ランサーとバゼットのルーン魔術講座 (kanpan)
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ゲルマン共通ルーン24文字
氷《isa》


原作にはあり得ない夏の日。


 ものすごく暑い、ある夏の日のこと。

 

 ランサーが街の偵察を一通り終えて一旦隠れ家に戻ってくるとバゼットが床に倒れていた。

 

「バゼット! おいバゼット!!」

 

 ランサーは慌ててバゼットを助け起こす。

 バゼットの体がすごく熱い。

 ランサーはとっさにバゼットのジャケットを脱がせて、ネクタイも外し、シャツをはだけて 気道を確保した。

 首筋や額は玉のような汗に濡れ、彼女は苦しげに熱を帯びた呼吸をしていた。

 

 一体、バゼットに何が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ家に帰ったらマスターが、死んだふりをしています。

 

 バゼットは単なる熱中症でぶっ倒れていました。

 アイルランド人の2人は日本の暑さが苦手です。

 

 ランサーはとりあえず彼女をソファーに転がした。

 

 ランサーがテーブルの上にあったラジオをつけたところ、ちょうどお天気情報の時間であった。

 

「本日の冬木市の最高気温は35度……」

 

 黙ってラジオを消す。

 アイルランドの夏の最高気温はせいぜい20度である。

 

「やれやれ、この国の夏の暑さには慣れませんね、ランサー」

 

 ようやくバゼットがソファーから体を起こした。額には氷を入れたビニール袋を乗せている。

 

「まったくだ。けどよ、バゼット。アンタのその格好だと余計暑いんじゃないか」

 

 バゼットはこの夏日に相変わらず長袖長ズボンの黒スーツにきっちりネクタイ姿である。

 

「暑いからといって服装を乱すのはよくありません。服装の乱れは心の乱れ。暑さなど気合いで克服です」

 

 バゼットは毅然と反論した。

 だが額の上に氷をのっけている状態ではまったく説得力がない。

 

「あ、そうだ。この国にはクールビズってものがあるらしいぜ、バゼット」

「あれはオヤジくさいから嫌です!」

 

 ランサーの現実的な提案は間髪入れずにバゼットに拒否されたのだった。

 

 

「それにしてもよー。なあ、バゼット。なんでこの家にはクーラーがないんだ?普通の家には付いているもんだろうが」

 

 部屋の中をぐるっと見回してランサーが問う。

 バゼットが困った顔で答えた。

 

「この家は古いので付いていないのです。何しろ70年前に作られた屋敷ですから。

 しかし、ランサー。あなたはなぜそんな現代の知識を?」

「聖杯の知識さ!便利だろ?」

「実に便利ですね。クーラー取り付けの手配をするとして、当面の問題は今の暑さをどうやって凌ぐかです」

 

 ランサーとバゼットは共に腕組みしてうーん、と考えこむ。

 

「そうだ!」

 

 ランサーがぽん、と手を打った。

 

「でっかい氷をつくって部屋の中に置けばいいんじゃねえか?」

「なるほど。手っ取り早いですね。その手でいきましょう」

 

 とバゼットも頷いた。

 

 ランサーとバゼットは部屋の空いているスペースの床の上にルーン文字を描いた。

 そして2人で同時にルーン魔術を発動する。

 

「「氷結(isa)!」」

 

 部屋の中に巨大な氷の塊が出現した。

 

「それにしてもランサー。この氷はちょっと大きすぎましたね」

 

 バゼットは目の前の氷の塊を眺める。それは部屋の3分の1のスペースを占領してしまっていた。

 これではクーラーがわりというよりも、むしろ部屋が冷蔵庫化している。

 

「そうだなあ……。必要な分だけ残してあとは捨てるか」

 

 ランサーは槍をつかって氷をギコギコと解体しはじめた。

 その反対側ではバゼットが余った氷をガシガシと拳でなぐって粉々に粉砕する。

 その姿をみたランサーはぼそっとつぶやいた。

 

「バゼット、アンタまるでかちわり氷製造機になってるな」

「ランサー、かちわり氷とは?」

「そういう細かく砕いた氷のことをこの国ではそういうんだよ。あ、これも聖杯の知識な!」

 

 そこまで言って、ランサーはまたぽん、と手を叩いた。

 

「いいアイデアを思いついたぜ、バゼット!ちょっと街まで買い物にいってくるわ」

 

 と言い残してランサーは出かけてしまった。

 

「ランサーはいったい何をするつもりなのでしょう……?」

 

 取り残されてしまったバゼットはぽかんとしつつも、引き続き機械のようにガシガシと氷を粉砕し続ける。

 

 ほどなくしてランサーは買い物を終えて戻ってきた。

 手に抱えているのは何やらペンギンの形をした機械と、青と赤のシロップである。

 

「これはなんですか、ランサー?」

「これはかき氷機というものだ。

 これにそこのかちわり氷をいれて、ハンドルを回せばかき氷の出来上がりだ。

 この国の夏の風物詩らしいぜ」

 

 ランサーはバゼットが製造したかちわり氷をペンギンの頭から投入して蓋をし、ガリガリとハンドルを回す。たちまち白く細かい氷の粒の山が出来上がった。

 

 窓辺にテーブルを移動させて庭の木々の間から響く蝉の声を聞きながら、ランサーとバゼットはかき氷をつつく。

 

「なるほど、暑さがやわらぎます。この国の風習もよいものですね」

 

 ちなみにランサーのシロップはブルーハワイ。バゼットのは苺だ。

 

「ところでランサー。例によって私は仕事を探しているのですが」

「……はいはい。無理すんなよ」

「さっき調べたところによると、この国の野球場ではこのかちわり氷を扱う仕事があるらしいです!」

「いやバゼット……、それ作る方じゃなくて、売る方だからな!」

 

**********************************************************************

 

isa(イサ)  

 

象徴:氷

英字:I

意味:氷を象徴する制止、凍結のルーン。 計画の遅延や停止、身動きできない状況を意味するなど束縛の意味も持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




stay nightが冬、hollow ataraxiaが秋でよかったね。


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口/オーディン神《ansuz》

今日は夏コミですね。


 今日もランサーは偵察を終えて隠れ家に戻ってきた。

 

「戻ったぜー、バゼット。特に異常なしだ」

 

 がちゃりと部屋のドアを開けると、マスターのバゼットはテーブルの上に本を広げて読みながら涙ぐんでいた。

 

「あん? どうしたバゼット」

「あなたの物語を読んでいました、ランサー……」

 

 バゼットの手元の本は『アルスターサイクル』。ランサー、つまりクーフーリンの物語が綴られている神話の本である。

 

「なんだよ。アンタ子供のときからずっとこれ読んできたんだろ?

 何で今更泣くんだよ」

「だってランサー、何度読んでもこの物語の結末は悲しすぎます」

 

 その神話では、クーフーリンはたった一人で敵の軍勢を迎え撃ち、敵の奸計にはめられ、壮絶な戦死を遂げたのだった。

 

「はっはっは!」

 

 ランサーはそんなバゼットの言葉を笑い飛ばして、

 

「別にいいじゃねえか。

 オレの最後はあんな結末だったけど、物語はずっと語り継がれてる。

 そしてオレは今、アンタに召還されてここにいるんだぜ」

 

 と言いながら彼女の頭にぽんと手を置く。

 が、バゼットは

 

「あんなバッドエンドでは納得できません!」

 

 きりっ、とランサーの瞳を見据えて言った。

 

「目指すのは問答無用のハッピーエンド!!

 きっとこの国でランサーの知名度が低いのはあのバッドエンドのせいです」

「へ?」

 

 バゼットが英霊召還の都合を説明する。

 

「いいですか、ランサー?

 英霊の召還には知名度補正というものがあるのです。その場所での知名度が高いほど、英霊は伝説どおりに近い能力で召還されます。

 つまり、私たちの故郷、アイルランドで召還すれば最強の状態であなたを呼び出す事ができたはず。ですが、今回の聖杯戦争の制約上、戦場となるこの地であなたを召還しなければなりませんでした」

「んー。確かにそうだけどよ」

 

 適当に相づちをうつランサー。

 バゼットの説明は続く。

 

「この国の人々の間でのあなたの知名度は

 クーフーリンを知らない 70%

 Fateで知ってる 20%

 パズドラで知ってる 10%

 このように惨憺たるものです。

 わかりますか、ランサー? この知名度のせいであなたの宝具が槍しかないのです」

 

「……まあ、それはこんな極東の国だし仕方ないよな。けど、バゼット、どういう調査だよ?それ」

「通りすがりの人10人に聞きました。わたし調べです」

「おい」

「それはそうと」

 

 ランサーのツッコミをスルーし、バゼットは拳を握って熱く語る。

 

「もしこの地で祖国アイルランド並の知名度を得れば、宝具として城も戦車も手に入ります! 我々の戦いが一気に有利に!」

 

 と、バゼットは力強く宣言したのだった。

 

「確かにそうできればそれに越したことはないけどよ。どうする気なんだ、バゼット?」

 

 ランサーは首をかしげる。

 するとバゼットはにやりと笑いながら言った。

 

「私によい作戦があります」

 

「この国にはコミケという行事があり、夏と冬に開催されます。

 そこでハッピーエンドに書き直したアルスターサイクルを販売するのです!」

「えっ」

「幸い夏のコミケがもうすぐです」

「でもよー。参加のために申し込みとか抽選があるんじゃないのか?」

「心配無用です。すでに魔術協会に連絡して参加証を手配させました」

 

 バゼットはへへん、と胸をはっている。

 

「ランサー、今この国の若者の間ではライトノベルという読み物が流行っています。しかも 内容は剣と魔法のファンタジー世界を書いたものが人気なのだとか」

「ほほう」

「さらにその中でも大人気なのがチートハーレムというジャンルです。

 それは神様に特典能力を貰った主人公が俺Tueeeeee!と並み居る敵をばったばったとなぎ倒し、出会った女の子に片っ端からモテまくるというストーリーです。

 ランサー、あなたの伝説はまさしくこのチートハーレムではありませんか!

 そう、問題なのはエンドだけです」

 

 どん、とテーブルを叩きつつバゼットは熱弁を振るう。

 

 ……えっ、

 オレ、神の子ではあるけど……、それなりに修行もしたんだけど……。

 影の国で師匠スカサハにみっちりしごかれて、そのおかげでゲイボルクを使えるようになったんだけど……。

 

 それに、嫁のエメルを貰う為には名誉がないとダメだって言われたから修行に行って名誉を得て帰ってきたのに、嫁の親父からそれでもやっぱダメって言われて怒って戦争起こして皆殺しにしてようやくエメルと結婚できたのに。

 息子の母のアィフェはそもそもスカサハの敵だったから、影の国時代に戦争をした間柄だ。一騎討ちに勝って、その結果愛が芽生えたのに。

 魔女モリガンは戦闘中の間の悪いときに告ってくるから、つい断っちまったらヤンデレストーカーになっちまったし。

 赤枝の末裔のバゼットはご覧の通り。

 

 ああ、オレの恋愛っていつも殺し愛(ころしあい)……。

 

 己の過去を思い出し、赤い瞳を虚空に彷徨わせるランサー。

 その横で、バゼットはそんなランサーを眼中に入れる事もなく、一心不乱にノートに何かをばりばりと書きなぐり続けていた。

 

 

 ——— 一週間後。

 

「できあがりました、ランサー!」

 

 バゼットは自信に満ちた笑みを浮かべてランサーの目の前に一冊の薄い本をひろげた。

 

「な、なんだこれ?」

 

 ランサーはとりあえずバゼットから本を受け取りパラパラとめくる。

 

「コミケで販売する同人誌。

 『槍の英雄がチートでハーレムすぎてアルスターがやばい』です!」

 

 どどん!と擬音がつきそうなくらい力強くバゼットはタイトルを宣言した。

 

「……………………」

 

 ページをめくるごとにランサーの目は点に近づいていく。

 その様子をみたバゼットは、

 ———夢中になって読んでいるようだ。ふふふ、やはり会心のできばえでしたね。完売間違いなしです。

 と満足感を覚えた。

 

 一方ランサー。

 ———うおおおおおおおおお、アルスターサイクル原作崩壊ッッッ!!

 この主人公誰だ!? もはやひとかけらもオレじゃねええええ。

 いや、ハッピーエンドにすればなんでもいいってもんではないのでは……。

 ええと、この謎の同人誌のイメージでオレは今後英霊として召還されるのですか?

 

 ランサーはめまいを感じながら薄い本を閉じた。

 そんなランサーにバゼットは追い打ちのかけるかのごとく、

 

「どうですか、ランサー。これで我らの戦力アップは間違いなし。

 この同人誌は段ボール10箱ぶん印刷しました!」

 

 と部屋の角を指差す。そこには薄い本が一杯に詰まった段ボール箱の山が積んであった。

 

「同人誌の表紙にはオーディンを意味するansuz(アンサズ)のルーンも印刷しました。

 オーディンは我が身を神に捧げることでルーン文字の神秘を人々に与えた神です。つまり文学、物語を意味するルーン。このルーンを描く事でさらにこの同人誌の魅力が強化できるはず。

 オーディン神のご加護あれ!」

 

 準備は万端です、と意気込むバゼット。

 

「そうか……。うまくいくといいな……」

 

 ランサーはうつろな目をしながら、かろうじてそう呟くことしかできなかった。

 

 

 ——— コミケ当日。

 

 ではいってきます、と勇躍バゼットはビッグサイトへ向かっていった。

 その後ろ姿を無言で見送りながらランサーは思う。

 

 いくら表紙にansuz(アンサズ)のルーンが刻んであろうとも、そしていかにバゼットが卓越したルーン魔術使いであろうとも、魔術には限界がある。

 魔術が実現できるのはこの世界で可能な事だけだ。例えば魔術で高火力の火焔を放つ。それが生み出すのはこの世のなんらかの他の現象で発生可能な火力に限定される。魔術は単に特定の現象を生み出す為のショートカットを行う技にすぎない。

 なので、逆にこの世にあらざるものを魔術で生成することは、それが塵程度の大きさの小さな物質であっても、不可能だ。

 要するに何が言いたいかというと、ありえない出来事を起こすのは無理なのだ……。

 

 

 ——— コミケ終了。

 

 さて、結局あの大量の薄い本はどうなったかって?

 あの黒歴史は部屋の隅に積み直されて、バゼットが失敗して沈んでるときにその上に座って落ち込むのに役に立ってるよ。

 

 ランサーが部屋の角に目をやると、今日もバゼットは何かを後悔しているのか、段ボール箱の上に体育座りしてうずくまっている。

 

「大丈夫だぜ、バゼット。このオレがこの朱槍にかけてアンタに聖杯を勝ち取ってやるって」

 

 そんなバゼットを微かに微笑ましく思いながらランサーは心の中でそう呟いた。だが彼の耳に小さいが不穏な声が聞こえた。

 

「また書き直して冬コミに再挑戦です…」

「えっ?」

 

 

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ansuz(アンサズ)  

 

象徴:口/オーディン神

英字:A

意味:口を象徴する情報、言葉のコミュニケーションのルーン。 状況への影響や対応といった意味があり、感情や思想の共有を暗示する。

 

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




参加される皆様、楽しんでくださいなー。


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一年/収穫 《jera》

ランサーの失われた天国。


 生粋のサバイバル能力を誇るランサー。召還されてほどなく現世に適応し、この時代の生活を楽しんでいる。

 ランサーの今の趣味の一つは釣りだ。朝から港に出かけていっては日がな海に釣り糸を垂れている。

 

 ある日、散歩をしていたランサーは、たまたま港にいた間桐慎二に姿勢矯正の指導をした結果、彼から釣り道具を譲り受けた。いや、第三者からは強請り取った、に見えたかもしれない。

 この小さな港は一見釣りに向くようには見えないが、いざ釣り糸を垂らしてみればずいぶんといろんな魚が釣れた。サバが山ほど、それにクロダイ、カワハギ……。たまにタコまでかかるくらいだ。

 

 ランサーのマスター、バゼットは

 

「魚がかかるのを待ってじっと座っているなんて退屈ではないのですか?」

 

 と不思議そうに聞いてきた。好戦的かつ活動的なランサーにしては意外な趣味に見えるらしい。

 

「まあ、釣りも鍛錬のひとつだ。それに竿と糸で海の様子を探るのが楽しいのさ」

 

 とランサーは答えた。港で釣りをしているひと時は、ランサーのささやかな天国だったのだ。

 

 だが、バゼットが見るにランサーは最近浮かない顔をしている。というか日に日に表情が曇っていっている。

 むろんランサーは見かけ上はそんな態度はおくびにもださない。しかしバゼットはマスターである。己のサーヴァントの不調はすぐに気がつく。

 

「ランサーが最近元気がないのはなぜでしょうか?」

 

 バゼットはランサーとの魔力供給のパスを確認してみた。今も彼女の魔力は滞りなくランサーに流れている。

 

「ふうむ、魔力供給は問題なさそうです。ではいったい何が……?」

 

 今日もランサーは港に釣りに出かけている。普段は彼の楽しみを邪魔するまいと港には顔を出さなかったバゼットであるが、

 

「……様子を見に行ってみましょうか」

 

 と、バゼットは館をでて港に向かった。

 

 

 港で平和に釣りにいそしむ日々を送っていたランサー。だがそれはつかの間の平和だったのだ。

 ある日、アーチャーが現れた。頭から足の先まで投影で作ったバッタものの高級釣り具に身を固めていた。

 手にしているのは釣り竿一本、固定具(さおがけ)すらなしのランサーとは対照的だ。

 

 ランサーの釣果はサバがほとんどだ。そんなランサーを尻目にアーチャーは、

 

「フ、イナダ16匹目フィッシュ。ところでランサー、今日それで何フィッシュ目だ?」

「うるせえ、なんでテメエに答えなきゃいけねえんだよ!」

「なんだサバがたったの八匹か。貴様のような時代遅れのフィッシングスタイルではそんなところだろう。おっと、17匹目フィィィィシッュ!」

 

 と絶好調であった。アーチャーの最新端リールはランサーの野生の勘をあっさりしのぐ。

 

 さらに、

 ある日、ギルガメッシュが現れた。金ぴかの高級竿(ロッド)を何台も海べりに据え付け、魚を釣りまくった。

 

「拍子抜けだな、所詮は番犬と贋作使い。王たる我とは比べるべくもない!」

 

 と哄笑するギルガメッシュにアーチャーが応じた。

 

「がっかりだ。道具に頼るとは見損なったぞ英雄王……!」

「ほう? アーチャー、そういう貴様のリールは釣具屋で連日品切れの高級品ではないか」

「む! ギルガメッシュ、そのロッドは試作段階で製造中止になった伝説の製品。なぜ貴様が……」

 

 いつの間にか意気投合して釣りオタ話を繰り広げる二人のサーヴァント。

 一方で、

 

「…………」

 

 ランサーは全く話に参加できなかった。

 

 

 そして今日も。

 

「フィィィィシッュ! 今日これで20匹目だ、ハハハ」

「ああ、そこな番犬。その原始的な竿でまともな魚は連れているのか? なんだそれはタコではないか。

 なんならこの我の釣果を下賜してやってもかまわんのだぞ」

 

 カワハギやらイナダやらカレイやらを釣り上げながら、ニヤニヤとランサーを見るアーチャーとギルガメッシュ。

 

「やかましい! タコはうまいんだぞ」

 

 吠えるランサー。

 

 ……こうして今やランサーの天国は失われていたのである。

 

 

 さて、港にたどり着いたバゼット。その視界に釣り竿を握る三人の男の姿が映る。いや男というか、三人ともサーヴァントだ。

 

「なんと……。いつの間にこんなことに」

 

 ご老人のお散歩や家族連れの憩いの場だったのどかな港は、いつの間にかサーヴァントたちによる釣り大会、いや釣り決戦の場となっていたのだ。

 周囲に漂う殺気、まともな人間は近寄らない。

 

 そんな中でただ一人。

 

「みんながんばってー。アタシは釣れた人から魚をもらえればいいからねー」

 

 シマシマ柄の女性が釣り人たちに場違いな声援を送っていた。

 おや、あの女性は確か……。

 バゼットは声をかけてみた。

 

「あなたは確か衛宮士郎の高校の教師では?」

 

 またの名を衛宮家が飼っている飢えた虎、藤村大河ではないか。

 

「あら、バゼットさん。おひさしぶりー」

 

 大河はにこやかにバゼットに手を振っている。

 

「大河、この港の有様はいったいどうしたのですか?」

 

 とバゼットが問うと、大河はいつもどおり楽しそうに、

 

「うん、最初はねえ、ランサーさんが一人で魚を釣っていて、いつも晩御飯用にバケツ一杯お魚を貰っていたの。

 けど、最近はアーチャーさんとギルガメッシュさんのほうがたくさん魚を釣れてるからそっちから貰ってるんだー」

 

 と返事した。彼女は今日も今晩の魚の供給元を捕まえようと狙っているのである。

 そんな大河の返事を聞いたバゼットは

 

「むむ、ランサーが劣勢になっているとは……。この状態は捨て置けません。戦況を挽回しなくては!」

 

 と、くるりと踵を返し港の角のボート乗り場に向かって走っていった。

 

 

 ドドドドド……というエンジン音が港に響く。

 

「ん……?」

 

 と、顔をあげたランサーの目に海上に浮かぶボートとそれに乗っているバゼットの姿が飛び込んできた。

 

「バゼットじゃねえか、なんでそんなところに」

「助太刀にきました、ランサー!」

 

 バゼットはボートの上で腕組みして仁王立ちしている。

 

「私はこれでも漁村の生まれです、漁くらいなんとかなります」

 

 と、海の上からのたまうバゼット。

 

「オマエん家、魔術師一家だろ? 釣りした事あるのか?」

 

 というランサーの冷静な質問に

 

「いえ、ありませんが!」

 

 と断言し、やおら首のネクタイを外して頭にきりっと鉢巻きをする。

 

「なにしてるんだ、バゼット……?」

「……? この国では気合いを入れるときにこうするものだと」

 

 いや、そのネクタイ鉢巻きこういう時にするものじゃないから……。

 

 ランサーの不安は高まる。

 

 バゼットのボートには巨大な石が、いやむしろ岩が積まれていた。その重みでボートがやや傾いている。

 バゼットはその岩に片手を添えながら、もう片方の手でびしっとアーチャーとギルガメッシュを指差して宣言する。

 

「別に、この港の魚を取り尽くしても構わないのですね?」

 

「おい、何する気だ、バゼット!」とランサー。

 

「ほう? できるものならやってみせよ、雑種」とギルガメッシュ。

 

「こら、オレの台詞をパクるな」とアーチャー。

 

 三人のサーヴァントが見守る中、バゼットは手に持った釘で岩に何やら刻み始めた。

 それは収穫を意味する、jera(ジェラ)のルーン。

 刻み終わったルーンの上にバゼットが手をかざすとルーンは魔術の光を帯びて光る。そして、

 

「とおっ!」

 

 やおらバゼットは岩を頭上に抱え上げた。

 

「「「おおおおお!?」」」

 

 三人のサーヴァントの戸惑いの声がきれいにハモる。

 

「一撃必殺———、大漁祈願!!」

 

 バゼットはそう叫ぶなり、ルーン魔術付きの岩を、全力で海中に放り込んだ。

 

 ばっしゃーーーーーーーん!!!

 

 水面から巨大な水柱が立ち上る。それの水しぶきは空中高く舞い上がり、港にいるランサーたちの頭上に降り注いだ。

 サバ、イナダ、クロダイ、カワハギ、タコなどの魚とともに。

 

 神代から伝わるのかどうかは定かではない原始の石投げ漁法。

 バゼットが投げ込んだ岩が起こした波紋がおさまった後の海面には、港の魚がごっそりと浮かんでいた。

 

 

 かくして、バゼットはアングラーの称号を獲得した。

 名付けて赤枝の漁師。

 

「あまりうれしくありません、ランサー……」

 

 バゼットの岩のせいで港の魚は本当に獲り尽くされてしまい、次の魚群が巡ってくるまでしばらく時間がかかりそうだ。そんなわけでバゼットはかえって落ち込んでいる。

 

「ははは。まあいいじゃねえか、大漁だったんだしよ」

 

 ランサーはなんだかんだでご機嫌だ。 

 ランサーは取れた魚の大半を藤村大河を経由して衛宮家に譲った。衛宮士郎はお礼にとランサーとバゼットの分の魚を料理して渡してくれた。ランサーが手に持っている包みには港で取れた海の幸各種が詰まっている。

 館に帰ったら、缶詰しか知らないこのマスターに魚料理を解説してやろう。

 そして、俺たちの食卓事情が改善されますよう、とささやかな期待をこめるランサーであった。

 

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jera(ジェラ)  

 

象徴:一年/収穫

英字:J

意味:収穫を象徴する報酬、達成のルーン。 季節の巡り、収穫までのプロセスを示す。転じて、日々の努力とその成果を意味する。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




jera(ジェラ)のルーンは農業的な意味合いが強そうですが、この話では魚釣りに使いました。


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サイコロ入れ 《perth》

ランサーは幸運値が低いのですが、バゼットがマスターだったら上がることはあるのでしょうか?


 街に出かけたランサーがなかなか帰ってこない。

 バゼットは部屋の時計を見上げる。

 

「戻ると言った時間をとっくに過ぎています……。ランサーにしては珍しい。なにかあったのでしょうか」

 

 バゼットとランサーの間は魔力供給のパスが繋がっている。パスを介してランサーに流れる魔力の量は普段と全く変わっていない。

 もし街中で他のサーヴァントと遭遇して戦闘になったのであれば、ランサーがバゼットから吸い上げる魔力量に変化があるはずだ。

 

「うーむ、じっとしていても仕方がありません」

 

 街にランサーを探しに行こう、とバゼットは館を出た。

 

 街中でランサーの姿を探すバゼット。商店街をほぼ通り過ぎようとしたところで、

 

「む、ランサーの気配が」

 

 気配を感じる方を振り向くとそこにはずいぶんと賑やかしい店があった。ピエロや侍やアニメの萌えキャラがつぎつぎ表示されるディスプレイ、赤青黄色のチカチカ点灯するネオン、店内からたえまなくながれるピコピコした電子音。

 それはパチンコ店だった。

 

「ランサーはこの中にいるようですね」

 

 バゼットは店の自動扉をくぐる。

 

「ううう……」

 

 パチンコ台の前で猛犬のような唸り声をあげ、周囲に威圧感を与えているアロハ姿の男。一見してヤバい筋の人のように見える。

 彼の両隣のパチンコ台は空いている。というか、さきほどまで人がいたのだが彼から放たれる殺気を感じて静かに移動していった。

 このアロハの男こそ、槍の英霊ランサーである。

 聖杯の知識に導かれ、彼の生きた時代には存在しなかった現代の娯楽を体験しようと今日はパチンコに挑戦していた。

 

 ランサーは必死の表情で目の前のパチンコ台を見つめていた。ランサーが日々のアルバイトで稼いだなけなしの収入の化身であるパチンコ玉が、情け容赦なくパチンコ台の一番下の穴に吸い込まれていく。

 不本意なことながら敗色が濃いのはわかっている。だがしかし、戦士たるものが負けっぱなしで引き下がれるものか、一矢報いねば終われない。そしてその執念が彼の財布から綺麗にお金を吸い上げていたのだった。

 

「今日はついてねえぇぇ……」

 

 おもわずうめき声をもらす。そこに、

 

「ここにいましたか、ランサー。なにをしているのですか」

 

 と、ランサーの台を覗き込む黒スーツの男装女が現れた。

 

「げ、バゼット!」

 

 急に登場したマスターを見てランサーの背筋に冷や汗が流れる。パチンコに集中していた熱意がちょっとだけ冷めた。

 

「あなたが時間になっても戻らないので様子を見にきたのですが」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いまはたまたま調子が悪いだけだ!」

 

 ランサーが慌て気味に弁解しているが、どうみても負けが込んでしまって今打っている台から離れられなくなっているのに相違ない。

 

「勝負は時の運と言います。今日の所は撤退を」

「いやいや! これだけ飲まれていればそろそろ当たりがくるはずなんだ!」

 

 聖杯の知識は告げている。パチンコ台には底というものがあり、お金を突っ込み続けるといつかはその反動で当たりがくるのだと。

 が、バゼットは冷静にかぶりを振る。

 

「ランサー、あなたの幸運パラメータ値では望みは薄い」

 

 ランサーの幸運値は安定のEである。

 

「えっ、アンタがマスターでもなのか……」

 

 ランサーは少し目をうるませてバゼットを見た。

 

「そ、そんな目をしないでください、ランサー。しかたがありません。私に策があります」

 

 バゼットはポケットからマジックペンを取り出した。

 そして周囲をささっと確認し、素早くパチンコ台の隅にきゅきゅっとちいさなマークを書き込む。

 

「お、それは。……なるほど」

 

 バゼットが書き込んだのはperth(パース)のルーン文字。サイコロ入れの形をしたこの文字の意味するものは、ずばりギャンブル。

 ランサーはそのルーンにそっと触れた。文字一瞬だけ光り魔術が発動する。

 ランサー主従はちらりと視線をあわせ、微かにニヤリと笑いあった。

 

 

 小一時間ほどたった頃、

 

「わははははははははは!」

 

 ランサーは上機嫌で笑い声をホールに響かせている。

 彼の目の前のパチンコ台は派手な演出と賑やかな効果音を振りまき、彼が座っている椅子の周りにはパチンコ玉が満杯にはいった箱がところ狭しと積み重なっている。

 誰が見ても大当たり中の図である。ホール中の客の羨望の視線がランサーに集まる。

 perth(パース)のルーンの効果は絶大であった。

 

 そこへ、

 

「調子いいねえ、兄ちゃん」

 

 ランサーと同じようなアロハにサングラスという出で立ちの男がやってきた。

 

「ん?」

 

 ランサーとバゼットがきょとんとしていると、たちまち彼らのまわりに大勢のアロハやら着崩れたスーツ姿のチンピラ風の男たちが集まってくる。

 

「この店はパチプロお断りなんだよね。断りなく荒稼ぎされちゃ困るなあ」

「見慣れない顔だが、アンタどこの組のモンだ」

 

 と、このガラの悪い男たちはランサーたちに因縁をつけてきたのだった。

 

「なんだコイツら?」

 

 周りにあつまってきたチンピラを睨み返しながらランサーがバゼットに聞く。

 

「ランサー、彼らはおそらくこの街の地元マフィアの一味でしょう。パチンコ店は規模の小さいカジノのようなものですから、私たちが稼ぎすぎたので文句を言いにきたのかと」

 

 バゼットは小声で返す。今の出玉でランサーが損したぶんは十分取り返せたはずだ。もう帰ってもいいだろう。

 それに、この辺のマフィアの親玉はたしか……衛宮士郎の家に出入りしている冬木の虎、藤村大河の実家ではないだろうか。厄介事の匂いがしてくる。

 面倒な事になる前に帰りましょう、とバゼットがランサーの袖を引きかけたところでチンピラの怒鳴り声が響いた。

 

「おらぁ、ちょっとオモテに出ろや!」

「おおいいぜ。バゼット、ちょっと台を見張っててくれ、行ってくる」

「ちょ、ちょっとランサー!?」

 

 バゼットが止める間もなく、チンピラたちと一緒にランサーはパチンコ店を出て行ってしまった。

 

 

 30分後。

 

「兄貴ィィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 ランサーはすっかり大人しくなった、いや完全にランサーに尊敬の目を浮かべているチンピラの集団を引き連れてパチンコ店に戻ってきた。

 

「……結局どうなったんですか、ランサー?」

 

 状況が飲み込めず唖然としているバゼットにランサーが気分良さそうに笑いながら答える。

 

「いやあ、軽く何人かに戦闘指導をしてやったらよー、舎弟にしてください!っていわれちまってな」

 

 いったいランサーは彼らに何をしたというのでしょうか……とあっけにとられるバゼット。

 一方、突如できてしまった舎弟たちは

 

「兄貴、缶コーヒーを買ってきます!」

「兄貴、灰皿をお持ちしました!」

 

 と嬉々としてランサーの世話を焼いていた。

 

 

「いやあ、愉快愉快!」

 

 すっかり上機嫌のランサーは舎弟どもを引き連れてパチンコ屋を出た。

 

「おっと、そういえば」

 

 ランサーは周りを見まわすとバゼットの姿がない。舎弟に取り巻かれているせいで見失ってしまったようだ。ランサーは隣にいるチンピラに声をかけてみる。

 

「なあ、オレの横にいた黒いスーツ着た女知らないか?」

「はい! 姐さんですか? 姐さんはパチンコの出玉の景品交換を手伝ってくれるそうで、他のヤツと一緒に景品交換所に行きました」

「ふうんそうか」

 

 ランサーは軽くそう返事をした。が、その直後に心の中に微かな不安が産まれる。

 ランサーは隣の男にもう一つ聞いてみた。

 

「ちなみにその景品交換っていうの、時間かからないよな?」

「はい。まあ、ちょっとは待ちますが。せいぜい5分か10分か……」

「なぬ!?」

 

「あ、兄貴! どうしたんです兄貴———!」

 

 驚く舎弟たちをその場に残してランサーは景品交換所にひた走る。

 すっかり忘れていた。バゼットの忍耐力の限界を。

 

 疾走するランサーの目に景品交換所の窓口が見える。そしてその前にいるバゼットの姿が見える。その手には革手袋。右拳を頭の後ろに引き、今まさに振り下ろそうとしている。

 

「待てバゼット———! ああああああああ」

 

 そうだった、バゼットの忍耐力はたったの40秒しか持たない……。

 

 ランサーの制止は間に合わず、景品交換所の窓口のガラスは彼の目の前で砕け散っていった。

 

**********************************************************************

 

perth(パース)  

 

象徴:ダイスカップ

英字:P

意味:勝負、挑戦のルーン。 ギャンブル、偶然の導き、ハプニングを意味する。この文字には、秘密を暴くといった意味があり、結果を決定する偶然の中に存在する必然を暗示する。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




今回はクールめのバゼットさんにしたつもりが、結局最後は同じに。


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家畜/財産 《fehu》

ちょっとだけ前回からの続き。


 藤村組は冬木市に拠点をもつヤクザである。

 今日、藤村組本部には若い衆が集まり、慌ただしく何事かの準備と相談をしていた。だが、いつもと何か様子が違う。そんな若い衆たちに組長の娘、藤村大河が不思議そうに尋ねる。

 

「ねえみんな、急に慌てたり、ヒソヒソ相談事なんかしてどうしたのよう?」

「それがですね、最近街にウチの組のいうことを聞かないチンピラ集団がいるんです。先日はパチンコ屋の景品交換所を壊しました。なんでも、外国人のカップルがリーダーで、赤枝組と名乗っているらしいです」

「むむ、そんな人たちが現れたのね……」

 

 藤村組は地元のヤクザ団体として、街で起こった面倒な揉め事の後始末をつけたり、たまに街にやってくる流れ者と地元の人々とのまとめ役をしたりなど、そのスジの社会の円滑な営みを助ける役割を持っているのだ。

 たとえば、季節のお祭りの際にだけ街にやってくる露店の商売人たちの取り仕切りも藤村組の昔からの仕事の一つだ。

 

「今日は夏祭りです。祭りの露店の準備をしてるんですが、そんなチンピラどもになめられるわけにはいきません!」

 

 と口々に訴える藤村組のお兄さんたち。

 それを聞いた大河は、

 

「なんですって、それは大変! でもみんな安心して。私が力強い助っ人を呼んでくるわ!」

 と、藤村組を飛び出していった。

 

 

 

「士郎いるー!?」

 

 衛宮宅の玄関のドアががらがらっと勢いよく開けられる。飛び込んできたのは大河だ。

 

「なんだよ藤ねえ。急ぎの用事か?」

 

 出迎えた士郎の横をつかつかと通り過ぎて、大河は玄関から家にあがりこんだ。

 

「おいおい藤ねえったら」

「士郎とセイバーちゃんにお願いごとがあるのよ」

 

 大河は士郎の方を振り向いて言う。

 

「はいはい、居間で聞くから。セイバーを呼んでくるから、先に居間で待っててくれ」

 

 そういうと士郎はセイバーを呼びに家のなかに消えた。

 

 

 衛宮家の居間。士郎が手際よく用意したお茶とお菓子をつまみながら、大河は藤村組の面々から聞いた話をかくかくしかじかと説明した。

 

「そういうわけで、助けてほしいの。士郎、セイバーちゃん!」

「藤ねえ、そんなこといわれてもいったいどうすりゃいいんだよ」

 

 士郎としてはその筋の皆さんの揉め事に首を突っ込むのは自粛すべきだと思っているのだが、放っておくと大河が暴走しそうなので、とりあえず無下には断らずに話は聞く。

 

「夏祭りの露店がピンチなの。赤枝組の奴らに売り上げをとられてしまうかもしれないのよー」

 

 どん、とテーブルを叩き訴える大河。そこにいままで静かにお茶を飲んでいたセイバーが口を開いた。どうやら自分の分のお茶菓子をきれいに食べ終わったようである。

 

 

「シロウ、夏祭りの露店とは美味な食べ物がたくさん売られる店の事ですね。たこやき、焼きそば、焼きとうもろこし、かき氷など」

「ああ、そうだよセイバー」

 

 質問に答えた士郎に対して、セイバーは眉をきりっと引き締めた。

 

「夏祭りの露店はこの国の素晴らしい文化。露店でおいしい食べ物が買えなくなると一大事です。ここは大河をたすけるべきです、シロウ!」

「えっ、セイバー……」

 

 まずい、セイバーがやる気になってしまった。止めなければと士郎が言葉を探すうちに、セイバーはすでにすくっと立ち上がっていた。

 

「大河、敵はどこでしょうか!」

「ありがとう。よし、行くわよセイバーちゃん!」

 

 大河とセイバーはがらりと居間の戸を開けると、だだだっと素早く出て行ってしまった。

 

「まっ待て。藤ねえ、セイバァァァァァ!」

 

 士郎は慌てて後を追う。このままでは謎の赤枝組と衛宮家女子組の抗争が始まってしまう。ふせがなければ。

 

 

 

 往来の人々のこっそりとした視線を集める二人組。肩で風切るアロハ姿と夏でもきっちり黒スーツというとても堅気に見えない男女。ランサーとバゼットは日々の偵察と称して街を散策していた。

 正直言って、ここしばらくの間は偵察どころではない。先日パチンコ屋で出会ったチンピラ軍団が二人の周りを囲んでいる。

 

「ランサー、彼らがいつも周りにいるのは困るのですが」

「うーん、そうは言っても邪険にするのもかわいそうだしなあ」

 

 当惑の視線を交わしつつ、ランサーとバゼットはこっそりと呟く。

 

 

 このチンピラたちはパチンコ屋で出会ったランサーを兄貴と仰ぎ、ランサーとバゼットが街に出るたびにどこからともなく現れて取り巻いてしまう。

 あげく、彼らはランサーとバゼットが話している会話から聞きかじったのか、いつの間にやら赤枝組と名乗っていた。

 

「あまり大人数で行動して目立つのは戦略上よくありません。それにこのままではこの街のこういう集団の元締めの藤村組と対立することになるのでは」

 

 そして、バゼットのその予感はすぐに現実になった。

 

 

 道行くランサーとバゼット、その他大勢の前に同じような風体の男たちの集団が立ちはだかる。向こうの集団の一番前にはシマシマ柄シャツの女。その手には竹刀。藤村大河と藤村組のみなさんであった。

 

「こらー!君たちが赤枝組だな。この藤村組がいるこの街で狼藉を働くとは不届き千万っ!」

 

 大河はランサーとバゼットに向かってびしっと竹刀をかざす。

 軽い頭痛を感じてバゼットは思わずこめかみを抑えた。

 

「藤村大河。先日私が壊したパチンコの景品交換所のガラスは弁償したはず。

 私たちの周りにいる人たちは勝手に付いてきているだけで、私たちと特別関係があるわけではありません」

「問答無用っ! 強力な助っ人を用意したわ。いざ勝負!」

 

 

 吠える大河に、ずっと困惑ぎみだったバゼットの目が鋭くなる。

 

「戦うというのですか? ならば我ら赤枝の騎士は正面から受けて立ちましょう」

 

 バゼットの言葉を受けて、両集団がざわっと色めき立った。

 大河はふふん、と鼻をならすと藤村組の集団の真ん中を指さす。

 

「よし、ではウチの助っ人を紹介しちゃうわよ!

