陰の実力者ってこれでいいのか? (ソフトクリーム)
しおりを挟む

転生する前の僕

陰実好きです。よろしくお願いします。


 

普段はどこにでもいるモブAになりきり、1人の時間では日々修行に励んでいた。例えば、人気の無い花畑で裸になりながら踊ったり、ボクシングや柔道などを取組、滝に打たれながら瞑想したり、税金などの資金面を勉強したり、絵や音楽、料理や手芸なども学び、忍者のように足音を消すことや隠れるための訓練を行った。最初は苦戦ばかりであったが、少しずつやれることを増やし、出来ることも沢山増えた。

 

 

幼稚園生からぼんやりと考えていたものを、小学生には少しずつ形を決めていき、中学生には基礎的なところはマスターして、高校生には応用的なところも幅広く出来るようになっていった。思い描いていたことが実際に出来るようになっていき、僕は嬉しかった。

 

しかし、同時に少し焦りもあったのだ。

 

小さい頃は誰もが言ったことがあるであろう実力者。魔法使いになりたい、能力者になりたいと誰もが憧れていた光景を、誰もが否定していく。そんなことは時間の無駄、頭がおかしいと言うのだ。

 

それは当然の意見だろう。誰だって時間が経つと、それが空想であることに気が付く。

呪文を唱えれば雷が鳴るわけでもないし、箒に跨っても空を飛ぶことは出来ない、違う種族と満足に話すことも出来ない。そういった空想から目を覚まし、今日も現実を生きているのが普通と言えるだろう。自分以外の誰もが、そういう風になるのを見ていて、普段鍛えていることは本当に僕の目標、陰の実力者になれるのかという不安が出てくる時がある。

 

僕は陰の実力者になること以外のことを排除して生きてきた。友達付き合いもモブのように付き合う、何か聞かれたときはモブのように答え、いざという状況になったらあいつは誰だと思われながら場を自分の物にする実力者。そう、陰の実力者だ。これになるために生きていたが、そんな場面は中々やってこない。

 

表立って実力を示したいわけでもないので、実力を振るうことができない。じゃあ陰のように実力を振舞うとしても、深夜に暴走族をボコボコにするくらいしか出来ず、ストレスが溜まっていた。鉄パイプで暴走族の頭を殴りながら溜息を付く。攻撃を受けた暴走族は地面に転がり、頭を守るように手で覆っているが、僕は構わず鉄パイプを振るう。相手は動かなくなった。

 

「ダメだ、こんなのじゃ全然ダメだ」

 

もっと、何かこう、超次元的な何か、何か無いのか

例えばそう、魔力だ

魔力はどこだ

魔力が欲しい

 

暴走族を倒したあと、僕は修行に出た。人気の無い森林で裸になり、自然を全身で感じる。そして目の前にある尖った岩に頭を全力で降下させた。衝撃と当時に激痛が入るが

 

「魔力!」

 

もう一度頭をぶつける

 

「魔力!」

 

魔力と口にしながら頭をぶつけていると、頭がくらくらするのと同時に高揚感が出てきた。これはあれだ、ハイになってきたやつだ。視界がぼやけており、額から頬に血が流れているのを感じる。

 

この調子なら魔力が見えるかもしれない!

 

そう思った僕は、頭を大きく振り被って

 

「魔力!!」

 

ぶつける!

 

するとどうだろう、視界の隅に何か淡く光っていることに気付く。しかもそれはゆっくりとこちらに向かってきているようだ。気付いた僕は、その場から立ち上がり、砂漠にオアシスを見つけた人のように両手を万歳して奇声をあげながら走った。

 

目の前に長年望んでいたものがある。そのときのワクワク感は、人生1位になると思う。魔力に突っ込んだ僕は訓練で受けた衝撃よりも遥に強い衝撃を全身で受けた。少し痛かったが、魔力が目の前にあるのだ。しかも2つもある。これを離してはダメだと思った僕は、全身の痛みに耐えて、立ち上がろうとする。

 

しかし立ち上がることができない

 

なぜか立とうとすると激痛が走る。視界も暗くなってきた

 

あぁ! 魔力がなくなっちゃう!!!

 

「魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力魔力!!!!!!」

 

ダメだ、僕を置いていかないで!

 

声に出して呼び止める。声だけじゃ届かないから、痛みに耐えて全身をバタバタさせながら魔力と連呼した。それでも明かりは遠くなっていく。

 

何やら声のようなものが聞こえる。それが次第にこちらに近づいている

 

やった! 魔力が僕に気付いたんだ!

 

倒れた状態でもできることはある。さっきよりも大きな声で魔力と連呼しながら頭を振り続け、海からあげられた魚のように全身をジタバタする。さっきよりも声が大きくなった気がした

 

僕はここだよ! 

 

そう思いながら魔力と叫び続けていたが、どうやら身体の限界が来てしまったようで、視界が魔力があっても暗くなっていく。とても冷たい。海中に沈んでいた修行を思い出す。あのときよりも寒い。

 

そこで僕の意識はなくなっていた。

 

目を覚ますと、そこは知らない光景だ

 

しかも何か光っているものが見える

 

周囲には大人の男女が喜んでいるようで、少し遠くに小さな女の子もいた。黒色のロングヘアーだ。何が何だか分からないでいると、何やら大人の男女が不思議そうにしている。

 

「あなた、この子泣かないわ」

「本当だな…産声をあげないのは変だな」

 

まずい。今の僕は赤ん坊のようだ。ならやることは1つ

 

「うおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「あなた!? この子急に野太い声で産声をあげたわ!?」

 

間違えた!!! 変声の修行で出来るようになったおじさんの叫び声を出してしまった

 

「おぎゃーおぎゃー!」

「あぁ良かったわ貴方! しっかりと泣いているわ!」

「本当だ! 良かったなお前! なんか少し棒読みのような感じもあるが気にすることはないな!」

「そうねあなた!」

「おぎゃーおぎゃー!」

 

こうして僕はよく分からない世界に転生したようだ

 

超楽しみぃ! あ、漏れる

 




もしよければ評価ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金髪エルフと出会う

なんか適当に盗賊団を襲って金貨を回収したら、腐敗した肉を見つけた。魔力量が多いなと思い、これは何か実験が出来るぞと遠足を楽しみに待つ幼稚園生のように、肩に担いで、人気の無いところにゴミを捨てるように放り投げた。

 

それからはもう楽しい日々だ。沢山試したいことを試して、試しまくった。もう使う用途が思いつかないからその辺に捨てようかなと思いながら魔力を操っていると、なんと金髪のエルフが現れた。しかも全裸だ。

 

ふむ

 

中々いいな…

 

身体に見惚れていると、その子は目を覚ます。僕としてはもう用済みの子なので、適当に話をしたら放置するつもりでいたが、声をかけてきた。

 

「僕が誰かって? 僕はシャドウ。君を助けたものだ」

「シャドウ……」

 

エルフは噛みしめるように呟く

 

「助けてくれてありがとう」

 

その子は泣いていた

 

「え、えぇ? どうしたの?」

「ずっと声が聞こえたの。ああでもない、こうでもないって……あれは私を助けるために、どうにかしようとしてくれたのでしょう?」

「……」

 

そんなつもりはなかったけど……でもここは適当に合わせようかな

 

「そうだね。僕は君を何が何でも助けたいと思ったんだ。とても辛く、苦しく、朽ちていくのは嫌だというのを君から感じたんだ。それでどうにかしようと奮闘したらどうにかなったんだ」

 

エルフは顔を俯き、肩を震わせる。鼻を啜る音が聞こえる。僕は魔力を操り、スライムティッシュとスライムハンカチを作り出す。ウエットティッシュとウエットハンカチのようなものだ。膝を地につけ、エルフと視線の高さを合わせる。片手で頬を包み、ハンカチで涙を拭いた。ティッシュの使い方も説明して、鼻をかませる。かませたティッシュは僕が預かった。

 

これはエルフの鼻水。何かに使えるかもしれない。取っておこう。いつどんな物が使えるか分からないし。

 

「君は帰る場所や人物に当てはあるのかい?」

 

僕はエルフの胸や臀部を凝視しながら聞くが、エルフは無言で首を横に振る。

 

「そうか。なら僕と暮らす?」

「え」

「もちろん僕が今暮らしているところじゃないけど。ここから少し離れたところに小さな小屋があるんだ。そこを整備して使えるようにする。エルフの君だし、自然が多い場所の方が安心するでしょ?」

「それは、そうだけど。でも……」

「日中は難しいけど夜にはこっちに来るよ。嫌ならここで……」

 

僕はそう言ってここから離れようとすると、エルフは立ち上がって僕に縋りついてきた

 

「待って…! 置いていかないで! もう1人は嫌なの!」

 

さっき綺麗にした顔はあっという間に、また涙や鼻水で汚れる

 

「お願い! 私と一緒にいて! 捨てないで!」

「そう。じゃあ僕の言う事をなんでも聞く?」

「私を助けてくれた恩人の言う事なら何でも聞くつもりよ」

 

僕は立ったままで、エルフは膝を地につけ、僕を見上げていた。さっきまでの不安そうな顔をしているが、同時に僕に尽くしたいという強い気持ちも顔に表れている。

 

「わかった。じゃあ僕の言うことは従ってもらうね」

 

エルフの身体は調べたことがないんだよねー。どうしてもいつもは人間ばかり襲って、他の種族についてはまだまだ分かっていないことがあるし、これも良い実験になりそうだ。僕は溢れそうになる涎をなんとかこらえて、エルフの顔をもう一度拭く。

 

「君の名前は今日からアルファだ」

「アルファ…アルファ…アルファ…」

 

自分の存在を確かめるように、彼女は何度も名前を呟く

 

「そうだ、アルファ」

「わかった。私は今日からアルファね。あなたのことは何と言えば…」

「シャドウ」

「分かったわシャドウ。これからずっとよろしくね」

「あぁ。じゃあ行こうかっとその前に」

 

スライムをアルファの身体に張り付ける。最初は驚いたアルファだが、シャドウがしてくれたものなら心底安心しているため、すぐに適応した。自分が今着ているのと同じスライムスーツの女性版だ。さっき身体を隅々まで見たから、少しのズレもない。

 

「これは…」

「スライムスーツ。アルファも訓練すれば、自分で出来るようになるから安心して」

「えぇ。ありがとう」

 

こうして2人は小さな小屋に向かって歩き出した。

 




もしよければ評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金髪エルフを安心させる

感想・評価ありがとうございます。


最近手に入れた実験対象…もといアルファを小屋に案内した

 

「初めて見る小屋ね」

 

そこにあったのはこの世界では、見た事も聞いたこともない形状の家があった。それは転生する前の世界の建築を利用しているから見慣れないのも無理ないと心の中で思う。

中に入ると、2人掛けのソファー、小さな台所、トイレ、小さな円形の机などがある。これらの大半はこの世界にあったものを使っている。

 

視線をあちこちに向けているアルファに声をかけて、部屋の説明をしていく。特に驚いていたのはトイレの説明だった。とても感動しているように見える。転生前のトイレ技術は、ここよりも最先端技術だったようだ。実際、公衆便所はあるけど、あれ転生前よりも匂いとかキツイからね。

 

小屋の周りには花畑や川があり、中々良い場所だとアルファは喜んでくれた。時間はお昼を過ぎて少し経つ。僕はお腹が空いたので、何か食べないかと聞くと、アルファもお腹が空いていたようだ。

 

「何か食べたいものある?」

「シャドウが作ってくれるものならなんでも」

「食べられない物はある? 身体が痒くなるとか」

「ないと思うけど…」

「わかった! そこのソファーに掛けて待っていてね! アルファが元気になる料理を作るから」

 

さて、何を作ろうかな。衰弱してからまだ時間が経っていないし、風邪を引いている時に食べる感じのご飯にしようかな。そうなると…おかゆかな。

 

ササっと料理を終えて、アルファの前に出来立てほやほやのおかゆを置く。見たことが無い食べ物らしい。

 

「これはおかゆという食べ物なんだ。風邪を引いた時に作られる料理の1つでね、水分と栄養を胃に負担を少なくして食べることが出来るんだ」

「そうなの…頂きます」

「召し上がれ」

「…」

「ん? どしたの?」

 

アルファは一口食べてから固まっていた。味見したけど、僕は美味しいと感じたが、エルフでは不味かったかと焦っていると

 

「…」

 

無言でアルファはお粥を食べ続ける。これはどれだろう…言葉が出ないほど美味しかったのか、普通過ぎて何も思わないのか、不味いけど助けてくれた恩人の顔に泥を塗らないように我慢しているのか…。この子だとどれもありえるからなー。

 

普通なら美味しいかと聞くところだが、僕はそんな真似はしない。この子の場合、美味しくなくても美味しいと言ってしまいそうな雰囲気があるからだ。この子の表情や、筋肉の動きを注視する。

 

ある人が言うには、悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいといった。もしかしたら、アルファは今の感情が自分でもどういうものなのか分かっていない可能性があるため、先に食事を終えると、お茶を出す。完璧だ。飲み物を飲みたそうにしている感じの中、即座におちゃを出す僕。決まったな。スタイリッシュさを出そうとしたが、何かを考えているようなので、静かに出す。思考中の雑音は嫌がるだろうしこれが正解だ。

 

あれ!? いつの間にお茶が出てる! いつ出したんだ! という実力ムーブも決まった! 僕は満足だよアルファ

 

見ていて思ったが、アルファはとても品性が良い。食べ物を全くこぼさないし、器に残っているカスも全く無い、食器をガチャガチャと音を立てることも無く、食べ始めに頂きます、食べ終わりにご馳走様としっかり僕に言ってくれたこと。僕は大変嬉しいよアルファ。

 

僕は孫娘が家に遊びに来た時に迎え入れるおじいちゃんおばあちゃんの気持ちはこんな感じなのかなと思いながら、アルファを見つめる

 

「なに? 顔に何か付いているの?」

「君の顔に見惚れていた」

「!?」

 

食べる時の顔も、今までよりかなり明るくなっていたし、青い瞳に、金髪とどれも綺麗だ。今もこうして見つめ合っていると、アルファは視線を逸らしてしまう。少し耳が赤いように思えたが、僕は分かってるよアルファ。

 

料理に興味を持ったけど、それを指摘されるのは恥ずかしいんだろ?

 

転生前の世界には漫画というものがあった。漫画とは、コマ割りのある絵を主体にして、セリフ・擬音語などを補助手段にして、出来物や物語を娯楽的に表したものだ。その漫画の中には、様々な物語がある。魔法や銃を使った戦闘系、音楽や芸術などの美術系、恋愛心をくすぐる恋愛系などがある。僕は転生前には漫画を良く見ていた。なぜかというと、思いつかない発想が沢山あるからだ。実際に小説などで想像するのも悪くないが、あの時の僕は質より数重視の考えだったので、すぐに理解できるよう絵が付いている漫画の方がコスパが良かった。中でも笑ったのが料理漫画の作品で、美味しい料理を食べると、服が脱げる、絶頂して身体をビクンビクンとさせるという技を持つ人達がいる。

 

アルファはそういう漫画のような美味しい料理を作りたいと思っているが、同時にリアクションを取る側にもなりたいと考えているに違いない。これは僕でも迷う。実力者なら料理を作る、モブならリアクションを取る側になるからね。ぼくはどっちでも良いと思うんだアルファ君

 

「大丈夫だよアルファ」

「え」

「僕は君のことを全て受け入れるよ」

 

いっそのこと両方やるのもありだよね! わかるよ〜、何かを選ぶこと自体が間違いで、選ばないでやるのも立派な選択肢だから、恥ずかしがることもないんだよ!

 

そう思いながらアルファを見つめると、またアルファが泣いてしまう

 

えぇ!? なんで?

 

「貴方は私のことを本当に受け入れてくれるのね」

 

当然だよ、一緒に陰の実力者について学び合おう!

 

「嬉しい…こんなに嬉しいのはいつぶりかしら…。初めてこんなに大きな感情が…私は…」

 

何かブツブツと言っているが、思考を口に出しながら考えるタイプかもしれない。僕は音を立てないように食器を洗って片付けた。

 

それからアルファには沢山教えた。文字や文化、この小屋にある物の使い方、通貨の概念などを教えていると、もう空が暗くなっていた。今日くらいは一緒に寝ようかな。

 

湯浴みを終えて寝室に案内する。アルファは寝付けていないようだったので、僕はアルファの手を握った。

 

「大丈夫だよアルファ。僕が隣にいるからね」

 

そう言うと、アルファが強く手を握ってきた。

 

うんうん、分かるよ~。僕も以前寝る時間を惜しんで修行していたことがあるけど、一人だとどうしてもダレる時があるからねー。僕がしっかりと見張るから、思う存分鍛錬をしていいからね!

 

アルファは安らかな顔をして眠った

 

僕も寝よう

 

夢の中で会おうね。一緒に修行しよ!

 

おやすみ!

 




評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀髪エルフを助ける

評価感想ありがとうございます。


ヒャッハー!!

 

次々と切り刻まれる盗賊団。うん、スライムスーツの機能も良い感じだし、もうやることは無いかなー。最後の1人も倒して戦利品を探そうとすると、何か人影が。なんだなんだ、生き残りがいたのかな~と剣を持ちながら近づくと、そこは半身…8割くらいが腐敗していた人の姿だ。

 

かろうじて女ということが分かった。残っている部分に男の物がないからね! しかも…綺麗だ。

 

全身腐敗しており、下半身の股間部分だけが人の形をしている。これはとてもニッチだ。アルファよりはマシだが、それでも酷く腐敗が進行している。

 

何か身体がモゾモゾしている。こちらを攻撃するつもりかと思ったが、僕はそれに見覚えがあった。それは、ここに来る前に魔力を見つけたときに、声を出しながら全身で魔力を求めていたあの時の自分だ。あの時の気持ちを思い出すと、僕は即座に助けることを決めた。

 

「絶対に死なせない! 君を助ける!」

 

目の前に何が何でも欲しかったものがあるのに、目の前で気絶するあの絶望感! 僕は知っている! 待っていて! 絶対助ける!

 

アルファの時よりも、素早く確実に魔力を操作すると、そこには泣きほくろの銀髪のエルフが現れた。す、すごいぞこの子! アルファよりもスタイルが抜群だ! しかも顔もかなり可愛い。アルファが綺麗形なら、この子は可愛い系だ。

 

「ん…あれ…私」

 

僕はすぐにその辺の陰に隠れる。

 

この前は解呪して直ぐに姿を見られたから、世話をすることになったけど、流石に2人はねー。少しきついかなー。というわけで、名も知らないエルフさん、僕はここで去ろうかなと思ったら

 

「あ、あの」

 

声が聞こえた。僕は聞こえなかった振りをして去ろうとするが

 

「ま、待ってください! 私を助けてくれたのはあなたですか!?」

 

声の方向が僕のいる方向だ。ちなみに僕の周りには草がある。ということは、誰かが隠れているのだろう。出てきてあげなよ、その子が呼んでいるよ?

 

あ、ここでカッコよく退場して、隠れている人とエルフを会わせるのも実力者っぽいかも? 

 

じゃあ、そうだねバク転してここから去ろう

 

僕はバク転をすると、何かにぶつかる

 

「ふげっ!」

 

どうやら大木にあたったようだ。ゆ、油断していた。盗賊を倒すことと戦利品を漁ることと、あのときの絶望感を味合わせないように必死になっていたせいで、ここの地形を完全に忘れていた。当然引き殺されたカエルのような断末魔をあげる僕が見つからないはずがなく

 

「あ、あの!」

 

完全に目が合ってしまった

 

話を聞くと、どうやらこの子も身体が腐敗して村どころか国から追い出されたらしい。いや、村くらいの小規模ならともかく、国からも追放を受けるってどんだけなの。アルファと同じように頼れる人も、行く場所も無いという。これは間接的に僕に助けを求めていますね。

 

さて、どうしようか。アルファがいる小屋と僕が拠点にしている場所からここは離れている。僕の拠点を中心とすると、同じくらいの距離がある場所がアルファとこの子を見つけた場所だ。

 

「助けてくれてありがとうございました! 私は…どこかに…」

「待ってくれ」

 

どこかにと言う彼女の瞳には絶望が浮かんでいた。その目には覚えがある。あれは、僕がやってもやっても出来なくて苦労していたときの目だ。訓練しても僕自身が納得できるクオリティを出すことが出来ず、諦めた時の目をしている。

 

これはこのままじゃダメなやつだ

 

僕は彼女に声をかける

 

「もしよければ家を用意しようか?」

「家?」

「その辺に、良い感じに家を作れそうな場所があるんだ。行く当てがないなら、それまでの寝床としてどうかな」

「でも、それだとあなたの迷惑に…」

「その辺で倒れる方が僕にとっては迷惑だ。時々、様子を見に行くから、どうだい?」

「でも…」

 

僕は彼女の腕を掴んで、歩き始める。さっき言った良い感じに家を作れる場所なんて見た覚えがない。

 

でも見つける!この子が安心して自分の理想を求める場所を見つけてあげたい!こんな良い子が死ぬなんて僕は僕を許さない!

 

魔力で周囲を探知していると、時々彼女自身に魔力をぶつけてしまう

 

 

「!」

 

彼女は少し驚いたような顔をしている。何故か口をパクパクとして、少し頬を赤くしているが気にしないで探索だ!

