冬が明けるまで (Dr.シチュー)
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1 現実逃避

フロストノヴァを救いたかったので初投稿です


プレイアブル来ないかなぁ…



 

 

 

 

 

 

夢を見ている。

 

柔らかな布団、暖かい朝。

 

コーヒーを一杯飲めば目が覚めて、仕事へ向かう。

 

大量の書類、口うるさい上司、愚痴を言い合う同僚。

 

夜遅く帰れば犬が待っていて、かまってあげた。

 

少し明日の確認をしたら、また布団に入る。

 

 

何の変哲も無い普通の生活、誰もが知るような日常に起こり得るもの。

 

しかしこれが恵まれている事だなんて、考えても実感の感じるものではなかった。

 

 

※※※※

 

 

 うっすらと窓に掛かる光、そこから入ってくる凍える冷気から薄く開いた眼はあっという間に覚める。籠っても寒さを凌げない布は放り投げ、急いで焚き火のストーブをつけた。

 昨晩の薪は量が足りず、燃え尽きてしまったのだろう。危うく凍え死ぬところだったが、一緒に暮らす二人の寝息から少し安心した。

 

 空気が暖まっていくと、端に丸まっている毛布が少し動き出しす。毛布はその形を保ったまま此方へと向かってくると、真横で止まってはモソモソと顔が出てきた。

 

 

「……んぅ……おはよう、姉さん」

「うん、おはよう」

 

 

 眼が横棒のように延び、可愛らしい眠気眼で私の眼を見つめてくる。

 身体もまだ小さく幼い、小動物のような妹。手入れが出来ずボサボサだが、光を反射させる程度の光沢を持つ白銀の髪、幼いながらも将来が保証されていると言っていい整った顔立ち、そして種族がコータスである特有のウサギ耳。私はこの妹が可愛くて仕方がない、他の何に変えても大事なものだ。

 いつの間にかお腹にグリグリと頭を押し付けていた妹にゆっくりと手を延ばした。

 

 その小さい身体を毛布と一緒に持ち上げると自分の膝の上に座らせ、ボサボサの髪を手櫛で解かす。この極寒の空気で咲く花もなく、椿油のようなものも無い。

 精々お湯で流すしか出来ていない痛みきった髪を少しでも整えるしかなかった。

 

 

「……いたっ…」

「おっと、ごめんね。でも綺麗になったよ。お婆ちゃんに見せておいで」

「わかった、おばあちゃん!」

 

 

 小さな身体は、上半身を持ち上げた祖母へ向かって飛び込んだ。祖母はそれを優しく受け止め、表のみでつくる笑みを浮かべる。

 薄っぺらい見た目のみの表情、妹がそれに気づく様子はなく純粋な笑みで返していた。

 

 

「お婆ちゃん、わたし早めに行くね」

「……ご飯は食べたのかい?足りなかったら私のも食べていきなさい」

「それはだめだよ。お婆ちゃんもわたしの、大事な家族だから」

「すまないねぇ。私の身体も動いたらッ…ゴホッゴホッ!!」

「ほら、ゆっくりスープ飲んで待ってて。お昼と夜の分もあるから。エレーナ、お婆ちゃんをよろしくね」

「わかった、まかせてね!」

 

 

 祖母の体調を窺った後、壁に掛けてある大量の防寒具を着て朽ちそうな扉に手を掛ける。

 隙間から冷えきった空気が流れ込んでおり、生身なら直ぐに凍傷になってしまうだろう。行きたくない気持ちを抑えて軽く手を振った。

 

 

「…行ってらっしゃい」

「…行ってきます」

 

 

 祖母の悲痛な声を背に、家から出る。

 

 全身に打ち付ける風と雪、寒さはもはや痛いとしか感じなくなっていたが、慣れれば無視出来るようになった。重い脚を無理やり動かし、沈む雪を進んでいく。吹雪を受けながら、また地獄の労働場へ向かって行った。

 

 

 

※※※※

 

 

 

 夢の内容は偽りのものではない、あれは私の前世のものだった。転生を理解したのは5歳の頃、この世界は前世に存在したゲーム『アークナイツ』の舞台だと直ぐに気付いた、気付いてしまったのだ。

 妹が産まれ、目の前で殺された父と母。私を庇った母の最後に残した『…ごめんなさい』という言葉が今でも離れることはない。さらに語られた妹の名前は、プレイヤーから『真のヒロイン』と称される敵キャラクター『フロストノヴァ』の真名で『エレーナ』あった。

 

 そして決定的なものがある。

 7歳になって祖母が動けなくなり、とある鉱石の採掘を行う事になったのだ。この鉱石こそアークナイツを示す『源石(オリジニウム)』。

 膨大なエネルギーを持つ代わりに身体を侵す病気を蔓延させた鉱石、私達の国『ウルサス』では罪を侵したものの集められる収容所で採掘が行われていたのだ。

 既に亡くなった父と母はどの罪だったか原作共々忘れてしまったが罪人として連れてこられたらしく、この場所で産まれた私とエレーナは同じく存在として扱われた。

 

 

「オラッ、サッサと運べ!…おいそこ!!サボってるなら撃ち殺すぞ!」

「…ゼェ…ゼェ……少し、休憩を…グハァッ!!」

「口答えするのか、言い度胸だ」

「…ま、まって────」

 

 

 またもや耳を塞ぎたくなる人の声が何もない雪景色で木霊する。また一つ、この地が紅く染めあがった。

 ここに人権というのは存在しなかった。言うまでもなく、ここの人は人に在らず罪人だからだ。源石に触れ、病気になるのは当たり前のこと、ウルサスの駐在兵に玩具にされたり殺されることも多々ある。

 このような場所で、前世の記憶が活かされることは難しかった。

 

 

「ハァ…ハァ…くぅっ!!」

「おら、止まるな。休む暇なんてありはしない」

 

 

 私は、臆病だった。前世のライトノベルのように上手く動くことも出来ない。病気で死ぬのも怖いし、身体の源石を使って暴れるなんて考えても出来る筈もない。

 例え精神が大人だろうと、奴隷のように働かされるしかなく、せめて助けが来るまで家族を守る考えしか思い付くことはなかった。

 

 今日も又、何一つ変わり無く、終わりを告げる。

 

 

「ピピィィィッ───ノルマは達成した!全員並べ!!」

 

 

 仕事という名の拷問が終了し、鉱夫達は同じ収容所へと帰宅する。疲れ果てた身体にはまだ容赦なく吹雪が襲うが足を止めることはない。私もそれに続いていき、自身の持つ一角のフロアに入ろうとした。

 

 

 

 その時だった。

 

 

「姉さん!!」

「ハァ…ハァ…エレーナ、その服で出ちゃ───」

「おばあちゃんが連れてかれた!!」

 

「───え?」

 

 

 身体から血の気が引いていく。そもそも祖母はまだ死ぬわけがないと思っていた。ゲームで祖母が死ぬのはエレーナが10歳の時の筈。まだ妹は6歳だというのに、処刑のくじを引いてしまったのだ。

 

 

「うそ」

 

 

 いつもいる筈の毛布を剥がすが、人の影は残っていない。隣に置かれているのは冷たくなった私のスープのみ。

 

 そもそも、気付くべきだった。

 父と母がエレーナの前でなく私の目の前で殺されたこと、エレーナがくじの意味をまだ理解していなかったこと、私が生まれた時点であらゆる時系列が狂っていることに。

 

 

「……姉…さん?」

「…ごめん……ごめんね」

 

 

 気付けば、エレーナの身体を抱き締めてした。

 

 ここが外だというのに、身体は凍りそうな程寒いのに、全てを無視したままで、立っていた。

 

 

 

 




※主人公
エリス
感染者(体表に鉱石露出)
年齢 9歳(エレーナの3つ上)
種族 コータス


 転生はほぼオマケ。特に過去を語ることも無しでなんとなく付けた。
 主人公が母に庇われている間、エレーナは祖母と居たことにします。

今のところ不幸な人間が一人増えただけな気がする…


更新失踪は未定。
フロストノヴァはヒロインで間違いない


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2 存在意義


まず2話目。

設定が濃すぎて裏話がワカラン。
ケルシーセンセイオシエテ…



 

 

 

 祖母が殺されてから、私達は子供の集まる収容所に移動する事になった。そして、エレーナの様子が変わってしまったのだ。それこそ原作を思わすかのように。

 可愛い妹なことに変わりはないが、まだ幼いというのにここの大人と同じ扱いをしなければならないことが悲しくて、何より自分が不甲斐なかった。

 同じ子供達と採掘に励む日々、私だけ別の作業場で行っていたが、皆はまさに兄弟姉妹の様。共に励まし、助け、笑い合う。エレーナの笑顔も明るく見えた気がする。私にはエレーナに、此処の子達程のことをしてあげられていたのかと、ふと思ってしまった。

 

 私は、この子の姉で居られていたのか。

 

 

「────何ボヤッとしてんだ。アーツに集中しろ」

「あ、すみませんでし───ゴフッ!」

「次やったら今日の処刑はお前だ」

「………はい」

 

 

 口から鉄の味がして、腹部がズキズキと痛む。防寒着には足形の雪がへばりついていた。近頃は頭痛や節々の痛みが多発するようになり、脇腹や右肩、左肘で鉱石が露出している。最初の発生から4年が経過しているため、内臓系は殆どボロボロだろう。

 だからといっても、所詮は奴隷のような立場。熱があろうが病気だろうが使い潰されるまで働かされる。感染者を助ける病院なんて、この雪原に存在する訳が無いのだから。

 

 帰り際にくじを引かされ、何もかいていないものが取り出される。もう死ぬか生きるかがあやふやになっており、くじに対する恐怖はもはや薄い。

 言われた通りに何も考えず、フラフラとした足取りで帰宅する。何時になく重い雪を掻き分け、いつもと同じ通りに扉に手を掛けた。

 

 祖母が亡くなって3年、毎日あるこの扉を開ける瞬間が一番怖い。扉を開けたら見覚えのある白い髪が見えなくて、いる筈の毛布も空になっているのではないのか…。未だに冷めたスープと皿が忘れられなくて、遂には一人になってしまうのではないか…。

 

 考えたくもない想像ばかり膨らませて、またゆっくりと扉を開いた。

 

 

 

 

「……あ、帰ってきた。お帰り、姉さん」

 

「────ただいま」

 

 

 ああ、また言えた。

 

 呼吸が落ち着いてくる。立っているだけで分かる心臓の音は静かに治まってきていた。私の、何よりも大事な家族。私の生きる意味をくれる、唯一の存在。

 

 

「………姉さん?」

「…ん……何?」

「…はぁ……毎日言うけど、少し恥ずかしい」

「もう少しだけ……エレーナが生きてるって実感させて」

「もう……私は姉さんを残して死なないから、心配しないで」

 

 