 お客人! 相手はこいつらです」

 

 ざざっと集団の真ん中が割れ、その中から小柄な人影が現れた。

 

 

 いかつい集団の真ん中から現れたのは、見た目は小柄でかわいらしい金髪碧眼の西洋人の女の子である。

 

「む。セイバーのサーヴァント!」

「おや、魔術師(メイガス)。あなた方がこの街の夏祭りを妨害しようとしているとは。私たちから露天での買い食いの楽しみを奪うとは許せません」

「何の話ですか……」

 

 セイバーとバゼットが言い争っている間に、後を追ってきた士郎がセイバーの後ろから現れた。

 

 

「セイバー、バゼット、藤ねえ! こんなところで戦いなんてやめるんだ。街が壊れるだろ」

 

 仲裁しようとする士郎だが、バゼットは語気鋭く返す。

 

「私たちなら異存はありませんよ、セイバーのマスター。そちらがやる気ならこちらも場所は選ばない。ランサー、構いませんね」

「まあ、こういうのも悪くねえよ」

 

 ランサーとバゼットの返事を聞いたセイバーの表情が引きしまる。セイバーは腰をわずかに落として身構えた。バゼットはポケットから革手袋を取り出して手にはめる。

 場は一触即発の緊張感で満たされていく。

 

 

 その張りつめた空気を

 

「よーし、決まりね!」

 

 能天気な大河の声がぶちこわす。

 

「勝負方法はこの夏祭りのたこ焼き露店。士郎とセイバーちゃん、バゼットさんとランサーさん、それぞれの店で売り上げを競って、たくさん売れた方が勝ち!」

 

 大河は竹刀をまっすぐ天にかざしながら宣言した。

 

「え……?」

「へ……?」

 

 身構えたランサーとバゼット、士郎とセイバーがあっけにとられる中、こうして藤村組vs赤枝組のたこ焼き屋対決が決定したのだった。

 

 

 

 夜になり、夏祭りが始まる。

 こちらセイバー陣営。

 士郎がたこ焼きを焼く係、セイバーが客引きと売り子である。

 

「必ずや勝利しましょう、シロウ。ランサーたちに遅れをとってはなりません」

 

 セイバーが祭りの人混みを眺めながら激をとばす。

 士郎は頭にぎゅっと鉢巻きをしめて、手際よくたこ焼きの具を混ぜていた。

 

「ああ、セイバー。やるからには勝つ。たこ焼きくらいお手の物さ」

「もちろんです。私のマスターに敗北は許さない」

「殺る気なんだな、セイバー……」

 

 

 一方ランサー陣営。

 「たこやき」とでっかくプリントされた露店のテントの端に、謎の文字が書き込まれた旗が翻っている。

 

 「ランサー、露店にfehu(フェイヒュー)のルーンを書いた旗を結びつけました。これは財産や金銭を象徴するルーン。きっと我らに金運をもたらします。これで商売繁盛の魔術頼みはばっちりです」

 

 満足そうなバゼットに、ランサーは陽気に答えた。

 

「おう、あとは商売するだけだ。タコの調理はまかせとけ!いつも港で釣ってるからな」

 

 ランサー陣営はランサーがたこ焼き調理担当、バゼットが販売担当である。

 

 

「よしよし、両陣営張り切ってるわね」

 

 セイバー陣営とランサー陣営の様子を見回りして、藤村大河は余裕たっぷりの笑顔を浮かべている。

 実はこの夏祭りの露店の場所(ショバ)代は藤村組が管理しているのだ。結局どっちの陣営が勝っても藤村組に損はないのだった。

 

 

 

 祭りはたけなわ。露店がでているエリアは祭りの客で大賑わいになっていた。

 

「ねえ、アーチャー、あのたこ焼き屋!」

「凛、あまり私から離れるな。迷子になられると探すのが大変だ」

 

 賑やかに会話している赤い服装の男女は遠坂凛とアーチャーだ。凛は一軒のたこ焼き屋の露店を指差している。アーチャーはそこに意外な人物の姿を見た。

 

 

「……セイバーに衛宮士郎。君たちはいったい何をしているのだね」

 

 皮肉っぽく笑いながらアーチャーはたこ焼き屋の二人組に声をかけた。

 

「見てわかるだろ」

「凛、それにアーチャーではありませんか」

 

 士郎とセイバーも凛とアーチャーに気がつく。

 

「なによ、士郎にセイバー、何であんたたちがたこ焼き屋なんてやってるの?」

「藤ねえの手伝いだよ。遠坂もよかったら一つ買ってくれよ」

「いいわよ」

「毎度ありがとうございます。1つ500円です」

「……金をとるのか」

 

 

 憮然とするアーチャーをまあいいじゃないとなだめつつ、凛はセイバーに500円を渡してたこ焼きを受け取った。さっそく1個つまんでみる。

 

「うん、おいしいわ。合格点よ」

「ありがとう遠坂」

「当然です。シロウが腕を振るっているのですから」

 

 凛の感想に士郎とセイバーはそれぞれの反応を返す。

 

 凛とアーチャーがたこ焼きをつまみながら様子を見ていると、士郎、セイバー組の店はさわやか高校生男子と、金髪外国人美少女の組み合わせで着実に売り上げている。

 

「士郎とセイバー、案外がんばってるじゃない」

 

 新しくやってきた客の相手をする士郎とセイバーを見ながら、凛とアーチャーは静かにその場を離れた。

 

 

 

「ランサー」

「ん? なんだバゼット」

 

 ランサーは返事しながら、たこ焼きピックを片手にプレートの上の生地を見つめ、的確にコロコロとひっくり返すのに熱中している。

 

「先ほどから急に店の前の人通りが減ったような気がするのですが」

 

 バゼットにそう言われて、ランサーも顔を上げる。

 

「そういえばそうだな……」

 

 先ほどは目の前に大勢の通行人がいたのだが、今は誰も店の前を通ろうとしない。いや、眺めていると店の前に差し掛かった通行人はなぜか方向転換して去っていく。

 

「妙ですね。なぜ人通りが減ったのでしょうか。私が声をかければ百発百中で売れていたのですが、人がいないとどうしようもありません」

 

 腕組みして思案するバゼット。

 ふと目をあげると人気のなくなった店の前を久々に横切ろうとしている通行人がいた。

 

 

「凛、なんでこちらの道を通るのかね」

「だってこっちのほうが空いてるじゃない。さっきの道は人でごった返してて通りにくいわよ」

 

 凛とアーチャーは人混みを避けて空いている道に移動していた。

 が、突如その二人の前に黒い人影が立ちはだかる。サーヴァントであるアーチャーですら気配を察知しきれなかった。常人とは考えられない。

 

「貴様は……!」

 

 一歩下がって身構えるアーチャー。凛とアーチャーの目の前に立ったその人物は静かに口を開いた。

 

「そこの二人、たこ焼きはいかがですか。 一つ500円です」

 

 凛はその相手に叫んだ。

 

「バゼット!ランサー! 士郎たちだけじゃなくて、あなたたちまでなにやってるのよ!!」

 

「よう、アーチャーとマスターのお嬢ちゃん。オレのたこ焼きも食べてってくれよ」

 

 たこ焼き屋の奥から調子のいい声がする。凛とアーチャーがそちらを向くとたこ焼き屋のプレート越しにランサーが赤い瞳をぱちりとウィンクしていた。

 

「さきほど士郎とセイバーの店でたこ焼きを食べたばかりなのだが」

「もう一個くらい食べられるだろ」

 

 ランサーの押し売りに負けて、アーチャーは渋々バゼットに500円を払いランサー謹製たこ焼きを受け取る。

 

 

「仕方ない。貴様のアイルランド風たこ焼きを食べてやる。もしやタコではない魚を入れたりはしていないだろうな」

「うるせー、バカにすんな! 和風にしてるよ。タコが入ってなかったらたこ焼きじゃないだろうが」

 

 ランサーに毒舌を浴びせながらアーチャーはたこ焼きを一つほおばる。

 

「ふむ、野蛮で洗練されていないが、悪くはない」

 

 凛も一つ口に入れる。

 

「ふうん、ふつうに美味しいわね」

 

 士郎、セイバー組のたこ焼きと大差はない。

 

「だろ?」

 

 凛、アーチャーの感想を聞いたランサーは得意げにしている。一方バゼットは真面目な表情で考え込んでいた。

 

「なるほど、味に問題はないようだ。それに私が施したfehu(フェイヒュー)のルーンの加護も効いているはず。

 遠坂凛、この店にはなぜ客が近寄ってこないのでしょうか?」

「う……!」

 

 凛は思わず口に含んだたこ焼きを噴き出しそうになるのをこらえた。けほけほと咳き込みながらたこ焼きを飲み込み、バゼットに言う。

 

「そんなの一目瞭然じゃない!」

「何がですか?」

「わからないの? アンタたちのその格好がダメなのよ!」

 

 凛はランサーとバゼットの頭からつま先までつつっと眺めた。

 アロハシャツを来てサングラスを引っ掛けた兄ちゃん、そしてエージェントのごとく黒スーツを着込んだ女。どう見てもヤバいの人の店にしか見えない。

 彼らに「たこ焼きはいかがですか」と勧められて断れる一般人がいようか。

 

 

「バゼット、ランサー。ちょっとこっちきなさい!」

 

 凛はランサーとバゼットを露店から連れ出した。店の仕事は赤枝組の舎弟に代わってもらった。

 凛に手を引かれながらバゼットが聞く。

 

「どこへ連れて行くつもりですか、遠坂凛」

「アンタたちに日本の夏祭りらしい服装を教えてあげるわ」

 

 凛が二人を連れて行った先は商店街の呉服屋である。

 

「この二人に浴衣を見繕ってあげてください!」

 

 

 凛の手引きによって浴衣に着替えたランサーとバゼットが店に戻ると、店の前の人通りは元通りになった。いや、むしろ増えた。

 浴衣姿の外国人男女がやっているたこ焼き屋は物珍しいらしく、無事彼らの店の売り上げは回復した。

 浴衣姿でたこ焼きを売っているバゼットに凛が尋ねる。

 

「どう、バゼット。 悪くないでしょ?」

「慣れませんが、おもしろい衣装です。基本的に数枚の布だけでできている服なのですね。絵柄もこの国の自然をモチーフにしたもので美しい。

 衣服を変えると気分も変わるものだ。さっきより気楽に販売ができるようになりました」

 

 楽しげに通行人にたこ焼きを売っているランサーとバゼットを見て、凛も気分がよくなった。

 

「よし、アーチャー、私たちも浴衣に着替えるわよ」

「えっ、凛。俺たちもか」

「あたりまえでしょ。日本人が浴衣着ないでどうするのよ」

 

 そう言って、凛はアーチャーの手を引いて呉服屋の中に入っていった。

 

 

 

 夜も更けて、夏祭りは終わり。

 セイバー陣営とランサー陣営は双方の売り上げを持ち寄り、電卓片手に大河が計算をしていた。

 その周りでは藤村組と赤枝組の面々が固唾を飲んで見守っている。

 

「はーい、結果が出ました!」

 

 大河が計算を止めて手を挙げながら宣言した。

 

「たこ焼き露店売り上げ対決は、500円差で士郎、セイバー組の勝利です!」

 

 うおおおお!と藤村組のお兄さんたちは喜んでいる。対してがっくりと頭をたれる赤枝組のお兄さんたち。

 この結果、ランサーを慕って集まった赤枝組は解散することになったのだった。こうして冬木市ヤクザ界の治安は守られた。

 

 

 残念そうに去っていく舎弟たちの背中を見送りながら、バゼットはぽつりとランサーに言う。

 

「セイバーとの勝負に負けたのは悔しいですが、結果としてうまくおさまりましたね」

「ま、こんなもんなんじゃねえの。なかなか楽しかったよな」

 

 ランサーは飄々としている。

 

「ランサー、あなたはいつもそんな風に中庸だ。まったくあなたらしい」

 

 そんなランサーの姿にバゼットは少し微笑んだ。

 

 

 通りはにぎやかに語らい合いながら帰宅する人々で埋まっている。そのざわめきの中に突如、どん!と低い音が響く。

 

「シロウ、今の音は?」

 セイバーが士郎を振り返る。

 

「花火だよ、セイバー」

 

 マスターとサーヴァントたちが上空を見上げれば、夜空に大輪の火花が咲いていた。

 

 聖杯戦争にはあり得なかった夏の、終わり。

 

**********************************************************************

 

fehu(フェイヒュー)  

 

象徴:家畜

英字:F

意味:家畜の牛を意味するルーン。つまり財産、金銭、資産などの意味ともなる。 家畜を飼育して増やす事を表すこの文字は物事が着実に発展していく事を示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




学生の皆さんは夏休みが終わりですね。


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雹/災害 《hagalaz》

ちなみに彼らがいる冬木市はスマートフォンが普及していたり、Web小説でチートハーレムが流行っていたりする、どこかの平行世界です。


 ランサーが今日の偵察を終えて館に戻ると、バゼットは袋にがそごそと何かを詰め込んでいた。

 

「なにしてるんだよ、バゼット」

 

 するとバゼットはランサーの目の前に1枚のパンフレットをかざした。それは先日ランサーとバゼットが街に出たときに商店街で貰ったものだ。

 

「ランサー、9/1は防災の日です。

 この国ではかつてこの日に大きな地震がありました。首都である東京が甚大な被害に見舞われたのです。

 その教訓を忘れないために、9/1は地震にそなえて身の回りの防災グッズや避難経路を確認する日と定められているのだそうです」

 

 ランサーはバゼットからパンフレットを受け取ってぱらぱらと中身を見る。パンフレットにはこの国で「関東大震災」と呼ばれている過去の大きな地震についての説明と、それ以後に発生した大地震、また将来起こりうる大地震の予測が書き連ねられていた。

 

「へえ、ずいぶんと大地震が多いんだな、この国は」

「ええ、ランサー。日本は十数年おきに大きな地震に見舞われています。この国は海底の複数のプレートの上に位置している。プレート同士がぶつかり合ってせり上がって出来た山の上にあるようなものです。日本ではいつどこで大地震が起こってもおかしくありません。当然この冬木の地もです」

 

 バゼットの話を聞きながら、ランサーはさらにパンフレットをめくる。パンフレットの後半には「おうちで確認しよう! いざという時のための防災グッズ」というキャッチフレーズと共にさまざまな防災グッズや非常食の紹介が載っていた。

 

「そこで、私もこの国の習慣に習って緊急避難のための備えを行う事にしました」

「それで袋になにか詰めてたのか」

 

 どれどれ、とランサーはバゼットの手元の袋の中をのぞく。

 果たして想像通りの中身がそこにあった。

 

「缶詰だけじゃねーか」

「日頃この館にある食料は缶詰だけですから」

 

 そもそもこの館の日常は非常時以下の状態であった。

 ランサーは緊急避難袋もとい缶詰袋を閉じた。

 明日、商店街でセットのヤツ買ってこよう……、と心の中でつぶやく。

 

「非常食の他に検討すべきものとしては」

 

 バゼットは再びパンフレットを手にとり、防災グッズの紹介に目を通す。

 

「災害時帰宅支援マップ、というものが紹介されていますね。地震の際に道が障害物で塞がれてしまい退路を断たれるおそれがある。その危険を避けるための特別な地図です」

「この国にはそんなものまであるのか。実践的だな」

「我々も万一の場合、行動に差し障りが出てはなりません。この地図に習い、街からこの館までの道を調査しました。だが、特に気にすべき障害は見当たりません。もし障害物があって帰宅できないときは、その場で破壊すれば良い。問題ありません」

「まあ、オレやアンタはそれでいいんだろうけどよ……」

 

 次は、とバゼットはページをめくる。

 

「地震の際の避難所となる場所が記載されています。地震で家が壊れたり、地滑りや川の氾濫に巻き込まれる恐れがある場合の逃げ場ですね。この地域では穂群原学園の校庭が指定の避難所になっています」

「おー、セイバーやアーチャーのマスターが通っている学校だよな」

「ですが、なにもその場所まで移動するまでもないでしょう。広いスペースがないなら作ればいい」

「バゼット、災害を増やすな……」

 

「それはそうと、オレはアイルランドで召還されていたら不眠の加護が付くくらいだから、今でも多少寝られなくても平気だけどよ。バゼット、アンタは困るだろ」

 

 発想が暴走気味のバゼットにランサーがツッコミをいれる。

 

「仮にこの館が崩壊して寝るところがなくても野宿で十分です。

 日本は良い国です。温かいし、布団の代わりになる段ボールも街中で簡単に入手できる。

 私が封印指定執行の仕事をしているときはむやみに野宿もできませんでした。周囲には魔獣だのなんだのがうようよしているのがザラでしたから。私は直接見た事はありませんが、戦場の中には森全体が吸血鬼になっている場所すらあるそうです」

 

 どうやら無用な心配だったようだ。

 ふと、ランサーは思った。このマスターに召還された理由は、実は触媒である自身の耳飾りではなく、この人外なサバイバル能力が共通点になったのではないかと。

 

 バゼットは一通り目を通し終えたのか、ぱたん、とパンフレットを閉じた。

 

「一通りの情報は収集できました。

 停電になった場合はかがり火(カノ)のルーンで明かりを、(ラグズ)のルーンで飲み水を生成。

 ルーン魔術が使えれば、自然の力である大源(マナ)がある限り困ることはありません。

 ……いや、むしろ災害がおこれば、日頃壊す事しか能のない私も他の人に感謝されることができるかもしれない。ふふふふ」

 

 不穏に笑うバゼットをランサーはジト目で見る。

 

「バゼット、人の不幸を当てにするのはよくないぞ」

「はっ!」

 

「ところでランサー。今までの情報は全て地震の被害が広がってしまってからの話です。

 被害を最小限に食い止める為に自力で地震の検知ができる仕掛けを考えようと思います」

「ほほう」

「日本人は地震に大変敏感です。我々が気がつかない些細な地震でもすぐに気がつくらしい。

 たとえば日本人は揺れを感じるとすぐについったーに「揺れ」と書きこみます。大変に迅速で正確です」

「なるほど、ついったーならサーバーが外国にあるから地震の影響を受けないしな」

「このままでは地震に慣れていない我々はそんなに素早く地震に気づく事ができない。日本人のマスターたちに比べて不利です」

「ふーん。バゼット、どうするつもりなんだ?」

 

 バゼットはポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「セイバーのマスターから借りてきました。

 あの家には常に複数の居候がいるので一台くらいしばらく貸してもよいと快く貸してもらえました」

「それを何に使うんだよ? オレとアンタは魔力のパスが通ってるから道具がなくても非常時にはお互いの様子がわかるだろ」

「この国では大変精度のよい緊急地震速報があるのだとか。大きな地震があると自動的にスマートフォンの警報が鳴るのだそうです」

 

 その時、バゼットの手元のスマートフォンから、ちゃららん♪ ちゃららん♪ と不安感をあおる警告音が流れ始めた。

 

「お!?」

「え、地震!?」

 

 一瞬遅れて、どん!と揺れがやってくる。棚に不安定に乗っていた小物や、テーブルの端に置いてあった本が床にどさどさ落ちた。

 

「うわっと」

 

 揺れに足をとられそうになりながら慌てて棚を押さえるランサー。バゼットは揺れるテーブルを押さえこみながら、感嘆していた。

 

「……本当に鳴った。これは実に素晴らしい精度だ」

 

 

 揺れがおさまり、ランサーとバゼットは部屋に散らかったものを元の位置に戻す。その作業が済んだところでバゼットが言った。

 

「さきほどの地震検知の仕組みはなかなかおもしろい。我々も同じくらいの精度の地震検知結界を作成しましょう。日本の機械に頼っていては他のマスターに遅れを取ります」

「できるのか、そんなの?」

「雹のルーンであるhagalaz(ハガラズ)を、結界に使うルーンalgiz(アルジズ)に組み合わせます。hagalaz(ハガラズ)は自然災害を象徴する。通常の結界なら外敵の侵入に対して警報を発しますが、このルーンの組み合わせで地震を含め、突然の災害に対する結界をつくれるはず」

「なるほど、オレたちの出身地のヨーロッパ北部では恐ろしい自然災害の象徴は雹だけど、この国で一番の災害は地震なんだな。

 まさか、こんなところにお国柄が出るとはねえ」

 

 

 バゼットは館の外に出て、地面や木立にhagalaz(ハガラズ)algiz(アルジズ)、その他のルーンを書き付ける。

 

「さて、ランサー。結界ができたので実験してみます。ランサー、ちょっと外に出かけてきますね」

「何をする気だよ」

 

 ランサーを館に残し、バゼットは歩いて館から少々離れた場所にやってきた。ポケットから革手袋を取り出し、しゅぱっと手にはめる。

 

eihwaz(エイワズ)!」

 

 手袋に刻んだ強化のルーンを発動する。バゼットの拳はルーンの加護の光りに包まれた。

 バゼットは地面を見つめながら、右拳を大きく引く。

 

「いきます、鉄拳制裁! はああああっ———!」

 

 気合いとともに魔術で強化した拳を大地に撃ち下ろす。

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 衝撃音とともに地面が振動した。

 

 

 地鳴りの音に混ざって、館の方から

 ちゃららん♪ ちゃららん♪ ちゃららん♪ ちゃららん♪

 と緊急地震速報の音が鳴っているのが聞こえた。

 

「よし! ルーン魔術製の緊急地震速報の出来上がりです。これで我々の災害対策は万全ですね」

 

 バゼットは腰に手を当て、満足げに頷いた。

 鳴り続ける結界の緊急地震速報の音。それに混ざってランサーの声が響く。

 

「うわ、また地震かよ。って、さっき直した棚がぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 その時冬木市にいた衛宮士郎たちのついったーでは。

 

 士郎 「地震だ」

 凛  「今、揺れたよね」

 桜  「揺れました」

 イリヤ「震度5くらい?」

 士郎 「あれ、他の地域の人は揺れてなさそう」

 桜  「他の地域の人は地震の書き込みしてませんね」

 凛  「えっ、もしかして冬木しか揺れてないの?」

 イリヤ「なにそれ!?なにかの魔術?」

 

**********************************************************************

 

hagalaz(ハガラズ)  

 

象徴:雹

英字:H

意味:災難、被害を意味するルーン。 天から振ってくる雹は避けられないアクシデントや予想外のトラブルの象徴である。いずれやってくる災難や苦難に対して、注意深くその問題を受け流すべしとの警告でもある。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 

 




ヨーロッパ北部で使われていたされるルーン文字には氷、雹など寒い地方独特のシンボルが比較的多いです。


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馬 《ehwaz》

ランサーのっ、ちょっといいとこ見てみたいっ!


「テメエはッ!」

「あ、あなたは……」

 

 マウント深山商店街を散策していたランサーとバゼット。彼らは目の前に現れた人物に思わず身構えた。

 日本人離れした長身。濃紺の丈長の神父服。胸に十字架。

 この男は冬木教会の神父である。しかしその男の印象は聖者からはほど遠い。男から漂う気配から善良さを全く感じ取れない。まともな感覚の人間であれば近づくのをためらう邪さを、この神父は全身から発していた。

 

「おや、ランサーのサーヴァントとそのマスターではないか。こんなところで出会うとは奇遇だな」

 

 神父は陰気な笑いを浮かべながら話しかけてきた。バゼットの背筋に嫌な汗が流れる。隣にいるランサーに小声で耳打ちした。

 

「ランサー」

「どうしたバゼット」

「はっきりと思い出せないのですが……私はこの神父に酷い目に合わされた事がある気がします」

 

 そう言ってバゼットはおもわず左腕を握りしめる。

 ランサーも目の前の神父を嫌そうに睨みながら返事を返す。

 

「ああ、オレもコイツからあれこれと気に喰わない命令をされた気がする。どこで命令されたのか思い出せないんだがな」

「ええ。あの男に今こそ借りを返さなくてはなりません」

 

 二人は揃って、さっと神父の方に向き直ると、

 

「言峰! ここで会ったが百年目。ここではないどこかの平行世界での因縁の決着をつけてやる!」

 

 と、神父に向けてびしっと指をつきつけた。

 

 

「む?」

 

 神父は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐににやりと笑った。

 

「ほう、ここで私とやりあおうというのかね」

「ええ。こんどこそ正面から受けて立ちましょう」

 

 バゼットはそう言うが早いか、両手に革手袋をはめる。ランサーは自身の武器である赤い槍を具現化した。

 

 

 だが言峰は、

 

「まあ、待ちたまえ」

 

 とランサーとバゼットを制止する。

 

「うるせー。いまさら何を言ってんだ」

「往生際が悪い。覚悟を決めなさい」

 

 今にも飛びかかろうとする二人に対して言峰は続けた。

 

「こんな商店街のど真ん中で戦闘を行う気か。聖杯戦争の存在は一般の人々から隠蔽して貰わないと困る。なにしろ私は監視役として君たちマスターとサーヴァントが起こした騒動の後始末に日々奔走しているのだ。余計な迷惑は起こさないでくれ」

 

「……む」

 

 ランサーとバゼットは構えを解いた。ランサーが言峰に問う。

 

「なるほど。アンタが言うことも一理ある。じゃあ場所を変えるかい?」

「我々の対決にちょうど良い場所がある。案内しよう。ついてきたまえ」

 

 言峰はランサーとバゼットに先だって、商店街の通りを歩き出した。

 

 

『紅洲宴歳館・泰山』

 通りを進む事しばらく。そう書かれた看板の店の前で言峰は足を止めた。

 

「店名からすると中華料理店のようですが……」

「この店で勝負ってどういう事だよ、言峰」

 

 不審がるランサーとバゼットに、言峰は薄ら笑いを返して店のドアを開けた。

 

「なに、この店は私のいきつけでな」

 

「いらっしゃいませアル〜」

 

 三人が店内に入ると、店長の高い声が響いた。ちなみにこの店長(ばつ)さんはやたらアルアルを語尾につけたがる。

 

「店主、電話を借りていいか?」

「どうぞどうぞ、電話はあそこアルよ」

 

 言峰はなぜか店の電話を借りてどこかに電話をかけている。

 ランサーとバゼットは店主にすすめられて席につく。二人は店内をみまわしてひそひそ呟き合った。

 

「勝負の前に腹ごしらえってことか? 悪くねえが」

「ランサー、この店内の空気になんだか刺激臭を感じませんか……?」

 

 店内には息を吸うだけで鼻や喉をひりつかせる何かが漂っているのだった。

 

 

 そこへ電話を終えた言峰が戻ってきた。

 

「誰と話してたんだよ」

「監督役を呼んだ。しばらく待ちたまえ」

「監督役は貴方の事ではないのですか、綺礼?」

 

 質問を無視し、言峰はテーブルに肘をつき指を組んで黙り込んでしまった。仕方なくランサーとバゼットもその場で待つ。

 

「いったい、誰を呼んだのでしょうか?」

 

 

 

———待つ事15分ほど。

 

「こんにちは!」

 

 店のドアをがらっと開けて誰かがやってくる。

 

「な、セイバーのマスター!」

「おう、坊主じゃねえか」

 

 ランサーとバゼットが目にしたのは衛宮士郎だった。

 

 

「言峰、おごってくれるんだって?」

 

 と、言いながら士郎は店の中に入ってきた。

 そしてその後ろから、

 

「神父、食べたいものを好きなだけ頼んで良いと。そのお心遣い感謝します」

 

 礼儀正しくセイバーが、

 

「綺礼、アンタがどういう風の吹き回しよ。何をたくらんでるのかしら?」

 

 こちらにキツい視線をとばしながら凛が、

 

「アインツベルンの料理にはかなわないでしょうけど、味見して上げるわ」

 

 ちょっと偉そうにイリヤスフィールが、

 

「私は甘いモノを食べたいです!」

 

 にこやかに桜が、

 つまり衛宮家ご一行様がにぎやかに入ってきた。

 

 

「わざわざすまないな、衛宮士郎」

 

 いままでじっと黙っていた言峰が士郎に声をかける。

 

「構わないよ、みんな喜んでるし。ところで俺は何をすればいいんだ?」

「私とそこにいるランサーとそのマスターとの勝負の監督役をしてもらいたい」

「なんでさ!?」

 

 

 一方、士郎と言峰がそんなやりとりをしている後ろでは

 

「うーん、杏仁豆腐と胡麻団子は外せないわ。あんまんもすてがたいけど」

「ちょっと、リン。芒果布丁(マンゴープリン)も忘れないでよね」

「あの……。私、桃まんじゅうも注文していいですか?」

「面倒です。メニューの端から端まで全部頼めばいいではありませんか」

 

 早々に席に陣どった衛宮家女子組が、メニューを囲んで姦しく注文をしていた。

 

 

「監督役ってそういうことかよ。それは構わねえけど、この店の中でどうやって勝負するんだよ、言峰?」

 

 ランサーの言葉に言峰は唐突に一言。

 

「麻婆豆腐」

「「「は?」」」

 

 ランサー、バゼット、士郎、三人の疑問がシンクロする。

 

 

 言峰はにやにやと三人を見ながら続ける。

 

「この店の激辛麻婆豆腐10皿を早く食べきった方が勝ちだ。街を壊す恐れもないし、よい対決方法だと思わないか?」

「え……? それで対決って……」

 

 とまどうバゼットに言峰が畳み掛ける。

 

「辛いものは苦手か?」

 

 バゼットに先んじてランサーが返事を返した。

 

「オレは構わねーぜ」

「ちょっと、ランサー!」

「いいのか、ランサー? この店の麻婆豆腐まじで辛いぞ」

 

 バゼットと士郎の制止にも関わらずランサーは余裕の笑顔を浮かべている。

 

「……ランサー、あなたがいいと言うのでしたら」

 

 とバゼットは折れた。

 

 

「決まりだな」

 

 言峰の低い声が店内に響く。言峰は椅子から立ち上がり両手を広げて宣言した。

 

「麻婆豆腐戦争の開幕を告げよう。負けた方がこの場の全員の食事代を全額持つ」

 

 その背後では女子組の声が響いていた。

 

「すいませーん、海老蒸し餃子追加!」

「こちらにもフカヒレ餃子とシュウマイの追加おねがいします!」

 

 

「最後にさらっととんでもない条件を付け足されましたが、我ら赤枝の騎士はそんなことではひるみません。必ずや勝利してみせましょう」

「おう、当然よ!」

 

 ランサー主従は戦いの前に気合いを入れ合っている。

 

「ところでランサー、私に策があります」

「なんだ、バゼット?」

「衛宮士郎によるとこの店の麻婆豆腐はとても辛いのだとか。それを早く食べるのは至難の業でしょう。

 そこで、欠乏のルーンであるnauthiz(ナウシズ)により辛さを軽減し……。

 はっ!」

 

 

 バゼットの横から刺すような視線が。

 

「君たちは麻婆豆腐をなんだと思っているのかね?」

 

 言峰は厳しい視線でランサーとバゼットを見ている。

 

「う……」

 

 そして、衛宮家ご一行様も冷たい視線でランサーとバゼットを見ている。

 

「ぬ……」

 

 さらに、(ばつ)店長が厨房から悲しそうな視線でランサーとバゼットを見ている!

 

 

「しかたがありません……」

 

 バゼットが肩を落とす。

 

「そうだな……」

 

 同調するランサー。しかし、バゼットは再び顔をあげた。

 

「ですが、まだ策は残っています」

「おおそうか」

 

 バゼットはテーブルの上に置いてあるレンゲを持ち上げ、そこにルーン文字を刻み付けた。

 

ehwaz(エワズ)、このルーンは馬を表し移動を象徴します。足に刻めば速駆けのルーンになるものです。これを応用し、レンゲに刻み付けることにより早食いのルーンに!」

「……本当に効くのか、ソレ」

 

 

 ランサーとバゼットがそんなやり取りをしているところに、

 

「ハイ、麻婆豆腐10人前づつ、おまたせアル〜〜」

 

 (ばつ)店長が大量の麻婆豆腐をテーブルに運んできた。

 ランサー、バゼット、言峰の前に白い湯気をもうもうと放つ真っ赤な皿が並ぶ。地獄の釜のミニチュアのようだ。見ているだけでこめかみに汗がにじむ。

 皿が並べおえると店長はテーブルから離れて厨房に戻っていった。

 

 

 士郎は赤一色になったテーブルを見下ろした。彼らがなんでこんな勝負を始める事になったのか検討がつかないが、とにかく俺が参加者じゃなくてよかった。

 

「ええと、じゃあ全員分そろったみたいだから勝負はじめってことでいいか?」

 

 と士郎は三人の顔を見る。

 

「おうよ!」

「私は構いません」

「私も問題ない」

「よし、じゃあ激辛麻婆豆腐早食い対決、スタート!」

 

 士郎の号令と共に、三人は同時に麻婆豆腐と称する、ラー油とトウガラシを煮立てた汁にレンゲを突っ込んだのだった。

 

 

 

 かちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃ

 はふはふはふはふはふはふはふはふはふ

 

 

 店内に器とレンゲがぶつかる音と熱いものを必死で口に運ぶ音が響き続けていた。

 言峰は水を口に含む事なく、修羅のような気迫で手にしたレンゲを皿と口の間で往復させている。

 

「ぬああああああああ!」

 

 負けじとランサーもレンゲで麻婆豆腐を掬い続ける。早食い(エワズ)のルーンの効果があったのか。唇も口もすでに強烈なスパイスで感覚が麻痺しているにもかかわらず、レンゲを口に突っ込む速度は落ちる事はない。

 が、ランサーの隣では

 

「らんさー……わたひは、もう、むりれふ……」

 

 バゼットが固まっていた。すでに口から火を吐きそうな状態に見える。魔術協会で恐れられる鬼の執行者といえども、舌までは鍛えていない。

 

「もうしわけありません……らんさー」

 

 そういい残してバゼットはテーブルに突っ伏した。士郎の声が響く。

 

「バゼット選手は5皿目で脱落です!」

 

 

「らいじょうぶら、ばぜっと。ふぁとふぁまかへろ

(大丈夫だ、バゼット。後はまかせろ)」

 

 ランサーは麻婆豆腐をかきこみつづける。もとよりランサーの敏捷ステータスはA。早さは他者にひけをとらない。レンゲを口に運ぶ早さだとしてもだ。

 

「ふ、これでランサー、おまえと私の一騎討ちだな」

 

 言峰は全くペースを衰えさせる事なく麻婆豆腐を喰い進めている。さすがにこの店が行きつけだと言うだけのことはある。

 常人とは感覚がかけ離れている神父ではあったが、味覚も人間離れしていた。

 

「ますらーのからきはおれがとふ!

(マスターの仇はオレがとる!)」

 

 第一、人間相手に英霊のオレが負けていられるか。

 ランサーは手にしたレンゲを振るう速度を上げた。

 ランサーと言峰、両者の目の前の麻婆豆腐の皿は着々と空になっていく。

 

 

 物理的に熱い戦いが繰り広げられるランサーと言峰の横のテーブルでは、

 

「うん、この小籠包美味しいわ」

「こっちのホタテ貝柱入りシュウマイもなかなかよ」

「この最後のちまき、いただいちゃいますね」

「美味しいのでおかわりを頼みましょう、店主!」

 

 相変わらず衛宮家が点心を楽しんでいた。

 そのテーブルの端で、

 

「ああ、杏仁豆腐のシロップが喉を癒します。甘いものはおいしいのですね、ランサー」

 

 バゼットは口直しに衛宮家一同から分けてもらった杏仁豆腐をつまんでいた。目に感動の涙が浮かんでいた。

 

「おお、ばぜっと。あんらもあじがわらるよほになっらのら!

(おお、バゼット。アンタも味が判るようになったのか!)」

 

 そんなバゼットの姿を見てランサーの瞳にも涙がにじむ。もちろん喜びのである。辛さの為ではない。

 あの栄養さえ取れれば味はどうでもいいと言っていたバゼットが、ようやく味の大事さを理解したのである。

 この戦いは無駄ではなかった。ランサーの瞳から熱い涙が流れ落ちた。そう、断じて辛いからではないのだ。

 ……もしかしたら、オレ、缶詰生活から脱却できるのかも。

 

 

 

 かちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃ かちゃかちゃかちゃかちゃかちゃかちゃ

 カン! カラン!

 皿が空になる音が鳴る。士郎の目の前のテーブルから麻婆豆腐が消滅した。

 

「ランサー選手、言峰選手、ほぼ同時に完食です!」

 

 ランサーと言峰はどちらも一匙も譲らぬ速度で泰山特製、激辛麻婆豆腐10人前を平らげきっていた。

 

「ふー、どうら。あかえだのきひをなめれかかっらつけ、おもいしっらか

 (ふー、どうだ。赤枝の騎士をなめてかかったツケ、おもいしったか)」

 

 ランサーは回らない舌を氷水で冷やしつつ言峰を見る。言峰は目を閉じて腕組みをしたまま動かない。

 

「おい、言峰?」

 

 ランサーが不審がって声をかけたその時、厨房の方から甲高い声の持ち主がやってきた。

 

「おまたせアル〜〜」

 

 

 ごとん、ごとんと新たに湯気を吹き上げる赤い皿がテーブルの上に並べられる。

 

「追加の麻婆豆腐おかわり10人前づつ、出来上がりアル!」

 

「え」

 

 絶句する士郎。

 

「なっ……」

 

 絶望するバゼット。

 

「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 絶叫するランサー。

 言峰が静かに目を開け、不敵に笑う。

 

「さて、延長戦といこうか。ランサー」

 

 麻婆豆腐は終わらない。

 誰かが頼み続ける限り、こうして永遠に運ばれ続ける。

 

 ———不実の味覚、虚ろな胃袋。

 

**********************************************************************

 

ehwaz(エワズ)  

 

象徴:馬

英字:Z

意味:馬を示し、移動を象徴するルーン。馬の自由気ままで躍動的な行動力を意味している。移動を意味するルーンは他にraido(ライド)があるが、raidoは目的の為の移動、ehwazは移動することが目的。住居や仕事など環境の変化という意味も持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 

 




このままではランバゼならぬランダメになってしまいそうだ……というわけで、今回はランサー兄貴に頑張ってもらいました。


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豊穣/イング神 《inguz》

バゼットさん家の家業は宝具の栽培?


 この話はしばし時間を遡る。

 ———まだ春先の頃の出来事。

 

 まだ日が昇ったばかりの朝方。ランサーは部屋の中にバゼットの姿が見えないことに気づいた。

 

「バゼット? こんなに朝早くからどこに行ったんだよ?」

 

 ランサーがあたりを見回しながらバゼットを探すと、

 

「ここにいますよ。ランサー」

 

 庭からバゼットの声がした。

 ランサーも庭に出る。庭先でバゼットは地面に穴を掘ってなにかを埋めていた。

 

「アンタが庭仕事とは珍しい。なにか植えてるのか?」

 

 ランサーはひょいとバゼットの手元をのぞく。

 

「ん?」

 

 バゼットが穴の中に入れていたのは花の種や球根ではなかった。なんだか重そうな球体である。

 

「お、それはもしかして」

「フラガラックの元です」

「手作りなのかよ!土に埋めて作るのか」

「ええ、私の血をかけて埋めておくのです」

 

 バゼットは穴の中の球体に土を被せながら答えた。

 

「へええ」

「このフラガラックは一発限りの使い捨てで、一つ出来上がるまでにだいたい一ヶ月くらいかかります。年に10個程度しか作れないのです」

 

 バゼットの生家、フラガ一族のルーツは太陽神ルーに仕えた魔術師である。彼らはルーの宝具であるフラガラックを神代から現代まで、それこそ気の遠くなるような長い間ずっと伝え続けているのだ。

 だがまさか宝具を手作りとは……。槍の英霊にしてルーの息子であるランサーもびっくりだ。

 

「もっとも出来映えには埋める土地の魔力の強さや相性も関係します。ここは故郷や時計塔の土地に比べたらフラガラックを作るのには向いていないでしょう。

 ですが冬木は聖杯が現れる土地ですし、この館は以前フィンランドの名門魔術師エーデルフェルト家が使用していた場所です。ある程度の魔力を持っている土地のように思います。

 なので試しにフラガラックを作成してみようかと」

「ふうん、試しにねえ」

「フラガラックの能力は5つあるのですが、私はまだ2つしか使えていないのです。いまだ私は研鑽中の身。神代からの秘伝の技と言えど進化、研究は必要なのです、ランサー」

 

 バゼットは穴を土で埋め終え、表面を叩いて整地している。その姿を見ながらランサーは呟いた。

 

「よし、じゃあオレもその隣でなにか作ってみるか」

 

 次の日、商店街に出かけたランサーは細長い鉢を持って戻ってきた。園芸用のプランターだ。

 

「よーし、これを作るぜバゼット」

「作るって、フラガラック……じゃないですよね」

 

 バゼットはプランターの中を覗き込んだ。中には土が詰まっており苗が植えてある。

 

「サツマイモの苗だ。アルバイト先の人に教えてもらって買ってきたんだよ」

 

 ランサーは「庭でかんたん!家庭菜園」という本まで用意してきていた。サツマイモ栽培のページを見ながら鍬をふるう。

 

「ランサー、日頃槍を振り回しているあなたが畑で鍬を振っている姿を見るのは妙な気分です……」

「はっはっは、なかなか様になってるだろ?」

 

 戸惑うバゼットに笑い返しながら、ランサーは器用に土を盛って畝にし、黒いビニールシートを敷いて畑を作り上げた。

 

「サツマイモ……。イモということはジャガイモのようなものですか?」

「まあそうだな。この国じゃ秋の味覚らしいぜ」

 

 ランサーとバゼットは手分けして苗を畑に植え付ける。

 

 全部の苗を植え終わったところでランサーは小さな立て札にマジックペンできゅきゅっとダイヤ型のマークを書き込んだ。その立て札を畑の端に刺す。

 

「それはinguz(イングス)のルーンですね」

「おうよ。豊作のお祈りだ」

 

 ランサーが立札に書いたのは豊穣の神イングの象徴であるinguz(イングス)。実り豊かな収穫を祈願するのにうってつけだ。

 

「なるほど。きっとこのサツマイモにイング神の祝福があることでしょう」

「ああ、秋の収穫が楽しみだな!」

 

 

 ———季節は過ぎ行く。

 毎月バゼットは庭でフラガラックを収穫している。ランサーが彼女の様子を見るに、やはり出来映えは時計塔で作ったものほどではないようだ。

 

「フラガラックにもinguz(イングス)が効けば便利なのですが」

 

 とバゼットは苦笑していた。

 畑のサツマイモの方は青々とした蔓を伸ばし、とても順調に育っている。

 

「よーし、サツマイモの方にはばっちり効いているようだな」

 

 ランサーは畑を眺めて満足げに呟いた。

 

 

 ある日、バゼットは暇つぶしに棚に置いてあった家庭菜園の本を見ていた。日ごろ見ているのはサツマイモ栽培のページだけだ。

 だがこの日は何の気なしにぱらぱらとページをめくっているうちに、ふと巻末に乗っている読み物に目が止まった。

 

「む……、これは。もしかすると我々の力を世の中に役立てる事ができるのかもしれません」

 

 バゼットは本を綴じ、ペン立てからマジックペンを取り出すと庭に出て行った。

 

 翌日、庭を眺めたランサーはふと畑に違和感を覚えた。昨日と何かが違う……。よくよく眺めてみて気がついた、畑の端の立札が増えているのだ。

 

「あれ? ルーン増えてないか」

 

 inguz(イングス)の立て札の反対側、畝ごとに一本づつルーンを書いた立て札が立ててあった。

 かがり火(カノ)太陽(ソウェル)(イサ)勝利(テイワズ)……。

 

「ルーンを追加してみました」

 

 さらっとバゼットが答えた。

 

「いつの間にっ!」

 

 バゼットは棚の家庭菜園の本の巻末のページを広げた。

 

「ランサー、近年の農業ではバイオテクノロジーを使って品種改良をしています」

「ほう」

「それによって様々な農作物をより品質を良くし、病気や害虫への耐性を高め、効率よく収穫できるようになるのです」

 

 巻末には農業に関する社会問題についてのあれこれを解説したコラムが載っていた。バゼットはたまたまこれを見つけて読んだらしい。

 

「うーん。すごい世の中になったもんだなあ。

 オレが生きていた時代は農作物に害虫や病気が流行ったらどうしようもなかったんだぜ」

 

 ランサーもバゼットが広げたページを読んだ。

 昔の農業は自然頼み、すなわち神頼み。人間は自然の猛威の前にはなすなべがなく、ただ祈願する事しかできなかった。それもあってかルーンには豊穣の意味をもつ文字が複数含まれている。

 ランサーの時代よりもずっと現代に近い19世紀ですらヨーロッパ全域に広がる大規模な飢饉があった。ジャガイモの疫病が4年間に渡り蔓延したのだ。ジャガイモを主食としていたアイルランドはこの飢饉により一時期は人口が半減した。その人口減はなんと現代になってすら回復できていない。

 そういう被害を現代では科学の力で防ぐ事ができているのだ。

 いい時代になったものだねえ、とランサーはしみじみ思う。

 

「そこでです、ランサー」

「ん、なんだ、バゼット?」

 

 バゼットの声を聞いてランサーは読みふけっていた本から顔を上げた。

 

「農作物に対する同じような効果をルーンでも与えられるのではないかと思います」

「えっ、アンタそれで畑の周りにルーンの立て札増やしてたのか!?」

「その通りです」

 

 バゼットは頷く。

 

「バイオテクノロジーは大変便利で効果的なものです。ですがその進歩の早さは人々に若干の不安をもたらす事もあるようです。

 たとえば遺伝子組み換え作物などです。これは以前から品種同士の交配などで徐々に品種改良をしていたものをある意味てっとり早くしているのですが、未知の方法であるため反対意見もあるのだとか」

 

 バゼットは表情をきりっと引き締めて続けた。

 

「そこで、神代から伝わるルーン魔術によって農作物に効能を付加すれば、自然(マナ)の力による加護なのですから人々にもなじみ深いはず! きっと世の中の役に立つことでしょう」

 

 演説しきったバゼットは名案でしょう、と自慢げな表情をしている。

 

「バゼット、アンタどっちかというと漁村の出身じゃなかったのか。農家になるつもりなのかよ」

「ウチは代々魔術師ですよ、ランサー。

 科学に魔術が負け続けていてはなりません。……第一このままでは世の中での魔術の必要性がさらに減って、私ができる職業が減ってしまいます」

「そこかよ!」

 

 

 そんなわけで、バゼットは日々庭の畑でフラガラックの仕込みのついでにサツマイモの手入れを続けていた。

 季節は移り変わり、既に秋。そろそろ収穫の時期がやってきた。

 はたしてルーンテクノロジー栽培のサツマイモはどんな出来映えになったのだろうか?