 

どこだー! ここは…ダメだ ここも…ダメだ

 

あった! この辺なら、うん、良い感じに条件が揃ってるし。

 

僕は彼女から手を離して、全神経に意識を向ける。周囲の木を切断し、魔力で建築を始める。本当は図面を引いて、確認を取りながらするのが良いが、少しの間だけ寝床を確保するなら、最小限に済ますことができる。出来上がったのはアルファの小屋よりも小さいが、設備はほとんど変わらない感じの、良い感じの小屋が出来た。

 

エルフは驚いた顔をしている

 

「す、すごい。これは一体どうやったんですか?」

「ふ、僕に掛かればこの程度余裕なのさ。とりあえず、今日はここで過ごしてくれ。すぐに生活出来るものを整える」

「は、はい」

 

そんな感じで生活出来るように、最低限の設備を整えた。僕に頼りすぎにされるのも困るからね。食事を与えて、スライムスーツを身に付けさせる。

 

「これ、何で出来ているんです?」

「スライムだ」

「ひぃ!」

 

彼女は怯えたようにするが

 

「僕が操っているから大丈夫だ」

「そ、そうなんですね」

 

まだ怯えているようだが、少し安心してくれた。やはりアルファより身体がいいねこの子。一緒に食事をして、寝室に入る。

 

寝付けていないようなので、僕は絵本を読み聞かせるように、思いついた昔話をしてあげる。寝付けない赤ん坊に絵本を読み聞かせるように、ゆっくりと、やわらかい声を意識して、時々この子に魔力で優しく暖かく包み込んであげたりとしていると、いつの間にか寝てしまっていた。その顔は初めて会った時の怯えた顔でもなく、安らかに眠っている。

 

彼女が赤ん坊みたいだと思っていたら、自分が転生した直後のことを思い出した。あのときはおじさん声でうおぉぉと産声をあげてしまったが、この子は、そんな声をあげることもない。

 

この子には物語と変声を中心に教えようかな

 

そんなことを考えながら僕も眠った

 

夢の中で物語の続きを聞かせてあげるよ

 

おやすみ!

 




評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀髪エルフの目標が決まる

 

銀髪のエルフ、この子をベータと名づけることにした。ベータに物語を話してほしいと言われ、眠るときによく聞かせている。眠る前は、文字や通貨といった部分を教えている。この子も品性が良い方だ。すぐにこちらのいう事を理解し、分からないところは質問してくる。僕がそれを丁寧に返していくと、流石シャドウ様と言われる

 

そう、シャドウ様と言われている

 

僕は呼び捨てで良いよと言ったのだが、ベータは自分を助けてくれた人を呼び捨てすることはできないと言った。魔力の扱い方も教えている内に、いつの間にか僕のフィギュアが出来ていた。それを見つけられたベータは顔を真っ赤にしていた。

 

「だってシャドウ様がとてもカッコイイから…その…作っちゃいました。会えないときは、それに話すことも…っ! な、なんでもないですっ! 今のは忘れてください~~!」

 

しかし、このフィギュアは良く出来ている。筋肉の場所や付き具合が正確で、骨格も、寸分のズレも無く僕とぴったりだ。フィギュアは1つだけではなく、日が経つに連れて、増えていく。顔つきやポーズも全部違う。何かの服を着ているのもあれば、中途半端に服が破れているのもあり、全裸もある。しかも僕のあれが…かなり正確に…。ベータは自身のフィギュアを作ったようで、僕と同じように何か服を着ているのもあれば、中途半端に破けているものもあり、全裸もあるようだ。僕と彼女のフィギュアをくっつけて遊ぶこともある。

 

僕自身にフィギュアを作って欲しいと言われ、いくつか作ったことがある。それを受け取ったベータは無表情で何かをしていたが、あれは出来が気に食わなかったのだろうか? 

 

まぁ僕はこういうの考えるのは好きだけど、実際に作るのは苦手なんだよね。気にしないで良いか!

 

用意した収納棚にはフィギュアが5割を占めるようになっていた。ちなみにフィギュア総数は僕が99%、ベータが1%だ。1パーセントであれだけ彼女自身のフィギュアがあるということは、僕のは…考えるのをやめよう

 

な、なんかこのまま一緒にいると、危ない感じが…

 

僕はベータに帰らないと行けないといい、来る回数が激減することを伝えると、彼女は泣いてしまった。しかし、引き留めるようなことはしなかったので、素直に別れることを理解してくれた。僕は彼女に手を振ってその場から離れた。

 

生きるのに必要な知識は与えたい、体験もさせて出来るように付き合ったし、あとは大丈夫でしょう!

 

教えた物語も種が終わってきたし、じゃあねベータ! またいつか会おうね! 来世とかで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはある小屋の中、銀髪のエルフは机の上に敬愛する主から頂いた地図を広げる。そして主様が作った人形を手に取ると、地図のある場所が点滅する

 

「ここに向かっているのかな…でも会うのはまだ先かなー」

 

彼女は背もたれに寄りかかり、収納されている人形に目を向ける。それを見ると心が安らいだ。

 

「私がダメだから置いていかれたんだろうし…。もっとシャドウ様の力になれるように、私も何か頑張らないと!」

 

あの冷たい暗闇の中消えていく私を見つけてくれた。生きていく知識と体験をさせてもらい、何か返す前に彼は去ってしまった。多分、泣きながら説得すれば、引き留めること自体は出来たと思う。だけど、それだけだ。一緒にいても、私自身が無力では、彼の足手まといにしかならない。彼の手を煩わせることなく、力をつけて、彼の力になりたい。

 

それが今の私の目標であり、今後失われることのない人生の目標でもある

 

様々なことを教えてもらえた中で、特に力を入れて聞いているのは、物語だ。聞いたことのない物語が沢山あった。彼は一体どれほどの人生を歩んできたのかが聞くだけで分かる。そこに一緒にいる力が今の私にはない。なら、私も彼に負けないほどの物語を語れば…きっと…。

 

 

 

 

 

 

街に出ると、ある記事に目がとまる。小説家募集中という張り紙があった。

 

 

これだ!!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒髪獣人(狼)と出会う

 

ベータの下から去り、久しぶりにアルファと出会った。アルファは僕に気付くと、少し驚いた顔をした後に、近づいてきた。

 

「久しぶり、どうだい進捗は」

「久しぶりシャドウ。最近基礎部分はマスターして、今は応用部分の触りをしているところよ」

 

アルファは料理人を目指すことにしたらしい。理由は聞いても教えてくれなかったが、頼むよ頼むよ~と何度もお願いすると、ボソッと小さな声であの時の気持ちを誰かに伝えたいからと答えた。

 

はて? あの時の気持ち? なんだろうか? まぁいっか!

 

僕と別れてから、少しずつ街に出歩く機会を増やして仕事先も見つけたらしい。どこで働いているのかと聞いてみたら、働いている姿を見られるのは恥ずかしいから、呼べるときに呼ぶと言われた。因みに戸籍とかなんかそういう難しい所はどうしたのかと聞いたら

 

「シャドウは知らなくて良いことなのよ」

 

本人が大丈夫と言っていたし、問題ないな! 

 

会った時は料理を振舞ってくれる。とても美味しい。毎回僕はうま~!と頬を緩めながら、完食する。その間アルファは僕をジィーっと見ていることが多い。一緒に食べる時もあるが、どちらかというと、僕を見ている時間の方が多いのだ。お互いに会ったことを話をしていると、何やら遠くからガサガサと音が聞こえる。会話を止めて音のする方を見ると、そこには獣人の子がいた。身体の6割くらいが腐敗している。

 

アルファは最初は不機嫌そうにしていたが、腐敗部分を見ると、すぐにその子に駆け寄る

 

「今治療するから大人しくして」

 

そう言って獣人に近づくと、牙をアルファに向ける。間一髪で避けたが、アルファは不機嫌を通り越して真顔になっていた。

 

「今あなたを蝕んでいる物から解放してあげる。黙って大人しくして居なさい」

 

ガルルルル

 

「あぁ?」

 

きゃん!

 

その子はさっきまで、牙を向けて威嚇していたのに、腹をこちらに見せて背中を地面に付けている。これは降参や服従の意味を表している。

 

「ここは私が解呪するわ」

 

僕が行動するよりも早く、アルファは解呪を試みる。あっという間に腐敗していた部分は正常に戻った。ちなみに僕よりも僅かに早い。本気モードの僕の解呪よりも、アルファの解呪の方が早くなっているのだ。空いた時間で戦闘や解呪といった訓練も行っていたが、アルファはとても呑み込みが早い。他のことも教えたが、今では僕より洗練された物が少しずつ増えているのだ。

 

昔自分が苦戦してやっと出来たものが、すぐに出来るようになっている人を見ると、落ち込んでしまうだろうが、僕は違う。

 

この子はとてもいい子だ。将来が楽しみだな~

 

師匠ポジションではなく、観客ポジションで見ているからだ。隣にいすぎると、相手のことを客観的に評価することが時々困難になることがある。それを防ぐために、いくつかの部分では距離を取ることが大事なんだと思うんだ。

 

さて、僕がふふっと笑いながらアルファを見ていると、彼女は獣人の子と話をしていた。何を話しているのかなと近づいて話を聞く。どうやら、その子は腐敗が進行して群れから追い出されたらしく、ここまで走ってきたらしい。しかし途中で力尽きて死にそうになっているところを僕らに助けられたとのこと。ちなみに名前はデルタ。アルファに名づけられたようだ。

 

「こっちがシャドウ。私達の主よ」

「主? アルファがボスじゃないのですー?」

「えぇ。シャドウがボスよ。見れば分かるでしょう? 彼とても強いのよ?」

「…きゃう!」

 

今までアルファと話をしていたから忘れていたようで、僕と視線が合うと、デルタはまた腹を見せてきた。綺麗で鍛えられた腹筋だ。少し触ってみたい。

 

「触っていい?」

 

答えを聞く前に触ってみる。おぉ…これは中々…いいねぇ! 僕も鍛えているけど、この筋肉の付き方は戦いで覚えないとつかないタイプの付き方だ。意識を指先に集中する。感じろ、僕の鍛えた犬をモフモフにするテクニック。

 

モフモフモフモフ

 

「くすぐったいのです! あはは!」

 

デルタは身をよじりながら笑っている。さっきまでの睨み顔が嘘のようだ。満足してモフモフ攻撃をやめると、デルタは息を整えていた。

 

「デルタ。私達の役に立てば、今みたいにシャドウが褒美をくれるわ。私達の仲間になりなさい」

「うん! デルタ強い群れに入る! ボス! デルタを仲間にして!」

「いいよー」

「やったのです! アルファ、よろしk」

「あぁ? なんで呼び捨てなのかしら?」

「きゃう!!」

「さっき教えたわよね? 私のことは?」

「あ、アルファ様」

 

なぜかデルタがびくびくしている。尋常じゃない怖がり方だ

 

「そう。よく出来てわねデルタ」

「はいなのです!」

 

デルタの頭を撫でるアルファ。とても嬉しそうだ。彼女が嬉しいなら僕も嬉しい。僕とアルファとデルタはニコニコ顔だ。

 

みんな笑顔で幸せだね!

 

 

 

 

 

 

シャドウが去った後に、デルタと2人きりになった。

 

「ボスはどこにいくのですー?」

「彼はやることがあるから。それよりデルタ、私が教えたルールが覚えたかしら?」

「はいなのです! ボスに危害を加える奴は殺す! 腐敗した人を見つけたらアルファ様に報告する! その辺の縄張りはデルタの物にする!」

「良く出来たわね」

 

デルタの頭はよしよしすると、デルタは嬉しそうにしっぽを振る

 

「はい。よく出来たご褒美におやつをあげる」

「ありがとなのです! これは…なんです? 初めて見るです」

「食べてみなさい」

 

デルタはそれを口にする

 

「~~~~!」

 

目をパチッと見開くと、もう1個、またもう1個と無言でおやつを食べ終える。手を伸ばすが、もうおやつはなくなってしまった。うぅ~と唸るデルタ。食べ終わった後に食べていたことに気付くほどの味だ。

 

 

「アルファ様! これ美味しいです! どこで手に入るのです!?」

「秘密よデルタ。私とシャドウの役に立った時にあげるわ」

「わぁ! デルタ頑張るのです!」

「えぇ。じゃあ私のアジトに案内するから付いてきなさい」

「はいなのです!」

 