 自分とは違う心音が聞こえる。

 心地よくて、落ち着けて、甘えている自分が嫌いで、でもずっと聞きたい音。少しだけ耳を撫でるとくすぐったそうな反応をしているのが分かる、止める気はないのだが。

 

 

「………また一人、減ったの?」

「…うん、くじでね。ナラスタってやつで…力が無かったけど、盛り上げるのが上手だった。みんなも、アイツの声が聞こえなくなって…」

「………そっか」

 

 

 振り替えると、ストーブの近くで集まる子や寒い部屋の端で座り込んでいる子がいる。話は聞こえるけど、あまりにも弱々しく、堪えるように鼻を啜る音が聞こえたりした。

 この光景を見るのも何度目か分からない。私には分からない子供でも、忘れてはいけない事なのに、覚えるのが辛くて、私はまた現実逃避をしていた。

 

 

「────ゴホッゴホッ!!」

「姉さん!……もう休んだ方がいいよ。私に任せて」

「…でも、それは───」

「また無理やりアーツを使わされたんでしょ?姉さんが死ぬなんてこと…私は許さないからね」

「……ありがとう」

 

 

 エレーナは私を寝床まで連れていくと強制的に寝転がされる。前まで私が行っていた料理の役割は、基本エレーナが行うようになっていた。食材は相変わらず無いが、それでもエレーナの方が美味しく作れている気がする。

 少し悔しいが、妹の成長が見られる点で嬉しくもあった。いずれ私がいなくなっても、大丈夫なように───

 

 

 

「姉さん」

「……ごめんなさい」

「何年一緒に居ると思ってるの?考えてることぐらい分かるから……謝らないでね」

「…うん、分かった」

 

 

 エレーナは少しだけ微笑んでから、仲間の方へ向かっていった。恐らくは、元気付けに行ったのだろう。私という存在が、エレーナを大人に近づけてしまっていたのだ。

 まだいる筈の祖母を失い、私は病気が悪化した。まだ守られていい筈が、私が生まれた事で自立させる事へと繋がった。使いようもない知識を持って、結局は進む道が外れていくばかり。

 

 私はとにかく、エレーナが離れていってしまいそうで、いつか手が届かなく気がして、知らずと膝を抱えていた。

 

 

※※※※

 

 

 

 その時は、突然来た。

 

 

 

「────っ」

 

 

 いつも引いていた白の紙、周囲の誰かが青い顔をして、連れていかれる時間。今日もまた終わると思っていたが、その時は訪れないことを悟った。

 

 

「ああ、今日はお前になったか。他の奴より働いては居たが、これも運命ってことだな」

 

 

 ひたすら目の前の紙を見る。この映っているものは病気の進行で目が悪くなっただけ、作業のし過ぎで幻覚を見ていると、自分に言い聞かせたくて仕方がない。それでも現実は非情で───

 

 

 

 

 確かに紙の先端は、黒く染まっていた。

 

 

「ついてこい。恨むなら、それを引いちまった自分を恨むんだな」

 

 

 紙だけでなく、視界までもが暗闇に覆われ始めた。

 

 原作でエレーナを助けてくれる遊撃隊が来るのは1年後。私が助かる可能性は、無いと言っていいだろう。

 

 しかし、これで私が消えればエレーナは確実に助かるのではないかとも思えた。此処でバタフライエフェクトは終わり、原作と同じ道を進み始める。そうすれば、遊撃隊によってエレーナの命は保証されるされるのだ。

 

 心残りとしては、エレーナとの約束を、守れそうにない。

 

 妹には、新たな兄弟姉妹と、共にあれる事を願うばかりだった。

 

 

 





※編集
次の話に続けるために死刑宣告しました《無慈悲》

思ったけど、姉妹愛とかってガールズラブに入りますかね?
なんとなく好きのベクトルが違うのでは?と勝手に考えてはいますけど…。

次、やっと戦闘する…かも?


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3 轍鮒之急


あ゛あ゛戦闘描写ムズィィィ!!

小説家の人って凄いですよね。
尊敬します。


 

 

 

 雪の降らない曇り空。降らなくても溜まった雪が溶けることはなく、足を動かすのも一苦労の雪道。歩くのに慣れてきてはいたが、この日の重さは格段に重く、足を捕らえようとしてきた。

 それでも感覚の薄い足を止める事は無い。もし暴れたら、拷問のように殺されるか、はたまたエレーナ達に危害が加えられるかもしれない。痛いのは嫌いだし、エレーナを失うのはもっと怖い。

 私が今出来る事と言えば、大人しく連れていかれて、静かに殺されることだけだった。

 

 拓けた広場に辿り着く。ここは収容所から少し離れた広場で雪が掻き分けられており、収容所と比べて立派な建物が建っていた。

 中央には木の柱が刺さっており、その後ろには壁が張られている。そして片手にバリスタを持つ分厚い防寒具を着た駐在兵が立っていた。

 

 私を一人の駐在兵がジャラジャラとした二つの鉄の塊を持ってきて、地面に落とす。

 

 

「服を脱いで手足に手錠を着けろ。下手に動いたら拷問して殺す」

 

 

 もちろん素直に従う。祖母から渡された、いつも私を包み込んでくれた防寒着と手袋。それを脱ぐと、凍え死にそうな冷気が直接身体中に襲いかかった。

 身体がガチガチと震えて、手錠を持つことも上手く出来ない。手錠は外気と比べてもさらに冷たい。繋げた足首は冷たさで痛くなり、血が通わなず青くなった。

 

 手首にも手錠を着けると、その重みと寒さで何も出来ない。もう足を動かす事もまともに出来ず、周囲の音もしなくなった。駐在兵が何か話しているが何も聴こえることはない。やがて手錠に付けられたひもを引っ張られ、無理やり歩かされて連れられた。

 

 背中が木の柱に当たり、少し擦れる。動く力もなくて、巻き付けられた鎖に力を逃がして立つ。とにかく瞼が重い。しかし多くの駐在兵が私を見据えており、辺りには緊張感が──ありはしなかった。

 

 ここの人達は、人を殺すことに何一つの興味も示していないのだ。

 感染者も非感染者も同じ人種で、差があるとすれば鉱石に触れたか触れていないかという事なのに。人を人として認識もせず、道端の蟻を潰す程度の気持ちで殺してきた。

 

 それを、悲しいことと思わずして何だというのか。この環境、この社会、この世界が総じて人の意識を狂わせている。私も同じ狂わされた側で、目の前の駐在兵も皆、被害者だ。

 

 私には、この認識を変え改める力も名声も、何一つ持ってはいない。所詮使われるために生まれたただの小娘。

 

 少し違った知識を持った奴隷の一人に過ぎない。

 

 

「全員、構えッ!!」

 

 

 考える必要もない。

 

 少し目を開けば曇った光を反射している4つの矢じりが私に向いて貫こうとしている。

 

 私の出来ることない。

 

 願わくば、苦しまずに射止められることを─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グハァッ!!」

「なっ、何が───ウグッ!!」

 

―――矢が飛来することはなかった。

 

 慌てている周囲の駐在兵達。放つ筈の4人の身体には何かが貫通した跡が残され、地面に倒れている。掻き分けられた地面は赤く染められる事もなく、その液体を染み込ませていった。

 

 

「何だアイツ、たった一人で!」

「狼狽えるな!相手は子供一体だ!!」

「矢だ、矢を持って───グッ!クソォ」

 

 

 駐在兵達は混乱状態にあった。

 突然ここに来ては処刑人を殺し、さらには大勢に対抗する一人の子供。

 おかしな出来事に呆然としていたが、その子供の特徴を目にした時、時間が止まったようだった。

 

 真っ直ぐ立った白い耳、風に揺れ光を反射する銀髪、私と似た灰色の眼。

 

 

「………エレー…ナ?」

 

 

 狙われているのは、私の妹だった。

 

 寒さを無視して手錠を揺らす。

 びくともしない鉄の塊だが、右手首に見える露出した源石を見ると咄嗟にアーツを集中させた。

 

 

「……グゥゥ……ァァッ!……」

 

 

 ブチブチと肉の裂ける音が辺りに響く。

 

 寒さで失った感覚でさえ、痛みは呼び起こされた。

 

 メキメキと巨大化していく手首の源石。

 

 成長に伴って手錠を破壊すると、そのまま短剣のような形に変化していた。

 

 

「ハァ…フゥ……これでッ」

 

 

 自由になった右手で固定された手足を解放する。動かなくなっていた足には短剣を突き刺し、無理やり感覚を取り戻させた。

 裸足のまま、石が当たって擦り傷が出来ても気にせず走り出す。

 エレーナに集中している駐在兵達は私を見ることはなく、注目の隙を片目に直接向かった。

 

 広場の片隅で、金属同士が打つかり合うような甲高い音が旋律を奏でている。

 片側は武器を持たぬ子供、それに対し大量の武器を構えた大人が寄って集っているため、戦況は一目瞭然のものだった。

 

 氷を飛ばして駐在兵に反撃するエレーナ。その身体はボロボロで全身に傷が付き、左腕には矢が刺さったままである。そして綺麗な顔の中心、鼻の辺りが横に切られている。

 

 流石に体力が尽きたのか、肩で呼吸をし始めている。そんな隙を駐在兵が逃す筈もなく、エレーナは首を掴まれ、地面に叩き付けられた。

 

 

「───エレーナァァッ!!」

「……ッ!!何故お前が──グハッ!」

 

 

 短剣を逆手に持ち、エレーナを押さえている駐在兵の頸動脈を狙って突き付けた。そのまま横に切り払うと、吹き出すように血が周囲に舞った。間髪入れずに矢が2本3本と飛んでくる。

 

 しかし、その矢は時間がゆっくり流れているように眼で捉えられた。明らかにおかしい体感時間だが気にしている余裕もない。 

 まだ座っているエレーナを背に、矢の着弾点に短剣を動かし、全てを弾き飛ばした。そのままエレーナを抱え、近くの物陰に姿を隠す。

 

 

「……エレーナ、動ける?」

「はぁ…はぁ、大丈夫。姉さんこそ」

「私は何とか…動けるよ。それより、何でここに?」

「姉さんを見捨てるなんて、出来ない。勝手に居なくなるなんて、許さないから」

 

 

 エレーナは、私を助けに来ていた。逆に考えてみると、エレーナが殺されそうになっているとして、私が見てられるかと言えばそうではない。

 しかしこのままだと、遊撃隊に出会えないかもしれない。だからといってエレーナを死なせる訳にもいかない。嬉しい反面を持ちつつも、怖い気持ちの方が強かった。

 

 

「エレーナ、逃げて」

「え…何で?」

「今すぐ、ここから離れて。私が時間を───」

 

「姉さんッ!!!」

 

 

 聞いた事の無い声に私の身体が震える。

 そんな大声をだしてしまったら見つかってしまうだろう。だがこの状態のエレーナを、私は止められる自信が無かった。

 

 

「姉さんは何時もそうだ!ずっと自分を犠牲にして、自分だけで責任を受け持って、私には何も教えてくれない!父さんと母さんの時だってそうだった!もっと私を頼ってよ!!!」

 

 

 

 

……私は、見ていなかったのかもしれない。

 

 エレーナが成長していることに気付こうとしなかった。エレーナだけでも生き延びてくれるよう考えていたのが、余計に傷つけていた事。どうにもならない世界で、エレーナはまだ幼くて無力だと、決め付けてきたのだ。

 

 そもそも、エレーナが私を助けにこさせないようにするのだったら無視して過ごせばよかったのだ。自分がこうなる事を予想出来なかった訳ではない。そうすれば知らずとして私が死に、無事に遊撃隊と合流出来ていたのだ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 全ては私が始めたこと。

 

 エレーナを護りきる。

 

 そう決めたのならば、貫き通すまで。

 

 

「そして、ありがとう。私の背中、任せるよ」

「──……了解!」

 

 

 そして、エレーナを信じる事。

 

 それが私の進む道だと、見えてきた気がした。

 




若干覚醒イベ
何故か明るくなってきた?

