にアルの手によって戦闘不能へと陥れられ、残りもユウカ達が踏み入れさせまいと踏ん張った結果なのかもしれないが、一方通行にとっては少々不満の残る数字だった。

 

まあ、これだけしか来ないなら仕方ない。残った奴等はあいつらが何とかするだろ。

一方通行は残った少女達は全てユウカ達に任せる事に決め、

 

(さて、整理する時間だ)

 

残されている僅かな時間的猶予を使って、自分が手に入れた場所とこれからどう動くかの整理を始めた。

遮蔽物は手に入れた。これで袋叩きに会う事はない。これで銃撃戦にもある程度対応出来る。

守るべき対象である自分が消えた事によってユウカ達も幾分か戦いやすくなるだろう。

 

同時に、一人になった事でこちらとしても暴れやすい状況が生まれたと言える。

それらを加味した上で、一方通行はこの場での優先順位を組み立てていく。

 

まず第一は。

 

(小規模の戦闘から始めて、部外者のコイツ等を自主的に出来る限り避難させる事からだな)

 

この程度の惨事は日常的なのか、未だ遊びを続けている少女達に危機意識を持たせる事だった。

どうせ自分が出ていけと言っても聞く耳は持たないだろう。

巻き込んでもどうせ死なないのだから放って置いても問題はないが、後味の悪さは残る。

 

とはいえ死なない以上そこまで気を配る必要もない。

最悪巻き添えにしても構わない心構え程度で良いなと基準点を定めながら、彼は次の優先事項であるゲームセンター内部を観察する。

 

(階段は外側、非常扉を開けて侵入するタイプ。足音で判断し辛いのは厄介だな。基本的には内部のエレベーター、いやエスカレーターから来るのが普通か。来るなら外から二、三。中から七、八って所か)

 

一方通行がいる三階へ上がって来る手段は考えられる限り三つ。そのどれもが別方向からである事に面倒臭さを覚えつつ、適宜対応を始める。

 

スッと、ポケットからセンサー感知型のボタンサイズの小型爆弾を取り出し、非常扉目掛けて親指で弾くように投擲する。

 

カチッッ!! と、投げられた爆弾はそんな音を立てた後非常扉に張り付いた。

これで表側からの対策は完了。後続が来る程の人数は上がって来ないだろうと踏んでの対応。

 

さて次はエスカレーターの破壊か。と、一方通行はエスカレーターがある場所まで移動を始めた所で、チッ! と、舌打ちを鳴らした。

 

(エレベーターが動いてやがる……! 早速か)

 

早々に作戦変更を余儀なくされた。

元々エレベーターの破壊は念頭にない。このフロアにいる無関係な少女達の避難を考えて残さなければいけない部分だと一方通行はそこの対策は最初から切り捨てていた。

 

加えて、一方通行の予想ではエレベーターは使用されないと踏んでいた。

数多の少女が一塊になって閉鎖空間の中移動する。

そんな対応されてしまえば交戦の前に全員まとめて一網打尽にされる危険がある乗り物を利用するのは流石にあり得ないと踏んでいたが、どうやら彼女達は頭が足りていない存在らしい。

 

(ハッ! 下らねェ絵空事を実行に移すよォな作戦を始める連中だ。予想を下回るのは当然ってかァ?)

 

仕方ねェ。と、彼はエレベーターの数字が三に切り替わる前に行動を移し始める。

ジェット噴射を利用し、二秒でエレベーターの扉の前に立つと、相手から見て死角となる位置に己の身を寄せた。

一拍の間を置いた後、チン。と言う音と共にエレベーターが到着した音が響く。

エレベーターが停止し、銃を構えた一人の少女がエレベーターから顔を覗かせた直後。

 

一方通行は予め収納させておいた杖を、少女の横顔目掛けて勢い良く射出させた。

 

「がッッ!?」

 

ゴッッ!! と、打突用機能を新たに持たせた杖の先端が横顔を強くめり込み、無防備に顔を覗かせた少女を真横へと吹き飛ばす。

ドサリと倒れる少女に目もくれず、そのまま一方通行は流れる様にエレベーターの内部を覗き、残り二人の少女がいる事を確認するや否や、

一人三発ずつ。容赦無く少女達の頭部目掛けて発砲した。

 

少女達は、エレベーターから我先に飛び出た一人が訳も分からず吹き飛ばされた事実に身体が反応出来ていなかった。

既に待ち構えられている事は想定に入れて動かなければいけない筈なのに、少女達の経験が不足した影響か、二人揃って身体を石みたいに硬直させてしまっていた。

 

結果、二人は何も抵抗らしい抵抗をする事も無く、まともに銃弾を浴び気絶する事となる。

 

「ンだこのザマは? あれだけ大勢集めてた癖に一人残らず全員雑魚かよ。つまンねェなオイ」

 

杖で吹き飛ばした相手が起き上がるより前に銃弾でトドメを指し、動かなくなった事を視認しつつ片手でリロードしながら一方通行は面白く無さそうに呟く。

 

死が目の前にないとここまで弱い奴しかいないのかと思う物の、ユウカやハルナ、便利屋、それにハスミやスズミと言った強者は普通に近くにいる事を思い出す。

 

結局、どの世界でも練度が違う奴は強い。

一瞬乏しかけた身内に対し、謝罪の意を心の中で示した所で。

 

非常扉がある場所から、大きな爆発音が発生した。

爆音と爆風が、同じフロアながらも遠い場所にいる一方通行の頬を撫でる。

 

それでも扉がある場所は視認出来る為、一方通行は破壊した扉の方に視線を凝らすと、爆破の衝撃でどこかに身体を打ち付けたか、階段で伸びている三名の少女を発見する。

 

「トラップがある事も念頭に入れねェか。マジでつまンねェぞコイツ等の相手すンの」

 

呆れるように言いながら、彼はまァと、気持ちを切り替える。

 

「今の爆発でこのフロアにいる奴等も異常は察して逃げるだろ」

 

銃撃戦による争い事を日常茶飯事としている少女達でも、流石に今の爆発に関しては危機感を抱くだろう。

どう思うかは勝手だが、少なくともここで大規模な戦闘が発生していることは察するだろう。

少女達だって自分と全く関係ない事でみすみす被害を被りたくはない筈だ。

 

と言っても、戦闘不能者は六名。

一方通行が確認出来た限りでは残り四人。

既に半数以上を片付けてしまっており、残っていても問題はなさそうに思えるが、それでもなるべくこの場に留まって欲しくないというのが一方通行の本音だった。

 

一方通行のささやかな願いは通じたのか、フロアにいたほぼ全ての生徒がそそくさと爆破された扉から避難を始める。

 

それを見届けた一方通行は、エスカレーターから複数の足音が聞こえて来た音に気付き、

再び靴底のジェットで身体を浮かせ、加速した。

 

それほど広くはない室内で時速二百キロを超す速度を出すのは自滅の危険が大きく高まる。

しかし一方通行はそれら全てを完璧に制御し、

 

最初にこのビルへ突撃した時と同様、一人目の顔を飛来し様掴み取ると、そのままの勢いで少女の後頭部を壁に叩き付け、壁の一部が罅割れ少女の顔が壁にめり込むと同時、気絶した事の証明としてヘイローが消失する。

 

「オラどォしたァ!? 俺を殺すンじゃなかったのかァ!? そンな体たらくじゃァ殺すどころか傷一つ与える事すら出来ねェぞ!!」

 

壁に少女を叩き潰した直後、叫びながら一方通行は浮いている足をそのまま別の少女の腹部に押し当て、再びジェットを噴射させた。

 

ゴバッッ!!! と、直後、少女の腹部で風の爆発が発生する。

哀れにも一方通行の標的となった少女は、爆発した風に対し成す術も無く吹き飛んで行き、一方通行が割った窓から悲鳴と共に真っ逆さまに落下していった。

 

しかし一方通行の猛攻は止まらない。

ジェット噴射で少女を吹き飛ばした反動により自分も真後ろへと飛んでいる。

その状況を彼は利用し、一方通行は自分に銃の照準を向け、今正に撃たんとしていた少女目掛けて急速に接近すると、その顔面目掛けて右手で肘撃ちを繰り出した。

 

ゴリッッ!!! と、骨が軋むような音が少女側から響く。

だが、彼はそれで終わらせる気は無く、そのまま一方通行は彼女の側頭部に銃口を押し当て。

 

ガンッッ!! と、銃声を一発響かせ、完全に少女の意識を刈り取った。

 

時間にして僅か三秒。

たった三秒で、一方通行は三人の少女を戦闘不能へと陥れた。

 

そして、最初のエレベーター襲撃から時間にして四十七秒で、彼は九名の生徒に対し勝利を収めていた。

 

「ひっっひっっっ!!!」

 

今しがたエスカレーターを駆け昇って来たのか、この場で唯一意識を保ち続けている少女が、倒れている無数の少女と経ち続けている彼の姿を見て顔を引き攣らせ、ペタリと座り込みながら身体を震え上がらせる。

 

あァ? と、その声に一方通行は下らない物を見たような目で睨みつけ、少女の顔が恐怖に染まっており、既に戦意が無い事を知ると。

 

「全員死ンじゃいねェから安心しろォ。しばらく立てねェ奴はいるかもだがなァ」

 

それだけ告げて、彼はビルからの撤退を始めた。

ここにもう用は無い。

加えて外で戦闘中のユウカ達の現状も気になる。

 

「ば、化け物……!!」

 

その言葉には様々な思いが込められているのだろう。

十対一での戦闘。

死なない少女達と、死ぬ一方通行。

圧倒的不利な状況で、傷一つ負う事なく完封してみせるその所業。

 

成程確かに、彼女達からすれば自分は化け物にしか見えないなと一方通行は自嘲気味に笑う。

 

「化け物ねェ。ここまで弱くなったのにまだ化け物呼ばわりされるたァ。随分な言い種だ」

 

走れない。

杖無しで長時間歩く事は出来ない

地下に行くと行動すらままならない。

利き腕の右手は常に使用不可。

身体のバランスを保ちながら戦闘しなければならないハンデ。

しゃがむことも転がる事も難しく、パンチ一発回避するだけでも大困難。

防御も回避も難しい癖に、足に力を入れて踏ん張る事も出来ないせいで耐久力すら人並も無い。

倒れた身体を起こす事すら、人の数倍時間が掛かる。

 

そう言えばこの前ミレニアムで車椅子ごと倒れてた奴の手を取り拾い上げた時もやたら時間が掛かったなと、誰かを助け起こす事すら必要以上の手間を要していた事も思い出す。

 

そんな学園都市にいた頃とは比較する事すらおこがましいレベルの、どれを取っても弱いとしか言えない部分しかないにも関わらず、学園都市にいた頃と同じように化け物呼ばわりされる現実。

 

もう、笑うしかなかった。

 

しかし、化け物であると思ってくれるのは一方通行にとって好都合だった。

勝てないと思い込んでくれるなら、それに乗っからない理由は無い。

 

「次からは身の丈に合った理想を語るンだなァ。高望みすると、夢ごと喰われる事になるンだからよォ」

 

その問いに対する答えは、ガシャッと少女が抱えていた銃が床に落ちる音が物語っていた。

崩れ落ちた少女を背に、彼はエスカレーターを利用し降りようとして、

 

真下から銃口を向けて来る複数の少女と目が合った。

どうやら、まだ仕事は終わらないらしい。

 

次々と姿を現した増援に一方通行は口元を歪め、嗤う。

 

「そォかい、延長戦がお望みならもう少し付き合ってやるよォ。その分楽しませてみせろよ化け物の俺をよォ!」

 

第二ラウンドの鐘が鳴るまで、残り十秒。

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「撤退をすべきですわ」

 

銃撃と爆発が戦場であちこちから鳴り響く中、彼女、黒舘ハルナはそうユウカに進言する。

彼女の視界には、前方で大いに暴れに暴れている便利屋68の社長、陸八魔アルとその仲間達の姿がありありと映っている。

 

彼女達が相手取っているのは二十人以上のトリニティ生。

それらほぼ全てを彼女達は一手に引き受け、戦闘を行っていた。

 

場面だけを切り取って見てみれば、戦局は二十対四にも関わらず、アル達が優勢だった。

アル達の周囲には既に十を超える気絶した生徒がおり、その数は今も順調に数を増やしている。

 

四人の連携は見事と言うしかなく、このまま行けば立っている生徒は十を切るのもそう遠くないだろう。

傍目から見る限り、この場における勝者は決定づけられていると言えた。

 

だが、逆に。

表情に焦りが浮かんでいるのも、同様にアル達だった。

 

その原因は。

 

「アルちゃん! また一人抜けて先生の所へ行ってる!!」

 

「分かってるわよ!! このっっ! しつこいわね!! 何人いるのよ!!」

 

自分達にいらない負担を掛けさせない為、遮蔽物のあるビルへ逃げ込むように突撃した先生の所へ向かって行くトリニティの生徒を狙撃銃で撃沈しながら、アルは鬱陶しそうに叫ぶ。

 

一方のハルナも、先生の所へ走って行こうとするトリニティの少女を一人、遠距離狙撃で撃ち抜き意識を沈めさせながら、一呼吸を置くように肺に酸素を入れる。

 

「増援が多い。こいつら五十人どころじゃない。もっと沢山潜んでるっ!」

 

「行かせません行かせません行かせません! 先生の所には! ここで全員殲滅します!」

 

視界の端でカヨコとハルカが叫ぶ。

当初の限りでは五十人に見えた戦力だが、実際はさらに多くの伏兵が潜んでおり、戦闘が始まるや否や続々とどこからでも姿を現し始めていた。

 

増えた数、およそ三十。

 

そのせいで今や戦場は大乱戦。

どこに敵が潜んでどこから撃って来るのか、予測するのが難しい程にトリニティの生徒達が四方八方に散らばり、ハルナ達六人目掛けて銃を乱射していた。

 

「撤退って! この状況でどうやって! 車がまだ無事なだけでも奇跡なのに乗り込んで脱出するなんてそんなの出来る訳ないじゃないこのバカみたいに襲って来てる状況で!」

 

マシンガンを手当たり次第トリニティ生徒がいる場所目掛けて撃ちながら、彼女の言葉を受けたユウカが乱暴に返事を返す。

 

ユウカの言う事は正しい。

この場所で全員を連れて脱出するのは至難を通り越して不可能だ。

 

車に乗った瞬間車ごと吹き飛ばされるだろう。

乗り込む隙を狙って盛大に的当てに勤しまれるだろう。

 

そんな事、撤退を提案したハルナ自身理解している。

 

だが、だがそれでもだった。

それでも、その選択を選ぶしか自分達の未来は無いとハルナは力説する。

 

「そんな事百も承知ですわ。ですがそれでも私達は撤退するのです。私達は違法薬物を持ってトリニティに赴こうとした生徒の撃退と言う勝利条件を既に達成していますわ! この状況なら相手方も薬物の確認は取れていないでしょう。違法薬物なんて物は存在しておらず持ち込まれていなかった。ただトリニティにやってきたゲヘナを撃退した。そう言う事にして私達はあの三人諸共敗走したように周囲に見せなければなりません!!」

 

「周囲!? 周囲って何!」

 

「この戦闘音を聞いて駆けつけて来るこの事件に一切関係の無いトリニティ生。正義実現委員会等の連中ですわ! 今相手にしてる彼女達は雑兵ですから私達が圧倒してますが実現委員会は治安部隊。戦闘力は比ではありません。このまま戦闘を続けていたら確実に私達を鎮圧する様に動いて来るでしょう。それだけは避けなければなりません!」

 

「そんな! でも戦闘が原因でゲヘナとトリニティでいざこざが起きないように私達シャーレが来てるんでしょ!! 権利で無理やり黙らせる為に!」

 

「ええ戦闘行為自体は誤魔化しが効くでしょう。しかしこの人数で実現委員会と戦闘すれば制圧されてしまうのは時間の問題です! 先生が命を狙われてる状況であの人の身柄をトリニティに預からせる訳には行きません! ですから何としてでも先生と科学部の三人を連れて逃げないとダメなのですわ!!」

 

不幸な事に便利屋68は爆弾や爆発を基本戦術に組み込んでいる。

当然その爆破音は大きく響き、たまたま近くにいた生徒が通報したり実現委員会に所属している生徒がそれこそ近くにいて音の発生源を確かめにやってくるかもしれない。

 

そうなれば、この事件の勝者は限りなくトリニティ生徒となってしまう。

一度正義実現委員会が敵に回れば、ハルナ達は抵抗こそ出来る物の最終的には敗北を喫するだろう。

 

当然、身柄は確保される。

自分達もそうで、先生もそう。

そして、伸びてる科学部の三人もそうだ。

 

そうなれば最悪だ。

科学部の三人は裏切られこそしたものの、目的自体は裏切った側のトリニティと同じ。

 

捕まった先で作った薬物の事を堂々と暴露するかもしれないし、もっと状況を悪化させるように自ら身を切るかもしれない。

さらに先生を殺せば良いと考えている生徒が八十人もいる以上、その全員から先生の身を守る事が出来るかどうかもかなり怪しい。

 

殺せなくても利用してしまえば良い。

先生はゲヘナにも顔を出すようになったが、基本的にはミレニアムに顔を出している人だ。

 

当然、顔も広いだろう。

トリニティが先生を利用して何かをしてしまえば、ミレニアムに在籍する生徒ではなく、ミレニアムという学園そのものが動く事態に発展する可能性だってゼロではない。

 

そうなれば、ゲヘナとトリニティ間で交わされようとしている条約どころじゃなくなる。

 

そしてそれは、この事件を引き起こした彼女達が望んでいる結果だ。

どちらにせよ、先生の身柄は渡せない。

つまり、自分達はこの場で全滅してはいけない。

 

「今はまだこの場で戦闘しているのは私達と実行犯の彼女達だけですから、ここで私達が伸びてる科学部の三人諸共姿を消せばまだゲヘナとトリニティのトップ同士の話し合いでどうにかなる筈ですわ! トップ同士は対立を求めていないんですから!」

 

シャーレが絡んだ上でのゲヘナとトリニティでの戦闘。

ゲヘナの生徒が単身トリニティに乗り込み、それを止めようとした先生と、侵入を許さなかったトリニティの思惑によって不意に発生した戦闘は、両者痛み分けと言う形で収束した。

 

大きな被害らしい被害が上がっていない現状なら、ゲヘナとトリニティの話が分かるトップ層ならばそういう筋書きに仕立て上げ、両者合意の基、今回の騒動はそういう事だったという物にして、事件を終わらす事が出来るだろう。

 

その布石を打つ為にも、逃げなければならない。

だが、

 

「言いたいことは分かったわよ! でもこの状況でどうやって逃げられるのよ!! 敵はまだ五十人弱いる! 先生はまだビルの中! 便利屋の四人は前で戦闘中! 逃げ出そうとすれば車はすぐに狙われる! よしんば狙われなかったとしても薬物を持って気絶してるあの子達の所に行って担いで車へと運ぶにも時間が掛かる! 運んだら今度こそ逃げる事に感づかれで車が破壊される! 何より七人でギリギリだったのに十人も運べる訳がない!」

 

連携も取れていない。

状況も芳しくない。

この状況で何事も無く逃げ切るなんて奇跡に奇跡を重ねても不可能だ。

 

ユウカの叫びは尤もだった。

説得力しか持っていなかった。

 

分かってる。

ハルナもそんな事は言い出す前から分かっている。

 

だから。

 

「逃げて貰うのは先生と三人だけで良い。そう考えれば少しは上手く行くと思えません?」

 

笑みを崩さず、しかし額に一筋の汗を滴らせてハルナは言い出す。

悪魔のような提案を。

 

問いかける。

ハルナは、言葉に出さずユウカに向かって問いかける。

 

先生の為に、その身を捧ぐ覚悟はあるか。と

 

「ッッッ!? それってまさか!!」

 

「この場でトリニティとゲヘナの命運を握っているのはたった四人だけですわ。私達はただの邪魔者。幸い、陸八魔アルさんは運転免許を持っていると言っていました。今の歯車が噛み合った彼女ならば任せて良いでしょう。彼女と科学部三人、そして先生だけを私達が逃がす。注意を引く役が五人いるなら、車一台逃走するだけの時間稼ぎぐらい出来ると思いませんか?」

 

「た、確かにそれなら……! いやでも先生がこの場にいないじゃない! 作戦を伝えようにもこの場で電話する余裕なんてどこにも無いわよ!」

 

くすっ、と。ユウカの言葉にハルナは笑う。

その質問は自分の提案に乗っかった事実以外の何物でもない。

 

先生の為に覚悟を決めている同類だ。

いの一番に考えてしまう厄介者だ。

同時に、『美食研究会』の面々とは違った方向で、頼りにして良い人物であるとハルナは断定する。

 

勝者になる道は遠そうですわね。と、ハルナは誰にも聞こえない声量でポツリと呟く。

 

対して、ユウカはと言うとハルナの気持ちを知らないままに現状を報告していく。

こうして戦闘中に会話するだけで精一杯だ。

それ以上のタスクは支障が出る。

それはあなたも同じでしょうと、ユウカはこうやって会話しながらも的確に狙撃を続けているハルナに対し

指摘する。

 

「ですから迎えに行くんですわ! ビルの中なら多少の作戦会議も可能でしょう。時間はあまり残されていませんが、擦り合わせするくらいの余裕ならまだ残ってますわ!」

 

言いながら、すっと立ち上がり彼女はユウカへと振り向く。

 

「私は行きますが、あなたは一緒に来ませんの?」

 

それは、ハルナがユウカをライバルだと認めた上での発言だった。

負けるつもりはない。

だが、抜け駆けする真似をしたくもない。

やるなら堂々と。

裏からではなく表から。

 

選択権をまずは与える。

二人きりにさせて良いのか?

 

与えた上で、行動する。

ハルナが放った発言の意図は、ユウカにキッチリと伝わる。

だから彼女は。

 

「行くに決まってるじゃない! ハルナさんが言い出さなかったら私が一人で行ってたわよ!」

 

「ウフフ、そうですわよね。では行きましょうか、私達二人で」

 

コクンと二人は頷き合い、先生が突撃していったビルの方へと走り出す。

 

「便利屋さん達! しばらくここは任せましたわよ!! 数分かからずに戻ってきますわ!」

 

「何!? 任せるって言われた!? まあ何だって良いわよ私に任せておきなさい!!」

 

傍ら、ハルナは一応の礼儀としてアルに声を掛けるが、ギアが入っているアルからの返事は頼もしいの一言だった。

会話内容は何も聞こえてなかったであろうに、アルは離脱宣言をしたハルナに対し何の詮索も入れず全員の相手を引き受ける事態を了承する。

 

そればかりか、彼女はムツキに命令を飛ばし、爆弾が詰まったバッグを複数投擲させ、そのバッグを狙撃、爆発させる事でハルナ達が行く道を援護していく。

 

初対面の時に抱いた印象とは全く違う印象をハルナは抱きながら、ユウカと共に先生の基へ向かうべく一直線に走り出す。

 

そう。全力で、走り出そうとした瞬間。

 

鼓膜が破壊されるかと思ってしまう程の轟音が、

凄まじい熱量と爆風が、ハルナとユウカの全身を襲った。

 

「ぐっっぅぅううっっっ!?」

 

「あっっつっっっっっっ!!???」

 

反射的に二人は同時に腕で顔を隠し、目が焼けるのを防ぐ。

時間にしてはそれは一秒か、二秒程。

 

熱波が薄れ、音が鳴りを潜め、身体がもう動いても大丈夫だよと危機を脱した旨を報告し始めた頃。

目を守る為に覆っていた腕をゆっくりと下ろし、

 

そして。

 

「「ッッッ!!!!!!!」」

 

先生が突撃したビルの、先生がいると思わしきフロア全体が轟々と燃え盛り始めたのを確認した。

 

 

 









滅茶苦茶終わりそうになかったので一旦投稿! これで予定していた内容の半分ぐらいだった。ウソでしょ……! 日曜日に続きが挙げられたら良いな! 出来ない可能性の方が大きそう! 終わる終わる詐欺ここに極まれり。

一方さん無双回。
実はここまでまともな物が無かったのです彼の暴れっぷりを示す描写。
能力が無くたって彼は強い。でもまだまだ弱い。
弱い奴が格上を倒す物語が好きです。強い奴が無双する話も大好きです。

両方書けるなんて、一方君さては物凄く美味しい立ち位置だな?


次回こそは終わります! そして一章のエピローグで締めます。おかしい。予定ならもう終わってたはず……どうしてなんだ……!!


一章が終わったらメインストーリー入る前に幕間とか書いてみたいですね。サラっと、台本形式で。ただただ生徒と一方通行がイチャついてるだけの簡易SS。伏線も何も入ってない。本当にただの日常。出来れば1日で仕上げれたら良いなぐらいの短い奴。

平日及び土曜日は忙しいので実現出来るかは謎ですけどね! 良く毎週投稿出来てるなと自分でも思ってます。やる気は力! 私が証明してる!!

次回で一章ほぼ終了! 伏線種蒔き編は終わりになると信じてる!!

……、物語を短く纏める力が欲しい……。



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それぞれが辿る道

 

 

 

歓声が、響いていた。

右から、左から、前から後ろから。

 

その原因は、少女達が持ち込んでいた携行ミサイルが先生がいたと思わしき場所で命中した為に起きていた。

先生がいたビルの三階で、戦闘音が微かに聞こえ続けていた三階で、その全てを吹き飛ばす程の轟音と共に三階部分が炎上を始めた。

 

疑いようがなかった。

疑いたくても、否定したくても、出来なかった。

 

ユウカやハルナは、分かった。伝わってしまった。

あそこに先生がいたのだと。

あの爆発に、間違いなく巻き込まれてしまったのだと。

 

 

数多の少女達の叫びが、ユウカやハルナ、便利屋達の耳を叩く。

何を言っているのか、声がバラバラで正確には聞き取れない。

 

だが、

 

「やった! 先生を殺せました!!!」

 

「これで条約は反故です! 私達の勝利です!!」

 

「見て下さい! 他のフロアも火が回ってます! あれでは絶対に助かりません!」

 

そんな風に叫んでいると思わしき声を拾う事にだけはどうにか成功していた。

 

ビルのフロアを包む火は、三階だけでなく二階や四階にも及ぼうとしていた。

それを見て、少女達は悲しむ事もせず、ただひたすら喜んでいた。

 

爆発で吹っ飛ばされたビルに乗り込んでいた少女達を気にかけぬまま、

あちこちの窓をかち割り、気絶したまま吹き飛ばされて行く少女達を気にも留めぬまま、

 

多大な犠牲を払った事に目もくれず、もぎ取った勝利に、ひたすら酔いしれていた。

その少女達の声など聞こえないかのように便利屋達は、燃え盛るビルを見つめ固まっていた。

 

なんで……と、ハルナはギロリとトリニティの少女達を睨みつける。

どうして……と、ユウカは力が抜けたようにドサリと膝を突く。

 

なんで彼女達は、人殺しをしておいて笑えるのだ。

どうして先生が、殺されなくてはならないのだ。

 

「さあ皆さん、ここで撤退も良いですがこの際です。全員殺してしまいましょう。その方が復讐心を煽れます。都合の良い事にミレニアムのセミナーまでいらっしゃいますからね。戦争の切っ掛けとするには十分魅力的な存在と言えるでしょう」

 

それを合図に、この場全体を覆っていた歓声が鳴りを潜め始める。

代わりに聞こえ始めるのは。その号令に同意する声と、再び銃が持ち上げられる音の二つ。

 

狂っている。

先生の言った通り、彼女達は夢に踊らされ、戻れない程に狂っている。

 

……止めなくてはならない。

先生がそうしたいと戦ったように。

私も、それに準じなければならない。

 

それが、ユウカを突き動かす力となり、

ハルナを立ち上がらせる、原動力となる。

 

ユウカはサブマシンガンを、

ハルナは狙撃銃を。

 

それぞれ構え、徹底抗戦の意思表示をする。

 

その様子を見た、号令をかけているリーダーらしき少女は、立ち上がった二人を見てパン! と手を大きく叩き合わせる。

 

「良いでしょう! あなた達が立った二人でどこまで抗えるか見物です! さあ皆さん! 戦闘の再開といきま」

 

ガンッッッ!!! という重たい銃撃音が刹那、空気を切り裂き、少女の頭に激突した。

 

再開と行きましょう。そう言おうとした彼女は、その言葉を最後まで言い切る事が出来ず、側頭部に受けた弾道のまま、文字通り真横に吹き飛んで行く。

 

全員が、その様子を目撃した。

 

便利屋も、

トリニティの生徒達も、

ユウカも、ハルナも。

 

少女が吹き飛んで行くのを見た後、弾丸が飛んで来た方向に視線を向け。

 

「「「「「ッッッッッ!!!!!」」」」」

 

例外無く、この場にいた全員が絶句した。

 

少女達が見上げたのは、とあるビルの方向だった。

先程大爆発が発生した、先生が突撃していったビルそのものに目線を向けていた。

 

そのビルの。先生が割った窓部分から燃え盛り続ける炎を物ともせずに堂々とした佇まいでこちらを見下ろす少女がいた。

 

花柄が至る所にあしらわれた黒い着物。

スリットの入った短いスカート。

そして、狐の面を被る少女は、言葉も発さず。何も動じず、

 

ただ淡々と、トリニティ生目掛けて小銃を撃ち放っていた。

ガンッッ! ガガッッ!! と、連続的に射撃音が鳴り響き、同時、次々と音と連動する様に少女達が薙ぎ倒されて行く。

 

そして現場は、忽ちにして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり始めていた。

 

「さ、災厄……ッ!!」

 

ポツリと、誰かが呟く。

 

誰も言い出さなかったその言葉を、

言い出したが最後、それが襲って来たことを自覚してしまうが為に言わなかった言葉を。

 

しかし、恐怖に負けた少女が、心折れたように零し始める。

面を被る少女の名前を。

自分達に降りかかり始めた、厄災の名前を。

 

「災厄の狐、狐坂ワカモの襲撃ですぅうううううっっっ!!」

 

「い、嫌っっ何でこんな場所にあんな化け物がッッッ!! あ、グッッ!?」

 

叫ぼうとした少女が撃ち抜かれる。

それが更にこの場にいるトリニティ生達の騒乱を呼び起こしていた。

 

その中でも冷徹に銃弾は放たれ続ける。

一発、乾いた音が響く度に一人、意識を失っていく。

 

人数が少しずつ減っていく中、少女達は多種多様の動きを見せる。

逃げ惑い始める者、応戦を試みる者、その中でもまだユウカ達を狙おうとする者。

 

だが、統率の取れていない状態ではどれもこれも有効に働いているとは言えず、全員が全員単独行動していると言っても過言ではない今、彼女達の行動は何の意味も生み出さない無価値な物にしかなっていなかった。

 

悲鳴が重なり始める中、そのまま何度か射撃を続けた彼女は、何かの頃合いかと判断したのか、背中に担いでいた対戦車ロケット弾を徐に持ち出し始める。

ワカモが背中から何を持ち出して来たのか、それに気づいた少女達が慌てて逃走を始める前に。

 

ゴガァアアアアンッッ!! と、ワカモが担いでいた対戦車用ロケット弾が人間の群れ目掛けて容赦なく発射され。着弾点で十数人以上を巻き込んで大爆発を起こした。

 

吹き飛んでいく少女達。吹き飛んだ少女達と衝突してダメージを負う者達があちこちで発生する。

俄然パニックが彼女達の中で次々と巻き起こり、何も対応出来ずにまごついている間にまた次々と狙撃が始まる。

 

戦況は狐坂ワカモ一人の乱入であっと言う間に大混乱へと陥っていた。

その混乱は、さらに拍車が掛かることになる。

 

ダッッ!! と、ワカモがビルの上から飛び降り、彼女達と白兵戦を仕掛け始めた事によって。

 

「ウフフフフフッ」

 

仮面の奥で笑いながら、ワカモは一人暴れ始める。

トリニティ生が大勢集まっている場所へ走り寄り、散弾銃を武器にしていたトリニティ生を全力で正面から蹴り抜き、重い衝撃音と共に吹き飛ばしながら散弾銃を奪うと、クルリと優雅に踊るよう身体を半回転させると、その先にいた至近距離にいる群れに対して次々と発砲を繰り返す。

 

二発。

三発。

四発。

 

散弾銃の弾が尽きるまで群れに対し射撃を続け、大勢の少女達を食い散らかし終わると、使い終わった散弾銃を興味無さげに放り投げ。また自前の小銃で一人、また一人と的確に撃ち抜いて行く。

 

その強さは正に鬼神の如きであり、彼女の表情が全く窺い知れないのも相まって、ワカモがここで敵対しているという状況だけで、少女達の恐怖を増長させていく。

 

だが、彼女はそんな少女達の思いを汲み取ったりはしない。

厄災の狐。そう呼ばれる事そのものを体現するように、少女達に災いを振り撒きながら彼女は前進する。

 

拳で、脚で、銃で、敵の武器で。

 

殴り飛ばし、蹴り抜き、吹き飛ばし、立ち待ってくる少女を、背中を向けた少女を次々に気絶させながらワカモは前方目掛けて走り続ける。

 

二人の方へと。

ユウカとハルナが立っている方へと、彼女は敵を蹴散らしながら一直線に進んでいた。

 

「来るわよハルナさん……!」

「ええ……ですが……ッ!」

 

何故彼女がここにいるのか。

何故彼女があのビルにいたのか。

何故彼女がトリニティと敵対しているのか。

 

様々な謎が包まれる中、二人はある選択を迫られる。

それは、徐々に近づいて来るワカモの敵対対象に自分達が入っているか否かの判断。

 

敵だと思われてるなら応戦しなければ確実に葬られる。

そうでないなら彼女が近づいて来る理由を知らねばならない。

 

だが、そんな時間がある筈もない。

 

一瞬、二人は顔を見合わせる。

ワカモと戦う為武器を彼女の方に向けて構えるか、

それとも彼女と共にトリニティと戦う為武器を構えない選択を選ぶのか。

 

「セミナーを狙え! 災厄の狐に構うな!」

「ダメです逃げましょう! 刈り尽くされます!」

「ここで逃げても計画は達成されてます! 大人しく退くべきです!」

 

あちこちから聞こえてくる統率のとの字も取れていないような有象無象の言葉が次から次へと入ってくる中、ワカモが目前まで迫って来た中、選ぶ時間がやって来たと二人はコクンと頷き、

 

……、武器を構えない選択を選んだ。

狐坂ワカモと戦わない選択を選んだ。

 

「なるほど……」

 

ポツリと呟く声が二人の耳にも十分聞こえる程に近づいた距離で、ワカモが何かを納得したかのようにそう口走り、二人の眼前までやって来ると。

 

「今すぐ離脱する方全員を乗せてあそこで伸びてる三人の所に集まって下さいな」

 

立ち止まり、二人にしか聞こえない声で彼女はそう言い放った。

加えて。

 

「先生はそのタイミングであなた達と合流します」

 

「「ッ!?」」

 

どういう事。そう咄嗟に聞き返そうとするも、既に彼女は二人から離れ、戦場を作り出していた。

聞き返す事は出来ない、そう理解した二人は咄嗟にもう一度顔を見合わせ。

 

「車を動かしますわ」

 

「私は便利屋達を連れて気絶した科学部三人の所で待ってる」

 

擦り合わせを行い、二人は同時に別方向へと走り出す。

邪魔をしてくる少女だけはサブマシンガンで軽くいなしながら、ユウカは未だビルの爆発から立ち直れていないアルと、そのアルを何とか立ち直らせようとする三人がいる場所へ向かい、苦戦してる三人の中に強引に割り込みアルの肩をグッと掴むと。

 

「行きますよアルさん! ここから離脱します!!」

 

説明一つせず、結論だけを述べて強引に彼女を連れ出し始めた。

 

「な、なっっっっ!? まって、まだ先生があそこにっっっ!!」

 

「三人も早く! ハルナさんが乗って来た車を科学部が倒れてる場所まで引っ張って来るわ! これ以上の長居は無用よ!! 面倒事に巻き込まれたくないなら来て!!」

 

言葉による抵抗を無視しアルを引っ張りながらユウカは三人にそう言い放ち、そのただならない様子と強引さにカヨコ、ムツキ、ハルカの三人は素直に彼女の意思に従い始める。

拾わなければいけない少女達を拾ったユウカが良し、と歩き出そうとする。

 

そこへ。

 

バッッ! と、銃口を向けて彼女の行動を阻害しようと、トリニティの生徒が一人、ユウカの前に躍り出る。

 

「だ、ダメです! セミナーであるアナタを逃がしはしませ――」

 

「邪魔ッッ!!」

 

だが、その願いは一瞬たりとも叶わなかった。

 

ゴッッ。と、目の前に立ち塞がり妨害を仕掛けてきた相手にユウカはサブマシンガンのグリップ部分を頭部目掛け、鬱陶しそうな声を上げながら真横に振るう。

哀れにも前に出た少女はユウカの怒りに委縮し、そのまま頭部を横殴りされ気絶の憂き目に会う。

 

そんな鬼のような所業を繰り出したユウカが逃走の準備に入った事に気付き、倒された少女に続くよう妨害を仕掛けようとした複数人がいるが、その少女達は全員。

 

「しつこいッッ!!」

 

視線だけで人を殺せそうな程に睨みつけながら怒鳴るユウカが容赦なくサブマシンガンから弾丸の雨を浴びせた事によって一人残らず叩き伏せられる事になった。

 

その後、ユウカは目の前には敵なんか誰もいなかったかのように前進を続ける。

 

何あれこわ……。

怒らせたらダメなタイプだねあれ。

ひぃぃぃ……魔王です魔王っっ。等と言う失礼な言葉が後ろにいる三人から投げかけられるが全部彼女は無視。

 

そうしてユウカはハルナと擦り合わせた気絶しているゲヘナの生徒三人の場所へ辿り着くと。

 

「良いタイミングですわ、バッチリですわよ!」

 

時を同じくして、彼女も現場に到着した。どうやら車も無事なようだった。

二人に残された時間は少ない。自分達が逃亡を図ろうとしているのは流石にバレているだろう。

 

ユウカはムツキ、カヨコ、ハルカと協力して伸びている科学部の三人をさっさと車内で積み上げるように運ぶと、未だ呆けているアルを助手席に乗せて自分達は後頭部座席に乗り込んでいく。

 

その、最中。

空気が爆発してるような音がどこからか響いた。

少女達の悲鳴や叫びが世界を支配し続けているこの場所でそれを聞き取れたのはユウカとハルナの二名のみ。

 

運が良かったのか、はたまたそれが二人の運命なのか、音が聞こえて来たと同時、二人は示し合わせたように空を見上げ。

 

「「ッ! 先生ッッ!!」」

 

こちら目掛けて飛んでくる存在を見て、そう声を重ねた。

 

彼女達の声に、便利屋達四人も二人が見上げている方向を見上げる。

そして、全員の顔に歓喜の表情が浮かんだ。

 

「ッッ、ッ! ッと。悪ィ、少し待たせたかァ?」

 

一体どう動かせばそんなに綺麗に着地出来るのか不明な程、空気の噴射を繊細に調節し、音も衝撃も無く着地しながら先生は何でも無さそうに二人に声を掛ける。

 

同時に、彼の登場は、彼が放ったいつもの先生らしい声掛けは、今まで半ば無気力状態だった陸八魔アルの活力を取り戻すのに十分だった。

 

ガバッと助手席から立ち上がり、驚きと喜びを入り混じったような声を上げる。

 

「先生! 無事だったのね でもあの爆発から一体どうやって……!」

「あれは俺が仕掛けたンだ。自分の仕掛けで吹っ飛ぶバカがどこにいやがる」

 

嘆息しながら面倒そうにビルでの出来事を語った先生は、んな事よりもと言葉を区切り、

 

「長話は後だ。とにかく逃げンぞ。殿はワカモに任せる。黒舘、出せるか?」

 

アルに助手席を譲って貰い入れ替わる様に座りながら、混乱が続いている内に撤退するべくハルナに意思確認を取る。

 

「……ッ、ええ、行きますわよ皆さん! 振り落とされないで下さいませ!!」

 

一瞬、時間にしてほんの一瞬、ハルナは何かを逡巡するかのように動きを停止し、その直後何事も無かったかのようにアクセルをベタ踏みし、発進する。

 

「だ、誰か!! セミナー達が車で逃げる気です! 先生が生きてて! 先生も一緒にです!!」

 

その様子を目撃したトリニティの誰かがそう叫ぶ。

誰か。と言っている段階でもう既に彼女達の状況は滅茶苦茶を極めていると言っても良かった。

叫んでいる彼女自身が武器を構え妨害を始めないのがその証拠だろう。

 

だが、そんな混乱の真っ只中でも忠実に指令をこなそうとする者はまだ存在する。

無数の雑兵に潜んでいた一人の精鋭は、即座に車に狙いを定めようとして。

 

「させる訳ないじゃありませんか」

 

少女の目の前に降り立ったワカモが、彼女の側頭部目掛け、スラリと伸びる長い脚をしならせながら右から左へ全力で蹴り抜いた。

 

ワカモの出現に反応出来なかった少女は、横腹に深々と突き刺さる踵の衝撃を何一つ殺せぬまま一メートル程吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がされ、有無を言わさぬまま気絶に追いやられる。

 

チラリと、邪魔者を退けたワカモはハルナが運転する車の方を見やる。

それはまるで、早く行けと催促しているようだった。

 

ハルナはその意図を受け取り、速度を上げトリニティから離脱し始める。

その事に気付いた少女達が漸く一斉攻撃を始めようとするが、既に発信を始めた車に銃弾を当てるのは難しく、ワカモが妨害に立っているのもあり、ハルナ達は死地を潜り抜ける事に成功した。

 

「行かせちゃダメです! なんとかして止めて下さい!」

「どうやって!! あなたがやってよ!!」

「そんな! 計画が!! 私達の理想が!!!」

 

背後から数多の少女達の怨念染みた声が聞こえる。

しかしそれだけで、追って来る様子も連携する様子も見られなかった。

その事実が、この場にいる全員に勝利の実感をもたらす。

 

結局、高らかな理想は理想でしかなく、そこに至った信念も深い物ではない。

言ってしまえば、彼女達の幻想は達成される事のない概念だった。

 

たまたま、上手く行くように見えてただけ。

見かけだけギリギリの、その実、確定していた勝利だったのだ。

 

「ここまで面倒な事にならなくてもどの道こいつらの物語は潰れてたって訳だ、ワカモ一人の乱入で戦局が変わってンだからよォ」

「……、ええ。そうですわね」

 

語る先生を横に、ハルナは再び考え込みながら曖昧な返事で濁す。

そのまましばしの間、ハルナは車を動かした後、一瞬目を瞑り、

 

「……決めましたわ」

 

目を開いてそう言い放ったハルナは、ゆっくりと車を高架の上で停車させた。

既にトリニティ生の魔の手からは逃れており、全速力で逃げる必要はない。

 

しかしここでのんびりしている理由もないし、確実に追って来ないという保証はない為、ここに居続けるのは得策ではないというのがこの場にいるハルナ以外の全員が持つ共通認識だった。

 

故に、彼女の行動に理解が追い付かない全員が怪訝な視線をハルナに向ける中、彼女は背後へと振り返り。

 

「陸八魔アルさん。運転を変わって下さる?」

 

いつものように調子を戻した声色で、アルに運転手の変更を申し出た。

 

「へ!? な、なんで!?」

 

当然理解が追い付かないアルは少し前に魅せ続けていた勇ましさを戦場に置いてきたのか、普段の彼女らしく慌てた調子で彼女にその理由を投げかけた。

このまま自分で運転してしまえば良いではないか。

 

言外にそう伝えるアルの問いかけに、ハルナはポンッ、と自分の右手を優しく胸元に置いて。

 

「当然、私がここで降りるからですわ!」

 

堂々と宣言しながら、同意を得られる前に車から降りた。

 

「……、どういう事だ黒舘」

 

率先して声を掛けたのは案の定先生だった。

怒ってるでもなく、呆れてるでもなく。

ただ説明を彼は求める。

 

頭ごなしに否定しないその姿勢はハルナにある種の充足感を与えつつ。

その上で彼女は先生に対して要求を始める為、

 

「ハルナ」

 

自分の名前を、ハルナは発声した。

 

「……あ?」

「私の事は、黒舘ではなくハルナと呼んで欲しいですわ」

 

それは、彼女が抱いたちょっとした願い。

ユウカにしていて、自分にはされていない事で生まれている『差』を、埋めたいという願望

 

「トリニティに来る直前、車を止めろと叫んだ時、先生はハルナと仰ってくださいました。あれ、実はとても嬉しかったんですのよ?」

 

あの時、そう言う場面ではないにも関わらず気分が高揚してしまったのを覚えている。

嬉しくて、胸が騒いで、でもその騒いだ心地は悪くなくて。

 

でも今は、その事について語る場面ではない。

彼女が車を止めた本当の理由、それは名前を呼んで欲しいからではない。

 

「狐坂ワカモ。あの方はとても強いでしょう。しかしタイムアップです。先程、逃げる瞬間のあの場には正義実現委員会の姿がチラホラと見え始めていました。こうなってしまっては一人で戦うには多勢に無勢でしょう」

 

彼女を、助けたいと思ってしまったからだ。

きっと、自分と同じ想いを先生に向けているであろう災厄の狐を。

狐坂ワカモを。

 

「この事件は彼女が起こしたテロ。として纏まりますわ。上層部にとって彼女の存在はあまりにも好都合でしょう。ですが恐らく、いやきっと彼女はそうなることを見越してここに現れた」

 

彼女は、ここにいるのが先生だからこの行動を取ったのだ。

先生が危機だから、駆けつけて来たのだ。

 

彼女自身の口から聞いた訳でもない、

仮面の下にある表情を読み取った訳でもない。

 

どのような経緯で事件を知ったのかも知らないし、

どんな考え方をすればピンポイントであの場所に現れたのかも分からない。

 

何もかも分からないが、ただ直感が訴えて来た。

彼女は真剣に、先生を助ける為にここまでやって来たのだと。

燃え盛るビルの上で立つ彼女の姿を見て、そんな感覚を覚えてしまったのだ。

 

刹那、ハルナの中で、位置付けが決まっていた。

彼女は、狐坂ワカモは、自分やユウカと同じ立ち位置を望んでいる。

 

それが分かれば、彼女は迷わない。

 

「彼女を連れてシャーレに戻りますわ。今日中。とはいかないかもしれませんが」

 

逃げ仰せられるかについて自信がある訳ではない。

むしろ取り押さえられる可能性の方が高いだろう。

 

何せ、相手が相手だ。

戦う相手が悪い上に仲間もいない。

 

明るい結果が待っているかと言われたら、大分怪しいと言わざるを得ないだろう。

 

だが、彼女はそんな事をおくびにも出さない。

代わりに先生へ遠回しな表現になりつつも堂々と宣言する。

 

待っていて下さい。と。

 

照れ臭さを発言の節々に残すハルナの表情は少々顔を赤らめながらも笑顔であった。

笑顔、であったのだが。

 

「ハルナ」

 

「……っ!? は、はいっっ!?」

 

不意に。

不意に放たれた真剣な声で放たれた『ハルナ』と言う声に、彼女の余裕が一瞬で崩れ去った。

 

声が見事な程に裏返り、

僅かに赤らんでいた顔はトマトのように真っ赤になり、

心臓のバクバクが皆に聞こえてしまうんじゃないかと錯覚する程に大きくなる。

 

「クカカ、てめェから言い出した癖に何言われた側がキョドってやがる」

 

先生は、そんなハルナの様子を見ながら笑っていた。

当然、言われた側であるハルナはそれどころではない。

 

頼んだ側である自分が慌てふためいているのはおかしな光景であるのは当然その通りではあるのだが、そんな正論を言われてもこちらとしてはどうしようもない。

 

「あ、あのっっいやでもやっぱり突然言われると……その……」

 

今までの彼女が持っているイメージとはかけ離れたしおらしい顔で、どうにか取り繕う言い訳をなんとか捻り出そうと沸騰している頭をどうにか回転させていた時、

 

「ハルナ」

 

そんな雰囲気を吹き飛ばすようにもう一度、先生は彼女の名前を呼んだ。

真剣な表情で、

真剣な声で。

 

彼女が抱く動揺を、全部洗い流すように。

 

「……っ! はい……っ!」

 

ドクンッ、と心臓が高鳴った。

体温が、上がる。

 

今度は、ちゃんと素直な声が出た。

小さい声だったかもしれない。

聞き取れなかったかもしれない。

 

けれど、彼女のその声も、先生に応じたかのように真剣そのものの声だった。

果たしてハルナの声は、しっかりと先生の耳に届いたのか。

 

「次のお前の担当日は四日後だったな。遅刻すンじゃねェぞ」

 

「っっ! ええ、ええッッ! その日は念願の一日担当ですもの! 遅刻なんか絶対にしませんわ!」

 

それだけを彼女に伝えるとハルナから視線を外し、前方へと顔を向けた。

ハルナも、その意図を受け取り、俄然心から力が湧いて来るのを覚える。

 

「ではアルさん! 後、お願いしますね! ユウカさんも。先生をお願いします」

 

その言葉を最後に、彼女は来た道を走って戻り始める。

まだそこまで遠い距離ではない。走れば余裕で間に合うだろう。

 

先生は、トリニティへと戻っていく少女の背中を見送りはしなかった。

それが、彼なりの彼女への信頼だった。

ハルナが獲得した、先生の信頼だった。

 

「正義実現委員会。二人で戦ってどうにかなる相手とはあまり思えませんが、生憎様ですわね」

 

死地へと戻る中、ハルナは誰にも声が届かない世界で一人言葉を紡ぐ。

誰にでもなく、自分に自分の声を拾わせていく。

 

「私、今誰にも負ける気がしないんですのよ?」

 

今なら、実現委員会の委員長にも勝てるかもしれない。

そう錯覚してしまう程の高揚感を宿しながら、ハルナはワカモの救出に向かう。

 

…………。

………………。

 

程なくして、銃撃音が聞こえ始める。

走った時間は十分にも満たない。

その間、誰とも遭遇しなかった事から、トリニティ生達は全てワカモが抑えていたであろう事を察した。

 

そのまま一分程走れば、もうそこに安全な場所はどこにもない。

 

一人の少女を制圧すべく、数多の生徒達が銃弾を絶え間なく降らせ続けている地獄の場所だった。

その内の何人かが、ハルナの存在に気付いたのか近くにいた数人に声を掛け、銃口をこちらの方へ向ける。

 

(成程、実現委員会の方達が混ざった事で彼女達からの指示が取れ、連携が取れ始めましたか)

 

少しだけ動きがまともになっている様子にハルナは、まあ、関係ないですわねと感想を切り捨てた。

 

激戦区に舞い戻った彼女は、スゥゥゥ……。と息を大きく吸い。おおよそワカモがいるであろう位置を推測すると、ガッッ!! とその辺にあった適当な瓦礫に力強く足を乗せ重心を安定させた。

 

まずは雑兵を蹴散らし彼女と合流する。

その意思の基、ハルナはスコープを覗き込み、レンズ越しに視界を確保する。

 

刹那、ハルナの集中力が極限まで高まった。

音を置いて、時間を置いて、世界を置いて。

これだけ騒がしい筈の戦場で、音が消える。

誰も彼もが目まぐるしく動いている筈なのに、全員が全員止まって見える。

 

呼吸が消え、心臓の音だけが残る世界。

一秒が一分のように感じる世界。

 

この世でただ一人、彼女だけが正常な世界にいるような空間の中。

 

「ッッッッ!!!!」

 

静かに、そして強くハルナは愛銃の引き鉄を引き、

ゴッッッッパァァアアアアアアアアンッッッ!!!! と言う凄烈な音が響き渡り、彼女の射線上にいた十数人が悍ましい程の衝撃と共に薙ぎ払われた。

 

吹き飛ばされた少女は悲鳴を上げない。

そんな余裕すら与えられないまま全員が全員意識を闇に落としたままドサドサと地面に落下していく。

 

ハルナはスコープから顔を外し、自分の身を正常な世界へと寄り戻すと、強引に開けさせた一本道を走り、

 

「あらあら、これは一体どういう真似事なんですか? まさかこの程度の相手に私が負けるとでも思われたのかしら? それとも借りを作るのがイヤな性分だったりします?」

 

誰がやって来たのかを知ったワカモに、嫌味混じりで挑発された。

ハルナに話しかけている間にもワカモは片手で小銃を操り、死角にいる相手を正確に射撃しているのだから恐ろしい。

 

しかしハルナも動じない。

同じ立ち位置に属する者として、ワカモの挑発に真っ向から対面する。

 

「別に、私は恩や貸し借りがイヤで来た訳ではありませんわ。ただ私は均等に。勝つにしても負けるにしても、同じ勝負の場で決着を付ける事を望んでいるだけ。ここに来たのはそれだけの理由ですのよ?」

 

「勝負? 決着? 話の意図が掴めませんね。初対面ですよ私達」

 

分かってる癖にとぼけるんですのね。と、ハルナはワカモが本音を隠しているのを即座に見抜く。

隠していない部分は初対面であるという事実だけだ。

 

それ以外は出鱈目。

自分が放った言葉の意味を理解し、その上で煙に巻こうとしている。

 

しかしそうはさせない。

そうはさせるもんですか。

 

「そうやって裏でコソコソして動くよりも、まずは一緒にシャーレで食事でも楽しみませんか? 先生を慕っている者同士なのですから」

 

ここから始めるのだ。

戦場は戦場でなければならない。

その中で掻っ攫うも掻っ攫われるも己次第。

 

勝負を望んでいる訳ではない。

純粋に、望むに値している少女に場を与えないのが不公平だと思っただけ。

 

誰も彼もに与える気は無い。

それを選ぶのは先生だ。

 

自分は、()()()()()()()()()()()()に必要以上不利になって欲しくない。

そんなエゴの塊が、ハルナをそう突き動かす。

 

しかし、と彼女は言葉を一度置き、

 

「その為にはこの方達が邪魔ですわね。ご協力頂いても?」

 

「あら、後から戻って来た癖にまるで今まで自分が戦っていたような言い種。図々しさもここまで来ると滑稽を通り越して賞賛になってしまいますね」

 

まぁ良いでしょう。と、ハルナの言葉にワカモは頷く。

それは彼女の思惑に乗った合図だった。

 

何に対して良いと言ったのか、それは誰にも分からない。

ただこの瞬間、トリニティ総合学園の端で、

 

テロリストと災厄の狐が、この場を乗り切り、生還する為の共同戦線が張られ始める。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「そのための場……?」

 

にじり寄って来る黒服から放たれる言葉の意味が分からず、アコは思わず聞き返す。

言っている事が理解出来ない。

 

理解出来なければ表情や仕草から推測したくなるが、この男の表情は漆黒に包まれており何も窺える事は出来ない。

仕草から探りたくても、彼はただじっと不気味な程に丁寧な佇まいでこちらを見据え、歩み寄って来るだけ。

 

何も分からず、何も知れない。

その事がどれだけ恐ろしいかを今正に実感しつつ、アコは恐れている事を悟られない様、震えを隠しながら黒服を睨みつける。

 

「ええ、その為の場。ですよ。天雨アコ行政官。私がここで貴女と会う為の場。それ以上の意味も以下の意味も含まれていない。言葉通りに受け取って下さって結構です」

 

「さっきから何を言っているのか理解に苦しみます……!」

 

また一歩下がりながら、アコの口が自然と嘘を吐く。

この男が何かを口走る度、ゾクリとした悪寒がアコの背中に走り続けている。

 

聞きたくない。

これ以上の言葉を聞いてはいけない。

 

そんな予感があった。

故に、理解したがらなかった。

アコの本能が、そうさせていた。

 

しかし。

 

「では、少しばかり方向性を変えてみましょう」

 

男は静かに、だが淡々と、そして彼女の淡い願いを打ち砕くかのように説き始める。

 

「貴女は基本的にゲヘナ学園内部から命令、支援を行う事を仕事としている。ですが、何事も例外と言うのはあるものです。その場合は貴女も学園の外へ出て命令、指示を下す。……例えば、()()()()()が発生した時とか……ね」

 

「なっっ!? に……ッ、を……ッ!」

 

言葉が、続かない。

なのに思考は勝手に進み始める。

理解したくないとした彼の言葉が、理解出来る物として頭が働いて行く。

 

どうしてこの男は、全て知っていたかのように話すのか。

まるで全てを見通していたかのように話しているのか。

 

その、理由が脳へと浸透していく。

この男の恐ろしさを、身体が自然と理解していく。

 

「まさ……か……」

 

そして、アコは痛感する。

この男は、自分の手に負える存在じゃないと。

 

「あなたが、今回の騒動を企てっっっ!?」

 

「過大評価をしないで頂きたい。私はあくまで情報を仕入れただけ。そしてそれを噂としてゲヘナに流しただけです。だから風紀委員も不届き者の存在に気付いたのではありませんか? 三人の逃走のみに抑えたのではありませんか? 薬をばら撒く意思を持っていたのはゲヘナの生徒であり、それを裏切る決断をしたのはトリニティの生徒です。私はその状況を利用しただけ。言ってしまえば部外者ではありますよ」

 

狼狽するアコとは対照的に、放たれた説を否定しないまま黒服は語る。

戯言だ。とアコは素直に思った。

ここまでの事をしておいて、どうして平然と立っていられるのか。

どうして、悪びれもせず、静かに説明し続けられるのか。

 

確保しなくてはならない。

今、ここでこの男は拘束しなければならない。

この男は、ゲヘナを崩壊させてしまう敵だ。

風紀委員としての使命が、アコの持つ拳銃に力を入れさせる。

 

だが。

 

「ご安心を。あの計画は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉は、アコの動きを停止させるには十分だった。

男は相変わらずトーンを変えず、淡々と。ただ事実を報告する様に。

 

「貴女はゲヘナの、トリニティの、いえ、キヴォトスの善性を甘く見過ぎています。この程度の悪性では自浄作用を破壊したりは出来ませんよ。どのような道を辿っていようと確実に彼女達の計画は失敗します」

 

「じゃあ何でそんな事を! 意味が! 意味が分かりませんッッ!!」

 

「何度も申し上げているじゃありませんか。貴女に会う為だと。これはその為だけの計画ですよ。彼女達は捨て駒に過ぎません。先程も言った通り私はこの事件に関与してませんがね」

 

「ッッッ!!」

 

まさか。

まさか。

 

疑いたくなる。

だが、現にアコはここで黒服と相対している。

それこそが、証明になってしまった。

 

彼が本当に自分に会う事だけを目的として、邪魔者が入るであろうゲヘナ学園から自分を引き摺り出す為だけに両校を巻き込む大事件を仕込んだであろう事の証明が、今ここで為されている。

 

もう、悪寒が走る程度のレベルではなかった。

誰もいなければ、すぐにでも嘔吐したくなる程の邪悪がこの男からは満ち溢れていた。

 

表向きはゲヘナ、トリニティが結託してゲヘナで作られた薬物をばら撒き、長期的な計画の中での条約の凍結だった。

だがその目的はトリニティ側が企んでいた裏の目的である、そのやってきた生徒を殺害しての即時的条約の破壊という物に乗っ取られた。

 

けどそれも全てフェイク。

彼女達は、この男の手によって無駄に踊らされただけ。

真の目的は二人きりで接触する時間を作る為の時間稼ぎと陽動。

 

アコ一人だけが警備に当たっている時間を狙っての接触。

ただ、ただそれをしたいが為に、この黒服はここまでの事をやってのけた。

 

やはり、理解出来ない。

理解出来る、相手ではない。

自分とは、別次元にいるような存在にアコは思えた。

 

でも。

 

だからと言って、それは負けても良い理由にはならない。

屈して良い理由には、決してならない。

 

「……、仮に。仮にそうだったとしましょう。貴方が仰った事全てが真実だと仮定しましょう。その上で敢えて言いましょう。私を見くびらない下さい」

 

「……、ほう?」

 

「確かに今、この時間、この瞬間においては貴方と私しかいないでしょう。しかし人を呼ぼうと思えば呼べるんですよ? 声で、道具で。加えてあなたには見えない所で既に救援を送っています。私と会って何をしたいか知りませんが、応じるつもりも付き合うつもりもありません」

 

凛と、言い切る。

人を呼ぼうと思えば呼べるのは事実だ。

救援も送ろうと思えばタブレットのタップ一つで完了する。

だが、こんな危険な奴が目の前にいる状況で助けを求める愚か者がどこにいる。

いる訳がない。

 

しかし、そんな事相手に分かる筈もない。

故に、彼女は断固として応じない姿勢を見せた。

何を企み、何を交渉しようとしたのかアコは知らない。

だがそんな事はどうでも良かった。

知る必要など、どこにもないのだから。

 

何を言おうと彼の言葉には応じない。

完璧な拒絶を、アコは言い放った。

 

それなのに。

 

「ああ、いえ。そんな事でしたか。いえいえ、心配ありませんよ」

 

黒服は彼女の言葉を適当にあしらうと。

 

「一秒あれば終わるので」

 

ズッッッ!! と、歩幅にして約十歩はあった距離を一瞬で詰め、アコの眼前に肉薄し拳銃を奪った。

滑る様に移動してきた黒服にアコは全く対応出来ず、引き金を引く事も出来ぬまま、ただ目を見開いて声にならない叫びを上げる。

 

殺される……ッ! 

 

咄嗟に彼女の本能が訴えかけ、それに従うように彼女はギュッッ! と反射的に目を閉じる。

 

だが、カタッッという何かが落ちる音が聞こえると同時。

 

「ご安心を、もう用事は済みました。人が集まる前に私は帰らせて頂きますよ」

 

耳元から遥か遠い場所で、声が聞こえ始めた。

恐る恐る目を開ければ、黒服の男がこちらへと詰めて来る前、歩幅にして十歩の距離で男は立っており、そんな事を口にする。

 

「用事はそれをお渡ししたかっただけです。私は貴女を支援したい。ただそれだけですよ」

 

男はアコの右手を指差す。

見れば、拳銃を握っていた右手は、代わりに何か別の物を包んでいた。

 

「これは……、ケース……?」

 

右手に持たされたソレを見て、アコがポツリと呟く。

渡されたのは、掌に収まる程度の小さなケースだった。

どうやら、スライドして中身を取り出す形式らしい。

 

見ると、中には真っ白な錠剤が詰め込まれている。

数は……十五ぐらいか。

 

「いつか必ず貴女はそれを使いたいと願う時が来る。その時の為、捨てずに保管しておくとよろしいでしょう。しかしいきなりの使用は推奨しません。来る時に備えて何度か試飲する事をオススメしますよ。注意点があるとすれば、試飲する時は人のいない場所で服用した方が安全の為に良いかと思われます」

 

「……、こんな見るからに怪しい物を持たせて、碌な説明もしない。さっさとゴミ箱に捨ててくれと言っているような物ですね。わざわざここまでしておいて、最終的な目的が誘拐でも殺害でもなく、捨てられるかもしれない薬の譲渡ですか。やはり理解が出来ませんね」

 

「理解されなくて結構です。既に私の目的は達成されました。重ねて言わせて頂きますが、それを捨てるのは貴女の為にならない事だけは忠告しておきます。それでも捨てるのでしたらご自由にどうぞ。ちなみに毒性はありません。捨てた場所からパンデミックが発生するような事は起こりませんよ。保証します」

 

告げると、男は踵を返し去り始める。

瞬間、今なら、後ろを向けた今なら殺せるのではないかと、アコは落とされた銃を咄嗟に拾い、照準を合わせようとした所で、

 

「ッッ!? 消え……た……」

 

一瞬目を離した隙に、男はアコの視界から消え去っていた。

さっきのような移動でもしているのかと、慌てて前方へ走りながら周囲を見渡すが、どこに目線を合わせても男の影も形も無い。

 

残されたのは、男が残していったケースのみ。

アコは一瞬、そのケースを見つめた後。

 

「とりあえずヒナ委員長に報告しましょう。話はそれからです」

 

この一件は自分の中で留めておくべき物じゃない。

今すぐにでも彼女と、彼女達と話をする必要がある。

そうするべくアコは振り返り、ゲヘナ学園へと戻ろうとした矢先、

 

「アコ」

 

一つの声が彼女の耳に届いた。

 

「委員長? どうしてここに」

 

現れたのは、委員長のヒナだった。

あまりに意外な人物の登場に、アコは少々気の抜けた声でそんな事を問いかける。

 

「さっき連絡が入って、状況が変わったからアコを呼び戻しに来たの」

 

返って来たのは、真っ当に事務的な返事だった。

黒い男とのやり取りをしている僅かな間に、色々と風紀委員会を取り囲んでいる状況は変化していたらしい。

 

「状況が変わった……?」

 

「簡潔に言うと事態のおおよそは収束したわ。だから今からは後始末の時間。面倒事は一つ起きたけど、今回の騒動に比べれば可愛い物だからついでで片づけられるわ」

 

「面倒事?」

 

「トリニティに狐坂ワカモが侵入した形跡があると報告があった。面倒事がそれね。収束したって言ったのは科学部の三人を乗せた車が大破炎上、薬物は炎に包まれて消えたわ」

 

「なる、ほど……そんな事が……。」

 

簡易的に述べられた内容はそのまま飲み込むのは一苦労する物だったが、ヒナを疑う理由は無いアコは、ひとまず大きな仕事は終わったのだと安堵の息を吐く。

何故爆発したのかも何故狐坂ワカモが姿を現したのかも不明だが、どうやら、取り返しの付かない事件にまで発展することは回避出来たらしい。

 

であるならば、次の自分の仕事はヒナが言った後始末の手伝いになる。

それは確かに面倒ではあるが、神経を一秒ごとに擦り減らすような事柄ではない。

やっと一段落ですね。と、歩き出すヒナの背中を追いながらそう声掛けようとして、

 

右手で包み込むように持っている白いケースの事を思い出した。

そうだ、この事を話さなくてはならない。

 

後始末をするよりもほんの少しだけ、これは優先事項だ。

 

「ヒナ委員長、実は耳に入れて欲しい事が」

 

あります。と、ヒナを追いかける様に一歩足を進めながら、アコは黒服から渡された白い錠剤が入ったケースを彼女に渡そうとして、

 

「先生がどうにかしてくれたから、とりあえずは一安心ね」

 

「ッッ!?」

 

前を歩くヒナから不意に放たれた『先生』と言う言葉と、嬉しそうな顔で彼に対して感謝を述べるヒナの姿に、ケースを渡された事と、渡して来た黒い男との一連のやり取りを報告しようとしていたアコの動きが止まった。

 

ああ、ああ。

また、先生だ。

また、あの人だ。

アコの表情が一気に暗く、鋭くなる。

 

どうして先生がゲヘナの為に動いているのかをヒナが知っているのか疑問だったが、今のアコにはそんな事どうでもよかった。

大事なのは先生が動いていたという事実のみ。

ゲヘナで、ゲヘナに対する問題で彼が動いている事実のみが、重要な要素としてアコの耳に、頭に残る。

 

先生。

先生。

先生。

連邦捜査部の部活顧問。

キヴォトスの外からやって来た異物。

 

ゲヘナの外に活動拠点を置きながら、ゲヘナ以上にゲヘナの問題を解決する能力を有している存在。

 

自分達ではどうにもならなかった事態を、彼は解決した。

未曽有の危機を、救った。

その権力を使って。

好き放題に出来る力を行使して。

自分達では成し得なかった事を、彼は成し得た。

 

黒服との先のやり取りで、今回の事件はどのような結末を辿ったとしても解決されると述べた。

それは、それはつまり先生が関与していると知っていたからなのだろうか。

あの髪も肌も服も真っ白の男が性懲りもなく首を突っ込み、危険を承知で事態を収束させようと動いているのを予知していたからなのだろうか。

 

ギリッッ、と、アコの歯が強く軋む音が口内で響く。

 

プライドが傷ついた訳ではない。

風紀委員としての誇りが汚されたと憤っている訳ではない。

 

感謝はしよう。

彼がいなければどうなったか分からなかったのは確かだ。

礼はしなくてはならない。それは人として通さねばならない筋だ。

 

しかし。

それでもと、アコは目を濁らせながら空を見上げる。

 

やはり、あの人は危険だ。

何処で何をしでかすか不明な以上放置は出来ない。

今回は助けてくれたが、次もそうとは限らない。

今度は壊すかもしれない。

あの黒い男以上にゲヘナを。私達の世界を。

 

その能力を、彼は間違いなく秘めている。

 

止める必要がある。

これ以上、彼がゲヘナで動く前に。

良くない事を、不利益な事を始めようとする前に。

 

瞬間、何故だかアコの頭の中で、黒服の声が再生される。

『いつか必ずこれを使いたいと願う時が来る』という声が。

 

「アコ、今さっき何か言おうとした?」

 

「…………いえ。何でもありません」

 

黒い男の言葉を思い出たアコは、ヒナへ差し出そうとしたケースを、深く、深く懐へしまい込みながら代わりに誤魔化しの微笑みを向けた。

 

そう? と何かを言いかけたアコの様子に小さく首を傾げるヒナを見て彼女はそれよりも。と強引に話題を変え、今の自分達にとって重要そうな事柄を取り上げながら帰路に就き始める。

 

心の内に宿った悪魔を、ひた隠しにしながら。

 

「早くゲヘナに戻りましょう。下水道の被害等規模も把握しなければなりませんから」

 

そして彼女は、静かに道を外れ始める。

誰もその事に、気付くことがないまま……。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「そうですか……約八十人もの生徒が……」

 

トリニティの生徒達による反乱騒動の終結後、連絡班から内容の報告を受けた桐藤ナギサは、この世の終わりを見たような顔で、手を震わせながら俯いていた。

 

ゲヘナ生徒殺害計画。

それを流用したシャーレの先生殺害作戦。

 

約八十人ものトリニティ生の反乱。

ゲヘナとトリニティとの間で交わされる条約を成立させまいとして動いた彼女達の反逆は、ナギサの心に深い闇を落とした。

 

それがただのデモ等だったらどれだけ可愛かっただろうか。

小さな抗議だったらどんなに幸せだっただろうか。

 

しかし、しかし実際に起きた事は彼女の想像を遥かに超越した身も凍り付くような事態。

ゲヘナ生徒の殺害を念頭に入れた作戦。

それによるゲヘナとの絶対的な対立を目的とする理念。

 

ゲヘナ側の怒りは推して知るべし。

その中で話し合いと解決の場を相手側から求めて来たのは何よりもナギサにとって救いだった。

 

それは騒乱の最中に現れた災厄の狐の存在が大きいのか、

それとも元よりこの事件による亀裂をゲヘナが望まなかったのか。

 

「その作戦中に現れた狐坂ワカモと黒舘ハルナ両名によるテロ騒動はどうなりました……?」

 

「はい、ワカモ、ハルナ両名は大乱戦の最中で生じた混乱を利用し、一般生徒及び正義実現委員会に大規模な損害を与えた後トリニティから撤退。現在追跡をしておりますが……」

 

「中止して下さい、これ以上深追いする必要はありません」

 

淡々とナギサは命令を下す。

ここで彼女達を取り押さえた所で何の意味も無い。

 

しかし形は利用させて貰う。

今回の一連の流れはゲヘナの生徒や先生殺害作戦だったのではなく、狐坂ワカモ、黒舘ハルナ両名によるテロを阻止しようとした際に発展した大規模戦闘だという事にして貰う。

 

どうせ前科なんて腐る程あるのだ。

今更一つ増えた所で砂漠に砂を一粒振り撒いただけのような物だろう。

 

どちらにせよ、結果的にトリニティとゲヘナ両校の関係性が悪化する可能性は無くなった。

あらゆる最大限の幸福を掴んだと、切にナギサは胸を撫で下ろす。

 

良く、良く無事に丸く収まってくれたと思う。

最悪を回避出来た。それは九死に一生なんて話では済まないぐらいの奇跡で、ナギサはその奇跡を起こしてくれたシャーレの先生に深々と頭を下げ、心の中で何度も何度もありがとうございますと告げる。

 

だが、どれだけ感謝を示した所で、彼女の精神に刻み込まれた恐怖は消え去らない。

 

カタカタと、手の震えが止まらない。

胸の奥のザワ付きが抑えられない。

考えても考えても脳裏に過るのはもしかしたらの最悪の事ばかり。

前向きに物を考えようとしても、即座にザワザワが邪魔をする。

 

こんな考えを持っている生徒が他にもいるんじゃないのか。

自分の手の届かない所で、これ以上のよからぬ事を企んでいる少女がいるのではないのか。

 

もしかしたら、自分以外の全員が、……敵。

 

ブンッ! と、ナギサは即座に頭を振るい浮かんだ邪念を振り払う。

そんなことある筈がない。妄想に等しい事で皆を疑ってはいけない。

 

だが、それでも疑念は完全に払拭出来ない。

ここまでの大事が、これだけの人数の基実行に移された。

それそのものが、彼女の心から平穏を奪っていく。

 

喉の奥が乾く。

何かを言い出そうと口を開くが、それを上手く言葉に出来ずまた口を紡ぐ。

その繰り返し、繰り返し、繰り返しだった。

 

紅茶を口に入れる余裕なんて、今の彼女にはどこにも無い。

 

苦しい。

息が詰まる。

声が出ない。

胸が苦しい。

身体中が怠い。

絶望感が心を無気力にさせる。

けどこのモヤモヤが身体を動かさせ続ける。

休みたいのに休めない。

休もうとも思えない。

 

考え事が、何一つ纏まらない。

 

「どうするナギちゃん。とりあえず今は実現委員会が皆を抑えてるけど」

 

そんな彼女に、救いが一つ伸ばされる。

ハッとした表情で顔を上げれば、そこには能天気な顔で自分を見つめる一人の少女の姿。

 

それだけで、それだけで少し。

彼女の心に巣食っていた真っ暗な闇が、僅かに晴れた。

 

「そうです、ね……。本来なら一人残らず全員退学……と言いたいですが。この人数を外に出すのはあまりにもリスクが高すぎます。それに、彼女達を退学にして監視から外してしまえば、今度こそ何をしでかすか……今は、このままシスターフッドや正義実現委員会の皆様の協力の基、拘束、監視するという方向で行きましょう」

 

ほんの少しだけ気力を取り戻したナギサは、自分を引き戻してくれた彼女に暫定的な措置を語りながら、紅茶が入ったティーカップを傾ける。

……喉は乾いているのに、彼女の口は紅茶を受け入れてはくれなかった。

 

飲もうとする口が、開かない。

身体が、何かを取り込むことを拒否していた。

仕方なく彼女は飲むフリだけをした後、コトッと持っていたカップを皿の上に置く。

 

「後は、これからエデン条約までの間、在籍する全ての生徒の徹底的監視を求めましょう。これ以上不穏分子を出す訳には行きません。心苦しいですが、それが今、私がすべき判断であり、ゲヘナ学園に対して示さなければいけない筋と言えます」

 

「……ふーん、そんな物なのかな」

 

ええ、と、ナギサは肯定する。

トリニティで今渦巻いているこの暗い状況が分かっているのか分かっていないのか、相変わらず彼女は良く分かっていなさそうな感じの声を出している事を見抜きながら、ナギサはもう一度彼女の方に顔を向け、

 

「……? ミカさん? どうしたんですか? 上の空ですよ?」

 

先程話しかけて来てくれた時とは大きく違う彼女の表情を目撃した。

 

「……あ。ううん。なんでもないよナギちゃん」

 

ナギサの視線に気付いたのか、長い桃色の髪を風に乗せ、フワフワと躍らせて明後日の方向を見つめていた少女は、心配気に声を掛けたナギサに向かってほんの少し笑いかけ、大丈夫である事を告げると、またその視線を空へと移す。

 

ミカさんらしくない。と、普段の彼女からは想像も出来ない光景を前に、ナギサはそんな感想を抱く。

しかしそれは、彼女も彼女なりに今回の事態を重く受け止めている証拠なのだと判断した。

 

彼女だって自分と同じ立場なのだ。

当然、心だって痛めているし、悩んでもいる。

それでも落ち込んでいる自分を気遣って、無理にでもいつもの自分を演じてくれたのだ。

 

頑張らねば。と、ナギサは心からそう誓う。

踏ん張らねば。と、ナギサは己を鼓舞する。

 

この事件で苦しいのは皆一緒だ。

ならば、『ティーパーティー』である私が折れて良い筈がない。

 

私だけは、気丈に振る舞い続けなければならない。

それがたとえ、ハリボテであろうとも。

 

演じ続けているだけであったとしても、演じていればやがてその思いは本当になれるから。

そう、信じて。そうであって欲しいと、信じて。

 

もう一度ティーカップを手に取り、口元へ運んでゆっくりと傾ける。

やはり、飲めない。

ここまでが、彼女の限界だった。

 

強く、強くあろうとしても刻まれた記録が心を蝕んでいく。

心身共に疲弊していくナギサの一方で、清楚な白いドレスを身に纏う少女は、何をするでもなく、ただどこまでも遠い場所を見つめていた。

 

その目は何を映しているのか。

その目は本当に空の青を拾っているのか。

 

それすらも曖昧なまま、彼女は、聖園ミカはいつもの彼女が放つ元気らしさを微塵も放つ事なく一人、虚空を見上げてポツリと、

 

「やっぱりそうなんだね……私」

 

そう、呟くだけだった。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

太陽が沈み、青と黒の境界線にあたる赤が空を覆い始める時間、

一日が終わる。誰もがその空を見て実感する黄昏時。

 

全てが終わった、平和な空だった。

平穏な時を進む、いつものキヴォトスの光景だった。

 

彼は、黒服は何処とも知れぬ高い場所で、平和を取り戻したキヴォトスを見下ろしながら一人語る。

 

「確かに事件は善性によって無事に解決されますが、副次的に綻びが生じてしまうのは、私の与り知る所ではありません」

 

それは誰に向かって言ったのか。

何の事を指して言っているのか。

答えを聞く人物がいない以上、その真意は彼の中にしか存在しない。

 

「先生、あなたは過去、我々の動きは常に把握し、妨害すると声高々に宣言しておりました。その意気込み、とても素晴らしい物だと感嘆します」

 

天雨アコと話していた時のように、トーンを変えず、声色も変えず、一定に、淡々とした口調で彼は先生を褒め称える。

 

その言葉にウソは無い。

彼は本気で先生の行動に感銘を受け、彼の決意を賞賛する。

 

先生として、生徒を守る存在として、彼が放った意思表示は申し分無い。

堂々と言い切った彼の姿は、真に眩しく輝いている。

満点だ。と評価せざるを得ないだろう。

 

だが、

 

「しかしやはりその願いは無謀ですよ。現に私はあなたが感知しないまま生徒との干渉を終わらせました。聞こえてもいないでしょうが、こちらもこちらとして宣言いたしましょう」

 

今までの評価とは対を為す様に、黒服はバッと両手を広げながらそう力強く音を紡ぐ。

それは彼と敵対する事を選択しての道か、それとも違う道がある事を示しての事なのか。

 

その真意は、彼の中にしか存在しない。

真っ黒を真っ黒で真っ黒に染められている真っ黒な男はキヴォトスを見下ろしながら言葉を音に乗せる。

 

明確な、宣戦布告を。

 

「この街の悪を一人で倒せる程、キヴォトスは狭い場所では無いですよ。先生」

 

 

 

 

 

 

 






暗躍。曇らせ。そして救い。
色々な物が渦巻きながら、第一章が終わりを見せます。

今回の話により、確定的にアビドスの難易度が上昇しました。
代わりに便利屋が強くなったのでアビドスに関してはどっこいどっこい……なんじゃないかな? 知らないですが。


今回のお話を持ちましてヒロイン級に扱う少女はメインストーリーで出会う残り一名を除いて出揃いました。実は隠れているのは二名の予定でしたが、今回の話で先行出演してしまったので……。
なんかミドリの出番だけ薄くない? と思った方。この第一章は基本的に出番の無い子に出番を与える為に作られた章ですので、彼女は後々滅茶苦茶メインを張るので今回はご了承という事で……。


いや、この結末だけを念頭に置いて書き始めた当初、構想では三話くらいで納める筈が相当な長丁場になってしまいました。
最終話はこうしたい。としていると途中でどれだけ話が嵩むかの良い見本ですね。
このお話は科学サイド魔術サイドよろしく、ゲヘナサイドトリニティサイドと二つの精力による争いを主軸とした、ブルーアーカイブ内で再現されたとある風物語と同時にエデン条約編第0章を意識して執筆されています。

ゲヘナの技術をトリニティに持ち込もうとし、トリニティの反逆に会い返り討ちにされるゲヘナを見ながら、その両校の闘争に巻き込まれる主人公一行。こう書くととあるっぽさがあるかなと個人的には思っております。

そしてエデン条約編本編がトリニティが中心になるので、その前日談はゲヘナを中心に書こう。という事で始まったエデン0章、結果として第一章の半分ぐらい占めてしまいました。長すぎないこの話? 

次回エピローグです。
そして皆さまお待たせしましたメインエピソードが始まります。
三か月、かかってしまいましたね。
ここまで長い間メインエピに突入せず前日談ばっか書いてるSSも珍しいと思います!

この物語はアビドス、パヴァーヌ、エデンの三部作で構成されます。
それで終わりです。エデンが最終編です。

まだまだエデンまでの道のりは長いですが、お付き合い頂ければ幸いです。
それでは次回、ヒナちゃんとの後始末語り合い編をお待ちください。



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ゆっくりと、時計の針が回ってく

「ねえ先生~! 私もムツキって呼んでよ~~」

 

ハルナが去った後、ムツキが後頭部座席から助手席へ身を乗り出しながら一方通行にそんな要求が入る。

 

当然一方通行は訝し気に背後を見て、気絶していない五人の内、ムツキ以外の全員が大なり小なり顔を赤くしている事に気付いた。

 

最も顔を赤くしているのはアル、次にユウカ、ハルカ、最後にカヨコ。

そして全員表情も個性豊かだった。

 

アルは白目で口をパカパカと見ているこちらが笑ってしまう程に何度も開閉していた。一方通行からすれば何でそのリアクションをしているのか理解出来ない。

 

ユウカは悔しそうに、しかし認めるしかないように、いやでもやっぱり悔しいと言わんばかりにワナワナと震えていた。何をそんなに悔しがる事があるのだろうかと一方通行は自身の罪深さに気付かぬまま無情な感想を抱く。

 

ハルカは……何を考えているのか分からなかった。顔を赤くし銃とそれを持つ手で顔を覆い隠そうとしているが全然隠せていない。何やらブツブツと小声で呟いているようだがそれも聞こえない。だが彼女はそういうタイプである事を一方通行は理解しているので別に気にしない。

 

カヨコは一方通行の方に視線を合わせておらず、外の景色を目で追っていた。しかしその表情には仄かに赤が差しており、しかし何故恥ずかしがっているのか分からない一方通行は首を傾げるしかない。

 

黒舘ハルナを黒舘ではなくハルナと呼ぶ。

ただそれだけでどうしてここまで多種多様な反応が出来るのだろうか。

 

全く持って理解不能。それが一方通行が出した結論であった。

故に彼は、

 

「あァ? ンだそりゃァ?」

 

と、ムツキへの返事と、彼女達が見せたそれぞれの反応に対するリアクションを一纏めにするかの如く一言でそう聞き返した。

 

「ダメ? ここに来る前に先生が全部終わったら呼んでやるって言ったんだよ?」

 

そンな事言ったかァ? と、己の記憶を掘り返し、あァと一方通行はゲヘナでそんなやり取りもしてたなと思い出す。

 

当時の一方通行の心境としてはその場しのぎとして放った物でしかなかったが、覚えられているとなれば話は別。

事件は一通り収束した。後はゲヘナ風紀委員の委員長であるヒナに報告するだけ。

 

その彼女も今日から数日間は後始末に追われてシャーレには来ないだろう。

つまり、この場において一方通行が出来る事はすべて終了している。

 

彼女と交わした約束の条件は全て満たされていた。

 

なので。

 

「わァったよ分かりましたァ! ムツキ、アル、ハルカ、カヨコ。今度からこう呼ンでやるよォ。これで良いかムツキさンよォ」

 

「くふふ~~! 合格~~~!!!」

「名前呼びだけでなンでそンなに嬉しがるンだ? わっかンねェなァオイ」

「女の子はね、気に入った男の子に名前を呼ばれると嬉しい物なんだよ?」

 

へェそォですかいと、悪い笑みとも満面の笑みとも取れる表情を浮かべるムツキの様子を見て一方通行は呆れながら軽く流すと。

 

「アル。さっさと運転席に入れ。帰って早くコーヒーが飲みてェ」

 

このままここでムツキと戦っても何故か勝てる気がしなかった一方通行は早々に話を切り上げる目的で、未だに後頭部座席で顔を真っ赤にして座っていたアルを呼ぶ。

 

「ひゃい!? ま、任せておきなさい!! シャーレまであっと言う間に送り届けてあげるわ!」

 

その状態でも彼の言葉は聞こえていたらしい。

アルは一方通行の呼びかけに応じ、そそくさと運転席へ乗り込み。

 

「あれ? なんでこの車ペダルが『()()』もあるのかしら」

 

等と、そんな声を小声で放った。

 

瞬間、社内にイヤな予感が走る。

その空気に気付かないのは、陸八魔アルただ一人だけ。

 

「それに、シフトッ、レバーがッ、ちょっと、硬、すぎないッッ!?」

 

アルの奮闘している様子に一方通行とユウカが固まる。

これは、これは途轍もないまずい状況なのではないか?

 

一方通行が抱いてしまった最悪の予感を裏付けるような、あれ、社長ミッションの免許持ってたっけ。

と言うカヨコの囁きが聞こえた直後、一方通行はアルの行動を一旦止めようと口を開き、

 

「陸八魔、お前まさかオートマチック車の免許しか持ってな」

 

直後。

バギッッ!!! と言う何かが完全に壊れた音と、先生の声が同時に響き渡った。

 

「「「あっ」」」

 

アル、ハルカ、カヨコ、ムツキ。

そしてユウカ、一方通行の声が重なる。

 

アルの手には、車に接続されていなければならないシフトレバーがほぼありのまま握られていた。

あわわわわわわ……ッッ! と、アルは左手に握り締められた根元からへし折られたシフトドライバーと本来それがあったであろう車の部分を交互に見つめながら白目を剥く。

 

その様子は、誰がどう見てもいつもの陸八魔アルその物でしかなく、先程まで見せたカリスマの面影は何処にも残っていない。

 

「りィィくゥゥはァァちィィまァァくゥゥゥンンンンンンンンッ!!???」

 

静かに、ゆっくりと、されど怒りをたっぷりと宿したような一方通行の声がどこまでも響き始める。

ひぃぃいいいいいいいいッッ!! と、小声で叫ぶアルの表情はもう、可哀想を通り越して滑稽と言う他無い物だった。

 

陸八魔アル。

 

成長し、自らが定めた指針に目掛けて何処までも進んだとしても、どう足掻いた所で最終的に彼女は彼女である事を自ら証明していくような少女である。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「だからゲヘナで科学部の三人を引き渡した時疲れた様子だったの?」

 

「どれだけの時間が掛かったと思ってやがる、昼頃にトリニティを出たのにゲヘナに帰った時は夜だぞ。疲弊もするだろ普通に考えてよォ」

 

事件からそれなりの日数が経った日の朝。

漸く時間が取れたとヒナからモモトークでそう連絡を受けた一方通行は予定の日にシャーレの仕事を『担当』する筈であった生塩ノアに今日は休みだとモモトークで連絡し、午前中時間を確保し、現在こうして二人での報告会をシャーレで開催するに至っていた。

 

前日に突然キャンセル報告を受けたノアはかなりご不満そうだったが、次とその次のノアがシャーレの仕事手伝いを担当する日程を二回とも丸一日にしたら納得してくれたので、彼女のフォローも問題ない。

 

当時を思い出しながら、一方通行は苦い顔を浮かべる。

 

「便利屋四人とユウカに車を押させている間に例の三人が目覚めて軽い殴り合いが何度か発生するしよォ。何度俺一人で帰ってやろォかと思った事か……」

 

キヴォトスにいる少女達の耐久力は想像を絶している。

爆発に巻き込まれた程度では一時間の気絶すらしてくれない。

 

何度気絶から覚醒してはまた気絶させ、運んでる途中にまた目覚めてを繰り返したか。思い出すだけでもしんどさがぶり返す。

 

「でも先生が三人を連れ戻してくれたお陰で全部丸く収まったわ。トリニティ、ゲヘナ共に今回の件は狐坂ワカモが起こした一悶着の中互いに負傷者を出し、その騒ぎに駆け付けてしまった黒舘ハルナからこれ以上の被害を出さない為に双方撤退し事態は終息。落とし所としてはこれ以上ない結果を生んでくれた。狐坂ワカモも先生の差し金なの?」

 

ゲヘナ、トリニティの上側にとってあまりにも好都合な時に姿を現した彼女についてヒナは言及する。

普通に考えればあり得ない。ちょっと考えれば、彼女を連れて来て絶好のタイミングで戦場に姿を現し戦闘を始めた事それそのもが一方通行が仕込んだ解決策だったのだと直ぐに分かる。

 

言葉にせず、そう聞いて来るヒナに対し一方通行は、

 

「……いや、あいつがあの場にいたのは俺にとっては偶然だ。だが、あいつからしたらそれは偶然じゃなかったのかもしれねェなァ……」

 

ワカモがいたことは、一方通行的には偶然だった事を包み隠さず吐露した。

 

あのビルの中で戦闘中にどこからともなく姿を現したワカモを一方通行は思い出す。

突然の出現に一方通行は当初、彼女も今回の件でトリニティ側に就いているのかと勘繰った。

 

しかし、すぐにそれは払拭される。彼女の纏っている雰囲気が、そうではないと訴えていた。

一方通行の勘が、そう告げていた。

 

彼女が助力してくれたお陰で逃げられた事実。

それと、

 

「ワカモがトリニティで俺を助けようとした動機も何故あそこにいたのかもどォでも良い。俺にとって重要なのは、あの時残ったワカモとハルナが無事にシャーレに顔を出してる事」

 

それだけで充分だ。

そう、続きを言おうとして。

 

「…………」

 

目の前にいる少女が表情を曇らせているのに気付いた。

先程まで普通に接していた筈なのに、今は何故だか顔を俯かせている。

それは先日、ヒナがシャーレに騒動を解決する為に助力して欲しいとお願いしに来た時に突然見せた表情と同じだった。

 

あその様子を彼は頭に疑問符を浮かべつつ、しかし原因が何か分からない以上聞かない訳にはいかず、空崎と彼女の名前を呼ぼうとして。

 

名前を呼ばれたら嬉しい物なんだよ?

あの時、ムツキにそう言われた事を思い出し、

 

「はぁ…………」

 

と、呆れたように彼は一度嘆息すると。

 

「ヒナ」

 

空崎ではなく、ヒナと一方通行は呼んだ。

 

「えっっっ!?」

「名前で呼ンで欲しいなら最初からそう言え。顔に出てンぞ。名前で呼ばれたい。ってなァ」

「そ、そんなか、かお……しっ! して、たっっ!?」

 

どうやら彼の目測は当たっていたらしい。

見ていて分かりやすい程にヒナはあたふたと動揺し、声を裏返らせていた。

 

(自分だけ名前で呼ばれないから拗ねてたって事かァ? 心はまだまだガキだなァコイツも)

 

あの時何故落ち込んでいたのか分からずに振り回されたが、理由が分かった途端疑問はストンと胸に落ちる。

あれだけ治安の悪いゲヘナの風紀を取り締まる少女でも、心はまだまだ幼い。

そう言う、単純な事だった。

 

となればと、少し一方通行の中に悪戯心が湧く。

彼は僅かばかり揶揄ってやろうかと口を開き。

 

「イヤなら普通に今までと同じく空崎でも俺は構わねェが――」

「ヒナが良い!」

「そォかよ……」

 

先程までとは打って変わって素直な反応に少し面白く無さそうな声色で彼は背をソファに沈めた。

もしくは、彼女の勢いに圧倒されたのもあったかもしれない。

 

「で? 例の三人とか、ゲヘナの今後はどォなるンだ?」

 

なので一方通行は話を戻す事にした。

一転して真面目な声でヒナに話しかけ、彼女もその感覚に気付いたのか、先程までのてんやわんやしてた表情を一気に鳴りを潜めさせる。

 

「施設も薬品も取り上げた。トリニティに行っても上手く行かない事を彼女達はその身で知った。だから彼女達が反逆を起こす事はもう無いだろう。と言うのが私達の判断。お咎め無し。ではないけれど、特に大きな負担はかけさせていないわ。つまり、ゲヘナはいつも通りね」

 

「はッ! あれだけの事があっていつも通りたァ肝の太いこった。それもゲヘナの校風って奴か」

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、私だって皆にはもう少し落ち着いて欲しいの。あの校風を認めている訳じゃない。私の目から見て問題無いと思っただけ。反省文は鬼のように書かせたけど」

 

「だろォなァ。じゃなきゃ風紀委員なンてやる訳がねェか」

 

いつの時代もどの世界でも世を取り締まろうとする真面目な奴はいる。

ゲヘナでその役目を請け負っているのが空埼ヒナだった。ただそれだけの話だ。

 

「うん、そうかもね……私達は、私達なりの判断で許す事を決断した。でも……」

 

でも、と、続きを言いかけた所で、ヒナはくぴ……と、コップに注いでいたお茶を一口飲み、小休止を挟む。

コト……と、半分程飲んだコップを机に置き、ふぅ……と、一つ、息を吐いた。どうやら余程続きの言葉を繋げるのが重いらしい。

 

一方通行は何も言わぬまま彼女が言うであろう次の発言を待つ。

催促せず、ただじっと、じっと彼女が口を開くまで、無言で待ち続けるスタンスを取る。

 

それから時間にして五秒ほどが経過した頃、ヒナは噤んでいた口を開く勇気を持ったかのように、一方通行と視線を合わせた。

 

ヒナは改めて、でも。と言葉を繋げた後。

 

「トリニティの方はそうはいかなかったみたい。こっちが実行に移したのは三人。その三人に協力したのが二十人程度に対し、あっちは八十人近くの生徒が反乱を企てた。協力者を入れるとその倍はいるかもしれない。トリニティのトップの一人である桐藤ナギサは、今回の件に対して実行犯を含めたトリニティ生徒の徹底監視と言う改善策を提出して来たわ」

 

「人数の規模的にみりゃァ妥当だが、俺からすると良くねェ改善案だと言わざるを得ねェ。無駄にゲヘナに対する憎しみを募らせる奴等が現れるぞ。やるなら八十人のみの監視に抑えるべきだなァ」

 

「ええ。私もそう提案した。でも桐藤ナギサの意思は固かった。いや、あれはそれ以外が見えていないと言うべきかもしれない」

 

「つまり、トリニティは抱える必要も無かった爆弾を抱えた訳だ。爆発すると決まってる訳じゃねェ分マシかもしれねェが、目を光らせておくに越した事はねェな」

 

そのつもり。と、ヒナは力強く頼もしさを感じる言葉で返す。

何かあったら対処できるように、助けられるように。もしくはゲヘナに被害が被らない様にトリニティの動向から目を離さない。そうヒナは風紀委員長であるが故にするべき事とその責任を語る。

 

その言葉が、一方通行にある種の納得感を与えた。

成程、ゲヘナが治安崩壊していない訳だ。と。

空崎ヒナと言う存在は、無法地帯であるゲヘナ学園において最低限の秩序を保たせ続けている核だ。

彼女が健在である限り、ゲヘナもまた健在である。

 

彼女の重要さ、立派さ。

そして、彼女から放たれている危うさを、一方通行はこの一言で感じ取った。

 

彼女の生真面目さは、真摯にゲヘナと向き合い続けるその姿勢は、一度裏返ってしまうと呆気なく崩壊し二度と立ち上がれなくなってしまう危険を孕んでいるように一方通行は感じた。

今は安定しているかもしれないが、彼女の心はまだ幼い。それを今日のやり取りで痛感した彼は。

 

「ヒナ。提案があるンだが、時々シャーレで俺の仕事の手伝いをしてみねェか?」

 

ゲヘナから目を離しても良い時間を取らせるべく、そんな提案を投げかけた。

それはヒナに何かあったらシャーレに、一方通行に連絡させる。

または彼女がどうしようもない出来事に遭遇し心折れ崩れ落ちた時、シャーレがあればそこで再起の道を探せる。また立ち上がって前を向かせる事の補助が出来る。

 

そう踏まえての提案だった。

 

「え……? えッッ!? あ、えっっでも、それってっ! あ、いや……嬉しい……けど……! でも、私、忙しいし……殆ど……来れないかもしれないし……」

 

瞬間、ヒナは心底嬉しそうな声を上げた。

だが、それも一瞬。

その次の瞬間には、ヒナは自分の状況。ゲヘナの風紀委員という立場。そしてそのせいで自分が自由に動ける時間が自分では作り出せず不定期。かつその殆どが夜である事を思い出し、一方通行の期待に応えられない。提案を受け入れたくてもそれが許される環境では無い現実に、段々と声をか細くさせていく。

最後の方は、聞き取れない程に小声だった。

 

何を言っているんだと一方通行は思う。

彼女が忙しい。時間が無い。

そんな事は完全に想定内だ。

 

全部知ってて、把握して、それでも尚聞いているのだ。

それは、言い換えるとこうだ。

 

「その忙しいタスクとやらをシャーレに来る日は持ってこい。どォせ昼前にはこっちの仕事は終わって暇なンだ。一時間で終わらせてやる。日程もある程度は調整してやるから、好きな日程を希望しやがれ」

 

「ぁ……その、そんな……でも……悪い……し……」

 

「俺が良いと言ってンだ。ここのトップは俺だ。俺の言う事は基本的に絶対なンだよ。お前に聞いてるのは一つだ。俺と一緒に仕事するかしないか。すると答えたンならつべこべ言わず持ってこい。それがお前がここに来る時にやるべき最初の仕事だ。逆に俺とシャーレの仕事をしねェンならこの話は終わりだ。忘れろ」

 

「っっ、~~~~~~~!!!」

 

悩む。

悩む。

ひたすら。天秤にかけてヒナは悩む素振りを見せ続ける。

 

だがそれは仕事をするかしないかで迷っているのではないと一方通行は踏む。

彼女は、迷惑をかけて良いのか良くないのかで迷っているのだと一方通行は看破する。

 

「その、本当に書類仕事……多い、から」

「得意分野だなァ。さっきも言ったが一時間だ」

「実働も、結構ある、かも」

「ゲヘナ内でのシャーレが受ける仕事との兼任なら問題ねェだろ」

「シャーレで手伝えない日だって、来ちゃうと、思う」

「そン時はそン時だ。ヘルプを呼べる態勢は整ってるし一日ぐらいいなくとも問題ねェ。俺を誰だと思ってやがンだ」

 

「あ、ぅ……ぅぅぅ……!」

 

逃げ道回り道を悉く潰していく。

それはヒナからすれば彼の自信満々な発言はそれによって自分を納得させ、はいと頷かせたいが為の言葉に聞こえたかもしれないが、一方通行からすればそれは至極当たり前の事を言っているだけに過ぎない。

 

そして、彼の言っている事が嘘ではない事を、ヒナは言葉の圧から思い知らされていく。

 

逃げられない。

断れない。

逃げたくない。

断りたくない。

受け入れたい。

受け入れて欲しい。

 

彼と一緒にここで仕事がしたい。

一方通行の強引にも程がある力技の論破にヒナはとうとう自分自身が心で願う本音に負けてしまったのか。

 

「じゃ、じゃあ……お願い……します……」

 

トマトの様に顔を紅に染めながら、ペコリとヒナが頭を下げた。

それを見て一方通行は机の上に置いてあった缶コーヒーを煽った後、

 

「最初からそう言えってンだ。時間が掛かるなァオイ」

 

こうなることを予想していたかのような言葉を優しい声で言うだけだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そう言えば、今回の事でイオリやアコ、チナツからそれぞれ礼を言っておいてって言われたわ。だから改めて礼を言わせて。先生、ありがとう」

「もう良いっつったろ。お前ここに来てから何回言う気だ」

「これは皆の分だから」

「そうですかァ」

 

ヒナがシャーレに加入する話が終わってから十分程が経過した頃。

もっと言うと今日がシャーレで初仕事をする日になった十分後。

不意にヒナは思い出したのか、そう言えばと続けた後、一方通行に風紀委員からの連絡を届けた。

 

イオリ、チナツはともかく、アコからも礼の一言を貰っているのは意外だったなと一方通行は顔に出さずに僅かに驚く。

ああいうタイプは愚鈍に一直線で、一度対立してしまった以上こちらとのわだかまりはまあ基本的に溶けないだろうなと予想していたが、流石ゲヘナを取り締まる風紀委員の行政官に就いているだけあってその辺りの分別はしっかりと弁えているらしい。

 

良い傾向なのかどうかはともかく、悪い事では決してないので素直に一方通行は彼女の礼を受け取って置く事にした。

 

「給食部の愛清フウカが所持してて、あン時アルがぶっ壊しちまった車はどォなった?」

「先生の補填で新品同然になって帰って来たそうよ。それも礼を言われたわ。どちらかと言うと弁償されて当然の側なのに律義な事ね」

「ハルナによっぽど酷い目に会わされてンだろォなァ……今度ゲヘナに行ったら声でも掛けておくか」

 

「その黒舘ハルナや狐坂ワカモはまだシャーレには顔を出していないのかしら?」

「いや、ハルナは一昨日の担当日に顔を出して来たな。元気そォにしてたから心配する事はねェよ。ワカモは昨日の深夜か何かに突然やって来て今後は私もシャーレに来ますので。とか抜かしてたなァ。まァ別に拒否はしねェけど夜にやって来られてもなァと言うのが本音だ」

「先生は、何? その……、色々な女の子と仲良くしてないと死んじゃう病なの?」

「語弊があり過ぎるだろ。右見ても左見ても女だらけの環境なンだからそォなるしかねェだろ」

「それは、そうかもだけど……」

 

真面目な話、取り留めのない話。

それは一方通行にとっては普通になんて事のない話だが、話し相手であるヒナはどうも違うようだった。

心が浮いているように一方通行は見えた。

楽しんでいるように思えた。

 

シャーレに勧誘させて心の拠り所をもう一つ作り上げる一連の流れは上手く行ったなと、危なっかしさがそこかしこに転がっていたヒナのメンタルを安定させる事にこれが繋がると良いんだがと一方通行がぼんやりと考えていると突然、

 

バンッッ!! と、扉が勢い良く開けられた。

直後、ダッッ!! と誰かが掛けてくる足音がオフィス内に走る。

 

「ッ!? 何!?」

「あァ!?」

 

予定にない誰かの訪問。

これ以上なく乱暴に開けられた扉。

そして何者かが全力で走って来る事態の発生。

 

誰が見てもただならない様子に二人は緊急事態が発生したような声を上げた後、一方通行はグルリと身体の向きを変え、杖を支えに立ち上がろうとした瞬間、

 

「先生ぇえええええええええええええッッ!! もう駄目だぁぁああああああああああああッッ!!!」

 

びえええええええええええッッ!! と、泣き腫らした顔で、というか現在進行形で号泣しながら先生の身体目掛けて途轍もなく見覚えのある少女が突撃して来た。

 

「はッ!? モモッッ! なンなンですかてめェ急に来やがはッッッ!?」

 

突撃してきた少女は、一方通行も良く知るミレニアムサイエンススクールの生徒、才羽ミドリの姉である才羽モモイだった。

事前の情報無しに泣きながら自分目掛けて走って来るモモイに、一方通行はただただ叫ぶ事しか出来ず、腹に受けた超即タックル同然の衝撃に、一方通行はぐふッッ! と言う呻き声と共に座っていたソファに沈む。

 

つまるところモモイも結果的にソファに倒れ込む事になるが、そんな事を少女は気にもせず、栗色の髪を左右に揺らしながら先生の胸元で顔をぐしぐしと拭いながら。

 

「このままじゃ廃部になるぅぅううううう!! うわぁぁああああああんっっっ!!」

 

と、一方通行に助けを求め始めた。

 

「離しやがれモモイィィィッッ! つか俺の服で顔を拭くンじゃねェ!! ブランド物かつこの世界にねェ事実上の一品物を汚すンじゃねェよクソッタレがァァアァアアアアッッ!!」

 

対し、学園都市にいた頃から愛用している白を基調とし、灰色で下へと伸びる矢印が全体にあしらわれている服を鼻水と涙と涎でグシャグシャにされる悲劇に見舞われる羽目になった一方通行は、彼女の頭をグワシと掴みながら引き剥がしにかかる。

 

だが少女の一方通行を抱き付く力は強く、非力な一方通行では彼女を引き剥がせず、延々と彼のシャツはモモイの水分を吸い続けていた。

 

「助けて先生ぇえええええええええええッッ!! このままじゃユウカに追い出されるぅぅうううううううううううッッ!!」

 

「話聞いてやるからいい加減服から顔を離せってンだモモイィィイイイッッ!!」

 

「失礼しま~す。先生、今ちょっと良いです……!? お、おねえちゃん!? ちょっっ!! 何やってるのそんな羨ましい事!!!!」

 

一方通行が叫んでいると、モモイの後を追って来たのか、モモイの妹でありミレニアムサイエンススクール内でユウカに次いで交流の多い少女、才羽ミドリがひょこっとシャーレに顔を覗かせた後、事態の大きさに気付いたのか血相を変えて慌ててこちらに駆け寄りモモイを引き剥がしに掛かる。

 

何が羨ましいのかサッパリ分からなかったが。

んぐぅうううう!! と、必死にモモイを引き剥がすミドリの裏で、先生って泣き落としに弱いのね。等と言う不名誉な言葉がヒナの方から不意に聞こえて来たのは、きっと気のせいなのだろう。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

騒がしい日常。

なんてことない日常。

ありふれた日常。

 

いつまでも続いてくれたら良いのにと願う毎日は、ある日を境にガラガラと崩れ落ちていく。

昨日と同じだと思っていた今日は、全く違う一日へと変貌を遂げていく。

 

これは、その始まりの物語。

果てにある終わりが始まるまでにある、最初の騒がしい物語。

 

これが日常の延長線にある出来事ではない事に一方通行は気付かない。

彼は知らぬまま、彼でも気付かぬまま、世界は自ずと姿を変え、混沌へと足を踏み入れていく。

その始まりは、ミレニアムサイエンススクールで巻き起こる。

それ自体が、世界が刻々と変化している事を報せていた。

だが、その事に誰が気付こうが誰も気付かまいが、残酷に世界は時を刻み続ける。

カチ、カチと、秒針の音を響き渡らせながら。

 

 

先生と生徒。

姉と妹。

デジタルとレトロ。

願いと想い。

苦悩と覚悟。

シャーレとミレニアム

超能力者とアンドロイド。

幾多の意思が渦巻く世界で神秘と科学が交差する時、

 

科学の街ミレニアムサイエンススクールを舞台とした、時計仕掛けの物語が始まる。

 

 

 

 

 

 









ヒナちゃんがシャーレに加入しました。ついでにワカモもしれっと加入しました。
アビドス前に加入するというどんどん話がズレて言ってる気がしますが、恐らく気のせいではないですね。

そしてシームレスに第二章が始まるのですが、アビドスではなくパヴァーヌからの始まりです。はい、当初からこれは決めていた事です。アビドスが始まります。なんてあとがきで何度か言っていましたが始まりません。パヴァーヌ一章が先です。

理由はいくつかありまして、一章と二章の間にゲーム内時系列的に空きがある事。
これにより連続してパヴァーヌ一章二章を書くのが難しい事。
加えて他の人がアビドスから始める人が当然多いからじゃあパヴァーヌから初めた方が新鮮味あって良いんじゃない? という概算があった事。

そして何よりアビドスやエデンと比較した時、難易度的にパヴァーヌ一章が一番生徒達にとって易しい事から真っ先にこの章から始まる事を決めました。

はい、今まではチュートリアルです。
先生も生徒も誰も傷付かない物語はここでお終いです。

ここから先は無法地帯です。血が出ます。怪我します。骨、多分折れちゃいます。先生生徒問わずです。

でもパヴァーヌ一章はまだそこまでスプラッタな絵面にはならない。筈です。想定通りであれば!
面白そうなアイデアが思い付てしまったが最後酷い事になるかもしれないですが、考えている限り、三部作の中で一番真っ当に原作に沿うであろうパヴァーヌ一章だけはなるべく真っ当に済ませたい所。

ちなみに二章はズレます。アビドスも当然ズレてます。エデンは途中から死ぬ程ズレます。オリジナル解釈がクソ程入りますし展開も大きく変わります。

先生が『先生』ではなく『一方通行』なのですから当然ですよね。
人が変われば物語も変わるし、生死の有無も大きく変わります。一方通行がいる所に平穏の二文字がそう易々と降りてくる訳がありません。

変わっていく世界の中で全員どんなボロボロな姿を見せるのか、やっと土台が整った事に安堵しております。

しかしまだアクセルベタ踏みにはしません。
ゆっくり、ゆっくりと加速していきます。

そんな後々に最高速度を安定して出す為の初速を生み出すパヴァーヌ一章。来週より連載開始でございます。多分来週。ちゃんと書けたら来週。でも最近遊戯王が面白い……、デッキ回すの楽しい……。

誘惑に負けずに頑張りたい。



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二章 時計仕掛けの花のパヴァーヌ(前編) retro_monster
廃墟探索


寂れた世界。

壊れた世界。

 

この場所を一言で説明するとなるとそう言う表現が一番似合うのだろう。

 

破棄された無数の高層ビルに刻まれている、どう見ても人工的に破壊されたと思わしき傷跡の数々。

巨大な爪で引き裂かれたかのようにえぐれた地面。

倒れた電信柱からいくつも伸びている通電していない千切れた配電線。

 

一歩この場所に踏み込んだ瞬間から目にするそれらの記号が、ここがどうしようもなく危ない場所だと全身に訴えて来る。

 

人が住まなくなってからかなりの時間が経過しているのだろう。

その証拠を示すの如く、自然災害では生じ得ない傷や罅割れを残す数多のビルには無数の植物がその傷を伝うように根を伸ばし、

破壊され、せり上がり、割れたコンクリートが大半を占める地面一帯にはコケがこれでもかと生え茂っている。

 

人が捨てた地域。

人が生活しなくなった地域。

発展させきってから終わった地域。

 

それだけでもここが異質な場所だと認識するには十分だった。

だが、それ以上に目を引く物がある。

 

ここがどう考えてもおかしい場所だと、確信を持てる証拠がある。

それが、この廃墟を徘徊する無数の人型ロボットの存在だった。

 

「~~~~~。~~~~~~」

「~~、~~~~。~~~~~~~」

 

街を徘徊している数多のロボットの内、二体のロボットがそれぞれ接近すると、何かお互いにしか通じ得ない言語でやり取りをし、また再びどこかへと歩き去って行く。

 

これが、あちこちで起きていた。

ロボットの総数は数え切れる物ではない。

 

その様子を、陰から見ている集団がいた。

 

「ねぇ……お姉ちゃん」

 

人型ロボットが会話し、去って行く様子を見送りながら、集団の中にいた一人の少女、才羽ミドリが自分達をここへと連れて来た全ての元凶、即ち彼女の姉、才羽モモイへと声を震わせて問いかける。

 

「何ここおかしいよ!! 変なロボット沢山いるしさっき何か知らない言語で会話してたし!! そもそもここは何処!! なんでこんなボロボロなのこの街!」

 

「しーー! ミドリ声が大きい!!」

 

涙目で問い詰めるミドリを一言で制すモモイの姿はあまりに無慈悲だった。

うるさいと指摘する彼女の声も大概に大きいので本末転倒である。

 

「それに何回も言ってるじゃん。『廃墟』だって」

 

「廃墟なのは見たら分かるよ! でも廃墟の一言で説明できない物がチラホラあるよここ!? どういう事かもう一度説明して!!」

 

「いやぁ、出入り禁止って言われただけの事はあるね。あれに見つかったら流石に戦闘になるかなぁ。見つからない様に進むとか潜入作戦みたいでワクワクするけど冷や冷やもするね」

 

「お姉ちゃん私の話聞いてる!?」

 

一方的に振り回されるミドリの様子は見ていて同情を誘う物があった。

加えて、このままモモイの言動に翻弄され続けても埒が明かないと、一方通行は小さく嘆息した後二人の会話に割って入る。

 

「で? ここにそのG.Bibleってのが眠ってるってのか?」

 

一方通行が早朝、モモイに泣き付かれて説明を受けた記憶を思い出しながらミドリに助け舟を出しつつ、本題を切り出し始めたが、

 

「にわかには信じがたいわね。こんな場所に二人が欲している目的の物があるとはとても思えないけど」

 

ヒョイっと、一方通行の背中から顔を出したヒナから横やりが入った。

彼の後ろに隠れていたからなのか、彼女の手は一方通行が着用している連邦生徒会の白い制服にそっと添えられている。

 

しかし、その彼女のあざとい行動に付いて物申す少女が一人。

 

「と言うかこの状況もおかしい! なんでゲヘナの風紀委員長さんがここにいるの!?」

「だって私も立派なシャーレの一員よ? 先生の助けになるよう動くのは当然だと思うけど」

「入ったのは今日からだけどなァ」

 

んがーーー! と突っかかるミドリをヒナは軽くいなす。

一方通行としては何故ここにヒナがいるのかについてお前も聞いていただろォがとミドリに対し思わざるを得ない。

 

シャーレに突撃してきた二人から話を聞いた一方通行は、流れ的にシャーレの外で活動する事になると察し、その場で話を聞いていたヒナに今日はこのまま帰るかそれとも付いて来るかを選ばせた。

 

結果は言わずもがな。ここに彼女がいるのが答えである。

それについて今更抗議が入るのは如何な物だろうか。

 

「もっと言うとそのっ! なんか! 先生との距離が近くないっ!? 物理的に!」

「だって見つからない様にしないとだし、お陰で私は完全に標的から姿を隠せているわ」

「だ、だだだだからってそんな! 服に手を置かなくても良いんじゃないかな!? 私だってそんなのした事ないよ!!!」

「ミドリ、声が大きい。もう少し音量を下げて」

 

んぐぅぅうううううう!! と、ヒナの真っ当な返しを受けたミドリは悔しそうに握り拳を二つ作って顔の辺りで上下させる。どこからどう見てもミドリの完敗だった。

 

ひょっとしたらミドリはヒナが苦手なのだろうかと二人のやり取りを聞いていた一方通行は勘繰る。

可能性としては十分ある話だった。二人は一度、ゲヘナ内でほんの僅かばかりの時間、邂逅している。

その時は会話こそ無く終わった物の、自分達シャーレ側とゲヘナ風紀委員側の雰囲気は若干、いや、幾分か険悪だったような気もする。

 

それを引き摺っているという話は無くも無い。

とは言え、それを切り出すのはこの場ではなく最初からにしてくれと願うのは勝手なのだろうか。

 

それとも何かミドリの癪に障る出来事でも起きたのかもしれない。

その出来事と言うのがヒナが合法的に距離を近くして活動している事であるとは露程も一方通行は考えていない辺りが少女達の苦難を物語っていた。

 

自分に向けられている好意に関して全くの愚鈍さを見せる一方通行は、シャーレからここに来るまでの間で、自分の知らない内に何かしらのしがらみが生まれたのだと予想を立て、なるほどそれならばミドリが憤慨しているのも納得出来るなと、何から何まで違う推測を立てる。

 

間違った方向に思考を進めてしまった一方通行はミドリ。と、彼女の名前を呼び。

 

「シャーレにいる以上ヒナとも長い付き合いになるンだ。対立する事自体は許容してやるがどこかで妥協はしとけ」

 

彼が自覚しないまま、ヒナ側にいるかのような発言を繰り出した。

一方通行としては仲良くやれとまでは言わないまでも、険悪にまではなるなという程度の発言でしかないのだが、ミドリにとってはそれは『自分ではなくヒナを選んだ』ようにしか聞こえない訳で。

 

「ぬっぬぐぐぐぐぐッッ!! せ、先生と付き合いが長いのは私だから!!」

 

結果、彼女はビシッッ! と言う効果音が聞こえて来る程キレの良い動きでヒナの方を指差しながら、良く分からない事、もっと言うと当たり前な事を堂々と宣言していた。

 

何の張り合いだ。と、ヒナとミドリの口論に呆れた表情を見せる一方通行は、これ以上不毛な会話に巻き込まれたくないなと、二人から離れる様に歩き出す。

 

「ヒナさんは先生がどんな食べ物が好きかとか知らないでしょ」

「っ! そ、それはいつでも知れるもの。アドバンテージにはならないわ」

「じゃ、じゃあ先生に抱きしめられたりとかは!? 思いっきり! ギューーッッ! って!!」

「モモイの様に先生に強引に抱き着いた事があったって事? なら私でも出来そうね」

「抱きしめられたって言ってるじゃん!! 先生に庇われて助けられたの!!」

「尚更それは抱きしめられたとは言わないんじゃないの?」

 

後ろでギャーギャーと本当に意味の分からない言い合いを始めた二人の声を聞く一方通行は、うるさいと暗に伝えたいばりに左手で片耳を塞ぐ。

 

ミドリが言っているのは『未来塾』であった事を指しているのだろう。守った本人である一方通行としては至極当たり前な事をしただけに過ぎないのに、何故そこまでミドリが自慢気にヒナへ言いふらしているのか全く理解出来ない。

ミドリを、もしくはヒナを、さらに言うと彼女達に危害が及ばないように死力を尽くすのは彼の中で()()()()()()()()()()だ。特別視される理由もなければ、取り沙汰する程の行為でも無い。

 

つまり、二人の会話は一方通行にとってやはり不毛極まり無い物でしかなかった。故に今度こそ一方通行は二人の事を完全に放置し、意識を廃れた風景へと移し替えながら、シャーレでモモイが語っていた事を思い出す。

 

(つゥか、ゲーム開発だってのになンでやってる事はこンな場所でお宝探しなンだァ?) 

 

『廃墟』

 

ミレニアムの近郊に位置する場所で存在するこの見た通りにボロボロな街は、現在行方不明となっている連邦生徒会長によって存在を隠蔽し、見つけたとしてもその出入りを厳しく制限されていた区域だと言う。

 

何故制限されているのか、何故秘匿されていたのか。その一切は不明。

その理由の真相は生徒会長ただ一人だけが握ったまま、生徒会長率いる連邦生徒会の生徒達はこの地区の防衛を担当。

結果この場所の存在は嗅ぎつけた少数の生徒達によって僅かながら知られていても、出入りする事は実力行使によって禁じられ続け、そうしている間にこの場所はキヴォトス有数の禁則地と化した。

 

しかし、それもつい少し前までの話。

現在、ここに連邦生徒会に属する少女達は誰もいない。

モモイが語った所によれば、生徒会長の失踪を皮切りにこの場所を放棄、撤退したとの事だった。

 

「こンな所にG.Bibleがあるなンて与太話、俺から言わせればとても信じられる物じゃねェな」

 

「ヒマリ先輩によれば、ここは『キヴォトスから消えて忘れ去られた物が集まる、時代の下水道的な場所なのかもしれない』なんだって」

 

あ? と独り言めいた物に反応して来たモモイの言葉に一方通行は首を傾げる。

一方通行が投げた質問に対する答えとして彼女が並べた文言が成立していない。

 

ヒマリ。

明星ヒマリ。

 

少し前、ミレニアム内で倒れていた所をたまたま見かけ、彼女が車椅子に座るのを手助けした事から少しばかり交流がある少女。

ミレニアム史上三人しかいない『全知』と言う名の学位を持つ少女。

 

一方通行からすれば笑ってしまう程に仰々しい学位だが、今はそこに触れない。

 

名称はともかく、学内屈指の知識人である彼女の入れ知恵でここまでやって来た。

そこまでは良い。納得出来る。

 

だが、その先がおかしい。

彼女の言い方を普通に解釈すれば、G.Bibleがあるとされるこの場所にやって来た。ではなく、こんな謂われがあって、かつ今まで誰も踏み入れた事の無い場所なんだからG.Bibleぐらいきっとあるよね! みたいな根拠も何もないただの思い付きでやって来たように思える。

 

と言うか、そうとしか考えられなかった。

 

「モモイ、まさかお前ここにG.Bibleがあるかもしれない。って聞き心地だけは無駄に言いだけの希望的観測で俺達をここへ連れて来たンじゃねェだろォな?」

 

「チッチッチ~~! ちゃんとここを目的地とした根拠はあるよ先生!」

 

殴りてェ。

舌を鳴らしながら人差し指を左右に振りつつ、分かってないなぁという顔をするモモイを見て、そんな感情が左手を中心に沸き上がった。

 

実行したりはしないが。

 

「『ヴェリタス』によると、最後にG.Bibleの座標が確認されたのはこの地だったんだって」

 

まぁ最後に確認されたのは結構前の事なんだけど。と、一番最後に最も不安要素となるような言葉を付け足しつつモモイは一方通行にここに来た意義を語る。

 

成程、ここへ足を運んだ理由は分かった。

彼女なりに根拠があるのも理解した。

 

ミレニアムプライスに作品を提出する締め切り時間が迫る中でトチ狂った現実逃避行動かと今まで勘繰っていたがどうやら違うらしいという事も把握した。

 

G.Bible。

 

過去、ミレニアムに在籍していた伝説のゲームクリエイターが残した代物で、モモイ曰く『最高のゲームを作れる秘密の方法が入っている』らしい。

 

これを聞いてさあお宝探しだ。と、即座に出掛けられる彼女の生き様にはある種感心するが、それはそれだ。

G.Bibleの存在自体はともかく、たとえそれを運良く見つけられたとして、彼女が陥っている状況を解決できるかどうかについては一方通行から言わせてみれば甚だ疑問だった。

疑問どころの話ではない、不可能だと内心一方通行は断じている。

 

『ゲーム』と言う時代の最先端が常に遷ろう世界の中では数年、下手すれば一年単位で常識が変わる。

G.Bibleを見つけたとして、当時の最先端の極意が詰められていたとして、その最先端は現代で言うレトロに等しい物である確率は非常に高いと言える。

それに頼った所で得られる物は既に彼女がゲーム開発をする上で学んだ知識の一つである可能性が大きく、情熱を燃やしてまで手に入れる価値がある物とは、部外者である一方通行からすればとても思えない。

 

尤も、ここでそう言う指摘をしたところでモモイが止まる性格ではない事を知っている一方通行は何も言わない。

むしろ、それでやる気が消滅した結果本当にミレニアムプライスまで無気力を貫いてしまう可能性を彼女は秘めている。

 

少なくない交流回数を経てモモイの性格を十二分に見抜いている一方通行は、G.Bibleを求める理由だけを聞くに留める。

 

「そもそも、それが手に入はいったとしてその後どうするってンだ? まさかゲームが一本丸々入っているみたいな話じゃねェンだろ?」

 

「うん! 私達はG.Bibleを呼んで、極意を学んで、それで『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作るの!!」

 

満面の笑みで持論を語るモモイに、一方通行はそォかよとだけ返す。

『テイルズ・サガ・クロニクル2』それがミレニアムプライスに出す予定のゲームの名前らしい。

どこかで聞いた事があるような無いような、もしくは聞いた事のある部分だけを抽出して名付けられたようなタイトルだった。

 

とはいえ動機は何にせよ、状況は何にせよ、今のモモイは凄まじくやる気に満ちており、G.Bibleがあるか無いかはともかく、ここは彼女の勢いに任せて進んだ方が得策と一方通行は判断する。

 

なので彼は先頭を進み始めたモモイの後を追うべく、いつまでも無駄話を続けているミドリとヒナに声を掛けようと背後へ振り返った瞬間。

 

「あっっ」

 

と、言う何かやばい物を見つけてしまったようなモモイの声を聞いた。

彼女が放った良く無さそうな雰囲気の声に一方通行はもう一度身体を向き直らせ、そして。

 

モモイの方をジッッと見つめる一機の人型ロボットを目撃した。

 

「~~~~~~~~~~~!! ~~~~~~~!!!!」

「わっっわぁぁああああ!? な、なんか怒ってるッッ!?」

 

ロボットはモモイを見つけた途端、理解出来ない言語を発し始める。

それが何なのか一方通行には理解出来なかったが、事象がそれを説明する。

ゾロゾロと、何台もの何台もの人型ロボットが、モモイのいる場所へと集まり始める。

 

まるで、侵入者を見つけ、迎撃する為の応援を要請するように。

 

「モモイ!! こっちに来やがれ!!」

 

良くない現象が起きていることを早急に理解した一方通行は、彼女を自分がいる方へと呼び戻さんと叫ぶ。

彼の怒号はモモイに自分が今次に何をすべきなのかを明確にさせる事に成功したのか、慌てて彼女は少し後ろにいた一方通行の方へと合流する。

 

それは、後ろで未だ変な言い争いを続けていたミドリとヒナも同様だった。

方通行のただならぬ叫び声に二人は驚いた表情で意識を声がした方に向け、すぐさま状況を把握しては一方通行の下へ合流する。

 

「な、なんだか凄い狙われてない!? お姉ちゃん何したの!?」

「知らないよ! 歩いていたら見つかったの!!」

「見つからない様に進むとか潜入作戦みたいでワクワクするけど冷や冷やもするね! とか言ってた少し前の自分の発言はどこ行ったの!! 全然見つかってんじゃん!!」

「後ろでゲヘナの委員長と遊んでたミドリに言われたくはないよ!?」

 

自分の事を棚に上げて好き勝手言わないでと叫ぶモモイと、遊んでた訳じゃないから! と、心外そうに反論するミドリのいつもの姉妹喧嘩が繰り広げられる中、それをうっすらと聞く一方通行はそんな下らない話をしている場合じゃないだろと叫びたい気持ちを必死に抑えながら危機的状況に舌打ちする。

 

相手は人型ロボット。おまけにどこからどう見ても重装甲型。それが見る限りで十機以上。

わらわらと集まり始めた所を見るに放って置けば数がどんどん膨らんで行くのは想像に難くない。

 

対抗して一機一機破壊しようにもこちらが所持しているのは銃。

つまり『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

効果があるかどうかすら怪しく、効果があった所で劇的なダメージが期待出来る状況でもない。

十発二十発で行動不能まで追い込めたら良い方、下手すればもっと弾数が必要かもしれないし、そもそもそれだけ撃ってもまったくの効果無しさえあり得る。

 

おまけにこちらには弾切れという概念まで付き纏っている。

運良く少ない弾数で破壊出来た所で、増援さえ予想される重装甲のロボット全機を相手に戦えるだけの弾数があるかどうかは完全に未知数と言って良い。

不利どころの話では無かった。

 

但し、これは銃という武器でこれらと戦うならばの話。

それ以外で戦うとなれば、話は違う物となる。

 

(コイツ等は見てくれは人型に作られてるが実態は与えられた命令プログラムに沿って動く無人兵器。つまり人じゃねェし中に誰かが乗ってる訳でもねェ……。なら、使()()か……?)

 

一方通行は逡巡する。

彼が持つ超能力、ありとあらゆるベクトルを観測し、変換する能力『一方通行(アクセラレータ)』はミサカネットワークの補助が満足に行き届いていない為使えない。

しかしそれ以外の力。能力とはまた違う方向性から発現したとある力は、ミサカネットワーク無しで発動が可能であり、それは今の自分の状況でも例外では無い。

 

キヴォトスにやって来て以降使った試しもなければ使えるかどうか試した事も無い。

だが確信はあった。この力を自分はキヴォトスでも振るえると。

 

今まで自分が相対した相手は生徒が殆どでありこの力を使用するような事はしなかった。

人型ロボットを相手にした際は屋内であり中に生徒がいた事もあって使おうとすら思っていなかった。

 

だがここは屋外、被害が広がる心配も無い。相手も機械仕掛けのロボットのみ。

今まで使用を躊躇っていた枷は、ここでは一切の必要が無い。

そこまでの判断は、一瞬だった。

 

よって彼は一歩、今から使おうとする力がミドリ、ヒナ、モモイの三人に悪影響を与えない様、一歩前へと足を踏み出す。

その、一瞬の間に。

 

バサッッッッ!! と言う音が響いた。

 

一方通行は、まだ何もしていなかった。

故に、音の発生源は一方通行では無かった。

一方通行からではなく、その後ろから。

置き去りにするように歩いたその場所から。

 

大きな羽を広げたような音が、空間を切り裂くように広がる。

 

「ターゲットは確認した」

 

背後から、冷静さと冷えるような感情が合わさった声が聞こえ、

直後、その声の主は、背中に生えた大きな紫色の翼を威嚇するかの如く広げる空崎ヒナは一方通行よりもさらに一歩、彼を守る様に前へと出た後、身の丈程もある自身の専用機関銃、『デストロイヤー』を前方に構え、

 

「どれくらい耐えられるか見物ね……」

 

ガガガガガガガッッッ!! と、骨の芯まで響くような轟音を迸らせながら破壊的な弾丸の嵐を重装甲ロボット目掛けて乱射し始めた。

 

ビリ、ビリ……と、痺れるような余波がヒナの背後にいる一方通行にも襲いかかる。

杖とそれを持つ右手でフラつきそうになる身体を支えながら、同時に一方通行は目の前の状況に驚愕した。

 

ヒナの銃撃を受けたロボットが一機残らず、当たった部分からバラバラになって吹き飛んでいる。

弾丸の一発一発が重装甲を破り、そればかりか貫通してはその後ろにいたロボットの装甲をも貫通し尚も突き進んでいく。

 

完全に規格外の威力だった。

否、それは最早人間が手に持つ機関銃が放てる威力を遥か超過していると言って良い状況だった。

大砲でも乱射しているのかと見紛う程の光景が、一方通行の目の前に広がる。

 

(どォなってンだ……!? 俺の見る限りあれらの防御力は本物だった。だがヒナの奴、そンなの関係無ェとばかりに豆腐みてェにボロボロにしてやがる……! 学園都市製でもこれだけの威力を出す機関銃は人間が持てる中には存在しねェ! これもヘイローを持つこいつらが宿す力の一つだってのか……!?)

 

散々、散々彼はキヴォトスにいる生徒の異常性を認識している。

だが、その認識はまだ甘かった。

甘かったのだと、一方通行は痛感する。

個人差こそ大きいが、弾丸一発が命中しても「ちょっと痛い」で済ませる耐久性。

百キロにも及ぶ荷物を軽々と持ち上げてしまう身体性。

そして、目の前でヒナが起こしている銃撃による大破壊が語る特異性。

 

一方通行はこの現象を起こしたのは銃による力だとは思わなかった。

何故なら彼の銃もまたキヴォトス製。それもキヴォトス随一の科学力を持つ『エンジニア部』が拵えた特別性だ。

 

だが、彼の銃ではヒナが見せたような威力は出ない。

何度使っても、彼が知っている威力の範疇内に留まる力しか彼が持つ銃は持っていなかった。

 

ヒナが持っているのは機関銃で、一方通行が握っているのは拳銃だから。

その程度では説明が付かない程の大きな力の差がここで巻き起こり、彼を内心戦慄させる。

 

気が付けば、やって来た十数機ものロボットは全滅していた。

一機残らず、見るも無残な程に破壊し尽くされている。

 

「先生、駆除は終わった。先に進むなら今が最適」

 

一つ息を吐きながら、広げていた羽を閉じてヒナが振り返りながら言う。

確かに彼女の言う通り、一旦脅威は去った物の、ここでモモイを見つけたロボットが応援を呼んだ事実は変わらない。

いつまでもこの場所に留まれば、その内また何機かのロボットがやって来るに違いない。

 

「モモイ、目的の方向はどっちだ」

 

なので彼は簡潔にモモイに進む方向はどっちかを聞いた。

その言葉にモモイはあっち! と、進む方向を指差す。

 

「見るからに怪しげな建物があるな。ありゃァ……工場か?」

 

モモイが差した場所に目を向けると、破棄された工場施設が目に入った。時間にして十分程度は歩く必要があるだろうか。

あんな場所にG.Bibleがあるかどうかは不明だが、一旦の目印としてあそこを目指すのは悪くない選択肢と言えた。

 

良しと、一方通行は決断する。

 

「ひとまずモモイが差した工場に進む。だがあれだけ音を響かせて暴れたンだ。ポンコツ共は次々にやって来る可能性が高ェ。襲ってきた奴は順次排除して進む。モモイ、ミドリ、ヒナの順で前へ出ろ。俺が最後尾を進む」

 

了解。と、一方通行の指揮に三人の声が重なる。

 

自分が殿を務める理由。それは自分がこの場で最も役に立たないという理由以外に無い。

 

対人であればこの世界でも一方通行は一方通行なりにまだ戦いようはあった。

この世界の構造的に他の少女達とは圧倒的に実力に開きがある中でも、銃は効果が薄いなりに通じるし、何より相手の意思と感情に揺さぶりをかける事で戦況をコントロール出来る。

経験によって、彼は今までその差を無理やりに埋めていた。

埋める事に成功し続けていた。

 

だが、今相手にしているのは揺さぶりが効かず、自分が持つ武器では傷一つ付けられないであろう兵器群。

能力を使えない彼にとって天敵に等しい存在。

この世界で出会う、初めての圧倒的な壁。

勝てない存在。

 

(チッ、能力、か。使えないなら使えないで戦い方を模索するのが普通だが、ここまで圧倒的に戦力的に開きがありすぎるンじゃ模索しようがねェ……!)

 

イラつく気持ちを声にも顔にも出さず、彼は一人無力さに嘆く。

どうにか出来れば良いのだが、今の彼はそのどうにか出来る方法が思い付かない。

一方通行が宿すもう一つの力ならば撃破は容易だろうが、それはこの場所での話であり、ここ以外の場所であの力を満足に使えるタイミングが常に訪れるとは彼自身思っていない。

 

いつかどこかで、手詰まりになる日がやって来る。

このロボットとの邂逅は、一方通行にいつかそうなる未来を予感させた。

そうなる未来がやって来ると想像出来てしまう程に、ヒナが見せたパフォーマンスは圧倒的だった。

キヴォトスの生徒と一方通行の間には遥かな実力の開きがあると言う淡々とした事実を、まざまざと一方通行に叩き付けた。

 

(まさか、強さを取り戻してェ、なンて思う日が来るとは思わなかったなァ)

 

自嘲気味に笑いながら、先を進み始めた三人の後を追うように杖をつく。

強さを取り戻す。言葉にすれば簡単だがそれが出来れば苦労はしない。

前に一度、過去に一度だけ。使えるかどうか、たまたまオフィスで当番をしていたユウカに協力を申し込み、実験した事がある。

結果は、とてもではないが実戦で使えるような物では無かった。

 

結論として、力を満足に使う為にはどうしても己の演算を補助してくれるであろう何かを見つける必要があった。

だが、そんな便利な代物がおいそれと転がっている訳では無い。

 

パっと頭に浮かぶのは『エンジニア部』の三人に制作して貰うがあるが、彼女達は彼女達でもう十分世話になっている。

これ以上迷惑をかけるのは憚られた。

加えて、この三人に頼れないもう一つの理由がある。

 

一方通行は、自分がこの世界の法則とはぶっ飛んでいる未知の力である『超能力』を使用出来る事を話していない。それはヒビキ、コトリ、ウタハの三人も同様だった。本当の例外として実験に協力して貰ったユウカにだけ、自分には変わった力があるという事実のみを伝えている。しかしそこまでであり、それ以上は何も話していない。

 

能力を話す場合、彼は首に付けているチョーカー型の電極、及びそれが及ぼしている効果についても説明する必要が発生する。

それは、相手に生殺与奪の権利を渡すのと変わらない程の行為だ。

三人を信用していない訳ではないが、おいそれと語れる内容では無い。

 

能力による自衛が出来ない今、これを外部に漏らす事による見返りと零した事による危険性では、危険性の方が遥かに大きいと一方通行は判断している。

 

尤も、零さなければこの状況の打開が出来ないのもまた、どうしようもない事実であった。

そして、それらを組み合わせて導き出される結論はやはり。

 

手詰まり。だった。

 

(…………、クソが)

 

危険を冒さなければ道は開けない。

だがその際のリスクは無視出来ない。

自分自身だけではなく、話した相手に降りかかるリスクもある。

 

あの三人に、そこまでの重荷を背負わせることは出来ない。

しかし、現状あの三人しか頼れる相手はいない。

 

「……先生、大丈夫ですか?」

 

ふと、声が聞こえた。

顔を上げると、考え事をしている間に進む足は遅くなっていたのかモモイ達との距離が開いていた。

その様子を心配そうに振り返って声を掛けて来たミドリに、良いから行けと手振りで教えながら彼は歩く速度を僅かに早める。

 

まぁ、今はこれ以上考えても仕方ないかと一方通行はこの事についての思考を止めた。

ここでやるべきことは他にある。まずはそちらを優先するのが先決だ。

不本意ではあるがここでの戦闘は彼女達に任せようと、彼は銃撃戦が始まった時に邪魔にならない距離を保ちつつ少女達の後を追う。

 

それが今の彼が出来うる最大限の補助行動だった。

学園都市最強と謳われた力を宿す彼は、その力を使えないまま前を進む。

いつかどこかで決断しなければならないという、大きな分岐路を前に精神を立ち止まらせて。

 

しかしその感情を一切表に出さないまま、一方通行は、四人は破棄された工場へと向かい始める。

 

眠り姫がいる、工場へと。

 

 









少女達は先生に淡い想いを寄せる一方で、先生は先生でクソデカ激重感情を生徒に向けているのを少女達は知らない。きっとそれは、最もその寵愛を受けたであろう才羽ミドリでさえも、先生から向けられている感情の重さに気付く事すら出来ないまま、少女達は自分達の想いに気付いてと先生に愛を送り続ける。

こんな煽りで始まるあとがきですが別にCパートとかではございません。

ヒナちゃんがパヴァーヌでスポット参戦です。
実はこの形態。ミドリ、ハルナと続いているお決まり枠だったりします。
どこまで同行するかは未定ですが、ミドリとワチャワチャしている様子は書いてて面白かったです。ヒロイン二人がバチバチしあう構図、堪らないですね。好きです。

そして話を戻して一方通行。愛と言うか覚悟の方向性が基本的にガンギマリなので自分の身なんて二の次に動く奴だと思っております。今回の話では何も起きませんでしたがいざ危機が訪れれば前に躍り出たりなんやかんやし出します。そしていつかどこかでこのヤバイ感情が表出する場面が本編でやって来ます。その時に少女達がどれほどの感情を見せるのか、今からがとっても楽しみですね。

この作品は恋愛SSです。
スパイスとして戦闘や血や涙や謀略や地獄があるだけで。

ここで一方通行さんの旧約最終巻時点及び現時点での好感度パラメーターを文章に起こしてみましょう。彼は1~100の%で好感度を表すような奴ではなく5段階評価とかでサックリと決めるタイプだと思っています。

好感度マイナス
敵側に抱く感情、木原や垣根等が該当。ブルアカ世界ではまだ邂逅してませんがゲマトリアもこのランク。基本的に殺害も容赦しない。しかし生徒が見ている場所では半殺しで留める模様。ただしブチ切れると見てても容赦しない。

好感度0
一般人、とある、ブルアカ世界問わず名前なしのモブが該当。
ブルアカ世界の生徒は頑丈なのを知っているので最低限命が保証されるラインまでは守るがそれ以外はあまり干渉しない。敵側に回っても容赦しないが気絶までで済ませる。

好感度1
同僚、戦闘要員。
とある世界における『グループ』が該当。好感度は違うが位置づけとしては番外個体、便利屋68やハルナ、ワカモ達も一方通行はここに入れている。
好感度は0より上なのに命の心配をして守ったりはしない特殊位置。
しかしそれはある意味として頼っている証拠ではあるので彼の中ではそれなりに重要。

好感度2
知り合い枠。
ブルアカ世界においては一方通行が苗字呼びしている生徒が該当。
敵対存在によって命の危機に瀕した際、その身を賭して守るべく一方通行が動こうとする程の影響力を持つ少女達。


好感度3
日常枠。
とある世界においては芳川、黄泉川が該当。
ブルアカ世界においては名前呼びしている生徒が該当。
便利屋68も全員名前呼びされているが、彼女達は特殊な為3ではなく1と2の両方に属す物とする。ハルナ、ワカモは普通に3として一方通行の中でカウントされている。
敵対存在からは傷一つたりとも付けさせまいと尽力する程に一方通行が意識的、無意識的に重要視している存在で、その代償に自分の身がどうなろうが二の次で良いと一方通行は決めている。
腕吹っ飛ぼうが片目失おうが守れたなら安いとまで言い切り始める。
ここら辺から彼の覚悟が少女達の望まない方向にキマっていく。
しかし現状好感度3にいる少女は2以下へ下がる事はないので受け入れざるを得ない。
つまり地獄。
この作品はここから4に上がる少女がいるかどうかを見届ける話でもあります。
つまり地獄だね。

好感度4
絶対防衛枠。
現状『妹達』のみが該当。番外個体は1と4の両方に属す存在。
危機的状況に陥った際何があろうと絶対に守るべく優先的に動く。周囲への被害を人的被害を除いて気にしなくなるのもこの辺から。
『妹達』がブルアカ世界にいないのが救い。
彼女達がいたら物語が終わっていた。
生徒達の恋模様が片っ端から玉砕してしまうという意味で。
勝てないよ身を引いて行くよ当然だろ!? 当人である一方通行は微塵たりとも『妹達』にそんな感情を抱いてないけども!

ちなみに『とある科学の一方通行』でメインを張ったミサカ10046号は一方さんに惚れてて欲しいなと思っている。います。


好感度5
殿堂枠
『打ち止め』のみ該当
ありとあらゆる全てにおいて優先される事柄であり彼の存在意義の一つである。
ただ殿堂入りなので誰もこのランクに上がって来る存在はいません。
どれだけ望もうともここに入る込める生徒はいません。
残念。

以上が現状の一方通行好感度評となります。
わぁ、既に不穏。


最後に余談ですが彼が愛用しているいつもの白い服は先の突撃事件の際にモモイによって見事に汚された事により絶賛洗濯機にぶち込まれており、現在彼はシャーレ内で適当にあった白いシャツに着替え、その上からシャーレの制服を着込んでいたりします。

まあ特にそこで何かイベントがある訳でもないです。
まさか不在である事を好機として洗濯機の中にある彼の服を取り出して臭いを吸うド変態がシャーレにいる訳がないでしょうアッハッハ。




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能力実験(イマジナリーレポート)

 

 

 

 

 

「ユウカ、少し見て貰いてェ物があるんだが、時間、今あるか?」

 

シャーレのオフィスで仕事をしていたある日、ふと先生が珍しくユウカを誘った。

先生は願い事を頼む時は基本強制的で、了承を得るような慎ましい事はしない。

 

故にユウカはその言葉を聞いた時、物凄く戸惑い、すぐさま二つ返事を返し、先生が立ってる場所まで行こうとして。

 

「って、炊事場じゃないですか。どうしたんですか先生。まさか料理でもしてくれるんですか?」

「俺がンなことする奴に見えンのか?」

「見えませんし見た事もありませんけど?」

 

分かってんなら一々変な事言うな。とユウカは先生からお叱りを受ける。

 

どちらかと言うとここはシャーレのオフィス内では比較的自分の場所だ。

料理こそしないものの、洗い物とかコーヒーを淹れたりとかしてるのは自分だ。

そんな場所に連れて来て今時間良いですか。なんて聞かれたらそんな事を口走りたくもなる。

 

(いやまあ料理もやれと言われたなら出来ますし何なら食べさせてあげたいですけど? 先生の食生活ダメダメですからむしろ作ってあげた方が良いのかもしれないかも? あ、それ意外と良い事思い付いたな私)

 

等と余計な事が頭に過るが、一旦それは他に置いておくとする。

と言うか明日以降の課題としておく。

 

今は忘れておこうとユウカは湧いた雑念を振り払い、一体この場所で何をしようとしているのか考える時間に突入する。

時々先生って良く分からないことするのよね。等と失礼な事を頭に浮かべながらユウカは先生の発言を待ちつつ、彼の横顔を覗き見て、

 

普段滅多にしないであろう真剣な顔をしている事に、気付いた。

 

「……ぁ、……ぇ?」

 

言葉が、急に出て来なくなった。

見惚れたとかじゃなかった。

茶化す気持が溢れて来たとかでもなかった。

 

ただどうしてか、圧倒された。

 

今ここで、自分は喋っちゃいけないんだという、謎の義務感がユウカの中に何故か芽生えた。

 

「少し、俺の左手を見てろ」

 

静かになってしまった空間で、先生が蛇口を捻りながらユウカにそう告げる。

ユウカは、何も言えなかった。

蛇口から流れる水の音が、世界に広がる。

 

水の勢いはそこそこ。手を洗うには十分な程度と言ったぐらいだろうか。

強くも無く、弱くも無い。

 

水を出して、自分を呼び出して、見てろとだけ指示を飛ばして、一体先生は何をしようとしているのだろうか。

 

答えの見えない問題を出されている気分だった。

自分だけが知らない問いかけを出されている気分だった。

 

本当に、一体先生は何がしたいのだろう。

黙って見てろと言う先生の指示に従いながらも、ユウカは心の内側で彼の意図を汲もうとしている矢先。

 

スッ、とおもむろに彼の左手がゆっくりと水の方へ伸びていく。

一見すればなんてことない、ただ手を洗おうとしているだけの行為。

 

誰の目にもそう見えたし、ユウカの目にもそう映った。

 

彼の左手が、手の甲が水に触れる。

水は彼の肌の上を容赦無く流れ落ち、彼の手に付いている汚れを洗い流していく。

やはり、それだけだった。誰がどう見ても普遍的な行為だった。

 

この行動にどういう意味があるのか。

訳も分からぬまま、言われた通り彼の左手を凝視し続けていると、

 

「ぇ……?」

 

突然、落ちている水が、バチャンと跳ね始めた。

つい一秒前までは無難に手の甲を流れていた水が、今は先生の手の甲に当たった瞬間、流れ落ちるのではなく円形に跳ねるように飛び散っている。

 

「ど、どういうこと……!?」

 

思わず身を乗り出し、観察する。

一瞬、見間違えを疑った。

 

だが、確実に水は先生の手で弾かれ続けていた。

 

不可思議な、現象だった。

種も仕掛けも無い手品を見ているような気持ちになる。

 

凄い……。

と、どこか感慨そうな物を見る目で、ユウカは水を弾く先生の手を観察し続ける。

 

だが、それも暫しの間だけだった。

観察を続けていたユウカの目に、

 

異変が映る。

 

「……ぇ?」

 

ガク……ガクッッ! と、彼の左手が不規則に大きく痙攣を始めた。

先程までまっすぐと伸ばされていた左手が、パシャ……パシャッッ、と、流れ落ちる水流から大きく逸れ始める。

そして、先生はその事に気が付いていないかの如く、訂正をしないまま左手を差し出し続けていた。

 

おかしい。

おかしい。

おかしい点がいくつもユウカの目が観測する。

 

どうして先生の手が大きくブレ始めたのか。

どうしてそこに修正行動を挟まないのか。

どうして突然手が激しい痙攣を始めたのか。

 

何か異常な事が起きている。

良くない事が起きているのだと咄嗟に感じ取ったユウカは、半ば反射的に先生の顔を見て。

 

「ッッ!?」

 

彼の額から夥しい程の汗が流れている事に気付いた。

目を閉じ、集中していると思わしき先生の身体は、何か大きな異常に包まれていた。

 

「先生? 先生ッ!?」

 

思わず、黙って見ていろと言われた言いつけを破って声を掛ける。

しかし、先生からの反応は無かった。

 

まるで聞こえていないかのように、彼女の言葉に反応一つ返さなかった。

事態はそれだけに留まらない。

 

ふらっっ、と、彼の身体が右に揺れ、体重が右に偏り始めた。

その状況下で彼は、右手でついている杖を使ってバランスを取ろうともしない。

身を任せる様に、彼の身体は大きく大きく右へと傾いて行き、

 

そして。

 

「危ない先生!!!」

 

地面に頭から倒れる直前、ユウカによって彼の身体は支えられた。

ギュッッ!! と、後頭部と背中を優しく抱き留められる。

 

軽い……。

 

先生の身を受け止めた瞬間に覚えたのは、そんな感情だった。

一瞬、先生を抱きしめた状況にユウカは呆ける。

 

しかし次の瞬間には。

 

「先生! 先生大丈夫ですか!? 先生!!!」

 

理性を取り戻し、必死に声を掛け続けた。

彼女の必死な呼び掛けは、奇跡的に届いたのか、

 

「……ッ、ぐッ! あ……ァ? どォなって……ッ!」

 

数秒後、彼は頭痛に苛まれたかのような苦い顔をありありと表情に刻みながらゆっくりと目を開け、唸った。

良かった、生きてる。

彼が目を覚まし、声を発した事によりユウカは大きな安堵に包まれる。

 

「先生! 先生! 良かった! 急に倒れて私、どうすればいいのか分からなくて……! 心配でッッ!! 頭がどうにかなりそうでッッ!!」

 

うっすらと目に涙を浮かべて先生を支えるユウカは、上手く言葉に出来ないまま、それでも何かを先生に伝えたそうに何度も口を開く。

 

何もかもが突然だった。

どうすれば良いのか分からなかった。

出来たことは、呼び掛けるだけだった。

 

不甲斐なさと、申し訳なさと、無力さと、どうしようもない安心感が纏めて襲い掛かる。

 

だが。

 

「ァァ。ユウカか。って事は、俺は無様に倒れたって事かァ?」

 

対する先生が放った言葉は、ユウカにとって驚愕に値する物で、安心感なんか抱いている場合じゃない事を、無情にも突き付けるような物だった。

 

直近一分程度の記憶が全て無いかのような発言を先生はしている。

そればかりか、今やっとここにいるのが誰なのかを知ったような、そんな第一声を先生は放っていた。

 

ますます、ユウカの頭に疑問が浮かぶ。

どういうことなのか分からない。

水が突然跳ね始めた現象と関係があるのだろうか。

それすらも分からない。

 

関連性の無い二つが関連していそうな気配がある。

ユウカが分かるのは、それぐらいだった。

 

「さっきの俺はどォなってた?」

「どうなってたって。先生自分で気づいていないんですか!?」

 

しかし先生は彼女が混乱している事など承知のように疲労を隠さないまま質問を始め、その様子にユウカは驚きを露わにしながら思わずそう聞き返した。

 

先に立てた予想は正しく、本当に先生は自分自身が倒れた事を倒れた後になって知ったようだった。

おかしい。

やはり今日の先生はおかしい。

 

何もかもがおかしい。別人みたいだとは言わない。

けれど、自分達とは見ている世界が違う気がしてならない。

そんな雰囲気を、今の先生は纏っているとユウカは感じる。

 

怖いではない。

恐ろしいでもない。

ただ、どうしようもない不安が、ユウカの内に宿る。

 

なのに。

 

「お前の口から説明が欲しい」

「ッッ!!」

 

瞬間、ユウカの心臓が高鳴る。

大きな音が自分でも聞こえてしまいそうな程の鼓動だった。

 

見た事の無い弱々しさが垣間見える声でそんな事を言われた。

まじまじと見る彼の顔が、いつもより儚げだった。

 

たったそれだけなのに、それだけで抱いていた不安が吹き飛び、代わりに違う気持ちが心で騒ぐ。

どうしてこんな場面でトキめいているのか不思議だったが、自分の気持ちに嘘は付けない。

顔が赤くなるのを抑えられない。

全身が、変に震える。

 

あまりにもズルイ人だと、ユウカは心の中で断じた。

そのギャップは、出来れば他の人には見せないで欲しいとも。

 

「え、えっと。水の中に入れてた左手が突然ブレて。手を洗う事が出来ない程に痙攣して、その次に凄い汗が先生の顔から出て、それで……」

 

自分の体調がおかしい事を把握しつつ、と言うか先生によっておかしくさせられたのを把握しつつ、それでも頼まれた事は確実に遂行するのが彼女、早瀬ユウカである。

 

簡素に、そして的確に、目の前で何が起きたかをまだ恐らく完全に頭が回っていないであろう先生にも伝わる様に言葉少なく伝える。

 

その彼女の努力はしっかりと通じたのか先生はハッ、と自身の情けなさを軽く笑うように乾いた声を上げた後、ユウカが次に発しようとした言葉を奪う様に、

 

「無様にバランス崩してぶっ倒れたって訳か」

 

そう、続けた。

 

はい。と、彼の言葉にユウカは肯定するが、先生の顔に倒れた事に関する驚きは無かった。

むしろ、それは当たり前であるかのような口調だった。

倒れる事は半ば前提にあったような態度だった。

 

となると、彼が聞きたいのは倒れた経緯ではなかったらしい。

じゃあ、本当に聞きたかったのは、と、ユウカがこの質問において先生が何を聞きたかったのかを理解した瞬間。

 

「まァそれ自体は想定済みだ。で、どォだった。俺の左手に何か変化はあったか?」

 

ユウカが考えていた事と同じ言葉が先生の口から飛び出した。

やっぱりと思いながら、ユウカは目で見た信じられない現象を説明しようと言葉を選び始める。

 

しかし、どう説明すれば良いのだろう。

水が跳ねた。それは表現の一つであり、あの状況を指す的確な言葉ではないだろう。

水が突然逃げ始めた。これも正しくはないように思える。先生の手に水は落ちていた訳で逃げた訳では無い。

先生の手に当たった水が弾かれた。ユウカとしてはこれが一番しっくりくる説明なのだが、果たして本当にこの説明で良いかどうかと言われると不安が残る。自身の目で見た限りでは弾かれている様に見えたが、実際に起きていた現象とは違う様に思えてならない。

 

ユウカは迷う。

何が良いのか。

どれが正解なのか。

どう言えば正しく伝わるのか。

 

時間にして二秒ほどユウカは考え、それでもまとまった、自分にとって納得の行く結論は出て来ず、しかし黙っている訳にもいかないと、ユウカは己の見たままを伝える事を決断した。

 

「その、信じられないんですけど、先生の手を濡らしてた水流が、ある時から突然跳ねて……」

「何秒後だ?」

「えっと……確か、七秒は掛かった筈です。その七秒後、ぐらいに、さっきも言いましたけど突然暴れる様にバチャバチャと水が散り始めて……」

「俺の手に当たる寸前で水が反射したように見えたか?」

 

それだ。と、ユウカは先生が語った現象が一番見ていた内容に近いと、彼の言葉を肯定するように三回ほど首を縦に小刻みで振った。

 

ユウカの頷きに、先生はそうか、と小さな声で呟いた後、ユウカの肩を借りながら身体を持ち上げる。

なんだかそれもちょっと嬉しいのは内緒だ。

頼られるのって、悪くないなと少し心を躍らせていた矢先、

 

「何ニヤケてンだ」

「いえ!? な、なんでもないですけど!?」

「声裏返ってンぞ……」

 

無意識に笑みを零していたユウカの顔を見た先生から、そう堂々と指摘された。

咄嗟に誤魔化そうと反論したが、咄嗟過ぎてそれも無理だった。

 

焦るユウカを他所に先生はまぁ良いと言いながら、杖で態勢を整えつつ。

 

「生命維持に必要な最低限の機能以外全てを演算に回して、事前に反射する物の定義を出力してやっとその程度か……。超ギリギリのレベル1って所だなァ。まァあった所で役には立たねェが」

 

そんな事を、独り言のように口走った。

それをユウカは聞き逃さなかった。

レベル1。単語から察するにゲームのレベルの話だろうか。

だとしてもこの状態からその言葉が選ばれる意味が分からない。前後の関係も不明だ。

先生がゲームをモモイ達と嗜んでいるのは知っているが、この場面であの子達の話題が出てくる意図は分からない。

 

となると、何か別の意味を含んだ言葉なのだろうか。

先生が放った言葉を、『演算』と言う単語も含めて彼女なりに咀嚼し思考していると。

 

「要するに俺も少しばかり特別って話だ」

 

見透かしたかのように、先生から言葉がユウカに向かって飛んだ。

 

「特別、ですか?」

「あァ、お前等が銃で撃たれても死なねェ特別があるのと同じように、俺もお前等とは別方向に特別な物がある。そンだけだ」

 

それを最後に、先生は台所から立ち去り、デスクに戻ってはまた書類と格闘を始めた。

と言っても先生の処理速度からして、残り一時間も掛からず全て片付けてしまうだろう。

 

待ってくださいと言いながらユウカも立ち上がり、仕事を手伝うべくデスクへと向かう。

そして、先生とユウカのシャーレにおけるいつもの日常が始まる。

しかしその間も、それから数日間が経過しても、ユウカの目には先生が見せた水を反射するあの現象が頭から離れる事はなかった。

 

そんな事があったなぁ。と、ユウカはミレニアムの生徒会室でトントンと書類を一纏めにしながら、十日程前にあった出来事を思い出す。

どうして今、そんなことを思い出してしまったのか分からない。

ただ、なんとなく思い出してしまった。理由としてはただそれだけ

 

(先生は今、どうしてるかな……?)

 

窓を眺め、ほんの少しばかり切ない表情を浮かべながらユウカは思いを馳せる。

今日の担当は確かノアだったわよね。

……、ノア、先生に変な事されてないわよね。

まあ、大丈夫よね。大丈夫。

うん。うん。

 

切ない表情が段々と焦りに変化する中、彼女はああでも。と、続きの妄想を始めようとした所で。

 

「二十六秒」

「ふぇ!?」

 

背後から、聞こえる筈の無い聞き慣れた声が響いた事に彼女は飛び上がり、普段出さない声を反射的に上げた。

 

「ユウカちゃんが窓を見て黄昏ていた時間です。ふふ、誰を想って窓の外を見つめていたんですか?」

 

振り返ると、そこには悪戯が成功したように微笑む少女が一人。

同じくセミナーに属する『書記』生塩ノアがユウカに語り掛けていた。

 

「な、なんでノアがここに!? あれ、今日は先生の所じゃ……」

「キャンセルされちゃいました。何かしらの用事が出来たらしいですよ」

 

優しい声でここにいる理由を答え、自分の席に座るノアに、そう。とユウカは納得しながら自分も立ち上がっていた状態から座り直す。

ノアがここにいる事。先生の所にいなかった事。その事実にどこか安堵している自分がいるのを認知しつつ、さて残りの書類を片付けようと、次の一枚に手を伸ばした所で、

 

「で、誰を想って窓を見つめていたんですか?」

 

ノアからの追撃がやって来た。

どうやら話は終わっていないらしい。

 

誰を想って見つめていたのか。そんなの答えは自分の中でとっくに出ている。

 

しかしそれを言葉に出すのはまた違う問題が降りかかる。

言えるわけがない。というか言いたい訳が無い。

 

恥ずかしくて死んでしまうじゃないか。

 

「な、何の事かしら!? ま、窓を見つめるぐらい誰でもするんじゃない? たまたまよ、たまたま!」

 

故にユウカはそんなの誰でもある事じゃないと、これでもかとはぐらかした。

徹底抗戦の意思を見せるユウカだったが。ノアはそんな彼女の姿勢はお見通しとばかりに、おもむろにしまっていた一冊のノートを取り出し、パラパラとページをある程度捲り、

 

「直近一か月の内、ユウカちゃんが一日辺りの窓を見てため息をつく回数、八回。一回辺りの平均時間は三十二秒。先生の話を嬉しそうに言う回数、五回」

「ストップノア! 降参! 降参!!!」

 

記述した内容を読み上げ始め、そのあまりにもあんまりな精神攻撃にユウカは速攻で白旗宣言を出した。

勝てない。勝てる相手じゃない。

バタッッ! と顔を机に突っ伏して白旗を振る様に右手を振る様は、中々に哀愁が籠っている。

彼女の顔は真っ赤だった。そんなに窓を見つめていたのか、そんなに先生の事を話していたのか。自覚していなかった事実を語られ、彼女の恥ずかしさが上限を迎える。

 

「ユウカちゃんは先生が大好きなんですね~」

 

そして追い打ちが入った。

この生塩ノアと言う少女、容赦と言う概念がどこかへ行ってしまっているらしい。

 

「なっっ!? そ、それは……それ、……は……っ」

 

バッと顔を上げ、思わず反論したい気持ちにユウカは駆られる。

しかしそれも一瞬だけ。

言っても又何か別の材料で反撃されると知っているユウカは次の言葉が言えなかった。

 

違うと言えば、また別の反撃が待っている。

今ですら限界なのに、これ以上攻撃されたら今度こそ穴に入ってしまいたくなる。

 

「うぅ、ううぅううううッッ!!」

 

故にユウカは、

 

「わ! 悪い!?」

 

思い切って開き直る事にした。

と言うか、そうするしか生き残る道が無かった。

 

「まあ知ってますけどね」

「もおおおおおおおおおっっ!!!」

 

トドメの一撃に、ユウカは今度こそ撃沈する。

ユウカにとっては不意に訪れた災難な一日。

 

しかしそれは、ミレニアムが見せる間違いなく平和な日常の一幕だった。

 

 

 

 

 

 










番外編です。
一方通行の現状について語られております。

パヴァーヌなのにパヴァーヌが全く進んでないです。場面転換すらないです。
でもこれいつかどこかでやらなきゃいけない話だったから……! 

本来ならパヴァーヌの話も進める予定でしたが、予定より大分ユウカパートが膨らんだのでじゃあもう一旦ここで区切る事にしました。

次回から本編に戻ります。


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眠る少女

 

「あれ? ロボット達が追って来なくなった?」

 

廃墟で向かって来るロボット達を破壊しながら工場まで辿り着いた一方通行達は、この中を探索する為にも一旦追って来るロボットを破壊しようと入り口で迎え撃つ準備をしていたが、一向にロボットが来ない事に疑問を感じたモモイがそう全員に質問する。

 

確かに。と、一方通行もモモイが言う状況のおかしさに眉を潜める。

先程までイヤになる程襲って来たロボット群は、彼等がこの工場に辿り着いた途端、まるでここが進入禁止エリアかのように寄り付かなくなった。

 

破壊したロボットの数は六十機を超える。

通って来た道を見渡せばその残骸はあちらこちらで転がっているだろう。

それで全滅させた。だから追手は来なくなった。とかならば話は早かったのだが、彼女達が破壊したロボットは全体の一部に過ぎない。

事実、少し前までは数え切れないロボット達が一方通行達を迎撃せんと接近と攻撃、そして返り討ちに会って大破を繰り返していた。

 

それが今、はたと無くなっている。

気配もしなければ駆動音も聞こえない。

近くにロボットがいない事をそれらが証明する。

だからこそ、今の状態はおかしいと思うのが正常だった。

 

「ここには近寄ってはいけない命令が下されているのかも。もしくは近寄れない様に何らかのセンサーが働いていると考えるのが定石ね」

 

迎撃ロボ達がやって来なくなった事態を、道中一番の大戦果を挙げたヒナが考察する。

 

「まあ何でか分かんないけど、とにかくラッキー! で、良いのかな?」

 

「何がラッキー! なの! 何にもラッキーじゃないよどこも良くないよ!! あんな沢山のロボットに追われて! 襲われてっっ! うううう!! 先生もういやぁぁああ! ここ嫌いーーー!!!」

 

ヒナの言葉に眩しさを覚える程にモモイは良い笑顔を浮かべ、能天気に笑うモモイの言葉にミドリは泣きべそをかきながら愚痴る。

 

やれ思い付きで行動して振り回されるこっちの身になってよだの、先生をこんな場所に連れて来てだの、日頃からちゃんとしてないからこんな最終手段に出なくちゃいけないだの、ああだのこうだのを次々と愚痴り始める。その殆どが今回の事に関してではなく日頃の彼女の行いに関しての事だったりするのは、やはり妹として鬱憤が溜まっているからなのだろうなと適当に一方通行は理由を付けた。

 

「まあまあミドリ、落ち着いて。襲って来た敵は全部破壊したんだから」

「どうして戦わなきゃいけなかったのって話をしてるのっっっ!!!!!」

「え~~? でもゲヘナの委員長さんが頑張ってくれてたじゃん」

「そう言う話じゃなぁぁあああいッッ!」

 

なんともまあどうでも良い事を一方通行が考えている横で、宥める姉と厳しい指摘をする妹というお馴染みのような構図が出来上がる。

いつもの口喧嘩をする二人を見る一方通行は、日常はこうなのにどうして戦闘中は息ピッタリの抜群の連携を見せられるのか理解が出来ない。

 

ただしモモイの言う通り、ここまでの道中で最も獅子奮迅の活躍をしたのはヒナであることは否定のしようがない。

 

モモイ、ミドリも大分奮闘していたが、やはりゲヘナの風紀委員長の強さは一段階、いや二段階は飛び抜けていた。

 

モモイやミドリが撃ち漏らした敵を確実に撃破。

死角からモモイやミドリを狙う小型ドローンの攻撃が始まる前に的確に破壊。

大型の重装甲相手には率先して攻撃を仕掛け、三人がかりで確実に処理していく処理能力の高さ。どれをとっても高水準であり、ゲヘナでトップクラスの実力を持つという肩書は伊達じゃない事をこれ以上なく一方通行に知らしめる。

 

最悪ヒナ一人でも突破出来たなと一方通行は無情にもそう評するも、一方でやはりモモイとミドリの連携力の高さは流石としか言えないと二人に高評価を下す。

 

実力こそヒナとは遥か彼方程の開きがあるが、二人の息の噛み合いぶりはある程度の格上ならば渡り合えるどころか御してしまう程度には洗練されている。

 

双子である。

それでいて性格が違う。

故に発生する戦い方の違い。

されど双子だからこそ分かるお互いが次にするであろう行動の完璧な予測。

 

二人だから出来る、二人にしか出来ない利点を最大限に生かした戦術は、ヒナがいたからこそ見劣りした物の、例えヒナがいなかったとしてもこの場を切り抜ける事は容易だっただろうなと、一方通行に確信を抱かせるには十分な力を披露していた。

 

ただし日常に戻るとこんな風に互いの折り合いの悪さが如実に顔を出し始めるが。

まァ、それも含めてコイツ等なンだろォな。等と適当に納得出来る着地点を決め、一方通行はこの考察を終わらせる。

 

「ミドリ、そろそろ機嫌直せ」

「ぅうううう、先生がそう言うなら……」

 

いつまでも膨れていたミドリだったが、一方通行が宥めると途端に素直になり始める。

その変貌ぶりに先程まで見せていた強情さは何処へ行ったんだと思いつつも、特に考えない事にした一方通行はさて、と周囲を見渡しながら仕切り直す。

 

「ここは一体どォ言う場所なンだ? ロボットが近寄らねェよう設定されてる事からして、何らかの重要施設の跡地なのは確かだろォが……」

「ならあのロボット達はここに近寄る連中を追い払う為の兵器だったってことですか?」

「かもしれねェな。連邦生徒会の連中はそれを知ってて廃墟への出入りを制限した。可能性としては十分考えられる」

 

とは言え、この工場自体を隠したがっていたという線も普通にあり得る。

ロボットが追いかけて、ある程度まで近づいたら逆に追って来なくなるように設定された工場、誰がどう聞いても怪しさ満点と言うしかない。

本来ならば近づけば近づく程攻撃は苛烈にならなければおかしい。

追い払うのが目的ならばそうしなければならない。

 

以上の事から、一方通行はミドリが挙げた可能性と自分の中で組み上げた仮説。連邦生徒会が廃墟を封鎖していた理由はそのどちらとも擁していたからではないかと仮定する。

 

何せ近づく物体を認識し集団で追いかける機械仕掛けの軍団だ。

遊び半分で入った生徒が機械によってボロボロになり意識不明に陥った後も尚、無慈悲なロボットから弾丸を浴びるような事態になりかねない。

 

そうまでしてまで厳重に守られている雰囲気があるこの工場。

ロボット軍団が入り込めない設定にされているからこそ、そこから先は人の手で守ろうと考えられてもおかしくはない。

 

人とロボット。二重で守られていた場所。

そう考えれば、案外しっくりと来る物がある。

その場合次に重要なのは、

そうまでして守りたかったこの場所は、一体何が作られていた場所なのかという事。

 

どうにも気色が悪い場所だと一方通行は感じた。

掘り起こしてはならない物が眠っているような。もしくは眠らせたままにしておかなければならない物が潜んでいるような。

 

そんなぬめりとした感触が、一方通行の胸を圧迫する。

 

言ってしまえばただの勘。

しかしその勘が訴えている。

ここには何か、只ならぬ物があると。

 

(全員で動くのが最適ではあるンだろォが、…………チッ、出来れば俺一人で先に行きてェ)

 

モモイ、ミドリ、ヒナの三人を見る傍ら、その選択肢を選びたい衝動に駆られる。

勿論言い出した所で全員から反論されるのは予想している。危険だと主張しここで待ってろと三人に向かって言えば、尚更自分達が先に行くべきだと反撃されるだろう。

 

その心情も理解するし彼女達の耐久性を考えればそれが妥当であり選ぶべき真っ当な選択である事も彼自身分かっている。

 

感情論と理性論は別。

今更そんな当たり前な事を自分自身に叩き付けられる一方通行は、下らねェなと理性的な自分を評する。

 

『接近を確認』

 

何処からともなく機械的な音声が部屋全体に響いたのは、一方通行がそんな風に自分を見つめ直していた時だった。

 

バッッ!! と、声が聞こえた瞬間一方通行は即座に意識を現実に引き戻し、左手でミドリを庇う様、腕を真横に伸ばし彼女を自分の後ろに引き下げる。

 

わっ。とミドリから驚きや何やらが多数含まれたような叫びが聞こえるがそんな事を気にしている余裕は一方通行には無い。

 

「固まれ」

 

短くモモイとヒナに伝える。

その言葉にモモイはわたわたと慌てながら一方通行の背後に回った。

だが、もう一人の方は、ヒナの方は彼の思惑とは違う方向に動く。

 

彼女は一方通行の正面に。彼を庇う様な立ち位置を貫き始めた。

当然、それを見る一方通行はヒナの行動を咎めようと口を開く。

 

「ヒナ、俺の後ろに回れ」

「それは聞けない」

 

だが彼の要求は一蹴された。

 

彼女が言いたい事は十分に伝わるが故に一方通行は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

ヒナの頑なな様子から察するに折れる気配は無い。

強引に後ろに引っ張っても良いが、そうすればそうすればで彼女も何かしらの方法を取って来るだろう。

力勝負になった場合、一方通行に勝てる要素は無い。

よって今の状況を不本意ながらも受け入れるしか無かった。

 

ままならねェな。と、愚痴るだけで留めていると

 

『対象の身元を確認します。才羽モモイ。資格がありません』

「え!?」

『対象の身元を確認します。才羽ミドリ。資格がありません』

「ちょ、ちょっとどういう事!? なんで私の名前を知ってっっ!?」

『対象の身元を確認します。空崎ヒナ。資格がありません』

「っっ! 先生、出来る限り私の近くに!!」

 

工場のどこかから聞こえる機械音声が、彼女達が誰であるかを認識しているかのように発声し、資格という意味深な単語を散らし始めた。

抑揚を見せず、感情を見せず、正真正銘の機械音声によって紡がれていくそれらの言葉は、モモイを動揺させ、ミドリを困惑させ、ヒナに警戒心を持たせた。

 

無論、それは一方通行も同じ。

彼は未だ機械に名を挙げられていない、自分に資格があるかどうか告げられ始めるまでの一瞬を用いて、様々な憶測を組み立てる。

 

資格が何なのかはともかく、全員資格が無いと分かれば排除の方向に動いて来るのか。

それとも工場を封鎖し出られなくするのか、

資格が万が一自分にあったとした場合に何が起きるのか。

もしそうだとして、結局資格がないと判断されたこの三人はどうなるのか。

 

数々の最悪を想定し、その場合どう動けば全員に危害が及ばないかを組み立てる。

そうして、十分な心構えが終わった時、

 

『対象の身元を確認します』

 

一方通行の、審査が始まる。

だが、

 

『……エラー。名称不明』

 

流れてきたのは、考えてみれば当然な回答だった。

 

「……だろォな」

 

この工場は、ここにいるのがミドリで、モモイで、ヒナである事を正確に判定した。

であれば当然、ミドリ達は何らかの形で、彼女達の意思に関係なくキヴォトスに存在する大きなデータベースに個人情報を登録されていると考えるのが自然であり、それに従って考えた場合、一方通行はキヴォトスにやって来て以降何らかの検査を受けた事は無く、必然的にデータベースに登録されている筈も無い。

 

該当データ無しとされるのは、むしろそれが普通だった。

一方通行としてはここからが本番となる。

 

これで全員が資格無しと判定された。

そればかりか自分の存在は機械にとって完全な例外とまで来ている。

敵性存在と認定されても何もおかしくない。

 

息を殺し、身構える。

何が起きても即座に動けるように。

 

周囲全てに視線を飛ばし、死角を生み出さぬ様全方位に意識を傾けていると。

 

『…………、資格を確認しました。入室を許可します』

 

淡と、そんな音声がどこからともなく流れた。

何? と、一方通行は放たれた声に訝し気な表情を浮かべる。

 

「え!? ウソ!?」

「先生は資格有り、ってどういう事……!?」

「な、なんだか分かんないけどやった! 先に進める!」

 

それは他の少女達も同じだった。

ただ一人、モモイだけは困惑よりも嬉しさが勝っているような反応だったが。

 

しかし、当の一方通行は素直に喜べる程悠長な頭を持っていない。

基本的に彼は、物事を深刻に考えてしまうタイプの人間である。

 

故に、これを良い事とは彼は思わない。

何かあると、まず勘繰る。

それが、一方通行の思考回路だった。

 

データが無い筈の自分だけが、何らかの資格が有りと判定される。

それは流れの筋が通っていない話だ。

何故データ無しである筈の自分に資格がある。

 

(それとも、それが資格有り無しの鍵なのか?)

 

思い付いた一つの可能性。

データに登録されているからこそ資格が無く、データに登録されていないからこそ資格が有る。

データに存在していない事。それは即ちキヴォトスの外からやってきている事が条件。

憶測の域を出ない物ではあるが、それならばある程度納得が行く。

 

その事については一つの決着を経た。

しかし、それ以外にも問題点がある。

つい先ほど、生み出された疑問点がある。

 

「入室って言われたけど、扉なんて入り口のこれぐらいしか近くにないよ?」

 

一方通行が考えていた疑問は、モモイが口に出す事によって全員に周知され。

 

『下部の扉を解放します』

 

その問いに対する答えかのように、タイミングよく機械音声が流れた。

 

まずい。

 

と、一方通行は一瞬でこれから何が起こるかを理解した。

周囲に扉は入り口の一か所しかない。

辺りにあるのは壁と床だけ。

当然、ここに下部にあたる扉と呼べる物は存在しない。

 

ならば、下部そのものが扉となる。

自分達が立っている場所が。

床が、言葉の通り扉になる。

 

その可能性が非常に高い事を見抜いた一方通行は、三人に今すぐ工場から飛び出せと叫ぼうとして。

 

刹那。

 

ガコッッッ!! と言う音と共に床が開いた。

開いた場所は、一方通行達がいる場所のド真ん中。

 

瞬く間に足場を失った一方通行達は、その身を宙へと放り出され、

そのまま身体を奈落の底へと落下させて行った。

 

「わっっわぁぁああああああああああああッッ!?」

「せんせっっ! きゃぁぁあああああああああッッ!!!」

 

落下に身を任せるしかないモモイと、一方通行を呼びながら悲鳴を上げて落ちるミドリ。

二人が落下していくのを間近で目撃しながら、彼女達と立場を同じくして落ち続けてる一方通行は、とにかく彼女達の下に潜り込まねばと杖を収納し、両手で彼女達二人を抱え込もうとする。

 

しかしその直前。

 

ガシッッ! と、彼の身体は一人の少女によって抱き抱えられた。

 

「ッ!? 待ちやがれヒ──」

 

そこから先の言葉は言えなかった。

待ちやがれヒナ。そう彼が言葉を言い終える前に。

 

トン……。

 

彼の身体は、否、彼を抱えたヒナの身体が、地面に軽い音と共に着地する。

どうやら、背中の翼を使って落下の衝撃を和らげたらしい。

落ちていた時間から計算するに危険視する程の距離を落下していた訳では無かった事が幸いし、ヒナも、そして彼女に抱えられた一方通行も、特に大きなダメージは無かった。

 

「へぶっっ!?」

「あうっっ!?」

 

それは同じくこの場所へと落ちていたモモイとミドリの二人も同じ。

しかし、残り二人は自由落下に身を任せていた為、大きな落下音と共に二人はそれらの悲鳴を零した。

二人の姿こそヒナが壁になっているのもあって確認出来ないが、間抜けそうな声を出している辺り、ダメージは少なそうに見えるのが幸いか。

 

……ふぅ。と、二人が無事であるのを声で確認した彼は誰にも聞こえない程度に、もしくは自分自身すら自覚してない程に小さな息を零す。

 

「先生、大丈夫だった?」

「……気ィ使い過ぎだ。次があったら俺よりあの二人を支えてやれ」

 

痛そうな悲鳴を上げている二人に目もくれず、ヒナは真っ先に彼を気遣い、対する一方通行はヒナに言っても無理な相談だろうなと思いつつ自分よりもあの二人を率先して救助してくれと頼み込みを始める。

どうにもヒナは一方通行を優先しすぎているきらいがあった。

それは状況を鑑みればあまりに普通な事なのだが、一方通行としてはあまり好ましい事ではない。

 

守られる事が嫌いとかそう言う話ではなく、助けられる相手が他にいるならまずそちらから助けてやって欲しいという思考がそうさせる。

 

なので今回の事を機に出来れば自分への優先度を下げて貰いたい。

まぁヒナ相手には効果が無いんだろうなと半ば諦めつつ、それでも一応願いは聞いて欲しいとそんな思いを込めて一方通行は提案するが。

 

「いった~~~い! お尻打ったぁぁあああッッ!!」

「うぅぅ、先生は!? 無事!? あ、無事だ良かったぁぁ……って! ヒナさん!? い、いいいいつから先生を抱き、抱き抱えッッ!!!」

 

「……、先生をこれからも優先すべきね」

「返す言葉が無ェなァ……」

 

彼の願いは、想像の十倍以上元気なモモイとミドリの声により却下される運びとなった。

ヒナと一方通行が互いに脱力するようなやり取りをする中、その二人の様子を見て震える声を出すミドリがすかさず立ち上がったかと思うと、つかつかと歩いて来てはヒナに抗議を始める。

 

「そ、そそそそうやって先生に良いカッコするのズルイ!! と言うか好い加減先生を降ろしても良いんじゃない!?」

「……まぁ、それもそうね」

「なんでちょっと惜しそうにしてるの!! 先生もビシっと言って良いんですよ!?」

「一番ビシっと言ってるのはお前だと思うンだが……」

 

一番最初、ゲヘナでヒナと会った時のおどおどしていた感じはどこに行ったのだろうか。今のミドリはヒナに対しまったく気後れする事なく堂々と意見を口にしていた。

とは言え確かに彼女の意見も正しいなと、一方通行はヒナにそろそろ降ろせと指示を出し、その言葉に渋々、何故か本当に渋々と言った感じで降ろされる。

一般的な感性の持ち主ならば、女の子にお姫様抱っこされるというのは恥ずかしさやら情けないやらちょっと嬉しいやらで色々と慌てふためきそうな物なのだが、彼女達が相手にしているのは一方通行。

降ろせとは思う物の、そこに恥ずかしいや嬉しいやらの感情は無い。

 

故に彼は無反応のまま彼は地面に降り立つ。

途端、一方通行を下ろしたヒナが、ほんの少しだけ名残惜しそうな顔をするのが見えた。

どうしてそんな顔をするのか今一理由が掴めなかった一方通行だったが、まあ自分の機嫌は自分で治すだろと適当にその思考を終わらせる。

 

そのまま一方通行はさてここは一体どういう場所かを知る為に周囲を見渡そうとして。

 

「うぅぅうううっ! 地面かたいぃいいいいいっっ! ぐすぐすっっ……!」

「……、はァ、モモイ。そンなに強く打ったのか?」

 

背後から未だ痛がるモモイの声を聞いた。

ぐすぐすと声に出して言ってる事からして身体的な異常はほぼ無いであろう事は分かっていた一方通行だったが、モモイ達を相手では見捨てる事が出来る非情な性格になれない為、嘆息しつつ未だへばっている彼女の様子を見る為に背後へと振り向く。

 

「ダメッッ!!」

「うぐォァッ!?」

 

瞬間、ヒナの両手で一方通行の目が凄い力で覆われた。

ヒナに捕まれた目元付近から、ギチギチと絶対に鳴ってはいけない音が無慈悲に聞こえ始める。

突然の暴挙と呼んでも差し支えないヒナの奇行、および容赦無しに締め付けられる目の痛みに一方通行はらしくない声で呻いた。

 

ヒナがそんな奇行に走った理由が、起き上がる事もせず無意識にお尻をこちらに向けてさめざめと涙を流すモモイを見てしまったからだというのを一方通行は知らない。

結果、ヒナのえっちな物を先生に見せたくないという反射行動によって彼は理不尽な攻撃を受けた。

 

「離しやがれヒナァッッ! 俺の目が潰れるンですがァァァアッッ!?」

「モモイ、早く起き上がって。というかこっちにお尻を向けてさすらないで。そのせいでとても先生に見せられた物じゃない光景になってる」

 

両目を抑えるヒナの手を何とか引き剥がそうと左手に力を入れつつ一方通行はそう抗議するも、彼女はピシッ! と鋭い声でモモイにそう指示を飛ばすだけで一方通行を解放しようとはしなかった。

 

駄目だ、こっちの話を聞いちゃいねェ。

ヒナの言動からこちらの発言は全て無視されていると悟った一方通行は、残ったもう一人。この場において唯一味方になってくれそうな存在。具体的には才羽ミドリに救援の言葉を投げる。

 

「ミドリッ! コイツ何とかしろッッ! 無理やりでも良いから引き剥がせッ!」

 

しかし。

 

「お姉ちゃんスカート! もうチラを通り越してモロになってるから早く直して!」

「そんな事よりも痛いって言ってる私を助けてくれても良いじゃん!」

「お姉ちゃんのお尻の痛みなんてどうでも良いからさっさと立って!」

「ミドリの鬼ィ!!」

 

肝心のミドリも助けを求める一方通行と会話せず、もっぱらモモイと姉妹喧嘩を繰り広げ始めた。

お前等が鬼だ。等と心の中でツッコミを入れつつ一方通行はヒナが解放してくれるのをひたすら待ち続ける。

 

結局、一方通行が解放されたのはそれから十秒程後の事。中々立ち上がらないモモイの姿に痺れを切らしたミドリが強引に彼女を立ち上がらせてからの事だった。

 

──────────────────

 

結局、上から落とされたとは言ってもそこまで高所からは落ちなかったんだなと、仲間内での一悶着に一応の決着が付いた所で一方通行はポッカリと一部分だけ開いた天井を見上げながら所感を述べる。

考えてみれば当たり前の話だった。

機械は下部の『扉』を開くと発声した。ならばそれが遥か深い底へと続く穴な訳が無い。

 

では、扉を潜った先であるここはどこなのか。

一方通行は何度目になるか分からない周囲の見渡しをもう一度行う。

 

光は上に開いた穴から僅かに届いており、本来真っ暗だった筈のフロアは最低限物を視認できる程度まで視界が確保されている。

薄暗い世界の隅々に視線を流すが、この中で目ぼしい物はただ一つを除いて無いと言えた。

 

欠けたコンクリートの破片。

壁に張り付いているどこかへと続いてそうな太いパイプ。

閉じ込められたかと錯覚する程に何もない四角状の部屋。

 

落とし穴に落ちた事を鑑みれば、破棄された工場としてはどれも普遍的な物ばかり。

 

ただし一つだけ。

一つだけ、一方通行達四人全員の目を引く物があった。

 

それは。

 

「扉、だね」

 

ミドリの言葉通り、一つの大きな鉄製の扉がその存在を主張していた。

落とし穴に落ちた先に待っていた部屋にあったのは、次の部屋へと導く為の扉だった。

 

回りくどいな。と一方通行は素直に思う。

そして、周囲を見渡した結果ここを開けるしか無いであろう事も把握する。

この扉が開かなかったら密室の完成だが、一方通行に焦りは無い。

 

ここからの脱出手段は空を飛んで行くしかないが、都合よく一方通行は空を飛べる道具を所持している。

この扉が開かなかったとしても、どうにも出来るなと算段を立てた一方通行は手短に三人を呼び掛け、指示を送る。

 

「ヒナ、ゆっくり開けろ。ミドリ、モモイ、何が出て来るか分からねェ。警戒はしとけ」

 

ええ、とヒナが了承しつつ扉に近づき、ミドリとモモイがコクンと頷きながら銃を手に取る。

二人が準備出来たのを見たヒナは、グッッと扉をゆっくりと押した。

ゴォォォォ……ッ、と、引き摺るような、もしくは芯に響くかのような音と共に扉が重々しく開かれていく。

 

音を立てて開く扉はその奥に広がる光景を徐々に徐々に全員に共有し、

そして、扉が大きく開かれた途端、一方通行達は空から差す見慣れた光に目を眩ませた。

 

(太陽光か……っ)

 

まず目に飛び込んできたのは光、太陽光だった。

太陽光である以上、それは決して明るすぎる物ではない。しかし最低限の明かりで地下に居続けていた結果、突然飛び込んできたその見慣れた光であっても一瞬目を閉じてしまう程にそれは輝いて見えた。

 

そうして僅かな時間、眩さに目を細めていた一方通行は、空から伸びる太陽光がある一所を地下とは思えない程に明るく照らしている事に気付いた。

段々と目が慣れて来た一方通行は、その光が差している場所へと視線を向け。

何か、少女の姿が見えるな。等と考えた瞬間。

 

「「見ちゃダメ先生!!」」

「ぐァァアッッ!?」

 

ミドリとヒナの同時目隠し攻撃により、またも視界を奪われる事となった。

ビキビキビキッッ!!! と、先程よりも激しい、最早人体に被害が無い方が不思議なぐらいの音が目元から走り始める。

 

「何あれ!? え!? 女の子!? 何で裸!?」

「先生絶対見ちゃダメ!! 絶対! 絶対だから!!」

「見るも何も全力で目ェ塞いでる奴が何言ってやがンだ見ねェから離せってンだミドリ、ヒナァァァッッ!!」

 

一方通行の右目を後頭部から挟むようにして塞ぐミドリが酷く動揺を見せているかのような声を零す。

対するヒナは一方通行に絶対この先の景色を見せまいと、ミドリ以上に左目を塞ぐ手に力を入れ、結果彼女の方から骨が軋んでいるのではないかと錯覚する程の音が響き始める。

 

このままでは頭をへこまされる。

これ以上の脳へのダメージは御免だと一方通行は二人の締め付け攻撃に全力で抗議し、引き剥がそうと無駄な努力を重ね、同時に何もこの先の光景を見ない事を約束してみるも、二人揃って無情にも解放してくれる様子は無かった。

あんだけ言い争いをしていたのに、どうしてこんな時だけ息ピッタリなんだと一方通行は思わずにはいられない。

 

眠れる少女との邂逅。

裸の少女との遭遇。

その第一幕は、一方通行の苦悶に彩られた声が響き渡るだけと言う、ある種最悪の始まりを迎えた。

 

「ぐがァァァアアアアアッッ!! テ、テメェ等後で覚えてやがれェエエエッッ!! つゥかさっさと手を離しやがれこのクソガキ共ォォォッッ!!!」

 

 

 









ミドリが可愛すぎる。
メイドミドリが可愛すぎる。
もう一度言います。ミドリが可愛すぎる。

普段は身に付けないスカートが眩しい。
尻尾で持ち上がっているのがどこまでも卑しい。

総合評価、SSSですお疲れさまでした。

彼女がガチャ実装されていたらお金が死ぬ程飛んでいました。危ない。危ない。
そして自分が今パヴァーヌを書いていてよかった。沢山ミドリを書ける。

もし今アビドス編を書いていたら、無理やり彼女のシーンをねじ込んでしまう所だった。危ない。危ない。


少し落ち着きまして本編。
かなりわちゃわちゃした感じになっていますが、パヴァーヌは大体こんな風に進むのでいきなりシリアスするよりも初めなのでゆるくやっております。全員。

モモイが完全にアホの子になっています。
ミドリと対極的な位置になるよう書いているだけなのにどうしてこんなことに……。

ヒナ、モモイ、ミドリ。
このメンバーは身長が低く顔が幼いのも相まって一方さんは過保護モードに入りがちです。モードが完全に切り替わってる。それはヒナ、ミドリにとって守られるという嬉しさがある傍ら、隣に立つ女の子としては見られていない事の証左でもあるのでそれぞれ難しい所。

まあヒナは完全に守られる側というより守る側に立っていますけどそれはそれ。
一方通行としての理念とヒナの理念は真っ向から対立しております。難しいね。

次回からあの少女が本編に絡み始めます。
GW中ですが、更新速度はいつも通りだと思ってください。





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そして少女は目覚める

 

 

 

 

 

破壊された天井から差す太陽の光は、ある一点を神々しく円形状に照らしていた。

暗く重い雰囲気漂う工場の地下で輝くそれは、まるで仕組まれたのではないかと思う程の美しさを奏でており、見る者をとにかく呆けさせる。

 

その要因となっているのは、光当たる先で眠り続ける少女。

一糸纏わぬ姿のまま、地面に接する程に長い艶やかな黒髪で偶然肌が隠れているだけの少女は、その背を完全に預けられる程に大きな背もたれがある椅子に深く腰掛けながら、一瞬たりとも微動だにせず悠久の時を過ごしていた。

 

眠っている。そう表現したがこれが正しいかどうかさえ分からない。

動いていない。息を吸っているかどうかさえ判別出来ない。しかし死んでいるにしてはあまりに肌が若々しすぎる。

死んでいる人間の肌が、こんなにも生気に溢れているようにしっとりとしており、見ているだけで柔らかそうな印象を覚えるような肌をしている筈が無い。

 

故にモモイはこれを眠っている。と表現した。

否、そうとでしか説明が付かなかった。

しかし、その眠っているという表現は、睡眠を指しての事ではない。

 

パソコンの電源を落としている間の状態。

いつか使うかもしれないからと、棚の奥底に埃まみれでしまっている道具の状態。

毎日遊んでいるゲーム機を、今日は起動していない状態。

 

そういう類の状況に対して使う、『眠る』

人ではなく、物に対して使う表現。

 

無論、それが正しいとは彼女自身思っていない。

この少女に使う言葉として適切だとはこれっぽっちも考えていない。

だが目の前の生きているかすら曖昧で、しかし死んでいない事だけは感覚として伝わり、それでもそう表現する他ない程に、少女には『生命感』が無かった。

 

身じろぎせず、呼吸すらせず、されど人の形をしており、生きていると思わせる感覚が確かにあり、なのに物のように眠っている少女を見るモモイに、これが道具なのかそれとも人なのか判別出来る訳も無かった。

 

返事が無い。ただのしかばねのようだ。

 

ふと、頭に余計としか言いようがない一言が通り過ぎる。

ネタとしてもあまりにも不謹慎だった。

口に出せば即座にツッコミが入る系である。

そもそもモモイは彼女を死んでいないと判断している。

矛盾ここに極まれり。

 

「この子……眠っているのかな?」

 

いつの間にか近づいて来ていたミドリがそう彼女に話しかける。

どうやら背後でドタバタやってた一悶着は一応の決着が付いたらしい。

 

振り返ると、ゲヘナの委員長が先生の両目を塞いだままこちらに目配せをしているのが見えた。どうやらまだ一悶着は続いていたようだった。しかし先生は抵抗することを諦めたらしくされるがままに身を任せている。

 

先生はいつも慌ただしい日常を送ってるなぁとどうでも良い事をモモイが考えていると、眠り続ける少女をジーっと見つめ続けていたミドリが重々しそうに口を開く。

 

「でも何だかあれだね。眠っているというより、動いていない様に見えない? たとえるなら、電源が入ってない。みたいな」

 

彼女がたとえる様は、モモイと同じ感性どころか表現の仕方まで彼女と酷似していた。

ミドリの言い回しに血の繋がりを強く感じたモモイは、少しだけ嬉しそうにうんうんと頷く。

 

そうしながらふと視線を横に向けると、その椅子と連結しているかのような古めかしいコンソールが目に入った。

しかし既に使われていなくて久しいのか、ディスプレイは破損こそしていない物の砂などのゴミがこびりついており、見ているだけでザラザラしているのだろうという触感が伝わって来る。

 

少女の異質さに気を取られ過ぎていたあまり気を配っていなかったが、見るからに何かを操作するのであろうディスプレイとキーボード。そしてその操作先となっていたであろう椅子。

明らかに怪しさを放つこの椅子で少女が眠り続けている現状。

 

この子が眠り始めたのが廃墟になった後であるのは間違いは無いとして、ただし関係性は無いなと言い切れる程、モモイの頭は能天気では無かった。

 

「あ、お姉ちゃんここ見て。この子が眠っている椅子の近くに何か文字が書いてある」

 

そんな折、眠る少女及びその周辺を観察していたミドリからある報告が入った。

彼女の言葉に引っ張られるように彼女が見ている方へモモイも顔を覗かせる。

 

するとミドリの言う通り、廃墟となった工場らしく所々消えかけではあるが、ローマ字で書かれている単語を一つ発見した。

刻まれていたのは、少女が眠る椅子の肘置き部分。

文字数は短く、これなら多少消えていても目を凝らせば何とか読み取れそうだと、モモイはうっすらと残されているその文字列をまじまじとした目つきで追っていく。

 

「本当だ。えーと、AL-IS……? アリ……ス……? この子の名前……?」

「違うよお姉ちゃん。これ全部ローマ字じゃない、AL-1Sって書いてる。『I』じゃなくて『1』だよこれ」

 

言われて、その通りだという事に気付く。

『AL-1S』一体何を指しての呼称なのだろうか。

 

文字列をそのまま受け取って考えれば、第一に行き着くのは機械的な物に名づける名称。

刻まれているのが椅子である事も相まって、この椅子に名づけられた物と考えるには十分な材料ではある。

 

しかし、これはモモイがAL-1Sという文字を見て最初に『アリス』と読んでしまった事が原因でしかないのだが、モモイにはこの名称がディスプレイやキーボードと繋がっている椅子を指して言っている様には思えなかった。

 

アリス。それは人の名前に属する言葉。

 

何処までも勘違いでしかないが、彼女はこの呼称は機械ではなく眠っている少女に名付けられた物なんじゃないかと考え続ける。

 

むむむ……。と、典型的な形から入るタイプのモモイは、顎に手を当てて目を流すそれらしい恰好で頭の中にある考え事を順序良く組み立てようとして。

 

「とりあえずこの子に聞いてみよっか!」

 

僅か三秒で考える事を放棄した。

 

「それが結局早いかもだね。あと先生もいい加減何とかしてあげないといけないからとりあえずこの子に服を着せよう」

 

背後で未だ目隠しをされ続けている先生の方へミドリは振り返りながら冷静に考えたら裸の女の子を前にしてあーだこーだ言ってる場合じゃないよと今更なド正論を振りかざし始める。

 

モモイも同様に後ろを見やると、ゲヘナの風紀委員長がこちらをジッと見据えていた。

言外に早く服を着せなさい。彼女の目がそう訴えているように見える。

 

しかしそれらに同意をしたくても、ピクニックに出掛けているつもりでここまでやって来た訳ではないモモイが解決策を用意出来る訳がなかった。

 

早い話が着替えなんて持ってきていない。

そんな概念が必要な場所に来ているつもりなんて最初から無いからである。

とはいえそこまで寒くも無いし上着で肌を隠すぐらいなら出来るかと、いそいそとモモイがジャケットを脱いでいると、

 

「とりあえず下着だけでも履かせるね! 私のしかないけどしょうがないよね!」

 

突然大声を出してよく分からない事を妹が宣い始めた。

あまりの唐突さと声の大きさに思わずモモイは耳を塞ぐ。

 

なんで替えを持ってきているの? とか、それ大々的に宣言する必要ある? とか、どうして今言いながらチラチラと後ろを見たの? とか色々と言いたいことが玉突き事故の如く大量発生したが、都合が良い事には変わらない為、特に何も言わずに黙って置こうと考えている間に、ミドリは猫ちゃんのプリントがあしらわれた彼女お気に入りのパンツを取り出す。

 

「って! それ私のじゃん!」

「猫ちゃんの表情が違うでしょ! これは私の!」

 

口論をする中、ミドリが下着を穿かせ、その後モモイが上着を被せる。

とりあえずこれで最低限の肌は隠せたとしたモモイは、ゲヘナの委員長に手振りで合図を送り、先生を解放しても良いよと伝える。

 

パッと、委員長の手によって行われていた目隠しが終わり、先生が解放される。

先生はとても疲れていたような顔つきへと変わっていた。

怠そうな目つきを隠すこともしないまま、カツカツと杖の音を響かせてモモイ達、否、寝ている彼女の方へと委員長と共に近付いて行く。

 

「こんな場所で何事も無く寝てるように見える動かない裸のガキねェ。ろくでもねェ予感しかねェなァ」

 

彼女の寝顔をまじまじと見ながら一言、何かを思い出すかのような声で先生がそう零すのをモモイは聞いた。

どうやら目を塞がれている間にもモモイとミドリが交わしていた会話は聞き逃さなかったらしく、モモイが状況を説明する前に彼は全てを把握していたようだった。

 

そんな先生の目線は、『AL-1S』が書かれている椅子の肘置き部分に向けられている。

何かを考え込んでいるかのような難しい顔でしばらくそれを眺めていると、まるで先生がその部分に注目したのを見計らっていたかのように、

 

ピピピッ……。と言う電子音がどこからともなく響いた。

 

「な、なにっっ!? 警報!?」

 

突然聞こえて来た電子音にモモイは慌てて銃を構え、どこからともなくロボット達がやって来るのではないかと警戒を始める。彼女の言葉にミドリも、そしてゲヘナの委員長も彼女と同じく周囲を武器を構え、周囲に何か物陰が現れても大丈夫なようにそれぞれ別の方向を見渡し始める。

 

いつでも戦闘に入れるよう準備を終えたモモイ達は、そのまま先生からの指示を待つ姿勢に入って行く。

『廃墟』にやって来てから、異常事態が発生した場合率先して先生は動いた。

ならば今回もそれに倣うのが正解だとし、特にモモイが先生の動きを待っていると。

 

「どォ言う事だ。音が聞こえるのはコイツからだと……?」

 

眠っている少女を観察していた先生から、そんな声が聞こえた。

え? と、その言葉の意味が分からずモモイが先生の方へ身体を向けると。

 

「状態の変化、及び接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」

 

今まで眠っていた少女がパチリと目を開け、そんな事を言い放つ姿を確認した。

直後、目を覚ました……? と言うミドリの声が聞こえる。

反射的に顔を右に向けると、ミドリ、そしてゲヘナの委員長も目覚めた少女の顔をやや距離を取った位置から覗き込んでいた。

 

興味深げに顔を覗くミドリと委員長とは対照的に、モモイは一歩引くように少女を観察する。

 

休眠状態という言葉。

接触許可対象と言う寝起きの一言にしてはチョイスがおかしすぎる単語。

どこか機械的で、感情が見えない言葉選び。

 

少し不気味だな。と、初対面の少女に対する印象を心の中で素直にモモイが評していると、その少女はモモイ、ミドリ、ゲヘナの委員長、そして先生の方をそれぞれ一瞥すると眉を僅かに垂れさせ、

 

「状況把握、難航」

 

困りましたと言いたげな声を零した。

瞬間、悪い子じゃないなこの子とモモイの評価が掌返しされる。

 

無理に警戒する必要が無いと分かったモモイはスッと、一歩だけ距離を詰めてミドリの隣に並ぶ。

それ悪い癖だよお姉ちゃん。という彼女の心を見通していたミドリの小言に耳を傷めていると。

 

「会話を試みます、説明をお願いできますか?」

 

状況をさらにややこしくさせるような一言を繰り出した。

 

「え!? 説明!? な、なんのことっっ!?」

「こっちがむしろ聞きたい立場なんだけど!?」

「そうね。貴女の名前とか何故こんな場所で裸で寝ていたとか、聞きたいことはこちらも山積み」

 

彼女の言葉にミドリとモモイが同時に喰って掛かり、ゲヘナの委員長がそれに追随する。

 

「本機の自我、記憶、目的は消失状態である事を確認。データがありません」

 

しかしモモイ達が挙げた疑問に対し、少女がまともな答えを返す様子は見られなかった。

そればかりか、さらに畳みかける様に次なる混乱が放たれる。

 

モモイにはもう何が何だか分からなかった。

本当にどうしてそんな人間同士の会話では基本使わなさそうな言葉を選んで使っているのだろう。

そもそも委員長さんが言っていたように何故裸で寝ていたのだろう。

 

もしや自分達と同じように落とし穴に落ちて途方に暮れた挙句ここで休んでいたのだろうか。もしそうだとするならクソ度胸が過ぎると言いたくなる。だとしても裸であった理由は不明なので結局モモイとしては何それと叫びたくなる状況には変わりない。

 

えーと、えーと。と、パニック寸前になりながらも必死に彼女の言葉を整理していく。

 

本機。これは彼女自身を指しているのだろう。滅茶苦茶特徴的な一人称だなと思うが、ひょっとしたらそういうのに憧れるお年頃なのかもしれない。

 

あ、そう言うお年頃なのか。と、これまでの話し言葉の独特さをそう解釈したモモイは、なるほどねと納得する様に一度首を縦に動かす。

 

だが、納得しかけていたモモイに次なる問題が降りかかる。

 

記憶、目的は消失状態。彼女は次にそう言い放っていた事をモモイは思い出す。

あれ。と、その言葉を思い出した途端、先程組み立てた前提がガラガラと崩れるような音がしたのをモモイは心のどこかから拾った。

 

消失状態。深く考えなければこれは記憶喪失を指しているように受け取れる。

つまりそれは中と二の名前が付く思春期特有に発症する病を患っていたことすら忘れ去っている証拠でしかない。

 

先程組み立てた前提と整合性が取れなくなったモモイだが、いやいやと考え直し、きっと重要な部分だけ頭から床に落ちたショックで記憶が抜けたんだよと割と失礼な結論を出した。

 

ほらエピソード記憶と意味記憶の区別は割と曖昧な話だしと、自分の話の確実性を自分で担保する暴挙をしつつ、だから服を捨てたのかなと納得していると。

 

「データ……ねェ。さっきこいつから電子音が鳴った事やその言い回し。おまけに『AL-1S』と言う名称。全部がロボットですって告げてるよォな物じゃねェか」

 

先生がモモイの思考を軌道修正するかのように静かにそう発音した。

あ、そっか。そういう可能性は十分あったか。むしろそれが一番可能性が高い話か。じゃあ先程まで慌てながら考えてた時間はなんだったの!? と思い切り叫びたそうにモモイの目が強く開かれる。

 

喉元まで何かを叫ぶ言葉が出掛かった所で、まあいっかとモモイは即座に気持ちを切り替えた。

今はそんな事よりもっと重大な事がある。

 

「この子ロボットなの!? でもこんな私達そっくりなロボット見た事ないよ!?」

「お姉ちゃん嬉しそうに言わないの」

「でもだってこんな精巧なの見た事ないよ! 凄いよこれ!! 本当にロボットだとしたら大発見だよ!」

 

好機的な視線で少女のあちこちを見回しながらモモイははしゃぎ始める。

対してモモイに観察され続けている少女は、やや戸惑った顔でモモイの奇行をただ眺めるだけだった。

 

ほら、困ってるじゃん。と、見兼ねたミドリからお叱りの言葉が入る。

そうやってモモイとミドリがやり取りをしている裏で、先生。と言う言葉が一つ響く。

 

「多分『廃墟』にいたロボットは彼女を守っていた。そしてここは工場跡。彼女はここで作られたロボットである可能性が高い」

 

先生の隣に立つゲヘナの委員長が僅かに彼を見上げつつそう話しかける。

その上で、と、彼女は続け。

 

「どうするの先生? シャーレでの私はただの一生徒だから、先生の指示に従う」

 

ここから先の指示を、先生に預けた。

彼女の言葉に先生はそうだな。と、一瞬考えた素振りを見せた後。

 

「お前は俺達に、いやコイツ等に敵対行為を働いたりすンのか?」

 

と、少女に向かって問いかけた。

 

「否定。本機は接触許可との遭遇時、敵対意思は発動しません」

「本機は……か。その接触許可対象っつゥのは気になるがとりあえずは無害って事で良いンだな?」

「肯定。同時に接触許可対象については回答不可。本機の深層意識における第一反応が発生したと推定」

 

成程な。と、先生は一つ納得したように言葉を小さく落とすと。

 

「いつまでもここにいても仕方ねェ。聞きてェ事もいくつか出来た。モモイ、一度引き返す時間的猶予はあるか?」

「え? ま、まあまだミレニアムプライスまでなら一応猶予があるけど……」

「ゲーム開発だっつゥのによくもまァ今までほぼ手付かずで引っ張れたもンだ。夏休みの宿題を最終日にやるノリで出来るもンじゃねェンだぞ……まァ良い、一度時間があるならシャーレ……いや、ミレニアムに引き返す」

 

一度ミレニアムに引き返し、今後の方針を固める決断を下した。

先生がシャーレではなくミレニアムを選んだのは、彼女がロボットである以上、最も科学技術が発展しているミレニアムに預けた方が色々と融通が利くという判断だろうとモモイは推測する。

 

それでも一度引き返してもう一度ここに捜索しにやって来る以上、消費される時間は大きい。

先生はそれをしても大丈夫かとモモイに聞いて来るが、彼女はコクンと頷き、先生の案に同意した。

 

ミレニアムプライスまでは一応時間の猶予はある。

G.Bibleを探すのがここに来た第一目的だが、結局の所それはゲーム開発をする上での極意を学ぶ為。

中身に何が記されてあるかは見つけてない以上知る由もないが、それを学ぶ時間と、学んだ後で行うゲーム開発を行う時間は最低限まだ確保している。

 

と言うか、確保していなければそもそもここに来ること自体が意味の無い行為だ。

もし仮にミレニアムプライスが明日。等と言った尻に火が付いたどころではない大炎上を起こしている場合、ゲーム開発をするより先生に泣き落してユウカを説得する方がまだ目がある。

 

そしてモモイはそこまで馬鹿では無かった。

そこまで彼女は落ちてはいなかった。

 

つまるところ、一日程度ならばまだ巻き返しが可能な程に余裕はある。

ただし一日の睡眠時間が時間単位で削られてしまうのは妥協しなければならない。

 

しょうがないとモモイが納得する一方で、先生の決断にモモイの妹、ミドリが待ったをかける。

 

「え? でも先生、どうせならこのまま探索してG.Bibleを見つけた方が良くないですか?」

 

「一理あるがこの先何があるか分からねェ。こいつには戦闘の意思は無かったみてェだがこの工場がコイツ一機の製造で終えたとも思えねェ。前例が出来た以上敵意を向ける奴が同じようにこの工場のどこかで寝てる可能性は考えておくべきだ」

 

続けて、彼女の知識は現在ゼロ。引き連れていくと余計なトラブルに発展する可能性がある。G.Bible捜索自体に関係ないコイツはこの先どうなるにせよ安全な場所に連れて行く方が賢明だと、先生は一度ミレニアムに戻る判断をした理由をミドリに述べる。

 

先生の説得にミドリは十分に納得したのか、分かりましたと先生の指示に従う意思を見せた。

良し、と先生はミドリが頷いたのを見て、残り一人の了承を得るべくゲヘナの委員長に声を掛ける。

 

「ヒナ、お前はどォする? 俺達はミレニアムに行くが特に来る用事がねェなら今日のシャーレの仕事は終わりだ、廃墟の探索は後日に回す」

「そうね……後日がいつになるかは分からないけど、行けそうなら参加させて」

「無理して来る必要はねェからな。じゃあ一度俺達は廃墟を後にする。外の光が差してるからここは外に繋がってると見て間違いねェ。ただし外に出るとポンコツ共の相手をもう一度する事になる。油断だけはすンな」

 

先生の命令にうんとモモイが頷き、はいとミドリが返事し、ええと委員長が了承の意を送る。

 

見れば、光差す方の奥では工場の崩れたコンクリート部分の瓦礫が綺麗に重なって階段状になっていた。外からは確認できなかった以上これを登れば直ぐに出口。と言うような直行便ではなさそうだが、工場内部の地上階のどこかへは続いているに違いない。

 

世の中上手く出来てる、とモモイは都合の良さに舌を巻きながら。

 

「一緒に行こうね! アリスちゃん!」

 

と、名も無い少女を『アリス』と呼びながら少女に微笑みかけた。

 

「アリス? お姉ちゃんそれ『AL-1S』を最初に勘違いして読んだ時の読み方じゃん。『AL-1S』って呼ぶのが普通でしょ?」

「え~~、でもアリスの方が可愛いじゃん! ねえアリスちゃん!」

 

半ば無理やりに『アリス』と名付けられた少女は、しかしもう一度『アリス』と呼び掛けて来るモモイの言葉にほんの少し、ほんの僅かだけ頬を緩めて。

 

「……肯定。本機、アリス」

 

と、自身の名称がアリスであることを自身に言い聞かせるように報告した。

 

にへへ。と、自身が名付けた名前を聞き間違えが無ければ少し嬉しそうに発言したアリスの様子にモモイはニヤニヤを隠さないでいると。

 

「あ! 良い事思い付いちゃった!!」

 

大声でそんな事を口にした。

 

「ねえそれ絶対ろくでもなさそうだからやめようお姉ちゃん」

「まだ何も言って無くない!?」

 

直後、ミドリから痛烈な一言が飛び出す。

口から飛び出した言葉と言う名の顔面パンチだった。

 

うぐっっ! と心が痛んだのか一瞬よろめく動作をしながらモモイはまだ何も言ってないのに否定するとか酷いとミドリにカウンターを浴びせようとしたが

 

「お姉ちゃんの顔が言ってた!!! ろくでもないって!!」

 

最早言葉や態度ではどうにもならない角度から鋭い一撃が入る。

くっっ!! と、ノックアウトしそうになるのをグッッ! と堪えつつこうなったら一撃の重さではなく数の勝負だと、アリスそっちのけで口論が始まる。

 

わーぎゃーと騒ぎ始める二人に挟まれる形となったアリスは、ミドリ、モモイ両名を交互に見やり、困惑の表情をこれでもかと浮かべていると。

 

スッッと、その手を誰かに引っ張られた。

 

「ったく、ガキを横に置いて何やってンだ……」

 

アリスの手を取った存在は、二人に対する呆れを隠しもせずに、ゆっくりとコンクリートで出来上がった階段を昇って行く。

 

「足元は尖った瓦礫だらけだ。引っ掛けて躓くンじゃねェぞ」

「肯定。本……アリスはわわッッ!?」

「言いながら有言実行してンじゃねェよ……。ま、転ンでも落ちたりはしねェから安心しろォ」

 

言った傍から瓦礫に足を引っ掛け躓くアリスを支えながら、彼は少女の手を取りつつ声を掛ける。

 

右手で杖をつき、左手で少女の手を繋ぎながら階段を昇るというのは杖つきの彼には難度が高い物であるのは想像に難くないが、彼はまるで手慣れているかの如く、少女の歩幅に合わせて器用に歩いていた。

 

「先生、ひょっとして子ども好きだったりする?」

 

少女の手を握りながら進んでいく彼の後ろを歩くゲヘナの委員長が、それを見て率直な感想を零す。

段差が高くないのも理由の一つなのだろうが、階段を昇る彼の足は揺らぎがない。

 

どちらかと言えば彼は補助してもらう側であるにもかかわらず、今は少女を補助するように階段を昇っている姿がなんとも不思議で、そして何故だか妙に様になっているように思えた彼女はそう彼に問いかけた。

 

「好きも嫌いもねェな。なンでだ?」

「ええと、自然に手を取って歩くものだから、つい……」

「年下のガキに振り回された経験があるだけだ。人生で誰しも一回は通る道だろ」

 

そういう物なの? と、彼の言い分に頭を捻らせる。

サラっと言われたが、本当にそれは普通なのだろうか。

 

とは言え確かにあのままミドリ、モモイの両名の無駄でしかない問答に付き合わせる訳にもいかなかったのは確かだしと、それ以上特に何も言わないでいると。

 

「そういうヒナは子供が嫌いか?」

「へ!?」

 

彼から不意打ちに近い言葉が入った。

それは彼からすれば何てことない会話の一つに過ぎないが、彼女からすればそれは違う。

 

意中の男性から子供は嫌いかと聞かれて、それを言葉の意味そのままだと捉える普通の少女はそれなりにいるのだが、それを違う意味だと捉えてしまう少女もまた一定数存在する。

 

そして、彼女は完全に後者に属する少女だった。

 

結果、彼女は戸惑ずにいられる筈も無く。

 

「す、好きか嫌いかって言われたら好きだけど。ま、まだそんな事を考えた事は一度も……」

「ァ? なンだそりゃ」

 

意味を履き違えた少女と言葉通りそのままの意味で発した彼との食い違いにより少女はあえなく撃沈した。

 

「質問。先程の会話において互いの成立性が極めて低いと判断しました。説明をお願い出来ますか?」

「そンなの俺が聞きてェよ……」

 

顔を真っ赤にして俯きながら思考の海に沈む銀髪の少女を半ば放置し、二人は同じ歩幅で瓦礫を一歩ずつ昇って行く。

 

それが、先生とアリスが初めて手を繋いだ日の出来事だった。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「そうだ。先生との仲や相性が気になるなら、あれ、使ってみても良いんじゃないですか?」

「あれって何よ……」

 

机に突っ伏すユウカの背後で、良い事を思いつきました。みたいな声でノアが提案をユウカに投げる。

 

「ほら、この前ユウカちゃんが私財をはたいてヒマリ部長の設計図を基に開発したじゃないですか。あの超一等級の予算を使って作り上げた占星術を基礎とする高性能演算システム」

「ああ、『しん()』の事ね」

 

初めはノアが何を言っているのか分からなかったが、その説明で何を指しているのかユウカはやっと理解が追い付く。

 

『讖』

 

天体観測用の屈折レンズ、スーパーコンピュータに搭載されるハイエンドクラスのコア等を用いて作られた超高性能の並列コンピュータ。

その技術はミレニアム以外でこれを開発するには少なくとも二十年の時間が必要とされ、ミレニアムの科学力がいかに他を引き離しているかを象徴する一品。

 

詰め込まれた技術だけを見ればまさにミレニアムが誇る最大の功績であり、三大学園の一つに数えられる理由がこれだけで説明出来ると言っても良い代物。

 

しかしユウカの反応は半ば投げやりに近い物だった。

その機械の存在を思い出した彼女の顔は渋く、記憶から掘り起こしたく無い物を掘り起こしてしまったみたいな表情がありありと滲み出ている。

 

そして思い出してしまった以上、ユウカの記憶から要らない物が呼び起こされていく。

とは言え、目に浮かぶのは消えていく途方もない大金の姿だけだったが。

 

「でもあれやってる事ただの星座占いじゃない。何が観測可能な全ての予兆と変化を計算可能なものとして電算化して演算すれば、高確率で未来を予測出来る。よ! ホラ吹きも良い所じゃない! 誘惑に負けて開発に噛んだ私が言うのもなんだけど、そもそもそんな事が出来る代物がある筈が無い事に気付くべきだったわよもう!」

 

「でも占いですよ? 未来がどうとかの大それた物ではなく恋愛事。その程度ならあの占い機も導いてくれるんじゃないかなと私は思いますけどね」

 

占い機って明言しちゃってるじゃないと愚痴るユウカだが、同時に待って。と、捨てていた案をそのまま投げ捨てたままで良いのか自問自答を始める。

 

確かにあれは欠陥品。性質の悪い事に設計図通りに出来上がった事で生まれた救いようの無い欠陥品だ。

ただしそれはユウカがこのコンピュータはありとあらゆる未来を予想してくれる物として作り上げたが実際はそうならなかった故に欠陥品という烙印を押しただけ。

 

『占い』と言う機能だけを考えれば、その高性能さを遺憾なく発揮してくれるのでは無いだろうか。

いや、むしろそれに限ってしまえば『讖』を使わない選択肢は無いように思う。

 

無いように、ユウカは思えた。

なので。

 

「……、…………そうね。確かに一度ぐらいはちゃんと使わないとって話でもあるわよね。折角作ったんだし、滅茶苦茶お金使ったんだし」

 

何やら言い訳がましいことをつらつらと並べつつ、ノアの言葉に折れたかのようにいそいそとユウカは椅子から立ち上がると、『讖』が置かれている場所へ向かい始める。

 

ゆっくりと。

足取りを重そうに。

ノアがそこまで言うならと呆れた表情で。

まるで何も期待していなさそうな感じを醸し出して。

 

どうせ何も期待していないけどまあそこまで言うならとりあえずやってみるだけやってみるわよ感をありありと表情、動きから滲ませて彼女は『讖』を保管してある場所へと赴き始める。

 

だが、

 

「ユウカちゃん顔のドキドキが隠せてませんよ? あと演技はもう少し上達しましょうね」

 

「そ、そそそそそそんな事ある訳ないじゃない! 期待なんか何もしてないわよ!! それに演技って何!? 滅茶苦茶に私は素のままだけど!!」

 

ユウカの思考と演技はノアに全て筒抜けだった。

 

早瀬ユウカ。

生塩ノアには基本敵わない少女である。

 

 

 

 

 

 










アリス覚醒! 物語にアリスが加わりました。

打ち止めを思い出しながら歩く一方通行の心境はどうなんでしょうね。

本編ではパヴァーヌ組とは別にノア、ユウカの二人がのほほんとしている話が書かれていますが、これどうなるんでしょう。

占星術。とあるでは普通に魔術側要素としてお出しされる存在ですね。『讖』と魔術、神秘の世界でこれらを掛け合わせた何かがお出しされるかもしれません。されないかもしれません。予定は未定です。
ここでのあとがき、実は信用しない方が良いです。
割と今までもウソばっか言ってます。本当の事も言ってます。

GW期間中に二話出したいなと思ってましたが予定が詰め詰めで無理でした。何なら時間が取れたのここ二日だけでした。平日より忙しいじゃん!!!

