転生者は『ハル』に春を届けたい (幸色)
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1話 転生のワンルーム

 自分が転生先でチートを手に入れて無双する

 そんな漫画が今は人気らしい。

 そんな漫画の世界があったら転生してみたいものだよなんて思ってたら本当にどこかよく分からないところに転生してしまった。

 

「おい、おい冬斗!今日の食事はすげーぞ!なんたってカップラーメンだ、川端のじいさんがもらってきてくれたらしい!」

 

 目の前に現れた少年が俺に声をかける、顔のパーツが整っている美少年だがラーメンを食べたことがないのだろうか?

 

「ラーメン?それがどうした?」

 

「お前何言ってんだよ!俺らホームレスからしたらラーメンなんてご馳走でしかないじゃねぇか!早く行くぞ!」

 

 そう言って美少年が俺の腕を掴む、ホームレス?おかしい、俺が望んだのはチートからのハーレムや無双だったはずだ。

 

「こら、冬斗も困ってんだろ、少しくらい遠慮を知れ」

 

 そう言って今度は美少年のことを叩くおじさんが現れた、なんだこの二人、見覚えがあるけどなんだったかな…

 

「悪いな冬斗、ラーメンは俺と『ハル』で取ってくるから待ってろな」

 

 『ハル』

 その呼び名の一つでこの世界がどこかが一瞬でわかった。

 

『幸色のワンルーム』

 つい最近完結したばかりの大人気作品にして大問題作

 舞台は現代場は東京

 誘拐犯と少女の話

 この作品の面白さである問題でもあるのは少女が虐待をされていた上に少女はその誘拐犯と一緒にいることを望む

 その逆に誘拐犯も壮絶な過去を経験しており生きる理由がないなんてほざいていた。

 

『ハル』と呼ばれる少年はこの先誘拐犯になる青年『お兄さん』だ

 と言うことは隣で喋っていたおじさんは『ハル』が誘拐犯になる決定的なキー、『おっさん』だ。

 この人が死んだから幸が助かったし『おっさん』が死んだからハルは犯罪を犯した。

 

 この物語の結末はだいぶハードだ。

 まず『お兄さん』が死ぬ、そして幸が全ての人に真実を伝える、簡単に言えばこれで終わる。

 だがこの物語はそれで終わらない、写真家になった少女は自らの名前を捨て『幸』として個展を作るほどの実力を得た、その個展のテーマの一つとして『幸色のワンルーム』を作って終わった。

 

 結末を聞けば彼女は『お兄さん』の死を受け入れているし割り切っている。

 彼女からすればもう終わったもの、だけど5年も一緒に『お兄さん』と『幸』の逃避行に入り込んだ俺はどうしてもその終わりが逃避行の結末であってほしくなかった。

 

 その世界に入り込んだんだ、どうするかなんてもう決まってる。

 

「俺は『ハル』に春を届けたい」

 

 当面の目標が決まった。

 後は頑張るだけだ。



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2話 教育のワンルーム

転生者は『ハル』に対して初めて物事を教える



 さて、俺が幸色のワンルームに転生して目的も決まった、必要なのは努力…なんかではなくたった一回『お兄さん』の代わりをすること。

 この物語で誘拐された少女の母親は『幸』を狙って警察の銃を引き抜き銃撃する、それを横にいるこいつ、『お兄さん』が身を挺して庇い死亡する、そんな感じだ。

 

 そして俺が嫌なのは『お兄さん』が死ぬこと、それを覆すことができるのはたったの一回だけ。

 

 そう、俺の目的は『お兄さん』の代わりに撃たれて死ぬこと、お兄さんが今度こそ成長した『幸』を見れるようにすることだ、そのためならこの世界で死んでも構わない。

 

「?どうした冬斗、もう5分経ってるぞ」

 

「マジで?いっけね、早く食べないと」

 

 横にいるこいつは冬斗という存在がいつも通りじゃないのか首を傾げている。

 

「なんか『フユ』も変わったよな、昔はもっと無口だったぜ」

 

 無口だった?それにフユ?どういうことだ、少なくとも俺は冬斗だったはず。

 

「おい、その名前は出すなって」

 

「良いだろおっさん、覚えてるだろ、俺と『フユ』は一度橋の下に捨てられてたんだから」

 

「橋の下にってどういう事だ、俺が橋の下に…」

 

 困惑しているとおっさんが今度は話しかけてきた。

 

「お前前に話したこと忘れちまったのか?お前は『ハル』を拾った年の冬、橋の下で拾ったから『フユ』なんだよ」

 

「そしたらお前が冬斗なんて言い間違えたから冬斗で浸透してるんだよ、本当の名前は『フユ』ってことだ」

 

 そういうことか、と言うか俺が元々原作にいなかったからか無理やり絡ませに来たな、そんなことする必要はないって言うのに。

 二人からの説明で納得はいったが一つ気がかりな点があった。

 

「なんで俺はお前らと一緒のテントなんだ?」

 

「あ?そりゃおっさんが勝手に三人にした、俺も狭くて仕方ねぇけどな」

 

「そこまで言わなくても良いだろ!俺だってもう一つテントがあればそっちに入ってるわ!」

 

 三人でテントの中に入っているのでクッソ狭いのである、足を伸ばそうもんなら誰かのテリトリーに入ってしまう、ちなみに俺は『ハル』と同じように寝るらしい。

 

 食事も終わって次は何をするかと迷っていると『ハル』から一緒に散歩に行かないかと誘われた、断る理由も特にないのでついていくことにした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「なぁ『フユ』、お前にも前話した家があればって話、覚えてる?」

 

 家があれば

 この言葉はずっとこいつの心の中に残ってた言葉だったよな、家があれば。

 だけど家を買った先で待っていたのはあまりにも救いのないバッドエンドだ。

 

「覚えてるけどそれがどうかしたか?」

 

「『フユ』、頭のいいお前なら家がある人間がどんなやり方でお金稼いでるのか分かるんじゃないか?」

 

 どんなやり方でお金稼いでる…か、この時のこいつは一般常識もクソもないガキだったからな、普通に働いてるなんてことは知らなかった。

 

「知ってるよ、働いてるんだ」

 

「働く?今の俺らもやってることじゃないのか?」

 

「俺らがやってるのは世間…他の人から見ればコソ泥だ、コソコソとモノを奪っているようにしか見えない、それとは別に町で必要とされる場所があるだろ?お金を使う場所だってそうだ、そこで働くことで俺らが1日に稼いでるお金の量を1時間で超えてくる」

 

『ハル』も愕然とした表情を見せている、当然だ。

 自分達のやってきたことが周りに必要とされていなかったと言うのはまだわかる、だがこいつにとっては1時間働くだけで俺らが稼いでるお金の量を超えると言う言葉が相当ショックだったのだろう。

 

「な、なぁ!それに俺がつけることはないのか?どんな仕事でもいい」

 

「悪いが俺と『ハル』には一生無理だ」

 

「なんでだよ!」

 

「だってな、俺らには存在してる証明書ってのがねぇ、難しい言い方で戸籍だ。戸籍がないやつは働くことなんて一生出来ねぇんだよ」

 

 そういうとこいつは俺の服を掴み上げた。

 

「じゃあどうすればいいんだよ!俺たちには幸せを掴む権利はないってのか!?」

 

「あるぜ、少しついてきな」

 

 俺はこいつを連れて橋の近くまで連れて行った、そして落ちてる身分証を見せた。

 

「なんだよそれ、それがどうかしたって言うのか」

 

「これだよ、俺らが働くために必要なのは、これがあれば年齢さえしっかりしていれば働ける。俺らはまだ歳が足りないけどな」

 

 途端に何処か安堵の表情を見せ始めた、働くことができるのとその方法を知ったからだろうか。

 

「この話はおっさんにもすんなよ、この身分証だって元は誰かのだ、バレたら取られるかもしれないからな」

 

「おう、絶対にバレないようにする」

 

 そのまま数ヶ月は同じように身分証が落ちていないかを探したりしていた、そして俺はある行動に出た。

 

「おい『ハル』毛布とってきてくれねぇか?」

 

