変わる世界で配信中 (ありくい)
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スケルトンの倒し方!

『どもども〜!!今日も今日とて私達の安全を脅かす化け物の倒し方講座いっちゃうよ〜!』

 

カメラの前でお馴染みとなった言葉を呟き、対象となる化け物の写真を見せる。

 

『今日、午前零時に新たに発見されたのはこれ!スケルトンです!これまで出てきたゴブリン、オークと同じで、私達日本人のゲーム的にまさに定番だね!』

 

次に、説明用の紙を映す。

 

『こいつの攻撃方法は多種多様!某四角いゲームみたいに弓を使うものも居れば、こんな感じでちょっとボロい装備を身に纏うものも居るよ!この装備違いは予想だけど出現場所で変わるんじゃないかな?工事現場の近くには異様に沢山ヘルメット付きがいたしね!』

 

ここまで話したところで、ようやく大声に引き寄せられた化け物の足跡を耳が拾った。

 

『さて!説明も済んだところでお客さんだ!ちょうどよくスケルトンだね!さあ行くよ…の前に!注意!この配信を見ているからと言って、下手に戦おうとしないこと。特にソロなんてもってのほか!あくまで、万が一襲われて、助けがいない時の参考として見てね!そして、そんなことにならないよう、日頃から注意すること!

 

いつも通りの注意喚起を終えて、獲物を持つ。剣や銃なら心強いが、そんなもの日本で手に入る訳がない。お金もないし、今あるのは出刃包丁と十円玉を袋に詰め込んだお手軽武器ブラックジャックである。

 

『まずは普通に倒すよ!その後に一人称視点、そして、スケルトンを素手で倒す方法も教えるよ!』

 

というわけで早速戦闘が始まる。少し前までは映像の中でしか見られなかった光景が、目の前に広がる。今回のスケルトンはヘルメットも何もない通常個体。これなら、一般人でもどうにかできると思う。

 

『じゃあ行くよ!まずは数発攻撃を見てみよう!』

 

そうして、スケルトンの攻撃を誘発させる。何度も見た動きなので余裕を持って躱す。躱す、躱し続ける。

 

そうして、結構な攻撃パターンを見れたかな?というところで一度距離を取った。

 

『よく見えたかな?こんな感じで、スケルトンは武器がないときは拳と腕を主体に戦ってくるよ!一発一発の威力も結構高いよ。お腹にくらえば、内臓に傷がついちゃうかも。じゃあ次は倒し方!』

 

しばらく待っていると、スケルトンがこっちに突っ込んできた。

 

『こんな感じで、距離を取ると突進してきます!これは武器があっても変わらない!そしてこの時、段差があるとほぼ必ず躓きます!そこをこう!』

 

そうして、倒れたスケルトンを背中からブラックジャックでぶっ叩いた。スケルトンは粉々に砕けて、スケルトンの魔石へと変わる。

 

この魔石は、ゴブリンやオークを倒した時にも落ちる。これを持って少し集中すれば死体が再度現れるので、死体を運ぶ用、だろうか。それ以外は何もわかっていない。素材も、原理も何もかもまだ不明だ。

 

『はい!これで終わり!安全に倒すってならこれが一番だと思うよ!一応こんなことしなくても、正面からバットなり何なりで打撃攻撃を加えると倒せるけど、危ないから辞めておこうね!』

 

そして、次。一人称視点ということで、固定していたカメラを手に取り、目元につけた。

 

『ちょっとうるさい方は音量下げてね!後こっからは怖い人もいるだろうから、気をつけて!じゃあ探しに行こう!』

 

軽く雑談しながら歩く。内容は、開拓され始めたゴブリンとオークの倒し方について。まだこの事態になって三日目だけど、初期の倒し方がどんどんと改良され、さらに安定した方法が見つかっている。多分今みたいなスケルトンの倒し方も、もっといいのが見つかるだろう。

 

そうして、スケルトンを似たような手段で始末した後、武器をしまった。次は素手。今回のスケルトンに至っては、攻撃はなかなか痛いけど、防御力がない。故に、素手でもなんとかなるのだ。

 

『あ、これは本当に非常事態の時用だから、皆はちゃんと武器を使うんだよ』

 

新たに見つけたスケルトンから目を離さず、距離を取る。私の腕では少し力が弱いので、普通に殴るだけじゃ私の方が痛くなる。だから、最も効果的な場所を叩く。

 

『スケルトンは私達で言う心臓の位置を触ると、力とか関係なく倒せるよ!』

 

その宣言通り、私は、すれ違いざまにスケルトンの肋骨の中に手を入れた。手応えなんてない。でも、そこに手が届いた瞬間、すべての骨が支えがなくなったかのように崩れ落ち、魔石に変わった。

 

『…はい!以上!スケルトンの倒し方でした!最後の倒し方は危ないから本当にオススメしません!でも、一番早く倒せる方法でもあるから、万が一の時に使えるように覚えておきましょう!ちなみに、手のひら以外だと何故か効かないよ!』

 

これで、スケルトンが出現してから2時間。集めた情報をすべて出し切った。

 

『ためになったと思ったらチャンネル登録、高評価をよろしくね!毎日やるから、明日も来てね!』

 

そうして、私は配信を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日前。世界に突如として化け物が現れた。

 

醜悪な見た目をしたそれは、ゲームで言うゴブリン、のような生物で、多くの人を襲った。

 

軍隊が負けるということは無かった。でも、多くの一般人が標的となり、男は集団にリンチにされ、女は大量のゴブリンに犯された。

 

そして、二日前のお昼頃。とある動画が公開された。

 

【世界の仕様変更】

 

投稿主は不明。内容は、あり得ないと断じてもいいようなことを淡々と述べるだけの動画。しかし、その動画はまたたく間に拡散された。

 

一つ、零時になると、モンスターが現れます。

 

時差というのも考慮されているのか、すべての国が同時に、ではなく、その国の零時にモンスターが現れるということ。お陰で、日本はゴブリンにやられた犠牲者がかなり多かった。

 

一つ、特別な力を与えます。

 

そして、これ。この動画を見た人は、全員もれなく脳裏に言葉が焼き付いた。そして、現在科学では到底説明できない力を手にしたのだ。いや、手にしていたのを理解した、というところだろう。

 

それは、異世界定番の魔法を使える能力だったり、心得がないのに、達人のように動けるようになったりなど様々。報告されている中で、似たようなものはあれど、まだ、同じのが2つということは起こっていない。

 

 

 

 

 

動画は終わり、何故かは分からないが私もこの動画を拡散した。

 

朝から疑問符を浮かべ続ける頭をなんとか落ち着かせて、私の能力と向き合った。そして、朝にあったあの惨状の説明がつき、同時に、やるべきことを見つけた。

 

「もう絶対に、あんな惨状は起こさせない…!」

 

私を助けてくれた皆に報いる為に、私は一本の動画を投稿した。

 

少しでも被害を減らしたいと、スマホで簡単に編集しただけの動画。しかしそれは、またたく間に拡散され、その日のうちにミリオンを達成した。

 

動画タイトルは【ゴブリンの倒し方】

 

内容は、ゴブリンの行動パターンの説明と、弱点、倒し方などを説明しただけの、面白みの欠片もない動画。

 

しかし、不安に包まれていた日本ではそんなのは必要なく、未知の存在への情報が求められていたのだろう。そして、その未知が来ることが分かっていた米国等からも、それはとても重要な情報だったというのもあるはずだ。

 

そして、私は、被害を減らすため、少しでも早く情報を届けようと、配信という形を取った。

 

零時からできるだけ情報を集めて、それをそのまま、実演を交えて配信で伝える。素のままじゃ話せないので、見ていたアニメを参考にキャラを作った。

 

次の日、大きな二足歩行の豚であるオークの被害はゴブリンと比べると格段に減少した。お礼のコメントがとても嬉しく、役に立っていると実感できた。

 

私の配信者としての人生は、こうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女の子のスペック

16歳

銀髪←作者の趣味

碧眼←作者の趣味

ポニテ←作者の趣味(でも激しい運動なら必要だよね)

学力→普通

身体能力→普通

家族構成→父、母、妹、主人公

名前→柏木陽菜(配信の時も陽菜と名乗る)

チャンネル名→モンスター退治専門チャンネル

更新速度→ふていき!


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癒しはストレスを消し飛ばす。

深夜零時から2時間調査をし、そこから1時間で準備、配信をして帰る頃には朝の5時になっている。

 

まだ二日目。いや、二日目だからこそキツイ。でも、私がどれだけキツかろうがやるしかない。

 

でも、そんな私には癒しがある。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい。お姉ちゃん」

 

私の(天使)が出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

 

柏木恵(かしわぎめぐみ)(14)は、私には出来すぎた妹である。勉強も運動も家事も人とのコミュニケーションも何でも出来て、なによりかわいい。もうめちゃくちゃかわいい。身内贔屓なしでもかわいい。身内贔屓あるともっとかわいい。

 

背中まで伸びたウェーブのかかった金色の髪とゆるふわの雰囲気を持つ彼女は私のこれ以上ないほどの癒しである。

 

「ねえ恵。撫でていい?」

 

「いいけど、お風呂入ってからね?」

 

「一緒にはいろ…?」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「ごめんなさい」

 

怪しげな雰囲気を感じたのでそこで話を切った。わざわざこんな時間に早起きしてくれてお風呂も用意してくれるマイエンジェルに嫌われたくないので、さっさと入る。

 

「あっ、お姉ちゃん!」

 

「ん?」

 

「配信お疲れ様!」

 

ああ…さいこう…。

 

 

 

 

 

 

お風呂からあがったら、恵の用意してくれたご飯を食べて、恵をじっくりと撫でた後にパソコンを立ち上げた。

 

「あれ?お姉ちゃん?寝なくていいの?」

 

おそらくは昨日の配信の後、死んだように眠っていたからこう言われているのだろう。しかし、まだ寝るわけにはいかない。

 

「昨日は忘れちゃったけど、配信を動画にしないといけないからね。いらないとこは全部切って、大事なところだけ見返せるようにしないと」

 

一々アーカイブなんて見ていたらすぐに情報を得られない。それに、ゴブリンやオークとの比較を入れるとか分かりやすくする方法はいくらでもある。偶に来る軍隊?っぽい人の参考にもなるかもだし、やらない手はない。

 

「そのくらいは私がやるよ。お姉ちゃんは寝てて!」

 

ああ、恵は優しいなぁ。

 

「でも大丈夫だよ。私がやることなんだから」

 

「いいから寝なさい!」

 

むう。なかなか強情だなぁ。…でも嬉しいや。恵がこんなに心配してくれるなんて。

 

「ふっふっふっ。安心してよ。最近ね、コーヒー飲めるようになったんだ」

 

これで眠気もバッチリ(≧∇≦)b。

 

恵は『は?』と言わんばかりの顔をしてから、無言で携帯を開いた。パシャ、と撮った後に見せられた写真には、私によく似た隈の凄い女の子がいた。

 

「お姉ちゃん」

 

「ほえ〜。私にそっくりだね。でも寝不足みたいだね。隈が凄い」

 

「…お姉ちゃん?」

 

「いやー。こうはならないようにしたいね」

 

「お姉ちゃん!」

 

「わ!?なになに?」

 

突然恵が抱き着いてきた。私より発育のいい胸にむりやり顔を埋めさせられ、なんだかよく分からないが取り敢えず癒やされる。

 

「―ごめんね」

 

ぷちっと、私の意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________

《恵視点》

 

「はぁ」

 

別にこれまでブラックで働いていましたとかでも無いただの高校生でしかないお姉ちゃんがやっと寝た。いや、寝させた。

 

「始めて使うのがお姉ちゃんになるとは…」

 

私に与えられた能力は対象を眠らせること。凄いなと思いつつ、でも使う機会はそんなにないだろうと思ってた。世界を騒がせた化け物も、今は自衛隊さんや警察さんが対応してくれているしね。

 

「この様子だと、多分もっといっぱい使うんだろうな」

 

想定より多用することになりそうだ。ま、取り敢えず念の為敷いといたお布団に載せてっと。

 

「ふふ。かわいいな」

 

お姉ちゃんはとってもかわいい。多分お姉ちゃんの動画をリピートする人の半分ぐらいはお姉ちゃんを見に来てると思う。流石にそれは身内贔屓がすぎるかな?でもコメント的に絶対いることは間違いない。同士よ。推すのはいいがお近づきになろうとするなよ。

 

さらさらの銀色の髪を噛んでいるので、優しく払う。

 

いっつも思うけど、なんで私もお姉ちゃんもこんな髪色なんだろう…。お父さん黒髪なのに…。黒髪って顕性だよね?

 

ま、それはそれとして一旦お姉ちゃんの仕事を代わりにやろう。学校が無いので時間は沢山あるのだ。オークも一緒に動画にしちゃお。

 

と、そこでお姉ちゃんの動画を見ると、昨日の時点でも凄かったのに、再生数がさらに意味がわからないほどに増えていた。チャンネル登録者もエグい。

 

「あ、そっか。海外か」

 

アメリカとか、ヨーロッパとかは私達よりかなり遅れてから化け物が出てくるのだ。多分その人向けの翻訳をしてくれている人も沢山いるだろうし、それのおかげかもしれない。

 

お姉ちゃんの動画はめちゃくちゃに転載されている。メディアでは英雄視されながら、政府の公式サイトでも公式の動画ができるまで取り敢えず乗っけてるぐらいにはだ。全部お姉ちゃんは許可してるんだけどね。優しい。

 

「よっし。じゃあ頑張ろう!」

 

お姉ちゃんへの期待に泥を塗らないように頑張ろう!

 

「むにゃ…あ、…れ?」

 

「まだ1時間!」

 

「( ˘ω˘)スヤァ」

 

「…ここでやろうかな」

 

私は、効果時間は一時間というメモをとってから、編集を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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スライムの倒し方!

『は〜い!どもども〜。今回も化け物退治行っちゃおう!今日新たに現れたのは、スライムでーす』

 

深夜3時。恵のお陰で絶好調な私は元気良く配信準備を済まし、死にそうな気持ちを押しつぶしながら配信を始めていた。

 

『え〜、今回のスライム。ある意味で過去一で危険だね。というわけでまずはこちらの資料をご覧頂こう!』

 

少し走り書きが目立つが、それだけ今回のスライムは色々と強敵だった。

 

『見たら分かる通り、このスライムの特徴は、決まったもののみを溶かす【酸】です。この酸は後で見せるけど、小さい金属なら一瞬で溶けちゃいます。体についたら、一瞬で骨まで溶けちゃうからほんっとうに危険です』

 

『というわけで今回はスライムの対処法をメインに教えていきます!危険だけど、対処法を覚えれば被害無しで逃れられます!さあ、じゃあ行ってみよう!』

 

そして、私は事前に用意していた場所まで行った。

 

『はい!スライムはここにいます。そう。このスライムの何よりも大きい特徴は、あまり動かないこと。私がこのスライムを見つけて一時間ぐらい経ちますが、まだ動いていません』

 

『…え?なら危険じゃない?分かる。その気持ちはよ〜く分かる。でも逆にこう考えてみよう。入ったら溶ける水たまりがそこら中にあるんだよ?ゴブリンとかと戦いながら後ろに下がってそのまま…とかもあるから、視聴をやめないで!』

 

ま、私は靴が一つ使い物にならなくなったので、マジで危険だ。

 

『特にスケルトン!昨日の倒し方をやろうとするあまりついついスライムに突っ込んじゃう…なんて絶対にやめよう!と、それじゃあ実践!スライムの酸の強さを見てみよう!』

 

そうして、ブラックジャックを用意する。

 

『ちなみにこの子は二代目!明日からは三代目を使うよ!』

 

その言葉を最後にブラックジャックを叩きつける。かなりの速度で叩きつけたのにも関わらず、地面につく音が響くことはなかった。そして心なしか大きくなった気がする。

 

『はい。このレベルです。そして、丁度いいからこいつでやっちゃおうかな。――というわけで、次は対処法!出来るだけ無視を推奨したいけど、住居スペースに来た時用だよ』

 

『このスライムは攻撃が通りません。武器はなんであっても溶けてしまうのです。というわけで、武器を使って倒すとは別の方法です。そのためにはこちら!』

 

そして、土の塊を見せた。

 

『さっき気づいた人もいると思うけど、このスライムがブラックジャックを溶かした時、膨らんだように見えなかったかな?それを利用するよ!』

 

その流れのままに、土をスライムの上に載せ始めた。

 

『このスライム。物を溶かした後吸収しちゃうんだ!だから、こうやって溶かし続ければ、すこーしずつ土色に濁っていくよ。そ〜し〜て〜?』

 

スライムは、透明な部分が無くなり、透明なぷるんとしたボディが茶色でぷるんとしたボディへ。そして、ボロボロと崩れ始めた。

 

『こうやって、かんっぜんに土に飲まれてしまいます!これで終わり!…でもね、一番注意してほしいのは、こうやってポロポロとならない限り、スライムの酸は無くなりません!なんなら茶色で保護色になって気づけないまであります。絶対に、絶対にやめましょう

 

『このやり方は土に限ったものじゃありません。何でも出来るけど、処理したあとはその場にばら撒かれます。だからなるべく土にしましょう。多分それが一番マシ。わかったかな?』

 

短いけど、これで終わりだ。今回はなかなかに戸惑ってしまった。

 

『はい。本日はここで以上!ごめんなさい。これ以上は時間が許してくれませんでした。また色々と調べて、動画にまとめようかなと思うので、陽菜はまだまだ頑張ります!それでは!』

 

こうして、配信を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

終わってからスライムとわちゃわちゃしようとしていると、電話がかかってきた。恵からだ。

 

「もしもし?」

 

『…お姉ちゃん?帰ってきて?』

 

「ごめんね。もうちょい調べさせて。皆それを求めてるだろうからさ」

 

『大丈夫。お姉ちゃんの視聴者さんに色々と聞いてみたから』

 

「!?待って。だめだよ危ないよ!」

 

『…お姉ちゃんの視聴者さんには軍人さんも研究者さんも沢山いるんだよ。むしろそういう人達を頼らなくてどうするのさ』

 

「え?」

 

『凄く積極的に協力しようって人が多かったからさ。1回その人たちの報告を待ってみようよ。ほら、帰ってきて』

 

「…分かったよ」

 

驚いた。そんな人達がいたんだ。

 

 

…また一つ。心が暖かくなった。

 

そして、帰ってくると、また恵に抱きしめられて―――。

 

( ˘ω˘)スヤァ

 

 

 

 

 

 

 



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配信に向けて。

目覚めると、既に朝日は登り、なんならお昼時を時計が知らせていた。

 

「あ、起きた?」

 

恵がにっこりとほほえみながら挨拶してくれた。あぁ、癒し…。

 

「じゃなくてっ!もー!それは私がやるって言ってるのに」

 

「お姉ちゃんの役に立ちたいの。…だめ?」

 

上目遣いでそんなことを言われてしまっては、頭をなでなでする以外無くなってしまう。

 

 (。-ω-ヾ(>᎑<`๑)<メグミ~ 

 

「で、お姉ちゃん。これ見て」

 

恵はわざわざ目の前のパソコンじゃなくてスマホで動画を見せてきた。私が映っているので、配信の切り抜きのスライム編だ。

 

「わ。もう作ってくれたの」

 

「うん。でね、自称自衛隊とか自称海外の軍人の情報にこんなのがあったの」

 

恵の手を追うと、確かにそれらしきコメントがあった。

 

『我々は火炎放射器で対処した。そんな方法があったとは素晴らしい!』

 

なんか翻訳が怪しいけど、これは海外の人だろうか。

 

『…ハハハ。自衛隊では色々と総出で実験したけど意味なかったみたいだ。強塩基を使ったりしたんだがなぁ』

 

「おお〜〜」

 

「ね?もう一々お姉ちゃんが全部やろうとしなくてもいいんだよ?だからさ、これからはもっと自分の体を大事にしない?」

 

「…ううん。こんなに沢山の人が協力してるのに、私だけが楽をするなんて絶対だめだよ。むしろ元気出ちゃった!」

 

こんなにも多くの人、それに軍人さんや自衛隊さんと言うベテランさんが手伝ってくれるなら百人力だ。

 

「頑張ろう!」

 

「はぁ…」

 

恵が何故か凄く残念そうだった。お姉ちゃんそんな顔してほしくないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵のめちゃくちゃ美味しいご飯を食べた後、ふと自分の動画チャンネルを見てみた。

 

「…っ!?!?」

 

チャンネル登録者数が凄いことになっている。いや、それ以上に配信の後の恵が作った動画が意味が分からない程に伸びている。これもう世界全員が見ているのでは…?

 

気になったのでクリックしたら、恵はものすごい良く纏めてくれていた。スケルトンの動画のコメント欄には

 

『編集者変わったよね?』

 

『めちゃくちゃ見やすいです!』

 

まさに称賛の嵐。驚くと同時に恵が褒められている気がして嬉しかった。あ、でも。確か、オークかゴブリンの時のコメントに、

 

『貴方が簡単そうに倒すから息子が無茶をした』

 

というコメントがあり、それからは注意喚起を毎回繰り返していたので、それをこの動画に追加してもらいたいな。お願いしとこう。

 

「よし。じゃあ行こうかな」

 

それは後でにして、そろそろ出発だ。いつも通りの準備は出来たし、早めに行かないと、12時までに山に着かない。

 

「…お姉ちゃん。もう行くの?」

 

「え?うん。そうだね。ついでにここら辺の化け物も倒してくるよ。自衛隊さんも楽できるだろうしね」

 

一般市民は外に出られない世の中だが、生活に必要なものは全部自衛隊さんを経由して届けてもらえるのだ。だから、生活に困るというようなことは今のところない。まあ、それもいつまで続くかわからないんだけどね。

 

「…気をつけてね。最近お姉ちゃんの影を追ってなのか似たようなことをしようとする人が増えてるから、もしそれっぽい人と出会っても無視してね」

 

「え…。どうして?」

 

協力した方が早く成果が得られると思うんだけど…。それに、一般市民が無茶してやってるなら危ないだろうし…。

 

「そういう人に混ざっておかしい人もいるからだよ。最近だと、こんな世の中なのに人を襲う人もいるからね」

 

「え〜?そうなんだ。分かったよ」

 

「絶対!絶対だよ!あとはい!お弁当!」

 

まあ、恵がこんなにも言ってくれるなら、素直に忠告を受け取ろう。戦いになったら多分何もできないだろうし。

 

「じゃ、行ってくるね。お弁当ありがとう!」

 

「本当に気をつけてね!行ってらっしゃい!」

 

「は〜い」

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はいつもの場所にたどり着いた。

 

「はぁ〜。…怖いなぁ」

 

時間が少しずつ12時に近づくにつれてどんどんと恐怖が増していく。私の能力からして、別に不安がる必要はないのだけども、必要がなくても怖がってしまうのは仕方ないのだ。

 

バサバサと、周囲の木々が風に煽られてざわめく。やはり、山奥の広場は風が強く、静かだ。私の能力は人によっては嫌うだろうから、他の人にはバレたくない。だから、わざわざこんな場所で情報収集を始めるのだ。

 

「後5秒」

 

「4」

 

「3」

 

「2」

 

「1」

 

「0」

 

…何も、起こらない。が、これはいつものことだ。ここから、奴等が己を主張するのだ。

 

グオオオオオ!!

 

眼の前が砂煙に包まれる。何かが空から落ちてきたらしい。そして、煙を切り裂くように、一本の金棒が振り下ろされた。それを避けることは叶わず、もろに食らって吹き飛ぶ。

 

人型で、一本の大きな角を生やした筋肉質の化け物。

 

創作物ではオーガと呼ばれる化け物が、金棒を地面にたたにつけていた。

 

 

 

 

 



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オーガの倒し方!

『はい。今日も今日とてやっていこうと思ったんですが…』

 

うう。心が痛い。本当に申し訳ないが、私には荷が重すぎた。

 

『ごめんなさい。今回は倒し方なんてものはありません。倒せはしましたが、あまりにも強すぎるので、カメラ固定で撮影なんて出来ません。本日は紹介するだけで、倒す等はお休みさせていただきます。また、今回に関しては問題ないと思いますが、私の情報を過信して命を無駄にすることがないよう気をつけてください。』

 

辛いが、仕方ない。練習含めて約三体。全てにおいて辺りがボロボロとなった。それに、数が少ない。ゴブリンやオークであればこの山なら数十体はいたのだが、オーガは5体ほど。他2体は一緒にいたので仕方なくスルーしたが、だとしても少ない。紹介には向いてないだろう。

 

『…それでは!切り替えてやっていきます!今回はオーガ!資料はこちら!』

 

そうして差し出した資料は、いつもよりクオリティが低い。

 

『文字が汚くてごめんなさい。疲れちゃって…』

 

とまあ、そういうことである。三体倒しただけで、全力疾走レベルの疲労感だったのだ。息を整えられただけ頑張っている。

 

『…まあそれでも!読めないほどではないでしょう!見た目はこんな感じ!後で魔石から死体を出します!ヤバめな部分はなるべく減らしますが、キツそうなら見ないでください!』

 

これまでは実戦出来たから使っていなかった魔石だが、今ではあってよかったなと感じた。

 

『攻撃方法は金棒を縦横無尽に振り回したり、屈強な体で殴る、蹴る、タックルなど様々です!…それだけなら私はある程度なんとかなるんですけど、何よりもおかしいのがこれ!』

 

下手な絵ではあるが、鬼が何かを手から出しているのは伝わるだろう。

 

『このオーガ。魔法を使います。威力としては、金棒や殴る、蹴るは丸太を大きく削るレベル。人が耐えられたものじゃありません。そして魔法は…ああ、あれ見てください』

 

そうして私は戦闘跡を見せた。

 

『見たとおり、木が抉れていますよね。これが、鬼の魔法です。見た目はなんというか、青い人魂みたいな、なんかです。引火とかそういうのはないですけど、威力が高いです』

 

これが、オーガ討伐が苦しかった一番の理由だ。受け止めるなんて論外なのは当然なのだが、固定カメラの方に魔法を撃たれれば終わってしまう。

 

『そして、速度ですけど、速いです。その代わり、一振りに対する隙が大きい。だけど、その隙を生かせないほどに硬いです。後で見せますけどブラックジャックで少し凹むレベルです』

 

『それでは!魔石を使っていこうと思います!流石にキレイに倒せるわけないので、気をつけてください!どうぞ!』

 

そうして出したのは、手足が程々にちぎれ、殴打された跡の残る大男。角は折れ、指はネジ曲がり、赤黒く染まった傷口が生々しい。これでも一番状態がいいものである。

 

『はい。では実戦ない代わりに部位ごとに主観を話していきます。まず足から。…うん。硬いです。ちょっと見ててね。    

 えいっ!

 

ブラックジャックを振りかぶり、遠心力を活かした一撃を足にお見舞いする。その結果として、ベコっと足の一部が浅く凹んだ。

 

『はい。このレベルです。立っている状態で当てても、バランスをあんまり崩さないから、私より一撃が弱いなら狙うべきではないと思います。次、手』

 

拡大するのは、比較的きれいな方の手。それでもいくらかの指はぐちゃぐちゃなのだが。

 

『正直、狙い目はこの指かなって思います。金棒を持てなくなるだけでめちゃくちゃ戦いやすくなるし、この指は柔らかいです。こんなふうに…っと、包丁でも切れます』

 

さくっとオーガの指を切り落として見せる。戦闘中も何本か切り飛ばしたのでまあまあ脆い。

 

『次は胴体。これに関しては、何があっても狙わないほうがいいよ。見ててね』

 

そうしてブラックジャックを振りかぶると、カーンと音が鳴り響いた。うん。やっぱりおかしい。

 

『カッチカチ!おかしい!ふざけんなとしか思えません!…一応、こんなにもカッチカチなのは腹筋だけで、もう少し上とかにずらせばちゃんとダメージは受けます。でもやめましょう。はい。最後に顔です』

 

見るものを恐怖させるような、恐ろしい顔つきの化け物を映す。

 

『一応、ここは多分一番の急所です。私は最終的に全部顔面を殴って倒しています。そして、何よりも大切なことが一つ。ここの角。折れば魔法は撃てません。そして、魔法の予兆がここに出ます。詳細は…ごめんなさい。自衛隊さんにおまかせします』

 

腰からしっかりと頭を下げてお願いする。

 

『以上…です。本当にこの程度で申し訳ありません。最後にもう一度。今回のオーガに関しては、相性の良い、または強力な能力あってやっと一人で倒せるのだと思います。そして、素人が複数でもダメです。魔法もあるので、絶対に一人で戦おうとしないでください…それでは!本日はここで以上終わります!ありが―――』

 

「「グオオオオオ!!」」

 

爆音とともに、砂煙が舞った。

 

大きな振動とともにカメラとなるスマホもズレ、かなり見辛くなっている。しかし、ピントの合わないカメラの映像であっても、何が起こっているのかは分かった。

 

約3メートルもあろうかという巨体とその半分程しかない身長の子が向き合っている。当然、頭に伸びているように見える一本の長い角からして、その巨体はオーガである。それも、一体ではなく二体。二人の巨体が小さな身長の子を囲んでいる。

 

『嘘でしょ…』

 

金棒の振り落とされた振動で、スマホは何も映すことはない位置に落ちる。

 

音にならない叫びが轟いた。

 

 

 

 

 

 

 




【ご報告】

誤字修正ありがとう御座います。


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放送事故待ったなし

「やっば…」

 

二体のオーガから目が離せない。離したら、即座に手痛い一撃を貰うことは確実だ。

 

予備動作一つ一つに気を付けながら、優先順位を考える。

 

逃げる。これは最終手段だ。もし逃げて、これが市街地に足を踏み入れようものなら…。考えるだけでも気が重い。

 

次に倒す。まあこれが最善手だ。一先ずはそれを目指して動いていこう。で、あれば、今、最も必要ないもの――邪魔となるのは、()()だ。

 

接続(コネクト)

 

与えられた能力を発動する。これで、保険は出来た。

 

『うーん。緊急事態だね!じゃあ皆、見えてるか分からないけど、実際に戦ってみるよ!』

 

出来るだけ明るく、失言(弱音)を隠すように宣言する。

 

『敵は二体!私も初めてだから緊張するけど頑張るよ!まずは一つ目!』

 

オーガが、攻撃を始める。

 

『口だけじゃ伝わらないかもだけど、オーガが左足を下げた時、金棒を横に振り抜いてくるよ!飛んで避けるのは金棒の大きさ的にっ!!!不可能だから這いつくばろう!』

 

『次に――』

 

衝撃音と共にもう一体のオーガの金棒に当たる。体が飛び散るような感覚を感じながらも、傷一つつかない体で受け身を取る。

 

『ごめんごめん!二体は初めてだから避けられなかったよ…。うん。ちょっとだけ黙るね。二体に慣れようと思う!』

 

そうして、目の前の二本の金棒の隙間を縫って前に行く。

 

前足を突き出しながらの攻撃は絶対に燕返しのように切り返してくる。その動作中は明らかな隙であり、()()()()ではないオーガの足の指を切る。

 

指がピクリと動く。金棒を持たない手を横に振り払う前兆だ。包丁で迎え撃ってもいいが、その分の隙を叩かれる気しかしないので引く。

 

案の定、角が光った。

 

「ッ!!!」

 

鬼の目線の先に一直線で飛んでくるから、視線から全力で逃れる。と、そこに意識を割いていたら、転がった先にはオーガがいた。

 

「げうっ」

 

ヤバい。声出ちゃった。それはあまり良くない。

 

『アッ!へへ!変な声出ちゃった。気にしなくていいよ!』

 

そして、私の体を影が覆う。

 

え? 

 

私の両目は確実に二体のオーガを捉えている。なら、この影は?

 

メキメキと幹が音を奏でる。

 

『騒音注意!』

 

潰されるのも覚悟でそれだけを伝える。こうすれば、潰されているとは思われないだろう。どうせ避けられないのだ。

 

まあここで放置されれば終わりだ。今、私の体は傷付かないだけで、超強化された訳では無い。最近無理な活動でついてきた筋肉が少しある程度なのだ。故に、大木を退かす手段などない。

 

でも、オーガに限らず、化け物は見逃すなんてことをしない。

 

雄叫びと共に、両手で金棒を空高く掲げる。角が光り、金棒が青白く輝く。それが二本。上半身と下半身でキレイに分断される形だ。

 

『今すぐイヤホンの人はイヤホンを抜くこと!音量は今すぐ下げて!!!!』

 

肺が圧迫される中でも、絞り出すように叫ぶ。

 

 

数秒後、青白い閃光と共に、周囲一帯が更地となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーー、あー」

 

一瞬弾けた意識が戻り、視界は二体のオーガを視界に収めていた。距離はそんなに無いが、オーガは攻撃の反動で動けなくなっている。約5分間。オーガはあの攻撃の後動けなくなるのだ。

 

さて、ブラックジャックも包丁も消し飛んだ。拾うのは程々の大きさの石。これで撲殺すれば、終わりだ。

 

スマホが消し飛んだことが何よりも悲しい。だけど、救援が来る前にこうなったのは僥倖。比較的柔らかい顔面を、力強く抉り出していく。

 

私の能力である接続は、ゲーム的に言えば、ダメージ判定を接続した相手に押し付ける能力だ。だから、いくら私を攻撃しようと無事であったわけで、逆に、接続したオーガを殴ると私にもダメージがいく。

 

ただ、よくわからないのは痛覚。別に接続したオーガを殴っても、私には殴られたというような痛みが来ずに、ただ体が傷つく。そして、私の体を攻撃されれば、痛みはきっちりとあるけど、体は傷付かない。

 

うむ。不思議だ。

 

まあそれはともかく、だ。何故か私は後ちょっとで倒せるであろうオーガに執着してしまった。

 

故に、パラパラと鳴り響くヘリコプターの音に反応し遅れた。向こうからしてみれば、遠目から見れば金棒を振り下ろされる直前に見えるであろうこの状況は、救援の対象なのは間違いないだろう。

 

即座に接続を切ったけど、ちょっと遅くて。

 

 

 

 

 

腹部から真っ赤な血が流れ始めていた。

 

 

 

 

直接圧迫でかろうじて血を抑えて、傷口を対価に手に入れた魔石を抱えて逃げる。

 

「接続」

 

周囲の植物に当たり判定を渡す。植物には傷はついていないから、激痛が走ろうと傷口が悪化することはない。

 

こまめに対象を塗り替えていって、歩みを進める。自衛隊の静止の声は聞こえない振りを徹底する。

 

山から転げ落ちるように落ちれば、いくら自衛隊でもついてこれない。道中のゴブリンやスケルトン、オークはむしろ歩み続けるための接続対象(えいよう)だ。

 

 

 

 

そうして、家の前に恵が見えた時、私は意識を投げ捨てた。

 

 

 

 

 




裏話

配信見ていた人の3割ほどの鼓膜が弾けた。(恵ちゃんはいい子なのでお姉ちゃんの指示には従うぞ!)


