優しいアヒルと醜い仔 (クエゾノ)
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保育園 猿田山の冒険
ジリジリ
うるさい目覚ましの音に目が覚める。
巨大な布団の山から這い出し、起き上がる。
起き上がっても視界はそこまで高くならず相変わらず世界の全ては巨大にそびえ立っている。
そのまま寝巻きを着替えようとボタンに手をかける。
小さな手、小さな腕、小さなイカ腹の胴体、地面に立つ足は短く細く、頼りない。
見慣れた体とはいえ、たまに小さく儚くなった体に頼りなさを感じる。
転生してから6年、未だにこの体に慣れたとは言い難い。
「おはよー」
「おはよう。」
リビングに座って携帯端末をいじっていた母親はこちらを見て一声かけるとすぐに端末に目を戻す。
「いただきます。」
用意されていた朝食を摂る。
「今日、遠足だけど、大丈夫?」
「遠足っていっても、いつもの猿田山の公園の林のところでしょ?
大丈夫、」
「そう、お弁当と水筒、用意しておいたからね。」
「ありがとう。」
食事しながら会話する。
干渉は最低限、お互い楽にやろうがこの家のモットーである。
最初は親も無理して構い合おうとはしていたが、次第にそうなっていった。
朝食を食べ終わると、親に連れられて外に出て保育園バスが来る大通りに向かった。
「ねぇ、おきて・・・
けんたくん・・・おきて・・・」
ゆさゆさと体が揺さぶられる。
・・・いつの間にか寝ていた様だ。
「うん〜」
意識が明瞭になっていく。
たしか、保育園に着いて、そこで朝の会の後で再びバスに乗って、目的地の猿田山公園に向ってる途中で記憶が途切れている。
簡単に意識が落ちる子供の体を恨めしく思いつつ目を開ける。
と、目の前に顔があった。
「うわっ!?」
「キャッ!?」
お互い同時に声を上げる。
目の前にいた園児は驚いて仰け反った拍子に頭後ろの座席にぶつけた。
「いたい・・・」
少し涙目になりながら園児・・・白髪の幼女がこちらを見ている。
確か、この間他のところから転入園してきた子だったか。
名前は・・・
「小夜ちゃん、だいじょうぶ?」
「うん・・・だいじょうぶ・・・」
痛そうに目の前の幼女・・・沙霧小夜は答える。
「よしよし、いたいのいたいのとんでいけー」
ぶつけた頭を撫でさすってあげる。
合法的に幼女を撫でられるのは幼児に転生したの利点だなと思いつつ、いつからあるのかもどこで生まれたかも分からない幼きまじないを紡ぐ。
撫でられて嫌がる子もいるが小夜ちゃんはそういうこともなく嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
撫でる手を止めて彼女に向き合う。
「起こしてくれたの?
ありがとう。」
「どういたしまして、
それよりなにかへんなの」
「変て・・・」
あたりを見回す。
自分達以外誰もいない。
無人のバスの座席が墓標の様に立ち並んでいる。
「先生たちはどうしたの?」
「しらない、おきたらいなかったの」
小夜ちゃんも寝てたのかと思いつつ見回す。
運転席にも誰もいない様に見えるがバスのドアは空いている様に見える。
これでバスのドアが閉まっていたら園児閉じ込めで熱中症で死ぬかもしれなかった、対策としては確かクラクション鳴らせばいいんだっけか、
まあこんな肌寒い中じゃ熱中症は無さそうだなと考える。
肌寒い・・・?
いや、もう6月だろ、なんで、こんなに寒気がするんだ・・・?
改めてバスの外を見ると、バスが止めてある林の中の駐車場に薄っすらと霧が出ていた。
曇り空になったのか日光はでていない。
座席からゆっくりと立ち上がる。
おそらく寝てしまった僕と小夜ちゃんを置いて、先生方は他の子たちを引率しているのだろう。
さすがに近くに誰か先生方はいるだろうから起きた事を伝えようと、バスの出口に向かう。
と、後ろで小夜ちゃんが心細そうに佇んでいた。
「先生のところに一緒に行こ?」
そう言って手を差し出す。
小夜ちゃんは恐る恐るというようにその手を取った。
バスから降りて周りを見渡すと、何かがおかしいという思いがはっきりと形になりはじめた。
先生も見当たらないどころか、ここでの遠足ではだいたい騒がしい児童の声が聞こえるはずなのにまったく人の気配がしない。
そのくせ何かいるような妙な雰囲気がただよっている。
小夜ちゃんは怯えるようにあちこちを見ている。
保育園児でも・・・いや幼いからこそこの異様な雰囲気が分かるのか、
と、小夜ちゃんはバスの後ろの方をじっと見た。
視線の先を見るが何もなさそうに見える。
とりあえず、バスの中に戻ろうとしたところで、手を握りしめられた。
「いすにもどっちゃだめ、」
「?」
小夜ちゃんは子供らしからぬ怯えた表情を浮かべていた。
「こっちにきて」
「え、ちょっと・・・」
そういうと、手を握りしめたまま小走りに走り出し、彼女にひきずられるまま林の中に入っていく、
「ちょっと、どうしたの?」
「・・・」
小夜ちゃんは黙っている。
一応ルートは覚えているので迷子になることはないとは思うが、先生の来るであろうバスから離れるのはまずい。
「迷子になっちゃうよ。」
「いなくなっちゃうよ。」
小夜ちゃんの言葉にぞわっと産毛が逆立った。
「どうして?」
それでも問いかける。
「・・・くろいもやもやがあったの。」
「黒い靄?」
「もやもや」
そこ重要?とは思ったが、子供だしそんなもんかと思う。
「もやもやがくっついて、しばらくすると、いなくなっちゃうの。」
「消えるってこと?」
「うんん、よーちえんにこなくなるの、ひーちゃんも、まいちゃんのおかあさんも、」
心当たりの人はいない上、幼稚園と言っているし前にいた幼稚園での話か?
「前の幼稚園のこと?」
「うん、こやに、たまにくろいもやもやがでて、くっついちゃうと、いなくなっちゃうの。」
「そうか・・・」
幼児の戯言と切って捨ててもいいが、この明らかに異常な状況では切り捨てるのも躊躇いがある。
猿田山は山といっても開発の進んだ小山で少し歩けば簡単に道や公園、遊技施設につく。
霧のせいもあるだろうがそれら人間の施設が見えもせず痕跡すら見当たらない。
と、小夜ちゃんが足を止めた。
「・・・あれ・・・なんだろう・・・?
すごくやだ・・・」
「どれ?」
「あれ」
小夜ちゃんが指差す先には何もない。ただの地面が広がっている。
「みえない?とうめいの、どろどろがあるの」
透明なのになんで見えるんだ?
と考えつつ、その辺りの地面に目をこらしてみる。
何もいない・・・
いや?周辺と比べて、そのあたりの草や落葉がぺちゃんこに潰れている・・・?
一度違和感に気づくと、次々におかしさに気づく、
あの部分だけホコリが宙に舞っていない、それどころかホコリが空中で止まって蠢いている。
潰れている端の方が、潰れたり微かに戻ったりを繰り返している。
なにか水っぽい湿った物音が微かに聞こえる。
・・・何かいる。
湿っぽくて平べったいぼてっとした何かがいる。
ぞわっと背筋が泡立った。
先程までの小夜ちゃんの言う彼女だけが見える謎の黒い靄とはちがって、
確かにそこにある事は理解できるのに見えない。
「何かいる・・・」
「あなたにもみえるの!?」
小夜ちゃんがこの場に似合わない明るい大きな声をあげる。
と、何か空気が変わった。
「いや、見えないけど、何かい・・・」
「にげるよ!」
突然、小夜ちゃんが走り出した。
引きずられる様にして走る。
何が起こっているのかまったく分からない。
しばらく走って岩の影に隠れる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「はあっ・・・はあっ・・・
何があったの?」
「みえなかったの?」
「ごめん、草が潰れてたりしたから何かいるのはわかったけど、僕には見えないんだ。」
「そう・・・」
悲しそうに小夜ちゃんは言う。
「でもきみの言ってることは本当だってわかるよ。」
「そう・・・」
すこし悲しみの色を引っ込める。
「あのね、あのどろどろがこっちにきたの。」
「そうだったのか、ありがとう。
逃してくれて。」
そう言うと小夜ちゃんは花が綻ぶ様な笑みを浮かべて抱きついて来た。
「・・・はじめて、みえて、ありがとうっていわれた・・・」
「そっか・・・よしよし、小夜ちゃん、、ありがとうな。」
小夜ちゃんの頭を撫でる。
「えへへ・・・
・・・っ!」
小夜ははっとしたように岩陰から顔を出す。
「にげよ、こっちきてる。」
「分かった。」
二人で手を繋いだまま、そろそろと歩き出す。
「おうち・・・?」
「みたいだな。」
目の前に古びた一軒家があった。
古びたといっても、どうみても作られてから2〜30年程度で、戸がアルミ戸だったりと所々リフォームした痕跡はあるが、なにぶん作りが安っぽい上、ここ何年かは使っていなさそうにみえる。
表札には朝倉と書かれている。
郵便受けは空だった。
小さな一軒家ではあるが、1m程度の幼児の小さな背丈から見ると、そびえ立つ不気味な屋敷にみえる。
玄関に呼び鈴の類いは見当たらない。
「ごめんなさい。だれかいませんか?」
小夜ちゃんが焦った声をあげるが返事はない。
本来ならこんな怪しい家無視したいが、いい隠れ場所が見つからない上、小夜の焦った様子から見えないナニかにだいぶ近づかれている様だ、
「はいります。」
そう言って、小夜ちゃんが安っぽいアルミ戸を開き中に入る。
鍵はかかっていなかった。
二人で入るとアルミ戸をしめてロックをかける。
中は薄暗く、人の気配は無い。
埃が薄く積もる床には足跡の様なものは見当たらず、ここ数年は誰も入った人はいない様だ。
鞄を開けて中からペンライトを取り出す。
「かいちゅーでんとーもってたんだ。」
「ああ、やっぱり非常時のためにね。」
親にねだったり拾ったりしてこの手の道具はいくつか準備している。
一度転生したのなら今度は異世界転移したり妙なことに巻き込まれるかもしれないと、最低限の備えは怠れない。
・・・単なる厨二病の気もするが、
というか親から子供らしいところあったんだなと生暖かい目で見られていたような・・・
それはとにかく、前世の有機ELの真昼の様な明るさとは比べ物にならない豆電球が照らす弱々しい光の元、玄関から上がる。
と、袖が引っ張られる。
「くつ、ぬがないと」
注意する様な表情で小夜ちゃんが玄関を指差す。
・・・確かに廃墟とかお化け屋敷のつもりだったが、ただの空き家の可能性もある。
だが・・・
「すぐ逃げられる様に靴は履いておこ?
黒いもやもやや、さっきのみたいなのが出るかもしれないし、」
家の中から怪異の類いが湧いてきて、そのまま逃げる必要があるかもしれない。
その言葉に、小夜ちゃんは少し逡巡するように恐る恐る靴のまま廊下に踏み出す。
廊下は直線で左側には一つのドアが、右側には二つのドアがある。
廊下の左側の扉をそおっと開ける。
中にペンライトの光を当てる。
台所とリビングが一体になった部屋の様だ。
一対のテーブルと椅子、その向こうにはキッチンが見えた。
食器棚のガラスが割れ、椅子や床にガラス片が散乱しキラキラと窓の光やペンライトの明かりを反射している。
「もやもやとか変なものある?」
「ないよ。」
小夜が断言する。
ここで少し迷う。
ゲーマー的感覚によればこの部屋を探索して、その後で、他の部屋にいくことで、他の部屋を開けたせいで敵に察知されて逃げることによるアイテムや文書、手がかりの取り逃がしを防ぐべきだが、
安全性を考えると、すべての部屋を小夜ちゃんに見せて、この家が安全かを確かめてから家探しを行った方がいい。
安全性を取るべきというのも分かるが、戸を開けたことで危険を呼び込んでしまった場合、危険な外に逃げることになってしまい危険度な状況は変わらない。
その上、ここにあるものがこの状況を打開するための鍵になる可能性がある以上、取り逃しはあってはならない。
ということで・・・
がたっ
「トイレみたい、なにもいないよ」
考えているうちに小夜ちゃんが他のドアを開けていた。
「・・・」
さらにとてとてと歩いて最後のドアを開ける。
「たたみのおへやみたい。」
そこはかとない敗北感を感じた。
キッチンやトイレの探索はうまく行かなかった。
鍋や包丁といった武器になりそうなものは、流しの中で、朽ちた蛇口からこぼれる汚れた水を浴びて錆の塊となっており、
カッターやはさみの類も見当たらない。
唯一、壁にかけられたカレンダーと置かれた新聞紙から四年前にここが放棄されたことが伺える。
日記やメモの類も見当たらない。
テレビは映らず、明かりもつかないことからどうやら電気は来ていない様だ。
トイレには本当に何もない。
分かるのは、水は流れなかったので水道はもう来ていないことくらいか、
残る最後の部屋に向かう。
この部屋を後回しにしたのは和室に土足で上がることへの抵抗もあるが何より・・・
「おぶつだんとでんわとおさらがあるね。」
埃を被った畳まれた布団の隣に仏壇と黒電話と金属の灰皿があるのだった。
作りは安っぽいがこんな状況での仏壇である、下手に弄ってなにが起こるか分かったものではない。
電話も同じで電気が来てないこれを下手に動かそうものならナニと繋がるか分かったものではない。
「よいしょ」
と、小夜ちゃんが布団によっかかる様にして横になる。
埃は舞わなかったが彼女の服に埃がつく、
「小夜ちゃん?」
「つかれたし、おなかへったから、
ごはんにしない?」
小夜ちゃんは自分の鞄から弁当箱を取り出してあける。
美味しそうな匂いが漂う。
小夜ちゃんがこんなにくつろいでる以上は危険は無さそうだが・・・
「こんなところで食べるのは・・・」
ぐ〜
「あっ、けんたくんのおなかがなった。」
「・・・」
顔を背ける。
「けんたくんも、おなか、へってるから、ね?」
「分かった・・・」
保育園の鞄から弁当と水筒を取り出す。
水筒のお茶を飲んで、弁当を開ける。
いつもと同じく冷凍品の卵焼きとウインナー、ほうれん草とごはんを盛り付けてあった。
「この、たまごやき、かわいいね。
さやのおいもと、こうかんしない?」
そう言って小夜は自分の弁当を見せる。
タコさんウインナーにホイルの小皿に入った肉じゃが、プチトマトが入って、ご飯にはふりかけがかけられた、彩り豊かな弁当だった。
「ああ、良いよ。」
「ありがとう。」
芋を箸でつまんで持ってくるので、こちらも卵焼きをつまんで相手の弁当箱に入れる。
その空いたスペースに小夜ちゃんは芋を入れる。
そのまま、ウィンナーを食べて、ご飯を少し食べると、弁当箱にフタをする。
それを見た小夜ちゃんは驚いた様に言う。
「おいも、いらなかった?」
「いや、おいしそうだったけど、いつ帰れるか分からないから残しておこうかなって」
小夜ちゃんは気にせず弁当を食べているが備えは必要である。
それに、もし、小夜ちゃんが自分の弁当を食べ尽くした時も慣れた味のものをあげられるなら落ち着くだろう。
それを聞いた小夜ちゃんは思わず自分の弁当の残りを見て、泣きそうな表情を浮かべる。
「足りなくなったら分けてあげるから、ね?」
「でも、けんたくんは・・・」
「いいからいいから、それに、もやもややどろどろを見ることができる小夜ちゃんが動けなくなったら、二人とも帰れなくなるから、こういうのは小夜ちゃんが先、」
空腹を堪えながら言う。
転生者なら体の年齢より歳を重ねた自分より、体は同じ歳の幼児を優先すべきだ。
これくらいの空腹を我慢できないのなら、なんのために前世の記憶や人格を持ち越したのか、
「でも・・・」
「帰ろうよ。」
最悪小夜ちゃん一人でも、
心の中で呟く。
アレを見れる小夜ちゃんなら一人で帰れる可能性はあるが、自分だけ残ったら帰れるとは思えない。
理不尽だなとは思うが無駄に魂が歳をくった転生者ならこれくらいの理不尽は仕方ないとも思う。
「・・・うん、いっしょにかえろ」
小夜ちゃんは堪える様に弁当をしまった。
まず仏壇を調べることにした。
仏壇の一番上の引き出しを開ける。
「チャッカマンに線香か・・・これは使えるか・・・?」
パチッとライターに火をつけるが機能は問題なさそうである。
線香はお盆の時に見たことのある市販の箱に入っており、湿気てる様子もなく使えそうである。
アレに火のついた線香を投げつければ成仏してくれるかな?
とか考えつつ、次の引き出しを開ける。
「箱と・・・ポケット般若心経?」
ビニールの表紙にポケット般若心経と書かれた本があった。
文具屋のカウンターに置いてあるのを見たことがある。
もう一つは変色した木の小箱である。
古い箱なのか、かなり劣化が進んでいる。
裏返すと朽ちたバーコードらしきものが貼ってある。
表面には木の変色に紛れているが何か書かれている。
「えっと・・・辰・・・砂・・・朱・・・玉・・・数・・・朱・・・・ああ、数珠かこれ、」
パカッと箱を開ける。
中にはボロ布に包まれた赤い玉が連なった数珠が入っていた。
箱や布の劣化具合と比べて、数珠の赤さが目に映える。
「・・・ゲーム的に考えたら、これ、線香立てて供養して数珠つけて念仏唱えろってこと・・・?」
単にお参りセットが一式揃っているだけだとは思うがやる価値はありそうである。
「小夜ちゃん。」
「な、なに?」
後ろでなにやらごそごそやっていた小夜ちゃんに声をかける。
「ちょっとお参りしてみるから、様子見てて、」
「おまいり?」
「帰れますようにってお参り、」
「いいよ」
香炉の灰に線香を立ててライターで火をつける。
と、
ドン!
玄関の方から何か湿ったぶつかる音が聞こえた。
小夜ちゃんは息を飲んで言う。
「どろどろがきた!にげなきゃ!」
「ああ!」
そこで窓を見て、固まった。
「はめ殺し・・・!?」
迂闊だった。
開けられる窓かと思っていたがはめ殺し式の窓だった。
思えばキッチンもトイレの窓も全て、開閉できないはめ殺し式の窓だった。
こんな安普請の家は窓さえも安くしたのか、本当にハメ殺しの家か!
小夜ちゃんも窓枠を弄って開けられない事に気づき、泣きそうな表情を浮かべる。
置いてある金属の灰皿を拾って、窓に投げつける。
ガン!
「きゃっ!」
窓ガラスは震えるがヒビさえ入らない。
幼児の体の非力さに思わず泣きたくなる。
「小夜ちゃんはガラスが割れるか試して!
僕はこのままお参りするから!」
ゲーム的に考えれば、アレはお参りしようとすると同時に出てきた、つまりアレはお参りを邪魔しようとしている可能性がある。
それならその前にやり遂げればなんとかなるかもしれない。
ダメそうなら・・・
線香の束を香炉に立ててライターで火をつける。
これを直接投げつけてやる。
ライターを小夜ちゃんに向けて投げて叫ぶ、
「窓ガラスをライターの火をしばらく当てて熱して柔らかくして!そこに灰皿か水筒をぶつけて!」
小夜ちゃんがライターに火をつけると窓ガラスに当てる。
鐘を鳴らし数珠をもって手を合わさて一心に祈る。
「お邪魔してすみません。
どうか、僕たちをここから出して帰してください。あの何かを追い払って下さい、」
ひたすらに祈る。
効果は無さそうだ。
それなら!
と、数珠を危機感で震える右手で持ち、もう片方の手で般若心経の本を開き、読み上げる。
「ぶっせつまか、はんにゃはらみた、しんぎょう、かんじざいぼさつ、ぎょうじんはんにゃはらみったじ、しょうけんごうんかいくう・・・」
はっと小夜ちゃんが何かに息を呑んだが気にしていられない。
可能な限り早口で唱えながらページをめくる。
ドン!ドシン!
ついに何か倒れる音がした。
玄関が破られた。
ドギジ〜、ドギジ〜、
人のものでは、それどころかこの世の生物のものではありえない湿ったものが廊下を這って移動する音がする。
ページはまだある。
こうなったら、線香の束を投げつけて時間を稼ぐしか・・・
と思いながらもひたすらに般若心経を唱える。
ついに、
ドスン!
ドアが押し上げられ、目には見えないが確かに質量のある湿っぽいナニカが和室に入ってきた。
火のついた線香を掴もうと数珠をつけたままの手を香炉に伸ばす。
が、その手が掴まれた。
「えいっ!」
手を掴んだ小夜ちゃんが、手の数珠を奪い取り、そのナニカがいる辺りに向かって投げつけた。
『ぐぎゅぁあぁぁぁ!!』
不気味な叫び声の様な何かが響き、数珠の周りからじゅわっと煙が上がる。
ドス!ドス!
のたうち回る様な音がしてドアや床が揺れる。
ズル・・・ズル・・・
しばらくすると、さっきとは打って変わった弱々しい軽い音が離れて行く。
後に残されたのは朱色の数珠だけ、
「ぼじそわか、はんにゃしんぎょう・・・」
チーン、
仏壇の鐘を鳴らす。
何とか視線を本と目の前の状況を行ったり来たりさせながら唱え終わった。
・・・どれだけ意味があったかは分からないが・・・
小夜ちゃんが朱色の数珠を拾って戻ってくる。
「もういったみたい。」
「いまのは・・・?」
「あのね、どろどろがきたら、おぶつだんから、もやもやもきたの、でも、そのビーズにあたったら、もやもやがきえたの。
だから、ビーズをぶつけたらどろどろもいなくなるとおもったの。」
「そうか・・・すごいな・・・」
「えへへ、さや、えらい?いいこ?」
「うん、すごくえらくていい子だよ。よしよし、小夜ちゃんはえらくていい子、小夜ちゃんはえらくていい子」
「えへへ、もっといって、」
小夜ちゃんを撫でながら念仏のように繰り返し言う。
・・・先程の効果があったかも分からない念仏よりこっちのほうがよっぽどありがたい気がした。
「ねえ・・・」
「なに?」
「わたし、これでほめられたの、きょうがはじめてなの・・・」
「そうか・・・」
これ、とはおそらく彼女の霊感的な何かであろう。
「だから、みんなには、わたしがみえること、ナイショにして、」
「わかった。約束する。」
「ありがとう・・・」
小夜ちゃんは僕の胸に顔を埋めた。
ぶち破られた入口から家の外に出る。
さっきのどろどろとの接触で疲れたのか鞄がさっきよりも重く感じる。
おまけに小夜ちゃんの様子がおかしい。
さっきのテンションは疲労と緊張で一時的にハイになっていたのか、ふらふらしている。
小夜ちゃんの事を考えるとこのまま休みたいが、日が落ちてきた。
この異常な状況の中で、入口がぶち破られた家で夜を明かすのは勘弁願いたい。
いざとなったらそうするしか無いが・・・
と、
リーン
どことなく澄んだ鈴の音が聞こえた気がした。
小夜ちゃんが顔を上げる。
「きれい・・・しろい・・・わんわん?」
小声でうわ言の様に何か呟きながら、ふらふらと鈴の音の方に向かう。
「お、おい、大丈夫なの?」
「うぅん」
うん、とも、ううん、ともつかない声を上げる。
ふらふらとして今にも倒れそうな小夜ちゃんの肩を支える。
「あの鈴の音を辿ればいいの?」
今にも眠りそうな小夜ちゃんは、すこし、頷いた様に見えた。
小夜ちゃんの手を引いたり支えながら歩く。
半分は起きているのか小夜ちゃんは支えられながらも足を動かしている。
「がんばれ」
小声で小夜ちゃんに言う。
薄目をあけているが反応は無い。
リーン
鈴の音は一定の距離を保ちながらも、自分たちを何処かに導こうとしている様に感じる。
もしこれがナニカの罠だったら死ぬしかない。
一応、小夜ちゃんのいう見えない黒い靄に突っ込んでも大丈夫な様に進行方向に先程の数珠を掲げてすこし振っている。
これで黒い靄があっても消えているはず・・・
どれだけ歩いただろうか、
寒気が薄まっていき、異様な空気が次第に和らいでいった。
そして、
いつの間にか見覚えのある山の中にいた。
夕闇の薄暗さの中であちこちに懐中電灯の明かりが見える。
木の間に立ち入り禁止と書かれたテープが貼られている。
テープには何か紙の様なものが垂れ下がっていた。
帰ってこれた。
いつの間にか鈴の音は聞こえなくなっていた。
「ありがとう!案内してくれて」
目に見えぬ鈴の音の主にそう言った。
声が聞こえたのか懐中電灯の明かりこちらに向く。
「行方不明の子供二人発見!」
「信じられん!」
「悪魔が化けて・・・」
大人達の声が聞こえる中、ゆっくりと二人で木の間に貼られたテープをくぐり抜けた。
なぜか自分を警戒している大人たちに囲まれながら急造のイベント等で使うような大きなテントに通されて、あるテーブルの前に置かれたパイプ椅子に座っている。
隣の小夜ちゃんはすっかり寝てしまって寄りかかっている。
彼女の頭を撫でる。
「う、ふふ」
心地よさそうに小夜ちゃんは眠りながら微笑む。
大人たちはどこかへ行ってしまった。
この世界にはこの手の異常現象に対応する組織なり業務なりがあるのだろうか、
しばらくすると、和風の神職の服を着た強面の男と、紫の服を着た女性、そして神父の服だろうかキリスト教的な服を着た眼光鋭い金髪の初老の男が入って来た。
「君が広崎健汰君だね。」
「は、はい。」
強面の男に呼ばれて、彼の威圧感に思わず引く。
「駄目ですよ。小さい子を脅しちゃ」
紫の服を着た女性が言う。
この中では一番若く、母親と同じ位の年頃に見える。
「ねえ、ぼく?