ヴェンディゴさんは現れませんでした。

軍隊VS少女2人の闘い…酷い絵面ですね。


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4 因果応報

※流血表現注意
またも戦闘描写。

意外にも更新できてて驚きです…。


 

 

 二人で隠れたのは駐在兵施設の裏。隠れるスペースも小さく、一時凌ぎにしかならないことは目に見えていた。ただ一つ、まだ雪の残っている場所から巨大に成長した源石がいくつか地面から突き出している。これを使わない手はない。

 

 私は一つの源石に右手から血を垂らすと、アーツが干渉する感覚を得る。

 音を立てながらひび割れていき、やがて砕け散った。

 石つぶて台の大きさとなった欠片は私の周囲を回転し始め、砂嵐のような弾幕を纏う。多少頭痛がするが、全身の軋む痛みと共に無視した。

 

 

「……!!見つけ―――グァガガガッッ」

 

 

 顔を出したのなら、そこは狙い撃たれるだけの的に変わった。 

 大量に突き刺さった源石は弾丸と変わらない速度で撃ち出され、一切の容赦もなく肉を抉り続ける。

 相手の顔は見えないが、地面には赤い華が咲いていたのだから、まともな形も残っていないだろう。

 

 

「構え!!」

 

 

 突然、先程まで無抵抗に見ていた筈のボウガンが一斉に向けられる。その数は30程度。たった4本の時と比べ思考が追いつかない量だった。

 

 

「ッシィィィ!!………痛ぅっ!!……」

 

 

 眼で捉えられたとしても身体が追い付かない。短剣と矢じりが打つかり、火花が散ったのを見るとその隙間からまた別の矢が飛んできた。

 骨と肉を抉りながら貫通する矢。弾幕で受けようにも威力を抑える程度にしかならない。

 右肩と左腿に感じる異物感は吐き気をもよおしたが、左手で無理やり引き抜いた。

 気温が低すぎるお陰か出血はそれ程なく、まだ動けると思い込んで足を動かす。

 

 相手が装填されている間に強行突破を開始する。隠れていた木箱を踏み付けて一気に跳躍し、呆けている駐在兵一人の喉元を切り裂いた。

 

 

「ヒッ……アァ―――」

「狼狽えるな!矢を向けろ!!」

「コイツ、化け物か!!」

 

 

 声も挙げずに死んだ仲間に釣られて駐在兵達が並んでくる。

 相手は乱雑に矢を放ってくるばかりであり、そこには先程の統率された力は無かった。矢を弾きながら間合いを詰め、下から切り上げて腹から胸を裂く。それからは突き刺す、切断する、切り飛ばすの繰り返し。自身の後ろには乱雑に転がされた死体だけが残る。

 

 

「クソォッ!」

 

 

 突然斬りかかってきたのは後ろに居た兵士。今までに抜いていなかった剣を抜き、私の後ろから斬りかかろうとしていた。

 私が振り返る事はない。剣を防ぐ行動もしない。

 

何故なら、これは既に想定されていた事だからだ。

 

 

 

「食らえぇッ────」

 

 

 後ろから血が付着する。

 振り下ろされる筈の剣は明後日の方向へと飛んでいき、雪原へ真っ直ぐ落ちていった。

 

 同じく狙っていた兵士達も警戒して隠れたが、何人かは逃げ切れずに蜂の巣になる。盾にされた建物には重たい振動と衝撃が伝わり、留まるしか選択肢は残されていない。

 

 反撃しようとボウガンをつき出せば、その腕ごとボウガンは破壊される。

 血濡れにされた腕に直接突き刺さっていたのは、長さ50cm程の氷の槍であった。

 

攻撃の方向を見ると、一人の白兎が源石の裏から右手を構えている。周囲には巨大な氷の刃が浮き、ボウガンの比にならない速度で空を貫いていた。

 

 素人ながらも短剣片手に暴れる少女と、強力なアーツを使う少女。たった2人で駐在兵の大半を倒す大戦果を上げている。

 自分でも何故これ程動けるかも分からないが、それこそ駐在兵等が行ってきた処刑の如く、作業のように殺していった。

 

しかし、そう上手く進むとも限らなかった。

 

 

「……ッ!??」

 

 

いきなり投げ込まれた小型爆弾。思わず飛び退き、弾幕を変化させて子供一人分の盾を作り、爆風を回避する。

 辺りを覆う大量の煙は視界を完全に遮断し、経験の無い私はこの状況になす術もなかったのだ。

 その結果目の前から迫る剣に反応するのが遅れてしまった。

 

 

「ガキが、思い上がってんじゃねぇぞ!!」

 

 

 あっという間に形勢が逆転する。

 見上げるような巨体の駐在兵は他と比べられない程強かった。

鍛えられた技術と経験、なによりその剣速と威力、一撃でも食らえば即死しそうな斬撃はこの兵士の強さを物語っている。

 楯突く隙も有りはせず、ひたすら避けるしかない防戦一方のこの状況。ひとまず相手の体制から崩そうと短剣で横から迫る刃を流し受けようとした。

 

しかし、それが悪手であるとは気付かなかった。

 

 

「……え?」

 

 

 短剣で受け止めていた筈だった。

 

 しかし思い描いた様子とはまるで違い、気付けば体が宙に浮いている。

 一瞬何も理解出来ず、目に映るのは視界一杯の曇り空。まるで走馬灯を見るように思考だけはゆっくりと流れ、呆然と見上げていた。

 

 

「ガハァッッ!!」

 

 

 何の行動も取れず、受け身も取れないまま地面に叩き付けられた。短剣も自分の手から離れてしまい、甲高い音と共に転がってしまう。

 右腕はまるで力が入らず、感覚も無くなっていた事であることを悟った。そっと確認すれば曲がる筈のない方向に肘が傾いており、指先がピクピクと反応するばかり。

 

 

「ッぅぅ……」

「お痛が過ぎたようだな嬢ちゃん…なぁ!!」

「ッ……ッァァァア゛ア゛ア゛ッッ!!???」

 

 

 その巨体は屋根から飛び降りると、勢い良く私の身体を押し潰した。ゴリッゴリッと砕けた肘の骨は不規則に動き、今までに感じたことの無い激痛が走る。

 余りの痛みに紛らわさせようと喉が切れそうな程の絶叫が溢れ出す。そのまま男は立ち上がると肘の部分を極地的に何回も踏み蹴りを繰り返した。視界が揺らぎ、目の焦点も合わなくなってきた頃には大きく蹴飛ばされては、今度は顔を踏みつけられた。

 

ぼやける視界の先、見えたのはおかしなものだった。

 

 

 右腕部分はまるで原型を残しておらず、中途半端の長さで血まみれに広がっている。

 

 先程転がっていた場所、そこには赤く染まった雪と、指がバキバキに折れ曲がった腕の先端。本来離れることのないそれが、剥き出しとなった凍土の上に落ちていた。

 

 

「ァァ……わ…たしの…みぎて」

「散々殺しておいて、そんなに右手が大事か。ならアイツは殺していいな」

「何…を……───」

 

 

 別の駐在兵が数人やってくる。その右手には何をズルズルと引きずって持っており、私と同じように踏みつけられる。血が出そうな程握りしめたままこちらを見上げてきたのは、隠れていた筈のエレーナであった。

 

 

「…エレー…ナ」

「……姉さんに、手を出すな」

 

 

 こんな状況にあっても、エレーナがめげることはない。私は無惨にも悲鳴を上げていたのに、この子は酷い顔にされているのに、弱音一つ吐いていない。子供のように泣き喚くばかりの私とはエラい違いが分かる。

 

 

「ここにきて姉妹愛でも見せる気か?随分滑稽なこった…まあ、どうでもいいがな。まずはこの生意気な妹から、同時にあの世へ送ってやるか」

「!!…やめ──」

「黙って見てろ」

「ア゛ァァッ!!」

「手を出すなッ貴様」

「お前に何か出来る…その身体でな?――殺せ」

 

 

 エレーナの首元に剣が当てられ、薄く血が流れ出す。エレーナは視線を私を踏みつける奴に目を向けたまま離さない。

 

 もうどうにも出来ない状況。満身創痍で動く気力も無く、お互いが人質となってしまっていた。

 

 少しでも上手くいくと思っていた自分が、まだ甘かった事に今さら気付いてしまったのだ。この世界はテラであり、抗うことの出来ない力もある。

 酷い現実を振り返る最中、エレーナの死に様から眼を背けたくて、その剣が振り下ろされるまで、瞼を瞑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

肉が砕ける音が耳を通り抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、私の生きる気力がまとめて消えていくのを感じた。

 

 

何も考えることが何一つ残ってすらない。

 

 

ただ無気力に、その眼を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……姉さん」

 

 

 

 

 そこにいたのは、ぐちゃぐちゃになったと思っていた妹だった。剣を持っていた駐在兵は最初からいなかったように影すら残さず消えている。

 

 いつの間に背中に乗った重圧も有りはしなかった。

 

 代わりと言ってあったのは、巨体の駐在兵をさらに超える、大きすぎる槍。その先端にはものを言わぬ亡骸となったその駐在兵が横たわっている。

 

 身体を抑えていた力が離れたことにより、全身の力が一気に抜けてきた。

 

 視界はぼやけ、耳鳴りがつんざく。何よりも眠くて仕方がない。

 

 最後に目にしたのは、私へ駆け寄る妹の姿と、ゆっくりと近づく巨大なサルカズの姿だった。

 





ヴェンディゴさん遅れて登場!!
ついでに、まさかの右腕喪失!!

一体何時からこの世界がテラでないと錯覚していた?