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事故後の対応

朝の日差しと美味しそうな匂い、そして、一定間隔で襲いかかる痛みに意識が揺らされて、目が覚めた。

 

「めぐみ…?」

 

「っ!?お姉ちゃん!!!」

 

作業を中断して、物凄い勢いで恵が駆け寄ってきた。

 

「良かった、良かったよ…」

 

恵の安心したような表情に、私は自身の体を確認する。ズキズキと痛む腹部は包帯が巻かれ、適切な処置がされているように見える。実際、あの時よりは遥かに楽だ。

 

他の部位は、ああ、擦り傷があるくらいだろうか。流石に硬いコンクリートの上で意識を失ったのは不味かった。まあ動けないという程ではなく、それであれば今日のアレには間に合いそうである。

 

「ごめんね、恵。心配かけて」

 

「うん…。うん。でも、お姉ちゃんならオーガのあれは大丈夫だと思うんだけど、どうして?」

 

「ああ、あれはね―――」

 

事の顛末を説明していくうちに、恵の目が鋭いものになっていっている。

 

「自衛隊…」

 

「ま、まあまあ、あれは私が悪いから。えっと、それよりもなんで恵が外にいたの?」

 

「いや、一般市民を助ける為とはいえ銃を撃つのは流石にまずいから悪いのは自衛隊だよ。あと、外にいたのは、嫌な予感がしたから…。ほんと、従ってよかった」

 

恵が予感などと言うのは珍しい。そう感じながらも、癒しを求めて恵の頭に手を伸ばした。

 

サラサラと、金色の美しい髪が流れていく。梳く感覚はとても心地良くて、無理な姿勢すらも気にならない程に心が安らいでいく。

 

幸せな時間は続いていく。

 

「ありがとうね」

 

心の底からの感謝の言葉。恵は薄くはにかんで、笑みを浮かべた。そして――

 

「あっ、お姉ちゃんしばらく外に出たらダメだからね」

 

「( ゚д゚)エッ」

 

「当たり前でしょ?むしろその体で何かするつもりだったの?」

 

えっ?いや、だって

 

「私の能力の性質上怪我なんて関係ないし…」

 

「…もう動画サイトの方にお知らせもしといたから、ゆっくり休んでね」

 

パッと視界が暖かな手に包まれて、意識はストンと落ちていった。

 

 

 

 

 

_____________________________

《恵視点》

 

眠りについたお姉ちゃんを見届けて、私はパソコンを立ち上げた。動画サイトを漁り、動画をピックアップしていく。

 

「これと…これもかな?」

 

探し出すのは、お姉ちゃん以外の化け物を倒す配信者。

 

 

 

木刀による魅せ技を主体とする剣鋼(つるぎはがね)

 

化け物の破壊行動によって散乱した瓦礫を操り、質量で押し切るサイコミール。

 

風の魔法を巧みに操り、使えるものを使って多彩な立ち回りを見せてくれる風野楓(かざのかえで)

 

 

 

3人とも、確かな実力を持ち、なおかつ日本の有名な配信者である。

 

彼等の配信はいうなれば強力な能力を活かした化け物退治であり、お姉ちゃんの誰でも倒せる方法を紹介、というような物とは違う。でも、彼らを交渉材料として、お姉ちゃんとお話すれば、きっと納得してくれるはずだ。なんせお姉ちゃんの目的は被害の削減。頼れる人が増えれば、休むハードルだって下がるはず。

 

まあ、彼等を求める視聴層とお姉ちゃんを求める視聴層では結構住み分けがされているから、視聴層が納得するわけでは無いのだけれど。そっちに関してはちゃんとお気持ち表明させて貰った。

 

お姉ちゃんに変なヘイトが向かないように、完全に私、編集者としての意見として流した。同時に、傷が治るまでお姉ちゃんの活動はしばらくは何が何でもさせない、とも。

 

もちろんふざけたコメントは沢山来たのだが、陽菜は数日前までただの高校生だった。という部分を強調すれば静かになった。流石に思うところがあったのだろう。視聴層にそこらへんの良識がある人ばかりで助かった。…それでも抗う人は全員ブロックしたけど。

 

最悪、何が何でも私はお姉ちゃんを止める。あの状態の体で外に出られたら溜まったもんじゃない。ただでさえ不完全な処置しか出来ていないのだ。今回のように下手に攻撃をくらえば死んでしまうかもしれない。

 

「お姉ちゃんは絶対に守る…!」

 

そして、そんな静かな決意を切り裂くように、通知音が頭に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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イベント

《恵視点》


 

通知。

 

動画サイトやメッセージアプリなど、よく見るそれは機械越しに受け取るもの。決して、頭の中で受け取るような物ではない。

 

つまり、人智を超えた何かによるものであり、その通知の内容は、一本の動画が投稿されたという物であった。

 

『イベント開催のお知らせ』

 

元々起きていた私は兎も角、お姉ちゃんは傷付いた体であり、能力が効いているのにもかかわらず跳ね起きた。

 

普段なら文句を言うところだ。「そんな体で無茶しないで」とでも心配をしていたところだろう。でも、そんなことをしている場合では無かった。

 

登録しているチャンネルからその動画を探し出す。視聴数は既に可笑しくなっていたが、それでもスムーズに見ることが出来た。

 

『過去に5体のモンスターが出現したため、記念に○月☓日から五日間にかけてイベントを開催致します』

 

ゴブリン、オーク、スケルトン、スライム、オーガ。確かに、5体現れている。

 

『タイトルは、ゴブリン王国』

 

ゴブリンは、初めに出てきていた敵で、軍による討伐数は最多であり、未だ被害数も最多の化け物。

 

『様々なゴブリンによる侵略劇をお楽しみください』

 

人類すべてを、特に、被害を最も受けたアジア、オセアニア州の人間の神経を逆撫でするような文言を述べる。

 

『つきましては、明日より、ゴブリン以外のモンスターを消去致します。また、ゴブリンの出現率を大幅に上げるのと同時に、ゴブリンに新たな仕様変更を加えます』

 

『ゴブリンは無数のゴブリンと群れを作ることが出来るようになりました。また、群れを率いるゴブリンは10人以上、100人以上、1000人以上、10000人以上の順で強くなっていきます。一度、その位に上がると、下がることはありません』

 

以前までは最大でも10人程しか確認されていなかったのに、その上限が増えるということである。

 

『また、最終日にはゴブリン王国の王であるゴブリンが現れます。各国一体のみの出現となりますのでお気を付けください』

 

動画は、そこで終わった。

 

 

……。

 

「恵」

 

「待って。お願いだから、何でもするから」

 

「でも、今回はそうはいかないでしょ?」

 

「…」

 

言い返せない。お姉ちゃんの能力は、未知数の相手には何よりも有効。今回は最後のゴブリンの王は勿論、化け物を率いるゴブリンの力も未知数だ。

 

それに、今回に至っては過去1以上の被害が想定される。お姉ちゃんの動画により一般人でもある程度倒せるからこの国はまだ回っているのであり、既に自衛隊だけではいっぱいいっぱいだ。故に、協力を呼びかける声や田舎など人が少ないところの人を固めるような政策も進んでいる。

 

そんなときに、数で来るのである。しかも、明日から。国の上層部は今頃真っ青であろう。

 

「…分かった。でも、これだけはお願い」

 

「何?」

 

「私も着いていく」

 

「えっ!」

 

お姉ちゃんは、酷く驚いたような顔をして、私を止めようとしてくる。

 

やれ命は大事にしなさいだとか、危険な場所に行かないでとか、一体どの口が言うのだろうか。…いや、それを除いても、(足手まとい)が着いていくことはデメリットになりかねない。

 

それでも、五日後を想定するのであれば、必要なことなのだ。たった四日間。それでも、既に億を超えた視聴数を持つこのチャンネルを立ち上げたメリットを早速活かすときが来た。様々な交渉は済ませ、準備は進めていた。

 

「お姉ちゃん。私ね、ネットを介して色々な人と話し合ってきたんだ。それでね、武器も作ってもらったから、それを取りに行きたいの」

 

1つ目は、武器。お姉ちゃんの動画の趣旨にはあっているとはいえ、包丁とブラックジャックでは流石に限度があると思った。それに、今回のは能力によって作られる武器。確認したところ、時間があれば同じのはいくらでも作れるらしいし、その点で見れば、いつかは普及するだろう。

 

「っ!!それなら!場所を教えてくれたら取りに行くから!!」

 

「あのね、注文したのはお姉ちゃんだけじゃなくて私のもなんだよ?」

 

「どうして!」

 

「お姉ちゃんだけだと、絶対にパンクするから。実際、お姉ちゃんの能力は皆をいっぺんに守れるものでもないでしょ?私もそうだから、少しでも手を大きく広げるために手伝いたいの。それに、配信も出さないとやる意味が薄れるし、それならサポートもいるでしょ?」

 

「っ…」

 

実際、お姉ちゃんは配信してゴブリンのことを伝えようという目論見だったはずだ。しかし、お姉ちゃんの配信は基本一人。もし、ゴブリンが大量発生するとしたらカメラ片手に戦うしかなく、それであれば、満足に情報を伝えられないだろう。よって、撮る役が必要なのだ。

 

「それだけじゃないよ。実はね、新たな仲間を見つけたの」

 

「…仲間?」

 

「そう。どっちかと言うと武器よりこっちがメインかな。私の友達なんだけど、能力は回復系なんだ」

 

お姉ちゃんの容姿を知っていた友達から連絡が何件も来て、その中にいた逸材だ。お姉ちゃんの能力の()()()()()使()()()のことを考えれば、いたほうがいいなんてもんじゃない。必須だ。

 

「しばらくは迷惑になるけど、よろしくお願いします」

 

「…命に換えてでも、恵は絶対に守る」

 

姉妹揃って、似たようなことを考えるなぁと、しみじみ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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イベント初日

自衛隊や配信者たちが体調万全の状態で待ち構えた深夜12時。

 

 

誰もが、目を疑った。

 

「なんだ、あれ…」

 

体を硬直させる一人の配信者の呟きは、無理もないだろう。私も、恵の説得により一度他の配信者から様子を見るべきだと判断していなければ、その光景には圧巻され、体を硬直させるに違いない。

 

…否。部屋という安全地帯にいても、体は硬直してしまった。

 

「お姉ちゃん…」

 

恵のその声の意図は、これから先の行動を躊躇するもの。でも、そういうわけにはいかない。恵だけなら万々歳だけど、まあ、ダメだろう。

 

「怖いなら家にいてもいいよ?」

 

「それは嫌」

 

食い気味な恵の言葉には、苦笑を浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

準備を済ませて、玄関の前に立った。耳をすませば、揃った足跡が聞こえてくる。まあ、当然だろう。扉の覗き穴を覗けば、緑一色。であるなら、次の行動も決まっている。

 

外開きの扉を、勢い良く開いて、扉に引っ掛けるようにブラックジャックを振るった。

 

「ギャッ!」

 

ビチャ、と肉体が扉に染み着いた音がした。そして、ポトッと一つの石が落ちる。

 

「ギャッ!」

 

「ギャギャッ!」

 

「ギッ!」

 

頭数は3。幸いにも初っ端の相手ははぐれものらしい。それか偵察部隊。でもそれなら――

 

「えいやっ!」

 

恵の初戦にちょうどいい、

 

恵が飛び出して、一人のゴブリンを眠らせる。そして、ブラックジャックを振るって眠っていないゴブリンを仕留める。そして、残ったゴブリンから大きく離れた。

 

残ったゴブリンが右足を前に出し、構えた。突進の合図。横に飛んで、顔の位置にブラックジャックを合わせ、ゴブリンの突進の勢いも合わせて、粉々に叩き潰した。

 

「おお〜。よくできました!」

 

「はぁ、はぁ…。お姉ちゃんの動画はよく見たからね」

 

そう。ゴブリンは一番初めに出てきた敵だ。攻撃方法は棍棒で殴る、蹴る、様々だが、それらが脅威となるのは集団で囲まれたときであり、単体であれば弱い。単体となると、死に繋がるのは突進に限られる。

 

その突進も、大きく構えてくれるだけでなく、方向転換ができず、壁があれば止まれずに激突する。同じように、武器を構えていようが、突っ込んできてしまうのだ。

 

少し距離があれば簡単に突進体制に入るため、ちょっと離れて倒すのがメジャーだ。そして、

 

「じゃあ恵。下がっててね。後、接続しちゃうね」

 

こう言えば、恵は仕方なく下がってくれる。足音的に、次は、流石にきつすぎる。

 

ゴブリンの群れを倒せば、一旦は落ち着ける。…それは普段の、これまでの話で、今は違うのだ。

 

「ギャッ!」

 

ギギーーー!!!

 

ゴブリンの声が響く。そしてすぐに、視界の一部に緑が埋め尽くされた。…これを見れば、多くの人間の絶句の理由もわかるというもの。

 

道路の奥の奥までゴブリンに埋め尽くされている。そして、一匹のゴブリンが担ぎ上げられ、一風変わった雰囲気を醸し出していた。

 

「規模としては、100かな?」

 

おそらく、弱めであろう集団であるし、ゴブリンなのでこの体でも問題は無いだろう。痛みはあれど、悪化はしないのだから。

 

「来い」

 

恵から離れすぎないように位置どって、ブラックジャックを近付いてきたゴブリンへ振り抜く。飛び散った体が何体かを巻き込みながら飛んでいく。

 

それでも数体。だが、学ばないゴブリン故に、同じようなやり方を繰り返せる。

 

ギッ!

 

担ぎ上げられたゴブリンが声を上げた。

 

「ギャッギャッギャッ!」

 

ゴブリン達が組体操のように積み重なっていく。なるほど。一振りで全員飛ばされないように空からも攻めるつもりなのだろう。そして、積み上がったゴブリンは、

 

「ギー!!!」

 

掛け声とともに倒れ込んできた。

 

「…じゃあ、これで」

 

魔石を一つ、倒れ込むゴブリンへ投げ込んだ。指先ほどのサイズの魔石は、突如としてスケルトンの骨へと変わり、突き刺さった何体かのゴブリンを魔石に変える。正面は、今まで通りブラックジャックだ。

 

よし。一応練習しておいて良かった。思った以上の成果だ。そして、今のが上手くいくのなら、これもいけるだろう。

 

「よっ!」

 

高く、高く魔石を投げる。狙いは1点。担ぎ上げられたゴブリン――将の真上だ。

 

さっきと同じスケルトンの骨が、雨となって降り注ぐ。しかし、

 

「ギギィ!」

 

「わ。飾りじゃなかった」

 

左手に掲げられた盾がそれを塞いだ。だが、何体かのゴブリンは殺れたから、全くの無駄ではない。

 

「お姉ちゃん…!」

 

微かに恵の心配が届いた。

 

「大丈夫だよ」

 

心配なんて要らない。そもそも、魔石の搦手が無くてもゴブリンなら殺れる。飛び出してきたゴブリンを迎え撃ち、数が減ったことを確認して飛び出した。

 

「ギッ!」

 

指示に従い、四方八方からゴブリンが飛び込んでくる。二つのゴブリンの魔石で両端を守り、正面だけをぶち抜く。

 

そして、一つの魔石を放り投げた。

 

 

「ギャギャギャ!!!」

 

 

唯一学ぶゴブリンは、学びを活かして盾を構える。でも、敵の目の前で敵から目を逸らすとは、愚かにも程がある。もう、私は目の前まで迫っているのだ。

 

「じゃあね」

 

一際大きな魔石が、ゴロリと地面を転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ゴブリンイベント2日目!

『はい!皆心配かけてごめんね!今日から活動再開していくよ!』

 

二日目の朝。私はなんとか恵を納得させて配信を始めた。と言っても、攻略なんてものは多分要らない。だから、どっちかと言うと私なんかの事を心配してくれる人の不安解消と報告がメインである。

 

『いや〜。参っちゃったね。まさかスマホ壊されちゃうとは思わなかったよ〜。あ、でも、恥ずかしいところを見せるとこだったから良かったと思おっかな!』

 

ゴブリンを処理しながら、私は元気ですと言外に見せつけていく。相手は1000人規模のゴブリン。軽く相手出来ると感じさせれば、力の衰えは悟られない筈だ。

 

『あ、今回はね、妹にカメラをお願いしてるから、揺れるのは許してね。あれだよ!いつも私の動画を編集してくれる子!』

 

別に恵をネットの世界にばばーん、とするつもりはない。ただ、それでも妹の偉大さを見せつけてやりたかったというちょっとした姉心である。

 

『あ、参考になる…ような戦い方を意識したいけど、流石にこれは普通の人は真似できないかも』

 

そう言いながら、魔石を活用していく。流石に、いざというときに魔石を持っている人なんていないだろうし、まあ、恵から教えてもらった配信者さん達とか、自衛隊さん達にこういう使い方もあると知ってもらえればいいかな。皆知ってるかもだけど。

 

『あっ。そうだ!最終日の王様の奴はもちろん参加します!それまでは、ひたすらにゴブリン退治を続けるよ!と、じゃあ、ちょうどゴブリンも減ってきたから、千人ゴブリンの倒し方をやっていこうかな』

 

昨日から今日にかけて魔石の扱いがかなり上達したと思う。お陰で効率よく指導者である将のゴブリン以外をほとんど倒すことが出来た。後は取り巻き…まあ無視してもいい範囲かな。

 

『はい。今のところ全部の将のゴブリンとは相手できてないけど、10000人のやつ以外は相手したから、その話をするね。と言っても、多分違いは戦術くらいだね。基本的なスペックは一体一体そんなに変わらなかったよ』

 

割とこれに尽きる。ゴブリンの使い方が多少違うだけで、本体の行動はだいたい一緒だ。違うのは力と、ゴブリンの装備の性能だ。でも、倒し方にはあんまり力は関係ない。

 

『普通のゴブリンなら突進を狩るって前教えたと思います!でも、将のゴブリンは突進してきません。駆け寄ってきても、それは通常のゴブリンの突進とは違って、ちゃんと止まれるし曲がっても来ます。だから、普通のゴブリンとは思わないでね』

 

一回だけそれをやってしまって、恵が泣いたのは秘密だ。

 

『じゃあ、その倒し方なんだけど…えっとね、どっか物陰に隠れればいいよ』

 

まあ、これはこれでどうなのかと思わなくはないが、正直これに尽きる。

 

『じゃあちょっと…め、カメラさん。着いてきて』

 

そして、将のゴブリンの視線から姿を隠す。恵にカメラだけ出してもらって、映像を視聴者にお届けだ。

 

『うん。そろそろかな』

 

グウウウウウ

 

『はい。こうなったとき、ゴブリンは動けなくなります。というわけで…』

 

そして、歩いて近づいていってブラックジャックで叩き潰した。

 

『さて、皆不思議に思ったんじゃないかな。見た感じこれを紹介している人いなかったから紹介したけど、これはね、仲間を呼ぼうとしているんだ!』

 

そう。一見意味不なこの行動は、召喚の儀である。

 

『あの状態で何分か経つと、ゴブリンの仲間が戻っちゃうんだ。だから、もしこれを使うなら、絶対に倒してね!そうじゃないと、苦労が水の泡だよ!』

 

これはたまたま高いところからゴブリンを見ていたときに気付いた現象だ。ぽんと湧いた装備をしたゴブリンが、唸ったかと思えば仲間を呼び出す。だが、この唸りの時間が長すぎるので、その隙に倒せてしまうという話である。ちなみに、召喚するゴブリンが多ければ多いほど時間がかかる。

 

『じゃあ、こっからは…いや、ごめんね。皆。今日はこれからやることあるから、ここで終わります!それでは!』

 

「……ありがとうね。恵」

 

恵が手を上げたのを確認してから、お礼を言う。ああ、恵に見られるならまだしも、恵に撮られながらだと凄く恥ずかしい。配信中は赤面は隠せていただろうが、今は無理だろう。

 

「まあ、辞めてほしいけど、私が着いてきた理由の一つでもあるからね。別にいいよ」

 

寛大な御心に許された。良かった。

 

「で、そろそろだよ。お姉ちゃんって、言わなくてもわかるか」

 

「うん。流石にあれはね…」

 

恵が指差したのは、ネオンライトに輝く看板をつけたお店。

 

最近はめっきり見なくなったネオンライトは【ロッド工具店】と

いう文字を強調していた。

 

 

 

 

 

 



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初めてのクエスト

誤字修正ありがとう御座いますm(_ _)m


「あ、すいませ〜ん。お願いしていた陽菜です」

 

『おっ、来たか。いらっしゃい』

 

インターホン越しに好意的な声が寄せられ、しばらくすると扉が開けられた。穏和そうなお爺さん。とても、武器を作っているとは思えない。

 

「ふぉっふぉ。不思議そうな顔をしとるのぉ。まあ無理もない。儂自身は何もしなくていいじゃし」

 

それは、どういうことなのだろうか。話によれば、ここには武器を貰いに来たはず。それなのに…。

 

「まあまあ!話はお茶でも飲みながらでいいじゃろう。さあ、奥にきんしゃい」

 

「は、はぁ」

 

「わかりました!じゃあ遠慮なく〜」

 

少し呆気に取られてしまったが、恵が入っていくもんだから、私はそれに続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「クエスト、ですか」

 

結構しっかりとした和菓子とお茶を頂き、お爺さんからお話を伺った。なんでも、お爺さんの能力は物を作るのではなく、物が貰えるクエストを発注するというものらしい。

 

「そうじゃそうしゃ!と、そこの金色の子には伝えたんじゃが、あんた…陽菜さんかな?は知らなかったようじゃな」

 

「あっ。ごめんね。お姉ちゃん」

 

「なんで…いや、後でいいや。それよりも、そのクエストってどんなものなんですか?」

 

「ふぅ〜む。なら待ってくれ。今出して見るから」

 

そうして、お爺さんが少し目を瞑ると、お爺さんの片手が怪しく光った。

 

「武器が必要なのは二人ともだったかの?なら、別々か同時にかどっちがいい?」

 

「あ、はい!そうです!それなら同時にでお願いします!」

 

恵がハキハキと答えた。うん。これは多分恵は全部知ってたんだろうな。前々から決めていたみたいだ。

 

「難易度は上がるが…ほいっ!」

 

お爺さんの指が宙を描き、文字が表される。

 

『クエスト 専用武器の入手

ギルドマスターの能力を持つ者を護衛し、指定地点へ送った後、再びこの場へ戻れ。

 

成功 専用武器×2 失敗 クエスト受注者の死』

 

「え」

 

「えっ〜と、失敗は…死!?」

 

恵が素っ頓狂な声を出す。良かった。流石にそれは知らなかったんだ。そうじゃなければ恵の正気を疑うところだった。

 

「ほお…。なるほどな。失敗は儂が死ぬことであろうから、儂をおいて逃げないようにということじゃろうな」

 

ふむ。確かに、戦況が不味くなってお爺さんが置いてかれたらたまったもんじゃない。そう考えると、失敗のデメリットも妥当、か。というか…

 

「あ、ちなみに、このギルドマスターって…」

 

「ああ、儂じゃな。この能力はギルドマスターと言うらしいの」

 

やっぱりそうか。本当にゲームみたいだ。護衛任務とかこれまでゲームならちょっとはやって来たけど、だいたいレベルが足りれば出来て足りなければ出来ない。今回だと戦力が足りれば、といったところかな。

 

「あの、恵だけクエスト解除とかは…」

 

「いや、やめたほうがいい。そうしても失敗となるからの」

 

あぁ、後戻りできないタイプ…!…恵を危険な目には合わせたくないのに…。

 

「…お姉ちゃん。流石にわかってるよね?ここで別れるほうがだめだよ?」

 

「わかってるよ…」

 

もし、私とお爺さんで行ったとして、私がゴブリンに足止めされている間にお爺さんが殺されてしまえば、私も、恵も死んでしまう。だから、生き残るには着いてくるのが一番いいのだ。

 

「…しかし、儂が直接関わるのは初めてじゃ!血が滾るのぉ!」

 

お爺さんなんでそんな好戦的なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ~。これは凄いのぉ。で、ざっと1キロ先が指定地点じゃな」

 

お爺さんの言う通り、1キロぐらい先に黄色い柱が立っている。明らかに前には無かったものだ。

 

「じゃあ行きましょう!」

 

「あ、前は私が行くから」

 

前に出ようとした恵を抑えて前を歩いて、その指定地点というものへ向かう。ここへ向かいながらゴブリンを倒していたので、それもあって結構楽な道のりだ。

 

「お姉ちゃん。前に後ろっ!」

 

「大丈夫だよ」

 

恵に接続しているので、後ろから殴られようと痛みはない。ゴブリンは通常の攻撃だと怯むような物はないし、我慢すれば体も動かせる。

 

「はぁ…。流石、話題の配信者と言ったところじゃの。しかしあれはどうなっておるんじゃ?あんな細身で怪我をしないなんて」

 

「お爺さん危ない!」

 

そんな声と共に、恵がゴブリンを叩き潰した音がした。あーやっちゃった。

 

「ごめん!」

 

「もう!お姉ちゃんばっか無理しないでいいの!」

 

そうは言ってもなぁ。恵に万が一にでも危険があったら嫌だし…。

 

と、そうこうしていると、場所に辿り着く。すると、お爺さんの指が再度動き始めた。

 

『指定地点に到達しました。戻ってください』

 

「よし!じゃあ戻ろー!」

 

「ふ〜む。思ったより安全そうで安心じゃが…物足りないのぉ」

 

「あの、流石に勘弁してくださいね」

 

だからお爺さんなんでそんなバーサーカーなんだよ。

 

そうして、切り返したその時、

 

助けてくれぇー!!!!!!!

 

叫び声が響く。

 

「お姉ちゃん!今は――」

 

「ごめん!恵!」

 

「ふぉっふぉっふぉっ!!面白い!それでこそ若者じゃ!」

 

私は、無謀にも走り出した。

 

 

 

 

 

 




えーなんと、誤字報告のお礼をした回で誤字報告を頂きました。頭があがりません。ありがとうございます。m(_ _)m


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愚か者

叫び声に誘われて、辿り着いた先は一面の緑…いや、それだけなら見慣れたものなのだが、その規模が違った。

 

「これが…1万?」

 

確かに、これまでの千人規模のゴブリンでも、役割というものはあった。ただ、これは質が違う。

 

すべてのゴブリンは武器を持ち、百人ごとに装備を身に付けた指導者がいる。千人じゃこうはいかなかった…いや、その理由も分かる。

 

「お姉ちゃん、あれ…」

 

「ほぉ…よく見えんが…あれは…」

 

二人の視線を集める巨体。オーガ程の身長と、肥大化した脂肪を携えたゴブリンはどっかりと座り込み指を指している。傍らには、一際大きな棍棒が存在している。

 

なるほど、これなら逆らおうとは思わない。きっと、千人程度のゴブリンだと百人程度のゴブリンを従わせるほどの力が無いのだろう。

 

そして、叫び声の主はまだ叫んでいる。

 

「恵。ここで待っていて。一体や二体なら、任せる」

 

「…うん」

 

「ふぉっふぉ。若者なら、やりたいようにやって来るといい!儂もそこそこ戦えるからのぉ!百人程度なら任せるんじゃ!ほい!」

 

その掛け声とともに、お爺さんの手元に杖が現れた。

 

「えっ」

 

「儂の専用武器じゃ。まあまあ、気にせず行ってくるといい」

 

恵が、静かにコクリと頷く。

 

「お願いします」

 

私は恵と接続を切ったせいで傷口が開きかけたお腹を抑えながら、ゴブリンの密集する地…叫び声のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリジリと、その叫び声の主…男性は、囲まれていく。手元には武器が二本。そして、顔の横にはカメラのような物があった。

 

見覚えがある。たしか、恵にオススメされたカメラ。簡単に顔に固定できる優れもので、激しい動きでもなかなか取れない。

 

ということは…いや、まだ分からないか。

 

スケルトンの魔石を上に投げて、骨の雨を降らせる。そして、余り余ったゴブリンの魔石で止めを指していく。これが、一番速い。

 

「もうちょっと耐えて!」

 

!?助けか。頼む!助けてくれぇ!」

 

まだ、元気そうだ。今は接続出来ていないから、一回の被弾が命取りとなる。適当なゴブリンにでも…あ、あの百人ゴブリンにでもやっておこう。

 

「よし。ふんばれ、私」

 

魔石で減らして出来た一つの道を押し入る。ブラックジャックはどうしても隙が増えるから、包丁で出来る限り切り裂いて突き進む。

 

そして、やっとのことで、

 

「ふん!」

 

「あ、やっと…て、アンタは!?」

 

ゴブリンを押し切り、叫び声の主である男性のもとへ辿り着いた。

 

その男性を背にして、魔石を三つ、空へ投げる。その魔石はオークのもの。その、オーガには及ばない巨体は、狙い通り壁となる。

 

「ひいっ!な、なんだこれは!」

 

「…驚かせてごめんなさい。でも、私は貴方の事をあまり知らないので、質問させてください。逃げるつもりはありますか?」

 

「そりゃあ……いや、アンタがいるなら百人力だ。アレを倒さないか?」

 

…私の能力の都合上、仲間は居ないほうがいい。いるとするなら、それは守る対象のみ。少なくとも、一緒に戦おうとする者とは相性が悪い。恵なら別なんだけど…。

 

「…私は、貴方の命を守れる確証はありません。それに、私の能力の都合上、やるなら貴方から離れます。それでもですか?」

 

「…チッ。わかったよ」

 

脅すような形になったのは申し訳ないが、出来ないことは出来ないのだ。それに、わざわざ危険を犯す必要なんてないし、今の私ならなおさらやるべきではない。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

張り付いたゴブリンを、オークの魔石で潰す。そして、一箇所のオーク二体の壁を、再び魔石へ戻し走る。

 

「お、おい!!この中を突っ切るのか!?」

 

「そうじゃなきゃ逃げられませんよ!」

 

足元にはゴブリンの魔石と死体がゴロゴロとしている。走りにくいが、仕方ない。この数のゴブリンを抜けるには速度が命なのだから。

 

スケルトンの魔石がかなり減ってきた為、オークで代用しながら進む。オークなら追加で潰す必要がないから楽だが、その代わりスケルトンより殺れない。だから、消費は激しくなる。

 

「お、おれは何かしたほうが「何もしないでください!」」

 

もしそれで私の接続先がダメージを受けたら私は終わる。本当にそれだけは辞めてほしい。

 

手元の魔石が心細くなった頃、ゴブリンの海から遂に抜けることが出来た。近くに恵がいるのも確認した。なら、私がここですることは、一つ。

 

「じゃあ、私が止めておくので、逃げてください」

 

「は、はぁ?マジか?」

 

「はい。マジです」

 

引っ張ってきた手を勢いのままに前へ振る。その男性は体制を崩しながらも前へ行き、私との位置が入れ替わる。

 

「貴方が見えなくなるまで逃げたら、私も逃げます。だから、さっさと逃げてください」

 

「いや、それ――」

 

男の声を意識から外して、集中。

 

無理な強行で魔石がかなり減った。そもそも余りストックしやすいものでもないし、今は余裕が生まれたから温存すべきだ。

 

一体一体、丁寧に捌いていく。メインは右手の包丁で、隙を見せた個体はブラックジャックで止めを指す。

 

そして、百人規模の装備付きゴブリンが前に出てくるところまで来た。まだまだ先は長いが、流石にここまでくればあの男は逃げ――

 

「燃えろやぁ!」

 

赤い球が視界に映った。それは、この中でかなり目立つ装備付きゴブリンへ吸い込まれるように飛んでいく。

 

まずい。銃弾より遅くとも、ヘリコプターという事前の知らせがあったあれとは違う。間に合わない。

 

その赤い球は、装備付きゴブリンをぎりぎり避けて、地面に広がる。その広がり方は異常そのもの。瞬く間に広がり、当然、私の接続先にも、そして、私本体の足にも。

 

「ああああああああ!!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

接続は切れた。でも、片足は火に包まれる。

 

「っシャア!ゴブリンのボス討伐!」

 

男は、私には目もくれず、今更走り去っていく。

 

「ぬっ!ほいっとな!」

 

感じたことのない激痛に苦しんでいる間に、私の体がふわりと浮かんだ。

 

「ありがとうございます!お姉ちゃん、ごめん。頑張って!」

 

多分恵に背負われている。でも、そんな思考も激痛が掻き消す。

 

次に、冷静な思考が戻ったのは、お爺さんの家で処置をされた時だった。

 



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痛みの次には恥ずかしさ

「はい。お姉ちゃん、大丈夫?」

 

私の足に包帯を丁寧に巻きながら、恵が覗き込むように話しかけて来る。なんというか、恥ずかしい。じくじくと痛む足が意識を強引に保たせるけど、出来るなら気絶したい。そして、痛みに悶えていた頃の私の行動を忘れるんだ…。

 

「う、うん。ありがとうね」

 

「…ねえお姉ちゃん。ほんとは休ませてあげたいんだけど、先に教えてほしいことがあるんだ」

 

「な、なに?」

 

恵が真剣味を増した声で尋ねてくる。恥ずかしさに悶えていた私は、少し声が上擦ってしまった。

 

 

「あの男の特徴を教えて」

 

 

あの男、とは、まあ誰のことかは分かる。

 

「ん〜、そうだな…」

 

ここで教えるべきなのか。きっと、優しい恵のことだから、見つけて私に謝らせようとか、そういうことを考えているんじゃないかな。でも、それは別に求めてはいない。

 

「実はね?私ちょっとだけ覚悟してたんだ。あんなにも簡単に囲まれて、それに顔にカメラみたいなのつけてて、後先考えない人なのかな〜って思ってた。まあ流石に、途中まで見ているだけの癖して、装備付きゴブリンだけ倒すとは思わなかったけど」

 

物音も特に聞こえなかったので、逃げてくれたと思いこんでいたのだ。そのせいでこうなっちゃったけど…。

 

「まあ、勉強代ってことにしておくよ。だから、恵は気にしないで。それで恵に傷つかれる方が私はいやだよ」

 

たはは、と笑ってみせれば、恵は渋い顔を作る。そして、私に顔をぐいっと近付けてきた。

 

「お姉ちゃん。そういうの、もう絶対に辞めてね。私はお姉ちゃんのことを心配してるの。わかってる?」

 

「う…ごめんなさい」

 

「わかればよろしい」

 

「ん。じゃあ落ち着いたかの。それじゃあ、クエスト達成としようか」

 

むふっと頷く恵をよそに、お爺さんがそう切り出した。

 

「あっ、はい。お願いします。実はね、お爺さんにクエスト達成とするのを待ってて貰ってたの!」

 

「はぁ…。包帯とか、消毒とか、何から何まで本当にお世話になります」

 

なんとも頭が上がらないや。これほどまでに良くしてもらえるとは。

 

「いいんじゃよ。こういうのは助け合いじゃ。それに、人生の先輩としては当然のこと。それでは、クエスト達成っと」

 

光る指で空間をなぞり、ある時まで行くとそれが一際強く光った。

 

「わぁ」

 

恵が感嘆の声を漏らす。お互いの目の前に武器が現れたのだ。

 

私の目の前には、銀色の刀身と金の装飾がついた柄を持つ短刀が。恵の目の前には、漆黒の刀身と不思議な模様が刻まれた長身の刀が浮いていた。

 

空中に佇むそれに手を伸ばせば、掌に馴染むように柄の形が変化する。そして、頭の中に文字が浮かんだ。

 

『専用武器 自決の短刀

自身の肉体を望んだように切れる』

 

へー…。え?

 

呆然としていると、短刀が体に吸い込まれるように消えていく。でも、すぐに取り出せるんだなっていうのはわかった。多分、ちょっと集中すればまた取り出せる。

 

まあそこはどうでもいい。いや、どうでも良くないけど、今はそこじゃない。

 

め、恵。どんな専用武器だったの…?

 

共感を求めて尋ねてみると、恵は、見惚れたように漆黒の刀身を眺めていて、聞こえてはいなさそうだった。でも、それって良かったってことだよね…?嘘でしょ…?

 

「――っあ、お姉ちゃんごめんね!どうかしたの?」

 

「ナンデモナイデス」

 

これでその格好いい刀を褒められでもしたら私はメンタルがポキるかもだから聞けなかった。

 

「うん。じゃあ専用武器も確認したところで、お姉ちゃん。お休みなさい」

 

「え?」

 

突然恵に抱き着かれ、私は眠気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

____________________________

《恵視点》

 

お姉ちゃんを、多少無理矢理だけど眠らせた。

 

「おん?お前さん何をしたんだ?」

 

「…私は人を眠らせる能力があるので、それで眠ってもらいました」

 

お爺さんの疑問に、正直に答える。そして、その流れでお爺さんに頭を下げた。

 

「お願いします。お姉ちゃんをもう少しだけここに置かせてください」

 

「それは別に構わんが…。そんな話をするのなら、眠らせる必要はなかったんじゃないか?」

 

そうだ。もしそれだけならごもっともな話なのだが、本題は別の所である。

 

「お姉ちゃんが疲れているのもありますけど、私は、今から友達を呼びに行こうかなと思っています。それで、帰ってくるまでの間、お姉ちゃんをお願いしたいんです。帰ってくるまで、お姉ちゃんが無理をしないよう見張っててくれませんか?」

 

友達というのは、この前お姉ちゃんに話した回復系の友達のこと。この話は、お姉ちゃんなら一人で行くなと絶対に反対する。だから眠ってもらったのだ。

 

「ふむ…。儂としては、別に構わん。だが、生きて帰ってこれるのか?」

 

心配されているのだろうか。いや、それとは違う…?まあでも、

 

「私は絶対に帰ってきます」

 

お姉ちゃんを悲しませることはしたくない。それだけで、私が生きる理由には十分だ。

 

「わかった。じゃあ、ちゃんと止めておいてやるさ。行ってくるといい」

 

「ありがとうございます!今日中には戻ります!」

 

時刻は15時を過ぎた頃。お爺さんに充電させて貰った携帯で一本のストーリーを表示する。

 

「私は許さない」

 

 

 

 

 

 



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狩り

私は、お姉ちゃんのために、そして、見やすい編集の勉強のために結構な動画を見てきた。同時に、様々な能力を知り、ある程度、どうするかというシュミレーションは繰り返してきた。

 

今回の男は覚えているかと言われれば微妙であった。多分顔は出していない。でも、能力には見覚えがあった。というか、一番初めに見た能力がこれだった気がする。

 

確か、魔法が使えるようになったとかそんな動画だった。SNSでめちゃくちゃバズったそれは、チャンネルを探し出すのも容易だった。

 

見れば、ストーリーがあがっている。予想通り、さっきの出来事でだ。なぜもっと時間を空けないのだろう。バズるかは兎も角、時間を空けなければいつのことかバレてしまうんじゃ無いだろうか。

 

「ってあ〜あ」

 

やっぱり危機管理能力は低いようで、住所を明確に示してはいないが、窓や壁が映っている。というかこれは…?うん。あれだ。

 

目立つシンポルが窓から見えるので、もう分かってしまった。流石に拍子抜けだ。じゃあ、早速―――いや、まだだ。流石にこれだけじゃダメ。最悪兄弟とかの関係ない人を巻き込む。配信者なら配信もするだろうし、狙い目はその時だろうか。

 

「じゃ、迎えに行こう」

 

一応写真を撮ってから、友達の元へ向かう。あの男にノータッチはあり得ないけど、お姉ちゃんを治して貰うためにそっちを優先しよう。…ちゃんと歩けるようになればいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「多い」

 

友達の家まであと少しというところ。これまでは隠れてやり過ごしてきたけど、流石に厳しそう。

 

「あ〜、ん〜」

 

空は赤く染まり始め、時間がないことを如実に表している。まあ、練習と考えれば良さそうかな。

 

私の専用武器を取り出す。漆黒の刀身を持つこの刀は、今はただの刃物だ。本物よりかなり軽いから、扱いはしやすそう。

 

「倒す数は最低限」

 

タイミングを見計らって、ゴブリンの列に強引に割り込む。不意をつかれて硬直している間に、指揮を取るゴブリンに刃を入れる。スルッと刃は通り、いとも容易くゴブリンは2つに別れた。

 

指揮官を失えば、部隊の混乱は避けられない。これなら、追われても数は最小限で済む。

 

道中のゴブリンを切り落とし、拾える魔石は拾う。そうやって突き進み細い道へ入った。

 

魔石を、死体へと変え壁とする。こうすれば時間は稼げるし、時間が稼げればもう終わりだ。

 

「入るよ〜」

 

鍵を開けて貰っていたその友達の家に、滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ〜。びっくりした〜」

 

「あぁ、ごめんね三春」

 

祖谷三春(いやみはる)。おっとりとした口調が特徴の私の友達だ。スタイルがよく、黙っていれば文句のつけようが無いのだが、色々な行動が遅い。イライラすることもあるけど、見ているだけで急いでいる自分が馬鹿に思えてくる程には彼女はマイペースだ。

 

「大丈夫〜。でも〜、陽菜さんはどうしたの〜?」

 

あ、そういえば二人で行くと言っていたっけか。

 

「それなんだけど、お姉ちゃんが怪我しちゃって。三春。お願い出来る?」

 

「まあ〜!?それはびっくり〜。私に出来ることならなんでもするよ〜。助けてもらったしね〜」

 

そう。三春の家族はお姉ちゃんの動画に助けられている。というのも、三春のお父さんは警察だ。出勤命令が出て、嫌嫌外へ出ると、案の定ゴブリンやオークに襲われる。そこでお姉ちゃんの動画が非常に役に立ったらしい。

 

「ありがとう。じゃあ早速だけど、今日からよろしくね」

 

「よろしく〜。陽菜さんに会うのが楽しみ〜」

 

そうして、玄関から出ようとすると、

 

「あぁ、待ってくれ」

 

男の人の声に呼び止められた。言うまでもなく、三春のお父さんだ。警察の制服に身を包んでいる。

 

「恵さん。三春をよろしくお願いします」

 

意外にも、お父さんはこれに肯定的だった。というのも、暫く家に帰れないから、陽菜さんのもとの方が安全だということらしい。今は抜け出して来たようだ。私としては願ったりかなったりだけど、やっぱりお姉ちゃんへの信頼が厚いんだなと感じた。

 

「じゃあ行ってくるね〜」

 

「陽菜さんの所までは危険なんだからな!気をつけるんだぞ!」

 

お父さんの忠告を、私の友人はゆるゆると頷いていた。

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

「いや〜、怖かった〜」

 

「なんで?」

 

空が黒に染まるまでに、お爺さんのところへ帰ってこれた。

 

三春のマイペースさは当然のように裏目に出ていて、何度も隠れきれずに、「あわわわわ〜」と体をゴブリンの前に晒していた。なのに、たまたま偶然別のところを見ていたりして、何故か一回もバレなかった。えっ?どうして?

 

「ね、ねえ三春。三春って実は隠密系の能力だったりしないよね?」

 

「しないよ〜。ちゃんと回復だって〜!」

 

じゃあ何…?運ってコト…?

 

ま、まあ、今はそんなことよりお姉ちゃんだ。

 

「じゃあ三春。入ろ――」

 

ピロンと、携帯が鳴る。特に通知はつけていないけど、あるとするならそれは…。

 

「…!ごめんね三春。中のお姉ちゃんをお願い!」

 

三春をロッド工具店に押し入れて、私は走り出した。

 

「ええ〜〜?」

 

取り残された少女は、一人眉を顰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「Foooooooo!!!!!俺さいきょー!!!」

 

闇に閉ざされた世界には、一際目立つ場所があった。

 

緑色の海の端っこに、オレンジ色の光が揺らめいている。

 

ゴブリンの怨嗟を心地良く感じているのか、男のテンションはハイになっていて、さらに襲い掛かってくるゴブリンを燃料に炎を立ち昇らせていた。

 

このとき、男のテンションはいつものようにハイになっていたが、流石に学ぶようで、群れに一歩踏み出すことはなく、来るものだけを燃やしていた。

 

その顔の横に取りつけられているカメラはその様子を全世界に―――届けることはなかった。

 

「ねえ」

 

パキリとカメラが地面に落ちる。

 

「ああ!?俺のカメラが!弁償しろよ弁償!!!!」

 

いい気分に水をさされ、がなり立てる男には、声の主が見えていない。

 

「陽菜は、見逃すみたいだけど」

 

「あ?あぁーそういえば助けてもらったか。はぁ〜、倒すとか言ってくれればもっといい絵取れただろうになぁ」

 

ズケズケと、男は建前もたてずに喋り続ける。思ったことをありのまま。目の前の相手を気にする様子を見せずに。

 

「そっか」

 

男の視界が反転する。

 

 

 

 

気が付けば、目下には火の海。崖際に男は居て、背中を押された。

 

 

 

 

ゴブリンに囲われている。四方八方からの攻撃になすすべなく貫かれる。

 

 

 

俺が向こうにいる。振られた手から飛び出した炎は、視線の低いオレの体を下から燃やしていく。

 

 

男は、死を繰り返す。

 

 

 

 

 

『専用武器 妖刀 悪夢(あくむ)

眠る相手に、好きな悪夢を見せる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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休息

《恵視点》


「んん〜っ!」

 

スッキリした。実際死んではないし、夢での出来事だけど、多分脳裏にしっかりと焼き付いてくれるだろう。これからは、人を見捨てようとすれば恐怖に震え上がるはずだ。

 

「あ〜あ。暗くなっちゃった」

 

配信中の画面に映らないようにゆっくりと迫っていたせいで予想より時間がかかってしまった。

 

「あ、携帯確認しよーっと………あ」

 

見れば、鬼のように電話が掛かっている。えっと、どうしよう。と、取り敢えずメッセージで連絡しておこ プルルルル

 

「は、はいもしもし?」

 

「あ〜、やっと出た〜!速く帰ってきて〜?陽菜さんすごいよ〜?」

 

そこを退いて!!!!!!恵を迎えに行くの!!!!!!

 

ふおおおおおお!!!儂に全力を出させるとはのぉ!!!!!ふんぬぅ!!!