次回も割とのんびり気味。ヒナが同行しているかどうかは未定。
パヴァーヌって前半はこういうお話だからね。普通だね! これでも巻いてるんだよ色々と!








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それぞれの一日、見え隠れする闇

 

 

 

 

 

 

時刻は午後を回り始めた時刻。

『廃墟』からミレニアムへと戻って来た一方通行は現在、ミレニアム内をヒナと二人で行く当てもなくぶらりとさ迷っていた。

 

本来なら現在彼は連れ帰って来た『AL-1S』ことアリスについて調べている所である。

しかし悲しいかな、様々な要因が重なった結果一方通行はミレニアムで何もする事がなくなってしまい、かといってシャーレに帰っても追われている仕事がある訳でもなく、完全に手持無沙汰となった彼はミレニアムを適当に歩く道中、偶然見つけたから揚げ店で昼食がてら、から揚げ串を何本か買いヒナと共に食べ歩きをするだけに留まっている。

 

こうなった理由は主に四つ。

一つ目はミレニアムにやって来た途端、モモイがアリスとミドリを引き連れて部室に籠ってしまった事。

二つ目はそのモモイから『明日の朝、部室に来て!』というモモトークを受け取った事。

三つ目はエンジニア部の面々が揃って不在だった事。

四つ目はならもう帰るかと言った所、何故かヒナが物惜しそうにした事。

 

それら全てが重なった結果、彼はやる事がなく、ただ適当にその辺をふらつきながら時間を潰し続ける午後を送っていた。

 

「せんせ、ここのから揚げ、あふ……。とても美味しい。衣がとってもサクサクで、でもお肉はとても柔らかくて、それでいて油がしつこくない。んっっ。久しぶりに食べたけど凄く美味しい」

 

とは言え、熱々のから揚げを嬉しそうに食べる彼女を見て、別にこういう一日になっても良いかと思う。

 

「そりゃ良かったなァ」

 

言いながら彼も一口、自分の分のから揚げを頬張る。

出来たてで熱いが、味は悪くない。

廃墟での探索、そしてミレニアムに帰還するまでに消費したエネルギーを補給するにはもってこいの食べ物だった。

 

「でも改めて考えると不思議ね。ゲヘナの私が出歩いててもミレニアムの生徒は何も反応しない。彼女達のセキュリティ意識は割と低いって事なの?」

「どこの誰がから揚げ美味そうに食ってる奴を危険だと思うンだァ?」

「それはそうかもだけど……」

 

一方通行からの真っ当な答えに、ヒナは納得出来そうで出来ていない様に口ごもる。

そんな態度を見せるヒナを見る一方通行は、彼女の心配は杞憂だなと思わざるを得なかった。

 

実の所、ミレニアムのセキュリティ意識はかなり高い。

それはミレニアムに良く足を運ぶ一方通行が最初に思った事象であり、同時に懐かしさを覚えた理由でもあった。

 

監視カメラはこの近辺だけで数十台。それも傍目に見えない位置でお互いの死角を完璧に補うように設置されている。ミレニアム全体で言えば千台は優に超えるかもしれない。

つまり、それだけの監視カメラを配置してもそれらの動向を常に把握できる人材、システムがミレニアムには存在している。それだけでゲヘナやトリニティ等とはセキュリティ意識が一線を画している。

 

ゲヘナに赴いた経験がある一方通行だからこそ分かる。

この芸当は他学校には出来ない。

ミレニアムだけのオンリーワンの特色。

 

なので、気付かれていない筈がない。

ここに空崎ヒナがいる事。

ゲヘナの風紀委員長が白昼堂々とミレニアムを散歩している事に気付いていない筈が無い。

 

分かっていてもミレニアム側がアクションを起こさないのは、隣に一方通行と言う名のお目付け役がいる事と、見るからに敵対意思を見せていないからだけ。

その気になれば全力で排除に動くだろう。

それが出来る科学がミレニアムにはある。

 

容赦が無い側面がある所も、ミレニアムは学園都市と似ていた。

 

「そこら辺で動いてる掃除ロボットあンだろ」

「え? 確かにゴミとか木の葉とか全部吸い込んだり一か所に集めたりしてるのを見かけるけど……」

 

今も近くで一台、せっせと落ちている葉っぱや薬莢等をポイポイと機械の側面から伸びるアームで拾い上げて自身の頭に設置されたゴミ箱に次々と入れていく機械が通り過ぎる。

ああいうの何台か提供してくれない物かしら。と、高性能さに舌を巻いているヒナに、一方通行は容赦ない常識を告げる。

 

「戦闘用に改造されてる。有事になるとそいつ等が率先して対象を排除しに動き始めるだろォな。この調子だと監視カメラも非常時はレーザー射出装置に変わるかもなァ」

「ッッ!?」

 

後者のレーザー部分に関しては憶測を出ていない物でしかないが、ヒナにとっては衝撃も良い所だったようだ。ウソでしょと言いたげな顔で口をポッカリと開けている。

ちなみに学園都市は流石にそこまでの兵器化は大部分では為されていない。そんな物が為されていたら生徒の無事が何も保証できないからだ。とはいえ一部分、暗部に関わる場所では設置されていた可能性も否定できないが。

 

「少し考えりゃ誰でも分かる。個々の戦力じゃ水を開けられてるミレニアムが、科学一つでお前等と肩を並べてる。となれば自分達の常識から外れたシステムや兵器があるのは当たり前ってなァ」

 

同時に、ミレニアムが最大限警戒しなければならないのが技術の横領であると一方通行はヒナに語った。

 

個人の力に依存していない分、科学に強さの比重が傾いている分、ミレニアムが最も意識を向けなければならないのが自分達が作り上げて来た科学技術、兵器を他学校に奪われる事。

 

ゲヘナやトリニティに奪われたが最後、三強時代は瞬く間に一強時代へと早変わりし、その他の学校が手にしてしまえばミレニアムが除かれた三強時代に突入する。

そして、過去にミレニアムの技術を奪おうとした事例が一度も無かったかと言われれば、そんな事はあり得ないと一方通行は断じる。

 

ほぼ間違いなく、侵入された過去があり撃退した記録がある。

どこかの学校の上層部が。あるいは個人が。それとも何校かによる合同組織が。

ミレニアムの技術欲しさに、科学欲しさに暴れ、力及ばず敗北した過去が間違いなくある。

 

街中に設置された監視カメラ。掃除ロボと見せかけている迎撃ロボット。探せば他にもいくらでも見つかるであろう侵入者迎撃システム。

 

これらが平然と別の何かになりすましてミレニアム中に配置されている事実が、一方通行がキヴォトスにやって来る前に起きていたであろう、ミレニアムと他校との闘争をさんさんと物語っていた。

 

ヒナがこの事実を知らなさそうだったのは、事件があった事をミレニアム側が表沙汰にしていない、もしくは既にミレニアムによって証拠無く攻撃した側の学校が反撃された等が原因だろう。

 

だが、闘争の行方はどうだったであれ、結果はミレニアム自体が物語っている

ミレニアムが今も三強に名を連ね続けているのが、その証拠と言えた。

 

「……ン?」

 

ふと横を見ると、見るからに先程の陽気さが消え失せている少女が一人。

彼の説明に対し自らの知識不足を嘆いているのか、顔が少し俯いている。

あむ。と、から揚げを食べる動きもどこかぎこちない。

 

質問に答えただけだったのに思いの外空気が重くなったな。と、説明の方向性がやや乱暴すぎたかと、一方通行は若干反省の意を込めながらヒナの頭に手を置く。

 

「要するに心配するだけ無駄って事だなァ。大人しくから揚げでも食っとけ。何も起きやしねェよ」

 

普段の彼なら、いや学園都市にいた頃の彼なら決してしなかったであろうその行為を、彼は何でも無さそうに自然と振る舞う。

 

笑いながら優しい声で話す姿を見て、彼を知る人物は成長したと言うだろうか。退化したと言うだろうか。

答えは両方である。

喜ぶ人間は多く、恨む人間も少なくない。

 

だがしかし、それは彼が進み始めた道の先にある答えとも言えて、キヴォトスで出会った少女達との絆によって巡り合わされた施しとも言えた。

 

一方通行自身ですら気付かないであろう。

そして恐らく、自覚することも無いのであろう。

ともすれば絆されているとも言えてしまう程に彼の心境の変化は著しい。

 

だがそれは、きっと肯定されていくのだろう。

特に、キヴォトスで出会った少女達ならば。

 

「ぁ、ぇッッ!? な、何急にっっ!!」

 

とは言え、一方通行が起こした突然の行動に対し綺麗に対応できる少女は今の所少ない。

彼の気紛れとも言える頭に手を置くという行為に、ヒナは顔をバッッと上げて顔を一気に真っ赤にさせて大声で慌て始めた。

 

しかしその手を振り払おうとはしない。

否、一瞬だけ振り払おうと手が上に持ち上がったが、その手は首元より上には行かず、徐々にその高度を落としていた。

 

それは彼女が撫でられるのを受け入れたことを意味している。

もしくは、拒絶したくなかったのかもしれない。

いずれにせよ、彼女は一方通行の手を跳ねのけなかった。

しかし、それはつまりそうされるのが嫌いでは無かった事を彼に教えているも同然であり、それに気づいたヒナの頬の赤みは見る見る内に深化していく。

 

恥ずかしさの極致。

しかし特段悪い気もしない。

だがやはりこれを周囲に見られるのはすごく恥ずかしい。

あ、今近くの子がこっち見た。

やめて。今の私を見ないで。

 

言葉にせずとも何を思っているのか分かる程にヒナのリアクションは分かりやすく、一方通行から見れば、彼女のその姿はとても愉快に映った。

 

なので一方通行はカカカと実に面白そうに笑うと。

 

「そォいや『廃墟』での礼も言ってなかったなァ」

 

まるで今思い出したかのような口ぶりで、次なる攻撃の一手を繰り出した。

 

「れ、礼っ? あ、あの、せん、先生っ、その、色んな人に見られて……っ!」

「ロボット共との初邂逅時、俺の前に出て庇っただろォが。ありがとよォ」

「あ、あああ、あれっあれね。だって、そんなの当然、だから……っ! 先生を、守るのはっ私の役目って、思ってるから……っ」

 

真っ赤を通り越して沸騰しているのではないかと疑ってしまう程の顔で、ヒナは『廃墟』での行動理由を口にする。

立派な考えではあるなと一方通行は考えるものの、個人的にそれを褒めたくはない。

 

なので彼は礼を告げた後で。

 

「次からはそンな無茶すンじゃねェぞ。俺はお前が思ってる程弱くはねェンだよ」

 

頭から手を離しながら、やんわりと次からは自らの身を危険に晒すような真似はするなと忠告した。

あっ。と、その事に小さく声を上げるものの、それ以上は何も言わず彼女は再び一方通行の隣を歩き始める。

顔を赤くし、背を丸める様にして歩いているのは身長の低さもあって周囲からとても微笑ましく映る。

ヒナにとって難題だったのは、この気持ちを真っ先に気付いて欲しい一方通行が、てんで気付かない所だろうか。

 

「所で、いつまでこォして歩いてるンだァ? どっか行きたいとこねェのかよ」

 

話題を変える様に、から揚げを齧りながら一方通行がヒナに聞く。

本来ならばシャーレに戻って残っていた仕事を処理している筈だったが、現在彼はヒナの目で訴えて来た我儘によってミレニアムをあてもなくぶらついている。

 

そうする理由は今の時間が午後だという事。

そして、午後の担当もヒナであるという事が大きい。

 

一方通行の日常のルーチンは最近固定されている。

即ち、午前は仕事。午後は担当で来た生徒の交流だった。

 

一方通行は普通の人間なら半日かかって処理するシャーレの事務仕事を午前中のみで終わらす。

しかしシャーレにやって来る仕事手伝いの生徒は一日担当と午前午後に分かれて担当する二通りが存在する為、仕事が終わっても午後当番である生徒はやって来てしまう。

だが午後の仕事は前述の理由により存在しない。

 

よって午後の時間は一方通行の完全自由時間ではあるのだが、午後に来た担当生徒達にことある理由で様々な場所へ引っ張り回され続ける生活をここ最近送り始めている為、最近の一方通行は午後の時間はもう『そう言う時間』だと認識している。

 

どうせ仕事なんざ一瞬で終わると自身の能力の高さからそう決める一方通行は午後は彼女の為に使おうとヒナが行きたい場所を聞き。

 

今度は行き場が無さそうに視線を虚空で彷徨わせているヒナの姿を目撃した。

 

「先生……その、ごめんなさい。こういう時。ショッピング。とか言えたら……良いのだけど。私……流行とか興味無くて……アクセサリーとかも。その、特には……」

 

ごめんなさい。

そう謝罪するヒナの姿に、一方通行は何も言葉を返さない。

彼が無言だったのは自分の提案に対し何も要望が無いという彼女の態度に腹を立てたのではなく、何も用事が無い。でもそれでいてシャーレに戻る事を拒否した彼女の真意を汲み取る為。

 

否、もう彼は気付いている。

空崎ヒナは存外不器用な少女だ。

要望は無い、目的も無い。

しかし、このまま何もせずに帰りたくはない。

でもその帰らぬ理由が見つからない。

何故なら、今この時間は彼女にとってとても貴重な自由時間だから。

仕事に追われない、静かな時間だから。

 

そう、彼は今のヒナが置かれている状況を推測する。

 

一方通行から見て空崎ヒナは仕事に忙殺されている少女であると認識している。

彼女の日常は右を見ても左を見ても仕事仕事。トラブルトラブル。

 

休みなんて殆ど無いし、あっても疲れを癒す為に数時間多く睡眠を取るぐらいの時間しかない。

そんな彼女が少女らしい趣味や好きを見つける時間があったとは思えない。

だから彼女はショッピングに興味が無いし、アクセサリーや服に魅力を覚えない。

問題なのは彼女自身それで良いと認識している部分だ。

 

知らなくて良い。

どうせそんなお洒落に気を遣う時間なんて無いから。

分からなくて良い。

自分がそんな物が似合うような少女じゃないことぐらい分かってるから。

 

だから。

だから。

知らなければ。

楽しいという感情すら知らなければ。

 

自分じゃない誰かを。

忙しくなく楽しむ時間がある誰かを。

羨む必要すらない。

 

何故なら、自分はその楽しいを知らないから。

知らなければ、羨む必要も理由も無いから。

 

心の中に自分でも意識していないシャッターを幾重にも下ろしてそう考えているのを易々と一方通行は見抜く。

その上で、彼にこの後どうするかと聞かれ、どうしようどうしようとこの場を乗り切る文字列を必死に考えるヒナの不安な気持ちを払拭すべく。

 

「ショッピングモールに行くぞ」

 

彼にしては珍しく、本当に非常に珍しく自分から少女を遊びに誘った。

 

「え? 先生が何か買うの?」

 

顔を上げて、ヒナは一緒にいられる理由が出来た。と少し喜びを顔に出しながら彼に聞く。

対し、一方通行はもう一度彼女の頭に手をポンと置き。

 

「お前に似合いそうな物を俺が選ンで買ってやるよ。変なカエルのストラップとかなァ」

 

身近にいた少女がしきりに話題にしていた変なカエルノキャラクターを頭に思い浮かべながら、一方通行は今日の時間は彼女の為に使う時間だと宣言する。

 

へ。と、彼女が驚きで足を止めるが、彼は気にせず進んでいく。

しばらくするとパタパタと足音を立ててヒナが近づいてくると、矢継早に捲し立て始める。

 

「あ、あの先生っっ!」

「その、私、そう言うの好きじゃなくて……」

「嫌いとか好きじゃなくて……興味が……」

「あ、あの。だから買って貰っても、嬉しいとか、言えないかも……」

「だから、私の為にそんなの、買わなくたって……」

「先生の買い物、見てるだけで楽しいからっ」

「私の為に、買わなくて良いから……」

 

背後から次々と飛んでくる声を全部無視し、彼はヒナを引き連れてショッピングモールへと入っていく。

その後、日没まで彼は一人の少女の為に時間を使う。

 

その少女は最初は申し訳なさそうに、恥ずかしそうにしていたが、次々と容赦なく女に似合いそうな服やアクセサリーを購入していく姿に次第に折れ、分からないなりに、彼女なりに楽しむようにシフトしていく事となる。

 

その日以降、彼女の愛銃、『デストロイヤー』には、可愛らしいカエルのストラップが括りつけられたという。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「で、朝から俺を呼び出したのは良い、昨日からの要望だからな」

 

明けて翌日。ヒナからのモモトーク『ゲヘナで小っちゃいトラブルがあったから今日はシャーレに行けない』というメッセージに『何か力が必要な事があったら遠慮なく言え』と送る事でソファから身体を起こすだけの気力を確保し、それでもどうにもならない眠気を必死にコーヒーで誤魔化しつつ、早朝からミレニアムのゲーム開発部の部室にやって来た一方通行は目の前の状況を見て一言、やや語気を強めにして言い放った。

 

彼の目の前には正座して座る少女が三人。

 

一人は才羽モモイ。大元凶。顔がニヤけている。生徒じゃなかったらグーだった。

一人は才羽ミドリ。元凶。申し訳なさそうな顔をしている。姉を止められなかったので同罪。デコピン。

一人は花岡ユズ。元凶。あわあわと顔を青くしている。しかし今回に限り同情の余地は無い。何故なら彼女もやりたいようにやった一人である事がほぼほぼ確定だからだ。同じくデコピン。

 

一方通行に見下ろされる三人の少女は、三者三様の表情でキッチリと正座しながら彼を見上げていた。

チラリと、一方通行は部室の奥を見やる。

そこには、昨日『廃墟』から連れ出した少女が、昨日とは打って変わって豊かな表情で一方通行の方を見つめている。

 

「先生とのエンカウント発生。コマンド? 逃げる? 戦う? アリスは迷っています」

 

少女の話し言葉は昨日とはまるで別人の様だった。

まるで古めかしいゲーム内での会話をそのまま出力しているような様子だった。

それを踏まえて、もう一度一方通行は部室内を見渡す。

 

一台のアナログテレビ。

その周辺に複数散らばる古い世代の据え置き機。

その据え置き機の周囲にさらに散らばる数々のゲームソフト。

 

シミュレーション。

RPG。

ストラテジー。

アクション。

 

ありとあらゆるジャンルのビデオゲームが、所狭しと散らかっている。

ゲーム開発部の部室は普段からお世辞にも綺麗とは言い難い様相だったが、今回の散らかり具合は今までのそれと比べて群を抜いていると言えた。

 

一方通行が最後にこの部室を訪れてからそんなに日は経過していない。

つまり、毎日の積み重ねで散らかった物ではないと分かる。

 

「モモイ」

 

変な話し言葉になった機械仕掛けの少女。

部室にイヤ程散らかった様々なゲーム。

これらを総合して導き出した結論の答え合わせをすべく、一言、一方通行は正座している中の一人の名を重い声で呼び、

 

「コイツに何を仕込みやがったンですかテメェはァァァァアアアアアッッ!?」

「あぎゃああああああああああッッッ!!!」

 

左手でギッチリとアイアンクローを決めた。

同時に彼は後悔する。

昨日、モモイの熱意に負けてアリスを預けるのでは無かったと。

 

「何をどうしたらたった一日でここまで変えられるンですか英才教育やってンじゃねェよゲームは一日一時間って相場は決まってンですゥ!!」

「どこの保護者!!? と言うか先生だって遊びに来たら一時間じゃなくて四時間ぐらいここで遊んでるじゃあばばばばばばばギブギブギブギブッッッ!!!」

 

言い訳無用。それはそれ。

モモイの的外れな言い逃れに対し左手での締め付けを強くする。

ぎゃああああっと痛そうに叫ぶモモイが彼の手をパシパシと力無さげに叩くがそんな程度で解放される訳が無い。

 

一方通行とてアリスに言語教育を施すこと自体は悪く無いとは思う。

いつか通らねばならない道だったのだと思いはする。

 

だが。

だが。

 

これはこれ、それはそれだった。

 

「このままお仕置きだ、とりあえずその緩み切った頭を思いっきり締め直してやる」

「なんでわたしだけっっ!? あれ、ミドリとユズはぁぁああああああああああああああッッ!?」

 

ギチギチとこめかみを挟む手に悶絶しながらモモイは自身に降りかかる理不尽さに残り二名を巻き添えにしようと企み始める。

 

自分だけお仕置きされるのは納得いかない。

そう強かに主張するモモイを一蹴するように。

 

「ミドリとユズはアホみたいな事を最初に思いついたりしねェんだよこういう場合は基本モモイの方だって流石に俺も分かってるンですゥゥゥゥッッ!!」

 

現在モモイのみをターゲットにしている理由を述べた。

 

言いながらも、ユズとミドリがモモイを止められなかった事実。

一対一で暴走するモモイを抑制出来なかったのなら話は別だが、昨日の状況はどう考えても二対一。

モモイの暴走を抑えるチャンスは確実にあったにも関わらず、見ての通りアリスは完全に完成してしまっている事から考えるに、二人も多かれ少なかれアリスの英才教育に噛んだ可能性は高い。

と言うか、確実だった。

 

なので。

 

「とはいえお前等にも原因は複数あるよなァ。つゥ訳でミドリ、ユズ。お前達は今度シャーレに来た時エンジニア部特性のお仕置きマシーンにブチ込ンでやるから覚悟しろォ」

「お、お仕置き……マシーン…………?」

「えっっ!? そ、そそれってあの、くすぐりマシーンの事なんじゃ……」

 

ビクッッ! と、彼が放った言葉の意味が分からずユズが聞き返し、その機械について見聞がある風なミドリが何故だか顔を赤くしながらシャーレに置かれているある機器を使うつもりなのかと一方通行に問い合わせた。

 

何で顔を赤くしているのか彼はわからなかったが、成程知っているなら話は早かった。

天高く、雲の上まで突き抜ける程の巨大さを誇るシャーレの面積は見た目通り、いやそれ以上に広い。

 

使ってない部屋は数え切れない程。

なので、一部の部屋は生徒の私物が置かれていたりもする。

 

その使われていない部屋の一つ二つを、エンジニア部の三名が自分達の制作物を置く専用部屋にした場所がある。

 

一つはミレニアムから持ってきた物を置く倉庫部屋。

一つは、シャーレで作った大型機械を保管する部屋。

 

その内の、シャーレで作った大型機械を保管する部屋に、彼女達が作った『ボックス型マッサージマシン』がある。

 

その名の通り対象を気の済むまで百や二百を超えるマニュピレータハンドで全身マッサージするのが本来の用途だが、エンジニア部のいつもの悪癖がこのマシンにも炸裂している。

 

対象をマッサージすると言う用途を曲解したかのように、このマシンにはボックスの中にあるそのハンドでマッサージではなく、ひたすら延々に決められた時間全身をくすぐり続けるという、果たして誰がこの機能を欲しがったのかと疑問に思うしかない変な機能が存在する。

 

テストとしてユウカが一度入ったらしいが、終わった後オフィスに顔を出す事無く帰って行ったので何が起きたのか詳細は知らない。

だが、後日モモトークにて『あれはダメです。絶対に他の子に使わないで下さい』『あれは地獄です』『汗びっしょりで顔を出せませんでした』『後その……色々と、先生に見せられる姿じゃ無かったので……』等と送られて来ていた。

 

一方通行としてはこの時点で破棄しても良かったのだが、ウタハ達三人の希望及び、まあ一部屋ぐらい埋められてもシャーレの機能としては何一つ問題は無いという判断から、そのマッサージマシンは捨てられずに残っている。

 

基本的に使う事は無いと思っていたが、どうやら使い道が出来たようだった。

 

被検体であるユウカは無事だった。

その上で地獄を見たという証言を聞いている。

 

お仕置きとして使う分にはピッタリの条件だった。

だが、何故ミドリがそれを知っていたのかについては不明。

適当にエンジニア部の誰かから聞いたんだろと一方通行は納得した所で。

 

「よォく知ってるじゃねェか。たっぷり一時間使ってやるから反省しろォ」

 

ピシャリと、震えるユズと顔を赤くしているミドリに告げる。

 

「う、ぅぅうううう…………っ! で、でもくすぐりなら……受け……ます……」

 

ユズは素直だった。

歯止めが聞かなかった自分自身に対する戒めも兼ねているのだろう。

後そんな酷い目に会う訳では無いという安心感もあったのかもしれない。

打算あれど、基本怖がりな彼女が素直に罰を受け止めた事に、十分程度で終わらせてやろうと一方通行は決める。

 

その一方で。

 

「あ、あああああれっっあれって! 確か、声とか……聞こえるような設計になってた、ような、気が、あ、ああああの。先生は、私の声って、良いと思いますか……?」

 

どういう訳かミドリは良く分からない方向にヒートアップしていた。

そして質問の意図も分からなかった。

何故だか少し嬉しそうにしているのも理解出来ない。

 

声が聞こえるようにしているのは安全上当たり前である。エンジニア部の三人が安全に配慮した機械設計を常日頃からしているのかはともかくとして、閉じ込め型の設計をしている以上最低限外に声が聞こえるぐらいはしているだろう。恐らく。きっと。

 

それを踏まえた上で、自分の声は良いですかと聞かれて、何と答えるのが最適解なのか今一つ一方通行には掴めなかった。

ミドリの声は聞き取りやすい。うるさくもないし静かすぎる訳でもないと思う。

しかしそれを今聞かれて、それをそのまま答えたとしてそれがどうしたと言うのだろう一方通行は考えずにはいられない。

 

どう答えれば良いんだ。

と言うか何を望んでいるんだ。

時間にしてコンマ数秒程、適切な回答を探しあぐねていると。

 

「で、出来れば先生と二人っきりの時に……あの、あのあのあの……っ! …………はい。受けます」

 

一方通行から答えを聞く前に顔から煙を吹き出して俯いた後、静かな声でそう頷いた。

彼の頭に中にクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。

何やら勝手に疑問を作っては勝手に解決した気配がある。

自分が介入する意味はまるで無かったようだった。

 

どちらにせよ、変な方向にやる気があるなら予定通り一時間執行してやろうと心に誓いつつ。

 

「あ、モモイは当然二時間な」

 

一番仕置きをしなければならない人物に情け容赦ない一言を浴びせた。

 

「ひどいぃぃいいいいっっ!! 私の事痛めつけたまま冷静に二人と話した挙句どうして私だけ時間が倍ぃぃいいいいいいいいィィ!? 扱いがッッ! 扱いが違うぅぅぅうううううううッッ!!!」

 

朝早くから、ミレニアムのゲーム開発部にてモモイの悲鳴が響き渡る。

そしてそれは、ミレニアムサイエンススクールにて巻き起こる長い一日の始まりでもあった。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「…………」

 

その日、早瀬ユウカは朝からその心を乱されていた。

セミナーに赴くその足取りは重く、顔色も優れていない。

 

体調が悪い訳では無かった。

徹夜をした訳でも無かった。

 

だが、彼女は先日満足な睡眠を取れていなかったのもまた事実だった。

忙しかったのではなく、ただ単純に寝れなかっただけ。

 

しかし今のユウカに付き纏う例えようのない気怠さが、決して睡眠不足から来る物ではない事だけは彼女自身分かっていた。

 

はぁ。と、彼女は早朝にもかかわらずため息を漏らす。数えてこれが十一度目。

歩きながら、徐に彼女はタブレットを取り出し、カレンダーを表示する。

 

目で追うのは、赤い丸で囲んだとある日付。

それは、彼女が次にシャーレに行く日を指し示していた。

 

「先生……」

 

自然と、言おうとした訳でもないそれが口から零れる。

会いたい。と、素直に思った。

先生の隣で仕事をして、話したりがしたいと願った。

 

だが、それが叶うまで、あと三日もある。

それが今のユウカには、とても耐えられる物じゃなかった。

 

用事は無いけど会いに行きたいが、シャーレに行く者同士の取り決めでそれはご法度とされている。

仕事の邪魔だから。と言えば聞こえは良いが、その実は先生との時間を奪われたくないだけ。

 

言い換えればそれは、自分と同じように先生を狙っている少女が誰なのかを必然的に教えているような物であったが、ユウカ自身逆の立場になった場合邪魔されたくはないのでそれを受け入れるしかなかった。

結果的に、自分や、自分と同じ類の感情を先生に向ける生徒全員は、次にシャーレに行ける日まで悶々とした毎日を過ごさなければならないようになってしまっている。

 

一日のありがたさと引き換えに一週間分苦しまなければならないこの制度に、現在ユウカは今までよりも一番苦痛を味わっていた。

 

同時に思い起こされる。

昨日の記憶を。

自分にとって、衝撃でしか無かった記憶を。

 

…………。

…………。

 

『大規模変数分析装置──a.k.a──未来観測機関『(しん)』が実行されました』

 

『この機関は、収集したデータを基に変化やそこから生まれる予測値を計算し、実現性が最も高い可能性を出力します』

 

『どんな未来が知りたいか、何でもお聞きください』

 

何週間、あるいは何か月ぶりかに起動させた『讖』から、お決まりの音声が出力される。

それは『讖』が入力を受け付ける段階に入った事を意味し、つまり全ての準備が整った事を示している。

その音声に、ユウカは肺から空気を大きく一つ吐き出した。

 

一番最初に使用した時は役立たずな返答しか返ってこなかった。

故に今回もそうである可能性は高い。

言い聞かせる。ユウカは己にそう言い聞かせる。

 

もう一度。

今一度。

これは確実な事は言わない。

適当な事しか言わない。

だから変に期待するだけ無駄。

出力されるのはただの占い。

どこにでもあるような普通の占い。

圧倒的高性能なシステムから、名称だけやたらと高尚そうなシステムから言い渡されるだけ。

 

何度も何度もそう言い聞かせる。

 

だというのに、胸の高鳴りは抑えられそうに無かった。

心臓の鼓動が聞こえてきそうな程にうるさい。

暑くも無いのに汗が額から流れる。

 

大したことを聞くつもりはない。

先生と自分が今後どうなるかを聞きたいだけ。

ただそれだけなのに、言葉を彼女は詰まらせていた。

言葉が出てこない。

自身の望むように口が動かない。

 

ここには自分以外誰もいない。

何を言おうが誰の耳にも届かない。

そんな事は分かっている。

分かっているのに、彼女は望みの言葉を言えなかった。

 

それから彼女は自分と戦った。

十秒、十五秒。

言いたい気持ち。聞きたい気持ち。しかし言葉にするのが恥ずかしい気持ち。

それらと戦い、苦悩し、格闘し。

 

やがて、やがて覚悟を決めたのか、だがそれでも結局恥ずかしさを隠しきれないのか、彼女は他の誰かが聞いたら驚きを隠せない顔になってしまう程に、か細く弱い声で。

 

「せ、先生と……どうやったら……もっと仲良く、なれます、か……?」

 

いじらしさ満点の雰囲気で、恥ずかしさで頬を紅潮させつつもそう『讖』に質問した。

 

冷静に考えた場合、この答えに対し『讖』が回答出来る物は存在しない。

『先生』とは誰なのかを『讖』が知る筈がないからだ。

男なのか女なのか。本名は性格は生年月日は。それを知らなければ相性を調べるもクソも無い。

そもそも早瀬ユウカと『先生』の相性を調べるにして、大前提の『早瀬ユウカ』の詳細すらユウカは伝えていない。そして頭の痛い事にユウカ自身先生の本名も年齢も知らない。

 

つまり、初めからこの問いは成立していない。

本来なら簡単に気付くポカをユウカは気付いていなかった。

気付く事すら出来ない程に彼女の心に余裕は無かった。

 

『リクエストを受け取りました、未来予測を開始します』

 

機械的な音声が流れる。

それは、彼女の声をしっかりと『讖』が聞き取った証拠であり。

同時に、今後の彼女の運命を決める占いが始まったことを意味していた。

 

直後、ユウカの呼吸が荒くなる。

右手が、自然と胸に置かれる。

答えが返って来るまでの、短くて長い時間が始まる。

 

言った。

言ってしまった。

もう戻れない。

もう訂正は出来ない。

 

出来る事は待つだけ。

ひたすら待ち続けるだけ。

 

何て返事が返って来る? 

どんな未来が待ってると言われる? 

 

心臓音が最高潮に達する。

一秒一秒が非常に長く感じる。

 

ドキドキと不安と恐怖、そしてもしかしたらと言う期待。

ありとあらゆる感情がぐちゃまぜになって形容し難い物が渦巻く最中、

 

ポン。と、『讖』から音が響く。

 

『演算を完了しました』

 

ビクッッ。と、それだけでユウカの背が跳ねた。

何が言い放たれるのか。

どんな結論を出してくるのか。

 

言い聞かせる。

ひたすら、ひたすらに言い聞かせる。

良い結果が出てもこれは占い。

悪い結果が出てもこれは占い。

 

だからどんな結果になったとしても直接的な影響は無い。

だから大丈夫。大丈夫。

 

悪い結果が出てもショックを受けない様、出来る限りの手段で気持ちを整えようとする。

その、刹那。

 

『演算結果、『先生』との関係は、断つ事をオススメします』

「……へ?」

 

予想だにしていない音声が、『讖』から流れ始めた。

 

『あなたは『先生』の傍にいると遠くない未来、楽園へと至る道の途中で身を滅ぼします。その身はその身として『有る』だけの存在へと変貌します』

「な……なに……?」

 

知らない。

知らない。

知らない知らない。

 

以前使用した時、『讖』はこんな物を喋らなかった。

占い機としての機能しか果たさなかった。

じゃあこれは一体何だ。

 

「う、占い……よね? これって、占いの結果……なのよね?」

 

一歩、引き下がりながら、今までとは違う種類の汗を額から落としながらユウカは震える声で己に言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。

 

これは占い。

『讖』が言っているのはただの占いに違いない。

 

だってこれはそれしか機能がない完成品。

高級な部品を贅沢に使用した占いする事しか役割が無い代物。

 

ユウカは渡された設計図通りに『讖』を完成させた。

そこに見落としは無く、故に異常行動が起きる筈も無い。

 

正真正銘、『讖』は占いをする事以外に出来る機能は無いシステムなのだ。

 

だが、だがしかし。

これは、これではまるで占いではなく予言ではないか。

未来観測機関としての本領を発揮しているようにしか、聞こえないではないか。

 

そう、思ってしまう。

そう、考えてしまう。

 

『早瀬ユウカ、才羽ミドリ、黒舘ハルナ、空崎ヒナ、狐坂ワカモ、砂────』

「うるさいっっっ!!! それ以上何も言わないでッッ!!!!!」

 

思わず、もしくは咄嗟にユウカは声を張り上げた。

聞きたくない。そんな未来なんて聞きたくない。

 

だが、『讖』は彼女の言葉に耳を傾ける人間らしさを持つ筈も無く。

 

『────。以上七名の生徒は、『先生』と関わるべきではない。即座に関係を絶つべきです』

 

機械的に淡々と自身の演算結果が導き出した答えを語った。

そしてそれ以降、『讖』は演算結果の出力を終了したのかそれ以降何も言わなくなる。

 

残されたのは、打ちひしがれたかのように膝を突いて崩れるユウカ一人だけ。

 

「あ……ぁあ……」

 

力無く、言葉になってない声を部屋に流す。

 

実感した。

痛感した。

『讖』が言っていることは本物だ。

今、この機械は間違いなく未来を予想した。

 

高確率で未来を当てる未来観測機関『讖』。

高確率である以上、外れる可能性も十分にある。

 

楽園へと至る道とはなんなのか。

身を滅ぼすのとその身がその身として『有り』続けるだけの存在になるとは何なのか。

思い返せば思い返す程頭が痛くなる。

 

荒唐無稽な話だと単純に終わらせたい気持ちがひしひしと訴えて来る。

そんな未来ある訳が無い。

否、そうであって欲しいとユウカの心は願っている。

 

だが、だがしかし。

『讖』は自分の知らない少女の名前を挙げた。

知ってる少女の名前も挙げた。

 

その事実が、彼女に信頼性を不幸にも与える。

彼女の心に影が落ちる。

『讖』が放った未来が来るかもしれないと、恐怖する日々を送る事になる。

来てほしくない未来が来るかもしれないと、怯える毎日を過ごす事になる。

 

 

この事を誰かに言える訳がない。

誰にも言える訳がない。

 

先生にも。

名前が挙がった少女達にも。

 

抱え込むしかない。

抱え込んで、毎日を過ごすしかない。

 

ホロ……と、ユウカの瞳から涙が堕ちる。

あれ。と思ったのも束の間、それは瞬く間に溢れ出していく。

 

ああ。

ああ。

 

泣いている事に気付いたユウカは、今度こそ嗚咽する。

 

未来を占わなければ良かった。

『讖』を使わなければ良かった。

予言を聞かなければ良かった。

抜け駆けしようと考えなければ良かった。

 

「私は……どう、すれば……」

 

先生。

先生。

先生。

 

「先生……助けて…………っっ!」

 

誰にも声が届かない場所で静かに放たれたそれは、誰の耳にも届かぬままひっそりと音に乗って消えていく。

 

その日、彼女はセミナーの仕事に戻る事無く帰宅し、ノアにメッセージで軽くごめんと謝罪するだけに留め、それ以上連絡を取り合おうとはしなかった。

 

それが、ユウカが昨日送った日常。

二度と戻れない日常の、最後の一日だった。

 

 

 

 









趣味と実益を兼ねた二十二話です。気付けば結構な文字数になっております。
おかしい、七千程で納める筈だったのに。多分モモミドユズのお仕置き説明パートが余計。でもあれは実益的に必要だったんだ……っ!

メインストーリーに関してですが、今回のアリスパートを見ても分かる通り、一方通行、つまり主人公が介入しない部分はメインストーリーを呼んでる前提としてすっ飛ばしてます。
そして今後もこの方針は続きます。
アリスがいかにアリスとして成っていくかはほぼ全カットという凄まじさ。

捕捉として説明するとアリスはゲーム開発部が作ったゲームに強制的に挑戦させられ、それを楽しいと言ってしまったが為にモモ、ミド、ユズに徹底的に好きなゲームをそれぞれ紹介されました。
そしてそれを徹夜で遊び倒しました。そしてアリスは完成した。


これ書かなくて大丈夫かな? とは思う物の全部書いてたら文字数えぐい事になってしまうので致し方なし。

ヒナちゃんは絆ストーリーをなぞらえた話が、そしてユウカパートは『讖』に関する話が展開してます。なんかきな臭くなってきたな? でもこれまだまだ先の話なんだよな。

次回はいよいよアリスが光の武器を手にする時。
まだまだ穏やかな日常回です。



エンジニア部がそろって不在。都合よくするために書いたけどそんな事あるかな? まあ、ご都合主義って事でここはひとつ。……。





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光の剣を抜け

 

 

「うきゅぅぅぅう…………」

 

ゲーム開発部の部室で、床で突っ伏すモモイが潰れた小動物のようなか細い声を上げている。

そろそろ勘弁してやるかと言う一方通行の慈悲により、漸くにしてお仕置きから解放された直後の光景だった。

 

「うぅぅ先生のバカぁ……。惚れた女の子を虐めるムーブが認められるのは小学生までだよぉ……」

「誰がお前みたいなクソガキに惚れる奴がいるンだァ? 寝言は寝て言えってンだ」

「ミドリにならこんな事しない癖にぃ……」

「そりゃ理由がねェからなァ」

 

ぐすぐすと明らかにウソ泣きを披露するモモイを投げやりな態度で一方通行はいなす。

 

話し半分、いや一割程度も彼女の言い分を聞いていなかった一方通行は、謎にミドリを比較対象にしたモモイの不可解極まりない発言に対し気にする素振りも見せなかった。

 

それはモモイなりのミドリに対するサポートのつもりだったのだが、敢え無く効果無しとなってしまったらしい。

お姉ちゃん……。とミドリが恥ずかしそうに呟いてる横で彼はアリスから意気揚々と手渡された彼女の顔と名前が刻まれた学生証を眺めながら一方通行はモモイ達の手際の良さと強かさに嘆息する。

 

「つゥか、いつの間に制服を用意したンだァ? おまけに学生証まで作り上げてるじゃねェか」

 

『天童アリス』

 

学生証にはそんな名前が刻まれていた。

恐らくこの調子なら生徒名簿にも名前が刻まれているのだろう。

無論、モモイ達にそのような芸当が出来る訳がない。

ヴェリタスが一枚噛ンでやがるな。と、一方通行はモモイの協力者たる数名の顔を思い浮かべる。

 

「はい! これでアリスは正式な仲間としてパーティに加わりました!」

 

一方通行を眺めるアリスは嬉しそうな顔をしていた。

パンパカパーンと自分で音声を発しながら喋るその様子はモモイ達の英才教育が完全に成功している証左に他ならない。

 

頭が痛くなるような感覚が走るが、本人が満足しているならこれ以上何かを言うのはご法度なのだろうなと、一方通行は彼女の口調についてはこれ以上何も言わない事を決める。

 

それに一々堅苦しい物言いで喋るよりかはこっちの方が人付き合い的には良いかもしれない。

どっちにしろミレニアムに彼女を置いておくように話を進めるのなら、これぐらいの偽装は必須事項であるかと、結果的にモモイの判断は正解だったなと一方通行は内心思う。

 

「で、俺を呼ンだ理由は? 『廃墟』にもう一度行くからで良いのか?」

「あ、あ~~……。ん~~~~……」

 

理由を聞き出した途端、モモイが途端に口を閉ざし始めた。

そのまま彼女は何かを考える様に頭を捻らせた後。

 

ピコッッ!! と、まるで良い理由を考え付いたかのように快活な笑顔を見せると。

 

「それなんだけどね。まずはアリスに専用の武器を渡そうかなって。武器の一つは持ってないと色々と難しいからさ」

 

何とも世紀末な発言を繰り出した。

キヴォトスで過ごす以上彼女が言っている事は至極正しいのだが、銃社会ではない世界に住んでいた一方通行の常識からするとモモイが語った内容はぶっ飛んでいるにも程がある。

しかしここは同じ学園都市でも一方通行が良く知る学園都市ではない。

 

キヴォトス。

生徒の誰も彼もが銃を所持し、そこかしこでいざこざが起きる場所。

その場所で何か揉め事が有っても対処出来る様にアリスに武器を支給する。

モモイ達の常識に則って考えた場合あまりにも真っ当な提案だった。

 

同時に、じゃあさっき言い澱んだのは何だったのかと一方通行は思う。

何かをはぐらかされてるような気配がこれでもかと感じるが、今そこに言及しても意味は無いかと、一方通行は一端彼女の思惑に踊らされる事を選ぶ。

何か変な事があったらその時に聞けば良い。モモイが悪知恵を働かせた程度の策略ならばどうせ大した物でもないだろう。

 

「つまりあいつ等に融通を利かせろってかァ?」

「そういうこと!! 流石先生話が分かる!」

 

気持ちの悪い煽てに一方通行は苦い顔を浮かべて何かを振り払うジェスチャーで返事をする。

だが一々考えていても仕方ない事だなと早々に一方通行は考える事を止め、とりあえずやる事は決まったな。と、一足先に部室を後にし始める。

 

その傍ら、

 

「ユズはどォする」

 

一人の少女の名を呼んだ。

 

「え、えっと……お留守番……でも、良いですか……?」

 

呼ばれた少女は、もじもじと人差し指同士を擦り合わせながら、申し訳なさそうな声色でそれでもハッキリと自分の要望を口にした。

 

分かった。と、一方通行は簡素な返事を返す。

最初から彼女は同行して来ないである事は予想していたが、それでもハッキリと声に出す事は進歩だなとその姿勢に一方通行は評価を下す。

 

「じゃァ行くぞ。時間が無ェんだろ」

 

言いながら、今度こそ一方通行は部室を後にする。

 

モモイが何を考えたかはともかく、ミレニアムプライスで成果を出さなければならないゲーム開発部が使える自由時間は限りなく少ないのは事実だ。

一分一秒の時間が生死を分ける段階に入っている。もしくはもう入る寸前なのは間違いない。

 

ここで普通の人間ならば自分達の状況をまず何とかする。

その後アリスに関するいざこざを解決するのが一番賢い判断だろう。

なのにこの三人は誰一人反対意見を出す事無くアリスの事を最優先事項にしている。

 

それが正しいのかどうかはともかくとして、仕方ない出来る限り協力してやるかと一方通行が思ってしまう程度には三人に肩入れしていた。

そもそもの話として、朝が壊滅的に弱い一方通行が時計の短針が八を指す前にミレニアムにやって来ている。これ事態が彼なりにゲーム開発部の手助けをしたいという意思の表れに他ならない。

 

結局、アリスがいようがいまいが協力する事実に変わりは無いのだ。

ただ少しだけやる気のメーターが上がったぐらい。

少しだけ、ダメになったらダメになったでどうにかしてやろうかと思ったぐらい。

 

面倒くせェ。と口癖のように吐き捨てながらも、彼なりにミドリ達を助けてやろうと考えていた矢先。

 

「あ、部室の存続はアリスが入ったから確定オーケーなんだよ先生! なので時間制限はもう意味が無い物になっちゃったんだよね!」

「……は?」

 

彼が抱いた決意を全て無駄にするかの如き明瞭快活なモモイの声が部室内にこれでもかと響き渡った。

 

 

 

 

──────────────────―

 

 

 

部活を継続し続ける条件は主に二つの内どちらか片方を満たさなければならない。

 

一つ目は部員を四人以上確保している事。

二つ目はミレニアムにおいて部としての成果を証明する事。

 

ゲーム開発部は四人以上の部員を長い間確保できなかった為、ユウカからとうとう雷を喰らい後者を用いて部活を存続させなければならない事態に陥った

 

が、今回目出度くアリスが加入した事により、四人以上の部員を確保できてしまった為ミレニアムプライスに作品を出品する必要も無ければ、G.Bible捜索に『廃墟』に赴く必要も無くなった。

 

有り体に言ってしまえばめでたしめでたし。と言う話である。

 

(まァ加入したと言ってもこの様子じゃモモイが強引に加入させたンだろォがなァ)

 

まさかアリスが自主的に入る筈が無いと、一方通行はどうせモモイを筆頭にした三人の口車に乗せられたなと昨日部室で起きていたであろう出来事を推測する。

何せアリスは先日まで『廃墟』でひたすら機能を落として眠り続けていたアンドロイドだ。『ゲーム』と言う単語を知ったのも体験したのも先日からの事だろう。そんな彼女が部活という物に、ゲーム開発という物に興味を持つ確率は極めてゼロに近い。

 

とは言えどんな形であれ加入は加入。

追い出される危機は過ぎ去った事に一方通行はほんの僅かな安堵と、同時にとんでもない質量の疲れに襲われていた。

 

理由は単純。自分の頑張りが全て一瞬でパーにされたからである。

 

何のために誰の為にこんな朝早くからミレニアムにやって来たと思ってるんだとボヤきたいのを必死で我慢しながら彼はエンジニア部の部室でコーヒーを飲みながら目の前で繰り広げられているワチャワチャ劇を傍観していた。

 

「武器の強さは勝敗を分かつ大事な分岐点だ。それを確固とする為にここ、エンジニア部を選んだのは正しい選択と言える。そっちの方に私達が作った多くの試作品が並べられているから好きなのを持って行くと良い」

 

アリスの武器を調達する場所としてエンジニア部を選んでくれたことが嬉しかったのか、ウタハは上機嫌で部屋の隅に置かれている数多の武器コーナーを紹介していた。

ありがとう先輩とお礼を言うモモイは早速アリスを引き連れてそのコーナーを物色し始める。

 

「ショットガン……いやぁ趣味じゃないなぁ。えーとこれは……多連装式携行ロケットランチャー!? 電話機能付き!? ダメダメ! 普段使いする武器じゃないよ! 却下却下! え? アリス何? その隣? これどっからどう見てもネズミ花火じゃん! 何でこれが武器扱いされてるの!? 全員の目を一瞬点にさせることしか出来ないよ!」

 

物騒な物がありありと並べられている横にちんまりと置いてあったネズミ花火らしき物体を手に取りながらモモイが叫ぶ。

 

「あ、それはネズミ花火を装った爆弾だよ。半径二十メートルを範囲にあらゆる物を跡形も無く吹っ飛ばせる代物さ。欠点は投げたと同時に爆発するから自分も身を守れない事だね」

「大惨事じゃん何でこんなの作ったの!? と言うか何でこんな物を置いてるの!?」

「捨てるのが面倒く……勿体無くてね。後処理も色々気にしないといけないし」

「ほぼほぼ言ったよ面倒臭いって言ってるよ! 私達が部室ごと吹っ飛ぶ寸前だったの分かってる先輩!?」

 

このやり取り見覚えがあるな。と言うかここにやって来く度に一回は経由しているやり取りだな。等と一方通行は他人事目線でモモイミドリの奮闘劇を眺める。

 

エンジニア部は優秀なメンバー揃いではあり、制作している有益な武器や制作物もそれなりの数が存在しているのだが、いかんせん彼女達の基本概念として明後日の方向に思考をぶっ飛ばしてアイデア製品を作る故に弊害として欠陥品も多く製造してしまっている。

 

明後日の思考と彼女達の技術がガッチリと噛み合って生み出された便利な道具や武器はとことん使える物である為、その利便性の高い製造品ばかりに注目が集まり、その下に埋もれている数多の危険物が表出化していないだけで、彼女達の制作物にはどうしてこんな物を作ったのか疑問でならない物がそれなりに存在している。

 

チラリと、一方通行は机の上に置いてあるコーヒーメーカーを見やる。

これも一見ただのコーヒーメーカーだが、製作者であるヒビキ曰く無駄に録音機能とジャミング機能。そしてボタン一つで爆発し熱々のコーヒーを周囲にぶちまける侵入者撃退機能が備わってるらしい。

 

彼女達と密接な協力関係にある一方通行自身が思うのも何だが、この三人は優秀であると同時に危険人物である事は意識しなければならない。このコーヒーメーカーもその証拠の一つだ。

 

意図的に危険な事をしたいという訳でなく、各々の純粋な『好き』や『これやりたい』がこれでもかと詰め込んだ結果良い方に悪い方に行ったり来たりをしているのも性質が悪い。

 

「何故なら試作品だからね。色々と作ってはここでほう……溜めてるのさ」

「放置って言った! 今放置まで言いかけたよこの人!! ねえこれ大丈夫! 全部ガラクタだったりしないお姉ちゃん!! 本当にエンジニア部で良かった!?」

 

涙目で姉の肩を揺するミドリと白目で呆けるモモイ。

あらゆる武器を手にとっては逐一入るウタハの解説に適宜ツッコミを入れる様子は遊んでいるとしか形容出来ない物だったが、一方で今回の主役であるアリスは喜怒哀楽のどれとも分別出来ない表情で、興味をそそられない物を見続けているような面立ちでじーっとあらゆる武器を物色し続けている。

 

困っている。

悩んでいる。

迷っている。

 

どれも正解であってどれも間違いなのだろうなと、一方通行はアリスが内情に秘めている感情に心を馳せつつコーヒーを喉に通す。

 

重ねて言うがアリスが目覚めたのは昨日だ。

そして彼女に言語能力自体はあってもそこに『個』は無かった。

目覚めたばかりのアリスは、ただ与えられたプログラムによる最低限な会話だけが出来る存在だった。

 

それはつまり彼女には何も与えられていなかった、もしくは全て記憶を消去されているであろう事が推測できる。どちらにせよ結論を言えば彼女は現在『何も知らない』のだ。

 

そんな彼女にどの武器が良いか? なんて聞かれても答えられる訳も無ければ選べる筈も無い。

現在のアリスは男が興味ない女性物のアクセサリーを通りがかりの際に暇つぶしとしてウィンドウショッピングしているような状態だった。

 

様々な飾りや色合いで綺麗さを表現しながら綺麗に並べられているアクセサリーを見て全体的に良いなと思う事は出来る物の、それをどう使うのが、その中のどれが一番人気なのかを推し量る事は出来ない。故に特段興味を覚える訳もない。

 

アリスも同じだった。

様々な武器を見て大きいか小さいか。強そうに見えるか見えないかと言った、『目で追える分の情報』は最低限知ることが出来る物の、使いやすさや機能性等、知識が無いと分かる筈も無い場所にはてんで処理が追い付かない。追いつかないから分からない。分からないから並べられたものを目で追うだけ。

これでは武器を選ぶにも選びようが無かった。

 

「やあ……。どうやら困っているみたいだから、良ければ私が見繕ってあげる……」

 

そんな彼女に助け舟が入る。

悩む彼女に救済の手を差し向けたのはヒビキだった。

ヒビキの言葉にアリスが頷き終える前に既に粗方目星は付けていたのか、置かれている武器の中から一つを取り出し、アリスに差し出す。

 

差し出されたそれは、どこにでもありそうな拳銃だった。

 

「見た所あまり戦闘経験は無さそうだから……手頃に拳銃とかどう……?」

 

アリスの悩む仕草からそもそも武器に対する知識が薄い事を察したらしいヒビキは、銃という武器カテゴリの中で最も手頃で扱いやすい拳銃を彼女に勧めた。

 

いずれ何かの武器に持ち替えるにせよ、最初はこれが一番良いとするヒビキの判断は正しい。

だが、ヒビキが口に出した『戦闘経験』と言う単語が、思わぬ方向で話をややこしくさせる事になっていく。

 

「その言葉は否定します。アリスはこれまで人類を二十七回救い、魔王軍と四十六回に渡る戦闘を行い、三桁を超えるダンジョン探索を行って来ました。戦闘経験はそれなりに豊富です」

 

聞こえて来たアリスの言葉に耳を疑い、反射的に目を向ける一方通行。

そこにはアリスの発言に共感性羞恥か顔を赤くしてあぁあぁ……っ! と震えるミドリがいて。

 

「そ、それは、凄いね……」

 

若干引くように笑うヒビキがいた。

しかしそれも一瞬で、彼女は一つ、自分を落ち着かせるようにコホンと咳を一つ払うと、

 

「とにかく、やっぱり銃器を使用した経験はなさそう……だったらやっぱり一番最初に使う武器は取り回しが良い拳銃が良い……。これはプラスチック製だから反動も少ないし、この拳銃特有の、ミレニアム史上唯一無二のオリジナル機能も搭載している」

 

改めてこの武器がアリスが最初に扱うには一番良いと推し始めた。

その語りから聞くに、彼女が持ってる拳銃はヒビキ自身が製造したのだろう。機能性を説明する彼女の口調には自信が溢れていた。

 

だが、その自信は二分の一の確率で違う方向に流れてしまうのを一方通行は知っている。

果たしてこの武器は良い方向に転がった結果物かそれとも悪い方向にぶっ飛んだ異物か、聞いて確かめてやろうと彼は彼女の説明に耳を傾け始める。

 

「なんとこの武器には、『Bluetooth』機能が搭載されている。これで音楽鑑賞やファイルの転送も自由自在。おまけにNFC機能まで付いてるからコンビニ決済だって可能……こんな機能が付いた武器、ミレニアムのどこにも存在していない。正真正銘の一品物だよ」

 

お出しされたのは間違いなく後者の方だった。

百歩、千歩譲って『Bluetooth』機能は必要の有無はともかくとしてその機能を持たせているのは良いだろう。

しかし何処の誰が拳銃で決済しようと考える奴がいるのだろうか。

銃にその機能を持たしたとして、その機能で支払う為にレジで銃を取り出した時、果たしてそれが本当に金を支払う為に持ち出したのだろうとコンビニの店員が思うかと言われたら答えは否でしかない。

 

どう考えても脅されてると思うだろう。

金は払わない。だが商品は貰っていく。反抗するなら撃つ。

強盗が行う行動三拍子が一連の動作の中で綺麗に収まってしまっている。

 

論外だなこれは。と、言葉に出さず一方通行が事の成り行きを見守っていると、突如アリスがピコッ! と何かを見つけたかのようにトテトテとある場所目掛けて歩き出した。どうやらアリス的にもヒビキの説明はお気に召さなかったようだった。

 

そんな……自信作なのにと謎に落ち込むヒビキを他所に、アリスは多々ある武器の中からある一つの物をじーっと見つめだす。その武器を見つめるアリスの表情は今までとは違い、好奇心が外からでも感じ取れるほど溢れていた。

 

アリスがある一つの武器に興味を持っている。

ほぉ、と、その事実に一方通行は声を漏らし、彼自身も何を見ているのか興味が湧いた。

徐に立ち上がり、カツッと、杖をついて歩き出そうとした所で、お目が高いとエンジニア部員三人目。豊美コトリが嬉しそうにアリスの方へと歩み寄り創める。

 

「これはエンジニア部の上半期の予算約七十パーセントをかけて作られたエンジニア部の野心作『宇宙戦艦搭載用レールガン』です!!」

「え、えっと……?」

 

彼女の力説にアリスはどう言葉を返して良いのか分からない様子だった。

同時に一方通行もアリスがいる場所に辿り着き、たった今コトリが紹介した武器に目を向け、オイオイとついそんな言葉が漏れる。

 

『それ』は銃とはとても言えない程の巨大さを誇っていた。

全長は一方通行の身長と殆ど変わらない。

銃口も両手を突っ込んで尚余裕がある程に大きい。

 

銃では無く『大砲』。

そう言い現わした方が正しいと思うぐらいにそれは規格外だった。

 

(『超電磁砲(レールガン)』ねェ。おまけに宇宙戦艦用だと? 夢物語はともかくとして、確かにこいつは人間が担ぐ目的で作られてねェな』

 

彼女が言い放った宇宙戦艦用というのも頷ける。

そんな物が存在している筈が無いという前提は置いておいて、宇宙戦艦と言う要素を一旦考えないにせよ、これは人間が扱う事を全く想定していない代物である事は確かだった。

 

「エンジニア部では今、ヘリや汎用作業ロボットに続いて宇宙戦艦の開発を目標としているのです! そしてこのレールガンはその最初の一歩です! 大気圏外での運用を想定して開発されたビーム兵器! これこそミレニアム史上明らかに類を見ない初の試みです!」

 

宇宙戦艦を開発する為のまず最初の一歩が武装の開発なのはどうなのだろうと話を聞く一方通行は純粋に思う。おまけにこれ一本で既に予算の七十パーセントを使用していると来た。宇宙戦艦なのだから武装はこれ一門だけでは済まない事も踏まえると、本来の目的である宇宙戦艦を完成するまで途方もない時間が掛かるのは確定だった。

と言うかどう考えても完成しないだろう。

 

じゃあどうしてそんな後先考えずに『超電磁砲(レールガン)』を完成させてしまったのか。

分かりたくないがこの三人と付き合いが長い一方通行には分かってしまう。

 

どうしてそんな物をと聞けば全員が口を揃えてこう言うのだろう。

ロマンだからだ。と。

 

「エンジニア部の情熱と技術の全てがつぎ込まれたこの武器には立派な正式名称があります!」

 

胸を張りながらそう語るコトリに、アリスは少しばかり目を輝かせていた。

いつの間にか彼女の力説を聞いていたミドリ、モモイも彼女の勿体ぶりにゴクリと喉を鳴らす。

 

「その名も、光の剣『スーパーノヴァ』」

「ッッッッ!!! ひ、光の……剣……ッ!?」

「わ、アリスの目がこれまで以上にキラキラに!!」

「アリスちゃんがこんなに興奮してるの、初めて見たかも……っ!」

 

語られた名前、スーパーノヴァという単語に一番目を輝かせたのは他でもないアリスだった。

その名前を聞いた途端、彼女は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに小さくはしゃぎ始めている。

彼女がここまで感情豊かになっているのを見たのは初めてだった。

モモイ、ミドリもそうだったようで、彼女達もアリスが高揚している様子に驚きを露わにしている。

 

そのアリスはコトリが『スーパーノヴァ』と名付けている『超電磁砲(レールガン)』をまじまじと物欲しそうに見つめた後、

 

「これ、欲しいです……! とても! とっても欲しいです!」

 

アリスは初めて己の願望を口に出した。

え。と、彼女の言葉にウタハ、ヒビキ、コトリの三人から同時に驚いた様な声が飛び出す。

 

「偉大なる鋼鉄の職人よ。あの龍の息吹が欲しいのだ」

 

完全に『スーパーノヴァ』に惹き付けられたアリスはぐいっと、一歩ウタハ達に詰め寄りながら率直にこれが欲しいともう一度伝える。

その表情は宝物を見つけた子どものように輝きに満ちており、向けられた純真な瞳が彼女達三人に注がれる。

 

だが、アリスの表情とは打って変わって三人は苦い顔を浮かべたままだった。

どうしよう。

そう言いたげに三人は数秒ばかり顔を見合わせた後。

 

「申し訳ないがそれは出来ない」

 

エンジニア部の代表としてウタハが一言、アリスにこれを譲る事は出来ない事実を告げた。

 

「なんで!? この部屋にある物はどれでも良いから持って行ってって言ってくれたじゃん!」

 

聞いている側からすればあまりにもあんまりな仕打ちに、モモイから当然の指摘が入る。

実際ウタハ達は何でも好きなのを持っていいと言った。

アリスが目を付けた物を嬉々として紹介した。

 

ここまで丁寧に導線を引かれていざ欲しいと言ったらそれだけはダメだと言われたら抗議の一つもしたくなるだろう。

 

しかしそれは三人も分かっていたのか、ウタハがまずは落ち着いて聞いてくれとモモイを宥め、アリスに対して向き合うとその理由を語り始めた。

 

「先程も言った通りこれは宇宙戦艦に搭載する攻撃砲門の一つとして開発した。つまり重すぎるんだ。個人の火器として扱う事を想定されていない」

「つまり、持てないって事ですか?」

 

ミドリが聞き返し、ウタハがコクンと頷く。

 

「基本重量だけで百四十キロ。これに光学照準器とバッテリーを足した上で砲撃を行うと、瞬間的な反動は二百キロを超える」

 

「に……!?」

「ひゃく……!?」

 

ミドリとモモイが揃ってその重さに驚愕する。

成程その重さでは扱える筈も無いと一方通行はウタハ達が渋った理由に納得した。

 

人間が取り回せる武器の重量は限られている。

百キロのダンベルを持ち上げられる人間がいたとして、なら百キロの重量がある武器を持って戦えるかと言えば答えはノーだ。まず間違いなく武器に振り回される。

 

持ち上げるのと振り回すのは訳が違う。

重い物を持てば持つほど運動性能も低下し、体勢も崩しやすくなる。

 

まして扱うのが銃となれば狙いを絞る行程も考慮しなければならない。

ブレずに撃つ対象に狙いを定め、引き金を引く間も持ち上げる体制を維持する。

これが大砲としての用途で使うなら定点砲撃としての使い道も見出せたろうが、あろうことかアリスはこれを携行し、戦場を動き回る用の普段使いの武器として所望している。

 

アリスの身長以上もある巨大さを誇る『スーパーノヴァ』

理由を聞けば、ウタハ達がこれだけは渡せないというのも当然の様に頷ける。

彼女が扱うには、あまりにも過ぎた武器と言うしかないのが実際の所だった。

 

「カッコイイ。そう言ってくれただけで私達は嬉しいよ。本当ならあげたいくらいなんだ。でも……」

 

俯くウタハの声はこれ以上ない程に沈み切っていた。

本心なのだろう。

可能ならば渡してあげたいが、こればっかりはどうにもならない。

そんな気持ちがありありと滲み出ている。

 

一方通行も同じくで、これはアリスを説得する他にないなと、さてどうした物かと頭を悩ませ始めた時。

 

「汝、その言葉に一点の曇りも無いと誓えるか?」

 

問題の渦中にいるアリスは、落ち込む様子を見せるどころか良い事を聞いたと言わんばかりに笑顔でウタハに質問を始めた。

しかしウタハはアリスの質問の意味が分からなかったのか、もしくは彼女の言動が再び理解しにくい物へと変化したことによる戸惑いからなのか、分かりやすく頭にクエスチョンマークをいくつか浮かべていると。

 

「た、多分ですが『本当ですか?』って聞いてるんだと思います……!」

 

すかさずミドリからのフォローが入った。

ミドリの捕捉にウタハはああと、アリスの言葉を理解した後、勿論と続け、

 

「嘘を言ってはいないが……まさかあれを持ち上げるつもり、という事かい?」

「……っ!」

 

コクリと、ウタハの言葉にアリスは力強く無言で頷いた。

そのまま彼女は『スーパーノヴァ』の持ち手部分に手を添えると。

 

「この武器を抜く物……、此の地の覇者となるであろう!」

 

グッッッ、と力を込め始めた。

出来る訳が無い。

ウタハも、ヒビキもコトリも彼女の踏ん張る様子を見守りながらもどこか冷静な部分でそう判断する。

それはモモイもミドリも同様だった。

重いと思ったら手を離すんだよアリス。と、モモイから心配の声が投げられる。

 

一方通行は、何も言わなかった。

それは彼女達と同じく持ち上がる訳が無いと思っている気持ちが半分。

しかしそれと相半する感情が一つ、渦巻いているのも事実だった。

即ち、持ち上げられるかもしれないという気持ち。

それが一方通行の気持ちのもう半分を占めていた。

 

何せ彼女はアンドロイド。

人間ではない。人間そっくりの見た目で製造されたロボットだ。

だがアリスはロボットというにはあまりに人間的過ぎる。

 

感情もある。学習もする。ソレはあまりにも人にそっくりだ。

こんなロボットは学園都市にも存在しない。

 

自分達の常識外で動く存在。

そんな彼女に、自分達の常識を当て嵌めても意味が無い。

 

故に一方通行は何も言わず、成り行きを見届けるべくアリスが奮闘する様子を傍観する。

 

「んっっんんんんんんんんッッ!!!!」

 

力を入れているアリスから踏ん張る声が響く。

 

しかし、彼女の頑張りに反して、『超電磁砲(レールガン)』は僅かたりとも動く様子は無い。

やっぱり無理だよ。

持ち上げられる訳が無かった。

アリスちゃん。身体傷めるよ。

もう離すんだ。これ以上は危険だ。

いつまで経っても持ち上がる所かビクともしない『スーパーノヴァ』に、固唾を飲んで見守っていた少女達の口から次々にアリスを心配する声が次々と飛び交い始める。

 

──筈、だった。

 

だが。

 

「……ウソ」

「んッッ!?」

「えぇえええええっ!?」

「なにそれっっえっっ!?」

「持ち……上げてる……?」

 

実際に少女達の口から放たれ始めたのは、アリスを気遣う言葉ではなかった。

驚き、驚愕している物ばかりだった。

最後に言葉を発したミドリの言った通りの事が起きていた。

 

超電磁砲(レールガン)』が、持ち上げられている。

それもゆっくり、ゆっくりではない。

 

その武器を扱う資格があるかのように。

それを振り回せ、動き回ることが出来る能力がある事を証明するかのように。

 

少女は、アリスはそれを持ち上げる。

重い物をゆっくりと限界ギリギリの力で持つのではなく、

二リットルの水が入ったペットボトルを取り出す様に軽々と『超電磁砲(レールガン)』を細腕で掲げると。

 

「も、持ち上がりました!」

 

と、嬉しそうに自身にこれを所持する能力が備わっている事を全員に証明した。

その様子に少女達が口々に凄い……。信じられない。と驚きの声を出していく横で。

 

「アリス。この武器を装着します!」

 

自分は約束を果たしましたよとウタハ達に宣言した。

その言葉にウタハはコクリと首を縦に動かす。

 

「ああ、約束だ。持って行ってくれ」

「でも良いんですかウタハ先輩? これ、下半期の予算の大半をつぎ込んだ一品じゃ……」

「良いんだ。どうせ私達には使えない。この子にしか使えないならこの子に使って貰った方が良い」

 

ミドリの本当に良いのかと言う問いにウタハは一瞬も悩む事無くキッパリとそう言い切った。

彼女に続くようにヒビキもうん。と、一つ頷くと。

 

「前向きに考えれば……実戦データが取れる様になったとも言える。これは結構ありがたいかも」

「確かに、それはそうかもですがぁ……!」

 

了承するヒビキとは裏腹に、やはり予算や作った背景に対する思い入れが強いのか、コトリは未だに揺れ動いている様だった。

 

それを見てスッ、と。モモイ、ミドリ、アリスに見えない位置で一方通行がタブレットを取り出し『モモトーク』を起動する。

送信先は、白石ウタハ。

 

『コイツに使った金額の全額をシャーレに請求しろ。返信はいらねェ』

 

秒速でこれを送信し、金の問題を即座に解決させる。

元々彼女達には世話になっている。この程度の手助けはむしろ安い部類だ。

低い値段で見積もりを立ててくることを見越してとりあえず五割増しで返す事を決める傍らで、アリスはありがとうございますと大きな声で礼を言いながらペコリと三人に頭を下げていた。

 

「いや、礼を言うにはまだ早いさ。何せまだやるべきことは残っているのだから」

「え?」

「ヒビキ。以前に処分要請を受けたドローンとロボット。全機出してくれるかい?」

「え?」

 

あれ、話がちょっと違わない? みたいな声がモモイ、ミドリの口から零れる。

どうしてこのタイミングでドローンやロボットと言う単語が出てくるのだろう。

どうして処分要請、つまり危険判定を受けたロボットがこのタイミングで出撃するのだろう。

 

何か、何かとっても嫌な気配がする。

具体的には銃を取らなければならないような話になりそうな予感がする。

そう感じたミドリとモモイが揃って先輩、先輩と小声でウタハを呼んだ。

 

「あの、ウタハ先輩? 何だか展開がおかしいような……?」

「まさか。まさかだけど。漫画とかでよくありがちな。これを欲しければ私達を倒していけ。みたいなお約束展開が今から待ち受けて……、いた……り……?」

 

発するのは二人の少女が感じた最悪。

まさかそんな事ないよね。でも一応万が一の保険として言っておかないとね。

そんな気持ちが前面に押し出されている。

予め最悪を言っておけば、どんな話が飛んで来ても何だこの程度かで済ませられる。

 

そんな防御行動を取っているんだろうなと、二人の慌てようを見る一方通行はなまじ二人との付き合いが長い故に何故そんな事を言い放ったのかの理由を正確に分析した。

 

同時に一方通行はこうも思う。

脳内で描かれた最悪は、基本的にそれに準えて権限する物だと。

 

「その通りさ。その武器を持って行きたいなら……」

「私達を倒してからにして下さい!!」

 

二人が恐る恐る質問した内容に対し、ウタハはハッキリとそれを肯定し、コトリがそれに続いたた。

ガ──ンッッ!! と、二人は分かりやすく衝撃を受けたような顔をし、こうなる事を予想していた一方通行はほらなと言った後に巻き込まれるのは御免だなとコーヒーが置いてある机の方へと戻り始める。

 

この問題はゲーム開発部の問題だってシャーレの問題でもなければ自分の問題でも無い。

であるならば首は突っ込まない方が良い。常に彼女達の周りに自分がいるとは限らない以上、毎回毎回手を貸すような経験をさせるべきではないという判断からだった。

 

これが本当に危険な存在だと分かれば一方通行も指示なりなんなりで彼女達の力の一部になっていたかもしれないが、危険判断されたロボットやドローンとはいえ、所詮は実戦配備されていない物。

しっかりと対処してやれば極めて簡単にスクラップに出来る集団でしかない。

 

それらを総合的に判断した結果、彼はこの戦闘には加わらない事を決めた。

 

「ええ!? どうして!?」

「武器一つで戦闘までしなくちゃならないの!?」

「他の武器なら何も無しで渡しただろうけど、その武器だけは例外でね。確かめなくてはならない要素が複数あるんだ。それに言っただろう? 戦闘データは取らせて貰うって」

 

こうなる事を予感していた一方通行とは違い、こうなる事だけはイヤだと考えていた双子は想定通りの最悪がやって来てしまった事態に慌てふためいていた。

 

だがそうしている間にも、事態はゆっくりと進行して行く。

 

「前方に戦闘用ドローン及びロボットを検知、敵性反応を確認」

 

アリスが静かに告げ、モモイとミドリが慌ててアリスが見ている方向に目を向ける。

そこには合わせて三十機程度のドローンとロボットが三人目掛けて近づいている様子が映っていた。

 

迷っている時間は無い。

どちらにせよ、ここを突破しなければ武器が貰えないのだ。

逃げる選択肢は、初めから用意なんてされていない。

 

そうやってモモイは、そうやってミドリは己に発破をかける。

 

「っっ!! しょうがない! やるよミドリ! アリス!」

「ああもう! 分かったよお姉ちゃん! 行きますよ先生! 指示をおねがいしま……先生?」

「俺はパスだ。お前等で何とかしろ。それぐらい出来ンだろ」

「そんな!? ああでもその方が先生がケガする心配が無いから……うん! 頑張ってきます先生!」

「おォ。空回りだけはすンなよ」

 

はい。と彼の言葉に勢い良くミドリは返事を返していく。

戦闘寸前の間際の会話にしてはゆるさがある会話が繰り広げられる中、モモイ、ミドリ両名の気を引き締めるようなアリスの強い声が響き。

 

「モモイ! ミドリ! 来ますッ!!」

 

アリスの初陣がここ、エンジニア部の部室内で幕を開けようとしていた。

 

 

 

 









超電磁砲(レールガン)

学園都市ではこれをコイン一枚でぶっ放せるのだから恐ろしい物です。代わりにオンリーワンなんですけども。
とはいえミレニアムの『スーパーノヴァ』もアリス専用のオンリーワンなのでその点は同じですね。

超電磁砲(レールガン)』絡みで色々書こうとしていたのですがそう言えば旧約の一方通行は御坂美琴と絡みが無いので話を膨らませようがなかったという裏話。ルビが一方さん部分でだけ振られているのも名残だったりします。

同じくアリスを『妹達』と絡めて話を膨らませようとしましたが、脱線が酷過ぎたのでカット。
アンドロイドかそうでないかの違いを除いたら『現状』の境遇は一緒なんですよね。
学習装置で学習したかしてないかの違いぐらい。
これを本編で組み込めなかった。実力不足です……。

まだまだパヴァーヌは続きます。夏頃までには終わらせたい。
次回は戦闘と、そして一方産たちの裏であれやこれやしていた少女がアリス達と関わる……予定。


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それは人には過ぎた力

 

 

あまりにも展開が無茶苦茶過ぎる。

エンジニア部での一連の出来事を思い返してミドリが最も強く感じる一言だった。

 

武器一つで戦闘騒ぎになるなんて誰が予想しただろうか。

戦闘行為自体が得意ではないミドリは巻き起こる状況に渋い顔を見せるが、かと言ってそれで状況が自分にとって都合の良い物へ好転する訳でも無い。

 

既に相手はやる気満々だった。

とは言え相手は機械。やる気も何もある訳が無く、ただ命令された通りに襲い掛かって来ているだけだが、どちらにせよどんな経緯にせよ自分達目掛けて襲ってきている以上、迎撃するしか選択肢は無い。

 

相手の数は約三十。

眩暈がする程に多い数だったが、幸いにも全機が一斉に襲い掛かる様な鬼畜命令は下されていないらしい。

 

銃口を向けて近づいてくるのはせいぜい十機程度で、残りニ十機弱はこちらの様子を窺うように一定の距離で停止している。どうやら逐次投入させていくつもりらしい。

その事実にミドリは少なからず安堵すると共に、それはそうかと納得する。

 

この戦闘によるエンジニア部の真意は自分達の、アリスちゃんの、アリスちゃんが使う武器の性能を知る為の物、言ってしまえば実戦に限りなく近い模擬戦を行っているだけに過ぎない。

 

そう考えれば大分心も穏やかになる。

いや、それどころかこれは一つのチャンスなのでは無いかとミドリは突如湧き上がったある欲望に身を任せ始めた。

 

(活躍して先生に良い所を見せたい……!)

 

そう、誰にとっても命の危機が無い比較的安全な環境だからこそ考えられる、格好良い自分を見せたいという、恋する乙女が意中の男性に向けるシンプルな欲求である。

 

『廃墟』での戦闘はゲヘナの委員長さんに良い所を全部持って行かれた。

 

『未来塾』での一件はそんな事を考える余裕すら無い程に状況は切羽詰まっていた。

先生を守る事こそ出来たものの、その後逆に守られたりもした。

 

守られたこと自体は嬉しいし、先生の胸板に挟まったあの感覚は未だに焼き付いておりその日はドキドキで寝られなかった程に衝撃的な思い出だったのだが、それはそれとして先生に弱い所ばかり見せたくは無い。

 

その点で見れば今回の降って湧いた模擬戦は渡りに船と言える。

よし。と、意気込みを示す様にミドリは自前のライフルを強く握りしめる。

 

まずは一番早く接近してくるドローン五体を精密射撃で叩き落とす。

相手は機械。受けた被害なんか気にする事無く突っ込んでくるに違いない。

後は単調作業だ。同じことを繰り返して次々に叩き落せば良い。

 

自身が描いたイメージを実行すべく、彼女はライフルの照準を手前にいるドローンに狙いを定めようと目を細めたその時。

 

キィィィィ…………! 

と言う、何かの駆動音が背後から聞こえ始めた。

 

え? と聞いた事の無い音が近い場所から聞こえ始めた事にミドリは思わず音が聞こえて来た方向、後ろへと振り返る。

そして彼女は目撃する。

 

アリスが持つエンジニア部から授かったレールガンもとい『スーパーノヴァ』が、その形を変えていた事を。

形を変えた砲身から、紫色の淡い光が漏れ出しているのを。

 

まずい。と、即座にミドリは危機を覚えた。

何が起きるのかは不明だが、何をしようとしているのかは理解出来る。

 

ミドリが状況のまずさを理解している間にも、『スーパーノヴァ』が宿す光は徐々に徐々に大きく、より眩しくなっていく。

 

砲身内のみで収まっていた光はやがて砲身の外へと零れだし、その薄い青色の光は段々と白みを帯びて周囲に広がっていく。

ついにはバチバチと銃口から紫電が迸り始め、どういう訳か狙いを定めているアリスの目が青く光っている様にも見えた。

 

「お姉ちゃん避けて!!!」

 

ビリビリと立っているだけで威圧感が迸る中、バッッ!! と、逃走本能が働きかけたのかミドリはアリスの直線状から飛び退くように横へと飛び、そのまま姉にも同様に避難を呼びかける。

ミドリの言葉に反応し、モモイも同じようにアリスから離れる様に飛んだ刹那。

 

「──光よッ」

 

一つ、アリスの気合の入った声が響き。

そして。

 

次の瞬間、目がくらむ程の眩しい光と共に、『スーパーノヴァ』から、その砲身の三倍はあろうかと思う程の極太の青白い光が一直線に解き放たれ。

 

身体が吹き飛びそうになるぐらいの凄まじい轟音がエンジニア部で迸った。

 

「うぁあああああああああッッ!?」

 

眩しさに目を閉じ、反射的に両手で目を庇い、吹き飛ばされそうになる身体を必死に地面に押し留めながらミドリは叫ぶ。

災害が目の前で起きたかのような感覚に襲われ続けている気分だった。

もう、何が起こっているのか全く理解出来ない。

 

光の奔流はアリスの『スーパーノヴァ』から約五秒間程、空間を支配し続けていた。

 

たった五秒。

僅か五秒。

 

だがミドリにとってはそれが数十秒のような長い時間に思えた。

それ程までに、凄まじい衝撃が彼女の身体を襲っていた。

 

光は特段、ミドリを標的として放たれていないのにである。

ミドリが受けているのはただの余波。

それはつまり、『スーパーノヴァ』が秘めている力がそれ程に強力である事を示す証拠であった。

 

「う、ぅ……」

 

レールガンから莫大な力が放出され始めてから時間にして五秒後。

ようやくにして眩しさが収まり、かろうじて立ち続ける事が出来たミドリは、顔を覆っていた両腕をゆっくりと下ろし、恐る恐る目を開き、

 

ポッカリと真正面に空いた大穴から見える雲一つない青空を目撃した。

 

「……へ?」

 

現実を受け止めきれないような間抜けな声が響く。

あれ、おかしいなと一度目を瞑って、もう一度同じ場所を見てみる。

 

「……ウソ」

 

……同じような光景が広がっているだけだった。

エンジニア部の右半分が、

部室の半分が綺麗に跡形も無く消え去っている光景が静かにミドリの目を焼く。

 

当然、ロボットの反応など一つもある筈が無い。

待機していたのも襲い掛かって来ていたのも全て、光に呑まれて完全に消滅した。

模擬戦の結果は、アリスの一撃必殺によって終局を迎えた。

 

「あぁぁあああああ私達の部室がぁぁああああああああ!!」

「凄い……これは想像以上……!」

「部室が学園の端側、かつアリスが撃った側が予定通り外側で良かった。内側なら校舎が消失している所だったよ」

 

万が一を考えて位置取りも頭に入れて戦闘を始めて良かったと、部長の白石ウタハが零す。

どうやらこうなる事は想定内ではあったようだった。

ウタハが安堵するような言葉を言う横で、ヒビキ、コトリはそれぞれ違った感想を飛び出させている。

どれもこれも正しくて、どれもこれも今言うのそれ? と思うような内容ばかりだった。

 

「す……凄いよアリスちゃん! その武器凄い!! こんな力があるなんて!!」

「えへへ、アリスやりました! 大勝利です!」

 

一方で、姉であるモモイは飛びつく勢いでアリスに話しかけ、嬉しそうにアリスも言葉を返している。

確かに大勝利だけど同時に失う物も大きかったよと声を大にして言いたいが、今のミドリはそれよりも先に優先すべき事があった。

 

「せ、先生……! 先生大丈夫ですか!?」

 

光の余波に少なからず巻き込まれたであろう先生の容態の確認。

これがミドリの最優先事項だった。

視線を向けた先では先生はアリスの方を見やりながら難しい表情を浮かべている。

 

一先ずは無事のようだった。

少なくとも命に関わるような大事には発展していない。

 

ミドリやモモイより離れていた場所で見学していた先生は、ミドリ達よりも被害を受けるような事は起きない事は彼女自身分かっている。

しかしミドリ達が耐えられたからと言って、先生があの余波に耐えられるかはミドリの中で別問題だった。

 

慌てて先生がいた場所へ駆け込み、大丈夫ですかと声を掛ける。

彼女の献身的な言葉に対し先生は彼女の言葉に何も言わず。

 

「発射時に一切ブレねェ安定した体幹。それに発射中にあの余波を浴びても傷一つ付く事無く姿勢も完全な維持が可能……。そして撃つ瞬間に光ったあの目……。面倒な事になる予感しかしねェぞオイ……」

 

ブツブツと聞き取れない程の小さな音量で何かを必死に考察しているような様子を見せ続けていた。

ミドリは割と大きな声で先生に呼びかけたつもりだったのだが、それすら聞こえない程に彼は集中していたらしく、ミドリが近づいている事に気付く素振りすら見せなかった。

 

「アリスを作った目的は明らかに戦闘用だ。なら何を相手にする事を想定した……?」

「あの……先生?」

「ン? あァミドリか。悪ィ、少し考え事してた」

 

間近で呼び掛けて、初めて先生はミドリの存在に気付き謝罪の言葉を述べる。

 

ミドリは知らない。

ミドリが知る由も無い。

 

誰かが目の前で近付いて来てる状況で、彼が気付きも警戒心も露わにしない事の凄さを。

話しかけられて初めてあぁミドリかと気付く程に彼女の事を信頼しているトンデモなさを。

そして間近にミドリがいた事に彼が驚きも何もせず、ただただ受け入れて返事をする状況が意味する彼女への信頼度の高さを。

 

本当に、本当に一部の人間しか達成できていない偉業に彼女は一歩踏み込んだ事実を、悲しいかなミドリ自身が気付く事は無い。

 

「で? どォした」

「あ……さっきの衝撃で先生が無事かどうか確かめたくて……」

「あの程度で動じる訳ねェだろ。もっとやべェ物をいくらでも見て来たからなァ」

「え……えぇ……?」

 

そう豪語する先生の言葉に嘘偽りは存在しないようにミドリは思えた。

思えてしまったからこそ、ならばどんな経験をすれば今のより遥かに危険な物を何度も見る事態になるのだろうと、ミドリは先程彼が放った発言の凄まじさに困惑の表情を浮かべる。

あの規模の攻撃は早々ある物ではない。

と言うか自分が知る限り初めての体験である。

であるのに先生はそれを『あの程度』と称した。

 

今でこそミレニアムプライスに追われてこそいるが、普段の日常においてはそれなりに暇なミドリとは違い、先生は『先生』と言う肩書きに相応しい多忙な日々を送っており、ミドリと行動を共にする機会は言う程に多くない。

但しそれはミドリ側だけの視点で見た場合であり、先生と一緒にいる頻度を生徒毎で計算すればミドリは上位に位置しているのだが、隣の芝生は青く見えるのか、ミドリ自身はこれを少ないと思っている。

 

しかしミドリと一緒にいる日はそれなりに多い物の、生徒の数が多い以上全体的な日数で言うと控え目なのもまた事実。キヴォトスで毎日一緒に行動している訳ではない以上、どこか自分の知らない所で先生は危険な目にあったのかもしれない。

 

「でも、アリスちゃんのあれをあの程度って言うの凄くないですか? 部室の半分消し飛んでるんですよ?」

「半分で済ンでるだろォが」

 

しれっと先生は何でもなさそうに言い捨てる。

何か途轍も無いスケールの話をされているような気分だった。

あれ、自分の常識が間違っているのかなとミドリは思わず不安になる。

 

一体今までどんな経験を先生はしてきたのだろうか。

部室の半分を消し飛ばす以上の光景とは何なのだろうか。

キヴォトスの外の話なのだろうか。中での話なのだろうか。

気になる。物凄く気になる。

 

どこかの学園全体が破壊される? 

広範囲の大地が消し飛ぶ? 

超大規模な爆発が発生する? 

 

いやいやまさか。とそこまで考えたミドリは慌てて首を左右に振る。

そんなアニメやゲームの中でしか見た事無いハチャメチャ展開が先生の前で都合よく繰り広げられたりする訳が無い。

 

「……何考えてンのか割と顔に出てるからな? 言っておくが面白ェ話は何も無ェぞ。クソみてェに下らなくて……、どれもこれもつまンねェもンばっかだ」

 

彼女の脳内想像図はミドリの意図せぬ形で完全に顔に出ていたらしく、呆れた表情をする先生にミドリは注意を受ける。

普段のミドリならその言葉に慌てて頭を下げただろう。

普段の先生の注意に顔を赤くしてごめんなさいと即座に言えただろう。

 

だが。

 

今にも嘆息しそうな彼の表情とは裏腹に、放たれた声に詰まっていた重く黒い物をミドリは瞬間的に垣間見た。彼が隠そうとしている痛い思い出の残滓を、ミドリは彼の事を恋愛対象として意識しているが故に敏感に受け取った。

 

ドクッ。と、緊張していないのに心臓が一つ鼓動する。

 

何か、何か今聞いてはいけなかったことを聞いてしまった気がする。

踏み込んではならない先生の過去を一瞬だけ覗いてしまった気がする。

 

あれ、どうしよう。どうすれば良いんだろう。

言葉に上手く出来ない感情が、整理の付かない感情が心をジワジワと侵蝕し始める中。

ピシッッ。と、突然ミドリの額が軽く何かに弾かれた。

 

あ。と声を出しながら見てみると、先程とは打って変わっていつものぶっきらぼうな表情にほんの少しの優しさを滲ませているいつもの先生が右手をこちらに伸ばしている。

 

デコピンをされたのだと気付いたのは、その直ぐ後の事だった。

 

「今の俺には『殆ど』関係の無ェ話だ。別に気にする事ねェよ。つゥか人の発言を一々気にして心傷めてンじゃねェ。それ続けてるといつかメンタルぶっ壊れンぞ」

「……うん。あっ、じゃなくてはい。気を付けます……っ!」

 

彼の言葉に多分に含まれていた優しさに今度は違う意味で心臓が鼓動した。

ミドリの頬に熱が帯びる。

それを見られるのが恥ずかしくて、彼女はちょっとだけ顔を伏せた。

彼はその様子にハッと笑いつつ先程ミドリが言った言葉に対しある疑問を問いかける。

 

「前から思ってるがよォ。俺に敬語は使わなくて良いンじゃねェか? 『先生』つゥのも形式的なもンに過ぎねェ。実際に何かを教えてる訳じゃねェンだからよォ」

「え? ダメですよ。先生は先生ですし変えられないです。諦めて下さい」

「……何で俺がお願いしてるような言い方になってンだ?」

「あれ、そうじゃありませんでした?」

 

思わずクスクスとミドリは笑う。

一瞬だけど悩んだ時間がバカバカしくなるぐらいには今の時間が楽しいと思う。

 

「アリス知ってます。これは『ゼルナの伝説』でよく見られた主人公とヒロインの序盤における数少ない交流時間ですね!」

「そうだよアリス。だから首を突っ込んじゃダメだったんだよ?」

 

ふと、どこからかそんな声が聞こえた。

声の発信源に顔を向けると。興味津々と言った顔で二人のこれテストで習いました。みたいなノリで自分の知識を披露するアリスと、あーあ勿体ないとでも言わんばかりに頭に手を当てるモモイが映る。

 

エンジニア部の三人も似たりよったりだった。

好奇心を露わにしているコトリ。

顔を赤くして眺めているヒビキ。

興味深げに頷いているウタハ。

 

カッッ!! と、瞬間ミドリの体温が人生史上最大に熱くなった。

恥ずかしさと照れが同時に襲い掛かって来る。

 

王子様とお姫様みたいだなんて。そんな風に見えたのかな。それはちょっと嬉しいかも。

けどそんな風に例えなくても良くない? もうちょっとこう。なんとかなら……ないか。アリスちゃんだもんね。だってそう言う事しか教えてないもんね。私が悪かったですごめんなさい。

いやだけど先生が王子様……アリスちゃんが例にあげたゲームだと騎士か。先生が騎士で助けに来るって言うのはちょっと……いや全然悪く無いかも……と言うか良いかも。

でも今のやり取りを皆に見られて微笑ましい目で見られたのは死ぬ程恥ずかしい。穴に入りたいどころか深淵まで掘ってそこで今すぐ暮らしたい。

 

僅か数秒足らずで上記の事を脳内で流すミドリは絶賛混乱中。

情緒が不安定を極め、このままだと暴走を始めかねない中。

 

その空気を払拭するかのように、コホンッというウタハの咳払いが一つ響く。

 

「まあ二人の仲が良いのはそれで良しとして話を本題に戻そう。アリス。その武器は君の物だ。好きに使うと良い」

「……! はい! アリス、大切にします!」

 

改めて『スーパーノヴァ』を譲渡する旨の発言に、アリスはもう一度お礼の言葉を述べた。

紆余曲折あった物の、目的を達成した。

さて、と、今からエンジニア部の壊れた部分の修繕の手伝いでもしようかと、結果的にとは言えアリスが破壊してしまった始末はするべきだとミドリが言い出そうとする直前。

 

バンッッ!! と部室の扉が勢い良く開いた。

 

ビクッッッ!! と、ミドリ含んだ何人かがその音を響かせた扉部分に目を向け。

直後、その中の一人であるモモイの口から「あ、やば……」と言う何かの予定が大きく狂ったかのような声が零れた。

 

やって来たのは、ミレニアムサイエンススクールの生徒会、『セミナー』の会計。

ミドリ達の部室を廃部にし、追い出そうとしてきた張本人。

早瀬ユウカその人だった。

 

「何今のおと…………えぇえええええええええっっ! へ、部屋が半分消し飛んでるじゃないっっ!」

 

開口一番、音の原因は何だと問い詰めようとした矢先、その結果を目で見たユウカから絶叫が響く。

 

まあ、そりゃこんだけドデカい大穴が開けるような音は学園内に届くよね。来ちゃうよね。基本的にユウカが。と、考えてみれば彼女がこの場にやってくるのはあまりにも当然だなと思い至り、同時にこれどうやって言い訳すれば良いのだろうとミドリは冷や汗を流す。

 

そんな彼女の思考を読み取ったかのように、しばらく呆けながら空を見上げていたユウカがグリンと、元凶であるエンジニア部の方に視線を向けた所で、

 

「アンタたち一体何やって……って、どうしてゲーム開発部がここに!?」

 

と、彼女達の存在を見つけては困惑し、

 

「それにせ、せせせせせ先生までっっ!? あ、あああのっ! 、あれっ! きょ、今日ミレニアムにいるって話、してましたっけ!?」

 

トドメに先生がいるのを確認し、ユウカは途端に挙動不審な動きを見せ始めた。

 

ムッッ。と、先生を見つけた途端露骨に変わったユウカの表情にミドリの顔が厳しくなる。

女の勘が訴えている。ユウカは先生に自分と同じ感情を向けていると。

それはミドリにやっぱりそうだったかと言う納得を与えると同時に、どうしようもない焦りを生み出していく。

 

何故ならばどう足掻いても彼女の方が魅力的だから。

 

可愛い顔立ち。

スタイルも抜群、イラストレーターだからこそ分かる。

彼女のプロポーションは、異性を誘惑するのに申し分ない。

 

おまけに礼儀正しく何事にも真面目。

そして何よりも優秀。

 

比較すると劣っている部分見当たらない。

 

うぅ……と、ミドリは内心怯む。

彼女といつか直接対決すると仮に仮定したとしてミドリが勝てるビジョンがあるかと言われれば、現状を鑑みるととてもではないが言えない。

ミドリが直接的にユウカと相対する決断が出来るかどうかは別として、先生に気持ちを言う度胸が宿っているかは別として、同じ土俵に上がって戦う相手として考えた場合、ミドリに軍配が上がるとは彼女自身が思えていなかった。

 

これが杞憂ならどんなにも嬉しい事かと思う物の、そんな希望は抱かせてくれない。

 

「あの、先生……これって一体どういう……?」

 

何故なら先程まで鬼の形相で入って来たユウカが、先生がいるのを見つけた瞬間その表情は鳴りを潜め、おずおずと状況を聞き出す姿勢に入ったからだ。

 

あざとい。

あざとすぎる。

しかしその気持ちが痛い程分かる故に何も言えない。

 

チラリと、ミドリは先生の反応を窺うべく見やる。

あざとい誘惑に負けないで欲しいなという願望半分。

それに反して何とか先生にこの場を治めて欲しいという気持ち半分の願いを込めて彼の顔を見上げようとして、

 

「…………あァ、色々あったンだよ」

 

ユウカを見る目は先程の優しさとは違って、何かを探るような目になっているのを目撃し、

低い声で応答する先生の姿を見て、ミドリは言葉を発する事が出来なくなった。

 

 

 

 

 










ミドリやユウカ等、一方通行に好意を持つ子がメイン視点になると恋愛SSっぽくなって実に良い。

そのせいで話が進んでないのは内緒……。
こんな亀で良いのだろうか。多分あんまり良くない。

シリアスな展開は大好きですけど甘いのも好きです。
痛い思いをさせるのはもっと好きですけど……!

早く! 精神的揺さぶり&肉体的損傷イベントを起こしたい。
血反吐を吐かせたいよぉっ! そろそろ激痛に叫ばせたい。

そんな私の願いはいつ叶うのでしょうか。
書けば叶うよ。だから書こうね。執筆速度上げようね。

…………はい。




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言えない思い、積まれていく葛藤

 

「つまり? アリスちゃんがゲーム開発部に入部したから、部活存続の条件である四人以上の入部はクリアしたので部活は継続させる。そう言う事ですか先生?」

「あァ……そォ言う話になるな。つってもその制度自体俺も今日知った口だが」

「にわかには信じられません。ゲーム開発部に入部する子がいるなんて……」

 

ユウカの口からあんまりな発言が飛び出す中、ミドリは先生とユウカの会話を数歩離れた場所で聞き届けていた。

会話の主な内容はゲーム開発部にアリスが新たに入部した事。その経緯の説明。

部室存続の条件である部員四名以上を確保する事を達成したという旨の報告会を二人は繰り広げていた。

 

ただし常識的に考えれば、それは荒唐無稽な話である。

 

ミドリ、モモイの二人がアンドロイドのアリスと出会ったのは昨日。

何やかんやあってなし崩し的に部室に連れて来たアリスにたまたま自分達のゲームを、そして過去に発売された様々な種類のゲームを遊ばせてみたら沼に落ちてくれただけ。徹夜でゲームをしてくれただけ。

 

そんな彼女がゲームに興味を持つ事はあったとしてもゲーム開発に興味を持つ筈が無い。

興味を持つには段階をあまりにも飛ばし過ぎている。

 

故に先生とユウカが話している議題はその前提から既に崩れに崩れてしまっている物である。

そしてそれはミドリも重々承知していた。

だから彼女は議題に入らず、後ろでビクビクと震えている。

 

チラリと、彼女は横目で自分の背後にいるであろう姉のモモイを覗き見る。

モモイは、ミドリ以上にビクビクと震えながら二人の会話の行く末を見守っていた。

 

(お姉ちゃん……こうなる事を見越して先生を呼んだね……?)

 

この状況になって漸く、ミドリは何故モモイが先生を朝早くから呼びつけたのかの理由を知った。

 

ユウカはゲーム開発部の状況に対して激しく物申しをしたい。

このギリギリの状況に降って湧いた新入部員がゲーム開発部が仕込んだサクラである筈だと取り調べをしたい。

だが先生がいる目の前でそんな話をしてイヤな印象を持たれたくは無い。

 

そうなるとユウカは当然、普段自分達に向けるキツイ口調を使わない様に意識的に言葉を選び、穏やかな話し合いへともつれ込ませる事が出来る。

 

あぁと、ミドリは何故エンジニア部の部室が破壊された時、モモイが慌てていたのかの真意を知った。

 

(そりゃ、あんだけ大きな音を立てたらユウカは来るよね。そしたら先生とのすり合わせをする時間が無くなる。計画がパーになっちゃう確率がグッッと上がる。だからお姉ちゃんは慌ててたんだ)

 

先生と口裏を合わせる時間が無くなったのならそれは焦るだろう。何せこの作戦はユウカが先生とゲーム開発部について話をする事が前提としてある。アリスが入部したという事を先生に報せ、ユウカに不信感を持たれない程度に話を合わせて貰う必要があった。

 

本来ならゲーム開発部の部室で先生とユウカの会談を行う手筈をモモイは立てていたのだろう。だがアリスが起こした破壊によりユウカが飛んで来てしまった事で口裏合わせをする時間は皆無になってしまった。

 

つまり、モモイの作戦は見事に失敗した。

しかし作戦は失敗したが、計画は現在奇跡的に順調だった。

どういう訳か、先生はミドリ達にとって不都合な部分を意図的に隠してユウカと話し合いをしている。

 

アリスが昨日からやって来た事や口調が全くおぼつかない事。

これらを全てひた隠し、さも久しぶりにゲーム開発部に顔を出したら部員が一人増えていたという体で話を進めていた。

その過程でなるべくアリス本人に話を向けない様にユウカの意識をコントロールすら行っている。

 

「…………成程、そう言う訳ですか」

 

そして現状、先生の行動は完全に成功していた。

ユウカは先生の言葉を全部鵜呑みとまでは行かないものの、ある程度の納得する素振りを見せている。

 

あまりにも都合良く。

あまりにも不自然に。

 

その状態に対して、本来喜ばなければいけない立場のミドリは違和感を覚えていた。

 

先生が自分達を庇う目的で吐いている数々のホラも、自分達が知っている早瀬ユウカならそのまま納得しない。

何かあると勘繰る。それ、本当ですかと一言入れる。それが彼女の性質だ。

なのに今の彼女は聞き返す事もせず、ただただ頷いている。

 

いくら先生が話している。先生が隣にいるという大きな補正が働いているとはいえ、ここまで都合よく丸め込める筈が無い。

 

右手の人差し指を下顎に添えて考え込む仕草こそしているが、ミドリからはその動作がただのお飾りに見えて仕方が無かった。

 

(何だかユウカ……余裕が無い……?)

 

ふと、ユウカを見ていたミドリがそんな事を考え付く。

考え付いた一つの可能性。思い付いてしまった違和感の正体。

その状態でもう一度ユウカの方を見やれば、ハッキリとその異常性が確認出来る。

 

先生の方を見ているユウカの様子が何かおかしい。

余裕が無い。とでも言うのだろうか。

何か別の要件に気を取られ、気もそぞろになっている。そんな状態に近い物をミドリは感じた。

 

よくよく観察してみれば、彼女の目線は先生の方を見ようとしながらも不意にどこか行方不明になる瞬間がある。右に、左に。アリスに。そして自分に。

 

ユウカの方をよく観察しなければ気付かない程の小さな変化。

だが一度意識して見ると、それは露骨な程に大きく主張している事に気付く。

 

恐る恐ると言った風にミドリはユウカの観察を続ける。

彼女の調子が今日に限って悪いのは別に良い。

それで注意力が散漫になってゲーム開発部の存続が決定されるのならそれはそれで有難い話。

 

しかし一方で、彼女が不調である事に心配してしまう自分もいる。

ひとえにミドリの人間性が、純粋にユウカを心配する。

とはいえ、彼女に出来る事は何も無い。

なので彼女は遠い場所で何も言わずユウカを観察し続けていた。

 

瞬間、もう一度ユウカがミドリの方を見やる。

時間にして一瞬だったが、その一瞬、ユウカとミドリは互いに目を合わせ、そして。

 

「……っ!」

 

ユウカが何かを押し殺したような表情を自分に向けて来たのをミドリは見逃さなかった。

それは時間にしてコンマ数秒にも満たない物。

モモイやアリス、エンジニア部の部員や先生にも見せない、ミドリだけに向けられた異質な物だった。

しかしそれをハッキリと目撃したミドリは、その表情を向けたユウカの真意が分からず息を詰まらせる。

 

一体今のは何だったのだろう。

ユウカの目からは敵対心のような物は感じられなかった。

瞬きをした次の瞬間には先生の方へユウカは目線を向けている。

その表情は今までと変わらずどこか思いつめているような、しかしそれを隠し平静を貫き通そうとしているような不安定な物のまま。

 

何か声を掛けた方が良いのかな。

ミドリ自身でも分からないモヤモヤが喉の奥に突っかかっているような感覚が走る。

 

「……分かりました。ゲーム開発部を改めて正式な部活として認定、部としての存続を承認します」

 

だがミドリがそうやって悩んでいる間にも話はトントン拍子に進んでいたのか、ユウカは僅かに声量を上げてアリスの入部、及びゲーム開発部の存続を承認した。

 

ユウカの決定に、モモイがやったーーー!! と声高々に叫び、ミドリもその点に対してホッと胸を撫で下ろす。

 

モモイの形振り構わぬ行動に隠れてこそいるが、ミドリもゲーム開発部に対する思い入れは強い。

部を存続させる為に無茶をする姉とは対立する事こそあれど、結局の所目指している物は同じなのだ。

 

部活動を終わらせたくない。

その為に真っ直ぐにゲーム開発をしてゲームを出展させたかった。

それが今回はたまたまモモイと意見が食い違っていただけ。

 

姉と自分の思いが一緒なのはずっと前から分かっている。

 

なのでユウカからの、ミレニアムサイエンススクールの生徒会『セミナー』の会計から正式に部活動として認める通達が渡されたのはミドリにとってこれ以上ない報告だった。

それは紛れもない事実。

覆しようの無い真実。

 

ただどうしてか、その喜びを口に出す事は出来なかった。

嬉しいのに、心から喜べなかった。

どうしてなのかは分かっている。

 

ユウカから発されている、底知れない不安さがそうさせている。

姉は気付かなかった。

この様子だとエンジニア部の三人も気付いていないように思う。

アリスは当然気付いていないだろう。感情が揺れている事そのものをまだ認知していないかもしれない。

 

先生はどうだろうか。と、ミドリは先生の顔を下から覗き込むように窺う。

……いつものちょっと怖そうな顔のままだった。

いつもの先生の顔を先生はしていた。

 

なのに何故か、ミドリには先生が違う表情をしているように思えてならなかった。

その理由も根拠も、何もかもが不明なまま。

 

「ただし、それは『今期』までよ、モモイ」

「へ?」

 

そんな折、突然モモイの方に顔を向けてキッパリとユウカは何かを告げた。

何故だかそう言うユウカの顔はいつも自分達に見せているような厳しい顔つきに戻っている。

 

いや、違うとミドリは即座に自分の間違えを正す。

あれはいつものユウカに戻ったのではない。

いつもの自分であるように演じようとしている。

 

そんな気がしてならなかった。

とはいえ、とはいえである。

 

いくら不調を隠そうとしているとはいえ、振る舞おうとしているだけとはいえ、

ユウカはモモイに対してキッパリと、自分達にとってあまり都合の良くない事を口走った。

 

おかしい、話が予想していた方向と大分違う気がする。

不安に思うミドリをよそにユウカは淡々と説明を始めていく。

 

「今は部活の規定人数を満たす事と、部としての成果を証明する二つの達成が必要になったのよ」

「えーと、つまり?」

「来期も部活動したかったら、当初の約束通りミレニアムプライスで良い物出しなさいって話よ」

「えぇえええええええええええええッッ!!!!???」

 

寝耳に水な情報にモモイのつんざくような絶叫が迸る。

そんなの聞いてないと騒ぐモモイにユウカは言い聞かせるように説明を始めていく。

 

決まったのは数日前の部長会議での事。

そこにミドリ達ゲーム開発部の部長である花岡ユズ、もしくは代理人である才羽モモイは出席していなかったこと。

つまり知らなかった落ち度は完全にあなた達にあるということ。

 

それらの言葉にモモイは完全にノックアウトされたらしく、ガクッッと膝から崩れ落ちた。

かく言うミドリもユウカへの不安が無ければ同じように崩れていただろう。

それ程までにユウカからの宣告は彼女達にとって一大事な物だった。

 

落ち度が完全に彼女達にあるだけに抗議も出来ない。

というかモモイにあるだけに何も言えない。

 

花岡ユズ。

ゲーム開発部の部長。

 

彼女が作った『テイルズ・サガ・クロニクル』が無ければ、今ミドリ達はここにいない。

ミドリとモモイの両名はそのゲームに感激し、押しかけ入部をする程にまで彼女の作った世界に熱中した。

そして現在、新たに入部する事になったアリスもまた、彼女達と同様に『テイルズ・サガ・クロニクル』からゲームの世界に魅入られた一人。

 

彼女がゲーム開発部の歴史において全ての始まりとする少女。

しかし、そのゲームは世間的な評価はクソゲーと評された。

あまりの酷評振りに当の制作者であるユズ本人は人と話すことが極端に苦手になった。

 

その為こういう会議は基本的に代理人としてモモイが出席する取り決めをしていたのだが……。

 

「そんな、私がアイテムドロップ二倍キャンペーンの誘惑に負けたばっかりにぃぃいいっ!」

 

よりにもよってその日に限ってモモイはゲームの誘惑に負けて会議を欠席していた。

崩れ落ち四つん這いになるモモイから数々の怨嗟の声が絞り出され始める。

 

いつもは下らない、眠くなるような話し合いやるだけじゃん。

こんなんじゃ部室でゲームしてた方が有意義な事しか基本的にやらないじゃん。

予算の分配の話だけで一か月以上時間使ったりとかばっかじゃんしかも蒸し返しの話ばっか。

それがどうしてあの日に限ってだけ重要そうな話をしてるのバカなんじゃないのっっ!! 

 

ドスドスと床を何度も叩きながらモモイは涙を流す。

しかし結局は彼女の完全な自業自得なので悪いのは完全にモモイである。

だがこうなった時自分以外の何処かに責任を転嫁したいのは誰もが考える性であり、その結果モモイは現在非常に面倒くさいモードに突入してしまっている。

 

情けない姿を見せる姉に対してこれどうしようとミドリは状況をどう収めるかを真剣に考える段階に入りかけた時、

 

「……オイ、ユウカ」

 

と、先生がユウカの名を呼ぶ。

 

その声に、聞いているだけのミドリですら若干震えが走った。

震えてしまう程に、ビクッとなってしまう程に、

先生の声に、力が入っていた。

 

「何でしょうか先生……不満があるのも分かりますが、これはミレニアムの問題ですので……」

「いや、それについては何も言わねェし口出しするつもりもねェ、悪役にならなきゃならねェのはユウカの立場として当たり前の話だ。だから俺が言いてェのはそこじゃねェ」

 

ユウカの様子がおかしい事を言及しつつ先生は椅子から立ち上がり、正面から彼女と向き合いつつ口を開く。

 

「何を思い詰めてやがる。話してる時も集中してねェ、視線もフラフラ動いてばかり。おまけに喋る内容一つ一つに緊張や不安が混じってもいやがる。らしくねェ。一体何があった」

 

先生から放たれたその一言は、ユウカと共に長くいなければ気付かなかったであろう異変。

それを先生はいとも容易く、そして全て見抜いた。

 

「っっ……!」

 

先生の指摘が図星だったとでも言う様にユウカの表情が露骨に変わる。

 

その表情もおかしかった。

どういう訳かユウカの表情には怯えがあるように見える。

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、そんな事無いですよ……先生の気のせいじゃないですか……?」

「気のせいには見えねェって話をしてンだ。俺がお前の不調に気付かねェ訳がねェだろォが」

 

一歩後ずさりながらたじろぐユウカに先生は間髪入れずに返答を返す。

その口調はいつもと変わらない。

なのに、いつも以上に先生の言葉には説得力と重みが宿っている。

それは見る物全てを凍り付かせるような鋭利さと優しさを兼ね備えたような、そんな不思議な物だった。

 

おぉぉ……と、エンジニア部三人から感嘆の声が漏れる。

先生はその発言の凄さに気付いているのだろうか。

 

いや、気付いてないんだろうなとミドリは先生の性格からただの本心でそう言っているのだと判断する。

羨ましいと、ミドリは正直に思う。

それはきっと、限られた子にしか与えられていない特権だと思うから。

 

何でも無さそうに異変に気付く。

それ自体が特別である事を、先生は知らない。

 

「違いますよ、ただ久しぶりに会えて、緊張してるだけです。最近シャーレに行く日も少ないので……」

「日程の間隔はそンなに開けてねェ。そォ言う風に組ンでる。確かに最初期と比較すれば開いてはいるかもしれねェがそれでも久しぶりとなる程じゃねェ筈だ。何を誤魔化してる。面倒事なら手を貸してやるから遠慮してねェで言えって──」

 

「違うって言ってるじゃないですか!!」

 

ギンッッ!! と、どこまでも響くような大声をユウカは挙げた。

それはまるで悲鳴にも似た叫びで、 思わずミドリがビクついてしまう程の怒号だった。

いつものユウカからは考えられないような衝動任せの叫び。

 

「先生もミドリも何も知らないからっっ! 先生が誰も拒絶せずにそうやって皆に良い顔をするからっ! 頼られたら誰の力にでもなろうとするから!!!」

「何の話だ。ユウカ、お前は一体何の話をしてやがる」

「分からないんですよ!! 分からないから怖いんじゃないですか!!!」

「……あァ?」

 

衝動に任せたまま言葉を走らせるユウカに先生は必死に呼びかけを続ける。

だがそれに対しての返事は、到底頭の中で咀嚼できる物では無かった。

 

先生はユウカの答えにただただ困惑する。

それはミドリも同様だった。

 

そもそも突然声を荒げた理由が分からない。

彼女がここまで取り乱す様子を見せるのは珍しい、否、初めてと言っても良かった。

 

だがそうなった原因が分からない。ユウカが不調なのは分かる。しかしそれがどうして突然堰を切ったかのように大声を出して先生に言葉を叩き付ける事態に発展するのかさっぱりだった。

 

おまけにその放たれた内容も違和感だらけ。

先生に何かを当たるのならば百歩、千歩譲って納得できる。しかしここで同時に自分もやり玉に挙げられたのがミドリにはどうしても不明だった。おまけに言葉の文脈も解読出来ない。

 

肝心な部分を全部ひっこ抜いて捲し立てている感じだった。

そんな状態で話されて、彼女が言いたいであろう何かを理解出来る筈も無い。

だがそれすらも気付いていないかのようにユウカは次々に喋り続ける。ミドリと先生が一体何に対して激昂しているのか話が見えない状況でも。

 

「分からないんですよ!! だってあれはただのっっ! ただの占いマシーンでっっ! あんな挙動する筈がなかった!!! なのにっっ! なのにっっっっ!!」

 

「落ち着いてよユウカ!! ちょっとさっきから変だよ!!!」

 

ぐちゃぐちゃになっていく感情を抑えきれないかのように言葉を羅列していくユウカを見てられないとばかりに、モモイがそれ以上の声で叫び、彼女を止めにかかった。

 

必死な声によるモモイの呼び掛けは届いたのか、先生の追及に耐えられ無くなったように迸らせた感情の大きな揺れ動きはしかし、モモイの叫び、そして自分の顔を覗き込む先生の顔を見た直後に我を取り戻したのか、先程までの衝動に身を任せた動きから一転して落ち着きを見せ始める。

 

だがそれは彼女が冷静になれた話等ではなく、むしろ逆。

咄嗟の事で自覚していなかった癇癪に近い何かを、冷静になってしまった事で彼女はそれを自覚する。

 

瞬く間にその表情が絶望に染まる。

それは、ミドリが見ていて痛々しい事この上ない物だった。

 

「ぁ……っっ」

 

誰に対して大声を出したのか。

そしてどうしてそんな事を口走ってしまったのか。

様々な思いが錯綜し、ユウカの口から声にならない音が零れる。

 

後悔に塗れた顔をこれでもかと浮かべた後、彼女は先生がこれ以上何かを言い出す前に。

 

「ごめ、んなさ……い……!」

 

微かに絞り出した声で謝罪だけを残すと、先生に背を向けて飛び出す様に部室から走り去って行った。

あまりに唐突過ぎるユウカの行動に、ミドリ達は一瞬呆気に取られてしまう。

 

その中でもいち早く事態を受け止めた先生はユウカを呼び止めようと手を伸ばすものの、既に走り出していたユウカの肩に手が届く訳もなく先生の手は虚しく空を切る。

 

引き留める事に失敗した先生は舌打ちしながら追いかけようとするが、走れない先生がユウカに追い付くことが出来るかと言われたら極めて無理な話で、先生が部室から出た頃には当然の事ながらユウカの姿はどこにも無かった。

 

完全にユウカを見失った先生は部室の入り口付近で立ち止まり、もう一度舌打ちする。

彼がユウカを追いかけようとする姿勢を見せたのはそこまでだった。

 

先生は諦めたかのように部室に戻り、面倒くさそうに嘆息した。

エンジニア部の三人も、モモイもアリスも、先生の不機嫌さがありありと伝わる姿を目で追う。

 

「先生……追いかけなくて……良いんですか?」

 

彼の方に近づきながら、ミドリは恐る恐る聞き出す。

それは先生が怖いからではない。

先生にユウカを追いかけて欲しい気持ちと、追いかけて欲しくない気持ち。

その二つがミドリの中に共存しているからだった。

 

追いかけて欲しい。

でも追いかけて欲しくない。

 

どうしてこうなったのかユウカの心情はサッパリだけど、展開事態は何度もゲームの中で体験してきた物。

様々な事情から感情の抑えが利かなくなって主人公に想いを打ち明けて逃げるヒロインと、それを追いかける主人公の図そのものだ。

 

そんなドラマティックでロマンチックな展開が現実にあるなんて夢見がちな思考をミドリはしない。

だがそれでも、実際に目の前で起きてしまえば思考がそっちの方向に流されてしまうのも無理は無い。

 

追った先で待ち受けているのは大抵が仲直りと関係の進展だ。

先生とユウカが仲直りするのはミドリとしては望ましい。

けれど、関係が進展するのはイヤだ。

 

蔑ろに出来ない。

放ってもおけない。

でもそれで自分に勝ち目がなくなるような展開にはなって欲しくない。

 

一瞬であらゆる葛藤と戦ってミドリが出した結論。

それが、最終的な決断を先生に任せるという事。

本当にそれで良いのかと、問いかける事だった。

 

「生憎だが俺は追い付ける足を持ってねェ。それに先約も入ってる」

 

対し、先生はミドリ、モモイ、アリスの順に視線を流して追わなかった理由を述べる。

 

「結果はどォあれミレニアムプライスに出展する必要が出来た。なら俺達はもう一度『廃墟』に行かなくちゃならねェ。時間も限られてる、今はユウカ個人よりお前等ゲーム開発部の方に注力する。そう判断しただけだ」

 

それはモモイが当初の目標としていた物の再捜索。

一度は中断したG.Bibleを今度こそ見つけ出す事。

 

元々先生はその名目でミレニアムに早朝からやって来ている為、暴走したユウカを一度考えから捨てるその判断は間違っていない。

 

けど、とミドリは本当にそれで良いのか先生に問いかける。

ユウカを置いて良いのか。

本当にゲーム開発部を優先して良いのか。

 

「でも先生、さっきのユウカのあれは生半可な物じゃない気が……」

 

どうしてこんなにユウカの事を気に掛けているのか自分でも分からない程にしつこくミドリは先生に確認を取る。

 

「分かってる、だから全部終わったら問い詰めに行く。何下らねェ事で悩ンでンだってなァ」

 

先生の顔には、うっすらとだが笑みが浮かんでいた。

その表情に深刻さは微塵も感じられない。

 

「下らないかどうかは、え? 分からなくないですか?」

「そォかもな。だがまァ、本当に危険な時は『助けて』の一言すら言い出せねェンだよ。その点で言えばあいつはまだ大丈夫な範囲だ」

「え? 助けてって言ってました?」

「ンなもン顔見りゃ分かンだろォが。とにかくユウカは一端考えなくて大丈夫だ。お前等は自分達の心配してろォ。深刻さで言うと下手しなくてもコッチの方が上だ」

 

ユウカの話はこれで終わりだとでも言う様に、先生はカツカツと杖を鳴らしながら部室を後にし始める。

何だか不思議な感じだった。

ミドリから見れば明らかにユウカは今すぐ話を聞かなければならない状態だというのに、先生はあの程度ならば大丈夫だと言い張る。

 

そして先生が大丈夫だというのならば、大丈夫なのだろうという気持ちが何故だか湧いて来る。

不可思議な話だった。

根拠も無いのに、それが正しいと思えてしまう。

 

「って先生! 一体どこに!?」

「とりあえず今起こった出来事を面倒そォなのを省いてユズに報告する。廃墟に俺達が赴く理由ぐらいは知りてェだろォからな。それと白石、猫塚、豊見。部室の補填はシャーレで持つから請求書と失った資材の資料等落ち着いたら送っとけ」

 

行くぞミドリ、モモイ、アリス。と、先生はミドリ達の名を呼びながら我先へと歩いて行く。

その後を慌ててミドリは追い始め、モモイがアリスの手を引っ張り、ウタハ、コトリ、ヒビキの三人に改めて頭を下げてからミドリの後に続いて行く。

 

一旦部室に戻る。

それは先生なりの気遣いであると即座にミドリは見抜いた。

先生はある程度区切りを見つけたとはいえ、それはモモイ、アリス両名にも当てはまるかと言われれば決してそうではないと言える。

 

つまり先生の提案は一見部室にいる何も知らないユズを鑑みての行動に見えるが、その裏にはモモイ、アリス、そしてミドリの精神的落ち着きを取り戻す時間を設ける為の側面も持ち合わせている。

 

面倒事を省いて説明すると先生が言った手前ミドリ達が表立ってこの話を部室ですることは出来ないが、それでもゲーム開発部室と言う慣れ親しんだ場所自体が、自分達の気持ちを落ち着かせる休憩場所となり得るのは確実だった。

 

凄いな。と、ミドリは尊敬の念を前を歩く先生に送る。

何だかもう、本当に凄い。

 

「良いアリス? ユウカ……、さっきの子に関する話を部室で喋っちゃダメだよ? その武器だけの話までにしておくんだからね」

「はい、新しいクエストですね! 受注しました!」

 

先生の後ろを歩く最中、モモイがアリスにクエスト依頼という名目で要らない事を喋らない様、口止めをしているような会話が聞こえる。

その事に対して先生はまるで何かを思い出したかのように一瞬だけ足を止めた後、

 

「あァそォだ言い忘れてたな。モモイ」

 

ミドリの双子の姉の名を呼んだ。

瞬間、姉の口からあ、何だかイヤな予感がする。という声が小さく聞こえる。

 

その言葉は先生に届いてしまったのか、先生は良く分かってんじゃねえかとモモイが自覚している事に対してマルを付ける評価を下した後。

 

「ユウカの判定を甘くする為だけに朝っぱらから俺を呼び出しやがったな。罰として次回のシャーレで働く時の給料無し。一日ただ働きの刑だァ」

 

日頃ゲームを買い続け、課金し続けているが為にお金に苦しい生活を送っている姉に対し、あまりにも重い刑の執行を告げ、本日二回目のモモイの絶叫を迸らせた。

尚、完全に自業自得であるためミドリは特に減刑を求めたりはしなかった。

 

 

 

 

 

 







脱線しているように見えて今の所忠実に進んでいるパヴァーヌ一章。不穏な部分は多々あれど概ね原作に沿っているのではないでしょうか。

既に四ヵ月近く書いててビビります。毎週ちゃんと投稿出来ている事実にもビビります。でも一週間一回投稿なので速度が亀です。申し訳ないです。

ここまで根気よく続けてられるのもブルアカを題材にしたからだろうなぁと。
一方通行を主人公に添えて何かを書こうかなとなった時、ブルアカ以外からの選択肢は普通にありましたので。主にプリコネとか……。

プリコネ内の魔法は超能力をベースにして設定されているとか色々と考えて一話分だけ書いたりもしたのですがどうにもしっくり来なかったのでお蔵入り。この作品では一方さんは能力制限ほぼゼロで暴れ回っていました。南無。

そして色々な作品を遊んでいると色々と混在する。するんです。

主殿がイズナ。主様がコッコロ。
甘雨が原神。天雨がブルアカ。

特に後者はSSを書かないと一生間違えてた。そんな自信があります。
お前等髪の色も一緒だしややこしいんだ!!!! 


次回は再び廃墟潜入。
一方さんはいつになったらケチョンケチョンの血塗れになるんでしょうね……。
そろそろこういう話を書かないと私のモチベが続かないぞ……!?

そしてそろそろアップを始める四人組がいますね……でも出番はもう少しだけ先かな? 来週出れそう? 無理そう? そっか……。




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再び廃墟へ

 

 

 

「先生伏せて!! ドローンからの銃撃が来るっっ!!」

 

上空を見上げながら地上の機械軍団を相手に奮闘するモモイから大声での通達が走る。

慌てて一方通行も空の方に視界を映せば、三基のドローンが取り付けられたガトリング銃の銃口をこちらに向けているのを確認する。

彼女の声色から察するに銃撃が行われるのは数秒後の事だろうか。

とは言え伏せろ。と言われた所で即座に伏せられる程に一方通行の身体は健康ではない。

 

上半身はともかく、彼の下半身は基本的に何かを実行するのにいちいち時間と力を消耗する。

機動性と言う意味では、彼の身体は完全に使い物にならない。

 

咄嗟の行動が出来ない一方通行は即座に選択を迫られる。

与えられた選択肢は二つ。

 

一つ目は体制をすぐに立て直せない事を覚悟で地面に倒れ込む事。

二つ目は一時的に孤立する事を受け入れて靴に取り付けた空力指揮(エアコマンダー)を使って銃撃の範囲外に逃げ込む事。

 

どちらもリスクとリターンが隣り合わせの状況。

だがどちらかは必ず選ばなければならない。

選ばなければ確実に身体が穴だらけになる未来が待ち受けている。

 

クソッタレと呟きつつ一方通行は靴底の装置を起動させて離脱を図ろうとした時。

 

彼の判断を掻き消す程の大きな声がミドリから迸る。

 

「アリスちゃん上を狙って!!!!」

「充電完了です!! 光よッッ!!」

 

ゴバッッッッ!! と、彼女が叫んだ直後、待ってましたと言わんばかりにアリスが応答し、彼女が握る超電磁砲(レールガン)から解き放たれた光の刃が空中を薙ぎ、三基のドローンを纏めて消失させた。

 

音も無く消えた三機のドローンがあった場所を見上げる一方通行は、その左手に持つ銃を強く握りしめて歯噛みしながらリロードを行い始める。

装填されていた銃弾は全て一機のドローンに集中的に命中させた。

それでも撃墜する事は出来なかった。

 

無力さを痛感する。これでもかと言う程に。

しかし、そんな感傷に浸る時間を戦場は与えてくれない。

 

間一髪で命の危機を脱した一方通行だが、脅威はまだ去っていない。

前方に四機程の重装甲型の人型ロボットが銃口をこちらに向けて発射を続けている。

 

ミドリ、モモイの両名が相手にしているが、状況は芳しく無かった。

攻撃が命中すれど、破壊にまでは至っていない。

損傷を与えてこそいれど、致命的な一撃が入らない。

 

全く効果が無い訳ではない以上撃ち続ければいずれ破壊できる。

現にここまでの道中に至るまでの間、既に十機以上もの重装甲型を二人は打ち破っている。

 

だがその殲滅速度はどうしても他の戦闘ドローンや軽量型人型ロボット兵器と比較すると時間が掛かっており、二人は現在被弾を前提で休む事無く撃ち続ける事を最大限の対策としていた。

 

「ぐっ! いっったっっっ!! こいつらの一撃ッ! 重いッッ!!」

「お姉ちゃん耐えてッッ!! 今までの調子ならあと少しでっっ ぐ、ぅうっっ!!」

 

前線で盾となりながら槍を務める二人の口から痛みに呻く声が漏れる。

全ては一方通行を標的にさせない為の行動であり、彼としてはそれがあまりにやるせない。

 

アリスの超電磁砲(レールガン)による極太の光線砲であれば纏めて消滅させることが出来たのかもしれないが、その頼みの一撃は先程の空中急襲型ドローンに使用し、件の大破壊力を持つ一撃はオーバーヒートにより使用不可能な状態に追い込まれている。

 

今はヒビキによって教えられた小規模な射撃で場を繋いでおり、その攻撃力はモモイ、ミドリと大差がある物では無い。

 

どうにかして助けに入ってやりたい。

だが、彼の持つ拳銃では彼女達のように効果的なダメージを与えられない。

 

チラチラと脳裏にもう一つの力の存在が過る。

前回『廃墟』にやって来た時も同様の条件で力を使おうとした時はヒナによって中断を余儀なくされた。

 

頑なに自分を守ろうとする彼女の存在に根負けしあの時は使用する事を封印した。

そして今回は別の要因でそれを封印せざるを得ない状況が生まれている。

 

その一つがアリスが持つ超電磁砲(レールガン)の存在。そしてさらにもう一つの理由として、

 

「モモイ! ミドリッッ!! 爆風に備えてッッ!!」

 

花岡ユズ、正確には彼女が扱う武器の問題があった。

二人の背後から援護を行っていたユズが勇気を振り絞って叫んだ後、彼女が持つ携帯ゲーム機の見た目を扮する武器から弾丸が一つ発射される。

 

放たれた弾丸は後部に装備されているエンジンによって標的である四機の重装甲型ロボット目掛けて高速に推進し、命中した場所から轟音と爆風、そして灰色の粉塵と周囲一帯に飛び散るコンクリートの破片が辺り一面を覆った。

 

粉塵が収まり、腕で覆っていた目を開けばそこには動かぬ塊となった四機のロボットの姿。

これこそが彼がまともに力を振るえない原因だった。

 

彼女、ユズが愛用している武器種は面での制圧を得意とする擲弾銃。

所謂グレネードランチャーを呼ばれる物。

ユズから放たれる最早ミサイルと言っても差し支えない弾丸の攻撃力は見ての通りであり、命中した周囲の物を根こそぎ破壊する力を有している。

 

そしてその大きな力が一方通行が持つ力の行使を阻害する。

 

一方通行が扱う超能力とは別ベクトルにある異質の力『黒い翼』を彼は完全に制御できている訳ではない。

何せ彼がこの力を今まで行使してきたのは全て己の感情が危険域にまで暴走しかかった時ばかり。

 

冷静な状態で扱った事がある力ではない。

その為、余波でどこに影響が及ぶか彼は未だ最低限の範囲でしか与り知らないのだ。

全くの未知と言う訳ではないが、完全な既知と言う訳では無い。

 

自分の意思で纏めた物ではない力を今にも崩壊しそうなビルしかないこの『廃墟』で使うには相当にリスクが高すぎる行動と言えた。

それだけならば先日訪れた時と条件は同じであり、使用を躊躇う必要は無い。

だが今回は連れて来ているメンバーが違う。

 

ユズが持つグレネードランチャー。及びアリスが持つ超電磁砲(レールガン)

共に破壊力が絶大であり、同時に周囲の破壊を前提として運用されている武器種である。

 

それはただ戦闘しているだけで周囲のビルに小さくないダメージを与える事を意味しており、そこに畳みかける様に『黒い翼』を使ってしまったが最後、どこのダメージをきっかけに『廃墟』の大破壊が始まるか分かった物ではない。

 

近くのビルがそのまま崩れる危険性も高まる。ガラスや剥き出しの鉄骨が降り注ぐ可能性だってある。その時ミドリやモモイ達がどうなるか考えるまでも無い。

よって、力を使う訳にはいかなかった。

 

周囲のダメージを承知で使う事は可能だが、もしそれで最悪を引いた場合の対応が出来ない。

『一方通行』を使う事が出来ない今の状態では、四人を同時に守り切る事は完全に不可能。

 

なので彼は、苦い思いをしながらただ守られる事しか出来なかった。

 

「第四陣、来ます! 重装甲型のモンスターが三体。急襲型モンスターが五体、小型モンスターが四体の十二体編成!」

「またッッ! 少しは休ませてよ!!」

「大きいのが次々と……! さっき破壊したばっかりなのに!」

「このままじゃ……ジリ貧になっちゃう……!」

 

だが、事態は着々と深刻になっていく。

戦闘音を聞いて次々とロボットが集まり出して来ていた。

この場で戦えば戦う程増援がやって来る。

 

(薄々分かっちゃァいたが、ヒナがいるといないとじゃここまで進みやすさに差が出るか……!)

 

一時間程前、ゲーム開発部に戻った一方通行達は一人部室に残っていたユズにユウカが暴走した部分だけは省いて事情を説明した後、ユズは廃墟に行くなら私も行くと言った。

 

元々は私がするべきことをしなかったから。

私もこの部を守りたいから。

もう、ここは私だけの場所じゃないから。

だから、一緒に戦わせて。

 

校舎の外に半年以上出た事が無く、授業もインターネット受講だけのユズがここまで強い決意を持って意思を表明したからには、一方通行にそれを拒絶する選択肢は消えた。

 

従ってゲーム開発部は現在、四人フルメンバーでの探索を行っている。

ユズ、アリスが加わった事で戦線はより安定したと言えるだろう。

 

ロボット群の警戒度、及び数と質も昨日より上がっている訳ではない。

昨日と同じパフォーマンスを発揮出来れば何も問題は起きず無事に向上に辿り着ける。

 

だが、無情にも問題は発生した。

起きたトラブルは単純明快、ただ昨日よりも襲って来るロボットを殲滅する時間が昨日より遅いだけ。

しかしその違いが、戦線の致命的な瓦解に至りそうになる寸前まで響いている。

 

敵を素早く倒せない。

起きている問題はそれ一つ、

しかしその起きている唯一の影響がこの場においてあまりにも大きい。

 

長い時間相対する事になり結果、彼女達の被弾が増える。

倒すのに時間が掛かる結果、弾薬の消費が爆発的に増える。

そして、短いインターバルでの戦闘が発生し続けている結果、体力の消耗が著しく上がっている。

 

彼女達は充分に戦っている。

持てる力の全てを使って殲滅を続けている。

ただそれでも、彼女一人に届いていない。

ゲヘナの風紀委員長が行っていた殲滅速度に追い付いていない。

それだけの話で、それ程の話だった。

 

不在になって実感する。

彼女の、空崎ヒナの圧倒的強さを。

 

しかし不在なのは仕方がない。

彼女の存在に固執する暇があるなら、どうにかしてこの状況でも突破する方法を探っていかなければならない。

 

「撤退しようお姉ちゃん! このままじゃ先生にいつか攻撃が当たっちゃうっっ!! 守り切るのも限界があるよ!」

 

度重なる被弾による影響か、額から僅かに血を流すミドリが悲痛な声で叫ぶ。

 

ミドリの指摘は正しい。

現に先程の一方通行は被弾寸前だった。

アリスの一撃により難を逃れたが、それが無ければ今、彼はここで立っていないかもしれない。

 

逃げるべき。

一度退却して仕切り直すべき。

そうミドリが叫んでいる間にもロボットによる攻撃は苛烈を極めていく。

十発や二十発程度なら弾丸が当たっても『痛い』で済むミドリ達も、休みない猛攻を連続で受けたらどうなるかは明らかだ。現にミドリは血を流し始めている。

 

これを解決手段は彼女の言う通り逃げるか、もしくは最低限の敵だけを撃破しながら全速力で走り、この場を強引に突破するしかない。

 

だがここでも一方通行の運動能力が枷になる。

彼の足は全速力で走ってこの場を突破する、逃走すると言ったありきたりな作戦に対応出来ない。

 

本来ならば彼は先日での無力さを考慮し同行すべきでないし、彼自身そう思っている。

それでも彼がこの場にミドリ達と共に『廃墟』に踏み込む事を決めていたのは同じく先日辿り着いた工場で発生した一連の出来事。

 

工場で一方通行は資格を確認し、入室を許可しますと言い放たれた。

その事実は彼なくしては入れない場所が他にもあるかもしれないという可能性を否が応にも突きつける。

 

上記の理由から、彼は足を引っ張る事を承知で彼女達と共に『廃墟』へ赴かなければならない。

そうでなければ彼女達の努力が無駄になる。

 

(結局は工場まで辿り着きゃァ勝ちだ。そォすりゃこいつらも追ってこねェ!)

 

絶望的状況の中で希望があるとすれば、このロボット軍団は先の工場内部に入ると撤退する性質があるという事。

 

工場はこの場所からだと距離にして一キロ圏内と言う所だろうか。

一方通行が靴底に仕込んだジェット噴射機構を利用すれば数十秒で辿り着けるだろう。

 

これを利用し、先に単独で目的地へ向かう。

今も何度も過る一番打開に有効的な考えだが、一方通行ではなくそれは彼女達、主にミドリが反対意見を事前に出していた。

 

途中で空にいる先生を迎撃されたらどうするの? 

入り口付近で着地した先で昨日の件から警戒されて待ち構えられていたら? 

その場合一体誰が先生を守れるの!? 

 

これも言っている事は正しい。

正しすぎて思わず頭痛がしてしまう程に。

 

だがそれを律義に守った所で待っているのが全滅ならば『こうなるかもしれない』は一度捨てなければならない。

 

別に一方通行は死にたがりな訳ではない。

命が助かる術があるなら全力でそれを探し出すし、無理に命を懸ける場面でもなければ無暗やたらと己の身を犠牲に行動したりはしない。そして命を懸ける場面であってもその中で彼は最大限生き残る可能性を模索する。

 

それは彼の中に根付いた新たな理念であり行動軸。

故に彼は死ぬ事を承知で行動したりはしない。

 

ただし、その理念はそれを守る事によって()()()()()()()()という信念が根元にある。

 

自分の命を大事にした結果誰かが犠牲になるならば、立てた理念は初めから破綻している。

このままここで彼女達が崩れて行くのを、一方通行が黙って見ていられる訳が無い。

 

結論は出た。

一人だけ先に工場へ向かい、彼女達の足枷を無くす。

 

工場付近で仮にロボットが待ち構えているのなら『黒い翼』で消し飛ばす。

彼女達が近くにいないのならば使用を躊躇う必要が無い。

 

空中で迎撃されるのだけが懸念だが、そのリスクは甘んじて受け入れなければならない。

安全ばかりでは、何も前に進めない。

その意思に従って彼は時速二百キロで空を飛ぼうとして、

 

「先生! ミドリを連れて飛べる!?」

 

刹那、モモイから一つの提案が飛び出した。

あァ? と、今まさに飛び立たんとした一方通行の動きが止まる。

 

モモイの顔は、苦渋に塗れた表情をしていた。

彼女の中で、それは途轍も無く厳しい決断の様だった。

 

言いたいことは理解出来た。

しかし理解する事と納得する事は違う。

 

一方通行は、その提案に安易に首を縦に振る事は出来なかった。

 

「あ、そうだミドリこれ持ってて! G.Bibleの座標を示してる端末!」

「お姉ちゃん!? それってどういう——―」

「先生! ミドリ一人を連れて先に工場に行って!! 先生がいないなら三人でも何とか出来る!」 

 

ウソだと、一方通行は即座に彼女の隠し事を看破する。

 

一方通行と言うハンデを抱えての銃撃戦。

見かけだけならば大きなハンデに見えるが、実際に彼女達の中の戦闘行動において一方通行と言うハンデが響いている部分があるとすればそれは突破するのに必要な走力と、彼への被弾を回避する為に物陰に隠れたりせず、絶えず的になりながら撃ち続ける事の二点のみ。

 

彼女達の純粋な戦闘能力については何の枷もかかっていない。

確かに被弾が減る。僅かに休憩する時間を作れるというのは大きな利点かもしれない。

しかし、その引き換えとしてこの戦闘の中核となっているミドリ、モモイによる双子だからこそ出来る抜群のコンビプレイを犠牲にするのはあまりにも危険すぎる。

 

最悪、瞬く間に戦場が瓦解する。

そうなれば、一方通行だけは守らなければ等と言う彼女達の、特にミドリの決意を尊重しているような場合では無くなってしまう。

 

モモイもミドリもそれぞれ個の力は強くない。

あくまでお互いの実力の及ばない部分を絶妙にカバーし続ける双子特有の、彼女達特有の連携があるからこそ機械軍団を相手に押し返す事が出来ているのであって、その片割れがいなくなった場合どうなるか想像に難くない。

 

どうしても誰かを共に連れて行くならばユズかアリスにするべきだ。

だがそれも難しいのは一方通行とて分かっている。

 

二人の武器は咄嗟の判断を要する状況に対して強くない。

破壊力が大きい分、小回りが利き辛く、また取り回しも悪い。十全に力を発揮させる為に必要な時間も他の武器と比べて多い事もあって、一方通行やモモイが想定している戦場、戦局では頼りになるとはとても言えない。

 

加えてユズは冷静になれてから初めて本領を発揮するタイプであり、即興的な動きを重視される場面において彼女の力は二割も引き出せないであろう。

 

よってユズもアリスを連れて行く選択肢は無い。連れて行くならモモイかミドリの二択。

そして一方通行が飛び去った後、残ったメンバーを牽引する力が優れているのはどう考えてもモモイの方であり、どのような状況でも自分のやるべき事を即座に実行に移せるという点でもミドリを連れて行くのが最も適していると言える。

 

だがミドリを連れて行けばこの場で構築されている戦術の核が壊れる。

モモイはそれでも大丈夫だと言い繕っているが、彼女の表情は嘘を隠せていない。

 

無理だ。

連れて行ける訳が無い。

ここで彼女を連れて行けば、モモイ、ユズ、アリスの三人に甚大な被害が出る可能性が高い。

 

承認出来る訳が無かった。

 

「先生一人なら危険だけど、ミドリが一緒なら何があっても対応出来る! これならミドリも文句無いでしょ!?」

 

「待てモモイ! 俺の事は気にすンな! どォにかする手段はある! 気にせず四人で後から合流しろ!!」

 

「それでミドリが納得しないから言ってるんじゃん!! このまま先生連れて工場目掛けて突破するのは無理がある。そんなの分かってるよ! 先生とミドリを先に行かせたら今度は私達の状況が辛くなる。それも全部分かってるよ! でもこれが一番最適なの! 本当はちゃんと分かってるでしょ!?」

 

チッッ! と、一方通行はこれ以上なく舌打ちする。

自身の力を喋らなかった事がここまで大きく影響するとは流石に予想が出来なかった。

時間さえあれば彼女を説得させることは可能だったかもしれないが、今は一刻も早く行動に移さなければならないタイミング。悠長な事をやっている場合でも無ければ、話を聞き入れる余裕も無い。

 

彼女を納得させる為に今すぐ力を使用し、強引に納得させたい気持ちに一方通行は駆られるが、この場においてそれはあまりにも愚行だ。

 

数多のロボットによる銃撃、アリスの砲撃、ユズの爆撃。

ビリビリと伝わる余波による衝撃は既に周囲のビルにこれでもかと伝わっており、その影響かパラパラとコンクリートの破片が上から零れ落ちて来ている。

 

モモイの説得にどれだけ時間が掛かるか分からない中で『黒い翼』を行使するにはリスクが想像を絶する程に高すぎる。

最悪、使用した瞬間にビルが倒壊する危険性がある。

そうなればもう、待っているのは全滅しかない。

 

ならば残された道はたった一つ、全ての意見を吹っ切って一人で飛ぶしかない。

憤慨されようが構わない。

後で怒鳴られても仕方がない。

謝罪でも何でも後でいくらでもしてやる。

 

だから今だけは単独行動を受け入れろ。

その決意を表す様に彼は地面を爪先でカツンと叩き、噴射口を起動させようとした瞬間。

 

「先生!!」

 

土壇場で力強いモモイの声が響き渡る。

その声を、一方通行は降り切れなかった。

聞こえなかった事にして、飛ぶ事が出来なかった。

 

それは彼女達がもたらした学園都市にいた頃の一方通行から変化した部分の一つ。

キヴォトス生活で育まれた感覚の一つ。

 

彼女達を思いやる心。

非情になり切れない、寄り添おうとしてしまう弱くて強い心。

そしてそれが、運命の分かれ目だった

 

「私達を信じて!!!!」

「うん……! 大丈夫だよ、先生……!」

「魔物に囲まれる窮地は過去に八回発生しましたが、アリスは全て勝利しています。この程度ならば問題ないです!」

 

「ッッ!!!」

 

大声で言われたモモイのそれは、立て続けに同意してきた二人のそれは、一方通行の決意を瞬く間に鈍らせた。

 

クソッ! クソッ! クソッ!! 

毒づき、愚痴る。

頭の中で何度も何度もそう叫ぶ。

 

モモイが放った決死の一言は信じられない程に彼にとって猛毒だった。

キヴォトスでの一方通行の役割は曲がりなりにも『先生』である。

 

先生。

生徒を教え、導く象徴的存在。

生徒の信頼に応える存在。

 

モモイは一方通行に信じてと叫んだ。

 

それは絶対に応えなければならない。

『先生』である自分が、『生徒』を信じる。

 

それが出来なくて、何が『先生』であろうか。

 

クソッ! クソッ! クソッッ!! 

なんて最悪なロジックだ。何て最低なタイミングでの物言いだ。

 

計算され尽くした上での発言かはたまた本当に偶然か、一方通行はモモイの心情を知る由も無い。

だが事実として、彼女の一言は彼に一人だけ先に行くという方法を潰した。

 

それが一番の最善だったのにそれだけはダメだと、少女達の善意によってその最善は潰された。

 

その結果モモイ、ユズ、アリスの三人がどれだけ危険な目に会うのかも分かってて。

 

全員が全員、分かって、気付いて。

モモイの言葉に同意した。

絶対大丈夫だからと言う、何の保証も無い言葉と共に。

 

やってられねェ。

やってられるかクソッタレ! 

 

ガシッッ!! と、自分では少女達の窮地を打開する事が出来ない。この程度の敵を打開する力すら無いイライラをぶつける様に一瞬左手で己の髪の毛を乱暴に掴んだ後。

 

「行くぞミドリ! あの分からず屋は後でデコピンの刑だ。今はここを離れる!」

 

ミドリの右手を掴み、彼女の身体を己の方へと引っ張った。

 

「え? え!?」

 

グイッッ! と、ミドリを力任せに引っ張る際に上ずった声がミドリから聞こえる。

だが一方通行はミドリの困惑に塗れた声に対する一切の感情を排除する。

 

「背中に腕を回せ、そして今から絶対に手を離すな」

「ひひゃっっ!? て、手をまわっっ! せ、せせせ先生の背中に!?」

「早くしやがれ、時間がねェ!」

「は、はひっ! はいぃぃッ!!」

 

強引に密着するまでに彼女の身体を引っ張った後、一方通行は彼女にそう命令する。

彼の強い口調に顔を赤くしてしどろもどろになり始めたミドリだったが、それを咎めるさらに強い言葉によって彼女は撃沈したかのように観念した後、おずおずと彼の背中に手を回した。

 

ギュッッ! と、一方通行の背中に締め付けられる感覚が走る。

ミドリの準備が整った事をそれで認知した一方通行は最後にもう一度だけモモイ達の名を叫ぶ。

 

「モモイ! ユズ! アリス!! そこまで大口叩きやがったンだ! 怪我の一つでもしてたら承知しねェぞ!!」

 

彼の激励に、三人は笑顔を浮かべて小さくコクンと頷いた。

ユズ、アリスの両名はそれを最後にロボット群ぬ向き直る。

 

「先生こそラブロマンスそこで披露してないでさっさと飛んでよ! 妹のラブシーン見せつけられるの結構ダメージ大きいって事が今分かったんだけど!? 主に鳥肌立つ的な意味で!」

 

「これのどこがラブでロマンスなのか是非とも教えて欲しいもンだなァ!! 行くぞミドリ! もう一度言うがその手離すンじゃねェぞ!」

 

返事を待たず彼は右手の杖を収納し、空いた両手でこちらもミドリの背中と頭部に手を回し、抱き抱える様にして彼女を万が一にも落とさない様最大限の措置を取り始める。

 

「ふ、ぁっっ!?」 

 

訳の分からない声がミドリから聞こえた。

様子が明らかにおかしくなってしまったミドリだが、一方通行は何も気にせず今度こそ靴底を鳴らす。

それを合図にエンジニア部が仕込んだ彼の靴に特殊機構、空力指揮(エアコマンダー)が作動し。

 

ゴッッッ!!! と言う大きな音と共に一方通行の身体は引っ付いてるミドリと共に恐るべき速度で空を飛び始めた。

 

「きゃぁああああああああああああああああッッ!?」

 

身体が宙に浮き、信じられない速度で突き進み始める恐怖からなのか、ミドリからうるさいを通り越した悲鳴が迸る。

 

ギュゥゥウウウウッッ!! と、背中に回ったミドリの手から凄まじく力が込められているのを痛みで一方通行は感知する。

 

「なンだ? 絶叫系マシーンとか高所は苦手なクチかァ?」

「安全バーが無い絶叫マシーンはそれただの殺人器具ですよ先生ぃいいいいいいいいいっっ!!! 役得なのに全然味わえないですよこの状況じゃぁああああああああっっ!!!!!」

 

胸に抱き抱えるミドリからの抗議に違い無い。と、一方通行はその例えに小さく笑う。

何が役得なのかはあまり理解出来なかったが、ミドリが絶叫系が苦手なのは理解出来た。

 

一直線に真上へ上昇した一方通行は、その視界に先日訪れた工場を捉える。

どうやらモモイが懸念していたロボットが入り口付近で待ち構えているような状態では無さそうだった。

 

あれだけ地上で騒いで葛藤して、待ってた結末は如何にも塩っぽい物。

笑える話だと彼は思うが、こういうのは蓋を開けて見なければ分からないのが世の常。

最悪を想定して動いた結果、何も最悪な事なんて待っておらず、ただただ肩透かしを食らう。

 

それは別に悪い事でも何でも無い。どちらかと言えば良い事である。

仮にここで敵が待ち構えていた場合、彼は必死にしがみついてるミドリに戦えるよう姿勢を変更しろと命じなければならなかった。

それはミドリにとっても最悪だっただろう。

今回は幸運にもそうならなかった。

 

ただ、それだけの話だった。

 

グッッ!! と、一方通行もミドリの身体を強く支え始める。

そのまま彼は身体を器用に操り、ミドリに大きな負担を掛けない様少しずつ前傾姿勢へと変えていく。

時速は百五十を優に超えている。

この速度で落してしまえばいくらヘイローを持つミドリでも大怪我では済まない。

 

絶対に離さない為にしっかりと彼女を抱き留めながら一方通行は空を走る。

 

工場までは残り十数秒。

何とも面倒な事になった物だと言葉に出さず彼は愚痴る。

 

つくづく面倒だ。

ほとほと呆れる。

 

どいつもこいつも口を開けば先生先生。

誰も彼もがまず第一に一方通行の身を案じ始める。

 

ゲーム開発部の四人に限った話ではない。

ユウカ、ハルナ、ヒナにワカモ。便利屋にエンジニア部。

 

何かあればまず第一優先に彼の安否に走る。

その役目を全うするのは、本来ならば逆だった筈なのに。

 

(…………ッ!)

 

何かを思う様にもう一度、一方通行は少女を抱きしめている腕に力を入れる。

それは無意識に行われた物であり、特別な意図があった訳ではない。

 

(俺の能力を行使するにあたって必要とされる莫大な演算を補助する何かが必要……か。今回の一件が終わったら探すしかねェな。このままじゃいつか零しちまいそォだ……!)

 

宿されたのは一つの意思。

かつて持っていた力を失ったなら失ったで良いと思っていた思考の否定。

 

いつまで経っても、むしろ日を追う毎に過熱していく少女達の保護思想。

一方通行からすればこの兆候は危険過ぎて、けれどそれが正しい故に拒絶が出来ない。

 

だから彼は探すしかなかった。自身が持つ超能力『一方通行(アクセラレータ)』を行使出来る方法を。

先生は守らなくても大丈夫と思って貰える様に。

盾にならなくたって大丈夫と思って貰える様に。

静かに、静かに、一方通行は意思を燃やす。

 

一方で、

 

「~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」

 

彼の胸に顔を埋めて唸り続けているミドリに対して、お前は俺を守る為に一緒に来たンじゃなかったのかとツッコミを入れてしまいそうになるのも、また仕方のない事だった。

加えてちょっと嬉しそうにしているのも、彼にとっては甚だ疑問で。

 

この少女が己を守る為に命を懸けるような場面なんか見たくないと思ってしまうのも、当然の帰結だった。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムサイエンススクールの近郊に聳え立っている無数のビルの中の一つ。

 

そのビルのとある一室は、壁に掛かる時計も窓を彩るカーテンや棚と言ったありきたりな備品が無い部屋だった。

汚れ一つない綺麗なデスクと、不随するように置かれた椅子一つだけが静かに存在感を放っているその場所で、二人の男が静かに時を待ち続けていた。

 

「ミレニアムの防衛機構。形だけは立派な物ですが、何もその全てが監視出来ている訳では無い。必ずどこかに綻びは有る。そして有るなら、突破は容易い物です」

 

その中の一人である、全身が真っ黒な男、『黒服』は窓の外から見えるミレニアムサイエンススクールの全景を眺めながら、誰に聞かせる訳でもない言葉を呟く。

『黒服』の言葉に、隣に佇む、黒一色のみで人間の後頭部が描かれている絵を左手で抱える『首』が無い男からの返事は無かった。

 

「しかし態々このような時間から世界を荒立てる必要は無いでしょう。世界はまだ平穏であると装わなければなりません。まだ、平和であると誤解されていなければならない」

 

黒服は隣に佇む『首』の無い男が何も喋らないのを承知しているのか、はたまた認識すらしていないのか曖昧な程に無関心のまま粛々と言葉を続けていく。

 

窓の外から見える世界は至って平和だ。

街を歩く少女達も、その街を警護する人工知能を持つロボットも、誰も彼もが変わりの無い日常が、代わりの無い日常であると知らずに毎日を生きている。

 

それが今にも壊れようとしているとも知らずに、

不変で普遍の毎日を、彼らは至高であるかのように送っている。

 

世界はこんなにも、傷だらけだと言うのに。

 

「早瀬ユウカ」

 

ポツリと、ミレニアムサイエンススクールに所属するある生徒の名を黒服が呟く。

 

「聞けば彼女が所有しているとの話です。彼女から直接お話を聞く事にしましょう。場合によっては戦闘になるかもしれませんが……どうせ余興です」

 

早瀬ユウカ単体に対してはさして興味無さそうに吐き捨てると、黒服は音も無く椅子に腰かける。

そのまま彼は机の上に肘を置くと、実に面白そうに、上機嫌そうに言い放つ。

 

「それでは日が落ちるまで待つ事としましょう。ミレニアムが作り上げた未来予測機」

 

確かな宣言を。

静かな布告を。

 

「『未完成の樹形図(プロトダイアグラム)』の拝見を」

 

世界が、確かに動き出そうとしている。

キヴォトス全体が予想の付かない形で。

 

静かに、音も無く、されど確実に。

何かが、変わり始めていく。

 

ゆっくりと。

ゆっくりと。

世界が、変わり始めていく。

 










様々な作品が世の中にありますが、私が好きなジャンルとしてバトル物があります。

その中でも様々なキャラが同時多発的に1ON1するのが好きだったりするので、当然ながらこの作品にもその作風は取り入れたい。

とは言えブルアカはそこまで多くの敵キャラが出て来る作品ではないので中々野望は達成出来そうにありません。プレイアブル同士で激突してる展開が多いのも向かい風。彼女達は! 敵ではないのだ!! 私は敵を豪快にぶっ飛ばしている姿を書きたい!

そんな訳で今週の話は戦闘編となっています。なっている予定でした。
おかしい、ミドリと一方通行のみで行動させようとしていたら想像以上に文字数を使っていました。お陰で色々と進みが遅くなりました。なんてこと!

そしてあくまでも平和な一方サイドですが、滅茶苦茶不穏なゲマトリアサイド。
初登場のデカルコマニー&ゴルコンダさん。
今回は何も喋らなかった彼ですが、別に喋らせるのが難しかった訳ではないです。ウソです死ぬ程難しいですこの人。

そんなゲマトリアに狙われたユウカの運命は如何に。
しかしまだそれは先の話で次回は一方通行とミドリの工場デート編になります。

温度差が! えぐい!!




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G.Bible

 

 

「さて、無事に工場まで辿り着いた訳だが……」

 

追手が来なくなった外を見やりながら、一方通行は耳を澄ます。

外からは小さく銃撃音が鳴り響いており、時折爆発音や太い光線めいた物が空を突き刺していく光景まで見える。

 

それは置いてきたモモイ達が奮闘している様子であり、同時に彼女達が無事である事の証左であった。

 

少しばかり、安堵の息を零す。

そうしてモモイ達が今の所無事である事を音で知った彼は背後へと振り返り、座り込んで休んでいるミドリの方へ視線を向ける。

 

「せ、先生と抱き合っちゃった……! せ、先生に抱きしめられちゃった……! あ、頭から、か、抱えられてっっ! あれ、私今日、死ぬっ……?」

 

俯き、ブツブツと聞こえない程の音量で何かを喋っている様子を、一方通行は無茶な行動をした事による疲労だと推測する。

 

短時間の飛行だったとは言え、先の空中移動は想像以上に彼女の体力を消費していたようだった。

 

無理もない。

移動中の身を支えていたのは他でもないミドリ自身の腕力頼みだったのだから。

一歩間違えたら真っ逆さまに落下していたともなれば、精神的疲労も計り知れないだろう。

 

もう少しこのまま休ませてやりたい気持ちに駆られたが、その前にやるべき事があると一方通行はミドリの方へ近寄ると、杖を支えにしてゆっくりと彼女の目の前で屈み込んだ。

 

「ぴっっ!? せ、先生ッッ!? い、いつからっ! か、顔がち、かっっ!」

 

一方通行が近寄って来ていた事にも気付かない程に疲れていたのか、ミドリの狼狽えは凄まじい物だった。

 

普段のミドリらしくないその疲弊ぶりに今更になって彼女を連れて空へ飛び出したのはやはりまずい選択肢だったのではないかと悪い気がしてきた一方通行だったが、こればかりはミドリ自身で勝手に回復して貰うしかない。

 

よって一方通行はその事に関するケアはせず、その前から気になっていた事柄に着手する。

 

「ミドリ、傷見せろ」

「え? え!?」

 

そう言うと彼はスッと、狼狽し始めた彼女の反応を気にする事無く左手で彼女の前髪をかきわけ、こめかみ付近に受けた弾丸から生じたであろう傷と、ポタポタと静かに流れて行く血液を凝視し始めた

 

ミドリに当たったであろう弾丸は彼女のこめかみに直撃した後、輪郭に沿う様に弾かれたようだった。

相変わらず不可思議な程に頑丈な身体だと素直に思うが、それでもその防御能力は万能ではない。

現に彼女は怪我をしている。それも深くは無い物の決して浅いとも言えない程度には。

 

弾丸が当たったにしては浅いと言える。

流れた血の量やこれから失うであろう血液量から鑑みても命の危険は無いだろう。

このまま何の処置もしなくてもいずれ塞がっていく程度ではある。

 

だが、

だが、

 

一方通行は彼女の傷を治療出来ない。

昔の自分なら今すぐにでも塞げたであろう傷を、今の自分は治せない。

 

その事にどうしようもなく、不甲斐なさを覚える。

 

「ミドリ」

「あ、あのあのあの。先生、そ、そのその、あ、あんまり顔……見、見ないで下さいっっ! は、ははずかっ、し、い……で……、す……っ! あ、いや……イヤじゃないです……けど……!」

「? 聞こえてねェのかオイ?」

「あっっ! き、聞こえてます! 聞こえてます先生っっ!!」

 

己の無力さを痛感するかのように彼は彼女の名前を呼ぶが、どうにもミドリは上の空だった。

名前を呼ばれた事すら気付かなかったミドリは、もう一度呼び掛けられた一方通行の声にようやく反応し、慌てたように返事を返す。

 

その様子から、一応は大丈夫である事を一方通行は改めて認識する。

 

「深い傷じゃねェのは幸いだな。だが無理すンな。お前等の身体が頑丈なのは知ってるが見てて心臓に悪ィンだよ」

 

大事ない様子に安堵しつつ彼はゆっくりと立ち上がると、普段から思ってる事を口に出す。

 

自分は弱い。

こればかりは認めなければならない事実だろう。

 

銃撃戦が日常茶飯事のこの世界において、ダメージに対する耐性が無いというのはそれだけで致命的だ。

だからこそ躍起になって盾になろうとする彼女達の心情も分かる。

 

分かるからこそ、やるせなかった。

 

「怪我までして俺を守る必要はねェ。つっても、どうせ守らねェンだろォな」

「……はい」

 

顔を上げて返事するミドリの顔は、小さく微笑んでいながらも強い意志を放っていた。

先程の声量とは打って変わって、外から聞こえて来る銃撃音に掻き消されそうな程に力無い声を発しながら頷く彼女の様子は、一方通行が思わず己の左腕を強く握り締めてしまうぐらいに眩しい。

 

呆れてしまう程に固い決意を彼女から感じた。

こればかりは譲れない一線だと、そう言い放っているようだった。

 

「だって先生に、怪我して欲しくないですから」

 

一方通行に続くように立ち上がったミドリはそう言葉を紡ぐ。

 

「先生に痛い思いをして欲しくない。私達は痛いで済むけど、先生はきっと、そうじゃないでしょうから……」

 

ミドリの指摘は正しい。

 

現に今日に至るまで何度も彼は死に至る窮地を経験し、その殆どを彼の隣に立つ様々な少女に守られて来た。

自分自身で窮地を脱した事自体はある物の、その回数は多くない。

幾度となく訪れた死の危機を、彼は守って貰う形で回避している。

 

今回も同様だ。

モモイ達に助けられている。

ミドリに庇われている。

 

その点を鑑みた場合、実の所一方通行に彼女達の頑張りを否定する権利は無い。

覆しようの無い事実として、キヴォトスでの彼は少女達の助け無しでは生き残れない。

 

「でも嬉しいです。先生が心配してくれて」

 

それしか出来ないのだ。

彼には心配する事しか出来ない。

 

懐にある銃では力不足。

弾丸の破壊力は彼女達と比較すると天と地ほどの差がある実情。

 

それでも、手を伸ばしたくなるのは間違いなのだろうか。

彼女達の前に出て危機を取り除こうとしたくなるのは、過ちなのだろうか。

 

(って、そォ言う下らねェ事を考えるのが良くねェンだったなァ)

 

ふと、以前天雨アコに言った事を思い出す。

 

特別な存在になろうとするな。

何かを成し遂げなければならない事態に遭遇した時、解決するのは自分でなければならないという、意味を持たない価値観を捨てろ。

 

この言葉自体殆ど受け売りだが、それが今自分に降りかかっている事に気付いた一方通行は小さく笑う。

 

全く、本当にどうにもならない物だ。

 

「あ、どうして笑うんですか先生!」

 

彼が浮かべた呆れや自嘲から来る笑いにミドリが目敏く反応する。

ミドリからすれば一方通行の笑いは彼女の発言に対しておかしく思ったからにしか見えないだろう。

 

しかし、その誤解が今は丁度良い。

そのお陰で、良くない循環から抜け出せる。

 

「生意気言ってンなと思っただけだ。それ以外の他意はねェよ」

「それが不満になりました! 今不満が生まれました!」

「そりゃ悪かったなァ、どォもすいませンでしたねェ」

「全然本気で謝ってないですよねそれ!? もう! もう~~~~!!」

 

カカカと一方通行が笑い、ミドリは悔しさの感情が全くない憤慨を見せる。

ぞれはシャーレにミドリがやって来た時のやり取りそのもの。

日常の証みたいな物だった。

 

「それでどうします先生? お姉ちゃん達をこのまま待ちますか?」

 

話している間に流血も大分収まったミドリが一方通行に質問する。

 

「座標は受け取ったンだろ。だったらモモイ達を待つ理由なンざ無ェだろォが」

 

対する一方通行の返答は実にシンプルな物だった。

外から聞こえて来る戦闘音も徐々に近づいてる。この調子なら遠くない内に工場に到達するだろう。

 

順調に足を進めているのが音で判別できる以上、ここで安否を気遣う必要は無いと言える。

ならば少しでも時短に努めるべきだと一方通行は判断した。

 

彼女達ゲーム開発部に残されている時間は多くない。

G.Bibleの捜索を終了後、直ぐにでもゲーム開発に取り組まなければ廃部が決定となってしまうだろう。

 

その為にもG.Bible捜索の時間は一秒でも早く終え、浮いた時間で少しでもゲーム開発をするべきだ。

それが一番、彼女達の為になる。

 

「案内しろミドリ。一応警戒は怠るなよ」

「は、はい。えーと。こっち……ですね」

 

モモイから受け取った端末と睨めっこしながら、ミドリはゆっくりと歩き出す。

警戒を怠るなと言った矢先から端末しか見ていないミドリを見て一方通行は嘆息するも、警戒は自分がすれば良いかと諦め、特に何も言わずミドリの後ろを付いて行く。

 

向かって行く先は工場の奥。真下へと落ちた昨日と違い、真っ当な進行ルートだった。

一方通行とミドリは埃まみれの廊下を進んで行き、そして。

一台のコンピュータを見つけた。

 

「お姉ちゃんの端末は……これを指してますね……」

「つゥ事はこれがG.Bibleって事かァ? 持ち運べそうには見えねェが」

 

でかでかとしたディスプレイを眺めながら、一方通行は途端に雲行きが怪しくなってきた事を認識する。

見える範囲にあるのはキーボードとディスプレイのみ。

何かを接続するような端子こそあれど、キーボード以外の何かが特に繋がっている様子は無い。

 

無駄足を踏んだ可能性が高くなってきた事を考慮しながらも、とりあえず何か触ってみるかと一方通行は適当にディスプレイの方へ近づき、

 

「……あ? なンでこいつ既に起動してやがるンだ」

 

そのディスプレイに電源が入っているのを目撃し静かに眉を上げた。

 

おかしい。

 

ここは既に破棄された工場の筈で、無人施設の筈。

 

工場がある『廃墟』は立ち入り禁止とされている場所で、複数のロボットが巡回し警備している区画。

 

連邦生徒会による厳重な警備が無くなった今興味本位で立ち入る生徒こそいるかもしれないが、その生徒がたまたま最近この『廃墟』に入り込み、膨大なロボットの攻撃にたじろぐ事無く探索を続けた結果、いくつもある無数のビルや壊れた建物の中から運良くこの工場に辿り着いて、ふらふらと目的も無く工場内部を探索した事で偶然このディスプレイとキーボードを見つけ、これ幸いとばかりに電源を入れるだろうか。

 

それも、一方通行達ですらまだ所在を掴めていないこのディスプレイの電源を見つけて。

 

もしそれが本当に偶然だとするならばそれでもいいだろう。

そんな天文学的確率を許容できるなら、そうすれば良いだろう。

だが一方通行はそうでは無かった。

 

あまりに出来過ぎたこの偶然を、彼は偶然と捉えない。

当然、訝しみ始める。

時間にして僅か数秒で、一方通行は脳内整理を始める。

 

工場に入るまでの道中、空から見た限りでは戦闘の形跡は見られなかった。

昨日、ヒナが大暴れしたことによるロボットの残骸こそ転がっていた物の、新たに増えていた様子は無い。

 

仮にこのディスプレイが起動されたのが昨日より以前だとしても、道中にロボットが破壊されたような跡はどこにも無かった。

 

『廃墟』において、ロボットに気付かれずに探索する事は不可能ではないだろう。

所詮機械。人の目では無い。センサーなりなんなりで感知しているのを逆手に取り、ジャミング、ハッキング等で対処して被害を最小限に抑えて歩き回る事はミレニアムの技術力なら十分可能に思う。

 

もしかしたら自分達の発明した技術がどれだけ通用するか、お遊び感覚で試す生徒もいるかもしれない。

だが既に破棄された工場内部に入る理由があるのかと言われれば、途端に否定が混ざり始める。

 

(さァてどォする……? 一気にこの工場自体がきな臭くなって来たなァ……つっても今更か)

 

元々、天童アリスと言う存在がここで眠り続けていたという事実だけでこの工場がただの製造工場ではない事は認識している。加えて無数のアンドロイドを製造していた工場だとした場合、アリスの保管状況は厳重と言って差し支えない物だった。

 

量産されている物ならば、あんな場所に安置しない。

もっと雑多に扱うだろうし、もっとあちこちの場所に『AL-1S』シリーズは大勢いた筈だ。

 

だが結果として待ち受けていたアリスは一機のみで、そのアリスも長い時間をここで眠って過ごしていた。眠る前の記憶、データを失ったという発言もその信憑性に一役買っていると言えるだろう。

 

ワンオフ、もしくはそれに近い物を製造していた工場。

そして何かのきっかけで破棄され、アリスのみを厳重に保護した工場。

一方通行でなければ、アリスがここにいるという事を見つけられない程に固く封印していた工場。

 

そんな場所に、自分達以外の第三者が入り込み、このコンソールを触った。

何かを操作した。

見れば、キーボードは特定のキーだけ埃が少ない。

明らかに誰かが触った証拠だった。

そしてこの汚れは、そこまで昔の物ではない。

直近で、誰かが触っている事を示している。

 

怪しむなと言う方が無理な話でしかない。

 

「……先生? 触らないんですか?」

 

面倒な事になりそうな気配が漂う中、ディスプレイに向かう途中で動きを止めた彼の様子を心配に思ったのかミドリがそう声を掛ける。

 

警戒すべきか否か。

これを伝えるべきか否か。

 

様々な可能性を瞬時に叩き出し、一方通行は一つの答えを導き出す。

ミドリには教えないという、黙秘するという選択を。

 

「……そォだな。とりあえず適当に弄ってみるか」

 

思考を読み取られない様に適当に彼女の話に乗りつつ、彼は静かにエンターキーを押す。

 

カチッ。と、静かに押された音と共にエンターキーが沈む。

時間に換算するとそれは一秒後の事だろうか。

 

ブン……と、明確に起動し始めたような重い音がディスプレイから響き。

 

『Divi:SionSystemへようこそお越しくださいました。お探しの項目を入力してください』

 

目の前のディスプレイからそのような文字列がリアルタイムで打ち込まれたかのように左から右へと表示された。

 

「お探しの項目……? 検索ツールって事ですかこれ?」

「かもしれねェな……」

 

文字列を眺めたミドリが横からヒョイと顔を出しながら一方通行に質問し、一方通行もそれに肯定する。

つまりこれでG.Bibleを検索しろという事なのだろうか。

 

それが確実な情報になるかどうかはともかくとして、発見に重要な手掛かりになる可能性は高かった。

ただしそれもこれも、このコンソールにG.Bibleの情報が入力されているならば。の話になるが。

 

だが今の一方通行にはそれと同じぐらい気掛かりな事も出来ている。

しかしその気掛かりを調べる為には隣にいるミドリの存在が煩わしい。

 

数秒程考え込んだ後、一方通行はなるべくミドリに己の調べたい物の意図を見抜かれない様に、G.Bibleを探っているかのように思わせる様にカタカタと小気味よい音を立てながら文字列を入力していく。

 

『検索履歴』と。

 

直後、ワード毎に行を区切られた数多の文字列がズラッッ!! と並び始める。

 

ミドリからすればこの入力はここからG.Bibleを探す為だと思っているだろう。

それにしては回りくどい道だと思っている筈だが、目的から完全に遠ざかっているとは言えない為、少しばかりの時間は稼げるだろう。

直接G.Bibleはどこにありますかと打てば良いんじゃ無いですかと近い内に彼女は言うに違いないが、それはタイムリミットとして彼の中で設定している

 

そして、その僅かな時間で十分だった。

彼は縦に並んだワードの内、一番上にある文字列に目を通す。

一方通行達よりも前に訪れた人間が打ち込んだであろう、検索ワードに目を通す。

 

『ADA-1VlU』の秘匿場所と起動方法。

 

一番上には、そんな文字列が書かれていた。

 

「ADA-1VlU? なんでしょうねこれ、アリスちゃんと同じアンドロイドでしょうか?」

「……見た感じそォ受け取れるな。ここまでの大掛かりな工場だ。アリス一機だけ作ってた訳でもねェだろォし、納得出来る範囲ではあるな」

 

但しそれが直前に検索されていなければ。の話だった。

何を思ってこれを打ち込んだのか不透明ながらも、勘がイヤと言う程に訴えて来る。

面倒な事が起こるという、不吉な予感を。

 

「少し調べてみるか」

 

言うが否や、ミドリが不審に思わない内に彼は再びキーボードを叩き始める。

『ADA-1VlUの機能性とデータ』

 

そう打ち込み、タンッとエンターを押す。

再び数秒の静寂が訪れた後、ディスプレイに回答と思わしき文字が入力され始める。

 

『AD-A1VlU……確認完了。ライブラリ登録ナンバー5、AD-A1VlUはキヴォトスにて修復不可能な程の損害が発生した時、自動的に目覚めるよう設定されたアンドロイドです。現在AD-A1VlUは稼働を始めております。原因不明。キヴォトスに修復不可能な損害は現状発生しておりません。原因不明』

 

しまった。

この文字列を見た瞬間、一方通行は即座に己の浅はかな行動を呪った。

 

得られたのは曖昧で不明瞭な部分が多いながらも情報としての価値は大きく、一方通行の頭痛の種が一つ増えてしまった程に素晴らしい物をこの機械は提供した。

 

だがこれをミドリに読ませたのは大きな失敗だった。

彼女に何も知らないまま日々を送って欲しいとまでは流石に思っていないが、知らなくて良い物を態々知る必要は無い。この情報は、少なくとも今日の所は知る必要の無い物だ。

 

キヴォトスに致命的な傷が生まれた時、それをどうにかし始めるアンドロイド。

きな臭いにも程がある。

そしてそれが何者かの手によって勝手に封印を解かれている始末。

何処をどう読んでも不穏な事しか記されていない。

 

「先生……これってどういう……?」

「アリスみてェな奴がキヴォトスのどこかにいるって事だろ。気にする事じゃねェよォに見えるな」

「え? でもキヴォトスの損害とか、怖い事ばっかり書いてある気が……」

「そォは言うが元々アリスだって得体の知らねェ物だろォが。勝手に持ち出してお前等が英才教育したから()()()()()()()()がよォ……。アリスが同じ役目背負ってても、俺は何もおかしく思わねェな」

 

それは確かにそうかも。と、一人納得するミドリを見て、どうにか説得できたなと一方通行は己を労わるように息を一つ吐く。

 

彼の放った発言に嘘は入っていない。

事実、一方通行自身ですらそう思いたいという気持ちがある。

 

そうはならないだろうなと、思っている事を口に出していないだけで。

 

読ませるべきでは無かった。

後日、一人でここにもう一度忍び込んで閲覧するべきだったと、一方通行は『楽』に逃げた自分自身を恥じる。

 

(カイザーコーポレーション。ワカモが語った五十六号とかいうロボット。ここにADA-1VlUが追加か。全部が繋がってるのかどォかすら知らねェが。叩き潰さなくちゃならねェ敵が多いのはシンプルに厄介だ)

 

まだADA-1VlUが敵かどうかは定かではないが、頭の隅に入れておくことに越した事はない。

アリスは戦闘用アンドロイドとして製造されている。であるならばADA-1VlUも戦闘用に作られている事を前提に考えても概ね問題は無い。

 

全く何をどうすればG.Bibleを探しに来ただけなのにどうしてこうも厄介事が更に追加されてしまうのかと一方通行は今日何度目か分からない頭痛に襲われる。

そういう厄介な物がキヴォトスに存在し始めたと認知が出来ただけ儲け物だが、面倒な事には変わりない。

 

「ADA-1VlU……お姉ちゃんなら文字が似てるからって理由で『アダム』って呼びそうですね」

「……、確かに言えてるなァ」

 

思っていたが口に出さなかったことをミドリが言い出し、一方通行は一拍置いて賛同する。

一方通行の深く考え過ぎな部分が悪い方向に働いて行く。

 

キヴォトスの生徒は例外なく女性。

そこに突如として投げ込まれた男性型アンドロイドがいるかもしれないという可能性。

 

文字列を都合よく読んでそう名付けただけに過ぎないそれは、しかし彼に疑念を与えるには十分だった。

 

だが。

 

「要らねェ寄り道をしちまったなァ。そろそろ本題に入りますかねェ」

 

これ以上ADA-1VlUについて検索しても藪蛇だなと、引き際を既に見誤っている一方通行はこれ以上前に進まない事を決め、改めてG.Bibleの在処と入力する。

 

『G.Bible……確認完了。ライブラリ登録ナンバー193。G.Bibleは転送可能状態で保存されております。譲渡を希望されているならば保存媒体を端子に接続して下さい』

 

入力された文字列は、モモイ達が求めている物そのものがここにある事を伝えていた。

突然差し出された目的物に、ミドリが分かりやすくたじろぎ始める。

 

「え? え? G.Bible。まさかこれに入ってるの!?」

「みてェだな。何か良さそうなの持ってるか?」

「さ、流石にこんな場所に来るのにゲーム機なんて持ってきて無いです……お姉ちゃんじゃあるまいし」

 

アイツは持ち運んでいるのか……と、どこでも遊ぶ精神がある事をさらっとミドリによって零されたモモイに一方通行は嘆息しつつ、彼は彼で何か無いかと頭を巡らせ始める。

 

とはいえ、一方通行の中に候補があるとするならば、『シッテムの箱』一つしかない。

しかし問題は当然あり、『シッテムの箱』の中には既にアロナと言う自我を持つメインシステムが存在する。彼女は中々に頑固な一面があり、こういうのを歓迎してはくれない。

 

『先生が必要だと言うので置いときますけど、今後二度としないで下さいね』と膨れっ面で不満マシマシに都度都度言われればそれは断然マシな方。

 

『ふんだ……やっぱり先生は私なんかよりこういうシステムの方が良いんですね』と長期間スネられる確率の方が非常に高い。

 

『あ、先生! G.Bibleは容量の無駄なので削減しておきました! 先生に必要な機能は私だけで何とか出来ますものね』と勝手に消去される可能性は……非常に低いとはいえ無いとも言えない。

 

アロナは自分以外によって管理されているシステムが『シッテムの箱』に入っているのを非常に嫌っているように見える節がある。

以上の事から手のかかるクソガキみたいな奴だなと一方通行は常々思っており、最悪の事を考えると本当に手段が無い時以外は提案しない方が良い。

 

そんな訳で一方通行はミドリが頼りだと言わんばかりに彼女に視線を投げると。

 

「と、とりあえずこの端末で……どうでしょう?」

 

先程モモイから渡されたG.Bibleの座標が入力されている端末を差し出した。

特に気にしても無かったがその端末は良く見ると携帯ゲーム機の様にも見える。

 

「お姉ちゃんこういう所ズボラだから、一昔前の携帯機だけど容量的には多分足りると思います……」

 

ミドリの言葉によって本当に携帯ゲーム機だという事が確定した。

 

『……まぁ、可能ではあります』

「言い澱ンでンぞコイツ……保管場所に良し悪しもねェだろォが」

『人権は誰にでもあると思いませんか?』

「人になってから言え。つかお前も人工知能かよ。それに音声認識機能までありやがる」

『検索されませんでしたので』

「良い度胸してる奴なのは認めてやるよォ。ミドリ、さっさと端子に接続しろ」

「あ、はい。確かコードが本体に備え付けられてるタイプだから……。あった。じゃあ接続しますね」

『もう一度考え直しませんか?』

「イヤがンな。諦めろ」

『せめてUSB……イヤこの際贅沢は言いません。電話端末でも構いませんから』

「諦めろ」

『……はい』

 

往生際の悪い人工知能は彼の言葉にとうとう折れたのか、諦めたかのような文字を流す。

ご丁寧にも哀愁籠った言葉表現なのは、情を求めているのだろうかと思う物の、情けを掛ける理由は何一つない一方通行はその文字を完全に無視する。

 

「準備出来ました」

『…………、転送開始……。……転送終了。G.Bibleの譲渡に成功しました』

 

ディスプレイから文字列が流れた後、ミドリの持つ端末が自動的に起動を始める。

わわ。と、慌てながら端子を抜いて端末を手に取ったミドリは、新しくインストールされた『G.Bible.exe』と称された拡張子を凝視する。

 

ゴクッと、息を飲む音が聞こえた。

あれだけモモイが欲していた物が今、ミドリの手の中にある。

G.Bibleの捜索に決して強く乗り気では無かったミドリだが、それでも彼女もモモイと同様に熱意を持ってこれを探し続けていた。

いざ実物を手に入れたのならば動揺もするだろう。緊張もするだろう。

 

だがそれ以上の大きな好奇心が、彼女の瞳の中にあると一方通行は感じた。

 

ミドリは一度、己を落ち着ける様に息を大きく吐くと。震える手で拡張子のファイルを開く。

一方通行もそれを横から覗き込み。

 

『パスワードを入力してください』

 

そんな、ある種お決まりのような一文を目にした。

それは一見するとあまりに絶望的な文言。

G.Bibleの正式な所持者ではないミドリ達ゲーム開発部は誰一人としてパスワードを知らない。

 

よってこのファイルは手の中にあるのに、入手しているのに、鍵を持っていない為に決して開く事が出来ない地獄のような宝箱と成り果てる。

 

本来ならば、そうなる。

だが、彼女達が所属している学校はキヴォトスにおける科学の最先端『ミレニアムサイエンススクール』

 

「普通のパスワードなら『ヴェリタス』の人達が何とかしてくれる筈……!」

 

科学技術が頭三つ程は抜けているこの学校において、普遍的なパスワードは意味を為さない。

ミドリは即座に己の力で突破できないと見るや、これを『確実に』突破出来る部活に頼み込むことを決めた。

 

「先生! 学校に戻りましょう!」

「それは良いけどよォ。とりあえずあいつ等が来るまで待ってやった方が良いンじゃねェか?」

 

熱意高まるミドリとは対照的に、一方通行はモモイ達と一度合流する事を冷静に提案する。

いくら何でも情報は共有するべきだろう。

それに彼女達はミドリが不在な分多く戦闘をこなしている。休憩だってしたいに違いない。

 

時間を掛けてやって来たのに、一方通行とミドリはG.Bibleを見つけたので先に学校に帰っています。なんて事になっていたらどうなるか。最悪この工場がボロボロになる。エンジニア部の部室みたいに空が見えるようになってしまうかもしれない。

 

日を置いてもう一度ここへ戻って来るつもりの一方通行としてはそれは避けたい事案だった。

万が一あのコンソールが癇癪を起こしたモモイによって破壊されては溜まった物では無い。

 

ただ、彼の不安は即座に杞憂に終わる事となる。

あー疲れたーー! と工場の入り口付近から響く大きな声が聞こえた事によって。

次いでアリスの一方通行とミドリが何処にいるのか探し求めている大きな声と、ユズの不安げな声が小さく耳に届く。恐らく工場をキョロキョロ見回しているのかもしれない。

 

そんなユズの姿を脳内で思い浮かべつつ、一方通行は声にも顔にも出さずに、肩の荷が下りたかのように意識を和らげた。

 

三人共無事に辿り着いた。

声色からそうであることを感じ取った一方通行は、ミドリと一度顔を見合わせ。

 

「合流するか。あのままだとうるせェしな」

「はい!」

 

G.Bibleが手に入った事。

パスワードを解除する為、今からミレニアムに帰る事。

その旨を伝えた際のモモイから嬉しさと文句が交互に出てきそうな様子を浮かべ、おおよそその通りになるのだろうなと予想しつつ、二人は入口へ向かい始める。

 

このおよそ十分後、一方通行はモモイ達との話し合いの果てに再びミドリを抱えて『廃墟』から脱出する事となり再び空中散歩を強いられる事になったミドリから悲鳴が上がる事になる。

 

同時に、ゲーム開発部が送る今日と言う長い一日の中で、平和的な時間が終わろうとしている事に、この時の誰も気付いていなかった。

 

時刻は午後二時三十分。

 

まだまだ日は長く。夜は始まってすらいない。

 

 

 

 

 









あとがきって何を書けば良いのか迷います。
二十回以上続けていると本当に迷います。皆さん良く書けますね。

ミドリがヒロインをしている……ように見える。そう書けてると思いたい。
所々ブルアカ本編のパヴァーヌとはズレていく話が展開されています。

分かりやすい例で言えばG.Bibleの在処を示してくれたコンソールがアリスの音声を必要としなかったりでしょうか。理由はちゃんとあるのですが、本作でしっかり明かされるのかは疑問です……無くても問題ないような気もします。

前回から隠していないのですがこれ『ブルーアーカイブ』と『とある魔術の禁書目録』のクロスですからね。ブルアカを基礎にメインにしていますが、所々の部分が『とある』要素に置き換わっていたり、そちらを基にブルアカ用語を解釈し直して組み上げていたりします。その代わりキャラは一方通行だけという事で何卒。

次回は……色々動き出すのかしないのか。
そろそろ動き出したいです。メイド……出したいですね!







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未来観測機関(プロトダイアグラム)

 

『おめでとうございます! うお座のあなた。今月の運勢は大吉です! 問題は解決し、沢山の良い事が起こる一か月となるでしょう! 今月の幸運アイテムは手榴弾! 持っておくと良い事が起こるかも!?』

 

「……違う」

 

流れて来る機械音声に対し、少女。早瀬ユウカは低く深い声でポツリとそう零した。

その顔は俯いていて、誰も窺い知る事は出来ない。

 

プツン……と、音声を流していた機械が役目は追えたとばかりにその電源を落とした。

再び空間に静かな世界が訪れる。

 

だがユウカは何も言わぬまま、ゆっくりともう一度電源を入れる。

 

『大規模変数分析装置──a.k.a──未来観測機関『讖』が実行されました』

 

そしてユウカ以外誰一人いない部屋に再び、見せかけだけの賑わいが訪れる。

 

流れたのは、今日何度聞いたか分からない同じ音声。

三十回はもう聞いた。

五十も超えているかもしれない。

 

ユウカは何も言わぬまま、淡々と次の音声が流れるのを待つ。

 

『この機関は、収集したデータを基に変化やそこから生まれる予測値を計算し、実現性が最も高い可能性を出力します』

 

煩わしい。

鬱陶しい。

早く次の音声を流して。

 

うるさい。

うるさい。

うるさい。

 

そうやって怒気を露わにしてユウカが感情を曝け出していたのも、既に通り過ぎた過去の事。

もう、そんな風に叫ぶ気力は彼女には無い。

今の彼女は一切顔を上げぬまま、何も言わず、何も動かず、じっとその時を待ち続けるだけ。

 

その表情は、誰にも窺い知る事は出来ない。

 

血が流れてしまいそうになる程唇を強く結んでいるのも、

涙の跡が目じりに刻まれているのも、

今、彼女の瞳は虚無を映している事も。

 

ユウカ自身でさえ窺い知る事は出来ない。

 

『どんな未来が知りたいか、何でもお聞きください』

 

お決まりの音声が流れ終え、部屋に再び沈黙が訪れる。

冷えるような静寂が辺りを包み込み、息が詰まる空気が場を席巻する。

 

だがユウカはそんな物を一切気にする様子は無く、ゆっくりと、目元だけを僅かに上げて、

 

「……、私の身に何が起きるの……。ミドリの身に……ハルナさんの身に……何が起きるの」

 

俯いたまま静かにそう望まれた通りに質問をした。

 

『未来を演算しています……少々お待ち下さい』

 

何度も聞いた返事が、聞き飽きた返事が届く。

 

しかしそれは逆に聞き届けられた事を意味してもいた。

返事が返って来る。結果が届く。その事実がユウカに微かな希望を与える。

但し、その希望に感情を揺れ動かしていたのも数十回は前の話。

 

今の彼女はその言葉に何の心も動かされない。

身動き一つせず、身じろぎ一つせず、指先一つ動かさず、『無』のまま彼女は待ち続ける。

 

『演算が終了しました』

 

ピクリと、指先だけが動いた。

直後、顔を上げぬままユウカの目線がゆっくりと『讖』の方へ向き、睨むように細くなる。

 

『おめでとうございます! うお座のあなた、今月の運勢は大吉です!』

 

煌びやかな音楽と共に流れたのは、イヤになる程聞いた同じ音声の繰り返しだった。

 

またか。

流れる音楽と音声に対しユウカは誰もが身をすくんでしまうかのような声を零す。

 

聞き慣れすぎてユウカはイライラを壁にぶつける事も叫んだりもしない。

何もせずに立ち尽くし、無感情のまま、無表情のまま、一連の発表が終わるのを待つ。

 

そしてブツンと『讖』が役目を終えた時のみ、彼女は腕のみをゆっくり動かす。

 

『大規模変数分析装置──a.k.a──未来観測機関『讖』が実行されました』

 

もう何度これを繰り返し聞いたのだろう。

何度同じことをやり続けたのだろう。

 

既に答えはもう出ている。

『讖』に彼女が願う結果は出せないという事を。

 

『──どんな未来が知りたいか、何でもお聞きください』

 

だがそれでも彼女は『讖』と向き合い続ける。

絶対答えは出ないと気付いていながらも、分かっていながらも。

彼女はもう一度問いかける。

 

「楽園への至る道って何」

 

何回目かの同じ質問を。

 

「『有る』だけになるってどういう事」

 

文言を変えた別の切り口からの質問を。

 

「先生の身に何が起こるの」

 

先生の事を。

 

聞いて、質問して。正しい答えが返ってくるのを待ち続けている。

 

ずっと。

ずっと。

ずっと。

 

先生の前から逃げる様に去った後から。

誰もいない教室の隅で膝を抱えて泣いて、ふと思い立ってしまった後から。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

昨日、『讖』から突然算出された『予言』を聞いた直後、ユウカはその内容にショックを受け、その後何も聞く事が出来なかった。

もっと悪い事が『讖』から言い放たれそうな予感がした。

ユウカはその恐怖に耐えられなかった。

 

そのまま彼女は肩を震わせて帰って。

眠れぬ夜を過ごして。

それでもやって来る朝日に照らされて。

無理やりに身体を動かしてミレニアムにやって来て。

 

そこで大きな衝撃音を耳にした。

疲れる身体にユウカは鞭打ち、セミナーの義務だからと身体に無茶を言わせ、音がした方に向かって行けば、どういう訳かここにいないと思っていた先生がいたのを目撃した。

 

刹那、ユウカは忽ちに心が穏やかになったのを感じた。

疲れが、消えて行く感覚を覚えた。

先生に会えた嬉しさが、いつもの彼女へと戻した。

 

でも、それも少しの間だけだった。

彼はユウカのおかしさに一瞬で気付いた。

 

それはどうしようもない嬉しさと、逃がしようの無い苦しさをユウカに与えた。

彼に問い詰められる度、その比重は苦しさが増していった。

 

言える訳が無かった。

荒唐無稽な話をして、心配させたくなかった。

なのに先生はそれを許してくれなかった。

 

彼の優しさが苦しいと、本気で思い始めた。

彼の気遣いが痛いと、精神が訴え始めた。

……気が付けば、彼女は先生を突き放していた。

 

きっとそれは、ミドリが先生の隣にいたのも無関係ではないだろうと今になってユウカは思う。

どうして彼女はこんなに呑気なのに、自分はこんなに苦しいんだろう。

何も知らないからそうやって隣にいられるんだ。

私だって、私だって先生の隣にいたいのに。

先生と一緒に居たいのに。

 

今考えたらあまりにも八つ当たりな感情を、ユウカは咄嗟に湧き上がらせてしまった。

憎悪が入り混じったような感情に、一瞬彼女は負けてしまった。

 

あの時、モモイが正気に戻してくれなければ、それはもっと酷かったかもしれない。

しかし幸運にもそれは回避された。モモイには感謝してもし切れない。そう切にユウカは思う。

 

そこから先は、無我夢中だった。

正気に戻って。自分の発言の全てを己の中で咀嚼して。それを自分が放ってしまったことに酷く後悔して。

 

耐えられ無くて、逃げた。

謝らなければいけないのに、言えなかった。

 

気が付けば、誰もいない無人の教室で彼女は縮こまった。

その中でもモモトークに先生からの連絡が無いかを確認していたのだから救えないと彼女は嗤う。

ただ絶望感を演じているだけな自分にさらに嫌気が差した。

 

当然、先生からの連絡は無かった。

分かっていた事なのに、当たり前の事なのにユウカは悲しさを覚えた。

そして彼女は再び嗤う。

瞳からポロポロと涙を落としながら。

 

そんな時間をどれぐらい重ねただろうか。

彼女は時間を重ねて、時間を重ねて、時間を重ね続けた時、ふとユウカは思い至った。

 

自分が今必要なのはここで震える時間なんかじゃないと。

 

時間と言うのは本当に偉大な治療薬なんだなと、彼女は呆れ混じりに実感する。

もしかしたらそれはただユウカが図太いだけなのかもしれないが、それでも心がほんの少し外側に向けることが出来たのは、時間のおかげとしか言いようが無かった。

 

少しばかり冷静さを取り戻せる程度には時間が経った現在、先生と喧嘩して、喧嘩してしまった自分自身に絶望して塞ぎ込んだユウカは、己の心を内面に向けて精神を抱え込んだ結果、『讖』が放った予言に対してある違和感を覚えた。

 

『讖』が並べた七名の少女。

それは恐らく、いや間違いなく先生との恋愛で最もライバルとなるべき少女達の名だろう。

 

黒舘ハルナも、才羽ミドリも、空崎ヒナも、そして狐坂ワカモも先生に好意を向けている。その傾向が確実にある。

それは良い。先生との争奪戦にライバルが多いのは承知している。

 

しかし問題はその次。

『讖』は先生と接していると身を滅ぼすと予言した。

身を滅ぼす。恋愛的に考えると敗北という事なのだろう。

それがその通りであるならまだいい。しかし『讖』は全員が身を滅ぼすと予言した。

 

これはおかしい。

そうユウカは断言出来る。

どうして勝者がいないのか。

 

ユウカは仮説を立てる。

 

一つ目。先生が全員を振った。

普通にあり得る話だと思う。

先生はこちらがどんだけアプローチしても振り向いてさえくれない。

好きですと言っても成立する見込みは現状薄いと言って良いだろう。

 

何のためにちょっと屈めば見えてしまうぐらいスカート短くしてるんだとか、いつ見られても良いつもりで色々動いてるんだからちょっとぐらい興味を持って見てくれても良いじゃないとか、朴念仁を通り越して興味がまるで無い態度を見せる先生に対し本当に色々思う所はあるが今は割愛。

 

先生が全員を振る。可能性は高いのだろう。

でもそれだと、もう一つ不審な発言をした『讖』と内容が合わない。

 

『その身はその身として『有る』だけの存在へと変貌する』

 

恋愛競争に負けて抜け殻みたいな人生を送る。

確かに一人二人ぐらいなら当てはまる子もいるかもしれない。

けれど果たして全員がそうなるかと聞かれたら、ユウカはいいえと答える他にない。

だからこれは恋愛的な意味では無く、正真正銘自分達が自分達でない物へと変わる事を指しているのではないかとユウカは推測を立てた。

 

最後に気になるのは『楽園へと至る道の途中』という予言。

 

これが何を示しているのかユウカにはさっぱり分からなかった。

何かを暗喩している物なのだろうとは思うが、それが何なのか全く掴めない。

機械の癖にヤケに回りくどい説明をした事も引っ掛かる。

 

これらを全て組み合わせた結果、『讖』が紡いだのは単なる恋愛競争の話ではない可能性が非常に高い。

仮に本当にそうだとした場合、楽園へと至る道と言うのは近い未来で起こる大きな出来事の事を示していて、その出来事の途中で降りかかる『災厄』によって、私達の身が滅びてしまう事なのだとした場合、

 

(先生はその時、どうなっているの……?)