暗闇の中、2人はどこかに去って行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒髪エルフと出会う

 

~~~♪

 

鼻歌を歌いながら街を歩く僕は誰でしょう? 

 

そう、僕です

 

なんか最近ある小説家の話が街中で噂になっている。なんでも、同じ人が作ったとは思えない作風、とても綺麗な銀髪のエルフ、青い瞳が綺麗、買いに行ったのにすぐに売り切れて買えなかったなどなど。僕もどんな小説なのか気になり、一冊買ってみた。読んでみると、とても面白かった。そしてその小説の主人公が、今みたいなセリフをよく言うので、真似て見たが

 

「二番煎じ感が…。もっと僕だけのセリフはないかなー。うー-ん」

 

やはりオリジナルを考えるのは大変だ。今日はオリジナルセリフを考えながら街を歩いていると、ある賭場にたどり着く。そこでは、何やら賭けが行われていた。どうも、身体が腐敗した子を攻撃して、誰の攻撃で動けなくなるかを掛けているらしい。ちなみに、攻撃する人は、自分の攻撃で動けなくなったら、腐敗者を引き取ることが出来るようだ。

 

なるほど、ストレスをぶつけるにはいい機会なのか

 

この世界には、転生前のゲームセンターのようなボクシングパンチだったり、デジタルでの対人ゲームがない。直接力を振るう機会があるとしたら、何かの武道系の大会や練習に出るか、殺し合いかのどちらかしかない。しかし、ただ憂さ晴らしをしたいがためだったら、自分が攻撃される可能性を0にしたいと考えるのは自然なことだ。そして世間が悪とされる、腐敗した人を攻撃することで、正義感にも酔えるというおまけ付き

 

食いつかない人間がいないはずがなかった

 

でも僕には興味ないからねー。ごめんね、腐敗さんたち。僕は盗賊を斬り殺して解消しているから、苛立ちはないんだ。さよなr…

 

僕はある腐敗者に目を向ける

 

あの子…

 

ふむ

 

僕が見ている腐敗者は、とてもとろい。腐敗しているから動きがトロくなるのも当然のことだが、それにしてもトロすぎる。今までアルファやベータやデルタの腐敗姿を見たが、その3人でもトロイ。殴られて弱っているのもあるが、それでもトロイ。

 

これは興味深いぞ

 

あそこまでトロイと一周回って興味を持った

 

僕はその賭場に殴りこむ。もちろん、魔力を身体につけて顔や体格を少し変えている。具体的には太っている人に見えるだろう。

 

はいはーい、僕は3番目ね! おら、さっさと前2人やって引いてねー

 

2人は満足したら僕の出番だ

 

その子の顔は腐敗しているから、どんな顔をしているのか分からない。しかし、もう何も反応しなくなっている。現実逃避をしているのだろう。その現実逃避、僕が続けてあげるね。

 

拳で殴る。しかし直で殴らない。インパクトの瞬間にその子の全身を魔力で覆い、すぐに拳を引き戻す。すると、その子は倒れたまま動かなくなった。

 

よし、上手く入った

 

はいはいー。これでいいんでしょ。じゃあ僕はそういうことでー。さらば!

 

付けていた魔力を落として、元の姿に戻る。担いだ子を解呪すると、綺麗な女の子が出てきた。その子が目を覚ますと、僕を見つめる。しかし、その目には力が無い。視線自体は僕と交わっているが、僕を見ていない。どこかをぼんやりと見ている。

 

もう何もかもどうでもいい

 

私を殺して

 

どこかにそう言っているように見えた

 

「君は僕の…僕の…」

 

僕の何にしようかな。咄嗟にそう言ってしまった。ここは重要だぞ。

 

…そうだ

 

「君は僕に借金がある。だから返してもらおう」

「……借金ですか」

「あぁ」

「私は…お金を持っていないので…どこにでも売り飛ばしてください」

「違うんだな。借金といっても、通貨の借金じゃないんだ」

「…?」

「君は僕につまらない顔を見せている。それが借金だ」

「つ…まら…ない?」

「僕は君の笑っている顔が見たくて君を助けた。だから君が僕に返さないといけないのは、心から幸せを感じている顔だ」

「笑う…心…幸せ…」

「そうだ。君はこれからガンマと名乗りなさい」

「ガンマ…」

 

ガンマは訳が分からないという顔をしていたが、それでもさっきよりは瞳に生気を感じる。少しはこちらを見ているようだ。いいぞ、こっちを見るんだガンマ。

 

「でも…私…幸せに慣れるのでしょうか?」

「?」

「身体が腐敗してから…誰にもゴミクズのように扱われ…家族や友人にもあっさりと見捨てられ…幸せだと思っていたものが…ぐすっ」

 

ガンマは話しながら涙を流した。鼻水も啜っている。僕はそっと取り出したスライムティッシュでガンマの顔を拭く。その際、魔力で彼女自身を覆う。役割としては全身でお風呂に入っているような感じだ。清潔にする理由もあるが、身体を物理的に温めることで心にゆとりを持たせたい。

 

その理由は、以前僕が修行している時、風呂に入る時間すら勿体ないと感じていたことがあった。そんな時間があるなら、修行に当てたい。しかし、風呂に入らないと悪臭がして、モブになりきることができない。だから3分だけシャワーを浴びていたが、ある日風呂に入ると、修行で苦戦しているあの苛立ちや焦りはなくなったのだ。風呂は心の洗濯とはよくいったものだ。

 

ガンマの中に溜まっていた、不安と恐怖を少しずつ洗い流していく。彼女の話にうんうんと頷きながら、時々顔を拭く。それから、言いたいことを全部言い終えたのか、また泣き始めた。僕は無言で彼女の隣にいた。

 

落ち着いたようだ。僕は話を続ける

 

「ガンマ。僕の名前はシャドウだ」

「シャドウ…様」

「いや呼び捨てでいいよ?」

「いえ。シャドウ様と言わせてください」

 

うーん。どこぞのフィギュア製造銀髪エルフと同じ呼び方だが、今回は大丈夫だろう。だってガンマは僕に借金があるんだし。うん、大丈夫だな!

 

「好きにしていいよ。それよりさっきの借金についてだけど」

「…笑ってる顔、幸せな顔ですか。シャドウ様のおかげに少しは落ち着きましたが、今は不安の方が大きいです。この先、どう生きて行けば良いのか…わからなくて」

「そこで」

「はい?」

「僕が君に生きるのに必要なことを教えるよ」

「といいますと?」

「もちろん、狩りや採集、文字や通貨、戦闘なども教える」

「い、いいんですか!?」

「もとからそのつもりだよ」

「で、ですが! お手を煩わせるかと…」

「安心してガンマ」

 

ガンマの目を見つめる。うん、今度はしっかりと僕を見ている

 

「しっかり教えるから」

「…本当ですか? 途中で投げませんか?」

「投げない。教える」

 

さっき洗いざらい気持ちを吐いたときに聞いた話だ。僕がトロイと感じていたように、彼女の周辺も彼女のことをトロイと感じていたようだ。最初の方は良かったが、何度も繰り返している内に、暴言を言われ、治そうと練習したが改善される兆しすら見えず、負のスパイラルにハマっていた。それで途中から、指導する側も適当になり、悪口も言われていたらしい。家族や友人は庇っていたようだが、彼女の姿が腐敗した瞬間に、今までの庇いが嘘のように、暴言を言われたらしい。

 

「君は僕に借金があるんだよ? 忘れないでガンマ。債務者は債権者から逃げることは出来ない。だから、僕はガンマのことを逃がすつもりは無いよ」

「…債務者と債権者とは?」

「債務者がお金を借りる人、債権者がお金を貸す人だね」

「それの期限は…」

「さっき言った通り。ガンマが心から幸せを感じる顔、笑顔を見れたと僕が感じたときだね。ちなみに時間が経つごとに返す負担が増えるから、1回や10回笑顔を見せたくらいじゃガンマの借金返済は完了したとはいえないよ」

「…」

「つまり、この先ずっと笑顔でいられるように僕が鍛えてあげる。どう?」

 

ガンマは僕の目を見ながら涙を流していた

 

しばらく見つめ合うと、彼女はティッシュで自分の涙を拭う。自分でも泣いていることに気付かなかったみたいだ。

 

「わ、分かりました! シャドウ様には返さないといけないものがありますからね! ガンマ、めげずに頑張ります!」

「そうそう、そんな感じ」

 

なんか良い感じに気持ちをすっきりさせる僕、決まった! ん~、これはオリジナルにしてもいいかもしれない! 適当に話したけど、自分でもおぉと思ったものがあるし! 

 

えっと…あれ、なんだっけ???

 

適当に話したから、何を話したのか忘れてしまった

 

目の前にいるガンマはさっそく修行したいと申し出た

 

えぇい! そのうち思い出すだろ。そんなことよりガンマを育てよう!

 

「ぴぎゃ!」

 

ガンマは立ち上がったと同時に転ぶ

 

え、今のどうやったの???

 

あまりのことに、僕は反応することができなかった

 

この僕が…

 

反応できなかった?

 

 

……ふっふっふ

 

いいねぇ! 僕にも反応できないものがまだあったんだ!

 

本当に良い拾い物をしたよガンマ!

 

これからお互い頑張ろうね!

 

倒れたガンマを起こして、傷の手当をしてから修行を始めた。

 




評価ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒髪エルフと街を歩く

ガンマとの訓練を繰り返す日々。最初は何度も転ぶ子だったが、どうも姿勢と歩幅の相性が良くなかったようだ。僕が転生する前では学ぶ部分も、この世界では魔力のごり押しで出来ることが多い。そのごり押しが当たり前とされているから、前提部分で間違えていたガンマのことを指導するのも難しかったということだ。

 

最初は何度も転んだ。しかし補助道具を付けて何度も歩き続けることで、感覚が掴めてきたらしく、転ぶ回数が減った。そして補助道具を外して歩かせると

 

「やった! やりましたよシャドウ様!」

 

なんと一度も転ぶことがなかった。まぐれではない。現にこれで10往復させたが、よろけることすらなかったのだ。ガンマは笑顔だ

 

「あぁ、おめでとうガンマ!」

 

ガンマのことを褒める。今まで褒められることが少なかったガンマは褒められるとすぐに顔を真っ赤にしながらもはにかんでいる。勉学も訓練も、今までのアルファやベータと比べれば、歩みは遅いし転びながらだが、少しずつ転ぶ回数を減らし、何度も試行回数を重ねることで、顔を下げることも少なくなった。良い傾向だ。

 

「シャドウ様! 今日もお金についてのご教授、お願いします!」

「うむ、いいだろう」

 

ガンマが特に学びたいと言ったのはお金についてだ。どうしてお金なのかと聞いてみると

 

「こちらで相手のお金を操れるのなら、仲間割れを起こすことは容易いし、通貨に価値がある間はほとんどの相手の動きを封じることができるからです!」

 

なるほど。自分が賭場にいたことがきっかけなのか、かなりお金に意識を向けているようだ。ガンマは何か特定の物を買いたいように買うのではなく、何がどれだけの価値があるかを考えるための勉強だ。

 

そこらで適当に人のお金を使って満足している人達とは違う姿勢

 

見事だ

 

僕?

 

僕は適当に人のお金を使って満足している人だよ?

 

盗賊からよく奪って使っているし。何に? それは陰の実力者になるための資金だよ! あいつらが、酒や食べ物で一瞬に消える資金を、僕が有効に使っているし何も問題ない!

 

話を戻して…

 

今日は一緒に街で買い物することになった

 

男女2人で街を歩く

 

人はそれを

 

「シャドウ様! こちらの商品は今後売れると思います。あぁでも、こっちも…」

 

デートという

 

「そうだね。これとこれを組み合わせると…」

「!? その発想はありませんでした! 流石シャドウ様!」

 

ガンマは手元のメモ帳に何か書き込んでいる。少し覗いてみると、僕の言ったことのほとんどが要点を絞って書かれている。

 

君秘書とか向いているかもね

 

「ガンマ、何か食べたい?」

「そうですね。お腹もすきましたし…あのお店とかどうでしょう」

 

適当にカフェに入り、お茶タイムを楽しむ。ガンマは味よりもメニューの料金を見て楽しんでいた。人の楽しみ方に口を挟むつもりはないが、ここは一言言った方が…

 

「あ、これ美味しいです。シャドウ様もどうですか?」

「頂こうかな」

 

その必要はなさそうだ

 

「はい、どうぞ」

 

口を開けると、ガンマはスプーンで掬った果物を入れてくれた。ふむ、中々美味しいけど、アルファの料理と比べるといまいちかな。

 

「おいしいよ」

「良かったです」

 

ガンマはニコニコだ。ここ最近ニコニコ顔が増えている。正直もう利息分も払い終えているくらいの笑顔を見せてくれるので、一度もう借金は返済できたねと言ったら

 

「借金返済できていませんよ?」

「え、でも」

「出来ていませんのでもっと私を指導してほしいです」

「でもかなり君の笑顔を見れたことだし、もういいかなって」

「私突然人を殺してしまうかもしれません。そうなったら誰が私を止めるんですか?」

「自警団の人かな」

「そういうことが起きないように、シャドウ様は私のことをしっかりと見張らないとダメですよ?」

 

おかしい

 

シャドウ様と慕ってくれるのに、なぜか脅されているように感じるのは僕だけかな?

 

「そういうわけで、これから先もずうっぅっとよろしくお願いしますね!」

 

でもあんなに魅力的な笑顔を見せられたらな…うん。もう少し関係を続けようかな。

 




評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水色エルフと逃亡する

ここは…なんだっけ。国の名前を忘れてしまった。とにかく暴力を嫌い、芸術を愛しましょうとかそういう国だった気がする。今日はそこに来ていた。

 

最近芸術に触れる機会がなかったからなー。腕が鈍っているんだよねー。そんなわけで来ました。本当に理由が適当だ、でもそれがモブというものだろう。なんか音がすると思って辺りを見ると、なんかどこかの令嬢らしきエルフさんが演奏していた。水色の髪の毛でツインテールというかなり目立つ容姿だ。可愛いな。彼女の周りには沢山の人がいた。有名人なのだろうか? みんな彼女の演奏を楽しんでいる。

 

モブならここで声をかけ…

 

いや僕は目立ちたくないし声をかけないで遠くから演奏を聴いておこう。良い演奏だ。ただ鍵盤を押すだけではなく、指の動かし方、姿勢、表情、それらを一から考えて演奏しているのがよく分かる。聴き手に楽しんでほしいと音がスキップしているのも分かる。僕も転生前は楽器を一通り触っていたが、特に触っていたのがピアノだ。

 

なぜかって?

 

ピアノを弾けるのはカッコいいからだ

 

最初は習い事だったけど、かなり夢中で練習したことを思い出す。いつの間にか演奏が終わっていた。あれ、ピアノが故障したのかと思いそちらを見ると、何か苦しんでいるようだ。なんだろう、腹痛かな?

 

とても辛そうにしており、椅子から落ちてしまう。

 

ドサリと音が鳴り、近くにいた人達も彼女のことに気付いたようだ。心配そうな感じで近づく。ここで僕がどう動くか…これは悩むぞ。

 

ざわざわ ざわざわ

 

 

何か怯えた感じの、非難する感じの声が次々と聞こえてくる。何事やと僕は皆が見ている方向を見ると、そこにはさきほどの水色ツインテールエルフさんの身体が一部腐敗し始めていることに気付く。彼女は痛みに耐えるかのように目を瞑って荒い呼吸を繰り返している。誰も彼女に駆け寄らない。ただ大きな声で騒ぎ立てて、その子に視線を集めることしかできない。時々、誰かの名前を連呼している人達がいるが、彼女に指を向けて言っていることから、恐らく彼女の名前だろう。

 

…見えた!

 

ここで僕がやることといえば、この騒然の中彼女をここから離脱させる

 

これだね。いつのまにか彼女がいなくなったことで、何事だと彼らは思うだろう。これこそ陰の実力者。

 

というわけで

 

僕は魔力を集めて空に打ち上げる。良い感じの高さまで上がると、花火のようにパンパンと音が鳴った。周辺の人達は全員視線を上にあげている。その隙に僕は彼女を回収して、人気の無い場所へと連れ込んだ。

 

とても辛そうだ。とりあえず僕が解呪すると、彼女の息は次第に緩やかとなった。しかし起き上がらない。

 

激痛で気絶したのかな。どこに放り出そうかな…とりあえず起きるまでここにいさせて、さっきの周辺を調べよう。僕は適当にその辺にいた動物に魔力をぶつける。動物にさっき僕がこの子を回収した場所に行って、どんな感じになっているかを調べてほしいと伝えると、動物は向かってくれた。報酬は砂糖をよこせだそうだ。

 

砂糖…あそこのお店にあったかな。僕は魔力を足に込めて、近くのお店で購入し、彼女の下に戻った。僅か1分。まぁ、店員さんがお釣りの受け渡しとか、商品の受け渡しの時間を考えれば及第点でしょう。

 

おぉ、動物さんや。これは褒美の砂糖だ。それでどんな感じだったかな?

 

ふむふむ、この子を殺そうとしている? あらま、えぇ、武器を持った人達がうろついていた? はぁ~、わかった。うん、行っていいよ

 

えぇ…これどうするかなーと考えていると、エルフさんは目を覚ました。あぁどうも、ピアノ素敵でした

 

「え、えぇ、ありがとうございます。それで、あの、ここは?」

 

「君倒れたの覚えているかな?」

 

「はい」

 

「それで身体の一部が腐敗したんだよ」

 

そう言うと彼女の顔は真っ青になった。顔が青で、髪の毛は水色。この子、中々出来るじゃないか(?)

 

「で、でも今は!?」

「うん、治っているね」

 

僕が治したからね。いや早期発見早期治療だから身体の負担もほとんど無いし、かなり運がよかったと思うよ。顔は真っ青ではなくなった。

 

「そう。なら戻って…っ!」

 

近くで兵士の声が聞こえた。何やら誰かの名前を叫んでいると、彼女は肩を縮こまらせた。顔が再び真っ青になる。殺していいとか聞こえた。

 

「そんなっ…」

 

彼女は両手を口に当てて涙を流す。これは状況的に見て、兵士たちが叫んでいる名前は彼女の名前で、彼女を殺そうとしている人達がいるようだ。芸術の国と聞いていたが、どうやら血生臭いことと切り離すのは無理だったようだ。問題はここで僕がどう行動するかというと…

 

彼女の演奏をしっかりと聴いていなかったのも僕に責任がある気がする。いや、僕は彼女と何の関係も無い、本当に他人なんだけど、彼女の弾いていたピアノには間違いなく魂が籠っていた。僕と同じ、陰の実力者になるために近しい努力を感じた。それをここで失っていいのだろうか…。ここで彼女を捨てるのは、あの時僕を馬鹿だと嘲笑った奴らと同じことなのではないかと…考えてしまう。

 

「あの」

「?」

「助けていただきありがとうございました。兵士達の狙いは私です。貴方はここからすぐに」

「助けさせて欲しい」

「え?」

「僕に君を助けさせて欲しい」

 

グルグルと回っていた思考をすぐに切り捨てる。今までとか、ここにはもういない彼らのことに振り回されるのではなく、今自分の気持ちを大事にしたい。僕は自分の気持ちを大事にして今まで生きてきた。ならば、ここで僕が思ったことを行動すれば良い。

 

この子は死なせない

 

この子の弾くピアノを聴きたい

 

この子と一緒に実力を磨いていきたい

 

ならやることは1つだ

 

「僕が君を助ける」

「…」

 

彼女は目を見開いて口を大きく開けて固まっていた。あはは、さっきまで顔真っ青で髪の毛水色なのに、今度は目を見開いて口を大きく開けるなんて、そういうことが得意なのかな? 

 

でもそれは後で語ろうね。今は

 

「いたぞ!」

 

抜刀する音が聞こえる

 

本当ならここで剣を持って戦いながらこの子を逃がすのだが、ここは芸術の国。そして彼女は芸術の国で芸術的な演奏を奏でてくれた。それを僕が血で汚してしまうのは無粋だろ?

 

「逃げるよ!」

「あ」

 

僕は彼女を抱っこして、魔力を足に込めて走り出した。

 

 

 

人気の無いところについたので、彼女を降ろした。

 

「あ、ありがとうございます」

「うん。ここまでなら少しなら大丈夫でしょう」

「そ、そうね…」

 

彼女は暗い顔をしたままだ。僕は魔力でピアノを作り上げる

 

「え、ピアノ?」

 

彼女が戸惑うのを無視して僕は鍵盤に指を添える。こういう時に弾くのは、明るい曲だ。僕は滑らかに指を滑らせる。

 

「すごい…」

 

同じ楽器をしているから、彼女にも分かったのだろう。いかに魂を込めるか。これが重要だ。昔ある漫画のあるセリフを思い出す。

 

愛の無い演奏は結局皆を不幸にする

 

演奏に愛なんて必要ない。ただ技術だけがあればいいのです

 

それなら人が弾く必要なんてない。音が聴きたいだけならCDとかで満足する。それなのに人がコンサートなどに集まるのはなんでですか? 来る人達は演奏者の魂を聴いているんです!

 

確かこんな感じのセリフだったと思う

 

そうだね。どっちも間違っていないと思うよ。

 

仮に違う種族の人達が自分達と同じ楽器を演奏したとしても、聴き手によってどこに重きを置くかなんて違うし、何をどう重くするかなんて自由だ。

 

僕が君の演奏を聴いた時に思ったのは、大勢の聴衆に楽しんでほしいという気持ちが込められていたこと。なら僕は君だけに元気を出してほしいと思いながら演奏したい。時々、彼女と目線を合わせる。

 

ほら、僕達は今通じあっているんだ。

 

君の悲しみは僕が癒す

だから君は元気になってほしい

 

演奏を終える

 

僕と彼女に会話はない

 

さっきまでの重苦しい空気はなくなった。張りつめていない。彼女の肩の力は抜けている。

 

「あ、良い演奏でした! 聴いたことの無い曲ですが、曲名はなんというのでしょうか?」

 

曲名? 曲名はねー…なんだっけ?

 

「……それは君ともっと仲良くなったら教えるよ」

「えぇ!? 教えてくれてもいいじゃないですか?」

「うーん。まぁ、ほら。君と一緒に演奏出来たら教えようかな?」

「それは…多分無理かと。私は多分戻れないと思います」

「どうして?」

「私の家では、腐敗が進行したら問答無用で処理することが決まっているからです。あそこには大勢の人達がいましたから、家の方にも私が腐敗したことは伝わっているでしょうし…仮に伝わっていなくても、周囲の人達が…」

「つまり行く当てがないと」

「…そうです」

「なr」

 

「私が匿いますよ」

 

遠くから声が聞こえた。敵意がなかったため、放置していた。というかそうであってほしくないと思い、気付かなかった振りをしたが、やはり気のせいではなかった。

 

「誰!?」

「身構えないでください。私は貴方の味方です」

 

草陰から現れたのはベータだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀髪エルフと水色エルフ

感想と評価ありがとうございます。


ベータがいた

 

僕はなんでここにいるのかと聞こうとしたら

 

「シャドウ様のことを調べましたので」

 

恋する乙女のように、頬を赤くしてシャドウの目を見つめる。隣にいる彼女はシャドウと小さく呟いていた。そう言えば名乗ってなかったね。

 