 

「陽菜さんすごいね〜。火傷した方の足でもちゃんと立ってる〜」

 

「ええ!?ちょ、大丈夫なの?」

 

お姉ちゃんそれ激痛に耐えるとかで済むの!?不味くない!?」

 

「大丈夫なわけないよ〜。私が今全力で回復してるんだから〜」

 

「急いで帰る!それまでお願い!」

 

「は〜い」ガチャ

 

家まで後ちょっと。急げ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね。お姉ちゃん」

 

「……」むすっ。

 

なんとかゴブリンを潜り抜けて帰ってきたら、お姉ちゃんにフルホールドで捕まえられてしまった。不機嫌そうに頬を膨らませている。友達(三春)の目の前なので恥ずかしい。いや、辞めなくて良いけどね。別に。

 

「あら〜。恵がそんな状態なのは珍しいね〜。えっと、じゃあまずはこっちの傷を治しますね〜。火傷は後で〜」

 

悪化してしまった足だが、流石にもう一瞬で治せるものではないので、別の傷、オーガの時の傷を治すことにした。こちらはすぐに完治まで行けるらしい。

 

「はい〜。じゃあ次、足の方やりますね〜」

 

「……」ぎゅーっ!

 

またもや強く抱き締められる。離してくれないなぁ。

 

「…なんか、面白いですね〜。で、ええっと〜、はい〜」

 

さっきは背中側だっただけに見えなかったけど、三春の掌からぽわっと緑の光が飛び出た。それは傷口の上でくるくると踊り、緑の粉をパラパラと落としていた。

 

「お、お姉ちゃんどう?なんか感じる?」

 

「別に」

 

「あ〜、結構続けないとですね〜。あ〜、後2日は安静です〜」

 

2日。結構長い。でも、それならゴブリンの王が出るという最終日には間に合う。そう。まだ2日目なのだ。

 

「あの、お爺さん」

 

「別に構わんよ。布団がないからタオルぐらいしか貸せないが大丈夫か?布団はそれが最後なんじゃ」

 

なんと、一つしかない布団をお姉ちゃんに貸してくれていたらしい。なんと優しいのか。

 

「ありがとうございます」

 

「なら〜、私がご飯作りましょうか〜?」

 

三春がそんな提案をする。まあ、私も同じ事を言おうとしたのだけど、それはそれとして

 

「三春はダメ」

 

「ええ〜?どうして〜?」

 

「三春はいつも行動が遅いから火を使うといつも焦がしちゃうじゃない」

 

「そうだっけ〜?」

 

私は忘れない。家庭科の調理実習。言葉通り炭となった数々の食材たちを。

 

「そうです!私がやるから三春はお姉ちゃんの…」

 

「……」ぎゅーーーっ!

 

無言の抗議を受けている気がする。

 

「えっと、料理の時間だけだから。それに、我慢してくれたらなんでもお願い聞いてあげるよ」

 

「……」

 

力が弱まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、イベント3日目、4日目は何事もなく過ぎていく。インターネットを確認すれば、自衛隊と1万規模のゴブリンとの衝突映像や、そこそこ知名度が上がり始めている強い力を持った配信者達が協力して1万規模のゴブリンのボスを倒すというような動画が上がっていた。

 

でも、今最も注目されているのは、そのどれでも無かった。

 

 

『こちら、首都上空です!本日深夜12時に現れた―――』

 

ヘリコプターに乗ったアナウンサーが叫ぶように指し示しているのは空中に現れた巨大な扉。タイマーが設定されていて、あれであれば日本時間の5日目の正午にちょうどゼロとなる。

 

おそらくというか、ほぼ確実にそこから出てくるのだろう。その場所は、今私達がいるところからは結構遠い。時間までに行くのならそろそろ家を出ないと行けないのだが、まあゆっくりとしている。

 

理由としては、お姉ちゃんの足がまだ完治していないのと、わざわざ行く必要が無くなったからだ。

 

というのも、その理由はお爺さんにあった。ちょうど、扉の出現で世界が騒いでいた頃、お爺さんがおもむろに一つのクエストを発動させる。

 

『イベントクエスト ゴブリンキングの討伐

勇気あるものは、ゴブリンキングを討伐せよ』

 

それは、お爺さんの意思とは関係なく発動し、そして日本中のすべての人間の目の前に表示された。参加する意思を持つものには、追加でもう一つメッセージが現れた。

 

『クエストの参加を確認。開始時刻の2時間前に輸送いたします』

 

これで実際に輸送されないのなら、してやられたということになるが、今の私達にしてみれば、信じたほうがいいだろう。  

 

ひとまず今日は、アップを兼ねてちょっとしたゴブリン退治に出向いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




マジでごめんなさい!!このあと一回別のやつ投稿しちゃいました!ほんっとうにごめんなさい!あとタイトル忘れてるの今気づきました!ごめんなさい!


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1万規模へ

私のリハビリも兼ねて、外へ出る。まあ何日か外は見ていなかったが、やはり大量のゴブリンが外を徘徊していた。

 

しばらく雑魚を処理しながら進むこと数分。再び、1万規模のゴブリンが目に入る。

 

「いるね」

 

「うん。どうする?お姉ちゃん」

 

今は私の他に恵と三春さんがいる。おっとりしている三春さんとの連携、というか、

 

『三春に慣れて!』

 

と言われたから、ついてきてもらった形だ。基本的に恵が守っていくらしいので、能力の詳細を伝えたうえで接続させてもらっている。

 

「…行こうか」

 

危ない。確かに危ないけど、遥かに明日の方が危なくなるはずだ。それなら慣れるべきだし、明日、ほぼ確実に味方の誰かに接続するという状況になるはずだから、それにも慣れたい。

 

なんせ、連携がきっちりと求められる、ゲームで言うレイド戦に近い戦いが控えていると予測できるからだ。そして、その場合ボスへは皆が四方八方から攻撃するだろうし、ボスへ接続なんて出来るわけがない。

 

「じゃあ…あ、そっか」

 

走りだそうとして、止まる。私一人だけ先行したってダメだ。少なくとも、一番の難敵となるであろう1万規模のゴブリンと距離が離れている限り、それは今じゃない。

 

特殊能力は残念にも程がある短刀を手にする。まあ、短刀としてだけ見るとかなり優れものであることは分かった。ゴブリンの処理が楽になったことは実証済みだ。

 

「あ〜、待ってください〜」

 

おっと、また先行しすぎたみたいだ。

 

「ごめんね、三春さん」

 

「違うよお姉ちゃん。これは三春が遅すぎるんだよ」

 

謝罪は恵に即座に否定されてしまった。恵。友達に対してその反応はどうなの?

 

「いや、お姉ちゃんよく見て。まだ10メートル」

 

この1万規模のゴブリンと戦い始めてはや10分。確かに、進んでなさすぎる。この速度はあんまり好きじゃない。

 

「ごめんなさい〜」

 

…慣れろって、そういうことね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、もう何時間たっただろうか。

 

3体目の千人規模のゴブリンを切り捨てて考える。なんとか、目前に迫っている。それにしては数が少なくないかと思われるが、その理由は、おそらく、別の場所でも戦闘が始まっていることにある。

 

時折聞こえてくる銃声。自衛隊だろうか。もし、私が活動しなかった分、自衛隊が倒してくれていたとすれば、おかしな事ではない。

 

まあそれならそれでいい。今の問題は正面のゴブリン。1万規模のゴブリンである。

 

動画を見た感じ、こいつ自体になにか特殊能力があるというわけではない。ただ、防具によるオーク並の硬さと力強さ。それがとにかく厄介となる。特に、このゴブリンの大軍を処理したあとでは。

 

また、その情報から察するに、部下全滅からの離れるという手段は取れない気がする。理由は単純明快で、倒しきれるかわからないから。

 

以上を踏まえ、戦っていくのだが、

 

「はい〜回復です〜」

 

ふわりと緑の光が体にまとわりつき、疲労を取っていく。

 

三春さんの回復。どうやら疲労回復の効果もあるみたいだ。お陰で、かなり時間が経っている今でも私は動き続けられている。

 

「お姉ちゃん。このまま行く?」

 

どこへ、と問えば、当然あのゴブリンの元へであろう。それもいいけど、でも、それはキツイ気がする。というのも、今は守るべき対象がいるからだ。

 

「三春さんがいるから今はパス。私だけ出るよ。でも、その前に周りのゴブリンを片付ける」

 

残り少なくなってきたスケルトンの魔石を惜しみなく消費して、数を減らしていく。

 

「はえ〜、すごいですね〜」

 

なんというか、こんな状況なのに声の特徴を変化させないのは凄いな。

 

ちょっと感心しつつ、近くの千人規模のゴブリンを倒した。これで、近くのゴブリンはかなり減った。後は恵でも対処できるはず。あの格好いい刀の扱いが凄く上手かったし。

 

「じゃあ、行ってくる。恵。ヤバそうなら私は置いていってね」

 

「…そんなことはしないよ。お姉ちゃん。速く帰ってきてね」

 

「任せて!」

 

恵の信頼には絶対に答える!

 

私は巨体へ飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!一瞬で倒す!」

 

「ギィ」

 

静かだが、重厚感のある声だ。のっしりと起き上がり、武器を構える。―――その頃には、もう懐へ潜り込んでいた。

 

首を短刀で斬りつける。ゴブリンなら首を落とせていただろうに、薄皮一枚しか持っていけない。

 

反撃の前に引く。反撃なんて喰らわないのに越したことはないのだ。

 

「っ、と」

 

危ない。後ろのゴブリンに足を掴まれかけた。自由を失うのはどうしても避けたい。自由がなくなれば、最後の手段も使いづらくなる。

 

取り敢えず短刀で後ろのゴブリンを倒して、適当なゴブリンの魔石を投げつける。死体に変わるそれは、威力は相手にとって気にすることでなくても、視界の妨げにはなる。

 

「足っ!」

 

首よりは深く刺さる。でも、致命傷とまでは行かない。うん。一旦ここで終わりだ。時間は有限なのだから、ずっと渋っていた物の使いどき。

 

振り下ろされた棍棒を伝い、腕、肩。そして、ゴブリンの真上へ飛ぶ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

さっきは大丈夫だった経験からか、盾を構える様子はない。まあ、どっちにしろ意味はないけど。

 

「オーガっ!」

 

オーガ4体の死体は、積み重なり重量を増していく。そこに、私も乗っかる。

 

自分の体ほどの大きさの物体が、上に4つも乗ってくるのだ。到底、耐えられる筈もない。

 

ズシン

 

 

鈍い音をたてて、潰れた死体は魔石へ変わった。

 

 

 







【間違えて投稿してしまったことへの謝罪】

本当に申し訳御座いませんでした。楽しみにしてくださった方には大変不快な思いをさせてしまったと思います。
そして、指摘して下さり本当にありがとうございました。もしかしたら明日まで気付かなかったかもしれません。
本当に、申し訳御座いませんでした。出来る限り、同じような、事が起こらないよう気を配っていきます。



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戦闘前

5日目の朝、異様な静けさが街を包んでいた。

 

これまで、防音性の低い家に住む人が苦しんでいたゴブリンの足音が何一つ聞こえない。早朝をつげるカラスの鳴き声が懐かしい。

 

「お姉ちゃん。もしかして…」

 

恵の顔には緊張が貼り付いている。多分、私もだ。良かったねと、そう言える状況ではあるが、同時に、ゴブリンの王の存在が、どれほどのものなのかを知らしめている気がする。

 

要するに、

 

ゴブリンの王は、単体でこれまで以上の被害を出せる。

 

と、私達は考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、世界から一時的に化け物が消えてから、関東は騒然としていた。当然だろう。

 

関東は、今回の主戦場。避難は昨日から進められていたものの、迫りくるゴブリン相手に非戦闘員を運ぶには空を使うしかなく、進まなかったのである。

 

車を持つものは車で、持たないものはヘリコプターが縦横無尽に飛び、関東地方の人間を拾い続けている。しかし、関東地方の人口は首都があるだけに膨大だ。故に、彼等には焦りが生まれる。

 

渋滞を起こす高速。

 

乱闘騒ぎ。

 

混乱に乗じて犯罪に手を染める者達。

 

そんな問題がありながらも、着実に関東圏から人は流れていく。

 

 

 

そして、反対に入ってくるのは、無謀にも、戦いを選択した者達。一般人だけで100人以上もの人が、ここに集結した。そして、さらに一万人程の自衛隊もいる。

 

即座に、自衛隊は集まった者達をまとめ始めた。()()()のみテキパキと役割を判断し、割り振る。

 

当然、私達もちゃんと従った。少し悩んだが、プロの判断を信じようと、能力を打ち明ける、前に、私と恵は最前線に、三春さんは後方へ配置された。能力云々は?と思ったのだが、自衛隊の一人のお偉いさんが前へ出てきて、小声で教えてもらった。

 

どうやら、自衛隊には鑑定のような能力持ちがいるらしい。有名なあまり、もう既に調べられていたようだ。しかし、直接見ないと行けないらしく、いつ、と思ったが、そう言えば、オーガの時に自衛隊と遭遇していた。あの時だろう。

 

…まあ、恵は流石にもっと後ろだと思うのだが、恵が必死に抵抗したため、従わない者として無視したらしい。

 

周囲には、当然見知らぬ顔ばかりだ。ただ、周りの人は全員私を見ている。ひそひそと話す人もいるのだが、表情からして悪口を言っている様子はない。なのに、誰も寄ってきてくれない。

 

「だ、大丈夫だよお姉ちゃん!というか、お姉ちゃんは有名すぎるから当然だよ!有名人には話しかけづらいでしょ?」

 

あぁ、そう言われればそうかもしれない。自分が有名人だなんて信じられないけど、あんなに動画は見られているのだから知られててもおかしく無いか。

 

まあ、真相が分かったからって緊張は薄れない。

 

と、そうしていると、人混みを掻き分けて、見たことのある人が出てきた。

 

「…へぇー」

 

黒髪に、青白い顔と細い手足を持ち、着物を纏う男性。手を顎に当て、見定めるように目を細めていた。

 

「えっと、剣さんですか?」

 

「…おお。陽菜さんに知られとるとは、光栄ですわ」

 

そう言って、剣鋼(つるぎはがね)は握手を求め手を差し出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど!凄いですね!」

 

「せやろせやろ?スパスパスパーン!ちゅうてな!あのにくっきオーガも一刀両断よ!」

 

剣さんは凄い。病弱そうな見た目ではあるが、私じゃどうしても手こずってしまうオーガをものともしないらしい。私なんかよりよっぽど貢献していて、尊敬の念が耐えない。

 

「でも、能力がいくら強いとしても、今でも生き残っているのはやっぱり経験の為せる技ですよね!不意打ちとか食らう場面も多いだろうに凄いです!」

 

「おおーっ!陽菜はよくわかってんなぁ!そうそう。もう俺くらいとなると何処から来るかなんて余裕でわかっちまうからなぁ!」

 

そんな剣さんの能力は、なんでも切れる。見せてもらった刀は軽さを追求していて、重さはそこまでだった。能力のお陰で鍔迫り合いが起こらないから、質量はいらないらしい。

 

「むぅ…。お姉ちゃん」

 

「あ、ごめんね恵。恵も話したいよね。でももうちょっとだけお話してもいいかな?」

 

「んん〜!!そうじゃなくて!!」

 

へ?そうじゃないってどういう…?

 

「あはは。というか、あんたら姉妹なんか?」

 

「あ、はい」

 

「そうですけどっ!」

 

何故か恵は剣さんに当たりが強い。少し睨んでいるようにも見えた。

 

「ほぉー、髪色は…いや、スマンな。忘れてくれ。それよりも、えっと、恵、だったよな、お嬢ちゃん」

 

「そうですけど、なんですか」

 

「お嬢ちゃん。刀を扱った事あるやろ。しかも、結構上手いな?」

 

「「!?!?」」

 

恵がびっくりしている。私もびっくりした。どういうことだろうか。確かに恵は刀を持っているけど、どうしてそれがわかったのだろう。

 

「おっ、当たりみたいやな。ただの勘よ、勘。なんとなく雰囲気がそう見えてな。ところで、是非生き残ったら模擬戦せんか?やってみたいんや」

 

「嫌です。面倒くさい」

 

即答で容赦なく断った。流石に剣さんも驚いている。

 

まあ、恵が危険な目にあってほしくないからそれを咎めるつもりはないのだけれど。

 

「アッハッハ!そこまで容赦なく断るか!まあいい!戦いが終わったらまた申し込むさ!」

 

そう言って、剣さんは去っていった。

 

「死亡フラグ…」

 

「辞めなさい」

 

不吉な事を言うんじゃありません!

 

そんな悶着を経て、12時は目前にせまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ゴブリンの王

さて、時間も時間。最前線に配置される人達は、緊張を漂わせている。

 

「さて、12時まで後5分といったところですが、現在のお気持ちは?」

 

「えーっと、―――」

 

やはり、言い方は悪いが一大イベントのような物なので、当然、取材を受けている人―――取材!?

 

マスゴミ到来かと凝視していると、気付いた。よく見るようなテレビではない。あれは個人業…まあ要するに、配信者というくくりなんじゃ無いだろうか。しかし、自分も参加するのにこれとは、肝が据わっているなぁと思えばよいのか。

 

「えっと、お姉ちゃん。配信ってどうする?」

 

「え、いや、しな―――」

 

周りを見渡してみると、20人に一人くらいはカメラをつけている。…なんで?馬鹿なの?

 

「しないけど。…ねえ恵?あれって録画しているってことでいいのかな」

 

「ううん。今の時代は凄くてね、あの小さなカメラ単体で配信が出来ちゃうんだよ。特殊な回線で、料金は結構するみたいだけど」

 

へぇー。ていうことは、今の私もカメラをつけている人からしたらいいネタなのかもしれないね。ちょうどオフだし。アハハ。

 

「待って恵。じゃあさっきから一向に視線が減らないのは?」

 

「お姉ちゃんが有名すぎるから、映すだけで撮れ高だよ。感謝している人も沢山いるだろうからね」

 

…恥ずかしい。キュウ

 

「丸まらないでお姉ちゃん!今そんなことしている場合じゃないんだよ!後30秒!」

 

「あうう…」

 

恵に強引に立たされながら、気持ちを整える。大丈夫。オフが見られたからって関係ない。うん。恥ずかしい以外にはなんのデメリットもない。

 

うやうやうやと心と格闘していると、地響きがした。

 

なんだどうしたと、叫ぶものは一人もいない。即座に、全員が自分が生き残るための手段を考え始める。そのために、注目するのは、一番目立つ巨大な扉。

 

00:00:00と言う文字が浮かんでいる扉は、まだ、固く閉ざされている。しかし、変化はあった。

 

扉の縁ふちから、緑のフヨフヨとしたものが滲み出ている。オーラ?とでも言えばいいのか、なんとも異様な光景である。カメラ越しに見ている人はどう感じるのだろうか。

 

オーラは徐々にこちらへと広がって来る。飲み込まれまいと全員が下がる中、自衛隊がドローンを飛ばす。偵察には持ってのこいだ。

 

フラフラと、飛んでいくドローンは、オーラに触れて、そして、弾かれた。

 

驚愕に目を見開く中、ついに、オーラの中に一匹のゴブリンが沸いた。

 

「ゴ、ゴブリンの王?」

 

「あ、ああ?」

 

誰かが叫び、誰かが反応するものの、その応答疑念に満ちていた。無理もない。そのゴブリンは、普通のゴブリンとは対して変わらない。違いといえば、頭に乗る小さな王冠と一本の杖だ。

 

それは王であることを表しているのに、あまりにも体格が小さく、そうは思えない。そんなゴブリンは、体を折り畳み、唸り始める。

 

「グウウウウウ」

 

瞬間、全員が悟る。

 

「総員。撃て!!!!」

 

迅速に判断した自衛隊の先制攻撃に続き、後ろの部隊の人が、各々、できる範囲で攻撃をしていく。前衛組は、対して何か出来るわけではない。邪魔にならないよう見ているだけだ。

 

だから、一番はじめに気付いた。

 

「…効いていない?」

 

すべての攻撃が緑のオーラに弾かれる。いくら攻撃を重ねようと、意味はなく、そして、じっくり30分程が経過した頃。

 

 

 

 

ウオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

 

 

叫びは、周囲の建造物を粉塵に変え、小さなゴブリンの王の周りは更地になる。そして、一つの玉座が現れた。足の一本一本がビル以上の巨大なそれは、到底あの小さきゴブリンには似合わない。いつの間にか、その上に立っていたゴブリンは、手を振った。

 

 

扉が、開く。

 

 

その先には、もう一つの世界。城や家らしき物が見えるが、それと同時に、大量のゴブリンの兵士が並んでいた。当然の如く、それは全てが装備付き。剣に弓、盾に馬。まるで、中世の軍隊だ。

 

空中を描く階段が、軍隊を迎え入れるように伸び、ゴブリン達を導く。終わりの見えないゴブリンの軍は、揃った足跡を響かせて、地上に降り立った。

 

王のゴブリンは、杖を一本振るう。

 

そうして、緑のオーラはいっきに王のゴブリンへ集結した。みるみるうちに体は膨らみ、玉座に相応しい身体となった。王冠も杖も、その体に合わせて膨らんでいる。

 

もう、攻撃は通る。

 

実際に、数十体のゴブリンは、オーラが消える直前に撃たれた銃弾を腹に受け地面に倒れている。だというのに、

 

誰も、自分から動こうとはしなかった。

 

誰もが、勝つイメージを、失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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希望

一番初めに声をあげるのは、自衛隊だった。

 

「総員、構え!撃て!」

 

銃や魔法の混じった攻撃が、これまでより小規模で放たれる。被害は与えた。でも、全体から見ると、余りにも微弱だった。

 

ゴブリン達は、数の暴力に任せて歩みを進める。でも誰も行動しようとしない。誰か、この流れを変えられるのは…!

 

「お姉ちゃん?」

 

恵が私を見ている。どうしてと言いたげな表情だ。

 

「私には、そんな力は無いよ」

 

自信がない。誰かを率いるなんて私には出来ない。そもそも、まともな連携なんてここまでしてきていないし、こんな大勢を湧かせることなんて出来るわけが…。

 

「…お姉ちゃん。配信でも始めようか」

 

「え?」

 

「配信の中なら、みっともない姿なんて見せられないよね?」

 

さっと、恵は私にカメラを向けた。流石に配信なんてそんなに速く始められるものじゃないけど、

 

「え、あ、えっと…」

 

分からない。配信だとして、導入とかはどうすればいいんだろう。いつもはちゃんと準備をしていたから出来たけど、こんな状況からどうすれば自然に…って、頭の中はそのことでいっぱいになっていた。

 

 

あっ、

 

 

そうだ。キャラを作れば。

 

恥ずかしがるな。自信を失うな。そして、みんなを不安にさせるな。

 

『さぁ皆!戦おう!』

 

元気に、楽しそうに叫ぶ。体は万全。前よりも元気いっぱいだ。

 

『相手はゴブリン!誰でも倒せる化け物だよ!ここにいる皆は、誰だって沢山ゴブリンを倒してきたよね!さぁ、本番だよ!練習の成果を見せるとき!』

 

笑えば、みんなも笑ってくれる。

 

「せやせや!諦めるんとちゃう!ここには陽菜さんがおるんやぞ!」

 

続けて、剣さんも声をあげた。剣さんも人気の配信者だ。圧倒的な無双を見せつける彼は、十分支えとなるはずだ。

 

「逃げたってなんもかわらん!力強い仲間がいるうちにどんどん成果を出したろやないか!ミスっても助けたる!」

 

剣さんの力もあって、みんなの目に光が戻った。見れば、遠く離れた後ろの方でも何かあったみたいだ。元気な声と、威力を増した魔法がゴブリンを薙ぎ払う。

 

もう、微弱だなんて考えられない。立派な、力強い援護射撃だ。

 

『さぁ行くよ!みんなで一緒にゴブリン退治だ!』

 

オオオオオオオ!!!!!

 

士気は最高潮。ゴブリンとの、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ行くよー!』

 

特に特別な事はしない。私は、いつも通り潰して、切ってを繰り返す。短刀が手に入ったとはいえ、ブラックジャックは大切な相棒だ。たまに魔石を投げ込むのも忘れない。

 

しかしまあ、みんな凄い。特に目立つのは剣さんだ。能力だけでなく、素人目にも確かな技術がうかがえた。背後からの攻撃を避けながら切り刻み、刀の届かない位置のゴブリンは足でいなしている。見ていて気持ちがいい。

 

『あっ』

 

突っ込みすぎている人がいた。多分倒しているうちに前へ行ってしまったのだろう。気付いても、もう既に囲まれているし、近くには千人規模の将ゴブリンがいた。これはあまりよろしくない。

 

場所に気をつけて、将ゴブリンの上にオーガの魔石を落とす。これで、後は雑魚だけだ。ついでに爆音がしたので、あの人も自分の状況に気付いたみたいだ。

 

そして、またゴブリンを倒していく。誰が提案したのかは分からないけど、他の人はローテーションを組んで戦う人もいた。確かに、ゴブリンの数には切りが無いからそれも大切だろう。自衛隊を参考にしたのかもしれない。

 

その中で、私の妹はというと、スマホ片手にゴブリンを倒していた。

 

『あの、め…カメラ、無理しなくていいよ?』

 

というか、あれは方便じゃなかったの?本当に配信しているの?ヤバくない?

 

「…いや、お姉ちゃんのこれからを考えるなら、これは必要だよ」

 

絶対。と恵が言い切った。よくわからないけど、それで危ない目にあったら助けよう。ちゃんと気を配らないと。

 

何度か危ない目に合うことはあっても、遠くからの援護で数は減らされ、助け合うことで被害は出ていない。半ば作業化し始めている。将ゴブリンを逃さないように魔石で押し潰し終わったら、剣さんがこちらによってきた。

 

「陽菜は気づいたか?」

 

何を、とは言わない。というか、気付いていたからこそ魔石を使ってまでわざわざ将ゴブリンを倒したのだ。

 

『将のゴブリン達が逃げているって話ですよね。それはわかっています』

 

基本的にいるのは千人規模の将ゴブリン。百はいない。一万は結構いる。この中で、千人規模はまだしも、一万人規模のゴブリンは、部下に囲まれ、異様に速く逃げている。

 

そして、何をするかといえば、当然の如く味方の召喚だ。王のゴブリンの元で、彼等は唸り、そして扉からゴブリンの軍隊が出てくるのだ。

 

「いくらローテーションしとっても、流石に疲労は蓄積する。どう考えても、長期戦はこっちに不利や」

 

…確かに。それなら、速く手を打たないと。

 

『なるほど。では』

 

「ああ。―――すまんが聞いてくれ!俺らは今から将を中心に倒しに行く!ちょっと抜けるけど大丈夫か?

 

口々に、任せろと声がした。頼もしい味方の言葉だ。信頼しよう。

 

「あの、私もついて行っていいですか?」

 

すると、恵がそんなことを言ってきた。恵は、私の撮影の片手間に倒していたのだが、それでもゴブリンの処理数はかなりのもの。この中でも上位の戦力だ。私達に加え、恵も消えるのはかなり苦しくなるだろう。

 

渋っていると、恵は意を決したように言った。

 

「なら、お姉ちゃんはこれ持って行って」

 

渡されるのはカメラ。でも、こんなものを片手に戦えるかと言われればあまりやりたくない。今回は速度が命なのだ。

 

「そうじゃないよ。お姉ちゃん。もし、遠くの人に指示したくなったらそれで音声を伝えるの。きっと見てくれるよ。後、カメラはポケットに入れちゃえばいいよ」

 

指示…使うかはわからないけど、分かった。

 

そうして、私達はゴブリンの波に深入りしていった。

 

 

 

 

 




誤字報告ありがとうm(_ _)m


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五日目の終わり

「剣さん!お願いします!」

 

「ほいさぁ!」

 

少し…というより、かなり奥深くまで私達は潜り込んでいた。本当はもっと手前でも良かったのだけれど、味方の魔法と銃の遠距離攻撃の邪魔になることを恐れての事だ。それに、当たれば剣さんはひとたまりもない。いくらそれを切れても、消せるわけじゃないのだから。

 

結果的に、将ゴブリン一体のみの処理は全て剣さんに任せている。というのも、私だと時間がかかり過ぎる。オーガの魔石で一発はそうなのだけれど、魔石に戻して回収がこの乱戦の中だと厳しい。後それをするなら雑魚を一気に倒したほうがいい。

 

というわけで一刀両断で殺れる剣さんが適任だ。流石に、複数の場合は私も倒すけどね。

 

「前にいますけど…先に後ろの方やりましょう」

 

「まあそやな」

 

基本的に、こっちへ来るゴブリンより逃げるゴブリンを優先する。そのほうが、全体的な労力は減るはず。…多分。

 

「あっ!めっちゃ迂回してます!一万!」

 

やはり、ちゃんと頭は回るようで、私達の存在を見て、ゴブリン達は大きく迂回を始めた。乱戦の中から大きく抜け出し、乱戦の中央にいるお陰で私達では止められそうもない。

 

「あっ、どうしよう…!」

 

「!?なるほどぉ!そういうことか!」

 

何かに気付いたように、剣さんはこちらへよってきて、声を張り上げた。

 

「集団から抜け出したゴブリン達をやってくれい!」

 

―――数秒後。

 

数多の銃弾と魔法により、ゴブリン達は魔石へ変わる。

 

「お嬢ちゃんはこういうことを予測してたんかぁ!ハァー!よくやるもんやわ」

 

確かに、あの遠距離部隊の人達が見ている確証もないのに、よくこんなことが出来るなと思う。何か仕込んでいたりしていたのだろうか?

 

「あっ、百」

 

そんなことを考えながら、近くにいたゴブリンを切った。

 

 

 

 

 

 

 

「…一旦ここで止まろか」

 

剣さんは、ある程度進んだところでそう言った。まだまだ追い切れていない将ゴブリンは沢山いて、だというのに何故と、疑問に思ったが目の前の存在を見て理解した。

 

「もしかして、もうすぐアレの射程範囲内ですか?」

 

アレとは、言うまでもなくゴブリンの王。まだまだ余裕そうにふんぞり返っている。しかし、余りにも大きな巨体に、油断は出来ない。

 

「おう。そやな。それに、そろそろ日が暮れる」

 

言われて気付く。微かに、空の端はオレンジ色に変わっていた。

 

「ここいらで挟み込んで、ゴブリン一掃して一旦合流しよか。周り見えんと、流石にキツイ」

 

ごもっともな意見。そして、この戦いが一日で終わらないことを、考えていなかった自分がいた事に気付いた。うん。剣さんから学べることはまだまだありそうだ。

 

「剣さん。凄い体力ですね」

 

「陽菜がそれ言うか。まあ、この能力やと斬る時に力が要らんからな。やりやすいわ。それに多分、ゴブリン倒す度にちょっと息が楽になる気もするしなんかあるんやろ」

 

まだ仮説に過ぎないそれだが、よく言われているしなんなら私も信じている。だって私の体力おかしいって一番思ってるもん。深夜から4時間近くやり続けて疲れる程度なんておかしい。確信出来ないから、誰も堂々と言いづらいんだけどね。

 

「じゃあ、こっちから逆に進みますか?」

 

「んー、背中を斬るのはありやけど、みんなの迎えを待とうか。俺らが背中を斬られたらしゃーないし、それに、ちょっと怖いのがおる」

 

そうして剣さんが目線で示すのはまだ動かないとあるゴブリンの集団。これまで歩兵オンリーだったのだが、そこには馬に乗ったゴブリンがいる。

 

「あの馬が普通の馬とも限らんし、それに立ち位置的には精鋭兵やろ。アレ」

 

確かに、馬含めて彼等は全員装備付き。それに、私達の世界には中々いないサイズの馬もいる。乗っているのは…一万規模の将ゴブリンか。多分アレを逃せば馬とともに復活するんだろうなという予想が出来る。

 

「一応アレに目を光らせとこ。俺らが目を背けているうちにアレに荒らされたら溜まったもんじゃない。残りは仲間に任せようや」

 

それに従い、私達はその場で逃げてくるゴブリンを倒し、向かってくるゴブリンも同時に捌いていった。

 

―――そうして、

 

何事もなく私達は合流した。

 

太陽はもう隠れ、月明かりのみが街を照らす。そこまで行くと、ゴブリン達の侵攻は止まった。ひと悶着あったが、流石にゴブリンの王からは離れようと、少し下がり、いつの間にか準備されていたキャンプ地で休むことになった。

 

周りを見渡せば、見慣れない顔がいくつかある。それは、恵によると追加で来た人達らしい。各々、好きな配信者の活動に当てられたみたいで、その人たちを中心に夜の警備は任される事となった。

 

ゴブリンイベント最終日となる筈だった五日目は終わり、延長の六日目へと突入した。

 

 

 

 

 

 



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新たな出会い

カンカンカンと、控えめながら警戒を促す鐘の音に目が覚める。寝過ぎたかと思ったけど、まだ日が出たばかりで、太陽は全身をまだ出せないでいた。

 

「ん…お姉ちゃん…?」

 

「ん、おはよう。ゆっくりしてなね」

 

優しく恵の金色の髪を撫でると、私はテントを出た。恵が可愛かったので朝食抜きでも元気いっぱいだ。ゴブリンの方向に走り出した。

 

辿り着くと、やはり、ゴブリンの侵攻が再度始まったみたいだった。昨日の昼間の主戦力が休んでいる分、崩れている場面が多いが、すぐに自衛隊のカバーが入り、危機を免れる場面が多く見られる。凄いな。やっぱり、長期戦を予測して戦力を残していたのだろうか。

 

私も、自衛隊さんの邪魔にならないように、そして、皆のカバーを中心に立ち回った。

 

(あ、あの人深く行き過ぎてるっ!)

 

どういうわけか、一人集団から孤立してしまっている人がいる。持ち前の能力…あれは、岩、だろうか。大量のゴブリンが押し潰された。それで前方のゴブリンへは無類の強さを示しているが、背後は駄目なようで。

 

「ガッ…糞がぁ!」

 

背中を打たれた。ゴブリンはアレでも生身の人間には相当キツイ威力を持つ。しかし、カーンと心地いい金属音が響くあたり、何かを入れているみたいだ。

 

自衛隊は、助けようとはしていない。見てはいるので認識はしているはずだ。でも、そこに集中すると総崩れする。それが分かっているのだろう。

 

助けられるのは、私だけだ。

 

ウォーミングアップと言わんばかりに、ゴブリンを倒していく。決して速くはない。でも確実に一歩一歩進んでいく。

 

「ちょ…て、あ」

 

自衛隊の一人が声をあげようとしていたが、すぐに引っ込めた。多分止めようとしていてくれたのだろう。

 

シャと、身体が切れる感覚がして、声を出した。

 

「いっ…今行きますからね!!」

 

「グッ…スマン!助けてくれ!」

 

苦しそうな声。これは時短しないと。地面を見ればいくらでもあるゴブリンの魔石を空へ投げて、道を作り、ゴブリンを一掃した。

 

道が開け、希望の光に満ちた視線がこっちに向いた。しかし、その瞳には、背後で力強く棍棒を握る一万の将ゴブリンは映らない。

 

駆け抜けて、男を庇って棍棒を見に受ける。吹き飛ぶ、けど、大量のゴブリンのお陰で抑えられた。勢いが無くなれば、障害は身体に響く痛みのみ。オーガに比べれば無視できる範囲だ。

 

「ちょ、て、貴方は!?」

 

庇われた男は、私に気を取られ過ぎる事なく、ちゃんと将ゴブリンを切り刻みこっちに来た。出された手を取り、逆に引っ張って全員と合流する。

 

「ひ、陽菜様!も、申し訳御座いません!」

 

え、何その口調

 

「え、なにその口調」

 

おっと、つい口が滑ってしまった。でもこの人さっき糞がぁ!って叫んでいたのに…。

 

「貴方のお陰で人生に希望が持てたんです!ゴブリン共によって娘も妻も殺されて、生きる希望を失っていたところで貴方が戦い方を教えてくれた!もう私のような人が出ないように頑張ろうと、貴方の姿勢を見て思えた!貴方に救われたんです!」

 

「あ、ありがとうございます…?」

 

悲しい事があったんだと分かったけど、凄い勢いで言われたからちょっと狼狽えてしまった。多分お礼してくれてるんだよね…?

