クラス転移した俺のスキルが、【マスター◯ーション】だった件 (スイーツ阿修羅)
しおりを挟む

キャラクター図鑑
★★キャラクター図鑑★★ 五十一発目までのキャラクター情報を更新しました!!


⚠️はじめにお読みください⚠️

※イラスト付きです!
「画面左上の"メニュー"」→「"閲覧設定"」→「"挿絵表示"→"あり"」
 に設定する事をオススメします。
(ついでに「お気に入り登録」と「高い評価」「ここすき」「感想」「しおり」を下さると、作者が狂喜乱舞します)

※全て作者本人が描いています。
(ファンアートもお待ちしています)
 だいぶ雑な絵です。
 脳内のイメージが壊されたくない読者は、見ない方がいいと思います。
※少しずつ更新していきます!


 

 

 

ネタバレ注意 第一膜以降の内容に触れます!

 

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)

 主人公。15才。男。高校一年生。

 中学二年生での失恋をキッカケに、女性恐怖症になり、人間恐怖症になる。

 相手に嫌われるのが怖くて、何を言うべきか分からないのだ。

 行宗(ゆきむね)は三次元から逃げて、二次元を愛するオタクとなる。

 「三次元の彼女はいらない、二次元でシ○ればいい!」

 そんな行宗(ゆきむね)は、クラスメイトとともに異世界に召喚される。

 スマホのない世界で、三次元と向き合う事になる行宗(ゆきむね)

 彼の授かったスキルは、【自慰(マスター○ーション)】だった。

【挿絵表示】

 

 

 

 

新崎直穂(にいざきなおほ)

 15才、女。

 高校一年生。

 行宗(ゆきむね)のクラスメイト。

 行宗(ゆきむね)と同じ中学出身である。

 そして当時の、行宗(ゆきむね)が失恋した相手。

 クラスの真面目な優等生で、学級委員長を務める。

 黒髪ショートカット、つり目、スレンダー。

 胸は控えめ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

浅尾和奈(あさおかずな)

 16才、女。

 高校一年生。

 行宗(ゆきむね)のクラスで、一番モテる女子。友達多い。

 男子ばかりのサッカー部で、唯一の女子部員としてプレーしている。

 運動神経は学年トップ。ただし水泳は苦手。

 茶髪ショートカット、しなやかな健康ボディ、巨乳。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

岡野大吾(おかのだいこ)

 16才、男。

 高校一年生。

 行宗(ゆきむね)のクラスのリーダー的存在。

 プロ野球を目指すスポーツマン。野球が人生のすべて。

 教室は息抜きの場所。

 貧乏で苦労したこともある(公立高校を選んだ)

 怠けてばかりの人間を見るとイライラする。

 陰キャを、バカにすることがある。

 短髪。目つき鋭い。ゴリゴリの筋肉。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

竹田慎吾(たけだしんご)

 15才、男。

 高校一年生。

 行宗(ゆきむね)の隣の席の、"イケメン"である。

 サッカー部であり。部活では浅尾和奈(あさおかずな)と仲が良く。一見、美男美女でお似合いに見えるが……

 慎吾(しんご)の好きな人は……

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

花園(はなぞの)カレン】

 15才、女。

 高校一年生。

 新崎直穂(にいざきなおほ)の女友達であり、「なーちゃん」と呼ぶ。放課後に勉強しあう仲である。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

白菊(しらぎく)ともか】

 10才(設定)

 万波行宗(まんなみゆきむね)の最推しVtuber。

 登録者140万人の、メスガキ系Vtuberである。

 6月に入って少し、もうすぐデビューから3周年となる。

 最近の配信は、マナレジェンズ実況!

 白い髪に、金色の瞳! 可愛らしい二つ結び!

 

 

 

【ギャベル】

 異世界の住人。赤白マントの仮面男。

 行宗(ゆきむね)たちを召喚したという不気味な男。

 背が高く、年は30代以上。

「ラストボスを倒して、世界を救ってくれ」

 と、頭を下げてきた。

 

 

 

【シルヴァ】

 異世界の住人。赤白マントの仮面男。

 背が低い、中性的な声色。

 

 

 

【スイーツ阿修羅(あしゅら)

 バルファルキア大洞窟の、最下層ラストボス。

 (ちなみに作者のペンネーム)  

 三つの頭、「エクレア、マドレーヌ、ワッフル」を持つ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ネタバレ注意 第二膜以降の内容に触れます!

 

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 

【メガ小籠包(しょうろんぽう)

 行宗(ゆきむね)たちが出くわした。大きな小籠包(しょうろんぽう)の集団モンスター。

 

 

 

【天ぷらうどん】

 うどん型モンスター。人間を生きたまま飲み込み、生かし続けながら、排泄物を摂取して生存している。

 

 

 

【リリィ】

 天ぷらうどんの体内から、助け出した二人のうち、少女のほう。

 見た目は小学校高学年くらい?

 金髪のツインテールに青みがかった瞳。

 物知りで、便利な魔法が使える。

 応用スキルは使えるが、特殊スキルは使えないらしい。

 公国の貴族らしい。

 妹のユリィを大切にしている。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【ユリィ】

 リリィの妹である。

 真っ白な長髪。閉じられたまぶた。

 ユリィは目が見えない。

 だが魔法の力で、生き物の気配が見える。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ネタバレ注意! 第三膜以降の内容に触れます!

 

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 

誠也(せいや)

 第三膜のサブ主人公。

 10才の頃に、西宮響香(にしみやきょうか)に童貞を奪われた。

 ある日、獣族の襲撃で響香(きょうか)は殺されてしまう。

 誠也(せいや)は獣族への復讐を誓い。

 ガロン王国軍に入隊したのだが……

 

【挿絵表示】

 

 

 

西宮響香(にしみやきょうか)

 誠也(せいや)の初恋と初体験の相手。

 ガロン王国辺境、フェロー地区の辺境伯の娘。

 獣族の部隊に襲撃されて殺させる。

 

 

 

【ギルア】

 ガロン王国軍中隊長ーー誠也(せいや)の、部下である。

 女遊びが好きな、ちゃらんぽらん男。

 

 

 

(すず)

 誠也(せいや)の部下の、回復役。

 獣族に強い恨みをもつ。

 

 

 

【フィリア】

 14才女。一人称はオレ。

 獣族の少女。ネコ耳ジト目のお医者ちゃん。

 誠也(せいや)の命の恩人。

 お父さんの病気を治すため、薬草をとるため、「マグダーラ山脈」を目指す。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【神獣マルハブシ】

 白く光る大きな毛だるまのモンスター。

 よく鼻が効くらしい。

 フィリアの獣族の血の匂いを嗅ぎつけて、ガロン王国に拘束された、フィリアの元へと誘い出された。

 

 

【小太り男】

 ガロン王国軍フェロー基地の、偉い人。

 

【ケモ耳幼女】

 獣族に泊めてもらった旅館で、行宗(ゆきむね)の自◯行為を興味津々に見る幼女。

 

【ジルク】

 医者になりたくて、小桑原啓介(こくはばらけいすけ)の元を訪ねた。

 ジルクにとってフィリアは、共に医者を目指すライバルである。

 

小桑原啓介(こくわばらけいすけ)

 フィリアを拾い、育てた義理の父。

 フィリアを二度ほどマグダーラ山脈に連れて行った。

 体内に魔力を取り込めなくなる難病。避魔(ひま)病を患っている。

 

【ジュリア】

 フィリアの母。獣族。

 大人しい性格。

 

 

 

 ネタバレ注意! 第四膜以降の内容に触れます!

 

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 

 

【黒竜の群れ】

 ギラギース地区の街を襲っていた。竜の群れ。

 黒竜は仲間が殺された時、仲間をあげて復讐する習性があるため。別名復讐竜とも呼ばれる。

 

【漆黒の巨大竜】

 巨大な日を吐く黒い竜。 腹部が弱点。

 

【女軍人】

 直穂(なおほ)に回復魔法をかけてくれた、優しいガロン王国軍の女軍人。

 

【青年軍人】

 行宗に、「岡野大吾という名に聞き覚えはあるか?」と訪ねた男。

 

一成(かずなり)

 ガロン王国軍の幹部らしい。

 ギラギース地区を救った行宗(ゆきむね)たちを、マグダーラ山脈まで牛車に乗せてくれた。

 食糧もくれた。

 

【エルヴァルード】

 マグダーラ山脈の、背の高いキリン型モンスター。

 危険度は最高クラス。

 

【サルファ・メルファ】

 マグダーラ山脈の、四本毒針の尾をもつサソリ型モンスター。

 二度毒針に刺されると、確実に死ぬ。

 

【ステュムパーリデス】

 フィリアを空へ連れ去った大きな鳥のモンスター。

 大きなくちばしに、真っ白な身体が特徴的。

 

【キルギリスの骨】

 【ステュムパーリデス】の子供鳥の口の中に刺さっていた。

 避魔病の治療に必須の薬剤である。

 キルギリスは弱いモンスターで、モンスターに狩られやすく個体数が少ないらしい。

 

【熊のモンスター】

 フィリアが遭難中。焼いて熊肉にし、空腹を満たしたモンスター。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 メインキャラ集合イラスト、ラフ。

 

 左から、

 フィリア、誠也(せいや)新崎直穂(にいざきなおほ)万波行宗(まんなみゆきむね)浅尾和奈(あさおかずな)、リリィ、ユリィ。

 

 ハロウィンイメージ予定のため、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)が仮装してます。

 

 

 その他イラスト集 

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 




 キャラが増えてきたので、まとめてみました。
 読者と作者が、忘れないためのメモですね。

 キャラクターをまとめる上で、作者がここまで歩んできた、執筆の道のりを振り返る事ができました。
 「もうここまで来たか」と、驚いております。
 まあそれよりも、「早くあのシーンを書きたいのに、なかなか進まない」という気持ちの方が強いですが。
 まだまだ先には、書きたいシーンがたくさん残っています。
 感動シーン。衝撃のシーン。絶望のシーン。
 是非とも、最後まで完成させたいですね。
 そしてアニメ化して欲しい!
 私はこれからも、最高の物語を紡いでいきます。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一膜 日給19億円!?驚異(きょうい)の日雇いバイト編
一発目「俺のスキルが【〇慰(マスター○ーション)】だった件」


★注意★

本作品は、下ネタとファンタジーを楽しむ15才以上の男子に向けた小説です。

 規約を越えない程度の”性描写”や”残酷な描写”、”暴力描写”が含まれます。

 以上をご理解の上、本作品をお楽しみ下さい!

★★

 

 

「やっぱり一位は浅尾和奈(あさおかずな)かー。アイツは可愛い過ぎるよなー。」

 

「彼氏とか居ないのかな?」 

 

「いやいや、お前ら分かってねぇなー。新崎直穂(にいざきなおほ)が一番だろ、確かに身体の膨らみは少ないが、逆にそれがエロいんじゃねぇか! 幼児体型で真面目な顔しながら、案外むっつりスケベだと思うぜ!」

 

「お前の新崎(にいざき)好きは分かったよ。いいから早く告ればいいだろ。」

 

「そーだそーだ。」

 

「いや、それはお前らもだろ、告れよ。」

 

 

 

 

 雨の教室の中、体育授業の後、着替えの時間に教室内は男子だけの時間が訪れる。

 そんななか、男子たちは

 【クラスのエロい女ランキング】なるものを始めた。

 

 

「三位に真中(まなか)さんか、わかるぜ!

 あのクール顔で、責めるのも責められるのも良いよな。」

 

「分かるー!!」

 

 

(いいなぁ…)

 

 俺は、教室の隅で一人、体操着を着替えながら、男子たちの恋バナに耳を傾けた。

 

(あぁ、神よ…僕に友達の作り方を教えて下さい…)

 

 高校に入学して二か月、俺は未だに、友達というものを作れずにいた。

 人に話しかけるのが怖くなったのだ、中学のころは怖くなかったのに。

 どうして??

 

 まあいいさ、俺の友達は、ネットの世界にいるのだから。

 やっと昼休みが始まる、やっと彼女に会える…

 

 キーンコーンカーン

 

 昼休み開始のゴングと共に、俺はスマホを取り出して、昼休みの喧騒を遮るように、イヤホンで両耳を塞いだ。

 

(ふーっ、お待たせーー。

 昨日リアタイできなくて、ごめんねーー!

 録画(アーカイブ)が、やっと見られたよー!)

 

 そしてスマホでYou○ubeを開くと、

 登録者140万人のメスガキ系Vtuber、【白菊ともか】のゲーム実況動画を見始めた。

 

 彼女の、「コンきくーー!!」という挨拶に

 俺も心の中で「コンきくーー!」応える。

 

「さぁ、来たわね愚民ども!

 アタシはVラッシュ所属!

 2期生の【白菊ともか】よ!

 ガチ恋くんも初見さんも、私のオトナの魅力に取り憑かれて、せいぜいゆっくりしていくのよ!

 さーて! 今回アタシが実況するのは、レオシックスの新作、「マナ・レジェンズ」っていうゲームよ!