なにがあったか話してくれない?」
「あなた方はどなたなんですか?」
「わたしたちは・・・そう、園長さんのお友達よ。
猿田山で、がけ崩れがあってあなた達がいなくなったから、探しにきたの」
「・・・」
どう考えても誤魔化されている。
が突っついても藪蛇になりそうな気もする。
「がけなんて崩れてなかったですよ?」
とりあえず、発言のおかしなところを突っ込む。
ここはむしろ突っ込んでおかないと、誤魔化しにわざと乗るつもりであることに気づかれてしまう。
「そう。じゃあ何があったの?」
「それは・・・」
話し始める。体験したことを自分視点で、
自分視点なので、当然、ナニカは見えない。約束なので小夜ちゃんが見えていた事も言わない。
小夜ちゃんの誘導に関してはよくわからない事を言って怖がっていたで押し切る。
「そう・・・数珠を投げてスライ・・・ナニカが逃げていったのね。
その数珠、見せてくれる?」
「はい。」
アレ、やっぱりスライムだったのか、ドラクエかよというか正式用語なのかと思いつつ、数珠を机の上に置く、
女の人と神父はそれを一瞥しただけだが、神職の男は手にとって眺め、それが終わると返してきた。
あっさり返したのは拍子抜けだが市販品みたいだしそんなものかと思う。
さらに話を続け、綺麗な鈴の音に引かれてついて行って、帰れたところで終わった。
「そうなの・・・お疲れ様、がんばったのね。」
「はい。」
「おうちに帰ったら、ゆっくり寝てね?
少ししたら、お母さん呼んでくるから、
お話ししてくれてありがとう。」
「どういたしまして、」
それだけ言うと三人ともテントを出ていく。
残ったのは自分と小夜ちゃんだけ、
ほうっと息を吐く。
なんとか小夜ちゃんのこと言わずに終わらせられた。
「ありがとうね。」
いつの間にか起きていた小夜ちゃんが言った。
「どういたしまして、説明大変だったよ・・・」
「うん、ありがとう・・・」
そういうと今度は小夜ちゃんが寄りかかったまま手を伸ばして僕の頭を撫でてくる。
気が抜けた。
グゥ~
緊張から開放されたのか腹が鳴った。
「残りの弁当食べるか」
「あっ・・・」
そう言うと、鞄から弁当を取り出す。
何故か、自分の弁当箱の他に小夜ちゃんの弁当箱が入っていた。
「あんまりたべてなかったから、
たべるときは、さやのもたべていいよ。」
「・・・ありがとう」
意図がよく分からなかったが、僕のために自分の分の弁当を渡したというのは分かった。
「二人で全部食べよう?
もう少しで帰って好きなだけ食べれるから、最後は我慢しないでパーティみたいにさ」
「・・・うん!」
小夜ちゃんは起き上がって自分の箸をとった。
そうして二人で、生還パーティというにはささやかだが、2つの弁当をつつきあった。
「人間なのは確か、ですね。」
紫の服を着た女が言う。
「悪魔が化けている訳では無く、
寄生されている様にも見えないです。」
神父の男が返した。
「受け答えはしっかりしすぎていたが、園長先生の話を聞くと以前からそんな感じだそうだ。」
神職の男も続ける。
林の中の暗がりで三人の大人は話し合う。
「しかし信じられません・・・
ヤイヌ様の力で完全に異界化する前の空間異常にとどまっているとはいえ、覚醒もしていないにも関わらず、あそこから自力で出てくるなんて・・・」
「最後はヤイヌ様ご自身が見つけて導いたと仰っていたがな。
最後に聞いた鈴の音がそれだろう。」
「あの、邪悪な悪魔の言う事聞くのはやめるべきですよ。
空間異常に留めているせいで悪魔が見えないままで犠牲が出ています。」
「もとはといえばお前らが、ヤシロ様を封印しているせいだろ!」
「神の道から外れ、人の道を誤らせた悪魔を遠ざけるのは我々の務めです。」
「この!」
「今はその話よりも、今回の話をしましょう。」
冷静な女の声に二人は落ち着きを取り戻す。
「何か、隠してはいるかもしれませんが、悪影響が出るようなものではないです。
契約しているようにも見えなかったですし、」
「そうですわね。
タチの悪い霊装や呪いの痕跡も無かったですし、
そういえば、あの数珠、回収しなくてもよかったんでしょうか?
そちらの家が持っている霊的資源は少ないでしょう?」
「アレは単に異界の仏壇に置かれて、たまたま微弱な破魔の力を宿しただけの安物の数珠だろう。
手にとって眺めてみると、赤い塗装が剥げて、中のプラスチックの珠が見えているところがあった。
その破魔の力も、スライムを追いはらった事で使い切ったようで、今やなんの力も無い。
まあ、なんの力もないからこそ小さい頃の不思議な体験の思い出として、彼らに持たせたままでいいと思う。
それに、この類の幼い頃のよくわからない不思議な体験というのは神仏への信仰を強めるからな。」
言い訳の様に最後に付け加えられた言葉に女は少し微笑む。
「そうでしたか、
確かに力を感じませんでしたし、
それで良かったと思います。」
「そうですねー。
今回の異界ですがどうします?」
夜の暗がりで三人の大人たちの会議は続いていく・・・
あれからしばらく経った。
あの事件以降、目に見える神秘体験などはなく、平穏に過ごしている。
あの事件は、猿田山で大規模ながけ崩れが起こる兆候があり、バスを止めて避難した際にバスで寝ていた自分と小夜ちゃんが取り残されたということになった。
そうして、その後の崩落から逃れてなんとか奇跡の生還を果たしたが、崩落に巻き込まれたショックで記憶が混乱して、小夜ちゃんと二人で変な夢のようなものを見た・・・
ということになっている。
まあ、この転生後の世界では、実際にオカルト現象があり、そんな感じでオカルト現象が隠蔽されるのかとなんとなく理解した。
記憶操作の異能の力等は存在しないか使われてはいないようだ。
小夜ちゃんは、自分が見たことが誰からも信じられない事に悲しんで傷ついていたが、
大人が嘘を信じ込ませて、秘密を隠してるからであって小夜ちゃんのせいじゃないと慰めて、
あのときあったことは、僕たちの秘密にして言わない様にしようと説得して落ち着かせた。
それだけではなく、秘密を隠す大人たちへのささやかな抵抗として、あのときあった事を二人で話しながら書き出して、留めておくごとにした。
まだ文字は書けない小夜ちゃんも何か書きたいというので、小夜ちゃんには絵を描いてもらい、僕は文章を書いた。
その結果、小夜ちゃんがあのとき見ていた景色が、なんとなく分かって来た。
スライム(仮)は透明なだけではなくて緑かかっていて何か体内に管のようなものがあった事や、
バスを出た直後にバスが黒い靄に覆われて行く様子、
特に、小夜ちゃんがクレヨンで描いたバスをグリグリと黒いクレヨンで塗りつぶして行く様を見て、あのときの小夜ちゃんの焦りと状況の危険さをようやく理解できた。
自分の文章だけじゃなくて、小夜ちゃんに絵を描いてもらってよかったなと心の底から思う。
そうしてできたそれをコピーして二人で持っている。
ついでに、あのとき見つけた数珠は小夜ちゃんが持つことにした。
最初は渋っていたが黒い靄が見えない僕より小夜ちゃんが持っていた方が役に立つと説得し、
また黒いもやもやを見付けたら消してねと言ったところ、私がケンタ君や家族や保育園のみんなを守るんだと息巻いている。
それで保育園中探検して靄を探したり、意外と近くに住んでいたので、一緒に近くの公園を探検したりと微笑ましい日々を過ごしている。
黒い靄は人気のない場所に薄っすら出ることもあるらしいが、ほとんど害は無い薄さでこれくらいなら誰かいなくなる事は無さそうと言いながらも、数珠を振りまわしていた。
僕にはその手のものは見えないが、小夜ちゃんと一緒に靄祓い・・・大人からみたら子供の遊びかもしれないが、するのは楽しく、保育園や公園や町中でやっている。
寝起きの夢幻にふと走馬灯の様に浮かんだ記憶を振り払いつつ目を覚ました。
さあ、今日も起きなければ
主人公、何も役に立って無くね・・・?
ポニーかわいいね。
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保育園 魔法少女・リリウム小夜参上!
「ちょっと公園行ってくるね。」
休日の午後、昼食を食べて、のんびり過ごしている両親に声をかけて家を出ていく。
わりと自分は一人で外出する事が多く、基本的に行き先は古本屋か本屋か図書館だが、ここのところ公園に行く事が増えている。
「気をつけてねー」
「はーい。」
あの事件以降、多少は両親との会話は増えた。
ドアを開けて家を出る。
そのまま住宅街を抜け、大通りをしばらく歩く。
休日であるが交通量が多い。
平日の通園時たまに渋滞してバスが着くのが遅れることあるんだよなと思いつつ、脇道に入って、広い公園に着いた。
あちこちに遊具が置かれた緑豊かな広めの公園、
その入口で、可愛らしいリュックを背負って所在なさげに佇んでいる小夜ちゃんを見つけた。
「おーい、」
呼びかける。
すると小夜ちゃんは、ぱっと顔をほころばせて、こちらに駆け寄ってくる。
あれから、すっかり懐かれた上、そもそも周りに自分が見えるものについて信じてもらうのを期待するのを止めたのか、いつもくっついてくる。
「ね、またモヤハライしよ?」
靄祓いとは僕が名づけた、小夜ちゃんが見える黒い靄を探し出して消す作業である。
「うん、やろうやろう。
今日は家から数珠を持ってきたんだ。」
そう言って、家の引き出しから拝借した数珠を取り出す。
水晶の珠を白い糸に通した数珠で房がついている。
これまで見つけた黒い靄はあそこから持ち帰った数珠・・・辰砂朱玉数珠を振りかざせば消えることは分かった。
ただ、小夜ちゃんが言うには僕がやるより小夜ちゃんがやった方が一度にたくさん消せるそうだ。
今回は数珠を普通の数珠に変えてみて効果があるかを試してみたい。
「このじゅずがあるのに・・・」
「もし、あのどろどろみたいなのが出て、投げつけて失くしちゃったら、もう靄祓いができなくなるからね。
代わりになるものも見つけようよ。」
これが数珠と呼ばれる仏具であることは既に教えた。
幸いにしてもうあのスライムというらしい怪異には出会っていないが、これから出会う日が来るかもしれない。
「うん、」
こくりと小夜ちゃんは頷く。
「じゃあ行こうか、」
「あ、待って、」
そう言うと、とてとてと公園のトイレに向かう。
しばらくして魔法少女的な白っぽいリリカルな服に着替えて戻ってくる。
そうして、くるりと一回転する。
「マジカル、リリウム、ファンタジア!
まほーしょうじょ、リリウムさや、さんじょう!」
片足で立ち、腕を下向きに可愛らしく伸ばし、笑顔を浮かべ、首をちょこっと傾けてポーズを決める。
最近、女児向け魔法少女アニメに影響されたのか、靄祓いを始めるときにはこういうごっこ遊びをやるようになった。
まあ人知れず町・・・というには狭い範囲だがの平和を異能の力で守っているのだから、間違ってはいないと思う。
外でそれ着るのは汚れるからやめた方がとは言っているが、聞き入れる様子はない。
そのうち汚れたりほつれたりして泣くだろうなと思いつつ、
今は可愛らしい小夜ちゃんの魔法少女姿を愛でることにしている。
「じゃあ、今日はどこを探す?」
「こーえんは、もういっぱいしらべたから・・・
きょうはまちをさがすわ。」
「町か・・・」
正直、交通事故に遭遇したりかわいいので誘拐される危険があるのであまり外は探させたくない。
特に、黒い靄があると小夜が主張するところは裏路地や、人通りの多い道から外れた場所が多く誘拐やらの可能性がある。
「だめ・・・?」
少し不安そうに覗き込む様に見てくる。
小夜ちゃんを見る。
以前あげた防犯ベルは指示した通りつけている。
ポケットに入れた2個の防犯ベルと、お年玉で買った販売規制前のレーザーポインター(まだ出力による販売規制がされていなかった。5mwクラスなので、しばらく覗き込まないと失明する危険はないだろうが、足止めにはなるだろう。)、ゴツい目打ちの感触を確かめる。
「・・・うん、良いよ」
これらを使うような事にならなければ良いが・・・
「やった!ありがとう!」
喜んでいる小夜を見ながら守らねばという意識を新たにする。
小夜ちゃんの要望で小夜ちゃんの家の近くを探し回ることにする。
僕や僕の両親が靄に巻かれたら大変だからといって僕の家の周囲をやる事もあり、優しい子だなぁと思う。
ハイエース的な自動車での誘拐の可能性から自分は車道側を歩いて小夜ちゃんを守りながら目的地に着く、
この辺は一歩踏み入れるとごちゃごちゃした小さな家が区画整理されず密集するややこしい道になるが、たまに小夜ちゃんが町内会の行事で行く事もあるらしく、勝手知ったる感じである。
しばらく二人で、あちこちを歩き回り隙間を覗き込む、
「あっ!」
「どうしたの?」
家と家の間、道と言うには狭い隙間を覗き込んだ小夜ちゃんが声を上げる。
「うすいけど、もやもやがある!」
二人して隙間に入り込む、
子供の体格だけあって、大人がぎりぎり通れる隙間でも並んで入ることができる。
少し歩いたところで小夜ちゃんが僕の服を引っ張り停止させる。
見えないが目の前に黒い靄があるのだろう。
早速赤い数珠を取り出そうとする小夜ちゃんを抑えて、水晶の数珠を取り出して渡す。
「これで試してみて、」
「うん、」
コクりと頷くと、小夜ちゃんは水晶の数珠を受け取り、何もない様に見える空間に向けて振る。
「どう?」
「きえるけど、すこしだけ」
小夜ちゃんは何か力をもっているらしくただの棒でも多少は消せるらしいので、数珠の効果の検証という点ではあまりあてにはできない。
今のところ僕がやっても効果が確認されたのは辰砂朱玉数珠のみである。
「じゃあ僕がやってみる。」
返してもらった数珠を握り、振る。
「きえないよ・・・」
「少しも?」
「うん」
「じゃあもう一回」
同じ場所でなんどか振る。
「きえない・・・ぜんぜんだめみたい」
「そっか・・・」
ただの数珠では駄目なようだ。
やはり同じ製品の数珠を試さなければならない。
あるいは、前世の子供時代に古本屋で見つけた大昔の女神転生のゲームの小説の様に、この数珠に使われているらしい辰砂、つまり硫化水銀に退魔の力があるのだろうか、
『多分、古墳に大量の赤い朱丹が使われてたり、死者に朱丹を塗る古代の施朱の風習からそういう設定にしたんだろうけど、
当時の考古学では辰砂由来の水銀朱と、同じ赤色塗料のベンガラが区別されず同じ朱丹として報告されてたからなぁ・・・
古墳に硫化水銀が塗ってあって悪魔の侵入を阻むという描写があったけど、
現代の古墳調査だと高価な水銀朱よりベンガラの方が多めに使われている上、
原始の洞窟壁画もベンガラが使われてたりと、ベンガラの方が神秘物質としては適当に思えるんだよなぁ・・・
まあ、ベンガラって要は赤錆だから、あんなありふれたものに退魔作用があったら物語が成立しないけど、
・・・ワンチャン、あのとき、台所で見つけた錆びの塊と化した包丁、見えないスライムにぶっ刺せば、そのまま倒せてた可能性?
今度赤錆を持ってきて試してみよう。
水銀朱はこの年齢だとちょっと用意できそうにない・・・』
前世に古墳博物館やら本で読んだ事を思い出しつつ、ぐだぐだとくだらない事を考える。
その間に小夜ちゃんはいつもの辰砂の数珠を目の前の空間に振りかざしていた。
「おわったよ。」
「そっか、おつかれさま、」
先程、水晶の数珠を握っていた片手を上げる。
と、小夜ちゃんが息を飲む。
「そのて、だして」
言われた通り手を出す。
その手に辰砂の数珠を押し付け、マッサージするように動かす。
「!まさか、・・・それくらいの濃さだったのならやらなくても」
「だめ、」
年齢に見合わぬ毅然とした真剣な表情で小夜ちゃんは言う。
さっきので手に黒い靄が纏わりついていた様だ、
ただ薄い靄ならいなくなったりしないとは小夜ちゃんは言っていたが、僕に靄が纏わりついた場合は薄くても真剣に取ろうとする。
怪しげなものに纏わりつかれているのにそのことを認識すらできないのが歯がゆい。
「取れた・・・」
小夜ちゃんは、疲れたような眠そうな声を上げる。
とろんと目尻が落ち先程の真剣な表情がとろける。
「ありがとう・・・平気?」
「うん・・・へーき・・・」
よろめく、どう見ても平気ではない。
小夜ちゃんは、この手の人に纏わりついた靄を払った後はだいたいこうなる。
僕以外にも、たまに靄が纏わりついた人を見かけると、こうして払う。
スライムを追い払った時といい、MP的な気力を消費して怪異的なものを追い払っているのか?とも思うがよく分からない。
「無理させてごめんね。
とってくれてありがとう。」
そう言って小夜ちゃんの頭を撫でる。
「えへへ・・・」
くたっと緩んだ表情のまま、力が抜ける。
そのまま小夜ちゃんを背負う。
「わ・・・ケンタくんのせなかだ・・・」
小夜ちゃんの家には何度も行っているので道は分かる。
背負ったまま歩き出した。
ピーンポーン
「はーい、」
どたどたという音とともにドアが開かれる。
「健汰くんですか?小夜は・・・」
「また眠そうです。」
「まあ、大変だったでしょうね。
よいしょ」
最初は心配していたが、最近は慣れたものでさっと小夜ちゃんを抱きかかえる。
「おかーさん・・・?」
今にも眠りそうに小夜ちゃんは呟く。
そのまま小夜ちゃんのお母さん・・・
沙霧望結さんというらしい。が奥に入っていくのを尻目に帰ろうとする。
しかし、
「せっかくですし、上がってください。」
「・・・分かりました。」
このまま帰って、前世で見たこち亀を参考に先日からしている捨て替えカメラを使った電子工作の続きをしようとも思ったが、
お呼ばれしたのなら仕方がない。
居間に入って座って待つ。
ふと、テーブルの片隅に子供向けのカラフルな絵本が置かれている事に気づいた。
買ったのは新しそうだが何度となく読まれたのか少し傷んでいる。
タイトルは・・・
「みにくいあひるのこ、
か・・・」
そういえば保育園の朗読でも、これを先生にお願いしたりと、小夜ちゃん好きだったなと思い出す。
「ごめんなさいね。」
そういいつつ望結さんがクッキーの入った皿とオレンジジュースの入ったコップを持って居間に入ってくる。
子供にも丁寧な口調で話すあたりどこかのお嬢様だったのかな?とも思うがよく分からない。
「いえお構いなく。
小夜ちゃんの具合は異常ありませんでしたか?」
「大丈夫、いつもと同じ、ぐっすり眠っていますよ。」
「そうですか・・・
今日はうっかり僕の手に黒い靄がついたらしくて、それを小夜ちゃんがのけたせいです。
すみません。」
ぺこりと頭を下げる。
「・・・あの子の言うことを信じているんですね・・・」
「ええ、以前の事故では命を助けられましたから、
たとえ、あれが夢だった可能性が高かったとしても、」
「やはり、私にはあの事故の時の話、信じられないです。」
少し苦痛を飲み込むような表情を浮かべて望結さんは言う。
「別に信じなくてもいいと思います。
小夜ちゃんが、いえ、僕たちがそれを信じていることさえ信じていてくれさえすれば、」
クッキーを頬張る。
行儀が悪いとは思うが、子供の体はよく腹が空くのに加え、小夜ちゃんをここまで運んだせいで空腹でたまらない。
「それに、もしあれが夢の類いだったとしたら、実際に起きたトラウマになる様なもっと怖いことを忘れるための嘘記憶の類いである可能性が高いので、
信じられないからといって強く否定して当時の事掘り返すのもまずい気がします。
あの事故、何人か行方不明が出ているので、」
何度か親たちに言った事を再び繰り返す。
まああれが夢だったとは思わないが、一般受けする合理的な説明は相手を納得させる上で必要である。
望結さんは、本当にこの子6歳児なのという目でこちらを見てくる。
「・・・」
「見えないもの、あり得ない事を子供に合わせて無理に信じる必要は無いです。
そして、必死な子供を信じられないことを後ろめたく思う必要も無いです。
ただ、小夜ちゃんにとってはそれが本人の好き嫌いに関わらず彼女が見せられている世界である事を受け入れた上で、
小夜ちゃん自身が、自分がそれを見えることで傷つかない様な付き合い方をしてください。
小夜ちゃんのために、」
本人の意思とは無関係に見える以上、見えることを否定するのは、根本的に意味がないどころか、それが見えてしまう小夜ちゃん自身が見える自分は悪い子、おかしい子なんだと追い詰めてしまう。
小夜ちゃんが本人の意思とは無関係にナニかが見える事をまず受け入れて、それが幻覚であれ何であれ、彼女が強く傷つかない様に、彼女が見ている世界と自分が見ている世界の間でバランスをとって付き合って欲しい。
救出されたあと、そう小夜ちゃんの両親に訴えかけた事を思い出しながら話す。
ふぅと望結さんは息を吐く。
「ありがとう。
小夜ちゃんのアレを受け入れてくれる健汰くんに言われると、少し気が楽になります。」
「保育園児に言われて気が楽になるってどうなんですか・・・」
突っ込む。
「ふふっ、健汰くんには感謝しているんですよ?
見えない黒いもやもやが見える小夜ちゃんとどう付き合ったら分からなくて、そうしていたら不気味な事を言うからと前にいた幼稚園に居づらくなって、
それで小夜ちゃんをちゃんとさせようと思って強く否定しちゃったりもして・・・
小夜ちゃんすごく暗くて苦しそうだったの。
でもどうしたらいいか分からなくて・・・
だけど、今では、健汰くんに言われて付き合い方が分かって、家族で楽しく過ごせる様になれたの、
それに、小夜ちゃんもあなたと遊ぶようになってからよく笑う様になって元気になったんです。
少し前は自分から外に行くなんて想像できなかったから・・・」
望結さんは笑みを浮かべて言う。
「でも今日みたいに時々眠そうに帰ることありますよね。
それはどうなんですか?」
一番気になっていたことを聞く、
外で遊ぶようになったのは良いとして、外で寝そうになる様になったのはどう考えてもまずい。
これに関しては、外出禁止にされてもおかしくないと思う。
「眠くなるようなことは、危ないから寝たら家に帰れそうにない時はしちゃだめって約束したの。
それに・・・たまに、家でも寝そうになることがあるんです・・・」
「?」
望結さんは葛藤するような表情を浮かべて口を開く。
「以前、お父さんや私に黒いもやもやがついてるっていって、あの数珠をこすりつけた事があったの。
当てたら少し体が楽に・・・
ううん、きっと気のせい、
そうしたら、小夜ちゃんがくたっと眠そうになったんです。」
「そうですか・・・
お父さんとお母さんを守ろうとしているんですね。」
呟く。
例え小夜ちゃんが見ているものが幻覚だったとしても、両親を守ろうとしている小夜ちゃんの意思は変わらない。
「そう・・・ですね。
優しい子です・・・」
「全くです。」
「そういえば、健汰くんは、小夜ちゃんと付き合ってああやって遊ぶのはどう思ってるんですか?
いつも一緒だけど、嫌になったりしませんか?」
こちらを見つめて聞いてくる。
「いいえ」
「どうしてですか?」
「不思議なものが見える異性の相手と一緒に、あちこち冒険して、それを退治するって、結構、大人でも憧れたりしませんか?
小夜ちゃんとの靄祓い・・・冒険はつまりそれです」
「・・・
本当に健汰くんは保育園児なんですか・・・?」
呆れた様に望結さんは言った。
そうして望結さんとしばらく話していると部屋のドアが開いた。
「小夜ちゃん?」
「やっぱりケンタくんだ・・・」
小夜ちゃんは、少し眠そうにとてとてと歩いてくるとギュッと抱きついてきた。
「ちょっと私はお洗濯があるから、少し小夜ちゃんをよろしくね。」
「そうですか、」
望結さんは微笑ましげにこちらを一瞥すると部屋を出ていく。
残されたのは、小夜ちゃんのみ。
眠そうだし何話そうかとなんとなくテーブルの上を見ると、先程見た、みにくいあひるのこの絵本があった。
「この本、好きなの?」
そう問いかける。
「うん、すき。」
そういうと小夜ちゃんは絵本の表紙の主人公の醜いアヒルの子を指差す。
「このこね。さやなの」
「?」
「わたし、みんなから、うそつきとか、きもちわるいっていわれてたの、
だけど、ケンタくんにあって、しんじてくれて、
きれいでつよい、はくちょうになれたの。
ううん、さやが、はくちょうだってわかったの。
はくちょうだったらいいなじゃなくて、」
・・・そういうことか、
昔から悪口いわれて孤立していたので、物語の醜いアヒルの子に自分を重ねて、いま孤立しているけど、本当の自分がこういうものだったら良いなと空想していたところで、
あの事件があって、僕が肯定したせいで自分の力は人を助けられるものだと知って、自分を肯定的に見ることができるようになったと。
「だからね。さやをはくちょうにしてくれたケンタくんをまもるから・・・」
そこまで言ったところで小夜ちゃんはまたうつらうつらとし始める、
そっと膝に小夜ちゃんの頭を載せ撫でる。
「今日はありがとう、おやすみ。」
「ケンタくん・・・」
そっと小夜ちゃんは目を閉じた。
白鳥・・・?