 

「君!戻ってきたのなら休みなさい!もう8時間は経過しているぞ!深手も追ったはずだ!」

 

「陽菜様を見て活力が湧きました!まだまだいけます!」

 

「えっ、あの、無理はダメ…だよ…?」

 

8時間ということは、徹夜組ということだろうか。そんなに頑張ってくれて、ありがたいけどそれで無理されたらたまったもんじゃない。

 

「分かりました!少し休んですぐに復帰します!」

 

スタタタタと一瞬で戻っていった。…え?怖い。

 

そんな事がありながらも、恵と合流しゴブリンを倒していると、呼び出しを貰った。

 

ひとまずそれを皆に伝えて、抜けさせてもらう。案内されたテントには、わたし達の他に剣さん、さっき助けた男の人、後なんか派手な女の人、そして、高校生の女の子がいた。

 

ピンク色の髪に高い背丈。それに念入りにメイクされていて、人に魅せることを意識した派手な服装をしていた。そこには隙という隙がなく、まるでモデルさんみたいな女の人だった。

 

そして、何処かの高校の制服に身を包んでいる女の子。長髪の黒髪に特にこれといった特徴はないけど、静かな、大和撫子みたいと言うのだろうか。とってもかわいい。恵には敵わないけどね、ふふん。

 

「あ、サイコミールさんと風野楓さんだ」

 

恵がそう零す。誰だろう。有名人なのだろうか。はてと頭を傾げるけど、もしかしたら剣さんの時他に言われていた子だろうか。剣さんのを見ているだけで時間が過ぎちゃったから見れなかったけど、剣さんと同格なのだろうか。

 

「へぇ〜っ!あなた陽菜ちゃん?カワイイ〜!!!隣の子もいいわね〜!!!!それ地毛?触ってみたい〜!!!」

 

「どうも」

 

「あ、こんにちわ」

 

サイコミール…凄い名前だな。サイコミールさんは好意的な様子だ。そして、風野さんは、私には興味ないのかな?とてもクールな様子だ。

 

すると、上座にいた、なんか偉そうな人が声をあげた。

 

「それでは、これよりゴブリンの王討伐会議を始めます」

 

この中では最長年、私の2倍は人生を生きていそうな高官は、難しい顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 



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作戦会議

「あー、今回、皆様には知恵をお貸しして頂き、なるべく早期でのゴブリンの王の討伐についての作戦会議を始めます。司会の近藤です。どうぞよろしくお願い致します」

 

丁寧な口調っぽいが、やけに投げやりそうな思いを感じる。取り敢えず剣さんがパチパチと気のない拍手をしたので、次いで拍手をする。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

早速とばかりに、恵が手を挙げた。

 

「あ、はい。どうぞなんでもお申し付け下さい」

 

「どうして、早期で討伐する必要があるのですか?どう考えても焦る場面じゃないと思います」

 

まだ始まったばかりといえばそうだが、確かに今は安定している。無理して攻める必要はなく、このまま相手の戦力を削り、万全の状態でゴブリンの王を攻めるのがいいんじゃないかと言うことだ。

 

「それについてですが、余りにも不確定要素が多すぎる為というのが一つ。そして、自衛隊の備蓄装備には限りがあるのがもう一つと言ったところです」

 

なるほど。装備の備蓄か。確かに銃弾も銃自身であっても無尽蔵にあるわけではないか。それに、もしかしたら長引き過ぎるとゴブリンの王を倒せないまま他の化け物が沸き始めるかもしれない。

 

「…ちょっとええか?そこの陽菜が能力を特に必要とせずゴブリンを倒せているんやから銃弾は使わんでもええんとちゃうか?魔法と自衛隊さんらの近接戦でなんとかなるやろ」

 

「…ふむ。参考にさせて頂きます」

 

確かに、さっきの自衛隊さんは誤射を恐れてなのか銃剣での切り裂きをメインとしていた。援護射撃が弱くなると考えれば歓迎すべきではないのかもしれないが、その分前線の兵士が増えると考えるとアリだ。

 

「あの、不確定要素の話をするなら、ゴブリンの王を倒したとしてもそれは付き纏ってきませんか?本当にそれだけが理由なんですか?」

 

「…」

 

恵がそう言うと、近藤さんは黙った。しかし、恵は何が言いたいのだろう。最初の理由でも特におかしなところはなかった。

 

「近藤さんって、何処か不満げな様子があるので、その理由をお尋ねしたくて…」

 

(まあ確かに、そういう様子は感じたけど)

 

問い詰めるポイントなのかな?と疑問を抱いていると、近藤さんはゴシゴシと頭を擦る。

 

「…あー」

 

ダラッとした声をあげ、近藤さんは唸る。

 

「分かってる分かってる。こっちとしても、正直じっくりと攻略していきたい。少なくとも、他のところが王を仕留めてくれるまではな。だが上はそうでもないらしい。さっさと殺せと急かしてくるんだ。…一旦、急がないと行けないと仮定して考えてくれないか。実際、ゴブリンの王を無視して沸き始めることもなくはないからな」

 

「ふーん。まあ私は速く帰りたいし、さっさと決めちゃおー!!」

 

「私も、勉強があるので」

 

サイコミールさんと風野さんがそれぞれ同意を示し、今度こそ作戦会議が始まった。…しかし、

 

「情報なくないですか?」

 

恵の一言。それが、会議に生まれた沈黙を理由付けていた。そうだ。私達はあのゴブリン王に対する情報が何もない。

 

「…一応だが、銃や爆弾は効かなかった」

 

近藤さんが手渡ししてきた書類には、何枚かの写真が時系列ごとに並べられている。それぞれ、何で、何をして、どうなったのか、事細かに示されていた。

 

「ヘリコプターを使った偵察ですか…。しかし、これを見るなら頑丈というだけで、あの緑のオーラみたいな物はないみたいですね」

 

効かないとはいえ、弾かれた際アクションを起こしていたらしく、くすぐったいのか掻くような動作をしていたため、当たった感覚があると推測されている。それなら、私達の能力が聞くかもしれない。

 

「ん〜。じゃあ、各々能力言ってみる?」

 

サイコミールさんの提案に全員が頷き、それぞれ能力を紹介していく。

 

剣さんの能力は刃の切れ味をあげる。どこまでも、そして、やろうと思えば爪もいけるらしい。

 

サイコミールさんは地面のものを浮かせて、操れる。生きていると難しく、動いていないならいけるらしい。

 

風野さんはシンプルな風の魔法。不可視の刃で切り裂いたり、地面の砂を巻き上げたり出来るらしい。

 

そして、私のファン?の人の能力は拡大と縮小。あの岩は小石で、何倍にも拡大して潰していたらしい。

 

全部らしいであるが、疑う必要はない。私と恵とファンさん以外は、配信という場で誰もが知れるようになっている。そして、ファンさんは私がさっき見た。私視点は全部分かった形だ。

 

でも、私の能力は説明がちょっと難しい。なんとか説明してみたけど、伝わったのか不安だ。

 

「…じゃあ、皆の能力は分かったけど〜、どうするよ?」

 

「俺がスパーンは決まりでええんとちゃうか?オーガ殺れたん俺だけやし」

 

そう。今のところ、風野さんの魔法では、オーガは切れなかったらしい。そういうわけで、火力だけで見れば強いのは剣さんだ。オーガより同等かそれ以上と予測できる硬さのゴブリンの王には、剣さんが一番だろう。

 

「そうね、で、援護射撃は私と風野ちゃん!後はそこの男の人も入れてでどう?いいんじゃない?」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

後は、剣さんのサポートだろうか。

 

「確か、恵ちゃんは触らないといけないのよね?」

 

「あ、はい」

 

「触ったら眠るなら恵ちゃんは必須ね。そこを剣ちゃんがゆっくりと。そして、その恵ちゃんを陽菜ちゃんが守る、と。これがいい気がするわ」

 

そうして、近藤さんそっちのけでサイコミールさんによって全てが決まった。

 

 

 

―――そうして、その日のお昼。ゴブリンを倒し、前線を押し上げていると、時間にして、作戦会議から数時間後。一つの情報が更新される。

 

『ゴブリンイベント、残り2日!』

 

停滞は許さないと、そう言われているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございますm(_ _)m


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ゴブリンの騎馬兵

一瞬、脳を駆け巡る情報に、全員が動揺する。そこで、久し振りに守備が崩れた。

 

「恵!ちょっと抜け…」

 

カバーするために恵に任せようとして、狙っていたのか、土煙とともに巨体が迫るのを確認した。

 

「皆ごめん!カバーできない。あっちを止める!!」

 

多少の攻撃は無視して、強引にゴブリンの集団から飛び抜ける。そして、迫りくる巨体――乗馬しているゴブリンの前に立つ。道中のゴブリンの死体一体や二体を蹴飛ばせても、これは無理に決まっている。

 

一つの魔石を正面に、大量の魔石を固めて両端に投げた。

 

「最後のっ!オーガ!」

 

重いオーガを、寸前まで近付けてから死体へ変える。質量と頑丈さと大きさには定評があるオーガは、壁として乗馬したゴブリンを弾いている。狙い通り、前線の数匹は後方からの馬に押し潰された。

 

そして、横にズレた乗馬したゴブリンには、魔石から出た死体が地面の障害物となる。馬については素人だが、ここまで凸凹なら一体くらいは、

 

「ヒヒン!」

 

「ギッ!?」

 

転び、ドミノのように後続を巻き込んでいく。そこまでやっても、全員には程遠く、手前の騎馬兵を止めたに過ぎない。

 

でも、そこまでやれば、

 

「よくやった!陽菜ァ!」

 

「陽菜様!お手伝い致します!」

 

右にズレた騎馬兵は一閃。左にズレた騎馬兵は突如巨大化した魔石に潰された。

 

遠くでは、暴風にゴブリンが馬から振り落とされたり、瓦礫に押し潰される様子がみられる。少し遅れて、他の魔法もぶつかり、騎馬兵の足止めは完了。

 

そのうちに、自衛隊による立て直しが行われた。

 

「下がってくれ!こっちはもう大丈夫だ!」

 

自衛隊のその号令に、私達も下がる。そうして、ゴブリンの集団に目を向けた。

 

「…あれ?騎馬兵は?」

 

数が少ない。何より、奴等のリーダー。1万規模の将ゴブリンのような、一回り大きなゴブリンがいない。昨日、飛び出したあたりにはもう来ているので見えないということはないはずだ。

 

と、いうことは、

 

横から来たぞ!!!!

 

誰かが叫び、人の流れが傾いた。そこには、一つ飛び抜けた巨体と、それに続くゴブリンの騎馬兵。

 

「ああああ!!!!」

 

「助けて!!!」

 

不意をついた騎馬兵による一撃は、横から私達を蹂躙する。止まる素振りは見せず、騎馬兵に飲まれた仲間達は、もう帰ってくるとは思えない。

 

「ダメ!」

 

特に、力強い攻撃を加えることの出来ない私では、余りにも無力。それでも、誰かの身代わりにはなるかもしれない。

 

「オラァ!任せろやぁ!」

 

「これでどうだ!」

 

決定力の高い二人は、騎馬兵を次々と落としていく。ああ、本当に頼もしい。何か私に、出来ることは…!

 

ひとまずは、逃げ遅れそうな人を助ける。

 

「うわあああああ!!!!」

 

「そらっ!」

 

馬の上から突き出されている槍を、短刀で弾く。

 

「あ、ありがとう!」

 

「早く逃げて!」

 

目の前の馬の足に傷をつけて、動きを止める。すぐに身体を蹴られたけど、多少吹き飛んだだけで済んだ。幸運だ。すぐに別の人の元へ走る。

 

「大丈…夫」

 

「…うぅ」

 

グチャっと、足が潰れている人がいた。

 

「ごめんなさい。すぐ助けます」

 

「あ、ありがとうっ!いや、逃げてくれ!」

 

男の人が叫ぶ先には、少しでも私達を荒らそうとする騎馬兵を倒そうと放たれた魔法弾、その流れ弾だ。

 

私が避ければ、この人はこれに当たるしかない。距離はあれど、潰れた足では、逃げれるものも逃げられない。

 

やることは一つだ。

 

「這いつくばってでも逃げて!」

 

魔法に向かって身を投げる。熱くて寒くて痛くて気持ち悪くて変な気分で、吹き飛ばされて、私は地面を見た。

 

(良かった。私でちゃんと消せたみたいだ)

 

安堵を魔法の勢いそのままに私は飛ばされていく。元々は、これは騎馬兵を狙ったもの。それが高度が足りずに私達に向かってきたんだ。私は、それに当たって吹き飛ばされた。

 

つまり、

 

「陽菜!?」

 

「陽菜様!?」

 

「…うん。接続!」

 

吹き飛ばされて外れた接続を剣さんに繋ぎ直した。きっと、剣さんならなんとかしてくれるはず。

 

そうして私は、騎馬兵の波に飲まれた。

 

 

 

グチャグチャと、身体が永遠に踏み潰されていく。私の身体は潰れてもすぐに戻るから、一瞬沈み、すぐに戻るを繰り返す。お陰で、たま〜に馬の足が乱れる。

 

私が出来ることなんてそれくらいだ。今は、ズタズタと身体が踏み荒らされるのを意識が飛ばないように必死に耐えるだけ。もし意識が飛べば、接続は切れて、身体は弾けてバラバラだ。

 

実際に身体が影響を受けるわけではないから、毎回初めてのような潰される激痛が私に来る。まあそんな感じでずっと新鮮だから、その分意識が途切れる事はない。

 

はぁ。いつ終わるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 



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救助

《恵視点》


「お姉ちゃん!?」

 

突然、お姉ちゃんが飛び出したかと思えば、狙っていたのかと言わんばかりに騎馬兵の群れへ吹き飛ばされた。意味が分からない。偶然で片付けていいものなのか。

 

「陽菜!?」

 

「陽菜様!?」

 

そりゃそうだろう。目の前でこんなにも意味不明なことをされれば、驚かないほうが無理だ。でも、今やるべき事は。

 

「剣さんと、あ、えーと、ファンさん!絶対にそれ以上お姉ちゃんから離れないで!」

 

「了解!」

 

「わかりました!」

 

意味を察してか分からないが、二人はそれを聞いてくれた。攻撃を避けるためにそこそこ動き回っていた立ち回りを、どっしりとその場で構え、迎え撃つ姿勢へと変えてくれた。…最悪物量に押し切られるから、時間の問題かもしれない。

 

お姉ちゃんの飛ばされた位置は見えた。どれだけ揉まれて移動しているかは分からないが、恐らくゴブリンの馬がよく体制を崩している、あの場所だろう。そうであって欲しい。

 

「魔石は…一個」

 

有用そうな飛び道具は、将ゴブリンの魔石一個。1万のやつだから、そこそこ良さげな障害物にはなると思う。

 

「なら…ああもう!」

 

隙間がない。いや、隙間はあるけど、確実に有用と思える隙間が。なんでお姉ちゃんは手前じゃなくて奥の方に落ちたの?それが本当に分からない。

 

「時間がない」

 

お姉ちゃんの意識が飛べば終わりだ。せめて少しでも馬を減らさないと。

 

物陰に隠れながら近付き、馬のしっぽに手をかすらせる。

 

「眠れ」

 

馬は、意識を失い、そして、一瞬で騎手のゴブリンに叩き起こされた。すぐさま放たれた槍を刀で弾いて身を隠す。

 

誤算だ。眠った直後に起こされるとは思わなかった。それほどまでに高い反応速度と、そして、一瞬だけなら眠ってもすぐに立て直せるという馬の能力の高さを見誤っていた。

 

「どうしたら…」

 

せめて、その一瞬の眠りに、何か大きなアクションを与えられれば。

 

私が持つのは刀と魔石、そして、この眠らせる能力。この刀は…悪夢を見せる。

 

脳の構造に詳しいわけではない。それに、馬の脳が人と同じ仕組みとは思えない。なんならあの馬は異世界産だ。

 

でも、経験則として、夢は実際の時間よりも短くも、長くも感じる。それなら、その一瞬で、脳内でトラウマを作れないか?馬といえば、突然の衝撃音に暴れる様子をよく見る。

 

なら問題は、どうするか。どうすれば、起こされる前に、眠らせて刀で斬りつけるのか。刀は使った事はあっても、その前に手で相手に触れるなんてやったことない。

 

「でも、やるしかないよね」

 

ゴウ!と、後ろから風を切る音が聞こえた。

 

「あ…」

 

ごちゃまぜになった魔法の砲台。さっきから何も学んでいないのか、暴風と瓦礫、銃弾以外は地面に着弾しそうだ。

 

……そうだ。

 

魔石を、魔法の着弾地点に投げる。ゴブリンの死体へと変わり、狙ったとおりに、魔法によってゴブリンの死体は爆散した。

 

「ギャッ!」

 

魔法はそこまで音が出るわけではない。少なくとも、馬が驚くレベルでは。それは、さっきのお姉ちゃんを見ていたら分かった。

 

でも、騎手は驚く。ゴブリンの死体の破片は、確実に視界を遮り、脳の処理を遅らせる。

 

「眠れ」

 

眠った馬に、刀を振り抜く。

 

ヒヒン!!!

 

馬は、理性を飛ばして暴れ狂う。暴走する馬は、騎手は振り落とし、周囲のすべてを蹴散らして、荒らした末に私に走って来た。

 

「…っ!お姉ちゃん!」

 

奇跡的に、お姉ちゃんは揉みくちゃとされていた馬の下から助けられていた。迅速にあそこから連れ戻さないといけない。そして、その為には…。

 

すれ違いざまに、しっぽを触る。

 

「眠れ」

 

もう一回、働いて貰おう。

 

従うとは思えないから、今度も暴走だ。一秒前の景色と、全く同じ状況を作り出し、私には出せない声量を、夢の私は生み出していく。

 

そして馬を、叩き起こす。

 

「お姉ちゃん!!!!」

 

ピクリとも動かないお姉ちゃん。でもきっと、反応してくれると信じている。

 

暴走した馬と同速度でなくても、距離が近ければタイミングは似る。暴走した馬に蹴散らされた隙間へ滑り込み、お姉ちゃんの手を握る。

 

「…恵?」

 

ギュッと、手が握り返された。

 

「起きて!お姉ちゃん!」

 

薄く開いた目は、突然見開かれる。フフと、疲れた笑みを浮かべて、

 

「…ごめんね。後はお願いね」

 

「えっ」

 

お姉ちゃんに抱き寄せられて、熱と風と痛みが微かに、お姉ちゃんからはみ出た手足を掠る。

 

だらりと垂れ下がるお姉ちゃんの身体は、吹き飛んだ先で地面を滑り、微かに、僅かに、()()()()()

 

火傷はない。なら、生きている。

 

私は、お姉ちゃんを担いで走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




《補足》
魔法隊「あそこで大立ち回りしてるからそこから離せばええやろ!腹殴ったる!」

現場「どうして」

ほんとのほんとに魔法隊に悪気は無いです。なんなら魔法隊が削っているから剣さんとファンさんで耐えきれてます。

後何件も誤字報告ありがとうございます。見直し、一応してはいるんですけどねぇ…。


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危機

《恵視点》


騎馬兵は、前線の私達を横から分断している。そこを暴走した馬と共に、奥に抜けている。故に、このまま逃げれば敵地に深入りするだけである。だけど、立ち止まることは出来ない。

 

剣さん達は、あそこで騎馬兵を食い止めていて、それは今の前線維持に必須だ。助けも、あの人達なら…いや、ファンさんは別か。

 

「陽菜様!」

 

素晴らしいコントロールで、私達とゴブリンの騎馬兵の間に、大きな岩が突き刺さる。私達を追う数匹のゴブリンはそれに押し潰され、後続は回り道をしなければならない。素晴らしい援護だ。それが邪魔で、次の援護はし辛いだろうけど。

 

建物は近い。でも、そこに辿り着くまでには余裕でゴブリンに追い付かれる。

 

「…ごめんなさい」

 

逃げ切るのは無理と判断して、お姉ちゃんを一度地面に置く。刀を取り出して、その前に立った。

 

私達へ向かってくるゴブリンは、ファンさんのお陰でたったの二体。剣さんよりも遥かに少ない。なら、希望はある。

 

武器は槍。突き出されたそれは、地面には届かないから横に避ける。横の棒をへし折ろうと刀を振る、が、二人目に邪魔される。

 

ならばと、槍を刺すために止まった馬に触る。流石に、槍を持っているからすぐにはたたき起こせない。崩れ落ちた馬を尻目に、もう一体の槍を止めて、弾くついでに落ちたゴブリンを斬った。

 

数は減った。あと一体なら絶対に負けな…

 

グオオオオオオオオ!!!!!

 

余りにも莫大な風圧に、お姉ちゃんも、ゴブリンも、皆一緒に吹き飛ばされた。

 

受け身を取り、風圧が来た方向を見る。それを起こした存在は、杖を振り抜いた姿勢で止まっている。

 

今のは魔法らしい。殺傷能力が低くて本当に良かった。完全に意識から抜けていた。

 

そして、幸運なことに、私も、お姉ちゃんも剣さんのもとに戻ることが出来た。…大量の、馬から落とされたゴブリンと共に。

 

「…スマン、それは任せるわ」

 

剣さんは、すでに体制を整えていたが、近くのゴブリンには目もくれず走り出した。その先では、ゴブリンの騎馬兵のリーダーが逃げている。

 

その巨体ゆえに、吹き飛ばされ無かった騎馬兵の将ゴブリンは、仲間が近くを離れたことを感じ、逃げ始めたのだ。これを逃がせば、さっきまで倒したすべてのゴブリンが蘇る。

 

「…なるほど」

 

ファンさんは、それを理解して、将ゴブリンの馬の足元の石を拡大した。体制を崩したので、後は、剣さんがなんとかしてくれる。

 

後は雑魚戦だ。たった二人で、一人昏睡状態のお姉ちゃんを守る必要があっても、馬から落ちれば負けはない。奥では、剣さんが切り捨てるのを確認した。

 

なんとかなった。これで、剣さんが戻れば一段落だ。多くの人が死に、重症を負ったであろう騎馬兵による不意打ちはこれにて一段落だろう。

 

後は拠点に戻って、お姉ちゃんが起きてから、ゴブリンの王との最終決戦となるだろうか。ゴブリンの王との戦いは、お姉ちゃんに任せられた役割は比較的軽いし、想定してた傷を負うことは役割的にはなくなった。

 

安心だ。もうお姉ちゃんが危機に陥ることはないだろう。ゴブリンを倒し切り、ファンさんに運んでもらう。私が運びたいけれど、非効率だからお願いした。恐縮そうにしているから、大丈夫だろう。

 

瞬間、地響き。

 

「…え?」

 

「なんや?」

 

「は?」

 

ゴブリンの王は、玉座から降りて一歩踏み出した。

 

そして、すぐ横にある異世界への扉へ杖を一振り。バキ、と音がして、扉が空間から剥がされた。 

 

盾のように扉を持ち、その扉に手を突っ込むと、豪華な宝飾がなされた剣。宝剣と言うのに相応しい剣が扉から引き抜かれた。

 

私が近付きすぎたからか、それとも、ゴブリンの騎馬兵が倒されたからか。

 

残りすべての戦力が、王の歩みに合わせて進み始めた。

 

「走れ!」

 

戦力の集結のために、私達は走った。

 

 



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死は目前に

《恵視点》


「まずいまずいまずいまずい!」

 

剣さんは叫び、その後ろでは、私達の数十歩をたった一歩で越えてくる王がいた。緩慢とした動きであるが、それが良かったとは言えない。後ろには無数の配下がいた。恐らく、彼等と歩調を合わせているのだろう。

 

「どうするよこれ!」

 

「えっと、取り敢えず仲間と合流しましょう!空からの援護は必要です!」

 

ないよりはマシどころか、このような状況ではあって欲しい。流石にこの状況なら燃料も使ってくれるはずだ。それに、今は空が強い。

 

「ファンさん!魔石ってどのくらい持ってますか!」

 

「ゴブリンのなら大量に!」

 

「なら、自衛隊さんのへリコプター乗せてもらいましょう!上から落とせば強いはずです」

 

「わかっ、はぁ、りましたぁ!」

 

きっと時間はないだろうから、走りながら作戦会議。でもこれは、体力を大幅に扱ってしまうようだ。私もキツイが、ファンさんはもっとキツイだろう。お姉ちゃんは軽いけど、人なだけに重さはある。

 

「…ん!?これは嬉しいわ!」

 

目を凝らした剣さんの視線の先には、輸送用のトラックがあった。聞こえるように、エンジンを吹かしている。

 

「乗れ!」

 

自衛隊のその声には頼りがいがある。私達はありがたくそれに乗った。

 

「はぁっ」

 

「ぜー、ゲホッ」

 

私とファンさんは辛い。正直胸が裂けそうだ。だというのに、剣さんはケロッとしていた。何か、特別な呼吸法でもあるのか。気になってしまう。

 

「いやーしかし、車はええもんやわ!」

 

魔石と瓦礫に支配された道路でも、軍用車両であるトラックはどんどんと突き進む。王は余りの巨体にかすみはするが、徐々に小さくなっていった。

 

「剣さん元気ですね」

 

「ほんと、ですねぇ…。あ、恵さん。これ、陽菜様を」

 

ゆっくりと、丁重にファンさんはお姉ちゃんを置いてくれた。静かに、頭を撫でながら、考える。

 

お姉ちゃんが自然に起きるのを待つ。それは、誰も望まない。たとえ、お姉ちゃんであったとしても。だから、起こさなくてはならない。

 

しかしその方法は…叩く、揺さぶるは、あまりやりたくない。個人的なエゴだけど、できるだけお姉ちゃんに手をあげたくないのだ。やるなら、確実性があってから。

 

…そういえば、夢、というものは眠りが浅くないと見られないと聞いたことがある。であるなら、私の能力の眠らせる、そして、夢を見させるというのは、眠りを浅くしてくれるのでは…!

 

いや、でも、悪夢かぁ…。なんでこれは好きな()()というふうに、悪夢限定なのだろうか。夢だけなら、なんでもできたのに!

 

…取り敢えず、せめて私が出るということだけ決めて、後は任せよう。頑張ってくれ。夢の私。お姉ちゃんに酷いことをするなよ!

 

チッと、指先を刀で斬った。ピクリと、お姉ちゃんは一瞬反応し、そこからしばらく、ランダムに唸っている。

 

後は、時間の問題。間に合うか、否か。チラリと、王の方角を確認して――

 

「…待って」

 

見たくないものが、見えてしまった。

 

いつの間にか、王の手には杖がある。その杖は淡く光り輝き、ゆっくりと、振られようとしている。もしこの場でさっきのアレが起ころうものなら、狭い車内で掻き回されて、めちゃくちゃになってしまう。

 

「自衛隊さん!!早くとめてください!!!!」

 

何事かと思っただろう。でも、すぐにブレーキ音が鳴り響いた。

でも、

 

ありふれた言葉ではあるが、車は、急には止まれない。

 

地面を滑る間にも、王は魔法を行使しようとしていて、

 

「っ!!オラァ!」

 

剣さんは、車の上部を斬り捨て、逃げ道を作り出した。

 

「これでなんとかっ!」

 

ファンさんは、魔石を最大限拡大して、即席の壁を作ろうとしている。

 

そして、衝撃波が私達を襲った。

 

飛ばされ、空に打ち上げられる。その中には、自衛隊さんはいなかった。運転席で、だらりと意識を失っている。多分、シートベルトで飛ばされなかったのだろう。

 

そこからは、空中が故に身体の向きは変えられず、見れていない。

 

でも、耳を劈くような爆音に、肌を熱が撫でて、何があったかは想像についた。

 

空中とはいえ、それほど離れていない私達はその爆発の余波を受ける―――

 

 

 

 

 

 

暫くして、私は、意識を持ったまま、空を見上げていた。

 

きしむ身体は動かない。

 

王が一歩踏み出すたびに、地響きが届き、徐々に近づいているのを感じた。

 

まだ生きているのは、不幸中の幸いと言ったところか。私を潰す分だけ、ほんのコンマ一秒程度、お姉ちゃんの元へ行ける時間が遅れてはくれないだろうか。

 

とか、通路上の小石が何いってんだという話だ。

 

「恵!!!!」

 

…おねえちゃん?

 

幻聴の類だろうか。そんな都合よく世界は出来ていないことぐらい知っている。でも、

 

それが幻聴だとしても、

 

「生きて…」

 

と、願っても許されるだろう。

 

生きて欲しい。遠くで、私がいなくてもいいから、幸せになって欲しい。

 

そんな思いとは裏腹に、足音は、微かに大きくなっていく。

 

「そうだね。ゴブリンなんて倒して、ちゃんと二人生き残ろう。仲間も沢山いるんだから」

 

そうして、私の頭は撫でられた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終決戦目前

「いったぁ…」

 

じわじわと残る痛みを久し振りに感じながら、身体をゆっくりと起こした。全身の感覚を確かめながら、自身の生存を確信する。

 

「恵…?」

 

冷たいコンクリートに寝転がっていたみたいで、周囲を見回しても、恵はいない。気配も、ない。ただ、ゴブリンの王の一歩の振動が、少し伝わってくるぐらいだ。一応、まだ余裕はありそう。

 

「…うぅ」

 

「あっ!」

 

少し離れているが、知っている人がいた。ファンさんだ。私と同じように身体をゆっくりと起こして、怪我を確認していた。

 

「…っ!陽菜様!」

 

「あの、恵は…」

 

「そっ、それは…」

 

ファンさんも、辺りを見回し、肩を落とした。

 

「近くにいないのであれば、わかりません」

 

そこから、私が気絶していた間の出来事を簡単に教えてもらった。今重要なのは、恵がどこかにいるということ。そして、ゴブリンの王はある程度離れたら魔法を使ってくるということ。後は、私達は剣さんの場所もわからないと言う事だ。

 

「…とにかく、恵を探さないと」

 

「お待ちください!その状態で行くのですか!?」

 

「え」

 

傷口はよく見えないけど、確かに、血が滴っていた。確認したが、大きめの擦り傷が出来ていた。

 

「このくらいなら、痛くても我慢できますよ」

 

「ダメです!菌が…」

 

オロオロとしているが、それを無視して服の端を破く。そして、傷口に強く結びつけた。

 

「多分これで血は止まりますよ」

 

これで、新たな雑菌は防げただろう。さあ、恵を探さないと。

 

「待ちなさい」

 

凛とした声。以前聞いたときより、何重もの真剣味を増した声がした。

 

「あ、サイコミールさん。風野さんも」

 

なぜ、後衛部隊の彼女たちがここにいるのだろうか。

 

「陽菜ちゃん。言っておくけど、ここはもう後衛よ。一度撤退はしたから前見たときより更に後ろね。そして、」

 

サイコミールさんは声をきった。

 

「もうすぐ、スタート地点よ。もう下がれないわ。これ以上下がると、援軍が来てもリスキルされちゃう」

 

そういえば、さっきの騎馬兵によって、人は結構減っていた気がする。

 

「だから、そろそろよ」

 

「そろそろ?」

 

予想はつく。でも、私は聞き返した。

 

「ゴブリンの王の討伐をしましょう。私達全員で、あそこのデカブツとの最終決戦といきましょう」

 

ゴブリンの王の反対側。私達の陣地の方から、重々しい音が響く。

 

戦車、飛行機、ヘリコプター。そして、雑多な足音に紛れる、揃った、自衛隊の行進。

 

まさに、今できる最高戦力を集めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「これはまだまだ序章。各地から警備用の自衛隊を殆ど外して、こっちに引っ張ってきているらしいわ。いずれ、先は見通せなくなるはずよ」

 

「心強い、ですね」

 

あの前では、魔法という異次元の力でさえ、押し潰せるのではと期待してしまう。たとえ、銃や爆弾の1発2発じゃダメとわかっていても、繰り返せば、急所に当たれば、なんとかなる。そんな、根拠のない自信が私だけでなく、全体を包んでいた。

 

でも、

 

 

 

 

 

まだ、足りない。

 

 

 

 

「サイコミールさん。風野さん。どちらでも構わないのですが、リアルタイムで、私の声をそちらに届けるものって、ありますか」

 

「そちらって言うと…、もしかして、自衛隊と私達?貴方、前に行くの?」

 

「はい。その上で、攻撃するタイミングを、私に任せてほしいんです」

 

少し思考し、サイコミールさんは頷いた。

 

「私独断とはならないけど、近藤さんなら聞いてくれるでしょう。なら、私の配信用カメラを貸してあげるわ。これなら、高性能で声もはっきりと届けられるし、髪留めにつけられるタイプだから邪魔にもならない。そして、私のスマホから確認できるの」

 

これは、普段の配信で使っているものだろうか。サイコミールさんは、沢山ある髪飾りの中から一つ選び、私の髪に留めた。

 

「でも、なにをするの?」

 

用途を説明すると、サイコミールさんは目を見開いた。そして、ブツブツと呟き、何かを納得したのか、こっちを向いてくれた。

 

「…出来るのなら、それは是非やってほしいわ。でも、陽菜ちゃんが壊れるようなのは絶対ダメよ。そして、貴方、わかっているわね?」

 

「もちろん。私がついていかせて頂きます」

 

そこで、ファンさんが声を上げた。

 

「いや、いいですよ」

 

「ダメ。絶対に」

 

…まあ、恵探しに一役買ってくれるだろう。

 

「わかりました。それじゃあ、行ってきます!」

 

「絶対に気をつけるのよ!…ほら、楓ちゃんも!

 

「いってらっしゃい」

 

私は、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡的に、

 

ゴブリンの王からみて、後十歩もあれば到達できる地点に恵は転がっていた。

 

「恵!!!」

 

僅かに恵の身体はたじろぎ、しかし、仰向けから変わることは無かった。でも、唇は、声とも言えないぐらい儚く、微かに振動する。

 

恵は目を閉じて、溢れた涙が頬を伝った。何を願い、何を思っているのかは予想でしかない。だけど、恵は泣いている。多少的外れでも、元気づけたい。

 

「そうだね。ゴブリンなんて倒して、ちゃんと二人生き残ろう。仲間も沢山いるんだから」

 

幼い子供のような妹を、そっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 



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最終決戦

王の進軍は止まらない。大勢のゴブリンの前に立ち、率いていく姿は将とも思える。まあでも、止まってもらおう。

 

グォっ!

 

たった一つの号令に、ゴブリンは止まった。意外にも、その巨体で押しつぶすのではなく、輝かしく光る宝剣を横薙ぎに振り払った。

 

「接続」

 

ピタリと、王の剣は膠着した。

 

「ギィっ!」

 

「ギィ」

 

「ギィギィっ」

 

ガヤガヤと、王の目下では兵が騒ぐ。それでも、王の剣は進まない。

 

「ギイッ!!!!」

 

勇んだ兵団が王の前を通り過ぎて、私の元へ―――

 

ダン!!!!!

 

宝剣に潰され、血肉となって飛んできた。

 

くるりと背中を向けて、王は去ろうとする。でもそれは、想定通りではあるが、望んだ行動ではない。

 

手元に、私の専用武器を呼び出した。

 

『専用武器 自決の短刀

 

自身の肉体を望んだように切れる』

 

ふざけたゴミ武器だ。利点が、壊れないということと、すぐに手元に召喚できるぐらいしかない。それでも、命は何度も助けられているんだけど。

 

それを、願ったとおりに私に振るった。

 

僅かな血とともに、ドシンと、私と、王の体が地に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

これが、接続のもう一つの使い方。私の当たり判定を相手と共存させるだけではなく、自分の当たり判定に、()()()()()()()()()()()()()()事ができる。

 

その上で、私は、自分の体を斬った。出来るだけ部位が少なく、尚且つ、()()()()()()()()()()()

 

勿論私に人体の知識なんてない。臓器が何だとか、それですらあやふやだ。

 

でも、望みがはっきりとしていれば、期待には答えてくれると、そう思っていた。まさに予想の通りに、物事は進み、王の体は地面に縫い付けられた。

 

初めて自傷行為をしたが、普段の怪我より痛みを強く感じた。だからちょっと意識しちゃうけど、それでも、接続を斬って声をあげた。

 

「じゃあ、これで動けなくなると思います。後は、お願いします」

 

この声はちゃんと聞こえたのだろう。恵を抱えたファンさんがダッシュで私を拾ったあと、爆音と銃声が集中し始めた。

 

「逃げますよっ!!」

 

「いや、止まって」

 

「ぇえ!?」

 

どこかは分からないけど、体の重要なところを斬ったから手足がだらりと垂れてしまう。それに加え少しずつ血が流れるけど、手足が動かないから処置のしようが無い。

 

それでも、今は止まってほしい。まだ、離れる時ではない。

 

「お、姉ちゃん」

 

「あ、恵。大丈夫?」

 

「あの、ちょっと待って下さい。陽菜様はなぜ逃げようとしないんですか?」

 

「そうだ、よ。早く逃げよ、うよ」

 

うん。それはそうなんだけど、

 

「まだ、不安要素あるでしょ?ほら、あの緑のオーラみたいなやつ」

 

「え、でも」

 

「多分、それを使うとしたら死にかけた時だと思うんだ。ほんとは、剣さんが一番理想というか、確実性が高そうなんだけど、安否が不明だし…」

 

終わったら、全力で探し出そう。

 

「ダメ、お姉ちゃん、また体が!」

 

「あの、陽菜様。緑のオーラが不安要素だとして、残ってどうするのですか?」

 

「いやほら、ああいうのはダメージ与えたらキャンセルされるでしょ?ゲームとかだってそう」

 

「いや、それは…!」

 

「分かってるよ」

 

ゲームの話ではあるけども、いかんせんこの世界は、いや、システムはゲームを準拠しているような気がしている。というのも、イベントとか、お知らせとか、ネットゲームみたいなのだ。だからこそ、これに意味があると信じている。

 

「まあ、無ければそれが一番いいし、万が一、あったときはなんでも試さないとね」

 

そんな話をしている裏では、カラフルな光が、大量の瓦礫が、煙が、ゴブリンの王を襲っていた。もし接続を切り忘れていたら…考えたくもない。

 

「それにしても、ファンさん力持ちですね」

 

「あ、ええ、そりゃあ、一児の父でしたので…うぅ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

地雷を踏み抜いてしまった。先に聞いていたのに、何たる失態。自身への嫌悪感の前に、なんとかしないと…。

 

「う、ううんっ!」

 

すると、突然恵が体を震わせ、ファンさんの肩から降りた。

 

「え、体大丈夫なの?」

 

「痛いけど、大丈夫。後ファンさん。お姉ちゃんを地面に置いてもらえますか」

 

「何を…なるほど」

 

そっと置かれ、なんとかして首を回して二人を見ると、ゴブリンに対して剣を抜いていた。

 

「これは…」

 

どうやら、王がやられるまでに、ゴブリンのその他兵士たちは進軍を選んだみたいだ。そうなれば当然、王に裂く戦力は減る。なんとかして、そのまま遠距離部隊、王を攻撃する人々を倒せれば勝ちのようなものだ。

 

そして、その一部が、私達に向かってきたらしい。

 

鈍い動きだが、恵はなんとか戦えている。ファンさんは、体は疲労が溜まっているのだろうが、魔石や小石をうまく使い、体力を温存しながら数を減らしていた。

 

その分、私は四肢を動かせないので、何か出来るわけではない。でもこれは、自分から選んだことだ。

 

「あっ、」

 

王が、縮んだ。

 

この位置なら、ギリギリで、接続が繋がる。次に備えて、目を光らせる。

 

しかし、特に何もなく、順調に王は縮んでいく。

 

(杞憂だったかな?)