 まあ、天才のアタシにかかれば! こんなゲーム簡単にクリア出来るから! お前らは、私の神プレイイングを見てなさい!!」

 

(うわぁ、ゲームグラフィック綺麗だなぁ…楽しそう)

 

「わわっ、嘘っ!、ちょっと何でよ!! 今避けてたじゃない!! ……タイミング遅いって ……はぁ!!?」

 

 ゲームの魅力に圧倒されつつ、ともかちゃんの面白い実況にクスっと笑わせられるのだ。

 この時間は至福の時間だ。

 残酷な現実から目を背けられる。

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 と、非情なチャイムの音で、俺の至福の時間は終わりを告げた。

 俺はイヤホンを外し、現実世界へと戻ってくる。

 

 ごく普通の、高校の教室である。

 雨の教室では、女子はとっくに戻ってきており、トランプや雑談をしていたようだ。

 

 

ーーー-

 

 

 昼休みが終わり、5限目の数学Aの授業が始まった。

 AかつBやら、少なくとも一つ、やら、

 数学というより国語の授業に思えてくる。

 俺は計算は嫌いじゃないが、数学Aは言葉ばかりで頭が痛くなってしまう。

 俺の前の席では男女二人が、楽しそうに分からない所を教え合っている。

 非常に羨ましい。

 

 

(……学校でイチャイチャしやがって)

 

 リア充達を見る度に、自分の惨めさにうんざりする。

 俺は他人が怖いのだ。

 嫌われるんじゃないか? 変に思われるんじゃないか? 

 って不安がどんどんと膨らんでいって、

 何も言葉が出てこない、上手く話せない。

 そんな自分が大嫌いだ…

 

 ああ…俺も異世界転生したいなぁ。

 異世界にいけば可愛い女の子がいて、ぼっちの俺に話しかけてくれるんだ。

 それで俺がチート魔法を使ったならば、皆に尊敬されて、女の子からもモテモテで……

 ああ、いいなぁ。

 俺も、ラノベや漫画の主人公になりたい……

 

 強く、そう願ったときだった。

 その時突然。

 

 

 前触れもなく、視界が真っ白に包まれた。

 

(なんだ??)

 

 じわぁあぁ・・・

 

 と、身体が溶けて、焼かれていく感覚がある。

 でも、熱くない…

 

(まさか俺、死ぬのか??)

 

 俺は、何も考える暇を与えられず、

 純白の光に身を焼かれて……

 

 

◆◆◆

 

 

(どこだ、ここは…)

 

 目が覚めると、俺は薄暗い場所で寝転んでいた。

 見つめる天井は遥か高く、真っ暗闇に覆われてみることが出来ない。

 空気が重苦しく冷たい。

 

(あれ、俺、教室で授業を受けていたよな…?)

 

「どこだ、ここは…」

 

 俺のすぐ隣で、知っている声がした。

 隣の席のイケメン君、竹田慎吾(たけだしんご)である。

 

「今の何だよ??」

 

「私、死んだの??」

 

「いやぁあっ、なんでっ!?」

 

 口々に、クラスメイトの困惑した声が聞こえた。

 静かだった空間に、一気に騒がしくなる。

 俺は身体を起こして、周りを見渡した。

 

 

 どうやらここは、綺麗な石で造られた、円柱状の構造物の中のようである。

 床に嵌められた無数の青い宝石が、淡い光を発しているが、

 かなり薄暗い空間だ。

 巨大円柱空間に閉じ込められるように、

 俺のクラスメイト達、一年一組の生徒が集まっていた。

 

「どこだよここ!? 何が起こったんだ!?」

 

「なんで?? みんなの位置が、席順そのままだ」

 

「怖いよ、これ、閉じ込められてない?」

 

(何だ? 何が起こっているんだ!? 気づいたら皆、こんな場所に居たなんて、どう考えてもおかしいだ。

 誘拐か、まさか死後の世界とか!?

 とにかく異常事態である。)

 

 

 ガンガンガン!!!

 

「くそっ! 出せよっ! どこだよここは!!」

 

 石の壁を強く叩きながら怒鳴り声を上げるのは、岡野大吾(おかのだいご)である。

 うるさくて生意気な、俺の嫌いなタイプである。

 野球部で一年生ながらレギュラーの、クラスの番長的存在である。

 

 素手で石壁を叩いて、手が痛くならないのだろうか?

 

 

 ギギギギギギギィィ……

 

(え?)

 

 重たい軋むような音が響いた。

 その音の出所からは、明るい光が差し込んでくる。

 

 壁にある大きな石扉が開かれたのだ。

 

 俺たちは、皆、シーンと鎮まりかえり、息を呑むようにその眩しい光の向こう側を見つめた。

 

 

 カツン、カツンカツン、カツン……

 

 石扉の向こうから、複数の足音が鳴り響く、

 二つの人陰が現れた。

 背が高い一人と、背が低い一人、

 赤と黒の複雑な模様のコートを、ヒラヒラとなびかせながら、大きな白い仮面を被っている。

 

 

「ようこそお越しくださいました、ネラー世界の皆様。

 私の名は、案内人、ギャベルと申します。

 驚くかも知れませんが、ここは貴方達の世界とは全く異なる世界

 ナロー世界という世界でございます。」

 

(なにぃぃ!?

 異なる世界って、

 まままままさか、異世界ってヤツか?!!

 これは所謂(いわゆる)、クラス転移ってやつ!?)

 

 俺背の高い仮面男「ギャベル」が発したセリフに、

 転生アニメでお決まりのセリフに、

 俺は興奮せざるを得なかった。

 

「とつぜん召喚してしまい、申し訳ないのですが、緊急事態なのです。

 私たちの頼みを聞いて下さい!

 私たちは、あなた達ネラー世界の勇者さま方に、ダンジョンの攻略をお願いしたいのです。」

 

(出ました! お決まりの「世界を救って下さい」展開!!)

 

 ダンジョン!? 勇者!?

 なるほどな、面白くなってきたじゃないか!!

 これで俺が勇者として活躍すれば、

 クラスの人気者になって、陽キャになれるかも知れない。

 あわよくば、彼女を作ってセッ○○だって…!!

 俺はワクワクとした気持ちで、ギャベルさんの次の言葉を待った。

 

 

「ハァ!? 勇者!? ダンジョン? ふざけた事言ってんじゃねぇよ! 早く俺たちを元の場所に返せ! 俺は部活で忙しいんだよ!」

 

 そう叫んだのは、野球部の岡野大吾(おかのだいご)である。

 いやまあ、気持ちは分かるけどさ、異世界だよ??

 ワクワクしないのだろうか?

 

「そうだよ、訳わかんねぇ! ちゃんと説明しろ」

「誘拐だよね、コレ」

「怖いよっ、何言ってんのあの人」

 

 岡野大吾(おかのだいご)の言葉に続いて、クラスの皆が、一気に騒がしくなる。

 

 どうやら、この展開にワクワクしているのは俺だけのようだ。

 他のクラスメイト達は、異常事態への不安や恐怖の方が大きいらしい。

 確かに不安はあるけどさ…… 

 でも異世界だよ!?

 きっと魔法が使えるよ!?

 

 ザワザワとした空間の中、仮面男ギャベルは説明を続ける。

 

「皆さま、どうかお願いします。たった一日で終わる簡単な任務です。

 【特殊スキル】をもった貴方達にとっては、簡単な任務の筈です。

 任務完了時には、19億円を報酬として支払わせて頂きます。」

 

(はぁ!?

 じゅじじゅじゅうきゅうおくぅ!!??」

 

「は?」

「19億って!??」

「はぁ!? なに言ってんだ!?」

「特殊スキルって何?」

 

 仮面男ギャベルの、19億という数字に、クラス中がどよめいた。

 報酬が19億円って…嘘だろ!?

 幾らなんでも、ぶっ飛び過ぎだろ!?

 

 

「19億!? たった一日働いただけで!? そんなのやるしかねぇだろ!? なぁ皆!」

「いや、嘘だろ」

「冗談はいいんだよ! 早く教室に返せ!」

「ダンジョン攻略とかって危なくないんですか!?」

「簡単な任務と言ってたから、怪我の心配はないんじゃないか?」

 

 クラスメイトが、ザワザワと騒ぎはじめる。

 しかし、19億円という破格の値段に、魅力を感じないものはいないだろう。

 

 

「ちょっと待って下さい、19億円なんてっ! 私達をバカにしてるんですか!? 

 お金なんていりませんから。私達を元の世界に返して下さい!」

 

 ひときわ大きな声で叫ぶのは、新崎直穂(にいざきなおほ)さんである。

 

 黒髪ショートカットで、ツンとした目の真面目な女の子だけれと、

 話してみると案外面白い人である。

 そしてこの学校で唯一、俺と同じ中学校の出身である。

 しかし俺が中学の時、彼女に告白してフラれたこともあって、あれ以来まともな会話をした事はない。

 いやフラれたといっても、もう未練なんてないんだからな。

 今は三次元(リアル)よりも、二次元(バーチャル)の時代だ。

 

 

「確かに、19億円は高く感じるかもしれませんね。

 疑い怪しむ気持ちも分かります。

 ですが、ダンジョンのボスの攻略報酬である、三つの宝石。

 【ネザーストーン(願いを叶える石)】という宝石には、19億円以上の価値があるのです。

 さらに、ダンジョンの攻略期限は、あと3日しかありません。

 私たちは【特殊スキル】をもつあなた方勇者様に、頼るほかないのです!

 どうか力を貸して下さい!」

 

 

 背の高い仮面の男ギャベルは、両膝をついて土下座をした。

 

 一方で、彼の隣にいるもう一人の背の低い仮面の人物は、じっと腕を組んだまま微動だにせず(たたず)んでいた。

 おいおい。ギャベルさんが必死で土下座しているのに、お前はリアクションも無いのかよ。

 ギャベルさん可哀想に…

 

 

「だってよ! とにかくやってみようぜ!!19億なんて最高じゃないか!!」

「土下座までされたら、ね?」

「俺たち、魔法とか使えるんじゃないのか?! 俺こういうの夢見てたんだ!!」

「しょうがねぇなぁ、困ってるなら、手伝ってあげようか」

 

 仮面男ギャベルさんの誠意の土下座と、なにより19億円という破格の数字に圧倒されて、

 クラスの意見は、ダンジョン攻略に力を貸すという方向でまとまっていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「皆様、ご協力ありがとうございます。

 ではまず、今後の予定を説明していきます。

 まずは【特殊スキル】の確認と、実践練習、そしてダンジョンボスの攻略を行ってもらいます。

 その後、最高級ホテルでディナーパーティーの後、報酬の19億円を支払って現実世界に帰還という形になります。

 帰還に関しては、安心して下さい。

 私たちは、あなた方を、召喚直前に居た時刻(・・)場所(・・)に送り届ける事ができます」

 

(マジか、元の時間と場所に戻れるのか、

 良かった。

 それなら今日の【白菊ともか】ちゃんの3周年記念配信を、リアルタイムで見る事ができる!)

 

「同じ時刻って? どういう事??」

「タイムスリップってヤツだろ。ここでの時間がなかった事になるってコト」

「へぇ。じゃあ、何も心配いらないじゃん」

 

「はい、皆様は安心してボス攻略に励んで下さい。

 ではさっそく、【特殊スキル】について説明します。

 まずは皆さん、心の中で「ステータスオープン」と、叫んで下さい。

 そうすれば「ステータスウィンドウ」を見る事ができます。

 現れた「ステータスウィンドウ」には、自分のステータス、レベル、スキルに身長体重など、様々な個人情報が載っております。

 ああ、本人にしか見ることが出来ないので、プライバシーが気になる方はご安心を」

 

 仮面男ギャベルはそう説明した。

 

 

「うおお、マジのステータス画面じゃん!!すっげー!ゲーム画面よりかっけー!」

「特殊スキル、【火爆(ファイヤバーン)】!?、なんだこれ。」

 

 さっそく試したのであろうクラスメイトが驚愕の声をあげる。

 

 

「【特殊スキル】は、個人の得技(とくぎ)(もと)になっています。

 あなたの得意な事を、最大に生かして、ダンジョンボスと戦えるはずです」

 

 仮面男ギャベルは、そう付け加えた。

 

 

「へー。私はサッカー部だから、【剛蹴(スチルキック)】と【爆走(バーンダッシュ)】ってカンジなのね」

 

 と、呟いているのは、朝尾和奈(あさおかずな)さんだ。

 先ほどの【クラスのエロい女子ランキング】で一位を取っていた彼女であるが、彼女は明るくて、サッカー部で唯一の女子部員として汗を流している。

 加えて、彼女は(パイ)がデカい。

 彼女が二つの果実をユサユサと揺らしながら駆け回り、玉を蹴る姿は、多くの男子の期待と股間を膨らませる。

 彼女が、このクラスで一番モテるのも、必然である。

 

 

 彼女のスキルは、【剛蹴(スチルキック)】と【爆走(バーンダッシュ)】だとぉ?!

 名前からして、無茶苦茶強そうなスキルじゃないか!

 さて、俺の特殊スキルはなんだろうか?

 俺の得意な事といっても、あまり心当たりがない。

 なにせ俺は、成績不振で運動音痴のひょろがり陰キャぼっちだ。

 ゲーム作りとアニメとVtuberにハマっている二次元オタクだ。

 友達なんて、ネットの世界にしかいないのだ。

 

 

(ステータスオープン!!)

 

 俺は、心の中でそう叫んだ。

 頼む!

 どうか強いスキルでありますように!!