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小学二年生 お化け屋敷の靄祓い 上
あれから三年程経ち、小学二年生になった。
あと一、二ヶ月で小学三年生である
小学生になって自由時間が減り、拘束時間が増えた。
転生者としては歓迎できないがこれも仕方がない。
小夜ちゃんとは一年生の時に偶然同じクラスで、クラス替えは二年に一回でかつ、仲がいいのでもうすぐ離されるかなとも思っているが、今は保育園時代と同じ様に、二人で靄祓いをする日常を過ごしている。
さすがにあの魔法少女コスプレはもうやめたが、
幸いにもあのスライムとやらと出会ったり、猿田山の様なおかしな空間に取り込まれたことは今のところ無い。
そんなことを考えていると、
「どうしたの?」
隣で歩いている小夜ちゃんが声をかけてきた。
いつもの黒っぽい落ち着いた服を着て、赤いランドセルを背負っている。
「ちょっと昔のこと考えてただけ、」
「そうなの。」
小夜ちゃんとはだいたいいつもこうして二人で登校している。
二人で、二年三組の教室に入ると何か騒がしかった。
まあ小学生の同輩が騒がしいのはいつものこととしてもなにやら様子がおかしい。
「おはよー」
「おはようございます。」
自分に対してはくだけた口調の時が多いが小夜ちゃんは母親の影響か丁寧語で話すことが多い。
小学三年生でこれはどうなのと思わないでもないが、どうやら彼女流のカッコつけらしいので放っておいている。
それはとにかく、妙な教室の雰囲気の原因を確かめるべく、知り合いのクラスメイトの高口圭に声をかける。
「どうかしたのか?なんか変だけど。」
「津島か、
きいてないのか?」
保育園時代は皆名前呼びだったが、小学校に入ってからはなぜか皆名字呼びになった。
「何を?」
「中田たちいるじゃないか、」
「あいつらか、」
中田たちというのはこのクラスの三人組のグループで、なにかとやらかす事の多い、所謂悪ガキ連中である。
この間、ダストシュートに潜り込もうとして壁穴状態で抜けなくなっていた記憶は真新しい。
ちなみに個人的には以前小夜ちゃんのスカートを捲ろうとした件で絶許対象で制裁(彼らの親に連絡)済である。
このクラスに悪ガキ共はいてもメスガキがいないのはバグだと思う。
それはとにかく、
「また何かやらかしたのか?」
「きのう、帰ってきてから様子がへんで、みんな休んでるらしい。」
「三人全員が?」
「そう。」
「・・・拾い食いでもしたのか?」
さすがにやらないとは思うが、
「いや、なんかお化けやしきに行ってたらしい。」
「お化け屋敷?遊園地にでも行ってたのか?」
まだ肌寒いこんな時期に?
「そうじゃなくてたんけんに行ってたみたい。」
「探検か・・・」
それを言われると、日常的に小夜ちゃんと変な所をほっつき歩いている以上、あまり人のことを悪くは言えない。
「きのう、お化けやしきを見つけたから、行くってもり上がってたぞ。」
「そうか、ありがとう。
どこに行ったかって分かるか?」
「それは、教えてくれなかった。
ナイショにしてたからな。」
「ありがとう。」
まさかな・・・
「なあ、そういうのくわしんだろ?
お化けのたたりとかって本当にあるのか?」
「あいにくと見たことはないな。
ただ、悪い場所にいくと体調崩したりおかしくなることはあるな。」
「わるい場所?」
「人通りの無い裏路地のさらに狭いところとかが多いな。
あと放棄された小屋とか」
そういう場所に黒い靄が出ることがある。
結局のところあれはなんなんだろうなぁ・・・
実験用に小瓶に入れて保管しようとしたが、小夜ちゃんに見てもらったところ発生地点から離れるに従い徐々に消えていったりといまいち判然としない。
秤に置きっぱなしにして消えた前後での重量変化を調べたが観測されず、
それどころか、吸い込めない靄を無理矢理後ろから注射器に入れたところ、ただの空気を同じだけ入れた注射器と重量は変わらず、靄が消えたあとも体積や圧力の減少を観測できなかった。
黒い靄には重量がなく、気体分子とは干渉しない。
だが、固体とは干渉する。
それならとビニール傘を裏返して突撃したところ、あっさり透過してきたりと訳がわからない。
じゃあ液体はどうなのかと思っておもちゃのバケツで水をぶっかけたところほんの少し薄くなったという。
体にまとわりついたり生体とは反応するようなので、自分の血を溶かし込んだ水をぶっかけたところ、
小夜ちゃんが狂った様に水たまりに数珠を打ち付けた。
曰く、一気に靄が集まって怖かったとのこと、
そんな実験を行っているがいまだに小夜ちゃんのいう黒い靄の正体には迫れない。
霧と同じで、空間で何かの条件が整ったときだけ、空気中の何かが黒い靄として現れているだけとも思えるが、それだと辰砂朱玉数珠で消滅させられる理由が判然としない。
本当になんなんだろうなぁ・・・
いっそ小夜ちゃんの幻覚だと考えた方が合理的にも思えるが、心霊現象の正体にそんな簡単に迫れたら苦労はない。
一応オカルト本を読んでこうすれば霊視的な能力が身につくというのを試して訓練してみたが、小夜ちゃんにも見えない明らかな幻覚が見え始めたので止めたりもしていた。
『ピンクの象の顔部分が前世の知り合いになってるのが寝起きで現れたりと当時はヤバかったな・・・』
そんな事を思い出す。
「でも俺の父ちゃん、仕事で空き家こわしたりしてるけど、なんともないぜ、」
「まあそんなには悪いところってあんまり無いし、大人は頑丈だからな。
調子悪かったり、気分暗くなったりする位で済むみたい。
すごく悪いところはまた別だけど、」
小夜ちゃんが以前行ってた幼稚園に小夜ちゃんと一緒に潜り込んで、以前彼女が言っていた問題の小屋を見たことがあるがあそこはヤバかった。
霊感的な感覚は無いのに、近寄った時にあのときの猿田山の様な不気味な感覚がした。
怯えた小夜ちゃんが数珠を振り回す度に空気が良くなっていくのを感じて、小夜ちゃんて女神の類いかなとも思ってしまった。
調べたら、そこの幼稚園では過去、数人、自殺者や病人が出ていた様だ。
「じゃあ、すごくわるいところに行っちゃって、それで休んでるのか?」
「その可能性はあるな。
まー単にそこの汚れた水とか飲んで体調崩しただけの可能性も高いけど、」
「・・・あいつら、見てくれないか?」
「といっても僕にその手の能力はないぞ、意地悪とかじゃなくてできないものはできないんだよ。」
「そんなこと言わずにさ、」
「だから、無理なものは無理なんだって、物理的に無理」
面倒くさくなってきた。
無理なものをねだるのは子供の特権とはいえ、同じ子供にねだられるのは鬱陶しい。
「ねえ、見てあげないの?」
話を聞いていたのか小夜ちゃんが言ってきた。
「小夜ちゃんが言うなら別にいいけど、」
あっさりと意見を撤回する。
具体的なことは小夜ちゃんがやる以上、小夜ちゃんがやりたいのなら別に構わない。
「女の子のおねがいは聞くんだな。」
「いや?小夜ちゃんだからだよ。」
この年で女の子意識するとは色気付き過ぎじゃなかろうか。
自分の事を棚に上げてそんなことを思う。
「おおーい、みんな津島と沙霧さんが様子見に行ってくれるって!」
わーとクラス中から声が上がる。
既成事実化されたようで釈然としない。
そこで、
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
「それじゃあ、今日のプリントは津島くんが三人の家にもって行ってくれるということで良いですね?」
「はい。」
帰りの会で今日の分のプリントを奴らの家に持っていく仕事を貰う。
それにかこつけて奴らの様子を見に行くつもりだ。
「「「さようなら」」」
挨拶とともに放課後特有の弛緩した空気が広がる。
ランドセルに教科書とプリントをしまい、レーザーポインターとカメラ改造スタンガン、数珠と色々アルコールに溶かし込んだ手製スプレーと目打ちを左右のポケットに突っ込む。
防犯ベルはランドセルについている。
刃物の類いは小遣いが出るようになった上、自分の机(ストレージ)ができたので買える様になったが、流石にポケットには入れない。
「じゃあ行こうか、」
ランドセルを背負い、朱の数珠を握りしめた小夜ちゃんがコクりと頷く、
「なあ、おい。」
「ん?」
声がかかった方を見るとあまり話したことがないクラスメイトがいた。
名前は・・・石井だったか、
「あいつらの事をよろしくな。」
「ああ、分かった。」
小夜ちゃんの方を見るとあちらも中田グループを心配する女の子に声をかけられていた。
意外とあいつら人気あったんだなと思う。
「えっと・・・こっち?」
「いや、こっち、ほらあった、中田の表札」
ピンポーンとチャイムを押す。
どたどたという音とともにドアが開く。
「はい。
あ、えーと・・・」
「中田のクラスメイトの津島です。」
「あ、そうそう津島くん、と、そっちの子は・・・」
「沙霧小夜です。はじめまして、よろしくお願いします。」
ペコりと頭を下げる。
「・・・またうちの子が何か?」
「いえ、体調崩して休んでいるので先生から言われてプリントを届けに来ました。ついでにお見舞いをと思いまして、」
「まあ、そうなの、ごめんなさいね。
今寝ちゃってて・・・」
「ちょっと声だけでもかけたいので上がらせてもらっても構いませんか?
あと、クラスの子から様子見るのを頼まれているのもありますし、」
「そうなの、それなら、ささっ、上って」
中田のお母さんに促されるまま家に入る。
「知ってるみたいだけど会ったことあるの?
家も知ってるみたいだし・・・」
「何ヶ月か前に、あ・・・中田達の間でスカートめくるのが流行ったことあっただろ?
あのとき、後つけて、家を特定して、お母さんになんとかしてくれと、やってるところの写メみせた上で話したからな。」
「あれ、やめさせてくれたのケンタくんだったんだ。
みんなよろこんでたよ。
ありがとう。」
小夜ちゃんは笑みを浮かべて言う。
引かれるかと思ったが、そこまで情緒や常識が発達していないらしい。
やはり子供はこうでなければ、
そんな自分勝手な事を思いつつ、家の奥に向かう。
中田の部屋に入る。
机とベット、おもちゃが入った箱が置かれた部屋、
青色の物が多い。
自分の部屋を持っているのは素直に羨ましい。
小夜ちゃんはとてとてと、ベットで寝ている中田に近づく、
慌てて、自分も小夜ちゃんに続く。
中田は、苦しそうに寝ている。
母親に聞いたところ熱は無いそうだ。
「すごい量・・・もやにつかれてる・・・」
自分には何も見えない。
ただ苦しそうな中田の寝顔が見えるだけだ。
小夜ちゃんは数珠を取り出す。
それを中田の体に当てる。
以前は擦っていたが、次第に小夜ちゃんの力が強くなっていっているのか、ぽんと一当てするだけで、大体の取り憑いた靄なら祓える様になった。
それに一日何回かやっても疲れて眠らない様になった。
と、中田が目を開いた。
何か、ぞわっとした感覚が全身を巡る。
いきなり、中田が起き上がりながら小夜ちゃんの首を掴んだ。
「きゃっ!?」
小夜ちゃんが悲鳴を上げて、中田の腕を振りほどきながら、腕を掴んで中田の上半身をベットに叩きつけた。
「っはっ!」
声にならない息が漏れる。
慌てて駆け寄りながら、ポケットから自作スタンガンを取り出し、中田の首に押し付けてスイッチを入れる。
「ああ"っ!あぁ・・・」
ビクンと中田の体が大きく一回震えると、そのままくたっと力が抜けた。
「はぁ・・・
はぁ・・・」
なんだ今のは、
小夜ちゃんは慌てたように、思っいっきり数珠を握りしめて中田を叩く。
「おいっ!?危な、」
「今ぜんぶはらったわ!」
小夜ちゃんは中田を見ながら言う。
しばらく中田をみていると安らいだ顔になっていく。
それを見て何回か深呼吸して緊張を解く、
カチコチに固まったスタンガンを握りしめた手から徐々に緊張が抜けるのを感じた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。」
小夜ちゃんはうなずく。
「怪我とか無い?辛いとこない?靄に巻かれてない?」
「だいじょうぶ」
小夜ちゃんの全身を見る。
見る間に小夜ちゃんの握られた首の手の形をした赤みが引いていく。
ほかに異常は無さそうだ。
「良かった・・・」
呟く。
小夜ちゃんはもっている力のせいか身体能力は高く、体育の身体測定ではいつもクラス一位である。
以前軽々持ち上げられた事もあり、大人並みの力を持っているんじゃないかと思っている。
とはいえ、おとなしめな性格や素振りから普段は全くそうは見えないが、
というより、体育の時間では、ドッジボールで小夜ちゃんが投げたボールに当たった子が泣き出したり、サッカー等で走る小夜ちゃんにぶつかって吹き飛ぶ子が出るので、クラスでわりと孤立気味だったり、怪我をさせないように一緒に遊ぶのを避けているせいでそういう性格になったと言えるかもしれない。
自分は中身は大人なので泣かないが、たまに本気の小夜ちゃんのスポーツ遊びに付き合った時は生傷が絶えない、
そんなことを考えながら、だいぶ力が抜けてきた右手に握りしめたスタンガンを見る。
前世のこち亀の漫画に載っていたものを参考にして作ったカメラのフラッシュ回路を改造して作ったスタンガン。
カメラのフラッシュ用のコンデンサーの電気容量的に気絶させられるかは怪しかったがうまく行った様だ。
回路自体は小さいので、カメラから取り出して小さなケースに入れている。
「ちゃんと動けて良かったな。」
こっそり呟く。
ねだって買ってもらった、大きなビニールの人形型浮き輪を使って、いざというとき即座に動いて、相手の体にスタンガンを押し付けてスイッチを入れられるよう毎日訓練していたおかげで、ちゃんと動けた。
正直非常時に動けるかは不安だったが、訓練は体を裏切らない。
「う、うぅ・・・いたた・・・」
薄ぼんやりと中田が目を開けた。
さきほどの異常な雰囲気はなく、寝起きの子どもらしいすこしぼんやりした雰囲気、
それを見ると、小夜ちゃんはさっきの毅然とした姿はどこへやら、こそこそと僕の後ろにまわる。
「おー大丈夫か?中田」
「えーと・・・津島・・・?
なんで・・・」
「いや、体調崩して、学校休んでたから、プリント届けにきたついでのお見舞い。
どこまで覚えてる?」
「おぼえて・・・?」
「いや、お化け屋敷行ってたんだろ?」
「お化けやしき・・・あぁ・・・」
「何があった?」
「なにも・・・山岸がびびって広間まで入ったところで帰ってきて・・・
それから気分が悪くなって・・・」
「何かいた?」
「なんもいなかった・・・
おい、なんでそんな事聞くんだよ。」
完全に目が覚めたのか正気に戻った。
「それより、体は大丈夫か?」
「なんか、せなかと首がいてえ。」
「それ以外は?」
「なんか、辛いのはすっきりしたけど力がでねえ・・・」
「そうか」
この分なら、取り憑いていた靄は無くなった様だ。
長期間、靄に憑かれた人は体力を消耗して、楽にはなったが力が出ないというのは良くある。
以前、風邪を拗らせて体調を崩して病院に入院した時に、お見舞いに来た小夜ちゃんと一緒に、病院にいた靄に憑かれた人を祓って経過観察した事があったが、そんな感じだった。
「今日休んで、石井とか心配してたぞ。早く学校に戻ってな。」
「大西ちゃんも心配していました。」
小夜ちゃんが背中から顔を出して言う。
「沙霧も来てたのか?」
「ああ、体調が回復するようお祈り(物理)してくれたんだぞ。」
中田は、なんと言ったら良いか分からない表情を浮かべる
「そうか・・・」
「そういや、どこ行ったんだ?
三人まとめて体調崩すとか、普通じゃない。」
「加藤と山岸も休んだのか!?」
「ああ、これから見舞いに行く。」
「俺も・・・いつつ」
中田は痛そうに背中を抑える。
それに何か言いそうになる小夜ちゃんを手で制す。
「無理すんな。
ちゃんと中田が心配してたことは言っとくから、」
「分かった・・・」
「そういや、中田達が行ったのって何処なんだ?」
「ん〜あ〜・・・
まるいけこーえんの、近くのコンビニの先に行って、緑色の家の所で右に曲がって、そのまま歩いて家がすくなくなったとこに黒い屋根の草だらけの大きな家がある。
そこ、」
「分かった、ありがとう。
お大事に、さようなら」
「おだいじに、さようなら」
そう言って、部屋から出ようとする。
「おい、」
呼び止められた。
「あそこ行くのはやめとけ、あそこは・・・なんか・・・ヤバい。」
その声はらしくもなく、心細げに聞こえた。
「もう帰るの?」
「はい、お話できたので」
「ありがとう。気をつけて帰ってね。」
「はい、さようなら、」
「さようなら。」
中田の母親に声をかけて家から出る。
と、ひしっと小夜ちゃんがしがみついてきた。
どうしたの?と問いかけようとしたが、気がつくと自分も小夜ちゃんを抱きしめていた。
女児の微かな柔かい匂い、
ガタガタと震えながら二人で壁に寄りかかり、しばらく抱き合っていた。
やはり命のやり取りは、心とは全く別の所で恐ろしいものだった・・・
「山岸が言ってた変な小さな叫び声が聞こえた気がした。
以外は収穫無しか・・・」
震える小夜ちゃんに、今日は襲われたしプリントだけ渡してもう止めようか、と提案したが、小夜ちゃんの意思は強く、そのまま残り二人の家を回った。
次は、小夜ちゃんも油断せず、寝ている相手に即座に2回数珠を当てて暴走する前に完全に祓ったので危険は無く終わらせられた。
靄に巻かれてなにかおかしくなった人はこれまでも何回か見つけて祓ったことがあるが、これまでは一回で祓えた上、あそこまで凶暴になったのは初めて見た。
「うん、そうだね。
入口のドアから入って、ろうかを通ってリビングに行って、そこでがまんできなくて帰ったみたいね。」
小夜ちゃんは一見したところ先程の恐怖から開放されたのか、目立って不安定な様子は無く、連続で六回も靄を祓ったのに意識ははっきりしている。
「そもそもなんで玄関のドアが開くんだ・・・?
空き家でも、鍵くらいかかってるはずだろう。」
「あの家はかかってなかったよ?」
「あの猿田山の家は空間からしておかしかったから別、」
あと安っぽすぎるので泥棒の類いも入らないだろう。
封鎖が解除された後、あの家を探したが見つけることはできなかった。
ただ、どことなく見覚えのある場所に、以前に撤去された家の土台らしきものがあったのは見つける事ができた。
ついでにいくつか見覚えのある様な端材や瓦礫が転がっていた。
さらに探すと、あのとき見たのとそっくりな変色した数珠の木箱が出てきた。
その箱だけはあの時、家の中にあったときの状態と同じで、開いてみると見覚えのあるボロ布が入っており、数珠は入っていなかった。
色々と怖いが、あの世界で家が再構築されたときに、数珠の力で再構築の力が及ばなかったのだろう。
そう論理的に考えることで、恐怖を抑えている。
それはとにかく、
「ねえ?その家、行ってみない?」
「今から?そろそろ夕方だよ?」
少し空に赤みがさしてきた。
時間的に言えば、そこまで遅くはないが、まだ日が落ちるのは早い。
「ほんのちょっと、見るだけ、だから」
「小夜ちゃん、結構、力使ったでしょ、
今日どうしてもというわけじゃないんだし、明日にしない?」
万一の事を考えると、外から見るだけであっても小夜ちゃんが消耗した状態で濃い靄の発生場所に近づきたくない。
「つかれてるの?
それならわたしひとりで行ってくる。」
「待て待て、分かった・・・一緒に行くよ。」
きつくない訳ではないが小夜ちゃん一人に行かせるよりマシだ。
それに、外から見るだけで不味いということは今までは無かった。
「ありがとう。」
ぱっと小夜ちゃんは微笑んだ。
「あれか・・・」
不気味な家である。
移動している間に日は落ち、微かな赤い光が藍色の空を照らしている。
確かに屋敷と言っていい規模の大きな2階建ての洋風の家である。
もとは黄色かかった白と思しき壁の塗装はところどころひび割れ、枯れた蔦が絡みついている。
庭が広い上、周囲の家からも少し離れている。
この時期の枯れている枯れ草が散らばり不気味な雰囲気を醸し出している。
夕闇の暗さと相まって不気味な家だ。
「どう?」
「お庭は少し、まどの中はすごくこいまどがあるよ・・・」
「あの時の猿田山と比べたら?」
「あれよりはうすいよ・・・」
「そっか〜・・・靄祓いをやるとしたら少しづつやって行こう?
一度には危なそうだし」
「そうだね・・・」
靄祓いに関しては、そこに殆どの自己表現を突っ込んでいるかのように積極的な小夜ちゃんが言うのは相当である。
「今日は危ないし帰ろ?」
「うん。」
コクッと小夜ちゃんは頷いた。
「えっ!ゆあちゃん!?」
屋敷から少し離れたところで、いきなり声をかけられた。
こんな時間に声をかけてくる人には警戒に越したことないと声をした方をみる。
すると、六十代ほどの散歩中の老人が立っていた。
「違ったか・・・ごめんごめん。
君たちどうしてこんなところにいるの?
暗いしもう帰りなさい。」
「ゆあちゃんって誰ですか?」
言われるまでもなくさっさと帰ろうと思ったが、小夜ちゃんが口を開いた。
・・・?らしくない。
「この先にお屋敷があるのは知っているかな?
そこに昔住んでた子なんだよ。
だけど・・・」
「だけど?」
「何年か前、こわーい泥棒が入って、死んじゃったんだ。
だから、さっさと帰りなさい。」
老人は心が痛むというようにやるせない表情を浮かべる。
「何年前ですか?」
「五年くらい前だったかな?
それから奥さんがおかしくなって、しばらくして、ご主人があの家を手放して・・・
ああいや、早く帰りなさい。」
「分かりました。」
帰り道、小夜ちゃんを送った後、図書館に寄る用事ができた。
翌日、
「まだ、中田達休みだぞ。」
「あれ?一応、お祓いして楽になったみたいだったのに、」
「そうだったのか?」
「ああ、中田はお祓い中いきなり起き上がって、首を絞めてきてヤバかった。
小夜ちゃんが抑えたけど、」
「首を!?なんで!」
「しらん、病気で頭がぼんやりしてたり、悪い場所に影響受けると凶暴化することがあるからその影響だろう。」
「・・・けがしなかったか?」
「大丈夫、お互いピンピンしてる。」
「そうじゃなくて中田がだよ。」
「襲われた僕らの心配しろよ!?」
そんな事を高口と話す。
その後の朝の会で先生が言うには、体調は落ち着いたものの体力が落ちて起き上がれないので来れないとの事だった。
単に靄に憑かれて弱っていたのだろう。
靄に憑かれた際の体力の回復にはしばらくかかる。
それよりあのお化け屋敷の攻略をどうするべきか、
色々実験もできそうだし、
そんなことを授業中考えて過ごす。
授業中他のことを考えるのは前世からのスキルである。
そして、給食を食べた後の昼休み、小夜ちゃんと教室を出て人気の無い屋上に続く廊下に行こうとする。
屋上は封鎖されているのであの辺りは人気が無い。
ここでいつも作戦会議を行っている。
と、
「すみません。沙霧さんと津島くんっていますか?」
声がかかった。
声の方を見ると、少し笑みを浮かべた背の高い長い漆黒の黒髪の幼女がいた。
上品そうな白いフリルシャツに赤いスカートを履いて、巫女服の様にも見える。
「山宮さん!?」
声が上がる。
上履きに丁寧に書かれた文字を読むと確かに3−2山宮・・・上級生の様だ。
有名人なのかなと思いつつ、何か用なのだろうか、
「はい、津島は僕ですが、」
「沙霧は私です。」
「ああ、良かった、ちょっと付き合って下さいませんか?」
どことなく言葉遣いや所作が上品だが、その有無を言わせない感じを含めて、お嬢様というよりお姫様というという雰囲気である。
「分かりました。」
二人で、そう言ってついていく。
・・・よく見ると、廊下に二人の男子上級生が山宮さんを守る様に立っていた。
一人は小学生にしては体がゴツく、なにか武道をしている様に見え、もう一人は背がひょろ高いが眼光鋭く周囲を警戒している。
なんだこいつら、
そっとポケットの防犯ベルを握る。
人気のない校舎裏にやってきた、
ここはもう使われていない焼却炉と夏の使用時期を過ぎて濁って沼と化したプールへの入口がある。
微妙に肌寒い、良く上着着ずに四人とも平気だなぁと思う。
「で、なにかご用で・・・」
「質問は、姫様が行う。
お前達は、聞かれた事に答えていればいい。」
ゴツい方の上級生、上履きを見ると、3年2組義木が言葉を遮った。
姫様wいつの時代だよww
ここそこまで時代考証無視できるド田舎じゃ無かったと思うけどww
思わず頭の中に草が生えた。
隣の小夜ちゃんの様子を窺うと・・・なんだ?警戒している?