 

そうして、土煙に包まれ、姿が隠れ始める。

 

そこから時間にして十分ほど、成果があるのか分からない状況で撃ち続けて、変化が現れた。

 

 

 

 

 

ゆっくりと、ゆっくりと、王の持っていた扉が、煙の中から浮かび上がる。

 

即座に、それに合わせるように魔法と兵器の軌道は上を向いた。

 

それらすべてが、扉から溢れる緑のオーラによって掻き消された。

 

トクン、トクンと、鼓動するかのように一定のリズムで緑のオーラは扉から溢れる。そして、

 

扉が、大きく歪んだ。

 

捻じれ、縮み、膨らみ、萎み、分裂し、戻り、折れて、そして、

 

 

 

 

扉は爆発した。

 

 

 

 

『おめでとうございます。皆様は無事、ゴブリン達による侵略を退けました。また、ゴブリンの王を討伐したことによるボーナスを配布いたします』

 

周囲には、見慣れない木々や地形が溢れていた。シルエットは森でも、色がおかしい。紫や黄色など、禍々しいのだ。

 

『王を倒したことにより、ゴブリンの生き残りが、日本に保護を求めてきたようです。対価として支払うは、人類への忠誠と、自身への制約、そして、異世界の技術であります』

 

『ここまでされては仕方ないと、国民全員が納得します。彼等も私達と同じ被害者。横暴な王に惑わされた者達なのです』

 

薄くだが、建物が見える。シルエットしか分からないが、中々に奇抜なデザインだ。

 

『私達は、一部の土地を貸し出しました。彼らは、技術を用いてその地域いっぱいの土地ごとお引越し。こうして、ゴブリンの集落が、この日本に誕生しました。私達は、きっと、彼等と手を取り合って、末永く繁栄するのでしょう…』

 

近くには、恵とファンさんが、ぽかんとした様子で突っ立っている。その眼の前には、武器を投げ捨て、恭しく跪くゴブリン達。

 

さっきまで、殺し合っていたとは思えない。

 

『日本に、ゴブリンの集落が生まれました。彼等は、皆様に忠誠を誓っており、異世界の技術を持っています』

 

あの扉も、異世界の技術なのだろうか。

 

『彼等と良好な関係を築き、サポートしてもらいましょう。また、劣悪な関係は、技術の低下、種族の絶滅を意味します。お気をつけください』

 

『また、只今からイベント終了まで、モンスターの出現はありません。イベント終了後。ゴブリンを除いた4名のモンスターから出現し始めます』

 

そして、声はやんだ。

 

「恵」

 

「あ、うん。なに、お姉ちゃん」

 

「ゴニョゴニョ…」

 

「あ、うん」

 

恵は、私から離れて、跪くゴブリンに尋ねた。

 

「ねえ、外ってどう行けばいいかわかる?」

 

「ギイッ!(はい!)」

 

「ギギっ!(もちろん!)」

 

「ギギギ!!(ついてきてください!)」

 

はいはいはーーい!と勢いよく手を上げて、ついていくように背中を指した。さらには、どこからか担架を持ってきていた。

 

「え、あ、ありがとうございます?」

 

「ギイっ!(当然のことをしたまでですよ!)」

 

そんな傍ら…。

 

「お姉ちゃん。私ゴブリンの言葉分かっちゃった…!」

 

「大丈夫かと。恐らくこれそういうものなんですよ」

 

顔面蒼白の惠を、ファンさんが落ち着かせていた。

 

 

 

 

 

 

 



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休息②

「ギィ!(この先がこの森の外だぞ!)」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ギィギィ?(俺達はこれ以上外には行けないからな。後は大丈夫か?)」

 

「はい。お世話になりました」

 

ゴブリン達に森の外へ運んでもらい、一応お礼を言っておいた。複雑な思いが無いわけでは無いけど、こういった礼式は大事だ。それに、あの声が発したのも気になった。

 

『良好な関係』

 

少なくとも、好意を無下にするとか、敵対行為は良くないのがわかる。でも、良好な関係と言われれば、ちょっと悩む。人ならまだしも、ゴブリンに喜ばれる行為は分からない。

 

「お姉ちゃん、行こっか」

 

「うん。あっ、ファンさん。ごめんなさい」

 

「ああいえ、構いませんよ」

 

私は身動きがとれないので、全身を預ける形だ。本当に申し訳ない。

 

「あの、ファンさん。もう遅いと思われるかもですけど、お名前は…」

 

「…いや、大丈夫です。陽菜様に呼ばれるなんて、というよりは、私はもう故郷に帰って、妻の家族を守ろうと思いますので、わからないほうがいいかなと」

 

確かに、私の発言は結構広まってしまう。うん。それも、一つの選択なのだろう。

 

「お名前を伺えないのは残念ですけれど、わかりました。ありがとうございました」

 

「こちらこそ、感謝はいくらしてもしたりませんよ」

 

「はいそこまで。さっさと行きますよ!!」

 

恵に急かされて、私達はゴブリンの森を出た。

 

 

 

 

 

「こちらへどうぞ」

 

森を出たあと、自衛隊さんに迎えられ、少し離れたホテルに案内された。なんでも、今回のゴブリンの侵略によって、少し道路の確認作業が必要らしい。それに、

 

「ごめんね、祖谷さん」

 

「いえいえ〜、恵にはいつも助けられていますから〜」

 

出来るだけ体を傷付けないようにしたつもりだけど、それでも、手足が一切動かないレベルには傷付けた。だから、治してもらわないといけない。

 

…あの時、ここまでしたのは確実性が欲しかっただけじゃなくて、祖谷さんがいたからと言うのが大きい。本当に自己中で申し訳ない。

 

「そんな顔しないでくださいよ〜。そもそも、恵もそのつもりで私を連れてきたんですから〜」

 

「あ…バレてた?」

 

「うん。バレバレ〜。お姉ちゃんのこと大好きだもんね〜」

 

ものすごい失礼な気がするけど、見た感じは特に気にしていなさそうだ。掘り返すのもあれだし、好意に甘えよう。

 

「うぅ。…一緒にいてくれたら、家事でも洗濯でも何でもするから」

 

「そう〜?じゃあお菓子も食べたい〜!」

 

「…はーい」

 

仲睦まじく、二人がじゃれ合っている。あー。そういえば、友達にまったく会ってないや。元気かな…。

 

「それでさ、お姉ちゃん。これからなんだけど」

 

恵は、恐る恐るスマホを出した。画面どころか、全体がバッキバキに割れて、見ていられない。

 

「ごめんね。もう録画とか配信とか出来ないかも」

 

一応、パソコンなら家にもある。けど、配信やらなんやらは全部スマホでやっていた。だからこそ、今のままでは活動が、それに、パソコンもないから、皆に報告すら出来ない。

 

「いや、恵は悪くないよ。というか、仕方ないよ。うん」

 

「あの〜。ちょっといいですか〜?」

 

祖谷さんが声をあげた。

 

「三春?どうしたの?」

 

「いや〜、これ〜。もしかしてカメラつけっぱだったりしませんか〜?」

 

「へ?」

 

「あのですね〜?その髪留め、同じの持ってるんですけど〜。なんかレンズ見えませんか〜?それで映像撮ってたんじゃないんですか〜?」

 

………あ、

 

「ヤバいよ恵!!!カメラどうしよう!」

 

「え?なんのこと?って待って?ほんとにその髪飾り誰からもらったの?え?え?いつの間に?」

 

あ、そう言えば恵にはまだ話していなかった。カクカクシカジカとあったことを話した。

 

「あ、なんだ。ε-(´∀`*)ホッ  それはともかく、それは返さないとないとだね…あっ」

 

恵が、ハッとしたように目を見開いた。

 

「サイコミールさんって配信者だよね…。なら、もしかしたら…。よし。お姉ちゃん。私が返してくるよ」

 

「えっ、いや私が…行けなかったね。なら、お礼を言っておいて欲しいな」

 

サイコミールさんには感謝しかない。あの人には沢山助けられたし、サポートもしてもらった。恵はうんと頷き、

 

「ねえ三春。それって何日ぐらい?」

 

「ん〜。6日だね〜」

 

「じゃあそこらへんの話も自衛隊さんにしておくね!」

 

そう言って、恵は出ていった。

 

「…行っちゃいましたね〜」

 

「そうだね」

 

祖谷さんと二人きりだけど、特に話す話題が無い。自然と、二人揃って、治療の光をぼーっと眺めていた。

 

 

そして、うとうとしてきた頃。

 

 

「ふと思ったんですけど〜、サイコミールさんにこれまでの会話全部聞かれてたりしませんかね〜」

 

「…ありえそうで怖いね」

 

ぱっちり目が覚めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 



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相談

《恵視点》


私は、お姉ちゃんと離れて、ホテルのエントランスへ行き、受付の人に聞いた。

 

「あの、すいません。サイコミールさんってどちらにいますかね…?」

 

「いや、そういった情報はお伝えできません。連絡でなら、承っております」

 

あー。確かに、プライバシーやなんやらの事を考えれば当然とも言える。…そういえば配信者の中には記者気取りをしている人もいた。多分、そういう人への対策だろう。この調子ならマスコミの方にも牽制していそうだ。安心安心。

 

「あ、それなら――」

 

「あら?恵ちゃんじゃな〜い!!」

 

明るい声が響いた。誰だとか言うまでもなく、サイコミールさんである。

 

「あっ!サイコミールさん。お疲れ様です。その、ありがとうございました」

 

エントランスの受付の人にお礼を言ってから、サイコミールさんと向き合う。

 

「お疲れ〜。恵ちゃんはもう動けるの?身動きすら出来ないっぽかったけど」

 

「え?…あぁ、カメラ越しに見られてましたか。確かに身体はちょっとボロボロですけど、動けます。それに、お姉ち…姉よりはマシですので」

 

一度言葉を切り、失礼のないように消毒もした髪飾りを渡した。

 

「これ、返すのが遅れてしまって申し訳ありません、姉が、とても助かりました。ありがとうございますと言っていました」

 

「あらあら。いい子ねぇ。どういたしまして。えっと、陽菜ちゃんは大丈夫なのかしら?」

 

「姉は、手足は動かせませんが、今治療を受けていて、6日後には治るそうです」

 

「…っ!そうなのね…」

 

何か思うところがあったのか、サイコミールさんは深く考え込んでいた。その内容を聞きたくはあるが、その前に相談を投げかけた。

 

「あの、お考えのところ申し訳ないのですが、相談に乗ってほしくて…」

 

私は、今の状況を話した、のだが。

 

「…ふふっ。そんなの、自衛隊さんに言ったら解決するわよ。すぐに新しいカメラを用意してくれると思うわ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「そうよ?国は今回の戦いで失われたものの補填は一定金額以下であればしてくれるわ。特に、戦いに参加した人が優先的にね。あとそうねぇ…。私からお願いしたいことがあるのだけれど」

 

そんな制度があったなんて…全く知らなかった。一応ニュースは軽く目を通していたんだけどなぁ。と、それは置いておいて、サイコミールさんからのお願いは出来るだけ聞きたい。お姉ちゃんがお世話になったのだから当然だ。

 

「何でしょうか」

 

「ゴブリンの村に同行してもらえないかしら」

 

「はい?」

 

ゴブリンの村?

 

「それって、あの、森のことですか?」

 

「ええ。明後日にはモンスターが湧き始めるでしょう?それまでに一度、調査を済ませたいのよね。そ・れ・に〜!」

 

彼女は大きな目でパチンとウインクして、

 

「配信者たるもの、撮れ高は見逃せないわ!!!」

 

「…それって、私を動画に出すぞってことでいいですか?」

 

「動画じゃないわ!配信よ!」

 

この人、私が一応お姉ちゃんのチャンネルでは顔を出していないことを知っているのだろうか…。あれ?どうだっけ。ゴブリンの戦争辺りはちょっと怪しいかも。

 

「まあどっちにしろ…」

 

「ちょっと待ちなさい!断りそうな雰囲気がしたわ!でも聞いて!ゴブリンの村には異世界の技術。つまり、私達の、人智を超えた物がある可能性があるわ!」

 

「はぁ…」

 

別に断るとは言ってないんだけど…

 

「もしかしたら、陽菜ちゃんを一瞬で治療出来るおくすりがあるかもしれないわよ!!!」

 

…!

 

「行きます!」

 

元々行くつもりではあったが、その条件があるなら尚更行き得だ。

 

「良かったわ!これで配信の華が一輪増えたわね!じゃあ、恵ちゃんはなんていう名前で配信に載せてほしい?」

 

「姉が本名なのでそのままでいいですよ」

 

この時代に良くないでしょと思ったけれど、既に手遅れだったのでもう気にしていない。無事きっちりと特定までされた。ホント、ちゃんと話し合えば良かった…。

 

「…わかったわ。それと、今回は視聴者には秘密なのだけれど、もう一つの目的があるの」

 

「目的、ですか?」

 

「えぇ。剣さんの捜索ね。まだ彼見つかっていないのよ」

 

「あ、そうなんですね。…彼には幾度となく救われているので、是非見つけたいです」

 

戦力としてはかなり大きいし、何より、救われた恩がある。

 

「じゃあ決定ね!向かいましょう!あ、そろそろ日が暮れるから急ぐわよ!」

 

「えっ」

 

そうして、準備する暇もなく、私とサイコミールさんはゴブリンの森へ向かった。

 

 

 



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【緊急!!!】ゴブリンの森行ってみた!※特別ゲストも!

《恵視点》


『は〜い!久しぶりの配信となるわね。サイコミールよ。今回は、ゴブリンの王を討伐した場所に現れた、ゴブリンの森に行ってみようと思うわ!でもやっぱり、この森は未知で危ないかもしれないわよね。だから、特別ゲストもいるわ!来ていいわよ!』

 

サイコミールさんがカメラの前で手を振ったので、一抹の不安を抱えながらも、カメラの前へ出た。

 

『ど、どうも。モンスター退治専門チャンネルの陽菜の妹、恵と申します。あのチャンネルでは主に動画の編集担当です』

 

今口に出して思ったけど、このチャンネル名どうなんだろうか。まあ、今更変えるのもおかしいか。

 

『は〜い!というわけで恵ちゃんよ!…じゃあ早速ゴブリンの森に行こうと思うけれど、その前に、恵ちゃんからお知らせがあるわ!』

 

これは、事前にお願いしていた事だ。パソコンが無い今、少なくとも今日は家に帰れないだろうから、この場を借りるしかお知らせする方法がないのだ。

 

『あ、はい。私の姉の陽菜は、ゴブリンの王との戦いで傷を負ってしまいまして…何事もなければ、6日後には復活出来ると思います。それまで、いつものような事は出来ないと思います。何卒ご理解の程よろしくお願いします』

 

こうは言っても、もしお姉ちゃんを即座に治療する方法が見つかれば、多分明日にでも活動を再開すると思う。

 

お姉ちゃんが壊れてしまわないか、心配でたまらない。

 

『じゃあ、早速行きましょうか!今日と明日は化け物は出ないから、危険は少ないだろうけど気をつけましょう!』

 

『おー』

 

もちろん、ここまでは台本通りである。

 

 

 

 

 

ゴブリンの森に入って、やはり目に留まるのは摩訶不思議な木々達だ。紫や黄色というだけでなく、所々発光し、中々に見応えがあった。

 

『やっぱり、すごいですね』

 

『ほんとねぇ…。物凄くキレイだわ。やっぱり森だから、この静寂な雰囲気もたまらないわよねぇ…』

 

会話しながら、歩いていくが、やけに歩きやすかった。というのも、サイコミールさんが地面に落ちている落ち葉や小石を事前に能力で払っていた。でも、視線が揺れることはなくて、しっかりと前を向いている。

 

なんというか、この人の配信時、話しているときはやけに敵との遭遇がなかったけど、その理由がよくわかった気がする。あんまり見ていないけど、サイコミールさんが会話を中断したのは、オーガと、大量のスケルトンと遭遇したときだった気がする。

 

『あ、そうそう。恵ちゃんに聞きたいんだけど、普段の陽菜ちゃんってどうしてるの?』

 

『普段ですか?』

 

『ええ。陽菜ちゃんといえば、やっぱり日本の化け物退治の代表でしょう?配信時以外のことも気になると思うの』

 

確かに、お姉ちゃんの動画は数多くの人を救い、そして一人の化け物に対する戦力をあげている。化け物一体一体の弱点、倒し方を明確にして、戦いに向かない能力を持っている人ですら、化け物を倒せるようにしているのだ。

 

それ故に、尊敬されることも多く、そして、無謀にも挑戦し、家族を失った者から恨まれている。本当に意味が分からない。とまあ、それは今考えることではないか。

 

『そうですね。お姉ちゃんはちょっと抜けてるところがある、ふ・つ・うの高校生です。でも…こうやって世界がおかしくなってから、お姉ちゃんはずっとずっと頑張ってて…。すごく心配なんです』

 

こうでも言えば、お姉ちゃんに対する期待が少しは減らないかな…あとアンチ。そもそも、お姉ちゃんはいつも命がけで頑張っているんだから…ってああ。ダメだ。すぐにこうなっちゃう。

 

『ふーん。ってあ、見えてきたわね』

 

サイコミールさんがそういうように、またもや独特な建物が見えてきた。いや、独特とは言うが、多分アレはツリーハウスの一種だろう。素材が違いすぎるだけで、かなり別物に見えた。

 

そこでは、少なくとも好意的に見ることのできないゴブリン達がのどかに暮らしていて―――。

 

『ごめんなさい。サイコミールさん。先に行きます』

 

『えっ??ちょっと!!』

 

静止の声を無視して、私は駆け抜ける。ゴブリンの村には、ざまざまな服装のゴブリンがそれぞれの生活を営んでいる。そんな街から横に逸れ、薄暗い森の

 

「…ご無事でなによりです。剣さん」

 

「ん?おーお嬢ちゃんかぁ」

 

刀を担ぎ、薄暗い小道に立った剣さんの眼の前には、倒れ伏すゴブリンがいた。その周囲には、別のゴブリンが武装して、立ち向かっていた。

 

「ちょっと待ってな。後もうちょいやから…!」

 

そうして剣さんはその刀を振り降ろした。

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

「ねえねえ、恵遅くない?」

 

「そうですね〜。多分サイコミールさんのところでお茶してるんじゃないですかね〜」

 

「そっかぁ…寂しい(´・ω・`)」

 

「お菓子食べますか〜?」

 

「いいの?ありがとう」

 

「あ〜ん〜」

 

「おいしい」



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ゲストが逃げた!

《恵視点》


理由を尋ねる時間はない。

 

鍔迫り合いには負けるので、狙うは刀の横腹一択。

 

「…っ」

 

寸前で、刀の向きが変わった。体を捻り、私の愛刀を水を切るかの如くすり抜け、私を狙う刀を避けた。

 

「ギィッ(な、なんだ…?)」

 

「無駄口をっ!たたくなぁ!」

 

さっさと逃げろと言いたいが、追撃を避けるのに精一杯だ。力が入っていなくても、刃が体を撫でたのなら、私は死ぬ。

 

私の専用武器、悪夢は刀身を半分失っている。故に距離を詰めたいけど、それをさせてはくれないのが、能力に頼り切りではない者である証明だ。

 

しかしそれでも、意表を突けばその限りではない。

 

専用武器は、少なくとも、私の専用武器、悪夢は…

 

出し直せば、()()()()

 

構え直した瞬間に、刀の横っ腹に伸びた悪夢を叩き付ける。

 

「叩き付けるだけじゃ、俺の刀が軽くても斬れんぞ?」

 

まあ、()()()()()()。しかも油断してくれるとか、すっごくありがたい。

 

そうして、伸ばした手で体に触れた。

 

「なっ…」

 

ガクリと、崩れ落ちた剣さんの最後の足掻きを躱して、戦いは終わった。余りにもサクッとした終わり方。でも、そうでないとならなかった。そして、悪夢を消し、まだ逃げようともしてくれなかったゴブリン達へ目を向ける。

 

「あの、ゴブリンさん。怪我人がいるのはわかっています。この人に恨みがあるのも重々承知です。そのうえでお願いします。今すぐ、この場からあっちに離れてくれませんか?」

 

「ギ、ギイッ!ギィギィギィギイッ!(そ、そんな馬鹿な話があるか!!!俺達は降伏して、制約までつけているんだぞ!)

 

「そうでもしないと、貴方達の安全性が否定されてしまいます」

 

どうか伝われと、深く頭を下げた。しかしそれでも、彼等の文句は止まらず、退いてくれない。もう、サイコミールさんがかなり近くまで来ている。

 

「ギィ…。ギィギィギ、ギギイッ(おい。俺はもういいから、さっさとこの方の通りにしろ)」

 

しかしそれも、被害者であるゴブリンの鶴の一声で収まった。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ギィギィ(いや、礼を言うのはこちらの方だ。感謝する)」

 

そうして、ゴブリン達は去っていった。

 

…本当に良かった。もし、倒れる剣さんとゴブリン達を見れば、まず間違いなく戦闘中と思われる。そして、人気のある剣さんの行動は少なからず影響力があり、【ゴブリンは敵である】という認識が広まるのは火を見るよりも明らか。

 

それは、劣悪な関係と深く関わりがあるに違いない。

 

「あ、いたいた!!恵ちゃん!ほんとに突然どうしたのよ!…ってあら?」

 

そしてついに、サイコミールさんが私を見つけた。彼女の目に映るのは、地面に倒れる剣さんと、その近くで頭を下げるために膝を付いていた私。幸運な事に、容態を見ているように映ることだろう。

 

「あ、サイコミールさん。ごめんなさい。勝手に離れてしまって…」

 

『あ…えぇ!そうね。びっくりしたんだから、次からは気をつけてほしいわ。それと…』

 

一瞬考え込んで、サイコミールさんは声を明るくした。

 

『皆さん!実はあそこで倒れている剣鋼さんは行方不明だったのよ。えっとそうねぇ…。多分誰かの配信のアーカイブには残ってると思うんだけど、ゴブリンの王から前線の組が逃げるときに、一回トラックが爆発したことがあって…その時、行方がわからなくなったのだけれど…ここにいたのね!!』

 

サイコミールさんはまだまだ喋る。

 

『これ、皆にはヒ・ミ・ツだったのだけれど、はぐれないように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。恐らくそれで、恵ちゃんは剣さんに気付いて、突然走り出したようね。もうっ!恵ちゃん!ちゃんと先に教えてよね』

 

圧倒的に嘘である。私は、このゴブリンの村にもあったガラスから逃げるゴブリンを見つけ、同時に薄く響いたゴブリンの悲鳴をなんとか拾ったから剣さんに限らずゴブリンを害する者がいるとして走ったのだ。そんな都合よくない。

 

けど、誤魔化そうとしてくれていたのは助かった。

 

『あはは…。ごめんなさい』

 

『んもう。あ、そういえば剣さんは無事なのよね?』

 

無事…だと少し不味いかもしれない。剣さんに起きられれば、面倒なことこの上ない。

 

『そうですね…。多分、やっぱり爆発に巻き込まれていたので、所々怪我している感じですかね…』

 

『んーじゃあ、視聴者に質問!私、サイコミールが剣さんを連れて行く間に恵ちゃんがこの街を見るか恵ちゃんが剣さんを連れて行く間にサイコミールがこの街を見るか。どっちがいい?』

 

『えっ』

 

なんかアンケート取り出したんだけど…。というかいる?それ…。

 

『ふんふん。前者が63%ねぇ…。ん?あれ、待って』

 

中間報告はサイコミールさんが有利なのだが、なんか焦っている。

 

『ちょちょちょ、待ちなさいよ!私のファンよね?皆?ね?』

 

…ん?

 

『…恵ちゃん!後は任せたわ!』

 

『え!?』

 

サイコミールさんは恐ろしく速い速度で剣さんを担いで、外へ走っていった。

 

あまりにも突然すぎる。渡されたカメラを見てみると、なんか、コメントも見れるようになっていた。携帯しやすい髪飾り型とか、コメント見れるカメラとか、わたしたちには無いものばかりだ。自衛隊さんには、そういうのをお願いしようかな。

 

そして、そのコメントにはアンケートがまだ固定で張ってあった。

 

結果は、49:51。なんかギリギリ私が勝っていた。

 

『あの、これ、お姉ちゃんのチャンネルの人が悪さしてませんか?』

 

なんというか、それしか思い浮かばない。もしそうなら、本当に申し訳ない。

 

『え、あの、そんなに不満はないんですか…?』

 

しかし、流れるコメントには、文句という文句はない。どちらかというと、だからやめとけと…というような物が多かった。

 

『ま、まあ、じゃあ、やりましょうか。初めてなので、お手柔らかにお願いします』

 

できれば、さっき助けたゴブリン達に余計なことを言われなければいいなと、私は街に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 




恵(炎上しないかな…)ビクビク


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ゴブリンの村

《恵視点》


『ここが、この村の入口ですかね。ここから見える建物だけでも、すっごい大きいですね…禍々しいです』

 

一つ一つの建物の規模がかなり大きい。窓や扉はあり、それが建物だと認識はできるけど、もしなければそう認識するのはかなり難しいだろう。

 

『じゃ、じゃあ入って行きましょう!』

 

ゴブリンが達が私に襲いかかることは、万が一つにでも存在しない…と思う。恐らく、ゴブリンが自らに課した制約と人類への忠誠は、かなり関わってくるのではないだろうか。

 

『おおう。壮観ですね。楽しいです。あれは…多分八百屋ですかね?売ってる野菜も見たことないやつだ…。すいませ〜ん』

 

実際、見ているだけじゃ視聴者も楽しめないと思う。お姉ちゃんのためにも、未知は積極的に明らかにしていきたい。

 

『すいません。ここの野菜って、どうしたら買えますか?多分、日本円は使えませんよね?こういう物なんですけど』

 

日本円をゴブリンがわかるかわからないので、持っていた千円札と百円をみせてみる。

 

「ギィギィ?ギィギィギィ(日本円?それなら、これとこれは買えるよ)」

 

『えっ、使えるんですか!?』

 

ゴブリンが指で指しながら教えてくれる。値段も書いてはあるが、読めないのでそれを配慮してくれたのだろう。今の御時世だとこのお金の信用もどれほどか分からないのに、使えちゃうのか…。お姉ちゃんが言っていた、ゲームみたいというのも納得できそうだ。

 

『あ、じゃあお願いします!…あの、追加で払うので、少しお話を伺ってもよろしいですか?』

 

とにかく下手に出て、機嫌を損ねないように。そして、野菜?を受け取りながら、追加のお金を渡して交渉する。出来たらここでゴブリンの文化を知りたい。

 

「ギィギィギギィ(おっ、アンタわかってるじゃないか!何でも聞きな。お得意さんには良くしないとね)」

 

『ありがとうございます!』

 

ふと気になり一度チラリとコメントを見てみたけど、私達のこの態度には賛否両論だ。ゴブリンが嫌いな人達が時折荒らしコメントを投げているのは置いておいて、それでも、人類に忠誠を誓っているんだからもっと上からでもいいだろとか様々だ。

 

とはいえ、これまでの正否は、これから答え合わせがある。

 

『じゃあ、まず教えてほしいんですけど、お名前からいいですか?』

 

「ギィ?ギッwww!ギギィギィギギィ(名前…?アハハハハ!それは偉い人だけで、この村のゴブリンはどれも名前なんてないんだよ)」

 

ほう。なるほど?

 

『あの、それならどうやって皆さんを呼びわけているんですか?』

 

「ギィギィ?ギギィギィ?(どうやって?って、そりゃ、名前なんてなくても誰が誰を呼んでいるかなんてわかるだろう?)」

 

なるほど。

 

『どうやら、私達とは別の感じ方があるかもしれないようですね。じゃあ本題なんですが』

 

「ギ、ギィギィギギ、ギギィ。(ちょっと待ちな、アンタ何も知らないようだからね、長く話すだろうから椅子持ってくるよ)」

 

わお。ちゃんと私の分も持ってきてくれた。しかも座り心地ヨシだ。もしかしたらあの八百屋ゴブリンの分だけかもと思ってたからお礼が遅れてしまった。

 

『あ、ありがとうございます!この椅子いいですね』

 

「ギィ。ギィギィ(そうだろう?私が作ったんだからいいに決まってる)」

 

お、嬉しそうだ。好感度アップかな?

 

『じゃあ、改めて。私達人間は貴方達の事を知りません。なので、貴方達のこだわりとか、嬉しいこととか、嫌なこととか教えてほしいです』

 

「ギィ?ギィギィギィ――(そうさねぇ…例えば―――)」

 

聞いた話を纏めると、まず、ゴブリン達が最も嫌がるのは、作ったものを否定されること。ゴブリン達の価値観では、もしそれが気に入らないなら、何も言わずにそれを使わない。わざわざ否定するのは、争いの元になるとのことだ。

 

個人的には、改善にもなるから否定の意見も悪くないとは思うんだけど、まあ人それぞれだ。コメントでも意見が別れていた。

 

逆に最も喜ぶのは、作ったものを褒められること。まあこれは誰だって嬉しいだろう。

 

 

 

 

一時間ほど話した頃だろうか。そろそろ切り上げようと思い、会話を締める。

 

『ありがとうございました。とても貴重な時間でした』

 

「ギィギ、ギギィ(いやいや、こういうのは助け合いだからね)」

 

そうして立ち上がろうとすると、

 

「ッッッ!!!!」

 

がくりと、体から力が抜けた。

 

『ギィ!?ギギギィッ!(だ、大丈夫かい?今すぐ薬をもってくるよ!)』

 

「あ、ありがとうございます」

 

あっ、そうだ配信中。

 

『あ、皆ごめんね。ちょっと体が痛くて…。力が入らないんだ』

 

ああ、放送事故かもって、なんかジンジンしてきたな…。体の各部位が熱いし、多分無理しすぎたんだ。確かに、やけに痛くなかったけど、それはショックで抜けていたからなのかも。

 

「ギィ!ギギギギィ!(ほら早く!これを飲みな!)」

 

『恵ちゃ〜ん。おまた…せ?』

 

八百屋ゴブリンが助けに来てくれたのと同時に、サイコミールさんが合流してきてくれた。一瞬、サイコミールさんが勘違いするかもと思ったけど、私のところに来た辺り配信を確認していたはずだし大丈夫だろう。だからこのまま、意識を―――。

 

 

 

 

 



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濃密な一日の終わり

《恵視点》


――あぁ、気持ちいい。ぼんやりとした意識は、この感覚をこれ以上ないくらいに求めている。

 

体は動かないけど、これなら、全然構わない。けど、これってなんだろう。

 

心底安心する。お姉ちゃんのために頑張ろうと固めた心がふにゃふにゃにさせられている。

 

温かい。いい匂い。時折髪越しにぬくもりを感じる。ふと、その髪が頬を撫で、くすぐったさに目を開ける。

 

「んぅ…?」

 

「あ、起こしちゃった?」

 

Σ(゚Д゚)

 

「お姉ちゃん!?!?」

 

「うわお」

 

陸に打ち上げられた魚のように、私は大きく飛び跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

恵が出て行ってから数時間後。私の部屋を訪ねてきたのは剣さんだった。

 

「お、陽菜。久しぶり」

 

「あ、剣さん。お久しぶりです」

 

「お客様ですね〜。お茶いりますか〜?」

 

「いや、すぐに出るからいらんよ」

 

と、そういう割にはどっしりとお尻を床につけて、あぐらを組んだ。そして、紙を一枚取り出し、中身が見えるように前に出した。

 

「いや、ほんっと恵には悪い事をした。まあ言い訳つーか、一応弁明の手紙だ。ほんま申し訳ない」

 

謝罪っ!のようなスタイルで、剣さんがそう言う。手紙の中をざっくりと見ると、目が覚めたら目の前にゴブリンがいて、敵意が無いとわかっていても、反射的に倒そうとしていたらしい。それを恵が止めた。ふーん。

 

ん?恵は剣さんに勝ったの?へーすごい。

 

とはいえ、謝罪は私じゃなくて恵に言ってほしい。まあ、そのくらいのことはわかっているだろうし、わざわざ手紙という回りくどい手法を使ったのだ。理由もあるに違いない。

 

「もしかして、もうどこかに行かれるのですか?」

 

「ん?…おぉ、そーや。ほんまは残らなあかんのはようようわかっとるけど、サイコミールさんに聞いた感じやと、反射的にゴブリンを倒そうとしてまう今は離れたいとおもてな。それに、そろそろこの刀が限界や。作り直して貰おうかなと」

 

なるほど。明後日にはまた化け物が沸き始めるから、武器の新調は大切なのだろう。そう考えると、専用武器というのは中々に異常だ。

 

一応、専用武器の話題を出しておき、剣さんとは別れた。

 

人が来て改めて目が覚めたので、三春さんと雑談。内容は余りにも遅い恵の事だった。幸いにも、剣さんから恵がサイコミールさんと一緒にいることはわかった。それなら安心は出来る。

 

でも、剣さんが手紙を書いてここに来て、ちょっと話すまでしているのにまだ帰ってくる兆しが見えない。恵への直接的な連絡手段は、私と同じように携帯が壊れているので無い。

 

「あっ、三春さんはサイコミールさんの連絡先とかあるの?」

 

「ないですね〜」

 

ふむ。八方塞がりだ。

 

「…いや〜?サイコミールさん配信してます〜」

 

「ほんと?見せて!」

 

恵がいるかもと思い見てみれば、八百屋っぽい所で椅子に座ってゴブリンとお話していた。

 

「…あれ?これってサイコミールさんの配信だよね?」

 

もしかして、サイコミールさん視点ということだろうか。恵とゴブリンが話しているのを、ずっと無言で見守っている…?

 

「…え」

 

「あれ?」

 

恵が倒れた。

 

「えっえっえっえっ」

 

「わっわっわっわっ」

 

二人揃って、頭が真っ白になり、気が動転する。とにかく画面をよく見ようと体を捻り、なんとか近づこうとするがらちがあかない。

 

「はぁ〜、落ち着け〜私〜。陽菜さん〜。ちょっと落ち着きましょ〜」

 

そんな中、一足先に正気に戻った三春さんが止めてくれた。

 

「あっあ、サイコミールさんが来てくれた!よ、良かったぁ…」

 

ほんっとうに良かった。その後、ゴブリンが何かしらの薬を持ってきたところで配信は強制的に終了。サイコミールさんのコメント欄は物凄い速さで流れていた。

 

数分後、恵ちゃんはなんとかなりましたとサイコミールさんのコメントが固定された。

 

更にそこから数十分くらい後、私達の部屋へサイコミールさんと抱きかかえられた恵がやって来た。

 

「本当にごめんなさい。私が無理矢理連れて行ったせいで…」

 

涙声で、サイコミールさんは謝罪を重ねていく。でも、三春さんにより恵の状態は大丈夫だとわかったので、それ程責めるわけにもいかない。それに、責める権利があるのは恵だけだ。私じゃない。

 

「それで、これが…」

 

渡されたのは、恵に使われたゴブリンの、つまり、異世界産の技術により作られた薬だ。どうやら、これで恵の体調が回復したらしい。

 

「念の為、私も飲んでみたけど、そんなに副作用っぽいのもまだ感じないし、効果も即効性で傷も治ったし、それにゴブリンさんは大丈夫と豪語してたの。それでなんだけどね…飲む?」

 

なるほど、そういう事か。もしかしたら薬の効果が出ないかも、それどころか副作用でもっと酷いことになるかもしれないということだろう。

 

「飲みます」

 

明後日にはもう化け物が街に現れる。それまでに体を治せるのであれば、やらないという選択肢はない。それに、これ以上恵に無理をさせるわけにもいかない。

 

グイッと、一本。飲み干した。

 

「おぉ…おおっ?うっ、」

 

痛みとかはないけど、結構むず痒い。それが収まると、一瞬だけふっと体が熱を持った。両手両足の傷口から、ふわりと赤い光が漏れ出し、熱が冷めると同時に傷口が塞がった。

 

「はーっ、ふー」

 

「大丈夫ですか〜?」

 

「ああぁ、うん。大丈夫だよ」

 

 

そうして傷口が塞がりきると、残された熱がじわじわと全身から出てくる。じっとりと汗をかき、まるでお風呂に長く浸かっているような感覚だ。

 

「あっ」

 

三春さんの驚いたような声と視線で私も気づいた。足が、動いた。はじめはピクリとしただけだったけど、熱が逃げ切る頃には、もう以前と全く変わらずに動かせるようになった。

 

半日とはいえ、動かない事に慣れてしまったので感動する。

 

「あ、ありがとうございますサイコミールさん。これ、貰ってきてくれて!」

 

「うん。正直すごく怖かったけど、何にもなくてよかった。じゃあ、また明日ね」

 

そうして、サイコミールさんも帰っていった。日はもう沈んでいて、ご飯時の今。明日はまだ化け物はいないので、ゆっくりと出来る。

 

「む〜。恵作るって言ってたのに〜」

 

「あはは、私が作るから許してあげて」

 

「あ、手伝います〜」

 

そうして、ご飯を作り終えて食事を済ませたあと、久しぶりのお風呂に入り、ちょっとだけやりたくなったので恵の頭を膝に乗せてみた。

 

「ふふっ、かわいい」

 

少し砂が付いていたから、手櫛でゆっくりと髪を梳いていった。後に、飛び跳ねた恵と頭をぶつけたのは、まあご愛嬌である。

 

 

 

 




余りにも一日が長すぎた(後悔と反省)


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両親

朝、絶賛爆睡中の三春さんを置いておいて、恵と一緒にリハビリがてら外に出た。

 

ラフな格好で、でも、あんまり目立つのは好きじゃないし、フードで髪は隠している。

 

「んーっ!いい朝だね」

 

「うん。賑やかだね」

 

そう。今日は人類にとって待ちに待った、丸一日確実に化け物が出ない日なのだ。電気屋の小さなテレビは、海外はどうたらとかのニュースを流しているけど、皆、多分意図して見ていない。今は皆共通して、忘れてしまいたかったんだろう。

 

「お父さん!早く早く!」

 

「待ちなさい。危ないだろう」

 

「あらあら、走っちゃだめよー」

 

家族連れも多く見られる。危ないという理由で、家に閉じ込められた子供達にとっては、貴重な一日。親御さんもそれをわかっているから、拒むことなく、家族総出で遊びに行っているのだろう。どうせ、明日からはいつもの日々に戻るのだから。

 

「お父さん、お母さん、か…」

 

「お姉ちゃん…?」

 

おっと、ついつい釣られて零してしまった。覗き込むように恵が私の顔を見てくる。大丈夫、何も問題はない。

 

「そうだ。私達っていつ頃帰るんだっけ?」

 

「えーっとね…。確か、自衛隊の道路の確認がもう終わったらしいから、お昼ごろに約束してもらったスマホを受け取ってからかな。…それにしても良かったね。お姉ちゃん。サイコミールさんにその髪飾り貰えて」

 

恵がそう指すのは、私の髪に新たに付け加えられた髪飾り。今朝、エントランスでばったりと会ったサイコミールさんが私にプレゼントしてくれたのだ。これで、動画が取りやすくなるし、視点も増える。すっごく嬉しかった。

 

「うん。サイコミールさんには頭が上がらないよ…。期待に答えられるように、明日からも頑張らなくっちゃ…!」

 

お陰で、元気いっぱいだ。

 

そうして散歩を終えて、ホテルに戻り三春さんと朝食を共にすると、三春さんが切り出した。

 

「あの〜お父さんから帰ってこないか?と連絡があったので一旦戻ったら自宅に戻りますね〜」

 

「あー。うん。そうだね。帰る時は、教えてくれれば、迎えに行くからね」

 

「ありがとうございます〜。でも多分、お父さんに送ってもらうのでお気になさらず〜」

 

そんな会話の中、恵が突拍子もなく言い放った。

 

「お姉ちゃん。それなら、今日病院行かない?」

 

「えっ」

 

もしかして、私が気づいていない間に恵は怪我か病気にかかったのだろうか?顔色も体温も脈拍も、いつもとそう変わらないからてっきりなんにもないものだと…。

 

「うぅ。ごめんね恵。お姉ちゃん、気づいてあげられなくって…」

 

「え、何の話…ああ、違う違う」

 

微笑みながら、恵はパタパタと手を降り、

 

「お父さんとお母さんのお見舞いだよ。私、久しぶりに顔がみたいな」

 

自分の要求のようにしているけど、多分恵は、さっきの私の呟きを気にしてくれているのだろう。

 

「…うん。私も。一緒に行こっか」

 

しんみりとした空気は、決して重苦しいものでなく、むしろ居心地が良いものだった。

 

「ん〜、恵〜、デザートが欲しい〜」

 

「三春は空気ぐらい読みなさいよ…」

 

まあ、第三者からすれば良くなかったのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少し、前の話だ。ゴブリンという化け物に、多くの人類が蹂躙された日。私と両親は、朝早くから家を出ていた。理由は単純で、家通いにしては些か遠い高校と職場に間に合わせるため。基本的には、ニュースは電車でさらっと確認するため、誰も見ておらず、ゴブリンという存在を、私達は誰も知らなかった。

 

周囲には、同じような境遇の人がいる。皆、せかせかと足を動かして駅へ向かい、そして、惨状をひと目見て足を止めた。

 

余りにも酷い。血肉が飛び散り、血生臭いにおいがそこら中に染みついている。そして、その上を闊歩する未知の化け物。ニッタリと、赤黒い棍棒を持ち、笑っていた。

 

平和な色しか知らなかった私は、無様に腰を抜かして叫ぶ。そのせいで、私の両親は逃げられなかった。

 

ゴブリンとはいえ、一般人にとっては十分な脅威だ。火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、そんなものが都合よく出れば素手でも倒せるかもだけど、現実は非常で、

 

なすすべなく、両親は暴力の前に沈んでいった。私も暴力を受けたけど、無意識的に誰かと接続していたらしく、無傷ですんだ。最終的に、パトロール中のお巡りさんによってゴブリンは追い払われ、私達は病院に運ばれたのだが。

 

棍棒により滅多打ちにされたとして、駅内の被害者50人中23人死亡、14人意識不明、12人軽傷、1人無傷。

 

パンクしかけの病院は、私が無傷だとわかると両親を待たせずに帰らされ、それ以来、私も、なんなら恵はそれ以上、両親を見ていない。

 

 

 

 

 

 

そんな両親と、私達はひさしぶりの対面だった。寝たきりで、息をしているが意識はなく、話してはくれなかった。

 

「お父さん、お母さん―――」

 

それでも、私を守ってくれた二人に、小声でゆっくりと話しかけた。

 

これまでのこと、二人が目を開けなかった間に起こったことを恵と二人で話してみた。物語みたいに、微笑むことはなく、反応なんてなかったけど、それでも、何故か、少し楽しかった。

 

明日からは、また化け物が現れて、戦いが始まる。それに、長居は迷惑だから、そこそこで切り上げて、私達は病院を出た。

 

明日も、頑張ろう。

 

 



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空飛ぶ本の倒し方!