 

 

 

 

 万浪行宗(まんなみゆきむね)

 ――――――――――

 身長 165cm

 体重 59㎏

 ルックス   21   

 ――――――――――

 レベル  27/100

 職業   召喚勇者

 ――――――――――

 攻撃力    18

 防御力    28

 魔法力    58

 魔法防御力  32

 敏捷性    14

 知能     42

 ――――――――――

 総合値 162/600 

 ――――――――――

 特殊スキル【自慰(マスターベー〇ョン)

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 はぁ???

 

 

 

 

 いや…待て待て、落ち着け、

 そんなバカな事あるか??

 

 いや無いな……

 ふぅぅ…… 落ち着けよ

 見間違えただけだ。

 そうに違いない。

 

 もう一度、見てみよう。

 

 えーっと、俺の特殊スキルは・・・・・・

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 特殊スキル 【自慰(マスターベー〇ョン)

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 どうやら、見間違いではなかったらしい。

 これが俺の特殊スキルだとぉぉぉ!??

 嘘だろ!??

 見間違いであってくれよ!!

 

 自慰!マスター○ーション!!

 即ちオ○ニー!!

 エ○イ妄想をしながら、一人で自身の○器を擦り、快感に浸るという、俺の日課じゃねぇかよぉ!!

 

 

 仮面男ギャベルの説明では、

「【特殊スキル】は、個人の得技(とくぎ)(もと)になっています」

 と言っていたが……

 

 【自慰(マスター○ーション)】が、俺の得技(とくぎ)だって言いたいのか!?

 人として終わってるだろ!?

 

 確かにさぁ! そりゃ好きだよ!!

 学校から帰れば、両親に内緒で買ったオ○サポ音声、エ○アニメ、オ○ホールを使って、

 毎日むちゃくちゃ○コってるよ!!

 

 でも仕方ないじゃないか!!

 俺は健全な男子だぞ!?

 クラスメイトとまともに会話できない俺に、彼女ができるわけもないんだ!

 オ○ニー以外に得意な事がないからって、こんな仕打ちはあんまりだろ!?

 せめて、「スキルなし」の方がマシだったわ!!

 

 

 それに【自慰(マスターベー〇ョン)】スキルって、一体何だよ!?

 オ○ニーで戦えってのか?!

 ただ自分がめちゃくちゃ○持ちいいだけじゃねぇかよ!?

 

 そんなツッコミを入れると、ステータスウィンドウがさらに開いた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 【自慰(マスターベー〇ョン)

 自慰行為のフィニッシュ後、10分間のあいだ。

 ステータス上昇し、賢者となる。

ーーーーーーーーーー

 

 

 誰が賢者タイムじゃ!!? 

 ふざけんじゃねぇ!!

 強くなる為には、毎回オ○ニーしろって事かよ?

 ボスとの戦闘中に!?

 クラスメイトのいる中で!?

 出来るわけねぇだろうが!!

 

 

 最悪だ。生物として恥ずかしい。

 こんなスキル、誰にも知られる訳にはいかない…

 誰かに訊かれたらどうしよう……

 

 俺はステータスウィンドウをさっと閉じて、

 周囲の様子を確認した。

 

 

 

「うぉー、俺様は五個も特殊スキルがあるぜ!」

「まじ!?流石だな、何持ってんの!?」

「【怪力(パワー)】と、【空中浮遊(エアフロー)】と、【聖騎士(ホーリーナイツ)】と・・・」

空中浮遊(エアフロー)!?飛べるの?いいなぁ!!」

「私は【超炎魔法(ハイパフレイム)】と、【真空斬(バキュースライス)】だった、なーちゃんはどうだった??」

「え? 私?? ……私は、【超回復(ハイパヒーリング)】の、一つだけみたい……」

 

 

 五個!? 

 何でやねん!!

 俺はゴミスキルを一つしか持っていないのに!?

 五個だと!?

 【特殊スキル】を五個もつチーターの名は、野球部の岡野大吾(おかのだいご)であった。

 まあスポーツ万能の彼なら、当然かもしれない。

 

 

 さーて、困った……

 もし誰かに

「なあなあ、お前の特殊スキルは何だった?」

 って訊かれたら、

 なんて誤魔化せば良いんだ!?

 嘘をついても、結局あとでバレてしまうし……

 

 まあでも心配ないな。

 俺は生粋の陰キャぼっちだ。

 俺に話しかけようとする人なんて、誰も居ない。

 

 俺はそう思い、安心していたのだが……

 

 

 

 クラスで一番大嫌いな男が、俺に話しかけてきた。

 

「なぁなぁ、おっぱいクン?? お前の特殊スキルは何だったんだ?!」

 

 野球部の、岡野大吾(おかのだいご)が、

 わざわざ俺に、そう聞いてきた、

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、ギャグのセンスもあって、

 クラスの雰囲気を盛り上げるリーダー的存在である。

 しかし一方で、声が大きく暴力的で、俺たちのようなぼっち陰キャを見下してくる側面があるのだ、

 クラス内には俺以外にも、心の中で彼を嫌う者は少しはいるだろうが、それが口から外に出ることはない。

 陽キャは多少性格が悪くても、面白ければ陽キャなのである。

 

 ちなみに、おっぱいクン、というのは、こいつが俺に付けたあだ名だ。

 俺の名前の「行宗(ゆきむね)」の、

 "むね"、が、"胸"になって、おっぱい君というあだ名になった。

 

 本当に、こいつはクソ野郎だ。

 

 

「おい、なんか言えよ。俺様が聞いてんだぞ!?」

「・・・言いたくない・・・」

 

 俺は断った。

 言えるわけがねぇ、こんな奴に、

 もしスキルを言ったら、絶対に皆んなの前で暴露されて、

 クラスメイトから白い目で見られて、

 俺のあだ名は「オ○ニー君」に降格してしまう。

 俺のクラスでの居場所は、本格的に消滅する。

 

 

「ふん、やっぱりお前、クソつまんねぇなぁ。

 だから友達いねぇんだよ。」

 

 岡野大吾(おかのだいご)はそう言い捨てて、去っていった。

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、ここで俺にキレたり、暴力を振ったりしないのだ。

 そんな事をすれば、クラスメイトからのヘイトを買ってしまう。

 あくまでクラスの中心として、陽キャとしての立場を崩さずに、

 俺を貶してくるズルいやつなのだ。

 

 

 まあ、とにかく一安心だ。

 俺のスキル情報は守られた。

 

 

「皆さま静かに、話を進めたいと思います。」

 

 仮面男ギャベルが、大きめの声で皆の注意を引いた。 

 なかなかに渋い声で、迫力がある。 

 途端に、この空間はしーんと、鎮まりかえった。

 

 

「さて、スキル内容は確認出来ましたでしょうか?

 では時間もありませんので、さっそく実戦の中で「特殊スキル」での戦闘に慣れてもらいます。

 お手洗いや軽食を済ませた後、バルファルキア大洞窟。深層第七階へと集団転移いたします。」

 

 ギャベルは、静かな声でそう告げた。

 

 

 ええ? もう実戦をするのだろうか? 

 たしかに日帰りの仕事って話していたから、 今日の内には現実世界へ帰してもらえるそうだけど。

 

 戦闘初心者の俺たちが、日帰りでダンジョンをクリアなんて出来るのだろうか?

 簡単な任務なのかもしれないな。

 夢の日帰り異世界旅行。

 俺にとっては、物足りなくて残念だけど、

 クラスの皆はやる気のようだ。

 

 さらに、俺のスキルは使いものにならない。

 

 特殊スキルを使わずに、戦闘なんて出来るのか?

 俺、要らない子では??

 

 モヤモヤとした不安を抱えながら、

 俺はクラスの皆と共に、ダンジョンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二発目「はじめてのダンジョンでオ〇ズ探し!」

※下ネタ注意※※


 

 バルファルキア大洞窟、深層第七界にて、

 俺は人生で初めて、モンスターと戦っていた。

 

 俺の前に対峙するのは、体長3メートル程のミルワーム、つまりバカでかい幼虫である。

 その頭上には、紫色に光るHPバーと、モンスター名[Giant melworm]の表記が見える。

 

 いやー。マジでゲームの世界じゃないか!?

 最高だな!!

 キーボードを叩くのではなく、実際に体を動かして戦えるなんて!

 まあ運動音痴の俺は、そこまで上手く戦えないのだが。

 

 ここなら誰にも邪魔されず、思う存分戦える。

 俺は仮面男ギャベルに支給された剣を、ギュッと握りこんだ。

 剣といっても、ほどよい重さで振りやすかった。

 鏡のようなギラリとした白い光沢に、持ち手はシンプルな作りの、飾りの少ない剣である。

 

「おりゃぁぁぁ!!」

 

 俺はアニメの主人公のように、雄叫びをあげながら、

 ミルワームの足元へと切りかかった!

 

 ズバァァァァァン!

 

 紫色の血飛沫が舞った!

 ミルワームの身体は、紫色の血を噴きながら、豆腐のように斬られていく。

 虫が苦手な人にとっては発狂ものだな。

 

 ズバァ! ズバッ!! ズバァ!!

 

 俺はさらに、斬撃を畳み掛ける!

 

 ミルワームのHPが少しずつ、

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と削れていく。

 

(急げ、急げ!!

 急がなければ、またヤツが来てしまう!!)

 

 ズバッ!ズバァ!!ズバッ!!

 

 10発ほど斬り込むと、HPバーは殆ど無くなっていた。

 

 (よしっ、あと一発だ!)

 

 そう思い、剣を振り上げた、

 その時だった。

 

 

 

 

「どけぇええええ!!」

 

 と、背中から怒鳴り声がしたのだ。

 俺が驚いて振り返ると、

 視界一面、爆音と閃光に包まれた。

 

 ドゴォォォォ!!!

 

(来やがったなクソ野郎がっ!! あと一発だったのに!!」

 

「よっしゃ!20体目!!」

 

 楽しそうに叫びながら、俺が倒そうとしていた瀕死のミルワームをぶった斬って、駆け抜けていったのは、

 野球部の岡野大吾(おかのだいご)だった。

 

(クソッ! 俺の獲物だったのに!!

 あと少しだったのに!!)

 

 俺は岡野(おかの)を、キッと睨めつけた。

 

「おっしゃぁ!! 21体目!!」

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、俺の存在に目をくれる事なく、

 そのまま走っていった。

 空を駆けまわり、黄金に輝く剣を振り回し、周囲のモンスターをもの凄い勢いで刈り尽くしていく。

 それらは全て一撃必殺であった。

 俺の戦いは一体、なんだったのだろう……

 

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、5つの「特殊スキル」を持っているらしい。

 

 【怪力(パワー)

 【空中浮遊(エアフロー)

 【聖騎士(ホーリーナイツ)

 【予見眼(フューチャアイ)

 【野生感(ワイルドセンス)

 

 いや、なんだよ、5つって!

 おかしいやろうが!? 

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、身体能力がずば抜けて高い。

 体力テストは学年一位であり、

 そこそこ強豪のウチの野球部で、入学後二ヶ月にして、既に主戦力らしい。

 なるほどな。

 特技(とくぎ)が多い人は、【特殊スキル】の数も多いということだ。

 

 

 それに引き換え俺なんて、【自慰(マスター○ーション)】の一つのみ。

 こんなスキル使いものにならないから、実質スキル無しである。

 

 

 俺、必要なくね?

 

 

ーー

 

 

「おい待て大吾(だいご)! 俺たちのぶん残しとけよ!!」

「くそぉ、また先越された」

 

 洞窟の奥から、また声がしてきた。

 クラスの陽キャ男子グループが、6人ほどやってきたのだ。

 

「ファイヤーブロー!!」

「アクアノーツ!!」

「ドラゴンフレイム!!」

 

 とか何とか、カッケェ技名を叫んでら各々の特殊スキルを使って、辺りの敵をワンパンで粉砕していく。

 

 

 俺はまだ、一体も倒せていないのに。

 世の中は不公平だ……

 

 とにかく場所を変えよう。

 【特殊スキル】を使えない俺が、チート級の強さのコイツらと同じ場所にいたら、また獲物を横取りされてしまう。

 今度こそ、誰も来ないような狩り場を探そう。

 

 俺は人気(ひとけ)のない場所へ。

 落ち着いてモンスターを倒せる場所を求めて、洞窟内を探し歩いた。

 

 

 

 あった。

 俺は、直径2メートル程の狭い洞窟の穴を見つけた。 

 人の気配はない。

 人が入らない大きさではないが、

 こんな狭い場所に、わざわざ入る奴は、俺以外にはいないだろう。

 俺は支給品のランプを片手に、暗くて狭い穴の中へ、足を進めた。

 

 俺は洞窟の中で、小さなモンスターを発見した。

 

 HPバーの横には、[hidden hedgehog]という英語表記のモンスター名が見える。

 和訳すると、隠れた何か(・・)

 右の単語が読めない……

 見た目は大きめのハムスターと言ったところか。

 

 

 そのモンスターは、大きめのハムスターのというべきか、

 何とも可愛いらしい見た目である。

 この子を殺すのは心苦しいな。

 しかしすまない。

 俺の自己満足のために死んでくれ。

 

 俺は剣を構えて、一体を切りつけた。

 ガキン!!