「楽にしてくださいな。」
明らかにツッコミどころ満載の隣の上級生の言葉を当然のように気にした風もなく、山宮・・・もう山宮氏でいいか、
山宮氏が言う。
「すこし、伺いたい事があります。」
「はあ」
とぼけたふうに言う。
次の瞬間、空気が変わった。
山宮氏の隣の二人の気配がやたらと攻撃的になった。
なぜか、恐ろしい。
ポケットの中の防犯ベルを握る手に力が入る。
校内とはいえスプレーも持ってくるべきだったか、
と、
小夜ちゃんが一歩前に出る。
よく見ると拳を握りしめていて珍しく臨戦態勢である。
自分も負けずに一歩踏み出そうと震える足に力を込める。
が、小夜ちゃんに肩で制された。
「義木、高幡、納めなさい。」
山宮氏が呼びかけるとすっと圧が軽くなる。
なんなんだ。コイツラは・・・
「ごめんなさいね。
質問、よろしいですか?」
「どうぞ、」
小夜ちゃんが答える。
「昨日から、あなたのクラスのお三方が休んでいると聞きました。
なんでもお化け屋敷に行って具合が悪くなったとか、
それで昨日あなたがたがお見舞いに行ったと、
お三方の具合は大丈夫そうでしたか?」
「へいきでした。
あと何日かしたらもどると思います。」
「そうですか、それはなによりです。
それで、どこに行ったか、分かりますか?」
「分かりません。
聞いて言われた所に行きましたけど、おやしきなんてなかったです。
きっと、場所をまちがえたんですね。」
「そうですか・・・
どのあたりですか?」
「おおいけ公園から郵便局を目指してまっすぐ行ったところです。」
モロに山の中に誘うルートである。
「そう、ありがとう。
あなたの下のお名前は?」
「小夜です。」
「沙霧小夜・・・良いお名前ですね。」
「あなたのお名前は?」
「っ!」
なにか言おうとした義木を視線で制して山宮氏は言う。
「まあ、私としたことが、
山宮千紗と申します。」
「ちさ、ですか、きれいなお名前ですね。」
「ふふ、ありがとうございます。
そうだ。
あなたがよろしければ、私のお友達になりませんか?」
「・・・」
いきなり何を言っているんだこの人。
同じく小夜ちゃんも訳分からないとキョトンとした様子である。
「返事は遅くなっても構いません。
では、失礼致しました。」
そう一礼すると二人のお供を引き連れて去っていく。
何だったんだ今の・・・
狐に化かされた様な感じである。
小夜ちゃんを見る。
「あの人・・・途中からケンタくんのこと見てなかった。」
彼女にしては珍しく少し怒っている様子だった。
話している相手以外は普通は見ないと思うが、
作戦会議用の資料やノートを取ろうと教室に戻ると、教室がざわめいていた。
「おい、だいじょうぶだったか?」
真っ先に高口に話しかけられる。
「何が?」
「山宮様だよ。」
「様付け!?」
あいつらは一体何なんだ。
「知らないのか!?
山宮神社って分かるか?」
「ああ、お祭りで行く・・・」
猿田山の時に見た神職を探した事もあるが見当たらなかった。
「そこの子だよ。」
「そーなんだ。」
知らなかった。
「そーなんだってお前・・・」
「津島さんちは、昔からここにいた人じゃないから、知らないんだと思う。」
薄く茶色がかかった髪を肩口で切りそろえた、ピンクっぽい子供服を着た女子・・・花田愛が言う。
「そんなにここでは権威ある・・・偉いの?」
「すっごくえらい。
この街が小さかった頃から、ずった見守ってくれているヤマシロ様をおまつりしていたの。」
「ヤマシロ様ねえ・・・ここのあたりの昔話だったな。」
なんでもこの辺り一帯はもともとたちの悪い妖怪が蔓延る不毛の土地だったが、ヤマシロ様が降臨して悪い妖怪を退治して村が開かれたとか、
「そうそう、その昔話のヤマシロ様からいわれて、さいしょのほこらを立てて、ヤマシロ様に来てもらった人の子孫が山宮様なわけ、」
「なるほど。」
要するに由緒正しい一族というわけである。
一応、ここは村とか町とかそういう規模ではなく、小さな市規模だがまだそういうものに権威があるのか、
その後、何を話したか等、同級生に質問責めにされて、作戦会議をする時間が取れなかった。
小学生に浸透しているレベルでいまだに強い山宮家の権威には驚いた。
家に帰ると装備一式を揃えていつもの公園で小夜ちゃんと合流する。
今日、あのお化け屋敷の靄祓いを行う。
庭の黒い靄をざっと祓って屋敷への道を作ってから屋敷に入る。
最初に庭の靄を全部祓わないのは、庭の靄を祓っている時に近隣住民に見咎められて、連れ出されてしまうかもしれないからだ。
一度連れ出されたら警戒されるので、庭の靄を完全に祓うのは屋敷の靄を全て祓った後である。
「じゃあ行こう?」
小夜ちゃんが差し出す手を握り、歩き出す。
最後の方に出てくるお姫様が、将来、全裸土下座して種乞いするかと思うと、
なんというかこう、浮き立つような気持になりませぬか?兄上?
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小学二年生 お化け屋敷の靄祓い 下
15歳未満の方は申し訳ありませんが、諸事情からR15にしました。申し訳ありません。
「うん、そっち何回か振って、」
言われた通り伸ばした指示棒の先につけた辰砂朱玉数珠を振る。
小夜ちゃんも手元を見ずにぶんぶんと朱色の数珠を振り回している。
少し離れた仏具屋に、同じ製品の数珠があったので購入した。
試してみたところ、猿田山で見つけた数珠と同等の効果があったのでこうして自分用の数珠として使っている。
しかしあのクソ仏具屋め、四千円の商品を子供が買うには早いとかなんとか言った挙げ句、二万円まで値上げして売りつけやがって、
おかげで貯めていたお年玉がほとんどなくなった。
電車で行ける範囲の他の仏具屋には残っていない可能性があったから今回の機会を逃すわけには行かなかったが、もう絶対利用しない。
そんな苛立ちをこめてぶんぶんと振り回す。
指示棒の先につけているのは靄に近づかなくても祓える様にする工夫である。
この支持棒には百均のライトやスタンガン用の電線もつけてある自分用の靄祓いの道具である。
小夜ちゃんは靄に憑かれることは無いが自分は憑かれることがあるのでこういうものを使っている。
そうこうしている間に、広い庭を抜け、屋敷の入口に着いた。
小夜ちゃんが屋敷のドアを開ける。
ギギィ・・・
軋んだ音を立ててドアが響いた。
中は異常に暗い。
小夜ちゃんは中を覗き込み顔を顰める。
「棒をかして」
渡す。
小夜ちゃんは指示棒を伸ばし、自分の数珠を取り付けると数回薙いだ。
・・・気のせいか玄関付近が明るくなった気がする。
「これで入れるよ。」
そういいつつ、小夜ちゃんは棒を返し屋敷の中に入る。
黴臭い室内、積もった埃、
広めの玄関は廊下の途中にあり、前と左右に廊下が伸びていた。
足元を照らすと、積もった埃についた複数の小さな足跡が前方の廊下の先に続いている。
中田達の足跡だろう。
「取りあえず、これに沿っていこう?」
「うん、そうだね。
前を行くね。」
小夜ちゃんは、前に突き出した数珠を振りながら進む。
彼女が数珠を振る回数や振っている様子を見るに、これが普段の靄祓いとまったく違うというのが嫌でもよく分かる。
自分も振り残してそうな辺りに数珠を当てているがどれだけ効果があるか怪しい。
時々小夜ちゃんは後ろを振り返ってこちらをちらりと見る。
足元を見ると足跡が開いた扉に向かっていた。
あそこが広間か、
広間に入る。
広く吹き抜けになっており、古びたソファーやテーブルが置かれたままになっている。
どうやら居間として使われていた様だ。
大きな窓から明かりは差し込んできているのに何故かとても暗い、
「ここで、ゆあちゃんは死んだのかな・・・」
「いや、図書館で当時の地方新聞探して読んだけど、家具だか押入れに隠れている状態で引きずり出されて、殺されたみたいだから、ここじゃないと思う。」
撤去されていたとしても居間に子供が隠れられる様な家具は置かなそうである。
宮橋由亞、それがこの家で死んだ少女である。享年8歳
仕事で忙しい両親が家を開けて、一人で留守番していたところに、無人だと思った三人の泥棒が侵入、
顔を見てしまったことから、口封じのため殺害された。
顔を見てしまってから家中逃げ隠れ回ったらしいが、結局は隠れた所から引きずり出され腕で首を締められ殺害。
殺害の実行犯は無期懲役、一緒に押し入った強盗は懲役二十年の服役中である。
図書館で調べて本当に事件があったのかと驚いた。
幽霊とか出ないよな?とは思うが、スライムしかり黒い靄しかり、一般に言う幽霊とはかけ離れており、
小夜ちゃんに聞いたところ幽霊を見たことがないと言っていたこともあり、
自分達が祓っている黒い靄と幽霊的な事象は関係がないと思われる。
「えいっ」
小夜ちゃんが数珠を振り回す。
次第に広間の暗さが晴れて・・・
すごい勢いで明るくなっていく、
小夜ちゃんは凄いなと思って見ると、
小夜ちゃんは呆然と空中を見ていた。
「なに・・・あれ・・・
おやしき中のもやが集まって・・・
ゆあちゃん・・・?」
ぞわりと悪寒がした。
何だ?小夜ちゃんには何が見えている?
取りあえず、数珠を小夜ちゃんの見ている方向に向けようと・・・
「ダメッ!」
小夜ちゃんが手を掴み、引き倒してきた。
ヒュッ
すぐ真上を何かが通り過ぎる。
ガシャン!
音がした方を見ると、掛けられていた絵が額縁ごと壁に当たって砕けた。
飛んできた方を見るが何もいない。
小夜ちゃんが息を呑む、そのまま手を引かれ、ドアに向かう。
後ろを見ると、壊れた絵の額縁とガラスの破片が、空中に浮かび上がっていた。
「っ!!」
小夜ちゃんに手を引かれて潜り抜けると同時に、ドアを叩きつける様に閉める。
ドスドスドスッ!
ドアに何かが突き刺さるくぐもった音がする。
「逃げるよっ!」
玄関に向けて小夜ちゃんに引きずられる様に走る。
玄関のドアに二人して体当りする様にぶつかって停まる。
小夜ちゃんがドアノブを掴み力を込める。
「うそ、動かない!」
鍵を見るが開いている。
ガチャガチャと鍵を動かすがドアノブが動く様子は無い。
「危ないっ!」
小夜ちゃんに後ろに引っ張られる。
ドスン!
大きな靴箱が倒れ、目の前にすべって来た。
封鎖された!
「こっち!」
小夜ちゃんに引きずられる様に横の通路に駆け出す。
少し走って、突き当りで曲がり、途中の部屋に入る。
窓の無い暗い部屋に一瞬だけ明かりが射し込む。
寝室の様だが飾り気がない。
客室の様に見える。
すぐにドアを閉め、暗闇の中、そのまま二人で、先程一瞬だけ見えたベットの下に潜り込む。
静かな闇の中、二人の荒い息づかいがする。
と、小夜ちゃんの息が止まり、口に小さな手が当てられる。
静かにしろ・・・か
息を静かにする。
そのまましばらく待つ、
奴が床の埃に気付いて、この部屋にいると気付かれたら・・・
いや、かかっていた絵が割れて暗闇の中から隙間に向って尖ったガラスが飛んできたり、あるいはベットごと押しつぶされたら・・・
暗闇の中、嫌な妄想が溢れる。
と、ぎゅっと手を小夜ちゃんが握ってきた。
強く握り返す。
しばらく時間が経つ、
「・・・もう行ったみたい。」
そっと小声で小夜ちゃんが言う。
「何が起きたの?」
「もやをはらっていたら、急にお家中のもやがあつまって、
白い人形みたいな形になったの、
たぶん、ゆあちゃんだと思う。」
「そうか・・・ということはもう靄は見た範囲では無いのか?」
「お庭にはあるけど、おやしきの中にはないと思う。」
「靄にそんな性質があるなんて・・・」
小夜ちゃんが見たものが宮橋由亞だとするなら、黒い靄は幽霊を具現化するエクトプラズム的な性質を持っている。あるいは、そのエクトプラズム的な何かとそれによって半実体化した微弱なナニカが混ざったものなのだろう。
「懐中電灯つけて大丈夫?」
「うん、たぶん、
もうどこかにいっちゃったし、」
ライトを取り出して付ける。
部屋が明るくなった。
見たところここは客室の様だ。
絵や壺が飾られてはいるがホテルの部屋の様に生活感が無い。
と、思いきや、一つだけ、
テーブルに小さな写真が立てかけられている。
写真を見ると、短く淡い金髪の幼女と言っていい年齢のかわいらしい少女が写っていた。
七五三の時の写真らしく白っぽく薄藤色の模様の入った着物を着て金太郎飴の袋を持っている。
髪の色と雰囲気は違うが、背格好から後ろ姿で薄暗い中で見たらどことなく小夜ちゃんの様ではありそうである。
「この子がゆあちゃんなのかな?」
「多分そうじゃないか?
こんな感じだった?」
「うー・・・分からない。」
「そうか、」
言いながら、写真立てを分解して、写真を取り出す。
ゲームの様に写真の裏に何か書かれているということはなく、
テーブルの引き出しを見るが何も入っていない。
一応、写真を写メしておく、
写メのついでに携帯の電波を見ると見事に圏外だった。
まあ圏外だからといっても防犯ベルを鳴らしたり、外に異常を伝える方法はいくらでもあるが。
かといって、下手に救助されようものなら、靄祓いはできなくなるのは確実だろう。
「窓のある部屋に行って、そこから外に出よ?」
こくりと小夜ちゃんはうなずく、
ランドセルから見えないナニカ・・・取りあえず怪異と呼んでいる。
怪異用の装備を取り出してホルスターごとベルトにつける。
百均で揃えた細長めの包丁とナイフ、塩、灰、線香、マッチ、自作怪異用スプレー、ジッポライター・・・
ただこれらがどれだけ役に立つかは不明である。
一緒にドアに近づき、おっかなびっくり、ドアノブに手をかけて開ける。
小夜ちゃんはするりと隙間から顔を出して様子を窺う。
「だいじょうぶ」
よし、
そろりと向かいの部屋に入る。
畳数畳ほどのがらんとした和室だった。
壺が飾ってある以外は特に何も見つからない。
そうっと、ドアを閉めて窓に近づく、
ゆっくりと内側の障子戸を開けて、外側の窓ガラスの鍵に目をやる。
・・・鍵の部分だけ異常に錆びついていた。
隣の窓を確認するとこちらも異常に錆びついている。
小夜ちゃんが鍵に手をかけて開けようとするもピクリとも動かない。
小夜ちゃんを止めさせ、ポケットから目打ちを取り出す。
そうして、窓ガラスと窓枠の隙間に目打ちを差し込み、力をかける。
これで割れるはず・・・
ピキッと窓ガラスから音が鳴りヒビが入った。
小夜ちゃんが息を飲む。
さらに力を込める。
ヒビが広がる。
その瞬間、
「!」
突き飛ばされた。
ヒュン!ガシャン!
何かを思う前に、何か飛んできて割れる音が響いた。
見ると、壺が壁に当たって砕けていた。
さらに状況を確認すると、小夜ちゃんに押し倒されていた、
何か声をかけようとするが、恐れるような真剣な表情で何もいない中空を見つめていた。
温度が下がる。寒気がする。
ばっと起き上がった小夜ちゃんに引きずられて和室の出入り口に向かう。
畳の上とはいえ、あちこちが擦れて痛い・・・
なんとか起き上がり、小夜ちゃんと一緒に部屋を出て逃げ出す。
「・・・」
「・・・」
物置・・・にしては整理されて出入りがありそうな部屋のタンスに隠れて息を潜める。
遠くからバタン、バタンとドアが開けられる音がするが次第に遠ざかっていく、
アレは中を一瞥するだけで、中を探したりはしないのか?
「・・・もう大丈夫だと思う・・・」
そっと小夜ちゃんは言う。
二人でそっとタンスから出る。
「はぁ〜・・・
何だったんだ・・・?」
「たぶん、まどを割ったせいだと思う。
家のものをこわすと出てくるみたい。」
「やっかいな・・・」
こうなったら、椅子か何かを投げつけて思いっきり窓をぶち破ったところで、一旦逃げ出して、いなくなったところでまたそこから逃げるか、
そういうと、
「だめ、こわすのが多いと、出てくるのも強くなりそう。
そうしたら逃げられるか分からない。
さいしょに入ったひびだと弱わそうな感じだったけど、次にひびが入ったら 強くなった。」
厄介な。
ライターで燃やしても鉄筋建築なので燃やせそうもない、
小さな火種で燃やし始めて、ある程度火が大きくなってそっちに引きつけられたら、他のところで窓を割って脱出するか、
とはいえ、未成年ガードがあるとはいえ、流石に放火はやりたく無い、下手したら、靄祓いどころか小夜ちゃんと接触禁止になる。
となると、目に見えぬ怪異を倒すか、開けられる窓やドアを探すか、
どうしたものか、
と、小夜ちゃんが懐中電灯の明かりに照らされた物置のあちこちを見ている。
大きな遊具やタンス、本棚など、ダンボールやケースに入れない程度に時折使う品々を保管している部屋の様だ。
「これかな」
小夜ちゃんは本棚から数冊の大きい本・・・アルバムか、
を取り出して開く。
二人の大人の男女の写真があった、女性の方は先程の写真の少女と同じ色の髪をしている様に見える。
といっても昔のフィルムで発色が悪いせいで微妙に褪せているが、
さらにアルバムをめくる。
その二人の男女の旅行の写真、結婚の写真、お腹が膨らんだ写真、
ここで、アルバムを読み切り次のアルバムに向かう。
赤ん坊を抱く女性と隣に立つ男性の写真、保育器で眠る赤ん坊の写真、
そういえば、あれ内側から見ると光が反射して白い帯が空中にかかってる様に見えるんだよなあと遥か昔の事を思い出す。
幼児ベッドで眠る赤ん坊の写真、服を着てハイハイしている赤ん坊の写真、
室内用の滑り台で遊ぶ幼児の写真、
庭とおぼしき場所で遊んでいる薄い金髪の幼児の写真、
幼稚園で撮られたのか制服を着た金髪の幼児が周りの皆と共に手を繋いでなにかやっている写真、
次のアルバム
穏やかな表情の男女の間でどことなくふわふわした感じで笑う先程の写真の金髪の少女の写真、
そして、ウチの小学校の校門で撮られた入学した時の写真、
先程見た七五三の時の着物を着た写真、
ゆあちゃん誕生日おめでとうと書かれたケーキを前にした淡い水色のドレスをきた金髪の少女のパーティの写真、
そして、何も入っていないアルバムのページが続く。
ここで死んだのか、
宮橋由亞という一人の少女が生きた証を前に、手を合わせようかと思ったが、変に儀式動作をして呼び寄せてしまったら元も子もないので、目を閉じ頭を下げて黙祷を捧げる。
目を開け、小夜ちゃんを見ると、沈痛な表情を浮かべ同じ様に黙祷していた。
未熟な彼女ではこういうときどうすればいいのか分からなかったので、とりあえず真似たのだろう。
「かわいそう・・・」
ぽつりと小夜ちゃんが口を開く。
「そうだな。」
「あの子、ゆあちゃんなのかな?」
「さあ・・・分からないけど可能性はあるな。」
なにせスライムなどというファンタジーの魔物的な怪異が現れる世界である。
幽霊等ではなくそういうモンスター的なものである可能性はそれなりにある。
「ゆあちゃんだったとしたら、どうしておそってくるのかな?」
「分からない。
ただ出れない様に閉じ込めている以上、追い出したいとかじゃなくて、明確に僕らになにかしたいんだと思う。」
殺したり、傷つけたり、
「そっか・・・
ゆあちゃんの事、知りたい。」
「アレと全く関係が無いかもしれないぞ?」
「それでも、知りたいの。」
「そっか・・・じゃあ、手がかりを探す?」
どれだけ、彼女の手がかりが残っているかは分からないがアルバムさえ放置して引っ越したのなら、日記や彼女の自由帳位は残っているかも知れない。
「うん。
それと、出口もあったらさがさないと、」
そこは分かっていた様で安心した。
取りあえず、外で由亞が遊んでいる写真に裏口が写っていたので、そこを目指して移動する。
途中の部屋や廊下の窓を見るがどこも鍵は錆びついているかはめ殺し窓で、動きそうにない。
先程の広間をおっかなびっくり通り抜けて、裏口とおぼしき場所へ、
「あった。」
裏口が見つかった。
そおっと、小夜ちゃんがドアノブを握り、開こうとする。
動かない。
カギをガチャガチャと動かすが動かないのは変わり無い。
と、
「来た!」
小夜ちゃんが叫び、後ろに僕を匿う。
「ゆあちゃん?ゆあちゃんなの?」
何も無い中空に話しかける。
「ゆあちゃんだ・・・」
そこで、廊下に飾られていた重そうな額縁に入った絵が、音もなく浮き上がる。
小夜ちゃんは中空を見ていて気づいていない。
「危ない!」
小夜ちゃんの肩を引く、
ズオッ!
少し前まで小夜ちゃんの頭があったあたりを、重そうな額縁に入った絵が通過する。
ドゴッ!
額縁はすぐ隣の壁に当たって砕け、小夜ちゃんをかばった自分に欠片が降り注ぐ、
痛い。
「ゆあちゃん、なんで・・・」
「逃げるぞ!」
ショックを受けた小夜ちゃんの手を引いて逃げる。
追ってくる由亞(仮)にまずいと思ったのか、途中で小夜ちゃんが駆け出し、さっきのように僕が引き摺られる様になる。
あちこちを走り回り、階段を登り2階へ、そこでいくつか先のドアに入る。
どうやらここは書斎だったらしい。
ここは引っ越すときに持っていった物が多いらしく、あちこちの棚が空いている。
隠れ場所は・・・
小夜ちゃんが大きな棚を開けるとその中がまるごと空だった。
二人で無理矢理その中に入る。
狭い・・・
みっちりと密着する。
小夜ちゃんの甘い体温と押し殺した息遣いがみっちりと全身に押し寄せる。
バタッ!
ドアが開く音がする。
息を止める。
バタッ!
ドアが閉まる。
しばらくドアを開け締めする音が響く。
だんだん音が遠くなる。
「どこかにいったみたい。」
小夜ちゃんが言う。
二人でなんとか棚から出る。
怖かった。
「由亞ちゃん・・・だったのか?」
「うん、はっきり見えた。」
「なんて言ってたんだ?」
「なんて言ってたかは、テレビの2チャンネルの音みたいで分からなかった。聞こうとしたら、急に絵が飛んできて・・・」
テレビの2チャンネルの音、つまり砂嵐のノイズか、
前世ではデジタル化に伴いとっくになくなっていたが、現世ではまだ現役である。
「そうか・・・じゃあ由亜ちゃんの痕跡を探すか、」
「うん」
整理されているのでもう無い可能性もあるが、
少し探す。
「あった、日記って書いてある。」
小夜ちゃんは何冊かの日記帳を持ってきた。
宮橋勝司と日記の名前欄には書かれている。
おそらく父親の日記であろう。
「漢字にふりがなが無い・・・」
日記を開いた小夜ちゃんが呟く。
「僕が重要そうな所を要約して読むから、」
「うん、お願い。」
読み進める。
この家は、子供にのびのびと育ってほしいという思いから、街から遠くなくて自然があって広い家として中古で買ったらしい。
前の所有者は夜逃げしたらしい。
幼稚園の入園でも由亞はどこかのほほんしていた事、
幼稚園で由亞が口喧嘩で他の園児を泣かせてしまったことを妻から相談されたこと、
連れて行ったキャンプで、普段はおっとりしている由亞が珍しくはしゃいでいたこと、
入学の時の手続きを由亞に感謝されたこと、
テストで良い点をとっていたこと、
あまり感情は込められておらず、由亞の事が書いてあるところはそこまで多くは無いが、大切に思っていたのは伝わってくる。
それを次々に小声で読んでいく。
小夜ちゃんはじっとそれを聞いている。
ページを捲る。
あの事件の日になる。
空白、
何回かページを捲る。
日記帳の三日後のページには乱れた字で、なんで由亞が、と書かれていた。
それからしばらく由亞の葬儀の段取りについて書かれており、
葬式が終わったところで、
由亞への別れの言葉が書かれていた。
それでも日記は続く。
由亞を喪ったショックから次第におかしくなる妻の事が書かれていて、最後には、ここに由亞の記憶を置いて引っ越すと書かれていた。
富豪だなぁ。
そんなことを思う。
妻のおかしくなり方は書かれていた限りでは、いないものがいる的なものは少なく、自責の念でおかしくなっていた様なので、今回のアレとは関係無さそうだろう。
「お父さん、かわいそう・・・」
小夜ちゃんが呟く。
「そうだな。」
それは間違いない。
「由亞ちゃんて、こんな子だったんだ。」
「どーだろ?
父親のひいき目が入ってる感じもあるし、
頭が良くて落ち着いた子だったのは確かみたいだけど、」
「そうだね。」
父親のひいき目は小夜ちゃんも感じていたらしい。
「読んだ感じだと、お母さんも日記つけてたみたいだし、お母さんの部屋と由亞ちゃんの部屋を探そう?
あと出られそうな所を、」
基本は出られそうな所優先だが、こうして由亞の過去を探れば、由亞をなんとかする手がかりが見つかる可能性がある。
「うん。」
こくりと小夜ちゃんは頷く。
そおっとドアを開ける。小夜ちゃんが周りを見回す。
「こっち」
小夜ちゃんが先導して、廊下を進む、
廊下の窓を見る。
やはり、窓の鍵部分は錆が激しい。
どうしてこうなったんだ?と思って観察すると、窓の隙間近くのゴムや鉄材部品も錆ているというか腐食している。
靄が外に流れる際に物質を腐食させていたのだろうか、
アルミは錆びにくいのでアルミサッシ部分は無事で、
「ケンタくん?」
「あ、なんでもない。」
少し慌てて着いていく。
と、
「来る・・・」
小夜ちゃんが呟く。
僕の手をとって駆け出す。
そして、とある部屋のドアを開けて中に入る。
中にはクローゼットやタンスが並んでいた。
衣装部屋か、
そのうちの一つのクローゼットに潜り込む。
バタッ!