『はーい!皆さんこんばんわ〜。今日からはまた配信をしっかりと続けていきますよ!今回は前回とは違い、きっちりと倒し方を見つけてきました!というわけで、まずは図をどうぞ!』

 

制作時間1分の雑な絵を見せる。しかし今回は結構理解しやすい。それもそのはず。今回の敵は、本である。

 

『皆さん、見えますか?こんな感じで、今回の敵は空飛ぶ本です!()()()()()…なんでもないです!じゃあ、一旦説明は置いておいて、戦ってみましょう!』

 

ちょっと恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すように、声を大きくして戦いに行く。この空飛ぶ本は、正直な話厄介ではあるが、単体で負けることはかなり少ないと思う。

 

『いました!あれですね。あの、バサバサと羽ばたいてる分厚い本が、今回の化け物です。目とかそういうのは一切なく、本当にただの本です。では、行きましょう!』

 

固定カメラに映るように、空飛ぶ本を相手する。空を飛ぶ分厄介ではあるのだが、こいつらの攻撃は魔法とかそういうのではなく、

 

『はい。こんな感じでこの本達は紙を飛ばしてきます。切れ味はまあいいんですけど、言っても皮膚を少し切るくらい。痛いですけど、我慢出来ないほどではないです。避けるとするなら、この攻撃は向きが固定で、しかも発動前に光るので、それを目安にしていきましょう。あっ!この本のページは戻るので、それにも気をつけてください!』

 

ちゃんとカメラから外れるように誘導して、空飛ぶ本の攻撃を見る。その間に、倒す準備だ。

 

『でも、見ている人はこう思ったんじゃないかな?空飛ばれてたからどうしようもないじゃん!ってね。安心してください。ちゃんと対策は見つけてきました!』

 

そう言いながら、一度地面に刺さった紙を手に取った。マッチを擦り、紙に近づける。

 

『じゃあ、これに火をつけましょう』

 

そして、手放す。その他のページとともに火の付いたページも本体へ戻り、空飛ぶ本は完全に燃え尽きた。

 

『…まあ、こういう感じです。一応、それ以外にも方法はあります。やってみますね』

 

新たな空飛ぶ本を見つけると、また、同じように攻撃を誘導して、落ちている紙を手に取った。

 

『この紙も、当然これまで同様戻ろうとします。なので、それを出来なくさせてあげましょう』

 

地面に置いて、踏みつける。こうするだけで、

 

『はい。ページが戻らないなら、自ら行こうと空飛ぶ本は近寄ってくれます。近寄れば近寄るほど引き寄せる力は強くなり、もうここまで来たなら…』

 

私の足をスルッと抜けて、紙が元の場所へ戻る。その本の上から、ナイフで貫くと、ぼとりと魔石となった。

 

『ここまでくれば、手も届くので関係ないですね。うーん、倒すのはかなり楽なんじゃないかな、と思います』

 

これで、ひとまず、単体の説明は終わり。再び、さっきの絵を取り出した。追加で、オークやスケルトン、オーガなど、別の化け物の絵も取り出す。

 

『ここで配信を見るのをやめないで!まだ、最も大切な事が残っているんです』

 

今回の空飛ぶ本。単体のスペックはかなり低い。正直、小さな子供でも、痛みに耐えられたら逃げることは可能だと思う。しかし、

 

仲間と共に行動するとき、厄介さは段違いで跳ね上がる。

 

『こんな感じで、空飛ぶ本は、オークやスケルトン等と戦っているときに、よく出現します。それが、すっごくだるいです。一応こんな感じ…と図で説明してますけど、見てみたほうが早いかなとは思います。というわけで、視点移しますね』

 

髪飾りのカメラに視点を移し、また、新たな化け物を探す。道中の化け物は、配信中だからと無視せずに、きっちりと倒す。オーガは、大きめのゴブリンの魔石を前回のイベントで大量に手に入れたので、質量作戦でどうにかした。

 

『あっ、いました。ただのオークの群れですが、そこに空飛ぶ本が加わればどうなるのか、よく見てみてください』

 

オーク達の前に立つと、オークの叫びに呼応して、空飛ぶ本が近寄ってきた。

 

オークに近寄ろうとすると、紙が、視界を遮った。

 

『はい、まずはこんな感じで、これが紙だからというのも相まって、視界をめちゃくちゃ邪魔します』

 

まあ、それだけなら要注意で済む。サイドステップすれば済む話…とはいかないのだ。

 

空飛ぶ本はふよふよと地面へと近付き、()()()()()()()()()()()。もうその時には、私は、オークを残り一体にまで減らしていたのだが、今倒した他のオーク全員分の労力を含めても、こいつ一体を相手にするほうが遥かにめんどくさい。

 

『こんな感じで、本は、化け物の頭に引っ付いて、攻撃をしてきます。しかも、化け物の首の回転によって、照準が動くことになっちゃうのです』

 

こうすることで、オークがこちらを向くだけで大量の紙が視界を覆い尽くす。そして、オークが接近すればするほどその頻度は跳ね上がる。

 

『もしこうなってしまったら、無理せず逃げてください。それが難しい、あるいは出来ない場合…魔石を上手く利用しましょう』

 

適当にオークの死体を出して、紙への肉壁として働かせる。もちろん、オークが近寄ってくればそれは跳ね除けられるのだけれど、そこまで近づいて貰えれば大チャンスだ。

 

『このとき、出来れば質量のある武器で、遠心力を活かしましょう』

 

オークの足音に合わせて、ブラックジャックを振るう。大量の紙に無意識的に体が後ろに下がってしまいそうになるけど、ブラックジャックは止まらないのだ。

 

ブチっと、オーク諸共潰された。

 

一度、安全な場所まで行き、締めに入る。

 

『今回の化け物は、比較的、単体では弱いです。でも、いわゆる、化け物の武器としての役割を持ってしまい、それを持った化け物には、中々に勝つのが難しいです。倒すときには、絶対に、遮蔽物は必要です』

 

『また、細かくても、ちゃんと痛いです。犠牲ありきはやめて、なるべく火で倒すのが安全かなと思います。それに、何より…

今回で、これまで以上に外が危なくなりました。窓も絶対に閉めましょう。…いいでしょうか。それでは!今回の配信は終わります!おいおい動画にもするので、是非、見てくださいね!』

 

 

 

 

「んっ!疲れた〜!」

 

久しぶりの配信は、中々に羞恥に来るものがあった。それに、ちょっと緊張しちゃって変なことを口走ってしまった。

 

「あ、そういえば、コメント見れるんだっけ…」

 

新たなカメラに新調したおかげで、今でも、コメントが見れる。

 

ちょっと怖いけど、恐る恐る、反省会も兼ねて見てみることにした。

 

【空飛ぶっく厄介!】

 

【空飛ぶっくやばっ!】

 

【空飛ぶっく怖い!】

 

【空飛ぶっくの対策が急務…しかし、火でなんとかなるなら希望はあるか…?】

 

( ゚д゚)

 

「うぅ…」

 

「お、お姉ちゃん!大丈夫だよ!皆今だけだって!」

 

ご飯もお風呂も後回しにして、眠れるときが来るまで頭を抱え続けたのだった。

 

 

 

 

 

 



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なんだかんだ元気に生きる

時刻は12時。私は、たっぷりと睡眠をとり、恵の作ったご飯をお腹いっぱい食べて、恵とお風呂には入れなくて…英気を養っていた。

 

「おはよ〜ございまぁ〜す〜」

 

ぐーっと伸びをしながら降りてきたのは、三春さん。恵によると、昨晩帰ってきたらしい。時間的には11時辺り、新しい化け物と出会うことのないだけ、よく考えられている。

 

「おはよ〜。よく寝てたね」

 

「えへへ〜。いつもより寝ちゃいました〜っていうのは嘘で〜」

 

間延びした口調なのに、発言まで先延ばしするような、せっかちな人ならいらいらしそう。不思議と、私は何も感じないけど。

 

「えっと〜、じゃっじゃ〜ん〜!」

 

そうして取り出したのは、

 

「アルバム?」

 

「はい〜!家から持ってきたんですぅ〜!」

 

バッバーンと見せつけながら、キャピキャピしている。これが最近の若者というのかな?…そういえば、ちょっと前まで私もそんなのしてたかも。友達と一緒に…。

 

「最近の〜トレンドはアルバムなんです〜!」

 

「あっ、そういえばそうらしいね」

 

通常、家から出ようにも迂闊には出られない現在。だんだんと能力持ちの人達が判明してきて、少しずつ生活は良くなっているものの、やはり外は危険で、何より、宅配すら動かせないのがかなりキツイ。

 

だから、家から出ずに、暇つぶしも兼ねて、友達を思い出せるアルバムがトレンドとなった。

 

アルバムならみんな持っているし、友達と通話しながらだとか、思い思いになんとか元気に過ごそうとしていた。とってもそういうのは好ましいし、楽しいのは大好きだ。

 

「へー。私も見ていいかな?」

 

「ぜひぜひ〜。恵ちゃんの写真見ますか〜?」

 

「そういや、中学からの付き合いってわけじゃないんだっけ?」

 

「はい〜。小学生からですね〜」

 

一応、恵の写真は全部目を通していて、特に良いものは脳内に永久保存しているはずだけど…、見てみよう。

 

そうして、ゆったりとした時間。途中からは恵みも混ざり、お菓子や紅茶と一緒にアルバムを読んでいった。昔を懐かしむように、三春さんも恵もエピソードを話すもんだから、思ったよりもページをめくる手は進まずに。

 

プルルルル、プルルルル

 

アラーム。そろそろ、準備の時間だ。

 

「あっ、時間だ。ふたりともありがとうね。とっても楽しかったよ」

 

「いえいえ〜。あっ、お姉さんのアルバム。明日見ませんか〜?」

 

「いいね。お姉ちゃん。アルバムってどこにあるの?場所言ってくれるなら探しとくよ?」

 

「えっと…小学校のも中学校のも物置だから、明日取りに行くよ。それより、ご飯食べようか」

 

やっぱり、空腹の状態だと頭が回らない。しっかりと食べることが大切だ。

 

「ご飯なに〜?」

 

「うーん。最近届いた食材だと…お鍋かな?明日の朝ごはんにもなるし、いいかも」

 

「締めは雑炊〜!」

 

「明日の朝ごはんはそれにするから、晩の締めはうどんね。あ、卵入れる?」

 

「入れる!」

 

卵は万能だ。ほとんどの栄養も取れるし、本当に隙がない最高の食材だ。…ビタミンCくらいは自分でとれ!

 

「明日の朝楽しみ〜!」

 

「お姉ちゃんが喜んでくれて良かった。腕によりをかけるよ!!!」

 

「デザートも〜」

 

「ごめん。材料と時間とやる気がない」

 

「そんな〜」

 

 

 

 

そうして、

 

鍋をみんなでつついている時に、テレビをつけてみた。最近の騒動からはもっぱら、人材が足りないのかひたすらに同じ人が似たような内容を毎日やっていくか、再放送でテレビから離れてしまったのだ。

 

まあそれも仕方ない。テレビ局がゴブリン等化け物に荒らされていない訳がないし、俳優さんや芸人さんみたいな人たちも、動けないのだから。

 

「っあ…」

 

基本的には、前と同じだろうなと思っていたテレビは少し変わっていた。ただのニュースでも、スタッフ総動員で、顔も見たことのない人達が前に出て面白おかしくトークしている。音響とか、監督とかかな?

 

また、バラエティも復活。今求められているであろうお家での生活の仕方。また、化け物等のモンスター関連でも、いわゆる配信者の許可をとって動画を辛うじて集まった俳優などと同時視聴とか、配信者に直接来てもらうとか、創意工夫が見られた。

 

「すごいね。こんな状況なのに、みんなを楽しませようとしてる」

 

テレビの背景のセットは、面白いぐらいにハリボテだけど、それが今の現状と、熱意を同時に表しているようにも感じる。とても、心が暖かくなる。

 

出来ることをやって、日常を作る彼らには、いくら感謝してもしきれないや。

 

 



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今の世界

《恵視点》


 

お姉ちゃんと三春と共に、団らんの時間を過ごした後、私達は玄関でお姉ちゃんの装備をチェックしていた。

 

もうそろそろ時間なので、三春と一緒に見送るのだ。

 

「いってらっしゃい。無理はしないでね」

 

「いってらっしゃいです〜」

 

「うん。無理なんてしないよ。恵の為に、絶対に帰ってくるから!」

 

「…うん。信じてる」

 

多くの場合、お姉ちゃんは無傷で帰ってくるから、どれだけ無理をしているかなんてわからない。でも、していないわけがないのだ。そうでもしないと、あんな頭のおかしいこと、できるはずがない。

 

…一緒に行きたいけど、ここらへんで三春と交代で仮眠を取らないと、最悪私が倒れかねない。ただでさえ、最近は動画制作等で少しミスが増えてきたのだ。

 

「さー三春ちゃん〜!寝ましょうね〜!」

 

「うん。でも、その前に」

 

パソコンを立ち上げて、海外のニュースに目を向けた。G7はあがってるけど…結構あがってない国多いな。

 

まあこういう時、政府が人員不足を補うために、広報の人員すらこき使う、あるいは、単純にゴブリン等化け物によって全滅させられたか。報道が民営化されていれば、そこから得られることもあるのだけれど…。

 

まあ、取り敢えずまとめてみよう。

 

と、そこで、パソコンの検索ワードをみて即座に目を逸らした三春に目を向けた。

 

「三春も見る?」

 

「いや、私は寝ようかな〜って〜」

 

「あはは、三春が寝たら起きれないから私が先に寝るって言ったじゃん。当然、それまでは三春も寝かさないよ?」

 

「コーヒーいれるね〜」

 

快諾してもらえて何よりである。マイペースな三春は案外作業は効率良かったりする(ゆっくりやるから結局は普通の人)ので、助かるのだ。

 

 

 

 

 

まず、今回のゴブリンイベント。最大の疑問点だった『ゴブリンの王を倒せず、時間切れ』となった場合の話。結果としては、大きなデメリットはない様子だった。

 

ただ、当然ながら本来得られるはずのメリットは失う。具体的には、ゴブリンが湧かなくなる、また、ゴブリンの森、あるいはゴブリンの村の出現である。

 

そして、G7はそのメリットを享受出来たようだがG20と広げていくと、ポツポツとそれが出来なくなっていくようだった。

 

初期は、一般的な意見として、ゴブリンが出なくなるくらいであれば、ゴブリンの王という災害は最悪無視という選択肢もあるのではという話になったが、空飛ぶっく(正式名称)の誕生によりその意見は淘汰された。

 

やはり、空飛ぶっくはかなりエグい。一応銃等で対処は可能なのだが、普通の人間は銃を持たない。少なくとも、これまで平和だった国では。よって、空飛ぶっく付きゴブリンの群れに、一部の国は苦しんでいるようだった。

 

また、今回のゴブリンの王。最も早く倒すことができた国は、中国であった。アジア諸国は全国もれなく、初期のゴブリンによって甚大な被害を受けている。とはいえ、多くの人的資源から繰り出される能力の飽和攻撃と、重火器の集中砲火によって、あっさりと倒されたようであった。

 

…一部の人は、ゴブリンを狩りたいという理由で他国へ行ったという噂もある当たり、ゴブリンへの恨みが強い、というのもあるのかもしれない。

 

そして、次がインド。理由は中国と似たようなものとされている。そして、3番目はアメリカだ。

 

アジア、オセアニア、アフリカ、ヨーロッパの状況からゴブリンの王を分析し、普通に軍事力で押し切ったようであった。アメリカは日本との時差の都合上、日本でゴブリンの王が現れてから大体13時間なため、ある程度の準備はできていたのだろう。

 

さて、ここまでで、参考になるかと言えば勿論、

 

まっったくならない。主に人が足りないのだ。それに、私が参考にしたって意味がない。頑張れ日本。頑張れ自衛隊である。

 

しかし、めちゃくちゃ参考になることもある。それは、ゴブリンの森についてである。

 

まず初めに、日本は、ゴブリンの王を倒したとはいえ、新たな化け物が出るまで残された時間が1.5日。当然、あまりゴブリン達について調べられていないのだ。その点、海外では様々な事柄が試されている。

 

まずはじめに、異世界産の技術。

 

これは、意外というべきか、やはりというべきか、世界共通であった。お姉ちゃんに使ったおくすりは勿論、異世界産の武器なども手に入ったようだ。性能面についても、文句なし。ただ言うことがあるとするなら、数が限られているのが問題である。

 

他にも、なんと、()()()()となることも判明。ゴブリンの村には宿泊施設があり、不動産を通じて家も買える。そしてそのゴブリン村の内部は、化け物が湧かない。

 

これには仮説があるが、現状最も有力なのは、ゴブリンの住民たちによって、ゴブリンの村という地域単位の化け物の湧く制限が限界値となっていること。

 

また、外から来た化け物は、オーガですら倒せるということで、中は完全なる安全地帯。ちなみに現在、富裕層が必死になっている。

 

 

 

そしてもう一つ。ゴブリン村を

 

()()()()()()()

 

まず、ゴブリンの森は消失。当然、化け物も湧く。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一応、例の声によると、『ああ!なんてことだ。友好を示したゴブリン達を、こんなにも無情に扱うなんて!恨みつらみが募ったゴブリン達は、ゴブリン村の秘術によって思念体となり、他の化け物に寄生します。彼等の望みは、人類の破滅。未来永劫、この恨みは薄れることなく、この邪智暴虐な彼等を苦しめるだろう』とのことらしい。

 

その言葉通り、恐ろしい変化が見られた。それは、

 

 

化け物たちの、()()()である。

 

その国では、オーク、オーガ、スケルトン、そして、スライムまでが軍隊のようにまとまって行動するようになってしまった。ゴブリンの技術なのか、スライムをその他の化け物達は素手で持っている。

 

一応、化け物でもスライムの圧倒的な強酸には勝てないと結論出ていたのだが…やはり、異世界の技術は侮れない。

 

 

 

 

最後に、面白い事が分かってきた。現在、日本という国内において、同じ能力というものは見られていない。似ていても、少しだけ違ったりするのだ。

 

しかし、国が違えば、そうでもないことがわかった。

 

英雄が、世界に名を馳せ始めた。

 

アメリカで、拡大、縮小の能力持ち。お姉ちゃんのファンと同じだ。

 

中国で、触れたものを眠らせる能力。私と同じ。

 

イギリスで、

 

インドで、

 

フランスで、

 

聞き覚えのある能力が、次々と前に出始めた。もちろん、それらがすべて微妙に違う可能性もなくはないが、可能性は低いはずだ。

 

そして、一人気になった子がいた。

 

とある国の女子大生。彼女の能力は―――

 

接続(コネクト)

 

己の力を過信して(ヒーローだと信じ切って)、無駄に戦い、最後は自殺した女の子、その子の名前はカトレア。

 

SNS上で、お姉ちゃんのファンと主張していた子の一人である。

 

 

 

 

 

 

 



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裏準備と『力を貸してください!』

「ん〜?」

 

戦闘中、そう呟いた。現在、新しい化け物が現れてから3時間は経過している。本来は、配信の準備に取り掛かるぐらいの時間だ。もちろん、その存在は見つけたし、戦闘して、攻撃の威力、攻撃のパターン、移動速度、癖、特殊能力的なものもすべてチェックし、あとは、安定した倒し方を見つけるのみとなった。

 

今回の敵は、ゲーム的に言うならダークナイト。中身のない黒い鎧が、音をたてながら世界を闊歩していた。

 

そんなダークナイト。全く倒せない。マジで、ブラックジャックでぶっ叩いても、短刀を鎧の隙間に差し込んでも、本当に倒せなかった。

 

それでも時間は無慈悲に進み、ずっと攻撃が来るので配信準備なんて全く出来ていない。

 

「やってみようかな…」

 

前回の配信。アーカイブからコメントを軽く見ていると、思ったより要望が多く見られた。曰く、〜が知りたい。〜したらどうなるのかと言うようなもの。これが、結構馬鹿にならないくらい大切だった。

 

【空飛ぶっくの紙をページを破いたらどうなるの?】

 

【ページ折ったら?】

 

こんな質問。楽に試せそうなものだが、私の発想力じゃ考えが及ばずやっていなかったのだ。

 

実際、気になったので昼に外でやってみると、破いた時、その他のすべてのページが同じ破れ方をして、単純に数が2倍。一つ一つのサイズは小さくなった。これは明らかに手数が増えて不利になる。

 

しかし、折る方は面白い反応があった。

 

なんと、ページを折ることによって、破った時と同様、その他のページが全て同じように折れて、いざ射出される時、勢いと精度が大きく落ちた。

 

空気抵抗や風をもろに受けて、まっすぐ飛ばずにヘロヘロと多くが地面に落ちていったのだ。非常時に役立つ知識であり、すぐさま恵が拡散した。

 

とまあ、こんな感じで皆の意見はとてつもなく貴重で、私なんかの発想よりも遥かに柔軟で役に立つ。それなら…テスターとしてみてもいいんじゃないだろうか。

 

あ、そうだそうだ。いつもとおんなじじゃなくて、ちょっと変えないと…

 

 

 

 

 

 

『は〜い皆さんどもども〜。じゃあ早速、今日現れた化け物について、各情報をお届けします!…でも皆ごめんなさい。今日は、タイトルにある通り、皆の力を貸して欲しいんです。あ、これだとわからないよね。先に、今回出てきた化け物、ダークナイトについて話していくね』

 

画用紙はちょっと書く時間が取れなかったので、仕方なく、その場で拾った木の棒で地面に描いていく。

 

『まず、ダークナイトは中身のない黒い甲冑です。ガッチャガッチャ煩いから、接近には気づきやすいし、走る速度も遅め。まぁまぁ大きいから、視認もしやすいと思います。だから、逃げるのは難しくないかな』

 

これのお陰で、倒せなくても検証を複数体で実行できた。

 

『攻撃方法は剣で切る、突く、タックル、魔法。後で見ようと思うけど、言葉で説明しちゃうと黒色の雷を落としてくるよ。剣で切る、突くは言うまでもないけど、タックルは当たると数メートル吹っ飛ぶし、魔法は死ぬことはないけど、当たると痺れて動けなくなります!』

 

『で、本題なんですけど…倒し方がわかりません!』

 

コメントの流れが早くなったけど、ちょっと見るのが怖い。

 

『このままだと、いつもの時間に間に合わなそうなので、せめて、ということでこういう形をとらせていただきました。なので、コメントとかで色々な意見を教えてほしいです!なんでも試します!ジャンジャンください!』

 

そう言いながら移動して、いざ、ダークナイトの前に立つ。ひとまずは戦いながら、失敗したやり方を見せていくのでいいだろう。

 

『はじめに試したのはブラックジャックで叩くことです。でも、』

 

カァン!!

 

激しい音とともに、鎧の一部が凹む―――とか、そんなことなく、ツルツルスベスベの鎧がそこにあった。

 

『はい、カッチカチです。これまでいろんな場所を十回叩いたんですけど、どこも傷付きませんでした。こんな感じで』

 

言いながら、ブラックジャックでいろんな場所を叩く。正直煩いから、私が言ってること全部聞こえてるかな?

 

【鎧の音うるさwww】

 

【ちょっと聞こえないです!】

 

あ、ダメそう。

 

一旦距離をとって、木の上に逃げる。

 

『っあ、言い忘れてたけど、このダークナイトは深追いしてきません!持ち場があるのか、すぐに戻ってくれます!』

 

そのままさっきの発言を繰り返して、今度は短刀を取り出す。

 

『えいっ!』

 

顔全体を覆う兜の穴に、短刀を突き刺す。…効果はなく、むしろ、ダークナイトの突き出した剣がお腹を貫いた。すぐに離れて、

 

『っ!…とまあ、こんな感じで、わからないんです』

 

【え!?】

 

【は?】

 

『あっあっ、えっ?ど、どうかしましたか?え、私なにかしましたか…?ごっごめんなさい!』

 

【切られても大丈夫なの?】

 

っ!あ、あ〜、なるほど。そういうことか。…まあ、もう言ってもいいのかな?

 

『あ、そのことか〜。えっと、そうですね…感覚的に、スパッといくより、力づくで肉を裂いていく感じだと思います!なので、切れ味は悪いかな?剣さんみたいに武器ごと切られるーということはないと思います!』

 

【違う】

 

【それじゃない】

 

『わ、わかってます!その、詳しくは省くけど、私は、怪我しても怪我してないことになるから、痛みは残るけど怪我しても大丈夫なんです!』

 

…コメント的に、伝わってそう、かな?あ、でも、今日はそれより…

 

『皆、なにか案はありませんか?』

 

しばらく関係ないコメントが流れていって、主に日本語、たまに英語のコメントが流れる。英語読めない…。

 

『えっと、ごめんなさい。英語読めなくて…えっと、スライム?』

 

【スライムで鎧を溶かす】

 

なるほど。物理で壊せない鎧を、酸で攻めていくのか。

 

『なるほど…?でも、ダークナイトって動かしづらいから、触れないスライムだと難しいかな…』

 

そうは言いつつ、周囲を探してみる。うん。化け物の種類が増えたせいで、スライムとか、オークとか、前より数が減ってるから見つけにくくなっているのだ。

 

『ごめんなさい。後で探してみるけど、今は別のやり方やってみますね』

 

【鎧の兜を回す?】

 

『兜…やったことないですね。やってみましょう!』

 

さっきから何度も実験対象となっているダークナイト君。対戦よろしくお願いします。

 

多分、一番可能性がありそうなのは…魔法のときかな。

 

『じゃあ、このダークナイトは魔法を撃つときにオーガと同じで癖を見せてくれます。ああ、今ちょうどやっていますね。ああやって、地面に剣を刺した時―――すぐになにか高いものの近くに行きましょう』

 

ドガン!

 

『あ、きましたね。こうやって、雷を落としてきます。ちゃんと、高いところに近付けばそこに集中するから、それで避けることができます』

 

ドカン!ドカン!ドカン!

 

『そして、5回繰り返して、地面に刺さった剣を抜きます』

 

ダークナイトはふんぬぅ〜!という効果音がつきそうな様子で剣を引っこ抜こうとしている。

 

『あれ、抜けるのに時間がかかるので、その間がチャンスなんですけど…』

 

取り敢えずはまああれだ。兜を回してみよう。

 

真っ黒な兜を後ろから両手ではさみ、

 

『ふんっ!』

 

パァン!!

 

『わっ!!!』

 

捻った途端にダークナイトの首あたりで紫色のなにかが弾け、破裂音にびっくりしてしまった。

 

【大丈夫!?】

 

【痛みは!?】

 

『あ、変な声出しちゃってごめんなさい。えっと、ダークナイトは…!?』

 

見てみると、コロリと魔石が転がっていた。

 

『やったやった!みんなありがとう!やっとダークナイト倒せました!』

 

やっぱり、皆の意見って大切だ。あんなにも時間をかけたのが、こんなにも簡単に解決してしまった。

 

『じゃあ!スライムの近くのダークナイトを見つけるまで、色々な方法を試しましょう!』

 

 

 

 

 

 

【ダークナイトの雷をダークナイト自体に当てる】

 

『あ、なるほど!』

 

魔法の予兆が見えた瞬間、ダークナイトのそばでしゃがむ。

 

『あっ!』

 

地面を伝って、電流が体を走った。まだ慣れてないから、痛みに声を漏らしてしまう。

 

でも、そのかいあってか、ダークナイトは黒い雷が当たった瞬間バラバラと崩れていった。

 

『ちょっっ、とまぁって、くださ、いぃ〜』

 

痺れて、うまく喋れない。しばらくして、体の電気が完全に抜ける。

 

『えっと、倒せましたね。これだと、ダークナイトは倒せても、オークとか、新しい敵が現れたら殺されますね。でも、電気が効くというのはかなりいいんじゃないかな?…私は持ってないので、自衛隊さん!スタンガンとか試してみてください!』

 

こんなわがままな要望、出しちゃって大丈夫かな?

 

 

 

 

 

【ダークナイトの剣を奪って刺す!】

 

『…わ、わかりました』

 

私の力でそんなのできるかな…?

 

両手で剣を握り、グッと後ろに引く。突きの前兆なので、横にひらりと体を動かした。

 

そして、突き出された剣をキャッチ!

 

『いったぁ!!!!!』

 

刃に触れてしまい、指がサクッといった。それでついつい手を放してしまって、失敗。

 

『あ、ああ、ごめんなさい…』

 

もう一度、今度は魔法を撃つために地面に刺そうとした瞬間。無理でも、近くに電柱があるから躱せるだろう。

 

『ふぬっ!』

 

かったい!けど、力の方向に気を遣えば…

 

『おりゃっ!!抜けました!!ってあれ?』

 

剣を抜いたからか、魔法がキャンセルされ、そして、ダークナイトはオロオロと可愛らしく両手をガチャガチャさせた。

 

『ちょっとかわいいな…えいっ』

 

そのまま、ダークナイトの剣で切ってみるけど、弾かれ、じゃあ隙間に通してみれば、特に何もなく、普通にダークナイトは手元にない剣を探してオロオロしていた。

 

『魔法の時、剣を抜いたらキャンセルされるみたいですね。でも、やる意味はあんまりないかな。余裕のあるときにしましょう』

 

そのまま、首をねじ切った。

 

『あんまりスライムとダークナイトいないですねー』

 

一応見つからないわけじゃないのだが、その近くにダークナイトがいない。ほんとに運が悪いのかな…。

 

取り敢えずまたまた高台に登って見下ろす。

 

「っあ」

 

化け物が、一部に密集している。

 

『えっと、今、危なそうな人を見つけたので、そこに行きますね。カメラは一旦ここに置くんですけど、ちょっと時間と体力的にそろそろ限界なので終わらせて貰います…』

 

多分、配信はじめてもう4時間ぐらい。コメント見ながらは思ったよりきついし、それができるサイコミールさんはほんとにすごいなぁ…。

 

『時短のために、配信終了の奴は後でやります!無駄に配信が続くけどごめんね!』

 

普通の人は配信に勝手に映されるのは嬉しくないはずだ。これでいい。急がなきゃ。

 

 

 

 

 

ブロック塀に囲まれて、完全に端に追いやられている。最短が家の屋根を通るので、上から声を掛ける。

 

「大丈夫ですか!?」

 

これが気にし過ぎならそれでいい。大丈夫と返ってくるなら挟み込むなり何なりで対処するし、大丈夫じゃないならむりやり間に入って助け出す。ネトゲじゃないし、多分そういうことをしても怒られることはないはずだ。

 

「…」

 

何も聞こえないし、空飛ぶっくのせいで姿もあんまり見えない。でも確実に、化け物の集まり具合のお陰でいるのはわかっている。

 

「助けに行きます!!!」

 

敵は、オーク、スケルトン、空飛ぶっくの集団。取り敢えずブラックジャックで殴れば解決出来る。

 

上から、空飛ぶっく付きオークを潰す。周囲のオークを短刀で切り、スケルトンは心臓のあたりに手を伸ばす。密集具合的に、そのやり方の方が隙もなく速い。

 

「…あの、大丈夫ですか?」

 

全部倒し終わり、腰を抜かしている女性に声を掛けた。生きている。でも、どこかぼーっとしている。

 

「えっと?」

 

肩を叩いてみる。びくりと、跳ねるように動き出した。

 

「あ、ごめん。助けてくれてありがとう」

 

「えっ」

 

「?」

 

目の前の彼女が放った言葉は、()()()()()()()()()()()。なのに、意味がわかった。でも、彼女からしてみれば、そうでもないらしい。

 

「あの、英語ですよね…?」

 

「あ、うん!えっと、でも、()()()()()()()()?」

 

そこでピン!とひらめいた。

 

「ああ、なんだ。そういう能力ですか?」

 

「あはは、違うよ。これは、皆そうなんだよ?」

 

「?」

 

ちょっと意味がわからない。なにを言ってるの…?この現象はこれまで一度もない。ネットでも、別に英語の意味がわかるとかそういうのはない。

 

「はじめまして!私はカトレア!ファンなの!会えて嬉しいよ!」

 

「あ、えっと、陽菜です…」

 

「連絡先教えて!」

 

「…え?あ、うん」

 

何このコミュ強?

 

 

 

 

 

 

 

「って事があったんだー」

 

「………」

 

「恵?」

 

「フェイクニュースとかだよね…?」

 

 




こういうほうが配信っぽいよなぁ…


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変化の予兆

《恵視点》


 

「じゃあ、お姉ちゃん。おやすみなさい」

 

「おやすみぃぃぃ…( ˘ω˘)スヤァ」

 

よし。寝付いた。まずは、お姉ちゃんの配信から要点をまとめて、動画にしないといけない。三春はまだ爆睡中。集中出来る。

 

カタ…

 

「っ!」

 

……体が当たっただけ。うん。決して、幽霊なんてものはいない。そう。いない。

 

「はぁー。ふぅー。よし」

 

動画編集は後。まずは、今回の現象について、徹底的に調べ上げよう。私が気になった、既に故人となったカトレアと、お姉ちゃんが今日会った、カトレアという子。その二人は、たまたま同じ名前で、たまたまどっちもお姉ちゃんのファンというだけなのか、それか、彼女達は同一人物なのか。それに加えて、あの、言語の話も気になった。

 

お姉ちゃんの話を聞く限り、私の思うカトレアとの共通点は名前と、お姉ちゃんのファンであることのみ。なんなら、私が知っている方のカトレアは死んでいる。だけど、物凄く気になってしまったのだ。

 

まず、真っ先に疑うべきは、彼女が死んだことが本当なのかどうか。…これは、正しいかな。情報源がその国の警察機関で、また、彼女はその国内では尊敬されていたから、大々的なニュースとなった模様だ。

 

容姿、分かるね。家族構成、いける。名前、ちゃんと分かる。そして能力。これは、彼女ではない第三者の投稿を見るに、ほぼ間違いなく接続だ。…可能性は低いけど、ゴブリンの攻撃に対して、カトレアは顔を強くしかめているのに対し、お姉ちゃんはいった…くらいで済ませているから、痛みが違うのかもしれない。

 

「でも、容姿がわかるならいけそう。えっと、配信アーカイブっと」

 

高台に登り、お姉ちゃんが辺りを見回した瞬間、

 

「あった…」

 

一瞬しか見えないけど、髪色と髪型だけは辛うじてわかった。水色の髪に、お団子が2つ、上の方に作られている。ああ…うん。

 

()()()()()()()()()()

 

取り敢えず、もうこれは同一人物と考えてもいいかな。確証を得たいのであれば、お姉ちゃんに海外の方のカトレアの動画や写真を見せれば済む話。今は寝ているから、起きてから。

 

で、本当にカトレアという少女が生き返ったとして、その原因となるものは…不明。

 

少なくとも、今の状態において、死体を操るとかのネクロマンサー系の能力は確認されていない。…多分これは、倫理的にアウトな面と、宗教的な面が絡む可能性はあるから、隠しているだけという線もあるだろう。

 

とはいえ、それだけでは説明できないのは、お姉ちゃんとカトレアとの会話における違和感。お姉ちゃんのファンだから、カトレアが多少の日本語がわかるかもというのはある。

 

でも、お姉ちゃんの英語のリスニングは結構ひどい。カトレアが聞き取りやすく話していたとしても、全部は聞き取れないんじゃないだろうか。それに、()()()()()()()()()というのが納得出来ない。

 

だから、結局はやっぱり、能力かなんかによるものなんじゃないかと思ったりする。そして、カトレアの発言的に、そのことを、カトレアはわかっているし、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…死者蘇生」

 

様々な言語で、それに近しい言葉を検索にかける。…良さげな記事や投稿は見られない。

 

「なら、言語、能力」

 

見つかったのは、一本の動画。日付は、昨日。再生する。

 

「…うわ」

 

凄い。全く持って知らない言語が、するりと脳内に、意味を持って侵入してくる。なんというか、ちょっと気持ちが悪い。

 

でも、これで分かった。おそらく、この動画の人物と、カトレアは確実に何かの共通点がある。そして、この二人の出現場所は離れているから、同じような人が、世界中に現れても不思議じゃない。

 

で、こういうことができるのは、やっぱり、あの存在しかあり得ない。

 

「また、新たなイベント…?」

 

まだゴブリンのイベントが終わったばっかりである。でも、イベントは一回のみなんて事はないだろうから、確実に次もある。そして、これは…準備、いや、予兆?

 

「やっぱり、お姉ちゃんに聞くしかないか」

 

なんの因果か、お姉ちゃんはカトレアの連絡先も知っていて、声も、容姿も、会う手段すら持っている。お姉ちゃんを通せば、彼女が同一人物かどうか、能力は何なのか、さっきの人物との共通点等、いろんなことを知れる。

 

…あー。やっぱり、お姉ちゃんに聞くのを最初にすべきだった。時間の無駄だったな。いや、でも、幽霊じゃなさそうというのが分かっただけでもいいや。これで、動画編集に集中できる。

 

頭を切り替えて、要点とかをまとめ始める。字幕をつけて、無駄な部分は省いて…。あ、そういえば、電気とかどうなったのかな?

 

検索してみると、自衛隊の方でダークナイトに対する検証があがっている。どうやら、スタンガン等の電気も効いたらしい。あ、でも流石に、スライムは試していないそうだ。

 

まあ、電気が効くというのはかなりいい情報だから、注釈を入れて…っと。

 

「恵ちゃん〜おはよ〜」

 

眠そうに目を擦りながら、三春が起きてきた。切り上げて、ご飯の用意しないと。

 

「おはよ。三春。ご飯何がいい?」

 

「パン〜」

 

「はーい」

 

そのまま、三春がニュースをつける。

 

『――のニュースです。世界中で、謎の現象が相次いでいます』

 

「え?」

 

テレビには、先程と同じく、知らない言語なのに、するりと脳内に意味を持って侵入してくる言葉を話す人がいた。そして、そのような人達の出現地域を世界地図に点で表している。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大量の誤字報告ありがとうございますm(_ _)m


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最悪の推測

「お姉ちゃん!!」

 

目が覚めてリビングに行くと恵が飛びつかんばかりに寄ってきた。

 

「何々!?どうしたの!?」

 

「見て!」

 

バッ!と私に見せつけてきたのは、水色の髪の女の子。2つのお団子が上の方に作られていてとっても可愛らしい。というか…

 

「カトレアちゃん?」

 

「ほんとに?ぜっったいに見間違いじゃないよね!!!!」

 

「え、うん」

 

「ありがとう!」

 

突然どうしたのだろう。恵の焦り用が凄まじい。知りたいことはそれだけだったのか、ドタバタと持ち場に戻っては、パソコンを叩き始めた。傍らでは三春ちゃんがふわ〜としている。

 

取り敢えず、三春ちゃんにちょいちょいと手招きして、原因を探る。

 

「えっと〜よくわかんないですけど〜、このニュースが原因ですかね〜」

 

スマホを通じて、三春ちゃんはニュースを見せてくれた。内容は不思議な言葉を話す人達の特集。ニュース内で再生された音声では、言語は全く知らないけれど、意味が理解出来る。あのカトレアちゃんと全く同じだった。

 

「…不思議だね」

 

「不思議ですね〜」

 

昨日までは、カトレアちゃんが能力を隠していただけだと思っていたけれど、そうじゃないみたいだ。でもそれなら、原因となるのは、かなり限られてくるだろう。まあまず間違いなく、あの、声の主だと思う。

 

「…ああ、恵は次のイベントの予兆だと思っているのかな?」

 

「う〜ん。そうなんですかね〜?」

 

それなら、辻褄は合うし、恵の焦りようは理解できた。ゴブリンの例を見るに、イベントは絶対に被害が出る。完璧に予測できれば被害は減るだろう。まあ、少しでもズレがあれば、逆効果なこともあるけど。

 

とはいえ、

 

「恵。ちょっといいかな?」

 

「ちょっっっと待って。私もお姉ちゃんにお願いしたいことがあるんだけど、これだけまとめさせて!」

 

「はいはい」

 

多分、既に用意されていたのであろう朝ごはんを三春ちゃんが持ってきてくれたので、それを食べながらのんびりと待つ。食べながらも恵を見るけど、全然終わる気配がない。

 

「あ、そうだ。三春ちゃんも手伝って〜」

 

「はい〜。私も心配ですから〜」

 

そのまま、恵が調べているであろう範囲を避けながらニュースや記事を確認していると、ふらりと恵が立ち上がった。

 

「お姉ちゃん…!カトレアの連絡先を教えて!」

 

「…それは、調査に必要なんだよね?」

 

「うん」

 

「それって、今じゃないとだめ?」

 

「だめ!…じゃないけど、はやくしたいな。確証が生まれれば、一気に仮説が進むし」

 

「わかったわかった。じゃあさ、」

 

「わ」

 

言葉を切って、ふらつく恵の手を引いた。そのまま、倒れるように飛び込んでくる恵を受け止める。

 

「恵、ちゃんと寝た?寝てないでしょ?隈もすっごいし」

 

「…そうだけど、もし、最悪の想定通りに進むなら、軽く見積もっても被害が跳ね上がる」

 

んー、思ったより深刻っぽいなぁ。でも、

 

「なら、なおさら自分を追い詰めながら考えるのは良くないよ。視野がすっごく狭くなるし、休もう?ほら、ベッド行こう?」

 

しばらく、何かを考えていたようだが、観念したかのように力が抜けて、完全に私に体を預けてきた。

 

「ふふふ。偉いよ〜」

 

そうして、ゆっくりと恵を部屋のベッドで寝かして、寝息をたてたのを確認してからリビングに戻った。

 

「どうでした〜?」

 

「可愛かった。久しぶりに恵の写真フォルダが潤ったよ」

 

「私にも見せてくださいね〜」

 

あははと笑いながら、恵がまとめていたページを確認した。ニュースで取り上げられていた資料も軽く纏めてあるけど、それよりも大部分を締めていたのは、別の視点だった。

 

「これまでの犠牲者…?」

 

そこには、名前がわかるものにはびっしりと、そして、顔写真もついている。また、能力を使っていた痕跡がある者。中でも、ヒーローと呼ばれるほどに活躍したものの命を落とした者はこれ以上ないほどに強調されていた。

 

「どう思う?」

 

「ん〜。恵ちゃんのことですから〜、関連付けてるんでしょうけど〜?」

 

そうして、ページをスクロールしていくと、時折、変なマークがついている人がいた。それ単体の人もいれば、活躍した人プラスでそのマークがついていることもある。そして、そのマークの横には、必ず日付がついている。

 

「このマーク…ん?え、ちょ、まって」

 

「はい〜」

 

ついさっき、恵に念押しされたカトレアちゃんの写真があった。そして、その日付は、今日ではなくもっと前。ちょうど、ゴブリンイベントの時あたりだ。

 

「な、なるほどね~」

 

じわりと、背中を汗が伝うような感覚が走った。

 

「どうかしたんですか〜?」

 

「あ、うん。えっと」

 

気付きと推測を三春ちゃんと共有する。話を聞き終わり、顔を引き締めながらものんびりとした口調を崩さずに話す。

 

「えっと〜、もしかしてさっきの恵ちゃんの最悪の想定って〜」

 

更にスクロールすれば、恵の推測がメモされていた。その一つが、やけに目にとまる。

 

「死者が敵になるってことなんですかね〜?」

 

「…カトレアちゃんとか、現状確認出来る動画的にそれはなさそうだけど…ね」

 

今のところ、そのような事を仄めかす人はいない。なんなら、カトレアちゃんに至っては私に対して友好的だ。

 

だからどうか、そうなりませんように。

 

 




感想とか、とても嬉しいです!ありがとうございます!でも、しばらく投稿頻度は落ちるかもです…


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化けガエルの倒し方!