 

 大きな金属音がなり、デカハムスターのHPバーが2割ほど削れた。

 

(こいつ!体の表面が硬い)

 

 デカハムスターは血をまき散らしながら飛び上がり、

 全身から針を生やして、俺に飛びかかってきた。

 

(うわっ、危ねぇっ!)

 

 針に刺される寸前のところで、剣でハムスターを切り飛ばし、吹き飛ばす。

 

(ハムスターじゃなくて、ハリネズミじゃないか!)

 

 身体中が針で覆われ、その上すばしっこい。

 なかなかスリルがあるじゃないか。

 これこそが異世界ダンジョンの醍醐味だろう、

 

「なかなかやるじゃねぇか、ハリネズミ共。

 だが相手は俺だぜ、勝てるとでも思っているのかよ。

 さあ行くぜ!、最強必殺【魔導新剣・極】!!」

 

 調子に乗って、中二病のような技名を叫んだ。

 実際には、剣を振ってぶん殴るだけなのだが。

 まあいいじゃないか、誰も聞いていないのだ。

 一人の時ぐらい、主人公気分を味わせてくれ。

 

 

 

 

 

 俺は大熱戦の末、5回剣を命中させて、

 ハリネズミをぶっ倒した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……

 やった、やったぞ……ふふっ……」

 

 俺は一人きりで、初めてのモンスターを倒した喜びを噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ…

 さて、ほかのモンスターも狩りたいな。

 なんて考えていたとき。

 

 俺はあることを思い付いた。

 

 もしやここでなら、

 俺の特殊スキルが試せるのではないか?

 と。

 この狭い洞窟の中には、俺しかいないのだ。

 ならばオ○ニーできるじゃないか!?

 【自慰(マスター〇ーション)】スキルを、誰にもバレずに試すことができる!!

 

 

 ――――――――――

 特殊スキル【自慰(マスター〇ーション)

 自慰行為のフィニッシュ後、10分間のあいだ。

 ステータス上昇し、賢者となる。

 ――――――――――

 

 

 オ〇ニー後の10分間だけしか戦えない【特殊スキル】

 このスキルは他の人もモノと比べて、

 発動条件が厳しすぎる上に、発動時間も短すぎる、

 

 これだけ大きなデメリットがあるなら、なにか大きなメリットがあって良いんじゃないか?

 たとえば、賢者タイムの10分間だけは、誰よりも最強無敵になれるとか!?

 そうすれば、念願の異世界無双が叶うかもしれない。

 俺の心のなかに、希望の光が広がっていく。

 獲物を横取りした岡野大吾(おかのだいご)にも、やり返せるかもしれない。

 

 

 はやる気持ちを抑えながら、

 俺は洞窟の隅に隠れて、

 ズボンの中に手を突っ込んだ。

 

 だが屋外で致すのは、オ○ニー好きの俺でも初めてであった。

「もしかしたら人が来るかもしれない」

 という緊張感もあって、俺はしばらく動けずにいた。

 

 まあいい、まずはオ○ズ探しだ。

 俺はポケットに手を突っ込んで、スマホを探して………

 

 ない! スマホがない!!

 たくさんのオ○ズが詰まった、(いのち)の次に大切な俺のスマホがないのである!

 

 そうだ、ここは異世界である。

 俺のスマホはポケットの中に無かった。

 こちらの世界に召喚される時に、一緒については来なかったのだ。

 

 これはまいった。

 俺の妄想力は皆無である。

 俺はもう脳内だけでは、卑猥な想像なんて出来ないのである。

 

 毎日大量のポ〇ノを浴び続ける日々に慣れてしまった。

 エ〇動画や音声、画像、ゲーム、

 もう俺は、オ○ズがなしでは抜けない身体になってしまったのだ。

 妄想だけでなんて、無理だ。

 

 試しに今、俺の推しVtuberの【白菊ともか】を想像してみたのだが。

 うまくイメージできないのである。

 毎日見ているはずなのに、どうしても脳内イメージがボンヤリとしてしまう。

 俺の最推しの白菊ともかちゃんでもダメなのだ。

 別の誰かで試しても駄目だ。

 悔しいけど、スキルの使用は諦めるしかない。

 

 そんな時だった。

 俺の脳内に、一人の女の子の姿が、

 ハッキリと浮かび上がってきたのである。

 

 その女性は、俺の大好きな二次元ではなく、

 三次元の存在であった。

 

 俺のクラスの学級委員長、新崎直穂(にいざきなおほ)だった。

 

 

 新崎(にいざき)さんは、中学校の時、俺が初めて本気で恋をして、フラれた相手である。

 細身で膨らみの少ない身体なのだが、力強い凛とした表情のお陰だろうか、どこか大人の色気を感じる人だ。

 

 彼女は中学校の頃から、真面目で頭が良くてしっかりもので、誰よりも大人だった。

 だが表情の変化は少なく、あまりペラペラと話すタイプではなかった。

 俺も中学一年生の頃は、彼女を恋愛対象とは見れていなかった。

 

 しかし、中学二年生になって、

 俺は新崎(にいざき)さんと、また同じクラスになった。

 俺は去年のように、学級委員に立候補したのだが、女子の立候補者が新崎(にいざき)さんだったのだ。

 それまで大人しいタイプの女子だと思っていたので、意外だった。

 

 そして俺は、新崎(にいざき)さんと共に学級委員になったのだが、

 新崎(にいざき)さんはしっかり者で頼れる存在だった。

 相変わらずあまり感情を表情に出さないけれど

 彼女がときおり見せる笑顔や、優しい表情が、

 天使みたいに可愛くて、

 もっと見たい、もっと見たいと。

 俺は新崎(にいざき)さんの笑顔を好きになっていき……

 

 気づいたら。

 俺は新崎(にいざき)さんのことが、どうしようもなく好きになっていた。

 生まれて初めて、付き合いたい人ができた。

 あわよくば結婚したいと思った。

 

 でも……

 新崎(にいざき)さんが笑顔を向ける相手は、俺ではなかったのだ。

 

 彼女はクラスの男子と付き合った。

 俺ではなく。

 新崎(にいざき)さんは彼氏といる時も、あまり笑わないのだが。  

 俺と一緒のときより楽しそうで、可愛い顔を見せていた。

 

 俺はどうしても、気持ちの整理ができなかったから。

 俺は彼女を呼び出して、玉砕覚悟で想いをぶちまけた。

 

「彼氏がいる事は知ってるけど、俺は君が、新崎直穂(にいざきなおほ)が大好きです」

 

 と、俺は真剣に告白した。

 

 すると彼女は、泣きだしそうに顔を歪めて、

 優しく残酷に、俺の想いを拒絶した。

 

 

「嬉しい。凄く嬉しいよ。万波行宗(まんなみゆきむね)くん。

 あなたは私の大切な友達です。

 あなたの想いには応えられないけれど、これからもずっと、私と仲良しでいて欲しいです。」

 

 と、優しい声で応えてくれた。

 

 俺は次の日から、新崎(にいざき)さんとトモダチの関係になった。

 頑張って、彼女の友達になろうとした。

 でもやっぱり辛くて、

 彼女との関係には、ぎこちなさが生まれていって……

 三年生に上がり、クラスが別になった時を境に、

 俺たちの関係は途切れた。

 

 

 入れ替わるように俺は、アニメやVtuberなど、二次元の世界にハマっていった。

 二次元はいいモノだ。

 絶対に結ばれることがないから、結ばれないかも知れないという不安がない。

 それに二次元は裏切らない。

 スマホを開けば、俺の嫁が、そこにいる」

 

 ちなみ関係ない話だが。

 俺のNTR好きの性癖は、この失恋の影響が大きい。

 

 

 彼女に未練が残っていた間は、

 疎遠になっても毎日のように、妄想の中の彼女を脳内で好き勝手オ○ズにして、

 毎晩のようにグッチャグチャに穢してたのだが……

 

 そのお陰だろうか。

 今まで俺の頭の中には、妄想としての新崎直穂(にいざきなおほ)のイメージが、残っていたのである。

 

 

 いま思えば、クラスメイトで抜〇なんてやめておくべきだったな。

 なぜなら、学校で本物に会った時、

 気まずくて言葉に詰まるからだ。

 

 オ○ズにしている事への後ろめたさから、俺は新崎(にいざき)さんと、話せなくなっていった……

 そして他の女の子とも話せなくなり、男子同士の話し方も忘れて……

 陰キャぼっち街道を、一直線で駆け抜けた。

 

 しかし、今は状況が違う。

 既に陰キャぼっちの俺に、失うものは何もない。

 それより大切なのは、【特殊スキル】で無双して、人気者に成り上がるのだ。

 

 

 だから、新崎(にいざき)さん、ごめんなさい、

 使わせていただきます。

 

 俺は心の中で、誠心誠意の謝罪をしつつ、

 目をギュっと瞑って、

 脳内の新崎(にいざき)さんを、五感を駆使して感じ取りながら、

 頭の中で、彼女を覆う布の一枚一枚を、はらりはらりと剥がしていった。

 

 ふーーーっ…

 

 …………

 

 ………

 

 

 …

 

 

ーーーーー

 

 

 俺は、一歩一歩を踏み締めながら、

 

 長い道のりを、頂上に向かって歩んでいく。

 

 一歩、一歩、動かすごとに、

 確かに頂上は近づいてくる。

 

 吹き抜ける風が気持ちいい。

 もっと風を感じたくて、俺は歩く速度を上げていく。

 

 頂上が見えてきた。

 全身からじんわりと汗が滲み、

 心地のよい冷たい風が音をたてて吹き抜けていく。

 

 きっとあの頂点には、想像もつかないような景色が待っている。

 

 早く、早く早く。

 

 俺はついに、走りだした。

 

 (あ!)

 

 山のてっぺんには、絶景を背に微笑む新崎(にいざき)さんがいた。

 

 新崎(にいざき)さんは、まるで俺を包み込むように、

 嬉しいそうな顔で俺を見つけて、手を振ってくる。

 

 早く、早く! 頂上へ!!

 

 俺はもう、最高速度で走りだした。

 

 タッタッタッタッ…

 

 向こうから、新崎(にいざき)さんの、足音が聞こえてくる。  

 新崎(にいざき)さんも、俺に向かって走ってきたのだ。

 感動の再会。

 そして絶景である。

 

 俺は、彼女の名前を口に出した。

 

 「新崎(にいざき)さん…! 新崎(にいざき)さんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 「我こそは月の王なり!!我が月の光よ、かの物に裁きを与えよ!!『ライトニング・ルナブレイド』!!!」

 

 バッシャァァァン!!!

 

(!!?!)

 

 俺のすぐ隣で、

 新崎(にいざき)さんの声がした。

 それは妄想というには、あまりに鮮明な声だった。

 聞いた事のないようなテンションの叫び声だ。

 そして、大きな衝突音が鳴り響いた。

 

 俺は思わず目を開けて、音がした方向を見た。

 

 「行宗(ゆきむね)くん……!?」

 

 そこには、信じられないモノを見る目で俺を凝視しながら、

 震え声で俺の名を呼ぶ、本物の新崎(にいざき)さんの姿があった。

 そう、本物である、三次元である。

 

 空色の魔法帽子に、焦茶色マント。

 魔法使いコーデを着こなす新崎(にいざき)さんは、すごく可愛いなぁ、

 じゃねぇだろっ!!

 

 

 俺はとにかく、半分脱げていたパンツを上に持ちあげた。

 もう完全に手遅れだが…

 

「何、してんの…?」

 新崎(にいざき)さんは、震えた声で言葉を繋ぐ。

 

 

 俺は、大きくなったものを見せない為に、しゃがみ込んだ。

 あぁ、もう、泣きそうだ。

 

 誰だよ、こんな場所には俺しか来ないとか言ってたバカは…

 

 思いっきり、見られたじゃないか。

 一番見られちゃいけない行為を…

 一番見らちゃいけない人に…

 

「ごめんなさい…」

 

 俺は、消えてしまいそうな声で、謝罪をした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三発目「性なる交○」

※下ネタ注意※※


 

 俺は、わなわなと身体を震わせながら、声を絞りだして謝った。

 何について謝ったのか、何が怖くて震えているのか、あまりうまく説明できないのだが、

 とにかく、自分の中の、一番見られたくない部分を見られてしまったという、羞恥心と、

 目の前の新崎(にいざき)さんを傷つけてしまったという、罪悪感で一杯になり。

 

 この気まずさが耐えられなくなって、絞り出した言葉が、「ごめんなさい」だった。

 

 合わせる顔がないというのは。こういう状態だろう。

 俺は足元を見つめて、顔をうつむけ続けた。

 

 

 「ねぇ、行宗(ゆきむね)くん、とりあえず顔をあげてよ、お話しよ。」

 

 新崎(にいざき)さんは、こちらに一歩踏み出しながら、優しい声をかけてくる。

 俺は、みっともない顔のまま、新崎(にいざき)さんを見上げていった。

 

 新崎(にいざき)さんは、暗い洞窟の中で、優しく輝いていた。

 褐色のブーツに、青みがかった白色のコート、そして透き通るような白い肌。

 天使のような魔法少女がそこにいた。

 

 こんなに近くで彼女を見るのは、何時ぶりだろうか。

 目の前の彼女は、俺が妄想の中で作り出した「新崎直穂(にいざきなおほ)」とは、全くの別人だった。

 穢れがなく、純粋な目。

 俺は、こんな子を汚そうとしていたのか。

 

 

 「泣いてるじゃん、どうしたの?、話してみてよ。」

 

 新崎(にいざき)さんは、いつ通りの澄ました顔で、優しく訊いてくる。

 その言葉がきっかけだった。

 俺の涙は止まらなくなった。

 

 

 「ごめんっ!新崎(にいざき)さん…俺、君の事を考えながら…イケナイことを…」

 

 「うん……。別に私は気にしてないよ、びっくりしたけど、こんな変わった場所に来た、私も悪かったと思うし」

 

 「え……?」

 

 (気にして、ないのか?、嫌われていないのか?、傷ついていないのか?、なんでこんなに優しくしてくれるんだ?)