ドアが開く音がする。
今度は中々閉じない。
開け放しでどこかにいったのかなとも思ったが、
トン、
微かな足音がそれを打ち消した。
いる。
クローゼットの隙間から覗く、
ただ埃舞う薄暗い室内が見えた。
トン、
また足音がした。
いる。
見えないが、何かが目の前を歩いている。
トン、
トン、
トン、
トン・・・
トン・・・・・・
足音は去っていく。
バタンッとドアが閉まる音がした。
これで安全か・・・?
ぎゅっと小夜ちゃんが袖を掴む。
まだ危険か、
しばらく待つ、
バタン!
ドアが開いた。
戻ってきた!?
バタン!
違う。出なかったんだ。
ドアを閉めて、出たように見せかけて、ずっと部屋にいたんだ。
それで今度こそ出ていったと・・・
なんでこれだけの知能があるのにクローゼットの戸を開けない・・・?
それがひたすらに不気味だった。
「もう行ったみたい。」
小夜ちゃんが言った。
「ありがとう・・・そういえば、小夜ちゃんは、どうやって察知してるの?」
「さっち?」
「猿田山のときもそうだけど、目で見たり音が聞こえない時も近づいてるとか、もう行ったとか分かるみたいだから、」
「なんとなく分かるの。
いやなものが来たとか、行ったとか、」
「そっか、そういや失せ物探しも得意だったな・・・」
保育園や小学校で、誰々の何々が無いと騒ぎになったとき、小夜ちゃんはあっさり見つけていたなと思い出す。
さっきから3回続けて、由亞の記録がある部屋に逃げ込んだのといい、この辺の探知系の力の賜物だろう。
つまり、この部屋にも何かあるかもしれない。
そう思って部屋を探し始める。
・・・タンスから女児ものの服が出てきた。
七五三の時の写真に写った着物や写真にあった服等、
女児もの服は由亞の趣味だったのか淡い色のものが多い。
薄い水色や黄緑色等、
特に目を引いたのは、誕生日の写真にあった薄い水色のドレスである。
小夜ちゃん曰くこれを着ていたとのこと、
これらの服のポケット等には特に何も入っていなかった。
すぐサイズが変わる子供服にこれだけ金をかけるとは、金持ち過ぎると思いつつ、何故か変態な事をしてる気分になってくる。
再び廊下を歩く。
こうやってる時、由亞はどこに待機しているんだろうか、じっと、来そうな廊下を見張っていれば早く捕まえられるのに、
いや?
そこまで安定した存在として実体化していない・・・?
実体化したり消えたりを繰り返している?
思考を紡ぐ。
「ここ、」
小夜ちゃんが何かに導かれる様にして一つの部屋を指す。
扉を開ける。
女物のコートがかけられて、どことなく調度品に女性らしい雰囲気がある。
誰かの女性の個室の様だ。
ただ、これまでの部屋とは違い、空のペットボトルや酒瓶、女物の服が乱雑に散らかっている。
再び家探しを行う。
日記帳はアルバムと一緒にソファーの隣の机の上に置かれていた。
ご丁寧に由亞の誕生年から必要な年代分ある。
酒に酔いながら、ソファに寝転がって、当時の日記と写真で過去の幸せな時代に浸っていたのだろう。
日記を開く。
難しい漢字を読めない小夜ちゃんに変わって関係ありそうな所を要約していく。
直接育児をしていたらしい母親の日記だけあって、由亞ちゃんについて書いてある量が多い。
最初の本の妊娠〜出産では、母親になる不安や産まれた喜び等が書かれていたが、関係なさそうなのでざっと解説だけして読み飛ばす。
・・・どうも由亞はおとなしめだが気が強く、妙なカリスマ性があった様だ。
幼稚園でも皆から一目置かれていて、女王様気質だったという。
それで、口喧嘩になった相手を泣かせる事もたまにあった様だ。
かと言って、そこまで、わがままとか悪い子という訳ではなく、そういうちょっとマセた子は園に一人位はいる。
あの保育園で一緒だった里菜ちゃんは元気にしてるかなとふと思い出す。
それはとにかく、さらに読み進める。
小学校に入っても、直接的に泣かせる事は減ったがそんな感じだった様だ。
由亞の部屋にかわいい木のプレートをつけてあげたら喜んでいたこと、
7歳の七五三で買ってもらった着物に喜んで一日中着て過したこと、
そして、着付けを習ってたまに着る様になったこと、
8歳の誕生日の写真のドレスはそれ以前から持っていたお気に入りで、たまに着ていたこと、
学校にそれで行こうとして止めたこと、
友達が遊びに来て、家でお茶会していたこと、
一つ一つの話から宮橋由亞という一人の人間の輪郭ができていく、
「・・・ふつうの女の子だったんだね。」
ポツリと小夜ちゃんが言う。
さらに読み進める。
そして、迎えたその日は白紙だった。
あとはひたすら教育に悪そうな鬱々とした話、酒浸りになって過去を夢見て壊れていく日々が書かれていた。
もう読み飛ばそうと思ったが、ふと気になる記述を見つけた。
「由亞ちゃんは、家中を隠れ回りながら、自分の部屋を目指していて、自分の部屋の押入れに隠れようとして引きずり出されたけれど、
そこには天井に出るための天井扉と、そこから外に出られる空気取入口があった・・・?
さらにそこには非常用縄ばしごがあって、以前にも由亞ちゃんがこっそり外に出るとき使っていた可能性があると・・・」
さらに、過去に届いたらという思いから天井扉を開けたままにしていると記されていた。
「行けるか・・・?」
鍵が最初から無い上、開いたままの扉なら行ける可能性がある。
他にも何か無いか探すが気になる記述はそれで終わり、ひたすらに後悔と自堕落に溺れていく自分への嫌悪、酒を決めた酔夢の中に見た由亞の幻について書かれていた。
それを適当に読み飛ばしていくと唐突に日記は終わった。
辛かった。
流石に病んだ人の内面を読むのはきつい。
「小夜ちゃん・・・?」
気がつくと、小夜ちゃんは離れており、ソファの所に寝転んでいた。
手には小さなボトルを持っている。
そうして、ぺろりと、小さなピンクの舌を出して酒瓶の口を甜めた。
「何やってるの?」
「こうすれば、お母さんのきもちになって、生きてたときのゆあちゃんのことが分かるかなって・・・」
病んだ親の日記の話を聞いて悪影響を受けていた。
やめる様に言おうとした瞬間、何か寒気がした。
「ゆあちゃん!?」
すぐソファの前を見て、小夜ちゃんが叫ぶ。
不味い、分断された。
そこらに転がっている酒瓶が持ち上がる。
「やめて、ゆあちゃん!
なんでこんなことするの!」
小夜ちゃんが叫ぶ。
少し、間があく。
「おなか、おなかがへってるの?
アメならあげ・・・ぎゃあ!!」
バリン!
酒瓶が小夜ちゃんの頭に叩きつけられて割れる。
「小夜ちゃん!」
叫ぶ、
死んだか?いやそんなはずはない、これくらいじゃ死なないはず!
生きてるなら、助けないと、
呼吸を一つ、
どうすればいい?
こういうときは・・・
小夜ちゃんが見ていたあたりを、睨みつけ、腰のホルスターからスプレーを左手で抜く。
「おりゃぁぁぁ!」
掛け声で自分を奮い立たせ、そのあたりに吹きかける。
プシューというどこか間の抜けた音と共に、見えない空間に蛍光ピンク色の塗料が人の形に浮き上がる。
長いスカートを履いているように見える。
「おどらしゃぁぁ!!!」
自分でも訳がわからない叫びとともに、スプレーを吹きかけたまま右手で細身の包丁を抜いて全身でその影に向って突っ込む。
当たる!
「?」
当たった時の感触は、これまで感じた事の無いものだった。
柔らかくも、固くもない。
力そのものが消えた。
というのが一番近い。
ただ問題は、ピンクの塗料で覆われた内側に全く刃が入り込んでいないということだ。
「っ!!」
吹き飛ばされた。
「えぼっ!」
壁に背中から叩きつけられ、肺から息が無理矢理吐き出さされる。
苦しい・・・
背中に背負ったランドセルのせいで衝撃は緩和されたものの痛い・・・
床に打ち付けられた右の手首がじくじくと痛む。
ぶつけられた衝撃でスプレーと包丁がどこかに吹き飛んでいた。
なんとか目を開く、
由亞についたピンク色の塗料は上手く付着せず垂れて落ちそうである。
酒瓶が浮かび上がる。
ジッポライターを右手で取り出し、見えない様に火をつける。
「死ねや」
呟いて投げつける。
ジッポライターは蓋が閉まるまで燃え続ける性質上、火のついたまま由亞の落ちかけている塗料・・・を溶かしたライターオイルと、学校のストーブからくすねた灯油、発泡スチロール片をミックスした液体にぶつかる。
ゴアッ!
炎が上がった。
『!!ーー!』
何か分からないものが脳内を通り過ぎる。
とにかく、小夜ちゃんを拾って逃げなければ・・・
なんとかふらふらと起き上がって、小夜ちゃんの寝ているソファに近づく。
と、小夜ちゃんが目をぼんやりと開けているのに気づいた。
良かった。生きてる。
持ち上げようとしたところでパチッと目を開いた。
「逃げよう!」
そう小夜ちゃんは叫ぶと、手をとって僕を引きずる様に、ドアに向けて走り出した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「はぁ・・・」
お互い荒い息をしながら、ベットの下で息を潜める。
ここは寝室だった様だ。
離れたところで、どたどたと暴れている様な音がする。
しばらくするとその音も聞こえなくなる。
「だいじょうぶ・・・?」
「ああ、ランドセルが盾になってくれた。
そっちこそ酒瓶で殴られてたけど大丈夫・・・?」
「だいじょうぶ、
だけど、こぶになってない?」
白色の頭を差し出してくる。
酒瓶が当たったあたりを撫でる。
髪に混じっていた酒瓶の細かいガラス片を丁寧に払い除ける。
少しこぶになっていた。
・・・なんで、小さなたんこぶができる位で済むんだ・・・?
身体能力が大人並みとはいえ、肉体強度もそれくらいなのか?
いや、これ大人でももっと大きく怪我するだろ。
やはり小夜ちゃんの力のせいか・・・
「いたた・・・」
「あ、ごめん。」
やさしく擦る。
「ううん、いいの、もっとして、」
治れーと思いながらやさしく撫でる。
ベットから出たら冷却パッドを貼り付けないと、
「首は大丈夫?
なにか変な感じない?」
「だいじょうぶ。」
「そっか・・・違和感があったら言ってね。」
「うん、
・・・ゆあちゃんが言ってたんだ。
おなかが空いてるって、
がまんできないくらい。」
「だから僕らを食べようとしてるのかな?」
「うん、わたしたちから吸い取ろうとしてるみたい。」
「何を?」
「わからない。
だけど、わたしたちが怯えたり痛いと少しおなかのへりが弱くなるって」
「単に性格が悪い・・・
というわけじゃ無さそうだな。」
「うん。そんな子じゃないよ。」
日記を読んだ限りではそこまでは性格悪そうでは無かった。
怪異らしく、恐怖や生気的なものをエネルギーにしているのだろうか、
「由亞ちゃんて、倒せないのかな、」
呟く。
小夜ちゃんをこんな目に合わせた以上、もうまったく手加減する気はない。
むしろ滅ぼしたい。
場合によってはこの屋敷ごと燃やすのも有りか、もちろん僕と小夜ちゃんが無事であることが前提だが、
「むり、わたしよりもずっと強いから、
さっきの火も、びっくりしただけだったみたい。」
「・・・」
でたらめな。
「お数珠でたたいたり、当たったらけがはすると思う、」
「そうか・・・」
怪我させるだけでは倒せまい。
それよりも、見えないあれと再び至近距離で殴り合うのは単なる自殺としか思えない。
「逃げよう?このおやしきから、」
「由亞ちゃんはいいの?」
「今のゆあちゃんとお話ししてたら、ケンタ君がしんじゃう。」
ちゃんと現実をみている。
「そうだな。
で、脱出口だけど・・・」
「・・・ゆあちゃんのお部屋しかないと思う」
少し自信なさげに、それでもきっぱりと言う。
小夜ちゃんの超感覚のなせる技か、
他に脱出口はないのか、
・・・遠くからドタバタ音が聞こえる。
今までとは違って消えない。
この中であるかどうか分からない脱出口を探すのは難しい気もする。
「そうだな・・・」
呟いた。
おっかなびっくり廊下を歩く。
寝室には特に気になるものは無かった。
ドタバタ音は下の階から聞こえる。
このままずっと下の階を探してくれと思いながら、かわいい木のプレートが掛かった部屋を探す。
あった。
そおっと中に入る。
なにせ由亞の部屋だ。何があるか分からない。
由亞の部屋は散らかっていた。
あの事件以降、両親は入ろうとはしなかったらしい。
警察の現場検証後にそのまま放置されたらしく、当時の、殺された時の状況のままに見える。
赤っぽい色のフローリングに、シルバニア一家だったか小さなぬいぐるみ用のドールハウスが倒れて、ぬいぐるみが散乱しており、その他女児向けのおもちゃ、文房具があちこちに落ちている。
壁にはかわいらしいキャラクターのポスターが貼られている。
大きな学習机には女の子向けのアニメのキャラクターが書かれたノートが置かれ、机の前のカレンダーは、彼女が殺されたその月からめくられていない。
押入れに目をやる。
あれか、
そおっと二人で近づく。
ガラッ
「あった。」
押入れの上の段には黒々と屋根裏へと続く天上扉が開かれていた。
「きゃあ!」
小夜ちゃんの方を見ると、押入れの下の段を見て悲鳴を上げていた。
と、思った瞬間、
後ろに吹き飛ばされた。
「痛っ!」
先程の母親の部屋ほどは衝撃が無かったのでなんとか起き上がってドアに向けて踏み出す。
小夜ちゃんは既に立ち上がって、出入り口のドアに取り付いていた。
「だめ!開かない!」
鍵もついていないのにドアノブが回らない。
小夜ちゃんはドワノブを回そうとしながら、怯えた目で前方を見る。
あの辺にいるのか、
腰につけた袋に手を突っ込み、鼻血のついたティッシュを燃やして作った灰を握りしめ、投げつける。
靄に液体はあまり干渉しないが、固体はそれなりに干渉する。
そして生体物質はもっと干渉する。
ということは、生体物質を混ぜた塵の様な固体はより干渉するのではないか、
そう思って、作ったものである。
靄に使ってみたところ微妙に灰の滞空時間が伸びた様に見えた。
それと靄が集まっていたらしい。
水の時ほど顕著な集まりは無かったらしいが、
靄相手では微妙であるが、以前遭遇したスライムの様な見えない怪異相手であれば、相手を浮き上がらせる事ができるのではないか、
そう思い、怪異用の道具として持ってきていた。
ただどう考えても、相手の姿を浮き上がらせるだけなら、先程どこかに行ってしまったスプレーの方が便利なので優先順位は低かった。
結果は・・・
細かな灰が3D初音ミクコンサートの霧のスクリーンの様に、由亞の姿を浮き上がらせた。
アルバムで見た通りの、短く淡い金髪、水色の長めのドレス、ぼんやりした水色の瞳、
写真で見たときもそうだったが、どことなく淡くぼんやりした印象を受ける少女がいた。
・・・特殊な灰がスクリーンの様になって霊的存在が浮き上がって召喚されるなんて、小説の女神転生にもそんな描写があったな・・・
ふと雑念が混じる。
由亞は少し戸惑った様な表情を浮かべ大きく両手を広げる。
何をやってるんだ?
と、由亞がこちらを見て笑った。
欲しかったものを見つけた、というように、
ぞわりと背筋か粟立つ、
「だめっ!」
小夜ちゃんが叫び僕の前に出ようとするが、
それよりも早く僕に向けて飛びかかってきた。
右手で数珠を握って突き出そうとするがそれよりも早く、由亞が自分にぶつかっ・・・らない?
目の前いっぱいに由亞の笑った顔が広がったと思ったら消えてしまった。
何が起きた?
と、
「あ"あ"っ!」
頭が痛い。
痛みは意思を持っているかの様に体を蠢く。
『やった!
おなかすかない!もう、おなかすかない!』
痛みは少女の喜びの声になって全身に響く。
痛みに耐えて、ふと一瞬窓の外が見えると庭中に薄い黒い靄があるのが見えた。
取り憑かれた。
憑依までするのか、この怪異は!
靄が取り憑く時点で気づくべきだった。
体が意思に反して動こうとする。
由亞の意思が『呼び捨て?』体を乗っ取ろうとする『ごめんなさい。でも、いいでしょ?』良くない出ていけ『いや』、出ていけ『ごめんね。もらうからあきらめて』、この悪霊『ひどいわ』
追い出すため『あきらめて』には・・・
言語化する前、なんとか右手と顔の制御を取り戻し、数珠を口の中に突っ込みいくつかの数珠の珠を噛み砕き、歯ですりおろす、
ガリッ、
表面と中身で食感が違う。
辰砂朱玉『なにそれ?』と言いながら塗装しただけかよ・・・安物極まりない。
パリパリした表面を粉にして意識して飲み込む。
ゴクリ
『もう消えてて、』
体の制御が奪われようとする。
と、
『ギャー!!』
体内で何かが暴れ回る。
腹が、頭が、苦しい、痛い。
「あ"、あ"、あ"!」
濁った叫びが口から溢れる。
口からタバコのような白い煙が漏れる
「あ"え"っ」
体の中で暴れる何かが口から出る。
同時に胃の中の物も溢れた。
溢れた胃液の水たまりに不自然な乾いた島ができる。
その島の周囲の胃液と混じった赤い硫化水銀の塗装の粉のあたりから細い煙が上がる。
そこが足か!
再び袋に左手を突っ込み灰を掴んで投げつける。
四つん這いになって逃げ出そうとする由亞の姿が灰をスクリーンに浮かんだ。
灰を投げつけられ、由亞は少し固まった。
逃がすか!
千切れた数珠を握りしめて、四つん這いの由亞に殴りかかる。
殴りかかって数珠が当たったところから煙が上がる。
音は聞こえない。
だが、先程の力が霧散する感覚とは違い、数珠の部分に触れたところだけは確かに人体を殴った感覚があった。
「死に晒せぇ!!」
そのまま何度も殴りつける。
由亞の態勢が崩れ仰向けになり、そのまま由亞の体に馬乗りになりながら殴り続ける。
死なない。
どうすれば・・・
・・・由亞は首を締められて殺されたんだったな・・・
親指で数珠を保持すると、由亞の首を右手で押さえ、端から垂れた数珠を左手と由亞の首の間に挟み両手で締め付ける。
「死ねや!」
ジュワーという音とともに、由亞の首が煙に包まれる。
由亞は強い力で暴れる、
が、次第に弱くなっていく。
だが消えない。
このまま押さえつけないと・・・
「止めて!」
鋭い声が耳に突き刺さる。
「小夜ちゃん・・・?」
「ちゃんと、ゆあちゃんを見て、」
言われた通り由亞を見る。
すべてを諦めた様な絶望した表情で涙を流していた。
その姿は今まで散々攻撃してきたものとは違い、非常に弱々しく思えた。
すうっと、血が引く、
・・・だがやらなければ、
再び手に力を込め・・・
たところで小夜ちゃんに引き剥がされた。
「ケンタくん!だめっ!」
「でも・・・」
「ゆあちゃん、だいじょうぶ?」
小夜ちゃんがしゃがみ込み由亞に話しかける。
・・・右手にはちゃんと自分の数珠を持っている。
周囲を見回す。何か致命的な物が浮かんでいないか、
由亞の姿はぼんやり見えるが声は聞こえない。
何か話している。
「ゆあちゃんに、死んでほしくないから、
あんなふうにころされて、また首をしめられてころされるなんて、」
「だからって、死んじゃうのはだめだよ。
わたしたちも生きてるし」
「少しでもタイミングがズレたら死んでたけどな。」
言う。
由亞は明確に怯えた表情でこちらを見る。
「ケンタくん、ゆるしてあげない?」
はぁー
息を吸って吐いて深呼吸、怒りを抑え込む。
「小夜ちゃんにやったことを許すかはとにかく、見逃すのは良いとして、由亞ちゃん、どうなるの?
このまま逃しても、お腹が空いたと堪えきれずに、そこらの人襲い始めると思うけど、
そうして死んだ人や大怪我した人や取り憑かれて心を壊された人がでたら、自分許せる?」
「そんなことしないよ。ねえ、由亞ちゃん」
こくこくと由亞はなにか口を動かしながら頷く。
「由亞ちゃんがそれを守ったとして、由亞ちゃんは飢えに苦しんで死ぬことになるぞ。それでいいの?」
良いなら別にいい。
小夜ちゃんは俯く。
由亞は何かに気付き、絶望した表情を浮かべる。
・・・ものが飛んでくる気配はない。
力を使い切ったか、
「じゃあ、わたしがゆあちゃんにごはんをあげる。
ゆあちゃん、わたしたちにこうげきしないなら、わたしから少し吸っていいよ。」
本当にいいの?という表情を浮かべ由亞が、小夜ちゃんの顔を見る。
「やめとけ、」
ビクッと由亞が震え、恐る恐るこちらを見る。
「ケンタくん、」
「・・・分かったよ。」
千切れた数珠を握る。
「ゆあちゃん、いいよ。」
おそるおそる小夜ちゃんが差し出した左手に由亞が縋りつく、
「うーん・・・
こう、かな?」
由亞の姿が少しはっきりとする。
驚いたように由亞が小夜ちゃんを見る。
「ごはんを上げるやり方がわかったの。
これがほしかったんだね。」
なにかよく分からない感覚を掴んだ様だ。
「どう?足りる?」
由亞が頷き、なにか話す。
「良かった。それなら、約束守ってくれたなら、あげるよ?」
「おい、体、大丈夫か?」
「へいき、人についたモヤをはらうの、5つ分位だから、
今ので力の使い方がわかった。
いつものわたしなら12回くらいはできると思う。」
「・・・今は?」
「あと3回くらい・・・かな?」
今ので持っている力をMP的なものとして扱える様になったのか・・・?
以前はあと何回位できるか聞いてもよく分からない感じだったが、
「で、どれだけ由亞ちゃんは持つ?」
「一日くらいは大丈夫って言ってる。」
「本当に分かるの?」
「・・・多分それくらいだって、」
「持たなかったらどうしようか・・・」
由亞はいやいやと首をふりながら涙を浮かべ怯えた表情を浮かべている。
「大丈夫だよ。きっと、」
「というか、それくらいの力の吸収で済むのに殺そうとしてきたのか?」
「ううんと・・・
ゆあちゃんは、ケンタくんの中に入る前はすっごく強かったの。
でも、出たときにすごく弱くなってた。
わたしでも、やっつけられる位に、
それでおなかが小さくなったみたい。」
攻撃されて力を奪われたせいで弱体化した?
じゃあ力を食わせたらまた強くなって必要量が増えるんじゃ・・・
「ゆあちゃんそのものが小さなものにけずれた、かな?
育って大きくなりそうならやめてもらうから、」
「・・・なるほど、」
単に力を奪われて風船の様にしぼんだというよりは、霊体の基盤となる基質・・・型月用語でかつ意味違うけど、仮に霊基でいいか?
僕の体内で霊基が削られて弱体化して別のものになった感じか?
自分はこれの母親になったつもりはないが、
それはとにかく、小夜ちゃんが由亞を倒せる程に由亞が弱体化したのは朗報である。
・・・ならご飯とやらが足りない様ならまた削ればいいか、
そんな事を考える。
「分かった。」
「じゃあ・・・」
二人・・・と言っていいのか分からないが、二人の顔がほころぶ。
「ちゃんと面倒みよう。」
「うん、分かった。
ちゃんとめんどうみるから、」
「僕もみるからな。」
「えっ?」
「小夜ちゃんだけに力吸わせて、はいおしまい、にはしないぞ。」
「ケンタくん・・・」
喜んでいる小夜ちゃんの顔と、怯えている由亞ちゃんの顔が対照的だった。
「こんなもんでいいかな?」
契約書を確認する。
ランドセルから出した3枚のルーズリーフ全てに同じ内容が書かれている。
あとは血判を押すだけ、
契約書に穴が無いといいが、まあ、穴があってそれをつかれたら、育ってなければ二人で倒せばいい。
まあ、存在するのに必要なご飯を提供する代わりに、僕らの言う事を聞け、僕らに戦いを挑むな。小夜ちゃんより強くなるな。強くなったり、必要なご飯が足りなそうなら先程の弱体化を受け入れろ。
人質取るな。そもそも精神、拘束含む攻撃を許可無しで親しい人にするな。
許可取るときは憑依したり、過度な興奮状態や恐怖等ストレスかかった状態でした許可は無効、
契約の変更は僕らが話し合って合意を持って行う。
呼んだら来ること、呼びかけが聞こえないほど離れないこと、離れた場合は即座に合流をめざすこと、
僕らに対する危険を看過するな。
二人のどちらか片方ないし両方が死んだら自害しろ。
などなど、可能限り穴は塞いだつもりだ。
まあこういう霊的存在は契約を破らない性質があると聞くが、普通に破れる可能性も高いのでどこまで有効かは不明だが、
「・・・けんたくんて、ゆあちゃんのこと、すごく気づかってくれてるんだね。」
由亞ちゃんもこっちをみて不思議そうな表情を浮かべている。
「なんの事?」
「こことか、」
「そら、小夜ちゃんが病気とか力を使い切ったとかで、由亞ちゃんにご飯あげられないときもあるだろうからさ、僕や他の人からも気が沈む位の影響でご飯取れる様にしないと、お腹減らして消えちゃうかもしれないだろ。
ちゃんと面倒みるんなら、面倒見れないときは、人の迷惑にならないように条件付きである程度自由度持たせないと、」
その代わり、勝手に取るのは禁止で基本的にどちらかの許可が必要、
それが無理な場合は事後承諾でもいいが、した相手を偽りなく教えた上、確認させること、
など条件を厳しめにした。
面倒みる以上は無駄に苦しんでは欲しくないし、面倒をみたせいで意図せず死んでしまったらダメージがでかい。
前世で雑な管理で殺してしまった金魚のことを思い出しつつ、契約文を練った。
「じゃあ血判するよ。」
「けっぱん?」
「指に血をつけて、それを全部の契約書に押すの。」
そう言って、先程由亞ちゃんに吹き飛ばされたとき、おそらく割れた酒瓶のガラス片で切った右手の手首近くの傷を出して、固まった血を剥がす。
小夜ちゃんが息を呑む。
血が溢れてくる。
ある程度血が溜まったところで左手の人差し指で拭い、それぞれの契約書に血判を押していく。
「さあ、由亞ちゃんもやって、」
恐る恐るといったふうに由亞ちゃんが血に触れる。
・・・少し指先が鮮明になった気がする。
やはり血にご飯の元が含まれているのか、
そのまま、血判を押していく。
「小夜ちゃんも、」
「いたく、ないの?」
そおっと、撫でるように小夜ちゃんは傷口に手を滑らせる。
「そこまでは」
このあたりは精神大人の特権である。
「いたいのいたいのとんでいけー!」
小夜ちゃんは傷口を撫でて幼き呪いを唱える。
・・・力、消費してないだろうな?