「初めまして。私はベータといいます。貴方の隣にいる男性が私達の主です」

「え…はぁ…えっと…?」

 

そりゃいきなりそんなことを言われても固まるしかないよね。ってあれ? 私達? 私じゃなくて?

 

「あなたを保護しなさいと命令が下りましたので、保護させていただきます」

「だ、誰なの? そんなことを言ったのは?」

「私達のリーダーです。あ、シャドウ様はリーダーではなく主様です」

 

リーダー…誰だろう…僕が会った中でそんなことをいうのがいるとしたら…あぁ1人しかいないね。もう1人は狩りに行くのですとかしか言わないもんね。あの子は2人とは関わりがない…よね?

 

なんか考えるのはやめろと本能が告げている

 

「ベータ。この子をお願いね」

 

この子を渡して早くここから去りたい

 

「はいシャドウ様」

「ね、ねぇ。シャドウ。この人信じていいの?」

「問題ない。僕の大切な仲間だ」

「そう…なのね」

 

彼女はベータを見る。ベータは何やら頬を抑えてニヤけそうになるのを我慢しているようだ。まぁ、後のことはベータに任せよう。僕はこの場から去った。

 

 

 

 

 

 

「…」

「…」

 

シャドウが去ってから、さっきまでのベータと違い、冷たい目で彼女を見ていた。彼女もまたベータに冷たい目を向けていた。

 

あぁ…愛しきシャドウ様を呼び捨てするとかどんな神経をしているのかしらこの女。だっこされて、しかも自分のために演奏までしてくれるなんて…なんて羨ましいのかしら。シャドウ様の演奏もあまりの素晴らしさに思わず聴き入ってしまったわ。この子…シャドウ様に向ける目が不健全極まりない。このままじゃこの雌はシャドウ様にとって害虫になるかもしれないから、その辺で消すのも…いやいや、そんなことをしたらあの人に怒られる。あの人を怒らせちゃダメなのは身をもって知っているでしょ私。ここはシャドウ様のことを思い出して…あぁ、~心が安らぐわ~。さて、これを保護しないと…やっぱ事故に合わせるのもありかも…いやダメよベータ。今は仕事よベータ。ベーt、えへへ、シャドウ様に付けていただいた名前を自分で呼ぶだけで…ふふふ

 

こいつ…何なのあの胸は…。私に胸が無いことに対する挑発なのかしら。それに私を助けていただいたシャドウ様に色目を使うとか…。話を聞いた感じ、シャドウ様の部下とかその辺でしょうけど、いずれ私があのお方の横に立つのがふさわしいわ。だって一緒に演奏しようと言ってくださったのよ。彼の演奏に応えられるのは私だけ。他の人には出来ない、私だけだわ。それをこんなポッとでの女に取られる? 冗談じゃない。ていうか胸揺らすな、もいでやりたい…せめて形を崩して垂れさせてやりたい…。シャドウ様はこいつについていけと仰ったから、仕方なくついていくことにしましょう。どの道行く当てがないし。…見ているだけでムカつくのはなんでかしらねー。

 

次の瞬間、2人はさっきまでの冷たい目が嘘のように、親しい者と話す感じで、顔を軟らかくし、声色も明るくなる。

 

「改めて。私はベータ。これからあなたはイプシロンと名乗りなさい」

「何でその名前を名乗らないといけないのよ」

「そうですか~。シャドウ様があなたの名前を考えてくださったお名前ですが、お気に召しませんでしたかそうですかー。シャドウ様にはそうお伝えしますねー」

「わかった。イプシロンね。了解。これからよろしくねベータ」

「はい~。よろしくおねがいしま~す。ってあら、きゃぁぁ~」

 

近づいてきたイプシロンにベータは転んだ振りをして体当たりしようとする。イプシロンは咄嗟のことで反応するのが遅れ、ベータの胸がイプシロンの胸に当たる

 

「あぁ~、大丈夫ですか~?」

 

顔を見ると、ベータは嘲笑していた。彼女の視線は私の胸に向けられている

 

「…。えぇ、大丈夫よ。そっちこそ大丈夫かしら? 随分と足がフラフラしているようだけど、身体の凹凸がヘンテコだからじゃないかしら? 少し体形を意識した方がいいかもしれないわよ?」

「ご忠告、どうもありがとうございますぅ~。でもぉ~、身体はぁ~、生まれつきのものですしぃ~、シャドウ様はぁ~、夜にぃ~、一緒のベットでぇ~、私のぉ~、身体を~、暖かくぅ~、抱きしめてくれましたよぉ~? それにぃ~、私がぁ~、死ぬのはぁ~、シャドウ様がぁ~、シャドウ様自身を~、許すことがぁ~、出来ないとぉ~、強い思いがぁ~、魔力を通じてぇ~、言われましたぁ~。てへぇ♪」

「………」

 

甘ったるい声で、こちらを嘲笑う女。私から離れて腕を前に組んで胸を強調させた。

 

っふ

 

「何か言ったかしら?」

「いえ~、何もぉ~。それじゃあ時間も押しているし、案内するわ。付いてきなさいイプシロン」

 

さっきまでの嫌味な声ではなく、仕事モードで話すベータ。イプシロンもそれを感じ取り、ベータの言う事は信じず、シャドウ様がベータについていけと言われたことを信じて、彼女の後ろをついていくことにした。

 




評価おねがいします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄色獣人(猫)と出会う

「ボス~!!!」

「っと!?」

「あぁ! ボス! なんで避けるのです!?」

「マーキングするのはやめてって言ってるでしょデルタ」

「嫌なのです! ボスは大人しくデルタにマーキングされるのです!」

「取ってこーい」

「!」

 

僕は魔力で作り出したボールを明後日の方向に投げると、デルタはボールの方に全力ダッシュした。見事デルタはボールが地面に着く前にキャッチして僕の方に戻ってくる。

 

「ボス! 取って来たのです!」

「偉いぞデルター」

 

デルタの身体をワシワシと撫でる。デルタは嬉しそうだ。身体を擦り合わせようとしたので、僕はデルタからボールを奪い、また投げると

 

「あ! 待つのですー!」

 

今回はかなり遠くに投げた。これは無理かなと一般人は思うだろうが、相手は獣人。しかも単純な力と速さなら、僕が知る限りデルタが一位だ。もちろんこれは魔力を使わない前提である。

 

魔力を使っての力と速さなら僕の方が上だ。デルタは一度足に力を入れると、そのまま大きくジャンプした。いやぁー、高いねー。デルタがマーキングしようとしたら僕はボールを投げ続け、彼女のマーキングを阻止するのであった。

 

「アルファ様に呼ばれたから戻るのです! ボス! また遊んで!」

「はいはい、行っておいで」

「行ってくるのです!あ、ボス! デルタが言っていた獣人の集落はあっちなのです! それじゃあまた遊んでくださいなのです!」

 

いつのまにかマーキングするのを忘れ、ボール遊びに励んだデルタ。彼女が帰ったところを確認すると一息つく。あんなに楽しそうにボールを追いかけていたら、辞めるタイミングを言いづらいよね。あぁー、肩こりそうだなこれは。

 

実はデルタに獣人の里に行ってみたいから、どこにあるのか案内してと頼んだのだが、デルタはアルファに仕事を任されたようで、一緒に行けないようだ。ちなみにデルタは僕と何が何でも生きたいとアルファに言ったらしいのだが、アルファがデルタに何かを言った後、デルタは涙目でお腹をアルファに見せて震えていた。一体何をしたんだアルファ君。

 

デルタを待って違う日に行けば良いんじゃないか?

 

そう思うのも分かる。だけど、僕は今行きたい。この気持ちは時間が経つと熱が冷めるタイプの燃え方だ。後でやろうと思っても、なぜかあまりテンションが上がらない。あの時のテンションならもっと楽しく出来たのにと思ったことは多々ある。今回はそのテンションだったからしょうがないのだ。

 

というわけで獣人の村に向かうぞー。

 

着いたー。なんか途中で面白い遺跡があったからそっちに行って時間を喰ってしまったが、無事に着いたぞー。あれ、なんか聞いていた感じと違うけど…。でもデルタが村から出て時間も立っているみたいだし、そういうもんなのかもね。っとあそこにいるのは村人男と村人女。2人は夫婦かな? 雰囲気がそれっぽい。

 

あれ? 何か見覚えがある? 気のせいかな

 

ここは話しかけてみよう

 

すいませーん

 

「何かね?」

「ここは獣人の村ですか?」

「いかにも。獣人だけではないけどね。人間もいるよ」

「そうなんですねー。僕友達に獣人がいるんですよ」

「おぉ、そうなのかい? それはここの子かい?」

「多分違います。どこかの村にいるとは聞いていましたが、ここかどうかは…」

「そうかい。見つかるといいね。っと内の娘が呼んでいるから私達は失礼するよ」

 

夫婦らいしき村人たちが向かう先には、1人の獣人の子がいた。見た感じデルタと歳は近そう。デルタは狼系だけど彼女は猫系かな? 彼女と目が合うが直ぐに逸らされた。沢山の獣人がいるため、ここから眺めているだけでも楽しい。なんだか動物カフェに来た気分だ。

 

この世界には動物カフェという概念は無い。流行らせるのもありかもしれない。

 

眺めて楽しんでいると、近くの村人が転んだ振動で、近くに積み重ねられていた積み木が彼に降り注がれた。ガラガラドーンという音だけ聞いても痛いと分かる感じだ。騒ぎに気付いた村人たちが、下敷きになった村人を助ける。

 

重症だ。今すぐに適切な医療処置をしないと、死亡すると素人でも分かるくらいに重症だった。村人たちが医療処置が出来る人を呼んでいるが、どうやらその人は数日前から何かの用事で出かけているらしい。つまり、処置できる人がいない。辺りは暗い雰囲気に包まれる。

 

僕が出ても良いのだが…さてどうしたものか

 

 

さっき目の合った獣人が何か辛そうな顔をしている。あの魔力の揺れ方…覚えがある。ピアノの子と同じ揺れ方だ。ということはあの子は…。あ、辛そうにしてこの場から離れた。そういえばさっき声をかけた村人夫婦の姿も見えない。

 

結局治癒できる人がいなかったようなので、村人は横になっていた。声をかける人達がいるが、それでも空気がどんよりしているのを感じる。

 

ん? なんか大きな音が聞こえる。僕が入ってきた入り口の方からだ

 

「全員動くな!」

 

なんと武装した兵隊達だ。しかもかなり鍛えられているのが分かる。

 

「ここに腐敗が進行している獣人がいるという情報が入った! 中を調べさせてもらう!」

 

そう言って兵士達は村人達の意見に耳を傾けることもなく進行して来た。多分これ、あの獣人の子だよね。助けるべきか…

 

そういえば獣人の知り合いってデルタ以外いないな。もしここで彼女を助ければ、同じ獣人同士、仲良くしてくれるかもしれない。そうしたら僕の負担が減る? つまり

 

何が何でも助けないと! デルタの遊びはかなり体力が減るからね! 肩代わりしてくれる存在は重要だ!

 

僕は足音を消して、獣人の子がいた方向に向かう。

 

「だからこの子をあそこまで」

「でも、それじゃあ2人がっ!!」

「大丈夫。お父さんとお母さんは大丈夫だから。行きなさい」

「…っ! 誰!?」

「僕です」

 

僕が声をかけると、村人男は僕を攻撃して来た

 

「ワシが足止めするから、早くいけ!」

「待って! 僕はその子を治療しに来たんだ!」

「そんな言い分信じられるか!」

「はやくっ! ここはお父さんとお母さんで足止めするからね!」

「あぁもう!」

 

言葉で説明するよりも、すぐに治療しちゃおう。夫婦は魔力の糸で動けなくなり、口にスライムを当てて話せなくなった。娘の方も、糸で絡めて、すぐに彼女の傍に近寄り、治療を行う。逃げようとしていたが、それよりも身体全身が震えており、腐敗が進行している。その激痛に耐えている様子であった。僕は彼女に声を掛けて素早く治療を行う。腐敗はなくなり、正常な状態へと戻った。足音がこちらに向かっている。恐らく、彼らの狙いはこの3人だ。

 

ここでやるべきことは…

 

僕は彼ら3人に大量の魔力を付与した

 

そこに兵士達が駆けつけてきた!

 

「動くな!」

 

僕とこの子も動きを止める。兵士達は、この子を取り囲んだ。夫婦達が何をするんだ、やめろと騒いでいるが、兵士達は騒音を踏みつぶした。その時のこの子の目は、怒りで燃えていた。

 

「おい、この子だよな」

「そのはずなんだが」

「腐敗してないじゃないか」

「ええい、無理やりにでも連れて行くぞ」

「ですが、これじゃあ…」

「いざとなったらあいつを捨てればいいんだよ! おら、きやがれ!」

「い、痛い! 離せ!」

 

彼女は髪の毛を無理やり捕まれ、引きずられる

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

僕は彼女を助けようと兵士達に突撃をかました。近くにいた兵士は躊躇なく抜刀し、僕に剣を振り下ろす。

 

「ぐっ!!!」

 

かなり深く入ってしまった。大量の血が地面に飛び散る。彼女の身体にも僕の血が付いてしまっていた。彼女は血まみれの僕を見て

 

「あ、あぁ、あぁあああ!」

 

大きな悲鳴をあげた

 

「これでも喰らえ」

 

僕はまた剣で切り刻まれる。彼女の目の前で何度も剣で身体を貫かれた

 

彼女は目を背けようとするが、兵士の1人が無理やり彼女の顔を掴んで、僕が切り刻まれ血を流すところを見せている。彼女が何度も辞めろといっても、兵士達はそれを嘲笑っていた。彼女は僕の姿を見て、恐怖で声が出ないようだ。

 

僕は動かなくなる

 

「おい、こいつを連れて行くぞ」

 

彼女は連れていかれた。

 

 

 

 

 

「おいこれはどういうことだ!?」

「分かりません! でも確かに前に確認した時には進行の兆しがあったのですがっ」

「前に確認したのはいつだ」

「健康診断で…」

「貴様、嘘をついたのか?」

「そ、そのようなことをするはずがありません」

 

少女は虚ろな瞳で、兵士達の会話を聞いていた。少女の夫婦は少女の目の前で兵士達にタコ殴りにされた。顔はボロボロで、血だらけだ。そして動かなくなっていた。兵士達と会話をしているのは、村にいた医療者だ。この前健康診断があったが、その時には自分の身体に違和感があった程度だが、どうやらそれが腐敗のことだったらしい。

 

彼らが、こうして腐敗者を確保しようとしているのは、色々あるが、一言で言うと金になるからだ。賭けになることもあれば、正義感を得る合法的な存在でもある腐敗者は、使用用途が多い。だから裏でこうして捕まえようとすることも数多い。

 

彼女はここまでかとぼんやりとしていた。もう抵抗する力も無い。自分もここで両親2人の後を追うのかなと思っていると

 

「オラオラオラァ!!!」

 

なんと血だらけの人間が剣で兵士達を切り刻んでいた。兵士達は突然の不意打ちに対応することが出来ず、1人、また1人と地面に倒れて動けなくなる。逃げようとした人達もいるが、それを先読みするかのように、鮮やかに剣で相手を切り刻んだ。血だらけの人間は、自分を庇ったあと人間だ。

 

その光景を見た少女はこう思う

 

なんて綺麗な光景なんだろう

 

憎かった相手達が何も出来ず、次々と死んでいく様を見て、少女は剣を振るう人間のことしか見えていない。どんな風に動いたか、何を考えて行動しているのか、自分で意識していないが、彼のことしか見えていなかった。時間にして僅か数十秒。しかし、少女には長い時間を感じた。気になった映像を繰り返し見て、頭の中で明確に再現できるくらいに、彼の姿を目に焼き付けた。

 

「うひゃー、これは酷いね。まぁ大丈夫だろうけど」

 

人間は倒れている夫婦に手を向けると、次第に夫婦の傷が癒されていく。折れた骨がくっつき、止血をして、服に付いた汚れも落としていく。

 

大量の魔力を付与したことで、自動治癒の効果を付けていたのだが、それでもこの傷だったということは、相当痛めつけられたのだろう。少女の方に向けると、頬には涙の痕があった。服も血で汚れている。ってこれ、彼女の血と僕の血が混じっているじゃないか。

 

僕は夫婦と同じように、少女を治癒していく。

 

少女は自分の服についていた血が綺麗に取れると小さな声が聞こえた。少し落ち込んでいるような感じだったけど気のせいだろう。

 

少女の目はただ僕を見つめていた。僕を通して何かを見ているわけではなく、僕自身を見ている。まるで自分の目に、僕自身を閉じ込めて絵画にして見つめていたい、そんな感じに見えたのは気のせいだろう。

 

3人の治癒を終えたので、この村から去ろうとしたが、今去ったらなんかごたついたことに巻き込まれそうな感じがしたので、3人の村に戻ることにした。夫婦達は娘を助けてくれてありがとうと何度も頭を下げられ、お礼に宝石とかを渡そうとしてきたが、僕は断った。少女にあの傷じゃ助からないはずなのに、どうやって自分の傷を治したのかを聞いてきた

 

よくぞ聞いてくれました!

 

これは心臓を一定時間止めることで死んだふりをする技なんだ

 

魔力の使い方や、技の発動タイミング、間合いなどを丁寧に説明する

 

少女からは絶対に聞き逃さないという強い意思を感じた

 

おっ、君もこの技のロマンが伝わったかな? そうだと嬉しいな

 

夫婦から治療が出来るのかと聞かれたので、大体なら多分と答えると、村人に声をかけていた。どうやら少女以外にも体調不良の人がいたらしい。今更逃げることも出来ないので、僕は1人1人丁寧に診察をして、対処法を教えていった。思いのほか人数がいたので、かなり時間がかかってしまい、空はもう暗い。今日は泊めさせてもらうことになった。

 

少女と一緒にご飯を食べて、寝ることになった。

 

「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね。僕はシャドウ。君の名前は?」

「私の名前は…シャドウが決めてほしい」

「え、本名は?」

「あるけど、シャドウが付けてくれた名前が良いな。ねぇ、シャドウなら私になんて名前をつけるの?」

「そうだな…うーん。じゃあゼータだ」

「ゼータ?」

「そうゼータ」

「ゼータ…ゼータか…ふふふ。私達を助けてくれてありがとう。本当にありがとうシャドウ」

「どういたしまして。お礼なら君の人生を掛けてもいいんだよ?」

 

こんな厚かましいことを言えば、多分この子は距離を取るだろう。ぶっちゃけこの村にはもう来たくない。僕がモブではないとバレてしまったし、顔が割れてしまった。それに何だかとても嫌な予感がする。ここにいると何か…何か僕にとって良くないことが起きる気がするのだ。

 

朝日が昇ったら、すぐにここから去ろう。そう考えた僕は吞気に眠ることにした。おやすみ!

 

「…人生か…ふふっ」

 

 

 

 

僕は早朝になったらすぐにここから離れた。ゼータは気持ちよさそうに寝ていたので、起こさないように逃げるのが大変だった。村から離れてしばらく歩くと

 

「ボスー! ボスー!」

「あぁデルタ」

 

いつもの笑顔で僕に突っ込んでくるが、今日はいつもと違った

 

「ボス! あいたかっt…」

 

なぜかデルタは途中から笑顔ではなく、怖いくらい真顔。まるで毛嫌いしている相手と戦闘するくらいの眼力で僕を見ている。

 

な、なんですかね?

 

「ボス! 臭いのです!」

「昨日はお風呂に入ってないからねー」

「いや違うのです! この臭いの付け方…! ボス!! 襲われてないです!?」

「わっ! そんな大きな声を出さないでよデルタ」

「大きな声も出すのです! これは、これは…むきぃぃぃ! 一体どこのどいつです! ボス! 誰に会ったのかデルタに教えるのです! 今すぐ殺すのです!」

「なんでそうなる」

「こんなに雌の臭いをさせるとか…こいつはデルタに挑発しているのです!」

「臭い…する?」

「するのです! ボスはデルタがマーキングする!」

「うおっ!?」

 

デルタがとびかかって凄い速さで身体を擦り合わせてくる。ちょ、早過ぎて火花が出てる!?

 

「むぅぅぅ! まだ臭いのです! ボス! 今日はずぅっとデルタがマーキングするのです!」

 

そうしてこの日は、デルタにずっとマーキングされたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒茶色エルフと話し合った

感想評価ありがとうございます。


街を歩いていたらガンマの姿があった。

 

ガンマ~、お久~

 

「シャドウ様。こんにちは」

「こんちゃー。何してんの?」

「近いうちにお店を経営したいと思っていて、今日は他のお店の偵察です。何が売れていて、何が売れていないか、どうして売れていて、どうして売れていないかを学びに来ました」

 

おぉ、勉強熱心だ。目にも覇気を感じる。どうやら当面の目標を決めたらしい。ちなみに僕から借金返済云々の話はしないようになった。前に言った時から、ガンマの雰囲気がふんわりしたものから、急に冷たく鋭い刃物のような感じになったからだ。

 

もう借金は返済したのにね。なんで自分から借金を作ろうとしているのかなこの子は。そういう人種? 僕ってダメ男に見えるの?

 

「違います」

「何が?」

「…シャドウ様はこのあと時間がありますか? もしよければ私の見張りをしてほしいのです」

「見張り? 一緒に行くんじゃなくて?」

「はい。この先シャドウ様におんぶにだっこじゃいけませんから。私の働きぶりをその目で見て欲しいんです」

 

なるほど。見張りをつけて、ダレないようにしたいということか。そういえば僕も最近ガンマみたいに物の価値を考えるのはしていない気がするし、いいかも

 

「わかった」

「ありがとうございます。ではさっそくあのお店から…」

 

ガンマとお店を回って一休みをしていると、遠くには広場があり、そこで何かを発表している人達がいた。学会などで発表するのが通常だが、学会に来ない人の意見が時々参考になることがあるため、ああして一般人に発表し、自身の研究をしたいという人達だ。

 

「ああいう研究って一般の人には理解されにくいよね」

「そう思う方が沢山いますからね。全く興味の無い人達も暇つぶしに聞いているような感じですし」

 

聞いている人達は、暇つぶしに聞いてやるかーという空気を出している。まぁ、聞いてくれないよりはマシなのだろう。

 

「あれ、この研究…」

 

僕は聞いていた研究に興味を持った。転生前に読んでいた漫画の1つに道具を沢山使って、少年と日常を送る作品があったのだが、その発明の1つに似ているのだ。僕は発表している人の声に耳を傾ける

 

 

 

「…なるほど」

「シャドウ様これを」

 

ガンマは僕にジュースをくれた。思いのほか聞いていて面白い発表だった。しかし他の人達にとっては聞いたことの無い概念であるため、退屈であっただろう。僕は発表者の下に向かう。

 

発表していた人達は、エルフの男と女だ。2人に話しかける

 

「どうもー、とても面白い研究でした。あれって2人が思いついたんですか?」

「いえ。私達の娘の研究を発表していたのですよ」

「娘はいつも研究所に籠っていて、外に出るのも嫌がるほどでね…代わりに私達が発表したんです」

「なるほど。根っからの研究者なんですね」

 

とこんな感じで適当に話をしつつ、僕は本命を伝える

 

あの研究内容ですが、あれをあれして、こうしてみるのはどうでしょうか?

 

僕の話を聞いて、2人はとても驚いた顔をしていた。罵詈雑言かと思ったが、助言をくれるとは思ってもいなかったらしい。僕のいったことをメモすると、2人は去って行った。

 