 

 毛布探し

 この行動で二つのことをさせることになる。

 一つはこいつに家の価値を知ってもらうこと、月まではわからないと思うが今のままじゃ一生稼げないと思ってもらう。

 二つ目はそのまま川端の爺さんの家に強盗に入ることだ、犯されかけるが俺もいるし何よりおっさんが助けることであの二人が孤立することが何よりも重要だ。

 

 

 そしてこの考えは面白いほど史実を辿った。

 毛布を探した時に金の量が圧倒的に足りないことを知ったのか川端の爺さんの家に入って、犯されかけた。

 そしておっさんが助け出したことで危機一髪、さらにそこから二人で一緒に川沿いまで歩くぞなんて言い出した。

 

 全て同じだ、ここからは最後まで俺が手を出す必要もないだろう、だがこの二人との接点をなくすわけにも行かない。

 

「『フユ』も一緒にくるか?あの場所に乗っこたら何されるかわからねぇぞ」

 

「大丈夫だよおっさん、俺は俺でどうにかやる。言ってただろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってさ」

 

 現状俺がこれ以上二人に関わり続けて『お兄さん』の精神的支柱になった時、『幸』は生まれずして死亡し『幸色のワンルーム』は壊滅する。

 だから名残惜しいけど一旦さよならだ、『ハル』も泣くなよ、俺が離れたくなくなってしまう。

 

「それじゃあな、元気にしてろよ」

 

「大人になった時にまた会おうぜ『ハル』」

 

「ああ!約束だぞ」

 

 

 

 

 こうして俺は『幸色のワンルーム』への第一段階を済ませた。

 

 

 後はおっさんが死んでしまうだけだ。

 

 

 

 …涙が溢れてきた、どうやら俺はおっさんにも感情移入してしまったらしい

 馬鹿らしい、おっさんが死なないと『幸色のワンルーム』は完成しないだろ。

 …俺が救えばあの子は助かるんじゃないか?

 嫌、違うな、あれは『お兄さん』だからできたんだ、俺の役目じゃない。

 後は静かに結末を迎えるその時まで静かに待つだけだ。

 

 

 

 溢れてきた涙は無視することにした。



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3話 反徳のワンタイム

転生者は道徳を捨てて空虚な史実を辿る


「よう、久しぶりだな『ハル』」

 

「お前は…懐かしいな『フユ』」

 

 二人があの場所を抜けてから3ヶ月は経っただろうか、まぁそれくらい長い時間を経験して一つの忘れ物に気がついた。

 

「お前、まだおっさんのことお父さんって呼べてないだろ」

 

「ッツ!」

 

 思った通りだ。

 基本的に俺が手を加えなければこの世界は史実通り、漫画どおりに話が進む。

 俺と言う存在が大きく世界を変えているがちょうどいい距離感を保てているからか今のところ目立った違いは見当たらない。

 

「だめだぜ『ハル』、いつまでも照れ臭いなんて言って先延ばしにしてたら必ず悲しい日が訪れる」

 

「お、脅そうったってそうはいかねえぞ!俺はあいつのことを父親だと思ってる!それで十分だろ」

 

 そう言って『ハル』は顔をそっぽに向ける、これからのことを知ってるとただの無駄にしか思えない、早くお父さんと言ってやってあげてほしいものだ。

 

「照れくさいからなんて言ってたら明日死ぬかもしれないんだ、言える時に言っとけよ、『ハル』」

 

「ん?おお『フユ』じゃねぇか!随分久しぶりの再会だなぁ!」

 

 この話をしていたら本人がやってきた丁度いいタイミングかもしれない。

 

「そうだ父さん、この辺りで布団捨ててある場所って知らない?」

 

「そうだな…ん?もっかい行ってみろ」

 

「だから布団の捨ててある場所」

 

「その前」

 

「父さん?」

 

 その言葉を口にした瞬間おっさんの顔からすっごい涙が溢れてきた、やっぱり父さんって呼んで欲しかったんだな。

 

「そんなに泣くなよ父さん、恥ずかしくなってくるだろ」

 

「いやお前、久しぶりに会った自分の子供に父さんって言われたやつの嬉しさがお前にわかるか!?」

 

「俺あんたの本当の子供じゃねーし」

 

 そんな感じでいい雰囲気になったんだけど…『ハル』がまだモジモジしてチキってた、しょうがないから背中のひとつ押してやるか。

 

「ほら、お前の番だよ」

 

「な!そんなんじゃねーし!」

 

「お!どうした『ハル』お前も呼んでくれるのか!?」

 

 一歩後ろに下がってハルの背中を押し出す。

 

「お、俺もいつも父さんには助けられてるから…だからその…ありがとう」

 

 最後は消え入りそうな声になっていたが問題はそこじゃない、ちゃんと父さんと呼べていた。

 おっさんもさらに涙を流していた、どんだけ涙腺弱いんだよおっさん。

 

 

 

「んじゃ、親子水入らずの間に入る勇気俺にはないから、じゃあな…そうそう、あんま口調とか仕草とか、自分変えんなよ『ハル』」

 

 

 その場の空気の和みを察して俺はその場を後にした、後は二人でも上手くやれるだろ。

 

 

 

 

 

 

…虚しい、これは俺のエゴか。

 

 あの後悩みに悩んだ結果俺は史実を辿ることにした、つまりおっさんを見殺しにするわけだ。

 俺が望んでいるのは『幸色のワンルーム』であっておっさんと『ハル』の家族愛じゃない。

 そう自分の心に結論づけた。

 

 

 結局逃げるようにあのおっさんたちから離れただけに過ぎないんだよな、罪悪感から逃れるように。

 

 

 薄暗いテント、川端のおじさんたちから離れる時に持ってきた品だ。

 正真正銘クズの仲間入りだ、どうかゴミみたいな俺を許してくれ、おっさん。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

〈あの事件があった時から俺は川端のおじさんのいる集落から離れた橋の下付近に新しい拠点を作った〉

 

〈俺一人での生活だったけど身長が早くに伸びたことで新聞配達なんかのアルバイトでどうにか生きていくことができた〉

 

〈そして月日は流れ"俺"は少年から青年になっていった〉

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「これが憧れてた一人暮らし…やっぱり最高だな!」

 

 

 2階建てのアパート、そこの一番端の部屋に住ませてもらった、家賃は曰く付きなのかトイレお風呂別で月額30000円、東京なことを考えると破格すぎる物件だろう。

 

 とりあえず今までテントに入れていた荷物を全部こっちに持ってきた、これでもう泥棒に取られる心配をしなくてすむ。

 

 食品を買って自炊…と行きたい所だがまだやることはできない、単純に材料を買って自炊するのがまだ安定してできるかわからないからだ。

 必要なものは一応揃っている、フライパンと包丁だけだが、いつかアルバイトでの収入が安定した時に自炊を本格的に始めてみよう、いつになるかはわからないが。

 

 一通り揃った、家も働く場所も。

 幸せだ、少なくともあいつの言っていた『家のある人』になれた、今ならあいつの言葉の意味がわかる気がする。

 

「でもまだまだこれからなんだよな…俺は」

 

 ここで物語は終わりじゃない、この先に待っている一つの事件ので『ハル』は変わる、その後の『お兄さん』を上手く支えてやらなきゃいけない。

 

「俺ができるのはニュースで溺死の記事が出ないか見漁るだけ…とてつもないクズな生き方だなぁ…」

 

 それでもしょうがない、俺がこうなることを望んだんだ、おっさんが溺死して『ハル』が変わることを望んだんだ。

 もうすぐ最初の冬が来る、『ハル』が無事に…いや、白い桜を咲かせる春が来る。

 その先の何個もの冬よりも恐ろしい寒波を背負った冬が春の前に立ち塞がってくるだろう。

 

 

「みんなに寒がられて嫌われる、まさに俺にぴったりの季節だな」

 

 そう自嘲気味に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 結局おっさんは予想どおり溺死した、しかも今年だ。

 

 今頃『ハル』は寝っ転がって涙が出ないな…なんて考えている頃だろうか。

 

 

「ごめんな、父さん…ごめんなさい」

 