そうして、契約書に血判を押す。
とりあえず、契約は成った様で安心した。
まあ、どこまで由亞ちゃんを縛れるかは分からないが、
まあ、生存と飢え対策を考えるなら由亞ちゃんもやらかさないだろう。
この前の神社の家の人が由亞ちゃんを探している様子で、見つかったら除霊されるかもと脅しておいたので、勝手に僕らを殺して居なくなるのは無いと思いたい。
「由亞ちゃんの分の契約書は小夜ちゃんが持つというので良いか?」
由亞ちゃんが頷いたのを確認して小夜ちゃんに由亞ちゃんの分の契約書も渡す。
「さて、帰るか、」
「そうだね。」
「そういや、入口のドアの前に転がした靴箱、退かせない?」
由亞ちゃんは首を振る。
「弱くなったからむりって、」
「そうか・・・
じゃあ、一階の窓を割って出るか」
由亞ちゃんが怯えるようにこちらを見ずになにか言う。
「この部屋のドアノブの中身を壊したから出れないって、」
「えー・・・」
ぼやく。
試しにドアノブを動かそうとするが動かない。
内部のドアノブの歯車系の金具をひん曲げて壊したな。
「天井から出よ?」
「分かった・・・」
不確定要素が強そうなのでやりたくは無いが、
屋根裏に上がる。
分かっていたが狭い。
僕ら小学生でも立てない位の高さしかない。
四つん這いになって明るい方を目指す。
風が流れて来る。
外だ。
四角く開いた空気の取入れ口から夕焼けの赤い光と、風が流れ込んでくる。
吹きさらしに開かれた取入れ口の周りは汚れたり朽ちていた。
縄はしごは・・・
あった。非常用の箱がある。
箱を開けると、少し古びた非常用縄ばしごがあった。
・・・使えそうだ。
「よいしょっと」
縄ばしごを地面に向けて垂らす。
「ケンタくん、先に行って、」
はっきりと小夜ちゃんがいう。
・・・ここで、由亞ちゃんと取り残される相手は、万が一のことがあっても由亞ちゃんに勝てる小夜ちゃんしかありえない。
最もシンプルな川渡り問題である。
「分かった。」
「あ、庭にはまだもやがあるから、終わりから二段目あたりから下や周りにお数珠を振ってね。」
「了解、」
上を気にしながら、縄ばしごを降りる。もちろん数珠は振る。
降りきった後は、数珠を振って、周囲のもやを払ったと思う。
「もう良いよー。」
「分かった!どいてね!」
縄ばしごから離れる。
と、するっと、縄ばしごを小夜ちゃんが引き上げた。
「え?」
「行くよー!」
小夜ちゃんが飛び降りた。
涙目の半透明の由亞ちゃんと一緒に手を繋いで、
「うえっ!?」
ドシン!
着地した。
「いたた・・・」
そういいつつ、小夜ちゃんはごく普通に立ち上がる。
由亞ちゃんはしゃがみこんで、いやいやと首を振っている。
どちらもダメージを受けた様には見えない。
浮かぶこともできる由亞ちゃんはとにかく、小夜ちゃんも3階の床くらいから飛び降りて平気なのか・・・
「ほら、大丈夫、しっかりして」
由亞ちゃんの頭を撫でて小夜ちゃんは言う。
ゆっくり由亞ちゃんは顔を上げる。
と、立ち上がって信じられないというふうに周りを見回す。
そして夕陽を見た。
なにか、由亜ちゃんの口が動いた。
声は聞こえないが、口の動きから、なんとなく何を言ったかは分かった。
やっと出られた。
「きれいな夕焼けだね。」
小夜ちゃんもほっとしたように夕焼けを見ながら言った。
あれから、一週間が経った。
ご飯的な力に関しては、靄を祓うと、その分の力を感覚を得た小夜ちゃんや由亞ちゃんが吸収できる様なので、不足問題は早々と解消した。
しかし、靄を祓った際に得られる力をとりこんでも、小夜ちゃんのMP的な使用回数は回復せず、
由亞ちゃんの存在を安定させる力としては取り込むことはできるあたり、ある程度の互換性はあるがMPとは質が違うように感じる。
その辺は小夜ちゃんも分かった様で、話し合って、使用回数をMP、存在に関わるご飯的な力を生気と名付けて分けて使いこなすことにした。
黒い靄は生気が溜まった所に時折出現して、人の生気に食いつく様だ。
これが靄が人に纏わりつく原理の様である。
あと、血には生気が含まれていて、灰になっても生気は残る様である。
またそれとは別に自分の血とティッシュを燃した灰には形代的な効果があり、それに取り憑く事で実体化したり生気の消費量を半分程に減らしても存在が安定化しやすくなる様だ。
あの直後、由亞ちゃんを構成している灰が吹き飛ばされて一気に生気の消費が増えて、また削るしかないか・・・となったとき、慌てた由亞ちゃんが袋の中の残りの灰に取り憑いて事なきを得た。
これからは気をつけて灰の体を維持するという。
ただ、小夜ちゃんには見えるらしいが、基本的には灰の体で実体化したときも由亞ちゃんは見えない。
自分も由亞ちゃんが見せようと思わなければ見えない。
宮橋邸では、姿の見え隠れの切り替え方を由亞ちゃんが分かっておらず、灰に込められた気力が僕の物だったので、灰を浴びせられて、あ、飢えから助けてくれる人がいる、と思って無意識的に姿を現したらしい。
あと重要なこととして、見えてる時と見えない時だと、明確に力のかかり方が違う。
由亞ちゃんが見えない時に由亞ちゃんを押しても、あの力が霧散する感覚とともに、全く由亞ちゃんを動かせないが、
由亞ちゃんが見えている時だと普通に押すことができる。
ただし小夜ちゃんはどちらのモードでも変わらず押すことができるが、
なので、単に見える見えないというより、この世界に物理的に実体化しているかどうかという切り替えの様でもある。
とりあえず、この辺で実体化という用語を整理して、霊体として安定する事を実体化、見えるようになることを物質化と呼ぶことにした。
小夜ちゃんが難しい言葉だと反対したが、ここは通させてもらった。
・・・さすがに、政策でもないのに見える化は無いと思う。
そういえば、中田達だが数日前には無事に学校に来た。
あの小夜ちゃんの首を締めようとしたというので友人達から英雄扱いをされて戸惑っていた。
・・・誰々がぶったとかは日常茶飯事の小学校低学年とはいえ、小夜ちゃんは一体なんだと思われているのだろうか、
昔いた小夜ちゃんをゴリラ呼びするクソガキ・・・輩は、そいつらに、ことあるごとに丁寧にゴリラらしく無い事を説明して理解してもらって謝らせていたら、いなくなったが、まだ残っているのだろうか、
それはさておき、あの山宮一味はあの後、中田達のお見舞いにいったらしく、中田達が威張っていたが、それ以外特に何も無かった。
靄に憑かれているか確認して、憑かれていなかったので帰ったのだろう。
「ねえ、ケンタくん、帰ろ?」
過去を振り返って帰りの会を聞き流していたら小夜ちゃんに声をかけられた。
いつの間にか帰りの会は終わっていたらしい。
「ああ、」
由亞ちゃんも加わり、これから、新しい発見や研究があるだろう。
例え、次の学年でクラス替えで小夜ちゃんと別れても一緒に靄祓いをやり続ける。
そう思って椅子から立ち上がって、小夜ちゃんの隣に立った。
ゆあ「悪霊 ポルターガイスト コンゴトモヨロシク・・・」
やったね!外道 ウィルオウィスプと合体させればシキガミができるよ!
できるのは妖鬼 シキガミであって、シキガミちゃんじゃない・・・?
せやな・・・
数珠食べたのは、msx版女神転生だと、悪魔に魅入られておかしくなった先生に硫化水銀使って正気に戻すというのがあるので、そこから取りました。
さて、お化け屋敷にとりつく幽霊の悪霊退治に見えるが、今回やったのは何だったのだろうか、
力を集め、対象の姿をイメージし、対象の好む供物を出し、対象に対する長い詠唱を重ね、先人の残した具現化手順をなぞり、最後には対象を見つけたやり方をなぞる。
・・・
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小学二年生 ある春休みの日に
春休みのある日のこと
軽く紐で腕を縛る。
・・・しばらくすると静脈が浮き上がってくる。
その静脈目掛けて注射針を刺す。
前世の痛みの少ない注射針とは違い、割と痛い。
まあ、昔からあってなんとか残っている駄菓子屋をいくつか回ってやっと見つけ出した規制前の70年代の昆虫標本キッドの注射針なので、
そもそも人間に使うこと自体が間違っているのだが、
というか、昆虫用毒液と注射器をセットで販売するとか前世でも今世でも昔は凄かったのだと改めて思う。
だが今回の役目は注入ではない。
注射器の押し子を引く。
赤い血液がシリンダーを満たしていく。
前世の低圧容器を針の逆側に刺してのゆっくりした採血とは違い、荒々しく痛い採血である。
注射器本体は今でも売っているので大きめのものを使っている。
規定量の血を抜いたので針を抜き、消毒液を垂らし絆創膏を貼る。
抜くときも痛い・・・
そうして、針を注射器から抜いて、抜いた血液を、辰砂の顔料の粉末の入った皿の中に注入し、かき混ぜる。
辰砂粉の朱と血の赤が混じり合い、中間あたりの色になる。
あとは乾かして再度かき混ぜれば完成である。
針と注射器を洗いながら考える。
あの時、胃液に交じる辰砂の粉に由亞ちゃんが触れたときに、煙が立ち上ったのを見て、辰砂朱玉数珠そのものではなく、やはり数珠の塗料の辰砂に退魔の力があるという確信に至った。
それで画材屋で水銀朱の顔料を探したところ、規制前なのかkg単位で手軽に安く売っていた。
こんなことなら、数珠に拘らずにさっさと購入して試せば良かったと後悔しながら、靄祓いに使って見たところ、小夜ちゃんだけではなく、
自分が使っても効果を発揮することが分った。
さらに自分の血を水銀朱と混ぜて塗った試料片を作成し、単に硫化水銀を塗っただけの試料片と比較したところ、小夜ちゃんが使った際に絶大な効果を発揮し、一撃でそれなりにあった靄が消え去った。
さらに、自分が使った場合でも微妙に効果が上がる事が分かったので、
これを使った靄祓い・・・だけではなく怪異退治用の道具を作っている。
小夜ちゃんがケンタくんに痛い思いさせる訳にはいかないと、小夜ちゃんの血でも試料片を作成して試してみたが、
小夜ちゃんと由亞ちゃん曰く、効果は僕の血を使った場合には及ばないらしい。
力のある小夜ちゃんの方が効果強そうなものだが・・・
詳しく話を聞くと、血自体に含まれる生気の量は小夜ちゃんの方が多いが、一回使って血に含まれる生気を使い果たして、自身の生気を乗せて振ったときには、僕の血を使ったものの方が生気が上手く靄を祓う力に変換されるという。
本人が持っている異能の力と、本人の肉体の生体素材の品質は必ずしも一致するとは限らないようだ。
とりあえず、この血と硫化水銀の混合物を、辰砂がかつてそう言われていた故事を元に龍血と呼ぶことにした。
あなた、ドラゴンなの?
と由亞ちゃんに言われたときにはダメージがあったが、
辰砂・・・硫化水銀の歴史を元にかつて不思議なものとしてそう言われていたことを説明して納得してくれた。
・・・正直、自分でも中二名称だなとは思っていた。
これを機に、辰砂について、特にその歴史と呪術的な作用について一度調べ直すことにして、しばらく図書館に篭った。
その結果、以前までは、古墳彩色には希少な辰砂よりも、ベンガラが使われていることが多いので、辰砂を退魔物質扱いするのはどうかと思っていたが、
どうやら天然のベンガラには微量の辰砂が含まれている様で、
弥生、古墳時代の人間は大量のベンガラを使うことで、辰砂の退魔作用を利用したのではないかと思うようになった。
そうこう考えている内に注射器を洗い終わり、棚の中で干しておく、
親に見つかったら何と思われるか分からない。
・・・そろそろ乾いたかな?
と思いながら、庭に向かう。
庭の一角、掘り返されたところに、細長い赤い石・・・コンクリートが埋まっていた。
一週間放置して固化している。
それを軽く叩いて、固くなっている事を確認すると持ち上げる。
ずしりと手の中に重さがかかる。
「・・・うん、上手く剣の形になってる。」
砂粒でボコボコしているが50センチほどのショートソードの形になっていた。
二度目ともなると慣れてくる。
裏表両面の型を作って合体させるのは手間なので、土を成形して型にした所に、龍血とモルタルの混合物を流し込み、細い鉄筋を入れて固め、片面だけの剣の形にした。
これにコンクリートヤスリをかけて刃をつけて、柄に取っ手用のテープを巻いたら完成である。
硫化水銀は脆いので、新女神転生の小説で出てきた硫化水銀でできた短剣トミムの様なものを作ったら、あっさりポッキリといきそうな上、
下手に融点の580℃以上に加熱したら昇華してしまうので加工も困難、
なので、硫化水銀を鉄や銅の様な融点の高い強固な金属に溶かして混ぜ合わせて強度を確保するのも難しい。
ただ、鉛やハンダに関しては融点が硫化水銀以下なので使うこともできるが、
かといって塗装しても、自分にはその手の技術が無い上、硫化水銀自体の強度が低いので、衝撃をうけたらあっさり割れたり剥げそう・・・
ということで、龍血はコンクリに混ぜ合わせて固めたり、低融点の物質に溶かして混ぜたり、布や繊維に染み込ませるという方法で使うことにした。
まあ、発掘調査記録や日本書紀を見ると、朱を塗った武具や祭具の記述が時々出てくるので、塗り方次第なのかもしれないが、
そんなことを考えつつ部屋に戻る。
と、机に置かれた安物のラジオがひとりでにスイッチが入り、ザーと音を立てた。
ラジオの周波数は、あえてどこの局でもない周波数に合わせてある。
にも関わらず、明瞭な音声が響いた。
『こんにちは、また何か作ってたの?』
「ああ、二本目の石剣だよ。
なんかの弾みで折れるかも分からないから。」
ラジオから響く由亞ちゃんの声に答える。
霊感の無い自分が由亞ちゃんと会話するために、この手の怪談でたまにある電子機器を使った幽霊の声の出力を試してみた所、由亞ちゃんがラジオに干渉して、やろうと思えば声を出せる事が分かった。
完全に由亞が物質化すればラジオをつかわなくても会話できるが、親や人に見られる可能性がある時はこうして会話している。
由亞ちゃん自身も僕の前で物質化したくないらしく、由亞ちゃんとの会話はもっぱらラジオ越しで行っている。
ただ、何が楽しいのか夜中、親と寝ている僕のベッドの隣で物質化して遊んでいる様だ。
何か、物の位置が変わっていたりと怪しいので、テープレコーダーを仕込んだところ、僕が寝ていることを良いことに、煽ったり、からかったり、脅したり、感謝したりと話しかけたりドタバタ遊んでいた。
首を絞めて殺そうとした怖い相手である一方で、友人意識やマウント取りたい欲等が垣間見えた。
テープは保存してあるので、なにかやらかしたら小夜ちゃんに聞かせようと思っている。
『近づけないでね。』
「そもそもどこにいるのさ、」
「クスッ」
真後ろから笑い声がした。
振り向くと、視界の片隅に由亞ちゃんの顔がちらりと見え、消えた。
由亞ちゃんがこの手の事をやりたがるのは、恐怖を感じた際に放出される生気を食べたがる怪異の本能か、
恐ろしい相手にいたずらして、怒らないのを確認して、安全な物だと確認したい人間の本能か、
まあ、どっちでもいいかと思う。
『辰砂って生きている人にとっても、毒なんでしょ?
そんなふうに、たくさん、いいかげんに使うのは止めた方がいいわ。』
「始皇帝の仙丹がらみで毒だのとよく言われるけど、辰砂・・・硫化水銀って、水銀系の化合物の中じゃ最も安全なんだ。」
『そうなの?』
「ああ、化学物質の安全データシートで確認した。」
最近出た初版が本屋にあったので立ち読みした。
「基本的に水に不溶なんで体に吸収されなすぎて、危険性を示す根拠となる医療データが殆どない。
危険性を決定したデータも水銀だからとか、他の水銀化合物とかのデータの流用がほとんど、
慢性的に使った場合の影響や皮膚に接触してアレルギーを誘発する危険性についてはあるけど、少量飲んだ程度でどうこうなるものじゃない。
仙丹絡みで悪く言われるのはアレだ。
仙丹って、辰砂加熱して他の水銀化合物作ってたからだろう。
辰砂つまり硫化水銀自体はそこまで危険なものじゃないんだ。」
データシートが出る前からある程度調べてみて毒性は無いと知っていたが、
整理されたデータを見るとやはり分かりやすい。
だからこそ、小夜ちゃんが祓えない状態で靄に憑かれた時用の非常手段として、硫化水銀自体に効果があった場合の一か八かの非常手段として考えていたので、あの時躊躇なく噛み砕いて飲み込めたのだが、
取り憑かれた時に飲み干す用に健康サプリのカプセルにいれたものや口の中に入れておいて非常時に噛み砕いて飲み干す用のプラスチックの小さなカプセルに入れた硫化水銀はいくつか用意してある。
『難しい本を読むのね。』
「由亞ちゃんも結構読んでないか?
図書館で置いてある本が独りでに捲れる噂とか聞いたぞ。」
以前、一緒に図書館に行って以来、司書の人達が受付で話しているのを聞いたことがある。
『うわさになってたの?
次からは見えないところで読む様に気をつけないと、』
「そうしてくれ、」
契約の影響か、僕からは何を言っているかは分からないが、僕か小夜ちゃんが由亞ちゃんを呼んだ時には、5キロ程度以内なら確実に気づく事が分かった。
そのせいで、僕と小夜ちゃんの描く5キロのベン図内部では、除霊できる人がいる可能性があるので、人目をさけながらも、わりと自由にしているようだ。
『それより、もういった方がいいわよ。』
「約束の時間までまだまだ3,40分はあるし早いだろう。
ざっと形位は整えておきたいんだ。」
『でも、サヤが待ってるわ。』
「・・・早く来すぎだろ・・・」
呟く。
そういえば、いつも小夜ちゃんは時間より早く来てたなと思い出す。
それだけ靄祓いが待ち遠しいのか、
未完成の石剣を机の上に置くと、
机の隣の布袋に入った、古着屋で買った子供コスプレ用の真っ赤な全身タイツを取り出す。
当然、硫化水銀で着色してある。
服を脱いでそれに着替えるとその上から外行き用の服を着る。
夏場は熱くなりそうだなと今から戦々恐々としている。
さらに、レーザーポインターとカメラ改造スタンガン、血灰と色々アルコールに溶かし込んだ手製スプレーと目打ちを左右のポケットに突っ込む。
腕にビーズを巻くと、ランドセルに謎空間に取り込まれたとき用の一式を詰め込み、
細長い袋に入った初代の赤い石の剣と鍋の蓋の裏側を龍血入りセメントで固め、スプレーを取り付けた盾をランドセルと背中の隙間に背負う。
さらに百均で買った小型の安物ラジオをポケットに入れて、イヤホンをつける。
何故かこの年代でカナル型イヤホンが普及してるんだよなと不思議に思いながらも、親に声をかける。
「じゃあ行くか、
小夜ちゃんと公園行ってきます。」
『行ってきます。』
由亞ちゃんはスカートをつまみペコリと優雅に一礼した。
公園につくと、小夜ちゃんが所在なさげに立っていた。
こちらに気付くとぱっと顔をほころばせて、こちらに寄ってくる。
「こんにちは、ケンタくん。」
「こんにちは、由亞ちゃんから聞いたけど、そんなに早く来なくて良かったのに、」
「早くケンタくんとモヤハライしたいから、」
「・・・」
『ケンタ・・・』
困った。諌められそうにない。これからは約束の時間より早く出なければならないらしい。
「じゃあ行こ?
いつものところ回るのと、ちょっと気になるところがあるの」
「ん、分かった。」
『わかった。』
イヤホンから由亞ちゃんの声が聞こえた。
こうして靄祓いするときは、物質化して三人で回ることもあるが、由亞ちゃんの事を覚えている人もいるので声をかけられる事があり、面倒事を避けるために物質化はしないことも多い。
あと、物質化すると現実の衝撃が通る様になるのであまり物質化したがらない。
それはとにかく、黒い靄が貯まりそうな場所はマッピングしてあるので、それを回って靄を消す。
幼稚園の頃より大きくなった体は、幼稚園の頃は一苦労だった範囲を回りやすくなった。
さらに発生しやすいところには、硫化水銀を置いておくと発生を抑制できるので硫化水銀を塗ったり、硫化水銀を塗ったテープや布、ポスターや御札を縛り付けている。
今日の分の見回りを終えると、小夜ちゃんの言う気になるところへ向かう。
『どんなふうに気になってるの?』
「なんとなく、向こうの方からいやな感じがしたの、」
「どれくらい?」
「ゆあちゃんのお家よりはいやじゃないけど、あの、ようち園の小屋よりつよい、かな?」
ちなみに幼稚園の小屋には目立たぬよう床の近くの壁に硫化水銀を塗って手製の御札を貼った。
「ということは・・・
出る、かな?」
「わからない。気のせいかもしれないから、
気のせいだったらごめんなさい。」
「いいのいいの気にしないで、」
しばらく歩くと、路地裏の入口あたりにひっそりと建っている、草が茫々で背が低い木がデタラメに庭に伸びて、柵に絡みつく小さな一軒家についた。
郵便受けにはチラシが貯まっていて、人が住んでいる様には見えない。
一見ただの荒れた空き家に見えるが・・・
『中はモヤがいっぱいね』
「うん、そうだね。」
由亞ちゃんの言葉に小夜が続く。
なにも見えないが靄が渦巻いているのだろう。
「出そう?」
「出るよ。
だけど、ゆあちゃんより強くて、ぶきを持ったさやより弱い、かな?」
『そうね。』
「なにか気になることある?」
「ないわ。」
「由亞ちゃんは?