 

**********************************************************************

 

inguz(イングス)  

 

象徴:豊穣/イング神

英字:ing

意味:豊穣の神イング(フレイ)のルーンであり、多産、豊穣を象徴する。収穫・安定・満足・幸福・発展等の前向きな意味を表す。また、完成という意味もあり、何かの出来事に決着がつく、完了するなどの意味も示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




次回は収穫編です。


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勝利/ティール神 《teiwaz》

謎のルーン農法の結果は。


 天気のよい秋の朝。

 

「気持ちの良い晴天ですね、ランサー」

 

 庭に出たバゼットの声につられてランサーも窓から外を覗く。

 

「おー」

 

 朝の澄んだ空気が青空をいっそう鮮やかに見せていた。

 

 ランサーも庭に降りて家庭菜園のサツマイモの様子をみる。畑にみっしりと茂ったサツマイモの蔓のところどころに黄色く枯れ始めた葉が目立ち始めていた。

 

「お。こいつを待ってたぜ」

「この枯れた葉がどうかしたのですか?」

「葉が黄色くなり始めたら掘り頃なのさ」

 

 葉が少なくなり、葉の一部が枯れてくるのがサツマイモの収穫時期の目印だ。

 

「よーし、今日は絶好の収穫日和だ。一気に掘り出しちまおうぜ」

 

 ランサーとバゼットは畑からサツマイモを次々と掘り出していく。豊穣(イングス)のルーンの効果があったのだろう。蔓をひっぱると地面の中から丸々としたサツマイモがごろごろ現れる。

 

「うはは。豊作だな!」

「まるで宝物を掘り出してるようです、ランサー!」

 

 掘り出したサツマイモが畑の脇に山のように積み重なる。畑からは畝ごとにカゴ一杯のサツマイモが取れた。

 

「さて、お次はっと」

 

 ランサーは庭の隅から竹箒を持ってきた。一本をバゼットに渡す。

 

「ほらよ、バゼット。館の周りの落ち葉を掃除するぞ」

「落ち葉を? 何をするつもりなのですか?」

 

 急に竹箒を渡されてバゼットはきょとんとしている。

 

「そいつは掃除が終わった後のお楽しみだ」

「?」

 

 ランサーはバゼットを促して二人で館の周りの掃き掃除を始めた。

 館の周りの木々は赤や黄色に色づいている。この国の秋の風景だ。そして地面もまた落ち葉によって秋色に埋め立てられているのだった。

 ランサーとバゼットは地面に溜まった落ち葉の層にざくざくと分け入って、ざっざっと竹箒を振るって落ち葉を庭に掻きだしていく。

 館の周りをぐるっと一周し、一通りもとの地面の土が見えるようになった頃には庭のサツマイモの山の隣にもう一つ、落ち葉でできた大きな山が築かれていた。

 

「よーし、これで準備が整ったぜ」

 

 ランサーはいったん部屋に戻ると今度は両手にいろいろ抱えて帰ってきた。アルミホイルに新聞紙、マッチ。さらにバケツに水を汲む。

 

「ランサー、あれこれ用意していったい何を?」

 

 バゼットはてきぱきと作業しているランサーの手元を覗き込む。ランサーは新聞紙を丸めて、それに火をつけると落ち葉の山に突っ込んだ。間もなくパチパチと火の爆ぜる音が響き、落ち葉の山から煙が上がり始める。

 

「焚き火ですね。しかし火をおこしたいならルーンで発火してしまえばよいのに」

「ははは。このほうが風情が出るだろ。この国らしい言い方をすれば粋ってヤツさ」

 

 焚き火をはじめて間もなく程よく火の勢いが出てきた。

 ランサーは新聞紙をバケツの水に付け、手近なカゴからサツマイモをとっては濡れた新聞紙にくるむ。さらにそれをアルミホイルでくるむ。そしてくるみおわったサツマイモを焚き火のなかに突っ込んだ。

 

「この国じゃあ、こうやってサツマイモを焼いて喰うんだとよ」

 

 1つのカゴのサツマイモをいくつか焚き火の中に押し込むと、ランサーは別のカゴからまたいくつか取り出して、新聞紙とアルミホイルにくるんでは火の中に入れる。

 

 バゼットはそんなランサーを不思議そうに眺めていた。

 

「焼き芋の作り方をどこで覚えたのですか? ランサー。もしかしてこれも聖杯の知識でしょうか?」

「セイバーのマスターの坊主に教えてもらったんだよ。この前アイツの家にふらっと寄って見たらちょうど中庭でサツマイモを焼いていてな」

 

 ランサーは上機嫌で答えながら、長めの枝で焚き火をいじって火加減を調節している。ずいぶんと楽しそうだ。

 

 

「さて、そろそろか」

 

 山のようになっていた落ち葉は焚き火でおおむね灰になった。枝をつかって灰の中から焼き芋の包みを掘り出す。

 ランサーとバゼットがルーンで育てたサツマイモ。はたして、その焼き芋の出来映えやいかに?

 

 ランサーは掘り出した焼き芋を元のカゴごとに分けて地面に並べた。

 

「さて、お待ちかねの味見タイムだぜ!」

「端からためしてみましょうか。まずはかがり火(カノ)のルーンを付与した焼き芋です」

 

 ランサーとバゼットは焼き芋をくるんだアルミホイルをはずしてみる。中から真っ黒な炭で覆われた物体が現れた。

 

「なんか表面がだいぶ焦げてるな。坊主の言った通りに作ったんだが」

 

 黒い物体を見ながらランサーは苦そうな表情を浮かべた。

 

「ランサー、表面の焦げてる部分を取れば十分食べられますよ」

 

 バゼットは焦げた焼き芋を真っ二つに折って中身をかじっていた。

 

「それはそうなんだが……」

「ふむ、火のルーンを使ったので普通のイモよりも焼けやすくなったのかもしれません」

 

 バゼットは焦げたイモをかじりながら考察している。

 

「では、次の焼き芋を」

「これは何のルーンを使ったヤツだ?」

「これは(イサ)のルーンです」

 

 ランサーは(イサ)のルーン付きの焼き芋を手に取ってみる。

 

「コレ、なんか冷たいぞ……」

 

 アルミホイルをはがしてみると中から全く焼けていないサツマイモが現れた。

 

「生のままじゃねーか」

「なるほど、(イサ)の効果で耐熱性がついたみたいです」

 

 バゼットは冷静にルーンの効き目を判断しているのだが、それはそうと

 

「理由はわかった。けど、どうやって喰うんだよコレ」

「次いきましょう!」

 

 ランサーは3種類目の焼き芋を手に取った。

 

「これは何だっけ?」

太陽(ソウェル)ですね。これもかがり火(カノ)と同様に火や熱の意味を持つルーンです。威力はむしろかがり火(カノ)よりも強いかも」

 

 バゼットの返事を聞きながらランサーは手にとった芋の包みを開けてみた。

 

「おい、アルミホイルの中に何もはいってねーぞ」

 

 アルミホイルの中は灰だけ残して空になっていた。

 

「手品のように消えてますね……」

「オレたちは手品師(マジシャン)じゃなくて魔術師(メイガス)だろ」

 

 サツマイモはアルミホイルの中で発火して燃え尽きてしまったようだ。

 

「どうやら太陽(ソウェル)の効果でかがり火(カノ)よりもさらに燃えやすいサツマイモになったようです」

 

 その時、二人の後ろからパチパチと火の爆ぜる音がした。

 

「あれ、もう焚き火は消したよな」

「そのはずですが」

 

 ランサーとバゼットは後ろを振り返った。なんと太陽(ソウェル) のサツマイモのカゴが燃え上がっている。

 

「うおお、なんだ燃えてるぞ」

「危険です。消火を!」

 

 ランサーは足下にあったバケツの水を燃えているカゴにぶっかけた。だが水は一瞬で蒸発し、火は全くおさまらない。

 

「だめだ消えねえー」

「ランサー、代わりにコレを!」

 

 横からバゼットが(イサ)のサツマイモを燃え上がる火の中に次々と放り込む。氷イモを全て放り込んだあたりでようやくカゴの火が消えた。

 

「よかった消えた…。しかし、なんで発火したんだ」

太陽(ソウェル)のルーンの力で自然発熱していたみたいですね。地面の中に埋まっていた時は問題なかったのですが、カゴのなかに固めて置いていたので熱が集まって発火したのでしょう」

「危険物じゃねえか」

「ですが、ランサー、見てください。この通り」

 

 バゼットは燃え尽きたカゴの跡に残った灰を手で払う。そこにはいい香りのする焼き芋が転がっていた。

 

太陽(ソウェル)の火で(イサ)のイモがたくさん上手に焼けました!」

 

 バゼットが拾い上げた焼き芋をランサーは試しに食べてみた。見事ほくほくに焼き上がっている。

 

「おお、あの氷イモ、どうしたもんかと思ったが焼けてよかった……」

 

 焼くのにものすごい手間がかかったけど、と声には出さず心の中で呟く。

 一方バゼットは焼き芋を食べつつ真面目に考え込んでいた。

 

「ううむ、具体的なルーンはサツマイモ栽培にあまり合わなかったようですね。また来年の課題としましょう。農業はなかなか奥深いです」

 

 

「さてバゼット、ルーン焼き芋はまだ1種類残ってるぞ」

 

 ランサーは最後に残った焼き芋を拾い上げた。

 

「最後に残ったのは勝利(テイワズ)のルーンを付与したものですね」

 

 teiwaz(テイワズ)のルーンは戦神ティールの象徴であり、そのイメージ通り勝利を祈願する為に使われるルーン文字である。

 

「これだけ抽象的な意味のルーンなんだな」

「他が具体的な意味のものだったので、試しに趣向を変えてみました。おまじない程度の効果しか期待できなさそうだと予想しているのですが」

「どれどれ」

 

 ランサーは焼き芋のアルミホイルを外してみる。今度の焼き芋は焦げていたり、生だったり、火を噴いていたりという心配はなさそうにみえる。果たして、中の焼き芋は実に普通にふっくらと焼き上がっていた。

 

「よっしゃあ成功だ!」

 

 バゼットは勝利(テイワズ)の焼き芋を味見して、

 

「やはりこれはルーンの効果がよくわかりません。先ほどの氷の焼き芋とかわらないように見えますが……」

 

 とランサーの方を見ると、ランサーは隣で満足そうに焼き芋をほおばっていた。

 

「ランサーは楽しそうだ。効果はそれで十分ですね」

 

 

 翌日の衛宮邸にて。

 士郎が中庭に出ていると、塀の上からランサーがひょこっと現れた。

 

「よう、坊主。こないだ焼き芋の作り方を教えて貰った礼だ。ウチで採れたサツマイモを持ってきたぜー」

「いつも悪いなランサー、魚だけじゃなくてサツマイモまで」

 

 士郎がランサーから受け取った袋の中には丸々としたイモがたくさん入っていた。

 よし、今日は中庭を掃除して焼き芋を作ろうか。

 

 士郎はセイバーと一緒に衛宮邸の周りの落ち葉を中庭に掃き集め、サツマイモを焼いた。

 初めて焼き芋を食べたセイバーはとても感激していた。

 

「なんということだ。あの時この味があれば我が軍はもっと戦えた……」

 

 ははは、後でランサーにセイバーも喜んでたって教えてやろう。

 

 

**********************************************************************

 

teiwaz(テイワズ)  

 

象徴:勝利/ティール神

英字:T

意味:軍神ティールのルーンであり、戦いを象徴する勇気、勝利のルーン。男性性、向上心、精神力などを意味する。武器に刻まれた勝利の護符。勝負事や戦いに挑む時にこのルーンが出たならば、積極的に挑戦することによって勝利を手にすることができるとされる。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




ランサーやセイバーの時代はまだサツマイモはアイルランドやブリテンに伝わってなかったのだろうなあ。


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樺の木 《berkana》

ランサーは”犬”ですが、バゼットも犬属性っぽい気がします。



「おー、ひでえ雨だった」

 

 大雨の中ランサーが街から戻ってきた。

 

「おかえりなさい、ランサー。と、その手に抱えているのは?」

 

 出迎えたバゼットはランサーが腕の中に茶色い生き物を抱えているのに気づく。それはランサーの腕の中でもぞもぞっと動いて頭を上げた。キュウンという小さな鳴き声がする。

 

「犬、ですか」

「ああ、雨の中で震えてたから拾ってきた」

 

 ランサーが拾ってきたのは柴犬だった。若干体が小さいのでまだ子犬だろう。

 

「この国の犬種ですね。毛が茶色くて耳が尖っている。子狐みたいです」

 

 バゼットは子犬の頭をなでてみたが、余り元気がない様子に見えた。

 

「寒さで震えていますね」

「ああ、怪我もしてる。車にでもはねられたんじゃねえかな」

 

 ランサーの言う通り、子犬は足を引きずっていて血も出ている。

 

 バゼットは子犬の体をタオルで拭いて、子犬の怪我に治癒のルーン魔術を施す。

 母性の加護を示すberkana(ベルカナ)のルーン。加えて震えている子犬の体を暖める意味で火のルーンkano(カノ)を加えた。

 

「よし、魔術は問題なく効いたようです」

 

 怪我が治った子犬は元気に床を歩きまわりはじめた。皿にミルクを入れて与えてみるとよろこんで飲んでいる。

 

「そういえば、この子犬に首輪がついてるな」

 

 ランサーはミルクの皿を夢中でなめている子犬の首を見た。真新しい革の首輪をしている。

 

「きっと誰かの飼い犬なのでしょう。飼い主とはぐれたのでは。明日街に探しにいってみますか?」

「そうだな、どうも犬は他人って気がしねえしなあ」

 

 ランサーの真名クーフーリンは”クランの猛犬”という意味だ。ランサーは少年時代に鍛冶屋クランの自慢の番犬を殺してしまった。その際に、代わりに私があなたの番犬を勤めましょう、と申し出た事からついた呼び名である。

 そういう故事もあるので、迷子の子犬をなんとなく捨て置けない気分がしたのだった。

 

 

 次の日、ランサーとバゼットは拾った子犬の飼い主を探しに街に出かけた。

 街中に入ったところでランサーは地面から小さな小石をいくつか拾い上げる。

 

「ランサー、何を?」

 

 尋ねるバゼットにランサーはふふん、と笑って小石にルーンを刻み付けた。

 

「探知のルーン魔術さ」

 

 バゼットは刻まれたルーンを見て不思議に思った。

 

「それは樺の木(ベルカナ)のルーンですね。ですがそのルーンで探知を?」

 

 昨日子犬の治療にberkana(ベルカナ)を使った通り、樺の木を象徴とするこのルーンは母性や成長といった意味を持っている。だが、それが探知にどう結びつくのだろう?

 ランサーは答えずにへっへっへと笑っている。ランサーは原初の18のルーン魔術を身につけている。その内容の中にはバゼットですら詳しく知らない術もあるのだ。

 

「まあ、魔術での探知はオレにまかせとけよ、バゼット」

 

 赤い目をぱちりとウィンクしてランサーは屈み込み、探知の魔術を施した小石を地面に散らして行方を観察している。

 魔術の秘密は内緒らしい。ずるいです、とバゼットは思ったが、なにしろ英霊の魔術だ。人間の理解の及ばないところがあるのかもしれない。

 

「わかりました。では私は街中で聞き込みをしてきます」

 

 バゼットは子犬を抱えて立ち上がった。

 まずは橋の方にでも行ってみようか。誰か知り合いがいるかもしれません。

 

 

 未遠川の大橋の前。

 バゼットは見知った人間がこちらに向かってくるのに気づいた。

 

「あ」

「やあ、バゼット」

 

 バゼットの前からやってきた人物は衛宮士郎だ。

 

「おっと、今は戦闘は無しな、昼間だし」

 

 士郎は緊張した笑顔を浮かべながら両手を上げて不戦のポーズをとっている。バゼットとしては出会い頭からそんな態度をとられるのは心外だ、と感じたが日頃の関係上致し方ない。

 

 

「無論です、衛宮士郎。今日の私は戦闘の為に街に出てきたわけではありませんから」

 

 バゼットは士郎に腕の中の子犬を見せつつ尋ねる。

 

「この子犬を探している人を知りませんか?」

「えっ、 犬?」

「昨日ランサーが拾ってきたのです」

 

 士郎は子犬をなでてみた。むくむくしていて人なつこくてかわいい。

 それはともかく意外だ……。この戦闘狂の主従が子犬なんかを構っているとは。

 

「貴方はこの町の人間だ。知り合いも多いでしょう?」

「そうだな。わかった、俺も手伝う。友達に聞いてみるよ」

 

 バゼットの頼みを士郎は快く引き受けてくれた。なにしろ困っている人がいれば放っておけないのが衛宮士郎である。

 

「助かります、衛宮士郎」

「ああ、何かわかったら教えるよ」

 

 そう言って軽く手を振りながら、士郎は新都の方に向かって去っていく。

 

「ふふ、手伝ってくれる人が見つかってよかったですね」

 

 バゼットは子犬を抱え上げて話しかけた。

 

「さて、次は商店街に行ってみましょうか」

 

 

 バゼットはほどなく商店街に辿り着いた。知人がいないかそれとなく周囲を見回しつつ、

通りを歩く。

 が、バゼットが気づくよりも一瞬早く

 

「貴方はランサーのマスターですね」

 

 横から先に声をかけてきたのは

 

「セイバー」

 

 バゼットがそちらに向き直るとセイバーの姿があった。軽く身構えて鋭い視線を送っている。

 

「こんなところで敵襲とは……」

 

 今にも武装しそうな気迫を発しているセイバー。小脇には紙袋を大事そうに抱えている。

 

「我が大判焼きは一つたりとも渡しませんよ、魔術師(メイガス)

 先ほどヴェルデの地下食料品売り場でチョコレート、カスタード、チーズ各種大判焼きを買ってきたばかりです」

 

「……………………」

 

 バゼットは黙ったまま首を振る。

 

「誤解ですセイバー、私は貴方の食べ物を狙う気はまったくありません」

「なんと」

「それに今日は戦闘をするつもりもない」

 

 バゼットに戦闘の意思がないことを理解して、セイバーはようやく構えを緩める。

 

「では魔術師(メイガス)、今日は何の為に」

「セイバー、この子犬の飼い主を探しています。知りませんか?」

 

 バゼットは抱えた子犬を地面に降ろしてセイバーに見せた。

 

「もしかして、この子犬は……」

 

 セイバーもいったん抱えた紙袋を地面に置いて、子犬を抱え上げてあちこち眺めている。

 

「心当たりが?」

 

 ひとしきり眺めた後、セイバーは子犬を地面に降ろした。

 バゼットの問いに、セイバーは目を閉じ、うーん、と腕組みしながら考えている。

 

「いえ、すぐには思い出せないのですが、どこかでこの子犬を見かけた気がするのです」

 

 

 それにしても、とバゼットは子犬を見ながら思う。

 セイバーにぶんぶんと尻尾を振っている。先ほどセイバーに会ったときから、この子犬はやけにセイバーに懐いている。

 

 ———正直、妬ましく思うほどだ。

 むむ、セイバーは動物に懐かれやすいのでしょうか?

 もしかしてセイバーのスキル、カリスマBは動物にも有効だとか?

 これもサーヴァントのスキルの一環なのでは、とついつい考え込んでしまう。

 

「……あっ」

「えっ?」

 

 唐突にセイバーの驚きの声がして、バゼットは我に返る。そして気がついた。傍らにいたはずの子犬がいつの間にかいなくなっていた。

 慌てて通りに目を向ける。

 通りの人混みの中に、セイバーの大判焼きの袋をくわえて逃げていく子犬の後ろ姿が見えた。

 

 

 セイバーとバゼットはほんの一瞬の間、子犬から目を離して会話に気を取られていた。その隙に大判焼きの袋をくわえて子犬はダッシュしていた。

 

「なんと言う事だ、私を油断させておいて大判焼きを狙っていたとは!」

「待ちなさい!」

 

 二人はすぐに後を追う。セイバーとバゼットは動物並に足が速い。子犬くらい捕まえるのはたやすいはずなのだが。

 なにしろ相手は小さいので小回りが効く。道行く人々に「きゃあ!」「うわわわっ!」という悲鳴を上げさせつつ人々の間をすり抜けていく。

 ちょうど買い物客で商店街がにぎわう時間帯。

 

「まいりました。今は昼前で人が多い。思いっきり走れません」

 

 セイバーとバゼットが全力で走ろうにも通行人の妨害はできない。

 子犬は路上駐車の自転車やバイクの隙間をぬって逃げる。セイバーやバゼットが入れない狭い隙間に入り込みながらどこかを目指して一目散に駆けていく。

 

 

「逃しません。大判焼きは渡さない!」

「いったいどこへ逃げていくつもりなのでしょうか……」

 

 子犬は商店街を抜けて住宅街の路地を走っている。民家の塀に小さな隙間が空いており、子犬はするりと人の家の庭に侵入してしまった。

 

「む!ならば」

 

 すかさずバゼットは地を蹴った。すぐ側の電柱を支店に三角跳びの要領で飛び上がり、塀の上端をつかむ。そのまま庭に躍り込もうと壁に足をかけた。

 

「だめです、魔術師(メイガス)!」

 

 バゼットはセイバーにズボンの端を掴まれて制止された。

 

「セイバー、何をするのですか」

 

 邪魔をされて不平をならすバゼットにセイバーをぴしりと言い放つ。

 

「敵を追走中といえども、人家に立ち入ってはなりません」

「……む、それはそうですね」

 

 確かに子犬を追ってつい人の家に入り込んでは普通に不法侵入である。

 追撃中に兵が民家に侵入しないように気を配るのは用兵の心得の一つ。さすがセイバーは王様だ。

 たとえ、全力で追っている相手が大判焼きをくわえた子犬であったとしても。

 

「あの子犬を思い出しました、魔術師(メイガス)。向かっている先の検討がついた」

 

 そういってセイバーはどこかに向かって走り出した。 

 この子犬が向かう先は、おそらく……。

 

「セイバー!?」

 

 バゼットも塀から飛び降りてすぐにセイバーの後を追う。

 

 

 

「ここは……グラウンド?」

 

 セイバーとバゼットが辿り着いたのは未遠川沿いの公園だった。目の前にグラウンドがみえる。サッカーのゴールがあるようだ。

 

「ここが目的地なのですか、セイバー?」

 

 バゼットの質問にセイバーは走りながら答える。

 

「ときどきここで少年たちとサッカーをするのですが、そのときにあの子犬を連れた少年を見た覚えがあるのです」

 

 サッカーゴールの付近に人影が見えた。

 

「シロウ!」

 

 そこにいたのは衛宮士郎。そして士郎の友人の三枝由紀香と弟のコウタがいた。

 更にその隣には

 

「ランサー、貴方もここに?」

 

 腕に子犬を抱えてへへっ、と笑うランサーの姿があった。

 

 

「由紀香にきいたら弟のコウタくんの友達が子犬を探してるって。だからここに呼び出してもらったんだ」

「オレの探索(ベルカナ)のルーンが指し示したのもここだったのさ……っと!?」

 

 それまでランサーの腕のなかでじっとしていた子犬がワン!と吠えてはしゃぎ始める。

 同時にグラウンドの外から1人の少年が駆けてくるのが見えた。

 

「タロー!」

 

 と叫びながらこっちに大きく手を振っている。

 子犬もうれしそうにおもいっきり尻尾を振っている。ああ、彼がこの子犬の飼い主なのだろう。

 

 

「ふふ、無事に再会できてよかったですね」

 

 満足げに呟いたバゼットに続けて、

 

「ええ、実にその通りです」

 と、セイバーの声がする。

 

「……セイバー?」

 

 ふと皆がそちらを振り返ると、セイバーが幸せそうに無事再会を果たした大判焼きをほおばっていたのでした。

 

 

**********************************************************************

 

berkana(ベルカナ)  

 

象徴:樺の木

英字:B

意味:誕生、成長、繁栄を意味するルーン。白樺は春の自然の覚醒や新しい生命の誕生の象徴である。母性、やさしさ、穏やかさを示すルーンでもある。子供が健やかに成長したり、物事が順調に進行する状態を暗示する。新しい出来事にも幸運をもたらす。

 

ルーン図形:{IMG5392}




ランサーがUBWでつかった探知のベルカナはルーンの元の意味からは根拠がよくわからない。というわけできっと原初の18ルーンなどの秘技なのでしょう、と解釈しました。


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巨人/トゲ 《thurisaz》

なんだかんだいっても好戦的なランバゼ主従。

※今回はやや長めです。ゆっくりお楽しみください。


 夜の街を笑顔で談笑しながら歩く男女がいた。

「はっはっは、痛快だったな!」

「久しぶりにいい汗がかけましたね」

 

 会話だけ聞けばスポーツジム帰りの爽やかなカップルのように感じる。だが彼らの外見がその印象を打ち砕く。男は青い戦装束に鋭利な刃のついた赤い槍を担ぎ、女は黒のスーツをきっちり着込んで手には革手袋をはめている。

 

 

 彼らの会話によく耳を澄ませたなら

 

「たまには思いっきり暴れないと腕がなまっちまうからな」

「ええ、最近少し戦闘(うんどう)不足でしたからちょうどよかった」

 

 と穏やかでないことを言っているのに気づけただろう。

 この物騒な男女、ランサーとバゼットは柳洞寺を出て深山町の彼らの隠れ家に帰宅中だ。

 

 

 

 この夜、ランサーとバゼットはキャスターの本拠地である柳洞寺に攻撃を仕掛けた。

 理由は、

 

「ちょっと殴りたい気分になったから」

 

 

 柳洞寺の山はキャスターが作った結界に守られており、サーヴァントが侵入する事ができない。なのでランサーとバゼットは堂々と参道を通って山門に突撃した。

 山門からはキャスターが作った使い魔、竜牙兵が深夜の侵入者たちを迎え撃つべく、わらわらと姿を現した。

 その竜牙兵を、

 

「うらうらうらァ!」

 

 ランサーは朱槍をぶんぶん振り回してなぎ倒しまくり

 

「フッ、シッ、ハッ!」

 

 バゼットはルーンで硬化した拳を振るって殴り倒しまくる。

 彼らが通り抜けた後の地面には砕け散った竜牙兵の白い破片がバラバラと散らばっていく。

 真夜中の境内はいつもは深い静けさに包まれているはずだ。だが今夜はランサーとバゼットが奏でるガシャンガシャンという派手な騒音がその静寂をぶちこわしていた。

 

 

 山門の異変に気づいたキャスターは慌てて眠りこけていたアサシン小次郎を叩き起こしたのだが、既にランサーとバゼットはキャスターの竜牙兵をほぼ全部木っ端みじんに蹴散らし終わっていた。

 小次郎が山門に駆けつけたときには既に

 

「わっはっは!」

 

 と高笑いを残し、ランサーとバゼットが悠々と引き上げた後であった。

 

 

 

「今日は楽しかったなあ」

「キャスターが竜牙兵を作り直した頃にまた襲撃(あそび)に行きましょう」

 

 帰宅したランサーとバゼットは部屋でくつろぐ。

 ふと、バゼットが思い出したように言った。

 

「竜牙兵を見て思ったのですが、私たちも使い魔がほしいですね。キャスターのように何匹も作る必要はありませんが、一匹いれば留守番や宅配便の受け取りに便利そうです」

「おお、そいつはいいねえ」

「そうは言ってもさすがにキャスターほど器用ではないので、作るとしても単純なゴーレム程度になりそうですが」

 

 

「それならよ、バゼット。この国では巨大ロボットを作るのが人気らしいぜ」

「巨大ロボット……?」

 

 そういえばランサーは最近日本のアニメに夢中になっていた、とバゼットは思い出した。

 バゼットが夜中にふと目を覚ますとランサーがパソコンにかじりついて何か見ている。何を見ているのかと尋ねて返ってきた答えは、ガンダム、マクロス、エヴァンゲリオン……。テーブルには山のようにロボットアニメのDVDが積まれていた。

 ランサーはいつの間にか大量のアニメのDVDと観賞用のパソコンを調達してきていた。おそらく例によって衛宮士郎から借りてきたのだろう。

 

「ランサー、それはアニメの話でしょう?」

 

 まったく、この国のアニメにすっかり影響されてしまって。現実とアニメを混同してはいけない。

 

「これみてくれよ、バゼット!」

 ランサーはかちゃかちゃっとパソコンを操作しとある写真を表示してバゼットに見せる。

「こっ、これは……」

 

 その写真には巨大な白いロボットが屋外に立っている姿が映っていた。バゼットはおもわずがたっ!と立ち上がりパソコンのディスプレイを両手でつかんで聞く。

 

「ランサー、これは本物のガンダムでしょうかっ!」

「おうよ、すごいだろバゼット!」

 

 興奮気味のバゼットに目を輝かせて答えるランサー。

 

「なんと、もうアニメのロボットが実際に製造されているとは……。

 日本はおそるべき国ですね」

 

 むろんこの実物大ガンダムはイベントの見せ物にすぎない。だがランサーとバゼットはこういうロボットがこの国には普通にあるものだと勘違いした。時の果てからやってきた英霊と歳の割に世間知らずの外国人は、その辺りの判断基準が怪しかった。

 ランサーとバゼットはお互いの瞳を見つめ、うなずき合う。

 

「日本の科学は素晴らしい。我々も負けてはいられません」

 

 

 翌日、商店街でランサーとバゼットは粘土を買い込んできた。館に帰るなりさっそく粘土をこねて膝丈ぐらいの大きさの人形をつくり、それにいくつかの魔術を施す。すると粘土人形は立って歩き回るようになった。

 

「お、いい感じじゃねえか」

「初歩のゴーレム作成魔術です。実のところ私はこの手の魔術は得意ではないのでおもちゃのようなものです。命令通り歩き回る程度の能力しかありませんが」

 

 そういいながら、バゼットは手に持ったマジックペンの蓋をぱこっと外した。

 

「ん、何だ、 何か書くのか?」

「今のままでは強度にも問題があります。何かにぶつかったらあっさり壊れてしまうでしょう。そこで強化のルーンを人形に書き込むのです。

 さらに、このままではそもそも小さすぎる」

 

 

「ふうん、で?」

 

 尋ねるランサーに、バゼットはにやりと得意げに笑う。

 

「ランサー、我々には巨大ロボット作成にうってつけのルーンがあります」

 

 ランサーは一瞬意味を取りかねて不思議そうな顔をしていたが、ふとひらめいてぽんと手を打った。

 

「ああ、アレな! なるほどねえ。

 へへへ、じゃあ強化のルーンのほうはオレに任せとけよ」

 

 ランサーはバゼットからマジックペンを受け取ると人形のあちこちにきゅきゅきゅっといくつかのルーンを書き込んだ。

 

「これでよし、と。仕上げは頼むぜ、バゼット」

 

 ランサーからペンを渡されたバゼットはまだ空いている人形の足に1つのルーンを書き込む。棒に三角のトゲがついたような形をした文字だ。

 

「仕上げは、ずばり巨人のルーンthurisaz(スリザズ)です」

 

 書き上げ次第バゼットはthurisaz(スリザズ)のルーンに魔力を通す。ルーンが一瞬光を放ち、

 

 

 ずももももももももももももももっ!

 

 

 粘土人形は巨大化した。

 

「おおおおおおお」

 

 巨人と化した人形を見上げてランサーは歓声を上げる。

 

「全長約20メートル。大きさはかの有名なモビルスーツにも劣りません!

 名付けて……」

 

 バゼットは巨人の前でびしっと謎のポーズを決めた。

 

「『ルーン巨人 スリザズーン』の誕生です!」

 

「わはははははは! おもしれえ。さっそく街に行ってみようぜ!」

 

 ランサーとバゼットはタタッと巨人の肩に駆け上がる。高みからの見晴らしは快適だ。まるで自らが巨大化したかのような錯覚さえする。

 バゼットは街の方向を指差し声高らかに号令を下した。

 

「進め、スリザズーン!」

 

 巨人はズシンと足音を響かせ、深山町の市街地に向かっていく。

 

 

「な、なんだあれは!」

「巨人が進撃してくる!」

「ママー、でっかいロボット」「しっ! 指差しちゃいけません」

 

 突然の謎の巨人の出現に住宅街は騒然となっていた。多くの人が家から飛び出したり、家の窓から身を乗り出して、ずんずんと街を闊歩する巨人の姿を目撃した。

 街の混乱の声は巨人の肩に載っている二人にも聞こえてくる。

 

「ははは、俺たち大人気だな!」

「冬木市の人々は我らがスリザズーンに注目してくれているようですね、ふふふ」

 

 

 周囲の大騒ぎを人気と思い、ランサーとバゼットは気を良くしている。だが、

 

「バゼット!、それにランサー!」

 

 彼らの足下でざわめく喧噪の中からひときわ高く、ランサーとバゼットの名を呼ぶ声がした。

 

「む?」

 

 バゼットは巨人の足下を見下ろして声の主を探す。すぐに気づいた。赤くて目立つ二人組がこちらをまっすぐに見上げている。遠坂凛とアーチャーだ。

 

 

 遠坂凛は住宅街に謎の巨人が現れたと聞いて、即座にアーチャーを従え現場に駆けつけた。こんな騒ぎの原因はおそらくどこかのマスターとサーヴァントに相違ない。

 駆けつけて見れば想像通り。

 

「あの戦闘バカ、何のつもりよ……」

 

 遠坂家は冬木の地を預かるセカンドオーナーだ。外来の魔術師が起こす騒動を放っては置けない。

 

「私の土地で勝手な真似はさせないわ」

 

 遠坂家の家訓は『常に余裕をもって優雅たれ』。そう、相手が魔術協会の封印指定執行者だとしても、遠坂の当主として悠然たる姿を見せつけなくては。

 凛はバゼットを鋭く見据えつつ呼びかける。威厳を保ち、堂々と。

 

「バゼット、何そのゴーレム。街を破壊する気?

 だいたい魔術の神秘の秘匿をなんだと思ってるのかしら。魔術協会に言いつけるわよ」

 

 ぴしりと言い切り、凛はツインテールをさらりと片手で払った。

 内心で思う。よし、きまった。

 

 

 バゼットはそんな凛の姿を怪訝そうに見ている。

 

「なにを言っているのです、遠坂凛。

 巨大ロボットは日本の工業のお家芸だと聞きました。この国では別にめずらしくもないのでしょう? それなのに日本人である貴方がなぜそんなに驚くのですか?」

 

 そこまで言って、バゼットはふと思い出した。凛には一見彼女らしくない、意外な特徴があるのだ。思わずフッと笑う。

 

「ああ、そういえば遠坂凛。あなたは現代科学に疎いのでしたっけ」

「なっ、なぬ!」

 

 

 い、いま鼻で笑ったな……現代科学に……なんですって!

 凛の耳はバゼットの余計な一言を敏感にキャッチした。あの人間凶器女、許すまじ。

 隣のアーチャーの方を勢いよく振り向く。

 

「撃ち落としなさい、アーチャー!」

「凛、優雅に振る舞っている時間が短すぎるように思うのだが。余裕というものにはスルースキルも含まれるのではないかな……」

 

 軽く凛をいさめようとしたアーチャーだったが、彼女の目を見て思わず口ごもった。向き合った凛の視線の迫力には鬼気迫るものが宿っている。

 

「ああ、そら魔術の神秘の秘匿をすべきだとかもあるのでは……。

 ……とにかく了解した」

 

 迫力を増す主の眼に堪えかね、アーチャーは口をつぐんで戦闘態勢に入る。手ぶらだったアーチャーの手にはいつの間にか弓が握られていた。

 

 

 

「遊びがすぎたな、ランサー。撃ち落とす!」

 

 アーチャーは巨人の胸板めがけて、ぎりっと弓を引き絞る。

 構えているのは矢というよりも、全体がドリルのように螺旋状に拗くれた奇妙な剣に見える。これは単なる矢でも剣でもない。剣製の英霊たるアーチャーが作り出す、ケルト神話の伝説の剣カラドボルグの投影(コピー)なのだ。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII)!」

 

 アーチャーは剣の銘を呼び、弦を放った。オリジナルよりランクが劣るとはいえ宝具による一撃だ。でかいだけの人形の胸板に大穴を開けるだろう。

 偽・螺旋剣はまっすぐに巨人に向かって飛翔し、その体のど真ん中に突き刺さり抉らんとする。

 アーチャーは偽・螺旋剣が巨人の胸板をズバン!と貫通すると確信した。

 

 

 ガツッッッッッッッッッッッッ!

 

 

 しかし響いた音は鈍い衝突音。偽・螺旋剣は巨人の体に弾かれて地面に転がる。

 

「何だと……」

 

 アーチャーの放った剣は巨人の体に傷一つつけることができなかった。

 

「はっはっは!」

 

 ランサーの愉快そうな笑い声がアーチャーの頭上に振ってくる。

 

「この巨人にはオレの原初の18のルーンの護りを施してある。上級宝具の一撃も防ぐ技なのさ。どうだ堅てえだろ?