 小さく体を震わせながら、ここにいないおっさんに謝り、涙を流した。



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4話 進行のワンルーム

転生者は働きながら史実を進める


 月日が経って数年後

 7時20分、東京。

 

 ごった返すような人波に溺れそうになりながらも必死に一歩一歩を進めていた。

 

「今日のバイト先までなんで歩こうと思ったんだよ…くそ」

 

 小さな声で愚痴を漏らす、それもこれも全部6時の自分のせいだ。

 やっと辿り着いた頃には7時50分だ、目の前にバス停のあるここでのバイトはバスで来ると何10倍も楽だ、それなのに…今日の自分には恨みしか湧かない

 

 店に入るために壁際に寄ろうとした瞬間、スマホを持った白髪の男を見つけた、マスクをつけている。

 つまりあいつは『ハル』だ、ながらスマホをしていた彼のスマホは音楽でも掛けるいたのだろう。

 今日は×××とぶつかった日だろう、もうすぐ物語が動き出す。はやる気持ちはバイトで抑えることにしよう。

 

「お、いつも通り早いね秋川君!」

 

 この店の店長が顔を出す、個人営業の喫茶店だ。

 因みに店長はまだイケイケの30代、独身で現在彼女募集中、らしい。

 

「はい、5分前行動は基本ですから」

 

「それじゃあ着替えてきちゃって、待ってるから!」

 

 ロッカールームに来てお店の制服に着替える、茶色いエプロンにお店のtシャツ。なかなかに統一感があって好きな服装だ。

 

「それじゃあいつも通り接客よろしくね!」

 

 

 店長に言われた通りに、俺は接客に専念した。

 

 

 その時だった。

 

「いらっしゃいませ…え」

 

 声にもれた、なにせ入ってきたのはあの松葉瀬の助手、八代だったからだ。

 

「何食べようかな…あ、席って自由で大丈夫ですか」

 

「あ、はい大丈夫です」

 

 自由な席に座りメニューを見始めた、やがて何を注文するか決まったのか店員さーんと声を上げた。

 

「はい、ご注文でしょうか?」

 

「あ、そうです。オムレツを一つと東京ブレンドコーヒーひとつ」

 

「かしこまりました」

 

 原作とまだ絡んでいる要素はない、今は就活中だろうか、大変だな。

 

「店長、東京ブレンドコーヒーとオムレツひとつ」

 

「はいよ」

 

 

 しばらくすると注文の品が完成したので、彼の目の前まで運び込んだ。

 

 彼がオムレツを一口口に入れてから美味しいと顔でわかるほどいい表情をした、店長の料理は美味しいのだから当然だ。

 結局かなり早くに食べ終わりすぐに感情をして帰っていった、予想もしなかった原作キャラとの絡みだったけどなんとか顔に出さないで済んだ。

 

 

「お疲れ様秋川君、今日はもう上がっていいよ」

 

 午後6時を過ぎた頃、お店は9時まで続くが今日は上がってもいいとのことだ、日取りの給料を見て時給を換算しつつ、不備がないことを確かめてから着替えて外にでた。

 

 今日は二つのことがあった。

 一つは四巻目での過去の話、×××と『ハル』の出会いの話。

 二つ目は八代との関わりだ、案外びっくりした。まさかこんなこじんまりとした味はいいのに集客が下手な喫茶店に入ってくるとは思わなかった。

 

「もうすぐだ、もうすぐ始まるんだ」

 

 最低限あの二人を死なせずに幸せにする。

 それが見殺しにした×××と父さんのためになると信じて。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ようやく動き出すんだな、感慨深いよ」

 

 手に持ったスマホには大きく少女行方不明の文字が書かれていた。

 

 この日の夕暮れ、あいつは×××を助けるだろう、そうすれば一巻目の始まりだ、あとは最終巻まで持っていくだけ。

 

 最初は罪悪感から見ることができなかった夕暮れも、今じゃあしっかりと目に焼き付けることができる。

 忘れるなよ、お前は人一人を見殺しにして自分のエゴを叶えようとしているんだ。そう頭の中の罪悪感が責め立ててくる、俺が悪い。それ以上でもそれ以下でもないんだから少しは黙ってほしい。

 

 その日は初めて馬刺しを食べた、願掛けなんてただの無駄、そう考えていたが、馬く行くように。

 なんてくだらなすぎる願掛けだ、それでも今日だけの最初で最後の願掛けに見えない何かと乾杯をし、安いジュースを馬刺しと共に喉に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 今度はやり方も決まった。

 しっかりと全て考えた上での計画だ、間違いはない。

 

 あの日から何日、何週間経過したかは正確に数えてない、ただ毎日。

 幼稚園の送迎バスが来る時間だけは×××の家の前で人が来るのをひたすら待った、一応怪しまれないように場所や距離を変えながら。

 

 その日が来たのは今日、×××の家から2つの人影が出てきた。

 

「初めまして松葉瀬聖さん」

 

「んあ?誰だお前」

 

「そうですね…さすじめあなたが探している誘拐犯と元々一緒に暮らしていた男、とでも言いましょうか」

 

 松葉瀬さんは嘘をつかない人が好きだ、ここで嘘をつくメリットは特にない。

 

「ほん、それで、俺らに捕まえないでくださいってか」

 

「逆ですよ逆、俺も一緒に探させてください」

 

 松葉瀬さんは一瞬放心したかのような表情を見せたがすぐに元に戻した。

 

「っは、お前が俺に?連れていくメリットもない上に何よりお前が何者かがわからない、そんな奴を大切な依頼に連れていくと思うか?」

 

 すごい威圧だ、あの子が虐待されている知ったことも加わってのことだろう、だがここで怯んではいけない、この人たちから離れたら一生場所が分からなくなる。

 

「俺があなたについていくメリットはあいつを捕まえられる、俺を連れていくメリットはあいつにとって唯一の顔馴染みというアドバンテージ。必要だったら今までの経歴も全て教える、どうです?悪い話ではないでしょう?」

 

 松葉瀬さんはその場で数分真剣に考えた後にこう言った。

 

「いいだろう、絶対に邪魔をしない条件付きでだがな」

 

『幸色のワンルーム』への第二段階、完了だ



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5話 再会のワンルーム

面倒な転生者は再開して初めて衝撃を与える


「とは言ってもお前が俺らにやってやれることはかなり少ないだろ、まずはひとつ手助けでもしてもらおうか」

 

「あいつらの場所か?それならまだ教えられないぞ」

 

「は?」

 

 松葉瀬探偵と手を組むことができたのはいいがこれからどうするか、とにかくこいつが望んでいる即戦力にはなれない、ただあいつらに接近した後。その後からは急速に根本的な解決に近づかせてやる。

 

「お前らが望んでいるものくらいわかっているさ、どうせ根本的な解決、とか言ってんだろ。根本的な解決のためにも今あいつらの場所を教えるのは不味い、だから今は教えられない、それでいいか?」

 

「なんで俺らがそこまで目指してるか…まぁ聞いても答える気がなさそうだ、それに目的も一緒で明確な理由があるってんなら俺はとやかく言わねーよ」

 

「ちょっと松葉瀬さん!そんな簡単にでいいんですか!?」

 

「ありがとう、話が早くて助かるよ」

 

 これからの都合上ここで立ち止まっているのは無駄だ、早めに終わらせてすぐに原作の流れに乗り換えたい。

 

「それじゃあお腹も減ったし、どこか中学生料金で入れるところねえかな?」

 

「そういうときばっか容姿を武器にするのやめてください」

 

「あんたらの事務所に連れていってくれたら俺が作ってやるよ」

 

「その言葉を待ってい…え」

 

「聞こえなかったか?俺が作るって言った、だから事務所まで連れて行け、後…俺が作っている間に八代さんに説明しておけよ、探偵」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 こうして松葉瀬探偵事務所に足を踏み入れた俺は最低限美味しく見える料理を作り八代への話をしながら料理を食べ始めた。

 

「まぁ聞いたとは思うけど×××は虐待されてるから、それを解決するにはただ見つけ出すんじゃあ足りない、警察よりも早くに、そして誰にも相談できない状況で根本的な解決を目指す」