嘘偽りなく隠し事なく答えて」
『・・・ないわ。』
「そっか、じゃあ始めるか、
じゃあ由亞ちゃんお願いね。
空き家調査1を行って」
由亞ちゃんは何も言わない。
ドアがガチャリと音を立てた。
少しドアが開き、閉じる。
しばらくするとラジオから音が聞こえた。
『誰もいないわ。
一年以上前から使われてないみたい。』
「分かった。」
そう言うと、小夜ちゃんがキョロキョロと周囲を見回し、誰も近くにいないことを確認すると門を開けて中に入り、ドアベルを鳴らす。
電気が来てないのか鳴らない。
が、
ギィィ・・・
ドアが開いた。
中は暗い。
小夜ちゃんがくるりと右手を回す、
すると魔法のように袖の下に隠した腕に巻いた無数のビーズをつけた紐が解け、
手から、先端に分銅のついたビーズが伸びる。
それを事も無げに振る。
玄関が少し明るくなる。
シューティングスター、
小夜ちゃんの命名である。
溶かしたプラスチックに龍血を混ぜて撹拌し、粘土で作った型に入れて固めて穴を開けて作った大きめで不揃いなビーズを、龍血に漬け込んで練り込んだ頑丈な紐に通して固定した。
さらに先端には溶かした鉛に龍血を混ぜた分銅を取り付けている。
構造としては片方にだけ重りのついた単流星の流星錘で、それを聞いた小夜ちゃんが命名した。
・・・丁度小夜ちゃんが見てる魔法少女ものアニメで流星魔法攻撃のことをシューティングスター・アローと言ってたなと思い出した。
ビーズと紐に強度的な不安はあるが、まさかビーズまで鉛(密度11.3 g/cm³)にしたら非常に重くなり、かと言ってコンクリート(密度2.4 g/cm³)にしたら、何かにぶつけた拍子に割れかねない。
もう少しお小遣いを貯めたら、融点の低い錫のインゴットを買って、錫でビーズを作り、紐に関してはパラコードに取り替えようと思っている。
あの仏具屋め・・・
もう少し金が残っていれば色々できたのに・・・
ちなみに、魔法のステッキからビーズが伸びる感じの武器はどうかという提案も小夜ちゃんからあったが、
どう考えても形状が鞭なので、小夜ちゃんが変な性癖に目覚めないように却下しておいた。
由亞ちゃんは残念がっていたが、由亞ちゃんがやらかしたら、僕や小夜ちゃんに鞭で打たれることになるぞと言ったら大人しくなった。
当たり前だが、打つ方は良くても打たれるのは嫌らしい。
まあ由亞ちゃんに装備させるとしたら、龍血の硫化水銀に触れない様に鞭の様な柄を付ける必要はあるだろうが、
由亞ちゃんには自身の武器での自爆を防ぐため紐がブラブラする類の武器を持たせるつもりはない。
なお、小夜ちゃんはあまりその辺はこだわらないらしく、手と腕で分銅を振り回す感覚が魔法っぽくて良いと好評である。
それはさておき、小夜ちゃんを先頭に空き家の中に入る。
完全に不法侵入だが小学生で、かつ、インターホンを鳴らしたらドアが開いたので入ったということで、言い訳が立つ様にしてある。
由亞ちゃんは念動力の様な力を使えるようなので、念動力で鍵開けして家の中に入って、家の中を見てもらって、しばらく人が来た気配が無いようなら入る。
ちなみに空き家調査1とはこれに関する細かい手順で、由亞ちゃんが騙し討ちして罠にはめてこないように報告内容や、やり方について手順にして覚えさせた。
どれだけ効果があるかは不明だが、
それはとにかく、少しだけドアを開けたところでドアストッパーで固定して、由亞ちゃんの時のように鍵を壊されて開けられなくなるという事態に陥るのを避ける。
「えいっ、えいっ、」
小夜ちゃんはシューティングスターを振り回しながら歩く。
と、足を止めた。
向こうから物質化した由亞ちゃんが歩いてくる。
「由亞ちゃん、ありがとう。」
「どういたしまして、
この先は広めのリビングだからちょうどいいと思うわ。」
由亞ちゃんは小夜ちゃんとすれ違い、僕と並ぶ。
後ろを取らせる気はない。
由亞ちゃんの言った通り広めのリビングに出た。
確かに広さ的にお誂え向きである。
テーブルが立てかけられて片付けられているのもいい。
小夜ちゃんはくるくると滑らかに手を回し、シューティングスターを伸ばす。
由亞ちゃんにスプレーを渡すと、僕はプラスチックの硫化水銀入りカプセルを口の中に入れ、ランドセルと背中の内側から石の剣と、鍋の蓋の盾を取り出して構える。
「じゅんびはいい?」
「いいよ。」
「いいわ。」
「それじゃあいくよ。」
そう言うと、小夜ちゃんは伸ばしきったシューティングスターを滅茶苦茶に振り回す。
だが、それは僕や由亞ちゃんに当たることはなく、完全に小夜ちゃんは己の技量でビーズ紐を制御し切っている。
窓から光は射し込んでいるのに何故か異様に暗かった室内が、急速に明るくなっていく。
と、小夜ちゃんのシューティングスターの攻撃が止まる。
だが明るくなるのは止まらない。
「来るわ、」
そう由亞ちゃんが言うと、視線の先にスプレーを噴射した。
蛍光ピング色の不定形な固まりが浮かび上がった。
曖昧だった輪郭が急速にはっきりしだす。
スライムだ。
猿田山の時のよりは小さい。
「えいっ!」
小夜ちゃんがシューティングスターを唸らせてスライムに命中させる。
ビシッ!
『ーーーー!!』
不気味な叫び声の様な何かが響き、スライムの体の半分が煙と共に吹き飛ぶ。
「ふふ」
由亞ちゃんが見えない衝撃波を放つ、
バジャン!
残りのスライムの多くの部分が弾け飛んだ
宮橋邸では意識がはっきりしたばかりで力の使い方が分かっていなかったのに加え、雑に腕を振り回す様に拡散させて撃っていたので威力はさほどでも無かった(それでも痛かった)が、力の使い方に慣れて、特定のものを狙って撃つ様になると大幅に威力が上がった。
これを当時の由亞ちゃんの力で食らったら、間違いなく死んでたなと思う。
「うおりゃー!!」
盾を構えながら突撃して、スライムの残りの部分に石の刃を突き立てる。
ジュワッ!
スライムに突き込むと煙が出て、スライムの残りの部分がバタバタと暴れる。
それを何とか盾で押さえ込む、
と、そこで、頬に手が当たる感覚とともに、体が突然重くなる。
それと同時に視界がおかしくなり、押さえつけられて暴れるスライムが、直接見えるようになる。
由亞ちゃんが憑依した。
憑依されると同時に、スライムに与えるダメージが明確に増えて、即座にスライムは消滅する。
そのまま、周りを見回す。
他の敵無し・・・他に特に気をつけるべきものはなさそうだ。
『ねえ、もう出ていい?』
『ああ、ありがとう。もう出ていいよ。』
体が軽くなると同時に真横に由亞ちゃんが現れる。
由亞ちゃんは体の調子を見るように自分の体を見ながらクルリと一回転する。
「ケンタくん、大丈夫?」
小夜ちゃんが心配そうにこちらをうかがう。
「ペッ、へーきへーき、小夜ちゃんも、由亞ちゃんも大丈夫?」
口の中に入れた取り憑かれた時に噛み砕くための硫化水銀入りカプセルを吐き出して仕舞いながら言う。
「だいじょうぶ」
「大丈夫よ。ちょっとつかれたけれど、」
由亞ちゃんの衝撃波はMPを消費する様で、数回しか撃てない。
「もう、もやは無くなったわ。」
「じゃあ、御札を貼るか、」
使い捨ての手袋をして、居間と廊下の隅に御札を貼る。
これで発生を抑制できれば良いが、
「じゃあかえろう?」
「そうね。」
「そだね。」
そう言うと、玄関まで戻る。
ドアのストッパーを外して、最後に振り返って、明かりこそ無いがこれまでと打って変わって明るくなった廊下を一瞥して、ドアを閉める。
ドアノブを拭って門を出る。
「二人共お疲れ様、よく頑張ったな。
おかげで、靄が広がったり、集まった靄で偶然怪異が生れて、人を襲うという可能性は無くなった。」
実際にそういう事例は見たことが無いが、可能性としては有り得るとは思う、
小夜ちゃんは嬉しそうに、由亞ちゃんは少しだけ得意げに微笑む。
「ケンタくんもありがとう。
こっちにこないようにおさえてくれたんだよね。」
「まあな。」
「わたしがやった方がいいと思う。」
「それもそうなんだけど、僕がシューティングスターを使ってもろくに削れないからなぁ・・・
たくさんの硫化水銀を叩き込むしかないんだ。」
かと言って、靄を使った試験の結果、小夜ちゃんが石の剣使うのは、シューティングスターよりは威力が出たものの、なぜかあまり効率が良くない事が分かった。
龍血を使って生気を力に変えている以上、入力が同じなら出力が変わらないのは理解できるが、大量の硫化水銀で、小夜ちゃんの使う退魔の力が抑制されるのか、あるいは干渉しあってしまうのか、
それもあって次の石の剣に使う龍血は自分の血の比率を減らして硫化水銀をほとんどにしてある。
まあ、生気を扱えない以上、硫化水銀と一緒になることで生気を退魔の力に変換する血液にはあまり意味が無さそうに思えるが、
「危ないからサヤにまかせて。
ケンタが死んじゃったら、私も死んじゃうから、」
良かった、契約は効果を発揮している様だ。
「かといって、これ以外だと与えるダメージが減るからなぁ・・・
それに今のところ、このタイツは一着しかないから、
タイツ無しで僕を立たせるか、タイツ無しで怪異を抑え込むか、
どっちも危険そう。」
あのスライムには触れただけで食いついてくる、
スライムに投げ込んだ虫があっという間に溶けて食われたのを見たことがある。
当然皮膚に触れたら一気に食いついてくるだろう。
だがこのタイツを着ていれば、硫化水銀の作用で食われなくなる。
以前、弱体化したスライムに纏わりつかれそうになった事があったが、タイツに触れると同時に煙を立ててスライムは引いた。
それを考えると現状これが効率的な配置に思える。
さらに、安全を考えて与ダメージを減らすと、スライムから反撃される回数や危険性が増えてそちらの方が危険に感じる。
「まあそこら辺は小夜ちゃん用のタイツができてから考えよう。
とにかく今のうちはこれで、」
「分かった・・・」
二人共不承不承という感じに頷く。
「じゃあ帰ろうか」
そう言って、帰ろうとする、
と、小夜ちゃんが腕を取ってきた。
由亞ちゃんも触れようとしたが、下に硫化水銀タイツを着ている事を思い出したのか手を引っ込めた。
なので新しいビニール手袋をはめて由亞ちゃんの手を握った。
そろそろ春休みも終わる。
クラス替えで小夜ちゃんと別れないといいなと思いながら、3人で歩いていった。
まさかの初討伐すっとばし、
なお本職がこれを見たら複数の意味で発狂する模様
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小学三年生 新学年は出会いの予感
「おはようケンタくん。」
「おはよう。」
家から出ると、小夜ちゃんがいた。
時間がかかりそうな時は、家に上がって待ってることもあるが、こうして家前で待ってる事が多い。
自分から迎えに行く?
・・・早起きは苦手だ。
由亞ちゃんは山宮一味の事があるので学校には行かせていない。
だいぶ残念がっているがこれは仕方ない。
「今日はクラス分けの発表だね。」
「ああ、一緒になれたら良いんだけど・・・」
「一緒だよ。きっと」
何か確信があるかの様に小夜ちゃんは言う。
予知の類の的中率は1/5程度上昇で低かったが、何か確信があるのだろうか、
そんなことを喋りながら学校につく、
クラス分けの表が張り出されていたので確認する。
・・・3-2、小夜ちゃんと同じクラスだった。
「良かった・・・」
「うん、よかった。」
しかしなんでまた同じクラスになれたのだろうか、
てっきり他の人とも仲良くしろと引き離されると思っていたが、
靴箱を変えてから、教室に向かう。
「おはよー」
「おはようございます」
二人して教室に入る。
教室を見渡すとその一角に目が吸い寄せられた。
長く淡い紫髪の少女が机をぼんやりと見ている。
目立つのはもう寒くはないのにぶ厚い濃紫のコートを着ていることだ。
何回か校内で見かけた事があるが、同じクラスになるとは思わなかった。
体温系の病気の子なのだろうか、
と、
「おい、ゴリラと雪女が一緒ってこのクラスはどうぶつ園かよ。」
「雪女はどうぶつ園にいないだろ。」
「じゃあイエティで」
「イエティもいないだろ。」
とクラスメイトの話し声が聞こえた。
見慣れないクラスメイトだが、顔は覚えたので、あとで小夜ちゃんはゴリラで無いことを説明しなきゃなと思いつつ、あの子は雪女と呼ばれているのか、体温が病気かなにかで低いのかなと思考する。
出席番号の席に着き、朝礼に出かける。
担任の挨拶と全員の自己紹介が終わったので、席決めのくじ引きを行う。
小夜ちゃんなら探知系の力で僕の席の隣のクジを当てられそうだが、悲しいかな引く順番は出席番号の五十音順に狭霧の後に津島が来るので、何かの弾みで逆順に引くことが無いと当て辛い上、先に引かれる事も多い。
それはとにかく、クジを引く。
・・・小夜ちゃんとは離れてしまった。
残念そうにしている小夜ちゃんに微妙な罪悪感を抱きつつ、指定された席に座る。
窓際でもなく最後尾でもない中途半端な席、
まあ最前列よりは良いが、
しばらくすると、隣の窓際の席に先程のコートの子が座った。
名前は・・・藤月澪ちゃんだったか、
自己紹介では、名前と寒がりなのでコートを着ていますとだけ言っていたが、慌てて先生がそういう病気だと補足していた。
この年でコミュ障の気があって親近感が湧いた。
まあ、これから先、交わることはあまり無いだろうと考える。
「山宮様達が学校を休んでる?」
中休み、先ほど、小夜ちゃんをゴリラ扱いしたクソガ・・・クラスメイトにじっくり話をして分かってもらったところで、気になる話が聞こえた。
小夜ちゃんは前のクラスの先生に用事があるからと席を外している。
「うん、なんかお祭りで二週間位休むって、」
「ちょっとごめん、お祭りって何のお祭り?」
割って入る。
前世なら考えられなかった所業だが、どうせ小学生だと思い気になる話があれば割って入ることにしている。
「津島は新しく来た人だっけ、
おおみそぎ祭っていって、昔からたまにあるんだ。」
「以前は、ようち園の頃一回あって、お母さんたちがいろいろ動いてた。」
言われてみれば、そんなお祭りがあった気もする。
あの時はやたらと大きなお祭りだけどなんかの記念でたまたまやっていたのかと思っていたが、たまにやるものなのか、
なにか、一人の高校生位の巫女さんにやたらスポットが当たってた気がする。
姫巫女は本当にいたんだ!と完全に前世の記憶が覚醒しきる前の意識がはっきりしない頃のテンションで駆け寄ったら、その人に抱き上げられた記憶が薄っすらとあるような無いような。
今頃あの人はどうしているのだろうか
「千紗様が今回は祭みこやるのかな?」
「いや、今回はほかの家の人がやるらしい。」
「祭巫女?」
「うん、祭みこに選ばれると、色々儀式とかするけど、好きに歩き回ったり、屋台のものがただになるんだ。
前の祭みこは山宮様のお姉さんだったけど、今年は義木さんの家の人がやるらしい。」
義木・・・あの時代錯誤な取り巻きか、
なんというか、特権的な家の人が持ち回りで権威を見せつける祭に聞こえる。
「義木さんも学校に来ないのか?」
「ああ、高幡さんも来ないし、
そっちの家の人たちはみんな来ないんじゃない?」
これは良いことを聞いた。
由亞ちゃんを学校に呼べる。
「ありがとう。」
「それより、お祭りだよ、お祭り、何食べたい?」
「たこやきとかいいよな。」
「個人的には、屋台の濃い焼きそばも捨てがたいな。」
そんな感じで駄弁る。
クラス替え直後だということもあり、すんなりと話の輪の中に入り込めた。
このあたりの雑さは小学生は楽だなと思う。
給食の時間である。
近くの机の人同士で班分けされていてくっつけて食べる。
給食袋から取り出して広げた黄色のナプキンを敷く、
ふと前を見ると、藤月さんが手を震わせながら緑色のナプキンを敷いていた。
・・・なにか、どこかで、彼女と似た人に見覚えがある様な気がする・・・
そのまま給食に移る。
藤月さんはスープ類を何杯かおかわりしていた。
スープが好きというよりは、体を温めるためにみえる。
カイロでも貼った方がいいのではないかと思ったが、手元を見るとカイロの袋を弄っていた。
・・・なにかの病気だろうか、ここまでだと入院した方が良さそうにも思えるが・・・
5時間目は体育の授業である。
食後すぐに体育はきつい、
が、今日はこのクラス初めてということで、このクラスでの並び方に慣れさせるのがメインだった。
それで腹が落ち着いたところで、余った時間でドッチボールをすることになった。
避ける練習だと思って、ボールを躱していたら、一人減り二人減り、とうとう同じチームの小夜ちゃんと二人だけになった。
・・・いやおかしくね?
相手チームはたくさんいるだろ?
と思って見る。
と、藤月さんの投げたボールに思いっきり当たって転んだ。
・・・力、強くね?
と思って残念そうな小夜ちゃんを尻目に外野に回る。
「ごめんね、がんばってね。」
流石に小夜ちゃん一人が集中砲火浴びるのは肉体的には平気であろうが、後ろめたさがある。
「いいよ、うん、がんばる。」
そして伝説が始まった。
本当に小夜ちゃんが頑張ってしまった結果、次々に敵チームはボールに倒れ、残るは藤月さんのみとなった。
この藤月さんもだいぶおかしい。
本気になった小夜ちゃんに食らいつくどころか対等に戦っている。
次第に弾速は早くなっていく。
「ふふっ」
「ふふっ」
気づけば二人共、喜色を浮かべ全力でボールを取り、投げあっていた。
小夜ちゃん、珍しく全力を出せて楽しんでるなと思いつつ、藤月さんも同じく全力を出せて楽しんでいるのだろう。
小学生とは思えぬ速度で飛び交うボールを前に、自分達外野は、呆然と二人を見ながら、たまに外に転がるボールを二人にパスするだけの装置と成り果てた。
結局、予鈴と共に決着がつかないまま、ドッチボールは終わった。
「お疲れー、楽しかった?」
小夜ちゃんに近づいて声をかける。
「うん、楽しかった。」
本当に楽しかったというように、小夜ちゃんは喜色満面の笑みを浮かべて言う。
「あ、藤月さん。」
藤月さんの方を見ると、クラスメイトに遠巻きに見られながらとぼとぼと更衣室に向かっていた。
不幸な事にこの小学校では低学年から着替えは男女別の更衣室で行う。
そこは低学年は一緒に教室だろと思う。
それはさておき
「小夜ちゃんに付き合ってくれてありがとー!
すごいプレーだったよ!」
感謝を伝える。
普通小学校低学年位なら、スポーツができるやつ=すごいやつとして尊敬を集めるが、
小夜ちゃんレベルになると、尊敬されるよりも引かれてしまう。
なのでいつもは手加減しているので、こうして本気を出して楽しめる機会は大人相手の時のみで、いつもはあまり楽しめなさそうだが、今回は全力で楽しめた様だ。
本来なら精神は大人な僕が付き合うべきだが、いかんせん脆弱な子供の体では無理がある。
「ありがとう。楽しかった。」
小夜ちゃんも声をかける。
藤月さんはこちらを見ると、なんと言ったら良いのか分からないという感じの表情を浮かべて、逃げるように更衣室に向かっていった。
「津島ってすげーな・・・」
着替えながら中井・・・先程、大禊祭について話していた方の片割れに声をかけられる。
「なんのこと?」
「あの二人と話すとかさ」
「藤月さんは分からないけど、小夜ちゃんとは昔から一緒だったぞ。
ちょっと大人しめだけど、悪い子じゃないし普通に話せると思うけど、
それともなにか支障が・・・」
「いやいや、狭霧さんはそうだとしても、藤月さんもいっしょなのはすごいなって」
なにか慌てた様に言う。
「藤月さんになにかあるの?」
「・・・アレを見て、何もないと思う津島はヤバいよ・・・」
何かと言われても、小夜ちゃんの様な力を持っている可能性はあるが、
それならそれだけである。
あっそうだ。
分からないというように首を傾げて訊く。
「旧家の人たちと関係あるとか?」
「ないない、あの家、新ざんだし、
お母さんが言ってた。」
「そうなのか、」
これだと、藤月さんは山宮一味とは繋がっていなさそうである。
もし仮に力をもっていたとしたら、小夜ちゃんと同じ、たまたま力が宿った一般家庭の出だろう。
しかし、他人の家を新参扱いするとは、昔からの家では中でどんな会話が行われているのか、考えてみると恐ろしい。
そちらの方がヤバく感じた。
『それで、あしたは学校に行けるの?』
帰り道、由亞ちゃんの声を片耳イヤホンで聞きながら歩く。
「うん、そうだよ。
よかったね。ゆあちゃん。」
『やった!待ってたの。』
イヤホン越しに喜びが伝わってくる。
『ランドセルも用意した方がいいかな?』
「そういえば、姿形変えられるの?」
『すこしだけ、生きてたときのふくなら変えられるわ。』
「服とかバッグだけ?」
『うん、だけどハンカチとティッシュはできたわ。
おもちゃとか身につけないものは出せなかったわ。』
「それだけ?武器とか文房具とか食器や食べ物飲み物には変えられないのか、」
『うん、だめだったわ。』
他人に化ける様なことはできない様だ。
ただ、水さえ確保すれば濡らしたハンカチを顔に・・・とかはできそうに思える。
それはとにかく由亞ちゃんははしゃいでいるらしく、いつものドレスじゃなくて、七五三の着物着ていこうかとかあれこれ言っている。
『サヤも、たまには明るい色の服を着たらどう?』
「白いシャツならときどき着るよ?」
『そうじゃなくて・・・もっとカラフルな服とか』
「はでな服だと、目がちかちかしちゃって・・・」
それに小夜ちゃんは相槌を打ったり、提案したりと、女の子同士の服の話に華を咲かせている。
このあたりの話は男の僕には分からない。
そういや、もし、藤月さんが由亞ちゃんを見えたならどうしようか、
まあ、聞かれたら友達の幽霊とでも言っておけばいいか、
そんな雑な事を考える。
『そういえば、サヤと同じくらいつよい子がいたの?』
「うん、楽しかった。」
『・・・その子、本当に人間なの?』
「人間よ。話してみたいな・・・」
「今度話しかけてみたら?」
「むりだよ・・・」
『モヤハライとか、お化け退治だと、つっこんでいくのに人間相手だとサヤはだめねえ、』
「そりゃあ、倒して居なくさせてもいいものと、ずっと付き合っていかなきゃならないものだと、
後者・・・付き合っていかなきゃ行けないものの方が大変だよ。」
できれば自分も最小限の付き合いだけで、引きこもっていたい。
が、今は労力に見合う楽しさや発見がある。
『あいかわらず、なんていうかその・・・そうだ、身もふたもないわね。
ケンタ、サヤと話させてあげたら?』
「機会を見つけて、そうするよ。」
「ほんとう?ありがとう!」
小夜ちゃんが喜んだ。
「だけど、けんたくん大変じゃない?」
「いいのいいの、嫌じゃない範囲でしか動かないから、」
そんなことを駄弁る。
翌日、朝早く、あまり当校している人はいない時間、
ただ上級生はクラブの朝練でグラウンドでサッカーをやっている。
「小夜ちゃんは由亞ちゃんを見ておいてね。」
「うん、」
「由亞ちゃんも小夜ちゃんから離れない様にね。
退治しようとしてくる人がいるかも知れないから、」
『分かってるわ。』
と言いつつ、実質由亞ちゃんの暴走対策である。
由亞ちゃんを認識できな自分が歯がゆい。
おまけに校内でイヤホンを着けておく訳にはいかないので、対応は小夜ちゃん頼りである。
まあ困ったら小夜ちゃんから伝えるか、メモ帳を置いておくのでそれで筆談する事になるが、
イヤホンを外してラジオの電源を切る。
世界が"普通"になる。
由亞ちゃんを声であっても認知する手段が無くなり、まるで由亞ちゃんが最初からいないかの様にも思えてくる。
「じゃあ行こっか、」
「うん、」
手に見えないなにかが触れる。
そのまま校門をくぐる。
小夜ちゃんが昇降口で立ち止まり、中空を見ながら小声で喋っている。
「むかしはくつ箱、もっと古かったの?
新しくしたんだ。」
「ここの昇降口使ってたの?」
「・・・そうだって、クラスが同じだしむかしは木だったんだって」
「そうなのか、今は鉄製だもんな。」
「・・・由亞ちゃんのくつ箱はこのあたりにあったの?
高くて、取り出しにくそう。
・・・たまに台を使ってたの?
取るのたいへんだったんだね。」
「どう考えても欠陥じゃないか・・・
そら変えるわ。」
こうやって小夜ちゃんに復唱してもらうことで、普通に話しているように会話を成立させる。
そんな感じで由亞ちゃんの昔語りを聞きながら、教室に向かう。
まだ誰も来ていない教室に入ると、小さなかけるような足音がして、真ん中あたりの机の椅子が引かれる。
「そこにすわってたの?
・・・そうなんだ。」
一瞬、一瞬だけ、授業参観の時の由亞ちゃんの写真を思い出して、由亞ちゃんが生徒として座っている姿が脳裏に思い浮かんだ。
小夜ちゃんと近くの椅子に座って椅子を寄せる。
いつかの失われた在りし日の様に、
少し、机になにか軽いものが落ちる音がした。
「急ごう!」
「ああ!」
由亞ちゃんに付き合って学校のあちこちを巡っていたら、始業までの時間が無くなった。
慌てて教室に駆け込み席につく、
由亞ちゃんは授業中、後ろのランドセル入れの棚の上に座って待機することになっている。
後ろを取られているのはどうにも安心できないが、命令を曲解する余地やサボタージュだけで殺せる不確定要素だらけの戦場とは違って、授業中大人しく待機位なら十分だろう。
というか、それすらできないようなら、とっくの昔に、非物質化状態で家や道路で後ろから何かされてる。
教室のドアを開けて駆け込む。
教室中の注目が集まるがすぐに散る。
そうしてそれぞれの席につく、
すぐに、先生が来て朝の会が始まった。
「藤月さん?」
「は、はいっ!」
横を見ると慌てて藤月さんが前を見るのが見えた。
「後ろに先生はいませんよ。」
ハハハ・・・
教室内に生徒と笑い声が響く。
何か言いたそうな表情で藤月さんが堪えるのが見えた。
授業中も藤月さんはちらちら後ろを気にして、先生から何回も注意されていた。
見えているのだろうか、
たまに後ろを見た小夜ちゃんが吹き出しそうになっていたので、由亞ちゃんが棚の上で遊んでいるのかもしれない。
そして迎えた中休み、藤月さんは後ろに向かって歩き出した。
「ねえちょっと、」
中空に向けて言う。
それを見ていたクラスメイトは引いていたが、元から同じクラスメイトだったらしい数人はまたか、と言うような雰囲気だった。
「あー出た。藤月さんの見えない人、」
もう片方の隣の席のクラスメイトが言う。
慌てて、小夜ちゃんがどうしようと言うような感じでこちらを見ながら歩いて来る。
「藤月さん、」
鞄からスプレーをとりだしてポケットに入れて、声をかける。
が、集中している様で、気づかない。
「藤月さん、」
ぽんと手を置く。
ビクッと藤月さんが驚いた様にこちらを見る。
「な、なに?
今は・・・」
「ちょっと、外の校舎裏で話そう?
目立ってるし、」
何をいきなり?