 

 「それに、なにか事情があるんじゃないの?、こんな事するなんて、君らしくないよ。」

 

 「えっ、」

 

 「良ければ私が聞くよ、話してみる?」

 

 新崎(にいざき)さんは、優しい声色で、口角を少し緩めながら声をかけてくる。

 その天使の微笑みに、俺は一生、新崎さんには敵わないと思った。

 

 

 「はっ、話してみますっ……!」

 

 俺はもう、涙で顔中くしゃくしゃにしながら、みっともなく答えた

 

 「でも、話す時に、下ネタ言葉を使わないといけないのですが、大丈夫ですか?」

 

 「あー、気にしないでいいよ、私に性器見せといて、いまさら何言ってんの」

 

 

 (せ!せぃっ!?)

 

 しっかり者で穢れのない、新崎(にいざき)さんの口から出た、「性器」というワードに、俺は全身を震わせた。

 

 

 「不潔なものを見せて、すみませんでしたっ!

 えっと、実は…俺の「特殊スキル」は、【自慰(マスター〇ーション)】と言いまして…。

 あの、オ〇二ーってことです。うん、ハイ。」

 

 「…う…うん…」

 

 新崎(にいざき)さんは、唖然とした顔で俺を見た。

 俺だってこんな事、新崎(にいざき)さんに言いたくない。でも、こうとしか説明できないのだ。

 それに新崎(にいざき)さんなら、俺の話を聞いて、理解してくれる気がした。

 

 「その、行為のフィニッシュの後の十分間だけ、ステータスが上がって、賢者になれるというスキルでして、使ってみようと…」

 

 「ブッ…フフフッ…なにそれっ…アハハッ!、賢者って!まんま賢者タイムじゃん!…」

 

 (えぇっ!?)

 

 新崎(にいざき)さんは突然、噴き出してから、口を抑えて笑いはじめた。

 完全にドン引きする内容かと思ったのだが、新崎(にいざき)さん、下ネタ大丈夫なのか?

 というか、賢者タイムという言葉を知っていた事に驚いた。

 

 

 「ふぅーー。なるほど、それで私のコト考えながら、シテたってコト?」

 

 「は、はい…」

 

 新崎(にいざき)さんは、意地悪そうに笑みを浮かべて、俺の心の中を覗こうとしてくる。俺は、全身を丸裸にされたような恥ずかしさを感じた。

 

 「ふーん…。ねぇ、行宗(ゆきむね)くん。私の事はまだ好きですか?」

 

 

 新崎(にいざき)さんは、少し落ち着いた声色で、俺にそう尋ねた。

 暗く光る綺麗な瞳で、じっと俺を覗き込んでくる。

 

 

 「好きだよっ……」

 

 

 そうだ、今この瞬間、俺はまた、君を好きになったのだ。

 

 新崎(にいざき)さんは、少し嬉しそうな表情をした。

 あれ、これ、脈アリ??

 

 「そっか、ふふっ、じゃあ行宗(ゆきむね)君…。私の奴隷になってくれますか?」

 

 

 ん?

 は??

 どど、ドレイ??

 それってどういう…?

 

 

 「ドレイ…って、どういう…?」

 

 「つまり、私が命令したことを、聞いてくれる人になって欲しいってコトだよ。」

 

 新崎(にいざき)さんが命令した事を、聞いてくれる人??だと!?

 それって、まあ、悪くない気もするのだが。

 でも、命令の内容によるよな…

 死ねと言われても。死にたくないし…。

 

 「奴隷は、ちょっと…。ふ、普通に、付き合ってくれませんか?」

 

 俺は、ずうずうしい奴だと自覚しながらも、正式な告白をした。

 奴隷にしたいというぐらいだ、少なくとも俺に、好意を持っているのは確かだ。

 というか奴隷って、新崎(にいざき)さん、まさかそういう性癖なのか?!

 

 

 「ねぇ、ここで君がオ〇ニーしてた事とか、特殊スキルが【自慰(マスター○ーション)】だって事とか、行宗(ゆきむね)君は、クラスメイトに知られたら嫌だよね??」

 

 「え?は、はい」

 

 オ○ニーって言った?!しかも平然と!?

 なんか新崎(にいざき)さんがいうと、その言葉すら、綺麗な単語に聞こえる。

 

 ここでのオ○ニーの事が、クラスの皆に知られたら、か…

 そんなことになれば、俺の教室での居場所は消滅してしまう。

 そうなれば、俺は確実に、不登校になってしまう。

 

 「そっか。じゃあ、どっちか選んでよ。

 君が変態だってコトを、クラスの皆に言いふらすか、私の奴隷になるか。」

 

 (なっ!、そんなっ!)

 そんな、こんなの一択、一択しか選べないだろ。

 新崎(にいざき)さん、そうまでして、俺を奴隷にしたいのか?!

 まさか、こき使われたり、酷い事をされたり?

 いや、でも、新崎(にいざき)さんは優しい人、だよな??

 えーっと…!

 

 「ほら、早く答えて」

 

 「奴隷に、なります」

 

 「よろしい、じゃあ、よろしくね。私の奴隷くん。」

 

 新崎(にいざき)さんは楽しそうに笑った。

 俺は、新崎(にいざき)さんの奴隷になってしまった。

 

 

ーー

 

 「じゃあ、最初の命令をするね。

 さっき私が、アニメのセリフを叫びながら、ノリノリで刀を振っていたの、見ちゃったよね。

 だけど、アレは凄く恥ずかしかったんだよ。

 だから、私がアニメを好きだって事、絶対に誰にも言っちゃダメだから。」

 

 

 え?、ああ。あれの事か、

 オ○ニー事件のせいで忘れていたが、

 俺が新崎(にいざき)さんに、オ○ニー姿を見られる直前に、

 新崎(にいざき)さんは、今まで俺が見たことがないようなハイテンションで、

 現在放送中の深夜アニメ、【ルナアーク】の主人公の必殺技を叫んでいたが、

 そういえば、

 

 「新崎(にいざき)さんってアニメ見てるんですか?!」

 

 俺は、いつも勉強熱心で、サブカルに関心のなさそうな新崎(にいざき)さんに、

 率直な疑問をぶつけた。

 

 「私がアニメを見ていたら変??

 確かに学校では、くそ真面目の優等生キャラだけどさ。

 ホントの私は、皆が思ってるようないい子じゃないから。

 周りから、いい子に見えるように演じてるだけ。

 ホントは、アニメと漫画が大好きで、変な趣味もあるし。

 だから、さ。

 君には、他の人に言えないような、私の本音をぶちまけられる、ゴミ箱みたいな存在になってほしいの。」

 

 (ゴミ箱!?俺が!?)

 

 「つまりね、私がどれだけ可愛くない事を言っても、ちゃんと聞いて、共感してくれる、そんな奴隷になってほしいの。多分、君なら、出来ると思う。

 私は、君の弱み(・・)を握ってる事を忘れずにね、私が君に話したことは、絶対に、他の誰かに言っちゃ駄目だよ。」

 

 

 な、なるほど、そういう感じか。

 多分、出来るとおもう。

 俺は、どんな新崎(にいざき)さんでも、可愛いと思えるはずだから、

 

 「分かりました。頑張ります。」

 

 

 「うん。じゃあ、次の命令。

 私と一緒に、モンスターを倒して。

 私の【特殊スキル】は、戦闘に向いていないから、皆みたいに一撃で倒せなくてさ。

 まだ、皆から譲ってもらった一匹しか倒せていなくて、

 だから人のいない、この洞窟に来た訳なんだけど…

 とにかく、私のモンスターの討伐に、協力してくれない?、じゃなくてっ!

 協力するの!これは命令だから。」

 

 「はい」

 

 俺は、奴隷らしくキチンと返事をした。

 俺以外にも、ワンパンで倒せない人がいたのか。

 しかし、戦闘に向いていない特殊スキル、か。

 新崎(にいざき)さんの特殊スキルは、一体、何なのだろう?

 

 「そうだ、もう一つ大事な命令!

 これから一生、私をオ○ズにしちゃダメだから。」

 

 「はっ!はいっ!!」

 

 

 今度は、だいぶ辛い命令をされてしまった。

 新崎(にいざき)さんに、奴隷やゴミ箱と呼ばれて溜まったモノを、一体どうやって発散しろというのか。

 

 

ーー

 

 

 「へぇー。「みずモブ」も見てるんだ!私も好きだよ!、今季のアニメは何本見てるの?」

 

 「8とか、9本ぐらいかな。アニメレビューYouTuberさんの評価を見ながら、面白そうなやつだけ選んでる。」

 

 「良いなぁ…。私は、勉強が忙しくてさ、週に4本くらいしか観れてないんたよね。

 本当は私も、色んなアニメとか見たいのに…」

 

 「なんで新崎さんは、そんなに勉強するの?」

 

 「んー?ありきたりだけど、良い大学に入って、中学校の先生になる為だよ。」

 

 「え!?中学の先生になるの?」

 

 「うん、あの、社会の佐々木先生っていたじゃん、あの人見たいな先生になりたいなぁーって」

 

 「あー、面白かったよな、佐々木先生。」

 

 

 新崎(にいざき)さんは、今までに見たことがないような、明るい表情をころころと変えて、

 ゴミ箱である俺に、色んな本音を捨ててくる。

 しかし俺には、この状況が、どう見ても奴隷と主人の関係には思えなかった。

 

 洞窟の中を男女二人で、会話を弾ませながら一緒に歩いているこの状況って…

 

 (どう見てもデート!、デートですよね!!?)

 

 

 それに!コミュ障の筈の俺が、まったく緊張せずに話せている。

 なんでだ?

 さっきまでは、新崎(にいざき)さんには一番恥ずかしいことを見られて、目すら合わせられなかったのに、

 どうして??

 

 

 「あっ!、見つけた!さっき倒せなかったヤツ(モンスター)!」

 

 新崎(にいざき)さんが、大きな声をあげる。

 視線の先には、俺が倒したハリネズミのモンスターが、4体、密集して集まっていた。

 

 

 

 「えーっと、まあいいか…。

 我、神の天使なりて、謀反者を裁き(たも)う!!

 裁きの剣(ジャッジメント・ソード)!!」

 

 

 新崎(にいざき)さんは、俺をちらり一瞥してから、前を向きなおし。

 TVアニメ【無限神話】に出てくる天使様の必殺技を、大声で詠唱した。

 

 そして、

 「うりゃぁあああ!」

 

 と、叫びながら、魔法使いのローブをひるがえし、魔法使いに似つかわしくない短剣を、腰からスッと抜き出しながら、モンスターへと飛び込んでいく。

 

 なんか、無茶苦茶カッコいいのだが。

 

 

 俺がそばで聞いているのに、アニメのセリフを、恥じらいもなく叫んでくれるなんて、

 俺に対して、心を開いてくれているのだろうか? 

 それとも、俺が奴隷だからだろうか?

 

 

 俺も新崎(にいざき)さんに続いて、剣を構えて加勢しに行った。

 流石に恥ずかしくて、技名は口に出さなかったが。

 

 

 

ーー

 

 

 4匹のハリネズミ型モンスターを、全て狩り尽くした頃。

 

 俺と彼女のミニバックの中から、

 ビリリリリ……

 という、金属音が鳴り響いた。

 

 実戦練習の終了と、集合の合図である。

 

 「ふぅ、ありがと、楽しかった!」

 

 新崎(にいざき)さんは、太陽のような笑顔を向けてくる。

 ああ、天使の笑顔だ。

 この笑顔が見れるなら、俺は奴隷にでも悪魔にでもなってやる。

 

 

 「じゃあ、別々に分かれて戻ろうか、 

 一緒にいたって皆にバレたらめんどくさいからね。

 あと、

 もう一度確認するけど、

 今日ここであった事と、私達の関係は、二人だけの秘密だから。

 それと、皆の前で、私をジロジロみたり、話しかけたりしたらダメ。

 私をオ〇ズにして、エ〇チな妄想するのもダメ。

 それは絶対だからね?」

 

 

 「ハイ……」

 

 可愛い顔を見せたと思ったら、途端に奴隷として扱われる。

 俺の心をぐちゃぐちゃにしたいのか?

 飴とムチを交互に使ってくる。

 これが、DV彼女というやつだろうか?

 でも俺も、彼女に依存してしまいそうだ。

 

 

ーー

 

 

 俺は新崎(にいざき)さんと、三分程の時間を空けて、狭い洞窟の穴から外へ出た。

 

 (早めに戻らないと)

 

 俺は、集合場所を指し示すコンパスを取り出して、その方向へと歩き出した。

 

 

 「なぁ、行宗(ゆきむね)くん、お前、直穂(なおほ)ちゃんと二人きりで、何してたんだよ!?」

 

 (!!!)

