キラキラ道場破りツアー☆ (湯瀬 煉)
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ベルン・フォン・カレイヒという女

着いて来れる人だけ着いてきてください。
好きに書くから、不快になったらそっと立ち去ってください。
なんか気に入ったなら、感想ください。


 

 人生とは勝負の連続である。

 

 受験戦争やら、就活戦争やら、或いは婚活とか、進むためには戦わねばならず、流血沙汰とは無縁だろうが誰かと競い、誰かを蹴落とす作業は変わらない。

 

 まあ思うんだが。くそかったりぃ。

 殴りあってぶち殺しあって流血浴びた方がよっぽど単純で分かりやすいんじゃなかろうか。もちろん、それは平和や秩序、安定だとか、和やかな日常とはかけ離れたものだと知っているけど。

 

 私は覚醒が好きだ。かっこいい英雄譚が好きだ。戦闘が好きだ。日常や現実より、非日常や幻想が好きだ。ゆえにそれを求める。

 

 

 始まりは、神の交代劇が繰り返される世界。神座万象。己の渇望(不変)を貫いて、突き進み続ける姿に憧れた。

 ただ戦うよりも、なにか自分の好きなこと、芯のために戦う方が()()()()()

 

 そうして己を貫き続けた結果、私もまた、私の座というものを得るに至った。

 物理的限界を精神力で打ち破れる夢物語。試練も悲劇も多いが、諦めず、挫けず、雄々しく突き進む細胞たち。そしてその果てに現れた──我が運命。

 

 それなりに楽しかったと言っておこう。私を倒したその決意、その熱意、賞賛に値するし認めている。ゆえ悔いは無い。

 

 だが、諦められなかった。

 

 私は間違っていた。正しくなく、ゆえに打ち倒される。そこに異論はない。相手には敵わんし、相手を尊敬しているから問題ない。

 ()()()()()()()()()()私の夢は終わらせたくない。

 

 では世界をやり直すかと言われれば否。相手を無かったことにするなど勿体ない。元より進化や成長を是とするのが己であるゆえに。私は神座以外の方法を探すことにした。

 

 多元宇宙ごと総て奪われたからには確かに、私は死ぬしかないのだろう。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしかしたらそういう世界があるかもしれず、そういう世界なら別の方法で私の夢を叶えられるのではないか?

 

 意識転位。つまり、中身だけすげ替えて別の人生を体験していくという作戦。

 何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも繰り返して、生まれ変わって、永遠に英雄譚が見られる世界を実現するまで。

 

 何万年彷徨ったか分からないが、いや、これから何億年旅を続けるかもしれないが、構わない。

 

 諦めないこと。変わらないこと。己の信じた夢を、不変を、ひたすら突き進むこと。それは私が愛し、殺した水銀(オトコ)が教えてくれたことだから。

 

 かつて出会った、不死者の言葉を(そら)んじて進み続ける。

 

「無限の希望も絶望も、重ねたすべてが私の力だ」

 

 

 というわけで。

 

 色んなヤツと戦える空間を作ることにした。

 何でとか、どうしてそうなるんだとか言わないで欲しい。

 言っただろう、難しいこと考えずに殴り合うのが好きだって。




キャラ紹介だよォ!!


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色即絶空空即絶色、撃滅するは血縁鎖

こういうノリが好きです


「砕けや殴らせろやぶっ飛べェ!!」

「知るか死ねェ!!!」

 

 おはようございます、ベルンだゾ。

 

 此処は特異点。ざっくりと言えば色んな世界に繋がったご都合主義のカタマリである。

 

 理屈? はは、オリキャラ出してる時点で察してよね!! そんなもんはない。

 納得したいなら結界術を大規模に行い、他者と自己の意識のみを、“戦うために呼び寄せる”という縛りで結界の中に閉じ込めていると考えればいい。

 

 

 

 

 対戦相手は汚れた衣装の若い男。眼光は鋭く口には犬歯が覗くが、まあチンピラにしか見えないだろう。

 しかし否。相手は決して只人ではありえない。

 

 

 拳がかち合う。蹴り足が相手の腹に刺さる。だが止まらない。

 此方が戦車の砲撃にも等しいパワーでぶん殴っているにも関わらず、さばいて流して反撃の拳を叩き込んでいるのがいい証拠だ。全身打ちのめす衝撃は、見事内側だけ壊すから外面の硬さなど関係ない。

 

 殴る殴る殴る蹴る、蹴り飛ばして回避して殴る。拳の乱舞はいっそ見惚れそうなくらいで、いやしかし乱暴で凶暴で警戒が緩められない。

「えげつないな。

 体術とか体を硬くする夢だとか、色んな技術で守ってるはずなんだか。これはお前の能力か?」

 相手の拳は強烈過ぎるほどに強烈だ。その種が異能ならば一応、理解出来るだろう。どういった力かも分からんでもない

 しかし相手はニヤニヤと笑みを崩さず。

「経絡秘孔だよ。人間の究極。努力の延長であり、修練を積めば誰にでもできることさ。

 人間舐めたらいかんぜ、おい」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、己の認識を鈍らせていた。たとえ私が、この空間を作るきっかけである水銀の蛇と邂逅しても、戦っている最中は相手が何者かなんて覚えていないだろう。

 

 「これが技量によって生み出されたものだって? はは、冗談キツイぜ」

 いや、技量も凄まじいのだろう。能力だけならここまで追い詰められることは無い。知識と経験で対抗策を即座に作り出すことなど容易いのだから。

 

 つまりそれが出来ないほどの超技量。というかタネが割れてもシンプルに拳法が極められていて、簡単に崩せない。

 

 相手へと突撃する男は依然、傲岸不遜に、傍若無人に、笑って拳を振るうのみ。

「どうしたよ嬢ちゃん! 防戦一方じゃつまらねえ物足りねえ満足出来ねぇ! さっきの気迫は良かったぜ。だからなあ、魅せてくれよッッ」

 相手の拳を受け止めれば刹那、無関係のはずの胸元に衝撃が走り、呼吸が止まった。生身の人間が受ければ今頃、どデカい風穴が空いているだろう。

 しかしまあ、そんな程度で止まる訳にはいかず。代わりに私は、手のひらから烈火を迸らせて、相手を劫火で包んだ。人間には耐えられない、というか鉄でも溶けるだろう。これならどうかと、相手の方を睨みつけた刹那──

「いいねェ! 盛り上がって来たじゃねぇかッ」

 顔面を殴りつける拳は相手のもの。刹那に己の体は後方へと数十メートルに及び吹き飛んだ。

 

「拳を“当てる”ことに特化した拳法か。っていうと、方向(ベクトル)操作とかか?」

 触れたら勝ち、というものだと、ベクトル変換、或いは即死などが思いつく。一撃必殺の拳ならそれこそ、殴られた時点で何かしらの変化が起きているはずで、ただ痛いだけならば、シンプルな身体強化ないしは微かでも触れればダメージを与えられる能力だということ。

「呵々! 言ったろ。これは人間の努力の延長線上だ。お前もいつかは出来るかもしれんぜ? こういうこともよォッ!」

 己が吹き飛んだ先に銃弾のように迫る男。既に頭蓋が割れて脳漿をぶちまけてもおかしくは無い程の威力の拳を叩き込んで起きながら、私がまだ生きていると信じて踏み込む。

 すぐさま繰り出されたドロップキックを横に転がって回避すれば、着地後すぐに身を捻り空中で体を横回転させながら拳を振り下ろしてくる。それ下がって回避したのに、頭上に衝撃が走り、地面に叩き付けられる。

 

 訳が分からない。

 ただ少なくとも、相手は格闘戦においては無類の強さを誇るだろう。この男を打ち倒すためには、遠方から砲撃でも浴びせるしかあるまい。

 そんな風に思考している間にも、相手は空振りした拳を支えに体を回転させれば、回し蹴りを顔面へと叩き込んで来た。それを咄嗟に、顔面の前で腕をクロスさせてガードすると、容易に体が浮きあがってぶっ飛ぶ。

 

「確実に人外だろうが、おまえ!!」

「呵々! それをアンタがいうかい。ビームに爆破に硬化に、走力強化と、これまで色々やったじゃねぇの。どうなってんだそれ? いいや、言わなくてもいいがね。その方が面白い。アンタもオレにとやかくいえるような()()()じゃねえってことだよ」

 

 そうだ。私は()()()()()()()()()という力を用いて応戦している。邯鄲法と呼ばれるそれは、アタック、ディフェンス、マジック、キャンセル、クリエイトの五つの部門に分かれ、それぞれの分野を組み合わせたり個別で用いたりして、様々な事象を引き起こせる。知っている範囲不可能はない。

 

 今も、重力をキャンセルして相手の攻撃威力を用いて更に上へ上へ、上昇して拳を届かせないように飛んでいる。しかし惑星の持つ遠心力で宇宙でぶっ飛んだりしないのもまた、夢だから。

「狙い撃ち、し放題ってことだなァ!!」

 空中に出現させるのは五十発近い火炎球。それを立て続けに叩き込みまくれば、さしもの相手も死ぬと、――それが道理であろうに。

「カカカカ! 効きやしねぇよそんなもの」

「しかし、おまえもここまでは拳も届くまい――よ?」

 ゆえに叩くのみ、と決めた瞬間に己の頭上にまで飛び上がって拳を組み合わせる男。

 馬鹿な。ここは上空二百メートルだぞ!?

「そらよォ!!」

 ハンマーのように打ち下ろされた打撃は見事頭を捉えて、砲弾のように私は地面に落ちて行く。しかし。

「落ちるのは、おまえだ!!」

 咄嗟に相手の襟首を掴み、空中で上下を入れ替えればこの通り、相手は地面に叩き付けられて、私はその上に着地する。地面に生じる蜘蛛の巣状のヒビは、相手の墜落ダメージの大きさを物語る。

 

 だが、しかし。いいや、やはり。

「いいねぇ、いいねぇ! 最高だッ!」

 ()()()()。相手は此方の攻撃など無かったかのように笑い続け、そして私の腹を蹴り飛ばして体勢を整えた。

「出し惜しみは、出来ないか」

「そろそろ体も温まってきた頃だしなァ。いい加減ガチで()りあおうぜ」

 屈託なく笑う姿は悪餓鬼のそれで、しかし無邪気。互いに戦闘の中で生きる身ゆえに、ノリは弁えているから心はひとつ。以心伝心で、己の最高火力を叩き込むと決めた。

 

 最初に仕掛けたのはやはりというか、より鉄火場に慣れ親しんだ男の方。己が何者なのかと、呵呵大笑しながら叫ぶ。

天昇せよ我が守護星──鋼の恒星(ほむら)を掲げるがためッ

 始まる起動詠唱(ランゲージ)人造惑星(プラネテス)のもの。異次元のエネルギー粒子を用いた星辰体(アステリズム)をより駆使できる兵器であり、ロストテクノロジーの応用。凄まじい耐久性も、人間から掛け離れた身体能力も、なるほど正体を知れば納得がいく。

 生命としての次元が、段階が、位階が違う。その上での超絶技巧が組み合わされば、ただの拳ですら戦車の砲撃や戦闘機の爆撃に等しい。

森羅万象、天地を握る老いさらばえた支配者め。古びた玉座がそれほどまでに恋しいか? 何故そうまでしがみ付く。

 憤怒に歪み血走る眼球(まなこ)、皺を刻んだ悪鬼の相貌。見るに耐えない、怖気が走る、なんと貴様は醜悪なのだ

 殴る殴る殴る蹴る殴る蹴り飛ばして回避して殴る。

 そこに込められた技術と星光は緩急激しく、正確無比に、時にフェイントすら混じえた超絶技。恐らくは人の究極。確かに、起こせる結果は甚大だが技能そのものは心技体極まった格闘術の神髄に他ならない。

その大口で我が子を喰らい飲み下すのが幸福ならば、いずれ破滅は訪れよう。汝を討つは、汝の継嗣。血の連鎖には抗えない。

 鎌を振るい暴威をかざした代償が、積もり積もって現れる。かつて御身がそうした如く、他ならぬ血縁に王位は簒奪されるのだ

 クロノス、いやこれはクロノスを殺したゼウスの事か。

 親殺しの執念を語る拳士はしかしきっと、天に唾吐くことも、弱小を握り潰すことも殊更に考えることは無い。戦って学んで知って、立ち上がって戦う。死ぬまでやりたいように突き進み続けること。それこそヤツのやり方なのだろう。

産着に包んだ石塊(いしくれ)を腹へ収めたその時に、逃れられない運命は約束された未来へ変わる。

 刮目せよ、これぞ予言の成就なり

 そうしてやりたいことの一つが、親殺し。それをもって己は完成すると本気で考えている。

 製造主(おや)を殺して何を得るのか。それはきっとやらなければ分からないはずで。しかしその執着はとことん()()()()()から。

超新星(metalnova)──

 色即絶空空即絶色、撃滅するは血縁鎖(Dead end Strayed)ォォッ!」

 魔拳を真正面から受け止めて弾けた臓腑も気にせずに、1歩を踏み出すのだ。

「布流部由良由良登布流部」

 三種の夢の同時行使。固有の術理をもって迎え撃つ。

 キャンセルで相手の思考を透かし見て、クリエイトやマジックで相手への対抗策(カウンター)を創り出す。理解と双反発の夢。

──破段・顕象──

 天眼明鏡止水・阿修羅ノ扇

 叩き付ける殺意は鋭利。戦況は終盤戦(クライマックス)

 

 ゆえに名乗りあって、さあ。

「アスラ・ザ・デッドエンド──」

「第五の盧生、ベルン・フォン・カレイヒ」

「いざ尋常に、勝負しようかァッ」

 互いの異能が炸裂した。

 

 男──アスラの星辰光は極めてシンプル。そして人の技術で()()()()()()()もの。

 即ち、衝撃操作。殴られてもその衝撃を地面に流してしまえばノーダメージ、逆に自分の攻撃は別箇所や装甲の内側、或いは外側のみを狙って砕くという武術の究極。アスラ・ザ・デッドエンドは殴り合いにて最強。肉弾戦においてこれ以上に凶悪な能力はそうそうないだろう。たとえば彼の能力への推理で挙げた方向操作(ベクトル変換)ですら、能力を無効化されれば殴れるし、遠方の物──風のベクトル操作などは同レベルのサイコキネシスにて無害化出来るのだが。これはそんなことは出来ない。能力が使えなかろうが技術で出来る。遠方力場発生(サイコキネシス)? 甘い甘い。遠方攻撃なんざするより早くアスラの拳は相手を穿つだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 正しく徒手空拳の極み。能力が極まった上で、その能力を活かす星光を宿した武人こそ、アスラという魔星に違いない。

 殴る殴る殴る蹴る殴る、どの攻撃も当てることに特化したものだが、掠りでもすれば衝撃を打ち込んで相手を爆ぜさせられるのだから威力など関係ない。

 ゆえに私は、なるべく相手を直接殴り、直接殴られるように立ち回ることにした。

「ほう、こりゃなんだ。闇の琴弾きか?」

対星辰光(アンチ・アステリズム)じゃないさ。だが惜しいな。解体だよ」

 解体(キャンセル)を常に己の肉体に纏わせ衝撃操作を無効化。相手の拳を受け切るように防御(ディフェンス)を回し、そしてとにかく速度(アタック)強化。これが最善だからこの通り。高水準で回る夢は、かつて地獄のような試練を乗り越えに乗り越え、悟りを得た盧生ゆえのもの。

 だが法外な強化をしていてもアスラは止まることを知らず。どうしたどうした、止まれば死ぬぞ殺すぞさあ頑張れやと、囃し立てて殴りつけて暴れ回る。

 戦場においては獣性こそ正義。まさしく本能的に闘争を繰り返す相手の独擅場だろう。追い付けているのは一重に努力の積み重ねがあるからだが、天に輝く土星(アスラ)はそれすら軽いと一騎当千の戦闘技巧と星辰光(アステリズム)で私を追い詰めていく。

 

 そして、遂に。

「テェェェリャァアアア!!」

 衝撃操作の異能を封じられた状態で、ただの戦闘技術のみで破壊をもたらす。それは拳の直撃とともに人体を破裂させる魔拳。左の縦拳で此方の拳が砕けて、右のフックで心臓が貫かれる。

 

 正しく致命。これを受けての生存は不可能。生中な傷は直せる邯鄲法でも、体内が弾け飛べばそうはいくまい、と。アスラの凶笑が問いを投げている。

 実際その通り。ここに勝負は決した。

「てめぇの負けだな、ベルン!」

()()()()()()()。──勝利は譲らん。“勝つ”のは私だ!」

 待っていたぞ我が敵、と。

 傷口で相手の腕を拘束し、()()()()の夢を纏った右拳が相手の頭蓋を殴り抜いた。如何に強靭でも、強くとも、勝利の瞬間は隙が生まれるだろうゆえ。その瞬間に一気に、相手の身体を解体して崩壊させて粉砕する。

「ごォ──は、くは、呵々! やるじゃねぇの。

 また()ろうや……!」

「おう。何度でも、何度でも何度でもまた()ろう」

 戦闘はこれにて終わり。しかし一人の男女(バトルジャンキー)は、互いを食い殺すような目で、親友に向けるような笑みで、今生の別れを告げた。



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天霆と滅亡剣【前編】

描きたかったこのバトル!
閃奏と邪竜の勝負を見たので書いてみました。


 金髪碧眼の軍人と、赤髪の長身が向き合う。

 “お互いへの記憶が消える”というルールの元、二人とも相手の知識など欠片も有していない状態だったが──。

 

 金髪の軍人、軍事帝国アドラー第37代総統、クリストファー・ヴァルゼライドは即座に、相手が己の打ち倒すべき“悪”だと理解した。

 赤髪の長身、傭兵集団『強欲竜団(ファヴニル)』の長、ファヴニル・ダインスレイフは即座に、相手が己の求める“光”だと理解した。

 

 ゆえに。名前すら分からない。相手が何者かなど知る由もないにも関わらず、二人は同時に駆け出す。

 

「しゃァッ!!」

 

 ダインスレイフは両腕に装着した竜爪(ジャマダハル)を振るい、相手をひき肉へ変えてやろうと暴れ回る。攻撃は暴風の如く。鍛えられ、ずば抜けた戦闘センスと独特な武器を自在に振るうというトリッキーさは、常人ならば既に10回以上は死んでいる。

 

「ふッ──!」

 

 ゆえに、それをさばき切り、更には反撃まで繰り出しているヴァルゼライドは流石だった。7刀を自在に抜刀、納刀、居合刺突と叩き込み続ける。二刀は“正しく”相手を殺す軌道を描き、その精密さを更新し続ける。

 

 斬撃刺突防御、刺突刺突刺突回避斬撃。

 斬撃斬撃刺突刺突刺突斬撃回避斬撃刺突防御斬撃刺突防御斬撃斬撃斬撃回避刺突斬撃刺突刺突刺突防御回避斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬撃───。

 

 止まらない乱舞。

 音速域に達して尚も加速する攻撃はどれも一撃必殺。だがお互い、恐怖や諦観の欠けた英雄と邪竜(かいぶつ)であるがゆえ、足りない、足りない、まだだと進撃を続ける。

 

「良いねェ、最高だッ! 俺好みの獲物じゃねえか!

 まだまだ死ぬんじゃねェぞッ」

「貴様を生かしたまま死ぬ訳にはいかん。ここで必ず粉砕する」

 

 鷹の目に宿る赫怒。

 邪竜が欲する度、それに勝る怒りと鍛錬の連撃。全撃必殺の乱れ打ちは止まらず、確実にダインスレイフを削っていくが、しかし。

 

「そうさ、まだだ。まだまだ!」

 

 ()()()()()で耐えて反撃する。勢いは増していくばかり。

 ヴァルゼライドが逆手に持った右の剣を振り下ろせば、右の竜爪で受け止めて左の爪が相手の顔を引き裂こうと迫り。それを相手の剣で受け止められるが、そもそもそんなの想定内だと相手の鳩尾へと右脚を叩き込んだ。

 

「ふッ──!」

 

 だがそれも()()()()()()ように、蹴り飛ばされる寸前に剣先をダインスレイフの目へと向けていたヴァルゼライドは、剣に宿る閃光を瞬時に放って目眩しに用いた。相手を見ていたダインスレイフにとってすれば避けられぬ閃光爆弾だ。視界が白熱し、隙を晒───さない。

 

 すぐさま飛びかかってきたヴァルゼライドの顎を正確に蹴り上げて追撃を阻止すると、すぐさま左の爪で胴体を切り裂こうと竜爪が一閃された。

 だがヴァルゼライドには通じない。蹴りこそ食らったものの、続く一手は片方の剣で受け止め逆に刺突を相手の心臓へと繰り出してみせる。

 攻撃姿勢だったダインスレイフにそれを躱すことなど出来ず。刃が心臓を貫いた。

 

 完璧な致命傷。これはもはや、決着を付ける一撃だったことは間違いなく。

 

「流石だ………。認めよう、お前こそ、俺の、不死身の英雄(ジークフリード)…………………………………………………ォ? ぉ、お、お」

 

 と、呟いた瞬間に。

 

 

 

 邪竜はその、今にも閉じようとしていた目を大きく見開いて。

 

「オォォォォォ───オォォォォォォォォォォォォ!!

 会いたかった、逢いたかった……逢いたかったぜ()()()()()()()()()()()()()()()ォォォ!!」

 

 

 歓喜の咆哮を轟かせた。

 

 

 今際の際で、溢れんばかりの執念が、妄執が、相手についての記憶を必ず失うというルールを()()()()()()()()()、邪竜は歓喜のあまり()()()()()()()()()()()()()()

 ありえない奇跡を同時にふたつも起こしておきながら、邪竜ファヴニル・ダインスレイフは一切驚かない。喜ばない。なぜならば()()()()()()()なのだから。

 本気でやれば、やってやれないことなんて無いのだから。

 

 溢れんばかりの欲望が、朽ちた死肉を蘇らせる。

 お前は必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ、己のものだと。

 

 始まる起動詠唱(ランゲージ)は人外のもの。

 此処に、英雄殺しを誓った滅亡剣は降臨する。

 

「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星(ほむら)を掲げるがためッ」

 

 直後に、液体のように波打つ地面。1秒ごとに周囲の物質が邪竜の支配領域(たから)へと変わっていく。

 

「美しい──見渡す限りの財宝よ。父を殺して奪った宝石、真紅に濡れる金貨の山は、どうしてこれほど艶めきながら心を捉えて離さぬのか。煌びやかな輝き以外もはや瞳に映りもしない誰にも渡さぬ、己のものだ。

 毒の吐息を吹き付けて狂える竜は悦に浸る」

 

 かつてファヴニル・ダインスレイフはただの、どこにでも居る小悪党だった。

 いてもいなくても変わらない、いくらでも代わりがいる小物。ゆえ、当然のように切り捨てられる立場にあり。

 

 所属していた巨大麻薬密売組織を滅ぼさんと進撃する英雄(クリストファー・ヴァルゼライド)によって断罪されることになる。

 

 英雄の一太刀を浴びてなお、奇跡的に生き残った彼の胸にあるのは、ただひたすらに()()だった。

 

 英雄は()()で俺たちを殺そうとしている。何百倍という人数差すら度外視して、()()で怒っているから迷わない。

 それに対して自分はどうだ? これまで何回、本気で何かに臨んだのだろう。……いいや、無かったはずだ。なんて恥ずかしいことだろう。本気でやればやってやれない事はないのに。

 ああ、ああ、だからこそ。

 

「その幸福ごと渇きを穿ち、鱗を切り裂く鋼の剣。巣穴に轟く断末魔。邪悪な魔性は露と散り、英雄譚が幕開けた。

 

 恐れを知らぬ不死身の勇者よ。認めよう、貴様は人の至宝であり我が黄金に他ならぬと

 

 恥じて、悔いて、憧れて。

 だから、英雄が()()()滅ぼす悪となれるように。

 

 俺はファヴニル(英雄の滅ぼした邪竜)(にして)ダインスレイフ(英雄を滅ぼす魔剣)に成ったのだ。

 

「壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望が朽ちた屍肉を甦らせる。

 ゆえに必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ、己のものだ。

 滅びと終わりを告げるべく、その背に魔剣を突き立てよう!

 

 俺を殺しに来いよ。来てくれ待ち遠しいぞ、と牙を鳴らし鱗を震わせてひたすら英雄の君臨するアドラーを進撃し続けた。

 お前こそ我が光、我が黄金。ゆえに寄越せと。

 

 その執念が、妄執が、欲望が、此処に発現する。

 

 

超新星(Metalnova)──邪竜戦記、英雄殺しの滅亡剣(S i g u r d b a n e D a i n s l e i f

)ッッ!!」

 

 

 刹那、英雄の足元が竜の鱗のようにささくれ立ち、一つ一つが銃弾のように殺到した。

 それをヴァルゼライドが両刀で断ち切りながら進むのを予測して進行方向から巨大な竜爪がその体を串刺しにしようと迫る。

 だがヴァルゼライドも流石というか。それを一刀両断してさらに加速。ダインスレイフの懐まで駆け抜ける。だが仕掛けられる側も想定内だ。

 巧妙な足さばきで相手の背後を取ると、左右の竜爪で交互に切り付け背中から内臓まで抉ってやろうとする。

 相手が凡人ならば、目の前から敵が消えたと錯覚している間に体が斜めに切り落とされていただろう。

 

 だがそれは、相手が凡人の場合に限る。

 相手は稀代の英雄、クリストファー・ヴァルゼライド。斬撃の勢いを利用して体を回転させれば、両刀で爪を防ぎつつ膝で顎を蹴り抜いた。

 

 だがヴァルゼライドがこちらの想定以上なんて()()()()()()と。直後に相手の足元の地面が1匹の龍のように変形し、ヴァルゼライドの体を飲み込んで地面へと潜航を開始した。

 

 通常を超えるカタルシスと、それに応じた覚醒、諸要素が組み合った超出力により、英雄の肉体を地下へ地下へと埋め込んでやろうと捩じ込み続ける。当然、下に行けば行くほど地盤は固く、人間砕岩機と化したヴァルゼライドにしてはたまったものでは無いだろう。

 否、とうに死んでいてもおかしくは無い。

 

 だが、しかし(やはり)──。

 

「いいや、まだだ!」

 

 岩盤を、硬い地面を、紙のように切り刻みながら地下から英雄が出現する。

 

「そう、まだだ!!」

 

 だから、邪竜は事前に用意していた数百もの石を銃弾として、復帰直後のヴァルゼライドへと殺到させる。

 だが、しかし(やはり)。自分に当たる物のみ切り裂いて華麗に着地してみせた。

 

「やっぱ本物は違うぜ。そうさ、そうとも、この背中だからこそ───!」

 

 俺は憧れたのだ、と。

 更に覚醒を繰り返してダインスレイフは周囲の物質を操り続ける。

 

 ファヴニル・ダインスレイフの能力は『物質再整形』。物質界において頂点に君臨する力に他ならないのだから。

 

 戦いは佳境に至る。




とりあえずここで一区切りして、後編へ続けます。
終わりが見えんぞ、光狂いどもめ。


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天霆と滅亡剣【後編】

何とかアペンドとは違う終わりにしたかった。


「ふッ―――」

 

 相手が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ときには既に、ヴァルゼライドは真実を掴みかけていた。相手との交流は浅かったものの、相手の動きや思想には既知感がある。

 

 脳裏に浮かぶのは、眼鏡をかけた美上丈。クリストファー・ヴァルゼライドという破綻者を信奉してやまない者の中でも頭一つ抜けた異常者であり、かつては思想の違いから殺し合ったことすらある戦友である。

 

 奴も、こいつも、気合と根性、心ひとつで限界を超え、未来のため希望のため、諦めず挫けず進み続けるという破綻者であり。かつそれを素晴らしく誰もが見習うべき姿だと誤認したまま突き進む愚か者である。

 

 (クリストファー・ヴァルゼライド)のような異常者は見習うべき姿じゃない。諦めることが出来ないというどうしようもない欠陥品なのだ。その姿で民を笑顔に出来るならば是非もなし。その身に余る『英雄』の呼び名も受けるが……。

 

「俺もお前も、救いがたい屑として大差ない。壊すことしか能のない俺を崇敬し、誰かの夢を轢殺(れきさつ)するなど言語道断。

 塵屑は塵屑らしく、苦悶しながら地獄の底へと落ちるがいい!」

 

 俺が真に大切にしたかったことを貫いた勇者がいる。

 俺には出来なかった優しさで涙を消し去れる男がいる。

 

 ならばこそ。

 

「貴様はここで死んでいろ。

 決して逃がさん」

 

 激突の度に浅い傷が増える。常に足元が流動し、変形し、武器として足場として罠として機能し続ける戦場。

 

 住宅街を模した戦地であるがゆえ、相手の脅威度はデタラメに跳ね上がる。

 今も、後退して背中を預けた家屋の壁が爆散して散弾ように破片が迫り、切り抜けて隣の家屋へと飛び込めば、床が陥没して家全体がヴァルゼライドの体を押しつぶそうと殺到している。

 

 それらすべて、両手に持つ二刀で切り捨てて再び邪竜本人と向き合うことには成功するが、歴戦の英雄、最強の剣とされるヴァルゼライドも、苛烈極まる攻撃の乱舞に無傷で済むはずはなく。

 

 太ももや横腹には木の破片が、額からは出血が、見えはしないが腕や足の骨にはヒビが入っているだろう。更には連続した立体機動に、彼自身の体力もかなり削られ、今では肩で息をしている。

 

 だがそれでも。止まらず、諦めず、不屈の闘志ひとつで欠片の隙も見せずに剣を構えている姿は一言、雄々しい。疲弊はしているだろうし、怪我も少なくない。だがその程度で、英雄は止められない。

 

 

 だから。

 そういう背中を知っていると、英雄殺しの滅亡剣は哄笑しながら次の一手を繰り出した。

 

「ほぉ、いいぜ。俺を討つならアンタが望ましい。

 もちろん”本気”でやるからには、この首を差し出すことだけはしないがなァ!」

 

 まるで波に乗るサーファーのように、大路をめくりあげその上で両腕に装着した竜爪を広げて迫る。正面からの圧殺。そして道全域を操作しているため逃げ場はない、横道に逃げれば濁流のごとく硬い石や土砂が押し寄せて生き埋めにしようとしてくるだろう。

 

 ならば正面から切り開くしかない。

 

「……阿呆が」

 

 光をまとう刃が硬い地面を切り裂き、脅威を正面から打ち破る。

 しかし当然、物質再整形という能力を持つダインスレイフがその程度、対策できないはずがない。ヴァルゼライドの刃に切り裂かれた地面は宙を舞うと、瞬時に鎖へと変化。ヴァルゼライドを拘束しようとする。

 同時に。

 

「シャオラァァァァァァァッ!!」

 

 背後に回ったダインスレイフがライフル弾のように英雄へと飛びかかり、心臓へと爪を伸ばす。

 鎖を切れば拘束はされないが心臓は抉られる。

 鎖を放置すれば拘束され逃げられぬ内に心臓を抉られる。

 

 分かりやすい絶体絶命。だがヴァルゼライドにとってすれば()()()()、日常茶飯事でしかない。

 

 腕に絡みつく縛鎖(ばくさ)を引き千切り、断罪の刃がダインスレイフへと落とされる。噴き上がる血潮と確かな手ごたえが、相手の両腕の切断に成功したことを物語る。

 

 だが、しかし(やはり)

 

「この程度、読めてないはずないだろうがァ!!