 

「待ってください、結局虐待されてたのは分かったんですけど松葉瀬さんがあそこまで床の傷を気にしていたのは…?」

 

「手錠」

 

 途端に空気が一変する、八代も先ほどよりも口が重くなっていた。

 

「ちょっと待ってください、話が飛躍し過ぎて理解が……」

 

「八代の親はいい奴だったんだな」

 

 頭の上に依然としてハテナマークが浮かんでいる八代にわかりやすく解説を始めた。

 本来なら松葉瀬探偵が教えてくれるところだが今は料理を美味しそうに頬張っている。

 

「世の中にはあんたの親みたいに優しい人だけじゃない、稀に子供を殴るける、それだけじゃなく手錠までかけて家に帰ってきたらほぼ軟禁、なんてこともあり得る」

 

「そんな…」

 

「だから俺らは警察に見つかるよりも早くに探し当てなきゃ行けないんだよ、その後親に引き渡されてはい終了だからな、分かったか?」

 

 その後はさらに食べ終わった松葉瀬からの集中講義を食らっていた、とりあえず飯も作ってやることもやった、その日はそこでお開きになったのでまた探すときにでも読んでくれと連絡先だけ交換した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なぁ…確かに次探す時に誘えって入ったぞ、だけどな、流石に大規模に探すのを終えた後とは思わないんだよ」

 

 ため息がもれてしまう、もう原作だと会いに行く時間だ。

 現状俺のことを『ハル』が覚えている確率はかなり高い、そもそも兄弟のように育ったであろう俺と『ハル』は互いに忘れることはなさそうだ。

 しかしながら俺はあいつにバレるような接触はしない、そのためにも狐の仮面すら買ったのだ。

 

「なぁ、その狐の仮面いるか?」

 

 

「俺が必要だと思う時にあいつに顔を明かす、それまでは基本的にあいつにあっても隠すためだ。それよりももうすぐだろう」

 

 懐かしい、原作でも何回も見たアパート、その角部屋に『幸』とお兄さんがいる。

 

「短い間の共同生活だが…よろしくな、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

**

 

 

 松葉瀬が盗聴器を置いてきた、その後の行動はお見通しだ。それまでの間に俺がいるデメリットを隠す作戦を立てる。

 

 元々『幸』はこちらを殺す気でくる、それに対して狐のお面なんて被ったやつがいたら真っ先に狙われて『幸』がぶっ壊れてバッドエンドだろう。

 だから今回の戦いにはあまり参加しない、松葉瀬が殺してみろと言った瞬間に入るのがちょうどいいくらいだろう。

 

「それじゃあ先言ってるわ」

 

「どこに?」

 

「長浜、お前らもそれが終わったら来い、なるべくいいくらいに来るんだぞ」

 

 ここで無駄に原作に入り込んでずれたら終わりがない、もう関わり合いすぎるのはやめよう、見せるのはもうすぐなんだ。

 狐のお面を被り、彼らが来るまでバレないように浜の死角から観察した。

 

 

 予想通り彼女は自分に信頼させてくれとマスクに人殺しを強制した、その後は松葉瀬と八代で2対2。

 俺がうまい時に割り込むことで彼女たちに邪魔をしにきたわけじゃないとうまく伝えることができた。

 

 

 

「悪いな、ちょっと試させてもらった。お前らの関係が知りたくてな」

 

 そういうとお兄さんは『幸』を松葉瀬の手から離した。

 

「離してください。警察でもなんでもないうえに、試させてもらう?あなたとはなんの面識もないと思いますが」

 

 

「面識がないわけじゃねぇよ、少なくともこいつら二人はお前の両親に頼まれて×××を探しにきた」

 

 そういうと『幸』は俺ではなく松葉瀬の胸ぐらを掴んだ。

 

「お兄さんやっぱりこいつら殺しておくべきだよ」

 

「……依頼はきっかけにすぎんよ、母親の証言は粗だらけ、虐待してたことも完全に隠してた。お前本当は……自分で家出したんだろ?」

 

 そう言われると胸ぐらを掴むことをやめ、そのことを報道されたかを気にし始めた。

 

「いや、俺の推理、安心しろ、警察の動きは以前と変わってないよ。…ただ俺らは見届けにきた、お前らの逃避行の結末を」

 

 その後にニコッとしながら

 

「最初に見つけたのが俺らでよかったな、警察だったらこうは行かないぜ?」

 

 と付け加えた。

 

 

「つーことでしばらくお隣さんさせてもらう。困ったことがあったらなんでも俺に言ってくれ、お前がいなくなった後の警察とか母親の動向もある程度教えられるぜ」

 

 

 お兄さんは馬鹿らしいと言い放ちこの街から出ることを勧めた。

 しかし『幸』はお隣さんになることを承諾し24時間の監視の制限をつけた。無論パソコンなんかも全部禁止だ。

 

「少しでも怪しいそぶりを見せたら…殺すから」

 

 本物の殺気、どこまでも冷酷な彼女の瞳に少し恐怖が沸いた、しかしここで黙っていられない。

 

「そこのお兄さんも、仮面なんてつけてないで早くそれ外したら?」

 

 俺はすぐに狐のお面を丁寧に取り外し、懐にしまった。

 

「これでいいか?『幸』さんよ」

 

「お前…!」

 

 彼は酷く驚いた表情を見せた。その表情に対して俺は小さく笑いながら

 

「久しぶりだな、お兄さん」

 

 そう答えた



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6話 監視のワンルーム

転生者は監視も関係なく自由に過ごす


 24時間風呂もトイレも監視の条件を突きつけられた俺たち、お兄さんは驚いて以降一回も俺に話しかけようとしない、事情が事情だが話しかけてはもらいたいものだ。

 

 

***

 

 

 監視カメラの設置が完了下らしくようやく俺たちにも自由が認められた。

 着替えるのも風呂入るのも他の人に見られるがあまり恥ずかしさはない、ホームレス時代に川で体を洗ったりしていたおかげだろう。

 松葉瀬はカメラを見つけたのか誰もいないところに手を振っている、八代は松葉瀬の服をハンガーにかけていた。

 しばらくぐだぐだと過ごしていると突然ドアが開けられた。出てきたのは幸、手には包丁を持っていた。

 

 

 

「どうした×××」

 

「聞きたいことがあってきたの」

 

 その後の展開も史実通り、『幸』が信頼して欲しいなら指を落とせ、指切りの基本だとかえげつないことをほざいてやがる。

 

「脅されても嫌なもんは嫌だ」

 

「それで信用してもらいたいなんてちょっと虫が良すぎない!?」

 

 彼女の表情からも血気迫った様子が受け取れる、冗談ではなかったんだろうな。

 

「自分に不利なことでもやってのけてくれないと、私は信用できない」

 

 

 

「…だとしたら」

 

 松葉瀬が思い口を開け始める。

 

「お前の言ってるそれは信用じゃない。ただ相手を不利にさせて、従わせたいだけだろ」

 

 何か思うところがあったらしい、数秒の間彼女は静止した。

 それに松橋ははぁと息を漏らしながら

 

「警戒してもらいたくないのは事実だ。だから名刺まで見せて正体明かしたし、監視とかさせてケータイとかも全部渡してんだよ。それじゃ足りないのか?」

 

「何それ…っ!もういい、ここで殺して「ストーーーーっぷ!」

 

 殺しにかかったところを八代が静止する、彼女から刃物を奪い逆に喧嘩腰だった松葉瀬に向けていた。

 

「信用ってのは相手の問題じゃなくて自分の気持ちの問題だ。最終的には信じるしかない、君自身がどう思うかなんだ。」

 

 八代くんやっぱりいいこと言うね、この言葉も後々いい味出してくるからね。

 

 真っ当な正論に対して経ちながら呆けていた幸にそれでも信用できないなら、と松葉瀬は髪を上げた。彼の髪の下に隠れた目の傷と左右で色の違う瞳が顕になる

 

「もし本当に殺したいんなら、右後ろからにするんだな」

 