 

ゾクリと、ユウカの背筋に凍るような感覚が走った。

ドクドクと、今までとは違う恐怖にユウカは身を包まれる。

 

『讖』はユウカ達が辿るであろう未来を示した。

だが先生は? どうして何も言わなかった? 

……聞いていないからだ。彼女は昨日自分に関する事しか質問していない。

 

聞きたい。

否、聞かなくてはならない。

 

先生の身に何かが起きるとして、それを知っていた場合自分はそれを止める為に動く事が可能となる。

誰かに共有する事は難しい。助けを借りる事は出来ない。聞いてしまった事でむしろもっと大きな最悪に発展する可能性だって十分にある。

 

それ程までに、『讖』が放つ情報には力があった。

だからこそユウカは知らない方が良かった未来をもう一度覗く事を選ぶ。

未来を覆す為に。知った後から全部をひっくり返す為に。

 

それを実現させるにはもっと『讖』から情報を引き摺り出さねばならない。

もう一度、未来を覗かなくてはならない。

そう、意気込んだ。

自分だけがこの未来を変えられるかもしれないと、意気込んだ。

 

だが結果は……、

 

『おめでとうございます!』

『おめでとうございます!』

『おめでとうございます!』

 

返事は決まって同じ物。

一字一句違わない、本物の挙動。

 

『おめでとうございます! うお座のあなた、今月の運勢は大吉です!』

 

何を聞いても、何回繰り返しても、帰って来るのは同じ言葉ばかり。

想定通りの挙動をし続けている『讖』に、十数回繰り返しても変わらない答えばかりを放ち続けるその姿に、とうとうユウカの心は折れた。

 

燃え上がった心は無慈悲に消火させられた。

何とか出来るかもしれないと意気込んだ意思は呆気なく粉砕された。

 

叫ぶ元気は消えた。

落ち込む気力も失せた。

考える事ももうしたくない。

無駄であるという事にもとっくの前に気付いてる。

 

それでも彼女はなけなしの意識を振り絞って『讖』にもう一度あの挙動をさせようと立ち向かい続ける。

身体に残された僅かな意地でユウカは『讖』と相対し続ける。

 

これより数時間、ユウカはここで亡霊のように『讖』に願いを言い続ける。

その数は百を超え二百に達し、それでもただの一度も、彼女の望む答えを『讖』が返す事は無い。

 

虚無の渦に彼女は自ら飲み込まれていく。

ひょっとしたら。

もしかしたら。

そんな事がある筈も無い事を分かってて彼女は自ら飛び込んで行く。

 

その気力が尽き果てるまで。

彼女の心が、疲れ果てるまで。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「分析結果を報告すると、確かにこれはかの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル。G.Bibleで間違いないね」

 

端末を右手に持ちながら解説する小塗マキの言葉に、モモイ達ゲーム開発部一同から感嘆の声が上がる。

ミレニアムサイエンススクールのハッカー集団、『ヴェリタス』が言うからにはそれは確実な情報と言って良いだろう。現にモモイとミドリはやったねとハイタッチを眼前で繰り広げている。

 

マキ曰く、ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実との事だった。

作業者についても、噂のゲーム開発者のIPと一致。おまけにそのデータの転送記録は一回しか記録されていないらしい。

 

つまり、絶対にこれは本物だと言い切れる。

そう豪語しても大丈夫な程にこのデータはモモイ達が探し求めていた物であるとマキが語っていると、モモイが前のめりになって質問する。

 

「じゃ、じゃあパスワードは!? 解析出来たの!?」

「……ごめん。それはまだ解析出来ていないの」

 

しかし完全に順風満帆。とまではいかなかったらしい。

モモイのもうパスワードは解析出来たよね!? と嬉々として聞いて来るトーンに対し、マキは申し訳なさそうな顔でそこまではまだ……と期待に応えられる成果はまだ出せていないことを謝罪していた。

 

結局見られないじゃんと憤慨するモモイと、だって私はクラッカーであってホワイトハッカーじゃないし……とたじろぐマキを見る一方通行は、横暴な振る舞いを続けるモモイを嗜むべくコツン。と、彼女の頭を軽く叩く。

 

「八つ当たりすンなモモイ。お前等の無茶に応えて貰ってるだけありがたいと思えってンだ」

「だ、だって先生~~! やっとここまで来たのに! その中身が見られないってのはあんまりだよぉ!」

「気持ちは分かるが落ち着け。それにさっき解析は()()()()()()()()()って言ってただろォが」

 

もう一度コツンと優しく叩き、精神的に慌てているが故にマキの発言が完全に頭に入って行かないモモイを落ち着かせる。

 

ゲーム開発部の中で最も円滑に話を進むことの出来るモモイがこれなのは彼女達にとって痛い誤算だろう。

ひょっとすると想定されている事かもしれないが、それでも気が立ってしまっているモモイを中心に話を進めるのは難しいと言わざるを得ない。

 

どうやらこの場は自分が取り仕切った方がつつがなく進みそうだと上記の出来事から判断した一方通行は、ゲーム開発部四人の仮の代表としてマキの方に向き直ると。

 

「で? その言い方じゃ何か方法があンだろォ?」

 

思わせぶりな言い方をしたマキにその意図を問うた。

 

「当たり。このパスワードを解析するには私達が開発したハッキングツール。『Optimus Mirror System』通称『鏡』が必要なの」

 

表情を暗くさせながらマキはパスワードを閲覧するための解決方法を提示する。

あァ。と、一方通行は彼女の放ったその一言で大まかに何が原因で解析できないかを理解した。

 

対して、え? じゃあそれ使えば良いじゃんと呑気に言うモモイと、確かにそうだよねと姉の意見に賛同する妹の声が一方通行の耳に届き、一方通行はそんな二人をチラリと横目で見やり、息を吐く。

 

もしかしたら一度本気で勉強というのを教えた方が良いかもしれないとそんな考えを胸に抱きつつ、彼はその原因を口にした。

 

「つまりセミナーに持ってかれたな?」

「正解。少し前にユウカが押し入って来て押収されちゃったの。もう!!」

 

悔しそうに愚痴るマキの言葉が、彼の推測が間違っていなかった事を証明する。

 

『鏡』が必要である事が分かっていて、その『鏡』は彼女達が開発していたツールである。

つまり宝箱を開ける鍵は予め所持しているにも関わらず、どういう訳か解析することが出来ない。

以上を軸にパスワードの解析が不可能な理由を考えた場合、その答えはただ一つ。その『鏡』を現在ヴェリタスが所持していないから以外に適切な答えが思いつかない。

 

マキが語るには、不法な用途の機器を所持するのは禁止として、『鏡』を没収されたとの事だった。

 

(まァ、ユウカの立場上その判断は分からなくもねェがな)

 

彼女達は『ヴェリタス』

ミレニアム随一の凄腕のハッカー集団。

この学園にとっては毒にも薬にもなる少女達で、生徒会からすれば常に一目置いておかなければならない目の上のたんこぶ的存在だろう。

当然、ある程度の抑止はしておきたいに違いない。

 

セミナーが預かるという名目で押収しておけば下手な事は出来ないし、仮に学園にとって必要な時が迫ったのなら都度返却すれば良い。妥当な選択だなとその時のユウカの判断を一方通行は評価する。

 

しかし一方でそれが面倒な事態を引き起こしている真っ最中なのもまた事実だった。

さてどうするかと、一方通行は自分が取れる最善手を考える。

 

現状のヴェリタス、及びゲーム開発部の状況を考えた場合、このままだとまず間違いなく実行されるのが両者が組んでのセミナー襲撃になる。

 

ヴェリタスも自分達が作り上げた逸品を強制的に没収された事を快く思ってはいないだろう。

慌てて取り返す必要も、無理やり事を荒立てる必要も無かったから実行に移さなかっただけで、そのチャンスが来たとなれば前々から企てていた作戦を展開しても何らおかしくない。その作戦はゲーム開発部にとっても渡りに船。確実に乗るだろう。

 

今更銃撃戦でのいざこざの一つや二つ起きようが、一方通行からすればキヴォトスだからまあ良いかで終わらせるのは充分可能だが、損傷が出ない道があるならそれを選ぶに越した事は無い。

 

「ちょっと待ってろ。ユウカに連絡してその『鏡』とやらを返却するよう交渉してやる」

 

裏から強奪するよりも正面から話し合いをした方がよっぽど穏やかな解決手段かつ素早く終わる仕事だと、一方通行は携帯を取り出しユウカと通話を繋げようとする。

 

一方通行の携帯からコール音が響く。

 

一回。

二回。

三、四、五……、六…………

 

「チッ! やっぱり出ねェか」

 

いつもなら一、二回目のコールで繋がるのだが、今日は一向に出る気配が無かった。

今朝、エンジニア部で見せた謎の激昂が関係しているのだろうかと思う物の、ユウカが自身の悩みを打ち明ける気がなかった以上、一方通行にはどうしようもない。

 

苦しみを抱え込んでいる少女に対しどうすれば良いのか、一方通行は知らない。

 

だが今、ユウカの悩みに関して頭を悩ませている場合ではない。

彼女の事は後で考えるとした筈だと数時間前の己の判断に改めて従う事を決めた一方通行は、次なる相手へと連絡を取り始める。

 

セミナーの知り合いである二人の内の一人へと。

 

手に持つ端末が再びコール音を鳴り響かせる。

それが一回、二回と鳴った所で、

 

『もしもし。どうしました先生』

 

電話口から、シャーレでも世話になっている少女、生塩ノアの声が届けられた。

 

「生塩、少し頼みてェ事がある」

『先生が頼み事なんで珍しいですね。何でしょうか?』

「前にユウカがヴェリタスから押収した物品がある。そいつを返却して貰いてェ」

 

彼は要件のみを手短に伝える。

しかし。

 

『そういうのはユウカちゃんに直接言えば良いと思いますよ?』

「ユウカとは連絡が付かねェ、だが生憎こっちには時間が無ェ。だから生塩に話を回した」

『そう言われましても、リオ会長の許可なく今すぐそれをお返しする事は出来ません』

 

ノアからの返事は渋い物だった。

同時に、彼女の言葉は本心からの物でもなさそうだと一方通行はイントネーションの節々から感じた。

リオ会長の許可が必要だという発言も、どこか虚偽の臭いがする。

その方便で諦めて貰おう。そんな気配がノアの発言からは漂っていた。

 

瞬く間に一方通行は決断を迫られる事態となった。

ここで食い下がるか、それとも引き下がるか。

 

ノアの口ぶりから察するに今日の彼女は待つ姿勢を取っていない。

そもそも取ろうと思っているかすら疑問だ。

 

そんな彼女に対しての数秒の沈黙は非常に好ましくない。

すかさず肯定と見なされ、通話を切られてしまうだろう。

もう一度掛け直したとして、今度は通話に応じてくれるかと言われれば期待は薄いと言わざるを得ない。

 

今ここで対応策を決めなければならない。

 

どうする。

どうする。

 

何が正解なのか、何を言葉として発すればノアが納得するのか掴めない。

通話越しに伝わるノアの様子は明らかにおかしい。

普段の彼女からは想像も付かない程に今日のノアは『悪』に染まっているように見える。

 

一体何が原因なのか。そもそもそれは自分が関係している事なのか。

どんな要因が彼女をおかしくさせているのか。

 

と、そこまで考えた所で。

 

「……そォいう事かよ」

『どうしました先生? 何か気付いたような声を出して』

 

ノアの意図に気付いた。

否、彼女が放った言葉の全てを咀嚼し終えたと言っても良い。

 

面倒そうに放った彼の言葉に、ノアのすっとぼけたような声が重なる。

彼女の口ぶりは、まるで一方通行の思考を全て読み取った上で敢えてそう言っているように聞こえた。

 

「俺の仕事だってのか」

『何のことを言っているか分かりませんが、先生がそうだと思ったのならそうなのじゃありませんか?』

「どこにいるかも分からねェってのにか」

『直ぐに追いかけなかった先生が悪いんじゃありませんか?』

 

確定だった。

主語を言っていないにも関わらず会話が成立している。

彼の発言の全てをノアは理解し、彼女の発言の全てを一方通行は理解出来ている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

つまり、そう言う事だった。

 

どうしてノアがその事を知っているのかは疑問だったが、そこを問い詰めても間違いなくはぐらかすだろう。生塩ノアとはそういう少女だ。

 

『あ、一応言っておきますけど生徒会に乗り込んで奪還する。みたいなことは止めて下さいね? ある程度の手はもう打っていますから』

 

それでは失礼します。と、言いたいことを好きなだけ言った彼女は一方通行の意見も聞かず一方的に通話を切った。

 

苛立ちを隠すこともせず携帯を懐にしまいながら周囲を見ると、ヴェリタスの面々、ゲーム開発部の面々が一様に彼の方に視線を向けている。

 

「……交渉は半分失敗した。セミナーが大人しく『鏡』を返却する可能性はゼロと言って良いなこりゃ」

「半分って事はまだ可能性はあるってこと?」

 

彼の発言にハレが口を挟む。

ハレの質問に一方通行はあァと肯定し、だがそれはあまり現実的な策ではないと零す。

 

「穏便に話を進めたきゃどこに行ったか分からねェユウカを捕まえて直接交渉しろってよ。それが出来なけりゃ万全な警備体制を敷いてるミレニアムまで奪いに行くしかねェな」

 

彼の出した結論に、数名が息を呑んだ。

ユウカを探し出せば早急に解決するように思えるが、それを実現するのは厳しい道のりであることを少女達は彼のトーンから察する。

 

ともすれば、奪還作戦の方が容易に思えるぐらいに。

 

「ば、万全な警備体制……! あ、でも! ここにいるのはヴェリタスだよ! カメラや電子錠のハッキングぐらい余裕だよ余裕!」

「お言葉だけどモモイ、監視カメラはともかくセキュリティシステムを突破するのは私達でも難しい」

 

んぐっっ!! と、ハレからの注釈にモモイは呆気なく膝を突く。

完全にダウン寸前のモモイに対し更に追撃をするかのように一方通行が口を開く。

 

「仮にそいつをどうにかしたとしても、今度はあいつ等が待ち受けてるだろォな」

 

いつかの日、とあるクルーズ船で彼女達と仕事をした際に打ち明けてくれた秘密の一つを思い出す。

セミナーの差押品保管所は基本的に私達が守っていると喋っていた事を。

 

「そ、それってまさか……」

「あァ、お察しの通りミレニアムの最強集団」

 

戦慄するモモイに事実を突きつける様に彼は語る。

 

C&C(クリアリング&クリーニング)。綺麗に相手を掃除しちまうミレニアム随一の戦闘集団。間違いなく話が入ってるだろォよ。今日中にここに襲撃が入るかもしれないってなァ」

 

彼の言葉に、アリスを除いたゲーム開発部の表情が凍り付く。

一方でヴェリタスはまあそうだろうねと言いたいが如く表情を変える事は無かった。

ミレニアムサイエンススクールに在学している生徒で、彼女達の存在を知らない者はいない。

 

あの少女達が敵サイドにいる。

その事にモモイは打ちのめされたのか、ゆっくりと立ち上がると。

 

「ま、ま……! 回れ右ーーーーー!! 退散!! そして全速全身! 部活存続は諦めよう! 撤退ーー!」

 

情けない大声でユズ、ミドリ、アリスにそう号令を飛ばした。

逃げようとするモモイをゲーム開発部とヴェリタスが果敢に説得を試みる事になるのだが、その話は何処にも語られる事無く歴史に葬られる事となる。

 

セミナー襲撃作戦は、作戦会議の段階から既に躓きを見せてしまっていた。

 

 

 

 







もう少し早く進むと思っていたパヴァーヌ前編、想像以上にペースがゆっくりです。
三か月程度で終わらせようと思っていました。これは終わりませんね……。

そしてこのお話を以て伏せていた情報を一つ開示するのですが、一方通行はミレニアムのごく一部の例外を除いたほぼ全てのネームド生徒と知り合いです。

ついでに船上のバニーチェイサーは本編外で攻略済みです。よってコユキは現在ミレニアムにいたりします。

ただし知り合いなのはミレニアム生徒のみで、ゲヘナ、トリニティ等、他校の生徒に関しては一部以外は初対面という事になっております。

これは全員と知り合いだと面白味が無いなと判断し、しかし全員と初対面だと一々書くのが面倒だなと言う部分の折衷案でこうなってます。


次回は……未定。これどうなるんでしょう? 大丈夫かな。

来週こそはそろそろ二話更新したい……所……! 


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銃口が突き付ける先

 

 

 

太陽が傾き、大地から隠れてしまいそうになる夕暮れの時刻。

黄昏に照らされるビルや風景は一日の終わりを知らせる様であり、街中を歩く少女達もどこか浮き立っているように見える。

 

その街中を彼、一方通行は歩いていた。

 

カツ、カツ、と一歩足を踏み出す度に響く杖の音は、街を彩る少女達の耳に彼が近くにいる事を報せる。

 

通りすがりの少女達は彼を見つけるや否や、その後ろ姿を目で追い続ける。

中には立ち止まって彼を見つめる少女までいる始末だった。

 

少女達の視線に当然ながら気付いている彼はただ鬱陶しそうに息を吐く。

最近、この街を歩く度に視線がよく集まるなと感想を内心で零す事が多くなった。

少し、歩きにくくなったように彼は思う。

 

実際問題キヴォトスにおいて、特にミレニアムサイエンススクールにて一方通行は少女達からの注目を浴びやすい。

 

それは杖をついている姿から連想される守ってあげたい庇護欲だったり、

一見すると怖そうな顔つきだが、よく見ると端正な顔立ちをしている容姿だったり、

シャーレの制服に身を包んでいることにより発生する格好良さであったりと年頃の少女達の目を惹く要素は様々。

 

だが一番の原因と言われれば、それは間違いなく彼が良くここに顔を出すから、なのだろう。

結果、一方通行は知らず知らずの内にミレニアム内における一種の有名人と化してしまっていた。

 

彼に熱い目線を向ける少女達が抱く気持ちの殆どは彼と知り合いになりたいという純粋な物。

少女達が勇気を振り絞って彼に話しかける事例もそこそこ多く存在している。加えて一方通行がここにいる時は大抵が暇な時なので無下にあしらうような対応を取る事も少ない。

 

その結果さらに彼は街歩く少女達からの視線を受けるという、良いのか悪いのか判断に困る循環に陥っていた。

 

少女達にとって不幸なのは、これら一切が一方通行に認知されていないという所だろうか。

 

「先生! あちらにゲームセンターなるショップがありました! アリスはあそこに行ってみたいです!」

 

そんな彼は現在、天童アリスと行動を共にしている。

理由は単純。ユウカを探す為に学校から外へ足を運ぶ必要があった事と、一方通行が潜入作戦のメンバーに加わらなかったからだった。

 

早瀬ユウカを探し出す。

言うだけならば簡単なそれは、しかしあまりに大きな壁として彼の前に立ちはだかった。

与えられた難題の突破はあまりに困難であり、現在一方通行は成果らしい成果を何一つ得られていない。

ただそれは少し考えれば至極当たり前の事だった。

 

ミレニアムサイエンススクールは広く、手掛かり無しで一人の少女を見つけられる訳が無い。

そもそもの話としてこの学校自体が途轍もなく広く、さらに学校内にある施設を複数の部活が使える様に一つの施設を丸々別の場所で再現し建造させた所謂『分校』が多数成され、ミレニアムの各所に科学研究施設が散りばめられている。

 

そうして発展に発展を重ねたミレニアム学園全体の規模は一つの小都市に匹敵する広さを持つ。

学園内の移動手段の一つにモノレールが採用され、一般的なアミューズメント施設や飲食店等、生活や娯楽に必要な物も一通り完備出来ている時点でその広さは推して知るべきであろう。

 

その中からユウカを探し出すのはバカらしくなる程に難しい。

本校にいるのかも分校にいるのかも不明。どこで油を売っているのかも不明。

連絡を取ろうにも一向に応じてくれる気配は無い。

 

以上の事から彼が導き出した結論は、無理な物は無理。だった。

 

さらに彼がセミナーの本拠地であるミレニアムタワーへの潜入メンバーに参加しなかった理由。

それはあまりに単純で、彼に潜入適性が無いからに他ならなかった。

 

『鏡』奪還作戦。

ミレニアムの中央にあるミレニアムタワーの最上階。その差押品保管所を目的地としたセミナー襲撃。

当然、その仕事は間違いなく時間との戦いとなる。

その一秒の遅れが作戦失敗に繋がりかねない状況で、一方通行はまるで戦力足りえない。

 

タワーを昇るまでの経緯、立ちはだかるであろう警備システムや迎撃システムの対処。防衛システムを一時的にダウンさせた際に生じる、制限時間内での即時移動しなければならない場合に必要な俊敏性の有無。

そしてC&C(クリーニング&クリアリング)の追撃を掻い潜る実力。

それら全てを重ねて計算した結果、一方通行は自分の存在は足枷にしかならないと踏み、入れ知恵と後方支援に徹する道を選んだ。

 

ミドリ達は渋ったが、合理的な判断だと一方通行は譲らず、最終的に了承された。

 

作戦開始は夜の遅く、ミレニアムの生徒のほぼ全てが姿を消してからの決行。

そして今は夕暮れ時。

まだまだ作戦開始まで数時間の猶予がある状態。

作戦前にするべき仕事はとっくに終わってしまっていた一方通行は決行まで待つばかりであり、ユウカを探したくても探す宛もなく、しかしじっと待っていても仕方ないと街中を捜索がてら適当に歩こうとしていた所、アリスのミレニアムを見て回りたいという要望を聞き、現在に至る。

 

本来ならアリスはモモイ、ミドリ、ユズと共に突入組としてヴェリタス、そして必要なメンバーとして勧誘されたエンジニア部と共にどういうルートで作戦を遂行するかの作戦を練り上げていなければならないのだが、彼女に関しては後で話す方が都合が良いとするエンジニア部の発言により、アリスは自由時間を言い渡されている。

 

なので現在の一方通行は。彼女のお目付け役として行動を共にしている最中だった。

そのアリスはキラキラと目を輝かせ、ゲームセンターとでかでかと大文字で書かれた看板を指差しながら今にも行きたそうにうずうずしている。ゲーム好きに育てられてしまった影響がありありと表面化していた。

 

彼女は元々戦闘用兵器として製造されたという背景から考えた場合、俗物に染まりに染まってしまった事実は製作者からすると非常に頭の痛い出来事なのだろうと思うが、一方通行からすれば製作者の思惑等下らないの一言で切り捨てて然るべき物と同然だった。

 

一種のやり過ぎとも言える英才教育だったが、彼女がこういう方面に成長したのはきっと間違っていないだろう。

変に凝り固まった、誰かに決められた学習をするよりかは自分で選んだ道を進んでいる方が何倍も良い。

 

「行きてェならさっさと行け、直ぐに追いつく」

 

多少目を離した所で行き先が分かっているなら心配する必要も無いとして、一秒でも早く行きたそうにしているアリスに先に行けと促す。

 

「え? ダメですよ。先生迷ってしまいますよ?」

「目の前にあンだけデカイ看板が立ってて誰が道に迷うンですかァ?」

「アリスが行きたいのはあそこのゲームセンターじゃありません! あれは大きすぎます!」

 

何を言っているのだろうと彼女の発言の意味不明さに彼は内心困惑する。

その間にもアリスはこっちですよ。と、一方通行の手を引っ張りながらズンズンと道を進む。

 

大通りを歩いていた二人はアリスの先導によって次第に入り組んだ道へと足を運び、やがては人通りが非常に少ない場所を進んで行く。

 

「モモイが言ってました。こういうのは大きな所じゃなくて少し寂れたこじんまりとしているゲームセンターの方が面白い物が揃ってる物なんだよアリス! って」

「いらねェ知恵ばっか授けてンじゃねェぞアイツ」

「ちなみにミドリとユズも同意してました」

「どいつもこいつも考える事は一緒ってかァ?」

 

目的地はどうやらこじんまりとしたゲームセンターらしい。

アリスの口ぶりだとモモイ達も何度か通った事があるのだろう。

 

ゲームの事で彼女達より情報通な人物はこのキヴォトスにはいないように一方通行は思う。

 

「で? その目的のゲームセンターってのは後どのぐらいなンだァ?」

「もう直ぐです、そこの路地を左に曲がって三つ目の角を左に曲がって次の角を左に曲がった後に出て来る道を突き当りまで進んで一度左に曲がるんです。そうするとこの道に出てきます!」

「ここに出て来てるじゃねェかゲームセンターの場所を俺は聞いたンですがァ?」

「一度ボケると先生は良い反応するよとモモイから教わりました!」

「本当に要らねェ事ばっか教えてンじゃねェぞあのクソガキィ……!」

「ボケと言うのを始めてやってみました! 上手く出来てましたか?」

「あァ……俺が疲れた程度には下らなかったな」

 

アリス! クエスト達成しました! と彼の返答にピョンと飛び跳ねながら嬉しそうに笑うアリスを見て一方通行はもうどうでも良いかと諦めの境地に入る。

 

ことゲーム開発部との交流において一方通行はとにかく振り回されやすい。

大体の原因は才羽モモイであり、今回のアリスの件も元を辿れば彼女の発想が起因しているのでやはり才羽モモイが諸悪の根源と言える。

 

とはいえ、アリスはアリスで先程のやり取りを即興で思いついてしまうだけの発想力は持っており、そこにモモイの意思は最初の方にしか介入されていない。

つまり、アリスはアリスで一方通行を振り回す素質を十分に備えている事を示していた。

 

「けどゲームセンターは本当にもうこの近くですよ。えーと……ありました! あのウサギが描かれた看板を右に曲がれば直ぐです」

 

ピッ! と看板を指差しながら説明するアリスを見て、最初から直ぐに案内すれば良かったものをと一方通行は思いつつ、それを口には出さずに黙々と彼はアリスの前を歩く。

 

そのまま彼は頭上に輝くウサギ……言い換えてバニーガールの少女が描かれた看板を目印に右へと曲がろうとした直前、

 

「ったくよぉ。どこのどいつだ道端にゴミ捨ててる奴は!? ゴミ箱そこにあんだろうが!」

「……あァ?」

 

その先から、聞き覚えのある口の悪い声がしたのを一方通行は聞き逃さなかった。

まさかそんな事があり得るのかと思いつつも引き返す訳にいかず、そのまま一方通行は角を曲がる。

 

「人通りが少ねえ場所だからって気にもせずによぉ……! はぁ……仕方ねぇ」

 

そして目撃した。

路地に散らばった多量のゴミを一生懸命拾っては近くにあるゴミ箱に放り込んでいるある少女の後ろ姿。

 

その後ろ姿に、彼は見覚えがあった。

その服装に、彼は心当たりもあった。

 

子どもの様に小柄な体格。

その低い身長を補う様に高く伸びて主張を発するアホ毛。

だが何よりも彼女の印象をおっかないと印象付けてしまうのはやはりその服装だろう。

 

メイド服の上にスカジャンを羽織るその姿が、その少女が誰であるかを全員に知らしめる。

彼女を知らない生徒は、ミレニアムには存在しない。

 

美甘ネル。

C&C(クリーニング&クリアリング)のリーダーであり、ミレニアム最強の生徒。

そして今回のセミナー襲撃作戦において、最も大きな障害として立ちはだかるだろうと予想されていた少女である。

 

「監視カメラこの辺りにも仕込んでるんだろどうせ。そっから炙り出して地獄見せてやろうかクソが」

 

何処の誰かも知らない少女に向かって怒りに身を任せた声を発しながら、その脅すような声とは裏腹に道端のゴミを丁寧に拾っては一つ一つゴミ箱に放り込んで行く。

 

ボヤキながら清掃を進めていくその姿は、格好に違わずメイドらしさが現れている。

存外世話焼きで面倒見が良く、曲がったことが大嫌いな彼女らしい行動を見る一方通行は、とある事に気付いたのか、慌ててアリスにだけ聞こえるような声量で彼女に助言を行う。

 

「お前からアイツに話しかけるな、分かったら首を縦に触れ。返事はそれだけで良い」

 

不用意にアリスに喋らせたら事態が大事になってしまう可能性がある。

それを防ぐ為に一方通行はアリスに対しそう指示を投げた。

 

コクリと、彼が放った内容を理解したアリスが静かに頷く。

 

彼女の頷く様子を見て一方通行はポンと頭の上に手を置く事で労いの意思を見せた。

これで一先ずではあるが、彼女の不用意な一言で一気に何もかもが瓦解する事態は避けたと言える。

 

しかし、それは根本的な問題を解決したわけではない。

改めて一方通行はこの奇跡みたいな状況に頭を悩ませる。

 

(そもそもどォして作戦における一番のトラブルポイントがここにいやがるンだァ?)

 

数十分前、ヴェリタスの部室内で立てた作戦会議の一つ、C&C(クリーニング&クリアリング)をどう対処するかの話し合いの一部始終が頭の中で再生される。

 

その中で一方通行が最も危険視したのが美甘ネルだった。

他の何もかもが全て上手く事を運べていたとしても、彼女が一度介入しただけで全て水泡に帰す可能性がほぼ百に到達する勢いで上昇してしまう危険な少女。

 

ヴェリタス、エンジニア部と共同で立てた作戦の中で彼女の存在が一番のネックであり、どうすれば彼女を対処できるかについて一方通行は散々に頭を悩ませた。

 

その一番頭を悩ませていた少女がどういう訳か目の前にいる。

それは一方通行にとって奇跡に近い出来事で、同時に危険な出来事でもあった。

 

どうして彼女がここにいるのだろうか。

そしてネルを見つけてしまった今どう行動するのが正解なのか、必死に頭を捻らせている最中、

 

「ん? お、先生じゃねえか!」

 

一方通行が行動を起こすより早く、彼女の方が背後に誰かがいる事に気づいた。

振り返った先にいたのが一方通行だと分かった途端、ネルは機嫌の良さそうな表情へと変わる。

 

「なんだよ。ミレニアムじゃ随分と久しぶりじゃねえか。つってもシャーレにはそこそこ顔を出してるから体感的にはそうでもねえか」

 

ポイっと、手に持っていた最後のゴミをゴミ箱に放り投げながら、彼の方に近づきつつ喋りかける。

その途中で彼女はお? と、奇妙な声を出した後、視線をアリスの方へと向けた。

 

瞬間、アリスの顔がドキッ! と跳ね上がったのを一方通行は見逃さなかった。

 

「あんま見ねえ顔だな。名前何て言うんだ?」

「は、はい! アリスはアリスと言います」

「苗字は天童な。ゲーム開発部に入った新入部員だ」

 

アリスがボロを出さない内に一方通行がフォローに入る。

自己紹介する言葉選びも動作も一々たどたどしい物だったが、相手が基本的に誰からも恐れられる存在であるネルだったことが幸いしたのか、特に疑問に思われずに済んだようだった。

 

「で? お前は何だってこンな場所でゴミ拾いなンかやってンだァ?」

「あたしだってやりたくてやってた訳じゃねえ! 気になり出したら止まらなかったんだよ!」

 

つまりゴミ掃除をしていたらちょっと遠い場所で散らばっているのを見かけ、仕方ねえなとまた掃除してを繰り返していたらこの場所にいた。という話らしかった。

 

最悪の筋書きとして予測していた、自分達の動きを監視し、ここで待ち伏せていた。という訳ではどうやらないらしい。

 

何とも彼女らしいオチを聞く傍ら、この様子では恐らくC&C(クリーニング&クリアリング)のメンバーも彼女の動向を掴んでおらず、セミナー襲撃作戦がネルにはまだ伝わっていないと一方通行は推測する。

 

(となると室笠は捜索に当たってる可能性があるな……一ノ瀬と角楯は生塩の指示通りミレニアムタワーの警備に回ってる可能性の方が高い。つまり今この場における懸念事項はほぼ無いと言って差し支えねェ状況か)

 

室笠アカネ。

一ノ瀬アスナ。

角楯カリン。

 

ネルと同じC&C(クリーニング&クリアリング)のメンバーであり、一方通行達が敵対している相手。

一人一人が信じられない程に強く、対処するのは非常に困難を極める四人組。

 

その中で現在ネルを探していると思われるのは室笠アカネただ一人。

本来なら監視カメラで強引に探し出すであろうが、ヴェリタスが今回の件に噛んでいる事により監視カメラは意味を為さない。

 

つまりアカネは自分の足で探している可能性が高く、その場合ここに辿り着ける確率は限りなく低いと言って良い。こんな入り組んだ場所にネルがいるなんて流石に判断出来ないだろう。

 

「そっちは何でこんな場所に来てんだ? まさか迷子じゃねえだろうな?」

「誰に向かって言ってンですかァ? この近くにある古いゲーセンに行く途中ってだけだ」

 

ゲームセンターに向かう。その言葉を聞いてほ~~。と、ネルが興味深げな声を上げる。

一方通行としてもこのまま彼女を野放しにするつもりはない。

なので彼はこのままネルを隔離するべく動き始めた。

動く。と言っても特別何か変わった行動をする訳でもない。

ただただ単純に。

 

「一緒に来るか?」

「乗ったぜその誘い」

 

彼女をゲームセンターに誘うだけだった。

返事は、即答。

 

作戦はもう始まっていると同義であり、順調に進んでいると言えた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「はぁ!? んな技ありかよ! このっっ!! これでどうだっっ!!?」

「わわっっ!? 追い詰められっ! でもHPは残ってます! 逆転はここからです!」

 

ゲームセンター内にて、二人の少女が交互に一喜一憂し続ける声が響く。

二人が遊んでいるのはキヴォトスで最も売れている格闘ゲームの最新作から二つ前のシリーズ。

 

戦局としては一進一退の攻防を繰り広げている。そう言えば聞こえは良いが実際の所目の前で行われているのは格闘ゲームにおける基礎を何一つ会得していない二人の少女による適当なボタン連打による遊び。

先日一夜漬けであらゆるゲームを遊んでいたらしいアリスも、どうやらユズから格闘ゲームの手ほどきまでは受けていなかったようだった。

 

(まァこォ言うのは同レベルで戦うのが醍醐味だ。俺としては都合は良かったな)

 

ユズから基本を学ばなかったお陰でネルと互角の戦いを繰り広げているのは一方通行にとっては嬉しい誤算でもあった。

 

二人の対決をネルの背後から見守りながら、一方通行はモモトークでネルに気付かれずにヴェリタスに向けて連絡を送る。

 

『作戦開始時刻を今から三十分後に早める。全員準備するように伝えろ』

 

ネルの熱中具合、そして日の落ち具合。さらに計画実行の前倒しによるメンバーの準備に必要な時間を全て考慮し、その程度の時間が妥当だと判断した一方通行は三十分後に作戦を始めるとヴェリタスの副団長である各務チヒロに送信する。

 

既読表示は送った直後に届いた。その後、時間を置かずに『オーケー。先生に合わせるよ』と返事が返って来る。

 

前倒しにした理由を聞かず迅速に対応した事に感謝しつつ、彼は二人の対決を見守る姿勢に入る。

変に作戦に意識を向けすぎているとネルに悟られる危険性がある。故に一方通行は思考をオフモードへと切り替えた。

 

「だああああああ!! 負けた!! クソ! もう一回だもう一回!!」

「次も負けません! 経験値を得てレベルアップしたアリスを見せます!」

 

どうやら先程の試合はアリスが勝利したらしい。

だが負けたままでは終われないのか、即座に連戦を申し込むネルとそれを了承するアリス。

 

元々のゲーム的センスの差なのか、二人の試合はお互い初見にもかかわらずややアリスが優勢な展開になるのが多かった。

このまま続ければ確実に差が開いていくのは手に取るように伝わるが、だとしてもまだまだアリスも初心者。ネルもそこそこ善戦し、いくつかの試合で勝利をもぎ取っている。

 

結局二人はそのまま五戦程遊び、アリスが三勝。ネルが二勝とそこそこ妥当な戦績に落ち着いた。

 

「なあ先生、先生もそこで黙って見てねえで混ざろうぜ」

 

そんな折、背後で見守り続けていたのを見兼ねたのかネルが彼に声を掛ける。

 

「いや、気にすンな。二人でそのまま遊んでたら良い」

「んだよ先生も初心者か? だったら分かるだろ? あたしだって今日が初めてだ。初心者同士楽しくやろうぜ」

 

全くの勘違いを見せるネルに自分の事は構わないから二人で好きに遊んでろと言うが、この状況をネルは好ましく思わなかったようだった。

 

強引に一方通行の腕を掴むと、そのまま引っ張ってアリスが座っていた対戦台に座らせる。

 

「待て美甘。俺は別に初めてなンかじゃ——」

「先生のお手並みを拝見です!」

 

椅子から立ち上がったアリスが彼の退路を封じる様に言葉を被せた。

はァ……と、一方通行は嘆息する。どうやらこの対戦から逃げる手段はもう残されていない。

 

となれば、後はもう要望通り遊びに付き合うしか残された選択肢は無かった。

とりあえず自分のプレイスタイルとは真逆のコンセプトファイターを選ぶかと彼はレバーを握る。

 

「先生とこうやって遊ぶのは初めてだな」

「お前等の給仕に付き合うのは遊びじゃねェのか?」

「あれはあたし達の仕事の一環だ。楽しいけどこういうのも時々は良いだろ。誰だって息抜きは必要だ」

 

違いねェと、一方通行は彼女の考えに同意する。

闇に浸かっていた頃の彼からすればその発言は信じられない物だったかもしれない。

当時の一方通行が今の発言を聞けば、即座に黒歴史たる未来の自分を抹殺するべく動いていたかもしれない。

 

だが、現に一方通行は息抜きは必要だと心の底から思っている。

人間ってのは変わる物だなと、一方通行はハッと小さく笑う。

続いて思う。キヴォトスに来てから何だかよく笑うようになったなと。

 

変わっていく自分自身に呆れつつ、とにかく今は遊ぶかと意識を筐体に映し出される画面に向けた。

 

その結果。

 

「先生初心者なんてウソついてんじゃねえ!! こんな素人がいてたまるか!!」

「言ってねェだろォが! 言う前に座らせたンじゃねェか!」

 

五戦五勝。ゲーム開発部の部室でユズと遊ぶ過程でモモイやミドリ相手には余裕で勝てる程度の実力を身に付けてしまった一方通行は、手加減しようとも勝ってしまう程度にはネルとの実力差には開きがあり、そのまま勝ち続けてしまった。

 

ちなみにユズとの戦績は基本負け越し。調子が良い場合に限り十回やって二回勝てる程度であるのは完全な余談である。

 

「次はアリスの番です! 強敵との戦いはレベリングに不可欠です!」

 

負けても負けてもリベンジマッチを敢行するネルを半ば無理やりに椅子から剥がし、今度はアリスが席につく。

 

どうやらまだまだ終わらせてはくれないらしかった。

仕方ねェと零しつつ、一方通行は今度はアリスとの対戦を始めていく。

 

その最中、一方通行はオフモードから気持ちを切り替える。

ネルをゲームで拘束出来ていない以上、それは当然の対応だった。

 

二戦、三戦と対戦を重ねる。

いずれも一方通行の勝ち。

そして四戦目に差し掛かろうとする直前、彼はチラリと、壁に掛けられている時計を見やる。

時刻はゲームセンターに入ってから一時間強。チヒロに連絡を送ってから約三十分が経過している。

 

既にヴェリタス、ゲーム開発部、エンジニア部はそれぞれ動き出しているだろう。

時刻自体も良い時間になっている証拠なのか、それともこのゲームセンターがそもそも人目に付かない事が関係しているのか不明だが、このゲームセンターにいるのは現在アリス、ネルと一方通行の三人だけ。

 

人の気配も落ち着いている。

本格的に行動するには良い時間だと言えた。

 

とは言え、今の一方通行の役割は一つだけ。

この場で少しでも長くネルを足止めし続ける事。

 

だが、

 

「ッッ!」

 

刹那、一方通行は見逃さなかった。

美甘ネルがおもむろに携帯を開き、目を見開いたことを。

そして一瞬だけ、一方通行とアリスの方をチラリと見た事を。

 

彼女の反応を見て、一方通行は理解する。

ここから先の彼女の拘束は、一筋縄ではいかなくなった事を。

 

(室笠から連絡を受けたか、それとも前々から届いてたメッセージを今開いたか……どっちにしろこっから先は飛び道具に頼れる展開じゃなくなったのは確かだな)

 

ゲームに散々夢中になっていた事から恐らく後者なのだろうなと予想を一方通行は立てた。

もうこのゲームセンターに長くいる事は出来ないだろう。

であればさっさと決着を付けた方が良いと、一方通行はワンサイドゲームを始める。

 

「え!? わっっわわわ!?」

 

突然の本気に対応出来なかったアリスから降参寸前の声が出る。

そのまま彼は一気に決着を決め、四勝目をもぎ取ると静かに席を立ち上がった。

 

「結構遊ンだが、そろそろ引き揚げるには良い時間だろ」

 

あうぅぅ……と、完敗したショックに膝を突くアリスを背景に、一方通行はそう言い残しつつ出口に向かって歩き始める。

 

その不自然極まる行動はネルに不信感を抱かせるには十分だっただろうが、一方通行としてはむしろそれこそが狙い。

少しでも主導権を握り、彼女の動きを抑制させる。

なるべく長く、彼女の行動を自分で縛る。

 

その為にまず、彼女が最もやりたい事だったであろうゲームセンターからの退場を自ら行う。

 

「アリス。いい加減立ちやがれ。行くぞ」

「うぅ、はいぃぃ……」

「美甘、俺達はそろそろ帰るがお前はどォする?」

 

「先生が出ていくなら普通に出るに決まってんだろ」

 

そォか、と、彼女なりの思惑を察しつつ、短い言葉だけを残して彼はネルとアリスを連れて店を出る。

 

店から出ると、外は月明かりの夜へと変貌を遂げていた。

日が落ちるまでは多数の生徒の声が響き、どこまでも賑わいを見せていたミレニアムも、生徒の殆どが帰路へ着いたのか、現在は嘘のように静寂に包まれていた。

 

時折横切る警備ロボットの駆動音だけが木霊する中、三人は路地を抜け、中央の通りへと抜ける。

 

当然だが、見渡す限りでは街に人がいる気配は無かった。

この時間まで一方通行がミレニアムに滞在する事は珍しい為、存外ここの生徒は真面目であった事を今になって彼は知る。

 

そうしてこのままミレニアムの本校に歩もうとした瞬間。

 

「……待てよ、先生」

 

彼の行動を咎めるかのようなネルの声が届いた。

 

カチャ……と言う音が同時に響く。

横目で音の発生源を見ると、ネルが構えている銃が彼の方に向けられていた。

 

「……え?」

 

何が何だか分からない事を表現するかのように、アリスの口から言葉が一つ紡がれる。

 

欺瞞で塗り固められた短い交流は終わった。

しがらみも何もない、平常時と同じ様に楽しんでいた時間は終わりを告げた。

 

ここから先は当初の通り、敵同士の関係に一方通行とネルは区分される。

 

「そっちはミレニアムの本校だろ? シャーレに帰るなら方向が違うんじゃねえか?」

 

暗闇に沈んだ夜の街では銃口を突きつける彼女の顔は伺えない。

だが彼女の発する声色で凡そネルがどんな顔をしているのかを一方通行は判別した。

 

ネルの声は、震えていた。

自分の言葉に肯定して欲しいと、そう願っているかの様だった。

 

「シャーレに帰るならそォだな」

 

対する彼の答えは非常に簡素で、同時に絶対的な決別を教える物だった。

 

ネルの言う通り、このままシャーレに帰るなら踏み出した方向とは逆方向に進む必要がある。

だが一方通行はその方向には踏み出さなかった。

彼の足は、ミレニアムの本校がある場所へと向かおうとしていた。

 

ネルはその意味を汲み取れない少女では無い。

ギリッッ! と、力強く歯噛みする音が遠い場所にいる一方通行にも伝わる。

 

「なあ、一度だけお願いを聞いてくれよ。このまま帰って何も見なかった事にしねえか? お互いに。お互いにだ。それがきっと丸く収まる筈なんだ」

「そいつは無理な相談だな。俺の願いは成就されねェ。成就されるのは美甘の願いだけだ」

 

身を震わせて放たれたネルの言葉はどこまでも彼女らしくない言葉だった。

一方通行が知っている美甘ネルはそんな弱気な発言をする少女ではない。

だからこそ、今、彼女は精神的に強く追い込まれているのが痛い程に伝わる。

 

それを全て知ってて、分かってて。

一方通行は、彼女の言葉に同意しない道を選ぶ。

 

ここで引き下がる訳にはいかない。

引き下がれば最後、ミドリ達が泣く事になる。

一方通行は、それを認める訳にはいかない。

 

「……あたしが撃たないと思ってんのか?」

「敵に対して撃ちたくない気持ちを吐露するのは甘ェンじゃねェか?」

「先生だから言うんだよ!! 分かるだろそのぐらい!」

 

もしこの場面を他の生徒が見ていたら面食らっていただろう。

あの美甘ネルが取り乱している。戦闘行為を躊躇している。

必死の声で、恐らく必死の形相で、彼に対して戦いたくないと悲痛そうに叫んでいる。

 

それは彼女の中で、一方通行の存在が何処までも大きい事を意味していた。

だが一方通行の意思は変わらない。

今この場においては、今日に限っては、一方通行はネルの敵にならなくてはならない。

 

だから一方通行は彼女を選ばない。

ミドリ達にとってどこまでも誠実に、ネルにとってどこまでも無慈悲に。

己が成すべきことを正直に吐露していく。

ネルが今、この場で成さねばならないことを説いていく。

 

この場で出来る最大限の、ネルに対する施しだった。

これ以上手を伸ばすことは、今日の一方通行には出来ない。

 

「美甘。C&C(クリアリング&クリーニング)にはシャーレで何度か助けて貰った。お前等の仕事に俺が駆り出された事もあった。情が沸くのも分かる。だが今の俺はミレニアムの敵だ。そして今のお前はミレニアムのメイド。ならやるべきことは一つなンじゃねェのか?」

「んなこと分かってんだよ!! 分かってるんだよそんな事ぐらい!」  先生は死にてえのか!! あたしに殺されてえのか!!」

「死にたくねェし殺されるつもりもねェよ。言ってるのは事実だけだ」

「じゃあ引き下がってくれよ! あたしの役割は先生に銃を突きつける事じゃねえ! 今日は諦めてくれよ! ブツの返却ぐらい穏便に済ませるタイミングがいつでもあるだろうが!」

 

苦しい。

痛い。

苦しい。

 

言葉に含めずに放たれるネルの本音が怒号となって周囲に木霊する。

 

一方通行は眉一つ変えずにその言葉を聞き、アリスは頻繁に一方通行とネルの顔を行ったり来たりさせながら、どう声を掛けたら良いか分からないのかわたわたし続けている。

 

この場における彼女の救いはセミナー襲撃作戦の放棄。

ただしそれは本質ではなく、彼女の真の願いは一方通行と対立する事の拒否。

 

自分の力を過信していないからこそ伝わる感触。

一方通行と本気で敵対してしまえば最後、彼を殺してしまう結果が生まれる。

 

だからこそ彼女は必死に求める。

この状況から手を引けと。

 

しかし。

 

「聞けねェな。目的の物は今日返して貰いてェ。だがセミナーは応じなかった。だからこの交渉は既に決裂してる。もう衝突は避けられねェ」

 

一方通行は譲らない。

 

どこまでも、どこまでも。

モモイ、ミドリがシャーレに泣き付いてきたあの瞬間から。

 

彼の意思はとっくに決まっていた。

 

「……どうしてもか?」

「あァ。どォしてもだ」

 

交わされたのは、そんなやり取り。

二人の会話はいつまでも平行線である事を証明する小さなやり取り。

 

そしてそれが、皮切りとなる。

 

「……分かった。妥協点だ」

 

覚悟を決めたかのように、ネルは俯きながらその意思を言葉で表した。

ジャラ……と、その決意を表明するかのように、ネルが持つ二丁拳銃が繋がれている鎖と共にコンクリートの地面に落ちる。

 

丸腰になったネルはふぅ……と、息を一ついた後、代わりとばかりに両の拳を握り締めた。

そのまま彼女は小さく腰を落とし、一歩足を前へと踏み込む。

いつでも飛び掛かれる姿勢へと、彼女は移行する。

 

「先生相手に銃は撃てねえ。あたしが絶対に撃ちたくねえ。だから代わりに拳で黙らす。これがあたしの精一杯の譲歩で、覚悟だ」

 

彼女なりの妥協点だった。

仕事は放棄出来ない。だが全力を振りかざしたくも無い。

両方を両立させるにはこれしかない。

 

「悪いな先生。なるべく痛くねえように終わらせる。ノアやユウカにも先生を気絶させた事を後で謝る。で、全部終わった後に先生がもう一度ユウカと話し合って、欲しかった物を返して貰ったら良い。それでいいだろ?」

 

今にも踏み込む体勢のまま、彼女は一方通行にこれから己がする事と、その後に一方通行がしなければならない事を捲し立てる。

 

彼女の手は、僅かに震えていた。

彼女の発言の何もかもが、己を鼓舞しているかのように一方通行は聞こえた。

 

迷いを断ち切らんと、しているかのようだった。

 

「……お前がそうするべきだと踏ンだのなら俺は何も言わねェよ。さっきも言ったが今の俺はお前の敵だ」

 

一方通行はネルに対して良いも悪いも何も言わない。

それは彼女にとっては残酷な物だったかもしれないが、実際には違う。

 

どんな状況でもネルが間違った道を進もうとしているならば一方通行は進む道の前に立ちはだかる。

例えその時の彼女が本気でこちらに銃口を向けていたとしても。

 

それが彼なりの『先生』としての矜持であり義務。

一方通行がキヴォトスで背負った新たな覚悟。

 

しかし今、一方通行はネルの行動を何一つ咎めていない。

言葉にも態度にも表さないが、一方通行は彼女の行動が正しい事を認めていた。

 

その上で、一方通行は美甘ネルの敵として助言する。

 

「だが一つ言わせて貰うとすりゃァ。なンでお前が勝つ算段で話を進めてるのかは疑問だな」

 

ジャケットの内側から取り出した拳銃を構えて一方通行は率直な疑問を口にする。

相手が武器を持たない意思を表明したとは言え、それに付きあう義理も必要も無い。

 

「そっくりそのまま返すぜその言葉、先生があたしにどうして勝てる算段で話を進めてるんだ?」

 

彼の売り言葉をネルが買い始める。

意識が完全に一方通行に集中し始めている傾向を観測した一方通行は予定通り進んでいる事に口角を上げた。

 

紆余曲折あったが、現在の状況は一方通行にとってかなり都合が良い。

美甘ネルを捕捉し、あろうことかこの場で敵対状況を作り上げた。

 

それはつまり、美甘ネルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を意味している。

 

「言っておくが、俺は『先生』でお前は『生徒』だ。勝てる見込みがあると思ってンのか?」

 

当然、一方通行がネルに勝てる見込みは無い。

百回戦えば百回負ける。

千回戦えば千回負ける。

たとえ一万だろうが十万だろうが、その数値が零から一に増える事は無い。

 

但し、

但し。

 

勝てないイコール戦いにならない訳でもない。

 

挑発すればするだけ時間が稼げる。

行動を単調にさせればさせる程戦いやすくなる。

 

結果一秒でも十秒でも戦闘が継続できれば、

ネルがミレニアムタワーに向かうまでの時間を奪う事が出来る。

 

挑発行為に彼女が上手く引っ掛かる筈が無い事は承知だが、打てるであろう手は全て打つ。

時間稼ぎをするならば、出し惜しみしている余裕は無い。

 

「来るならさっさと来いよ。それともビビってンのかァ? ミレニアム最強が呆れるなァオイ」

「ッッ! 先生ッッ!!!!」

 

ダメ押しとばかりに投げた一言は、ネルの何かを吹っ飛ばすには十分だったようだった。

 

ガリッッ!! と、彼女の歯が削れる音が聞こえる。

直後。ゴッッ!! と暴風を巻き起こすように彼女の足が地面を抉り抜き、そこから捻り出される破壊の力で彼女は一直線に前へと駆け出した。

 

前へ踏み出す。

その一点に力を集約し弾き出された速度は、最早人では対応すら出来ない領域へと至る。

 

一方通行と、ネルとの距離は十メートル。

一秒で、ネルはそれを詰めた。

 

走るというより最早飛び込む勢いで一直線に距離を詰めて来たネルは、今にも泣きそうな表情のまま引いていた拳を真っ直ぐに突き出し、一方通行の顔面目掛けて振り抜こうとして。

 

「危ないです先生!!」

「ッッッ!!??」

 

バシィィイイインッッ!! という音と共に、直前に割り込んで来たアリスによってその一撃を防がれた。

 

「ぐぅうううっっ!! 防御したのにダメージが大きいですっっ!!」

 

ビリビリとした衝撃が鈍い痛みを走らせているのか、右手と左手の掌で包み込むようにネルの一撃を受け止めたアリスの口からそんな声が零れる。

 

一撃を防いだ瞬間、ネルは即座に後方へと飛び退き一方通行達との距離を開けた。

 

「せん……せい! ここはアリスがどうにかしてみせます! 先生は逃走コマンドを実行して下さいっっ!」

 

それを好機と見たのか、アリスは一方通行に逃げるよう要請を出した。

アリスの判断は正しい。少なくとも一方通行にはそう映った。

だがそれはそれとして、この場においてアリスを一人にする危険性も一方通行は無視出来ない。

 

誰がどう見てもこの場はアリスに任せるのが無難。

一方通行自身、そんな事はネルが武器を向けた瞬間から分かっていた。

だが彼はそれを選ばず、自分一人で、もしくはアリスと共にネルをミレニアムタワーに向かわせない為に時間稼ぎを行おうと敵対姿勢を向けた。

 

理由は単純であり、アリスを単独行動させたくないという物に他ならない。

 

彼女の武器は街中で振るうには威力が強大すぎる。

『廃墟』のような明らかに無人である事が分かっているならともかく、いくら人が少なくなる夜と言う時間であっても、見渡す限りではどこにも生徒がいなかったとしても、ビルの向こう側や施設のどこかに生徒がいるか分からない状況下で、易々と建物を貫通する出力を誇る武器を持つアリスを自由に暴れさせる訳にはいかない。

 

一方通行が随時指示を出し、アリスの攻撃をある程度抑制しなければどこかで大きな被害が出る。

戦闘が長引けば長引く程、その可能性が高くなる。

 

それを思って彼はこの場を離れたくは無かった。

足を引っ張る事を承知でアリスと共に前線に立つ道を選ばざるを得なかった。

 

だが、運命は一方通行に試練を与える。

ビリリリリリリリリッッ!! と、『シッテムの箱』から聞き慣れない音が響いた事によって。

 

「ッッッ!?」

 

その音に驚いたのは、『シッテムの箱』を所持している一方通行自身だった。

 

端末が知らせてきたのは緊急を知らせる音。

何か決定的なトラブルが発生した事を知らしめる音。

 

それはつまり、一方通行に助けを求めている事と同義だった。

 

クソッタレ。

そう吐き捨てながら改めて置かれている状況を把握し、さらにもう一度吐き捨てる。

クソッタレと。

 

この場において一方通行に出来る事は少ない。

アリスに無為な破壊をさせない。言ってしまえば見張り役。及びネルの行動に対しる指示出しがこの場における一方通行の役目。

逆に言ってしまえば、そこさえどうにかしてしまえば彼がここにいる必要は無い。

 

むしろ、足枷が無くなった分アリスが十全に動き回れるようになりより長くネルを足止め出来るだろう。

故に一方通行は苦渋の決断を下す。

 

この場からの離脱という決断を。

 

「派手にぶっ放す時、水平方向にだけは撃つな。なるべく上側を向けて撃て。それ以外は好きにしろ」

「……っはい! 先生からのクエスト。受諾しました!」

「美甘。アリスはこォ言ってるが万が一、間違えて水平方向に撃とうとしたら全力で上方へ反らせ。それぐらい出来ンだろ」

「おぉ、任せとけって。……って先生! 何であたしがこの状況で先生の指示に従わなきゃならねえんだよ! あたしは先生がここから逃げるのを許可すると思って——」

 

彼の指示に思わず了承の旨を返してしまい、咄嗟に正気に返ったネルの抗議が言い終わるのを待たず、一方通行は靴底に仕込んだ噴射口から、圧縮された空気を爆発させる。

 

そのまま彼は闇が覆う世界を空駆け、いずこかへと消えていく。

 

残されたのは、敵同士の身にも関わらずアリスの気配りをしとけと無理やり指示を出されたネルと、彼女と戦う気満々の、ゲーム開発部新入部員のアリスの二人のみ。

 

「あークソ、調子が狂う。先生が絡むといつもこうだ……」

 

一方通行が飛んで行った方向を見つめながら、やや気だるげにネルは呟く。

だがそれも僅かな間だけで、次の秒を刻む時には既にその視線はアリスの方へと向けられた。

 

その眼から、誰もが竦む程の威圧感を迸らせて。

 

「悪いが、こっから先はいつものあたしだ。チビ、さっきみたいにガタガタ震えてた方が良いんじゃねえのか? 言っておくが先生以外には手加減する気は微塵も無えぞ」

 

一度は捨てた銃を拾い上げてネルはアリスを威嚇する。

相手が一方通行でないならば、手加減する理由は無い。

 

本気で潰す。

アリスを睨みつける三白眼から迸る鋭い眼光は、強くそう物語っていた。

 

「アリスだってあの場所を守りたいです。誰にも奪わせません。アリス達の場所は絶対に守り通します」

 

対しアリスも一歩も退く事無く、負けじと応戦する意思を見せる。

ここで彼女と相対する意味を、理由を口にしながら背負っていた武器を構えた。

 

レールガン『スーパーノヴァ』

エンジニア部から譲り受けた光の剣。

 

勇者に託されたその力を、アリスは強く握りしめる。

 

人通りの無い中央大通りで二人の少女が今一度相対する。

 

一人は居場所を守る為に。

一人は秩序を守る為に。

 

美甘ネルと天童アリス、それぞれがそれぞれの覚悟を宿し、それぞれの正義を掲げて、科学の街ミレニアムサイエンススクールで激突する。

 

これが、セミナー襲撃作戦の幕開けとなる戦闘だった。

 

 

 






段々と原作から逸れて来たパヴァーヌ。原作では最後だったネルVSアリスが最初に挟まりました。

何なら後編の展開を一部先取りもしているという。

ここから佳境に入ります。
そしてここからが『とある箱庭の一方通行』的な本番かもしれない。

さあ、誰が最初に血を流すんでしょうねこれ。あ、もうミドリが流してるか。まああの程度は怪我に入らないので。


次回からは戦闘回。面白い物を投稿出来たら良いなと思っております。


この作品のネルちゃんちょっと重いなと思ったのは内緒。


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ただ居場所を守る為に

 

 

数多あるビルのどこにも電気が灯っていない夜のミレニアムの大通り。

人の気配はどこにもなく、街灯のみが虚しく街を彩る中で二人の少女がそれぞれ武器を携え対峙していた。

 

少女の名は天童アリス。用途不明のままモモイによって覚醒させられた戦闘用アンドロイド。

少女の名は美甘ネル。ミレニアムが誇る最強の生徒で、C&Cのリーダー。

 

アリスは百四十キロ以上の重量を誇る巨大兵器、レールガンを構え、いつでも撃てる姿勢を取る。

対するネルは、ジャラリと伸びる長い鎖の先端にサブマシンガンを取り付けた変則二丁拳銃を握る。

 

「……へへ」

 

不敵に笑うネルが一歩、また一歩とゆっくりゆっくり右に動く。

伝わる。動きだけで彼女の思惑がアリスに伝わる。

 

いつ襲い掛かるのが最高のタイミングなのかを見計らっている。

アリスの緊張が一瞬途切れる時を狙っている。

 

街灯に照らされるネルの顔は、そんな印象をアリスに与えた。

ジャリ……ジャリ……と、彼女が動く度にコンクリートを擦る鎖の音がやけに響く。

 

ノイズを生み出し、集中を削ぐ戦略として組み込まれたその音は、確かにアリスの緊張を高める事に成功していた。

そのままネルはもう一歩、さらに一歩と歩を進めていく中、

 

「っ! 撃ちます!!」

 

アリスが先に先手を打った。

ガガッッ!! と、出力を抑えたレールガンを二発射出する。

 

出力を抑えたレールガンの威力は他の生徒が撃つ弾丸と威力は変わりない。

本来の使用用途からは大きく外れた使い方の関係上、連射力や速度はむしろ落ちている。

 

しかしそれでも。

 

「ハハッッッ!!」

 

戦局を自ら動かすには十分だった。

何処の誰だろうが、歩いていたら明確に狙い撃たれる状況でのんびりと歩き続ける訳がない。

 

それはたとえミレニアム最強の生徒である美甘ネルとて例外ではない。

 

ダッッ!! と、身を屈ませながら彼女は全力で走る。

元々小柄な肉体をさらに全力で走れるギリギリまで身体を前に落として彼女はさらに身を小さくさせる。

 

アリスの攻撃に極力当たらないように、自分の突撃を邪魔されないように。

 

ネル以外が行えば即座に転倒してしまいそうになる程に前のめりに突撃するネルの姿は、走るというより地面を這って滑っているかのようにアリスは思えた。

 

「くっっっ!!」

 

身を屈めたネルに狙いを定めながらアリスがレールガンを発射する。

だが異様な速度で走る小さい的にピッタリと命中させる技術はまだ持っていないのか、彼女の発射した弾丸は悉く外れ、ビルや看板に次々と弾丸痕を残すのみだった。

 

「どこ撃ってんだぁ? 撃つならしっかりと狙いやがれ!!」

 

走るネルから挑発が飛ぶ。

一方的に撃たれている側であるネルは、口角を上げて八重歯を覗かせ余裕の表情を浮かべていた。

 

「まあそれも仕方ねえよなぁ! 何せッッ!!」

 

叫び声が聞こえた瞬間、ネルが踏み込んだ足元部分からコンクリートが抉れるような音が響く。

その音の正体が何であるかをアリスが理解する前に、ネルは走っていた方向から一気に角度を変え、アリス目掛けて一直線に突撃する。

 

そこから僅かコンマ五秒でネルは超低空を滑るようにアリスの眼前に接近し、時間が限り無くゆっくりと進むようになってしまったかのような錯覚をアリスに与える中、右手に持つサブマシンガンを額に、左手に持つマシンガンをネルは容赦なく彼女の胸元に突きつけた。

その笑みを、崩さぬまま。

 

「んな重そうなモン振り回してたら当たりたくても当たってやれねえよ!!!!」

「ッッッ!?」

 

瞬く間に眼前に近づき武器を構えたネルに、アリスは一瞬棒立ちになる。

あまりに変貌を遂げた展開にアリスは対応出来なかった。

先程まで一方的に攻撃を仕掛けていた筈なのに、突然防御に回らざるを得なくなる状況に頭も身体もついていかなかった。

 

だが、反射だけは別だった。

思考とは切り離された反射が、勝手に身体を動かす。

 

刹那、アリスはレールガンを右から左へと薙いだ。

身体に眠る防衛本能が、レールガンを銃としてではなく打撃武器として運用させる。

 

ゴッッッ!! と、ネルが持つサブマシンガンのトリガーが引かれる直前、百四十キロの重量を誇り、ネルの身体一つが丸々収まる程に巨大な質量を持った物体がネルの身体目掛けて振り回される。

 

 

超低空とは言え飛び上がっていたネルに回避する手段は無い。

その小さな肉体に破壊的な一撃が容赦なく激突する。

筈、だった。

 

「甘ぇ!!!」

 

叫ぶと同時、ネルはマシンガンの狙いをアリスから外して明後日の方向目掛けて乱射した。

放たれた弾丸はどこにも当たらず、カラカラと薬莢の音が虚しく響き渡る。

だが、空中に飛び上がった小柄な体格を無理やり体勢を変える事は可能だった。

グイッッと、ネルは銃を乱射しながら無理やり身を捻らす。

そして激突寸前のレールガンの側面部分に目標を定め。

 

ゴガガガガガッッ!! と、両足で交互にレールガンの側面を全力で蹴り抜いた。

 

その回数、八回。

 

目で追えるのか不明な程の速さの蹴りによる連撃はレールガンの威力を完全に殺す事に成功し、おまけとばかりに蹴りの反動を利用してネルはアリスから距離を開ける。

戦闘経験の豊富さによって成す事が出来る、ネルだからこその離れ業だった。

 

しかし、これでネルの状況が好転した訳ではない。

ただ最初の状態に戻っただけである。

つまり今からは再びアリスが攻撃するターン。

 

「でもこれでっっ!!」

 

それを体現するかのように今一度アリスがレールガンを構える。

もう一度銃としてその力を振るい始めようと狙いを定める。

 

そして、気付いた。

ジャラリと、レールガンの砲身にネルの鎖が巻き付いている事に。

 

「なっっっ!?」

 

いつの間にこんな事をしていたのか。

蹴りを放って逃げるだけでなく、細工まで仕掛ける余裕があった事にアリスは驚きの表情が隠せない。

 

だが今はそんな事に一々驚いている余裕は無い。

慌ててアリスは鎖が結びついている先にいるネルの方に視線と銃口を向ける。

ネルは、砲身を絡め取った鎖を右手で握り締め、その鎖を利用し円を描くように走っていた。

 

右手に掴む鎖を頼りにして、倒れない限界のさらに限界を超えて前傾姿勢で走るネルにすかさずアリスはレールガンを発射する。

 

その、直前。

 

ガガガガガガガッッッ!!! と円を描くように走るネルが左手に持つサブマシンガンから激しい発砲音が聞こえ始めたと同時、アリスは銃撃の雨を浴びた。

 

「あうっっ!? いたっいたたたたたたッッ!?」

 

予想だにしていなかった反撃にアリスの口から叫びが零れる。

すかさずアリスは反撃とばかりに小規模のレールガンを何発も発射するが、痛みによる照準のブレも合わさって当たる気配は無い。

走っているネルに向けて放たれたアリスの弾丸は当たらない一方で、棒立ちでネルを撃とうとするアリスにはありったけの弾丸が直撃する。

 

レールガンを軽々と持ち上げ、射撃反動のブレもなく扱えるアリスであるが、その重量によるハンデは決してゼロにはならない。

 

どれだけ己の力でデメリットを克服しようが、無視できない欠点は必ず存在する。

レールガンを扱う以上、アリスはどうしても重戦車的な立ち回りにならざるを得ない。

今のネルが行っているような高速戦闘はどう足掻こうが不可能。レールガンを握ったままであの速度は、彼女には出せない。

 

つまり、アリスはネルの速度に対応出来る手段が無いも同然だった。

 

「遅ぇ遅ぇ遅ぇッッ!!! 反応も動きも何もかも遅ぇッッ!! 手応え無いにも程があるなぁっっ!!」

 

狙いを定めて撃つのに精一杯なアリスの耳にネルの挑発が入る。

 

この状況をどうにかしたくても、どうすればどうにか出来るのかアリスには分からない。

このままではまた先程と同じように一瞬で移動方向を変換しこちらに急接近してくる。

先程は反射的に武器を振り回して対処したが、彼女が対策していないとも限らない。

むしろ、今接近して来ないのはどうすれば対策出来るかを考えているからかもしれないとアリスは推測する。

 

更に言えば、接近していなくても状況は不利である。

当たらない弾丸を放ち続けるアリスと、棒立ちの相手に当てるだけのネル。

 

どちらがより消耗するのか等、考える必要すら無い。

 

(HPがガンガン削られてる感じです……! このままじゃ……あっっ!!)

 

良いように撃たれ続ける中、ふとアリスはある事を思い付いた。

そして確信する。

この方法なら彼女を出し抜いてこちらの攻撃を当てられる、と。

 

「どんどん撃ちます! 連射力最大です!」

 

己がやらなければならない事を見定めたアリスは、レールガンの連射速度を上げる。

狙いを撃って当たらないのなら、最低限の狙いしか定めずに数で攻める。

 

サブマシンガンのような雨のように弾丸を撃つ事は出来ないが、それでもばらまくように撃てばネルは間違いなくイヤな顔をする。

当てる気がある弾丸と当てる気が無い弾丸が混ざれば、そしてそのどちらもが彼女に当てる為に撃ち続ければ彼女は次にどう反応するか。

 

そんなの答えは決まっている。

その行動を咎める。

それしか選択肢は無い。

 

(来たっっっ!!)

 

直後、アリスの思惑通りネルは再びコンクリートの地面に罅を入れる程に強く地面を踏み抜き、走る向きを強制的に変えようと行動した。

 

身体の向きを無理やり変え、

走る方向を無理やり変え、

次の一歩で急接近する為に地面を強く踏み抜き、力を一点に集約させる。

 

そして、その一瞬こそがアリスの狙いだった。

グンッッ!! と、ネルが強く踏み込んだタイミングと全く一緒のタイミングで、アリスは力強くレールガンを真上へと振り上げた。

 

百四十キロの重量を誇るレールガンは、彼女の腕力によって完璧に操作されその砲身を一瞬で天の方向へと持ち上がる。

 

巻き付いていた鎖ごと。

その鎖を掴んでいた、美甘ネルごと。

 

これで鎖を掴んでいた彼女は空に持ち上げられる。

もう射撃からは逃げられない。

 

今の今まで温存していた、最大出力のレールガンを今こそ解き放たんとレールガンを強く握りしめた時。

 

「悪いな」

 

近くから、そんな声が聞こえた。

え? と思わず声を出して視線を声がした方向に向けると、そこには何故か右側面から接触寸前のネルの姿が映った。

 

どうしてと、考える余裕は無かった。

 

「潜ってきた喧嘩の数が違う」

 

両手に武器を持っておらず丸腰だという事に気付く猶予すら与えられなかった。

とっさに武器を手放し、アリスの思惑に乗らなかったネルの勝負勘の強さに恐怖する時間すら無かった。

 

何も分からないまま、

何も出来ないまま、

 

空中にいるネルの右膝が恐るべき速度で接近するのを、アリスは見届けることしか出来なかった。

 

「お見通しだチビッッ!!!」

 

ゴッキーーーーンッッッ!!! と、直後強烈な音と共に、飛び上がって接近していたネルの膝蹴りがまともにアリスの側頭部に直撃した。

 

「がッッッ!?」

 

無抵抗のままぶっ飛ばされたアリスは、そのまま十メートル程ノーバウンドで吹っ飛び、向かいのビルの一階のガラス窓を派手に叩き壊し、巨大な破砕音をまき散らしながらその中に吸い込まれた。

 

ガラス窓を粉々に破壊されたビルから警報がけたたましく鳴り響く中、ネルはストンと綺麗に着地し、次いでドスンとアリスという主を失ったレールガンが鈍い音を立てて地へと落ちる。

 

戦闘が終わった事に一つ息を吐いた後、ネルはレールガンに巻き付けた鎖を回収し、もう一度ビルの方へ顔を向けた。

 

「ま、あたし相手に結構善戦出来てたんじゃねえか?」

 

頼まれていたであろう時間分までは稼げなくとも、まあまあな時間稼ぎは出来ていたのでは無いかと、ネルはアリスを敵ながら評価に値する少女として認識する。

 

普通の少女相手なら二秒で決着が付く所を二十秒も持ち堪えた。

 

骨は有る奴だったな。立派立派と言葉を残してネルはこの場を去ろうとして。

 

「……あ?」

 

アリスを叩き込んだビルの方向から、何かが動く様子を目が捉えた。

まさかまだ動けるのか。そんな事を言いたげな声が無意識に落ちる。

 

普通なら一時間は起き上がれない一撃を叩き込んだ。

なのに気絶すらせずに動き出すのは、流石に彼女の計算外。

 

「まだ……ゲームオーバーには早いですっっ!!」

 

だが、現に彼女は起き上がっている。

立ち上がりながら、ネルにまだ戦闘は終わっていない事を告げる。

 

戦う意思を持ったまま、割れた窓から再び戦場へ少女が舞い戻る。

 

「……へぇ。見かけによらず結構タフじゃねえか。普通ならあれでしばらくは起き上がれない筈なんだがな」

 

余裕そうな口ぶりで賞賛の言葉を投げる。

しかしその内心では、一つの緊張がネルの中で生み出されていた。

 

足腰にガタが来ていない。

身体が全く揺れていない。

あれだけ綺麗に吹っ飛ばされたのにもかかわらず、

脳を揺らし確実に気絶する一撃をまともに受けたにもかかわらず、割れた窓から姿を現し健在である事をこれでもかとアピールするアリスはしっかりと両の足で大地を踏みつけている。

 

それは暗にダメージがまともに入っていない事を意味し、あの程度の攻撃ではビクともしない彼女の異常とも言うべき頑丈性を表している。

 

少しばかり心してかかる必要があるなと、ネルは目の前の相手の認識を改めた。

目を僅かに細め、今一度彼女は二丁のサブマシンガンを携える。

 

たった今より、ネルは本気でアリスと相対する。

彼女を明確に敵として見定める。

 

大通りでの戦闘は、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムの校舎内部にある、セミナーに繋がる直通エレベーター。

エレベーターを利用しなければ差押品保管所には辿り着けず、またエレベーター自体にも簡単に使用できないよう、指紋認証システムが仕込まれている。

 

これによりセミナー所属の生徒以外はエレベーターを利用することが出来ず、仮にこれをどうにかして最上階に辿り着いたとしても、今度は別の防衛システムが侵入者を撃退する。

 

異常事態が起きれば降りてくる二段構えのシャッター。

四百を超える監視カメラと五十を超える警備ロボット。

 

厳重を通り越して過剰とも言うべき数多の防衛策を掻い潜って初めて、差押品保管所に到達出来る。

普通なら到底不可能の領域であるが故に誰もがまず諦めて回れ右をするその道のりの半ばを、今、二人の少女が突き進んでいた。

 

少女達の名前は、才羽モモイと才羽ミドリ。

二人は現在、直通エレベーターのセキュリティを突破し最上階へと向かうエレベーターの中で訪れた僅かな休憩時間に心を落ち着かせていた。

 

「意外と順調かな」

「ここまではね。でも私達の役目はここからだから」

 

どんどんと下へと落ちていく夜景を見下ろしながら、ミドリは改めて気を引き締める様にとモモイに忠告する。

 

日は完全に落ちきり、夜と呼んで良い時間へと既に差し掛かったが、まだまだ生徒の数は多い。

エレベーターから確認できるビルのどこからも窓から差し込む電球の光がまばらに輝いており、通りを歩く生徒の数も少ないながらもチラホラといるのが既に相当上の階層にいるミドリ達でも確認できる。

 

本来の作戦決行はこの明かりも人の通りすらも完全に失せてからを計画していた。

だがそれは一方通行から送られてきた突然の連絡によって計画はかなりの前倒しとなり、結果としてまだ人がそれなりに残っている時間でのスタートとなった。

 

作戦は現在順調に進んでいるので、問題は何もないのだが。

 

「にしても、ミレニアムのセキュリティをここまで手玉に取るなんて凄すぎない?」

「エンジニア部もとんでもない物を作ってたね。セミナー襲撃すると作戦を立てた時、最初はどうするのかと思ってたけど、ここまで力技だと最早ちょっと笑っちゃう」

 

肩をすくめながらミドリは規格外の結果を叩き出したエンジニア部と一方通行の技術に脱帽する。

 

二人が今乗っているエレベーターも、本来ならばかなりの労力の果てに搭乗する資格を得るべき物だった。

だが現実に起きたのは、ただただ呼び出しボタンを押して、エレベーターが降りてくるのを待つだけ。

 

至って普通の、どこにでもあるエレベーターの基本的な使い方そのままの動作をするだけだった。

 

ミドリとモモイが搭乗しているエレベーターに搭載された犯罪防止用の指紋認証システム。

それ自体はかなりの高性能であり、ハッキングするのは容易ではない。

普通ならば、失敗して警報が鳴り、即座にセミナーが駆けつけて捕獲まっしぐらだっただろう。

 

ただし、それは相手が一般的なミレニアム生徒だった場合の話。

今回の件には、その常識は何一つ当てはまらない。

 

何せ相手はミレニアム最強の科学技術を持つエンジニア部と、ミレニアム最強のハッカー集団であるヴェリタス。そしてミレニアムよりさらに上の科学技術を持つ学園都市からやって来た一方通行の三傑。

 

かつて一方通行が初めてエンジニア部に訪れた際、彼女達の技術力の高さを見込んで一方通行が持ち掛けたのは彼が持つ学園都市の科学技術の一部提供とその際に必要な予算の負担。そして彼が要求したのは己の身体、及びキヴォトスで有事が発生した際にサポートする確約。

 

それはつまり、ミレニアムで問題が発生し、かつシャーレと敵対する事態に発展した際、ミレニアムではなくシャーレ側に与する契約。

 

今回の件でエンジニア部が協力している要因の大部分はこの契約が起因している。

そしてこれにより一方通行は様々な技術的サポートをエンジニア部から受ける立場となった。

 

靴底に仕込んだ空を飛ぶ力、空力指揮(エアコマンダー)も彼女達が制作した物。

代わりに提供した学園都市製の科学技術は、元々高かったエンジニア部の技術をより一層高度な物へと押し上げた。

 

その過程で作り上げたハッキングツールは、ミレニアム製の物とは比較にならない程の性能として完成し、ヴェリタスに一度渡してしまえばそれは完璧な暴力となってミレニアムのシステムを蹂躙する。

 

エレベーターの指紋認証システムを破壊するのは、赤子の手を捻る程度の容易な物へと変化していた。

過ぎた力としか言えないそれは、持っているパワーを存分に発揮した。

 

ただしそれはエレベーターに乗り込む場所からの話。

ここに至るまでの道中は、その力を一方通行は振るっても良いと言う指示を出さなかった。

 

理由は単純。ミレニアムの技術を甘く見ていないから。

どのタイミングでハッキングの対策をされるかが読めない以上、その力を最初から振り回すべきではないと一方通行は語った。

 

万が一ミレニアムサイドの対策が間に合った場合、最上階と言う一番ハッキングに頼らなければならないタイミングでそれが封じられたらそれこそ終わり。

 

計画の全てが破綻する。

 

故にモモイとミドリはエレベーターに辿り着くまでは自力での到達を余儀なくされた。

その際に起きた数多の警備ロボットとの戦闘の数々や時間制限内での一部フロアの走破もあってか、二人の服は所々敗れていたりしている。

 

「今最上階はどうなってるんだっけ」

 

静かなエレベーター内で、どんどん数字が上がっていく階数を見上げながらモモイがミドリに確認を取る。

 

「私達に都合の良い所だけ開いてて残りは全部閉まってる。それも一度シャッターが破壊されたときに落ちて来るチタン製のシャッターね。ってお姉ちゃんこれ最初先生が説明してたでしょ」

「いや、だって馴染みの無い単語で説明されてても右から左に流れるしかないじゃん」

 

額から一筋の汗を流しながら言い訳を並べるモモイを見て、ミドリはいつもの事ながら本当に重要な部分しか耳に入らない姉だなと嘆息する。

 

「て言うかさ、こんな凄い物を作れたのならG.Bibleを開けるファイルも発明してくれたら良いのに」

「そんな都合の良い物があったらこんな危ない事してないよ……」

 

都合の良い物を一方通行の知恵を受けたエンジニア部は開発したが、今ゲーム開発部が一番欲しかったものは都合の悪い事に開発していなかった。

 

愚痴を言うにはあまりに贅沢な悩みを零しながらモモイはでもさ、と言葉を続ける。

 

「先生って何者なんだろうね。外から来たって事だけ教えてくれたけどそれ以外はさっぱり。ミレニアムより凄い技術を持ってるのは良いとして、先生がどういう人なのか私達って全然知らないんだよね」

 

大きな作戦中に訪れた小さな休憩時間。

音も無い静かな狭い場所で話し相手は心の内を曝け出しても大丈夫な双子の妹。

自然と、前々から思っていたことをモモイは次々と喋り出す。

 

「大体さ、先生って言うけど私達と歳そんな違わないように見えない? 下手したら同級生だよ同級生。見た目が大分若いだけかもしれないけどさ」

「確かに若くは見えるけど……」

「それにずっと音楽聴いてるじゃん。私達とゲームしてる時も今日みたいな大事な作戦の時もずっとそう。音楽が好きにしても流石に聴き過ぎじゃない? 私先生がイヤホン外してるの見た事ないよ」

「それはそうかも、けど声はちゃんと聞こえてるんだよね。先生に話しかけて無視された事なんて無いよ私」

「今度遊びに来た時に無理やり取ってみよっか?」

「お姉ちゃん、それ多分先生に怒られるよ?」

 

一方通行の事情を知らない双子が、彼が最も秘密にしている部分について話し合う。

その過程でモモイは、彼に対して絶対にやってはいけない行為の一つを口にした。

 

彼が自身の事情を話していない以上、先の発言に放ったモモイに責がある訳では全くない。

だがその危険性をうっすらと無意識的な感覚レベルでだがミドリは感知したのか、自身も興味こそあれど、ある事を認めた上でモモイの案に頷こうとはしなかった。

 

結果的にミドリは最大級のファインプレーを引き起こしているのだが、一方通行もミドリもモモイも、その事実に気付く事は無い。

 

そんな風に作戦中とはとても思えない程の和やかな空間で二人が話し合っていた二人だったが、その時間は唐突に終わりを告げられる事となる。

 

ピンポンと、一つの電子音がエレベーター内で鳴り響き、二人が乗っているエレベーターが停止したことによって。

 

階層を見る為に同時に電子パネルを見上げた二人は、最上階の階数を目にした。

 

「……大丈夫、エレベーターが到着した後の動きは把握してるから任せて」

「任せてって……私達がやるべきことは一つしかないでしょ」

 

扉が開く直前、二人は最後の会話を交わす。

直後、音もなくスッッと扉は開いて行き。

 

「あ! やっと来た~~」

 

この場に似つかわしくない明るい声が二人の耳を刺激した。

声が聞こえたと同時、二人はサッと武器を構えるとエレベーターを飛び出し、声が聞こえた方向へ銃口を向ける。

 

敵意剥き出しな二人に対して、声を発した少女は、フロアの壁に背を預けながらこちらに笑顔で手を振っていた。

まるで二人が向ける敵意など、全く脅威ではないと暗に言いたげに。

 

「アスナ先輩……!」

 

ミドリが笑顔を向ける少女を見て名を発する。

一ノ瀬アスナ。

C&Cのメンバーにして、最も神出鬼没な人物。

 

「随分と早かったね。ゲーム開発部……だっけ? だよね。ゲーム開発部!」

「どうしてここに……だって最上階は今セキュリティをハックして……っ!!」

 

信じられない。と言うような表情でモモイがアスナに喰って掛かる。

計画ではこの場には誰もいない手筈で進めた。

 

どう進めば問題が発生しないかを完璧に計算して、カメラも防衛システムもC&Cのメンバーの一までも完璧に予測して、ここから差押品保管所までは誰とも接敵せずに安全に到達出来るよう設定した。

 

計画は完全に完成していた。

誰の邪魔も入らない様に作り込まれていた。

 

だが、その邪魔をするべく現に目の前にアスナがいる。

その事実に、モモイは驚愕を隠し切れない。

現実を、受け入れきれない。

 

「二人は経験ない? ここならシャッター落ちなさそうだな。あ、でもこの廊下は危険だな。みたいな、言葉に出来ないけど確かに信じられる根拠がある思考。予感……みたいな奴」

 

突然降って湧いた直感に従うと結構何とかなったりするでしょ。と、第三者からしてみればトンでもない事を言いのけ、あまつさえ有言実行を達成しているアスナの能力に二人は化け物だ、とアスナを改めて怪物と認定する。

 

難しい事は何一つ言っていない。

それなのに言っている言葉の意味が全く理解出来ない。

 

言葉の意味一つ一つ、何なら語られた文章全ての意味が理解出来る言葉を彼女は喋っていて、それがキッチリと頭の中に入っていくのに、それを理解するのも納得するのも出来ない。そんな感覚が二人に平等に与えられる。

そして二人はもう一度アスナをこう評価するのだ。

 

化け物。と。

 

「さて、それじゃ始めよっか。そっちも準備は万全みたいだし」

 

話はこれで終わりだ。

そう伝えたげに、アスナは壁から背を離し、愛銃を構える。

 

何を始めるのか。等と二人が聞き返す事は無かった。

その代わりに、

 

「うん、始めよっかアスナ先輩」

「本当、ここまで完璧に作戦通りなんて先生凄すぎだよ……」

 

努めて冷静に、二人は武器を構えた。

 

「あれ?」

 

潔すぎるその態度に、今度はアスナが困惑する。

彼女の直感がおかしいと訴えたのは、先程モモイが動揺しながら発した一連の言葉。

あの時の動揺が今のモモイの冷静さと噛み合っていない。

 

そのアスナの直感は正しかった。

エレベーターを降りてアスナがここに居るのをモモイが見つけた時、確かに彼女は本音を語った。

 

正真正銘、驚愕した。

何もかもが上手く進んでいる事に。

作戦会議で先生が語った内容が、しっかりと目の前で起きている事に。

 

『完璧に仕立て上げれば上げる程、完全を目指せば目指す程、対策を練れば練る程、徹底的に一ノ瀬アスナを封じようとすればする程、一ノ瀬アスナは必ず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼が放った言葉通りに、一ノ瀬アスナがここで待ち構えていた事に。

 

つまり、モモイが浮かべた驚愕は、マイナスではなくプラス方向の驚きだった。

逆にアスナはモモイがマイナスの感情を浮かべていたと勘違いしていた。

 

それこそが違和感の正体。

二人が持つ覚悟を見通せなかった最大の理由。

アスナが勘違いを起こしたのも無理は無い。

才羽モモイはこの状況に絶望したのだと、アスナ視点ではそう見えてしかるべし状況だったのだから。

 

だが現実は違った。

待ち受けていた状況はまるで逆だった。

 

この場に追い込まれたのは、

この場に引き込まれたのは、

 

ミドリとモモイではなく、一方通行の作戦通りに動いた一ノ瀬アスナだった。

 

戦局が、ガラっと様変わりを見せる。

立場が、一気に逆転する。

 

才羽ミドリ。

才羽モモイ。

 

二人に課された役目、一ノ瀬アスナをこの場に押し留めるという目的を遂行する為の戦いがミレニアムタワーの最上階で始まる。

 

「私達が踊らされてたんじゃない。私達が踊らせたんだよ」

「うん、だって私達の目的は、初めからここでアスナ先輩と戦う事でしたから」

 

性格も違う

考え方も違う。

戦い方さえも違う。

何もかもが違う。

 

されど、

されど、

 

互いが何を考えているかだけは、常に把握できる。

何も見ずとも、姉が、妹がどう動こうとしているのかだけは一瞬のズレなく把握出来る。

 

それが彼女達が持つ最大の武器で、

一ノ瀬アスナに対抗出来る唯一の手段。

 

ゲーム開発部の双子は自分達しか持たない武器でミレニアム最強集団の一人、一ノ瀬アスナに引導を渡す。

 

「「覚悟して!(下さい!)一ノ瀬アスナッッ!!」」

 

全ては、自分達の居場所を守る為に。

 

 

 








ド派手にやってるネルVSアリス。
一方でこっちはこっちでとても熱くなってる双子VSアスナ。

両者の戦いはどちらが制するんでしょうね。
そしてネル、アスナが出撃してるという事は残り二名も……。

ネルはチェーンアクションと近接戦闘を絡めたラン&ガンが一番映えそうだったのでこの路線になります。今後もこんな感じです。

アリスはレールガンを盾にしたりもしてますが純粋に鈍器として用いても強いと思います。バットの要領で振り回してるだけで並大抵の相手は倒せそう。

アリスより小柄のネルにチビと言われ続けるアリスの心境やいかに。

次回は誰の視点から始まるんでしょうね。ミレニアムの夜はまだ始まったばかりです



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科学と神秘の交差点

 

ミレニアムサイエンススクール第三校舎。その屋上。

 

ミレニアムタワーを視界に捉えられ、かつ周囲にミレニアムタワーを阻害する建造物が存在しないこの場所は、狙撃を行うというシチュエーションにおいて絶好のスポット。

 

C&Cのメンバーである角楯カリンは、命令を遂行する為に第三校舎の屋上に足を運んでいた。

指示されたのはただ一つ、セミナーの差押品保管所に進入しようとする不届き者を排除せよという物。

 

命令を受けて真っ先にこの場所に辿り着いた彼女は、いつでも狙撃出来る様コンディションを整えた。

セミナーに直通するエレベーターが不自然に動き出したのは、丁度彼女がいつでも狙撃出来る態勢に映ってからだった。

 

彼女の手にかかれば一撃で決着が付く。

角楯カリンを知っている少女ならば、その言葉が嘘偽りではない事を語るだろう。

 

彼女の狙撃は最早狙撃ではない。

狙撃した対象を建造物諸共に吹き飛ばす、大破壊と言う他にない程の壊滅的打撃を与える一撃。

 

当然出力は調整可能であり、その気になれば対象の頭部のみに弾丸を突き刺す程度で終わらせる事も可能だが、基本的には建造物毎対象を狙撃し、逃げても隠れても無駄である事を分からせて仕事を終わらせる。

 

今回も、変わりない仕事をする手筈だった。

エレベーターの損失は大きいだろうが、セミナー最上階に辿り着かれてからの大破壊狙撃を行うよりかは損害が少ない。

 

故にカリンは上昇を始めたエレベーターに照準を合わせ、自身が出せる最大出力の射撃を行う。

 

その、つもりだった。

 

「すまないが、それ以上の介入は認めていないんだ」

「ッッ!?」

 

瞬間、どこからともなく飛来してきた銃弾の一撃をわき腹に受けてカリンはくの字に吹っ飛ばされた。

完全に意識の外からの攻撃を受けたカリンは、らしくなく床をゴロゴロと転がる。

 

二回、三回と床の硬さを存分に味わった後、バシッッ! と、受け身を取ってもう一度ゴロンと今度は縦に転がり態勢を即座に立て直すと、痛むわき腹を手で押さえたい欲を必死に堪えつつ、着地と同時に身体とライフルを銃撃を受けた方に向け、即座に引き鉄を引く。

 

何かを破壊した音が空中で響いたのと、後頭部に銃撃を受けたのは、どちらも直後の出来事だった。

 

「ぐっっっっ!?」

 

ズドッッッ!! と、重く鈍い音が後頭部で炸裂し、グラリと視界が歪む。

一般生徒ならばこの死角からの一撃を受けた瞬間にあえなく気絶する所だが、尋常ならざる胆力でカリンは持ち堪え、予想だにしない方向から急所を狙撃されて尚、意識を保ち続ける事に成功した。

 

それでもダメージがゼロとはいかない。

死角からの重い一撃は、視界がブレ、身体が揺れ、膝を突いてしばらく休憩に回さないと動くのもままならない程度にカリンの身体を蝕んだ。

 

今ここで無理に動けば、その瞬間意識を持って行かれる。

これまで積み上げてきた数多の経験が、カリンに今置かれている自分自身の状況を冷静に伝え、落ち着くまで身体を休めるべきだと提言する。

 

だが。

 

「う、…………ッッ!!」

 

無茶を承知でカリンは振り向きざまライフルを背後に構えた。

 

意識が飛びそうになるのを必死に堪えながら、首を狙って来た対象の捜索を始める。

パチパチと何度も瞬きを繰り返し、歪む視界を必死に整え、確保し、夜に溶け込んでいるであろう存在を探す為目を凝らし続け……。

夜空を不自然に浮かぶ機械仕掛けの小さい物体を見つけた。

 

「ッッ!!」

 

刹那、乾いた銃声が一つ屋上で響いた。

ゴシャリと、その直後に何かが潰れる音が小さく響く。

 

正体が何であったのか不明のまま終わらせてしまったのは一つの不満だったが、兎にも角にも障害を取り除く事には成功した。

今はそれで充分だと、今度こそを身体を休めつつ、カリンはミレニアムタワーの方を朧気な瞳で見つめる。

標的として定めていたエレベーターは、カリンが応戦している間に既に最上階へと達していた。

 

これではもう、狙撃する事は出来ない。

 

たとえ今身体が動ける程度に回復したとしても、視力が回復したとしても、破壊を伴わない狙撃で的確にゲーム開発部の双子を撃ち抜くのは不可能。

 

カリンが遂行しなければならなかった作戦は、現時刻を以て完全に失敗したと言えた。

 

「うん、どうやらあの二人は無事に上まで行けたようだ」

 

少なからず落ち込む感情を渦巻かせていると、屋上の扉から一人の少女が姿を現しそんな言葉を並べた。

 

誰だ。とは思わなかった。

どちらかと言えば、やはり、と言う感情が大きい。

 

自分を止めに来るなら、彼女が、彼女達が最も適役である。

もう一つ付け加えるとすると、自分の狙撃を妨害出来る程の高性能な機械を作り出せるのは彼女達しかいない。

 

ミレニアムに配備している程度のドローンや迎撃システムならば、空に浮いている時点で看破し事前に撃墜している。

 

それが出来なかったからこそ、不意打ちを二撃も受けてしまったからこそ、逆にカリンは襲撃相手が誰なのか予想がついた。

襲って来たのは、白石ウタハ率いるエンジニア部だと。

 

だが。

 

「……、そのまま機械に私の相手をさせ続けてた方が得策だったんじゃないか? ウタハ」

 

姿を現したのは完全に彼女の愚策であると彼女は指摘した。

 

先の不意打ちは見事と言うべきだった。

継続されれば、相当に消耗していただろう。

 

だが次の一撃が何処からともなく飛来してくる事は現状起きず、起きた事と言えばどういう訳かウタハが何の警戒もせずに姿を現しただけ。

 

そこに何かの意図は確実にあるのだろうが、それ以上に姿を現したことその物が愚かである事の証明を下す様に、ライフルの照準を屋上から出て来たウタハの方に合わせる。

 

その視力にブレは無く、身体に痺れも痙攣も無い。

短時間でカリンは完全にいつもの調子へと回復していた。

 

「驚いた、もう回復してるとはね」

 

カリンの口ぶりからそれはハッタリではないことを悟ったウタハは肩をすくめる。

おかしい。と、その様子がとても往生したようには見えない事にカリンは疑問を覚えた。

 

遮る物がない屋上で自分相手に姿を現す。

角楯カリンを知る者が彼女と相まみえる事態と発展した場合、そんな愚行は誰もしない。

 

一度彼女と戦うと決めた少女は、まず遮蔽物に身を隠しての持久戦を始める。

それでカリンに対して白星を挙げられるかどうかは別として、彼女に狙い定められないよう姿を隠しながら戦うのは対カリン戦において誰もが使う常套手段。

 

それをウタハは使っていない。

それどころか、武器すら構えず堂々と立っているだけ。

 

勘繰るなと言う方が、難しい話だった。

 

「私は君に信頼を置いている。だから君の前に姿を現した」

 

何を。とは聞かなかった。

ただ黙って、カリンは引き鉄を引く指に力を入れる。

 

長引かせるとまずいと、これまでの経験がそう判断させた。

何かをする気満々なのは違い無いのだから、それを阻止する。

 

その為に彼女はウタハの胸元に照準を合わせ、一撃でこの戦いを終わらせようとした所で。

 

「君なら何があってもそうそう死なないだろう。そういう信頼さ」

 

刹那、上空から途轍もない回転翼から響いていると思わしき轟音と、その音に比例するかの如く極大の威圧感がカリン全身を貫いた。

例えようの無い感情の波が、その衝撃が、衝撃がカリンの背中から心身に伝わる。

 

悪寒がカリンの背中を走る。

久しく覚えなかった感覚だった。

刈る側ではなく、刈られる側に立った瞬間に覚える寒気が、カリンを瞬時に包み込む。

 

「なっっ!?」

 

思わず、本当に思わずカリンは上空から放たれる威圧感に負けて標的から目を離した。

上空を、見上げた。

 

空を見上げ、そこに浮いていたある物を見上げ、彼女は言葉を失った。

 

そこにいたのは、ヘリのような物。

見た目は、見た目だけはヘリに見える物。

ロケットエンジンを二基搭載している事を除けば、かろうじてヘリに見える物だった。

 

「先生から授かった科学の力。完全にとまではいかないが自分たちなりにそこそこ取り込めていると自負している。後は実践だ。中々出来る機会が無かったが、おあつらえ向きな状況が生まれているとあらば、これを利用しない手はない」

 

バサバサと髪やら制服やらといったあらゆるものをこれでもかと靡かせながら、しかし何も気にも留めてなさそうにウタハは僅かに顔を綻ばせつつ言葉を並べる。

 

「短距離対装甲車両用ミサイルSRM21と人体を畳んでしまう程の性能を誇る音響兵器の性能は先生譲り、ただ機銃に関しては先生の要望もあって少々デチューンさせて貰ってるよ。数千度の熱を持つ弾丸を雨の様に降らせば流石に問題になってしまう。その代わり装甲は厚くさせて貰った。生半可な攻撃じゃ落とせないようにね」

 

しかしそんな事に耳を傾ける余裕はカリンには無い。

上空を支配している異質なものを観察するのに必死だった。

 

機体の左右のアパッチがグネグネとまるで人体の関節のように柔軟に動き、ビッシリと搭載されたミサイルや機銃の照準が常にこちらに向けられている。

 

ヘリの操縦席に誰かが乗り込んでいる様子は無い。

無人の攻撃ヘリ。

つまり、容赦が掛けられる可能性はない。

 

「予算的にはこれが限界だった。本来は一機作るのに二百五十億は掛かる代物らしい。その廉価版にすら手が届かないのだから笑ってしまう、だからこれは私達のオリジナルでもあるが、しかし間違いなく外の技術の一端なのさ」

 

ハハ……と、カリンはその凄まじさに笑いを零す。

笑わないとやっていられない。

それはウタハが愚痴った想像すら出来ない金額に対するものでは無く、純粋に目の前でこちらを狙う規格外の代物に向けての物。

 

ミレニアムですら実現出来ていない超兵器の姿を見て、カリンは畏怖の感情すら覚えた。

 

遮蔽物がないこの場所にいることを、カリンは酷く後悔する。

そう思ってしまう程に、この無人攻撃ヘリのような何かが恐ろしい。

 

赤外線センサーが常にこちらの動きを把握しているであろうことが感覚で伝わる。

逃げても無駄である事が、ビリビリと感じる。

 

で、あるならば。

 

もう、覚悟を決めるしかない。

ライフルを握る手に、力が入った。

戦う意思が、瞳に宿る。

 

「……性能を十分に発揮する前に落とされるとは思わなかったのか?」

 

強がりか、それとも自信の表れか、はたまたその両方が入っているのか、当の本人であるカリンですら曖昧なまま、ライフルを上空に向け即座に引き鉄を引く。

 

銃声は、回転翼の音に負けて何一つ響く事は無かった。

だがしかし、放たれた弾丸は間違いなく常識外の兵器に向かって一直線にマッハ二の速度で飛んで行く。

 

どれだけ上質な兵器を詰め込んでようが、図体の大きさはひっくり返せない。

ビルを根こそぎ破壊出来る全力の一撃を叩き込めば、まずどんな兵器であろうと撃墜は免れない。

 

そう、信じていた。

そう、疑わなかった。

 

だが。

 

ガギンッッッ!!! と、金属音が高々に響いただけで肝心の無人ヘリは煙一つ、破損一つ見せる事は無かった。

 

「ッッッ!!」

 

その事態に驚きを隠せない。

まず間違いなく落とせると思った一撃がまともに届いていない。

 

呆気なく耐え切られたという事実が、深く深くカリンの心に沈む。

 

渾身の一撃は、グラリと、僅かに機体が横に傾いただけで終わった。

だがそれも瞬時に補助システムによって体勢を即座に立て直され、先の一撃がまるで無かったかのようにカリンを攻撃対象に見定める。

 

「先生曰く、これは『二枚羽』と名付けられるべき物らしい」

 

戦いを始めるかのように、ウタハが最後だとばかりに言葉を紡ぐ。

それは合図だったのか、『二枚羽』とウタハが呼称した無人戦闘ヘリから、多連装ミサイルが一斉にカリン目掛けて発射された。

 

「『外』の科学を取り込んだエンジニア部の新作。その実験に付き合って貰うよ。角楯カリン」

 

学園都市の科学と、学園都市キヴォトスの神秘。

 

本来交わる事が無かった二つの『異質』

その力を振るう本人達でさえその危険性に気付かぬまま、両者は衝突を始める。

 

理を超えた何かへと進み始めるかのように始まった科学と神秘の交差点その第一幕は、カリンがいた場所から轟いた轟音と、同時に発生した逃げ場のない大爆発から始まろうとしていた。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「角楯カリンとエンジニア部がミレニアム第三校舎屋上にて戦闘を始めたよ」

「一ノ瀬アスナと才羽ミドリ、モモイ両名が予定通りミレニアムタワー最上階で交戦を開始してる」

 

ハッキングしたカメラの映像を確認し続けているハレ、マキの二人から現状報告が届く。

届いた内容は、順調に作戦通りの展開だった。

 

ここまでは先生と共に組んだプラン通りに事が進んでいる。

だがここからはイレギュラーな事態に突入する。それはもう避けられない事態となって目の前まで迫ろうとしていた。

 

何故ならば、バックアップに回っていなければならない先生の姿が無い。

彼の所在が掴めないまま、作戦は動き出し始めていた。

 

ここまでは先生の力は必要無い。

だがこの先、先生の力がどうしても必要になる場面が生まれて来る可能性が高い。

 

「コタマ、どう?」

 

先生の痕跡を追っているであろうコタマに状況を聞き出す。

だが話を振られたコタマは、いいえと首を横に振り、芳しくない事を報告した。

 

「今どこにいるのか、その動向は全く掴めていません……。盗聴器も破棄されてしまったのか反応無し……。監視カメラも小さなゲームセンターにネルさんとアリスを連れて入った映像を最後に途切れてます……」

 

そう。と、チヒロは自分の力でもこれが精一杯だと報告するコタマに労いの言葉を掛けた後、先生に関する情報だけは何も更新が無い事に一抹の不安を覚える。

 

先生が美甘ネルと遭遇し、作戦開始を早める連絡を送った。

監視カメラに映っていた映像からは彼女と先生は敵対しているようには見えず、天童アリスを連れてゲームセンターに入った事を考えると、少なくともあの時までは彼女とは友好的な関係だったに違いない。

 

その最中に送られてきた先生からのメッセージ。作戦開始を三十分後に始めると簡素な文章で送られてきたそれは、言い換えると『美甘ネルを足止め出来る今の内に作戦を開始する』という事となる。

 

そして、それが先生との最後のやり取りだった。

以降、チヒロ達ヴェリタスが何度先生と連絡を取ろうとしてもそのメッセージに既読が付かない。

 

何かがあったのだろうと推測するのが普通だった。

例えば、美甘ネルと敵対し、交戦している真っ最中。

例えば、美甘ネルに昏倒させられた。

例えば、そもそもゲームに熱中していて気付かない。

 

一番最後のは流石に無いとしても、残り二つは充分にあり得る。

二対一でネルを抑え込んでいる可能性はそれなりに高いだろう。

 

アスナ、カリンのどちらにもネルが加勢しに来ていない事もその考えを後押しする。

それでも不安は完全に拭いきれない。

 

「でもやっぱりおかしいです。私達は街中の監視カメラまでハッキングしていません。なのに先生がいる一帯のカメラが根こそぎ映像を映さないなんて……」

 

その筆頭がコタマが言った通り、監視カメラの一斉故障だった。

ヴェリタスはミレニアムタワーのエレベーターと最上階のシステムにしか手を加えていない。

 

なのにどういう訳か先生がいた付近のカメラがほぼハッキングを始めたのと同じ時刻にダウンしている。

ハッキングが予想外の部分で悪影響を及ぼした可能性は当然ある。むしろその可能性の方が高いだろう。

 

しかしチヒロには、それが本当に自分達が起こした問題なのかが納得出来ないでいた。

この事についてさらに思考を重ねたくなるが、それは平常時の話だとチヒロは無理やりに己の思考を切り替える。

 

今は作戦中、一刻一秒の判断ミスによって全てが終わってしまうかもしれない時間。

余計な思考は捨てなければならない。それがたとえ先生に関する事であっても。

 

先生はトラブルによって指定された時間に指定された場所へ来る事はない。

そう割り切った彼女は、ならば次善策とばかりにハレに指示を飛ばす。

 

「ヒビキに緊急連絡。ミドリ、モモイのバックアップとサポートに回して。アスナはあの二人より遥かに強い。いつ何が起きても良いように常に最上階の動きを警戒させて──」

 

「なるほど、私の読みは間違っていませんでしたか」

 

部外者の声が届いたのは、指示を言い終えようとした直前だった。

突然の来訪者に全員の動きが一瞬止まり、いち早くチヒロは声がした入り口の方へ視線を向ける。

 

そこには、メイド服に身を包む、現在誰とも交戦していない最後の一人の姿があった。

 

室笠アカネ。

ヴェリタスが今最も相手にしたくないC&Cのメンバー。

 

彼女の戦術は、爆発を基本戦術に組み込んでいる彼女を相手にするのは、この場においてはいささか相性が悪すぎる。

 

「ッ!!」

 

誰がやって来たのかを目で、耳で確認し終えたチヒロの行動は早かった。

予めデスクにテープで張り付ける形で用意していた手榴弾を即座に引き剥がし、アカネが何か行動を起こす前に彼女目掛けて投擲する。

 

全力で投擲された手榴弾は、その目論見通りアカネが妨害行動を起こす前にその効果を発揮した。

 

閃光が迸り、爆風が周囲に広がる。

ただし、その爆風は真っ黒の灰となってアカネの周囲一帯のみを覆っていた。

 

上部と下部で極端な温度差を生じさせるように製造された手榴弾は、爆風の勢いで周囲の物を吹き飛ばし対象を無力化するのではなく、着弾した部分を中心に上昇気流を発生させ、軽度の竜巻状に爆風を展開、対象の動きを強引に封じる事を目的とした物。

 

先生とエンジニア部の合作手榴弾『アーテル』

 

周囲の破壊を防ぎつつ、対象を僅かな間無力化させるこの兵器は、精密機械溢れるヴェリタスの部室に損害を与える事無く、アカネを数秒の間だけ閉じ込める事に成功する。

 

「作業中断! 全員外へッッ!!」

 

着弾した直後、チヒロは全員に命令を飛ばす。

叫びにも似た彼女の命令は即座に受理され、ハレ、コタマ、マキの三人が立て続けに彼女の真横を全力で走り抜けた。

 

がむしゃらに銃を乱射して妨害される恐れはあったが、その選択はさすがにアカネはしないだろうとチヒロは読んだ。

 

何せ彼女は大声でこの部屋から出る事を命令している。

ヴェリタスが有するハッキング施設を半ば放棄した事を高らかに宣言している。

それはアカネにとっても願ったりな展開に違いないのだから、

 

ヴェリタスのメンバーが部室を放棄した時点で、アカネの目的の半分以上は達成出来てしまっている。

彼女が乗り込んで来た目的は確実にハック行為の妨害。

仮に音を頼りに銃を乱射し適当な物を破壊してしまった場合、余計面倒な事態に発展する危険性を考えれば、あの場は静観するのが彼女にとって最も得策。

 

彼女の目的はヴェリタスの制圧。

及びミレニアムタワー最上階のセキュリティロックの解除。

 

その為には、部室の設備は生かしておかなければならない。

手当たり次第に破壊するのは、彼女にとって最大の悪手。

 

勿論確実にこの思考が当てはまるとはチヒロ自身思っていないが、ヴェリタスのメンバー全員が部室から退避する所までは彼女と利害が一致している筈だと彼女は躊躇なくその作戦を実行した。

 

「う~ん。あまりにも状況に対する適応が早すぎですね。まさかこれは予見されていた。という事なのでしょうか」

 

全員の退避が終わった瞬間、それをまるで待っていたかのようにパンパンとメイド服にこびり付いた煤を払いながらアカネが姿を現す。

 

ガチャッッ!! と、チヒロ、ハレ、コタマ、マキが一斉に彼女目掛けて武器を構える。

その行動が、彼女の言葉に対する返答だった。

 

遅かれ早かれ彼女はやってくると先生は睨んだ。

少々想定より早すぎたが、来てしまった物は受け入れるしかない。

 

元々、彼女の相手はヴェリタスが引き受ける予定だった。

それが多少、早まったに過ぎない。

その程度の誤差に過ぎない。

 

アカネの言葉通り、今の状況は規定事項だ。

ここで彼女を食い止める。

これによりC&Cメンバー全員の動きが止まる。

ミレニアムタワー最上階にある差押品保管所を進むための道が、これで繋がる。

 

先生から言い渡された指示をチヒロは改めて思い出す。

 

『一秒でも長く室笠を押し留めろ。それがヴェリタスがやるメインの仕事だ』

 

うん、分かってるよ。と、チヒロは誰も聞き取れない声で呟き、アカネに鋭い視線を投げる。

 

アサルトライフル。

小型浮遊ドローン

拳銃。

機関銃。

 

普通ならその場で逃げ出したくなるような状況をヴェリタスはアカネに突きつける。

 

だが。

 

「四対一ですか、その程度の戦力差で私に勝とうと思っているのですね」

 

多種多様な四つの武器から照準を向けられるアカネは、表情から笑みを崩す事無く、余裕を浮かべたまま挑発に等しい言動を放つ。

 

そこにウソもハッタリも見受けられない。

正真正銘、本心としてアカネはヴェリタスに事実を叩き付ける。

 

「一分、長くて二分と言った所でしょうか」

 

彼女の放った言葉に、ヴェリタス全員の緊張が走る。

武器を握る手に力が入る。

ジリ……と、いつでも動き出せるように身体の軸が動く。

 

いつ戦闘が始まっても良い様に全員が身構える中、ただ一人緊張も無く静かに静かに微笑むメイド服に身を包む少女は、眼鏡の奥に見える瞳をゆっくりと閉じながら。

 

C&C(クリーニング&クリアリング)コールサイン・ゼロスリー、室笠アカネ」

 

静かにそう宣告し、両の瞳に光を再び灯す。

 

「優雅に、排除いたします」

 

開戦の合図となる、彼女らしい言葉と共に。

 

 

 

 







学園都市の兵器、エンジニア部の手により遂にキヴォトスに爆誕。
とはいえ性能は控え目。加えて摩擦弾頭は恐らく普通に生徒が死んじゃうので一方通行は製造は許可しても使用は許可しませんでした。

キヴォトスの夏の暑さがどのぐらいかは不明ですが、本編の先生が耐えられていることからまあ日本の夏とそう変わらないでしょう。その夏の暑さに負けてしまう生徒が二千五百度の弾丸なんて耐えられる筈ない。
多分死にます。しかも割とムゴイ感じで。

え? でも爆弾は耐えてるじゃないかって? それはそれ。それはそれです!

アスナ、ネルに続いてカリン、アカネも戦闘へ突入。
これで鏡奪還作戦における全対戦カードが揃ってしまった訳ですが、戦闘に介入していない生徒もいるような気も……?

次回は四組の中の戦闘シーンです。

ネルVSアリス
アスナVSモモイ、ミドリ
カリンVSウタハ、ヒビキ(カリン視点で進行した為描写してませんが二枚羽は彼女の操作で飛ばしてます)
アカネVSチヒロ、ハレ、コタマ、マキ

わ。書きたい話が一杯になってきちゃった……・
……所で一方さんここ二週間ぐらい出番ないね?




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拮抗と圧倒

 

 

人の気配が完全に消え、数多あるビルの全てから電気が消え、街を照らしているのはポツポツと点在する街灯のみという、本来ある筈の活気が嘘のように静けさを放ち続けているミレニアムタワーから離れた場所にある大通り。

 

現在この街道で音と言えるものはただ一つ、ネルの一撃によって真正面に吹っ飛んだアリスがビルの窓ガラスを破壊した際に生じた、侵入者の存在を知らしめる警報のみだった。

 

耳障りにしかならない音を背景に、ネルは先程アリスを叩き込んだビルの方へ、正確にはアリスの方へ警戒心を向ける。

ネルの一撃をモロに受けて吹っ飛んだアリスはしかし、異常なまでの耐久力が成せる技なのか、一般生徒ならば既に気絶してもおかしくないダメージを受けた筈なのにピンピンとしており、まだまだ全然動ける事を言葉に出さずアピールしていた。

 

その状況にネルはアリスへの警戒度を否応なく上げる。上げざるを得ない。

先の出来事は初めて目撃した現象だった。

側頭部に膝蹴りを直撃させて起き上がった少女はネルが戦って来た限りでは今まで誰もいなかった。

なのにアリスはよろけた様子すら見せていない。

おまけに彼女は圧倒的戦闘のペースを握られて尚まだまだ戦意を失っておらず、やる気満々な表情を露わにしている。

 

以上の事を総合し、舐めてかかると火傷しそうだと早急に判断したネルは、その意思を強く固める為自身の獲物である専用銃、ツイン・ドラゴンを強く握りしめた。

 

それはアリスを真面目に敵対存在だと認識した証明。

 

彼女を認めた証。

だった筈、なのだが。

 

「ほたぁあああああああっっ!!」

 

どこか力の抜ける声が、けれどアリスなりに気合を入れているのがそこはかとなく感じれるような何かを発しながら、アリスはネル目掛けて真っ直ぐに走り出し始めた。

 

テコテコと見ていて力が入るどころか、和やかな気持ちになってしまうような走り方でネル目掛けて突進する姿はあれ、ちょっと相手の評価ミスったんじゃねとネルに思わせるには十分だった。

 

彼女の行動自体は理解出来る。

アリスの武器であるレールガンは先程の攻撃で手放してしまっている以上、今の彼女に出来る行動と言えば接近戦がてらレールガンを回収する以外にない。

 

理屈としては納得できる。

それしかないのも理解できる。

 

とは言え、

とは言えだった。

 

(なんだありゃ!? 速度も出てねえし姿勢も変。おまけに拳の握り方も構えもてんでなっちゃいねえっ! 走る事もケンカもまともにした事無えのかッ!?)

 

右手を大きく振り上げ、左手を腰辺りでやや前に突き出しながら走って来る姿を見て逆にネルは困惑する。

 

あれでは右手で殴ろうと思っても大振りになり過ぎる。

自分から当たろうと思わなければ当たらないだろう。

 

左手の方は右手よりかは幾分かマシに見えるが、既に前に突き出している関係上、ろくに力なんて入ってる筈も無く、当たっても大して痛くない事が容易に想像できる。

 

今まで喧嘩どころかパンチの一つも打った事がないような構えと走りを見せるアリスを見て、逆にどう対応するのが正解なのかネルは困惑した。

 

ドパパパパッッ! と、一旦とりあえずこれで良いか的なノリで二丁拳銃を乱射する。

だがアリスは持ち前の耐久力に物を言わせるかのように気にせず突進を続ける。

 

ここに来て漸くネルは選択を迫られている事に気付いた。

顔つきが再び元に戻る。

 

迎撃するか、回避するか。

 

アリスの目的はまず間違いなくネルの背後に落ちているレールガン。

彼女がネル目掛けて突進しているのはその直線状にいるからに過ぎない。

 

わざと横に移動しながら射撃を続ければ何のリスクもなくダメージを与え続けられる。

いくらタフとは言え何十発も延々と弾丸を浴びれば流石のアリスも消耗し、今後の戦闘において有利な状況を作り出せるのは間違いない。

 

だがここでアリスを拾わさせない様に迎撃し、落ちたレールガンを拾わせず、戦力を与えぬままレールガンが落ちている事そのものを戦局に組み込み、終始優勢に立ち回れる状況を作り出すのも悪く無い。

 

前者か、後者か。

どちらが良いか一瞬ネルは考え、

 

迎撃する事を選んだ。

 

ネルは射撃を取り止め、直後地面を強く蹴って前方に飛び出すと、徐々に距離を詰めて来るアリスの正面に躍り出し、自らその距離をゼロにした。

 

「えっっっ!?」

 

ネルの行動はアリスにとって予想外だったのか、二人が激突寸前の大事な一場面でアリスの顔に表情に驚きと焦りが混ざる。

 

彼女は奇策に対して滅法弱い事をアリスの声から察したネルは、けれどその弱さは致命的であると教える様にもう一度アリスの側頭部に膝蹴りを叩き込もうと右足を振り抜く。

 

ネルの不意打ちに対してまるで反応出来ていないアリスは特に何か行動が出来る筈もない。

ただ反射的に、やや突き出していた左手をさらに前に突き出す事しか出来なかった。

 

当然、反撃と言って良いかすら分からない、仕草と表現した方が適切かと思えるような物でネルの行動を阻害出来る筈もない。

結果、今一度大きな物音を立ててアリスはネルに強く吹き飛ばされる事となる。

 

筈、だった。

 

結論から言えば、ネルはアリスを心のどこかでまだみくびっていた。

慢心していた。

それが仇を生み出す。

 

アリスの突き出していた左腕が、ネルの腹部に突き刺さるという形で。

 

「がふッッッ!?」

 

ドグッッ!! という痛々しさをこれでもかと覚えるような鈍い音が響いた。

その直後、ネルの身体はウソのように遥か後方へと吹き飛ばされる。

 

数メートル程真正面に吹き飛ばされたネルは、そのまま五回程地面を転がった後、数秒間立ち上がる事が出来ず、その場でうずくまり始めた。

 

「ゲホ……ガハッッ……!」

 

激痛を訴える腹部を右手で抑えながら、何が起きたのだとネルは状況の整理を始める。

 

だが難しい事は何一つ起きていない。

起きた現象はただ一つ。

ネルはアリスによって吹き飛ばされた。

 

ただそれだけ

だが、その衝撃は彼女の当初の予想を大きく裏切っていた。

 

突き刺さった拳は、全く力の入っていなかった細腕から繰り出された条件反射的一撃は、

百キロ近い重量を持つ細い柱が、腹部へ突き刺さったかのような衝撃をネルに与えた。

 

「あ、あれ……?」

 

吹き飛ばした当の本人であるアリスは、今の状況を飲み込めていない。

彼女の声と表情が、それを如実に物語っている。

 

クソッ。と、ネルはアリスの顔を見て小さく吐き捨てながらどうにか身体を起こす。

 

考えてみれば当然の事であった。

ネルには知る由もないが、アリスが武器として所持しているレールガンは途轍もなく重い。

持つだけでも人を選ぶその武器を、あろうことか彼女はいとも呆気なく持ち上げている。

 

長ければ長いだけ同じ重さでもかかる重量は段違いな筈なのに、アリスは先程自由自在に振り回して見せた。それはひとえに彼女の腕力が想像も及ばない程に発達している事を意味している。

 

あの細腕にどこにそんな力があるのか。

あり得ないだろと思わず叫びたくなるのをグっとネルは堪えた。

 

同時に認めなければならない。

彼女の、天童アリスの恐ろしさを。

 

戦闘能力は遥かにネルの方が上。

勝負勘、機動力、刹那の駆け引き。どれもアリスはネルの足元にも及ばない。

 

ただ、

ただ。

 

攻撃力と防御力だけは、アリスはネルの遥か上の地点にいた。

戦闘において最も勝利に直結しやすい二つの要素が遥かに劣っているその事実を、認めなくてはならない。

 

認めた上でネルは。

 

「……面白くなってきたじゃねえか」

 

絶望するでも嘆くでもなく、口角を吊り上げ笑った。

動けるだけの体力が十分戻っている事を身体の調子から感じたネルは、再び銃を握り締め走る。

心底、心底楽しそうに。

 

「戦いは、こうでなくっちゃなあああッッ!!」

 

一方的な戦いじゃあつまらない。

ある程度拮抗していなければ面白くない。

そう、言外に含めて彼女は駆け出す。

二人の戦いは、佳境へともつれ込んで行く。

 

彼女の熱に、呼応するかのように。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムタワー最上階にあるエレベータールーム。

 

普段は静かでしかないこの場所は今、複数の銃撃が飛び交う文字通りの戦場と化していた。

戦場を最も彩るのは、緑の服に身を包む少女と赤の服に身を包む少女の二人。

 

彼女達が息を合わせて縦横無尽に動き回り、発砲音が木霊する。

二人の連携は単純。

 

姉のモモイが避けさせる目的でやみくもに弾丸をばらまき、アスナがどう動くかをモモイの銃弾から予め予測を立てた妹のミドリが、得意の精密射撃をアスナが逃げた先に狙い撃つ。

 

戦略としては単純ながらもお互いの息が合っていなければ失敗するそれを、二人は非常に高いレベルで、実戦に持ち込めるレベルで完成させていた。

 

「どりゃああああああああっっ!!」

 

足を止めたモモイがアスナ目掛けて広範囲に弾をばらまく。

当たって足が止まれば御の字だとばかり放たれた無数の弾丸は、しかし絶えず動き回っているアスナの身体を捉え切る事は出来なかった。

 

走った後の痕跡を辿る様に、一瞬前に居た場所目掛けて無数の銃弾が飛来する。

当然、その場所にアスナは既にいない。放たれた弾丸は無情にも通り過ぎるだけ。

 

だが、銃弾が迫って来ている以上アスナは速度を上げて走らざるを得ない。

そして速度が乗った身体は、急な動きに対応する事は出来ない。

 

その瞬間が、彼女達二人の勝機だった。

 

「そこっっっ!!」

 

速度が乗り、簡単に止まれなくなるこの瞬間を待っていたかのように、ミドリが射撃を開始する。

 

モモイが行ったようなばら撒く射撃では無く、狙い撃って確実に当てる射撃。

アスナの速度を計算し、走行ルートを把握し、この位置、この場所ならば間違いなく当てられるだろうと確定したうえで、その確定を取り零さない様ミドリが得意としている近距離戦における超精密射撃でアスナを撃つ。

 

確実に当てるという意思を体現するかのように銃声が力強く五回響く。

 

撃ったのはアスナの真後ろから。

ミドリとアスナの距離は十メートル程度。身体は咄嗟に反応出来ても弾丸の速度に追いつけない距離。

足の速度からして急な方向展開はもう不可能。出来たとしてもその前に銃弾が届く。

 

そんな状態を、どう足掻いても当たる状況を、ミドリとモモイは連携して作り出した。

 

しかしそれでもアスナがいる高みには到達していなかった。

 

アスナは姉の射撃から、自分がどの位置にいれば妹がどう撃って来るのかを逆に予測する。

後は勘と経験に任せて身体を動かす。

やる事は、ただそれだけ。

 

結構やるね。と、二人の頑張りに一定の評価を下した後。

ズザーーッッ!! と、アスナはスライディングの要領で身体を後ろに倒し前へ滑り始めた。

 

直後、アスナの頭上を五発の弾丸が通り過ぎる。

当たる筈だった弾丸が最上階のガラス窓に突き破り綺麗な弾丸痕を残す。

遮蔽物の無い戦場において銃撃を避けるのはまず不可能。

それを彼女は持ち前のセンスと勘で被弾をゼロに食い止めた。

 

だがしかし彼女は避けるだけでは終わらない。

滑る姿勢を崩さず頭を真上に向けたまま、アスナは両腕と銃口のみを真後ろに向け。

自前のアサルトライフルである『サプライズパーティー』をミドリ目掛けて射撃を開始した。

 

「ッッ!? あ、ああぁあああッッ!!」

 

床を滑る際に生じる摩擦熱が露出したアスナの太ももを直に焼く中ミドリの悲鳴が響く。

どうやらそこそこの命中精度だったことを彼女の声で判断したアスナは、右手で床を強く叩きつつその反動で身体を起こすと、クルリと身体を反転させ、ミドリに追撃を加えようと再び銃を構え……、

 

モモイが引き鉄を引いている瞬間を横目で目撃した。

 

「っ! やばっっ!」

 

開口一番、躊躇なくアスナはミドリへの追撃を中止し右方向へ円を描くように走り出す。

直後、アスナがいた場所に銃弾の雨が降り注いだ。

 

「あはははははっ! 良い! 中々良い動きするじゃん! 姉妹愛って奴? 予想外だよこれ!」

 

モモイの援護射撃を華麗にいなしながらアスナは笑う。

今の彼女の援護はまるで、ミドリが反撃を貰うと初めから想定していなければ出来ない。

 

しかし現にモモイはそれをやってのけた。

ミドリの危機を間一髪で救った。

そしてアスナが追撃を止め、走り出した時間を使ってミドリは既に体制を立て直し終わっている。

 

状況は再び振り出しに戻った。

モモイからの追撃を避け、ミドリが再び狙い撃つのを予測して回避しなければならない状況に。

 

厄介。二人の織りなす完璧な連携を見てアスナは素直に評する。

 

その場その場の状況で相方がどう動き、その動きに合わせてどう動けば相方にとって都合が良いのか、それら全てを目配せ無し、合図無しで完璧に逐一合わせられる類を見ない能力。

 

研鑽ではどう足掻いても到達出来ない領域。

それをモモイ、ミドリの両名は互いに同じ高みの次元に到達し遂行している。

 

こう動けば姉は、妹は必ずこう動いてくれるだろう。

その前提の基、双子は二人一組での戦いを継続し続ける。

 

水で固められていない砂の城よりも遥かに崩れやすい前提を、互いの理解と信頼によって強引に長時間成り立たせ、力の差を無理やりに埋めている文字通りの力業は、相手している側からすれば理不尽に近い物を覚えるだろう。

 

彼女達にとっての不幸は、その例外は少なからずいるという事と。

数少ない例外の内の一人が、一ノ瀬アスナであるということだった。

 

「でもその連携ってさあっ!」

 

二人に語り掛けながら、アスナは距離を詰める。

標的は、才羽姉妹の姉、才羽モモイ。

 

直後、標的から一時的に外されたミドリが援護に回る。

アスナを邪魔せんと放たれた五発の弾丸。

発砲音から方角を大まかに推定したアスナは、その弾丸に対して……。

 

一切の避ける事をしなかった。

 

「援護射撃で私をどうにか出来るが前提だよねこれ」

 

ゴガガガッッ!! と、こめかみや首元と言った急所に弾丸が着弾する。

ミドリの射撃能力の高さ故に可能な必殺の直撃を受けて尚、アスナは笑みを浮かべたまま……。

 

ぬるりと滑る様にモモイの眼前へと迫った。

 

「「ッッ!!」」

 

妹からの一撃で止まらなかった事。

目の前に一ノ瀬アスナがいる事。

 

姉への接近を許してしまった事。

急所への直撃を受けたのに怯みもしなかった事。

 

モモイ、ミドリ。それぞれがそれぞれ別の理由で表情を焦りと恐怖に変える。

 

しかしその動きは、戦闘においては遥かに余計な代物でしかなかった。

今この場で常に冷静に動き続けなくてはならない二人が、決して陥ってはいけない感情だった。

 

一ノ瀬アスナという格上を前にして一瞬ながら身を硬直させてしまった。

常に冷静に状況を把握し互いに連携を取り続けなければならない二人にとってそれは致命的な結果をもたらす。

 

アスナはそれを二人に教えるかのように、銃口をモモイの胸元にゼロ距離でくっつけ。ミドリがもう一度彼女を助ける為に撃ち始めるより早く。

 

「隙が出来ちゃったねお姉ちゃん」

 

一方的かつ逃げ場のない射撃を始めた。

 

 

 

 










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遭遇(エンカウント)

 

 

「二枚羽を足止めに使いてェ? 相手は角楯だろォし別に良いが、利用するにあたって二つの条件を呑ンで貰う」

 

「構わないよ、元々これは先生側の技術だ、異論は無い」

 

「まず一つ目は摩擦弾頭や音響兵器は使うな。どちらも人体が耐えられる代物じゃねェ。摩擦弾頭については特にだ。弾丸が当たったら死ぬ認識を持ってねェお前等は弾丸を避け切れない状況に陥った場合、必ず弾丸を身体で受けて耐える選択肢を取る。普通なら間違ってねェンだろォが、今回ばかりは例外だ。あれは過ぎた力にも程がある。武装から取り外せ」

 

「了解した、キヴォトスに広く普及している機銃に換装しておくし音響兵器は搭載こそしているが使わない事を約束しよう。これで一つ目の条件はクリアだ。二つ目の条件は?」

 

「二枚羽がまかり間違っても角楯を殺さねェ様に状況を常にお前が肉眼で把握し続けろ。で、ヤバくなったら停止させる。これが二つ目の条件だ」

 

「先生の要望を呑んだ二枚羽の機能では彼女を殺害する程の出力は発揮しないと思うんだけど、それでもかい?」

 

「それでもだ。元々は足止めじゃなくモモイとミドリを最上階に到達するまで角楯の狙撃を妨害するのがエンジニア部の仕事だ。万が一最上階を狙撃されないよう足止めしたいという心は理解するしそこに私欲をぶつけるのは結構だが、このラインだけは譲れねェ」

 

「……もし私が彼女の手によって気絶させられたら?」

 

「お前の意識が消えたら動かなくなるようプログラムしとけ」

 

「い、いや急にそんなことを言われても流石の一時間やそこらで出来るような代物じゃ……」

 

「出来ねェなら出撃許可を俺は出さねェ。簡単な話だな」

 

「くっっ! 分かった! 良いさ! 仕込んであげるよ自爆プログラム!」

「いや自爆させろとまでは言ってねェ」

「その上で先生に一つ言いたい事がある」

「聞いちゃいねェぞコイツ」

 

「彼女に限らずだが、先生はキヴォトスの生徒に対して甘すぎるきらいがある。敵対している生徒に対してもその精神を持っていてはいつか大惨事を招くかもしれないよ?」

 

「今回はたまたま敵対しただけだ。状況次第で知り合いが敵に回るのはよくある話だろォが。話が終わったなら俺は行くぞ、アリスのお守りをしなくちゃならねェ」

 

その言葉を最後に、彼はゆっくりとした足取りでアリスと共にミレニアムの街中へと消えた。

待ってくれと引き留めたが、彼は一度もウタハの方へ振り向きはしなかった。

 

話はこれで終わり。

彼の態度がそう語っており、作戦会議終了後に行った二人のやり取りはこれが最後である。

 

「敵であっても命を最優先に考える。思わず笑ってしまう程に優しい事を言う先生は確かに先生らしいと言えるが、応える側はそのハードルの高さに辟易する事もあるのを是非あの人には知って欲しいね」

 

ミレニアム第三校舎の屋上で戦闘風景を眺めながら、ウタハは小さく微笑んでいるいつもの表情を崩さぬまま、しかし間違いなく先生に対しての愚痴を零す。

 

彼の要望には出来る限り応えるつもりでいるし、応えて来た。

それが彼にとって満足のいく結果だったかどうかはさておいて、それなりに尽くしてきた自覚はある。

それが彼にとって満足のいく結果だったかどうかはさておいて。

 

なので今回の一件は幼気に彼の力となり続けた一種の褒美のようなものであり、この機会を存分に活かせる状況であるのも追い風だった。

 

二枚羽。

先生がいた外の技術がもたらしたオーバーテクノロジーの劣化の劣化。

 

しかしその劣化であってもミレニアムの技術では到底追いつけない次元の兵器。

十年は恐らく先の未来にある兵器。

 

これをさらに戦闘機能を落とす条件が付くものの自在に行使出来るというのは魅力的。

この武装でどこまで戦えるか、どこまで角楯カリンに喰いつけるか。

 

それを知る絶好の機会だった。

だったのだが。

 

「それに……」

 

白石ウタハは先生への愚痴を一人呟く最中、言葉を切ってカリンの方へ視線を移す。

表情は先と変わらず小さく微笑んでいるいつもの表情だが、その声にはしっかりとした意味が宿っていた。

 

「あれを見て徹底的に手加減する必要があったかどうか疑問に思ってしまうな。少なくとも私は」

 

あいつちょっと強すぎだと思わない? という確認を先生に向ける。

勿論先生はここにいないのでそれは何処まで行ってもウタハの独り言。

 

けれどそれでも言わざるを得なかった。

何故ならば、二枚羽と角楯カリンの戦闘は現在。

 

どこをどう見ても角楯カリンが優勢である事が明らかであったから。

 

「ふふ……! 最初はトンでも兵器がやって来たと思ったが、やろうと思えば案外どうにか出来るもんだな」

 

機銃から弾丸の嵐が降り注いでくるのを屋上を所狭しと走り回り、狙いを定めるのも困難な中、無理やりに一瞬の余裕を作って自前のライフルを二枚羽に向けてカリンは射撃を放つ。

 

ゴパッッ!! と言う重い音と共に放たれた弾丸は二枚羽の回転翼に勢い良く命中する。

 

ビルをも破壊するカリンの一撃。

本来ならば命中した即座に回転翼はひしゃげて折れ、飛べなくなりそのまま撃墜するであろう一撃はしかし、キヴォトスの生徒の銃撃に耐えうる様に設計された二枚羽の耐久力によって大きく空を揺れるだけで終わる。

 

「今回も外れだったか。じゃあ次に期待しよう」

 

その事実に対してカリンは一切めげることなく再び逃げ行動を取り始める。

次の狙撃が可能な時間を作り上げるまで。

 

一番最初に受けたミサイル爆撃で相応に消耗した筈なのに、何でもなさそうに彼女は動き回り続けてる。

 

彼女の目的は明白。

回転翼を何度も狙い、飛行できなくなるまで弾丸を叩き込む。

一発では落ちなかった。

二発目は違う翼に命中した。

三発目、四発目、五発目は外してしまった。

 

では六発目は? 

十発目は? 

そこまで撃つ事が出来たなら、一回当てた翼にもう一度当てられている可能性は非常にだろう。

その時なら撃墜できるかもしれない。出来なかったら三回目を狙えば良い。

 

いくら頑丈だからと言ってもその耐久は無限ではない。

いくら音速で動けるからと言って、それがいつまでも出来る訳ではない。

与えたダメージは必ず蓄積されている。

動けば動くだけ燃料は消費されていく。

 

いつかどこかで限界が訪れる。

努力は、必ず成果として現れる。

 

ゴールが分かっているのなら、ただそこにむかってひたすら進む。

直進。直進。何があっても一直線に直進。

 

単純明快だが、同時に達成不可能な作戦。

普通なら思い付くことすら難しく、ましてや実行しようと思う者はいない。

 

だが、戦況はそんなふざけた真似をし続けるカリンに向いている。

常軌を逸した思考回路と、それを実行し続ける実力。

 

「これは撃墜されるな……」

 

戦局を間近で観察することを先生から命じられたウタハがポツリと受け入れたくない事実を口にする。

今すぐにどうこうではないかもしれないが、このままだと確実にカリンは二枚羽を撃墜する。

 

少しでもこちらの勝率を高める為、カリンの妨害を目的として戦闘に参加しても良いかもしれないが、彼女の攻撃を受けたら即座に気絶する自信がある以上下手に戦いに介入すべきではない。

 

参ったね。と、ウタハは結局負けるまでの間、ここで二枚羽が撃墜されるのを見守り続けるのが一番の最善手であることに首を軽く横に振る。

 

廉価の廉価品とはいえ、先生の出した金で作り上げた物とはいえ、二枚羽は中々に金額のかかった兵器。

それをこんな形で失うのはあまりに勿体なさすぎる。

 

それも本来出し得るスペックの数割程度の力しか出していないという敗因でだ。

 

「音響兵器も……使ったら怒られるんだろうね」

 

音響兵器で相手のあらゆる機能を完全に封殺し、摩擦弾頭で追い打ちをかけ対象を徹底的に破壊するのが本来の二枚羽における運用方法。

仮に逃げる事が出来ても今度は何十もの追尾ミサイルによる追撃が待っており、それすら凌いだとしても二枚羽の由来である自在に動く関節部分が銃口を巧みに操作し、死角に潜り込む退避すら封じる。

 

二枚羽自体も補助として取り付けられたロケットエンジンにより、音速を超えた速度で飛行が可能と何もかもがぶっ飛んでいるスペックを有しており、一度捕捉されたが最後、その破壊的兵器の前に屈するしか残された選択肢は無い。

 

鎮圧。と言う一言では済まない被害をあっという間に叩き出す事を想定された兵器。

これを無人でやっているのだから恐ろしい。

それが二枚羽。

これが外の技術。

 

ウタハの知る限りでは、この二枚羽に対抗できる生徒は非常に限られていると言えた。

ただし、それは二枚羽が本来のスペックを発揮出来ていたらの話。

 

今回はあまりにも状況が違う。

摩擦弾頭はただの機銃へと変えている。

音響兵器も使用を封じられている。

ミサイルも学園へのダメージを考えるとこれ以上の使用は憚られる。

 

結局、二枚羽に与えられた戦闘能力は機銃による掃射のみ。

これではキヴォトス製のヘリコプターと大して性能は変わらない。

 

音速で動き回れる利点こそあるが、それだって燃料ありきの行動。いつまでも使い続ける事は出来ない。

 

ウタハにとっては非常に無念な事に、現状の二枚羽はキヴォトス製のヘリより頑丈で非常に目まぐるしく動き狙いを絞りにくい強みこそあるものの、戦闘能力的には大差のない至って普通のヘリと同じだった。

 

とは言えこの事態をどうにか出来る最強の切り札なんて夢のようなアイテムをウタハが握っている訳もなく、泣く泣く戦闘データを収集しながら、ウタハはいつか撃墜されるであろう瞬間まで二枚羽の雄姿をその目に焼き付けんと上空を見上げていると。

 

「……うん?」

 

二枚羽のさらに上空を飛ぶ一機のドローン。

そしてそのドローンに接続されている赤髪の少女の姿を発見した。

 

「やれやれ、やっと真打登場だね。君が空から直接『差押品保管所』に行くためにここまでお膳立てをしてるんだ。是非とも仕事を完遂させて欲しい所だよ」

 

カリンは戦闘に気を取られているのかその存在に気付く様子は無い。

尤も、気付かせない為に分かりやすく目立つ敵が、分かりやすく目立つ音を発し、分かりやすく目立つ攻撃手段を取り続けているのだが。

 

「大仕事だ。頑張って来るんだねユズ」

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムタワー最上階。

そこはミレニアムの生徒会『セミナー』が専用スペースとして使用しているフロアであり、早瀬ユウカ、生塩ノア等と言った生徒会役員達が日中忙しなく働いているフロアである。

 

それは夜であっても例外ではなく、日が落ちきって浅いこの時間帯ではまだまだ活発的に動く生徒達で溢れかえっている時刻。

 

どの部屋でも必ず一人以上の生徒が何か作業をしている。

そんな時間帯。

 

しかし彼女、ドローンに吊り上げられる形でミレニアムタワーの最上階まで飛行してい花岡ユズが見据えているとある一室は、明かりこそついている物の誰かが部屋にいる様子は見受けられなかった。

 

「も、目標地点到達……! 人の気配……ないです……!」

 

『了解! 作戦は順調です! ユズ! 真正面のガラスを破壊してください!』

 

ヘッドフォンのスピーカーからエンジニア部の豊見コトリから通信が入る。

 

その通信にユズは震える声ではい。と言葉を返しながら愛用しているグレネードランチャーを構え、ガラス窓めがけて発射する。

 

直後、着弾地点から大きな爆発とガラスの破砕音が同時に迸った。

破砕音からガラスが無事に破壊で来た事を音で確認したユズは、コトリに最初の仕事を達成した旨を報告する。

 

『ではこのままドローンでユズを侵入させます。ですがドローンでのサポートはここまで。回収は任せました!』

 

その言葉通り、ユズを引っ張っているドローンが爆破地点に向かってゆっくりと進み、色々な物が粉砕された部屋へユズを運び込んで行く。

 

バラバラと宙を舞う書類、辺り一面に散らばるガラス片、所々に亀裂が入り、大穴が開いた壁や抉れた床を目にしたユズがうわぁぁ……と、自分がやった事に対して罪悪感が湧いて来たのか申し訳なさそうな声が零れる。

 

これ掃除するの大変そう……ごめんなさいぃ……! と、いずれ誰かが掃除しなくてはならない悲惨な現場を見やりながら謝罪していると、彼女の足が床に付いたと同時ドローンが切り離された。

 

空中移動のサポートが終了し、身体の自由を取り戻したユズは、現場の凄惨さに引っ張られながらも、今はそんな事を気にしている場合ではないと気持ちを切り替え部屋を飛び出す。

 

普通ここまで大きな破壊音を迸らせれば、直ぐに警備ロボやセミナーの生徒が駆けつける。

そうでなくても警備システムが侵入者であることを音が発生した瞬間から察知し、入り口付近のシャッターを下ろす等をして物理的に封じ込めにかかる。

 

本来なら音を発生させた時点でユズに進む道は無くなる。

侵入に成功した瞬間から、失敗に追い込まれる。

 

しかし現在、ユズが破壊した部屋のシャッターが降りたり、侵入者が現れたという警報が鳴る所か、ユズの行く手を阻む者すら誰も現れなかった。

 

それどころか。

 

「わ……本当に進む場所以外全部塞がってる……」

 

目的地としている『差押品保管所』に通じる直線通路以外の全てのエリアにシャッターが下ろされていた。

これがセミナー側の思惑ではない事が、下りたシャッターの反対側から絶えず聞こえる銃撃音が物語っている。

 

破壊しようと足掻いている様子が音から伝わるも、その成果は一向に芳しくないのは現状を見れば明らかであった。

そもそもが侵入者の撃退を目的としているシャッターが簡単に壊せる物であっていい筈が無い。

ロボット程度の攻撃で破壊される様な製品が採用されている訳が無かった。

結果、セミナー達はシャッターを破壊出来ず、堂々と空から侵入してきたユズに対して何も妨害出来ない。

一方でユズはシャッターが降りていない区画を進めば一直線で目的地まで辿り着ける。

 

いずれハッキングを解析され、無事にシャッターが開けるようになったとしてもこれを解析できるヴェリタスは現在セミナーの敵側に回っている。セミナーが想定している時間よりも対処に多く時間を必要となるのは明白だった。

 

全て、先生が提示した作戦通りに事が進んでいた。

 

『一ノ瀬はモモイとミドリが、角楯は白石と猫塚が、室笠はヴェリタス全員が止める。美甘だけがイレギュラーだがあいつは基本最上階にいねェ。これでメイド衆は僅かな間かもしれねェが確実に動きを封じられる。ユズの移動を邪魔する奴等は最上階には誰もいねェ』

 

作戦会議で先生が言っていた言葉が現実になっている事にユズは改めて彼の凄まじさに驚かされる。

 

『後はシャッターが道案内している通り進め。保管室以外の道は全部塞いでるンだから迷いよォは無ェ。で、保管室で鏡を探し出したら侵入した部屋まで戻って乗って来たドローンを使って空から脱出すればミッションコンプリート。俺達の勝ちだ』

 

凄いの一言で終わらせて良いのか分からない程、まるで未来を見て来たかのように状況を作り上げた先生の手腕に僅かに恐怖すら覚えながらも彼女はシャッターに区切られていない区画を歩き、『差押品保管所』と書かれた部屋に辿り着いた。

 

「えーと……鏡……鏡……あ、これかな……?」

 

保管所に入る寸前、恐らく沢山の物が押収されているであろう保管所の中から特定の物だけを探すなんて出来るのかな、等と考えていたユズだったが、その考えは杞憂に終わった。

 

元々襲撃されることを想定していないこの部屋の荷物はセミナーによってキチンと管理されており、どの部室から何を押収したのかが丁寧に仕分けされており、探す手間は完全に省かれていた。

 

それが分かった後は簡単だった。ヴェリタス押収品と書かれた物から事前に教わった形状の物を見つけ出せば良い。

先生や皆がお膳立てしてくれた甲斐もあって、何の労力を要することなくユズは目的の物を手に入れる事に成功した。

 

「え、えと、回収終了。侵入地点に戻ります……」

『了解です、ドローンちゃんは待機してますよ! いつでも来てください!』

 

後はこれを持って帰るだけ。

そして、これを基に自分達のゲームを作るだけ。

 

どちらかと言えば、ここからが本番。

これはスタートラインに立つための準備に過ぎない。

 

早く戻ろう。

そして色々と準備をしなきゃ。

 

鏡を手に入れる事は出来たけどまだまだ課題はある。

モモイ、ミドリを早く戦線離脱させてあげないといけない。

彼女達が捕まってしまったら意味がない。

その為にはまず自分がここから逃げ出さなければ。

 

用も無いのに長時間留まる必要は無いと、ユズは足早に部屋から立ち去ろうとする。

カツカツと焦る気持ちを足音に乗せながら、部屋の外へと踏み出そうとする。

 

その、直後。

 

ガシャンッッ!!!! と言う音を立ててシャッターが降りた。

 

あと一歩。

あと一歩踏み出せば外に出られると言ったタイミング。

もう一歩踏み出せば帰り道を一直線に進むだけのユズの目の前で、無情にもシャッターが降りた。

 

「……え?」

 

不幸。

そんな一言では言い切れない現象がユズを襲う。

あり得ない状況を前にして、ユズは言葉を失った。

 

かろうじて、かろうじて絞り出せたのは、え? と言う現状に対して頭の理解が追い付いていないことを示しているかのような声。

 

ペタ……と、目の前にあるのは幻なんじゃないかと手を伸ばしてみるも、掌に伝わる冷たい感触が、此のシャッターが現実であるという事をどうしようもなく彼女に教える。

 

どうしてこうなったのか分からない。

何が起きてこうなっているのか分からない。

 

ただ一つだけ、

たった一つだけ言える事がある。

 

花岡ユズは、差押品保管所にて幽閉された。

彼女達の希望である『鏡』を、その手で大事に抱えたまま。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんしっかり!!」

 

アスナの一撃をまともに受け、意識を落としてしまったモモイに向かってミドリは必死に声を掛け続けるが、モモイは目を覚ます気配は無い。

 

ダメだ。と、モモイのヘイローが消失している事から、モモイはしばらく起きられないのをミドリは察知し絶望感に襲われる。

 

二人の連携によって何とか足元に縋りつく程度は出来ていた戦い。

その片割れが脱落したが最後、一方的な戦いになってしまうのは明白。

 

まずいと、戦況が一気に崩れた事にミドリは焦る。

もしここで自分も気絶したら、目覚めた後にどうなるか分かった物じゃない。

 

ミドリとモモイに課された目的は作戦完了まで時間を稼いだ後全力を以て逃走する事。

 

彼女達の目的はゲームを完成させる事であってセミナーを襲撃する事でも鏡を奪取する事でもない。

それらは全部最終目的に必要な通過点なだけ。

 

彼女達の本番は無事にこの場を切り抜けられてから始まる。

なのにモモイがここで脱落してしまった。

 

その事実があまりにも大きすぎる負担となってミドリに降りかかる。

一ノ瀬アスナは動けないモモイ抱えてを逃げ回る事が出来る相手ではない。

 

つまり。

つまり。

 

才羽ミドリは、一人で一ノ瀬アスナを下さなければならない。

二人で勝てなかった相手を、一人で倒さなければならない。

 

要求される。

彼女が、彼女がこの場を切り抜けられる唯一の方法として重く、重く要求される。

才羽ミドリ一人の肩に。

 

重く、重く要求される。

それがいかに不可能な物だとしても、絶対に達成しなければならない試練として圧し掛かる。

 

「ん? なんかこの階が騒がしいような……まあいっか」

 

慈悲か、偶然か、アスナはエレベータールームの外に意識を傾けていたのかミドリが必死にモモイに呼びかけている間攻撃を仕掛けて来なかった。

 

しかしそれも彼女の発言によって終わりを迎えた事をミドリは知る。

同時に、戦闘が再開される事も。

 

「じゃ、続きやろっか。妹ちゃん」

 

既に勝敗の大部分が決定した場面においても、アスナは油断する様子を一切見せないまま、冷酷にミドリに対して開始の言葉を告げる。

 

ミドリとアスナ、一対一同士の戦いとなった戦闘。

 

その始まりは、どう動くのが正解なのか分からずに棒立ちしているミドリに向かって、アスナが銃を連射し一方的に攻め立てる場面から再開する。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

「一体これはどうなってるんですか!?」

 

ヴェリタスのモニタールームにて室笠アカネの絶叫が響く。

彼女が見ている映像はミレニアムタワーの最上階。

 

最上階のシステムをハッキングしたヴェリタス。

そのヴェリタスを予告通り一分で四人全員を叩きのめしたアカネは、ハッキングされたタワー最上階の監視カメラの現在の映像をヴェリタスの部室で眺め、その光景の異様さに声を上げていた。

 

降りていたシャッターの場所が違っている。

今まで降りていたシャッターが上がり、通れていた区画にシャッターが降りている。

 

それだけならば彼女達ヴェリタスの作戦かもと思っていただろうが、状況はさらにひっ迫していた。

 

どういう訳かミレニアム学園全ての監視カメラの映像が繋がらない。

ヴェリタスの端末を操作しても、自身の携帯端末からミレニアムの監視カメラ映像にアクセスしてみても、映るのは真っ黒な画面だけ。

 

生きているのは特別故に別電力で稼働させていたことが功を奏した、ヴェリタスがハッキングしたミレニアム最上階の監視カメラのみ。

 

それ以外の監視カメラは全て何も映さない。

 

「チヒロちゃん! 今度は一体何を……っっ!」

 

これも作戦の一種なのかとアカネはヴェリタスの中で唯一、気絶まで追い込まなかった各務チヒロに詰め寄る。

 

だが。

 

「待って、流石におかしい。これは私達が出来る範疇を超えている」

 

ここまで大掛かりにする必要はあったのかと問いかけるアカネを前にしたチヒロは、しかし彼女の願いとは裏腹に首を左右に振り、違う事を行動で示す。

 

そんな……と、彼女の言葉にアカネは絶句する。

ウソをついている可能性を探ったが、コテンパンにしておいて今更白を切ったりはしないだろう。

 

だがそれでも納得は出来ない。

理解も出来ない。

 

監視カメラが一斉にブツンと途切れる異常事態を、意図的な行為を挟まずに起こすなんてことは絶対に不可能。

 

確実に誰かの意思が介入している。

そしてその誰かがいるならば、ハッキング能力に長けているヴェリタスでしかないとアカネは思った。

 

思って、いたのだが。

 

「少し貸して」

 

焦った表情でアカネからキーボードを奪取し操作を始めたチヒロを見てアカネはそれ以上何も言い出す事が出来なかった。

彼女の真剣な表情が、これは彼女達が原因ではない事を物語る。

 

言葉では無く態度が証拠となる。

 

「ダメか……端から端まで全部機能がダウンしている……。…………っまさか……コタマが言ってた監視カメラが一部壊れていたのも……!?」

 

刹那、何かを思い出したかのような事を発しながらチヒロは動きを止めた。

そのまま数秒程考え込む仕草を見せた後。

 

「……聞いて欲しい事がある」

 

真剣な声を発しながらチヒロはアカネの方に振り返った。

表情も、真剣そのものだった。

 

コクリと、アカネは小さく頷く。

 

「これはあくまで可能性。最悪だった場合に過ぎない話。けど、現状一番考えられる話になる」

 

アカネの頷きが了承の意である事を受け取ったチヒロは、しかし何分彼女自身が今から発そうとする物を信じ切れていないのか、彼女らしくない前置きを挟んだ。

 

アカネは何も返事を返さない。

それが彼女の答え。

 

続きを言ってください。

 

目でチヒロに訴えた後、その意図を汲んだアカネはさらに一秒程時間を置いた後。重い口を開く。

 

「ミレニアムに……誰かが侵入しているのかもしれない……!!」

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムにはミレニアムタワーがある本校舎の他に。校内にある施設を複数の部活が使える様に一つの施設を丸々別の場所で再現し建造させた所謂『分校』が多数建設されている。

 

その複数ある分校の一校舎に、早瀬ユウカは一人、誰もいない廊下で膝を抱えて蹲っていた。

 

彼女の心にあるのは虚無。

足掻いても足掻いても、望んでいた結果が得られなかったことによる虚無。

 

未来観測機関『(しん)』。

 

演算によって限りなく正確な未来を導き出す事が出来る演算システムはしかし、正しくは超高性能占い機としての役割をもたらさず、ユウカに望んだ結果を与えなかった。

 

だが一度だけ。一度だけ(しん)は未来を示した。

実装された挙動では無く、ユウカが想定していた挙動で未来を報告した。

 

ただその未来は到底彼女が受け入れられる未来ではなかった。

信じられなくて、けれど誰に言える訳でも無かったユウカは塞ぎ込んだ。

 

ウソだと思いたかった未来。

それが本当にウソに出来るのかもしれないと思った今日。

 

未来を知ったのならば、未来を変えられる。

故にユウカはその結果をもう一度知りたくて、阻止できる方法を知りたくて今一度(しん)の前に立った。

 

結果として彼女の企みは失敗した。

何度やっても何度やっても占いの結果ばかり。

それは挙動としては正しかったのかもしれないが、到底納得できる物では無かった。

 

一度は見せてくれた未来は、どういう訳か一度しか見せてくれなかった。

おかしいと思って何度も何度も試したが、返って来たのは全部占い結果だけだった。

 

質問をあの手この手で変えた。

時間を置いて試しもした。

どれもこれも上手くいかなかった。

 

気付けば夜になって。

誰もいなくなって。

それでも僅かな可能性に賭けて彼女は(しん)に挑み続け、

そこまでもしても(しん)は彼女が望む結果を彼女に与えてくれなかった。

 

とうとうユウカは気力尽き果てた。

心身共に限界になった。と言い換えても良い。

 

彼女がここで蹲って既に相当の時間が経過している。

その間ユウカは一歩も動かず、ただすすり泣く声が空気に乗って廊下を伝う。

 

先生……と、掠れた声で呟く。

もう何度唱えたか分からない。

 

でも言わずにはいられなかった。

どうすれば良いのか全く分からなかった。

 

何が正解なのか。

何をするのが正しいのか。

 

考えても考えても答えが出ず、

考えても無駄だと頭では分かっていても頭の中はずっと先生の事ばかりが浮かび。

 

悪循環をずっと抱えて、抱えて悩む。

その繰り返し。

その繰り返し。

 

「先生……私……どうしたら……」

「素直に相談すれば良いんじゃないですか?」

 

優しい声が聞こえて来たのは、思考が闇に沈み始めてどうしようもなくなり始めた時だった。

バッッ! と反射的に顔を上げたユウカの目に映ったのは、きめ細やかな白い髪が特徴的な親友の姿。

 

「ノア……」

 

零れ出たようにユウカは親友の名前を呼ぶ。

はい、ノアです。と、わざとらしく返事をする彼女の姿を見て、ユウカの目尻に溜まっていた涙が流れる。

 

どうしてここに……と、言おうとした矢先、隣、失礼しますねと彼女はユウカの傍で膝を折った。

 

「ユウカちゃんはあまり秘密を抱えちゃダメなタイプです。まずはここを割り切りましょう」

「んぐっっ!?」

 

開口一番ユウカは最初から直球を投げつけられた。

ノアには何も話していないのに、何故だか彼女は知っているかのような態度だった。

 

「と言う訳で、はい」

「……はいって、何よ」

「お悩み相談開始です。何があったんですか?」

 

ノアにしてはかなり強引な手口だった。

けどその一言が、ユウカの心を楽にする。

 

それは一つの安心。

彼女なら、生塩ノアなら頭ごなしに否定しない。

彼女と交流し、培ってきた信頼がユウカの緊張を溶かす。

 

「……怖い未来を言われたのよ」

「それって一体どんな未来だったんですか?」

「私が、私やミドリが壊れるって予言。先生と関わるとそうなるって言う予言」

「あら、何ともまあ物騒な話ですね。回避する方法はあるんですか?」

「それを知りたかったの……でも、(しん)は教えてくれなかった」

 

だんだんと小さくなっていくユウカの言葉に、ノアは否定の言葉を吐かず、うんうんと何度も優しく頷く。

ユウカにしてはそれが不思議で仕方がなかった。

 

「……、ノア」

「はい、どうしましたユウカちゃん」

「今の話、信じるの?」

「ええ。むしろどうして信じないと思ったんですか?」

「だって……(しん)はただの占いマシーンだって事、ノアも知ってる筈でしょ……?」

「それがどうしたって言うんです?」

「っ……!」

「ユウカちゃんが言うなら信じます。そういう物です」

 

天井を見上げながらそう語るノアの横顔は、何を当たり前な事を聞いているんだと言っているようにユウカは感じ取った。

何処からそんな自信が溢れて来るのか、荒唐無稽な話をどうして信じているのか、聞き返して見たくなったが、その言葉は声に出る寸前で喉の奥に引っ込める。

 

代わりに、そっか。と短い一言だけ返す。

ユウカの返事に、ノアは小さく微笑むと。

 

「ユウカちゃん、それをそのまま先生に言っちゃいましょう!」

 

パンと手を叩きながら突然とんでもない事を言い出した。

 

「へ? こ、これを先生にっっ!?」

「先生もきっと信じて話を聞いてくれますよ」

 

彼女の言葉にユウカは分かりやすく動揺するも、ノアはどういう訳か絶対の自信をもって大丈夫ですと彼女の背中を後押しする。

 

こんな話を先生に出来る訳ないからここまで悩んでいたのに、その悩みはまるで不要だとノアは言う。

 

「だってユウカちゃんが言うんですから。先生はユウカちゃんの言葉を信じて話を聞いてくれますよ」

「そ、そう……かな……?」

「その点については、私よりユウカちゃんの方が詳しいと思いますけど?」

 

んぐっっ!! と、もう一度ユウカは息を詰まらせる。

果てしなく正論だった。

どこまでも正しかった。

 

ユウカの記憶の限りでは、先生が自分の話を一蹴した過去はない。

面倒くさそうにしている節は多々あれど、話はちゃんと最後まで聞いてくれていた。

それなりに長い時間一緒にいるのに、一度たりとも邪険に扱われたりはしなかった。

つまり、そういうことだった。

 

どうしてこの話だけが例外だと思うのか。そう問いかけるノアに対しユウカは言葉を返せない。

有効な返しが、何一つ存在しない。

つまり、それが真実だった。

 

「そっか……」

 

どうしてこんな簡単な事に気付かないのか自分でも分からなかった。

何故だか最初から、こんな与太話に真面目に向き合ってくれる訳ないと思ってしまっていた。

先生が関わる話だから、先生に言える訳がないと決めつけてしまっていた。

 

だが今、ノアから改めて言われた事で気付く。

 

「こんなことで良いんだ……」

 

素直に話す。

こんな簡単な事で良いんだと。

 

「あ、で、でも私、朝先生の事冷たく突き放して……」

「先生がそんな事でへこたれたり怒ったりすると思ってます?」

「いや、思って無いけど……けど……」

「はいそう言う訳です。これにてお悩み相談終了ですね」

 

ユウカの不安は全て杞憂であることを片っ端から論破し終え、ガクッッ! と今度は違う意味で項垂れるユウカに微笑みを一つ向けた後ノアゆっくりと立ち上がり、一歩、二歩と誰もいない廊下を歩く。

 

「ユウカちゃんは先生の事を気にし過ぎです。大好きなのは分かりますけどもう少し先生に対して砕けても良いと思います」

「だ、だだだ大好きってっっ! そ、そんなだって、私まだ先生のこと全然知らないし……! ああでもだらしないとこだけは分かるけど……! だからってそれで先生の事を知ったつもりになった訳じゃ全然なくて……!」

 

「うん、それです。ユウカちゃんはそうやって表情豊かな方が素敵ですよ」

 

先生もきっとそう思ってる筈です。

クルリとユウカの方に振り返りながら、ノアはもう一度優しく微笑みかける。

 

嵌められた。とユウカが気付いたのは一通り目まぐるしく表情を変化させた後で。

自身の調子が戻って来ていると、ノアによって戻されたと自覚した後だった。

 

しかしそれでも恥ずかしかったのに違いは無い。

よってユウカはもう!! と、揶揄って来たノアに対し声を大きくしながら抗議しようとした瞬間。

 

パンッッッ!! と、乾いた銃声が一つ、廊下内に響き渡った。

 

それが何であるのかをユウカが知るより先に現象が訪れる。

グラリと、前方にいたノアが力無く前に倒れ始める事象が目の前で発生する。

 

撃たれたのだと、理解よりもまず本能が訴えた。

しかし、本能から理解へと伝わり、銃撃されたと気付いた時にはもう、何もかもが遅かった。

 

既に、ノアの意識は完全に闇へと沈んでいた。

 

「ノアッッッ!?」

 

先の一撃で完全に意識を失いヘイローを消失させたノアがドサリと力無く前方へと倒れる。

危険極まりない倒れ方をした親友に、ユウカが慌てて駆け寄ろうとした瞬間。

 

ブンッッ!! と言う風切り音を走らせながら何者かの脚がユウカの顔を真横から薙いだ。

走り始めたタイミングを見計らったかのように放たれた一撃は、ユウカに認知を与えなかった。

いつの間に近づいてきたのか等と悠長な事を考える時間すら与えられず、その一撃がユウカの頭に直撃する。

 

「あぐッッッ!?」

 

ゴッッ!! と言う音が脳内に響くと同時、右頬や右のこめかみから鈍い痛みが走る。

まさか蹴られるなんて夢にも思っていなかったユウカは受け身を取る余裕も無く頭から教室の壁に突っ込んで行き、後頭部を強く壁に叩き付けられその痛みに目を見開き、そのまま地面に這いつくばった。

 

「失礼、邪魔されては堪らないので、先に排除させて頂きました。この場の話し合いにおいては彼女の存在は不要ですので」

 

ユウカの頭が壁に激突した直後、ユウカが蹴られた咆哮から男の声が響き渡り、廊下一帯に木霊する。

至って冷静に放たれたその声は、まるでノアをただの障害物としか認識していないかのようだった。

否、それ以前にユウカすら眼中にしていないかのようにすら感じられた。

 

事務的な発言は、本当に事務として放たれただけのよう。

言わなければならないから言っているだけ。

淡々とした言葉に含まれた特有の冷たさが、その声からはありありと含まれていた。

 

地面に倒れ込んだまま頭を手で押さえるユウカは、薄ら寒さを覚えながらもその方向に目線を凝らす。

 

黒い男がそこに立っていた。

顔も服も何もかもが黒い男がそこに佇んでいた。

 

ただじっと、地面に転がるユウカを見下ろしていた。

真っ黒な顔を、何一つ表情が読めない真っ黒な顔をこれ以上なくユウカに向かって晒しながら。

 

「丁度良かった。あなたを探していたんです。私の事はお気になさらず。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ユウカが痛みに悶え苦しんでいるのにも関わらず、黒い男は声色を一切変えないまま彼女に対して語り掛け、その間にも起き上がれていないユウカにツカツカと近付くと。

 

ゴリッッ!! と、力強く彼女を靴底で後頭部を踏みつけた。

 

「ぐひぅっっっ!!」

 

刹那、ユウカから悲鳴が零れる。

しかしそこに黒服は何の感情も見せない。

 

ただ、より強く踏みつけている足に体重をかけるだけ。

 

「話し合いを始めましょうか。と言ってもあなたに拒否権はありませんがね」

 

そこに慈悲も容赦も無かった。

優しさも心も微塵も無かった。

 

容赦なく、

容赦なく彼はユウカに対して質問を始めていく。

真っ黒で、真っ黒で、真っ黒な質問を。

 

「教えて頂きますよ早瀬ユウカ。あなた達が『(しん)』と呼んでいる物、そして私達が『未完成の樹形図(プロトダイアグラム)』と呼んでいる物。その在処を」

 

ミレニアムに、闇が満ちる。

ユウカ以外の誰もがその存在に気付かないまま。

 

静かに、静かに始まっていく。

 

 

 

 







あちこちで色々な事が起きてる状況が発生中。
オムニバス的に話を進めたかったのでテンポを大幅に早めてます。

アカネやカリンもしっかり書きたかったのですけど書くと本気で一か月ぐらいかかりそう+そこまで本編に影響が出る話でも無かったので大幅にカットとなっております……。

黒服がとうとうミレニアムに襲来。ユウカとエンカウント。そしてノアを一撃ノックアウトさせてしまっております。

どしてこんな所にいるのかやノアってそんな一撃で負けるか? 等の疑問は追々と言う形で。

次回、ブルアカサイドにて大きな設定変更が一つ生まれます。どうかご了承頂ければ……!! どうか、ご了承頂ければ……!!

一方さん全然出ないね……主役とは……


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神の寵愛をその身に秘めし者(サイ・ミッシング)

 

「『(しん)』の、在処……んぐっっッッ!?」

 

「ええ、情報によるとあなたが所有していると伺っております。だからあなたにこのようなお話を持ち込んでいるのですよ、早瀬ユウカ」

 

右足から掛かる重圧が重くなり、ユウカはその痛みに呻く。

交渉するつもりが初めから無い事はその態度からして明白だった。

 

これはもう実力行使を伴った脅迫。

であるならば、この男がここまでの踏み切った行動をするに値する意味が『(しん)』には含まれている。

 

 

どこで情報を得たのか知らないが、未来を予測できる機器があるという眉唾物の情報だけでわざわざミレニアムに踏み込み、所有者まで暴き出した上で強引に在処を聞き出す。

 

普通そんな事をするだろうかと自問し、自分ならしないとユウカは即座に結論を叩き出した。

 

だからこそユウカは、男が(しん)の奪取を目的としてミレニアムを襲撃したという事実に対して、驚きでも不思議がるでもなく、納得をした。

 

それは一つの確信をユウカに与える。

 

(しん)には、自分ですら知らない何かがある。

少なくとも、(しん)は本当に予言能力を備えている。

 

むしろ備わっていなければ、ここまでやる理由がない。

ミレニアムに襲撃をかける事がどれだけ無茶なのかを考えれば、自ずと結論はその方向に辿り着く。

 

「あなた……『(しん)』を使ってどうするつもりッッ……!」

「それを教えるとお思いですか? 脱線も良い所ですよ」

 

カチャリと、拳銃を構えた時に鳴る特有の音が背後から響く。

銃口が向けられている事が、見ずとも伝わる。

 

話し合いの余地は無い。

早く言わなければ容赦なく撃つ。

男の行動がそう語る。

 

まずい。と、圧倒的に不利な場面に立たされているユウカは、必死にこの状況を打破する方法は無いかと頭を回転させる。

 

後頭部は強く押さえつけられて動かない。

両手は自由だが、銃口を向けられている以上何か不審な動きをすれば直ぐに撃たれる。

言葉で巧みに時間を稼ごうにも相手にその意思が見受けられない。

打てる手が何一つ無い事実が無惨にもユウカの前に立ちはだかる。

 

かといって(しん)の在処をむざむざと明かす訳にもいかないのも確かだった。

ノアを気絶させ、ユウカを組み伏せ、圧倒的有利な状況を作った上で尚、抵抗できない相手に銃を向ける。

それは裏を返せば相手は何が何でも(しん)が欲しいと考えているのと同義だった。

 

そうするだけの価値が(しん)にはあると教えているような物だった。

であるならば、絶対に渡す訳にはいかない。

 

ユウカでは操れなかった(しん)を男がもし完全に操れるなら、相手は未来を創造できる権利を手に入れた事になる。

 

ユウカからすれば絶対にそれは呑み込めない物。

その未来だけは絶対に阻止しなければならないと意地を突っ張るのも無理は無い話。

 

それがどれだけ危険な道であったとしても。

それでもユウカはこの男の言いなりになってはならないと己に言い聞かせる。

 

ノアを気絶させ、少女相手に一切の容赦を見せない相手。

健全な未来を創る為に(しん)を使用するとはとても思えない。

 

絶対に悪用する。

その自信がある。

 

けれど。

 

(打開する案が見当たらない……ッ! 最悪な事に(しん)はこの校舎の二階にある……! 私が気絶した後この校舎を探し回られたら……!)

 

今いる場所は一階。

男が(しん)の在処を知っている訳はないとした上で、それでも最悪な事に変わりは無い。

 

探し回られたらいつか辿り着く。

そして探し回らなかった場合……。

 

「言っておきますがここであなたを撃ってお終い。ではありませんからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

瞬間、ゾクリとした冷たい物が背中を襲う。

男の声色が、これは脅しではない事を物語っていた。

 

やっぱり。と言う感情とその先に待ち受けている物が頭の中で再生される。

カタ……と、指先が無意識に震える。

 

怖い。

怖い……。

 

けど。

それでも。

 

「言えない……ッ! 言う訳がッ! ないでしょッッ!!!」

 

力強くユウカは宣言する。

お前に(しん)は渡さない。

 

これ以上ないハッキリとした声で。

それを言えばどうなるか分かった上で。

 

堂々とユウカは啖呵を切る。

 

そうですか。と、何かを決めた声が聞こえたのはその直後の事で。

四発の射撃音が男とは別の方向から聞こえて来たのもその直後の事だった。

 

「ッッ!?」

 

銃撃された事に驚いたのか、男はユウカの後頭部から足を離し、銃声が聞こえた方に顔を向ける。

 

身体の自由と今にも撃たれそうだった危機的状況を脱したユウカは即座に体勢を立て直し身体を持ち上げつつ、自身も反射的に音が鳴った方に顔を向け、瞬く間にその顔を青ざめさせた後。

 

「ノアッッ!!!」

 

そう、叫んだ。

 

「ユウカ……ちゃんから……はな、れ……」

 

ノアはうつ伏せのまま、上半身を左手で支える様に持ち上げ、右手で持つ銃を黒服へと向けていた。

 

彼女の声は絶え絶えで息も荒い。

身体を支える左手も銃を持つ右手も震えており、目もあまり見えていないのか右目と左目の焦点が合っていない。

 

何度も倒れようとする身体を必死に持ち上げようと藻掻く様子も相まって、限界寸前である事が誰の目から見ても明らかだった。

 

起き上がる事が出来ず、目も見えずらく銃の狙いを絞ることすら困難な状況で、ノアは相手を撃つのではなく、撃ったという事実のみで相手に警戒心を抱かせ、その標的を一時的にユウカから外す事に成功した。

 

初めから当てることを目的とせず撃つだけを目的としたノアの目論見は見事に当たり、ユウカは無事に危機的状況から逃れる。

 

「ほう、実験品であるとはいえヘイロー殺しの弾丸を受けてまだ動けるとは驚きです。流石は神の寵愛をその身に秘めし者(サイ・ミッシング)と言った所でしょうか」

 

だが、彼女の奮闘もここまでだった。

黒服がユウカから立ち退いた直後、構えていた銃から弾丸を容赦なく弾丸をノアの額めがけて発射する。

 

「ですが、今度こそお終いです」

 

満身創痍で這いずることすら出来ないノアに、避ける手段などある筈がなかった。

 

ゴキンッッ!! というおよそ被弾したとは思えない音がノアから響く。

同時、彼女の首が折れ曲がってもおかしくない程に反り返り、ギチギチと鈍い音を放った後、放って置いてもいずれ力尽き気絶していたであろう彼女の身体が強制的に床に崩れた。

 

倒れたノアの身体は、ピクリとも動かなかった。

刹那、惨劇を目撃したユウカの全身の血が沸騰する。

 

バッッ!! と、自由を取り戻したユウカはすかさず自身の愛用銃であるロジック&リーズンの二丁の内、ロジックを取り出し、黒服に対して容赦ない発砲を始める。

 

「うあぁああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

ヘイローがある、無いの区別だとかもう関係無かった。

それだけのことを、この男はしでかした。

 

許せないが、全ての優先事項の上に立った。

黒服が、そして自分が許せなくて、怒りが全身に滾る。。

 

ノアは守ってくれたのに、自分は彼女に迫る危険を遠ざけられなかった。

その怒りが彼女の身体を突き動かし、銃弾の嵐となって相手に突き刺さる。

 

黒服との距離は数メートルも無く、意図的にでも外さない限り間違いなく当たる距離。

 

横への移動が極めて制限される廊下という環境に置いて、ユウカのサブマシンガンの連撃から逃れる手段は無い。

 

その筈、だった。

だが、

 

「普通なら避ける手段はありません。しかし」

 

何故か背後から男の声が聞こえた。

どうして声が聞こえるのか、それを頭が理解するより先。

 

「例外もあります」

 

背中から突き刺さるような衝撃がユウカを襲った。

 

「が、あッッッ!?」

 

拭いきれない痛みと共に、彼女の身体が反り上がりながら宙を浮く。

そのまま彼女は真正面に吹き飛ばされ、蹴られた衝撃で半回転する中、目で捉えた男の姿勢から漸く背中を蹴りぬかれた事を知った。

 

「あうっっっ!!」

 

ズサッッ!! と、吹き飛ばされた衝撃で廊下を滑りながら、彼女は全くの無警戒だった死角からの一撃から生じた背中の痛みに悲鳴を上げる。

 

何が起きたのか、全く理解できない。

どうして攻撃していた筈なのに攻撃されたのか。

どうして前方にいた筈なのに背後から現れたのか。

 

一瞬の間で起きた現象何もかもが理解出来なかった。

 

痛みに苦しみ、不可解な現象に苦しんでいる最中。ガチャッッと言う音と共に、男が持っていた銃が、先程まで男が立っていた場所の床に落ちる。

 

それを合図としたかのように、男が倒れたユウカ目掛けて全速力で走り出す。

 

銃を手放していないユウカは、明らかに蹴り抜こうとしている相手の行動から追撃するか防御するかの二択を早急に迫られる。

 

黒服の脚は想像以上に早く、スピードの乗った一撃は確実に重いであろうことをユウカに教え、咄嗟に両腕を十字に組み、顎や首と言った急所を守らなければ手痛い一撃を貰う事を身体が訴えて来る。

 

だが、今の状況ならこちらの攻撃を当てやすいのもまた事実。

 

悩んでいられる時間は長くない。

そうしてどちらを選ぶのか最善なのか迷っていた数瞬。

 

どちらを取るか迷い、攻撃行動も防御行動もしなかった僅かな時間。

黒服とユウカの距離は未だそれなりの距離があった筈の状況。

 

一歩、また一歩と恐ろしい勢いでユウカへ向かっていた黒服の脚。

未だ距離があった筈の脚によってユウカの顎が全力で蹴り上げられたのは、ユウカが瞬きすらしていない瞬間の話だった。

 

「ーーーーーーーッッ!!」

 

ゴリッッッ!!! と言う骨が悲鳴を上げているような音が顎先から響く。

その痛みに、ユウカは声すら上げることが出来なかった。

 

首を上に反らしながら、ユウカは再び廊下を滑る様に吹き飛ぶ。

意識は保っている。キヴォトスの生徒は弾丸を受けてもちょっと痛いか気絶するで済む耐久力を持っている。

 

どれだけ凄まじい威力を誇ろうが、蹴りはただの蹴り。

弾丸の威力を比較することなど出来る筈もなく、物理的現象によって少々派手に吹っ飛ぶだけのちゃちな攻撃に過ぎない。

 

その筈、なのに。

 

「ぐっっぐぅううううううううううッッ!! あっっぐっっっああああッ!!」

 

顎から突き刺すように走る耐え難い痛みは本物だった。

うずくまり顎を支えながら必死に痛みと戦うユウカの瞳から勝手に涙が溢れ、視界がぼやける。

 

熱ささえ覚える激痛に苦しむ中、ユウカは疑問に襲われ続ける。

おかしい。

さっきの距離は一気に距離をゼロに詰められる距離では無かった。

 

直前まで走っていた男の速度では、絶対に残り一歩で辿り着ける場所に自分はいなかった。

なのにどういう訳か蹴りを受けた。

 

何が起きている。

何が、起こっている。

 

「ヘイローを持ち銃撃に強いあなた達ですが、斬撃、特に物理攻撃には弱いのですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、実際それはどうなんでしょうね。私としては疑ってますよ」

 

まあそれはこの際においてはどうでもいい話でしたねと、何とか身体を起こし始めたユウカを見つめながら淡々と男は言葉を並べる。

 

「早瀬ユウカ。弾丸避けの神の寵愛を持つ生徒。あなたはそれを計算によって銃弾の当たらない場所を探し出していると言ってますが、回避している銃弾は明らかに計算の域を超えている。しかし重要なのはプロセス。あなたはそれを計算によって導き出していると主張するその行為そのものがこの場面に置いては重要。そのプロセスがいずれ伝承となって黄金の大地で誰かの力となる」

 

本来ならば我々に太刀打ち出来る存在ではないと男は語り、

しかし。と男は続ける。

 

「我々にも対抗手段が出来たのですよ。尤も、望まざるも受け入れざるを得なかった力ですがね」

 

早瀬ユウカ。

ユウカの正面に立つ黒服が、そう彼女に語り掛ける。

 

「あなたは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

次に声が聞こえて来たのは、ユウカの真横からだった。

 

「私はありますよ、つい最近ですが」

 

咄嗟の出来事ながらも反射的にユウカが痛む身体を無理やりに動かし、防御行動を取った瞬間。

 

「確かにあの体験は、『恐怖』と言っても差し支えないものでしたよ』」

 

右側に立った黒服から腹部に重い一撃が飛来した。

黒服の鋭く重い蹴りが、全くの無防備だったユウカの腹部に突き刺さり、彼女の身体がくの字に折れる。

意識していない箇所からの一撃は、より重い物となって彼女を蝕み、くぐもった声を迸らせていく。

カラッッと音を立てて、今まで落とさんとしていた銃を思わず手放すぐらいに。

 

「あっぎっっっ! ぐ、ぐっっ! う、ぁっっっ!!」

 

座る事すら出来ず、ユウカは目を見開きつつ襲って来る痛みに悶絶する。

男はそんなユウカに向かってカツカツと分かりやすく恐怖を煽る様に足音を立てながら近づき、

 

彼女が持つサブマシンガン、『ロジック』をその手に持つと。

ユウカの胸元を容赦なく踏みつけた後、その銃口を彼女の腹部に向けた。

トンッッと優しい音と共に、先端が腹部に押し当てられる。

 

「ッッッ!!!」

 

何を意味するのか、それだけで彼女は理解した。

けれどユウカはやめてとは、言わなかった。

命乞いをするような真似だけは決して行わなかった。

 

代わりに、足掻いた。

 

逃げようと藻掻いた。

耐えようと足掻いた。

 

だが、

だが、

 

もう一度強く腹部に銃口が押し付けられた後、カチッッと引き鉄を引く音がユウカの耳に届いた。

それが、彼女が冷静に聴くことが出来た最後の音だった。

 

直後、校舎の一階から、つんざくような絶叫が響き始める。

誰も聞いた事の無い一人の少女の悲鳴がどこまでもどこまでも木霊する。

 

その結末を最も望んでいない人物に届かない場所で。

誰よりもユウカに傷付いて欲しくないと望んでいる人物には、決して聞こえない場所で。

 







ブルアカサイドの大幅な設定変更その1 黒服は超能力者。

能力名は言わずもがなですね。
どうして能力者になったのか、彼は学園都市側の人間なのか等といった諸々の所以はパヴァーヌか別の所で明かすんですが、今は彼は能力者であるという事だけが明かされてます。
そしてこれが黒服の事情変更に密接に絡んでいるんですね。

さらにほんの少し明かされた『とある箱庭の一方通行』におけるキヴォトスの存在理由と少女達の秘密。この世界における神秘とは何であるのか。

言うまでもないですが本編のブルアカとは無関係です! ここだけの設定です! 

後はそうですね……ヒロインズが容赦ない事になってますね……。
可哀想だと思って書いてます。割と心は痛みます。でも痛まないと書けない物ってあるから……。

次回もユウカパートが多めになる……はず。



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それは侵蝕する可能性の話

 

ピリリリリリリリッッ!! 

 

「……っ!」

 

懐にしまっている専用の連絡端末が音を鳴らして存在を主張する。

鳴った一音は性質の悪い事に緊急を要する事態が起きてる事を報せていた。

 

どうして。と考えたりはしない。

行かなければ。湧き上がったのはただそれだけ。

 

全身を突き動かす使命感が、頭と体を全力で働かせる。

どうすればこの状況を終わらせる事が出来るかを導き出す為に。

 

「はぁぁあああああああッッ!!」

 

天童アリスが吠えながらレールガンを連射する。

武器を取り戻した彼女の攻撃は相変わらず単調で、それ故に面倒さを孕んでいる。

 

趣向を凝らしていないが故に咄嗟の行動にそれなりに対応出来る。

ネルを相手にした場合、普通の少女がその戦法を取ってもあまり意味がないが、アリスに関してだけは別だった。

 

どれだけ攻撃しても怯む程度で済む耐久力。

軽く当たっただけでも胃液を吐き出しそうになる程の威力を誇る打撃力。

 

どちらとも厄介な要素を要する彼女は現在、一方的にネルを射撃している。

ネルはそれをひたすら走りながら避け続けている。

走り続けるネルに対し、ドッシリと構えて逃げる彼女を追うように撃ち続けるアリス。

 

一見一方的にアリスが攻めの姿勢を取っているように見えて、その実彼女は待ちの姿勢を取っている。

 

ネルが仕掛けてくるのを待っている。

休みなく降り注ぐ射撃に耐えかね、状況を打開しようと動く瞬間を待ち続けている。

 

無駄な動きをせず単調に撃ち続け、

下手な策を練らず、ただじっと相手が動くまで同じ動きを続け、

打開の為に向かって来るネルの攻撃を正面から耐え、迎撃する。

 

その戦法こそがアリスが打ち立てたネルに勝利する方法。

普通なら蜂の巣にされるだけの無茶も良い所の作戦だが、持ち前の耐久力と攻撃力がそれを実戦級に押し上げる。

 

ガガガガッッ!! と、無駄だと思いつつ、ネルも円を描くように走りながらサブマシンガンで応戦する。

銃口の向きを修正し続けるだけでその場から一歩も歩かないアリスに

 

弾丸の殆どが命中するも、アリスは避けもみじろぎもしない。

 

どれだけ被弾してもジッと耐える。

その程度では動じないとアピールするかのように。

 

自身の強みと弱みを完全に理解したアリスの戦い方は完全に理に適っており、ネル

はそれを素直に鬱陶しいと認めた。

 

認めた上で、どう決着を付けるかを考える。

アリスから受けた腹部への痛みは治まっている。

無理に動かしたとしてももう支障は無い。

 

「あまり待たす訳にはいかねぇ……やるか。あたし」

 

スッッ、と目が細められる。

声が一つ、冷静さを帯びる。

それは彼女が、美甘ネルが自分でも気付いていない程に冴え始めた証であり。

 

本当の本気を出し始める前兆だった。

 

ダッッッッ!!!! と、彼女の駆ける速度が上がる。

 

今までにない速度でネルはアリスを中心点とした円を描く動きに直線運動を保ったまま曲がる動きを混ぜ込んで走り始める。

倒れるギリギリまで身体を傾けて、無駄の一切を削ぎ落して常に最高速で走り続ける。

絶対に崩れる事無く、絶対に速度を落とす事無く。

 

人が変わったかの様なネルのスピードアップに、アリスは対応が出来なかった。

レールガンの照準を合わせた頃には、既にその場にネルはいない。

 

右に右に右に動かして、いなくて、さらに右に右に右に右に動かして捉えられない。

 

「あわ、あわわわわわ……!」

 

慌てふためく声がネルの耳に届く。

狙いを定めようとも定められていない事を、ネルは声で感知する。

 

それは間違いなく、仕掛け時だった。

円を描き、四角を描きながらネルはアリスの背後に回る。

グルグルと回るネルを追いかけて狙いを定めるアリスのさらに上を行く。

距離を徐々に詰めて、彼女の足音で今どちらを向いているのかを把握して、

 

動いて、回って、翻弄して、惑わせて、逃げ続けて、

走って、

走って、

走って、

走って。

 

惑わされ、翻弄され、目で追い切れず、どこを向いて良いかすら分からず、視線だけを右往左往し続けるアリスの背後を一瞬だけ背後を完全に取った時。

 

ゴッッッ!! と、ネルはコンクリートの地面を罅が入る程に強く踏み抜いた。

続いてバガンッッ!! と、踏み出す際にコンクリートの破片を背後にまき散らしながら、破壊的速度でもって一直線にアリス目掛けて疾走する。

 

「ッッ!?」

 

大きな音の発生からアリスはネルがどこにいたのか突き止めたのか、咄嗟に身体の向きを変え正面から相対し迎撃する構えを取る。

だが、それこそがネルの狙い。

いくら迎撃しようと身構えようが咄嗟の行動を二度も立て続けに出す事は出来ない。

 

今のアリスの状況ならば、出来て体の向きを変えるまで。

それが限界。

そこがアリスの限界点。

 

そうさせるまでがネルの思惑。

その思惑通りにアリスは身体をこちらに向けた。

 

速度が乗り仕掛ける準備が整い終わったネルと、反射的行動で身体を向けただけのアリス。

 

どちらが有利なのかは言うまでもない。

未だ動揺の表情を浮かべているアリスに対し、疾走する勢いのままネルは銃を捨て拳を強く握りしめると、アリスに激突する直前、グッッ!! と身体を屈ませ。

 

ドスンとアリスの腹部目掛けて拳を思いきり突き上げた。

 

「ふぐっっっ!?」

 

直後、柔らかく鈍い音が迸りアリスの呻く声が響く。

同時、途轍もない体重負荷がネルの右手に圧し掛かった。

 

アリスの重量はレールガンを合わせて二百キロ程度。

両手で持ち上げる事すら不可能な重圧が右手一本を襲う。

 

ここで拳を引いて距離を取るのが正解。

ダメージを与えたのはアリスの表情から明白。

 

そんな考えが一瞬頭に過り、

即座にその考えをネルは捨てた。

 

「オォォオオオッッ!!」

 

代わりに彼女は持てる全ての力を右腕に加えた

ギリ……ギリ……と、歯を食い縛る音が周囲に聞こえるまでに大きくなる。

どこまでもどこまでも強くあるように、強くなるように力を入れる。

 

メキッッと、何かに罅が入る音がしたのはどこからだったのだろうか。

 

だが、そんな事すら今のネルには関係無い。

全力で拳を上へと振り抜く。

ただそれだけ。

ただそれだけの行為だが、それは確実に下から突き上げる衝撃でアリスをレールガンごと浮き上がらせ。

 

「オォォオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」

 

ドッパァァアアアアンッッッ!!! と、絶叫を上げながら放たれたネルの一撃よってアリスを真上へと殴り飛ばす事に成功した。

 

その距離、六メートル。

腹を貫く衝撃と、空へと持ち上げられた状況変化にアリスは身動き出来ずレールガンを持ったまま自由落下を始める。

目を見開き激痛に顔を歪ませたまま落ちるアリスを、ネルは追った。

 

ダンッッ!! と、強く地面を蹴り、ネルも空中に躍り出る。

彼女の目的地はアリスを打ち上げた場所の真上に設置されてる信号機の信号部分。

 

アリスとすれ違うように高く飛んだ直後、グルンと彼女は身体を半回転させ、信号機部分を強く蹴り、落下の勢いを上げる。

既に落下を始めているアリスに追いつく程に加速したネルはもう一度グルンッッ!! と、中空でその身を縦に回転させ、回転と落下の勢いを利用してネルは右足を振り被った。

 

ネルの狙いはたった一つ。たった一部位。

スラリと伸びる細く白い脚を惜しげも無く晒しながら、ネルはアリスが地面に落下すると同時。

 

「そろそろ寝とけッッ!! クソチビッッッ!!!!」

 

ゴッガァアアアアアアアアンッッッ!!!! と、アリス目掛けて全力で右足を振り下ろし、踵部分をアリスの腹部に叩き込んだ。

 

ビキキィィィッッッッ!! とコンクリートが叩き付けたアリスを中心として円状に広がる罅が広範囲に走り、そればかりかネルの踵落としの衝撃に耐えきれず、アリスのいる中心部分が深く沈む。

 

「……………………!!」

 

ネルの一撃をまともに受けたアリスは半身をコンクリートに沈めたままヘイローを消失させしていた。

白目を剥き、指先一つ動かそうとしないその姿は、戦闘不能に陥った事をこれでもかと表明する。

 

今度こそアリスが気絶した事を目視で確認したネルは、痛む右手を二度程さすりながら起き上がると、最後にもう一度だけチラリと動かなくなったアリスを見やる。

 

「……手加減出来なくて悪かったな」

 

本気を出さなければ勝てる相手じゃなかった。

それを踏まえて尚、全力で戦い、徹底的に叩き伏せてしまった事に対し謝罪の言葉を述べる。

 

そうするしかなかったとはいえ、出来ればそうしたくなかった。

相反する二つの感情を抱え、本当にこうしかなかったのかと自問自答を行おうとし、首をブンと左右に振った。

 

終わった事を考えている場合ではない。

謝罪なら後でいくらでもできる。

 

今はそれよりも優先しなければならない事項がある。

 

「……急がねえと」

 

仕事が待ってる。

改めて自分に教える様に口走った後、ネルは人のいないミレニアムを走る。

その表情に、僅かな焦りを宿しながら。

 

 

──────────────────────

 

 

 

「はぁ……はぁ……ッッ! ッッ!?」

「そーれッッ!!」

 

ドスンッッ!! と言う響きと共にミドリの眼前にアスナが着地する。

跳躍して一気に距離を詰めて来たアスナに対し、ミドリは慌てて武器を構えた。

どれだけ素早く反応が鋭い相手でも、ここまで距離を詰めたら避けられる筈が無い。

 

知識でそう理解しているミドリは、アスナに照準を付け、引き鉄を引こうと指を動かす。

 

だがそれよりも先に、アスナの腰の入った右手の一撃が飛んでくるのを目が確認した。

 

「うっっっ!!」

 

ガッッ!! と、彼女は射撃を止め自分の銃でアスナの一撃を受け止める。

しかしそこに安堵する時間を彼女は与えてくれない。

 

「よいしょッッ!!」

 

すかさず半円を描きながら顔面に飛び込んでくる左の拳。

追撃とばかりに胸部目掛けて真っ直ぐに放たれる右の拳。

駄目押しとばかりに横腹に叩き込んでくる左の脚。

 

どれもこれも受けたら痛いでは済まなさそうな連撃を、ミドリは必死に受ける。

 

右手の一撃を受け止めた銃をそのまま右にズラして左から飛んでくる拳の一撃を受け止め、

直後そのまま腕を下ろし十字の字に固め、胸部を狙う拳を前腕で防御し、

あえて一歩さらに前進し、横腹を狙う脚を満足に動かなくさせ彼女の挙動を止める。

 

「くっっっううううッッ!!」

 

結果だけを見れば全ての一撃を大したダメージも無く受け切ったミドリだったが、しかしそれはミドリとアスナの実力が拮抗している事を示さない。

 

むしろ、差がある事を如実に表していると言えた。

超至近距離での戦闘において銃という武器は存外役に立たない。

武器を構える、狙いを絞る、引き鉄を引く。この工程がどうしても必要になる。

 

対して拳が必要な工程はたった一つ、目の前の相手に向かって殴る。ただそれだけ。

一工程と三工程。それぞれ時間で換算した場合ほんの僅かしか差が無いであろうそれは、一瞬一瞬で戦局が切り替わる超至近戦においては何よりも重要な一瞬であった。

 

そしてその一瞬をミドリは取り逃がした。否、取り逃がす事しか出来なかった。

彼女はアスナと違い近接戦闘におけるノウハウが無い。

肉薄してきた相手に対する攻撃手段を会得していない。

 

素手での戦闘方法を知らず、近接武器も持っておらず、どの距離にいる相手にも銃による射撃でしか攻撃出来ない。そうする戦い方しか知らない。

 

それを見越したアスナの目論見は完全に的中していた。

即ち、ミドリを防戦一方に陥れる事の成功。

 

銃を武器では無く防具として使ってしまった以上もう反撃は出来ない。

ミドリが銃を再び構え一発撃つまでの時間でアスナは四発ミドリに打撃を入れられる。

 

そして彼女は、その四発全てに耐え抜いて狙いをブレさせずに撃つ程の耐久も技能も無かった。

よってミドリは武器を構えることすら出来ず防御に回らざるを得なくなる。

 

アスナが攻撃を取り止めるまで。

先の三撃を防ぐのが精一杯だったのを、延々に。

 

防御に成功し続けたとしてもダメージがゼロにはならない。

現に先程胸部への一撃を止める為に使用した両腕はじんじんとした痛みを放ちじんわりとミドリを痛めつけている。

 

その痛みは防御を続ければ続ける程どんどん膨れ上がり、いずれ満足に動かなくなる時が来る。

しかしそれを回避する手段をミドリは持ち得なかった。

 

「ほいっっ! よっっっ! はッッッ!!!」

 

終始笑顔のアスナから泣きたくなる程の連撃が走る。

 

「うっっっ! ぁっっっっ!!」

 

四撃、五撃、六撃。

一瞬でも判断を間違えば打撃が直撃する緊迫感の中、ミドリは必死に必死に攻撃を捌く。

だがアスナの攻める速度に防御が追い付かない。

四撃目まではどうにか目で見て受け切れていた攻撃が、七撃目にもなると殆ど身体が反応出来ない。

 

ここに攻撃が来るかもしれないと言う勘で攻撃を防ぎ続ける。

しかしこれも長くは続かない。

反応速度に身体能力が追い付かない。

 

痛みと、緊張と、アスナへ抱く怖さと、常に迫りくる手足。どこに防御を割けば良いか常に選択し続けなければならないプレッシャー。

 

それらが高く高く積み重なってミドリを蝕み、プツンと糸が切れたようにどれかの集中が途切れる。

 

どうにもならない。

こんなのもう無理。

 

そう思ってしまったが最後だった。

刹那、ミドリは音を立てて迫りくるアスナの攻撃に、反射でギュッッ!! と目を瞑った。

 

降参と同じニュアンスを含んだその行動は、しかしアスナに対し一切の効果をもたらさない。

故に。

 

ドスッッ!! と言う衝撃と共にアスナから掌底が放たれミドリの胸元に深々と突き刺さるのを、ミドリは知らず知らずの内に受け入れる事しか出来なかった。

 

「がはッッッ!?」

 

ミシリ……と、骨が軋んだ音をミドリは拾った。

急激な圧迫感に心臓から悲鳴が上がる。

 

肺の酸素全てを強制的に吐き出されるような感覚にミドリはまともな声さえ上げることが出来ず、心臓から背中へと突き抜けるような衝撃によって、彼女はその小柄な体格故に踏ん張ることが出来ず、真っすぐ真後ろへと吹き飛ばされた。

 

ゴッッ!! と、壁に背中から激突し、その痛みに目を見開き、身体を丸めながら膝と手を床に付ける。

 

「かは……ぁ……ッッ!」

 

息が吸えない。

酸素を取り込めない。

どれだけ口を大きく開けても、ダメージを受けた肺が酸素を取り込むのを拒否している。

 

苦しい。

息を吸いたい。

顔面を蒼くさせ、額や頬から汗をダラダラと落としながら、一心不乱にミドリは空気を入れようと何度も口を大きく広げる。

 

しかしその動作を、ミドリが回復するまでの時間を、敵であるアスナは待ってくれない。

 

「ぁ………………ッッ!?」

 

ガガガガッッッ!! と、アスナからの射撃音が聞こえたと同時、ミドリは身体中の酸素が全て吐き出されていく感覚に襲われながらも、咄嗟に右方向へ飛び込むように跳躍した。

 

直後、先程まで転んでいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。

距離が開けば今度は銃弾が飛んでくる。それは考えれば当然の事。

 

しかし、今のミドリにとってはあまりに理不尽な状況だと思うしかなかった。

弾丸を避ける為にミドリは強制的に走らされる。

息もまともに吸えない状態で、立ち止まる事を許されない状況を作らされる。

 

立ち止まれば射撃の的になる。

息を吸いたいと意識を割いてしまえば注意力が落ち、そうするとアスナの挙動に気を配れない。

何処を狙おうとしているのかを目で追えない。

 

回復したいという本能を理性で抑えきらないとこの戦いの負けが確定する。

さらに攻撃を止める為にはこちらも撃たなければならない。

避けるだけでも出来るかどうか不明なのに、世界はその上を無慈悲にも要求する。

 

しかしそれはどんな拷問よりも拷問らしい苦痛だった。

 

「~~~~~~~~ッッッ!!」

 

出来る限り身を低くし、足を止めたくなる気持ちを必死に押し殺しながらミドリは反撃する。

だが満身創痍のミドリから放たれた銃弾には、本来得意としている命中精度は完全に欠けていた。

 

ミドリの攻撃はアスナに当たらず、周囲の窓を割り壁を穿つだけに留まる。

 

その視界は涙でぼやけ、体力も残っていないのかまっすぐ走るのもままなっていない。休まず攻撃を加えようとするが、肝心の相手に当たらない以上それはただ攻撃するフリをするだけに過ぎない。

 

そしてそんな事を続けた場合何が起きるか。

答えは簡単。先にミドリの気力が尽きる。

 

ふらふらと何とか走る体裁だけを保っていたミドリだったが、とうとう限界が来たのか彼女は盛大に足をもつれさせた。

 

「ッッッ!!」

 

グラリと、身体が揺れる。

次の一歩を踏み出すことが出来ぬまま前へと倒れ始める。

 

まずい。

陥った状況の危険さがそうさせるのか、サッッとミドリの体温が下がる。

だが、その一瞬後。

 

ズドッッ! と、体勢を崩したミドリの横腹にアスナから放たれた弾丸が突き刺さった。

 

「あっっっぎッッッッ!!」

 

その一撃が、ミドリの逃げ回る意思にトドメを差す。

しかし。

 

「は……はッッ! はッッ! はッッッッッ!!」

 

圧倒的一撃を受けた中でも、彼女はここで寝る訳にはいかないと己を鼓舞し、今にも倒れたくなる身体を必死にまだ頑張るんだと発破をかけた。

 

痙攣する右手を時間を掛けて壁に伸ばし、それを支えにしながらゆっくり立ち上がると、左手で心臓とわき腹を同時に抱き抱えると彼女は失った酸素を取り込むよう肩を激しく上下に震わせる。

 

どうにか崩れ落ちずに踏ん張る事には成功したミドリだが、アスナに抗うという意思こそ持っている物の、その戦意の強さは意思とは比例しない。

その証拠とばかりに、苦悶の表情でアスナを見つめるミドリの表情は絶望に染められていた。

 

勝てない。

力の差があり過ぎる。

何をやっても防戦一方。

どう足掻いても、彼女に勝てる未来が見えない。

 

「ん~~~~~。やっぱりそういうことかも」

 

射撃を中止したアスナが、人差し指を口元に当てながら納得したかのようにうんうんと頷く。

 

何が。と聞き返そうとした言葉は声にする事が出来なかった。

 

「気付いてないの? さっきから凄く動きが良いよ。お姉ちゃんの動きを一々気にする必要が無くなったからじゃないかな」

 

だがアスナはミドリの唇の動きを読み取ったのか、彼女が聞きたかった内容を語り始める。

 

嫌味だ。と素直にミドリは思った。

動きが良くなったとアスナは言うが、結果を見ればどちらが優位に立っているのか火を見るよりも明らか。

 

それにそんな事がある訳が無い。

ミドリはモモイと組んで初めて強敵を相手に正面から戦えるだけの力を得る。

 

現にモモイを失った今、アスナに対してまともなダメージ一つ与えることが出来ずにいる。

無様にも程がある現状を見て、何が動きが良くなったと言えるのだろうか。

 

「別に一人の方が強いとは言わないけどさ、お姉ちゃんは私の攻撃で一瞬でダウンしちゃったよね。けど妹ちゃんはまだ立っている。攻撃を捌けるだけ捌いて、致命的な一撃を防御し続けている。これってつまり実力差だよ? 普通に考えて」

 

きっと無意識に力をセーブしてるんだねとアスナは語る。

力の出力を姉に合わせる為、本来可能なパフォーマンスを落として身体を動かしていると。

 

息のピッタリ合った姉妹だからこそ可能な戦闘技術はその実、ミドリがモモイに合わせて動きを調整している事で何とか疑似的に再現しているだけの戦術に過ぎない。

 

いくら姉妹だからと言って、いくらずっと一緒にいるからといって、強さまで同じとは限らない。

その事実をアスナはミドリに突きつける。

確たる証拠として、自分と一対一で正面から相対して尚まだ立ち続けている。

これが強い証拠でなくて何なのだとアスナは言う。

 

「まあきっと強くなったのは最近だと思うけどね。こういうのって体感しないと分からないからさ」

 

私も皆から指摘されて初めて強くなってる事に気付いたからね~とアスナは続ける。

対して、ミドリは彼女が言っている事の意味が理解できない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。さっきから何を、言って…………」

「気付いてる? お姉ちゃんよりずっと強いよ?」

 

ズッッ!! と、再び肉薄してきたアスナがそうミドリに告げる。

眼前に迫ったアスナの迫力から再び近接攻撃が来る事を予測したミドリは、もう接近戦は御免だとばかりに壁沿いに後退する。

 

「多分お姉ちゃんよりも妹ちゃんの方がご主人様と一緒にいた時間が長いんじゃない?」

 

恐怖の表情をありありと浮かべながら後退するミドリを見てアスナはあははと悪気は何もない事を表すかのうように笑いながら続きの言葉を述べた後、

 

「まあでも、勝ち負けをひっくり返す程の物にはなってないけどね~」

 

キッパリと言い切りながら、アスナはミドリに銃を向けた。

その目と声からは、そろそろ終わりにしようという意思がありありと溢れていて。

 

それを正面から受けて尚アスナを上回る胆力を、ミドリはもう持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

明晰夢。と呼称される事象がある。

睡眠中に見る夢の内、これは夢であると自覚しながら見る夢の事であり、己が描いた理想を自由自在に操り、まさしく神の如く世界を構築できる時間。

 

それが明晰夢。

 

当然、夢である以上対象者は眠る必要がある。

その前提を覆すことは誰にも出来ない。

 

にもかかわらず、

 

「何、この場所……?」

 

早瀬ユウカは自分が夢を見ているとハッキリ自覚していた。

否、これが夢ではないという事までも含めて自覚していた。

 

現在、自分の身体は黒服によって銃撃を受けている真っ最中。

神経を根こそぎ抉るような痛みが腹部に迸り、悲鳴を上げ続けていた真っ最中。

 

なのに何故か彼女は今、校舎の廊下ではなくどことも知れない廃墟に一人立ち尽くしていた。

 

寝てもいなければ気絶もしていない。

なのにまるで夢でも見ているかのような空間の変化にユウカは戸惑いを隠せない。

 

あまりの激痛に意識を飛ばしたのだろうか等と考えるも、直前までの記憶がそれは無いと訴えている。

受けていた痛みは本物だったが、それでも意識を失う程の物では無かったと彼女は断じた。

 

けれど確実に自分は夢を見ている。その確信がユウカにはあった。

理論で説明できる物では無い。ただ間違いなくこれは夢であるとハッキリ言える。

 

それがどうしようもない矛盾を生み出しているとしても、言い切れる物は言い切れるのだから仕方が無かった。

 

「……何が何だか分からないけど、どうにかして夢から覚めなきゃ」

 

考えれば考える程理解出来ない。

状況を詰めれば詰めるだけ謎が増える。

 

しかしそんな物はユウカにとっては全て後回しの事項だった。

今の最優先はこの夢から覚める事。

 

目覚めて、そして『(しん)』を破壊する。

その為にまずこの状況を打開しなければとユウカは夢から覚める手段を探るべくグルリと周囲を見渡した。

 

彼女が立っている場所は見るも無残に破壊し尽くされた都市の廃墟。

建造物の殆どが原型をとどめて居ない程に破壊し尽くされ、彼女が立つ整地されていた筈のコンクリート道路も大部分が下から抉られたかのように持ち上がり道路に壁を作っている。

 

周囲にそびえるビル自体も一つ一つ違う破壊が成されておりその様子は凄惨以外に言葉が思い付かない。

 

ある階層から上の部分が消失した物。

ある階層から真っ二つに折れて数多の建物を下敷きにしている物。

そもそも根こそぎひっくり返っている物。

 

ここが見知った場所なのかどうかも不明な程に破壊し尽くされた街はおぞましい程に静かであり、夢であると分かっていてもユウカに恐怖を与えた。

 

「っ……」

 

周囲を見渡しているだけなのに、歩き出そうとする意思が揺れる。

夢である事は分かっている筈なのに、現実では無い場所なのは分かっている筈なのに。

この世界に足を踏み込んで行く事を、身体が拒否反応を起こす。

 

どうしよう。と、途端にユウカは迷い始める。

脱出する術を探さなくてはならないのに、身体が行きたがってくれない。

 

行かなければ、進まなければ。

そう思えば思う程、意志を保とうとすればする程、

ジリ……と、ユウカの身体は一歩、また一歩後ろへと後ずさってしまっていた。

 

この風景には許容出来ない恐怖がある。

この夢に適応出来ない自分がいる。

この世界を深く探索したくないという気持ちに勝てない。

 

結果、ユウカは尻込みする。

夢であると分かってて、現実では無いと分かってて、それでもその先へ進めない。

 

何分、彼女はそうして立ち尽くしていただろうか。

何歩、彼女は最初に立っていた位置から後ろへ下がっただろうか。

 

ある瞬間、ゴッッ!! と、立つのがやっとなぐらいの大きな風が一瞬だけユウカを襲った。

 

「わっっっ!?」

 

真横から吹いてきた風に思わず声を上げ、右肘で顔を庇う。

バサバサと髪の毛が舞い砂ぼこりが激しく巻き上がる中、風の収まりを経てユウカは顔を覆っていた肘をどかし、閉じていた目をゆっくりと開け。

 

「…………え?」

 

空が赤色に染まっている事に気付き、その身を硬直させた。

 

「え……? な、何これ……突然空が真っ赤に……!?」

 

先程まで雲一つない青空だった筈なのに、何故だか今は鮮血に彩られたかのように真っ赤に染まっている。

ゾワリと、今度こそユウカの背筋が震えた。

 

明らかに良くない事の兆候にしか見えないその事象に、いつしか彼女の身体は小刻みに痙攣を始める。

 

「や……やだ……」

 

その痙攣が震えとなり、寒さとなってユウカを襲う。

暑い季節だというのに、何故だか身体が寒いと訴える。

 

「……ハハ……! ……ァハ…………!!」

 

遠くから声が聞こえたのは、ユウカがこの世界に対し本格的に忌避感を覚えた直後の事だった。

声が響いてきたのは風が吹いて来た右方向。

 

誰の声かは分からなかったが、笑い声に近い声だったなとユウカは認識した。

同時に、それはこの世界における一つの手がかりになると確信する。

 

どうすればこの夢から覚めるのかは未だ不明だが、この声は追わなければならない。

タッッ! と、ユウカはそんな予感と使命感を胸に声の方向に走り出す。

ひび割れたコンクリートに足を取られないよう気を付けながら、瓦礫の街と化した廃墟を駆ける。

 

ユウカが声の方へ向かい始めてからも、発声主はずっとずっと笑い続けていた。

何をそんなに笑う事があるのだろうと考え、夢だからそういうのも普通にあるかとユウカは気持ちを切り替えて走り続け。

 

「…………ャハ……ッッ! ギ……ハハハ…………!」

「…………ッ!?」

 

その声が、彼女が良く聞く声に()()()()()()()()()事に気付き、途端彼女の走る速度が極端な程に遅くなった。

 

最早歩くのと変わらない速度で進む中、あれ。とユウカは誰にともなく疑問を口にする。

ドクン、と心臓が大きく脈打った。

額から走った事の疲れから来る物ではない汗が流れる。

 

「は……はッ……はッッ……!!」

 

対して走ってもいないのに息が切れる。

酸素を求めて肩が激しく上下する。

 

心のざわめきが抑えられない。

何かがつっかえたような感覚が胸に現れる。

 

身体の調子がおかしくなる。

動機が激しくなる。

そんな訳ないと、何度も彼女は首を横に振った。

 

しかし。

しかし。

 

「ギヒャ…………ハハ…………! ア…………ハハハ……ハハ……!!」

 

近付けば近付く程、

声を聞けば聞く程。

 

似ている事に気付く。

否、否、否。

 

同じである事に、気付く。

 

「せん……せ……い……?」

 

ポツリと、言葉を落とす。

それが決定的だった。

その一言が、ユウカの中の最後の砦を壊した。

 

言ってしまった。

口に出してしまった。

もう、勘違いだと己を騙すことは出来なかった。

 

受け入れるしかなかった。

声を放っているのは、先生であるという事を。

 

「なん……で……、そんな……笑いを……」

 

聞いた事のある声が、聴いた事の無い声で笑っている。

それが途轍もなくユウカを不安にさせた。

 

何が起きているの。

何があったの。

どうしてそんなに笑っているの。

 

ダッッッ!! と、気付けばユウカは全力で駆け出していた。

ひび割れた地面を気にする素振りも見せずに一目散に声の方へと向かい始める。

 

ガッッ! と、何度も何度も足を地面に引っ掛ける。

その度によろけ、体勢を崩しそうになるも彼女は走る事を止めなかった。

 

一心不乱にユウカは進む。

進んで、進んで。

走って、走って。

 

互いの距離が縮まっているのを示す様に段々と声がハッキリと聞こえる程に大きくなって。

それ程の距離を詰めてもまだ笑い続けてる彼の様子にいてもたってもいられなくて。

 

早く彼の元に行きたいと必死にユウカは足を動かし続けて。

助けに行かないとと言う溢れんばかりの気持ちを走る速度に乗せ続けて。

廃墟の街を一切迂回することなく一直線に声のする方向に進み続けて。

最後、道を塞ぐように地面に突き刺さった大きなガレキを駆けあがる様に飛び越えた後、塗装も何もされていない荒れた荒野のような大地に彼女は降り立ち……。

 

そして、目撃する。

 

「ギャハハハハハハ!! ギヒャッ! アギャハハハハハッッ!!」

 

背中から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、狂ったように笑い続けている彼の後ろ姿を。

杖もつかず、両手を赤い空に向かって伸ばしながら全てを呪うかのように笑う彼の後姿を。

彼の足元で力無く横たわりながら地面に血の池を作っている。知らない制服に身を包んでいる少女の姿を。

 

そして。

そして。

 

「~~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

地面に散らばる見知った少女達と知らない少女達の、それぞれの残骸と思わしき姿をユウカは否応なく目撃する。

 

それは正に、この世の地獄としか形容できない光景で。

その地獄は今も終わっていないことを、先生の笑い声が教え続けていた。

 

 

 










浦和ハナコの水着グラから放たれる途轍もないえっちさに脳を揺さぶられ、上条当麻×食蜂操祈(所謂上食)の突然の公式供給によって脳を破壊された一週間。あまりにも果てしなく濃いよぉ……! 