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5 一陽来復


少し遅れて投稿です。

前回のお話で語彙力の無さが醸し出されている…

理系なんですぅ…スミマセン。


 

 

 薄緑色の天井が視界に拡がった。

 知らない天井だ…というセリフが思い浮かんだのは前世が影響しているので致し方ない。頭がぼーっとしているままで身体をゆっくりと持ち上げようとした。

 

 

「!?ッ〜〜〜……」

 

 

 とんでもない頭痛と目眩、全身を走る激痛によって再び寝転ぶことになった。フワフワしていた意識が急にはっきりとしてくる。

 

 くじを引いて処刑されそうになった事、エレーナが助けに来たお陰で逃げ出せそうになった事、反撃に失敗して捕まり殺されかけた事。

 

 

「………なんで生きているんだろう、私」

 

 

 自分の起きた出来事を思い返すと素朴な疑問だった。

 

 何本も突き刺さり、貫通したのも少なくないボウガンの矢、全身の切り傷による多量出血、ましては左腕は千切れ、乱雑に放り投げられた。衰弱しきっていたし、感染症にでもかかったら一発でKOの体力だ。最悪放っといても死んでいただろう。

 

 しかし、答えは包まれた左腕と右腕に刺さる点滴、寝ていた環境が教えてくれた。

 

 寝ていた場所は大人が5人寝れそうな程大きな簡易テントに寒さを感じない厚い毛布、中の空気は近くのストーブで温められており、窮屈に思う要素は一つもない。

 傷口はどれも適切な処理がされており、腕のいい医師か誰かがやってくれたのだろう。この何もない雪景色の中で、これほどの物を用意できる人がいることに驚きも感じたが、今このときには感謝しか感じなかった。

 

 だが一つ、意識が落ちる前の妹の顔が目に浮かぶ。

 

抑えきれない焦りと目元に涙を浮かべる表情、そして――

 

 

後ろに現れた巨大なサルカズの男。

 

 

「!!あの男はいったい…」

 

 

 一瞬で安らいでいた精神が荒振れだした。あの後の状況がまるで読めない。エレーナが捕まっていたとして何をされたのか、私を助けてくれた人と関係はあるのか、身に起こっているあらゆる事態に警戒する。

 

 ふと空気の振動が耳に伝わり、誰かが駆けている音が聞こえてくる。思わず身構えるがこの身体で何ができるかもたかが知れていることだ。この部屋へ段々と近づいてきている音に最大限の警戒を張った。

 

 テントの布が捲り挙げられ、暖まった流れ出す代わりに外の冷え切った空気が入り込んで来た。現れた影に私は覆い尽くされ一人縮こまるしか出来ない事態を勝手に想像しながら、毛布の隙間で扉を必死に見つめ続ける。

 

 扉代わりの布から現れた影は――――

 

 

 

 

―――思ったよりも小さいものだった。

 

 太陽の光が後光のように照らされその姿が暗くしているが、私にははっきりとその姿が映し出されていた。

 

 反射する髪、灰色の瞳、真っ直ぐピョコッ立つウサギ耳。

 

 忘れもしない、妹の顔だ。

 

 

「姉さん!!」

 

「…おは…よう、エレーナ」

「やっと……やっと、目を覚ましてくれたッ……」

 

 

 エレーナが私の眼を確認すると、ベッドに向かって飛び付いてきた。久し振りに伝わってくる体温は凍っていたように動かない身体の感覚を呼び起こし、溶かしていく。

じんわりと染み渡るように伝わる感触、それとともに送られてくる身体の信号は―――

 

もちろん激痛である。

 

 

「痛ッッッ〜〜〜……!?」

「あああ!!ごめんなさい姉さん!!」

 

 

 ゴロゴロと転がりようにも、さらに全身にヒビが入るかのような痛みが全身から伝わってくるため、必死に身体の挙動を止める事にした。

 改めて顔を拝むと、顔を真っ青にして慌てているエレーナがいた。

 

 

「だ、大丈夫…だから、落ち着いて」

「ッ……また姉さんが、眠っちゃうんじゃないかってッ……ずっと起きなくなったら…どうしようってッ……!!」

「…ゆっくり、深呼吸してみて。……そう、安心して?もう、大丈夫だよ。側に居てくれて、ありがとね」

 

 

 空いている左手を泣きついた小さな頭に当てて、優しく揺すった。

 エレーナはずっと、私を心配してくれていたのだ。

 こんな子が将来、姐さんと皆に呼ばれ、慕われる大人になると思うと、少し不思議な感覚になる。

 

 どのようにあのクールな性格になっていくのか、その過程がとても気になってきた。

 

 

「それにしても、私はどれくらい寝てたのかな?」

「………5ヶ月」

「…………え?」

「5ヶ月!!何時まで寝てるつもりだったの!?寝坊助にも程があるよ!!」

 

 

―――何というか…途端に申し訳なくなってきた。

 

 ものにも程度があるというが、流石に寝過ぎだ。

 身体が生きていたとしても意識が戻らない可能性を想像してもおかしくない時間である。全身が痛いというのも、身体を動かす事がなかったから筋肉の全てが悲鳴を上げているのだ。

 逆を言えば、それ程までに疲弊しきっていたとも言える。極限の体力とアーツの乱用、出血で明らかに血が足りなくなっていたというのに無理して動かし続けていた結果がこれだ。

 

 

「……心配かけてゴメンナサイ」

「許さないから」

「…………モウしませんから」

「……はぁ、もうしないでね!本当に」

 

 

 素直に頭を下げた為か、それ程お叱りを受けずに済んだ。

 エレーナを怒らせると色々と面倒な事になる。途端に口を効いてくれなくなったり、影に隠れたり、反応すらしなくなるのが一週間以上続く。まだ祖母が生きていた頃の出来事だったが、精神的苦痛が酷い。

 不機嫌を治すのにも一苦労した二度と感じたくないランキング4位の出来事である。

 

 それから暫く、エレーナの質問攻めが始まった。体調はどうだとか何処が痛いのかとか、右腕の事を心配されたり謝られたり、謝罪に関しては姉妹揃って何回しあったのかも覚えていなかった。

 

 

「……んもう!姉さんの謝罪癖を直そうって思ってたのに!!」

「ごめ……ん゛ん、えぇっと…なんて言えば……」

「……まあ…これが姉さんか。」

「ん?何か言った?」

「別に、なんでもないよ……それよりも、そろそろ説明しないとだね」

 

 

 エレーナが点滴やベッドに目を傾けながら話すので、大体言う事が分かった。やっと解明されていく筈だ。あのサルカズの事、私の治療について、エレーナの現状など聞きたいことは山程ある。

 

 エレーナが口を開く、その時だった。

 

 

「っ!!???」

 

 

 黒い影がエレーナを含めた私の身体を覆い尽くす。

 

 影の形からして見覚えのあるあのサルカズだと理解したが、それはあまりにも大き過ぎた。身長も2mなんてものでもなく、紛れもない山の如き存在。

 全身に纏ったショットガンすら弾きそうな鎧と縦に伸びた悪魔のような兜、その隙間から覗く赤い眼光は真っ直ぐ私を捉えており、存在感の大きさに勝てる想像すら持てなかった。

 

改めて知る鉄壁の存在、ゲームでは所見のドクターを次々と撃沈させてきた感染者の盾、パトリオットその人である。

 

 

「…エレーナ、こんなところに居たのか。それと……君も起きたようだな」

「貴方は、あの時?」

「そう、駐在兵を纏めて蹴散らしてくれた人だよ。ね、父さん?」

「…………父…さん???」

「……いや、な…えっと、エレーナ??」

 

 

 ストーリー上、そうなる記憶もあったが目の前で言われると頭が混乱してきた。パトリオットさんとエレーナもまだ折り合いが付いていないのか、その巨体もまるで小さく見えてくる。

 二人の心が荒れている間、エレーナの顔は今までにないぐらい笑顔を浮かべていた。

 

 





やっと落ち着けた模様。

7章のパトリオットさんの記憶で、幼い頃のフロストノヴァはまだ口調が変わってないんですよね〜。

何時から姐さんになんだろうな?




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6 消息盈虚


作成中にいつの間にか色が付いてました!
ついでにお気に入りも50突破です!

評価して頂いた方、有り難うございます!!

ノリで書いているので、正直ビックリしてます…
それでは、6話目どうぞぉ


 

 

 

 病室での一悶着があった後、二人でパトリオットさんを《父さん》と呼ぶということに落ち着いた。私としては産んでくれた母と父の顔も覚えているため少し混乱しかけていたが、エレーナが納得しているようだったので深く考えないようにしている。

 

 そして、私達を救出してくれたのも《遊撃隊》に変わりはないそうだった。その証拠にも、隊長であるパトリオットさん……父さんや盾兵の人が護衛や巡回でよく出会っている。

 

 ここは遊撃隊の仮拠点らしく、保護された人々や所属する兵士が集められ、多くの人が過ごしていた。その中にはエレーナと共に過ごしていた、兄弟姉妹と称される彼らの姿も見かけている。

 何故か私の事が誇張されたように伝わっており、エレーナだけでなく私にも尊敬の目を向けてきていたりする為、対応に凄く困っていた。エレーナにその話をすると目を離そうとするので明らかな確信犯である。

 

 また私の状態としては、比較的良好だと言われた。

 しかし源石による病気《鉱石病(オリパシー)》の進行があまりにも早い為、出来るだけ安静にするようにとも言われている。

 

 見てくれた先生は遊撃隊に助けられた元医師だったらしく、恩を返す事を一心に働いているとの事だった。医療器具に関しても、駐在兵や監督官の拠点を潰す度に補給出来ているらしく、困る要素は思いの外ないとか。

 

 

 この話を聞いて、私も何か返せないかひたすら考え始めた。

 

 

 今の私は食っちゃ寝しか出来ていない穀潰しであり、このままでは自分の存在意義もなくなってしまうのではないかと思えてきたのだ。

 

 行動は速やかに開始すべし。

 

 近くの点滴をしっかりと握りしめ、心をやる気で満ち溢れさせる。

 

 

 この由々しき事態を解決するべく私のファーストミッションが幕を上げた。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 

―――つもりであった。

 

 

 

 

「…姉さん、これは一体どういうつもり??」

 

 

 現在、私は正座させられている。フカフカの毛布の上で。

 

 怖い笑顔を浮かべているエレーナの後ろには、雑に切られた食材とひっくり返った鍋、まな板に包丁が縦に刺さっていたりなど、見るからに荒れた調理台が見えた。勿論作り出したのは私である。

 

 

 私が行動し始めてから30分間、まるで手伝える事はなかった。

 同じ生活の人も笑顔で返すばかりでやんわりと断られ、盾兵の人は子供扱いする始末。

 かの兄弟姉妹達はそんな畏れ多いなどという謎発言を残して消えていった。あの中には年上も多い筈なのだが、彼らにとっての私とは一体何なのか気になるものである。

 

 そんなこんなで思い付いたのが、かつて家族を支えた料理だった。ここにはあの場所よりも食材があり、前世で鍛えた舌を使えば皆を喜ばせられると思った。久々に見た野菜などには目をひからせてしまう程に私のやる気はマックスになり、そのノリのまま調理を始めてしまう。