 俺に”本気”のすばらしさを教えてくれたのはアンタだぜ、ヴァルゼライドッ! 俺は変われた、こんなに本気で生きて生まれ変われたんだよ。だから卑下することはない、胸を張れよ。

 怠けてダラダラと生きてやがる奴らに、本気で生きるって素晴らしさを見せつけてやろうじゃねェかよォ、そうだろう、俺の愛しのジークフリードォォッ!!」

 

 ダインスレイフには関係ない。己の能力で土から縫い針を作り、両腕をその場で強引に接合してしまう。そもそも、ダインスレイフの骨格は特別金属(オリハルコン)製であり、今のダインスレイフは人からだんだんと人外へと進化した人造機竜として覚醒している。腕の修復など数秒とかからない。

 

 更に悪いことに、ダインスレイフは全距離対応(オールレンジ)。直接切り結びたいがそれはそれとして、勝利のために本気で手段を選ばない。

 

 ゆえに、刀二本しか持たぬヴァルゼライドにはない強みが、勝敗を分けた。

 

「ご、ふ……がァ………ッ」

 

 足元が巨大な竜鱗と化し、ヴァルゼライドの胴体に風穴を開ける。更にダメ押しと、鱗は高速振動の後に爆散した。

 

 おそらく第三者……彼らとは別世界の人間がこの光景を見れば、それがどのような鬼畜の所業かよくわかるだろう。

 

 つまりは某のハンティングアクションゲームに登場する千刃の鱗と同じ。爆散による追い打ちが裂傷を生むのだ。しかも竜鱗の大きさは一メートル近くある。胴体に直接ミキサーをかけられたような傷の広がり方で、かつ重要器官はこれでもかと破壊される。

 ヴァルゼライドの胴体からこぼれる臓器はなかったが、これはこぼれられるだけの原型を留めてないだけなのだ。

 

 

 かつてないほどの重傷。強固な意志により握りしめられていた双剣が地面に落ち、ついに英雄は地面に倒れ伏した。

 体中に刻まれた傷が、胸から奪われていく赤い液体が、如実に英雄の死亡を示していた。

 その姿を見て、ファブニル・ダインスレイフはひとまず満足そうに頷く。

 

「まァ、()()()はこんなもんでいいだろ。先に生まれたほうが強いなんて理屈はない。本気になれば、研鑽の量など容易く超えられるだろうさ。だから恥じ入ることはないぜ、俺の英雄。

 おまえならば、死ぬ程度のことは乗り越えられるだろう? さァ、二回戦を始めようか」

 

 そう。ダインスレイフは英雄の本気を疑わない。死んだ程度なら必ず蘇り悪を討つと信じている。そのうえで、自分は超えるのだと、竜爪をギチギチと鳴らして。

 

 

 十秒待った。まだ英雄は動かない。

 二十秒待った。相変わらず英雄は地に伏せている。

 三十秒待った。ヴァルゼライドは蘇らない。

 一分待った。相変わらずの沈黙。ダインスレイフは首を傾げ、そしてすぐに行動に移した。

 

「やっぱ、ピンチにならないと覚醒はできないものか? ならこうしてみよう」

 

 笑顔で、その首を竜の爪が断ち切ろうとした瞬間。

 腕を振りかぶり、足元の英雄を見下ろす邪竜の顎に、きれいなアッパーカットが直撃した。

 

 分かっていた。理解していた。きっと蘇るはずと、そう確信していた。

 しかしもう一押ししないと無理なのかと、そう微かに疑い、近づいた瞬間に、狙いすましたような反撃が直撃する。

 実際のダメージと、驚愕と、自分の中にあった油断への怒りがまざり一瞬思考停止した脳を、隕石のような威力の打撃が揺さぶりつくす。

 

 アッパーカット、こめかみへのフックにどストレート。瞬時に叩き込まれる攻撃に対応する余裕も与えず、()()()()()()()()()()()()()()()()ヴァルゼライドは前蹴りでダインスレイフを遥か数百メートル先まで蹴り飛ばした。

 

「宣したはずだ。俺は必ず、ここで貴様を砕くと。

 ゆえに負けん。――”勝つ”のは俺だ」

 

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは確かに一度死亡した。しかし、あらかじめオリハルコンを埋め込んでおいたことが意図せず死した彼を再度蘇らせる。

 

 

 皮肉にも、ダインスレイフが行ったのとほぼ全く同じ手段で、英雄は現世に帰還した。

 

 

 後続が先達を追い越すことが可能というならば、まさしく今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ヴァルゼライドは、衝動のまますぐ復活した邪竜を追い越してみせたといえるだろう。

 

 そう。この復活劇最大のポイントは、ヴァルゼライドが狙って復活したところにある。

 偶然でも、奇跡でもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、実際その通りに動いたのだ。これを狂気を呼ばず何といおうか。

 

 穿たれた胸の傷は、少しずつだが埋まっていた。小さな傷の数々も、見る間に消えていく。最後に、二振りの刀をその手に握り。

 

「……お前の言うことに全く理がないとは言わん。実際、やればできるというのにやらず、環境や周囲のせいにして逃げる者は多くいる。全力を出すのが怖い、失敗が怖い、あまつさえ、努力するなど恥ずかしい、リスクを負ってまで挑戦することは愚かであるという理屈さえ、俺たちが生まれるより以前からずっとささやかれていたという。

 頑張れない人もいるということを盾に、何かに挑戦するという行為自体を嫌悪して罵倒(ばとう)するなど言語道断だろう。なにより、それでは正道を歩み続ける者が報われん」

 

 何もしない人間が、何かをした人間を罵っていいはずがない。それは当たり前のことのはずで、そうでなければそもそも社会が成り立たないだろう。

 

 簡単に言えば、何もしなければ何も得られないのだ。頑張れない人もいるという言葉は、努力をしたうえで更にもっと、と奮起できない人を指すのであり、何もせず、やる気も出せず、自堕落に過ごす人間が盾にしていい言葉ではない。

 

 やってみなければ分からない、とにかくやってみるということは何ら間違ってはおらず、むしろ推奨されるべき行いだろう。

 

「だがな―――」

 

 特級の破綻者はそれゆえ、その正論(正しさ)の危うさを知っている。かつてそれに敗れたこともあるし、前々から自覚はあった。

 

「自分は出来たからお前もやれ、自分に出来たなら誰でも出来るし実践すべきなど言ってはならんのだよ。

 自覚しろ、俺たちは破綻者だ。諦めることを知らず、投げ出すことを知らず、一度決めれば突き進めてしまう怪物に過ぎん。いわば例外――そんなものを基準と定めてなんとする。

 俺やお前のような人間ばかりの世界など数日と経たず滅び去るぞ」

 

 断罪の言葉をしかし、欲望にまみれた強欲竜は気に留めない。だからどうしたんだと笑うだけ。

 

「ならば。そんな世界そのものを()()()()()()()()()ッ」

 

 ゆえに、ここに勝敗は決した。

 この世の真理は数多くあれど、この場に相応しいものなどひとつのみ。

 

 

 ――最後に必ず、正義は”勝つ”――

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 うなる地面という濁流を、光の刃が断ち切り進む。技術に衰えはなく、携える極光の(すさ)まじさは天井知らずに上がり続ける。悪を滅ぼすまで、終わりはない。

 

「巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう。

 勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる。

 

 百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼(ひとつめ)よ、我が手に炎を宿すがいい。

 大地を、宇宙を、渾沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん」

 

 高速で閃く剣を、竜の爪が受け止め弾き、足場を崩し変形させながら応戦するも、もはやヴァルゼライドの敵ではなかった。剣の一薙ぎで変形し続ける地面が消し飛び、竜爪にヒビが入る。呼応してダインスレイフも覚醒するものの、もはや遅い。

 

「聖戦は此処(ここ)に在り。さあ人々よ、この足跡へと続くのだ。約束された繁栄を、新世界にて(もたら)そう」

 

 嚇怒に燃える眼光が、邪竜を射抜く。

 

超新星(Metalnova)―――天霆の轟く地平に、闇はなく(Gamma - ray Keraunos)

 

 次の瞬間。

 英雄の光に、その目に、本気に、目を奪われたダインスレイフは、振り下ろされた輝光に飲まれて消滅した。




気付いたら五千文字、だと……?

と、少々驚きながらも、二人のバトルはこれで終わりです。
最期に必ず正義は勝つ! シルヴァリオでやるのはどうかと思いましたが、二人の対決ならばこういう終わりも相応しいのではないでしょうか。


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人の勇気に愛を込めて【前編】

似たもの同士対決。

FGOでも結構好きなキャラであります。なんか大尉なので。
対する大尉は戦神館最推し。次点で狩摩さんが好きなのでいつか書きたい所存。


 大海原の中心にぽっかりと浮かぶ空母。それが今回の戦場である。

 巨大な甲板に立つ長い金髪の女は天を仰いだ。

 その視点の先に、相手はいる。

 

 甲板を睥睨(へいげい)するように、艦橋に立ち笑顔を向ける男。身に付けた軍服は日本軍人のそれで、腰には鍔のない軍刀が見える。

 

 この場に第三者がいた場合、まず正気は保てないだろう。甲板にいる方も、艦橋にいる方も、親愛の笑顔を向けながらド級の殺意を渦巻かせている。

 その場にいるだけで膝を折り、平伏したくなる様な重圧が常に発せられている。戦場全体が緊張していた。

 

「おぬしがわえの相手じゃな? サーヴァントとも違うようじゃが……何者じゃ?」

「お初にお目にかかる。俺は甘粕正彦。 そちらの世界のことは知らんが、まあ、喚ばれる側ではなく喚ぶ側の人間と思ってくれれば結構だよ。

 かくいうお前も人ではあるまい? さぞ高名な竜と見受けるが、如何に?」

「その認識で間違いない。わえはヴリトラ。竜ともいうし蛇ともいうが、魔であることに違いないからの」

 

 男──甘粕はその名を聞いて頷く。

 

「どうしてそのような姿なのかは知らんが、納得だよ。

 自慢ではなく俺が気圧された事などそうそうにないからな。……ふ、ふふふふ。これは良い機会を得た」

 

 ヴリトラ。

 インド神話における永久不滅の魔であり、雷神インドラに滅ぼされた存在である。水をせき止め干ばつを起こすなど、自然災害そのものといっていい程の驚異であり、巨大な蛇、蜘蛛などの姿を持つという。

 

 神話に出てくる魔物といえば可愛げもあるが、その実、神が討ち滅ぼした存在なだけあり、本来人の子がどうこう出来る存在などでは決してない。

 

 それを知って笑う甘粕は、普通では無い。

 

 だが断じて頭がおかしくなった訳では無いと注釈を入れておく。何故なら彼は、人類の歴史に敬意を評し、その上で人の普遍的無意識──阿頼耶識(あらやしき)と接続した存在、盧生なのだ。

 端的に言って人類の代表者(ヒーロー)。最強の召喚士。特に甘粕は、最高神などが持つ『審判』の属性と親和性が高い。

 

 つまり、ヴリトラと同じように、人類の脅威として試練を与え、成長を促す魔王。それが甘粕正彦という男だった。

 

 

 

 甘粕が天へと左手を伸ばす。

 ヴリトラは戦装束へと着替え(再臨し)た。

 

 刹那、人類の脅威同士による激突が始まる。

 

 

 

「リトルボォォォイ!!」

 

 初撃から待ったなし。相手の目の前に現れたのは巨大な鉄塊。それが即座に爆発して、人体ならば内側までしっかり焼けるほどの熱量と閃光、そして致死量の放射線がぶちまけられた。

 

 リトルボーイ、即ち原子爆弾である。

 甘粕正彦が生きた時代は大正時代であり、かの爆弾が日本国民を襲うのははるか未来の話なのだが、関係ない。

 盧生とは人類の普遍的な無意識と繋がっている存在なれば。未来も過去も承知しているのだ。

 

 核兵器が落とされ、敗戦国となった祖国も。

 大戦そのものが回避された未来も。

 見て、知って、その上で人は斯くあれかしと人間讃歌を謳いあげてこその盧生。

 

 であるならば。ヴリトラとは天然の脅威。

 人を見て知って、その上で試練を与えるのではなく。試練を与える存在として生まれ、そのように生きる過程で人の強さを知る者。

 

 言ってしまえば何も無くとも強い怪物なれば。人にとっては一撃鏖殺(おうさつ)の兵器でも、傷一つなくやり過ごしてみせた。

 お返しといわんばかりに高く跳躍すると、臀部(でんぶ)から伸びる尾が甘粕目掛けて振り下ろされた。

 本人は咄嗟に後ろに跳んで回避したものの、尾はそのまま艦橋に縦の亀裂を生み出し、砕いてしまった。

 

 盧生のように、未来の超兵器を使った訳では無い。ただ体の一部で叩いただけだというのに異常な威力。(盧生)人外(ヴリトラ)の生まれの差が、分かりやすく表れている。

 

 そして空中に投げ出された甘粕へめがけてヴリトラが息を吹けば、蒼い劫火となって襲いかかる。

 

 ヴリトラは蛇であるが、邪竜とも類される。竜の伊吹(ドラゴンブレス)くらいは普通にしてくるだろう。

 だが予測できるかどうかと、対応出来るかどうかは別問題だ。本来ならばここで、甘粕は燃え尽きる運命だろう。

 

 だが──その程度の人間に人類の代表者などという肩書きは付かない。

 

「面白い。人と竜の戦いは、やはりこういう展開になるのが道理であろうよ」

 

 軍刀一閃。横に振られた刃が、蒼い炎を綺麗に切り裂いた。

 

「ほう、わえの攻撃を解体してみせたか。しかも魔術などとは別のようじゃな」

 

 興味深げに、蛇の目が細められた。

 全く初見の攻撃など、不滅の魔性たるヴリトラにはそうそう無いだろう。ゆえ、甘粕の術は新鮮なものだった。魔術などとはまた系統が異なる異能、かつ今のところ創造も破壊も可能としている汎用性の高さ。

 正体不明のものであり、果たしてどんなものか、どう使って己を超えるのかと笑っている。

 

 対する甘粕の方は、歓喜に包まれていた。

 一瞬でも判断を見謝れば即死するだろうが、それでも。神話的世界観を夢見る男にとって、神話の生物そのものと戦えるほどの喜びはない。

 戦うのが好きなわけでは決してないが、それはそうとして強いもの、勇者、覚悟ある相手と殴り合うような戦闘はしたいのだ。

 

 甘粕が破壊の念を込めた刃を振り下ろし、斬撃を飛ばすのと、ヴリトラが己の周囲に浮く鉾を回転させ斬撃を繰り出すのは全く同時だった。

 

 その衝撃で船の両端に吹き飛ばされたものの、全く恐れも悔しさもない。

 歓喜。ただただ喜んでいる。

 

「ふはッ、ははははは。ふはははははははははははは!

 普段は挑まれるのが好みなのだが、挑むというのもなかなか悪くない。

 いいぞ、流石だヴリトラよ。おまえは想像以上に素晴らしいッ」

「おめでたいやつじゃな。

 良いぞ、全力で遊んでやろう。わえを楽しませよ」

 

 

次の瞬間、甘粕の脳天めがけて、連続して鉾が降り注ぐ。かすかに電気を帯びたそれは砲撃のような威力を誇り、直撃すれば即死しかねない。しかし、甘粕正彦に後退という二文字は存在しなかった。

 

「おおおおおォォォッ!」

 

 真正面から鉾を弾き進軍すれば、素早く印を結んで術式を組み上げた。

 

 

「ツァァァリ・ボンバァーー!」

 

 

 瞬時に作られたのは、世界最大級の爆弾。一度起爆すれば、その衝撃波は地球を三周半もするという。

 たった一発で、どんな大都市も真っ平に出来るほどの威力は、やはりヴリトラを討ち滅ぼすには至らない。

 多少煤が付いた程度で、本人は欠片も気に留めない。

 

「なんじゃ、またそれか。つまらんつまらん、つまらん! どうせなら、これくらいしてみてはどうじゃ」

 

 けらけらと笑いながら、甘粕の正面に三本の鉾が落ちてくる。咄嗟に弾こうと軍刀を振るうが、否、その選択は彼女の罠にハマるだけである。

 

 鉾から一斉に雷光が放たれ、足跡の閃光玉と化す。もちろん、甘粕は目潰しされた程度で怯みはしない。だが、一瞬動きが止まった。

 その隙を突いて、これまで甘粕が払った鉾が背後から襲い掛かる。

 

「ふはッ、だがこの程度俺が対処できないはずがないだろう」

 

 しかし甘粕は動じない。その搦め手を歓喜と共に受け入れ、数発は受け止めながらも見事軍刀で受け流し、弾いてみせた。人知を超えた体の硬度を実現した肉体は、数発の例外も致命傷には至らせない。更には、受けた傷もすぐさま回復してしまった。

 

 だが、まだだ。

 甘粕を囲むように次々と円形に鉾が突き立てられると、逃げ場を失った甘粕の頭上からヴリトラの尾撃が降ってきた。

 

「ほぉ……。だが届きはせぬよ」

 

 次の瞬間、甘粕は鉾をすり抜けて後方へと跳躍。甲板の貫通して穴を空けたヴリトラの攻撃は空振りに終わる。

 お返しといわんばかりに甘粕は何もなかった甲板に戦艦に搭載されるような砲台を出現させると、間髪入れずに砲弾を放った。

 

「ぬるいぬるい」

 

 そんな攻撃当らぬと跳躍して回避しようとしたヴリトラだったが。

 

「なッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なに、そう難しい話ではない。無限の射程を砲弾に付与したうえで、泡をまとわせてみたのだよ。

 おまえの持つ逸話に、乾いたものでも湿ったものでも傷つかないというのがあっただろう? 別に知らんわけでも、忘れていたわけでもないが、まずは素面でどれほど通るのか見させてもらった。

 いやはや、まったく効かんとはね。神威を込め、人類史でも桁違いの兵器を使ってみたのだが、さすがはインドラすら手を焼いた永劫不滅の魔だよ。まったく、敵わんな。

 ……だが」

 

 問題はない、と斬撃を二、三度飛ばしながら甘粕は笑った。

 この男にしてみれば先ほどの攻防も実験でしかなく、邪竜に殺されかけたことすら恐れるには足らず。

 

 勝利を疑っていないというより、自分の敗北すら視野に入れたうえで楽しんでいる。全力で挑み、神話の領域の戦闘が出来ているという事実をかみしめているから恐怖する時間すら惜しい。

 

「東洋の龍ではない。おまえはやがて滅ぼされる悪性だろう?

 ならば、なあ。武力で倒せぬ道理などありはしないッ」

 

 素早く組み上げられる術式。甘粕の背後に巨大な曼荼羅が出現した。

 これよりは盧生の本領発揮。自らの人間賛歌に賛同する人の数だけ強化され、自らの戦う姿でもって人々に訴えかける。

 

「――急段・顕象(きゅうだん・けんしょう)――斯く在れかし・聖四文字(あんめいぞ・いまデウス)ッッ!!」

 

 甘粕の人間賛歌とは、すなわち愛と勇気。()()()()()()()()()()なれば。

 

「そうじゃ、見せるがいい! わえに、人間のあがく様を、輝きを!

 さもなくば天を覆いつくす魔たるこのわえが、滅びをくれてやろうぞッ!」

 

 それをこそ渇望する邪竜は笑い、笑い、己の周囲に炎で創り上げた巨大な蛇を出現させる。

 それは甲板を燃やすことなく顕在し、人など丸のみに出来そうな大口を開ける。その数は二桁、三桁にも上り、液体のように流動しながら、個体のように(うごめ)いていた。

 

 それに相対する甘粕正彦は相変わらずの笑顔。勝利を欠片も疑わず、刃先を相手へと向けた構えのまま奥義を練り始める。

 光り輝く曼荼羅には、甘粕の思想に感化された人々の想いが集約され、そのすべてが甘粕の力となっていた。今の甘粕ならば、相手が惑星すら滅ぼせるような敵であろうとも対等に渡り合うことができるだろう。

 

 

 あまりの重圧に空間が軋む。

 最終決戦が、始まろうとしていた。




馬鹿(褒め言葉)同士の対決は書いてて楽しい。
というわけでまた2部構成です。
なんでしょうね、この終わりが見えない感じ。


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人の勇気に愛を込めて 【後編】

勢いを大切にして書いています。


「ロッズ・フロォム・ゴォォドッ!」

 

 再び叫ばれる兵器の名前。星が昇るような時間でもないにも関わらず、空に無数の光が出現する。

 咄嗟に飛びのいたヴリトラのいた場所、どころではなく。戦場全域に降り注ぐのは神の杖。精密に、空から鉄塊が落下し、空母をめちゃくちゃに破壊していく。

 

 その総数、数十万基。そのすべてが、邪竜を討つべく乾いても湿ってもいない泡をまとい、必殺技として繰り出されている。サーヴァントの基準でいえば、並みの対軍宝具などよりよほど強い。

 だが今の彼女にしてみれば、その程度の傷で止まるはずがないのだ。その身にいくつもの神の杖を受けながら、天へと吼え立て、一斉に甘粕へと突撃する。

 

「まだまだァ!」

 

 だがそんなこと、彼はとっくに承知の上だ。

 

「――終段(ついだん)・顕象――」

 

 盧生の権利は大きく分けて二種類ある。

 

 人類の無意識、つまりは夢を現実に持ち出す権利、そして夢を夢のまま封じる権利、このふたつだ。

 主に用いられるのは前者。とはいえ、どのような夢を持ち出すのかというのも種類があるのだ。

 

 単純にイメージ通りの現象を引き起こすというもの。己の望みや価値観が反映された固有技。そして、人類が生み出した神格の召喚。

 

 神格の召喚、それこそ終段。己と親和性の高い概念を持つ神格、英雄、怪物を召喚し、使役できるという能力。これがあるゆえ、盧生は最強の召喚士と呼ばれるのだ。

 

 度重なる破壊兵器と神話生物の本気の攻撃によりぼろぼろになった空母を海底へ沈めるように新しく出現したのは。黄金の龍。その頭は成層圏にも達しかけており、その巨大さがよくわかるだろう。

 

 関東いちえんにとぐろを巻く神龍―――黄龍と呼ばれる存在である。

 

 今や、人型の女と男など豆粒のように思えるほどのサイズの戦闘が起こっていた。

 下から見上げるのは青い炎で出来た多頭竜。上から見下ろすのは黄金の龍。

 

 龍が吼える。ただそれだけで、分子レベルで万物が砕け散り、分解されていく。青い竜も少々怯んだが、微かに微笑んで見せると黄龍の動きが止まった。

 

「ほぉ。これもダメか」

 

 黄龍は大地の化身である。地球の地殻エネルギーの具神化であり、彼が死ねば地球そのものが死ぬといっていい。だがしかし、ヴリトラは豊穣や春をせき止める者。黄龍に対しては有利が取れる。

 

「わえを誰と心得るか。大地の化身など、せき止めてしまえば良いだけよ」

 

 黄金の龍体を、炎が駆け上がる。甘粕の身の丈を超え、炎の壁が立ち塞がるまで三秒も必要なかった。

 

「変幻の鱗にて閉ざさる天よ。地よ、大食の腭にて飲まるる地よ。その嘆きすら阻み塞ぐが大いなる蛇―――

 魔よ、悉く天地を塞げ(アスラシュレーシュタ)』!」

 

 宝具、真名開帳。ヴリトラの奥義が解き放たれた。

 アギトが広がり、甘粕を飲み込まんとする。蒼炎の龍体からすれば彼など豆粒のように小さく、逃すことなどありえない。甘粕に逃れる手段など存在しなかった。

 

 人外は人より強い。

 当たり前の法則の通り、彼は追い詰められる。

 

 だが――

 

 甘粕正彦は諦めない。

 

 なぜならば

 

「諦めなければ、夢はいつかきっと叶うと、信じているッ! 俺はまだ、まだ負けてなどいない――ッ!」

 

 吼えると共に、素早く印を結び、終の段を発動させる。

 呼び起こすのは最強に最も近しい神格。ヴリトラとも縁があるはずだ。ならばここの適任など奴しかいない。

 

唵・摩訶迦羅耶娑婆訶(オン・マカキャラヤソワカ)ァ!

 ――終段・顕象――」

 

 炎が全身を包む。牙を突き立てられて、血しぶきが上がる。一瞬後にはかみ砕かれ、死ぬだろう。

 だが()()()()()()()()のだから。

 

大黒天摩訶迦羅(マハーカーラ)ァァ!!」

 

 呼び出されるのはマハーカーラ。大黒天。つまり、破壊神の究極たるシヴァ神である。

 召喚された直後に、神話にて三つの悪魔の都市を滅ぼした三叉鉾が繰り出される。破格の威力を持つ一撃を前に、ヴリトラの宝具が吹き飛ばされた。

 

「……がッ、は。まさか、のう。――じゃが」

 

 現れた人体のヴリトラも無事じゃない。吹き飛ばされ、今も海に真っ逆さまに落ちかけている。

 

 だがこちらも甘粕と同類なのだ。ゆえに諦めることなく、竜の息吹(ドラゴンブレス)で決着をつけようとした。

 

 だが、だがしかし。

 

「やがて夜が明け闇が晴れ、お前の心を照らすまで、我が心を灯として抱くがいい──終段顕象

 

 (いで)い黎明、光輝を運べ──明けの明星!!」《/b》

 

 すでに対策済みだ。

 甘粕の頭上に、熾天使の証明(六枚翼)を広げた聖なる使者がいる。名は明けの明星、ルシフェル。サタンと堕ちる前の、最強最上格の天使である。

 

「もちろん、我が主。

 彼女は魔性。私が主の御名において、邪悪なる竜を裁きましょう」

 

 羽の一枚一枚から数千条のレーザーが放たれる。乱射される灼熱の破壊光線は一撃ですら彼女を滅ぼすには足りるだろう。だが安心しない、慢心しない、油断はない。全力で、必ず悪を滅ぼすのみ。

 

「ご、ぐ…………ごふ……ぁっ! キヒヒヒ……やりおる。

 いいじゃろう。わえは不滅の魔、この程度では死なん。じゃが、この勝負。わえの負けじゃ!」

 

 落ちていく。

 落ちていく。

 海に真っ逆さまに落ちた程度で、ヴリトラは滅びないだろう。天使の攻撃すら、一時的な致命傷にすぎず、完全に消滅しきることはできない。

 

 それがヴリトラという魔ゆえに。何度打倒されようとも、再び脅威として立ちふさがる。

 

 だが()()()()()()()()。存分に勇気は見れた、と。

 

 

 ヴリトラは、海の中に沈んでいった。




自分でも最後まで決着がどうなるか決めかねてましたが、こんな終わり方でどうでしょう。
せっかくFGOのキャラ出したし、甘粕なんて面白いキャラが暴れてくれたのでいろんな人に見てもらえるといいなあ、なんて思ってます。


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剣客【アサシン】

知り合いに見てみたい対決を聞いたところ、これが一番人気でした。やっぱりみんな気になってるんですね。


 一面に広がる草原。月明かりが照らす戦場に、二人の人影がある。

 

 片方はひょうひょうとした態度の、涼しい顔の長刀使い。

 片方はぼろぼろの和装で、片目を長い前髪で隠した人斬り。

 

 どちらも、『アサシン(暗殺者)』のクラスに該当するサーヴァントであり、一流ということばでは片付けられない天才剣士どうしの対決である。同郷でありながら、生まれた時代が異なるために出会うことがなかった二人。奇しくも、どちらも防衛戦を任せられる二人でもある。

 

「剣士の風流だ。めったにない機会なのだし、名乗りでもしてみようではないか。

 私の名は、なんとも名乗るのが難しいが、巌流佐々木小次郎、の名を被った名もなき男だ。そちらは?」

 

 佐々木小次郎の名乗りに、相対する剣士が反応した。

 彼が生きた時代には二人の対決は有名なものである。しかし、佐々木小次郎は、敗者として。

 

「あぁ? 佐々木小次郎じゃと。……は。あの巌流かいや。ええ機会やき。わしが斬っちゃる。

 わしは土佐の岡田以蔵。……人斬り以蔵のほうが通りがええかのう」

 

 

 

 英霊剣豪七番勝負

 

 勝負、一番目

 

 

 佐々木小次郎 vs 岡田以蔵

 

 

 勝負、始め

 

 

 

 共にアサシン。

 敏捷度、リーチは佐々木小次郎の方が上だが、人殺しの数は岡田以蔵に軍配が上がる。

 勝負ははじめから拮抗していた。

 

 小次郎の長刀が音速を超えて振るわれる。

 その斬撃はすべて、相手の首を切り落とす軌道を描き、吸い込まれるように狙った場所へと刃が走っていた。剣閃は流麗で雅、しかし無駄はない。技の究極であり、ほれぼれとするほどの実力がうかがえるだろ

 それを膝を曲げ、刃で受け止めながら、まずは相手の足首や手首足首を狙っているのが以蔵となる。

 剣技は泥臭く、素早く、相手の急所を死角から突き続ける。刃は届かずとも、喰らいつこうと思って喰らいつける相手では無い。ゆえに、この時点で彼の技量は一定以上であると見て間違いない。

 

 だが、佐々木小次郎の負け筋を以蔵は知っている。二天一流に敗北した巌流という流れを知っている。

 ゆえに、相手の一刀を弾き、すぐさま腰のもう一刀を引き抜いた。宮本武蔵の二刀流──トドメの一撃。

 

 それは本物の佐々木小次郎にとっては自らの死の再現だろう。弱点だろう。

 ()()()佐々木小次郎にとっては。

 

「ほう、二刀流か」

 

 弾かれた刀ですぐさま二刀目を弾き、更には追撃として右目から脳を貫通するように刺突を繰り出してきた。

 

「ほぁっ……。な、なんじゃあああ!?」

 

 咄嗟に後方へと跳躍して回避は出来たものの、一瞬でも判断を誤れば死んでいただろう。

 そしてそこで止まらない。

 縦に横に、袈裟、逆袈裟、唐竹割り。連続して繰り出される剣はどれも必殺技だ。

 

 しかし、当たらない。切れない。仕留められない。岡田以蔵の体を、微かに傷付けることも出来ない。

 

「こんな剣、知らん。見たこともない……。血の匂いもせん優男の剣じゃない……ッ!」

 

 そう呟きながら、以蔵の目は離さずずっと相手を見つめ詰め続けていた。

 不気味という次元ではない。ゆえに小次郎は素直に首を傾げた。

 

「はて、それを言うならばこちらも戸惑いが隠せんよ。その首、すでに二、三と言わず九度は落としたつもりなのだがな」

 

 小次郎は戸惑っているという割に静かな声で、縦に、横にと流れるように剣を打ちこんでいく。そして二刀で以蔵はそのすべてを弾いていた。

 

 

 二人の声以外に聞こえるのは、金属音のみ。

 これほど不思議な剣舞はないだろう。お互いに必殺のつもりで剣を振り続けているのに、お互いに当らない。そして両名とも、その事実に焦ることなど欠片もなかった。

 

 冷静に、冷酷に、必殺、必殺、必殺と必殺を繰り出し続ける。

 吸い寄せられているように相手の首を狙い続ける小次郎の方が単調ゆえ、見切りも容易いかと言われれば否。狙いは明確なのに、太刀筋が鮮やかで翻弄されてしまうという連撃だ。

 では以蔵はどうかといえば、こちらも手練れ。砂かけ、フェイント、一刀を鞘に納め、一刀に持ち替えてからは揺れる剣先が行動の前兆を惑わせ、果敢な一撃が相手の刀をへし折りかけ、片手平突きが喉へと飛ぶ。簡単にいうと変幻自在で、複数の剣術をごちゃまぜにしたような、しかしうまい具合に融合した独特の太刀筋は、敏捷ステータスで劣っている相手にも易々と食らいつけるだけの才能に満ちていた。

 

「当たり前じゃ。わしは剣の天才やき。おまんみたいな棒振りじゃなか! 本物の人斬りの剣じゃ!