ネルVSアリス戦決着です。
普通に敵サイドのネルが勝っちゃいましたね……。そしてそれはアカネ、カリンにも言えるんですけども……。

C&Cに誰も勝てないんですか? それは味方サイドとしてどうなんですか!! 

頑張ってミドリ! 残ってるのもう君だけ。

ミドリの力が上がってる云々ですが、御大層な事言ってますが簡潔に言ってしまうとゲーム内におけるレベルアップを本編に組み込んでいるだけです。レポートとかその辺の類の話をしているだけだったりします。


そして一方のユウカ。
一体彼女は何を見ているんでしょう。
そもそもこれは本当に夢なのでしょうか。
まあユウカが夢だと言っているので夢なんでしょう。

次回は夢編、あはぎゃは言ってる一方さんが見れるのは次の話だけ!

……多分、きっと。


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愛と幸せで締めくくる物語(ラブコメディ)を目指して

 

 

壊れた街。

壊れた世界。

夢の世界。

 

どこまで行っても現実ではない世界。

心が作り上げた無意味の世界。

 

その筈なのに。

そうでしかない筈なのに。

 

ユウカには。

早瀬ユウカには。

目の前で起きている光景が、現実かのように思えて仕方が無かった。

 

「キヒヒャハハハ!! アハ! アヒャハハハハハハ!!!」

 

現実なのか夢なのか区別が出来なくなる程曖昧な世界で、真っ白と真っ黒が幾重にも折り重なった翼を生やした先生が壊れたかのように笑い声を上げ続けている。

 

正体不明の翼もさることながら、ユウカはここまで笑う先生の姿も見た事が無い。

ともすれば恐ろしささえ覚えてしまう程に狂気的に笑い続ける彼の姿は、天使にも悪魔にも見える翼の存在も相まってあまりにも非現実的な光景としてユウカの目に焼きついていく。

 

だがそこにユウカは恐怖を感じなかった。

翼から放たれる圧倒的威圧感に、全身が押し潰されそうになる感覚こそ覚えるものの、彼の存在自体に怖さは無い。

 

代わりに湧き上がるのは、どうして。という気持ち。

ユウカの知る限りでは、先生はこんなことをしない。

先生の足元や、その周囲で倒れている生徒達に目もくれず、ひたすら笑い続ける事なんてしない。

 

先生ならまず、自分より生徒を優先する。

どんなに言葉で不機嫌である事を装っても、どれだけ面倒臭そうな態度になってても、そのスタイルを崩しているのを見た事が無い。

 

だからこの先生は紛れもなく夢の先生で、違う先生。

本物とは、似ても似つかない紛い物。

 

そう、断言したいのに。

普段のユウカなら絶対に断言出来る筈なのに。

 

彼女の心は、紛れもなくあれは私の知ってる先生だと報せていた。

 

「先生……! い、今! 今そっちに行きますッッ!!」

 

助けないと。

今すぐ先生の所に行かないと。

咄嗟に彼女は己のやるべき事を理解した。

彼の笑い声が、助けを求めている声だとユウカは即座に察する。

ユウカは先生が助けを求める声を一度も聞いた事が無い。

けれど何故だか、今の先生は間違いなく救いを求めているのだと断言できる。

 

夢の中であっても、ここが現実では無いと分かっていても、ユウカは耐えられ無い。

彼が苦しそうにしているのを、ユウカは黙って見ていられない。

 

早瀬ユウカはそう言う少女だった。

 

「ギャハハハハハハハッッッ!!!!」

 

だが、世界は彼女に優しく無かった。

ユウカの思いを汲んで待ってくれる程、都合良く回っていなかった。

 

ゾアッッ!! と、先生の背中から生えている翼が突然肥大化する。

まるで彼の笑い声が大きくなったのを切っ掛けに爆発したかのような勢いで膨張を見せる翼は、彼の体躯の何十倍もの大きさに成長すると。

 

その翼を一直線に真横目掛けて上から下へ振り下ろした。

 

瞬間、天地がひっくり返ったのかと錯覚する程の轟音が大地を轟かし、翼を叩き付けられた大地がその地点を中心として四メートル程隆起させた。

 

水面に大岩を高度から叩き落した時に発生する巨大な波紋を地面で再現させたかのように大地が膨らみ爆発し、叩き付けた翼の衝撃で地面が一直線に割れ初め、その余波が廃墟まで届く。

 

衝撃波と地割れによって複数のビルが轟音と共に根元から崩れ、都市が地割れによって二分され、吸い込まれるように無数の建物が割れた大地に沈んで行く。

 

最早災害としか呼べない想像を絶する大破壊を前にしたユウカは、一つの都市がたった一人の手によって瓦礫の山へと変貌していく様を、足を止め、顔を青ざめさせて眺める事しか出来なかった。

 

「うッッッ!?」

 

圧巻。そんな一言ではとても表現出来ないような光景に呆気に取られていると、大地が爆発した影響で膨れ上がった砂や小石の壁がユウカに襲い掛かる。

 

視界が茶色に覆い尽くされ、暴風も相まってまともに目と耳の機能が一時的に使えなくなる。

反射的に目を閉じ砂から目を守る行動を取る。

 

その行動が、この惨劇の結末を知る最初の切っ掛けとなった。

彼女は、早瀬ユウカは否応無く知る事になる。

 

この世界の地獄を。

少女達の覚悟を。

彼がもう、とっくの昔に壊れている事を。

もう、救える存在ではなくなっている事を。

ドサリと、ユウカの目の前に何かが落ちた事から、彼女はゆっくりと知り始める。

 

暴風でまともに聴覚が機能しない中、何かが落ちて来た事だけユウカは把握した。

風が収まり、先生の高らかな笑い声だけが響くだけになった世界で、ゆっくりとユウカは目を開ける。

 

そのまま彼女は自然な動きで落ちて来た物を見ようと視線を落とし。

 

「ノ……ア……?」

 

落ちて来た物体が、親友であることに声を震わせた。

瞬間、ユウカの脳が情報を得る事を拒絶する。

 

彼女は、生塩ノアは、ダラリとその身を力無く放り出し、落ちたその地点から一寸たりとも動かなかった。

生気の宿っていない瞳で虚空を見上げる彼女は、呼吸の動作一つ行っていない。

 

胸元から斜めにバックリと身体を裂くように刻まれた傷は、制服を真っ赤に汚しながらも、現在その傷口からは血の一滴も流れていなかった。

 

「ノア……!? し、しっかり!! しっかりして!! ノアッッ!!」

 

仰向けに倒れ伏している少女の名前をもう一度呼び掛ける。

だが、彼女の震える声にノアは何一つ返事を返さない。

そればかりか、みじろぎすらも行わない。

 

瞬間、ユウカの頭の中に一つの知識が流れる。

しかしそれは同時に、絶対に認めたくない、受け入れたくない知識だった。

 

生塩ノアは、既に事切れている。

恐らく、ユウカがここにやって来るずっと前の段階から。

 

「そんな……! ま、まって!! ノア!! 返事して!! ノア!!!」

 

浮かんだ知識を振り払いたくてもう一度彼女の名前を呼び、慌てて彼女の肩に手を伸ばす。

 

しかし。

 

「あ……え……?」

 

ノアに触れようとした手は、彼女の身体をすり抜けて地面に触れた。

 

「ウソ……ウソ……ッッ!」

 

己の身に起きている現象が信じられなくて、何度も何度も彼女を抱き抱えようとするも、その手に重みが加わらない。

何度やっても、何度やっても、まるでそこには何もないかのようにユウカは彼女を持ち上げられない。

 

それは、この世界における重大なルールだった。

 

早瀬ユウカは、この世界に干渉出来ない。

夢の外から来た住人は、世界をただ見ている事だけしか出来ない。

この世界の悲劇に、介入する権利を持たない。

 

それは少し考えれば分かる物だった。

彼女は先程、先生が放った攻撃の余波を受けた際、このままだと目に砂が入ると咄嗟に目を閉じた。

直後、少女の身体が吹き飛ばされる程の暴風に見舞われて尚、彼女は風が強いと体感的に思いこそしたものの、踏ん張るなどの耐える動作を何一つ行わなかった。

 

機械的に、経験的に、反射的に目を閉じただけ。

飛んで来た砂の勢いから、風が強いと感じただけ。

 

実際は、彼女は何一つ感じていない。

五感が健在な事が、ユウカにそれを気付かせるのを遅らせた。

 

「い! いや! いやよそんなの!!」

 

たった一人この世界の行く末を見届けなければならない。

ノアに触れられない事でようやくこの世界のルールを把握したユウカはその残酷さに悲鳴を上げた。

一体誰がやったのだという自問自答に、とっくに答えが出ている事にさらにユウカは絶叫した。

 

瞳に涙を一杯に溜めながら、ユウカは先生の方に視線を向ける。

先生は、苦しそうに笑い続けていた。

助けを、求め続けていた。

 

どうにかしないと。

なんとかしてあげないと。

 

そう思いながら彼女は先生の下に走り寄ろうとして。

 

「せ、ん、せい……! せん……、せ……い……ッ! せん……せ…………い……!」

 

彼の身体に必死にしがみついている、一人の少女を目撃した。

 

「ヒ、ヒナさんッッ!」

 

先生と呼び掛け続けている少女が見覚えのある少女、ゲヘナの風紀委員長を務めている空崎ヒナである事に気付き、ユウカは彼女の名を叫びながら走り始めようとした瞬間。

 

「う……ぁッッ!! あッッ!」

 

ユウカは足を止め、絶句した。

先生に抱き着くヒナの下半身が無い事に。

上半身のみで必死に齧り付いている事に。

 

言葉を発する事が出来なくなる。

遠目で見ているだけで分かる。

 

彼女はもう、助からない。

身体から流れ続けている絶望的な出血が、それをありありと物語る。

 

痛い。

その程度で収まる筈の無い激痛に晒されているであろう中、ヒナは己の事を何一つ鑑みず、ただひたすらに先生に対して言葉を投げかけ続けていた。

 

残された僅かな時間と、最後の力を振り絞って先生を地獄から引っ張り上げる。

それが彼女が選んだ、先生を助ける為の道だった。

 

「ごめん……ごめんなさい先生! 私が弱かったから!! こんな! こんな思いを……! 先生を助けられなくて……!! 私が、助けなきゃ……いけなかったのに……!!」

 

空崎ヒナは、もう直ぐ死ぬと分かってて、その時間を全て先生に捧げる。

永遠に、謝罪の言葉を投げ続ける。

 

「ごめんなさい……! ご、めんな……さい……!! 正気に……戻って……っ! 自分を……こわさ、……ない……で……おね……がい……! せん……せ……い…………ッ!」

 

だが、

だが、

 

「ギヒャハハハハッ!! アギャハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

ヒナが頑張れば頑張る程、先生の悲痛さは増していくばかりだった。

彼女の声が届く度、先生は心を壊していく。

まるで、許しの言葉を受け取るのを怖がっているかのように。

 

「ゆ、るして……先、生…………! そ、して……っ……! 私、のこと……を……忘れてほ、し……い…………!」

 

己の身体を半分に割いた先生を救おうと抗うヒナは、掠れ行く意識の中でささやかな願いを口にする。

私の記憶が傷になるならもう思い出さなくて良いと、忘れて良いと懇願する。

 

それはどこまでもどこまでも、真っすぐで純真な愛だった。

死を目前にして、ヒナは先生を優先する。

 

それを愛と呼ばずして、何と呼ぶのだろう。

報われる筈の無い想いであることが分かっているのに彼女は最期まで貫き通す。

それを愛と呼ばずして、一体何と呼ぶのだろう。

 

「わ、た……しを、……わすれ……て……! い、生きて……! お願い……先生……せんせ、い……」

 

だが、時間がやって来る。

間近に迫っていた限界が、とうとう彼女に時間を告げる。

ズル…………。と、しがみつく力を失った彼女の身体が地面に落ちる。

 

先生の身体にしがみつく力を失った彼女は、それでもまだ諦めたく無いともう一度先生の方に手を伸ばそうとして……、身体を動かそうとして。

 

「ぁ……ぁ…………」

 

全く力が入らない事に気付き、もうダメなのだと気付き。

 

「ご…………め………………ぃ…………」

 

最期に一つ言葉を吐いた後、ヒナはゴホッと今まで吐き出すのを我慢していたであろう血を吐き出し、その瞳をゆっくりと閉じた。

 

「ヒナ……ヒナさッッ……! ヒナさんッッッ!! そんなっっそん……な……」

 

彼女の死に様を目の当たりにして、ユウカは思わず声を上げる。

同時に、先生の笑い声も一際悲痛さを増した。

 

その事も余計に彼女を追い詰める。

先生が彼女を救えなかった。

そこに心を痛め悲鳴を上げている。

その事実が、どうしようもなく苦しい。

 

だが、世界は、彼女にさらに追い打ちをかけていく。

 

この世界の悲惨さを、彼女に教える様に。

 

カラ……と、先程の風に乗って流されたのか、地面を何かが転がる音が聞こえた。

その音にユウカは瞳に涙を浮かべながら、目線を流されてきた物にゆっくり、ゆっくりと合わせ。

 

流れてきたのが狐を模した面である事を知った。

見知った面だった。

見知った少女が着用している面だった。

 

「~~~~~~~ッッ!!」

 

声を、失う。

この場所に面がある事の意味。

そして面だけしかない事の意味。

 

一歩後退しながら小さく、ユウカは首を左右に振る。

その現実を、認めたくない様に。

 

「だ、だれ……か……」

 

声が聞こえたのは、その直後だった。

まだ生きている子がいる。

そう思った瞬間、ユウカの意識はそちらに向いた。

声の主を探す為、ユウカは必死に辺りを見渡し。

 

「ワカモさん!!!」

 

声の主を見つけ出したユウカは、その名前を、狐坂ワカモの名前を叫んだ。

叫びながら、慌てて駆け寄る。

 

仰向けで倒れている彼女に今助けるから声を掛けようとして。

ワカモの顔の右半分がゴッソリと消失しているのを目撃した。

 

「あ……ぁああああああッッ!!」

 

一瞬で頭が沸騰する。

悲しみがユウカの中で荒れ狂う。

もう沢山だと思った悲しみがまた訪れた。

もう十分だと思った仲間の死をまた見届けなければならない。

 

全身を槍で貫かれたかのような苦しみだった。

喉の奥から引きずり出したかのような声でユウカは絶叫する。

 

なのに事態は止まらない。

ワカモの時間は、止まってくれない。

 

「だ……れ……か……いな……い……の…………です……か…………」

 

既に死んでいてもおかしくない。

否、死んでいなければおかしい程の傷を受けて尚、ワカモはこの世にしがみついていた。

 

何時命の灯火が失われても不思議じゃない中、ワカモは空に向かって一人でに呟き続ける。

ユウカの姿をワカモは認識していない。

ユウカの声に気付く素振りも顔を向ける素振りもしないまま、空に向かって言葉を投げ続ける。

 

それがこの世界の、理だった。

 

「そんな……ぁあああっっ!! そんなっっ!! ワカモ……さん……ッ! ワカモさん!! ワカモさんッッッ!!」

 

「誰……か……わた……しのから……だ……を……隠し……て……」

 

無事な少女がいると意気込んだ矢先に飛び込んできた絶望にユウカは今度こそ耐えられず涙を流した。

 

だが、ユウカの声は届かない。

届かないまま、ワカモは言葉を放つのもやっとな筈なのに、誰もいない場所で、誰かが聞いている事を信じて言葉を並べ始める。

 

彼女はもう、目が見えていなかった。

耳も何一つ音を拾えていなかった。

放って置いても力尽きる。

そんな状況で、今にも尽きる命で、それでも彼女は誰かに向かってメッセージを送り続けていた。

 

狐坂ワカモが貫きたいとした意思を。

 

「ワカ……モ……は、先生に、みき……り……をつけ……て……どこ、か、遠くで……無事に、生、きて……るっ……、て……、せんせ……に……信じ……させ……た……め、に……か……くし…………」

 

「ッッッッ!!!!」

 

彼女が選んだ、先生を助ける為の道。

それは、狐坂ワカモの死そのものを隠蔽する事。

 

先生は、狐坂ワカモだけは手に掛けなかった。

手に掛ける前に、彼女は彼の前から姿を消した。

 

そのウソを、現実にしてと。

残された命を使って、誰かに発信し続けていた。

 

だが。

 

「お…………ね、……が…………ぃ、し……………………」

「……ッ!! ワカモさん! ワカモさんッッッ!!」

 

その願いを言い切る前に、少女の命は途絶えた。

必死に必死にユウカは彼女の名を呼ぶが、返事が返って来る事は無い。

 

先生に自分が生きていると信じ込ませる。

ただそれだけの為に命を燃やし尽くした。

愛した一人の男にウソをつく為に、彼女は命を使い切った。

 

「どうして!! どうしてなのよッッ!! どうしてぇえええええええええええええええッッッ!!」

 

ユウカの絶叫が廃墟街に木霊する。

だが、彼女の声は誰にも届かず、ただ虚しく響いて消えていくだけだった。

 

「何なのよこれ!! 何なのよこの世界はッッッ!!!!」

 

怒りに任せてユウカは叫ぶ。

だが、どれだけ叫んでも彼女の声に応えてくれる者はいない。

 

見ている世界は夢で。

なのにあまりにも起きている光景が現実が過ぎていて。

 

現実であるとすれば到底受け入れられない光景しか繰り広げられていなくて。

過酷と残酷に塗れた世界に放り出されて、それでいて自分は何も干渉できない様にされている。

 

悪夢の一言で片付けて良い問題では無かった。

もっと陰惨で、もっと極悪で、悪意に満ち満ちた何かだと心が訴える。

 

だが、どれだけそこにユウカが憤慨しようとも、この世界に何か良い変化が訪れる事は無い。

 

世界は等しく平等に時間を刻み続ける。

それがたとえどれだけ最悪の中であろうとも、揺るがすことの出来ない法則として動き続ける。

 

そして彼女の目の前で、また一つ悲劇が起こる。

ザリ……と、何かを引き摺る音がどこかから聞こえた。

 

「だ……いじょ……ぶだ……よ……せんせ……い……」

 

聞き取るのもやっとな程の声量が、その方向から届く。

ビクッッ! と、その音に過剰に反応したユウカは、恐る恐るその音の方へ振り向き。

 

「ミド……リ…………?」

 

良く知っている双子の妹が、地面を這いずって進んでいる姿を見つけた。

 

「ミドリ……! ミドリッッッ!!! ッッッ!?」

 

慌てて彼女の名前を呼んで近付こうとした瞬間、ミドリの状態を見てユウカは言葉を失った。

 

ミドリの右腕と左足が根元から無い。

まるでバッサリと鋭利な刃物に切断されたかのように完全に消えている。

さらにうつ伏せ故に詳細は不明だが、彼女もノアと同様、腹部に致命傷を受けているのか、這いずった痕跡が夥しい程の血となって現れていた。

 

流れた血は……助かる見込みが完全に無いと言い切れてしまう程の量。

しかし彼女は、懸命に身体を引き摺って前へと進めていた。

 

「わ、たしは……先生に、殺……、された、りなんか……し、ない……。わた、しは……あいつらと戦って……殺される、ん、だ……」

 

ユウカの存在に気付かぬまま、ミドリはズリ……ズリ……と、たどたどしく前へと進んで行く。

必死に身体を前へ前へと進めていく。

左腕の力のみで。

言う事を聞かない胴体と下半身を引き摺って。

 

「安心……し、て…………。先、生は…………私を…………、殺して……な、んか……な……い…………よ……!」

 

全ては、先生に己の死を悟らせない為に。

先生によって受けたであろう傷を、別の傷で覆い隠す為に。

 

先生がミドリを殺したという真実を、ミドリは勇猛果敢に敵に立ち向かい、返り討ちに会い殺されたという事実に書き換える。

 

彼から受けた傷は、彼女の死因に何一つ起因していなかった。

いつかどこかでもう一度彼に会えた時、胸を張って言い切り、笑いかけるのが彼女の、才羽ミドリの矜持。

 

彼女が選んだ、先生を助ける為の道。

 

「だ、から……先生が……苦しくなる必要は……ない、の……。わた、しは……先生に……ころされて……ないも……ん……」

 

「もう良いミドリ! 喋らないで! 動いちゃダメ!! 傷が!! 傷が開く!! あぁ!! やめて!! やめてミドリ!! ミドリッッッ!!!」

 

だが、それを看過出来る程ユウカは優しく無かった。

 

今にも泣きそうな声で決死にユウカはミドリを説得する。

放って置いても放って置かなくても、どの道ミドリはもう助からない。

彼女の肉体は既に力尽きており、気力だけで彼女は意識を保たせているだけ。

それももう長くない事をユウカは分かっていても、死に行くミドリを見過ごすことは出来なかった。

 

だが彼女の声は、この世界の才羽ミドリには届かない。

部外者であるユウカの声は、どこまでも言っても独り言としてしか消化されない。

 

「だい、いち……か、ん、たんに、ころされる、ほど……やわ……じゃ、……な…………い……。おね、え……ちゃん……じゃ、ある…………ま…………い……、……し……………………」

 

段々と、声がか細くなる。

ワカモと同じように。

 

消える。

消えていく。

 

また命が消える。

好きな男の心を守らんとする一人の少女の献身な愛が、形を成さずに消えていく。

 

それがどうしても悔しくて、報われない愛が悲しくてもう一度、ユウカは彼女の名前を叫んだ。

彼女の手を取ろうと手を伸ばした。

 

しかし。

しかし。

 

声は届かず、手は握れない。

眩しさすら覚えるミドリの輝きに、ユウカは触れる事すら出来ない。

 

「せ……ん…………せ…………だ、い……す…………」

 

最後に、ミドリはおずおずと左手をまっすぐと伸ばした。

その手に掴もうとしたのが何だったのか、ユウカに知る術はない。

 

パタ……と、伸ばされていた手が力無く落ちる。

持ち上げられていた頭が、静かに地面で休み始める。

宿っていた目の光が消えて、ミドリの身体が動きを止める。

 

最期に一滴、小さく微笑みを浮かべる瞳から、ポタリと涙を落としながら。

 

「ミ……ミドリ……ッ!? ミドリッッッ!! ミドリッッッ!!!」

 

ユウカの呼びかけに、才羽ミドリは応じない。

声も手も届かず、何も掴み取れないユウカの手の中でまた一つ、命が零れた。

 

「うぁっっうあああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

悲しみだけが募り、悲痛な声がどこまでも響く。

受け止めてくれる人のいない世界で。

たった一人ぼっちの、誰にも認知されない世界で。

 

「覚め……て……ッ!」

 

絶望に項垂れる中、ポツリとユウカが零す。

それは、彼女が自分の心を守ろうとする防御本能で。

 

一度溢れ出したら、もう止まらない物だった。

 

「夢なんでしょ!! だったら覚めてよ!! お願いだからここから出してよ!!! もう見せないで!! 先生が苦しむ所も! 皆が死ぬ所ももう見たくない!! もう見たくないのッッ!!!!」

 

夢から覚められない。

悪夢から逃げられない。

 

どうして先生がこんなことをしているのか分からない。

何が起きて先生が凶行に走っているのか分からない。

 

けど、少女達は必死に彼を助けようと足掻いている。

一人、また一人と先生を助けようと死力を尽くしている少女達が散っていく。

 

見ていられなかった。

耐えられ無かった。

 

だが夢はまだ終わらない。

彼女に続きを突き付けていく。

 

まるでこれを焼き付けろと言わんばかりに。

 

次は彼女だと言わんばかりに、フラリと、一人の少女がどこからか先生の前に姿を現す。

 

「ん。先生……大暴れ……してる……ね……」

 

知らない少女だった。

だが傷は今までの少女の中でも浅い。

額から血を流し頭に生えている右耳を失い、右手から流れる酷い出血を左手で抑えているものの、両足でしっかりと少女は立ち上がり先生と相対していた。

 

「ホシノ先輩も、ノノミもアヤネもセリナも……、空で先生が元に戻るのを願ってる……。けど。先生はもう……戻る気は無いん……だよね……」

 

先生に向かって少女は語り掛ける。

しかし先生は彼女の言葉に対して笑い続ける以外の反応を返さない。

 

少女はその彼の変わらない様子を見て、何かを受け取ったかのように小さくはにかんだ。

 

「良いよ、それで。先生のわがまま、受け……入れ、る……ね……」

 

そのまま彼女は、両手を大きく横に広げた。

まるで己の身体を差し出すような格好に、その光景を見ていたユウカが息を呑む。

 

「好きにして……良い、よ……。その分、私も……、好きにする……。何があって、も……先生の……傍から、離……れな……い……」

 

少女は願いを口にする。

その身の全てを先生に預けて。

全てを自由にする権利を先生に譲って。

 

少女は己の欲望を、どこまでも彼と一緒に居たい旨を紡いだ。

 

「ッッッッ!!! ガァアアアアアアアアアアァアアアアアアアッッッ!!!」

 

刹那、今まで笑い続けるだけだった先生から身が竦む程の雄叫びが迸った。

 

全てを圧倒するかのような絶叫はまるで、逃げろと訴えているかのような叫び。

しかしそれと同時に、まるで自分の意思とは無関係かのように翼が轟く。

彼の慟哭と時を同じくする様に、白い翼を掻き消しながら黒い翼が肥大し。彼女を貫かんと凄まじい勢いで襲い掛かる。

 

遠い位置にいても、干渉されないと分かっていてもその威圧感にユウカの身体は震える。

それはつまり、実際に間近でそれが迫って来ているというあの少女が受けている恐怖は想像を絶する物であろうことを意味していた。

 

死が目の前に迫る。

避けられない死がすぐそこまで近づいている。

 

けれど彼女は。

彼の嘆きを前にした彼女は。

 

「ん。イヤ。逃げない」

 

キッパリと力強くそう言い切った。

彼女が選んだ、先生を助ける為の道。

全てを受け入れ、絶対に離れないという意思を見せる。

 

「最期まで一緒にいる。最期の後も一緒に居る」

 

それがたとえ、どのような結末になろうとも。

たとえそれが死だったとしても、それすら二人を分かつ要因にならない事を。

 

彼女は行動で示す。

 

「根比べは、私の勝ち」

 

翼が彼女を飲み込む直前、彼女は勝ち誇った顔で先生に向かってそう告げ。

直後、真っ黒な闇が彼女を包み込み。

 

彼女がここに居た痕跡ごと先生は彼女を消滅させた。

 

翼の一撃が終わった後、彼女が立っていた場所には血の一滴すら残っていなかった。

さっきまでそこに居た筈の少女は、その全てを先生に捧げて姿を消した。

 

「いや……! いや…………」

 

小さく、言葉を繰り返す。

彼女の死。それは想像以上の傷となってユウカに残る。

 

気付けば、彼女の身体は膝から崩れ落ちていた。

瞳からは、溢れんばかりの涙が止まらずに流れ続けていた。

 

やめて……先生。

小さい声で彼女は嘆願する。

 

どうにもならないと知りつつ、それでも言わずにはいられない。

 

誰か先生を助けてと。

この悲劇を止めてと。

 

カチャ……と言う音が背後から聞こえたのは、ユウカの心が折れる直前の事だった。

 

「止め……ます、わよ……!」

 

ユウカの後ろからある生徒の声が聞こえた。

その後、ザッ……、ザッ……。と、ゆっくりと地面を歩く音が響く。

 

少女はユウカのすぐ横を左手で血の滴る腹部を抑えながら通り過ぎた。

 

「ハルナ……さん……」

 

通り過ぎた少女の名を、ユウカは泣きそうな声で紡ぐ。

黒舘ハルナの名を紡ぐ。

 

「これ以上……先生を苦しめたくありませんわ……! 幸い……もう私も長くありません……だから一緒に逝け、ますわ……」

 

声を震わせ、今にも倒れそうな程に身体をフラつかせながらも、先生に対して彼女は銃を向ける。

 

「先生を一人になんか、させません……」

 

それが、彼女が選んだ先生を助ける為の道。

 

彼の苦しみがいつまで続くか誰にも判断出来ない。

たとえ正気に戻ったとしても先生が苦しみ続けるのは必至。

 

であるならば。

そうであるならば。

 

今ここで全てを終わらせて、もう苦しまなくて良いと、もう休んでいいんだよと伝える。

それが、彼女が導き出した答え。

先生を底の見えない闇から救い上げる、唯一の方法。

 

「今……助けますわ……。少し……痛い……かもしれませ……んけど……。これが、最後の痛みにさせて……みせ、ますから……!」

 

例えそれで誰かに恨まれようとも関係無い。

先生を救えるのなら、誰に恨まれたって良い。

 

どれだけ間違った選択をしているのだと言われようとも。

それだけはダメだと何度諭されようとも。

 

先生を救う。その一つの優先事項に勝る物なんて何も無い。

 

心からそう言い切れるハルナの覚悟。

それはまさしく、一途すぎる愛の形だった。

 

「そして、目が覚めた、先の、世界では……。未来、永劫……、今度こ、そ……絶対、絶対、絶対に……ッ!」

 

両手で武器を構え、先生に銃口を向けた彼女は最期だとばかりに言葉を添える。

その意思はどこまでも儚くて、どこまでも強くて。

 

果てしなく、

果てしなく、

果てしなく。

 

黒舘ハルナらしい、辞世の句だった。

 

「私が先生を……守ってみせ、ます、わ……!」

 

ゴッッッパァァアアンッッッ!!! と、彼女の決死の力が込められた一撃が解き放たれる。

 

先生を苦しみから解放させる為の銃弾は、赤い空を切り裂く勢いで先生の身体に勢い良く吸い込まれ。

 

ドチュッッ!! と、その直後、弾丸がハルナの横腹を肉ごと抉り取った。

 

「え…………」

 

声を上げたのは、ユウカ、ハルナのどちらだっただろうか。

何が起きたのか理解出来なかったのは、どちらだっただろうか。

 

しかしその考察は、もう考える必要が無い物だった。

 

先生を殺す為に放たれた一撃。

それがハルナに命中した事実。

 

その意味を、何よりもまずハルナが理解した。

 

ガシャンと音を立てて彼女は手に持つ銃を手放し、彼女の口から血が溢れ始める。

横腹から、見ていられない程の血が音を立てて流れ始める。

 

「あぁ……本当に……ほんとう、に…………」

 

武器を握り続ける握力を瞬く間に失ったハルナは、最期にニコリと彼に向かって笑いながら、その身を前に倒れさせ。

 

「ズル、イ…………かた、です……わ………………」

 

その言葉を最後に、ビチャッと、己の血で溢れた地面に彼女は前から倒れる。

満足気に力尽きた彼女はもう、二度と動く事は無い。

 

黒舘ハルナは、この瞬間を以てその生涯を閉じた。

 

「ハルナ……さ…………んぐっっ! ぐっっあっっああぁあっっっっ!!」

 

刹那、様々な感情がユウカを襲う。

見ているだけだった。

見ているだけしか出来なかった。

彼女達の死を。

彼女達の生き様を。

 

誰にも気づかれる事無く、

誰も助けられる事無く。

一人でずっと。

一人でずっと。

 

気付けば、誰ももう立っていない。

自分が見届けた少女達の他にも、色々な少女が、あちらこちらで倒れている。

 

メイド服に身を包んでいるミレニアムの精鋭達。

ゲヘナで出会った便利屋と名乗っていた四人組。

サンクトゥムタワー奪還作戦を共にした少女達。

 

その他にも、その他にも、その他にも。

 

ありとあらゆる少女の身体が、その一部が、そこかしこに転がっている。

 

「うぁああああああぁぁあああああああああああああああッッ!!!」

 

悲鳴を上げる。

嗚咽を漏らす。

涙を流し続ける。

絶望に打ちひしがられる。

ただひたすらに罪悪感に襲われる。

何も干渉できない自分が嫌で、無力さしか覚えることが出来ない。

 

「たす……け……て……」

 

誰にも存在を認識されない大地で、彼女は一人助けを求める。

ユウカと先生の二人しかもう残っていない大地で、ユウカは先生に助けを求める。

 

決して届かない願い。

絶対に交わる事の無い世界。

 

それの意味する事はただ一つだった。

 

ズアッッッッ!! と、その始まりを告げる様に、先生から黒い翼が消え失せ、白く輝く翼が大きく天に向けられ初めた。

直後、彼の頭からヘイローらしき白い輪っかが浮かぶ。

 

何十メートルも高く天に伸びる翼に、先生の姿に思わずユウカは目を奪われた。

そんな状況でない事は分かっている。

分かっているのに。

ユウカはその翼、その姿から、途轍もない神々しさを覚えた。

 

しかし、その表情は途端に一変する事になる。

 

空へと向けられた白い翼。

その先端が、一斉に真下へ向けられ始めた事によって。

刺し貫こうとするかの如く、真下へ向けられ始めた事によって。

 

「ま……まさ……か……」

 

瞬間、ユウカの脳裏に最悪の未来が過る。

即座に彼女は違う可能性を探ろうとするも、彼女の優秀な頭脳はそれを許してくれない。

 

気付く。

気付かされる。

 

あの翼が天に伸びた理由も。

その先端が真下に向けられた理由も。

 

「やめて!! やめて先生!! 先生まで行かないで!! 私を置いて行かないで!!!!」

 

ダッッ!! と、ユウカは我を忘れて彼の方に走り始めた。

その間にも、パキパキとした音が空から響く。

 

ああ。

ああ。

 

もう、間違えようの無い問題だった。

どれだけ頭を捻って曲解しても、答えはもう出終わっていた問題だった。

 

あの白い翼の標的は先生。

先生は、自分の翼で自分を貫こうとしている。

 

その時間が刻一刻と迫っていくのを肌で感じながら彼女は先生の目先に到着すると必死に懇願を始めた。

 

置いて行かないで。

私を一人にしないで。

 

お願いだから先生まで死なないで。

 

しかし。

しかし。

 

「やめてっっ!! やめてっっっ!! お願いっっ! お願い先生ッッ!!」

 

彼女はこの世界に干渉出来ない。

早瀬ユウカは一方通行に接触できない。

 

それがこの世界に放り出された早瀬ユウカに課せられたルールで。

壊すことの出来ない幻想だった。

 

ユウカにこのルールは殺せない。

彼女にその力は宿っていない。

だから彼女は、どこまで行っても見届けることしか出来なかった。

 

光の翼が、落ちる。

その直前、ユウカは直視する。

 

ボロボロに顔を歪め、助けを求める子どものような目をしている先生の顔を直視する。

 

「        」

 

刹那、彼の口から何かが呟かれる。

その事に対しユウカが目を見開いた直後。

 

空から降り注ぐ光の奔流が、容赦なく二人を包み込んだ。

 

「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

刹那、彼の身体が翼によって跡形も無く溶けていくのをユウカは間近で目撃した。

己のみ耳すら破壊してしまうような絶叫は。むしろ壊したいとすら願ったほどの絶叫は。

 

バチンと言う音と共に彼女を現実の世界に引き戻し始める。

世界の観測に勤めていた彼女の身体も、終わりを迎えたように消滅を始める。

光と共に、

先生と共に、

 

彼女の身体が、現実に帰っていく。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

絶え間ない銃声が廊下に響き続ける。

残酷さをありありと物語る射撃音が続いた時間は十数秒。

 

いつまで続くのかと思った地獄は、ある瞬間を境に終わりを迎えた。

 

「……弾切れですか。神秘を宿さない私では、追い詰めると言ってもこの程度が関の山のようです」

 

カチカチと引き鉄を引く音だけが虚しく廊下に落ちる。

一秒前までとは打って変わって静けさを取り戻した世界はしかし、

 

「ぐッッ!! うぁ……ッッ! はっっはッッッ!!」

 

その全ての弾丸を腹部に受けたユウカにとっては至極どうでも良い事だった。

否、銃弾を受け続けた事それ自体がユウカにとっては至極どうでも良い事だった。

 

「ゲホ……ゲホ……ッ! ぁ……ぁ……ッ!」

 

帰って来た。

校舎の廊下。撃たれていた状況。目の前にいる黒服。

 

全ての情報があの世界に行く前と同じである事から、即座にユウカはルールから切り離された存在ではなくなった事を把握する。

 

「ん……ぐッッ……!!」

 

痛む腹部を抑えながら、ユウカは黒服の動向を見やる。

彼は、先程の戦闘の最中に落した銃を拾っている最中だった。

 

今なら身体を起こせると、ユウカは壁に手を付きながらもこのまま転がされている訳にはいかないと起き上がる。

 

その最中、ユウカは先程の世界の様子がありありと頭に思い浮かぶも、今は邪魔だと切り捨てる。

 

先程の世界の事はとりあえずこの瞬間だけは後回し。

今は目の前の事態の解決に集中する。

 

そうして冷静になってみると、不可解な点がいくつかある事にユウカは気付く。

 

おかしい。

この男の動向は、何かがおかしい。

 

この男の目的は『(しん)』である事は明らか。

なのに黒服はユウカに固執しているような雰囲気を醸し出していた。

 

それがユウカには不可解でならない。

尋問、拷問には必ず対象者の意識が必要となる。

そして詰問の条件として、基本的に殺してはいけないが必ず不随する。

 

殺されると分かったが最後、どちらにせよ殺されるなら最期まで黙り続け、相手に情報を与えない覚悟を持つ存在は少なくない。

 

生かさず、されど殺さず、このまま続けられたらいずれ殺されるかもしれないが、今ここで情報を吐露すれば助かる。その絶妙なバランスを維持し続けなければ拷問は成立しない。

 

だがこの男の行動は今すぐ自分を殺そうとしているようにしかユウカは思えなかった。

自分を殺す事。これが目的なのかと勘繰る。

 

しかしそれも間違いであるように思えた。

もし仮に殺害を目的としているならば何故回りくどい方法をとっているのかが今度は疑問となる。

 

ヘイロー殺しの弾丸と言うのがもし本当に存在しているのなら、わざわざ姿を現す必要も無い。

それを用いて狙撃すれば良いだけの話。

何故そうしなかったのかを彼女は瞬時に整理し始める。

 

(しん)』の在処を聞き出したいから。

ならば何故最初の質問以降聞き出そうとしない。

 

男の行動は、一件筋が通っているように見えてチグハグ。

何か裏があると、語っているような物だった。

 

「知ってますか? 弾丸を受けても痛いで済むあなた達ですが、それを痛いで済まない箇所に当てたらどうなるか」

 

自身の銃を拾った黒服が、ヘイロー殺しと彼が言った弾丸が装填されている銃を改めて握った黒服が淡々とそう告げながら銃口をユウカの瞳に向けた。

 

「早瀬ユウカ。あなたはここで永久に戦線離脱です。目が見えなくなってはもう二度と戦う事は出来ない。二度と」

「ッッ!?」

 

その言葉に、ユウカは一瞬息を詰まらせた。

それは恐怖からでは無かった。

 

点と点が繋がって一つの線に変わる。

その瞬間を、彼女は今体感したからだった。

 

思い出す。

 

(しん)』は楽園への道の途中で朽ちると言った。

それは逆に言ってしまえば、自分はその段階までは何が起きても無事である事を意味している。

 

それろこの男はここで自分を終わらそうとしている。

永久離脱と言う言葉を用いて、事態をひっくり返そうとしている。

 

その真意は、少し考えれば分かる事だった。

 

「分かったわ……あなたの目的」

 

右目に銃の照準が合っているのを確認しながら、ユウカは静かに口を開く。

 

「未来を変えたいのね」

「ッ!?」

 

ユウカの言葉に、今度は黒服が分かりやすく動揺した。

やっぱり。と、その反応から自分が立てた推測が間違っていない事を彼女は知る。

 

先程ユウカが体験した世界。

あれは、未来の映像なのだ。

未来で何が起きるのかを、ユウカに投げ渡した映像なのだ。

 

つまり、誰かが彼女に投げかけたのだ。

問題を、問いかけてきたのだ。

 

どうにかしてこれを回避してみせろと。

 

(しん)が欲しいのも勿論あるんでしょうけど、それにしてはやり方が力業過ぎる。普通ならもっとスマートにやるわよ。力業をやるにしてもミレニアムのカメラを全てハッキングして直接場所を把握したりとかの方針にする。普通ならね」

 

なのにそれをしなかった。

敢えてこの男は自分に接触を試みた。

 

一度疑問に思えば、無駄があり過ぎる事に気付けば。

この男の目的が、早瀬ユウカその物である事に気付くのはそう難しい話では無い。

 

そしてその早瀬ユウカに固執する理由。

何故固執するのかと言う理由を一度考えれば、それはもう『(しん)』が示した予言の差す未来。

先程まで立ちあっていた、滅びの未来に関係する事なのは確定となる。

 

「確かに目を失ったら流石に戦えない。でもそれをする利点があなたにあるとも思えない。なのにそれを決行しようとする。何故なのか。少し考えたら答えは出る。知ってる人なら答えを出せる」

 

つまり。

つまり。

 

この男も知っている。

どういう経緯かは知らないが、キヴォトスの空が真っ赤に染まり、先生が暴走する未来を知っている。

彼は、それを止める為にやって来た。

 

なるほど。と、ユウカはようやく筋が通り始めた話に納得を覚えた。

加えて、ここで大人しく目を撃ち抜かれれば最悪の未来は回避出来るのかもしれないと予想する。

 

自分の犠牲で先生を助ける事が出来るのかもしれない。

 

けれど、

けれど。

 

「残念だけど、私は先生の重荷になりたくない。だからその案は受け入れられない」

 

キッパリと、彼女は拒絶の意を表した。

仮に目を撃たれた場合、先生は責任を取ってユウカと一緒にいる事が多くなるだろう。

 

誰よりも彼女を優先し始めるだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

脳裏に過るのは、文字通り決死の覚悟で命を張った五人の少女達。

彼女達の想いを知って、覚悟を知って、のうのうと一人先生の寵愛を甘んじて受ける。

 

そんなのはユウカの側から願い下げだった。

もしそうなるなら、彼女は先生争奪戦レースから脱落する道を選ぶ。

喜びなさいあなた達。ライバルが一人消えるわよ。大声でそう語る未来が見える。

 

でもそんなのはイヤ。

そんな未来はまっぴらごめん。

 

だから。

だから。

 

「私は、私の手で未来を変えてみせる! 先生を助けてみせる!」

 

ユウカも、彼女達と同様に覚悟を見せる。

自分の人生を掛けて、黒服に啖呵を切る。

 

「あなたのやり方には賛同しない! (しん)は、プロトダイアグラムは絶対に渡さない!!」

 

なりふり構わぬ世界の改変には一切協力しないとユウカは豪語し、ズイ……と、一歩彼女は前に出る。

命知らずにも程がある行動だが、今のユウカにとってはほんの些細な事でしかない。

目を付け狙う黒服の銃に怯えないという行動は、現在キヴォトスにおいて出題されているどんな問題よりも簡単だった。

 

「あの世界で見た通りの結末になんかさせない! あの通りに進ませてなんかやらない!」

 

世界の残酷さを知った。

失敗した時の悲惨さを痛感した。

だから何だと言うんだ。

 

そんな物、全て守り切ってしまえば良いだけの話じゃないか。

 

「どんなに先生が強くても関係無い! 手の届かない人であろうとも関係無い!」

 

彼の強さを知った。

秘めている力の巨大さに一度は打ちひしがれた。

だから何だと言うんだ。

 

どうにもならない程に強いのなら、どうにかなるまで彼の強さに追い付けば良いだけの話じゃないか。

 

()()が先生を助けるッ!! あなたとは違う可能性を私達は進む!!」

 

あの世界で、誰もが死を前にした未来で、彼女達はそれでも先生を守ろうとした。

 

己の死を悟らせないようにした狐坂ワカモ。

その身を犠牲に彼に手を伸ばし続けた空崎ヒナ。

殺されていないと言い張る為に命を張った才羽ミドリ。

彼の苦しさを終わらせる為に心中を図った黒舘ハルナ。

そして、彼の全てを受け入れた銀髪の少女。

彼女がきっと、砂狼シロコ。

 

五人全員、(しん)に予言された少女達。

 

きっとこれは、運命と呼んで差し支えない物だった。

ならば自分がやるべきことはたった一つ。

 

自分も、彼女達の進む道に乗っかる。

彼女達と共に、先生の為に命を懸ける。

 

何故かと聞かれたらユウカは胸を張ってこう答えるだろう。

 

先生にどうしようもなく惚れた。それ以外にどんな理由があるのよ。と。

 

「守りきって見せるわよッ!! どんな奴からも! どんな敵からも!!! 悲しみも怒りも全部因数分解して見せる! そして最後に残った数式! それがッ! それがッッッ!! 皆が選んだ道に待っていた答えよッッ!!!」

 

彼女達と力を合わせて先生を守る。

それが、彼女が選んだ先生を助ける為の道で。

 

絶対的な愛と幸せで締めくくる物語(ラブコメディ)だった。

 

「お話はそれで終わりでしょうか」

 

グイッッ!! と、銃口が目に当たる寸前まで突きつけられる。

対しユウカは、口角を上げて不敵な笑みを浮かべて。

 

「先生のダメな所を挙げる話を始めるなら、百は超えるぐらいあるけど?」

 

自信満々に、そう告げた。

 

「それはまたの機会にしましょう、ではさよならです。早瀬ユウカ」

 

パンッッ!! と、終わりを告げるような銃声がユウカの耳を叩いた。

 

発砲音が虚しく響き、放たれた弾丸は容赦なく着弾地点へと吸い込まれ、皮膚を食い破り突き刺さった弾丸が血を容赦なく噴き出させる。

ボトボトと止まる事を知らない血がユウカの目元を汚し、床に広がっていくと同時、おぞましい程の激痛が走り否応なく叫ばせていく。

 

「ぐ、ぐッッッッッ!?」

 

但し、激痛に声を荒げたのはユウカではなく黒服の方だった。

 

放たれた弾丸は男の手首に深々と突き刺さっていた。

黒服の右手が着弾と同時大きく右方向に弾かれ、カラッッ!! と、構えていた銃が黒服の手元から零れ落ちる。

 

何が起きたのか、ユウカは分からなかった。

発砲される直前に首を大きく真横に曲げ、弾丸の軌道から外れようと全力を出していたが故に瞬間的に何が起きたのか把握できていなかった。

 

「百個もダメな所があるたァ随分な言い種だなァオイ」

 

だから、その声が聞こえ始めたのはユウカにとってあまりに予想外にも程があった。

 

「つゥかよォ。生塩に呼ばれて慌てて来て見りゃどォ言う状況だ、こいつァ……!」

 

カツ……、と、聞き覚えのある音が廊下に響いた。

何度も何度も聴いた声が、ユウカの心を途端に満たし始めた。

ずっと、ずっと聴きたかった声だった。

 

「最初は小汚ェハエを追い払うつもりだったが色々と聞きてェ事が出来ちまったなァ。ンだァ? そのプロトダイアグラムってのは。胸糞が悪くなる単語に近い物を喋ってンじゃねェよ」

 

カツンッ! と、杖を大きく響かせながら彼は気絶しているノアの前に立つと、左手に持つ拳銃を改めて黒服の方に構える。

 

それを見て、ああと、ユウカはうなる。

間違いなくそんな状況じゃないのに、心が勝手に高揚を始める。

 

現れるタイミング、ノアを守りながら前に立つ所作。

その一つ一つで私をときめかせてしまうのは、ズルイと正直にユウカは思う。

戦闘中なんですから私をたぶらかすような事はしないで下さい。

 

「全部話せ、知ってる事を洗いざらいだ」

 

先生のダメな所リストに、また一つ新たな項目が加わった瞬間だった。

 

 

 

 

 







多分ヒロインズにとってはこの話が一番残酷だと思います。
これがピークだと思うんですよね、正直。

だってまあ、酷い事になってますから。更新されちゃダメな奴ですから。

皆さんは誰の生き様が好きですか?
私はこの中だとミドリがお気に入りですね。健気って素敵。

さて、この話をもっていよいよ本格的に話が本題に入って行きます。
ここからが『とある箱庭の一方通行』となります。

この物語が何を目的としているのか大体掴めてきたようなそうでないようなと言う所を残しつつ、次回から一方通行がようやく個人戦闘を始めそうな感じになりました。

長い。長いよ。四十万文字使って一度もタイマンしてない主人公ってなんだ!?
仮面ライダーは三十分で二回戦うというのに!!

でも仕方ないんだ、だって生徒が相手だと一方さんが戦う理由が無いからさ……。

このお話を読むと、このシリーズで一番ヒロインするのがユウカなんだなと思ったりする人もいるでしょうが、作品的にも私的にもなるべく六人全員同列に扱っていきたいなと言う所存。ちなみにメインヒロイン級の扱いをする予定の生徒はもう一人いるんですが……まだ隠しという事で。隠しなのでこのお話にも出てきていません。


パヴァーヌ編は次回から佳境に入って行きます。
もうパヴァーヌじゃなくねという意見は……その通りかもしれません。

でもパヴァーヌですから、アリスもいるし、モモイもいるし。



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神秘渦巻くこの世界で、二つの力が交差する。

 

 

 

状況を詳細に把握するのは難しい。

それがユウカと黒い男のやり取りに乱入した一方通行が下す現状の評価だった。

 

あまりにもユウカが危険な言動を始めたので、彼女に誤射する可能性があるのを承知で彼は撃つ事を決断した。

幸いにも彼女に命中することなく男の手首を狙撃しユウカを守り切る事に成功こそしたが、先の出来事はその実かなり危険な賭けだったと言わざるを得ない。

 

それこそ一歩間違えれば。もしくは一瞬撃つのを躊躇っていれば状況が百八十度変わっていたぐらいに。

 

(つゥか何やってンだあいつ。俺が咄嗟に入る事なんて予測してねェだろォになァンで喧嘩腰だったンですかァ?)

 

言葉に出さず、一瞬の判断ミスが命取りになってしまうような状況を作り上げてしまっていたであろう助けた少女に向かって彼は愚痴る。

 

明らかに生殺与奪の権利をユウカは握られていた。

その権利をいつ行使するのかは完全に相手次第。

 

なのに彼女はどういう訳か自分の命を最優先にせず、そればかりか相手に向かって煽るような言動すら言い放ちそのタイムリミットを自ら縮めていた。

 

命知らずにも程があると一方通行はユウカに対し今一度、何をやってるんだと言い出したくなる感情に駆られる。

 

助けが来ると知っていたならいざしらず、彼女は彼が来ていた事すら知らない。

なのに己の身を鑑みず、好き放題に叫び散らかしていた。

あまりにも無鉄砲が過ぎる。

心配を掛け過ぎるにも限度があるだろと怒りたくなるのを必死に堪える。

 

ユウカの発言の全てを聞けた訳ではないが、聞き取れた内容から彼女の気持ちを一方通行は汲み取りはする。

激情のまま意地を通したくなったのだろうと、ある程度の譲歩も出来る。

 

でもそれはそれであり、これはこれだった。

そしてこれはこれであり、今は今だった。

 

一端思考を切り替えるべきだと、改めて一方通行は黒い男に意識を向ける。

 

「随分と鮮やかな登場ですね」

 

撃たれたであろう手首の痛みを気にも留めぬまま、黒服は一方通行の登場に武器をしまい拍手を始める。

その様子はどこまでも不気味だった。

 

顔全体が真っ黒に仮面のような物に覆われ、割れた右目部分が光輝き、口角を上げるように裂けている口元がその気味悪さに拍車をかける。

 

この男が何者なのか知らないが、ユウカに銃を向けていた時点で、彼はこの男を敵であると断定した。

しかしその話は既に彼の中で終わっている。

校舎を歩く中、ユウカの意地が聞こえ始めた時点でその話はもう終わっている。

 

今、一方通行の中で重要なのはただ一つ。

ユウカと黒服がやり取りし、自分が知らない特殊なワードの内容。

 

プロトダイアグラムと呼称された物体とその用途。

 

「俺の話が聞こえなかったかクソ野郎。プロトダイアグラムは何なのかって聞いてンだ」

「ミレニアムにある未来予測機の事です先生! 私達が(しん)と名付けた物をこの人はプロトダイアグラムと呼んでるんです!」

 

黒服への質問の最中にユウカが口を挟む。

瞬間、彼の中でいくつかの点が線として繋がった。

 

今朝のユウカの様子がおかしかった理由。

この場所で黒服に襲われている理由。

 

全て、プロトダイアグラムが関係しているのだと彼は解を得る。

同時に、プロトダイアグラムが何故その名を冠しているのかも。

 

繋がる。

点が線へと。

次々に繋がっていく。

 

黒服に対しても、

キヴォトスに対しても、

 

たった一つの名称だけで、彼の中であらゆるものが繋がっていく。

 

この男は間違いなく学園都市を知っている。

キヴォトスでは無く、学園都市を知っている。

知っているだけではなく、関係者である可能性も高い。

 

そう確信を得られるに足る情報が、プロトダイアグラムという名称に一つに集約されていた。

 

「……へェ。未来予測機ねェ。ンな物を欲しがってどォすンだ」

「先生は要らないのですか? 未来を思いのままに作り上げる事が可能なシステムを」

 

要領を得ない様にはぐらかされているように見えて、それが確かな答えだった。

未来を予測する。それはつまり望む未来を出力できると同じ意味を持つと言って良い。

 

そしてその夢のようなシステムが手に入るとした場合どうなるか、これを彼は一度経験している。

 

九月十四日。

 

その日、学園都市で一つの騒動が起きた。

 

学園都市が誇る超高度並列演算処理器、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)

その脅威的な性能から人工衛星に積み込まれ、宇宙空間という人類が手を出す事が非常に難しい場所で稼働していた樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)は、七月二十八日に地上からの攻撃を受けて大破。

散り散りになった部品は残骸(レムナント)として学園都市が回収、地上にて保管していた。

 

その中枢部品を宇宙空間から回収していた学園都市と、数十年先を行く科学技術の最先端技術の結晶とも言える樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)残骸(レムナント)を奪取せんとする外部機関との間で争奪戦が勃発。

 

最終的に一方通行が部品を直接破壊する事で事件は収束を迎えた物の、残骸(レムナント)を巡る騒動の際、あらゆる国が所有するロケットを宇宙に飛ばしていた事を後になって彼は知った。

個人ではなく国が総出を挙げて手に入れようとする程の代物、それが未来を予測するという力。

 

欲しいかと言われて、欲しくないと答える人間が少数派。

欲しいと思うのが当たり前。世界を掌握したいと欲望を募らせるのが普通。

 

ただし。

 

「望まねェな。未来を振り回すのも未来に振り回されるのもよォ」

 

一方通行はその例外だった。

 

「渡すと言われてもこっちから願い下げだ、クソッタレ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で彼はもう一度吐き捨てる。

もう二度と御免だった。

 

運命を誰かに操られるのも。

それに乗っかるような真似も。

 

誰かの運命を、狂わせるような事も。

 

「で?」

 

銃を構え、赤い目を獰猛に光らせながら彼は問いかける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

直接的では無く、聞き手次第でどうとでも受け取れるような言葉選びを用いて一方通行は質問を始める。

 

ユウカに対しては先生である事を知っているのかと聞こえる様に。

黒服に対しては学園都市の第一位である事を知っているのかと聞こえる様に。

 

敵側に己の情報を掴まれている。

その疑念が生まれた時点でユウカに出自を隠す理由はほぼ無いに等しかったが、一方通行はそれでもユウカに己の素性を隠す事を選んだ。

 

それは彼がシャーレの『先生』であり続けたいという意思の表れ。

戻れなくなるかもしれないという不安を隠すための隠蔽だった。

 

「連邦捜査部の部活顧問。つまりキヴォトスにおいて最も重要と評される者。少し調べれば分かる事ですよ」

「随分と勉強熱心な事だ」

「先生はご自分の知名度をご理解していないようです」

 

黒服の指摘は間違っていない。

れっきとした事実として、キヴォトス内における一方通行の知名度は高い。

サンクトゥムタワー奪還作戦成功時にSNSで彼の存在が拡散された事も相まって、概念ではなく存在を知られているという部分に絞れば、学園都市よりも有名であると言って良いぐらいだった。

 

よって黒服の指摘は間違っていない。

間違っていないからこそ、不審に思う。

 

「生憎だが興味無ェ。勝手にガキが広めてるだけの話だ」

「しかし事実として先生は一般生徒からすれば知名度も立場も遥か格上の有名人です。であるからには相応の振る舞いが求められます。本来ならばこの学園都市キヴォトスで模範的存在にならなければならないお方なのですよ。貴方は」

 

大勢の生徒に手本を示さなければならないのが、トップに課せられる義務です。

その義務を全うしなければならない程、あなたの知名度は高い。

 

黒服の語りに、一方通行は小さくへェ、と感嘆したかのように言葉を返す。

 

「耳が痛ェ話をありがとよォ」

 

しかし一方通行から放たれた言葉には、凄まじい程の重みと凄みが多分に含まれていた。

 

一方通行と黒服の本題からやや脱線したかのような言葉の応酬は、ユウカにとっては雑談に聞こえただろう。

 

それ以外に何かを汲み取る事は出来なかっただろう。

だが当事者である一方通行は違った。

 

学園都市のトップに君臨している貴方は、他の生徒に対して模範となるような行動をしていましたか。

そう質問しているようにしか一方通行は受け取れなかった。

 

その質問自体に深い意味は無い。

どれだけ高尚的な演説をしていようとそれは本質では無い。

 

黒服が言いたいことはたった一つ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ただ、それだけだった。

並べられた言葉が、どこまでもそれを暗示している。

 

「それはそうと、一つだけ先生に言う必要がある言葉があるのを思い出しました」

 

腹の探り合いはこれで終わりだと告げる様に、黒服が言葉を切り出し。

 

「時間稼ぎに付き合って下さり感謝しますよ、先生」

 

バキバキバキ……ッ! と、背後から何かを破壊する音が響き始めたのはその直後の事だった。

ギャリギャリギャリッッ!! と、重く太いキャタピラ音が破壊音に続くように迸り始める。

 

思わず、本当に思わず一方通行は黒服よりも背後から迫る物体の方に意識を割く。

 

何か途轍もない物体がやって来る。

過去の経験、もしくは本能が危険を訴え、その通りに彼は振り向き。

 

「ンだと……?」

 

教室の壁を悉く破壊しながら彼目掛けて一直線に進む戦車を目撃した。

 

だがそれを戦車。と呼んで良いのかは疑問符が付く。

本来戦車に当然装備されている筈の砲身が無く、代わりに巨大なブレードとドリルが左右と正面に複数強引に接続されており、それらが校舎の壁と言う壁に突き刺さった後、百トン近い重量で強引に押し潰すように破壊しながら校舎の中を突き進むその姿は暴君としかたとえようが無かった。

 

「『クラッシュエスカレーター』本来は災害に見舞われた地域において倒壊したビルや立ち塞がった瓦礫等を強引に破壊し道を切り開く無人操作も可能な救助用車両ですが、見方を変えればいかなる場所にいようとも追い込みをかけることが出来る突撃兵器として運用する事も出来ます」

 

ミレニアムは随分と進んだ物を開発しているようですと感嘆する様子を見せる。

その態度に、既に動けないノアを対象に攻撃を仕掛けて来た事に、一方通行は即座に銃の照準を黒服に合わせ、ギリッッ!! と力強く歯噛みした後。

 

容赦なく黒服目掛けて発砲を始めた。

 

ガガガンッッ!! と、話し合いの場はもう終わりだと言いたいかのように三発立て続けに左手に持つ拳銃から弾丸が発射される。

この距離なら外す訳が無いとして放たれた弾丸。

 

それらは全て黒服の胴体に否応なく着弾する。

 

筈、だった。

 

「一人で逃げるならともかく、先生の足ではそこで倒れている生徒を抱えて逃げる事は出来ない。そこで取引ですよ先生」

 

声が聞こえて来たのは真横からだった。

一瞬で彼の間近まで接近した黒服は、消えて現れた事に対して一切説明する事無く、二歩、三歩彼から離れる様に歩きながら戦車と一方通行との距離が二十メートルを切ったこの段階で取引を持ち掛ける。

 

ある程度距離の離れていた人間が、何の予備動作も無しに一瞬で目の前に現れる。

一般的にはまず間違いなく面食らい、衝動的に叫んでもおかしくない場面。

 

だが一方通行は冷静だった。

冷静に、全てを理解した表情で黒服に向ける目を細めた。

 

赤い目が、より冷酷に、より鋭くなる。

突然消えて現れたかのような挙動を、彼は決して見逃さない。

その力に対して、何一つ疑問を抱かない。

 

「早瀬ユウカを諦めて下されば、先生とその生徒の命を保証する。それでどうでしょうか?」

 

決定的だった。

元より倒れているノアを人質に取った時点で彼の中の境界線はとっくに踏み越えられていた。

そこに加えてユウカさえも男が持つ天秤の上に乗せられた。

 

その時点で許す許さないといった低次元の話は終わっていた。

 

ノアを助けてユウカを諦めるか、

ユウカを選んで二人揃って轢き殺されるか。

 

ただしここでユウカを選んでもユウカの保証はどこにもない。

お前を殺した後で彼女の身柄も奪う。

提示された選択肢は選択肢等ではない。

 

全員ここで終わるか、ユウカだけを終わらせるか。

二択にもなっていない二択であり、どちらを選ぶか決まり切っているような二択。

 

その選択を与えてきた事それそのものが、一方通行の逆鱗に触れた。

カタン。と、彼の心の秤が落ちる。

心は既にどうしたいか決まっていた。

 

「一つ、俺の方からも言い忘れた事があったなァ」

 

残る懸念材料を片付けるべく、一方通行は口を開く。

戦車との距離が残り五メートルを切り、無駄話の一つもする余裕など無いタイミング。

 

しかしそのような状況下でも、一方通行は今度はこちらの番だと思い知らせるようにクハッ! と、黒服に対し嘲笑的な笑みをぶつける。

 

「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとよォ」

 

ガッシャァアアアアアンッッ!! と、一方通行の近くにある校舎の窓ガラスを蹴り破りながら一人の少女が姿を現したのは一方通行が黒服に礼を言った直後の事だった。

 

飛び蹴りを放ちながら校舎内に進入したその少女は、一方通行の近くにいる黒い男を突撃した勢いのまま蹴り飛ばし、科学実験室と書かれた教室へドアごと強引に叩き込む。

 

急な彼女の登場は、黒服の反応速度を以てしても対処は不可能だった。

 

そのまま少女は少し離れた場所にいるユウカ。さらには倒れているノア。その後ろで一方通行とノアを轢き殺そうと迫る砲身の無い戦車を目視で確認し。

 

己が今この瞬間に課せられた仕事を速攻で理解したのか、小さい声で了解とだけ呟いた後、着地を待つ事なく、不安定の体勢のまま自分が武器としている二丁拳銃を戦車の方に向け、

 

バガガガガガガガガッッッ!!! と、容赦なく弾丸の雨を浴びせ始めた。

 

「オラオラオラオラオラァッッ!!!」

 

未だ空中にいる彼女から放たれる銃弾が全て戦車に叩き込まれていく。

 

ゴガバキガガンッッ!! と、銃弾一発一発が戦車に命中する度、当たった箇所の悉くから破壊音が響き、戦車の装甲が凹み、ドリルがへし折れ、ブレードが捻じ曲がる。

 

スタッ、と、少女が華麗に着地を決めた時には、黒服が用意した『クラッシュエスカレーター』はその原型の殆どを留めておらず、完全な機能停止に追い込まれ終わっていた。

 

「時間が掛かったなァ、美甘」

「急に連絡寄越した先生が悪いんじゃねえか!!」

 

これでも最速で飛んで来たんだよと、破壊した戦車に目もくれず一方通行と背中合わせの位置取りになるよう移動した美甘ネルはそう彼に突っかかる。

 

彼女の意見にハッ! と笑いながら流すと、たくよぉ……! と、彼の態度に諦めた素振りをネルは見せる。

 

「ネ、ネル先輩……?」

 

時間にして数秒にも満たない彼女の劇的な登場劇を見届けてしまったユウカが口を半開きにしたままボソリと呟く。どうやらまだ頭が理解に追いついていない様だった。

 

「俺が呼んだ。どォにも面倒な気配がしたンでなァ」

「戦闘中だったの知ってて呼ぶんだから参るぜ先生。あのチビも無駄に強いしよぉ……」

 

まあそれは良いやとネルは一度話を区切ると、

 

「そういやアカネ達は? 呼んだのはあたしだけか?」

 

この場に飛び込んできたのが自分しかいない事について質問を始める。

 

「ミレニアムとしての面子もあンだろ。作戦中に全員は流石に呼べねェ。よりにもよって俺が敵側だしなァ」

「じゃああたしなら良いってのかよ」

「オマエなら一瞬も迷わず俺の所に来る事を選ぶだろ」

 

瞬間、ボッッ! と、堂々と彼にそう言い切られてしまったネルの顔が爆発したかのように赤く染まる。

 

「な、なななな何急に言い出してやがる!! そんなの当たり前じゃねえかよバカ!! バーカ!!」

「先生は時々自分の発言の凄さに気付いた方が良いと思います……。イヤ決して私にもそんな甘い言葉を言って欲しいとか……そういうのは…………そりゃありますけど……」

 

ピーン!! と、トレードマークのアホ毛を真上に立ち昇らせてギャーギャーと騒ぎ立て始め、何故かユウカも便乗して騒ぎ初める事に眉を寄せながらも特に咎めはしない。

 

と言うか普通の言葉を言っただけなのに何故甘い言葉認定を受けたのかの方が疑問だった。

 

学園都市最強の超能力者である一方通行。彼は時々自分がいかに危うい発言をしているのかを自覚しない事がある。

今回のはその典型例だった。

 

そんな彼の目線は科学実験室の方に、ネルの不意打ちを受けて文字通り吹き飛んだ黒服の方に向けられていた。

 

黒服が教室から出て来る気配は今の所無い。

だが今の一撃で決まったとも思えないと、一方通行は警戒を続けていた。

 

「あー、それとな。語弊があるようだからあいつ等の為にも一言だけ先生に言っとくけどよ。あいつらだってあたしと同じだ。気持ちは何も変わんねえよ」

 

呼ばれたら、その瞬間から全員先生側に付く。

そう言う風に、もうあたし達はなってる。

 

冷静さを取り戻しながらネルはアカネ、カリン、アスナの三人を誤解してると彼に告げる。

 

対する一方通行の返事は変わらない。

ハッ! と、軽く笑うだけ。

対するネルの態度も変わらない。

たくよぉ……と、諦めた素振りを見せるだけ。

 

それは短く、素っ気なく。

しかしどこまでも、互いの信頼の深さが見えるやり取りだった。

 

「ま、とにかくだ。呼ばれたからにはキッチリ仕事させて貰うぜ」

 

日常的な会話を切り上げる様に、ネルは気持ちを改める様にジャラリと鎖をしならすと。

 

「今からあたしはシャーレのメイドだ。好きに使えよ、ご主人様」

 

その目を鋭い目つきへと、戦闘状態へと変化させた。

彼女の変化を背中合わせの位置にいる一方通行は目視しない。

 

だが、雰囲気だけで伝わる物はある。

一方通行にとってはそれだけで十分だった。

 

「ユウカ、動けるか」

 

痛めつけられたと思われる腹部に手を当てているユウカに声を掛ける。

顔色こそ悪く無いが、内臓へのダメージはそれなりに深そうだと一方通行は感じた。

 

無理をさせるべきではない事は承知しつつ、それでも彼女に声を掛ける。

 

「は、はい!!」

「プロトダイアグラムの場所は知ってるか?」

「っ! はい! ここの二階にあります!」

「破壊して来い。出来るか?」

 

最後に一つ確認を取る。

ミレニアムが所蔵している、ミレニアムが有する科学技術の集大成とも言える物品を破壊出来るかと。

 

破壊する。これは完全に一方通行のエゴに過ぎない。

極論を言ってしまえば、プロトダイアグラムを破壊する必要はどこにも無い。

 

黒服の狙いは間違いなくプロトダイアグラムの奪取であるが、それを阻止するのに破壊する必要は無い。

 

撃退さえしてしまえば黒服の野望は達成されない。

それを分かっていて、一方通行は破壊出来るか否かの話をユウカに持ちかけた。

 

未来を予測するシステム。それがどのような形であれ存在する事を彼は許容出来ない。

 

自分のエゴに付き合えるかと、一方通行はユウカに問う。

 

「任せて下さい!」

 

返事は、とても力強かった。

一瞬も迷うことなくコクンと頷く彼女の瞳は真っ直ぐで、彼の隣に並び立つ者として相応しい輝きを放つ。

 

「良し。美甘、オマエはユウカのサポートだ。二人で二階に行ってプロトダイアグラムを破壊しろ」

 

話はこれで決まった。

一方通行はネルに彼女について行くよう指示を出した。

 

だがネルはその決断に対し不安要素が残っているのか、チラリと彼女も科学実験室の方に一瞬視線を送る。

 

「そうは言うけどよご主人。アイツの相手、あたしがしなくて良いのかよ」

「問題ねェ。俺がやる」

 

どうやらネルも先の一撃で決着が付いたとは思っていない様だったが、ネルが抱いた不安要素に一方通行が示した回答は至ってシンプルだった。

 

「オマエ等にあの野郎を相手させるのは分が悪い」

 

見立てが正しいのなら、あの男が持っている法則は初見殺し性能が高い。

そう言う世界がある事を、そういう力がある事を前提知識として知っていなければまともに戦う事すら困難な程に黒服が扱う力は特異である。

 

「その点、俺はあの手の攻撃方法に関する知識も経験もある。ここは俺が引き受けるべき状況だ」

 

今この場において、彼女達にはここにいて欲しくない。

ハッキリ言って、邪魔にしかならない。

 

複数人で囲んでの戦闘は、あの能力を前にするのは逆に首を絞める結果になり得る。

 

その部分は決して言葉にせず、しかしまともに戦闘が出来るのは自分だけだという事実だけは述べて、一方通行はネルの意見を突っ撥ねた。

 

「チッッ! 分かったよご主人……ここは任せる。それで良いんだろ?」

「あァ。それで良い」

 

強情さを見せる一方通行にとうとうネルは折れたらしく、最後に一つ小さく舌打ちをした後、タッ! と軽い足取りでユウカの方へ駆け寄り。

 

「行くぞユウカ。走れるか」

 

そう、声を掛けた。

 

「はい! こっちです。ネル先輩」

 

武器を仕舞いながらユウカはネルの言葉に頷くと、二階へと続く階段に向かって走り出そうとする。

 

その、直前。

 

「先生!」

 

最後に一つ、一方通行に向かって大声を放った。

後ろにいる彼の方に目線を向けず、視線を二階に上がる階段に向けたまま。

 

「怪我、しないで下さいね」

 

それだけ告げて、彼女はネルを連れて二階へと駆け出す。

返事を聞こうとはしなかった。

必要無いとユウカは判断していた。

 

何故ならば。

 

「ハッ! 誰に向かって言ってやがる」

 

心配されると決まって彼は笑って一蹴する事を知っていたから。

クスッと、階段を走る彼女から小さく笑う音が響く。

 

これがユウカと一方通行の関係性で、距離感だった。

 

「で、いつまでぶっ飛ばされたままなんだァ? 黒服さンよォ」

 

ユウカが離れたのを見届けた後、倒れたノアの傍から離れず彼は脅しをかける。

むくりと、黒服が倒れていたその身を置き上がらせたのはそのすぐ後の事。

 

男はパンパンと衣服に付いた埃を振り払うと。

 

「気付いていたなら撃てば良かったのではないですか?」

 

と、素朴な疑問を口にした。

 

「言っただろォが、聞きてェ事があンだよ」

「奇遇ですね。私も少しばかり先生に聞いて頂かなければならないお話があります」

 

ピッッ! と、着こなしているスーツを正しながら、男は声を一段階低くして一方通行に語り掛ける。

対して一方通行は構えた銃を下ろさない。

 

下ろしたりこそしないが、代わりにそのまま攻撃を仕掛ける事もしない。

 

男から話す物に関して聞く耳を持つ必要は一方通行は無い。

あくまで聞きたいのはこちら側、相手の話に付き合う義理は微塵も無い。

怒りは既に臨界点。

このまま即座に戦闘を始めてもこちらとしては何も問題は無い。

 

だが彼は敢えてその道を選ぶ事にした。

下らない事を言い出したら撃つ。その条件を無言で突き付け、彼は黒服に時間を与えた。

 

コツ……と言う靴音が響く。

コツ……と言う靴音がもう一度響く。

 

「では、始める前にほんの少しだけ語らいを続けるとしましょう。彼女達には聞かせることの出来ない話を」

 

一歩、また一歩と歩み出しながら、彼の意図を汲み取った黒服は静かに口を開き始める。

 

「もう一つの学園都市、キヴォトスについての話を」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「ネル先輩! そこの突き当りにある部屋! そこにプロトダイアグラムが、(しん)があります!」

 

ユウカの指示に、前を進むネルから了解と手短に返答が来る。

 

二階の廊下を真っ直ぐ走るユウカは内心にある焦りを自覚し、急ぐ足をより早めていく。

早く目的を達成して先生の所に戻らなければならない。

 

あの男と先生が戦う事も出来れば了承したくなかった。

だがそうも言ってられないのも事実であり、さらにユウカはあの男に勝てなかったのもまた事実。

 

先生に任せるしかないのも、ひっくり返しようの無い事実であった。

 

でも。

だとしても。

モヤモヤとした感情はユウカの中にずっと残る。

先生の指示とは言え、本当に先生を残して二階に赴いたのが正解だったのか。

 

考えても答えは出ない。

この問題は、結果でしか答えは出ない。

 

なのでユウカは。

 

「扉に入ったら奥に見える一番大きいのが本体です。それを破壊してください!」

 

まずは託された仕事を完遂する事を選んだ。

(しん)がある部屋まで残り僅か。

ユウカの少し前を進むネルは彼女の言葉を受けて即座に銃を構えると、扉目掛けて発砲を始めた。

 

激しい銃撃音と共に、目的地の扉が穴だらけになる。

そのままネルは穴だらけにした扉を走る勢いのままバンッッ!! と、強烈に蹴り破り、讖《しん》のある部屋に強引に突撃し。

 

「あ……? あ……?」

 

驚きを隠せないような声を上げその動きを止めた。

 

「ッ!?」

 

先に部屋に突撃したネル様子がおかしい事にユウカは戸惑いつつ、後に続くように彼女も部屋に入り。

 

部屋一帯に描かれた妙な文字列と、部屋の中心部分にいる、右手で男の後頭部らしき物が描かれている絵画を持つ、顔の無い何者かを目撃した。

 

突然目に入った異形の何者かがいる光景に、ユウカとネルが揃って腰を抜かさなかったのは奇跡に近い物だった。

 

しかしそれでも驚きを隠すことは出来ない。

ユウカもネルも動きが止まる。

 

一時間程前までは確かに無かった紋様があちこちに刻まれているのも相まって、二人の身体が否応なく硬直する。

 

「ほう。成程、こうなりましたか」

 

瞬間、二人の背筋にゾワリとした物が走る。

声が発されたのは、どう聞いても絵画の方であった。

 

絵が喋っている。

その事実に、常識を遥かに超越した現象に二人は警戒と恐怖度を着実に高めていく。

 

「このような形での会話となった事、どうかご容赦を頂きたい。少々訳あってこれ以外の方法を持ち合わせておりませんので」

 

そんな二人の心情など意にも介さぬように男か女かすら分からぬ存在はしかし、男であると推定出来る声色でネルとユウカの訪問に対し何かを納得したかのように、どこから声を発しているのかすら不明なまま話し始める。

 

コツ……と、足音を一つ響かせながら化け物は身体の向きを変えた。

顔の向きはどちらを向いているか不明だったが、身体の向きは部屋の隅に設置してある(しん)の方に向けられている。

 

未完成の樹形図(プロトダイアグラム)。占星術を基にした未来予測機。発想は良い物と言えますが、使用者に知識が無ければただのデカイ箱です。本来これは正確な星の配置から始まる綿密な下準備に加え、機械を用いて言語命令を一律に統一する補助を以て初めて発動する『魔術』。普通は使用出来ません。偶然、星が魔術に必要な形と一致した時に使用されたでも無ければの話ですが」

 

キィィィ……と、歩く際に床に引っ掛けているのか、化け物が持つ杖が地面を擦るイヤな音がユウカとネルの眉を潜めさせる。

だが、二人が眉を潜めているのは決して音だけでは無かった。

 

理解出来る言語な筈なのに、まるで違う言語を発しているかのように理解出来ない。

 

魔術。創作やゲーム上でしか聞いた事の無い単語だった。

しかしそれがどうしてこの状況で使われているのか理解できない。

 

先生から言い渡された仕事である(しん)を一刻も早く破壊しなければならない関係上、この化け物の話に耳を傾けて聞く猶予は本来ユウカには無い。

 

にもかかわらず、ユウカはこの化け物の内容を理解しようと頭を回転させ始めていた。

ネルもどうやらユウカと同様で、荒い性格である彼女ならこの化け物の言う事を耳にも留めず、この時点で(しん)の破壊を始めていただろう。

 

だが結果としてネルは動けていない。

化け物の言葉一つ一つの難解さに険しそうな表情をする物の、ユウカと同じく聞く意思が宿っている。

 

それはどこまでも異常な光景だった。

まるで魅入られたかのように、二人は化け物の語りに耳を傾ける。

 

己の異様さを、自覚する事も無く。

 

「しかしそれでも、例え全ての条件を満たしていてもこれは発動しない。()()()()()()()()()()()()の手により位相にて建設されたこのキヴォトスにおいて、魔術は力を発揮しない。伝承を基にして使用される全ての魔術は、後に伝承そのものとなる神秘が蔓延るこの世界で行使する事は出来ない」

 

杖を地面に引っ掛けながら化け物は言葉を続けていく。

 

だがユウカにとっては何がなんだかさっぱりだった。

それでも、聞いておかなければならない気がしてならなかった

理解出来なくても、頭に入れておかなければならない気がした。

 

必死に、追い付こうと縋る。

化け物の言葉は半分自分語りのようであり、半分は教えているようでもあった。

 

少なくとも、ユウカはそう受け取った。

 

「生徒一人一人の神秘性は全てヘイローに記録されます。個人個人で異なるヘイローに宿る魔術的記号を無理やり科学によって結び付け引き摺り出し、強引に力として行使する実験は()()()()()()()()()()()()()()()、そうでもしなければ魔術もどきですら行使出来ない。それがキヴォトスという場です」

 

自分達でも知らない自分達の身体の秘密を知っているかのように顔の無い化け物は話す。

神秘性。神話。伝承。

 

それらの正確な意味を推察する事は出来なかったが、言わんとしていることを大まかにユウカは察する。

彼女自身薄々気付いている事であったのだが、キヴォトスにおける生徒間の力の優劣は大きい。

 

弾丸数発で気絶してしまう生徒もいれば、ミサイルの直撃を十発受けてようやく気絶に追いやることが出来る程タフな生徒もいる。

 

個人差。と言う一言ではとても納得しきれない物への回答を、ユウカはたった今提示された。

 

すなわち経験値の差、ヘイローが蓄積した記録の差。

これらが直接的な戦闘力に繋がっている。

 

戦闘経験が豊富であれば豊富である程。何かに没頭していれば没頭している程、それらの情報がヘイローに蓄積され、知らず知らずの内に自身の力を果てしなく増幅させる。

 

黒服が言っていた事をユウカは思い出す。

弾丸避けの神の寵愛を受けた少女と男はユウカに言い放った。

 

あの時は何が何だか分からなかったが、化け物の話を聞いた今なら真意が見える。

昔は計算で避けていた弾丸が、計算によって避けたという記録としてヘイローに蓄積され、より鋭く、より素早く、より正確的に計算出来る様に身体を進化させているのではないかという仮説が彼女の中で生まれる。

 

「旧約聖書に登場する『バベルの塔』。イタリアにある『コロッセオ』。学園都市にあった『エンデュミオン』。これらを代表とした大きすぎる建造物や象徴はただそこに在るだけで魔術という『記号』の力を有し始めます」

 

しかしここでさらに続けられた言葉によって再びユウカの頭にクエスチョンマークが飛び交う。

どれも聞いた事の無い物だった。

イタリアというのも、エンデュミオンというのも、バベルの塔も旧約聖書も全て。

唯一、学園都市だけは自分が住んでいる場所と言うのもあって知っている名詞だと判断するが、それでも彼女の記憶の中に『エンデュミオン』と呼ばれた場所は存在しない。

 

強調された『記号』というワード。

重要そうな意味合いが多く含まれている言葉はしかし、理解を詰められない。

 

頭の中で着々と理論の構築が進む。

しかし彼女は化け物の一人語りにも似た演説に口を挟むことが出来ない。

 

否、口を挟むという気すら湧かない。

疑問は次々と湧き上がって来るのに、聞き返したいことは沢山あるのに何故だかそれを言葉に出来ない。

 

まるで縫い付けられたかのように彼女の口は動かず、またそれを疑問とすらユウカは思わなかった。

 

「サンクトゥムタワー。あれ程の巨大な建造物は、前述した通り何もせずともただそこに存在しているだけで魔術的象徴として機能し始める。ただそれだけではどうにもなりません。どれだけ力が強大であろうとも、使える場所が無いならそれはただの偶像に過ぎません」

 

しかし。と化け物は続ける。

 

連邦捜査部(シャーレ)の部活顧問。即ち最高権力者である『先生』が今、最も科学技術の発展したミレニアムを主な所在地としている。これがまず一つ目の鍵を開けました」

 

キィィイ……ッ! と、杖が地面を引っ掻く音が冷たく刺さる。

化け物の挙動を目で追いこそすれど、攻撃する気は起きなかった。

部屋の奥に破壊しなければならない目標物にも、同様に攻撃する気は起きない。

 

「続いて二つ目、彼がミレニアムの代表的生徒の多くを連邦捜査部(シャーレ)に所属させている。これによりミレニアムはシャーレの一部であると解釈させる余地が生まれ。サンクトゥムタワーの力が届く範囲であると紐づける事が可能になりますが、それでもまだ力不足です」

 

囚われたかのように、ユウカとネルは聴き続ける。

まるで、時間稼ぎをされているかのように。

 

(あれ……時間……稼ぎ……?)

 

ふと、全ての理論を吹っ飛ばしながらユウカはある事実に辿り着いた。

そうだ。どうして気付かなかったのだろうか。

 

黒服はユウカに接触し(しん)の在処を聞いた。

言い換えるとそれは黒服は(しん)の場所を知らない事を表している。

 

そうでなければ話がおかしい。

知っているならば予め奪えば良いだけの話。

 

なのに黒服はわざわざユウカに接触し在処を聞いた。

 

その理由は何故か。

どうして今から(しん)を奪うと意思表示に近い行動を行ったのか。

 

ひょっとしたら。

ひょっとしたら。

 

あの時黒服が行ったのは、所在を聞くのではなく、ユウカを(しん)がある場所へ行かせたくなかったからなのではないか。

 

拉致するのも目的だったのだろう。

それで未来を別方向へ帰ると言うのも確かな目的だったのだろう。

 

けれど。

だけれどもその裏で。

 

ここへの到着を遅らせる為に黒服はユウカに接触し、戦闘を仕掛けたのではないかという思い付きが、ユウカの頭を支配する。

 

だが。

 

「しかし最後に()()()()()()()()()()()()()ここが科学の街であると言う『記号』をより強く紐づけさせられる。これによりごく限られた範囲で、条件下でという制限付きで、魔術の行使を可能とする最後の鍵を開く」

 

ハッキリ言って、ユウカの気付きは遅すぎた。

彼女の気付きは的を得ていた。

だが既に遅かった。

全て、終わっていた。

 

気付いた時にはもう男は既に歩みを止めていて、杖をゆっくり持ち上げ始めていた。

 

ハッ! とその瞬間にようやくユウカは下を見る。

男が歩いた、歩き続けていた軌跡を目で追い。

 

部屋中に描かれた紋様と似た形の何かが、杖による引っ掻き傷によって形成されているのを確認した。

 

だが、もう一度言う。

ユウカの気付きは遅すぎた。

彼女が気付いた時にはもう。

 

「私が出来るのはただの模倣です。かつて学園都市で観測された魔術の中から、己の力で再現可能な物だけを現出させる程度の物。キヴォトスではそれが限界。科学の街でありシャーレの傘下に置かれたミレニアムだからこそ可能な魔術。しかしこの街では、その程度で十分でしょう」

 

男の準備は、終わっていた。

 

()()()()()()()()()()()()

「そういうこったッッ!!!!」

 

カツンッッ!! と、杖が思いきり叩き付けられ、化け物の声とそれとは違うもう一つの声が響く。

だが、その事に対して思考を巡らす余裕はユウカには無かった。

 

紋様が妖しく光り初めたかと思うと、ゴッッッッパァァアッッッッ!! と(しん)があった部分の床が楕円形に大きく歪み、その頂点が大きな音を立ててひび割れると、まるでそれを中心点とするかのように巨大な石くれが、コンクリートが、(しん)を包み込み始め、ボコボコと音を立てて一つの形を形成し始める。

 

人型へと。

巨人へと。

 

二本の手を持ち、二足の足を操り、巨大な頭とド級の胴体で以て手足を制御するその姿は、正真正銘の化け物と呼んで差し支えなかった。

 

「なっっなにっっ!!」

「チィッッ!!」

 

その異形な姿を見て、漸く二人は言葉を発し始めた。

刹那、動きを取り戻したネルの銃が即座に火を噴き始める。

 

ゴガガガガガガッッ!! と、二丁のサブマシンガンから凄まじい程の弾丸が放たれる。

 

だが。

 

「なッ!? 弾かれてるッ!?」

 

ネルの弾丸は、命中こそすれど決定的な一撃は与えられていなかった。

岩に突き刺さる事すら無く、悉くが弾かれる。

 

aequalitas304(全てに平等な裁きを下す)

 

瞬間、部屋の中心部分に立つ男から何かの言葉が放たれる。

それが何なのかまでは掴めなかったが、信念めいた物であることは朧気ながら彼女は理解した。

 

「早瀬ユウカ」

 

化け物が、突如彼女を名指しする。

早瀬ユウカと名指しする。

 

黒服と同じように。

彼女を再起不能にしようと攻撃して来た時と、同じように。

 

「黒服があなたを見逃した理由は分かりませんが、それが彼の下した決断ならば今度は私が試す番です」

 

ゴッッッ!! と、岩とコンクリートで形成された数百トンはあろう拳が一直線にユウカ目掛けて飛来する。

 

大巨体から放たれたとはとても思えない速度で飛んでくる拳に、全く反応が出来なかったユウカは肉薄してくる拳を目で追う事しか出来ず……。

 

ギュッッ!! と、反射的に強く目を瞑った直後。

 

「あぶねえッッ!!」

 

ドンッッ!! と、ネルの叫び声と同時、彼女の身体は真横に突き飛ばされた。

 

直後。

 

ゴシャリという音が響いた後、間髪入れずにゴガガガガガガガッッ!! と、言う何かを破壊し続ける轟音がだんだん遠ざかりながら迸る。

 

「ネルさっっっ!! ッッッ!!???」

 

瞬間、何が起きたかを理解したユウカはネルの名を叫ぼうとするが、背後に無数の穴がどこまでも続いているのを見た途端彼女は絶句せざるを得なかった。

 

パラパラと木片が崩れる音と、一直線に数多の教室の壁を貫通した大穴を見て、何が起きたかを理解出来ない程ユウカの頭は愚かではない。

 

それはまさに、圧倒的な力だった。

勝負。と言う土俵に立てるかすら危うい程の脅威だった。

 

「科学が中心のこの街において、神秘とも違う異質の力が姿を現す」

 

世界が揺れる。

世界が動く。

 

これはその始まりと誰かが誰かに告げる様に。

 

神秘渦巻くこの世界で、科学と魔術が交差を始める。

 

「それは実に学園都市らしいと思いませんか?」

 

 

 








この物語はブルーアーカイブです。とある魔術の禁書目録ではございません。

なのですが、今回あまりにとある要素が多かったので少し捕捉です。


とある魔術の禁書目録では、『異世界』と呼ばれる物が存在します。
異世界と言っても基本的には神や悪魔といった人智を超越した存在が跋扈する物なので、異世界といってもいわゆる『なろう系』のような異世界とはカテゴリーが違います。

そのような異世界の事をとあるシリーズの用語では『位相』と呼んでいて、キヴォトスはその中の一つにこういう物があるんだよ。というお話になっております。

これによって紐解いていくと、『とある箱庭の一方通行』における『ブルーアーカイブ』は『とある魔術の禁書目録』の世界設定の一部に完全に組み込まれている中でのお話となっております。『ブルーアーカイブ』という作品に一方通行がお邪魔している訳ではないんですね。

概念的に言うと『とある魔術の禁書目録』のお話の中に『ブルーアーカイブ』がお邪魔している。そんな感じです。世界観は『とある』でも舞台はキヴォトスなので展開されるお話はブルーアーカイブなのですが……ややこしいな!!


そして大幅な設定変更その2,3,ゴルコンダは魔術師。キヴォトスを作り上げたのはアレイスター。
しかもどうやらゴルコンダは学園都市を知っているようです。黒服と言い何なんでしょうねコイツ。


説明パートが多いよ! どれだけ情報量があるんだ! おかしい! おかしいよ!! 
お陰で一万程度で終わらせたかったのに終わらなかったよ!!

ネル、アリスパートでは人がいない描写をしている癖にモモミド等タワー攻略パートでは人がまだいる描写をしていたのはこの話を作る為でした。ミスじゃないんです…

次回はもう一つキヴォトスに仕込まれているタネが明かされます。
次の話でいくつかの疑問点が解消される……かも?



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最悪の行き止まり

 

「先生は現在、日本に神様が何柱いるかご存知ですか?」

 

突然の神道講座を始めた黒服に、一方通行は額に皺を寄せた。

 

学園都市の頂点の頭脳を持つ一方通行でも、日本の神様について造詣が深い方ではない。

元々興味が薄いのもそうであったが、学園都市は神道についての講座を深く取り扱ってはいない。

従って彼は一般的。もしくはそれより多少深い程度の知識しか持ち合わせていない。

 

パッと出てくるのは、一番の代表例として挙げられる神の数。

その数、実に八百万。

 

八百万(やおよろず)と称される物がまず一方通行の頭に浮かぶ。

 

「正解はおよそ百五十六万です。日本には八百万の神がいると謳っていますが、実態はこんな物です。この程度しかいないのですよ」

 

太陽や月といった天体。

風や雨といった気候。

動物や植物といった生物。

刀や車と言った道具。

 

それら全てに神様が宿っていると考えられ、それら無数の神々を崇め奉る為の総称として八百万(やおよろず)が用いられた。

 

その観点において数字による正確性は意味を為さず、必要とされるのは心持ち。

たとえ付けられた数に実際の数が満たなくても、そうであると考えるべきだとするのが八百万(やおよろず)の教え。

 

なのに黒服は特に必要性の無い、柱の数に対して言及を始めた。

 

「何が言いてェ」

 

率直な疑問をぶつける。

黒服が言いたい事の概要が掴めない。

 

具体的には、キヴォトスとの関連性が見えない。

 

「キヴォトスはそれを補完する都市。という事ですよ」

 

が、すぐさま黒服によって関連性が与えられた。

しかしそれは一方通行の疑念を払拭するには至らない。

 

黒服の説明を言葉通りに受け取り話を組み立てるならば、キヴォトスで神を創ろうとしているように思える。

 

あまりにも荒唐無稽な話だった。

到底信じられる話では無い。

 

しかし。

 

「疑問には思いませんでしたか。まるで天使の輪っかのように生徒一人一人の頭に浮かぶヘイロー。その存在理由を」

 

まるで彼の逃げ道を一つ一つ塞ぐように黒服は次々と説明を並べていく。

 

ドク……と、彼の鼓動が一段階激しさを増した。

それはあながち黒服の指摘が間違っていない事に起因する。

 

気にならなかったと言えば嘘になる。

銃弾を受けても平気な肉体。

学園都市の生徒と比較した場合に異常さが浮き彫りになる身体能力。

 

ヘイローは少女が気絶すれば消失する。

少女との関連性を結び付けるなと言う方が難しい話だった。

同時に、ヘイロー自体に関する疑問を持つのもまた当然。

 

調べなかったと言えばウソだった。

だが調べた上で、その正体は掴めなかった。

 

分かった事と言えば、一人一人大きさも形も色も違う事。

そして、破壊されれば死んでしまうという事。

 

「最初に浮かぶヘイローは、決まって全員同じ形なのですよ、先生」

「……、っ…………」

 

一方通行自身が掴んでいない情報を次々と明かす黒服の言葉を、彼は素直に信じたりはしない。

だが一概にそれをフェイクだと切り捨てる事が出来ないのもまた事実だった。

 

嘘であると言い切れるだけの根拠が彼の中に根付いていない。

自身の中に、確固たる知識が固まっていない。

 

見聞だけは数例程、彼はキヴォトスに来る前に確認している。

 

一つ目は学園都市で己の腹を刺し貫き完全なる敗北を叩き付けた真っ白な化け物、エイワス。

二つ目は、第三次世界大戦にて共闘したヒューズ=カザキリ。

 

キヴォトスにやって来て、早々に発生した一騒動を片付けて、少しの間ぬるま湯のような日常に浸り続けている間、仕事を手伝いに来るユウカやミドリ達を見ながらずっと思っていた事があった。

 

思って、しかし口にも顔にも出さず、心の中にしまい続けていた思考があった。

エイワスとヒューズ=カザキリの輪っかの形は、ヘイローに似ていたと。

 

天使の輪っかの様でいてそうでない。

しかし明らかに異質な感覚があの輪っかから放たれている。

 

ヘイローからは感じない威圧と神々しさが混ざった、見ているだけで気圧される感覚。

 

一方通行の中でゆっくりと仮説が組み上がって行く。

最悪の、最悪の仮説が。

 

「ある少女は戦闘経験を積んだ。違う少女は文学に勤しんだ。別の少女は遊ぶことに情熱を燃やした。それらの経験を以てヘイローは独自の形へ変化を遂げる。生徒一人一人が積んだ知識や記録を基にその形を個性ある物へ変化させる。これがヘイローの姿形が違う真実です」

 

「……それがどォ関係するってンだ」

 

「つまるところ生徒単体に価値は何もない。知識や経験がヘイローに集約されるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと結論付ける事は出来ませんか?」

 

刹那、一方通行の目が強く見開かれる。

 

最悪が降りる。

目の前に降り立つ。

 

黒服の放った言葉は、彼の立てた仮説と完全に一致していた。

 

もう十分だった。

なのに。

 

「生徒の学習はBDを用いた自主学習が基本。時代の最先端を進んだ先の答えだと言えば聞こえは良いでしょう。ですが少し見方を変えれば、大人の介入を極限まで削り、子どものみの世界にしたくてわざとBDによる学習方法を取り入れている。そう受け取る事も出来ます」

 

追い打ちをかける様に黒服はさらなる続きを述べ始める。

一方通行自身も前々から疑問に思い、しかしこの都市の常識として半ば避けていた話題に手を掛け始める。

 

「多かれ少なかれ大人の指示に子どもは従う物です。学校という枠内であれば猶更でしょう。むしろ教員と言う立場からすれば生徒を従わせるのも仕事の一つなのですから、個性の突出が控え目になるのは種当然と言えます」

 

ああ、ダメだ。と、一方通行は全身の血液が沸々と煮えたぎり始めたのを否応なく自覚する。

この感情は、あまりにもまずい。

抑えなければならない。

 

杖を持つ右手が小刻みに痙攣を始める。

銃を握る左手の力が無意識に込められる。

 

今すぐこの男の口を黙らせたいとする本能を理性で必死に押し留める。

 

同時に思う。

同時に痛感する

 

キヴォトスは、真に終わっている場所なのだと。

 

「ですがその思考自体が誰かにとって都合の悪い物だとしたら?」

 

一方通行の結論を後押しするかのように黒服は言葉を続ける。

 

「子どもの主体性を前面に押し出し、個人個人が異なる成長を目指す事を主目的とする為に、敢えて大人による押し付けを強要しないようにしているのだとしたら?」

 

「結果はヘイローが語ってやがるとでも言いてェのか……!」

 

激情に駆られない様、必死に感情を抑制しながら一方通行はこの世界の根幹について問い始める。

 

「ご明察ですよ。この学習方法により誰も彼もが違う形のヘイローを形成しています。全く同じ経験を全く同じ量だけ積めば、ほぼ同じ形に成長するヘイローにもかかわらず、千差万別の姿を表すようになった」

 

キヴォトスは順調に回っていますよという言葉に、一方通行は強く、強く歯噛みした。

 

子どもの主体性による成長。

それは聞こえだけは確かに良いだろう。

だが裏を返せばそれは、大人の悪意に気付けるよう教育すらされないと言う事でもある。

 

キヴォトスにも大人と呼ばれる者達は存在する。

但しそれは人間ではなく、ロボットと言う形で。

付け加えると、キヴォトス中に存在する数多の会社の役員として大人は存在する。

 

しかしこのロボット共に生徒を慮る気持ちは無い。

一方通行が調べた限りでは、殆どが自分の利益の為に生徒をどう利用するかを考えている連中だった。

 

いるだろう。間違いなく。

大人の利益を貪りたいと言う悪意の餌食になり、精神を歪まされた事すらも成長として扱われた例が。

歪まされたと自覚出来ない無知を利用して、さらにさらに堕としていった例が。

 

それはどこまでも一方通行の地雷だった。

決して踏み抜いてはいけない彼が引いた境界線だった。

 

だから彼は少なくともシャーレに顔を出す生徒には目を光らせた。

守れるだけ守り続けた。

 

気に喰わない連中から持ち掛けられた仕事の誘い等も断る様に半ば命令じみた言葉を投げたりもした。

その過程で、生徒を私服の肥やしにしか利用していない企業をいくつかシャーレとして潰したりもした。

 

かつてミドリと共に潰した『未来塾』もその一つ。

この街は、無知な生徒を餌にしようとする悪魔が大勢いる。

そして、その悪魔から身を守る為の教育が、この街では施されていない。

 

脅威から子供を守るべき存在である大人も、この街には誰一人いない。

 

「第一にです。キヴォトスよりも遥か先の知識や技術を持つ学園都市はディスク学習などしていないではありませんか」

 

それが最高効率であるとするならば学園都市はとっくに採用している。

理論として正しく構築されているなら、キヴォトスが取り入れる前からより洗練された形で実用化している。

 

超能力開発が特徴の学園都市ではあるが、それはあくまでカリキュラムの一つ。

国語、数学、英語、理科、社会と言った教科の中に超能力と言う科目が追加されている。

学園都市の外との学習内容の違いはたったこれだけに過ぎない。

 

超能力が目玉の学園都市ではあるが、学習内容は超能力が主役ではない。

 

故に学園都市が例外といった言い訳は通用しない。

だからこそ絶対的な事実としてそれは容赦なく告げられる。

 

BD学習が最先端な訳が無いと。

 

「そうして多種多様な『体験』がヘイローをより非凡な物へと昇華させ、各々の経験に沿った伝承が日本に作り出される」

「ンな物を作り上げて何がしてェ! そもそも現代で起きた出来事が伝承になるだと? 訳の分からねェ事ばっか吠えてンじゃねェぞ三下ァ!」

 

伝承を作り上げて何になると言うのか。

そもそも伝承を作り上げる事が出来るというのか。

 

そして何故黒服がそれをさも当たり前かのように語り続けているのか。

 

まるで、この話を聞く為に知らなければならない前提知識があるかのようだった。

しかし一方通行には現状この黒服が具体的に何を差しているのか答えは見えない。

 

だが取っ掛かりだけは残されていた。

その全ては第三次世界大戦中に彼が得た物。

 

ロシアの夜空に発言した幾何学的図形。

打ち止め(ラストオーダー)を救うために使用した羊皮紙。

そして、空に浮かぶ大地から撃ち落された黄金の光。

 

あの時、学園都市とは基軸の違う技術が存在する事を一方通行は知った。

しかし、だが、けれど。

 

あの力とキヴォトスに一体何の関係があると言うのだ。

 

否。

否。

否。

 

一方通行は知り始める。

その圧倒的頭脳によって、散りばめられた情報から一つの事実を推察する。

 

ある事柄について理解するのに必要な知識量が百だとして、一方通行が知っている情報が一にも満たない物だとして。

 

しかしその一にも満たない物を必死に必死にかき集めて、かき集めて、かき集めて、

一を作り、十を作り、その十がやがて二十、三十へと繋がって。

 

そして一で構成された百を形成する。

それは正確な答えとは違う物。

しかし限りなく、正確な答えに似た物。

 

辿り着く、

辿り着いてしまう。

 

キヴォトスが何をやろうとしているのか。

何を目的として設立されたのか。

 

ヘイローに蓄積される経験。

それらが伝承として日本へと降りる。

それが結果として何を生むのかこそ掴めなかったが、真に重要なのはそこではない。

 

今、一方通行が求めているのはその過程で何が起きるかであり、過程の部分に関して、彼は限りなく正解を引き当てていた。

 

日本の新たな神を創る。

キヴォトスはそれを担当している。

そして、ユウカ達に求められているのはヘイローの成長だけ。

その為だけに、キヴォトスは彼女達を育てている。

 

その言葉の意味する物。

言葉通りに受け取った場合に発生する物。

 

「では少し分かりやすく、手っ取り早く結論だけを言いましょうか」

 

黒服が切り出す。

一方通行が辿り着いてしまった事実を、言葉として世界に放つ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

刹那、世界が止まった気がした。

ガラガラと校舎の奥から轟音と共に何かが崩れ落ちていく音が聞こえたのはそれとほぼ同時。

 

巨大な石くれが校舎の一角を破壊していると頭が理解したのはその直後。

 

しかし一方通行にはその場所に意識を向ける事は無かった。

 

「年月に換算して僅か六年の経験をヘイローに刻んだ後、その肉体は無へと還ります」

 

降りかかる。

絶望をさらに超えた災厄が。

災厄をさらに超えた地獄が。

 

一方通行ではなく生徒に。

何も知らないであろう生徒に。

 

悪意が、これでもかと注がれる。

 

「この街で先生は卒業生に出会ったことがありますか? もしくは学生ではない、正真正銘の子どもをこの街で見た事がありますか?」

 

ドスンと、冷たい刃物で胸部を刺し貫かれた気分だった。

常々に思っていた疑問であり、どれだけ調べても理由の糸口すら掴めていない問題だった。

 

結論から言えば、一方通行は見ていない。

大学生、小学生。どちらも彼は一度も目撃していない。

 

それはキヴォトスが広大だからという話ではなかった。

どれだけキヴォトスの施設を調べても、小学校と大学は存在していなかった。

 

「キヴォトスに外の概念はあれど外の世界はありません」

 

カチリと、頭のどこかで音が鳴る。

それが何なのか、一方通行は分からない。

 

ただしかし、確実にそれは何かが切り替わる音だった。

 

「幼少期の経験は何千、何万と予め設定されたシステムからランダムに一人一人に与えられる。数千人の生徒に過去の話を聞いてみると、一人ぐらいは一字一句同じ経験をしている生徒がいられる筈ですよ」

 

「ふ……ざけ……ン……な……ッッ!!」

 

声が、震える。

もう抑えられなかった。

 

黒服がたった今放った言葉は、一方通行の限界を踏み抜く。

 

それが正しいとするならば、

それがこの世界の法則だとするならば。

 

この世界はどこまでも、クソだ。

 

「そうしてこの世界に中学生として生み出された少女達は本能のまま所属する学校を選びヘイローを成長させる。そしてヘイローに刻まれた記憶は伝承となり、彼女達の消滅後、日本のどこかに割り込むように浸透し、やがて一つの神として昇華される」

 

ゲームが得意だった生徒の記録は遊びに精通した神として、

食事が好きだった生徒の記録は美食の神として、

計算が得意だった生徒の記録は数字の神として。

 

「それが八百万(やおよろず)計画。キヴォトスが作られた目的ですよ。先生」

 

日本国内で科学では説明の付かない力を使用する際、何をどう工夫を凝らそうとも八百万に及ぶ伝承が様々な方向から小指を引っ掛けるように条件に抵触し、まともな使用を不可能にする。

 

「日本で魔術を満足に使えないようにする。生徒達はその為の贄です」

 

「ふざけンじゃねェぞクソッタレがぁぁああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

重い銃撃音がいくつも鳴り響く。

だが黒服の姿は銃声を鳴らした瞬間に消えた。

 

だがそんな物はどうでもよかった。

絶叫し、心の底から叫びながら思いの限りをぶつける。

 

魔術が何なのかもどうでも良かった。

頭の中にあるのは、笑いながら楽しく今を過ごしている少女達の姿だけ。

 

何も悪い事をしていないのに悪意に晒されている、彼女達の姿だけだった。

 

「あいつらは死ぬ為に生まれたってのか!!! 世界に何もかもを翻弄されて、何も知らねェことすら知らねェまま、どこぞの誰とも分からねェ奴等に好き勝手に利用されるってのかッ!? 一体誰があいつ等の人生を滅茶苦茶にする権利があるンだッ!? ふざけた事ぬかしてンじゃねェぞクソ野郎がぁああああッッッ!」

 

「歪み、狂い、濁りきった世界。これがキヴォトスです。これがこの街を取り巻く真実です」

 

声が聞こえたのは背後からだった。

咄嗟に振り向いたと同時、彼の顔面に右拳が刺さる。

 

ゴッッッ!! と言う音を立てて、まともに踏ん張る事の出来ない一方通行は廊下を転がる様に吹き飛ばされた。

 

ゴロゴロと無様に地面を転がった後、ガッッ! と乱暴に杖を突き立てて即座に体勢を立て直す。

顔面に深々と突き刺さった拳の痛みに彼は呻きもしない。

鼻からポタリと血が零れ始めたのを微塵も気に留めもしない。

 

その代わり、ただ強く怒りを露わにする。

キヴォトスに来て以降、一度も見せた事の無い表情だった。

 

「クソッタレがッッ!! だったらオマエの目的は何なンだ!! あァ!? ユウカを攫って何がしてェンだッッ!!!」

 

「一言で纏めるとキヴォトスの維持。ですよ。先程の話はキヴォトスに脅威が迫っていない時にあるべきキヴォトスの姿の話です。しかし今、キヴォトスはある悪意に晒されています。私はその未来を変える為の手段として彼女達をリタイアさせる道を、先生と彼女達を接触させない為の道を選びました」

 

この男とは別の敵がキヴォトスにいて、それがこの街に著しいダメージを与えようとしている。

それを回避する為に、この男はユウカを犠牲にする事を選んだ。

ユウカを攫い、何かを施す事でキヴォトスのシステムを維持させる。

それがどれだけ大事なのか一方通行は知らない。

 

知らなくて良いと思った。

絶対にユウカは守り抜いてやると一方通行は心に誓ったから。

 

それよりも。

それよりも。

 

「彼女達。だと……?」

 

聞き捨てならない言葉が、黒服から聞こえた気がした。

言葉通りに受け取るなら、それは……。

 

「才羽ミドリ」

「ッッッ!?」

 

ポツリと、知ってる少女の名前が語られる。

今、自分が守れる範囲にいない少女の名前が語られる。

 

「賭けをしましょう。先生」

 

ここまで言えば先生ならもうお分かりでしょうとでも言いたげに、具体的な答えは述べず黒服は一方通行に遊びの提案を持ち掛ける。

 

一方通行は絶対に失敗する事が許されない遊びを。

 

「今夜の一件で誰も死なず、誰も壊れず、全員が先生の手の届く範囲で生き残ったのなら先生の勝ちです。その瞬間から、我々ゲマトリアは先生が選んだ地獄へ進む方に力を注ぎましょう」

 

ヒュッッ!! と、一方通行の目の前に突然姿を表いながら、黒服はルールを語る。

失敗した場合、私達は独自で事を進めると続けざまに言い残す。

 

「世界は少女達を死に導く。我々は彼女達の再起不能を目的としている。敵はキヴォトスその物を潰そうとしている」

 

最後に黒服は笑いかけているかのような声色で、彼に言葉を投げつけた後。

 

「どうです? 全てから少女達を守りたくなったでしょう? 一方通行」

 

ゴキンッッ!! と、固く握られた黒服の右拳が一方通行の顎を下から上へと振り上げられた。

 

それは、全ての本質を問うているような言葉だった。

ありとあらゆる理屈の中に閉じ込められた、最も重要な単語であるような気がした。

まるで、この世界の全てはただその一点を成し遂げる為だけに作られているような。

 

ミシ……と、顎の骨に罅が入ったような音が迸った。

耐えられる筈の無い激痛が、意識を奪わんとする程の激痛が一方通行を襲う。

 

だが。

 

「あァ……そォかよ……」

 

一方通行は怯みもしなかった。

右手に持つ杖一本のみで黒服からの一撃を体制を崩さぬまま踏ん張った後、ギロリと、鋭く突き刺すような赤い目で一方通行は黒服を力強く睨みつける。

 

「ッッ!?」

 

ただならぬ威圧感を発したその目に、今度は黒服が狼狽える番だった。

バッッ!! と、背後に飛び退き一方通行と距離を開ける。

 

カチャリと、フラ付く事無く再び一方通行は黒服に銃を向けた。

 

己の意思に関係無く体温が上がる。

全身が、熱く沸騰する。

 

それとは裏腹に、心だけは冷えていく。

頭だけは、冷静さを取り戻していく。

 

「そンなにお望みなら見せてやる……ッ! オマエのよォなクソッタレの目に焼き付けさせてやる……ッ! どこまでもアイツ等を食い物にしやがるゴミ共に思い知らせてやるッッ!!! 俺だって()()()のようにヒーローになれるってことを! 誰も彼も守る事が出来るって事をッッッ!!!!」

 

右手だけで解決出来る程強くはない。

立っているだけで希望の象徴となれる程、輝きを放っている訳ではない。

 

一方通行は彼にはなれない。

いくら憧れようと、焦がれようと彼が至る場所に成り代わる事も隣に立つ事も出来ない。

同じ頂に立とうにも、もう一方通行の手は血で汚れ過ぎた。

 

一生拭い去ることの出来ない罪が、彼を延々と蝕み続ける。

分かる。

自分だからこそ分かる。

 

あのツンツン頭のようにはなれない。

最弱の男が魅せた強さを持ち合わす事は絶対に出来ない。

 

己の罪を生徒に吐き出す事すら躊躇っている自分に、初めからその資格は与えられていない。

 

でも、

それでも。

そんな自分でも。

 

誰かの盾となって立ち向かう事は出来る。

 

打ち止め(ラストオーダー)番外個体(ミサカワースト)を守る為に、命を賭したあの時のように。

 

「同時並行で進めてやるよォ! アイツ等が死なずに高校を卒業出来る方法も、キヴォトスを潰してェ奴の妨害もッ!」

 

彼は決して認めたがらないだろう。

首を縦に動かし肯定する事はないだろう。

 

だが、それは抗いようの無い事実として世界が受け止める。

 

「オマエをここで、止める事もよォッッ!!!!」

 

誰かを想い、誰かを救おうと必死に手を伸ばそうとする彼の姿は、

正しく『ヒーロー』であるという事を。

 

 

 

 

 






地獄だ……地獄過ぎる……。

とある魔術の世界観を基盤にブルアカの設定を考えた時、これらがストンと嵌まってしまったのはもう最悪としか言いようが無かったですね。

まあ採用したんですけども。



そんな訳で今回も始まるザックリ解説コーナー。

今作の生徒は、神様を人工的に作っちゃおうというノリで生み出された神様クローンみたいな立ち位置になってます。この時点で一方さんの地雷確定ですね。

風斬氷華が科学の力で生み出された『人の形を模した天使』に対し、生徒達は位相が持つ様々な魔術的要素から作り出された『人の形を模した神』となっています。
ヘイローも結果的に『天使の輪っか』が成長した物となりました。天使ならあの異常な耐久力も納得だね。

魔術について。
とあるシリーズの魔術は、基本的には神話や伝承に記されている内容を自身の個人的解釈によって歪め、自分の思う通りに行使する力、なんですよね。超ザックリ言ってしまうと。

で、ユウカ達を消滅させてアレイスターは何がしたいのかと、ザッと一千万単位で伝承を作りまくって、日本国内で特定の魔術を使用した際に「ちょっと待てお前が今使おうとしてる魔術、これとこれ、あとこいつと、もう一つおまけにこの伝承にも似たような物があるじゃん解釈を曲げようにもこれじゃ曲げらんないよまともな魔術になんないよ」として使えなくさせちゃおう! としている訳ですね。

百万程度で八百万と言えるなら、二、三千万神が居ても八百万で良いんじゃね? と、考えてもいるようです。

まあそれが本当にやりたい事なのかどうかは置いておいてですが。


今日のお話はブルアカ中心の話をしているのに解説が挟まる程の話になっている……おかしい。


ネルちゃん颯爽と現れて可愛いねでも先生に対してちょっと感情重くない? 的な話をしたいのにずっと話がシリアスしてる……

次回はユウカパート中心ですね。


そして地獄のネタがまた次回に……あるんだなぁこれが。
まだ最悪じゃないんだよね、これ……。


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それはただ一人を壊す為に

 

メキッッ!! と、床の耐久値が限界を超えた事を告げる音が響いたのは、目の前でネルが大岩に殴り飛ばされて直ぐの事だった。

 

一度響いた危険な音は果たして、バキバキとあらゆる物が折れ始めた音へと変化する。

ミレニアムの校舎は、千トンを超える大岩の重量に耐えられ無い。

 

そもそもが校舎のコンクリや大岩を文字通りあちらこちらにくっつけて人のような形をした石人間を生成した以上、教室の耐久値は大きく削れている。

 

まずい。と、思う猶予だけはあった。

このままじゃ崩れると、考える時間だけはあった。

 

しかしそこから逃げる時間だけは与えられなかった。

 

よって。

 

ゴッゴォオオオオオンッッ!!! と、ある瞬間を境にゴーレムが教室の床を壁ごと破壊し、真下のフロアを上から踏み潰した後、ミレニアムの分校を半壊させながら屋外へ放り出される。

 

「わっっわッッッッ!?」

 

当然、それはユウカも例外では無かった。

巻き込まれるようにユウカも屋外へと放り出される。

 

二階から地上へは真下に落ちて行く訳では無かったのは不幸中の幸いだったと言えよう。

ゴーレムが出現した場所からはほんの少し離れた場所にいたのも相まって、彼女は滑り落ちる様に屋外へと投げ出された。

 

「い、ったっっっ!!」

 

うつ伏せとなって唸るユウカに大怪我は無い。

だがしかし無傷という訳にもいかなかった。

滑るように落ちて行く際、コンクリートや瓦礫にあちこち身体をぶつけ、ジャケットはビリビリに破れて悲惨な物へと変化している。

 

とは言えそんな下らない事に意識を割いている余裕はユウカには無い。

すぐ傍で巨大な石の拳が自分目掛けて振り下ろされようとしている。

刹那、ユウカはこれ以上なく顔を青ざめさせた。

 

直感が告げる。あれに当たったら死ぬと。

肉も骨も一撃で砕け散ると、死が迫る中、どこか冷静さを持つ頭が正確に当たった場合の未来を予想した。

立ち上がって走り出しては遅いと、第六感が訴える。

 

だからユウカは、転がって避けた。

 

起き上がろうとする力を使わず、前へ目掛けて跳躍するように足に力を込め、前回りの要領でクルリと身体を一回転させる。

 

ドッッッッズゥゥウウウッッッッ!!!! と、先程までユウカが居た位置に地面を深く抉る一撃が刺さったのはその一瞬後の事だった。

 

「ぐっっうううううッッ!!」

 

地面を全力で叩き付けた衝撃がビリビリとした振動と轟音を生み、イヤでもユウカの鼓膜と全身を貫く。

間近で発生した大破壊は、ユウカの足を竦ませるには十分な威力と衝撃を誇っていた。

だがそこで怖気付かずに逃げようと身体を起き上がらせたユウカの判断は正しい。

 

一端全力でゴーレムと距離を離そうと振り返りもせず走った彼女の判断は何処までも正しいと言えた。

 

少しでも判断を間違えたら即死。

僅かでも決断を迷うことは許されない。

 

普通なら誰もが恐怖に身体を震わせまともな思考が出来なくなる状況。

その中でも頭と体をフルに動かすユウカは、だからこそ命を拾えていると言って良かった。

 

「は……は……ッッ!」

 

距離を離し、銃を構えたユウカは改めてゴーレムと正面から相対し……。

 

「ッッッ!!!」

 

その巨体さに思わず息を呑んだ。

腕だけで二メートル。全長は四メートルを有に超えている。

 

見ているだけで圧倒的な絶望を与える姿は、しかし同時に一つの納得をユウカにも与える。

 

「その巨体で隠して……(しん)を持ち運びたい訳ね……ッ」

 

疑問ではあった。

(しん)をあの男達が確保したからと言って、作戦が完全に成功したとは言わない。

持ち帰って初めて奪取出来たと言える。

 

(しん)は人の手で持ち運びが出来る程小さい物では無く、ミレニアム側の妨害が入る事も考えた場合、どうやって運ぶつもりなのかユウカは分からなかった。

 

だが、その解決法が今ユウカの前に立ち塞がっている。

(しん)を腹の中に抱えたまま逃げるでもなく、ユウカを叩き潰さんと立ち塞がっている。

 

このまま素直に彼等の拠点としているであろう場所にゴーレムを歩かせればそれで作戦完了。

まんまとミレニアムのシステム全てを出し抜いて(しん)を手に入れることが出来る。

にもかかわらずゴーレムは交戦の意思をありありと醸し出していた。

 

どうやら男達は、(しん)を持って帰るだけでは飽き足らないらしい。

 

どうしても。

どうしても彼等は早瀬ユウカを壊したいようだった。

 

その事実に自然と背筋が震える。

命の危機に身体が強張る。

 

直接ゴーレムから攻撃を貰わずともユウカの感覚が告げる。

一撃でも当たったらきっと二度と立てなくなると。

そうでなくても掠っただけで重傷は免れないかもしれないと。

 

どうしたって絶望的。

だけどそんな中でユウカは。

 

「悪いけど、私の身体は受け取り待ちの先約済みよ」

 

あなた達二人に言い寄られても私は良い返事を返さないと軽口を叩きつつ、応戦の意思を見せた。

ゴガガガガガッッ!!! と、ユウカのサブマシンガンが火を噴き始める。

 

二足歩行で動くバカバカしい程に巨大な石像。コンクリートや大岩、鉄柱等をゴテゴテにくっつけ、凶暴さをこれでもかと見せつけるそれは圧倒的な絶望感を放ち、敵対者を恐怖に陥れるには最良の姿。

 

だが逆に言えば、どんな攻撃であろうともその巨体では絶対に逃げられない事を意味してもいる。

 

神秘が込められた銃弾が、一つ残らずゴーレムに着弾する。

重装甲の鎧すら弾幕を用いれば破壊できるユウカの弾丸はしかし、着弾こそすれどゴーレムの身体を貫通する事は出来ていなかった。

 

せいぜい何発かの弾丸が少しだけ埋まる程度。

殆どの銃弾はゴーレムの大岩に悉く弾かれていた。

 

(やっぱり、何か私達の攻撃を通しにくくする特殊な細工がされてるわね……!!)

 

先程ネルの攻撃を弾いたのと同じ現象が発生しているのを、ユウカは冷静に受け止める。

 

だが、ハッキリ言ってユウカの柔軟な思考は異常と言って差し支えない程の物だった。

 

普通の少女は、大岩が人型となって形成され、あらゆる物体を吸収しながら襲い掛かる光景を見てこれを現実だと思う事は無い。

まずあり得ないが襲う。

そしてどのような状況でも、自分が知っている世界の常識を基盤にして敵の情報を当て嵌めようとする。

 

対しユウカはそれをしなかった。

理解の及ばない物を、まだ今の自分では理解の及ばない物であるとしっかりと理解した。

その思考は並大抵の生徒が簡単に得られる物では無い。

 

当然、ユウカはゴーレムを目撃したのは今日が初めてである。

ファンタジー的なゲームでしか存在を知らないゴーレムが、突然ユウカの前に姿を表した。

普通ならばパニックになって然るべきな現象を間近で見て、しかしそれをユウカはハッキリと事象として受け止めた。

 

自分の知らない未知の何かを利用して、この石像は動いていると。

 

今の自分では理解出来ない物がある。

魔法にしか思えない現象を引き起こす法則がある。

 

それをあり得ないと切り捨てず、彼女はしっかりとあり得る物として受け止めた。

だからこそ、彼女は銃弾が弾かれている事に対し面倒だと思いつつも下手に動揺したりはしない。

そういう物なのだと、認識する。

 

重ねるが、ユウカの柔軟にも程があるその思考は異常である。

自分の知らない法則がこの世にある物なのだと、突然知らされてそれを受け入れることが出来る少女がごまんといる訳が無い。

 

それをユウカが達成できたのは、(ひとえ)に異能の力を目撃している事が大きく響いている。

 

黒服に腹部を集中的に銃撃された時、夢なのか未来なのか曖昧な世界に飛ばされたユウカは、他の誰でもない先生が理解の及ばない力を現出させたのを目撃した。

 

同時に、この世には自分が持つ知識では到底説明の付かない事象がある事を思い知った。

故に彼女は取り乱さない。

 

だが、取り乱さない事と、攻撃が通用してないのを見て焦らない事は話が別。

 

「効き辛いにも程があるわよ!!」

 

どれだけ撃ち込んでも大してダメージが入っていないゴーレムの様子に、悔しさを隠す事もせず叫んでしまうのはある種しょうがない事と言えた。

 

攻撃を続ける中チラリと、崩れた校舎の二階を見やる。

その奥にいる、自分を庇ってゴーレムの攻撃をまともに受けたネルはあれ以降一度も姿を見せない。

 

最悪が過る。

気絶で済んでいるのか、それとも取り返しの付かない状態になってしまったのか。

 

ギュッッ! と、彼女は唇を強く噛んだ。

 

助けに行きたいと心から思う。

けど、助けに行ける程ユウカが置かれている状況は甘くない。

 

グオッッ!! と、ユウカの弾幕を意にも介さぬように、ゴーレムの右拳が真上へと持ち上げられ始める。

 

その予備動作から何をするかを概ね悟ったユウカは、銃撃を止め一目散に後退する。

 

逃げ時を見誤ってはならない。

退くと決めたら全力で退く。

中途半端な行動は確実に死を招く。

 

この戦闘ではそれが絶対だとするユウカは、迫りくる大岩を目で追えない恐怖を必死に押し殺し、敵に背中を向けて全力逃走を図る。

 

明かな格上である敵の動向から目を離す。

着実な死の一撃を放とうとしている攻撃に背を向ける。

 

そのやり方が最も生存率の高い行動だと頭では分かりつつも、気安く選択できる択ではない。

迫る拳を目で追い続けたい。当然の思考だ。

何処に飛んでくるか分からない拳を目視で観測し避ける算段を立てたい。当然の思考だ。

だがそこに注力するあまり逃げられないではお話にならない。

 

それが分かっているユウカは、全力で背を向けて走り出した。

 

そして、彼女の行動が正解だと言わんばかりに背後から全身が震えあがる程の轟音が響き渡り。

直後、ユウカの立つ地面が上下に揺れた。

 

「ッッッ!?」

 

その現象はユウカでさえ予測していない物だった。

人為的に発生した地震に、自然と彼女の足が止まる。

 

波の様に揺れる地面に脚がとられる。

もつれさせ、転ばない様に地面に手をつく。

 

致命的だった。

 

まずい。と、頭の中で警鐘が響く。

逃げなければ、そう思うもこの揺れる地面ではまともに走ることが出来ない。

 

無理やり動きを封じられてしまったユウカは、それでも自分に出来る事をしようと、逃げ出せないのならせめて銃撃で時間を稼ごうとゴーレムの方へ振り返った。

そして、振り返らなければ良かったと即座に後悔した。

 

どうやら地面を殴りつけたのは右の拳だったらしい。

そして今、左の拳がユウカ目掛けて真っ直ぐに突き出され始めている。

 

ゴオッッッッ!!! と言う、途轍もなく重圧的な風切り音がその一撃の破壊力をユウカに知らしめる。

逃げようにも地面の揺れは未だ激しく先程のように、転がって避ける事すら許してくれそうにない。

 

逃げられない。当たる。

直感的にユウカは悟った。

これはもう無理だと。

 

けれど。

けれど。

 

絶対的に無理な事を頭で理解しつつ、それでも彼女はどうにかする道を探る。

 

何か無いかと、起死回生の手は無いかと必死に必死に策を考え。

鼻先まで迫っても必死に生き残る道を考え。

 

「どぉりゃぁああああああああああッッッ!!」

 

まるでそれを叶えるかのように少女の声が一つ、空から響いた。

同時、ゴッガアアアアンッッ!! と言う音がゴーレムの頭部付近で炸裂する。

 

結果、殺人を厭わぬ一撃はユウカのすぐ真横、一センチ横を勢いよく通り抜けた。

ヒュ…………と、拳が真横を通り過ぎた瞬間、ユウカは無意識にそう零した。

 

何が起きたのか理解出来たのは全てが終わった後。

 

崩れた二階の校舎から勢いよく飛び出したネルが全力でゴーレムを蹴り抜き、体勢を崩しよろけさせたと知ったのは、

蹴り倒した事によって拳の軌道が強引に逸らされたのだと知ったのは、

 

僅か一センチの差で九死に一生を拾った後だった。

 

「ネルさ……ッッ!?」

 

生き残った。

生きていた。

自分が、彼女が。

 

ズズゥゥゥウウンッッ!! と、ゴーレムが重い物音を響かせながら倒れる中その事実を数秒遅れでようやく理解したユウカは、颯爽と現れたネルに礼を言おうと声を掛けようとして、それを最後まで言い切ることが出来なかった。

 

代わりに、ネルの状況を見て一気に顔を青ざめさせる。

 

彼女の左腕がブラリと力無く垂れている。

よくよく見れば歪な方向に曲がってもいる。

 

先の一撃、二階でユウカを庇った際、ネルは左腕で攻撃を受け止めたのだろう。

腕一本を犠牲にして、左半身のダメージを最小限に抑えた。

 

だがそれでもダメージは著しく、全身はボロボロで彼女の大きく傷を負ったのか頭の左側からドクドクと血が流れている。

放って置くと命の危険に繋がりかねない。

否、放って置くと間違いなく死ぬ。

 

「あ? なんだよ?」

 

なのに彼女はケロっとした表情でユウカの呼びかけに応えていた。

その目に宿る戦意は一片たりとも失われていない。

 

否、むしろ燃え上がっているようにすら思える。

 

「ネル先輩……う、うでが」

「あ? 確かに折れちゃいるが、まあその程度だ、しばらく動かねえだろうが問題ねえ」

 

自分の傷に関する話題をアッサリと終わらせたネルは、それよりも。と言葉を続ける。

 

「石くれの相手はあたしがやる。ユウカは隠れるなりさっきの男探し出すなりして来い」

 

お前じゃコイツを相手にするのは力不足だ。

ここに居ても邪魔だからいつの間にか消えたあの男を探せ。この短時間じゃそう遠くまで行ってないだろ。

キッパリ言い切りながらネルは生きている右手で銃を強く構え、動かない左手で力無く銃を持つ。

 

見ると、ゴーレムは既にゆっくりと起き上がり始めている。

再び動き出すまでもう幾許の猶予も無い。

 

その限られた時間の中で、ユウカは無謀にも等しい発言をするネルの説得にかかる。

あの化け物に一人で挑むなんて、死にに行くと同義ですよと。

 

「そ、そんな無茶です! 一人でどうにかなる相手じゃ……! それにその怪我じゃ動くだけでもっ」

「ハンデにゃ丁度いいだろ」

 

だがネルはユウカの説得を聞く気は微塵もないようだった。

頑なに耳を貸さないネルの様子にユウカは血の気が引いて行く。

 

「それに、コイツぶっ倒して終わりじゃねえだろ」

「っっ!!」

 

核心だった。

このゴーレムは倒さなくてはならない。

(しん)を取り込んでいる以上この化け物の撃破は必須事項。

 

だがそれがイコール勝利ともならない。

この化け物はあの男の手によって作り出された存在。

それはつまり、どこかへ逃げた首の無い男を野放しにしている限り、ゴーレムを倒しても復活させられる恐れがあると言う事。

 

この化け物と二度戦う戦力は現状のミレニアムには無い。

 

ネルの怪我を考慮した場合勝てるとしたら一度きり。

二度目は無い。二度の戦闘は間違いなくネルの力が先に尽きる。

 

そうなる前にあの男をどうにかしなければならない。

そして今、それが出来るのはユウカしかいない。

 

それで良いのか。

それが正解なのか。

それしか道は無いのか。

 

考えて、考えて、考えて。

 

ユウカは。

 

「……ッッ! 十分以内に戻ります!! どうかそれまでお願いします!!」

 

彼女の判断が正しいと、戦線からの離脱を決めた。

戻るまでの時間制限を、己に課して。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

ネルとユウカが別れたと同時、ゴーレムはのっそりと起き上がり傷だらけの少女を見下ろし始める。

 

「ま、仕方ねえよな」

 

化け物を見上げながらボソリとネルは誰にともなく呟く。

言葉に込められたのは自嘲。

どこまでもどこまでも自嘲だった。

 

自分の身体の事は自分でも分かる。

限界だ。立っていられるのもやっと。

 

先の一撃で、ユウカを守る為に放った全力の蹴りで力の大部分を使い果たしたと言っても良い。

しばらくすれば回復はするのだろうが、その時間があるとはとても思えない。

出血も酷い、これでは回復速度も期待できない。

そればかりか、ある程度時間が経過したら休み続けているだけで力を浪費し始めるだろう。

 

それでも無理やり身体を動かして、今の自分に出せる全力を出したとして、戦える時間はきっと僅かしかない。

この状態での戦闘は、あまりに無謀すぎる。

十分間は、きっと戦えない。

 

だが。

 

「守れって言われちゃなあ」

 

右手で耳の後ろを掻きながらぼやくネルに悲観の色は無い。

 

先生に言われた。ユウカを頼むと。

彼女を守れと。

 

それが与えられた仕事なら、何が何でも全うする。

ご主人の期待に、どうしたって応えたい。

 

それは彼女の中の心の力をグングン燃やし、グツグツと湧き上がるような原動力を生み出す。

 

その気持ちの根源が何なのかネルは知っている。

知っていて、敢えて無視し続けている。

 

ハッ! と、もう一度だけ自嘲気味に笑う。

この笑いは、救いようの無い自分に向けての笑いだった。

 

だが、それを最後に彼女は目を細める。

右手に握る銃をゴーレムに向ける。

 

そのまま彼女は何時でも全力で動けるよう両足に力を込め。

 

「クソみてえなゴミはキッチリ掃除しねえとなあッ!!」

 

ご主人様の口調と自分の口癖が合わさった台詞を最後に、彼女は走りながら銃撃を始めた。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

首の無い男はゴーレムが破壊した校舎からそう遠くに離れた場所にはいない。

それがユウカが立てた予想だった。

 

最後にあの男をユウカが目撃したのは校舎の外へ放り出されている瞬間まで。

あの時、ゴーレムの自重に負けて床が崩れ落ちた時、間違いなくあの男も同じように外に放り出された。

 

中に取り残されたままと言う線は絶対に無い。

確実にあの男は外にいるとユウカは断言する。

 

校舎へ戻っている可能性も一瞬だけ考えたが、戦闘を掻い潜って侵入するのは難しいと判断しユウカはその可能性を即座に捨てた。

 

その上で分校がある位置、投げ出された場所を起点に土地勘で彼女は走る。

 

向かったのは大通り。

ここから先は入り組んでる場所が多く、身を隠すのにはうってつけ。

虱潰しに探すのは骨が折れるが、それでも可能性が高いのはここと決めて捜索を始める。

 

だが。

 

「どういうことよこれ……」

 

開口一番、壮絶に変わり果てた大通りの光景を見てユウカは思わずそう零した。

 

数多のビルに突き刺さっている弾痕。

派手に破壊されたガラス窓。

ひしゃげた信号機。

円形状に陥没したコンクリート。

 

ゴーレムのような明らかな大破壊ではなく、満遍なくあちらこちらが破壊されてる様子から、間違いなく数時間以内に生徒同士で戦闘があった事を示す証拠だった。

 

一体何をどうしたらここまで派手に暴れるようなことが起こるのか。

 

ミレニアムの今後が掛かった戦闘が起きている横で好き勝手に暴れるなんて……! 等と考えるユウカだったが、すぐさま意識を切り替える。

 

今は生徒同士のいざこざに対し小言を言う時間じゃない。

一刻も早くあの男を見つけ出して捕らえなければならない時間だ。

 

そう言い聞かせ、再びユウカは走り始める。

目的地は大通りを抜けた先にある路地裏。

潜伏している可能性が最も高いであろう路地裏を目指してユウカは駆け出す。

 

ゴゴォォォッッッッ!! と、空が光ったのと遠い場所から爆発音が轟いたのはその直後の事だった。

 

「な、なに今のっっ!?」

 

足を止めずに、ユウカは音が聞こえて来た方向に目線を向け。

ミレニアムタワーの最上階が爆発し炎上しているのを目撃した。

一機のヘリが、ミレニアムタワーの最上階を攻撃しているのを目撃した。

 

「ッッッッ!?」

 

目を見開き、ミレニアムタワーの最上階を機銃で荒らし始めたヘリがいる事の信じられ無さに、ユウカは呆気にとられる。

 

確か、確か最上階にはセミナーの生徒がまだいた筈。

無人では無かった筈。

 

動機が、一瞬で激しくなった。

どうすれば良いのか、判断に迷い始めた。

 

事態は急を要している。

ヘリの思惑も目的も搭乗者も不明だが、ミレニアムに攻撃を仕掛けている事だけは確か。

そして最上階を攻撃している関係上、狙いは間違いなくセミナー。

止めないと。

あれを放置し続けるのは絶対にまずい。

一刻も早く撃墜しなければセミナーの生徒に甚大な被害が出る。

 

直感が、そう告げる。

しかし今、ユウカはユウカにしか出来ない仕事がある。

 

顔の無い男の捜索と捕縛。

これも急を要する事態。

 

その時間を稼ぐ為ゴーレムの相手を請け負ってくれたネルだが、彼女の容態を考慮した場合戦闘可能時間は十分が限界だとユウカは推察する。

ネルを助ける為にも、一刻も早く探し出して戦線に戻らねばならない。

だがもし仮に、セミナーを助ける為に捜索を断念しヘリの撃墜に力を注ぎ始めれば。

救助の来ないネルは、やがて敗北し死ぬ。

 

「~~~~~~~ッッ」

 

最悪な状況下で完全な二者択一をユウカは迫られる。

 

ネルを取るか。

セミナーを取るか。

 

ミレニアムの今を守る為ヘリを撃墜するかか。

ミレニアムの今後を守る為顔の無い男の捜索を続けるか。

 

汗が止まらない。

動機が激しい。

心臓がうるさい。

 

どちらかを選べば、どちらかを諦める必要がある。

そんなのしたくない。

選べる訳が無い。

 

けど。

だけど。

でもッッ!! 

 

 

「見つけました」

 

 

空間を切り裂くように静かな声が聞こえたのは、ユウカの精神が限界を迎えようとする直前の事だった。

聞いた事の無い声が聞こえた事にユウカは反射的に振り返り。

 

ヘイローが浮かんでいない全裸姿の少女が駆動鎧(パワードスーツ)と一体化している姿を目撃した。

 

「なっっ!?」

 

突然現れた裸の少女と、少女と駆動鎧(パワードスーツ)を繋ぐ無数のコネクタが絶妙に肌着の役割を果たしている事、そして少女と接続されている兵器のおぞましさにユウカは驚愕を隠せなかった。

 

その鎧はゴーレム程巨大ではないが、それでも全長は二メートル程は誇っている。

だが真にユウカが恐ろしく思えたのはその大きさではない。

 

ここまで静かな空間にもかかわらず、少女が声を発するまで気付かない程に音を放たずに移動出来るスペックの凄まじさにだった。

 

無意識に、ユウカは声を失う。

 

機体はスラスター機構で動く代物なのか僅かばかり地面を浮いている。

だが何よりも目立つのが、駆動鎧に備わっている大砲を模した腕とは別の、背中から伸びる重機を思わせる二本の巨大なアーム。

そして、駆動鎧(パワードスーツ)のあちこちから姿を見せる数多の銃口だった。

 

知らない。

あんな物をユウカは知らない。

 

少なくとも、ミレニアムで見た事は無い。

 

同時に、最悪だと歯噛みする。

このタイミングで見ず知らずの少女が見ず知らずの兵器を引っ提げて声を掛けてくる訳が無い。

 

イヤでも分かる。

全裸の少女の目的はは首の無い男と同じ、真っ黒な男と同じ。

自分をどうにかしたい。

攫うか、壊すか。それとも殺すかしたい。

 

その為に差し向けられた刺客。

どうやら、ミレニアムに攻撃を仕掛けたのはあの男達二人だけではなかったようだった。

同時に、ここまで大規模な事を小規模な人数で仕掛け、成功寸前まで持って行かれてる事実にミレニアムの力不足を痛感する。

 

だが世界はユウカに悔やむ時間を与えない。

必要の無い時間を何一つ与えてはくれない。

 

それを彼女に教えるかのように。

駆動鎧(パワードスーツ)の右腕がユウカ目掛けて持ち上げられた、

 

手の形ではなく大砲の形をした右腕が、駆動音を放ちながら赤く輝き始める。

 

刹那。ユウカが咄嗟に動けたのは奇跡と言って良かった。

考えるよりも先に、身体が生存を求めて身を屈ませる。

 

ビッッッ!! と赤い光がユウカの頭上を横切ったのは彼女が身を伏せたすぐ後の事だった。

 

直後。

 

ジュッッッッ!!! と言う音と共にユウカの背後にあったビルが赤い光の線に沿うように溶けた。

光に触れたコンクリートは、超高熱の液体となってビルを滴り始め。爆発と共に一気にビルを燃やし尽くし始めた。

 

「う、うそ…………!」

 

常軌を逸しているレーザーの威力にユウカは戦慄する。

ビルを溶かす程の高温。

直撃すれば、一瞬で蒸発してしまうだろう。

 

反則にも程がある火力だった。

 

ガタガタと、反射的に身体が震え始める。

抑えたくても、抑えられなかった。

 

ゴーレムと相対していた時よりも、明確にユウカは死を感じる。

それでも、それでも生き残る為にユウカは改めて駆動鎧(パワードスーツ)を、駆動鎧(パワードスーツ)に接続されている少女を見やる。

 

街灯が消えていて風貌は良く見えない。

分かるのは、暗闇でも満足に動けるように暗視ゴーグルを装着しているという事。

短髪の少女であると言う事。

バチバチと静電気らしき物が迸っているという事。

最後に、見間違いでも何でも無く、ヘイローが浮かんでいないと言う事だった。

 

「あなた……一体……!」

 

思わずユウカは裸の少女に声を掛ける。

 

それが全ての始まりとなる。

 

キヴォトスに住まう少女達と、学園都市に住まう最強。

彼が、彼女達が織りなす学園物語の本当の始まりを告げる。

 

 

「戦闘を開始します。と、()()()()()()()()は早瀬ユウカに向けて発言を行います」

 

 

 

 






地獄だ……地獄が過ぎる……。


しかしこの地獄によっていくつかの謎が解けた方もいらっしゃる筈。

同時にあれ? と新たな謎が出たかもしれませんが。それはまあ追々と言う事でここはひとつ。

二話の時からこれに関する描写やら感想でコメントを貰った時から色々と逸らかしていましたがやっとコレを書けました。ウソを言うのも苦しいよ。しんどかったよ!

さて、この作品は『一方通行』が知っている情報。『生徒』が知っている情報。そして読者が掴んでいる情報と三つに分かれています。楽しいですね。読者だけが知っている事実を登場キャラが追っていくの。

二次創作だからできる事でもありますね。先を予想していくの。

これが書けたと言う事はパヴァーヌは佳境です。
終わりに向けて加速したい所。

でもまだパヴァーヌなんですよねこれ。アビドスにパヴァーヌ後編にエデンが待ってるんですよね……あと一年半ぐらいで完結出来たら……良いな。






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妹達(シスターズ)

 

妹達(シスターズ)

 

学園都市にて超能力者(レベル5)を量産化させる計画として実践された、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の一人、『御坂美琴』を基にして作られたクローン。それが妹達(シスターズ)

 

一体十八万円という格安の単価で製造された妹達(シスターズ)だったが、クローンは基となった御坂美琴の一%の力しか発現せず、クローンではどう足掻いてもオリジナルと同等の力を持たせることは不可能とし、超能力者製造計画は凍結、後に立ちあがった『絶対能力進化計画』に彼女達の存在は流用される事となる。

 

『絶対能力進化計画』

学園都市最強の超能力者、序列第一位『一方通行(アクセラレータ)』を絶対能力者(レベル6)へと進ませる為の実験。

 

述べ二万体の妹達(シスターズ)をあらゆる条件下で殺害する事を必要とする計画により製造された妹達(シスターズ)は、最終的に一〇〇三一体の妹達(シスターズ)が死亡した後、紆余曲折を経て実験は凍結され、生き残った九九六九体といくつかの例外は学園都市、及び全世界に散らばる事となった。

 

これが妹達(シスターズ)を取り巻く過去であり、現在。

 

なのに。

それなのに。

 

早瀬ユウカの目の前に現れた機械から伸びるチューブで局部のみ絶妙に隠されている全裸の少女は、ミサカ一四五一号と名乗った。

 

何も知らないユウカは状況の深刻さを知らない。

その名が使われた事の、異常事態を察知出来ない。

 

全ては一方通行がユウカやその他少女達に何も過去を話そうとしなかったのが原因なのだが、かといってこれについて彼を責める事は出来ないだろう。

犯した罪を考えれば、話す事を憚るのも無理は無い。

 

だが、結果的に話さなかった事でユウカは気付く機会を与えられなかった。

目の前にいる少女がどういう存在なのか知らず、ただ一人の女の子だと思った。

 

「み、みさか……せ……?」

 

困惑しながら、語られた名前を復唱する。

しようとして、何を言っていたのか忘れた。

ただ漠然と何か数字を羅列していたな、程度しか認識出来ていない。

 

何かのコードネームなのだろうかと、当たらずとも遠からずな感想を零す。

 

キヴォトスにてヘイローが無い少女を目撃する事は無い。

意識がある少女は皆、頭にヘイローを浮かべている。

だが目の前のミサカ一四五一号にヘイローは存在していない。

それは彼女が純粋なキヴォトスの住人でない事を示していると言えた。

 

「あなたも……先生と同じ『外』の人なの……?」

 

それを知識として知っているユウカは、漠然とミサカに問いかける。

 

「先生と言うのも、外というのが何なのかも存じませんが、ミサカはこの場所で作られましたよと、ミサカ一四五一号は正直に吐露します」

「?????」

 

言っている事が分からない。

作られたとは何なのか、彼女の発する言葉一つ一つがユウカにはさっぱり不明だった。

 

ミサカが語った物は少なからず妹達(シスターズ)を知っている人間が聞けば即座に激昂しそうな情報なのだが、当然ながら何も知らないユウカにはそれが今一繋がらない。

そもそもクローン技術が確立されている事を知らないユウカには、言葉の意味を見抜けない。

 

作られたという言葉は、どうしたって生まれたに変換される。

当たり前の言葉を当たり前じゃない言葉に置き換えているのだろうと。勝手に変換される。

 

きっとそれは彼女じゃなくても通る道であり、そうなって当然の結論だった。

 

「とはいえ、今は十人程度しか活動していませんがと述べつつ、ミサカ一四五一号は攻撃姿勢を取ります」

 

バチバチッッ!! と、彼女の身体から青い雷が迸り、ビルを溶かした銃口がユウカに向けられる。

明らかに戦闘態勢を見せるマシンとミサカの様子は、露骨に話は終わりである事を告げた。

 

ゴォッッッ!! と、ミサカはユウカの返事を待つ事無く、脚部のスラスターを噴射させ、ユウカの方へ接近を始める。

 

「ッッッッッ!!」

 

あまりにも噴射音の小さい移動に、先程近くまで忍び寄っていた理由はこれかと内心納得すると同時、ユウカも改めて銃を構える。

だがその表情は苦い。

敵が目前に迫る中、オーバースペックなマシンが肉薄して来ている中、彼女は引き鉄を引くことに躊躇を見せていた。

 

引いてしまえば、取り返しの付かない事になる事態に発展するのが目に見えていたからである。

 

間違いなくあのマシンは少女が操縦している。

つまり少女を仕留めてしまえばその時点でユウカの勝利が確定する。

どれだけあのマシンがオーバースペックだろうと、操っているのが何の防護策も持っていない生身の少女であるという最大の弱点がこれでもかと剥き出しになっている以上、勝ちの目は大いにあると言って良い。

だが彼女に命中した弾丸を痛いで済ませてくれるヘイローは無い。

銃弾はそのまま肉を抉り、骨を砕き血しぶきを撒き散らせる。

 

ユウカの攻撃があの少女に当たってしまえば、まず助かりはしないだろう。

その事実が、ユウカに戦闘を始める事を躊躇させる。

 

だが残された選択は無い。

いくらユウカが戸惑っていようと、あの少女はユウカに対して攻撃を仕掛ける。

 

戦わなければ、殺される。

戦えば、殺してしまう。

 

「どうすれば……ッッ!!」

 

どうする。

どうする

 

どうすればこの状況を打破出来る。

まともに戦う決断が出来ず、一瞬迷ったユウカに対して。

 

ミサカの操る生体接続ユニット。捕食者(プレデター)の背中から伸びるアームが襲い掛かる。

 

「ぁ……」

 

頭部目掛けて迫るそれを見て、ユウカは咄嗟に頭を腕で庇う。

 

ゴガンッッッッッ!! と、分厚い音が静寂な夜のミレニアムで爆発した。

 

ミレニアム大通り。

早瀬ユウカとミサカ一四五一号。

 

二人の戦闘は、ユウカの側頭部に重機のようなアームが全力で叩き付けられ、ユウカの身体が大きく吹き飛ばされる所から開幕する。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

何か周囲の空気がおかしい。

一ノ瀬アスナがそう違和感を覚え始めたのは、才羽ミドリを撃破する寸前だった。

 

ただし、何か気掛かりな事があるとして、何が喉元に引っ掛かっているのかまでは掴めない。

窓から外を見回しても、夜空が広がるだけで何も無い。

不穏な気配を察知したにしては、特に変わった感じを世界は放っていない。

それを確認した上で、漠然とアスナは不安感のような物に駆られた。

 

理由としてはそれだけ。

 

だがアスナは、それだけの理由でも心を傾ける。

今この瞬間には絶対に辿り着けないが、しかしこの思考は正しかったのだと後後に気付くような答え合わせが少し先の未来で眠っている。

 

そんな気がしてならなかった。

 

「はッ! はッッ! う、うぅ……!!」

 

うつ伏せに倒れ、満身創痍である事を隠しもせず、それでも戦う意思だけはまだ見せているミドリの姿は賞賛こそする物の、特に不思議に思う物では無い。

 

何かこの状況をひっくり返す一発逆転の策略があるようには見えず、加えてアスナはアスナ自身にしか伝わらない勘みたいな物によって、この妙な胸騒ぎはミドリが原因ではない事を結論付けた。

 

じゃあ何が原因だと誰かに問われたらそれは本当に分からない。

ただし、この胸騒ぎはあまり良くない事になりそうな予感をひしひしとアスナに伝えていた。

 

どうしよう。と、アスナは判断を迷い始める。

このまま逃げられないミドリを撃破するのは簡単だ。

タンッ! と、頭に一発撃てば終わり。

しばらく起き上がる事は無いだろう。

 

同時に、それは今この場における最適解では無いと勘が告げていた。

今この場で才羽ミドリという戦力を失う訳には行かないと、自分でも理解の及ばない第六感が任務の遂行を妨害する。

課せられた仕事は彼女の撃破の筈なのに、心の奥がそれを止めろと言って来る。

 

このような状況下に陥る事は何回かあった。

その時は大抵、心に従うと大抵良い方向に転がる。

 

よってアスナは、ミドリに向けていた銃を下ろした。

 

「……ッ!? は……ッッ!? な……ん…………っ!」

 

トドメの一撃を撃たなかった事による動揺がミドリから投げられる。

当たり前の反応だよね~とどこか他人事めいた笑顔でアスナは彼女の気持ちを理解しつつ、さてこの感覚をどう説明しようかと迷い始める。

 

個人的には何かイヤな感じがするので攻撃を止めました。で終わりなのだがそれで納得されるかは話が別。

納得しようがしなかろうがアスナの方が圧倒的に実力では上である以上、ミドリに彼女の意見を跳ね退ける力は無いので、この悩み自体特に必要の無い物である。

 

加えてアスナ自身特にキチンとした説明が出来る訳でもなく。とりあえず適当に流す感じでいこっか。と、超適当に整理を付けてミドリの方へ手を振りながら歩く。

 

 

窓ガラスを突き破り、数発のミサイルが飛来してきたのは正しくそんな時だった。

 

 

直後、アスナは信じられない程の身体能力の高さを発揮する

ミサイルが飛んで来たのを目視で確認し、それが床に着弾し爆発するまでに与えられた時間はコンマにも満たない。その刹那の時間で、彼女は今の自分が出来る最大限のパフォーマンスで近くにあった気絶しているモモイの身体をミドリがいる場所目掛けて全力で蹴り飛ばした後、ミドリを爆風から守る為に彼女の前へと躍り出る。

 

ミサイルによって視界が爆発に包まれたのは、アスナの身体がミドリに届いて直ぐの事だった。

 

耳を貫くような轟音がまずアスナの身体を貫いた。

次いで、部屋のガラスが一斉に破壊される音と共に、発声した爆発と爆風によってアスナの身体が否応なく吹き飛ばされる。

背後にいるミドリが受けていたであろう爆風を、一身に受け止めながら。

 

但し、アスナが受け止めたのは爆風まで。

その爆風によって吹き飛ばされる身体を受け止めるのは、逆にミドリの役目だった。

 

「ぐぇあぁあッッッ!?」

 

突然眼前に飛び込んできたアスナ、モモイ両名の身体と、背後の壁に容赦なく挟まれる形となったミドリから潰れた声が走る。

アスナと比較すればミドリが受けた被害は微少も良い所だが、彼女の声からは限界である事がありありと語られている。

 

それから二秒程の時間が経過した頃、熱と爆風によって多大なダメージを負った筈のアスナはしかし。

 

「あっつつつつ……! 今のは流石に死んじゃったかなって思ったよねー」

 

でもまあ終わってみればこんな物かーと、サラっと立ち上がりながらアスナは軽口を叩く。

ミサイルの威力が見掛け倒しだった。と言う訳ではないのだろうが、あの程度の攻撃ではアスナを気絶させるには明らかな威力不足。

 

部屋一帯を容赦なく吹き飛ばすミサイル程度では、アスナに大した傷を与える事は出来ない。

 

惨状を一瞥しながらアスナはさらにもう一つ軽口を叩いた後。

 

「で、あれが攻撃目標って事だね」

 

ミレニアムで見た事の無い。ヘリと呼んで良いかすら分からない戦闘ヘリコプターがミレニアムタワーの屋上付近を飛んでいるのを見て改めて武器を担ぐ。

 

同時に、自分の勘が訴えていたのはこのヘリの襲来であったことをアスナは知った。

 

二基のロケットエンジン。

機体左右にある翼が三対に分かれ、それぞれに仕込まれている機銃やらミサイルやらの物騒極まりない兵器が全てミレニアムタワーに向けられている。

 

『六枚羽』

 

ミレニアムでエンジニア部が作り上げた『二枚羽』のオリジナル。

一機二五〇億円の殺人兵器が、タワー最上階を狙う。

 

より正確には、そこに佇む才羽ミドリを。

彼女をターゲットとするように機銃を向ける。

 

そこにいるアスナやモモイごと、ミレニアムタワーごとミドリを焼き払うかのように、学園都市の科学。その最新鋭が彼女達に宣戦布告を叩き付ける。

 

まずはその手始めだと言わんばかりに。

もしくはこれで終わりだと言わんばかりに。

 

六枚羽が備える摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)が、容赦なく彼女達目掛けて火を噴き始めた。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

ミレニアム分校の校舎の外にて、絶え間ない銃撃音が木霊する。

延々と火を噴き続ける銃弾は、全長四メートルを超えるゴーレムの頭部に綺麗に吸い込まれていく。

 

だが。

 

「コンクリートの塊の癖に効果ねえな……ッ!」

 

校舎から引き離すように走りながら、しかしゴーレムに狙われ続ける為、一定以上の距離を保って走りながら攻撃を続けるネルは、銃弾の殆どが弾かれている現状に辟易しつつもひたすらに攻撃を重ねる。

 

分厚い鋼鉄ですら数秒でスクラップに出来る筈なのに、このゴーレムにはてんで効果が無い。

 

ただ、全く無い訳では無かった。

撃ち続けている間は怯んでいる姿を見せ、攻撃の振りも僅かばかり遅くなってはいる。

撃つだけ無駄。と言う訳ではないのが余計ネルに焦燥感を与える。

 

未だボタボタと頭から溢れる様に落ちる出血量から推定するに自分に残されている時間は少ない。

こうやって満足に走っていられるのも今の内だけ。

 

もう直、動けなくなる。

短期で勝負を付けるしかないのに、どうにか出来る道がどこにもない。

 

「チッ! 手数が足りねぇ!」

 

左腕が使えない代償がジワジワとネルを蝕む。

銃が二丁使えればまだ突破口は見出せたかもしれないが、本来出せる火力の半分しか出ない今、ネルは深刻な火力不足に悩まされていた。

 

使えない物をウジウジ言っていても仕方ない。

無い物は無いで割り切るしかない。

頭では分かっているが、ジリ貧にジリ貧を迎えている戦局を見て、どうしてもそう愚痴ってしまう。

 

ボロボロに折れた左腕では、射撃時の反動を制御できない。

まず間違いなく、撃った瞬間に銃があらぬ方向に飛んで行く。

 

そこら辺に生えてる木から添え木を作り、無理やり腕を固定させてしまえば少しの間ならどうにかなるかもしれないが、一対一の戦闘中にそんな悠長な事をしていられる余裕がある訳も無い。

 

仮に達成できたとして、その状態で左腕を酷使すれば最悪二度と左腕が動かなくなる可能性だってある。

 

(先生の為なら腕一本使えなくなるぐらいどうだって良いが、それで仕留めきれねえんじゃ元も子もねえ……!)

 

結果、ネルは片腕での戦闘を強いられ続ける。

様々な要因から彼女はその選択を決断出来ず、また選択できる状況にも無い。

 

結果、ネルは徐々に追い詰められていく。

一見膠着状態に見える今の状況は、簡単にゴーレムの攻撃によってひっくり返る。

 

ネルを追うゴーレムの右腕が、大きく真上に持ち上げられた。

ピクッ。と、ネルの眉間に皺が寄る。

 

またそれか。と、内心吐き捨てながらネルは走る速度を上げる。

付かず離れず、ゴーレムが攻撃を振り回せば当たる距離から、当たらない距離へ移動を始める。

 

オォォオオッッ!! と、言う音だけで震え上がらせるような風切り音を唸らせながら、質量にして数百トンに及ぶ重量を持つ腕から放たれる、あまりに重すぎる一撃が大地を穿つ。

獲物を狙うべくして放たれたそれは、しかし素早く動く彼女の動きを捉え切れる事は出来ない。

その一撃が放たれ始めた頃には、既に彼女はその場からの逃走を終了させている。

 

しかしその余波はあまりにも彼女、美甘ネルにとって頭痛の種となり過ぎていた。

彼女目掛けて放たれた一撃は、ネルには当たらず代わりに大地を抉る。

その衝撃は地面を上下に波打たせ、簡易的な地震と言っても良い現象を引き起こしていた。

 

「うっおッッ! 鬱陶しいなクソッ!」

 

どれだけ器用に立ち回ろうがグラグラと揺れる地面に足を取られ、思った通りに動けない事に毒づく。

 

如何にミレニアム最強のネルといえど決してその能力は万能ではない。

全ての出来事につつがなく対応出来るかと言えば断じて否。

 

不安定な足場で普段通りのパフォーマンスを行える程彼女は完璧ではなかった。

転んだり手を付いたりすることこそしないものの、よろけはするし速度も落ちる。

それは何よりも機動力を武器とするネルにとっては最悪の条件と言って良かった。

 

ゴーレムの一撃一撃はネルに命中こそしない物の、その余波によって機動力と集中力、そしてユウカを庇った際に負った大怪我も相まって体力は着実に摩耗を続けている。

それに輪をかける様に頭が痛くなる出来事がこの戦闘では発生している。

 

「地面を抉ってパワーアップってか!? 笑えねえんだよそれッ!!」

 

一撃一撃を放つ度、滅茶苦茶に大地を抉る度、抉った大地をその身に吸収させ、ゴーレムはより一層身体を肥大化させていた。

 

見てくれも内容も完全に岩石やコンクリートや鉄の塊な筈なのに、まるで磁石の様に破壊した瓦礫を取り込む様は率直に言って脅威の一言だった。

 

悪い予感がネルの脳裏を過る。

もしこのまま瓦礫を吸収し続けていたら、いつか銃撃で怯む事すらしなくなるのではないかと。

仮に予想が正しかった場合、勝機が完全にゼロになる。

 

元々あるかどうかすら不明な物が、確実に無いと宣言される。

 

「ぐッッッ!!」

 

走っている反動で頭から鈍痛が走りネルの顔が歪む。

出来れば一度振り切って身体に休憩を与えたいが、それをすると二度と自分は休憩を始めた場所から起き上がれなくなるような気がしてならない。

加えてこの化け物の注意を引き付けなければ、ゴーレムは街を破壊し始める恐れもある。

何よりも、先生の所に向かう可能性だってある。

 

街は後でどうとでもなるが、先生が被害を被る事だけは絶対に阻止しなければならない。

全てを考慮した結果、ネルはここで戦闘を継続せざるを得ないと判断する。

 

しかし。

 

「……ッ! ウソだろおい!!!」

 

ネルを追いかけ、定期的に地面を殴り潰している動きを繰り返していたゴーレムが突然挙動を変えた。

全てを破壊する大腕を、右から左へ大振りに振り回し始める。

それはまるで、ネルとゴーレムの追いかけっこに終止符を打たんとするような動きだった。

 

音。そう呼んで良いのかすら分からない、空間全てにどこまでも迸るような破壊音と共にゴーレムがビルをの二階に当たる部分を薙ぎ払う

 

 

結果、ビルの二階部分は根こそぎ消失した。

 

 

壁や柱がスナック菓子のように抉れた。

窓ガラスが一斉に悲鳴を上げ、あらゆる柱がへし折れた事で天井部分があっと言う間に崩れた。

 

だが、最も危険なのはそこからだった。

ゴーレムが薙いだのはおよそ六メートル程ある六階建てビルの二階。

 

細かく飛び散り鋭利さを何倍にも増したガラス。

ネルの等身大や小指サイズといった大小さまざまなコンクリートの瓦礫。

ギラリと折れ曲がった金属棒。

その他、ゴーレムに薙ぎ払われたあらゆる備品が、全てネルに襲いかかる。

 

時速にして数百キロ。

ビルの素材全てを百にも二百にも届く飛び道具とした文字通り弾丸の膜は、逃げるネルに容赦なく文字通り必殺として降り注ぐ。

 

「クッソがッッッ!!」

 

避けられない。

目に映った情報から即座に逃げられない事を悟ったネルは立ち止まって振り返った後、顔を腕で覆う。

 

直後。

 

ゴガッッッ!! と、腹部に拳サイズのコンクリートが突き刺さった。

目に見えない程細かく破砕した無数のガラスがネルの皮膚を切り刻み始めた。

小さく砕かれたコンクリートが、銃弾のようにネルの全身を襲い始めた。

 

ゴーレムによってビルから射出されたあらゆる物体が、小柄なネルの身体を穿ち始めた。

 

「ぐ、ぎッッッッ!!」

 

拳に直撃したコンクリートから内臓を吐き出してしまいそうな程の痛みが生じ、目を見開いてネルは呻く。

だがそこに唸る時間すら与えてくれない様にガラスが飛んで来ている事に気付いた瞬間、慌てて顔と腰を丸め、両腕で首も防御範囲に入る様に体勢を変える。

そうして逃げる事も出来なくなったネル目掛けて、礫の嵐が傷口に刺さる。

 

「ッッッ! ッッッッッッ!!」

 

受け続けるしか選択肢がないネルは全身に走る痛みに耐え続ける。

だが耐えた所で嵐が終わる訳では無い。

ビルの残骸が、容赦なくネルを襲う。

 

だがそれはある時を境にして終わりを迎えた。

 

ゴシャリ。

 

「がっっっあッッッッッ!?」

 

彼女の二倍ほどの体積を持つ瓦礫が飛来し、歪な音を立ててネルを文字通り上から押し潰した。

逃げる事が出来なかったネルは、瓦礫が飛んで来ているのをただ見届ける事しか出来なかった。

 

刹那、あらゆる骨が軋む音がネルの全身から響く。

さらに数か所から折れる音が彼女の体内で迸る。

瓦礫によって押し潰された地面に、背中や全身から滲む赤がゆっくりと広がる。

三トン近い重量を持つ瓦礫に全身を押し潰されるという、今まで生きてきた中で経験した痛みとは比較する事すらおこがましい程の焼けるような痛覚に、ネルはまともに声を上げる事すら出来なかった。

 

意識を保っていられたのは、美甘ネルだからであろう。

常人なら即座に意識を飛ばしてしかるべき所を、彼女は持ち前の胆力で堪える。

 

だが、それでもそこまでだった。

 

「ぐっっっ!? ぐ、ご、あッッッ!!」

 

飛んで来た瓦礫を押し返す力は今のネルには無く、ギリギリと全身に重圧をかける三トンの壁から迸る甚大な痛みに耐える事しか出来なかった。

 

何をどうしようと身動き出来ず、ただただ意識を失うまで絶望的な重みに潰され続ける。

一種の生き地獄のような環境に叩き落とされたネルだが、その状況は結果的にでしかないが一つの幸運を呼んだ。

 

ネル目掛けて容赦なく飛んでくるその他全ての障害物が、全てネルを押し潰している瓦礫によって阻まれると言う形で。

 

飛んでくる金属棒や瓦礫が、彼女の全身を押し潰している瓦礫を僅かに削る。

 

重量に負けて押し潰されていなければ、内臓を金属棒が貫いて即死していたであろう所を、甚大な痛みと引き換えに彼女は生を得た。

 

だがそれはそれとして押し潰されている事実に違いは無い。動けない事に違いは無い。

彼女を襲っているゴーレムがいる。今すぐ行動しなければならないタイミングで動けない事に違いは無い。

 

まるでネルを甚振るかのように最悪が次々と押し掛ける。

地面が、縦に一瞬揺れた。

その揺れが、徐々に徐々に大きくなった。

 

「ッッッ!」

 

ゴーレムが近づいて来ている。

地面を力任せに粉砕する一撃を、動けない彼女目掛けて振り下ろそうとしている。

 

その一撃から、この盾は守ってくれない。

呆気なく盾ごと上から叩き潰されるだろう。

 

「クソッッ!! クソッッ」

 

先程まで自分を守っていた盾が、今度は途端にうらめしくなる。

全身に力を入れて脱出を試みるが、痛みも相まってまともに力が入ってくれない。

 

動かない左腕も使って必死に持ち上げようと抗う。

しかし。

しかし。

 

「ク、ソッッッ!!」

 

ネルは目撃した。

ゴーレムが腕を高く持ち上げたのを。

その分厚く巨大すぎる腕を容赦なく振り下ろそうとしているのを。

 

彼女を潰している瓦礫は一向に持ち上がらない。

力を入れれば入れるだけ、逆に身体が痛みに蝕まれる。

 

それでも彼女は力を込めた。

歯を食い縛り、出血も気にせず全力を出した。

限界だと訴えて来る全身の痛みを無視して、下らない言い分は物は後で聞くと、身体から発される警告を全て無視して今を打開する事にありったけを注いだ。

 

だが。

だが。

だが。

 

「ち……くっしょ…………う……がッッッ!!」

 

それでも足りなかった。

少しだけ持ち上げられているが、それが限界。

 

動き出せる程度の隙間を作り出す所までは持って行けない。

そうしている間に終わりが訪れる。

抗える時間は終わりだと告げる様に、ゴーレムの大腕が振り下ろされる。

 

「~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

終わる。

死ぬ。

殺される。

こんな所で。

何も、為せないで。

ご主人様を、守れないで。

 

その事実に、ネルはか細い声でクソがと小さく吐き捨てた。

自分が死ぬ事では無く、この化け物を野放しにして死ぬ申し訳なさに吐き捨てた。

 

後悔だけが募る。

力不足を呪う。

何が、何がミレニアム最強だと。

何も守れていないのに、何が最強だと。

 

ギチッッ!! と、歯を噛み潰すかの勢いで彼女は悔しさを露わにし。

最後に一つ言葉を残す。

ごめん。と。

 

 

ビシ……ビシッ……ッ! 

 

 

と、彼女の近くの地面から、何かが割れる音が聞こえたのは彼女が諦めて目を閉じた直後の事。

 

「ん、ぬぬぬぬぬぬぬっっっ!!!!」

 

次いで、ある少女のくぐもった声が、音が響いた場所から届き始めたのもその直後の事。

そして。

 

「どっっっかぁあああああああああんッッ!!」

 

瓦礫の山をおしのけて、コンクリートをぶち破って、少し前に叩きのめした少女が、天童アリスが元気いっぱいと言わんばかりに両手を突き上げ戦場に姿を表したのも、その直後の事だった。

 

 

 

 

 






戦闘シーンはいくら書いても良い。古事記にもそう書かれている。
と言う訳であっちゃこっちゃで大乱戦が起きてますね。
右に左に視点が動いてますが、同時に書くとまあ必然的にこうなるかなって。

敵もいつの間にかオーバースペックマシンやらゴーレムやらと個人の力ではどう足掻いても対処できない軍団にシフトしています。殺す気も満々。

でも好きなんですよね。一見勝てない敵に挑む構図。

そうやって全年齢的な性癖をこれでもかと出していると、ヒロインが出しちゃいけない声を出してる作品になってきましたが、まあでも登場人物の大多数が女の子だしこうなるよねって。

ヘイローとか言う普通ならまず死ぬ攻撃でも基本死なないという便利物。
これのお陰でトンデモボスの凄まじさをダメージで伝えられる。素敵。某世紀末帝王なら死んで終わっちゃう所を耐えてくれる。素敵。
でもまだ第二章なんですよね。実質的には第一章。
章が進むにつれ全ての敵が段階的に強くなる訳でもないかもしれませんが、基準にはなりますよね。今後の。

やりたい戦闘シーンはまだまだあって、ヒロインズ&ネームドVSモブ数百人&ネームドでハイ&ロー的戦闘がいつかやりたい。無双シーンはナンボ書いても良い。古事記にもそう書かれている。好きなんですよね。軍団戦と個人戦が入り混じった奴。

そしてミサカが存在しているのにどうして一方さんが能力を使えないかの説明が為されました。個体数が少ないから。だった訳なんですよね~。

だった訳なんですよねじゃないが? と思ってる方は鋭いですね。
その想像は大体合ってるので安心して下さい。この物語は基本地獄です。



そして次回なんですが、忙しさの観点で為ひょっとしたら更新が無い……かもしれません。あったとしても今回のような3視点ではなく1視点だけに絞ったミニ更新になる可能性は高いです。

出来るだけ、出来るだけ頑張りますので何卒ご了承下さい……ッ!!


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少女達が手にした物

 

 

「どっっっかぁあああああああああんッッ!!」

 

「チ、チビッッ!?」

 

あろうことか地面を突き破り、いかにも彼女らしい叫び声を挙げて戦場にやって来た天童アリスに、ネルは珍しく目を丸くして声を荒げた。

 

いくらなんでも破天荒が過ぎる。

そもそも地面をどうやって進んできた。

つうかあまりにもタイミングが完璧すぎるだろ。

 

言いたいことが一気に溢れ出る。

だがそれよりも先に。

 

「右に飛び退けチビッ!!!」

 

アリスが登場した場所は最悪だった。

彼女がいる場所は不幸にもゴーレムの腕が通り過ぎる場所真っ只中。

 

ゴーレムの狙いは間違いなく瓦礫に押し潰されているネルである事には違いない。

しかしその振り下ろす腕の範囲内にアリスは入ってしまっている。

 

モタモタしている時間は無い。

既にゴーレムの腕は振り下ろされている。

 

考える前に逃げる様ネルは大声で指示を飛ばした。

後ろを見ていたら間に合わない。

何をしているかを確認してからでは遅い。

 

天童アリスが咄嗟の反応に対し非常に弱い事を先の戦闘で知っているネルは、無駄な反応をさせる前にその場所から逃げるよう促した。

 

彼女まであの致死的一撃に巻き込まれる必要は無い。

そう思ったネルの心は。

 

「光よ──ッ!!」

 

最大出力で放たれたアリスのレールガンによって一蹴された。

風圧や風切り音から背後から何かが迫って来ている事を過敏に察知してしまったアリスは振り向き様、ゴーレムの迫りくる腕にレールガンの照準を合わせ、叫ぶ。

 

瞬間、ミレニアムを覆う夜の闇が一瞬、レールガンの銃口から迸る眩すぎる閃光に掻き消された。

キュィィィイ……と、いかにもな音と共に銃口から溢れんばかりに輝きを放っていた光がアリスの声と同時、一点へと収束し始め、集まった光が極太の光線となって一直線に射出される。

 

直後、光に呑まれたゴーレムの腕半分が音も無く消し飛んだ。

 

「なッッ!?」

 

間違いなく叩き潰されると思っていたゴーレムの腕が、ネルにもアリスにも当たらず、ただ空を切るだけで終わると言う信じられない光景にネルは思わず息を呑む。

 

どれだけ撃っても破壊出来なかった腕を、アリスは一撃で破壊を通り越して消滅させた。

 

凄まじいと言う次元を超えて恐ろしさすらネルは覚える。

 

「むっ!! 街中でボスバトルが発生してます! ゴーレムは序盤でよく見るボスですが油断はしません! キッチリ討伐して経験値を美味しく頂きます! はッ!? まさか地中にあった道はアリスをここへ導くためのルート案内!?」

 

一方で、華やかにも程がある成果を叩き出したアリスはどういう訳か目をキラキラさせつつ、現実とゲーム空間をごちゃ混ぜにしたかのような事を早口で捲し立てていた。

あらゆるゲームに精通している訳でもないネルはアリスが語った内容の半分も理解出来ない。

 

しかし彼女は口角を吊り上げ、八重歯をこれでもかと覗かせる。

アリスの登場を、嬉しすぎる誤算として受け止める。

絶体絶命のこのタイミングで、喉から手が出るほど欲しかった物がやってきた。

 

攻撃力が、やって来たと。

 

「ぬッぎ、ぎぎぎぎッッ!!」

 

右手のみに力を入れ、瓦礫を退かす為改めてネルは気合を入れ始める。

彼女がやって来た事で尽きようとしていた気力が戻った。

 

全身が訴えて来る。

まだやれると。

ここからが本番だと。

 

何処から湧き上がっているのか自分の身体なのに分からないまま、ネルはその訴えて来る意思に応えようと

今一度、歯を食い縛る。

 

ありったけの力を振り絞るネルの気迫は、ゆっくりとだが己を押し潰している瓦礫を彼女は徐々に押し返し。

 

「だりゃぁあああッッ!!」

 

ゴッゴォォンッッ!! と、鈍い音と共にネルは数トンの重量にも及ぶ瓦礫を片手だけで押し返した。

耐え難い疲労にぜぇぜぇと荒すぎる息を吐き、怪我だらけの身体なのに無茶をしすぎた反動でビキビキと痛む全身にうるせえと一括しながら彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

だが。

 

劇的な復活を遂げたネルの裏で、今度はアリスが彼女に向かって驚きの表情を露わにしていた。

 

「え!? た、戦うメイドさんも地面から現れました!?」

「あたしがここにいたの気付いて無かったのかよ……いやまあ確かにチビからじゃあたしは瓦礫に埋もれてて見えなかったかもしれねえが……つかさっきあたし声張り上げたよなぁ!? あれはスルーか!? 気付いてなかった感じかテメチビコラ!!」

「ひぃいいいん!! アリスより身長低いのに怖さがアリスの百倍ありますっっっ!! メイドさんのする顔じゃありません!!!」

 

ネルの怒気に先程までのハキハキとした姿勢はどこへやらと言いたいかのようにアリスがビクビクと怯える。

だがその発言は震えている様子とは裏腹に喧嘩を売ってるようにしか聞き取れない。

 

情けなさ全開の声で言いたいことを言いたいまま言い切ったアリスを問い詰めたい衝動に思わず駆られたネルだったが事態は緩やかな時を進んでいない。

たまたまこの数秒が平和な時間になっているだけだと、ネルはアリスへの追及をせずに今しがた右腕の半分を綺麗に吹き飛ばされたゴーレムの方を見やる。

 

「……あ?」

 

ゴーレムはアリスの一撃によって失った右腕を先程破壊したビルに突き刺していた。その事に怪訝な表情を浮かべたネルだが、アレが何をやろうとしているのかを数秒後に察し、表情を険しくさせる。

 

「クソが……! 何でもくっつけて巨大化し続ける能力があるから、たとえ腕が無くなっても素材さえあればスグに回復しますってかぁ? で。素材は破壊行為で自給自足が可能。実質耐久力は無限とでも言いてえのかよ」

 

あのゴーレムが何をやろうとしているのかをアリスに共有するがてら口頭で事態を不機嫌さを隠す事無く述べる。

彼女の推測が正解である事を示す様に、説明終了と時を同じくしてズルリと言う音と共にビルから引き抜かれたゴーレムの腕は、ゴテゴテとあらゆる物が雑多にくっつけられていた。

 

鉄骨。

鉄製の扉。

角のある瓦礫。

よく見ればパイプなんかも所々飛び出している。

 

ゴーレムが破壊した物全てがゴーレムを強化する素材であり、失った部分を補強する修理材。

相手すれば相手するだけ相手が強くなりこちらが消耗する。

 

面倒にも程があるだろと、相手の能力を評価しているからこそ鬱陶しそうにネルは改めて強く舌打ちした。

 

一方で。

 

「あ、あれはゼルナの伝説の最新作で登場した新機能! 周囲の物を破壊(スクラップ)し、武器として装着(ビルド)させるスクラップコング&ダイヤモンドビルド! 略してゴリラモンド!!」

「スクラップ要素もビルド要素も消えてるじゃねえか! あとゴリラどっから生えたんだよ!? コングはどうしたコングは!!」

「スクラップされたので破壊されました」

「それで出てきたのがゴリラかよ……いや納得しそうになったけど何一つ納得出来ねえよっ!」

 

同じ光景を見ていたであろうアリスからは聞いていて思わず脱力するような感想を零していた。

見た物聞いた物全てゲームに例えて表現し、なおかつ相手の行動に目を輝かせワクワクしている姿をありありと見せるアリスから放たれた発言に、律義にもネルは反射的にツッコミを入れる。

 

「ゴーレムを討伐してレベルアップ&レアドロップ獲得チャンスです! どうやらまだHPは半分も削れていないと見ました。見た感じ途中参戦ですがこれなら報酬は百パーセント頂きです!」

 

グッッ!! と拳を握り締めてアリスは意気込みを露わにする。

どういう訳か彼女はここに現れた瞬間から、より具体的に言えばゴーレムを見かけた瞬間からやる気に満ち溢れていた。

 

瞳に炎を宿す勢いで戦闘態勢を取りながら思いの丈をぶつけるアリスだったが、やはり彼女が何を言っているのかオンラインゲームに疎いネルはその真意を汲み取れない。

ただし、途中で発された単語からある程度は推察出来る。

 

「そのレアドロップ……ってのが何の事を指してるのかは分かんねえがよ」

 

口角を斜めに持ち上げながらネルは面白そうにアリスに話を持ち掛ける。

 

「お宝ならあいつは持ってるぜ。ミレニアムの、もしかしたらキヴォトス全体の今後を左右しかねないトンデモねえお宝があいつの中になぁ!!」

「そんな伝説のアイテムが!? アリスますます見逃せません! 必ず倒して頂きます!」

 

状況は、アリスの参戦で一変する。

絶対絶望の敗北必至の戦いから、勝ちを拾えるかもと思える程度にまで戦局が傾く。

 

相変わらず理解するのに専門的知識を要するアリスの言葉選びに少なからず困惑しながらも、ネルは改めて気分を高揚させながら己の体調を分析する。

 

全力で動けるのは後四分ほど。

全力で戦闘出来るのは恐らく一分程度。

そこが限界。

それを超えたらきっと身体が動かなくなる。

もしかすると、今後一生かもしれない。

 

死ぬ寸前まで、壊れる直前まで身体を酷使する事を前提にしても、絞り出せた猶予時間は極めて厳しいとしか言えない程に僅かな物。

あまりにも苦しいと言わざるを得ない時間を前にしてネルは笑い。

 

充分だな。と、極めて客観的にそう結論を出した。

 

「さあ、反撃開始の時間だぜクソデカブツ野郎ッ!」

「レイドバトル、開幕です!」

 

右手で銃を向けながらネルが吠え、彼女に続くようアリスがレールガンを両手で構える

一時間程前まで激闘を繰り広げた二人は、共通の敵を前にして同じ方向を向き始める。肩を並べ始める。

 

気が付けば、戦いは大きく様変わりを見せていた。

 

始まりはミレニアム生徒同士でのいざこざだった物が、いつしか学園防衛戦へと姿を変え、先程まで敵だった者達が手を組んだミレニアム総力戦へと発展する。

 

戦う場所はそれぞれ違う。戦う相手もそれぞれ違う。

 

かたや魔術師操るゴーレム

かたや『学園都市』の最新鋭無人ヘリ。

かたや空間転移の能力者。

かたやクローン操るオーバーテクノロジー。

 

各々が各々の場所で、タイプの全く違う敵と邂逅する。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「やばっっっ!!」

 

ミレニアムタワーの最上階に照準を合わせたヘリの機銃が火を噴き始める直前、迎撃の姿勢を見せていたアスナが一転、グルリと身体を反転させ、気絶しているモモイを左手で掻っ攫いつつミドリの方へと駆け寄り始めた。

 

何だろう。と、呑気な事を考える余裕はミドリに与えられなかった。

 

「ビルから飛び降りるよッッ!! 腹蹴るから庇ってッッ!!」

「へっっえっっ!?」

 

ドスンッッ!! と、直後、問答無用とばかりにミドリの身体がアスナによって蹴り飛ばされる。

先の爆発で破壊された窓目掛けて全力で身体を蹴り飛ばされたミドリは、哀れにもビルの外へと真っ先に放り出される。

 

事前宣告によりお腹を庇ったミドリは蹴りによるダメージは入らなかった。

代わりに。

 

「ひっっひああああああああああああああああッッ!?!?」

 

突然襲った浮遊感にミドリは大きな悲鳴を挙げた。

 

ここまでの流れが一秒強。

突然アスナが振り返り、突然蹴り飛ばされ、突然五十メートル弱ある高さから外に放り出される。

どう考えても正気の沙汰では無い流れと、ここから真下まで真っ逆さまに落ちる恐怖でミドリの顔が蒼白に染まる。

 

急速に真下へと落ち始める中、上からガラスが割れる音が響いた後、アスナがモモイを引き連れてビルの外へ飛び出すのが見える。

 

先程までいたエレベータールームが大きく爆発し、破壊し尽くされたのを目撃したのはその直後の事だった。

 

「ッッッッ!?!?」

 

目にしたのはヘリの機銃掃射。

だがしかし機銃による攻撃では決して起きない筈の爆発が、数秒遅れで発生している。

先程のミサイルによる爆撃とは違う種類の、そしてもっと危険さが漂う爆発。

さらにそれを勘で察知し躊躇なく逃げる事を選択したアスナの判断力。

 

どれも今のミドリの脳内で処理出来る内容では無かった。

 

故に。

 

「せ、せせせせんせいいいいいッッ!! このままじゃ死ぬぅううううううううッッッ!!」

 

目の前に迫る落下死の危険に大いに取り乱し始めた。

あの爆発で死ななかったとして、このまま放って置けば待っているのはこれまた死。

 

死ぬのが十秒早いか遅いかの違いだけになってしまう。

 

まずいまずいまずい。と、状況をどうにも出来ないまま落下するしかないミドリはここに居ない先生にメッセージを送る。

 

先生が助けてくれることを前提に作戦を組み立てていたミドリは必死に助けてと叫ぶ。

ミレニアムタワー攻略作戦会議の時点からミドリとモモイが最上階から落ちる事自体は既に決まっていた。

 

一ノ瀬アスナに戦いを挑んでも勝てない。

どれだけ頑張っても時間稼ぎにしかならず、いずれ二人ともアスナの手により撃破される。

 

撃破されて放置されるだけならまだ良いが、そこで捕縛されてしまえば話は途端に終わりを迎え始める。

ミドリ達の最終目標は『ミレニアムプライス』までにゲームを完成させる事。

 

G.bibleはそれを円滑に進める為の手段に過ぎない。

最終的に必要なのは才羽ミドリであり、才羽モモイであり、花岡ユズと言う個人なのだ。

 

つまり、この作戦の前提に彼女達三人全員の帰還及び最低一週間の安全確保は必須事項。

タワー攻略作戦に彼女達の力が必要であると同時に、何が何でも彼女達だけは無事に帰らなければならない。

 

一ノ瀬アスナを足止めする為にモモイとミドリが最上階に昇る。

それは言い換えれば彼女を撃破しなければ生徒会の管理下に置かれてしまう事と同意。

そしてミドリとモモイはアスナを倒せない。

しかし、ここで彼女達を使わなければ作戦は絶対に成功しない。

 

そこで考えられたのが敗北寸前でビルの窓を突き破っての脱出。

充分に時間を稼いだ後、飛び降りる事により捕獲を回避する。

 

なので落ちると言う行為自体は初めから覚悟していたので気にしてはいない。

 

問題は。

 

『お前等が落ち始めたら俺が飛ンで落下を制御してやる。だから躊躇するンじゃねェぞ。無理だと思ったらすぐに飛び降りろ。良いな?』

 

そう強く語り、安心させてくれた肝心の人が何処にもいないと言う事だった。

 

「落ちてる先生! 今落ちてるよ私ぃぃいいいいいいいいいいッッッ!!」

 

想い人がいつまで経っても来てくれない事に涙目でミドリが叫ぶ。

 

落下するのは作戦に組み込まれている。そこまでは良い。

但しそれの解決方法が完全な他人任せな以上、ミドリにこれを打開する術は無い。

 

いぎゃああああああああああッッ!! と、乙女が挙げてはダメな悲鳴を出す中。

 

「今だよ! 行って!!」

 

声が聞こえたと同時、二基の大型ドローンがビルから発進された。

ドローンはミドリと、モモイを抱えているアスナの方に真っすぐに向かうと、下部に伸びているアームで二人をそれぞれ掴む。

 

「ふえ、ふえあぁああ……! た、たすかったぁぁ……!」

 

ドローンに掴まえられ、自由落下から滞空へと変わった瞬間、生還出来た事を実感したミドリから心の底から安堵した声が零れる。

ドローンが飛び出して来たビルからは、ヒビキがこちらに向かって手を振っているのが見えた。

助けてくれたのは先生では無かったが、結果的には作戦通りに飛び降りは成功した。

 

今はそれで良いか。と、今一度深いため息を吐いていると。

 

「ダメ!! 切り離して早く!! ヘリは私達が落ちた事に気付いてる!!」

 

掴んでいるドローンを自分で破壊し、十メートル以上はある高さからモモイを抱えて地面へと落下しながら叫んでいるアスナの声が聞こえた。

 

当然、そんな事を言われても即座にミドリは動けない。

危機察知能力及び判断能力がアスナ程に高くないミドリは、まずアスナの言動に対し正気を疑う事から始める。始めてしまう。

 

確かに死なないギリギリの高さではあるだろう。

だからと言ってそこから何の策も無しに飛び降りれるかと言われたらそんなの無理に決まっている。

 

躊躇するのが当然だった。

だが。

 

「どりゃっっっ!!」

 

バガンッッ!! と、未だ滞空を続けているミドリを追い抜いて落下するアスナが彼女とすれ違いざま、モモイを抱えながらと言う最悪の悪条件にもかかわらず正確にミドリのドローンをアスナは銃撃で破壊した。

 

あまりにもぶっ飛んだ正確な射撃に驚く事さえも許されなかった。

アスナの手に寄り破壊されたドローンは浮遊能力を失い、これによりミドリの運命は決定される。

 

即ち、地面に向かっての命綱無しの十メートルダイビングへと。

 

「うわきゃあぁああぁあああああああああああああああああッッッ!?」

 

今度こそ真っ逆さまに落ちるしか選択肢が無くなったミドリは可哀想さ溢れる悲鳴を街中に轟かせた。

この距離なら確かに死にはしないだろうが、それはそれとして怖い物は怖い。

 

反射的に手を前に伸ばし、地面に頭だけは打ち付けない様にした上で、ミドリはあまりの怖さに強く目を閉じた。

 

落下する感覚と全身に強く打ち付ける冷たい風が一段と恐怖を煽る。

急速に迫って来るコンクリートの地面を見ていたくないと目を閉じたミドリの身体は。

 

「ほいっ! キャッチッッ!!」

 

先に着地していたアスナからお姫様だっこの形で抱き抱えられる事で、痛みを受ける事無く地面へと辿り着いた。

 

そのままそっと下ろされたミドリだったが。瞬間彼女はドサリと地面に手と膝を付き、ぜぇぜぇと荒い息を吐き始める

 

「は……はひ……ひぃ……ひぃ……! に、二回……! 二回……死ぬ思い……した……!!」

 

怖いなんて物では無かった。

今後やるつもりこそ無かったものの、内心でスカイダイビングは絶対やらないと心に決める。

 

そんな折。

 

「……あえ?」

 

四つん這いになった事でジャケットの中身がひっくり返ったのか、パサッと音を立てて、ミドリの懐から錆びて今にも崩れそうな何かが零れた。

 

「何コレ……? ボロボロの……カード? こんなの持ってたかな……?」

 

落ちたソレを拾い、小さく首を傾げる。

全く見覚えのないカードだった。

懐に入れた記憶も無ければ、所持していた記憶も無い。

 

「ナンバー……セブン……?」

 

かろうじて読み取れたのはそれだけだった。

裏面の右下部分にNo7と書かれている。

やはり、思い当たりの無いカードだった。

 

ん~~? と、首を傾げていると。

 

「ッッッ!?」

 

ドックンッ!! と、心臓が一つ大きく鼓動した。

 

反射的にミドリは目をギュっと強く閉じた後、空いてる手で胸を抑える。

 

息苦しさは無かった。

痛いとかも無かった。

ただ何故だか、先の瞬間だけ耐えられ無さを感じた。

 

それが何であるか、理解するより先に。

 

「立って妹ちゃん!! 次が来るよ!!」

 

アスナの大声にハッ! とミドリは顔を上げ。

ヘリの機銃が間違いなく自分の方に向いているのを目撃した。

 

刹那、ミドリは理解する。

あのヘリが標的にしているのは自分であると。

他の誰でも無く、才羽ミドリであると。

 

その答えが正解である事を告げる様に。

地面に落ちたミドリ目掛けて、破壊の銃弾がばら撒かれる。

 

標的を、確実に抹殺するかのように。

 

 

──────────────────────

 

 

そしてミドリが懐からカードを見つけたのと同じ頃。

 

「カード……? 私……こんなのポケットに仕舞ってたっけ……? しかもこんなボロボロな……」

 

ミサカと言う少女が操るロボットに思いきり殴り飛ばされ、窓を突き破ってビルの中へと吹き飛ばされたユウカが頭から流れる血を手で抑える中、ハラリと落ちたソレを見て不思議そうに首を傾げていた。

 

「そう言えば……あの夢を見終わった後から変な感じがずっとしてたけど……これが正体……?」

 

思い当たる節を一つ言葉にする。

あまりにも馬鹿馬鹿しい仮説だった。

 

いくらなんでもあり得ない。

あの悪夢を見終わって現実に戻って来たら、突然これが懐に仕舞われていた。

 

荒唐無稽にも程がある。

だが。

 

「そうとしか考えられないわね……。にわかには信じがたいけど……でも信じられない事が今日ずっと起こってるもの……可能性は高い」

 

自身の中の常識は既に壊されている。

この世界には理解の及ばない物がいくつも存在している。

 

それを今日何処までも痛感させられたユウカは、このカードもその一つとして受け止める。

 

「ナンバースリー……」

 

裏面にNo3と書いてあり、丁寧に扱わなければすぐに崩れ落ちてしまいそうな程に錆びたカードを見てユウカは小さく声を零す。

 

今はそんな事をしている余裕は無い。

すぐにでもここから飛び出して追撃を回避しなければ。

こうしている間にも相手は攻撃の準備を整えている。

最悪あのビルを溶かした熱線を撃って来るかもしれない。

 

だから早く。

早くまずはここから離脱しないと。

 

頭では分かっているのに、どういう訳か自分の心はこのカードを注視するように訴えて来る。

 

「どういう意味……んぐッッッ!?」

 

瞬間。

ドックンッッ!! と、ユウカの心臓が一層強くその存在をユウカに向けて主張した。

 

ミドリと同じように、ユウカも心臓が大きく跳ねた事に息を詰まらせ、思わず胸に手を当てる。

ドクンドクンと、心臓の鼓動が早くなっているのが手に伝わる。

 

浅く断続的な息を繰り返すユウカは、今一度カードをまじまじと見つめた後。

頭の中に浮かんだソレが本当に正しいのかどうかを問いかける様に、ユウカはカードに向かって語り掛ける。

 

「そう……使うの……?」

 

そう使うの? と。

 

 

 

 

 

 

 

 












創作あるあるだと思うのですが、音楽を聴いてると自然とその作品内の描写を歌詞やメロディに合わせがちですよね。私はよくやります。

『frip side』さんの『fortissimo-the ultimate crisis』が最近のお気に入りです。これを聞くと創作するかと言うテンションになります。作品に合う!

ちなみにミレニアム編のOPは『master piece』を頭の中で描いています。こういうの楽しくてずっとやってしまいます。


と言う訳でパヴァーヌ前編でやりたかったこと。ネルとアリスの共闘です。
これをしたいが為に最初は敵対させて戦闘させました。
こういう形から友情は始まるんですよ。可愛いって言ってる。


ミレニアム総力戦。と描写していますが半数は身内のいざこざで既にダウンしていたりそもそも参戦していない始末。

現状のミレニアム戦力はこんな感じですね

セミナー

ユウカ(軽傷)
コユキ(不参戦)
ノア(気絶)


C&C

ネル(重傷)
カリン(健康)
アスナ(健康)
アカネ(健康)


ヴェリタス

チヒロ(健康)
ハレ(気絶)
マキ(気絶)
コタマ(気絶)


エンジニア部

ウタハ(健康)
ヒビキ(健康)
コトリ(健康)


特異現象捜査部

ヒマリ(不参戦)
エイミ(不参戦)


トレーニング部

スミレ(不参戦)


ゲーム開発部

ミドリ(やや重傷)
モモイ(気絶)
アリス(健康)
ユズ(監禁中)


アリスが健康なのはもうチートですね。
一部記載されていない子達もいますが、まあそれはね。まだこの時期的にはね。という事でここはひとつ。



さて、今回の話で散々迷った物を遂に取り扱います。
そう、大人のカードです。

これを取り入れるか取り入れないか、非常に悩みました。と言うか実装に踏み切った今でも悩んでます。

何せ一方通行さんは必要ないんですよねコレ、彼が強いので。

ただこれを腐らせるのは勿体ない……と思っていたらそう言えばアレって七人いて、今作のヒロイン七人だなって事に気付いてしまったので、分割+それぞれ各一回と言う形で実装に踏み切りました。

次回お披露目……かどうかはまだ未定です。
二、三分割して進めている以上パート当たりの進行度合いは遅いので……。






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与えられた選択と決断

 

 

あ、このままだと死ぬ。

 

上空に浮かぶ無人戦闘ヘリ、『六枚羽』が装備している機銃の照準が自分に合わさった時、直感的にミドリはこのままだと死ぬ事を予感した。

 

弾丸が一発や十発当たった所でどうってことない身体なのに、何故だか本能は死ぬことを訴え、ミドリもその予感を正しいと受け入れた。

 

どうする。と、僅かな猶予で何が最善かを考える。

ヘリとの距離は約五十メートル。ミドリの銃では有効打を与えられる距離では無い。

攻撃で撃墜する事は出来ない。

 

滝のように注がれるであろう銃撃から、逃げ続ける事しか出来ない。

だがそれが無謀である事は彼女自身理解していた。

 

逃げ切れる訳が無い。

先のアスナとの戦闘でミドリは心身ともに疲弊しきっている。

長時間走り続けることはおろか、まともな速度で走る事が出来るかさえもう怪しい。

今の彼女は、ヘリにとって良い的でしかない事は彼女自身が理解していた。

 

ならばこのまま好き放題に撃たれて良いのかと問われれば、それは否と言うしかない。

ミドリの、ミドリ達の最終目標であるゲーム完成にはイラストレーターである彼女の力が必要不可欠。

それをミドリ自身が理解しているからこそ、無謀な真似は出来ない。

かといって、それを防げる選択肢がある訳でも無い。

 

逃げられない。

撃墜出来ない。

 

手詰まり。

そんな言葉がミドリの脳裏に浮かんだ。

 

「……っ」

 

徐に、ミドリはいつの間にか懐に入っていたボロボロのカードに手を添える。

このカードを手に取った時、一瞬彼女の心臓が唸った。

直感が、使い方を訴えた。

 

使いたければ、コレを握り潰せと。

 

だが。

 

(使っちゃいけない……そんな気もする……!)