 

 始めて暫くしてからようやく思い出した自分の身体。

 

 慣れるはずのない中途半端な長さの右腕、ついでに5ヶ月間凝り固まったバキバキの身体でそもそもまともな調理が出来る訳がなく、見るも無惨なこの光景を生み出してしまったのだ。

 

 

「姉さんの事だから、考え無しにしようとした訳ではないでしょ?」

「えっと……私も何か手伝えないかなぁ…って思って」

「病人は病人らしく寝ていて下さい、縛り付けますよ」

「…な、なんで敬語に」

 

 

 笑顔がさらに増す。

 最早これは笑顔と呼べるのかすら分からないぐらいの威圧感に溢れた表情で覗き込んできた。

 前世のブチ切れた友人を思い出して額を地面に擦りつけようと思ったが、それ以前にこの身体は曲げる事も辛いボロボロの身体能力のため、まるで石像のように固まってしまった。

 

 

「食材も凄いことになってるし」

「………ごめんなさい」

「…姉さんは思い詰めすぎなの。そんなに心配しなくても大丈夫だから、姉さんの分も私が返すからさ」

「でもそれだと、エレーナが辛いでしょ?」

「病人がつべこべ言わないの。ほら寝てて」

 

 

 強制的に毛布の上で寝転される。眺めるものなくぼーっと一点を見つめていると、隣からトントンという一定のリズムが聞こえてきた。聞いていて気持ちのいいスピードでなる音はその手際の良さを教えてくれる。

 

 少しだけ母の事を思い出しながら、重くなってきた瞼に逆らわず、意識を沈めていった。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「………んぅ?」

 

 

 久しぶりに感じる人工的な光が差し込む。

 

 橙色の温色で照らされた部屋の中で、重たい身体を持ち上げて伸びをする。肩辺りからはパキパキという音も聞こえて、少しだけ凝りが取れてきた。

 

 私の身体に変化はない。右腕は相変わらず存在しないし、薄汚れた服でその身体を起こした。不思議と全身と右腕の痛みはなく、生まれてこのかた感じたことのないほど身体が軽い。

 眠い目をこすりながらゆっくりと開いていくと、その情景が輪郭を持ち始め、大量に入り込む光に馴染んできた。

 

 

 

見るはずのない光景を目の当たりにした。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 目の前には壁に接続された大型テレビ、寝ていたのは人を堕落させると有名な例のブツ、懐かしの昔買っていた鳥の籠、目の保養にといつの間にか置かれていた観葉植物。

 

 そのどれもが、私にとって見覚えのあるもの。記憶に収められた過去の造形が作り上げられていた。

 

 人の気配もある。寝ていた巨大クッションから少し先、食卓に並べられたご飯の数々、その奥ではまだ調理をしている人物が居た。

 

その人でさえ、今にはいるはずのない人である。

 

 

「………父さん」

 

 

 生まれと同時に亡くなった母、その苦しみを心に押し留めながら私を育ててくれた前世の父が立っていた。ずっと側に居てくれて、突然亡くなった後にも支えてくれた、私が最も尊敬する人。

 最後まで変わらなかった穏やかな顔は、まだ若いこの頃からも同じである。家事と仕事を両立して、疲れ切ってただろうに私の前でそれを見せる様子もなく、張り切ってばかりいた。

 

 

『□□□、□□□□□□□』

 

 

 こちらを向いた父は何かを話していたが、聞き取ることは出来ない。音は捉えているのに、理解しようとすると塗り潰されたように言語化も不可能だった。父の目は、私を見ているようでも認識している様子もない。手を振っても反応が無く、少しだけムカついてきたので手を掴もうとした。

 

私の手は空を切るように、父の身体をすり抜ける。

 

 当たり前であった。これは私の記憶であり、夢の中に生まれた幻覚のようなもの。実際に自分の姿は前世のものではなく、エリスとしての身体。

 これは自分自身を確立しきっている事を示している。今の立場としては、日常の様子を垣間見る三人称の視点であり、干渉することが許される筈がない。

 

 

 父の声に応えるように上から足音が聞こえ、必要以上の音を立てながら誰かが降りてくる。ここにいるのは父ともう一人のみ。ここが私の記憶ならば、居なければならない存在だ。

 

 

『□□□?□□□□□!!』

『□□□□□。□□□□□□□□』

 

 

 何の変哲もない日本人の少女。満面の笑みで父を見つめるのは、前世の幼少期の姿。二人で他愛もない会話を広げては、お互いに幸せを咬みしている様子が見て取れた。

 

 食卓に並んだ二人分の食事。この日の料理は私にとって思い出深いものであり、今になっても忘れられない料理だ。

 

 

「……父さんの、ポトフだ」

 

 

 私は野菜のゴロゴロと入り、絶妙な調節で味が引き立てられたポトフが好きで堪らなかった。ベジタリアン気質だった私の為に、父が良く作ってくれた料理である。教えてもらえる前に亡くなったので、その後にこの味を出すことは叶わなくなってしまっていたが、この自分の顔を見るとまた無性に食べたくなってくるものだ。

 

 

 前世の団欒を見ていると、自分もまた戻りたくなる。しかしそれが出来ない事も、私の姿から理解していた。

 

 ここは、私の場所ではない。

 

 夢の中で願った幸せを、また感じたいという欲望で生み出した幻覚に過ぎない。そして私にも、居るべき場所はあるのだから。

 

 

「これから辛いだろうけど…頑張れ、私」

 

 

 太陽光が入る窓の近くまで歩いていき、少し振り返りながらそっと呟いた。無邪気で曇一つない笑顔を浮かべる私と、嬉しそうに聞く父。恐らく聞こえていないだろうし、言っても意味がない事は分かっている。

 

それでも少し、自分を応援したくなったのだ。

 

 過去の私は、これから躓く出来事が溢れんばかりに襲いかかる。それと同じように、私にも障壁がぶつかってくるだろう。

 

何時だって世界は理不尽なのだから。

 

 だけど、この自分も頑張るのだから、私も頑張らないと、と思えた。

 

 

 窓を開けた。

 

 その先に外の景色が拡がっている訳でもなく、只々光が一面に照らされている。

 

 真っ直ぐ先にある光源、そこへ向かって歩きだした。

 もう振り返ることはない。身体は光に呑み込まれていく。

 

 やがて意識が浮き上がる感覚をし始める。

 

 

 私はそのまま、身を任せることにした。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「―――あ、やっと起きた」

「うわぁっ!?何??」

 

 

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離でエレーナが私を覗き込んでいた。エレーナはそのまま両手を近付けると、私の頬を突付いたり、弄ったりを繰り返す。

 

 

「あのー、エレーナさん?」

「体調、やや良好……ちゃんと寝てる?」

「……寝飽きるぐらい寝たよ」

「なら良し!栄養をとって寝れば元気になる筈だよ」

 

 

 エレーナは木で出来たカップに、出来上がったスープを注いでいく。私が作ったカオスな調理場も綺麗に片付けられており、完全に元の状態へ戻っていた。やはり慣れてないものに手を付けてはいけないなと、再確認してしまった。

 たっぷりとつけられたスープが私の前に置かれる。寝ていたためか少し冷めていたが、その料理を観察して、見覚えのあるものと錯覚した。

 

 

「―――ポトフ……?」

「あれ?姉さんは知ってたんだね。姉さんが起きる結構前に教えてもらってね、丁度姉さんが切った具材も入れられたから作ってみたんだ」

 

 

 夢で見たものと重なって見える。私が乱雑に切った大きなものとエレーナの切った綺麗な断面の野菜、程良く火が通って甘みが溶け出し、味が引き締まったスープ。恐る恐るカップの縁に口を付け、味わうように啜った。

 

 

 

 

「………美味しい…ね」

「……ふぅ、良かったぁ。皆も喜んで食べてたけど、やっぱり姉さんに食べてもらえると、凄い嬉しい」

「……エレーナは……料理の天才だよ」

「お世辞もそれくらいに…―――泣いてる、の?」

 

「……あれ?」

 

 

 軽く顔を擦ると、服の布に水分が付着していた。それまでにも、このポトフは完成されていたのだ。もう一度食べたいと思っていたもの、私には出来なかったものが目の前にある。

 目は潤んで良く見えなかったが、気付けばカップの中身は空になっていた。

 

 

「…ご馳走様でした」

「……お粗末様でした。……これって極東の方の伝統らしいね。何で姉さんが知っていたのかはさておき、この習慣、私は好きだよ」

 

 

 そういえば、学んでもいないのに自然と使っていた言葉だった。無意識だったがあれは日本の文化で生まれた言葉のため、そういった概念すら考えたこともなかったらしい。最近ではこの拠点で流行っているらしく、その誰もが口にする言葉になっているとのことだ。

 

 

「まさか姉さんが泣きながら食べるとは思わなかった」

「……恥ずかしいから、忘れてね」

「忘れられたらね。最近味覚がおかしいから、味の調節が難しかったけど」

 

 

「――――そうなの?」

 

 

 咄嗟に止まっていた思考が回り出した。

 

 感覚の喪失はエレーナの鉱石病の状態を表している。制御仕切れない程の冷却を行う恐るべきアーツの力。それはフロストノヴァとしての猛威を奮うだけでなく、自身の身体を犠牲にする代償そのものだ。

 

 先程のスープが冷めたも、外気ではなくエレーナの体温が原因であったのだと判断する。このまま悪化すれば、感覚の薄い身体と痛い程の冷たさが常に襲いかかるようになってしまうだろう。

 

 気を休める余裕もなく、私は今出来る対策を練ることにした。

 

 全てはエレーナが、救われる運命を辿れるように。

 

 





出すつもりもなかった前世の話がガガ
これ以降は触れる要素は無いかも。

それとフロストノヴァのアーツ暴走開始。原作より一年早い合流ですので、ゆっくりと病気進行していくならこれぐらい時期かなぁ…と思ってます。


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7 茫然自失


想像は膨らむのに時間が無い…

初見のフロストノヴァは苦戦しました覚えがあります。自動周回してみたら、計算してやってましたね。

今だと、頭の悪い配置しか出来ないです。




 

 

 

 冷たい風が吹き付ける中、両手に鉤爪を構えたサルカズ戦士と対峙する。こちらの手元には駐在兵との戦いで使われた短剣…ではなく、鉄で出来た短剣を握りしめていた。

 

 一触即発の空気。お互いがその隙を伺い、適度な間合いを少しずつ詰め合う。

 

 

 拮抗状態を崩そうと私が一歩踏み出した。

 

 その瞬間に、鉤爪は目の前に突き立てられる。

 

 

「ッ!!!」

 

 

 ギリギリ短剣を挟みこみ、爪を受け流す。

 

 少し狼狽えてしまったが、ここで思考を止めるのは絶対にやってはいけない。

 

 そのまま身体を屈めて、懐へと入り込む。がら空きの腹を捉えると、受け流した遠心力を保ったまま叩き込んだ。

 