 外道じゃあ狗じゃあ言うてわしの事笑うた奴も、結局わしの腕にかかればイチコロよ。天然理心流、示現流、北辰一刀流、二天一流、巌流じゃろうが敵じゃない!」

 

 拮抗した戦いは、しかし唐突に終わりを告げる。

 

 

 

 佐々木小次郎になくて、岡田以蔵にはあったもの。

 超人的で、例外すぎる存在ゆえに、所有していなかった”それ”が、ついに牙をむく。

 

 

 

「――――おまんの剣、覚えたぜよ」

 

 小次郎は一瞬、眉をひそめる。

 

 

 そして次の瞬間、自分の首へと吸い寄せられるような一閃を目にした。

 

 

「ほう、これは――」

 

 なにかを言う間もない。次の一閃、次の一閃が佐々木小次郎の首へと襲撃した。

 それは間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。縦に横に、袈裟、逆袈裟、唐竹割り。連続して繰り出される剣はどれも必殺技だ。さらには応用として、左右からほぼ同時に相手の首へと刃を迫らせるという超絶技まで繰り出される。

 

 それを直感とセンスで弾いていくも、頬を、首の皮膚を、刃が掠めた。小次郎は、湿った感覚は確かにあり、つまり今自分は出血しているらしいと、一拍遅れて理解する。

 

 あとは以蔵の独擅場だった。自在に振られる剣は巌流などではなく、己の剣。未知の経験に、対人経験のない小次郎はどんどん追い詰められていく。精神が落ち着くにつれて被弾は減ったものの、しかし自分が攻撃するたびに攻撃の精度が上がるのだ。これではどうしようもない。

 

 

 これが岡田以蔵の宝具『始末剣(しまつけん)』。

 一度見た相手の剣技を再現するという異能である。効果そのものは地味。銃火器を乱射出来たり、龍を従えたり、防御無視の槍を振り回したり、まして牽制の一撃で相手を倒せるだとか、火やビームが出るわけでもない。

 ただ、相手の剣技を、真似るだけ。

 

 普通ならば、外れの類の宝具だろう。模倣できる範囲が狭いうえに、効果も相手に並び立つのが限度。神由来の兵装や魔術や精霊の加護を用いた兵器などが相手であれば、全く歯が立たない。

 

 しかし。だがしかし。相手が剣士ならば効果は絶大だ。自分の剣を瞬時に模倣するという突飛さに加え、技を見せれば見せるほどに強くなっていくのだから。剣技頼みの相手にとって、これ以上恐ろしい相手はいまい。

 

 しかし普通ならば一太刀でも見れば完全再現が可能だというのに、覚えるのに時間をかけてしまったという点においては、佐々木小次郎もただものではないということだろう。

 

 スキル、宗和の心得(B)。

 小次郎は同じ技を何度仕掛けても命中精度が下がらない特殊な技法――つまり、相手に攻撃を見切らせないスキルを保有している。そのスキルによる妨害を受けながらも、観察を続けた結果が今の戦況である。

 

 くわえて、岡田以蔵には、()()佐々木小次郎はもちえないスキルを保有していた。

 

 ――人斬り(A)。天誅の天才と呼ばれた岡田以蔵の持つ、対人型特攻。一度も人を斬ったことのない佐々木小次郎はもたないスキルであり、ゆえにこの場で大きな差として機能するのだ。

 

 

 人間である限り、そして剣客である限り、以蔵の剣からは逃れられない。対人戦の有無が、密度が、血を浴びた回数が、桁外れの差となって小次郎を敗北へと追いやっていく。

 

「どんなもんじゃ。わしにかかれば、おまんもしょせん、敵じゃない。

 佐々木小次郎、敗れたりィ!!」

 

 以蔵の叩き付けるような一撃を受けた小次郎は吹っ飛んでいく。幸いにも直撃はしなかったが、地面を転がった弊害か、足がふらついてすらいた。

 

 岡田以蔵の剣才は、最強の剣士を確かに追い詰めたのだ。

 

「これで―――」

 

 ゆえに歓喜に振るえばがらも落ち着いて、とどめの一撃を放ちに行く。

 相手の懐へと素早く飛び込み、その首を落とす――直前に。

 

 小次郎は構えた。

 以蔵には見せなかった構えで、いつも通りの涼しげな顔で相手を見ている。

 

 小次郎にはなかったものがあるのだから、当然、以蔵にもなかったものがある。

 そして以蔵がそうだったように、小次郎にはあったがゆえ、この場の戦局を大きく動かした。

 

「秘剣」

 

 小次郎がつぶやく。

 以蔵は小次郎を刃の射程に収めた。

 

「仕舞いじゃぁぁぁあああッ!!」

 

 刃が振り上げられる。光を反射する白刃が振り下ろされる、その直前に。

 

「―――燕返し」

 

 ()()()()()()()()()()()()が、岡田以蔵の胴体を断ち切り頭を割り、決着を着けた。

 

 

 以蔵の刃は、一歩届かなかった。

 

「言ってなかったが、私は生前、燕を斬るのに執心してなあ。以降愚直に、棒振りなぞしていればいつの間にやら、佐々木小次郎の名を受けていた」

 

 峰を肩に乗せ、長刀を握る剣士――伝説の佐々木小次郎と()()()()()()()()()()()()()()()無名の男は、以蔵の亡骸を見下ろしながら微笑んだ。

 

「これぞ我が秘剣、燕より早い斬撃を三度重ねる『燕返し』。

 私にはおまえのような宝具はもたないが、その域に達した剣、対人魔剣をもっていたのだよ。こちらが佐々木小次郎を名乗るのであれば、警戒しておくべきであったな。

 ――岡田以蔵、敗れたり」




光狂いのオラオラァ! みたいなバトルじゃないんですけど、たまにはこういうバトルも楽しいものですね。


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天奏vs神奏【シルヴァリオサーガのネタバレ注意】

※このお話は、シルヴァリオヴェンデッタ、ラグナロクについて重大なネタバレがあります。ご注意ください
※今回は二人に大和について会話させたかったので、記憶消去はしていません。
.











↓↓以下本編↓↓


「迦具土神壱型か。随分懐かしいものを見た。よもやそこまで完全に近い姿で残っていたとはな」

「それは己も同じことだよ、九条榛士。大和の居残りは己のみだと思っていた」

 

 鋼鉄で囲まれた、一キロほどの大きさの闘技場。その中央にて、二人の男が対峙している。

 

 長い黒髪を持つ屈強な男と、長い金髪をなびかせた美男。

 どちらも筋肉隆々、鋭く熱を持った眼差しは同じでありながら、後者の方が流麗、雅にしてか細い印象を与えるのは、きっと纏う気配のせいだろう。

 黒髪の方はどこまでも挑戦者(チャレンジャー)。人ならざる気配も漂わせてはいるものの、その在り方はどこまでも人間臭く、泥臭いものなのだろう。

 対する金髪の方は、人間離れしてしまっている。狡猾で知略的、理性的。人らしさを微かに感じるものの、その在り方はどこまで神仏などの超越者と変わりない。

 

「皮肉なものだな。おそらく俺がここまで至る1000年ほど前では、お前の方が機械的なヤツだった」

「人である御身が機械的になり、機械である己が人間的になる、か。否、そう不思議ではあるまいよ。

 己の宿敵は人の極点であったが、どこか機械的な面も感じられた。あれが俗にいう、悟りというものであるならば。死なず、朽ちず、生き続ければ誰しも()()なる可能性はある」

  

 生まれつき()()である宿敵の凄まじさを噛み締めながら、ただの兵器であったはずの男は苦笑した。ゆえに気にする必要など欠けらも無いのだ、と慈しむように。

 ところで、と今度はカグツチから声をかける。

 カグツチの目的と相手の、九条榛士という名前だった男の目的は一致するか否か。

 

「己は大和の再興を目指している。下ろす場所も決めた。多少の妨害(滅奏による逆襲劇)はあったものの 、今のところ計画を止めるつもりはない。

 そちらも同じ目的で動いているのであれば、己に合流するといい」

 

 カグツチにとってすればそれは地上に残された大和の遺物が皆考えることで、ゆえ必要なのはどちらが上か、という勝負のみ。ならばこそ、計画を明かしたのだが。

 

 九条榛士──絶対神(ヴェラチュール)と名を改めた男にもはや、その幻想はない。

 

「いや、大和を地上に下ろす計画は考えていないな。

 俺はむしろ、大和は廃絶すべきと、そう思っているのだが」

 

 爽やかに、当たり前の道理を説くように、お前が復活させようと思っているものを完全に亡きものにすると、男は告げた。

 

「なに………?」

 

 流石のカグツチも、これには困惑しかない。

 つまりこの男の言っていることは、故郷を棄てるという宣言なのだから。

 まだ今の大和──第二太陽(アマテラス)へ行きたいというのなら、理解は出来た。大和を下ろし、故郷を取り戻すというのなら、カグツチは喜んで自分の計画に彼を組み込んだだろう。

 

 だがこの男はそんなことを望んでいなかったのだ。

 もはや古き故郷は不要という境地に至っていた。

 

「そう驚くことでもないだろう?

 俺は、俺たち研究員たちは世界を変える大破壊の原因を作った。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば、責任をとって、より素晴らしい世界に作り替えなければならない。第二太陽(アマテラス)のように、見守り、秩序を保つだけじゃ足りないだろう。

 この世に生まれてきただけで幸福になれる──そんな理想の世界へと世界を()()させなければ」

 

 カグツチは咄嗟に、世界を変えた原因は他国の工作員による破壊工作だろう、と口を挟みかけた。

 だが、しかし直後気付く。

 彼にとって、もはや動機はさしたる問題ではないのだろう。

 

 決めたから、誓ったから、最後まで貫く。その意思のみ。

 

「なるほど、なるほど……」

 

 嬉しそうに、兵器は笑う。

 その姿勢、その生き方、とことんまでに宿敵に似ていたがゆえに。

 

「であれば、もはや言葉は不要だな」

 

 闘志を燃やすのみ。

 それに応えて、グレンファルトもまた、剣を抜いた。

 

「ほぉ、本当に人間臭くなったな、お前。

 であれば俺の神天地にて、お前も救ってやるさ。必ずな」

 

 言葉は、同時に。

 

「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星(ほむら)を掲げるがためッ」

 

「天創せよ、我が守護星──鋼の神天地(セカイ)を開闢すべく」

 

 それぞれの守護星へと、片割れへと、語り掛けた。

 即座に応じる比翼。

 これをもって、戦の火蓋が切られる。

 

「おお、輝かしきかな天孫よ。葦原中国を治めるがため、高天原より邇邇芸命を眼下の星へと遣わせ給え」

 

「天地陰陽、造化三神、別天津神、神世七代。

 果て無く広がる八百万、葦原中津国を森羅の秩序が不朽と照らす。袂を分かった今でさえ高天原の繁栄を認めざるは得ぬだろう」

 

 燃え盛る炎が、空気中に漂うのを視認できるほどの濃度へ達したエネルギー粒子たちが、鋼の空間を覆い尽くす。

 

「日向の高千穂、久士布流多気へと五伴緒を従えて。禍津に穢れし我らが大地をどうか光で照らし給えと、畏み畏み申すのだ」

 

「然れば、国津を生きる人間()よ。汝ら衆生を導かん。次代の煌めく銀河へと祀ろわぬ御座所へその御霊ごと来るがよい。

 たとえ勇者にあらずとも、我が黄金の宮殿は遍く祈りを歓待するのだ」

 

 燃え盛る熱が鋼鉄たちを溶かしていく。

 だが、更に熱く、暑く──迦具土神の光熱は上昇し続ける。

 

「剣と鏡と勾玉は、三徳示す三種宝物(みくさのたから)

  とりわけ猛き叢雲よ、いざや此の頸刎ねるがよい──天之尾羽張(アメノオハバリ)がした如く。

 我は炎産霊(ほむすび)、身を捧げ、天津の血筋を満たそうぞ。国津神より受け継いで(ほむら)の系譜が栄華を齎す」

 

「奈落の底から浄土まで、殿上人から貧夫まで。希望(ヒカリ)絶望(ヤミ)の交わる彼方に、三千世界の光輝を見よう。

 誰そ彼時はもう過ぎた──万有、残らず極晃(カミ)と成れ」

 

 宝石が樹木の形をとって地面に繁殖していく。

 次々成長し、空間に作用し、絶対神(ヴェラチュール)の聖域が広がっていく。

 

 先に比翼が反応したのは、カグツチの方だった。この世界の秩序を崩し、己の世界を創ろうとする男の横暴を、悪の敵は逃がさない。

 

『天翔けよ、光の翼──炎熱()の象徴とは不死なれば。

 絢爛たる輝きにて照らし導き慈しもう。遍く闇を、偉大な雷火で焼き尽くせ』

 

 応、と答える代わりに、詠唱を結ぶ。

 カグツチは今、神星から天を奏でる者へ進化しようとしていた。

 

「ならばこそ、来たれ加具土神(カグツチ)。新生の時は訪れた。

 煌めく誇りよ、天へ轟け。尊き銀河を目指すのだ!

 これが、我らの英雄譚──!」

 

 しかしグレンファルトも負けてはいられない。

 宝石樹は黄金に光輝き、膨大なエネルギーを放出し続けている。

 そして、ついに。

 

『汝、至高の絶対神(ヴェラチュール)よ──我が神託を実現すべく"太陽の時代(アマテラス)"を超克せよ』

 

 至高絶対の大神素戔王(スサノオ)は、比翼連理である最愛の(ヒト)との固い絆を元に、前代未聞の神を奏でる者へと成った。

 

「拝跪しろ、神天地(アースガルド)の幕開けだ」

 

 二つの太陽、二つの星が激突する。

 

 苛烈なる光熱と、偉大なる支配者。

 天と神。

 大和が生んだ、二つのバケモノの全力が、今──。

 

「「超新星(metalnova)──」」

 

大和創世(Shining)日はまた昇る(Sphere)希望の光は不滅なり(Riser)!」

 

晃星神譚(Rising)大祓え天地初(Sphere)之時来至れり(Braver)!」

 

 まず手始めに、摂氏にして数億度に達する炎の壁がグレンファルトに殺到した。相手が一般人であれば、熱せられた空気、そして炎の二つが相手を窒息に追い詰め、そして肉体を焼き焦がしていただろう。

 火刑などの処刑において、罪人は焼け死ぬのではない。熱せられた空気により窒息するのだという。であれば、カグツチを中心として地球上でありえないほどの灼熱を発せられているこの空間は、人にとっては死地である。絞首台の上にいるのと変わらない。

 更に相手は動き、相手を狙う星辰兵器なれば。

 

「オオオォ!!」

 

 熱せられた合金製の拳をグレンファルトの顔面目掛けて放つ。一度ばかりでなく、二度、三度、否、何度でも。恐ろしく速くて重いラッシュで、相手の顔面を砕き、熱で焼き、即死させてやるといわんばかりに。

 常に全力全霊を振るう光狂いであるカグツチに、手加減という概念は存在しない。

 

 凄まじいがその一方、実に人外らしい戦い方といえるだろう。圧倒的な力でねじ伏せる、圧倒するという考えは、人より生まれながらに優れた存在のみに許された戦い方(もの)である。

 

 ならばこそ、際立つのは人として生まれ、千年前には戦闘とは無縁であったはずの男の動き。

 グレンファルト・フォン・ヴェラチュールは千年の努力でもって、生まれながらの優劣を覆す。

 

 熱せられた空気が危険ならば、なるべく吸わなければいい。熱に関しては、極晃星(スフィア)ならではの頑丈さで耐えればいい。あくまで理性的な判断力の下、相手の拳を目で追って剣を打ち付けて、すべて弾いてしまう。

 

「さすがは第一世代型の魔星(プラネテス)だよ。単純な性能面で人間を圧倒している。

 だがな。こうは思わないのか? 千年も時間があれば、苦手な分野は克服し、得意分野は伸ばしているはずだと。

 約千年間、自力で立つことも出来ず思考以外の一切を封じられていたお前とは、努力の総量が違うのだよ」

 

 努力、才能、頭脳、人脈、ステータス……()()()()()()()()()を体現したような絶対神に隙はない。カグツチの苛烈な攻撃を、勘と経験だけで対処しきっていた。

 

「だが──」

「まだだ、と言って理不尽にも覚醒するんだろう? 分かっているさ。だからこそ言わせてもらおうか。

 ()()()()()()()()()()()

 

 カグツチの炎が奪われていく。

 彼の周囲に集合するのは闇の因子、反粒子……すなわち、あらゆる異能の力を無効化し、それを引き起こす素粒子を毒に変えてしまうアンチ能力である。

 

「これは……ッ!?」

 

 そう、これが神天地(アースガルド)

 一切の差別なく、全世界の人間を運命の相手と引き合わせて極晃を描かせ、神へと変える能力。つまりは全人類規模のマッチングアプリというべきか。

 神奏……グレンファルトと戦うということは、そうして生まれた大量の神と戦うということでもあるのだ。

 

 カグツチのような、不屈で前向きで、頑張れる存在だけが、人類ではない。むしろ頑張らずに成功したい、もしくは成功者を蹴り落したいという人種は少なくないだろう。

 そしてグレンファルトは、そういう人の良い所も悪い所も区別せず、願いを叶える機会を与えてしまう。力を与えてしまう。

 

 するとこの場合、どうなるのか。

 そう、力を持った屑たちは、カグツチのような雄々しく一度定めた道を突き進める人間に対して、自分勝手な羨望や劣等感に任せてカグツチを攻撃し始めるのだ。

 目障りな優等生を排除するべく、なるべく努力せずに格上を袋叩きにするべく。

 

「しかしこの程度──」

 

 だがしかし。そう、忘れてはならない。

 カグツチは光狂い。生まれながらにして諦めるという感情を知らない落伍者である。

 

「まだだァッ!!」

 

 全方位に解き放たれた熱波が、カグツチにまとわりついていた闇の粒子を吹き飛ばす。

 たかが相性的な有利不利など、圧倒的な出力差でねじ伏せればいいと。

 

 ゆえにカグツチの持つ力とは、無限出力上昇・核融合能力。ただ雄々しく、相手の小細工を踏み砕くものなのだ。

 

創生(フュージョン)純粋水爆星辰光(ハイドロリアクター)!!」

 

 起爆装置を必要とせず、重水素と三重水素の核融合一段階から生み出された旧暦の戦略兵器。旧暦二十世紀から実用化を目指された、放射能を発生させない清潔(クリーン)な虐殺の火。

 核融合能力を持つカグツチは、大規模な装置を必要とせずそれを生み出す。

 解き放たれる大熱量は絶望的なまでに巨大であり、この闘技場も欠片も残らず消し飛ばした。

 

 だが、しかし。

 

「悪いが、()()()()()には慣れているんだ」

 

 淡々と、事象非活性化能力を得た神が水爆を相殺する。

 更には絶対零度や出力低下能力などが殺到すれば、カグツチの熱はぐんぐん失われるだろう。せっかく引き上げた出力も、直ぐに落とされては強みを活かしきれない。

 

 ──覚醒潰し。

 グレンファルト・フォン・ヴェラチュールは、その術を心得ていた。

 狙うのは完封。相手の為せる選択肢を潰し、光狂いとしての真骨頂(窮地からの急成長)をさせないままに圧勝するのみ。

 

 しかし忘れてはならない。

 未だ、天奏と神奏の激突は、最序盤に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 後編へ続く。




天啓を得た。
とはいいつつ、見切り発車なので、後編はごゆるりとお待ちください。


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天奏vs神奏【シルヴァリオサーガのネタバレ注意】

うーーーーん、結末に困る二人。
結果にいろんな意見があるかもしれませんが、取敢えず私の解釈ということで。

















以下本編


 理性的に、冷静に、明らかに勝負をリードしているのは神奏だった。

 

 天奏の無限出力上昇能力は確かに凄まじい。核の炎は戦場を吹き飛ばし、消し飛ばし、融解させながら弾き飛ばしている。

 圧巻だ。ただ戦い続けるだけで、自分と同格かそれ以上の敵と戦っているという事実に奮い立つ度、カグツチは凄まじく強化されていく。

 

 大量の爆炎による圧殺、事象の地平線(ブラックホール)、そしてその果てにある縮退星まで。あらゆる技を尽くしたにもかかわらず。

 

「いいや」

 

「まったく」

 

「問題なし!」

 

 闇の粒子があふれ、絶対防御が防ぎ、絶対回避にて逃げ回り、破壊光線、自動追尾腐食弾、分子結合分解、強制冷却などの様々な極晃星(スフィア)が集まり、カウンターが叩き込まれる。

 

「出力無限上昇能力? そうさな、確かに驚異的かつ王道だよ。

 だが裏を返せば闇のような細かい理屈は介在しない単純なものだ。希望(ヒカリ)は恐ろしく理不尽だが、その分対策は当然詰んでいるさ。

 お前、迷惑だとか言われたことはないか? 邪魔だから消えてくれと、大義を踏みにじり自分のためだけに逆襲を受けたことはないか?」

「……つまりお前はこういうのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 グレンファルトは光に狂わない。闇に嘆かない。

 飽和した希望と絶望を力に変えて突き進む人間だ。

 だからこそ、希望だけを頼りに戦う光狂いを理性的に叩き潰せる。

 

「少なくとも、闇側の奴らはお前を逃がさないぞ。

 (人奏)ならばともかく、お前ではどうあがいても一対多数の構図からは逃げられんだろう。

 もちろんその()()の不利ではお前は倒せんのだろう。ゆえに()()()()

 

 言葉の直後、グレンファルトの周囲に存在していた極晃星(スフィア)は一つ残らカグツチに似た兵器――アメノクラトへと変わり、拳で、脚で、星光で、カグツチへと殺到していく。

 

 どこまでも正解。

 ゆえに負けない。圧勝の二文字を確実なものとしていく。

 

 相手が覚醒したならば?

 こちらは相手が覚醒するたびに殺意を増す闇をあてがえばいい。勝手に光狂いどもは戦いを挑んでいく。

 相手の出力上昇に合わせて勝手に周りの人々が出力を高めていくから、自分から何か手を下すまでもない。

 

 

 すべて読める。詰将棋の盤面は覆らない。

 なぜなら、千年間、国を治めるため、或いはかつての誓いのため、絶えず観察をやめなかったからだ。失敗を重ねるたびに、絶望を味わうたびに強くなって、成長するたび、勝利するたびに成長した。

 

「お前の執念、努力には敬意を払うよ、カグツチ。お前は凄まじい。

 だが、すでに大和からお前の任務は解かれているだろう。今や大和は俺に託されている。なあ、どうだ? 無謀な戦いは止めて、俺に協力しないか?

 目的と手段を間違えてはならんよ。お前の目的は大和を救うこと。そのための聖戦、そのための大和降誕だろう。ならば、ここで俺と争ってなんとする?」

 

 ならばこそ膝を折れと、言葉を尽くし正論を叩きつける。

 だが分かっている。光狂いはエゴで他人を救おうとする人種なれば、正論では止まらない。

 

 ゆえに。

 

「だからどうした? 己はその程度では止まらん」

 

「断て、ベルグシュライン」

「御意」

 

 瞬時、グレンファルトの背後に現れた剣士が刃を振えば、刃の射程よりはるか遠くにいるカグツチの四肢が、胴体が切断される。

 

 男の名はウィリアム・ベルングシュライン。斬空真剣(ティルフィング)のあだ名を持つ絶対剣士である。とはいっても、在り方は刀剣のそれに近しいが。

 主の呼び声に素早く反応し、仕事を粛々と熟す様は、まさに、仕事人という言葉が相応しい。

 

 さて、継戦能力は完全に奪った。 後は極晃星が殺到すれば、原子レベルにまで解体することも出来るだろう。

 存外に呆気ない終わりだった、と背を向けかけた刹那。

 

「……なに?」

 

 上半身だけになったカグツチが突撃した。

 迫り来る極晃星を、熱量で押し返していく。この光景に、さしもの神奏とて瞠目──しない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 肉薄したカグツチの首を、自らの剣で切断する。

 光狂いなら、上半身だけでも残っていれば来るだろう、と。相手の狂気を信じ常に手を用意している。

 千年間の、努力と研鑽、経験が揃えば敵は無し。ならばこそ勝利は確定した。

 

 希望と明日と光しか知らないような狂人など光も闇も清濁併せ呑んだ神にどうして敵うだろうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、ようやく剣を下ろした。

 

 次の瞬間。

 炎に包まれる総身。

 

「な……ッ!?」

 

 今度の声は、嘘でも何でもなかった。

 本心からの驚きだった。

 

 なぜなら、カグツチは斬首されたはずで───

 

()()()()()()()()()()

 ()()()ならばやったし、ならば己に出来ぬ理屈はありはしないッ!」

 

 あの男といわれて、浮かぶのは一人しかいない。

 クリストファー・ヴァルゼライド。

 近年最大の、光狂い。

 

 奴への対抗心ひとつで、目の前の兵器は首だけとなりながらも戦い続ける。

 そんな理不尽が、あってたまるかと言いかけた瞬間。グレンファルトの目の前で、再び常識が木っ端微塵に砕かれる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 日はまた昇る。

 いつまでも、永遠に。希望の(ほむら)は尽きないのだから。

 

「いや、ありえんだろう。

 因果律の破壊はあくまで極まった集束性が成せる業であって、出力が極まっているだけのお前にはできる芸当では無い……!」

 

「ああ、だから、それがどうした?

 曰く()()、曰く()()、曰く()()などと……。貴様は誰に物を言っている。

 貴様が諦めているだけのものを、なぜ己まで諦めねばならんのだ」

 

 大量の闇の眷属は圧倒的な出力で潰した。

 光狂いどもは、滾る戦意で打ち勝った。

 そしてグレンファルトの剣は、復活してさらに強度を増した両腕で弾き、或いは斬撃事象そのものを粉砕した。

 

 目の前に立つ障害物を、ただ圧倒的な出力差で轢殺する。

 王道にして覇道。誰もが一度は憧れそして挫折していく、どこまでもまっすぐで正々堂々とした戦いぶり。

 

 ―――英雄譚が、幕明けた。

 

「神奏よ。貴様の理念は凡そ理解した。

 おそらくは、そ知らぬ他人との出会いなど苦痛であると、真に運命の相手以外との出会いは無意味であり、運命の相手との出会いこそ最高の幸福である、と。

 なるほど確かに、己は宿敵と出会って変わったろうよ。道は開かれ、己自身も大きく成長したと思っている。だが、だからといって宿敵とのみ邂逅したからなんだという? 己の救うべきは宿敵にあらず、顔も名前も知らぬ大勢の誰かであるというのに。

 そも、会いたい者としか出会えぬ世界の創造それすなわち救済であると?