 

 俺は、後ろからかけられた殺気の籠った低い声に、身体を縮こまらせた。

 俺は、はっと振り返る。

 

 そこにはクラスで隣の席の、竹田慎吾(たけだしんご)が、眉間にシワを寄せて拳を震わせながら、今にも飛び掛かってきそうな勢いで俺を睨みつけていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四発目「覗き○と修羅場」

 

 「なぁ、行宗(ゆきむね)くん!!直穂(なおほ)ちゃんと二人きりで、何してたんだっ!?」

 

 

 俺は、殺気の籠った低い声に、戦慄した。

 俺は、はっと振り返る。

 

 そこにはクラスで隣の席の、竹田慎吾(たけだしんご)が、今にも飛び掛かってきそうな勢いで、俺を睨みつけていた。

 

 竹田慎吾(たけだしんご)は、ぼっちの俺に話しかけてくれる、サッカー部の爽やかイケメンである。

 だがしかし、俺はいつも上手く会話を繋げられなくて、すぐに話が途切れてしまうのだが。

 

 彼は、その爽やかな顔とは真逆の、怒気を纏った鬼の形相で俺を凝視する。

 俺は、蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まり動けなくなった。

 

 なんでコイツが、俺が新崎(にいざき)さんと一緒にいたって事、知っているんだ?!

 バレない為に、時間を空けて出てきたのに。

 それに、なんでコイツは、こんなに怒っているんだ?

 

 

 「な、なにも、してない。です。」

 「あぁ!?んな訳ねぇだろ!嘘つくんじゃねぇよ!!」

 

 (ひぃぃっ!!)

 誤魔化そうとしたら、声を荒げて怒鳴られた。

 拳をわなわなと震わせている。今にも殴りかかってきそうだ。

 でも、言えない、言えないのだ!!新崎(にいざき)さんの、命令だから。二人きりの秘密だから!!

 

 

 「お前、洞窟の中で、新崎(にいざき)さんと一緒にモンスターを倒してたよなぁ…すっげぇ楽しそうな顔をしてよぉ……」

 

 はぁ?なんで??そんな事まで言えるんだよ?

 まさか、ストーカーみたいに俺たちをつけていたのか?

 何の為に??

 

 「俺、あんな楽しそうに笑う直穂(なおほ)ちゃん、見た事無かったんだよ…。

 可愛い笑顔、優しい笑顔、幸せそうな顔…。

 ううっ…。こんなことなら、【透視(クリアアイ)】スキルなんて、使うべきじゃなかった……,。

 もう、ハッキリいってくれよ…行宗くんっ。

 直穂(なおほ)ちゃんと、付き合ってんだろ。ううっ…うううっ……!!」

 

 

 しかめっ面の竹田(たけだ)が、顔を引き攣らせながら、涙をこぼしていく過程を、俺は、ただ唖然と眺めていた。

 どうやらこいつは、【透視(クリアアイ)】という特殊スキルで、俺と新崎(にいざき)さんのやりとりを透視していたようだ。

 そして、俺と新崎(にいざき)さんのやりとりを見て、付き合っていると勘違いした。

 それで、中学校の頃の俺と同じ、失恋の涙を流しているのか。

 

 

 「いや、付き合ってないよ!たまたま会って、たまたま話しただけだ。新崎(にいざき)さんとは付き合ってない!」

 

 俺はとにかく、必死に否定した。

 新崎さんとは付き合ってないし、話していた内容も言えない。

 

 

 「はぁ、嘘つけよ。じゃあ直穂(なおほ)ちゃんの、あの表情はなんなんだよ。絶対にお前のコト好きな顔だろ…」

 

 ああ、そうだ。その通りだ。

 新崎(にいざき)さんは今日、今までに見た事がないような、豊かな表情を俺に見せてくれた。

 でも、俺、フラれたんだよ。

 そして脅迫されて、奴隷にされたんだ。

 新崎(にいばき)さんの気持ちなんて、俺には、全く分からない。

 

 「多分俺は、新崎(にいざき)さんと同じ中学校の出身だから、お互いによく知っているだけだよ。付き合っては、いないから。」

 

 としか、説明できない。

 

 

 「はぁ!?マジ!?初耳なんだが!?

 それじゃあ!おっ、おおっ、教えてくれよっ!行宗(ゆきむね)くん!

 直穂(なおほ)ちゃんって、中学校でどんな人だったんだ?!どうすれば直穂(なおほ)ちゃんと付き合えると思う?!」

 

 竹田慎吾(たけだしんご)は、俺の両腕を強く掴み、ガシガシと揺さぶってくる。

 その度に、頭がぶれて視界が揺れる。

 この野郎、新崎(にいざき)さんと付き合える方法を教えてくださいだとぉ!?

 そんなもの俺が聞きたいっての!!二回も振られた俺を馬鹿にしているのか?!、甘えんじゃねぇ!

 

 

 「いや、振られた俺に分かる訳ないだろ」

 

 (俺は思わず、そう言ってしまった。)

 

 「え?フラれた??」

 

 「あ、」

 

 (やば、口が滑った。)

 

 「え、フラれたの?直穂(なおほ)ちゃんに?!」

 

 「あー。まあ、ちゅ、中学校の頃だよ。」

 

 嘘はついていない。

 ついさっき振られて、さらに新崎(にいざき)さんの奴隷になったことは、絶対に言えない。

 

 

 「へぇ!マジかよ!!どんなふうに告ったんだ?!告白の言葉は!?直穂(なおほ)ちゃんのどこが好きだったんだよ?!」

 

 竹田(たけだ)は、水を得た魚のように俺の周りを跳ね回り、

 質問を畳み掛ける。

 コイツ、人の失恋話をそんなに掘り返したいのか?

 

 しかし、竹田慎吾(たけだしんご)は、かなり俺の話に興味をもっている様子だ。

 コイツなら、俺の話を聞いてくれて、気兼ねなく雑談が出来る親友になれるかもしれない。

 そんな予感がした。

 

 

 「分かった、分かった、全部話すから。

 でも、集合の事を忘れてないか?、早く、集合場所に向かわないと。」

 

 「あ、やべっ、忘れてたわ。」

 

 どうやらコイツは、俺と新崎(にいざき)さんの事で頭がいっぱいになり、

 集合の事を忘れていたらしい。

 

 俺は、集合場所へと急ぎながら、俺の過去に興味深々の竹田慎吾(たけだしんご)に、苦い失恋話を語っていった。

 

 

…………

 

 

 「……うん、新崎(にいざき)さんには、友達でいて欲しい、って優しく断られて

 でも、気まずくて、彼女と普通に話せなくなって、女の子と話すのも怖くなって、

 いつの間にか、人と話すのが緊張するようになって……」

 

 俺はいつの間にか、竹田慎吾(たけだしんご)に、友達が出来ない悩みまで、打ち明けてしまっていた。

 

 「そうか、そうだったんだな。それは辛ぇな。

 悪かったな、そんな事とも知らずに、新崎(にいざき)さんとの失恋を思い出させてしまってよ。」

 

 「うん…」

 

 「なぁ、俺で良ければ、お前の友達にしてくれよ。

 直穂(なおほ)ちゃんの事を、話せる相手が欲しかったんだ。」

 

 「うん、俺も、お前と仲良くしたい。」

 

 竹田(たけだ)は、いい奴だった。

 人の気持ちに寄り添い、自分の事のように思って、同じ感情を分け合える人なのだ。

 それに竹田(たけだ)は、新崎(にいざき)さんの可愛さをよく分かっている。

 新崎(にいざき)さんの魅力について、竹田(たけだ)はこう語ったのだ。

 

 「確かに直穂(なおほ)ちゃんは、和奈(かずな)ちゃんみたいな明るいタイプじゃないけれど、時折見せる素直な表情が、マジで天使みたいに可愛いんだよぉ!」

 

 (すっげぇ分かる!)

 

 というわけで、俺に、高校に入って初めての友達が出来た。

 同時に、俺の恋敵でもある。

 

 

ーー

 

 

 そうこうしている間に、クラスメイトの声が聞こえてきた。

 集合場所である。直径15メートルほどの、青く光る巨大魔法陣に辿り着いた。

 そこには、ほとんどのクラスメイトが集まっていて、

 「何体討伐した」とか、「ヌルゲー過ぎる」とか、思い思いの会話をしている。

 

 

 「おせぇよ!」

 

 と、俺達を見た、岡野大吾(おかのだいご)が怒号をとばす。

 

 「全員集まりました。」

 

 と、学級委員長の新崎(にいざき)さんが、仮面の男ギャベルに声をかける。

 

 (俺達が最後の二人だったのか。というか、点呼のとり方、修学旅行かよ。)

 

 新崎(にいざき)さんは凛とした表情で、白い菊の花のように、じっとたたずんでいる。

 そして、フッとこちらに振り返り、

 キッ、と、俺を睨んできた気がした。

 

 

 「い、今!!新崎(にいざき)さん、俺のこと見たよな!?、なぁ!??」

 

 と、隣の竹田(たけだ)が、俺の顔を引っ張りながら、はしゃぎまわる。

 ああ、頼むから、新崎(にいざき)さんに怪しまれないように、じっとしていてくれ。

 俺は新崎(にいざき)さんに、心臓(ヒミツ)を握られているのだから。

 

 

 「さて、皆様お集まりのようですね。

 それではこれより、第10階、ラストボスの扉の前へと集団転移をさせて頂きます。」

 

 仮面の男ギャベルの声とともに、地面の転移魔法陣が、

 ビカーーッと、白く光輝く。 

 俺は思わず目を瞑った。

 

ーーーーー

 

 目が覚めると、広い床の上にいた。

 薄暗くて、空気が重たい。

 そらに飛び交う、蛍のような緑色の光に照らされて、奥の方に、巨大な石扉が、ぼんやりと見える、巨大な石扉。

 扉の上端は、闇に呑まれていて、高さが分からない。

 

  

 周囲からは、小さな悲鳴の声が上がる。

 空気が異様に重たい。身体が勝手に震え出す…

 今まで感じた事のないような、焦燥感と恐怖が、身体の中を這いずりまわる。

 

 パッ!

 

 と、周囲が、明るい光に包まれた。

 クラスメイトの顔がきちんと見えた。

 正面では、仮面の二人が、大きな木のテーブルの奥に立ち。 

 テーブルの上には、赤と緑と青のガラス瓶が、色別に分けられて、大量に置いてあった。

 

 

 「皆様、よく聞いて下さい。

 ボスモンスターは、今までの敵と比べて二回り強力です。

 よって念の為に、三種類のポーションを配布いたします。

 右から、解毒ポーション、回復ポーション、強化ポーション、と並んでおります。

 

 青色の解毒ポーションは毒を消し、緑色の回復ポーションは傷を治します。

 これは戦闘中に使用してください。

 

 最後に、赤い強化ポーションについてですが、

 効果時間が短いので、一人一本、ボスと戦う直前に、私の合図で飲んで下さい。」

 

 

 仮面の男はそう告げた。

 

 (うぉー!ポーションとかテンション上がるわ!これこそ異世界という感じがする。

 俺は、活躍できそうにないけれど、一撃くらいは加えたい。)

 

 「では、共にボスの部屋へと参りましょう。このボスを倒したら、19億円の報酬を差し上げます。」

 

 仮面の男ギャベルは、淡々とそう告げた。

 

 

 「よっしゃー。俺が全部ぶっ倒したら、19億円は全部俺様のな!」

 「はぁー?そんな事させるか!均等に分配だ。」

 「なんか怖いけど、大丈夫、だよね?」

 「大丈夫!もし危ない事があっても、あたしが守るから。」

 

 

 大きな石扉が音を立てながらゆっくりと開いていく。

 クラスのみんなは、緊張をしつつも、ゆっくりとボス部屋の中へと入ったいった。

 

 そこは白い壁で覆われた、円形闘技場のような、丸くて広い空間だった。 

 しかし、モンスターの気配はどこにもない。

 

 

 石扉がギギギギギギギと、音を立てて閉まる。

 薄暗い部屋に、俺のクラス全員と、仮面の二人が閉じ込められた。

 

 「さてみなさん、強化ポーションをお飲み下さい。もうじき、ボスモンスターが出現します。」

 

 俺たちは、言われるがまま、バッグの中の赤いポーションを、ごく、ごく、ごく、と、喉に流し込んだ。

 

 (うっま!!)

 

 俺は、あまりの美味しさに衝撃を受けた。

 舌で溶けるまろやかな舌触り、濃厚な南国のフルーツに、パチパチとした刺激的な甘味が合わさり、喉を潤していく。

 うまい、うま過ぎる。

 力が湧き上がってくる。

 

 「うますぎだろ!!」

 「何だコレ、異世界ジュース?!!」

 「何か、力がみなぎってくるぜ。すげぇ」

 

 俺は、これこそが本物のエナジードリンクなのだと確信した。

 魔法が入っているせいか、別人になったように身体が軽く、エネルギーが溢れ出てくる。

 すげぇ、これ、毎日飲みたいなぁ…

 

 

 「お、おい、ちょっと、死ぬってなんだよ?!!毒って何だよ!!?」

 

 

 突然、そんな声が耳に入った。

 

 「ハァ?どうしたお前??」

 「おい、自分のステータスを見ろよ!確かにステータスはアップしてるけど!!猛毒って!!」

 「は?!何言ってんだよっ!!」

 

 (え??何を言ってる??)