 

 金属同士がぶつかる高い音がなった。

 

 

 厚い防具に届く前に、もう片方の爪で短剣が差し込まれて阻まれている。この身体では力の押し合いには勝てない。ましては相手は大人のサルカズだ。

 

 短剣はすかさず離して諦め、身体を捻って迫るもう片方の爪を回避した。

 

 

 相手の猛攻は止まらない。爪による斬り上げ、突き、その体を活かした蹴り殴り。そのどれもが一撃必殺と思っていい程に攻撃が重たい。

 

 回避と受け流しのみを繰り返して、相手に余裕を作らせないように適度な反撃を行い続ける。

 防御に徹した瞬間、それは殴られるだけのサンドバッグとなるだろう。

 

 

 ジリ貧な状態が継続する時間に、敵はようやく動き出す。

 

 

 そして私は、この動きを待っていた。

 

 

 少し雑に放たれる大振りに来た横薙ぎ。その爪の先端に剣で擦るとように流すと、一気に背後に回り込んだ。

 

 驚いたサルカズの防御は少し遅れ、一気に体制が崩れる。

 

 狙い通りの動きができて少し嬉しくなるが、喜ぶ暇がある訳ではない。

 

 遂に出来た絶好のチャンス、先程とは違う、完全な隙だらけの背中に向けて、短剣を真っ直ぐ突き刺した。

 

 

 

 その少し手前、狙ったところに影が差し掛かるのに気づかないまま。

 

 

「な……」

 

 

 短剣は、止められている。

 

 

 それは装備していた鉤爪とは違い、磨かれたサーベルが短剣と鍔迫り合い、軽い火花が散らしていた。

 

 全身の体重を乗せた一撃を受け止められた事で、そのまま弾かれた私の身体は、完全な無防備になっていた。

 

 

「……やるな!だがこれは…躱せるか、な!!」

 

 

 サルカズが口を開くと、もう一度大振りの攻撃が迫る。

 

 先程のように雑に放つ訳でもなく、タイミングを計った一撃。さらに、鉤爪からサーベルに変わった事でリーチも威力も違う。速度も他とは一線を引くものであり、体制からも回避は出来ない。

 

 

 私は全力で身を固めて、迫る斬撃から必死に堪える。

 

 

 

 

 

 

 トラックが突進してきたような衝撃が身体にのしかかった。

 

 

 視界は地面と空を交互に見ていおり、身体が凄い速度で回転しているのが分かる。

 

 しかし、体操でもやっていない私がこの状態をどうすることも出来ず、遠心力に揺られたまま地面に激突した。

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

「―――大丈夫か?」

 

 

 ズボッと効果音が鳴りそうな勢いで足を引っ張られ、身体が持ち上げられる。不思議と身体をぶつけた痛みもなく、ぶら下がったまま地面を眺めた。

 大の字型に空けられた人型の窪み。深く積もった雪は吹き飛ばされた私を優しく包み込み、その衝撃を受け止めてくれたのだ。

 

 思うところがあるとすれば、温かみはまるでない、寧ろ寒い。さらに周りから崩れた雪が蓋をするように身体を包み、抜き出されなければ腕一つ動かせる状態になっていただろう。

 

 

「一応、元気ですけど……最後、本気出しましたよね」

「少し力んだだけだ。許してくれや」

「私が言うのもなんですが、病人ですよ?私」

「そんだけ動けるなら大丈〜夫、病気はなかった!以上!」

「鉱石病にそう言えるのはサルカズだけですよ…」

 

 

 私の足を掴んだままでいるのは、先程まで戦っていたサルカズ戦士だ。サルカズといえば傭兵団が有名だが、ここにいるのは遊撃隊に属している者しかいない。

 遊撃隊でも屈指の力を発揮する実力者が彼らである。中でも、右角が折れて無くなっているのが特徴で、よく稽古をしてくれるこの人を、私は勝手に《師匠》と呼んでいた。

 

 緊迫した空気は完全に消え、師匠がようやく足を放す。

 

 上手いこと片手で全身を支えて、バク宙のように回って立ち上がる。師匠は近くの枝を集めてからアーツを放ち、即席の焚き火を作りだした。

 あっという間に出来上がる火をぼんやりと眺めていると、師匠は急に話しかけてくる。

 

 

「なぁ、どうしてそんなに力を付けようとするんだ?戦いなんて、俺等に任せればいい話だろ?」

「……そうしないと、守れるものも守れない気がするから」

「右腕を失くしているなんて、結構致命的だぜ。そもそもそんな身体じゃ持たねえだろうよ」

「備えあれば憂いなし、ですよ?」

「……学のねぇ俺じゃ意味も分からんわ。取り敢えず、お前は曲げないってことでいいんだな」

 

 

 師匠の語りかけに、頷いて答えた。これはエレーナの状態をみて、私のやるべき事だと思ったから。

 

 

 エレーナはあれから味覚の他にも、感覚や嗅覚にも異常が発生してきており、改善する様子はまるで見えない。

 

 ここではまともなアーツロッドを作り出す事は不可能な為、エレーナがフロストノヴァとして動き出したときは何も惜しまずアーツを使用するだろう。

 体内の源石をアーツユニットとした場合、鉱石病の進行は著しく早まる。その結果が原作世界のフロストノヴァであり、身体がその負担に耐えられず、そのまま死んでしまう。

 

 私がするべきなのは、エレーナの負担を肩代わり出来るように動けるようになることだ。

 

 エレーナがアーツを使う前に、使わなくてもいい戦況に変える。これが上手くいけばロドスと接触した時に、治療出来るかもしれない。

 

 その為にも、師匠に特訓をさせてもらっているのだ。父さんとエレーナには反対されたため、人の目を盗んでコッソリとやっている。いつも護衛のためにいる師匠が此処から離れるのは滅多に無い上、隠し事も丸ごと受け持ってくれた師匠はこれ以上にない人材であった。

 

 

 突然と、師匠は何処からともなく持ってきた芋を焚き火の中に投げ入れたことで、思考の海から離される。

 

 無断で持ってきた芋らしいため、十中八九後で怒られるだろうが、師匠は別に気にも留めていていない様子だった。落ち葉もないのに焼き芋を作ろうとする師匠を見るに、後で炭化したものが出てくるだろうと予想する。

 全身防具の身体でせっせと木の棒を集めるのは見ていてとてもシュールな光景だ。何も言わずにじっと座ったまま師匠を眺めていると、フルフェイスで表情の見えない仮面をこちらに向けてきた。

 

 

「それにしても、お前って俺だけ雑に扱うよな。俺の同期にだってそんな話し方しないだろうし」

「女性の足を掴んで持ち上げる人に言われたくありません」

「ほらな、凄い辛辣。お前の妹に見せてあげたいぜ」

「エレーナは私に気に障る事を言わない良い子ですから」

「出たシスコン。そんなに大事なら俺が貰って―――痛ッッ!!冗談だからッ――スマンて!!」

 

 

 対峙している訳でもないが、訓練で付けた間合いの詰めを行って、思いっきり脛を蹴り上げる。さらに追撃でガチガチに固めた雪団子を投げつけた。

 情けない声を出しながら脛を抱えてうずくまる。ベチベチと防具に当たる雪には一切触れず、抱え込んだきり動かなくなった。

 

 30越えたオッサンに私の妹を上げる訳が無い。今度父さんに言いつける事が今確定した。

 

 

「ちょちょい待ち!!大尉には黙っててくれ頼むから」

「いい大人が心を読まないで下さい。気持ち悪いです」

「…何言っても食いつくんだな、お前」

 

 

 何事も無かったように私の前に座り込む。謎の体育座りはその仮面のままやる体制ではないだろう。

 師匠が戦いを教えるのが上手いのは認めている。実力も経験も兼ね備えた優秀な人なのも分かる。だが、話すと疲れるのだ。雰囲気は学校の陽キャに似ている。前世からそうだったが、話が膨らむけど得意なタイプではないのだ。

 

 師匠は焚き火の中に手を突っ込むと、表面が真っ黒になった2つの芋を取り出した。左手で持った芋は地面に置いて、もう片方の皮を剥いていく。

 

 中は意外にも黄色くなっていて、程よい温かさで湯気が立っていた。そして半分剥けたそれを、私の方へと差し出す。

 

 

 

 

 

「ま、気を詰めすぎるなよ。お前は精神的に大人びているが、身体はまだまだ子供だ。まだ大人に甘えられるのを忘れちゃいけない」

 

 

 

 地面に置いた方の焼き芋も丁寧に剥き、仮面を少し持ち上げてかじり付いた。あ、美味い、と自然と口にしており私への言葉には何も触れない。

 

 

 またそうやって気にかけてくるのも、不得意な理由の一つだ。

 

 だが心にのしかかっていた鎖が一つ、断ち切れたような感覚もある。

 

 無意識にはっていた緊張感や焦りがふとした時には落ち着いており、不思議と心が軽くなった気がした。

 

 

「……貴方に言われるのは癪に障りますね」

「なんでだよ。仮にも師匠だぞ?」

 

「―――ですが、ありがとうございます」

 

 

 

「………やべ、いきなりのギャップに俺も気持ち悪くなってきた」

「気持ち悪いの意味が違いますし、殴っていいですか?」

 

 

 

 私は左手から本気の握り拳を繰り出したが、優しく受け止められて終わる。仮にも精神的に大人なのだが、まだまだ子供だと笑みを浮かべる口元が無性に苛立った。

 

 

 

 渡された焼き芋はほんのり甘く、雪とは違って温かみで溢れていた。

 

 





戦闘描写が難しいぃ。

8章クリアも結構前なので、虚覚えで書いたり若干読み返したりしています。相変わらず濃すぎて大変…





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8 剣抜弩張

 

 

 

 

「敵襲―――敵襲ぅ!!!」

 

 

 

 

 日が地平線から顔を出した時間帯に、突然と緊張感が辺りを包み込んだ。外からは慌ただしい声があちらこちらにあり、対応が明らかに遅れている。

 

 それもその筈だった。

 

 今は父さんを含めて殆どの遊撃隊員が遠征していた。此処に居るのは、僅かに護衛として残った師匠とその仲間、あとは戦う力のない保護された人材だけだ。

 

 私はベッドから飛び起き、病室として過ごしている仮テントから飛び出す。錯乱状態の雰囲気にかられ、その感情が感染が如く、瞬く間に拡がっている。誰もがまともな判断が出来ない混乱の渦が出来上がっていた。

 

 

「弾薬が足らねぇ、みんな遠征で持って行っちまった!」

「全員纏めて避難させろ!バラけてたら守りきれん!!」

「祭壇はどうする!?」

「使えるものは使え、ただし味方に被害はだすなよ!」

 

「ウルサスの奴等が来るらしいぞ!」

「ママ!!どこぉ!!」

「なんでアイツ等が此処を知ってるんだよ!!」

「早く隠れないと殺させるよ!!」

 