『はーい!皆さんどもども〜。なんか、物凄く変なことが世界で起こっていますが、私は、今は取り敢えずいつも通り化け物の倒し方を教えていきたいと思います!あ、でも今回は前回みたいに質問時間を設けて、みんなともっと良い倒し方を考えていきたいと思うので、どうかよろしくお願いします!』

 

というわけでいつもの図。正直、これ要るのか不安になってきた。

 

『えーっと、今回の化け物は、こちら。化けガエルです。私がいま適当につけたものですけど、このカエルはその名前通り、変身します。そして、油断して近づいてきたところを丸呑みされます。あ、丸呑みされるって言っても、それで即死とかはない感じだね。お腹の中は空気が薄くて、ベトベトするけど、刃物とかで中から切り裂けるよ』

 

【ん?陽菜ちゃん呑み込まれてね?】

 

『え?まあ一回しか呑み込まれてないけどね』

 

【!?】

 

【なんてことしてるの!?】

 

『…?あ、でもね、この変身なんだけど、結構簡単に見分けられるかな。後で確認しようと思うけど、目がかなり違うから、そこが一番見分けられると思うよ。他にもあるけど、それは後でね。あ、今のところ変身してるのは人、猫、犬、虫かな。サイズは多分好き放題変えられるんだと思います。元のカエルは大体、えーと、大型犬ぐらい!』

 

『それで、さっき丸呑みされるって言ったけど、それだけじゃないよ。当然のことなんだけど、変身を解いたら、丸呑み以外の攻撃もしてきます。それがこれ。飛び付く、粘液を飛ばす、舌で突く、このあたりかな。一つ一つ説明していくね』

 

そうして、攻撃方法を纏めた紙を見せる。

 

『まず、飛び付く。このカエル自体が重いし、余裕で重心を崩されて、倒れちゃいます。そしたらゴブリン…はいないところもいるけど、オークとか、オーガにリンチされちゃいます。これは、対処法としては落ち着いて、しっかりと引き剥がしましょう。それか、刃物を突き刺すぐらいだと思います』

 

『次は、粘液を飛ばす。これはものすっごいベットベトだよ。動きがかなり制限されるね。気持ち悪いけど、当たっても数秒たったら水に変わるからそうれまで逃げたほうがいいかな』

 

『で、最後は舌で突く。これ、一番危ないです。結構ダメージが大きいし、目に入れば多分間違いなく失明します。みぞおちを突かれると呼吸が苦しくなるね。で、避けるのがかな〜り厳しいから、後で教える予兆を見逃さないようにしよう』

 

紙を纏めてカバンに詰めて、石で飛ばないようにする。

 

『さ!それじゃ行ってみよう!…あ、倒すのに使うのはブラックジャックと包丁のいつものセットだよ!』

 

この装備は、多分相当なことがないと変えることはないと思う。まあ、それはこのチャンネルのアイデンティティということでいいだろう。

 

 

 

 

『お、あれだねぇ』

 

すやすやと眠る野良猫に目をつける。家族連れなのか、親猫二匹と3匹の小猫で眠っている。

 

『ん〜、いい機会かも。ねえ皆、あの中に一匹だけ化けガエルがいるよ。考えてみてね』

 

そこから1分ほど待ち、ぼちぼちコメントが答えを出し始めたので答え合わせだ。

 

『そう!正解は手前から3番目の猫!これ、多分よく見たらわかると思うんだけど、毛並みに違和感がないかな?うん、分かった人も結構いると思うけど、ちょっとヌメヌメしてます。というか、猫の下を見てみて。ちょっと濡れてるよね?これが、一番いい見分け方だね』

 

そのまま、私は足音を響かせないように近づいていく。

 

『こうやって、先に正体がわかったときは、もう勝ったようなものだね。わざと近づいて、適当な石か枝をぶつけましょう』

 

そうして、ちょんとその猫に石が触れた瞬間、猫がぐにゃりと歪み、むりやり引き伸ばされたように体が伸びる。そうして、猫の口とは全く別の場所が開いて飛び出た舌が石を絡め取った。

 

それが、シュッと口内に戻ったタイミングで、ブラックジャックでぶっ叩いた。ぐちゃりと潰れ、その場に石がコロリと転がった。

 

『はい!こんな感じで、隙たっぷりなのでそこを突きましょう!でも、今はブラックジャックで叩いたけど、できるだけ包丁のほうがいいかな。そのほうがきれいに倒せるし、後で魔石を武器として使うならそのほうがいいよ』

 

そうして、そのまま別のカエルを探す。その間に適当にコメントを眺める。

 

【気持ち悪っ】

 

『あー、わかる。気持ち悪いよね。今のところ、このカエルがカエル以外の姿で動くのは見たことないから、サイズを小さくして家に侵入するっていうのはないんじゃないかな…。あの、誰かそれを見た人いますか?』

 

【朝4時にそんな事してる人いなくね?】

 

【いたらヤバい】

 

【自衛隊だが、今のところそのような報告はない】

 

『わ、自衛隊さんだぁ』

 

と、そのタイミングで、配信とは別に恵から連絡が来た。

 

〘裏付けがない限り、配信でその話は辞めたほうがいいと思う。軽くネットで探してみたけど、見たことあるって人もいたよ。嘘かもだけどね!それに、その人が本物の自衛隊とは限らないからね!〙

 

たしかに。そもそも、自衛隊が今こんな配信を見れるのだろうかという話もある。

 

『あ、えっと、その、まあ、まだ日が浅いから、今日のところは皆窓とかはしっかりと閉めよう!もしかしたらたまたま見ていないだけって可能性もあるからね!』

 

えっと、これでいいのかな?あ、恵からスタンプ来た。いいみたい。

 

『…てあ、いたね、じゃあ次!あの化けガエル、今度は普通に戦おうかな!』

 

目がおかしい犬。当然ながら化けガエルだ。さっきと同じように、化けガエルに近づいて、同じように枝を食べさせる。そのまま潰さずに、一旦後ろにさがった。

 

『さっきもちょっと言ったけど、たま〜に、この化けガエル普通に歩いてるんだよね。だから、そのとき用の対策だね』

 

化けガエルが丸呑みの硬直から解かれて、普通のカエルが鳴くかのように喉を膨らませた。

 

ゲコッ!

 

カエルの正面から離れて、そのまま飛び出た舌に包丁を合わせる。

 

ゲェッ!

 

『今みたいに、喉を膨らませたら絶対に舌を出してくる。そのときに正面には絶対に回らないこと!』

 

化けガエルは痛みに苦しんだあと、後ろ足のみで体を跳ねさせる。

 

『これ!飛びつき!』

 

当たると面倒臭いので、避けて、そのままブラックジャックをぶち当てる。

 

ガッ!

 

流石にキツかったようで、カエルは魔石に変わった。

 

『あっ、倒しちゃった。じゃあ次の探しに行こっ…!?」

 

足元の虫が、急激に体を引き伸ばす。視界が暗くなり、おそらく、頭の髪飾り型のカメラもその様子を映していることだろう。それに、体内はベトベトしてるから、スマホとカメラがやばい!

 

咄嗟に短刀を取り出して、我武者羅に振った。

 

ゲェェ!!

 

無事倒すことができ、その場には魔石とベトベトの私が残った。

 

『うへぇ…』

 

しばらくすると水に変わったけど、それはそれで気持ち悪い。でも、カメラもスマホも無事だし、ひとまず良しだ。

 

『はい、こんな感じで、気をつけましょう…。もう、粘液はいいかな。こんな感じで、うぅ…。あ、そうだ、コメントで何か他の倒し方思いついた人いますか?』

 

【うーん…】

 

【思いつかない】

 

【そもそも、前回と違って特別特殊な敵じゃないからいないんじゃないかな?】

 

そこから、特に良さそうな倒し方があるわけでもなく、コメントから目を離し、カメラを見た。

 

『それでは、今回はこれで終わろうと思います!最後に、まだ小さい体で侵入してくる可能性もあるから、窓はしっかりと閉めましょう!それじゃ、ご視聴ありがとうございました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、当然ながら変なコメントは恵ちゃんが徹底的に消しました。具体的には【エッッッッッ】などです。ご安心ください。この世界のネットもネットです。


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死者の野望

配信が終わり、後片付けも済ませた私は、ヘトヘトの体を引きずりながら帰路を辿っていた。散々配信中に歩いた場所なので、既に化け物は一掃されている。そこには、呑気な鳥の声が鳴り響いていた。

 

「あ…フード被らなきゃ」

 

恵に、外では目立つだろうからフードを付けたほうがいいと言われていたのを思い出す。また、それに追加で、配信中にはその服を見せないようにとも言われている。その方が、バレにくいから、と。そもそも、外に人なんてほとんど居ないんだけどね。

 

と、そんなことを考えた矢先。軽快な足音が近付いてきた。

 

(うわ、もしかして同業者(配信者)かな?)

 

こんな時間に外に出てるなんて、それしか考えられない―――いや、流石にそれは過言だ。なんなら可能性はかなり低いだろう。それでも、知っている人かな?と微量の期待を込めて顔を上げた。

 

「あ」

 

「へっ?」

 

ついつい漏らした声に、足音の主は大袈裟に反応する。慣性の法則かかりまくりの体を、強引に引き止めていた。もくもくと砂煙が浮かんでいる。

 

そんな足音の主…彼女は、昨日と同じような服装で私を見て、なにかに気付くと微笑んだ。

 

「陽菜ちゃん!昨日ぶりだね!会えて嬉しいよ!」

 

カトレアちゃんは、笑みを絶やさず、私に歩み寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おじゃましま〜す」

 

「おかえ…り?」

 

恵は( ゚д゚)ポカーンとていて、動き出しそうにない。どうかしたの?なんて、原因は私の真横にいるのだから聞くまでもない。起動させるためにほっぺたを軽くつまんだ。

 

モチッ

 

(о´∀`о)

 

っといかんいかん。余りにもモチモチで気持ちよくなってた。でも恵はなんとか再起動できたみたいで、わざとらしさのない自然な笑顔で接客を始めた。

 

その流れの中でスーッとお風呂に行くように促され、ついでにジップロックとスマホを渡された。まあ、そういうことだろう。

 

【どういうことなの!!!】

 

そんなメッセージがスマホに届く。

 

【道中で出会ったからついてきてもらったよ。確か、会いたかったんだよね?】

 

【そりゃ、連絡先教えてとは言ったけど…!でも、これは流石にびっくりしたよ!!どうするの!!!】

 

【えっと、すぐに私お風呂あがるから、あがったらカトレアちゃんも含めてお話しよう。大丈夫!お姉ちゃんが守るよ!(`・ω・´)シャキーン】

 

【わかった。そうするね】

 

ちょっと、いやかなり強引だけど、答えのない問いに悩むくらいなら、こっちのほうが良いと思う。

 

「そうと決まれば、長くは入れないな」

 

私は急いで体を洗い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃない?」

 

「あ、わかる〜!」

 

「「あはははは!!」」

 

な ん か 仲 良 く な っ て る。

 

あれ?私のほうがはやく出会ってたよね…?私お風呂そんなに入ってないよね…?

 

「あ、お姉ちゃん!あがったんだね!待ってたよ!」

 

「陽菜ちゃん!いや〜良かったよ。このままだと言いたいことが言えなさそうだったからね!」

 

「え、言いたいこと?何かあったの?」

 

「うん。それはね〜」

 

『イベント開催のお知らせ』

 

まるで、見計らっていたかのように、()()()()()()()()()()

 

「っ!ごめんねカトレアさん!」

 

恵が、携帯をいじり、そして、一つの動画をタップしたあと、テーブルの上に音量を上げて置いた。

 

『只今から一週間後、新たに、イベントを開催致します。はじめに、今回のイベントにつきましては、大変多くの準備が必要なため、二日間にわたり一部地域にてメンテナンスを実行します』

 

メンテナンス…?

 

『現在、対象となる場所には立ち入ることが出来ません』

 

肩をとんとん叩かれて、何事かと恵を見る。恵が指を指した先には、地面が黄色く発光している場所があった。窓越しなため、私達の家の中にはないけど、それでも、かなり近い。

 

『それでは、イベントの説明に移ります。タイトルは、生者と死者の境界線』

 

ばっと、私はカトレアちゃんの事を見る。彼女は、ニコニコと私達を見つめていた。

 

『生者と死者には、相容れない何かがある。それにより生まれるドラマをお楽しみください』

 

「それって…?」

 

これは、死者が敵にまわるのか。そして、敵になったとして、殺し合いへつながるのか、曖昧な感じだ。

 

『今回のイベントの開催期間は、()()()です。モンスターの出現は、これまで通り継続しますが、種類が15体となった時点で、一度新たなモンスターの出現を停止します』

 

やっぱり、今回の敵は化け物じゃないのか…?

 

『それでは、本日のお知らせは以上となります。本イベントにおいての詳細な情報は、また、一週間後のイベント開催の前日にお知らせ致します』

 

「はい!というわけで!」

 

カトレアちゃんは立ち上がり、どこからともなく、不思議な模様のカードを取り出した。

 

「もう気付いているだろうから教えるね!私、いや、()()()()()

 

特に、何事もないかのように彼女は語り始める。

 

「イベントも始まっていないのにとか思うだろうけど、そうじゃない。舞台はここなんだから、むしろ、死んでからの変化が分からない私達の方が不利だよね。だから、メンテナンス前の二日間にわたり、こういう期間が設けられたんだ。今の世界を知るための、偵察隊って感じでね?」

 

そこまで言い切ると、彼女が取り出していたカードの端から少しずつ光の粒子が飛び出していた。

 

「じゃあ、時間もないから言わせてもらうよ!陽菜ちゃん。私は貴方に憧れていた。尊敬もしていたし、だからこそ、私はあなたの背中を追いかけようと思ったんだ」

 

「でも、ゴブリン王国のときに気絶しちゃって。そのまま死んじゃった。でも、またチャンスが貰えたんだ。あなたの背中を追いかける、いや、どっちかと言うと、真正面からぶつかり合う、かな?」

 

「私は、あなたを越えたい。私に夢と希望をくれて、絶望を簡単に捨ててしまったあなたを越えて、私もあなたみたいに、いや、あなた以上の存在になりたいんだ」

 

カトレアちゃんの頬は赤らみ、言葉の勢いが強くなっていく。そして、持っていたカードは、もう、欠片しか残っていない。

 

「勝負だよ!陽菜ちゃん。私は、絶対にあなたを越えてみせる!死者の代表として!!!!」

 

「待っ―――」

 

光の粒子をまとい、カトレアちゃんは、そのまま消えてしまった。

 

 

 

 



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寝るのは大事

《恵視点》


「…お姉ちゃん。取り敢えず寝よっか。私も寝たい」

 

「いいの?」

 

「うん。どうせ期間は一週間あるわけだし、焦らなくてもいいよ。それに、多分今回は面倒なことになると思うし、世論も、もうちょい落ち着いてから見たいかな」

 

心配そうにしているお姉ちゃんを押して、部屋に向かう。

 

「一緒に寝る?」

 

首を傾げながら尋ねられたので、少し悩んだ末に了承した。さっき軽く書き置きも書いたし、もし三春が早起きしても多分起こしに来ないだろう。

 

「お姉ちゃん。どう思った?」

 

眠るまでのつなぎに、ふと、お姉ちゃんに尋ねてみた。

 

「それは、カトレアちゃん?次のイベント?」

 

「えっと、どっちもだけど、先にイベントについて聞きたいな」

 

「あー、そうだなぁ…」

 

しばらくの沈黙の後、お姉ちゃんはゆっくりと口を開いた。

 

「残酷だと思うなぁ」

 

「…それって、敵になっちゃうから?」

 

「うん、そうだね。でも、それだけじゃなくて、例えばの話だけど、もし私が死んじゃったら、こうやって敵になったとしても、恵と一緒にいたいなって思う。そういう人って、今生きている人にも、死んでいる人にも、いっぱいいると思うんだ。大切な人を失った人なんていくらでもいるだろうし」

 

少し声のトーンが落ちた。

 

「そうなったら、結局のところ生きている人も死んでいる人も関係なくなると思わない?二つか三つか、それがどれだけ増えるかわからないけど、沢山分かれて、大切な人を守るために、助け合ってきた仲間に刃を向けるんだよ?私は嫌だなぁ」

 

「そっか。じゃあカトレアさんは?」

 

お姉ちゃんはあくびをして目を瞑り、眠そうな声で呟いた。

 

「えっとねぇー。気にしなくてもいいんじゃないかな?」

 

「え?」

 

なぜ。お姉ちゃんは勝負を吹っかけられている当人な筈なのに。

 

「だって、あの子は絶対にいい子だよ」

 

「いや、それはまあ、分からなくもないけど…」

 

一応少しだけだけど話したわけだから、人柄が悪そうには感じなかった。それでも、そんなものいくらでも取り繕えそうだ。

 

「しかも、死ぬ前はヒーローだったし、接続(コネクト)っていう能力を持っているのなら、人の痛みが絶対によくわかってると思うんだ。なら、やるとしてもカトレアちゃんは魔物退治じゃないかな?」

 

「じゃあもし、イベントが対人戦だったら?」

 

「んー…私の能力って、何かが強くなるわけじゃないから、複数人で囲ったら何も出来なくなるよ。この前なんて木が倒れてきただけで身動きが取れなくなったし」

 

そうなのかな…?

 

「はいはいおしまい。じゃあ寝よう。おやすみなさい」

 

「あっ、おやすみなさい」

 

 

…色々とお話したけど、そっか。生きている人が寝返る可能性というのがあるのか。気付けなかった。まあそれなら、なおさら死者を、それに追加で、今名前をあげている人も再度情報を集める必要がありそうだ。

 

味方に来てくれれば最大限活かせるように。敵になれば有効的な対策をうてるように、ちゃんと考えよう。

 

…それと、お姉ちゃんの考えって楽観的なのかな。それとも、私の考えが悲観的過ぎるのかな。まあ、どっちがいいなんて分からないし、何にせよ、必要になればお姉ちゃんをサポートできればいいや。

 

すーすーと寝息をたてるお姉ちゃんを見て、私も考えるのをやめて目を閉じた。

 

 

いや、どうせなら抱き着こうかな…。

 

う〜ん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふわぁ〜。おはようございます〜」

 

「ってあれ〜?誰もいない〜?」

 

「ん〜。恵ちゃんいないのかな〜?もしかしてお出かけ〜?って、何あれ〜」

 

「ええっとなになに〜?『お姉ちゃんと寝る。起こさないで。後、朝ご飯は自分で作って』」

 

「…もう一回寝ますか〜!」

 

三春は、布団に戻って四度寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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これからといまから

お知らせ
『死者の野望』と題したお話で、カトレアが恵ちゃんに憧れているというような発言をしていましたが、間違いです。陽菜ちゃんでした。修正しました。m(_ _)m


お昼頃に目を覚ますと、恵はもういなくなっていた。

 

「流石に起きよっと」

 

スマホをいじっちゃえば動けなくなるから、通知も見ないでポケットに突っ込む。そのまま、リビングへ向かった

 

「あ、おはようお姉ちゃん」

 

台所でトントンと料理をしている恵に声をかけられた。

 

「おはよう。三春さんは?」

 

「え?あー…そこに寝てるよ」

 

クイッと顎で指した先には、足をソファの上、体をテーブルの下とかいう中々に癖が強い姿勢ですやすやと寝ている三春さんがいた。

 

「えぇ…」

 

ちょっとびっくりしたけど、流石に体の節々が痛みそうなのでソファへ持っていって寝かしてあげた。

 

「もー。恵、流石にこれはどうにかしてあげなよ」

 

いや、無理矢理起こされたから苛ついて…じゃなくて、料理中にその姿勢になったから、仕方なくだよ」

 

「あー、それなら仕方ないね。ごめんね。えっとどうする?起こそうか?」

 

料理中なら、もうすぐ朝ごはんだ。いくら眠くてももうお昼。私と違って、ご飯を食べたのが昨日なのだから、きっとお腹を空かせているはずだ。

 

「いや、いいよ。後41分と10秒くらいで起きると思うから」

 

正確すぎない…?

 

そして、なんとなく配信中だったサイコミールさんの配信を見ていると、40分くらいで本当に目が覚めた。

 

「ふわぁ〜。ん〜っ!久しぶりにすっきり起きれました〜ってあれ〜?あ〜!めぐ」

 

「朝ご飯できたよ?食べないの?」

 

「食べる〜」

 

三春ちゃん。何か言おうとしていた気がするけど気の所為だったのかな…。

 

とまあ、そんな一幕がありながら、朝ご飯(昼)を済ませると、恵が切り出した。

 

「提案します!私と三春も化け物を倒しに行きたいです!」

 

「ええ〜!?」

 

「…どうして?」

 

三春さんが驚いているところを見ると、三春さんにとっても初耳だったらしい。そんな、突然思いついたようにみえるその提案を恵がしたというのは、多分意味があると思う。危ないから却下したいけど、それはまだだ。

 

「もうすぐイベントがあるから、それ用の実践訓練だよ」

 

「いや、でも、化け物は私が倒すし、なんなら殆どは家に入ってこないんだから家に入っていればいいと思うよ?」

 

「お姉ちゃん。結局化けガエルって家の中に入ってくるらしいよ。自衛隊から注意喚起のポスターが来てたの」

 

恵が取り出したそのポスターには、化けガエルについての説明、写真、そして、電話番号が書かれていた。この電話番号に電話すると、最寄りの自衛隊員に情報が伝わり、その隊員が駆除してくれるそうだ。凄いなぁ…。

 

「まあそういうわけで、これからも化けガエルみたいなタイプがいつ現れるかも分からないし、それに、もしかしたら突然ゴブリンの王みたいな奴が現れて、家を壊しちゃうかもでしょ?力をつけるなら今のうち。いや、むしろ遅いほうだからはやくやりたい。」

 

「私は別に後方支援だけで〜…?」

 

「私とお姉ちゃんで守れるように、三春の動きに慣れたいの」

 

「あっ、はい〜うぅ、私の楽しみにしていた剣様の配信がぁ〜…」

 

うーん。…まあ、前々から感じてはいたけど、そうだよね。どう考えても家から出さないほうが危ないよね。化けガエルや空飛ぶっくのせいで、家の安全性が疑問視されて来ているし…。

 

「わかった。でも、時間は9時から11時まででどうかな?流石に、12時の新しい化け物は、私の配信を見てから戦って欲しいし」

 

「…むぅ。わかった。取り敢えずはそれでいいよ。確かに、初見でダークナイトに勝てるとは思えないし。でも、いつも思うけど無茶はしないでね!」

 

「わかってるよ」

 

いっつも聞いてくるけど、心配させるわけにはいかないからちゃんと返す。よし、と恵は頷いて、

 

「じゃあお姉ちゃん。そして三春。改めて、能力の確認をしない?」

 

そんな提案をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

どういうこと?と聞くと、ちょっと待ってと返されたので、三春さんと一緒にニュースを見ながら待つ。ニュースでは、一夜にして失踪した多くの死者(ニュース中では不思議な言葉を話す人とされている)についてと新たなイベントについてで持ち切りだった。

 

ネットには沢山の情報が錯乱しているけど、テレビでは無駄にそういった情報を流さず、確定している事実だけを報道していた。また、ネットを信じすぎないようにとの注意喚起も促している。

 

おそらくは、ネット上で不思議な言葉を話す人=死者という説が台頭していることへの配慮だと思う。私達は事実だと知っていても、普通は知らないし、それを信じて無謀な行動を取らないようにするためだろう。

 

「お姉ちゃん。今いいかな?」

 

と、そこで、恵が声をかけてきた。くいくいと手招きをしているので、テレビを消して、三春さんと一緒に立ち上がる。

 

「これ、最近話題なんだけどね?」

 

そうして見せられたのは、能力全集!と題されたサイト。配信者や著名人などの能力を動画とともにまとめている。

 

「これ、いろんな能力を知れるってだけじゃなくて、そんな使い方が!?って驚くこともあって面白いんだよ。でね、思ったんだ」

 

恵は言葉を一旦切って、言った。

 

「お姉ちゃんの能力、意味わからないこと多すぎない?」

 

 

 

…え?

 

 

 

 

 



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未知の解明

「ど、どういう意味…?」

 

私は、恵には大体話しきったはずだ。確かにちょっとややこしいけど、意味がわからないなんて言われる程だっけ…?

 

「ああ、違うよお姉ちゃん。お姉ちゃんの説明が足りなかった訳じゃなくて、お姉ちゃんがいざ誰かと戦う時に、検証が足りないって思ったの」

 

恵は、そう言いながら、紙を取り出した。ペンを持ち、メモしながら話し始めた。

 

「まず、お姉ちゃんの能力、接続(コネクト)は自分、あるいは相手の…当たり判定でいいかな。それを自分、または相手のどちらかに集中させることができるんだよね」

 

「うん。でも、痛みはくるけどね」

 

「あ、それ本当に気になってたんだけど、その痛みってどういう感じなの?えっと、例えば私に接続を繋げたとするじゃん。これで、お姉ちゃんをつねると?」

 

「痛いけど、皮膚が赤くなったりはしないね。あと、痛みを引きずることはないかな。サッとなくなる」

 

「ふんふん」

 

サラサラっと紙にペンをすべらせる。

 

「じゃあ、私をつねると?」

 

「えっとね、つねられたって感じはしないんだけど、皮膚は赤くなるし、ジンジンするかな。こう、じわぁ〜って」

 

「はいはいなるほどね。オッケー」

 

それを書き取り終わると、今度は洗濯バサミを用意した。そしてそれを、指先に挟む。

 

「…何してるの?」

 

「まあ良いから良いから。お姉ちゃん。私に接続してみてよ」

 

「え、あ、うん」

 

取り敢えず、言われたとおりに恵に接続した。

 

「あっ!痛い痛い痛い!」

 

「えっ、それほど!?」

 

恵の驚いたような声に、一旦冷静になる。

 

「あ、いや、洗濯バサミで挟まれてる痛みだね。これ」

 

「あ、そうだよね。…まあそっか、お姉ちゃんからしたらこの洗濯バサミの感覚がないから、突然ぎゅ〜!って痛くなっているんだよね。そりゃ驚くよ。でももうちょい我慢して。三春!」

 

「え〜?私〜?いまから寝ようと思ってたんですけど〜」

 

(・∀・)ジーッ

 

「…そんな目で見ないで〜恵ちゃん〜」

 

肩を落としながら、三春さんは立ち上がった。

 

「三春から見て、今のお姉ちゃんってどういう感じ?怪我とかしている扱いなの?」

 

「え〜そうだね〜」

 

顎に手を当てながら、眉をひそめる。

( ・ิω・ิ)フム~

多分、三春さんの能力の都合上わかるのだろう。

 

「特には〜、怪我とかではないですね〜」

 

「おっけ、ありがとう」

 

そうして洗濯バサミを外して、メモ。今度は私の手に洗濯バサミをつけた。

 

「どう?」

 

「一瞬だけ痛いな」

 

「そっか。なら、挟まれてるって感じはする?」

 

「するよ。でも、不思議な感じだね。痛みとかはないかな」

 

「はいはい」

 

満足したのか、恵は洗濯バサミを外した。そしてメモ。更にはハサミを取り出した。

 

「待って、なにするの?」

 

即座に手を出せるようにする。私ならいいけど、恵のすべすべなお肌に傷なんてつけるわけにはいかない。

 

「え?髪を切るだけだよ。一本だけ、いいかな?」

 

そうして、シュバッと背後に回られる。

 

「いいけど、なんで?」

 

「知りたいことがあるんだよねぇ。あ、でも、接続は切らないで」

 

「ん、わかった」

 

そして、後ろでチョキッと音がした。

 

「あっ」

 

さらに、チョキッ、チョキッと音がする。

 

「え?え?え?」

 

「…うん!これで実験できそう!」

 

目を白黒させていると、突然、恵が喜びだした。その様子を見兼ねてか、三春さんが声を上げた。

 

「今のは〜、恵ちゃんが陽菜さんの髪を切ったんです〜。ちゃんと刃が通ったのに切れてなかったので〜、多分〜、能力の範囲内だとわかって〜、陽菜さんを傷付けずに済んで喜んだんじゃないんでしょうか〜」

 

「あっ、ごめんねお姉ちゃん。三春が言ったとおりだよ」

 

「な、なるほどね」

 

良かった。そういうことなら安心だ。…それに、今は邪魔だからまとめてるけど、せっかく伸ばした髪を切るのは勿体ないしね。

 

「…ちょっとだけ頭抑えるね」

 

ガシッともたれ掛かられ、恵を全身で感じ…ちょっと気持ち悪いや。変なことを考えるのはやめよう。

 

「…………よしっ!」

 

ちょっとだけ髪にチクッとした痛みを感じたな〜と思っていると、恵の口から喜びの声が出た。

 

「いや〜、良かった!!えっとねえっとね!絶対にちゃんと聞いてほしいんだけど!!!」

 

食い気味に恵は図を書きながら私に説明し始める。

 

「まずね!私が気になってたのは、接続している状態で体のどこかを切られたとして、その一部がそのまま刺さってたりしたらどうなるのかなってところなの!もし、刃物の一部が残ってたらその部位は怪我しちゃうなら、刃物を振り抜かず指したままにすればお姉ちゃんでも傷つけられるってことになっちゃうからね!」

 

…なーる。確かに考えたことがなかった。確かに、もしそうなるなら、私の体を押し潰すぐらいの重さの奴に挟まれれば死ぬことになる。

 

いつぞやのオーガの時みたいに、木の下敷きになったりとかがこれからもないとは限らないもんね。

 

「でね!もうわかってると思うけど、大丈夫だったの!何回も髪の断面に刃を止めたまま引っ張ってみたけど、ちぎれなかったし!ほんとに良かった!」

 

「そっかぁ。ありがとうね。恵。私も考えたことなかったけど、この能力、こんな感じだったんだね」

 

「えへへ~。あ、まだ終わってないよ!えっと、今度は私じゃなくて三春に接続して!」

 

「え〜?私〜?」

 

「あ、じゃあ、ちょっとだけ失礼するね」

 

そうして、接続すると、恵に合図を送った。

 

「うん!準備万端だね!じゃあ失礼!!!」

 

恵は、物凄い自然な動作で三春さんに触れた。目を閉じて、崩れ落ちる。

 

「( ˘ω˘)スヤァ」

 

「どう?お姉ちゃん。眠い?」

 

「( ˘ω˘)スヤァ」

 

「あっ、なるほどね。これは要注意だね…」

 

さらさらとメモをして、

 

「あ、いつか、三春の回復も試さないと…取り敢えず、二人をちゃんとした姿勢で寝かそう」

 

そうして、ソファーに眠るお姉ちゃんと床に眠る三春を見ながら、晩ごはんをつくり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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大きなカブトムシの倒し方!①

「はぁ…。間に合いそうで良かった…」

 

まだ時間に余裕があったから良いものの、久しぶりに、あの焦りを感じた。あの絶望感。ほんと怖かった。

 

今は、明日も現れる化け物退治のために、撮影をする山へ向かっているところだ。一つため息をつき、夜道を照らす街頭が減り始めているのに気づいた。

 

「まあ、いらないもんね」

 

最近は、というか、化け物が現れるようになってからは殆ど自衛隊か警察がパトロールしている。外に出ても止められるし、そもそも夜に外に出るなんて自殺行為だ。街頭と経験があったとしても、暗闇が危ないだなんて言うまでもない。

…そう考えたら、自衛隊や警察のために街頭は残すべきな気がしてきた。もしかして整備士が来れないのかな?

 

「こんばんわ」

 

「あ、こんばんわ。お疲れ様です」

 

街頭を見て物思いにふけっていたら、通りすがりの自衛隊さんに話しかけられた。最近は自衛隊さんの担当部署が一箇所に定まったからか、同じ人を見かけるようになり挨拶を交わす仲である。

 

「あ、陽菜さん。少々お話が…」

 

思い出したかのように手を叩き、声をすぼめて近寄ってくる。なんだろう?

 

「…実はね、最近ヤバい人が出たみたいでね」

 

「ヤバい人ですか?」

 

ヤバい人…露出狂?

 

「えっとですね、最近、パトロールしていると大怪我している人とよく出会うんです。総じて我々に助けを求めに来るんですが、言い分が襲われたっていうんですよ。人に」

 

「へ?人に?」

 

「はい。なんというか、勝負しろ!っていって突然襲いかかってくるらしく、現状は注意を促している感じですね。

もし見かけたら、誰かが襲われていてもすぐに近寄らずに、どうか通報してもらえると…」

 

「わかりました。気をつけておきますね」

 

まあ、そうそう出会うことなんてないだろう。そもそも、今のこの現状でそんな馬鹿なことをするなんて、信じられない。

…小説とかなら、この後の展開にそのヤバい人との遭遇とかもあるのだろうが、これは現実だ。うん。無いに決まっている。

 

 

 

 

 

はい。何事もありませんでしたよ、と。

 

いつもの山に辿り着き、準備を整え、12時を待つ。なんだかんだ、この瞬間が一番怖い。広範囲を一気に殲滅するタイプなら接続先ごとやられる。自傷するタイプなら、かなりの重症を負う可能性もある。

 

とはいえ、そんなもしもを考えたって仕方ない。接続は新しい化け物にして、もし自傷してくるタイプなら逃げよう。お腹を銃で撃たれても走れたんだし多分いけるいける。

 

「…3,2,1,0」

 

化け物を倒した後の静かな森の中に、ガサガサとした雑音が増えはじめる。ドシンとした重厚感あふれる音は、ダークナイトかオーガだろうか。

 

「…いない、かな?」

 

雑音の増加が収まったが、周囲には何も出てこなかった。そうなれば、探しに行くしかない。そんなときはこの森が役に立つ。まあまあ山奥だから、この辺に沸いた化け物を全員倒す必要がないのだ。だって被害出さないからね。

 

周辺を練り歩いて、時間のかかるオーガやダークナイトをガン無視して探していく。人が見えた。石を投げて、ぐにゃりと変化したところをぶっ叩く。うん。やっぱりすぐに倒せるね。

 

「っと、いた。うぇ」

 

今回の化け物は、めっちゃわかりやすい。

 

全長三メートルもの大きなカブトムシが、木をなぎ倒していた。

 

 

 

 

 

 

『はい!皆さんどもども〜。ちょっと先行きが不安な日々ですが、今日も化け物を倒していきます!

えっと、一応、昨日、だね。情報があったけど、あれを信じるなら、今で、ゴブリン、オーク、スケルトン、スライム、オーガ、空飛ぶっく、ダークナイト、化けガエル、そして今日ので9種類だね!

今日のを入れて残り7体!気を抜かずに頑張りましょう!』

 

【多い…】

 

『あはは…。まあそうだけど、終わりが見えただけ嬉しいよね!』

 

いつも通り、紙を取り出した。

 

『今回の化け物はこちら!大きなカブトムシです!形状はまさにカブトムシ!今のところは、角や背中には個体による変化はなかったし、オーソドックスなオスのカブトムシだったね。めっちゃ大きいけど』

 

図を使いながら説明する。

 

【デカイ虫は嫌すぎる】

 

【かっこいい!】

 

『あー、まあ好き嫌いは別れるよね。裏返してみたけど、ちゃんとカブトムシだったし。私は苦手寄りかな〜。で、言うまでもなく、このカブトムシ。これまで通り、ちゃんと人の敵です』

 

『まず何よりも角。というか、このカブトムシは本当に角に気をつけないといけません。攻撃は殆ど角を使います。

まず王道の突き。普通に死にます。この角は、結構鋭利で、木ですら余裕で貫通します。

次に、薙ぎ払い。角の先端以外鋭利じゃないから、真っ二つ!とはならないけど、力が強いから普通に吹き飛ばされます。木は薙ぎ倒されます。

そして、オーガ、ダークナイトに続いて、魔法が使えます。身体能力強化魔法って感じだね。角から光りはじめて、純白の鎧を纏うよ。すごく強くなるね。突きで木が木っ端微塵になるし、薙ぎ払いも薙ぎ倒すどころかそのまま飛んでいって、他の木まで巻き込むから』

 

【めっちゃ正義感ある】

 

【取り敢えず何本もの木が犠牲になったことはわかった】

 

『そして次。この外骨格。刃物は防ぐし、私が見た感じだと、倒れてくる木で傷一つつかなかったね。

次に足。かなり細いから、割と狙いどころかな。動けなくなるよ。

そしてお腹。多分トドメを指すには、このお腹から殺るしかないと思う』

 

『で、最後に一番大事なこと。このカブトムシは、飛びます。さっき言った強化魔法。攻撃力だけじゃなくて足も早くなるし防御力も上がる。そして、飛行速度も上がります』

 

【厄介そう】

 

【逃げる?】

 

『そう!このカブトムシ、逃げます!ヤバくなったら逃げるんです!…ま、こんなもんだね。じゃあ、倒し方をみんなに見せていくよ!』

 

 

 

 

『いたね!カブトムシ!』

 

住宅地から少し離れた、元畑のところにカブトムシが佇んでいる。デカイ。

 

『じゃあやっていこう。まずは遠目から見ててね!』

 

カメラを固定して近寄っていく。出来るだけ近くで、でも、カメラには被害がいかないように。ちゃんと髪飾り型のカメラは安全な場所に避難済みだ。

 

『まず、人を見たら、駆け寄ってくるよ!でも、このカブトムシの角の間合いに入ったら止まるから、このままタックルはしてこないよ!』

 

声を張り上げて、解説しながら戦う。

 

『頭を下げる!突き!横に避けて!後ろに逃げても踏み込みからやられるよ!』

 

飛び出してきた角には何もしない。私の場合、とっても硬いから、やるだけ無駄だ。

 

そして、ブワッと羽を広げる。

 

『ブワッと羽を広げたら、軽く空中に浮かんでから、大きく薙ぎ払うよ!後ろに逃げるしか無いから、急ぐ!』

 

ぶうん!と空気を切る音、それに加えて、押し出された空気が背中を撫でた。

 

『じゃあ、倒していくよ!まず狙うは足!薙ぎ払いの後は隙だらけだからね!刃物よりも、鈍器をおすすめするよ!』

 

駆け寄って、足をブラックジャックでぶっ叩く。カブトムシの左脚が二本もげ、大袈裟に姿勢を崩した。

 

『今がチャンス!嫌な人は多いだろうけど、カブトムシの横に回って、お腹の下にオーク以上のサイズの魔石を差し込んでください!』

 

魔石が肥大化して現れた死体はカブトムシを押し上げた。

 

『こうなったら!このまま押してひっくり返して、お腹を上にします!最後はお腹を刃物で刺すか鈍器で叩くとー?』

 

ゴロリと魔石が落ちた。

 

『これで終わりです!もし魔石が無い時は、力任せでひっくり返すか、足を潰したら逃げてください!正直、このカブトムシは倒すために準備が必須です!事前に準備する。して無ければ逃げてください!じゃあ次は、一人称視点で!カメラ切り替えるよ!』

 

 

『よしできた!それじゃあ―――』

 

「勝負しろーーーー!!!!!」

 

『うわぁ!』

 

【!?】

 

【なに!?】

 

轟音とともに突然巻き上がった土煙。それが晴れると、声の主の姿があらわになった。仮面を被り、普通のTシャツと短パンというシンプルなスタイルだ。

 

「私はさすらいの旅人!その銀髪!その碧眼!やっと見つけた!いざ勝負!」

 

声的に男だろうか?多分、自衛隊さんが言ってた人で間違いないだろう。なら、通報をしたい。

 

『嫌なんだけど…』

 

「問答無用!」

 

『…えっと、取り敢えず配信終わらせたいから、後ででいいかな?』

 

「無論!断る!」

 

『えっと、カメラ、しまっても良い?』

 

「断る!」

 

『家族に、家帰るの遅れるよって連絡して良い?』

 

「断る!」

 

『じゃあ―――』

 

「いざ!参る!」

 

爆音とともに足が爆ぜ、襲いかかってきた。

 

 

 

 

 



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大きなカブトムシの倒し方!②

嘘でしょ?非常識すぎるって!この前の私を燃やした人と同じかそれ以上だよ!