という目でこちらを見るが、ハッとしたように、中空を見て僕と中空を見比べる。
「あ、待って!」
由亞ちゃんが移動しているらしい。
教室のドアが開いた。
皆で教室を出ていく。
「・・・今、なんかかってにドアが開かなかったか・・・?」
後ろから、怪訝な声が聞こえた。
校舎裏の古い焼却炉の辺りに着くと周りを見回す。
「誰もいない?」
「いないよ。」
小夜ちゃんが答える。
ポケットからイヤホンを取り出して耳につける。
怪訝そうな藤月さんに言う。
「僕は、ラジオを使わないと、この子の声が聞こえないんだ。」
『そうなの。』
イヤホンから由亞ちゃんの声がした。
物質化して現れてもいいが、生前の由亞ちゃんを知っている教師に見られたら面倒だ。
「藤月さんには見えていると思うけど、この子は由亞ちゃん、友達の幽霊なんだ。」
『宮橋由亞です。よろしくおねがいね?』
「で僕は、津島健汰、よろしくね。」
小夜ちゃんは少し、ためらってから、口を開く。
「狭霧小夜・・・です。よろしく、おねがい、します。」
ぎこちなく小夜ちゃんが言う。
「わたしは・・・藤月澪、です。」
同じくぎこちなく藤月さんが口を開く。
またの自己紹介となるが普通はクラスの自己紹介だけでは覚えられないだろうと思う。
「あなたも、ゆあちゃんが見えるん、ですか?」
「うん・・・
あなたたちは・・・何ものなんですか?」
「何者と言われても・・・」
「なんだろう・・・?」
『ねえ・・・?』
揃って首を傾げる。
「退魔師・・・じゃないの?」
モヤハライの時はタイツを着ているが対魔忍ではない、
そんな馬鹿な事が頭に浮かぶ。
本職関係者か?それとも何かの本で出てきた名称を言ってるだけか?
「由亞ちゃんが見えるみたいだし、藤月さんは退魔師なの?」
質問にあえて答えずに訊く。
「そう。
私は、藤月の退魔師、藤月澪です。」
クソ、野良の異能者とかじゃなくて、藤月、家名か、現地の専門家の家系か、これはどう判断すべきか・・・
単にこの子が中二病なだけだと良いんだが・・・
「あれ?この辺の関係者は、大禊祭で今は休んでるって聞いたけど、」
「それは、昔からここに住んでる神社の人たちだけですよ?
私たちみたいな、新しくここに来た退魔師にはかんけいないです。」
怪訝そうに言われる。
・・・ヤバい、この業種、この土地だと一本化されて無かったのか、
そういえば、猿田山で面接したのも、神職と神父とあと謎の女の人だったか、神社と教会とあと新しく来た退魔士勢で三つに分かれてたのか、
なんで三人いた意味に気づかなかったんだ。
ひたすらに焦る。
と、
「・・・あの・・・たいましって何をする人なんですか?」
小夜ちゃんがやっとこさというように、口を開く。
「悪魔をやっつける人です。
あと、わるい場所か、かんていして、
魔虫を除霊する。」
悪魔とは古風な名称な。
まあ、自分が使う怪異という名称が一般的に使われるのはかなり新しいというか未来の事だが、
あと、お互い幼くて(ついでにコミュ障で)慣れてないのか丁寧語のブレが大きい。
『まちゅー?』
「黒いモヤみたいな小さい虫の悪魔の事です。」
待て、今聞き捨てにならない情報を言わなかったか?
「それなら、さやたちも、たいましだね。
モヤハライっていってましたけど」
「・・・そうだな。」
もう、どうすれば最適か判断はつかない。流れに乗る。
「やっぱり、そうだったんですか、」
ほっとしたように、藤月さんは言う。
「じゃあ、その悪魔は、使い魔なんですか?」
『私、あくまじゃない、』
「少なくとも悪霊でしょ。
まあ、そんな感じで契約した幽霊だね。」
「悪魔召喚師の人ですか?
はじめてみました・・・」
悪魔召喚まで存在するのかこの世界は、
悪魔召喚プログラム作れるかな?
確か一巻のあとがきで、現実でもアメリカの方で研究されてるとか書いてあったし、
そんな冗談はとにかく、
まあやるとしたら、あの靄を集めて何らかの形で指向性持たせた上で濃縮するというのが現実的なやり方か、
そんなことを考える。
「召喚というより調伏した霊を、悪さできないように契約で縛って使役してる感じだけどね。」
藤月さんは不審がる表情を浮かべた。
「・・・だけど、あなたには力があるように見えないです。」
「それは・・・」
どうしようか、とちらりと小夜ちゃんを見る。
小夜ちゃんが頷く。
「僕と力のある小夜ちゃんが一緒に調伏して、契約したんだ。」
「そうなんですか?」
藤月さんは小夜ちゃんを見る。
「そうです。
3人でやりました。」
調伏の言葉の意味は分からないだろうに、ここは合わせてくれた。
同じ年齢の相手が普段は使わない難しい言葉使ってれば関係者だと思われるだろう。
「そう・・・」
納得した様に藤月さんは言う。
そして、警戒する様に言う。
「悪魔をわるいことに使ったりしてないですか?」
「悪い事って?」
雑にいくつか浮かぶが、どういうのがアウトのラインなのかが業界のルールが分からない。
不法侵入はしまくってる訳だが、
「人を呪ったり、盗んだり、
悪魔に人を殺させたりです。」
「呪詛の力は持ってないし、やり方知らないよ。」
小夜ちゃんや由亞ちゃんにオカルト本を元に訓練させればできる様になるかもしれないが、失敗ならまだしも半端に成功して本人に返ってきたら目も当てられない。
怪しいオカルト本を参考に訓練するのは霊感訓練で発狂しかけて以来もう懲りた。
じっと藤月さんはこちらを見る。
読心とかされてないと良いが・・・
「ごめんなさい。うたがって、そんな感じはしないです。」
「分かるんですか?」
「魔法を使ってるような気じゃなくて、
・・・宮橋・・・さんの方もそんなに悪い気を感じないです。」
『私、悪霊じゃないって、』
ふふん、と言いたげに由亞ちゃんはこちらを見る。
「そうじゃなくて、あんまりかたよってない気というか・・・」
「人を殺すと気が偏るの?」
「それとかたよった気の悪魔や人は人を殺しやすいというか・・・」
説明に困った様に言う。
「きってなんですか?気力のこと?」
「ええっと、人間の体とか地面から出る力で、たまると悪魔が現れたりします。
悪魔がいるための力です。」
「それなら気力のことね。」
気でいいのか、良かった。
よく言われる気功とかの気という謎エネルギーの概念と近いのかな?
まあ、近いとすると呪い屋とか殺人犯から歪んだ気を感じるとかはありそうである。
それはとにかく警戒を解いた様子で藤月さんはこちらを見る。
「おなじ学年の退魔師は初めてみました。」
「わたしも、わたしと同じ力があるクラスの人は初めてです。」
「「あの・・・」」
たまたまなのか二人でハモった。
「狭霧さんからどうぞ、」
「ううん、藤月さんから・・・」
譲り合う。
コミュ障少女二人がわたわたやってるのは可愛らしいが、話が進みそうにない。
「二人共友達になったら?」
なので、自分が言う。
二人共、こちらを見る。
「二人共そうしたいんだよね。」
「えっと・・・」
「あ・・・」
お互いを見合う。
そして、頷いた。
『私、仲間はずれ?』
「そこは、お互いしゃーないだろ」
なんだかんだで空気を読むのが上手い由亞ちゃんと小声で話す。
幽霊と生まれ変わった死者だし、良くも悪くもお互い現世に対して俯瞰的な立場である。
「津島さん、宮橋さん」
と、藤月さんから声をかけられた。
「私と友達になってくれませんか、」
どことなくこちらをうかがう様な不安そうな表情で、聞いてきた。
『もちろんいいわ。』
由亞ちゃんは笑って答えた。
「よろしくね。」
自分も微笑んで答えた。
これからどう転がるかまったく検討もつかない、が、藤月さんと友達になれたのは僕たちにとっては大成功・・・だったと思いたい。
願わくば藤月さんの親もこの関係を尊重して、僕らの事を無下に扱わないと良いんだが・・・
なお、校舎裏で話に集中していたので、始業のチャイムが聞こえず、授業に遅刻して三人と一体で怒られた。
が、僕以外とは孤立気味の小夜ちゃんと完全に孤立している藤月さんが仲良さそうにしているのを見て問題が減ったと安心したのか、お説教は短めで済んだ。
給食時、何か話しかけたがっていた同じ班の藤月さんと話す。
もちろん退魔師絡みの話は抜きで・・・
「へえー家でアニメとか見ないのか、」
「うん、うちではテレビ、あんまり見ない、です。」
「ニュースとかも?」
「テレビはニュースをたまに見るくらいです。」
「本とかは読むの?」
「ええっと・・・」
ちらちら回りを見る。
「・・・そういう系の本?」
「うん、」
「そっかー・・・そういう本って売ってるの?」
「あんまり・・・」
「そっか・・・」
さらに話す。
いや、藤月さん、それ以外だと、ほとんど話すネタ持ってないな!?
小夜ちゃんでも好きなアニメやら番組やら音楽やらの話はある程度できるぞ・・・
退魔師の家とはかくも厳しいものなのか・・・
この業界に関わって良いのか不安になりつつ、これはチャンスだとサブカル沼に沈めようと決意する。
差し当たっては、小夜ちゃんも見てる魔法少女ものを薦めるか、
そんなことを考える。
前置きはそこまでとして、重要な家族の事を聞いていくか、
「そういえば、お母さんとお父さんってどんな人なの?」
「お父さんはいないです。」
「そっか・・・ごめん」
「気にしないで、」
「それでお母さんは?」
「うーん・・・
どんなって言われても・・・」
藤月さんが首を傾げる。
「たしかに、改めて自分のお母さんがどんな人って言われてもピンとこないよね。」
比較対象がいないとピンとこないのは仕方ないか、
まあ、特に親に大きな不満とか悪感情は無さそうである。
やたらと優しいを連呼したり不安定な様子だったら関わるの避けようと思ったが、
「うちは、ほら僕ってこんなだから、あんまり親とは話さないな。
仲悪いわけじゃないけど、お互いお互いの領分を守ろうって感じで、」
だから早く僕の部屋くれ。
「そうなの?
話したほうがいいです」
「その辺、むしろ話したほうが、お互いコレジャナイ感がでるんだよなあ・・・
変に意識がはっきりしてるから、」
語彙や頭が良いというだけではなく、親の立場にも配慮して話しつつ、自分の立場を主張するので、幼児の親子としてはわりと違和感が大きい会話になってしまう。
「それより藤月さんはお母さんとは話すの?」
「うん、」
「家にいる事多いんだ。」
「いっしょにおしごとに行くことが多いです。」
「へえ、すごいな。お手伝いとかもするの?」
戦いの現場に連れて行くのか?
いや、単に靄・・・魔虫だったかを祓う現場で悪魔が実体化しない程度ならそこまで危なくはないか、
「うん、」
「へぇーすごいな。」
自分達と似たような事をやっているのかな?
そんなことを考えつつ、家族関係について聞き出す。
と昼食が終わり、昼掃除になり昼休みになった。
中休みと同じ焼却炉付近に三人と一体で集まる。
「藤月さんもモヤハライやってるんですか・・・」
「除霊の事をそういってるんですか、」
「個人的にはアレが小さなスライムの集合体だった事に驚いた。
てっきり、気によって半実体化した怪異か、瘴気的なナニカだと思っていたから」
三年来の謎が解けたが、虫眼鏡で黒い靄を調べようとしなかったのが悔やまれる。
まあレンズの様な光学的手段で拡大できるかは分からないが、
「瘴気、ともいう。」
そっちの名称も使われてるのか、
確かに性質はそれっぽいが、
そんなことを考えている間に小夜ちゃんと藤月さんは話し続ける。
やはり男女より女の子同士の方が話しやすいのだろう。
「藤月さん、一人でモヤハライやってるんだ。
すごいな。」
「少し前まではお母さんといっしょだった、
けど、強くなるために一人でやらなきゃだから」
いつの間にかお互いぎこちない丁寧語を外して普通に会話している。
だが藤月さんは丁寧語をやめるといきなりすごい舌足らずになった。
ほぼ目上の人と話す事ばっかりで身内と話す機会がなかったのか?
『あの気力・・・気だっけ?
を取り込む量が減るもんね。』
おい待て、
「それに、強い人が近くにいると吸われるから、」
経験値みたいなもんなのかアレ、
「つまり気を取り込めば、小夜ちゃんみたいに僕も強くなれる・・・?」
「えっと・・・そしつがある人じゃないと取り込めない」
「取り込めれば強くなれるの?」
「うん」
『知らなかったの?』
「そうなの?」
小夜ちゃんを見ると、小夜ちゃんはキョトンとした顔で見ている。
『サヤも知らなかったの?
強くなってるから知ってたと思った。』
「知らなかった・・・」
重要な前提を由亞ちゃんから引き出し損ねていた。
他に知っておかなきゃならない前提無いだろうな?
それはとにかく、
「素質が無いとだめか・・・」
何かで補えないだろうか、
「なん年か修行をすれば、
できるようになる、かも、」
「かもか・・・
藤月さんもしたの?」
「うん」
「わたし、してないよ。」
「そういう人もいるの、それに・・・」
そう言って、藤月さんは、はあと息を吐く。
白い息が空気に溶けていく。
いやおかしい、この気温だぞ。
そもそも、白い息は水蒸気が外気の低温で冷やされたり湿度が高すぎて水滴になる現象なのに、なぜ平温の外で水滴になる。
それだけ体温が高くて藤月さんの呼吸に含まれる水蒸気の量が多いのか、
いや?むしろ口から離れて白くなったのではなく、口から出た直後から白かった様な・・・
と、すると口の中の温度自体が低くて肺からの水蒸気が口の中で冷されて・・・
だめだ判断がつかない。
「力を使えるようになっても、うまく使えないと、
こんなふうになっちゃうの。」
「温度系の力なのか、」
とりあえず当たり障りのない事を言う。
藤月さんは手を出す。
パキンと音がして、手の中に小さな雪片が生じる。
「こおらせる力、」
小夜ちゃんたちの持つ力は、こんなふうに勝手に発現したり、物理的な事象を伴うものなのか?
いや、衝撃や念動力を使う由亞ちゃんがいる時点で今更か。
勝手に発現するのもなんとなく色んな事が分かる小夜ちゃんもそうと言えるかもしれない。
「氷系か、カイロとかいつも使って寒そうだからな。
大変だな。」
「だいじょうぶ?
藤月さん、」
「だいじょうぶ、なれてる。
それに、ふつうは力に目覚めたときこんなにならないのに、力があばれるのは、私が未熟なだけ、」
力は修行で習得するというより、目覚めるものなのか、
しかも目覚めた力は制御しきれるとは限らない・・・?
この辺、小夜ちゃんや藤月さんの力は魔術的なものというより超能力の類いの様にも思える。
「体質みたいだし仕方ないんじゃ・・・」
「それでも、がんばるのが退魔師」
「・・・本当にすごいな
頑張ってるんだな。
お疲れ様」
一礼する。
小学三年生になったばかりの幼女の中に、確かな自負が垣間見えた。
藤月さんは少し得意げにみえる。
「どうしてこうなったんだろ。」
呟く。
服の下には退魔スーツ、背中には色々入ったランドセルと石の剣と盾等フル装備である。
いつもの活動圏から離れた街路、目の前には二階建ての一軒家があった。
そして、横では藤月さんと小夜ちゃんと物質化した由亞ちゃんが話していた。
「ここ、すごく濃いね。」
「うん、だから除霊するの」
「濃さでは一番じゃない?」
「さるた山とか、ゆあちゃんのお家の方が濃かったよ。
そっちよりはずっと弱いよ。」
どうやらかなり濃いクラスらしい。
濃さに関しては指標作ろうと、水の濁度計を参考に、棒の先に二本の並行する直線を引いて、どれくらい離れると、その直線の隙間が見えなくなるかを小夜ちゃんに聞いて数値化しようと思ったが、靄にムラがあり過ぎてうまく行かなかった。
なので未だに指標は猿田山と宮橋邸である。
ちなみに猿田山や宮橋邸クラスの所からは、家に入らず遠距離から削ることになっている。
しかし、友達ができて舞い上がってるのは分かるが、危険のあるかもしれない自分の仕事場に案内するのはプロとしてどうなのだろうか、
まあ、こちらのことをプロと思い込んでいる様だし、都合が良いので放置している自分の言えた事では無いが、
それに、小夜ちゃんの様に力があると魔虫に取り憑かれる様な事はまず無いようなので、力を持つものにとってはただの空き家散策的な感じなのかもしれない。
あと、悪魔が出たときに、同業者に自分の技を見せていいのかという気もするが、
まあ、雑に硫化水銀入りの武具使えば祓える上、自分は氷系の力を持っているのは同業者が見れば分かるレベルでたれ流しな以上、秘密にするような事は無いのかもしれんが、
そもそも、周知されている技術しか使わない可能性も高いか、
チラチラと藤月さんは周りを見回す。
「どうしたの?」
「おじさんがいない・・・」
「おじさん?」
「ううん、なんでもない。
じゃあ、入る。」
ポケットから鍵を取り出す。
自分も、硫化水銀で染めたバザーで買った手袋と、学校から持ってきた硫化水銀を塗りたくった防災頭巾と、同じく硫化水銀を塗った真っ赤なガスマスク型のお面を被る。
硫化水銀は周囲にも微妙に作用するので、多少隙間があっても靄が入ってこない、
「きゃあっ!!」
「どうしたの!?」
見るとドアを開けた藤月さんがこちらを見て怯えていた。
あー確かにいきなり防災頭巾を被った赤マスクが出現したら驚くか、
「ごめんごめん、靄・・・瘴気が入ってこない様にするためにやってるんだ。」
「津島くんも入る?」
怪訝そうな顔をする。
「うん、」
「魔虫に取り憑かれちゃう!?」
驚いた様に藤月さんが言う。
?ああ、硫化水銀だと分からないのか、
論より証拠と薄暗いドアの中に腕を差し出す。
「危な・・・い?」
キョトンとした表情で藤月さんが言う。
ドアの前から退きながら、腕まくりして、下に着ている硫化水銀のタイツを見せる。
ちなみに、小夜ちゃんは黒っぽいタイツを入手できたので硫化水銀を塗って、もう一つ仕立てた。
名前は雑に退魔スーツと名付けた。
ピッチリスーツはええぞ。
「?」
「辰砂を塗った装備だから靄は入ってこれないから安全だよ。」
「しんしゃ・・・?」
「ほら、硫化水銀とか、水銀朱とか言われる。」
「なにそれ?」
?ああ装備品の素材とか教えられて無いのかな?
「硫化水銀にはこういうものに対抗する性質があるんだ。
帰ったらお母さんに聞いてみるといいよ。」
「知らなかった。」
まだ教えられていなかった様だ。
いや、もっと効率的な物質や方法があると考えた方が自然か、
「津島くんは狭霧さんといっしょにいつも入ってるの?」
「そうだよ。」
「・・・狭霧さん、津島くんが憑かれてあばれそうになったら、おさえてて。」
「ケンタくんなら大丈夫だと思うけど、わかった。」
この辺はプロである。
「そういえば藤月さんのお母さんの電話番号教えてくれない?」
「どうして?」
「なにかあったとき連絡しなきゃいけないから、」
「分かった。」
そういうとポケットからメモ帳を取り出して、電話番号を書いて渡してきた。
「じゃあ、行く。」
お手並み拝見である。
玄関に入ると、藤月さんが腰につけた袋を開けて粉のようなものを撒く。
塩か、
以前、幼稚園の数珠しかなかった頃に試した事があるが、小夜ちゃんが使った場合、ただの砂等よりは良いが、靄を払う効率は数珠に及ばない上、塩を台所からくすねる必要があるので止めた。
おそらく藤月さんの使う塩はそれより効果が強いのだろう。なにか曰くのある塩なのだろうか、
と思って小夜ちゃんと由亞ちゃんを見るとそろって首を傾げていた。
なんだそのリアクションは、
藤月さんを先頭に家に入る。
部屋ごとに藤月さんが塩を撒いていく、
だいたいどこの部屋も一撒きするだけで明るくなりきっていない部屋も多い。
かと言って雑にやってる感じではなく撒く前と撒いた跡で部屋を見渡して確認している。
小夜ちゃんと由亞ちゃんも困惑している。
何部屋か巡った所で居間に出る。
「こんな感じ、どう?」
「・・・塩でお祓いしてるんだ。」
迷った末、すぐに妙な所を指摘するのも気が引けてとりあえず言う。
「みんなはちがうの?」
「硫化水銀・・・
小夜ちゃんのシューティングスターでお祓いしてるな。」
「シューティングスター?」
「みせてあげるね。
じゅんびして、」
小夜ちゃんはシューティングスターを構える。
小夜ちゃんの声に、お面を下ろし、硫化水銀のカプセルを口に含み、石の剣と盾を装備する。
由亞ちゃんがスプレーを僕のランドセルから取り出し隣に並ぶ。
「え?え?」
いきなり物々しくなった空気に藤月さんは困惑した表情を浮かべる。
「えいっ!」
小夜ちゃんがシューティングスターをデタラメに振り回す。
部屋が一気に明るくなる。
「ちょ!?な、なにやって!」
「来るわ!」
由亞ちゃんがスプレーを虚空に向けて吹きかける。
スライムが着色され、ピンク色になって目の前に現れる。
「!?」
「やっ!」
小夜ちゃんが振り回したシューティングスターがスライムの2/3位を消し飛ばす。
「えいっ!」
由亞ちゃんが放った衝撃波がスライムの残りを吹き飛ばす。
「あ"ーー!!!」
叫び声を上げ一歩踏み出す。
最近は、小夜ちゃんがシューティングスターの扱いに慣れてきて、一撃で消える事も多いのに、由亞ちゃんの衝撃波まで受けてこれだけ残るのは珍しい。
こちらに向かって来たスライムを鍋の蓋の盾で抑え込む、
弱いことが分かるのか、スライムは僕を攻撃対象にする事が多い。
なので離れたところでシューティングスターで戦おうとしても、向かって来たスライムを削りきれず、そのまま取り付かれる(憑かれるではない)事が多かった。
盾とシューティングスターだと取り付かれた時に有効な攻撃ができないので、結局、自分は戦い方は盾と石の剣での接近戦という、最弱が接近戦という問題しかない形に落ち着いた。
ジュッと煙が立つ。
暴れるスライムにひたすら石剣を突き刺す。
この石剣は三代目で、わざわざ地面に型作らなくても、中が空のプラスチック製の剣のおもちゃに硫化水銀入りコンクリ流し込んで成形すれば良いんでね?
と気づき、これまでよりさらに扱いやすい形の石の剣を作る事に成功した。
と、目の前に手が現れて、消えた。
それと同時に世界が変わり、逃げようとする着色されたスライムの残骸が見えた。
由亞ちゃんが憑依した。
と同時にスライムが消失し、小夜ちゃんのシューティングスターが少し前までスライムがいた虚空を打った。
「もういないみたい。」
「そうなの?」
「うん、」
ふぅー・・・ゆっくり息を吐き周りを見渡す。
と同時に由亞ちゃんが抜けて隣に現れる。
と、呆然としている藤月さんが見えた。
「おわったよ、藤月さん、」
小夜ちゃんが声をかける。
思えば、やり残しがあったのは、こちらのやる分を残していたのかも知れない。
まあ、藤月さんの戦闘が見れなかったあたり、都合の悪い部分だけ押し付けられた感もあるが、
「な、な・・・」
藤月さんはかたかたと震えだす。
「なにやってるの!!
瘴気の除霊で悪魔を実体化させるなんて!!」
藤月さんの怒鳴り声が響いた。
「え?」
ぽかんとした表情で小夜ちゃんは藤月さんを見る。
「それに、それだけの力あるのに!
ただの人に戦わせて、悪魔を憑依させるなんて!」
「あーこれは・・・」
やっぱり、契約で縛って、硫化水銀カプセルを口に含んでるとはいえ、憑依させるのって不味いんだろうか、
「死にたい、死なせたい!?」
不味い、ガチ切れしてる。
「えっと・・・かなり瘴気が濃くても、悪魔を実体化させずに瘴気を祓えるの?」
「あたりまえ!
なんで、あんなにいちどにドカッと瘴気を祓うの!」
・・・一度に祓うのがヤバかったのか・・・
単に元からの減少量で実体化すると思っていたので分らなかった。
小夜ちゃんは、オロオロしながら口を開く。
「で、でも、すぐに終わるから・・・」
「いそいでもないのに、すぐ終わらせるために、悪魔を呼び出す!?
何かんがえてるの!!」
まずい、小夜ちゃん、会話の選択肢を間違えてる。
「それに、悪魔を力の無いただの人に取り憑かせて戦わせるなんて!
退魔師のやることじゃない!!」
「そうなの?」
由亞ちゃんがキョトンとした口調で言った。
「体がおかしくなって、魂を食べられちゃう!
さいあく、人間のふりした悪魔になっちゃう!」
この懸念は仕方がない。
「そういうことができないように約束してるの」
「ふつうの人だと約束あってもなくても悪魔が入ると体も心もおかしくなるの!!」
叫ばれる。
おかしくならないようにするという契約なので由亞ちゃん側にも頑張らせて、憑依時間は15秒を超えない契約だが、本職から見ると不味いんだろうか、
「お母さんに言う!」
「ちょっと待て!」
不味い、この状態で本職に言われると何されるか分からない。
出口に向かう藤月さんを追いかけて、玄関に向かう。
藤月さんがドアに触れる。
と、ガクッと地面が凹んだ。
え?
と思う間もなく、浮遊感がした。
落ちる。
「きゃ!」
固い斜面にぶつかる。
山の連峰の頂上の様になっていて、小夜ちゃんと藤月さんは向こう側の斜面を滑り落ちていく。
「小夜ちゃん!」
手を伸ばす。
届かない。
そのまま、どこともしれぬ場所に滑り落ちていった。
小夜猫、由亞猫、健汰猫「ヨシ!」
藤月澪猫「同業者に現場案内したら、いきなり現場猫三連発した件、にゃー」
初期案の第一ヒロイン登場、
なお、初期案だと小夜ちゃんは式神or由亞枠で、由亞は影も形も無かった模様
藤月さんの口調が安定しないのでそのうち修正するかも
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