 彼が小さい時に何があったのかもよく覚えている、親に監禁虐待され悪魔を取り除くだのなんだの言われ目を切り裂かれたからだ、その時に来た警官が今のこいつを作ってると言っても過言じゃない。

 

「ただこっちが両手上げてる状態だってはこれで伝わったろ」

 

 その瞬間幸を探しにきたのかお兄さんが部屋に突撃してきた。強引に八代から包丁を取り合えげるとそのまま帰ろうとする。

 しかし彼女のもう少しここに居たいと言う発言によってそれは止められてしまう。

 

「必要ならもう一回同じ説明してやろうか。お兄さん」

 

「…どうでもいい、て言うか今は帰って寝た、い」

 

 そう言ってぶっ倒れた。ここは俺の出る幕じゃない、」ただ心肺は心配なので一応それらしいことはやっておこう。

 

「おい大丈夫か!」

 

「ただの風邪だな」

 

 

 松葉瀬がそう言ってからは話が早い。こいつを『幸』との家に戻して風邪薬を八代が出してさらに紙コップを出す、そして松葉瀬が安い布団買ってきてやると家を開けた。

 

「それじゃあ俺らは自分の部屋に戻るから」

 

「彼のおでこに冷やしたタオル置いておいてくださいね」

 

 そう言って三人部屋を出た。その後は特段変わりない、今日は二人とも疲れてる様子だったから媚売りも含めて料理を振る舞ってやった、美味そうに食ってくれるから何気に作りがいがある。

 

「それじゃあもう寝よう、俺らが気張ってもあいつは治らないしな、明日から職場も探さないとだし早めに寝て体力回復に勤めるのが一番効率がいい」

 

 そう言って部屋の電気を落とした。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 次の日、お兄さんがすっかり本調子に戻ったらしくこちらにお前らのせいでバイトができないと押しかけてきた。

 

「それなら一緒の職場で働けばいいじゃん」

 

「は?」

 

「俺は働けるところ好きに選びたいから近場で働く、コンビニバイト空きありそうだから何かあったらそこにこい」

 

 俺は俺で好きに動かせてもらう、ただ自殺の森イベントの後からは急速に話が進むからその時には一緒にいたい、だからこの間に三人と連絡先を交換しておいた、お兄さん、松葉瀬、八代。この三人と連絡ができれば大丈夫だろう。

 

「それじゃあ定時で帰ってくるまで、じゃあなー」

 

 あ、待ってなんて言おうとしていたが完全にシャットアウト、聞こえないふりをし携帯の電源を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「初めてなのに結構テキパキ動いてくれて助かったよー、これ今日のバイト代ね」

 

 店長から手取りで日給をもらう、1万円でも大きいんだなこれが。

 

「廃棄予定の商品ってありますか?」

 

「お、環境問題にでも取り組んでるのかい?いいね〜君、そこにあるやつは廃棄予定だから持って行ってもいいよ」

 

 ノリが難しくついて行きづらい人だがいい人なのだろう、今日の夜まで食べれるような美味しそうな奴を片っ端にカバンに詰めてコンビニをさった。

 

 家に帰ってくると包丁を置いて二人とも行儀よく座って待っていた。

 

「包丁はもういいのか?」

 

「うるさい、関係ないでしょ」

 

「まぁまぁそうカッカすんなよ、俺は端のほうで賄い食ってるからお前らも好きなように夕食取れよ」

 

 賄いでもらってきた塩おにぎりうめぇ、そういや牛丼ももらってたんだった、レンジでチンしてパカっと、う〜ん美味しそう。

 

 そうしているとお兄さんと松葉瀬も帰ってきたらしく『幸』も帰っていった。

 

「お前うまそうなもの食ってるな〜一口くれよ」

 

「お前はそこら辺に入ってるたけのこの里やるからそれで我慢しろ」

 

 俺もいっぱい食べてぇんだよ、それくらい分かれや探偵。

 

 その日の夜、松葉瀬は×××にこう的手段で引き取ってもいいと取引を持ちかけた。その会話をガラス越しから聞く、思えば松橋にとって逃避行の結末はなんであれ幸せな終わり方を望んだんだろう、俺は間に入ってこようとしたやつにしか思えてなかったよ、ごめんな松葉瀬。

 

「なんだ、聞いてたのか」

 

「あんなふうにヤニ吸われりゃぁな、それよりもお前、しっかりやれよ。俺らにとってここからが正念場になる、一言一句間違えるな、常に最善を目指せ」

 

「なんだ?未来を知ってるかのような口振りじゃねえか」

 

 

「そうだと言ったら…どうする」

 

 なんてな、冗談だよと流した。

 今日はもう寝よう、明日からもバイトがあるのだから…



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7話 選択のワンルーム

転生者は初めて腹を割って話す


 次の日の朝、八代がなぜか昨日の夜に起きなかったことを不思議に思いながらも公的手段で引き取ってやると取引を持ち出したと八代に教えてやった。

 すると八代はなんでそんな事を言ったのかと問い詰めた、松葉瀬は安心できる人間だが今回ばかりは事情が違うと。

 その言葉に対して松葉瀬はポツポツと身の上話を始めた。

 自分が20年前彼女が家にいた時と同じような扱われ方をしたこと、手錠に監禁、小学校にすらろくに行けず知識はテレビから全て学ぶ。

 そんな状態の時に神と勘違いし偶然にも警察に助けてもらえたこと、全てを話していた。

 

「今俺らができるのはあいつが報われる選択肢を広げてやる事だよ」

 

 それにしてもおかしい、昨日は全く気づいてなかったが夜に八代が起きてこの話をするのが原作だったはずだ、原作と話が合わないのはおかしな話だ。

 とりあえず原作通りに話を戻そう。

 

「松葉瀬、お前早く食わないとお兄さん勝手に就職場所行ってお前いけなくなるぞ」

 

「うお!そうじゃんそうじゃん、ありがとな…そういやお前の名前ってなんだ?」

 

「名前、特に教える必要がないのでお兄さんでいい」

 

「ナナシが二人に増えると面倒なんだよ、契約条件で経歴は吐くって言ったろ、名前」

 

「…『フユ』」

 

「珍しい名前だな、まぁいいや『フユ』ありがとな」

 

 わざわざお礼を言うだけのために名前を聞いたのか、面倒な人だなぁ。

 

「俺も行ってくる、八代は『幸』がくるまで待ってろ」

 

「分かりました」

 

 俺もコンビニへバイトに向かう、実際今度動くときもニュースで×××の話がトップになった時だけだ、見逃さなければ特に意味はない。それでも×××から監視させろ電話がやかましいのでバイトの時間は一旦電源を切る。

 バイトもあまり難しい話がなく終わり早く帰れることになった、田舎だからあまり人が来ないのだろうか。ニュースアプリを開くと×××の指紋が発見されたニュースが1時間半前に出ていた事を知った。

 

 やばい、時間配分を間違えた、ここでの会話は特に意味がないが『ハル』のことを知った『幸』という最初のイベントだ。あんまり原作の結末に関係するようなイベントじゃないんだから是非とも拝んでおきたい、俺だって一ファンでもあるのだ。

 

 急いで近くの神社の階段を駆け上がる、裏にある樹海のような場所を歩き回る、無駄に電源を切ったままにしていたのが悪手に出た、神社の裏にある樹海を急足で駆け回る、足跡を見つけた。比較的新しい、落ちてしまうような崖を見つけ慌てて落ちる、枯れ葉のクッションであまり足に影響はない。

 『幸』を見つけた、だけどまだあいつがきていない、危ない、ぎりぎりで間に合った。

 

「なんで隠れてるんだ?」

 

「いいだろ別に、それよりも『幸』のところに行ってやれ、彼女殺しかけてるぞ」

 

「…言われなくても」

 

 昔に比べて可愛げのなくなったお兄さんを見送り俺は陰からこそっと様子を観察した、後は松葉瀬が来るまで時間を先延ばして…は?アイツらさっさと言いたいこと言っていきやがった、カッターまだ持ったままだし自分に刃を向けてるし…あーもう!原作に絡んだら時系列おかしくなるってのに!