「ガンマ、途中で放り投げてごめんね」

「シャドウ様が満足ならガンマも満足です。私はこれから用事があるので、ここで失礼します」

「うん。またね」

 

ガンマと別れて論文が提示されている館に入った。さっきのエルフ2人の論文が置かれており、それを見る。発表の時と違い、この世界の発想だなと感じた。1つ1つ軽く目を通すと、ある論文に目が止まる。僕と歳が近い子の論文だ。

 

名前はシェリー・バーネット。他の論文と比べると、人の手に取られた感じが多く、とても面白い。スラスラと読める。シェリー・バーネットの論文は以下の内容が書かれていた。

 

ある遺跡について研究された内容だ。その遺跡にあるアーティファクトは、起動者の記憶を下に、街や村を再現することができる。また、起動者があなたを選んだとき、そこは永遠の世界となる。その世界から脱出するには、アーティファクトを破壊しなければならないが、儀式をしている場合はこれだけでは脱出出来ない。儀式については詳しいことが分かっていない。もし儀式を済ませた状態であなたが脱出を望むなら、決してあなたの力だけでは逃げることはできない。

 

もし創造された世界にあなたが踏み込むことが出来たのなら、それは起動者の信念や信条があなたを受け入れたことになる。もしあなたが起動者のそれに当てはまらなければ、受け入れられない。

 

アーティファクトについては、どんな形をしているのか全く分からない。もしかしたら形ではない何かかもしれない。詳しいことは何も分かっていない。

 

とこんな感じなことが書いてあった。

 

へぇー

 

僕が関心を持った論文はシェリー・バーネットとさっきの発表だけだった。ふむ、ここは僕も何か書いてみようかな。

 

書こうと思っていた時期が僕にもありました。最初は良かったんだけど、途中からめんどくさくなってきて辞めたんだよね。ま、まぁまたやる気が出たら頑張ってみようかな。今は休憩しているだけだから。

 

この前来た広場に行くと、この前のエルフ2人に声をかけられた。どうも娘さんが、僕の発言に興味を持ったらしく、手紙を預かっているとのこと。手紙の内容は、技術や考え方について書いて欲しいというものだった。直接会いに来ないのかと聞いてみたら、娘は研究所から出たくないらしい。研究の佳境にでも入っているのかなと思いながら、僕は素直に質問の回答を書いていく。

 

ほい

 

「ありがとうございます。これで娘もきっと喜びます」

「喜ぶ?」

「はい。あなたの意見はとても珍しく、久しぶりに研究以外で興奮している姿を見ました。ありがとうございます」

「うちの娘は本当に研究以外に関心が無くて…。食事や睡眠を疎かにしがちなんですけど…。あなたは何か論文を書いていますか?」

「いえ、書いていないですね」

「もしよければ連絡先を交換しませんか?」

「いやー、その会ったばかりの人と交換するのは抵抗がありまして」

「そうですか…。それもそうですね。またここに来ることはありますか?」

「あります」

「そうですか。わかりました。また娘が質問するかもしれないので、その時はよろしくお願いします」

 

え、なんかいつの間にか協力することが前提になっているし。2人の目が逃がすつもりはないよみたいなことを言ってる。

 

そんで気がついたら手紙のやりとりが増えていた。この子の考えはとても面白く、向こうも僕の考えは新鮮で、研究のしがいがあるそうだ。20回くらい手紙のやりとりをすると、直接会って話をしたいらしい。時間と場所が書かれている。来れるなら来てと書かれていた。

 

直接か…。うーん、手紙を交わし続けた感じ、本当に研究以外に興味がないようで、かなりサイコパス感があった(ちなみにサイコパスとは、一般人と比べて著しく偏った考え方や行動を取り、対人コミュニケーションに支障をきたすパーソナリティ障害の一種で、サイコパスの主な症状として、感情の一部、特に他者への愛情や思いやりが欠如していることや、自己中心的である、道徳観念・倫理観・恐怖を感じないことをいう)。

 

つまり僕達は同類

 

これはかなり気が合いそうだ! 

 

僕は書かれた場所に向かった

 

「どうも」

「…ん」

 

気だるげな返事をするのは、僕の向かいにいる黒茶色のロングヘアーエルフだ。適当に挨拶をしてからさっそく研究の話をしてきた。

 

彼女が話をして、僕が時々意見を述べる。これは研究者っぽい会話だ

 

周辺では日常を送っている人達の中に、さりげなく、喫茶店で研究者っぽい会話をする僕

 

決まった

 

もうやりたいことは出来たし、あとは適当に頷いていようかな

 

「そんなわけで…私の…実験台に…なってほしい」

「うん」

「ありがとう…。じゃあ…さっそく…頭を…」

「うん?」

「解剖…したい…えへへ」

「あの」

「何?」

「なんで解剖するの?」

「こんなに…面白い発想…頭の中…とても気になる」

「あー、でも解剖したら戻せないでしょ?」

「その心配…ない。ちゃんと…戻せる…ん」

「それは少し不安かなー。もう少しお互いのことを知ったらにしようよ」

「お互いを…知ったら…頭の中…見せてくれる?」

「うんいいよ」

「じゃあ…知ったら…解剖…する…ん」

 

彼女は大きなカップを両手で持って注がれている紅茶を飲んでいる。僕もジュースを飲みながら雰囲気に浸る。

 

話をしていると、腐敗についての話題になった。彼女の両親はなんでも腐敗を無くす研究をしているようだ。彼女はその手伝いをしている。ちなみに今の所腐敗を治された事例はないらしい。目撃情報では、少年が治している姿があるというものだが、記録上は残っていないらしい。

 

少年がねー。誰だろう…

 

また面白いことを教えてくれた。腐敗を治している少年を捕獲したら賞金が出ると。しかもかなりの金額。何が何でも見つけたいという強い意思を感じるようだ

 

「私…その少年…捕獲…したい。お金…足りない…」

 

彼女はお金が欲しいから、もし見つけたら連絡してほしいとのこと。その時は賞金半分分け合うそうだ。なるほど、僕もお金が欲しいけど、ガンマが会った時にくれるんだよね。なんでも儲かっているからあげると。僕は迷わずそれを手に取り、ありがとうと伝えると、とても嬉しそうにしていた。

 

僕もガンマも嬉しい。というかガンマ以外からお金を手に入れたら彼女少し不機嫌になるんだよね…。だから賞金は君が独り占めしていいよ。そういうと彼女は驚いた顔をしている。

 

「お金…本当…いらない? なんで?」

 

ここで僕にお金をくれる女の子がいるから

 

なんて言ったらどんな顔をするかな。この子のことだから、ほーんで終わりそうだな。ここはもう一度驚いた顔を見たい…ふむ

 

「僕は君の研究にとても興味がある。だからこの賞金で君の研究の行く先を見たい」

「…そう…変…でも…ん…いい…かも」

 

おぅ~けぃ~。その驚いた顔頂きます。

 

その子と別れて、僕は家に帰った。

 

おやすみ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒茶色エルフが連れていかれた

感想・評価ありがとうございます


「腐敗を治した少年を捕獲したら大金が出る。これは誰が彼を探しているのかしらね」

「アルファ様」

「あらベータ。イプシロンはどうかしら」

「順調です。無事課題を達成しています。もしかしたらアルファ様よりも魔力の扱いが上からもしれません」

「あら。本当にそうなら、とても頼もしい限りね。ガンマの方はどうなっているかしら?」

「ある商会に話をしたところ、課題を出され、その課題を取り組んでいるところのようです。あの様子なら心配ないかと思われます」

「そう。デルタは?」

「デルタは周辺の縄張りは全て自分の物にしたと言っていました。ただ1つ気になることを言っていました。なんでも雌猫がいるとか」

「雌猫?」

「泥棒猫とも言っていましたね。自分に挑発をしてきた奴がいるから、そいつを探しに行くと本人は言っていました」

「分かったわ。そこはデルタに任せましょう」

「よろしいのですか?」

「えぇ。他に報告は?」

「シャドウ様は最近あるエルフと話をしているそうです。なんでもこのエルフは、非常に高い技術と知恵を持っているそうです」

「彼から接したの?」

「シャドウ様がエルフのご両親と接触した後に、何度か手紙を送り続け、直接話したそうです。手紙の内容は、場所と時間が書かれていて、そこにいるから良かったら来てという内容でした」

「なるほど。よく見えたわね」

「シャドウ様とアルファ様に鍛えられましたから」

「その子は?」

「はい。おそらく我々と同じかと」

「じゃあ回収しましょう。準備するわよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「ここを…ん。でも…音…うるさい。材料…足りない…彼…頼る?」

 

そこはある研究室で試験管を持ちながら悩んでいる黒茶色のエルフがいた。彼女の目元に隈が出来ており、徹夜をしていることが分かる。部屋の前には机が置かれており、そこにはラッピングされた食事があった。しかし彼女は手を付けることに無く、机の上にある紙の計算式や本を散らかしていた。

 

今研究しているのは自分のではなく、両親が昔から取り組んでいた腐敗を止める研究だ。もし本当に腐敗を止めることが出来る研究が出来れば、それを売り出して大量の資金を得ることができる。そうなれば、もっと沢山実験が出来る。そういう理由で、彼女は研究を手伝っていた。

 

彼女は非常に賢く、腐敗解呪の方法を思いついているが、それを具体的に形にするのに四苦八苦していた。それで何か他にアプローチは無いかと考えていると、ある日両親から手紙を貰う。その手紙は、彼女が以前書いた論文に関する意見が書かれていた。普段ならそんなものはすぐに捨てるのだが、何故か今回に限ってはやけにそれが気になった。

 

手紙を受け取り、内容を確認する。書かれていた内容は、彼女が思いつきもしなかった発想の数々。しかもここはこういう理由で良かった、ここはこういう理由で違うとかなり詳しく書いてあった。この書き方は、ただ本で知った内容を丸写ししたり、少し言葉を変えた程度では書けない。沢山の知識と経験、それからこちらの意図を把握した上で書かれている。

 

彼女が今までの人生で、寝る暇も食事も誰かと交流することも出来る限り減らし、研究に当てていたからこそ感じ取れたものだった。読み終えると、気が付いたら紙とペンを取り出し、文字を書いていく。それを両親に渡す。

 

これを相手に渡して

 

もしかしたら両親の研究、なにより私の研究に役立つかもしれない。それなら逃がしちゃだめだ。だけど、実は相手ではなく、他の人が代筆している可能性も無いわけじゃない。両親は学会でも有名な方ではあるから、地位や名誉のためにそういったことをしてくるかもしれない。だから、何十回か手紙を渡すことにした。

 

もし相手が本当に有能なら、2人の研究に役立つかもしれないから、かなり本気で相手を見張っていたと思う。両親が言うには、相手に全部その場で手紙を渡して、その場で書かせたらしい。代筆の可能性は限りなく0になったということだ。

 

それから相手と直接会った。男の人間だった。実際に話してみると、彼は本当に有能だ。多分自分より彼の方が研究者として上だろう。人と話すのが億劫だが、彼と話すときはとても楽しかった。最近腐敗を治している少年がいるからそれを捕獲すると賞金が出ると言う話をしてみた。そしたら彼は捕まえたら賞金をこちらにくれると言った。研究者なのにお金にあまり執着しないのかなと思ったら、自分の研究を楽しみにしていると言ってくれた。

 

……初めて研究を楽しみにしてくれると聞こえたかもしれない

 

今までそう言う人は沢山いたが、そのどれもが、金や地位や名誉になるから研究を楽しみにしているという雰囲気があった。事実、全員それが目当てで私に声をかけてきた。両親はそうではないと思うが、あれは自分達の研究に役立つかもしれないから楽しみにしているという意味だ。だから私の研究をそういった理由無しで、純粋に楽しみにしていると聞いた時は、なぜか胸がどきりとした。

 

なんでだろう

 

そんなことを考えながら腐敗止めの研究成果をまとめる。

 

これでいいかな

 

うん出来た。

 

2人に渡す

 

2人は喜んでる 

 

2人は何か話した後に、資料を纏めている。最終調整を終えると、2人は意気揚々に学会に向かった。これから発表するのだろう

 

 

なんか身体が痛い?

 

これは…

 

彼女が痛む場所を見ると身体の一部が腐敗していた

 

治さないと…

 

力はいらない

 

そういえば何日もご飯食べてない

 

徹夜で寝てない

 

痛い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番高い建物から景色を見渡す僕! 決まったな

 

探し物は高いところから探すのが基本だよね。だから周囲で一番高いところに昇った。やりたいことも終わったし、どうしようかなと思いながら景色を見渡す。なんか向こうで面白そうな感じがするな。ここは陰の実力者の腕の見せどころ。僕は高く飛び上がり、あっちこっちに高速移動しながら、面白そうなところに飛んだ。真っ直ぐ飛ぶだけじゃ芸が無いからね。

 

とうちゃーく! ここはなんかの研究所か

 

あーそういえば、この研究所の名前、あの黒茶色のエルフが言ってた気がするぞ。こういう突撃にも応対してくれるのかな? チャイム鳴らそうかな

 

チャリーン

 

返事がない ただの門のようだ

 

むむっ? 面白そうな匂いが奥からするぞ! これはメインシナリオが進行している感じだ! そろそろ潜らないと陰の実力者ムーブを見せられない。一体あいつは誰なんだ? とか言われたい! よーし、お邪魔しまーす!

 

僕は魔力で大きな輪っかを作り、その中に入ると、門の内側に入ることが出来た。

 

うぉぉ! 僕を呼んでいるのはどこだ! 

 

足音を消して走る僕

 

決まった

 

 

何か声が聞こえる

 

「どこだ!? あれはどこだ!?」

 

何か部屋を漁っている人がいる! なんで!? まぁいいや! 大人しく斬られてくださいよぉ!

 

「ぐああぁ!」

 

動かなくなった

 

さぁ何かイベント起きないか? 一定人数倒したら起きる感じのイベントでしょ? 

 

 

あれぇー? 何も起きない…ふむ?

 

まぁいいか

 

しかし人の部屋を漁るとは何て危ない人なんだ。僕が助けてあげたからね研究所諸君。さてさて戦利品を回収しますよっと。あれ? 論文? しかもいくつもある。

 

内容を見ると、どうやら腐敗者の特徴を探していた報告書のようなものだ。軽く流し見する。どうも腐敗するのは女だけで、エルフ、獣人、人間の順番でなりやすいとのこと。場所は、勇者の血族が確認された場所に集中されている可能性がある。

 

そういえば僕が確認した腐敗者は全員女性だ。しかもエルフがアルファ・ベータ・ガンマ・イプシロンの4人で、獣人がデルタ・ゼータの2人。人間は…見た事が無いような…あぁいや、姉さんがなってた気がする。もう治したけど。ほんとだ、4・2・1だ。でも母数が少ないからなんとも…。

 

それでそれで? 教会が隠蔽? 本当の歴史を誰かが捻じ曲げた?

 

資料を全部読み終えた

 

なんか面白そうな話だね。最初は逃げようと思ったけど、ベータすぐに僕を見つけるんだよね。もう逃げるのは諦めて、いっそ彼女と楽しむのもありだなと僕は考えたのだ。これベータに教えれば良い感じの物語描けるんじゃないかな? これは持って行こう! 

 

次の部屋は…研究大好きエルフおるやん。しかも腐敗が進行しているし、痛そうにしているし、僕が治さないと!

 

エルフは僕に気付くと、助けを求めてきた

 

もちろん! えぇ! 助けますとも! 君の研究はこんなところで終わっていいものじゃないからね!

 

うおぉぉ!

 

はい治った!

 

「大丈夫?」

「ん…まだ痛い感じ…ある」

「時間が経てば収まるから。それよりご両親は?」

「…でかけた…はず」

「自分が腐敗したんだし、両親に告げれば何か研究の足がかりになるかもよ?」

「…多分…それは…ない。腐敗の…真実…気付いた」

「ご両親が?」

「そう…それ…学会…発表…してる頃」

「へぇー! 謎が解けて良かったね!」

「賞金…出る…これで研究…続けられる」

 

何かドタバタと音が聞こえる。ノックも無しで扉が開けられた。そこには知らない人がいた。エルフを見ると、彼女も首を傾げている。なにやら慌てた説明だったが、エルフの両親が亡くなったそうだ。誰かに殺されたらしい。

 

 

エルフはそれを聞いて…あまり驚いていない

 

「それで?」

「娘さんにも話があるそうです」

「…ん」

 

エルフは僕を指さした

 

「え」

「この人が…全部…やる…私は…寝る…zzz」

 

彼は戸惑っている。僕も戸惑っている。なんのこっちゃ

 

というか本当に寝てる 肝が据わってるね~

 

「あなたが代理人ということですか?」

「いいえ」

 

代理人とか嫌な言葉が聞こえた。これはメイン主人公がやる話だろう。僕は陰から見守るよ。

 

「でも彼女が貴方を指名しましたし、ここはっ…!?」

 

グサッ

 

「彼を困らせてはダメでしょう?」

 

男の背後から声が聞こえたかと思えば、貫かれた刃が出てくる。男はそのまま地面に倒れ首を切り離された。長くて綺麗な金髪に青い瞳に整った顔。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる身体。そして声を聞いたら10人中20人振り返るくらいに美しい声。ちなみに全員二度見してる。

 

そう、アルファだ

 

「久しぶりねシャドウ」

「久しぶりアルファ。なんでそいつ殺したの?」

「こいつが少し厄介者でね。消しておきたかったのよ」

「ふーん」

「シャドウ。時期にここは火の手が回るわ。すぐに逃げて」

「火の手? なんで?」

「彼女と両親と3人の研究が狙われているからよ」

「アルファ様、資料と道具の回収、全て完了しました」

「ご苦労様イプシロン」

「はい」

「イプシロン?」

「お久しぶりです主様。ピアノの時以来ですね」

 

イプシロンはシャドウの姿を目に移すと、アルファにキリっとしていた態度から一変し、大切な人に出会えたように、軟らかい笑顔を浮かべている

 

「私はイプシロンです。これからよろしくお願いしますシャドウ様」

「そうなんだ! これからよろしくねイプシロン」

「はい!」

「…ごほん。じゃあこの子は回収するわ。じゃあねシャドウ。また会いましょう」

「シャドウ様! 今度は2人でお茶を…」

「イプシロン?」

「はい! 今行きます!」

 

…2人はエルフを連れて出て行ってしまった

 

あれ、メインシナリオは? もしかしてもう終わった!?

 

部屋を見ると、書物や実験道具や紙や筆など一通り持って行ったらしい。空っぽだ。戸棚を調べると、全部空っぽ。最初から無かった可能性もあるが、あの短時間でこの部屋の物を全部回収したとしたら

 

イプシロン…とても手際が良くなってる

 

ただ楽器を弾くのではなく、何か手品をしながら楽器を弾くのかな?

 

いいねぇそういうマルチタスク。僕はそういう何かを同時にやるのは苦手なんだ。君の上達した演奏を楽しみにさせてもらうよ。

 

なんか煙たい…

 

本当に火の手が回ってるじゃん! 

 

僕も逃げよう!

 

逃げるんだよぉぉ!!!!

 




感想・評価お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕は考える

評価感想ありがとうございます。


「というわけよ。わかったイータ?」

「ん…わかった…マスターのため…ん」

「これで6人ですね。アルファ様が全体の指揮を、私は皆さんの補佐と小説を、デルタが周囲の縄張りの管理を、ガンマは資金の調達と管理を、イプシロンは音楽や作法を、イータが建築や技術を担当ですね」

「あとは潜入調査や街の聞き込みとか担当する人材が欲しいですね」

「むぅぅ!」

「どうしたのデルタ」

「ムカつく雌猫がいるのです!」

「あぁ、前からデルタが言っていた…」

「なに…それ?」

「以前シャドウ様が獣人の村から帰って来た時に、自分の臭いをマーキングしていた人物がいるとかなんとか。アルファ様とベータとイプシロンと私は分からなかったですけど」

「デルタ。かなり探したのよね?」

「はいなのです!あれからボスが言っていた村に行ってみたのですが、あの臭いの奴がいなかったのです! 村人に聞いたら、ボスがそこでみんなの怪我を治したと言っていたのです!」

「それなら私も確認しているわ。誰かが腐敗者になったとその村に調査しにいったけど、調査団が死亡して、そこで医療処置を担当していた人が村人を売ろうとしていたことでしょ」

「多分それなのです! そんな感じの話を聞いたのです! それでボスが!」

「その医療処置担当者の代わりに村人達の治療もしたと」

「流石シャドウ様!」

「心が広いお方です!」

「流石主様だわ!」

「マスター…だから…当然」

「話を戻して、その村にいた誰かがシャドウにマーキングをした?」

「そうなのです! でも見つからなかったのです!」

「誰か出て行ったとかそういう話は?」

「無かったのです! ボスが訪れてから、怪我治す奴が死んでから、新しく誰も入っていないし、出て行ったのもいないです! だからいるはずなのに! 見つからない! なんで!?」

「ありえるとしたら。デルタが見落としt」

「デルタが見落とすはずがないのです! ガンマ殺しますです!」

「デルタ」

「ひゃい!」

「ごめんなさいガンマ。少しデルタは荒ぶれてるだけだから」

「大丈夫ですアルファ様。デルタもごめんなさい」

「そう。残るは2つ。村人が見落としただけで、その人物が出て行った可能性。もう1つが」

「気配を消せる…臭いを残さないですか?」

「正解よベータ。ベータなら追跡も出来そうだけど」

「流石にその臭いを嗅いでみないと分からないです」

「でしょうね。デルタ、マーキングする時ってどんな時?」

「え? 自分の物って分からせるため!」

「その人物の臭いの付け方は、もう二度とシャドウに会いに行かないと思う?」

「思わないのです! 絶対またどこかで会うつもりの付け方なのです!」

「なら問題ないわ。間違いなく向こうからシャドウに近づいてくるはずよ。そのとき、捕まえて話をすればいいのよ」

「おぉー! アルファ様天才なのです!」

 

 

 

 

ここに来てから少なくない時間が経過した。僕は転生前では恋愛というものをしたことがなかった。誰かと恋仲になるなんて不確定だし、いつまで関係が続くのかも分からない、面倒でやる意味がないと思っていた。

 

しかし、このままでは転生前と同じ感じになってマンネリ気味になるのではないかとも思ってしまう。ここは挑戦してみるべきではないだろうか?

 

今の考えが一時の気の迷いかもしれないというのもある。でも相手を思い浮かべるとしたら…5人のエルフと2人の獣人の顔が出てきた。

 