 

 周囲にはパニックを起こしている人や迷子の子供、その他の人も混乱を止められる精神状態ではなく、ひたすら悪化していくばかり。唯一止める事が可能な戦士達も、今はそれどころではない。

 

 

 人と人との僅かな隙間を掻い潜り、少し遠くへ走り出す。

 

 戦士達が対応に追われているためにまともな情報が行き届いていないのか、人混みを抜ければ抜けるほど騒ぎは減っていた。

 但し、統制も取れていないこのままで全員がパニックになった場合、正常な判断が可能な戦士達にも影響が出るかも知れない。

 そうなれば、此処が壊滅するのも時間の問題となるだろう。

 

 少し離れた広場に着くと、いつも通りの寝静まった静寂が包んでいた。無理もない筈、そもそも夜明けも今の時期は早すぎるが為、起きている人はそもそも少ないのだ。

 

 だがその中でも一人、動ける存在を知っていた。

 

 

「エレーナ、起きてる?」

「あ、おはよう姉さん……どうしたの?」

 

 

 エレーナは穏やかな表情で振り返ってすぐに表情を変化させた。私の顔から感じたのかは分からないが、この状況把握能力はフロストノヴァとしての持ち前とも言えるだろう。

 

 今起こっている状況を全て説明した。攻め込んでくるウルサスの兵士の話に少し動揺するも、皆のパニックには抑える方法を考える程度に落ち着いている様子だった。

 

 私はそこから、一つの手段を提案する。

 

 

「エレーナ、此処にいる皆をまとめて、このパニックを沈静化させられる?」

「わ、わたしが!?」

「エレーナの言う兄弟姉妹達、彼らは全員エレーナのことを慕っていた。私のいなかった鉱区で、皆に活を入れさせたのも知ってる」

「で、でも……」

 

 

 不安にかられているエレーナは手をモジモジする様な仕草をしている。近頃は大人のような反応ばかりしていたので、年相応の反応に少し嬉しく感じた。

 そっと背中に手を回し、エレーナの頭を胸の辺りに手繰り寄せる。そのまま頭を優しく触れ、サラサラになっている髪を撫でた。

 

 

「無理強いはしないよ。でも、それだけの動かす力を、エレーナは持っているんだ」

「………」

 

 

 エレーナは何も呟かない。

 

 いつかスノーデビルになるだろう皆の意志をまだ理解しきっていないからか、年も上でない自分が仕切ることに抵抗を覚えているのだろう。しかし、まるで自分の事のように喜んでエレーナの事を話す彼らを見たりすると、エレーナへの信頼度は皆そろって振り切っているように見える。そして、エレーナも少なからずは感じていた筈だった。

 

 突然、エレーナは何かを決意したように、こちらへと顔を向ける。

 

 

「分かった…分かった、やってみる!」

 

 

 その顔は、やる気に満ちていた。今までに見たことが無い明るく、そして力強い。

 

 

 私から離れると、即座に行動を起こした。

 

 此処周辺にいた彼らを起こし、現状を伝えていった。話を聞いた彼らの団結力は凄まじく、あっという間にスノーデビルの皆がエレーナの前に集合する。それぞれが強い意志を持ち、恐怖にかられた様子など誰一人から出ることはない。

 

 皆が同じ過酷な環境を生き抜いてきた同士であり、支え合ってきた兄弟姉妹の如き存在。それ故に、エレーナの統率力と彼らの団結力は、遊撃隊に引けを取らない。

 

 

 たちまち騒いでいた人を誘導したり、まだ行き渡っていない場所にも伝えていく事で、効率良く避難を完了させていく。まだ侵攻が開始していない中で、全員の安全を確保仕切る事が出来たのだ。

 

 

「凄い…凄いよ、エレーナ!」

「…え、えへへ」

 

 

 全員で避難した遊撃隊の施設の中で、エレーナに抱き着きながら褒めまくった。

 

 スノーデビルの彼らはヒューヒュー等と音を出して騒ぎ立てていたが、姉妹ならこれぐらい普通の事だと思っている。中々見せない照れ顔は皆にとっても安定剤になるようで、場の空気はさらに落ち着き和んでいった。最早これから戦場になると思えない雰囲気になっている。 

 

 

 勿論のこと、危機が去った訳では無い。師匠を含めた少数の遊撃隊はまだ待機中であり、何時攻め込まれてもいいように警戒体制を整えている。

 

 私は見覚えのある角を入口から見かけると、そのまま目線を追いかけた。

 

 

「…少し待ってて」

「え?ちょっと姉さん!??」

 

 

 エレーナをその場に残して、入口を出る。

 

 中と違い凍土ならではの空気が流れる外は、ピリピリとした雰囲気でさらに冷たくなっていた。

 

 身体を低くしながら転がっている物に隠れ、巡回している盾兵や戦士の視界を抜けていく。一度捉えた背中を逃さないように真後ろから接近していき、徐々にその間合いを詰めていった。

 

 そしてたどり着いた建物の裏側、誰も映らない此処でようやく師匠の隣に立って声をかける。

 

 

「師匠、現状は」

「はっきり言うなら良くはない…ってそれより、なんで居るって最初に聞きたいけどな。」

 

 

 師匠は私が着いてきたのを知っているように話してきた。やはり幾ら他の戦士に見つからないとしても、いつも訓練している師匠は私の気配を掴んでいるのだ。一枚上手に動かれたので少し不満が溜まってくる。

 

 ジト目で師匠を見ても見向きもされないのは分かっているので、少し疑問を口にした。

 

 

「建物と言っても、耐久力は大丈夫ですか?」

「ひとまずは、避難所の安全確保はしてある。念のためにローグっていう術師がアーツを張ってるから、侵入さえ防げばなんとかなる筈だ」

 

 よく見ると、避難所の周りを包み込むように、薄い膜のようなものが拡がっていた。

 

 どうやら一定以上の衝撃に対して効果を発動するらしく、長期間の天災は無理でもミサイルの爆風程度なら弾けるらしい。爆弾を防げるアーツに耐久性のある建物の二重防壁、遠距離攻撃に於いては過度と言えるぐらいの要塞となるのだ。考えて見れば、相当強いアーツに入るだろう。

 

 

「相手の狙いは、父さんへの牽制?」

「…そうだな、アイツ等は大尉が居ない今を狙ってやってきたんだ。ドローンか内通者か分からんが、何かしらで情報を得たんだろう。まあ、随分と長いこと此処に留まってたからなぁ」

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 私は右腕を少し見て、俯きながら謝る。ここの生活に慣れすぎた為か、今までの遊撃隊の動きを考えた事が無かった。治療をしてくれた先生曰く、本当はこういった事態が起きないように、凍土の各地を転々としていくのが基本だったのだ。当時はまだ今の事でいっぱいだったので、すっかりとその話が抜け落ちていた。

 

 だが私の顔を裏腹に、師匠はキョトンとした樣子で私を眺めた。

 

 

 

 

「何故お前が謝んだ?留まってたのだって、お前が治るまで待ってた訳じゃない。今まで保護してきた人材の整理だったり、一時凌ぎの場所として最適だったり。何事も必要だからやってんだ」

 

 

 

 

 ……相変わらず、フォローが上手いと思う。年齢が年齢なら惚れていたかも知れないが、今においてそんな事はないと断言しておく。なんなら師匠もロリコンとして訴えられてしまうだろうし、私がそういったものを好まないのもあるためか普通にムカついた。

 

 ゲシゲシと足を蹴って不満を表そうとする。

 

 

 その時だ。

 

 

 

 「うぐッ!?何を――――――」

 

 

 

 目の前から大の大人が私に覆い被さり、そのまま転がりながら移動する。

 

 

 次の瞬間、私達が立っていた場所から大量の砂埃が舞い、耳鳴りがする程の轟音が耳へと突き刺さった。

 

 

 覆い被さったのは師匠であり、その防具に守られたのか何の不調も無く立ち上がる。声をかけようとすると口元を手で覆われた。よく周囲を観察しながら、師匠は警戒のレベルを上げていく。

 

 そして何かを発見したようだった。塞いでいる反対の手でそっと指差し、私にそれを伝えてくる。

 

 

 

 向けた先にあったのは、黒く染められた明らかな人工物の物であり、それは空に浮いていた。

 ゆっくりとホバリングしながら移動し、中央に取り付けられたレーザーで対象を発見しようしている。

 

 

「ドローン……」

「砲撃誘導機!!クラウス、奴を撃ち落とせるか!?」

『なんで来てんだよ!!クソが、任せやがれ!!』

 

 

 直ぐに無線を繋ぎ、小声で仲間へと連絡した。

 

 私は師匠の腰に抱えられると、まるで荷物のように運ばれていく。後ろからは矢の撃ち出されたり、砲撃が始まったような音が響き渡った。何も起こっていなかった状況から一変し、此処が戦場に変わる時となったのだ。

 

 

 先程の場所から離れ物陰に隠れると、師匠は私のと向き合う体勢になる。ゴチャゴチャとした腰のベルトから一本の短剣を鞘ごと取り出すと、私の腰辺りへ金具を固定して取り付けた。

 

 

「子供に任せるのは気が引けるが、お前に頼むしかない。避難所の護衛を頼む。とにかく人手が足りねぇ」

「了解……」

 

 

 戦士達は既にあちらこちらで戦闘をしているようで、若干悲鳴や金属と金属がぶつかる音も聞こえてくる。そして避難所にいた護衛の人数も明らかに少なくなっていた。

 

 遠くに見える敵の数は明らかにこちらより多い。これだけの人数が同時に避難所に攻め込まれたらどうすることも出来ない。そうさせない様に、殆どの戦士が一対多の状況で戦っているのだ。

 

 

「無理だけはするなよ。やばかったら仲間を頼れ」

 

 

 師匠もまた、同じ目的で新たな戦場へ向かっていく。

 

 私は心配で少し追いかけそうになるも、親指の立てられた手を向けられた時、無理やり心を落ち着かせる。

 

 師匠は私を信頼してくれた。

 

 私がすべきなのは、それに応える事だ。

 

 

 

 





少しだけ迷走してました。

それとお気に入り数が一気に増えてビックリです。
これからもガンバります!