 

心がカードを使用するのを忌避していた。

逡巡する。

使えばどうにかなるような予感と、使ったら何が起こるか分からない予感。

どっちも真実である気がして、結果彼女は不安に負けて手に持つカードに力を加えられない。

 

ただし。

ただし。

 

ミドリは気付いていなかった。

迷っている暇なんか、初めから無かったという事を。

戸惑っている余裕なんて、どこにもありはしなかった事を。

 

その証明をするかのように、六枚羽の機銃による掃射がミドリ目掛けて行われる。

 

「逃げてッッッ!!」

 

機銃が火を噴き始める直前、攻撃が始まる事を事前に察知したアスナがミドリに向かって叫ぶ。

アスナの叫びは、カードの使用を迷い続け心ここにあらずだったミドリの精神を正気へと戻した。

 

「ッッッッ!!」

 

彼女の言葉にミドリは半ば反射的に足を動かし始める。

だが、遅い。

 

反応も、速度も、対応も何もかもが遅すぎた。

掃射が始まる。

 

ミドリが駆けた後を追う用に、二千五百度の熱を持つ弾丸が地面に次々と刺さり始める。

 

「う、ぁっっっっ!!」

 

通り道にあった車に弾丸が着弾し、瞬く間に車体のフレームがオレンジ色に輝き、高熱で見る見る膨らんだ後、爆発炎上が巻き起こる。

 

おぞましい破壊音が自分のすぐ背後から聞こえて来る恐怖にミドリの顔が青ざめる。

弾丸の速度にミドリの足が追い付かない。

 

振り切れない。

だが足を止める訳にも行かない。

背後を見る事すら許されない。

 

弾丸の音は容赦なく近づく。

熱を持つ銃弾が地面を穿ち、砕かれたコンクリートの破片が彼女の露出した足に当たる。

それはどうしようもなく間近まで接近している事を彼女に知らせていた。

 

「あつぃっっっっあつ……い……ッ!!!」

 

瞬間的に熱されたコンクリートが足に刺さる度、耐えられ無い熱さが痛みとなってミドリを蝕む。

だが彼女は止まれない。

止まって身体を労う事は出来ない。

 

耐えて、耐えて、走る。

だがそれでも、

何処まで努力を重ねても。

 

ミドリの身体は、追いかけて来る掃射を振り切れない。

『六枚羽』の機銃が、走るミドリの背中を捉える。

 

彼女の全身を、穿ち始める。

その、刹那。

 

ゴガアアアアアッッ!! と言う音が上空から響き、反射的に視線を上へと向けた先で。

ミドリを執拗に狙っていた『六枚羽』が突如爆風に身を包まれたのを彼女は目撃した。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

ミレニアムタワーの最上階付近。上空五十メートルの付近で、ミサイルによる爆発が迸る。

その爆発は『六枚羽』を破壊こそ出来なかった物の、爆風によりヘリを動かす事には成功する。

 

グラリと揺れた衝撃は、機銃の射線を大幅にズラし、才羽ミドリを寸での所で救い出す事に成功する。

 

「ヒビキ」

『分かってる。このまま追撃させる』

 

ウタハが指示を出す前に、既に行動は発生していた。

『六枚羽』目掛けて、秒間百発を超える銃弾が注がれ始める。

 

攻撃を仕掛けているのは、彼女達エンジニア部が先生の助力を得て完成させた『六枚羽』の劣化版『二枚羽』

 

摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)こそ装備していない物の、六方向に同時攻撃こそ不可能な物の、二か所を攻撃する場面に限ってはその出力は『六枚羽』と大差ない。

 

一対一を仕掛ける場合、そのスペックは何一つ劣らぬ物として『六枚羽』に食らいつく。

しかし当然、『六枚羽』も敵機である『二枚羽』に反応し迎撃を始める。

 

当たれば一発大破は免れない二千五百度の銃弾が、同じく秒間百発を超える頻度で二枚羽目掛けて放たれ始める。

 

だが。

 

『当たってあげない……!』

 

『二枚羽』は備え付けられているスラスターを吹かし、ヘリであるにも関わらず数百キロという恐ろしい速度を出し、飛び込んで来る銃弾を全て回避する。

返す刀で機銃による射撃を浴びせようとするが、『二枚羽』の掃射もまた『六枚羽』が吹かしたスラスターによって綺麗に回避される。

 

ならばと逃げ惑う『六枚羽』を機銃と挟撃するよう高追尾ミサイルが数十発程、空を舞い始めるも『六枚羽』は対抗するようにソフトボールのような物をミサイル目掛けて射出した。

 

撃ち出されたボールは即座に破裂し、その中にありったけ敷き詰められていた砂鉄が衝撃により撒き散らされ、空中に散布される。

直後、砂鉄に高圧電流が流れ、一時的に電流エリアによる防護膜が展開された。

 

『そんな物まで……ッ! 流石……!』

 

ミサイルが次々と電流に阻まれ爆散していくのを見ていたヒビキから感嘆の通信が入る。

確かにその技術と発想は賞賛すべき物ではあるが、今は悠長な事を言っている場合ではない。

 

「ヒビキ。相手の技術力に関心する気持ちは分かるが今は攻撃が防がれた事に悔しさを滲ませる場面だと思うよ、一応ね」

『分かってる……けど今のでダメなら、『二枚羽』に勝ち目はもう……』

 

ヘリにあるまじき直線運動で回避と攻撃を重ねる『二枚羽』と『六枚羽』は一見拮抗しているように見える。

だが、両機の間には覆しようの無い絶対的な壁がある。

 

『六枚羽』の特徴は翼を畳んでいる間は音速飛行が可能な事。翼を広げ攻撃態勢に入っていても数百キロの速度で飛行する事が可能な事。

ここまでは『二枚羽』でも再現出来る。

この点までなら同出力で対抗出来る。

 

しかし『六枚羽』が『六枚羽』と呼ばれている最大の所以である、文字通り六つの自在に動く羽にそれぞれ攻撃能力を有している部分に関しては完全に『二枚羽』は力負けしていた。

 

即ち、対応能力の圧倒的な差。

 

先の『六枚羽』が見せたような防御能力を、『二枚羽』は有さない。

積載する余裕が無い。

 

バラッッ!! と、今度は『六枚羽』が数十に及ぶミサイルを放ち始め、『二枚羽』が仕掛けたのと同様、ミサイルと機銃による逃げ場の無い攻撃を始める。

 

それを『二枚羽』はスラスターによる移動を最大限駆使し、機銃による回避を最優先にしつつミサイルを機銃で一つ一つ撃破していく。

『六枚羽』があっさりと攻略した攻撃を、『二枚羽』は一つのミスも許されない精度でミサイルと機銃の隙間を縫うような回避を強いられる。

これを、圧倒的な差と言わずして何と言うのだろうか。

 

それでも『二枚羽』が有利となる部分があるとすれば、間接的に、そして遠隔ではあるが人の手による操作も加えられている事だろうか。

 

AIによる操作だけならとっくに撃墜されているであろう物量の攻撃を、二枚羽は避け続けている。

攻撃を回避し、その中で反撃の掃射を行い続けている。

 

数百キロの速度で直線的と曲線的な軌道を織り交ぜて撃ち合うヘリの様子はとても空中戦と一言で括って良い物では無い。

漫画の世界でしか見た事が無いような光景が、現実として目の前に広がり続けていた。

 

「あれは何だ……!?」

 

上空で二機のヘリが目で追うのも難しい速度で空中戦を始めている光景を下から眺めていた角楯カリンが言葉を零す。

その表情に刻まれているのは、己の力ではどうあがいても太刀打ち出来ない存在を前にした時のそれと同様だった。

 

まあそうなるのも仕方ないか。と、白石ウタハもまた上空を見上げる。

 

「『六枚羽』さっき君が戦ってた私達のヘリの完全上位互換だと思ってくれて良いよ」

 

付け加えるとあの『六枚羽』は先生の意思もあって外した武装も装備している完全体。

カリンが戦っていた『二枚羽』とは根本的な強さが違う代物。

 

「アレは放って置けない。先生から聞いた話が正しいならば、一機でミレニアムを破壊し尽くしてもおかしくない兵器だよ」

 

根本的な問題として『六枚羽』を撃墜できるだけの兵器がミレニアムには無い。

『六枚羽』の技術に、ミレニアムが追い付いていない。

 

簡潔に言うと『六枚羽』は少なくともミレニアムサイエンススクールにおいて敵無しの状態に近い。

現在は才羽ミドリを始末する事が最優先事項に設定されている事が幸いして街への被害は少ないが、無差別破壊命令に切り替わるともう地獄だ。

 

あちこちから火の手が上がり、一夜にしてミレニアムは瓦礫の山と化してしまうだろう。

それ程までの破壊力を、あのヘリは秘めている。

 

そう、ウタハは推察する。

 

「だが所詮ヘリなんだろ? おまけにこっちは都合よく配置がバラけてる。注意が反らされてる間に狙われてない誰かが攻撃すれば良いだけの話じゃないのか?」

「アレは攻撃された瞬間、別の羽を使って本来の目標を攻撃しつつ迎撃を仕掛けてくる。君が狙撃を始めたが最後、ここはあっという間に逃げ場のない火事現場へと早変わりだよ」

 

当然、私達の命はその時点で終了さ、と、攻撃を仕掛けた場合に訪れる未来を語るウタハに、カリンは一瞬押し黙った後。

 

「それにしてはあのヘリは『二枚羽』の撃墜するのに執心しているように見えるけど」

 

彼女の言葉には矛盾がある事を指摘した。

どう見ても今は全能力を『二枚羽』の撃墜に注いでいるようにしか見えないと。

 

『二枚羽』への攻撃と回避に機能を集中してる今なら、狙撃しても反撃される可能性は少ない。

そう提言するカリンに、ウタハは僅かに肩をすくめる。

 

「機動力は本家同様だからね。相手のAIが躍起になるのも理解出来る。当然君の言ってる事は確かに正しいのだろうけど、それでも推奨はしたくないな」

 

上空で行われている『二枚羽』と『六枚羽』の戦闘。

その攻撃力は雲泥の差と言って差し支えない。

今でこそ『六枚羽』は『二枚羽』の攻撃に対し回避を専念しているが、まともにダメージを与える武装がミサイルしか無く、そのミサイルは既に対策され終わっている。いつAIが脅威に値しないと判断してもおかしくない。

 

そうなったらどうなるか。答えは簡単である。

『二枚羽』の攻撃を受けても問題無しと判断した『六枚羽』は、『二枚羽』に対しては最低限の牽制に留めた後、ちょっかいを掛けて来た箇所全てに同時攻撃を仕掛け始めるだろう。

 

無論、最優先ターゲットに指定されている才羽ミドリへの攻撃も再開しつつ。

 

「懸念点はまだある。街にはまだ生徒がチラホラといるのが見える。君が攻撃すれば、その瞬間から彼女達にも『六枚羽』は牙を剥くだろう。攻撃してるしてないの判別なんてアレはしない。射程内にいるかいないか。ただそれだけが攻撃するか否かの判断材料だよ」

 

ミレニアムタワーの爆発や、地上にいるミドリへ向けて放たれた銃撃と、その余波による爆発が立て続けに起きた事で何が起きたんだとヘリを見上げている複数の少女がいる。

興味本位で首を突っ込むのは決して止められる事ではないが、今回の件においてはそのリスクはあまりにも大きいとしか言えなかった。

 

彼女達は知らない。

ヘリの機銃が一発でも被弾すれば最後、身体に抉る様に食い込んだ弾頭から発される熱によって血液の沸騰と共に肉体が破裂し、想像すら出来ない激痛の中もがき苦しみ死んでしまう事を。

 

かといってこのまま何も手を打たない訳にもいかないのも事実だった。

『六枚羽』の捕捉能力を以てすれば、地上に散らばる少女達を認識出来ていない訳がない。

それはこの場所にいるウタハやカリン、違う場所にいるヒビキも同様。

 

ウタハを含めた少女達は全員、既に『六枚羽』の攻撃圏内にいる。

今はただ、『二枚羽』が少女達目掛けて行われる一方的な蹂躙を阻止しているだけに過ぎない。

 

だがあくまでもそれは一時的。

放って置けば必ずやって来てしまう。

悪夢の火が、ミレニアムを包んでしまう。

 

カリンが提案した『六枚羽』を狙撃する。というのはウタハ視点から見ても正解の一つではあった。

一撃で決められるか不透明で、万が一落せなかった場合、地上に容赦なく攻撃が降り注ぐと言う二つの不安を無視するならば彼女による『六枚羽』撃墜が一番手っ取り早い。

 

「推奨したくないけど、それしか道が無いのも事実なのが悔しいね」

 

故にウタハは悔しそうに吐き捨てた後。

 

「狙撃をお願いできるかい? 出来れば一撃で落としてくれるとありがたい」

「任された」

 

簡潔に、かつどこまでも頼りになる一言が返って来た。

 

ウタハの頼み事を引き受けたカリンは、一瞬ふぅ。と息を吐いて己を落ち着かせた後。

愛銃『ホークアイ』のスコープ越しに、『六枚羽』を捉えた。

 

時速数百キロの速度で動き回る物体を狙撃するのは容易な事ではない。

ただしそれは平凡的な能力を持つ狙撃手だったらの話。

 

角館カリンをその枠に当て嵌めてはいけない。

数百キロの速度で動く機体を狙撃するのは少し骨が折れる。

カリンにとっては、その程度の難しさでしかない。

 

銃が、両手で支えられる。

彼女の身体が、微動だにしなくなる。

 

『二枚羽』との戦闘では逃げ回りながらの狙撃だったが故に撃墜を免れたが、今の彼女は完全に地に足を付け、極限まで集中を高めている。

 

あれなら落とせる。と、見ているだけのウタハにもそう思わせてしまうだけの凄味がカリンから放たれていた。

 

カリンが狙撃のタイミングを探している間、ジッ……と、ウタハは『六枚羽』の動向を目で追い続ける。

今の彼女はアクシデントが起きた時即座に対応出来る状況ではない。

何が起こっても即座に指示を飛ばせるように、ウタハも『六枚羽』の挙動を見逃さんと空を見上げる。

 

『六枚羽』は、『二枚羽』との戦闘の最中、徐々に徐々にであるが高度を落としていた。

 

ウタハはそれを経緯は不明だが最優先目標に設定されているであろうミドリに追撃を加える為かと予想する。

確実に彼女を破壊する為に高度を落としているのだと。

 

しかしそれはこちらにとって好都合。

カリンの狙撃の制度をより高める結果を生んでいる。

 

これで撃墜出来れば万々歳。

そうでなくても大きな損傷は確実。

カリンの全身全霊の一撃が入れば、どう転んでも大きく有利な展開に持ち込める。

そう、彼女は確信を抱く。

 

だが。

 

『六枚羽』の真下部分からスピーカーらしきものが姿を表し始めたのを目視した瞬間、ウタハは呑気な事を考えていた自分を呪った。

 

そして。

 

「耳を塞げッッ!! 今すぐにだッッ!!」

 

滅多に見せない形相で、地上にいる少女達にも声が届くように可能な限り声を張り上げる。

一人でも多く、今の言葉が聞き取れるように。

 

音が降り注ぎ始めたのはその瞬間、カリンが狙撃する直前の事だった。

まるで彼女が攻撃を仕掛けようとしているのを見計らっていたかのように、最悪のタイミングで下方向へ指向性を持たせた音響兵器がミレニアムに注ぎ始める。

 

それは、音と言うよりは一種の破壊だった。

 

「ぐッッ!? ぎ、あああああああああああああああッッ!!」

 

音を拾った直後、脳を無理やりシェイクされるような感覚と、全身が潰される感覚がウタハに襲い掛かった。

耳を両手で塞いだ程度ではどうにもならない音圧が身体中を突き抜ける。

 

立つ事はもう出来なかった。

身体が自然と膝を突いた後、丸まるように倒れる。

 

「あっっぐッッ!! あっっがッッッッッ!!!!」

 

見ると、カリンも同様だった。

だが彼女の被害はウタハよりも甚大。

鼓膜が破れたのか耳から血を流し、銃を手放し叫ぶ姿はあまりにも痛々しい。

音響攻撃が始まった瞬間、狙撃する直前だったことも相まって耳を塞がなかった事と、カリンとウタハがいるのが第三校舎の屋上。『六枚羽』と遠くない位置にいた事が悉く裏目になった。

 

「ヒビ……キ……ッッ!! 攻撃を……畳み、かける、んだ……ッ! これを、止め……ッッ!!」

 

言葉を一つ喋る度に頭を強く殴られるかのような鈍痛が走る中、懸命にウタハは『二枚羽』に指示を出しているヒビキに救助要請を投げる。

 

今この音を止められるのは『二枚羽』しかいない。

 

しかし。

 

『………………』

 

彼女からの返事が届く事は無かった。

通信装置が音によって破壊されたのか、それともヒビキが完全にダウンしてしまったのかは特定出来ない。

 

無人ヘリの『二枚羽』はヒビキの操作が加えられなくなったとしても行動に支障は無い。

けれども、ヒビキの操作ありきで攻撃を回避し続けていた現状から、完全なAI操作になった弊害は遠くない内に日の目を浴びてしまうだろうことは容易に推察出来た。

 

まずい。

本格的な窮地にウタハは蹲りながらもどうにか打開策は無いかと頭を動かし続ける。

 

ヘリから落ちて来る音の範囲はミレニタムタワーを中心とした半径数十メートル。

その範囲内にいて、かつ屋内に避難することをせず『六枚羽』の動向を興味本位で見上げていた無名の少女達が、その報いを受けるかのようにその悲鳴を轟き始めさせている。

 

中には逃げようと足掻く者もいるが、まともな判断能力と身体能力を音によって奪われた事で、走ろうとした足はもつれ、数歩走る素振りを見せた後躓き倒れた後、起き上がることが出来ずに苦しみ続ける。

倒れているにも関わらず、手を付いて起き上がるより先に両足がじたばたと反射的に動いているのが少女達が受けてる苦痛の残酷さと悲壮感をより押し上げる。

 

『六枚羽』を見上げていた集団は、音響兵器と言うたった一つの武器だけで一瞬で無力化された。

全身が潰される様な音が、数多の少女達を襲い始める。

 

『二枚羽』は音の影響こそ受けていない物の、ヒビキの操作補助ありきで為していた精密な回避行動はもう取れない。撃墜の危険性が比べ物にならない程に跳ね上がる。

今ここで『二枚羽』を失う訳には行かないのに、回避する手段がどこにも無い。

 

「く……そ…………ッ……!!!!」

 

どうすれば良い。

どうすればこの窮地を打開出来る。

 

頭が割れそうな痛みの中、普段の何分の一程度しか頭が回らない状況でも必死にウタハは考える。

 

しかし、どんなに案を探しても適切な答えは見つからない。

 

音は広範囲に届いており、ヘリがいる事を認識している全員が同じ状態に陥っている。

助力を求めようにも、助力できるだけの余裕が残っている少女達がいない。

 

高度を落としているとはいえ相手はヘリ。自分達の遥か上空を飛行している。

狙撃しなければマトモなダメージは期待できないのに、唯一それが可能な人物はこの場の誰よりも大きな傷を負って苦悶の表情を刻み続けている。

 

要請すれば了承こそしてくれるだろうが、まともな狙撃が出来る状態ではない。

よって、狙撃で撃墜すると言う手段は取れない。

 

「どう……すれ……ば……ッ!」

 

プリーツスカートのポケットに忍ばせているジェット噴射装置に手を伸ばしながら、しかしこれを使ってもどうしようもないとウタハは滝のように汗を流しながらヘリを見上げる。

先生の靴底に取り付けた物と同じ装置。

彼の身に、彼に取り付けた装備に何か異常が起きた時に即座に対応出来る様持ってきた予備の物資。

これを使えば確かに空まで吹っ飛ぶ事は出来る。

だがそれを使った所でどうにもならない。

 

飛べば、空中に浮かび上がれば途端に機銃の的になる。

間違いなく、蜂の巣にされる。

 

扱いこなせる先生ならば話は別なのかもしれないが、自分を含めたこの場の少女にぶっつけ本番で飛び上がりつつ機銃を回避するなんて精密動作は絶対に出来ない。

 

苦し紛れに手を伸ばした物の、これは打開策とするにはあまりに無謀すぎる。

少女一人の命を犠牲にした賭けをするには途轍もなく勝率が無い。

 

「ぐッッッあッッッ!!」

 

ビキッッッ!! 少しの間右手を耳から手を離した影響がウタハに襲い掛かり、片耳から血が流れ始める。

鼓膜が破れたのだと、ウタハは感覚的に理解する。

しかし、そこに一々苦しんでいる猶予は残っていない。

 

「ッッッッ!!」

 

気付けば『六枚羽』が持つ羽の五枚が、ウタハやカリンを含める、音で倒れ伏した少女達に向けられていた。

『二枚羽』の相手は羽一枚で十分。

その程度の脅威であると算出されてしまった。

 

「せ……んせ…………い……ッ!」

 

『六枚羽』からの一斉掃射が始まる手前の時間。

自分を含めた何人が犠牲になるのか予測すら出来ない地獄絵図が始まる数秒前。

 

ウタハは不意に、自分でも説明が出来ないまま、先生と口を動かした。

彼ならどうにかしてくれるかもと思ったのかもしれない。

彼なら窮地に駆け付けてくれると信じていたのかもしれない。

 

けれど。

けれども。

 

そんな彼女の希望を嘲笑うかのように『六枚羽』が唸りを上げる。

虐殺が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「う、うああっあぐああああああああああああッッッ!!」

 

上空から突然降り注ぐ重い音。

立ち続ける事すら困難になる程の音圧を受けたミドリは、道路のど真ん中で耳を塞ぎ、膝を突いて蹲っていた。

 

(ま……ずい…………ッ!!)

 

こんな場所で立ち止まっていたら好き放題に撃って下さいと言っているような物。

先程はギリギリの所でエンジニア部が持つ兵器によって助けられた物の、依然としてヘリは健在な以上いつまた改めて狙われてもおかしくない。

 

否、もう狙われていると言っても過言では無かった。

 

涙目で空を見上げれば、一定の場所に留まり、高度を下ろして音圧兵器を放ち続けているヘリが見える。

ほんの少し前までヘリとはとても思えない挙動で空を走り、エンジニア部のヘリと空中戦を繰り広げていた筈なのに、今、あの兵器はピタリと移動を止めている。

 

瞬間、ミドリの勘が訴えた。

今から、自分は攻撃されると。

 

動きを強制的に止められている以上、立ち上がって逃げる事が出来ない程『音』によって苦しめられている以上、今度こそ銃撃から逃れる手段は無い。

 

何もせずにいたら殺される。

生き残るには、何かをしなければならない。

この絶対的状況を覆すに足る力を持つ、何かを。

 

「ぐ、ぐ、ぅぅうううううううううッッ!」

 

震える右手を懐に伸ばし、今一度ボロボロに錆びたカードを取り出す。

裏にNo7とだけ書かれたカード。これを使えば状況を打破出来るかもしれない。

使ってもどうにもならないのかもしれない。

 

ミドリの本能はこれを使ってはいけないと警鐘を訴えている。

何が起こるのか不明だが、漠然とそれだけは伝わって来ていた。

 

だが使わなければ全身に機銃を撃ち込まれて死ぬ。

それだけは確定した未来として待ち受けている。

 

「や……る……しか、な、いぃっっ……!」

 

迷っている時間は、もうどこにも無かった。

使った後に訪れる後悔と、使わなかった先に待ち受けている死。

 

どちらかを選べと言われれば、前者しか選びようが無い。

 

「せ……んせ……い…………ッッ!!」

 

苦しみに震える声で、こんな状況にもかかわらず頭に思い浮かべてしまった想い人の名をミドリは呼ぶ。

本名を知らない、好きな人の名前を呼ぶ。

 

勇気を下さいと、なけなしの覚悟を下さいと。

『先生』の一言にその全てを込めた後、意を決したかのようにミドリは強く目を開いた後。

 

「う、あ、あああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

バギンッッ!! と、右腕に力を込め、持っていたカードを粉々に握り潰した。

 

 

 

 

 









二週間更新が続いています。申し訳ないです。
来週からは一週間更新に戻りたいですが……まだちょっと不透明です。





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人に堕ちる

 

 

 

 

吹き飛ばされたビルの中での休憩は終わりであるとユウカに告げたのは、頭上を貫通した一本の赤い赤熱光線だった。

 

「や……ばッッ!!」

 

ドロリと高熱を帯びて溶け始める壁を見て、ユウカは即座に見つめていたカードをジャケットの裏にしまい脱出を図る。

 

大慌てでユウカが飛び出したのと、そのビルが爆発炎上を始めたのはほぼ同時だった。

前方には、先の熱線を放ったであろうミサカ一四五一号と名乗る謎の少女と、その少女操る駆動鎧(パワードスーツ)が銃口を向けているのが見える。

轟々と燃え盛るビルから脱出したユウカは一度だけ振り返り、完全にダメになっていくビルを見て盛大に嘆息してからミサカの方へと顔を向けた。

 

「一応聞いておくけど、今日あなたが破壊したビルや建造物を弁償する気はある?」

「襲撃者に弁償するかどうかを聞くのは流石に野暮ではありませんか? と、ミサカ一四五一号は払う訳ないだろバーカ。と、言外に意味を含ませて言葉を返します」

「知ってたわよ!! あと滅茶苦茶ストレートに言ってるわよそれ!!」

 

ユウカが観測している範囲だけでも被害額は何十億は下らない。

全体の被害額はもう考えたくも無い程に膨れ上がっているに違いない。

この騒動が終わった後のあれこれを考えると非常に頭が痛くなる。

 

とは言え、今はそんな事に気を配っている余裕は無い。

悩むのは、苦しむのは、

この騒動が全部済んでからだ。

 

ギュッッ! と、銃を握る右手に力が入る。

相手との距離はおよそ五十メートル強。

 

イヤな距離だと、ユウカは相手にとって至極有利な距離間である事に面倒臭さを覚えた。

こちらの攻撃が絶妙に通らず、相手の射程範囲にはこちらが含まれている。

走って詰めようにも五十メートルは流石に数秒では到達出来ない。

その間に相手はいくらでも対応しようがある。

 

だがここでまごついていても状況は好転しない。

この距離を保ち続けている限り、戦局は相手に傾くばかり。

 

「戦闘を再開します。と、ミサカ一四五一号はこれ見よがしに先制攻撃を始めます」

 

それを肯定するかのようにミサカ一四五一号が操る、駆動鎧(パワードスーツ)と呼ぶにはあまりにも改造が施された機械兵器、捕食者(プレデター)が行動を開始する。

 

手始めとばかりにガコンッッ! と、背後に装備している無数のミサイル発射装置が駆動し、距離の離れたユウカの耳にも届く程の音を迸らせて連続した発射音が鳴り響いた。

 

夜の闇の中に轟く赤い無数の光が、ミサイルが飛び散るのを見て、ユウカは息を呑む。

その数、百弱。

一人の少女に向けるにはあまりに暴力的すぎる程の無数のミサイルが四方、八方に飛び散る。

ミサイルは僅かな時間射出された方向へ飛行した後。

その全てがユウカに狙いを定め、高速で彼女目掛けて突撃を開始した。

 

「無茶苦茶よそれッッッ!!!」

 

突然目の間に降りかかってきた圧倒的な破壊の力を前に彼女の顔が蒼白に染まる。

どうしたって避け切れる数じゃない。

咄嗟の判断で彼女はその事実に気付く

 

故にユウカは、全速力で捕食者(プレデター)の方へ走った。

 

「う、あ、ああああああああああああッッ!!」

 

叫びながら、ユウカはミサイルの追尾を狂わせるべく危険を承知で敵の懐へ飛び込むように駆ける。

 

後ろに下がったら間違いなく的になる。

遮蔽物を見つけて身を隠しても、あのミサイルの物量に耐えられる物は周囲一帯には存在しない。

 

そのような状況下の中、ユウカに残された最後の手段はたった一つだけだった。

ただひたすら敵の懐目掛けて走る。

 

一か八かだったユウカの作戦は奇跡的に功を奏した。

 

既にある程度射出し距離を進んでいたミサイルは、自ら飛び込んで来るユウカを捕捉し突撃するも、補足した時に着弾せんとしていた場所には既に彼女の姿は無い。ユウカは既にその数歩以上前を走っている。

 

結果。

 

ゴガガガガガガッッッ!! と、連続的な爆発音こそ真後ろで響く物の、ユウカは直撃全てを回避した。

 

「恐ろしく危険な賭けです。と、ミサカ一四五一号は早瀬ユウカの行動に驚嘆します」

「危険な賭けをさせてるのはそっちでしょうがッッ!!」

 

百以上ものミサイルを避ける事こそやり遂げた物の、状況は依然悪いまま。

現に相手からお褒めの言葉こそ授かる物の、その行動に一切の容赦は無い。

 

ガチャリと、ビルを溶かした熱線を放つ銃口が立ち止まる事を許されないユウカに向けられた。

 

嘘でしょと叫びたくなる気持ちを喉元で抑えつつ、ユウカは右足を強く踏み抜いて強引に走る進路を斜め右方向へと変更する。

 

ビュッッ!! と、先程まで走っていた場所を熱線が通過したのはその直後の事だった。

一瞬でも判断を鈍っていたらアレが直撃していた事実に背筋が恐ろしい程に冷えるが、ミサイルの爆発は今も続いている。

ビビって立ち止まったが最後、数十の爆発に呑まれてしまう。

震えている時間なんてどこにも無い。

数度コンクリートにけつまづき倒れそうになるが、それを気力で懸命にカバーし、ミサカ一四五一号の猛攻を躱しながらユウカは相手との距離を着実に縮める。

 

但し状況は芳しくない。

ビルをも溶かした熱線への対策も近接戦闘に持ち込んだ時の巨大な腕を掻い潜る糸口も掴めておらず、どうすれば良いのかと走りながら打開策を考えるも、この土壇場の状況で妙案が浮かぶと言った奇跡が起きる筈も無い。

 

「くっっっ!!」

 

結局、今のユウカが出来ることと言えばこれしか無かった。

すなわち、サブマシンガンによる徹底攻撃。

駆動鎧(パワードスーツ)のみを狙い、兵器を操っているミサカに当てるのだけは避けるようにユウカは撃ち始めるが、彼女の弾丸は強固な防御力に全て弾かれ、ろくな有効打を与えられない。

 

だが少なくともここまではユウカにとって織り込み済みの出来事だった。

サブマシンガンによる射撃は囮。

ユウカの狙いはたった一つ。

 

(あの子を撃てないなら殴り飛ばして意識を奪うッ!)

 

銃の攻撃力が高すぎて使えないなら、それよりも威力が低い手段で彼女を攻撃すれば良い。

おあつらえ向きに彼女の身体は剥き出し。弾丸を弾く鎧は彼女の身体を何一つ守っていない。

 

ユウカがヘイローを持たない彼女目掛けて撃つのを躊躇した最大の原因であり、この兵器の設計自体が相手がそうやって迷う事を前提とし、ためらった隙に兵器の破壊力を叩き付ける為、敢えて操縦者の身体を剥き出しにさせたのではと開発者の陰湿さを恨んだユウカだったが、見方を変えればあの兵器を無理に破壊する必要は無いと言う事であり、逆にありがたさすら覚えられる。

 

どうにかして敵の攻撃を全て回避して彼女の下まで辿り着ければその瞬間勝利が決定する。

これはそういう戦闘なのだと、ユウカは認識した。

とは言え、その課題を達成するための壁は未だ高い。

 

ユウカは近接戦闘に持ち込むしか勝ち目が無い。

だがその際に間違いなく飛んでくるであろう巨大な殴打用の腕に対して有効的な防御策が無い。

今は無策のまま突っ込んでいるに等しい状況だった。

 

戦況と言う名の向かい風はさらに強くユウカに吹き付ける。

互いの距離は縮まって行く一方。ユウカの中で具体的な策は浮かんでいない。

もう直に腕の射程範囲に入る。早く何かを思いつかなければならない。

 

だがそれよりも先に。

 

前面部から生えている複数の銃口から壁と見紛うような量の弾幕がユウカ目掛けて放たれ始める。

避けられる量では、無かった。

 

「ぐッッッッ!?」

 

全身に銃弾が直撃する。

それはユウカに無視出来ないダメージを与えるばかりか、動きを止めることさえ強要する。

身体が、絶えず押し寄せる弾幕によって押し戻された。

 

その後に待っている物は何かと言われれば簡単だった。

マシンガンを撃つ最中に発射された数十に及ぶミサイルの第二派が、ユウカを襲う。

真上から、正面から。

 

「~~~~~~~~~ッッ!!」

 

先程見せた無茶な前進による回避はマシンガンの弾幕により封じられた。

かと言ってこのまま黙って着弾するのを待つ訳にもいかない。

 

答えはもう、一つしか無かった。

足を止めてガチャッ! と、音を鳴らしながら自身最大の火力を出せるよう二丁のサブマシンガン。『ロジック&リーズン』を取り出し、右手と左手でそれぞれ構える。

 

マシンガンによる猛攻を己の肉体で受け止める道を選んだユウカは銃口を両方とも真上に向け。

 

「はぁああああああああああッッッッ!!」

 

飛んでくるミサイル目掛けてがむしゃらにぶっ放し始めた。

目標を定めず、腕を小さく振って銃弾を多方面にばら撒き、当たらなくて当然、当たれば儲けの質ではなく量でミサイルを撃墜するスタイルをユウカは披露する。

 

作戦がある程度の成果を出しているのか、上空でいくつかの爆発音が響く。

だがユウカは一瞬もその視線を上に向けない。

どのミサイルを撃墜したのかを、彼女は一切情報に入れない。

ユウカの目線は正面から飛んでくるミサイルのみを見据えていた。

飛来する速度から彼女は自分に着弾するまでの時間を精密に計算する。

そこのみに意識を集中させる。

 

計算結果を、ユウカは僅か一秒弱で叩き出した。

着弾までジャスト二秒であると、正確な時間を算出する。

 

得られた時間を、ユウカは最大限活用する。

一秒。変わらずユウカは前方のミサイルの飛行ルートをひたすら目で追い続けながらひたすら上から飛んでくるミサイルを量で迎撃する。

そして着弾までの猶予が一秒を切った瞬間、ユウカは目線を上に向け。銃口を前に向けて正面から飛んでくるミサイルの撃墜を始めた。

 

どのルートで飛来しているかは見て覚えた。

後は予測した場所に銃弾を置いておくだけ。

これこそが早瀬ユウカの真骨頂。

弾丸やミサイルの着弾地点を計算で導き、どう避けるのが最適なのかを理論を用いて予測する。

 

前方から計算通りの爆発が響く。

故にユウカは意識を前に割かない。

ユウカは計算結果を算出していない上方向に意識を向ける。

確認されたミサイルの数は、八。前方から飛んで来ているのを含めると、十七。

どれだけ撃墜したのかは不明だが、それを抜きにしても飛んで来るミサイルの量は一人の少女に向けるにしてはあまりにも度が過ぎている程に多い。

 

それでもユウカの表情に絶望は無かった。

計算が告げる。結果が告げる。

 

(……いけるッ!!)

 

と。

 

着弾までの時間がゼロになる。

答え合わせの時間が始まる。

 

瞬間、ユウカは銃撃を止め、身体を真後ろに三歩後退させた。

撃ち漏らしたミサイルが飛来し、巨大な爆発が連鎖を始めたのはその直後からだった。

耳を覆っても突き抜けるような轟音が連続して響き、全身を覆い尽くす程に爆炎が昇る。

 

普通ならこの時点で戦闘終了。

ミサイルの波状攻撃に晒された少女は成す術も無く気絶。

 

但し。

 

「命中を確認しました。と、ミサカ一四五一号は……ッ!?」

 

ユウカが出した計算結果は現象を裏切らない。

導き出した答えは、正確に彼女を窮地から救い出す。

ミサイルの着弾する範囲状で最も攻撃から逃れられる場所はどこかを完璧に突き止めたユウカは、自身に被る被害を最小限のダメージに抑えつつ、再びミサカ一四五一号目掛けて走り出す。

 

マシンガンによる掃射は先のミサイルによる爆発で決着が付いたと勘違いしてくれた影響か止まっている。

戸惑っている様子から後数秒は猶予があるとユウカは見込む。

 

捕食者(プレデター)と名称されている駆動鎧(パワードスーツ)までの距離は二十メートル強。

 

攻撃が再開されるまでには、充分到達可能な距離だった。

 

「お、おおぉおおおおおッッ!!」

 

全力で駆けて駆動鎧(パワードスーツ)との距離を一気に詰めたユウカは、ある地点で強くコンクリートを踏み抜き力の限り跳躍する。

ダンッッ!! と、踏み抜く音すら聞こえてきそうな程に力強く飛んだユウカは、駆動鎧(パワードスーツ)から伸びる無数のチューブに局部を覆われている全裸の少女の上空を取る。

 

目標を、完全に捉える。

ミサカ一四五一号を射程圏内に入れたユウカは、右手に持つサブマシンガンを捨て、代わりに拳を強く握った。

 

これで決める。

強く決意するユウカは、咆哮を上げながら拳をゆっくりと振りかぶった。

前進しながら落下を始めるユウカは、意識を奪う一撃を問答無用で叩き込まんと、ミサカ一四五一号の顔面目掛けて握った拳を真っ直ぐに振り下ろす。

 

その、刹那。

 

ミサカ一四五一号の前髪が青白く光った。

それが何なのか、ユウカに考える余裕は一瞬たりとも与えられなかった。

ユウカにとって理解の及ばぬ力。青白い電撃の槍がミサカ一四五一号から生成され、彼女を真正面から殴り飛ばそうとしていたユウカの腹部を文字通り貫く。

 

「ッッッッッ!?」

 

瞬間、彼女の全身がガチッッ!! と、突然石になったかのように硬直し、ユウカは全身に痺れを覚えた。

だが腹部から背中へと突き抜けた衝撃は、痺れた。と言う一言で説明できる痛みでは無い。

 

否。痛かったかどうかすら、まともに判断できなかった。

 

「あぐっっっ!!」

 

ドサッ! と、電撃の槍によって勢いを完全に殺されたユウカは地面に背中を強く打ち付けながら落下する。

 

動きを完全に殺された状態で地面に撃ち落されたユウカは背中を打った痛みと、全身に残るビリビリとした痺れに一秒程動けず、苦悶の表情を浮かべる時間を過ごした。

 

そしてそれが、ユウカに決定的な終わりを教える。

敵の眼前で倒れ、あまつさえ動かなかった。

逃げられなかった。

 

それが如何に危険な状況を引き起こすかを。

 

「あ、っっっ……!?」

 

ユウカは、己の身体で知る事となる。

 

捕食者(プレデター)の弱点が操縦者である事は自明の理。そしてそんな判り切った弱点に対策を施すのは当然のことです。と、ミサカ一四五一号は浅はかな行動に走った早瀬ユウカを咎めます」

 

ゴギンッッッ!! と、捕食者(プレデター)の背中から伸びる殴打用の腕が、倒れたユウカ目掛けて容赦なく振り下ろされた。

 

数トンの重量を誇る巨大な腕が、数十トンにも及ぶ衝撃を纏わせてユウカの腹部に叩き付けられる。

 

「がふッッッ!?」

 

ゴポッッと、内臓を力任せに押し潰されたユウカの口から多量の血が吐き出された。

ガシャ……と、左手に握っていた銃を手放す音と同時に全身の骨と臓物が悲鳴を上げ、彼女の目が強く見開かれる。

 

この一撃により勝負は決したように思える物だったが、ミサカ一四五一号はさらに彼女に追撃を仕掛ける。

捕食者(プレデター)の背中から伸びているもう一つの殴打用の腕が、意識を失う直前のユウカの右側面に全力で裏拳を叩き付けられる。

 

「あッッがッッッ!?」

 

直後。グルンとユウカの視点が回転した。

視界が二点、三点と目まぐるしく上下し、身体が何度も地面をバウンドしながら数十メートル吹き飛ばされる。

右脇腹。左脛。右肩に三ヶ所の骨と筋、そして肉が引き千切られる痛みを覚えながら地面に激突する度に多量の血をコンクリートにこびり付かせ、最後はゴロゴロと転がる事で発生した摩擦熱が彼女の身体を蝕み、彼女の身体にまた一つ傷を生み出す。

 

ようやく止まることが出来た時にはもう、無傷な部分は何処にも存在していない。

どこもかしこもが、傷と血によって支配されている。

 

その様子は、痛々しいの一言で片付けられる物では無かった。

 

「ぅ……ぁ……」

 

側頭部からドクドクと血が溢れ、右半身に強い衝撃を受けたユウカの全身から力が抜ける。

瞳が映す世界は朧気で、意識の喪失まであと一歩と言う所をユウカはギリギリに踏み留まる。

しかしそれが今できる精一杯だった。

起き上がる事はおろか身体の向きを変える事も出来ず、ピクピクと全身を小刻みに痙攣させ続ける。

 

今にも消えそうな意識の中、ユウカの中に一つの結論が出された。

 

(勝……てな……い……)

 

あの少女に勝てない。

少女が操る兵器を壊せない。

全力を出した、自分に出来る最大限のパフォーマンスを発揮した。

だけど届かなかった。

全て叩き潰された。

 

完敗であると、ユウカは痛感する。

それなのに。

 

「ぐ、ぅ……ぅ…………」

 

のそりと、彼女の左手が地面を掴む。

それは、起き上がろうとする意思に他ならなかった。

 

痛みに、苦しみに、辛さに、必死に耐えながらユウカはボロボロの身体をゆっくりゆっくりと、起き上がるのもままならない身体に鞭打ちながら静かに立ち上がらせる。

 

肉体はとっくに限界を超えている事を訴え続けている。

立ち上がるだけでも全身がバラバラになりそうな痛みが走る。

それでもユウカの意思は折れない・

 

圧倒的力を前にして、その力を身体で受けて尚、彼女はこんな所で終わってたまるか意地で身体を動かそうと力を入れる。

 

しかし意志に反して身体が付いて来ない。

受けたダメージはあまりにも甚大で、歩き出そうとした瞬間、限界を迎えたようにガクンと膝が崩れる。

力尽きたかのように動かなくなる身体を前にユウカは歯を食い縛り、もう一度命を取り戻させんと力を入れる。

 

その意思に諦観は微塵も無い。

彼女の瞳は、全く死んでいない。

 

「う、ぐっっぐ、ぅうううううううッッ!! ま……だ……まだッッ!!」

 

手放しそうになる意識を必死に繋ぎ止め、ユウカは膝を震わせながらもう一度立ち上がった。

左手で激痛を訴える身体の右側を押さえながらも、両足で立ち上がる事に成功する。

 

「何故立ち上がるのでしょうかと、ミサカ一四五一号は武器も無いのに戦う意思を見せる早瀬ユウカの無謀さに呆れを覚えます」

 

うるさい。と、ミサカ一四五一号の呆れた様子に対しユウカは声に出さず反論する。

立ち上がる理由なんて、たった一つだ。

 

(せん……せいに……会う為に……決まってる……じゃない……ッ!)

 

戦いを終わらせて、先生に会う。

それ以外の理由なんてどこにあるのだろうか。

 

ユウカは圧倒的自信を以て心の中で宣言する。

きっと今、ここにいるのが自分じゃなくて。

才羽ミドリだったとして、空崎ヒナだったとして、黒舘ハルナだったとして。

 

彼女達もきっと、同じ理由で立ち上がっている。

そうして彼女達も、自分と同じようなことをするのだ。

 

ゆっくりと、ジャケットの裏にしまっていた一枚のカードを左手で取り出す。

今にも朽ちそうなカードを持つユウカは、少しだけ頬を緩めた。

 

あれだけの攻撃を受けて、あれだけの銃撃を受けて、あまつさえミサイルの爆撃さえこの身体は受けたのにこのボロボロのカードは欠ける事無く存在し続けている。

それが少しおかしくて、しかしそれ以上にその現象そのものがこのカードの特異性を示す。

 

使わない限りは壊れない。

逆に言えば、使えば壊れる。

 

一度きりの、力。

そしてカードは今、まさに使い時。

勝てない敵を前に使わずして、いつ使う。

 

暗にそう語るカードを最後に眺めた後、ユウカはゆっくりと前を見据えた後、息を一つ入れ。

 

「ッッッ!!」

 

グシャッッ!! と、ユウカはカードを勢い良く左手で握り潰した。

 

砕け散ったカードの欠片が、ユウカの掌からまるで砂のように零れる。

そのまま左手を開けば、文字通り粉々となった先程までカードの形状を保っていた物が、風に乗ってミレニアムへと撒かれる。

 

「? カードを握り潰して何がしたいのですか? と、ミサカ一四五一号は素朴な疑問を口にします」

 

ユウカの奇行を前にしたミサカ一四五一号が怪訝そうに眉を顰める。

その質問にユウカは答えを持ち合わせない。

何故なら彼女自身、何が起きるのか分かっていない。

 

ユウカはカードが教えてくれた『使用法』を行っただけ。

これから何が起きるのか、彼女自身予想すらついていない。

 

塵となったカードが、ユウカの掌から零れ落ちていく。

そうして砕けたカードの欠片。その最後の一片が彼女の掌から零れ落ちた。

 

瞬間、まるで始まりを示す様に。

 

 

ブシュッッ!! と、言う音と共にユウカの額が縦に割れた。

 

 

「ッッ!?」

 

割れた額から溢れる血によって彼女の視界が真紅に染まる。

到底耐えられ無い痛みがユウカの脳を突き刺し始めたのは、多量の血が地面にこびり付いてからの事だった。

 

「ぎッッ!?」

 

想像を絶する痛みに冷や汗がドッと噴き出る中、咄嗟に破裂した部分を左手で抑える。

ドクドクと手を伝って滴る血量は、決して小さくない傷が発生していることをユウカに教えるが、肝心の彼女はその事実に困惑する事すら出来ない。

額を通る血管が内側から破裂し、皮膚を切り裂いて吹き出したのだと推察するのも不可能な中、ユウカはひたすら痛みをなるべく緩和させんと出血している箇所を抑えている左手の力を強める。

 

直後、額を抑えている左腕。その二の腕付近の血管が突然はち切れ、文字通り血飛沫が舞った。

 

「あぎ、うぐ、あっっ!?」

 

手の甲。

肘。

二の腕。

 

あらゆる場所の血管がまるで肉体の負荷に耐え切れないかのように千切れ、皮膚を切り裂く。

そしてそれは左腕だけに留まらない。

 

右腕や両足も同様。

腹部や背中も同様なのか、いつの間にか制服のあらゆる場所から円形状に血がじんわりと広がり、やがて服の裾から吸収しきれなくなった血がポタポタと地面に落ち始める。

 

「ッッッ!! ッッッァ…………ッ! ~~~~~~ッッ!!」

 

全身をナイフで深く抉り取り、切り刻まれているような痛みは、声を上げる事すら不可能の地獄だった。

一秒経過するごとに五、六箇所から出血が発生し、激痛を訴える場所が増える。

やがて肌色が血に染まり、最早血で濡れていない場所を探すのが困難になる。

文字通り全身の血管が皮膚を突き破る勢いで破裂し、想像を絶する痛みを味わう事となったユウカは、とうとう立つ事も出来なくなったのか、敵が目の前にいるにもかかわらず、膝を突き、喉を震わす。

 

「ぐッッ!! ぃッッッッ!!」

 

致命傷。

そう言っても差し支えない出血。

なのにユウカは意識を保ち続け、襲い来る激痛に歯を食い縛る。

 

ここで気を失う訳には行かない。

なんとかして立ち上がらなければならない。

痛みを耐え抜かなければならない。

 

ここで痛みに敗北して気を失うのは簡単だろう。

けれどその気絶から目を覚ました後、きっと自分は二度と先生と会えなくなる。

連中の目的が先生と自分を引き離す事であるならば、この戦いに自分は負けてはならない。

負ける訳には、絶対にいかない。

 

だから耐える。

耐える。

 

今にも死にそうな痛みでも。

死んだ方が楽だと思えるような痛みでも。

 

耐えて。

耐えて。

耐え抜いて。

 

起き上がって。

あの機体と戦って。

あの少女に勝って。

 

そして。そして。

また、先生と、一緒に……。

 

純粋な気持ちを胸に宿したままユウカは出血が終わるのを待つ。

どれだけ致命傷であっても、その致命傷にこの瞬間だけは負けてはならないと生命力をどこまでも燃やす。

今だけは耐えるように。

この戦いが終わるまでは生きられるように。

先生に、もう一度会えるまではと気力を燃やして耐え続ける。

 

だが。

だが。

だが。

 

無惨にも。

悲惨にも。

残酷にも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ドシュッッッ!! 

 

 

と、彼女との戦いで受けた傷、そしてカードを砕いてから生まれた傷全てが大きく開き、ユウカの全身を文字通り引き裂く。

 

その様相は、『能力者』が『魔術』を行使した時の現象と酷似していた。

 

「あがっっ! ぎっっ!!」

 

それが。トドメだった。

世界が焼き切れる程の熱がユウカを包む。

痛みという、耐え難い現実が叩き付けられる。

 

「が、ああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

まるで断末魔の如き甲高い悲鳴が、ミレニアム全域に轟く程の勢いで迸った。

許容量を超えた痛みは声を殺し、限界を超越した痛みは意思に関係無く声を放出させる。

 

身体を仰け反らせ、ユウカが座る地面一帯が夥しい程の血に塗れ、そして。

 

 

 

 

 

 

バギンッッ!! と、ユウカのヘイローが粉々に砕け散る音が響いた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

ユウカが倒れたのと同時刻。

押し潰されそうな音圧が上から落ちてくる中、一ノ瀬アスナは気絶したモモイを連れてある少女の下へと駆け寄っていた。

 

現在、彼女は何も音を拾う事が出来ない。

意識の無いモモイの耳を守る為に両手を使った結果、彼女の鼓膜は長時間音圧に晒され、結果ブチリと音を立てて破れた。

 

しかし彼女はそんな些細な事はどうでも良いとばかりに、見晴らしの良い道路の上で血塗れで倒れている少女。才羽ミドリの痛ましい姿に表情を青くする。

 

「い、妹ちゃん……し、っか……り……ッ!!」

 

ヘイローが消滅している彼女に声を掛けるが当然返事は無い。

 

何をどうしたらそうなるのか、衣服の全てを真っ赤に染め上げ、全身から血を吹き出して倒れている彼女の右手には、粉々となったカードらしき物の破片が散らばっている。

 

理解が全く及ばなかった。

彼女の傷は明らかにヘリに攻撃されて出来た物では無い。

とは言え、現状彼女がダメージを負う理由がヘリからの攻撃以外に考えられない。

 

「なんとか……しな……きゃ……っ!」

 

ヘリからは今も威圧感が放たれている。

そればかりか羽を複数方向に展開しており、いつでも攻撃出来る様準備を進めている。

 

加えて羽の一本がアスナの方に。より正確にはミドリの方に向けられている。

気絶し、生きているかどうか曖昧な状態のミドリに、追い打ちをかけんとしている様子が確認出来る。

 

早急に彼女を避難させなければならない。

しかし現在、アスナはモモイを庇っている。

 

抱き抱えて耳を塞ぎ、モモイが受けるダメージを極力最小限に抑えている今の状態でミドリをさらに動かすのはとても無理な話。

そもそも、この状態の彼女を無暗に動かして良いのかすらアスナには分からない。

ここまで危険な状態に陥っている少女をアスナは見かけた事が無い。

 

だから何をするのが正解なのか分からなかった。

けれど、何をしたら不正解なのかは分かる。

才羽ミドリを放置する。

それだけは絶対にやっちゃダメな事だと勘が告げる。

 

けれど彼女を連れ出す事が出来ない。

彼女を助け出そうとした瞬間から少なからずモモイに被害が出る。

モモイは現状アスナによって耳を保護されている。

アスナの腕は二本しかない以上、ミドリに手を伸ばした場合、モモイの保護は外される。

音に晒されたモモイはどうなるか、簡単だ。鼓膜が破かれ激痛に晒される。

今の自分と同じ痛みを味わい始める。

 

気力と胆力でアスナは耐えているが、これを気絶したモモイが味わった時、発狂せずにいられるかと言われれば疑問が残る。

しかしそれはミドリも同じ。否、怪我の度合いを見れば明らかにミドリの方が重傷。

今すぐに守らなければならないのはミドリの方なのは明白。

 

両方を庇うのは無理。

片方だけしか守れない。

ミドリは生きているのか死んでいるのかすら分からない程に重傷。今すぐにでも手を施さなければならないものの、何をすれば手が施せるのかの知識をアスナは持ち合わせていない。

 

その場から動かさず耳だけを塞いであげるのが正解に見えるが、そんな悠長な事をしていたらヘリによってアスナとミドリ、そしてモモイをまとめて銃殺されて終わるのは明らか。その選択は正しくない。

 

モモイの保護を解き、空いた両手でミドリを抱えてこの場を離脱する。

ミドリの容態的にそれが正しいかどうかはともかく、全員が生存するにはそれしか道は残っていない。

 

「~~~~~~~ッッ!! ごめんッ!! ちょっとだけ耐えてッッ!!」

 

ミドリを動かしてしまう事。

モモイを音による破壊に晒す事。

 

両者に謝罪を述べてアスナはモモイから手を離し、肩で彼女を担ぐと同時、ミドリを抱き抱えようと地面と彼女の間に手を差し込む。

瞬間、両手にミドリの血がベッタリとこびり付いた。

ベチャッと言うイヤな音と、真っ赤になってしまっている服の色が、吸い込んだ血液の量を無言で知らしめ、アスナの顔が歪む。

 

想像を絶する出血をしている。

これではもう無理かもしれない。

 

一瞬そんな考えが過る中、そんな訳ないとアスナはその思考を振り切るように首を一度振り、彼女を持ち上げようと力を入れる。

その直前、アスナは『六枚羽』の動向を見る為一瞬上空に視線を配り。

 

数十のミサイルが降り注いできているのを目視した。

 

「ッッッッッ!?」

 

鼓膜が破れ音を拾えない状態となっていたアスナは気付けなかった。

ミサイルの発射音を、聞き取れなかった。

 

やばい。と咄嗟に思うが、思うだけだった。

打破する手段がどこにも無かった。

 

逃げられない。

隠れられない。

庇い切れる量ではない。

銃を持っていない今、最低限の迎撃すら出来ない。

 

何も出来ないまま、アスナは今にも着弾せんと迫るミサイルを目で追い続ける。

 

なんとかしないと。

この二人だけでも守らないと。

絶体絶命の状況の中でも、アスナは必死に何か状況をひっくり返せるような物は無いかと頭を回す。

だがそんな彼女の努力を嘲笑う様にミサイルはアスナ達目掛けて飛来し。

 

巨大な爆発音と共に少女達を炎の中に包み込んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

ミサカ一四五一号は目の前で起きた現象に対し戸惑いを見せていた。

 

「自滅……でしょうか。と、ミサカ一四五一号は早瀬ユウカの出血について考察を述べます」

 

彼女が見つめる先には、突然大量の血を吹き出して叫び声を轟かせた後、倒れ伏してピクリとも動かなくなった早瀬ユウカがいる。

 

ヘイローは完全に消失している事から、彼女は意識を失ったフリをしている訳では無いのは確実。

間違いなく気絶していると、ミサカ一四五一号は断定した。

 

だからこそミサカ一四五一号は気掛かりだった。

早瀬ユウカはどうしてそのような事を行ったのか。だ。

 

ユウカに散々攻撃を仕掛けたミサカ一四五一号だが、ユウカの出血は彼女操る生体接続ユニット、捕食者(プレデター)が引き起こした物では無い。

 

「毒を服用した可能性があります。と、ミサカ一四五一号は彼女の突飛な行動の原因を推察します」

 

服用後即座に全身から血が噴き出るような毒がこの世にあるのかどうかはさておいて、ミサカ一四五一号はこの状況の中で最も可能性が高そうな理論を展開する。

 

早瀬ユウカの捕獲、ないしは二度と戦場に立てない程の再起不能に追い込む。

それがミサカ一四五一号が下された命令。

 

それを見抜き、そんなのはイヤだと自決を図る。あり得ない話では無い。

ユウカの出血量は酷く、放って置けばこのまま失血死してもおかしくないだろう。

仮に本当にもしそうであったとするならば、彼女の作戦は成功していると言っても過言では無い。

 

少なくとも、敵の手に己が落ちる事を彼女は死によって回避している。

 

「……捕獲します。と、ミサカ一四五一号は既に手遅れである事を半ば認識しつつ、下された命令に従って行動を始めます」

 

地面を滑り、捕食者(プレデター)が音も無くユウカが倒れている場所へ近づくと、背中から伸びる殴打用の腕をユウカ目掛けて伸ばす。

 

彼女を拾い上げた後、ミレニアムから離脱。

それで終了。

その、筈だった。

筈、なのに。

拾い上げようとした瞬間。

腕の巨体さで彼女の身体が隠れた瞬間。

 

ターゲットである早瀬ユウカの姿が消えた。

 

「いな……い……!?」

 

直前まで確かに姿を確認出来ていた血塗れの少女は、どういう訳か姿を消した。

不可解だった。

彼女が今の今までここで気絶していた証拠はおぞましい程の血だまりと消えていたヘイローが語っているのに、肝心の本人がどこにもいない。

 

「どういう事でしょうか、と、ミサカ一四五一号は詳細を把握できない事態に驚きを露わにします」

「こう言う、事よ」

「ッ!?」

 

声が聞こえて来たのは、上方からだった。

引っ張られるようにミサカ一四五一号は声がした方に目を向け。

 

今度こそ、ミサカ一四五一号は息を呑んだ。

理解出来なかった。

何が起きているのかを、頭の中で立証出来なかった。

ミサカ一四五一号が見上げるのは、ビルの外壁、三階部分。

 

そこに彼女は、()()()()は壁の表面を足場にして当たり前のように立っていた。

九十度の壁に両足を付け、さも自然とその場に佇みながらミサカを見下ろしている。

 

その事実も到底許容し難い物であるが、今、ミサカが目にしている光景はその衝撃を遥かに凌ぐ。

 

(意識があるのに、ヘイローが消失したまま……? と、ミサカ一四五一号は学習した知識との齟齬に言葉を失ったまま考察を試みます)

 

あり得ない現象だった。

キヴォトスで生まれた生徒はヘイローを宿す。

そのヘイローは個人の成長に合わせて変化を遂げ、やがて唯一無二の形となる。

少女の頭に宿ったヘイローは、少女が覚醒し続けている限り世界に顕現し続ける。

 

その法則に例外は存在しない。

例外があるとすれば、最初からヘイローを持たない、自分のような存在のみ。

 

そう、学習した。

そう学習して、世界は確かにその通りに動いていた。

 

なのに。

それなのに。

 

今、ビルの上で見下ろす少女には本来ある筈のヘイローが消失している。

意識を保ったまま、彼女達の存在意義を消滅させている。

 

まるで。

これではまるで。

存在が置き換わっているみたいではないか。

早瀬ユウカである事は崩さぬまま、別の物になっているみたいではないか。

 

あり得ない。

あり得ない現象が、目の前で発生している。

それはもしかすれば、何もかもが根本から覆ってしまうような異常の様に思えた。

この世界を構成する要素。その何もかもが。

 

「成程、段々と理解して来たわ……ッ! これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ミサカがひたすら困惑し続けている中、額から一粒の汗を流し驚愕するミサカに話しかけているのとは違う。自分に語り掛けるかのように優香は言葉を零す。

彼女の口調すら、変化している様にミサカは思えた。

 

グイッッ! と、ミサカの戸惑いに対し何の解も出さず優香は目元付近の血を手の甲で拭う。

そして、ミサカに対し鋭い目を向けた後。

 

「行くわよッ! ここからが本番!!」

 

踏み込む動作すらせず、引き寄せられるように恐るべき速度で優香は捕食者(プレデター)へ飛び込み始める。

 

無謀とも言える突撃を始めた優香の前髪からは、青白い電流が迸っていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

轟音が炸裂する。

この場にいる自分と、瀕死となった才羽ミドリと、気絶しているモモイを始末するかのように降り注ぐミサイルが炸裂した際に発した爆発音と衝撃がアスナを襲う。

 

しかし。

ミサイルは彼女達に直撃する寸前、突然分解を起こした。

アスナが耳にしたのは、上空で発生した爆発音だった。

 

「あ、え…………?」

 

その音を聞く一ノ瀬アスナは、ただひたすら困惑する

目の前で起きている現象を、上手く咀嚼できずにいた。

 

しかしそれは一般的に考えれば当然だと言える。

その現象は、受け入れるにはあまりに現実離れしすぎていた。

 

アスナの目の前には、一人の少女が右拳を高々と掲げながら立っていた。

しかし、その少女は起き上がれる筈が無い少女だった。

全身を切り刻まれたかのように至る所から出血し、ヘイローを消失させて気絶していた少女だった。

 

どう言う事。と、アスナは改めて理解の及ばぬ現状に混乱する。

どうして少女にあるべき筈のヘイローが消えているのか。

どうしてあのボロボロの身体で立ち上がれるのか。

『どうして拳を掲げただけでミサイルを全て破壊出来たのか』

爆風も、爆炎も、間近で爆発したにも関わらずどういう訳か全て上方に押し上げられている。

 

何もかもが、理解の域を超えている。

故に全く付いていけない。

 

今、この場で何が起きているのだろうか。

 

「はぁ……はぁ……ッッ!!」

 

目の前で立つ血だらけの少女、才羽ミドリから荒い息が零れる。

その声はどう聴いても限界寸前。

いつ倒れてもおかしくない程に追い詰められた者の声。

 

なのに。

なのに。

 

「まず……は……この音が…………邪魔ッッ…………!!!!!!」

 

ミドリの声には力が籠っていた。

ボロボロの身体を意にも介さぬように彼女は掲げた腕をもう一度強く握り、腰辺りまで引く。

 

同時。

 

「こん…………じょぉぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

()()()が咆哮を上げ、もう一度拳を強く突き上げる。

 

瞬間、彼女の拳から拳圧のような何かが放たれ。

上空数十メートルを飛行している『六枚羽』の音響兵器に直撃した。

 

 

 











ブルアカのイラストをPixivやX(旧ツイッター)で見かける度、この作品こんな展開で大丈夫かな? と最近思うようになります。

少なくとも可愛らしい少女に対してする仕打ちではない。

ですが世の中には私みたいな物理的な痛みを伴ったドシリアスSSが好物な人もいると思ってます。一つぐらいこういう物があっても良いと思います。


と言う訳で更新です。
先週のお話はこの話を一纏めにして投稿する予定でしたが、思いの外両者とも長くなったので分割する事にしました。

ユウカ、ミドリ共にボロボロとなっておりますし、カードの方向性も明確になりました。
え、これ残り五枚もあるんですか? ヤバいよ……ヤバいよ……。


ユウカちゃん。善戦虚しくミサカ戦で敗北してしまいましたがこれは彼女がミサカを殺さないように縛りプレイを己に課したのが敗因になってます。普通に殺す前提で戦えば案外どうにか出来た可能性は充分あります。

と言うか普通にやってる事がユウカも化け物なので……。
EXスキルを落とし込むとこういう事やってるんだろうなって感じです。

それぞれ逆転の糸口が見えた所で次回に続きます。
本格的に終わりの気配が見えてきました。

次回は誰がメインを張るんでしょうかね。



とは言えミサカとユウカが殺し合っている場面を一方さんが目撃したら発狂して死んでもおかしく無いなと思いました、まる。


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超能力者(レベル5)

 

 

 

 

 

一体全体、何が起きている。

『六枚羽』の音響兵器が突然下から突き上げて来た謎の圧力のような物によってその機能が破壊された光景を目の当たりにした白石ウタハは目を見開き、起きている事態を受け止めきれず驚愕する。

 

己が持つ知識では何一つ説明の出来ない力の奔流だった。

全くもって把握出来ない力が、数多の生徒を破壊せんとしていた音圧を突き破り、そればかりか元凶だった音響兵器を破壊する。

それはハッキリ言って規格外でしかない現象だった。

少なくともウタハの知る限りでは、実弾を伴わずにこんな離れ業が可能な武装など見た事も聞いた事も無い。

 

これを行ったのは一体誰なのだろうか。

仮に正体不明の誰かがこれを行ったのだとして、それは窮地を救われたことに感謝すべきなのか。

それとも新たな脅威の訪れに身構えなくてはならないのか。

 

ダンッッ!! と、ウタハの背後から勢いある着地音が響いたのは、彼女が思考の海に潜っている真っ最中だった。

 

「ッッ!?」

 

敵襲。

彼女の予感がそう告げ、途端無数の考え事でごちゃごちゃとしていた脳内が瞬く間に整頓された。

今の音が敵襲とした場合の最善手は何であるかの答え合わせが頭の中で始まる。

角館カリンは現時点では戦力として期待するのは難しい。

対応出来るのは自分しかいないと、護身用の拳銃を構えながら音が聞こえた方向に振り向き。

 

「なッッッ!? ミドッッ……!?」

 

いる筈の無い少女がボロボロ過ぎる姿で屋上に表れた事にらしくなく彼女は声を荒げようとして、

それ以上に彼女から放たれている異様な雰囲気にその声は押し黙らされた。

 

ヘイローがどういう訳か消滅している。

加えて痛々しいと言う言葉では到底足りない程の夥しい程の血が流れており、今すぐ手を施さなければ危険だと、医療に精通していないウタハでも容易に判断できる怪我。

 

そんな身体でどんな手段を使えば外から屋上まで昇って来これるのか。

何があったらその血だらけの身体になるのか。

その傷でどうして動けるのか。

ヘイローが消えてるのは何故なのか。

そもそも、どうしてここにやって来たのか。

 

聞きたい事も、心配しなければならない事も無数にある。

 

だがそれ以上に、

それら全てが些細な事のように思えてしまう程。

 

どこか掴みようの無い異質な圧力めいた物を、ウタハはミドリから感じた。

 

「な、にが…………? いや……それ以前に……待て……待ってくれ……ッ!」

 

ミドリの肉体が伝えて来る情報量に頭が焼き切れそうになる感覚が走る。

 

怪我によるダメージが大きいのか、地上から屋上まで屋外から直接登って来た彼女は肩を大きく上下させて荒い呼吸を続けており、その顔は俯いていて良く窺えない。

しかし服装や背格好は才羽ミドリであると言う要素をこれ以上なく抽出している。

間違いなく彼女は才羽ミドリ。

それは確かだ。

見間違える筈も無い。

彼女は才羽ミドリであると自問自答を仕掛け、適切な解答をウタハは得た。

その筈なのに。

 

ウタハは彼女が本当に才羽ミドリなのか疑いを掛けた。

彼女が纏っている雰囲気が、あまりにも数時間前と違い過ぎている。

見ているだけで気圧されそうな感覚が、ウタハの体内に走る。

 

理解、不能だった。

 

背丈も同じ。容姿も同じ。格好も同じ。

それなのに別人であるかのように思ってしまう。

違う存在では無いかと本能が訴えてしまう。

 

でも彼女は才羽ミドリである。

そこだけは絶対に間違いない。

 

けど。

それでも。

 

ウタハは彼女が才羽ミドリであると確信すると同時、目の前にいる少女が才羽ミドリとは似つかない別の何者かのようにも思えた。

 

混乱する。

どっちも真実であるかのような感覚にひたすら振り回される。

 

そんな折。

 

「ウタハ先輩!」

 

彼女の迷いを全て吹き飛ばすように、顔を上げたミドリからハッキリとした声量がウタハの耳に飛び込む。

顔を上げた少女の顔は、紛う事無き才羽ミドリの顔だった。

 

「詳しい説明は省きます! 今の私について説明してる時間も無いです!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突然鬼気迫る表情で捲し立て始めるミドリの説明はウタハからすれば何を言っているのかさっぱりだった。

説明する時間が無いとしながらも出て来る単語は謎ばかり。

事情を聞かなければ何も始まらないのではないかと、ウタハの経験則が訴える。

 

だが。

だが。

 

彼女の気迫は本物だった。

そしてそれが、全てだった。

 

頭のスイッチが、切り替わる。

細かい事に一々理由を求める必要はないと結論が出される。

 

今は彼女の言葉に耳を貸す時間だと。

女の勘が、そう告げた。

ウタハは、それに従い始める。

 

「協力してください! アレを落とします!!!」

 

彼女の眼に宿る固い意思を跳ね退けてまで己の流儀を貫く真似をウタハは選択しない。

そんな物は野暮だ。

 

才羽ミドリに対し、現状聞きたい事が山ほどある。

勢いのまま一方的に捲し立てる彼女に対して落ち着けと言いたくなる。

そんな物は野暮だ。

己を納得させる為だけの会話や時間はこの場において必要な物では全くない。

 

では、今この場において本当に必要な事項は何なのだろうか。

その答えを、たった一つしかない答えをウタハは既に弾き出していた。

 

彼女を、才羽ミドリを信じる。

たったそれだけ。

本当にたったそれだけ。

 

そしてその要求は他の何よりも、どんな要求よりも簡単なことであり、

 

「……何をすれば良いんだい」

 

未だ心の片隅で不満を訴える脳内の自分を強引に納得させる理由とするには、果てしなく十分すぎる言葉だった。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

本来なら静まり返っている筈のミレニアムにある分校の一つから、銃声が断続的に響く。

戦闘を行っているのは一方通行と黒服の二名。

 

黒服の目的はユウカ及びミドリの拉致、もしくは再起不能まで叩きのめす事。

そんなふざけた目的を妨害する為、この男を校舎に留めさせる為に一方通行は銃を握る。

 

カチッ! と、一方通行はチョーカーのスイッチを切り替える。

学園都市にいた頃は能力を使用可能にするための物。

しかしミサカネットワークが存在しないキヴォトスにおいてそのスイッチは意味を為さない。

 

それでも彼はスイッチを切り替えた。

戦闘中であるという気持ちをより確かにする為に彼はチョーカーに指を引っ掛ける。

 

そんな中で。

 

「ユウカ?」

 

一方通行は、不意に今まさに守ろうとしている少女の名前を呟き廊下の窓から覗く夜空に視線を送った。

 

「ミドリ?」

 

次いで零したのも、同じく彼が銃を握り黒服と相対している理由そのものである少女の名前。

 

何故その名前を今声に出したのか、一方通行も原因が分からない。

ただどういう訳か、聞こえたような気がした。

ユウカの声が、ミドリの声が。

両方とも、芳しくない声色で。

 

ゾワリと、背筋にイヤな冷たさが走った。

外で何かが起きている事を、彼の勘が訴える。

 

「お二人の安否が気になりますか? 先生」

 

黒服の声が誰もいない真後ろから響いたのはその直後。

風切り音を纏わせて放たれた回し蹴りが、まともに一方通行の横腹を直撃した瞬間だった。

 

「が、ァッッ……!」

 

身体をくの字に折れ曲がらせて廊下を無様に転がされ、ズシリとした痛みが走る事実に表情を歪めつつ、彼は早々と左手で倒れた身体を持ち上げ、右手に持つ杖を軸にして片膝を突く。

少しばかり態勢を回復させた彼が目にしたのは、右足を大きく振り抜いた格好のまま静止している黒服の姿。

 

「チッッ……!!」

 

これ見よがしに攻撃後の隙を晒しているのを見て、ゆっくりと立ち上がりながら一方通行は舌打ちする。

追撃を仕掛けて来ないのは余裕の表れだろうか。

 

随分と楽しそうな事だ。と、内心で一方通行は吐き捨てる。

 

「ご心配なく、それが普通です。何せこの分校の一部が崩壊。次いで外から爆発音が絶えず発生している。ミレニアムタワーは最上階の一部が炎上まで起こしてますから心配になるのは当然の事です」

 

ピクリ。と黒服の言葉に一方通行の眉が動く。

この校舎の奥で崩壊騒ぎが起きたのを一方通行は把握している。そこにユウカとネルが巻き込まれつつも無事に生還している事も。

遠い場所から絶えず爆発音が発生しているのも彼の耳は拾っている。だからそこまでは問題無い。

ただ、ミレニアムタワーは少なくとも今いる場所からは見えない。

なのにこの男は具体的に視界に収められていないミレニアムタワーで何が起きているかを言い当てている。

 

ミレニアムタワーの最上階では予定通りならミドリとモモイがアスナと対峙している。それを知っていたかのように狙いすまして最上階が何者かによって炎上させられた。

 

黒服はそれすらも把握しているような言動を言い放った。

目視しなければ絶対に知れない出来事を当然のように詳細を話す。

それはどこまでもこの男が炎上騒動を仕掛けた主犯に他ならない。

 

さっさとこの場を片付けて状況確認を急ぐ必要がある。

取り返しの付かない出来事が発生する前に。

事態は恐らく、予想よりも大きく酷い方向に進んでいる可能性が高いと一方通行は踏んだ。

 

しかし。

 

(癖はある程度掴ンだ。後はタイミングが合うかだけの問題……。だが……ッ!)

 

チラリと、一方通行は己の足を見やる。

悔しい事に、彼の足はダメージの蓄積に耐え切れずガクガクと痙攣を始めていた。

 

杖が無ければとっくに崩れ落ちていてもおかしくない状態に足の負担が大きくなって来ている。

今でこそ杖の補助によって無事に立てている為目立った影響は少ないが、この戦闘が長引けば長引く程それは如実に姿を表してくる。

このまま行けば遠くない内に身体を支えるのが杖一本、右腕一本になる可能性が高い。

 

そもそも一方通行の足は機能が失われたと言っても完全に死んでいる訳では無い。

短時間ならば杖を使わなくても歩けるし、立ち続けるだけならそれなりの時間杖による補助が無くても出来る。

あくまで一般人より思う通りに動かなくなってるだけ。重い制約こそかかっている物の、戦闘において彼は自分に出来る範囲で両足を移動手段や行動手段として使用している。

 

それが全く機能しなくなるのは苦しい所の騒ぎでは無い。

棒立ちよりも酷い状態だ。好きに殴って下さいと言うに等しい。

 

ミドリが気になる。

ユウカも気になる。

不安材料が二名も自分の手の届かない場所にいるだけでも状況はひっ迫していると言うのに、それに輪を掛けて黒服との戦闘において自分が戦える制限時間が刻一刻と近付いていると来ている。

 

あらゆる危機的状況が四方八方から圧を掛けて来ているような感覚に、一方通行は心底面倒だと評する。

 

「私から意識を外せば、それは好きにここから脱出して二人を襲撃しても良いと、そう解釈してしまいますよ。先生」

 

それは突然だった。

まるで考え事をしてしまった一方通行を咎めるかの如く、黒服の声が右側届く。

まずい。と、僅かな時間だが戦闘中に意識を別の方向に割いてしまった事を一方通行は悔やみ、迎撃するべく身体を右に向けいつでも撃てるよう銃を持つ左手に力を入れる。

 

一方通行の腹部に黒服の右拳が強く叩き込まれたのはその直後。

振り向くタイミングすら完璧に計算された一撃が直撃した

 

「かふッッッ……!?」

 

苦痛に表情が歪み、頭が自然と垂れる。

間を置かず、一方通行が行うであろうそのリアクションを待っていたかのように、すかさず側頭部に全力の回し蹴りが叩き込まれた。

 

「ぐ、がッッッッ!!」

 

重い打撃音が響き、蹴り飛ばされた衝撃で一方通行の両足が地面から離れる中、ガッッガッッッ!! と、杖を何度も連続で真下に向かって突き、吹き飛ばされる衝撃を緩和し倒れるのを何とか一方通行は回避する。

 

最後にカツンッ! と、強く地面を付いて両足になるべく負担を与えないよう身体を支え、好き放題してくる黒服を睨めば、またしても右足を振り抜いた姿勢のまま静止し、ゆっくりと身体を戻していく様子が映る。

 

「思ったよりも打たれ強いようですが、それでも常識の範囲を抜け出してはいない。まあ、どれだけ耐えていても私の動きに対応出来ていないようでは、決着が長引く事も無さそうです」

 

足が笑い始めてこそいるが未だ立ち続けている一方通行を賞賛する言葉が黒服から送られる。

鬱陶しいことこの上無いが、しかし事実として彼は黒服との肉弾戦に全く対応出来ていない。

 

既に何度も殴り倒され、蹴り飛ばされている。

一度身体を崩されれば立て直すのに時間が掛かる杖つきの欠点を見事に利用されている形だった。

地面に倒されれば彼は即座に起き上がれない。

立ち上がるには、どうしたって支えとなる物が必要となる。

 

黒服はその一般人よりも遥かに起き上がるまでの時間が長い一方通行の弱点を的確に突き、何度もその身体に重い一撃を叩き込み続けた。

 

状況は黒服の言う通り風向きが悪い方向に傾いている。

誰が見ても、そう思える物だった。

 

しかし。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

確かに一方的に殴られ続けているのは事実。

黒服が優勢に見えるのも事実だろう。

しかしそれはイコール敗北に直接繋がっている訳では無い。

 

実態はむしろ逆だった。

よって、その当事者である一方通行は。

 

「ハァ…………オマエ。何も分かってねェな」

 

黒服の言動に対し、特に苛立ちを募らせるでも無くただ呆れるようにため息を零し、落胆したかのような言葉を続けた。

 

コイツはまるで何も分かってない。

一方通行は己が考えている事を息一つで表現し、次いで相手に分かりやすく自分の思考を説明するように。

 

「弱点だらけにも程があンだろ。オマエ」

 

銃を突きつけ、ハッキリと声に出してそう断言した。

事も無さげに黒服を挑発する。

その声色に強がりやハッタリと言った物は一切含まれていない。

心からの感想を言ったまでだった。

 

「格下過ぎて笑えるなァ」

「安い挑発ですね。先生らしくもない。何か狙いがあると言っているも同然ですよ」

 

刹那、二人の周囲を取り巻く空気の色が変わった。

一方通行の挑戦的な言葉を聞いた黒服から、微かに好戦的な声が放たれる。

下らない挑発に引っかかる訳が無いと豪語する黒服だったが、人は嘘を付けど周囲の空気は嘘を付かない。

ピリつくような息苦しさを醸し出し始めた空気が、少なからず安い挑発が響いた事を暗に伝える。

 

その状況が作られたことに、勝負を決める時間が始まったことに一方通行は口角を上げる。

 

「オマエと遊ンでる時間は俺にはねェンだ。さっさとご退場──」

 

願おうかと言い終えるより先、音も無く眼前に現れた黒服の膝が、一方通行の顎をかち上げる。

反応し、防御することは叶わなかった。

 

「ッッッッッ!!!!」

 

グラリと脳が揺れる感覚に一方通行は意識を手放しそうになるが、それをすんでの所で堪えつつ、代わりにギロリと威圧的な視線を黒服に向ける。

 

だが、既に彼の正面から黒服の姿は消えていた。

 

代わりに、背後で一つ足音が響く。

黒服が能力で一方通行の真後ろに移動した事を彼は音で察知する。

 

全て、予想していた通りの動きだった。

ギチッ! と、型に嵌まった黒服の行動に、一方通行の口角がまたしても上がる。

 

瞬間。

 

「うッッッ!?」

 

何かしらの攻撃を一方通行に仕掛けようとしていた筈の黒服から、怯んだような声が零れる。

否、黒服が作戦通り怯んだことを一方通行は声で知り、満悦層に声色を吊り上げ、詠う。

 

「どォした……? 俺の背中から何か()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

顎を蹴り上げられ吹き飛ばされている最中の一方通行は、正面に向けていた銃口をゆっくりと右へ振る。

そしてビタリと真横に突きつけた矢先、その場所で。

予め予想した通りに黒服がその場に現れた。

一方通行の銃口が突きつける、そのド真ん中に。

 

「なッッッ!?」

「これがオマエの弱点。対象の右側に瞬間移動する演算を手癖で選びがち。だ」

 

黒服が現れる直前に、既に一方通行の指は引き鉄を引いていた。

撃たれた。ではなく、撃たれている。

絶対に回避不能な一撃。

逃げ場なんてどこにも無い。

そんな幸福は、何一つ与えない。

 

「だから言っただろォがよ」

 

弾丸が空気を引き裂く中、一方通行はもう一度だけ黒服に向かって事実を告げる。

 

「格下にも程があンだろ。ってなァ」

 

弾丸が黒服のわき腹を抉り、血飛沫が舞わせたのは彼の勝利宣言が放たれた直後だった。

カン……と、冷たい音を立てて落ちた薬莢の音がその結末を語る。

 

放たれた弾丸は、一撃でこの勝負を決する決め手を生んだ。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

ミレニアムタワーがある場所から少し離れた区画。

僅か十分前まではミレニアムの街並みを彩っていたであろう場所は現在、見る影も無い程に破壊し尽くされようとしている。

 

その破壊の元凶となっているのは、コンクリートや瓦礫を固めて作り上げられた巨大な無機物生命体であるゴーレム。

瓦礫の山がいくつも出来上がる中で、そのゴーレムの周囲をネルはこざかしく走り回りまわっていた。

 

標的を己に向けるようにネルはひたすらゴーレムの周囲を走る中で、ゴーレムから直系四メートルはある巨腕がネル目掛けて真横に振り回される。

 

当たれば一撃で死んでしまうであろう一撃が自身に目掛けて飛んでくる事態。

普通の少女なら恐怖で足が竦む所だが、そんな物でネル怯みすらしない。

逆に、彼女は笑みさえ浮かべていた。

 

「甘え!!!」

 

いくら攻撃範囲が広くても、こんな遅い一撃に当たる方が難しい。

そう言いたいかのように彼女は振り回されてくる腕目掛けて跳躍し、振り抜かれている腕を踏み台にして前へ転がるように動く事で必殺の一撃を回避する。

 

結果、ネルは攻撃を避け、当てる対象を見失ったゴーレムの右腕はただただ強く振り抜かれる。

拳の先端が、まだ壊れていなかったビルを穿ち、轟音が炸裂する。

 

その様子を見届けたネルはニヤリと笑う。

右腕はこれで数秒間は使い物にならない。

巨大な腕は見てくれも攻撃力も驚異的だが、そのデメリットはたとえゴーレムであろうとも無視する事は出来ない。

 

全力で振り抜いた腕を戻してくるまでの時間を、ゼロにすることは出来ない。

しかし殺そうとしたネルの姿はいまだ健在。

 

ではどうなるのかと言われれば、出て来る答えは一つしかない。

即ち、もう片方の腕でネルを攻撃する。である。

 

ゴーレムの左腕が高々と持ち上げられる。

そのまま振り下ろせば大地を揺らし、ネルの足の動きを一時的に止めることさえ可能な一撃が加えられようとしている。

 

しかしその瞬間こそが、ネルが待ち詫びていた物だった。

 

「今だチビッッッ!! 撃てッッッッ!!!!」

「はい!! 光よ──!!」

 

ネルが叫ぶと同時、ゴーレムの攻撃範囲外で身を隠していたアリスから返事が届き。

彼女が持つレールガンから、極太の閃光が迸った。

 

狙いは、ゴーレムの頭部を形作っている瓦礫群。

その一点を貫く為、下手な防御をさせない為、ネルはゴーレムの両腕を僅かな間無力化させた。

人の形を模している以上、何かしらの弱点が頭部に集約されていてもおかしくない。

 

ゴーレムと相対した当初から頭部の破壊を目標に据えていたネルだったが、あまりの巨体さと泣き言を言いたくなる程の頑丈さに阻まれ続け、達成できないでいた。

 

しかし、それを可能に出来る人材が、天童アリスが救援に現れた。

となれば話は簡単だった。

機動力と戦闘経験の勘が優れるネルが囮となってゴーレムの周囲を走り、アリスが最大出力のレールガンを放てるよう時間を稼ぐ。

 

これで当初から据えていた目標の達成が一気に現実味を帯びる。

今、その結果を発表するかのように、レールガンから迸った光がゴーレムの頭を直撃する。

過不足無く、光はゴーレムの頭部を吹き飛ばしていた。

 

「…………」

 

どうだ。と、ネルは足を止め、綺麗に頭が吹き飛ばされたゴーレムを注視する。

出来ればこれで倒れて欲しいと思う。

ここで決着が付いて欲しいと切に願う。

 

自分に残された時間は多くない。

出血量から考えると、動けるのはあと数分程度。

 

そこが自分が動ける限界。それ以上は無理だと肉体が告げる。

珍しく、珍しく彼女にしては本当に珍しく懇願するような目線で、アリスの一撃を受けたゴーレムを見つめ続け。

 

「……ッ! クソがッッ!!」

 

頭部を丸ごと破壊されたのに問題無く動き始めたのを見て、ネルは心からの舌打ちを繰り出した。

ゴーレムが倒れない。

頭部の一撃は致命傷では無い。

 

当てが外れたことと、足らぬ結果に終わったことがネルの心に焦りを募らせる。

頭部を吹き飛ばせば倒せると思っていただけに、この展開はあまりにも辛い物だった。

自分の想像以上にゴーレムが手強いことをネルは思い知らされる。

同時、心の中で一つのイヤな懸念が浮かび上がり始めた。

 

コイツには、弱点なんて無いんじゃないかという、向き合いたくない懸念が。

 

「バ、バッテリーがチカチカしてます……! まさかMPが切れたのでしょうか……! もう少し、もう少し頑張ってください!!」 

 

ゴーレムを相手するだけでも頭が痛くなるというのに、悪い展開は立て続けに発生する。

振り返ると、レールガンを不安そうにバシバシと叩くアリスの姿が見えた。

視線の先では、レールガンに内蔵されているバッテリーが赤く明滅し、充電率の警告を発している様子が見える。

 

(チビの一撃も撃ててあと一発が限度か……ッ! また雲行きが怪しくなってきたなッッ……!)

 

アリスの参戦によって戦況は逆転したが、それがまたひっくり返されようとしている。

まだ自分は動ける。だがしかし長くは動けない。

もし自分が倒れれば、次に狙われるのはアリスだというのは考えるまでもない事だった。

 

彼女と一戦を交え、ゴーレムと戦闘を繰り広げているからこそ分かる。

天童アリスは一対一でゴーレムを下せるような存在では無い。

 

レールガンのバッテリーも心許ない状況で、彼女に全てを託す訳には行かない。

結局、最善の選択肢は一つしか無かった。

この場で取れる最も勝率の高い戦いは校しか無かった。

 

同じことを繰り返す。

ただそれだけしか。

 

「チビッ! もう一度あたしが隙を作る。そしたら今出来る最大限をアイツにぶち込め!!!」

 

頭でダメなら次は胴体。

これでダメならその時にまた考える。

 

そう心に決め再びネルは囮となるべくゴーレムの周囲を走る。

 

「オラオラオラオラッッ!!」

 

右手に持つサブマシンガンが再び火を噴く。

ちょこまかと走り続けるだけで害無しと判定されたら終わりだ。

 

アリスにゴーレムの相手をさせる訳にはいかない。

彼女の実力では、ゴーレムの一撃を避けることは出来ない。

もし彼女がその一撃で気絶したらそれこそ自分達は負ける。

 

何が何でもアリスを死守しなければならない。

これは勝利する為の絶対条件に必要なパーツの一つ。

 

こっちに攻撃を向けろ。意識をあっちに向けるな。

その一心でネルはなるべく目立つ場所でゴーレムに攻撃を加え続ける。

 

成果は、目に見える形で現れる。

ゴーレムの両腕が、狙い通り自分を狙い始めた。

 

一度も被弾することは許されない攻撃がネルを襲い始める。

だがネルはそこに一切恐怖しない。

 

ネルは確かにゴーレムとの戦闘で重傷を負った。

だがここまでネルがダメージを受けたのは、誰かを庇ったりや想像の上を行かれた秘策じみたことをされたことでの被弾ばかり。

ゴーレムの一撃を、避け切れずに被弾した場面は一度も無い。

 

それはつまり、正面からただ避けるだけであるならば、動きが鈍っていても問題は無いことを意味していた。

 

「当たる訳ねえよなぁ!! もっと本気で狙ったらどうだ!?」

 

ヒョイヒョイと、ネルは華麗に攻撃を避ける。

地面を砕く勢いで腕を振り下ろされたら、その腕の真下を潜り抜け、最後に跳躍する事で地面の振動すら気にせず動く。

ならばと横振りを繰り出されれば先程と同じように踏み台にして回避するだけ。

次はこれだと足で踏み潰そうとするならばその足の範囲から抜け出すだけで事足りる。

 

どれも攻撃範囲と攻撃力こそ圧倒的な物の、その代償として攻撃はどれも単調な物ばかり。

破壊した瓦礫を取り込み続ける能力の影響か、ゴーレムの全長は既に当初の倍、八メートル程にまで肥大している。

 

そこまで大きくなってしまえば最後、一般的に小技と呼べるような手堅く敵にダメージを負わせるような攻撃方法は消滅する。

どのような行動をしようと、その巨体故に大技にしかならなくなるからだ。

 

唯一今のゴーレムでも使えるであろう、先程ネルの度肝を抜き、甚大なダメージを与えたビルを破壊し飛び道具代わりにした攻撃も、周囲にあったビルは既にゴーレムによって瓦礫へと変貌しており、利用すべき障害物は既にその役割を終え、ネルにとっての不安材料は既にこの場のどこにもない。

 

倒す事を主目的とせず、避けることと注意を引くことに徹する戦い方を選ぶ場合、今のゴーレムは何よりも

御しやすい相手と言えた。

 

チラリと、少しだけよそ見をする余裕を作ったネルはアリスの様子を窺った。

彼女が持つレールガンの出力は、最大近くの輝きを放っている。

 

どうやら、準備は整っているらしい。

これで最後だ。

 

そう、ネルは覚悟を決めて。

 

ザッッッ!! と、足を止めてゴーレムを睨みつけた。

獲物が立ち止まったぞ。さっさと攻撃して来いよと、視線にそんな意味を込めて。

 

「……来たな」

 

思惑通り、ゴーレムの両腕が振り上げられる。

大地ごと自分を叩き潰すつもりなのだと、即座にネルは理解した。

 

後はこれを避ける。

そしてその隙をアリスに撃たせる。

 

これでダメならもうどうしようもない。

だからこの一撃で終わらせろ。

 

アリスに対しそう祈りながら、ゴーレムの両腕が振り下ろされようとする直前、ネルは足の裏に力を込め、斜め右方向へと跳躍する。

 

「撃てチビッッッ!!!」

 

叫ぶネルに呼応するようにはい! と、大きな返事が響く。

それは、二人の意思が重なった合図だった。

 

「これで最後ですッッ! 光──」

 

光よ。その言葉と共に最大出力のレールガンが放たれる。

それでゴーレムの胴体を貫く。

それで終わり。

終わりの筈。

だった。

 

だが。

 

レールガンが放たれるその瞬間、ゴーレムの両腕が大地を貫き、地面を深く抉って一枚の大きな壁を作るよう、豪快に大地を持ち上げた。

 

全長十メートルの巨体を覆うように、即席の天然遮蔽物がアリスの前で生成される。

 

「なッッッ!?」

 

アリスの視点からゴーレムの全長が完全に土とコンクリートによって隠れた。

急いでアリスは照準を合わせ直そうとするも、レールガンは止まらない。

 

発射シークエンスが完了したレールガンは、彼女の修正も待たず命令の通り発射される。

 

ゴパッッッ!!! と、言う轟音と共に、ゴーレムを消し飛ばせる威力を持つ光の奔流が放たれる。

しかしそれは、タイミングが悪いことにアリスがゴーレムの姿が見えなくなったことに動揺した直後の発射だった。

照準を合わせ直そうと、自ら銃口をずらしてしまった直後の発射だった。

 

アリスが放った最後の一撃。

当初の狙いから僅かに左方向にズレた一撃は、大地の壁を容赦なく突き破りつつも、肝心の標的であるゴーレムのすぐ脇を通り抜けて行く。

 

肝心のゴーレムには傷一つ付けることが出来ないまま、アリスの渾身の一撃が通り過ぎていく。

 

バサッッッ!! と、大地で作り上げた壁が崩れ、無傷のゴーレムが姿を表したのと、アリスが膝から崩れ落ちてしまったのは、ほぼ同時の出来事だった。

 

「あ……あ……」

 

攻撃を外した。

最後の一撃を外した。

 

レールガンの照準を外してしまったアリスから、絶望に打ちひしがれたような声が響く。

重なる様に、充電切れを知らせるような音がレールガンから響く。

 

どうする。

危惧していた最悪の事態に直面したネルはこの状況をどうするのが一番良いのかを探る。

 

だが、すぐに結論が出る。

 

どうしようもない。

戦う手段は尽きた。

持てる手札は全て使い切った。

 

これ以上は、もう、無理だ。

 

「チビ……逃げろ」

 

悔しさを滲ませながらネルはアリスに戦線を離脱しろと命令する。

ここから先は彼女を連れて行けない。

 

敗戦処理に、付き合わせる訳には行かない。

これはゲームではないのだから。

コンテニューなんて物は存在しない。

 

負けたら終わり。

その負けを、アリスにまで広げる必要は無い。

 

「で、でも……!」

「良いから逃げろ!! 時間はあたしが稼ぐ!!」

 

残された時間全てを使って少しでもミレニアムからコイツを引き離す。

それが今出来るミレニアムが受ける被害を最も少なくする最善手。

 

コイツの目的は体内に仕込んだプロトダイアグラムを持ち帰ること。

その目的を達成させてしまうことは非常に不本意だが、倒す手段が無くなった以上背に腹は代えられない。

 

ミレニアムをこれ以上破壊させる訳にはいかない。

その為には、まずコイツをミレニアムから遠ざけ、妨害し続けていた自分の死を利用し、脅威を排除したと思わせなければならない。

 

(悪い、先生……! 頑張るだけ頑張ったがどうやら生き残れそうにねえ……!!! 先生の背中を守れるのは……悔しいがここまでみてえだ……!)

 

最大のチャンスは目の前に転がっているのに。

一発逆転は手の届く所にあったのに。

それを為すのに必要なカードがもう残っていない。

 

だが、そのカードを失ったアリスは悪く無い。

彼女は最大限、出来る限りのことをやった。

先の行動を予測しろと言うのは無茶にも程がある。

これ以上を望むのは、あまりに酷という物だった。

 

強いていうならば、悪いのは自分自身。

自分の実力が不足していた。

 

敗因を突き詰めた場合、見当たる答えはそこしかない。

 

ネルも全力で戦い続けた。しかし彼女が何か出来ることはもう僅かしかない。

 

「……行くぜ。あたし」

 

その最後に残された、自分だけが出来ること。

この化け物と一秒でも長く戦いながらミレニアムから離れる。

 

人生最後になるであろう仕事を行う為。

ネルは全身全霊を賭けてゴーレムに特攻を仕掛け始める。

 

 

 

 

その時。

その時。

 

 

 

 

「アリスちゃん!! ソレから手を放して!!!!」

 

 

 

 

空から、声が響いた。

 

それは、ネルが全てを諦めかけたその瞬間。

命を捨てた突撃を繰り出す、その直前だった。

 

降って来たその声に、正に走り出そうとしていたネルの足が止まる。

そのまま血気迫るような声に引っ張られるよう、ネルは視線を上に向け。

 

「ユウカ……ッ!?」

 

巨大な兵器がスラスターを吹かせ空を高速で飛んで行く姿と、その兵器にまるで引っ張られているかのようにして、同じく空を移動している早瀬ユウカの姿を目撃した。

 

一体どうして何があったら空を飛べるようになるというのか。

にわかには信じがたい景色にネルは目を見開く。

だがそこに対しネルが次の行動を取るよりも先。

 

質問は受け付けないと言う事を態度で示すかの如く、ユウカの右手がバチバチと音を立てて青白く輝き始めた。

まるで雷か何かをその手の内に作り出しているかのように轟き始めたソレを見た瞬間、ネルの勘がまずいと告げた。

ネルとユウカ。

一秒にも満たない僅かな時間で互いの意志が交錯する。

 

「レールガンを捨てろチビッッッ!! 早くッッ!!」

 

何が起きているか分からない。

だが、ユウカは何かをしようとしている。

 

目敏くそれを察知したネルは、ユウカに続くようにアリスに向かって叫ぶ。

 

「は、はいっっっ!! アリス、手放しましたっっっっっ!!!」

 

ゴトンッッ!! と、ネルの怒声に負けたかのようにアリスがレールガンを手放す。

その、直後。

 

「行くわよッッッ!!! チェイサァァアア──────────ーッッッッ!!」

 

右手に集まった何かを、ユウカはレールガン目掛けて全力で投球するようなフォームで放つ。

バチバチと音がする青白い光に包まれるレールガンを、ネルとアリスは半ば呆然とした表情で見つめることしか出来なかった。

 

見上げると、既にユウカの姿ははるか遠くに行っていた。

一体ユウカはレールガンに何をやったのか。

それをネルが確かめるより前に。

 

「も、戻ってます! MPが回復されてます!!!」

 

アリスの嬉々とした声で何が起きたかの説明が為された。

 

ユウカが青白い何かを投げつけ、電流のような現象が起きた時、ネルは心のどこかでもしやとは考えた。

けどそんな馬鹿なとも同時に思った。

あり得るかと問われれば、あり得ないと即座に答えられる。

 

何処の誰が電流を自由に操る少女の存在を受け入れられるのだろうか。

 

けど、

けれども。

 

結果は結果だ。

彼女は、ユウカはレールガンを一気に充電させた。

 

今はそれだけで良い。

今気にするべきはその力の出所ではない。

 

得た希望を使って、どうするかが最重要。

 

「……チビ。前言撤回だ。もう一度力を貸せ。今度こそ仕留めるぞ」

「っっ!! 了解です! 勇者として! 最後までアリスは諦めません!!」

 

良い返事だ。と、ネルの口元が緩む。

 

消えかけた戦意が再び灯る。

きっかけはユウカによって作られた。

勝機は先の一撃で見えた。

後はそれを実行するだけの力が残っているかどうかだけ。

 

難しいな。と、正直に彼女は己の体調を鑑みそう思う。

だが、泣き言はもう言えない。

 

動ける時間は刻一刻と減っていく。

今、この瞬間が自分が最も動ける状態。

 

ダラダラと時間を引き延ばすことは今度こそ敗北に繋がる。

だからネルは、自分に出来る最大限を行う。

 

ジャラ……と、鎖を鳴らし、動かないと訴える左腕を無理やり動かし、二丁の銃を構える。

 

これが最大出力。

自分が出来る、限界値。

 

「コールサイン。00(ダブルオー)。掃除を始める」

 

己に割り当てられた名称を誰に聞かせるでもなく風に乗せる。

それは一種の決意。

そして、仕事を始める時の決まり文句。

 

00(ダブルオー)の名を汚さぬように。

ミレニアムの名を汚さぬように。

 

「行くぜ……!! デカブツ……!!」

 

美甘ネルは、ミレニアム最強というどこまでも重い看板を背負う。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「ぐッッッッォ…………!?」

 

わき腹に銃弾が直撃した黒服の呻き声が廊下に轟く。

ズルリ……と、彼が床に沈んだのはその数秒後。

 

膝蹴りを顎に受けた一方通行が態勢を整えて静かに立ち上がり、拳銃を再び黒服に向けてからのことだった。

 

「お見事……です……ッ!」

 

座りながら後退し、壁に背を預ける様に移動した黒服が賞賛の言葉を今一度投げる。

今度のは、掛け値なしの物だった。

 

「流石は……先生。と言った所……でしょう……か……ッ! 終わってみれば……完封のような……気さえ……しますよ……」

 

下らねェ。と一方通行は下されたその評価が全く意味を為さない事には呆れる仕草を見せる。

 

能力使用の癖を完全に見抜くまで攻撃を耐え、計算された不意打ちを叩き込む。

身体のダメージが一般より大きい一方通行が立てるにはあまりに無茶極まりない作戦だったが、結果として作戦は成功と呼んで差し支えない範囲に収まった。

 

とは言え、この作戦が成立したのはひとえに黒服が想像以上に弱かったからに帰結する。

普通ならば空間移動(テレポート)系能力者相手にこの作戦は使わない。

 

そもそも、相手が行う空間移動(テレポート)の癖を見抜くまで持久戦を行うような戦法が基本的に通じる筈が無い。

そうなる前にまず間違いなくどちらかが死んでいるからだ。

机上の空論じみた攻略法が通じている事そのものがこの男の弱さを象徴している。

 

空間移動(テレポート)と言った万能な能力を持っているのに戦闘スタイルが肉弾戦。

二つの要素を掛け合わせた戦術は一見強力そうに思えるが、その実あまりにも噛み合いが悪い。

殺しではなく無力化を図る正義側の存在でさえその戦法は選ばない。

 

近接戦を戦法に組み込みこそするだろうが、基本は遠距離戦で攻める。

ならばどうしてこの男はチグハグな戦術を軸にしているのか。

 

答えは簡単。それしか出来ることが無いからである。

 

空間移動(テレポート)系能力の強みは暗殺、もしくは一撃必殺に長けてる点だ。銃もナイフも必要ねェ。そこら中にある紙切れ一枚を首の間に挟ませるだけで綺麗に首は切断。仕事は終わる。それをしねェ奴は超が付く程の正義マンかそれすら出来ねェ程に格下野郎かの二択しかねェンだよ」

 

どう見てもオマエは正義側の人間じゃねェだろと看破しながら一方通行は黒服の膝を銃で撃ち抜く。

呻き声が僅かに聞こえるが、一方通行は容赦しない。

 

「俺との戦闘中に懐にしまっていた銃すら使わなかった所を見るに、自分と衣服のみを他人という座標補助を基に演算して移動する。銃や私物を衣服と誤認させなきゃ纏めて移動させることすら出来ねェ能力。さしずめ『自分移動(セルフポーター)』と言った所かァ?」

 

相手の敗因が純粋な弱さにあることを語りながら一方通行はもう片方の膝をにべも無く撃ち抜く。

赤い血が廊下を汚し始めるが、一方通行は気にせず廊下の壁に背を預けている黒服の下へ近寄っていく。

 

「弱すぎにも程があるだろオマエ。俺が過去に戦った空間移動(テレポート)系の奴等もここまで弱くは無かったぞオイ」

 

彼が過去に下した二人の空間移動(テレポート)系能力者を彼は己の能力で以て叩き伏せている。

しかし今回はそれすら必要無かった。

その程度の相手でしか無かった。

 

能力を使った戦闘をしている限りこの男は肉弾戦しか戦う手段が無い。

空間移動(テレポート)能力者として考えればそれは宝の持ち腐れも良い所で、男の演算能力の限界がここだとするならばいっそ能力を使わない方が強いまである。

 

これで判定上は大能力者(レベル4)だと言うのだから、学園都市で戦った二人が可哀想になる。

こんな奴と同格に扱われるのはさぞご不満だろうと、彼は声に出さず笑った。

 

「ついでに一つお勉強の時間だ。空間移動(テレポート)は使いこなせりゃァ確かに強力だ。だがその強さと引き換えにこの系統の能力者は例外なく複雑な演算を要求される。分かるか? 常に冷静でいなけりゃァ能力を使った瞬間に適当な壁や地面の中に生き埋めになるっつってンだ。今のオマエはどォだ? 冷静に頭が回ってるか?」

 

カツンッ! と、恐怖を掻き立てる様にワザとらしく杖の音を響かせて接近しながら、一方通行は銃を構える。

黒服を睨みつける真紅の目は恐ろしく鋭さを帯び、誰もが怯え竦ませてしまう程の凄味が放たれていた。

 

冷たい声で一方通行は、黒服はもうまともな演算が出来なくなっている状態になっている事を言い当てる。

 

その根拠は言ってしまえば酷く単純な物。

ここまで好き放題に撃たれているのに、この男は何故か能力を使って窮地を脱さない。

それは何故か。正しく演算できる程の思考能力と冷静さが、撃たれた事により消えているからである。

 

出血も相まって平常心が崩れている中、無理に能力を使用しようとすれば自滅の危険がグンと上がる。

 

それを一方通行はわざとらしく教えた。

より恐怖心を掻き立てるように。

より能力使用を踏み留まらせるように。

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結果は、今の状況が語っている。

黒服は能力を使用して逃げ出そうとせず、出血が酷い横腹を抑えているだけ。

 

「今度はオマエが俺に教えてくれよ」

 

黒服の眼前まで迫った一方通行はしゃがみ込み、拳銃を黒服の顔面に突き付ける。

 

「ユウカに言ったよなァ。銃弾を弾くアイツ等の目を撃つとどォなるかって。俺も知りたくなっちまったなァ。だがここにユウカはいねェ。だからオマエの身体で教えてくれよ」

 

銃口を、黒服の右目部分に容赦なく向ける。

少しでも顔を反らす動きをすれば即座に撃つと言う脅しだった。

当然、それは一方通行が特別黒服に慈悲を与えている訳では無い。

 

脅しが意味しているのは、撃つタイミングが早いか遅いかの小さな違いだけ。

それを真実とするように引き鉄に引っ掛けている人差し指が、ゆっくりと動く。

 

「その真っ黒な仮面から迸る光の目。これを撃ったらどォなるンだ? あァッ!?」

 

怒声が、一瞬だけ轟いた。

後を追うように乾いた銃声が一発分木霊する。

 

弾丸は、黒服の頬を掠めていた。

 

ハァ……と、拳銃を仕舞いながら一方通行は嘆息する。

これ以上、この男を相手にする必要は無い。

勝敗は、もう決した。

 

「……。トドメを差さなくて良いのですか……?」

「生憎、人殺しなンて物に時間を費やしてる余裕はねェ。それに極力、殺しはもうしねェと俺は心に決めてる」

 

ゴソ……と、黒服の懐に手を入れ、結局自分との戦闘では使われることの無かった銃を奪う。

 

武器は奪った。

能力もまともに運用できないようにした。

仮にまだ能力が使えたとしても、黒服自身がまともに行動出来ない様、両足の機能を一時的に殺した。

 

丁寧に丁寧に一方通行は黒服の無力化を重ねる。

万が一何があっても大丈夫なように。

ここで気絶しているノアに何かをさせないように。

 

一方通行は黒服が出来る行動の全てを奪う。

ここまでしとけば下手な事も出来ない。

 

これらの下準備は、反撃の芽を摘む役割を担っている。

が、それ以上に気絶している生塩ノアを守る為の措置と言う側面の方が一方通行としては比重が大きい。

 

「分かってるだろォと思うが忠告だ。そこで寝てる生塩に手を出したらその時点でオマエは八つ裂き決定だ。殺しはしねェとさっきは言ったがそれは極力だ。絶対に殺さねェ訳じゃねェ。少しでも手を出したら殺す」

 

本当ならノアの無事を優先したいが状況は深刻を極めているように彼は考える。

であるならば、この先で何が起きても対応できるように両手は空けておいた方が良い。

 

悪いな。と、声に出さず一方通行はノアに謝罪の言葉を述べた。

今は、彼女よりも気に掛けなければならない生徒がいる。

 

校舎にある窓の中から適当な一つを選び、開ける。

夜に覆われたミレニアムの街は、しかし静けさとは裏腹に確かな喧騒が潜んでいた。

看過出来ない音を耳が拾う中、一方通行は外の景色を見ながら静かに呟く。

行くか。と。

 

カシュッッと、右手首の収納装置に杖を収める。

それが、合図で。

それが、始まりだった。

 

瞬間。彼が織りなす世界が眩しさすら覚える程の煌びやかな光に包まれた。

神々しい音が靡き、夜の闇が包み込んでいる世界で純真な白が現出する。

 

それは彼が学園都市(キヴォトス)最強の人間へと存在を変えた証。

 

ミレニアムで巻き起こるふざけた騒動を終わらせる為。

彼はその力を容赦なく身に纏う。

 

行き先は、既に心の中で決めていた。

 

 

 

 












はいむらさんブルアカイラスト描いてるじゃん!?!?

と、ツイッターでフォローしててイラストも流れて来ているのに今の今までその凄い事実を頭で認識してなくて驚いたのがここ最近です。酷いね。おバカだね。


自分の愚かさに反省しつつ、何とか更新出来て一安心でございます。
何度この話を真っ二つに分けようかと思いましたが、これは一度に投稿すべきと思ったのでどうにか書けました。良かった良かった。

恐らくあと4話ぐらいでパヴァーヌ終了。だと思います。多分。きっと。いや、でも五話は……欲しいかもしれない。要らないかもしれない。そんな気持ち。



と、言う訳で久しぶりな出番となった一方さんですが、他が頑張ってる中で彼は一話で決着まで持って行きました。何て奴。

むしろこうなるから今まで出番が無かったとも言います。
そしてこうなるから今まで出番が無かったとも言います。

両方とも違う意味です。日本語は難しい。


ネル、ユウカ、ミドリ。それぞれの陣営も終わりが近づいて来ていますね。
果たして誰が一抜けするんでしょうね。

次回も出来れば来週に投稿したい所。



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想いは常に、右手に宿る

 

 

 

 

 

 

残された時間は少ない。

校舎の壁を文字通り自力で駆けあがった才羽緑は、ウタハが自分の言葉に頷いてくれたことに嬉しさを覚えると同時、焦燥感も募らせていた。

 

カードを砕いたことによって身体の中に宿った、自分達の知る常識とは根本的にかけ離れた異質の力。

 

どうやら、自分達の肉体とこの力の相性は根っこの部分から最悪らしい。

肌感覚でそれが伝わる緑は(結構、いやかなりやってられないよねこれ)と、誰にも聞かせない声量で愚痴を零す。

 

まともに立っていられない大ダメージを負ったのに、そこまでした得られたのが僅かな時間大きくパワーアップするだけ。

速攻で決着を付けなければ戦闘中にパワーアップタイムが終わる。そんな予感がひしひしとする。

つまりどう考えても割に合わない。

これがゲームのパワーアップバランスだとするならばそのゲームは間違いなくクソゲー確定だ。と、緑はクリエイター目線ならではの評価を下す。

 

最悪だと、切に思う。

けどそうも言ってられないのも事実だった。

 

あの殺人ヘリは、この力が無くては倒せない。

 

なので本当ならこの瞬間にも『六枚羽』を破壊したいのが緑の本音だった。

当然それは願望ではなく、やろうと思えばやれるという確信あっての願望。

音響兵器を破壊した一撃をもう一度当てれば『六枚羽』は撃墜出来る。

 

ただし、それは無事にこちらの攻撃が当たればの話。

 

「さっきの音響兵器を破壊出来たのは不意打ちだったからです。けど敵も学習してる! 私の動きを逐一観察し始めてる! もうさっきの勢いに任せた攻撃は効かない。下手な攻撃は全部避けられます! その持久戦に付き合うだけの時間は私には残されてない!」

 

攻撃対象を捕捉するカメラが自分にしっかり向けられている。と、緑はカードを使う前と比べて数倍見えるようになった視力を用いて確認し、その旨を伝える。

 

今の状態では、こちらが何か攻撃動作を行った瞬間に回避されてしまうだろう。

『六枚羽』ならば、それが可能だ。

 

そう説明しながら緑は愛用武器であるスナイパーライフル。『フレッシュ・インスピレーション』の先端と後方部分の下部にウタハから渡された空気噴出砲(シュートボム)を装着する。

 

先生が靴底に仕込んでいるのと同じ物だ。

人体を易々と空へと運ぶジェット機構を、緑は自身の武器に取り付ける。

 

目的は勿論、これで空へと飛び上がる為。

 

そしてこの装置の存在こそ緑がウタハを頼り、屋上まで上がって来た最大の理由。

白石ウタハならば、打開策の一つでもあるのではないかと言う希望の結晶。

 

だが『六枚羽』を撃墜出来る可能性を秘めているのと、空気噴出砲(シュートボム)のスペックを完全に生かし、使いこなせるかは全くの別問題。

 

「……もう一度聞くけど、本気でそれを使うのかい?」

 

思い付きも同然な作戦が成功するとはとても思えない。

だから少し考え直すべきだ。

緑にそう伝えるかのような真剣なまなざしがウタハから向けられる。

 

けれど、

 

「はい。今はこれしか、手がありませんから」

 

緑の決意は何処までも強固だった。

 

「……。私が知る才羽ミドリは、度胸に身を任せたような行動は嫌うタイプだった筈なのだけれど、何か心境の変化でもあったのかな?」

 

変化と言う言葉に、緑は僅かな時間押し黙った。

ウタハの指摘は図星で、普段の自分ならこんな行動を取ったりはしない。

何せ問われているのは己自身だ。その己が言うのだから間違いない。

 

それなのに今、緑は自ら死地に飛び込むような真似に対して少しも恐れる様子を見せない。

今の彼女の頭の中は違うことで一杯だった。

 

皆を助ける。

その為に危険な場所に飛び込む必要があるなら、迷わず飛び込む。

どんなに達成が困難なことでも根性で、どうにかする。

どうにか出来なくても、根性でどうにかしてみせる。

 

気合と、底力。

その二つがあれば、どうでも出来そうな気がする。

 

うん、やっぱり普段の私とは違うね。と、ふつふつと沸き立つ心情を別視点から見る緑が結論を零す。

これもカードがもたらした作用の一つなのだろうか。

 

だとしたらこの気持ちの揺らぎは一時的な物に過ぎない。

だから。問題無い。

 

目の前の脅威に、集中できる。

それが今、緑を取り巻いている感情の全てだった。

 

「……分かってると思うけど、それを制御する力は君には無い。出来て一直線に飛ぶことだけだ」

 

何も言わず、しかし折れる姿勢を見せない緑を見てとうとう観念したのか、ウタハが渋い顔をしながら一つの結論を伝える。

先生がやっているような動きを、緑では再現出来ないと。

 

分かっている。

そんなことは、やる前から分かっている。

 

緑は空気噴出砲(シュートボム)を使うのは今日が初。

まともに扱える筈も無い。

でも、やらなければならない。

無茶を承知の上で。

 

無理にでも使わなければならない。

心の中で渦巻いている、底なしの根性論で。

 

「望む地点に到達したら銃を手放すか装置を取り外すんだ。でないとひたすら空へと飛び上がり続けるか、もしくは手先がブレて明後日の方向目掛けての飛行旅が始まるからね」

 

緊張をほぐすような説明に緑はほんの少しだけ口元に笑みを作ると、コクンと頷く。

心の準備は終わったとばかりに、緑は銃の中心部分を左腕で握った。

 

「それじゃ、手筈通りにお願いします」

 

地上で最後に交わした言葉は、何とも味気ない物。

カチリ……と、ウタハのリアクションを待たずミドリは噴射口のスイッチを入れる。

 

ゴバッッッ!!! と、空気が爆発する音が二か所から走った直後。

恐るべき速度で緑の身体が上昇を始めた。

 

「うッッッッ!!???」

 

左腕にかかる予想以上に負荷に耐えられず、その負荷による銃を水平に構え続けられない事態にたまらず両手で銃を支え、己の身体を銃の安定化を同時に画策する。

 

油断するとすぐに明後日の方向に飛行を始める。

ウタハの説明で理解していたつもりだったが、こんなにも簡単にズレると緑は思っていなかった。

 

噴射口の向きを一定方向に保ち続けるので精一杯。

否、これが真上目掛けて上昇しているだけだからこそ、緑でも何とか機能しているだけであり、少し傾けた途端今の彼女の技術ではどうにもならなくなるだろう。

 

(先生は……こんなのを制御して……ッッ!?)

 

使う立場になって改めて先生の化け物ぶりを緑は実感する。

これをまともに運用するなんて自分ではとても出来ない。

 

振り回されるのが関の山だ。

完璧に使いこなし、自由自在に空を飛べる先生こそが異常。

 

傍目では分かりづらい彼の人外じみた力を、緑はたったの数瞬で思い知らされる。

凄いなと、こんな時にもかかわらず緑はまた一つ小さな想いを積み上げた。

 

だが今は、彼の凄さに一段と好きを深めている場合ではない。

目も空けられない強風が上から襲ってくる中で、彼女は気合で目を開け、六枚羽の動きを確認する。

 

そろそろ分かりやすい動きがあっても良い頃合い。

そう、予想していたタイミングで。

 

(……ッ! 来たッッ!!)

 

『六枚羽』の機銃が火を噴き始めた。

凄まじい速度で『六枚羽』に近づく緑を迎撃するかのように一発でも被弾すれば終わりの弾丸が数百とばら撒かれ始める。

 

左右に動くことは出来ず、上昇速度の調整も出来ない緑はその弾丸を避ける手段は無い。

出来ることと言えば手を放して落下するだけ。

 

当然、そんな選択肢を選べる筈も無い。

従ってまともな操作や回避が出来ない都合上、彼女はその攻撃を黙って見ていることしか出来ない。

摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)が当たったが最後、二千五百度の熱によって全身の血液が沸騰して死ぬだろう。

 

 

ただしそれは、時速二百キロを超える速度の物体を機銃が無事捉えることが出来ればの話。

 

 

どれだけ精密にターゲットを捕捉しようとも、早すぎる物体に『六枚羽』は有効打を与えられない。

長時間攻撃に晒された『二枚羽』が健在であることが、その証拠だった。

この上昇速度に『六枚羽』は対応出来ない。

 

そう確信する緑は、なんら臆することなくひたすら上昇を続ける。

 

『六枚羽』と同じ高さへ。

そこから、さらに上空へ。

上がって。昇って。上昇して。

 

『六枚羽』よりも四十メートル程さらに上に陣取って初めて。

 

「ここッッッ!!!」

 

彼女は上昇機構を、空気噴出砲(シュートボム)を取り外した。

瞬間、空への上昇が終わった緑の全身に浮遊感が襲う。

 

動きが止まる。

落下が始まる。

それはつまり、摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)をもう避けられないのを意味していた。

 

機銃の追従が、緑に追いつく。

自由落下が始まらんとしている彼女に、これをどうにかして回避する手立ては皆無。

 

被弾は、避けられない。

 

しかし。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼女の危機が訪れたのを待っていたかのように。

エンジニア部操る『二枚羽』が、戦闘に乱入する。

 

スラスターを吹かせ、数百キロにも届く速度で一直線に『二枚羽』が『六枚羽』目掛けて接近する。

だが六枚の羽の内の一枚を巧みに使い、特攻じみた動きをしてくることを事前に感知していたのか、『六枚羽』も同様にスラスターを使って直線移動し、『二枚羽』の突撃を躱す。

 

返す刀でスラスターを吹かして十メートル程上昇して『二枚羽』の真上に移動した後。緑に向けていた摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)の照準を『二枚羽』に合わせると。そのまま掃射を始める。

 

それは必殺の弾丸だった。

スラスターをいくら吹かせようが、上を取られている以上どう足掻いても逃げ場は無い。

無茶な突撃を躱された挙句に空中戦を制された。

その制裁は、容赦なく下されることとなる。

 

ガガガガガッッッ!! と、放たれた数十発の銃弾全てが『二枚羽』に着弾した。

 

「ッッッ!」

 

その様子を『六枚羽』よりもさらに上を陣取っていた緑は目撃し、思わず息を呑んだ。

 

『二枚羽』が被弾した箇所が、真っ赤に赤熱しボコボコと音を立てて膨れ上がる。

二千五百度の熱が、機体を破壊しにかかる。

 

ここまでの時間、僅か一秒。

『二枚羽』が乱入し攪乱して稼いだのは、僅かそれだけの時間。

 

そして今から稼げるのも、その程度か、それに満たない時間だけ。

 

完全にあらゆる機能がダウンする寸前。『二枚羽』は最後の意地とばかりにミサイルを発射しようと羽を向ける。

 

だが既に『六枚羽』からはもう脅威と見なされていないのか、『二枚羽』の攻撃目標が自身に定められているのを認識しつつも、『六枚羽』は一切回避行動も迎撃行動も取らず、高度を維持したまま改めて機銃をミドリに向け直す。

 

そんな折。

 

「まさかこんな場面で用意させられた自爆機能が約に立つとは思わなかったよ」

 

真下から届く筈も無い声が聞こえたと思った直後。

『六枚羽』との距離およそ十メートル。『二枚羽』は自爆と摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)による爆発の二つを掛け合わせた巨大爆発を発生させた。

 

「うッッッッ!!!」

 

飛び込んできた眩しい光に思わず緑は目を覆う。

爆炎と煙によって、空にいる緑から地上が確認出来なくなる。

 

狙い通り。だった。

 

ここまで全て作戦通りに進んでいる。

緑が地上を視認できない。

それはつまり、『六枚羽』も同じことが言えるに等しい。

 

六枚の羽で地上の状況を確認できない場面を作り上げた。

 

後は最後のピースを嵌めるだけ。

だから彼女は大声で叫ぶ。

 

それが届くことはなくとも。

力にはなると、思っているから。

 

「カリン先輩ッッ! おねがいしまああああああああああああああすッッッッ!!!!」

 

力の限り、喉を震わせ緑はカリンの名を叫ぶ。

刹那、彼女の願いに応えるかのように一筋の閃光が地上から伸び。

 

六枚羽のスラスターを。二枚まとめて破壊した。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「全く、無茶な作戦をするもんだ」

 

構えていた『ホークアイ』を下ろしながら、角楯カリンは静かに嘆息する。

ミドリから指示されたスラスターの同時狙撃。

それも爆炎によって視界が完全に防がれる中でという厳しいにも程がある条件付き。

 

無謀と言う文字がピッタリ当てはまるのに、これを達成する前提で作戦が組み立てられているのだからたまらない。

 

何ともまあ自分の状況を利用された物だと、もう一度カリンは嘆息する。

だが、応じない訳にはいかなかった。

あの時の彼女の気迫と行動は、心を燃やすのに十分な物が宿っていた。

カリンは視線を屋上の地面へとずらす。

そこあるのは真っ赤な文字列。

 

大量の血で描かれた、カリンに向けて出された一つの依頼。

 

耳が聞こえなくなった自分に指示を出す為、才羽ミドリは己のジャケットにベッタリと染み渡った血を絞って文字を作った。

 

『スラスターを、二つともこわして』

 

単純で、この上なく難しい依頼だった。

それでも、やらなくてはならないと、咄嗟に彼女は思った。

気付けば、コクンとカリンは即座に頷いていた。

 

やれるやれないではない。

やらなくてはならないんだと、心が理解した。

 

仕事は完遂した。

爆風で視界が覆われていても分かる。

耳が聞こえず、音で判断できなくても分かる。

 

角楯カリンは、自分の技量を過少しない。

間違いなく、そして問題無くスラスターを二機、まとめて狙撃し破壊している。

 

「スラスターではなく本体を狙撃しても良かったのだけど、多分それじゃ()()()()()()()()()?」

 

敵機の機動力を削ぐ仕事を終えたカリンは、決して届かない言葉を空に届ける。

届いたとしても今の彼女には聞こえない。

 

だからこれはただの独り言。

何処まで行っても独り言。

質問の答えが返ってくることは無い。

そしてその質問自体に意味も無い。

 

カリンの耳が再び聞こえる頃にはもう、『六枚羽』は彼女の手によって撃墜されているからだ。

真相を聞く価値はもう、その頃には全部消えている。

 

「お膳立てはしたぞ」

 

ゆっくりと地面に腰を下ろしながら空を見上げる。

ここはどうやら、特等席だったらしい。

 

あの雄姿を見せたい人は私達ではないだろう。

だけど、きっとどこかで見ている筈だとカリンは思う。

あの人は、そう言う人だ。

故にカリンは。

 

「美味しい所、全部持って行け」

 

微笑みながら、またしても彼女には決して届かない言葉を空に向かって放つ。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

スラスターが無事に狙撃されたのを確認した緑は、この状況を打破する為だけにわざわざ持ち出して来た『フレッシュ・インスピレーション』を構える。

 

地上からではどう足掻いても『六枚羽』を攻略する事は出来なかった。

ただひたすらに蹂躙を受け続けるしか道は無かった。

 

しかし空中からならば、極端な回避運動がもうされないのならば、露呈されている弱点を狙える。

 

『六枚羽』が宿す弱点。

それは人体の関節が如く羽を自由に動かし、対象を的確に捉える機構そのもの。

 

普通であればその能力は恐怖でしかないだろう。

逃げても隠れても空から常に的確な狙撃が襲って来る。

これ以上に恐ろしい物は無い。

 

ただし緑に限っては例外だった。

彼女に対してのみ、その機構は大きな弱点へと変貌を遂げる。

銃口が的確にこちらの正面に向けられる機構は、逆に格好の的となる。

 

『六枚羽』の上を取り、落下を始めている緑目掛けて機銃の照準が向けられる。

それを緑は見逃さない。

 

「ッッ!!」

 

すかさず、彼女も狙いを定める。

 

才羽緑の『フレッシュ・インスピレーション』と『六枚羽』の『摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)』が相対する。

 

二つの銃を見比べた場合、攻撃力も連射力も雲泥の差。

撃ち合うと言う行動すら馬鹿らしくなる程の絶望的状況。

 

にもかかわらず、正面から緑は戦う事を決断する。

それは彼女が培ってきた経験が織りなす力。

カードがもたらした不自然な力ではなく。

 

才羽ミドリが持つ、純真たる技術と覚悟の結晶。

 

自身を打ち壊す機銃が唸りを上げる前に。

ミドリのミレニアムの誰よりも、否、キヴォトスの誰よりも超精密な近距離射撃が瞬時に五発、解き放たれる。

 

彼女の狙いは、機銃の銃口それ自体。

研ぎ澄まされた集中力から放たれた銃弾は、機銃を構成する六つの銃口の内、五個を的確に狙撃し、間を置かず摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)が火を噴き始めようとした刹那。

 

ガギギギギッッゴシャッッ!! と、歪な音を立てて機銃が完全に破壊された。

 

これで一撃必殺の攻撃手段は断たれた。

スラスターもカリンによって狙撃されこちらの攻撃を回避する手段も封じられた。

 

残されている兵装は数多のミサイルのみ。

それを除けば、あれはもうただのヘリコプターも同然。

 

だがその残された兵装の脅威は変わらない。

空中に投げ出されているミドリは追尾性能のあるミサイルを回避する手段は無い。

一度命中すれば、地面に向かって真っ逆さまに落ちて行くのは確実。

 

リカバリーが可能な空気噴出砲(シュートボム)はもう捨てている。

一度落ちれば、二度とここには戻って来れない。

 

『六枚羽』もそれを分かっているのか、機銃が破壊されたのを認識した後。無数のミサイルを緑目掛けて発射した。

思わず笑い出したくなる程のミサイルが、緑の視界の半分以上を覆う。

 

危機は、去らない。

どれだけ脅威を取り除こうとも、『六枚羽』の脅威は変わらない。

 

だが。

 

(行ける……ここで決める……ッッ!!)

 

緑の瞳に絶望は無かった。

 

皆がお膳立てを済ませてくれた。

最大の不安材料も取り除けた。

 

後、必要な物はただ一つ。

この力を、全力で叩き込むだけ。

 

ミサイルが迫る中、両手で構えていた『フレッシュ・インスピレーション』を左手で持った後、緑は懐からある物を取り出す。

 

それは先日、エンジニア部で見つけたネズミ花火の形をした爆弾。

投げたが最後、半径二十メートルを纏めて吹き飛ばす危険極まりない代物。

 

本来は一ノ瀬アスナとの戦闘でどうしようも無くなった際に使う予定だった物。

ミレニアムタワーの窓ガラスごと吹き飛ばし、その衝撃を利用して無理やり緊急脱出する為に用意しておいた最終手段。

 

それを取り出した緑は一瞬だけ目を瞑り。

己の後方目掛けて投擲した。

 

刹那。閃光が迸り、追うように巨大な円形状の爆発がミレニアムの上空で炸裂した。

ゴッッッ!!! と、爆発の中心部のすぐそばにいた緑の全身を爆風と爆炎が襲う。

 

意識も、身体も命も全て奪い去られているような衝撃だった。

 

「ぐ、ぐっっっぎっっっっっっ!!」

 

途轍もない熱と衝撃が全身を貫く。

普通の人間ならば間違いなく即死であろう衝撃。

だが緑はその衝撃に耐えろ。と、緑は己の身体に無茶を言い聞かす。

 

普段の自分ならどれだけ健康状態でも、全くの無傷であろうとも、この爆発を受けて意識を保っていることは出来ない。

 

間近でこの爆発を受けた場合、一瞬で気絶する。

確実に、意識を持って行かれるだろう。

 

だが、だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と緑は己自身に発破をかける。

 

「こんッッじょぉおおおおおオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!」

 

熱い。痛い。死んじゃう。

だからどうしたって言うんだ。

 

身体にかかる負荷が耐えられる限界を超えてしまう。

それがどうしたって言うんだッ!! 

 

理論も根拠も無い。ただ気合だけで耐えろと緑は肉体に指示を出す。

 

耐えて耐えて。

前を見据えて。見据え続けて。

 

瞳に希望を宿した時。

緑の肉体は、爆発圏から脱出を果たした。

 

爆風によって、その速度をどこまでも加速させた上で。

飛んでくるミサイルを全て、加速によって回避した上で。

 

今度こそ緑は、丸腰の『六枚羽』と相対する。

 

「ッッッ!! これで……ッッ!! 終わらせるッッッ!!!!」

 

爆風を利用して勢いのまま加速を続ける彼女はギュッッ! と、右拳を強く、強く、強く握りしめた。

 

覚悟を宿すように。

全てを、込めるように。

 

狙いは、『六枚羽』のコクピット。

その正面部分を狙って、彼女はゆっくりと右拳を引き絞る。

 

もう、敵に逃げ場は無い。

もう、こちらに逃げ場は無い。

 

相手の攻撃手段は出尽くした。

こちらの出来る行動も全て出し尽くした。

残されているのは、機体と身体の純粋なるフィジカル勝負。

 

正真正銘の一対一。

 

「超ッッッ!! スッッッッッゴイッッッッッ!!!!」

 

加速。

加速。

加速。

 

加速加速加速加速。

加速加速加速加速。

 

爆風によって、己の能力によって。

何処までも速度を上げ、引き絞った右腕に力を込める。

 

ギチ……と、拳を握り込んでいるとはとても思えない潰れたような音が響く。

一撃の力を、極限まで高めていく。

彼女の意思に応えるように、込めれば込めるだけ右手に力が凝縮されていく。

 

これで終わらせる。

この一撃で私が勝つ。

 

固い決意を力に。

抱いた覚悟を力に。

 

加速加速加速、さらに加速し、どこまでも加速し、限界寸前まで己を奮い立たせる。

全ての想いをたったの一撃に乗せ、『六枚羽』まで肉薄した瞬間。

 

 

 

彼女の身体は音速を超えた。

 

 

 

「パンチィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

緑の凄まじい絶叫が真夜中の空に響き渡ったと同時。

どこまでもどこまでも轟かすような雄叫びがミレニアムを支配したと同時。

溜め込んでいた力を一気に解放するかのように緑の拳が振り抜かれる。

 

バガンッッッ!!!!! と、あらゆる万物を貫き破壊したかのような音が迸った。

 

全身全霊の全てを集約した一撃によって『六枚羽』からバキバキと幾多の破壊音が走り、彼女の拳が、肉体が機体を貫通し、突き抜ける。

 

グシャリと歪な悲鳴を上げて『六枚羽』がひしゃげ始めたのはその直後だった。

取り返しの付かないダメージを受けた機体が、大きく歪み、分解を始める。

 

その、一拍後。

緑が貫き、絶対的な破壊が機体全体に行き渡った後。

 

ゴッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッッッ!!!!!! と、巨大な爆発が空中で発生した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……! や……やった…………ッ!!」

 

空へと放り出された緑は、バラバラに分解しながら爆炎に包まれている六枚羽の方へ視線を向け、完全に撃墜したことを目視で見届け。

 

「私だって……私だってやれば出来るんだっっっ!!  ゲームクリアだッッバカヤロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

浮遊感に全身が包まれていく中で、力強く右腕を上に掲げた。

 

 

 










『六枚羽』編、決着。

激闘を制したのは才羽ミドリでした。
やっと書けた超すごいパンチ!

これを書けて満足です。良かった。本当に良かった。

いつだってパンチは男女平等。
つまり機械にも平等。
神様にだって平等パンチ!

右手に拘りを持たせてしまうのは仕方がない。これがとある。
この作品特に意味は無くてもやけに右手に拘ります。そう言う作品です。

次回も決着編……になればいいな。分割はしたくないよね。クライマックスだし。





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ミレニアムの超電磁砲(レールガン)

 

 

 

 

 

ミレニアムの上空で発生した一つの戦い。

数多の生徒と建造物に犠牲と被害が生じたこの戦闘は、一人の少女によって終止符が打たれた。

全てが終わったミレニアムの空は先程までの騒々しさとは一転、怖いくらいの静けさに覆われている。

その静寂の中、大金星を挙げた少女、才羽ミドリは一人空から地上へと落下していく。

 

ミドリの後頭部には、消失していた筈のヘイローが普段通りに輝いていた。

それは彼女が才羽ミドリに戻った証。

 

そして、超常の力を失った証。

 

「力……もう、入ら……ない、や……」

 

浮遊感に包まれながら意識が徐々に遠のいて行く感覚をミドリは覚える。

先程放った一撃で、気力も何もかも全部出し尽くしてしまったらしい。

 

身体に宿っていた異常な力も消え失せたこと、戦闘が終わり緊張が一気に解けたこと、幾分かダメージを受け過ぎたこと。

様々な理由が織りなす相乗効果が、ミドリの意識を奪いにかかる。

 

だがそれは想定していた未来だった。

きっと自分は全部が終わったら何も出来ず落下し地面に激突してしまう。

この傷では助からない。

落下の衝撃で、自分は死ぬ。

 

そんな未来を、彼女は先生が使っている装置を使って空高く飛んだ時から予想していた。

打破出来るような起死回生の一手がどこにも転がって無いことも。

 

エンジニア部の緊急救助ドローンは既にミレニアムタワーからの脱出時に使用された。

救助ドローンがもう残っていなかったからこそウタハは当初、ミドリにこの装置を貸すことを良しとしなかった。

それでもミドリは強行した。

 

こうなる未来が待っていると分かっていたけど、怖くなんかなかったから。

 

刹那。

空を駆ける真っ白な翼を彼女は見た。

優しい光だった。

とっても、とっても優しい光が、暖かくミドリを包む。

 

それは、願いの象徴だった。

 

「少し見ねェ間にボロボロじゃねェか……! 無茶してンじゃねェぞ……ッ!」

 

声は、ミドリを包んでいる光と同じぐらいに暖かかった。

心配する彼の声に、ミドリは言葉を返さない。

とっくの前から、その姿を見かけた瞬間から、ミドリは安心感によって意識を闇に落としかけていた。

 

背中に回された彼の腕から伝わる心地よい圧迫感が、余計に眠気を助長する。

 

ご褒美って、こう言うことを言うんだろうな。

頑張った甲斐、あったな。

ぼやけつつある頭でささやかな幸せを感じつつ、最後にそっと、想い人の表情を覗き込む。

 

「……っ」

 

嬉しさと恥ずかしさで、胸が一杯になった。

そんな顔するんだ。してくれるんだと、喜びを覚えてしまった。

 

でも。と、ミドリは彼に笑いかけようと目を細める。

不安なんて最初からなかったよと、言葉に出さず伝える。

 

(来てくれるって信じてたから、落ちるのは怖くなかったんですよ? 先生)

 

口説き文句のようなロマンチック溢れた返事はしかし、口に出す前に彼女は意識を落とす。

だがその顔は、どこまでも充足感に溢れている表情で。

 

果てしなく安心しきった表情を浮かべていた。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「ここからが本番ッ!」

 

どういう変化が起きたのか。

つい先程まで瀕死の様相だった早瀬優香が、今はありありと力がみなぎっているかのような力強い表情へと変化している。

 

気の持ちようではどうにもならない筈の大怪我を負った筈なのに、今の彼女はまるで健康体のように生き生きと肉体を操っている。

 

傍目には信じられない現象だった。

不可解。そんな単語がミサカ一四五一号の頭に浮かぶ。

 

これもヘイローがもたらす力の一環なのか。

それともただ意地を張っているだけなのか。

 

答えは、出ない。

だが時間は待ってくれない。

逡巡している間にも、優香はミサカ一四五一号に狙いを定めている。

丸腰のまま、しかし握り拳を右手で作っている。

 

「くっっっ……!」

 

どういう理由があるにせよ、空を飛んでいるのならばもう身動きはそうそう取れる訳がないと判断したミサカ一四五一号は、飛んでくる優香目掛けて捕食者(プレデター)の背中から伸びている殴打用の腕で今度こそ優香を仕留めにかかるべく、右下から左上へと全力で振り上げる。

 

この一撃に対応出来る手段は空を浮いているユウカには無い。

飛行速度から考えて、間違いなく命中する。

 

そう、確信していた。

なのに。

 

「ッッ!? ま、またしても消失を確認……と。ミサカ一四五一号は驚きを露わにしますッ……!」

 

腕は風切り音を立てるだけで、目標に命中する事はなかった。

先程まで確かに空を飛んで真っ直ぐこちらへ向かって来ていた筈の少女の姿が、再び視界からいなくなる。

 

一体何処に……と、ミサカ一四五一号が右から左へと視線を流した矢先。

 

「……なるほどね」

 

背後から何かを把握したような彼女の声が聞こえた。

反射的に視線を背後に向ければ、捕食者(プレデター)にそっと手を置き、うんうんと言葉を零す優香の姿が映る。

 

「手足を動かす感覚でコイツを操れるようにチューブで無理やり操作系統を肉体とリンクさせてるのね。てことはあくまで機械とアンタは独立してる。安心したわ。コレをぶっ壊してもチューブを引きちぎってもアンタに何の影響も無ければ痛みがフィードバックされる事態になったりもしなさそうで」

 

信じられなかった。

あり得ないと、心が告げた。

少し手を置いただけで捕食者(プレデター)の特性を見抜く。

そんな離れ業がこの世にある訳がない。

 

早瀬優香の異質さを耳にしたミサカ一四五一号の表情に、うっすらと動揺の色が現れる。

彼女は、そんなミサカ一四五一号を見て不敵な笑みを浮かべていた。

 

一体何処にそんな余裕があるのか。

立っているのすら不思議なぐらいボロボロなのに、どうしてそんなに佇まいにゆとりがあるのか。

 

分からない。

分からないからこそ、恐ろしかった。

 

その恐ろしさを払拭させたいかのように、もう一度ミサカ一四五一号は殴打用の腕を優香目掛けて振るう。

 

──だが。

 

「よっっ」

 

フワッ! と、拳が当たる直前、優香の身体が僅かに浮き上がりながら、空を滑る様に後退した。

 

馬鹿な。と、ミサカ一四五一号はとても容認できない光景に絶句する。

間違いなく先程のは跳躍ではなく、飛行。

 

おかしい。

おかしすぎる。

 

彼女の動作は説明の付かない領域にまで手を伸ばしている。

一体何をどうやれば空を自在に移動するなんて芸当が出来るのだろうか。

 

疑問はそれだけではない。

そんな化け物じみた力があるにもかかわらず、彼女は今の今までこの力を一切使用する素振りを見せていなかった。

 

使わなければならない場面は多かった筈だ。

その力を使えば楽に百ものミサイルを回避出来ていただろうし、数トンもの質量を持つ殴打用の腕に二回も全力で殴られずにも済んだだろう。

なのに彼女はこの瞬間に至るまで力をひた隠しにし、行使する気配すら漂わせていなかった。

 

何かある。と、ミサカ一四五一号は優香から発される違和感に小さく眉を寄せる。

だが、その違和感を突き詰める時間が無いのも事実だった。

 

今はとにかく、目の前の少女を無力化しなくてはならない。

その早瀬優香は後退して攻撃を回避した後、何事もなかったかのように地面に着地している。

 

「接近戦は無駄であると判断します。と、ミサカ一四五一号は戦法の変更を余儀なくされたことに僅かに舌打ちします」

 

ガコンッ。と、次の手を打つかの如く、捕食者(プレデター)前面にある数十の銃口を展開し、その照準を全て彼女合にわせる。

間髪入れず銃撃を開始し、口径五十ミリ、秒間千を超える弾丸の雨を、容赦なく彼女に降り注がせた。

 

人に向ければ一秒と経たず粉微塵になり、人間だった痕跡すら無くなる破壊の雨。

無力化するという目的の為に使用するにはあまりに殺傷力が高すぎるソレを、ミサカ一四五一号は躊躇いも無く使用した。

 

対して、優香は動かない。

諦めたのかと一瞬ミサカ一四五一号は考えたが、すぐにそれは過ちであったことを気付かされる。

 

「……悪いけど、()()()()()()()()()()()()

 

声と同時に、スッと、右手が前方に差し出された。

何を。と、思う暇は無かった。

 

変化が訪れたのは、一瞬。

 

看板。

マンホール。

鉄くず。

鉄板。

 

周囲にあったあらゆる鉄製の物が瞬時に彼女の前面に集まり、一個の集合体となり即席の盾となった。

そして。

 

ゴガガガガガッッッ!! と言う衝撃音が絶え間なく発生する。

 

捕食者(プレデター)から撃ち出した弾丸は、全て優香が作り出した盾によって阻まれた。

そればかりか、撃ち出した弾丸すら新たな盾となって次の銃弾を防ぎ始めている。

 

(まさか……)

 

銃弾を躱すでも迎撃するでもなく、様々な物体を手元に引き寄せて防御するという前代未聞の現象を目撃してしまったミサカ一四五一号は再び言葉を失う。

が、同時に、ある一つの仮説が彼女の中で浮かび上がった。

 

いや。

しかし。

そんな馬鹿なことがあるのか。

 

自問自答をミサカ一四五一号は繰り返し始める。

 

けど、現にミサカ一四五一号が立てた仮説通りの事象を優香は披露している。

加えて目の前でその事実を見せられてしまっている以上、信じない訳にはいかなかった。

 

彼女は、早瀬優香は。

磁力を用いて鉄製の物をかき集めた。

自分達と同じ超能力を行使して。

 

そしてその芸当は、どう足掻いてもミサカ一四五一号には出来ない。

 

(何故今まで行使しなかったのかは不明ですが、彼女の能力はミサカ達と同じ電撃使い(エレクトロマスター)、それもミサカ達よりも上位の能力であると、ミサカ一四五一号は推測しますッ……!)

 

ゴバッッッ!! と、続けざま無数のミサイルを発射する。

正面からの攻撃が通用しないのならば、多方面から攻撃するしかない。

 

周囲にある鉄製の物は全てかき集められている。

これ以上はもう残っていない。

ミサイルによる上空や左右からの攻撃に対する防御手段は優香には残されていない。

そう、ミサカ一四五一号は判断する。

 

結論から言うと、彼女の判断は間違っていなかった。

しかし。

 

ミサカ一四五一号は、優香の力量を悉く見誤っていた。

 

優香はミサイルが襲って来ているのを見るや否や、表情を険しい物に変えたかと思うと。

 

「ああもう! 鬱陶しいわねッッッ!!!!」

 

バリッッッッッ!!! と、全身から紫電を全方向目掛けて持続的に放ち始め、飛来してきたミサイルを全て雷撃によって破壊し始めた。

円状に展開されまるでバリアのように広がる雷。その雷に触れた途端音を立てて爆散していくミサイル。

 

目を見開いて驚く。どころの事態ではなかった。

 

あれは最早、災害レベルの何かだ。

たった一人で軍隊とやりあえてしまうような、少なくとも人が扱う力の範疇に収まっていない。

 

「な、ならばこれです。と、ミサカ一四五一号は最後の望みをこの一撃に託します」

 

捕食者(プレデター)が誇る最大火力をぶつけるべく、数多のビルを溶かした主砲を優香に向ける。

その動作に合わせる様に彼女は盾を放棄すると、バチバチと彼女の前髪から電気が一瞬放出され、弾け始める。

 

構わない。と、ミサカ一四五一号は彼女の攻撃態勢に一切臆することなく照準を合わせた。

彼女が何をしようとしているのか、能力で劣る自分には判断が付かないが、電撃如きでどうにか出来る威力では無い。

何をどうしようと、一度射出すれば彼女は回避するしか手立ては無い。

 

ビュッッッ!! と、主砲から超高熱の閃光が放たれる。

当たれば人体は焼失。その熱の前には炭を残すことすら許さない。

文字通り必殺の一撃が、優香に高速で迫る。

 

だと言うのに、彼女は避けようとする意思すら見せなかった。

ただまっすぐ右手を伸ばし、左手で右手を支える構えを見せる。

 

その一瞬後、赤の光が優香に激突し。

 

優香の右手によって全て阻まれ、霧散し始めた。

巨大な爆音と余波が周囲に撒き散らされ始める中で、優香は健在な姿を見せ続ける。

右手に生成した電撃を用いて、鋼鉄を一瞬で溶かす閃光を相殺している。

 

もう何から驚けばいいのかすら、ミサカ一四五一号には分からなかった。

 

「何なんですか……それは……と、ミサカ一四五一号は驚愕を通り越して恐怖に身を竦ませます」

 

一歩間違えれば即死だというのに、彼女は迷うことなく受け止める選択を選び、成功させた。

 

絶望。そんな言葉では計り知れない感情がミサカ一四五一号を襲う。

規格外にも、限度がある。

 

ミサカ一四五一号が可能な攻撃は電撃を一点に集約し真っ直ぐに飛ばすことのみ。

繊細なコントロールはおろか、多方面へ同時に放つような演算も彼女は会得していない。

そしてその一点のみを見ても、優香が操る雷撃に遠く及ばない。

 

それは、圧倒的な力の差が両者の間にあることを彼女に教える。

 

(彼女の能力を推定するにミサカの百倍以上の出力があります……と、ミサカ一四五一号はこの上ない絶体絶命の危機に晒され始めたことに対して撤退の意思を強めます)

 

勝てる勝てないの話ではない。

ここまで力量差があるとそれはもう勝負にすらなっていない。

 

兵装のほぼ全てが彼女によって無力化された。

効果が無いことを目の前で立証された。

 

このまま戦闘しても任務を遂行できそうにないことを察したミサカ一四五一号は即座に逃げるべきだと決断を下す。

 

アレは、立ち向かってはいけない相手だ。

少なくとも妹達(シスターズ)の手に負える敵ではない。

 

『完成品』でもない限りは。

 

ミサカ一四五一号は主砲での攻撃を取り止めると、スラスターを最大限吹かして撤退を始める。

同時、そんな彼女を追うように優香も追従を始めた。

捕食者(プレデター)を媒体として、引っ張られるように彼女も空中に飛び上がり移動を始める。

 

「磁力で自身を引き寄せてる訳ですか……これでは撒けそうにもありません。と、ミサカ一四五一号は彼女の対応力の広さに歯噛みします」

 

どんなに愚痴を零そうとも、追い付かれた瞬間早瀬優香の勝利と言う形で勝負は決まる。

泣き言を言いながらも逃げ続けるしか残された選択肢は無かった。

 

ミレニアムの外までまだ相応の距離がある中をミサカ一四五一号は空を滑る。

途中、巨大な石くれとその石くれと相対する二人の少女を見かけた。

あれは確か、未完成の樹形図(プロトダイアグラム)を運ぶ手筈になっている石くれ。

 

とっくの昔に脱出していなければならない石くれが何故まだミレニアムに存在し、重要物を抱えたまま少女と相対しているのか不明だったが、今、ミサカ一四五一号はそこに気を配る余裕は無い。

 

構わず移動を続ける中、優香が少女達目掛けて雷撃を放つのを目撃する。

その意図を見抜くことは出来なかった。

 

だが今が好機と、優香の注意が外を向いた瞬間ミサカ一四五一号は再び大量のミサイルを射出する。

 

少しでも迎撃に時間を使わせ、距離を稼げればと思った手立てはしかし、ミサイルに気付いた途端に放出された全方位攻撃の前にことごとく爆発、四散を迎えた。

 

この攻撃で稼いだ時間は、コンマ五秒も無い。

そればかりか、次はこっちの番とばかりに優香から雷の矢が飛来した。

 

「ッッ!?」

 

慌てて捕食者(プレデター)を左方向へずらす。

一瞬でも回避行動が遅れていたら直撃していた。

 

慌てて振り返れば、またしても雷の矢を生成している優香の姿が映る。

 

稼いだ時間は、今の回避で費えた。

否、それ以上の時間を浪費してしまい、むしろ距離が縮まった。

これを続けられれば、遠くない内に追いつかれる。

当然、優香もその事実に気付いていない筈が無い。

 

(どうするべきなのでしょうか……ッ! と、ミサカ一四五一号は防戦一方な状況を打開出来ない自分自身に悔しさを滲ませます)

 

己の武装での打開は不可能。

ならばミレニアムの街中に何か逃げ切れるアイデアは無いかと、飛行を続ける中で周囲を見渡す。

 

そして。

 

「あれは……っ? と、ミサカ一四五一号はとある区画を凝視します」

 

区画全体が建設中の土地として開発されているのか、建設中のビルと思わしき建造物が十、二十と立ち並ぶ区画を捉えた。

 

着手したばかりのビル。

下地がほぼ完成しているビル。

あらゆる完成度の建造物が並んでいるが、共通するのはまだ未完成と言う所。

 

剥き出しの鉄骨が、区画全体に広がっていると言う所。

 

(これなら……いけるかもしれません。と、ミサカ一四五一号は勝機を見出します)

 

優香との距離は数十メートル程。

まだ致命的な程には詰められてもいない距離。

 

これなら成功確率は高いと、ミサカ一四五一号は急遽思い付いた作戦の実行を始めた。

進む方向を左に曲げ、無理やり建設区画へと突入する。

 

どこか無慈悲な冷たさを覚える発展中の土地に足を踏み入れたミサカ一四五一号は、捕食者(プレデター)は地面に設置する寸前まで高度を下げた。

 

空を滑っているのではなく、大地を駆けていると表現しても良い程の超低空で移動するミサカ一四五一号は、区画の中腹部分まで到達するや否や、捕食者(プレデター)の主砲二問を鉄骨へと向ける。

 

「主砲の兵装を換装します……換装完了。と、ミサカ一四五一号は冷静に対応します」

 

ビッッッ!! と、時間を置かず彼女は主砲から閃光を放射する。

ただし撃ち出されたのは赤い光ではなく、波打つ青いブレードのような物だった。

主砲から放たれ始めたのは、多くのビルを燃やし尽くした熱線ではなく、窒素。

マイナス二十〇度にもなる液体窒素だった。

 

主砲の役割が、液体窒素をウォーターカッターの要領で超高圧で放射する為の装置へと切り替わる。

何も残さぬ地獄の火から、全てを切り裂く冷たい刃へと変化を遂げる。

鋼鉄を易々と切断する窒素の刃を主砲から十メートル伸ばしたミサカ一四五一号は、発生させた刃を手当たり次第に振るう。

 

右に、左に。捕食者(プレデター)を自ら回転させながら、スラスターを吹かす速度を出来る限り保ちつつ周囲一帯の鉄骨の下地となる部分を全て切り裂いて行く。

 

数秒後、鉄骨街全体が戦慄き始めた。

ミサカ一四五一号によって切り裂かれた部分を中心に、区画全体が崩れ始める。

支える物を失った鉄骨は、重力と言う名の力に従い、分厚い音を鳴らしつつ地面に引き寄せられて行く。

 

早瀬優香が鉄骨街へ足を踏み入れたのはミサカ一四五一号が下準備を整え終えたその直後。

金属が擦れ合う甲高い音を響かせて、無数の鉄骨が落下を始めたその直後だった。

 

ミサカ一四五一号が超低空で飛行を始めたのと同じタイミングで同じ高さまで降り立っていた早瀬優香を、今にも崩落する街のど真ん中にいるという危険過ぎる状況を作り上げる。

 

彼女に残された選択肢は二つ。

追跡を諦めて全力で退避するか。

それとも深追いして鉄骨の餌食になるか。

 

ミサカ一四五一号は安全を確保した上で区画を破壊した。

しかし早瀬優香はミサカ一四五一号と相応の距離が離れている現状から、どれだけ速度を上げようと崩落からは免れられない。

 

結果的に優香が取れる選択肢は一つしかなくなる。

ミサカ一四五一号の撃破を断念し、この区画から脱出する。

 

その道しか生き残れる道は残されていない。

 

だが優香は。

早瀬優香は。

 

退避すると言う選択を取らず、真っ直ぐ捕食者(プレデター)目掛けて前進を続けた。

諦める意思を、見せなかった。

 

だがそれは、ミサカ一四五一号が想定していた未来の一つでしかなかった。

ミサカ一四五一号は、彼女の行動に動揺しない。

 

淡々と静かに、彼女が誤った選択をしたその愚かさを言葉に出さず述べる。

 

(それは悪手ですよ。と、ミサカ一四五一号は命知らずな選択を取った早瀬優香の無謀さに勝ちを確信します)

 

いくら上位の電撃使い(エレクトロマスター)と言えどどうにか出来る物量では無い。

追撃を諦めて引き返さなければあっと言う間に鉄骨の下敷きになる。

 

その未来は、もう間近に迫っている。

故にミサカ一四五一号は巻き込まれない距離まで移動しつつ、壊れ行く街並みの中心にいる優香から目を離すまいと細心の注意を払った。

 

どのような形になるにせよ、あくまで諦めい選択を取った優香に訪れる未来は敗北。

自分に課された命令である、彼女の捕縛が遂行出来る。

 

そう、ミサカ一四五一号は思っていた。

直前まで。

直前までそう思っていた。

 

 

 

だが

 

 

 

「逃げの一手を選んだのに突然反撃に出る時は、相手が何か勝機を掴んだ時」

 

カツ……と、優香の靴音が強く存在を主張する。

大地を滑ることすら止め、優香はゆっくりと地面を強く踏み抜いた。

ミサカ一四五一号にわざと聞かせるように。

あえて強く踏み出したような足音が一つ、ミレニアムに響く。

数秒もすれば瞬く間に消え去るであろう、区画のど真ん中で。

 

余裕の表情を浮かべる優香が、一人佇む。

 

「私が予想した通りにアンタはこの区画を見かけた瞬間、無理やり逃げる方向を転換してまで突入し周囲に攻撃を始めた。そりゃそうよね。アンタ視点では任された仕事を達成するにはそうするしかなかったわよね」

 

けど目論見が甘いわね、と、優香は続ける。

対するミサカ一四五一号は、硬直してしまっていた。

何が起きているのか、理解が追い付かない。

ミサカ一四五一号の感覚では、今起きている事象を現実と受け止めることが出来ない。

だがその思考とは正反対に、彼女の視覚は確実に何か起こっている光景を映し出している。

 

「でもそれってさ、逆に言えばアンタが最も油断するタイミングなのよね。私がこうしてアンタの推測外の行動を取った時は特に、無策かのように突撃した場合は特に、ね」

 

言い当てられる。

まさにその通りの内容を全部、早瀬優香に言い当てられる。

彼女が鉄骨の雨の中を走って来た時、ミサカ一四五一号は足を止めた。

 

仕留められた可能性を、言い渡された仕事を完了できる可能性が生まれたから。

 

まさか、と、ミサカ一四五一号は身震いしたくなるような感覚を覚えた。

まさか彼女はこのような展開に発展することまで読んでいたとでも言うのか。

この場所を最後の決戦の地として選ぶことも、最後にどう攻撃するのかも全て読んで、その上でこちらの作戦に乗っかり、死地に飛び込んで来たとでも言うのか。

 

果たしてそれは、計算と言う単語で括られる物なのだろうか。

それ以上の、それ以上のおぞましい何かで定義される物ではないのか。

 

「私が生身であることは、銃弾一発で死ぬように身体になっているのはアンタの前で証明済み。そして手に負えない程の鉄骨で押し潰すなら電撃による防御は不可能。引き寄せようにも巻き添え事故の可能性もある。再起不能か殺すにはうってつけの、そして最後の手段としての信頼も十分な攻撃手段」

 

でも、やりようはあるわよね。

冷たく、力強い声が届く。

 

目の前に広がる現象は、それを立証していた。

 

ミサカ一四五一号は確かに鉄骨を切断した。

数十メートルの高さに組み上げられた鉄骨は、三百にも四百にも届く鉄骨は、

轟音を響かせながら全て落下し、真下にいた少女を圧し潰す筈だった。

 

なのに。

それなのに。

 

鉄骨が落ちてこない。

一本たりとも、地面に落下しない。

ビタッッッッ!!! と、落ちる寸前だった鉄骨を、落ちている途中だった鉄骨を。それら全ての性質を磁石へと変質させた早瀬優香がたった一人で、左手一本で支えている。

 

崩れ落ちるしかない街を、一人の力で食い止めている。

想像を絶する、等と言う言葉で収まる物では無かった。

 

絶句する。

何処までも人間離れの所業に、光景に、動きを止めてミサカ一四五一号は絶句する。

 

化け物を化け物以上の言葉で表現したい場合、どのような言葉を使うのが適切なのだろうか。

そんな下らない思考が、一瞬ミサカ一四五一号の頭を過る。

 

あれだけの鉄骨全てに電流を一瞬で通す。

たとえそれが可能だとして、実行に移せるのだろうか。

 

ミサカ一四五一号は実践できる能力があるならば躊躇いなく実行に移す。

何故ならそこで彼女が失敗し鉄骨に押し潰されたとしても妹達(シスターズ)としては一切問題がないからだ。

 

限り無い命。

それが彼女達妹達(シスターズ)の特徴。

死んだのならばまた作れば良い。

使い切りの、単価十八万の命。

 

だが彼女は違う。

彼女に代わりは存在しない。

 

なのに彼女は躊躇なく鉄骨の下に飛び込む道を選んだ。

追撃を諦めれば楽に助かった筈なのにあろうことか彼女は命を投げ捨てる行為を迷わず選び、あったかも疑わしい生存の道を手繰り寄せた。

常識外れにも、限度がある。

一体何が彼女をそうさせているのか。

ミサカ一四五一号は、何一つ掴めない。

 

「アンタは今、使ったら絶対ダメな兵器を使ってる……ッ!」

 

答えが、紡がれ始めた。

まるで全て見越していたかのように、彼女の口から理由が語られ始める。

 

「ソレを破壊出来るのは今、私しかいない。だからどんな無茶だろうとも破壊する……ッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

キィーン……と、高音を走らせて優香の右手から何かが真上に弾かれる。

音に引っ張られるようにミサカ一四五一号は弾かれた物を目で追い始め。

 

(弾……丸……?)

 

銃弾が一発、真上に弾き飛ばされているのを視認した。

優香は銃を持っていない。

二丁とも、戦いの最中に手放している。

 

では、この状況であの弾丸が弾かれた意味は何なのか。

 

「ねえ、超電磁砲(レールガン)って、知ってる?」

 

答えは、彼女の言葉に眠っていた。

一転して、優しい声だった。

まずい。と、ミサカ一四五一号が思った時には既に遅く。

 

落ちて来た銃弾が、彼女の右手に収まり。

優香の指によって弾丸が再び弾かれ。

 

 

音が、消えた。

 

 

「色々と原理はあるけど、要はアリスちゃんがやってるのと、同じことを言うのよッッ! ねッッ!!!」

 

空間を支配していたあらゆる音が一瞬掻き消えた。

瞬く隙すら存在しなかった。

何が起きたのかと視認しようとした時には既に。

 

捕食者(プレデター)の右半身が、見る影もない程にバラバラに砕け散っていた。

 

「ッッッッ!?」

 

事象だけが、その映像だけが先に現出する。

ブチブチと身体を繋いでいたチューブが途切れ、ミサカ一四五一号は強制的に捕食者(プレデター)から切り離されてしまい、彼女は自然と空を舞い始める。

 

それは間違いなく、アリスと言う少女が持つ攻撃手段と同じ威力では無い。

ただただ同じ名称なだけの、もっと桁違いの何かだった。

 

「な……あ…………ッ!?」

 

放たれた超電磁砲(レールガン)の威力はそれだけでは飽き足らず、捕食者(プレデター)を貫いた勢いで、ミサカ一四五一号の背後百メートルのコンクリートに対して直径四メートルにも及ぶ溝を数十センチの深さで抉る。

 

雷が間近で落ちたような音が迸ったのはその直後。

音すらも置き去りにした一撃によって何もかもが終わった後に、轟音が響き渡る。

 

しかし、ミサカ一四五一号にとってはそこからが本番だった。

 

ゴッッッッバァアアアアンッッッ!!! と、数秒遅れでやってきた破壊音と衝撃波が、彼女を真正面から襲う。

 

「ッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?!?」

 

対処する事は、出来なかった。

真正面から降りかかる恐ろしい衝撃に、彼女と、残骸となった捕食者(プレデター)が数十メートルもの距離をノーバウンドで吹き飛ばされ始める。

 

吹き飛ばされる最中、破壊された捕食者(プレデター)の左半身が右半身を失った影響で爆発を起こす。

二度とその兵器を用いさせないかのように、ただの鉄くずへと容赦なく変換されていく。

 

ゴッッッ!! と、攻撃手段を全て奪われたミサカ一四五一号は衝撃と風圧によって吹き飛ばされる中で、普遍的なビルに後頭部をぶつけた。

 

「~~~~~ッッッ!!」

 

グラリと、世界が揺れた。

この事故は危険だと思った時にはもう、彼女の手足は言う事を聞かなくなっていた。

 

視界が、歪む。

全身から、力が抜ける。

どうにかしたいと心が思っても、心に反して意識は急激に遠のいていく。

 

「作戦通り」

 

搭載した装備を完膚なきまでに破壊され、問答無用で身体を吹き飛ばされ、ビルに頭をぶつけ、視界が暗くなる最中、ミサカ一四五一号の耳が優香から放たれた音を拾う。

それは、どうしようもなく完敗を叩き付けられる言葉。

放たれる言葉を刻み付けられながら、彼女は意識を闇に落とす。

 

「完璧~ってね」

 

高らかに勝利宣言を掲げながら髪をかき上げる彼女の頭には、失われていた筈のヘイローが元通りに出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












常盤台の超電磁砲(レールガン)が御坂美琴なら、ミレニアムのレールガンは天童アリスになるのでしょう。
けど超電磁砲(レールガン)はユウカがカードを用いて一時的に借りた力なので、ミレニアムの超電磁砲(レールガン)は早瀬優香になる訳です。
なるほど! ややこしい!



そんな訳でユウカ編決着です。
長い戦いでした。

決着の付け方は悩みました。
初期案ではユウカの鉄拳制裁顔面全力右パンチで決着という『とある』お馴染み光景で終わらせるつもりだったのですが、ミサカを相手にそれをやると後々ひっじょーーーーーにまずいのでは?? と言う訳で終わりは少々マイルドになりました。

これはこれで容赦を見せたユウカ。容赦の無いミサカ一四五一号。という形で対になったので良かったのではないかと思っております。


次回は残されたもう一組の戦いの決着編です。
そしてなんとか十月中にミレニアム編が終わりそうです。多分。

半年ぐらい使っちゃいましたね。おかしい、予定では三か月ぐらいで終わらせるつもりだったのに。色々と書きたい物が多く出来過ぎました。

アビドス編こそ、スマートに三か月ぐらいで……終わりたいなぁ。







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メイドの意地。

 

 

 

身体の中に宿っていた力が消えた。

 

弾丸を指で弾き飛ばし、レールガンでミサカ一四五一号を撃破した早瀬ユウカは、その瞬間から己の中に宿っていた力が消滅しているのを自覚した。

どうやらこの力は敵と見定めた対象が戦闘不能に陥れば消えるらしい。

 

最悪のタイミング。だった。

 

確かに脅威は去った。力が無くなっても本来は問題無いだろう。

ただしユウカが置かれている現状だけは例外だった。

 

ユウカとミサカ一四五一号が決着を付けたこの場所は鉄骨街。

そしてその鉄骨の大部分をミサカ一四五一号は切断した。

崩落する未来しか訪れなくなった場所を、ユウカは宿った力で一時的に食い止めた。

その力が無くなればどうなるか。答えは火を見るより明らかだ。

 

崩落する。

区画全体を巻き込んで。

 

「そりゃ……そうなる……わよね」

 

四方八方から金属音の唸り声が迸る。

見上げれば、数多の鉄骨が支えを失い落下し始めている。

 

悠長にしている場合じゃない。

安全な場所はこの区画にはどこにもない。

一刻も早くこの区画から脱出しなければならない。

 

そんなのは分かっている。

そんなことは、分かっている。

 

けど身体が動かない。

ここまでの戦いでユウカはダメージを受け過ぎた。

その反動が、戦いが終わった今降りかかる。

 

手に力が入らない。

へたり込んでしまった足が全く動かせない。

 

頭はギリギリ働いている。

意識も若干薄れているが失うとまではいかない。

 

故に恐怖だった。

 

背後から巨大な轟音が響く。

ゆっくり首だけを動かして振り返れば、六本もの鉄骨が地面に落下している。

それ以外にも、近い場所から、遠い場所から、いくつもの衝撃音が連鎖を始めていて。

 

ユウカがいる場所も、例外ではなかった。

 

「…………はは」

 

頭上目掛けて落下してくる鉄骨を数本、目撃する。

瞬間、何故だかユウカは笑ってしまった。

 

抗いたいのに。

生き残るために足掻きたいのに。

身体が指示に従ってくれない。

いつまで経っても、立ち上がってくれない。

 

「……ッ!」

 

残された最後の足掻きをするべく、一発の銃弾を右手に握ったユウカは、照準を真上に合わせ、全力で銃弾を指で弾く。

 

ピン……。と、弾丸が五十センチ程真上に上がる。

起きた現象は、ただそれだけだった。

先程見せた大破壊の面影は、どこにも無い。

彼女が放った弾丸は、絶体絶命を打開しない。

 

諦めたくない想いだけが延々と空回りし続けている。

けど、それもこれまでだった。

 

轟音と共に鉄骨がユウカの頭上目掛けて落ちる。

もう、目前だった。

ユウカはそれを、眺めることしか出来なかった。

 

瞳から涙が落ちる。

それが悔しさから来る物だったのか、悲しみから来る物だったのか定かではない。

無意識に落ちた涙の意味を、ユウカは自身に問え無かった。

 

その頃にはもう。

 

ユウカの視界は、真っ白な翼に覆われた後だったからだ。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「チビ。お前のそれ、最大出力で撃つのに何秒必要なんだ?」

「今からチャージを始めれば、おおよそ六十秒程で最強状態になります!」

 

長いな。と、ネルはゴーレムと正面から相対する中、正直な感想を心に抱いた。

 

(全力で動いた場合、一分は持たねえな……。どこかで手を抜く必要があるが……そう都合よくあたしの身体は出来てねえんだよなぁ……)

 

クールダウン能力はしっかり備えているものの、ノッている時に僅かな時間だけ手を抜く技術はネルは会得していない。

かと言って調子をたとえ調節できる技術があったとしても、それは彼女が描いた作戦には合っていない。

 

つまり、突き付けられた選択肢は一つだった。

即ち、限界を超えて暴れろ。

 

上等と、彼女はジャラリと鎖を鳴らし、一歩前へ踏み出す。

 

「あたしが合図するまで溜めてろ。チャージ完了即発射じゃさっきみてえに阻害される」

 

それまでは下がって眺めてろと指示を出し、アリスをゴーレムの射程圏から外す。

ユウカの手によってバッテリーが切れたアリスの武器の充電は為された。

よって失敗しても、まだアリスにとっての次は残されていると言える。

 

ただしネルには残されていない。

このチャージに失敗したとして、アリスには次があるとして、そのアリスの攻撃準備が整うまでの時間稼ぎを担う体力は無い。

 

この一回が最後。

だからこそ、ネルは半分使い物にならなくなっている左腕を解禁する。

 

とは言え今の左腕では射撃時の反動を制御できず簡単に狙いが上下左右に暴れ出すのは明らか。

それを防ぐ為、彼女は二丁のサブマシンガンを繋いでいる鎖を入念に左腕に巻き付け、固定する。

 

ギチ……と、何重にも巻き付けた鎖によって肉と骨が締められる痛みが伝わる。

これで攻撃面は心配無い。

防御面は無視する。それがネルの決断。

撃った際の反動を左腕は耐え切れず、突き刺されたかのような痛みが延々と発生するだろう。

 

ネルは全部捨て置く決断をする。

ちゃちな痛みで、今は行動を鈍らせている場合ではない。

 

「行くぜ……!」

 

ここが正念場。

出し惜しみ無し。

持てる全てを使って目の前の敵を叩き潰す。

 

決意のもと、ネルは腰を僅かに落とし。

 

ゴパッッッ!!! と、コンクリートに足跡を残す勢いで地面を強く蹴り抜き、一気にネルは自身が出せる最高速度を叩き出した。

 

その最中、二丁のサブマシンガンからなる弾丸の雨を存分にゴーレムの胴体に浴びせる。

乱射しながら爆発的な踏み込みでゴーレムとの距離を瞬く間に詰めたネルは、ゴーレムの左腕が動き出す前に跳躍し、左腕に飛び乗った。

 

最初にゴーレムが生成された時から二回りほど質量を増した腕に易々と飛び乗ったネルは、変わらず胴体を撃ち続けながら直進する。

目的地は一つ、ゴーレムの肩関節の部分。

 

これまでの戦いの中で辿り着いた唯一の、勝算。

 

「確かにその再生能力は脅威だよ。放っときゃ勝手に肥大化してさらに攻撃力が増しやがる。だがなぁ!!」

 

ガチャ……と、肩関節部分に辿り着いたネルは二丁のサブマシンガンの照準を一点に合わせる。

狙いは到達した場所そのもの。ゴーレムの肩、その関節部分。

ゴーレムが周囲の瓦礫を取り込んで質量を増す度に、大きく負担が掛かる場所。

そして、巨大化し成長する為の瓦礫を最も取り込みにくい場所。

大きな弱点に、変貌した場所。

 

そこにネルは容赦なく銃口を突きつけ。

 

「てめえの腕はゴテゴテと色んなもんをくっつけただけで本体が太くなった訳じゃねえだろうがッッッ!!!!!!!」

 

怒声と共にネルの掃射が始まった。

神秘の力を上乗せした鋼鉄を易々と撃ち抜く銃弾を、ネルは一点集中で叩き込み始める。

 

削る。

削る。

ひたすらに削る。

 

石くれを徐々に、確実に削り銃撃で岩腕を掘削していく。

その最中、破壊した側から岩がくっつき、破損した部分の再生が始まるが二丁の集中砲火はその再生速度を上回ってダメージを与え続ける。

 

ゴーレムの腕は現在、振るっただけでビルを破壊してしまう程の一撃を誇っている。

さらに破壊した瓦礫を吸収し、より強い力となってまた振るわれる。その繰り返しで今まで戦闘を繰り広げネルとアリスを追い詰めていた。

 

戦闘が長引けば長引く程こちらは損耗し、相手は強化され続ける。

一見すると勝ち目が無い戦いに見えるゴーレム戦。

だがそこには大きな落とし穴が潜んでいる。

ネルは、その落とし穴の部分に辿り着いた。

 

腕の破壊力は瓦礫などをくっつけて巨大化しただけ。

腕本体が成長した訳ではない。

 

何処まで行ってもその性質上ゴーレムの腕そのものは肥大化しない。

巨大化しているのは、あくまで取り込んだ部分。

そして最も肥大化が進むのは破壊を担当している拳部分。

 

先端ばかり大きくなり、根本はおこぼれで僅かに太さを増しているだけ。

歪な腕を支える肩関節には、どうしたって負担が多くなる。

当然その程度の負担なら、ゴーレムの再生能力でゴリ押せるのかもしれない。

 

しかしその再生能力を阻害する何かが発生したならばどうだろうか。

それだけでは飽き足らず関節本体にダメージを与え続けたならばどうなるだろうか。

 

その答えは、直に明かされようとしている。

だが。

 

「……ッ! チィッッッ!!!!」

 

そうはさせまいと、ゴーレムの左腕が動き始める。

彼女を落とさんと、腕が高く持ち上げられた。

電柱より二も三も、四すら上回っている程に極太と化した腕は、その動作だけで彼女を引き剥がす。

 

フワッッと、その動きに容易くネルの身体は空へと投げ出された。

しかし。

 

「はッ! 甘えんだよッッ!!」

 

左腕に巻き付けて固定させていた鎖を緩め、ジャラリと鎖特有の音を走らせつつ、ネルは宙に浮いた瞬間から鎖を今度はゴーレムの頭部に絡みつかせた。

ピンッッ!! と、真っすぐに伸びた鎖が吹き飛ぼうとするネルの身体を無理やり留まらせる。

 

弾き出されるのを阻止したネルは、力任せに鎖を手繰り寄せ、勢いをつけて肩関節目掛けて落下する。

スラリと伸びる細い脚を真上に振り被りながら。

額に青筋を立て、伸ばした右足に全力を込めながら。

 

見ると、攻撃が阻害された数秒間の間にも復元がされ始めている。

その様子にネルは焦るでも鬱陶しさを覚えるでもなく。

 

「随分と腕を守るのに必死じゃねえか。そんなにその腕を失う訳にはいかねえのか?  そんなにも防御手段を確保しておきてえのかッッ!?」

 

何処までも口角を吊り上げていた。

 

気になったのはアリスが砲撃を胸元目掛けて発射した時。

ゴーレムは撃たれる直前、全力でアリスを妨害した。

再生能力があるにもかかわらず、攻撃を中断させようと画策した。

 

頭部を狙われた際には一切の防御行動を取らず、再生に身を任せたのに。

胴体だけは何が何でも守ろうと動いた。

 

それはネルにどうしようもない気付きを与える。

確信を、与える。

 

「おかしいよなぁ! 頭吹っ飛んでも無事な奴が胴体だけ必死に守るなんてよぉ!!!!」

 

謎も解けた。

ギミックも理解した。

 

「有り得ねえよなぁ! 胴体は再生しないなんて話はよぉッッ!!」

 

つまり。

つまり。

つまり。

 

ゴーレムには、胴体を死守しなければならない理由がある。

その思い当たる理由は、彼女が知る限り一つしかない。

 

「そこにあるんだろッッ!! プロトダイアグラムッッッッ!!!!!!」

 

ゴガアアアアアアアアアアンッッッッ!!!!! と、渾身の力を込めて放たれた踵落としがゴーレムの肩関節に直撃した。

 

爆発かと見紛うような衝撃音と同時、ゴーレムの左腕が大きく破壊されたような音がネルの耳に届く。

その音に、さらに口角を上げずにはいられなかった。

 

ズルリと、彼女の一撃の後、ゴーレムの左腕が肩から崩れ始める。

肩から下がゴッソリと地面へ落ち、先程まで腕だったものが本来あるべき瓦礫へと戻る。

 

まず腕一本だッッ!!」

 

地響きにも似た爆音とそこから大きく巻き上がる土煙が同時に発生する中で、ネルは残りの一本を落としにかかる。

 

今一度鎖を自身の左腕に巻き付け弾道のブレを抑制させながら、ゴーレムの頭部を足場にして右腕の根本に着地する。

そのまま再び二丁のサブマシンガンの照準を一点に合わせた後、彼女は引き鉄を引く。

 

 

 

カク……と、彼女の身体を支える脚が突然、力が抜けたかのように崩れたのは正にそんな瞬間だった。

 

 

 

「あ……?」

 

気の抜けた声が一つ、紡がれる。

何が起きたのか、分かっていなさそうな声色だった。

 

だがネルが分かっていなくとも、身体は正直に状態を伝える。

身体が限界を迎えついてこれなくなった証拠を、無慈悲に教える。

 

ネルが最後の戦闘を始めてから、時間は既に五十秒以上が経過していた。

それは彼女の制限時間。

命を守る為に、身体が掛けたリミッター。

 

これ以上の酷使は看過出来ないと、もう休めと言わんばかりに身体が勝手に、右方向に傾く

途端に視界が、ボヤけ始める。

無茶を重ね、無理を言わせ続けた影響が最も歓迎されないタイミングで訪れる。

代償を支払う時間だった。

 

なのに。

 

「まだ……だぁぁあああああああああッッッ!!」

 

ネルは己を奮い立たせ、倒れかけた身体を強引に立て直した。

まだ倒れるなと言い聞かせる。

まだ休むなと叱咤する。

もう少しだけ堪えろと、ネルは意識を無理やり保たせ、全身に力を張り巡らせる。

 

それで得られた時間は何秒なのだろうか。

 

二十秒か。

十秒か。

いや、もっと短いかもしれない。

その僅かな時間を得る為に支払わなければならない代償はどれほどの物なのだろうか。

 

目か。

耳か。

腕か。

 

それとも全ての機能不全か。

 

ハ……ッ、と、彼女はまたしても笑う。

 

それならそれで良い。

全部終わった後、潰れるなら潰れるで構わない。

 

今はただ。

自分の覚悟を貫き通せるだけの力が欲しい。

 

「だったらッッッッ!!!!!!!」

 

己の身体を鼓舞するように、気合いの籠った声を張り上げた。

作戦変更。

 

倒れかけた身体を立て直した勢いのまま、ネルはゴーレムの右腕から地面へと降り立つと、左に巻き付けた鎖を外し、銃を二丁とも地面に落とす。

視線をそのまま持ち上げれば、肩部分にいたネルを振り払おうとしていたのか、右腕を大きく持ち上げているゴーレムの姿が映った。

 

その腕を、今度は地面に降り立ったネルに振り下ろそうとしている様子が見える。

彼女を完膚なきまで潰さんとするかのように、巨大な右腕が唸りを上げて落下する。

 

「…………ッッッッッッッッ!!!!!」

 

それを見るネルは動じない。

鋭い視線をゴーレムに向けたまま彼女は回避行動を何一つ取らない。

 

代わりに、集中力を研ぎ澄ませていく。

ジッと、ジッと動かずにゴーレムの動作を、観察しつつ、両足に力を溜めていく。

 

最後の力を。

持てるありったけの力を、たった一回大地を踏み抜く為に使う。

全ては、ゴーレムの動きを完全に僅かな間奪う為に。

 

ゴーレムの右腕に、速度が乗り始める。

勢いが、加速度的に増し始める。

 

それは、ネルが狙い澄ましていた瞬間だった。

 

「ッッッッッッ!! ォ、ォオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!!」

 

足に溜めていた力を、咆哮と共にネルは解放した。

全身全霊を込めた、全速力の踏み込み。

ゴパッッッッと言う音と共に、身体をロケットのように前方へ射出していく。

 

狙うはゴーレムが振り上げた右腕、その肘部分。

そこに向かって彼女は身体全てを使って飛び込み、右腕を大きく引き絞った。

 

ビルをも易々と破壊するようにまで成長してしまったゴーレムの一撃。

しかし裏を返せば、ゴーレムの一撃の破壊力の大半は重量が占めている事に他ならない。

その関係上、どうしてもその攻撃力に比例して動きは鈍重になる。

重さで攻撃力を上げている以上、どうしてもそうなってしまう。

 

言い換えれば、その速度が完全に乗る前ならば威力を十全に発揮出来ない。

地面と言う支えも無く、攻撃力勝負に完全に持ち込まれることも無い。

 

今ならばゴーレムの右腕を弾き飛ばせる。

今この瞬間だけは、たったの一撃勝負に持ち込める。

 

それがネルの狙いだった。

 

「テメエ、ミレニアム滅茶苦茶にし過ぎなんだよッッッ!!!」

 

一切躊躇わず、止まると言う選択肢を完全に捨ててネルはゴーレムに迫る。

叫びながら、右手にこれ以上なく力を込める。

 

ゴーレムとネルの距離が縮まる。

一気に肉薄する。

両者が、激突する。

 

瞬間。

 

「ぶっ飛ばされろクソッタレがァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」

 

ゴッッッッガァァァアアアアンッッ!!!!!!! と、目に追えない速度で振り抜かれたネルの右手が、ゴーレムの肘部分と激突する。

 

鈍く、重く、響く音がどこまでもどこまでも炸裂する。

 

全てを込めた一撃。

凄まじい速度で打ち出された決死の一撃は、ゴーレムの肘部分に深く衝撃を与え。

 

殴りかからんとしていたあまりにも太すぎるゴーレムの右腕を、ネルはその細腕一本で弾き飛ばした。

 

グラリと、ゴーレムの身体が揺れる。

弾かれた右腕に、身体が引っ張られる。

 

右腕は弾いた。

左腕は落とした。

 

今のゴーレムに、己の身を守る術は無い。

美甘ネルは、その防御手段全てを奪い取った。

 

掛かった時間は、一分と十二秒。

 

重い一撃を放った代償に右拳から盛大に血を流し始めたネルは、傷に構わず大きく息を吸う。

最中、視線をそちらに向ければ、既にいつでも撃てるように武器を構えている少女が一人。

神々しさすら覚える眩しい光を、銃口の先端に集約させている少女が一人。

 

行けるか。等と言う言葉は必要無かった。

少女は、天童アリスが待っている言葉はそんな下らない言葉では無い。

 

だから彼女は、ありったけに叫ぶ。

 

「撃てぇえええええッッッッ!! アリスゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

この戦いを終わらせる一言を。

アリスからの返事は、無い。

 

代わりに放たれたのは。目にしたのは。

 

「────────光よッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 

アリスの力強い言葉と。

同時に放たれた真っ白な光がゴーレムの胸元目掛けて飛んで行く光景と。

光がゴーレムの胴体を穿ち、一瞬で胴体部分を消滅させる景色。

 

そして。

 

瓦礫やコンクリートの集まりで出来ているゴーレムからは決して聞こえない、何かが爆発したかのような音と、プロトダイアグラムと思わしき機械が半分以上、アリスの攻撃によって消し飛ばされた様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









…………。
…………こんな未来が来るなんて予想をしてたら多分私はこのSSを書きたいとは思いつつも手を付けなかったと思います。

公式の二番煎じは怖いですって!! 本当に! 本当に!!!!

ブルアカ公式さんがどこかの作品とコラボするよって発表が火曜日辺りにあったんですが、学園都市へようこそって文面に少し怖さを覚えたんですが、まあそれは杞憂だと思ってたんですよね。ハイ。

だって、世の中の作品って無限にあるわけじゃないですか。
それにこう言ってしまっては何なんですけど、とあるシリーズの全盛期って2010とかですからね? 今も続いているシリーズではありますけど、個人の感性はともかく、世間的には旬はとっくに過ぎ去っている作品な訳ですよええ。

無難にリコリコとかだと思ってました。
ですが実際はこうだったので。はい。

生放送、飛び上がりました。
ツイッターにて凄くこう、情緒おかしく呟きました。
土曜日仕事があったんですけど有給取って休みました。
ゲームの情報に頭殴られて休んだのは初めてでした。おしまいです。


こぼれ話ですが、この作品におけるヘイロー関連の話は少しばかり前倒しで披露したという経緯があるのですが、結果的に正解でした。偉いぞ自分。
コラボ先のとあるキャラにヘイローがありますが、私は知りません。もう知らないですこの設定を貫きます。危ない!! 危ないよ!! ギリギリだった!!!

あと1月にコレを書こうと決断した当時の私も褒めたい。偉いぞ自分。あと9か月遅らせてたらこの作品は始まる前に終わっていた。





そんな私の二日間の心情を曝け出しつつ、本編更新です。
ネル編もこれにて終了。
残っているのは……事件の後片付け……だと良いなぁ。

アビドスの足音が近づいてきました。
その前に諸々とやらなければならない話があるのですが、大半は次回で終わらせられたら……良いな。と思ってます。







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最強

 

 

 

 

 

思わず耳を塞ぎたくなる程の轟音と、地鳴りが響く。

上下に大地が細かく揺れ、フラフラとした足取りでどうにか立っているだけの状態だったネルは、それだけで振動に身体を持って行かれそうになった。

 

巨大な揺れ。

ただしそれは新たな攻撃の前兆では無い。

 

体長十メートルはとっくに超えているゴーレムがアリスの一撃によって撃破され、真後ろに向かって崩れ落ちた際に生じた衝撃から来る物だった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。何とか……終わったな……!」

 

立っていられるのがやっとの中、地鳴りが収まりやっと静かになったミレニアムの夜空を見てネルは安堵の息を漏らす。

 

プロトダイアグラムを破壊した。

ゴーレムも黙らせた。

やらなければならない物は粗方終わらせた。

 

街の被害は計り知れないが、この化け物相手にこの程度の被害で済ませたのなら及第点。

破壊された街並みをザッと見渡し、ネルは自身の戦果をそう評価する。

 

残された仕事は、あと一つだけ。

 

「やりました!! ボスキャラの討伐に成功しました! アリス達の勝利です!!」

 

そんな折、こちらに近付く軽やかな足取りと共に元気はつらつな声が聞こえた。

この戦いにおける最大の功労者、天童アリスが発した物。

 

「あぁっ! でもゴーレムがドロップするレアアイテム、アリスが壊してしまいました……。うぅ……光の剣を強化出来るアイテムだったかもしれないのに……」

 

心底嬉しそうな表情でやって来たかと思えば、次の瞬間には落ち込む表情を見せるアリスの七変化ぶりにネルはこれ以上なく呆れ、嘆息する。

一体その元気さの源はどこなのか今度問い質したくなる気持ちに駆られる。

 

今は……疲れすぎててそんな気力も無い。

彼女のテンションに小さなリアクションを返すだけで精一杯だ。

 

「あー……、まあ、そう言う日もあるだろうよ」

 

慰めの言葉を投げつつ、ネルは湧き上がった罪悪感からか少しばかりアリスから視線を外す。

 

盛大な勘違いから生まれた思考なのだろうが、アリスの目的がプロトダイアグラムの確保なのは気付いていた。

対してネルの目的は確保ではなく破壊。

重大なすれ違いが発生していた中、ネルはこの大事な部分を敢えて隠し、騙してアリスを戦闘に参加させた。

 

プロトダイアグラムは完全に破壊され、取り返しの付かない状況となった今、種明かしをしても問題無いと言えば問題は無いのだろうが、かと言って真意を話すのもはばかられる。

故に少々バツが悪そうにネルは言葉を濁していると。

 

「……んん? 何でしょう……あれ?」

 

突然あらぬ方向を見上げたアリスが、何やら妙なことを呟いた。

明らかに先程までとは違う彼女の声色に違和感を覚えたネルは、すぐさま目線をアリスが見ている方向に向け、直後大きく目を見開いた。

 

ミレニアムの空に、真っ白なリング状のヘイローと、天使を思わせるような真っ白な翼を生やす誰かが浮かんでいる。

空を飛び、こちらに向かって来ている。

 

途端、背筋が凍るような途轍もない畏怖を彼女は覚えた。

何もせずただ見ていただけなのに、彼女の指先が勝手にカタカタと震えている。

アレを見ているだけで、本能が恐怖に駆られた。

 

勘弁しろよと、言葉にせず彼女は愚痴る。

あんな見るからに化け物としか思えない相手とまともにやり合える力なんざ何も残ってない。

今ぶっ倒れていないのが不思議なぐらいだというのに、戦況はネルに戦えと促している。

 

クソ。と、もう一度内心で吐き捨て、それでもやるしかないかと身構えようとした矢先。

 

「あれは……先生です!!!」

「は……? 先生!?」

 

同じく見上げていたアリスから、自信満々な声が聞こえ、思わずネルは気の抜けた声を発してしまった。

先生と言う呼称が使われた場合、ネルの中で思い当たる人物はたった一人しか該当しない。

 

だがネルの知る限りでは、先生にヘイローは浮かんでいない。

もっと言うと翼が生えてたりもしていない。

 

なので何かの間違いだろうと一瞬彼女は思うも、アリスの嬉しそうな叫びに引っ掛かりを覚えない訳でも無かったネルは、そんな訳ないだろと否定することを前提にもう一度まじまじと空を飛び、こちらに向かって来ている存在を凝視し。

 

「……マジかよ」

 

翼に隠れてて最初は見えなかった顔をハッキリと視認し、それが先生の顔だったことに心底驚き、今度は違う意味で目を見開いて絶句した。

 

同時に、どうしようもなく胸を撫で下ろした。

 

心配だった。

銃弾一発で死んでしまう彼が、単独で得体の知れない存在の妨害役を担う役割を引き受けた時。それを阻止できなかった。

そうするしかなかったとは言え、そうしたくなかった。

 

だが、無事だった。

生きていた。

 

ネルが最後にやらなければならなかった仕事が、達成される。

たった今、先生が無事な姿を彼女の前に見せたことによって。

 

「……ハハ」

 

クラ……と、彼女の身体が左右に揺れる。

膝が勝手に折れ、思考にモヤが掛かる。

 

少し前なら必死に払いのけようとしていた誘惑であるが、もう彼女は抗わない。

 

先生の姿が徐々に近づいて来ているのが見えるが、到着まで耐えようとすら彼女は思わなかった。

包まれる。安心感と幸福にネルは包まれる。

 

「チビ。一つ……頼んで良いか?」

「はい! 何でもアリスにお任せです!」

「声がデケエよ……まあ、なんだ。その、あれ……だ、……あれ」

 

考えている内容を言葉に上手く変換出来ない。

そうしている間にも見る見る内に身体の自由が遠のいて行く。

 

とりあえず、言いたいのは一つだけなんだよなとネルはそれを伝える為に口を動かす。

 

死んでねえから安心しろ。

そう伝えることさえ出来れば、後はまあ、どうでもいい。

 

「先生に、少し寝る。とだけ、伝え、て…………」

 

ドサッッ。と、言い切る前に彼女は力尽きたのか、仰向けに気持ち良く倒れ込む。

 

あれ、上手く言えなかったかも。

言いたかった内容と、実際に発した内容の意味合いが微妙に食い違っている事実に気付き、訂正しようと思った時には既に彼女の意識は限界を超えており。

 

清々しい表情で、深く深く彼女は休息を取り始めていた。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「うわーーーーーん! 先生が担いでたミドリから返事がありません! ただのしかばねのようですーーーー!!」

「死ンでねェよ。気絶してるだけだ」

「チビメイド様もしかばねになってしまいました! アリス勇者なのに蘇生魔法を使えませんーーー!!」

「いや美甘も死ンでねェだろォが……」

 

到着早々、地面に寝かせたミドリを抱えてわんわんと泣くアリスに適宜ツッコミを入れつつ、彼は杖で己の身体を支えてネルとアリスがぶっ潰したであろう人の形をした瓦礫に目を向ける。

 

どう見ても人工物では無かった。

石に命を宿したかのような姿は、間違いなくミレニアムの技術がもたらした物では無い。

 

明らかに一方通行側の学園都市の技術が、否、超能力が用いられている。

あるいは。

 

(俺が理解してねェもう一つの『力』の方か……?)