1人目のエルフは、初めて僕が腐敗解呪した子だ。僕の言う陰の実力者に初めて理解を示してくれた。そして僕のためになんでもするといい、本当になんでもこなしてくれた。会う頻度は減ったが、会うたびに美味しい料理を作ってくれる。彼女が作る料理は高級レストランのようなものではなく、安心する場所に帰って来たという味がするのだ。何より一番気楽にいれる関係でもある。

 

2人目のエルフは、初めて僕が転生してから恐怖を覚えた子だ。僕の身体を隅々まで再現したフィギュアを作る。それも1つだけではなく、様々なポージングがされており、服を着ている、中途半端に破けている、裸などがあった。本人が言うには僕が離れてからも、作り続けており、仲間に褒められたと言っていた。物語が好きで、彼女の作る作品を密かに楽しみにしている。

 

3人目のエルフは、初めて僕が前提の確認をさせてくれた子だ。その子はとても動きがトロイ。歩くだけでなく、走ることや泳ぐこと、学ぶこと何もかもがトロかった。彼女が躓くところは、僕も何も考えないで出来ていることがほとんどで、改めてどうしてそうなっているのかを確認することで、考え方に柔軟性を持たせてくれた。お金のことをよく学び、僕にお小遣いをくれる。性格も温厚で、何でもくじけず頑張る姿は、僕がいつかくじけたときにも、とても頼りになると思う。

 

4人目のエルフは、初めて僕と魂を通わせた子だ。初めて会ったのが、芸術の国でピアノを演奏しているところだ。今のところ一番話をしていない子でもある。話したのも、彼女を腐敗から治癒してそのまま一緒に兵隊達から逃亡。そこからもう1人のエルフと研究所であったが、いつの間にか彼女達の仲間になっていたらしい。もう少し話す機会が欲しかったなーと思うが、同時に僕と同じ実力を極めた洗練された演奏を聞くと、話しかけることが恐れ多いとも感じてしまう。

 

5人目のエルフは、研究大好きッ子だ。この子も4人目と同じで、ある1つのことに打ち込んでいる魂を共演した仲だ。ただ、4人目と違い、少し思いやりというか、遠慮がなさすぎるところがあるため、他の人と仲良くするのは少し時間がかかると思う。もし彼女とお付き合いするなら、助言が欲しい時は会話をしてそれ以外は研究するという生活になりそう。食事も睡眠も使う時間もバラバラで、一週間に一日話せれば良い方みたいになるきがする。それはもう結婚の領域だよね。

 

1人目の獣人(狼)は、初めて苦戦させられた相手でもある。魔力込みの戦いなら僕が勝てるが、魔力なしで戦うとなると、かなり苦戦する。初めて会った時は服従したが、今では気楽に接していて、時々時間一杯遊ぶことがある。しかし重労働だ。彼女は休むことを知らない。いくら大人が体力と気力があっても、子どもの遊びについていくのは大変ということだ。それに仲間から戦い方を教わっている、もとい調教されているからなのか、最近は頭をしっかりと使っており、不意打ちや初見殺しの技も使ってくる。だから良い訓練になる。

 

2人目の獣人は(猫)、ほとんど交流がない。僕が獣人の村に遊びに行ったら、なんか事件に巻き込まれて、何か兵隊達と殴り合って、何か彼女と彼女の両親を治癒して、何か一緒に彼女と寝ることになって、何か彼女自身に名前を付けてと言われて付けたくらいだ。朝は彼女が起きる前に逃げだしたので、まともに会話したのは20分あるかないかくらいじゃないかな。

 

 

 

全員を選ぶ? 出来ればそうしたいけど、僕はそれを上手く出来る気がしない。実際、転生前でも転生後でも、複数の異性と付き合って揉め事になることはよく聞く。彼女達は何か目標を持って行動しているようだし、それを壊すきっかけになるのもなー。

 

うーん

 

誰か1人にするべきかな

 

でも誰にしようかな

 

……

 

ここは1人1人相談する? 

 

そうだよね。なんかそれっぽい感じで聞いて、お付き合いできる雰囲気か判断しよう

 

最初はアルファだ

 

アルファに会いに行こう!

 




評価お願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金髪エルフにお願いする

感想・評価ありがとうございます


僕はアルファと2人きりでご飯を食べていた。

 

「アルファー」

「何」

「僕が誰かと付き合うとしたらどんな人がいいと思う?」

 

ガシャン!

 

アルファは持っていた茶碗を粉砕した。瞳は暗く落ち窪んでいるような感じで、真顔で僕の下にすり寄ってくる。僕の身体を押し倒して、寝転んだ僕の上に彼女は跨った

 

「誰?」

 

弱弱しい声ではあるが、同時にとても冷たくもある。そんな声を出せるんだと思っていると

 

「誰?」

 

なんか雰囲気が変わった?

 

「誰? 誰? 誰?」

「お、落ちついてアルファ」

「私は落ち着いているわよ。で? どこの誰?」

「いないよ! もしいたらどんな人かなって想像しただけで…」

「……そう」

 

彼女の瞳に生気が宿る。真顔から少し安心したような顔をしていた。

 

「シャドウ。今の他の5人に言っちゃだめよ? 分かった?」

「え、なんで?」

「あの子達は今大切な時期なの。そうね例えるなら…大切な試験を受けるための準備中みたいなものよ。今の発言はあの子達には衝撃が多すぎるから絶対やめてね」

 

絶対止めてと言われると、やりたk

 

「ご飯抜きにするわよ」

「わぁあ!? 待って! 言わない! 言わないからアルファのご飯もっと食べたい!」

「分かってくれてなによりよ。それに嬉しい……本当に嬉しい」

 

なんかさらッと思考を読まれた気がする。ベータもガンマの僕の思考を読みながら話をしていた時があったらし、もしかしたらエルフは相手の思考を読み取る力が他の種族より強いのかもしれない。

 

イータ? 彼女は読み取る力はあるけど、研究に使えないなら無視するだろうね

 

アルファの食事は本当に美味しい。味付けも食べる回数が増えるたびに、僕好みになっている。完全に餌付けされている。

 

「話を戻すけど、私ならその相談を受けることができるわ。もう少し話してみない?」

「あぁ。恋愛のことね。実際に付き合う人って想像出来ないんだよね」

「私もその経験がないから分からないわ。…そうだ、この前街で若い男女が手を繋いでいたのよ。それをすれば何か分かるかもしれないわ」

「なるほど…じゃあしてみる?」

「そうね。やってみないと分からないことは沢山だもの」

「僕から繋ぐよ?」

「えぇ。お願い」

 

僕はゆっくりと手をアルファの手に近づける。人差し指が彼女の指先に触れると、彼女は身体をビクッとさせた。慌てて手を引っこめると残念そうにしている

 

「大丈夫よシャドウ。慣れない感覚だったから驚いただけ。もう一度お願い」

「わかった」

 

もう一度指と指をぶつける。すぐに繋ぐのではなく、指で指をくすぐってみた。指を絡ませて、それをゆっくりと上下左右に揺する。アルファは顔を真っ赤にして嬉しそうにしている。なるほど、指と指でこれなら、手を繋いだらどうなるかな。

 

僕は少しずつ指を深く交わらせる。どちらかの手汗で、指はするりと入り、付け根の部分まで入った

 

「入ったね」

「えぇ。シャドウの太くて熱くて…逞しい男ってはっきり分かるわ」

 

僕はそのままもう片方の手もゆっくりと交わらせていく。怖くないよ、大丈夫だよと心を込めて、既に握っている手をにぎにぎしたり、魔力で温めながらすると、彼女の緊張がとけたようで、ゆっくりと僕を受け入れてくれた。もう一つの方も根元まで深く入る。

 

さっきよりもアルファは心地よさそうだ。

 

魔力と魔力を交わらせるのもいいかもしれない

 

そう思った僕はアルファに魔力で全身を包み込む。今までの戦闘で使っていた類の物ではなく、マッサージやリラクゼーション用に開発した魔力で彼女の全身を覆う。ただ覆うだけではなく、アルファの魔力に痛みなく、ゆっくりと入れて、戻して、入れて、戻してとしている内に、彼女も受け入れる準備が整ったのか、深く交わる。

 

とても暖かく心地よい

 

アルファは目を瞑って小さく吐息を漏らした

 

交わり続けると、とっても固い感触がした。彼女も全身に魔力で覆っている。これは突然の不意打ちや事故、精神攻撃から自分の身を守るための鎧のようなものだ。その鎧を壊すのは不味い。下手したらアルファの身体が避けちゃうかもしれないからね。だから僕はその固い部分にも優しく魔力で突いたり擦ったりする。

 

とても気持ちいい

 

続けていると、なにかが弾けそうな感じになる。これは覚えがある…男のあれだ。アルファの魔力もなんだかぎゅーっと僕の魔力を逃がさないように包み込む動きをしている。アルファは口を開けて、頬を赤く染めて焦点の合っていない目で僕を見ていた。

 

「シャドウ」

「アルファ」

 

名前を呼び合い、もう一度手を強く握ると同時に、僕達はお互いの身体をビクッとさせた。心地よい脱力感と、彼女に何かを解き放った感覚を味わった。

 

もういい時間になってきたので、アルファが帰ることになった

 

「すごかったね」

「…えぇ。本当に凄かった。何か熱いものが私の奥に解き放たれた感触だったわ」

「火傷した?」

「ある意味火傷したわ。…抑えないと垂れるわねこれ」

 

アルファは全身に手を当てて抑えている。まるで水が入ったバケツに穴が開いて、それを逃がさないようにしている感じだ。

 

「大丈夫?」

「大丈夫よ。そろそろ私は戻るわ。くれぐれも他の子達にこれをやらないように。あと私としたことも内緒よ」

「はいはい。分かったよー」

「…次もしましょうね」

「そうだね。僕もまたアルファとしたいし」

「じゃあまたね」

 

アルファは部屋を出て行った

 

すごい気持ちよかった! 今度はもっと気持ちよくなってもらうために、マッサージの勉強をしよう。アルファに言われたのは、さっきの魔力交じりのことだから、単純なマッサージならセーフでしょ。

 

マッサージの相手をしてくれそうなのは…ベータかイプシロンかな。

 

今度どっちかと会ったら相手してもらおうっと!

 

今日はこの心地よい感触で寝たい

 

おやすみ!

 

 




評価ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄色獣人(猫)にお願いされる

どうやって僕のことを調べたのだろう。気が付いたら僕の前にその子は現れた

 

「久しぶりシャドウ。会いたかった」

 

そういって僕の身体に尻尾を巻き付ける。尻尾は獣人にとってとても繊細なものだから、無理やりどかせる真似はしない。多分金的喰らわせるようなものだからね。以前デルタの尻尾を無理やりどかせたら、すごい痛がっていたから。

 

だから僕は言葉で相手を説得しようと思う。

 

「ゼータ。尻尾巻き付けるのはやめてくれないかな」

「私だってしたくてしてるわけじゃないよ? 勝手に尻尾が動いちゃうんだ。それに…この臭い…うん…した方が良い。絶対良い」

「そうなのか」

 

以前デルタに尻尾について質問してみた所、自分の意思で勝手に動いてしまうときがあるらしい。

 

ならしょうがないな

 

修行を見直したハードな訓練を終えた眠い頭をなんとか働かせて

 

…あれこんなところに来たっけ? 

 

「なんでここにゼータがいるのかな」

 

僕は勢いよく下がると、ゼータの尻尾はビクッとした後に僕から離れた。身体はまだ動くけど、そのうち動かなくなるくらい眠い。これ大丈夫かな…。

 

「もう! 突然動くからびっくりしたじゃん! なんで離れるの?」

「いやくすぐったくてさー。ごめんねー?」

「…へー。じゃあくすぐったくなければいいんだね?」

「え」

「私シャドウの膝の上に乗ってみたい。それならいいでしょ?」

「えー」

「いいじゃんー。おねがいだよ~シャドウ~」

 

ゼータは招き猫のように手をクイクイと引き寄せてくる。そういえばデルタ以外の獣人にモフモフ攻撃をしたことがないなーとぼんやりした頭で思う。デルタにしたときは、くすぐったそうにして離れたことがあるから使えるかもしれない。そのあと直ぐにくっ付いてきたけど、その間に逃げれば良いかな。僕の速さなら余裕だろうし。

 

「しょうがないなー。ちょっとだけだよー?」

「うん! ちょっとだけちょっとだけってね~」

 

ゼータは親指と人差し指を寄せて、ちょっとだけと言いながら僕に近づく。不思議と不快感はなかった。

 

僕は適当にその辺に座ると、ゼータはちょこちょこと歩いて、僕の膝の上に乗って来た。僕と向かい合う形だ。彼女の顔が目の前にある。

 

「わあぁ! シャドウの顔が目の前にある。クンクン」

「こら、匂いを嗅がない」

「えぇ~? だって良い匂いするよ? ねぇ、舐めていい?」

「ダメです」

「もう釣れないなー。まぁ、そんな簡単に釣れるのも楽しくないもんね」

 

ゴロゴロ

 

「あ」

 

ゼータは真っ赤な顔を手で覆っていた。指と指の隙間から彼女と目が合う。彼女は恥ずかしそうにしながらも、僕の瞳を見つめていた。

 

「ゴロゴロ鳴ったね」

「言わないでよ。恥ずかしいんだから」

「そうなの?」

「シャドウ以外なら全く気にならないんだけど、シャドウだと気にするんだよ。もー、恥ずかしい」

 

ゼータは顔を見られないように僕の胸板に顔を埋めた

 

「ちょ、胸に顔を擦りつけるな」

「恥ずかしいから無理。擦られて」

「ダメです」

「嫌」

「僕が嫌だよ」

「本当に嫌なの?」

「そうでもない。良い匂いする」

「ならいいじゃん。えへへ…」

 

ゼータが満足するまで、膝の上に乗せることにした。眠くて考えるのが怠くなってきたし、膝の上にいるだけなら少しは休めるだろう。

 

彼女が落ち着いた後に、僕が村から去った後の話をしてくれた。どうも医療担当者が金銭が欲しくて、ゼータを売ろうとしていたが、それが失敗。その後村から追放され、新しい医療担当者がやってきたとのこと。その医療担当者とは良い感じに関係を気付けているそうで、村も活気になっている。以前、重症になった村人もすっかり怪我が治り、村の仕事をこなしているとのことだ。ちなみにゼータの両親も元気に過ごしているようだ。

 

なるほどなーと思いながら僕は話を聞き流す。以前アルファにやった魔力マッサージのやり方をイメージしながら返事していた。途中から「うん」とか「いいよ」とか「そうだねー」とか「僕もそう思う」としか言ってない。完全に聞き流すときの僕だった。

 

ずっと膝の上に乗られていると、足が痺れてきて痛い。ゼータに下りるように言っても嫌だの一点張り。何度もお願いすると、やっとどいてくれた。どいてくれたが、僕の背中に回り込み、僕の上半身に両手を回して、逃げられないように抱き着かれた。またしっぽで僕の足をスリスリと擦ってくる。

 

ゼータの吐息が僕のうなじに当たる

 

熱い

 

ゼータの匂いって、良い匂いがするなー

 

ゼータは僕を信頼してくれている

 

それもかなりだ。狂信的といってもいいくらい

 

あ、やばい、本格的に寝そうだ。というか半分寝ている状態だなこれ。

 

「それでね、シャドウ。私だけの主になってほしい」

「うん」

「本当!? 良かった。これでお父さんとお母さんを安心させてあげられる」

「そうだねー」

「私と2人きりでずっと生きてくれる?」

「いいよー」

「シャドウ大好き! えへへ」

「僕もそう思うー」

「シャドウ私のこと好き?」

「うん」

「~~~!!。じゃあ今すぐ報告しに行こう! こういうの、善は急げって言うんだっけ? シャドウと寝る時に教えてもらった言葉だから覚えてるよ」

「僕もそう思う」

「じゃあ行こうか! 立ってシャドウ! ほら、行こう!」

「うんー」

 

僕は8割ほど寝ながらゼータに手を引っ張られて歩き出した。この時の僕はもう完全に寝ながら歩いていた。

 

 

 




評価お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄色獣人(猫)と契りを結ぶ

「この人が私とずっと一緒にいてくれる主のシャドウだよ。2人も知っているよね」

「あぁ。あの時助けてくださった少年か」

「あなた。この人なら問題ないんじゃない?」

「そうだな。彼は同意してたのか?」

「そうだよ! ねぇ、シャドウ!」

「うん」

「なんか随分と眠そうね」

「奥に横になれる所があるから、そこに案内してやれ」

「うん。ほら、シャドウ。歩くよ」

「僕もそう思う」

「今夜はお祝いね」

「あぁ、みんなに知らせよう! お前は傍にいれやれよ」

「もちろん。ずうぅーっと一緒だよシャドウ…ふふっ…」

 

スヤスヤ

 

っは!

 

僕は起きると、知らない天上が見えた。ここはどこだ…前に来たことがあるような。あ! ゼータの村か! 

 

ワイワイ ガヤガヤ

 

なんか騒がしい。お祭りみたいな雰囲気がある。今日は何かのお祝い事だったのか。余所者の僕がいてもいいのだろうか。男女2人がやってきた。この2人は確かゼータの両親だ。

 

「おお。起きたのかね」

「あっはい。ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんて思っていないよ」

「そうそう。シャドウ君は私達の命の恩人なんだから! 今日は夕食を召し上がっていきなさい」

「いやでも」

「はいはい。いいから、もうご飯も出来ているし、食べていきなさい」

「は、はぁ」

 

僕は彼女の母に案内されるままついていくと、宴会のような場所にきた。豪勢な食事があり、前に治療した村人からも声をかけられる。僕はよく分からないけど、彼らに感謝されながら、用意された席に座った。すぐにジュースも運ばれてくる。もちろん人間用のだ。

 

「さぁさぁシャドウ様。食べて下さい」

「シャドウ様ってそんな。様付けしなくても…」

「いえいえそんな恐れ多い!」

「は、はぁ…」

「お味はいかがです?」

「美味しいですよ」

 

アルファのご飯の方が美味しいけどね

 

「お口に合ってなによりです! あ、娘が来ましたよ」

「お、おまたせ。シャドウ…」

 

僕は目を見開いた

 

そこにいたのはまるで結婚式に出るかというくらいにおめかしをしたゼータだ。アルファたちを始めとする美人を見慣れている僕も、おぉと小さく声を漏らすほどに可愛い。僕の反応を見てホッとしたのか、軟らかい笑顔を浮かべるゼータ。

 

そんな僕らを見て、周りは拍手の嵐。口笛ではやしたてる人達もいた。ゼータは着なれない着物を汚さないようにゆっくりと僕の元まで歩き、隣に座った。

 

「じゃあ皆さん! 我が娘に主が出来た事を乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 

それからは大変だった。慣れない場所で、大勢の人達に囲まれながらの食事。ゼータは、僕の隣にいて、話をしないようにしても話しかけるし、無視しようとすると、周りが照れてるぞとはやしたて、離れて時間を潰そうにも、常に人目がある。無理やり逃げようとすれば出来るが、ゼータが僕の居場所を知る方法があるみたいだから、また追いかけてきそうだ。

 

しつこくなるのは嫌だしなー、でもなーと悩んでいると

 

「じゃあ誓いの儀式をしましょうか」

 

食事も終わり、最後に村の中央に来るように言われる。儀式? なにそれかっこいい! 

 

僕はさっきまでの思考を放り投げ、儀式と言う心ときめく言葉に引き寄せられた

 

儀式の手順を聞く

 

ふむふむ

 

なるほど

 

「シャドウ様、準備はよろしいでしょうか?」

「いいですよー」

 

僕は台の上に立ってゼータを見つめる。ゼータも僕を見つめていた。2人の距離が一歩、また一歩と縮まり、つま先とつま先がぶつかりそうになるくらい接近する

 

「私はあなたに忠誠を誓います」

「僕はあなたの主になることを誓います」

 

手を取り、彼女の指に輪を入れると、それはすっぽりとハマった。彼女は僕の手を取り、同じように指に輪を入れるとすっぽりハマった。2つの指輪は透明になって消えた。はめられた場所を擦るが、指の感触だ。輪の感触がない。

 

周りは儀式が完了したことで大はしゃぎ。今度はお酒とか出て、みんなとにかく楽しそうだった。モブとしてはここで撤退するのも変だなと思い、僕も楽しむことにした。

 

「シャドウ」

 

僕の下にゼータがやって来た

 

「ありがとう。シャドウ。私生まれて初めてこんなに幸せだよ」

「そう? 僕もゼータと会えて幸せだよ」

 

モブなら相手の意見を肯定するだろうし、こんな感じだよね

 

「~~!」

 

ゼータは位置についてよーいどんの構えを取ったら、僕に抱き着いてきた。倒れないように踏ん張る。ゼータは無言で僕のお腹に顔を擦りつけていた。尻尾も僕を逃がさないように巻き付けられている。

 

宴会も終わり、今日はもう寝ることになった。もちろんゼータと一緒の布団に寝ることになる。ゼータは寝る時も、僕の身体に尻尾を巻き付けている。

 

なんか距離が近すぎる気もするけど…デルタもよく身体を擦りつけるし、こんなものなのかなー

 

「シャドウ…シャドウ…シャドウ…シャドウ…シャドウ…」

 

寝ている時も、僕の名前を言ってははにかんでいる。一体どんな夢を見ているのやら。

 

僕も寝ようっと

 

おやすみ!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕は閉じ込められる

評価感想誤字報告ありがとうございます。もう少しで最終回です


どうやら僕はとても迂闊な行動をしてしまったらしい。獣人の村から出ることが出来なくなっていた。出ようとすると、誰かしらが僕を見つけて呼び止める。陰に潜んでも必ず見つかってしまう。出て行こうとするたびにゼータは僕に言い聞かせるように出て行っちゃだめと言うのだ。

 

一応無理やりやろうと思えば出られる。しかし村人が死亡してしまう。1人や2人で済めばいいが、最悪全員死亡する。仮に出られたとしても、儀式の時に付けた指輪。これが非常に厄介。

 

何故分かるかって?

 

僕は何回か村ごと魔力で吹き飛ばして脱走しようとしたのだ。吹き飛ばした後の村は焼野原で、全員血に付したまま動かなくなっていた。ゼータも動かなくなっていた。その隙に逃げようと村を出ると、突然視界が真っ暗になり、とてつもない睡魔に襲われる。睡魔を耐えつつ歩くと何かにぶつかる。伏せたり飛んだりしても前に進むことができない。違う方向に歩いても、また何かにぶつかって動くことができない。もう一度魔力で吹き飛ばしてみたが、またぶつかった。流石の僕でも睡魔には叶わない。そのまま眠ってしまうと、村は何も無かったかのように、僕が来た時のままになっている。

 

どこにでもあるような村で、仕事をして、ご飯を食べて、睡眠を取って、男と女が凹凸擦って、狩りをしていた。

 

「ねぇゼータ」

「なぁに? シャドウ」

「この村って何か伝説とかある?」

「ないよ。どこにでもある普通の村だよ」

「そう」

「なんでそう思ったの?」

「いや。あとさ僕一度出て行ったよね」

「そうなの?」

「驚かないの?」

「だって今ここにいるじゃん。それに…うん。大丈夫だよ」

「そう」

「うん。ねぇシャドウ、今日は何して遊ぶ?」

「そうだねー。かくれんぼでもしようか?」

「それ前やったじゃんー。違う遊びしよ。そうだ、近くの川で釣りしようよ」

 

今話していたのは僕1人で出て行こうとすると起きる話しだ。誰かと出ると、村を出ることはできる。

 