 オレにカラドボルグはいい選択だが、あいにくとテメエはアルスター生まれじゃなくて残念だったな」

「どうです、我らがルーン巨人スリザズ—ンの能力は!」

 

 してやったりと得意げに笑っているランサーとバゼットに対して、

 

「くっ……」

 

 アーチャーは悔しそうに巨人を見上げた。

 

 

「すげー! ロボットすげー!!」

「けど、あの赤い人のさっきの弓矢すごかったぜ!」

「激突したときの写真とれた!?」

「ねえ、あれ何のアニメのコスプレ?」

 

 巨人の周囲はすでに野次馬だらけになっていた。謎の巨人、そして巨人と戦うこれまた謎のヒーローの出現に野次馬は大喜びし、盛り上がっている。

 その喧噪うずまく人混みのなかを

 

「どいてください」

 

 がしゃり、と金属音を響かせて鎧姿の少女が掻き分けて前に出る。また新しい謎の人物の出現にさらに沸き立つ野次馬を背にして、少女は巨人の目の前に立ちはだかった。

 

 

 

「ランサーーー!」

 少女は巨人の肩に乗る人影に向かって叫んだ。その一声は激しく、しかし涼やかに周囲に響きわたる。ざわついていた野次馬が静まり、浮ついた空気さえもが引き締まる。

 

「お!?」

「この清澄な剣気……セイバーですね」

 

 地上に眼をやったランサーとバゼットの視線の先で、青い衣に白銀の甲冑をまとった騎士王(セイバー)が巨人を見あげている。その身は金髪碧眼の小柄な少女だが、戦装束のセイバーは体躯の小ささなど感じさせない闘気を放っている。

 今のセイバーは商店街で大判焼きや中華まんを抱えて歩く腹ペコ王ではない。彼女が右手に握るのは揺らめく風に守られた不可視の剣だ。

 

 

「よう、セイバー! オマエも来たか。どうだオレたちのロボットは」

 

 相変わらずランサーは陽気なノリでセイバーに挨拶を返したが、セイバーがそのノリに付き合ってくれそうな気配はなさそうだ。

 

「ランサーに魔術師(メイガス)、街の平和を乱す行為は許さない。退かないというのであれば、私が相手になりましょう」

 

 セイバーはちゃきっ、と右手の剣をランサーとバゼットのほうに掲げつつ気を吐いている。すっかり本気だ。生真面目なセイバーにランサーは少々困惑した。

 

「うう、相変わらず遊びのわからねえやつだなあ」

 

 

 セイバーは剣を両手で構え直した。見えない刀身を支点に風が渦を巻く。風の渦は瞬く間に強くなり、セイバーの周囲に突発的な豪風が吹き荒れた。

 セイバーの後ろでがやがやと観戦していた野次馬の集団は風のあおりをまともにくらう。

 

「うわわわ、飛ばされる」

「なんだ、この突風は!」

「ひいいいいい」

 

 ごおっ!と巻き起こった風は野次馬の集団を数メートル後ろまで押し戻した。

 

 ———よし、風王結界(ふうおうけっかい)の解放のついでに人払いもできました。

 

 セイバーは剣を持った両手を頭上に高く掲げる。セイバーの手元から徐々に風のヴェールが取り払われ、金色にまばゆく輝く剣が姿を現し、辺りを照らす。

 周囲を騒がしていた悲鳴や歓声が、感嘆のどよめきに変わっていく。

 

「光の剣だ!」

「ライトセイバーだ!」

「いや、フォトン・ソードだ!」

 

 

 ランサーとバゼットは巨人の肩から輝きを増していく聖剣を見つめている。バゼットは傍らのランサーに声をかけた。

 

「ランサー、セイバーは宝具を使う気です。ここは私に」

「え、バゼット?」

 

 ランサーがバゼットを見ると眉をきりっと引き締め、真剣にセイバーの姿を見つめている。

 あれ? いつの間にか向こうのノリに釣られてないか……、もっと軽いカンジで来たつもりが。

 

 戸惑うランサーに構わず、バゼットは背負っていた筒からごろりと球体をとりだした。

 

後より出て先に断つ者(アンサラー)

 

 詠唱とともに球体がバゼットの頭上に浮遊する。セイバーの剣の光を感知してフラガラックも青く輝き始めた。バゼットの持つフラガ家秘伝の迎撃礼装がセイバーの宝具発動を待ち構える。

———あ、こっちももう遊びじゃなくなってるっぽい。

 

 

 地上で構えられる聖剣が輝きを集めるごとに、巨人の上に浮かぶ逆光剣もさらに閃光をまとってゆく。

 地上と空中で黄金の光と青い雷は輝きを増しながらにらみ合う。

 

「おい……ちょっと……」

 

 ランサーが見守る前で正面に構えていたセイバーが一歩足を踏み出した。それを見てバゼットも右腕を大きく後ろに引いた。

 

約束された(エクス)———」

切り抉る(フラガ)———」

 

 セイバーとバゼットが宝具の真名を叫び、

 ランサーの悲鳴があたりにこだまする。

 

「うわあ、オマエらマジなのかあああああああああああ」

 

 

 セイバーが頭上高く掲げた聖剣を振り下ろそうとしたその時、

 

「だめだ、セイバァァァーーーーーーーーーーーー!!」

 

 人混みの中を突っ切って飛び出してきた少年が一人。そのままセイバーの横に走り込む。

 

「シロウ!」

 

 驚いたセイバーは間一髪、エクスカリバーを振りかぶったまま静止した。

 

「セイバー、ここでエクスカリバーは駄目だ」

「シロウ、出力をぎりぎり絞れば」

 

 衛宮士郎は頑に首をふる。

 

「ここでセイバーがエクスカリバーを撃って、街が無傷ということは考えられないだろ」

「……仕方ありません」

 

 セイバーは聖剣を降ろす。漲っていた光が散り、もとの黄金の剣の姿に戻った。しかしセイバーはいまだに手に剣を握ったまま、巨人の肩にいるランサーとバゼットを見据えている。

 

「ですが、一度抜いた剣をやすやすと収めるわけにはいかない」

 

 

 セイバーの宝具の発動は消えた。宝具を打ち返そうと狙っていたバゼットのフラガラックも光を失い、もとの球体に戻った。バゼットは宙から落ちてきたフラガラックの玉をぱしりと受け取る。こちらも宝具は仕舞ったが、やはりセイバーから眼をはなさない。

 

「無論、我らも敵を前にして背を向ける事などできない。ですよね、ランサー!?」

「えっ、そろそろ帰らないか、バゼット……」

「ランサー、貴方ほどの人が何を言うのですか」

「アンタ、セイバーに釣られ過ぎだーーー!」

 

 口喧嘩を始めたランサーとバゼット。その足下からふいに、

 

「ワン!」

 

 と犬の声がした。

 

 

「ん、見た事ある犬だな?」

「あれはこの前の子犬では?」

 

 巨人の足下を見下ろすと、茶色い子犬がランサーとバゼットを見て「ワオン!」と鳴きながらぶんぶんと尻尾を振っている。

 あれは確か、先日飼い主探しをした迷子の子犬だ。

 そして、野次馬の人垣のなかから飼い主の少年が子犬を呼んでいるのが見えた。

 

「タロー!そっちへいっちゃだめだ。危ない!」

 

 子犬は飼い主の少年に「ワン!」と応えると、巨人の足にしゃーっ、とおしっこをかけてから少年の元に走って戻っていった。

 

 

 ごごごごごごごごごごごご…………

 

 

「おや?」

 

 巨人の肩に乗っているランサーとバゼットは不思議な振動を感じた。

 

「な、なんでしょうか、この揺れと音は……」

「な、なんか巨人が揺れてないか、バゼット?」

 

 不審に感じた二人が巨人の体を見下ろすと、がこっ!という音とともに巨人の片足が崩れていく。

 

「なっ、なぬ!?」

「ええええええええええ!?」

 

 

 がらがらがらがらがらがら…………

 がっしゃーーーーーーーーーん!!!

 

 

 派手な破壊音ともうもうとした土煙をたてながら、巨人の姿はあっという間に崩れていき、潰れて瓦礫の山と化した。

 

「え!?」

「いったい何が起こったの?」

「なぜ急に壊れたのでしょうね……」

 

 呆然とする野次馬の皆さんと共に凛、アーチャー、士郎、セイバーもあっけにとられて巨人の残骸の瓦礫の山を見る。

 

 

 崩れ落ちた巨人の残骸とともに地面に転落したランサーとバゼットは瓦礫の山のてっぺんに埋まっていた。

 

「バゼット、なんで崩れたんだ……」

「おそらく巨人の足に書いたthurisaz(スリザズ)のルーンが消えたのでは。

 そういえば……、ルーンを書くのに水性マーカーを使っていたのです」

「なぜ今回に限って水性ペンだったんだよ」

「たまたま手元の油性マジックペンが切れていたのです、ランサー」

「ああ……」

 

 がくり。

 ランサーとバゼットは瓦礫のうえに突っ伏した。

 

 

 

 かくして正義の味方+αによって謎の巨人は倒され、

 冬木市に元通りの平和な日々が戻ったのだった。

 

 

 

 翌日の冬木駅前。

 

「号外でーす」

「号外をお配りしております」

 

 ランサーとバゼットは駅の前で往来の人々に新聞の号外を配っていた。

 

「バゼット、これオレたちいつまで配らないといけないんだ?」

「とりあえず用意された号外を全部配り終えるまでと言われました。それにしても朝からずっと配り続けていてさすがに疲れましたね、ランサー……」

 

 ため息をつきながらランサーとバゼットは延々と通りすがりの人たちに号外を渡し続ける。

 彼らが配っている号外の内容は以下の通り。

 

-------------------------------------------------------------

 

毎朝新聞 冬木市版

 

〇〇地方で放映の特撮番組。冬木市内で撮影。

 

 〇〇地方で限定放映の特撮ロボットアクション番組「ルーン巨人スリザズーン」の撮影が冬木市住宅地内において特別に行われた。

 集まった観衆は最新鋭の巨大ロボットの姿に大喜び。

 さらに特撮ヒーローたちと巨大ロボットが繰り広げる大迫力の必殺技の応酬に観衆の視線は釘付けとなった。

 なお、観衆からは次回の撮影もまた冬木市で見たいとの要望が寄せられたが、撮影プロダクションの担当者より、住宅地においてこれだけの規模の撮影を行う事は大変に稀であり、残念ながら次回の撮影の予定は今のところはないとのコメントがあった。

 

-------------------------------------------------------------

 

「隠蔽用の号外の配布は進んでいるか?」

 

 ランサーとバゼットの後ろから陰険な声がした。振り向くと言峰綺礼が大量の号外の束を抱えて立っていた。

 言峰はランサーとバゼットの脇に新しい号外の束をずん、と容赦なく積み重ねる。

 

「綺礼、まっ、まだ号外があるのですか……」

「言峰、テメェ号外刷り過ぎだろ!」

 

 言峰は実に愉しそうにニヤニヤと笑っている。

 

「あれだけの騒動を起こしたのだから、隠蔽に手間がかかるのは当然だろう。私も擬装用の新聞を手配するのにずいぶん苦労したのだ。騒ぎの張本人の君たちが労働するのは自業自得だと思わないかね?

 くっくっく、まあせめても情けだ。全部配りおわったら晩飯くらいは振る舞ってやろう」

 

 その言峰の申し出からランサーとバゼットは不穏な気配しか感じ取る事ができない。

 

「なっ、なんだと……?」

「そ、それはもしや……」

 

 怯えるランサーとバゼットを見て、言峰はひときわ嫌みな笑みを浮かべた。

 

「もちろん、泰山の激辛麻婆豆腐だ。不満か?」

 

「やっぱりーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「いらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

**********************************************************************

 

thurisaz(スリザズ)  

 

象徴:巨人/トゲ

英字:Th

意味:巨人やイバラの棘、門を象徴する。雷神トールのルーンとも言われる。これらの象徴には物事の進展を阻害するという意味があり、このルーンが出たときは計画的な足止めを行ったり周囲の信頼すべき人からの助言をもとめるなど慎重な行動をすべきとされる。

 

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




神父様、乙です。


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イチイの木 《eihwaz》

前回暴れすぎたので、今回は自宅謹慎中のランサーとバゼットです。


 ランサーとバゼットは部屋の中でノートパソコンを開き、動画に見入っている。

 

「ランサー、ついにFateの新アニメが始まりました!」

「おうよ、オレの出番も多いぜ!」

 

 そう、ファン待望のFate/stay night [Unlimited Blade Works]のアニメが放映開始になったのだ。

 

「ランサーはプロローグ、第一話と大活躍でしたね」

 

 ランサーは物語の前半からアーチャーと戦ったり、セイバーと戦ったり、士郎の胸を突き刺したりと忙しかった。むろん、アニメの中の彼がだが。

 

「なんといってもstay nightの中でオレが一番活躍したのはUBWルートだからな」

 

「そして、PS vita版 Fate/hollow ataraxiaの発売も近づいてきました」

「おお、そうだった」

 

 今シーズンは新アニメに続き、フルボイス付きのコンシューマ版のhollow ataraxiaも発売されるのである。何と実り多き秋であろうか。

 

「ふふふ、これでようやく皆も私がダメットなだけではないと理解してくれるでしょう」

「他の作品ではほとんどお笑いキャラだったしなあ、アンタ」

「hollow ataraxiaではランサーの出番も多いですよ」

「ええと、バゼット。それはアンタの胸を貫いたりとかなんだが……」

 

 何はともあれ、このFate新作品ラッシュによってランサーとバゼットの不運っぷり、いや活躍が多くの人に伝わるはずなのである。

 

「そして」

 バゼットはノートパソコンのブラウザを立ち上げ、アドレスバーにカタカタっと文字を打ち込んだ。画面にWeb小説サイトが表示される。

 

「このWeb小説サイトでもFateの作品が続々と更新され、新作も増えています!」

「おお、新アニメに刺激されたのか、みんなどんどん投稿してるな!」

 

 このWeb小説サイトにはFateの二次創作もたくさん載っているが、アニメが始まってから更新頻度が上がった作品も多い。作者の皆さんのやる気が伺える。

 

 

 さて、Fateの二次創作では原作で非業の最後を遂げたキャラクターが救済されたり、強化されて聖杯を勝ち取る物語がたくさん書かれている。

 

「ランサー、ふと思ったのですが」

「ん、なんだ?」

 バゼットは原作が「Fate/」の作品一覧をクリックしては開いて内容を見ている。

 

「このサイトに載っているFate作品を一通り眺めてみたのですが、なぜランサーと私が無双して聖杯をGETするFateのIFがないのでしょうか。間桐家の人々が出てくる作品はたくさんあるというのに」 

「それは……やはり知名度の問題だろう」

「知名度補正というものは二次創作にも影響するのかもしれませんね……。

 UBWの放映で我々の二次創作出演も増えるとよいのですが」

 

 

「ところで」

 

 バゼットは話題を変えた。

 

「作品の中にはおもしろいのに更新が途絶えてしまっているものも多いですね」

 

 お気に入り数も多く、感想もたくさんついているのに更新停止している作品は珍しくない。中には数年間更新がないものもある。

 

「ああ、バゼット。それはエタっちまったんだよ」

「エタる、ですか? 私はそのような日本語は知りませんが、どういう意味なのですか、ランサー?」

 

 ランサーは耳なれない言葉を口にした。

 バゼットは日常生活に困らない程度に日本語がわかるが、エタるという言葉は普通聞かないし、国語辞書にも載っていない。

 

「作品のエターナル化ってことらしいぜ。つまりいつまでも続きが書かれる事なく『永遠に終わらない作品』になってしまうということだろう」

「むむ、続きが読みたいのに残念ですね」

「そうだけど、コレばかりは作者の都合によるからしかたねえよな」

 

 作者たちも作品の執筆が順調な時ばかりではない。他の事に時間や気をとられたり、どうしてもアイデアが出ず筆が進まない時だってあるのだ。

 

「それにしてもランサー、あなたはなぜそんな細かいことまで知っているのですか?」

「ああ、オレは別に覚えようとしたわけじゃないんだが。コレも聖杯がだな……」

 

 ランサーが言うにこれも聖杯がサーヴァントに授ける知識の一つだったらしい。

 しかし、とバゼットは思った。ランサーの聖杯知識は偏っている。もしかして、この世界での聖杯はアニメやネットに汚染されているのではないだろうか、と。

 

 

「とにかく、作品がエタってしまうのは作者が更新する気がなくなってしまうことが一番の原因なのですね」

 

 バゼットは顎に手をあて、うーむと思案している。

 

「ランサー、お気に入りの作品がエタらないためにはどうしたらいいのでしょう。

 たとえば、感想を時々書き込んであげるべきなのでしょうか? 更新おまちしています、とか」

「うーん、バゼット。それはだな、作者というものは感想が多くても、それはそれでプレッシャーになることがあるんだよ」

「む、作者という人々はなんともあまのじゃくなものだ」

 

 

「では」

 

 と、うつむいて考え込んでいたバゼットが顔を上げた。瞳がきらり、と光っている。名案を思いつきました、という時の表情である。

 

「お、バゼット。また何か思いついたのか」

「はい、ルーンを用いて作品のエタ化を防止する策をこうじてみましょう」

「小説の執筆に役に立ちそうなルーンなんてあるのかよ?」

 

 ランサーは怪訝にバゼットを見たが、バゼットは自信ありげにしている。ううむ、名案だといいのだが。

 

 バゼットは一枚の紙を取り出すと、そこに3つのルーンを並べて書いた。

 

 ausuz(アンサズ)eihwaz(エイワズ)inguz(イングス)

 

「この3つのルーンの加護でエタリ防止です!」

 

 その3つのルーンを見たランサーがバゼットに尋ねた。

 

「それ、アンタがFateの格闘ゲームで出す超必殺技の蹴りのルーンと同じじゃねえか。

 もしかするとエタったらアンタの蹴りが作者に飛ぶのか?」

 

 それはルーンの加護というよりは、もはや誓約(ゲッシュ)に近いのではないだろうか。

 

「似ていますが違います、ランサー。

 このルーンのポイントは真ん中に配置したeihwaz(エイワズ)のルーンなのです。

 最初のausuz(アンサズ)は物語の神、オーディンのルーン。

 最後のinguz(イングス)は豊穣の神、イングのルーン。つまり収穫、転じて完結を意味するルーンです」

 

 そこまで言って、バゼットは真ん中のルーンをぴしっと指差した。

 

「中央のルーンeihwaz(エイワズ)はイチイの木を象徴するもの。イチイの木は死と再生を意味するのです。これで一度エタってしまった作品も蘇る」

 

「な、なるほどな」

「このルーンによって読者が今読んでいる作品も、作者が今書いている作品もきっとエタりません。ルーン魔術の力でよい創作ライフを!」

 

 ルーンの説明を終えたバゼットは再びノートパソコンに向かった。

 

「では、さっそく実践します」

「バゼット。実践って、そのルーンどうするんだ? 印刷して配るのか?」

 

 ランサーが画面を覗き込むとバゼットはとある小説のページを開いて、その感想欄にカタカタと文字を打ち込んでいた。そして、たんっ!と投稿ボタンを押す。

 

「これで完了です!」

 

 

 

-------------------------------------------------------------

さくしゃ さんの活動報告

 

みなさん、お久しぶりです。

前回の投稿からずいぶんと間隔が空いてしまってごめんなさい。

 

あのう……、実は感想に謎の文字化けが延々と書き込まれていたのですが、

 

ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ ᚨ ᛇ ᛜ

 

これは何かのおまじない? 呪い……?

 

とりあえず、久しぶりに作品を更新しました。

一体なんだろう、アレ……。

 

**********************************************************************

 

eihwaz(エイワズ)  

 

象徴:イチイの木

英字:Y

意味:イチイの木を象徴するルーン。ケルト神話ではイチイの木は死と再生を意味する。イチイは他にも複数の意味を持ち、弓の材料であることから弓も意味する。また防御という意味もあり、危機回避を示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




効果はお察しで……。

なお、本作品の作者は感想をお待ちしております!


■おまけ

エタリ防止のルーン

【挿絵表示】


ルーン文字はパソコンで表示ができる文字の規格(Unicode)に含まれているので、フォントをインストールすれば入力したり表示する事ができます。
(上記の「さくしゃ さんの活動報告」の文字も表示できます。)

ルーン文字フォントは「ルーン文字 フォント」で検索すると見つかります。
例えば、以下のサイトなどからダウンロードできます。↓
http://ja.fonts2u.com/category.html?id=24


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贈り物/愛情 《gebo》

ほくろのない方のランサーでも人を魅了(?)できるんだぜ。


「あれ、バゼット?」

 

 バゼットの姿が見当たらないな、とランサーは部屋をぐるっと見渡す。

 あ、いた。

 バゼットは久しぶりに部屋の隅で膝を抱えて座っている。

 

「また何か失敗したのか?」

「ランサー、すみません……」

 

 バゼットは膝に顔を埋めたまま、窓の近くに置いてある小さな鉢植えを指差した。それは先日ランサーが持ってきた小さなサボテンの鉢だ。見た目丸くて可愛らしいし、なにより水やりが多少滞っても平気な植物である。バゼットにちょうどいいだろうと思って貰ってきたのだったが。

 ランサーが鉢を見に行くとサボテンは茶色に変色してぶよぶよになっていた。

 

「ちゃんと毎朝水をやっていたのですが」

「サボテンに毎日水やってたのかよ……」

 

 水のやり過ぎでサボテンは溺死していた。

 砂漠の植物サボテンへの水やりは時々でよかったのだ。毎日水やりすると根から腐っていってしまう。

 マスターの性格をちょっと見誤った、とランサーは少し反省した。バゼットはずぼらではない。生真面目すぎるだけなのだ。

 

「バゼット、気にすんな」

 

 ランサーはバゼットに慰めの声をかけたが、バゼットは相変わらず部屋の隅で丸まっている。

 仕方ない、しばらくしたら何か別の花を持ってくるか。

 

 

 ランサーは今、花屋でアルバイトをしている。

 知り合いからは決まって「似合わない」と言われるが、意外にも客の評判は上々だ。ランサーから花を買って相手にプレゼントすると恋愛がうまくいくと、街中で噂になるくらいである。

 ランサーが花屋で働き始めてから噂が広まり、ここしばらくの間は客が殺到していた。女も男もランサーから花束を買い求めていく。

 

 ランサーは今日も店先で通行人の眼を引くための花のディスプレイをあれこれと工夫していた。

 

「あのう……こんにちは」

 

 背後からおずおずとした声をかけられてランサーが振り向くと、そこには知り合いの女の子が立っていた。衛宮家に集まっている女の子の一人、間桐桜だ。

 

「いよう、お嬢ちゃん」

 

 ランサーはにっ、と歯を見せて陽気なスマイルを見せた。

 だが、桜は少したじろいでいる。

 以前ランサーが商店街の別の店でバイトしていたとき、この娘を見かけてつい普段のクセでナンパしたら怖がられてしまったのである。

 

「ええと……学校の友達からランサーさんから買ったお花で恋が叶うって聞いたんです。

 それで、いつもお世話になっている先輩のために」

 

「はいよ、まかせときな。

 大丈夫だって。こないだは悪かった。今日はコワイ目にあわせたりしないからさ」

 

 警戒しながら話してくる桜を笑顔を振りまいてなだめながら、ランサーは手早く花束を作り上げる。そして花束の根元にマークを1つ書き込んだ。

 

 そう、これこそが花屋ランサーの繁盛の秘訣。gebo(ゲボ)のルーン。贈り物のルーンであり、愛情を意味するものだ。

 

 ランサーから花束を受け取った桜は表情を和らげて、かわいらしく「ありがとうございます」とお礼を残して去っていった。

 

「やれやれ、これに免じて次はもう少し仲良くなりたいね……っと、もう次のお客か。

 いらっしゃい!」

 

 ランサーの目の前に現れたのは真っ白ないでたちの二人組の女。頭は顔だけ出して白い頭巾ですっぽり覆い、その下はくるぶしまで及ぶ丈長の真っ白くてアンティークな装束。街の人々の外見から浮きまくっている。

 そのうえ二人とも真っ赤な瞳をしている。ランサーの瞳も赤いが、つまり人間の眼ではない。

 

 おい、次の客はアインツベルンのホムンクルスかよ。

 

「おはな、かいにきた」

 

 一見するとそっくりに見える二人のうち、ランサー的見分け方で言えば、胸が大きいほうが幼い言葉遣いをしながら、店頭の花を指差す。

 

「はいよっと。おい、ホムンクルスも恋愛するのか?」

「違います。これはイリヤスフィール様のおいいつけです」

 

 今度はもう1人の胸の小さい方がぴしり、とした言葉遣いで返事をしてきた。おや、こっちはしっかり者みたいだね。

 

 この二体のホムンクルスはアインツベルンの召使いだ。商店街で買い物するのにも召使いをよこすのかよ。まったく箱入りお嬢様だな。

 もっとも、お使いに来たのがバーサーカーでなくてよかった。

 

 そんな内心の呟きを営業スマイルで打ち消しつつ、花束をつくってルーンを書いてホムンクルスに渡す。白い二人組は礼儀よく一礼すると静かに店頭から立ち去った。

 

「イリヤスフィールが花束を渡す相手って、やっぱ衛宮の小僧なのか?」

 

 ランサーがふと湧いた疑問を思案して暇を潰していると、まもなく次の客がやってきた。

 

「ランサー、いる?」

「おお、遠坂の嬢ちゃん!」

 

 白の次は赤か。

 遠坂凛はかなりランサーの好みである。バゼットが共に戦った女戦士を彷彿とさせるならば、凛は気の強いお姫様だ。成長したらきっと高貴な女王様になるだろう。

 胸ももっと成長するだろうし。

 

「嬢ちゃんもかよ」

「も、ってことは、やっぱり桜やイリヤも買いにきたのね。もう、油断ならないんだから」

 

 早く早く、とせかす凛に上機嫌に笑いながらランサーは花束をまとめてゆく。

 ああ、全く衛宮の小僧がうらやましいぜ。

 ランサーはまとめ終えた花束に、いささか癪だがルーンを書き付けて、凛に渡した。

 

「どうもありがとう、ランサー」

 

 凛は優雅に礼を言ってひらりと身を翻し商店街の人混みにまぎれてゆく。もうちょっと世間話したかったなー、とランサーはその後ろ姿を名残惜しくながめる。そのランサーの頭に、

 後ろからぱこん! と何かが当たった。

 

「……何だ?」

 

 振り返ると路地の影に一瞬、赤い外套がちらりと見えた。

 

 アーチャーのヤロウの仕業だな。

 

 ランサーは頭に当たって地面に落ちたものを拾う。おもちゃの矢だ。なにか手紙らしきものが結んである。手紙をほどいて広げるとそこにはわざと雑な字で一言だけ殴り書きしてあった。

 

 ———凛に手を出したら、殺す。

 

「…………」

 

 ランサーは読み終わり次第ただちに手紙を握りつぶして地面に棄てた。

 また、通りの方からまた声をかけてきたヤツがいる。新しい客だ。そちらの相手をしよう。

 

「ランサー」

「おっと、これはこれは」

 

 珍しい客がやってきたのでおもわず顔がニヤついてしまう。そんなランサーをみて小柄な金髪少女はたいへん面白くなさそうにふくれている。

 

「何を笑っているのですか、ランサー」

「いやはやセイバー。おまえまで小僧に花をとはねえ。ライバルが大勢で大変だよなあ。

 アンタの場合、花よりもメシをたくさん喰ってもちっと胸を……おっと、サーヴァントだから成長しないんだっけな。

 ぐはっ…………!」

 

 ランサーは不意にみぞおちを堅いものでどつかれて悶絶した。セイバーの手元にはいつの間にか微かに風が渦巻いている。

 宝剣の束でこづきやがった! しかも、風王結界(インビジブル・エア)で隠しやがって。

 みぞおちを押さえて苦しむランサーをセイバーは冷ややかに横目で見つつ言う。

 

「普段から私に尽くしてくれるマスターのために花を贈るのです」

 

 その後、黙ってルーン付き花束を作ったランサーの手から、セイバーも黙って花束を受け取り、スタスタと去っていった。

 

「ううう、ひでえ目にあった」

 

 いまだ腹を押さえてため息をつくランサーの元に次の客が現れた。

 

「こんにちは、ランサーさん」

「おお、弓使いのお嬢さんか!」

 

 士郎や凛と同じ学校の弓道部の部長、美綴綾子。美綴はときどきこの花屋に怪我をした弓道仲間の見舞いの花を買いにくるのだ。

 根っからの武道家である美綴とランサーは武人同士ということもあるのか話が合う。

 

 サーヴァントのアーチャーどもとは全然気が合わねえが、この娘のような弓使いだったら大歓迎なんだがな。

 

「また仲間のお見舞いか。まあ戦士に怪我はつきものだ」

「はい。ランサーさんのお花を持っていくといつも喜んでもらえますよ」

「そういえば、先日は邪魔が入っちまったが、オレの武勇伝を聞かせてあげるという話だったのをあらためて」

「ええぜひ」

 

 いい感じに美綴と話が弾んでいるところに、

 ぎゃぎゃっ、とママチャリが見事なドリフトで花屋の前に横付けされた。華麗なライディングを見せつけたのは紫の長い髪を足までのばしたメガネの女性。彼女は美綴に怪しく微笑む。

 

「ごきげんよう、アヤコ」

「ラ、ライダーさん……。 す、すみません。また来ます!」

 

 ライダーの姿を見るや、美綴はダッシュで逃げていった。

 ライダーは美綴を気に入っているらしいが、なぜか美綴は彼女が苦手なようだ。

 

「おい、邪魔しにくるなよ。ライダー」

「ランサー、私も花を買いににきたのですよ。客をえり好みしてはいけません」

「まったく、アンタまで衛宮士郎にかよ?」

「店員は客の詮索などしないのが礼儀ですよ」

 

 ランサーが作ったルーン花束をさっさと受け取り、ライダーは自転車を走らせて美綴の逃げていった方向に向かって去っていった。

 

 

 結局、今日の客はこれで全部だった。しかも妙に知り合いが多かった。

 実のところ、ここしばらくは以前に比べて格段に客足が落ちている。

 客がこなくなった原因はなんなのか。ランサーは街の通りを眺めてうっすら気づく。

 

 そういえば近頃カップルをよく見るようになったな……。仲良かったり良くなかったりするけれども。

 

 通りを見ていると、楽しくお喋りしながら手をつないで歩くカップルや、険悪に口喧嘩したり殴り合いになりながら歩く3、4人組の男女が目立つ。よく見ればランサーから花を買った客たちだ。

 そう、ランサーの花の効果でみんなの恋愛が成就しきってしまったのだ。

 

 カップルのみなさん、つきあってからも贈り物は大事ですよ。あと三角関係のやつらは、潔くあきらめろ。

 それにしても世の中は理不尽。こんなに人の役に立ったのに、オレに役得はないのかなあ……。

 はあ、とため息一つついてランサーは肩を落とした。その肩を横からぽん、と叩かれる。

 

「ランサーさん」

「あ、店長」

「大変すまないけれど、最近お客の人数が減ってしまったので、実はバイトも減らそうかと」

「えっ、オレ、クビ!?」

 

 お詫びに好きなだけ花を持っていってくれ、という店長の申し出をありがたく受けて、ランサーは現物支給で貰った花の鉢を両手いっぱいに抱えて館に帰る。

 

 ああそういえば、今日買い物に来たセイバーの言葉を思い出した。

 

 ———普段から私に尽くしてくれるマスターのためにです。

 

 そうだ。ウチのマスターにも。

 ランサーは持っている鉢に愛情(ゲボ)のルーンを書き付けた。

 

 

「ありがとうございます、ランサー!」

 

 花を持って帰ったらバゼットは喜んでた。

 今度は安心して毎朝水をやってくれよ。ああ当分は庭先が華やかだな。

 庭で花の鉢に水やりをしているバゼットの後ろ姿を眺めながら、さて、次のバイト先でも探すか、とランサーはバイト雑誌をめくった。

 

 

 

 ところ変わって、衛宮家。

 居間のテーブルには4つの花瓶に飾られた花が並んでいる。

 

 衛宮士郎は四人の女性に取り囲まれていた。

 

「士郎は私のモノよ」

 イリヤが首にしがみつき、

 

「ちがいます、私のです!」

 桜が右手をひっぱり、

 

「何言ってんのよ、私のよ!」

 凛が左手をひっぱり、

 

「私のマスターに決まっているではありませんか!」

 セイバーが足を抱え込んでいる。

 

「やめろー! 首が、手が、足がもげる!

 なんでさあああああー!!」

 

 

 

 商店街の路地裏にて。

 人気のない裏道に追い込まれた美綴はライダーと真正面から見つめ合っている。

 

「アヤコ……」

「なっ、なんですか、ライダーさん。急にお花なんて渡されても」

「あなたから貰うばかりではいけませんから」

「貰うって……何を———!」

 

**********************************************************************

 

gebo(ゲボ)  

 

象徴:贈り物

英字:G

意味:贈り物を象徴するルーンで、愛情、友好を意味する。バランス良く交差した2線が良好なパートナーシップを示す。恋のお守りにもなる。恋に限らず人間関係を現すルーンなので人類愛、福祉や社会奉仕等の意味も持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




Fate/stay night [UBW] 1話の美綴さんかっこよかったです。


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たいまつの火《kano》

今週前半はオリオン座流星群のピークだったのですが天気がよくなくて見えず。orz
というわけで、星に願いを。


「さあみんな準備はいいかなー?」

 

 穂群原学園の校庭では藤村大河先生が張り切っている。

 今夜は校庭で流れ星の観測会をしているのだ。秋から冬にかけて流れ星が見えるタイミングが何度かあり、この時期に見えるのはオリオン座流星群だ。

 

 藤村先生が澄んだ夜空にびしっと竹刀をかざした。

 

「士郎、望遠鏡をセットしてー」

「はいはい、藤ねえ」

 

 衛宮士郎は藤ねえから、手伝いにきてね♪ と半強制的に誘われて、天体観測の準備をしていた。天文部の部室から借りてきた天体望遠鏡を校庭に備え付ける。

 望遠鏡だと見える範囲が狭いからかえって流れ星は見えないんだけどな、と内心思う。でも藤ねえがノリノリなので黙って準備してやることにした。

 

 まわりでは時々「わあ」と誰かの歓声があがる。

 雲に邪魔されず星々が輝く秋の空を見上げていると、ときおり星の中を一瞬細い光が走っていく。あ、と思ったときにはその光はすでに消えている。そんな儚い光をなんとか見つけようと人々は天に目を凝らしている。

 そして、また一つ星が流れた。

 

 

「流れ星……?」

 

 真夜中に何気なく館の庭に出たバゼットは、ふと見上げた夜空に一瞬光が走ったのに気づいた。

 

「そういや、今日は流星が見える夜なんだぜ」

 

 バゼットに続いてランサーも庭に出てきて夜空をちらりと見上げた。

 

「珍しいですね。ではしばらくここで夜空を眺めていましょうか」

「ここじゃ明るくてよく見えねえだろ。ちょうどいい場所があるんだ。岬まで行こうぜ、バゼット」

「え、ランサー?」

 

 ランサーは少々戸惑うバゼットを促して夜の街に連れ出した。ランサーが向かったのはいつも彼が釣りをしている港の向かいにある岬だった。

 周りには人家も店もなく真っ暗だ。

 

「この時代はいつでも明かりがついているから、夜でも空が明るくて星が見づらいけどな。

 ここなら少しはマシだろ」

 

 ランサーは近くに落ちている手頃な木の枝にkano(カノ)のルーンを刻んだ。枝に小さな火がついて即席の明かりになる。kano(カノ)のルーンは松明(たいまつ)の火の象徴だ。

 

 さらにランサーとバゼットは同じルーンをもう一度唱えた。二人の視力が強化されて、いままで見えなかった夜空の小さな星の光もはっきりと捉えられるようになる。

 遠見のルーン魔術である。kano(カノ)が意味する松明(たいまつ)の火は周囲を照らして視界を広げる。転じて遠見のルーンとして使う事もできるというわけだ。

 

「なるほど。ランサー、貴方が生きていた時代ならば夜は光がなかったのだから、さぞ星の光が綺麗だったでしょう」

「ああ。というか、ソレが普通だったけどな。オレの時代には星の場所で方角を見分けたりしたもんさ」

 

 二人は草むらに寝転がって天を見上げる。町の灯りから離れたこの場所は夜空の濃紺がひときわ濃く、そこに星の光が一段ときらびやかに輝いている。

 

「ランサー、この国では1つの流れ星に3回願いをかければその願いが叶うという言い伝えがあるのだとか」

「ほう?」

「おもしろい風習ですよね」

 

 そう言ってバゼットは隣に寝転がるランサーに笑いかけた。

 

「ランサーの願いは何ですか?」

「うーん。オレはアンタに呼ばれてこの世に来ただけだ。願いって言やあ、今度こそ思いっきり命がけの戦いがしたい、ってことぐらいだな」

 

 ランサーは地面から空を見上げた格好のまましばし考えた後、バゼットの方を向いて何気ないそぶりで返事した。

 そんな気軽な答えだけれど、実のところ生前のランサーは常に誓約(ゲッシュ)に縛られて不本意な戦いを強いられ、さらに自らが愛した者たちを手にかけなくてはならない一生だったのだとバゼットは知っている。

 

「命がけの戦い、ですか。貴方らしいですね」

「バゼット、アンタはどうよ?」

 

「私は……、仕事で命じられて聖杯戦争に参加しているだけです。願いと言うなら早く聖杯を入手して仕事を片付けたい、といったところでしょうか」

「はははっ、お互い似たようなモンだな」

 

 バゼットの現実的な答えにランサーは思わず声をあげて笑った。隣でバゼットはちょっとむっとしている。

 

「そんなに笑わなくても」

「ははは、じゃあ早いとこ聖杯GETしようぜ」

 

 屈託なく笑うランサーだが、バゼットは真顔に戻ってぴしっとランサーに向き合う。

 

「そうですね。では、勝利の為に『我々の知名度向上』を流れ星に祈ることにします!」

「おい、結局それなのか」

 

 

 ランサーとバゼットは静かに空を眺めはじめた。バゼットは横のランサーの顔をちらりと横目で見て、気づかれないように微かに微笑む。

 

 ———ランサー、子供の頃の私は

 『もし許されるのなら、この英雄を救いたいと願ってもいいのでしょうか』

 と思っていました。まさかその貴方をこの時代に召還できるなんて。

 

 

 頭上の空を眺め続けると不意に星の光が流れていく。もういくつもの星が夜空を横切っていった。

 流れ星が光るたびにバゼットは願いを唱えようとするのだが今のところ一回も成功していない。

 

「ランサー、星が流れる間に願いを3回も言い切るのは難しいものですね」

 

 そもそも儚い流れ星に願いを託すなど夢のようなことだ。この言い伝えは結局のところ、願い事を叶えるには自力でなんとかするしかない、と気づく為の儀式のようなものかもしれない。

 バゼットが物思いにふけっていると、ランサーが地面からひらりと飛びおきた。

 

「だったらよ、流れ星を自作しちまおうぜ」

「え? 何をするつもりですか、ランサー」

 

 ランサーは大きめの石を拾ってきて、槍を取り出してその表面にがりがりとkano(カノ)のルーンを刻んだ。石は発火して赤い火の玉になった。

 そして、ランサーは火の玉を頭上に高く蹴り上げた。

 

「おらぁ、跳べ!」

 

 ランサーはいったん低く屈み込んでから反動をつけて伸び上がり、構えた槍を火の玉目がけて思いっきりフルスイングした。

 

 カキィィィィィィィィィン!!!

 

 

 クリーンヒット!