 

この世界には超能力の他にもう一つ、理解の範疇の外にありながらも、一定の法則に則って行使される力がある。

 

空に浮かんだ巨大な島。

中空に描かれた陣のような紋様。

反射が中途半端にしか機能しない攻撃。

 

どれもこれも超能力の一言では説明の付かない物ばかり。

超能力と対を為すような力が、ロシアで展開されていたのを一方通行は思い出す。

ソレと同じ力がゴーレムに使われているのではないかと一方通行は勘繰るも、正解はだれにも分からない。

 

答えを知る者が、この場には誰も存在していないからである。

知識を知る者もいなければ調べられる施設も無い。

結局、このゴーレムに関しての話はここで手詰まりにするしかなかった。

 

ただ一つだけ分かるのが、その異質な力がキヴォトスにも存在しているということ。

そして、それがユウカ達に向けられたということ。

 

一方通行ではなく、ユウカ達に。

 

「クソッタレ……!」

 

小さく、聞こえない声で一方通行は自虐的に感情を紡ぐ。

今回のミレニアム騒動において必要以上の被害を叩き出した自身への憤慨を彼は口にした。

 

ユウカ。

ミドリ。

ネル。

 

身近な所にいる少女達に視点を絞っても三人も重傷者が出ている。

それも死んで無いのがおかしいぐらいの重傷。

 

特にユウカとミドリの二人は輪をかけて酷い。

何をどうすればここまで血だらけになってしまうのか。

生きているのが本当に不思議なぐらいの怪我に二人は見舞われている。

 

不甲斐なさに擦り切れる勢いで一方通行は奥歯を噛み締める。

仕方なかったの一言では、到底済まされる物ではない。

 

今にして思えば、黒服との会話は単純に時間稼ぎをされていたかのように一方通行は思い至る。

もっと言ってしまうと、彼がこの騒動に介入するのを防いでいたかのようだった。

 

では黒服は出鱈目な発言をつらつらと並べていたのかと言われるとそうではない。

少なくとも、一方通行は違うと答えられる。

ああいう闇に身を堕としている手合いと彼は何度も言葉を交わしている。

その経験が、黒服の発言に嘘偽りがないことを告げている。

 

真実を口にすることによって黒服は時間を稼いだのだ。

それも、敢えて一方通行が耳を傾けてしまうような話題を選び、時間を稼ぐ作戦の確実性を可能な限り高めた上で達成させた。

 

そうまでしてユウカ達を追い詰めたかった。

少なくともユウカ、ミドリの両名を手中に収めたかった。

 

それがキヴォトスの維持に何故繋がるのか、現段階では掴めない。

しかし少なくとも、一方通行の中でこれだけは確実に言えた。

今回の事件を総評的に見た場合、どう見ても自分は敗北している。

 

相手の手腕の高さと作戦にまんまと嵌められ、本来ならばする必要の無い重傷を三人が被った。

大きな後悔に駆られる一方通行だったが、それでも彼は出来る限りを尽くした。

結果、本来なら訪れたであろう最悪をギリギリの所で回避した

 

ミドリ、ユウカの命をすんでの所で救っている。

二人を手中に収めたい、もしくは息の根を止めたい黒服の思惑をキッチリと妨害している。

 

ミドリは高所からの落下死。

ユウカは鉄骨による生き埋め。

一方通行はこの二つの大惨事が結果を出す前に介入し、防ぎ切った。

 

しっかりと、最後の最後で守った。

とはいえ、だから良かったの一言で事態を終わらせられる程、彼は楽観視できる性格では無い。

 

傷を負わせたことそのものが、彼の中で燻ぶり続ける。

彼はもう、この二人の、否、ネルを含めた三人の怪我を忘れられない。

一生向き合い続けなければならない負い目として、背負う。

 

たとえそれが、ユウカやミドリが望んでいなかったとしても。

 

「せ、先生……」

 

苦虫を噛み潰したような表情を延々と浮かべる一方通行の横で、ユウカが彼に声を掛ける。

目線を向けると、先程までミドリの隣にいた筈の彼女は現在。とてもとても不安そうな顔で彼女は一方通行の頭上と、背後から伸びる一対の翼を見つめていた。

 

「その真っ白な翼……その、ヘイローは……」

 

到底信じ難い物を見たかのようにユウカは声を震わせる。

彼女の視線の動きから、その目に恐怖が宿っていることを一方通行は悟った。

 

でも彼女の疑問に対して明確な回答を彼は持たない。

この翼に関する一切を、彼は朧気にしか把握していない。

 

彼が分かっているのはこの力の使い方だけ。

その使い方に関しても、本当に正しい使い方なのかは不明。

そしてそれを語った所で、彼女の疑問を解決する切っ掛けにはならないだろう。

 

つまり、彼はユウカが聞きたいであろう内容に関して、語れる物は何一つない。

 

「さァな……。俺もこの力の詳細は知らねェ」

「……。これも、先生が過去に言ってくれた『特別』って奴ですか?」

「……そォだな。その解釈で済ませとけ。何せ聞かれてもまともに答えられねェンだからな」

 

過去、一方通行はユウカの前で能力を使用して見せた。

結果は散々。命の危機が無いギリギリまで身体の機能を落とし、その浮いた分を全て演算に回すと言う戦闘中では絶対に不可能なを手間をかけた上で、やっと出来たのが一定の量で流れて来る水の反射だった。

 

その時、彼はユウカに詳細を説明せず、ただ特別な力を持っているとだけ話した。

なのでこの翼もその特別な一つなのかと言う彼女の問いかけを、彼は否定しない。

 

「そうです、か」

 

一方通行が語る内容にユウカは納得しきれていない歯切れの悪い返事を声に乗せた後、静かに目を伏せる。

重い沈黙が、周囲に満ちる。

 

視界に、下唇を噛んで押し黙るユウカの姿が映る。

しかして彼女が何を考えているかなど、一方通行には知りようも無い。

何か言いたいことがあるのを必死に押し殺している雰囲気を出しているユウカをただ黙って見ていることしか彼には出来ないのだ。

 

少しばかり、居心地の悪い沈黙だった。

そしてそんな時に限って、一方通行はとある物事を思い出してしまう。

一区切りが付いた段階で思い出してしまったのだ。ユウカと一対一で話しておきたい事柄があったのを。

 

要望を通す為に面と向かい合って話す。

そうするべきだと言われたのを、彼は思い出した。

 

「……ユウカ」

 

それは言ってしまえば苦し紛れの一言だったかもしれない。

この苦しい空気を一変したかったという邪な動機だったかもしれない。

 

けど、ユウカと呼んだ彼の一言は。

一段と落ち着いた声で発された呼び声は。

 

「は、はいっっ! ど、どうしましたっっ!?」

 

慌てて彼の方へ振り返り、何故か挙動が怪しくなるというオマケ付きのリアクションをユウカが取ると言う、言ってしまえば良い方向に転がる。

 

ひょっとすれば、ユウカ自身場の空気が変わることを期待していたのかもしれない。

そんな推測を立てる一方通行は、改めて彼女に話を持ち掛けようと口を開く。

 

「少し、相談してェことが──」

 

ある。

そう言い切ることが、彼は出来なかった。

言葉を紡げたのはここまでだった。

 

ユウカに相談を持ち掛けた瞬間、

周囲の大地を縦に揺らす程の地響きが、発生する。

まるで全てを、遮るように。

 

「ッッ!?」

 

ユウカ、アリス、一方通行ら意識がある組三人が、同時に音の発生源である背後へと振り向き、ネルとアリスが撃破したと思わしき、人の形をした瓦礫の集合体が立ち上がっているのを三人は目撃した。

 

この石人形が二人に倒され、仰向けに転がされている状態しか一方通行は見ていなかったが、胴体に大穴があけられていたのを確かに彼は目視で確認した。

その大穴が、どういう訳か塞がっている。

 

ミレニアムの事象では説明できない何かを二人が撃破した証が、再生と言う形で消え失せている。

 

「そ、そんな…………いえ! でもここで諦める訳にはいきません!!」

 

意識が残っている三人の中で、真っ先にアリスが訪れた絶望感から口を開く。

それでも必死に勇気を振り絞ったアリスは慌ててミドリから手を放し、地面に置いていたレールガンを構えて充電させ始めるが、いかんせん彼女の武器は立ち上がりが遅い。

 

充電が完了し満足に撃てるようになるのは少なくとも、五秒後、十秒後の話ではないのは確実。

その時間、この石くれが待っているとはとても思えない。

 

アリスもそれが分かっているからこそ、威勢の良さとは裏腹にその表情を絶望に染めていた。

 

「せ、先生!! ここから逃げて下さ──」

 

次いでユウカが顔を青くして彼に逃亡を促す。

とは言え武器を持っていない彼女が戦う意思を見せた所で何が出来る訳でもない。

それでもユウカは使命感のみで、もしくは自滅覚悟で彼女は一方通行の前に躍り出ようとする。

 

しかし。

しかし一方通行は。

 

「ユウカ。アリス。少し下がれ」

 

その目に静かな怒りを燃やしていた。

二人にそんな行動をさせたこと自体に、自身の血液を激昂によって滾らせた。

 

カツ……と、杖をわざとらしく鳴らして面倒そうに嘆息し、脚を震わせているユウカを押し退け、制止をう振り切って無理やり先頭に立った後、そう二人に声を掛け、ゆっくりと目線を上へ向けた。

 

デカさだけは立派な石の塊を彼は心底鬱陶しそうに見上げ、一つ、深く息を吐く。

 

ネルとアリスにぶっ倒されたのだから大人しくそのまま潰されていれば良い物を。

起き上がって来なければ良かった物をと切り捨てる。

 

杖を持つ右手に、自然と力が入る。

そんな風に粋がって彼女達に必要の無い威圧感を与える様子に、感覚が研ぎ澄まされていく。

 

「先生!? 私達の後ろに──」

「悪ィが、ウチの生徒はもォ疲れてンだ」

 

抑制していた爆発したかのように、ユウカからの静止の声を遮るように彼は声を重ねた。

そして。

 

「これ以上追い詰めるよォな真似してンじゃねェ」

 

底冷えするかのような声を一つ、響かせる。

後ろにいるユウカとアリスが、思わず怯んでしまうぐらいの恐ろしさを秘めて。

 

彼の背中に生えた真っ白な翼が、バサリと蠢く。

本気で戦闘を始める合図だった。

キヴォトスでは敵対している相手が基本的に生徒である以上、一方通行は戦闘においてこの力を使わない。

 

あまりに破壊的過ぎるが故に、最早()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

とは言え何事も例外と言う物は存在する。

今回はその例外に当てはまる事例だった。

 

相手が生徒では無く、かつ無機物であるならば、話は別。

存分に、彼はその力を振るう。

故にこの戦闘が決着するまでの間、音は一切発生しなかった。

 

音も無く、

瞬きする時間も無く、

その事象は突然に起こる。

 

 

 

 

 

突然、ゴーレムの全身が頭部を中心として真っ二つに引き裂かれた。

 

 

 

 

 

「「ッッッッ!?!?!?!?!?」」

 

音も無く瞬時に切り裂かれた石人形を見たユウカとアリスから、驚きに満ちた表情が零れる。

何が起きたのか、彼女達は一切認識出来なかった。

気付いた時には、ビル並みの巨大さを誇るゴーレムが綺麗に縦に割けていた。

 

「消滅と焼却。どっちがお好みだ?」

 

ズッッッ!!! と、両翼を真っ二つに割いた部分に差し込みながら一方通行は質問する。

答えは返ってこない。

言語機能を持たない石に言葉を投げつけても、返事が返って来る訳も無い。

 

それでもそんな言葉を投げかけたのは、単に一方通行のスイッチが切り替わっていることを敵に教えているだけに過ぎない。

 

故に、どちらの行動を取るべきかどうかの迷いなど、初めから彼の頭には無い。

取るべき行動は、もう最初から決まっていた。

 

「まァ、手っ取り早いのはこっちか」

 

グバッッッッ!!!!! と、真っ二つにした瓦礫の塊に差し込んだ翼を一気に左右に広げる。

一方通行が行ったのはたったそれだけ。

そのたったそれだけで、図体だけは立派だった瓦礫の塊が一方通行の翼に触れた場所から塵も残さず消え去る。

 

翼を伸ばし、左右に展開すると言う二つの工程のみで、ミレニアムの街に甚大な被害を叩き出した存在を一方通行は文字通り瞬殺する。

 

戦闘時間にして、僅か四秒の出来事だった

 

「で? 今の俺はかなり気が立ってるのは見て分かった通りだ。大人しく俺の前に姿を現した方が身の為だと思うがなァ」

 

威圧感を隠しもせず、彼は虚空に向かって言葉を投げる。

その最中、彼は翼の一部を分離させた。

 

バラッッ……と、翼から切り離された全長五メートルにも及ぶ羽が十本。不自然な挙動で空を舞う。

羽は一方通行達から二十メートル程離れた所までひとりでに動き、ある地点を中心とするかのように円形状に配置され、動きを停止する。

 

「それとも、一匹とはここでお別れした方がお話がしやすいかァ?」

 

ゴッッッッッ!! と、不自然に浮かんでいた十本の羽から真っ白な光がそれぞれ真下へと撃ち下ろされたのは彼が警告を放ったすぐ後のことだった。

 

光は地面を易々と貫通し、直撃した部分を悉く消し去っていく。

ある特定の部分だけを狙わず、しかしそれ以外の部分は容赦なく攻撃するかのように。

潜伏していると思わしき場所を特定し、かつ直撃だけは避けるように。

 

常識を大幅に超えた超大規模な威嚇射撃を、彼は繰り出す。

 

ユウカとアリスは、その信じ難い光景を絶句して見届けることしか出来なかった。

圧倒的と評しようにも、一方通行が操る力の底が見えない。

 

見えないから、言い表せない。

そして言い表せないからこそ、こう表現するしかないのだ。

 

 

『最強』と。

 

 

「さァて。残した部分に光を落とせばスプラッタ映像の完成だが。まだ折れる気はねェか?」

 

羽から放っていた照射を終え、地面を円形状に綺麗にくり抜き終えた中、一方通行はまたも虚空に向かって問いかける。

 

黒服が近くにいるのはひしひしと感じる気配から分かっている。

なので一方通行は、強情を貫き姿を現さないなら地面の中で様子を窺っていたであろうもう一人の人生を奪うと、説得力のある脅しを掛けた。

 

彼は極力人殺しをしない制約を己に課した。

ただしそれは何処まで行っても『極力』でしか無い。

 

必要ならば、容赦なく手に掛ける。

そうしなければならないなら、迷わず彼は実行する。

 

その決意が意味する部分を、一方通行は言語を用いて形にする。

そんな彼の脅迫行為は無事に相手に届いたらしく。

 

「……降参です先生。これ以上はお互いに傷が残るだけです」

 

観念したかのように先程一方通行が下した相手である、黒い服に身を纏った男が瓦礫を支えにし、先の戦闘時に負傷した両足を引き摺りって彼の前に姿を見せた。

 

同時。ボコリと地面がせり上がり、掘削用のドリルを先端にくっ付けた人一人が搭乗出来るか出来ないか程度の大きさしかない小型の掘削機が、一方通行が攻撃しなかった場所から顔を出した。

 

地上に舞い戻った削岩機から、ガコンと小気味良さを覚える音が響いたかと思うと、出入り口と思わしき上部のハッチが開く。

顔が無く、後ろ向きの男の写真を持つ杖を突いた男が姿を現したのは、その数秒後のことだった。

 

「ンだと……!?」

「…………っ」

「せ、先生!! この人、顔がありませんッッッ!!!!!!!!!!!」

 

あり得ない物を見て、正気を取り戻したアリスから絶叫が迸る。

一方のユウカは特に驚いている様子は見られなかった。

その表情から、ユウカは既にこの人外と一度遭遇しているのだと彼は推測する。

 

そう。人外

それ以外に称する区別は無い生物だった。

人の形をしているからこそ、余計に彼の中で警戒度が高まる。

 

「初めまして先生。このような背を向けた状態での挨拶となるご無礼、どうかお許しくださいませ。わたくしにはこれ以外の方法がありませんもので……」

「まあそういうこった!!」

 

ピクッ。と、一方通行の眉が動く。

声は二つ聞こえた。加えて長く喋りかけて来た方の口ぶりには違和感がある。

人外からの謝罪を素直に受け取った場合、これを発したのは『写真』の方ということになる。

 

この仮定が正しい場合、写真を持つ顔が無い男からは、相槌が打たれている。発声器官を持っていないにもかかわらず。

 

「本質を量っているのですか?」

 

思考の海に潜った最中、再び写真の男から断定するかのような響きが放たれた。

 

「自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す。一個人を『個』として観測した場合、ここまで強く結びつきがある『記号』はそうそうあるものじゃありません」

 

続けざま、男は自身の中で芯としているであろう理念を語り始める。

一方通行としては、理解出来る話と理解出来ない話が混在している内容だった。

 

翼を、見せびらかす様に轟かす。

理念を語っているだけなら好きにしろ。

ただそれ以上の何かを始めるならこちらも相応の手段に出る。

 

その気持ちを一ミリたりとも隠さない脅しをこれ以上なく見せつける。

 

「御託はそンだけかァ? 御大層にペラペラと下らねェことを知った風に喋ってるンじゃねェよ」

「先生が思ってる程は知り得ていません。わたくしはただ結びつきを慮っているだけです。ですが今は、そのような問答を取る時間ではないようです。これ以上の発言は控えましょう」

 

しかし、一方通行の判断はあっさりと覆される運びとなった。

写真の男が会話を切り上げて数歩下がり、これ以上は干渉しないと口にする。

 

「あぁそうでした。わたくしの名前は『ゴルコンダ』そしてわたくしの身体を代行してくれている

『デカルコマニー』です。以後、お見知りおきを」

 

最後に一つ自己紹介と言う爆弾を落としたゴルコンダは黒服の後ろに下がる。

ゴルコンダが最後に語った内容も一方通行の気になる所ではあったが、今は気にするべきでは無いかと思考を切り替える。

 

さて。と、黒服が話を切り出したのは一方通行が思考を切り替えたのとほぼ同時だった。

 

「我々の完敗です。先に取り付けた約束通り、あなた方と敵対しないことを誓いましょう」

「ハッ! どォだかな」

 

黒服が述べた言葉に一方通行はせせら笑う。

一方で、男の言葉が嘘ではないことも見抜いた。

 

結論から言ってしまえば、ゲマトリアは一方通行に勝てない。

少なくとも、黒服は白い翼を現出させた一方通行に勝つ手段は無い。

加えて、先の石人形がゴルコンダの仕業だと仮定するならば、あの男も彼に勝てるだけの力は無い。

 

故にその発言は判断材料足りえる。

 

一方通行と敵対すれば、その瞬間に向こうの全滅が確定する。

それは避けられようの無い事実だからだ。

なので一方通行は僅かばかり言葉を聞く姿勢に入る。

 

敵対の意思を完全に消すつもりは無いが、ゲマトリアに対して最低限の譲歩をしようと意識を改める。

対する黒服も、向けられている敵意が若干和らいだのを気配で感じ取ったのか。畳みかけるように情報を彼に流す。

 

「敵対意思の無い証明として本来ならば秘匿すべき情報をいくつか先生にお伝えしましょう。まず一つ。我々が先生と敵対しない立場となったこの瞬間を皮切りに一名。ゲマトリアから離反した者がいます」

 

語られ始めた内容は、ゲマトリア内で意見の相違による裏切り者が出たという情報。

間違いなく、一方通行にとって益となる情報だった。

 

少なくとも、無視して良い類の話ではない。

この情報の意味する所は即ち、自分に牙を剥く存在が少なくとも一名このキヴォトスに存在すると言うこと。明確な『敵』の存在が露呈されたことに他ならないのだから。

 

「名をベアトリーチェ。我々と違い先生の殺害を第一目標に動いている者です。しばらくは表立って行動したりはしないでしょうが、いずれ先生の前に現れるだろうと言うのは頭に入れておいた方がよろしいかと」

「そいつの特徴は?」

「赤い肌に黒の長髪が特徴的な白のドレスを常に身に纏っている女性です」

 

随分と分かりやすい特徴だった。

どうやらゲマトリアと言う存在は見た目で誰なのか一発で分かる集団で構成されているらしい。

 

あるいは、そうなるように見た目が変化したか。

いずれにせよ、名前と特徴は一方通行の脳にキッチリと記憶される。

 

「次に早瀬ユウカと才羽ミドリ。現時点ではこの二名だけですが、彼女達は『資格』を得てしまったことにより、何が何でも死守しなくてはならない対象に入りました」

「……ァ? どォいうことだ」

 

急に話の流れが不穏な方向に変わり始めたのを感じ、一方通行は怪訝な表情を浮かべた。

突然話題の中心に巻き込まれたユウカもそれは同様だったのか、スッと彼の近くに歩み寄る。

声を出さないのは先の発言にショックを受けたか、もしくはただ単に口を挟む余裕が無かったか。

 

黒服は一方通行の反応もユウカの反応も予想していたらしく、特に動じた様子も無く言葉を続ける。

 

「これから先、二人はベアトリーチェ及び彼女が主導する一員に狙われることになるでしょう。くれぐれも目を離さないことをオススメします」

 

出された忠告はチグハグだった。

何故そうなったのかを語らない癖に、警戒しなければならない相手だけは鮮明に教えている。

 

もしくは、そうなった理由は直接ユウカやミドリから聞けということなのだろうか。

陶しい。率直な評価を一方通行は下す。

だとするならば黙って置く理由は何なのだ一方通行が口を開こうとした直前。

 

「ですが」

 

彼の思考を潰すかのように、黒服は言葉を紡ぎ始めた。

 

「ですが幸いなことに現在のミレニアムは我々の手によって全てのインフラが落とされています。しばらくは彼女達が資格者となった情報が漏洩することは無いでしょう」

 

語られたのは先の話の続き。

今の所二人は問題ないという連絡。

しかし、それは何処までも一方通行の中で疑問を湧き上がらせる。

 

わざわざ危機感を煽り、その上で今言った発言は全て一旦忘れても良いと言う彼の言葉に、ますます彼の中

が疑心で埋め尽くされる。

 

加えて先程、まるで自分達がそうしたお陰で時間が出来たと言わんばかりの言い種にも気掛かりが生まれる。

 

一体何が目的なのか。

発言内容は何を目指しているのか。

 

「そこで、この稼げた時間を用いて先生にやって欲しい仕事があります」

 

その答えは、黒服からの仕事の依頼と言う形で終した。

 

「先生はアビドス高校なる物を、ご存知ですか?」

 

黒服の質問に一方通行は声を出さず、僅かに首を動かして続きを促す。

 

アビドス。

キヴォトスにやって来た翌日、一方通行がキヴォトスの地理を調べる際に見つけた名前だった。

記憶が正しければ、大規模な砂嵐によって人口の流出に歯止めが掛からない地区だ。

 

「先日、アビドスにて私が完遂させた仕事があります。キヴォトスの維持に必要不可欠な仕事でしたが、その仕事をキヴォトスを崩壊させたい存在に利用されました」

 

きな臭い話が展開される。

 

黒服が完遂させた仕事も恐らくは自身の理念と相いれない仕事なのだろうなと当たりをつけるも口には出さず、一方通行は語られる続きを黙して待つ。

 

完遂させた仕事を誰にどう利用されたのか聞いても、恐らくはぐらかされるのだろう。

ここまでのやり取りを経た上で、ゲマトリアは自分自身に対し最も開示しなければならない情報だけピンポイントで秘匿しているであろうことに一方通行は確信を抱く。

 

実に面倒な状況だった。

 

力づくで聞き出す手段もあるのだろうが、その場合ゲマトリアと再度敵対する可能性が浮上し、結果ユウカとミドリに対する負担が大きくなる。

 

一方通行はいつでもどこでもピンチに駆けつけるようなヒーローの性質を持ち合わせている訳ではない。

彼女達の危機に対して出来ることは限られている。

 

以上のことから、力任せに動くべきではないと彼は決める。

たとえそれが、自身にとって悪手だとしても。

 

「その結果、遠くない内に用済みとして処分される運命を背負った少女が一人生まれました。その少女を先生に救って頂きたい。もっとも、こちらから要請を出さなくともこの話を聞いた時点で先生ならば救いに出掛けるのでしょうが」

 

分かった風に男は口を利く。

ただ、的を得ているが故に一方通行は口出ししない。

 

代わりに彼はチッッと、大きく舌打ちするだけに留めた。

 

「少女の名は小鳥遊ホシノ。期限としては七日程でしょうか。ミレニアムの後始末も考えた場合、アビドスに赴いて行動出来る時間は多くて四日でしょう」

「テメェ等が派手に暴れなければ七日丸々使えただろォが」

「我々がここにいなければ先生が気付いた頃にはもう手遅れだったと思いますが?」

 

どの口が言いやがると、心の内側で一方通行は毒づく。

面の皮が厚いにも限度がある。

クソッタレがと敢えて聞こえるように罵倒するも、動じる気配は一切ない。

 

一方で、黒服の指摘はある種の正しさも含まれているのを認めざるを得ないのも事実だった。

 

シャーレで先生として働く一方通行の業務は基本的に書類仕事である。

その為、書類として救助要請を依頼されれば確実に目を通すが、されなければ異常が起きていることに気付く筈もなければ現地に赴ける筈も無い。

 

黒服から話を通されなかった場合、小鳥遊ホシノと言う少女は一方通行にその存在を察知されることは無かった。

 

その点に限っては、黒服はいい仕事をしたと言えるだろう。

実に癪な判定基準ではあったが。

 

四日しかないのではなく、四日もあると考えるのが妥当なのだろう。

 

「先生に今必要な情報は全て流し終えました。我々はここで退散します」

 

話すべき物は全て明け渡した。

一方通行に話すべき物はもう何も無いと暗にそう告げ、黒服はゴルコンダを連れミレニアムから立ち去ろうと踵を返し始める。

 

能力を使って移動しないのはゴルコンダがいるからか、それとも両足の怪我によって演算が出来ていないのか。どちらにせよ一方通行にとっては関係のない話だった。

 

引き留める理由も、聞くべき内容も尽きていないが、引き止めたところでどうせ喋るつもりは無いのだろうと半ば諦めの気持ちで一方通行は舌打ちする。

 

「せ、先生!! い、良いんですか!? というかミレニアム側の私視点で言うと捕まえて監禁尋問したいんですけど!!」

「ミレニアムの技術で可能ならなァ。条件付きではあるが瞬間移動出来る奴を一か所に留める施設は流石にミレニアムでも無ェだろ」

 

黒服の撤退を咎めない姿勢を見せる一方通行に対し、このまま行かせて良いんですかとユウカから考え直して下さいと説得が入るが、逆に彼がユウカに説得を始める。

 

ミレニアムにとって超能力は未知の力だ。

逃がさない様にどれだけ警備を頑丈にしたとて、通用するかしないかはその力次第。

最悪なことに黒服相手では通用しないのが現実だった。

 

もう一方、ゴルコンダの方ならば捕獲することが可能かもしれないが、ミレニアムの街を半壊させる力を持つ彼も、同様に監禁し続けられるかと言われれば難しい。

 

手に負えないならば放って置くのが賢明だと一方通行はユウカに説明する。

幸い、敵対しないと公言している。

 

裏切りの意思が無い限りは今後無意味にミレニアムに手を出してくることはないだろう。

あったとしても、彼らの死を無意味に近づけるだけ。

 

その時は、容赦なく一方通行が相手をするだけなのだから。

納得出来ますけど納得出来ませんと強く縋るユウカに、ここは折れとけと一方通行は説得する。

 

「先生。最後に一つ、心からの忠告を授けましょう」

 

そんな二人のやり取りを背中で聞いていた黒服が歩みを止め、振り返ることなく一方通行に言葉を掛けた。

 

「彼女達を大事にすることです。きっとそれが、先生にとって救いになる」

 

意図が組み切れない言葉を最後に、黒服はゴルコンダと共にミレニアムを去り始める。

後に残ったのは暗い闇と静寂のみ。

 

ユウカとアリスと、意識を失っているミドリとネルのみだった。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「ところでだ。オマエとミドリは何でそンなにボロボロなンだ。明らかに戦闘で受けた血の流し方じゃねェだろ」

 

再び静寂を取り戻したミレニアム。

穏やかな時間を取り戻したミレニアム内において現出させ続ける必要が無くなった翼を背中から消し去りながら一方通行はミドリやユウカを救い出した時から疑問に思っていた物を、適当な高さの瓦礫に座っているユウカに向かって切り出した。

 

ネルは間違いなく戦闘の際に負った傷だ。

だがユウカとミドリの両名はそれだけでは説明が付かない傷を負っている。

 

経験上、あり得ない怪我の仕方だった。

少なくとも、銃撃戦のカテゴリーでは絶対に発生しないダメージだった。

 

何があったのかと、純粋に心配する気持ちで聞き出す。

 

が。

 

「この怪我は私にも……正直なことを言うと分からないんです……」

「分からねェってことはねェだろ。結局は敵から受けた傷だろォが」

「…………。少し考えを纏めさせてからで良いですか? 多分、ミドリも同じ回答をすると思いますから」

 

何故かユウカは答えを一方通行に提示するのを渋った。

それも、割と強固な意志を持って。

 

一体どういう訳なのか余計気掛かりになったが、彼女が醸し出している雰囲気から答えてくれないだろうことを薄々察した一方通行は仕方ないとばかりに話題を変える。

 

「気になるのはまだある。オマエを助けに行った時、チラっとだが人の影が見えた。暗くて俺からは見えなかったが……。誰と戦ってやがったンだ?」

「……実は私も分からないんです。私を攫うと言って一方的に攻撃されただけで……ただ少なくとも、ミレニアムの生徒でもなければ、知ってる生徒でもありませんでした」

 

語られた内容は、一方通行が求めていた答えでありながらその実当たり障りの無い物だった。

とは言え当然か。と一方通行は別にユウカが隠し事をしている訳では無いことを確信する。

 

敵がわざわざ所属組織や名前を名乗る展開が普通起こる筈が無い。

ユウカが何も知らないのはある種当然と言えた。

とはいえ、何も得られなかった訳ではない。

限られた情報から嗅ぎ取れた部分は少なからず存在する。

 

ユウカの口ぶりから恐らくはどこかの学校に所属している学生であるということ、そうでなくとも少なくともユウカと年齢が近い少女であるということ。

これらは覚えておいて良い情報だろう。

 

「そう言えばですけど先生。さっき先生は私に何を言おうとしてたんですか?」

 

話に一区切りが付いた節目を待っていたのか、それとも単に思い出したのが今だったのか。ユウカは自分に何か話したいことがあったのではないかと一方通行に問いかけた。

その彼女の質問に、そう言えば先程振ろうとしていた話が中断されていたことを彼は思い出す。

面倒なことが立て続けに起きて頭から抜けてしまっていた。

 

「そォいやそォだったな。ユウカ。一つ聞いて欲しい頼みがある」

「は、はい! な、何でしょうか……!」

 

あらたまった一方通行の声に対してユウカはどこか緊張した面持ちで返事をする。

何を言われるのだろうかと期待半分不安半分と言った表情だった。

心なしか、背筋を少しばかり伸ばしているような気もする。

 

言ってしまえば何ともまあユウカらしい反応だった。

 

クク。と。

 

一方通行はそんな彼女の実直にも程がある姿を見て、思わず小さく笑う。

 

「な、何で笑うんですか!!」

 

一方通行の反応が不服だったのか、ほんの少しだけムッとした表情をユウカは浮かべた。

笑う要素など一つも無い筈だと、頬を膨らませて抗議するのがまた彼女らしくて、再び小さく笑う。

 

その様子からは、今朝がた垣間見た調子の悪そうなユウカの面影は感じられない。

どうやら、彼女が心の中で燻ぶらせていた一件は踏ん切りがついたようだった。

 

ユウカの反応から一方通行はそう推察し、特に切り出す必要性が無いことを感じ取る。

なので彼はその一件には一切触れずに、そンな気負う話をする訳じゃねェから気楽にしとけと前置きし、要望を切り出す。

 

「過去にセミナーがヴェリタスから押収した品物、『鏡』と呼ばれてる物が急遽必要になった。一緒に付随されてる者ともども、保管室から返して貰って良いか?」

 

瞬間、ユウカの表情がキョトンとした物に変化したのを見逃さなかった。

 

そう、この話は簡単なお話だった。

単純なお話でしかなかった。

様々な思惑が錯綜したことで本質がさ迷っていたが、本来やるべきことはたったこれだけ。

 

ゲーム開発部の件についてユウカと直接交渉する。

何処まで行っても、その為の話に他ならない。

 

終わってみれば、随分と長い遠回りだったなと一方通行は内心評する。

それは彼女も同様だったらしい。

 

一方通行と全く同じタイミングで、ユウカもその思考に辿り着いた。

 

だから。

 

「……ふふ」

 

だから、今度はユウカが笑う番だった。

口もとに手を当て、クスクスと一しきり笑った後。

 

「全く! 先生からお願いされたらいいえなんて言えないじゃないですか! 全く! 本当に全くですよ!」

 

ずるいんですよ先生はいつもいつも! と、表情を笑顔に崩しては一方通行に対して一応は文句に形容される物を彼女は言い放った。

 

安心したかのような、肩の荷が下りたかのような雰囲気を漂わせている以上、本当にそれはただの形だけに過ぎない物でしかなかったが。

 

「分かりました。ええ分かりました。本当は独断じゃダメですけど、先生になら仕方ないです。でも許すのは今日だけですからね! 本当は先生でもダメなんですからね!!」

 

一方通行が出した要望を渋々受け入れたかのような言葉選びで、けども嬉しさがそこかしこから溢れているかのような声色と顔つきを隠すこともせずユウカから了承の旨が返って来る。

 

先生だから許すんですよと念押され、こういうのはちゃんとした手続きを踏んでからですねと小言を並べられているが、そこに嫌悪の感情は一切無い。

 

なので、一方通行は黙って彼女の言い訳じみた建前を黙って聞き続けた。

 

「その代わり、私からもお願い、一つだけ良いですか?」

 

かと思うと、今度は少しだけ真剣に、否、僅かに頬を染めたユウカから逆に要望が飛んで来る。

少しばかり様子が変わった空気を察知した一方通行だったが、彼女からのお願いを特に断る理由は無い。

 

なので彼はおォとだけ呟いて続きを促し、それを聞き届けた彼女の口がゆっくりと開かれる。

 

「肩。貸してください」

 

ちょっと、疲れちゃったので。

そう語るユウカに一方通行はあァと、途轍もない納得感に襲われた。

 

彼女は休まなければならない。

その際、より休息の価値を高める枕的な物は確かに必要だろう。

 

頬を赤らめて言う理由までは掴めなかったが、一種の照れ隠しなのだろうと一方通行は推測する。

 

「クカカ。仕方ねェなァ」

 

なので彼はユウカの思惑を汲み取り、茶化す様にもう一度笑った後、ユウカが腰かけている瓦礫の隣に座る。

 

後はユウカが一方通行の肩に頭を預けるだけ。

だった筈、なのだが。

 

「…………」

 

何故かここで二人の時間が止まった。

どういう訳か隣に座った筈なのにユウカが動こうとしない。

不審に思って一方通行が彼女の方に目線を動かすと、頬を真っ赤にしてこちらを見つめているユウカが映る。

 

自分から言っておいて最後の最後で躊躇うのかよと一方通行は心の中でツッコミを入れつつ、彼女に決意をさせるかのようにユウカ。と、強調して彼女の名前を呼んだ。

 

刹那。彼女の肩が跳ねる。

心なしか顔が余計赤くなっているかのようにも思えた。

 

とは言えいつまでもその反応をしていては一向に話が進まない。

なので一方通行は、少々強引な手段に出ることにした。

 

隣に座っているユウカの肩を、一方通行は強引に掴む。

予想外な出来事に彼女の瞳が驚きを示しているかの如く強く見開かれるが、構わず一方通行は彼女の身体を強引に引き寄せ、横に倒す。

 

丁度彼の膝の位置に、ユウカの頭がやってくるように。

 

「は!? わ、っ!? はひ!?!?」

 

有無を言わせぬ強引なやり口はユウカに動揺を走らせるには十分だったのか、あたふたと両手を忙しなく上下させ、戸惑いの視線が彼に向かって投げられた。

 

だがしかし、そうした抗議的な動きをしている癖に、ユウカは一方通行の膝から動く気はなさそうだった。

 

頑張れば容易に起き上がれるだろうに何故かそうしないユウカの姿を目撃し続ける一方通行は、緩やかに口角を吊り上げる。

 

「学園都市最強の膝が借りられるたァとンだ贅沢者だなァオイ」

 

その一言は、彼女を諦めの境地に至らせるには十分だった。

少なくとも、一方通行からはそう映った。

 

一方的なやり口に頬を真っ赤にして慌てていたユウカだったが、彼の発言を受けてピタリと両手の動きを停止した。

 

二秒程、ユウカは決断を迷っているかのようにその身を硬直させ続ける。

けれども最終的には先生がそう言うなら仕方ないですね。そうさせて頂きますよ等と、渋々彼の判断に従ったような言い回しを放ち、ふにゃっと蕩けそうな笑顔で大人しく膝の上に頭を乗せた。

 

けれそれも長く続かない。

ユウカが一方通行の膝の上で落ち着いた途端、彼女の瞼が急速に落ち始めたからだ。

 

無理もない話だった。

 

怪我の度合いから見ても、間違いなくユウカは限界を超えて動いていた。

今すぐに休まなければならないのを彼女は無視して意識を保ち続けていたが、もうその必要は無い。

 

一方通行にとっても、ユウカにとっても大切な話は終えた。

今日、彼女がするべき仕事は全て完了した。

 

心が落ち着けば、身体が休めと命令する。

当たり前の話だ。

 

「せんせ……私……強く、なります……」

 

どんどんか細くなっていく声で、ユウカは彼にのみ聞こえているかいないかの声量で決意を口にする。

そんな彼女に一方通行は何も言わない。

否、言えなかった。

なぜなら一方通行もまた、ユウカと似た思いを抱いたからだ。

 

今回の一件を経て、彼の中で意識が固まる。

 

「何があっても…………負けないように……。先生の…………負担に、なら……な、い……よ……」

 

言葉尻は、もう聞き取れない。

次第に安らかに眠りに就いていったユウカの穏やかな寝息が彼の耳に届けられる。

 

自身の膝の上で安らかに眠るユウカの頭に、一方通行はそっと手を置く。

直後。ポスッッと言う細やかな音と共に、背中から重みを覚えた。

 

「ァ?」

「ミドリも恐らくここが良い筈です! アリスは先生の背中をミドリに独占させます!」

 

背後から嬉しそうなアリスの声が迸る。

どうやら背中の重みは気絶しているミドリで、企てたのはアリスのようだった。

 

「怪我人を無理に動かンじゃねェよ……」

 

今後は二度としないようにと釘を刺しつつも、背中にいるミドリに負担が無いように彼は少しばかり背中を丸める。

 

ユウカ。

ミドリ。

 

二人の重みを直に感じながら、一方通行は思慮にふける。

 

算段を立てなければならない。

この何もかもが終わった世界を、ひっくり返すような何かを。

どこまでも終わりが蔓延っている世界から、彼女達を救い上げる手掛かりを見つけなければならない。

 

その為にもまずは、どんな形であれもう一度演算能力を取り戻さなければならない。

やらなければならない課題が山積みになる。

 

アビドスに赴く

キヴォトスにいる全生徒の未来を掴む。

黒服が述べた『敵』に備える。

 

様々な面倒事が一斉に彼に襲い掛かる。

全部含めて、彼は上等じゃねェかと切り捨てた。

 

ただそのギラつくような意気込みを見せたのはほんの僅か。

直後には、彼の瞳には再び優しさが灯る。

 

未来よりも今日を大切にすべき時と言うのは存在する。

今は、丁度その時だった。

 

視線を膝の上で寝かしているユウカと、背中を貸しているミドリ。一人仰向けで倒れているネルと順に移す。

 

良く、頑張ったなと思う。

良く、生き残ったと思う。

 

無事で良かったと、心の底から思う。

襲撃は終わった。

彼女達が全て撃退した。

 

戻って来た穏やかな時間を、一方通行は彼女達に享受させる。

取り戻そうとした日常を崩さない様に一人、彼女達を見守り続ける。

 

全てが終わった空はどこまでも静かで、そして果てしなく平穏だった。

 

戻って来る。

いつも通りの変わりない日常が。

彼女達が必死で守った、騒々しくも穏やかな日常が。

その証拠とでも言わんばかりに、この戦いに参加していたであろう多数の少女達が一方通行らのもとに集結し始める。

 

ある者は唯一健康的な少女目掛けて泣きつき、ある者は慌てて気絶してる怪我人を運び出し、ある者はユウカとミドリ、そして一方通行を指差して顔を真っ赤にし、ある者はひとまず全員が生存していることに安堵の息を零す。

 

早々に騒々しさを増していく状況の変貌ぶりに、一方通行の表情が自然と崩れる。

彼女達が守りたかったものはしっかりとここにあるのだなと、認識したかのように。

 

夜が終わる

明日が始まる。

 

長くて長かったミレニアムの夜が日の出と共に終わりを告げ、いつもの日常がやってくる。

朝日と言う、眩しい光を引っ提げて。

 

ミレニアムサイエンススクール防衛戦は、少女達の勝利と言う形で、ひっそりと幕を閉じていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












とあるコラボで得た知見。『御坂美琴』は演算能力に何らかのデバフが掛かっていても能力でモブ生徒相手に無双できる。

この作品のパワーバランスがコラボを基準に組まれることはないのですが、概ねこの作品の解釈と乖離していなかったのは大きな収穫だったかもしれません。

ヘイロー周りの設定は……見なかったことにしようね!!

ゲーム内での感想はこの辺にしましょう。
本編更新でのお話です。

10月にこの話を投稿したかったです!!!!
でも時間が掛かり過ぎました!! すみません!!!
エピローグは次回に持ち越しです! 無理です! 長すぎましたここまでが!

と言う訳で本編更新です。
ミレニアムの事件はこれにて終了。そして一方さんの本気が僅かに垣間見えた形ですね。

加えてアビドス編の概要が語られました。
はい、アビドス編。一言で纏めるとバッドエンドからスタートです。

これをやる為にパヴァーヌを前倒しにしました。
これをやる為にエデン条約編0章のような物を書きました。

どうなるんでしょうねこれ……いや本当にどうなるんでしょう。

さらにユウカ、ミドリ両名はエデン条約編においてキーパーソンとしての参戦チケットが配られました。拒否は認められません。強制参加です。


次回はエピローグです。とあるとしての側面で見るといつもの奴です。

出来れば月曜までに投稿したい!!


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一つの終わりと、新たな幕開け

 

一方通行が拠点としているシャーレのビル。

様々な施設が揃っているそのビルには、売店やオフィスは勿論のこと、ゲームセンターやトレーニングルームといった、普通ならば一緒くたには扱わない施設が当たり前の様に存在している。

 

そんな有り体に言ってしまえばごった煮状態なシャーレのビルには、これまた当然と言った顔で病室に値するフロアが存在する。

 

保健室ではなく病室。

 

当然普段から病人はいない。

だというのに設備だけは無駄に立派な病院フロアに、一方通行は足を踏み入れていた。

 

大した怪我もしていない一方通行が病院フロアに足を運ぶ理由は当然、お見舞いである。

本人としてはらしくないと思いつつも、左手に持つ籠にはしっかりと林檎やブドウと言ったありきたりなフルーツ盛り合わせが詰められている。

 

美味しく食べてねと果物一つ一つがキラキラと主張している様子がイヤでも目に入る中、彼はとある病室の前で立ち尽くしていた。

 

チラリと、時間稼ぎも兼ねて扉の横のプレートに目線を送る。

何度見ても『早瀬ユウカ』の文字列が並んでいた。

 

自分のせいで重傷を負った少女。

本来ならば怪我なんてしなかった少女。

 

部屋に踏み入ろうにも、足に力が宿らないのも仕方の無いことと言えば仕方の無いことかもしれない。

そんなに躊躇うのならばそもそもお見舞いに来なければ良いのに、その選択肢だけは最初から彼の中に存在しなかった。

 

絶対行くと心に決めていたのに、いざ目の前にした途端、彼はらしくなく尻込みをする。

病室の前で立ち尽くして早一分が経過しようとしていた。

他人から見ればいかにシャーレの先生であろうとも、もう不審者である。

 

誰も廊下を通っていないことが唯一の救いだったかもしれない。

とはいえ、いつまでもここで時間を潰している訳にも行かない。

 

彼にとっても時間は有限である。

やるべきことがまだまだある以上、必要の無い油を売っている余裕は彼には無かった。

 

チッッ! と、自分自身の不甲斐なさに舌打ちしたのを最後に、意を決したかのように一方通行はガラッッ!! と、勢い良く扉を開ける。

 

カツ……カツ……と、勢いよく開けた扉とは裏腹に静かに入室した一方通行は、申し訳なさを多分に含んだ声色で、

 

「ユ、ウ」

 

カ。と、彼女の名前を呼ぼうとした時。

 

「もう!! ミレニアムの合計損害額が一兆超えとかどうなってんの!?!? 全体の損傷率が二割超えってどこもかしこもぶっ壊れてるじゃない!!!!」

 

絶叫が彼の耳を支配した。

 

「カ……」

 

言葉が、途中で消え去る。

もしくは、彼女が放つ大声量に掻き消されたと言った方が正しい。

 

「あの子もあのゴーレムもあの戦闘ヘリも好き放題街を破壊した癖に一切補填もしないとかどんな精神よもう~~~~~~~~!!!!!!」

 

これだから大規模戦闘は嫌いなのよ! と、病院のベッドの上で上半身を起こしながら、電卓と帳簿を引っ張り出して机の上で絶賛予算と格闘中のユウカを目撃した。

頭や全身に包帯を巻いているにもかかわらず、普段よりも怒号を巻き散らしている。

一方通行があまり見かけることの無いユウカの姿だった。

 

彼は知る由も無い。

一方通行といる時のユウカといない時のユウカでは正確や口調に若干の違いがあるということを。

彼の前では可愛く見られようと努力し、声のトーンも僅かに上げて接しているということを。

 

その涙ぐましい努力が実を結んでいるのかどうかはさておき、病室で頭をガシガシと引っ掻きながら唸っている今のユウカは特に取り繕っていない素のユウカで間違いない。

情報を付け足すならば、一方通行が目の前にいる場合、ユウカは決してこの一面を曝け出したりはしない。

つまり、一方通行が入室しているのに気づいていないのである。

 

それが吉と出るか凶と出るかは、全てこの学園都市最強が握っていた。

 

「ミレニアムプライスとかやってる場合じゃなくなったのにそっちは普通に開催する運びになってるし!!! いくら科学技術の威厳を外に発信出来るからってまずはやることがあるでしょうがッ!!」

 

て言うかセミナー会計の私に話が通ってないって何!!!! と、電卓を叩きながらぐちぐち文句を垂れている。

普段の落ち着いた感じの口調とは打って変わり、苛立ちを隠すこと無く口にしている彼女の様子を、一方通行は声を発さず黙って聴き続けていた。

 

しかし、その顔は渋い。

 

それもその筈だった。

病室に入って来るまであれだけ思い悩んでいたというのに、いざ部屋に入ってみればこれである。

先程までの逡巡がバカらしくなってくるレベルで、想像と現実にギャップがあり過ぎた。

 

何故だかユウカはとても元気だった。

本当に、良く分からなかった。

 

なので。

 

「もしもしノア!? ミレニアムプライスをやるのは良いけど学区全体がボロボロになってるのをどうするつも……学校全体をホログラフでカモフラージュ!? ちょ、それミレニアム全体に仕掛けるならどんだけ予算が必要だと……あ! ちょっと切らないでよ!! うぅ……切られた」

(ありゃァ……下手に顔を出さねェ方が正解かもしれねェな)

 

自分は今日ここに訪れなかったことにしよう。

そう一方通行は決めた。

 

あれだけ忙しそうなのだから時間を取らせる訳にもいくまい。

そういうことにしておこう。

と言うか今のユウカと鉢合わせたらいつも以上の小言ラッシュが始まりそうだ。

しかも半ば八つ当たり気味の。

それは少し、御免被った方がお互いの為になる。

 

己の中で勝手に正当性を作り上げた一方通行は何も見なかったかのように、見舞い品すら置かずに静かに病室から出ていき扉を閉める。

 

奇しくも一方通行の選択は、ユウカにとって吉と出た。

きっと今の姿を彼に見られたと彼女が知った場合、ベッドシーツを頭から被って二日程不貞寝していたであろう。

 

早瀬ユウカとは、そう言う少女だ。

 

奇跡的にユウカが発狂しなくて済んだ中、一方通行は次なる病室を目指す。

理由は当然、ユウカと同様に運び込まれている残り二名、ミドリとネルの見舞いだ。

 

さて、ごく普通の当たり前な物事を指摘すると、ユウカはミレニアムサイエンススクールの生徒である。

何処の学校にも区分されていないシャーレの病室は、全学校全生徒に開かれている物ではあるが、普通は利用されることはない。各学校ごとにちゃんとした病院施設が存在する為である。

 

ではなぜここにユウカが入院しているのかと言われれば、それもまた先の事件が関係している。

平たく言えばミレニアムの病院が余波に巻き込まれて使えなくなった。

なので現在、ユウカ、ミドリ、ネルの三名はシャーレ内にて入院している。

 

杖の音がイヤに響く静かな廊下を一方通行は歩く。

ここに至って気付いたが、どうやらシャーレは各病室の防音性能も抜群らしい。

一方通行が足を踏み入れた瞬間からユウカが怒号を発していたとはちょっと考えにくい。

扉の前に立っていても聞こえない程に防音性能が優れていたと考えるのが自然だった。

 

そんな下らない思考を進めている間に目的地に着いたのか、一方通行は足を止め、さっきと同様病室の横にある入院患者の名前が書かれたプレートに目線を送る。

才羽ミドリ。

 

他に入院患者がいないのも相まってユウカ、ミドリ、ネルの三名は個室を与えられている。

予想と違って必要以上に元気だったユウカはともかく、ミドリはユウカ程の体力が無いのは一方通行も承知している。

 

つまり同じぐらいの重傷を負った彼女は、ユウカと違って絶対に安静にしているだろうと一方通行は予想を立てた。

 

彼女ならば特に変なことも起きてないだろうと半ば安心しつつ、ガラっと扉を開けて入室した瞬間。

 

「ほらお姉ちゃん!! さっさとシナリオ書く!! 私も先行してキャラデザ終わらせるから!」

「なんでこの中で一番重傷のミドリが一番元気なのかお姉ちゃん不思議だよ!! ミレニアム学園七不思議の一つに数えられるよ!!」

「喋ってないで手を動かす! G.Bibleの内容読んでやる気出たんでしょ! 早く完成させて!!」

 

一方通行の目に修羅場が飛び込んできた。

何をどうしたらそうなるのか、ミドリ、ユズ、アリス、モモイの四名がわーぎゃーわーぎゃーと騒ぎ立てながらそれぞれパソコンや液タブと向かい合っている。

 

途端、途方もない頭痛が一方通行を襲った。

入院患者と言う単語の定義を思わず洗い出し、照らし合わせようとして目の前にある光景が頭の中にある定義と全く違うことを再認識し、やはり頭痛を覚える。

 

ミドリが入院しているのは良い。普通だ。

そこに一方通行より先にモモイ、ユズ、アリスの三名が見舞いに来ていた。

ここまでなら普通の話だ。

そう、ここまでなら。

 

だが。

 

「ミレニアムプライスは通常運転だから締め切りまであと六日だよ。急いで完成させないと」

「アリスも出来る限り手伝います! 六徹ぐらいどんとこいです!!」

「あれ!? 私もその勢いで六徹させられる雰囲気!?」

「安心してくださいモモイ! ここは病室です! 何時でも気絶出来ます!! 気絶しても二十分で起こします!!」

「安心できる要素どこにも無くない!? ベッドがあるったってミドリが使ってる一つしかないじゃん! それにここ病院だよ!! 無理をさせない施設だよ!?」

「今は無理する時なのお姉ちゃん! 病室の冷蔵庫エナドリで埋めといたから。早く書いて」

「ミドリの鬼ぃぃいいいいいいいいいいいいッッッ!!」

 

ユウカが入院している部屋よりも、一層この部屋は喧騒に包まれていた。

悪い夢でも見ているんじゃないかと本気で一方通行は疑い、このまま何も言わずに回れ右して帰りたくなる衝動に駆られる。

 

そう思ってしまう程に目の前の景色は異常だった。

少なくとも病室で繰り広げられる類の物では無い。

 

叫んでないで早く作業してとミドリがタブレットから目を離さず怒鳴り、

絶賛叱られ中のモモイはえぐえぐと泣きながらカタカタと文字列を打ち込み続け、

ユズとアリスは泣きべそを書いてるモモイに発破をかけながら黙々とプログラムを書く。

 

名に喰わぬ顔で四人ともが平然と作業しているので一瞬勘違いしそうになったが、病室にパソコンや液タブが常備されている筈が無い。

間違いなく彼女達の私物だった。

 

と言うか、彼女達は病室でゲーム開発をしていた。

平たく言ってしまうと、病室をまるで部室化の様に扱い、好き放題に部屋を私物で埋め尽くしていた。

一万歩譲ってゲーム開発をするのは譲歩するとして、その開発に必要の無さそうな漫画やゲームソフト、ゲーム機まで持ち込まれている辺りどう見ても最大六日はここに籠城する気満々の悪質な確信犯である。

 

一晩でミドリがいる病室は、ゲーム開発部の第二部室へと様変わりしていた。

 

(仮にも病室で好き勝手し過ぎだろコイツ等……別に良いけどよォ……)

 

本来ならば何も良くないのだが半ば現実逃避気味に彼はそれを許容する。

どうせ彼女達以外に患者はいないのだ。空き部屋もまだまだある以上、退院するまでの間ぐらい好きに使わせても問題は無い。

 

そう一方通行は判断する。

重ねて言うが、現在彼は半ば現実逃避中である。

 

つまり、少しばかりヤケクソだった。

 

「あ、先生」

 

扉の前で呆然と突っ立っている一方通行の存在に気付いたのか、ベッドの上で上体を起こし、タブレットにペン先を走らせていたミドリが声を掛ける。

 

瞬間、残り三人も一斉に一方通行の方に振り向き。

 

「あ! それお見舞い品!?」

 

と、モモイが発したのを皮切りに、ミドリを除いた三人がゾロゾロと彼の前に集まった。

好物なのか真っ先にブドウが掻っ攫われ、栄養補給と称して何故か元気な三人組がこぞって食べ始めたのを呆れた視線で見つめる最中、一方通行はミドリがいるベッドの近くにある椅子に腰かける。

 

適当な机にフルーツが入った籠を置き、残っているブドウを取り出してミドリに手渡す。

 

ありがとうございますとお礼を述べてブドウを一粒食べた彼女は、実に美味しそうな表情を浮かべていた。

それを見て、ほんの少し一方通行の頬が緩む。

本人が自覚できない程、僅かにだけ。

 

「入院で私が動けないので一時的にここがゲーム開発部となりました。ミレニアムとシャーレを往復する時間も今の私達には残っていないので」

「そォかよ。それはもう好きにして良いが、ここが病室だからって無理はするなよ。ロボの医者なンてアテにならねェ。せめてカエルみてェな顔してねェとな」

「カエル? 何ですかそれ?」

「こっちの話だ。さっきも言ったが要は無茶するなって話だ」

 

立ち上がり、置いた籠から林檎を二つほど籠から取り出す。

 

「え!? も、もう行くんですか!? も、もうちょっといません、か……?」

「見るからに取り込み中じゃねェか。俺と話なンざいつでも出来るだろ。…………オマエが元気にしてるのを見れた。それだけで俺は満足だ」

 

何気なく、もっと言うと本心で零したその言葉にボッッと顔を赤くしたミドリは、な、なら良かった……で、です……。と、超小声で礼を述べる。

 

当たり前なことを言っただけなのに何故照れるのか不思議に思った一方通行だったが、これ以上の長居は本当に彼女に、彼女達にとって迷惑だろうと、足早に病室を後にし始める。

 

彼女達の修羅場を考慮し、早々にミドリがいる病室から撤退せざるを得なくなってしまった一方通行は、今までとは違う意味合いを含んだ重い足取りで最後の一人となったネルの病室へと向かう。

 

おかしい。

おかしい。

聞いていた話と全然違う。

 

ユウカ、ミドリが入院している病室に入る前、フロアを担当しているロボットの医者に話を伺った時、安静にしていれば遠くない内に完治しますと聞かされた。

 

(どいつもこいつも全然安静にしてないンですがどォなってるンですかねェッ!?!?)

 

二人とも全く安静にしていなかった。

ひたすらに己の作業や仕事に没頭していた。

それどころか身体に鞭打って追い込みまでかけていた。

 

あんなのを医者が見たら卒倒してもおかしくない。

もしかしたら見て見ぬ振りをするだろう。

 

一方通行が選んだのは後者だった。

特にユウカに関しては見舞いに来た事実すら揉み消してしまっている。

 

何だか知らないが、何かイヤな予感がしてならない。

扉の前にいる段階では中の様子は静かに思えるがそれは誤り。

別に病室内が静かな訳ではないという事例を二件中二件目撃してしまっている。

 

もしかしたら彼女も……と、見舞うのを一瞬躊躇った一方通行だが、同時に待て。と、自分自身にその思考に待ったをかけた。

 

ユウカが暴れていたのはある種当然だ。何故なら彼女はミレニアムのセミナー。しかも会計担当。

お金が絡む話は必然的に彼女が絡む話になる。

そして今回ミレニアムが被った損害の請求や要望は一端全てユウカに渡るだろう。

 

ミレニアム全体の要請を一手に引き受ける役職の関係上、荒れるのも無理はない話だった。

 

ミドリ達ゲーム開発部が忙しなかったのも必然だ。

先のユウカの会話を盗み聞いた限り、このような状態になってもミレニアムプライスは無事に開催されるらしい。

であるならば、今日の今日までゲームを一切開発していなかった彼女達が修羅場に陥いるのは自明の理。

失った時間を取り返さんと病室に一同引き籠って開発をするのは分からない話ではないのだ。

 

そう、ユウカ。ミドリ共に忙しい理由はある。

だがネルはどうだろうか。病室で忙しくする理由があるだろうか。

 

無い筈だ。

無いに決まっている。

 

であるならば、顔を出さない理由は無い。

むしろ、出すべきであろう。

 

それが通すべき筋という物だ。

 

良し。と、ネルの見舞いは滞りなく進むだろうと確信した一方通行はガラッッ!! と、勢い良く扉を開け。

 

 

 

絶賛お着換え中のネルと遭遇した。

 

 

 

「…………あ?」

「…………お、ォ」

 

いつものスカートを履く直前だった下着姿のネルから、聞いたことのない女の子らしい声が聞こえた。

そして、らしくなく一方通行も固まった。

 

なるほど、これはちょっと病室側にも問題があるなと目の前に起きている現象を横に勝手に頭の中で問題の洗い出しを始める。

 

そもそも防音性が高すぎるのが悪いのだ。

もう少し外からでも中の様子が伺えるようにしていなければこんな事故は起きなかった。

 

これは後で対策を立てる必要がある。

そんな風に今起きている光景から目を反らそうとしていた一方通行だったが、その思考回路には一つ、大きな穴が存在していた。

 

一方通行と違ってネルは、現実を延々と直視し続けているという問題である。

 

「わ」

 

静寂に包まれていた病室に、今一度ネルの可愛らしい声が響く。

思わず出てしまったような短い悲鳴がネルの口から零れた後、彼女は自分がどんな状態なのかを客観的に認識し、見る見る内に顔を赤く染め上げ。

 

「わあああああああああああああああああああッッッッッ!?!?!?!?!?」

 

病室フロア全てに響き渡るような大絶叫を上げた。

慌ててベッドに飛び込み、シーツで身体を覆うと、裸体を隠すように丸くなった。

その状態で顔を真っ赤に染めてぷるぷると震えながら一方通行を睨みつけるがそこに普段の迫力は微塵も無く、少し子猫のようだな等と場違いな感想を彼は抱く。

 

その中で一方通行は迷っていた。

この後どうするべきか。である。

 

謝罪して退出すれば良いのか。

それとも無言で立ち去れば良いのか。

適当に声を掛けてこの場でご機嫌を取った方が良いのか。

 

このような状況に対しての経験値が皆無な一方通行はらしくなく選択に迷いを見せる。

だが、やはり忘れてはいけない。

ネルの感性はどこまでも一般的で、彼の感性は果てしなくズレていることを。

 

なので、

 

「いつまで見てるんだ先生のバカ野郎ッッッ!!!!」

 

スコーンッッ!! と、一方通行の頭部目掛けてネルから投擲されたリモコンが良い角度で直撃し、勢いに押される形で一方通行は病室の外へと弾き飛ばされたのはある種当然と言って良い物だった。

 

同時、先程ネルが発した声量に何事かと絶対安静にしなければならない筈のユウカやミドリ達が顔を出す。

何事かと思い病室の方へ視線を彼女達が送れば、そこには半裸のネルが映り、一斉に状況を理解してしまった彼女達は一方通行に詰め寄り始める。

 

何が起きたのか、考える間でも無いようだった。

 

「せ、せせせせんせいっっ!? ネ、ネル先輩にな、なにを! き、着替えを覗くなんて!!!」

「わー! 凄い!! ノベルゲームでよく見るような展開だよミドリ! あ! ちょっといいシナリオ思い付きそう!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよお姉ちゃん!! 先生! 着替えを覗きたいなら私がいくらだって……カ、カメラだってそこかしこに部室に置いて……その…………!!」

「アリス! こういう状況を知ってます! 修羅場! ですね!!」

「そう……かな……? ちょっと、いやかなり違うんじゃない?」

「ていうかお前等全員どっか行きやがれ!! こっちは着替え中なんだよ!!! あたしの病室前でごちゃごちゃやってんじゃねえええええええええええええええええええッッッッ!!!」

 

シャーレの病室では、普段より数割増しの騒がしい日常がそこかしこで跋扈していた。

ミレニアム騒動から明けて二日の出来事である。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

「だから頭にコブが膨らんでいるのかい?」

「好きで付けた訳じゃねェ」

「けど滅多に見れない少女の裸を見たんだ。目の保養の代償として支払った物としては随分と安い物じゃないかな」

「保養を頼ンだ覚えはねェンだよ……!」

 

差し出された椅子に座り、淹れられたコーヒーに口をつけながら、一方通行はウタハと先程起きた病院内での事故を愚痴る。

アリスの手によって半壊したエンジニア部の部室の壁はどういう技術を用いたのか二日間しかあれから経過していないにもかかわらず完全に修復されていた。

 

シャーレの病室での一騒動が粗方片付き、見舞いが終わった一方通行は絶賛修復作業中のミレニアムへと足を運んだ。

エンジニア部に用事が出来たからである。

この相談は、彼女達でなければ無理だ。

 

「前置きはここまでだ。三人に聞いて貰いてェ話がある」

 

ガラリと、空気が変わる。

一気に真剣みを帯びた一方通行の瞳に、ヒビキ、コトリの二人がゴクリと唾を飲んだ。

 

しかしウタハだけは彼の言葉に小さく笑い。

 

「奇遇だね。私達も先生に乗って欲しい話があるんだ」

 

同じく真剣な瞳で、彼に話を持ち掛ける。

それは一方通行がアビドスに出張する、一日前の出来事だった。

 

 

 

 

 

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時間はミレニアム襲撃事件が終息した当日の夜まで巻き戻る。

 

一方通行の前から立ち去った黒服とゴルコンダは、しかしミレニアムから出て行かずに、学園内をひっそりと渡り歩いてていた。

 

監視カメラの類は全てダウンさせているので二人がうろついている様子は誰も確認できない。

それを利用し、彼等は安全に、誰にも存在を察知されることなく鉄骨街の方へと歩みを進めていた。

 

忘れ物を回収する為に。

 

「無事にミレニアムの手によって未完成の樹形図(プロトダイアグラム)は破壊され、彼の作戦は失敗。同時に我々の作戦は成功。ですか」

 

立てた計画の全てが噛み合い、滞りなく達成された事実にゴルコンダが口を揺らす。

 

一方通行の協力者となるか、敵対する立場を貫くかの選択こそ、ゲマトリアは試練と言う形で彼に委ねたものの、未完成の樹形図(プロトダイアグラム)はどちらに転んだとしても絶対に破壊する手筈だった。

協力者として活動するにせよ、敵対者として活動するにせよ、アレは存在するだけで戦局を傾けてしまう。

未来が予測できるとはそう言う類の力だ。

 

この力を()()()()()()()()()()()、奪取を隠れ蓑とした破壊作戦を画策し、無事に成功を収めた。

 

「ええ。あれだけ街を破壊したのです。失敗と報告する私達の信憑性は高いと踏むでしょう。これであの男がプロトダイアグラムを手にする未来は消えた」

 

今回の襲撃事件を鑑み、ミレニアム側は未完成の樹形図(プロトダイアグラム)を再度製造したりはしないだろう。見知らぬ勢力から突然襲撃を受け、大損害を被った理由が明確である以上、もう一度作ると言った選択肢は生まれる筈が無い。

 

完成させた瞬間に再び襲撃を受け、今回に匹敵する被害が発生する可能性が低くないのならば、最初から作らず封印しておくのが吉だと判断するのは自明の理。

 

少なくとも、ミレニアムはその類の判断力は他校と比較して群を抜けていると黒服は認識している。

リスクを無理に犯してまで、生徒を危険に晒してまで製造に踏み切ったりはしない。

 

何より、彼女達自身に破壊することを選ばせた。

敵の手によって破壊されたのではなく、味方の手によって破壊する。

結果は同じでも、そこに含まれる意味合いは大きく異なる。

 

二度と、製造されることはないだろう。

残された用は、あと一つだけ。

 

そしてそれも、間もなく終わろうとしている。

 

「あまり気乗りはしませんがね」

 

ため息交じりに呟きながら、無数に落ちている鉄骨を潜り、ミサカ一四五一号と早瀬ユウカの手によって破壊された建造区画を進む。

目的地は駆動鎧(パワードスーツ)に仕込んでいた信号が途絶えた場所。

 

ミサカ一四五一号の消息が、途絶えた場所。

 

死んではいないだろう。

早瀬ユウカとはそう言う少女だ。

ミサカ一四五一号を絶対に殺さず、かつその条件を満たした上で無力化させる。

 

違う側面から見れば殺しに来た相手を殺し返す度胸も無い腑抜けとも受け取れるが、早瀬ユウカに関する考察を今はする必要がないとして黒服とゴルコンダは彼女に関する思考を頭から消し去り、駆動鎧(パワードスーツ)から放たれていた信号が途絶えた場所に辿り着いた二人はミサカ一四五一号の消息を探そうと周囲を見渡し。

 

瓦礫の角に頭をぶつけたのか、隆起している瓦礫のすぐ横でぐったりと気絶しているミサカ一四五一号を発見した。

 

「…………」

 

ぺち。と、ゴルコンダが杖で彼女の頬を軽く叩く。

……動じる気配は無い。

彼女の意識は、深い深い闇の底に沈み切っているのを二人は確認した。

しばらく起きることは無いだろう。

 

「その方が幸せですよ。不必要な痛みを知らずに済む」

 

懐に手をやりながら、しかし取り出そうとしていた肝心な物は彼に奪われてしまっているのを黒服は思い出す。

 

はてさてどうした物かと一瞬考える隙に、隣にいるゴルコンダから目的の物が差し出された。

正確には黒服が要していた物と同一の物ではなく、用途と使用方法のみが共通している物。

 

特殊細工を施していない、普遍的な銃。

 

「意外ですね。こういう物を持ち歩く姿は想像してませんでした」

「何事も予想外の出来事はつきものです。最低限の予備策は持ち歩いていますよ。こういう時ぐらいはね」

「そういうこった!」

 

軽口を言い合いながら黒服は銃を受け取り、安全装置を外す。

穏やかな会話をする横で、彼は冷酷にミサカ一四五一号の眉間に照準を合わせる。

 

「ミサカ一四五一号。あなたが観測した戦闘記録をミサカネットワークに残す訳にはいかないのです。たとえそれが、可能性の話であったとしても」

 

そのまま指をゆっくりと引き鉄に引っ掛け。

 

「許してくれとは、言いません」

 

銃声を一つ、響かせた。

 

悲鳴は上がらなかった。

身じろぎ一つ発生しなかった。

 

代わりに、額から真っ赤な血がドクドクと溢れた。

眠っているかのように気絶していた少女は、二度と目覚めることの無い眠りに就いた。

命が一つこの場で摘み取られたと言うのに世界は何も変わらない。

消えた事実に、気付いてすらいやしない。

 

「ミレニアムでの用事は全て終わりました。撤収です」

 

ギュッッ!! と、布袋に遺体を詰め込んだゴルコンダが促す。

ミレニアム全体がこの有様かつ、数多の少女が血を流していた以上この出血痕に疑問を持つ者はいないだろう。

 

ゲマトリアが彼女を手に掛けた理由は、ミサカネットワーク及び、これを介しての情報の漏洩を防ぐ為。

早瀬ユウカと交戦記録を持つミサカ一四五一号は、どのような形であれ絶対に処分しなければならない個体だった。

 

ミサカネットワーク。

彼女達が持つ電気操作能力を、クローン人間特有の同一振幅脳波を利用し、脳波を電気信号として発信することで意識や思考を共有する電磁的情報網。

 

記憶のバックアップ能力すら備える彼女達クローンは、戦術兵器として上手く利用すれば絶大な戦果を叩き出すが、扱いを誤れば途端に己の首を絞める核爆弾と化す。

 

今作戦において参加させたミサカ一四五一号は、予めネットワークに今作戦の記録をアップロードしないよう釘を刺した。

基本的に妹達(シスターズ)は下された命令に忠実に動くようプログラムされている以上、命令違反を犯したりはしない。

 

だがそれはいつまでも続く訳ではない。

彼女達はロボットではない。

クローンとはいえ、人間なのだ。

人間である以上、どこかで必ず綻びが出る。

 

だから二人は、事前に手を打った。

ミサカ一四五一号を、当人が知らぬ内に殺害すると言う形で。

意識が戻らぬ内に、ミサカネットワークに接続されているかもしれないという可能性が生じる前に証拠を全て握り潰した。

 

自分達の裏切りと言う事実を。

 

「早瀬ユウカとの戦闘ログを現存している妹達(シスターズ)、及び今後製造される妹達(シスターズ)全体に行き渡る可能性は万に一つも残してはなりません」

 

彼女が生存しているというだけで全ての作戦が無に還す恐れがある。

どんな些細な切っ掛けから自分達の仕込みが白日の下に晒されるか不明な以上、処分する以外に道は無かった。

 

「こちらが打てる手は全て打ちましたよ先生。ここから先は先生が踏ん張る番です」

 

遠からず彼に降りかかるであろう過酷な運命を案じながら、黒服とゴルコンダは残骸の山となった鉄骨街を抜けミレニアムを後にする。

 

レールは敷いた。

必要な介入は終わらせた

残りは全て彼次第。

 

一方通行がどう選択するかに、運命は委ねられている。

 

「そろそろ彼女が追い詰められる頃合いです。ご武運を」

 

その転換点を脳裏に過らせ、黒服は願いを込めてそう言葉を零す。

どうか、殺されないように。と。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

同じく、ミレニアム襲撃が起きた同日の夜。

ゲヘナ学園の北区にて、一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。

 

少女の名は、天雨アコ。

ゲヘナの風紀を、守る者の一人。

 

そんな彼女は現在、ゲヘナ北区にある廃墟が多い区画にいた。

元々気質が荒いゲヘナ。

日頃からそこかしこで銃撃戦が始まるのが常なゲヘナであるが、こと北区の特定の区画は特にそれが顕著となっている。

 

ゲヘナに入学した時から、北区はゲヘナで最も荒れている地区。それがこの廃墟が乱立している区画だった。

 

原因は間違いなく廃墟そのもの。

既に壊されているからこそ、生徒が余計に暴れ回っている。

そんな物だから誰もここを修繕しようとしない。

したとしてもすぐに壊されるに決まっているからだ。

 

先代、先々代の風紀委員が北区に手を付けるのを後回し後回しにした結果、手を加えてもすぐに元通り壊されると決めつけてしまった結果、損傷は見る見る内に激しくなり、終いには校内屈指の無法地帯となってしまい。それを止める手立てもなくなってしまった。

激しい戦闘をするならまずここでと言われる程になってしまった北区に手を加えれば、過激派から一斉に攻撃を受ける羽目になるからである。

 

いくらゲヘナの風紀委員でも、ゲヘナ最強の空崎ヒナであろうとも、民意によって形成された暗黙のルールを打ち破るのは困難を極める。

 

その中でも必死に方法を模索し続けるヒナの努力は凄まじいと言う他ないだろう。

 

そんな場所に。

そんな地獄に。

アコは足を踏み入れていた。

 

ただし、その表情は絶望に染められている。

それは風紀委員である天雨アコからこの場所を守らんとするゲヘナの生徒が多数いたからではない。

 

「これは……こんな……!!」

 

ゲヘナの廃墟を、()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女は表情を絶望に染めていた。

あれだけあった雑多な建造物が全て消え去った。

崩れかけだった教会が、崩れ落ちていた飲食店が。跡形も無く消滅している。

一区画の地形を、彼女は一人で変貌させた。

 

何が起きたのか、等とは考えない。

アコは自発的に破壊を行おうとしたのだから。

与えられた『力』を試す為に、暴れてもあまり影響のない場所として廃墟だらけの場所を選んだ。

だから、破壊してしまった事実に彼女は表情を落としている訳ではない。

 

持たされた力が、あまりにも規格外すぎたことへの絶望だった。

 

「ッッ! ご、ふ…………」

 

突然、胸が苦しくなり激しく咳き込み始める。

たまらずアコは膝を突き、瞳に涙を溜めて口元を手で抑えた。

あまりの光景に身体が拒否反応を訴えたのか、それとも『力』を使用した副反応がやって来たのか。

 

答えは誰も、教えてくれない。

ここには、アコ一人しかいない。

 

「は……ッ! は……ッッ!! は……ッッッ!!」

 

動機が激しくなる中、震える手で、ケースに入っている錠剤を見つめる。

破壊を巻き起こした元凶となった、黒服から授かった錠剤を見つめる。

 

「この力は……安易に振るって良い物じゃない……!」

 

廃墟とはいえあらゆる建造物を根こそぎ吹き飛ばす力。

それは過ぎた力どころの話では無い。

 

持つことさえも、罪になりかねない力。

持っているという事実だけで、迫害されかねない力。

 

ゾワリと、アコの背筋が冷たさを訴える。

この力が渡された理由を思い出し、心から震える。

 

どんな兵器にも勝る力を、たった一人、ヘイローも持たない存在に向けようとしている。

その事実に、アコはたまらなく恐ろしさを覚える。

 

でも。

それでも。

 

止まる訳にはいかなかった。

ゲヘナが今後も進み続ける為には、彼の存在はあまりにも脅威的過ぎる。

どうにかしなくてはならない。

その考えはずっと、アコの中で今も燃え続けている。

 

けど、

だけれども。

これでは。

この力ではあまりにも…………。

 

「先生。次にあなたと出会う時、一度だけ、一度だけ手心を加えます」

 

故にアコは妥協点を見つける。

自分の中で、一定の線を引く。

 

絶対に一回目だけは、この力に頼らないと。

何があろうとも、どんなことになろうとも、最初の一回だけは使わないと制約を課す。

 

「ですから……お願いです。私にコレを、コレを…………ッッ!! 使わせないで下さい……!」

 

消え入る程に小さく甲高い声でアコは両手を合わせ、祈る様に膝を突いて懇願する。

その姿はまるで聖者のようでもあり、赦しを求める罪人のようでもあった。

 

少女は一人、光と闇の狭間で葛藤する。

どちらにも進める境界線に彼女は立ち続ける。

 

もう二度と戻れない程の闇に堕ちるのか、

それとも全ての堕落を振り切って光の方に身を寄せるのか。

 

瀬戸際で揺れる彼女の未来は誰にも予測出来ない。

一人では到底抱えきれない重みを背負ったアコは、ひたすら孤独に己を傷つけていく。

その痛みを誰にも知られないまま。

その苦しみを、誰とも共有出来ないまま。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

そこには巨大な十字架があった。

何百人もの少女をまとめて磔に出来てしまうような一本の十字架と、それを収めてしまうだけの巨大な空間。

 

そこが、小鳥遊ホシノの居場所だった。

彼女はその十字架の上で一人、蹲り俯いている。

横たわった十字架の上で一人、虚ろに生き続けている。

 

彼女に自由は無かった。

十字架の上にそびえる一本の細い柱に手を後ろにした状態で縛り付けられ、身動きを封じられている。

底に畳みかける様に真っ赤なレーザーポインターが彼女の動きを常に監視しており、一つの所作すら許さなかった。

 

胸。

首筋。

腿。

背中。

 

彼女の肢体に当たるレーザーが下手なことをしたと感知すれば即座に周囲に設置された迎撃システムから嵐のような銃撃が始まる。

何もしなくとも、時間になれば実験が始まる。

 

もう、痛いことには慣れた。

心を、動かすことは無くなった。

 

虚無のまま彼女は一人終わりを待ち続ける。

それが自分に相応しい結末だと、気付いてしまったから。

 

助けなんて、あるはずがない。

自分が全て終わらせたのだ。

 

恨みこそされど、救われる存在では無い。

 

間違え過ぎた。

誤り過ぎた。

抱え込み過ぎた。

頼らなさ過ぎた。

 

そして、何もかもを失った。

 

当然の報いだと、彼女は嗤う。

当たり前の結末だと、彼女は嗤う。

もう表情も動かないけど、確かに彼女は嗤った。

心も、何一つ揺れ動かないけど。

 

生き地獄。

されど自分には相応しい。

それぐらいでなければ生温い。

 

果てしなく果てしなく自虐的に彼女は自身を追い詰めていく。

それが一番、罪滅ぼしをしているような気分になれるから。

それが一番、自分に対して言い訳を立てられる方法だったから。

 

そうじゃなければ、死ぬよりも苦しかったから。

 

さあ、今日は何時実験が始まるのだろうか。

半日後が、それとも数時間後か、はたまた数分後か。

 

時計すら存在しない灰色の世界で、自分を苦しめる為の実験だけが意識を繋ぎ止める生命線となってしまっている世界で。

 

「うわ、うわ。何ココ。辛気臭いにも程があるでしょ」

 

あまりにも場違いな、明るい声が響いた。

知らない、声だった。

 

「げ、何? レーザーポインターで動けば即銃撃って訳? 女の子をこんな空間で閉じ込めるなんて悪趣味も良い所でしょ。引くわ~~流石に。満足にトイレにも行けないじゃん」

 

快活な足音を鳴らし、こちらへ近付いて来る足音が聞こえた。

馴染みの無い、歩き方だった。

 

「もしも~~し。聞こえてます? あ、そもそも生きてます? いや、ミサカならこんな環境に置かれたら五分で死んじゃうから聞いたんだけどさ」

「…………、誰?」

 

顔を上げず、声に抑揚も付けず、淡とした音でホシノは質問する。

誰? と反射的に聞いてしまった物のその実、興味はどこにも無い。

こんな場所にやって来るのはアイツ等の関係者以外に無い以上、誰なのか。なんて聞く意味はゼロだ。

 

どうせ、敵だ。

 

「顔も挙げないとか心象マイナス五十点! 自己紹介ぐらい楽しく済まそうよってミサカは……って、あーもう! 遺伝子だか何だか知んないけど、この喋り方イヤなんだってば。はーヤダヤダ。勘弁して欲しいっつうの」

 

頑張ってるけど全然治んないんだよねーと勝手に目の前の少女らしき存在は話し始める。

が、ホシノからすれば彼女の相手をする必要はどこにも無い。

そう己の中で結論を出した彼女は、話しかけて欲しさが垣間見える相手に、反応を一切返さないことで返事とする。

 

相手にする気は微塵もありませんと、そう教える風に。

 

「おーい。無視? 無視なの? 失礼だなぁ、一応由来的にはミサカはあなたの妹ちゃんに当たるんだぜ。()()()()

「…………は?」

 

だが、聞き捨てならない言葉が飛び出した時、ホシノは久しぶりに心を動かしてしまった。

無論、苛立ちの方向に。

 

この少女はふざけている。

自分に妹がいる記憶は無いし、この少女について知っていることも無い。

 

なのにこともあろうか自分を姉と呼ぶその姿勢は、マイナス方面でありながらもホシノに僅かながら興味をもたらした。

 

「まあお姉さまは別にもう一人いるんだけど、というか遺伝子的にはそっちの方しかお姉さまって呼んじゃいけないんだろうけど、ミサカに限ってはあなたもお姉さまなんだよねーうんうん」

「…………さっきから何を言ってるの」

 

出鱈目、あべこべ。意味不明。

色々なことを喋っているのにハッキリとした情報が掴めない。

発されている言葉の意味は通じるのに、放たれた言葉全てを咀嚼しようとすると途端に意味が通じなくなる。

 

故に、気になってしまった。

訳の分からないことを並べる少女が、気になってしまった。

 

だからホシノは、顔を上げた。

そして、直後見なければ良かったと、後悔した。

 

「あ、やっと見てくれたって、うえ、ちょっと! お姉さま、ミサカよりかなり可愛くない!? 超美少女じゃない!? あれ、お姉さまよりこっちのお姉さまとして生まれた方がミサカは勝ち組だった可能性が一気に急速急浮上!? ちょっと落ち込んじゃうかも」

 

それは、自分が何の実験に参加させられてたのを知ってしまったから。

彼女がどうして、自身をお姉さまと呼ぶのかを、理解してしまったから。

 

ひとしきり騒いだ少女は、しゃがみ込んでホシノと視線を合わす。

 

茶色の短髪。

自分よりも高い身長。

少しばかり鋭い目つき。

容姿は似ても似つかない。

 

お姉さまと呼ばれるには、あまりに容姿が違い過ぎる。

 

だが。

だが彼女には、

 

彼女の後頭部には。

 

「初めましてお姉さま。ミサカは一七七三人の犠牲によって誕生した成れの果て。最低最悪の完成体」

 

 

 

 

 

自分と全く同じ形状のヘイローが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

交差個体(クロスオーバー)。それがミサカ一七七四号に名付けられたとって代わる新たな名前」

 

実験の意味を知る。

己のヘイローを誰かに移植する実験であったことを彼女は知る。

そこはかとない、闇に堕ちた感覚が走る。

けどそれも、もうどうしようもない。

 

この施設に身を預けることになった時に、一秒も早く自死すべきだったのだと今更になってホシノは気付いた。

 

全て、手遅れだった。

彼女は恐らく、キヴォトスにいる誰かのクローン。

そして恐らく、いや間違いなく、そのクローンにはヘイローが存在しなかった。

そのヘイロー移植の実験体として、自分が使われた。

結果、実験に失敗した大勢の個体が現れた。

 

失敗した数。死んでしまった少女の人数は、一七七三人。

 

ホシノは結果的に、間接的に。

それだけの人数を、殺す手伝いを施した。

 

「ぅ……ぐ…………ッッッ!!!!」

 

彼女の自己紹介を聞いた途端、もう無いと思っていた胃の中の液体がせり上がって来る感覚を覚える。

吐き出せる物は何も無いのに、吐き出そうと身体が訴える。

 

「うぇ……げぁ……ッ! ぐ、ぐ、ぅッッ! う、ぁ、あぁあ……ッッ!!」

 

ベシャリと、胃液をありったけ吐き出したのはその直後だった。

対し、彼女は醜態を晒したホシノを助ける訳でもなく、ゆっくりと立ち上がり。

 

「よろしくにゃん♪」

 

と、華麗な笑顔とウインクを、涙を零すホシノに送った。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

一つの物語が終わり、一つの物語が始まる。

ミレニアムの少女達は舞台を降り、別の少女達が舞台に上がる。

継続して立っているのは、一方通行ただ一人。

 

藻掻き、足掻き、苦しむ少女達を舞台の端で見ているだけしか出来なかった彼は、その全員が舞台を降りたことによりとうとう中心に置かれる。

 

主役として。

主軸として。

象徴として。

 

もう逃げ場はどこにもない。

ギチギチに縛られた怨嗟の鎖が、どこにも彼を逃がさない。

 

始まる。

始まってしまう。

 

一方通行の物語が。

とある最強の物語が。

それは何処までも、何処まで行っても。

血を流すことでしか世界を表現できない物語。

血でしか語れない物語。

 

この世界に安全地帯は存在しない。

彼は決して、憧れている地点に到達出来ない。

 

だからこそ手を伸ばす。

可能な限り成し得るように。

最大限を尽くせるように。

 

その手で誰かを守ろうと、必死に必死に手を伸ばす。

 

金と野望。

敵対と協調。

荒廃と砂漠。

シャーレとアビドス。

対策委員と風紀委員。

クローンとヘイロー。

秘められた力と解放された力。

 

神秘渦巻くキヴォトスの地で科学と魔術が交差する時。

砂漠と化してくアビドスの地で、救われぬ者を救う物語が始まる。

 

 

 

 

 

 











数多の情報が最後にドバっと押し寄せる大洪水でしたが、パヴァーヌ前編、これにより完結です!

長かった、ですね。七か月ぐらい書いたんじゃないでしょうか。凄い長い!
皆さん良く読んで下さいます! 感謝です! 感想、凄く励みになります。

しかし本編は重いんですね、これが。
情報の開示が早いように思えますが、全四章しか無いと考えるとまあまあのペースだったりするんじゃないかなと思っております。

今回の設定、交差個体に関してですが、これを本来はとあるコラボが起きる前に出したかったんですよね。
どういう訳か御坂さんや佐天さんにヘイロー生えちゃってたの、苦しかったです。

後出しになる前に出したかったのが本音です! もう少し筆が早ければ!!




次回からはアビドス編!!! ……の前に少し幕間を挟みます。
二話ぐらい書きたいですね。

久しぶりにはっちゃけた話が書きたくなってしまいました。
お付き合いくだされば幸いです。



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幕間1 『一方通行は誰の愛を受け取るのか?』

どうしてこうなった。

一方通行はそう思わざるを得ない。

 

何が切っ掛けでこうなったのか。

そもそも最初からこうなる運命だったのか。

今となってはどうでもいいことだ。

 

決定的なターニングポイントがあったのかもしれないが、過去を悔やんだ所で未来は変えられない。

今起きている騒動を、収めることは出来ない。

 

「先生! いい加減決めて下さい! これ以上私の心を弄ばないで欲しいです!」

「そうです先生! そろそろ限界です! ちゃんと選んでください!」

 

ズズッッ!! と、一気に距離を詰めて選択を迫る少女が五人。

鬼気迫る表情を前にして、現実逃避することしか出来ない人間が一人。

 

言わずもがな、一方通行のことである。

 

「大丈夫ですわ先生! 先生の気持ちは分かってます! さあ! 一番欲しいのはハルナだ。と高々に叫んで下さい!」

「先生……。その、これでも、頑張ったんだけど……やっぱり私は、ダメ……?」

「あなた様……! このワカモ、信じておりますわ……! あなた様が手を取るのは、ワカモであると……!」

 

自分が一体何をしたのか。

もしくは何がいけなかったのか。

そもそもいけないことをしてしまったのか。

 

頭の中で何度も何度も洗い出しをしてみるが、何回やっても納得出来る決定的な答えは出ない。

どう考えても何も悪いことをした覚えがなかった。

果てしなく無罪であると一方通行は主張出来た。

少なくとも自分の中ではそう言い切れた。

 

かといって無実だから俺は悪くねェと少女達を突っ張る真似も出来なかった。

少女達の頑張りを知っているからこそ、一方通行は無下に出来ない。

と言うか、この中から一人を選べばその瞬間に何かが終わる予感があった。

拭いきれないイヤな予感が、彼に選択肢を選ぶと言う選択を与えない。

 

その結果、彼は確実に追い詰められていく。

その繰り返しの果てが、今の状況だった。

思い返している間にも、少女達の問い詰めは続く。

めずらしくたじたじとなっている彼に、一方通行に容赦なく少女達は詰め寄る。

 

椅子に座る一方通行に、少女達は一斉に両手を彼目掛けて差し伸べ、最後の決断を彼に迫る。

 

「「「「「さあ!!! 先生(あなた様)は誰のお弁当を持って行くん(の)です(か)!?」」」」」

 

勘弁しやがれ……。と小声で呟いた彼の言葉は誰にも届かない。

どうしてこうなったんだ。

俺が一体何をしたんだ。

一瞬だけ静寂を取り戻したシャーレのオフイスで、一方通行は今日の出来事を思い出す。

 

平和だった筈の朝の出来事から今に至るまでの過程を、爆速で再生し始める。

この状況を打破する切っ掛けを、再び探る為に。

 

始まりは今より数時間前。

アビドスへ出発する当日の朝、一方通行が朝早く目が覚めた所から始まる。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

「~~~~♪ ~~~~~~♪」

 

扉の奥から軽快な声が聞こえる。

聞こえ方から察するに、鼻歌のようだった。

朝、一方通行が目覚めた時に最初に聞こえたのがそれだった。

 

「…………。あ、ァ……?」

 

音に起こされる形となった一方通行は、寝ているベッドから一歩も動かず頭の位置も動かさず、目線だけ時計の方へ合わせる。

寝ぼけ眼の為時間を確認するのに数秒を要した後、時刻は六時半を回った頃合いであることを確認し、クソッタレが気怠げに呟いた。

 

普段起きる時間より三時間以上早い。

もっと言えば、この時間にオフィスから声が聞こえた事象にふざけンなと思わず零す。

 

普通、こんな時間から隣の部屋から音がすることはあり得ない。

一方通行の寝室はシャーレのオフィスの隣。

そしてオフィスが動き始めるのは九時を過ぎてからが基本。

 

これの意味する物はたった一つしか存在しない。

つまり、こんな朝早くからシャーレに顔を出している物好きがいる、ということだった。

 

(誰だ……? こンな朝っぱらからシャーレにやって来る馬鹿は……)

 

オフィス及びシャーレの出入り口は一方通行が不在の時以外は基本的に開けっ放しである。

 

こうなってしまったのは全て彼が仕事開始である九時になっても惰眠を貪っている日が非常に多く、彼を起こす必要があると言う生徒の要望により開けっ放しになったのが原因なのだが、今回はそれが裏目に出ている形となってしまっていた。

 

惰眠をもう一度貪ろうにも二度寝をする気分にもなれなかった彼は仕方なさげにベッドから起き上がる。

 

チョーカーの充電が完全に回復しているのを確認し、学園都市にいた頃から愛用している白を基調とした逆三角の模様が入った普段着を着込んだ一方通行は、迷惑者は誰なのか確認するべくオフィスに入り。

 

 

 

 

下の階で入院している筈のユウカが台所に立ってるのを一方通行は見つけた。

 

 

 

「~~~♪ ~~~~♪」

 

鼻孔をくすぐるいい匂いが台所から立ち込めているのを嗅覚が教える。

トントントンと小気味良い音が規則的に響き、かと思えばパタパタと忙しなく少女は台所内を動き回っているユウカを見て、一体何をやっているのだろうと考えるようなバカは基本いないだろう。

 

彼女は絶賛料理中だった。

とてもいい笑顔で、嬉しそうな顔を浮かべて手料理を振るっていた。

 

制服の上にエプロンをつけ、髪をいつものツーサイドアップではなく、邪魔にならないようにする為なのかポニーテールに仕上げているユウカの後ろ姿を見る一方通行は、普段見たことの無い彼女の姿にドキリと心を揺れ動かす。なんてらしくない仕草をする訳でもなく、この状況自体に困惑の表情を浮かべていた。

 

ユウカは現在入院中の身。

医者からは安静にして下さいと言われている立場。

 

昨日から動いている様子を見ているのでもう何も言うつもりはないが、ユウカの安静にする気完全にゼロの姿勢に一方通行は嘆息してしまう。彼女は自分が怪我人であると言う事実を忘れたのだろうか。

 

そもそもどうしてこの朝から台所で料理をしているのか。

素朴な疑問が彼の脳内に立ち上がり始めたタイミングで。

 

「あ、先生! おはようございます!」

 

先の嘆息が聞こえたらしく、振り返ったユウカから快活感溢れる声が放たれた。

底なしの明るさを振り撒くユウカとは裏腹に、寝起きの一方通行はオフィスにいるのが彼女だと分かって気が抜けたのか、気怠そうに欠伸をしながらもう一度嘆息した。

 

「何やってンだァ……? オマエ……」

「何って。お弁当ですよお弁当。先生今日からアビドスに数日出張じゃないですか。だったらお弁当作って、力付けてあげたいなって思っただけです」

 

残った材料でついでに朝ご飯も作っちゃいましたけどね。と、嬉しそうに言うユウカを尻目に台所を覗いてみると、お味噌汁や卵焼き等が並んでいる。

 

確かに朝ごはんらしい物が出来上がっているが、ぶっちゃけて言えば明らかに残ってる材料で作られた物では無かった。

どう見ても朝ご飯用に新たに材料を拵えているのが丸わかりである。

もっと言うと弁当の残りで味噌汁は普通出来ない。

 

要はユウカの妙に凝り性な成分が遺憾なく発揮された状況だった。

 

「もう少しで豚の生姜焼きも出来上がるので待っててくださいね。あ、来客用のデスクに座って下さって大丈夫ですよ。適当に片付けて拭き掃除もしたので」

「朝にしちゃ多すぎるだろ……。食いきれる量じゃねェな……」

「でも先生はお肉が無いとテンション上がらないタイプじゃないですか。それに半分は弁当に入れるんです」

「いやそりゃそォだが朝までは求めねェよ。そもそも滅多に朝は食わねェしなァ」

「私も一緒に食べますからそんなこと言わずに食べましょうよ。病院食じゃ食べた気がしないんですもん」

「実はそれが目的で、弁当は口実だってことが良く分かる一言だ」

 

違いますよ本心でお弁当を作ってますと反論するユウカにどォだかなと茶化しつつ、一方通行は大人しく椅子に腰を下ろす。

学園都市と言う最先端科学の街でそこそこの期間、入院生活を送ったことがある彼も結局はファミレスに足を運んでいた過去がある以上ユウカの気持ちが分からなくも無い。

 

見ている感じ五秒後にバタっと倒れそうな雰囲気も無いので、彼女の好きにさせるのが正解だろう。

既に出されていたお茶に口を付けながらそんな感想を抱いていた瞬間。

 

「先生おっはよーーー!!! ミドリが先生の為に弁当作ったんだっ…………ってユウカがもういる!?!?!?!?!?」

「お、お姉ちゃん! まだこの時間は先生は寝て……って、起きてる!? あれ!? まだ七時にもな…………あ、れ、ユウ……カ……!? 何でこんな朝早くに……!! え!? この匂いは、まさか朝ごはん……!?」

 

バンッッッ!!! と、勢い良く扉を開けて双子の姉妹が元気よく入室して来た。

 

かと思うと、オフィスでユウカが朝ご飯を作っているのに気づいた二人は、思考を言語化出来なかったのか途切れ途切れにそれらしい単語を並べた後、これはまずいよ!! と、何かをまずいと思ったらしいモモイが叫びながらミドリの肩を掴み、ヒソヒソと小声で作戦会議らしきものを始めた。

 

「ほら言ったじゃん!!! ユウカのことだからこんな美味しいチャンス逃す筈が無いよって!! 皆に牽制する目的で朝早くからご飯作ってるじゃん入院の立場を最大限利用して!! しかも見て! ポニテにエプロン! 出来る女アピールだよギャップ作戦だよ今日のユウカは本気だよ!!」

「ここまでするなんて思わないじゃん!! うぅ……先生を起こさないようにしようってシャーレの

厨房を借りたのが裏目に出るなんて……!!」

「悩んでる時間は無いよ! ユウカは絶対先生を誘惑しようとしてる! このまま撤退じゃミドリの完敗になっちゃう!!」

 

わざわざ制服に着替えてミニスカ生足アピールも万全。料理に集中してるって名分を使って、先生にどこをどう見られても気付かないので好きな所見て下さい状態だよしかもいつもよりスカート短くしてるよ何もかもが抜け目ないよ卑しいよあの太ももお化け。

 

会話をするにつれテンションが高くなっているのか、それとも元々小さい声で喋れる性分ではないのか、気付けばもうヒソヒソを通り越した普通の音量でモモイはミドリに持論を捲し立て始めていた。

この場にいるのがモモイ、ミドリの両名だけならばそれでも問題は無かったかもしれないが、悲しいかなこのオフィスにはユウカと一方通行が存在する。

 

つまり、先の会話はバッチリとユウカに届いてしまっていた。

太ももお化け。モモイがユウカのあざとい手口を指してそう表現した途端、ヒュッッッ!! と、モモイの頭目掛けて目にも止まらぬ速さでキッチンタイマーが飛来する。

 

「んぎゃうっっ!?」

「聞こえてるわよモモイ。あと私包丁握ってるんだから悪口言わない方が良いと思うけど?」

 

脅しにしては少々物騒が過ぎる発言を残しながらユウカは弁当作りと朝食作りを並行で進めていく。

こめかみにキッチンタイマーが直撃したモモイは涙目になりながらぬぐぅぅううう!! と、悔しそうに腕を上下に振り回している。

 

何処からどう見ても誰が聞いてもモモイが完全に悪い以上一方通行は何も言わない。

もっと言えば、先程モモイとミドリによる中々に危ない会話は一方通行にもバッチリ届いていた。

結果一方通行はユウカが考えていたであろう内容を全て知ってしまったのだが、彼は特にリアクションを起こしたりはせず、興味無さげに息を吐く。

 

その態度にピクッッ。とユウカが反応したのだが、そこについて気付くことは出来ない。

そんな二人の様子を横目で見ていたモモイは痛むおでこを押さえつつ、ピンと人差し指を立ててミドリに助言を零す。

 

「と言うかさ。ミドリはもうちょっと露出すべきだと思うよ。短パンじゃなくて短いスカートとか履いたりしてさ。ただでさえ強敵が揃ってるんだし」

「強敵? そりゃユウカは強敵だろうけど他に誰が——」

「おはようございますわ先生!!! 先生がアビドスと言う地区に数日出張に行くと聞きこのハルナ。恥ずかしながらお弁当を作って参上いたしました!!! って、あら? あらあら?」

「ねえ、入り口で騒いで無いで早く中に入って……っ……。朝から結構な大所帯ね」

「……ほら、強敵登場だよ」

「うん、そうだった。ヒナさんはそうだった。でも知らない人もいるんだけど……」

 

空崎ヒナ。

 

ゲヘナにいる筈の少女が七時にもなっていないこの時間帯に、もっと言えば今日はシャーレに用事が無い筈の彼女が顔を出したことによってミドリは納得したかのような声を出す傍ら、ハルナの方に視線を移す。

 

呆けた表情を浮かべるミドリが、今何を心に思い浮かべているか一方通行は知らない。

 

対し、一方通行はハルナとヒナの突然の来訪にもう驚きもしなかった。

流石に三回目ともなれば慣れもする。

 

ハルナの発言からシャーレに顔を出した理由はユウカ、ミドリと同じ。

であるならば、当然彼女もそうなのだろうなと、一方通行は共にやってきたヒナの方に視線を向け。

 

「…………。……、今日は人が多そうだし、また日を改めて顔を出すわね」

 

暗い表情を浮かべた後、手に持っていたであろう何かを背中で隠してそそくさと去ろうとしている様子を一方通行は目にした。

 

「…………」

 

別に頼んだ訳ではない。

そうしてくれと誰か一人でもお願いした記憶はない。

なので別に彼女がソレを持ち帰ろうとも一方通行にとって不利益はない。

 

帰らしても問題は無い。

とはいえ。

とはいえだ。

 

そのまま帰らせるのが正解なのかと言われれば、心は否だと答えてる。

だから。

 

「ヒナ」

 

気付けば彼の口は自然と彼女の名を呼んでいた。

俯き、踵を返して帰る寸前だったヒナの動きが止まり、再び彼がいる方へ、オフィスの方へ身体を向ける。

 

「俺は一度もオマエを迷惑だとか思ったことはねェ。だからンな顔してねェでさっさと入って来い」

「……っ! で、でも……!」

「俺がオマエを帰したくねェ。これが理由じゃダメか?」

「うっっっっ!!! だ、ダメ……じゃ、ない」

 

反射的に言い放ってしまった言葉と、その内容の大胆さに瞬く間に顔を赤くしてしまったヒナは、ちょこちょこと可愛い足取りでオフィスに入室した後。ポスンとソファに座っていた彼の隣に腰を下ろす。

 

あまりにもナチュラルに座ったので一方通行は一瞬面食らったが。

 

「では私はその反対側に」

 

立て続けにもう片方の隣をハルナが持って行ったことで驚きは忽ち嘆息に変わった。

 

「……ハルナ。一応聞いてみるが、俺の隣にわざわざ座る意味があったか?」

「私が嫉妬したからですわ!」

 

何に。とは聞かなかった。

どうせ彼女のことだから面倒な言い回しをするに決まっている。

 

ハッキリと宣言する彼女の凛とした表情を見てその確証があった一方通行はそのことについて特に掘り返さず、その視線をハルナが持つ弁当箱に落とす。

 

「つゥか、俺がアビドスに行く情報どこから仕入れやがったンだァ? ハルナやヒナには喋った記憶がねェぞ」

「私が告げ口したんです。ヒナさんとハルナさん。そしてワカモさんに」

「あァ? なンでまたそンなことを」

「良いじゃないですか別に。気紛れです」

「確かにそォかもしれねェがよォ……」

 

ハルナとの会話に割って入り、事情を勢いのまま話すユウカに一方通行は無理やり納得させられた感を覚える。

 

話すのは良いとしても、何でこの人選なのだとかそういう聞きたかった物を、全部良いじゃないですかの一言で片付けられてしまった。

 

気紛れですと付け加えるように言われてしまえばもうそれ以上深く言及出来ない。

 

「先生はモテますなぁ。うんうん」

「うんうんじゃないよ! 当事者としてはライバル多いの凄く困るんだけど!!!」

 

感心するかのように頷くモモイと、感心してる場合じゃないよモモイに噛み付くミドリの声が聞こえる。

 

「あぁ……。折角のアドバンテージが全部ゼロだ……。でも出遅れにならなかったと考えればマシ……? うぅ……私だけがお弁当を上げたかったのにぃ……!」

「まあまあ、これも修行だよミドリ。それじゃ私はこの辺で病室戻っとくね。そこそこな時間ここに居ても良いからね。むしろ六時間ぐらい帰って来ないでね」

 

やることはやったしと言い残してモモイは意気消沈しているミドリを置いて彼女の病室へと戻り始める。

去って言った彼女の後ろ姿をミドリは見届けた後、おもむろに携帯を取り出し。

 

「もしもし。あ、ユズ? もうすぐお姉ちゃんが戻るけど、絶対私のベッドで寝るつもりだろうから何が何でも寝かさないでね。アリスちゃんにも伝えといて。エナドリ飲ませて休ませないで」

 

モモイの思惑を事前に潰すミドリの姿がそこにあった。

直後、お弁当が出来上がりましたよとユウカの声が一方通行に届く。

 

振り返ればエプロンを解いたユウカが立っており、持っている弁当箱をほら。と彼に向けて中身を披露してみせた。

 

先程焼いていた生姜焼きと卵焼き。副菜にほうれんそうと、彼の好みを考慮しつつバランスの整った内容

に仕上げている。

ほうれんそうがあるのは如何ともし難かったが、それ以外はシンプルに食欲がそそられるな。と、一方通行は意外と料理が出来ると言うユウカの新たな一面に笑みを覗かせた途端。

 

「先生!! アビドスに今日から出張だろ!! ならあたしの弁当を持って行きな!!!」

 

オフィス全体に広がる馬鹿デカイ声量が轟いた。

次から次へと忙しないなと思いつつも一方通行、及びオフィスにいた全員が声に引っ張られ、出どころの方へ視線を向けるとメイド服に身を包むちっちゃい少女が一人。

 

オフィスの入り口で仁王立ちの姿勢で佇む美甘ネルがそこにいた。

 

「良いか! 弁当に必要なのは質じゃなくて量!!! もっともあたしに掛かれば質も完璧! 味に文句は言わせねえ!! 美味さで黙らせるのがあたし等一流メイドの流儀だ!! 先生がアビドスに行くってんならこれぐらいの物は食って力を付けて貰わねえとなあ!!!!」

 

パチンッッ! と、指を鳴らす。

するとその音に合わせてアスナ、カリン、アカネの三人が颯爽と登場し。

 

バンッッッ!! と、十段重ねの横の面積も縦の面積もちょっと大きすぎるお弁当がお出しされた。

 

「…………オイ、美甘?」

 

弁当という無言の存在から発される異常な圧に一方通行がたじろぐ。

ちょっと、いやかなり引いた姿勢を見せる一方通行の反応もどこ吹く風とばかりネルは自信満々そうに口角を吊り上げ、アスナ!! と、ネルが彼女の名前を叫ぶ。

 

はいは~い。と呼ばれたアスナは応答しながら、予め指示されていた通り弁当箱の蓋を開け、一番上の中身を一方通行らに勝利宣言かの如く披露を始める。

 

中は最高級ランクの牛肉を使用してると思わしき輝きを放つ焼肉が所狭しと並べられていた。

白米等の要素は一切なく、箱一杯に輝きを放つ焼肉が美味しさを主張し、ただこれでは色合いが少々アレかなと思ったのか申し訳程度のお漬物が端に少しだけ添えられている。

 

しかしハッキリ言って焼け石に水も同然だった。

重量感を何一つ拭えていなかった。

そしてそれが十層に及ぶ弁当の一層目だった。

 

つまりネルが用意した弁当は、そう言う弁当だった。

 

「一段目は焼肉。二段目はから揚げ。三段目は豚カツ。四段目はハンバーグ。五段目は焼き鳥。六段目がや焼き豚! 七段目は焼き飯、八段目は炊き込みご飯、九段目は白米! そして最後の十段目には食後のフルーツ! どれもこれもあたし等が用意出来る最高級の食材で料理させて貰った。さあ先生! 持って行ってくれ!!!」

 

完璧で最高の仕事をしたと言わんばかりにネルは胸を張っているが、肝心の一方通行は未だドン引きの姿勢を崩せていない。

 

いつ料理したんだとツッコミを入れたくなる程に弁当はボリュームたっぷりだった。

 

どう考えても絶対に食いきれない量だった。

と言うか、聞いてるだけで胃もたれを起こしそうな程の物量だった。

 

普通に持っていける訳がなかった。

 

なので一方通行は

 

「角楯、一ノ瀬、室笠」

 

立て続けに三人の名を呼び。

 

「美甘を連れて退場」

 

無慈悲にもレッドカードを掲げた。

直後、カリンとアカネがネルの右腕と左腕を掴み持ち上げ、残ったアスナが弁当を回収する。

 

あまりにも綺麗な役割分担と手際が良すぎる流れだった。

具体的に言えば、三人が三人共この展開を予想してたかのような動き方だった。

 

「ふざけんな放せ!! まだ終わってねえだろ話は!」

「リーダー。あれはやりすぎ。諦めて今日は帰ろう」

「今日しか渡す場はねえじゃねえか!!! 待て待て待ちやがれシャーレから出て行こうとするなあたしは一応入院中だ!!!」

「言い訳にしては中々ですけど残念ながら部長は今日だけの一時退院です。うふふ。お弁当はミレニアムで頑張ってる人たちに振る舞いましょうね~」

「ご主人様! 何処へ行っても無茶だけはしないでね!!」

 

約束だよと叫ぶアスナの声と、未だ抗議を続けるネルの声が遠くなっていく中、一つの嵐が去ったなと一方通行が胸を撫で下ろす。

 

その矢先。

 

「つまり今度は私のターン。と言うことかな先生──」

「退場」

 

ネルが引っ張り出されて行ったのを待っていたかのように、一体いつからいたのか、白石ウタハがどこからともなく登場するが、一方通行は彼女を一瞥すらせず容赦なくレッドカードを突きつけた。

 

「まだ何も出してないし話すらしていないじゃないか!? ちょ、ちょっと待ってくれ先生!! そんな! 私の出番が五秒で終わるのは流石にあんまりすぎやしないかい!?!?」

「白石。退場」

「話を聞いてくれる気がゼロなのはどういうことかな!!???」

 

問答無用の即答速攻即退場を勧告されたウタハが腕にしがみついてもおかしくない勢いで一方通行に異議申し立てを行い始める。

 

その勢いのまま彼女は弁当箱を取り出し、一方通行に猛抗議を始めようとした直前。

 

「お邪魔しますわあなた様。っと、失礼」

 

入り口で陣取っているウタハの横を通り抜ける様にワカモが入室してきた。

その手にはやはりと言うか当然というか、お弁当らしき包みがぶら下げられていた。

ユウカが言っていた通り、彼女にも話を通していたらしい。

 

「あなた様が数日の間出掛けると聞きまして、その、僭越ながら……お、お弁当を、作って、ま、参りまして……! 出来れば数日分作ってあげたかったのですが……保存の観点から不可能で。せめて今日のお昼だけでもと……その……!」

「言わなくても分かってる。作ってきてくれたンだろォ? とりあえず中入って適当にくつろいどけ」

「ッッ!! は、はい!!」

 

嬉しそうな顔を浮かべて颯爽とオフィスへ入っていくワカモを見届けた後、さてと一方通行は今一度ウタハの方へと顔を合わせ。

 

「白石。退場」

 

冷酷な宣告を彼女目掛けて告げた。

 

「おかしいッッ!! 話の流れがおかしいッッ!! え、今の災厄の狐だよね!? 災厄の狐はアッサリ通すのに私はダメなのか!? ちょっと待って私そんなに悪いことした!? 私の存在は災厄の狐以下なのか!? そこまで驚異的なのか!?」

「うン。オマエの料理は何が入ってるか皆目見当もつかねェ。食材か弁当箱が何かに改造されてると考えるのが普通だろ。なので退場」

「そ、そんなイチャモンで終わらせてたまるものか! が、頑張ったんだぞお弁当! 慣れない物を作ろうとして結果ちょっと変な機能が搭載されたお弁当箱になってしまったがせめて見るだけでも見て欲し──」

「残念お話はここまででェす。あと発言内容が完全にアウトですお疲れ様でしたァ」

 

問答無用とばかりにポケットに忍ばせている『シッテムの箱』を叩き、アロナを起こす。

直後、ガシャンッッ!! と、アロナがシステムを起動しオフィス入り口のドアが硬く閉じられた。

 

間を置かず、パカッッ!! と、彼女が立っていた床が開き、その下に設置されたシャーレの外まで一直線の滑り台へ彼女を強制的に招待し始める。

 

「あ、ぁああああああああああああああああッッッ!? す、すべりだっっっ何でこんな機能がああぁああああぁぁぁぁぁぁぁ……………………」

「出禁機能実行。今から二十四時間の間白石さンはシャーレに出入り禁止でェす。大人しくお引き取り下さァい」

 

一気に声が遠くなっていくウタハに別れの挨拶を済ましながら一方通行はアロナに指示し、閉じた扉を再び開けさせる。

 

平穏な世界が広がっていた。

そこにはもう誰もいない。

 

「シャーレに一度でも来たことある生徒を個別指定し排除するシステムっておかしくない? 普通外敵を排除する方向にしない? 生徒の方が危険度的には大きいの!?」

「ヒナ。世の中は綺麗事ばかりじゃァねェンだ。時には面倒な奴を相手にするより身近な奴をスルーする方が大切な時もある」

「何回か使ったような口ぶりね……」

「ヒナには使うこたァねェだろォから安心しろォ。そもそも基本的には使わねェ。本当に面倒な時だけ使うよォにしてるからなァ」

 

つまりさっきのやり取りは本当に面倒だったんだ……。と、小さくツッコミが入るが、一方通行は聞こえなかったことにしつつ改めてオフィスにやって来た少女達を一瞥する。

 

その数五人。

早朝も早朝だと言うのに随分と大所帯な有様だった。

加えて目的が共通し、かつここまでの人数になったのは全て偶然だというのも凄まじい。

 

それも含めて、彼女達全員に対し物好きと彼は評する。

 

たかだか数日いなくなるだけな話なのに、わざわざ駆けつけて弁当を作る。

ユウカとミドリは怪我を押して。

ヒナとハルナ、ワカモは遠くからわざわざシャーレまで出向いて来て。

 

一体何時に起きて弁当を作り始めたのか。

普通ここまでしないだろ。と一方通行は素直に思う。

 

無論。彼の推測は正しい。

普通の少女はここまでしない。

ユウカ、ミドリ、ワカモ、ヒナ、ハルナの五人もそれは例外では無い。

彼女達だって、普通ならばここまでしない。

 

あくまで。

あくまで彼だから。

あくまで先生だから。

あくまで一方通行だから。

 

彼女達は眠い眼を擦って早起きし、彼の為に弁当を作り上げた。

その意図を残念ながら彼は汲めない。

秘められている想いに気付く素振りすら見せない。

 

それでも、気持ちだけはしっかりと彼の胸に届いた。

無下にしてはならないと、心で感じた。

 

なので彼は仕方ねェなとボヤキつつ、俺の胃袋はデカくねェンだよと文句を垂れつつ、全員のお弁当を受け取ろうと決意した矢先。

 

「で、あなた様はこの五人の中から誰のを持って行くんですか?」

「…………は?」

 

特大級の爆弾がワカモから放り込まれた。

刹那。周囲の空気が変わったのを一方通行は肌で感じ取る。

 

「ちょっ! ワカモさん!! そういうつもりで呼んだ訳じゃないわよ!? あくまで抜け駆けはしないでおきたかったから呼んだの!! ひ、一人だけを選ばせるなんてそんなつもりじゃ……!!」

 

慌ててユウカが弁明を始めるが、こうなった時のワカモはもう止まらない。

一方通行は、彼女の性質を知っているからこそ断言出来る。

 

ユウカは人選をミスったと。

少なくともワカモだけは外すべきだったのだ。

 

何を以てワカモを呼ぶことを決意したのかは知らないが、彼女だけは呼んではならなかった。

一度暴走を始めたワカモを止めるのは、至難の業なのだから。

 

「それは自信がないからですわよね。私はありますわ。このとっておきのから揚げ弁当で先生のたった一人になれる自信が」

 

ワカモのそれは張り合いでは無く、どちらかと言うと宣言に近い。

そしてだからこそ、彼女の一言はユウカ、ミドリ、ヒナ、ハルナの四人を焚きつけてしまう。

 

「それとも、皆様は無いのですか? 私に勝つ自信が。まあ当然ですね。だって皆様、勝負する気が最初から無さそうなんですもの」

 

カッチーーーーーーンッッッッ!!!! 

 

そんな音が四か所から聞こえたような錯覚を一方通行は覚えた。

一方通行からすればたかが弁当の話に過ぎないだろと言いたくなるが、もう遅い。

 

導火線に、完全に火が付いてしまっていた。

 

「じょ、上等じゃない!!! 受けて立つわよその勝負!!! 先生!! 私の生姜焼き弁当!! 先生の為を思って作りました!! 私のを選んで下さい!」

「わ、私も! 先生が好きなハンバーグ。頑張って作りました!! ゲームみたいには上手く出来なかったですけど! ちゃんと美味しかったです! 私のにしませんか!?」

「先生。味は拙いかもしれないけど、先生は私が作った酢豚弁当を選んでくれるって、信じてるから」

「うふふふふ、美食で私に勝負を仕掛けたことをたっぷりと後悔させてあげますわ! 先生! 美食を求める私は作るのも一切妥協はしてませんわ! 先生の為を想って作った鳥の照り焼き弁当。きっと先生のお口に合うと誓いますわ!」

 

「さあ先生」

「先生!」

「先生」

「あなた様」

「先生!」

 

 

「「「「「一体誰のを選ぶんですか!?!?」」」」」

 

どうしてこうなった。

一方通行はそう思わざるを得ない。

 

何が切っ掛けでこうなったのか。

そもそも最初からこうなる運命だったのか。

今となってはどうでもいいことだ。

 

決定的なターニングポイントがあったのかもしれないが、過去を悔やんだ所で未来は変えられない。

今起きている騒動を、収めることは出来ない。

 

「先生! いい加減決めて下さい! これ以上私の心を弄ばないで欲しいです!」

「そうです先生! そろそろ限界です! ちゃんと選んでください!」

 

ズズッッ!! と、一気に距離を詰めて選択を迫る少女が五人。

鬼気迫る表情を前にして、現実逃避することしか出来ない人間が一人。

 

言わずもがな、一方通行のことである。

 

「大丈夫ですわ先生! 先生の気持ちは分かってます! さあ! 一番欲しいのはハルナの弁当だ。と高々に叫んで下さい!」

「先生……。その、これでも、頑張ったんだけど……やっぱり私は、ダメ……?」

「あなた様……! このワカモ、信じております……! あなた様が手を取る弁当は、ワカモのであると……!」

 

自分が一体何をしたのか。

もしくは何がいけなかったのか。

そもそもいけないことをしてしまったのか。

 

頭の中で何度も何度も洗い出しをしてみるが、何回やっても納得出来る決定的な答えは出ない。

どう考えても何も悪いことをした覚えがなかった。

果てしなく無罪であると一方通行は主張出来た。

少なくとも自分の中ではそう言い切れた。

 

かといって無実だから俺は悪くねェと少女達を突っ張る真似も出来なかった。

少女達の頑張りを知っているからこそ、一方通行は無下に出来ない。

と言うか、この中から一人を選べばその瞬間に何かが終わる予感があった。

拭いきれないイヤな予感が、彼に選択肢を選ぶと言う選択を与えない。

 

その結果、彼は確実に追い詰められていく。

その繰り返しの果てが、今の状況だった。

思い返している間にも、少女達の問い詰めは続く。

めずらしくたじたじとなっている彼に、一方通行に容赦なく少女達は詰め寄る。

 

椅子に座る一方通行に、少女達は一斉に両手を彼目掛けて差し伸べ、最後の決断を彼に迫る。

 

「「「「「さあ!!! 先生(あなた様)は誰のお弁当を持って行くん(の)です(か)!?」」」」」

 

勘弁しやがれ……。と小声で呟いた彼の言葉は誰にも届かない。

その結果どうなったかの未来もまだ決まらない。

 

 

 

 

 

 

 

これは一方通行がアビドス高校へ出発する当日の朝の出来事。

繰り広げられていたのは、いつも以上に賑やかな日常。

 

シャーレのオフィスは、今日も平常運転。

一方通行がいる世界は、今日も光に溢れている。

 

余談だが、一方通行は騒動が終わった後、しっかりとユウカの朝ご飯を食べた。

ただ、ユウカを除いた四人の視線の重さに、中々食材が喉を通らなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 













あと一話だけパヴァーヌを頑張って五十話でパヴァーヌ完結にした方が恰好が付いたなと終わってから後悔しております。
五十話記念が幕間で良いのか? 良いんです。頑張ったことが大事。

本編と幕間の差が激しすぎて風邪引きそう? 私の書く幕間は概ねこんな感じなので慣れた方が良いです。

そんな感じで書き上げた幕間ですが、手を付ければ意外と難しい。
何が難しいってプロットを全く組まず。やりたいことをやりたいまま本能で書いてるせいで逆に苦しむ羽目になってます。
流れに乗せるまでが難しいのです。でも楽しいのですよね。シリアス一切無しのコメディ路線。
そのお陰で何名かキャラが若干崩れているのですが、ギャグということで受け止めて頂ければ。

とはいえ本編に一切関係が無いかと言われればそうではないのです。具体的に言うとアビドス編初日はヒナがシャーレにいることがこの話によって確定されました。だから何だと言われればそれまでなのですが、一応、一応ね。

もう一つ本編に絡む設定として、五人が一堂に会したのはこれが初めてなのです。

ハルナはミドリと初対面。
ヒナはワカモと初対面。
ミドリはハルナとワカモが初対面。
ワカモはミドリ、ヒナと初対面。
ユウカだけが全員と面識有りでした。

果たして仲良く出来るんでしょうかね彼女達。いや、ある程度はして貰わないとこちらが困るんですが。

次回もお遊び話です。キャラが今回よりもさらに崩れます。
五人を中心にシャーレでわちゃわちゃするお話となっております。

もうしてる。と言われたらそれはそうなんですけども!!!!

…………。幕間ぐらいは早く書きあげたいなぁ。




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幕間2 『第一回先生攻略会議!』 







本編に一切絡まない、別に読み飛ばして良いお話です。

キャラが若干壊れてます。ご注意下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、今日は無理やり集めてごめんなさい」

 

時刻は午前九時。

先生がアビドスへ向かい始めてからニ十分程が経過した時、突然ユウカがミドリ達に向かってペコリと大きく頭を下げた。

 

「どうしてもみんなに聞いて欲しい話があったの。私達だけの大事な話。先生には、絶対聞かせられない話」

 

だからこのタイミングを、先生がいなくなる瞬間をずっと待ってた。

 

頭を上げ、深刻極まりない声色でそう呼び掛けるユウカに、ハルナ、ヒナ、ワカモの三人が一体急にどうしたと言う態度を取る中、ただ一人ミドリだけはユウカが何を言い出そうとしているのかに検討を付ける。

 

自分の身体に視線を落として腹部を右手でおずおずとさすり、複雑な表情を浮かべてグルグルと巻き付けている包帯の感触を服の上から味わう。

 

ミレニアムプライスに忙殺されているから無視しているが、自分の身体のボロボロさは変わっていない。

激しく動くことは出来ないし、戦闘に入れば銃弾一発を受けただけでダウンしかねない程の重傷。

そしてそれはユウカも同様だ。

 

シャーレの病室で意識を取り戻して、同じくシャーレで入院しているユウカに会いに行った時、驚き以上の感覚があったのをミドリは鮮明に覚えている。

 

ユウカは、自分とほぼ全く同じ傷を負っていた。

戦った敵は全然違う筈なのに、包帯の巻き方や怪我の箇所が酷似し過ぎていた。

こうなるとバカでも気付ける。

あの場において発生したであろうユウカとの共通点なんて一つしかない。

 

『ボロボロの錆びたカード』

 

超常の力を発現させるのと引き換えに、致死に至ってもおかしくない痛みと傷が迸らせるカードをミドリは使い、きっとユウカも同じく用いた。

 

きっとユウカはその話を全員にするのだろうとミドリは当たりを付ける。

先生がいない時に話を進めているのは、先生に要らない心配を掛けたくない為。

 

抜け駆けアピール出来るチャンスを捨ててまでゲヘナの委員長達に声を掛けたのは、恐らく自分達が使ったあのカードを彼女達も持っている可能性が高いとユウカが踏んだ為。

 

どうやって調べたのかどうしてその確信があったのかは不明だが、この三人しか呼ばなかったことを考えるにこの推測は間違っていない。

 

何らかの手段でユウカは知ったのだ。

自分達の他にも、カードを持つ少女達の存在を。

その少女達が、誰なのかを。

それが、彼女達。

 

空崎ヒナ。

狐坂ワカモ。

黒舘ハルナ。

 

以上、三名。

 

ゴクリ。と、思わずミドリは息を呑む。

ユウカは何を説明しようとしているのだろう。

カードのことなのか、それとも使うなと言う警告なのか。

はたまた別の何かなのか。

 

事情の知らない三人は首を傾げたような表情を浮かべる一方で、ミドリが浮かべる表情は深刻だった。

 

もしかすれば、先のカードがどういう物なのかも彼女は掴んでいるのかもしれない。

ミレニアムプライスも大事だが、この話に耳を傾ける方が今は重要度が高いとミドリは総合的に判断する。

 

(ごめんユズ。アリスちゃん。戻るのはもう少し先になりそう)

 

頑張ってゲームを完成させようと、徹夜上等で踏ん張ってくれている二人に対して心の中で謝罪を述べた後、意識をぐっと次に放たれるユウカの言葉に耳を集中させる。

 

刹那、ゆっくりとユウカの口が開かれ。

 

「これより先生攻略会議、通称どうすれば先生を落とせるのか会を始めます!!」

「…………うん?」

 

 

思ったのと大分、いやかなり違う内容を口走り始めたことに、ミドリは反射的に声を零してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

「大いなる緊急事態には、必ずそれ相応のチャンスが眠っている物なのよ!!!」

 

ホワイトボードをバン!! と、力強く掌で叩きながらミレニアムのセミナー、早瀬ユウカは何やら胸を張って偉そうにどこかの本で得た格言と思わしき物を声高々に張り上げていた。

 

要するに、キャラじゃないことを口走っていた。

そんなユウカが右手を叩きつけたホワイトボードには大きな文字で『第一回先生攻略会議』と書かれている。

 

但し熱意アリアリなユウカとは裏腹に、その字を眺める四人の視線は冷たい。

 

「で、これは一体何なのですか?」

 

口火を切ったのはワカモからだった。

その表情からは面倒だから早く帰らせろのオーラがこれでもかと放たれている。

 

「私達は先生のことを知らなさすぎる。その情報共有の場を設けたのよ」

「え、でも先生の好きな物とかは割と知られている筈じゃ──」

「シャラァップミドリ!!」

「シャラップ!?」

 

会議室に招き入れ、ブラインドを下ろして準備を進めていた時からミドリは薄々感づいていたのだが、どこまでも今日のユウカはテンションがおかしい。

何か悪い物でも食べたのだろうかと疑ってしまう程だった。

もしかしたら頭のネジが二本、三本緩んでしまうような曰くつきの変な物を実際に食べたのかもしれない。

 

「先生の好きな食べ物は肉とコーヒー! 趣味は私とのお喋り!! 欠点は金遣いが荒い!! 仕事は完璧! 顔も良い! こんな情報は今更なのよ!!!」

「ちょっと待っておかしい! 一か所変なのになってた! 先生の趣味がユウカに都合が良い物に改変されてた!!!」

「ミドリ、今は電〇文庫の話をしてるの。富士見〇ァンタジア派は静かにしてて」

「電〇文庫のでの字も入ってなかったよ今の会話!! あと〇撃文庫とか富士見ファン〇ジアとか言わないで世界観壊れちゃうから」

 

ギリギリを超えた発言を平然とし始めるユウカをミドリは窘める中、とりあえずこのままでは議題の糸口が全く見えないと、彼女が脳内で描いているであろう続きを促そうとした所で。

 

「そうですわ。先生の趣味は私と外食なのですから」

「ハルナ……さん! お願いだから乗らないで余計ややこしくなる!」

 

「いいえ。先生は私と一緒に二人きりで仕事するのが好きだから訂正して」

「先生は別に仕事するのが好きなわけじゃないと思うよヒナさん……」

「でも私となら?」

「知らないよ何でちょっと自信ありげな顔してるの!!!」

 

「全くです、先生の趣味は私を想うことですのに」

「とうとうアクションじゃない趣味が出て来たよ完全にワカモさんの主観だよ」

「え? 今先生のことは綺麗さっぱり諦めますって?」

「言ってない!!! 一言も言ってない!!」

 

次々と、本当に次々と各々が言いたいことを言いたいだけ言い始める魔境が出来上がってしまった。

あれ、おかしいな。思ってたよりも結構、いやかなり変な人達だとミドリはハルナ、ワカモ、ヒナの三名を見て感想を零す。

 

率直に言ってしまえば彼女達はやりたい放題をしていた。

 

全く。と、ミドリは一通りツッコミを入れ終わってから思考を言葉にして零し始める。

本当に、全く。

 

「先生は私とゲームするのが趣味に決まってるじゃん」

「さ、議題を続けましょ」

 

………………あれ? 

 

「ちょ、ちょっと待って!? あれ今のスルーされた!? ツッコミ無し!?」

「だって私達のボ……発言に一々文句付けてたのはミドリだけじゃない」

「そりゃそうだけど!!!! と言うかボケって言ったね!? 言いかけたね!?」

 

ユウカの失言をしっかりと耳に残したミドリは天井を仰いで頭を抱え絶叫する。

もう滅茶苦茶だった。

全員が滅茶苦茶を形成していた。

 

どうしてこの状況で振り回されてるのが自分一人だけなのだろうか。

きっと今日の星座占いで射手座は十二位だったに違いない。

 

「お願いだからちゃんとした議題を始めようよ……」

 

ミドリが切実な声にそれはそうね。と、ユウカが若干いつもの調子で声を出すと、もう一度バンとホワイトボードを掌で叩き。

 

「私達に必要なのは先生がどういう女の子が好みなのか。それ一点!」

 

ミドリ達四人をこの場に集めた趣旨を声高々にして発表した。

ただそれを共有する必要があるかと言えば疑問に残る。

 

何だかんだでユウカと長い付き合いのあるミドリはユウカの思惑が分からない。

彼女が敵に塩を送る理由があるのか分からないでいると。

 

「はぁ……実に下らない。私はお暇させて頂きます。後は皆さんでご勝手にどうぞ」

「私も、ゲヘナでまだまだ仕事がある。先生がいないならもういる意味は無い」

 

ユウカの力説をしょうもないと称したヒナ、ワカモの二人が席を立ち、会議室を後にしようとし始めた。

あわや会議が消滅する状況にミドリは二人を交互に見比べて慌て始めるが何故かユウカの表情は崩れない。

 

焦り一つ顔に出さないまま、彼女は自分達以外にもう一人この場に呼びつけている少女へ呼び掛けるようにパチンと指を鳴らす。

 

「アリスちゃん。この議事録の主題は何?」

「はい! 正妻戦争です!!」

 

瞬間。立ち上がろうとしていたワカモとヒナの動きが止まった。

ややして、二人は表情を一切変えず、淡々とした動きで椅子に座り直す。

 

「で、何を話すのですか?」

「時間は有限だわ。早く進めて頂戴」

 

座り位置を直したかっただけという風貌を装いつつ、しれっと二人は会議続行を促す。

無理があるでしょそれはと声に出したい衝動に駆られるミドリだったが、これ以上会話が拗れるのはイヤなので何も言わず成り行きを見守ろうとする。

 

する。が。

その前に一つどうしても気になることがミドリに出来てしまった。

一人、この場にいる筈の無い少女がいる。

 

その少女はニコニコとした笑顔でいつの間にか部屋の端っこに座っていた。

 

「あの、アリスちゃん? 何でここに?」

「書記をお願いというサブクエストがユウカから依頼されてアリスはそれを受注しました!! 記録はバッチリ任せて下さい」

「い、いや……! 私が言うのもなんだけど病室でゲーム開発してたんじゃ……?」

「予算二十万でどう? と言われ、ユズとモモイが快諾しました」

「お金で釣られてる!!! 生徒会の会計が勝手にミレニアムの予算使ってる!!!!!」

 

他のセミナーが今の内容を聞いたら卒倒してもおかしくない程の内容だった。

と言うか職権乱用も甚だしかった。

 

「さて、話を戻しましょうか、先生が好みとする女性のタイプについてですが、一つ面白い情報を持っております」

 

スッとワカモが手を上げ、タブレットを取り出す。

数秒程人差し指でタブレットを操作し、トン。と、最後に一回軽く液晶を叩き。

 

『愉快にケツ振りやがって……! もしかして誘ってンのかァ……?』

 

「「「「ッッッッッ!?!?!??」」」」

 

先生の声がワカモのタブレットから響き渡った。

どちらかと言えば響いたのではなく再生された、の方が正しいのだろう。

 

だが今、ミドリ達はそんな些細なことに気を配れる心境では無い。

もっと別の、根本的な問題が目の前で発生している。

 

今の言葉は何だ。

全員がそう言いたげにワカモを凝視する。

 

「うふふ、寝ぼけていた朝だからかもしれませんが、ヒラヒラとお尻で先生を誘惑したらこんな獰猛で野獣的な言葉が……。普段は腫れ物を扱うかのように私達に接する先生ですが、理性がまともに働いていない状況なら、先生は男性としての本能を剥き出しにして下さる……。そのまま先生は私の身体に覆いかぶさり、そして……あぁ……!」

 

ギュッッと己の身体を両腕で抱きしめ、頬を赤くさせ小刻みに震えてみせるワカモを前にした四人が一斉に身体を硬直させる。

 

最中、ミドリはワカモの下半身に視線を落とし、うぅ……と、僅かにたじろぐ。

 

短い。というよりは下着を真正面からだけ見えない様にしているとしか言えないぐらいに丈の短いプリーツスカート。

それなのにそこそこに深いスリットが入っている結果、彼女のスカートはあらゆる面に対して防御力が低く、ちょっと風に吹かれてしまえば、もしくは少しばかり身体を踊らせば、それ以前にただ横から眺めてさえいれば何もせずとも見えてしまう。

 

つまり彼女の発言には、いかんせん説得力が強すぎた。

 

「ま、まさか……いや先生がそんな、襲う訳が……が……!」

「まあ嘘ですけど」

「嘘なんじゃない!!!」

 

唐突なネタバラシにユウカは持っていたマジックペンを床に叩きつけながら憤慨する。

どうやら安心するよりも先にワカモの掌で踊らされたことによる怒りの方が勝ったようだった。

さっきの官能小説ばりな説明は何だったのよ!!! と、机を両手で叩きつけて気持ちを表す。

 

「うふふ、ハルナさん以外は積極性が足りなさそうでしたので、ここら辺で優位な立場を作ろうかと」

「それで嘘付いてるんじゃ世話ないじゃない……」

「誘惑は実際にやりましたが?」

「やってんじゃない!!! 後なんでちょっとマウント取ったみたいな顔してんの!! 失敗した癖に!! 失敗した癖に!!!」

「あら、でもユウカさんだってあわよくば自分を襲わせるように仕向けていたのでは?」

「んぐっっっ!?」

 

ユウカのスカートに視線をずらして反論するワカモにユウカは息を詰まらせる。

先生が出掛けた今でこそ元に戻しているが、先生に弁当を作っていた時のユウカのスカートもまあまあ大概な短さだった。

 

もっとも、オフィスにミドリ達が次々に押し寄せてた結果、ユウカと先生が二人きりになれた時間はほぼ皆無に近く、ユウカの魅了作戦が成功する可能性は微塵も無かった訳だが。

 

「誘い受けは昨今流行りませんよ? ストレートの方が忠実だと思います」

「失敗した人がどうして大きな顔をして言ってるのか理解に苦しむわ……」

「もう少しでしたのに?」

「だから何でちょっとマウント取ったような顔で根拠も無いこと言ってるのよ!!!」

 

二人の言い争い……もといワカモの好き勝手な言葉遊びにユウカは良いように弄ばれていた。

彼女が叫ぶ通りどこかしたり顔でユウカを見下ろしているワカモには自信が溢れている。

何の自信なのか一切分からなかったが、彼女の中では自分がこの中で一番優位に立っているらしかった。

 

先生の誘惑に失敗している時点でワカモの立ち位置はミドリ達と変わらないのは明白なのだが、そこについて議論する気は微塵も無いらしい。

 

「次は先生が寝ようとベッドの布団をどけたらそこには私の女体盛りが! とかしてみましょうか」

「お刺身絶対美味しく無いわよいや本質そこじゃないのは分かってるけど!! あと寝る直前のちょっと機嫌悪い先生に刺身食べさせようと画策するとか正気!? 本質そこじゃないのは分かってるけど!!!」

「もう、ならオフィスの床から常時風が吹き上げる様にすれば満足ですか?」

「オフィスの書類が全部吹っ飛ぶ!! それだけじゃなくてずっと空中に浮き続けるか天井に張り付く!! スカートがずっと捲れてて嬉しいより書類吹っ飛んで鬱陶しいが勝つわよ先生なら絶対に!!!」

「では発想の逆転です。逆に露出を抑えたら先生はあれ? と思って興味を持ってくれると思いません?」

「……へえ。ちょっと良い発想じゃない。続けなさいよ」

 

散々散々好き放題に誘惑案を並べるワカモに逐一ツッコミを入れ続けていたユウカが初めてワカモの提案に耳を傾ける。

 

ようやく実用性のある議題が出た。

そう言いたげにやや身を乗り出して次の言葉を待つユウカの期待は。

 

「…………。そんな回りくどいことせずにもう襲った方が早くありません?」

 

あまりにもあんまりな結論がワカモから出されてしまったことで一瞬で終わってしまった。

 

「諦めが早すぎる!! さっき私が抱いた興味を返して!!!! それになんで疑問形!? んなもん聞かれても知らないとしか答えられないに決まってるでしょ!!」 

「じゃあオフィスでただただ普通にたこ焼きでも作ります?」

「とうとう色気要素消えた!!!  消えちゃった!! それもうただたこ焼き作ってるだけじゃない!! 誘惑もクソも無くなったわよそれ!!」

「あら、たこ焼きはお気に召しません?」

「よりにもよってそこ食い下がるの!? それ否定されたの不満なの!? 普通もっと別なのに食い下がらない!? あれこれ何の話だっけ!?」

「……さあ?」

「さあ? じゃないわよーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 

椅子から立ち上がり天井目掛けて絶叫するユウカの姿はまあまあ可哀想だった。

一方で存分にユウカのリアクションで遊んだワカモは満足したかのように椅子に座り直す。

 

絶望に天を仰ぐユウカとホクホク顔で座るワカモと言う対照的な二人の構図は、この場において勝者はどちらかなのかを如実に物語っているように見えた。

 

(いや、何の勝負だったのか全く分かんないけど……)

 

二人の舌戦を観戦していたミドリは二人が何の戦いをしていたのか全然追いつけず、心中でありのままの感想を吐露する。

 

今一度状況を整理する為、ミドリはホワイトボードの文字をもう一度読み直す。

 

『先生攻略会議』『一。先生が好みの女性のタイプは何?』そう書かれているのを再度確認する。

 

これのどこがどうなれば先生を誘惑するにはどのシチュが一番であるか、に繋がるのだろうか。

連想ゲームにしてももうちょっと上手くやるよと言う鋭い指摘をユウカとワカモに対して嘆息がてら首を横に振って示していると。

 

「甘いですわね」

 

その壊れた連想ゲームに横に座っていたハルナが名乗りを上げた。上げてしまった。

 

「先生の理解度がまるで足りていませんわ。先生に誘惑は効きます。ただその時の服装が正しくないのです。これでは釘付けにすることなど夢のまた夢ですわ」

 

優雅に立ち上がり、サラリと髪を己の右手で撫で上げてハルナは意気揚々と胸を張った。

それを真横で見たミドリは思わず、スタイル良いなぁ……。と、小声で零す。

 

このメンバーの中で最も長身な彼女は、立ち振る舞いが優雅なのと、着込んでいるゲヘナの制服があまりにも彼女の容姿と相性が良すぎるのも相まってどこまでも高貴さを醸し出している。

胸のふくらみも制服の上からでも分かる程に大きく、髪も隅々まで手入れが届いておりそれがより一層彼女を華やかに仕立て上げる。

 

可愛いではなく、綺麗。

 

これで戦闘力もこの中ならワカモに追随しているのだからもうズルいとしか言いようが無かった。

 

「スカート部分にスポットを当てて話をしますが、ただ短くするだけでは魅力にも誘惑にもなりませんわ。ただ足をさらけ出すのではなく、タイツを履くことによって露出はそのままに肌色が隠されて美しさが備わり、より先生の目線を引き付けるのです」

 

持論を力説するハルナにユウカがふむふむと頷き、ヒナが明らかに興味を持っているかのようにハルナに視線を向け続けている。

 

「まあ先生が私の足に釘付けになってる記憶は一度も無いのですが」

「無いんじゃない!! 成果ゼロじゃない!! 誘惑効いてないじゃない!!!!」

 

が、ようやくまともに進められそうな気配がしていた議題は突然方向性が迷子になってしまった。

というか、ユウカがさっきから振り回されっぱなしだった。

 

既視感どころの話ではなく、まんまワカモの時と同様の展開だった。

二回も同じ展開いらないわよ! と、ユウカの怒号が響く。

 

「やはりもっとヒラヒラと簡単に風で揺れるスカートの方が先生としては嬉しいのでしょうか? これでも一応シャーレに赴く際は生地が柔らかいスカートに変えてはいるのですが……」

「それで視線が動いてくれるならとっくにやってるわよ!!!」

 

「内側に扇風機でも仕込んで無理やりパタパタさせてみます?」

「痴女にも程がある!!! もうそれチラじゃないから! ずっとだから!! あと太ももに扇風機設置してるの見えたら興奮してくれる前にドン引かれる!!」

 

「それでしたらスカートを駆動式にして回転運動を加えれば」

「回転ノコギリみたいに動くスカートなんて履いたら腰が摩擦熱で死んじゃうわよ!! しかもそれだと永遠にスカート水平だから! それもうスカートじゃないから!!」

 

「ならスカートを特定のタイミングでだけ透けさせてみたりとか」

「それは有り……いや無いわよ! ちょっと一瞬悩んじゃったじゃない!! そもそもどうやってやんのよそれ!!! 出来もしない技術をさも当然あるかのように言わないで!」

「昔は出来てましたのに……」

「逆に昔出来てて今は出来ないの訳が分かんなすぎるのよ!!!」

 

漫才やりたい訳じゃないのよ!! これじゃちっとも議論が進まないじゃない!! と、鬱憤を晴らすかのように叫ぶユウカを見るのはこれで今日何度目かな。と、ミドリは荒ぶり続けているユウカに同情の念を寄せる。

 

とはいえ先生が去ってからユウカのテンションやら振る舞いはずっとおかしいので、総合的にみればどっこいどっこいである。むしろ今の今まではっちゃけなかった分ワカモやハルナの方が大人しい。

 

「私が議論したい好みのタイプってのは、先生はどういうシチュエーションで二人きりになるとより心を開いてくれるのとか、格好や振る舞いは大人っぽい方が良いとかそういうのが聞きたいの! 今の所全部えっちなのばかりじゃない!!」

「!! ちょっと待って」

 

五人の少女を集めて何の議論を交わしたかったかをことここに至ってユウカはようやく放出する。

いや最初からそれを言っておけばここまで拗れること無かったでしょと言う言葉が喉元までミドリは出掛かったが、それを制する様に先にヒナがユウカの発言に引っ掛かりを覚えたのか待ったをかける。

 

この時、ミドリはヒナが自分が思ったのと同じ指摘をするのだろうと思った。

だが結果は、彼女の予想を大幅に超える。

 

「先生の好みが仮に。絶対無いと思うけど万が一年上系だった場合、私達は全員先生のストライクゾーンから外れていることになる……!」

 

「「「「ッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!」」」」

 

瞬間、ビシャリと電撃が走ったような衝撃が四人の脳内を駆け巡った。

ヒナが放ってしまった一言は、会議室を瞬時に固まらせてしまう程の威力を誇っていた。

 

当然ミドリも例外では無い。

あまりに顔が若いので彼女自身失念していたが、先生は先生なのだ。

自分達を指導する立場の人。

 

つまり、年上。

 

先生好みの可愛さは知ることさえ出来ればどうにか努力で作ることが出来るし、好きな振る舞いだって教えてくれさえすれば何だってやれる。

 

しかし、しかし絶対に覆せない物というのはこの世には必ず存在する。

そのどうしても無理な物が、年齢だった。

 

年下の自分達は先生の年上にはなれない。

仮に先生が年上好きだった場合、自分達は一生彼の好みの範疇に収まることはない。

 

「先生の好みのタイプは年下。もしくは年下系女の子。異論は無いわね?」

 

全員の意見を取り纏めるかのように、ユウカが『先生の好みのタイプ。年下』と、マジックペンで太く大きくホワイトボードに記す。

 

傍線を強く引き、赤いペンで大きなマルを描いてその中に収めた上、『!』マークを後ろに二本付け足す徹底ぶりは、他の主張を一切認めないという意思がありありと溢れている。むしろ溢れすぎて文字が溺れていた。

 

恐ろしいのは一方的に決めつけられてしまった先生のプロフィール更新に、全員が異議を唱えなかったことだろうか。

 

一切合切が先生から引き出した情報でないにもかかわらず、全員がうんうんと頷くこの状況は傍から見て狂気に他ならない。

 

率直に言って全員がおかしかった。

だが同時に、ヒナの思い付きによって散々ヒートアップしていた会議室に落ち着きが戻ったのも確かである。

 

議論ではなく片方がボケて片方がツッコミを入れるだけの場所になっていたが、これでようやく本来の道筋に戻れた。

そう安心したミドリだったが。

 

「ところで一つ、さっき狐坂ワカモが先生を誘惑するどうこうの話の際、タブレットから再生された先生の声、あれは何?」」

 

ヒナが発した一言によって再び状況がきな臭くなったのを感じ、ミドリはもう駄目だと言わんばかりに嘆息しつつ右手で両目を覆った。

あれ、最初からこの会議は続けられる物では無かったのでは? と、徐々に感づく。

 

「ああ、合成音声です。先生の日常会話をつぎはぎして後はシステムで整えました。おはようからお休みまで何でもござれの一級品です」

「おはようから……お休みまで……!!???」

「ヒナさん、あまり反応しないで……。それ普通にダメな奴だから。バレると先生に嫌われる奴だから」

 

ガバッッと勢い良く立ち上がり夢を膨らませるヒナを必死にミドリは宥め始める。

 

倫理観。という物がこの世には存在する。

銃社会という極めて物騒なキヴォトスにおいてもそれらはしっかりと適応される。

 

ゲヘナの風紀を取り締まっていてかつ委員長のヒナさんならそれぐらい分かるでしょと言いたげな視線と声色でミドリは彼女の暴走に待ったをかける。

 

が。

 

「……、バレなければ、先生からお休みって……。それにその他にも色々と……」

「あ、ダメだこの委員長、割とタガ外れるタイプだ」

 

虎の子であった先生を引き合いに出して尚諦めない彼女を見て颯爽とミドリは白旗を振り回した。

段々とミドリの中でヒナに対する評価が下がっていく。

 

多分普段は優秀なのだろう。ゲヘナの風紀を取り締まっているのだから当然だ。

ただ先生が絡むとポンコツ化するだけで。

 

しかしこのままではいけない。

倫理観が完全に失われたろくでもない流れを保ったまま会話を進めるとよろしくない方向に話が発展する。

 

直感と今日の経験がそう訴えている。

なので。

 

「ヒナさんは何か無いの!? えと、先生とこうすればもっと仲良く出来るんじゃないかみたいな案が!」

 

ミドリは慌ててあのさと声を出した後言葉を続け、必死に軌道修正を行い始める。

彼女の提案にヒナはそうね、と顎に手を置いて一瞬考え込む仕草を始めた。

 

よし、流れが変わったとミドリは心の中で力強く拳を握る。

ユウカがやりたかったであろう議題に本筋を以降させつつ彼女の暴走も抑えた。

ここまではミドリが想定していた通り。

 

「確かに聴いてるばかりじゃ呼ばれた意味が無い。ここからは私のターンってことね」

「……どうしよう。ターンとか言い出した時点で不穏になったんだけど」

 

そしてヒナの一言によって一気に想定外へと外れた。

 

「安心して、私は黒舘ハルナや狐坂ワカモとは違っておかしい案は出せそうにないから」

「もう全部フラグにしか聞こえないよイヤな予感がひしひしとするよ出来ればそのままターンエンドして欲しくなったよ」

 

あと明らかおかしい案を出そうとしないで欲しい、ここは面白いこと言ったもん勝ち大会の会場じゃないから。それが始まるとただの大喜利会場になっちゃうから。そんなミドリの切実な声が会議室に響く。

あれ、おかしいな。こんな筈じゃなかったのに。

当初ミドリが予想していたヒナの発言とは大分違う物が飛び出した事実に彼女は一刻も早く会話を切り上げたい旨を伝える。

 

「そもそも、先生は自分から私達に何らかの行動は取ってくれない、まずここをどうにかすれば良い」

 

コツ……と、机を人差し指で小さく叩きながら根本的な問題点を指摘する。

確かに彼女の言う通りだった。

先生は頼み事をすれば大抵聞いてくれるが、そうでない場合基本的には自分から干渉しない。

 

この部分さえどうにかしてしまえば全て上手く行くのではないか。と言うのがヒナの意見だった。

 

「じゃ、じゃあ具体的にはどうすれば良いのかヒナさんは持ってるの?」

 

ええ。と、ミドリの質問にヒナは首肯し、

 

「まず先生が主人公のゲームを作るの」

「明らかおかしい案は無しって言ったよね!?」

「!! ゲーム制作ですか!?」

「アリスちゃん今は大人しく書記に徹して収集つかなくなるから」

 

何をどう間違えれば先生と仲良くなる案に先生主体のゲームを出そうと言う話になるのか。

不安が見事的中したことにミドリはガックリと項垂れる余裕も無く彼女の案をどうすれば却下出来るかに思考をシフトし始める。

 

「まあ聞いて。先生が主人公のゲームを隣で遊んでいたら流石に興味を持つと思わない?」

「………………、一応聞いておくけど、ジャンルは?」

「? 恋愛ノベルゲーに決まってるでしょ」

「興味持ちづらいよ! それ先生の前で遊ぶの!? ちょっとどころじゃなく鋼の心臓過ぎませんか!?」

 

思わず最後に敬語を使ってしまう程ヒナの提案はぶっ飛んでいた。

この調子ならヒロインはどうせ自分をモデルにしたキャラとか言い出すに決まっている。

 

それを目の前で遊ばれて先生が好感触の反応を返す訳が無かった。

良くて無言。最悪はヒナを置いて一人で外出だ。

 

「却下だよ! 却下却下!! 気まずくなるだけだよ!!」

「じゃあ普通にお野菜運んでお肉と交換してもらって最終的にお金で世界を滅ぼす横スクロールアクションは?」

「何もかもが普通じゃなかったよ!? 目的も結果も意味不明が過ぎるよ! ほのぼのかと思ったら殺伐してたんだけど!? 却下!! それ絶対クソゲーだから!!!!」

 

「だったら普通のRPGにする? 先生をモデルにした人が主人公で私達をモデルにしたヒロインが仲間の」

「…………。まあ普通だね。それなら良いんじゃない……かな? 多分口ぶり的に恋愛要素マシマシになる作品なんだろうけどノベルよりかは──」

「いいえ、仲間はいなくて先生が一人で戦うRPGよ」

「うーん、少し、いやかなり古典的な気がするけどアリっちゃアリか」

「ただし先生のレベルは最初からマックス。ステータスもカンスト。やることは真っ直ぐラスボスに向かって囚われの私を助けるだけ」

「そんなRPGがあるかぁああああああああああああああッッ!! 成長要素無いじゃん!!!! あとさりげなく登場人物先生とヒナさんだけにしてる!! この人自分しか出さないつもりだ!!!」

 

「だって先生には……傷付いて欲しく無いから……」

「じゃあ先生をモデルにする主人公じゃない方が良くない!?」

「先生を主人公にしたゲームが良いって言ったのは才羽ミドリだった筈だけど」

「言ってないのに勝手に過去を改変しないで欲しいな!!!!」

 

嫌な予感がその通りだったことにミドリは絶叫する。

やっぱりこうなった。空崎ヒナもまともではなかった。

 

もう駄目だ、今日はみんながみんな面白いことを言わなければ死んでしまう病に罹っている。

いや面白く無いよ! 付き合わされているこっちの身にもなってよ!! と、今一度ツッコミを入れようとした寸前、ヒナが彼女の方を嘆願するような目で見つめ。

 

「才羽ミドリ。あなたが頼りよ」

「だから作らないってばぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!」

 

今日一番の張りのある声を会議室に木霊させたミドリは、そのまま勢い良く立ち上がりユウカの方へ身を乗り出す。

 

「ユウカ!! 今日は解散にしよう! そもそもこの人選でやるのが間違いだったんだよ!」

「待ちなさいミドリ。まだ私の意見が言い終わってないわよ!?」

「絶対やだ!! 頭が痛くなる未来しか見えないもん!!」

「でもミドリの意見も聞いてないわよ!?」

 

今にも会議室から退出しても良いように立ち上がって捲し立てるミドリにユウカから待ったの声が掛かる。

 

そしてそれはミドリにとって完全なる灯台下暗しだった。

あ、そっか。と、ある事実に気付いた表情を浮かべる。

 

そうだ。その手があった。

自分が意見を言って会議を纏めてしまえば良いんだ。

 

ええと、と、冷静になったミドリは改めて今日の議題を思い出す。

確か、先生を振り向かせるにはどうすれば良いか。だったかな。と、議題内容を脳裏に浮かべたミドリは数秒程悩む素振りを見せた後。

 

「……メイドさんになってお世話してみる。とか?」

 

と、彼女の中では至極真っ当だと捉えている意見を述べた。

メイド服。

見た目もフリフリで可愛らしいし、これなら唐突にちょっと短いスカートを履いても違和感を持たれない。

それで先生の世話をするという名目でスキンシップも多く出来るし、その時に小さなハプニングが起こってもそれはそれで仕方の無いことだ。

 

大義名分が多分に得られる良い提案だと真剣な表情でミドリがユウカに提案を掲げる。

 

が。

 

「上位互換の完璧メイドがミレニアムにいるのに、にわかメイドになるの!?」

 

彼女の反応はそんなに良好では無かった。

仕方が無いので別の案をミドリは考え始める。

 

「じゃあナース服? ええ、でもそれちょっと恥ずかしいよ」

「私達が看護側に回るの!? 今どう見ても患者側なのに!?」

「え、でもユウカ超元気じゃん。ちょっと化け物過ぎて引いてるよ私」

「頭にブーメラン刺さってるの気付いてる? ねえ? ねえ?」

 

真剣に提案したのにこれも却下されてしまった。

我儘だなと心の中で思いつつも、仕方ないなと次に思い付いた物を提示し始める。

 

「ちょっとマニアックだけど占いしてみるとか?」

「振り向かせるじゃなくないそれ? 遊びの一環として受け入れられないそれ?」

「そして今日先生は死んじゃいます。死なない為には私から一秒も今日は離れちゃダメですとか言えば良い感じになると思ったんだけど」

「信じる訳ないでしょ!? 先生を馬鹿だと思ってない!?」

「分かったよもう、なら間を取って綿あめ作るから」

「どの間!? それに作ってどうするのよそれ!!」

「私が食べるよ。先生多分そんなに好きそうじゃないし」

「何の話!? ねえこれ何の話!?」

 

何の話って、そりゃあ……と、言いかけた所でミドリは一瞬考え、何を軸に話していたのかを思い出そうとして。

 

「…………先生と遊ぶ話?」

「ちがああああああああああああああああああうっっっっ!!」

 

導き出した答えは、ユウカに違うと大声で否定されてしまった。

一体何が違うと言うのか、そうミドリは問い詰めようとした矢先。

 

「はぁ……はぁ……!! きょ、今日の所はこの辺で解散!! 各自議題は持ち帰って貰って後日発表!! 今回の反省点は次回に活用させて貰うわね……!!」

 

あまりに重い宿題を言い渡した後、疲れ果てた顔でユウカは会議室から退出した。

直後、ガタっと椅子を引いてワカモ、ハルナ、ヒナ、そしてアリスの四人も立ち上がり。

 

「うふふ、次はもっといい案考えてきますね」

「今度こそ皆さんが賛同するネタを持ってきて差し上げますわ」

「今日はこの辺にしといてあげる。次回を楽しみにしてて」

「ミドリ、先に病室に帰っていますね!」

 

アリスを除いて不穏な一言をそれぞれ述べつつ、会議室を、ひいてはシャーレを後にし始めた。

 

残されたのは、ミドリのみ。

唐突に終わってしまった会議に一人ついていけず、取り残されてしまったミドリは数秒程硬直した後。

 

「え? …………第二回やるの!?」

 

詰めたくない予定が一つ埋まってしまったことに、嘆きの叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











没セリフ

「この会話や伏字使ってるのが既に富士見〇ァンタジアの某作品みたいな感じになってるのに!? どこかの生徒会がギャーギャーやってる作風だよこれ!!」




どこで使う予定だったかはお察しください。

幕間2を書こうと思った時点でこのお話が壊れているのは確定的でした。
ひたすらやり取りで面白そうな物を取り入れて書いた結果こうなったのはちょっと、いやかなり申し訳なかったかもしれない。


幕間1を挟んだのは半分コレを書くつもりだからでした。
あれで一旦話の流れを断ち切り、ふざけても良い空気を醸し出したかったのです。

多分本編終了の次にコレを書くとさっきまでサウナにいたのに目を開けたら極寒の南極でしたみたいな感じになってたと思います。


次回は本編、アビドス編が始まります。

同時にこの話で登場した殆どの生徒がまたしばらく出番無しになるのですが……まあご愛敬と言う事でここは一つ。












もし仮に第二回をやるとするならば、この話限定で一人称になると思います。
もし仮に第二回があったならば、の話ですけども


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三章 アビドス対策委員会編 salvare_order
陥落のアビドス


 

 

 

 

 

 

 

一日の目覚めはいつも無機質な機械が教える。

それが目覚まし時計から発されるアラームだったりしたのはもう昔の話。

 

今は、おどろおどろしい重厚な起動音が、彼女の目覚まし時計だった。

閉じていた瞳をゆっくりと開け、しかし顔を上げず俯いたまま少女は身じろぎ一つせず、淡々と今日が始まったことに感情を表に出さず嘲笑する。

 

といっても、彼女はこの日常を送る様になってから一度も睡眠らしい睡眠を取っていない。

寝ると言う行為は、彼女自身が封印した。

安らぎを得ると言う行動自体を、彼女は心から毛嫌いし己に枷を掛けた。

 

最初だけはここまで自分自身を追い詰めたりはしなかった。

ただ、どうせ寝ても現実より酷い悪夢に苛まれるだけだと知って以降、彼女は寝ること自体を諦めた。

 

目は、閉じてるだけ。

頭の中ではずっと後悔の念が渦巻き続け思考を途絶えさせてくれない。

 

肉体も精神も限界まで酷使され、身体は睡眠欲求を絶え間なく送り続けるが少女は断固として拒否し続けていた。

 

これで身体が壊れてくれるなら、それが一番楽なんだけどな。

 

(あ……)

 

不意に考えてしまった結末に、少女はほんの僅か口を開いて誰にも聞こえない声量で言葉を発し、そんな救いを求めてしまった自分自身を同じく表情にも声にも出さず嘲笑う。

 

今の状況がお似合いだと言うのに、ここに終わりを求めるなんておこがましいにも程がある。

このままここで生かされず壊されず、しかし破滅には向かう取り返しの付かない生き地獄に身を置く事でやっと贖罪出来ると言うのに、どうしてそれを手放そうと考えてしまったのか。

 

ああ、つくづく反吐が出る。

この期に及んで我が身を案じてしまった自分自身に対して吐き捨てたくなる。

 

死んでしまえ。と

 

(ああ……でも死んじゃダメだ……。このままここで……朽ち果てるように生きないと……)

 

どれだけ自分を責め立ててもそれら全てが救いとなってしまっている現状にさらに吐き気を催しつつ、少女は頭を垂れたまま心を空虚で埋め始める。

 

死んではならない。

生きなくてはならない。

少しでも多く罪を抱えて。

一つでも多く痛みを抱いて

 

赦して。

言葉に出さず口の動きだけで紡がれたその言葉は、果たして誰に向けられたのか、その真実を知るのは彼女以外誰もいない。

 

彼女の心はいつも薄暗い。

この施設に身を投げ出して以降、一度も彼女の心は晴れない。

その心に宿るのは虚無。

どこまでも虚ろで、ひたすらに心を底に埋めた彼女は今日も身を捧げる。

 

『これより、第二百三十二次実験を開始します』

 

突然現れた妹と名乗る顔も体格も違うのに、ヘイローだけは自分と同じ形をしたのを浮かせている少女と、

自分自身の選択によってこれまで積み上げてきた全ての努力を奪ってしまったかつての仲間である少女達に向けて。

 

小鳥遊ホシノはひたすら終わりの道を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

アビドス地区。

砂漠地帯に隣接した地域で、その性質上昼と夜で寒暖差が大きい地区。

かつては数千人規模の生徒がアビドス地区の高校に通っていたらしいが、それは昔の話。

現在、この地区から人は消え、キヴォトス最大級の学園だったらしき面影は微塵も無い。

 

全ては、ある時期を境に突如発生した大規模な砂嵐により地区全体の砂漠化問題が発生したのが原因だった。

 

一気に深刻化してしまった砂漠化対策の為多額の資金が投入されたが結果は振るわず、金は消えていくのに現状は何も改善しないと言う最悪の悪循環にアビドスは突入した。

 

結果、どうなってしまったかはもはや語るまでも無い。

砂漠化を放置する訳にもいかず借金を重ねたアビドス高校は一気に衰退、人口流出も歯止めが掛からず、砂漠化も止まらず、あちこちの街が砂漠に呑まれ、借金は今も膨らみ続けている真っ只中。

 

『これが、現在のアビドス地区の状態です。アビドスの校舎も本館は既に砂漠に呑まれていて、今は自治区内の別館が何とか機能しているのが現状です』

「成程なァ……。連邦生徒会の連中が誰も手を貸さなかった理由は、つまり何をどうやっても無駄と判断されたってことか」

 

その街中を一機の黒い大型二輪走行車が駆けていた。

全長二メートル超え、重量二百オーバーを誇る大型バイクを操りながら彼、一方通行は脳内に直接響いてきたアロナの説明を聞いて、この地区がどうしてここまで廃れたかを知り、僅かばかり目を細める。

 

既に多額の金を使って挑戦し、完膚なきまでに失敗しているからこそ手は貸せない。

誰がみすみす好き好んで金をドブに捨てようと思うのだろうか。

理に適ってる話だなと、連邦生徒会の判断を非難することは出来ないと一方通行はアビドスにいる少女達に同情の念を送る中、砂漠化し、まともに歩くのも難しいであろう悪路も全く関係無しとばかりにバイクを操って目的地であるアビドス高校へと一直線に向かう。

 

『ところで先生、今日はどうしてバイクを?』

「むしろ逆にどうしてバイクを使わねェ選択肢があるンだ」

 

砂に足を取られて仕方がない場所でどうして移動手段に徒歩を使う理由があるのだろうか。

杖を突いて歩かなければならない彼の性質上、砂漠は非常に相性が悪い。

杖がまともに機能しなくなるし、足を無理に動かすことも出来ない以上、一度足を取られてしまえば脱出に時間を要するのは明らか。

 

間違いなく通常時よりも数倍は時間を掛けて歩くことになる。

ただでさえ徒歩移動にハンデを背負っているのにこれ以上付与させればそれこそアビドスに到着するまでに日数を使ってしまう。

 

なのでバイクを使って移動するのは至って当たり前の思考だと言えただろう。

足も疲れないし、時間も掛からない。むしろこの状況で使わない選択肢は普通選んだりはしない。

一方通行としては逆にどうしてバイクを使ったのかと聞いて来るアロナ自体が疑問だった。

 

『生徒さんが後ろに乗ってないですよ先生』

 

回答は至ってシンプルだった。

彼女の答えを聞いた一方通行は嘆息し、良いか? と、前置きする。

 

「言っとくが望ンで乗せてる訳じゃねェよ……。いつもいつもうるせェから俺が折れてるだけだ」

 

シャーレでの書類仕事は基本的に午前中で終わらせるのが日常。

残りの午後は実働業務を行うか、何も無ければその時点で一方通行は外に繰り出すのだが、この時、当番生徒が一人だけだった場合、頑なに同行を申し出て来るのが多い。

 

無下にするのも憚られた一方通行は、仕方なく少し前に納入されたバイクの後ろに乗せて街を走る日々を送っており、その姿を多数の生徒が目撃した。

 

思えば、それが彼の運の尽きだったかもしれない。

 

気が付けばあれよあれよと言う間に午後は先生が生徒をバイクの後ろに乗せてどこかへ遊びに連れて行ってると言う噂が広まり、シャーレで仕事をしたいと申し出る少女達が増えた。

そして彼の午後の自由時間はほぼ消失した。

 

ちなみに同乗率が最も多いのは現状ハルナであり、次点に、モモイ、ユウカ、ミドリと続いている。その他にもそこそこの生徒が乗っているのだが、回数自体は彼女達と比較すれば劣っている為一方通行は数えていない。

 

「俺としてはもう少し小型で取り回しの良い奴が欲しかったのに、大型が良いですそして後ろに乗せて下さいとか口々に言い出しやがって……俺一人じゃ倒した時持ち上げられねェって言ってるのによォ……。何が私が持ち上げるから安心して下さい、だ。常に誰か一人俺の後ろに乗ってる前提かよってなァ」

 

バイクを購入する前日にシャーレで交わした少女達との会話を思い出した一方通行は苦い表情を顔に出して空を見上げた。

彼の脳裏にユウカ、ミドリ、ハルナ、ヒナの四人に一斉に詰め寄られて大変な思いをした記憶が蘇り始める。

 

キヴォトスにいる以上足が欲しいなと思ってバイク購入を決意したのが数週間前。

その時に偶然いたハルナが嬉々としてカタログを持ってきたのが始まりだった。

 

『キヴォトスの各所を先生と二人で回って買い食い! 是非大型で二人乗りのを買ってくださいませ!』

 

これだけなら別にいらねェだろの一言で済む筈だったのだが、何処で広がってしまったのか、噂を聞き付けたユウカ、ミドリ、そして後日遅れてやってきたヒナの三人も、それぞれ目的こそ違えど要点はどこかに先生とバイクで二人乗りして出掛けたいから大きいの買ってください。だった。

 

そこで一方通行はとうとう折れた結果、何故か四人が集まることになり彼のバイクは何が良いかを勝手にカタログを並べて睨めっこをし始めた。

 

ここまでは良かったのだが、不意にヒナが発してしまった一言が場を混沌に陥れた。

 

『先生はその……前に誰かを乗せたことがあるの? その、女の子……とか』

 

思い当たる例が一つあった一方通行は素直に吐露する。

自分を師匠と崇める少女を乗せて夜の街を走ったと。

 

これがいけなかった。

本当にこれがいけなかった。

 

あの時、どうしてあそこまでカタログ片手に盛り上がっていた四人の空気が冷えてしまったのか未だに一方通行は分かっていない。

 

その後、怒涛の勢いで四人が一直線に彼の方に走り寄り、血相を変えた表情で一斉に根掘り葉掘り聞こうとし始めた時は正直に頭が痛くなる展開だった。

 

最終的には私達も後ろに乗せて夜の街を走って下さい!! というちょっとよく分からない理論がユウカの激しすぎる圧と共に繰り出され、それで彼女達の機嫌が直るならと屈することにより一応の終息を経たのだが、一方通行としてはやはり、理解しがたい展開なのだと思わざるを得なかった。

 

なので一連の約束は守りはするが納得はしていない。

 

大体、キヴォトスに来る以前に女を一人バイクに乗せて走ったことがあるってだけでどうしてあそこまでグイグイと詰問されなければならなかったのか。

 

今頃になって色々と言いたいことがぶり返した一方通行だが、別に怒りの感情を向けている訳では無い。

ただ、ちょっと面倒だと思っただけ。

それは別に、彼女達に限って覚える感情では無かった。

こういう感情を覚えたのは学園都市で何度もあった。

 

それはこんな自分を居候として招き入れた女教師であったり。

とある実験に参加していた知り合いの研究者だったり。

 

何度も何度も手を差し伸べて来る、どこぞのチビガキだったり。

 

「………………」

 

彼女達に対して一律覚えた感情は、過去に覚えた物と一致している。

面倒だと切にこそ思う物の、否定的な感情は一切含まれていない。

 

その証拠と言わんばかりに、普段は生徒が座っている後ろの座席には彼の脳裏の中に浮かんでいる少女達が今朝作ったお弁当が括りつけられ、落さない様しっかりと固定されている。

 

その数、キッチリ五人分。

 

「一人で食いきれるかっての……」

 

優しさを覆い隠したいかの如くボヤかれた声は、バイクのエンジン音によって見事に全て掻き消える。

ただし。

 

『ぶ~~!! 私だってお弁当作りたかったです!!』

「いや物理的に無理な話をしてンじゃねェよ」

 

彼女に対してだけは筒抜けだった。

どれだけ言葉を小さくしてても、彼女にだけは聞こえてしまう。

厄介な状況になった物だと、一方通行は弊害を嘆き始める。

 

「つゥかよォ。今日は妙に饒舌じゃねェか」

『先生が普段話しかけてくれないからじゃないですか! 本当はこうやって先生と沢山お話しをしていたいんです!』

 

キーン!! と、脳に直接大声が届けられ一方通行は思わず眉を寄せ右目を瞑る。

ハンドル操作を誤らなかったのは幸いだった。

 

こんな所でバイクを転倒させたりでもすればその瞬間このバイクは放置決定だ。

一方通行だけではどう足掻いてもこの鉄の塊を持ち上げることは出来ない。

 

本当に、つくづく厄介な状況になってしまったと今一度彼はこの状況に頭を横に数度振った。

 

「オマエに変なのをぶち込まねェ方が良かったかもしれねェな」

『えーーー!! スーパー可愛いアロナちゃんともっとお話ししましょうよ先生~~~~!』

「どォでも良いが人前では喋りかけて来るンじゃねェぞ。俺にしか声は聞こえてねェンだからよォ」

 

それぐらい弁えてます!! と、怒りの声がまたもや脳内に響き渡る中一方通行は、で? と、一方的に会話に区切りを付けアロナの意識を無理やり変えさせる。

 

「学校までは後どのくらいだ」

『ルート通りに進めばあと数分で校門が見える筈です』

 

それにしても凄いですね。と、アロナの声が響く。

 

『街のど真ん中でも道に迷う噂もあるアビドスで、一切迷っていませんよ先生』

「あ? シャーレでアビドスの地理は確認しただろォが、覚えたからにはもう迷う方が難しいだろ」

『……数秒見ただけでしたよね?』

「? 事足りるだろォが」

 

地形を覚えるのに苦労している程度の人間が学園都市最強を名乗れる筈が無い。

学園都市で最強を名乗るということは、それ即ち最良の頭脳を持っているということ。

 

能力を使用する際にベクトルを操作する演算を常に行わなければならなかった一方通行にとって、この程度の暗記は数秒で出来なければならない。

いくら能力が使えなくなったとて、今まで鍛えた頭脳は一寸たりとも衰えていないのだ。

 

なので、多分普通は無理ですというアロナの言葉に対し、そりゃ俺は普通じゃねェからなと、何を当たり前の事を言ってるんだと言わんばかりの顔で一方通行はアロナと会話を交わす傍らアビドス高校目指してバイクを進めていく。

 

そして一分程さらにバイクを進めた後。

 

『あ! 先生! あれですよあれ! あれがアビドス高校です!』

 

アビドス高校と思わしき校舎を発見したアロナがやや興奮気味に彼に報告した。

 

タブレットの住人であるアロナが確認できていると言うことは当然一方通行も校舎があるのを見つけているということであり、彼女の声に背中を押されるように彼は身体を僅かに屈めた後、目的地目掛けて一気にアクセルを吹かし、程なくして校門前へ辿り着いた彼はそのまま校門前にバイクを停止させ、フルフェイスヘルメットを取ってバイクから降りようとする寸前。

 

「…………っ」

 

 

中の様子がおかしいことに気が付き、冷静にバイクと身体を学校側から見て死角となる壁に寄せた。

 

 

アビドスに在籍している生徒は極少数しかいないのは事前に調べて知っている。

ただし、それだけでは説明が付かない様相が門の外からでも分かる程に異様だった。

 

校内の至る所から響く重機らしき音。

外、中問わず徘徊しているロボット兵士。

 

それは一般的な状態とは悉く外れている。

少なくとも、ミレニアムやゲヘナではこんな光景を見た記憶は無い。

 

ただし理由を付けようと思えばまだ付けられる範囲ではあった。

 

重機を動かしているのは工事の為。

ロボット兵士を動かしているのは警備の為。

 

少数運営されている学校だからこそ、機械でサポートしている。

そう受け取ることも現時点では不可能ではない。

 

だが。

 

肝心の動いているロボット兵士こそが一方通行にきな臭さを与える。

その徘徊しているロボット兵を、一方通行は知っている。

 

「カイザーのオートマタ兵士がなンでアビドスにいやがるンだ」

 

民間軍事会社、カイザーコーポレーション。

あらゆる分野に手を広げ、利益の為なら悪事にも手を染める悪徳企業。

 

一方通行はかつてゲヘナにてカイザーコーポレーションが行っていた悪事を潰した際、利益の為なら、生徒を平然と物扱いするのも辞さない方針であることを知った。

 

そして、利益以外の何かを追い求めて生徒を消費しようとしていることも。

 

そのカイザーの持つ主力武装が、何故かアビドスの学園内を堂々と闊歩している。

異常事態だと、一方通行の直感がそう訴える。

 

「プチプチプチプチ潰しても潰しても、まだ飽きたりねェとは……」

 

カイザーの動向は常に一方通行が懸念し、シャーレの力を最大限活用し睨みを利かせ、時には直接妨害、もしくは計画の根本的破壊を実践しているが、学園都市と言う名の宿命か、どうしても目の届かない場所は存在する。

 

一方通行が暮らしていた学園都市もそうであったように、暗部に属する者が粛々と人知れず何かを企てるのはそこまで難しいことではない。

 

光に属する者達が必死に街を守りたくても、守らなければならない範囲が広すぎるのだ。

広大な都市に対して、防衛人数が絶対的に足りていない。

 

今回も、その例の一つだった。

一方通行がこの悪事に気付いていない間にカイザーはアビドスで何かをやろうとしている。

その一つが、小鳥遊ホシノの人体実験。

 

それは、決して踏み込んではならない絶対の領域に等しい。

少なくとも、その事実は一方通行の逆鱗である。

 

『アビドスの生徒さんは学園の中にいるのでしょうか……』

 

心配げなアロナの声が脳に響く。

小鳥遊ホシノが拉致された経緯、詳細を黒服から知らされていない以上推察するしか一方通行には術が無いのだが、普通に考えた場合小鳥遊ホシノを巡ってアビドスとカイザーの間で戦闘が起きただろうと考えるのは至極当たり前のことだった。

 

小鳥遊ホシノが単独で拉致されたとしても、集団行動時に襲撃されたとしても、どちらにせよ迎撃、奪還作戦をアビドス側が行っただろうと言うのは想像に難くない。

 

果たして戦闘の結果は今の状況が語っている。

今のアビドスはオートマタ兵士が我が物顔で歩き、あちこちから何かを掘り起こしているかのような重機の音が響き続けている。

 

アビドスは負け、学校はカイザーの手に落ちたのだろうと推察するのは簡単だった。

 

ヘイローを持つ少女達は銃でどれだけ撃たれても基本的に気絶で済む圧倒的防御性能を誇る。

そればかりか、フライパン程度なら簡単に曲げられる身体能力も持っておりそんな少女達をどこかの場所に纏めて監禁するというのは難しい。

 

だが不可能と言う訳でも無い。

とりわけ、アビドスならば話は変わる。

 

まずアビドスは人目に多く触れない。

連邦生徒会が半ば見放してしまっている地区のせいで、彼女達の安否を簡単に確認できる環境が構築されていない。

五人と言う極少数の人員しかいないのも向かい風と言える。

 

さらにこれはアビドスに限った話ではないが、彼女達キヴォトスにいる少女達はどれだけ身体能力が優れていようが攻撃手段の多くを銃に依存している。その為武器さえ取り上げれば結局はちょっと頑丈な少女に成り果てるのだ。

 

暴れようと思えば素手でも十分暴れられる少女達を延々と抑え続ける。それは人力なら難しいかもしれないが、疲れ知らずの機械兵士ならば武装を奪った少女達をどこかに監禁して二十四時間休みなく見張り続けるのも可能だろう。

 

見張らなければならない人数も四人と少ない。

小鳥遊ホシノを奪い返す等と言う真似をさせないよう監禁するのは相手側に立てば妥当な判断。

 

アロナが指摘したホシノ以外のアビドス生徒が学内に監禁されている可能性も、十分あり得る範囲。

その上で一方通行はイヤ、と首を横に振った。

 

「それなら黒服からの依頼は五人全員を救出しろ。になる筈だ。だが持ち込んできた話は小鳥遊ホシノを助けろと言う話だけ。普通に考えるなら小鳥遊ホシノ以外はアビドス、またはキヴォトスのどこかに敗走だろォな」

 

どのような形であれ捕らわれの身になっているなら黒服から僅かでも話ぐらいは通す筈。

それが一切無かったのは、彼女達は健在だからだろう。

 

何もかも推測に過ぎないが、可能性として一番高いのはこうである以上一方通行はそれを信じて動くしかない。

 

『どうします先生?』

「一先ず残りの四人、十六夜ノノミ、奥空アヤネ、砂狼シロコ、黒見セリカを探す、ここからどう動くにせよ、合流出来るならしておくに越したことはねェ」

 

ヘルメットを被り再びバイクを動かす準備をする中でこれからの行動をアロナに提示する。

 

最中、少女の奪還依頼という関係上、すんなりと物事が進むとは露程も思っていなかったが、ここまできな臭さが最初から漂っているならハルナかワカモのどちらかを乗せて来るべきだったなと一方通行は今朝、二人ともいたにもかかわらず連れて来ようとしなかった己の浅はかさに舌打ちした。

 

だが過ぎ去った物事を一々考えても無意味だと、彼は即座に気持ちを切り替える。

アビドス高校がどうなっているのかも気になるが、今はアビドスのどこかに潜伏しているであろう彼女達を見つけるのが先決だとバイクを走らせようとして。

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

徘徊中のオートマタ兵士に、存在を認知された。

バイクの存在自体は校門の壁によって生じた死角で隠していたが、音だけはどうにもならない。

 

「チッッッ!!!」

 

感付かれたことに不機嫌さを隠すこともせずにバイクを発進させこの場からの逃走を図る。

アビドスにどれだけのオートマタ兵士がいるのかは知る由も無いが、十や二十では無いのは確かだろう。

 

まともに戦うのも馬鹿らしいと即座に判断した彼は、一気にエンジンのギアを上げ加速させアビドス高校から離脱し始める。

 

だが。

 

『先生! 追って来てます!!』

 

逃がす気は微塵も無いのか、彼の後ろを二台のバイクが追従していた。

ハンドルを握っていない片方の手には、黒光りするサブマシンガンが握り締められている。

 

こちらがバイクであることは気付かなかった筈なのにもう追尾手段と攻撃手段を用意して追い回し始めるとは随分と周到なことだと吐き捨て、彼は強くハンドルを握り、逃げ切り体勢に入った。

 

砂だらけの市街地を抜け、なるべく直線が長い道のりを地図から速攻で掘り起こし逃げ切るにあたって最適な道を走る。

 

相手のバイクを見た限り排気量や速度におけるスペックはこちらが上。

いかに素早く追う手段を手配したとして、その間にこちらが走った距離。マシンスペックの格差。全うに考えれば振り切るのは難しくないのだろう。

 

しかし。

 

『先生! どんどん近づいて来てますよ!?』

 

実態は追い詰められる一方だった。

曲がり角で距離を縮められてしまうのは計算の内。

だがそれが直線でも変わらない。

 

走れば走る程、こちらとの距離が詰められる。

計算外だった。

だが、気付いてしまえば当然のことでもあった。

 

一方通行の思惑を狂わせた部分。

それは分かってしまえば単純明快な部分。

そして、今この状態において絶対に覆しようの無い部分。

 

運転技術だった。

 

「機械仕掛けのオートマタっつゥンだからそりゃ運転技術はシステムとしてインストールされてて当然ってか!! 鬱陶しいなクソッタレ!!」

 

アビドスの悪路をも想定した完璧な運転技術が恐らくオートマタ兵士には搭載されている。

どのような場所でも常に最大のパフォーマンスを発揮出来るのは、機械だからこその芸当。

 

対する一方通行だが、運転技術に関してはそれほど高い訳ではない。

いかに非凡な頭脳を持つ彼でも平凡かそれ以下、または僅かに上回る程度しか持っていない技能と言うのは少なからず存在する。

 

運転技術は、正にその典型例に当てはまってしまっていた。

 

一方通行は世界最強の運転技術を有していない。

ごくごく平凡な、事故を起こさず操れる程度しか持ち合わせていない。

 

手足の様に操るといった、高度なことは出来ない。

つまり、悪路を全速力で走れていなかった。

 

砂に掴まり横転する可能性を捨てきれず、最高速を出せない。

だから彼は、振り切れない。

逆に、距離を縮められる。

 

『このまま真っ直ぐ行けば比較的砂漠化が進んでいない地区へ出ます! そこまで行けば──』

「それこそ相手の思う壺だ。整ったコンクリートで技術勝負になるともう勝ち目がねェ。蜂の巣確定だ」

 

アロナの提案を即座に一方通行は蹴る。

確かにスペック勝負をするならば整備された地面でやるのは正解だろう。

 

ただしその条件が相手にも適用されるならば話は別だった。

 

「ッッ!!!」

 

ガチャッッ!! と、背後から銃口が構えられたのを気配で一方通行は察する。

 

数撃てば当たる距離まで詰められたのかと勘繰ったのが一瞬。

迎撃に拳銃を構える選択肢を浮かべたのがその直後。

 

余計なことに思考を割いている場合では無いと決意したのはそのすぐ後のことだった。

 

サブマシンガンを相手に拳銃一丁で立ち回るのはいくらなんでも無理がある。

おまけに相手は機械でこちらは人間。

付け加えると相手は追う側でこちらが追われる側。

振り向いて攻撃しなければならないこちら側と前を向いたまま攻撃出来るあちら側とでは置かれている環境がまるで違う。

 

この状態で撃ち合えば耐久面でも攻撃面でも圧倒的力量差によりこちらが叩き潰される。

 

つまり、戦いを始めた瞬間にこちらの負けが確定する勝負。

 

土俵に乗る訳にはいかない。

なので彼は盛大に舌打ちし、背後を見ることもせぬまま強引に蛇行運転を始めた。

 

ガガガガガッッ!! と、蛇行運転を始めてから間も無く、弾丸が掠める音が一方通行の耳を叩き始める。

 

一発一発が死を知らしめる、不吉な死神の足音だった。

 

『あわわわわ!!!! 先生!! アロナちゃんが守れるのは多分二十発が限界です!! それ以上は先生の身の保証が出来ません!! 出来るだけ回避を!!!!』

「俺が無事でもバイクが大破したらその時点で終了だ!! 一発も当たってやれねェよ!!!」

 

アロナから保険があることを提示されるが、それは前提が間違っているとしか言えなかった。

『シッテムの箱』に搭載されている防御機構。

彼女が『アロナバリア』と呼称しているシステムにより弾丸から先生を守りますと彼女は豪語しているが、それはあくまで自身を弾丸から守るだけ。

そして守られるのも、自身だけ。

 

一方通行に被弾する状況が生まれた時点で間違いなくバイクにも被弾しているだろう。

それによる二次被害までは彼女が言う『アロナバリア』では防げない。

 

保険を前提に立ちまわっては、まず間違いなく生き残れない。

 

『先生と私の意志がリンクしたことによりこれでやっと自動発動が可能になりました。正確には私が先生の危機を察知することが出来るようになりました』

 

等と供述されたのが先日の話。

正直今でもそのシステムそのものを一方通行は疑っているが、その検証をする余裕は今ここには存在しない。

 

「チッッ! もう少し乗り回すべきだったかァ!?」

 

今更になって技術力を磨いておくべきだったと後悔に近い一言を零す。

 

ただでさえ不安定な柔らかい砂の上。

そこに切り返しの激しい蛇行運転を行い始めた一方通行には、常に転倒の危険が付き纏い始める。

 

一つ手順を間違えれば路上に放り出される、または二百キロ以上の鉄の塊に身体を挟まれる可能性がある中、彼は出来る限りコントロールし、弾丸の回避に注力し続けていた。

 

秒間ニ十発の銃弾が一方通行に襲い掛かるも、決死の回避行動の甲斐あってか今の所は一方通行は被弾していない。

 

蛇行運転が効果を発揮している。

それはそうなのかもしれないが、もう一つ銃弾の回避に大きく役立っている大きな要因が一つある。

 

現在進行形で苦しめられている砂そのものだった。

 

「これが答えだアロナ!! 砂地で車体が安定してねェから狙いが上手く定められてねェ! だがそれが無くなったら今度こそ撃たれ放題になる! 苦しくても悪路を走り続けるしかねェンだよ!」

 

だからこの砂漠化した土地を利用できない場所へは行けない。

行けば最後、安全に確実に狙い撃ちされる。

 

そうアロナに懇切丁寧に我が身を以て説明する。

 

『でもこのまま撃たれ続けたらいつか当たっちゃいますよ!!!』

「だから図ってるンだろォが!!」

 

アロナの言う通り、一方的に撃たれ放題な以上、どこかでまぐれ当たりが生まれてしまうのは確実。

早急に対策が必要だと訴えるアロナを、一方通行は目論見ありと説明し、彼女を強引に押し黙らせた。

 

その間にも、オートマタ兵士とのチェイスは一方通行を追い詰め続ける。

 

蛇行運転を行う関係上、余計距離の縮まりが早くなる。

互いの距離は、二十メートルも無い。

そしてさらにそこから時間にして五秒、逃走劇を続ける最中。

 

「ここら辺でそろそろ落ちとけクソ野郎ッッ!!」

 

時は来たとばかりにギラリと白い歯を覗かせながら一方通行は拳銃を取り出し。

それをそのまま真上目掛けて発砲した。

 

サブマシンガンの音に紛れて、一方通行が持つ拳銃から銃弾が立て続けに放たれる。

オートマタ兵士を明らかに狙っていない彼の銃弾は向けられている方向通りに真上へと伸び。

 

上方にあった電柱同士を結んでいる伸びるケーブルの片方の根本に命中し、弾丸の勢いを以て切断させた。

張られていたケーブルは、ダラリと重力に従うように地面へと垂れ始める。

 

断線したケーブルがそのまま地面に接する直前。

反応出来なかったオートマタ兵士がケーブルの先端に接触し。

 

バチッッッッッ!!!!!! と言う激しい破裂音と共に超高圧の電流が機械仕掛けの兵士に流れた。

 

結果は、最早語るまでもない。

 

「異常発生!! 緊急停止!!」

 

相方がバイク諸共物言わぬ鉄屑にさせられたのを確認したもう一機のオートマタが追跡行動を停止する。

だがそれはあくまで一時的。

 

稼げる時間はほんの数秒程度、それ以上過ぎればケーブルを飛び越えれば問題無しと判断し再び一方通行の追跡を始めるのは確実。

 

しかしその数秒間を稼ぐことが一方通行には重要だった。

 

「ォォアッッッ!!」

 

バイクを右側に倒し、右手の手首に収納していた杖を地面向かって突き出す。

そうして右足の代わりを杖で代用した後、アクセルを強く踏み、ハンドルを強く自分の方へ引き寄せる。

 

 

グオァッッッ!! と、エンジン音をこれでもかと唸らせて、杖を軸にしたバイクが百八十度回転した。

 

 

数秒間だけ得た安全を、彼はこの為に使った。

オートマタ兵士と対峙する形となった一方通行は、即座に杖を収納した後グッッッ!! と、全力でアクセルを踏み込む。

 

同時、カイザーのオートマタ兵士も状況を把握したのか、排除続行と言葉を続けた後、サブマシンガンを構えて一方通行目掛け突撃を始める。

 

間を置かず、嵐のような銃撃がオートマタ兵士から迸る。

しかし一方通行はもう蛇行運転はせず、代わりに我が身を出来る限り低くして一定の安全策を取るだけに留め、一直線に相手のバイク目掛けて走行を始めた。

 

ブレーキを一切踏まない、激突も止む無しとばかりに二台のバイクが距離を急速に詰める。

片方はサブマシンガンの火を吹かせながら、片方は身を限界まで屈めながら。

 

そうして互いの距離が五メートル、三メートル、一メートルとコンマを刻む毎に縮まり。

激突まで残り三十センチの距離に到達し、互いのバイクが衝突する寸前。

 

一方通行は僅かにハンドルを傾けた。

刹那。進路を反らした一方通行の行動結果により、一方通行とオートマタは肩と肩がぶつかってもおかしくない距離ですれ違う。

 

バイクの側面と側面が擦り合ってもおかしくないギリギリで一方通行は激突を避けた後。

 

「この速度なら果てまで飛べるンじゃねェか!? あァ!?」

 

カチッッ!!! と、素早く首元のチョーカーのスイッチを切り替えた。

直後、スイッチを切り替えるのに使った右手をそのまま真横に伸ばし、すれ違っている真っ最中の兵士の顔面に押し当てる。

 

ゴシャッッッッ!!!!!!!!!!! という、何かが根元から破壊されたような音と、バイクに乗っていた兵士が凄まじい勢いで一方通行の進行方向へ吹き飛んだのはその直後だった。

 

その距離、およそ三十メートル。

 

果てとまではいかなかったものの、彼が放った一撃はオートマタを破壊するには十分な威力だった。

吹き飛ばされたオートマタ兵士の顔面部分は歪な形で凹み、背後にあったコンクリートに派手に後頭部をぶつけた後、バチバチと火花を散らし始める。

 

乗り手がいなくなったオートマタのバイクが、バランスを崩し横転する音と、一方通行から受けた衝撃に耐えきれずオートマタ兵士が破裂音を迸らせたのはほぼ同時の出来事だった。

 

「はァ……。アビドスにやって来た初っ端からコレかよ……。先が思いやられるなァオイ」

 

奇跡的に一切被弾していなかったバイクを止め、来て早々に厄介事に巻き込まれた事実に拭いきれない面倒臭さを覚えた。

 

元々厄介事に首を突っ込む前提でアビドスまで足を運んではいるのでトラブル発生自体は問題ないのだが、それにしたって猶予が無さ過ぎだろと思わざるを得ない。

 

これでは先が思いやられる。

待ち受けている仕事が早くも暗雲立ち込めていることに辟易しつつ休憩を終えようとして。

 

突然、真上に巨大な物体が現れたのを影と気配で察知した。

 

「ッッッ!?」

 

咄嗟に真上を見上げ、絶句する。

もう一台のオートマタ兵士とバイクが彼の真上を飛んでいた。

彼がいる場所目掛けて、落下しようとしていた。

 

咄嗟に両手でハンドルを握りバイクを発進させようとするが、間に合わない。

立ち上がりが遅いバイクでは、逃げ切れまでの加速を確保できない。

 

車体が、落ちる。

百キロにも及ぶバイクと、測定不能なオートマタ兵士が、重力を纏いながら彼目掛けて落ちる。

 

そして。

 

ガガガガガガガガガッッッ!! と、銃撃音が鳴り響いた。

 

但しそれは一方通行の真上からではない。

 

何処から放たれているのか、一瞬一方通行は認識出来なかった。

ただ漠然と撃たれている事実のみが、彼の脳内で警鐘を鳴らした。

 

そう、彼の中では判断されていた。

しかし。

 

 

 

 

 

どういう訳か彼の頭上で爆発が発生した。

 

 

 

 

 

「ッッッッ!?」

 

何が起きたのか、今度こそ一方通行は何一つ分からなかった。

自身の真上を支配し、上から叩き潰す役割を今まさに全うしようとしていたオートマタ兵士と兵士が操るバイクがまとめて爆発するなんてことが普通あり得るのか。

 

だが彼が何が起きたのかを認識できていない間にも着々と事態は進行する。

 

ゴシャァァアアッッッ!! と、爆発したオートマタ兵士とバイクの残骸が一方通行の周囲に轟音を立てて散らばる。

 

脅威は取り除かれたことを、結果が証明する。

 

「ん……。もう大丈夫」

 

声が聞こえたのは、そんな折だった。

反射的に視線を声が聞こえて来た方へ、後方へとずらす。

 

初めに視界が情報を拾ったのは、ロードバイクにまたがり、暖かい時期なのに何故かマフラーを巻いている少女がアサルトライフルを一方通行のやや上方向に構えていた様子だった。

次に汚れ一つない銀髪と頭の上にちょこんと生えた猫耳と、瞳の色が白と黒のオッドアイであることが見え、そして少女が丁度探している少女達が身に着けている筈の制服に身を包んでいるのを確認する。

 

「その服……。色々と聞きたいことは沢山あるけど……」

 

対する少女の方も目線を上から下へとゆっくり動かし、連邦生徒会の制服を着込んでいる一方通行を見て一瞬複雑そうな表情を浮かべる。が、しかし直後には表情を緩め、ロードバイクを押して彼の方へと近付き。

 

「とりあえず、怪我は無さそう?」

「……あァ。どこも怪我してねェよ」

「なら良かった」

 

本当に良かったと思ってる様に目を細めて少女は微笑む。

 

これが二人の初邂逅だった。

その出会いは、破壊されたバイクから零れるガソリンとオイルの匂いが立ち込める戦闘跡で行われる。

 

やがて長い災厄に立ち向かうことになるであろう少女達。

その六人目。

 

砂狼シロコ。

 

彼女との出会いから、ここ、アビドスを取り巻く物語が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 












シロコ登場!! シロコ登場!!
やっと出てきました本命ヒロイン!! 本命……??
でも割と王道してるヒロインは彼女だと思ってます。

ヒロインが王道なら出会いだって王道です。
典型的なミーツガールですが、これが良いんです。

加えて今回からアロナが自在に喋れるようになりました。
これで出番がやっと増やせますね! やりましたね!

そんなこんなで開幕イレギュラーから始まりましたアビドス編。
殺伐としてそうでそんなに殺伐としていない、けれどやっぱり重いかもしれない物語です。

今回のお話から一方通行にいくつかのアップデートが入っていますね。
具体的にはバイクとアロナ関連。

一方さんバイク運転出来るの? って方はアニメ『とある科学の一方通行』の三話を見て頂ければよろしいかと……!

それ以外にも何やら変なことをやって変な結果を出したりしていますが、多分全部アロナバリア関連なのでしょう。きっと。恐らく。


パヴァーヌと比較してそこそこ動けるようになった一方さんがどうなるのかも要チェックですね。


感想、コメント毎回嬉しく拝見させて頂いております。
今後も送って頂けると励みになりますのでどうかよろしくお願いします。


次回は残りのメンバーと邂逅編です。
さて、高校にいない彼女達はどこに行ったのでしょうね……???









多分、浜面ならもう少しスマートにオートマタ兵士を退けてる。




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砂狼シロコ

 

 

 

 

「あなた……いや、先生、で良いんだっけ。先生は何故ここに居るの?」

 

その言葉は、カイザーのオートマタ兵士を撃退し、互いに簡単な自己紹介を済ませて一息付いた時に不意に彼女から飛び出た質問だった。

 

そこには、少なからず敵意が混じっているのを一方通行は目敏く察知する。

 

助けられて良かったことと、彼がここに居ることはどうやら彼女の中では別問題として切り替えられたらしい。

 

その顔色には間違いなく怒りの表情が隠れているのを覚えた一方通行は事実を包み隠しても無駄だと判断し。

 

「小鳥遊ホシノの救出依頼を受けた。だから事情は大雑把にだが把握してる」

 

依頼者が誰かと言う部分だけをボカした以外はありのままを伝えた。

 

「…………それは、一週間以上前に私達が送った書類を今見たってことで良い?」

 

だがここで話の食い違いが発生した。

彼女の震える声に、一方通行は眉を寄せる。

 

ザっと、彼女が日数を勘違いしている場合もあるなと、一週間では無く直近三週間以内のシャーレに送られてきた書類内容を全て思い返す。

 

検索時間はおよそ五秒。そして辿り着いた結果は、アビドスと言う文字列を見かけたことは無い。と言う結論だった。

 

では彼女が嘘を言っているかと言われれば、それは確実に無いと一方通行は断言する。

言う必要が無い嘘であり、仮に嘘であるならばここまで声に怒りを滲ませる理由も無い。

 

シャーレに書類が送ったのは事実なのだろう。

その上で一方通行は確認していない。

 

担当となった生徒が確認漏れをした可能性も考えたが、そもそも重要そうな物は全て一方通行に確認を取る様に命令を下しているのと、一方通行がコイツになら仕事を任せても良いと信頼している生徒にしかシャーレで手伝いを要請していないのもあって、ヒューマンエラーが発生した確率も限りなく低いと断定する。

 

その限りなく低いエラーが仮に発生したとして、それがよりにもよってアビドスの書類だった場合を考慮するのは流石に無理があり過ぎる。

 

故に一方通行は意見の食い違いが起きた原因を他に無いか探し始める。

即ち、誰かによって握り潰されたかもしれないと。

 

一週間前。

時期的に言えばゲヘナとトリニティとのいざこざを解決して忙殺されていた時期。

 

そこで細工をされたか。と、一方通行は細工を行った犯人まで纏めて突き止める。

 

ミレニアムで小鳥遊ホシノを救ってくれと黒服から話を受けた際、あの男は完遂させた仕事を利用されたと語っていた。

小鳥遊ホシノを拉致するまでは黒服の思惑通りに進んでいたと考えた場合、一方通行の妨害を受けない為にアビドス関連の書類を何かしらの経緯で潰し、なおかつ元々の計画が破綻し、想定された結末が大幅にズレたことから計画そのものを破棄すべく話を持って来たのだと考えれば全て辻褄が合う。

 

掃き溜めのようなマッチポンプだった。

 

つまり一方通行も小鳥遊ホシノも、そして砂狼シロコらその他のアビドス生徒達も一様に黒服、もしくはこの計画を利用した黒幕に踊らされている。

 

だが踊らなければ助けられない。

やっぱりあの男とは心底相いれない存在であることを再認識しつつ彼は首をイヤと横に振る。

 

「少なくともシャーレでは届いてねェ。事前に俺の手に渡らない様に潰されたンだろォな」

「っっ……。…………、そう」

 

怒りに拳が強く握られたのは一瞬。

だが、その怒りも力のぶつけ先もここにはないことに気付いて、解かれたのも一瞬だった

彼女の表情からは、むしろ書類に一週間遅れで気付き、やっと今駆けつけた。そう言ってくれた方が嬉しかったという感情がありありと浮かんでいる。

 

そうすれば、怒りの矛先を容赦なくぶつけられたかもしれなかったのに。

けれど、事実は彼女の願う通りでは無かった。

 

だからシロコは、怒りと悲しみが混じった表情のまま顔を僅かに伏せる。

 

「……正直、先生に今、私は良い感情を持ってない。来るのが遅すぎたし、悪びれもしてくれない。私は……先生の言葉をそのままは受け入れられない」

 

ひいては、一方通行自身を受け入れられない。

彼女の言葉の節々には、その意が込められていると彼は看破する。

 

しかしそれは彼にとって関係の無い物同然だった。

彼は小鳥遊ホシノを救う為にここに来ている。

 

シロコに嫌悪感を持たれたとして、彼女達と協力してホシノを救う為に動く際、嫌悪が原因で小さな影響こそ生まれるかもしれないが極論としては受け入れて良い問題だった。

 

「構わねェ。俺は砂狼等の安全と小鳥遊の救出を優先に動く。オマエが俺に抱く感情にどうこうは言わねェ。好きにしろ」

 

無理に気持ちを改める必要は無いと一方通行はハッキリと宣言する。

事前に目の届かない様に対策されてしまっていたとはいえ、彼女達は一方通行に救助要請を送った。一方通行はそれを結果論として無視してしまった。この現実はもうどう足掻いても変わらない。

 

もしもあの時ああしていれば。

追い詰められた人物が良く零す常套句であり、一方通行としてはあまり気の食わない文字列だが、仮に彼女達の要請を届けがあった日に受諾した場合、ホシノが拉致される未来は無かったかもしれない。

 

シロコの言い分は正にそれだった。

初めから来てくれれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

悔しそうに目を伏せるシロコが願うのは何も悪いことは起きなかった未来。

あったかもしれない、あり得たかもしれない未来を可能性の部分から潰したのは、他ならぬ一方通行自身だ。

 

もしも仮にこの話を第三者が聞いていた場合、それは違うと声を荒げて弁解しただろう。

しかしここにいるのはシロコと一方通行の二人だけ。

 

彼を庇おうとする者は誰もおらず、だからこそ彼はひたすらに彼らしさを振りかざす。

ともすれば危う過ぎる持論で、彼はシロコから向けられる全てを受け入れる。

敵対感情も、悪意も全部受け入れて、その上で宣言する。

 

小鳥遊ホシノを助けると。

 

「但し、協調すべき時は手を貸せ。足の引っ張り合いで小鳥遊を助けられませンでしたじゃ後味悪すぎるからな」

 

受け入れた上で、一方通行は何てことの無い声色でこの部分については妥協しろよと念を押す。

 

必要だと判断した場合は即座に指示を出すからその時は大人しく従え。

重要な局面でだけ命令を飛ばすと、一方通行はシロコにそう予め伝える。

ともすれば反発されても仕方の無い彼の物言いに対し、シロコは僅かばかり表情を柔らかくして顔を上げると。

 

「先生って、変わってるね」

 

率直に思ったであろう意見を、シロコは思った通りに口に出した。

 

「変わってるかどォかの基準はオマエ次第だろ。俺に聞かれても分かンねェよ」

「ん、確かにそうかも」

 

ピンと張りつめていた空気は、先の会話を皮切りに緩められる。

周囲に漂う雰囲気から敏感に感じ取った一方通行は、これをシロコが少なからず歩み寄りを見せた身体と判断した。

 

信頼は無い。

信用も薄い。

 

それでも、僅かだが信用は生まれた。

今はこれで十分。

 

「ついて来て先生、皆の所に案内する」

 

その証拠とばかりに、愛車にまたがったシロコは先導すると言って自転車を走らせる。

まずは第一段階クリアだな。

 

走り始めた彼女を追いかける為バイクのエンジンを回し、ヘルメットを被りながら彼は内心でそう言葉を紡ぐ。

唸り音と共にバイクを発進させる一方通行は、とりあえず彼女からコイツは利用価値があると判断され、次のステップへ進むのを許可されたことに人知れず胸を撫で下ろし。

 

同時に、こういうやり取りが後何人分やる必要があるんだと、辟易するような気持ちで嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車で先行するシロコの後ろを、一方通行がバイクで追従する。

柔らかすぎる砂が一面を覆うコンクリートの上を自転車が走る行為は、一般的に考えればバイクで後を追う一方通行が徐行に近い速度で走らなければすぐさま追い抜いてしまいそうな物だと思ってしまっても何ら不思議ではないのだが、シロコが普段からロードバイクを高い技術で乗り回しているのが手に取る様に分かる程、その走りは軽快そのものだった。

 

砂地を物ともせず走り、それでいてそこそこのスピードも維持し続けている。

一方通行が追い付き、追い抜いてしまう心配は今の所無さそうだった。

 

立ってペダルを回し続けている彼女が何処に向かっているのかは言わずもがな。

 

ただ、彼女を追う一方通行の表情はいつも以上に硬かった。

前を走る彼女の顔を後ろからでは窺い知ることは出来ない。

それもあってか彼は一切言葉を発さず、ただ彼女の後ろ姿だけをその目で追う。

 

彼の頭の中で渦巻いているのは、彼女達を取り巻いている状況が想定していた物よりも遥かに相違し過ぎていることについてだった

 

甘いと言われてしまえばそれまでだが、一方通行は当初小鳥遊ホシノを救出すれば全てが終わる話だと思っていた。

が、実際は想像よりも遥かに深刻だった。高校はカイザーの手に落ちているばかりか、あまつさえ一方通行に対する信頼も地の底に落ちている。

 

シロコが特別敵意を抱いている訳では無いだろう。

間違いなく残りのメンバーも同様かそれに近しい感情を抱えているに違いない。

 

彼女達に無理に好かれようとは微塵も考えていないが、思った通りに連携が取れないのは厄介だ。

それを防ぐ為にはやはり少しばかりは良好な間柄になっておくに越したことはない。

 

曲がりなりにも最低限の協力関係だけは構築したシロコが、残りのメンバーとの橋渡し役をこなしてくれるか次第だなと、一方通行は先行きに若干の不安を覚えつつも、とりあえず最初の一歩は順調に踏めたなと彼女の後ろ姿を適当に眺めながら考えていると。

 

『あ! ダメですよ先生!! 立ち漕ぎしてる生徒さんの後ろ姿は凝視しちゃダメです!!』

 

途端、脳内にアロナの声が響いた。

さっき誰かといる時は話しかけるなと確認を取り、前のめりで彼女から分かってますと言う語気が強い了承の言葉を受け取った筈なのだが、どうやらその約束は早速反故にされてしまったらしい。

 

それとも、バイクのエンジン音で小声ならば大丈夫だろうと勝手に判断されてしまったのだろうか。

いずれにせよ、こうなってしまったアロナを放置すると後々手間なので、一方通行は渋々と言った表情を隠すこともせずシロコに聞こえない範囲で口を動かし始める。

 

「何の話だ」

『アロナちゃんの目は誤魔化せないんですからね! もう! 先生は放って置いたらすぐエッチなことするんですから!』

 

何故だか彼女はとてもご立腹だった。

何で腹を立てているのかその原因について一切心当たりが無い一方通行だったが、もしやアロナはまだ自分が把握していない何かが原因で頬を膨らませ、わざわざ話しかけてきたのだろうかと勘繰る。

彼女の性格からしてその線は非常に濃厚だった。

 

何故だか今日も頭が痛くなるのを覚えつつ、だから何の話だと一方通行はとりあえず彼女が怒っている理由を問い質そうとする。

 

が。

 

そう言いかけた一方通行の口は理解と同時に閉ざされることになる。

 

路上の砂を大きく巻き上げる一陣の風が突如巻き起こり、その風に煽られるように前方を走るシロコのスカートがフワリと大きく舞い上がることによって。

 

「ッッ……!?」

 

瞬間、前を走るシロコから声が零れる。

何が起きたのかを彼女も下から吹き上げる風の感覚によって知ったのだろう。

だが立ち漕ぎをしていたシロコにそれを防御する術は無かった。

 

慌てて右手をハンドルから離してお尻を抑える仕草をして見せるも、もう何もかもが遅い。

 

『あーーー!! 見ましたね!? 今先生バッチリと見ましたね!? あの子のお尻全部見ましたね!?』

「不可抗力だろ……つゥか今更下着が見えたぐらいで嬉しくもねェンだよ俺としてはよォ」

 

何で目を伏せたり顔を反らしたりしないんですかとバチバチに非難してくるアロナに、小声で一方通行は抗議する。

自然発生する風を予測して目を伏せるといった芸当が出来る筈も無いのだ。

もっと言うと、例え予測したとして目を伏せると言った配慮をしようとする気すら彼には最初から無い。

 

そんなことに一々気を配っていたら目の置き場所が無くなってしまうからだ。

 

一方通行はキヴォトスにやって来てから今日までの間に、女生徒の下着を見飽きる程に目撃している。

 

例えば今朝のユウカが弁当作りをしている後ろ姿であったり。

例えば当番日に、どういう訳かスカートをたくし上げて起こしに来るワカモだったり。

例えば自分の隣でゲームをするモモイが胡坐をかいているのを横目で見た時だったり。

 

キヴォトスの常識が外れているのかそもそも異性と接する機会が皆無だったことに因んでいるのか、程度の差こそあれ、彼女達はスカートが捲れることに関しての警戒心が一律低い。

 

なのに生徒の殆どが短いスカートを好んで履いているせいで、目撃しない日を数えた方が早いレベルで彼は少女達が起こすミニハプニングに都度巻き込まれる日常を送っている。

 

その中には敢えて彼に見られるように仕組まれた物がいくつかあったりするのだが、そうする意味を何一つ理解出来ない一方通行はまさか自ら下着を見せびらかす少女達がいるとは露程も思っておらず、結果、一部の彼に思いを寄せる少女達の涙ぐましい努力は一蹴されているのが現状。

 

しかしこの評価は言ってしまえば一方通行の中だけの話。

 

たった今目の前でスカート全てが舞い上がり、純白の下着どころかお尻全てを目撃された少女にとっては先のハプニングは少し許容出来る範囲を逸脱していたらしい。

 

「先生……見た?」

 

足を止め、恥ずかしそうに頬を染めながら一方通行の方へ振り返る。

この返答次第で今後の何かが変わるなと容易に想像が付いた一方通行はさて、どうした物だろうかと考える時間に突入した。

 

見られて恥ずかしいのだろうと言う気持ちは分かる。

ではこの場合における適切な回答は何なのだろうか。

 

一つ目、見てないと嘘をつく。

それが一番丸い選択肢なのだろうが、その言い訳が通用するかどうかは別問題。

分かってて聞いていると仮定した場合、最もダメな選択になるだろう。

あまり適切な答えとは言えない、却下。

 

二つ目。見たと素直に吐露する。

相手も状況を理解した上での質問である線が一番高い以上、正直に答えるのは悪く無い様に思える。

ただし恥ずかしがっている相手に堂々と宣言して良いのかと言われれば疑問だった。

見られても気にする気にしないは生徒個人個人によるが、彼女は間違いなく気にする方に分類される少女だ。

敢えて嘘をつくのが正解であるかもしれない。

確証が無い以上これもあまり適切な答えとは言えない、却下。

 

(オイオイ、面倒な流れにならない答えがどこにもねェぞ……)

 

どちらを選ぼうとも不穏な結末が見え隠れしており、下手に喋れない。

言ったが最後、精神的にとても疲れる展開が起こりそうな気がしてならない。

 

しかし何も言わなければこの妙に苦しい時間が終わらないのも事実。

なので彼は。

 

「砂狼」

 

彼女の名前を呼び。

 

「そこまで急いでねェンだから立って漕ぐ必要はねェンじゃねェか」

 

直接的な言及は避けつつ、しかし察しろと言わんばかりの返答を投げた。

 

「……ん、そうする」

 

僅かな時間逡巡した後、サドルに座ったシロコはペダルをゆっくりと漕ぎ出す。

何事も無く進み始めた彼女を見て気まずい雰囲気はどこかへ立ち消えたなと安堵したのも束の間。

 

「……。えっち」

 

一言、一方通行に抱いているであろう感想を彼女から告げられる。

非常に不名誉な称号だった。

誤解だと否定しようにも、確固として拒否できる材料を一方通行は所持していない。

 

納得が行く状況ではとてもなかったが先の言葉で手打ちとしたのか、彼女が先の件に対し言及する様子はもう見せていないのを一方通行は妥協点としていく。

 

色々と不平はあるが余計な追及を避けれたのは幸いだったと、一方通行は無事に面倒事を切り抜けられたことに肩の力を抜く。

 

『えっち!!!』

「理不尽だろ……」

 

ただ、一部始終をしっかりと見聞きし、回避不可能だったことを知っている筈のアロナからも同じ感想が飛んで来たのに関しては流石に理不尽さを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ私達の拠点が見えるよ」

 

先頭を走るシロコから声が掛かったのは先の騒動から十分が経過した頃だった。

拠点と言われて周囲を見渡しても、見渡す限り砂に埋もれ、崩れ落ちた廃墟だけ。

特に目ぼしい建造物は見当たらない。

 

どこにあるんだと、一方通行がシロコに説明を求めようとする。

 

「ん、着いた」

 

だが彼女が放った一言と、ロードバイクを停止させて降り始めた行為から、どこが拠点なのかと言う疑問は瞬く間に解凍を迎えた。

同時に、新たな疑問が湧き上がる。

 

どこにも拠点らしき物が見つからない。

いや、正確には目の前には確かに人の手で作られた施設自体はある。

 

しかしこれを拠点と呼んで良いかは甚だ疑問だった。

脳内で描いていた拠点と、現実で描写された拠点との差に珍しく一方通行の脳内が混乱する。

 

一瞬冗談を言っているのかと一方通行はシロコの方へ視線を移したが、既に彼女は軽やかな足取りで奥へと進んでいる。その行動には嘘や冗談は含まれていない。

正真正銘、本当に彼女は、彼女達はここを拠点にしているようだった。

 

一方通行が立っている場所。

シロコが彼をここまで連れてきた場所。

 

それは、一般的なソレと比較した場合少しばかり大きな屋外遊具施設。

 

即ち、公園だった。

 

『公園……ですね』

 

頭の中でアロナが呟く。

彼女も彼女で呆気に取られていたらしい。声の出し方からひしひしと戸惑っているのが確認出来る。

一方通行も同様だった。

 

いくら砂漠に呑まれたアビドスと言えど無事な建物が皆無な訳では無い。

探せば拠点使用に耐えうる建造物は複数件はあるだろう。

 

砂漠化している以上雨は基本降らないのを踏まえて屋根は必要ないとしても、公園を拠点として選ぶ特別な理由があるとは思えない。

 

少なくとも、一方通行は固有の利点を思い浮かべない。

であるならば理由は戦術的価値ではなくもっと別、特別この公園に思い入れを持っている等、彼女達の心理的要素が深く関係していて、ここが選ばれたのかもしれない。

 

それならば納得出来る話だなと、一応の決着を付けた時。

 

「先生、こっちだよ。二人共きっといつもの場所にいると思う」

 

一人で先に進んでいたシロコが振り返り、距離が離れていたことを察するや彼の方へと戻って来ながら早く来てと促す。

彼女の声に意識を現実に戻した一方通行は、適当に返事をしつつバイクから降りてシロコの後を追うように歩を進め始めた瞬間。

 

「待て、()()だと?」

 

どうしようもない異変を感じ、咄嗟に聞き返した。

刹那、シロコの表情が固まったのを一方通行は見逃さなかった。

 

「……そォいや、なンでオマエは高校の前にいたンだ? 一人で学校を取り返せる訳がねェのは自分自身分かってることだろォが」

「…………」

 

一方通行の質問に、シロコは目を若干逸らすだけで返答の意を示さない。

回答に困っているのか、それとも後ろめたい何かがあるのか。

自然と表情が深くなり、声色が低くなっているのを自覚するも、捻じ曲がった性格を中々修正するのは難しいのか、こうなった場合の彼は歯止めが利かない。

 

シロコから特定の返答が無いのも考察に組み入れながら、思考を加速させる。

 

この先で待っているのは二人。

それ自体が既におかしい。

アビドス高校は小鳥遊ホシノを含めた五人が在籍している高校だ。

 

だが現在ホシノは捕らわれの身。

従って残りの人員は四人の筈。

 

先の発言にシロコ自身は勘定に入っていないので、本来ならば三人が正解。

なのに彼女は二人と、口走った。

 

一体どういうことだ。

聞き間違いであるかどうかも含めてもう一度彼はシロコに聞き返す。

 

「待って下さい! そこから先は私が説明します!」

 

奥から大声が響いたのは、一方通行が口を開こうとした直後の出来事だった。

話しかける動作を中断し顔を僅かに上げて目線を奥の方へ向けると、シロコと同じ制服に身を包んでいる二人の少女が一方通行の方へと走って来る姿が見える。

 

両者とも黒髪だが、片方は肩にも掛からない程の短髪で眼鏡を掛けているいかにも普通な見た目の少女、片方は太もも付近まで伸びているツインテールと、それ以上に頭から獣耳を生やしているのが随分と目を惹くファンシーな少女だった。

 

「アヤネ……。セリカ……」

『眼鏡の方がアヤネさん、ツインテールの方がセリカさんですね』

 

走って来る二人の名前をシロコが呼び、脳内でアロナがどちらがどちらなのかを改めて捕捉する。

しかし一方通行が気になったのは別の点。

 

大声を出したアヤネの方ではなく、睨みつけながら掛けて来るセリカの方に彼は視線を合わせる。

 

彼女は、シロコ以上に敵対心を一方通行に向けていた。

シロコよりも露骨に、隠そうとする意思すら見せず。

 

「通信を繋いでいたので一部始終は把握してます」

 

二人の下へ駆け寄ったアヤネが簡潔にこれまでの経緯の説明はいらないと話し、その言葉に一方通行はセリカが露骨に苦い表情を浮かべているのにも納得した。

 

通信を開いていたということはシロコと彼のやり取りを彼女達は聞いていたのだろう。

 

結果アヤネは少なくとも協力する姿勢を崩してはいけないと判断した。

ただしセリカはシロコのように妥協点を見つけることすらおこがましい程に一方通行を信用する気持ちを持てなかった。

 

予想していた通り厄介な話になって来たなと、解決策を講じる必要が出来たことに一方通行は近くに寄ってからも未だ睨んでくるセリカを見ながら若干の面倒くささを覚える。

 

とは言え。

とは言えだ。

 

今はセリカよりも、気にすべき事項がある。

 

「聞いていたなら話は早ェ。何でここには三人しかいねェ。もう一人……十六夜ノノミはどォした」

 

砂狼シロコ。

奥空アヤネ。

黒見セリカ。

 

彼女達三人の他にももう一人、この場にはいる筈だ。

いなければならない少女がいる筈だ。

 

十六夜ノノミ。

アビドス高校の二年生。

 

彼女の所在はどこだという一方通行の問いかけに、アヤネは僅かに顔を伏せた後。

 

「ノノミ先輩は……昨日、ここを襲撃したカイザーの連中によって攫われました」

 

ゆっくりと、顛末を語り始めた。

 












えっちなシーンがあるということは平和なシーンである。
偉い人はいつもこう言っております。


まだまだ嵐の前の静けさですが、不穏さはずっと漂っております。
とある箱庭の一方通行は読み口を少年漫画風に仕立てているのでラストの引きは大事にしたい。

そんな事を考えているから投稿が遅れます。

そして来週は恐らくお休みです。
時間が取れません!! 無理です!! 年末は無理!!!