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9 戎馬構想

 

 

 避難所周辺へのウルサス兵の侵入はあまり無い。だが入って来るのに変わりはなく、何回か接敵している。だが相手は戦いが慣れているためか、立ち回りがとても上手い。攻め込まれて反撃しようにも逃げられたり遠距離に徹底されたり、ジリ貧な戦いが続いていた。

 

 奴らが攻めてこないなら此方から仕掛けるしかない。一気に間合いを詰めれば為す術もない筈だと考える。私の戦い方は正々堂々ではなく、一撃必殺に特化した暗殺に近い動きだ。ならばそれで対抗するしかない。

 

 そうやって広い道の裏から回っていこうとした。

 

 

「………―――うわっ!?」

 

 

 いきなり首元を掴まれ、そのまま身体全体が引っ張られる。

 

 気配もしなかったので誰か分からず、戦場の動きを知っている格上の相手として反撃の体勢を構えておく。

 

 

 私が引っ張られた直後、高速で射出された大量の矢がドドドッという音を立てて地面に突き刺さった。それも私が戦った駐在兵の矢と比べて質と腕が良い。飛び出していたら確実に急所を撃ち抜かれていただろう。

 

 

 まだ首元を放さない相手に向き直る。その人は全身を師匠以上に防具で身を包んだ、避難所護衛の一人の遊撃隊盾兵であった。

 

 

「大丈夫か」

「……はい、ありがとうございました」

「相手はお前の所に居たヘナチョコの監視官共ではない、無茶して前に出るな。奴らのカモにされるぞ」

「…肝に銘じておきます」

 

 

 そっと覗くと複数の銃口が此処を捉え、足一歩でも撃ち抜こうと構えている。盾兵の人はトランシーバーに向かって誰かと話しており、今の状況を冷静に判断していた。私の肩は掴まれており、動き出すことは出来ない。

 

 

「少し待て、奴らに目に物見せてやる」

「一体何を……」

 

 

 盾兵は真っ直ぐ、私の前に大盾を構える。その間に耳を塞げという声を聞き、身体を小さくして手で耳を蓋した。

 

 半目で空を見上げた時、黒い何かが駆け抜けたのを目にする。

 

 

 

―――鼓膜が破れそうな程の爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

 爆発の周辺から発せられる悲鳴も掻き消し、莫大な熱と衝撃波を発して建ち並ぶ建物に押し付ける。私の前に置かれた盾には、建物の残骸などの大小様々な瓦礫が絶え間なく飛んできており、そのまま砕け散っていた。

 

 耳の音が帰ってくると、先程とは一遍した沈黙が支配する。

 

 狙撃手が居た建物は跡形もなく破壊され、破片が飛び散り燃え上がってる。それは建物に限らず、赤黒い焦げ跡やピクリともしない身体の一部が転がり、呻き声と肉が燃える異臭を放つ。

 

口に酸っぱいものが上がってきたのに対し、手で押さえて無理やり飲み込んだ。

 

 

「ッ……あれ…は?」

「改良型源石榴弾。源石爆弾は知ってるだろう?アレの改良型だが、威力が高すぎて普段の戦いでは使えん。だがゲリラ戦になっている今、敵を一網打尽にするには打って付けだ」

 

 先程飛んできたのは砲兵によるものらしく、盾兵の無線はこの指示だったと理解した。呆然と立ち尽くして、止まない煙を目で追い続ける。

 

 盾兵は肩を攫んだままで膝立ちをし、私に目線を合わせてくる。

 

 

「割り切れないなら戦闘に出るな。不確かで甘い意気込みだけで来るのは自殺志願者だけだ」

「……はい」

「此処は戦場だ、お前が戻るのか考える時間も無い。さっさと決めて動け。お前が居なくても俺は此処を護り切る」

 

 

 盾兵はそれだけを言い残して移動し始め、私はそれに意味もなくついていく。それでも私の視線は爆発地点から離れない。私は人を殺す事を無視してきた。死を直視出来てはいなかったのだ。

 

 しかし、これ程惨いのは見たことが無かったし、殺しとは何かを見せ付けてくるように思えた。駐在兵も猟奇的に殺していた事は無い。彼らの目的は感染者の処理で、触れることすら嫌悪を出していたのだから。

 

 

 再び込み上げてくるのを必死に抑え、走り出す。

 

 今の優先順位は私の精神ではないのは理解しているつもりだ。避難所に何人居るのか忘れた訳ではない。これも今までも必要な事だったからで、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 意識を一つに絞って、余計な感情を切り捨てるだけ。

 

 

 

 

 

 盾兵の無線から声が掛かる。どうやら逃げ遅れがいるようで、直ぐ様其処に向かえとの指示だった。

 

 護衛の人数はほぼ居ないに等しいが、避難所に攻撃可能な相手も居ないらしく銃弾一つに飛んできていない。最終防衛地点まで相手が来ていないのは作戦が上手く行っている証拠だ。しかし人員不足は解消するものではなく、逃げ遅れに当てる人手も足りない。一時的に護衛を外れ、回収を優先させるらしい。

 

 

「私は残らなくていいのですか?」

「ローグが少しの間、アーツを強化するらしい。体力は奪われるが人も通るのも出来なくなる。だが長くは持たん、ついて来い」

 

 

 盾兵を先頭にして、無線から得た情報で動いていく。

 

 左右からはまだ戦闘音が止まない。真横の建物が爆発した時には声を上げかけたが、頑張って堪える。建物の隙間から見えた戦いは苛烈を極めており、押し押されての繰り返しだった。

 

 奥から再び爆発が発生したのが見えた処で、盾兵は私の前に手を向ける。そのまま道の角にある積み重なった箱を指した。

 

 それは、まだ10歳にもなっていない女の子だった。食料をまとめて置かれていた箱に囲われた狭い空間。その中で体育座りをしたまま耳を押さえて目を瞑り、出来るだけ身体を丸めて縮こまっている。

 

 

「あんな所に……子供一人で」

「悲鳴を堪えているのは賢明だが、早めに逃げないと手遅れになる。人質になるのは最悪のパターンだ」

 

 

 まだ助けに行けない。現状把握が済まないと殺られるのは私達になる。既にあの子に目をつけており、助けに来た私達ごと吹き飛ばそうとする可能性だってあるのだ。

 

 周辺の建物、物陰を観察する。盾兵は何かに気づいたのか腰の武器から手斧を取り出し、ゴウッという音を出しながら投げる。

 

 建物の隙間に入っていくと、小さな断末魔を遺してまた静かになる。ようやく動ける状態になり、二人で子供の傍へ近寄った。この子は一瞬ビックリして顔に恐怖を浮かべたが、私の顔を見て安心したのか声を堪えながら泣きついてきた。そっと頭に手を起き、抱っこで持ち上げる。昔にエレーナをこうした覚えがあって懐かしく感じる。

 

 しかし、和やかで居られる時間も無かった。

 

 盾兵がアイコンタクトを送ってくると来た道をウルサス兵が塞いでいた。それも今まで見た監督官や射撃兵とも違う、明らかに強い武装で身を固めている。ガスマスクのような仮面を被り、持っているのもボウガンの様だがそのサイズはまるで別物だった。

 

 

「帝国精鋭先鋒が2人、か……コイツ等はお前に任せられん。彼処のガキを連れていけ」

「……了解です。ご武運を」

「大尉に付いてきた俺を舐めるなよ」

 

 

 盾兵の持つ背丈と同じか、それより大きな大盾が青く輝く。

 

 そのままの体勢で、本当に分厚い装甲を着ているのかという速度で直進していき、片方の精鋭先鋒の身体を吹き飛ばした。もう一方の兵も盾兵に釘付けで此方に目をくれる様子もない。

 

 最短距離で避難所へ向かう。この子は大人しくて、私が最もしていてほしい状態を維持したままで居てくれた。敵からも気配を消した態勢で移動できる。

 

 あとは真っ直ぐ直進していけばいい狭い道に出る。此処からは分けれ道も少なく敵が回ってくる可能性も低い。身体を屈めながら走りだす。避難所を纏っている膜を目にして、さらに加速していく。

 

 

 此処でもう少しで着くと、気が緩んでしまった。

 

 

「ッ…なんで此処にも!」

 

 

 足元に刺さった巨大な矢。とても見覚えのある物で、先程見て取れたウルサス兵の使用していた矢だった。見上げれば予想通り矢を構えるウルサス兵、それも赤く染まった鎧を着けた帝国歴戦先鋒が私達を見下ろしていた。

 

 上から巨体が降りてきた。いつも師匠や父さんを見ている私からはどうということは無かったが、腕で抱える女の子に取っては恐怖以外の何物でもない様で、顔面蒼白になっている。

 

 

「……子供か…だが、感染者だな。ボジョカスティの隊に居る者は全員殲滅する」

「ひぅっ――」

「私から離れないで、大丈夫だからッ!!」

 

 

 急いで道を逆に走り出し、ギリギリの判定で矢を躱していく。女の子の握力で掴まれている服にシワがついていき、恐怖を紛らわしているのが見て取れる。

 

 遠回りをしながらでも避難所へ向かうが、相手が私の行動を読んできて回り込まれていた。矢を避けるのを繰り返すが、女の子を庇いながらの動きは体力をいつも以上に奪っていく。

 

 疲れで頭が働かなくなってきた。全身から鼓動を感じ始め、呼吸まで荒くなる。女の子からも不安の感情が伝わってくるが、私はしっかりと抑えるしか出来ない。

 

 上手いこと隙を探そうとした時、真横からガスマスクが現れ、真正面から鉢合わせる形のなってしまった。

 

 

 目の前に向けられる矢じりに咄嗟に女の子を下ろし、短剣を構えた私の後ろにやった。もし受け流したり、弾いたり出来なかったとしても、私が盾になれば逃げる時間は作れる。そうやって相手の顔を睨みつける。

 

 

 だが帝国先鋒の行動は私の予想とは違い、身体が横に吹っ飛ぶという不可解な行動をとった。どちらかというと吹き飛ばされたに近い動き。

 

 吹っ飛ぶ逆の方を見ると、そこには右手を向けたエレーナの姿があった。

 

 

「エレーナ、どうして!?」

「姉さん一人で飛び出すから!!なんで外に行ってたの!」

 

 

 エレーナの声で、またやってしまったと思う。何も相談せずに向かっていくのは私の悪い癖だ。だけど感傷に浸る時ではない。まずはこの子の安全を確保するのが優先だ。エレーナの作ったこの隙を逃がすのは勿体なさ過ぎる。

 

 女の子を持ち上げてエレーナに渡す。最初は何をされるのか理解していなかった様だが、私の表情を見ると不満げな顔をした。

 

 

「この子を連れて中に入って」

「だけど、それだと―――」

「お願い、私の代わりに皆を護って。これを中に入れる訳にはいかない」

「………分かった」

 

 

 私は息を整えて転がるウルサス兵を見ている間にエレーナは女の子を抱えたまま避難所へと入っていった。ウルサス兵も隙を突かれた処から一変し、自然な体勢でも気の緩みを感じられない。

 

 

「パトリオットは随分と入り浸っているのだな。元ウルサス軍人がここまで組織しているとは」

「…貴方が、父さんを語る資格はないです」

「ハッ、今度は親子ごっこか。ならば奴への土産として、お前を贈ってやろう」

 

 

 相手は巨大なボウガンを私に向ける。私も先程と違って身体が軽い。短剣で息の根を止める準備もした、もう狼狽える事も無い。

 

 確実に仕留める、そう決意した。

 

 




帝国精鋭先鋒…普通に嫌いです。

お気に入り登録200超えッ、有り難うございますッ!!




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