 

「ストーップ!ちょっと待ってよお姉さん」

 

「……誰あなた?」

 

「ただのフラフラとした人間、困ってるなら話聞かせてよ、俺なら聞いてやることはできる」

 

 そいつは話し始めた。夫からの家庭内暴力の事、自分が選んだからしょうがないと思ってること、その他諸々アイツの家庭内環境についてほとんど聞いた気がする。

 

「そうれは辛かったですね…まぁ死ぬまでの理由にはなりませんが」

 

「え、普通慰めてくれるところじゃないんですか」

 

「まぁこれはただの持論なんですけど、一回抗って、それでもダメだったら死ねばいいと思いますよ。抗いに抗って、それでもどうしようもなかった時、この番号で呼んで下さい」

 

 俺はちょうど持っていたペンで彼女の手のひらに自分の番号を書いた。

 

「これは…?」

 

「俺の電話番号、読んでくれればどこへでも駆けつけますよ。殺してくれって言われたらそれに従ってやりますよ。逃避行だって一緒にやってやります。とにかくあなたにとって都合のいい男ですよ」

 

「なんでこんなこと…あなたにメリットがないじゃないですか?」

 

「メリット…強いて言うならあなたに生きてほしいから?」

 

 八代がどんなこと言ってたか覚えてないんだよな…ここに原作があったら多分別のセリフ言ってたんだろうけどまぁしょうがない。

 

「最後にもう一つ、あの子もまだ荒がってるっ途中ですよ、あのガキにできてあなたにできない事はない、それだけです。それじゃあ」

 

 ここまでいえば大丈夫だろ、死のうとはしないはずだと思うけど。

 

「ヒューやるじゃん」

 

「もしかして女癖悪いタイプですか?」

 

 両脇から八代と松葉瀬が出てきた、こいつら隠れてたからあんな長く話してたのに来なかったのか。

 

「女癖?生まれてこの方一回もそんなことしたことないですよ」

 

「…無自覚かぁ」

 

「は?」

 

 無自覚ってなんだよ無自覚って、そんな鈍感系主人公極めたつもりないんだが、それ以上に俺は女の人侍らせるとかそう言う趣味持ってないし。

 

「早くいくぞ…松葉瀬もうご飯作ってやらねぇから」

 

「は!?お前嘘だろ!?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「よぉ、その調子だと元気そうだな二人とも」

 

「『フユ』」

 

 

「は?お前せめて『フユ』さんだろ」

 

「二人してぎゃーぴー言い争ってるとこ悪いんだけど、これ落ちてたぞ」

 

 そう言って『幸』に対して帽子を渡す。

 

「あ」

 

「あ、じゃなくて言うことあるだろ。小学生でも言える言葉だぞ」

 

「アリガトウゴザイマシタ」

 

「ほんっとに可愛げねえなお前」

 

 二人が今度は言い争いを始めた、醜い。

 

「『フユ』…」

 

「ようやく俺に話しかけてくれたか…俺の名前をアイツが読んだってことは話したんだろ、昔のこと」

 

「ああ、引かれると思ったけど…世の中そんなやつばっかりじゃないんだな」

 

「そりゃそうだろ、お前勘違いしてるだけだよ……まぁよかったんじゃねーの、過去からの呪縛、解放されたんだろ?『ハル』」

 

「…おかげさまでな」

 

「やっぱそっちの話し方の方が落ち着くわ、ずっとそっちでいろよ」

 

「やだ、いい大人はこんな話し方しねえだろ?」

 

「違いねえ」

 

 こんな、くっだらない会話、久しぶりにできたなぁ…

 

 空を仰いだ、その星空に向かって目を閉じた。

 なぁおっさん、これでいいんだよな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「男子会するぞ」

 

「は?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

「いや、え?」

 

「第一回男子会〜!!!」

 

 

 話が早すぎてついてこれない、とりあえず男子会はわかった、あの原作でもあった親睦深めるやつね。

 

「待ってくださいなんですかこの奇妙な集まり」

 

「酒飲んで親睦深めようってやつだろ?知らんけど」

 

「誰があんたらなんかと」

 

「俺は『ハル』と飲めるの嬉しいぜ、お前は?」

 

「…わかった」

 

「え、なに、お前らってそう言う関係?」

 

 松葉瀬がちょっかいをかけてくるので少し締める、これくらいなら死にはしない。

 

「つっても俺もこいつも酒飲んだことないぞ、一番弱いやつ…あったあった、ほれ、りんごサワー」

 

「…ありがとう」

 

 アイツに渡したのはりんごサワー、どうせ今頃アイツも酒弱かったかなぁとか考えてるんだろうな。

 ごめんな、『ハル』

 

「そういやお前元警察だろ?なんか面白い話の一つや二つねーの?」

 

「え、なんで知ってんの?」

 

「色々、昔警官で見たことある顔だったから」

 

 全然嘘、むしろ警官で働いてることなんて知ってるだけ、早く楽しい話に移ろう。

 

「まぁ人を法律に従わせるだけの仕事だったからやめたとかそこらへんだろ、そんなつまらない話はいいんだよ」

 

「え、なにお前エスパー」

 

「あと『ハル』!お前はストーカーなんてやってるのおっさんにバレたら死ぬぞお前」

 

「な、なんで知ってるんだよ」

 

「そんなのどうでもいいだろぉ!?信頼だかどうこうお前らの中で流行ってるのかもしれないけど結局喧嘩したり仲直りして信頼できる人間見つけるんだよ!わかったかこのアンポンタン!」

 

「あんたなぁ…言い過ぎ、突然メチャクチャ言われてるからマスク放心してる」

 

「はよ起きないとお前の恥ずかしい黒歴史晒すぞ〜はいさーんにーいいーち」

 

「早く始めよう」

 

 俺もアルコールの少ない酒を選んで開ける。

 

「それじゃあカンパーイ!」

 

 全員で感を合わせて乾杯する、この中じゃあ一番精神的に歳を取ってるのは自分だろう、よく前世でのことを忘れないでいたな。

 

「そういやお前ドラクエやったことある?」

 

「ドラクエ?」

 

「嘘でしょ!?FFは?」

 

「なんですかそれ?」

 

「俺の孤児院にもあったぞ、やらないと人生損」

 

「いいですめんどくさい」

 

 ドラクエ俺もやったことないんだよなぁ…機会があったらやってみるか、なんて。

 普通の男子回で終わってくれてよかった、ただ『ハル』と松葉瀬が酔って雑魚寝を始めた。

 

「俺らは布団敷いて寝るか」

 

「ですね」

 

 八代が苦笑しながら自分の布団に潜り込む。意外とこの体は酒に強かったらしい。

 

「ねぇ『フユ』さん」

 

「なに?」

 

「あなたはなんで今さらマスクさんと関わったんですか?話を聞いた限り一回離れたそうですが」

 

「…俺は一回、人を見殺しにした。こいつの実の父親みたいな人で…俺の父親みたいな人だった」

 

「え…」

 

「俺はそいつを犠牲にすることで…『幸』が救われる事を期待した。アイツが死んだのは全部俺のせいなんだよ…」

 

「冗談ですよね…」

 

「うん冗談、肝が冷えたろ?さっさと寝ようぜ」

 

「あ、はい…おやすみなさい」

 

 危なかった、こんな話しようものならすぐに怪しまれてしまう。明日には忘れてる事を祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 次の日、帰ってこなかったお兄さんを心配して『幸』が上がり込んできた。

 松葉瀬を起こし次にお兄さんを起こすと二日酔いで頭が痛いことを病気だと勘違いしていたらしく安心してもう一度寝ようとし始めた。

 

「寝ようとすんな起きろ、もうすぐ八代が水持ってきてくれるから」

 

「わかった…」

 

 八代からお兄さんは水を受け取り松葉瀬は毎度のごとく説教を喰らう、何気にお酒で怒られているのは初だ。

 

「あはは!二人とも子供みたい!」

 

 ただ自然に幸に笑われてるこいつらを見て、楽しい気分を味わっていたい俺は今日の仕事少し遅くなるとバイト先に入れることにした。



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8話 家出のワンルーム

転生者は見逃し最後を始める


「チェックメイト」

 