アビドス編は次回からが本格的に動く、かと思います。
恐らく、きっと。


感想いつもありがとうございます! 全部読ませて頂いております!!
それでは、次回更新までちょっと間が開くかもしれませんが、お待ち下されば幸いです。



では、今週発売したばかりの『とある魔術の禁書目録』創約9巻、読ませて頂きます。 



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『先生』としての仕事

 

 

 

まず、事の始まりから先生に説明します。

震える声でアヤネがポツポツと語り始める。

 

一方通行に助けを求めてから、今に至るまでの話を。

 

何故彼女達がこの公園を対策委員会の部室としているのかを。

その始まりは、現在囚われの身となっている少女について聞く所からだった。

 

 

 

小鳥遊ホシノ。

 

 

 

アビドス廃校対策委員会の委員長にして、実質的なアビドス高校の生徒会長を務めていた高校三年生。

 

彼女を含めた五人はアビドスが長年抱え込む借金問題を共に解決せんと藻掻き続け、苦しみと隣り合わせながらも必死に必死に毎日を生き続けていた。

 

九兆を超える借金を返済するべく日々悪戦苦闘しながらも、学生らしい学生生活を、アビドスを取り戻そうとしていた。

だが。事態は急変した。

 

そもそもの発端は、彼女達アビドス対策委員会が発足する前、シロコやホシノ達が入学する以前の生徒会がアビドスの土地をカイザーに売り渡していた事実を書類調査によって発覚したことが始まりだった。

 

だがその頃から既にアビドスの土地は砂漠化しており、九兆以上にもなる借金の足しすらならない値段しか付かなかった。

 

利子すら返しきれない額にしかならなかったアビドスの土地を、生徒会は返済の為に売り続けた。

最初は一部だけの売却だったが、気が付けばほぼ全ての土地をカイザーに売り渡していた。

 

 

でも。

 

 

それだけならばまだ悲劇で済んだ話だったかもしれない。

最悪が加速したのは、その後。

 

アビドスが借金している相手もまた、カイザー系列の企業であったことが発覚してからだった。

 

貸し付けた相手も、甘い言葉を囁いてきた相手も同じ相手だった。

手に負えない借金を押し付け、その借金の利子に追われ、土地を売り、しかし払えたのは利子だけ。

 

いつか終わりが来るやり繰りを、延々と延々と続けた。

そしてホシノが入学した時には、ほぼ全てのアビドスの土地がカイザーの手に落ちていた。

 

正式なアビドスの土地として残されていたのは、現在アビドス廃校対策委員会が通っているアビドス別館周辺のみ。

 

カイザーの目的が金ではなく土地であったこと、より正確には別館があるこの場所を奪うことが目的であると知ったシロコ達はその事実に辿り付いたのと同日、カイザーがアビドスの僻地にあるこの砂漠異変が起きる前から砂漠だった場所、『アビドス砂漠』に拠点を置いている情報を掴んだ。

 

全てが終わりへと転がったのは、ここからだった。

 

魔が差した。という言葉で表現するにはあまりにも彼女達が瀕している状況は過酷過ぎた。

加えて、冷静な判断を最後まで下せる存在と、彼女達を支えられる存在がいなかったのが災いした。

 

だから、アビドス砂漠に乗り込み真相を確かめるのとあわよくば借金を帳消しにすべくカイザーに攻撃を仕掛けたのも、責められる話でも糾弾される話でも無い。

 

それでも、結果は無慈悲にも突きつけられる。

誰に対しても、平等に、容赦なく。

彼女達は最後まで見誤っていたのだ。敵は企業であり、自分達は学生であることを。

 

報復は、カイザーに攻撃してすぐ始まった。

 

変動金利を約三千パーセント引き上げ。

それに伴う、利子の支払い額の爆発的上昇。

 

その額、およそ毎月九百億。

 

とても払える額では無かった。

武力で解決しようにも、兵士や兵器の物量差に彼女達は無残にも押し潰された。

 

全員無事に学校へ帰って来れたのは、与えられた温情からに過ぎない。

だが、少女達は無事でも訪れた結果は変わらない。

 

利子の支払いに毎月九百億。

 

どう足掻いても、払えない金額だった。

 

「ホシノ先輩が私達の前から姿を消したのは今から八日程前のこと、カイザーに襲撃をかけた、翌日のことです」

 

小鳥遊ホシノが学園を去った顛末をアヤネが語り、一通の手紙を彼に差し出す。

手紙を受け取った一方通行はゆっくりと手紙を開き、そこに書かれている彼女の筆跡を目で追いかける。

 

「借金の大半を肩代わり、利子も以前に戻すのと引き換えに私はカイザーに身を委ねる……か。あのクソ野郎もここまでは一枚噛ンでたって訳だ」

 

以前黒服から聞いた情報と、ある程度合致したことに一方通行は僅かに手に力を込めた。

 

黒服。

まず間違いなくカイザーと手を組み、知恵を貸していた存在。

 

カイザーの狙いがアビドスの土地だとするならば、黒服の狙いは小鳥遊ホシノの身柄。

互いに最終目的が違い、かつ目的達成の道のりが同じならば手を組まない理由が無い。

 

恐らく、話を持ちかけたのは黒服の方からだろう。

あれは、そういう男だ。

 

(てことは、コイツ等が掴んだカイザーがアビドス砂漠で拠点を築いてるって情報も意図的に黒服が流しやがったな……!! 追い詰めに追い詰められたコイツ等なら間違いなく来るだろうと予想の上で……!!!)

 

二手も三手も先を読んで行動しただろうことは想像に難くない。

悪意の塊のようなやり口に気付かぬまま、ホシノ達は黒服の思惑通りまんまと踊らされてしまった。

 

そして、ホシノは自身の身柄を明け渡した。

アビドスがこれで、助かると信じて。

 

「けど、ホシノ先輩が身柄を引き渡すのも含めて全てが罠でした」

 

アビドス高校に残っていた唯一の生徒会の一員であるホシノが学園を去った瞬間から、アビドス高校は高校と言う体裁を失った。

対策委員会発足当時には既に生徒会組織は消滅しており、正式に認可を受けた部活では無かったこともあって、シロコ達対策委員会に所属していた少女達は公式には存在しない者達と同義だった。

 

ただ一人、小鳥遊ホシノを除いては。

たった一人、生徒会の副会長を務めていた彼女を除いては。

 

彼女がいたから、カイザーは大胆な手を打てなかった。

彼女がアビドスに所属しているという事実そのものが、カイザーにとって目の上のタンコブだった。

 

でも、それも崩壊した。

追い詰めて、仕向けて、誘導して、丁寧に丁寧に逃げ道を潰して。

残された最後の道として軍門に下るという、最悪の道を自ら選ばせた。

 

彼女が堕ちたのを皮切りに、カイザーは一気に攻勢を仕掛けた。

無論シロコ達は応戦したが、度重なる戦闘でまともに弾薬すら残っていなかった対策委員会は、押し寄せて来るオートマタ兵士を撃退しきれず、ものの見事に惨敗。

 

彼女達は命からがら学校から逃げ出すだけで精一杯だった。

それら全てが、相手の策略の内。

 

大人に蹂躙された、子どもの末路。

やりきれない思いが、彼の中で渦巻く。

 

どうにかしてやれなかったのかという自分自身への後悔が、延々と沸き立つ。

 

「学校を取り戻すまでの一時的な拠点として公園を選択したのは、建物を拠点にすれば建物ごと攻撃されると判断したからです。今の私達は何者でもない存在。何の気兼ねも無く攻撃出来る」

「…………十六夜が拉致されたのも、それが関係してるのか?」

 

はい。と、アヤネは悔しそうに首肯する。

 

「昨日の……公園に拠点を移してから通算六回目の襲撃で、私達はついに持ってる武器のほぼ全ての弾薬を打ち尽くしました。それでも襲撃自体はどうにか凌ぎましたが……ノノミ先輩は……先輩……は…………ッ!!」

「先陣に立ってたノノミ先輩はカイザーの一斉射撃をまともに受けて、意識を失ったところを連れ去られた……。助けようにも、私達には自分の身しか守る余裕が無かった……!!」

 

言葉を紡げなくなったアヤネを引き継ぐように、隣にいたセリカが口を開く。

か細く、かろうじて絞り出したような声で、彼女はノノミが連れ去られた結末を一方通行に語る。

 

一方通行を強く睨みつける様子を隠すことも無く披露し続けているセリカは、言葉の後、ザリっと地面を鳴らして前へ踏み出し、目と鼻の先まで詰め寄る。

 

彼女の目元は、泣き腫らしていたかのように赤みが掛かっていた。

 

「ねえ! こんなのを企んでたのとアンタ知り合いなの!? アンタが来なかったのも……アンタがそのクソ野郎と知り合いだったから!?」

 

今にも胸倉を掴み掛かむ勢いでセリカはありったけの思いを一方通行にぶつける。

ノノミが拉致されてから、否、ホシノが学校を去ってからずっと抱いていたであろう胸中を吐露し始める。

 

彼女の怒りに身を任せた怒涛の捲し立てを一方通行は目を逸らさず一字一句受け止める。

 

一方通行が置かれていた環境を彼女達が知ることもなければ、彼女達の環境を一方通行が知る由も無い。

どちらも黒服により妨害された結果であり、一方通行が詰められる話では断じて無い。

 

それでも、一方通行は非が無いことを明かさない。

そうすることに、意味が何もないからだ。

 

「………………ッッ」

「何とか言ったらどうなのよ!! 何で今更来たの!!! もう何もかも遅いのに!!!! 来るならもっと早く来てよ!!! もう何も…………無くなっちゃったじゃない………!!」

 

最後は、言葉として上手く聞き取れたかも怪しかった。

けれど、もう一度聞く必要は無い。

 

彼女達が置かれている惨状を見れば、聞かずとも分かる。

今日に至るまで、どれだけ絶望に苦しんでいたのかぐらい、彼女達の表情だけで伝わる。

 

だから。

 

「遅くなンかねェ」

 

一方通行は、その絶望を否定する。

 

「まだ終わってねェ。そうさせねェ為に、俺が来た」

 

黒服は言った。

キヴォトスを維持することが目的だと。

 

仮にこの発言が事実だとするならば、小鳥遊ホシノを手元に置きたかった理由は間違いなく彼女の存在がこの世界において重要だからだということになる。

 

彼女を使って、世界を保持しようとした。

だが、既にその目論見は崩れている。

 

小鳥遊ホシノは、より悪意を持つ何者かによってさらに深い闇へと堕とされた。

黒服がその事象は想定外とし、敵対していた一方通行に救出するよう依頼を持ちかける程にまで。

 

ミレニアム事変により黒服との関係は曖昧な物に変化した。

一方的に敵対しないと宣言したが、それが本当かどうかは一方通行は知ることは出来ない。

 

だがそれでも、

例え敵対したままであったとしても、

小鳥遊ホシノの犠牲がどうしても必要だとしても。

 

彼はそれを拒絶しなければならない。

何故ならば。

 

「俺はオマエ達の『先生』だ。『先生』なら、『生徒』を守らねェ訳にはいかねェ」

 

彼の言葉に、セリカの目が大きく開かれる。

目に宿っていた怒りが、僅かばかり消失する。

 

語った理由が、本心だったのかどうかは彼自身ですら判断出来ない。

本当はもっとごく単純に、助けたいからという子どもみたいな気持ちだったかもしれない。

もしくはさらに明快に、どこぞの誰かの真似事をしたかったからだけかもしれない。

 

それでも彼は選んだ。

自分自身で助けると言う道を選んだ。

 

どんな理由があれ、どんな建前であれ、選んだ選択が助けるという道である以上。

それは彼が、又ほんの少しだけ成長した証だ。

 

「確かに俺は事態に気付くのにあまりに時間を掛け過ぎた。結果大きく出遅れた。本来は背負わなかった筈の余計な負担がオマエ達に降りかかった。………………大事な時にここに来れなくて、悪かったな」

 

バツの悪そうな顔で、彼は謝罪の言葉を述べる。

仕組まれたこととは言え、助けに来れなかったのは事実だ。

どう言い訳しようとも、彼女達が受けた苦しみが消える筈も無い。

 

だからこそ。

 

「だからこそ遅れた分、まとめてキッチリ取り返す。反撃を始めるぞ」

 

カツン、と、彼は一歩後ろに引き、歩幅分だけセリカと距離を置くと、全員集まれ。と、アヤネ、シロコの両名を近くに呼び寄せる。

 

声は、聞こえなかった。

もう既に、彼の命令通りの行動は終わっていた。

 

アヤネ、シロコが間近に集まったのを確認した一方通行は、目線をセリカに移す。

フン……と。不服そうに彼女は視線を横に向ける。

でも、この場から去ろうとはしなかった。

 

彼女の態度から一応話を聞く気はあると解釈した一方通行は良し。と、話を進める態勢に入る。

作戦会議と、情報収集の時間が始まる。

 

「十六夜が連れ去られた場所を知ってる奴はいるか?」

「ノノミ先輩を拉致したトラックが昨日深夜、ゲヘナに進入したのをシロコちゃんのドローンが確認しています」

「本来なら撃てる仕様だけど、ドローンに銃弾を積める程私達に余裕は無かった。昨日は、追うだけで精一杯……」

 

スっと手を上げて聞き逃せない情報をアヤネが語り、シロコが戦闘用ドローンを用いていたのに追うだけに留めてしまった理由を捕捉する。

 

悔しそうに報告するシロコに、いや、十分な仕事だと一方通行は彼女のファインプレイを労う。

 

「それだけで大手柄だ。カイザーがわざわざゲヘナに行った理由は分からねェが、場所が割れてるなら話は早ェ。すぐに追える」

 

カイザーがゲヘナに赴いた理由を、敢えて彼は謎だとして、それ以上を問わないように仕向ける。

シロコ達が知ってる知っていないにかかわらず、一切彼は攫った目的を口にするつもりは無かった。

 

小鳥遊ホシノのように明確に利用価値が存在する訳でもない年頃の少女を一人捕まえてすることなんか、程度が知れてる。

生ゴミのように腐った話だが、よくある話だ。

 

もっとも一方通行が生活していた学園都市で起こる闇のお約束がここキヴォトスでも適用されるかどうかについては定かではないが、どう転んだところでろくでもない無い話になるのは確かな以上、言及するのを彼は避ける。

 

『オークション、じゃないでしょうか先生』

 

そんな折、アロナから妙に気になるワードが響いた。

誰にも声が届くことは無いとは言え人前で話しかけるなと予め言っておいたのに相変わらず話しかけて来るアロナを咎めようにも、アロナと言語による意思疎通をこの場で行う訳にもいかない一方通行は声に出さず嘆息するに留める。

 

静かにしろと言いたくても言えないのだから、もう大人しく彼女の言葉を聞き続けるしかない。

代わりにポケットに手を突っ込み、シッテムの箱をコツコツと叩く。

 

『あいた!! 痛い! 痛くないけど痛いです先生!!』

 

コツコツコツッッ!!

 

『あ、これ止めてくれないパターンですね!? 良いんですか今アロナちゃん超重要情報言ってますよ黙らせて良いんですか!!』

 

コツコツコツコツコツコツッッ!!

 

『いたたたたたたたたッ!? いや全然痛く無いですけど人差し指と中指で交互にディスプレイを連打しないで下さい! 分かりました!! ごめんなさい!! 今度から無暗に話しかけませんから!! 場所は選びますから!!』

 

脳内でやかましく響くアロナの声に一方通行はこれ以上やってもうるささが悪化するだけかと、シッテムの箱を叩くのを諦めてポケットから手を出す。

 

『うぅ……では気を取り直して。アロナちゃんの情報網ではカイザーコーポレーション主催のオークションが時折キヴォトスの各地で開かれているのをキャッチしています。内容は至って普通で、最新鋭の兵器から便利な家具と言った幅広い商品を扱ってるんですが、もしかしたらこのオークションにノノミさんが商品として持ち込まれている可能性はそれなりにあると推測します』

 

コホンと咳払いをした後に再開されたオークションの説明は全然普通では無かった。

一体何処をどう切り取ってアロナは普通と表現したのか問いたくて仕方なかったが、声に出す訳にもいかない一方通行は黙って彼女の説明を受け続ける。

 

どちらにせよ、内容は無視出来ない。

兵器や家具の販売はどうでも良い、好きにすれば良いと一方通行は切り捨てる。

 

だが、生徒の売り買いは彼の地雷だ。

人身売買が行われている可能性があるのを、彼は無視出来ない。

 

信憑性もある。

確定とまでは言い切れないが、前提で動いても良いなと思うぐらいにはアロナの情報収集能力は高い。

 

よって。

 

「ゾロゾロ全員で動いていても時間を無駄に浪費するだけだ。俺が乗って来たバイクに一人だけ乗せてゲヘナに向かう」

 

アビドスに来たばかりだが、一旦アビドスから一人を連れて離れる決断を彼は下した。

ノノミを連れて帰って来る以上本当は単独で動くのが最適なのだが、彼は楽観視をしない。

 

カイザーのオークション会場に乗り込むとして、そこで何が起きるか予想を立てている範疇では室内で戦闘が発生する可能性が非常に高い。

 

最低一人は街中でも難なく戦える生徒は必要だった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! ノノミ先輩がゲヘナの何処にいるかも分からないのにそんな行き当たりばったりな……!!」

「心配すンな、アテはある」

 

正確には俺じゃなくてアロナだがな、と、声には出さずに付け足しながら彼はアヤネ、セリカ、シロコの三人を見渡し。

 

「砂狼、俺と一緒に来い」

 

シロコに白羽の矢を立てた。

 

彼が同行者を選ぶ際に定めた判断基準は二つ。

戦闘能力が高いのと、咄嗟の際に感情を無視して彼が下した命令通りに動けるかの二種類だった。

 

アヤネは命令に関してはすぐに動いてくれるだろうことが容易に予測できるが、見るからに戦闘能力に不安がある。

セリカは戦闘に関しては充分に力を持っていそうだが、彼の命令に対し、最終的に従いはするだろうが、それを咄嗟に出来るかどうかについては太鼓判を押せない。

 

それはシロコにおいても同じことが言えるが、それを考慮したとしてもセリカ、シロコの内、今の状態で一方通行の命令を咄嗟に聞いてくれるのはどちらかと聞かれれば、シロコであると言う他ない。

 

「ん、分かった」

 

そして、彼の判断は間違っていなかったことをシロコの了承の返事がそれを証明する。

セリカならば最低数秒は迷っていたかもしれない判断を、シロコは即決で下した。

 

「話は決まったな。それじゃ俺達は今すぐ」

 

ゲヘナ目掛けて出発する。

そう一方通行が口を動かそうとした刹那。

 

 

 

ビーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!

 

 

 

と、けたたましい警報のような音が、アヤネの懐から、恐らくしまっていた携帯から鳴り響いた。

瞬時、シロコ、セリカ両名の目の色が変わる。

 

その反応に、何事か等と言ったトロ臭い反応を一方通行は示さない。

彼女達が今置かれている状況を鑑みれば、警報が鳴る理由はたった一つだ。

 

「シロコ先輩!! ドローンを!!」

「もう飛ばしてる……! 数は…………ッッ! 百体以上のオートマタ兵士に…………、重戦車が四両、装甲車両が……五両……!!」

「距離はッッ!?」

「もう……数百メートルも無い……!! アイツ等……十分に接近してからわざと罠を踏んでる……!」

 

シロコが顔を青ざめさせてカイザーから送られて来た刺客の規模を報告し、続いてセリカ、アヤネの二人が彼女の報告に表情を絶望に染めた。

 

「そんな……そんなっっ!? 今までは多くても五十もいなかったのに……!! その倍以上なんて……! か、勝てる訳ないじゃない!!!」

 

三人の顔から、そしてセリカの反応からカイザーは一気に残りのメンバーを叩きに来たなと推察する。

先の発言から察するに、もう彼女達に戦闘継続する為の手段は残っていない。

 

カイザーは先の戦闘で彼女達が攻撃手段をほぼ喪失したのを知っている。

万に一つも負ける戦闘では無いことを、カイザーは把握している。

 

それを知ってて尚、過剰とも思えるような戦力をぶつけて来た。

これで終わりにするつもりだと言う本気度がイヤでも伝わって来る。

 

「オマエ等の武装はどれぐらい残ってる」

「もう弾薬はゼロに近い状態で…………戦闘可能時間は……、一分が限界です」

 

節約して節約してやっと絞り出せるのがその時間なのだろう。

シロコはアビドス高校の前で彼を助ける為に銃撃したが、それすら虎の子だったらしい。

 

ひっ迫。という言葉では足りない程に勝負が見えている戦闘だった。

どう考えても、一分程度で百体のオートマタを撃退出来る筈が無い。

 

「迎撃しようにもこれでは……!! はッッ!? 先生! 今すぐ避難を!!」

 

どれだけ弾薬を所望しようが無い物は無い物と諦めるしかない。

その中でどうにか切り抜ける手段は無いかと必死に頭を回していたであろうアヤネが、慌てて一方通行にここから逃げて下さいと進言する。

 

カイザーは絶対にアビドスの少女達に対して容赦をしない。

砲弾、銃撃の雨を徹底的に浴びせるのは明白。

その状態でヘイローが浮かんでいない彼を戦場に置くのは危険すぎると判断したのだろう。

 

普通に考えれば避難指示を出すのは間違っていないと言える。

 

「必要ねェ」

 

しかし一方通行は彼女の提案を即座に蹴った。

その返答にアヤネは驚いたようで、どうしてですかと一気に詰め寄る

 

「このままじゃ死んでしまいます!」

「オマエ等もこの物量差じゃ逃げなかった場合の俺と大して変わンねェだろ」

 

遅かれ早かれだ。

銃撃で一方通行が死ぬのと、物量差に轢き潰されて三人が人権を失うのは、どちらが早いか遅いかの違いでしかない。

 

待っている結末が同じならば、戦うことを放棄し全員でここから逃げる方がまだ希望がある。

 

「ここを失ったら!! 必死にかき集めた全ての物資を失います!! 食料も武装も本当に僅かしかありませんが! その僅かすら今は重要なんです!!」

 

だから逃げられません。

アヤネは声を大にして主張する。

見れば、セリカとシロコも同意見のように首を縦に振っていた。

 

この場所を放棄すれば、ホシノもノノミも助けられなくなると。

本当に、アビドスが終わってしまうと。

 

「しかし先生はこの責務を背負う必要はありません!! ですから早く退避を!!」

 

けれどそれは自分達の都合。本来ならば拠点なんか捨てて逃げるのが正解な場面。

無謀極まりない身勝手な戦いに先生が巻き込まれる必要は無いと、アヤネは一方通行に逃亡を懇願する。

 

その最中。

 

ズ…………。

 

遠くから、一方通行とシロコが走って来た方面から地鳴りが響き始めた。

キャタピラが砂を轢き潰して進む音と、重厚感のある足音が無数に轟く。

 

音のする方に視線を送れば、既に銃を構えて接近するオートマタ兵士がうじゃうじゃと散見される。

 

もう戦闘態勢に入ってやがる。と、一方通行は吐き捨てた。

いつでも攻撃出来る姿勢を見せるオートマタ兵士に一方通行は嘆息し、

 

おもむろに、

予備動作無く。

まるで当たり前かのように。

 

 

 

たった一人シロコ達の先頭に立つべく、前方に躍り出た。

 

 

 

「ッッッ!?」

「せ、先生!?」

「アンタ何してッッ!!! 早く逃げなさいよ!!!」

 

一方通行が一人カイザーと対峙を始めたような構図に、少女達は三者三様の反応を見せた。

うるさ……。と、一方通行は三人の反応を背中で聞きつつそう感想を零す。

 

ダッッと、勢い良く彼目掛けて駆ける音が背後から聞こえる。

この勢いからして、セリカだろうか。

どうやら敵意は容赦なく向けるが、その敵意を向ける奴がむざむざ殺されるのを黙って見ていられるような少女では無いらしい。

 

面倒な性格してやがるなと、セリカが持つ難儀さにハッッと、笑う。

しかしセリカが現在何をどう思っていようが、どんな気持ちで一方通行を引き戻そうとしていようが、今の一方通行には一切関係のないこと。

 

故に。

 

 

 

一方通行はセリカの動向を目ですら追わず。視線を距離を詰めてくるオートマタ兵士に向けたまま、目的達成の為アヤネの話を聞いてからずっと思っていた疑問を、彼女目掛けて口にする。

 

 

 

「奥空、連日襲って来た連中は毎回全員オートマタだったか? そしてここら一帯はオマエ達以外は誰も居ないでいいのか?」

「え? な、何で急にそんなこと」

「良いから言え、どっちだ」

「え、えっと、人は住んでません。そして昨日襲って来たのは多分、全員オートマタだった筈です」

「多分? 筈? 重要な問題だ。確信があるのか無ェのかどっちだ!」

「いませんでした!! 確認した限りでは全員オートマタでした!!!」

 

ズァアッッッッッ!!!! と、彼女の言葉を合図に一方通行は頭にシンプルなリング状のヘイローを現界させ、引き裂かれそうな程に真っ白な翼を現出させた。

全長十メートルにも届きそうな翼は出現した途端瞬く間に空間を支配し、表出させた一方通行以外の全員が息を呑む事態を作り上げる。

 

誰も言葉を発しなかった。

シロコも、アヤネも、セリカすらも。

 

三人が三人共一方通行の異様な姿に圧倒された。

目の前の光景を脳が受け止めきれず、驚愕の表情を顔に張り付けたまま一歩たりとも動かなくなる。

戦闘直前だというのに、彼から目を離せなくなる。

 

神々しさと威圧感が同時に背中を突き抜けていく感覚に、自然と身体が震える感覚を三人は同時に覚えた。

 

それはカイザー側も例外ではない。

 

百に届きそうな数で進軍していたオートマタ。

彼女達を轢き潰さんとするかのように前進していた装甲車両や重戦車。

 

アビドスの残り全員を手中に収めようとしていた敵勢力も、彼から放たれる異様な翼とその翼から発される圧倒的威圧感に一斉に動きを止める。

 

そうして、一方通行以外の誰もが一瞬動きを止めた中で。

 

「スクラップだ、クソ野郎共」

 

彼一人だけが自由に動き、口走り。

翼を深々と地面に突き刺して。

 

 

 

身が凍えるような轟音を迸らせながら大地を抉り、持ち上げた地面を豪快に吹き飛ばした。

 

 

 

地鳴りと共に抉れた大地は連鎖する様に前へ前へと広がる。

砂を巻き込んで、コンクリートを押し上げて、埋められていた大地すらも突き上げて。

見る見る内に肥大化し、巨大化して、敵の方へと前進する。

 

「あ、あれは……あれは何だッッッ!?!?!?」

 

見る見る内に体積を増やしていく様子にオートマタ兵士の誰かが叫ぶ。

だが、その疑問を答えられる存在はオートマタ兵士の中には誰一人としていなかった。

 

二メートル。

三メートル。

五メートル。

十メートル。

 

大地がまるで巨大な津波のように膨らみ、オートマタ兵士に牙を剥く。

恐るべき速度で迫るソレを防ぐべく、重戦車から砲撃が始まる。

 

一撃目は、確かに一部の大地を削ぎ落とした。

次の瞬間には、それ以上の波によってさらに規模を大きくした。

 

続く二撃目は、爆発すらも飲み込んだ。

そして、三撃目が始まる頃。

 

迫る大地はオートマタや重戦車全てを飲み込み、彼らの天地を文字通りひっくり返す。

戦車や装甲車は上下逆さまとなり、その上で砂と大地に押し潰されて完全に機能停止。

巻き上げられたオートマタ兵士は十メートル以上の高さから悉く地面に落下、または戦車と同じく大地に押し潰され、爆発音を次々と迸らせて全機修復不可能な程にまで破壊される。

 

そうして全てのオートマタ兵士を黙らせた津波は全標的を飲み込んだ後、それまでの勢いは何だったのかと言いたくなる程に落ち着きを見せる。

 

あれだけ響いていた地鳴りが、今はもう何も聞こえない。

彼女達を狙っていた銃口や砲塔は、全て土に埋もれた。

一方通行が翼を使用すると決めてから時間にして僅か十秒。

 

たった十秒で、たった一撃で、一方通行は百以上ものオートマタ兵士と、五両もの重戦車と装甲車を戦闘不能に押しやった。

 

「…………うそ」

 

声を出したのは、セリカだった。

目の前の光景が未だに信じられないのか、口を半開きにしたまま呆然と前方の景色に目を奪われる。

そして、一方通行が引き起こした部分的大破壊に。そしてその破壊行為すら一部限定にのみとする精密な技術にセリカは畏怖の目線を込めて一方通行を見やった。

 

負ける戦いだと思っていた物がこうもあっさりと逆転した事実。

そしてそれをたった一人で成し遂げた事実。

何より、全く理解の及ばない人智を超える力をまざまざと見せられた事実。

 

全てひっくるめて畏怖として、セリカは一方通行を見やる。

そしてそれは、多かれ少なかれシロコ、アヤネの両名も同様だった。

 

そんな中、渦中にいる一方通行は刺さる三人の視線と、その中に含まれている意味も察しつつ。

 

「…………オイ、三人共何ボーっと突っ立ってやがる。さっさと鹵獲しねェか」

 

弾薬を補給する切っ掛けを作ったのだから今はそんな事をしている場合じゃないだろと彼女達に手短に指示を出した。

 

「え? え?」

「あのポンコツロボ共は全機仕留めたが武器はいくつか無事なのがある筈だ。吹き飛んだ際に手放した奴とかな。間に合わせにしかならねェだろォし取り回しが自分の獲物と違って扱いづれェかもしれねェが、背に腹だろ。これなら扱えるって奴適当に強奪しろ」

 

ほら、さっさと行け。

翼を収め、呆れ混じりに息を吐いてそう指示を投げる一方通行の声を合図として、三人が軽い返事と共に荒れた大地の方へ駆けて行く。

 

シロコ達は一体何の為にわざわざこんな回りくどい方法で奴等を撃破したと思っているのだろうかと一方通行は杖を右腕に体重を預け、少し休憩する姿勢を取りながら三人を後ろから見守り始める。

 

周囲に人は誰も居ない。

敵は全て機械兵士。

 

つまる所、人的被害を一切考える必要がなかったのだから、翼を真横に薙ぎ払う等して全員を一瞬で潰すのが最も手っ取り早い方法だった。

だがそれをした場合、オートマタ兵士が持っていた武器すらもまとめて消失する可能性が高く、少女達の武器の補給が最優先だったこともあって彼は敢えて間接的な一撃必殺に留めた。

 

それでも一撃で仕留めている以上結果に変わりはないのだが、どうせやるならシンプルに動くのが一番良いに決まっている。

けど一方通行は撃退以上の利益を求めた。

 

その結果は。

 

「ん、先生。必要十分な弾薬は確保した。行けるよ」

 

自前の学生鞄を背負ったシロコがいつでも動ける旨を一方通行に報告しているのが、彼の思惑通りに物事が進んでいることを如実に伝える。

 

彼女の言葉通り、痩せていた彼女の鞄が見て分かる程に膨らんでいるのを確認した一方通行は彼女にヘルメットを投げ渡す。

 

「のンびりしてる時間もねェ、俺達はこのままゲヘナに向かう」

「ねえ! 行くのは賛成だけど、またあいつ等があの大群で押し寄せて来たらどうすんの! いくら補給できたと言っても私達だけじゃ太刀打ち出来ないわよ!!」

 

出発の準備を進める一方通行の動きを横目で見ていたのか、それとも彼の発言に疑問を持ったのか、武器を漁っていたのを一時中断して振り返りながらセリカが一方通行とシロコの両名が不在になった場合に発生する問題点を指摘する。

 

先のような大群で公園を攻めてきた場合、セリカ一人では押し返しきれない。

その場合ノノミだけでなく自分やアヤネまでもが誘拐される可能性が格段に高くなると、セリカは一方通行に示唆する。

 

が。

 

「安心しろ。奴等は少なくとも今日は襲って来たりしねェよ」

 

絶対の自信を持って一方通行は反論した。

何でよ。と、懐疑的な視線を向けるセリカに一方通行はそう判断するに足る根拠を述べ始める。

 

「黒見。カイザーが握っている情報は何だか分かるか?」

「え……? そりゃ……私達が現状、戦えるだけの力を持っていない。とか?」

「他は?」

「他……? 他って…………何があるのよ…………」

 

「カイザーが握ってる情報の一つ目。黒見が言った通りアビドスはカイザーに勝てる程の戦力を有していないこと。二つ目。戦力差をひっくり返せるような新兵器を取り寄せる程の資金も時間も人の流れもアビドスには無かったこと。最後に、百機以上ものオートマタがそのアビドスを相手に全滅したことだ」

 

指を一つ一つ折りながらカイザーが持ち得ている情報を共有する。

これだけの大被害、通信で報告されていない筈がない。

まず間違いなくこの全滅はアビドス高校にいる連中、もしくはアビドスを制圧せんと動いているカイザーの一組織に届いている。

 

「敗北しただけならともかく、一瞬で全滅したとなりゃ用心するのが普通だ。無理に戦力を投入すれば今度は学校の防衛がままならなくなる。無限に兵がいる訳じゃねェからな。オマエ達の目的が学校の奪還なのは奴等にとって周知の事実な以上その穴は見過ごせねェ。戦力を補充するにせよ対策を練るにせよ、どう見積もっても今日は動けねェ筈だ。ゲヘナに行って、帰って来るだけの時間はたっぷりとある」

 

アビドスに派遣されたオートマタ兵士がどれだけの数いるかは不明だが、そこまで多すぎる数ではないだろうと一方通行は推測する。

 

多くて数百。

その数百の内百機が破壊されたとするならば、カイザーは約五分の一から三分の一程度の戦力を損失したことになる。そこからまた同じ数だけ兵を捻出すれば、アビドスにいるオートマタ兵の数が極端に減ってしまい、その隙を突かれて奪還に成功されるという、本末転倒の事態にだってなりかねない。

 

ならばと失った分を外部から補充するとして、その補充部隊がアビドスに到達するまでの時間だって必要になる。

 

無理に動けば動くだけ被害が拡大する恐れが高い以上、

取り返しの付かない状況に発展しかねない以上、

わざわざ危険な橋を渡る必要はカイザー側にはどこにも無い。

 

少なくとも今日はもう妙な真似はしないだろうと一方通行は踏む。

加えて、バイクならば日が沈む頃には戻れると一方通行は言い切る。

 

故に。

 

「わ、分かったわよ……」

 

彼が展開したロジックに反論する場所は無かったのか、渋々と言った感じでセリカは首を縦に振った。

 

「私達はもう少しここで武装を調達しています。滅多に無い機会ですから」

 

任せた。と、セリカが反論している傍ら、一人もくもくと鹵獲を続けていたアヤネに返事を返しつつ一方通行も出発の準備を進める。

シロコを後ろに乗せる為積んできた弁当を入れているバッグを固定させていたヒモを解き、座席から下ろす。

 

途端、バッグの底からひんやりとした冷たさが一方通行の手に広がった。

これなら大丈夫だな。と、彼はその冷たさからこの暑さの中でも弁当がダメになっていないのを知る。

 

冷たさの正体は、保冷剤。

 

アビドスに行くことをユウカ達は事前に知っていた為か、シャーレの冷蔵庫には保冷剤が五つの弁当全て腐らせない様結構な数が冷凍されていた。

 

保冷材の冷たさから見るに、五人が作った弁当はまだまだ平気そうだった。

 

「奥空。鹵獲が終わったらコイツを預かってろ」

 

適当な日陰にバッグを置いて一方通行はそう頼み込む。

一方通行からの注文に鹵獲を一時中断し、一体何を預けるのだろうかと気になったアヤネは振り向き、そのバッグに視線を落とした。

 

「これは……?」

「弁当が五食入ってる。限界なら食ってろ。どうせここ数日碌なモン食ってねェだろ」

 

簡潔に放った説明はしかし、アヤネを、さらにはシロコ、セリカの視線も彼が下ろしたバッグに向いた。

彼女達の反応から、やはり食事らしい食事を学校を追い出されてから取っていないなと一方通行は察する。

 

なので、限界なら気にせずに食べろと彼は口にしたが。

 

「これは、先生が食べるべき物ですよ」

 

あっさりとアヤネは首を横に振った。

 

「中身は見てませんが雰囲気で分かります。これは、私達が勝手に食べて良い物ではありません」

 

きっとこれは先生にだけ向けられた、先生の為だけを想って作られた物だから。

それを勝手に、先生がいない前で口にする訳にはいかない。

 

先生が食べることを許可したとしても、その少女達が食べて欲しい相手は、先生なのだから。

 

強い意思でそう言い切り、ですから預かるだけはしておきますとアヤネは告げる。

その目に躊躇の匂いは無い。

 

折れるしか、一方通行に残された選択肢は無かった。

 

「はァ……。なるべく早く帰って来てやる」

 

それが一番、彼女達の飢えを凌ぐ近道らしい。

弁当をアヤネに預けた一方通行はその言葉を最後にヘルメットを被った。

そのままややゆったりとした動作でバイクにまがたり、キーを回し、スイッチを押し、エンジンを始動させる。

 

刹那、鼓動にも似た重い唸り声がバイクから迸る。

準備は万端。

 

ハンドルを握る手に振動が伝わる。

後はもう、発進させるだけ。

 

「準備は良いか?」

「ん、いつでも」

 

返事は、どこまでも簡素だった。

 

彼の右肩に彼女の小さい手がそっと置かれる。

振り落とされないようにする為の手段としては些か頼り無さげに思えるが、一方通行は何も言わない。

危ないと思ったら自分でやり方変えるだろと適当に考えつつ、一方通行はシロコを乗せてアビドスを出発する。

 

行先はゲヘナにあるカイザーが運営する地下オークション会場。

そこを目指して一方通行は通算三度目のゲヘナ訪問を始める。

 

表情が一切見えないフルフェイスヘルメットの奥で、一方通行の歯がギチリと強く噛み合う。

体温が否応なく冷えて、そして執拗に上がるのを感じた。

 

彼女達五人を襲った悲劇を全て覆す。

何もかもから彼女達を守る。固く決意した一方通行は、その目標を達成するのに必要な第一歩を踏み出す。

 

 

 

アビドスの二年生。十六夜ノノミを連れ戻す為に。

 

 

 

 












無双する時はサっと無双してサっと終わらせるのが一番印象あるんじゃないかなと思います。
前章であるパヴァーヌと比較して一方さんが目に見えて序盤から暴れていますね。

でも一方通行が主役のSSにおいて求められているのはこういう場面な気がします。そう考えるとやっと無双したな感が凄いですね。約一年ですよ約一年。長い!!

そして本編についての話です。

なんとこの話だけで原作におけるアビドスストーリーの九割九分が終わってしまいました。
ですので、とある箱庭の一方通行におけるアビドスは残り一分を突き詰めていくお話になります。

今回の話を読んで、ん? と違和感に気付く方もいるかもしれませんが、アビドスが抱え込んでる負債がゲーム本編では9億なのにこの話では9兆になってます。単位が違ってますね。


それもこれもあの白モヤシが悪いんです。
8兆円の借金を背負っているアイツが全部悪い。

お陰でお金のインフレが凄まじい。ミレニアムの被害が1兆超えてるのも全部『とある』側の設定が悪さしてる。

六枚羽を製造するのに250億って言ってるのにアビドスでは9億で騒いでたら……こう、茶番になっちゃうじゃないですか。
8兆の借金がある人に私達、9億の借金があるんです。なんて涙目で言われてもはぁ……その程度の額どうにでもなるだろ。みたいな感じになりそうじゃないですか。どう考えても桁を増やすしか道はなかったんです。

ちなみにとある本編では既に一方さんの借金は帳消しになってますが、そのタイミングは旧約終了~新約開始時までの間に起きているので、旧約最終巻の最終盤からキヴォトスにやって来ているこの一方さんは何と借金を抱えたままなんですね。
払う相手はキヴォトスのどこにもいないので実質0ではあるんですけども。

でも借金がある事実は消えてない。だからこそ8兆の借金を背負っている事実が9億を軽くする。普通は絶望する値段の筈なのに。何て悪循環。許せない。

そんな本編の捕捉をしつつ、次回はまたしてもゲヘナです。問題は全部ゲヘナで起きてるな??? 

年内にあと一度ぐらいは更新したい所です。


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突拍子もない提案





 

 

「お姉さまはさー、ミサカがどれぐらいの確率でヘイローの現出に成功したか知ってる?」

 

閉じられた施設へ連日のようにやって来るミサカと一人称を名乗る少女が、今日も今日とて暇を潰したがっているのが丸わかりな声で、施設に捕らわれている一人の少女へと話しかける。

 

少女は、小鳥遊ホシノはミサカの声に俯いたまま言葉を返さない。

会話する気は毛頭無いという明確な意思表示を示すが、肝心のミサカはどこ吹く風と言わんばかりにコツコツと足音を立てて施設内を、正確にはホシノの周囲を歩きつつ一人で続きを喋り始める。

 

「今までに製造されたのが約二千二百体。その内お姉さまのDNAをミサカ達の生体組織に組み込む実験が始まるまでに製造されたのは千二百体。結果は散々。千百体が製造段階で人間もどきの姿か、人間と呼んで良いのかすら不明な状態で生成され破棄。二百体が欠陥電気《レディオノイズ》だけを発現させた状態で培養器の中で十四歳の姿になるまで無事に成長出来た」

 

けど。

と、ミサカは言葉を区切る。

 

「けど、後天的にヘイローを組み込む実験の道具として扱われ、最終的に全員が死亡。このままじゃどうにもならないってことで一時的に実験は凍結したんだけど、その後、お姉さまの力を利用出来るようになった為実験は再開、一週間足らずで、追加で千体のミサカが生み出された」

「…………、っ…………」

 

淡々とした口調で語る彼女に、ホシノは何も返さない。

ただしそれは彼女の言葉に耳を傾けないと言う意味では無い。

 

グッッと、彼女の身体が一瞬重みに引っ張られる。

命の重みに、ホシノの身体が僅かに震える。

 

小鳥遊ホシノは完全な被害者である。

ミサカが語る実験に何一つ関与しておらず、今後も協力する気などない。

 

交差個体(クロスオーバー)が語っているのはただの結果であり、ホシノは一切の介入をしていない。

 

でも。

彼女は利用された。

己の意思にかかわらず、彼女の一部を知らぬ内に使われた。

 

それからの結果を、交差個体(クロスオーバー)は紡ぎ始める。

 

「それでもやっぱり無茶な実験なのは変わらず、作られたミサカの大半は精神を崩壊して壊れて今までと同じく破棄されて行った。製造中を除いた現存するミサカの内、健康に活動しているのは僅か七体。ヘイローを宿したのは、ミサカ含めて二体だけ」

 

一五八四号が自分と同じくヘイローを宿したと彼女は言う。

彼女の説明にホシノは顔を上げぬまま、表情を一切変えぬまま、心をさらに沈める。

 

「でもミサカ一五八四号は調整中に精神に異常をきたして廃人になっちゃった。完全に使い物にならなくなった彼女だけど実験体としては成功の部類なんだってもんだから救えないよねー、今は脳だけを取り出され、プカプカと培養液の中で脳とヘイローだけの姿だけになって変な実験に使われているらしいよ。ミサカはもうミサカネットワークから既に弾かれてるから何されてるかについて詳しくは分かんないけどね」

 

ヘイローが現れて能力の出力が上がったのも考え物だよねと、何でも無さそうに彼女は話を続ける。

 

自分がどれだけ異常なことを喋っているのかも認識していないかのように、何でもなさそうに彼女は笑顔で死を説明し続ける。

 

どれだけ非人道的なことが行われているのか彼女は分かっていない。

それがどこまでもホシノには恐ろしい。

 

そう言う人種がいるのではなく、そういう風に作られたという事実を前に、彼女は吐き気を催す。

この世界に、どこまでも腐った頭を持つ破滅的天才がいることに。

どこぞの誰かのクローンを作り、自分のヘイローを移植し、あまつさえ人格形成まで成功させた。

 

これを天才と言わずして何と言うのだろう。

どれだけ終わった思考をしている奴と言わずになんと言うのだろう。

 

ギチ……。と、ホシノは僅かに歯をかみ合わせ、こみ上げる怒りを表す。

 

「と、言う訳で、ミサカは現状二千二百分の一の逸材なのだ! って、ミサカは自慢げにビシっと人差し指を立てて言い放ってみるのだ! えっへん! って、だからこの喋り方だけは本当に直したいんだってのに…………はぁぁ……!」

 

一言も返事を返さないホシノを前にして、そんなの別に知らないとばかりに好き放題に交差個体(クロスオーバー)は捲し立てる。

 

どこまでもご機嫌な彼女は、どこまでも純真無垢だった。

透き通る程に、裏表が無かった。

 

そう言う風に彼女は作られている。

疑いを持たない様に製造されている。

 

彼女はどこまでも道化のようだった。

二千体以上ものクローンを犠牲にして生み出した彼女を使って、何かをするつもりなのは明らかなのに、当の本人である彼女は僅かたりともそれを察知しない。

 

何か、出来ることは無いのか。

囚われ、身動きできない自分でも何か。

 

彼女を救う、いや、水面下で企てられているであろう何かを妨害できることは出来ないか。

 

楽し気に語る彼女とこのような状況ながらも数日間接し続けてしまったホシノの心に、身勝手な情が芽生えているのを彼女は自覚する。

 

瞬間、全てを失い自暴自棄となっていたホシノの目に。

確かな光が、宿り始めようとしていた。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

「じゃあ、ノノミはカイザーのオークションに出品される可能性がある?」

「むしろ高いな。今日の襲撃もオマエ等を次の商品にする為の確保行動だったろォしよォ」

 

バイクでゲヘナに向かう道中、一方通行はゲヘナでオークションが行われてそこに十六夜ノノミが出品されているであろうことと、ついでにカイザーが今日も襲撃してきた理由を後ろに乗っているシロコに説明していた。

 

思えば先の襲撃はアビドス勢力に向けるには過剰戦力にも程がある物だった。

彼女達にもう戦う力が残って無いのはノノミを攫った戦闘で明らかになっており、あそこまで戦力を引っ張り出さなくとも圧殺出来たに違いない。

 

その上で念入りに叩き潰さんとしていたのは、なるべく彼女達を無傷の状態で無力化させたかった為だと一方通行は考えていた。

 

無論、その計画は彼の手によって一方的に叩き潰した訳だが。

 

「どうやってノノミを取り返すの? 場所も開催時刻も私達は知らないけど」

「心当たりはある。時刻についても問題ねェ。ただ、取り返す手段については考える必要があるな」

 

オークションがあることをアロナは一方通行に教えた。ということはどの場所で、どの時間で行われるか大方の目星がついているということになる。なのでゲヘナに到着して下らない探偵ごっこに興じる必要は無い。

 

なので彼が懸念していたのはその先、どうやってノノミを取り返すかについてだった。

 

オークション会場に殴り込みをかけるのが最も手っ取り早い方法ではあるし、少なからず戦闘が発生するのを想定してシロコを連れて来ている訳だが、だからと言って無暗に暴れ回るのは得策では無い。

戦闘の最中にカイザーがノノミを連れてどこかへ逃げられる恐れもあれば、手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けたせいで戦力差を覆せずシロコが返り討ちに会う可能性も否定できない。

 

まず間違いなく屋内で行われるであろうオークション会場では『白い翼』を使う訳にもいかず、一方通行単独では戦況をひっくり返せないのも相まって、銃撃戦を行うにしても状況は選ぶ必要があった。

 

であるならば、別の手段を講じるのも一つの手ではあるのだが、ここで一つ問題が発生する。

 

「単純に金で買うって選択肢が少し前まではあったンだが、生憎手持ちは二日ほど前にゴッソリと消えた。残り数百万ぐらいじゃ流石に女一人を買うのは難しいだろォな」

 

オークションで彼女が出品されるのならばそれを大金で購入するのが一番無難で確実な方法だ。

しかし彼はその手段に打って出られない。

 

原因は先日ミレニアムで発生した大規模戦闘において生じた一兆を超える損害額。

それを少しでもと補填するべく、彼はポケットマネーで蓄えていた資産の殆どを投げ出した。

 

貯金のほぼ全てをミレニアムの修繕費用に叩き込んだ結果、手元に残ったのはせめてこれぐらいは持ってて下さい! 一文無しだけはダメです! と、ユウカに突き返された数百万だけ。

 

流石にこの程度の少額ではノノミを買い戻すことは出来ない。

なので、無難とは程遠い別の手段を考える必要が生じていた。

 

「消えたって、どれぐらい使ったの先生」

「…………。七百億」

「………………」

 

金額を問われ少し考えた一方通行は、別に隠す必要はどこにもないかとユウカに渡した金額を告げた。

瞬間、何故だか冷ややかな視線が投げられている雰囲気が背後にいるシロコから迸り。

 

「先生って、金遣いが荒い?」

 

ある意味ごもっともな言葉が一方通行の背中を貫いた。

事情を話していない以上仕方ないが、結果だけを聞けば金遣いがおかしい人間に他ならない。

 

それでもミレニアムの惨状を鑑みれば支援する以外に選択肢は無かった。

渡した金額自体は莫大だが、被害額を考えると本当にはした金にしかならない。

 

しかし当然そんな事情をシロコは知らない。

よって彼女が一方通行に抱く印象は悪化の道を辿って行く。

 

それだけの金を少しでも節約してくれてればスマートに解決出来たのに。という視線が彼の背中を貫く。

今日まで一方通行とシロコの交流はなかった以上それはシロコの独りよがりに等しい物ではあったが、一方通行はその感情を無下にしない。

 

「心配すンな、何とかする」

 

なので、少しだけ申し訳なさそうな声色で彼女を宥める方向に走った。

方法も何も定まっていないが、こういう以外に今は場を収める方法が無い。

 

「別に何も怒ってない」

「そォかよ……」

 

声が語ってるんだよと言う言葉を飲み込みながら、一方通行はアクセルを吹かし一直線にゲヘナを目指す。

そこには、どうにもこの空気から解放されたいと言う悲しい思いが僅かに含まれていた。

 

「で? オマエはどォしてアビドス高校の前にいやがったンだ?」

 

苦し紛れも混じりつつ、先程は聞きそびれた内容を改めて一方通行は問い始める。

アビドス高校の付近で一方通行はシロコに助けられた。

 

しかしそれはよくよく考えればおかしい。

彼女があそこにいる理由が何一つないからである。

 

ノノミがいないことはドローンで確認済み。

ホシノもいないことも認知済み。

 

重機の音が聞こえていた事から学校を崩され始めているのは一方通行も察しているが、それはそれとして単独で向かう程の価値は無いように思えた。

 

居場所を守る為の行動にしては、些か無謀が過ぎる。

学校を取り返したいという気持ちは肯定こそ出来るが、そのタイミングは決して『今』ではない。

なのでもしかしたらそれ以外の目的があったのかと一方通行は聞いてみるが。

 

「学校を取り返すつもりだった」

 

回答は愚直すぎる程に真っ直ぐな物だった。

弾薬も尽きている中、迎撃すらおぼついていないのに襲撃が成功する訳が無い。

 

頭が足りていないにも程がある発言だが、シロコの声には本気が混じっている。

彼女が馬鹿ではないのは雰囲気で分かる。なのに彼女は自分の行動に迷いが無い。

 

まるで絶対に奪い返せると言う自信があったかのような声色だった。

 

「根拠でもあンのか。俺にはオマエがアビドスに突撃した後、十六夜と同じようにゲヘナ商品として出品される未来しか見えねェが」

「三日ぐらい前に見つけた切り札がある。根拠も自信も無いけど、どうにか出来るって確信だけはあった」

 

先生が来たから、一旦先送りにしたけど。

そう言いながらシロコは制服の中に手を突っ込んでガサゴソと何かを取り出した後、これ。と、言葉を付け加えて『切り札』と先程評した物を一方通行に見せつけた。

 

「ンだそりゃ……? ボロボロだが……カードか……?」

「ん、これを校内での戦闘中に握り潰すつもりだった」

「握り潰してどォなるンだ」

「分からない」

「……はァ?」

 

カードを再び懐に戻しながらシロコは一方通行が理解できない言葉を並べる。

 

要領を得ないにも程がある内容だった。

錆びたカードをどう使えば戦闘に役立つのだろうか。

 

カードだというのに使い方もスキャンするとかではなく握り潰そうとしている時点でおかしいし、その際に発生する効果に関しては彼女自身説明が付かないと来た。

 

何一つシロコ本人が分かっていないのに、それでどうしてコレを握り潰せば戦況がひっくり返ると言う冗談みたいな話をさも根拠があるかのように語れるのだろうか。

 

「握り潰しても崩れ落ちるだけだろォが」

「私もそう思う。これを使った後何が起こるか私にも分からない、けど分かる。これを使えばきっと、どうにかなってたって事が」

 

学校も、ホシノも、ノノミも。

何もかも全部どうにか出来たと、夢物語にも近しい物を彼女は自身あり気に一方通行に語る。

 

下らないと一蹴しようにも彼女の声には絶対に近しい自信が溢れていた。

使用した際に発生する効果も何も、把握していないと言うのに。

 

現実が見えていない訳ではない。

自暴自棄になり、幻覚に囚われた訳ではない。

 

彼女は努めて冷静で、今を見据えて行動を取っている。

だからこそ、謎になる。

あまりにもファンタジーが過ぎる、その発言に。

 

「多分、裏面に六って書かれた数字が、そうさせているんだと思う」

「いや、益々分からねェよ…………」

 

シロコ自身にも詳細が分からない物が多すぎるのもあってこれ以上詳しく聞いても余計頭が混乱するだけだとした一方通行は一端ここで話題を区切ることにした。

 

錆びたカード。

裏に書かれた数字。

 

この二つだけでは推理しようが無い。

 

(頭の中で一応留めておくか)

 

前方には既にゲヘナの風景が広がり始めている。

色々と話している間に、到着間際まで距離を詰めていたらしい。

 

ゲヘナに到着してからもやるべきことは色々ある。

今は一端思考を切り替えるかとシロコへの追及を切り上げ、バイクの速度を上げた。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

『アロナちゃんが調べた限りではオークション会場はこの地点にある建物の地下。今から二時間後に行われると思います』

 

アロナからの連絡が脳内に届いたのは、ゲヘナに到着してバイクから降りた直後、人の少ない所で小休止を取っていた時のことだった。

現在シロコは一方通行と少し離れた所でゲヘナの自販機から買ったドリンクを煽っている真っ最中。アロナが話しかけて来たタイミングはベストと言える。

 

場所はおろか開催時間までも探し当てた辺り、流石は電子世界の住人と言った所だろうか。

いささか幼稚すぎなのと喋り過ぎな気もしないでもないが、そこら辺は妥協すべき所なのだろう。

それにしても。と、一方通行は言葉を放つ。

 

「ハッキング能力も優れてるとは思わなかったなァ。割とセキュリティは厳重だったろォによォ」

『意外となんでも出来るアロナちゃんです! あの程度はお茶の子さいさいです!』

 

スーパーアロナと呼んでくれても良いですよ! 等と言う声まで飛び出す始末だった。

仕事が出来るのは分かったからもう少し声を抑えて欲しいと切に一方通行は願う。

 

彼女の声は頭に直接響くので小さい声でも十分聞き届けられるようになっており、アロナもそれを理解している筈なのだがテンションが上がった彼女の声はそんなの知ったこっちゃないとばかりにとても大きい物として一方通行の耳に届く。どうやらそういうタイプの性格らしい。

何回か注意を促してみたが一向に改善する兆しは無く、それはどこか懐かしさすら覚えてしまう程のデジャブを一方通行に与え続けていた。

 

『シッテムの箱にあるマップ機能に座標は既に打ち込み済みです。なんとすぐわかる様にピンまで差しちゃいました! これはとっても有能ですね!』

「本当良く喋るようになったなァ……まあ良いけどよォ」

 

えっへんどうですアロナちゃんは凄いでしょう! と胸を張って褒められ待ちの声だけはスルーしつつ、一方通行は『シッテムの箱』を取り出し、マップ機能を展開する。

 

どうやら距離的にもそこまで遠くは無いらしい。

残された猶予は二時間。

余裕はそれなりにあるように見えて、これからの動きを見据えるとそこまでゆっくりもしてられないかと、

シロコの方に視線を移し、杖の音を響かせて近づいて行く。

 

「砂狼、場所と時間が割れた。作戦を詰めるぞ」

「ん、分かった。それにしても早いね先生」

「頼れるアテがあンだよ」

 

途端、きゃーーーもう先生ったら褒め上手なんですからーー!! 、と脳にやかましく響く歓喜の声が走るが表情に出さずにそれをやり過ごすと、行くぞ。と、先導をするべく一方通行が前を歩く。

 

「バイクで移動しないの?」

「あまり俺が近くにいるのを悟られるのはまずいだろ。脱出するまでバイクは使わねェ」

 

仮に潜入作戦中にカイザーがバイクを見つけてしまった場合、押収もしくは破壊する恐れがある。

逃げ足をバイクに頼っている関係上、移動手段の確保は優先順位が非常に高い。

 

多少不便でも、ゲヘナを脱出する際にバイクがある所まで移動するという無駄な時間を生んでしまうとしても、ここは隠しておくべきだろう。

 

そんなことよりと、一方通行は会場までの道のりを歩きながら懸念事項をシロコと共有し始める。

 

「オークション会場に堂々と入り込みてェが、門前払いをされた挙句オマケに警備が厳重になるで終わるだろォからな……まずはそこから考えなくちゃならねェ」

 

『シッテムの箱』が映す目的地を見つめながら忌々しげにそう吐き捨てる。

 

嬉しくもなんともない事実だが、一方通行の存在はカイザーに大々的に認知されている。

今更服装を変えた所で顔が割れている以上面倒事に発展するのは見えている結果と言えた。

 

どう転んでも、歓迎はされないだろう。

むしろその場で戦闘に入っても何ら不思議ではない。

 

ではシロコのみを潜入させるかと言われればそれは一方通行が許可したくない。

無いとは思いたいが、最悪彼女がその場で捕らえられ商品として出品される可能性もある。

シロコが無謀に等しい行動を取る恐れも否定できない以上、どうしても一人で行かせる選択肢は無い。

 

「じゃあどうするの先生」

「十六夜の出品はどう見てもメインイベント、出品されるタイミングは間違いなくラスト付近。そこを見計らって強引に突入して暴れるっつゥのが頭の中にある有効策の一つだ。それなら十六夜もオークション会場にいるだろォから容易に奪える。が、成功条件に不安定要素が多すぎる」

 

ノノミのオークションが始まるのはラスト付近と彼はシロコに言ってみせるが、確実とは決して言えない。

どこまでも過去の経験から来る推測の域を超えない。

 

もっと早く出品される未来もあれば、一旦オークションを終えて、一般参加者を退出させてから、改めて彼女のみを対象としたオークションが始まる結末だって何一つ否定できない。

 

ノノミが出品されるタイミングを外からは推察できない以上全てが勘で動くことになる。

タイミングが少しでも早いと襲撃が来たと彼女を連れて逃走される恐れもあるし、遅いと既にノノミを購入した奴がカイザーに誘導されてコッソリと会場を脱出している懸念もある。

 

出来ればもっと確実性のある作戦を立てたいが、そう上手く行く話が都合よく転がっていないのも事実だ。

 

「参加者の一人を脅して十六夜を買わせるのも考えたが、まず情報収集して参加者を探すことから始める必要があるし、買えるだけの金を持ってない場合もある。これも得策とは言えねェ」

 

それに何より他者の意志に成功の可否を託すことになる。一方通行はそこに一切の信用を置いていない。

よって、可能な限りこの策は取りたくはない。

 

「今から殴り込みに行くのは?」

「十六夜がどこにいるか分からねェのに地下施設を探しまくるのか? 連れて逃げて下さいと言ってるよォな物だろ」

 

携帯を開き時間を確認する。

アロナが言うオークション開催まであと二時間。

 

まだまだ高い警戒であろうこのタイミングで殴り込みに行くのはあまりに分が悪い。

相手も馬鹿ではない。十六夜を取り返そうとアビドス陣営が躍起になっているのは当然予測の範疇だろう。

 

その中で襲撃が起きた時、咄嗟に逃げる用意をしていない筈が無い。

ここでノノミを奪い損ねて、状況を振り出し以下に戻るのは何としても避けたい。

 

「じゃあ終了後、ノノミを連れてる奴を叩くのは?」

「この会場から堂々と出る確率は低い。それを読ンで裏道を潰すにしてもゲヘナは逃げ道が豊富に作られている特殊な地域だ。ハッキリ言って現実的じゃねェ」

 

カイザーが保有する土地もあるだろうにわざわざゲヘナを会場に選んでいるのは有事の際のリスクを極限まで減らす為なのだろう。もしくは、カイザーだけでなく参加者の保護も踏まえているのかもしれない。

 

ゲヘナの街並みは校風と風紀委員の強さがそうさせているのか、逃げる、隠れることに関する環境構築は他学校の一つ上を行っている。

オークション会場から繋がる逃げ道を潰そうにも二つ三つでは済まないレベルであろうことは想像に難く無く、二時間程度の猶予と人員が二人では逃走ルートを事前に全て抑えると言う芸当は不可能に近い。

 

全てが終わった後を叩くという背水の陣は、上手く機能するとはとても思えない。

 

だが。どれかは決めなくてはならない。

却下却下ばかりでは、何も先に進まない。

どれもこれも最善策とは決して言えないが、成功率が高そうな作戦を強いて上げるなら、もう一つしか無い。

 

「砂狼からすりゃ不安だろォが、ラスト付近。十六夜が出品されているであろう時間を予測してそこを一気に突入して叩く。それが最も成功率が高ェ方法だと俺はおも──」

「ん、いい方法を思いついた」

 

コンッ。と、左手の掌に右拳を乗せながらシロコは軽快な声を上げた。

妙案を思い浮かべたらしい彼女の次の言葉を聞くべく一方通行は耳を傾け。

そして。

 

 

 

「先生は今から女装をするべき」

 

 

 

真剣な表情でトンデモない言葉をシロコは滑らせた。

 

「…………はァっっ!?!?」

 

心の底から理解不能な発言に、一方通行は滅多に見せることの無い動揺を多分に含んだ大声で慌てふためく。

 

「目立つなら先生じゃない見た目になってしまえば良い。会場の中からならノノミが出品されるタイミングが確実に分かる。うん、これで行こう先生」

 

中に先生がいるならば的確なタイミングで会場の外にいる私に突入する指示を送れる。

彼女なりの完璧な理論を展開するシロコはしかし、これ以外に確実性のある作戦は無いとして強引に彼の手を掴み、煌びやかな衣装が目を惹く女性向けの店に彼を引き込み始める。

 

一切の議論の余地を一方通行には与えられなかった。

強引に腕を絡め取られ、無残にも引っ張られていく様子はどこまでも哀愁を誘う。

力が強い、勢いも強い。と言うか目が若干輝いている。

 

仕方ないと言葉を並べつつ若干楽しんでいる節があるのを一方通行は目敏く察知するが、ちょっと待てと言いつつ放とうとした反論はシロコの圧に呑まれ、一言も発せないまま封殺されていく。

 

「ついて来て。あっちに良いブティックがあった」

 

一方通行は思い知る。

いかに金銭的及び精神的余裕の無いアビドスにいるシロコだとしても、そこの内面にあるのは年頃の少女そのものであるということを。

 

テンションが上がっている少女に対して何を言っても、無駄となってしまうであろうことを。

 

一方通行は、直に心の底から痛感することになる。

 

オークション開始まで残り二時間。

一方通行とシロコの二名は、戦闘準備そっちのけでブティックでのお買い物お楽しみタイムに突入しようとしていた。

 

無論一方通行は特に楽しんでおらず、主に熱を上げているのはシロコだけだというのは、特別詳細に語るまでも無い。










更新頻度は遅くなってますが展開は早いアビドス編です。
夏コミに向けて合同の主催をすることになったので間違いなく忙殺される未来が決定しました。

その割を食うのがここだったりします……でもなるべく更新しますので……!


次回本編は…………一度やりたかったものをやります。
そうとしか言えません!!!





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柄に合わない場所。あるいは場違いな場所。と言うのはどの個人にもそれぞれ存在する。

例えば良い大人が子どもプールで一人で遊んでいる様子は傍から見れば浮いてしまうし、年端もいかない子どもが雀荘に顔を出せば微笑ましいを通り越して不安を覚えたりもするだろう。

 

拭いきれない違和感。

言ってしまえばお呼びでない空間。

 

一方通行は今自分がいる店は、そう言う場所だと認識していた。

つまり、壊滅的に自分と言う存在が浮いている。

 

彼がいる場所はストリートファッションブランド『トリプルステップ』系列のブティック。

即ち、女性の、さらに言えばゲヘナの女生徒向けの服が並ぶ店。

 

「何だってこンな羽目に……」

 

愚痴を吐かないとやっていられないのか、店の隅で彼はこの店に足を踏み入れてから幾度目かの嘆息を零す。

オークション会場に潜入する際、顔も服装も完全に割れている一方通行では潜入が出来ず、その打開策として服装を女性の物で固めて変装する。

その為にブティックに立ち寄った。

店に入った来た目的は分かる。

ここを利用するしかないと言う理由も分かる。

 

分かるのだが。

納得するしないは別問題だった。

 

(帰りてェ……)

 

今後、我が身に起きる出来事が起因の頭痛により一方通行は軽いホームシックにかかる。

 

ウィンドウショッピングを楽しむ性格であれば多少は店内を徘徊して気を紛らわせたかもしれないが、生憎彼はそんな下らない時間を過ごすぐらいならまず購入するを選択してしまうタイプの人間だ。

買った後で気に入らなければどこかに仕舞うなり誰かにあげるなりしてしまえば良いと平然と宣う、一部の人間から物凄く反感を買うような思考の持ち主なのだ。

 

しかしこの店は右を見ても左を見ても馴染みも興味も無いアイテムばかりで、物を買うと言う意欲すら湧かないのもあってか、手持無沙汰に店の隅にポジションを確立した後、この暇をどう潰そうかと考え続けてばかりの時間を送っている。

 

「この服は先生に似合いそう。でも流石に目立ちすぎ……。じゃあこれは…………」

 

一方で、この場所へと強引に連れて来たシロコは遠目で見ても分かる程にご機嫌だった。

様々な服を手にとってはあーでもないこーでもないと唸り続けて早四十分が経過している。

 

この調子なら後数十分は余裕で消費するなと、過去にこういう買い物に付き合った経験から一方通行は買い物に費やされるであろうおおよその時間を算出する。

 

自分自身の服を買うのではないのだから適当で良いだろと思案しているシロコの様子を横目で追いつつ考えるのだが、彼女が楽しんでいる姿を見てしまっているからこそ彼は口を挟むタイミングを見失った。

 

早く終わらせてくれと心底思う一方で、時間が許す限り自由にさせてやりたい気持ちも湧いて来る。

 

(まァ、息抜きの一つぐらい必要か)

 

どちらの選択を取るか迷った結果、一方通行は店内での彼女の行動に口出ししないことを決めた。

 

今日に至るまでずっと過酷な生活を送って来たのだ。

娯楽を愉しむ余裕も機会も無かっただろう。

 

これぐらいの遊びは必要かと、一方通行は一つ息を落とす。

 

それはそれとしてシロコはあまり恰好や衣服を買って楽しむような性格ではないと一方通行は思っていたのだが、そこに対する感性は年頃の少女と変わらないようだった。

 

彼女が日頃抱いているであろう重い気分を転換するには変装作戦は丁度良かったのかもしれない。

 

「先生、先生」

 

そんな下らないことを考えていると、不意にシロコから声を掛けられた。

軽い足取りで一方通行の下にやって来た彼女の手にはいくつかの衣服が抱えられている。

どうやら彼が着込むことになる格好は決まったらしい。

 

「もォ良いのか?」

「うん、先生に不満がないならこれで行く」

 

言われて渡された服を手に取り、広げてみる。

紺色のロングスカートに白のブラウス、そして黒のジャケット。最後にジョークグッズかそれともそういう物が流行っているのか、ヘイローを模した輪っか。

 

身体の線を隠すには最適かつ、そこまで悪目立ちもしなさそうだなと言うのが服装を見ての第一印象だった。

 

これならば確かに一方通行である事は隠せるだろう。

ただそれ以上に

 

「……随分とヤンキーじみた服装だな」

 

着込んだ様子を頭の中で再生するとどこからどうみてもガラの悪い女生徒になってしまっていた。

今時こんな服装をした奴等は学園都市の外にも中にもいない。

 

「不満なら変える?」

「いや、これで良い。これ以上の物は無ェだろ。じゃあ決まったならレジに……、いや、待て。買う物があるのを思い出した」

 

金を払う段階になって何かを思い出した一方通行は店内を物色し始める。

変装するにあたってまずどうにかしなければならない部分があったのを彼は今の今まで完全に忘れていた。

 

ここをどうにか誤魔化さなければお話にすらならない可能性があると、目的の物を探し始める。

 

「? 何を買うの?」

「スーツケース又はトランクと、オマエが巻いてるみてェなマフラーだ。チョーカー付けてンのと杖を突いてたらバレるだろ」

 

あ、そっか。と、納得したような声が後ろにいるシロコから聞こえる。

 

本当に致し方ないことではあるのだが、一方通行の風貌はどうにも目立ちすぎてしまう。

白い髪、赤目。杖つき、首にチョーカー。そして常にコードを耳に引っ掛けている姿。

これで目立つなと言う方が無理な話。

 

髪や杖はともかく、チョーカーとコードは彼が生きて行く上での必需品かつ代替品が無い物なのでこれ以上のコンパクトさを求めることは出来ない。

彼と言う存在を完全に覆い隠すような変装をしようにも、チョーカーだけは絶対に取り外しが出来ない。

それが故に自分が一方通行であると見破られてしまう未来は現実的な確率で発生する。

 

いくらどれだけ変装をしても、現代的な手首に収納可能な杖を突いている存在がいれば、その人物が『一歩通行』であると見抜かれる確率はグっと高まってしまう。

 

加えて着替える場合、今自分が着込んでいるシャーレの制服や学園都市の頃から愛用しているブランド服などをどこに保管しておくか問題も発生する。

トランクやスーツケースならば杖代わりに利用しつつ衣服も収納できる。

 

一石二鳥だ。買わない手は無い。

この際なので自分が気に入った奴を買うかと、杖の音を響かせながら店内を物色し始める一方通行だったが、ふと視線を後ろに向けると彼の後ろをひょこひょことシロコが付いて来ているのを目撃する。

 

周囲を見回しながらも彼の後ろを延々と歩くシロコの姿に一方通行は僅かに嘆息し。

 

「ここまで来たついでだ。まだ時間もあるしオマエが欲しいと思った服やアクセサリーをいくつか選ンで来い」

 

時間を持て余している彼女に趣味の延長時間を与えた。

ノノミを買うだけの金は持ち合わせていないが、シロコが欲しいと言った服を買うぐらいの金は有り余っている。

 

あれだけ目を輝かせて服を選んでいた時、自分が着て見たいと思ったのが何着かはあっただろうと、一方通行はそうシロコに提案するが。

 

「ううん、いらない」

 

即答で彼女は首を横に振った。

 

「その代わり、全部終わったら皆を連れてここにまた来て欲しい」

 

少しばかり微笑みながらシロコは言う。

つまりそう言う話だった。

 

ノノミを救出して、ホシノを助け出して。憂いが無くなった後もう一度連れてきて欲しい。

自分一人だけ贅沢は出来ない。

 

と言うような浅はかな話ではない。

シロコが語っているのはもっと上の位。

彼も含めた全員が無事に全てを終わらせることが出来ますようにと言う、彼女なりのおまじない。

もっと深く言い換えると。

 

少しだけ、一方通行の事を信じれるようになった。

そんな雰囲気が、彼女から放たれている。

 

「ハッ」

 

分かってしまった一方通行は、実におめでたそうな頭をしている奴を見つけたかのように笑う。

 

「一人二つまでってルールを新たに追加だ。異論は認めねェぞ」

「値段については制限無しで良いんだよね。だって七百億も使っちゃうような先生だし」

「物は見るが金額は見ねェのが信条でなァ」

 

軽口の応酬を続けながらふと見つけた中々に良さそうなスーツケースを手に取る。

取っ手の部分を伸ばし、杖の代用品として使えることを最後に確認すると、これで買い物は終わりだとレジに向かい、さっさと会計を済ませる。

 

そのまま購入した服を手に、一方通行は試着室に入ろうと歩を進める。

 

「もう着替えるの?」

「他に場所もねェだろ」

 

街中で堂々と着替え始める奴がどこにいるんだと、視線でシロコに投げかける。

むしろ折角着替えられる場所があるのだから利用するに限ると、確かにと頷くシロコを尻目に試着室へと入っていく。

 

「仕方ねェ、腹括るか」

 

この作戦を承諾してしまった以上今更反故にする訳にもいかない。

シロコが選んだ服をさっさと着用し、鏡に映る自身の姿を見て一方通行は成程なと頷く。

 

「このヘイローの形をした輪っか……。頭に付けると支えが光学迷彩で消えてあたかも輪っかだけが浮いてるように見えやがるのか……」

 

元々は少女それぞれが持つヘイローをよりオシャレに仕立て上げたいと言う要望の下に作られたグッズなのだろう。

見栄えの良さを求める少女特有の性質はヘイローにも焦点が当てられてしまうらしい。

しかしそんな要望を持つ生徒が多数いた事により現状一方通行はヘイローを手にすることが出来たのだから運命とは数奇な物である。

 

鏡にはエクステにより長髪と化した目つきの悪い一昔前のヤンキーのような恰好をしたどこからどう見てもキヴォトス在籍の女生徒にしか見えない人物が映っている。

こんなガラの悪い目つきをした奴がオークションに参加するのかという疑問はともかく、格好だけを見れば一方通行だと思われる要素はかなり少なくなっていると言えた。

 

やれるだけのことはやったなと自己評価しつつ試着室のカーテンを開けると、試着室の近くにあるベンチに座っているシロコと目が合った。

どうやら律義に着替えるのを休憩がてら待っていたらしい。

一方通行と目が合ったのは、カーテンの音に引っ張られて顔を上げたからなのだろう。

 

「わ、凄い……見た目なら完全に女の子だね先生」

「むしろそォする為に変装してンだろォが……」

 

立ち上がり、彼の方へ近づきつつそんな感想をシロコは零す。

一方、彼はその感想に呆れるような返事を返しながら、店の中の時計に目を移し、残り時間を確認した。

 

「オークションまでは……残り四十分か。とりあえず外へ出るぞ」

「ん、了解」

 

衣装の購入。試着に掛かった時間。マフラーやトランクの追加購入といったイベントが重なり、実に一時間と二十分もブティックで時間を消費した二人だが、会場まで足を運ぶにはまだ時間は余り過ぎていると言える。

 

バレないようにしたい以上、時間ギリギリまで会場入りは遅らせたい。

かと言ってこの格好で街中を歩き回りたくも無い一方通行は、店を出た後すぐに人目が付かない路地裏に足を運び、適当な場所を見つけると壁に背を預け休憩する姿勢を取った。

 

「とりあえずここで大人しく時間まで待つ。ただ歩いてるだけで厄介事に巻き込まれやすいのが特徴のゲヘナだ。観光なンざしてたら三つは面倒が起きる」

 

流石にゲヘナといえどそこまでの頻度で事件が発生する訳ではないのだが、一方通行は敢えてゲヘナの厄介性を誇張して強調した。

ブティックは作戦上避けられない物だったので彼も諦めたが、ここより先の観光は完全に無意味な物であり、これ以上シロコに振り回されるのはごめんだとしてここで時間まで待つのが無難だとシロコを説得した。

 

当然、ゲヘナに地の理が無いシロコは彼の発言にそこまで酷いことは無いでしょと言いたげな視線を向けこそするが、否定出来る根拠も持たない為、彼に倣うように向かい側の壁に背を預ける。

 

そうやって互いに壁を背に時間を潰し始めてから始めてから数分が経過した頃。

 

「先生。名前、何て言うの?」

 

ふと、シロコから素朴な疑問が放たれた。

あ? と、彼女の言葉に一方通行が顔を上げると、暇だと言いたげな表情を浮かべて手持無沙汰に身体を揺らしている一人の少女の姿が映る。

 

この局面も数えて何度目だろうな、と一方通行は考える。

彼は自身の本名も、学園都市では『一方通行』と名乗っていたことをキヴォトスの誰にも教えていない。

 

なので今まで彼はその類の質問の全てをはぐらかし、『先生』の呼称で呼び続けろの一言で済ませ続けて来た。

 

それは今日においても変わらない。

だから。

 

「忘れた」

 

何でも無さそうな顔で言葉を吐いた。

 

「忘れ……た……?」

「しっかりとした名前はあった。苗字は二文字で名前は三文字のありふれた名前だ。だが俺の身体は少しばかり特殊でなァ、科学者共から実験の協力者になってくれと言われて承諾しちまったのが運の尽きだ。そこから俺は数字で呼ばれた。それがずっと続けば名前なンざ忘れて当然だ」

「実験…………」

「色々されたぜェ? 薬物注入によってホルモンバランスは崩されたし脳構造を解析されてから精神性や攻撃性を抽出可能なデータとして取り出されたりと色々なァ」

 

殆どを嘘で、一部を真実で塗り固めた内容をスラスラと一方通行は語る。

虚実入り混じった説明は覿面だったようで、シロコの表情は驚きに変わっていた。

彼女の顔色から、先の説明を真実として受け止めていることを一方通行は察する。

とはいえ、第一位が何を指しているのかまでは、分かっていない様だった。

何も詳細を話していない以上、それは必然ではある。

 

「ンな過去なンざ思い出したくもねェンでな。ここでは『先生』の名で通させて貰ってる。信じるのは難しいだろォが、まァ世の中にはそういう人種もいるってことだ」

「……、先生は、少しだけ私と似てるね」

 

一方通行が話し終わった後、シロコからほんの少しだけ耳に届いた。

シロコが放った言葉の意味が分からず、一方通行は思わず彼女の目を見つめる。

 

「先生は名前だけ知らない。私は、名前しか知らないんだ」

「何だそりゃ?」

「記憶が無い。持ってるのはここ一年間アビドスで過ごした記憶と、私の名前が砂狼シロコだってことだけ」

「記憶がねェだと……!?」

 

記憶喪失。

シロコが紡いだ過去の暴露に、一方通行は語気に動揺を現す。

しかしそれは彼女が記憶喪失であると言う事実にではない。

 

おかしいと、黒服が語っていた内容を思い返し一方通行は眉を顰める。

ヘイローを宿す者達は多種多様なパターンの中から幼少期の時代の記憶が形成される。

彼女達が真に自我を、肉体を得るのは中学生以降であるとあの男は語った。

 

曲がりなりにも納得せざるを得ない点がキヴォトスに渦巻いている以上黒服の説明を信じざるを得ない一方通行は、尚更彼女は中学時代の記憶すら持っていないのかが疑問になる。

 

「気付いたら身体も服もボロボロになってて、そこをホシノ先輩に拾われた」

 

対するシロコは、一方通行の動揺は記憶喪失による驚きの物だと解釈したのか、彼の内心を悟ることも無く、当時のことを思い出し懐かしさに襲われたのか、やや顔を俯かせて彼女の記憶の中で最も古い過去の出来事を話す。

 

一方通行は、そんなシロコの言葉に口出しすることが出来なかった。

今話している内容がその全容で、それ以外は何も無いことが口ぶりで理解したからだ。

 

直感で理解する。

彼女の件は、キヴォトスで取り巻く悪魔のシステムとは別の事柄であると。

これ以上は詮索しても無駄という気持ちが、一方通行の中に募る。

同時に、否、だからこそ、一方通行の中で罪悪感が湧き上がった。

 

シロコが記憶喪失であると彼に打ち明けたのは、一方通行が変に『学園都市』での経歴を聞かれない為に作り上げた嘘を言い放ったから。

 

まるで対価を支払わうようにシロコの過去を聞かされた一方通行は、数秒間沈黙した後小さく舌打ちし……。

 

「一方通行」

「え……?」

「数字で呼ばれ続けるのも癪だから俺が俺に付けた名前だ。言ってみりゃコードネームみてェな物だな」

 

彼女が支払った対価と同価値であると判断した物、即ち一方通行と呼ばれていた過去の打ち明けをシロコに対して行った。

 

「一方通行……先生」

「出来るだけ一方通行は省略しろ。つゥか人前で呼ぶな。面倒になる」

 

一方通行の脳内に浮かぶのは、ハルナやユウカ達一部の少女達が過激に問い詰めて来る姿。

彼女達とそれなりに長い間交流をしているが、彼は学園都市では一方通行と呼ばれていたことを一切説明していない。

もし仮にシロコがシャーレにやって来ることがあったとして、ポロっと一方通行先生と呼んでしまった時、偶然彼女達の誰かが近くにいた場合、途轍もなく面倒事に発展するのは火を見るより明らかだ。

 

目の色を変えて問い詰めに来るに決まっている。

そればかりかどうして会って間もないシロコには教えて自分達には教えないのだ等ととびきり面倒な突っかかりをしてくるに決まっている。

 

なので一方通行はシロコに釘を刺した。

教えはしたがその名で呼ぶんじゃないと。

 

「ん、努力する」

「努力じゃなくて了承をしろって話をしてるンですがァ……」

 

幸先は滅茶苦茶不安だった。

もっともシロコが頭の中に思い浮かべている一方通行が注意して欲しいとする相手はアビドスの面々であり、努力の一言で済ませてしまうのはある種仕方ないと言えた。

 

そして肝心の一方通行が懸念しているのはシャーレによく通う特定の少女達だ。

勘違いここに極まれりな状態であるが、一方通行にとっては死活問題である。

 

彼女達の情報網は侮れないことを、彼は今朝思い知っている。

余計な爆弾を抱えたか? と、名前を明かしたことを早速一方通行は後悔したくなる気持ちに駆られた。

 

「そろそろ時間かも」

 

やや憂鬱さに襲われていた一方通行の向かいにいるシロコが、タブレット端末を見つめながらそう発する。

釣られて一方通行もタブレットを取り出し、残り時間がニ十分を切っていることを確認した。

 

「良し、俺は会場に向かう。砂狼はもう少し後で会場付近に近づき、適当な場所で待機だ」

「近くまで一緒に行かないの?」

「行く必要がねェだろ。理由がねェなら別行動の方が良い」

 

不審に思われる行動は出来るだけ控えた方が良いと説明しながら、一方通行はシロコを置いて一人会場へと向かい始める。

不安は未だ残り続けるが、やれるだけのことは最大限やった。

 

ここから先は、己の力量次第。

 

(さァて、潜入開始と行こうじゃねェか)

 

口角を吊り上げ、歪に笑いながら彼は向かう。

十六夜ノノミが出品されるオークション会場へと。

 

 

 

 



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神ならぬ身にして天上の意志に辿り着く者(SYSTEM)

 

ゲヘナで行われるカイザーコーポレーションのオークション。

カイザーが開発した兵器等を宣伝するための場として設けられたオークションは当然ながらゲヘナは容認しない。

 

故にその場所は人目に付かない場所で行われる。

その会場が地下で行われることを突き止めたアロナにより難なく会場に辿り着いた一方通行はしかし、怪訝な表情を浮かべていた。

 

「警備が誰もいねェな……」

 

周囲を見渡してもこの会場に注意を払っていると思わしき機械や兵が誰も居ない。

それを当然と取った方が正しいのか異常と取った方が正しいのか。正解を出すことは出来ない。

 

ゲヘナに警戒されない為に警備を敢えて置かない選択は取ってもおかしい物ではなく、逆に数人の見張り役すら用意されていないのもおかしいからだ。

 

この状況を前にして一方通行は会場前の入り口で僅かな時間逡巡する。

 

見張り役がいないのなら、カイザーはゲヘナによる突発的襲撃が発生した場合、それを事前に察知することは出来ない。

中には当然監視カメラ等はあり、途中で気付く事は可能なのだろうが、中に突入されるまでの時間稼ぎを外側から出来ないというのはカイザーとしても懸念すべき事項であるのは確かだ

 

そこまでのリスクを負って警備を配置しないということがあり得るのかと、そこまで考えた所で。

 

「都合が良い。と、考えるしかねェか」

 

入るまでの面倒な手順が全て無くなったと前向きに捉えた方が良いとして、トランクを押して一方通行は会場へと入っていく。

 

中は驚く程静かで、誰かがいると思わしき気配は感じられなかった。

冷たい空気だけが支配する地上一階のフロアから地下へと続く階段を見つけ、手すりを頼りに降りて行く最中、一方通行は目線を動かさず監視カメラの台数を調べていく。

 

一つフロアを降りるだけで、四つ程彼は見つけた。

 

(外からの不法侵入は気付くように設計されてる、か。とりあえずゲヘナらしくねェ格好でやって来たがどォなるかねェ)

 

怪しまれるのを回避する為外に警備兵を置くことは躊躇っても、内部でまでそれを徹底する必要は無い。

いつここに警備兵なりドローンなりが現れてもおかしくないのだ。

 

だが。

 

『し、静かですね……』

 

脳内から不安げなアロナの声が届く。

しかしそれは一方通行も考えている内容ではあった。

 

あまりに静かすぎるのだ。

 

変装をした所で不審者には違いない。

あくまで一方通行がやってきた事実を隠してるだけであり、誰かがここに踏み入っているという状況を消している訳ではない。

 

監視カメラは間違いなく彼の姿を捉えている。

一方通行だとは思っていないまでも、誰かがやって来ている事は把握されている。

 

その筈なのに、未だどこからも足音一つ響いてこない。

これを好都合と捉える程、一方通行は呑気では無かった。

 

『ハッキングで調べた限り完全招待制では無かったみたいですから、先生をただの客の一人として受け入れてる可能性もありますけど……』

 

アロナの独り言なのか、はたまた彼に話しかけているのか微妙な呟きが脳を刺激する。

だが一方通行は、そんな彼女に何一つリアクションを返さず、黙って右手でトランクを持ち上げ、左手で手すりを掴みながらゆっくりと階段を降り続けていた。

 

虚空に向かって話してしまえば、誰かと密かに連絡を取り合っていると判断されてしまうのは自明の理。

そうなれば今度こそ面倒な事態に突入する。

 

それを回避する為、彼は返事が欲しそうなアロナを一切合切無視して階段を降り続けた。

 

そうして地下五階まで降り立った頃。

一方通行は開いている扉と、その奥から聞こえる様々な音声を拾った。

 

扉の方へ近づくと、そこには椅子に腰かけているスーツを着込んでいる人型のロボットと、奥の壇上に司会進行人と思わしき人型ロボットが立っている。

 

(人間は俺だけか……)

 

見渡した結果ここにいるのはロボットだけであることを知った一方通行は、その中でも堂々とオークション会場へ入室し、中央付近の空いている椅子に堂々と腰を落ち着けた。

 

途端、大勢のロボットが一方通行の方へ視線を向ける。

だが彼は降り注ぐ視線に対し一切躊躇せず、我関せずと言った風に壇上を見上げていた。

 

『せ、先生!? 潜入捜査の身なんですからもうちょっとこう、端とかに寄ってなるべく注目を受けない方が……』

 

アロナからもう少し忍んでも良いんじゃないかと提言を受けるが、一方通行は一切無視してそのままの姿勢を貫く。

 

横暴に近い態度を見せる一方通行だが、この行動を以てしてアロナにこれで良いんだと彼女に答えを示していた。

 

「こんな場所に生徒が来るとは珍しい。あなたもカイザー兵器開発部門が開発した新兵器の購入が目当てですか?」

 

頑固に近い姿勢を見せる一方通行にアロナが折れたかのように発言するのを止めた頃、彼の隣に座ったやや声が高いロボットが一方通行と対話を試みる。

 

ど、どうしましょう先生。と、瞬く間に小声でアロナから慌てた声が響く。

話しかけられた時の対処を考えていませんでした。と、大きなミスを犯してしまった自分を責めるような発言がアロナから次々と飛び出す。

 

しかし一方通行は顔色一つ変えず、視線を壇上に向けたまま、右手の甲を相手に向け、払う動作を数回行った。

 

「なっっ!?」

 

追い払いを示すジェスチャーを受けたロボットが驚きの声を零す。

以降、一方通行はジェスチャーを行うことすら止めた。

 

会話する気は一切無い。

その意思表示を存分に知らしめた後、おもむろに一方通行は立ち上がり、その二列前の席へと移動し、同じように堂々と座る。

 

今度は、誰も彼に話しかけようとする姿勢を見せなかった。

そればかりか、彼とやや距離を開けるように全員が数席程の隙間を開けて座り始める。

 

やがて、話し言葉は会場から消えて行った。

オークションがそろそろ始まるのだと、直感で一方通行は察知する。

 

『うわ……凄いですよ先生。一言も発してないのに誰も先生に近づかなくなりました』

 

静かになった中でも一方通行の脳に直接響くアロナの声は相変わらずいつも通りだった。

彼が周囲からの会話を断ち切る為に取った一連の行動を見ていたアロナから感嘆の声が漏れる。

やり方としては強引にも程がある物だったが、一方通行はこれにより発言を必要としない環境の構築に成功した。

 

後はこのままオークションが始まるまで待機し、始まった後は定期的にいくつかの商品に適当に手を上げつつ、されど落札までには脱落し、参加している意思を見せつつ、ノノミが出品されるまでを待機する。

 

そしてノノミが出てきたら、外で待っているシロコをここに突撃させる。

これからのやるべきことを頭の中で整理していると。

 

「それではお集りの皆さん、大変長らくお待たせいたしました。これより、第十三回カイザーコーポーレション主催のオークションを開催致します」

 

壇上に立っていた人型ロボが、開催前の挨拶を始めた。

参加者からの拍手が飛び交い、一方通行もそれに倣ってぺちぺちと力の籠っていない拍手を行う。

 

「本日は数々の新兵器の紹介も勿論ですが、今回の目玉は皆様待望の、一人の可愛らしい生徒がラインナップに並べられています」

 

その言葉に、会場にどよめきが走る。

一方通行は、何も言わない。

代わりに、表情を険しくさせた。

 

「生徒の情報は全て握り潰しました。彼女の件は昨今キヴォトスで流行りの失踪事件として処理されるでしょう」

(……? 生徒の失踪事件だと?)

 

会場の熱意が徐々に上がる中、対する一方通行は司会進行が零した失踪事件という言葉に意識を引っ張られた。

 

シャーレで働く一方通行が何も掴んでいない情報だった。

まさかこれも黒服がアビドスに関する情報を握り潰した時と同じように誰かが隠していた事案なのかと、疑いを始める。

 

だが。

 

「そして皆様にもう一つお知らせがあります、近い内に後三人もの生徒が同じようにオークションのラインナップに陳列されることをお約束します」

 

その言葉が流れた時、一方通行の意識は現実に引き戻された。

後三人。

それは間違いなくシロコ、アヤネ、セリカの三名を指しているのだと一方通行は察する。

 

確かに彼女達を纏めて捕らえてしまえば、ノノミを認識している存在は一方通行を除いて誰もいなくなる。

同時に、シロコ達を認識しているのもまた、彼一人を除いていなくなる。

 

そう言う点でも都合が良いのかと、彼は静かに壇上を見上げ、その額に皺を刻んでいた。

 

「それではまずは最初の商品から説明を始めましょう。最初の商品は皆さま驚かれると思います」

 

両手を広げ、進行役が演説を始める。

会場の熱気は始まった段階から既に最高潮だった。

 

だがその熱の全てはノノミ、そしてシロコ達に向けられていると言っても過言ではない。

その事実を黙って受け入れつつも、静かに静かに一方通行は火を燃やす。

 

先程の口ぶりから察するに、ここで売られた少女達は他にもいる。

人知れず、助けも呼べず売りに出された罪の無い少女達がどこかで買われている。

 

いつかここにいる全員を潰し、助け出そうと、一方通行が心に決めているその横で。

 

「生徒が自治を行うこのキヴォトスにおいて超法規的な権限を持ち、各学校にも甚大な影響を与え、『先生』と呼ばれる存在」

 

ピクリと、その言葉に一方通行は顔を上げた。

見ると、司会役のロボがこちらを強く見つめている。

 

「あなたが最初の商品ですよ、先生!!」

 

それが、合図だった

一斉にスーツを着込んでいた人型ロボットが立ち上がり、無慈悲に銃口を一方通行に突きつける。

その数、およそ四十。

 

先程の熱意に満ちていた筈の空気は、一斉に雰囲気を変えて彼に圧を与えていた。

今までの熱意は本物でありつつも偽物。

盛り上がりは本物だが、仕事は仕事として完遂する。

 

一方通行を、無力化させる。

ここに居る連中の姿勢がハッキリと分かった時にはもう、手詰まりに近い状況が作られてしまっていた。

 

殺すには、無力化させるには十分な数の武力が一方通行に向けられる。

 

「バカだなぁ先生さんよぉ。そんな変装じゃ意味ねえし、どこの組織が怪しい奴をここまで素通りさせるんだよ」

 

ノコノコと一人で敵地にやってきたことを嘲笑いながら、一人のロボットが座ったままの一方通行に近づき、眉間に銃を突きつける。

 

下手な真似をすれば撃つ。

ロボットの行動はその言葉を体現する。

 

「心配しなくとも殺しはしません。それでは意味がないですからね」

 

今にも鉛玉が彼の全身を貫いてもおかしくない中、頭を撃ち抜かれても不思議じゃない中、競売人のロボットを行っていたロボットが一方通行に対し殺しはしないと宣言を下した。

 

生殺与奪の権利を完全にカイザー軍団に握られた一方通行は何も発さない。

微動だにもしない。

 

眉一つ動かさず、目線すら動かさず、ただジっと前方を、壇上に立つロボットに今にも刺し殺さんとしそうな視線を椅子に腰かけたままぶつけ続ける。

 

「ですが、腕の一本ぐらいは奪わせて頂きますよ。そうしなければ脅しにはなりませんから」

「脅しだと……?」

 

ここで初めて、一方通行が口を動かした。

それは彼にとって、一つの許容量を超えた証。

 

お前が言う脅しとは一体誰に向けての脅しなのか。

それを問うかのように、どこまでもドスの利いた声で彼は司会のロボットに吐き捨てる。

 

面白いことを言ってるな。詳しく聞かせろと。

その態度に自身の腕が奪われようとしているのを気にする様子は無い。

 

あくまでも脅しの部分だけに、彼は意識を傾ける。

 

「聞けば先生は多数の、それも多岐に渡る学校の生徒達に信頼を置かれている。これを利用しない手は無い。そう思いませんか?」

 

司会のロボットは彼が纏う雰囲気が一層重くなったことに気付く素振りすら見せず、実に楽しそうに一方通行をどう利用するかを語り始める。

 

「先生の命が惜しければカイザーの手足となって働け。そう生徒さん達に私達が命令するんです。証拠として千切った先生の腕でも彼女達に返してあげれば、いつでも先生が殺される状況に置かれていることを嫌でも自覚するでしょう。その時、一体何人が我々の下に降るのでしょうね」

 

一方通行の顔は広い。

特にミレニアムが顕著ではあるが、ゲヘナにもシャーレに仕事をしに来る生徒はいる。

トリニティにだって顔見知りもいる。

 

その脅しに学校単位で屈することはないだろうが、少なくとも生徒単位では何人かが一方通行が捕らえられた事実を疑うないしはカイザーの言いなりに動くようになるであろうことは認めざるを得ない事実だった。

 

その中でも一瞬、一方通行が頭の中に浮かべてしまった複数の少女達がいる。

この脅しに対して特に引っ掛かってしまいそうな一部の少女達が頭の中に浮かんでしまう。

 

しかし。一方通行は司会の説明を聞いて尚表情一つ歪めない。

 

ただ黙って、黙って続きを聞く。

 

「ミレニアムのセミナー。ゲヘナの風紀委員。七囚人に数えられた者。中々に優秀な人材を先生は勢力に加えている。それらを掌握すれば、実質的にミレニアムとゲヘナを牛耳ったも同然だ」

 

司会の口調が本性を現したかのように変わり始める。

欲望を前にし、醜く素を曝け出し、間もなく達成されるであろう数多の生徒が跪く未来に王手を掛けた楽しさを隠しもしなくなる。

 

一方通行は動かない。

変わらず、鋭く尖った赤い目で、変わらず睨み続ける。

 

「頂きますよ。彼女達の全て。決して悪いようにはしません。逆らったりしない限りね」

 

口らしき部分に手を当てたロボットから下卑た言葉が吐き捨てられる。

だがそれは、完全なる引き鉄だった。

 

「……そォかよ」

 

それを現すかのように、一方通行が口を開く。

 

「オマエ達に一つ質問だ…………。こんな見え透いた罠を、この俺が気付かないとでも思うか?」

 

予想通りの展開に思わず彼から笑みが零れる。

三流以下の悪党でももう少しマシな作戦を立案する。

この程度で自分を制圧出来た気になっているとは、随分と随分と。

 

 

舐められた物だと、心の中で嘲笑する。

 

 

「引っ掛かりに来てやったンだよ」

 

階段を降り始めた時から既に彼はカイザーの作戦行動に巻き込まれていると予測し終えていた。

こうなるであろうことを、全て見越していた。

 

驚いた部分があったとすれば、まさかカイザーが立てた作戦は一つたりとも己の発想を超えるような出来事が仕込まれていなかったことぐらいか。

 

眼前で起きている現象が、全て予想の範疇内の出来事でしかないことに、所詮この程度かと逆に驚いてしまったことぐらいか。

 

「あまり俺を楽しくさせンじゃねェよ。昔に戻っちまうだろォが!!!!!」

 

それは、一瞬の出来事だった。

叫びながら一方通行は眉間に銃を突きつけていた男の腕を咄嗟に右手で掴み、自身の後ろ側へと力任せに引っ張る。

 

眉間目掛けて銃を構えていたロボットは彼が起こした咄嗟の行動に反応すら出来なかった。

対応出来ず、無様にも姿勢を崩す。

 

それは僅かな時間だけ、彼の身体を隠す効果を生み出す。

巨大なロボットの体格が、一方通行に銃を向けている大多数のロボの視界を奪う。

 

次の瞬間。

 

一方通行は作り出した小さな隙を用いて左手で銃を取り出し、体勢を崩したロボットと、手頃な場所にいた正面三体のロボットの顔面目掛けて的確に弾丸を撃ち込んだ。

 

「ぎゃはッッ!!」

 

弾丸を撃ち込んだ四機のロボット全てが起き上がらなくなったのを確認した一方通行は軽く笑いながら、衣装を突っ込んでいるトランクに踵を押し付ける。

刹那、爆発的な噴射が彼の靴裏から噴射された。

 

その余波をまともに浴びたトランクは地面から浮き上がりながら右に吹き飛び、進行方向にいた五体ほどのロボットに重い音と共に激突した。

 

「ストライクってかァ!?」

 

ゴシャッッ。と、複数の破損音が響く中、五人全員が戦闘不能になったのを目視で確認しつつ一方通行は椅子の背もたれに手をかけて立ち上がる。

 

銃撃で四機

トランクによる激突で五機

 

合わせて九機のロボを瞬く間に撃破した一方通行は、慌てたように銃を向ける残り三十一機のロボットを一瞥し、一方通行は銃を構える。

 

今すぐ撃ってこないのは、殺すなという命令が出ているからなのだろう。

面白い。と、一方通行は口角を吊り上げる。

手加減して討ち取れると思うのならばそうすればいい。

その代償は、全滅と言う形で支払って貰う。

 

そうされるだけの物を、彼等は一方通行に提示した。

少女達の身柄を、天秤に乗せた。

 

激昂するには、十分過ぎる代物だった。

潰そうと、一方通行が心からそう思えるぐらいに。

 

「俺が嫌いな物の内から特別に二つ教えてやるよォ。一つは自分が安全圏にいると思い込ンで足掻いてる奴等を嗤ってる連中だ」

 

次に。と、彼は僅かに呼吸を置いて、言葉を開く。

彼が最も忌み嫌う物を、憎悪を込めて吐き捨てる。

 

「何も悪くねェ奴の弱みを掴んで思い通りに従わせよォとする、虫けらみてェな連中だクソ野郎!!」

 

発砲を再開する。

立て続けに二発を撃ち込み、撃ち切ったと同時に倒したロボットの銃を奪い容赦無しに人差し指に力を入れ続ける。

 

「オマエ等は超えちゃならねェ線を超えた」

 

そこにいたのは、キヴォトスで先生をやっている甘い一方通行では無く。

学園都市で抗い続けていた頃の、敵に対してどこまでも冷酷に動く一方通行の姿があった。

 

「俺の琴線に触れて、俺に喧嘩を売って、無事でいられると思ってンじゃねェぞ……!!」

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

「一つ、聞きたいことがあるんだけど……」

 

それは、この施設に閉じ込められて以来、初めてホシノがまともに放った発言だった。

対策委員会のメンバーに対して使う気だるげそうな物ではなく、語気が強めの荒々しさを隠すことなく放つ物ではあったが、間違いなく交差個体(クロスオーバー)と会話を交わそうとする意思がそこには込められていた。

 

「あなた達は一体……何の目的で作られてるの」

「あ、そこ聞きたい? 肝心な話だよね! 分かるよミサカも。意味深なワード適当に投げられてるのに勿体ぶって肝心な答え言わないのイヤだよね」

 

分かる分かる。と、重い雰囲気を纏うホシノとは真反対の明るい空気をこれでもかと纏いながら交差個体(クロスオーバー)は彼女の意見に賛同する素振りを見せた。

 

「強くなる為だよ」

 

しかし、そんな明るい雰囲気を醸し出していたのは次の一言を発する時まで。

己が生まれた意味、目的を告げた時の声は、深淵が覗いて来るかのように深く、重い声だった。

 

「ヘイローを宿したミサカは、他の妹達とは一線を画した力を手にした。お姉さまには分かんないよね。撃たれても死なないことがどれだけ凄いことなのか。もっとも、ミサカ達にとっての死は安くて軽くてありふれた物だから怖いなんて微塵も思っちゃないけどね」

 

撃たれても死なないことがどれだけ凄いのか。

ホシノには理解し難い問題であることは確かだった。

 

彼女達は学校を守る為銃撃戦を繰り広げる日々を送っていた。

当然、ホシノ達アビドス生徒は何度も相手を撃ったし何度も撃たれた。

けれども、敵味方双方とも一度たりとも誰かを殺害した事態に発展した事例は無い。

 

それがどれほど凄いのかを、己の死生観を交えて交差個体(クロスオーバー)はホシノへと語る。

 

「それだけじゃない。実戦経験を重ねれば重ねるだけミサカは確実に強くなってる。まだ数戦。機械ドローン相手にしか戦ってないのに、他の妹達とは比較にならないぐらいミサカは強くなった」

 

声色をグっと低くしながら、彼女は自身の掌を見つめる。

刹那。バチッッ! と、青白い光が彼女の掌から弾けるように迸ったのをホシノは目撃した。

 

「……ッ!?」

 

目の前で起きた不可解な現象に、ホシノはこの施設に収容されてから初めて表情を変化させた。

声は出さぬまま、しかし表情は驚愕に色に塗り替えられている。

 

まるで掌から自発的に電気が発生していたかのようにホシノには見えた。

明らかに自然な現象ではなく、彼女がそれを行ったかのようにホシノには見えた。

 

「実はね、ここには来れるのは今日が最後なんだ」

 

だがそれをホシノは問うことは出来なかった。

今度は突然いつもの調子のように軽い調子の声色に戻しつつ、交差個体(クロスオーバー)は名残惜しそうに声を響かせたことによって、聞ける雰囲気では無くなってしまった。

 

「明後日ぐらいからかな。ミサカは実験を始める際に必要な調整の為、ポッドの中で長期メンテナンスに入ることになったんだよねー」

 

まあメンテはクローンのミサカ達にとって必要不可欠だからそこは良いんだけどさ。と、ホシノの常識外の出来事をさも当然かのように交差個体(クロスオーバー)は言う。

その少ない情報からホシノは推測する。ミサカと言う名の誰かを基にして製造された彼女体クローンは特殊な培養ポッドで定期的なメンテナンスを受けないと生命維持に関わる重大な症状が起きるのだと。

 

なのでホシノはそこは別に良いとした。それは彼女達にとっては常識に値する部分だと分かったから。

彼女が気になったのはもっと別の部分。

 

「実験……」

 

実験。

この二文字が、果てしなくどこまでも不透明さを彼女に与えていた。

 

「そ、『先生』が始めようとしてる実験。何するかはまだミサカも知らないけどね」

 

不穏なワードが次々と彼女の口から並べられて行く。

『先生』と呼称された、彼女達クローンを恐らく製造したであろう者の存在。

クローンの、さらに言えばホシノのヘイローを浮かび上がらせている『成功体』を用いた何かしらの実験。

胡散臭いと思わざるを得なかった。

 

ぬるりとした言い知れない不安感がホシノの背筋を襲う。

どうにかするべきなのではと言う思いが、漠然と浮かび上がって来る。

 

「逆らおうとか考えないの?」

 

だからまず、率直な疑問をホシノは彼女にぶつけた。

しかし。

 

「逆らえるようにミサカが製造された際にプログラムされていたら、ひょっとしたら妹達(シスターズ)全員でやってたかもね。反乱」

 

帰って来た回答は単純かつ、絶対的に不可能であることを告げる内容だった。

方法も内容も微塵もホシノには分からないが、彼女達には命令でも洗脳でも無く、設定として反乱を企てられない様になっているらしい。

 

放たれた言葉を咀嚼するにつれ、ホシノの身体からまた吐き気がこみ上げる。

彼女が語った内容が事実であるなら、彼女達を作った『先生』は彼女達クローンを最初から命として見ていない。

ただ生きているだけの道具としか、彼女達を見ていない。

 

ああ、まただ。と、彼女の中にまた絶望が増える。

また大人によって運命が狂わされている。

 

目の前の少女が、大人によって運命を捻じ曲げられている。

捻じ曲げられていることを彼女自身自覚している。

それすらも彼女は運命だと受け入れている。

 

自由意志一つ満足に取れないことを、彼女は当たり前として受け止めている。

それがどこまで歪なのか、耐え難い物なのか。

 

ホシノには、痛い程に伝わっていた。

 

「……強くなってどうしたいの」

 

自然と、ホシノの声に力が入る。

怒りで震えなかっただけマシなのかもしれない。

 

衝動に駆られたまま暴れたくなるのを必死で抑え込みながら彼女は交差個体(クロスオーバー)の真意を探る。

もしかすれば、彼女が、彼女を操る何物かが何を目的として強さを求めているのかを知ることによって、彼女が雁字搦めに囚われているこの状況を突破する手段が見つかるしれない。

この少女を救える手掛かりが得られるかもしれない。

 

そう願って、努めて冷静にホシノは質問した。

 

「お姉さまはさ、『神ならぬ身にして天上の意志に辿り着く者』って言葉、聞いたことある?」

 

だが、返って来たのはホシノが一度も聞いたことがない単語だった。

ホシノが出した質問に対する答えとして適切に機能している内容なのかも疑わしい物だった。

 

「先生はそれを『SYSTEM』って呼んでるんだけど、ミサカは神ならぬ身じゃもうないからさ、この境地は厳密には当て嵌まらないんだよね。従ってこの名称は正しくないの」

 

やはり、何を言っているのか分からない。

知っている言語なのに、放たれる物は悉く理解が追い付かない物ばかり。

 

正しくないと言われても、それが正しいのかすら分からないのだから言葉を返せる筈もない。

 

天上の身を得てその意思を超え行く者(DOWNROAD)。ミサカにはこれがピッタリ。ミサカだけに許された称号と言う奴なのだ!」

 

それなのに、彼女は粛々と説明を進める。

 

ホシノには何一つ取っ掛かりを得ることが出来ない説明だったが、己の常識の外にある知識を語るその様に、ホシノはらしくなく畏怖の感情を抱いた。

 

彼女が目指そうとしている崇高が、自分には分からなかった説明が、彼女の心をどこまでも冷やす。

何も分からないことそのものが、彼女に言い知れない恐怖を与える。

 

「さっきの答えだけどね」

 

何も言葉を発せなくなったホシノに向かって、交差個体(クロスオーバー)はホシノが彼女に向かって放った強くなってどうしたいのという質問に対する明確な答えを発する。

 

「最強に至って、その最強を超えた先にある場所に向かう、だよ」

 

語られたのは、聞く人が聞けば鼻で笑ってしまってもおかしくない程に荒唐無稽な物だった。

そんな物を目指して何になるというのかと、呆れられて当然の言葉だった。

 

だがホシノは違った。

彼女の説明を一通り聞いてしまったホシノは違った。

 

最強。

この少女はそんな言葉に憧れて、純粋に強さを追い求めようとしているのではないと、直感で察する。

 

故に、恐ろしさを覚えた。

彼女の最終目的地は、最強になることではないということに辿り着いてしまったから。

 

「ミサカはキヴォトスで『最強』を超えて、『絶対』になる」

 

そして交差個体(クロスオーバー)から正解が語られる。

それは正しくホシノが予想した物に近い内容。

ただし、彼女が絶対と評した物について正確な内容までは流石にホシノでも掴めない。

 

単純な話では無いということしか、推察出来なかった。

だから彼女は、見逃してしまう。

 

「それが交差個体(クロスオーバー)としての責務なのだ! って、ミサカはミサカは思わぬ所でカミングアウトしてしまった事実にちょっとドキドキしてみたり!!」

 

彼女の言葉一つ一つが、大きな爆弾と謎を内包しているという事実に。

巨悪によるキヴォトス転覆計画が彼女から始まるよう設定されている事実に。

 

ホシノは、気付く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









先週の分に加えてホシノパートまでを一週分として書きたかったのですけど時間が足りず断念、二週に分けて投稿するようにしました。

代わりに一方さん編が追加されています。

アビドス編の裏で着実に進む別のお話。
ブルアカなのにブルアカじゃないですねこれはもうね。いえ、分かっておりますとも。


本編ですが、カイザーの思惑である一方通行を拉致りつつも、生存を仄めかすことにより生徒を、一方勢力を駒として扱う。
どことなく木原唯一が上里勢力に対して行った行為を彷彿とさせますし、オークション会場という舞台は便利屋日誌の一話を彷彿とさせますね。これが神秘と科学の交差……!

従うフリをしつつ先生救出に動く組と、黙ってカイザーの言いなりになり先生をこれ以上傷つけさせない組にハッキリ二分しそうな気がします。ワカモハルナは前者に、ヒナユウカミドリは後者になりそう。救えるかどうかは別問題ですが。

次回は大乱戦ですね。先生一人でどこまでやれるのでしょう。
何気に初めての一方通行単独での集団戦です。

多分今後無いケース……かもしれません。


交差個体に関しては、一種のヒントですね。
先に行っておくと打ち止めではありませんからね? 流石にね??


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オークション会場の戦い

 

 

シロコの携帯に通信が入ったのはほんの一瞬。

内容も何も無い、ただワンコールにも満たない時間だけ携帯から音が放たれた。

 

誰から送られてきたのかを、シロコは確認しない。

間違いなく先の音は一方通行先生からだと確信する。

ただし、疑問には思った。

 

連絡が送られてきたのがあまりに早すぎる。

まだ施設に突入してから十分と経過していない。

 

予想よりもかなり早い連絡に少し、ほんの少しだけ疑問に思うシロコだったが、その決断は早かった。

 

「行こう」

 

呼ばれた以上は動く以外に自分に残された選択肢は無い。

現場にいる先生の判断が何より正しいとして、銃を手に持ち、最後にいつでも撃てる状態であることを確認したシロコは、左手で銃を背中に担ぎ一直線に施設へと突入する。

 

『出来る限りエレベーターは利用するな。閉じ込められる可能性がある』

 

先生が残したアドバイス通り、施設に足を踏み入れたシロコは一瞬周囲を見渡し、エレベーターと地下へと続く階段の二つを見つけ、迷わず階段がある場所へ身体を動かし始める。

 

その、矢先。

 

「ああちょっと、お待ちくださいそこの学生さん」

「っっ!?」

 

向かおうとした階段がある廊下から人型のロボットが二機姿を現し、急いでいるシロコに声を掛けた。

 

見張り。

瞬間的にシロコは察する。

同時に、当然かと自身を納得させた。

 

こんなきな臭い場所で、見張りの一人も立てていない方がおかしいに違いないのだから。

 

「ここは生徒立ち入り禁止の場です。どうかお引き取りを」

 

やんわりとした口調で、しかし固い意志を隠すことなくロボットはシロコを静止しにかかる。

ご丁寧にもシロコの進行を邪魔するように階段の前に陣取って、ロボット達はシロコと相対した。

呼び止められたシロコは眉一つ上げず、さてどうするべきかと頭を回し始める。

 

「少し前に一人、学生が入って行ったのを目撃した。なら私にもオークションに参加する権利はある筈」

「生徒? 見ませんでしたよそんな人」

「ええ、それにここではオークションなんて開かれておりません。ただの建設会社です。ここでは業務が行われているだけです」

 

ロボット達から白々しい嘘が立て続けにシロコに降りかかる。

当然、全てを知っている彼女にとってそれは何の説得にもならない。

 

むしろ、ロボット達の対応はある判断を彼女に下させた。

 

これ以上は何を言っても無駄。

時間も惜しい。

ここで無駄な時を過ごしている場合では無い。

早急的な解決を施す必要があると、そう決断を下したシロコはロボット達に見えない様に右拳を強く握る。

 

そして、予備動作無しで向かって右側にいるロボットの顎と思わしき部分に裏拳を叩き込み、返す動作でもう一機のロボットの顔面目掛けて全力の右ストレートを放った。

 

「ふ……ッ!」

 

刹那、二発の重い打撃音がシロコの両側から響き、ロボットの顔面を構成している液晶の何かが破砕する音と、ロボットの胴体が無慈悲に壁に叩きつけられる音が連鎖的に発生する。

 

壁に叩きつけられたロボットは、二機とも動かなかった。

呻き声すら放つこともなくシロコの一撃によって機能を停止させられていた。

 

完全に動く気配がないことを確認したシロコは、障害を取り除けた安堵と、同時に早速暴れてしまった事実にほんの少し後悔するように息を吐く。

 

監視カメラとかで見られて騒ぎにならないと良いけど。

心の中でシロコは願うが、世の中はそこまで甘くないことを彼女は知る。

 

ビーーーーーーーーッッッ!! と、突然、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 

あまりにも的確すぎるタイミングに、シロコは火災報知機を誰かが押してしまったのだろうという現実逃避する時間すら与えられなかった。

 

「あー……」

 

完全に先のやりとりは監視カメラで見られていたらしいと、シロコが察するには十分だった。

でなければここまで早い対応がされる筈が無い。

 

やっぱり流石に衝動に身を任せ過ぎた行動だったかもしれないと今になってシロコは思い始める物の、自分でいざこざの火蓋を切ってしまった以上ここで迷うのは時間のロスでしかないと彼女は意識を前に向ける。

 

「急ごう、ノノミが待ってる」

 

今は、ノノミの救出が先だ。

その為にも、一刻も早く先生がいる場所に向かわなければ。

 

背中に担いでいた銃を両手で構え、階段からやってくるであろうドローンやロボット兵達への迎撃準備を整えつつシロコは軽やかな足取りで階段を降り始める。

 

「いたぞ!!」

 

だが、彼女の意思を嘲笑うかのように早速階段下から声が聞こえ、いくつもの足音が響き渡る。

警報が鳴ったとしても早すぎる兵士の登場に、流石にシロコは顔を険しくさせた。

 

いくらなんでも対応が早すぎる。

これはもう、警備兵が倒されたのをカメラが目撃したから襲って来たのではない。

この施設に足を踏み入れた段階から既にマークされ、排除に向けて動かれていたのだとシロコは知る。

 

「邪魔……ッ!」

 

進軍の邪魔をするロボット兵士を蹴散らすべく、アサルトライフルの銃口を下層に向けて乱射する。

相手とシロコとの力の差は歴然だったのか、シロコは特に苦戦することなく第一陣を掃討することに成功し、歩みを進めるシロコは地下一階、そして地下二階へと辿り着く。

 

しかし、心を落ち着かせている余裕はシロコに与えられることは無かった。

再びシロコがいる場所よりも下のフロアから足音が聞こえ始める。

それだけでなく、今彼女が降りて来た上のフロアからも、複数の足音が響いて来るのをシロコの耳は拾った。

 

「エレベーターを利用して挟み撃ち……!?」

 

足音は地下一階のさらに上、地上一階部分から聞こえて来ているとシロコの耳は訴えていた。

面倒だ。と、素直にシロコは皺を寄せる。

 

間違いなく下のフロアから襲って来る相手を倒すまでの間に、上からやってくる兵士はシロコがいる場所へ到着してしまう。

 

仮に相手取るのは面倒だと逃げる選択肢をシロコが取ったとしても、それはオークション会場に兵士を引き連れて現れることと同義である。

そして、会場には銃弾が当たれば死んでしまう、ヘイローを持っていない存在。先生がいるのをシロコは忘れていない。

 

先のアビドスでは未知の白い翼によって百体ものオートマタ兵士を撃破した彼だが、あの力をここで使ってしまえば全員が地下で生き埋めになってしまうのは確実。

 

決して被弾させてはいけない、言ってしまえばお荷物でしかない先生を庇いながら追って来た連中をオークション会場で撃破するのはあまりにも無意味な行為だと考えたこともあってなのか、彼の力を頼り、会場まで逃げの一手を取る道は、自動的にシロコの選択肢から外されてしまっていた。

 

引き延ばしにするのではなく明らかに今、ここで戦闘して双方とも撃破しておいた方が精神面でも得だと、一旦シロコは足を止め、上と下、両方から迫りくるオートマタを迎え撃つ準備を始める。

 

「仕方ない。やろうか」

 

こんなことに時間を使っている場合では無いのにと内心で愚痴りつつ、まずは下から来るのを片付けるかと銃口を下層に向ける。

 

シロコは気付かない。

オートマタ兵士達の目的がシロコの迎撃では無く、会場に到着させるのを一秒でも遅らせる時間稼ぎの為の戦闘だということに、状況に焦らされているシロコは気付けなかった。

 

加えて。

戦闘と時間に追われるという二重苦による緊張状態に陥っていたシロコは辿り着けなかった。

 

どうしてここまで過剰に生徒がやってくるという事態に気を配っているのに、何故生徒の姿で変装していた

先生は無事に会場まで辿り着けたのだろうという単純な疑問に、シロコは辿り着けなかった。

 

辿り着けないまま、シロコはカイザーが仕組んだ作戦通りに足を止めてオートマタ兵士の撃破に勤め始める。

見事に思惑に嵌ってしまったシロコがオートマタ兵士との接敵するまで、残り五秒。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

能力を伴わない一方通行の戦闘スタイルは基本的に、彼から自然と発される威圧と恐怖によって相手の動き、思考能力を極端まで削り取り、脆くなった精神面を起点に攻める心理戦を踏まえた物である。

 

一方通行。学園都市最強の能力者。

ありとあらゆる『力』の向きを自在に操れる能力の持ち主。

 

この情報を相手が握っているならば、彼と相対することになった者は少なからず彼に畏怖の感情を抱く。

 

現在の様に一方通行が能力が使えない状態に陥っているとしても、相手がその情報さえ握っていないならば、相手視点から見れば彼はその超常の力を持ってこちらを粉砕しにかかる破壊者その物。

 

彼と戦おうと決意した時点で、その身体には恐怖が宿る。

それは至って当然の話。

一方通行はそうした自身への評価を武器として容赦なく扱う。

 

但しこの戦法は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そしてそれが、キヴォトスにおける一方通行が行う戦闘において最大のネックだった。

キヴォトスにいる一方通行と敵対しようとする者達は、基本的に一方通行が持つ力を知らない。

 

彼等の認識では、ヘイローを持たない癖に様々な場所にしゃしゃり出て来る頭のおかしい奴。

少なくとも、これに近い認識は持たれているなと、一方通行は感じ取っていた。

 

故に、数十を超えるロボット軍団に囲まれ、一斉に銃を向けられている状況は一方通行としては危機的状況であることは間違いないが、同時にまたとないチャンスでもあった。

 

『一方通行に喧嘩を売るともれなくスクラップにされる』

 

彼等が描く勝利予想図から容易に浮き上がる一方通行に対する舐め腐った認識を、おぞまじい程の恐怖で塗り替えれば、今後も起きるであろうカイザーとのいざこざ、及び裏ルートでこの騒動を知ることになるであろうその他の軍団にこれまで以上の大きな牽制が出来る。

 

その為に彼に課せられた試練は一つ。

四面楚歌なこの状況を、無傷かつ迅速に制圧することだった。

 

ただし、その試練は他ならぬカイザーによって大きく手助けされている。

 

生け捕りにして利用する関係上、カイザーは一方通行に対してむやみやたらに銃弾を撃ち込む訳にはいかない。

ヘイローを持たない彼に銃弾を撃てば撃つ程、殺してしまう危険度が跳ね上がるからだ。

 

ペラペラとまるでもうこの戦いに勝利しているかのようにカイザーが語った彼が敗北後に訪れる未来の内容は、一方通行の戦略に大きな指標を立てた。

 

殺すことを念頭に置いて立ち回る気がカイザーに無いのなら、連中が向けている銃口の殆どはそもそも撃つ気が無い物。

 

九割がフェイク。

生け捕りにする等とわざわざ言わなければ決して悟られることの無かった内容を、限りなくカイザーの勝利が掲げられていた戦闘を、説明を受けたばっかりに一方通行はひっくり返せると判断した。

 

よって彼がとった手段は単純明快。

無数に向けられる銃口をその身に受けながら、彼は一切射線上から身を隠すことをせず、引き鉄を引こうとしている奴に向かって撃つ。

 

ただそれだけだった。

 

「どォしたァ!? 俺が黙って撃たれるお人好しに思えましたかァ!? あァ!?」

 

突然一方通行が起こした反撃に驚き、持っている銃から弾丸を放とうにも殺してしまうと言う危険性に負けて戸惑っている連中を歯牙にもかけず、好戦的な意思を見せている連中だけを的確に銃撃する。

 

そうして拳銃に残っていた弾丸五発で五機のロボットを的確に戦闘不能に追い込んだ一方通行は、立ったまま片手で銃弾を装填する。

 

滑らかな動作でマガジンを抜き、引き鉄に人差し指を引っ掛けたまま拳銃を半回転させ、左袖の中に仕込んでいたマガジンを口で突き入れる。

 

その後再び拳銃を半回転させ、強引に口でスライド部分を引く。

 

これを一方通行は、二秒に満たない時間で行う。

 

だがそれでも、二秒に満たない時間であろうとも、無防備な身を晒す時間が生まれた。

それを見逃さない存在も、当然含まれている。

 

ガガガンッッッ!! 

 

三方向から、リロードしている一方通行に銃弾が飛ぶ。

右肩。左足。右腕。

 

彼を殺すのではなく動きを止める為に撃ち出された弾丸は、リロードに集中せざるを得ない一方通行の身体に容赦なく突き刺さらんと迫る。

だが、一方通行は動じない。

 

何故ならば。

 

『させません!!』

 

絶対に当たらないという、確信があったからだ。

そしてそれは、現実となる。

脳内に響いた言葉通り、弾丸は彼に当たる直前にアロナが施している防護システムによって弾かれ、弾道が反れた。

 

「なっっ!?」

 

一方通行に向かって撃った三発の弾丸全てが外れたことに動揺の声が各所から漏れる。

動じなかったのは、一方通行ただ一人。

 

一切の攻撃は自分に当たらないという前提で安全にリロードを終えた一方通行ただ一人だけが冷静を保ち、今撃って来た三機のロボットの内、最も身近な場所に、二つ前の座席から右肩を狙っていた一機目掛けて銃口を向ける。

 

乾いた銃声音が一発。次いで破壊音と倒れる音が続いて響く。

紛れもなくロボット一機を撃破した音だが、一方通行は音の発生源に視線は向けず、続けざま二発の銃弾を同様に腕と足を狙って来たロボットに向けて放つ。

 

そうして追加で二機、合計三機のロボットを破壊した一方通行は、次の優先順位を定めようと一帯を見渡した時。

 

「何をしているのです! 早く無力化させろ!」

 

戦闘が始まるや否や壇上の隅に引っ込んでいたオークションの司会をしていたロボットから怒号が走った。

その声に合わせたかのように、一機のロボットが一方通行目掛けて重装甲の拳を振り下ろさんと飛び掛かり始める。

 

悪く無い選択肢だ。と、一方通行は襲い掛かって来ているロボットの行動に一定の評価を下した。

銃を使わない接近戦ならば、対象を殺すことなく無力化させられる。

 

おまけにロボットから放たれる拳は一撃で昏倒まで持っていけるだろう。

 

殺してはならないという制約下での戦闘では、一番有効的な選択肢であると一方通行は今にも振り下ろされんとする拳を眼前に捉える中、そう心の中で感想を零す。

 

だが、その行動が一方通行に通じるかと言えば話は別だった。

 

ツー……と、一方通行は自分の身体を倒さない為、会場の椅子に添えていた右手をゆっくり背後へとズらした。

 

その動きに合わせ、彼の身体が数えて二歩の歩幅分、後退する。

だが、その程度の動きでは上から叩き下ろされようとしている拳の範囲から逃げられない。

 

だから一方通行は、後ろに下がる動きの最中、身体そのものを後方に倒した。

身体のバランスが崩れ、仰向けに倒れてしまうギリギリまで身体を後ろに傾ける。

 

ブンッッ!! と、直後、彼の鼻先で拳が空を切った。

同時、一方通行は飛び込んできたロボットの額に銃口を向けた後、口角を歪め。

 

「一撃が大振り過ぎるな」

 

近接戦に対する練度が甘いことを咎めるように弾丸を放った。

直後、椅子を持つ右手に強く力を込め、倒れかけた己の身体を強引に引っ張り上げる。

 

そうして己の身体を持ち上げ体勢を戻したのと、額に銃弾を撃ち込んだロボットが、一方通行が倒れかけていた場所で崩れ落ちたのはほぼ同時だった。

 

一歩遅れていればロボットの下敷きになり無防備な姿を晒していた。

そればかりか先の回避運動も判断が一瞬でも遅れていれば脳天を殴られ一発で気絶していた。

 

思い返せば何もかもが危機ばかりで、余裕な態度を取っていられる状況ではなく、彼自身それを自覚しているが、敢えて一方通行はそれを余裕でやり過ごしているかのように振る舞う。

 

この場にいるロボット全機が束になって掛かって来ても敵わない程に己が格上であることを、態度と行動で見せかけて行く。

 

「さァて、残りは何機だ……?」

 

適当にそう口走って見る一方通行だが、撃破した数ぐらい覚えている。

丁度先程の破壊で会場にいるロボットの数は半分になった。

 

即ち、残り二十機。

 

だがこの中で、明確に戦意を向けているのは果たして何機残っているのか。

とはいえ、助けてくれと懇願されようが一方通行は慈悲を向けるつもりは無い。

どう足掻こうが、彼の地雷を踏んだ時点でここに集まってるロボットの全滅は確定事項だった。

 

二度と下らない考えを起こさせない為にも、この場では一切の容赦を彼はしないことを心に決めている。

先程と同じように左手のみで銃弾の装填を数秒で終えた一方通行は再び拳銃を構える。

 

「先生!!」

 

バンッッ!! と、勢い良く入り口のドアを開けてシロコが珍しく声を張り上げながら中に入って来たのはそんなタイミングだった。

 

「砂狼、遅ェぞ」

「ごめん、手間取った」

 

彼女の言葉に一瞬だけ目をシロコに向けた一方通行は、制服の所々が煤けているシロコの姿を見て即座に彼女は彼女で戦闘を行っていたのだと納得する。

 

しかしそれを口には出さず、彼女に指示を出そうとして。

 

「っ! 加勢する」

 

会場内にて展開されている凄惨と言っても過言では無いこの状況を目撃し、己の助力が必要だと判断したらしいシロコが慌てて銃を構える動作を彼が指示する前に見せ始めた。

だがそれは、一方通行が望む行動では無い。

 

故に。

 

「イヤ良い。ここは俺が引き受ける。オマエはあそこにある会場の奥へと繋がる扉から十六夜を探せ」

 

一方通行は、即座に彼女の提案を棄却し、別の指示を投げた。

ここは任せてこの施設のどこかにいるノノミを見つけ出せと。

 

「でも」

「時間が勝負の戦いには俺の足は向いてねェ。適材適所だ。行け」

 

既に戦闘を再開しつつ、異議を唱えようとするシロコを一方通行は半ば強引に黙らせる。

彼女の言い分ぐらい彼も理解している。

一方通行が戦場に立っていることそのものが危険。

 

そう言いたい彼女の気持ちは痛い程伝わり、その上で彼はその提案を蹴る。

キッパリと、行けと断言する。

 

「っ、……分かった」

 

彼の言葉に一瞬迷いの表情を見せたシロコだったが、一方通行の言うことも尤もであるという気持ちもあったのか、その説得に負け次の瞬間には扉へと走り出していく。

 

「先生」

「あ?」

「シャーレと全面戦争になるのは御免だから」

「要らねェ心配だな。無駄口叩く前に早く行けってンだ」

 

死ぬな。

暗にそう言い残して扉の奥へと消えて行くシロコを見送り、彼は再び拳銃を構える。

 

『勿論です! 先生には銃弾なんて一発たりとも当てさせません!』

 

脳に響くアロナの声を聞きながら、一方通行は第二幕を開始する。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

扉をくぐった先に待ち受けていたのは、長い廊下とそこに連なるいくつかの扉が断続的に続いている光景だった。

 

その光景に一瞬だけシロコは眉を寄せる。

直感的に考えれば、ここはオークションに出品される商品を保管する場所。

 

この直感が正しいならば、少なくとも十以上はある扉のどこかにノノミは捕らわれている。筈だとシロコは考え、同時に面倒だという言葉が彼女の脳内に浮かび上がった。

 

これを全部開けて一々確認していかなければならないのか。

扉の先がただの部屋ならまだ良いが、この場所のようにまた廊下が広がっていてと言うような展開だけは避けたいなと気持ちを抱きつつ、とりあえず一番近い扉を開けようと手を伸ばす。

 

「……開かない」

 

扉には鍵が掛かっていた。

考えてみれば当然の話だった。

 

商品を盗難される訳にもいかないのは当たり前。

その為に鍵ぐらいは掛けるのが普通。

 

「まあ関係無い」

 

ただし、銃社会であるここキヴォトスでは扉に鍵を掛けた程度では何のセキュリティにもならない。

鍵が掛けられていると見るや、シロコは一瞬の躊躇なく、肩に引っ掛けていた愛銃『ホワイトファング465』を構える。

 

直後、大きな銃撃音が数発廊下内に轟き、難なくシロコは扉を破壊した。

通常時ならばこの音で騒ぎが発生するのだろうが、もう既に騒ぎは起きてしまっている以上銃を撃つことに何のリスクも無い。

 

ドアノブ部分を銃で破壊したシロコはそのままゴガッッ!! と、扉を蹴り抜いて部屋の概念を終わらせると、中に入る前に一度内部を一瞥した。

 

中には夥しい数の銃や手榴弾が置かれている。

が、そこにノノミの姿は無い。

 

外れか。と、中の物に一切興味を見せず、シロコは次の扉へ向かう。

そうしてシロコは次々と物理的にドアを破壊しながらノノミ捜索を始めた。

 

二つ目の部屋は不気味にニュルニュルと轟く触手のような物を無数に生やしている変な生物が数匹、水槽の中に飼われていた。

その姿に本能的な危機を感じたのか、それともあれが商品として出品されている事実に言い知れない忌避感を覚えたのか、適当に銃を乱射して生物の息の根を止めた後、次の部屋へとシロコは向かう。

 

三つ目の部屋には上から着用するであろう鋼鉄製の鎧めいた物が丁寧に並べられていた。

これを出品し、配布して何を企んでいるのか、シロコは訝しむが今はその時間は必要無いと切り捨てる。

 

今の所ハズレばかりだが、収穫自体はあった。

扉の中には基本的に商品が積まれているだけ、その奥にまた別の部屋があると言った煩わしい展開にはなっていない。この事実はシロコの精神面を大きく助けていた。

 

ノノミが連れ去られたりしていないならば、しらみ潰しに探せばいつかは彼女がいる部屋に辿り着く。

一歩ずつ前に進めている捜索に安堵しつつ、四つ目の扉も破壊しながら勢い良く扉を蹴り破り。

 

「っ……!? ノノミ!」

「ぅ、ぁ……シロコ……ちゃん?」

 

部屋の奥。

天井から伸びている鎖で出来た拘束具によって両手を吊るされ、身動きが取れずにいるノノミを見つけた。

 

意識はある。

シロコの呼びかけに反応した様子からそこだけは判断出来たシロコはしかし、安心は出来ないと慌てて駆け寄り、彼女の状態を確認し、そこで初めてホっと胸を撫で下ろした。

 

(良かった……大きな怪我はしてない……)

 

酷く衰弱している様子ではあるものの、幸いにもノノミの身体に目立った外傷は見当たらなかった。制服に乱れらしい乱れも無く、怪我らしい怪我も見当たらない。

商品としての価値を高くしておくことを求められたか、はたまたノノミが抵抗を諦めていたのかは定かではないが、ともかく彼女の身体に大きな損傷は見受けられなかった。

 

「助けに来た、待ってて、今鎖を壊す」

 

拘束具を外す鍵を探す時間は無い。

こうしている間にも会場では先生が無謀にも等しい戦闘を繰り広げている。

加えてこの事態をカイザーが既に聞きつけていないとも限らない。

 

長居は作戦失敗に直結する。

その為彼女には悪いが、拘束具は後から破壊してもらうことにして、一先ず両腕を自由に使える様にすることをシロコは選択した。

 

アサルトライフルの照準ををノノミの両腕を繋いでいる拘束具の少し上に合わせ。連射する。

 

十発程撃ち込んだ後、バギンッッ!! と砕ける音が響き、そして。

 

「あうっっ!!」

 

強引に持ち上げられていたノノミの身体が床に崩れ、その衝撃に彼女は小さく声を漏らした。

 

「ノノミ、動ける?」

 

シロコはそんな彼女に手を差し伸べつつも、すぐに動けるかを確認する。

出来ることならば回復する為の時間を設けたいが、今はその時間すら惜しい。

 

シロコの焦りはノノミにも伝わったのか、彼女はコクンと頷くことで了承の意を返した。

だが、返事こそ出来ても身体がまともに動くとは限らない。それを分かっているシロコは自身の肩を貸して、ゆっくりとノノミを拾い上げた。

 

しばらくはこの状態で進む。

そう思い部屋を出ようとした、その瞬間。

 

「逃亡を検知。逃亡を検知」

 

部屋の隅に置いてあった、洗濯機に見える機械からそんな音声が流れ始めた。

 

「「ッッ!?」」

 

突然響いたその声に、ノノミとシロコは同時に振り返り、かつシロコは片腕でアサルトライフルの銃口を向ける。

そして容赦なく、撃った。

 

話を聞く理由は彼女には一切無い。

むしろ、撃たない理由が彼女には無い。

 

恐らくコレはノノミの逃亡を検知した際に知らせる脱走防止のマシーン。

もう騒ぎが起きてしまっている以上あまり逃亡を報せる警報は関係無いのかもしれないが、だとしても放置しておく理由も無い。

 

撃って数秒で終わるアクシデントならさっさと済ませるに限る。

そう判断して即座にシロコは撃った。

 

が。

 

「報告報告。マスターに報告」

 

洗濯機に見える機械は、彼女の銃撃を受けて傷一つ付くことなく独りでに動き出し、シロコが蹴り破った扉から逃走を始めた。

 

その様子を見て一瞬、追うかどうか迷う素振りをシロコは見せる。

が、ノノミを肩に担いでいる現状、そして逃げて報告されたところで大して状況に違いは起きないのは確かであることから、とりあえず弾丸が通じなかったことだけを頭の片隅に入れつつ、シロコは先程見かけた機械のことを頭から忘れ去った。

 

「なんだったんでしょう……今の」

「今は忘れるべき。まずはここから離れよう。ここまでのいきさつは帰りの道中で話す」

 

はい。と、何も分からないノノミでもノノミなりに状況がひっ迫しているのを理解したのか、細かい説明は後回しというシロコの言葉に頷き、シロコに引っ張られる形で彼女も歩き出し始める。

 

そんなノノミを連れて出口へと向かうシロコの表情には、明確な焦りが生まれていた。

既に彼女を見つけ出し、助け出すまで既に数分の時間が経過している。

数分間もの間、先生をあの戦場に置いてしまった事実が、今になってシロコの背中に重くのしかかる。

 

先のやり取りだけでシロコには一つ、彼について分かったことがある。

先生は生徒を優先するあまり自己を犠牲にするきらいがあるということ。

 

それは敵対意思を向けていた自分やアビドスの面々ですら例外では無いということ。

 

もうシロコには分かっていた。

 

彼は敵ではない。

れっきとした、私達の味方だと。

ノノミの無事を最優先とする彼が、敵である筈が無いと。

 

だからシロコは、純粋に心配の気持ちを彼に向かって投げかける。

 

どうか会場へと続く扉を通った際、死んでませんようにと。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

オークション会場で始まった、四十機のロボットと一方通行による戦闘。

 

翼を使っての一網打尽が使えない中で一方通行に与えられたハンデは殺されないということだけ。

普通に考えれば焼け石に水なそのハンデを一方通行は最大限利用した。

 

その結果どうなったか。

 

「ま、こンな所かァ?」

 

吹き飛ばしたトランクから自前の杖を取り出し、右腕に装着した一方通行は周囲に散らばっている割れた破片やロボットの残骸を見渡しながらそう言葉を吐いた。

 

立っている物は彼を除いて誰もいない。

誰が見ても分かる程に、一方通行は勝者として君臨していた。

 

ここまで徹底的に破壊してしまうと当初彼が計画していたカイザーと言う組織に一方通行と言う恐怖を植え付けると言う話も、生き残っている存在がいないことで台無しになる危惧が生まれる。

 

「ま、全員機能停止じゃねェだろ。終わりよければ全て良しってなァ」

 

が、一方通行は特にその点について気に留める様子を見せはしなかった。

これだけの数を相手にしたのだ。一々トドメを指す余裕は無い。

 

運が良ければ全機生き残ってるだろと適当に流しつつ、シロコの後を追うかと杖を突き始めた途端。

 

『良く無いですよ先生! 一体何発銃弾をアロナバリアで弾いたと思ってるんですか!!!』

 

脳内でアロナの全力の怒号が響いた。

 

「あァ? まあ十発は受けたかもしれねェなァ」

『二十二発です!! 撃たれまくりです! 普通なら十回は死んでます!! あの壇上にいたロボットからの殺して構わないから撃ての命令が飛ばされた後滅茶苦茶撃たれ始めたじゃないですか! バッテリーが持たないかもって最後らへんずっとハラハラしてたんですよ!?』

 

もうちょっと隠れるなりなんなりして下さい! と、彼女の怒りを一身に受けるしかない一方通行はその正しすぎる言葉に何も言い返せない。

 

殺さないという制約では一方通行を制圧出来ないと踏んだのか、シロコを見送って以降、殺しても良いと言う命令が全員に出された。

 

アロナによる防護壁を頼りに一機ずつ的確に撃ち抜く戦法により最終的な被弾こそゼロに抑えたが、彼女の言う通り確かに危ない橋は渡ったとも思う。

 

とは言え、結果は結果。

一方通行は無傷で戦闘を終えた。

 

終わってみれば彼の圧勝と言う形で舞台の幕は下りた。

どうせこの会場にも監視カメラ等は仕込まれていることを踏まえると、思惑通りの展開になったと言える。

 

『それよりも良かったんですか? どうして先生が変装しているのを見破ったのか誰かに聞かなくて』

「順当に考えればアビドスにいた頃から目を付けられたって感じだろォな、一応高校前で発見はされてたしよォ」

『なら残して来たアヤネさんやセリカさんが危険では!? 先生がここにいるのがバレてるってことですし!』

「いくら二人でも、敵側の兵器を大量に鹵獲した、つまり戦える二人だぞ? おまけにオートマタ兵士百機に加え戦車も数量相手は失ってる。下手に動かねェよ、それに動いて奥空達を攫った場合どうなるかは今ここで俺が証明してるだろォが」

 

十六夜の救出はカイザーへ牽制する目的もあると一方通行はアロナへと教える。

アヤネやセリカ達をノノミと同様に攫っても、同じように取り返すだけだと。

 

そしてその分被害が増えるのはお前達だと、行動で彼等に叩き込んで行く。

下手に動けば動くだけ、一方通行を敵に回せば回すだけ損害が大きくなる。

 

今回一方通行が行った戦闘は、その事実を分かりやすく実践しているとも言い換えても良かった。

 

「とにかくここはクリアだ。休ンでる暇はねェ。砂狼との合流に動く」

 

アロナへの説明も程々のタイミングで切り上げた一方通行は、カツッ、と杖を突きながらシロコが向かった奥へと続く扉へと歩き始める。

 

しかし。

 

「そこまでです!! カイザーコーポレーション!!  全員速やかに制圧……を……」

 

扉まであと数歩と迫った時、奥の階段へと続く扉から威勢の良い声が放たれた。

何事かと思って咄嗟に振り替えれば、ゾロゾロと十以上ものゲヘナの生徒が戦闘体勢で部屋に突入する姿が見える。

 

だが、部屋の惨状を見た途端、正確には既にロボットが全滅している光景を見た途端、彼女達の勢いは見ていて面白い程に速やかに下降していく。

 

あ、あれ? 等と言う声があちこちから聞こえる中、一方通行は最初に部屋に入って来た少女、残りの生徒達に発破をかけていたであろう少女の方に視線を向け。

 

「天雨か」

 

知った顔であることと、同時に彼女達がゲヘナの風紀委員であることを知った。

 

「その声は、先生……?」

 

同時、彼の声に反応したアコは一方通行の方に振り向き、そして不可思議な物を見つけたかのような例えきれない表情を浮かべた。

 

「……何なんですか、その格好」

「成り行きだ」

 

彼の最小限の説明に額に皺を寄せて、は? とでも言いたそうな顔をするアコとは対称的に一方通行はこれで話は終わりだとして、再びシロコがいる方の扉へと向き直り、歩こうとして。

 

カチャリと、拳銃が向けられている音を彼の耳は拾った。

まさかと思い振り返れば、そこには彼の予想通り、銃口を一方通行へ向けているアコの姿が映る。

 

何のつもりだ。そう言いたいのをグっと堪え、鋭い視線を送らない様極力努力しながら彼は今一度アコの方へ振り返り彼女の目を正面から見据える。

 

「待って下さい先生、まだ私達の……いや、私の話は終わっていません」

「俺からの話は終わった。今は急いでる。話なら終わってからにしろ」

「出来ません」

 

強情。

そう言っても差し支えない態度がアコから発されていた。

同時に、一方通行は直感する。

 

彼女の表情は、本気だった。

途端、彼の中で築かれてきた経験と勘が訴える。

 

もし仮に、仮に彼女の話を打ち切ってシロコとの合流を優先しようとした場合。

撃たれる可能性があると。

 

今ここで、時間を使ってでもアコと相対しなければならないと。

一方通行の心は、そう訴えていた。

 

「チッ……。はァ……。続けろよ、その話ってやらを」

 

なので一方通行は、折れた。

暫しの間、彼女との話し合いに応じる姿勢を見せる。

 

天雨アコと一方通行。

 

かつてゲヘナで起きた事件の中で出会った二人の二度目の交流は、またしても事件の真っ最中。

ゲヘナで起きた問題に、ゲヘナに許可を取ることなく首を突っ込んでいる時の出来事だった。

 

 

 

 











合同誌の準備やら何やらで時間が思うように取れない日頃です、更新が隔週になってしまってて申し訳ないです。

何とか毎週更新に戻したいですけど中々難しい……一日が四十時間ぐらいあったら良いのに。

等と言いながら本編です。シロコと一方さんがそれぞれ暴れてます。
洗濯機こと五十六号もチョイ出番ありでどうなるか、どうなるんでしょうねこれ。

そして最後に現れたアコちゃん、次回のキーパーソン。
ゲヘナ出張編は次回で完結。舞台を再びアビドスに戻してのお話になるでしょう、

それはそれとして……ブルアカ本家のアビドス3章は……どうしましょうね……ギリギリまでちょっと粘って見ましょうか……。なるべく齟齬が出ない範囲で、組み込んでもみたい……




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ゲヘナ脱出

 

 

 

 

 

いつからだろうか、彼女、天雨アコは同じ夢を見るようになった。

否、同じ夢。と言うには少し語弊があったかもしれない。

 

彼女が夢の中で見る物はその日その日によって違う物。

しかし、そこにある空間は常に共有されているような感覚があった。

 

例えるならば、ゲヘナの北区にいる夢を見た次の日は、東区にいる夢を見ていると言う方が分かりやすいだろうか。

 

同じ場所では無いが、本質的には同じ場所。

見ている夢の内容は毎日違うのに、そこにはどこか連続性がある。

 

そんな不思議な夢を、アコはある日を境に見るようになっていた。

 

寮で寝ていた筈の彼女は気付けば、どこかの都市部にポツンと一人佇んでいる。

それが夢の始まり。

 

周囲には彼女とほぼ歳を同じくする大勢の人が街中を闊歩し、談笑を交わしている。寒い時期なのだろうか、行き交う人の殆どが防寒着を着用していた。

不思議だったのは、女性と同じぐらいの比率で男性が街を歩いていることと、少女達の頭にはヘイローが浮かんでいないことだった。

 

アコにとって知ってる男性は『先生』ただ一人だけ。

なのにこの夢には多くの男性と呼ぶべき存在が少女達と同じ数だけ存在する。

 

夢だからそう言う世界もあって当然だろう。

そう割り切ろうと当初は思っていたが、こうも連続して見続けていると自然と考えも変わって来る。

 

この世界は何なのだろうと、純粋な興味が湧いて来る。

けれど、アコは自身が見ている夢に干渉することは出来なかった。

 

話しかけても人は反応しない。

移動しようと思ってもある地点を境に景色が動いてくれない。

彼女に出来ることはただ眺めることだけだった。

 

退屈と興味が交互に湧き上がるこの感覚は何なのだろうなと、アコはこの夢を見る度に思う。

 

見ているだけしか出来ない退屈と、見ているだけで得られる娯楽。

何も触れなくても、見ることは出来る。

切り取られた世界しか与えられなくても、その中では自由に動ける。

そこで得られる面白さは、ゲヘナでは得られない物だった。

 

ただし、それでも自分はこの世界からは弾かれている。

何かをしたくても、何も出来ない。

面白いと思う気持ちと同時に、あまりにも退屈だなとアコが思うのも、仕方のないことだった。

 

『そんな訳で巷で流行っとるメイドさんによる耳かきASMRは買いやで? 勉強で疲れた体にはあのほんわかな癒しがたまらんねん!』

『それを買うと本物のメイドはんなことしねえんだよクソ兄貴って顔面ぶん殴られて終わる未来しか見えないんだにゃー……』

 

周囲を歩く人たちの会話は基本的に雑踏に飲まれて聞こえないが、時折こうして強く聞こえることがある。

聞こえる聞こえないに関する原理は不明だが、何か理由はあるのかもしれないと思う物の、今日の聞こえた会話はあまりにもバカらしくてアコから突き止めようとする根気が消えた。

声の主が誰なのか探す気力すら失せた。

 

そうしてアコにとっては貴重ではあるハッキリと言語として聞こえた声もやがて雑踏の中へと消え去り、再び彼女は独りとなる。

 

夢の終わりが訪れるのは、いつも突然。

しかし、その時に起きる出来事は決まって同じ物だった。

 

トン……。と、彼女の身体が何かにぶつかる。

ぶつかる。と言ってもアコの身に特段変化は無い。

この世界に干渉出来ないのは夢の世界側の住人にとっても同じ。

 

よって、体格的には弾く側であるアコの身体は、ぶつかって来た少女を真正面からすり抜けると言う形で回避する。

だから正確には、ぶつかったという表現は正しくないのだ。

適切な表現に言い換えるならば、すれ違う。

夢と夢じゃない世界の住人同士である二人が、たまたま同じ座標にいて、それが偶然交差しただけ。

 

けれどそれが毎回のように起こるのならば、偶然の一言で終わらせるにはあまりにもおこがましすぎる。

しかし、そう断言した所でこの世界における役割は観測者な以上、アコにこれ以上の成果は出せない。

 

だから彼女はいつも結果を見届けることしか出来ない。

少女がぶつかってくるのは、いつも突然。

前触れなく、不意に訪れる。

 

故にアコは事前に衝突に対して反応することが出来ず、いつも慌てて振り返るのだ。

 

けれど、彼女の願いが成就したことは一度も無い。

顔はいつも俯いてて、衝突寸前に少女の存在に気付いても見ることは叶わない。

唯一分かるのは、白いコートを着ていること。

そして、自身の半分程度の体格であるということだけ。

 

(……ッ! 今日の夢が、終わる……!)

 

突然、グイッと彼女の身体がどこかに引っ張られる様な感覚が走る。

物理的に引っ張られているのではなく、精神的に。

夢から覚める合図だと、アコは察していた。

 

(まだです……待って……! もう少しだけ……ッ!)

 

抗えない眠気のような物が全身に広がっていく中、彼女は必死に手を伸ばす。

すれ違った少女に向かって、その手を伸ばす。

 

けれど、その手は届かない。

どんどんと、遠ざかる。

 

意識が現実に引っ張られていく。

夢の世界から、アコの身が切り離されていく。

 

『何処にいるの……』

 

声が、聞こえる。

いつもの、声だ。

少女が発する、悲しい声だ。

 

『あなたは一体、何処にいるの……?』

 

今にも泣きそうな声で、少女はフラフラと危ない足取りで街中へと消えて行く。

アコはその少女に触れることは出来ない。

 

いつも。

ずっと。

 

伸ばしたその手は、少女を掴めずに離れて行く。

 

『会いたいよ……っ』

 

その言葉を最後に、アコは夢から覚める。

現実世界へ、キヴォトスに舞い戻る。

アコは、夢の出来事を覚えていない。

泡沫の如く、消えて行く。

 

思い出すのはいつも、夢の世界に舞い戻ってから。

意地悪な神様は、彼女に答えを教え続けている。

彼女に悪夢を、与え続けている。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「以前、私があなたに向けて言った内容を覚えてますか? 先生」

 

僅かに肩を上下させる呼吸をしながら冷徹に拳銃を彼の心臓部分に照準を合わせているアコから、初対面の時にどのようなやり取りをしていたか覚えてるかという旨の質問が飛ぶ。

 

一方通行がアコと出会ったのは今より一か月以上前、救援要請でその日の当番であったミドリと共にゲヘナに赴き、カイザーコーポレーションが運営していた塾、『未来塾』を叩き潰したその事件終了直後だ。

 

当時彼女と交わした会話の内容を一字一句とは行かないが、どのようなやり取りをしたかぐらいなら彼の記憶力では造作も無い。

 

「ゲヘナで問題が起きたならまずは風紀委員に連絡しろ。だったかァ?」

「その後、ゲヘナで発生した問題は私達が解決しますとも言った筈です」

 

でも結果はどうでしょう? と、アコはこれ見よがしに周囲を見渡しながら言葉を続ける。

 

「またしてもあなたは話を通さずシャーレの権力を行使した。風紀委員として甚だ遺憾です」

「その下らねェ価値観は捨てろとも俺は言った筈だがな」

「私がしているのはゲヘナの自治を担当する立場として当然の話です、先生からの忠告はちゃんと頭の中に入れてますよ」

 

どうだかな。と、一方通行は彼女の言葉から信憑性を感じられず声に出さず反論する。

声に出した所で、はぐらかされるのが関の山だろう。

そうなるのが分かってしまったからこそ、一方通行は反論することを諦めた。

 

同時に、彼女の様子がおかしいと彼の中に眠る勘が訴える。

その正体が何なのかまでは掴めないが、それでも確実に断言出来ることがある。

 

初めて会った時よりも、彼女が纏う攻撃的意識が強くなっている。

一方通行が嫌いだからと言う理由だけでは、到底説明出来ない程に。

彼女と会うのは二度目なのに、出会っていきなり銃を向けられる謂われは彼の中には無い。

 

ゲヘナに話を通さなかったからと言う理由だけでアコはこちらに銃を向けて来る少女だと言う認識を一方通行は思っていない。

だからこそ、彼の中で、アコの異変について納得出来るだけの説明が付かない。

 

それがどこまでも、不気味さを彼に与えていた。

 

「だったら俺に銃を向ける意味は無ェだろ。俺はオマエの、風紀委員の、そしてゲヘナの敵じゃねェ。現に俺は今オマエに何の敵対行動もしてねェだろォが」

 

アコに銃を突きつけられている今も、一方通行は彼女に武器を向けていない。

それを以て信じろと彼は問いかけるが。

 

「先生視点ではそうかもしれませんね。でも、私達からの視点で先生を見ると、果たして本当にあなたが味方なのかどうか疑わしいのは避けようの無い事実です」

 

やや早口で語るアコの返答は彼の意志を無視していると言っても過言では無い内容だった。

 

何が言いたいのだろうかと強く勘繰る。

彼女が指摘したい内容が何なのか、一方通行は上手く掴めない。

一方通行にゲヘナと敵対するような戦闘を行った記憶は無い。

なのにアコはあたかも一方通行がゲヘナにとって実害のある行為を行ったような主張を彼に突きつけている。

 

彼女の言動は明らかに妄言の域に突入している。

最悪なことに、アコは本気で言っているのも質が悪い。

 

言葉に言葉で返しても意味が無いことを悟った一方通行はどうするのが正解なのか探る最中、彼はグルリと会場に雪崩れ込んできた十数人の風紀委員を見やる。

 

アコの態度に困惑している者。ひたすら倒れているロボットの確保に動いている者、彼女の意見に頷き、共に彼に銃を向けている者など反応は様々だが、改めて周囲を見渡した一方通行はある事実に気付いた。

 

(待て……どォしてここに天雨だけが出張ってきてやがる……?)

 

役職付きの少女達、銀鏡イオリ、火宮チナツ、そして空崎ヒナの三人がいない。

 

火宮はサポートに回る仕事が多いだろうとしていないのは納得出来る。

ヒナがいないのも今朝シャーレにいたからだろうと説明を付けることは出来る。

だがアコが出て来てイオリがいないのはどう考えてもおかしい。

 

実働部隊である彼女がおらず、最も裏方で役柄な筈のアコが現場の最前線にいる。

これは一体どういうことなのだろうか。

とは言え、これを指摘した所で今の彼女には無駄なのだろうと踏んでいる一方通行は敢えて口に出さず、ゆっくりと心の中で整理を始める。

 

「先生はご自分の立場を分かっていないようです」

 

だが、その思考を中断させるようにアコが口を挟んだ。

その言葉に、流石に一方通行も意識を割かざるを得ない。

彼女の声色には、明らかな敵意が混ざっていたからだ。

 

「前も言いましたが、現在ゲヘナは緊張状態にあります。それをむやみやたらに掻き回す先生の存在は私達からすれば障害でしかありません」

「だったらどォするンだ。ここで俺をその銃で黙らせてェってか」

「そんなことをすれば連邦生徒会、そして恐らくはミレニアムと戦争になるでしょう。それは避けなければなりません。本当厄介ですねあなたは、直接的な排除すら許して貰えないとは」

 

しかし打てる手は無いとは限りません。

銃による照準は合わせたままコツ……コツ……と靴を鳴らして横に移動するアコは淡々と言葉を続ける。

 

「単刀直入に言いましょう。風紀委員の顧問としてゲヘナで働きませんか? 先生」

 

シャーレではなく、ゲヘナで。

アコから渡された提案は、どこまでもゲヘナにとってだけ都合が良い物。

 

あまりにも愚問だった。

話にならない程に下らない質問だった。

 

「銃を突きつけながらの交渉は卑怯じゃねェか?」

 

それを口には出さず、状況に対してのみ反論する。

未だに銃はいつでも撃てる状態で彼の額に合わせられている。

これでは提案では無く強制に等しい。

 

無論、この程度の脅しは彼にとって何の意味も無いが、わざわざそれをバラす理由も無い。

 

脅威であると見せかけておくのも、手段の一つだ。

 

「戦争になるから短絡的行動は避けるンじゃなかったのか?」

「応じてくれないならば仕方ありません。外交でどうにかしてみせますよ」

 

その銃を使うのは結果的に悪手だと指摘する一方通行に対して、アコはその答えをはぐらかす。

無理だ。と、経験から一方通行はアコの考えを心の内で一蹴した。

いくら笑顔で取り繕い、最悪の手段に出たとしてもそのリカバリーは可能であることをアコは余裕そうな表情を崩すことなく一方通行にアピールしているが、彼からすれば浅はかであると言わざるを得ない。

 

断言する。

もし仮にここでアコが銃撃を行い、自分が殺害されてしまった場合、ゲヘナは何もかもを失うと。

 

当然、銃撃に対して対策を行っている関係上、そして彼自身が望んでいない以上、そんな結末には絶対に一方通行はさせない。

仮にアコに撃たれ、仮にそのままダメージを負い、仮にそれが取り返しの付かない傷になったとしても、一方通行はゲヘナを庇う為に尽力する。

 

しかしそんな風に考えている一方通行の思考をアコは知らない。

故に、今ここで起きている問題はただ一つ。

 

このまま彼女の交渉に一方通行が応じなかった場合、アコは容赦なく彼を撃つかどうかについてだ。

しかし、この点についても半ば絶望的な答えが一方通行は弾き出してしまっている。

 

直感する。

彼女は本気で、撃つのも辞さない構えでいると。

答えを間違えると、本気でここで彼女と戦闘になると。

 

「俺の存在がそこまで厄介か? オマエにとって俺の何が目障りなンだ」

「そっくりそのままあなたの存在が、です。いつ敵になるかも知れない人を放置しておくのは愚かの極みですよ、先生」

 

アコの指摘は正しい。

シャーレの立ち位置は自主的には動かず、あくまで他学校から要請を受けて一方通行は腰を上げる。

 

つまり、どの学校から要請を受けたかで彼の立ち位置は変わる。

必然的に、旧知の生徒と敵対する日だってやって来るだろう。

 

アコが彼に首輪を付けようとしているのはそういうことだった。

今はまだゲヘナと敵対していないだけ。

けど、いつかどこかで、誰かの依頼によってゲヘナと敵対する日が来るかもしれない。

 

その時、誰が彼と相対するのか。

各学校から粒揃いの戦力を集め、一大組織となったシャーレにゲヘナは対抗できる手段はあるのか。

 

頼みの綱の風紀委員長ですら、シャーレに所属しているというのに。

最悪のケースでは、ゲヘナの最高戦力がゲヘナの一大事に敵として立ちはだかる可能性だってあるのに。

 

一方通行を野放しにするということは、それを容認するということ。

そんな未来は認められない。

 

それが、アコの主張だった。

 

「ハッキリ言って先生はただいるだけで脅威なんです。しかし私達の目が届く範囲にいるのならばあなたの存在を許容出来る。絶対的にゲヘナの敵にならないという保証があるのならば、私達は先生がいることを歓迎します」

 

一方通行は何も言わない。

ただし彼の黙秘は彼女の説明に対して反論が出来ない訳ではない。

ある種の、答えを握ったからだ。

 

疑問だった。

天雨アコと言う少女を一方通行は詳しく知っている訳ではないが、それでも僅かなやり取りだけで感じられる物と言うのは確かに存在する。

かつてゲヘナで邂逅した時の彼女は今と同じように一方通行に喰って掛かり、今と似たニュアンスの言葉を彼に浴びせかけた。

しかしそれはヒナを思っての、さらに言えばゲヘナを思っての物であると当時の一方通行はその気持ちを汲み取り、その上で敢えて釘を刺した。

 

柔軟な思考を持てと。

 

では、今の彼女はどうだろうか。

一方通行に銃を向けて一方的な、彼の事情を一切鑑みず己の理想を語る彼女の姿はどうだろうか。

 

放った言葉に大きな違いは無い。

物理的な脅しが入っているかいないかの違いしか一見感じられない。

だがその銃を彼に向ける動作を行っているという一点から、彼の話を聞き入れなかった、だから敵対も辞さない選択を取ったのかと考える者もいるかもしれない。

 

しかし一方通行は見抜いた。

 

過去の彼女と、今の彼女の違いを。

 

だから。

だから一方通行は。

 

「オマエ、何に追い詰められてやがるンだ」

 

本心を、口に出した。

 

「……は?」

「今日、オマエがここの扉を開けて突入して来た時からずっと疑問だった。不自然に呼吸が荒ェ。瞳孔が僅かに開いてる。おまけにオマエの声から焦りのような物が読み取れると来たもンだ。どォ見ても今のオマエは正常な状態じゃねェだろ」

 

身体の各所から放たれる機微な違いも、かき集めれば大きな違和感へと生まれ変わる。

今のアコからは、かつて宿していた冷静さが感じられない。

 

そう考えれば納得がいく部分がいくつも生まれる。

普段の彼女ならば取らないであろう実力行使寸前な行動も、いつもの彼女ならば嫌っているであろう後先考えて無さそうな言動も、全てまともな判断能力が奪われているからと考えれば納得出来る。

 

「分かって来たな。何でオマエだけが役職付きの中で唯一前線に出動しているのか」

「な、にを勝手なことを……! 正常じゃないのは当たり前でしょう! あなたがこんな場所にいなければ私はいつも通りに仕事を──」

「その前提がそもそも成立たねェって話をしてるンだよ。なァ、何で裏方業務が得意分野のオマエが現場の最前線に立っているのか、自分自身ですら分かってねェだろ」

 

今の彼女はどこかまともな思考をしていない。

何かに追い詰められるように、追い立てられるように歪んだ回路で行動している。

 

「今日の所は仕切り直しにしろ、話し合いの余地が無さすぎる」

 

であるならば、今日の遭遇自体なかったこととして扱うべきだ。

 

「帰ってヒナと相談しろ。あいつはオマエの味方だ」

 

そろそろ彼女もシャーレから帰還している頃合いだろう。

思い悩んでいる原因を、ヒナに打ち明けろと一方通行は進言する。

 

アコを蝕んでいる精神的な何かについて、一歩通行は干渉しないことを決めた。

彼女がそれを望んでいないのは明らかであるし、それ以上に彼女の理解者はゲヘナに大勢いる。

一方通行が無理に首を突っ込む理由はどこにもない。

 

イオリ、チナツ、そしてヒナ。

彼女達にアコのケアは任せた方が無難だと、ここで無理に首を突っ込む必要は無いと彼は判断する。

 

その判断は、どこまでも正しい。

だが。

 

「ヒナ……。ヒナ……、ですか」

 

一方通行が失策を犯した部分があるとするならば、ヒナのことを空崎と呼ばず、いつもの調子でヒナと呼んでしまったことだろう。

それ自体はきっと喜ばしい物。

彼なりの友好の表れであり、信頼の証であり、良い変化だと断じて良い物。

学園都市で過ごしていた頃には出会えなかったタイプの存在。

それがヒナやハルナ等、名前呼びしている少女達。

 

だが、今回ばかりはそれが裏目に出てしまった。

 

自然の調子で、いつもの調子で零してしまったヒナという呼び方に、アコは声を低くし彼を睨みつける。

 

「先生、やはり私は間違ってなんかいませんよ。私の判断は、正しい」

 

雰囲気が、変わる。

空気が、冷える。

彼女が纏う気迫から、迷いが消える。

 

まずい。と、一方通行が彼女の変化を察したその瞬間にはもう。

 

「最初からこうするべきだったんです」

 

交渉なんて、甘い考えを持った私が愚かでした。

そう言い終えた後、一発の銃声音が、無慈悲にもオークション会場に鳴り響いた。

会場全体に響き渡った銃声音と共に放たれた弾丸は、容赦なく確実に狙い定められていた場所へと飛来し。

 

バギンッッッ!! と、一方通行の胸元に狙いを定めていたアコの拳銃を弾き飛ばした。

 

「あ、ぐっっっ!?」

「先生!!」

 

右手に伝わる鈍い痛みにアコが身を屈ませて呻くのと、奥の扉からシロコの声が聞こえたのは同じタイミングだった。

思わず振り向けば、血相を変えているシロコが発砲した形跡が立ち上っている銃を構えている様子と、その横にいる彼女と同じ制服を着込んでいる初めて見る少女の姿が映る。

 

一方通行は即座に理解する。

シロコがアコの銃を撃ち抜いたことと、隣にいる少女、十六夜ノノミの救出に成功したことを。

 

「ノノミ、あそこに転がってるトランク持って付いてこれる?」

「任せて下さい」

 

アコが攻撃された事実から、反撃するべく風紀委員が一斉にシロコとノノミの方に振り向き戦闘準備に入る。

 

だがそれよりももっと早く二人は行動を始めた。

真横に飛び込むように身を低くしながらノノミは転がっている一方通行の荷物が入っているトランクを掻っ攫い、シロコは一直線に彼の方に向かったかと思うと、ヒョイと一方通行の身体をやすやすと抱き上げる。

 

「オマ、何をッッ」

「逃げる」

 

突然身体を持ち上げられると言う慣れてないシチュエーションに遭遇した一方通行は流石に驚きを隠せなかったのか動揺混じりに声を荒げる。

 

シロコはその問いに対する答えを簡潔に述べながらも、その足は既に地上へと続く階段の方へと向かっていた。

もうここに用は無いから、逃げると。

 

「ま、待てッッ!!」

 

一方通行を抱えたシロコと、トランクを担いでシロコの後に続くノノミを静止させるように風紀委員の一人が射撃を開始する。

 

それを皮切りに、一人、また一人と彼女達に攻撃を始める。

だが、今彼女達がするべきことは攻撃することでは無く追うことだった。

 

ヘイローを持つ少女達は銃弾が一発二発当たろうがちょっと痛いで済む程度のダメージしか与えられない。

故に、既に階段に差し掛かり始めたシロコとノノミが受けた被害は大した物ではなく。

 

「あいたたたたっっ! 滅茶苦茶撃たれちゃいましたね」

「気にしないで行こう、先生には当たらなかった。問題無し」

「チッ……確かにこォいう場面じゃ俺はこの形で運ばれる方が良いわなァ」

「ん。先生がいる時に迅速な移動が必要な時は()()担いだ方が早い」

「なンでそこを強調した?」

「あれ? 俺? それに声も……。女の子じゃないんですか?」

「ここに来るために変装したンだよ……全部無駄だったけどな。オマエが十六夜ノノミ、で、合ってンのかァ?」

「はい。ノノミです。よろしくお願いしますね。えっと……助けに来てくれた……で、良いんですよね。ありがとうございます」

 

「当り前のことをしただけだ。それにまだ終わりじゃねェ。下げる頭はまだ取っとけ」

「先生」

「あ?」

「私に抱っこされながら格好良いことを言ってもあまり意味ない」

「心配すンな、自覚はある。ある、が。その上で一言言わせて貰うなら、うるせェ。だな……」

 

軽い雑談を交えながら一方通行、シロコ、ノノミの三人は順調に逃走を進めていた。

その纏っている雰囲気は既に脱出が成功しているようで、緊張感は感じられない。

 

シロコに抱き抱えられている一方通行はチラリと視線を背後に移す。

風紀委員の追手が来る様子は、無かった。

 

間違いなく、シロコが銃を弾いた衝撃によりうずくまったアコが風紀委員へ咄嗟に指示を飛ばせなかったことが影響していると一方通行は踏む。

 

その後も一向に追って来る足音も怒声も聞こえないことから、諦めたのか判断にまごついているのかは定かではないが、少なくとも具体的な行動を行っていないことは明白だった。

 

「このままバイクがある所まで先生を抱いて走る」

「好きにしろ……俺は何も言わねェ」

 

ゲヘナ風紀委員から何も妨害を受けなかった一方通行達はその後、難なく地上一階に辿り着き、施設から完全に脱出するのに成功した。

 

だったが、シロコは未だ彼を降ろさず、このままバイクがある所まで走ることを提言する。

無論、それを否定する理由も無い一方通行は、多少の羞恥としかしまあどの生徒が通りかかろうが自分が先生であるとはバレないだろと楽観的なことを、もっと明確に言えば半ば現実逃避的な思考をしつつされるがままにされていると。

 

「バイクでゲヘナまで来たんですか?」

 

あれ。と、首を傾げながらノノミがちょっと待ってくださいと言いたげな声を出した。

その声に一方通行とシロコの顔が彼女の声色に引っ張られるようにノノミの方へと動き。

 

「じゃあ、帰りはどうしましょう? 三人もバイクって乗れましたっけ?」

 

あ。

 

と、シロコと一方通行から情けなさが含まれる声が重なって放たれたのはそんな時。

一瞬だけ時が止まったような感覚が一方通行とシロコの間に走る中、二人は互いに顔を見合わせ。

 

「分かった。私が先生に密着してノノミが座れるだけの隙間を作る」

 

何が分かったのかと問い合わせたい解決案がシロコから飛び出し始めた。

キヴォトス人の力で密着させられた場合、骨が複雑骨折するどころか命の危機すら感じられる物なので普通なら速攻で却下する内容だったが、とはいえそれ以外にまともな代案が今の一方通行に用意できる筈も無く。

 

「俺が死なないよォに力加減だけお願いしまァす……」

 

と、何ともまあ情けなさ全開の声を捻り出すことしか今の一方通行には許されていなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

一方通行達が順調にゲヘナを脱出していく。

その、一方で。

 

「く! このっっ!!」

 

風紀委員の空気は一変して薄暗さを醸し出していた。

 

このままでは逃げ切られる。

彼女達を足止めするべく撃ち続けていた一人の風紀委員がその事実に気付き、慌てて銃撃を止めて三人の後を追い始めるが既に時は遅い。

 

その風紀委員が階段に差し掛かった時には既に、一方通行達の姿はどこにも無かった。

エレベーターは地上一階に停まっている。呼び戻す時間は無い。

 

「そ、その……どうします?」

 

どう行動するのが一番良いのか判断出来なくなった風紀委員の一人が、指揮権を持つアコに指示を窺う。

 

しかし。

 

「先生……。そうですか……あくまでも……あくまでも穏便に済ませる気は無い。そういうことですか」

「っっっ!?」

 

アコは話しかけてきた風紀委員の声が耳に入っていないのか、右手首を抑えながらブツブツとうわごとのように呟き続けていた。

 

その顔には、笑顔が刻まれている。

 

不気味な程に、笑みをアコは浮かべていた。

話しかけてきた風紀委員が、思わず一歩後ずさるぐらいに。

 

「仕切り直し、ですか。良いでしょう。先生が望む通り今日の所は退いてあげましょう」

 

一歩後ずさった風紀委員には目もくれず、ゆっくりと立ち上がったアコは拳銃を仕舞いながらそう言葉を零す。

おどろおどろしい雰囲気を醸し出すアコに、風紀委員達は声を掛けることが出来なかった。

 

ただ、アコから飛び出した先生は追わないという言葉から、追跡を諦める方針を取ったことだけは理解したらしく、全員そそくさと銃を収め、倒れているカイザーの一員達の確保。及びアビドスの生徒が飛び出して来た扉の奥の調査を始めて行く。

 

ドタバタと慌ただしく動き始める風紀委員を横目にアコはですが。と続ける。

 

「あくまでもゲヘナを拒むその姿勢、後悔させてあげます」

 

平和的な解決を望んだが、無駄だった。

あくまでも穏便に進む方向に舵を切りたかったが、他ならぬ彼がそれを妨害した。

であるならば、もう仕方が無い。

 

提示した安全に解決出来る策を全て守ろうとしていた蹴り飛ばされた。

譲歩に譲歩を重ねたが、それでも彼は首を縦に振ってくれなかった。

だったらもうしょうがない。

これ以上話し合いの場を設けても意味が無い。

 

何故なら相手に応じる気配が感じられないのだから。

彼との交渉は無駄であると分かった。

今日の成果は、それで十分。

 

「もう、忠告もしませんよ……」

 

覚悟を決めた目で、アコは懐に手を伸ばす。

取り出したのは十錠程の錠剤が入っているスライドケース。

 

真っ黒な男から譲り受けた、ゲヘナの北区にあった廃墟を纏めて吹き飛ばす程の力を自身にもたらす薬。

 

手に持ったケースをギュッと強く握り、アコは冷酷に宣言する。

それは、宣戦布告。

もしくは、決別の証。

 

薬のケースを強く握ったまま、アコは一方通行に対して明確な敵意を露わにする。

 

「死んでから、後悔して下さい」

 

 

 

 

 

 









とある側の事情が少しだけ見えた今回。

青髪ピアス。出したかったんや……多分ここでしか出番が無いから……。
冒頭で出すキャラ、他にも佐天初春、御坂食蜂、ステイル神裂、芳川黄泉川、浜面滝壺等、様々な案がありましたが、一番納得出来るのがこの二人だろうということで。

そして舞台はキヴォトスに戻ってゲヘナ編完結。
そして私の作品におけるアビドス編でのもう一つのメイン、アコのストーリーが始まります。

彼女がアビドス編をどう動かしていくのか、ちょっと楽しみですね。
不穏ですけど。限りなく不穏ですけど。




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明日に向けて

 

 

 

キヴォトスに昇る日が落ちていくのを、奥空アヤネはぼんやりと公園に設置されているベンチから眺めていた。

 

沈んで行く夕日を見ていると、今、とても気分が落ち着いているのだと言う実感が彼女の中で湧き上がる。

時間が経過していくのをゆっくり眺められる日を送っているのは、一体いつぶりだろうとも。

 

実際はそんなに日数は経っていないのかもしれない。

だが体感的には、随分と久しい気持ちにアヤネは駆られた。

 

昨日までなら、この時間になっても物資の捜索に慌ただしく動いていた。

いつここにカイザーが襲撃を掛けて来るかと思うと、心を休める時間は無いに等しかった。

たそがれている余裕など、どこにもありはしなかった。

 

武器。

食糧

何もかもが足りず、僅かに蓄えていた備蓄も日を経る毎に目減りし、考えるだけで不安に押し潰されそうになっていた。

 

が、今、彼女の手元には十分すぎる程の武装がある。

百機以上ものオートマタを撃破した安心がある。

 

カイザーコーポレーションが差し向けたオートマタ兵士が装備していた武装を鹵獲し、襲撃が起きても難なく撃退出来る程にまで武器が確保された。

一度に叩き出した巨大すぎる被害に、今日の襲撃はあり得ないと念を押された。

 

相変わらず食糧問題はひっ迫したままだが、それでも問題が一時的にとは言え二つも解決したことは、彼女の心に安心感をもたらす。

 

しかし、だからこそ問題が発生する。

 

(…………っ)

 

いけない。我慢しなければ。

きゅ、っと、下唇を僅かに噛んで余裕が出来てしまったからこそ浮かび上がった新たな問題に真っ向から対決していた矢先。

 

「遅いわね、シロコ先輩と先生」

 

ポツリと、隣で同じく暇を持て余しているセリカが呟いた。

助かった。今ので気が少し紛れたと、素直にアヤネは思う。

 

「先生も心配してるんですね。あんなに突っかかってたのに」

「……、憎むべき人じゃないことぐらい、私だって分かってるわよ……」

 

憎む相手はあの人じゃない。

学校を追い出され、絶体絶命の危機に晒しているのは彼ではない。

 

だから彼に怒りをぶつけるのはお門違いなのだ。

本来は。

 

けど。

 

「けど、どうしてもやるせない。私達が一番いて欲しい時に先生は来てくれなかった。この気持ちが傲慢なことぐらい分かってる……。でも……」

 

まだ学校にいた時に、先生に来てほしかった。

 

それ以降、セリカは言葉を紡ごうとせず顔を俯き静かになった。

彼には告げなかった本音を語ったセリカを見ながら、アヤネも同時に押し黙る。

 

自分勝手な気持ちを抱いていることを理解しているからこそ、セリカは続きを言えない。

先生と言う存在は自分達の為だけにいる訳ではない。

アビドスに心血を注ぐための存在では無い。

でも理解は出来ても納得は出来なくて。

 

セリカは先生に辛く当たった。

何故自分達を優先しなかったのかと、我儘に等しい言葉を投げた。

 

アヤネは、懺悔に近いセリカの独白を一身に聞いた後。

 

「でも、先生は来てくれました」

 

と、今度は自分の番だと、アヤネが本音を語り始めた。

 

「……遅いのよ」

「確かに。遅かったです。セリカちゃん程じゃないにせよ、シロコ先輩も私も、今頃になって現れた先生に対して憤りに近い感情は持ってます。仕方ないじゃないですか。どうして全部終わってしまってから来たんですかって思っても、仕方ないじゃないですか」

 

だけど。

 

「だけど先生は取り戻そうとしてくれてます。ノノミ先輩を。ホシノ先輩を、学校を。だから私はこう思うようにしました。全部無事に終わる道がまだあるんだって。ハッピーエンドの道は、まだ途絶えてないんっだって」

 

先生は、それを手繰り寄せようとしている。

必死に。

真摯に。

 

自分達だけならばとっくに届かなくなってしまった全部丸く収まってしまうような奇跡を、彼は必死に手繰り寄せようとしている。

 

登場が遅くても。

何もかもが終わりかけでも。

諦めていないから、先生はノノミ先輩の救出に向かった。

そこに対して、泥を掛けるような真似だけはしてはいけない。

 

だからアヤネは、彼を肯定する立場になろうと努めている。

 

「先生を信じることにしました。あの人ならきっと私達を導いてくれるって。だからセリカちゃんも少しだけ、先生を信用してみませんか?」

 

信頼はしなくて良い。

でも信用ぐらいはしても良いじゃないか。

 

実際に彼は自分達の目の前でカイザーの軍勢を殲滅した。

自分達の明確な味方として行動した。

 

だから反発し続けるのもここまでにしませんかと、アヤネはセリカに提案する。

 

「それにほら、見て下さい」

 

ダメ押し。とばかりにアヤネはベンチから立ち上がりながらある方角に向けて人差し指を向ける。

彼女の動作に引っ張られるようにセリカが顔を上げたと同時。

 

「帰って来ましたよ。ノノミ先輩を引き連れて」

 

有言実行を果たして帰還して来た先生を見ながら、アヤネは嬉しそうに言葉を続ける。

しかし。

 

「……何で先生、女の子の格好をしてるのかしら」

「それは……その、良く分かんないですけど」

 

セリカのもっともな発言に対してだけは、返事に困ることしか出来なかった。

加えて、さっきまでのフォローを返して下さいと八つ当たりに近い恨みをアヤネが彼にぶつけてしまうのも、無理はない話であった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

公園にまで戻って来た一方通行は、説明をする前にまず服装を着替える所から始めた。

何しているんですかと言いたげなセリカ、アヤネ両名の痛い視線を無視して適当な場所で元の服装に着替え終わった一方通行が四人のいる場所に戻って来ると、帰りの道中で買っておいたペッドボトルの水を飲みながらゲヘナでの出来事を共有している真っ最中だった。

 

「ゲヘナと対峙したの!? この忙しい時に!?」

「仕方なかった。撒きはしたけど私達がアビドスであることはバレてると思う」

「頭が痛い事案が一つ増えましたね。あちらが仕掛けて来たとはいえゲヘナの自治区で騒ぎを起こしたのは私達であると解釈されてもおかしくありません。学校を奪われてる関係上、アビドスとして学校を通しての謝罪も出来ません。面倒なことにならないと良いですが」

「話を扉の奥から聞いていた限りでは先生が狙いのように思いましたけど、その先生は今私達と一緒に行動してますからね」

 

議題の中心はノノミ救出の最終局面で現れたゲヘナ風紀委員。

風紀委員の行動を結果として妨害してしまった事実からなる、今後の行動をゲヘナが阻害してくるであろう懸念に対するやり取りだった。

 

(面倒なことに……か……。確かに今の天雨なら何か仕掛けてくる可能性もゼロじゃねェ……)

 

先の邂逅を一方通行は思い起こす。

アコの様子は明らかに異常だった。

精神的に追い詰められている顔を浮かべていた。

 

間違いなく誰かのケアを必要とするぐらいの。

 

(ヒナと連絡を取って話し合う時間を作らせ…………ても意味ねェな。今の天雨には逆効果だ)

 

ヒナと連絡を取ってこの問題を共有すべきか考える一方通行だったが、即座に自身の考えを棄却する。

間違いなくヒナから話しかけてもアコははぐらかして終わらせるだろうと一方通行は当たりを付けた。

 

この事態を解決するにはあくまでもアコからヒナに話を持ち掛けなくてはならない。

ヒナでなくても良い、イオリやチナツ等。彼女が信頼を一定以上置いている生徒にアコは自分から話を持ち掛けなくてはならない。

この立場を逆にしてしまうと途端にアコは隠し始める。

 

そう言う少女だと、一方通行は判断している。

 

以上のことから一方通行は。

 

「ゲヘナのことは今は気にしても仕方ねェ。今は無視だ」

 

結論を言いながら彼女達の議題に参加した。

 

「何か声明を出すにしたってまず学校として話を通してくる筈だ。対応はその時に考えれば良い」

「もしそうじゃなかったらどうするのよ」

「力業で通してくるならそれまでだ。だがその可能性は流石に低い。直情的なバカが統治やってる訳じゃねェンだ。低い可能性を一々頭に入れてたらキリがねェ。こっちは切羽詰まってる」

 

今は、自分達だけの問題に集中しろ。

ムっとした表情を浮かべながらそんな投げやりに近い判断で良いのかと問うセリカに対し、一方通行はそう返答する。

 

「でも……もしそれでも──」

「セリカちゃん」

「う……分かってる、分かってるわよ……」

 

だが彼女にとっては納得しかねる内容だったのか、尚一方通行に突っかかろうとするセリカを、アヤネが

制した。

 

「先生の言う通りですセリカちゃん。今は私達の問題だけに集中する時ですよ」

「……、そうね……その通りね」

 

悪かったわね。変に食い下がって。と、頭を下げてセリカから謝罪が入る。

そして顔を上げたセリカの表情は、打って変わって真摯な物へと変わっていた。

 

気にすンな。と簡素な返事で先のセリカのやりとりを一方通行は終わらせた後、彼女の中で心の切り替えが終わったことを確認する。

彼女が不安を覚えるのは当然のこと。

今回は事態を解決するにあたる優先順位を付けた場合、必然的にゲヘナが下になっただけ。

 

指摘自体は正しいのだ。

その部分についてとやかく言う必要は無い。

今はむしろ、前向きな顔になったのを喜ばしく思うべきだ。

 

「それで、結局これからどうするんですか?」

 

議題を元に戻すべく、ノノミが改めて一方通行に今後どうするかを尋ねた。

その言葉を受けて、一方通行は一歩だけ後ろに下がる。

 

全員の顔を、より見渡せるように。

 

「十六夜は救出した。だが俺達は何も始めちゃいねェ。今回の救出は前哨戦にもなってねェ。前提を立てる為の物だ」

 

そう。

一方通行が果たすべき物は小鳥遊ホシノの救出。

その為にはまず学校の奪還と、セリカ、アヤネ、シロコ、ノノミのフルメンバーが揃っていることが前提となる。

 

今日は学校奪還、及びホシノ救出の際に必須であるメンバーが全員揃っていなかったから、それを拾いに行っただけ。

 

時間は過ぎて行く。

刻一刻と過ぎて行く。

残された時間は、今も着実に削れている。

 

けれど、前進はした。

一歩は進めた。

 

グルリと、一方通行は己を見つめる四人の少女を一瞥する。

少しの不安と多くの緊張に満ちた表情をそれぞれが浮かべていた。

 

全員、彼が放つであろう続きの言葉を待っていた。

次に何をするのかを、心して聞いていた。

 

奪還に向けて出撃か、それとも作戦会議を始めるのか。

一方通行は、そんな彼女達に向けて次の言葉を放ち始める。

 

「ここで無駄に時間を浪費してても意味がねェ」

 

コクン。と、シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネの四人が彼の意見に同調する。

一方通行もその動きを見て首肯し。

 

「学校奪還に今から動く。と、言いてェが」

 

その上で、前半と後半で声の調子を分かりやすく変貌させた。

プツンと、彼女達を取り巻いている緊張の糸を途切れさせるようにあえて声色を柔らかくし、分かりやすく話の雰囲気が変わったことを一方通行は彼女達に伝えた。

 

「根性論で動くのは俺の心情に反する。十分な休息は必須事項だ。俺達は明日の学校奪還に備えて力を付ける必要がある」

 

語られ始めたのは本心からの持論なのか、はたまた彼女達を思っての気遣いなのか、その真意は一方通行以外に知ることは出来ない。

しかし行動の決定権は彼にある以上、そこを追及しても無意味だ。

 

声色を柔らかくしながらも異論は認めない雰囲気を漂わせる一方通行はベンチの上に置かれている汚れない様にアヤネが気配りしていたであろう物、ユウカ達が作った五つの弁当箱が入っている袋を取りに行くと、シロコ達がいる場所へ戻り。

 

「今日の作業は終了、作戦会議なども全部明日に回す。今からは全員で飯を食う時間だ。腹を満たして身体を休めるぞ」

 

残るタスクは全て明日に回して今日は休む旨を全員に告げた。

 

「ちょ、ちょっと! それで良いの!? 時間が無いんじゃ……」

「無いがゼロって訳じゃねェ。それにオマエ等も疲れてるだろ。このまま戦っても負けるだけだ。おまけに今向かうと戦闘は灯りの無ェ夜になる。学校に電気も通ってねェだろ。その状況下で満足に戦う為の暗視ゴーグルを全員分持ってるのか? 無ェよな。オートマタ共は標準装備してる。ンな連中相手に夜に挑ンだ際の勝率なンて三%あるかどうかも疑わしい」

 

話はこれで終わりだとして足に負担を掛け過ぎないよう一方通行は地面に座ると、持っていた弁当を五つ並べる。

自分の近くじゃない場所に。

所有権を、放棄しているかのように。

一方通行の行動にシロコ達が呆気にとられたようにキョトンと固まる。

 

「あ、あの……」

 

硬直を一番最初に解いたのは、アヤネだった。

 

「何だ?」

「良いんですか? その、それは、先生の物で……」

「俺は腹が減ったって顔してる奴等の前で食いきれねェ量の弁当を一人で食う鬼畜じゃねェぞ」

「い、いえ……そんな方だとは微塵も思ってませんが、そうではなく……」

「俺が良いって言ってンだ。それに……」

 

目を伏せ、僅かな時間、一方通行は思考に耽る。

 

記憶から引っ張り出されたのは、脳裏に浮かんでしまったのは彼の生活に中心にいる少女達。

 

野菜も一緒に食べて下さいと何度も口を酸っぱく言及しながらも健気に手料理を振る舞う少女。

何故だか彼の隣に座りたがり、食べているのと同じものをよく食べたがる少女。

思想とは裏腹に小食で彼以上にグルメだが、とても幸せそうに食事を楽しむ少女。

昼になるとしきりに外食を誘ってくる、見た目と格好に反して案外恥ずかしがり屋な少女。

食事の時間になると、シャーレの厨房で彼好みの味付けの料理を振る舞うようになった頑張り屋な少女。

 

思い返せば、最近の一方通行は独りで食事を取った記憶が無い。

だが、鬱陶しいと思った記憶もイヤだと思った記憶も無かった。

 

だから。

 

「それに一人で飯を食っても美味くねェ。誰かと食うことでより美味くなる物もある。俺は最近、そう気付かされた」

 

嘘である。

本当はもっと、ずっと前から気付いてた。

キヴォトスに来る前から。

学園都市にいた頃から。

 

八月三十一日に、ある少女と共にレストランに出掛けた時から。

彼の中で、その気持ちは既に芽生えていたのだ。

 

その感覚はキヴォトスに来て強調されてしまった。

五人の少女達に、心を弱くされてしまった。

騒がしい日々を、楽しく思える様にされてしまった。

 

そうして弱くなったからこそ。

昔の一方通行ならば絶対に吐かないであろう感情を言葉に乗せた。

 

「ん。じゃあ私はここ」

 

一方通行が吐露した意志と、今日はもう何も動かないと言わんばかりの姿勢に対してまず協調したのはシロコだった。

 

ちょこん。と、彼の右隣にシロコが率先して座る。

 

「敵が多いのは分かった。だから今日はお手並み拝見」

 

言いながら、シロコはヒナが持ってきた弁当を手に取り、手元に置く。

何やら物騒な言葉が彼女の口から放たれたが、一方通行は気にしない。

 

これまでキヴォトスで過ごした日々の中で、一方通行はキヴォトスと学園都市では同じ言葉なのに意味合いが異なる物が多々あるのを知った。

先程シロコが発した一見するとあまり正しく無さそうな文字列も、キヴォトス基準で考えると妥当な物になるのだろう。きっとそうに違いないと一方通行は特に口を挟まなかった。

 

正解を言ってしまえばそんな常識外れな展開がある訳が無く、答えは単純に一方通行が殊の外鈍感であるだけである。

不幸だったのは、一方通行にその間違いを指摘出来る乙女が彼の周囲にはいなかったことだろうか。

指摘してしまえば彼は意味合いを正しく理解することになり、突き詰めると告白紛いの発言を少女達は日頃からしていたことに気付かれることに恐れをなして、結果誰も彼の勘違いを訂正出来ないでいた。

 

メンバーの中で一番グイグイとアピールを送るワカモですらその部分に関しては一歩引いた立場を取っているのだ。残りの少女達が勇気を振り絞れる筈も無い。

 

いじらしさが呼び寄せた不幸である。

 

「じゃあ私はこっちに」

 

シロコに続くように、ノノミが失礼しますと添えながらシロコの隣に座る。

後はなし崩しだった。

 

「じゃ、じゃあ私も失礼して……」

「なら私はここね、よいしょっと」

 

ノノミの隣にアヤネが座り、アヤネと一方通行の間にセリカが座る。

自然と円を描くように座った一方通行達は、満を持すかの如くそれぞれの弁当箱を開け。

 

「うわ、すご」

 

真っ先にセリカの口から、思わず零れたような反応が飛び出した。

 

セリカが開けたのは、ユウカが作った一方通行の好物であるハンバーグをメインに添え、キャベツ等の野菜を周囲に配置し色合い整え見た目から旨味を漂わせるハンバーグ弁当。

 

その後も、次々と弁当箱が開けられ、ハルナ達が作った弁当がシロコ達の前に現れる。

ヒナが作った唐揚げ。ハルナが作ったビフテキ。ミドリが卵焼きとソーセージ。ワカモが同じく卵焼きと豚カツ。

 

当の中身はいずれも煌びやか。と言う訳ではない。

豪華の類ではあるのだろうが、常識を超える程ではない。

本来は昼食を想定していた弁当なのに今はもうすっかり夜。

 

冷たくもなっているだろうし、多少食材が劣化しているのも否めない。

 

しかし、美味しそうだった。

ただただ。食欲をそそられた。

 

セリカが零したのは、そういう系統の声だった。

 

「この弁当を作った生徒さん達の気持ちが、料理越しに伝わります」

 

中身を見ながら、アヤネがセリカが言いたかった内容を代弁する。

どれもこれも、一方通行に美味しく食べて貰おうとする。

その気持ちが、全ての弁当から感じられると、アヤネは続けた。

 

対して、シロコは無言で全ての弁当をジーっと見つめ続けていた。

なるほど、先生は肉が好み。そして先生の好みは少なくとも彼女達は完全に把握している等と何かを分析しているらしき言葉がシロコから聞こえるが、一方通行はその部分には特に追求せずに。

 

「基本的にはオマエ等で食え」

 

と、あっけらかんと語った。

途端、グワっと持ち上げられたセリカの目線が全力で一方通行に刺さる。

いけません。と言いたげな顔をする彼女が、それを言葉にしようと口を動かし始める直前。

 

「その代わり、全部の弁当のおかずから一口分ずつ寄越せ。それが俺の分だ」

 

一方通行は己の要望を述べた。

 

時間を費やして弁当を作ったユウカ達に不義理は働かない。

ここ数日まともな食事をしていないであろうシロコ達に多くの夕食を与える。

最後に一方通行もある程度の満足感がある食事を取る。

 

全てを同時に満たすのには、これが最適。

むしろ、彼は最初からそうするつもりだった。

 

そうする予定で、五つもの弁当を運んでアビドスまでやって来た。

 

「米も少しずつ……つゥか俺の手前にある弁当、ミドリのから半分だけ貰う。後はオマエ等で分けろ」

 

言いながら、彼はチラリとアヤネの方を見やる。

 

「何せこの弁当全部が俺の為の物、だからなァ」

「……! ええ、そうです。きっとそれが、この方達が望んでいることです」

 

パァっと、表情を明るくさせたアヤネがいそいそと自分の手前にある弁当、ハルナの弁当からビフテキを一切れ一方通行に分け与える。

一方通行の真意を理解しているからこそ、アヤネは彼が望んだ分以上を渡さない。

 

己が宣言した通りの分だけおかずを渡すアヤネを見て、シロコ、ノノミ、セリカもそれぞれ自分の手前にある弁当からそれぞれのおかずから一口分ずつ彼に渡す。

 

そうして彼の手元に渡ったのは全員が作った多種多様なおかず。

一つ一つは小さく、全て合わせても普段の彼が食べる夕食の量には及ばない。

 

それでも彼は口角を上げた。

おかずの味は減らない。

弁当の美味しさは変わらない。

 

パンッ。と、手を合わせる。

いつからこの動作も当たり前にやるようになったのだろうなと、かつての自身と乖離性が著しく酷い現象に一瞬鼻で笑いながら。

 

「頂きます。だ」

 

似合ってないと自負する台詞を似合ってないと自覚するまま吐いた。

彼の言葉に合わせて、シロコ達も手を合わせ、続く。

 

そこから先は、特に語る物は無い。

夜の公園で弁当を突く五人の姿があるだけだ。

 

彼女達は明日、大規模な戦闘を仕掛ける。

だと言うのにその面影は今の所どこにもない。

ここには、珍しいシチュエーションに心を浮き立たせながら弁当に舌鼓を打つ青春だけが広がっていた。

 

「先生、そのイヤホンご飯中くらい外したらどうでしょう?」

「こいつァ俺のファッションだ。ファッションってのは我慢が秘訣なンだよ」

「なる、ほど? よく分かりませんが、先生がそう言うのでしたら」

「あ、この人のから揚げとても美味しいわね。学校を取り戻したらレシピでも教えて貰おうかな」

「ヒナのか? シャーレに来てる時になら答えてくれンじゃねェか?」

「! 先生、先生」

「どォした砂狼」

「先生は私のことも名前で呼ぶべき」

「……名前で呼べと言って来た奴に対して毎回思うが、大きな違いでもあンのか?」

「ある」

「即答かよ」

「でしたら私のこともノノミって呼んで下さい」

「オマエもかよ……別に構わねェけどよォ」

「……ひょっとしてアビドスにも既に敵がいる?」

「うふふ、それはどうでしょうねシロコちゃん」

 

それを邪魔する権限は、世界の誰にも与えられていない。

環境を今だけ忘れ、ただ幸せを享受する時間を奪う権利は、何処の誰にも存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

同時刻、アビドス高校。

 

ガチャガチャと煩くロボット達が徘徊する無人の地を、その少女は我関せずと闊歩する。

 

この高校を何故ロボットが徘徊しているのか、その理由を少女は聞かない。

ここに居た筈の生徒はどうしたのか、その過程を少女は問わない。

 

自分の仕事には一切関係無いからだ。

必要な部分にだけ携わり、それ以外には干渉しない。

 

それが少女が定めた『悪』としてのルールであり、矜持。

これを遵守して初めて、名前に拍が付き仕事が回る。

 

陸八魔アルは、そう信じて世を渡っている。

今日の依頼も、定めたルールの例外には含まれない。

 

便利屋68の頭であるアルは、浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、伊草ハルカの三人を引き連れて校長室の札が下げられた扉を力強く開ける。

 

自信満々。

威風堂々。

 

不敵な笑みを浮かべ、カツカツとヒールの音を甲高く鳴らして部屋の中央まで歩んだアルは。

 

「それで? この学校を防衛するのが私達の仕事なのね?」

 

依頼主であるカイザーPMCの前で立ち止まり、確認を行った。

 

「そうだ。明日、ここを取り返そうとする不届き者共が襲撃を掛けて来る。貴様等にはそれを撃退して貰う」

 

へぇ。と、改めて依頼内容を聞いたアルはカイザーの発言に小さく喉を鳴らす。

随分とおあつらえ向きな仕事が用意された物だ。

暴力沙汰において便利屋68を頼るその慧眼は見事と言わざるを得ないだろう。

 

「遵守事項は?」

「無い。この学校と言う名ばかりの廃れた意味の無い建造物も最終的には取り壊す予定だ。それがただ早まるだけのこと」

 

つまり、好き放題暴れても良いと言うことだ。

望むならば罠でも何でも自由に設置してもお咎めは無いと言う、破格な待遇は、仕事のやりやすさにより一層磨きが掛かり、その落差にアルの口角を上げると同時、一つの疑問点を彼女に与える。

 

あまりにも自分達にとって、展開の都合が良すぎるのだ。

学校を防衛しろと言っているのに、破壊しても問題は無いと言う言質。

 

怪しいと思わない方がおかしい。

むしろ。

 

(私達が爆発を得意としているグループだから雇った、って線も考えられるわね)

 

破壊活動をする前提で依頼を飛ばしてきた可能性が彼女の中で急速に浮上する。

防衛戦を行うというのは建前で、真の目的は学校の破壊。

この思考はあくまで一つの憶測に過ぎないが、そう考えれば好き放題に暴れても問題無いという言葉にも納得が行く。

 

だが、彼女はその部分について口出ししなければ、表情も変えない。

あくまで不敵な笑みを崩さぬまま、アルはカイザーPMCとの話を潤滑に進めて行く。

どれだけ不審に思った所で、その不審に思う理由は自分達には関係が無い。

 

関係が無いなら、首を突っ込む必要は無い。

今この場の話し合いにおいて重要なのはただ一つ。

 

どのような仕事を、どのような内容でこなせばいいのかだけだ。

 

「大事なことを聞き忘れてたわ。私達が相手するのは誰?」

「元アビドス高校の連中四名。つまりこの高校に在籍していた生徒だ」

 

それと、と、カイザーが言葉を続け、直後、アルの目線がスっと微かに細くなる。

今、わざとこの男は溜めを作った。

 

見抜く。

アビドス高校の生徒は攻撃対象に設定されているが、彼が本気で撃退したい存在ではないということを。

ならば、この溜めの後に口走る人物こそがカイザーPMCが真に潰したいとする者であるという予感が彼女の中に走る。

 

「連邦生徒会が抱えた部活顧問、通称『先生』と呼ばれる存在の五名。彼等が迎撃対象となる」

 

予想は、敵中した。

 

会話の区切りにカイザーPMCから五枚の顔写真を渡され、それは確定事項へと変わる。

顔も名前も知らない少女が映った四枚の写真に加えてもう一枚、知っている男の顔が映っている写真がある。

 

刹那、背後にいる三人から息を呑む音が聞こえた。

アルは、顔色を変えない。

息も飲まない、表情も変えない。

ただもう一度だけ、へぇ。とだけ言葉を零す。

 

事務所に電話を寄越した際、大雑把な内容と依頼を遂行する位置情報だけを寄越して詳しい説明をしなかった理由はこれか。と、アルは得心する。

随分と回りくどい方法を取って来た物だと思わざるを得ない。

 

カイザーの狙いは、先生の戦闘能力を削ぐこと。

学校を防衛している相手が便利屋68という顔見知りであることに無意識に彼の中に躊躇を生じさせ、こちらの仕事を遂行しやすくさせることなのだと、アルはカイザーの狙いを見透かす。

 

ゲヘナで便利屋68はシャーレと共同で仕事を遂行したことを把握していなければ成立しない内容をカイザーは持ち掛けてきた。

つまり、カイザーが持つ情報網の広さを暗に披露され、こちらを牽制して来たとも言える。

 

そして同時に。

 

(ここで依頼を断れば一斉に私達がオートマタ兵士に囲まれて袋叩きって訳ね)

 

断るに断れない状況に追い込まれていることをアルは把握した。

恐らく、カイザーは自分達を重要視していない。

断れば即座に戦闘に入って無力化し、次を探すだけ。

 

あるいは、自前の兵力だけで防衛するのも視野に入れているだろう。

便利屋68はあくまで保険。

先生と言う未知の戦力を削る為の一手段。

 

理に適っているな。と、カイザーが立てた作戦に対しアルは笑みを崩さないまま思う。

加えて、随分と上から私達を見下ろしているわね。とも

 

「学校に配置したオートマタ兵士三百機。そして貴様等を合わせた五名の勢力でたった五人を撃退する。どう見ても簡単な仕事だと思うがね」

 

どこまでも強情的に言葉を発するカイザーPMCからは、自分達の真意に便利屋68が辿り着いていようが問題無いと言う意思が感じられる。

 

ひたすらに圧を発し続ける風貌を見て、アルは思う。

面白いと。

 

「ええ、そうね。これで依頼料が五千万だなんて笑っちゃう。今更減額は認めないわよ」

「フン、高い金を払ってるんだ。キッチリと仕事は果たして貰う」

 

改めて、正式にアルは依頼を受諾する。

同時に、カイザーがバラ撒いた不審さという土俵に上がらないことでアルは対抗を示した。

そんな彼女の物言いにカイザーPMCは鼻を鳴らしながら話はこれで終わりだと校長室から退出する。

 

ガラ……。と言う音と共に扉が開き、また同様の音を立てて閉じられた瞬間、背後にいる三人から肺の空気が吐き出される音が迸り、部屋の空気が一変する。

 

「ムカつくね~アイツ。態度とか物言いがさ。凄い上からみたいにさ~」

 

不満げな顔を浮かべたムツキが率直な気持ちを声に乗せる。

彼女のそう言う忌憚なく意見をぶつける所は基本的に良い部分であるとアルは認識している。しているが、時と場合と言う概念を無視することは出来ない。

 

つまり、ムツキが放った愚痴はいかんせんタイミングが悪かった。

 

アレが去ったことと監視の目が無くなったことは決してイコールでは結びつかない。

カメラで行動を追われていることは前提として動くに越したことはないのだ。

 

特にこの、味方ではないロボットが跳梁跋扈する校内では。

 

「依頼をしてきたのはあちらだけど、最終的に受諾したのは私達よムツキ。もう後戻りは出来ないのだから、せめて終わるまでは愚痴は心の中に留めなさい」

 

はーい。と、面白く無さそうにムツキから生返事が帰って来る。

警戒心こそ抱き続けなければならないと言う制約こそあれど、一息を付ける段階に入ったのには違いないので、いつもならばアルを揶揄うモードに入ってもおかしくないのだが、普段から受ける印象とは裏腹に案外ムツキは弁える少女である。

 

必要以上に気を抜き過ぎるのは危険だと分かっているのか、彼女は教室の壁に背を預け、無難に身体を休める態勢を取った。

 

一方で。

 

「ど、どどどどうしますアル様。もういっそ明日が来る前に学校を爆破させますか?」

「ハルカは今の私の話を聞いてた!?」

 

問題児というのはどの場所、どの立ち位置にあっても問題児のままなのかもしれない。

普段よりも幾分か大人しくなっているムツキとは打って変わっていつも通り、本当にいつも通りのハルカの反応に、アルのカリスマと言う名の仮面があっと言う間に零れ落ちた。

 

とはいえ。

どれだけアルが外面を取り繕うとも、ハルカの突拍子の無い提案を受け、呆気なく彼女がひた隠しにしていた素が出てしまうのは仕方ない部分ではあるのだろう。

 

ハルカの場合、爆弾を設置する際、爆破しますか爆破させますね爆破しましたの三段活用で話が強制的に爆発オチで終わってしまう展開が多々あるので仮面を被ろうにも被り切れないのだ。

 

話をする前に終わるのだから始末に負えない。

これでどうしろと言うのかと、衝動的に叫びたくなる感情にアルが駆られている折。

 

「で?」

 

いつもの調子に変わってしまった空気を引き戻すように、カヨコがいつになく強調する声を放った。

今日だけはいつもの調子ではいる訳にはいかない。

そんな意志が込められた彼女の声に全員が静まり返り、場の雰囲気が緊迫した形に戻る。

 

「どうするの、社長」

 

普段はいつも気怠そうな目をしているカヨコが、珍しく目に表情を宿しながらアルに質問した。

本当にこれで良いのか。

カヨコは、言葉に出さず暗にそう聞いて来る。

 

「決まってるじゃない。来るなら歓迎するだけよ」

 

アルは、その質問に是と返した。

その顔に、焦りや不安は何も滲み出ていない。

行き当たりばったり等ではない、心の中の軸に従っての言動をアルはカヨコに言い放つ。

 

「そっか。分かった」

 

カヨコは、アルの返答に少しばかり安心したかのような顔を浮かべた。

彼女も彼女で、覚悟を決める。

アルの意思に沿うように、意識を固める。

 

「ほ、本当にせ、先生と……戦うんですか……!」

「面白くはなって来たけど、あまり気乗りはしないかなー」

 

ただやはり、彼と、先生と戦闘行為を行うことに関して前向きになれないメンバーがいるのも無理はないことかもしれないと、渋るハルカとムツキの様子を見てアルは思う。

 

彼と共同で仕事をしたのはたった一回。

けれど、その一回で便利屋68は多くのことを彼から吸収した。

 

彼との出会いを経て、便利屋68は便利屋68としてどう生きて行くかの指標が定まった。

悪党としての矜持を知った。

何を意識して動くべきなのかを見て教わった。

 

結果、この場にいる四人全員が多かれ少なかれ彼に好感を抱いている。

アルはそれを否定しない。自分自身の感情を否定したりはしない。

 

戦いたくないという気持ちは、あって当然の感情だ。

 

「ハルカ。ムツキ」

 

でも、それとこれは全くの別問題。

故にアルは、改めて二人の意識を是正する。

 

「相手が知り合いだから。相手が私達の憧れだから。そんな理由で戦いを渋れば、それは私達の看板に傷が付く。この稼業に身を置いてるなら腹を括りなさい」

 

それにきっと先生も同じ言葉を言った筈だと、アルは続ける。

敵対する立場となっても、互いに銃を向け合う間柄となっても、便利屋68が迷っていれば彼は『先生』として生徒であるアル達に助言を与えるだろう。

 

躊躇をするなと。

迷うなと。

 

あの人なら間違いなくそれを面と向かって言い切ってくる。

そんな予感が、アルの中に根付いてる。

そう言う人だと、アルは彼を信じてる。

 

だから彼女はほんの少しだけ微笑む。

不敵な笑みではなく、優しさを含めた笑みで、ハルカとムツキに語り掛ける。

 

「先生に教えられたでしょう? 悪党としてどうあるべきかを」

 

恥ずかしい姿を見せる訳には行かない。

見せるなら、立派にやって来ている格好良い自分達を見せるべきだ。

成長した自分達を、全力でお披露目するべきだ。

 

たとえその結末が、永遠の別れになったとしても。

 

「見せて上げましょう? 私達の成長を。私達のやり方で」

 

カツカツとヒールの音を立て、校長室にある椅子に彼女は尊大に座り込み、スラリと伸びる足を優雅に組む。

 

そして、眺めた。

三人の仲間の顔を。

 

「……フフ」

 

全員、良い顔をしていた。

彼女が述べた意見に応じる気持ちが出たのか、弱気な顔や不満げな顔を浮かべていた少女達はもうどこにもいない。

 

やる気に満ちた顔しか、アルの瞳には映らない。

 

「仕事の不参加は認めないわ。全員でキッチリ成し遂げましょう」

 

キュッッ! と、表情を険しくさせアルは社長として三人を鼓舞する。

 

泣き言を言う時間は終わった。

ここから先は、アビドスに泣き言を喚かせる時間だ。

 

「全力で潰すわよ。アビドスと、先生を」

 

 









中々執筆に時間が取れなくて申し訳ないです。
二週間に一度の投稿になってしまっていますね……何とか戻したいです。


そんな話をしつつ本編に。
便利屋が再登場です。

この話を書く為だけに一年前に彼女達を登場させました。長いよ。回収するまでが。
敵としての登場でありつつ、顔見知りという展開を作りたかっただけなのにここまで時間が掛かるなんて思いませんでした。

便利屋にアコと次々と生徒が敵対している話になってきてますが、ブルアカはこういう側面が普通にあると思ってます。

先生がどの学校に付くかで敵対する生徒が決まる。
あっちにフラフラこっちにフラフラしていると、いっそのこと監禁するのもありでは? と思われてしまうのも致し方なし。


毎度更新のたびに感想、評価ありがとうございます。励みになります!