 

『カブトムシっ!』

 

採ったばかりの魔石を使って、縦にする。このカブトムシの外骨格はちゃんと硬いし、デカいし、重量もまあまああるので悪くないはずだ。

 

「無駄ぁ!」

 

『ぐぇ』

 

吹き飛ばされはしないが、それでも衝撃が腹部にはしる。威力たっか…!

 

「まだ終わらんぞ!」

 

『もー!!、見てる皆!通報よろしく!』

 

「舐めた真似を!」

 

激昂した相手の攻撃を、何もせずに受ける。カブトムシ越しに感じただけあって、馬鹿みたいな威力の攻撃は、私を大きく弾き飛ばした。

 

胴体消えたと錯覚するぐらいには痛いけど、まだ大丈夫。すぐに立ち上がって、逃げ出す。

 

『ちょっと逃げるね!酔うかもだから、閉じてもいいよ!』

 

「まぁぁてぇぇぇ!!!」

 

逃げれそうな場所…山、かな。ここの畑は山沿いにあるから、そっちに逃げるのが一番良さそう。遭難しないように、深入りは厳禁だけど。

 

『山に入ります!…足おっもい』

 

今になってか、疲労が溜まってきて足が痛い。とはいえ、変な人はそうでもないみたいで、

 

「逃がすかァァァ!!」

 

『オーク!オーガ!ダークナイト!』

 

体大きめの化け物の死体を木に引っ掛けて即席の壁にする。撒けばいい。変なことは考えなくてもいいんだ。

 

『はぁ、はぁ…。この山斜面きついよぉ』

 

必死で登っていると、そこそこ後ろの方から重いものが砕けた音がした。お、なんか律儀に砕くまで攻撃してたらしい。

 

死体とはいえ、オーガとダークナイトを砕いたっぽいのは戦慄してしまうが、迂回という選択肢を取らないタイプなのはわかった。

 

『出来たらもっと奥に走りたいけど、これ以上行くのは…』

 

正直、月明かりも入らないから完全な闇だ。いや、ライトはあるけど今はバレないように切ってるし…。

 

いや、よくよく考えたらこの暗闇で山なんだからバレるわけなくない?あ、でもカメラ光っちゃう。なら髪飾り型カメラを取ってポケットに入れればヨシ!

 

「どこだぁ!!」

 

案の定、さっきまでの爆速の鬼ごっこはなくなり、向こうはガサガサと周囲の様子を気にすることなく私を探し、歩き回っている。

 

「はやくっ!でてこいっ!逃げるな!俺と勝負しろ!」

 

ガサガサと、物音が増えた。

 

(あ、これはやばい?)

 

当然ながら、化け物共は私達を殺しに来ているのだから、人の声に反応して近付いてくる。それより優先事項があればそっちを優先するだろうけど、こんな山奥で、そんなものがあるわけがない。

 

はじめに、それぞれ複数体ずつ、スケルトン、オーク、化けガエルが集まり、群をなして襲い掛かる。

 

「邪魔者はさっさとしねぇい!!」

 

変な人は回し蹴りを繰り出して、ヒットした化け物は、爆発が起きたかのように弾けとんだ。

 

(なにあれ!?あの人の能力!?)

 

「グオオオオオ!!!」

 

「オーガか!はじめてお相手する!」

 

遅れて、オーガが現れる。その大きな図体に容赦なく変な人は蹴りを叩き込む。しかし、流石はオーガと言うべきか、少し傷がついただけで怯む様子を見せない。そしてすぐに、その棍棒を振り回した。

 

「なんという硬さ!であれば、こちらも本気を出そう!」

 

棍棒を避けて距離を取り、そして、瞬きの合間に、変な人の足に、膝からスネまでを覆う鉄のプレートがつけられていた。

 

「覚悟ぉ!」

 

瞬間、さっきのより鈍く、素早い攻撃が、爆音とともにオーガを襲った。それを腹部で受け、超頑丈なオーガの腹筋も、半分ほど凹んでしまう。

 

「2. 3. 4!!!」

 

そこへ何度も追撃を繰り返して、ついに、オーガの顔が地面についた。

 

「ふむ。さてと、…!!明かり見つけたり!」

 

『え!?』

 

明かり!?そんなのほんとにどこにもないはず!!ってあれ?え?何あれ?

 

変な人は、私を普通に通り過ぎて、白く、発行している場所へ一直線に向かう。 

 

『あれは―――接続』

 

羽音と、空気を大きく切るような音。そして、変な人が吹き飛ばされていった。

 

えーと、間に合った?間に合ったかな?多分血が吹き出てないからいけたはず。ただ、もし気絶しちゃってたら接続がきれちゃうから落下のダメージは防げない。応急処置のことも含めて急いで駆け付けないと。

 

ただ、カブトムシに見つかったらマズいから、それは気づかれないようにしないと…。

 

そーっと、そーっと…

 

 

 

大丈夫ですか?

 

なんとか近付けたので、ひとまず声をかけてみる。症状の悪化を防ぐためにも、接続はしたままだ。こういう使い方をすれば、自らへの攻撃に気をつければ人を助けられるのはいい。

 

「う、うぅ…」

 

あ、痛いところありますか?

 

「お前は…」

 

あ、静かにしてもらえますか?静かにしないとカブトムシ来ちゃいますよ?

 

あ、す、すまない

 

そうして、突然パッと目を見開いて。

 

じゃない!!!

 

『わぁ!?』

 

「なんのつもりだ!!というかなにをした!!何故俺は生きている???何故お前は俺を助けようとしてるんだ!!」

 

『ちょ、静かに』

 

バキっ

 

「ん?」

 

『あ』

 

バキっ

 

「なんだ?」

 

『急いで逃げますよ!!!』

 

ブウウウウウンンンン!!!

 

じゅんぱくのかぶとむしが、おそいかかってきた!!!

 

 

 

 



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大きなカブトムシの倒し方!③

『ああああ!!!!もう!ほんとにふざけないでください!!』

 

「すっすま『喋るな!!』

 

足場は不安定。どうせこの人は山に慣れていないのだから、下手に喋れば舌を噛む。そうなれば私もそれに苦しむ。…なら接続切ってしまえばいいのか?いや、どっちにしろそれで足を止められたら迷惑だ。

 

ブウウウウウンンンン!!!

 

そんな私達の後ろを、純白のカブトムシが白い羽を広げ迫ってくる。その大きな図体ゆえに、山の木々に阻まれるはずが、それらすべてをなぎ倒していく。精々、速度がすこ〜し落ちるぐらいだ。

 

山の足場でこけたらダメだ。そうなると、追い付かれて終わる。だからといって道路に出てもダメだ。速度を落としてくれている木々達がいなくなり、結局追いつかれる。

そしてもちろん、このまま逃げる続けることもできない。今はまだ山から抜けられるだろうけど、真夜中の山に深入りすれば、遭難して死ぬ。そしてその深入りは、夜の、この視界が最悪な環境に後押しされていて気付かぬうちにやってしまう可能性もある。

 

早く、なんとかしなければ…いや、少し無理をすれば行けるかも。

 

『…貴方飛び降りれますか!』

 

「な、なにを…」

 

『オーガ倒せる能力なんだからこのくらいいけますよね!じゃあ行きますよ!続いてください!』

 

変な人を引っ張っていた手を離し、右側の崖に飛び込んだ。

 

「はっ、はあ!?」

 

角度はだいたい70度。とはいえ、結構すぐに浅くなるから、植物に接続して落下ダメージを掻き消し、無理矢理足で滑る体を止めた。

 

すぐに辺りを見回して、陰となる場所を見つける。

 

「うおおおおお!!!」

 

何故叫ぶのか。だが、指示通りに私の近くに降ってくる。

 

「ふっ!」

 

ダン!と着地。変な人が痛みに堪えているうちに、すぐさま口を塞いで、抱き寄せるように見つけておいた木の陰に連れて行く。

 

「む!むーむー!!」

 

騒ぐ口を、力いっぱい手で押さえつける。暴れる手足も、上から乗って押さえつける。鼻は開けているから息は出来るはずだ。だから喋るな。

 

「む」ブウウウウウンンンン!!!

 

羽音でやっと状況に気付いたのか、動きが固まる。

 

 

カブトムシは、足音がないことに疑問を抱かず、まっすぐに飛んでいった。

 

ゆっくりと、口を塞いでいた手をどける。お面越しだから、手は汚れていないが、ちょっと痛い。

 

「お、おい、体を退けろ」

 

『は?』

 

「っ…」

 

ポケットに入れていたカメラを取り出して、確認する。ランプは…点いてるから、まだ配信は続いている?まあ何にせよ、一応締めはしようかな。意味なくてもいいし。

 

『はい!ちょっとハプニングに合っちゃったけど、これにて一度終わります!最後にもう一回!カブトムシは、準備を整えて、やっと倒せる化け物だよ!見つけたらすぐ逃げよう!それじゃ、ご視聴ありがとうございました!』

 

プチッと、ランプの光が消える。これで、もう配信のことは考えなくていい。

 

「…」

 

「じゃあ、貴方。ついてきてもらえる?まあ、ついてこないんだったら多分遭難すると思うけど」

 

「お、おう…」

 

そのまま、変な人と一緒に下山する。なんとなく見たことがある場所で、本当によかった。すぐに登山道に入れて、安全に道路に出た。

 

「…じゃあ、一瞬痛いだろうけど」

 

「!?ぐあっ!」

 

オークの魔石を上から落とす。これで身動きは取れないはずだ。それに、接続はしているから、首をやることもないだろう。

 

「もしもし〜、自衛隊さんですか」

 

「なっ、やめっ!」

 

10分後、自衛隊がやってきていた。

 

「あ、この人です〜」

 

「ご協力感謝します!」

 

自衛隊さんのうちの一人がオークの下敷きとなっている変な人にさっと触れる。

 

一瞬で、その姿が消えた。わお。

 

「えっと、陽菜さんでよろしいですか?」

 

そんなびっくり現象を尻目に、自衛隊さんのうちの中で一番偉そうな人が話し掛けてきた。

 

「あ、はい。もしかして、経緯の説明とかそんな感じですか?」

 

「あー、それもそうなのですが…、お疲れでしょうから、また今度とさせて頂きます」

 

「へ?今度?」

 

「はい。実を言うと、今日の昼間ぐらいに、私達の上司がそちらに伺うと思います。少し協力してほしいことがあり、その提案を…。その時に、経緯も軽く聞きたいと思います」

 

「あ、そうなんですね。わかりました」

 

「ご理解頂きありがとうございます。それでは、失礼しま…いや、家まで送りましょうか?」

 

「あ、もしかしてさっきのワープ?」

 

それなら、ちょっと興味がある。疲れてるのもあるし。

 

「あ、いえ、それは難しく…、ただ単に、守りが必要かどうかで…、一応女性の自衛官も連れてきております」

 

そう言って手で指し示された先には、ビシッと敬礼する二人の女性の自衛官がいた。

 

「あー、じゃあ、せっかくなのでお願いします」

 

「承知しました。じゃあふたりとも、頼んだぞ!」

 

「「はっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事もなく、家まで到着。自衛官さん達とは、家の前で別れた。

 

「ただいま〜」

 

「おかえり。お姉ちゃん」

 

今日も、天使が迎えに来てくれた。いやしかし、今日はなんというか、いつもよりどっと疲れた。

 

ヽ(=´▽`=)ノメグミ~

 

ガシッと抱き着き、癒やされる。

 

「お疲れ様。お姉ちゃん」

 

「ホントだよ〜!!!」

 

「あ〜、おかえりなさい〜」

 

「あれ?三春さん。珍しいですね」

 

いつもならこの時間は爆睡しているはず…。

 

「いやいや〜、お姉ちゃんが万が一のときのために!!って〜、恵ちゃんが言うので〜、起きてあげたんですよ〜」

 

「あ、そうなんだ。ありがとう」

 

「どういたしまして〜」

 

「お姉ちゃん。ご飯にする?お風呂にする?」

 

と、恵が新婚さんみたいな事を言ってきた。この感じだと、どちらも用意されているのだろう。

 

「う〜ん…、お風呂はいる」

 

「うん。着替えは置いといたから、ゆっくりね!」

 

「ありがと〜」

 

なんという先を見たお世話。恵しかかたん!!

 

 

 

 

 

 




ちなみに、配信は陽菜ちゃんが閉めるまで続いていました。カメラ凄いね!てか配信機材凄すぎるね!


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必要なこと

恵視点


ピンポーン

 

お昼の12時頃。お姉ちゃんと三春が起き始めて、お昼ごはん(朝ごはん)を食べるくらいの時間だ。ハムエッグをはむはむ食べているお姉ちゃんを眺めていると、インターホンが鳴った。

 

「ん?ん!(自衛隊さんじゃない?)」

 

「うん。私もお姉ちゃんがさっき言ってた自衛隊さんだと思う」

 

「通じ合ってますね〜」

 

まあ自衛隊である確率が高いとはいえ、今朝お姉ちゃんが襲われたばかりである。無警戒で扉を開けるのは馬鹿のすることだろう。インターホン越しにってこの人…。

 

「どちら様ですか?」

 

『失礼します。自衛隊の近藤と申します。こちら、柏木陽菜さんのお宅でよろしいでしょうか』

 

「はい。少々お待ち下さい」

 

近藤さんって、ゴブリンイベントの時にいた偉そうな人だよね?それほど大事なことなのか。それとも何かがあって位が下がったのか。もしかしたらこちらから顔が分かる人を派遣しているのかな?…まあ、何でもいいか。

 

「んれー?」

 

「近藤さん。ゴブリンイベントの時の偉そうな人。通しても大丈夫?」

 

私達はまだ食事中だ。通す方が失礼かもしれないし玄関で待ってもらってもいい。

 

「うん。大丈夫だよ」ゴックン

 

「そんな無理して飲み込まなくても…」

 

まあ可愛かったのでヨシ。お水をあげてから玄関へ向かう。

 

ガチャッとドアを開ける。その先には、近藤さんと部下と見られる自衛官さん。近藤さんは、私を確認するやいなや、部下から書類らしきものを受け取っていた。

 

「おお、これは恵様。お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」

 

「…はい。お久しぶりです。皆さんも中にどうぞ」

 

目の前の近藤さんは見た目だけでわかるほど、かなり年上で、更には偉い人。なので、敬語や名前の呼び方が慣れない。

 

「ああいや、部下は警戒に当たらせますのでお気になさらず」

 

「あ、そうなんですね。わかりました」

 

最近は化けガエルが家に侵入してくることも分かったし、人が原因の犯罪もぼちぼち出てきたわけだから、この対応もおかしくない。是非とも、オーガやダークナイトの攻撃誘導をミスすることによって我が家が破壊されないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「協力?」

 

近藤さんの眼の前で堂々と朝食を片付け、お皿を洗い、三十分ほど待たせてから本題に入る。乾拭きした机に書類を広げられ、じっくりと説明された。

 

「はい。この先に起こるであろう情勢に対応するには、現状の戦力ではどうしても無理があるだろうと上が判断したため、一般人の方々にも戦闘訓練を積んでほしいと考えています。その協力をお願いしたいのです」

 

「なるほど…」

 

お姉ちゃんが書類にゆっくりと目を通し始める。お姉ちゃんが応対している間に私がさっと読んだ感じ、戦闘訓練というのはそんなに無理があるような内容ではなかった。

 

自衛隊が護衛を務めながら、弱めの化け物や弱らせた化け物を倒し、経験を積んでいく。オークやスケルトンといった弱めの化け物を中心に、能力によっては、オーガなどの強力な化け物にも挑戦していく。ただ…

 

「あの、お姉ちゃんのお休みが…」

 

前にも言っていた私と三春の戦闘訓練。あれもそうだけど、夜にかなり疲れそうなことをしているお姉ちゃんからすれば、こっちの戦闘訓練もきついんじゃないかな?

 

「はい。そちらに書いてある通り、配信等の手伝いをすることで、負担の軽減というのを考えています。もちろん、ご要望があれば出来る限り協力させて頂きます」

 

「…お姉ちゃんのネームバリュー的なのが欲しいって感じですか?」

 

「…はい、そうです。もちろん、多くの方に参加して頂きたいため、この情勢で活躍されている他の方々にも似たような提案はしています」

 

「お姉ちゃ「いいですよ。やります」

 

うん。だよね。

 

「いいの?お姉ちゃん」

 

わかってはいたが、一応確認する。

 

「うん。自衛隊さんがいたほうが配信の質も速度も良くなると思う。情報発信は早いほうがいいと思うからね」

 

「そっか。でも無理はしちゃダメだよ。毎日じゃなくて、2日とか3日とか間隔を開けても…大丈夫ですよね?」

 

「あ、はい。初日以降はそのようにしていただいても構いませんが、事前にお教えしてくださると助かります」

 

よし。これなら休め

 

「いえ、全部行こうと思っているのでお気になさらず」

 

「お姉ちゃん!?」

 

ほんとに大丈夫なの?きつすぎない?と心配していると、お姉ちゃんが私を見て、笑いながら言う。

 

「大丈夫。無理はするつもりはないよ。流石に、夜の配信も慣れてきてたし」

 

「…慣れたからって体と心が大丈夫とは限らないからね。疲れを感じにくくなってるだけで、絶対に疲労は蓄積するからね」

 

ぐっと念押しする。

 

「…ありがとう。気をつけるね」

 

こちらで会話が終わったことを確認した近藤さんは、説明用書類をファイルにまとめ渡してきた。そして、契約書の方にサインを、と言い、よく目を通してからお姉ちゃんはサインした。見た感じ、休みも取れそうで一安心だ。

そして、新しく別の書類を取り出し始めた。

 

「じゃあ次に、恵様につ「それはダメです」

 

お姉ちゃんが即答した。内容すら聞かずにである。

 

「まあまあ〜。お話は聞きましょうよ〜」

 

「でも、恵も三春さんも中学生だよ?戦闘訓練とかであっても危ない場所に行く歳じゃないよ」

 

確かに。正直私にもお姉ちゃんみたいな役割が振られるかなと思っていたが、お姉ちゃんの言うことを考えれば妥当だ。

 

「ん?だとしたらお姉ちゃんもおかしいよ。高校1年生だよ?」

 

「それでも、中学生よりはマシでしょ。一応私はアルバイトとかは出来るんだから」

 

「あの〜、もしかしたら違うかもですし〜ちゃんと聞かないとお互いに納得はできないですよ〜」

 

それもそうかといった顔で、お姉ちゃんは近藤さんに軽く頭を下げて、続きを促した。近藤さんはちょっと気まずそうな顔で…

 

「…その、戦闘訓練の参加は中学生以上を対象としています。恵様の能力は強力なため、もし参加する場合は、こちらのクラスで参加して頂きたいというお知らせです。あと、こちらは三春様の方のクラスで、最低限の護身術と、後方支援を中心とするクラスです」

 

おお、言い切った。なんか凄い言いづらそう。お姉ちゃんがやんわりと三春と私の書類を横から取った。

 

「あの、これって同伴者がいても大丈夫ですよね?」

 

「はい」

 

「なら、私が休みの時に一緒に行こうか。ね、恵、三春さん」

 

「うん。わかった」

 

「はい〜」

 

「…それでは、私共からのお話はここまでです。質問はございますか?」

 

おっ、待ってた!

 

「はい!今日お姉ちゃんを襲った犯人について教えてください!」

 

これを待ってた。ずっとずっと知りたかったけどわからず、むず痒い思いをしていたのだ。

 

「…申し訳ありません。まだ出来ていることは少なく、現在はお伝えすることはありません。何かあれば、そちらに連絡いたしますのでご容赦ください」

 

「は?」

 

「あ、じゃあ。自衛隊さんがあの変な人を消したのってどうやったんですか?」

 

「あー、あれは、自衛官の能力の中に触れた人か自分自身をワープさせるというのがありまして、それを使用いたしました。ワープ先には複数の自衛官が控えていますので、即座に拘束する手筈となっています」

 

「へー、ありがとうございます」

 

「いや、さっきの質問!どういう…」

 

「恵。私は別にどうでもいいし、そんなに気にしなくていいよ。それに、あんまり時間もたってないんだからわからないことがあってもしょうがないよ」

 

「うっ」

 

お姉ちゃんにそう言われれば、私は何も言えなくなる。あくまで、被害者はお姉ちゃん。お姉ちゃんがいいと言うなら私は…

 

「ならせめて、どういう能力だったのか教えてもらえませんか?」

 

自衛隊には、創作上での鑑定みたいな、相手の能力を知れる人がいる。お陰でお姉ちゃんも私も能力について自衛隊にはバレている。それを、犯罪者に適応しないわけがない。

 

少なくとも、拘束したら真っ先にそれをするはずだ。

 

「それでしたら。簡易的なことしかわかっていませんが、この能力は爆発に関係するものらしいです」

 

「爆発?」

 

「はい。まだ詳細な情報はわからないので、お待ち下さい」

 

そこまでで、もう話すことはなくなった。最後に、お姉ちゃんの配信を手伝う自衛官の連絡先を確認したり、まさかの明後日から始まる戦闘訓練での事項を確認したりして、近藤さんは部下を引き連れ帰っていった。

 

知りたいことは知れなかったし、収穫は少なかった。やっぱりもっと、自分達でなんとかしないといけないのだろうか。

 

「お姉ちゃん!」

 

「どうしたの?」

 

トントンと、資料を纏めているお姉ちゃんに質問する。なんだかんだ、時刻は6時。もうすぐご飯である。

 

「ご飯食べたら、少し外を散歩しない?今日と明日で、少しは戦闘訓練しよ?」

 

「え〜〜。恵ちゃん〜。明後日にしましょうよ〜」

 

「いや、今日!というか元々は9時からする予定だったでしょ」

 

「う〜。自衛隊さんのお話で有耶無耶になったと思ったのに〜」

 

ショックを受けたかのようにソファに縋り付く三春。でも、お姉ちゃんは微笑んで。

 

「わかった。じゃあ、散歩の道、ちょっと考えとくね」 

 

快諾してくれだのだ。

 

「ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




訓練(実戦)



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散歩(戦闘訓練)

恵視点


「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

「うん。頑張るね!」

 

「うう〜。眠いです〜」

 

お姉ちゃんにそれぞれ返事をしながら、包丁とブラックジャックを装備した私達は家の外に出た。外は思ったよりも静かで、化け物だらけというわけではなかった。

 

「ねえお姉ちゃん。いつもこんな感じ?」

 

フードを被ったお姉ちゃんに尋ねる。ちなみに私もフードを被っている。二人共髪色が目立つのだ。そんな私達を見て、三春もフードを被ったりしている。

 

「う〜ん。そうだなぁ。深夜12時頃ぐらいになるともっと沢山いるけど、自衛隊さんとか強い人が沢山倒すからね。このぐらいの時間ならこの程度かも」

 

「へー。そうなんだ」

 

もしかして、深夜12時頃に一気に湧いて、他の時間は湧かなかったりするのだろうか。湧かない代わりに、普段人がいないところに湧いた化け物が移動してくるとかでいなくなることはないにしても。

 

「あの〜、ちなみに〜、この地域で化け物を倒すのって〜、どういう人達なんですか〜?」

 

「そうだね。自衛隊さんもいるんだけど、でも、おまわりさんもよく見るね。たまに、三春さんのお父さんも見たりするよ」

 

「お〜、業務に励んでいて偉い〜」

 

「三春はどういう立場なの?」

 

しかし、警察か。確か、三春のお父さんは警察で殆ど家に帰れないから私達と一緒にいるという側面があったりする。もしかすると、戦闘訓練とかで皆の力が強くなったら、三春が帰っちゃうかもなのか。警察の負担が真っ先に減らされそうだし。

 

「お、いたいた」

 

お姉ちゃんが立ち止まると、お姉ちゃんの目の前にいる人が軽く手を上げた。ラフな格好で、なにかの組織に所属しているようには見えない。後、足元が湿っている。

 

「知り合いですか〜?」

 

「ううん。恵。やってみる?」

 

「うん」

 

お姉ちゃんに促されて、私は、手を上げる人に近付いていく。そして、間合いに入ったら、容赦なく刀で切り捨てた。

 

「ええ〜!?」

 

三春の驚く声を背に、その人は倒れ込み、カエルになった。いや、戻ったと言うべきかもしれない。

 

「ねえお姉ちゃん。トドメってどうする?」

 

「どうするって?」

 

「いやほら、まだ確実ではないけど、レベル的な概念あるじゃん」

 

なんだかんだ少し前からずっと議論されている、レベルについて。世界の変化がどこかゲームっぽいので、あるんじゃないかと言われている代物だ。

 

また、能力だけで説明し辛いパフォーマンスを可能としているような人がいるのも、その説を信憑性が高いものとしている。

 

一例として上がりやすいのがお姉ちゃん。正直おかしい。お姉ちゃんがいくら凄くとも一般的な女子高生なわけで、化け物をばったばったと倒す姿は、あこがれと希望を与える反面、違和感を押し付ける。

 

明らかに、経験で済まされる動きでは無いのだ。いや、だとしても、人外じみていたり、プロのアスリートと並ぶというのはないのだが。

 

「あー。なるほどね。まあ、気にしてもしなくてもいいと思うよ」

 

「わかった。三春。やる?」

 

「え〜、まあいいですけど〜」

 

そうして、全力でブラックジャックを叩きつけた。潰れて、一つの石が落ちる。

 

「気持ち悪いです〜」

 

いつも穏やかな三春がうえぇ〜と涙目になりながら抱き着いてきた。ちなみに、恐らくこれはじゃれ合いである。あんなスムーズに、しかも包丁ではなくブラックジャックを選ぶ奴が、怖がるわけがない。

 

「大丈夫?三春さん。家で休んでも―――」

 

「お姉ちゃん。これ嘘泣き」

 

「バレてました〜」

 

なんというか、のほほんとしすぎている気がする。これでいいのかと言われるとダメだろうけど、まあ三春の性質上仕方なかったりするのかもしれない。

 

ドスンと、振動が響いた。

 

「…え」

 

お姉ちゃんは、珍しく驚いた様子だ。

 

「どうしたの?」

 

「いや、オーガだと思うんだけど、珍しいなって」

 

「珍しい?」

 

「うん。オーガって家を壊しかねないから、自衛隊さんと警察で真っ先に駆除するんだよ。特に住宅地では」

 

「てことは」

 

「ピンチだったりするんですかね〜」

 

お姉ちゃんはちらりとこちらを見て、考え始める。

 

「お姉ちゃん、大丈夫だから行こ?ね?三春」

 

「治療班の出番です〜」

 

「ありがとう。二人共」

 

お姉ちゃんは少し苦笑して、私達は音のする方へ走っていった。

 

 

 

 

 

 

ブロック塀から、覗き込むように外を見る。

 

「…誰もいないね」

 

お姉ちゃんが呟くように、オーガと相対している人はいない。自衛隊も警察も、このオーガに気づかなかったのだろうか。

 

「…ん?あれは〜」

 

三春が指した方向を見る。見えづらいが、道路が若干赤い気がする。

 

「自衛隊か警察がやられてるんですかね〜?」

 

「いや、どっちの人達も、オーガの倒し方を確立してるから、多分あれは普通の人かな。勇気を振り絞ってくれたんだと思う」

 

「お姉ちゃん。冷静だね」

 

「いや、二人が言ってもね」

 

まあ、これでもゴブリンイベントのときにある程度は経験済みだ。三春は家が警察なのもあって、耐性が高いのかもしれない。

 

「じゃあ、助けに行こうか」

 

「え?もう手遅れなんじゃないの?」

 

「まだ確認してないでしょ?幸い、応急処置が出来る三春さんがいるんだから、やってみるべきだよ」

 

オーガが反応してないから、生きてないと思うんだけど…。でも、ちょうどいいかも。

 

「ねえお姉ちゃん。私に任せて?」

 

「えっ、危ないよ」

 

「それなら、接続したら良いじゃん。すぐに助けに来てくれてもいいから」

 

お姉ちゃんの接続は他者を守るのにも効果的だ。自分の身を完全に守れれば、強い能力を持つ人をほぼ無敵に出来る。

 

「痛くても、絶対に気絶だけはしないでね」

 

「うん。その前に全力で避けるよ」

 

「生きることが大事だからね」

 

ぎゅっと手を握られ、真っすぐ目を見つめられる。軽い気持ちで言わないでと、そういう意思も見える。

 

それでも、私に任せてくれたのはちょっとうれしい。たとえ、魔石の袋から魔石を鷲掴みして構えていても。そして、なにげに魔石からカブトムシの死体を出して、他の道を封鎖していても。

 

オーガの攻撃は一つ一つが強大で、家に当たれば壁が壊れかねない。だから、攻撃を避ける位置も考えないといけない。

 

走り出して、刀を取り出す。こちらに気づいたオーガは、威嚇するように叫んだ。

 

グオオオオ!!

 

ピリピリと体に恐怖が刻まれる。でもそれは、ゴブリンの王とは比較できないほどに弱い。故に、足を止めることなし。

 

オーガは左足を下げ、その手にもつ金棒を横に振り抜こうとしている。しかしその前に、私の間合いはオーガの体の一部、足に届く。

 

オーガは油断ならない相手なのだろう。お姉ちゃんの話を聞いて、様々な動画を見て、その恐ろしさはよく知っている。でも、オーガが単体であるのならば、正直な話。

 

 

私の能力の性質上、手が当たれば関係ない。

 

 

手が指先に軽く触れ、オーガの金棒が手から落ちた。そのままゆっくりと体が倒れ、眠り始めた。

 

「恵!大丈夫!?」

 

お姉ちゃんが駆け寄って来て、私の体を案じる。

 

「き」

 

「き?」

 

「きいてよかった〜」

 

本当によかった。どこか自身がなかったのだ。なんせ私の能力はいかんせん強すぎる。だって、殺し合いで容赦なく眠らせるとか、それはもう即死とあんまり変わらない。

 

だからこそ、効かない相手がいるのではと思う。でもそれが、オーガでなくてよかった。本当によかった。博打じみていても、確認したかったのだ。

 

「ねえお姉ちゃん。やっぱり私の能力、相手が遠距離攻撃してこない限り凄く強いよね」

 

「そうだけど、本当に気を付けて。慣性とかよく考えて、眠らせた後に油断もしちゃダメだよ」

 

「う、そうだね」

 

正直、今の私は眠らせた後油断しきっていた。反省して、次は気をつけないと。

 

そうして、私達はそれ以降も私と三春をメインに化け物を倒していき、11時が近付いてきたので切り上げた。

 

やっぱり、撮影のお手伝いはできなかったけど、今回は自衛隊がいるから、ちょっとは安心だ。

 

お姉ちゃんは昔、自衛隊によって結構大きめな怪我をさせられている。でもそれは、能力のことを知らせていなかったというのもある。今ならあんな間違いはおかさないだろう。

 

「じゃあお姉ちゃん。頑張ってね!いってらっしゃい」

 

「いってらっしゃい〜」

 

「行ってきます」

 

 

 



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虹色うさぎの倒し方!

『はい。皆さんどもども〜。前回は大変だったけど、なんとか無事に終わったよ〜。心配してくれた皆さん。ありがとうございます』

 

カメラに向かってペコリと頭を下げる。自衛隊さんとの色々があった後、配信を確認してみれば、心配のコメントが多く見られたのだ。もちろんSNS上でも言っているが、改めてお礼を言う。

 

『はい。じゃあ今日もやって行きましょう。本日から、なんと自衛隊さんの方が手伝ってくれるようになりました!検証出来ることも増えるので、ぜひ色々とリクエストしてください!』

 

自衛隊さんが手伝ってくれるお陰で、化け物の行動や倒し方を調べるのがとても楽になった。もちろん人数が増えるというのもあるが、なんと、私をサポートしてくれる自衛官さんは二人なのだが、一人、とっても便利な能力の人がいたのだ。

 

ズバリそれは、化け物を捕まえる能力。手のひらから光る網のようなものが出てきて、化け物を覆い、()()()()魔石へと変化させるのだ。

 

もちろん、光る魔石は好きなところで出すことが出来る。自衛官さんは光る魔石は一個しか持てないため、捕まえられる化け物は一体だけで不便と言っていたが、私や自衛隊には喉から手が出るほど欲しくなるだろう。なんせ、未知の化け物に対して、最大限の準備を整えられるのだから。

 

『さて、今回の化け物はズバリ虹色うさぎです!こちら写真です!これまでは絵で説明していたけど、自衛官さん達のお陰で写真が用意できたのでこちらで説明します!』

 

そして、ひじょーに目に悪い虹色に光るうさぎの写真を見せた。

 

【ゲーミングウサギwww】

 

【うわぁ…】

 

このうさぎの見た目は虹色に光る以外は普通のうさぎだ。可愛いはずなのになんとも言い難い気持ちになる。

 

『まあ、わかる。実際、始めて見た時は自衛官さんと一緒に苦笑いした程だし』

 

あの時の微妙な空気は忘れない。でもお互いの緊張は程よくほぐれたと思うから悪いことではない。

 

『それでは、解説にいきます。このうさぎは、物理で攻撃せず、魔法で攻撃してきます。私達が見た感じだと、火、水、風の三種類です。

魔法といえば、これまではどれも強力なものでしたが、威力はそこまででした。火は軽い火傷、水は水風船ぐらい、風は少しよろけるぐらいです。どれも、丸いボールのような形で発射されます』

 

始めての魔法職だ。これまではオーガ、ダークナイト、大きなカブトムシという大型の化け物が攻撃手段の一つとして使ってきた魔法だが、完全に魔法のみの化け物は始めてである。いや、空飛ぶっくは魔法みたいなものだから、それで言うと二人目かもしれない。いやそれなら化けガエルも…。いや、とうでもいいか。

 

『近寄ってあれこれ試してみましたが、近寄ると何かしてくるというわけではなく、死物狂いで距離を取り始めます。うさぎなので中々の速さですけど、追いつけないほどではないと思います』

 

今回の虹色うさぎは比較的弱いほうだろう。遠距離といえば空飛ぶっくが思い浮かぶが、アレより遥かにマシだ。なんせ…

 

『ちなみにこの虹色うさぎ。たまに他の化け物へ流れ弾を当てるときがあります。そうなるとなんと、一瞬でヘイトが向くので、勝手に殺し合って、私達はそこを漁夫の利できます』

 

実際、オーガと虹色うさぎ、大きなカブトムシと虹色うさぎというタッグに出会ったが、どっちも流れ弾にキレてボコボコにしていた。

 

『というわけで、実践といきましょう!』

 

本来なら今から虹色うさぎを探す。しかし今回は最初の一回に限りその必要がなくなる。大幅な時間短縮である。

 

打ち合わせ通りに、私は指示された方向に進む。カメラはもう一人の自衛官さんが持ってくれているので、そこら辺の負担も軽減。ありがたい。

 

カメラに映るギリギリで影から自衛官さんが捕まえておいた虹色うさぎを魔石から出す。これは、自衛官さんの能力がバレないようにするためだ。

 

『わっ、いましたね!』

 

場所は山の麓のの住宅地。周囲の家の窓はしっかりと閉められている。

 

大体五メートル程の距離を取った虹色うさぎは、鳴いた。

 

「キュ〜!」

 

虹色の体から、赤だけが激しく発光し、丸いボールを作り上げる。それは、直線上に飛んできた。

 

『こんな感じで、多分虹色うさぎをよく見ていれば避けれます』

 

一歩横に避けるだけで、それは私の横を通り過ぎて、勢いを無くし消えていった。

 

「キュ〜!」

 

もう一回。次は風らしい。

 

『さて、気づきましたか?虹色うさぎは魔法の前に絶対に鳴きます。そのため、もしこの鳴き声がしたら、近くに虹色うさぎがいて、魔法を放ってくる直前なのだと思っておいてください』

 

風のボールも避ける。次は水。

 

『じゃあ倒しましょう。ちょっと見ていてください』

 

一歩大きく歩を進める。

 

「キュッ!」

 

完成が近づいていた水のボールは、形を崩して地面に落ちて、虹色うさぎは後ろに大きく下がった。そしてまた、水のボールを作り始める。

 

『このように、この虹色うさぎは何よりも距離を取ることを最優先します。その瞬発力はまぁまぁ高いので、人によっては追いつけないかもですね。ただ逆に言えば進み続ければ一生下がっていきます』

 

手のひらに、いつもの如く魔石を握る。

 

『倒し方は至極単純。投げ物で一発です。でも、こんな感じで』

 

軽く投げるはオークの魔石。空中で魔石は死体となり、うさぎを押しつぶさんとする。それを、うさぎは当然のように避けた。

 

『普通にやると避けられます。なのでタイミングを見計らいます』

 

虹色うさぎが水のボールを形成し、今にも吐き出さんとするその時に、私は魔石を投げる。水のボールと魔石が交差し、片方はそれを避け、もう片方は避けきれず押しつぶされた。

 

『はい。こんな感じで、魔法を撃った直後は体が硬直するのか動きません。そこを狙いましょう』

 

さて、これで、虹色うさぎについては終わりだ。油断しなければこれ単体に負けることはないだろう。

 

『じゃあ、ここからは三十分間、質問タイム的なのをやっていきましょう!虹色うさぎに限らず何でも!もちろん、募集する質問は化け物退治についてだよ!』

 

暫くして、コメントには多くの意見が寄せられる。その中から適当に良さそうなものを探していく。

 

【虹色うさぎを投擲なしで倒して!】

 

『ほう。虹色うさぎを投擲なしかー』

 

取り敢えず虹色うさぎを探しながら、コメント欄と会話する。

 

『うーん。何か皆意見ある?どうやったらいいかとか』

 

【魔法を撃った瞬間に距離詰めるのは?】

 

『あーなるほどね?でも、それって参考になるかなぁ』

 

一応それは考えたことがある。ていうかやってみた。でも、

 

『でもそれは、魔法に当たりながらになるんだよね。ん〜、いいや、やってみよっか』

 

自衛官さんの持つカメラから、視点を髪飾り型のカメラへと移す。こうすれば、多分言いたいことが伝わる。

 

標的にするのは、虹色うさぎ1羽とスケルトン一体、空飛ぶっく一冊だ。スケルトンはなんか赤いエプロンと包丁を持っている。

 

初めに、ダッシュで距離を詰める。

 

スケルトンは私を見て、カウンターのつもりか包丁を構え、うさぎは逃げる。空飛ぶっくはスケルトンの頭に引っ付こうと動いている。

 

優先して狙うのはスケルトン。スケルトンに空飛ぶっくが引っ付けばとたんに厄介になる。それに、殺傷能力が高いのもそうだ。

 

突き出してくる包丁。かなりわかりやすいので避け、空飛ぶっくを無視してブラックジャックを叩き込んだ。魔石がごろりと落ちる。

 

その上部からすぐさま空飛ぶっくが紙を発射してくる。当たると痛いので全力で走り、空飛ぶっくの紙が切れるまでの間、虹色うさぎに注意を払う。風のボール。数枚の紙を巻き込んだものの、避けるのは簡単だ。

 

紙の枚数が切れたら1枚手に取りライターで火をつける。これで空飛ぶっくも終わり。

 

最後は虹色うさぎ。これが見せたかった。ジリジリと大体五メートルまで近寄る。これ以上進むと多分逃げる。

 

『じゃあ、行きます』

 

タイミングを見計らい、魔法に当たりながら進む。種類は火、ちょっと熱いが、足を止めるほどでもない。というか私は火傷すらしない。そして、魔法に当たりながら突っ切ったのにも関わらず、手に持った包丁は、うさぎの片足をかすっただけで、そのまま距離を取られた。

 

『はい。こんな感じで、めっちゃギリギリだし、しかも倒せるかは分かりません。もちろん魔法を避けるなら多分普通に避けられます。なので、もしこうやるのなら、リーチが長い武器がある人とかだと思います』

 

言いたいことは言えたので、魔石を投げて仕留める。

 

『それでは、もう一個といきたいですが、自衛官さん達にはお仕事があるのでここで終わります。もしなにかリクエストがあれば、コメントに残してもらえたらと思います』

 

『はい。今回はかなり弱めの虹色うさぎでした!弱めとはいえ、火傷はするし、もちろん、急所に当たればまずいのに代わりはありません!油断はせずにしてください!ご視聴ありがとうございました!ばいば〜い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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