 実に小気味よい音を響かせて、火の玉は天高く打ち上がる。それはやがて新都の方に向かって赤い尾をたなびかせながら落ちていった。

 

 バゼットはすかさず願う。

 

「知名度UP !」×3

 

 ランサーは自慢げにニヤリと笑っている。

 

「どうだ言えただろ?」

「はい。それでですね、ランサー」

「なんだバゼット」

 

「この国のネット用語ではこういうのを『自演乙』と言うそうです」

「おお、アンタもだんだんわかってきたな!」

 

 

 

 穂群原学園の校庭で流れ星を見ていた人々からひときわ大きなどよめきが上がった。

 その中に、

 

「ヒロインになりたーいっ!」× 3

 

 藤村先生のお願いの声が響く。

 

「藤ねえ……」

「すごーい。今の流れ星大きかったよー、士郎!」

 

 藤村先生が竹刀で空を指している。そこには今しがた赤い光が流れていった。流れ星にしては目立ちすぎていたのだが。

 そしてそれは夜空に消えるのではなく、そのまま地上に落下した。新都の方角に火花が飛んだのが見えた。

 

「な、なんだったんだアレ?」

 

 士郎はその時たまたま天体望遠鏡を覗き込んでいた。望遠鏡に映ったのは真っ赤に焼けた石の塊だった。

 

「あれは、まさか隕石? 新都の教会の辺りに落ちたみたいだけど」

 

 

 

 新都の冬木教会。

 

 礼拝堂の壁に焼けこげた大穴が空いている。

 晩秋の夜の冷えた風が吹き込む礼拝堂の中で、言峰神父は無言でたたずんでいた。

 手には鋭く光る黒鍵の刃。

 

「犯人が見つかったら串刺しの刑だな」

 

**********************************************************************

 

kano(カノ、ケーナズ)  

 

象徴:たいまつの火

英字:K

意味:たいまつの火を象徴する情熱、熱意のルーン。明るい未来や希望、新しい展開などを意味する。また、闇を照らす火であるため知恵やひらめきといった意味合いも持っている。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




kanoのルーンはドラクエのメラ的に便利そう。
Fateの中では遠見のルーンにも使われてましたね。


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喜び 《wunjo》

キャラによるグッズ格差って顕著だよね。


 今日も偵察と称して街を散歩したランサーとバゼット。二人は帰り道のついでにコンビニに立ち寄った。

 会計を済ませたバゼットの横でランサーはカウンターの上の揚げ物のケースを覗き込んでいる。

 

「買い物終わりましたよ。ランサー、何を見てるのですか」

「バゼット、からあげ丸の新しい味がでてるぜ」

「あなたはまたそういうものを。どれもたいして変わらないのでは」

「まあそう言うなよ。期間限定なんだぜ」

 

 言うが早いか、ランサーはバゼットの隣からひょいと店員の前に顔を出して「ビーフシチュー味2個ください」などと注文していた。

 

「はあ……」

 

 とため息をつきつつ、バゼットはカウンターに背を向けて店内に目をやる。なんの変わりばえもないコンビニの棚の並びに何も考えず目を泳がせていたが、思わず視点が固まった。

 ある人物が棚の前で陳列物を凝視していた。その人物のイメージを一言で表現するなら紫。紫色の髪に尖ったエルフ耳。今はデニムジャケットに巻きスカートという現代衣装だが、深紫の長いローブに身を包んで夜の闇に浮かんでいた妖しい姿を思い出す。

 

「キャスター」

 

 呼びかけられてキャスターがくるりとバゼットの方を向いた。おしゃれな普段着姿のキャスターは見た目上品な美女なのだが、バゼットを見るその目つきは険悪である。

 

「でたわね。この狂犬バカップル。さっさと保健所に自主的に出頭しなさい」

「声をかけただけなのに、ずいぶんひどい言いようですね」

 

 お互い敵対するマスターとサーヴァント同士なのだから仲が悪いのは無理もない。なにしろランサーとバゼットは時々夜中にキャスターの根城に現れては挨拶代わりにキャスターの竜牙兵を蹴散らしたりしているのだから。

 そこにからあげを買い終わったランサーが戻ってきた。

 

「キャスター。もう料理に挫折して、値引き品の総菜争奪戦すらあきらめてコンビニかよ。まだ新婚なんだから手抜きはよくねえぞ」

「ちがうわ!」

「じゃあ何してたんだよ?」

 

 ランサーはキャスターの目の前の棚を見てみた。そこには最近人気のアニメのキャラクターグッズがぎっしりと並んでいた。キーホルダーとか缶バッジとか小さなマスコットとかである。

 

「ははあ、アンタにもこんな少女趣味があるワケね」

「黙りなさいランサー。余計なお世話よ」

 

 キャスターがムキになって言い返しているが、顔を赤らめているあたり図星だろう。本気でこの棚のキャラクターグッズが欲しいらしい。

 バゼットはそのグッズの棚にG賞やF賞といった札がついているのに気がついた。さらに棚の一番上には「最後で賞」という札がついたでっかいぬいぐるみが載っている。

 

「これは一等クジですね」

「あー、これがか」

 

 一等クジとはひけば必ず何かあたるハズレ無しのくじ引きである。最近コンビニなどでよく見かけるようになった。

 このくじのポイントは最後の一枚を買った人にはダントツに良い景品がプレゼントされるところにある。普通くじ引きは人気の景品が減っていくとくじを買う人が減って売れ残りがちだが、この仕組みのおかげで売れ残りが少ない。最後の一番いい賞がどうしても欲しい人は残りのくじを全部買ってしまえばいいのだから。

 

「実にマニア心をくすぐる仕組みだよな」

「考えた人は知恵者ですね」

 

 ランサーとバゼットは棚に並ぶグッズを端から眺めてみた。いくつかのアニメ関連のグッズがある。この店では複数のくじをやっているようだ。

 そして棚の一角には街でよく見かける人が剣を構えていたり、ライオンの着ぐるみを着ている人形などが並んでいた。というか、セイバーのグッズだった。

 

「お、バゼット。Fateのくじがあるぜ」

「予想通りですが我々のグッズはないですね。見たところ全部セイバーです。

 私とてFate作品のヒロインのはずなのですが、立場の違いを思い知りますね……」

 

 キャスターの方をちらっと見ると顔を赤くしたままむすっと黙っている。どうやらキャスターの目当てはセイバーのグッズのようだ。

 

「キャスター、何でそんなにセイバーのグッズが欲しいんだよ? 敵同士じゃねえのか」

「敵同士ではあるけど喧嘩ばかりしているわけではないわ。セイバーも時々私の内職の手伝いに来てくれるのよ」

 

 なんでもキャスターはときどきセイバーを柳洞寺に呼び出してドレス作りの内職を手伝わせているそうだ。セイバーもこれはこれでやりがいがあると言っているのだとか。意外にキャスターとセイバーは仲がいい時もあるらしい。

 それにしてもキャスターはセイバーのクジをひくかどうかで延々と棚の前で考えこんでいたのか。

 バゼットはキャスターに言ってみた。

 

「簡単な話ではありませんか。残りのくじを買い占めればいいのでは? グッズが全部手に入りますよ」

「もうお小遣いがないの。主婦のやりくりは大変なのよ。守るべき家庭もなくふらふらしている野良犬のような身の上の貴方たちと一緒にしないで」

 

 あう、とバゼットは黙る。撃退されたマスターに変わってランサーがキャスターに質問を続けた。

 

「キャスター、アンタならささっと魔術使っちゃえば? どうせ百発百中になる術でもあるんだろ?」

「あのねえ……。宗一郎様の教え子も来る店でそんなアヤシイ真似はできないわ。まったく北方の野蛮人たちは礼儀をしらないわね。そもそも関係者の不正行為はいけません」

 

 キャスターにまともな理屈をまくしたてられ、バゼットはたじたじと後ずさっている。ランサーはふうん、とおもしろそうに話を聞いていた。

 

「うう、まったく正論ですね……」

「じゃあ、オレもくじをひいてみるかな」

「ランサー!?」

 

 バゼットは驚いてランサーの方を振り向いた。ランサーがこんなくじに興味を持つとは思わなかった。また目新しいモノに手を出そうとしているのだろうか。だがしかし、

 

「くじをひくのは問題ないのですが、ランサー、あなたの幸運パラメータはEですよ」

「はうっ」

 

 ランサーは我に返った。

 くすくすとキャスターが笑う。

 

「ああ、でも私のポリシーは気にしなくていいのよ。どうせ貴方たちの貧弱な魔術なら影響ないでしょうし」

 

 むむ、とバゼットはキャスターを見返した。いくら相手が魔術師(キャスター)のサーヴァントであろうとも、そこまでバカにされっぱなしで黙っているわけにはいかない。

 

「言いましたねキャスター。ではお言葉に甘えるとしましょうか。くじをひきましょう、ランサー!」

 

 バゼットはランサーの右手をとってルーン文字を書き込む。三角形の旗のような図形だ。

 

wunjo(ウンジョー)のルーンか」

「ええ、努力が実る喜びのルーンです。

 ですが、私は戦闘魔術以外は苦手なので、実質おまじないくらいの効力です……。街角の占い師程度のレベルでしょうか」

「大丈夫だって。じゃ、くじをひくぜ」

 

 バゼットは自信なさそうだったが、ランサーは意気揚々とくじをひきにカウンターに向かった。

 くじの箱に手を突っ込んでガサゴソやっているランサーをバゼットとキャスターは後ろから見ている。バゼットは内心ひやひやしていた。これで最下位の賞だったらまたキャスターの嘲笑が響くだろう、せめて真ん中くらいの賞が当たってほしいものですが。

 キャスターは無言でじっと様子を見ている。

 結果がわかったらしくランサーがくるりとこっちを振り向いた。

 

「A+賞だぜ!」

 

 こちらが賞品になりますと店員がカウンターに箱を出してきた。バゼットとキャスターも賞品を確認しにカウンターに近寄った。

 

「セイバーの人形ですね」

「こういうのはフィギュアと呼ぶんだ。マニアが欲しがるアイテムなんだぞ」

「なるほど。それにしてもこれは我々が見た事のない服装です。それにしてもセイバーには服装バリエーションが多い」

 

 またしてもヒロイン格差を感じるバゼットであった。

 一方、キャスターは眼を見開いてフィギュアを凝視している。

 

「ああああああああああああああああああああ」

「キャスター、アンタこれが欲しかったのかよ」

「まさか貴方たちにこれを当てられてしまうなんて……」

 

 キャスターはぎりぎりと歯ぎしりしてこの上なく悔しそうにランサーの顔を見ている。あ、目にはうっすら悔し涙まで浮かんでる。

 恨み顔のキャスターにランサーはあっさりと言った。

 

「じゃあコレあんたにやるよ」

「い、いいの?」

 

 キャスターは驚いて目を丸くし、ランサーとバゼットの顔を交互に見ている。

 

「オレはくじをひいてみて気が済んだしな。いいだろバゼット?」

「ええ、どうぞ。家にセイバーの人形があってはむやみに闘志が湧いてしまい落ち着かないですから」

「あ、あ、ありがとう——————————!!!」

 

 

 キャスターはフィギュアを抱えてコンビニのカウンターの前でくるくる舞っていた。見ているランサーとバゼットが恥ずかしくなって、ほっといて帰ろうかと目配せしあった頃にキャスターはようやく喜びの踊りをやめ、

 

「礼をいうわ。代わりに先日貴方たち柳洞寺で暴れた件は不問にして上げましょう」

 

 そう言い残してキャスターは去っていった。

 ウキウキとした足取りで街の人混みにまぎれていくキャスターを見送って、ランサーとバゼットもようやくコンビニから出た。

 

「あれだけ喜ばれると気分が良いものですね。ランサー、あなたのグッズが出たらまたくじを買いましょう!」

「はいはい、早く帰ってからあげ食おうぜ、バゼット」

 

 

 

 その日の夜。

 セイバーは柳洞寺を訪れた。キャスターから内職の手伝いがてら見せたいものがあるからと呼ばれたのだ。

 キャスターの部屋の前に案内されたセイバーは挨拶をしながらふすまを開けた。

 

「こんばんは、キャスター。私に見せたいものとは何ですか?

 ……と、えっ、こっこれは一体」

 

 キャスターの部屋を見回したセイバーは思わず驚きの声をあげた。部屋の壁の棚一杯に小さなセイバーが、それも様々な衣装とポーズのセイバーのフィギュアがずらりと飾ってあったのだから。

 

 部屋の真ん中のちゃぶ台には満面の笑顔を浮かべたキャスターがいた。そのちゃぶ台の上にもフィギュアのセイバーが載っている。

 それを見たセイバーはさらに固まる。

 

「キャスター、そ、そのフィギュアの衣装は………」

 

 上半身が胸から下しか覆われていない白のロングドレス。腰に紫の大きなリボンがアクセント。

 

「あの時の衣装よ。可愛いでしょう、セイバー。ふふふふふ」

「えっ、ええええええええ—————!?」

 

**********************************************************************

 

wunjo(ウンジョー)  

 

象徴:喜び

英字:W

意味:喜びを象徴する豊かさ、充実のルーン。果実の実る木の形をしている。努力が実り念願が叶う、望みが満たされるなど幸運を意味する。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




例のシーン、アニメUBWではどうなるんでしょうか。


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欠乏《nauthiz》

献血コーナーで自分の血液型は「募集」なのに、他の血液型は「急募」「超ピンチ」になっているのに気がついた時、血の気のやり場のなさを感じます。


 館の玄関先でバゼットが一枚のビラをじっと見ている。いつもどおり街の探索に出かける前に、バゼットは郵便受けに突っ込まれていた邪魔な宣伝ビラを棄てようと引っこ抜いた。どうしたことか、その中の一枚に釘付けになっているのだ。

 先に外に出たランサーが振り向いてバゼットをせかす。

 

「行くぞバゼット。いったい何を見てんだよ」

 

 バゼットはぴらりとそのビラをランサーに向けて掲げた。

 

「これです、ランサー」

 

 そのビラに書かれていた文面は、

 

-------------------------------------------------------------------

 献血で愛があふれる国になれ!

 血気盛んな若者よ、有り余る血の気を社会のために役立てよう!!

 

 献血センターが冬木市の商店街に臨時出張中です。

 皆さんのご協力をお待ちしております。

-------------------------------------------------------------------

 

 つまり、献血の応募者募集のビラだった。

 

 すごい世の中になったもんだな、とランサーは感心する。現代に召還されたランサーが見聞きして驚いた物事は数多いが、医療技術の発達はその最もたるものだ。他人の血を自分の体に入れるという治療がこの時代では一般的なのだと知ったときはたまげた。

 それにしても、

 

「なんだアンタ。献血がしたいのか?」

「え、ええまあ……。その、ここしばらく激しい戦闘もありませんから血は欠乏していませんし、献血なら多少世の中の役にも立ちます」

 

 バゼットは封印指定執行者という任務がありながらも、手が空くとごく普通の仕事をしたがったり、世の中の役になる事をしたがる変な習性がある。

 

「ああ、アンタはなぜかそういう社会貢献意欲があるんだよなあ」

「だって、私は戦闘以外に能がありませんから」

 

 バゼットは肩をすくめて自嘲する。やれやれ、とランサーはいつも通り軽く呆れてから、笑いながら返事をした。

 

「そんなふうに思う事ないだろ。いいことなんだからさ。

 一通り街を巡回したら献血に寄って帰ろうぜ。さあ行くぞ」

 

 こうしてランサーとバゼットは今日も街に出かけた。

 

 

 商店街のはずれに臨時献血センターができていた。敷地内にでっかい献血のバスが止まっている。

 ランサーとバゼットは受付で簡単な問診を受けてから献血バスに乗り込んだ。

 車内は待合室と休憩室を兼ねたスペースと、その奥にカーテンで区切られて採血をするスペースになっているようだ。

 目の前には採血後にしばらく休む為のベッドがあるのだが、そこに先客とおぼしき女の子が寝ている。

 ランサーは横から女の子の顔を覗き込んだ。

 

「お、この娘知ってるな。花屋に来てた弓使いのお嬢ちゃんじゃねーか」

 

 寝ているのは弓道部の美綴綾子だった。美綴はときどき「う、うーん……」とか細い声をあげつつぐったりと横たわっていた。

 

「献血の後の休憩というには症状がやけに重いですね。むしろ貧血です。

 おや……?」

 

 バゼットは美綴の襟元に血がついているのに気がついた。そっと彼女の髪の毛をかきわけて首筋を見てみる。そこには血が止まったばかりの小さな傷跡があった。まっすぐの縦線の上に斜めにもう一つの線が重なった、崩れた×のような形の傷だ。

 

「なんで首に跡があるんだよ」

「この首筋の傷は小さいですが、形がルーン的によくありません。この形はnauthiz(ナウシズ)。欠乏のルーンです」

 

 この縁起のよくない傷口のせいで貧血が治らないのではあるまいか、とルーン使いであるランサーとバゼットは考えた。

 取り急ぎ治療を、と美綴に治癒のルーン魔術を施した。これで傷も治ったし体力も回復しただろうからまもなく動けるようになるだろう。

 術を施し終えて一息つくと、カーテンの奥の採血コーナーから「次の方どうぞー」という声がした。

 

「では呼ばれたので行ってきます、ランサー」

 

 バゼットが立ち上がって奥に向かう。ランサーは「おう」とバゼットを見送りつつ、微かに不穏な気配を感じ取っていた。

 ———この献血、なんかアヤシイよな。

 

 

 採血コーナーの椅子に腰掛けたバゼットは目の前の相手を鋭く睨んでいる。白衣姿のメガネをかけた女性の採血係。ひときわ眼を引くのは彼女の床に着くほど長い紫の髪だ。そんな特徴的な外見の者はめったにいない。

 

「ライダー、なぜあなたがここにいるのですか?」

 

 ふふっ、と微笑みながらライダーはさりげなくメガネを外した。そしてバゼットのほうに向き直り、彼女の目をじっと見つめる。

 

「なぜもなにも。ここで献血の採血係として働いているのです。別におかしいことではないでしょう?」

 

 いや、おかしい気が……、とバゼットは口に出しかけたが、すかさずライダーがそれを遮る。

 

「さあ、バゼット」

 

 ライダーに促されてバゼットは服の袖をまくり上げようとした。ライダーが採血係をやっているなど変に決まっている。ここは手早く済ませてしまいたい。

 が、

 

「首を出しなさい」

「え?」

 

 バゼットは耳を疑った。思わず聞き返す。

 

「首ってなんですか……。腕でしょう」

 

 ふふふふふ、と妖艶に微笑みながらライダーは長くしなやかな腕をもたげた。手首が蛇の鎌首のようにくいっと持ち上がる。

 ライダーは呆然としているバゼットの目をひたりと見つめながら、彼女の首筋に指を伸ばした。

 

「この国では首なのです、バゼット。世間知らずな貴方が知らないだけです」

 

 にこりと笑ってライダーはバゼットのネクタイの結び目に指を絡め、するりとほどき取る。バゼットは驚きのあまりついライダーのなすがままにされてしまった。

 

「そんなばかな」

 

 バゼットは動揺しつつかろうじて反論したが、ライダーはバゼットの瞳をじっくりと正面から捉えたまま繰り返した。

 

「首 な の で す」

 

 バゼットの背筋を冷や汗が伝う。

 ライダーの目に、なぜか力がある。眼をそらせない。というか、体を動かせない。

 まるで蛇に見入られた小動物のように。

 

 ライダーの指がバゼットのシャツの首元のボタンをぱちぱちと外していく。バゼットの首から胸元にかけた色白の肌があらわになる。

 

「あ、あうぅ」

 

 逃れられない……。バゼットは小さく呻いて観念したかのように眼を閉じた。

 背後でしゃーっとカーテンが勢い良く開けられる音がした。

 

「こら、なにしてんだライダー」

「おや、邪魔が入りましたね。採血中ですよ、ランサー」

 

 ランサーがカーテンを開けて待合室から踏み込んできた。どうも怪し気な雰囲気がするとおもって覗いてみれば、案の定じゃねえか。

 

「そんな採血があるか! しかもちゃっかり魔眼殺しのメガネはずしてんじゃねーぞ」

「ランサー、サーヴァントの血は献血に使えないのですから、付いてこなくてもいいのに」

 

 はあ、とため息をついてライダーはメガネを賭け直した。石化しかけていたバゼットの体の硬直がとける。

 

「マスターがコレだからな」

「………………」

 

 バゼットは赤面してうつむきつつ、ライダーとランサーの会話を聞いていた。いくら自分が常識に疎いという自覚があってもライダーのこんな口車に乗せられかけたのは頭に血が上っていくのがわかるくらい腹立たしいし恥ずかしい。

 だが気を取り直して顔を上げる。

 

「ライダー、私は献血に来たのであってあなたの食事を提供にしにきたわけではありません」

「仕方がありませんね、では腕を」

 

 バゼットは今度こそ服の袖をまくり上げ腕をライダーの前に差し出した。

 ライダーは手元の道具ケースのなかから図太い注射器を取り出し、それに針を取り付けて準備している。

 

「ええと、ライダー。その注射器はなんというか、大きすぎませんか」

 

 その注射器はいままでバゼットが見た事があるものよりも二周りくらいは大きい。

 だがライダーは黙って、ふふふふふと笑いながらバゼットの腕に手を伸ばす。

 

「ふふふふふふふ」

「あわわわわわわ」

 

 プチ、とバゼットの腕の中に注射器の針が差し込まれた。透明な注射器の中に真っ赤な血が勢い良く流れ込んでいき、たちまち埋まっていく。

 バゼットは急速に頭から血の気がひいていくのを感じていた。

 

 

 採血されたバゼットは一転して青い顔になって椅子に座ったままがくっとうなだれている。あーあ、こっちにも治癒のルーンが必要かなあとランサーがバゼットに近寄ろうとした時、

 

「ライダーさん、ちょっと」

 

 と、白衣姿の別な献血スタッフがやってきた。

 

「ライダーさん、採用にあたってのあなたの資格に問題が。一緒に外に来てください」

 

 献血スタッフはライダーの手を取って外に連れ出していく。ライダーは引っ張りだされながらランサーの方を悔し気に振り向いた。

 

「貴方の告げ口ですね、ランサー」

「はっはっは! アンタもクビを味わえよ」

 

 

 採血係ならぬ吸血係だったライダーは無事連行されていった。

 ランサーは椅子の上でぐったりしているバゼットに肩を貸して立たせてやる。バゼットの顔色はいまだに蒼白である。

 

「ランサー、血を採られすぎてくらくらします……」

「アンタのおかげでライダーの被害を食い止められてよかっただろ? 世の中の役に立ったじゃねえか。

 さっ、ウチに帰ろうぜ、バゼット」

 

 

 献血騒動から2週間ほど経った頃、ランサーとバゼットの館に献血センターからの郵便が届いた。献血をした人へのサービスとして血液の検査結果が送られてくるのだ。

 

「えっ。こっこの結果は!?」

 

 その結果通知を見たバゼットは困惑している。その通知にはこう記載されていた。

 

-------------------------------------------------------------------

血液検査結果のお知らせ

 

あなたは正体不明の病原菌に感染しています。

至急、病院で精密検査を受けましょう。

-------------------------------------------------------------------

 

「な、なんですか、これは? 私はいたって健康で病気などまったく」

「ああ、ほらアンタ持病があるじゃねえか」

「持病?」

 

 心当たりがない、と怪訝な顔で聞いてくるバゼットにランサーは答えた。

 

「ほら、フラガ家が代々かかってるヤツだよ」

「はっ!」

 

 バゼットは思い出した。

 神代から続くフラガ家が伝える魔術特性。彼らは魔術協会の魔術師たちが持つ魔術刻印とは違う形で一族の能力を子孫に伝える。

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)

 平たく言うならば、フラガ家の者が代々感染する「フラガラックを作れるようになる」病気である。

 

「まっまさか……。それが———!!」

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)の血は献血できませんでした。

 

**********************************************************************

 

nauthiz(ナウシズ)  

 

象徴:必要性/欠乏

英字:N

意味:必要性を表す欠乏、停滞のルーン。不満や不足を意味し、必要なものが満たされない欠乏状態である。何かを進めるためには不足しているものを補う必要があるという義務や軋轢を示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




伝承保菌者って、もやしもんみたいにフラガラック菌が「ばぜっとー」っていいながらバゼットさんの周りを飛んでるのを想像する。


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人間《mannaz》

Fateのマスターとサーヴァントはあのビル好きだよね。


 ランサーはまた新しいアルバイトを始めていた。今の仕事はビルの夜間警備だ。賑やかさも華やかさもないけれど、深夜の誰もいないビルの中を見て回るのもランサーには目新しいことなのだ。

 ランサーは今夜の警備を終えて帰宅する途中に警備会社の事務所に立ち寄った。

 

「所長、おつかれ!」

「ああ、ランサーくん。おつかれさま」

 

 事務所では所長が何かのビラを眺めていた。ランサーが所長の手元を覗き込んでみると、そのビラは求人広告のようだった。先日から街のあちこちに張り紙をしているのだそうだ。

 

「新しく別のビルの警備の仕事が入ったんだが、人手が足りなくてね。だけどなかなか応募者が来ないんだよ」

「だったら、いいおまじないがあるぜ。所長」

 

 ランサーはニヤッと笑うと、一枚の紙にさらりとルーン文字を書いた。門のような形のその文字はmannaz(マンナズ)のルーン。これは人間関係がうまくいくおまじないになるのだ。

 

「ランサーくん得意のアイルランドのおまじないか。ありがとう。じゃあコレを求人のビラの横に貼っておくかな」

「おう、きっと効果ばつぐんのハズだぜ!」

 

 所長は事務所のドアに求人広告とmannaz(マンナズ)のルーンを並べて貼った。

 

 

 

「ただいまっと。帰ったぜ、バゼット」

「おかえりなさい、ランサー!」

 

 仕事帰りのランサーをバゼットが機嫌良く出迎えてくれる。今日はなぜかいつもより嬉しそうだ。

 

「ん? なんかいい事でもあったか、バゼット」

「ランサー、私も仕事が見つかりました!」

 

 その質問を待っていました、とばかりにバゼットが答えた。

 なるほど、嬉しそうなわけだ。バゼットは戦闘においてはどのマスターにもひけをとらないのに、他には何の取り柄もないと常に気にしている。それもあってやたら普通の仕事をしてみたがるのだが、なにぶん不器用でなかなか続かない。

 今度のはバゼットに合いそうな仕事だといいのだがと思いつつ、ランサーはバゼットに聞いてみた。

 

「よかったな。何の仕事だよ?」

「警備員です」

 

 警備員ならちょうどよさそうだ。バゼットの腕っ節の強さが存分に活かされるだろう。

 

「おお、アンタにあうんじゃねえか。どこのだよ」

 

 バゼットは一枚の求人ビラを取り出した。ランサーはバゼットの見せたビラをみる。

 あれ、どこかで見たビラだが……思い出した。

 

「それオレと同じバイト先だぜ」

「え、ランサーもこの警備会社で働いているのですか?」

「ああ。がんばれよ、バゼット」

 

 驚いているバゼットの肩をぽん、と叩きながらランサーは微笑んだ。

 いいねえ、さっそくオレのmannaz(マンナズ)のルーンが効いてきたみたいだぜ。

 

 

 

 翌日。バゼットは警備会社の事務所に出勤した。所長から仕事の説明を聞く為である。

 仕事の内容は、要するに夜間のビルの中を決まった時間に巡回し、問題が起こっていないか確認する事。もし不審者の立ち入りがあれば排除するというものだった。

 説明を一通り聞いて、この仕事内容ならば大丈夫そうだとバゼットは思った。監視や警備は日頃から慣れているし、細かい物を取り扱って壊してしまう心配もない。

 

「……説明は以上です。なにか質問はありますか、バゼットさん?」

「いえ、ありません」

 

 説明を終えた所長にバゼットは自信を持って返事した。

 

「じゃあ今夜からよろしくね。職場は冬木センタービルです。どうも最近、夜中に勝手に侵入する人が多いらしくて」

「はい! お任せ下さい。不審者の撃退は得意です」

 

 そう言い終わるとバゼットは事務所の椅子から立ち上がって踵を返し、がちゃりと事務所のドアを開けて颯爽と仕事場である冬木センタービルに向かった。

 

「やれやれ、人が見つかってよかったな。あの人は女の人だけどずいぶん強そうだし」

 

 バゼットの後ろ姿を見送った所長はほっ、と一息つきながら事務所のドアをバタンと閉めた。その反動でドアに張ってあったルーン文字の張り紙がぱらりと床に落ちた。

 

「おっと、おまじないの紙が……。

 あれ、これはどっちが上だったかな? これでいいか」

 

 所長はルーンの紙をドアの上に適当に張り直した。

 

 

 

 冬木センタービルは新都で一番高いビルだ。ごう、と風のうなる真夜中のビルの屋上に二つの人影がある。

 

「アーチャー、ここなら見晴らしがいいでしょ? 街の全景がわかるわ」

「ああ凛、私の目なら橋のあたりのタイルの数も見てとれる」

 

 凛とアーチャーは屋上の端に立って街の夜景を眺めながら会話していた。その彼らの背後を急に眩しい懐中電灯が照らす。

 

「そこの赤いカップル! 屋上は立ち入り禁止です」

 

 やべ、みつかった、と凛とアーチャーは後ろを振り向いた。そこにはなぜか知った顔の警備員が立っていた。

 

「ちょっと。何やってんのよ、バゼット」

「遠坂凛ともあろうものがこんなところに忍び込むとは。デートは他でやってください」

 

「違うわ! 聖杯戦争のための下見よ。むしろ、そっちこそ何でこんなところにいるのよ」

「仕事です」

 

 真顔できっぱり言い放つバゼット。凛は呆れて思わずこめかみを押さえた。頭がいたい。

 あんた執行者のはずでしょ……ていうか聖杯戦争……。

 

「こんな万年無職に構うな、いくぞ凛」

「待て、アーチャー! 何ですかそれは」

 

 バゼットが吠えたが、アーチャーはうなだれる凛を抱えると、バゼットを無視して屋上の端からひらりと飛び降りて去っていった。

 

「ずいぶんひどい言われようだ。今回はまだ失職してません」

 

 バゼットはアーチャー主従にぶつけ損なってやり場のない文句を彼らが消えていった夜の闇に言い捨てる。そして夜景に背を向けて屋上から下の階へ続く階段を降りて一階に戻った。

「このビルへの夜間の不法侵入は厳禁です。

 凛とアーチャーは裏口から侵入してきたらしいですね。先ほどのような不心得者が現れないように、裏口を厳重に取り締まることにしましょう」

 

 バゼットはビルの裏口の前に仁王立ちし、周囲を鋭く見回しながら警備を続けた。

 

 

 

 突然、ガキィン!キィン!!と金属が激しくぶつかる音が響いた。まるで剣戟のようだ。ビルの正面の方向から聞こえてくる。

 

「何事ですか!?」

 

 バゼットは急いでビルの正面玄関に駆けつけた。音の響く方を探ってビルの側壁を見上げる。なんとそこにはビルの側壁を蹴りながら上空に登っていく、二つの弾丸のような影があったのだった。

 

「なっ……!」

 

 二つの影は互いにぶつかり合い、ガキィン!!と剣戟の音を響かせながらビルを登っていく。地上から眺めているとまるでビルの壁を使った巨大ピンボールを見ているようだ。ぶつかり合う影は次第に屋上へと近づいていた。

 

「まさかビルの側壁を登ってくる不審者がいるとは! それにしても到底人間ワザとは思えない」

 

 なぜこのビルにはこんな厄介な不審者ばかりやってくるのか、と思いつつバゼットは急いでビルの屋上に駆け上がった。

 

 がちゃり、とバゼットが屋上のドアを開けた。ドアの隙間から凄まじい風と目のくらむような光がドアの内側に流れ込んできた。

 

「くっ。この風と光は……」

 

 思わず階段側に押し戻されそうになるのを堪えつつ、バゼットは屋上へ入り込んだ。

 目の前にいるのは白銀の甲冑で武装したセイバーだった。その手に持っている聖剣は刀身を覆い隠している風王結界から解き放たれ、神々しい金色の輝きを放っている。

 

 そして、セイバーが見上げる空の上には真っ白な天馬が翼をはためかせて宙を駆けていた。幻想種ペガサス。その背の上にライダーがまたがっている。ペガサスが大きく羽ばたくたびに屋上に居るものを軽々と吹き飛ばしそうな暴風が吹き寄せる。

 

 バゼットはペガサスの突風に体をさらわれないよう身をかがめつつ、セイバーとライダーの会話に耳を澄ました。

 

「日頃のいさかいの決着をつけましょう、セイバー」

「望むところです、ライダー」

 

「ふふふ、セイバー。私の宝具は人目に付く。だからわざわざ貴方をここまでおびき寄せたのよ。ビルごと吹き飛ばして上げる」

「同感だ。ここならば、地上を焼き払う憂いもない!」

 

 ライダーとセイバーはここで宝具を解放するつもりだ。まずい、阻止しなければ。

 二人のサーヴァントは互いに睨み合い、相手の動きを探っている。まさに一触即発。ほんの小さな動きをきっかけに双方の必殺の一撃が繰り出されるだろう。

 バゼットが身構えたと同時に、ライダーとセイバーは声高らかに宝具の真名を唱えた。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 天からビルの屋上を打ち砕こうと駆ける天馬の軌跡と、

 屋上から天を切り裂けとばかりに打ち出された黄金の光の刃が、

 まさに空中で激突しようとしたその時、

 

切り抉る戦神の剣(フラガラック)!!」

 

 次の瞬間、天馬は停止し、聖剣の光は消えていた。

 

「あっ」

「えっ」

 

 ライダーとセイバーは驚いて周囲を見回し、ようやく警備員バゼットの存在に気づいた。

 

「憂いはあります! サーヴァント同士の喧嘩も他のところでやってください」

 

 バゼットはライダーとセイバーをビルの屋上から夜空に叩き出した。

 

 

「まったく次から次へと不審者が侵入してきますね。

 念のために家からフラガラックを持参してよかった。普通の仕事といえどまるで聖杯戦争並に油断がなりません」

 

 ふう、と一息ついたバゼットの背後でヒソヒソ声がするのに気がついた。

 

「やばいぜ衛宮。オレは逃げるからな」

「待てよ慎二!」

 

 バゼットが振り向くと少年二人が下の階に続く階段に逃げ込んだところだった。

 

「む、サーヴァントがいたということはマスターもここにいたのですね。そこの少年、止まりなさい!」

 

 バゼットは少年たちの後を追う。ビルの廊下に彼らの足音が響いている。足音を追えばどこに逃げようとしているのかはすぐわかる。まもなく追いつくだろう。

 

「あの少年たちはこちらに逃げたはず、と?」

 

 どん、とバゼットは何か壁のようなものにぶつかった。岩のように堅いが、微妙に生き物のような肌触りがした。

 

「マキリの蛆虫さん。あれ違うの? お兄ちゃん……でもないのね?」

 

 暗闇の中で少女の声がした。バゼットは声の主を姿を探した。真っ暗なビルの廊下の微かな光によって少女の銀髪と白い顔が浮かび上がる。

 

「イリヤスフィール!?」

「まあいいや、やっちゃえバーサーカー」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

「えええええええええ!」

 

 

 

 バゼットは冬木センタービルでの深夜勤務中にビルに侵入した不審者と格闘したものの、健闘むなしく敗北した。叩きのめされて気絶したまま翌朝に発見され、病院に送られた。

 ついでに即日退職になったらしい。

 

 怪我は大した事なかったので、バゼットは病院をさっさと出てきて、今はベッドの上で布団にくるまって落ち込んでいる。

 

 ランサーはバイトに出かける支度をしながらベッドの上で布団のダンゴになってるバゼットをちらりと眺めた。

 

「やれやれ、オレが帰ってくるまでに元に戻ってるといいけど。

 それにしても、なんでサーヴァントどもがそんなに集まってきたんだよ。ツイてねえな。

 まさかオレのルーンが効かなかったのか?」

 

 やや疑問に思いながら、ランサーはバイト先の警備会社の事務所に出勤した。

 

 

「おはようございまーす」

 

 と挨拶しながらランサーは事務所のドアを開けようとして、ドアの張り紙に気がついた。

 それはランサーが書いたmannaz(マンナズ)のルーンなのだが。

 

 あ、あれ。これ上下逆に張ってあるじゃんか。ってことは……。

 

「逆位置じゃねえか———!!」

 

 逆位置のルーン。mannaz(マンナズ)のルーンのおまじないは逆さまに貼付けられて逆の意味になっていたのだった。

 

**********************************************************************

 

mannaz(マンナズ)  

 

象徴:人間

英字:M

意味:人間を象徴するルーン。人が肩を寄せあう様子を象った文字である。人間関係の調和、相互援助、チームワークなどを表している。適切な助言や、援助者を得る事を暗示する。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 

 

 

■ルーン文字の逆位置

 

ルーン文字によっては逆さまになると意味が逆転したり、悪い意味のルーンであった場合はさらに悪い意味になる。

 

マンナズの場合は人間関係の不調和を意味し、人の助けが得られないことを表す。




こんなビルの警備はイヤだw


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保護《algiz》

君が居ないと困るんだ、って言われたい。



 AM 2:00

 ここは冬木市新都の牛丼屋。

 深夜の店内のカウンターで男女二人組が牛丼を食べている。いや、まだ食べているのは男のほうだけで、隣の女の丼はすでにきれいに空っぽだった。

 

「バゼット、アンタ食べるの早いな!」

「いえ、ランサー。わたしのはすぐ出てきましたが、あなたのは新商品で時間がかかっていたからです」

 

 バゼットが注文したのは普通の牛丼で、ランサーのは店の壁にでかでかと張り出されたポスターの新商品「おろしポン酢ピリ辛牛丼」だ。

 牛丼の調理時間わずか1分弱。席について食券を渡してお茶を一口飲んだあたりで即出てくる。だが新商品は5分くらいかかることもあるのだ。

 そしてバゼットが牛丼を食べおわるのにかかる時間はせいぜい3分。

 そういうわけで、ランサーの手元に丼が出てきたときにはバゼットは黙々と手元のお茶を

啜っていた。

 ランサーは暇そうにしているバゼットを横目で見る。

 

「アンタもたまには違う種類の牛丼を食べればいいじゃねえか。いつもソレだろ?」

「これで十分です。私は必要なカロリーさえとれれば何でも良くて」

 

 ランサーの言葉に、バゼットは困ったような表情で答えた。

 やれやれ、変わんねーな、とランサーは再び目の前の丼飯を口に運ぶ。

 ランサーが牛丼をかき込んでいる間、バゼットは手持ち無沙汰に店の壁に並んだポスターを眺めていた。

 

「ランサー」

「あ、どうした?」

 

 ふとバゼットに声をかけられてランサーは顔を上げた。バゼットは壁のポスターの1枚を指差していた。

 

『アルバイト・パート急募!! 深夜勤務時給1500円 高給待遇 初心者歓迎 

 あなたらしい働き方を。 やりがいのある仕事です!』

 

 この店のアルバイト募集ポスターだった。ポスターの写真ではアルバイトの女の子が牛丼を手に持ちながら微笑んでいる。その上に宣伝文句の文字が踊っている。

 (いわ)く『お客様からのありがとうの言葉が私の喜びです』

 

「この仕事やりたいのかよ、バゼット」

「急募ですよ! 時給も高いですし、それになんとなく人に喜んでもらえそうな気がします」

 

 バゼットは意気込んでいる。

 ランサーもそのポスターを眺めてみる。確かにこのポスターにバゼットが惹かれるのは納得だ。ここには人に必要とされたくて、できれば人の役に立つ事をしたい性分のバゼットがひっかかりそうな言葉が並んでいる。

 

「ま、やってみればいいんじゃないのか」

「そうですね。明日応募しに行ってみます」

 

 バゼットは即座にそう答えた。

 やる気満々だな。

 ランサーは心に浮かんだ一抹の不安を隠しつつ、あえて平然を装った。

 

 

 

 PM 15:00

「えー、バゼット・フラガ・マクレミッツさん、23歳と。出身は……へえ、アイルランドですか」

 

 次の日、バゼットはさっそく牛丼屋のアルバイトの面接に赴いた。牛丼屋の店長はバゼットが書いてきた履歴書の内容をじっくりと読んでいる。

 バゼットは店長の目の前で椅子に座って縮こまっていた。

 

「あ。そんなに緊張する事ないですよ」

「す、すみません」

 

 堅くなっているのを見抜かれ、バゼットは余計に気にしてしまった。

 そうです。必要以上に緊張することなどない。やる気はあるのですから。

 ……実際のところ、やる気だけしかないのだけど。

 

「ええと、15歳で実家を出てからは特に仕事はしていなかったのですか? 履歴書には何も書いてないですが」

「そっ、それは……」

 

 店長の指摘にバゼットは慌てて弁解を試みた。バゼットは断じて無職ではない。23歳にして既に8年間もの仕事歴(キャリア)がある。

 だが、その仕事は表立って説明することはできないものだ。むろん履歴書には書けない。

 

「あのですね……行方不明になってしまった人を探し出して保護したりとかですね。あと、街に逃げ出した魔獣、というか動物を退治したりとかですね……」

 

 バゼットは必死で魔術協会でやっていた仕事をなんとか堅気の人にも理解可能なように取り繕ろおうとした。

 座っている椅子から身を乗り出しつつ一生懸命話すが、その内容は意味不明で話せば話すほどしどろもどろになる。

 まずい。挙動不審極まっている。なんとかしないと……。

 

 焦っているバゼットの肩に、店長がぽん、と手を置いた。

 

「大丈夫です」

「え?」

 

 店長はやさしげな目をして微笑んでいた。

 

「人にはみな事情があります。

 学歴がなくても、職歴がなくても、身分がなんだか怪しくても、

 前向きな心があれば、やる気さえあれば、人生はいつでもやりなおせる」

「ああ……」

 

「そうでしょう? バゼットさん」

「ええ、そう、その通りです!」

 

 バゼットの眼に熱い涙がにじんだ。人に認めてもらえるというのは嬉しいものです。

 

 感激に身を震わせているバゼットの前で店長は再び履歴書に目を落とした。どうやら資格・特技欄を見ているようだ。

 

「ほう、人を殴る事が特技ですか……」

「あっ、それはその」

 

 ついつい、いつもの習慣で書いてしまったが普通の飲食店のアルバイトで格闘技術が役に立つ事はありえないだろう。

 またしても言い訳の言葉を探すバゼットだったが、意外にも店長は満足そうに頷いていた。

 

「実に頼もしい」

「え?」

 

 なぜ牛丼屋で腕っ節の強さが喜ばれるのか? 調理に力が必要なのか?

 

「ええと、もしかしてこちらの店では牛丼の牛を解体するところから調理を始めるのですか?」

 

 おずおずと質問したバゼットに店長は笑いながら答えた。

 

「はははは! いくらなんでもそんなことはありません。調理は簡単です。材料は本社の工場で下ごしらえ済みのものが用意されていますし、調理方法は誰でもわかりやすくマニュアル化されています。すぐに覚えられますよ。

 ではバゼットさん今夜からおねがいします! シフトの時間は夜間です」

 

 よし、バイト即決です。やりましたよランサー!