 極晃星(スフィア)などという、魔法のランプを手に入れてなお、ただ人と人が出会わなければいいなどと、現実的な()()()で済ませているのは何故だ?」

 

 ここまで言われて黙って聞いているグレンファルトではない。

 そもそもカグツチは世界の救済など欠片も興味はないだろう。ならばこそ

 

「諦めであると? ほぉ、そこまでいうならば貴様はなんだ。

 俺の理想を否定する前に、大和一国のみを救う気しかない自分を顧みたらどうなんだ。結局のところ独りよがりだろう。大和にすら拒絶されただろう。

 お前のは、諦めないのではなく、単なるわがままだろう。言葉があるならば言ってみろ!」

 

 そう思うのは仕方のないことであり。

 かつ紛れもない事実だ。誰からも求められていない救いなど、単なる本人の自己満足にすぎない。まだ、求められているグレンファルトの方が納得できるというもの。

 出来る者、出来ない者、どちらも救われるベストプランを打ち立てた。問題点があれば修正するのみ。

 

「ああ、我がまま、自己満足、そう言われるのも仕方はないな。

 だが、そこに何の問題があるのだ?」

 

 ゆえに、カグツチの答えはまったく予想外以外の何者でもない。

 

「一度、すでに決めたのだ。

 ならば貫くのみよ。求められているか、いないかなど些細な問題にすぎない。

 貴様の願いは貴様のものであろうがよ。それを他人がどうこう、世界がどうこうと、生きた長さと己の視点の高さを盾に、それらしい理屈を捏ねて正当化するのは止すがいい。

 我らの聖戦(イノリ)は、あくまで我らの戦い(モノ)であったように。

 貴様の神天地(セカイ)はあくまで貴様の世界(イノリ)なのだ。

 他人という盾を最後まで外さなかった貴様は、己に勝ち目などない―――!」

 

 完璧とはいえない論破。しかし誰にも劣らぬ熱意をもって語られた彼我の差異。

 グレンファルトが唖然とする間に、すでに決着の一撃は繰り出された。

 

 無限出力によって事象を粉砕する鉄拳により、神奏は敗れたのだった。



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正義の味方

エミヤオルタの過去が開帳されたので、書きたくなりました。
よろしくな、ノミヤ!!


 キンキンキンキンキン!!

 

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!

 

 特異点に刃がぶつかる音が鳴り響く。

 両者ともにルールは理解したから、戸惑わない。片方は疑問を挟まず、片方は考察を組み上げながら、しかしどちらも、戦闘を止めるつもりは欠片もないらしい。

 

「……ふむ、観客は一人のみか。しかし、戦わせるためだけに死者召喚まで成し遂げてしまうとは」

「そんなにこの闘技場の仕組みが気になるかね。仕事前になぜ、どうしてと細かい疑問を持つこと事態、あまり良いこととは思わないが?」

 

 赤い弓兵が尋ねれば。

 

「仕事、か。その口ぶりからして、このような時代には慣れているのかな? 私はこうした呼ばれ方は初めての事ゆえに、少々困惑しているところなのだ」

「よく言ったものだ。こちらの攻撃を悉く撃ち落としながらいうことではないだろう」

 

 眼鏡をかけた美上丈の男は苦笑する。

 

 眼鏡の男は笑顔のままに、弓兵から振り下ろされた()()を剛剣で受けながしながら、相手の胸部へ掌底突きを繰り出した。

 直撃。そのまま弓兵は吹き飛ぶものの、瞬時に双剣が弓矢へと早変わりして、五本の矢が音速を超えて連射された。

 

 弓兵――英霊エミヤは、この状態について深く考察することを早々に諦めている。そのようなことに気を取られていては敵わない相手であると判断したゆえに。通常、英霊は同等の神秘を保有する攻撃でしか傷付けられない。しかしこの男はそれが可能なのだ。恐ろしいのは、魔術でなく、総合的な戦闘能力と恐ろしい先読みの能力のみで、こちらの攻撃に対処しているというところ。

 眼鏡の男――ギルベルト・ハーヴェスは、この世界の作られた目的やルールを朧げながらに理解し始めていた。そして相手もまた、同じ立場にある事。しかし別世界の存在であること。そこまで炯眼で見通した上に、それらすべての要素を考慮する必要がないと理解した。

 

 

 エミヤが着地しようとした瞬間、両手に握る干将と莫邪が爆ぜる。

 投影魔術(レプリカ)とはいえ、大した威力の攻撃である。しかし一番の問題は、相手がどうやってその事象を起こしたのかが全く分からないということ。

 

 見えない攻撃――何らかの魔術なのだろうが、タネがいまだに掴めない。

 むやみに攻撃を続けても打開策はなく、だが止まれば次の瞬間―――

 

 地面が爆ぜる。

 地雷でも設置してあったかのような威力だが、火薬のにおいは欠片も感じなかった。

 

「ちッ」

 

 体勢を崩されながらも突撃して来た相手の剣を、新たに作り上げた干将と莫邪で弾いた。更に勢いを殺さずに回し蹴り―――長身を数メートル先まで蹴り飛ばすことに成功する。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らはきらめく流れ星」

 

 だが問題なしと。

 相手は悠然とこちらへ歩み寄る。ならばとこちらが駆け寄り心臓、喉へと刺突を繰り出せば、刃の軌道が勝手に曲がり、蹴りが鳩尾に刺さる。

 相手の表情は変わらず笑顔のまま。

 優勢なのは相手のはずだというのに、逆転を期待するようにこちらの動作をつぶさに観察し、爛々と目を輝かせている。

 

「いざ並べ、死後裁判は開かれた。

 眠りに微睡む魂魄ならば、我が法廷に凛と立て。

 公正無私の判決に賄賂も媚態も通じはしない。

 宿業見通す炯眼は、清白たる裁きのために重ねた功徳を抉り出す」

 

 ゆえに攻撃。攻撃攻撃攻撃攻撃――攻撃の手は緩めない。

 負けじと受け止め、受け流し、回避しながら反撃していくのだが、まったく重要器官は攻撃出来ない状態だった。

 斬撃の嵐、剣舞はそれこそ、舞のように止まらず、流麗さと苛烈さをもって進行していく。

 

「汝、穢れた罪人ならば禊の罰を受けるべし。

 地獄の責め苦にのたうちながら、苦悶の淵へと沈むのだ。

 汝、尊き善人ならば恐れることなど何も無し。

 敬虔な光の使徒に万代不易の祝福を」

 

 キンキンキンキンキン――

 

「これぞ白夜の審判である。

 さあ正しき者よ、この聖印を受けるがよい。

 約束された繁栄を極楽浄土で齎そう」

 

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン―――

 

超新星(metalnova)――楽園を照らす光輝よ(St.stigma)、正義たれ(Elysium)

 

 ギルベルトの(星辰光)が本格発動する。

 

 ギルベルト本来の音速剣舞、そして不可視の地雷原、見えざる衝撃、不可解な斬撃の歪み……。一人の英霊を追い詰めるのに、これだけあれば十分過ぎた。

 さらに、未来が見えているかのような牽制と先制、綺麗にはまるカウンター。

 

「貴様……何者だ?」

 

 思わず問いかけずにはいられない。

 自分の力を過信しているわけではないが、この状態は異常といえる。

 

 強いとは思っていた。

 ただの人ではないとも感じていた。

 しかし、ここまで手が届かない存在だとは思えなかった。

 

 剣の英霊のように華やかな剣技と豪快な魔力放出があるわけではない。

 槍の英霊のような俊敏さも必ず相手を貫く呪いがあるわけでもない。

 弓の英霊のように、圧倒的な物量で蹂躙してくるわけでも、

 騎馬の英霊のような縦横無尽の機動力があるわけでも、

 魔術の英霊のような神域の時空間操作でもなく。

 狂戦士の英霊のようなタフネス、パワフルには遠く及ばない。

 

 だが、それでも。

 目の前の男は、英霊を前に優勢を保ち続けている。

 

 対してギルベルトが浮かべるのは、変わらない笑顔。彼は少し照れくさそうに告白する。

 

「いや、そう大した者ではないのだよ。

 分かりやすくいえば強化人間、人間兵器というべきかな。

 ああ、私個人が何者かと問うたならば―――」

 

 放たれた赤原猟犬(フルディング)は、射手が無事な限りはいくらでも標的を襲い続ける。

 ゆえに必殺と射たのだが。

 

 結果は想像以上。

 数回弾くともはや自動で剣はギルベルトを外れ、相殺しあって爆散した。その間に放った矢はギルベルトの肩などを貫いたはずだが、全く気にする様子はない。普通に抜いて、普通に投げ捨てた。

 

 そうだ。一番恐ろしいのはこういうところだ。

 脇腹、肩、或いは頬を掠めたり、太ももを浅く切ったり。傷をつけることに何回かは成功している。だが相手は決して止まらないのだ。

 本来人にあるべき、躊躇いや恐怖という概念を欠損している。

 

「私は光を尊ぶ守護の盾――"正義の味方"に成りたいと希う者。

 ここには()()存在しない楽園の守護者――『審判者(ラダマンテュス)』とでも呼んでほしい」

「正義の味方……だと……?」

 

 それはエミヤの原初の願い。託された理想であり、自分が目指したモノではあるものの。

 その本質が九十九人を助けるために、一人を犠牲にするものだと彼は知っている。その夢が地獄だと知っている。

 

 だが――彼は見誤っている。

 ギルベルトという男は、それ以上の地獄であるのだから。

 

「そうとも。

 君の戦闘技術は大変すばらしいが、しかし君自身の精神はすり減っているように見える。

 君の努力は結局のところ殺人技術に過ぎず、ならばこそ、誰かのためにと振るっても、利用しつくされ、最後には君が守りたかった者らによって使い潰されてしまうだろう。恐らくだが、君の立場は一般に汚れ仕事と呼ばれるものなのではないかな? 君は大衆のために尽くし、しかし大衆からは後ろ指を指されている。ゆえに君は、そのように摩耗してしまっている……と、そのように見えるのだが。

 善人とはそういうものなのだよ。他人のために努力して、報われることなく、正当な評価すら下る前に理不尽な逆襲に遭ってしまう。

 それでは勝者が哀れだろう? 努力が出来て、清廉で、そんな英雄が、何の努力もしていない者に脅かされるなど道理が通らないではないか」

 

 ゆえに、勝者に報いを。

 努力すれば必ず幸福が訪れると、人類に知ってもらうために。

 

「だから私は、客観的な評価システムを作りたい。

 その者の学力や運動成績から算出した基礎能力、態度に基づいて基礎点を与え、朝起きればプラス何点、夢を持てばプラス何点、努力すればプラス何点、逆に寝坊すればマイナス何点、夢を諦めればマイナス何点、不正をすればマイナス何点……と常住坐臥を評価し、点数に応じて報酬、もしくは罰を与えるのだよ。

 そうすれば面倒な対人関係も解消しよう? どちらが上で、どちらが下かは点数を見れば分かるのだから。努力した人間が不当な目に遭うことも無いはずだ。なぜなら、努力を欠いている人間にはその程度の価値しかないのだから。

 全人類、平等に。

 正しくて、清廉潔白で、努力家で、誰かのため、より希望溢れる未来のため、進める人間に報いが降りるように。

 才能、立場、出身……そうした()()()()()()は許さないしさせはしないとも」

 

 ギルベルトの言葉を聞いたエミヤは、思わず固まっていた。

 

 言っていることがまず正気ではない。

 自分のように、疑いもせず馬鹿な理想に打ち込み続ける人間をのみ尊び、途中で折れたり諦めたら価値が低いから見下されて当然――という社会を作りたいといっているのだ。

 一切気持つを緩めず、自分の歪みにすら無頓着なまま。目指したならば貫けというのだ。

 

 眩暈がする。

 なんて、なんて馬鹿げているのだろう。

 

 たとえばつまり、『正義の味方』として排除しなければならない大切な人を救うため、ただ一人の男としてその少女のために戦うという行為を、愚行と見なしマイナス評価をつけることであり。

 たとえば世界平和のために戦い続けた男が、目の前の家族との幸せをのみ考えることに唾を吐く行為であり。

 

 努力が報われるといえば聞こえはいいが、実際のところは全人類を振るいにかけているだけだろう。

 ギルベルトは正義『だけ』の味方であって、人々を助ける『正義の味方』では決してない。

 

 

 知らない99人を助けるのではなく、理性的な判断基準の元、有能な人材のみ助けるのがギルベルトの理想なのだ。

 

「どうかね。君にもこの理想は、共感して貰えると思うのだが」

 狂気じみた理想を掲げつつ、それを何とも思わない精神。欠片も間違ってはいないという確信に満ちた表情。

 ……総合して、相手はおかしい。

 

「いいや、全く。残念ながら、仕事に私情は持ち込まない主義でね」

 

 ゆえに出るのは拒絶だ。

 この男に乗っかってしまうのは、あまりに恐ろしいし──自分のような贋作(捻くれ者)を肯定するつもりは毛頭ない。

 

 

 右手を左胸へと当てる。

 己の拍動を感じるように。

 

 ──心の中で、撃鉄が下ろされた──

 

 

 I am the bone of my sword.(── 体は剣で出来ている)

 

 Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)

 

 I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

 Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)

 

 Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

 Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)

 

 Yet, those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく)

 

 So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

「なるほど」

 

 ギルベルトは感心する。

 

 それは固有結界。

 自らの心象風景を現実に展開する大魔術である。

 

 英霊としての切り札──『宝具』をこの弓兵は持たないが、ある意味ではこれこそ、彼の『宝具』かもしれない。

 

 無限に広がる荒野と、そこに刺さった無数の武器。

 数多の剣を内包したその世界こそが、英霊エミヤの人生そのものである。

 

 恐ろしいのが、荒野に突き刺さる武器のいくつかは宝具であること。彼自身は宝具を持たないが、他人の宝具を見て再現できるということである。

 

 だがギルベルトは変わらない笑顔で荒野を見渡すのみ。決して気圧されない。

 

「仕方がない。私がこの理想を語ると、皆、君のような顔をする。だが止まらんし、私は間違っていると思わない。

 実力行使といこう。敗者が勝者に屈服するのは、当たり前の道理なのだから」

 

 

 

 

 

 数十分後。

 そこには、倒れたギルベルトの姿があった。

 しかしエミヤの姿も、また存在しない。

 

 彼はそういうものだ。

 誰も知らない、見ない。静かに人を殺して、静かに人を助ける。

 

 だが、それでも。正義の味方は報いを与えることなく、顔も名前も知らない誰かのために身を粉にして戦い続けるのだ。

 それが、彼らゆえに。




桜ルートの衛宮をギルベルトが見たら「(´・ω・`)」って顔しそうだなって。
むしろ優先して桜を攻撃してそうですよね。
だからお前は糞眼鏡なんだぞ、糞眼鏡。


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私は総てを愛している

どちらも戦闘好きだし……と安易に組ませました。
呪霊とか永劫破壊の設定は細かく考えずに読んでください…………。


 黄金の殿堂。

 絢爛の極みであり、しかし不吉な予感を感じさせるような“城”の中に、二人はいた。

 

「私の城……を再現したものか。よく出来ている。可能ならばこの世界を作った本人とも是非、競ってみたいものだが……今は卿が相手のようだな」

「そう寂しいこと言わないでよ。前座で終わるつもりなんて無いからさ」

 

 金髪のなびかせた黄金の獣──ラインハルト・ハイドリヒ。

 そしてツギハギのような肉体の呪霊──真人。

 

「無論」

 

 相手の言葉に、ハイドリヒは口角を上げる。

 それでこそ、と歓迎するように。

 

「私は総てを愛している。卿もまた、我が愛を向ける対象だとも」

 

 その一言が放たれた瞬間、空気が緊迫した。

 ただの言葉だというのに、偽りの城が震え、奮っている。主の再臨を言祝ぐように、その輝きを増していく。

 

 光とはすなわちエネルギーであり、熱を放つもの。

 ゆえに“それ”は、一等星のような光と熱を放出しながら担い手の手に握られた。

 

 神殺しの槍──聖約・運命の神槍(ロンギヌス・テスタメント)

 

 今戦闘をしていたのが真人以外の呪霊だったならば、この時点で決着が着いてしまっていただろう。

 真人という呪霊は唯一、魂について『知覚』している呪霊である。

 

 ゆえに理解出来た。防御が出来た。

 だが結局、防御したところでどうにもならない攻撃というものは存在する。

 

「はは……!! なんだよ、それ!!」

 

 真人の身体が吹っ飛ばされていく。

 理由は単純で明快。ハイドリヒの神槍が原因である。

 

 

 彼の聖遺物──『聖約・運命の神槍』は、存在がもはや一つの世界として成立してしまっている、選ばれし存在にしか触れられない武装。その穂先が向けられただけで、脆弱な存在強度では魂ごと消滅してしまうだろう。

 事実、特級呪霊である真人ですら呪力で魂を守らなければ蒸発するところだったのである。ただ吹き飛ばされただけで済んだのはむしろ、幸運だったというべきだろう。

 

 だが、戦闘はまだ始まったばかり。ましてハイドリヒの強さは、強力無比な武器のみに依存するものではない。

 

「卿、魂を知覚しているのか」

 

 その言葉と共に槍が振り下ろされる。

 咄嗟に両腕を交差させ呪力で防いだ真人だったが、一撃の重さに足が床に沈む。

 

 膂力(りょりょく)もまた規格外。

 戦いというジャンルにおいて、彼に不足しているものなど存在しない。

 

 しかし真人は成長途中。強敵との闘いの中でより強くなっていく。

 

「俺は人間(あんたら)から生まれてきたモノだしね。君こそ、魂を自覚してる人間なんて珍しいじゃないか」

 

 肉体の形は魂に引っ張られる。

 自覚的に自らの魂の形を変形させれば、連動して肉体の形も変わるものだ。

 

 魂の形を知っている真人は、魂の形状を操作できる。

 ゆえ、たとえば手のひらから槍を射出することも可能であり。

 

 放たれた二振りの槍がハイドリヒの眼球へ迫る。普通ならば、柔らかい目玉など容易く貫かれるだろう。そのまま脳まで貫きかねない。

 

 しかし結果は異なる。槍は目玉に受け止められて静止する。だが驚かしには充分であり、その間に真人は防御を解き、相手の腹部に掌を当てる。

 

「──“無為転変”」

 

 真人の術式、無為転変。

 その効果──魂の形状操作。その術式効果は自分のモノのみに留まらず。

 

 頭部変形。それだけで人は死ぬ。

 

 

 

 

 だがそれは“常識的な”話だろう。

 

 真人は脅威度を見誤っている。

 いや、正確にいえば、彼のいた世界に、この獣と同次元の脅威が存在しなかったゆえに。測ることなど出来やしなかったのだ。

 

「なんだ──? 魂が」

 

 ラインハルト・ハイドリヒを構築しているのは数百万にも及ぶ魂。

 そのうちの一つに干渉したところで─────。

 

「卿」

 

 顔を上げる。

 その先には、満面の笑みを浮かべたハイドリヒがいて。

 

 次の瞬間。天地が入れ替わる。高速で回転する視界に認識が追い付かない。

 

 激痛、激痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛………死。

 

「私を退屈させるな」

 

 吹き飛んだ先で槍を構えている男が見える。

 次の瞬間、五体が弾け飛ぶような衝撃を受けて更に身体が吹き飛ぶ。

 ただ槍で殴られた衝撃とは考えられない。

 

「しょうがないなっ!!」

 

 ならばと隠し持っていた人間を変形し圧縮したものを取り出し、三メートルにも拡大したり、腕足を巨大化させたりと改造して展開した真人が見たのは、武装した骸骨の兵隊。

 

「奇しくも。考えていることは同じだったようだな」

 

 数百もの鉛玉が撃ち込まれては、ただの改造人間たちでは役に立たない。

 

 骸骨の兵隊……真人の改造人間と同じく、魂を操作し手駒とした者らの軍勢ではあるが、決定的な違いは戦闘力の違いだろう。

 

 真人が手をかけたのは一般人たちであるが、ハイドリヒの軍隊は紛れもなく、過酷な世界大戦時に軍隊に所属していた者たちである。

 唯一、防御を完璧に済ませていた真人にも痛烈な爆撃が直撃する。

 兵隊、戦車隊……。ハイドリヒ()は一人で一国と同等かそれ以上の戦力として機能している。

 

「仕方ないな……。

 多重魂

 

 複数の魂を掛け合わせ、生み出すのは多重魂。そして次の瞬間。

 

撥体!!」

 

 勢いよく射出。兵隊、軍隊をぶち抜いてハイドリヒに迫る。

 

「ほぉ……」

 

 直撃。

 ハイドリヒの身体が数メートルにおよび後退する。

 ならばと。真人は更に押し込むことを決めた。

 今こそ攻め時なれば、ここで畳み掛けるまで。

 

「領域展開」

 

 口の中で結ばれる掌印ゆえ、妨害される心配もない。

 そして効果は必殺必中。

 

「自閉円頓裹」

 

 “無為転変”を非接触で発動させる。

 数百万の魂──その総てへと手を伸ばしてしまえば、相手も殺せるだろうと。

 

 無理、不可能、ありあない───そんなモノ、越えてみせると不敵に笑って。

 

 

 

 

 見事、領域が消し飛ぶ。

 

 理由はやはり、単純だ。

 真人と同じように異界を展開した者がいる。

 

創造(Briah)──」

 

 ラインハルト・ハイドリヒ。

 黄金の獣。

 

至高天(Gladsheimr)・黄金冠す(――Gullinkambi)第五宇宙( fünfte Weltall)

 

 世界大戦時に数多くの非人道的行為を行い、いまだに世界から恐れられる第三帝国の幹部――というのは彼の顔の一つに過ぎない。

 聖槍の担い手である、というのも然り。

 

 彼こそは至高天。

 数百億と連なる並行宇宙を創造した存在たる神を殺すべく生まれた、神殺しの獣にして、神として世界を己の法則に染め上げる力を持つ、覇道神である。

 

 領域展開後。術式が焼き切れた真人はしばらく変形も改造も出来ない。

 しかし、術式が回復する時間など、あるはずもなく。

 

「ふむ。なかなか楽しめたぞ、呪霊とやら。安心して()されるがいい」

 

 聖槍からほとばしる破壊光。

 必中にして最速にして必殺の光輝が、人より生じた呪いを完膚なきまでに消し飛ばした。

 

 しかし真人の魂は廻る。

 黄金の覇道に飲み込まれたゆえに、永劫、いかなる術によっても死ぬことなく。戦い続けることが許されたのである。

 

「さて。次に狙うべきは」

 

 向ける視線はソラ。

 そこにいる何者かを捉えると、彼は獰猛に微笑んだ。

 

「いつか必ず、卿にも挑もうか。

 案ずるな。逃げはせん。なぜならば、私は――」

 

 

 

 

 

 

 ――私は総てを愛している――




呪霊のなかだと結構好きだったよ真人。
渋谷事変のアニメ化が楽しみだね。


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天の鎖

FGOでお気に入りのサーヴァントを出しました。
深い意味は、無いです………。


私は自己満足に走った。
──着いて、来れるか?


「僕が先鋒なんだね。いつもは殿を務めているから、意外だったよ」

 

 緑の長髪をもつ、中世的な人影が森にいた。

 やわらかい視線からは敵意を感じず、その微笑みからは好感が伝わる。

 

 その真名――エルキドゥ。先ほど、相手自ら名乗った名前である。

 

「お前がいる世界線の、底抜けに善良な『私』はお前と親しいんだろう? 仲いい順番に編成が組まれているのかもな」

 

 私の言葉に、なぜかエルキドゥは苦笑した。

 

「仲が良い……どうなんだろうね。

 よく一緒にはいるけれど、あまり話せてはいないし。他のサーヴァントと比べて多くのリソースを割いてはくれるけれど、僕からは判断できないな。

 いや、君がいうなら、もしかしたらそういう風に思ってくれているのだろうけど。……ううん、そうであってほしいと、今は思っているよ」

 

 一番一緒に戦っているが、最近はご無沙汰らしい。相性、効率、色々とあるのだろう。事情は分からないが、私から言えることはない。

 同姓同名、同じ魂を持つ、ただ世界線が異なるというだけの存在ではあるものの。私と彼女は異なる人生を歩んでいる以上、他人だろう。

 

「なら。帰ったら魔術師の私に言っといてくれ。愛は言葉に出さないとまったく伝わらんと」

「了解。可能な限り覚えておくよ」

 

 言葉は交えた。

 ならば後は、拳を交えるのみだろう。

 

 

 

 天の鎖と覇道の神。

 

 神話体系、世界の成り立ち、人生、生まれた時代……何もかもが異なる二人は、しかし共通した価値観に基づいて、初手から一切の加減なく全力を叩きつけ合った。

 

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)!」

淫蕩無法領域・(ハザフ=ルマ・)奈落にて輝け我が冥星(プラスティヤ)」!

 

 片や――神々の宝具として地上に生まれた存在意義の証明。己自身を鎖と変化させ相手へと叩き付ける。鎖に流し込まれるのは抑止力。すなわち、現存文明、この星の生存本能。

 ゆえに人類の、世界の脅威に対して、この宝具は絶対の対抗力を誇る。

 片や―― 一切の逸話や由来に依らない、純粋な術理。全方位へ爆炎を解き放ち、一切合切を灰燼と帰す。この炎はかつて、己の先代として宇宙を創世した唯一神を滅ぼしたもの。すなわち、現存世界をその法則ごと焼き尽くすもの。

 ゆえに対人理、対世界、対秩序に特化したものであり、世界を守る防御すら粉砕してみせる。

 

 

 激突。

 

 

 結果は相殺。

 両者ともに、笑顔で木々の吹き飛んだ森の中央に降り立つ。

 

 距離は五十メートルほど。

 これが人同士の対決だった場合、攻撃手段は銃火器などの飛び道具が一般的だっただろう。短距離の範囲ではあるが、決して近くはないのだから。

 だが両者ともに人外である、この場合の正解は――。

 

 次の瞬間、お互いの頬に右拳が叩き込まれる。更に止まらず左右のラッシュ。

 音速を超える激突。だが浮かぶのは笑みである。

 

 相手の左拳を回避するべく後方へ跳躍。

 しかし拳は突き出されることなく、地面を触れた。なにが―――

 

 

 ─────────────────────────────────────。

 

 足元から生えてきた杭に顎を打ち抜かれ、身体が縦回転する。脳は揺さぶりつくされ、意識が漂白された。しかし、まだ。

 

「ふッ!!」

 

 エルキドゥの右手首から先が刃となって振り下ろされる。

 ぎりぎりで意識を取り戻したため白刃取りには成功したものの、姿勢は崩れている。すかさず蹴りが入り、身体は易々と吹き飛ぶ。

 

「良い反応だね。気配を感知する機能があるらしい」

「そうだな。お前と同じだよ」

 

 先ほど感じた魔力の流れ。

 エルキドゥは泥人形だと聞いたことがある。ゆえに人間にはない変形機能を自分と自身を生み出した大地に対して有し。さらに大地を通じて隠れた気配を感知することができる。

 自身と地形の再整形能力、並びにな高性能レーダー付き、というわけである。

 

 対して私の気配感知機能は、周辺をまるごと己の世界へと変質させるという行為の副産物だ。

 神座とは世界そのもの。宇宙という生物とよくいわれる。ならばこそ、自分の世界の内側で起こっている出来事、存在する生命は、すべて観測可能。

 理屈は、叩かれたら叩かれたことが分かる、程度のことでしかない。

 

 発生速度、発射速度、事前動作……最小限の隙と、出だしの速さにおいてエルキドゥの地形変形の方が早い。私が感知したときには既に、攻撃は繰り出されている。

 

「それじゃ、()()ならどうかな?」

 

 次弾装填──完了。

 エルキドゥの前方の地面が盛り上がり、まるで迫撃砲のように魔力のこもった土塊が撃ち込まれる。

 軌道を読みながら回避に徹したいところだが、上を見ていてはおそらく、飛び込んで来たエルキドゥ本体に仕留められる。

 ゆえに。

 

「ちぃッ」

 

 両腕を交差させてから広げ、火花を広範囲にばらまけば、追尾ミサイル撃墜用火炎弾(フレア)の役割を果たさせる。

 予想通り飛び込んできたエルキドゥへは、向けて指を鳴らすことで術理を起こした。

 視界目いっぱいに炎を放ち、前方を焼き払う。空間そのものを起爆すれば、地中も空中も逃げ場にならない。

 

 相手が対魔力も持たないサーヴァントであれば、既に勝敗を決していただろう。いや、対魔力スキルを有していたとして、Cランク以下では話にならない。

 青銅の魔力出力は、英霊を超えて神霊にも等しい。技巧や神秘の多寡ではなく、単純な出力量ならば神代のキャスターですら敵うまい。

 

 まさに砲台。今も、右手を掲げるのみで天から破壊の光を雨のように降らせ、大地ごと、敵を殲滅せんとしている。

 

 しかし、相手は神代のバケモノ。

 人型となり、理性と知性の獲得により弱体化した状態で最強格のサーヴァントに名を連ねる存在である。

 

「へえ。きみ、そんなことまで出来たんだね」

 

 声は背後から。

 白い貫頭衣に煤が着いているものの、外傷は全くないままに天の鎖は在った。

 繰り出される掌底。パイルバンカーのように、掌から槍が放出するところ含めて見えている。咄嗟に後退し回避しようとするも。

 

「なに……!?」

 

 足に絡みつく鎖。足元の地面から、黄金の鎖が生えていた。

 

「逃げるつもりかい? ──逃がさないよ」

 

 体は引き戻され、槍が心臓を貫く。その直前に。

 

「ぬ……ぉッ」

 

 右腕が軌道をそらし、左手刀が相手の喉へと滑り込んだ。手刀から繰り出される魔力放出にて相手を突き飛ばし、間髪入れずに自身の頭上から熱線を落とす。──自分の熱線で、私は死なない。

 しかしこの戦法にはひとつ問題がある。たとえ術理が異なるとはいえ、魔術は魔術である。対魔力スキルでカットされてしまえばこの防御戦法は詰んでしまう。

 

「効いてくれるかな」

 

 これまでの攻撃は悉く回避されてきた。ゆえに、どこまで有効かも分からない。広範囲を薙ぎ払う派手な攻撃であることも、この展開では不利にはたらいた。

 

「心配は無用だよ。君の攻撃は、僕に有効らしい。

 僕らサーヴァントの対魔力スキルで弾ける魔術体系とは異なる法則のものだからね」

 

 そう言いながら出てたエルキドゥには左腕がなかった。私の体に最も近かった部位ゆえに、吹き飛んでしまったらしい。間違いなく朗報だ。自分の攻撃は有効。しかも相手は片腕を失っている。しかし、なんだ。この言いようのない不安は。相手はなぜ、余裕の笑みを保っている───?