じゃあその隙に逃げればええやんって思うでしょ? 僕もそう思って逃げようとしたわけですよ。一緒に出た人から一定距離離れると、1人で出ようとした時みたいに、突然視界が真っ暗になってとてつもない睡魔に襲われるわけです。

 

訳が分からないよ

 

なんじゃこりゃ

 

思い当たるのが儀式しかないのですが…

 

その儀式のことを聞いても、ゼータはよく分からないと返してくる

 

村人やゼータの両親に聞いても、分からないと返してくる

 

どういうことなんだろう

 

何も分からない

 

考えることすら億劫になってきた

 

時間が経つたびに出ようと考えることすらしなくなってきた

 

このままだとおそらく…

 

「ほら、シャドウ! 腕組んで」

「ゼータから組めば?」

「私ばかりじゃん。偶にはシャドウから組んでよ」

「えー」

「ほら、いいから」

「はいはい。分かったよー」

「んふ。ありがとシャドウ」

 

鼻歌を歌いながら僕の隣を歩くゼータ

 

腕を組む力がとても強い

 

僕を見る目が少し暗い気がする

 

なんかこのままだと本当に危ない気がする

 

何か方法を探さないt

 

「シャドウ」

「ん!?」

 

ゼータにキスされた

 

「余計なことを考えないで」

 

唇を離すことなく、舌を絡めてきた

 

ゼータはキスしたまま草陰を指さす

 

ねぇ、そこでしない?

 

多分こんなことを言っていると思う

 

長いキスを終えて口を離すと、ゼータは息を荒くして僕に抱き着いてきた。

 

この臭い…

 

「ね、シャドウ」

 

僕はどうすれば…

 

その時、遠くからとてつもない爆発と同時に世界がグラグラと大きく揺れ始めた。

 




評価ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

我が名はシャドウ 陰に潜み 陰を狩る者

次回最終回


シャドウが行方不明になった

 

最初に気付いたのはアルファだ

 

彼のしてくれたマッサージには彼と彼女の魔力が混ざっていた。魔力の混ざり合いは、自分と相手の位置情報や体調の様子を大まかにしることができる。但し魔力を扱えるもの全員が使えるわけではなく、相手のことを詳しく知らないと分からず、またセンスが強く要求される。追跡をするアーティファクトがあるが、あれは今言ったことが出来ない者の為に作られた。しかし出来が酷く、改造もしやすいため、あまり信用されていない。その為、この技術を使える者は数少ない。彼女はその数少ない中の1人だ。彼の魔力が突然感じ取れなくなったのだ。

 

アルファに遅れて気付いたのがベータ

 

彼女はシャドウ自身が作った人形に彼の魔力を付与させていた。人形を作る時の素材に、作った者の体温や体臭を付与することができる。いつも大事に抱えていた人形の温もりと安らかな匂いが突然消えた。付与していた人形が全てだ。

 

ベータに次いで気付いたのはイプシロン

 

彼女は誰よりも魔力の波長について詳しかった。魔力にも波がある。それは血液のように、全身を巡り、強弱がある。個体によって、これらに微妙なバラツキがあり、それを如何に素早く場合分けをして、誰の波長かを見分けるかが重要となる。彼女は主の波長をすぐに思い出せるように、毎日波長を肌で覚えていた。主の波長はとても綺麗で、美しく、感じるだけで高揚するものだが、それが突然感じ取れなくなった。

 

アルファが気付いてから2秒後にベータ、5秒後にイプシロンが気付いた。デルタ・ガンマ・イータはアルファ・ベータ・イプシロンの様子が変だなと思ったが、3人のように気付けなかった。

 

アルファ達3人はお互いの感覚を伝える。共通だったのは3人ともシャドウがいなくなったことが分かった。他のデルタ達3人にもそれを伝える。

 

アルファはイータに、シャドウを見つける依頼をした。3人がいう、突然彼が消えたから探してほしいと言われても何をどうやって探せば良いのか分からなかった。

 

イータにとって、シャドウがいなくなるなんて微塵も思っていないからだ。自分と渡り合えるくらいの研究者だから、消えるわけない。仮に消えるなら、この世界は滅んでいる。全く理論的ではない、研究者であるイータらしくない考えだ。

 

だが、イータはシャドウがいなくなる=世界滅亡と考えていた。

 

何か方法が無いかと探すと、学生論文で有名なシェリー・バーネットが書いた論文を目にする。内容は以下の通り。

 

ある遺跡について研究された内容。その遺跡にあるアーティファクトは、起動者の記憶を下に、街や村を再現することができる。また、起動者があなたを選んだとき、そこは永遠の世界となる。その世界から脱出するには、アーティファクトを破壊しなければならないが、儀式をしている場合はこれだけでは脱出出来ない。儀式については詳しいことが分かっていない。もし儀式を済ませた状態であなたが脱出を望むなら、決してあなたの力だけでは逃げることはできない。もし創造された世界にあなたが踏み込むことが出来たのなら、それは起動者の信念や信条があなたを受け入れたことになる。もしあなたが起動者のそれに当てはまらなければ、受け入れられない。

 

このアーティファクトか

 

このアーティファクトを使っている場所を見つけるアーティファクトは…

 

よし

 

良いアイデアを思いつき、アーティファクトを起動している場所を探るアーティファクトを急いで作る。連れ込まれたものだけの力では逃げられない。つまり内側からの衝撃だけじゃ逃げることが出来ないということだ。

 

なら外側から壊して、中から出てもらう必要がある。現にマスターが出てきていないという事は、それだけ恐ろしい性能のアーティファクトなんだろう。

 

ベータとイプシロンの殺意が高まっている

 

2人の顔が、マスターについて語り合う時に食い違いがあったときにする顔だ

 

所謂般若顔

 

アルファ様は意外にも落ち着いている。

 

アーティファクトの仕組みを完全に理解し、場所を割り出した。作ったアーティファクトを持って、6人はすぐにその場に向かう。

 

 

 

 

 

着いた場所は、閑散とした村だ。家はボロボロで、誰かがいる気配がない。野良の生き物がお互いを殺し合い、生き抜いているようだ。一部の土には、動物の骨が埋められている。普段ならこういうのを見て体調を崩すベータとイプシロンだが、2人ともそんなものは目に入らないようだ。2人とも般若顔でイータに急いでと急かしている。その急かす目がとても怖い。

 

もたもたしていると2人に殺される

 

イータはそう感じた

 

イプシロンにこの付近に魔力の流れを感じないかと聞く。彼女は手をかざして集中していると、何かを見つけたようだ。イータはイプシロンに持ってきたアーティファクトを渡す。

 

このアーティファクトは、付近の魔力の流れを計測し、それを記録するものだ。これで作り出している空間の座標を割り出して、あとは外から壊して入るのが一番早い。本当は安全策を取ってゆっくりと壊す方が良いのだが、デルタが出来る限り急いだほうが良いと言う。

 

デルタは普段アホなのだが、こういう時の勘は外したことがない。獣人の勘というべきか。この時のデルタの忠告を無視したときは、決まってこちらが大変な目にあってきた5人はデルタの言うことを信じることにした。

 

イプシロンが感じている魔力の波長や強弱の記録を見て、イータは持ってきた紙に計算式を書いていく。紙には数字と記号の羅列で、走らせるペンの速さが、普段ゆっくりと話す彼女とは別人と思うくらいに早い。すぐに計算式を書いては、別の紙に続きを書き続け、ペンを置いた。

 

「座標、見つけた。 デルタ、そこ、思いっきり、魔力、込めて、殴る」

「ここですね! うりゃああああああ!!!」

 

デルタは拳に魔力を込めて、全力で振り下ろすと、突然視界がグラグラと揺れる! すると、さきほどの村とは違う村が視界に広がる。所々空間に穴が開いており、穴の先には、この視界が広がる前の光景が見える

 

あまりの揺れの強さに、ガンマとイータは一瞬で気絶してしまう。

 

ベータはとても気持ち悪そうに口を抑えている。揺れに耐えられなかったようで、吐いてしまった。気絶はしていないが、とても気持ち悪そうで、まともに戦えないだろう。イプシロンはベータほどではないが、気持ち悪そうにしており、魔力の糸をアルファに投げつける。アルファはイプシロンの心意を読み取り、その糸を指に結んだ。

 

気絶・行動不能を回避したのはアルファとデルタだけだ。アルファはベータとイプシロンにガンマとイータを回収してすぐに離脱するように言うと、イプシロンは2人を回収して、ベータと共にここから出て行った。

 

「デルタ、こっちよ」

 

アルファの人差し指には魔力の糸が繋がれていた。糸の先は、イプシロンが出て行った空間の方に伸びている。途中で糸が見えなくなる時があるが、しっかりと糸は伸びている。

 

「はいなのです! ボスの匂い…あぁぁ!!?? この臭い! 覚えがあるのです!」

「それって」

「泥棒猫の臭いです! こんなところにいやがったのです! 殺すです!」

「殺したら恐らくシャドウも死ぬわ。イータの話だと既に儀式を済ませている可能性があるとか」

「っう。そうでした…。こっちから臭うのです!」

 

イータが解析した結果、シャドウと中にいる人物には何かとても強い繋がりがあり、無理やり壊すと、どちらも死んでしまう可能性があるとのこと。解除方法も分からなかったため、下手な行動は彼女達の主を自らの手で殺すことになってしまう。

 

デルタは嫌いな臭いを追うと、川の方に出た。川は水害のように、水で溢れており、流れがとても早い。万一流されたら、外からの助けがない限り、脱出するのは不可能だろう。デルタは川の流れを見ると、顔をしかめる。常に死線を潜り抜けているデルタが顔をしかめるということは、アルファでも厳しいことが分かる。

 

「招かねざる客だね。帰ってよ。ここは私達2人の世界なんだから」

 

目の前にいるのは黄色獣人(猫)。見たことの無い顔だ。

 

「この雌猫! ボスを返すのです!」

「嫌だね。シャドウは私といてくれるって約束してくれた。契りも結んでくれた。君たちが帰れよ」

 

アルファとデルタは突然引っ張られる感覚がした。引っ張られる方向はベータたちが出て行った方向だ。まだ視界がグラグラとしており、奥にイプシロンが何か叫んでいるのが聞こえる。

 

「っ!」

「うわ! これなんなんです!」

 

2人は一瞬膝を地につきかけたが、すぐに立ち上がる

 

「貴方とシャドウ2人が出るではダメなの?」

「ダメだね。外はダメ。ここが私の望んでいた世界。だから出て行くのは君達2人だけ。そうでしょう? シャドウ?」

 

また引っ張られる

 

しかもさっきよりかなり強くなっている

 

シャドウは口を歪ませて何かブツブツ呟いている

 

「あ! ボスから離れるのです! この雌!」

「お前も雌だろ。それに私とシャドウは熱い夜を…にゃんにゃんしたし」

「あぁ?」

「「!?」」

 

さきほどから強い力で引っ張られていたアルファだが、それを聞いた瞬間、自分の中の何かが爆発し、引っ張られる感覚が無くなる。デルタも雄叫びをあげながら、何かを引きちぎる動作をする。

 

ゼータはとても驚いた顔をしていた

 

「あなた、今なんと言ったのかしら?」

「…っ! だからシャドウと私がにゃんにゃんしたのさ。お互い同意の上でさ。それがどうかしたのかな?」

「…そう。分かったわ」

「殺すのかい? まぁ、仮に私を殺してもシャドウが死ぬだけだし、それはそれでありだからさ。やるならどうぞ? 遅れたエルフさん?」

「アルファ様! そいつ嘘を言っている気配がしないのです! もしかしたら本当に…」

「噓つきの常套手段よデルタ。嘘は言っていないけど、本当のことも言ってない。隠していることがあるはずよ」

「…」

 

この世界を作ったのは目の前にいる獣人で、シャドウは彼女に招かれた者。そして無理やり乗り込んできたのはアルファ達だ。このままでは無理やり乗り込んできたアルファ達だけが追放されるだろう。

 

さきほどの眩暈は、ここから追放される予兆のようなものだと感じていた

 

「あのさ。勝手に話を進めないでくれるかな?」

 

今まで黙っていた男が口を開く

 

「待っててシャドウ。すぐにこいつらを追い出すから」

「シャドウ待ってて、今助けるから」

「ボス! デルタがいるからもう安心なのです!」

「だから話を進めないでってば。ゼータ。外じゃダメって理由はなに?」

「…前話したでしょ」

「うん。でもこの6人にも話してほしいなって僕は思う」

「どうしても? というか6? 2じゃなくて?」

「どうしても」

「…分かった。シャドウの頼みだから話す。外は終わりが来ないからだよ。いつまでもと信じていた日常はあっという間に崩れ、信じていた者達は裏切り、頼れる当てが消えて、いつまでも悲しい気持ちと寂しい声が聞こえるんだ。喰われるときの叫び声、殴られた時の鈍器の音、焼け崩れる家、目の前で血を流して動かなくなる家族。今言ったものを乗り越えても、また次の壁が、それを越えてもまた壁が出てくる。2人の言いたいことも分かるよ。それを乗り越えるのが人生とか、そういうことを言いたいんでしょ? でも私はそこまで強くないよ。なんで終わりの無い悲しみと寂しさと辛さを味わないといけないの? 楽しい時間もあるけど、それを天秤に乗せても余裕で悲しい方が傾くんだよ。楽しい時間に熱中すれば良いとか思うでしょ? 私も最初はそうしたよ? けど熱中してる時に思い出すんだよ。あのときの気持ちが。寝ているときとか特にそう。突然目が覚めて、何だか怖い物が自分の身体を包んでいる感覚。あれが常に付きまとうんだよ。それを乗り越えろって言いたいんでしょ? 何度も乗り越えてきたよ? でも私1人じゃ潰れちゃうんだよ。大人しく消えてろと言いたいんでしょ? 消えるのは嫌だよ。目の前で動かなくなった両親を見たんだ。今まで聞いた声が、笑う時の声が、抱きしめてくれる二の腕が、全部動かなくなったんだよ。もう二度と私に声を聞かせてくれない、笑ってくれない、抱きしめてもくれない。みっともないとか思っているでしょ? 私だってそう思うよ。克服しようと頑張ったよ。でも、頑張れないよ。いつまで頑張ればいいのさこんなの。だからシャドウ、ずっと私の傍にいて。私に声を聞かせて。私に笑顔を見せて。私を笑わせて。私を夢中にさせて。私を見て。私を抱きしめて。私を愛して。私と遊んで。私と一緒に寝て。私もシャドウに声を聞かせるから。私の笑顔をシャドウに見せるから。私がシャドウを笑わせるから。私がシャドウを私に夢中にさせるから。私はシャドウを見続けるから。私がシャドウを抱きしめるから。私がシャドウを満足させるから。だから私を愛してほしい。他の誰よりもシャドウにとって一番になるって約束するから。私シャドウの為になんでもできるよ? 死ねというなら喜んでシャドウの為に死ねるよ? 出来るならシャドウに殺されたいけどそれは無理な相談だよね…分かってるよ。私をシャドウで閉じ込めて欲しい。溢れないように完全にシャドウの中に私を閉じ込めて欲しい。その代わり私もシャドウを閉じ込めたい。二度と私から抜けられないように、出口を無くしたい。私の中にずうっといてほしい。どこにも行かないで。ねぇ、シャドウ何か言ってよ。私は私を保てないよ。お願いシャドウ、私が崩れちゃう、私が消えちゃう、私が、私が、消えちゃう…」

 

「「「「「「…」」」」」」

 

アルファとデルタは声を出せずにいた。外ではガンマとイータが目を覚ましている。イプシロンがアルファの指に繋いだ魔力の糸を分けてベータ・ガンマ・イータの3人の指に結び、彼女の声が聞こえるようにしてある。糸電話のように魔力の糸をイプシロンが引いていたのだ。彼女は魔力の緻密なら、6人の中でダントツだ。

 

彼女達はゼータを否定することはしなかった

 

彼女の叫びには、アルファとデルタの2人に…いや、外で待っているベータ・ガンマ・イプシロン・イータの4人も覚えがあるからだ。

 

それはシャドウに会う前の自分の考えや気持ちだ

 

ゼータのように、全身が冷たく、何もかもが真っ暗な世界。自分に明日が来るのか、仮に来たとしてもいつか死ぬと分かり何もする気が無くなる絶望感と虚無感。彼女の叫びは、6人がシャドウと会う前の気持ちを思い出させた。

 

そして6人とも共感したのは

 

殺されるならシャドウに殺されたい、シャドウを閉じ込めたい、シャドウに閉じ込められたいという3つだった

 

他の部分にも共感したが、6人全員が共感したのがこの3つだった

 

「…? あれ? 6つ反応してる。目の前にいる2人だから…あと4人? ねぇ、君たちも私と同じなんだね。良かったら来る? ここは夢の世界だからさ。あ、シャドウは私だけの物にするけど、みんなに会わせないわけじゃないよ。ただ私の時間を最優先にしてもらうけど。シャドウ以外の部分は融通してあげられるよ?」

「違う」

 

シャドウがぴしゃりと言い放った

 

「…何が違うの?」

「ゼータが言ったように、世界は悲しみと惨劇に包まれている。それも見えないようにだ。淘汰される者達はいつだって陰で葬られ、その存在を忘れられる」

「その通りだよ。だからさ」

「それを解決するのが我の仕事だ」

「…シャドウ?」

「ゼータ。貴様といた時間。悪くなかった。だが、ここには足りないものがある」

「…」

「それは、貴様が顔を上げていないことだ。この世界は自分の理想通りのことが叶うため、顔を上げることをいつの間にか忘れてしまう。夢中になるものはいつだって顔を下に下げて集中しまいがちだ」

「それがどうしたの。それでいいじゃん。それの何がいけないの」

「顔を上げなければ、いつまで経っても顔は陰で覆われる。陰は黒い。黒いということは何も見えない。何も見えないということは、恐怖に狂う。そうなれば、いつまでも昔の記憶に怯え、恐怖の波に攫われ溺死する。既に溺死していることに気付いていない生きる屍と化すであろう。現にゼータ。貴様は理想卿にいながら、なぜそんなに身体が震えているんだ?」

「え…あ…」

「我が隣にいながらも、貴様はいつも何かに怯えていた。嫌なことを忘れるように我に縋っても、最後には泣いていただろう」

「…」

「いつも貴様の笑みは陰を浮かべていた。その陰は、貴様の不安と恐怖の表れだ。故に、我が狩ってやる」

「?」

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者。我は陰に潜み、無差別に淘汰する者達を陰から、貴様たちのように淘汰された者達の顔にできる陰を狩ってやろう」

「っ…本当にそんなことが出来るの?」

「無論。貴様の陰も狩ってやる。その証拠を見せてやろう」

「!?」

 

シャドウはいつの間にか黒衣のスライムスーツを身にまとっていた。そしてスライムソードを取り出す。スライムソードの切っ先には膨大な魔力が込められていく。

 

全身に纏っている魔力を切っ先一点に集中していく。通常の戦闘でこれをやると、魔力を纏っていない部分に攻撃を受けたら致命傷になるが、その分一点に魔力を集めることで、攻撃力と防御力を激増することができる。そしてシャドウはこの世界では、魔力が圧倒的に多い。それこそ、アルファ・ベータ・デルタ・ガンマ・イプシロン・ゼータ・イータの7人の魔力を合わせても全く届かないほどに多い。

 

「ある男の話をしよう。その男は自身の肉体のみで核を無効化する方法を考えていた。しかしどうやっても、核を無効化する方法が思いつかなかった。右手で全力で殴っても、爆発に巻き込まれる。一瞬で1000回以上キックしても無効化出来ない。様々な思考を重ねた」

 

剣先に魔力が大きく膨れ上がる

 

アルファとデルタですら、冷や汗を欠くほどだ

 

ゼータは後ずさる

 

「そこで男は思いついた。そもそも無効化する必要があるのかと。自身の肉体のみで核を相手にする必要になることはないことに気付いた。物理的な物も、非物理的な物もすべてに通じる方法を見つけた」

 

魔力量が更に跳ね上がる 

 

「その方法が」

 

視界が青紫の魔力で覆われていく。アルファ達はシャドウの姿を認識できない。かろうじて声が聞こえたが、ボソッと何かを言った程度にしか聞こえなかった。

 

「アイ」

「アムゥ」

「アトミィック」

 

 

その瞬間、世界が青紫一色に染まった

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陰の実力者ってこれでいいのか?

最終回です。 あとは一つだけおまけ話をやって終わりになります。読んでいただきありがとうございました!


 

「…」

「ゼータ。貴方は私達と来なさい」

「…シャドウを誘拐したわけだけどいいの? えっと…アルファだっけ」

「お前! アルファ様を呼び捨てするなんて失礼だ!」

「だって私アルファ達の仲間じゃないし」

「腐敗者。あなたもそうだったんでしょう? 私達6人もそうだった」

「…」

「もうダメだ、死ぬんだと思ったらシャドウに出会った」

「…」

「私達は彼に助けられた恩を返したい。彼の願いを叶えたい。彼を支えたい。あなたはどうなの? 今あなたは、ゼータはシャドウのことをどう思っているの?」

「ゼータ…か」

「あれ? 本名じゃないです?」

「シャドウに名づけられたんだよ馬鹿犬」

「なんだとぉ! やっぱりお前潰されたいです!?」

「デルタ」

「…はい」

「私は…シャドウの隣にいたい。死ぬまで一緒にいたい。ああして巻き込んだけど、一緒にいるうちに本当に好きになった部分もあるから」

「その好きな部分ってどんなところですか?」

「?」

「あるんですよね? ほら早く」

「べ、ベータ? 何か怖いのです…」

 

今まで黙っていたベータがゼータに話しかける

 

瞳に光がない

 

さきほどまで気持ち悪そうにしていたのが嘘のようだ

 

ゼータはふっと笑うと

 

「沢山あるけど、一番好きなのはシャドウの剣だね。あの綺麗で美しい剣捌き。まるで剣で舞をしているようだった。無駄のない最小限の動き、必要最低限の攻撃、回避するときも品がある。あとシャドウの匂いが好き。匂いを嗅ぐと身体がとても熱くなるんだ。全身が燃えあがるくらいにさ、頭がどうにかなっちゃいそうだったよ。シャドウと交わるときさ、思わず声が沢山出たんだよね。はしたないと思われないように口を塞いでいたんだけど、尻尾の付け根をゆっくりねっとり撫でられてとても気持ちよかったんだよね。それから耳の触り方も好き。優しく撫でてくれて、時々息を吹きかけてくるんだけど、その時の悪戯が成功したシャドウの顔がとてもカッコよくてさ。もうなんでも許せちゃうみたいな? 私がシャドウの身体に匂いをつけるときも、なんやかんや受け入れてくれて…本当に素敵だったな。それからうわっ!? 何するんだ!?」

 

恍惚な顔をするゼータだったが、突然アルファに攻撃されたのを間一髪で避ける

 

何故かアルファ以外の連中もそれぞれ武器を構えている

 

全員の瞳は静かに暗く燃えている

 

無表情で、それぞれの武器をゼータに向けていた

 

間違いなく彼女達はゼータにキレていた

 

ちなみに肝心のシャドウはこの場にいない。いつも通りの陰の実力者ムーブをかまして満足したので、どこか遠くへ去って行った。だからこの場にいるのは、主を強く思う娘たちだけだ。もしシャドウがこの場にいたら、綺麗と可愛い女の子のガチギレの殺意に恐怖し、理想郷を作って逃げていたかもしれない。

 