 

 俺は、その言葉に、心臓が悪魔に掴まれたような、

 言葉では表せない、とてつもない恐怖を感じた。

 バクバクバクと、跳ね回る心臓を抑えながら、

 『ステータスオープン』と、心の中で唱えた。

 

 

 

 万浪行宗(まんなみゆきむね)

 ――――――――――

 身長 165cm

 体重 59㎏

 ルックス   21  

 ――――――――――

 レベル  27→97/100

 職業   召喚勇者

 ――――――――――

 攻撃力    18→76

 防御力    28→113

 魔法力    58→153

 魔法防御力  32→95

 敏捷性    14→67

 知能     42→83

 ――――――――――

 総合値 162→587/600 

 ――――――――――

 状態異常 マルハブシの猛毒

 ーーーーーーーーーー

 特殊スキル【自慰(マスターベー〇ョン)

 ――――――――――

 

 

 

 はぁ!!?

 ステータスの数字が、おかしいぐらい上がっているんだが!?

 レベル27からレベル97って、嘘だろ??

 

 だけど・・・、

 「状態異常」、マルハブシの「猛毒」って……

 

 俺が疑問に思うと、詳細説明が開かれた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 状態異常 ハルハブシの猛毒

 約一時間の間、ステータスを限界値まで引き上げ、その後、死に至らしめる。

 治療法のない猛毒。

 ーーーーーーーーーー

 

 は???

 

 その後…死に至らしめる???

 

 

 俺は、目の前の文字が信じられかった。

 いや、信じたくなかった。

 嘘であることを願った。

 

 ただ、体は理解していたのだろう。

 吐き気、めまい、あらゆる体調不良に襲われて、俺は膝を崩して、その場にしゃがみ込んだ。

 

 

 「フフフフフッ、ハハハハハッ、アハハハ!!!」

 

 突然、男の下品な笑い声が響き渡った。

 仮面の男ギャベルが、大声で笑い出したのだ。

 

 「ハッハッハッ!まんまとハマってくれたなぁ!!

 さーてぇ、コレでお前らみんな、一時間だけ、世界最強クラスの戦士だぜぇ!その後死ぬんだけどよぉ!

 さあ、死にたくなければ必死に戦え!!

 教えてやるよ、その毒を解く方法はこの世に一つだけだ!!

 今からこの部屋に現れる、ヴァルファルキア大洞窟!深層第九十二階のラストボス、【スイーツ阿修羅(あしゅら)】を倒して、

 そのラストアタック報酬(ボーナス)である、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】に願う事だけだ!!

 さあ、俺達の為に戦え!!生きたいならな!!」

 

 

 (は?ちょ、っと待て、なに、言って、んだ?

 安全じゃなかったのか??簡単な、仕事って、言ってたよな??

 日帰りで、報酬が19億円で、、安全に元の世界に、返してくれる、って、言ってたよな??)

 

 

 「はぁ!?ふざけんじゃねぇっ!!騙してたのかよ!!?」

 「いや…いやぁっ…!!!」

 「はぁぁ?、何、言ってんのっ、話が違うじゃん!!」

 「いやぁああっ!!やだぁっ!!死にたくなぃよ!!」

 

 クラスメイトが錯乱し、パニック状態になる。

 走り回る人、しゃがみこむ人、壁に張り付く人、

 泣き叫ぶ人、強がる人、仮面の男ギャベルに詰め寄る人、暴れる人…

 

 裏切りと死の感覚によって、俺達は筆舌に尽くし難い、不安と恐怖に呑み込まれた。

 

 

 そんな中で、円形の部屋が虹色に輝きだして・・・

 遥か高い天井から、色鮮やかな巨大な物体が、姿を現した。

 

 ヤマタノオロチのような、足の枝分かれした蛇の下半身に、カラフルな女性の上半身、左右三本づつの手は、それぞれパフェやケーキを掴み、頭部には女の頭が三つ生えている。

 モンスター名、【Sweets Asura(スイーツ阿修羅)】が、天井から姿を現した。

 

 「おやおや、うまそうな子達だねぇ…」

 「ありゃあ手強いぜぇ、ハルハブシの毒で、レベルを無理やりあげられてやがる…」

 「うわぁぁ、可愛いそうな子達、マナ騎士団も酷い事するよぉ…」

 

 

 頭部についた、大きな三つの女の顔が、そんな事を喋っている。

 そして、三つの頭それぞれに、【eclair(エクレア)】、【Madeline(マドレーヌ)】、【waffle(ワッフル)】という固有名と共に、

 真っ暗なHPバーがついている。

 

 

 「「「さぁ!、アガトン神の試練だよ、君たちは神の祝福を得るに足りるかな??」」」

 

 三つの頭は、楽しそうにそう言って、

 ドゴォォという、轟音と地響きと共に、

 絶望の闇に襲われた、俺たちの前へと降り立った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五発目「揉○てる場合じゃないラスボス戦」

 

 「ハッハッハッ!まんまとハマってくれたなぁ!!

 さーてぇ、コレでお前らみんな、一時間だけ、世界最強クラスの戦士だぜぇ!その後死ぬんだけどよぉ!

 さあ、死にたくなければ必死に戦え!!

 教えてやるよ、その毒を解く方法はこの世に一つだけだ!!

 今からこの部屋に現れる、ヴァルファルキア大洞窟!深層第九十二階のラストボス、【スイーツ阿修羅(あしゅら)】を倒して、

 そのラストアタック報酬(ボーナス)である、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】に願う事だけだ!!

 さあ、俺達の為に戦え!!生きたいならな!!」

 

 

 俺達をこの世界に導いた、仮面の男ギャベルは、豹変した。

 俺達は騙されていたのだ。

 

 ギャベルは、俺達をこの世界に呼び出して、19億円という報酬で誘惑し、俺達に【特殊スキル】の練習をさせて、

 この、「マルハブシの猛毒」を、俺達に飲ませた。

 

 そのお陰で、俺達のレベルは跳ね上がり、ラスボスと戦える力を手に入れて、

 そして、死ぬ運命となった。

 

 

 報酬19億円、破格の日帰りバイトは、突如として、

 死と隣り合わせのデスゲームへと、変貌した。

 

 

 「はぁ!?ふざけんじゃねぇっ!!騙してたのかよ!!?」

 「いや…いやぁっ…!!!」

 「はぁぁ?、何、言ってんのっ、話が違うじゃん!!」

 「いやぁああっ!!やだぁっ!!死にたくなぃよ!!」

 「一時間って…、嘘…。」

 「てめぇ!!何言ってんだよ!!元の世界に戻せ!」

 

 

 

 ボス部屋の中では、クラスメイトの、悲鳴に、泣き叫ぶ声、叫び声に包まれる。

 

 

 部屋の奥では、遥か高くから。ボスモンスター、【スイーツ阿修羅】の三つの顔が、こちらをじっと見つめている。

 3階建ての、俺達の高校の校舎ぐらいデカい。

 いや、地面についている、下半身のヘビのしっぽのような部分を入れれば、そのさらに二倍ほど長い

 

 大きなスイーツを六本の手に持つ、上半身が阿修羅像、下半身が大蛇の化け物だ。

 六つの手には、大きなパフェやソフトクリーム、チュロスやドーナツなど、スイーツを掴んでいるという、ふざけた見た目なのだが、

 その威圧感と迫力は、俺達を震え上がらせるのには十分だった。

 

 

 一気にどん底に突き落とされた俺達は、

 絶望と恐怖に縛られて、動けなくなってしまう。

 

 

 「お、おい!どうなってんだ!?死ぬのか?、俺達!?」

 

 俺のそばにいた竹田慎吾(たけだしんご)が、顔から汗を噴き出しながら、俺の肩を揺すって訊いてくる。

 

 「あぁ、この猛毒のせいで、一時間後に死ぬみたいだな。」

 

 ああ…手の震えが止まらない。俺もまだ…よく分かってねぇんだよ。

 

 「ぐっ、くそぉ。俺、まだ死にたくねぇよっ!、どうすればいい!?この毒、どうにかならねぇのかよ!?」

 

 「あの仮面野郎の言葉を信じれば、あのボスを倒せば、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】が手に入り、毒を治せる、らしいけど。

 ……俺達をボスと戦わせるための、嘘かもしれない。」

 

 「いや、ある!あるぞ!!【ウィザーストーン(願いを叶える石)】!

 【透視(クリアアイ)】スキルで見える。

 あのボスの三匹の頭の中に、ギラギラ光る宝石が一つづつ。全部で三つある!

 そうか、あれを取ればいいんだな。」

 

 

 (そうか!!竹田慎吾(たけだしんご)は【透視(クリアアイ)】が使えるから、中身が見えるのか。

 よく分からないが、勝機が少し、見えた。)

 

 

 「なるほど、あの頭の中に、ちゃんとあるのね!やるじゃん慎吾(しんご)!」

 

 後ろから声がした。

 俺たちの会話に、割り込んで来たのは、

 茶髪のスポーツ系美少女、浅尾和奈(あさおかずな)さんだ。

 うちのサッカー部で、唯一の女子部員として奮闘している。

 いつも明るい女子で、男子からも女子からも人気がある。

 

 

 「みんな聞いてっ!

 とにかく、私たちは、あと一時間で死んじゃう!

 助かる方法は、あのボスモンスターの三つの頭の中にある、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】を手に入れる事!!

 皆で戦おうよ!」

 

 

 浅尾(あさお)さんは、大きく息を吸い込み、精一杯の大声をあげて叫んだ。

 その迫力に、クラスメイトは皆、驚いた顔で黙りこんだ。

 

 (なんだこの人、カッコ良すぎだろ。この状態で、なんでこんなに冷静なんだよ。)

 

  

 「でっ、でもっ、あんな化け物と、戦えんのかよ…」

 「だ、だれか、あいつを倒してよ…」

 「くそっ…やるしか、ねぇかっ…」

 

 

 周囲の反応は様々だった。

 しかし、誰一人として、その場から動かない。

 いや、動けないのだ。

 俺だってそうだ、身体がガタガタと震えて、まともに剣を握れない…。

 

 

 

 「皆さーん。頑張ってくださいよぉー。このままじゃ死んじゃいますよー。私達の為に、戦ってくださいよぉ…」

 

 そんな中、クラスの群衆から離れた場所にいる、二人の仮面のうちの一人、

 俺達を騙した男ギャベルが、ふざけた口調で俺達を焚きつけた。

 

 

 そこに、一人の男が怒鳴り声を上げる。

 

 「てめぇ、クソ仮面野郎!!!俺様たちを元の世界に返せやぁぁ!!」

 

 その男は叫びながら、仮面の男ギャベルへと、まっすぐに空中を走っていく。

 

 その男は、五つの特殊スキルを持つ、クラス最強の戦士、岡野大吾(おかのだいご)であった。

 

 

 岡野(おかの)は、【空中浮遊(エアフロー)】によって空中を駆け、

 【聖騎士(ホーリーナイツ)】と、【怪力(パワー)】を、聖なる剣に重ねがける。

 さらに、マルハブシの猛毒による作用で、彼のレベルは、146まで、跳ね上がっていた。

 

 黄金に輝く剣が、ギャベルの元へと斬りかかる。

 クラス最強の男の、最高の火力が、仮面の男ギャベルを襲う。

 

 

 ガギィイイイン!!!!!

 

 

 大きな金属音が、この場の空気を震撼させる。 

 岡野大吾(おかのだいご)の鋭い剣は、赤く光る結界によって静止させられた。

 

 

 仮面の男ギャベルを中心とした、半径2メートルほどの、赤い光を放つ結界だ。

 いや、正確には違う。

 この結界の中心は、仮面の男ギャベルではなく、その隣の、小柄な仮面の人物であった。

 

 「ハハハハハッ!!!自惚れるなよ糞ガキ!!貴様如きにシルヴァ様の結界が破れるものか!!」

 

 赤い結界の中で、仮面の男ギャベルは、意気揚々とそう叫ぶ。

 

 

 「くそぉ!!ふざけんじゃねぇぞクソ仮面!!俺はこんな、ふざけた世界で、死んでたまるかぁ!!」

 

 岡野大吾(おかのだいご)は強く剣を握りしめ、赤い結界に向かって、すさまじい速度の斬撃を叩き込む、

 

 

 「うぉおおおぉぉ!!!」

 

 ガガガガガガガガガ!!!

 

 岡野大吾(おかのだいご)の凄まじい猛攻をもってしても、赤い結界はびくともしない。

 

 ただ、甲高い、耳障りな衝突音だけが響きわたる。

 

 

ーー

 

 

 「わたしらを前にして仲間割れとは、随分と舐められたものやなぁ。」

 「誰が敵なのか、分からせねぇとな!」

 「うん、じゃあ、ドッカーンと爆破しちゃおう!」

 

 このダンジョンのラストボス、【スイーツ阿修羅(あしゅら)】の

 三つの顔、エクレア、マドレーヌ、ワッフルは、そんな会話をした。

 次の瞬間。

 

 「「「パウンド・ボム!!!」」」

 

 三つの顔は、大声を出した。

 六本の腕のうちの、パウンドケーキを持つ腕を、大きく振って。

 剣を振り続ける、岡野大吾(おかのだいご)に向かって投げつけた。

 

 

 ドゴォォォンッ!!!