 

「次からは気を付けないと。無傷で決着が着くとは思っていなかったけれど、これは嬉しい誤算だよ」

 

 やさしい口調で、微笑みながらつぶやかれた言葉の直後、破損していたエルキドゥの肉体が再生しはじめた。時間を逆再生するように肩から骨が、肉が、皮膚が生じて腕になっていく。

 

 『完全なる形』──大地から生まれた泥人形であるエルキドゥは、大地からの魔力供給により、無制限の回復機能を有する。実質的に、大自然の中で戦うエルキドゥを倒すことは不可能である。

 

「うれしい? お前、被虐嗜好者(マゾヒスト)だったか?」

「そうじゃないさ。ただ、未知の敵に対して僕の性能はどれほど役に立つのか、それを知ることが出来るのは、なんというか、嬉しいものだよ」

 

 おそらく無自覚なのだろう。戦闘狂(バーサーカー)の片鱗を見せつつ、兵器は己の右手を剣へと変えた。同時にこちらも、右手に刀を握る。

 

 ――と、近接戦闘に移行すると見せかけて、相手の足元から次々熱線を放出。重力に逆らうように伸びる光の柱を、神の兵器はバク転しながら回避していく。

 それを追いかけて光線を放っていくが、追い付かないか。ならば。

 

「……フワワ」

 

 その一言に反応するエルキドゥ。

 別世界……(彼女)と契約している世界線の自分の情報を自分に流し込み、相手に対する理解度を上昇させていく。それと同時に相手に向かって駆け出せば、光線で相手の背後、剣で相手の正面から攻め入る。

 

「それはいつか、あの森の番人を救うために?」

 

 相手の動揺を誘う一手。しかし相手は光線を当然のように回避した。

 光線そのものは、私に大した傷は付けられない。問題は、その閃光が目くらましとして機能したことだ。

 

 一瞬だけ、私はエルキドゥを見逃した。

 その隙にエルキドゥは私の背後に回り、首へと蹴りを繰り出す。しかしその蹴り脚は刃に変化しており、当然のように首をはね飛ばせるものだ。

 

 目くらましの効果により、私の動きは一瞬遅れている。

 

 首に刃が到達。そのまま容赦なく肉を切り裂いていく。……しかし。

 

「……へぇ」

 

 最後までは切らせない。

 極度に硬質化した筋肉がエルキドゥの攻撃を止めたのだ。

 

「さぁ、第二R(ラウンド)を始めようか……!」

 

 

 

 

 

 

 直後、閃光。

 

 

 

 

 

 私を中心に爆発が発生。その威力は核兵器にすら達しかけており、致死量の放射線が出ていない分だけマシかと問われれば、もちろん否だ。

 その熱と光だけで、十分に人は死ぬだろう威力。

 では人外であるエルキドゥはどうなるかと問われれば、いうまでもない。次の瞬間に殺到する黄金の鎖が、彼の安否を告げるだろう。

 

「さすが、タフだな」

 

 後方へと跳躍して鎖を回避すると、目の前には緑の長髪をなびかせた、神代の兵器が立っている。

 

「僕が単純なサーヴァントとして召喚されていたなら、或いはさっき決着がついていたかもね。君が最初の一手であの火力を出してくれたからこそ、僕のパフォーマンスは相対的に向上している。

 ああ、でもあまりいい意味ではないかもしれない。それだと君が人類の脅威として世界に認識されているかもしれないしね」

「それは無い。この特異点はどの世界からも認識されないからな。

 理屈に当てはめるなら、単に、サーヴァントという鎖が壊れたんだろう。

 さて、エルキドゥ。すまないが、おまえに答えを与えることは出来ん。私の仕事じゃないし、私が答えていいものでもないからな。その上で、まだ戦うかい」

 

 私の問いかけに、(彼女)は微笑んだ。

 

「もちろん。それで構わないよ。僕はあくまで道具だからね。召喚者である君の好きなように使い潰しておくれ。

 ……あと、おこがましい願いかもしれないけれど、()()の話題を戦闘に利用するのだけは、やめて欲しいかな」

「そうだな、あれは私が悪かった。もうやらないよ」

 

 相手の地雷を意図的に踏むのは、侮辱とも取られかねない。もちろん、発言の意図は相手を侮辱して隙を晒させることである以上作戦通りではあったものの。

 今の私たちの対決には水を差すものだったろう。それに、私が答えを与えないと明言した以上、戦闘と直接無関係な問答をするのは双方にとって無益である。

 

 私の言葉を受けて(彼女)は頷くだけだった。

 それのみで充分だった、ともいう。

 次の瞬間、エルキドゥは足元の大地を爆発させた。

 

 それは(彼女)の親友の再現。無限に等しい武器の雨あられである。その武器の一つひとつが神話に出てくるような宝具に等しい神秘を有し。別の世界線で作られた、作家系のサーヴァントが作り上げた疑似宝具たちなど玩具にすら思えてしまうだろう。

 神代の神秘を有した武器の弾幕など、ほとんどの英霊にとって悪夢でしかない。

 

 しかし。相手は神座。森羅万象の悉くを強烈な自己で支配する存在なれば。

 

「模倣――」

 

 両手をかざす。

 彼女は、自分の座の力を欠片程度しか見せていない。

 

雄弁なる伝令神よ。汝、魂の導者たれ(ミゼラブル・アルケミスト)!!」

 

 次の瞬間に、飛来する剣が悉く、青銅に弾かれた。

 弾かれた……というより、まるで接近を禁じられているように、ひとりでに回避してしまったのだ。

 

 雄弁なる伝令神よ。汝、魂の導者たれ(ミゼラブル・アルケミスト)

 彼女が観測してきた世界のひとつ。強く惹かれた魂が有する異能である。

 その効果は磁界操作。万能磁石。自他に磁性を与え、操作する能力であり、能力資質は総てが最優と、桁爆ぜれた性能を有している。

 もっとも、使い手はその性質に反して、負け犬気質で、荒事には積極的に回避行動を取るような男だったが。

 

 否。むしろ、これが優れた性能を誇る優秀な戦闘者でなかったからこそ、彼女はこの力の使い手を気に入ったのだが。その話はいづれ。

 

「金属は当たらないようだけれど……。

 意味、ないよ」

 

 そういって突撃して来たエルキドゥは正しい。

 この能力は優秀だが、本体のフィジカルがそれなりになければ一方的にタコ殴りにされるだけだ。もっとも、本来ならば人間の血中鉄分なども磁性で操れるのだが……エルキドゥに血液はない。あくまで(彼女)は泥人形なのである。

 

 向けられた拳と言葉を見て笑う。

 元の持ち主ならば「そんなインチキありかよ!」と理不尽さに泣いていたかもしれないが、あくまでこれは模倣である。

 

 拍手で位置が入れ替わる。

 次なる模倣は呪術。名を不義遊戯(ブギウギ)

 

「節操がないと笑うか? 独創性(オリジナリティ)で勝負しろって思うか?

 別にいいだろう。厨二拗らせた二次創作のオリ主なんて所詮――」

 

 そのまま回し蹴りで、殴りかかる体勢で背中を向けたエルキドゥを蹴り飛ばそうとした。

 しかし、いや、やはり相手は生まれながらの戦闘兵器か。身を捻り繰り出された拳が鳩尾に叩き込まれ、私の体は数十メートル先まで殴り飛ばされる。

 

「特に責めるつもりはないよ。自分がないだなんて、僕がいうことじゃないし、今この競い合いには関係ないさ」

 

 立ち上がったばかりの私の足元から、無数の剣が放たれる。肉体を瞬時に硬質化させて重傷は防いだものの、痣は出来たし、ダメージは決して無視できるものじゃない。しかも、ガードをしたせいで体は固まり、視界は腕で隠れている。

 まずい―――!?

 

「ふッッ!!!」

 

 気合の入った一撃。

 エルキドゥの拳が顔面に直撃し、次の瞬間、すさまじい勢いで肉体が後方へぶっ飛ばされた。

 下側から攻撃をするとほぼ同時に上側からの攻撃。

 第三者から見れば単純であるが、しかし下から迫る武具がなまじ強力であるゆえ、意識が下に向く。もし仮に、上下ともに宝具による攻撃であったならば、私は迷わず後退なり、バリアなどの対処が出来ただろう。同程度の脅威に同時に晒される程度、予想できないことはない。

 対応に優先順位が生じさせる――それこそ、無限に等しい手札を持つ私に、効率的にダメージを与える術である。

 

「……私の能力はね、私の世界に生まれてきた人間に可能性を与える程度でしかない」

 

 しかし――それで仕留めきれるほど、脆くはない。

 

「正確にいえば可能性の拡大。"出来るかもしれないもの"を"気持ち次第で出来る"ようにする法則を、文字通り並行世界含めた認識している総ての宇宙(世界)に流出させるというもの。

 豊富なコピーは、その応用だよ」

 

 両足で減速しながら解説は止めない。

 バトル展開で長尺台詞は忌避されるものだけれど、私は長々喋るのが趣味なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私自身の可能性を広げることで()()()()()()()()()()()()()()()、そのうえで()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで私に()()()()()()()()()。簡単にいうと、最強の後出し虫拳!! ってわけさ」

 

 ゆえに青銅は、いかなる夢小説でも夢主たりえない。

 私は主役ではなく、いつでもラスボス系ヒロインである。

 軸など無く、

 特に思想など無く、

 ただ、原作を侮辱するだけの、誰かの自慰のためだけに存在する都合の良い―――

 

「さて。そんなわけで君の与えたダメージは一通り回復した。

 次はどうする?」

「もちろん、決まってるじゃないか」

 

 数百メートル先にて、地面に手を置く神の兵器。

 『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』、ではない。

 

「それは、最初効かなかっただろう?」

「そうだね。でももう、役割(ロール)は決まったらしいから」

 

 微かに笑う。

 

 その通り。

 出会いがしらの衝突とは違い、私は私の能力を開示し、ラスボス系ヒロインであると認定した。

 

 

 

 私の倒し方。それは何も難しいことではなく。

 

 

 

「呼び起こすは星の息吹。

 人と共に歩もう、僕は―――ゆえに

 人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)』」

 

 

 

 

 相手はただ、"英雄(主人公)"であれば良いだけである。




うおおおおおおおおお青銅戦書きてぇ!!!!! と思って書き始めたら迷走しました。
因縁バトルじゃないとマジで着地点が分からないね……。


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英雄の王と呪いの王

最近、呪術廻戦をジャンプ本誌で買うようになりまして、毎週ワクワクしながら読んでるんですけども。
pixivでブルア廻戦もの書いてるとある日気が付くんですよ。

  ゲラゲラが、足りない……って。



 高層ビル群。

 その内の一棟が、斜めに両断されて崩れていく。

「あくまで(オレ)を落とすのが目的か。

 くだらん」

 ビルの屋上より地表を見下ろしていた男は滞空したままに手を掲げる。

 それは世界への命令。

 空間を歪め、己の宝物を下界へ晒すという宝具。

 ──『王の財宝』(ゲート・オブ・バビロン)

 現れた黄金の波紋を見上げ、下界の男は嘲る。

「貴様など、落とすまでもない」

「……ほう?」

 ではなぜ、と問うまでも無かった。

 切断したビルを足場に、四本腕の男は駆け上がる。天へと手を伸ばす傲慢さは、人の愚かさの具現か。或いは。

 

 発射された刀剣を回避し、槍を蹴って金髪の男の上空へ飛んだ“それ”は、空中で体を回転させかかと落としを繰り出した。

 当然の如く防御はされるが、相手の高度を落とすには十分な威力がある。

「俺を見下ろすな。

 俺()貴様を見下ろすのだ」

 なんら攻撃的な意味は無く、ただどちらが上にいるべきかという話。

 であれば落とすという発想は間違いはない。

 しかし男──宿儺にしてみればそれは、自らが上がるという動作であり、相手を下すのとはまた異なる行為なのだ。

 

 そして、それは相手にとっても同じ。

 

「言うではないか」

 天下に我ありと宣する者はいても、我ありて天下ありといえる存在はそう多くはない。

 世界に自分がいるのではなく、自分が君臨するこの場所が世界なのだと、そう自負するゆえ。

「──雑種風情が」

 ギルガメッシュはあくまで雑に、邪魔な羽虫を払うように宝具を展開した。

 

 「ケヒッ、ヒヒッ」

 宿儺にとって世界とは自分がいる場所以上の意味を持たない。

 世界の中心に自分がいるのではなく、自分しか世界にはいないと振る舞うのが宿儺だ。周りのことなど、花とも脆い土塊とも民とも人とも神とも思わない。

「──来い」

 

 殺意が交差する。

 同時に宿儺へ殺到する真名を持たない宝具の雨あられが弾かれ、或いは両断された。

 生き残った数本は宿儺の体を容易に貫くが、しかし致命傷にはならない。

 反動で吹き飛ぶ宿儺の背後の空間が歪み、そこから更に宝具が発射された。

 挟撃。

 たとえ英霊でも、まともに当たれば決着してしまうだろう状況だ。宿儺の腕が多いからといって、この数はさばききれないだろう。

 しかしそれは手足を動かす人間の思考だ。

 宿儺はわざわざ動くまでもない。

 

「解」

 宿儺の通常の斬撃では宝具を断ち切ることは出来ない。そもそもここで宝具を断ち切ったところで宿儺の体に宝具が当たることは防げない。しかし物理判定が存在する以上は得物のように攻撃を弾くことも可能なのだ。

「クックックッ……。

 あまり慢心するなよ。貴様の捌き方は()()()()()()()ぞ」

 両者ともに地表へ落下しながら、視線は相手にしか向けていない。

「たわけ」

 そして両者ともに、余裕の笑み。

 片や世界を背負う男、片や無頼の史上最強。

「慢心せずして、何が王か!」

 英雄王VS(バーサス)呪いの王。

「ケヒッ……違いないな」

 開幕─────。

 

 

 宿儺には二種類の斬撃がある。

 通常の斬撃、「解」と相手の耐久力や呪力に応じて最適の斬撃を放つ「捌」。

 「解」による宝具の切断及びギルガメッシュ本人への有効打は絶望的といっていい。

 宝具は神秘、魔力などによる強化があり、ギルガメッシュ本人もまた同様に、「解」で断ち切れるほど脆くは無い。

 しかし「捌」ならば対応は可能。かといって、「捌」のみで相手を殺し尽くすというのも、難しい話ではある。

 なぜならば、相手には宝具である『王の財宝』があるから。

 宿儺へ向けられていた武器はどれも一級品の中でも特に優れたもの。そして付与されている効果もバラバラだった。

 呪いの王は察する。

 あの空間の歪みから発せられるものは数多ある相手の財宝であると。脅威は適当に投げつけるだけで必殺となる攻撃の威力──などではなく。豊富過ぎる効果の種類にこそある。

 例えるならば、摩虎羅すら調伏し切った十種影法術師。しかもあの式神とは異なり、適応してからの対応ではなく、常時適切な防御を行いつつ最適の攻撃を返せるという性能である。

「戦闘員ならば得られず、しかし戦闘員であれば紛うことなき最強無比の力だっただろうな」

 ギルガメッシュが慢心をしないならば、即ち王として君臨するのではなく、戦士として勝利を求めるならば、あの宝物庫は最強の武器となっていただろう。

 しかし財宝を蒐集するのは権力者の領分である。それも武人などではなく、生粋の高貴な血筋の権力者ども。

 

 そしてギルガメッシュも、神より与えられた目など用いずに相手の実力を察していた。

 生まれながらの王として、英雄として、相手の底を見る観察眼には優れている。

「野犬風情がよく足掻く」

 愉快げに口角を上げ、景気よく宝具を乱射していく。

 宿儺の術式による斬撃の嵐は猛烈だが、それを超える勢いで宝具は放たれている。

 

 宿儺は少しずつ削られていく。

 右肩が抉れ、両足首が吹き飛び、なおも宝具による絨毯爆撃は終わらない。

 しかし次の瞬間。

「ケヒッ」

 傷が悉く修復されていく。

 時間の逆再生のように、傷の大小に関わらず。

 反転術式──本来、負のエネルギーである呪力に、負のエネルギーを掛け合わせ、正のエネルギーへと転じ、治癒を施す技術である。

「やってくれたな!!」

 呪いの王は即座に反撃を開始する。術式を、ギルガメッシュの防御にすら有効と思われる『捌』へと限定し、連射。しかしそれでも撃ち合いでは互角となるゆえに。

「駄目押しだ」

「ほう?」

 ───宿儺は静かに、掌印を組む。

 ギルガメッシュは腕を組み、様子見をするまでもない、と。観覧している。

「領域展開──」

 空間を分断せず、術式世界を広げる。術式範囲はおよそ二百メートル。呪力のないものには『解』が。呪力のあるものには『捌』が、領域が終わるまで絶え間なく繰り出し続けられる。

「───伏魔御厨子」

 必殺。そして鏖殺。大量虐殺をするためだけに設計されているような領域が、英雄王へ迫る。

 しかし勿論、古今東西、人類の叡智の原典を全て持つ英雄王は空間そのものに防御を展開することで防ぎ切る。黄金のサーヴァントに穴はない。

「まさに野犬根性よな。見境なく噛み付くばかりが得手か」

 宿儺が、次の一手を撃つまでも無く。

 因果逆転、必中の呪槍が呪いの王の心臓を穿ち抜いた。




アニメ見たら、もっとすごい戦いになりそうだったけど、ファンパレに間に合うように焦ったらこうなりました。


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五条悟vs黒神めだか

あけましておめでとうございます。

公式ぶっ壊れチートvs公式ぶっ壊れチート
ちなみにめだかボックスの18、21、22巻がなくて最後どうなったのか全然知らないんですよね、輪ゴム以外は。
ちなみに推しは安心院さんだ。だからもう先は知りたくないまである。


 あるスポーツ選手が歴史的記録を出してから、次々に世界記録が更新されていくように。一人の天才棋士の爆誕からほとんど間髪入れず最年少天才棋士が爆誕するように。ある日ある時ある天才が生まれた事により、世界全体のレベルが段違いに引き上げられることがある。

 いわゆるシンギュラリティ。時代の始発者。

「君、女子高生? 他の子から頭抜けて天才とか言われるタイプでしょ」

 時代の始発点に立ち、『現代最強術師』と呼ばれている男──五条悟はいつもの軽薄な笑みを相手へと向ける。六眼と呼ばれる特殊な目は、相手の特異性を見抜いていた。異常、負荷、能力、どれでもあってどれでもない、その特異性を。

「そうだな。確かに私はよく天才だとか、優秀だとか、特別だなんて言われるよ。そこを否定するつもりは毛頭ないし、事実私は天才なのだろう」

 あるスポーツ選手が数年もの間、あらゆる大会で一位を独占するように。ある天才棋士が過去のあらゆる天才を蹴散らして圧倒的な戦績を刻むように。ある日ある時ある天才が生まれたことにより、世界に『絶対』が刻まれることがある。

 いわゆるシンギュラリティ。時代の滅亡者。

「そちらこそ。私など、そちらと比べれば子猫のようなものだよ」

 あらゆる天才を敗北させ、怪物と恐れられながら敵に愛された女──黒神めだかは凛とした態度のまま、相手と対峙する。気配で、感覚で分かる。あまりに規格外な、その能力を。

 戦闘狂ではない。だがしかし、自分と互角かそれ以上の敵との遭遇───。これに滾らない最強など、いるはずもなく。

「ま」

「まあ」

 最強呪術師(バーサス)最強生徒会長。

「勝つのは僕だけどね」

「私は負けんがな」

 ここに、激突。

 

 五条悟の高火力技は四つ。強化した無下限である『蒼』、反転させた無下限である『赫』、その両方を掛け合わせた『茈』、さらに領域展開『無量空処』。しかし『茈』ほどの大技となればタメは大きく、初手から全力で攻撃を行えるほどの隙はない。しかし絶対不可侵の術式、さらには精密な呪力操作を実現する六眼(りくがん)があるがゆえの圧倒的な呪力効率が、五条悟を最強たらしめる。

 黒神めだかに不可能はない。あらゆる異常性(アブノーマル)、あらゆる過負荷(マイナス)、スキルを見知っている範囲内で完成させた彼女の手数は無限に等しく、ただ圧倒的なゴリ押しであらゆる敵を蹂躙する。怪力、頭脳、文武両道に極まったステータスは確かに圧巻だが、五条悟のような概念防御能力を発揮する相手を正面踏破出来るかは不明である。

 初撃。黒神めだかの拳が五条悟に迫ると同時に、五条悟の蹴りが黒神めだかの腹部に直撃する。

「……がッッ!?」

 その蹴りはあまりに早く、そして何よりめだかを驚かせたのは、彼女の攻撃が相手に到達していない事である。確実に当たる軌道、速度であったにもかかわらず、直撃前に拳は停止し、不思議な手応えを感じている。その感覚を掴むより早く、女子高校生の矮躯は遥か後方数百メートル先まで飛ばされていた。

「一撃で決めるつもりで叩いたんだけど、硬いね。ギア、上げてくよ」

 めだかが立ち上がるより早くに五条悟は接近。頭を狙い正確に足を振り下ろす。

「ふむ……。やはりダメか」

自分の頭があった場所が砕け散るのを眺めながら、音もなく立ち上がりそれどころか回し蹴りまで繰り出していた黒神めだかは、ため息をこぼす。またもや回し蹴りは直前で停止してしまっている。

 百戦錬磨、既に格上との戦いに慣れすぎているめだかがそのタネを見抜くことは容易い。まして、他人の能力を見聞きするだけで完成させるほどの観察力ともあらば、五条悟の力の正体の八割は掴んだといって過言では無い。

 具体的には、停止する力と吸い込む力、そして弾き飛ばす力の三種と、それらの活用法について。『茈』のような掛け合わせや『無量空処』にまでは思い当たらないながらも、通常戦闘において問題ない程度に相手の手札を読めたことになる。問題は完成させる手段。既に完成しているといって過言では無い五条悟の『無下限呪術』を、黒神めだかがどう『完成』させるかがこの戦いの肝となる。

「バリアのような力ならば、()()ごと蹴り飛ばせるのだがな」

「なら、()()()()()()()──!」

 五条悟の言葉の次の瞬間。めだかの足を止めていた力が突如解除され、フルパワーの蹴りが叩き込まれた。おそらくは車ですら凹み、ぶっ壊れるほどの一撃を受けて、しかし最強は倒れない。逆に顔面目掛けての拳が叩き込まれ、さらにめだかは吹き飛ばされた。

「ほら。無限なら解いてあげるから、好きに打ってきなよ」

 五条悟は調子よく両腕を広げ待ち構える。

 これまでの攻撃を見て確信した。相手の打撃は強力だが、術師でいえばせいぜい一級程度。フィジカルのみでも圧倒できる相手である、と。

「……言ったな?」

 しかし五条悟は見誤る。確かに、黒神めだかの身体能力は一級術師程度。単独で国家転覆が可能なレベル(特級術師)の五条悟には遠く及ばない。しかし彼女の強みは人並み外れた身体能力ではなく。

「ふッッッ!!」

 叩き込まれた打撃そのものは大したダメージではない。しかし直後、五条悟の全身を、雷電が貫いた。

「──は?」

 術式、といえばそうかもしれない。これは放電体質を完成させることで実現した雷撃であり、黒神めだかの持つ能力のひとつである。五条悟が警戒レベルを引き上げ反撃に出るも、既に攻撃は届かない。それはまるで()()()()()()()()()()()()()、見事に回避し、死角から電気をまとった拳が五条を襲った。

 送信、受信──かつて立ちはだかった敵の持つ才能を、黒神めだかは完成させる。放つ電気の威力は倍以上に。そして受け取る感情はさらに鋭く、細かく。

 本来、送信する能力の方は電磁波を発生させるのみであり、他者を支配することに長けてこそすれ、人を感電死させるようなものでは無かった。しかしかつて自身に行使した自己催眠──自らの脳みそに電気信号を叩き込むという荒業を基に、攻撃性を高めることで、手指から放つ電気信号のみで十分な戦闘力を発揮するに至る。

 普通ならばこれで決着は着く。だがしかし、五条悟は翻弄されながらも全く膝をつく気配がなかった。

「固すぎる……!!」

「僕、最強だからね。これが続くならしんどいけど」

 めだかの拳を回避した五条が、指先を彼女へと向ける。呪力で防御を固めることで感電のダメージを最小限に抑え込み、大ぶりの一撃を待った。渾身の一撃を躱されためだかは硬直し、すかさず五条が繰り出したのは、無下限呪術の──

「術式反転、『赫』」

収束の反転、反発の赫。規格外の衝撃波と共にめだかの体が再度宙を舞った。

 黒神めだかは確かに、反発反応が相手の手札にあることを予想はしていた。対策もあった。しかしそれ以上に、五条悟の一撃は強烈だった。

 能力バトルは複雑なだけで実際、じゃんけんのようなところがある。能力の使用者、または能力そのものの弱点を割り出し、そこを重点的につつくことこそが必勝法であり、たとえ走攻守揃った完璧に近い能力があったとしても、完璧であることがそもそも弱点になったりする。どんなバトルも攻撃には防御、防御には攻撃をぶつけるのがセオリーであることに変わりはない。

 しかし五条悟は、そういう能力バトルの“お約束”の範囲外に生きていた。攻撃が規格外、防御も規格外、ゆえにどんな手段も彼まで到達しない。水をかけられても強すぎる炎は消せないように、明けない夜があるように、めだかの立てた優等で理論的な対策は、五条悟には通用しない。あらゆるじゃんけん(相性や弱点)を超えた規格外の完全性(つよさ)である。

 五条悟が再び宙を舞う。そして未だ空中にいる黒神めだかを、地面へと思い切り蹴り落とした。轟音と共に地面を転がる女生徒の姿を、最強の男は空から見下ろしていた。

「火力はまあまあ。さっきみたいな飛び道具が他にもあるなら無限は解かない方が良いか。

 まあどっちにせよ、次で終わる」

 黒神めだかの体が、地面にめり込んだ。深く、深くさらに深く──沈み込んでいく。液状化、ではない。ただ下に強く引き付けられる感覚があった。

「出力最大──術式順転『蒼』」

めだかの体が完全に見えなくなった直後、周囲の地面が一斉にめだか目掛けて収束。体を押し潰そうと迫る。そして次の瞬間────ぷち、という音が聞こえた。

「……終わりか。案外あっけないもんだな」

 着地し、肩を回す五条は、地面が圧縮された跡を眺める。自分ならば無下限による防御があるが、それすら無ければ圧死だろう。中にある死体は相当酷いことになるに違いない。背伸びをして背後を見た、その先に。

「確かにそうだな。人類最強の男の攻撃にしては随分とあっさりしたものだった。まだ全力を出させてやれてないと思えば申し訳ないことこの上ないよ」

同じように背伸びをしている、黒神めだかの姿があった。

「は? なんでお前……」

「さすがに脱出は不可能だったのでな。一度死んでから絶命を『無かったことにした』。ああ、案ずるな。もうやらん」

 黒神めだかが完成させたスキルのひとつ──過負荷(マイナス)の力。『無かったことにする』能力による横暴。五条悟と同じく、あらゆるじゃんけん(相性や弱点)を超えた規格外の負完全性(よわさ)である。

「あっそ」

同じ規格外。五条悟はすぐに切り替え、『蒼』でめだかを引き付け、呪力を込めた拳を顔面へと叩き込む。収束反応を利用した打撃は最速必中であり、逃れる術などありはしない。防御は無下限呪術で固めてしまえば、五条悟の一方的な攻撃が可能になるだろう。

「二度は効かん!!」

 しかし、めだかは耐える。能力や体質のようなものではなく、ほとんど気合いによる耐久だが、耐えたという事実が重要なのだ。無下限による防御は不可侵。不可侵『だからこそ』この攻撃は必ず──当たる。

 黒神めだかの前蹴りが五条悟の鳩尾に叩き込まれた。本当に呆気なく、攻撃が直撃したのである。

 言葉使い(スタイル)の逆説。不可能『だからこそ』可能とする脅威の能力である。無論、通用するかどうかは賭けだったものの、彼女は確かに、攻撃を叩き込むことに成功した。

「ははっ」

 重い一撃。想定外の一撃。ゆえに強く響いた。

「良いんじゃない?」

五条悟はギアを更に上げる。体術、無下限を用いた近接戦闘による制圧を諦め、さらなる高等技術──呪術戦の奥義を選択する。

 

「領域展開───」

 

 対抗手段はほとんど存在しない。殊に五条悟の領域は必中必殺な上に領域の練度が高く、領域勝負でもほぼほぼ勝機は無いだろう。

 

「──『無量空処』」

 

 発動した時点でほとんど勝ち確。しかし相手ならば何とかするだろう、という予感が五条にはあった。そして黒神めだかは、何とかする方法を既に思い浮かんでいた。後は実践のみ。そして既に、作戦は始動している。

 空から虫が落ちてきた。一匹のみ、ふらふらと。

不慮の事故で必中効果はこの虫に移ってしまったようだな。では私の番だ」

 領域展開後、術式は焼き切れ使用は困難になる。直感的にそれを理解しためだかは一直線に五条へ駆け抜け、攻撃を仕掛けた。

 最速必中必殺──複数のスキルを重ねた拳が五条悟の腹をぶち抜いた。

「……終わりだな」

 致命傷。確かな手応えがあった。

「いいや、まだまだ」

 しかし、五条悟はまだ止まらない。──反転術式。負のエネルギーである呪力を用いた治癒である。もはや蘇生レベルの復活を遂げる相手に目を見開くめだかを、五条悟は逃さない。強烈な蹴りが彼女の側頭部に叩き込まれ、後方へと遥かに蹴り飛ばされた。その間に、術式をも反転術式で完治させていく。

「……“九綱”、“偏光”、“烏と声明”、“表裏の狭間”…………」

 距離と時間は取れた。術式は万全。呪詞、掌印、それら一切を省略せず繰り出されるのは最大出力の──

「虚式『茈』───!」

収束、反発、二つの反応を掛け合わせることで発生する、仮想の質量。これが直撃した者は抵抗する間もなく消し飛ぶことになるだろう。

 決着の一撃。これに対し、黒神めだかは──

「攻撃は最大の防御。ならば、防御は最大の攻撃だ」

両手を広げ、相手の虚式を真正面から受け止めてみせた。ありえない光景である。しかし理屈は単純明快。

「無下限呪術──お前の力は、この世に遍在する無限を現実に持ち出し、“永遠に到達しない”状態を作るというものだ。正確には、“()()()()()()()()永遠に到達しない”、だろうがな。でなくば収束反応が起きん。

 しかし術式(のうりょく)の根幹は永遠に到達させないということだ」

 永遠に到達しない通常の無下限と、永遠に行動まで到達しない領域。どちらも“到達しない”という点は共通している。

「だがそれゆえに、お前は自分しか守れないし、攻撃は他人を巻き込む。それがお前の弱みだ」

 黒神めだかの真骨頂──『完成(ジ エンド)』。彼女は既に五条悟の手札を見たし聞いたしもう知った。ゆえに彼女の脳内で完成させてしまっている。

 事実──五条悟の『茈』はめだかどころか、地面すらも抉っていない。自分のみならず、広範囲の無限を用いて、『茈』はどこにも到達していない状態が作られる。

「──名付けて、完全版(ハイエンド)無下限呪術」

お返しに繰り出されるのは、五条悟の座標にピンポイントで叩き込まれる、必殺の出力の──

「虚式 『茈』──!!」

 決着の一撃。五条悟の体が、ついに崩れる。

「術師なら回復で何とかなる程度の傷には抑えたつもりだ。しかし決着は着いたろう。

 365日24時間、いつでも再挑戦は受け付けているぞ。それではこれにて」

 解散ッッ!!