「随分とお楽しみだったそうね?」

 

アルファが皆の代表でそう言うと、ゼータは顔を真っ赤にして頬に手を当てながら

 

「シャドウすごかったな…本当に…ふふ」

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 

ベータは構えていた武器を落とし、膝を地面につけ、頭を掻きむしりながら、泣き崩れる。大好きな主との秘め事を想像したベータには刺激が強すぎた

 

「お前みたいな雌猫にボスが満足するはずないです!」

「馬鹿犬じゃ相手にされないだろうからね。馬鹿犬には分からないでしょ」

「きぃぃ! なんですこの雌猫! 勝負するです!」

「良いよ。来なよ」

 

デルタは地を蹴ってゼータに突っ込むと

 

「あ、シャドウだ」

「ボス!?」

 

デルタは明後日の方向を見てしまい

 

「隙あり」

「げふっ!」

 

かなり良い角度に蹴りを決めた。いくら戦闘能力が高くても、致命傷な部分に攻撃を受けてしまえば

 

ドサっ

 

デルタが気絶した

 

「さてと」

「ねぇ…マスターと…したんだよね…どんな…感触…だった?」

「感触? くすぐったかったかな」

「痛いとか…裂けそうとか」

「ん? 無かったよ?」

「…にゃんにゃん?」

「そうにゃんにゃん。こう、片手を少し上に上げて、円を回すように動かしながらシャドウに撫でてもらうの」

「…なんだ…違った…なら…いい」

 

イータは静かに武器を下ろした。彼女から発せられる先程の圧も全くなくなっている

 

「?」

「…私…別に…ゼータ…興味…ない。データ…増えない…やる理由…ない…」

「奇遇だね。私も君に興味ないかな」

「そう」

「興味がないことは気が合いそうだけどね」

「ん…。ゼータ…私より…弱い…というか…ほんと…使えない…」

「?」

「アーティファクトの使い方…全然…ダメ。あれは…確認されたアーティファクトの中で…数少ない人を閉じ込める類のもの。それも…マスターほどの人…捕まえることができる…希少なアーティファクト。唯一無二の…アーティファクト。それ…無駄使いした…ほんと…使えない。まだデルタの方が…使える…かも。馬鹿だけど…時々思いもしない使い方する…デルタの方が…まだマシ。マスター…捕まえるなら…もっと…工夫しないと…頭…残念? デルタより…馬鹿?」

 

ゼータはイータに刃物を投げるが、イータは動じずにそれを弾いた

 

「スライムか」

 

イータはスライムスーツの上に更にスライムを重ねていた。その追加されたスライムは攻撃される箇所に当たる瞬間、一瞬で一点に凝縮され、とてつもない装甲を持っている。

 

スライムスーツはどんな過酷な環境でも異常なしで行動できる性能がある。また伸縮性に優れており、締め付けられる感じが全くない。更に、鎧のように身を守る装甲も兼ね備えてある。

 

イータは自身のスライムスーツを改造しているため、アルファ達6人の中ならダントツの装甲を持っていた。その代わり、重量が増えるため、機動力では最下位になる。それでも、6人の中で最下位なだけで、この世界では十分に速い。

 

「そう…スライム。汎用性…高い。あのアーティファクト…かなり強い…普通…脱出出来ない。マスター…絡繰りそのものを…壊した…。やっぱり…マスター…すごい。私が…マスター…閉じ込めたかった…」

「…」

「ゼータ…マスターより弱い…興味…ない。ん」

 

ゼータはイータを睨むが、イータはもうゼータに興味が無くなったようで、欠伸をしている。こいつと話しても意味がないと思ったゼータはアルファに話しかける

 

「アルファだっけ? 君は私に何か言いたいことあるの?」

「そうね」

 

アルファが手をあげると、ガンマとイプシロンは武器を下ろした。不服そうではあるが、最悪のことにはなっていないため、今は話を進めることに同意した。

 

「結局はシャドウの支えになりたいということでいいのよね?」

「うん」

「なら私達と来なさい。シャドウがやろうとしていることは、人手がいるし、能力が高い人材も必要よ。彼を支えるには1人でも戦力を増やしたいから蹴落としている場合じゃない」

「そもそもあんたらどういう集団な訳?」

「言ってなかったかしら。我々はシャドウガーデン。シャドウが世界を庭のように歩けるように、手入れをする庭師の集まりよ。もちろん、手入れといっても、本当に幅広く手入れするけどね」

「なるほど。そういうことね。確かにシャドウには私が綺麗にした場所を歩いて欲しいな」

「それは私達6人も同じ考えよ。そしてみんな1人ではそれを成し遂げることが出来ないから組んでいる。あなたもそうでしょう?」

「…気に食わないけど確かに私1人じゃ無理だね。現にここから逃げられちゃったし。本当に気に食わないけど。話は分かった。なら入ろうかな。シャドウガーデン。いっとくけど、私はシャドウ最優先だから。アルファの命令全部聞くわけじゃないからね」

「聞かないならその時はシャドウにゼータの活動を話して助言を求めるから大丈夫よ。安心して」

「…そうかい。じゃあ安心するために働くとしますよ。というかそっちの…ベータだっけ? いいの?」

「しばらくしたら戻るわ。いまイプシロンが音色で精神安定させているところだから」

「音色?」

「特定の音域を聞かせることで落ち着かせる技術の1つよ。誰でもできるものじゃないわ」

「確かにそうだね。私には出来ないや。あれ、遺跡がなくなってる。アーティファクトもなくなった。これって」

「シャドウね」

「主か。流石だね」

「…アーティファクト…消滅…もう取り戻せない…はぁ…」

 

露骨に落ち込むイータ

 

アルファはイータを気にせずゼータに付いてくるように言う

 

「えぇ。さぁ行きましょう。いつまでもこんなところで時間を潰さないで、会議や訓練やらやることは沢山よ。行くわよガンマ」

「はいアルファ様。私はガンマ。資金面なら力になるのでよろしくお願いしますゼータ」

「よろしくガンマ」

「向こうで音色を鳴らしているのがイプシロン。彼女は音楽や作法が得意です。音色を聴いているのはベータ。私達の活動の補助と小説家として活動をしております。デルタは戦闘と縄張り全般を任せており、イータは建築や技術を、アルファ様は全体の指揮を担当しております」

「なるほど。私は潜入が得意だから、そういう感じの任務なら任せて」

「わかったわゼータ。さぁ、私達のアジトに案内するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はこの世界に来て色々な経験をした。転生前では陰の実力者になれなかったが、今では魔力を通じて様々な事件を陰から介入し、実力を見せている。今日はどんな風に陰に忍び込み、モブとして演出してから実力者になろうかなと考えていると、アルファ達7人がやってきた。

 

何かを堪えているような顔を全員しているけど…なんだろう

 

「シャドウ。大切な話があるの」

「何かな?」

 

もしかして、何かイベントを見つけたから僕を誘ってくれたのかな?

 

ワクワクしてきたな~

 

「私達は一度貴方の下から離れることにしたわシャドウ。このままだと私達は目的を遂げることが出来ないと判断しての選択よ」

「今まで育てていただきありがとうございましたシャドウ様。ベータ、これからも頑張ります。シャドウ様のお役に立つため、これからも日々精進します」

「ボス! お別れが来たのです! デルタもっと強くなる!」

「主様。沢山のことを学ぶことが出来てとても嬉しかったです。それとあれについてですが…ふふ、必ず返しますので、少しの間お待ちください。必ずや返しに行きます」

「主様! 私を助けていただき、私の演奏を褒めて抱きありがとうございました! 主様に助けられたこの命、使命を全うするために全力を尽くします!」

「主。私のワガママに付き合ってくれてありがとう。顔をしっかり上げるために、私は主から一度離れることにするよ。このままだとまた顔を下に向けちゃうからね」

「マスター…気になる研究…取り組む。かなり…長くなる…。だから…頭の解剖…大分…遅くなる…ん…ごめん。絶対…解剖する…待ってて」

 

7人の瞳には強い決意を感じた

 

「私達、今のままだとダメになると話し合ったのよ。だから一度あなたの下から離れて、一から頑張ってみることにするわ」

「……え、え?」

「必ず貴方の下に戻るから……じゃあね。みんな、行くわよ」

 

ベータ・デルタ・ガンマ・イプシロン・ゼータ・イータは振り返ることなく、そのまま前に向かって歩き出した。アルファが最後尾を歩き、一度だけ僕の方に振り返る。

 

その時の顔は、少し不安そうな顔をしていたが、同時に強い目標を掲げて前に進もうという意思を感じた。僕を見て一瞬だけ微笑んだ。

 

「~~~」

 

彼女は何かを呟いた後、前に向かって歩き始めた。

 

彼女達が振り返ることは無かった。

 

 

 

異世界にまで来て僕は陰の実力者を目指してきた

 

転生前と違ったアプローチをいくつか取ってみたが、また僕だけが残ってしまった

 

やり方をいくら変えても、結局1人になるのだろう

 

皆僕の下から離れたのだから、陰の実力者はアホらしいと考えたのだろうか?

 

一緒に陰の実力者を目指すものだと思っていたけど、それより叶えたい目標が出来たということだろうか?

 

彼女達の使命を果たした後に、僕は彼女達と共に盛り上がれるだろうか?

 

 

盛り上がれるでしょ!

 

だって僕が鍛えたようなものだし!

 

師匠と弟子7人の再会

 

そこからお互いがいなかった時間を語り合う

 

それも粋なものだね!

 

人によって陰の実力者の定義なんでそれぞれだし、1つに決める方が押しつけがましいものだ

 

陰の実力者ってこれでいいのか?

 

陰だから決まったやり方に囚われるのは陰の実力者とはいえない

 

僕は僕の考えで陰の実力者を目指す

 

彼女達は彼女達の考えで陰の実力者を目指す

 

だからこれでいい

 

僕は彼女達の姿が見えなくなるまで見続けた

 

空が暗くなる

 

さぁ陰の時間だ!

 

僕は鼻歌を歌いながら黒衣のスライムスーツに着替えて走り出した

 

そういえばあの時のアルファ

 

「~~~」

 

って言ってたけど

 

…まぁいっか!

 

考えるのは後にして盗賊狩りだぁ!

 

ヒャッハー!

 

 




もしよければ評価・感想お願いします



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陰庭の日々

一応これで終わりです。また機会があったら何か書こうと思います。ありがとうございました。


 

私は、人間としては珍しい腐敗者になってしまい、それにより迫害されていたところをシャドウガーデンという集団に助けられた。助けられた先では、私が置かれていた状況を説明していただき、自分もシャドウガーデンに所属することを決意した。仮に入らなかったとしても、腐敗者の末路は決して碌なものではないため、入らない理由など無かった。

 

シャドウガーデンとは、我々の主であるシャドウが世界を庭のように過ごせるようにするための集団だ。そのためにはあらゆる力が必要となる。戦闘・商業・産業・経営などを前提に、それぞれ得意なことを見つけ、苦手な物を組織で補い合っていく。そしてシャドウ様を楽しませるために日々精進している。メンバー全員腐敗者の経験があり、同じ境遇であったことと、今までの人生では決して得られることの無かった力が手に入ったため、仲間意識は非常に強い。

 

腐敗する前は、失明だったり、身体の一部が無くなっている・機能しない者も大勢いたが、七陰の解呪力(シャドウ様が編み出したと七陰は言っていた)は、それを治してくれたのだ。目が見えない者は、目が見えるようになり、耳が聞こえない者は耳が聞こえるように、手や足が無くなっていた者は、手や足が生えて無くなる前と同じように動かすことができるように、消えない火傷や刃物で刺された痕は消えるなど、完全に治ったのだ。

 

喧嘩することもあるが、それが尾を引くことはなく、ガーデン内では笑顔が絶えることはない。むしろ腐敗前よりもとても楽しい。とても幸せだ。

 

私はシャドウガーデンのナンバーズの幹部となっている。ナンバーズとは七陰の部下だ。上からシャドウ様、七陰、ナンバーズ(幹部)、ナンバーズとなっている。今ではメンバーは全員で600人を超えている。

 

ガーデンの拠点はある大きなゴーストタウンだ。そこはとてつもなく強い竜を倒すか説得して通らなければならない。ただ通るだけなら不可能ではないが、その都市には強い毒がかけられており、竜に取り除いてもらわないと死んでしまう。先に来た七陰が竜を説得してすぐに毒を解除して明け渡してくれた。

 

ちなみに、以前竜にどのように説得されたのかを聞くと、竜は震えて何も言わなかった。肩を叩かれる。後ろを振り向くと、そこにはにっこりしたアルファ様がいた。

 

ただただ怖かった

 

腐敗者として追われる時以上の恐怖と不安しかなかった

 

それから竜にその質問をすることは無かった

 

竜とは前よりも仲良くしたいと思った

 

 

 

 

 

ガーデンの庭には、大きな像が建てられている。黒衣のスライムスーツを着たシャドウ様の像だ。朝になると、シャドウガーデンのほとんどが(任務中でいない場合や、イータ様のような研究者は時々こない)像の前に跪き、目を閉じて、両手を祈るように繋ぐ。

 

イータ様の話だと、この祈りの力を魔力に変換して、設備の動力源になっているらしい。なんでも感情の振れ幅を利用し生まれたエネルギーを回収すれば、石炭や風力・水力などに頼りすぎることのない、私達がシャドウガーデンである限り、決して尽きることの無い永遠のエネルギーを得ることができるとか。実際どのように作られているのか、一度説明をしていたが、ほとんどの者が最初から何を言っているのか分からなかった。

 

かろうじてアルファ様・ベータ様・ガンマ様・イプシロン様・ゼータ様、イータ様の部下の研究者はうんうんと唸りながらも理解はしたらしい。自分では実現出来る気がしないとも言っていた。

 

像だけでなく、動くシャドウ様人形も作り上げた。元々はベータ様のシャドウ様人形を等身大にしていたのを、イータ様が自立できるように肉体を調整し、イプシロン様が聴き手に心地よい響きを持たせるために声の波長や強弱を調整した。

 

それを見たアルファ様とゼータ様が同時にシャドウ様人形の運用を思いついたらしい。2人は先に自分が思いついたと揉め、かなり場がピリピリしていたとベータ様が教えてくれた。デルタ様が「順番何てどうでもいいのです」というと、七陰の6人が良くないと叫びながらデルタ様を睨んだらしい。

 

デルタ様はアルファ様におやつを抜きにされて落ち込んでいた

 

シャドウ様像は、話しかければ答えてくれる、向こうから話しかけてくる、手を触れ合う、抱きしめ合う、一緒にご飯を食べる、一緒にお風呂に入ることもあれば、一緒の布団に入ることも、夜の時間を楽しむこともできる。

 

ただ、これは誰でも出来るわけではない。七陰の七人は使えるが、ナンバーズ(幹部)とナンバーズは成果を出さないと使えないのだ。しかも一度使うと、ある期間を過ぎるまでは使えない。七陰の話だと中毒性が高すぎて任務どころではなくなるからだそうだ。

 

 

アルファ様に聞いた時は、これを作る時はとても大変だったようだ。六人の意見がぶつかり合い、誰も譲り合うことがなく、作っては直すの繰り返しだったらしい。だが同時にとても楽しかったとも言っていた。大好きな人のことを皆で話し合う時間は何よりも楽しいとアルファ様は言っていた。

 

どんな感じの会話だったかと聞くと、こんな感じだったらしい。

 

「ちょっとイプシロン! シャドウ様の身体はこんなものじゃないでしょ!? こことか、筋肉がとても綺麗で逞しいのよ! これじゃ黄金比が成立しないじゃない! 馬鹿なの?」

「そういうベータこそ、何この主様の声? 萎えるわ。あのお方の声の波長や強弱に全く分かっていないじゃない! その耳は飾りなのかしら? あぁ、ごめんなさい。必要な養分がある一か所に余計に付いているものね? それに、馬鹿は馬鹿だと気付かないものねぇ~? ごめんなさぁいー」

「ちょっとイータ! なんで主様の性格がこんなにサイコパスなのよ! 主様の性格はこんなのじゃないわ!」

「うるさいガンマ…。ガンマのは…ただのダメ男…。聞く側…養うだけ…。マスター…こんな感じ…。私と…一番…気があうから…つまり…これでいい。私が…マスターの…最愛の…理解者」

「この雌猫! とっととくたばるのです! ボスの戦い方はそんな卑怯な手を使わないのです! 真正面から敵を薙ぎ払うのです! デルタは見たのです! 大きな力で全てを消し飛ばしたのです!」

「うるさい馬鹿犬。主の洗練された戦い方を見ないでどこを見ている? その目は飾りかな? あの剣で舞うように戦う姿は、他の何にも替えることの出来ない唯一のものだよ。分かったかな、わんちゃん?」

 

ああだこうだ がやがや わーわー

 

がしゃがしゃ どっかーん バリバリ

 

グサッグサッ バコッバコッ パリンパリン

 

アルファ様は特に6人と言い争っていないようだ。ゼータ様が、「アルファ…なんか高みの見物してるんだよね…なんか気に食わないなー。しかも抜け駆けしやがって…」と1人ボソッと呟いていたのを聞いてしまったが、私は何も聞こえなかったので、何も問題ない。 

 

私は七陰の皆さんがそんな楽しそうに会話をしているところは見たことがありません。そもそも七陰の全員が揃っているところに私がいることなど、本当に数少ない。あるとしたら、初めてシャドウガーデンに所属して挨拶するときくらいです。

 

任務を続けているとある教団の話になりました。ディアボロス教団。魔人ディアボロスの復活を目論む集団で、もし復活したなら巨大な力を手に入れることが出来るらしい。永遠の命ができるかもしれないそうだ。

 

腐敗者を排除するのは、腐敗者達が英雄の血族である可能性が高いため、自分達の目論みを邪魔される恐れがあるからだ。

 

それは好都合な話だった。奴らを追えば、更に腐敗者を保護して人員を強化できるし、助けることもできる。そして何より巨大な力をつけてしまえば、シャドウガーデンの目的も達成しやすくなる。

 

シャドウ様を永遠にすることができる。

 

シャドウ様を永遠にすることは七陰も、ナンバーズ(幹部)も、ナンバーズ全会一致で賛成した。

 

ただ見逃せない問題もあった

 

それはその教団の被害者になる者達だ。腐敗者はもちろん、人を攻撃したことのない、ごくごく一般的な生活を送っている者達が生贄になるのは我々も望んでいない。だから、生贄はこちらで選ぶことにした。

 

アルファ様は、部下の育成とシャドウガーデンにとって有益な動きを考えるため、生贄候補は他の七陰6人に全面的に任せた。

 

ベータ様は、小説家として新聞社と深く関わりがあった。新聞社には、報道されていないだけで、隠された悪事が沢山ある。そこから生贄を見繕ったのを5人に伝えた。

 

デルタ様は、縄張りに入ってきた動物を眷属にした。命令違反は躊躇いなく生贄にした。従順なら餌を適度に与えた。餌はゼータ様から貰ったものを使った。

 

ガンマ様は金融に深く関わりがあるため、悪さをした生贄の雀の涙ほど残している財産を徹底的に奪う。賭場などで汚い金を綺麗な金にして上手い具合に活用している時もあった。

 

イプシロン様は、心から音楽を楽しまない人達が金儲けなどで音楽を利用しようとする者達を自身の演奏で夢中にさせて、審査をして通った者を生贄にした。審査を通らなかった者には何もしなかった。

 

ゼータ様は、盗賊を徹底的に捕獲して、他で悪事をしている奴を襲わせた。死ぬならそれでいいし、死なないで仕事をしてくれるなら自警団にさしだして懸賞金を貰う。そして懸賞金を貰った後に、そいつらを逃がしてまた懸賞金がかかるならそれで捕獲してと繰り返す。懸賞金が出ないなら、適当にその辺に放置して、襲った奴がいるならそいつを生贄にした。襲った奴が刑務所から出るたびに生贄を作り、もうそれが襲われることがないならそれの臓器を売った。死体でも猛獣の餌になるため、縄張りに放り投げて、それを食している猛獣を生贄にした。時々量が多いからデルタ様に渡していた。

 

イータ様は、シャドウガーデン全体の連絡手段を用意した。いくら、沢山の生贄を用意しても、状況次第では表にシャドウガーデンの存在を知られる可能性があるため、それを防ぐために用意した連絡手段である手のひらサイズの四角い板が作られた。この四角い板にある波長と強弱を使い分けることで、それぞれの板を通して会話をすることができるようだ。作られた板は沢山あり、それぞれ、別の強弱と波長が設定されている。これを利用し、自分と相手との魔力を通じて声を通す道具のようだ。あらかじめ設定されているため、イプシロン様のような魔力の扱いに長けていなくても、使える代物である。ただ、それなりに魔力の扱いが出来る人ではないと使えないため、使用者は限られるものの、魔力を通して使えば、距離があっても使える画期的な発明だった。

 

我々の望む部分は教団の補助をしつつ、望まない部分は邪魔をした。望む部分の生贄を良い感じに用意するのは少し大変だった。失敗しても、アルファ様の指示により全て巻き返せた。

 

そうして組織の力をつけていくと、ある事件が起きる。なんと教団がシャドウ様の実姉に手を出したのだ。シャドウガーデンとしては、実姉はどうでもいいのだが、シャドウ様が落ち込むのはなんとしてもどうにかしなければならない。シャドウ様に世界を自分の庭にしてもらうのだから、ここは私達が頑張らないといけない場面だ。

 

シャドウ様のお手を煩わせることなく、ガーデンの戦闘組が殲滅することに。教団が動いたお陰で、潰したい部分のほとんどが表れてくれた。確実に潰すため、なんと七陰全員が戦闘に参加するらしい。

 

アルファ様とガンマ様の指示により、各員配置について戦闘開始。殲滅が終わった祝勝会では、七陰の七人についての話になった。とても強かったらしい。私はナンバーズ全体の補助に回っていたため、詳しいことは知らなかったが、それぞれの七陰についていったナンバーズが教えてくれた。

 

「誰を敵に回したのか分かっているのかしら? 悪いけどあなた達はここで潰れてちょうだい。その方が世界のためよ」

「弱きになっちゃだめよ。私はただついていくだけじゃない。一撃で倒す!」

「喜ぶのです! お前達は選ばれたのです!くたばれなのです!」

「借金返してもらいます!」

「初めてあんな熱い気持ちを込めて演奏してくれた主様のお役に立てるように証明するの!」

「主の邪魔をするやつはぶっつぶす」

「お前達…被検体…人権…ない」

 

ナンバーズはうっとりとした様子で、七陰のことを話していた。みんなキャーキャーと黄色い歓声を上げている。私もキャーキャー叫び、誰のセリフに心打たれたか論議もした。

 

とても楽しかった。

 

 

 

こうして今もシャドウ様のお役に立てるように皆日々精進しています

 

これから任務だ

 

この続きはまたいつか書こう

 




完結したので、よければお気に入り・評価・感想をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。