 現在、『幸』と松葉瀬がチェスを始めた。

 なぜか松葉会者ボコボコにされていた。

 

「ナメてた本気出す、もう一回!」

 

「いいよ」

 

「チェックメイト」

 

「チェックメイト」

 

「チェックメイト」

 

 

「四連敗、やるきある?」

 

「じゃあお前やってみろよ、マジで強いぞこの小娘!」

 

「子供相手にゲームで負けて悔しがるなんて、大人気ない」

 

「ゲームじゃな買ったら王様の首はねてるわ」

 

「ゲームだろ」

 

「睡眠時間とか食料配給とか、そこら辺も含めたらおじさんの方が上なのかもしれないけどゲームだったら私の方が上だけど」

 

「なぁ、ひとつ気になったんだけどお前ってそんな明るかったか?これまでのお前はすぐに包丁振り回す情緒不安定女だったろ」

 

「ふっふっふ、知りたい?それは自信だよ!このゲーム100回やっても勝てる自信!」

 

「なんだそれ、おもろ」

 

 思わず笑みが溢れる、お兄さんは試合を見ながらスマホをいじってやがる。

 もう一度松葉瀬は戦うが途中でヤニ吸いに外に出てしまう、その間にお兄さんにやってもらうことになった。

 

「大体チェスなんてまともに」

 

 プルルルルルル

 

 

 突然自分の携帯から音が鳴り始める。

 

「誰からですか?」

 

()()()()()()番号」

 

 

「…そうですか」

 

「大丈夫なの八代!あれがもし警察だったら」

 

「登録していない番号なら大丈夫」

 

 電話に応答する

 念の為スピーカーはオンにした。

 

「もしもし」

 

[もしもし、私を助けてくれた人ですか」

 

「まぁあながち間違いじゃないです」

 

[すみません突然電話なんて]

 

 電話をかけてきた相手は昨日助けた亜実さんだ

 

「いえいえ、何か依頼でしょうか?」

 

[そうじゃないんです、近況報告っていうか…]

 

 要約すると義理のお父さんお母さんと話すことができたらしい、いいことだ。そしてDVも割と簡単に発覚、謝罪してくれたわけだ。だけど謝罪の内容はすみませんじゃなくて警察沙汰はやだ、報われない人だな。悲しい。

 

[次はちゃんと好きになれる人と結婚したいなぁ]

 

「その時は読んでください、友人代表やりたいんで」

 

[あはは、いいですねそれ]

 

「あ、『幸』喋りたい?いいよ」

 

 『幸』と電話が変わる、ここからは少し原作と違う動きにいなったし大丈夫かな」?

 

「こんにちは」

 

[……!あなたいたんだ]

 

「私はあなたが嫌いです」

 

[う、うん。そうだよね、わかってる]

 

「でもあれからずっと考えたんです」

 

「あなたが嫌いだった理由」

 

「死にたいって言ったあなたは、昔の私に似ていた。私の足を引っ張り続けた過去の自分に、過去の私がここにいたら絶対、今野私を羨ましがって引き留めに来る。多分それは、私自身が簡単に変わってしまったら今まで生きてきた14年間は無駄だったと言われてる気がするからです。孤独でただ耐えるだけだった過去が、無駄だったなんて気付きたくなかった。普通の14歳は学校行ってて友達がいて部活をしてて、家に帰るとご飯作って待っててくれる家族がいて……そういうものだと思ってたからそうじゃない私は傷つかないように心を閉ざした。でも、あなたと会ってわかった。私だけが特別不幸じゃないって。自分を特別だなんて思ってた時点で、ちょっと買い被りすぎてた…できると思います、好きな人と結婚、それじゃあ」

 

[待って!私一ツ木亜実、ありがとう、あなたもきっと幸せになれる。じゃあね]

 

 そう言って電話は切られた。

 

「よかったな、幸せになれるってよ」

 

 松葉瀬にそう言われて恥ずかしくなったのかヤニでも吸っててと怒っている。

 当の本人の表情はとても嬉しそうだ。

 

「それじゃあ俺バイト行ってくるわ、お前らで後はよろ〜」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「今日も廃棄予定のもの持ってく〜?」

 

「あ、いただいてもいいですか?」

 

 バイト終わり、すっかり恒例となった廃棄品漁り、今日はラムネやらお菓子もついでにもらってきた。アイツらも楽しめる事だろう。

 

「ただいま〜っと…あんまいい雰囲気じゃあねーな」

 

 松葉瀬がコートを着ている、おそらくだが…

 

「警察でもきたのか?」

 

「お前はエスパーかよ、まぁそんなとこだ。八代と二人で大人しくしておけ」

 

「俺も行きますよ」

 

「お前は来るな」

 

 そう言ってバタンとドアは閉じられた。

 八代も展開の速さについていけなかった。

 

「あ、八代。俺飯食ってるから自由にしていーよ」

 

「たまにあなたがこういう態度を取るのは…わかっているからな気もします。それじゃあ」

 

 ちえ、一人でポテチ食べても美味しいわけないのに…ご飯食べたらラムネで我慢しておくかぁ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ただいま帰ったぞ」

 

「その調子だといい結果に動いたようだな、松葉瀬」

 

「そりゃあな、こいつがきたのは予想外だったけど」

 

 そう言って八代を指差す松葉瀬

 

「そんなことはどうでもいい、あっちの二人にもこれやりに行くぞ」

 

「これは?」

 

「ポテチ、その他諸々」

 

「お前も素直じゃねーな」

 

 あ?別に素直とか特に関係ないだろ脳みそアップデートしてこいよ。

 

「まぁいいけどな、これ特に『幸』とか好きそーなの選んだな」

 

「前に美味しいって言ってたポテチの味もらってきた、うまいものが一番だからな」

 

 さっさと渡して寝た、結局松橋がニヤニヤしているのが気に入らなくてその日はアイアンクローしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 今日も今日とてバイトだ。

 

「お、バイトくん今日はいつもよりも生きがいーね!」

 

 べ、別に渡したお菓子喜んでくれたわけじゃないんですよ、ただすっごいにやけちゃっただけで…

 

「いらっしゃいま…」

 

 コンビニに入ってきたお客さんへの挨拶を途中で止めるなんて申しわけがない、だけど入ってきた相手が一ツ木さんだったのだ。

 

「アイスコーヒー買っちゃおっと♪」

 

 あーゆうキャラだったの本来?いや多分離婚できるから嬉しさであんなふうになってるだけだな。

 レジ打ちは店長がやってくれたので特段話すことはないと思ったのだが…

 

「ごめーん新商品届いちゃった、レジ打ち任せられる?」

 

 あーめちゃくちゃ運が悪い、しょうがないことだし腹を括るか。

 

「大丈夫っす、行ってらっしゃい」

 

「え、もしかしてあの時の」

 

「そうなんですよ。ごめんなさいねこんなところで嫌な思い出思い出すようなやつがいて」

 

「いえそんな事はないんですけど…」

 

「まぁこれで許してくださいな」

 

 賄賂でお高めのコーヒーを入れる、これで許してもらえるとありがたい。

 

「あ、わかりました」

 

「ありがとうございました、またどうぞ」

 

 レジ打ちは店長と変わり今日もまた廃棄品をもらった、別にお菓子はそんなに入ってない。強いていうならポテチ3袋とラムネ一袋くらい。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あっちの家に飯食いに行くぞ」

 

「は?」

 

「なんでおじさん達がいるの!」

 

「おじさんたちもハンバーグとカレーと唐揚げが食べたいからでーす」

 

 

 今度は俺が無理やり連れてこさせられた、メニューは松葉瀬が言った通り、カロリーの暴力すぎる。若い奴らはこれが食えるってんだから驚きだ。

 

「おじさんたちがいると一気に騒がしくなる…」

 

 まんざらでもない表情で『幸』は言う。

 それにしても料理上手くなったよな『ハル』。昔はカップ麺ばっかり食ってたくせに

 

 

「あの…お願いがあるんだけど…五人で写真撮りませんか?」

 

 写真…写真!?