めだかちゃんならやりかねないという気持ちと、めだかちゃんでも出来るかぁ? という二つの気持ちがあります。
しかしこうして戦闘書いてると、戦闘ロールとか懐かしくなるものですね。ベルンもそうだそうだと言っています。でもTwitterに復帰はまだまだ難しそうです。

呪術廻戦とシルヴァリオ要素が強すぎる気がするので、そろそろフリーレンとか空崎ヒナとか出したいんですが、こやつら死ぬイメージが湧かないでござる。


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安心院なじみvsベルン①

十八巻買って、頑張って二十巻まで読み進めましたよコノヤロー。不知火はやっぱ可愛いな。
『めだかボックス』を読んだ少年少女なら誰しも想像し創造したことがあるのではないでしょうか。安心院さんと安心院さん型のオリキャラの対決です。

結構、色んな作品の専門用語まみれなのでご注意ください。


「なんとなく、君とは気が合う気がしているんだ」

 ベルンは開口一番にそう告げて

「いやそんなわけねーだろ」

 安心院なじみは一瞬で否定した。

 しかしベルンは、そんな彼女を慈しむように笑う。まるで会話という概念が消失してしまっているようで、延々と暗闇で独り言を語り続けるような態度は、聞く者すべてを不愉快にするだろう。

 彼女の話のような一方通行の廊下。それが、今回の戦いの舞台だ。一直線、隣接する部屋もなし。ここは学校の廊下を模してはいるものの、本来の廊下の役割──部屋と部屋を繋ぐ機能を消失していた。

 ベルンの独り言が再開する。

「出来ないことを探すことと可能性の探求は似ていると思うんだ。誠に勝手ながら君の脳内を見たけれど、随分長いこと頑張ったじゃないか。やはり私と君は似ているよ。気が合うと思う」

「はっはっはっ。そういうところが僕とお前じゃ合わないって言ってるんだ」

 安心院なじみ──女子高生にしか見えないただの人外は言葉を紡ぎながら後方へと跳躍した。彼女は一京二千八百五十八兆五百十九億六千七百六十三万三千八百六十五個ものスキルを有し、攻撃防御回避反撃のすべてをスキルで補える。しかしそれはそれとして、動けないわけではない。そうでなければ回避直後に安心院のいた場所へ叩きつけられた拳を回避することは出来なかっただろう。ベルンの拳は文字通り床を殴り砕き、粉塵と共に拳大のコンクリがなじみへめがけて飛んでいった。

「───不倶戴天

 いくら人外とてコンクリ直撃は避けたいものだ。巨大な塊はなじみへ肉薄した傍から紫電によって撃ち落とされて消えた。粉塵が空けた時、そこに居たのは──。

「どうなってるんだよ、それ」

 拳が鉱石のように変化した、女軍人の姿だった。なじみが見ている間にも、メリメリと音を立てて鉱質性の棘が生えていく。

「“術技模倣(コピー)”だよ。これは術技というよりは生態のようなものだが、どちらでも問題ない。

 私たちの使う永劫破壊(エイヴィヒカイト)は他者の魂を取り込み、それを糧として能力を行使する。魂を取り込むということは情報を取り込むということだ。言語、知識、技能を魂から得ることで私たちはより強くなることが出来る。首領閣下などその最たるものだったよ。私が至った『神座』という場所では、この永劫破壊(エイヴィヒカイト)を大規模で行っているようなものといっていい。少なくとも座にいる者が宇宙規模で能力を行使できるカラクリはそういう訳だ。

 だから私は、()()()()()()()()()()という能力を応用し──」

言葉は最後まで紡がれることなく途絶えた。ベルンの背後に、なじみが立っていた。刀を片手に持ったなじみが立っていた。

「能力の説明中に攻撃するのはご法度とはいうけども。いくら何でも喋りすぎだろ。隙だらけだったぜ」

 ベルンが膝をつく。肩から脇腹まで袈裟に切り裂かれた肉体からは血が絶え間なく流れ、内臓や骨も覗く。致命傷であることは誰の目にも明らかで、だからこそこの二人の間では言葉にするまでもなく。

「──応用し、平行世界、メタ的に言えば別作品のキャラクターを観測することにした。後はリソースさえあれば幾らでも再現可能ってわけだ。

 ああ皆まで言うな。それだとオリジナルには勝てないっていうコピー能力者あるあるが発動するって言いたいんだろ?」

「能力の開示……、呪術的な“縛り”も兼ねてるのかい? だとすると僕は困ってしまうな。たったの一京二千八百五十八兆五百十九億六千七百六十三万三千八百六十五個しかないスキルでどう対応してみせようか」

 当然、生きているだろうという前提でなじみは相手に斬りかかった。相手の言葉などお構いなく、ベルンは自分の能力をひけらかしながら手の中に日本刀を生み出し、なじみの刀を受け止めてみせる。

「何事も極めてしまえば問題ない」

 しかし、なじみの攻撃を物理的に受け止めたところでなんの意味があるだろう。彼女ならば刀身に触れずとも対象を切り刻むことなど容易い。刀が接触した次の瞬間、ベルンの両腕に無数の切り傷が生まれた。傷は秒ごとに深まり、腕を切断しようとしてくる。

「既存の物を掛け合わせ、新しいものを創造する──それは人類の営みそのもの。ゆえに我が道に、なんの間違いもあるまい」

 腕から吹き出した血は鉱石のように固まると、鞭のようにしなりながら、銃弾のように素早き飛び、ドリルのように回転しながらなじみの心臓を抉ろうと接近する。

 血液を操作する能力、魔法というものは数多と存在する。ベルンが注目したのは、操作性の高い『血を操る魔法(バルテーリエ)』、そして異種族に対して強力な毒性を発揮する『赤血操術』。精密操作は前者の方が上。速度や威力は後者が上。ならばこの二つを合わせ、精密操作が可能な、高威力の、俊敏な血液での攻撃を繰り出せば良い。仕組みは異なるだろうが、似ているならば問題なし、と。ベルンは大雑把に術技を行使する。いっそ、原典への冒涜とも取れるほどに。

「面白い組み合わせだとは思うけれど、僕とは相性悪いんじゃねーの?」

 なじみはいつでも、居たい場所に居ることが出来る。ゆえに大半の攻撃は回避するまでもなく──。

「そうだな。()()()こうした」

転移した場所の真上から血で出来た杭が発生し、女子高生の肉体を串刺した。この血は血を操る魔法のようにしなり、うねり敵を捉えるような攻撃ではない。機関銃のように連射され、津波のように飲み込む吸精の杭。

「カズィクル・ベイ」

 本来の名前は闇の賜物(クリフォト・バチカル)。しかし使用者の魂とあまりに密接に絡みついたこれは、体内に別の自我が巣くってこそ本領を発揮するもの。ベルンはベルンゆえに、薔薇の騎士足りえない。だが吸精の威力は本体の神座スペック任せの超火力。まともに受けては、なじみとて無事で済むまい。

「能力バトルのインフレ対決には種類がある。

 ひとつはお互いの超パワーの押し付け合い。もうひとつはメタ張り合戦だ。分かりやすくいえば遍殺即霊体となった真人に如何に全力の黒閃を叩き込めるかの勝負をした虎杖悠二みたいなことをするか、承太郎とDIOみたいなことを繰り返すのかの二択なんだが、僕はメタ合戦の勝負はあんまり好きじゃなくてね。メタ張りって一回は驚くけど、それが連続するとつまらなくなるだろう?

 君は、そういう勝負がお好みかな?」

 だから彼女は、杭を足場にして無傷で立っていた。串刺しにされた事実などまるでなかったかのようだった。

「付き合う分には構わないけど、せっかくなら好きな勝負をした方がいいんじゃないかな?」

「いいのか? それだと多分、「安心院なじみに読者が求めてるもの」とは違うものをお出ししてしまうが」

 人外(バーサス)人外。共に満たされぬもの同士。

(二次創作)(原典)と同じものを求めるなら、原作読み直した方がコスパいいだろ。それに結局、ここは君のための空間なんだろ。君が満足できない勝負で読み手を満足させようだなんて甘ったれんな」

「……それはごもっとも。

 それに、時流的に理屈ありきの硬派で真面目な能力バトルより頭ハッピーな俺TUEEEE‼が望まれていることは火を見るよりも明らかだ。

 じゃあ全力で脳筋(ゴリラ)バトルするから、よろしくね、安心院さん」

 彼女らの望む人外魔境決戦は、これまで通りで済むはずもなく。

 

 ベルンは宣言と共になじみに指先を向ける。次の瞬間、廊下を埋め尽くすような闇色の劫火が噴き出し、一瞬にしてなじみを飲み込んだ。炎の色は次第に青みを増し、勢いを増して───

熱線!!」

細い糸のように凝縮された核熱線がなじみの心臓めがけて伸びた。それをなじみは手元の刀で一刀両断。斬撃を飛ばして反撃を仕掛けてくる。劫火ごときでは倒れないことは互いにとって当たり前。そして反撃が来ることさえ、想定内。線攻撃である竹割の斬撃をサイドステップで回避すると同時、虚空から抜いた刀で次の斬撃、その次の斬撃、次のその次のその次の斬撃までも撃ち落としていく。斬撃の間隔が狭くなろうと何の問題があるだろう。この二人に、不可能など存在しない。今、このときのベルンの攻撃は

世界を断つ斬撃ィ!!」

となるまでに進化しているのだから。

 刀 を振り下ろし、なじみの一刀両断を狙う。まともに当たれば即死の攻撃であり、付け加えれば世界を断ち切る一撃であるがゆえに、通常の防御ではまったく意味がないのだ。もっともなじみに『通常の防御』があるのかといわれれば、まあ、ないだろうが。

「まるで大砲だね。だがその分隙も多い。理不尽になりすぎないよう調節したがるのは、君の癖かな、ベルンちゃん」

 斬撃を身のこなしで回避すると、お返しに指先を突き付け、衝撃波を放った。ベルンは車にはね飛ばされたかのような衝撃と共に体は数十メートルと後退しながら上下にバウンドする。

「良いだろう? ラスボスは攻略可能な敵でなければならないんだ。だが同時に、勝てないと絶望させるほどに強くなければならない」

 跳ねながら、ベルンは腰を捻り、右手を左腰へ回した。その姿を見て、なじみは刀剣を魔杖に切り替え魔法を練り始める。

「まるで、意図的に調節を入れないと無敵みたいに言うじゃないか」

「ああ、もちろんだ」

 体が水平になると同時、ベルンは拳を抜き空間を()()()。まるでそこに物理的な壁があったかのように空中に亀裂が入ると同時に、凄まじい衝撃波がなじみを襲う。それはなじみが小手調べに放った衝撃とは別次元の威力。何の変哲も無い、悪平等の端末ですらない一般人では喰らった時点で肉体が爆発しているだろう。

 ラスボスとして、敵として、そもそものキャラクターとして、ベルンの強さは欲張り過ぎる。メタを張った小技から威力重視の大技まで、作品を超えた膨大なコピー技を持ち、肉体は頑丈でそれなりに機敏に動ける。弱点という概念失念しているようなスペックである。攻撃を叩き込める隙が多い程度の弱点があって初めて、攻略方法が出てくる感覚はある。ゲームで考えるなら、ある程度ゲームが下手でも倒せる敵だろう。

 だがその隙が、ベルン自身が自ら生み出しているものだとするならば──。そして安心院なじみには確信がある。相手には、まだもう一段階上のギアが存在する、と。

「来る──」

 いつものベルンならば、そこまで『至る』のは遠慮していた。この力はジャンル違いであり、あくまで相手の土俵で競ってこその勝負であるとしていた。だが彼女自身の願いを、全力投球のラスボス戦を行うがために、その美学を、遠慮を、自ら廃することを決定した。右手を掲げると同時に、彼女は詠唱を開始する。

Fac, quod rectum est, dic, quod verum est.(正しいことを為せ、正しいことを述べよ)

 Usus est magister optimus.(実践とは最良の教師である)

 Per asprera ad astra.(険しい試練を超えて、星々へ至ろう)

 Beatius est(継承よりも、) magis dare quam accipere.(多くを与えることこそ幸福である)

 廊下に亀裂が入る。縦横無尽に、今にも崩れそうなほどに細かく。それが物理的な損傷によるものでないことは明らかだろう。外的要因で壊れるならば、とうにこの廊下は壊れている。ゆえにこれは廊下の損傷ではなく進化。この空間を作り上げた神本人の覚醒に由来する、環境そのものの聖域化である。

Est autem fides credere(信仰とは見えない) quod nondum vides; (ものを信じること)

 Res firma mitescere nescit.(固い決心が弱まることを知らぬように)

 Ubi spiritus est cantus est.(魂あるところに歌はあるのだ)

 Non omne quod nitet aurum est.(輝くものすべてが黄金とは限らない)

 亀裂から炎が覗く。その炎は次第に勢いを増し、詠唱が進むたびに廊下内を激しく熱しながら亀裂を押し広げていく。それは羽化の瞬間を待つさなぎのように。

流出(Atziluth)────

 如何様にも染まる、あらゆる者を呼び込める透明無色、変幻自在の闘技場──今は廊下の形を取った特異点がついに、創造主の法によって塗り染められる。

楽園にて輝けよ英雄譚(Ars nova - Elysion)

 ガラス面の様に、砕け散る空間。廊下であることは一切変わらないが、明確に、これまでとは異なる法則が流れていた。

「……どこまで、勇者有利のギミックにしてんだよ」

「馬鹿だなあ。これは両者平等だよ。お互いに、無制限に、能力(ステータス)が上昇し続けるのが私の世界。正確には心がぽっきり折れるまでだがね。だが折れん限りは異常性(プラス)だろうが過負荷(マイナス)だろうが成長し続ける。プラス側の人間ならばどこまでも成長するし、マイナス側の人間ならばどこまでも失い続けるし、悪平等(ノットイコール)ならば……、まあ、人によるだろうね」

 なじみが咄嗟に両腕を交差する。一瞬の防御姿勢。これをしなければ、彼女の肉体は吹き飛んでいただろう。座標攻撃──彼女のいた場所を中心に連続して爆発が発生する。使ったのは燃焼反応発生能力。この能力を用いているとき、酸素や水素のみならず窒素や二酸化炭素すらも常温で爆発する性質を持つようになってしまう。しかも一撃の威力は核爆発にも匹敵するだろう。狭い廊下でそんなものが起きれば結果は必然。逃げ場のない熱と衝撃と閃光がなじみを襲う。さらに爆破には追加属性を付与してある。

「どこに逃げても追いかけてくる爆煙、か。無理やりにでも逃げようとするだけ無駄ってわけかい?」

「そうとも。無限に広がる爆心──追いかけ回すのだけは得意な能力(やつ)だからね」

 なじみはいかなるスキルを用いても逃げ切れないと判断するや否や、防御に専念することにした。しかし防御を固めれば、防御無視の攻撃を繰り出すのは当然である。防御貫通ではなく、防御しても意味のない攻撃。あるいは防御そのものを打ち砕く攻撃であることが望ましい。ゆえに選ぶのは、新西暦の肉弾派二名。

「どッせい!!!」

 衝撃操作能力、そして強制脆性結晶化能力。どんな防御も脆性結晶に変え、そして与えた衝撃が炸裂する場所を操作することで相手の弱点へと打撃を届けるというコンボ技。親を求めた飢えるストレイドの魂と子と国を守る父性との魂の合成は驚異的なシンクロ率を発揮し、能力の効果をはね上げた。だからこそ。

「ばっきゅん!」

なじみは当然のように相手の背後に出現し、指先からエネルギーを放つ。拳よりは脅威度の低い爆発をスキルで防ぎながら攻勢に出たのだ。エネルギーは先ほどのベルンを吹き飛ばした衝撃波とは威力が桁違いであり、この攻撃は遠方の星すら爆発四散させるほどの破壊力を持つ。。しかし流出位階、文字通り世界(宇宙)となったベルンにこの程度の攻撃では威力が足りないように感じるだろう。

 否である。なぜならベルンは、安心院なじみも自分も、同時に強化しているからだ。両者ともに元とは異次元の強さを発揮しており、エネルギーを受けたベルンは防御に用いた両腕を消し飛ばされつつ数百メートルも吹き飛んだ。

「凄いなこれは。まさに──」

「分かったかな? 私の神座(世界)はまさに──」

 なじみは呆れて笑った。ベルンは満足に笑った。 

Natura(自然は) non facit saltum.(飛躍する)」」

 ふたりの声が重なる。ナートゥーラ ノーン ファキト サルトゥム。(自然は飛躍せず)というのが自然の法則だ。普通、世界はいきなり大きくは変わらない。あるいは平凡、退屈、適当にも感じるだろう。だが少しずつ変化するがゆえ、あらゆる生命はゆるやかな変化の中を生きていけるのだ。だがしかしベルンの『楽園にて輝けよ英雄譚(アルスノヴァ・エリュシオン)』はその原則を破壊する。ゆえにナートゥーラ ファキト サルトゥム(自然は飛躍する)のである。

 ベルンが流出する『畜生道青銅神在月』はあらゆる生命が自我、願望を持ち、あらゆる願いが精神力に応じて叶えられる世界。ゆえに進化を望むものは果てなく進化し続け、停滞を望むものは未来永劫、不朽にして不変である。どこまで行けるのか、どこまで願いが忠実に叶うかは思いの強さ次第であり、そんな世界に()()()()な変化などありえない。無法、無秩序、不平等、自由の下に激しい競争が繰り広げられるのだから。

 元より異次元とされる安心院がこの座からの強化を受ければかなり無法な力を得ることになるだろう。だがしかし、もちろん、この能力にはお決まりの弱点がある。

「……まったく。動きやすすぎるってのも考えものだな」

 強化に肉体が着いていけないのである。この流出は単細胞生物が多細胞生物、それも人間などの複雑な生命にまで一気に進化させてしまうような強力すぎる成長促進作用がある。それが問題なのだ。簡単にいうと、本人のやる気しか参照しないので肉体的には無理でも強引に成立させてしまうのである。

 なじみといえどありえない趙火力。まるで全力ダッシュした後の様に彼女は膝をついた。その隙を、ベルンは見逃さない。

「───人外を殺す魔法(ゾルトラーク)

 消し飛んだ腕を即座に生やしたベルンは両手を前へ突き出し、特大のビームを放った。それはほとんど逃げ場のないほどの大規模な貫通攻撃魔法。あらゆる防御、耐性を貫通し、人外を必ず殺す魔法として完成した一撃が放たれた。原典(オリジナル)の性能を解体し、改良し、別物に魔改造するのはベルンの常とう手段である。

 だが安心院なじみは三兆四千二十一億九千三百八十二万二千三百十二年ほど生きた人外である。たかが千年生きた魔法使いが改良を施した魔法を、たかが四万年程度生きた神が改造した程度では凌駕するなど不可能。即座に対抗魔法を生成し防ぎ切ってみせると同時に、自らの消耗分を相手に押し付ける。『却本作り(ブックメーカー)』のようなスキルだが、状態の共有というよりは相手に押し付ける分、『不慮の事故(エンカウンター)』とも似ているといえるだろう。どちらにせよ過負荷(マイナス)ゆえに、対処法などほとんど無い。

「さすがの対応力……! だが()()()ッ!」

 疲労感、消耗、だが問題無し。肉体よりも精神が勝る神在月ではどんなダメージも気合があれば乗り越えられる。テンションが上がっている今ならば、一瞬で全快まで回復可能である。

 対してなじみの場合、過度な強化を抑え込むにはベルンの法則そのものを抑えなければならないのだ。その方法そのものはそう難しくはない。固有結界のように、領域展開のように、世界の外殻を押し合う異界勝負であるがゆえ、なじみもまた世界を作ればいいのである。しかし問題は、世界法則を創造し世界へ流出させるという行為が可能か否か。

 ベルンが神座に至った者以外に流出をしないようにしているのも、そこが問題なのだ。世界法則を自分色に塗り潰してしまえば、相手も法則を流出させない限りは決して対等な勝負にならない。例えば、流出と同じように自らの心象を反映させた空間を広げる技術──領域展開の中では最も洗練されているだろう『無量空処』を持つ五条悟であれば、覇道創造程度であれば領域の(せめ)ぎ合いに持ち込めるだろう。だが半流出状態のハイドリヒ、流出位階の藤井蓮とよーいドンで鬩ぎ合いを挑めば、まず五条は勝てまい。

 まず異界の広さが違う。片や数百メートルが限度の領域展開、片や惑星はおろか宇宙規模にまで広がる流出、世界を侵食する勢いも強さも前者が勝ることはありえない。そしてそもそもの目的が違う。領域展開は呪術戦の奥義であり、流出は世界への侵食行為である。

 ゆえに流出とは、出してしまえばほぼ確定で相手を自法則に巻き込める技であり、使えばほぼこちらの有利が確定してしまう技である。例外があるとするならば精神力によるバフを有効にすると森羅万象を叩き割り相対性理論を敗北させる光狂いくらいか。そんな出し得技を使って勝って嬉しいかと言われれば、かなりグレーといったところだろう。

 しかし今回に関しては、ベルンは安心院なじみを過小評価していた、と見るべきだろう。なにせ彼女は、平等なだけの人外、安心院なじみなのだから。

「では、弟分のような男だった球磨川くんを真似てみよう。生憎と僕は彼ほど才能溢れてないんで、異常性(アブノーマル)過負荷(マイナス)とスキルの組み合わせで()()()()()()()()()ことしか出来無いんだけどね」

 なじみが左手を掲げると同時、腕を組み、ベルンは彼女を見守る体勢に入った。それはまるで、己が娘の成長を見守るがごとくに。

「来るか、安心院さんの流出。そうだよなあ、クロスオーバーなんだから、そういう無茶苦茶を引き起こさないとな!!」




太字が使えなくなったので今回はここまでです!!!
「安心院さんと戦いたいんだぜ〜」「どうせならなんでもありめいたベルンで行くんだぜ〜」と軽い気持ちで書いたらコレですよ。
光狂いの時も思ったけど白熱しすぎだろいい加減にしろ。なんでインフレしていくバトルってどんどん書いてしまうのでしょう。

追記
執筆中に気付いたんですけど年齢順に並べると
安心院さん>>>(越えられない壁)>>ベルン>>>>フリーレン>>その他多くの人類なんですね。安心院さんってすんごい長寿だなあ。今度メルクリウスと老人のような会話して欲しい。


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安心院なじみvsベルン②

ぶっちゃけ決着は決めているけれど決着が着く気がしていない
そんな安心院さんvsベルるんの続きです。


 安心院さんのボス系スキルである神になるスキル『過身様ごっこ(スペックオーバー)』、答を知るスキル『模範記憶(マニュアルメモリ)』、カリスマのスキル『蹴愚政治(サーカスアンドサーカス)』、世界創造のスキル『頓智創造(インテリジェントスタート)、歴史を変えるスキル『歴史的かなり違い(イニシャライズヒストリー)』、宇宙を作るスキル『生まれたての宇宙(ベイビープラネット)』……これらを用いれば、安心院なじみは事実上覇道神になれる。『神となって宇宙を創る』という点だけ考えるのなら何ら問題はない。

 しかし問題は、どのような覇道を流出するか。そこが不確定では覇道の鬩ぎ合いには発展せず、ベルンの有利は覆せない。一応、他のスキルも組み合わせれば過去の覇道をなぞることは出来る。永劫回帰、死者の軍勢、時間停止……そうしたもので微かな対抗は可能だろう。しかしオリジナルと比べれば性能が落ちることもまた、確かである。神座とは結局のところ思いの強さの勝負。本人以上に本人の思想を得るなど不可能に近い。否、可能だがその純度でベルンに対抗出来るかは不明である。何より───

「わっはっはっ。誘ったんだね、ベルンちゃん。出来るか分からないことなら、僕はやらざるをえないじゃないか!」

安心院なじみは出来ないことを探していた人外。目の前に挑戦がぶら下げられたのなら、挑まざるを得ないだろう。安心院なじみは、そうせざるを得ない。

 ゆえ、なじみが流出するのは大前提である。しかし問題がひとつ。彼女の気質は求道であり、自身の変化にしか注目していないという点。世界規模に影響をもたらせる反面、世界を変えたいという強烈な願いを抱くようなタイプの人間ではない。

 求道型の流出で覇道に対抗が出来ないわけでは無い。しかしベルンはあえてその選択肢をなじみに提示しなかった。そしてなじみはベルンの脳内を覗くことで求道神の存在を知っているが、ベルンの明らかな挑発により、目標は覇道神に絞っている。その心はただひとつ、安心院さんが覇道型になったらどうなるのか見てみたい、である。

「さぁ頑張れ安心院さん。私は一切、手を緩めないからな!!」

 欲望には忠実に従う主義であるベルンはゆえに、なじみに歴代の座を見せつけることを決定した。残滓技──かつての座の名残りを叩きつけることで強引に学習させていく。

 第一神座、解析不能。第二神座探索開始。

 第二神座残滓、発見。解析完了。

「どうか聞き届けたまえ真我。

 まず初めに感じたのは『嫌悪』──求めしものはただ唯一の不変。

 善、悪、美、欲、無神、揺らぎ揺蕩う信念とやら。良かろう、では貴様ら不変に取り込んでやる。

 罪を抱いて罰に生きろ。悪を喰らう悪となれ。──堕天奈落」

 汚濁、汚辱、万物等しく穢れ腐り落ちるべし。

 ベルンが左掌を相手へと向けると同時、白い炎が噴き出した。なじみはとっさに後方へ跳躍することで炎を回避する。そうでなければ、間違いなくここで勝敗が着いていただろう。

 かすかに炎に触れたなじみの髪の毛が腐り落ちる。彼女がその髪を切り落としていなければ、全身に腐敗が回ってなじみは死んでいただろう。無価値の炎、白痴の炎。第二天を作った者のひとりが持つ凶悪無比な攻撃である。しかしなじみがしたように、被弾箇所を切り落とせれば被害はそこだけで済む。これに続くのは、そうした対処の難しい残滓である。

「アクセス――我がシン

 まず感じたのは『悲嘆』――求めしものは救済

 なぜ奪い なぜ殺し なぜ憎む人の子よ ああなぜ 私はこんなに罪深い

 ならば清めん 原罪浄化せよ――悲想天

 

 ケララー ケマドー ヴァタヴォー ハマイム ベキルボー ヴェハシェメン ベアツモタヴ

 されば6足6節6羽の眷属、海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる虫ども。

 汝が王たる我が呼びかけに応じ此処に集え

 そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん。喰らい、貪り、埋め尽くせ

 来たれ、ゴグマゴォオグッ!!」

 なじみの体内に、違和感が生じる。第三天、明星の残滓のひとつ、『暴食』の原罪であるゴグマゴグはあらゆる罪を──個我を喰らい尽くす。

 あらゆる悪を根絶するという同じ渇望を抱いた第二天と第三天だが、悪という概念に対してはまったく真逆の立場を取る。あくまで悪を喰らう悪の楽園である第二神座においては残滓もまた清さ、正しさとはかけ離れていて凶悪だが、悪を個々の違いと定義し他我の違いを漂白した第三神座では潔癖すぎるほどに浄滅、漂白、粛清のための残滓が残っている。ただし残滓技の特性上、第二神座、第三神座の残滓は本来のそれほどの強制力、威力を持たない。

 残滓技の威力は、それを行使する座の残滓となった座への理解度で変動する。どういう想いのもとに生じた座なのか、残滓なのか、それを理解し使ってこそ残滓技は本来の威力を発揮する。ゆえに、必中にして強力な残滓であるゴグマゴグであってもなじみを絶命までは追い詰めることが出来なかった。刀剣系のスキルを用いて、触れたものを悉く切断することでゴグマゴグを鏖殺してのけた。

「うーん、イマイチ惹かれないね。 他にはないのかな?」

「もちろん、あるとも。むしろここからが私のお気に入りだよ」

 続いて繰り出されるのはある意味でなじみとは真逆の思想の神。総てを愛す、総てを壊す黄金の獣。

「我が愛は破壊の情

 まず感じたのは『礼賛』――求めしものは全霊の境地

 ああ なぜだ なぜ耐えられぬ 抱擁どころか 柔肌を撫でただけでなぜ砕ける なんたる無情――

 森羅万象 この世は総じて繊細にすぎるから

 愛でるためにまずは壊そう 死を想え 断崖の果てを飛翔しろ

 私は総てを愛している――修羅道至高天。

 

 怒りの日 終末の時 天地万物は灰燼と化し

 ダビデとシビラの予言のごとくに砕け散る

 たとえどれほどの戦慄が待ち受けようとも 審判者が来たり

 厳しく糾され 一つ余さず燃え去り消える

 我が総軍に響き渡れ 妙なる調べ 開戦の号砲よ

 皆すべからく玉座の下に集うべし

 彼の日 涙と罪の裁きを 卿ら灰より蘇らん

 されば天主よ その時彼らを許したまえ

 慈悲深き者よ 今永遠の死を与える エェイメェン

 ドゥゾルスト・ディエスイレ

 攻撃性だけならば歴代随一。死者を率いる魔軍の将、黄金の神性が輝き出す。

 手中に黄金の槍が生じた。その槍は美しく荘厳で、触れるには同様に神格であるベルンといえども多少の傷を覚悟しなければならないだろう。その槍こそはかつて神の子を貫いた聖槍なれば、正統な担い手である黄金以外に巧みに操れる者などいない。だが単に扱うだけであれば凡愚でも出来る。使い方は、本人を見てきたからよく分かる。相手の心臓へめがけて聖槍を投げると同時に、槍は黄金に輝き始める。

 聖槍は最速にして必中必殺。道理を無視して、いかなるものよりも早くなじみを貫くだろう。そして貫ぬいた相手は即死するのがこの槍なれば、この一投で決着は着いたといっても過言ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 概念上の死など、この人外を止める要因足りえない。突き刺さった槍を強引に引き抜き、なじみが反撃を仕掛けようとした刹那──

Verweile doch du bist so schön(時よ止まれ、君は誰よりも美しいから)───」

 発動するのは時間停止の理。彼とは共闘した仲であり、彼の在り方についてはおおよそ理解している。覇道への理解度がそのまま残滓の強制力の再現度を表すというのなら、この理は安心院なじみすらも数秒間拘束出来るだろう。

 その隙にベルンは両手を掲げ、指揮者のように振るう。

アクタ・エスト・ファーブラァッ!