 就職の手応えを感じ、バゼットは思わずぐっと拳を握りしめたのだった。

 

 

 

 PM 22:00

 この牛丼屋の深夜シフトはたった1人の従業員だけで店の営業をするシステムだ。バゼットは業務マニュアルを通り一遍教わった後、じゃあ後はよろしくね、と夜中の牛丼屋の仕事をまかされた。

 

「慣れないうちに1人で勤務とは正直不安なのですが大丈夫なのでしょうか、と

 い、いらっしゃいませ!」

 

 ガーツと牛丼屋の自動ドアが開いて客が入ってきた。カウンターに座るなり牛丼やカレーを注文してくる。バゼットは注文を受けると厨房に入り、教わった通りに調理をした。

 冷蔵庫から具材をとりだし、マニュアルを見ながら火を通して、皿に盛りつける。料理というよりもプラモデルでも組み立ているかのようだ。あっという間に牛丼やカレーが出来上がった。

 

 なるほど、確かにマニュアル通りに作っていればなんとかなる。それに高度に合理化されていて全く無駄がない。これによって1分程度で料理が出てくるという迅速なオペレーションが達成されているわけだ。

 日本の牛丼屋のマニュアル作業の素晴らしさに感嘆しつつ、バゼットは接客と調理をこなした。

 

 夜中は昼間ほどは客が多くないのだが、時々飲み会帰りとおぼしきグループなどが店に入ってくる。マニュアルがあるといえども1人だけで接客、調理、片付け、会計とすべての仕事をするのはかなり忙しい。

 それに加えて、

 

「つゆだくお願いします」

「俺はねぎだくで」

 

 唐突に客から聞いた事のないメニューを注文された。

 

「は?」

 

 バゼットは訳が分からないままメニュー表を見たが「つゆだく」や「ねぎだく」というメニューは載っていない。

 首を傾げながら厨房に戻ってマニュアルを確かめる。マニュアルを眺めているとその中に

 

『裏メニュー』

 

 というページを見つけた。

 そこに先ほどの謎のメニューの「つゆだく」「ねぎだく」のレシピが書いてあったのだった。

 

「なるほど、『つゆだく』は牛丼のつゆを多め、『ねぎだく』は玉ねぎを多めにするいう隠語なのか」

 

 だったら初めからメニューに入れておいてくれればいいものを、と思いつつ急いで『裏メニュー』を作って客のところに運んだ。

 牛丼屋の夜間シフトの時間はこうしてせわしなく過ぎていった。

 

 

 

 AM 3:00

 バゼットはぼーっと店の入り口をみつめる。

 

「暇ですね……」

 

 この時間になると通りにはほとんど人影がなく、当然客も来ない。ここのところ数時間は1人の客も来ていない。

 0:00頃まではそれなりに客がきて忙しかったのだが、今は全くと言っていいほどやることがない。

 眠くなりそうなのでシャドーボクシングでもしていようか。バゼットは凝った肩をぐるっとまわしてほぐし、ファイティングポーズをとりかける。

 その時、ガラーーーッと店のドアが開いた。

 

「はっ! いらっしゃいませ」

 

 バゼットはすばやく直立不動の姿勢に戻って、入ってきた3人組の方を向いた。彼らは変わったファッションをしていた。3人とも黒いビニール袋のようなものをかぶって目のところだけ穴をあけている。

 先頭に立っている男が低い声でぼそりと言った。

 

「金を出せ」

「ええと、まず、ご注文は?」

 

 一方バゼットはマニュアル通りに彼らに茶を出している。

 

「だ・か・ら、金を出せ」

「そういわれても、ここは牛丼屋ですから出せるものは牛丼やカレーしかありません。お金はむしろ貰う方です」

 

 バゼットの返答で覆面をした男たちのイライラ度が急上昇していく。男の1人が手に持った刃物をバゼットの顔の前に突きつけた。

 

「コレが見えないのか?」

「包丁持参、ということは」

 

 やっと意図が通じたのかと、男はうんうんと頷いてみせた。

 

「そうそう、ようやくわかった?」

「料理がしたい、つまりアルバイトの申し込みですね」

 

 男たちはがくっ、と首をうなだれた。

 

「……姉ちゃん外人だな。日本語がわからないのか?」

「あなたがたはお客様ではないのですか?」

 

 バゼットは刃物を突きつけている男を相手に相変わらず動じず接客をしようとしている。

 後ろにいる男が刃物の男を、もうコイツの相手はいいからさっさと金を盗って逃げようぜ、と小声でせっついた。

 

「仕方ねえ。動くと怪我するぜ姉ちゃん!」

 

 男は包丁を突きつけたままレジに手を伸ばした。その手をバゼットはがしっと掴む。

 

「なっ!」

「なんですか。お客でないのなら初めからそう言ってください」

 

 バゼットは男の腕を掴んだまま店の外に引きずり出した。

 ああ、退屈で何か殴りたい気分になっていたところだ。ちょうどいいですね。

 

「うわあああ。なんだこの怪力女ーーー!」

 

 悲鳴を上げる強盗たちを片っ端からつまみあげては店の外に放り出す。バゼットは1分もかけずに強盗を駆逐した。

 

「なるほど、腕っ節が強いのを褒められたのはこういうことだったのか。日本は安全な国とききましたが賊が侵入してくることもあるのですね」

 

 考えてみれば24時間営業で夜間に人気のない場所の店に従業員1人だけというのは実に不用心だ。防犯上の問題があると言える。

 まだシフトの終わりまでには時間がある。さすがに1日に2度も変な輩が現れる事はないだろうが何か対策をしておこう、とバゼットは考えた。

 

「簡単なものですが、ルーンで防御の為の細工をしておきましょう」

 

 バゼットは外に出て店のドアの前の地面にルーン文字を刻み付けた。その文字はalgiz(アルジズ)。大鹿の角を象ったこのルーン文字は保護の意味を持ち、結界を作るのに役立つ。

 

「これでよし。algiz(アルジズ)のルーンが危険から店を守ってくれるでしょう」

 

 ———そして時間は過ぎていった。

 

 

 

 PM 22:00

 夜中の衛宮邸。士郎は土蔵で魔術の鍛錬をしようと中庭に出たところだった。

 

「おーい小僧」

 

 急に塀の外から声をかけられて士郎は驚く。誰だ? と外に出てみるとなぜかランサーが1人で立っていた。

 

「あれ、ランサーじゃないか。こんな時間にどうしたんだ?」

「うちのマスターが帰ってきてねえんだけど、オマエんちに行ってねーか?」

 

「来てないけど? バゼットって今、牛丼屋で働いてたんだっけ」

「バイトに行ったのは昨日の夜だよ。朝には帰ってくるはずだったんだけどな」

 

 丸一日帰ってきてないことになる。バイトが終わった後どこかに行ってしまったのか。それともまだバイトが終わってないとか。

 

「じゃあランサー、一緒に新都の牛丼屋に行ってみようぜ」

 

 ランサーと士郎は牛丼屋の様子を見に向かった。

 

 まもなく新都に着いて牛丼屋の近くに来たものの、おかしなことに店が見つからない。

 

「あれ? 確かここに店があったはずなんだけどな」

「間違いない。牛丼屋はここのはずだ」

 

 二人は周囲を見回すがどうしても牛丼屋が見つからない。なぜか牛丼屋があった場所だけ視界に入ってこない。

 士郎はこの場所にかすかな歪みを感じとった。

 

「ランサー、この場所なんだか変じゃないか? 魔力で歪められてるっていうか」

「ああ、ルーンの魔力を感じるぜ。ちょっと離れてろ、小僧」

 

 言うが早いか、ランサーは腕を大きく横に薙ぐ。その手に赤い魔槍が具現化させた。

 

「うらぁ!」

 

 ランサーは頭上に槍を振りかぶると目の前の空間を真っ正面から叩き斬った。何もないはずの空間で魔力同士の衝突が起こって、そのエネルギーで周囲の空気が激しく揺れる。

 そして衝撃が落ち着いた後、その場所には今まで通りに牛丼屋があった。

 

 なぜか、ガーッと牛丼屋入り口の自動ドアが開く。ドアの奥には人影が見えて、何かを思いっきりこっちに投げようとしている。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)…………」

「えええええええ!!!」

 

 詠唱とともに猛スピードの弾丸が飛んできた。士郎はとっさに後ろに避けたが槍を振り下ろした直後のランサーは動けない。

 弾はランサーの頭に命中した。周りに赤い飛沫が飛び散る。

 

「もとい、防犯カラーボール!」

 

 人影が叫んだ。

 牛丼屋の前には蛍光色の赤い液体をあびて、赤青のツートンカラーになったランサーが呆然と立っていた。

 

「また出たな、強盗ども!」

 

 カラーボールを撃ってきたのはバゼットだ。眼が据わっている。蛍光塗料をかぶったランサーがバゼットにつかつかと近寄って肩を揺さぶる。

 

「目を覚ませよバゼット……」

「はっ!」

 

 

 

「そういうわけで24時間寝てないのです」

 

 カウンターで士郎とランサーは黙々と牛丼を食べながら、バゼットから事情を聞いていた。

 

「それでalgiz(アルジズ)で結界をはったのか。結界が効きすぎて店が見えなくなってたんだよ」

「だからあの後、誰も来なかったのですね」

 

 はあ……、とバゼットは肩を落とす。

 

「店放って帰ってくればいいじゃねえか」

「そうはいかないのです。私が帰ったら店に誰もいなくなってしまうではないですか」

「何もアンタが24時間働く事ないだろ。店長に連絡して代わりのヤツ呼べ」

 

 そうしたら外に出たときに結界がおかしい事にも気づいただろうに。

 

「いえ、代わりのアルバイトはいません。だから次の人が来るまで待たないと。

 店長から店の24時間営業は死守しなければならのないのだと聞きました」

 

 バゼットの話を聞いてランサーと士郎は顔を見合わせた。

 

「あのさバゼット、労働基準法って知ってる?」

「アンタ、ブラック企業って言葉を聞いたことあるか?」

「何ですか、それは? また聖杯がさずけたネット知識ですか」

 

 案の定バゼットはきょとんとしている。ランサーと士郎は声を揃ってつっこんだ。

 

「いいや、それ社会常識だから!」

 

 

 

 ガーッと牛丼屋の自動ドアが開いた。おっとお客さんだ。バゼットはいらっしゃいませ、と言いかけたが、

 

「あ、店長」

「おそくなってごめんなさい。おかしいな、いつも来ている店なのになぜか今日は道に迷ってしまったみたいで」

 

 やってきたのは牛丼屋の店長だった。店長はなぜかとても申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「実はアルバイトを始めてもらったばかりで悪いんだけれど、この店は閉店する事になりましてね」

 

 店長が言うには、最近の労働問題で牛丼屋業界のアルバイトの時給が高騰している上にこの店では人手が全然集まらず、このままだと店の運営が続けられないのでこの牛丼屋は閉店するとのことだった。

 

 

 

 それから数週間後。

 あの牛丼屋の跡地には別の新しい牛丼屋が入って営業を始めた。新しい店も牛丼の種類、営業時間、サービス内容、いずれも以前の店と大差なかった。

 違う事があるならば新しい店では深夜でも何人かのアルバイトが店の中で働いている。

 アルバイトに代わりはいなくても牛丼屋の方に代わりはあるのだ。

 

 今夜もまたランサーとバゼットは新しい牛丼屋でいままでと同じように牛丼を注文した。

 調理時間1分程度で手元に届いた牛丼を彼らはいつも通り平らげつつ呟く。

 

「人に必要としてもらうのはなかなか難しいですね。ランサー」

「なあバゼット、こんどは牛丼屋以外の店にも行こうぜ。ファミレスとかさ」

 

**********************************************************************

 

algiz(アルジズ)  

 

象徴:大鹿/保護

英字:Z

意味:大鹿の角の形を表す庇護、共存のルーン。スゲという植物の意味もある。鹿は群れて生活する事から友情のルーンとされ、仲間や身内を守るという意味を持つ。保護、防御を意味するルーンでもあり、魔除けのお守りに使われる。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




牛丼屋を始め、飲食店で働く皆さんくれぐれも健康第一でがんばってくださいな。


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車輪《raido》

12/24に投稿するつもりでした…。脳内時間を調整してお読みください。



 空から微かに雪が舞い落ちて地面をうっすらと覆う。

 ここは冬木市という名前の街だが雪が積もることはほとんどない。せいぜいわずかな間だけ地面を白く見せる程度だ。ランサーとバゼットの故郷アイルランドの冬と比べたらささやかなものである。

 

 ランサーとバゼットは隠れ家を出て新都の中を歩いていた。

 通りすがりの家の窓にはリースの飾り物、ビルの入り口には青と白のLEDのイルミネーションが輝き、商店の入り口にはツリーが置いてあって、店先からはクリスマスの歌が流れてくる。

 今夜はクリスマスイブなのだ。

 

「キリスト教が宗教の主流でないこの国でもクリスマスを祝うのですね」

 

 バゼットは賑やかな町並みを眺める。

 コンビニエンスストアの入り口にはケーキとチキンを販売中との派手な広告写真が張り出され、通りにはぴったりと寄り添ってあるくカップルの姿がいつもより多い。そうかと思えば居酒屋らしき店の前では十数人の若者のグループがたいそうにぎやかに騒いでいる。

 この国のクリスマスは彼らの母国の風習とは違い、なんだかよくわからないお祭りのようになっている。

 

 浮き立つ街の空気にバゼットは一瞬気が緩みかけたが、ふと本来の目的を思い出して我に返った。軽い緊張感を取り戻して先を急ぐ。

 ランサーとバゼットの今夜の目的地は冬木教会だ。クリスマスイブに教会に行くのは自然な行動に見えるが、別にミサに行くわけではない。クリスマスパーティーが開かれている、ということもありえないだろう。

 

「ランサー、あの監督役から急に呼び出しとはいったい何の用でしょうね?」

「毎度のことながら嫌な予感しかしないな」

 

 ランサーとバゼットは聖杯戦争の監督役である言峰に呼び出され、冬木教会に向かっている。どうも何組かのマスターとサーヴァントに声をかけたらしい。言峰の真意ははかりかねるが監督役の呼び出しを無視するわけにはいかない。

 忌々しげにランサーは呟いた。

 

「あの外道神父、今度はなにを企んでやがる」

 

 

 

 冬木教会に着くと神父は教会の入り口でツリーにリボンや星で飾り付けをしていた。

 

「……似合わねえ」

 

 ランサーのぼそりとした一言に気づいたのか言峰がこちらを振り向いた。

 

「ふむ、待っていたぞランサー。これで全員揃った」

 

 周囲を見回すと教会前にはセイバー、アーチャー、ライダーが集まっていた。そして言峰の後ろにはでかい布袋ががいくつも積んである。

 

 なんだありゃ? もしかしてプレゼントだとかいうんじゃあるまいな。

 

 怪しい布袋を見てランサーは警戒心を一気に高めた。

 もし言峰が「おまえたちにプレゼントをやろう」などと言うなら即座に断る。絶対にロクなものが入ってない。

 言峰はランサーの表情から心中を察したのか、嫌味な微笑みを浮かべた。

 

「安心しろ。この後ろの袋の中身はおまえたちのぶんではない」

「そうか、それは良かった。じゃあ何なんだよ」

 

 言峰はふふふ、と笑いつつ集まったサーヴァントをぐるりと見回す。

 

「この街の子供たちにクリスマスプレゼントを配布するのだ。手伝いたまえ」

 

 ランサーは唖然としたが、他のサーヴァントたちはもう説明を聞かされていたのか無表情か仏頂面をしているか、こっそりため息をついたりしている。

 

「テメエ、なに善人ぶったことしてんだよ」

「私は神父だ。なにも不思議はないだろう?」

 

 ランサーの憎まれ口にも構わず言峰はふてぶてしく薄笑いしていた。仕方なくランサーは集まっているサーヴァントたちの姿を見て尋ねた。

 

「それにしてもよ。このメンツはなんなんだよ」

「よく街を騒がせているサーヴァントたちだ。おまえも身に覚えがあるだろう? 協力しろランサー」

「げっ……」

 

 そう言われるとランサー陣営はマスターともども肩身が狭い。ここでヘタに逆らって聖杯戦争のルールに背いたと難癖をつけられてペナルティを課せられてはたまらない。

 今はこのいけ好かない監督役の言う事を聞くしかないか、とランサーは観念した。

 

 

 

「その余興、(オレ)も参加してやってもよいぞ」

 

 不意に夜の闇の中から声がした。しかもやけに偉そうだ。

 暗闇の中に金色の粒子が現れて人型になる。金髪のサーヴァント、ギルガメッシュが現界した。言峰はギルガメッシュにちらりと目をやる。

 

「そうだな。居候にもたまには働いてもらわないと困る」

「構わぬぞ。我は子供好き故な。子供の笑顔は王の宝である。はっはっは」

 

 金ぴか王は機嫌良く高笑いしていた。

 一方、セイバーの方を見るとあっという間に機嫌が悪そうになっていく。セイバーは露骨にギルガメッシュから目を反らしつつ言峰に言った。

 

「神父、こんなところで余計な話を続けてもしかたがない。子供たちも待っているのでしょうから早く配りに行きましょう」

 

 セイバーはどこから持ってきたのかごついバイクを調達してきていた。確かあれはV-MAX……。セイバーの体格には不釣り合いな事この上ない。

 

「オマエ、ソレに乗れんのかよ」

「セイバークラスには騎乗スキルがある。そもそも私は騎士王だ」

 

 訝し気に聞いたランサーにあっさりと言い返して、セイバーはプレゼント入りの袋を担いでバイクにひらりとまたがると、急発進して街のほうへ姿を消した。

 セイバーの騎乗スキルBの効果はさすがだ。

 

「では私もお先に」

 

 ライダーはペガサスを呼び出し、袋を乗せて空へ飛び去っていった。

 ライダーにいたっては騎乗スキルA+である。

 

「やれやれ騎乗スキル持ちはいいねえ」

 

 ライダーが飛んでいった夜空を眺めてランサーは呟いたが、

 

「いや、奴らは根本的に間違っている」

 

 と隣でアーチャーの声がした。振り向くとアーチャーは投影魔術を使おうとしていた。

 

「Unlimited Blade ……ならぬ、Santa Works!」

 

 アーチャーの目の前に立派な8頭立てトナカイそりが出現した。確かにこれが正しいサンタの乗り物である。

 アーチャーは投影したそりに乗って夜空に飛んでいった。今までのサーヴァントの中ではアーチャーが一番違和感がない。服も赤いし。

 

「それにしてもアイツ無限にサンタの仕事するっていったぞ。やる気あるな」

 

 

 

 さて、これで教会前に残っているのはランサーとギルガメッシュになってしまった。ランサーはギルガメッシュを忌々し気に睨む。

 

「ギルガメッシュ、テメェはどうすんだよ」

「ふはは、原初の王である我は機械仕掛けだの獣だのに頼る必要など全くない」

 

 ギルガメッシュが片手を上げる。全ての宝具の原典を持つと豪語するこのサーヴァントは「王の財宝」から乗り物を取り出せるのだ。ギルガメッシュの頭上に金色に輝く飛行機、ヴィマーナが現れた。

 

偽物(フェイク)など論外だ。これぞ王に相応しい乗り物よ。はははは」

「くそう……俺だってアイルランドで召還されたら戦車の宝具があったはずなのに」

 

 悔しがるランサー。ギルガメッシュそんなランサーの姿を空から見下ろして高笑いしている。

 

「狗は喜んで駆け回っておれば良い。ほれ、この国の童謡にあるとおりにな」

「うるせえ!」

「そう吠えるな雑種。我は寛大だぞ? そうだな騎乗スキルも乗り物のない貧相なオマエに我が乗り物を下賜してやろう」

 

 

 

 わんわんわん!

 教会前で元気な犬の鳴き声がする。

 

「おい、ギルガメッシュ。なんだこれは」

「見ればわかるだろう。そりだ。サンタクロースの乗り物であろう」

「それはわかる。そうじゃなくて、なんで犬ぞり(・・・)なんだよ!」

 

 ランサーの目の前には毛のもこもこした犬の群れがいる。

 ギルガメッシュが呼び出したのはそりはそりでも犬が引く「犬ぞり」だった。

 

「我の心遣いで貴様にあわせてやったのだ。

 いや、この犬たちはみんな血統書付きだぞ。雑種のおまえとちがってな」

 

 では、せいぜい励めよ、はっはっは と笑い声を響かせギルガメッシュも飛び去っていった。その後にはわおーん、と鳴きながら人なつこく尻尾をふる犬の群れとランサーたちが取り残されていた。

 

「まじかよコレ」

「この子たちふかふかしてますよ、ランサー!」

 

 ランサーが犬ぞりの方を見るとバゼットは犬とじゃれて喜んでいる。ギルガメッシュが自慢した通り、犬はそり引きが得意なシベリアンハスキー揃いだ。

 

「気に入ってんのかよ、バゼット……。

 それはそうとこの街には雪が積もらないぜ。犬ぞりは無理だろ」

 

 犬ぞりは豪雪地帯で使うものだ。土やアスファルトの道路の上では車輪のないそりは満足に動かせない。

 

「そこをなんとかできそうなルーンがあります!」

 

 バゼットがそりの脇にルーン文字を刻む。

 raido(ライド)のルーン。このルーンは車輪を表し移動に関する意味を持つ。

 

「なるほどraido(ライド)か。かなり無理矢理だけどなんとかなるかもな」

 

 ランサーは刻んだルーンに魔力を通す。犬ぞりの刃の部分に即席の車輪のようなものが現れた。

 

「これで走れるようになったな。よし、じゃあ他の奴らを追いかけるぜ!」

 

 ランサーが合図をすると、犬たちはわおん!と吠えて走り出す。こうしてようやくランサー組のサンタ活動が始まった。

 

 

 

 冬木市のとある家の前。

 犬ぞりから降りてきた青い男からプレゼントを手渡された子供が固まっていた。

 

「あー」

 

 ランサーは言峰に割り当てられた子供たちの家を順番に回ってプレゼントを渡しているのだが、先ほどから行く家でことごとく子供に怯えられてさすがに困っている。

 

「なあ、バゼット。いまいち子供たちが嬉しそうじゃないんだが。

 なんでだ? 俺が怖いのか?」

 

 犬ぞりに戻ったランサーが首をかしげる。バゼットは腕組みしてうーんと考え込みつつ答えた。

 

「……いろいろ原因が考えられます。乗り物がサンタとだいぶ違うとか、髭を生やしてないとか、そもそも青いとか」

「やっぱ、全然サンタらしくないよな」

 

「そうだ、せめて格好だけでもなんとかしたまえ」

 

 話し合うランサー主従の脇に、どかどかっとトナカイそりが横付けされた。そりの上にはアーチャーが憮然とした顔で乗っている。

 

「貴様らにせめてもの情けだ」

 

 アーチャーは手元で何かを投影するとランサーに投げてよこした。ランサーが広げてみると、それは赤いズボンとコートに白いつけ髭。

 

「おお、サンタの服だな! 助かるぜアーチャー。テメエの贋作もたまには役に立つもんだな」

「貴様の為に作ったのではないぞ。それを着てちゃんとサンタの格好をしてくれ。そうでないと冬木市の子供たちがあまりにもかわいそうだからな!」

 

 セイバーとライダーのところにも行ってくる、と言ってアーチャーはまたトナカイそりを走らせていった。

 アーチャーが言うには、今冬木市のあちらこちらで、バイクを飛ばしてきた外国人少女が子供にプレゼントを渡したり、子供部屋の窓にペガサスがやってきて部屋にプレゼントを投げ込んでいくなどの事件が多発しているらしい。

 

「まあ、あいつらがサンタクロースやったらそうなるな」

「ライダーのは幻想的で悪くないですね」

 

 ランサーとバゼットは他のサーヴァントたちのサンタ姿を想像して頷き合う。

 そういえばギルガメッシュは?

 ランサーたちはふと空を見上げた。夜空に金色の波紋が見える。空中のヴィマーナの上からギルガメッシュがプレゼントを流星よろしく子供たちの家に射出していた。

 

「あのヤロウ、手抜きしやがって……」

 

 

 

 しゃんしゃんと鈴をならしながら、ランサーサンタの犬ぞりは夜の道路を進む。ちなみに鈴もアーチャー作のサンタ衣装一式についていた。

 赤信号に差し掛かり、犬ぞりは横断歩道の前で止まって信号の変わるのを待つ。ランサーたちは一応真面目に交通ルールを守っている。

 が、その目の前をバイクに乗ったサンタクロースが猛スピードで横切っていった。

 

「おい、今の……」

「セイバーですね」

 

 その遥か後ろからパトカーのサイレンの音がする。スピード違反で追いかけられているらしい。

 

「犬ぞりの俺らが道路交通法を守ってるのにセイバーは何やってんだよ!」

「ランサー、私たちの犬ぞりは車道を走るにはスピードがたりませんから。スピードを抑えめにして歩道を走るのであまり無理はできません。

 それにしてもセイバーのバイクは楽しそうですね」

 

 ランサーとバゼットが遥か先のセイバーの姿を眺めると、セイバーは華麗にターンを決めて道路を逆走していくところだった。パトカーを撒いているらしい。

 

 見上げるとライダーのペガサスとギルガメッシュのヴィマーナが夜空を優雅に飛んでいる。こちらも航空法などは関係なさそうだ。

 

「地道に行くか……」

「そうですね」

 

 ランサーとバゼットは手元の地図を広げた。そこにはプレゼントを配る子供たちの家がかき込まれている。

 

「お、なんだかんだ言って、後は最後の1軒だな」

「郊外の森ですか。ここだけずいぶん遠いですね。急ぎましょうランサー」

 

 冬木市の郊外に広がる森に向かって、ランサーとバゼットは犬ぞりを走らせた。

 

 

 

「イリヤスフィール様! もう夜遅いのですからお休みください」

 

 森の中にあるアインツベルン城では深夜になっても寝室の明かりが消えていない。メイドのセラがイリヤスフィールを叱りつけていた。

 

「寝ないもん。サンタに会いたいの。

 シロウが教えてくれたの。いい子の家にはサンタさんが来るんだって。

 イリヤはいい子だからプレゼントがもらえるんだもん」

 

 イリヤスフィールはぬいぐるみを抱えたままベッドでむくれている。一向に寝付く気配がない。はあ、とため息をつくセラの横でもう1人のメイドのリーゼリットが部屋の外へ出ようとしていた。セラはリーゼリットを呼び止めた。

 

「どこに行くのです、リーゼリット」

「もりに、おきゃくさまがきてるみたい」

「何ですって?」

 

 セラは窓を開けて森の様子を見た。

 夜風に乗って、遠くから叫び声と槍や剣を打ち合う音や犬の鳴き声が聞こえてくる気がする。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

切り抉る戦神の剣(フラガラック)!」

「わおおおおーーーん!」

 

 

**********************************************************************

 

raido(ライド)  

 

象徴:車輪

英字:R

意味:車輪を象徴し、旅や移動を意味するルーン。遠方からの連絡やメッセージを受け取るという意味もある。物事の急激な変化や新展開があることを暗示し、それに対応する為に新たな環境への移動の必要性がある事を示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




サーヴァントがサンタクロース、だったらこんな感じかもと思った。


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一日《dagaz》

皆様、今年の忘年会も済んで都合の悪い事はみんな忘れた頃ですね。


 昼休みの修了間近の穂群原学園の教室にて。

 生徒たちは自分の教室に帰ったり、机の上を片付けたりして次の事業の準備をしている。

 衛宮士郎と柳洞一成も席について授業開始のチャイムを待っていた。

 そこへ、ガラガラッと教室のドアを開けて1人の生徒が教室に入ってきた。

 

「あれ慎二、帰ってきたのか?」

「間桐、新都まで昼食に行って戻ってきたのか」

 

 入ってきたのは間桐慎二だ。

 昼休み前に慎二は、今日は新都で女の子とランチをしてくる、と言い残して出かけていった。

 

「新都まで出て行ったら午後の授業までに戻って来れないぞ」

 

 と士郎は忠告したが、

 

「そのまま午後の授業はフケるよ、じゃあな。君たちはいつも通りに寂しく男だけの昼休みをすごしたまえ」

 

 慎二はそう言って出て行ったのだ。なので教室に戻ってくるとは思わず、士郎と一成は少し驚いていた。

 

「間桐、おぬし今日はもう戻ってこないつもりではなかったか?」

 

 一成が嫌味混じりに突っ込むと慎二はフッと鼻で笑いながら答えた。

 

「おや、僕はそんなことを言った覚えはないね。一成、オマエの記憶違いだろう。そっちこそアタマ大丈夫?」

「そうか? オレも慎二がそう言ったのを聞いたはずなんだけどな」

 

 士郎が一成の擁護をするとますます慎二はムキになって言い返してきた。

 

「だから、言ってないって言ってるだろ! 本人がそう言ってるんだからそうに決まってるだろ!」

「わかった、わかったよ。オレたちの聞き間違いだ。なあ一成」

 

 なぜか慎二は機嫌が悪い。新都で何かあったんだろうか?

 士郎はとりあえず慎二に話を合わせてこの場を収める事にした。士郎は一成に目配せする。一成は不満そうだったが黙ってくれた。

 

「そういえばさぁ」

 

 慎二が口を開く。話の流れを変えて険悪になりかけた空気をごまかそうとしているようだ。

 

「午後の授業は何だ? 出席にうるさい藤村の英語じゃないだろな」

「歴史だよ。藤村先生の英語は午前に終わったぞ、慎二。オマエ、午後はフケてもたいして問題ない授業だから新都まで行くって言って出かけたじゃないか」

 

 士郎が慎二の発言の矛盾を指摘すると慎二は気まずそうに言葉を濁す。

 

「そ、そうだった……かもね」

 

 あまり慎二を追いつめるのはよくない。士郎と一成もなるべく話をそらすことにした。

 

「そういえばさ、慎二が今日行った店はどうだんったんだ。うまかったのか?」

「おぬし、ヴェルデに新しいCD屋ができたからついでに見てくると言ったな。それはどうだったのだ?」

「え? あ、それは……まあ」

 

 慎二はあきらかにたじたじとしている。実に慎二らしくない。普段ならここぞとばかり新しい店のチェックを欠かさない情報力だとか、的確に店のサービスやインテリアを批評するセンスだとかを誇示してくるというのに。

 

「そうだね……。レストランは思ったより庶民っぽい雰囲気だったけど、味はまずまずだったよ。新しいCD屋も品揃えは普通だったし悪くないんじゃないの……」

 

 答える慎二の口調には徐々にイラつきが混じってきていた。

 

「ていうか、さあ。いちいち細かい事を聞くなよな」

 

 いつもの慎二ならこの手の質問が大好きで、むしろ積極的に彼のイカした意見を聞いてやらないと機嫌を損ねるところなのだが今日は何か様子がおかしい。いや、様子がおかしいのは先ほど教室に戻ってきてからだ。

 一成がちらりと士郎の方を向いて言った。

 

「衛宮、間桐がイラついてるのは、きっとランチを一緒した女の子とうまく行かなかったのだろう」

 

 その発言を聞きとがめてすかさず慎二が割り込んでくる。

 

「女の子? 何を言ってるんだオマエら。僕はそんなことを言った覚えはないぞ」

 

 士郎と一成は目をあわせて頷きあった。2人はそれぞれ慎二の横に回り込んで、がしっと腕を絡めた。そのまま教室の外に慎二を引きずりだす。

 

「おいこら、衛宮、柳洞。なにするんだよ!」

「慎二、いいからついてこい!」

 

 断言できる。今日の慎二は、何かがおかしい。

 

 

 

 士郎と一成は慎二を生徒会室に連れ込んだ。

 

「な、なんのつもりだよ衛宮。急にこんなところに連れ込んで。まさか暴力を振るう気か」

 

 部屋の中に入ってから慎二の腕を放してやったが、強引に連れてきたこともあって慎二は怯えてパニック気味になっている。

 

「そんなことしないから、おちつけよ慎二」

 

 一成が緑茶をいれてくれた。それを慎二の前に差し出す。

 

「ささ、まあお茶でも飲めよ」

 

 慎二は渋々お茶を口に運ぶ。慎二の様子が少し落ち着いたかな、とみえたところで士郎は切り出した。

 

「さて慎二、質問があるんだが」

「なんだよ」

 

 真剣に慎二の目を見つめながら士郎は尋ねた。

 

「まず、おまえの名前と年齢は」

「……っ。衛宮オマエ、僕をバカにしてるのか」

 

「まあまあ、怒らないで答えてくれ。真面目な質問なんだ」

「ふん、仕方ない、馬鹿馬鹿しいけど答えてやるよ」

 

 あきれた表情を士郎と一成に向けて慎二はぶっきらぼうに言った。

 

「間桐慎二、17歳。これでいいだろ?」

 

 オーケー。では次の質問だ。

 

「ここはどこだ」

「穂群原学園の生徒会室。何? ボクに聞きたい事ってそんな変な質問ばかりなワケ?」

 

 慎二は不満そうに鼻を鳴らしている。士郎と一成は顔を見合わせて、その辺りの記憶は大丈夫らしいな、とコソコソ相談していた。

 

「じゃあ慎二、次の質問だ。今日、朝は何をしていた?」

「何って衛宮。それは朝、いつも通り起きて……」

 

 慎二の言葉が止まる。

 

「何時に学校に来た? 一時限目の授業はなんだった?」

「う……あ……」

 

 士郎は畳み掛けるように質問する。慎二の返事は完全に止まって呆然とうめき声を返すばかりだ。

 

「衛宮」

「ああ、一成」

 

 士郎と一成は目を合わせて、頷き合った。そして二人とも慎二に向き直って真顔で告げる。

 

「慎二、やはりオマエ今日の記憶がないんじゃないか?」

「……あ———うわあああああ!」

 

 慎二は思わず叫んでしまった。そして頭を抱えて机に突っ伏す。

 

 ———そうだ、僕は今日の記憶がない。何も、思い出せない!! 

 

「おい慎二、大丈夫か?」

「出かける前のおぬしは変ではなかったぞ。新都で何かあったのか、間桐?」

 

 

 

「こんにちはー! 宅配便でーす!」

 

 生徒会室のドアの向こうから元気な大声がした。

 一成が、そういえば今日は注文していた備品が届く予定だったと言って席を立ち、ドアを開ける。

 

「こんにちは。アオイヌヤマトです。いやあ配達遅れちゃってすみませんでした!

 って、あれ?」

 

 ドアの向こうにいたのは宅配便のお兄さん、なのだが青いロン毛に赤い眼の外国人だった。そう商店街や港でよく見かけるアイツだ。

 

「よう、衛宮の小僧に間桐の兄ちゃんじゃねーか」

「ランサーじゃないか。何やってるんだよって……そうか今は宅配便の仕事してるのか」

 

 まさか学園内でこうしてランサーと出会うとは。

 この男と知り合いなのか衛宮、と一成が士郎の肩をつついてくる。ああ、と返事しつつ士郎は一計を思いついた。

 突然の慎二の記憶喪失。ランサーならもしかしたら記憶を戻す方法を知っているかもしれない。

 

 

 

「ふーん……」

 

 慎二が記憶喪失だからみてやってくれないかと士郎に頼まれ、ランサーは慎二の様子を見ていた。椅子に座っている慎二の周りをぐるっと一周まわって全身をくまなく眺める。

 

「なあ兄ちゃん、おでこに文字が書いてあるぜ。それ自分で書いたんじゃねえんだろ?」

 

 ランサーは慎二の額を指差した。士郎と一成が覗き込むと前髪で微かに隠れるところに幾何学模様のような図形がかき込んである。慎二は生徒会室の備品の鏡をつかって自分の額を確認した。

 

「なんだよこれ……。なんでこんなのが書かれてるんだ。まぬけじゃないか。くそっ。消えない!」

 

 慎二は額をハンカチでゴシゴシとこすった。だが額の落書きは全然落ちていなかった。

 

「そいつはこすったぐらいじゃ消えねえよ。そいつはルーン魔術だ」

「ルーン!?」

 

 ランサーが慌てる慎二に向かって言った。士郎、一成、慎二の3人は驚いてランサーの方を向く。

 

「兄ちゃんの記憶がないのはそのおでこのルーン文字のせいだ。そいつは忘却のルーンだよ。オレが消してやろうか?」

「消してくれ、頼むよ!」

 

 慎二は即座にランサーに頼み込んだ。しかし、ランサーは腕組みをして、うーん、と少し考えている。

 

「そうは言ったけどな兄ちゃん、こんなのが刻まれてる以上はもしかしたらとんでもない記憶かもしれないぞ。記憶が戻らない方がよかった、ってこともあるかもしれないけど本当にいいのか?」

「構わないよ、落書きを消してくれよ。記憶喪失なんてイヤだ!」

 

 じゃあ消すぜ、とランサーは慎二の額に指を近づけた。一瞬淡い光が浮かんですぐに消えた。それと同時に慎二の額に書かれていた文字もきれいになくなった。

 そして慎二の記憶が蘇る。

 

「う、わ……」

 

 慎二の顔は見る間に青ざめ、座っていた椅子から床に転げ落ちて悲鳴をあげていた。

 

「ああああ……うわあああああああああああああああ!!!」

「慎二、おい慎二!」

 

 慎二は頭を抱えて床を転がりまわりながら叫んでいる。ランサーはそんな慎二を見下ろしてあちゃー、と額を押さえた。

 

「いわんこっちゃない。消されていた記憶の中で兄ちゃんはよっぽど怖い思いをしたらしいな」

 

 士郎は叫んで転がる慎二を助け起こした。慎二をなだめようとして声をかける。

 

「慎二、あまり気にしすぎるとハゲるぞ」

「うるさい衛宮、ハゲないよ! ボクはそんな歳じゃない!」

 

 士郎と慎二の様子を見ながら、一成が不思議そうに呟いた。 

 

「ううむ、それにしても誰が間桐にこんなことをしたのだろうか」

 

 ランサーは声には出さず心の中である人物の姿を想像していた。

 ———まあ、オレの知る限りでこんな事をするやつは1人しかいないが……

 

 

 

 昼休みに新都へ出た慎二は街角である光景を見た。

 

「あなたはクビです」

「そんな……勘弁してください」

「店の皿は片っ端から割るし、店の設備は壊すし、酔っぱらい客と喧嘩して救急車を呼ぶハメになるし」

「次からは気をつけますので、どうか……」

「ダメです」

 

 とある飲食店の裏口だったのだが、どうも店主がダメなアルバイトをクビにしているところに出くわしたようだった。クビを言い渡されているのは背の高い外国人の女。なぜかサラリーマンのように黒のスーツを着込んでいる。形だけはぴしっとした格好をしているのが、この状況ではかえって情けなさを増幅させているだけだ。

 

「ぷぷぷぷっ。いい歳して、あんな立派そうな格好して、それでレストランのバイトすらできないなんてダメな女もいるもんだ。ダサイったらありゃしないねえ」

 

 慎二は物陰からこっそり笑っていたつもりだったが、ふと気がつくとその女と目が合っていた。その視線が、やけに鋭い。

 

 …………ヤバい。あの女はなんかヤバい。

 

 身の危険を察知し、慎二は逃げ出した。

 

「待ちなさい」

 

 後ろから声をかけられたが無視して全力で走る。

 しかし、回り込まれてしまった!

 

 黒スーツの女はいつの間にか慎二の真正面に立っていた。両拳を握って固め、ふるふると肩を震えさせている。女はゆっくりと、静かに口を開いた。

 

「見ましたね」

「見てません、ぼぼぼボクは、何も見てません!」

 

 ぶんぶんぶんぶん、と慎二はこれ以上なく高速で首を横に振った。振り過ぎで慎二の首が飛びそうなくらいに。

 

「問答無用です」

 

 そういうなり女が慎二の胸ぐらをつかむ。ひいぃ、殴られる……、と慎二は思わず目をつぶった。

 女の指が慎二の額に伸び、ルーン文字を書き込んだ。慎二の今日の記憶が消えていく。かすれていく意識の中で慎二は微かに女の声を聞いた気がした。

 

「運がありませんでしたね少年。———でください。」

 

 

 

 言うまでもないが、慎二の額にルーンを書いたのはバゼットである。

 バゼットは自分の醜態を笑って逃げようとした少年を取っ捕まえ、少年が見聞きした事を忘れさせようとした。

 バゼットが書き込んだのは一日を意味するルーンdagaz(ダガズ)、それに加えて欠乏を意味するルーンnauthiz(ナウシズ)。この2つのルーンを合わせて忘却のルーン魔術にした。

 

 バゼットは自分の失敗さえ忘れてくれればそれでいいと思っていた。しかしバゼットは戦闘以外の細かい魔術はおしなべて不得意である。

 結果として慎二の今日の記憶は丸々失われたのだった。

 

 

 そしてバゼットは今、ランサーと一緒に宅配便の配達の仕事をしている。

 

「ランサー、追加の荷物を持ってきました。この部屋でいいんですよね?」

 

 バゼットはがちゃりとドアをあけて部屋の中に入った。中にはランサーの他に3人の少年がいる。その少年の中の1人がバゼットを見て硬直した。彼はバゼットを指差してわなわなと震えている。

 

「お、おまえは、あの時の……!」

「え?」

 

 バゼットが慎二の事を思い出すよりも早く、

 

「うわああああああああああああああ!」

 

 慎二はバゼットの脇をすり抜けて全力ダッシュで生徒会室から逃亡していった。

 

**********************************************************************

 

dagaz(ダガズ)  

 

象徴:一日

英字:D

意味:一日の太陽の運行を象徴し、継続、安定の意味を持つルーン。基本的に穏やかで順調な生活、安定して豊かな日常を繰り返すことを示す。未来の新しいサイクルに着実に前進している状態を表すルーンである。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




ピンポイントで都合いい記憶喪失になれると便利だなあと思う。


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故郷《othila》

帰省のシーズンです。
※今回は独自解釈が多めです。


「おーい、バゼット。荷物が来てるぞ」

 

 ランサーが館の玄関からバゼットを呼ぶ。

 

「えっ、荷物?」

 

 バゼットは疑問に思った。この館には結界が張ってあり一般人には存在がわからなくなっている。だから郵便物など届くはずがないのだ。

 

「アンタの職場からみたいだぜ」

「職場って……魔術協会?」

 

 ランサーが抱えて来た荷物には魔術協会の印があった。なんらかの方法でバゼットの隠れ家まで届けてきたらしい。

 わざわざ送ってくるのだから重要な物が入っているのかもしれない、とバゼットは慎重に荷物の箱を開けた。

 箱の中身は一体なんなのか。

 

「ジャガイモにアイリッシュ・ウィスキー、あと干物とか海産物ですね……。私の故郷の漁村で獲れるものです」

「何だこれ? 何かの触媒に使う為に取り寄せたのか?」

 

 ランサーは不思議そうにバゼットの手元を覗き込んで聞いてくるが、バゼットは首を横に振ってみせた。

 

「違います。アイルランドの実家から職場に送られてきたのです。職場には日本には転送不要といっておいたのに。……はあ」

 

 バゼットはため息をつきつつ箱の中身を眺めた。正直要らない。

 15歳で実家を出て魔術協会に所属してからというもの、たまに実家からこういう食料品詰め合わせの荷物が届く。ちなみに送ってほしいと頼んだ事はない。

 だいたい実家はともかく、なぜ職場まで私の依頼をスルーするのだろうか。嫌がらせか?