次回は学校奪還編です。
ようやく連載当初からやりたい話に入った気がします。

それでは次回もよろしくお願いします。




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開戦

 

 

今日の空は、どこまでも青く透き通っていた。

雲一つ無く、風も弱い。

 

静かで、穏やか。

この環境をどう取るかはその時その時、どのような状況下に置かれているかによって違うだろう。

 

普通ならば過ごしやすいと思うかもしれない。

しかしアルにはこの天気は、些か穏やか過ぎると感じていた。

 

嵐の前の静けさと言う言葉がピッタリすぎる程、今の天気はそれを現していると。

 

「…………」

 

朝、午前九時。

アビドス校舎の中から空を見上げていたアルは、無言を貫いたまま視線を下に落とす。

そこには、本来存在する筈の無いロボット達が所狭しと動き回り何やら作業を行っている。

 

この学校の在籍者は全て追いやられ、所有者がどこにもいなくなった学校をロボット達が荒らしまわっている。

 

中庭には重機が入っており、掘り起こそうと地面を砕いている真っ最中。

その他にもあらゆる場所のコンクリートが既に掘り起こされ始めている。

許可なんて取っていないだろう。

やりたい放題していても、それを咎められる程の力が追い出された少数の生徒には残っていない。

 

だから無法に学校を破壊する。

異質な光景だ。と、アルはロボットが学校の破壊活動を行っている様子を上から見下ろしながら無表情でそう評する。

 

追い出された少女達に同情はしない。

負けた少女達の末路としてそれは受け入れなければならない事実だからだ。

当然、ロボット達にあらゆる感情も抱かない。

 

アルはアビドスの味方では無いし、カイザーの味方でも無い。

契約として今回はカイザー側に付いただけ。

 

最後の反撃に出て来る少女達を確実に叩き潰す為に雇われた。

その目的を達成するだけが、アルが銃を握る理由であり、意志だ。

 

その上で。

その上で敢えて、アルがカイザーの悪行を見て一言だけ言葉を添えるのならば。

 

「華が無いわね」

 

矜持に欠けると、アルは言葉を音に乗せた。

保持する資産は莫大であろうとも、悪党としての矜持が二流以下ならば程度の底も知れるという物。

 

こんな奴等に潰されるアビドスの面々が不憫でならない。

いや、二流以下だからこそまだ叩き潰せていないのかと思考を反転させる。

潜伏場所も割り出せていて攻勢も仕掛けているのにまだ仕事を終わらせられていないことがアルの仮説を強化させていく。

 

「反撃に打って出て来るであろう彼女達を盤石に潰す為に私達を雇った。合理的な判断ではあるわ」

 

普通ならこの時点で相手側の詰み。

もしこの状況を賭け事に使用する悪趣味な者がいたとして、賭けの対象はどちらが勝つかではなく鎮圧するまで何分掛かるかがベットの対象となるであろう。

 

それ程までに、自分達を含めたカイザー側の戦力は圧倒的と言える。

むしろ、自分達が加わったことでその戦力差は決定的となった。

 

けど、と、アルは僅かに首を振る。

 

「けど、私達がこちらに付いたのと同じように、向こうには先生が付いた」

 

で、あるならば。

 

「こちらが負ける可能性も視野に入れなければならないわよ。カイザー」

 

そう思わない? と、背後に振り返りながら自慢の仲間達三名にアルは問いかける。

 

「あのさ。なんで先生側をちょっと応援してる風なコメントなの」

「正しく評価してるからよ。先生自身は戦闘で強い人じゃないけど、先生の為に戦うといつもより力が出る。私達はそれを実感したじゃない」

「はぁ……良いけど」

 

一番最初に反応したカヨコに向かってそう力説するアルに向かって、カヨコは諦めたような返事と嘆息が飛んでくる。

 

「それにしても~」

 

カヨコとの会話に一通り区切りがついた時を狙っていたのか、今度はムツキが一歩二歩と進み、アルの横に立って窓の外を眺めつつ、いつもの小悪魔のような笑みを浮かべてアルに話しかける。

 

「先生達、いつ来るんだろうね。カイザーの憶測だと今日なんでしょ?」

「想定はそうみたいね。でもその通りに先生が動くとは限らないから、とりあえず二日ぐらいは様子を見ましょーー」

 

空気が変わったのは、突然だった。

 

「ア、アル様! アレを見て下さい!!」

 

ムツキとの会話を遮る様に、突然ハルカが声を荒げながら空を指差した。

尋常ならざる声と動作に引っ張られ、アル、カヨコ、ムツキの三人が同時にその方向に視線を動かす。

 

 

不自然なドローンが一機。何か大きな包みを抱えて学校の敷地内を飛んでいた。

 

 

そのドローンが何なのか、何を抱えているのかアルは考察しない。

ただ本能が察した。

 

「「社長(アルちゃん)ッ!!」」

 

カヨコ、ムツキから同時に大声が放たれる。

しかし彼女達の言葉が発し終わる前にはもう。

 

自身の愛する狙撃銃、『ワインレッド・アドマイアー』をアルは構え終わっていた。

当てる。

 

標的を既に照準に収めたアルは相手の先制攻撃を無にすべく引き鉄を引く。

 

刹那。

 

全身を揺さぶられる程の轟音を走らせる大爆発が校庭内で迸った。

 

「「「「ッッッ!?!?」」」」

 

耳を貫く音とまともに立っていられなくなる振動に四人全員が声を失う。

何が起きたのか、考える余裕すら無かった。

 

カイザーが敷地内に仕掛けていた地雷を爆発させてしまったのか。

もしくは上のドローンに視線を引っ張った上で本命の手榴弾でも投げ込まれたのか。

それとも戦車による砲撃でも受けたのか。

 

爆発が発生したのは、アルが狙撃を行う数瞬前。

音と衝撃を受けて、体勢を崩し反射的に目を閉じてしまったアルが再び目を開けた時にはもう既にドローンの姿は無かった。

 

「っっっ!!」

 

取り逃がした。

その事実に焦りを覚えたアルは慌てて窓の外に身を乗り出し、明らかに爆発物を抱えていたドローンを探そうと空を見渡す。

 

そして。

 

もう何も持っていないドローンをアルが見つけたのと、真下の校庭で追い打ちをかける様にもう一度爆発が発生したのは同じタイミングでのことだった。

 

遅かった。爆発を見てアルがそう後悔する間も無く、次の現象が発生する。

二度目の爆発が起きた地点、ドローンが落とした爆弾から、巨大で灰色の粉塵が周囲に撒き散らされているのを上からアルは目撃した。

 

「煙幕ッッ!!」

 

やられた。と、校庭の光景が半分以上覆われてしまった状況を見てアルはそう歯噛みした。

破壊力重視では無く、視界を一時的に奪うことを重点とした爆弾。

 

それも事前に破壊力重視の爆発でこちらの戦力を可能な限り削ることも忘れていない。

何て大胆で、合理的で、見ていて思わず笑ってしまうやり方なのだろう。

 

気が付けば、自然とアルの口角が僅かに吊り上がっていた。

 

だが、笑っている事実を、彼女自身把握していないだろう。

襲撃されている側なのに、何故心が沸き立ってしまっているのか、彼女は理解していない。

 

「本当、開始そうそうやってくれるじゃない……!」

 

混乱渦巻く真下を見つめながらそう呟く。

粉塵の隙間から爆発が起きた校庭の様子を窺えば、数多のロボットが残骸と成り果てていて、その残骸を踏み潰しながら残ったロボットが武器を握り手当たり次第警戒を始めている姿が見える。

 

「ムツキ! カヨコ! ハルカ!!」

 

振り返り、アルは怒号を上げる。

そこに、先程浮かべていた嬉しそうな表情は無い。

 

立派な悪党として、陸八魔アルはそこに君臨していた。

 

「散りなさい!!!」

 

端的に、用件のみを伝える。

それ以外の言葉はいらない。

 

「「「了解ッッ!!!!」」」

 

直後、三人はそれだけ言い放ち、彼女の前から去っていく。

時同じくして、校門の方から嵐のような重い銃撃音が響き始める。

 

「来たわね……!」

 

アルは視線を映さないまま、音だけでソレが敵側からの物であると察した。

恐らく、一方的にこちら側が蹂躙されているとも。

 

煙幕を利用して大多数を攪乱しつつ的確に数を撃破していく。

圧倒的な戦力差をひっくり返す為の作戦としては上々の滑り出し。

 

少数ならではの作戦とも言えるだろう。

 

しかし。

 

「それで勝てる程、『私達』は甘く無いわよ先生」

 

アルが、今度は自覚的に笑う。

アビドス高校を取り戻さんとやってくる生徒の数は僅か四人。

 

その内一人はサポートとして動くので攻め込んでくるのはたったの三人。

 

実力は高いのかもしれないが、絶対的に強いと言う訳でも無いだろう。

三人に先生を加えた四人で、果たしてどこまで進んで来れるのか。

 

カツカツとハイヒールを鳴らしてアルは一人校舎を歩きながら、まだ姿を見ていない彼を想って言葉を投げる。

 

「さて、当たりを引くのは誰なのかしらね」

 

誰が先生と戦うのかしら。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









非常に短くて申し訳ありません!!
悪いのは全部スクエニに言って下さい! FFリバースに向かって言って下さい!!


前代未聞に三千字投稿です。ちょっと短すぎる……かもしれません。
次回からはちゃんと元に戻したいです。頑張ります……!!


いつも感想ありがとうございます。
これが励みになるんです。本当に!! 
皆様のおかげです。重ねてお礼申し上げます。

アルちゃんは格好良いのだって似合う! そう言いたいお話でした。


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高みと誇りを掲げて

 

 

 

アビドス分校奪還作戦。

その始まりの奇襲は成功と言う形で成果を発揮した。

 

利用したのは、先日カイザー側が襲撃を掛けた際に持ち出して来た戦車と、オートマタ兵士が持っていた爆弾を一方通行が独自に改良した物。

 

戦車による砲撃で視線を真下に集中させた所で、空中に浮かべていたシロコのドローンに持たせた視界を遮ることに特化した特殊爆弾を落とす。

 

目論見は正しく機能し、カイザーのオートマタ兵士は立て続けの爆発。次いで視界が灰色に覆われたことにより瞬く間に混乱の真っ只中に置かれた。

 

しかし、それは一方通行達も例外ではない。

地上戦を仕掛けなければならない以上、視界の悪さはこちら側にも無視出来ないレベルな深刻さを与える。

 

だが。

その深刻さが深刻さとして正しく機能するタイミングは、今ではない。

だからこそ、一方通行は自身達も不利になる状況を敢えて作った。

 

要は単純明快。

煙に覆われた戦場で戦わなければならない事実にこちらが困る百倍以上、相手の方がこの状況に困る。

 

それだけの話だった。

 

「いっきますよ~~~~~!!!!」

 

煙が立ち込めるアビドス分校。その校門の前に立つノノミは、構えているガトリングガンから破壊力溢れる弾丸をありったけ、そして出鱈目にぶち込み始める。

 

当然、ノノミの視界は八割方塞がれている。

彼女自身、どこに銃口を向けて、弾丸がどう命中しているのか把握していないだろう。

しかし、巨大な破壊音が無限にあちこちから響き続けていることから、彼女の銃弾がオートマタに命中し続け、破壊し続けていることだけは確かだった。

 

「それそれそれそれ~~~~~!!!!!」

 

にこやかな笑みを浮かべ、いつも通りの戦闘だと言わんばかりにノノミは自身の身体能力に物を言わせてガトリングガンを意のままに操り、照準をブレさせずに上下左右に振って銃弾によるダンスをカイザー目掛けて見舞わせ続ける。

 

どこもかしこも敵が跋扈しているならば、適当にガトリングガンを左右に振ってやるだけでイヤでも命中する。

 

そのレベルの物量が相手ならこちらの視界が開けているかどうかは最早関係が無い。

どこに撃とうが当たってしまうのが今の状況ならば、煙幕があっても無くても同じ。

 

こちら側が叩き出す結果は何も変わらない。

 

それが一方通行が立てた作戦だった。

順調に進んでいるかどうかは、結果が優に語っている。

 

「シロコ。セリカ。ノノミの脇を抜けて突入しろ」

 

頃合いと見て、指示を投げる。

了承の声が同時に届いたのは、そのすぐ後。

 

瞬間。

二つの影が高速で煙幕の中を進み。

 

「フッッッ!!」

「とりゃあッッ!!」

 

掛け声と同時にシロコとセリカはオートマタ兵士に近接戦闘を仕掛けた。

 

「せいっっ!」

 

背中に背負うアサルトライフルは使用せず、セリカは走る勢いを落とさぬまま、最も近い位置にいた兵士に腰の入った右拳を顔面に叩き込んだ。

 

ゴガンッッ!! と、言う音と共に兵士が吹き飛ぶが、セリカは目もくれず次の敵の方へ走る。

 

「二体目ッッ!!」

 

跳躍し、拳を真上から真下へと振り下ろしながらオートマタを叩き潰す。

直後、間近にもう二体いたことを目視で確認したセリカは、着地と同時にその方向に向かって加速し。

 

「吹っ飛びなさいッッ!!!!」

 

腹に風穴を開ける勢いで真正面からオートマタの腹部を蹴り飛ばし、蹴り飛ばした足で強く地面を踏み抜き、グリンと身体を大きく回転させ流れる動きでもう一体の側頭部目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。

 

バギンッッ!! と、破片を零しながらオートマタは吹っ飛び。後者の壁に激突してその機能を停止させる。

 

しかしそこにセリカは一瞬たりとも注意を向けたりはせず。

 

「次ッッ!!」

 

と、叫んで次の兵士目掛けて煙が覆う戦場を駆けて行く。

それはシロコも同様だった。

 

「フッッッ!!」

 

腰を落とし、地面を低く進む中、手頃な場所にいた兵士を足払いで地面へと転がす。

視界が遮られている中、地面を這うように進んでいたシロコの姿を兵士は捉えることが出来ず、何も抵抗できぬまま、呻き声と共に仰向けに転倒する。

 

そして。

 

「んッッッ!!」

 

ドスッッ!! と、隙だらけになった兵士の胸部分にシロコは右拳を突き刺す勢いで振り下ろした。

彼女が放った一撃によって内部の何かが破壊するような音が響く。

グッタリと動かなくなったロボットが完全に機能停止したのを確認したシロコは、次の標的を探す為再び走り出さんとした矢先。

 

「このッッッ!!」

 

背後から声が響いてきたことを察知した。

どうやら、運悪く見つかってしまったらしい。

 

声の勢いから察するに、武器を振りかぶられているとも予想する。

このままでは一方的に殴られる状況だが、肝心のシロコはこの危機をどう解決するか。等と考えたりはしなかった。

 

何故ならば既に身体は勝手に動き始めていたから。

 

トンッッ。と、優しい音と共にシロコは相手の懐に背中から飛び込む。

敢えてシロコは後方へ、相手がいる方向へと後退した。

 

予想の範疇を超えた動きに、一瞬オートマタの動きが止まる。

だがその一瞬さえあれば、シロコにとっては充分だった。

 

ドスッッ!! と。予備動作無くみぞおち部分に右の肘を二度、三度沈ませる。

当然相手は機械。人体の急所に一撃を加えても纏まったダメージは与えられない。

 

が、その連撃で少しだけ相手を浮ち上がらせることは出来る。

狙い通りの展開だった。

 

「ふっ……!」

 

相手を浮き上がらせて作り出した猶予を利用して、身体を半回転させる。

そうして瞬く間に相手と向き合う形に持ち込んだシロコは、そのまま両手を広げてオートマタの身体を強引に掴む。

 

そして、力任せに前進を始めた。

直進上にいたオートマタも纏めてその動きに巻き込みながら。

 

「ッッ、んぐぅううううううううッッッ!!!」

 

一体、また一体と押しこむ対象が増える度にズシリと圧し掛かる腕の負担に唸り声を上げながらシロコは前進し続け。数えて四体のオートマタを追加で捕まえ。五体のオートマタを一纏めに固めた瞬間。

 

「ここッッッ!!」

 

腰に収めていた先日鹵獲したハンドガンを抜き、一体につき一発ずつ発砲した。

ノノミのガトリングガンの音に紛れているのと、サイレンサーを装備していたのもあって彼女の発砲音は完全に掻き消された。

 

ドサドサと崩れ落ちるオートマタ兵士を一瞥した後、シロコは背後へと振り返る。

見れば、校門前でガトリングガンを連射しているノノミに応戦している兵士たちが視界に映った。

 

こちらもそこそこ派手に暴れているというのに、攻撃目標はノノミだけに定めているらしい。

それ程までに彼女が叩き出している戦果が凄まじいと言うことだろうか。

 

良いね。と、シロコは呟く。

今の所、全部順調に進んでると。

 

「まだまだいるね。じゃ、減らしていこうか」

 

その言葉を皮切りに、シロコは再び戦場へと戻る。

これが、一方通行が立てた作戦だった。

 

爆弾による煙幕の生成。

ノノミによる破壊的銃撃による一掃を兼ねた視線誘導。

その煙幕内を隠密に駆け抜け、銃撃を伴わない接近戦でノノミの銃撃範囲の外にいるオートマタを一機ずつ的確に処理するシロコとセリカの投入。

 

戦闘が始まった時点から敵の包囲網にあるならば、その包囲網を出来る限り少なく。かつ始まる前に少しでも数を多く減らす。

その為にカイザー側のヘイトを、校庭の外、煙幕の範囲外にいるオートマタの視線をノノミ一点に固めた。

 

ガトリングガンによる銃撃は見た目も破壊力も驚異的。

現にシロコ、セリカがノノミの影を利用し、着実に撃破数を稼いでいるものの、戦果を一番上げているのは間違いなくノノミである。

 

当然、そんな戦果を上げればカイザー側からノノミは最大の脅威としてみなされ、集中砲火を喰らう。

ガトリングガンの欠点である機動性の悪さを徹底的に突いて行く。

 

それを逆手に取る為に、セリカとシロコがいる。

 

「せいッッ」

 

ドスッッッ!! と、ノノミに意識を向けていた複数のオートマタにセリカは蹴りを入れて後ろにいた複数体毎まとめて吹き飛ばした後。その辺に転がっている破損したオートマタの部品と思わしき物体を、先程巻き込んで転倒させたオートマタの頭部目掛けて蹴り飛ばす。

 

鋭利に尖っていた部品は見事に頭部の額部分に突き刺さり。オートマタは起き上がることなく沈黙した。

 

「分かってたけど、本当数が多いッッ! わねッッ!」

 

破壊しても破壊しても、一向に戦力を削っている実感が湧かない程の大量の敵を相手にしている事実に辟易するような言葉を吐き捨てながら、彼女の存在に気付き、今にも撃たんとしていたオートマタに接近し、問答無用の裏拳で吹き飛ばす。

 

シロコ、セリカの両名が銃を極力使っていないのは、周囲に自身の存在を察知させず、隠密に動けるこの状況を可能な限り維持する為。

 

そして相手も銃を所持し、かつここまで数に開きがある戦闘の場合、懐に飛び込む接近戦に持ち込んだ方が最終的な被害は少ない為と言う二つの利点から、一方通行は二人に可能な限り銃撃戦は行うなと指示を出した。

 

銃を使うならば、必然的に大なり小なり相手と距離を開けて戦うスタイルになってしまう。

四方八方が敵な状況。学校を占拠されている都合上地理的にも大幅に不利な場所で撃ち合いを始めてしまえば瞬く間にこちら側が蜂の巣にされてしまうのは火を見るより明らか。

 

いくら銃弾が致命傷にならないヘイロー持ちでも、限度と言うのはある。

被弾は限りなく避ける方針にしなければ、相手との物量差もあって簡単にこちら側が押し潰されるのは自明の理。

 

故に一方通行はシロコ、セリカの二人に相手との距離を自分から詰めて、銃による攻撃が役に立たない距離で確実に仕留めていく作戦を立てた。

対して、ノノミにだけは普段通りのガトリングガンが持つ圧倒的破壊力に身を任せ、自身もドッシリと構えて場を蹂躙する力押しスタイルで戦場をかき乱し、二人が動きやすい状況を作る。

 

作戦は、すこぶる順調だった。

 

しかし。そこにも限界点と言うのは存在する。

その切っ掛けとなるのが。

 

煙幕の効果切れだった。

 

「ッッ!?」

 

突然、シロコの頬を銃弾が掠めた。

チリ……とした痛みと熱さが微かに彼女の眉を歪める。

 

流れ弾か。とシロコが一瞬思った次の瞬間。

ガツンとした衝撃が後頭部に走り、彼女の身体が前に崩れかけた。

 

「ぐっっっ!?」

 

グラリと、視界が揺れる感覚が襲う。

 

倒れるすんでの所で右足を前に咄嗟に出して踏ん張り、シロコは転倒を防ぐ。

背中に絶え間ない銃撃を受けたのは、その直後だった。

 

「~~~~~~ッッ!!」

 

背中に追撃を受けつつも、転倒するのを意地で耐え抜き、咄嗟に走る判断を下せたのは奇跡と言って良い物だった。

 

もしこの場で体制を崩せば、延々と撃たれ続ける羽目になっていたであろう。

最悪の場合、二度と起き上がるのを許してくれなかったかもしれない。

 

敗北の危機をギリギリで回避したシロコではあったが、後頭部と言う急所、及び背後という完全な死角から銃弾の雨を浴びた事実は拭い去れず、受けたダメージに顔を歪ませ、額から一筋の汗が流れる。

 

同時に、身体が警告を発する。

今の角度からの攻撃は、流れ弾による物ではないと。

明らかに狙い澄ました一撃だったと、経験と勘が訴える。

 

走りながら被弾するのを極力抑えているシロコはある場所を境に身体を真後ろに反転させて振り返り様、視線を上に持ち上げる。

 

そして、二階、三階のあらゆる窓からこちら目掛けて銃撃しているオートマタの軍団を目撃した。

 

「ガキ共を潰せーー!!」

「上から殺せーーーッ!」

「撃て撃て撃てッッ!! 嬲り殺しにしろッッ!!」

 

視線を上に向ければ、意識をそちらに向ければ、目の前の戦闘に集中していて聞こえなかった音がハッキリとシロコの耳に聞こえて来る。

 

殺意に満ちた声が、シロコ達を襲う。

 

まずい。と、状況が一気に傾いた事実にシロコは焦りの表情を浮かべる。

見れば、煙幕はすっかり風に流され、戦場の半分以上がもう既に公の場に晒されてしまっていた。

 

この状態のシロコ達はカイザーにとって格好の的にしかならない。

現にもう、彼女達目掛けての的確な攻撃は始まってしまっている。

 

「いたっっいたたたたッッッ!?」

「ぐぅっっ!? ちょ、ちょっと銃弾が多いですねこれはっっ、まずっっっ!!」

 

少し遠い所から、セリカとノノミが被弾していると思わしき声が溢れる。

状況を打破しようと慌ててシロコは足を止め、背中に背負っていた自前のアサルトライフルを構え、上から狙う敵を撃とうと狙いを定める。

 

が。

 

ドドドッッ!! と、横腹に無数の銃弾が突き刺さる衝撃が迸り、彼女の身体がくの字に歪み、少しばかり吹き飛んだ。

 

「あ、ぐッッッ!!」

 

またしても不意の一撃だった。

空いた右手で受け身を取り、地面を転がり衝撃を殺しながら、シロコは状況が悪化している事実を認識する。

ズキリと痛む横腹を押さえて体勢を立て直せば、今度は対面するオートマタがシロコにマシンガンを撃つ様子が見えた。

 

「くっっっ!!」

 

標的を慌てて対面するオートマタに変更し、アサルトライフルの火を吹かす。

マシンガンとアサルトライフルの撃ち合いは、シロコの方が正確性に優れていた。

 

アサルトライフルから射撃音が迸った瞬間にはもう、シロコと相対していたオートマタの胴体が破壊されていた。

 

撃破した最中、チラリとシロコは校門へ。ノノミがいる方向へ視線を映す。

そこには四方八方から、上から真正面からひたすら銃撃され続けている光景が広がっていた。

 

ノノミの姿は無い。

しかしチラリと見える制服から、彼女は今、校門の影に隠れて銃撃をやり過ごしているのをシロコは知った。

 

だが、彼女が隠れている事実は同時に、ノノミの援護射撃が途絶えていることを意味していた。

それはつまり、ノノミに意識を割くオートマタが減っていることと同義であり。

 

「ッッッ!!!!」

 

煙幕が晴れてしまったのも相まって、数えて五体のオートマタが、シロコを標的に見据え同時に銃を構えてしまったのも必然だった。

 

当然、上からもシロコ目掛けての射撃は続いている。

 

このまま棒立ちは危険。

かといって上を片付ける時間は今は無い。

 

どうする。

どうするのが正解と、次の判断をシロコが決めあぐねていた刹那。

 

「させないッッ!!」

 

シロコを地上から狙っていたオートマタに飛び掛かりながら、セリカが妨害に挟まった。

飛び掛かりながら一体の首元に両腕を絡ませて地面に薙ぎ倒し、自身は身体を伸ばすように一回転を挟んで走る勢いをなるべく殺さずに立ち上がると、続けざまにいたもう一体の横腹目掛けて細く白い脚を叩きつける。

 

流れる動きで次の一体に右の拳を激突させんと振りかぶった刹那。

二階、三階にいるオートマタから雨のような銃弾がセリカ目掛けて降り注いだ。

 

「くっっっ!? この、ちょっとッ多す、ぎッッ!!!」

 

上階から降り注ぐ殺戮の雨に攻撃の手を止め、顔を庇いながらセリカは呻く。

シロコに迫っていた危機から一転、今度はセリカが追い詰められる。

 

だが。

 

「……あ」

 

彼女目掛けての銃撃に巻き込まれるように、セリカの近くにいた兵士が味方からの銃撃を受け、見るも無残な塊へと変貌していく様子を見ていたシロコは、小さく声を零した。

 

気付く。

 

近接戦闘を繰り広げるセリカ。

そのセリカ目掛けて叩き込まれる無数の銃弾。

その銃弾に巻き込まれるセリカの近くにいるロボット兵士。

 

僅かな時間傍観する余裕が与えられたシロコは、その光景を見届け、辿り着く。

 

カイザーの兵士は、同士討ちを気にしていないことに。

圧倒的兵力に物を言わせる為、一体一体を重宝せず使い捨てる作戦を取っているのか、同士討ちを一切鑑みていないことにシロコは気付く。

 

「セリカ!!」

 

シロコは彼女の名を叫びながら顎をクイっと校門部分を指すように上げて意思を示した。

同時、勢い良く彼女は走り出す。

 

その最中、上階を見上げてアサルトライフルの照準を無理やり合わせると、手当たり次第に発砲した。

当然、精密に狙いを定めていない彼女の銃撃が全て当たる筈もなく、撃破したのはせいぜい数体。

 

代わりに待っているのは彼女目掛けての銃撃。

走るシロコを追いかけるように、銃弾が上から注がれ始める。

 

狙い通りだと、シロコは武器を背中に収めながら加速に集中力を注ぐ。

勢いを付けたシロコが見つめている先にいるのは校門へ、ノノミに攻撃を注いでいるオートマタ。

 

その一体の方へ走り、接触する寸前、シロコはおもむろに腕を横へと伸ばし。

 

「んっっっ!!!!」

 

すれ違うと同時、首元に二の腕を叩きつけた。

走る勢いを全く殺さずに放った一撃は、数十センチ程オートマタを浮き上がらせ頭から地面に落下させる。

 

一体を戦闘不能に持ち込んだシロコは、その近くにもう一体のオートマタがいることを視認するや否や、腕を叩きつけた反動で自分の身体も僅かに浮いているのを利用し、右足を軸に身体をグルリと一回転させた後。

 

ゴッッッ!! と、遠心力を乗せた裏拳を相手の顔面に直撃させた。

そうしてノノミを狙い撃ちしている戦場にやって来たシロコは、二体のロボットを立て続けに撃破すると、数メートル前方に次に狙うべきオートマタ数体を見つけ、しかし今度はそのロボットの合間をすり抜ける様に走り去る。

 

ドパパパッッッ!! と、走る軌跡を追うように上から銃弾が降る音が聞こえ、破壊されていく音が連鎖的にシロコの耳に届いた。

言葉には出さず音だけで自分が描いた通りの結果が出ていることを察したシロコはこのままノノミが狙われ続けている状況を打破する為、次は足を一端止めて上からの狙いをより正確にさせる為、自力での撃破を前提に拳を握る。

 

彼女の近くを、大きな物体が飛んで行く瞬間を見届けたのは丁度そんな時だった。

 

「わっっ!?」

 

反射的に視線をその方角に向けると、シロコと同じく全速力で走って来たであろうセリカが勢いそのままに飛び蹴りをオートマタの胸元に放ちながら戦場にやって来ているのを目撃する。

 

「吹っ飛びなさいよッッ!!」

 

叫ぶ彼女の言葉通り、蹴り飛ばしたぶ方向に丁度存在していた一体のオートマタを巻き込んで彼方まで吹き飛ばしたセリカは、着地後も足を止めることなく次々と手当たり次第敵に近づいては手足を用いて戦闘不能に陥れていく。

 

「ノノミ先輩無事ですか!? もう少し待っててください今終わらせますからッッ!!」

 

ゴスッッ!! と、重い一撃と共にまた一機を蹴り壊しながら、セリカは隠れているノノミにメッセージを送る。

 

彼女の言う通り、ノノミを地上から狙うオートマタはシロコ、セリカ両名の反撃により半分以上数を減らしている。

上から狙われている数こそ減っていないが、ノノミを襲う弾幕の数は目に見えて減っていた。

 

だから。

 

「シロコちゃん!!」

 

チラリと半身だけ身体を出したノノミが、もう大丈夫だと暗に言いたげにシロコに指示を送った。

彼女の視線は、二階、三階へと注がれている。

 

ノノミの声に反応したシロコは校門の方に視線を向け、彼女の視線が二階に向いているのを目撃し、一瞬だけノノミの方に焦る表情を向ける。

 

が、迷いを振り切るように首を一回だけ左右に振った後。

 

「セリカ! こっち!!」

 

走りながら簡潔にセリカに付いて来てと指示を出した。

戦闘を中断して一緒に来てという声は戦闘中の彼女にもしっかりと届いたらしく、セリカは相対していたオートマタを二回の右フックと一回の全力右ストレートで撃沈させた後、シロコの後を追う。

 

「嘘!! そんな無茶な!!」

 

そして、信じられないとばかりに悲鳴に近い声を上げた。

シロコが向かっていたのは校舎の壁際。

 

その場所で、腰を落とし両の掌を合わせてセリカを待っているシロコが映る。

彼女の姿勢は、自身の手を足場にしてセリカを二階へと押し上げようとする体勢だった。

 

「来て!!」

 

走りに迷いが生まれたセリカの覚悟を決めさせるように、一際大きい怒号が飛ぶ。

滅多に、否、一回も聞いたことが無いであろうシロコの声量にセリカは一瞬目を見開き、そして、叫んだ。

 

「思いっきりお願い!!!」

 

コクリと、セリカの意志表明に小さくシロコは微笑みながら頷く。

走る勢いのままセリカは跳躍し、シロコが作った足場に片足を乗せる。

 

同時、シロコの身体が僅かに沈んだ後。

 

「行ってセリカ!!」

 

ありったけの力でもって、セリカの身体が真上へと打ち上げられた。

彼女の身体は、二階部分をあっという間に飛び越えて三階部分へと向かっていく。

空へと飛び上がったセリカは真下をもう見ない。

 

その視線は上へと、こちらに銃を向けている三階にいる一機のオートマタに集中している。

 

「なッッ!?」

 

空中に飛び上がったセリカから一気に距離を詰められている機械仕掛けの兵士から、驚愕の音声が零れる。

だが、対するセリカは一切動じることなく、その距離をゼロまで縮めると。

 

「でやぁぁあッッ!!」

 

ゴキンッッッ!!! と、全力の膝蹴りを当てて首を吹き飛ばしながら三階廊下の侵入に成功した。

勢い良く窓から侵入を果たしたセリカは、突入した勢いを殺す為、ゴロゴロと廊下を数度転がった後、担いでいたアサルトライフルを装備する。

 

刹那、そのまま射撃を開始した。

 

体勢を立て直しきれず、準備不十分の中で発砲を開始したセリカの前方には、侵入してきた自分を迎撃すべく今まで窓の外から自分達を撃ち続けていた十体あまりのオートマタが一斉に侵入を果たしたセリカ目掛けて銃を構えている様子が映る。

 

だが、それらはほぼ例外なくセリカの先制攻撃によって物言わぬ鉄屑と成り果てた。

 

体勢を立て直し、万全な状態で攻撃を仕掛ける為の時間を作っていれば、先に攻撃を受けたであろう状況を、セリカは反射と勘で覆した。

 

彼女の行動が本当に正しかったのかついての是非は分からない。

ただ、結果としてセリカは無駄な傷を負うことなく十機ものオートマタを撃破した。

 

「シロコちゃんも二階に行って!! ここは私が引き受けるから!!」

 

ふと、校門の方から声が聞こえて来た。

一戦を終えて少しの間だけ静けさを取り戻した三階廊下の窓から外の様子を窺えば、シロコ、セリカの活躍によって反撃する余裕が生まれたノノミが、ガトリングガンを構えて襲って来る軍団を蹴散らしつつそうシロコに指示している姿が見える。

 

その直ぐ後、シロコの姿が一階部分の窓へと吸い込まれるように消えていくのをセリカは目撃した。

どうやら、シロコは一階から階段を使って二階へと上がるらしい。

これにより、三人は別個に散らばることとなった。

 

校庭に一人。二階に一人、三階に一人。

単独行動は相手の戦力を分断させる効果的な一手であり、味方こそ周囲にいなくなったが、その分一度に相手する数は等しく三分の一になった事実は大きい。

 

だからこそ、ここから先は信頼を胸に秘めて進まなくてはならない決断をセリカは強制的に下された。

シロコ先輩なら、ノノミ先輩なら絶対に勝つという信頼を持たなくてはならなくなった。

 

助けに行けばこの状況が崩れる。

相手の戦力がまた一堂に会し始める。

 

それだけは避けなくてはならない。

その為にも、二人のことは考えず自分のことだけに集中すると、セリカは心に決める。

 

「さて、中にどれだけいるんだか」

 

少なくもここまでの戦闘で二十は、三人の撃破総数を大まかに換算するとおよそ百体弱は倒しただろうが、その程度で全滅できたとは微塵も思っていない。

 

まだまだ戦闘は始まったばかり、ここから続々と集まって来るであろうことは容易に想像出来、この静かな時間はもう二度と来ないだろうなとセリカは心の内で断じた。

 

僅かな時間休憩を経たセリカは少しだけ自分の身体を軽く動かし、先の戦闘で受けたダメージによる影響は問題無いことを認識すると、連中の殲滅を始める為歩き出そうと、一歩目を踏み出す。

 

その一歩の音が、廊下に響き渡った瞬間。

 

「そ~~~れッッ!!」

 

静けさを切り裂くような、背後から響く場違いに明るい声が否応なくセリカの耳を刺激した。

 

え? と思って振り向いた彼女の視界に広がったのは、視界を覆う程にまで自分の近くに投擲されている鞄だった。

 

何。と、自分目掛けて投げられた鞄の存在に、不可思議でしかない現象にセリカの思考が一瞬止まった。

どうしようもなく、身体が硬直した。

 

でも。

でも。

 

セリカが今まで鍛え上げた反射神経は、身を守る為にしっかりと反応を示した。

バシッッッ!! と、気付けばセリカの腕が勝手に動き、迫りくる鞄を受け止めるのではなく窓の外に弾いていた。

 

その一秒後。

 

ゴッガアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!  と、弾いた鞄が空中で轟音と閃光を迸らせながら破裂し、周囲一帯を吹き飛ばす程の爆発を生じさせた。

 

刹那、爆破の衝撃によって周囲の窓が一斉に粉々に砕け散っていく。

 

「き、きゃあああああああああああッッッッッ!?」

 

隠れる。

そう咄嗟に判断し、かつ実行できたのは、先程働いた条件反射能力がまだ生きていたからに違いない。

 

爆発が起こった直後、自分でもどうやって出したのか分からない程の大声と共に慌てて身を屈め、壁に隠れた事で生じた爆風からセリカは身を守ることに成功する。

 

爆破が収まった後、目を閉じていたセリカはゆっくりと目を開けて廊下の方に視線を動かし。

 

鞄を投げたと思わしき赤い服に身を包んだ一人の顔立ちの幼い少女が楽しそうにしている様子を目撃した。

 

「くふふ。面白い子み~~つけた。今ので終わると思ったのにな~~」

 

あれだけ大規模な爆発が起きたにもかかわらず、少女は背中に身の丈はありそうな銃を握りつつ、小悪魔のような笑みを浮かべてカツカツと靴音を鳴らして近付き、未だ屈んでいるセリカを見下ろす。

 

その少女は、新しい玩具を見つけて目を輝かせているとしか思えない目をしていた。

 

「ア、アンタ……急に何を……ッ!」

 

身体を持ち上げながら、困惑に満ちた表情と声でセリカは少女に向かって質問する。

だがそれは決してしてはいけない質問だった。

 

気付くべきだったのだ。この場に誰かがいる違和感に。

この学校を取り返したいのは先生を含めた自分達アビドスの面々しかいないことに。

 

目の前で笑うこの少女が味方ではなく敵であると、セリカはすぐさま察知しないといけなかった。

それが出来なかったのは、今の今まで相対してきたのは全てオートマタであることに由来する。

 

どこかの学園の生徒がカイザーに加担している可能性を、セリカは考えもしなかった。

そんな未来があるとすら思っていなかった。

 

想像すらしていないから、セリカは先程見せたような先制攻撃が出来なかった。

 

「くじ引きは外れだったけど、見つけた以上逃す訳にもいかないからさ」

 

予想出来ていなかったから、少女が放つ言葉の意味を理解するのに遅れが生じた。

 

だから。

だから。

 

セリカは、浅黄ムツキと正面から激突せざるを得なくなる。

 

「それじゃ、始めよっか!」

 

そのことに彼女が気付くのは、ムツキが持つ銃、『トリックオアトリック』の銃口がこちらに向けられてから。

 

先制攻撃を、受けてからのこととなる。

 

アビドス分校。三階廊下。

間もなく発生するで四つの戦闘の内の一つが開幕する。

 

その火蓋を切ったのはムツキから。

 

「とりあえず楽しく行ってみよう~~!!」

 

銃口が、火を噴き始める。

それは、学校を取り戻す上で絶対に避けられぬ戦いだった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

無数の弾丸がゴリゴリと建造物を抉る音が無慈悲に響く。

いつ破壊されるか分からない未知の恐怖と背中合わせな目に会うというのは、有り体に言ってしまえば不幸な出来事なのではないか。

 

「はぁ……」

 

物陰に身を潜ませながら、そしてビシビシと背中から伝わる着実に破壊が為されているのを肌で覚えながら彼女、鬼方カヨコは恨めしそうに嘆息する。

 

「逃がしませんよ~~~~!!!」

 

壁の向こうにいる、配られた写真の中で最もスタイルが良かった少女が、数多のオートマタ軍団を持ち前のガトリングガンで逐一潰しながら、しかし隠れているこちらにも満遍なく弾丸をばら撒いている。

 

勘弁してよと、カヨコは収めているハンドガンを一瞥し、もう一度嘆息しつつ呟いた。

自分の獲物である『デモンズロア』とあのガトリングガンは壊滅的に相性が悪い。

 

普通の相手ならば武器の重さに目を付けて攻め入る余地はあった。

けれど今回の相手は例外としか言いようがない。

あんな重々しい武器を軽々と振り回している存在相手には、流石に自分一人では手に余る。

 

「貧乏くじだよもう……」

 

と言うか、自分達の学校の校舎の壁なのに容赦なく撃つよね等と、この場においては割とどうでも良いことを頭の中に思い浮かべて現実逃避に近い思考を始める。

 

あの手の相手には社長かムツキが適任だ。

でもムツキは既に残りの誰かと会敵しているのをカヨコは先程上空で発生した爆発で知った。

 

社長も校庭にはやって来ないだろう。

残るはハルカ一人だが、自分と同じくアレとは相性が悪いことをカヨコは知っている。

カヨコが武器の選択で不利が生まれているならば、ハルカは戦闘スタイルからアレとは相性が悪い。

 

彼女が都合よくこの場にやって来たとして、立場を交換することは憚られる。

 

「やっぱ私がやるしかない、か」

 

そういうことなんだろうね。と、カヨコは武器を構えていつでも飛び出せる準備を始める。

結局、ここで逃げることは許されないのだ。

 

勝たなければならず、あの相手とまともに戦える相手が自分しか残されていないなら、それはもう覚悟を決めるしかない。

 

「しょうがない、やれるだけやってみよう」

 

立ち上がるカヨコは声こそ気怠げだが、その表情は重い。

結果はどうあれ、カヨコは彼女の相手を任される形となった。

 

なれば、その思いに応えない訳にもいかない。

任された仕事を、任された通りに遂行する。

 

それ以外の道は残されていないし、カヨコも考えていなかった。

 

「仕事をしようか」

 

その言葉を最後に、カヨコは一人飛び出していく。

二つ目の大きな戦いが、始まろうとしている。

 

それは、両者の覚悟と覚悟が激突する逃げ道無しの戦いだった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

校舎に入ってからも、オートマタの軍団の数は多く、彼女の存在を視認するや否や片っ端から襲い掛かって来ていた。

ノノミの言葉に従い窓から校舎に飛び込んだシロコは、それらを盛大に歓迎するしか無く、延々と休みない戦闘を強いられている。

 

でも、それも終わりに近づこうとしていた。

 

「っっっっっ!!」

 

ガンッッ!! と言う音と共にシロコの銃が火を噴き、正面にいたカイザーのロボットが破片を零しながら倒れる。

 

この場にいた中の、最後の一体だった。

 

「ふぅ…………」

 

前方から敵影が消え、振り返っては今まで倒した軍団から起き上がって来る存在がいないことを確認したシロコは、流石に疲れたのか小さく息を吐く。

 

三十は超えたかな。と、窓に飛び込んでから撃破した数を大雑把に計算する。

まだまだ休んでいられるだけの数は撃破していない。

 

自分が戦闘を回避しようと動けば動いた分だけ、残りの二人に負担が掛かる。

 

「よし、行こうか」

 

二階へと続く階段を見つめるシロコは、そう言って自身の気を引き締めながら昇っていく。

昇っている途中の襲撃を予想していたシロコだったが、以外にも待ち構えているオートマタはいなかった。

 

目線をもう一度上に向け、耳を澄ませる。

音は静かで気配は感じられない。

何かが潜んでいる時に聞こえる特有の音の流れも無い。

 

だが、静かすぎるからこそシロコは訝しんだ。

敵地のど真ん中なのに、数はまだまだいる筈なのに。

 

(…………、……)

 

スッと、自然と武器を両手に持ち身構える。

どのタイミングで襲撃が起きても応戦出来る姿勢を整えたシロコは、ゆっくりと階段を昇り終わり、勝手知ったる二階部分の廊下に出る。

 

二階の教室一つ一つを順に制圧していこうかとシロコが目標を定める。

 

その、刹那。

 

彼女のすぐ真横から銃口が飛び出し、容赦なく発砲された。

 

「ッッッッ!?!?!?」

 

ゴバッッ!! と言う音と共に頭目掛けて飛び込んでくるその銃弾を咄嗟にしゃがんで避けることが出来たのは事前に襲撃を予見する心持ちがあったからに他ならない。

 

だが、だが、先制攻撃を受けた。

誰の気配もしなかったのに、攻撃を受けた。

 

その事実は、少なからずシロコに動揺を与える。

本能的に、撃ってきた相手の方に目が動く。

 

そしてさらに、シロコは目を見開いた。

撃ってきたのは、オートマタでは無くどこかの学校の生徒だったから。

 

「死んでくださいッッ!!」

 

しかし、シロコが動揺する間にも相手は的確に彼女を仕留めに掛かる。

その少女が持つショットガンが、屈んだ影響で姿勢が崩れているシロコに容赦なく向けられ、放たれる。

 

「ッッッ!!」

 

瞬間、シロコは即座に武器を捨てると、床に当てた両腕を勢い良く伸ばし、身体の伸びを延長させて相手の腹部を全力で蹴り抜いた。

 

「あぐッッッ!!!???」

 

突然の反撃は予期出来なかったのか、蹴り抜いた反動でショットガンの狙いは僅かに逸れ、シロコの頭上付近の床を吹き飛ばす。

 

助かった。

危機的状況を急場の判断で脱したシロコは捨てた武器を素早く拾い上げ、照準が定まっていないのも構わず発砲を始めながら立ち上がる。

 

姿勢が不利な今、相手を怖気付かせる時間が欲しい。

そう思っての発砲。

 

なのに。

 

シロコの銃撃に対して、少女は一切回避行動を取らず、一身に受けたままショットガンをシロコに向けていた。

 

(ッッ! ちょっと面倒……ッッ!!)

 

不意打ちで蹴り抜いた時はよろめかせられたが、撃ち合いになると分かっているならば腹を据えて相対してくる生徒。

 

相手が持つ特性を瞬時に見抜いたシロコは、咄嗟にアサルトライフルでの射撃を止め、しゃがんだ格好のまま、後ろへと全力で飛ぶ。

 

シロコが立っていた場所に正確にショットガンの弾が飛んで来たのはその直後だった。

 

「死んでください死んでください死んでください!!!!」

 

二発、三発、四発。

絶え間なく撃たれるショットガンの弾を、転がってシロコは避け続ける

 

そうして数えて五度目の射撃を当たる寸前での回避に成功した時、突然追撃の手が止まった。

 

(今ッッ!!)

 

何故手が止まったのか。

その部分に引っ掛かりを覚えない訳でも無かったが、状況を立て直すには今しかないと、シロコは転がる反動を利用して身体を持ち上げると、今一度アサルトライフルを構え攻勢に転じる構えを見せる。

 

ショットガンの弾を撃ち尽くしたかそれとも別の要因か。

何にせよ降って湧いたチャンスを利用するのはここしかない。

 

そう思い、反撃を開始する直前。

シロコの視界の隅に、廊下の窓際に赤く点滅する黒い箱が設置されているのを捉えた。

 

「え…………」

 

声が、飛び出す。

それが困惑の声であることは、彼女ですら判断出来なかった。

 

「終わって下さい!!!」

 

名も知らない敵対生徒の声が響き渡り、刹那、光が迸る。

彼女がショットガンによる攻撃の手を止めたのは、シロコが爆発物の直撃範囲に入り、起爆させる為に手を空ける必要があった。

 

相手の思惑と真実にシロコが気付いた時にはもう、彼女の身体は閃光に包まれていた。

直後、二階廊下にて巨大な爆発が発生する。

 

学校の一角を吹き飛ばす規模の爆発は、勝負の決着を早くも物語っているようだった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

シロコとハルカ。

ノノミとカヨコ。

セリカとムツキ。

 

それぞれがそれぞれの相手と激突する中、唯一誰とも遭遇していないアルは一階にある何もない教室に陣取りながら一人楽しそうに笑っていた。

 

「フフ、当たりを引いたのはやっぱり私のようね」

 

机も無く、椅子も無く、教卓も無い。

あるのはデカデカとした黒板だけの部屋の中心でそう笑いながら、アルは教室の扉を開けた来客に向かってそう語り掛ける。

 

チッッと、来客から舌打ちが響いたのはアルがそう言葉を放った後だった。

フフ、と、対するアルは余裕の笑みを崩さないまま、振り返って来客の方に身体を向ける。

 

予想通りの人が、そこに立っていた。

真っ白な髪。真っ白な肌。真っ白な制服。

 

何もかもが白尽くしで、でも目だけが真っ赤に染まっている人を、アルは正面から見据える。

 

「色々と質問してェことがあるな」

 

久しぶりに聞いた声は、変わらず低い声だった。

ドスが効いているとも、優しさに溢れているとも取れる懐かしい声に、今一度アルの鼓動が高まる。

 

彼の手には拳銃が握られている。

恐らく、ここに来るまでの道中で使用してきたのだろう。

しかし、その拳銃は現在使うべき対象であるアルに向けられていない。

 

カイザーに征服されたこの学校に何故か我が物顔で君臨している自分。

その理由に彼は間違いなく辿り着いていると言うのに、一向に彼は武器をこちらに向けようとしない。

 

答えを認めたくないのではない。

認めた上で向けないことを彼は銃を突きつけないことを選択している。

 

どこまでも甘すぎる選択だった。

でもだからこそ、アルは嬉しさを抑えられなかった。

 

「私は無いわよ。先生を撃退するだけの仕事なのに、聞きたい物がある筈ないじゃない」

「随分と面倒なことになって来てるじゃねェか。じゃァさっきから響く爆発はムツキ達の仕業か」

「ご名答。皆もう始めてるみたいね。目当ての先生に会えたのは私だった訳だけど」

「ハッッ!! 人気者は世知辛ェなァオイ」

 

下らない世間話が始まる。

けれど、そこには真意は無い。

 

二人とも心からの本心で会話しているが、裏で始まっているのは探り合いだ。

尤も、探っているのは彼だけで、アルは彼を探る気などサラサラないが。

 

「要はカイザーに雇われたってクチか。クソッタレが、ハプニングにも程があンだろォが」

「それは私達を評価してくれているのかしら?」

「はァ……勝手に受け取ってろ」

「フフ。先生、話が違うって顔をしてるけど、先生だってあっちに介入してるじゃない。私達の違いはそれだけじゃないかしら?」

 

先生がアビドスに仕事で付いた。

アル達便利屋68はカイザーに仕事で付いた。

 

そこに特別な違いは一切無い。

ちょっとボタンが掛け違えられただけ。

言ってしまえばそれだけでしかない話。

 

だからここからは、その延長線の話だ。

 

「このままここで長話。も悪く無いけれど、仕事は仕事。世間話は終わりにしましょう?」

 

スッ……と、目を細めながらアルは銃を彼に向ける。

 

「残念だけど殺害が許可されているわ。手加減、しないわよ」

 

本気の言葉をアルはぶつける。

その意思を感じ取ったのか、対する先生もここに至ってようやく銃をアルに向ける。

 

「言っておくが」

 

この話が最後だ。とばかりに彼が言葉を紡ぎ始める。

 

「俺に勝てると思ってンじゃねェぞ、アル」

 

それは、思わず頬を緩めてしまう言葉だった。

アルと呼ばれた。

アルと呼ばれた。

 

この状況でも、彼女は自分達を名前呼びしている。

甘すぎて、甘すぎて。

自分の中で築いた『悪党』との定義が彼の存在で崩れていく。

だから憧れてしまう。

 

だから彼女は銃を向ける。

彼に失礼の無いように。

信念を、掲げる為に。

 

この戦いは、結果の発表会だ。

 

自分達が作り上げた、先生によって補強された『悪党』を発表する時間だ。

その結果、もう二度と会えないことになっても。

それその物が掲げた誇りであると、便利屋68は咆哮する。

 

「いいえ、私達が勝つわ。先生」

 

アビドスを巡る攻防。その大きな四つ目の戦いが、始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











先週分はここまでを書きたかったんです。と言う意思表示を掲げて更新です。


今回のお話は滅茶苦茶書きたかったシーンてんこ盛りです。

前半の戦闘シーンで『RUN THIS TOWN』が脳内で流れた方は仲間です、握手しましょう。他の曲が流れた方も握手しましょう。
前半優勢、中盤不利、後半逆転。そして幹部戦に移行。うん! よくある不良物の映画の戦闘展開そのものですな!! 
サブタイを『ハイorロー』にしなかった自分を褒めたい。



アルちゃんは今回ばっかりは格好良くを貫いて欲しい。そんな気がするこの頃です。
次回は一体どうなるんでしょうか、来週もよろしくお願いします。





所で一方さんどうやってあそこまで辿り着いたんでしょうね。それも次回で分かるのかな?


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一流のアウトロー

 

 

 

 

『先生、ノノミ先輩が戦闘を始めました』

 

耳に繋いだイヤホンが、アヤネからの通信を拾う。

一方通行は彼女からの連絡を聞き届け、シロコ、セリカに突入の指示を送った後、彼女達三名を撃退する為カイザー側の戦力が一か所に集中したタイミングでひっそりと裏口から校舎に潜入した。

 

途中、見張りに立っていた数体の頭部に銃弾を撃ち込み、破壊する。

 

戦闘用に改造されたオートマタでも全身を分厚い鋼鉄で固めることは技術的に不可能らしい。

見るからに防御が硬そうな胴体にはいくら弾丸を撃ち込もうとも効果は薄いが、装甲の薄い頭部ならば一方通行の銃でも破壊出来る。

 

一方通行は、それを先日アビドスに襲撃を掛けて来た百体あまりの個体の情報からそれを把握していた。

攻撃が通じるのならば、彼女達の負担を減らす役割が持てる。

 

故に彼はこの戦闘に加わることを決めた。

 

とはいえ、彼女達と同じ場所に立ち、同じように戦ってはただの足手まといになる。

攻撃がオートマタに通じるとはいえ、オートマタの一体一体が一方通行からすれば格上の存在。

戦うなら一対一、地理的要因を活用してギリギリ二対一までと最初から決めていた。

 

それ以上は今の彼には手に余る。

 

彼女達が暴れている校庭に一方通行も一緒になって突撃した場合、一度に相手取る数は二体や三体では済まない。

結論として、彼女達と一緒に行動しても何の役にも立たないというのが、単独行動を取った理由だった。

 

勝てない相手には挑まない。と言う信条を持っている訳ではないが、無理に命を賭け続ける必要も無い。

 

今の自分に出来る範囲で彼女達を助ける。

それが、一方通行が銃を握る理由だった。

 

『考え直しませんか?』

 

ポツリと、続きの通信が入る。

その声からは、先程までには無かった感情が混じっていた。

 

含まれているのは、心配。

 

『先生が一緒に戦ってくれるのは心強いです……でも……』

 

そして、震えだった。

 

『でも……、今からでも遅く無いです。学校から退避しませんか?』

 

意を決したかのように、アヤネは一方通行に進言する。

そこから逃げてくれませんかと。

 

『昨日見せたあの翼の力。あれは学校その物を破壊してしまうからここでは使えない。違いますか?』

 

一方通行が持つ虎の子の力は、ここでは使えないであろうことをアヤネはピシャリと言い当てる。

アビドスの目的が奪還である以上、奪還する物自体を破壊してしまう一方通行の『翼』は使えない。

 

出力調整が可能ならば話は違ったかもしれないが、一方通行は『翼』を自在に扱えることは出来てもその出力自体を調節することは出来ない。

 

大きな力を思うがままに振り回すことは出来ても、力そのものを小さくすることは出来ない。

力を振るえないならば、完全な自衛が不可能ならば。

 

ここで一方通行が戦場に立つリターンよりも、攻撃を受けた時、彼の身に取り返しの付かないダメージが発生するリスクの方が大きいと、アヤネは諭す。

 

「違わねェ。奥空の指摘した通りだ。あの力はここじゃ使えねェ」

 

嘘を言っても仕方ないと、一方通行も彼女の指摘を肯定する。

 

しかし。

 

「だが、時と場合によるなァ」

 

やけにさっぱりとした口調で、一方通行はアヤネに返答した。

 

『え? え? そ、それってどういう……』

「ンな物決まってるだろォが。何の為に俺がここに居ると思ってやがる」

 

彼の言葉は、アヤネにどうしようもない困惑を与えたようだった。

一方通行が放った言葉の内容を咀嚼しきれていないアヤネに説明するように、良いか。と、言葉を続けようとした所で。

 

キン……。と、彼に向かって飛んできた銃弾がアロナバリアによって遮断された。

どうやら、話し込んでいる間に増援がやって来てしまったらしい。

 

拳銃を撃たれた方角に向け、二体のオートマタを確認する一方通行は撃たれた事実に舌打ちする。

どうやら自分は防御能力を備えてしまった場合、多かれ少なかれその能力にかまけてしまうらしい。

 

(『グループ』にいた頃はンなミスは犯さなかった筈なンだが……このままじゃいつか早死にだな)

 

是正すべき悪癖に辟易としながら彼は柱の陰に身を潜め迎撃する。

 

『先生!? どうしました!?』

「敵襲だ。悪いが通信は切るぞ」

 

アヤネの返事を待たず、彼は通信を一方的に切断する。

今の状況で彼女の声はノイズにしかならない。

 

柱の陰に身を隠しながら一方通行は応戦を始める。

それは、アルと出会う直前の戦闘だった。

 

この戦闘後、彼は通りがかった教室から不穏な気配を感じ、その先でアルと遭遇する事となる。

時間に換算して、数えて約三分後の話だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「俺に勝てると思ってンじゃねェぞ、アル」

「いいえ、私達が勝つわ。先生」

 

一方通行がアルに向けて放ったのは、一切合切がハッタリの言葉。

小細工無しの、武器を拳銃と生身の肉体のみに絞った一対一勝負で、一方通行がアルに勝つ見込みは無い。

 

百回やっても、千回やっても、一億回戦おうとも結果は覆らない。

一縷の望みすら、戦闘の果てに得ることもない。

 

言ってしまえばそれは、何も力を持たない少女が核爆弾による破壊すら耐えてしまう化け物に真正面から拳で挑もうとしているものと同等。

 

勝てる勝てないの話じゃない。

勝負にすらならない次元の差が、二人の間にはある。

 

故に、一方通行とアルの対峙は長引く事無く一瞬で幕引きになる。

その、筈だった。

だったのに。

 

戦闘は、始まって三十秒が経過しても尚決着がつかないでいた

 

「えいっっっ!!」

 

ブンッッ!! と、一方通行に接近していたアルから、次の一撃とばかりに大ぶりな回し蹴りが放たれる。

ヘイローを持つ生徒共通の基礎能力の高さも合わさって、当たればそれは大きなダメージを与えられるだろう。

 

そう、当てられることが出来ればだが。

 

「…………」

 

振りも速度も遅いの一言に尽きる攻撃をまじまじと見る一方通行は、無言で杖を一歩分後ろに突き、杖を持つ右手で身体を浮かし、引っ張る様にして後退する。

後退した直後、彼が立っていた場所をアルの足が掠めた。

 

「わっっっ!?」

 

アルの蹴りが空を切った直後、蹴りの勢いを殺せなかったのか、一方通行方に背中を見せるよう彼女は半回転した。

 

攻撃が空降ったことと、情けなさ極まる動きをしてしまったことに対して気合いの抜けた声が彼女から飛び出す。

その様子を傍から見る一方通行は一歩彼女の方へと近付くと。

 

トン。と、アルの背中に手を添え、力を少しだけ込めた。

 

「ぎゃんっっ!!」

 

途端、目の前の少女が情けない悲鳴を上げて派手に転ぶ姿が展開された。

その姿に先程見せていたような威厳は何も無い。

 

一方で、そんな姿をありありと見せつけられている一方通行は極めてその表情を疑問に満ち溢れさせていた。

あまりにもアルの行動が稚拙すぎて、手に持つ銃で反撃する気すら湧かない。

何のつもりだ。と、声に出さず彼は未だ起き上がれないでいるアルを眺めながらこれまでの戦闘で得た情報で、彼女について改めて分析を始める。

 

銃を持っているのに接近戦を彼女は積極的に仕掛けて来る。

なのに打撃全てに腰が入っていない為、攻撃のリーチも短く動きも大振りが過ぎていて、足が不自由な一方通行でも見てから回避が間に合ってしまうのが現状だった。

そもそもヒールでまともに踏ん張れていないのか、攻撃する度に毎回体勢が崩れているのも相まって殴るのも蹴るのもままなってない。

 

一方通行目掛けて走りながら殴りかかろうとした際は、土壇場でつんのめって転びかけていた所から接近戦は明らかに苦手分野。否、手足を用いた打撃戦をやったことすらなさそうな素人同然の動きだった。

 

「な、中々やるわね先生……っ!」

 

なんとか起き上がり、一方通行の方に向き直って再び拳を構えるアルだったが、肝心の腰が若干引けているのもあって弱々しい印象しか残らない。

 

中々やる。と彼女は一方通行に言うが、その実ここまで戦闘が長引いているのは全て彼女の自滅的行動が多すぎるからに他ならない。

 

本来ならばとっくに決着が付いている戦闘。

しかし何の気紛れか、それとも圧倒的格上から得る余裕による慢心か、アルは一向に遊びに等しい攻撃手段を止めようとしなかった。

そんな、ふざけていると言い換えても良いアルの行動に対して流石の一方通行も苛立ちを隠せなくなる。

 

「舐めてンのか? 一体何のつもりだ」

 

だから一言、今まで生徒には発したことのない声色で、一方通行はアルに問い詰めた。

 

「先生と戦ってるのよ。大真面目にね」

 

問いに対する返答は、至極真面目な顔つきをするアルから帰って来た。

冗談では無く、本気であることを容易に伺わせるような表情をアルはしていた。

 

とは言え、それを認められるか認められないかは別の話。

 

「今までの戦い方でか? 馬鹿にしてるよォにしか見えねェな。勝つ気があンのかオマエ」

「ええ」

 

即答で、頷かれる。

彼女の態度から嘘は含まれていないと踏んだ一方通行は、尚更益々おかしいと眉を顰めた。

話と行動に矛盾が生まれ過ぎている。

 

自分と相手とで話が一切噛み合わない。

問答はまともなのに、彼女が取った行動、その結果は見事に真逆を示している。

 

簡潔に言ってしまえば、彼女は勝つ戦いをしていないようにしか一方通行は見えなかった。

そんな彼が抱く疑問は、次の一言によって払拭される。

 

「勝つ気なんて、サラサラないわ」

「……あァ?」

 

それは、彼女が起こしたこれまでの行動に対して明確な答えとなる言葉だった。

ただし、一方通行がその言葉の意味を理解出来るかどうかは別の話。

 

思わず、一方通行は困惑に溢れた声を零した。

話の内容が今一頭に入って来ない。そう言いたげな表情を一方通行は浮かべる傍らで、敵である筈のアルは続きを述べ始める。

 

「だって、先生を撃てる訳が無いじゃない」

 

ガシャン……と、終ぞ使わなかった自前の銃を床に落とし、戦闘を放棄する意思を見せながら彼女は自白する。

 

「事前に決めてたわ。私達の誰が先生に当たろうとも、その誰かは絶対に先生に勝たない。そう言う取り決めをした」

 

粛々と理由を語るアルだが、一方通行の困惑は増すばかりだった。

彼女が言っていることはおかしい。

 

勝たないと決めているのは百歩譲って良いとしよう。

そう言う信念を持ち、全員と共有するのも悪くは無いだろう。

 

ならば、どうやってカイザーから受けた依頼を遂行する? 

一方通行はアル達便利屋68に依頼された内容については一切を知らない。

 

しかし裏の世界に身を置いていたからこそ、大まかな検討は付く。

 

恐らくはアビドス面々の捕獲及び抹殺が下されている筈だ。

加えて自分がアビドス奪還作戦に参加していることを予め知っていた風に話すアルの口ぶりから、抹殺リストの中に自分も入っていたであろうと一方通行は推測する。

 

であるならば。

一方通行を打倒しないのに、どうやって依頼を遂行するつもりだったのだろうか。

 

そんな考えが、彼の脳内でプスプスと消えそうで消えない、燻ぶり続ける火のように主張を始める。

 

「先生に暴力は振るえない。攻撃を当てたくもない」

 

重ねるように、アルが語る。

その目も、声も本気だった。

思い返して、行動も本気だったと一方通行は実感する。

 

彼女が今まで仕掛けて来た接近戦は、ふざけているのではなく本気だったのだ。

勝たない為に自身の苦手分野で一方通行に挑んだ。

それならば、まず一方通行に勝てないから。

どう足掻いても、勝つことは出来ないから。

 

勝たない、勝てない戦いをするなら、彼女にとって接近戦は正に理想的な戦法だったに違いない。

 

「でも先生」

 

瞬間。

空気が変わったのを一方通行は肌で感じた。

 

彼の中で、アルに向ける警戒度が無意識に上がる。

そうならざるを得ない程に、纏う雰囲気が様変わりする。

 

「先生に勝てないのと、仕事を完遂させることは別よ」

 

彼が覚えた違和感は正しかったことを教えるように、その声を皮切りにアルの声に覇気が戻る。

目の色も、態度も、頭の中の歯車が完璧に噛み合っている時のアルと同じ顔になる。

それが何を意味しているのか、一方通行が推察する余裕は無かった。

既に事象として、彼の意識の外から全力で殴りつける様に展開される。

 

 

バンッッ!! と、突然、勢い良く教室の扉が開けられる。

 

 

それが、最初だった。

それが、アルが持つ自信の権化だった。

 

「終わったよーアルちゃん」

「こっちも……。はぁ……、何とかした」

 

扉を開けた直後聞こえてきたのは、便利屋68のメンバー、浅黄ムツキと鬼方カヨコの声。

次いで、ドサドサッッと何かが乱雑に捨てられた音が一方通行の耳を刺激する。

 

そこで初めて、一方通行は声が聞こえて来た方向に振り向き。

 

「…………っ」

 

ボロボロになって気絶した状態で床に捨てられているノノミとセリカの姿を確認した。

 

さらに付け加えると、ムツキとカヨコも、セリカ、ノノミと遜色無い程に揃って全身傷だらけだった。

膝や腕と、素肌が見えている所の殆どから痣と血が付着しており、衣服も所々が焼け落ち、破れていて汚れがイヤでも目立つ。

加えてムツキは頭から血を流し、カヨコは右腕がダラリと力無く垂れ下がっている。

 

見るからに痛々しい程、二人が受けているダメージは深刻だった。

 

「やっほ~先生、久しぶり~! 先生に会うために私頑張っちゃった」

「ごめん先生。事情は知らないだろうけど、今日の私達は先生の敵ってことだからさ」

 

なのに、怪我の様子を隠すことも無く、しかし痛がる素振りも見せず、言動だけは過去に会った時のまま二人は一方通行に近づいて来る。

 

「…………」

 

距離を詰められた一方通行は何も言わない。

知り合いの生徒が敵対する未来がどこかで起きることはとっくに予想がついていた。

ノノミとセリカが敗北していることについても特に驚きはない。

相手がカヨコとムツキならば十分あり得る展開だと、彼女達と一度作戦を共にしたからこそ一方通行は納得する。

 

「これが私達の戦い方よ」

 

意識を引っ張らせるように、アルが言葉を強調して一方通行に話しかける。

 

「先生を傷付ける為の道具も身体も使わない。先生と戦わない。先生には勝たない。でもこれで先生の身体を無傷で取り押さえることが出来る」

「そういうこと!」

「だから、大人しくしてくれると助かるかな」

 

ムツキが語る通り、詰まる所そう言うことだった。

そう言う、話だった。

 

一方通行と相対した際は無条件降伏。

それ以外と相対した場合は何が何でも勝利をもぎ取る。

 

そうすることで初めて一方通行に勝つ道が生まれる。

勝負で勝つのではなく、無傷で取り押さえて勝つ。

 

アルの狙いは、初めからそこにあったのだと、ここにきて一方通行はアルが取っていた行動の真意を理解した。

不慣れな接近戦も、全てカヨコ達がここに到着するまでの時間を稼ぐ為の物に過ぎなかった。

 

初めから勝つ気が無いのならあんな戦い方をして当然だ。

やる気の無い戦いをするアルを見て、こちらの戦意が削がれていたことすらアルが企てていた計算の内だとするならば正真正銘の脱帽物だと、一方通行は賞賛する。

 

だがその作戦は、あまりにも望みが薄いと言いようが無いのも確かだった。

 

「随分と回りくどく、細い勝ち筋を辿りやがる」

 

ムツキ、カヨコ、そしてアルに包囲される中、一方通行は綱渡りが過ぎる作戦内容に口を挟む。

彼女達が語っているのはどこまでも理想論だ。

一手でもミスが生じればあっと言う間に水泡に帰す、計画とすら呼べない代物だ。

 

だと言うのに。

 

「当然じゃない」

 

平然と、アルは一方通行に向かってそう言い切った。

この道を辿るのが当たり前だと、事も無さげに言い切っていた。

 

「私達は私達の理想を守りながら先生と戦うことを決めた。先生を傷付けず、この戦いに勝つ道を選んだ。それがどんなに遠くても非現実的でも、納得出来る手段を選ぶことを決めた」

 

彼女達が打ち立てた作戦は、余程の自信家か、途轍もない大馬鹿ではなければ実行に移すことすらしない程の物。

 

アル達が自信家か、はたまた大馬鹿か。

その答えはとっくに一方通行の中で出ている。

 

「どんなに可能性が低くても、どれだけ望みが薄くても、自分達がやりたいと決めたなら、こういう勝利しかいらないと覚悟したなら、その道が茨だろうが何であろうが、全部無視して進むのは当然のことじゃない」

 

彼女達は、とんでもない大馬鹿だ。

でなければ、向こう見ずに我が道を突っ走り続けられる筈が無い。

 

「これが『悪党』よ、先生」

 

でも、そこには力があった。

ゲヘナで彼が投げかけた一言から、アル達は悪党としての矜持を手に入れた。

一方通行が拘らないと決めた悪の道を、ひたむきに彼女達は進んでいた。

研鑽を重ねた。

そうありたいとして生き続けた。

 

その結果が、今ここにある。

どれだけボロボロになっても、ノノミ達を気絶まで追い込む程ボコボコにしてみせようとも、一方通行だけは怪我をさせずに無力化する。

 

間違いなくそれは彼女達が為した成長の証であり、実現させるだけの力を掴んでいる証明だった。

夢物語を夢で終わらせない。

 

 

一流を名乗るからには、描く夢だけは譲れない。

 

 

「一流の悪は手段を選んで仕事を完遂させる、でしょ。先生」

 

目を細め、妖艶な笑みを浮かべながらアルは一方通行に微笑みかける。

圧倒的勝者の立ち位置から敗者を見下ろすその姿は正に悪党に相応しい。

 

故に一方通行は絶体絶命の立場であるにも関わらず、歪に口角を吊り上げた。

 

「上出来だ」

 

それは、思わず出て来てしまった言葉だった。

敵対しているのに、思わず彼は笑ってしまい評価を下してしまった。

 

彼女達のやり口は、それ程までに美しかった

 

だが。

いくら追い詰められていても、それは負けが決定している訳ではない。

いくら美しくても、負ける口実にも理由にもなり得ない。

 

「だがまァ、勝利ムードの雰囲気漂わせてる所を悪ィが、俺からのアドバイスだ」

 

今度は、一方通行に三人が警戒心を向ける番だった。

不穏な言葉を紡ぎ始める一方通行に、たちまち三人が身構えた。

 

ズ……ッ! と、一方通行の手を掴もうとカヨコとムツキが彼に向かって両手を伸ばし始める。

しかしその手が彼の身体に触れる直前。

 

「決着が付いてねェのに、ベラベラと理念を語るのは感心しねェな」

 

バガンッッッ!!! と、強烈な音と共に教室の扉が宙を飛んだ。

 

「「「なっっっっ!?!??」」」

 

刹那、三人の首がぐいんと音の出所の方へと曲がる。

扉が蹴り破られた。と、アル達が認識したのは吹き飛んだ扉が大きな音を立てながら床に落下したのと、扉の外にいる誰かの足が真っ直ぐ伸びているのを目視で確認してからの事。

予期せぬ音と、予想だにしない事態に、一秒程三人は一斉にその身を硬直させる。

 

その、すぐ後。

 

「お待たせ先生。助けに来た」

 

この場にいなかった最後のアビドスメンバーである、砂狼シロコが姿を現した。

額から血を流し、今にも倒れそうなぐらいフラフラな足取りで現れた様子から、彼女もノノミ達と同様激闘に身を置き、そして唯一勝利してここまでやって来たのだろうと一方通行は推測する。

 

では、誰と死闘を演じたのか。

答えは簡単である。

 

この場にいない最後の一人がいつまで経っても現れないことが、彼女が誰と戦ったのかをハッキリとさせる確固たる証拠だった。

 

「シロコ、ハルカはどォした?」

 

推理を決定的な物とすべく、そしてアル達に聞かせる為、分かり切った質問を一方通行は投げかける。

 

「ハルカ……ああ。あの子か。ハルカって言うんだね。勿論倒して来た。今は二階の廊下で寝てる」

 

予想通りの答えが返って来ると同時、アル達の表情が変わるのを一方通行は垣間見た。

シロコが負った傷の深さ度合いから、嘘を言っている等と彼女達も思わないだろう。

 

戸惑う様子を見せる便利屋達とは対称的に、シロコは迅速に行動する。

一方通行が包囲されてる状況から、自分が何をすべきなのかを、即座に判断する。

 

カチャリと、彼女は一瞬も迷うことなくアル達に銃を向けた。

 

「状況は把握した。先生は返して貰う」

 

射線が少しでもズレれば一方通行にも被弾する程に便利屋と一方通行の距離は近い。

しかし、シロコは銃を向けた。

 

それは積み重ねてきた経験から来る自信の表れ。

絶対に一方通行には当てないという自信が、銃を持つ手に力を込めさせる。

 

「アルちゃん……」

「社長……ここまでだよ」

「…………そうね」

 

途端、カヨコとムツキが若干弱々しい声でアルに向かって何かを促し、アルもそれを了承するかのような言葉を返した。

 

一瞬、それは自分達の流儀を貫くのを諦めたのかと一方通行は勘繰ったが、すぐにその思考は過ちであり、侮辱だったと知る。

 

「降参よ。私達の負け」

 

ハッキリと、両手を上げてアルがそう宣言したことによって。

 

「ここで戦闘をすれば間違いなく先生に攻撃が当たる。そんな真似は出来ないわ」

 

それはどこまでも一途だった。

果てしなく果てしなく自身が立てた忠義に一途だった。

 

「私達の戦い方じゃあ、先生を巻き込まないで戦うなんて無理だしね~」

「元々、全員生存が必要不可欠な作戦だったし、ハルカがいつまでも出てこないから、こうなることは半ば分かってたよ」

 

あっけらかんとムツキとカヨコは負けたとそう語るが、一方通行からすれば二人の言葉は嘘塗れでしか無かった。

 

確かにシロコが現れ、彼女達が立てていた作戦の妨害に割り込んできたが、まだまだアル達にもひっくり返す手段はあるのだ。

人質にするなり、盾にするなりとアル達が逆転する方法はそこら中に転がっているのだ。

否、そもそも立場の逆転なんて起きていない。

依然この場面で不利なのはシロコであり、一方通行だ。

 

アル達の立場は変わっていない。断然有利のまま。

それなのに彼女達は白旗を振った。

 

その理由はただ一つ。

一方通行が戦闘に巻き込まれる確率が、ゼロでは無くなったからだ。

 

「先生以外を倒すことが私達が勝つ為の絶対条件だった。もし失敗したら、私達の誰かに勝った子は絶対に先生を助けに現れるのは分かってたもの。現に今、目の前でそれが起きてる」

「それで白旗ってかァ? 勝ち筋が細いにも程があンだろォが……」

「八割は成功すると思ってたのよ? 残念ながら二割を引いてしまったけど」

 

自分達ならアビドス全員を個々で叩きのめせるだけの力はあると思っていたと、アルは少しばかり悔しそうに語る。

要するに、ハルカが弱かったのではなく想像以上にシロコが強かったという話だった。

 

「ところで、こんな無駄話をしてる時間、先生達にあるの?」

 

一方通行がアル達が敗北した要因について納得していた折、アルからそう言葉を投げかけられる。

 

「オートマタはまだまだいるんじゃないかしら」

 

言葉が放たれたすぐ後だった。

まるでその言葉を待っていたかのように、一体、また一体と次々に銃口を突きつけながら続々とオートマタが姿を現し始める。

 

「へ? え!? こんなタイミング良く現れる!?」

「アルちゃん……まさかずっと待機させ続けてたの?」

「そんな訳ないでしょ!! ただ忠告したかっただけよ!!」

「どうでも良いけど、これまずくない? 多分今まで出てこなかったのは私達が暴れてたからでしょ……」

 

なのにこのタイミングで出て来たということは、戦闘が終わったと判断されたことを意味する。

便利屋68が勝ったのか負けたのか、それを銃撃が止まったことで確認しにオートマタは現れた。

 

しかし、目の前に繰り広げているのは攻撃をしていない便利屋と、未だ立っている一方通行とシロコ。

どう判断をされるのかは、推して知るべしな状況だった。

 

「先生ッッ!!」

 

危険を察知したシロコが慌てて前へ踊り出る。

だが、既に四方八方にオートマタがいる以上、彼女の存在は盾にもならない。

 

アル達は一方通行に危害を加えない為、無茶な作戦を実行に移した。

しかし、彼女達が掲げる矜持はカイザーにとっては一切関係の無い話。

一方通行を殺さない理由も意味も無い。

 

撃って来ないのは、雇ったアル達がいるからでしかない。

 

しかしそれもいつまで続くかは不明。

何せアル達は目の前に一方通行がいるにも関わらず攻撃を仕掛けていない。

 

それを利敵行為とオートマタが判断してしまえば、彼女達を容赦なく巻き込んでの銃撃が始まるだろう。

 

攻撃が始まるのは時間の問題。

敵は四方八方から一方通行とシロコを狙っている。

こちらのまともに戦える戦力は決して軽くないダメージを負っているシロコ一人。

 

勝つ見込みはハッキリ言って薄いと言うのが、一方通行が下した判断だった。

万事休すと言っても良い事態に、学校を半壊させることを覚悟で『翼』の使用に踏み切る必要が浮かび上がった矢先。

 

「あぁ、私達は依頼を失敗。カイザーにとって役立たずの烙印を押されてしまったわ」

 

彼の横から、やや間延びしたアルの声が響き始めた。

 

「当然仕事は失敗したから報酬も無くなっちゃった」

「ここまでやってただ働き、やってられないけど……まあ、自業自得かな」

 

次いでムツキ、カヨコもこれまた演技掛かった口調で悔しそうにそう零す。

 

「最悪、裏切り者としてターゲットにされてしまったかもしれないわね。逃亡生活の始まりかしら。折角構えたオフィスも破棄せざるを得ない話に発展するかもよね」

 

三人の言葉は極めて不自然だった。

どこまでもどこまでもわざとらしかった。

少なくとも一方通行には彼女達の話す内容全てがそう聞こえた。

 

これではまるで理由を作っているかのようだと声に出さず態度にも出さず嘆息する。

 

自分達が潰される未来が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

ならばそれを覆す為の理由を作って、私達に便乗させて。と、そう言っているようにしか一方通行は聞き取れなかった。

 

回りくどい。

面倒臭い。

 

でも、それが彼女達のやり口なのだと一方通行は知る。

 

アル達が何を一方通行にして欲しいのか。

どの言葉を望んでいるのか。

それを瞬時に察してしまった一方通行は軽く舌打ちをした後。

 

「二倍でどォだ」

 

結論だけを述べた。

 

「三倍よ」

 

直後、簡潔な答えが帰って来る。

その言葉に、思わず一方通行は小さく笑う。

 

「足元見やがる」

「私達は悪党よ? 甘く見ないで欲しいわね」

「違いねェ」

 

二人の間で、小さく言葉が交わされる。

日常の延長線にあるような、軽い会話が交わされる

それは、二人がある事柄に対して合意した合図だった。

 

了承の旨は無い。

明確に成立することを確認する言葉も発さない。

 

故にアルは淡と発する。

 

「ムツキ、カヨコ」

 

二人の名を呼び。

 

「クライアントが変わったわ。存分に暴れなさい」

 

命令を下した。

途端、二人が銃を向ける先が変わる。

 

シロコにではなく、包囲していたオートマタの方へと。

 

「いっくよ~~~~!!!」

「先生、指示お願い」

 

容赦の無い銃撃が迸り、窓際や教室の扉付近にいたオートマタがまとめて吹き飛び始める。

十弱の敵を瞬く間に葬ったカヨコとムツキは、無視出来ない怪我を負っているにも関わらず平常時のような動きと口調で一方通行に指示を求める。

 

自分達の傷は気にするなと、暗にそう伝えて来た二人に、一方通行は悪いなと、心の中で礼を告げ。具体的な指示を彼女達に出し始める。

 

「シロコ。ハルカを回収してここまで持ってこい。帰って来たら校内の掃除だ。ムツキは中庭、アルは校庭側で大多数を受け持て。俺とカヨコはここで倒れた奴等の護衛だ」

「ん、分かった」

 

瞬間、自分に向けての指示が終わったと見るや、続くアル達に向けての指示が終わるのを待たずシロコは飛び出し、邪魔をしていた兵士を秒殺しながら二階へと向かって行く。

 

「中庭で戦う以外に特に制限はないの?」

「好きにしろ。やりたいようにやれ」

 

瞬間、おっけ~~~と嬉しそうな声がムツキから上がり、意気揚々と窓から飛び出していく。

禁止事項を設けず、どう戦闘するかも彼女の判断に一任させる方がムツキは強い。

 

それはアルについても同様。

 

「アル。分かってると思うが相手の数はまだまだ腐る程いやがる。なるべく多くを外で引き受けろ。カヨコのダメージは見た目よりかなり深い。数で攻め込まれるとあっと言う間に押し切られる。良いな?」

「任せなさい。むしろ獲物が少なくて物足りなかったとか後で文句言わないで頂戴ね」

 

軽口を叩きつつ、アルも廊下にいる連中をついでとばかりに撃ち抜きながら、校庭の方へ躍り出て多数の兵を相手に一人大立ち回りを演じ始める。

 

突然の裏切りに動揺しているオートマタも見られたが、それらは悉くアルの先制攻撃によって潰されていく。

 

その結果出来上がるのは彼女に向ける敵意の上昇。

アビドス側に回った敵として、良くも悪くも注目を集めやすいアルに多くの兵士が銃撃を始めていた。

 

言伝通りカイザーから向けられる敵意を一手に引き受けたなと、銃弾の装填を行う傍らで、アルの仕事っぷりを一方通行が眺めていると。

 

「先生、私は大丈夫だから」

 

少し不機嫌さを纏った声がカヨコから飛んできた。

どうやら比較的安全な護衛作業に投入されたことを不満に思っているらしい。

 

怪我が理由でこの中だと最も戦闘回数が少ない護衛任務に自分を選んだのなら、そんなことはしなくて良いと言葉少なに彼女は言う。

 

が。

 

「言ってろ。ちなみにだがこっちも暇じゃねェからな。休ませる為に置いてる訳じゃねェぞ。オマエが一番役に立つと思ったから置いたンだ」

 

一方通行としては彼女が語る論は最初から間違えてるとしか言いようがなかった。

確かに彼女の怪我が一番重いのは認めるし、それが気絶しているセリカ達の護衛に配置した理由の一つとしたのも間違いようの無い事実である。

 

しかし。彼女をここに置いたのは、カヨコの怪我だけが原因では無いと一方通行は語気を強めて言う。

誰かを守る戦闘なら、便利屋の中で一番適任なのはカヨコだと思っているからこそ、護衛に配置したと、一方通行は口に出す。

 

「分かってる。……。意地張ってごめん」

「気にすンな、ガキのお守りはいつものことだ」

「ガキ…………。はぁ……別に良いけど」

 

また少し不満げな声色を響かせながら、カヨコは教室を狙っていたオートマタ目掛けて発砲し、撃破していく。

 

一方通行。

陸八魔アル。

砂狼シロコ。

鬼方カヨコ。

浅黄ムツキ。

 

アビドス解放戦線に便利屋68が加わり、引き換えにノノミとセリカ、そしてハルカが戦闘不能になったものの、戦力の頭数自体は一人増えて五人になった。

 

対して、オートマタの数は百を切ろうとしている。

兵力の差こそ未だ圧倒しているが、個々の実力は完全にシロコ達に突き放されていて、尚且つここに至るまでの間にかなりの数がシロコ達によって撃破されているカイザー側に、単純に個の力が強い少女が一人増えたアビドス陣営を殲滅出来る程の力は無かった。

 

時間にして一時間後。学校にいたオートマタは彼女達の手により完全に駆逐されることとなる。

それは、後に始まるホシノ救出作戦の足掛かりとして、大きな一歩になる戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













この話を書きたくて一年前にアルちゃん達を登場させました!! 一年以上掛かっちゃった!!!
はい、後書きはこの書き出しから始まるパターンは多くなると思います。でもやっとですからね、許して下さい。


アルちゃんにシリアスやらせたいをコンセプトに組んだこの話。以降アル達は正式にアビドス解放戦線に仲間入りすることになります。やったね!! 仲間が増えたよ!!

戦闘シーン全カットで負けたセリカとノノミ、そしてハルカですがそれぞれ相手が悪かったです。ムツキ、カヨコが相手なら仕方ない。シロコ相手なら仕方ない。

個人戦に入ったからと言って味方サイドが全勝する訳でもない。
そんな一面が今回のお話で垣間見えたかと思います。

そんなこんなでアビドス編は折り返し地点に入ってると思います。
ここから最後の大一番、ホシノ救出編に入っていく訳ですが、まだまだ障害は多く残っているような……?

アビドス編はテンポ良く進めたい所ですね。では次回も応援よろしくお願いします!



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未来からの贈り物

 

 

 

 

アル達を味方として取り込んだ高校奪還作戦は、およそ一時間の戦闘を経て奪還に成功した。

 

誰の犠牲も出さず、学校の大幅な破壊も回避した上で学校を奪還。

戦績としてはこれ以上ない結果を出したと言えるだろう。

 

そうして静けさを取り戻したアビドス高校で一方通行は現在、息を潜めて一矢報いようとしている残党がいないかどうかを調べる為、校内の見回りをしている真っ最中だった。

 

『敵対反応はどこにも見られませんね』

 

頭の中から響くアロナの声を聞き届けながら、一方通行はそォだなと相槌を打つ。

彼女の言う通り、何かが潜んでいる気配はどこからも感じない。

 

元々杞憂前提の行動であるので潜んでいないのが当然なのだが、それが本当かどうかを確かめるのは大いに意味がある。

 

誰も居ないことを確認するのは、安全を確保すると言う面ではとても大きい。

 

「機械仕掛けのロボット共が潜伏してるとは元々思っちゃいねェが確認は必要だ。だがこの分なら校内に残ってねェと見て間違いねェな」

 

現在彼がいる場所は三階の端にある音楽室。

一階からしらみ潰しに学内を見回り、最後の部屋である音楽室にも気配が感じられ無かった事から、全機の撃破、あるいは生き残りがいたとしてもそれらは全て逃走したと結論付ける。

 

ふぅと、安全を手に入れた一方通行は嘆息する。

その後、おもむろに左手の指先をチョーカーに当てて。

 

「バッテリーは……明日の朝までは保たねェな」

 

着実に活動限界時間が削れていることに僅かばかりの焦りを覚えた。

 

四十八時間。

それが彼が活動できる限界。

 

これを超えると彼の生活を維持しているチョーカーのバッテリーが途切れ、一方通行は廃人に戻り喋ることも歩くことも出来なくなる。

 

チラリと、壁に備え付けられた時計を見やる。

時刻は十三時を記録している。

 

彼に残された時間は十五時間。

このまま過ごせば、明日の早朝に彼は使い物にならなくなる。

 

取り急ぎ、充電を行う必要がある。

 

が、ここでも問題は発生する。

 

『先生……、気持ちは分かりますが、ここでの充電は推奨出来ません』

「あァ……。分かってる」

 

続きを言いにくそうな声でアロナは一方通行に警告を発し、一方通行も彼女の意見に同意する。

アロナが言っている内容は正しい。

 

この学校はついさっきまでカイザーが掌握していた施設だ。

コードをコンセントに差し込んだが最後、ハッキングを開始する細工がされている可能性は否定できない。

確率的には非常に低い話と言えるが、万が一ハッキングが発生した場合、一方通行にとってそれは致命傷となる。

 

自身の活動と直結する事柄な以上、どうしても一方通行は慎重にならざるを得ない。

確実性を求めるならば、一度シャーレに戻って充電する必要がある。

 

『私のバッテリーも二割を切っています……先生を十分にお守りするだけの力を発揮し続けるのは難しいです』

 

彼の思考に便乗するように、アロナから自身の、シッテムの箱の消耗具合も深刻だと報告が入る。

 

『今のままではミサイル等の大きい爆発は防ぎ切れません。弾丸五発が限界です』

 

提示された防御能力はこれから先、カイザーの本拠地に向かうことを思うと非常に心許ない物。

無いよりはマシ。その程度の力しか残されていませんとアロナは申し訳なさが多く含まれる声で一方通行に今自分が出来る防御の最大値を語った。

 

当然、『シッテムの箱』においてもハッキングを警戒する必要はある為、安易に学校の施設を使う訳にはいかない。

 

ではどうするべきか。

その答えは彼の中でとっくに出ている。

ここからどう動くのが正解なのか、それが分かっていてその選択を選ばない訳にはいかない。

 

何故なら、これは作戦の、ひいては自身の生命活動に直結する事項だからだ。

 

「やらなくちゃならねェ物もある。背に腹は代えられねェ。一度シャーレに戻る」

 

自分が、自分達が万全に戦う為には絶対的な安全地帯。シャーレに一度引き返す必要がある。

静かな廊下に杖の音だけを響かせて、一方通行はアロナに戻る旨を伝えた。

 

『? シャーレにやり残した仕事は生徒さんがやってくれてるんじゃないですか?』

「そこに関して心配はしてねェ。俺が言ってるのは別だ」

『別、ですか?』

「あァ。常々思ってた不安要素が昨日今日で噴出し過ぎた。対策を講じる必要がある」

 

今までは騙し騙しでやってきたが、それでは役に立たないどころかお荷物になるのが明らかになったと一方通行はアロナに説明する。

 

「セリカ、ノノミ、ハルカもまだ起きねェ。ムツキ、シロコ、カヨコの三人も戦闘が終わって緊張が途切れたのか全員一斉に倒れた。全員大なり小なり傷も負った。どの道今日はこれ以上の戦闘は無理だ」

 

ムツキ、カヨコ、シロコの最後まで立っていた三名も、戦闘が終了した直後、緊張の糸が途切れ、意地で戦い続けていた身体に限界が訪れたのか、今は揃って仰向けになって倒れ、意識を失っている。回復するまで数時間は必要だろう。

 

先に倒れたセリカ、ノノミ、ハルカの三名もまだ覚醒には程遠い。

 

現状戦力になるのが唯一大した傷も負わずに戦闘を終えたアルとサポートのアヤネだけ。これではホシノの救出を行うのはとても無理だと一方通行はアロナに語る。

 

「黒服の野郎が告げたリミットは今日じゃねェ。出来ることならば今日中に片付けたかったが、無理を押して作戦を行っても全滅するだけだ」

 

ミレニアムで黒服が語っていたホシノが処分されるまでの期限まであと二日ある。

処分が何を意味しているのかこそ一方通行は知らないが、それが明日でないのなら無理をすべきではない。

 

今日は、回復に充てる。

生徒達にも、そして自分にも。

 

カツ……と、杖の音が静かな廊下に響かせながら一方通行は気絶している六名と、彼女達の警護役を任せているアルとアヤネがいる二階の教室の扉を開ける。

 

「戻った。中を一通り見て回ったが特に誰かがいる気配は無かった。恐らく今日は安全だろ。……まだ誰も目覚めてねェか」

 

「おかえりなさい先生。見回りご苦労様。見ての通り皆起きていないわ」

「お疲れ様です。皆さんが起きるまではまだ時間が必要そうです」

 

そう目線を下げるアヤネの先には、体育館のマットの上に仲良く並べられて気絶している六名の少女達の姿があった。

 

「まァ良い。どの道今日はもう動く気はねェ。ゆっくり寝かせてろ。オマエ等も程々に身体を休めとけよ」

 

適当な机に腰かけながら一方通行はそう進言し、はい。と、彼の言葉にアヤネが頷き、続いて、ええとアルも首肯する。

 

「身体にダメージが残ったままアビドス砂漠に向かっても余計に体力を消耗するから、ですよね」

「良く分かってンじゃねェか」

 

ヘイローを宿す少女達は、受けたダメージを明確な傷として肌に現れることは少ない。

先日、ミレニアムで起きた事件の際に大きな傷を負ったユウカやミドリ、ネルは例外であり、基本的に彼女達は傷を残さず、体内でダメージを蓄積し、それが一定値に達した瞬間、意識を失う。

 

傍目には無傷に見えるのに、実際は動くことすら出来ないボロボロの状態になっていた。となっていても何らおかしくない。と言うのが一方通行が出している見解だった。

 

故に目に見える傷を負っていたユウカ達は正真正銘の超重傷だった訳だが、何故か次の日にはボロボロながらも元気に動いていたのはよく分からないと一方通行は諦めた。

 

とは言えそれらは考察の材料として機能する。

要はキヴォトスの生徒は、回復力も桁違いに高いのではないかと言う疑問だ。

そして一方通行はこの考えについて、間違いなく回復力が高いと踏んでいた。

 

今は全員倒れており、起きても満足に戦うことは出来ないだろうが、明日にはほぼほぼ通常時同様の動きが出来ると一方通行は見立てていた。

 

「明日には半数がピンピン。残りの半数も九割方回復してアビドス砂漠も進めるようになるだろ」

「ところで、その情報に信憑性はあるの? アビドス砂漠でカイザーが拠点を作ったって話」

 

アヤネと一方通行が話している中、ちょっと待ったと手を上げたアルが話の輪に割り込む。

その目からは、信ぴょう性はあるのか、という言葉が声を出さずに伝わって来る。

 

今回の作戦には彼女達便利屋の四人も新たに含まれている。

だからこそ、何も詳細を聞かずに彼の言葉を信じる訳にもいかないのだろう。

カイザーの拠点に関する情報を得ていることに疑問を持ってはいないが、それが事実かどうかを、一方通行の口からアルは聞きたいのだと、彼は推測する。

 

「この件に関してはアヤネの方が詳しい。つゥか俺もアヤネから聞いた話を信じてるだけだしなァ」

 

アルの意図を読めはしたが、そこに対して完璧な応対が出来るかは話が別。

そして対応出来ないと言うのが一方通行が出した結論だった。

 

なので、アヤネにこの後の説明を丸投げした。

同時に、俺が信じてるのだからお前も信じろと、アルに言葉に出さず伝える。

 

仕方ない。そう言いたげにアルは一方通行から目線を外し、アヤネの方に顔を向ける。

一方通行からのパス。そしてアルからの視線を受けて、アヤネははい。と、返事をした後、得た情報を改めて共有を始める。

 

「最初はノーマークだったんです。アビドス砂漠は何も無い場所ですから。カイザーコーポレーションがあそこで何かを企んでいるなんて、想像すらしていなかった」

 

アビドス周辺の地図を広げてアヤネは説明を始める。

高校がある場所に一指し指を置き、スルスルと滑らせるように指を動かしていく。

 

「転機が訪れたのは、単身調査に向かったシロコ先輩が、学校に置かれたバイクに発信機を取り付けたんです。動きがあったのはそこから数時間後。信号が動き始めたのを皆で確認して、止まった場所が……」

「アビドス砂漠のど真ん中。だったって訳ね」

「はい、間違いかもしれないと思ってその後も二回、三回と発信機を秘密裏に取り付けましたが、やはりアビドス砂漠のこの場所を発信機は指しました」

 

ピタリ。と、滑らした指を止めてアヤネは一方通行とアルを見上げる。

彼女が指を置いている場所はアビドス砂漠の奥深く。

 

普通ならばまず立ち寄らない場所。

立ち寄ることその物がおかしい場所。

 

そこに何回も発信機が止まった。

おかしいと思う方が普通だろう。

怪しむなと言うのが無理な話だ。

 

「場所は割り出せたんです。でも殴り込みを掛けなかったのは……」

「挟撃される可能性が高かったから。だな」

 

アヤネが言い放とうとしていた言葉を一方通行が横から奪い取る。

コクンと、彼の言葉にアヤネが頷く。

 

無謀な突撃は安易な死を招く。

カイザー側は学校から追い出した後もシロコ達の動向を逐一チェックしていただろう。

ホシノの場所を突き止めたと歓喜の勢いのままアビドス砂漠に乗り出せば、学校を占拠しているオートマタが動き出し、拠点にいるオートマタとの挟み撃ちを仕掛けていたに違いない。

 

補給地点も何も無く、環境的に最悪な砂漠という戦場で挟み撃ちを受けた場合、逃げ場も無く全滅するのは確実だ。

 

当然、彼女達もそれを分かっていたから、ホシノがいる場所を掴んでいながらも動けなかった。

 

「でも、学校は取り返しました。これで挟み撃ちの心配はありません。今度こそ、取り返しに行けます」

 

だが、状況は変わった。

最大の懸念点である挟み撃ちの心配は学校を奪還したことによって不要になった。

 

だが、最大じゃない細かな懸念点はまだ残っている。

少なくとも、一方通行は抱えている。

 

その為

 

「アル、アヤネ。俺は一度シャーレに引き返す」

 

懸念点を払拭する為、一度ここから離脱する旨を二人に伝えた。

直後、二人が驚いた顔で一方通行を見つめる。

このタイミングで先生が離脱するのは厳しい。

そう言いたげな顔をアヤネは浮かべている。

 

「装備を整える必要が出来た。砂漠を歩くにはどうしても俺の足が枷になる。それを払拭しに行く」

 

が、一方通行としてもここは譲れなかった。

言っている内容は本当。何がしかのサポートが無ければ足を取られる砂漠を歩くのは今の彼には難しい。

本当の理由を述べて、バッテリーによる制限時間が刻一刻と迫っている真に帰るべき原因を隠した。

 

「心配すンな、朝までには戻る。シロコ達にもそォ伝えろ」

 

充電に必要な時間は六時間。しかしフルまで充電させる必要は無い。三時間程で十分。それだけの時間があれば一日は余裕で動ける。シッテムの箱に至ってはフル充電される。シャーレに戻って、三時間休んで、アビドスに戻る。間違いなく朝までには片付く用件だ。

 

「明日の朝までは自由時間だ。それまでの間にとりあえずこれで英気を養っとけ」

 

言いながらシャーレの制服の内ポケットに手を突っ込み、取り出したソレを机の上に置く。

二百万クレジット。彼が持つポケットマネーのほぼ全財産だ。

 

「これ、は……先生?」

 

大金を前にしたアヤネが何事かと目を白黒させている。

対してアルはこの程度見慣れた額なのか、特に驚きを示さない。

 

「全員起きたらコイツで装備整えるついでに美味い物でも食いに出掛けろ。前半後半で組みを二つに分けて残った組が学校で見張りをしてれば安全だろ」

 

言いながら、一方通行は席を立って教室を後にする。

あ、先生。とアヤネから声が掛かり、一瞬立ち止まるが、振り返ることなく彼は歩き出した。

 

受け取れない。そう言いたかったのだろうと推測しつつ、しかしその言葉を敢えて無視する為一方通行は振り返らずに学校を後にする。

向かう先は、校門に置いてある自分のバイク。

 

懸念事項を打ち消す為に、彼は一度戦場から離脱する。

自分自身に出来る精一杯を、遂行する為に。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

ドーム状の空間に一人、小鳥遊ホシノは幽閉され続けている。

 

今日もまた、彼女は眠らない。

もう、眠いとすら思わくなっていた。

 

自身を傷付け付け過ぎて、精神が危険域に達している。

だがそれすらも、ホシノは受け入れていた。

 

結局、自分が生きていることが悪だったのだ。

交差個体(クロスオーバー)との交流を経て、ホシノはその結論に至った。

彼女がキヴォトスで何かをしようとしている。

そしてその原因を作ったのは自分の力。

 

突き詰めれば、自分自身が原因でキヴォトスに動乱が起きる。

その騒ぎを、止める力を自分は持たない。

 

生きていても、事態を悪化させるだけ。

ならばもう、この命を終わりにする方がまだ償えるのではないか。

 

気付けば、自然と彼女はそう思うようになっていた。

何もかもに、諦めを抱いていた。

 

その目に光は無い。

その身体に力は無い。

 

着実に朽ちていく過程をホシノは歩んで行く。

 

しかし。

突如、その終わりにストップが掛けられる。

 

「生きているかね。元副生徒会長」

 

靴音を鳴らしながら、一つの声がホシノが幽閉されている空間に響いた。

同時、ホシノの顔が険しく歪む。

 

二度と聞きたくないと思っていた声が聞こえてきたことに、強く、強く歯噛みする。

 

その言葉は、たちまちにしてホシノの瞳に生を宿させた。

ただし、その生は活力から生まれた物ではない。

 

全身の血液が沸騰し、腸が煮えくり返る程の憎悪が、瞬く間にホシノに感情を蘇らせた。

皮肉にも、彼女から感情や活力を奪い去った張本人が、彼女の目に力を宿らせた。

 

何度殺したいと考えたか飽き足りない。何度頭の中でグチャグチャに前進を叩き潰したか数え切れないほどの鬱憤した怒りが、ホシノに宿る。

 

「カイザーPMC……ッ!」

 

絞り出した声はどこまでも怨嗟に満ちていて、睨み付けるようにカイザーPMCと呼ぶソレを見上げるホシノの表情は正しく鬼の形相と言っても差し支えなかった。

 

カイザーPMC理事。

ホシノと、アビドスを嵌めた張本人。

 

醜悪な、大人。

 

顔も見たくない、声も聞きたくない存在が、ホシノの前に姿を現す。

隣に、一見洗濯機にも見えるが詳細は良く分からない自律型機械を引き連れて。

 

「なんだ、まだまだ元気そうじゃないか。聴いた話ではずっと寝ていないと聞いていたが」

 

射殺すような視線を向けられているにもかかわらず、カイザーPMCは自身のペースを一切崩さない。

ホシノは拘束されている身かつ、何かをしでかせば即座に包囲している二百三百の自動機関銃から一斉射撃と言う名の制裁が加わる状況に置かれている。

 

実質的に何も出来ない少女になったも等しいホシノだが、放たれている威圧は本物。

 

全く睡眠を取らなくなり加速度的に精神を消耗させている少女とはとても思えない程、彼女の目には気迫が籠っていた。

 

「まあ、どれだけ凄もうが置かれている状況が意味を奪っている以上、何の脅しにもならないことは君が一番分かっている筈だ」

 

でも、結局はそうだった。

カイザーPMCの立場は絶対安全。

ホシノが握られているのは施設全体を用いた生殺与奪の権利。

 

どれだけ圧をかけても、そこに意味は全くない。

全部が全部、ただのまやかしに過ぎない。

 

「紹介しよう。助手の五十六号だ」

「よろしく、ヨロシク」

 

全く興味が無い。だからこの機械の名前だとか役割だとかは全部全部どうでも良い。

それがホシノが真っ先に抱いた感情だった。

 

故に一切の反応を彼女は返さない。

 

しかし、彼女の心持ちはカイザーPMCも理解していたのか、特に言葉を投げて来るでも無く、五十六号に関する紹介を続けずに終える。

 

代わりに。

 

「本題に入ろうか」

 

恐ろしさが込められた声が響いた。

靴音を強調させて一歩、ホシノへと近付くカイザーの姿に、反射的にホシノの顔が上がる。

 

「今、外ではとても面白いことが起きていてね。何と我々が所有しているアビドス高校が君の仲間達によって奪われてしまったよ」

 

目を、丸くした。

カイザーPMCの前で感情を曝け出す行為は、彼女にとっては不覚だったかもしれない。

けれど、そんなことを考える余裕は無い程にホシノは動揺した。

 

自分が身を差し出した後、学校の所有権を握ったカイザーが学校を一斉襲撃し、シロコ達に学校を放棄せざるを得ない状況を作り出し、追い出したと、施設に入ってから聞かされた。

 

自分のせいで何もかもを失わせてしまった無力感に、寝ることすら出来なくなった。

もう、どうしようもないと思っていた。

 

なのに今、この男は学校を奪われたと言った。

それはつまり、皆がまだ戦っていることを意味している。

 

自分はもう諦めてしまったのに。

シロコは、ノノミは、セリカは、アヤネは。

今も諦めずに、前を向いて抗っている。

 

圧倒的戦力差を前にして折れずに立ち向かっている。

ドク……と、この施設に閉じ込められて、初めてホシノの心臓が高鳴った。

 

「シャーレの『先生』中々にやり手な男だ。戦力の一部とはいえ、こちらが敗北するとは流石に予想外の出来事だった」

 

パサリと、一枚の写真が投げ捨てられる。

視線を落とすと、シャーレの制服に身を包んだ真っ白な髪が特徴的な端正な顔立ちをしている男性の写真が目に入った。

 

(この人が……シャーレの……)

 

おもむろに彼女は思い出す。

まだカイザーに屈していなかった時期を。

皆でどうすればこの学校の借金を減らして存続させることが出来るのか頭を悩ませて日々のことを。

 

その案の中に、シャーレに頼るというのがあった。

皆で一縷の望みを掛けて救援要請を送った日は、今でも彼女の頭に残っている。

 

返事は、来なかった。

一日経っても、二日経っても、三日四日、一週間経っても来なかった。

 

助けが来ないと分かった時、ホシノは顔も知らない『先生』に失望を覚えた。

やっぱり大人はそうなんだと、希望を抱いた自分を呪った。

 

真っ黒な感情に支配されて、それを表に出さずにグッと堪えた。

失意のどん底に叩き落された顔をしていた他の面々をフォローする立場にならないといけなかったから。

 

(遅いよ……!! もっと早くに来てくれたら……!!! 皆があの時、泣かずに済んだのに……!!)

 

思わず、視界が歪む。

自然と、瞳に涙が溜まる。

 

ポトリと、雫が一滴、床を濡らす。

 

それはアビドスに来るのが遅すぎたことによる怒りの涙だった。

 

(でも……声は届いてた……! 私達の声は……ちゃんと届いてた……!!)

 

それは彼女達を助けてくれていることから流れた感謝の涙だった。

 

再び、雫が一滴、頬から零れ落ちる。

相反する感情が、彼女に複雑な気持ちを植え付ける。

 

「そうか、泣く程嬉しいか」

 

真上から声が響く。

何も分かっていない、彼女の感情を何一つ理解していない声が降りて来る。

 

刹那、ホシノの涙が止まる。

それ程までに、カイザーPMCの発言はホシノと相容れない物だった。

 

「しかしお笑い種だ。いくら暴力で学校を奪ったとしても肝心の所有権は我々にある。力でどうにか出来る問題ではとうに無いというのにもう勝った気でいる。所詮その程度な脳しか持ち合わせていない。この男の底も知れた物だ。ゲヘナでの勝利も彩られた物だと知らないでいる所が特にな」

 

だが、その勢いだけは買ってやろうと、カイザーPMCは勝者の立場から物申していく。

一方で、ホシノとしては何故ここで突然ゲヘナの名が上がったのか不明だった。

 

この問題はアビドスとカイザーでの話だけな筈。

事態が肥大しようとも根本は間違いなくこの二つ。

 

ゲヘナが絡む理由はどこにも無い。

なのに今この男はゲヘナで先生がカイザーといざこざを起こしたと言っている。

 

何が、外で起きているのだろうか。

一抹の不安が、ホシノに過る。

 

「勝者気取りの愚者が目指す最終目的は当然君だろうな、元副生徒会長」

 

そんな彼女の思考を塗りつぶすように写真を踏みつけながら、実に機嫌が良い声で理事は『先生』の目的はホシノであると明かした。

 

それは少し考えれば当然のこと。

学校を取り返した後に行うべきは奪われたホシノの奪還。

しかし肝心のホシノには、それは意外な物に聞こえてしまった。

 

自分なんかが救われていい筈が無いと思っていたが故に、誰かが助けに来るなんて未来を、想像すらしていなかった。

 

学校を取り返したという文言を聞いても尚、その発想に至らなかった。

 

「来ると分かっている以上こちらも防衛に全力を注がせて貰う。学校にいたオートマタとは数も違えば迎撃兵器の質も違う。誰一人辿り着くとは思えない。が、それでも万が一ということもある。曲がりなりにも学校にいた二百近いオートマタを蹴散らした相手だ。突破される可能性も考えなくてはならない」

 

だから、と。

カイザーはホシノのすぐ目の前にまで歩み寄ると、彼女の髪を左手で掴み上げ、強引にその顔を近づけた。

理事の右手には、拳銃が握られている。

鼻同士が触れ合う様な距離にまで顔を近付けられて、銃口を額に突き付けられて、ホシノはカイザーPMCに顔を真っ直ぐ見据えられた。

 

「だから面白いことを思い付いてしまったよ、やっとの思いで辿り着いたアビドスの面々、君の大事な仲間達に与えるべき試練を」

 

発砲されたのは、直後のことだった。

大きな音と共に、額に銃弾が突き刺さる。

放たれたのは、何の変哲も無い弾丸。

 

「あっっっが……ッッ!!??」

 

当然、彼女達ヘイローを持つ者にとってその程度は何の脅威にもならない。

いくら捕らわれの身だからと言って、いくら心身ともに疲弊していると言って、それはホシノにとって何ら致命的にはならない。

 

筈、だった。

しかし。

 

「が、あああああああああああああああああああああああああぁあああああああッッッッ!!!!!!!」

 

ホシノは、絶叫を上げた。

刹那、彼女の右腕の血管が破裂し、制服が赤い色で染まり始める。

ただしその現象は右腕だけが痛みを発したからではない。

 

全身に襲う痛みに、右腕が耐えられずに先に音を上げてしまったからだった。

 

「ぎ、ぐっっっっ!! ぐっっっ~~~~~~~!!!!!」

 

身体中を巡る血管全てが悲鳴を上げる中、ホシノは必死にこれ以上声を上げまいと歯を食い縛る。

代償として、ボタボタと彼女の額から夥しい程の汗が流れた。

 

激痛。

その一言ではとても済まされない痛みがホシノを襲う。

 

全身が引き裂かれる様な痛みだった。

全身が貫かれる様な苦しみだった。

 

自分の身に何が起きたのか、カイザーPMCは何をしたのか、何の細工を施した銃弾を放ったのか。

全く、全くホシノは分からなかった。

 

「ヘイロー殺しの弾丸。君達を殺す為に作り出された武器の一つだ」

 

強引に掴んでいたホシノの髪を離しながらカイザーPMCはポツリと呟く。

ヘイロー殺し。

それは、世界のバランスが簡単に崩れてしまう言葉だった。

絶対に、存在してはならない兵器だった。

 

しかし、ホシノはその威力の凄まじさを思い知った。

カイザーPMCの説明が嘘ではないことを、身体が証明してしまった。

 

今も右腕からは、ドクドクと血が止まらずに流れ続けている。

 

「この弾丸は少々特殊な細工が施されていてね。命中した振動を利用して相手の脳に一定のリズムを一定の感覚で刻む。特殊な波形を直接叩き込むことで電磁的刺激と暗示を同時に掛けると言った、科学的操作を極短時間だけ実行する代物だ」

 

一撃でホシノを瀕死寸前に陥れた拳銃を息も絶え絶えのホシノに見せびらかして彼は説明を続ける。

 

「これにより簡易的な()()()()()()()。それがこの弾丸の本質だ」

「のう……りょ、く……?」

 

時間が少し経ち痛みも大分引いてきたのか、未だ汗こそ止まらない物の、ホシノの思考が僅かばかり回復する。

だがそれはカイザーPMCが解説した内容が分かるようになったという訳ではない。

 

話されれば話される程、頭の中には無数の不明が浮かび上がるだけだった。

 

「神秘の身体は脳開発に酷い拒絶反応を起こす。これを()()()()()()()()()()()()()として、失敗すると言う部分に着目し、簡易的とはいえ超能力開発を引き起こす銃弾を作り上げた。その成果は……今の君に説明は不要だろう」

 

しかし、それでも直感的に分かる物はある。

その言葉を聞かされた途端、ホシノの背筋がゾワリと凍った。

この男が言っていることが真実だとするならば。

 

今の自分と同じような目に何度も会った誰かがいるということになる。

腐敗に腐敗した理事の後ろに、もっとドス黒く濁った誰かがいるということになる。

 

「とは言え欠点も当然ある」

 

言うと、再び男は拳銃を構えた後、再びホシノ目掛けて発砲した。

但し今度は頭では無く、彼女の心臓目掛けて銃口が向けられ、その心臓に容赦なく銃弾が突き刺さる。

直後、ビクッッ!! と、撃たれた恐怖と、先程の痛みがフラッシュバックし本能的にホシノの身体が震えた。

 

またあの拷問じみた激痛が来ると、無意識に身体が反応し身構える。

 

しかし。

 

「…………っ」

 

いくら待っても、全身の血管と言う血管が沸騰しているかと錯覚しそうな程の痛みは襲って来なかった。

痛みと言う概念すら、感じなかった。

 

「結果の通り、この銃弾は脳に撃ち込まないと効果が無い。どこにでもある普通の銃弾と化す。脳開発を行っているのだから腕や身体に当てても意味が無いのはある種当然の話であるがね」

 

カイザーPMCはホシノの心臓に突き付けた銃口をゆっくりと離しながら、話を続ける

 

「生身の人間に撃てばその銃弾の威力でどこに当てても死ぬので効果は見込めない。故にこれは君達にしか効果が無い弾丸。だからヘイロー殺しと名付けられたのだよ」

 

これが、ホシノが受けた銃弾の正体だった。

一発の銃弾がホシノの脳に超能力開発を行い、しかし神秘の肉体はその開発を嫌った。

 

結果、超能力者が魔術を使用した時のような反応が、彼女の身体で起こった。

 

無論、その結論までホシノは辿り着かない。

銃弾の結果発表と今の状況の因果がどう繋がっているのかも、何一つ的を得ない。

 

何故自分はそんなことをされたのか。

何の目的でそのお披露目を行ったのか。

そんな疑問ばかりがホシノの頭に浮かぶ。

 

「ゲヘナの風紀委員の連中もそろそろ会場に置いてたプレゼントの使い方も理解しただろう。動き出すなら同じく明日だ。全く、暴走する幹部に振り回される部下も哀れな物だ。そして先生が君を助けに来るのも状況から見て明日。ならば我々も、明日に向けて動いて行こうじゃないか」

 

途端、どこまでも悪意が籠った声がホシノに降り注ぐ。

答え合わせをしてやろうという、そんな思いが言葉には込められていた。

 

同時に。

思わず彼女の瞳孔が開いてしまうぐらいに、カイザー理事が放つ声にはドス黒い何かが混ざっていた。

 

「な……にを……」

 

何を企んでいる。

何を画策している。

この男の頭の中では今、何が描かれている。

 

何も分からない。

ホシノには一切把握できない。

ただ、ただ。

それが途轍もなく恐ろしい物であることだと、全身が訴えていた。

 

「五十六号」

「はい。目的の物はこちらです」

 

隣に連れていた洗濯機のような自律型機械の内部がおもむろに展開される。

出てきたのは、至って普遍的なヘッドフォンとバイザーだった。

 

「君にはこれを装着し、半日もの間、流れる映像と音を拾って貰う」

 

渡された要求は、言葉だけを拾ってしまえば特に何でもない物。

だがしかしこの状況でただ音楽を聴いて映像を見ろという要求が出される筈が無い。

 

確実に何かがある。見てはいけない、聞いてはいけない物だと勘が訴える。

だが、それを逆らえる状況に彼女は置かれていない。

 

選択権は、無いに等しい。

だが。

だが。

 

彼女の本能は、それでも拒否しろと言っていた。

 

「……。イヤだと……言ったら?」

 

グッッと、これが答えだと言わんばかりにホシノのこめかみに銃口を突きつけられる。

瞬間、彼女の望みは絶たれたことが確定した。

 

「五発は頭に受けて貰うことになるな。データでは助かった生徒は一割に満たないそうだが、君はどうかな? 折角助けに来た仲間が見るのは君が死んでいた姿だとしたら、間違いなく発狂すると思うがね」

 

課せられた言葉は、ホシノの行動を縛るには充分だった。

降伏せざるを得ないと、諦めるには充分だった。

 

自分のせいで今、皆は苦しんでいる。

なのにこれ以上絶望を叩きつける訳にはいかない。

それだけは、絶対に避けなくてはならない。

 

ならばどうするのが正解なのか。

簡単だ。

 

言いなりになれば良い。

 

どこまでもカイザーPMCの人形になれば良い。

そうでしか、彼女達を救えない。

 

そうやって、ホシノは自分自身を納得させる。

簡単に命が天秤に乗せられてしまった中で、何もかもがおかしくなった、狂ってしまった価値観で、望まざる選択をホシノは強制される。

 

拒否権は、無かった。

彼女には一切、与えられなかった。

 

「音と映像を見せて、何をするつもり……!」

 

何もかもが敵の思い通りになってしまうのなら、どう足掻いても轢かれたレールの上を走るしか道が無いのなら、せめて今から何が行われようとしているのかを把握しようとホシノは口を開く

 

しかし。

 

「それを体感するのも、楽しみだと思わんかね?」

 

帰って来た返答は簡素で、そして彼女の要望を何一つ汲み取ってはくれない物だった。

 

言葉の最後に、問答無用にヘッドフォンを無理やり頭に被せられ、バイザーが装着させられる。

ホシノは一瞬その行為に頭を左右に振って逆らおうとして……寸前で止めた。

 

逃げた報復を、恐れた。

確実に撃たれると言う確信が、ホシノに逃げると言う行為を封じさせた。

結果、無抵抗のままホシノはヘッドフォンとバイザーを装着させられる。

 

直後、ブゥ……ン……と、何かの装置が起動したかのような機械音が一瞬迸った。

数秒後、バイザーから映像が出力され始め、ヘッドフォンから音楽が流れ始める。

 

バイザーに流れる映像からは、目から『映像』と言う情報を使って脳に何かを書き込もうとしているかのような感覚が襲った。

 

ヘッドフォンから聞こえる音からは、耳から『音』と言う情報を使って脳へゆっくりと何かを染み込ませていくような感覚が襲った。

 

直感が、訴える。

これを見続けるのは、まずいと。

 

「…………っ」

 

咄嗟に、ホシノは目を閉じる。

 

「目を瞑っても無駄だ。目を閉じただけでは太陽の光を完全に遮断することは出来ないように、その映像もまた目を閉じただけで情報を掻き消すことは出来ない。確実に、確実に君の脳に蓄積されていく」

 

見越したかのようにカイザーPMCがホシノに無駄であると警告を発した。

その程度、予想していない訳が無いだろうとも言葉が続く。

 

「ゲヘナで塾を開いていたデータを基により洗練された百パーセントを半日間是非愉しんでくれたまえ。と、もう私の声は聞こえていないか」

 

だが、その言葉をホシノは聞くことが出来なかった。

近くで発された声を、声と認識することが出来なかった。

 

それは、彼女の五感が外からの刺激を受け無くなったことを意味している。

聴覚が、ヘッドフォンからの音以外を拾わなくなっている。

 

「……ッ! ッッッ……!!!!」

 

故にホシノは嘲笑うカイザーの声を聞くことは出来なかった。

孤独な世界に一人放り出されたホシノに、映像と音楽がイヤでも頭に叩き込まれていく。

 

「さて、私はここで彼女が壊れていく様子を眺めているとしよう。五十六号、君はゲヘナの行政官が壊れていく様子を眺めに行くと良い。彼女が救いようが無い程に暴走する時はもう近いぞ」

 

絶え間なく叩き付けて来る情報の雨に潰されないように必死に耐えてるホシノの様子を勝者の立場から眺めるカイザーPMCは、この舞台におけるもう一人の見世物であるゲヘナの風紀委員行政官、天雨アコの観察を五十六号に勧めた。

 

「天雨アコの肉体から独特の波長が発されていたのを先日確認。彼女の動向に強い興味あり。調査を介します。調査を開始します」

 

機械音声ながらどこか浮き立つ雰囲気を音に宿らせて五十六号は百八十度回転し、キュルキュルと車輪の音を立てて五十六号はいずこかへと姿を消す。

 

「…………ッ……!! ぐ……、っ……!!」

 

装置を付けられたホシノは外で何が起きているのか何一つ把握しない。

ただただ、己の身を守る為に懸命に努力を重ねる。

それが結果的に皆の助けになることだと信じて彼女は戦いを始める。

 

だが。

 

「頑張っているようだが、悲報だよ元副生徒会長。まだ始まって一分だ。その様子では五分後すら怪しいのではないかな?」

 

放たれた言葉はあまりにも無慈悲だった。

幸いなのは、ホシノは既にそれを聞ける状況ではないということだろうか。

 

但しそれは同時に不幸にも、その程度の言葉すら拾えない程、音に集中していることに他ならないことも意味している。

 

「誰も彼もが狂わされていくな。クク、一体誰のせいなのだろうな。……答えは言わずもがなだな。『先生』」

 

手に持つ写真とは別の方を見据えながらカイザー理事は先生と呟く。

その言葉に秘められた意味が語る真実は、未だ誰も見抜けない。

 

ただ、真っ黒でドス黒く深淵の悪意が間違いなくここ、学園都市キヴォトスに根付き始めていることだけは、疑いようの無い事実だった。

 

 











サブタイトルにいつも苦戦させられます。スプライターです。

一方通行がシャーレに帰還することになりました。バッテリーは大事だからね、仕方ないね。
活動限界があることをひた隠しにし続けている彼ですが、いつかこれが白日の下に晒された場合どうなるんでしょうね、彼ね。糾弾されたりするのでしょうか。


そしてホシノですが……どんどんヒロインらしくなってきました。
王道だと思います。展開は。展開は、ね。

アビドス編は伏線回収が多いパートになってます。あれやこれやが色々と交わってるような気がします。読者が一年前のことをどれだけ覚えてるのかと言われたら、ごめんなさい長すぎましたと黙るしかありませんが……。

感想コメント、閲覧、お気に入り登録いつもありがとうございます。
これが一番励みになります。頑張らせて頂きます。

それでは次回更新までまたしばらくお待ちください。



次回は……アコ……。に、なるのかなぁ……。
ちなみに創訳10巻。試し読みの段階から学園都市がヤバいことになってて実に買うのが楽しみです。インデックス……君は間違いなくヒロインだ……!!



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倒れた仲間の隣で、少女は一人笑っていた

 

 

シャーレに一方通行が一時的に帰還を果たしたのは、十五時を回ってからのことだった。

乗って来たバイクを降りた一方通行は、いつも仕事をしているオフィスに足を運ぼうとせず、そのまま仮眠室へと直行する。

 

(時間にしては早いが少し休むか……)

 

部屋に鍵を掛け、一方通行はベッドに横になった後、携帯を一分程弄った後バッテリーの充電に入る。

 

シャーレに訪れる生徒は複数人であることが多いのも相まって、仮眠室は個室で数室設けている。

個室を複数設置した用途としては生徒のプライバシーを守る為と言うのが表向きだが、真の目的は一方通行が誰にも悟られず充電を行う為の物だ。

 

個室が複数あれば、一室が使用不可であっても問題無い。

集団で活用するのではなく個人利用が主であると初めから定義しておけば、一方通行が充電していてもその様子が外部に漏れる心配は無い。

 

これが普通の就寝時間であれば生徒の目に見える形でバッテリーを充電していても音楽プレイヤーの充電だと言い張れるので問題は無いのだが、これが昼だと話は変わる。

 

充電するのにヘッドフォンを取り外さないのは何故かと質問される可能性が浮上する。

充電するのは良いとして、どうして先生も一緒になって休んでいるんですかと問い詰められても不思議ではない。

日中だとズボラを言い訳に出来ない。しかしその状態でも充電を迫られる日はやって来る。

彼の生活はバッテリーの残り時間に依存している為、後回しには出来ない。

 

それを見越して仮眠室を設け、わざわざ個室にして複数設置を一方通行は実施した。

いざと言う時を考えて起こした当時の行動は、現在の一方通行を救っている。

 

(充電が終わって用事を終えたらオフィスに顔を出すか……確か今日はワカモが来てるンだったな。それにミドリとユウカもまだ入院してるだろォし、そっちにも少し寄るか)

 

残された時間は限られているとはいえ、食べた弁当の感想と礼を言う時間ぐらいは残されている。多少の寄り道ぐらいは良いだろうと考えながら、一方通行は静かに目を閉じる。

 

本人は特に疲れを感じていなかったが、一時間以上もの間繰り広げられた戦闘及び、二時間に渡る運転は着実に彼の体力を削っていたのか、あっという間に彼の意識は睡眠の世界へと旅立つ。

 

…………。

………………。

……………………。

コン……。と、ドアが一回叩かれたのは、彼が睡眠に入ってからおよそ二時間と三十分が経過した頃だった。

 

「…………」

 

パチリと、音に反応して一方通行は目を覚ます。

しかし、目を開けただけでそれ以上の反応はしない。

 

起き上がりもせず、充電しているコードを引き抜いて隠すこともせず、ただジッと息を殺して身を潜めることに勤めた。

 

コンコンと、今度は二回叩かれる。

一方通行は動かない。

先程と同じく、扉の方向を見つめるだけで微動だにしない。

物音一つ立てず、彼は待機を続ける。

 

そうして三秒が過ぎ、

五秒が経過し、

二度目のノックが鳴った時間から述べ十秒を超えた時。

 

コンコン、コンと、今度は感覚を一拍分開けて三度ノックされた。

 

「……来たか」

 

瞬間、一方通行はベッドから身を起こしながらそう呟いた。

先程まで見せていた警戒心を一気に掻き消し、個室の鍵を開ける。

 

扉が開けられたのは、一方通行が鍵を開けてからほぼ同時。

姿を見せたのは、ミレニアムで世話になっている三人の少女達、エンジニア部の面々だった。

 

「やあ先生、休んでいた所すまないね」

「呼ンだのは俺だ。謝る必要はねェ。こっちこそ呼び出してすまねェな」

 

三人の中で先頭に立っていたウタハが扉を開け、起こしてしまったねと彼に詫びの一言を添えるが、どちらかと言えば謝罪すべきはミレニアムにいる彼女達を無理やり呼び出した一方通行の方である。

 

なのでその旨を一方通行は述べた。が。ウタハはそれ以上は言わなくて良いと僅かに首を振った。

 

「気にしなくて良いよ、お互い様だからね。……入室しても?」

「むしろさっさと入れ、見られると厄介だ」

 

それもそうだね、と、ウタハが先に入り、その後にヒビキ、コトリと続いて入室する。

一人用の仮眠室に四人が居座るのは些か大所帯だが、元々個室がそこそこ広いのも相まって特に狭すぎると言った感覚は無い。

 

「フフフ、ムフフフフ」

 

途端、最後に部屋に入り、必然的に部屋の鍵を閉める役目を担っていたコトリが鍵を閉めた直後、不穏な笑みを浮かべ始めた。

 

「誰かに見られると厄介。我々三人を誰の邪魔も入らない鍵付き部屋に招待。状況だけを綴ると中々に先生も悪ですねぇ。私達は一体何を先生にさせられるんでしょうか!」

「あァ? 何の話だ」

「真に罪なのは魅力、露出共に高い少女達しかおらず、先生を慕う生徒ばかりで構成されているシャーレと言う名の楽園そのものなのか、はたまた生徒が醸し出す魔性と言う名の誘惑に抗えない先生の理性なのか。

ここは防音完備の鍵付き個室! 一度入室すれば最後、逃げ出せず助けも求められず、我々が先生に逆らえないことを良いことにあれやこれやを命令する気であいだぁぁあッッ!? た、叩きましたね先生今私の頭を叩きましたね!!!!!??」

「変なことばっか口走ってるからだ自業自得だ反省しろ」

「場を和ませようとしただけなのにぃぃい……!!」

「それで場が和むと思ってるならちょっと病院行った方が良いンじゃねェか?」

 

辛辣な言葉を浴びせつつ、しかしコトリの暴走で空気がやや穏やかになったのも事実なのもあってか、それ以上は何も言わず一方通行は嘆息で済ませる。

 

そんな彼は今も、彼女達の前で絶賛充電中だった。

だが一方通行は特に隠したりもしていない。

彼女達も、その部分について気に掛けたりはしない。

 

「それにしても……、ちょっと、警戒が高すぎ……かも……?」

 

むしろ気になったのは、警戒度が高すぎる入室までのやり方だと、ヒビキが彼に向かって言及する。

 

「高すぎるぐらいが丁度良いンだよ。普通に仮眠室が満室で場所を空けて欲しくてノックする確率もゼロじゃねェンだからよォ」

「確かに、けど、面倒……」

「今日一回ぐらいしか使わねェンだ、受け入れろ」

 

もう。と、やや拗ねたような顔を見せ、一方通行も柔らかい声でその様子を小さく笑う。

…………空気を変えたのは、モードを切り替えていた一方通行が自身のスイッチを再び切り替えた直後だった。

 

「で、例の物は持って来たか?」

 

瞬間、ウタハ、ヒビキ、コトリの三名の表情が瞬く間に引き締まった。

それぞれの背筋がやや伸び、くつろいでいた姿勢が正される。

 

和やかだった場の空気が、厳かな物へと変貌を遂げていく。

雑談はこれで終わり。

ここからは仕事の時間だと。雰囲気が語る。

 

「勿論、先生の指示通り持ってきたさ」

 

ウタハが肩に下げていた鞄を一方通行に見せつける。

中身は隠れて見えないが、大きさからして確実に一方通行が要望した物だろう。

 

「良し、後は頼む」

「任せてくれ。ヒビキ、コトリ」

 

ウタハの呼びかけに、二人が同時に頷く。

それは仕事をする合図。

 

エンジニア部が、エンジニア部ではなく一方通行の協力者として動く合図だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

時間にして、一時間が経過した頃。

エンジニア部から適切な仕事を受け取った一方通行は現在、仕事を終えたエンジニア部がミレニアムに帰るのを見送りに玄関まで赴いていた。

 

「それじゃあ先生、今日はこの辺りで失礼するよ。また何かあったらミレニアムまで赴いてくれ」

「あァ。いつも悪いな。気を付けて帰れよ」

「先生も、だ。無事にまた顔を見れることを望むよ」

「言ってろ」

 

軽いやり取りを交わしつつ、そしてウタハなりの気遣いを鼻で笑いながら、一方通行はシャーレを後にするウタハ達の後ろ姿を見送る。

そのまま十秒程彼女達の出発を見届けた後、ワカモ達に挨拶でもするかと足取りをオフィスに向かわせようとした矢先。

 

「硝煙の匂いと煤の香りがします」

 

突然、背後から見知った少女の声が聞こえた。

耳が拾ったのは、オフィスで自分がやる筈だった仕事を担当している筈の少女の声。

 

狐坂ワカモの声だった。

 

一体いつからここにいたのか。

その部分について一方通行が振り返りながら問いかけるよりも先に彼女から疑問文が投げられる。

 

「あなた様。あなた様は一体アビドスで何をされていたんですか?」

 

彼女の方へ向き直った末に放たれた声は、言い知れない凄みが溢れていた。

今は何を言っても言い返されそうな気がする。

そんな予感がひしひしと感じられる。

 

こういう場面を何度か彼は経験している。

例えばユウカから何に大金を使ったんですかと自身の金の使い道について詰められた時。

例えばミドリからスカートと短パンどっちが好きなんですかと謎な意見で二者択一を迫られた時。

例えばハルナから。

例えばヒナから。

 

掲げられた選択肢以外を選ぶといった、『逃げ』が許されない空気を、彼は何度か経験している。

今回のワカモもまた、これらと同質の物だった。

 

「アビドスに行ってただけだ」

「じゃあこの服に染み込んでる明らかな戦闘後のような臭いは何なのでしょう?」

「……道中でいざこざがあった。それだけだ」

「いざこざ、ふふ、いざこざですか」

 

不敵に口元を緩め、しかし目は笑わずに一方通行が放った内容をワカモは復唱する。

面倒くさいことになってしまったと、素直に一方通行は思った。

ワカモは完全にお冠だ。

 

無論、彼女が言いたいことぐらいそれなりに付き合いのある一方通行は分かっている。

分かっているが、その主張を是とするかは別問題だ。

 

キヴォトスで銃撃戦が発生するのは特に珍しいことではない。

むしろ、日常の範疇にあると言っても良い。

 

なので彼女が静かな怒りを振り撒いているのは言ってしまえばお門違いなのだが、今のワカモにそれを言うだけの勇気は一方通行には無い。

 

こうなった時の少女達との口論において、一方通行は一回も勝った試しが無い。

気圧され、成すがままに頷くことしか最終的に出来なくされてしまうのだ。

 

しかし彼とて全戦全敗の記録を更新し続ける気は無い。

なので立派な正論の下、言い訳を述べる。

 

「ワカモ。言いてェことは分かるが見ろ、俺は無傷だ。何も心配する必要はどこにも」

「また前線に出てましたね? 先生?」

 

が、それは全て言い切る前にワカモに被せられ、バッサリと切り捨てられた。

同時に、やっぱりそこか。と、ワカモが怒っている理由が考えていた内容と一致していたことに、まあまあワカモに対する理解も深まって来たな等と、どうでも良いことを考え、もとい現実逃避が彼の脳内で行われる。

 

「前から言ってますが、私だって常に先生の身を守れるとは限りません。私や……不本意ですがハルナさん達の力を信じて前に出る以前に、ご自身で危険を避けることも念頭に置いて欲しいと思うのは、私の我儘なのでしょうか? 私達が先生の傍にいない時ぐらい、安全圏である後ろから指示を出す戦いをしてくれても良いのではないでしょうか?」

「…………」

「この際なのでハッキリ言いますが、彼女達の力は認めています。ですがそれ以外の方達について私は基本的に信頼を置いていません。この意味が分かりますか? 先生」

「………………」

 

壮絶に、壮絶に答えに詰まる質問だった。

ワカモの言葉が一方通行の心に刺さってしまうが故に、安易に否定の言葉が吐けない。

無論、彼女の方が正論を語っているというのもある。

だがそれ以上に、彼女が放った内容が一方通行の身を案じているのがどこまでもどこまでも伝わるが故に、一方通行は言葉に詰まった。

 

口を開けば、ワカモの気持ちを無下にしてしまうのが確定だったからだ。

一方通行が前線に出るのは戦いが好きだからと言う訳では無い。

彼が前に出れば出るだけ、共に戦ってる少女達の危険が減るから彼はそうしているのだ。

 

当然、これを言ってしまえばワカモは酷く傷つくだろう。

苦しませることが分かっているから、一方通行は言葉に詰まる。

 

「…………悪い」

 

たっぷりと数秒以上の沈黙を経て、漸く絞り出した声で謝罪する。

彼女に誠意を見せられるのは、これが限界だった。

それ以上は、嘘で塗り固める言葉を吐くことになる。

 

しかしそれをすれば最後、ワカモの心に傷が生まれてしまうだろう。

彼が放った簡素な謝罪は、彼女の気持ちを最大限尊重する現れでもあった。

 

「良いんです。それがあなた様の良い所でもありますから」

 

今はその言葉が聞けただけでも良しとします。と、彼女なりに納得してくれたであろう返事が返って来る。

彼女の返答を機に、漂っていた威圧的感覚が和らいだのを肌で一方通行は感じた。

 

どうやら、窮地は脱したらしい。

 

「もうすっかり暗いですが、あなた様は今からアビドスに戻るのでしょう?」

 

その証拠に、彼女の声色も和らいでいた。

アビドスに戻るのかと言う質問に、一方通行は首を縦に振る。

 

シャーレに一時的に帰って来た物の、元々長居するつもりは無い。

 

寄ったのは、あくまで充電と装備調達の為。

 

充電は三十時間分は確保した。

シッテムの箱に至ってはフル充電が完了している。

装備もエンジニア部を呼びつけ、既に装着している。

 

「あァ。そのつもりだがそれがどォした」

 

状況的には今すぐ出ても問題は無い。

なので一方通行は素直にそうだと返す。

 

「良いでしょう。私も行きます」

「ァ!?」

 

一方通行からすれば、ワカモの発言は予想外も甚だしい物だった。

対してワカモの方は何を驚いているんですかと言いたげな顔を浮かべている。

 

「任されていた仕事も終わりました。私もアビドスで何をしているのかの手伝いに伺います」

 

言葉は柔らかかったが、その実態は警護に近いなと、一方通行はワカモの思惑を読み取った。

どうやら彼女の中ではアビドス=危険な場所だと認識したらしい。

 

カイザーコーポレーションが拠点を構えるアビドス砂漠に殴り込みに行くのが次の目的なので、あながち彼女の認識が間違いでもないのが微妙に反応を困らせた。

 

だが。

それとは別に。

 

ワカモを連れて行くか行かないかについては、大きく一考の余地があった。

単純に彼女を連れて行けば、戦力が一人分増える。

 

相手の戦力がどれ程の物を有しているのか詳細を掴み切れていないのもあって、戦力を増やす行為は非常に重要だ。

 

加えてワカモはシャーレに顔を出すメンバーの中では上から数えた方が()()早い方に位置される屈指の実力者。便利屋、アビドスの面々と強さを比較した場合、文句無しにワカモが一番強い生徒である事は確実。

 

どうするべきか。

彼女の意思に沿うべきか、沿わないべきか。

一方通行は悩んだ。

危険であると予め分かっている場所にワカモを連れて行くのかと、悩んだ。

そうして悩んで、悩んで、悩んだ末に。

 

「…………それなりに危険だぞ」

 

意志を、確認した。

 

「先生の格好を見れば分かります。だからこそ行くんです」

 

答えは、明瞭だった。

力強い返事に、一方通行は折れた。

同時に、彼女の意思を受け入れた。

 

「……良し、ニ十分後にシャーレを出る。その間に済ませなくちゃならねェ準備を済ませて来い」

「ええ、装備確認やオフィスの電源諸々を整理してきますわ」

 

踵を返して上階に向かって行くワカモを眺め、姿が見えなくなったのを確認した一方通行は壁に背を付く。

休憩の為だった。

 

「覚悟しちゃァいたが……杖有りなのに立ってることすら辛いとはな……」

 

誰にも聞こえないように声を小さくし、愚痴る様に吐き出す。

見れば、彼の足は細かく震えていた。

 

ワカモに準備時間を与えたのは、文字通り準備時間を与えたのもあるが、それ以上に自分自身に休憩時間が欲しかった部分が大きい。

 

余計な心配を掛ける訳にはいかない。

 

「早く慣れねェとな……」

 

この代償は受け入れるべき物。

そう割り切って、彼は足の震えが収まるのを待って、バイクへと向かう。

 

発進準備を終えた一方通行の下に、ワカモが自身の銃を担いで準備万端で降りて来たのは五分後のこと。

シャーレを出発したのは、その一分後のことだった。

 

アビドス地区で発生した小鳥遊ホシノ救出作戦。

彼女達の運命を元に戻す戦いに、狐坂ワカモが参戦する。

 

が。

 

「オイ……そこまで強く抱き着くことはねェと思うンだが。つかまだ発進してませンが?」

「あなた様……! いえ、これは必要なことです……ええ、はい。凄く……その凄く……これ、いいです。うん。良いです」

 

災厄の狐と恐れられる少女は現在、夢現な表情で幸せそうに彼の背中に頬をすり合わせていた。

彼女の様子は、天国はここにあったんだと示しているかのように幸せそうだったと言う。

 

ついでに言うと語彙も完全に死んでいた。

 

「あの、このままアビドスに向かわずキヴォトス一周旅行にルート変更しません?」

「何のために乗ったンですかねェワカモさン!? ふざけてるなら今すぐ降りて下さいお帰りのシャーレはあちらになりまァす。あと旅行って言いやがったなコイツ遊び半分じゃねェか」

 

もっと言うと雰囲気も完全に壊れていた。

 

降りませんアビドスに向かってくださいと慌てて弁明するワカモに対して盛大に嘆息しながら、一方通行はバイクを吹かす。

 

夜のキヴォトスは、そんな二人を歓迎するかのように、静かに静かに時間を刻み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

同日夜、ゲヘナの風紀委員執務室。

空崎ヒナは、神妙な面持ちで一人自分の椅子に座り、俯いていた。

 

普段ならばこの時間でも取り掛かっている書類の山も今は片付けている。

なので、今彼女がこの部屋にいる理由はどこにも無い。

 

それでも彼女は執務室にいた。

そうする理由は二つ。

 

一つは、ある人物を呼び出した為。

もう一つは、自分の気持ちに整理を付ける為、一人でいられる時間が欲しかったからだった。

 

彼女の胸中は、穏やかでは無い。

極一部の例外、先生の前にいる時を除いて常に冷静に振る舞っている普段の彼女からは想像も出来ない程、今のヒナは複雑な表情を浮かべていた。

 

「………………」

 

心臓の鼓動が、早くなっていく。

ザワザワとした感情が、心の中でこびりついている。

不快では無く、不安が、渦巻く。

 

いつになく、ヒナは取り乱していた。

 

そんな訳無いと心は思っている。

でも、事実はそうでは無いと語っている。

 

信じたい。

信じられない。

 

相反する二つの気持ちが、ずっとずっとヒナの胸の中で戦い続けている。

 

そんな折。

執務室の扉が二回、優しく叩かれた。

 

「っっ!!」

 

バッッと、顔を上げる。

時刻は既に十時を回っている。普段なら寮でそれぞれくつろぎの時を過ごす時間。

この時間に誰かが執務室を訪れることは、緊急時でもない限りあり得ない。

 

これら二つのことから、この扉の前にいるのは彼女が呼び出した人物による物であることを意味している。

 

「…………入って」

 

一つ深呼吸し、表情を整えて、いつもの彼女を演じて、ヒナは努めて冷静な声で促す。

失礼しますと、扉の外から聞こえて来た瞬間、ヒナは背筋を伸ばした。

 

次いで、軽い音と共に扉が開かれる。

入って来たのはやはり、彼女が呼び出した人物だった。

 

「どうしましたヒナ委員長」

「……アコ」

 

ヒナが呼び出したのは、ゲヘナ風紀委員。天雨アコ。

呼び出されたアコは、いつものように笑みを浮かべながら入室する。

 

「……………………」

 

瞬間、ヒナは迷った。

アコは呼び出した。後は話を切り出すだけ。

 

それだけ。

それだけだった。

 

そのそれだけが、ヒナに圧力を掛ける。

重圧を、圧し掛からせる。

 

故に。

 

「委員長?」

「…………、先日カイザーコーポレーションのオークション会場から押収したパワードスーツの解析は終わったの?」

 

重い口を無理やり開けて放たれたのは、本題からやや逸らされた逃げの言葉だった。

真に聞きたいのはそんなことじゃないのに、思わず彼女は重圧に耐えきれず逃げの話題を使ってしまう。

 

けど彼女の行動責めることは誰にも出来ないだろう。

ヒナに被さる重圧を思えば、それは当然だと誰もが言い切ったに違いない。

 

「はい、動かし方は確認しました。いつでも使えます」

「……ッ!! …………そう」

 

だが、必死の思いで切り出した逃げの話題は、思わぬ所で本題と掠ってしまった。

同時に、アコが放った発言それ自体が、ヒナに一つの答えを与える。

 

疑いが事実であると思い知らされる。

 

「生身の十倍の身体能力を発揮させる電動パワーアシスト。我々の銃弾に耐える防御性能。その技術は常識を遥かに凌駕しています。科学においては随一を誇るミレニアムですら何一つ成し得ていない……少なく見ても、三、四世代は上の技術です」

 

性能を捲し立てるアコの言葉だが、今のヒナには何一つ頭に入って来ない。

 

彼女が並べている性能がどれほど恐ろしい物であるかを、タイミング悪くヒナは咀嚼出来なかった。

今、ヒナの脳内にあるのは、たった一つだけ。

 

『天雨アコが、押収品を用いて今夜にでもゲヘナを発ち先生に攻撃を仕掛けようとしている』

 

その疑いだけが、否、その事実だけが、延々と延々とヒナの精神状態を悪化させ続けている。

そうあって欲しく無かったのに、そうあってしまった苦しみが、ヒナを蝕み始めている。

アコの言葉が、何一つ頭に入らないぐらいに、瞬く間にヒナは追い詰められていく。

 

アコが襲撃計画を企てているかもしれないとヒナに情報が入ったのは夕方だった。

報告したのは、先日カイザーコーポレーションのオークション会場の現場を取り押さえた風紀委員の一人。

 

会場に突撃した際、シャーレの先生がそこにいたこと、

先生とアコが邂逅した時。誰が見ても分かる程アコが取り乱していたこと、

ヒナに相談をしろとアコが先生から助言を受けていたこと、

取り乱したアコが先生に攻撃を加えたこと、

風紀委員の何名かが同じく彼に攻撃を始めたこと、

その際に先生がアビドスの生徒と共に風紀委員から逃げ出したこと、

それ以降アコから異様な雰囲気が漂い始めたこと

最後に、押収したパワードスーツを会場制圧作戦に参加した風紀委員に装備させ、出撃準備を進めているとヒナは報告を受けた。

 

そこで初めてヒナはその場に先生がいたことを知り、それよりも先生がアコに、風紀委員に攻撃された事実に顔面を蒼白に染め上げた。

 

同時、無事に逃げたという報告を聞き、とても、とても安心したのを今でもヒナは忘れられない。

 

アビドスにいる筈の先生が何故その生徒を連れてゲヘナにやって来ていたのかについてはヒナにはどうでも良かった。先生がどう動こうが、そこに大きな過ちは無いと信じているからこそ、何処にいてもヒナは彼を肯定する。

 

故に問題は、どうしてアコが先生を撃ったのかだけに収束した。

真意を問い質す為、もしくは報告が過ちかどうかを知る為、ヒナはアコを呼び出した。

 

結果は、ヒナにとって最悪な方向へと傾き始めていた。

そうあって欲しくないとした答えが、そうあってしまった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

アコを呼び出して僅かな問答の間に、ヒナはその答えに辿り着く。

 

「アコ、単刀直入に言うわ。──先生をどうして撃ったの? 昨日のオークション会場で遭遇した時、その必要が何処にあったの?」

 

事実を確信した上で彼女の意図を汲もうと、必死に必死に必死に必死に冷静であるように努めながらヒナは確認を行う。

 

その質問に込められた意は奇跡。

逃げ出すカイザーの残党を撃とうとして誤射しかけた。

アビドスの生徒をカイザーの協力者と勘違いし、引き連れて来た先生に誤って咄嗟に攻撃を仕掛けてしまった。

そもそも、アコが撃ったという報告そのものが嘘で、撃ったのは報告した風紀委員でそれを隠蔽する為にアコを利用した。

 

お願いだからそうあって欲しいと、勘違いで終わらせて欲しいと思って問うたヒナの言葉は。

 

「あの人が我々ゲヘナにとって障害にしかならないと判断したからです」

 

呆気なく、アコ当人によって否定された。

同時、ヒナから息を呑む音が大きく響く。

 

信じられない。そう言いたげな目をヒナはアコに向ける。

 

「アレを生かしておく利はゲヘナにはありません。一刻も早く始末するべきです」

「何で……! 何で、アコ……!!」

 

思わず立ち上がり、アコの近くまで慌てて歩み寄る。

信じられなかった。

アコがそこまで言い切るなんて思いもしなかった。

けれど、彼女の言葉に迷いは無かった。

 

本気であると、ヒナは痛感した。

 

「──命令よアコ。出撃を中止して」

 

単刀直入に、用件を伝える。

委員長として、上司として部下に命令を与える。

 

だが。

 

「その命令だけは聞けません」

 

アコはその命令を受け入れない意志を即座に示した。

彼女が出したあり得てはならない答えに、ヒナは目を見開いて身体を震わせる。

 

立場を理解しているのならば、アコは絶対に拒絶出来ない。

普段行使しない権力をヒナは行使したのに、アコは命令を拒否した。

故に必然の問いが口から出る。

 

「な、何で……」

「ヒナ委員長の為になるからです」

「ッッッ!?!?」

 

真っ直ぐな声が響いた。

正真正銘、そう思っているが故に出た結論がアコの口から語られる。

 

ヒナは絶句するしか無かった。

アコが言うこと全てが、理解出来なかったから。

 

「先生がいることはヒナ委員長にとって害にしかならない。私がそう判断しました」

「そ、そんな……! そんなことない!! 先生は私の重りになんかなってない!! 全部気のせい! 私は先生に救われてるの!!」

「それこそが委員長の勘違いです。そう思ってるだけです。アレは私達の敵です」

「なんで……、そこまで……」

 

取り付く島も無かった。

何故彼女が先生をそこまで敵視しているのか、一切合切をアコはヒナに教えなかった。

理由を聞いても、大雑把な物ばかりで詳細を話してくれない。

 

肝心な部分が抜けて、結論だけが先走っている。

根幹が完全に伏せられているのに、行動は一貫している。

 

ヒナの頼みを、アコは一切聞いてくれなかった。

 

「分かった、私がシャーレに行ってゲヘナの仕事を滞らせた。それが先生の責任だってアコが言うなら私もうシャーレに顔を出さない! ここで委員長としての責務を果たすから! だから考え直して!!」

「委員長は絆されたんです、その原因は先生にあります。解決するには一つしかありません」

「お願いアコ!! 攻撃するのを止めて!!! 先生に手を出さないで!!!」

「もう一度言います。アレは敵です」

 

懇願すらも、届かなかった。

ヒナが初めて見せた縋りつく姿勢も、今のアコには何も届かなかった。

自分の言葉が何一つ通じない初めての感覚に、ヒナは文字通り言葉を失う。

 

同時、底はかと知れない絶望が、ヒナを覆った。

話が通じないこと。それだけではない。

先生を殺そうとするアコの意志に一切の迷いが無いことに、心にヒビが入った。

 

「大丈夫ですよ、ヒナ委員長」

 

冷静さを失い何処にでもいる少女のように頬を濡らすヒナに向かって、アコは優しい声を掛けながら一歩、引き下がりながら右手を前に差し出す。

 

ヒナは、反応出来なかった。

まるで別人のように変貌したアコの行動、言動の何もかもが分からなかった。

脳が処理を拒否してしまった。

 

だから。

 

「明日には、全部元通りです」

「何を──」

 

言いかけた言葉の、途中だった。

突然、ゴガンッッ!! と言う音と共に腹部に重い衝撃が走る。

 

それは、予兆も何も無い、無意識から飛来した一撃だった。

少なくとも、ヒナには何が起きたのか想像すら出来なかった。

 

ただ、そこに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そうとしか、彼女が分かる要素は無かった。

 

「が……ッ!?」

 

正体不明の一撃に、何を言っているのと続けようとしたヒナは言葉を言い切ることが出来ず真後ろに吹っ飛び、鈍い音を響かせて壁に頭を強く打ち付ける。

 

視界がグラリと揺れ、全身の力が抜ける。

ブレていく視界から、途切れかける情報から、垣間見る。

 

禍々しいという表現すらおこがましい、汚泥と猛毒をドロドロに混ぜ合わせて蒸気として噴出させているような光景が、アコの全身から放たれているのを。

 

錯覚かとも思ったソレは、次の瞬間には本当に見間違いだったのかと疑う程に消失する。

だが、まやかしであると断定したくても、受けた一撃が証拠として物語られていた。

先程の異質な何かが、確実にアコに宿っていると。

 

「ア……、コ……」

 

彼女の名を、ヒナは呼ぶ。

ズルリと滑り落ち、徐々に徐々に身体と床の接地面が増えていく中、ヒナは彼女はか細い声でアコと呼ぶ。

 

もう、四肢には力が入っていなかった。

起き上がる素振りすら、見せられなかった。

何かを言いたそうにパクパクと口を開けるが、しかしそれ以上の言葉を言えず、ヒナの視界が真っ黒に染まり、意識が途絶える。

 

執務室に立っているのは、アコ一人だけ。

 

「取り戻して見せますよ。ヒナ委員長。私達の日常を」

 

明日になれば、ヒナの日常から先生と言う存在が消える。

彼の事に頭を悩ませる必要が無くなる。

彼に振り回される苦しみが消える。

 

間違いなく、委員長にとって必要な事項だ。

彼がいなくなれば、あの人が世界から消え去れば。

 

ヒナ委員長は、幸せになれる。

 

「もう大丈夫です。安心して今は寝ていてください。委員長の世界は私が守ります」

 

自分が何をやっているのか自分自身でも判断が出来ていないことにも気付かず、アコはその言葉を最後に、執務室を後にしようとする。

 

そんなアコに声が掛けられたのは、彼女が振り返り、後にする為の第一歩を踏み出そうとした次の瞬間だった。

 

「そこを動くなアコちゃん!!」

 

バンッッ!! と、勢い良く扉を開けてある少女が突入し、アコの行く手を阻む。

飛び込むように姿を現したのは、アコの友人であり同じ風紀委員の銀鏡イオリ。

 

一部始終を扉の外で聞いていたのか、はたまた先の激突音を聞いて慌てて向かって来たのか、彼女の額には大きな汗が流れており、呼吸は荒くなっている。

 

そんな彼女の瞳は、まっすぐにアコを捉えていた。

言葉に出さず、彼女はアコに伝える。

 

一体、何をやっているんだと。

 

「やりすぎだ……アコちゃん!!」

 

意識が無いヒナを横目で追いながら、イオリは言葉尻を強くしてアコに詰め寄る。

声に含まれているのは動揺、戸惑い、怒り、困惑。

 

あらゆる感情がごちゃ混ぜだった。

様々な感情が噴出し、でもそれを言葉に上手く纏められず、表情で彼女はアコに語っていた。

 

一体、何をやっているんだと。

傍ら、アコの表情は全く別の景色を映していた。

 

丁度良い駒が、丁度良く現れたなと。

 

「イオリ。今から先生を始末しに行きます。ついて来て下さい」

「ッッ……!? な、なんで先生を……始末しに行くんだ……! 今は……委員長を保健室に連れて行くことが優先じゃないのか……! いつものアコちゃんなら……委員長に飛びついて我先に運び込む筈なのに、どうして、そう、しない……んだ……?」

「決まってるじゃないですか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「~~~~~~ッッ!!!」

 

返答はどこまでも簡素で、要点だけをアコは述べる。

イオリが抱く動揺も、ぐちゃぐちゃの感情も全て、仕事には必要無いと切り捨てているかのように。

 

ヒナの安否すら、定めた目標の優先順位より下だと、ハッキリとアコは告げる。

普段なら絶対に言わない言葉を、彼女は普段から使っているかのように使っていく。

 

それは、イオリの感情を爆発させるには、十分な起爆剤だった。

 

「なあ、なあ……!! 率直なことを、聞いて良いか?」

 

手を無意識に震わせて、イオリは今にも泣きそうな声でアコに問う。

 

「……、先生が何か私達にしたか? 私達に何か、敵対するような何かをしたか!? そんな記録も、記憶も無いよな!? 過剰戦力をぶつけて動きを抑制するような悪いことを先生は何もしてない!! そうだろアコちゃん!!!!」

 

アコの胸倉を掴み掛かってもおかしくない勢いでイオリは捲し立てる。

彼女が語るのは正論。

ゲヘナで何度か先生は活動している。その全てが何らかの事件が絡んでいたのも把握している。

けど彼はずっとゲヘナを、風紀委員を尊重してくれていた。

顔を立てる為の行動を、取り続けてくれていた。

 

その事実に恩を感じる必要は無いが、恨む必要もどこにも無い。

彼に攻撃する必要がどこにあるのかと、力説する。

 

「悪いことはしてますよ。あの人が好き勝手に動いていることそれ自体が悪です。私達の邪魔で、敵である証拠です」

 

アコは、当然のような顔で言い切った。

何を言っているんだと言わんばかりの目線をイオリに向けた。

 

彼がやっていることが悪事なのは明白だろうと、言葉を添える。

 

さも当たり前。

把握していて普通の常識。

 

むしろ彼が敵であることを何故イオリは承知していないのだと言いたげな圧を、言葉に乗せてイオリに突き立てる。

 

「ゲヘナ以外で先生が何をやろうとも無視するつもりでした。けどあの人は私達に干渉した。一度目は見逃して警告だけで済ませました。彼はそれを聞き分けなかった。これで悪いことをしていないとでもイオリは言うのですか? 私には攻撃する理由しか見当たりません」

 

瞬間、カッッ!! と、イオリの顔が熱くなった。

掴み掛からなかったのは、奇跡だったかもしれない。

 

イオリが許せる限界を、アコの発言はとうに踏み切っていた。

 

「何でそこまで恨んでるんだ……! 何でここまでやろうとしてるんだッッ!! 確かに何度か仕事中に遭遇したさ!! でもそれだって先生は私達をずっと立ててくれたじゃないか!!! 敵じゃなかった!! 先生はずっと私達の味方だった!!!!!」

 

それでも、力に頼らず言葉で説得しようとしたのは、彼女の優しさが為した行動だった。

でも、アコはそうじゃなかった。

 

だから。

 

「もう良いです。イオリは先生の側に付くんですね」

「そう言う話をしてないだろ! 何でそんな極端に物事を考え──」

 

ゴッッ!! と、突如物々しい音がイオリの後頭部で炸裂した。

 

イオリは、何が起きたかすら分かることは出来なかった。

アコに正論を浴びせようとした動きのまま。イオリはその一撃を受けて言葉を言い切ること無くドサリと床にうつ伏せに倒れ、それきり動かなくなる。

 

攻撃を受けて、ブツンと意識が途絶えた事実すら彼女は認識していなかったことだろう。

それ程までに呆気なく、そして簡単にイオリは倒れた。

 

「戦うつもりが無いならそこで寝てて下さい、()()()()()()

 

冷めた目でイオリを見下ろしながら、アコは冷酷に切り捨てる。

これ以上、余計な言葉を聞き続ける気は無い。

 

文字通りイオリを一蹴したアコは、再び静かになった執務室を後にし、再び出撃準備を整えている風紀委員達の部屋へと足を運ぶ。

 

「止まって下さい。アコ行政官」

 

背後から声が掛けられたのは、廊下を歩いている最中。

聞こえてきたのは、またもアコの見知った声だった。

 

「はぁ……またですか……」

 

聞き分けの無い、物分かりの悪い人達で風紀委員は構成されていたのかと内心思いながら、うんざりとした表情で振り返る。

そこから、想像した通りの人物と、想像していなかった軍団がアコの視界に映った。

 

「……へぇ」

 

目を細め、アコは前方にいる集団に視線を注ぐ。

先頭にいる仲の良い少女は、彼女に銃を向けていた。

 

その後ろにいる、カイザーコーポレーションから押収したパワードスーツに身を包んでいる少女達も、動揺に彼女に銃を向けている。

 

明かな敵対意思が、アコに向けられていた。

 

「チナツさん……。それに……。皆さんも…………全員寝返ったという訳ですか」

 

結論からアコは述べる。

どう見ても反逆の意志ありとしか見えない姿勢に、アコは早々と結論を出した。

 

「彼女達は私が説得しました。この作戦に参加する必要は無いと。今の行政官の指示に従う必要は無いと」

 

先程まで従順だった彼女達が一斉にこちらに武器を向けている理由をチナツが語る。

どうやら、彼女が戦犯らしい。

 

余計な真似をする。と、アコはチナツに向かって見下す視線を向ける。

 

「ふふ、私の意見は聞いてくれないんですね。こんなにも私は正当性を掲げているのに」

「聞ける訳がないでしょう……今の冷静さが無いあなたの意見を聞ける訳が無いでしょう!!」

 

アコが向けてくる視線の意味を受け取り、その上でチナツは怒声を上げた。

向けられた目線にではなく、行おうとしている行動に足して。

 

チナツは、滅多に見せない形相で、滅多に聞かせない大声で、アコを糾弾する。

 

「誰を攻撃したのか分かってるんですか!!! 自分が今何をやっているのか分かっているんですか!!!!! あなたは今……ゲヘナ全体を攻撃しているも同義なんですよアコ行政官!!!」

 

チナツが叫んだ言葉は、アコの行動がもたらした結果を意味を的確に表していた。

 

ヒナを撃破し、イオリを攻撃し、味方である先生を襲撃しようとしている。

それは即ち、ゲヘナそのものを攻撃し、敵対していると言っても過言では無い。

 

まだ致命的な結末は起きていないにしろ、明確に敵として認定されてもおかしくない行動を取った以上、それは敵対行為と見做されても仕方が無い行為だった。

そんな簡単なことにすら気付けずここまでの暴挙に出たのかと言うチナツの思いが籠った言葉は、しかしアコには一切響いていないのか、彼女はチナツを小馬鹿にするように一笑に付していく。

 

「これはゲヘナを救う行為ですよ。あの人が消えればゲヘナは平和になる。エデン条約も万事滞りなく締結させることが出来るでしょう」

「ッッッッッ!!!!」

 

話が通じない。

そう、チナツは理解した。

今の彼女は正気では無い。

 

本当に、アコは今自分が何をやっているのか、何をやろうとしているのか、行動の結果何が起きてしまうのか、その未来が見えていないことを看破する。

 

説得は不可能。

理性では無く本能が、そう理解する。

 

彼女を止める為に必要なのは、言葉では無いと訴える。

 

故に彼女は、強く拳銃を構える。

銃口を、アコに合わせる。

 

「先生が気に入らない。良いでしょう。顔も合わせたくない。尊重しましょう。ですが、そんな正当性の一切無い理由で先生を攻撃すると言うなら私はあなたを撃ってでも止めます!! 先生に手は出させません!! この話は、ここで終わりにします!!」

 

拳銃を構えるチナツの左右で、他の風紀委員達も身構える。

敵対の意思をアコにハッキリと見せつけた。

この場にいる全員の銃口が、アコ一人に向けられる。

 

アコが持つ銃では、着込んでいるパワードスーツの装甲を破ることは出来ない。

よって、この時点で勝敗は決していると言えた。

 

なのに。

 

「誰も彼も邪魔をするなら仕方ありません。一錠だけ使って上げます。本当、とんだ無駄遣いです」

 

アコは、余裕の表情を崩すことは無かった。

降伏ではなく、応戦の意思を見せた。

 

刹那、チナツの表情が固くなる。

銃を握る手に、力が込められる。

同時に、その手には震えも混じっていた。

 

撃ちたくないという意思が、手に現れていた。

攻撃しろと言う命令を、最後の最後で出し渋ってしまっていた。

 

「良いでしょう。先生の始末には私だけで行きます。あなた達にはもう頼りません」

 

一方のアコは武器を構えず、それでも余裕のままそう言い放つ。

彼女の動作に澱みは一切ない。

 

それはつまり、アコはこの場にいる仲間を排除することに一切の躊躇が無いことを意味していた。

 

「好んで殺すつもりはありませんが、一応言っておきますね」

 

微笑みながら、彼女は最後通告を発するかのように口を開く。

ポケットから取り出した小さなケースをスライドさせ、中にある錠剤を一つ口の中に放り込みながらアコはチナツに、パワードスーツを着込む少女達に宣告する。

 

それは決して。

それは決して。

 

普段の彼女ならば発さない言葉だった。

何があっても絶対に言わないであろう文字列だった。

 

だから。

だから。

 

「頑張って死なないよう努力して下さい。寝覚めが悪いので」

 

アコの暴走は、もう既に始まっていると言えた。

 










アビドス編にワカモが電撃参戦。
原作から離れたストーリー展開ですが、徐々に徐々に収束はして来てる……かも?


そして前回の予告通り今回はアコちゃんがメインの話になっております。
不穏に不穏を重ねた状態になってますけど、これ一体ここからどうなるんです?? 

次回は合流編……だけでは味気が無いな……何か作るかもしれません。シナリオの大筋は決まってるので進む展開については迷いは無いのですがこういう細かい所は直前になってからじゃないと思い付かないのが痛い所です。

ひょっとしたら唐突なラブコメが始まっててもおかしくないです。
殴り合いが発生してもおかしくないです。差が酷いね。ジェットコースター。


いつもいつも感想、閲覧、いいね登録ありがとうございます。

皆様の応援が執筆の励みになります。今後とも応援よろしくお願いします。

次回更新まで、またしばしお待ちください。




え? シャーレに帰って来たのにユウカとミドリの出番が無いままシャーレを出発した?
彼女達は前章で沢山出番があったので今回はそう言う役回りということでここは一つ……。

ちなみにユウカは資金繰りに病室で忙殺。ミドリはゲーム開発のデバッグで修羅場ってます。可哀想に……。


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明日の景色を全員で見る為に(See VisionS )

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行がアビドスにワカモを連れて戻って来た時は、時刻は二十二時を丁度上回った頃合いだった。

 

カイザーコーポレーションがシロコ達を学校から追い出した後も、重機で学校を掘り起こしていたりと活動していたこともあってか、学校には電気が通っている。

 

で、真っ暗闇に包まれた学校に一室だけ、電気が灯っている教室があった。

その場所に全員が集結しているのだろうと一方通行は考え、適当な場所にバイクを停めた。

 

「聞いていましたけれど、何も無い場所ですね」

 

バイクを降りたワカモが、ここまでの道中を見て抱いたであろう感想を零す。

その声には、単にどうしてここに執着しているのか信じられない。そんな意が込められているのを一方通行は察した。

 

「周囲は砂漠化した土地だからなァ。ワカモの言う通りここはきっと捨てなきゃならねェ土地だ。だが、それは俺達の見解だ。アイツ等にとってここは大切な場所なンだろォな」

「あまり理解が出来そうにないですね、その価値観は」

「無理にする必要はねェだろ。ただ黙って納得しとけば良いンだ」

 

思うのは自由だが間違ってもその言葉を口に出すなよと釘を刺しつつ、一方通行とワカモは灯りが付いている教室に到着する。

そのまま引き戸に手を掛け、ガラガラと音を立てて扉を開ける。

 

「あ、先生おかえり。アヤネから一時的に帰ってたって話は聞いてる」

 

帰還に真っ先に気付いたのは、シロコだった。

その声に視線を誘導されて一方通行が顔をシロコの方に向けると、装備のメンテナンスをしている真っ最中。

 

見ると、殆どの少女達が、自分達の武器の最終点検を行っていた。

こういう部分を見ると、ここの生徒は学園都市とは全く違う環境にいるのだなと一方通行は痛感する。

 

「準備は終わったの?」

「あァ。明日はこれで無事に動ける。とは言えこの一大事に帰って悪かったな」

「良い。先生なら戻って来るって信じてたから」

「そいつァありがとよォ。怪我の具合はどうだシロコ」

「うん、どこも痛くない。完全に回復した」

 

グリンと右腕を一回転させて身体の負傷は完全に癒えたとアピールするシロコを見てほんの少し表情を緩めた一方通行は、続いて作業をしている残りのメンバーにも目を配る。

 

全員、怪我を特に気にしている素振りは見せていなかった。

この中で一番重傷を負ったであろうカヨコも何でもなさそうに武器のチェックを進めている所から、改めて一方通行はヘイローを持つ少女達の驚異的な回復力に驚かされる。

 

改めて、彼女達の存在は常識では測れない存在だと感嘆するその一方で。

 

「……、シロコ、ですか」

「「「「ッッッッ!?!?!?」」」」

 

同時。一方通行の背後にいるワカモから恐ろしく冷えた声が放たれ、彼女の底冷えする声に、装備のメンテナンスをしていた少女達が一斉にワカモの方に振り向き、瞬く間に便利屋四人及びアヤネの顔色が明らかに動揺した色へと変わった。

 

何故ここに彼女がいるのか、そんな目をアル達から一方通行に向けられる。

 

「あ、あの、あの先生? ど、どうしてここに災厄の狐がいるのかしら……?」

「勝手に付いて来やがったンだ。あと何でどもり散らかしてやがるンだ?」

 

彼の質問に、あたふたと言葉にならない何かをアルは口から零し始める。

そんなアルの様子から、猛獣か何かに間違われているワカモを多少不憫に思いながらとりあえずフォローに回るかとワカモの方を振り向けば、彼女の姿は何故か消えていて。

 

「失礼」

 

いつの間に動いていたのか、ワカモは装備のメンテナンスをしているシロコの前に立ち、ジーッと彼女の顔を正面から見つめていた。

 

「……、何?」

「ふむ……成程、これは確かに合格です」

「……?」

「良いでしょう。先生があなたをシロコ、と呼んでいたのを認めます。その他の皆さんについても彼女に免じて異論を挟まないでおきましょう」

 

何か彼女の中で納得する物を見つけたのか、それだけ言うとワカモは立ち上がり、おずおずと歩幅にして彼の三歩程後ろの場所へと舞い戻る。

 

「む」

 

対して、その行動に今度はシロコが反応した。

一方通行を立てている行動に、そして見せつけるようなワカモの行動に目敏くシロコは気付く。

 

「……、今日の所は勘弁してあげる」

 

喧嘩を売られている。と思ったのか立ち上がりそうになっていたシロコだが、今はそこに意識を割いている場合では無いと理性が判断したのか、やや不機嫌そうにそう呟いた後、自身の装備の点検に戻る。

 

「……仲良くしろとは言わねェが無駄に喧嘩はすンじゃねェぞ」

「喧嘩なんてするつもりはありません。恐らくは仲良くしなくてはならない相手ですから」

「どういう意味?」

「いずれあなたも分かりますわ。先生と長くいればいる程に」

 

一触即発の空気に、一方通行が最低限の配慮だけはしとけとシロコとワカモに注意を促すも、今度はワカモが今一要領を得ない発言を始め、シロコと一方通行が同時に首を傾げた。

 

だがその答えを一方通行が得る前に、ワカモがあなた様。と一方通行へ小言を言いたそうな声を向けた。

 

「あなた様。これ以上周囲に人を増やし過ぎると嫉妬で狂ってしまいそうなので、女の子を周りに増やすのもせいぜい後一人、二人程度にして下さいね。協定を守るのも楽じゃないんですよ?」

「協定? 何の話だ」

 

協定。と言う言葉に意識を割いてしまい嫉妬の二文字を見事に聞き流してしまった一方通行はそれは何なのかと聞くも、ワカモはいえ、こちらの話ですと詳細を一切話さずに話題を終わらせた。

話を打ち切られた一方通行は不完全燃焼のモヤモヤとした気持ちだけが残る。

 

……一方通行は知らない。

ユウカ、ワカモ、ミドリ、ヒナ、ハルナとの間である協定が結ばれているのを。

 

シャーレで、外で二人きりになったからと言って手を出さない、襲わない。という一方通行が聞けば頭を抱えて然るべしな取り決めが五人の間で行われているのを彼は知る由も無い。

 

なので彼は話してくれないワカモに対しまァ良いか。と適当に忘れることに務めた。

ワカモは重要な話ならはぐらかしたりはしない少女であることは知っている。

つまり即ち、協定と言っても彼に話すべき内容でも無い、言ってしまえば取り留めのない話題に過ぎないのだと勝手に決めつけ、彼は思考をここで断ち切る。

 

「で、お前等はどこかへ買い物とか行ってたのか?」

「全員が目覚めてから先生の助言の通り、前半と後半の二組で分けて買い物に出かけたわ。どっちともブラックマーケットに行って銃弾と食料を探しにね」

 

そこからは、装備のメンテナンスがてら一方通行と少女達との間で軽い雑談が繰り広げられていた。

主な話題は、一方通行がシャーレに一時期間を果たしている間、彼女達が何をしていたかについて。

 

「ブラックマーケット? ンだそりゃ。聞くだけで胡散臭さがする場所だなァオイ」

「名前も実態も物騒ではあるけど私達便利屋の御用達よ? 装備の調達と言う面では中々侮れないわ」

 

どうやら交代制でアビドスの外にある闇市場で弾薬等の装備を整えたり食事を取ったりしていたらしい。

メンバーもアビドス、便利屋で固定せず交流がてら入り混じって動いていたらしく、それぞれの話しぶりから、彼女達の間で確かな友好関係が築かれていることが伝わって来る。

 

「とは言えブラックマーケットが扱ってるのは武器だけじゃないわよ。絶版になったキャラ物の限定グッズを求めてやって来る変わり者もいるぐらいだし」

「そう言えば見かけましたね。変わった白い変な生き物の限定グッズがあるから学校を抜け出して来たんですと言ってたトリニティの生徒が」

「トリニティだァ? 確かあそこは戒厳令が敷かれてた筈だろォが」

「どうしても欲しかったって力強く言ってたよ。まあブラックマーケットに集まる生徒は大体こんなもんだから気にしなくて良いんじゃない」

 

アル、アヤネ、カヨコの口から続々と情報が飛び出してくる。一方通行が記憶している限りでは、トリニティはかなりのお嬢様学校だった筈で、かつ現在は郊外への外出禁止令が下されている筈なのだが、それでも校則を破って野望の為に動いてしまう度胸が据わり切った者と言うのはやはり存在してしまうらしい。

 

あそこも大変だな。と、トリニティが招いた事件を思い起こしながら彼女達の話の続きを聞いていると、時刻はどんどん更けていく。

 

そして時計の短針が一方通行が戻って来てから一回転し十一の時を刻んだ時刻。

全員の装備メンテナンスが終わったのを確認した一方通行は、雑談はを切り上げるように立ち上がると。

 

「そろそろ良い時間だ。明日は日の出と同時に出発する。全員明日に備えて休ンどけ」

 

気分転換も済んだだろと、別室で自分も休むと言い残して教室を立ち去ろうと扉に手を引っ掛ける。

そのまま出て行こうとする直前に。

 

「あの、良いですか?」

 

おずおずと、アヤネが何かを言い出したそうに手を揚げた。

その声に足を止め、一方通行は振り返る。

ワカモも、シロコも、アル達も同様だった。

 

「太陽が昇るタイミングで、ここを出る前に屋上で日の出を見ませんか?」

 

どう言うことだ。と、一方通行は頭を捻った。

ワカモも、アル達便利屋も同様のことを考えたのだろう。

彼女達の口が、一方通行と同じく何かを言わんとするべく動きかける。

 

寸前。

 

「ああ、アレをやるのね」

「アレ、ですね」

「ん、分かった」

 

全員が意味を問おうとする口が動かなかったのは、アヤネの話を聞いたシロコ達が自分達とは違う反応を示していたからだった。

 

ああ。と、アヤネの提案を受け入れた返事をしながら、各々頷いている。

 

「げんを担ぐんです。明日の作戦成功を、祈る為に」

 

アヤネが一方通行立に告げたのは、アビドスに伝わる願いの話。

伝統的な、おまじないの話だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「う……ぅ」

 

鈍痛を訴える身体に反応して、ヒナの意識がゆっくりと覚醒する。

時刻は、まだ太陽すら昇っていない夜明け前。

 

この痛みは何。と、条件反射的に身体を動かそうとして。

 

「ぐっっ!!」

 

ズキ……ッ! と、鈍い痛みが全身に迸り、忽ちヒナは表情を歪めた。

同時、あれ。と、彼女は頭を捻る。

どうして自分はこんな場所で寝ていたのかと、頭を捻る。

 

ここで何が起きたのか、少しの間ヒナは思い出せなかった。

仕事の途中で寝落ちをしてしまったのかと一瞬だけ勘繰る。

 

……思い出したのは、目が覚めてから十秒程の時間が経ってからだった。

 

「アコッッ!!!」

 

ガバッッ!! と、痛む身体に鞭打って無理やり身体を起こし、ヒナは自分を気絶に追いやった少女の名を叫ぶ。

 

当然、叫んだ所で件の少女は何処にもいない。

周囲を見渡しても、大きな変化はどこにもない。

気絶する前と変わらない光景が、吹き飛ばされた自分を除いては特に変わらない光景が広がっている。

 

筈、だった。

 

「ッッ!? イオリ!!」

 

けれど、世界はそうでは無かった。

周囲を見渡す中でヒナが目にしてしまったのは、うつ伏せで倒れるイオリの姿。

 

慌てて駆け寄り、抱き起こすもイオリが目覚める様子は無かった。

ただし。

 

(よかった……生きてる……)

 

イオリは、浅いながらもしっかりと呼吸をしていた。

彼女は気絶しているだけだと、ヒナの心が安堵に包まれる。

 

だが、

 

「これも……アコがやったの……?」

 

その心は、瞬く間に押し潰される感覚に襲われた。

声に出した疑問は、しかし何の疑問でも無いことを彼女自身の精神が訴える。

 

例えイオリが誰かに突然襲撃されたとして、そうそう簡単に負ける生徒では無いことをヒナは知っている。

故に、こんな芸当が可能な生徒は非常に限られている。

 

(違う……違うッ! そんなことを考えていても現実逃避だ……! そんな薄っぺらい理由を探したい訳じゃないのに……!! それでも私は……()()()()()()()()()()()()()()()()()を探してる……ッ!)

 

ブン……! と、雑念を振り払うように首を左右に振る。

認めなくてはならないのに、それを認めるのが怖い自分がいることをヒナは受け止める。

 

結局の所、彼女が今考えている、イオリが敗北していることについて浮かべている様々な理由はただの自己満足に近い物だ。

どこをどう理屈をつけたって無駄なのだ。

 

どんなに理由を考えても、理屈を曲げても、虚実では無く真実を見ろと、頭の中にいる自分が延々と自分自身に訴え続ける。

芸当だとか、可能か不可能だとか、そんな薄っぺらい理由は全部無意味なのだ。

 

アコがこれをやったのだと言う、絶対的直感からは、どう足掻いても逃れられない。

 

認めるしか、無かった。

諦めるしか、選択できなかった。

 

「行かなきゃ……っ!」

 

痛む腹部を抑え、自身の身体を引き摺る様に執務室を飛び出す。

彼女が犯人であることが断定してしまったのならば、今やるべきは嘆くことではなく彼女の暴走を止めること、次の過ちを止めること。

 

それが、風紀委員長としての使命。

自分に残された、存在意義。

 

だが、そんな彼女の決心は、

執務室を出た先に広がっていた悲惨な景色を前に、たちまちにして陰ることとなる。

 

「そ……んな……」

 

執務室を出た先にある廊下に広がっていたのは、パワードスーツだったと思わしき形状をした鉄屑が残骸となっておびただしく散らばっている光景と、そのスーツを着込んでいたであろう無数の生徒が意識を失い倒れている姿だった。

 

中には残骸と共に埋もれている少女の姿も見える。

……アコの攻撃を受け、パワードスーツを見に纏いながらも一撃で撃破させられたのだと、ヒナは察した。

 

「どうして……どうしてこんな……!!」

 

一人一人、息があるかどうかを確かめながらヒナは苦しそうに喉を鳴らす。

アコはこんなことをする少女だったのだろうか。違う。

ここまで暴走をする少女だったのだろうか。違う。

たった一つの感情の為に、何もかもを犠牲にする少女だったのだろうか。違う。

 

違う。違う。違う。

頭の中では簡単に言い切れるのに。

アコはこんなことしないと、ヒナは心の底から言い切ることが出来るのに。

 

目の前の現実は、ことごとくヒナがそう思いたい理想を裏切っていた。

自分が描く最も平和的な夢とは『違う』ことを、現実に広がる光景が教えていた。

 

「っっ……、う、ぅ……」

 

瞳が涙でグシャグシャになりかける中、一先ず倒れている風紀委員全てが息をしていることを確認する。

悲惨な状況ながらも誰一人とも死なず、意識こそ無い物の全員が生きていることにヒナは心から安堵し、そして。

 

「………………、?」

 

はたと、彼女は動かなくなった。

次に何をすれば良いのか、急に分からなくなった。

 

「……ぁ……ぇ……?」

 

頭を回しても、ヒナの中で答えが出てこなくなる。

永遠に答えに辿り着けない迷路の中を歩いているかのようにどうすれば良いのか、分からなくなってしまった。

何をするのが正解なのか、皆目見当もつかない。

 

皆の無事は確認した。ならば次はどうしなくてはならないのか。

アコを追うべきなのか。追ってどうするというのか。

戦うのか。勝った場合、アコをどうすれば良いのか。

 

分からない。

分かりたくない。

分かっては、いけない。

 

脳が、それ以上思考を進めることを拒否していた。

ここでまごついている方が、幸せだと訴えていた。

 

それが一番の悪手であることは、ヒナ自身が理解しているというのに。

 

「え、えと……え…………、と…………」

 

一人呆然と立ち尽くす中で、懸命に答えを探す。

手元にある明確な回答を手に取らず、それ以外を探そうと遠回りをし続ける。

 

だが、そこにも終焉が訪れる。

ヒナにとって幸か不幸かに関わらず、事態は前に進んでしまう。

 

「委員、長……」

 

おもむろに背後から辿々しい声が、掛けられた。

弱々しくも、ヒナを呼ぶ声が廊下に響く。

 

聞こえて来た声にヒナ反射的に振り返る。

もしかしたらヒナの素早い反応は、新たにやるべき事柄が生まれたのに対して逃げの希望を見出だしたからかもしれない。

 

けれど、事態はそんな怠惰な思考を戒めるようにヒナに現実を叩き付けて来る。

振り向いた先にいたのは、立つ事が出来ないのか、両腕で地を這って無理やりヒナがいる方へ近づいて来るチナツの姿だった。

 

「チナツッッ!!」

 

瞬く間にヒナの顔面を蒼白に染まり、残骸に足をつんのめらせながら慌てて駆け寄る。

幸いなことに出血等は見受けられ無い。

満足に動くことは出来なくても、命に別状は無さそうに思える。

 

ホッ……と、チナツが死にかけではないことにヒナは胸を撫で下ろす。

 

だが、彼女が受けているダメージは深刻なのが一目で分かる程、チナツの顔色は今のヒナ以上に血色が悪かった。

立ち上がれていないのも相まって、そんな状態でどうして動き回っていたのか、まともに動けていないのにどうして移動をしていたのか。

 

今にも泣きそうな表情でチナツにそう問いかけようとした矢先。

 

「行って……下さい……」

「っっっ!!」

 

簡潔な答えが、提出された。

今の今までヒナが逃げ続けていた選択を、チナツから突き付けられた。

アコを追って、アコと戦うという道を、ヒナは無慈悲にも叩き付けられる。

 

「で、でも……それは……それを、したら……!」

「委、員長。よく、聞いて下さ、い……。冷静に……落ち、付いて……!」

 

ヒナがこれまでになく取り乱していることをチナツは読み取ったのか、怪我の容態を調べる為、しゃがんでいたヒナの肩にチナツの手が伸びる。

 

「まだ……まだ恐らく事件は起きていません……ッ!! 先生は、きっと無事です……!! そしてアコ行政官も……恐らく誰も襲ってない……。無関係な誰かと戦う理由が、行政官には無いからです……!」

 

息も絶え絶えに、呼吸するのも辛そうに荒い息を吐きながら、必死に必死に組み立てたであろう持論をチナツからヒナは貰い受ける。

 

これ以上喋るのは危険。

そう分かっていても、ヒナは静止の声を投げかけられなかった。

 

絶対に自分の言葉を途中で遮らないで下さいと言う意思が、チナツの目から放たれ続けていたから。

 

「止めて来て……下さい。そしてアコ行政官の目的を未遂に終わらせるんです……! 先生の殺害を、委員長が未然に防ぐんです……!!」

「未然に……防ぐ……」

 

ヒナの復唱に、コクンとチナツは頷く。

 

「そうすれば、彼女が起こした事件は外部には漏れない……! 私達が彼女の行動を内々で、処理出来る。アコ行政官を守る手札が……ゲヘナだけで揃えられます……ッ!!!」

 

語られる内容は、ともすれば荒唐無稽と捉えられてもおかしく無い物。

この期に及んで希望しかない結末が、アコが辿った未来の先にある物かと、笑われてもおかしく無い物。

 

だが、チナツの目は真剣だった。

 

真面目に、大真面目に、アコを救う為の策としてヒナに話を持ちかけ続けていた。

 

「行政官を……私達が守るんですッッ……!!! 罪を背負わせずにッッ……! 内輪揉めの一言で終わらせるんです……ッッ!!」

 

ヒナの服の裾を掴み、今にも倒れそうにも関わらず、チナツは声を張り上げる。

まだ残っていると。

 

ハッピーエンドの道筋はちゃんと残されていると。

 

「で、でも……こんな……アコはここまでして……こんなに……みんな、酷いことになってるのに……っ」

「委……、員長は。今日、の行政、官……の態度が……。普通に……思え、ましたか……?」

「ッッ!!」

 

チナツが放つ言葉があまりに夢物語過ぎて信じられないと頬を濡らすヒナに向かって、チナツは紡ぐ。

 

この状況を引き起こしたアコは、ヒナを倒し、イオリを倒し、自分を倒し、風紀委員の殆どを倒してまで誰かの殺害を目的として動く彼女が、本当に平常の状態だったかと。

 

「ち、がう……っ! こんな暴挙、アコは絶対に取らない……。私の知ってるアコは……。こんな手段を選んだりはしない……っ!」

 

即答した。

そうではないと、ヒナは心からそう思っているが故に即答した。

 

彼女が出した回答にニコリと、チナツが微笑む。

今にも倒れそうなのに、身体の痙攣は増しているのに、声に宿る力は増していくばかり。

 

「同、意見です……! 私達を、襲ったアコさんは、何かに……取り憑かれているかのように妄信的でした……。なら……目はあります……! この件は、ここで被害を食い止めて、私達が黙認すれば、どうとでもなる問題、として処理が可能です……ッッ!」

 

暴論に等しい物なのかもしれない。

風紀委員として許されて良いレベルを遥かに超越している話かもしれない

けれど、それで良いじゃないかとチナツは豪語する。

 

だって、アコは私達の大切な仲間なのだから。

仲間を守る為にに、好き放題自分達が有する権力を振り回したって良いじゃないか。

 

「何故彼女が……暴走した、かについては、全、部……後回しです……。今は、動きましょう」

 

でも、それにだって限度がある。

彼女を守るには、風紀委員が庇い切れる範囲でアコの暴走を押し留める必要がある。

 

その為に戦いましょう。そう言ってチナツはヒナの背中を後押しする。

守る為に今は立ち向かいましょう。そう言ってチナツはヒナが抱えている苦しみと言う名の霧を晴らす。

 

「車を……下に用意、しておきました……、後は……お願い、します……ッ!」

 

その先に待っているのは、昨日と変わらぬ明日であると、誰も彼もに証明する為に。

 

「やりま、しょう……! 大、逆転……ッ!」

 

スルリと、裾を掴むチナツの力が弱くなっていく。

喋ることで意識を保ち続けるだけの力を使い果たしたのが、ヒナの目から見ても明らかだった。

 

彼女の意識が、遠のいて行く。

チナツ自身、抱える熱量を全て言葉に乗せればこうなることぐらい分かっていただろう。

それでもチナツは全てを彼女に伝えた。

 

そうしなければ、何も救えないと分かっていたから。

 

「委員……長な、……ら……きっと、出……、来、……、……る……」

 

最後に絞り出した声は、とてもか細くて、とても弱々しくて、とても聞き届けられる音量では無かった。

でも、ヒナは最後までチナツの言葉を受け止めた。

 

彼女の全ての言葉を、最後まで、しっかりと。

全てを語り終えたチナツは、ヒナの膝の上で満足そうに意識を失っていた。

 

その表情には、小さな笑顔が宿っている。

その顔には、絶対的な信頼が置かれている。

 

目が覚めたら何もかもが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()顔をチナツは浮かべていた。

 

「……行こう」

 

ゆっくりとチナツの頭を廊下に置いて、静かにヒナは立ち上がる。

彼女の頑張りを、無駄にしない為に。

 

ヒナの目に、もう涙は無かった。

あるのは、強い決意のみ。

身体の痛みは、全部無視をすることに決めた。

痛みはどこにも無いと、思い込むことに決めた。

 

思い込みと無茶によって普段のパフォーマンスを取り戻したヒナは一目散に校舎を駆け降りる。

車を用意しているとチナツは言った。

移動手段があるなら、ここからでも、この時間からでもアコに追い付ける。

 

これなら間に合う筈。

今ならまだ追い付ける筈。

 

そう何度も自分に言い聞かせて、全速力で走るヒナが校舎から外に飛び出した瞬間。

 

「やっと来ましたわね。遅いですわよ」

 

降りた先に不自然に置かれていた車から、見知った人物の声が唐突に響いた。

ヒナは思わず足を止め、凝視する。

何でこんな場所にと、言いたげな表情を浮かべる。

 

透き通る程に手入れされた銀髪。

シックな様相に改造されたゲヘナの制服。

さらに胸の膨らみも、身長も、ヒナが密かに欲しいと思っている物を全て持ち合わせてる女。

そして、ゲヘナの風紀をこれでもかと乱す超が付く程の問題児。

 

黒舘ハルナが、助手席から呆れたような声でヒナの登場を歓迎していた。

さらに、この場に居たのは彼女だけでは無い。

 

「あ、来た来た。もう待ちくたびれちゃったよ」

「おはようございますヒナさん。迎えに来ましたよ~」

「こんな朝早くから呼び出されてるのに、ちゃ~んと来てあげたんだから感謝しなさいよね」

 

獅子堂イズミ。

鰐渕アカリ。

赤司ジュンコ。

ここに黒舘ハルナを加えた、ゲヘナでトップクラスに悪名高い部活『美食研究会』のメンバーが、どういう訳かヒナが来るのを待ちわびていたかのような発言を繰り返していた。

 

風紀を取りしまるヒナの立場からすれば、彼女達は悩みの種筆頭候補。

彼女達からしても、風紀委員は邪魔者筆頭候補。

 

互いに相容れない筈の関係性を持つ筈なのに、普段ならば絶対にこの場に現れない筈なのに、彼女達は、堂々と玄関の前でヒナが来るのを待ち続けていた。

 

「良いでしょうこの車、少し前に先生が買って下さったんですわ。これで給食部の車を強奪する必要は無くなっただろって。……? 何をボーっと突っ立っているんですか?」

「っ、今あなた達に構ってる時間はないわ。見逃してあげるからどっかに行って」

 

彼女達が一体何の目的で集まっているのかは知らないが、今は構っている余裕は無い。

今日は特に何も攻撃しないからさっさと帰れと、何故か車の自慢話を始めたハルナに向かって、ヒナは声を低くし、脅しの意を込めて帰れと接する。

 

「あら、乗らないんですか? あなたを運ぶ為にこんな朝早くから全員で参上したと言うのに」

 

ハルナが言うと同時、後部座席のドアが開かれる。

何処からどう見ても、この車にさっさと乗れと、そう言われてる様にしか見えない状況だった。

 

「っっ!? ど、どういう」

 

彼女達の行動に、ヒナは明らかに動揺した表情を見せる。

話の筋が理解できない。

頭が追い付かない。

 

一体、彼女達は何を言っているのだろうか。

 

「チナツさんから連絡が入ったんですわ。委員長を助けて下さいと。息も絶え絶えの様子でしたので直感で思いましたわ。緊急事態だと」

「っっっ!!」

 

ここで初めて、チナツが用意した車と言うのは美食研究会の面々だということをヒナは理解した。

 

……おかしいとは思ったのだ。

現在時刻はまだ夜明け前。太陽が昇り始めてすらいない時間帯。

そんな時間帯にわざわざ美食研究会が姿を現すなんて、変だと思うのが普通だ。

 

彼女達がここに来た理由を、ヒナは他ならぬハルナの口から知らされる。

 

美食研究会は、目の上のたん瘤である風紀委員の連絡を受けてわざわざ飛んで来たのだ。

こんな朝とすら呼べない時間なのに、全員で。

 

「加えて、連絡を受けた瞬間から女の勘が訴え始めました。──この件、先生絡みですわね?」

 

途端、ハルナの声に真剣味が足された。

キュ……と、その声を聞いた瞬間、ヒナは心臓が引き締まるような感覚に襲われる。

 

ハルナはアコと先生との間に起きた事情は何一つ知らないだろう。

風紀委員を大量に気絶させ、立ち去った出来事も何一つ知らないだろう。

 

それでも、彼女はこれが先生と関係がある出来事であると思い至った。

チナツが何を話したのかヒナは知らない。

けれど先のハルナの口ぶりから、チナツがハルナ達を呼び出した際、『先生』と言う単語は一切使ってなかったのは確実。

 

であるならば、本当にハルナは女の勘という概念すら曖昧な物で先生が関係していることに辿り着いたということになる。

 

ハルナが先生に抱く本気の恋慕が、離れ業にも等しいそれを達成させた。

 

「私も一枚噛ませて頂きますわ。拒否は受け入れません」

 

彼女が投げた質問に対しヒナが即答出来なかったことが、よりハルナにこの話に先生が関わっているである確信が裏付けられたのだろう。

ヒナが何かを言うよりも先に、この話は終わったと区切りを付ける。

 

「…………危険よ、言っておくけど」

 

それを肌で感じたヒナは、次の段階を促した。

自身の身で痛感したからこそ、ヒナは警告を発する。

 

付いて来るのは、危険だと。

 

「あら、そうなのですか。それならより一層早く動かないと」

 

即答が、帰って来た。

あっさりとハルナはヒナが語った言葉を受け入れ、その上で早く行くべきだと笑みを浮かべた。

 

「命の保証は、出来ないかも」

「そんな場所にヒナさんが一人で行くなら、ますます私も手を貸す必要がありますわね」

「……っ、あなたがそこまでする理由は……一体何?」

「先生に惚れた者同士ですもの。惚れた殿方の危機に互いに手を取り合うのは自然だと思いますわよ?」

 

瞬間、おぉ……と言う声が車内から上がる。

堂々とそう宣言するハルナの姿は、ヒナから見ても綺麗だった。

 

何を言っても、何を言っても、信念があるからこそ彼女は即答を繰り返す。

 

「先生がどこにいようが、どんな場所からでも私は先生を助け出します。あの方を守る為に必要な物があると言うなら、私は全て差し上げます。それで助け出せるというならば、あまりに安い買い物ですわ」

 

虚偽の無い、心からの言葉がハルナの口から紡がれる。

どこまでも尊く、どこまでも自己犠牲で、どこまでも想っての言葉が、放たれる。

 

彼女の語りから迸る眩しさに満ちた言葉に、ヒナの心が震え上がった。

満ち満ちた意志に、途轍もない強さを感じた。

けれど同時に、彼女が見せる率直さに、ヒナにある種の安心感を覚えた。

 

故に。

 

ふぅと、肩の力を抜くようにヒナは嘆息する。

 

「……先生も趣味が悪いわ。こんな子を侍らしてたら先生が堕落した大人になる」

「お行儀が良すぎるのも考え物ですわ。初々しい反応しか見せない女よりも、何事にも情熱的な女といる方が先生も熱い一日を過ごせるのでは無くて?」

 

ピクリと、ハルナの挑発にヒナの眉が動く。

聞き捨てならない言葉を聞いたと、冷徹さが燃え上がる。

 

それは、彼女の精神が平常に戻った証拠だった。

 

気が付けば、ヒナがハルナに向ける表情は、風紀委員の立場として美食研究会を追いかける彼女に向けるソレと同じになっていた。

 

「……何が言いたいの?」

「そんな私達だからこそ、出来ることがある。そう言いたいのです」

 

話は終わったと、もう一度ハルナは手招きする。

さっさと乗れと、動きで示す。

 

ヒナはもう、抗いはしなかった。

コクンと頷き、後頭部座席に座り込む。

 

「それで? 心当たりは?」

 

乗り込んだ瞬間、隣に座るジュンコがヒナにこれからの行き先を問う。

刹那、ヒナは考える間でもないとばかりに口を開いた。

 

先生がアビドス校の生徒と共にいた。

その先生とアビドスの生徒がいたのは、カイザーコーポレーションが関与している施設だった。

 

カイザーコーポーレーションの施設に乗り込んだアビドス。

そのアビドスと共にいた先生。

 

これらが繋がる心当たりは、彼女の中には一つしか存在しない。

ゲヘナが掴んでいる情報の限りでは、たった一つしか存在しない。

 

「アビドス砂漠へ向かって! そこに先生とアコがいる!!」

「アカリさん」

「はいは~~い」

 

ヒナが怒号を上げて指示を投げ、ハルナが運転席に座るアカリに呼び掛ける。

直後、唸りと共にエンジンが轟き、恐るべき初速で面々が乗る車が走り出した。

 

「速度はどのぐらいにします?」

「勿論全速力!! 目一杯飛ばしてッッ!!!」

「りょうか~~い!」

 

既に十分飛ばされているにも関わらず、グイッッ! とアクセルペダルが強く踏み込まれる。

時間は夜明け前、どれだけ飛ばしても通行人は誰も居ない。

 

薄明るいゲヘナの街を、一台の車が爆走する。

 

美食研究会の面々と、ヒナを載せて。

 

「待ってて……必ず助けるから……ッ!!」

 

風で声が流される中、誰にも聞こえない音量でヒナは決意を露わにする。

ハルナに負けず劣らずの、真っ直ぐな感情を瞳に宿しながら。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと明るさを取り戻していく世界。

朝日差し込むその姿が、今日の始まりを告げる。

屋上から眺めるアビドスの景色は、どこか心が洗われるような清浄さを秘めていた。

 

最早人が住む土地では無くなっているこの場所も、今だけはその寂れた世界が正しいのではないかと錯覚を彼等に与える。

 

一方通行は、そんなアビドスから日の出を無言で覗いていた。

アヤネが提案したげん担ぎ。

アビドスでは、古くから大事な日の朝は、高い場所から昇って来る日の出を見届けてから行動に移す。

そんな説明から始まった、太陽に誓うおまじない。

 

神話の象徴としても語られる太陽を見る一方通行は、特に感慨を抱かない。

科学の街で育った彼にとって、神話の話は知識としてはあれど習慣としては身に付いていない文化。

 

けれど、だからこそ最適解だと彼は心の内で思う。

願掛け程度だからこそ、妄信に囚われずに動くことが出来るのだ。

そして、願掛けをするからこそ、心の支えが生まれるのだとも。

 

 

学校の屋上から街中を見下ろしながら眺める日の出は、綺麗だった。

 

 

一方通行を中心に、少女達が並び立つ。

誰も言葉を発さない。

何も言わず、見据えているアビドスから昇る日の出から、差し込む朝の景色から、見えない力を受け取っていく。

それぞれが見ているのはこの景色の向こう側。

構えているのは銃。

身に纏うのは、大いなる覚悟。

 

小鳥遊ホシノを連れて、もう一度戻って来る。

誰も欠けずに帰って来ると、言葉に出さず誰も彼もがそう願って、一方通行を中心に一様に並び立つ。

 

ある者は悪戯っぽく笑い、

ある者は緊張の面持ちで空を見上げ、

ある者は余裕を崩さず、

ある者は彼の隣に寄りそい、

ある者は意気込み、

ある者はいつもと変わらぬ笑顔を作り、

ある者は恐々とした表情を浮かべながら前を向き、

ある者は凛と立ち尽くし、

ある者は表情を変えず鼻を鳴らし、

 

そしてある者は自身の赤い目に強い意思を宿した。

 

朝の光が、一方通行を、少女達を包む。

これから旅立つ彼らの道筋を、祝福するかのように。

 

「……、行くぞ」

 

太陽が昇るのを見届けていたのは時間にしてたったの数分。

しかしその数分が、きっと戦いの結果を変える。

 

その為の儀式は終わったと、中心に立つ一方通行が太陽の光を背に一歩を踏み出し、屋上を後にし始める。

彼が歩いた軌跡を辿って、少女達が次々と続いて行く。

 

「目的地は、アビドス砂漠だ」

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

一方通行。

狐坂ワカモ。

空崎ヒナ。

黒舘ハルナ。

 

砂狼シロコ。

奥空アカネ。

十六夜ノノミ。

黒見セリカ。

 

陸八魔アル。

浅黄ムツキ。

鬼方カヨコ

伊草ハルカ。

 

赤司ジュンコ。

鰐渕アカリ。

獅子堂イズミ。

 

そして、天雨アコ。

 

それぞれが抱く想いが交わり、あらゆる願いが交差する。

協力する者、助け出したい者、力になりたい者、願う者、従う者、敵対する者。

思想も思考もそれぞれ違う彼、彼女達だが、目指す場所は全員同じ。

 

誰かがそこに居るから、誰かがそこに向かうから。

連れられて、引っ張られて、導かれて、手を取り合って。

 

徐々に、徐々に集結する。

各々が持つ目的の為、たった一か所を目指して集まり始める。

 

弾は込められた。

引き鉄に指は掛けられた。

 

ここにいる全員が、前に進む道を選んだ。

後戻りは、もう出来ない。

 

──後に、誰かが語ることになる言葉がある。

 

学園都市が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言うのなら、

 

キヴォトスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったと。

 

 

あらゆる祈りが、無数の覚悟が、銃弾となって真なる想いを紡ぐ時。

 

 

 

 

廃墟と化したアビドス砂漠で、それぞれが信念に描く、誰かを守る為の決戦が始まる。

 

 

 

 

 

 












ワカモに続いてヒナ、ハルナも参戦。
続々と今作におけるメインヒロイン達がアビドス編に登場を表明しております。

加えて美食研究会の面々が初登場。
もっと早く出して上げたかったんですけど、ここしかタイミングがありませんでしたね……。

そしてサラッと出て来た、原作アビドス編に登場していたトリニティ生も初登場です。…………登場しちゃったよ、大丈夫かなこの先。

本編はいよいよ佳境。
あれがこれしてあーなって、結果こことここがあれやこれやになる未来が待っています。
どうなるんでしょうね皆の運命。楽しみですね。


今回もコメント、良いね、評価ありがとうございます。
皆様の応援が執筆の励みになります。

それでは、次回更新までまたしばしお待ちください。




……ハルナさん、愛がちょっと、重いのでは???


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