 まず感じたのは『諦観』――求めしものは未知の祝福

飽いている 諦めている 疎ましい 煩わしい。ああ何故 総てが既知に見えるのだ。

 輝く女神よ 宝石よ どうかその慈悲をもって 喜劇に幕を引いておくれ。

あなたに恋をしたマルグリット! その抱擁に辿り着くまで、那由多の果てまで繰り返してみせん――永劫回帰!」

 ベルンが生まれた時代、ベルンを生み出した神、彼女らが父にして恋情を抱く覇道神。第四神座、永劫水銀回帰(オメガエイヴィヒカイト)の祖、水銀。

「Et arma et verba vulnerant Et arma

 Fortuna amicos conciliat inopia amicos probat Exempla

 Levis est fortuna id cito reposcit quod dedit

 Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adiuvat

 Misce stultitiam consiliis brevem dulce est desipere in loc

 Ede bibe lude post mortem nulla voluptas

 Acta est fabula(未知の結末を見る)!」

 硬直直後、身動きのできないなじみに流星群が降り注いだ。覇道神にしてみれば髪の毛一本にも満たない軽量の魂を消費するだけで使える技だが、隕石衝突以上の威力を有している。同格──覇道神モドキでも無ければ真っ当に受けて無事には済むまい。

 だがなじみは『過身様ごっこ(スペックーオーバー)』で自身の格を引き上げると同時に、複数のスキルで耐久力を底上げしている。時間停止の理を無理やりに引きちぎりながらも、人外は問題なく流星群を耐え抜いた。しかし───。

「Sic itur ad astra」

 永劫回帰はベルンの始まり。彼女の渇望に密接に関わりのある存在なれば、残滓にて使える技の量、質、共に他の座とは一線を画する。

「Dura lex sed lex──.」

 発生する異常重力場。ありえないほどの負荷がなじみに与えられると同時に、戦場たる廊下全域すらも重力源に引き付けられて軋んだ。

 水銀いわく、グレート・アトラクター。先の流星群の威力をさらに超え、多元宇宙すらもまとめて押し潰せるに違いない。那由多と連なる平行世界、その全てそのものである覇道神の繰り出す技であり、そんな覇道神を滅ぼすための技なのだから、当然だろう。

 なじみが成ろうとしているのはそういう存在。安心院なじみが安心院なじみであるゆえに同様の存在になることは難しくないかもしれないが、それでも破格の存在であることは間違いない。

「やらせるかよ」

 ただし、酷い言い方をしてしまえば規模や威力が桁違いなだけである。否、そう思えるだけの『凄み』がなじみにはある。重力場に対抗するように肉体を維持するなじみに、ベルンは手を伸ばす。

 握手を求めるためか。否である。

 拳を叩きつけるためか。否である。

 これは指揮のため。先代の神、憧れの神の模倣をすべく、ベルンは星を操り星辰を整え、破壊の技を奏でる。

「Deum colit qui novit.」

 重力場であるグレート・アトラクター。これに耐えることを想定し、次に使うならばこれだろう。

「Aurea mediocritas.」

 グランドクロス。並行宇宙まとめてすべての星を十字に並べ、極大規模のそれを引き起こす。発生するのは異常な潮汐力。通常のグランドクロスが潮汐力を変化させ、時に地球の潮をかき乱すように、その結果発生する膨大なエネルギーは、神格の肉体でさえ内部沸騰させ、粉砕するほどの威力を持つ。

 外へ外へと膨張し圧縮に耐えていたなじみからすればたまったものではない。例えるならば、綱引きで突然相手が手を離したようなもの。

 なじみ肉体が、内側から弾ける。だがその直前に彼女は肉体の維持にスキルを総動員して補完に向けた。

「……間一髪、なんとか間に合ったよ。

 しかし分からないな。この星を操る神はどんな願いを基に宇宙を創ったんだ?」

「回帰したい、だよ。

 しかし、複数の願いがごちゃ混ぜになっているゆえにそれらすべてを総合し占星の神となった。回帰したい、愛する女に抱かれて逝きたい、既知感を払しょくしたい、死にたい、まだ死にたくない……、総じて運命を覆したいという、運命操作の渇望だ。

 これはお前の願いにも似たようなところがあるんじゃないかな?」

 不可能なことを見つけたい、ままならない人生を謳歌したい、普通の人とは対極にある上手くいかないという経験を味わいたいという願い。それこそが安心院なじみの原動力に他ならない。

 これにて、歴代の座を巡る教材はお終い。ここからはなじみがどのような座を流出させるかの話に移行する。




覇道神の安心院さん、覇道院さんは未だ構想中だ!!!!!!


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ベルンvs安心院なじみ➂

前回、卍曼荼羅ァ! 無量大数ゥゥゥ!!!をやろうとして辞めたことはここだけの秘密だぞ! 
言いたいことはふたつ。
楽しんでお読みください。
あと今回のあとがきは少し長いぞ。


「さあ、描けよ。おまえの理想郷を。それをもって最終決戦を開始しようじゃないか」

「そう急かすものじゃないよ、ベルンちゃん。今やっているだろ」

 覇道の安心院さん、覇道院さんの完成は間近だ。ベルンはその時を待ちわび、待ちわびながら秒ごとに覚醒を果たしていく。青銅の蛇の神在月とはそういうものだ。全住民が──ベルン本人含めた全員が望む限り進化し続ける。

 そしてそれに感化されたなじみもまた、ひとつ限界を超えようとしていた。

 複数のスキルを組み合わせ、繋ぎ合わせ、擬似的な流出を引き起こす。

 

 安心院なじみ──彼女がまず初めに感じたのは『飽和』。求めしものは不可能の実現。

 天地創生以来、私はあらゆることを実現した。無数の特技を手に入れ、無数の欠点を手に入れ、無数の技能と技術を手に入れた。宇宙が生まれ地球が生まれ生命が生まれ三兆四千二十一億九千三百八十二万二千三百十二年。待てど暮らせど私に出来ないことは現れずいかなる困難も私を止められない。

 果たしてこの世界は現実なのだろうか。証明したい、確信したい、私は今、生きていると。

 何回でも試みよう。何回でも挑もう。達成不可能の困難と挫折を味わい尽くすその日まで──餓鬼道天下無双。

 擬似流出、開始───。

「呪即説呪曰 羯帝羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」

 祝詞は一瞬に終わる。だが詠唱の長さと強さは比例しないし、望んだ事象が引き起こせるならば問題ないだろう。そもそもなじみは能力の使用に詠唱は必要なく、今回のこれは異例中の異例なのだ。

流出(Atziluth)──異常性、過負荷、悪平等(なじみボックス)

 安心院なじみの箱庭が溢れ出てて流出する。

「……む、これは………」

 それは安心院なじみらしい、そして神座らしからぬ祈りだった。

 不可能の実現。あらゆることを『達成困難』に変えてしまうという法則。重力はより重く、抵抗はより大きく、言葉は乱れ、成長曲線は驚きの緩やかさをみせる。可能に近い物事こそ重く強い抵抗を受ける、あべこべの世界。間違いなく邪神の法で、そのまま全宇宙へと流れ出せば史上最悪の法則となるに違いない。なじみにとって世界を塗り替える程度のことは造作もなく、ならばこそ達成困難であるという矛盾を抱えることで完璧なあべこべ──全生命にとって基本であり最も無意識レベルで行われる生命維持の困難化など──は起きずにいるだけで、座を握る本人にとっても理の影響を受ける相手にとっても邪法と呼ぶほかない。

 ここに揃ったふたつの理。よく考えれば不思議な組み合わせである。ふたりとも、願いは障害や限界の超越を目指すものであるにも関わらず、ベルンは可能なことを増やすことを目指し、なじみは不可能なことを生み出すことを目指している。ベクトルが真逆に向いている渇望であり、ゆえに鬩ぎ合いは加速する。

「やはり私たちは気が合うよ、安心院さん。こんな見事に正反対の理を流出させるなんて、奇妙な縁を感じてしまうじゃないか」

「それはありえないよ、ベルンちゃん。そもそも僕みたいな願い、人間は抱かないのが普通だろ? 僕は僕だからこういう願いになるのは必然で、僕は僕なんだから他の奴らとは正反対の方向の願いを抱くのは当たり前なんだ。君が言ってるのは、同じ地球の生命だから運命の赤い糸で結ばれてると信じてるようなものだぜ」

 なじみのいう言葉もまた、真実。安心院なじみはどこまでも人外であり、人間とは視点が、基準が、価値観が異なるのだ。人が飽和した失敗の中を生きるのに対し、なじみは成功体験が飽和している以上、ここにいるのがベルンでなくてもなじみの願いと相手の願いは対立する。ならば、この二人に奇縁などありえない。

「そんなことは今はいいだろ? さあ始めようか。人生初の神座闘争だ」

 なじみが両手を広げるのと同時に、ベルンは右手の掌中に刀を作り出し、柄を握りながらに刀印を結んだ。

「そうだな。確かにそちらの方が遥かに良い。

 では──ロッッズ・フロォォム・ゴォォォォッッッドォォ!!

 ベルン・カレイヒに順番の大切さや盛り上がりの大切さを説くことほど無駄なことは無い。彼女は初手からクライマックスだった。

 天から降り注ぐ数百万基の鉄柱。神の杖と呼ばれる、大気圏から放たれたし破壊兵器である。一発でも核兵器に匹敵するかそれ以上の威力があるとされており、それが数百万とつるべ撃ちされた日には、相手は肉片一つとて残らないだろう。

「なるほど。一見するとこれまでと同じように見えるけど、神座での戦いはこういうことが起こるんだね」

 神の杖は迎撃されるまでもなく、なじみに近付くにつれて徐々に像が崩れ始めた。

 いうまでもなくこの神の杖はベルンが生み出したもの。『不可能を可能に変える』理によって物理法則を超越して生み出されたこの破壊兵器は、なじみに近付くことによりなじみの版図に接触することで、『可能を不可能に変える』なじみによって()()()()()()()()()()否定されることになる。だが、この攻撃に一切意味がないわけではなかった。

 神の杖が一瞬で消滅しなかった理由がそれだ。なじみの法則でベルンの法則が乱されたように、ベルンの法則によってなじみの法則もまた乱されている。神座の鬩ぎ合いは常に相殺のし合いで、法則の及ぶ版図の奪い合いだ。

「ふんッ!」

 なじみが感心している間にベルンは彼女に急接近し、刀を突き出した。狙うは心臓ど真ん中、腰の捻りと腕の捻り、重心移動などを存分に活かした力任せの刺突は、恰好こそ不格好で、おそらく剣道や剣術の有識者が見れば呆れるほかないような代物だったが、その威力だけは座に至った者として保証されている。

「不思議だよ。見た目は本当に大したことのない、それこそ僕の端末の方がもっとマシな突きが出来るかもしれないようなものなのに、さっきまでの僕では死んでいたんだろうと確信できる。多元宇宙規模なんていうからどんな恐ろしい攻撃なのかと思えば、なるほど」

 しかし今のなじみはベルンと同格。ベルンの攻撃はなじみには届かず、人差し指と中指で刀身を挟まれ止められた。しかし直接攻撃であるがゆえか、あるいは先の神の杖でそれなりの版図を削られたか、神の杖のように像が解かれることは無かった。

「なあ、気付かんか?」

「? なんでもそれで察しろという方が無理があると思うよ」

「ああ、そうだよな。会社が違うものな」

 腕を引き絞り、剣を突き出す刺突のモーション。もちろん、普通に力んだだけの刺突ではあるのだが、それにあえて、意味があったと仮定するならば。この動きを知っている人間は多いはずだ。ベルンのそれはあきらかに大げさではあるものの、しかし()()()()()()()としては十分。

「ヴォーパルストライク」

 ソードスキル、ヴォーパルストライク。とある電脳世界において片手直剣の熟練度を高め、レベルを最前線クラスまで上げることで獲得できるスキルである。赤いエフェクトと共に繰り出される刺突の威力は高く、のみならず攻撃時、当たり判定が刀身以上に伸びるという特性を持つ。ゆえにこの一撃は、安心院なじみの胸を貫く。

「がッ……!」

 心臓が剣で貫かれる。普通ならばこれで決着は着いただろう。少なくとも片方は勝利を確信していなくてはおかしい。ああ、しかし何度でもいうが、この勝負は決して普通ではないゆえに。

「追撃だ」

「お返しだ」

 なじみがベルンへ向けた人差し指から衝撃波が放たれるのと同時に、ベルンはなじみへ左手を向けて無数の斬撃を飛ばした。結果──相殺。両者ともに無傷のままそれぞれ正反対の方角へ吹き飛ばされる。ただ、距離が離れた程度で二人の勝負は中断などしない。

 なじみはすぐさまその手に刀を作り出すと、剣を縦に振り下ろして絶対斬の斬撃を飛ばした。ベルンはその攻撃を真正面から受けて肉体を二分されながらオレンジ色の光弾を数千と生み出し、なじみへと放った。なじみはそれらの光弾を刀で弾きながらすぐさまベルンへ接近。修復しつつある彼女の肉体へ──その首へと刃を落とす。しかしベルンは首元の空間をまるごと掴んで移動させることで刃の軌道を逸らし、代わりに自らの剣をなじみの喉へと叩き込む。

「起動──太陽の騎士(ガウェイン)

 その言葉の直後、なじみの喉に突き刺さっていた剣が燃え盛る。

「……へえ。これも神座の」

「黄金の劣化版のようなものだがね。今、即興で思いついた。

 私に比較的協力的だった、仲間のような関係だった者らに私の神在月(アラウンドキャメロット)に適した()を与え、私の一部に組み込む。そうすれば必然、彼彼女らの技は私のものだ」

 のどを焼かれながら、なじみは笑っていた。彼女が今味わっているのは文字通り焼かれるような痛みであり、そもそも喉を焼かれながらしゃべり、笑うというのはどういう神経なのか。──いや、その問いは不要だろう。ベルンはそういう人間を知っている。長く生き過ぎた存在とはそういうものと弁えているゆえに、それを不思議とも感じない。ただ、相手の練る作戦はどんなものだろうかという期待だけがある。果たして、なじみの切った手札は。

完成(ジ エンド)──致死武器(スカーデッド)

 ベルンの全身から、一斉に血飛沫が舞った。まるで爆ぜたように、一瞬にしてベルンの全身が赤に染まる。

「が、く……。ぁいッッッたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああァァァッッ!!!!???」

 もはや傷のない所の方が少ない──というより傷のない場所などないだろうという勢いで傷は開き続ける。

 なじみが行ったのは、身近にいる、多くの異常性(アブノーマル)過負荷(マイナス)もスキルもスペシャルも、完成させてしまった怪物の能力の模倣。正確にいえば、彼女が完成させた過負荷(マイナス)の獲得である。記憶を盗み見て、どう掴んだのかの流れを把握し、そして必要な部分を失った。なじみは喪失の神であるゆえに、どうしようもない、理屈も何もない欠点であるマイナスとの親和性がただの人外だったときより高まっている。それは悪平等(ノーマル)の権化としてどうなのかというツッコミもあるだろうが、悪平等(ノットイコール)はそもそも悪平等なのだから、極めてしまえばどちらかというとマイナスなのは仕方がないと思うほかないだろう。可能性の翼をもぎ、不可能を増やす理を拡げ、己の不可能を見つけ出すのなら、平等に皆に枷を嵌める力があるのなら、その力は何の利益もないマイナスだ。つまりは悪平等(ノットイコール)の安心院なじみではなく、安心院なじみという一個人の問題で、彼女の端末がいかに普通(ノーマル)であっても避けられない運命なのだ。

 安心院なじみが失うことで手に入れた欠点の名は致死武器(スカー

デッド)。古傷を、心的外傷をこじ開ける過負荷(マイナス)で、相手がベルンほど(神座級)の長寿ともなれば開く傷の総数は数えることなど出来ない。なじみはただそこに立っているだけでベルンを傷つけられ、ベルンの可能性はなじみの理によって閉ざされていく。

「ァァァァ崩壊の騎士(アグラヴェイン)ッ!!」

 激痛に悶えながらもベルンが呼び出したのは、とある男の自滅因子。本人の魂はどうしようもなく宿主と結びついているものの、しかしその宿主との関係も良好ゆえ、能力を劣化させてコピーできる。

 なじみに突き刺さっていた剣がすっと抜ける。刀身は縮み、次第に形を変えていくだろう。血で汚れたベルンの手が握るのは、一丁の()()()()()()()()

 引き金が引かれる瞬間、なじみは咄嗟にこれは避けなければならないと悟った。道理を超えた直感の域で、目の前の単なる拳銃の脅威を察したのだ。だが同時に、彼女は得たばかりの神座というものの限界を知りたがっていた。否。知ろうとしてしまったのだ。

 なじみの握る刀。これは本来スキルで作られたという点を除きごくごく普通の刀だった。しかし神座であるなじみが握ることによって、今やあらゆる可能性を排除し排斥する処刑刀に変化している。この刀で切り裂かれた者は何人たりとも、その者の法則を維持できない。可能性を潰され、只人へ、それもあらゆることが達成困難になる枷を嵌められた存在へと変えられてしまう。

 一閃。刀が銃弾を切り裂いた。なじみの理が勝てば、ベルンの握る銃は本当にただの銃器となり、この戦いにおいては何の価値もない鉄屑と化すだろうが、果たして──

「……ちぇ。この弾丸は斬っちゃダメな奴だったか」

 刀が砕ける。銃弾が触れた瞬間に刀は崩れ、弾丸はなじみに直撃する。それと同時になじみの中で何かが崩れる感覚が走った。己の選択ミスに舌打ちしながらなじみは十メートルほど吹き飛ばされてしまう。

「……自滅因子。人間が持ち合わせる破滅願望を、神座が抱いてしまったときに生まれる、宿主を絶対に殺すために生まれ、宿主が死ぬまでは不死身の存在。

 彼の弾丸は自滅因子としての特性を活かしたものでね、この弾丸が当たった神格は内側から崩壊してしまう。もっとも、私が使っただけでは死滅まではもっていけないんだがね」

 劣化コピー。だが効果は十分。距離が開いたのもあってベルンを苦しめていた致死武器(スカ―デッド)が緩み、肉体が修復され始める。余裕を取り戻したベルンが遠方からまた光弾を放とうとしたその時。

「それじゃ、君も一緒にご唱和ください」

 安心院なじみの顔から笑みは消えない。それは勝利を諦めない笑みであり、限りなくマイナスに近い覇道院さんゆえの、不敵で無敵の、這い寄るような笑顔。すなわち、これから行われるのは究極の過負荷(マイナス)

「It's all fiction!」

 球磨川禊の過負荷(マイナス)により、ベルンは足元から現れた螺子に体を貫かれる。

()()()()()()()()()()()()()()。実はね、ベルンちゃん。案外、理解しちゃえば神座を倒すなんて簡単なんだよ。神座の燃料は魂。だからこそ新座闘争は魂の削り合いと奪い合いになるんだけれど、なら全部消せばいい。

 生命は巡るというように、僕という宇宙が生まれているのだから、僕も(燃料)を有しているのだから、君の総軍がスッカラカンになっても新たな生命は生まれてくるんだろ? だからこれでも問題は無いはずさ。

 さて、これから君は君の魂ひとつで僕に挑まなくちゃいけないわけだけど、ベルンちゃん、一体どうやって僕に勝つつもりかな?」

 

 安心院なじみの言うことに間違いはない。初めての神座闘争でありながら、すでに彼女は勝ち方を理解していた。総軍を失ったベルンの版図は限りなく縮小しており、無理に戦闘をしようとすれば自壊してしまいかねないほどに今の彼女は脆い。この状態で覇道神としての強さを保てる者など一人しかいないだろう。そしてその例外のようにベルンは唯我を求めているわけでもなく、そして多くの魂を抱えていることを活かした戦法を好んでいるがゆえに今出来ることなど皆無に等しい。なじみの法則がなくとも、今のベルンに『可能性』などあるはずもなかった。なじみのいうように、神座の燃料とは魂ゆえに。燃料を失えば、どんな高性能の車も、ロケットも、宇宙船も、等しく鉄屑に違いない。

 

 ゆえに、舞台は整った。

 圧倒的有利から転がり落ちたベルン・カレイヒは、望まず自らが最も輝ける条件をそろえたのだ。

 圧倒的不利で、敗北の直前で、もうなんの手も打てない状況。この状況でこそ、彼女は勝ちを掴み得る。

 なぜなら彼女は敗北者。足るを知らず、満ちることを知らず、愚かにも天地創造まで成し遂げてしまった、特級の社会不適合者。与えられていた役割が不満だから、世界という舞台をひっくり返し、主役を強奪し、共演者たちを装飾品のように己の覇道に巻き込んだ、本来生まれるはずのなかった神座。そうまでしてなお、己の生に満足できない、強欲な神。このような者が最後に目指す場所は『勝利』なんて素敵な名前のはずがない。

 天より、地より遥かに下。冥府から這い上り、汚れた手で勝者の足を引っ張り、血の底の底の底まで引きずり降ろして一人満悦する、下劣極まる屑の所業。愛と呼ぶ醜い執着で刹那の愛を、黄金の輝きを、水銀の放浪を、黄昏の逢瀬を素晴らしいと感じながらに歌劇を乱し座を掴んだ彼女の行いを、人々はきっとこう呼ぶのだ。

 弱者が強者を下す理不尽。すなわち──逆襲と。

 

「Ab ovo usque ad mala──.」

 水銀の残滓が、無限の可能性を実現する理が、あるいは最強の凶を下した明けの明星という神座の歴史が、ベルンの道を拓いた。

「Omnia fert aetas.」

 素粒子間時間跳躍・因果律崩壊。

 明星のタイムマシンを基に水銀が繰り出した占星術であり、過去にさかのぼり相手の存在を抹消するという大技である。しかしこれをそのまま使うのでは意味がない。ベルンは喪失ではなく獲得を尊ぶゆえに、時間跳躍後に施すのは強化だった。

「………これは!! 時間操作能力者だってもっとシンプルな戦い方するだろ……!」

 なじみが呆れるのも仕方がない。だってこんな時間の使い方、普通はありえないだろうから。

「にわかだね、安心院さん。球磨川君の最新は大嘘憑き(オールフィクション)じゃなくて安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)なんだよ」

「……虚数大嘘憑き(ノンフィクション)じゃないかな? さては複雑な時間移動がしてみたくてわざとそっちにしただろ」

 なじみの指摘にベルンはむすっとした顔をするが、すぐに笑顔に戻り解説を始めた。

「まあ。格好つけたかといわれればつけたとも。そもそも安心院さんが死んで以降の球磨川君のことはよく知らないんだ。虚数大嘘憑きは生成方法も分からん。だが、安心大嘘憑きまでなら知ってるんでね。

 というわけで、()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これで、私は元通りだ」

 だがこれでは元に戻しただけだ。ベルンが有利になったわけでも、なじみが不利になったわけでもない。

「ついでにお前の技も追加しておいたぞ。どうせなんだ。おまえらしさを演出してみようと思ってな。メイン能力が能力無効では味気ないだろう?」

 いや、むしろベルンの理によってなじみが強化された分、なじみが有利なのか。

「完成などせず派生していけば、さらに手数は増える。まったく、せっかくスキルが多彩でもそのスキルを改良しようという発想が欠如している。いや、そういう扱い方は球磨川君の方が上手かったからかな。それとも、不知火という黒子がいたから、スキルを自らどうこうするという発想がなかったのか……。いや不知火まで持ち出すと鶏が先か卵が先か分からなくなるか」

 ……なじみは違和感に気が付いた。

 そう、何かがおかしい。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、私は卒業どころか……いや。あれ……?」

 なじみの記憶に齟齬がある。自分の最期が思い出せない。いや、何か違う記憶が差し込まれている。

()()()()()()()() 神座という経験をもとに世界という概念を理解した君に死角はない。キャラクターをキャラクターの載った紙面ごと破くような主人公であっても、その紙面を補強し、或いは存在そのものをメタ的に捉え、破かれていない自分を見つけ出すことによって」

 自分の知っている過去と食い違う記憶がある。自分の知らない光景を覚えている。自分の知らないスキルがある。未知の自分が、未来があふれて止まらない。存在しない記憶が次々と生まれてくる。お前に不可能はないというように、文字通り無限の可能性がそこには詰まっていた。

 そうだ。安心院なじみは神座にたどり着き、ゆえに獅子目言彦に負けず、球磨川禊と甘いような苦いようなベタなラブコメをしながら生徒会を見守り、そして学園を卒業した。そしてその後、こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と神座をかけた戦いをしているのだ───。

 

「……本気の本気で、僕に何をした?」

「可能性の拡大だよ、安心院さん。私は過去に遡って、私の理で君をまるごと進化させた。そのために一度、私の神座に君たちの物語を挿入して捻じ曲げ、今の君ならば出来るだろうことをさせたまでだよ。君の中に存在しない記憶が発生したのなら、それは安心院さん、今の君があの時あの場所にいたのなら起きていただろう未来だよ」

 なぜ、そんなことをするのか。困惑よりも恐怖が勝っていた。なぜなら、今の彼女は本気で理解が出来ない。この局面で、この戦いで、そのことに一体何の意味があるというのか──。

「決まっているだろう。私が君の世界を私の神座に組み込めたように。私がこうして神座闘争を続行できているように。私が箱庭学園に入学できるように、君が神座に到達できたように、君が私を追い詰められたように、君が獅子目言彦に勝てるかもしれないように、君が球磨川禊と良い感じなるかもしれないように、逆に永遠に弟扱いのまま生きていられたかもしれないように、お互いに存在しない記憶を生じさせられたように、私たちがここで当たり前に戦えているように────。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!!」

 見せつけたのだ、不可能などないと。不可能を可能に変える理で、しかも理解を拒めないほど確かな感触をもって。それは不可能を探す安心院なじみにとって、特大の恐怖でしかないと知りながら。

 渇望を持つには、矛盾した感情が求められる。願いは叶う、叶えという気持ちと、この願いは叶わないという怒りだ。強い気持ちと、叶わない世界への怒りこそ、覇道神が生まれる土壌に他ならない。だが逆に、願いは叶うと確かに信じていなければ、世界を変えるほどの力は発揮できないわけで。

「……ッ!」

 とっさになじみは右手を振るった。

 安心院なじみはシュミレーテッドリアリティという病を抱えている。現実が現実だと思えない、すべてフィクションなのではないかと思い込んでしまう病気である。ゆえに神の思うまま、現実は虚構となる。

 ベルンの下半身が消滅する。それはまるで、絵に消しゴムがかけられていたように。先ほどまでなじみが使っていなかった新技。防御などできはしない。否、ひとつ訂正しよう。なじみは使わなかったのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベルンが見つけ出した可能性の一つ。現実を虚構の様に扱い、自在に編集するスキル。

 強力だがしかし、今のなじみが最も使いたくないスキルだろう。なぜならこの技を使えば現実が虚構になってしまうのだから。否定したい現実が目の前に広がってしまうのだから。

「……はじめから狙っていたのかい? こうすれば、私は私がいる世界を現実と捉えられなくなるから」

 下半身が消えようともベルンは健在だ。()()()()()()()()()()()()()()()()たちまちに治り、再び立ち上がる。

「いいや。安心院さんが覇道神になったら面白そうだなとは思ったけれど、特に深い意図はないよ。ああ、しかし私の総軍を消されたときに、君の願いを徹底的に否定してやろうとは思ったがね」