 

「故郷の名産品を送ってくれたんだろ。いいじゃねえか。素直に感謝しとけよ」

 

 バゼットにとってはありふれた品でしかないが、箱の中身はランサーの生きた時代にはなかった品物だ。ランサーは今の時代、彼の出身地でこういう産物がとれるのだと知って面白そうに箱の中を引っ掻き回している。

 

「それ差し上げますから好きにしてください」

 

 バゼットはそう言って荷物を放って部屋のテーブルに戻った。ランサーはまだ箱をガサゴソやりつつ、ひょいと後ろを向いてバゼットに聞いた。

 

「なあバゼット。そういえばこの国の人々は年末年始に里帰りをするらしいぜ。アンタは里帰りしないのか?」

「え? 最近帰りましたよ。実家に召還の触媒に使った貴方の耳飾りを取りに。まあ、すぐ帰りましたが」

 

 バゼットは魔術教会から聖杯戦争の参加者に任命された際、サーヴァントの召還には彼女の実家に伝わる物を触媒に使うように言い渡された。

 そこですぐにアイルランドの実家に戻り、家に古くから伝わるクーフーリンの耳飾りを持ち出して日本にやってきたのだ。

 

「だから親も心配してこういうものを送ってくるんだろうよ。たまには家に帰って、親にゆっくり顔をみせてやればいいのに」

 

 ランサーにそう言われるとバゼットも多少は田舎の親にすまないかなという気持ちが湧く。つい珍しく思い出話がこぼれた。

 

「子供の頃、私は故郷を出たくてたまりませんでした。

 故郷の港町は深夜には人気がなくなって、まるで海底に沈んだような気がした。あの町にいたら、誰も覚えていないという古い神々と同じように私も世界の誰からも必要とされずに忘れて去られてしまうような気がしたのしょう」

 

 そう言って、バゼットは自らが触媒を使って現世に呼び出した神話の英雄の顔を見る。意外にもランサーはまじめにバゼットの話を聞いていた。ランサーに似合わないその神妙な態度が少しおかしくて、くすりと笑って続けた。

 

「ですが、今はそんな町が懐かしいと思うこともあります。実際に離れてみないとどれだけ故郷を愛していたのかに気がつかないとは、不思議ですね」

「この国には”故郷とは遠きにありて思うもの”って言葉があるらしいぜ。まあ誰でもそんなものかもな」

 

 ランサーが引用したこの国のことわざの通り、たいして執着がないと思っていたのに離れてみて始めてその大切さに気づけるものもあるのだ。

 

「こうなってみれば、なにしろ15歳で故郷を出て行ったのですから、いまさら大した名声も挙げずにノコノコと帰る訳にもいかず」

 

 と、バゼットは少し肩を落として続けた。

 そういう負い目もあってかバゼットは魔術協会に私のことを認めさせようと今までずっと任務を頑張ってきたのだ。

 

「まあまあ、そんなに肩肘はらなくてもいいんじゃないのか、バゼット?」

 

 自分の現状を思い出してついつい自戒に沈み始めたバゼットをランサーが軽口で引っ張り上げてやる。

 

「親ってえのはなんだかんだいって、子供のことが気がかりなもんさ」

「あなたらしくない事を言うのですね、ランサー」

 

 バゼットが意外そうな顔をするが、ランサーはへへんと自慢げに胸を張る。

 

「オレはこれでも人の親なんだぜ」

 

 そういえばそうだった。アイルランド神話ではランサーには息子がいたのだ。

 

「あっ、でもランサーはまったく子育てしてなかったのでは」

 

 ランサーの息子コンラは母親のもとに預けっぱなしで、ランサーはその子が訪ねてきても最初は誰だかわからなかったはず。それにランサーは結局その子を……。

 あわわ、とランサーは慌ててバゼットの話を遮った。 

 

「アンタ、神話のそう言うところだけはちゃんと覚えてるんだな。オレのイメージは勝手に誤解してるのに!」

 

 

 

 年の瀬だが、ランサーとバゼットはいつも通り偵察と称する散歩に出かけた。

 年末の街はいつもよりもせわしない。商店街は年末の買い物のための客で賑わっているが、皆忙しそうに品物を買い物かごに放り込んでいる。

 

「あれ、キャスター」

 

 スーパーの店先にキャスターの姿を見かけた。そして今日は珍しい事にキャスターの隣には旦那の葛木宗一郎も一緒にいる。

 

「あら野良犬カップル、まだ捕獲もされず街をうろうろしてたの?」

「こら気安く犬っていうな!」

 

 キャスターは吠えるランサーを冷たい目で一瞥したが、それ以上は構わずにすぐにスーパーの店頭に視線を戻した。

 

「今日は年末年始のための買い出しに来ているのよ。荷物が多いだろうからと宗一郎様も一緒についてきてくださったの。私たちは暇人のあなた方と違って年越しの準備で忙しいのだから邪魔しないでちょうだい。

 さ、宗一郎様行きましょう」

 

 と一方的に言ってキャスターと葛木はさっさとスーパーのなかに入っていってしまった。

 バゼットはやや気が抜けた気分で呟く。

 

「野良犬とか暇人とは言われましたが、キャスターと出会ったからにはもっと罵詈雑言が飛んでくるかと思っていました。拍子抜けですね」

「ああ、そうだな……。おおっと!」

 

 ランサーは真後ろから猛スピードで近づいてくる気配を察知して飛び退いた。一瞬前までランサーがいた場所をドドドドドドドド、と原付バイクが通過していった。

 

「どいたどいた! 藤村先生が通るぜー!」

 

 あっという間に藤村大河の原付バイクは道の彼方に消えていった。あっけにとられつつランサーとバゼットはその後ろ姿を見送る。

 ランサーがそういえば、とポンと手を叩いた。

 

「バゼット、12月はこの国では”師走”というらしいぞ。普段は落ち着いている先生たちも年末は忙しくて走り回るって意味だってよ」

「なるほど、それで葛木宗一郎も藤村大河も忙しくしていたのか……。

 いや、大河はいつもあんな感じですよね」

 

 

 

 引き続き商店街の散歩を再開したランサーとバゼットは異様な光景を見た。

 

「おい言峰?」

「綺礼、その格好は……?」

 

 赤い布で全身をぐるぐる巻きに縛られた冬木教会の言峰神父が女の子に引っ張られて歩いている。包帯ではないようだし、赤いのも血ではなく、特に怪我をしているわけでもなさそうだ。

 言峰を布で引っ張っている女の子もシスターの衣装である法服を着ていた。ということはこの子も教会関係者なのだろうか。

 

「何してんだ言峰。もしかしてプレイ? テメエそういう趣味持ちだったのか?」

「誰なんですか、その娘?」

 

 言峰は真っ赤なミイラのように縛り上げられた姿で棒立ちのまま答えた。

 

「私の娘だ」

 

 ランサーとバゼットは一瞬言葉を失った後、ほぼ同時に叫ぶ。

 

「娘ェ——エエエエエエエエエエ!?」

 

 銀色の髪に金色の目。娘と言われた少女の見た目は全然言峰に似ていない。

 

「言峰、テメエに娘なんかいたのかよ……」

「これの母親は外国人でな。赤ん坊のころに病気で死んだのだ」

 

 言峰の隣でそれまで黙っていた娘が不意に口を開き、言峰の言葉の後を継ぐ。

 

「その後はその国の教会に預けっぱなし。私がある程度成長してからは修道院をたらい回しになって過ごしました。最近になって父の居場所を突き止める事ができましたので、この年末に父の元を訪ねたのです。これも言わば里帰り、というところですね」

 

 そして赤い布がぎりぎりぎり、と言峰を締め付ける音が聞こえた。

 この娘の言った事が事実だとすれば、まあこの扱いは自業自得だろう。

 

「申し遅れました。私はカレン・オルテンシア。

 あなた方はいつも父がお世話になっている、いえむしろお世話をしているマスターとサーヴァントですね」

 

 言峰の娘はぺこりとお辞儀をしながら自己紹介してくれた。「あ、どうも」とランサーとバゼットも釣られて頭を下げた。あれ、今なにか言葉尻に嫌味が混ざっていたような気がするが……。

 

「来年も愉しい聖杯戦争になるよう、よろしくお願いします。さあ父さん、行きましょう」

 

 言峰は娘から「ぽるかみぜーりあ」と言われながら、引きずられるようにしてにして去っていった。

 

「外見は似てませんでしたが、確かに性格は父親に似てるかもしれませんね」

「ひでえ親子関係だな。あの神父のことだから、むしろあれはあれで結構幸せなのかもしれないが」

 

 バゼットはふと思った。「そういえば、私の知り合いの男性はなぜまともに子育てしない男ばかりなのだろうか」と。

 

 

 帰宅してからバゼットは珍しく手紙を書いていた。

 この国には新年に届くように手紙を出す習慣があるらしい。それにならってたまには両親に連絡でもしようかとアイルランドの実家宛に手紙を書く事にしたのだ。

 書き上げた手紙の隅にルーン文字を1つ添えてみる。故郷を意味するルーンであるothila(オシラ)の文字だ。

 

 まだ自信を持って故郷に飾れる錦もないけれど、これが故郷の両親の幸せを願う意味になればいいのですが。

 

 

 

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拝啓

 

父さん、母さん、お元気ですか。

 

庭で取れたじゃがいもや港で作った魚の干物とか家で余ったウィスキーを送ってくるのはやめてください。

こっちでも普通に買えます。

 

クーフーリンの耳飾りを持ち出してごめんなさい。そのうち返します。

 

召還は成功してクーフーリンを呼び出す事ができました。

クーフーリンがなんだか昔話のイメージと違って

落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。

 

**********************************************************************

 

othila(オシラ)  

 

象徴:故郷

英字:O

意味:故郷を象徴し、親族からの家業、遺産の継承という意味を持つ。fehu(フェイヒュー)が動産的な財産を示すのに対して、othila(オシラ)は不動産的な財産や伝統的技術を示している。ある程度の束縛がある中での充実した状態を表すルーンである。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




筆者は年賀状の代わりにメールやSNS派です。


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太陽《sowelu》

ざぶーんもいつの間にか営業開始。


戦闘(せんとう)にいこうぜ」

 

 ランサーが館の外からバゼットを呼んでいる。

 

「はい、ランサー!」

 

 その声を聞いたバゼットは速攻で準備を整えた。ネクタイを締め直し、フラガラックのケースを担ぐ。

 40秒で支度、いやそれでも余るくらいだ。

 そもそもバゼット自身が40秒辛抱できない性格なのだ。自分でも待てない時間をランサーに待たせたりはできない。

 

 バゼットは急いで館の玄関を飛び出した。ランサーは表で待っていた。だがバゼットはそのランサーの姿を見て戸惑う。

 

「え?」

 

 なぜならランサーは戦装束を身につけておらず、まるで休日のようなアロハシャツ姿だったのだから。

 

「あの……ランサー、なぜあなたは武装しないのですか?」

 

 しかも、ランサーはその手になぜか槍ではなく折りたたみパラソルを持っているのだ。

 困惑するバゼットにランサーは二ッと白い歯を見せて笑う。

 

「だからさ、銭湯(せんとう)にいこうぜ。バゼット」

 

 どういうことですか? と訴えるバゼットの声を聞き流して、ランサーは彼女の腕を掴む。そのまま愉快そうに笑い声を響かせてずんずんと街に向かっていく。バゼットはわけがわからないままランサーに引きずられていった。

 

 

 

 それは昨日のこと。

 

「よう、アーチャー」

 

 深山町を移動中だったアーチャーは突然背中越しに呼び止められた。背筋に緊張が走る。サーヴァントであるアーチャーにすら気づかせないまま密かに近づいてくる奴とは……。

 

「何者だ」

 

 アーチャーがバッ、と後ろを振り返ると、そこには陽気なアロハ姿の男が笑いながら立っていたのだった。大方気配を消していたのだろう。

 

「なんだランサー、貴様か。また聖杯戦争もしないで街をほっつきあるいているのか。私に何の用だ。つまらない用事なら付き合わんぞ」

 

 アーチャーは鬱陶しそうにランサーを睨むが、ランサーはそれにまったく構わずスタスタとアーチャーに近寄ってくる。

 

「オマエにいいものをやろうと思ってよ」

 

 ランサーはアーチャーの目の前にピラリとなにかのチケットらしきものを取り出した。その表面には

 

 ★★★★★★★★★★★★★★

 

 おふろでざぶーん

 スペシャルな水着で温泉デー

 あったかお風呂で心も体も解放されよう!

 

 ★★★★★★★★★★★★★★

 

 という文字がどでかく、ど派手にプリントしてある。

 

「ランサー、何だこれは?」

 

 チケットの文字に呆れつつアーチャーはランサーに怪訝な眼を向ける。ランサーはへへん、と自慢気に胸をはって言った。

 

「俺は今『わくわくざぶーん』でバイトしてんだよ。こんどプール全体が温泉になるイベントがあってな。水着で入れるんだぜ」

 

 「わくわくざぶーん」とは最近新都にオープンした、全天候型屋内ウォーターレジャーランドである。

 ウォータースライダーから波のプールまで屋内ドームに収納し、いつでも常夏気分。ヨーロッパの本格リゾート地を思わせる、ゆったりした空間が魅力的。水温は体温に近い33℃から34℃に保たれ、一年を通して楽しめるプールリゾートだ。

 

 その「わくわくざぶーん」が、なんと特別企画により一日限定スーパー温泉レジャーランド「おふろでざぶーん」になるのだ。

 

「どうだアーチャー、こいつは枚数限定の特別チケットだ。ちなみにもう売り切れで手に入らねえぜ」

 

「う……ぬ……」

 

 確かに気になる。とても気にはなるのだが、しかしアーチャーは一応平静を装っている。

 

「なるほど。それで私になにをしろというのだ?」

 

 すかさずランサーはがしっとアーチャーの肩に手を回し、耳元で囁いた。

 

「アーチャー、オマエもあの嬢ちゃんの水着を見たいだろ?」

 

「ふざけるな。貴様のような破廉恥な奴がいるところに凛を連れて行けるか!」

 

 アーチャーは間髪入れず断る。

 ランサーはナンパ好きである。商店街の通りを半日も眺めていれば往来の女の子に声をかけているランサーを見つける事ができるだろう。だいたい「ざぶーん」でバイトしているのもナンパが目的ではないのか。

 そんなところに凛を連れて行ったら、この男はアーチャーが凛から眼を離した隙にちょっかいを出すに決まっている。

 

「ウチのマスターもいいくるめて連れてくるからさ。それであいこだろ。な?」

 

「貴様のマスター? あの堅物を?」

 

 アーチャーは横目でちらっとランサーを見た。ランサーはぽんぽんと調子よくアーチャーの肩を叩いた。

 

「まかせとけって」

 

 アーチャーはしばし沈黙して考え込んでいたが、結局ランサーからチケットをひったくるように受け取った。

 何事もなかったようなそぶりでその場からそそくさと立ちさっていくアーチャー。その後ろ姿をランサーはしてやったりと眺める。

 

「よし、これで遠坂の嬢ちゃんの水着姿ゲットだぜ」

 

 

 

 晩飯時の衛宮邸。

 テーブルを囲む面々はセイバー、桜、ライダー、イリヤスフィール、それにお供のセラとリズ、といつものように客人でいっぱいだ。それが今日はもう一名増えていた。

 

「士郎、なぜここにランサーがいるのですか?」

 

 セイバーの目の前ではランサーが晩飯をぱくぱくと口に放り込んでいた。セイバーはランサーの箸に食卓のおかずを奪われないよう警戒の視線を送りながら、士郎に問う。

 

「いやあ、買い物を手伝ってもらったお礼でさ」

「ごちそうになって悪いな。坊主」

 

 ランサーは買い物帰りの士郎を見つけて荷物を持ってやると言って衛宮家の晩御飯に入り込んでいたのだった。

 

「ランサー、多少は遠慮をしてください」

 

 ひょいひょいと大皿から容赦なくおかずをつまんでいくランサーをセイバーは牽制していた。各自の割り当て分以上の収奪は許さない。

 

「なあに、タダとはいわねえよ」

 

 セイバーの警戒を気にもせず、だが遠慮もせず、ランサーは割り当て分をきっちり平らげ終えた。そして胸ポケットからチケットの束を取り出してパラリと広げてみせた。

 士郎、セイバー、ライダー、桜がランサーの手元を覗き込む。

 

「ランサー、それ何さ?」

「『わくわくざぶーん』のチケット、のようですが」

「水着で温泉、って書いてありますね」

「『ざぶーん』が銭湯になるんですか?」

 

 が、いち早く。

 

「行くー! 私『ざぶーん』に行く。シロウと一緒に!」

 

 イリヤスフィールが士郎の首根っこに飛びついていた。うわわ、と士郎はずっこけて床に転がってしまう。

 

「混浴だねシロウー!」

 

 もみあって床に転げる士郎とイリヤの上に暗い影が落ちる。見上げるとセイバーとセラが二人の真横に壁のごとくずずーんと立ちはだかっていた。

 

「いけません、イリヤスフィール。男女で混浴など風紀の紊乱(びんらん)です!」

「ダメです、イリヤスフィール様。エミヤ様と一緒に温泉に入るなどありえません!」

 

 セイバーとセラの小言がイリヤと士郎の頭上から降り注ぐが、イリヤは今さら聞く耳持たず。

 

「シロウは紳士なんだから問題ないわ。それに『ざぶーん』なら水着を着るからいいじゃない」

「エミヤ様はともかく、サーヴァントであるランサーがいる場所にお嬢様だけ行かせるわけはまいりません。それならば私とリーゼリットも同席します」

「私も行きます。士郎の警護も必要ですから」

 

 士郎を囲み睨みあうイリヤ、セイバー、セラ。鋭い視線がぶつかり合い火花が飛び散る。このままでは平和な食卓が炎上してしまいそう。

 

「み、みんな。まあ落ち着いて」

 

 士郎がなんとか3人をなだめようとしたところで、

 

「あっ、あのう……」

 

 おずおずと桜が話に参加してきた。

 

「ああ、すまない桜。騒がしくしてしまって———」

 

 ありがたや助け舟。これで話の雰囲気を変えられるか、と士郎は微かに希望を抱いたが、

 

「イリヤさんとセイバーさんも行くならわたしも行きたいです。人数が多いほうが楽しいですよね」

「え、桜も」

 

 いつになく決然とした桜の声に、士郎は思わず桜の顔を見つめたが彼女の眼に迷いは見られない。

 

「桜が行くのでしたら、私も」

 

 さらに、桜の横にライダーがするりと進みでる。

 

「……って、結局みんな行くつもりなのかー!!」

 

 かくして今夜も衛宮家の食卓はいつもどおりに賑やかだった。

 

「ふっ、大漁大漁。しかも入れ食いだぜ」 

 

 ランサーは目的を達成して満足そうにを衛宮邸を後にした。

 そんなわけで昨日のうちにランサーの周到な根回しは成功していたのだ。

 

 

 

「えっ、今日ざぶーんに来る予定なかったから水着なんて持ってこなかったよう」

「だいじょうぶだよ。売店がここで買えばいいじゃないか。さあ」

 

 わくわくざぶーんの入り口には偶然を装って来場した男女がこのようなカップル漫才を好きなだけ披露できるように売店も併設されていた。商品ラインナップも豊富。

 売店の店先では店員がにっこりと笑いながら待ち構えている。

 

 バゼットは苦笑いをするしかない。隣ではランサーがおもいっきりニヤついている。

 

「いらっしゃいませ。外国人のお客様の体型に合わせた水着もありますよ」

「バゼット、なんならオレたちも店先でいちゃいちゃしていいんだぜ」

 

 はめられた、とバゼットは思ったがここまで来てしまった以上、もはや「おふろでざぶーん」に突撃するしか選択肢はなかった。

 

「……わかりました。水着を買ってきます」

 

 観念して水着を調達した。

 

 

 

 「おふろでざぶーん」とは本日限定でオープンした全天候型屋内銭湯テーマパークである。

 壁面添いには松の木や岩場が据え付けられ、天井には済んだ青空を模したペイントが施されており、屋内でありながら露天風呂気分。老舗旅館の大浴場さながらの、広々とした湯船が魅力的。湯の温度は程よい熱さの40℃から42℃に保たれ、老若男女が気軽に楽しめるスパリゾートだ。

 

 監視員用の見張り台には人影が3つ。

 

「うははは、どうだ、いい眺めだろ?」

 

 ランサー、士郎、アーチャーだ。監視員のアルバイトをしているランサーの手引きで見張り台に登っている。ここからはプール全体が眺められる。

 特別イベント開催中のざぶーんはいつもよりさらに多勢のお客で賑わっていた。

 

「うわあ、混んでるなあ。さて、みんなはどこにいるんだろう?」

 

 士郎とアーチャーは連れの女性陣の姿を探す。彼女たちもそろそろ着替え終わって館内に入ってきているはずだ。

 

「凛は……、む。あそこか。」

 眼の良いアーチャーがいち早く凛の姿を見つけた。

 

「プールサイドでセイバーたちと一緒に集まっているな」

「うん全員いるな。あれ? だけどまだ誰かを待ってるみたいだ」

 

 プールサイドには凛、セイバー、イリヤ、お供のセラとリーゼリット、桜、ライダーが揃っていた。彼女たちはなぜか女子更衣室の方からやってくる相手を見つめていたのだ。

 

 

 

 今日のざぶーん館内では壁際にお湯がでる蛇口が備え付けられ、風呂桶と椅子が並べてあり、石鹸、タオル、シャンプーなども用意されている。洗い場があってもお客はみんな水着なのだから体を洗う事はないはずなのだが。

 洗い場付近の壁には近所のお店の広告プレート、そして奥の広い壁面には巨大な富士山の絵。

 日本の古き良き銭湯を忠実に再現。地元冬木市の人々に伝統と郷愁を感じさせるこのこだわりの演出は、異邦人の眼にはとてつもなく異様に映る。

 着替え終わってプールサイドに出てきたバゼットは館内を一望して面食らっていた。

 

「異文化、ですね……」

 

 私はこのような場所で何をすればよいのか。そもそもレジャー施設に全くなじみがなく、普通のプールですら戸惑うというのに銭湯とは。

 と、もやもやと頭の中で考える。

 

 だがその思考は瞬時に断ち切られた。バゼットは背後から強烈な殺気と魔力が迫るのを感じた。

 

「はっ!」

 

 敵襲をとっさによけつつ脇に置いてあったシャンプーをつかんで手に硬化のルーンを描く。続けざまに飛来するガンドの弾丸を硬化した拳で弾落(パリィ)した。

 

「くっ、はじかれたか」

 

 バゼットが声のしたほうを向くと、遠坂凛がびしりとガンド射撃のポーズを決めていた。凛は色鮮やかな赤いビキニ姿でバランスの良いスタイルを引き立たたせている。

 凛の隣にはセイバーがいる。こちらは白のビキニ姿で所々についているひらひらリボンがアクセント。無駄なく敏捷そうな体はいつでも相手に飛びかかれるように低く身構えていた。眼には見えないがセイバーは手もとには不可視の剣を構えているだろう。

 2人の後ろには他の衛宮家女性陣がずらりと並んでいる。

 

「遠坂凛、ガンドで背後から不意打ちとは。それにセイバー、なぜ剣を抜くのですか。ここはレジャーランドでは」

 

 バゼットはガンドをたたき落とした拳をさすりつつ、凛とセイバーに問う。いくらバゼットでも革手袋無しで素手では多少痛い。

 凛からは勇ましい宣戦布告が返ってきた。

 

「やかましい! プールサイドは戦場よ」

 

 ああ、ランサーの声が「戦闘に行こう」と聞こえたのは間違いではなかった。状況はよくわからないが現に戦闘が始まっているのだ。

 

「貴方達は日中から武装もしていない相手を襲撃するのですか!? 特にセイバー。騎士王である貴方がそれでいいのですか?」

「問答無用! 水着は女の戦闘服!」

 

 バゼットと威勢良く口喧嘩を繰り広げる凛の隣でセイバーは無言で構えていたが、静かに口を開いた。

 

「バゼット、貴方が武装していないと言う主張は信じられない」

「何を言いだすのですか、セイバー」

 

 セイバーは片手を上げ、ちゃきっと不可視の剣でバゼットの胸元を指す。

 

「その胸に宝具を隠し持っていますね」

「ち、違います」

 

 バゼットは思わず後ずさった。セイバーの眼に気迫を感じる。同時に何か別の意味での身の危険を感じる。

 

「その大きさはきっとフラガラックだ。行きますよライダー!」

 

 凛とセイバーの背後からスッとライダーが前に進み出た。

 

「なっ」

 

 バゼットが逃げるよりも素早く、セイバーがバゼットの脚にタックルを、ライダーが後ろに回り込みバゼットの腕を押さえ込む。逃れようにもさすがにサーヴァント2人掛かりでは太刀打ちできない。

 

「な、なにをするつもりですか……?」

 

 顔を上げたバゼットの視界に凛の勝ち誇った顔が映った。

 

「ふふふふふ」

 

 怪しい笑いと共に、凛の指がわきわきと蠢く。

 

 

 

「おおおお!」

 

 見張り台の上のランサーが歓声をあげている。双眼鏡でセイバーや凛たちが集まっている場所を見ているようなのだが。

 

「見てみろよ凄げーぜ!」

 

 両手をにぎにぎしながら誘ってくるランサー。

 ランサーに勧められて士郎とアーチャーも双眼鏡を覗き込んだ。

 

「なななな、何てことしてるんだみんな。なんで止めないんだセイバー」

「り、凛……。そんなに強くおもいっきり……」

 

 士郎とアーチャーは手をワナワナ震わせながらその光景を見守る。

 

 

 

「こ、これで納得したでしょう!」

 

 バゼットは赤面して胸をかばいつつ床にへたり込んでいた。

 

「意外に柔らかかったわね」

「ええ、揉みがいがありました」

「まあ大きければいいってものじゃないわ。上品さが大事よ」

 

 感想を述べ合う凛、桜、イリヤの脇で、セイバーは少し不満そうに呟いている。

 

「ううむ、確かにフラガラックではありませんでしたね」

「当たり前です! そんなところに入れてきません」

 

 まだ納得いかなそうなセイバーをよそに桜とライダーは安心した顔をしている。

 

「危険物が入っていたわけではなかったので、もう心配ないですね」

「ええ、我々もサイズで負けていません。それに若さなら貴方の勝ちです、サクラ」

 

 イリヤも余裕綽々という顔をしている。

 

「サイズならウチのリズの方が勝ちよね。幼女(ロリ)もスレンダーもグラマーも揃ってる我がアインツベルンに隙はないわ」

 

 一方、凛とセイバーはいまだに戦闘状態のままだ。指すような視線を送り続けてくる凛とセイバーにバゼットは困り果てる。

 

「もう疑いは晴れたのでしょう?」

 

 呆れ気味のバゼットに対して、凛はびしっと指を突きつける。

 

「ふん、いくら大きかろうとどうせ使っていないなら単なる贅肉よ!」

「余計なお世話です!」

 

 セイバーは不可視の剣を構えなおしている。

 

「フラガラックでないことが判明したとしても、それはそれで別の凶器です。まだ剣を収めるわけにはいきません。私のマスターには近づかせない」

「近寄りません!」

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーーーん♪ 

 館内放送のチャイムがざぶーんの中にこだました。

 

「ざぶーんのオーナーから、本日お越しの皆様にご挨拶です」

「ふははははははは! 楽しんでいるか下々の者たちよ!」

 

 アナウンスの声の後に続いて、妙に聞き覚えのある哄笑が館内に轟く。哄笑は天から振りそそぐ。温泉プールの中の人々が驚いて声の主を探す。

 

「どこだ?」「いたぞ、あそこだ!」「誰だあれは?」

 

 人々が仰ぎ見る先はざぶーんで一番高い飛び込み台の上だった。

 金髪の外人青年が腰に手をあて胸を張って立っており、プールの中の人々を見下ろしていた。

 上半身は裸、下半身には赤い腰布一枚がふわりと危ういバランスで巻き付いているだけの出で立ちで悠然と仁王立ちしている。

 不審人物の出現でざぶーん館内に「きゃ———!」と女の子たちの悲鳴がドームに反響する。

 

「ギルガメッシュ……!」

 

 セイバーが剣を構えてギルガメッシュの方に向きなおった。ギルガメッシュもセイバーの声でこちらに気づいたらしい。

 

「ほう、セイバー。それに有象無象の雑種ども。よいぞ、我は寛大ゆえ貴様らにもざぶーんでの遊興を許す」

「なぜ貴方がなぜここにいるのです?」

「先ほどの館内放送が聞こえなかったか? 我がこのざぶーんのオーナーだからだ」

「何ですって?」

 

 冬木市民待望の憩いの場がいつの間にギルガメッシュの手に落ちていたのか、それともはじめからコイツの企みでつくられた場所だったのだろうか。

 

 高みにいるギルガメッシュがいつ攻撃をしてくるかわからない。みな一斉に身構える。凛はいつでもガンドを撃てるよう射撃の準備をし、リーゼリットはイリヤとセラの前に立ちはだかり、ライダーが桜をかばう。

 バゼットはシャンプーをつかって風呂桶にルーンを書きつけた。

 

 一方、ギルガメッシュは、

 

「ふむ、普段のざぶーんはプールであるから水着が必須であるが、今日は特別イベント『おふろでざぶーん』なのだから水着では雰囲気がでぬな」

 

 温泉プールで遊んでいる人々を見下ろしながら思案にふけっていたのであった。

 

「やはり水着で風呂など無粋である。正しくこの国の流儀に従うべきだ」

 

 ギルガメッシュは飛び込み台の先頭に進み出て、高らかに謳い揚げた。

 

「下々の規範となるのが王たるもの役目。我自ら手本を見せてやろう。さあ皆の者、我が威光を拝むが良い!」

 

 両手を高々と掲げ天を仰ぐ。ギルガメッシュの下半身をかろうじて覆っていた赤い腰布がふわりと浮き上がった。

 

「きゃああああああああああああああ!」

 

 プールの中にいる女の子たちの悲鳴がいっそう大きくなる。

 

(えい)(ゆう)(おう) キャストオフ!」

 

 ギルガメッシュの腰布が外れ、ざぶーんの天井に舞ってゆく。

 ほぼ同時にバゼットは手にした風呂桶をギルガメッシュに向けてぶん投げた。

 宙を舞う風呂桶がギルガメッシュの前に届いた瞬間にルーン魔術の詠唱を叫ぶ。

 

sowelu(ソウェイル)!」

 

 カッーーーーーーーーーー!

 

 風呂桶が弾け飛んで光を放つ。描かれていたのは太陽のルーンsowelu(ソウェイル)

 ざぶーんの温水プール一杯の冬木市民の皆さんの頭上にまばゆい黄金色の輝きが広がり、英雄王の下半身を神々しく覆い隠した。

 

「あちいい! 貴様は男子の股間に何をするかっ!」

 

 光がおさまった後の飛び込み台の上でギルガメッシュは股間を押さえてうずくまっている。間一髪で冬木市の人々への危険物の開陳は防がれた。

 セイバーが剣をかざしながら叫び返す。

 

「黙りなさい! それ以上やったら私もエクスカリバーを撃ちますよ!」

 

 

 

「はいはい、わいせつ物陳列は困ります!」

 

 飛び込み台に上がったランサーはギルガメッシユを台からどがっ!と蹴落とした。

 

「のわぁっ!従業員の分際で雇い主に噛みつくのか、この狂犬!」

 

 ギルガメッシュは天の鎖(エルキドゥ)を放つ。鎖を飛び込み台に巻き付けかろうじて落下を防ぐ。

 

「それにだ、我のお宝をなんと心得るか! 我の裸身は最高のダイヤモンドにも勝るのだぞ!」

 

 ランサーはギルガメッシュの言葉を無視して槍を取り出し飛び込み台をギコギコ切り始めた。

 ばきっ。

 飛び込み台が折れて、ギルガメッシユは台の破片もろとも温泉のなかに落下していく。

 

「貴様はクビだ! 野良犬に戻れ、ランサー!!」

 

 ざぶーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

 

 ギルガメッシユの叫びは水飛沫と湯煙の中に消えていったのだった。

 

**********************************************************************

 

sowelu(ソウェイル)  

 

象徴:太陽

英字:S

意味:太陽を象徴する成功、名誉、勝利のルーン。太陽のエネルギーを表し生命力や健康という意味も持つ。kano(カノ)は人為的な松明の光を示すのに対して、sowelu(ソウェイル)は人が近寄る事ができない太陽の強い光を表す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




バゼットさんの水着は何色がいいだろう?


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野牛《uruz》

「コンプティーク」のおまけドラマCDに影響されて。間桐家ファンのみなさん、ごめんなさい。


 バゼットはアイルランド神話の本を読みふけっている。

 

 ———クーリーの牛争い。

 この話はクーフーリンの物語の中でも特に有名なエピソードである。

 神話の時代のアイルランドの国、アルスターとコノートはアイルランド一番の名牛を争って戦争をした。

 名牛を手に入れる為にコノートの女王メイヴは軍勢を率いてアルスターに攻め込んだ。対するアルスターは呪いによって男たちが無力化されており、クーフーリンが一人でメイヴの軍勢に立ち向かったのだ。

 

「……おーい、バゼット」

 

 古代社会では家畜として多くの牛が飼われていた。牛は力や財産の象徴でもあった。こうしたこともあってか、ルーン文字には複数の「牛」を意味する文字が含まれている。

 

「バゼット、行くぞー。そろそろ現実に戻ってこい」

 

 気の抜けたランサーの声が聞こえて、バゼットは横からがくがくと肩を揺すられる。

 

「はい、そうですね……」

 

 ようやくバゼットは現実逃避で読んでいた神話の本を閉じた。重い腰を上げてごそごそと仕事に出かける準備をする。

 今回の仕事は気が進まない。というのも、この仕事を紹介してきたのは冬木教会のカレン・オルテンシアなのだ。

 

「あなた方が職にあぶれて困っていると聞いて」

 

 そう言ったカレンは実に(たの)しそうな顔をしていた。そんな噂(だが事実だ)をいったいどこから聞きつけてきたのやら。

 

「路頭に迷える子羊に手を差し伸べるのが教会の仕事ですから」

 

 と、カレンはこちらから頼みもしないのに仕事を押し付けてきた。

 

「ある大きなお家で家事手伝いをしてくれる人を欲しがっています。もう話はつけてありますので、明日直接訪ねてください」

 

 カレンはその屋敷の住所だけを教えてくれた。かなり古くて広い屋敷なのだそうだ。まあ仕事の場所などはこの際どうでもいい。それよりも気になっていることがある。

 

「カレンが紹介してくる仕事がまともとは思えません。何か裏でもあるのでは」

「それはそうなんだが、ここのところオレたちクビが続いてるしなあ」

 

 確かにカレンに思惑があるにしても、バゼットとしてはこのまま無職の暇人としてこの館でアルバイト雑誌を読みあさる日々を続けたくはない。どのみちカレンが何か仕掛けているのならば実力をもってそれを粉砕するだけだ。

 

「しかたないですね、行きましょうランサー」

 

 こうしてランサーとバゼットは今日も仕事を求めて街に出かけていった。

 

 

 

 深山町の商店街を過ぎ、さらに住宅街の奥に進んだところにその屋敷はあった。

 

「この家ですね。おはようございます」

 

 バゼットは屋敷の玄関のドアを叩く。ほどなくしてドアが開いてこの屋敷の家人らしき若者がドアの隙間から顔を出した。

 

「ああ、今日からウチに来る使用人だね。教会から話は聞いてるよ……って、うわあああ!」

 

 家人の少年、間桐慎二は玄関前に立つ二人組の姿をみて思わず後ろに飛び退いた。

 僕は今何も見なかった、そういう事にして慎二はドアを締めようと取っ手を引く。しかし素早くランサーがドアと玄関の隙間に靴先を突っ込み、ドアの端を手で掴んでこじ開けた。

 朝の明るい陽光と爽やかな空気が間桐家のなかに流れ込む。それに合わせて、

 

「いよう、間桐の兄ちゃん! ここお前んちなのか」

「ここは間桐の魔術師の屋敷だったのですね。教会のカレンから紹介されて来ました」

 

 手短な挨拶をしながらランサーとバゼットは間桐家に上がり込んだ。

 慎二はがっくり肩を落として頭をかかえる。

 

「よりにもよってアンタらかよ! あああ、あの教会のシスターの紹介なんて、きっと何かあるに違いないと思ってたんだ」

 

 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきむしる慎二。ちぢれ気味の頭がますます海藻(ワカメ)っぽい。

 

「おい兄ちゃん、そんなに髪の毛をかきむしるもんじゃないぜ、ハゲるぞ」

「うるさい! まだそんな歳じゃない!」

 

 軽口を叩いてくるランサーから慎二は眼をそらし、ブツブツ独り言を呟いている。

 

「ちくしょうあの教会の女め、面倒な奴らをよこしやがって!

 ———いや、まてよ。落ち着いて考えてみれば慌てる事はない。雇い主は僕で、使用人はあいつら。立場が強いのは僕の方さ!

 そう、こっちがあいつらを恐れる必要はない。使用人に対しては堂々としなくちゃね。はははははははははは」

 

「……彼は何か言っているようですが」

「さっきは落ち込んでたのにだんだん元気になってきたな」

 

 いぶかし気な顔をしているランサーとバゼットに向かって、慎二はくるりと振り向いた。すっかりいつも通りになっている。ブツブツ言っている間に気を取り直したようだ。

 

「ふん、まあいいさ。来たからにはちゃんと働いてもらうからな」

 

 

 

「ああ、まず仕事の前に」

 

 慎二は部屋の中にランサーとバゼットを招き入れると、彼らの格好を頭のてっぺんからつま先までつつーっと眺めた。

 バゼットはいつも通りの黒スーツ。ランサーは波止場で釣りをしているときのアロハシャツ姿だ。

 

「君たちさあ、そのセールスマンとチンピラみたいな格好は着替えてよね。そんな格好でウチのなかをウロウロされたら鬱陶しくて仕方ないから」

 

「セールスマンって……」

 

「なぬ、チンピラだぁ!?」

 

 慎二の言葉にカチンときたランサーとバゼットだが、慎二はバカにしたように鼻で笑う。

 

「あっれー? 働く前からもう口答えですかぁ。 君たちホントにやる気あるの?」

 

「む……。今の雇い主は彼。言う事を聞くしかありません」

「まあ、兄ちゃんの言う事も一理あるか」

 

 バゼットは反論を諦めた。ランサーはしゅっと霊体化すると、またすぐに現界した。さっきと服装が変わっていた。

 

「オレはこれでいいか?」

 

 着替えて現れたランサーの姿はまるで高級な喫茶店の店員のようだった。慎二がほう、と感心する。

 バゼットも驚く。ランサーはいつの間にそんな服を手に入れたのか。

 

「ランサー、その服はいったいどこで?」

「こいつは新都でウェイターをしていたときの制服でな。クビになるときに貰ってきた」

「ふうん。ランサーの格好は悪くないね。で、バゼットさんのほうは」

 

 慎二はわざとらしくバゼットのほうを見た。バゼットは思わずたじろぐ。

 

「ええと、私はこういった服しか持っていなくて」

「やれやれ、ずいぶん手間のかかる使用人だねえ。仕方ないな。ライダーか桜のお古を貸してやるよ」

 

 そう言うと慎二はガサゴソと部屋のタンスを引っ掻き回し始めた。あっれーここにあったと思ったんだけどな、ああ、ちょっと小さそうだけどこれでいいか、などと独り言を呟きながら一着の服を引っ張りだす。

 

「バゼットさん、はいコレ。そっちの部屋で着替えてきて」

 

 

 

「着替えてきました。ですが、何ですかこの服?」

 

 エプロン付きのワンピースなのだが、やたらにフリルがついている。これは世間で言うところの……。

 

「メイド服だな」

「その通り。 見かけに寄らずわかってんじゃないかランサー!」

 

 ランサーと慎二は満足そうにうなずきあっている。

 メイドとは、つまりこういう大きな屋敷のお手伝いさんのことであり、そのメイドの為の服ということであれば家事に相応しい格好であるはずだ。だが慎二に渡されたその服は家事の仕事に向いているように見えない。

 

「あの、この服サイズがかなりキツいのですが。胸回りとか、それにスカートの丈も」

 いちおう遠慮しながらバゼットは不便を訴えたのだが、慎二とランサーは、

 

「ははははははは! なにそれ、ぴっちぴっちじゃないか!」

「はっはっはっは!」

 

 バゼットの姿を見て爆笑していた。

 

「あなたが出してきたんでしょう! それにランサーまで一緒に笑わなくても」

「ああ、わりいわりい」

 

 ランサーは笑いながら謝る。慎二はさらに嫌味にニヤつきながら言う。

 

「この間桐家はねえ、500年もの歴史を持ってるんだ。そこいらの家とは格が違うんだよ。君たちにもこの家の使用人に相応しい格好をしてもらわないとね」

「この服がですか……?」

 

 何かタチの悪い遊びにしか思えない、とバゼットは抗議しようとしたが慎二はすかさずそれを遮った。

 

「はいはい口答え厳禁。主従のケジメは服装からだ。ああそうだ、君たちはこれから僕の事をご主人様と呼ぶように」

 

「ご、ご主人様っ!?」

「え、態度でけえな兄ちゃん」

 

「返事は?」

 

 問答無用、と上から目線で命じる慎二についつい気おされランサーとバゼットはぴしっと背筋を正す。

 

「はい!」

「わかりました、ご主人様!」

 

 満足そうな慎二の表情にこれからの仕事への不安が否応なく高まっていくのだった。

 

 

 

 慎二……いやご主人様は、まず洗濯から片付けろと命令した。ランサーとバゼットは手分けして洗濯物の山を分別している。

 

「この家はあの若者とご老人の二人家庭のはずです。そのわりには量がありますね」

「お手伝いを呼ぶくらいだからな。溜め込んでたんじゃねえの」

 

 ぶつくさ言いながら洗濯物を適当に分別し終えた。

 

「それでバゼット、これどうすんだ」

「そうですね。まとめてクリーニングに出してしまえば」

 

「はぁ!? なに言ってんの」

 

 慎二がひょいと顔を出す。二人の会話を聞きつけて口を挟みにきたらしい。

 

「クリーニング? 却下却下! そんな無駄遣い、ウチのお爺さまがお許しにならないね。全部洗濯機で洗ってよね。

 あ、順番は僕のアウター、次にインナー、その後タオル類、最後におじいさまの服。全部別々ね」

 

「おい、細かけぇな!」

 

 慎二は言うだけ言うとランサーを無視して素早く居間に引っ込んでしまった。はぁ……と溜息をつきつつバゼットは洗濯機のスイッチを入れる。

 

「それなりに広いお屋敷に住んでいるというのに。ずいぶんとケチですね……」

「じゃあ、さっさと片付けちまおうぜ」

 

 ランサーは洗濯物のカゴを持ち上げようとしてひょいとしゃがみ込んだ。その時カゴの影から小さな生き物が飛び出していった。それはカサカサッとすばしこく逃げて洗い場の隅に消えていった。

 

「んっ?」 

 

 思わずそっちに首を伸ばす。

 

「なっ、何を見てるんですか、ランサー!」

 

 がすっ!