 

「今写真撮るって言った!?言ったよな」

 

「どうしてそんな食いぎみに?まぁそうなんですけど」

 

 だって写真といえばだよ、最終回で写真家になったじゃん。そんな未来の写真家の1ページに刻まれるなら俺はすぐにでも入りたいね。

 

「俺は賛成、八代も賛成だし過半数で取るぞー」

 

「あの…ありがとう」

 

 突然出てきた『幸』からの感謝の言葉

 

「お礼が言えるなんて成長したね、アタイ嬉しい」

 

「気に入ってるんですかそれ」

 

「近所のおばさんみたいだな」

 

「な!?俺はまだおじさんじゃないぞ!!」

 

「はい早く撮って、おじさんがうるさい」

 

 

 五人での写真、みんなわちゃわちゃしてるから別に写真写りも良くない、けどそれでいい。

 結局最後に俺は身代わりに死ぬんだ、最後に思い出を残せたのならそれで…

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 次の日、バイトが休みの日に宅配業者がやってきた。

 

「荷物は…置き配だな」

 

 その言葉に反応する。

 もうすぐか…今日の夜にでもアイツは自分のもといた家に戻るだろう。

 

「どうした、なんか抱え込んでますって顔してるぞ」

 

 松葉瀬にバレかけた、んなことねーよとそっぽを向いたが怪しまれてないだろうか。

 

 その日の夜、バタンと何かが倒れる音がシアのを聞いてから外の空気が吸いたいなんて曖昧な理由で外へと逃げた。

 外ではちょうどよく×××に会うことができた。

 

「よう…×××」

 

「…止めないでね」

 

「逃避行の結末まで止める権利は俺にはねーよ…上手くやれよ」

 

「言われなくても」

 

 この先に待つ地獄も、こいつには一旦耐えてもらうしか俺には選択肢がなかった。



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9話 終幕のワンルーム

幸色の時間は終焉を迎える


「おい!起きろ『フユ』!」

 

 朝イチ、気持ちよく寝ていた所を無理やり起こされる。

 

「なんだよ松葉瀬」

 

「なんだよじゃねぇよ!アイツが消えた!!」

 

 分かってる、それは昨日も見た展開なんだ。2回目を繰り返す必要はない。

 

「お兄さんおこせ、すぐ作戦会議だ」

 

「あ、あぁ」

 

 

 

 

***

 

 

 

「すぐに電車に乗って行くぞ、帰りはどうせ夜になる、それと荷物は全部くさっぱにでも隠すかしてどうにかするぞ、部屋は両方とも松葉瀬に解約してもらう」

 

「ちょっと待て、マスクに理解の時間を与えてやってくれ、話についていけてない」

 

 本来なら松葉瀬、あんたに説明してもらう場所だが生憎時間があるかはわからない。

 無理やり原作に捩じ込まれた歪みがどこで爆発するかわからないことを忘れていた、雑ななろうでも原作に勝手に入ったやつのせいでメチャクチャになった作品なんかがあったように、俺がここで松橋の左腕になりかけてるせいで未来が変わってるかもしれない。

 本来八代が次の日の朝に起きたってだけでも気づいてどう活かしなきゃいけない案件だったんだ。

 

「整理できたか?」

 

「あぁ、とにかく電車に乗って早く幸の家まで行こう」

 

「松葉瀬はすぐに解約を、それしたらすぐに合流して電車乗るぞ」

 

 

 

 すぐに解約自体はすることができたが代わりに電車に乗る時間も同じ速度になった。

 ガタンゴトンと、揺れる電車内で、松葉瀬は顔を伏せろとマスクに言った、ニュースで似顔絵が公開された。

 

「大丈夫だ、俺らがついてる。さっさと取り返してまた振り出しに戻るぞ」

 

 

 夕方、電車から降り事務所に戻った頃にはもう真っ暗だ。

 松葉瀬が彼女の家に探偵として行った、結果は史実と同じ、あそこにはいないとのことだ。

 

「すぐに探しに行かないと!」

 

「待てマスク、落ち着いて考えろ」

 

「でも…」

 

「父親を明日からつける、何か証拠になるものがあれば」

 

 俺も知っている情報はアパートの一室としか理解ができていない、無理に口出しするのは危険だ。

 

「明日証拠を集めて会いにくる、それまで各自警察にバレないように慎重に行動しろ、以上」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「これは…」

 

「浮気だな、その証拠写真」

 

 さすが探偵だ、1日だけなのにこれだけの証拠を掴んできた。

 

「後はこれを調理するだけだ…八代か俺、どっちが向かう?」

 

「お、俺ですか!?」

 

 なんで俺なんですかと言う表情でこちらを向いてくる。

 

「マスクと松葉瀬は顔が割れてる、これ持って行っても情報ひとつ手に入れられない、俺とあんたは顔が割れてないから新聞記者にでもなりすませばうまく行くだろ、それともお前いきたいか?」

 

「今回は…俺が行きます、俺が行けばいい気がするので」

 

 あんた原作でもそんなキャラだったっけ、まぁいいや。

 覚悟を決めた目をしている八代にイヤホンやら松葉瀬からの説明やら大量の準備を施していざ出陣、×××の家に突っ込んだ。

 

 結論から言うと大収穫、×××の今いる場所もわかった。

 

「ありがとう…これで救える」

 

 『幸』も松葉瀬も八代も

 

 

 

 『ハル』も

 

 

 

「とにかく『幸』のためだ…最良の決断をしてくれ、松葉瀬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?今日が最終日ですよ」

 

 八代が心配そうな表情をしながら俺の顔を覗き込む

 

「警察の車…動いたんだな、俺が寝てる間に」

 

「そうだ、起こしても起きなかったから無理やり車に連れ込んだ」

 

「いいんだ、ありがとな松葉瀬」

 

 

 

 

 

『今までのどこかで聞いてるんだよね、おじさん』

 

 

「ッハ、さすがだな…行くか松葉瀬、八代」

 

「突入だ」

 

 

 

 

 

 

 捕まった、あの×××の母親が。

 囲まれている、次は×××に許しを乞い始めた、ビンタを食らう。

 

「今日から君は自由だ」

 

 お兄さんも最後の言葉を残している、これから刑務所に入るからな。

 お兄さんとして、彼は『幸』を抱きしめた、そして手を繋ぎ、階段を降りようとした瞬間、発砲音が聞こえた。

 

 

 最後だ。

 

 次の瞬間、放たれた凶弾は、『幸』でもなく、彼女を庇った『ハル』でもなく。

 

 『フユ』である俺に当てられた。

 

 

 

 

 体が痛い、まだだ。まだ撃ってくるかもしれない、立ってないと。

 

「取り押さえろ!」

 

 ×××の母親は取り押さえられた。

 

 よかった、これで全部やりきった。

 

 頭もうまく回らない、大して魅力のない人生だったな。

 でもまぁ…この二人に見守られながら死ねるなら本望か…

 

「じゃあね、『ハル』。幸せにしてやれ…よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

「今までありがとうございました」

 

 一人の青年が刑務官に向かって頭を下げる、もう二度とするなよと警官はその頭を曇りのない笑顔でこづいた。

 

 その近くには一人の少女…女性が彼を迎えにきていた。

 

「お兄さん、『幸色のワンルーム』もう一度最初から始めようか!」

 

 彼はその問いに笑顔で答えた。

 

「そうだね、アイツが残してくれた分僕らがしっかりしないと」

 

 

 二人は行き先を決めずに歩き出した。

 

 もう一度始める『幸色のワンルーム』に向かって

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
初めまして、作者でございます。
この作品を読んでいただいたことにまずは感謝を述べさせていただきます、ありがとうございます。
1週間しかかけていないような、ネタもしっかり考えたわけでもない作品を読んでいただいた方々には頭が上がりません。
実は地の文が少なかったり、文章量が少ないのは、彼を視点としているので彼がそれだけあの二人を助けること以外何もせずに生きてきたと言う空っぽな人生を指しています。
彼は最後まで貫き通せましたね、そこが幸いです。
以上です、この作品に付き合っていただいてありがとうございました。
またどこかで会いましょう


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