 これで安心院なじみが勝てば、なじみはまた一つ、成功体験を重ねてしまう。ベルンに攻撃をしようとすればするほどに、自分に出来たことが増えてしまうのだ。神座流出までは勢いでやったがしかし、こうしてベルンが冷水をぶっかけたおかげで、『お前に不可能はない』と宣言してしまったがゆえに、どうしても意識してしまう。一度意識してしまえばあとは泥沼だ。考えれば考えるほどに、安心院なじみは自分の可能性を感じてしまう。出来ないことなんてないのではないかと思ってしまう。不可能を欲する彼女は、自分の手で自分の首を絞めていくのだ。

 これが人外、安心院なじみならば楽しめたのかもしれない。せっかく流出までしたのに、まったく人生はままならねーな、なんてセリフを吐きながら肩をすくめ、ベルンに勝ちにいったかもしれない。だが覇道神になるために渇望を露出し、自らの願いを原動力とする今のなじみに、覇道院さんにそんな柔軟性はない。極まった存在というものは柔軟性を失い、”そういうもの”になってしまうのだから。不可能とそれの探求の具現と化した安心院なじみにはもう、どんな可能性を否定しても、どんなことを達成困難な事象に変えても、それがゆえに自分の万能を実感せずにはいられない。

 ゆえに、安心院なじみが切れる手札はなく。

集いて燃えよ情念、掲げる星の名は太陽(エクスカリバー)ァァァ!!!」

 その手に剣を取り戻したベルンが放った剣閃──あるいは破壊光線により、安心院なじみはその総軍ごと消滅した。




 まず一言
 すいませんでしたァァ!!!
 書きたいものだけ書こうって決めて書き始めて、よっしゃ書くぞと思ったらこうなりました。私も予想外の大長編になりまして。なんなら安心院さん勝利ルートのつもりで書いてたら、ベルンが勝手に冥王と月天女かけながら逆襲しはじめまして。いやほんとなんです、信じてください。ベルンに最後に暴れさせて、それでも安心院さんが勝っちゃって、ままならねーぜ! で〆ようとしてたんですけど、なんか冥王聞きたくなっちゃって、そして気が付いたらベルンが安心院さんに恐怖体験させたいな! って言い始めて、なんかそれでこう……。
 こうなっちゃった。
 暴走って怖いね……。

 でも悔いはありません。
 安心院なじみという魅力あふれるキャラクター、そして西尾維新先生のワードセンスのすばらしさを感じると共に、いわゆるチート能力、神座というものについて考える事が出来ました。なにより、最後までちゃんと『能力バトル』出来たのが嬉しいです。
 ベルンについては、Xで活動していたときからずっと悩んでいたことがあります。それは、彼女、チートなんじゃないかということ。自分でいうのは恥ずかしいですが、こんなん強すぎないか、と。実際、チートといわれたこともありますし、世間一般にはチートキャラなんだろうなあ、と。ですが私、チートキャラという言葉が苦手なのです。なんだか、努力もなく高みに上がっただけで他のキャラクターを見下しているように感じてしまって。ベルンというキャラは好き、だけどこいつの性能は好きになれない、そんな時期が続きました。でも今回、「おもいっきりインフレバトル書くぞー!」と意気込んで安心院なじみvsベルンを書いてみて、自分のキャラを客観的に書いて見て、悩みは無事解決しましたとも。
 何故かはもう、前述の通り。
 ちゃんと能力バトルできたから。対策を考えて、相手を攻略していく。そういう工夫を、駆け引きをして勝とうと奮起しているのであれば、それは間違いなくチートキャラでは無いでしょう(多分)。
 色々な意味で、今回のこの話をかけてよかったと思います。では、また別の戦場で。


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ベルンvs安心院なじみ➂

前回、卍曼荼羅ァ! 無量大数ゥゥゥ!!!をやろうとして辞めたことはここだけの秘密だぞ! 
言いたいことはふたつ。
楽しんでお読みください。
あと今回のあとがきは少し長いぞ。


「さあ、描けよ。おまえの理想郷を。それをもって最終決戦を開始しようじゃないか」

「そう急かすものじゃないよ、ベルンちゃん。今やっているだろ」

 覇道の安心院さん、覇道院さんの完成は間近だ。ベルンはその時を待ちわび、待ちわびながら秒ごとに覚醒を果たしていく。青銅の蛇の神在月とはそういうものだ。全住民が──ベルン本人含めた全員が望む限り進化し続ける。

 そしてそれに感化されたなじみもまた、ひとつ限界を超えようとしていた。

 複数のスキルを組み合わせ、繋ぎ合わせ、擬似的な流出を引き起こす。

 

 安心院なじみ──彼女がまず初めに感じたのは『飽和』。求めしものは不可能の実現。

 天地創生以来、私はあらゆることを実現した。無数の特技を手に入れ、無数の欠点を手に入れ、無数の技能と技術を手に入れた。宇宙が生まれ地球が生まれ生命が生まれ三兆四千二十一億九千三百八十二万二千三百十二年。待てど暮らせど私に出来ないことは現れずいかなる困難も私を止められない。

 果たしてこの世界は現実なのだろうか。証明したい、確信したい、私は今、生きていると。

 何回でも試みよう。何回でも挑もう。達成不可能の困難と挫折を味わい尽くすその日まで──餓鬼道天下無双。

 擬似流出、開始───。

「呪即説呪曰 羯帝羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」

 祝詞は一瞬に終わる。だが詠唱の長さと強さは比例しないし、望んだ事象が引き起こせるならば問題ないだろう。そもそもなじみは能力の使用に詠唱は必要なく、今回のこれは異例中の異例なのだ。

流出(Atziluth)──異常性、過負荷、悪平等(なじみボックス)

 安心院なじみの箱庭が溢れ出てて流出する。

「……む、これは………」

 それは安心院なじみらしい、そして神座らしからぬ祈りだった。

 不可能の実現。あらゆることを『達成困難』に変えてしまうという法則。重力はより重く、抵抗はより大きく、言葉は乱れ、成長曲線は驚きの緩やかさをみせる。可能に近い物事こそ重く強い抵抗を受ける、あべこべの世界。間違いなく邪神の法で、そのまま全宇宙へと流れ出せば史上最悪の法則となるに違いない。なじみにとって世界を塗り替える程度のことは造作もなく、ならばこそ達成困難であるという矛盾を抱えることで完璧なあべこべ──全生命にとって基本であり最も無意識レベルで行われる生命維持の困難化など──は起きずにいるだけで、座を握る本人にとっても理の影響を受ける相手にとっても邪法と呼ぶほかない。

 ここに揃ったふたつの理。よく考えれば不思議な組み合わせである。ふたりとも、願いは障害や限界の超越を目指すものであるにも関わらず、ベルンは可能なことを増やすことを目指し、なじみは不可能なことを生み出すことを目指している。ベクトルが真逆に向いている渇望であり、ゆえに鬩ぎ合いは加速する。

「やはり私たちは気が合うよ、安心院さん。こんな見事に正反対の理を流出させるなんて、奇妙な縁を感じてしまうじゃないか」

「それはありえないよ、ベルンちゃん。そもそも僕みたいな願い、人間は抱かないのが普通だろ? 僕は僕だからこういう願いになるのは必然で、僕は僕なんだから他の奴らとは正反対の方向の願いを抱くのは当たり前なんだ。君が言ってるのは、同じ地球の生命だから運命の赤い糸で結ばれてると信じてるようなものだぜ」

 なじみのいう言葉もまた、真実。安心院なじみはどこまでも人外であり、人間とは視点が、基準が、価値観が異なるのだ。人が飽和した失敗の中を生きるのに対し、なじみは成功体験が飽和している以上、ここにいるのがベルンでなくてもなじみの願いと相手の願いは対立する。ならば、この二人に奇縁などありえない。

「そんなことは今はいいだろ? さあ始めようか。人生初の神座闘争だ」

 なじみが両手を広げるのと同時に、ベルンは右手の掌中に刀を作り出し、柄を握りながらに刀印を結んだ。

「そうだな。確かにそちらの方が遥かに良い。

 では──ロッッズ・フロォォム・ゴォォォォッッッドォォ!!

 ベルン・カレイヒに順番の大切さや盛り上がりの大切さを説くことほど無駄なことは無い。彼女は初手からクライマックスだった。

 天から降り注ぐ数百万基の鉄柱。神の杖と呼ばれる、大気圏から放たれたし破壊兵器である。一発でも核兵器に匹敵するかそれ以上の威力があるとされており、それが数百万とつるべ撃ちされた日には、相手は肉片一つとて残らないだろう。

「なるほど。一見するとこれまでと同じように見えるけど、神座での戦いはこういうことが起こるんだね」

 神の杖は迎撃されるまでもなく、なじみに近付くにつれて徐々に像が崩れ始めた。

 いうまでもなくこの神の杖はベルンが生み出したもの。『不可能を可能に変える』理によって物理法則を超越して生み出されたこの破壊兵器は、なじみに近付くことによりなじみの版図に接触することで、『可能を不可能に変える』なじみによって()()()()()()()()()()否定されることになる。だが、この攻撃に一切意味がないわけではなかった。

 神の杖が一瞬で消滅しなかった理由がそれだ。なじみの法則でベルンの法則が乱されたように、ベルンの法則によってなじみの法則もまた乱されている。神座の鬩ぎ合いは常に相殺のし合いで、法則の及ぶ版図の奪い合いだ。

「ふんッ!」

 なじみが感心している間にベルンは彼女に急接近し、刀を突き出した。狙うは心臓ど真ん中、腰の捻りと腕の捻り、重心移動などを存分に活かした力任せの刺突は、恰好こそ不格好で、おそらく剣道や剣術の有識者が見れば呆れるほかないような代物だったが、その威力だけは座に至った者として保証されている。

「不思議だよ。見た目は本当に大したことのない、それこそ僕の端末の方がもっとマシな突きが出来るかもしれないようなものなのに、さっきまでの僕では死んでいたんだろうと確信できる。多元宇宙規模なんていうからどんな恐ろしい攻撃なのかと思えば、なるほど」

 しかし今のなじみはベルンと同格。ベルンの攻撃はなじみには届かず、人差し指と中指で刀身を挟まれ止められた。しかし直接攻撃であるがゆえか、あるいは先の神の杖でそれなりの版図を削られたか、神の杖のように像が解かれることは無かった。

「なあ、気付かんか?」

「? なんでもそれで察しろという方が無理があると思うよ」

「ああ、そうだよな。会社が違うものな」

 腕を引き絞り、剣を突き出す刺突のモーション。もちろん、普通に力んだだけの刺突ではあるのだが、それにあえて、意味があったと仮定するならば。この動きを知っている人間は多いはずだ。ベルンのそれはあきらかに大げさではあるものの、しかし()()()()()()()としては十分。

「ヴォーパルストライク」

 ソードスキル、ヴォーパルストライク。とある電脳世界において片手直剣の熟練度を高め、レベルを最前線クラスまで上げることで獲得できるスキルである。赤いエフェクトと共に繰り出される刺突の威力は高く、のみならず攻撃時、当たり判定が刀身以上に伸びるという特性を持つ。ゆえにこの一撃は、安心院なじみの胸を貫く。

「がッ……!」

 心臓が剣で貫かれる。普通ならばこれで決着は着いただろう。少なくとも片方は勝利を確信していなくてはおかしい。ああ、しかし何度でもいうが、この勝負は決して普通ではないゆえに。

「追撃だ」

「お返しだ」

 なじみがベルンへ向けた人差し指から衝撃波が放たれるのと同時に、ベルンはなじみへ左手を向けて無数の斬撃を飛ばした。結果──相殺。両者ともに無傷のままそれぞれ正反対の方角へ吹き飛ばされる。ただ、距離が離れた程度で二人の勝負は中断などしない。

 なじみはすぐさまその手に刀を作り出すと、剣を縦に振り下ろして絶対斬の斬撃を飛ばした。ベルンはその攻撃を真正面から受けて肉体を二分されながらオレンジ色の光弾を数千と生み出し、なじみへと放った。なじみはそれらの光弾を刀で弾きながらすぐさまベルンへ接近。修復しつつある彼女の肉体へ──その首へと刃を落とす。しかしベルンは首元の空間をまるごと掴んで移動させることで刃の軌道を逸らし、代わりに自らの剣をなじみの喉へと叩き込む。

「起動──太陽の騎士(ガウェイン)

 その言葉の直後、なじみの喉に突き刺さっていた剣が燃え盛る。

「……へえ。これも神座の」

「黄金の劣化版のようなものだがね。今、即興で思いついた。

 私に比較的協力的だった、仲間のような関係だった者らに私の神在月(アラウンドキャメロット)に適した()を与え、私の一部に組み込む。そうすれば必然、彼彼女らの技は私のものだ」

 のどを焼かれながら、なじみは笑っていた。彼女が今味わっているのは文字通り焼かれるような痛みであり、そもそも喉を焼かれながらしゃべり、笑うというのはどういう神経なのか。──いや、その問いは不要だろう。ベルンはそういう人間を知っている。長く生き過ぎた存在とはそういうものと弁えているゆえに、それを不思議とも感じない。ただ、相手の練る作戦はどんなものだろうかという期待だけがある。果たして、なじみの切った手札は。

完成(ジ エンド)──致死武器(スカーデッド)

 ベルンの全身から、一斉に血飛沫が舞った。まるで爆ぜたように、一瞬にしてベルンの全身が赤に染まる。

「が、く……。ぁいッッッたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああァァァッッ!!!!???」

 もはや傷のない所の方が少ない──というより傷のない場所などないだろうという勢いで傷は開き続ける。

 なじみが行ったのは、身近にいる、多くの異常性(アブノーマル)過負荷(マイナス)もスキルもスペシャルも、完成させてしまった怪物の能力の模倣。正確にいえば、彼女が完成させた過負荷(マイナス)の獲得である。記憶を盗み見て、どう掴んだのかの流れを把握し、そして必要な部分を失った。なじみは喪失の神であるゆえに、どうしようもない、理屈も何もない欠点であるマイナスとの親和性がただの人外だったときより高まっている。それは悪平等(ノーマル)の権化としてどうなのかというツッコミもあるだろうが、悪平等(ノットイコール)はそもそも悪平等なのだから、極めてしまえばどちらかというとマイナスなのは仕方がないと思うほかないだろう。可能性の翼をもぎ、不可能を増やす理を拡げ、己の不可能を見つけ出すのなら、平等に皆に枷を嵌める力があるのなら、その力は何の利益もないマイナスだ。つまりは悪平等(ノットイコール)の安心院なじみではなく、安心院なじみという一個人の問題で、彼女の端末がいかに普通(ノーマル)であっても避けられない運命なのだ。

 安心院なじみが失うことで手に入れた欠点の名は致死武器(スカーデッド)。古傷を、心的外傷をこじ開ける過負荷(マイナス)で、相手がベルンほど(神座級)の長寿ともなれば開く傷の総数は数えることなど出来ない。なじみはただそこに立っているだけでベルンを傷つけられ、ベルンの可能性はなじみの理によって閉ざされていく。

「ァァァァ崩壊の騎士(アグラヴェイン)ッ!!」

 激痛に悶えながらもベルンが呼び出したのは、とある男の自滅因子。本人の魂はどうしようもなく宿主と結びついているものの、しかしその宿主との関係も良好ゆえ、能力を劣化させてコピーできる。

 なじみに突き刺さっていた剣がすっと抜ける。刀身は縮み、次第に形を変えていくだろう。血で汚れたベルンの手が握るのは、一丁の()()()()()()()()

 引き金が引かれる瞬間、なじみは咄嗟にこれは避けなければならないと悟った。道理を超えた直感の域で、目の前の単なる拳銃の脅威を察したのだ。だが同時に、彼女は得たばかりの神座というものの限界を知りたがっていた。否。知ろうとしてしまったのだ。

 なじみの握る刀。これは本来スキルで作られたという点を除きごくごく普通の刀だった。しかし神座であるなじみが握ることによって、今やあらゆる可能性を排除し排斥する処刑刀に変化している。この刀で切り裂かれた者は何人たりとも、その者の法則を維持できない。可能性を潰され、只人へ、それもあらゆることが達成困難になる枷を嵌められた存在へと変えられてしまう。

 一閃。刀が銃弾を切り裂いた。なじみの理が勝てば、ベルンの握る銃は本当にただの銃器となり、この戦いにおいては何の価値もない鉄屑と化すだろうが、果たして──

「……ちぇ。この弾丸は斬っちゃダメな奴だったか」

 刀が砕ける。銃弾が触れた瞬間に刀は崩れ、弾丸はなじみに直撃する。それと同時になじみの中で何かが崩れる感覚が走った。己の選択ミスに舌打ちしながらなじみは十メートルほど吹き飛ばされてしまう。

「……自滅因子。人間が持ち合わせる破滅願望を、神座が抱いてしまったときに生まれる、宿主を絶対に殺すために生まれ、宿主が死ぬまでは不死身の存在。

 彼の弾丸は自滅因子としての特性を活かしたものでね、この弾丸が当たった神格は内側から崩壊してしまう。もっとも、私が使っただけでは死滅まではもっていけないんだがね」

 劣化コピー。だが効果は十分。距離が開いたのもあってベルンを苦しめていた致死武器(スカ―デッド)が緩み、肉体が修復され始める。余裕を取り戻したベルンが遠方からまた光弾を放とうとしたその時。

「それじゃ、君も一緒にご唱和ください」

 安心院なじみの顔から笑みは消えない。それは勝利を諦めない笑みであり、限りなくマイナスに近い覇道院さんゆえの、不敵で無敵の、這い寄るような笑顔。すなわち、これから行われるのは究極の過負荷(マイナス)

「It's all fiction!」

 球磨川禊の過負荷(マイナス)により、ベルンは足元から現れた螺子に体を貫かれる。

()()()()()()()()()()()()()()。実はね、ベルンちゃん。案外、理解しちゃえば神座を倒すなんて簡単なんだよ。神座の燃料は魂。だからこそ新座闘争は魂の削り合いと奪い合いになるんだけれど、なら全部消せばいい。

 生命は巡るというように、僕という宇宙が生まれているのだから、僕も(燃料)を有しているのだから、君の総軍がスッカラカンになっても新たな生命は生まれてくるんだろ? だからこれでも問題は無いはずさ。

 さて、これから君は君の魂ひとつで僕に挑まなくちゃいけないわけだけど、ベルンちゃん、一体どうやって僕に勝つつもりかな?」

 

 安心院なじみの言うことに間違いはない。初めての神座闘争でありながら、すでに彼女は勝ち方を理解していた。総軍を失ったベルンの版図は限りなく縮小しており、無理に戦闘をしようとすれば自壊してしまいかねないほどに今の彼女は脆い。この状態で覇道神としての強さを保てる者など一人しかいないだろう。そしてその例外のようにベルンは唯我を求めているわけでもなく、そして多くの魂を抱えていることを活かした戦法を好んでいるがゆえに今出来ることなど皆無に等しい。なじみの法則がなくとも、今のベルンに『可能性』などあるはずもなかった。なじみのいうように、神座の燃料とは魂ゆえに。燃料を失えば、どんな高性能の車も、ロケットも、宇宙船も、等しく鉄屑に違いない。

 

 ゆえに、舞台は整った。

 圧倒的有利から転がり落ちたベルン・カレイヒは、望まず自らが最も輝ける条件をそろえたのだ。

 圧倒的不利で、敗北の直前で、もうなんの手も打てない状況。この状況でこそ、彼女は勝ちを掴み得る。

 なぜなら彼女は敗北者。足るを知らず、満ちることを知らず、愚かにも天地創造まで成し遂げてしまった、特級の社会不適合者。与えられていた役割が不満だから、世界という舞台をひっくり返し、主役を強奪し、共演者たちを装飾品のように己の覇道に巻き込んだ、本来生まれるはずのなかった神座。そうまでしてなお、己の生に満足できない、強欲な神。このような者が最後に目指す場所は『勝利』なんて素敵な名前のはずがない。

 天より、地より遥かに下。冥府から這い上り、汚れた手で勝者の足を引っ張り、血の底の底の底まで引きずり降ろして一人満悦する、下劣極まる屑の所業。愛と呼ぶ醜い執着で刹那の愛を、黄金の輝きを、水銀の放浪を、黄昏の逢瀬を素晴らしいと感じながらに歌劇を乱し座を掴んだ彼女の行いを、人々はきっとこう呼ぶのだ。

 弱者が強者を下す理不尽。すなわち──逆襲と。

 

「Ab ovo usque ad mala──.」

 水銀の残滓が、無限の可能性を実現する理が、あるいは最強の凶を下した明けの明星という神座の歴史が、ベルンの道を拓いた。

「Omnia fert aetas.」

 素粒子間時間跳躍・因果律崩壊。

 明星のタイムマシンを基に水銀が繰り出した占星術であり、過去にさかのぼり相手の存在を抹消するという大技である。しかしこれをそのまま使うのでは意味がない。ベルンは喪失ではなく獲得を尊ぶゆえに、時間跳躍後に施すのは強化だった。

「………これは!! 時間操作能力者だってもっとシンプルな戦い方するだろ……!」

 なじみが呆れるのも仕方がない。だってこんな時間の使い方、普通はありえないだろうから。

「にわかだね、安心院さん。球磨川君の最新は大嘘憑き(オールフィクション)じゃなくて安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)なんだよ」

「……虚数大嘘憑き(ノンフィクション)じゃないかな? さては複雑な時間移動がしてみたくてわざとそっちにしただろ」

 なじみの指摘にベルンはむすっとした顔をするが、すぐに笑顔に戻り解説を始めた。

「まあ。格好つけたかといわれればつけたとも。そもそも安心院さんが死んで以降の球磨川君のことはよく知らないんだ。虚数大嘘憑きは生成方法も分からん。だが、安心大嘘憑きまでなら知ってるんでね。

 というわけで、()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これで、私は元通りだ」

 だがこれでは元に戻しただけだ。ベルンが有利になったわけでも、なじみが不利になったわけでもない。

「ついでにお前の技も追加しておいたぞ。どうせなんだ。おまえらしさを演出してみようと思ってな。メイン能力が能力無効では味気ないだろう?」

 いや、むしろベルンの理によってなじみが強化された分、なじみが有利なのか。

「完成などせず派生していけば、さらに手数は増える。まったく、せっかくスキルが多彩でもそのスキルを改良しようという発想が欠如している。いや、そういう扱い方は球磨川君の方が上手かったからかな。それとも、不知火という黒子がいたから、スキルを自らどうこうするという発想がなかったのか……。いや不知火まで持ち出すと鶏が先か卵が先か分からなくなるか」

 ……なじみは違和感に気が付いた。

 そう、何かがおかしい。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや、私は卒業どころか……いや。あれ……?」

 なじみの記憶に齟齬がある。自分の最期が思い出せない。いや、何か違う記憶が差し込まれている。

()()()()()()()() 神座という経験をもとに世界という概念を理解した君に死角はない。キャラクターをキャラクターの載った紙面ごと破くような主人公であっても、その紙面を補強し、或いは存在そのものをメタ的に捉え、破かれていない自分を見つけ出すことによって」

 自分の知っている過去と食い違う記憶がある。自分の知らない光景を覚えている。自分の知らないスキルがある。未知の自分が、未来があふれて止まらない。存在しない記憶が次々と生まれてくる。お前に不可能はないというように、文字通り無限の可能性がそこには詰まっていた。

 そうだ。安心院なじみは神座にたどり着き、ゆえに獅子目言彦に負けず、球磨川禊と甘いような苦いようなベタなラブコメをしながら生徒会を見守り、そして学園を卒業した。そしてその後、こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と神座をかけた戦いをしているのだ───。

 

「……本気の本気で、僕に何をした?」

「可能性の拡大だよ、安心院さん。私は過去に遡って、私の理で君をまるごと進化させた。そのために一度、私の神座に君たちの物語を挿入して捻じ曲げ、今の君ならば出来るだろうことをさせたまでだよ。君の中に存在しない記憶が発生したのなら、それは安心院さん、今の君があの時あの場所にいたのなら起きていただろう未来だよ」

 なぜ、そんなことをするのか。困惑よりも恐怖が勝っていた。なぜなら、今の彼女は本気で理解が出来ない。この局面で、この戦いで、そのことに一体何の意味があるというのか──。

「決まっているだろう。私が君の世界を私の神座に組み込めたように。私がこうして神座闘争を続行できているように。私が箱庭学園に入学できるように、君が神座に到達できたように、君が私を追い詰められたように、君が獅子目言彦に勝てるかもしれないように、君が球磨川禊と良い感じなるかもしれないように、逆に永遠に弟扱いのまま生きていられたかもしれないように、お互いに存在しない記憶を生じさせられたように、私たちがここで当たり前に戦えているように────。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!!」

 見せつけたのだ、不可能などないと。不可能を可能に変える理で、しかも理解を拒めないほど確かな感触をもって。それは不可能を探す安心院なじみにとって、特大の恐怖でしかないと知りながら。

 渇望を持つには、矛盾した感情が求められる。願いは叶う、叶えという気持ちと、この願いは叶わないという怒りだ。強い気持ちと、叶わない世界への怒りこそ、覇道神が生まれる土壌に他ならない。だが逆に、願いは叶うと確かに信じていなければ、世界を変えるほどの力は発揮できないわけで。

「……ッ!」

 とっさになじみは右手を振るった。

 安心院なじみはシュミレーテッドリアリティという病を抱えている。現実が現実だと思えない、すべてフィクションなのではないかと思い込んでしまう病気である。ゆえに神の思うまま、現実は虚構となる。

 ベルンの下半身が消滅する。それはまるで、絵に消しゴムがかけられていたように。先ほどまでなじみが使っていなかった新技。防御などできはしない。否、ひとつ訂正しよう。なじみは使わなかったのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベルンが見つけ出した可能性の一つ。現実を虚構の様に扱い、自在に編集するスキル。

 強力だがしかし、今のなじみが最も使いたくないスキルだろう。なぜならこの技を使えば現実が虚構になってしまうのだから。否定したい現実が目の前に広がってしまうのだから。

「……はじめから狙っていたのかい? こうすれば、私は私がいる世界を現実と捉えられなくなるから」

 下半身が消えようともベルンは健在だ。()()()()()()()()()()()()()()()()たちまちに治り、再び立ち上がる。

「いいや。安心院さんが覇道神になったら面白そうだなとは思ったけれど、特に深い意図はないよ。ああ、しかし私の総軍を消されたときに、君の願いを徹底的に否定してやろうとは思ったがね」

 これで安心院なじみが勝てば、なじみはまた一つ、成功体験を重ねてしまう。ベルンに攻撃をしようとすればするほどに、自分に出来たことが増えてしまうのだ。神座流出までは勢いでやったがしかし、こうしてベルンが冷水をぶっかけたおかげで、『お前に不可能はない』と宣言してしまったがゆえに、どうしても意識してしまう。一度意識してしまえばあとは泥沼だ。考えれば考えるほどに、安心院なじみは自分の可能性を感じてしまう。出来ないことなんてないのではないかと思ってしまう。不可能を欲する彼女は、自分の手で自分の首を絞めていくのだ。

 これが人外、安心院なじみならば楽しめたのかもしれない。せっかく流出までしたのに、まったく人生はままならねーな、なんてセリフを吐きながら肩をすくめ、ベルンに勝ちにいったかもしれない。だが覇道神になるために渇望を露出し、自らの願いを原動力とする今のなじみに、覇道院さんにそんな柔軟性はない。極まった存在というものは柔軟性を失い、”そういうもの”になってしまうのだから。不可能とそれの探求の具現と化した安心院なじみにはもう、どんな可能性を否定しても、どんなことを達成困難な事象に変えても、それがゆえに自分の万能を実感せずにはいられない。

 ゆえに、安心院なじみが切れる手札はなく。

集いて燃えよ情念、掲げる星の名は太陽(エクスカリバー)ァァァ!!!」

 その手に剣を取り戻したベルンが放った剣閃──あるいは破壊光線により、安心院なじみはその総軍ごと消滅した。




 まず一言
 すいませんでしたァァ!!!
 書きたいものだけ書こうって決めて書き始めて、よっしゃ書くぞと思ったらこうなりました。私も予想外の大長編になりまして。なんなら安心院さん勝利ルートのつもりで書いてたら、ベルンが勝手に冥王と月天女かけながら逆襲しはじめまして。いやほんとなんです、信じてください。ベルンに最後に暴れさせて、それでも安心院さんが勝っちゃって、ままならねーぜ! で〆ようとしてたんですけど、なんか冥王聞きたくなっちゃって、そして気が付いたらベルンが安心院さんに恐怖体験させたいな! って言い始めて、なんかそれでこう……。
 こうなっちゃった。
 暴走って怖いね……。

 でも悔いはありません。
 安心院なじみという魅力あふれるキャラクター、そして西尾維新先生のワードセンスのすばらしさを感じると共に、いわゆるチート能力、神座というものについて考える事が出来ました。なにより、最後までちゃんと『能力バトル』出来たのが嬉しいです。
 ベルンについては、Xで活動していたときからずっと悩んでいたことがあります。それは、彼女、チートなんじゃないかということ。自分でいうのは恥ずかしいですが、こんなん強すぎないか、と。実際、チートといわれたこともありますし、世間一般にはチートキャラなんだろうなあ、と。ですが私、チートキャラという言葉が苦手なのです。なんだか、努力もなく高みに上がっただけで他のキャラクターを見下しているように感じてしまって。ベルンというキャラは好き、だけどこいつの性能は好きになれない、そんな時期が続きました。でも今回、「おもいっきりインフレバトル書くぞー!」と意気込んで安心院なじみvsベルンを書いてみて、自分のキャラを客観的に書いて見て、悩みは無事解決しましたとも。
 何故かはもう、前述の通り。
 ちゃんと能力バトルできたから。対策を考えて、相手を攻略していく。そういう工夫を、駆け引きをして勝とうと奮起しているのであれば、それは間違いなくチートキャラでは無いでしょう(多分)。
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