 

「痛え!」

「急に足下に屈み込まないでください!」

 

 ランサーが後頭部を押さえながら見上げるとバゼットが赤面しながら短いスカートの裾を押さえている。

 

「ちげーよ。覗いてねーよ! 洗濯物を持ち上げようとしただけだ」

「すみません。思わず……」

 

「それはともかくバゼット、さっき虫みたいなのがいなかったか?」

「いま足下を何かが横切りましたね。尻尾がみたいなものが見えましたし、ネズミでもいるのかも」

 

 

 

 手間のかかる洗濯を終えて、ランサーとバゼットは居間の慎二の元に戻った。慎二は椅子に腰掛け、機嫌が悪そうにトントンとテーブルを小突いている。

 

「洗濯が終わりました、慎二……あ、いやご主人様」

 

 ちらりと慎二に横目で睨まれてバゼットはあわてて語尾を直した。

 慎二は苛立ちをわざわざアピールするように椅子をガタつかせて立ち上がった。

 

「あー、ようやく終わったのかよ。二人もいるのに手際が悪いな。フツーはお手伝いさんを頼みとこのくらいはさっさと済ませてくれるもんなんだけどねえ。

 やる事はまだたくさんあるんだから、もっとテキパキ片付けてくれないと困るんですよね。買い物にお昼の用意、それからこの屋敷中の掃除」

 

 文句を並べ立てながら慎二はバゼットに近寄る。

 

「はいこれ。次の仕事」

 

 慎二はバゼットに一枚の紙を渡した。今朝の新聞に挟まっていたスーパー「トヨエツ」のチラシだ。今日の特売品コーナーにでっかくマルが書いてある。

 

「次は買い物。そこにマルつけてあるものを絶対買ってこいよ」

 

 マルをつけられている箇所は、

 

**************

 

 ★お客様大感謝特売企画★

 

 最高級A5ランク霜降り牛肉

 本日限定タイムセール

 店頭にて激安価格!

 

**************

 

「牛肉……ですか?」

「ただの牛肉じゃない。一番イイ牛肉を頼む。

 ウチは高貴な家だからね。庶民の味なんてうけつけないんだよ。食事の材料も一流でないとねぇ」

 

 慎二はなぜか自慢げに胸を張る。

 バゼットとランサーはチラシを覗き込みつつヒソヒソと話す。

 

「ランサー、このA5とはなんでしょう?」 

「ああそれはだな。この国でよい牛肉を示すランクだ」

「Aのいくつとは、まるでサーヴァントパラメータのようですね。ところで、それも聖杯の知識なのですか?」

 

 慎二にバレない程度の小声で会話しつつバゼットは思う。このご主人様は庶民なんてと言いながら、やってることはとても庶民的ではないだろうか、と。

 

「あ? バゼットさん、何か言った?」

「いえ何にも。では行ってきます!」

 

 

 

------------------------------------------------ 

 特売最高級牛肉 限定タイムセール!

 10:00〜 11:00〜 12:00〜

 3回開催。お見逃しなく!

------------------------------------------------

 

 スーパー「トヨエツ」の入り口には目立つ宣伝POPがでかでかと張り出されていた。

 店員のアナウンスが響く。

 

「最高級牛肉セール、第1回目は売り切れになりました! 次のセールは11:00からです!」

 

「って、今は10時5分ですよ。売り切れるの早すぎませんか!?」

 

 ランサーとバゼットはスーパーの前に辿り着いたばかりだ。

 特売セール品の獲得の為にはほんの数分の遅れも許されないらしい。庶民の生活はなかなか厳しい。

 

「うう、このままではまたしてもあのご主人様に無能扱いを受けます」

「まあ気にすんなバゼット。次もあるし、その間にほかの買い物済ませて待とうぜ」

 

 うなだれるバゼットの肩をランサーがぽんぽん叩く。

 まだセールは2回もあるのだからそんなに心配する事もないだろう。

 

「おや、ランサーとそのマスターではありませんか」

「ランサーにバゼット、あなたたちまで高級牛肉を買いに来ているのですか」

 

 急に後ろから声をかけられて振り返ると、そこにいたのは知り合いの二人組。小柄な金髪少女に紫の長髪で眼鏡をかけた女。

 

「げ、なんでおまえらが」

「あなたたちも特売の牛肉を?」

 

 言うまでもなく衛宮家のお使いサーヴァント、セイバーとライダーである。

 

「ランサーたちも来ているとは。士郎はこのセールがきっと激しい戦いになると言っていた。そのアドバイスは的確でしたね、セイバー」

 

「ライダー、あなたと共闘するのは気が進みませんでしたが、彼らが相手となるならこの判断は正解だったようだ」

 

 セイバーとライダーは顔を見合わせて頷き合うと、揃ってランサーとバゼットに指をつきつけて宣言してきた。

 

「我々の高級牛肉は渡さない!」

 

「はあ!?」

 

 

 

 2回目のタイムセールが刻々と迫る。

 すでに数十分前からスーパーの精肉コーナーのまわりには特売品を狙う人だかりができていた。

 

「すげえ人数だなあ。1回目のセールがあっという間に売り切れになってたわけだぜ」

 

 特売を狙っているのは日頃からこのスーパーに通う街の主婦たち。皆セール開始とともに特売品に殺到すべく、最前のポジションを維持しようと互いに牽制し合っているのだ。

 

「この熱気、むしろ殺気。スーパーと言えど油断がなりません」

 

 人混みの最前列でランサーとバゼットはセールの開始を待つ。その隣ではセイバーとライダーもこれまたセール開始の合図にあわせて重心低くダッシュの構えをとっている。

 

「ランサー、あなた方に遅れはとりませんよ!」

 

「なんでそんなにやる気なんだよセイバー……」

 

 

 

 そしてぴったり11時。

 

「2回目のタイムセールを始めます!」

 

 店員の声と共に精肉売り場に集まった主婦たちは高級牛肉に向かって突進する。

 無論、ランサーとバゼットもセール開始の声と同時に床を蹴り、獲物を捉えに走った。

 ランサーは最速のサーヴァントであり、バゼットは脚に加速のルーンを刻んでいる。獲物をつかみ取るのに一瞬の時間もかからない。

 はずなのだが、

 

「えっ、ええええ!?」

「なんだとおおおお!」

 

 二人は一歩も動けずその場で床に転げ落ちた。

 

 じゃらり。

 

 二人の脚に鉄の鎖が巻き付いていた。ライダーの鎖である。急いでほどこうとするが鎖はまるで蛇のように脚に絡み付いて外れない。

 そして床に転がってもがくランサーとバゼットの上を後ろから走ってきた多勢の主婦が容赦なく通過する。

 

「いだだだだだだだ!」

「ぎゃああああああ!」

 

 ランサーとバゼットがライダーの鎖で動きを封じられている間にセイバーは牛肉を獲得していた。まるで絨毯のように主婦たちに踏まれつづける二人を尻目にセイバーとライダーは悠々と引き上げていった。

 

 

 

「まさか2回目のセールにも敗北するとは」

 

 ランサーとバゼットは一時撤退してスーパーの外で作戦を練る。

 

「先ほどのライダーの鎖は論外としても、このセールにあつまる主婦たちからは善良な一般市民とは信じがたい圧力を感じます。……それにですねランサー」

 

 考え込んでいたバゼットが少々恥ずかしそうに顔を上げた。

 

「何だ」

「さっき気づいたのですが、なんというかこの服装では激しく動きにくいのです。……ヒラヒラしすぎで」

 

 バゼットの格好は慎二に無理矢理着せられたサイズのあってないメイド服のままだ。この格好のまま走ると腰回りが大変心もとないのだ。

 ランサーはバゼットの瞳を真顔で、真摯に見つめて言う。

 

「恥を棄てろバゼット」

「そんな」

 

「気にするな。アンタなら大丈夫だ。それにこのまま負け犬として間桐慎二のところに戻るのか」

「う……」

 

 戸惑いがちだったバゼットの眼に意志が蘇る。

 

「ええ、そうでした。赤枝の騎士の末裔である私が、よりにもよって牛争いに負けるわけにはいきません」

 

 

 

 ついに3回目セールの時間である。

 ランサーとバゼットは精肉売り場に戻り、戦いに備える。

 

「三度目の正直という言葉もあります。今度こそ」

「よーしバゼット、アンタに力を授けよう」

 

 セール開始待ちの集団を前にして、ランサーはバゼットの背にルーンを描く。

 野牛を意味するルーンuruz(ウルズ)。このルーンは字のごとく雄牛のように突進するエネルギーを与えてくれる。

 バゼットに、力がみなぎる!

 

「タイムセールを始めます!」

 

 店員の合図の声が聞こえた。

 

「よし、行ってこいバゼット!」

「でりゃあああああああああ!」

 

 バゼットは牛を目指して駆けた。短いスカートの裾をめいっぱい翻しつつ。

 

 

 

「はあはあはあ……。な、なんとか牛肉を獲得しました、ランサー」

「よう、なんとか任務達成できたようだな」

 

 バゼットが両手に牛肉のパックを抱えて戻ってくると、ランサーはその間に何か買い込んでいたらしく、いっぱいになったビニール袋を下げていた。

 

「あれ、何を買っていたのですか? 」

「ああちょっとな。午後は掃除があるだろ? これも掃除道具だ。さあ間桐ん家に戻ろうぜ」

 

 こうして、ようやく昼の買い物が終了した。

 

 

 

 間桐邸に戻ったランサーとバゼットの次なる仕事は昼食の準備である。

 

「バゼット、包丁をつかったことはあるか?」

「短剣の扱いなら多少は」

 

「わかった。ないんだな! じゃあ料理はオレがやるからアンタは掃除を頼む」

「わかりました。では昼食は貴方にまかせて、私は館の掃除に行ってきます」

 

 くるりと踵を返そうとするバゼットをランサーが呼び止めた。

 

「おっと、じゃあこれを適当に仕掛けてきてくれよ」

 

 ランサーは先ほどのビニール袋をバゼットに渡した。

 

「これはさっきスーパーで買ってきたものですね」

「ああ、あれと同じヤツだ」

 

 ランサーが台所の隅を指差した。床の上に紙細工の家の模型のようなものが置いてある。近づいていくと紙細工のなかでなにかゴソゴソと動いている。

 

「この紙細工は『ゴキブリホイホイ』というモンだ。これを壁際や家具の裏に仕掛けておくと虫が楽に捕まるらしい」

 

「なるほど。そういえば洗濯機のまわりにも虫が湧いていました。掃除の間に屋敷中にこれを仕掛けて一気に駆除してしまいましょう」

 

 

 

 バゼットは部屋を掃除して回る前に廊下や柱の角に『ゴキブリホイホイ』を設置した。そのまま部屋の掃除に向かい、ひととおり掃除が終わってからその場に戻って様子を見てみる。

 

「大漁ですね……」

 

 どの『ゴキブリホイホイ』にも丸々とした虫がかかってびちびちと跳ねていた。

 バゼットは虫がかかった『ゴキブリホイホイ』をつまみ上げてはゴミ袋に放り込む。虫はキィキィと鳴き声を上げている。

 ゴキブリって鳴く虫だったっけ? とバゼットは少し疑問を抱いた。

 それにゴキブリというのは平たくて黒い虫のはずだが、この間桐家のゴキブリはメタリックな色をしていて、もっと立体的で———というか男性のアレのようなカタチをしていて、尻尾まである。国が変われば虫の姿もかわるものなのだろうか?

 

「それにしても本当に虫が多い。どこから湧いてくるのでしょうか」

 

 この際だから徹底的に殲滅してやろう。そうすれば、あの偉そうなご主人様も少しは私を褒めてくれるだろう。そう考えてバゼットは虫の発生源を探す事にした。

 

 

 

 虫の多そうな場所を探す事しばし、バゼットは怪し気な扉の前で立ち止まる。

 

「ここは、蔵?」

 

 この屋敷の蔵らしきその扉にはしっかりした鍵がかかっている。実はこの場所は慎二から立ち入り禁止だと言われた場所なのだが、どうも虫はここを中心に発生しているように見えた。

 

「鍵開けのような細かい魔術は不得意なのですが……」

 

 そう呟きつつバゼットは解錠の魔術を試した。

 

 ガチャガチャ(10秒)、……ガチャガチャガチャ(20秒)、………ガチャガチャ(30秒)、…………ガチャ(40秒)

 

uruz(ウルズ)……鉄拳粉砕、はぁっ!」

 

 どんがらがっしゃーん!!!!

 

 結局バゼットはuruz(ウルズ)のルーンで強化した拳で扉ごと解錠した。

 

「侵入します」

 

 扉の残骸を蹴り飛ばし、中に入る。蔵の中は薄明かりしかなく中がどうなっているのかよく見えない。だが、その暗闇の中でぞわぞわとで何かが蠢いている気配がする。

 

「なっ、ここは一体」

 

 バゼットは目の前の闇が、ざわり、と波のようにのたうつのを見た。

 

 

 

「ランサー、オマエ見かけに寄らず料理うまいじゃないか!」

 

 食卓には慎二と臓硯が座っていた。彼らの前に並ぶのはランサーとバゼットが苦労して手に入れてきた特売最高級霜降り牛肉のステーキである。

 ランサーが腕をふるって歯の少ない老人にも食べやすいように柔らかく焼き上げた。その甲斐あってか臓硯老人も「うまいのう、うまいのう」と言いながら喜んで食べている。

 

「お気に召したようで幸いです」

 

 ランサーはうやうやしく一礼した。

 

「日頃は港で魚釣りをする趣味もありますので、魚料理も得意です」

 

 と言いながら慎二に食後の紅茶を給仕する。

 

「ご主人様、今日の紅茶はアイルランド風。アイルランドでは紅茶は血よりも濃い、と申します」

 

 慎二はすっかり機嫌を良くしている。

 

「ランサー、オマエは正式に僕のサーヴァントにしてやってもいいぞ」

 

 椅子に深く腰掛け、優雅に背を反らして紅茶のカップを口元に運び、眼を閉じて香りを味わう。高級感と優越感に包まれつつ、慎二はふと部屋の入り口の方に目をやった。

 

 部屋によろよろと数匹の虫が入りこんできたのが見えた。

 

「ふああああああああああ!」

 

 慎二の横で座っていた臓硯が叫ぶ。ほぼ同時に部屋の扉がバン!と勢い良く開いてバゼットが飛び込んできた。

 

「ご主人様! この屋敷に湧いていた虫を根こそぎ駆除してきました。おそらく蔵が虫の巣窟になっていたので、蔵ごと破壊してきました。もう安心です!」

 

 バゼットの足下を傷ついた虫がヨロヨロと這いずっている。

 

「あ、ここにも虫が」

 

 即座にバゼットは脚で踏みつけてぶち、とつぶした。

 

「ワシの蟲が、蟲がああああああああ!」

「お爺様、お爺様!?」

 

 臓硯は急にしゃっきりと立ち上がると、今まで腰が曲がって杖を付いていたのが嘘のように慌てて部屋の外に走り出していった。慎二があわてて後を追っていく。

 

「あれ?」

 

 バゼットは臓硯の後ろ姿を呆然と見送る。ランサーがバツがわるそうに頭をかきながら言った。

 

「あー、バゼット。あの蟲、どうもこの家の使い魔だったらしいぞ」

「なんと!?」

 

 

 

 間桐邸からは「ふああああああああああああ…………」という悲し気な老人の悲鳴が聞こえてくる。

 屋敷の前には法衣姿の少女が胸の前で祈るように手を合わせたたずんでいた。彼女は心地良さそうな微笑みを浮かべていた。

 

「ああ、本当にいい調べ。ランサーにバゼット、実に期待を裏切らない働きぶりでした」

 

**********************************************************************

 

uruz(ウルズ)  

 

象徴:野生の牛

英字:U

意味:野生の雄牛を象徴する勇気、変化のルーン。牛を示すルーンには他にfehu(フェイヒュー)があるが、それは異なりuruzは野牛の荒々しいエネルギーを表す。変化を恐れず、挑戦的に前に進むという意味を持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 

 




間桐家の皆さんのカッコいいところはいつか別の話で……。


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水《laguz》

これが最後のひとかけら。


「ネコさーん、倉庫の片付け終わりました」

 

 一仕事終えたランサーとバゼットは店内に戻って中の店員に声をかけた。

 ここは新都にある酒屋コペンハーゲン。ランサーとバゼットは衛宮士郎に紹介されてこの店でアルバイトをしていた。倉庫の整理や酒の配達などが主な仕事だ。

 

「おつかれー。次は配達お願いね。早いけど今日はこれで仕事は終わりだよ。はい、配達先」

 

 バゼットは店員の蛍塚音子(おとこ)、通称ネコさんに配達先のメモを渡された。そこに書いてある配達先は、公園。

 

「あれ、この住所は屋外なのでは?」

「あはは。その場所でオッケーなんだよ。配達が終わったら、二人ともそのままお花見でも楽しんでおいでー」

 

 メモを見て怪訝な顔をしているバゼットにネコさんは陽気に答えながら、配達物のお酒やソフトドリンクを出してきた。数箱分くらいの量になる。依頼主は公園で宴会でもするみたいだ。

 

「公園で、そのメモに書いてある場所に直接持っていけばいいんだな。よし行くぞバゼット」

「はい、行ってきますネコさん」

「ま、お花見だけで済むとは思わないけどね。あははは」

 

 お酒の箱を抱えて店を出るランサーとバゼット。出がけにネコさんが不思議なことを言ったのが少し気にかかったが、急いで配達先に向かった。

 

 

 

 春らしい雰囲気が増してきた公園の景色。若芽の優しい薄緑が木々を彩っていたが、この数日暖かい陽気が続いてから一気にまた別の彩りに包まれているのだ。

 遠目に見えている満開の桜並木。辺り一面が淡いピンクに包まれている。冬が去りまたあたらしい一年のサイクルの始まりを告げる春の象徴。

 

 枝に咲き誇る淡い紅色の儚い紙細工のような花の集まり。

 近くで見れば儚なげなのに、集まるとそこが幻の世界のように現実感を揺らがせる風景。

 その下に広がるありえない楽園、一瞬の別世界。まるで夢の中のような、その中に入ったならこの世には存在しないはずの何かに出会う事ができるかのような。

 

「お花見の花とはあの花のことなのですね。ランサー」

「ああ、この国の習慣でな。季節には桜の花を眺めに集まるんだとよ」

 

 ランサーとバゼットが桜並木に近づくと、はたして普段はあり得ない風景が展開していた。

 いくつもの集団が桜の木の真下に集まっては飲めや歌えの大騒ぎをくりひろげている。遠目から見た幻想的な美しさはどこかに吹き飛び、地面にびっしり敷き詰められたレジャーシートの上では老若男女がおしゃべりに夢中で、酒瓶を抱えた酔っぱらいがあちこちに転がっていた。

 

「どう見ても花を見ているようにはみえませんね。宴会に夢中になっているとしか」

 

 バゼットはこういう酔客たちのところに酒を配達するのが今日の仕事なのだなと理解した。

 

「ランサーさんにバゼットさん、こっちこっち!」

 

 声がした方を見てみれば、花見客の集団の中で冬木の虎、藤村大河が手を振っていた。すでになかなか上機嫌だった。依頼主は衛宮家ご一行様だったらしい。

 ランサーとバゼットが荷物を抱えてそちらにいってみるといつもの人々が弁当を広げていた。士郎、凛、桜、イリヤ、ライダー、アーチャー。

 

 さらに、ありえない人物が視界に映った。

 

「ランサー、あれは……」

「まさかアイツがこんなところに」

 

 集団から少し離れた広場で黙々と子豚の丸焼きを焼いている神父。

 

「言峰がなぜここに」

「ああ、せっかくだからアイツも誘ってやったのよ」

 

 唖然としながら神父の姿を見るランサーとバゼットに遠坂凛が答えた。あの神父は誘われたからといってこういう場所にノコノコ来るキャラだっただろうか、と疑問に思いつつランサーとバゼットはそっと言峰に近づいた。

 

 

 

 言峰は豚を棒状のもので串刺しにして焚き火の上でぐるぐると回しながら丁寧に火をあてていた。香ばしい香りがする。

 

「ほう、君たちも花見にきたのか」

「俺たちは仕事のついでだけどな。何してんだ言峰」

「見ての通り、豚の丸焼きを作っている。もう焼き上がったぞ」

 

 そう言って言峰は串ごと子豚の丸焼きを焚き火から外した。その子豚を貫いている串に妙に既視感がある。おそるおそるバゼットはそれについて聞いてみた。

 

「あの、もしかしてそれ黒鍵では」

「そうだ。黒鍵は魔力で刃を出し入れできるからな。こういった場合にも便利だぞ」

 

 あっさり認め、言峰はシャキンと豚の胴体から黒鍵をとりはずした。そして焼き上がった豚の丸焼きを配りに衛宮家一同の席に運んでいく。言峰の後ろ姿を見つめながらランサーとバゼットはひそひそと呟き合った。

 

「アイツの料理、本当に大丈夫なんだろうな」

「ええ、あの豚になにか仕込まれているかもしれません」

 

 いままでの経験からしてあの神父は人と楽しみを分かち合うような男とは思えない。異変を感じたら即座に駆けつけられるように身構える。

 

 言峰は豚の丸焼きを解体して皆に配っていた。それ自体に特に不審な様子はない。

 だが、

 

「わーーーーい!」

 

 歓声の後に、

 

「きゃーーーー!」

 

 悲鳴が聞こえた。

 

「やはり……」

 

 ランサーとバゼットは衛宮家一同の席に向かって走ろうとした。

 

「辛いよーーー!」

「泰山特製の激辛唐辛子だ」

 

 言峰は自慢のスパイスを豚肉と一緒に薦めているだけのようだった。バゼットはほっとして足を止める。

 

「なんだ、調味料でしたか。大丈夫そうですね」

「いやいやいや、納得すんなバゼット! 被害でてるだろ」

 

 ランサーはそのまま走っていこうとしたが、

 

 ばしゅ———っ

 

 と何かが飛んできてランサーの体に絡み付き、動作を封じた。

 

「ランサー、その布は?」

「えっ?」

 

 ランサーが自分の体を見ると真っ赤な布で全身をぐるぐる巻きにされているのに気がついた。

 なんだこれ……、と思う間もなく木陰から聞き覚えのある女の声が聞こえた。

 

「フィッシュ」

「ぬあああああっ!?」

 

 掛け声と共にランサーの体が宙に浮く。布で空中に引っ張り上げられ、木の枝に引っ掛けられて焚き火の真上で宙づりに。

 まだパチパチと勢い良く燃える焚き火がランサーのお尻を焦がす。

 

「あぢいいいいいいい!」

「あらあら、あまりじたばた暴れると焼きムラができてブチ犬になりますよ」

 

 木の根元には赤い聖骸布の端を持つ銀色の髪の修道女が立っていた。ランサーは布を解こうと暴れるが聖骸布は男性を捕獲するのに絶大な効果を発揮するので外れない。

 

「カレン、てめええええええ!」

「ランサー、今助けます!」

 

 バゼットは地面に落ちている石にルーンを刻んで焚き火の上に放り投げた。

 

laguz(ラグズ)!」

 

 水のルーン魔術が炸裂する。焚き火の真上に大量の水を生成して火を一気に鎮火した。おもわず全力で魔術を使ったのでついでにランサーはもちろんカレン、バゼット含めて辺り一面水浸しになったけれど。

 

「まったく油断も隙もない」

「ふふふ」

 

 カレンは不敵にほくそ笑みながらしゅるりと聖骸布をほどいた。ランサーはようやく開放されてべしゃっと消し炭の上に落ちる。

 

「んー、なんだか騒がしかったけど、ランサーさんたち何をしてるのー?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、衛宮家一同のほうから大河がふらふらとこちらにやってきた。士郎も大河の後を追いかけてきた。

 カレンはとって付けたようにニッコリと微笑んだ。

 

「ごきげんよう。これはバゼットさんが焚き火の火を消してくれたついでに周りも一緒に水浸しにしてくれただけです」

「カレン、あなたは何をしゃあしゃあと」

 

 バゼットはカレンを睨みつける。そこに神父の声が割って入った。

 

「お前たちこそ何を言う。もともと我々はこういう関係だっただろう」

 

 いつの間にか大河と士郎の後ろに言峰が立っていた。豚の丸焼きを配り終えて戻ってきたらしい。

 

「あれー? 神父さんとー、バゼットさんはー、どんなお知り合いなんですか?」

「ふ、藤ねえ……、酔っぱらい過ぎだろ」

 

 大河がふらふらしながら聞いてくる。隣ではよろける大河を士郎が支えている。

 大河はそろそろ虎から大トラにランクアップしていそうだ。

 

「宿敵です」

 

 きっぱりと断言するバゼット。

 それにカレンが冷静に付け加えた。

 

「ええ、宿敵と書いて”とも”と読む。私たちはそんな関係です」

「なっ……」

 

 バゼットは驚いてカレンの顔をまじまじと見てしまう。だがカレンはふざけたそぶりもなく、真顔で大河を見つめている。

 

「そうかー。つーまーりー、ライバルということねー。よきかなよきかな。競い合う相手がいるのはとてもよいことであーる」

「藤ねえ、大丈夫か」

 

 満足そうにぶんぶんと首を縦に振りながら横にゆらゆら揺れる大河。それを士郎が後ろから羽交い締めにして止めている。

 

 カレンはランサーとバゼットの方にくるりと向き直った。バゼットは次の瞬間、信じられない言葉を耳にした。

 

「ごめんなさい」

「……は?」

 

 カレンが私たちに謝るなんて。バゼットは狐につままれたような思いでカレンを見つめる。カレンは静々と言葉を続けた。

 

「私は本当に貴方たちと友達になりたいと思っていたのです」

「貴方が? 本当に?」

 

 バゼットが容赦なく疑惑の視線を向けていても、カレンはその金色の瞳をそらさず語り続ける。

 

「ですが、貴方たちがあまりも幸福そうに見えたので、つい、このようなことをしてしまうのです」

「カレン……」

 

 さすがにバゼットも追求する言葉を失った。にわかには信じがたいけれども、カレンの今の言葉を嘘と断じきれない。

 語り終えてカレンは口をつぐみ立ち尽くす。そのカレンの隣に言峰が歩み寄り重々しい声で言った。

 

「そうだ。お前たちが楽しいと思うものが、私には楽しいと思えなかった」

「言峰……」

 

 ランサーもやはり言葉を失う。それがこの男の本心であったのか、と。

 

 ざあ、と強い風が吹いて、

 ランサーとバゼット、言峰とカレン、両者の間に紙吹雪のように薄紅色の桜の花びらが舞って流れた。

 

 ああ、ずっと極悪な神父とシスターだとばかり思っていたけれども、

 彼らも本当は人並みに人生を楽しみたかっただけなのかもしれない。

 ただ単に、目の前の幸福に対して素直になることができなかっただけなのかもしれない。

 どんな人間だって、そういう気持ちになってしまうことがあるように。

 

「まーまーまー! 今まで何があったのか知らないけど、双方とも一緒にお酒飲んで、これまでの因縁を水に流しちゃいましょうよ。日本にはそういうすばらしーい習慣があるんです」

 

 沈黙が壊れた。声がした方を見ると大河がご機嫌そうにその場でグルグルと回転している。そのままずっとランサーたちのやり取りを聞いていたようだ。

 

「藤ねえ! もう戻ろう。これ以上回ってたらバターになっちゃうぞ」

 

 士郎が大河を強引に引っ張って宴席に連れ戻していった。その賑やかな後ろ姿を眺めていると、今までの因縁などたいしたことがなかったように思えてきた。

 ランサーとバゼットは眼をあわせてくすり、と笑い合う。

 

「まったく、藤村大河の言う通りです」

「いいねえ、そういうのは赤枝(オレたち)流だ。言峰、カレン、俺らも一緒に飲もうぜ」

 

 

 

 衛宮家の飲み会に混ざり込んだランサーとバゼット、言峰とカレン。

 ランサーたちが運んできた酒の箱のなかから、言峰は酒やソフトドリンクを見繕っている。

 

「では今日は友好の印に私たちが手ずから君たちに酒を振る舞おう」

「なにを作ってくれるんだよ、言峰」

「カクテルだ」

 

 ランサーとバゼットの警戒心が高まる。

 

「あ、唐辛子ドリンクでしたら遠慮します」

「もちろん違います」

 

 グラスに酒とドリンクを注ぎながらカレンは薄く笑っている。手元のグラスの中の色を見る限りではまだ赤くなっていない。

 

 今日の彼らは本当にいつもと違う。こんな日が来るとは、とバゼットは思わず顔を上げて頭上を仰いだ。視界を覆う満開の桜。まるで夢でもみているようだ。

 

 ランサーとバゼットの前に透き通った色のカクテルが差し出された。

 

「なんだよ。神父のくせに粋なことやるじゃねえか」

「くっくっく」

「ふふふふふ」

 

 ランサーの飾らない褒め言葉に言峰とカレンは愉しそうに笑っていた。

 なじみのないオシャレな飲み物を前にしてバゼットが尋ねる。

 

「それで、このカクテルはなんと言う名前なのですか?」

 

 それはウォッカとグレープフルーツジュースを混ぜて、グラスの淵を塩で飾りレモンを添えたカクテル。 

 

「ソルティードッグといってな」

「って、なにしやがんだ、こらぁぁぁぁぁぁ!!」

 

**********************************************************************

 

laguz(ラグズ)  

 

象徴:水

英字:L

意味:水を象徴し、感性、直感を示すルーン。創造性や美的感覚を示すものでもあるため芸術のルーンとされる。流れるの水のように状況が変化することを意味する。また女性的な感覚を示すことから女性を意味するルーンとも言われる。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 

 




いつも通りでした。


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おまけ
空白《wird》


空白は全て埋まった。


 聖杯とはあらゆる願いをかなえる万能の器。

 聖杯は自らを手にする勝者を決めるため、7人の魔術師に令呪を授けて伝説の英霊をサーヴァントとして召還する力を与え、聖杯戦争を開始する。召還されたサーヴァントに現代の知識を供給するのも聖杯の能力の一つだ。

 

 だが、もともと無色透明な魔力だったはずの聖杯の力はすでに変わり果てていた。

 第三回の聖杯戦争においてアインツベルン陣営が召還したイレギュラーなサーヴァントが聖杯の中に取り込まれ、彼によって聖杯は汚染されてしまった。

 そしてそのサーヴァントは聖杯の中でずっと暮らし続けていたのだ。

 

 

 

「あー、もう今年の春アニメが始まってるな。torerune(トレルネ) に録画セットし忘れがないか見とかないと」

 

 全身ワイルドで抽象的な模様だらけの少年はゲーム機の録画機能で番組表を操作しつつ、ネットのアニメサイトで新作の前評判をしっかりとチェック。

 

「前のシーズンのアニメで最後まで生き残ったのはコレとコレだけだったな。さて今度のシーズンはどれが残りますかね。あ、もちろんFate/stay night UBWは必須ね」

 

 録画スケジュール登録をしつつ、もう片手でカチカチとネットサーフィン。ソシャゲのお知らせを確認。

 

「げっ。今日公開された新規サーバーがもう埋まってやんの! TMitterで1時間前にサーバー解放のお知らせが流れてきたばっかりだってのに」

 

 仕方ないなーと呟いて彼は別なサイトを開いた。オリジナルや二次創作がたくさん載っているWeb小説サイトだ。

 

「ああ、あの連載は完結したのか。まあまあ長い事続いてたけどおつかれさん。さて、また何か新しい小説をスコップして見つけないとな」

 

 幾星霜。

 聖杯の中の彼は様々なコンテンツが生まれては終わっていくのをずっと眺めつづけている。

 

「もっと俺が思っている通りのおもしろいものないかなー」

 

 

 

 いよう、みなさん。

 俺は聖杯の中の悪魔(アンリマユ)

 聖杯に取り込まれてからもう何十年もこんな生活をしてるんだ。

 

 俺の存在は虚無。何も生まない不実の空白。

 この場所風に例えて言うなら何の文字も打ち込まれていない真っ白なエディタ。

 

 (ゼロ)からは何も生まれない。けれども(イチ)があるならば、もし叶えたい望みがあるならば、見たかった物語があるならば。

 聖杯(ここ)ならきっと全ての願いを叶えられる。

 

 原作で語られなかったストーリー、ほとんど使われなかった設定、救われなかったキャラクター。

 夢見る恋愛、最強の必殺技、理想のオリ主。

 

 チートもハーレムもアンチヘイトも、問答無用のハッピーエンドも。

 君が望むのなら、君はあらゆる展開を再現可能だ。

 

 

 目次の完成、連載の終了、それは一つの願いの具現。

 この連載が終わればその存在はデータベースの中に埋もれていくけれど、終わる事と続かない事は違う。

 

 最終話を投稿して、読み切って、終わりの続きを見にいこう。

 

 新着リストにはいい小説ばかりとは限らないけれど、今はまたおもしろい作品を探してスコップをふるっていく。

 

**********************************************************************

 

wird(ウィルド、もしくはブランクルーン)  

 

象徴:空白、運命

英字:なし

意味:24のルーンとは別に占い用として作られた。文字はない。人間の努力ではどうにもならない宿命をしめす。運命的な出会いや出来事がある兆しとされる。

 




この物語が多少なりともみなさまの暇つぶしになりますように。
そしておもしろい小説との出会いがありますよう。


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アトゴウラ《algiz、nauthiz、ansuz、inguz》

冬コミの日向け特別おまけ編です。


 バゼットは目の前にいる男を凝視している。あの青い戦装束の男は間違いなくサーヴァントだ。だがそんなはずはない。

 サーヴァントは7騎しか存在しないはず。今彼女の目の前に立っている男は彼女が存在を知らないサーヴァントなのだ。

 バゼットは傍らにいる影に尋ねた。

 

「アレは何のサーヴァントだ。セイバーでもない。アーチャーでもない。ライダーでもキャスターでもアサシンでもない」

「何って一目瞭然じゃないか。なあマスター。あの武器を見て、まだ何もわからないのか」

 

 武器———? バゼットは青い男の手元を見た。その手にあるのは禍々しい真紅の長い槍。

 その男はバゼットに向けて冷酷に言い放つ。

 

「おい。今からアンタを殺す訳だが」

「え———?」

 

 青い男の非情な声に、バゼットは怯えたように身構えた。すでにバゼットから戦意は消え失せていた。震える声で男に向かって叫ぶ。

 

「違う———私は貴方とは戦わない……!

 だって、だって———貴方、私のコト———知っているんだもの!

 ランサーーーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 バゼットはランサーに向かって一直線に走り出した。ランサーは槍を放り出し両手を広げてバゼットを迎える。

 

「ああ、バゼット! バゼットじゃないか。生きてたんだな!」

「ランサー! また会えてよかった。もう貴方を放しません!」

 

 2人はしっかりと抱き合った。

 そしてそのまま熱い口づけをかわし————————

 

————————————————

————————

 

 

「…………………………」

 

「どうですか、ランサー!」

 

 ランサーはそのバゼットの一言で、ようやく心臓を貫かれたかのようなショックから息を吹き返した。

 

「えっと、これは……」

 

 ランサーはバゼットに渡された薄い本を呆然とめくりながら呻いた。それは冬コミに出展するといってバゼットが持ってきた同人誌だ。

 

 アトゴウラってこんな話だっけ? ランサーの記憶ではこのシーンは赤枝の騎士の精神を受け継ぐ主従がその運命に殉じる悲しくも美しい名場面だったはずなのだが。

 

「他でもない貴方に声も出ないほど感激して貰えるとは。ああ……、この作品を書き上げた甲斐がありました」

 

 声が出ないほどの衝撃を受けただけ、という事実をランサーはまだショックから立ち直れていないので声に出せないだけだ。

 

 バゼットの目から涙がつたう。涙を拭いながらバゼットは言った。

 

「人間は嬉しくても泣けるのですね。子供の頃には学ばなかったことを今さらになって思い知りました」

 

 バゼットは手に持った同人誌の表紙をくるりとランサーの方に向けた。表紙の四隅に1つづつルーン文字が配置されている。

 algiz(アルジズ)nauthiz(ナウシズ)ansuz(アンサズ)inguz(イングス)……。

 

「同人誌の四隅にはアトゴウラのルーンを印刷しました。ルーン使いなら意味が分かるでしょう?」

 

「えっえっ!?」

 

 どういう意味だかさっぱりわからない。戸惑うランサーに自信満々でバゼットは告げた。

 

「この陣を敷いた作者に敗走は許されず、この陣を見た読者に退却は許されない。

 そう、完売まちがいなしです」

 

 

 

 ドンドン、とランサーとバゼットの館のドアが叩かれた。玄関の外から、

 

「バゼット!」

 

 と呼ぶ声がする。結界を張って他人を寄せ付けないようにしているこの隠れ家を訪ねてくるのは只者ではない。

 警戒しながらランサーはがちゃりとドアを開けた。

 そこには———

 セイバー、ライダー、キャスターが雁首揃えてやってきていた。

 

「さあ出陣です、メイガス!」

「何を手間取っているのですか。あまり待たせないでください」

「早く支度しないと置いていくわよ」

 

 突然、女サーヴァント軍団に押し掛けられてランサーはわけもわからず当惑している。

 

「何だよ、オマエら何しにきたんだよ」

「冬コミのサークルですよ、ランサー。私の同人誌にセイバー、ライダー、キャスターも寄稿してくれたのです」

 

 寄稿だと……?

 ランサーは手にしていた同人誌のページをぱらぱらとめくった。確かにバゼットの謎の小説のあとにも別の謎の小説が載っていた。

 

 

〜 アーサー親子物語 〜

 

騎士王への忠誠で一致団結した円卓の騎士たちの大活躍によってブリテンは異民族を退け、騎士たちと国民は平和な日々を過ごす事ができました。

セイバーは国を一つにまとめ危機を救った偉大な王として後世まで讃えられました。

 

ランスロットとギネグィアは仲の良い夫婦となり、

セイバーは素直でかわいい息子のモードレッドと共に末永くブリテンを統治しました。

 

 

〜 Pereforme 〜

 

形なき島にはとても仲のよい三人姉妹が住んでいました。その名もゴルゴン三姉妹。

長女ステンノ、次女エウリュアレ、三女メドゥーサです。

3人は唄って踊れるテクノユニット Pereforme(ペルレフォーム)を結成し、日々アイドルとして活動していました。

 

彼女たちの住む島には絶え間なくファンの男性が訪れ、

ファンからのプレゼントとお布施で三姉妹は裕福に楽しく暮らしました。

 

 

〜 魔法少女プリンセス☆メディア 〜

 

コルキスの王女メディアに女神アフロディテがかけた呪いは失敗し、イアソンはとっとと追い返された。

 

「アルゴンコイーン☆」

 

メディアはコルキスの秘法、金羊の皮を地に投げた。地面から姿を現した竜の背に乗って、魔法王女メディアは今日もコルキスの平和の為に得意の魔術を披露する。

 

そう私はこのために———魔法少女になるために魔術を習ったの!

 

 

 

 届かない願いの具現。叶えたい夢の実現。それが二次創作だ。

 同人誌の世界なら、特別な力を持たない一般人でも現実にはあり得ない物語を読み書きする事ができる。

 ああそれは、ある意味で聖杯のような万能の願望機なのかもしれない。

 

 

 

 では、いってきます。

 とバゼット含め女ども4人は出かけて行った。

 

 ランサーは手元の同人誌を閉じてテーブルに放りなげてからぼそりと呟いた。

 

 釣りにでも行くか……。アーチャーとギルガメッシュいるかな。

 今日は男同士で駄弁るのも悪くない気がする。

 

**********************************************************************

 

四枝の浅瀬(アトゴウラ)  

 

意味:赤枝の騎士に伝わる一騎討ちの大禁戒。

   その陣を布いた戦士に敗走は許されず、その陣を見た戦士に、退却は許されない。




ランサー「そうか、オレもゲイ・ボルクが百発百中する二次創作を書けばいいのか!」


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