 

 

 パウンドケーキが音を立てて爆ぜる。

 凄まじい振動が、この空間に地震を起こした。

 

ーー

 

 

 「ほーう、厄介な結界じゃぁ。マナ騎士団め。」

 「貴様らは、ワシらと遊ばねぇのか?」

 「自分たちだけ守るなんて、ずるいよぉ。」

 

 【スイーツ阿修羅(あしゅら)】の三つの頭が、そんな会話をした。

 大爆発を喰らっても、赤い結界は破られていなかったのだ。

 

 

 「はっ!俺達は今回、ただの観客だ!」

 

 赤い結界の中で、仮面の男ギャベルは、得意気に叫んだ。

 

ーー

 

 

 幸い、集団から離れていた為、クラスメイトの被害はなかった。

 一人を除いて。

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、背中から煙を出しながら、その場に倒れ込んでいた。

 あの爆発で壊れない装備や、肉体がカタチを保っていることに驚いたが。

 しかし、その痛々しい姿は、俺達クラスメイトを、絶望の底へとつき落とした。

 

 「大吾(だいご)、大丈夫なのかよ?」

 「こんなの、無理だろ…」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ー岡野大吾(おかのだいご)視点ー

 

 (痛ぇ……痛ぇ…痛ぇ……)

 

 視界が真っ暗だ、目が開かない。

 頭がクラクラする。

 死んだ方がマシかと言う痛み…

 痛い、痛い痛い、痛すぎて声もでない。

 業火が背中を灼き続ける。俺の命が削られていく。

 俺は、死ぬのか…

 こんな訳の分からない世界で、訳の分からない仕打ちを受けて…。

 嫌だ、嫌だっ、死にたくねぇよ…

 俺様は、プロ野球選手に、なるんだよっ。まだ死にたくないっ…。

 

 俺は、地獄の業火に焼かれ続ける。

 あぁ、だめだ、俺はここで死ぬんだ…。

 俺は、あの赤いバリアを壊せなかった。あの仮面男に、触れる事すら出来なかった。

 くそぉ、くそぉ、くそぉ……。

 

 俺は、激痛と無力感の中、地面に這いつくばっていた。

 随分と長い間、そうしていた気がする。

 

 

 

「【超回復(ハイパヒール)】」

 

 近くで優しい声がして、俺の身体は、温かい光で包まれた。

 

 (なんだ、これは、天国か?)

 

 まるで温泉に浸かっているような心地良さの中で、背中の灼けるような痛みが、だんだんと退いていく…

 

 

 

 「大丈夫?、立てる?」

 

 優しい声で、俺の目の前に手のひらが差しだされる。

 俺は、軽くなった身体を起こして顔を上げた。

 

 その手を差し出してくれたのは、新崎直穂(にいざきなおほ)、うちのクラスの学級委員長であった。

 

 

 「まだ戦える?岡野(おかの)くん??」

 

 新崎(にいざき)は、まっすぐに俺を見て、そんな事を聞いてきた。

 いや、俺は……

 俺はもう、戦えない…

 コイツらには、どう頑張っても敵わないのだ。

 どれだけ戦っても、苦しいだけで、結局負けて死ぬのだ。

 あぁ…同じような事が、中学の時もあったなぁ……

 どれだけ頑張っても、チームでレギュラーになれなくて

 ずっと、悔しくて、苦しいばかりで。

 努力する意味があるのかって、思ってた……

 俺は、もう、頑張れない……。

 

 「俺は……もう戦えない。アイツらには、勝てない…。」

 

 俺は、無力感のあまり泣いていた。悔しい、悔しいけど。俺の力じゃ、どうにもならないんだ。

 

 

 「岡野(おかの)くんは一人じゃない。私達も戦うよ。どんな怪我をしても、私が絶対治すから。だからお願い、戦ってくれない?」

 

 新崎(にいざき)は、優しく手を差し伸べてくる。

 俺はその手に、右手を重ねた。

 新崎(にいざき)の手は、小刻みに震えていた。

 

 怖がってんじゃねぇか。お前も…。

 

 俺はなんとか、気だるい身体を持ち上げた。

 

 

 「ねぇっ!みんなっ!一緒に戦おうよ!!あのモンスターを倒して、皆で元の世界へ帰ろう!絶対!!」

 

 新崎(にいざき)が、俺の隣でそう叫んだ。

 こいつ、こんなに感情を出すタイプだったっけ?

 

 

 「いや、でっ、でもっ、大吾(だいご)でも敵わないなんて。

 俺達に勝てる訳がねぇじゃんかっ、」

 「あの仮面達に、勝てないし」

 「どっちみち、死ぬんだよ。私達っ」

 

 クラスメイトのモブ共は、そんな弱音を吐き出した。

 雑魚どもめ、自分はやってもみないのに、すぐに弱音を吐きやがる。

 俺様は、お前らみたいなヌルい奴らが大嫌いだ。

 自分は、やってもみないのに、弱音を吐いて・・・

 ・・・いや、それは・・・俺じゃねぇかよ。

 

 

 「だからこそ戦うんでしょ!大吾(だいご)くんだけじゃ、勝てないから、皆で戦うの!!

 うずくまってないで剣を持て!泣きたくなるなら戦え!

 戦わなければ死ぬだけだ!!

 怪我したら、私が回復(ヒール)で治すから!!」

 

 

 新崎(にいざき)は、声を荒げて叫んだ。

 クラスの皆は、いつもは大人しい学級委員長の怒鳴り声に、衝撃を受けて唖然としている。

 

 

 おい、新崎(にいざき)

 その役目は、俺の役目だろう。

 くそっ、弱音ばかり吐きやがって、不甲斐ねぇ。

 死ぬまで諦めてたまるか。俺は絶対に元の世界に帰って、プロ野球選手になるんだ!

 

 

 俺様は、足元に転がっていた、俺の剣を手にして、立ち上がった。

 そして、大きく息を吸って、こう言うのだ。

 

 「お前ら!戦うぞ!!俺様は、死んでも生きてやる!!

 俺様が絶対、あの化け物を倒してやる!

 だから安心して、手を貸しやがれ!!」

 

 俺は、そう叫んだ。

 俺は、目の前の化け物を睨みつける。

 

 クラスの反応は様々だ、やる気を出す奴、まだビビってる奴、

 だが、俺のやることは変わらない。

 

 「うぉおおおぉぉ!!!」

 

 俺は、空を飛び、ふざけた見た目のラスボスへと突っ込んでいく。

 

 「俺様について来いやぁぁ!!」

 

 俺は、叫んだ。皆の絶望を吹き飛ばす為に。

 俺の恐怖心を吹き飛ばす為に!

 

 ラストボス【スイーツ阿修羅】は、右上の手に持つ、チュロスの剣で、俺の体を狙ってくる。

 だが、俺には見える。

 特殊スキル、【予見眼(フューチャアイ)】によって、集中力を要するが、一秒先の未来の景色が見えるのだ。

 

 俺は、チュロスの剣を軌道を交わしつつ、ケーキの形をした胸部の中心、心臓の位置へと、剣を突き刺す。

 

 「うぉらぁぁああぁ!!!」

 

 ズバァァァァン!!!

 

 心臓の位置に、剣がつき刺さり、中からクリームが血飛沫を上げる。

 そこには、確かに歯応えがあった。

 

 「!!?」

 身体が、震えた。

 危険を察知したのだ。

 特殊スキル、【野生感(ワイルドセンス)】の力か。

 振り変えると、巨大なドーナツが、俺に向かって襲ってきた。

 逃げなければ!

 

 (あれ?)

 

 剣が抜けない。

 まずい、早く抜かないと、やられる。

 死ぬ。

 

 

 「うぉりゃあぁああ!!!」

 

 ドゴォォォンッ!!

 

 女の雄叫びと共に、ドーナツの軌道が変わった。

 ドーナツが、彼女によって、蹴り飛ばされたのだ。

 

 「ありがと!岡野(おかの)!あんたが頼りよ、私も戦う!!」

 

 そう言って、俺を助けてくれた彼女の名は、浅尾和奈(あさおかずな)だ。

 サッカー部のスポーツ女子。

 なるほど、だからキックなのか。

 

 「アザス」

 

 俺は感謝を言いつつ、剣を抜きとる。

 大丈夫だ、俺だけじゃ勝てないが、皆でやれば勝てる!

 ボス攻略も野球も、チームスポーツだ!!

 

 

 「うぉおおお!!効いてる、HPが減った!!」

 「でも、少しだけしか…」

 「いや、いける!全員でやれば倒せる!!やるしかねぇだろ!!」

 「あたり前だ!死んでも生きてやる!!」

 

 

 クラスメイトの明るい声に、俺は上を見上げた。

 分かり辛いが、確かに、【スイーツ阿修羅】のHPバーが僅かに欠けた。

 クラスメイトが、剣を握り、拳を握りしめて、俺様たちの元へと駆けつけてくる。

 

 よし、やれる!俺達なら!!

 

 

ーー

 

 

 「ふーん、士気が上がったねぇ。」

 「楽しくなりそうじゃねぇか!」

 「こっ、怖いよぉ、敵がいっぱいだよぉ。吹き飛ばしちゃおうか。」

 「「「ドーナツホール」」」

 

 【スイーツ阿修羅》】の、三人女組が、ドーナツから風を送り出す。

 それは、瞬く間に爆風となり。クラスの皆を襲う。

 

 それに対して、

「【大呼吸(メガブレス)】!!!」

 と、叫んで、

 その爆風を、口から吸い込む者がいた。

 吹奏楽部の、雅遥香(みやびはるか)だ。

 

 「これが吹部の肺活量じゃ!」

 

 とか言って、その爆風を吐き返す。

 

 

 「いけぇぇえ!!」

 「アクアソード!!」

 「ドラゴンクローー」

 「おりゃぁああ!!!」

 

 と、クラスの皆が、ボスの身体に大量の攻撃をお見舞いする。

 

 

 ラスボスと、俺たちの本格戦闘が、今、始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六発目「シ○ってる場合じゃないラスボス戦」

※少しショッキングな内容です。


 

 ー主人公視点ー

 

 「いけぇぇえ!!」

 「アクアソード!!」

 「ドラゴンクローー」

 「おりゃぁああ!!!」

 

 クラスメイトが、声を上げて、ラストボス【スイーツ阿修羅】に向かっていく。

 あるものは泣きながら、ある者は叫びながら、ボスの攻撃を搔い潜り、「特殊スキル」で攻撃をする。

 

 頭部にある三つの頭に、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】があり、

 朝尾和奈(あさおかずな)が、そこに直接攻撃を試みたが、バリアのような壁で防がれた。

 

 ボスのHPをゼロにしてからでないと、頭部には攻撃できないのだろう。

 ズルい手は使えないという事だ。

 

 

 ボスの攻撃を喰らって、大怪我をする者も多い。 

 しかし、新崎(にいざき)さんが戦場を駆け回りながら、【超回復(ハイパヒール)】スキルで回復していく。

 

 そうして、傷が癒された人は、また戦線へと復帰する。

 

 

 怪我というものは、肉体だけでなく、精神的にもダメージを負うものだ。

 大やけど、切り傷、骨折、打撲、

 当たり所が悪ければ、致命傷に近い攻撃を喰らい、地獄のような激痛に襲われるのだ。

 

 新崎(にいざき)さんは、身体の傷は癒せても、心に負ったトラウマ、痛み、恐怖までは癒しきれない。

 

 

 それでも彼らは声を上げて、トラウマに打ち勝ち、またボスへと立ち向かっていくのである。

 

 

 どうして、痛い思いをしながらも戦い続けられるのだろうか?。

 

 

 それは、岡野大吾(おかのだいご)朝尾(あさお)さんが、皆を先導して戦っているからであり。

 新崎(にいざき)さんが息を切らしながら、必死でケガ人を治し続けているからであり。

 全員が支え合い、励まし合いながら、諦めずに戦い続けているからである。

 

 

 そんな中、俺は…万浪行宗(まんなみゆきむね)は、

 何も出来ずに、ただ遠くから、その戦いを傍観していた。

 もちろん、傍観している人は俺だけではない。

 クラスの34人のうち、7人程は、俺と同じ傍観者である。

 戦場から離れた場所で、怖がっている人、ケガを負ってトラウマになった人、泣き続けている人がいるのだ。

 

 

 俺が戦いに行けない理由は、色々ある。

 特殊スキルが使えないから、まともなダメージを与えられないし。

 俺は、あの攻撃を避けられる自信がないし、

 そうなれば痛い怪我をして、回復役(ヒーラー)新崎(にいざき)さんに迷惑が掛かるし…

 きっと、足手まといしかならないだろう…。

 

 

 でも、そんなのは言い訳だ。

 

 俺はいつも、言い訳ばかりじゃないか。

 俺は高校に入って、友達が作れない事を、

 過去の失恋のトラウマだとか、周りの環境だとか、色んな事に言い訳して、

 「しょうがない」と、勝手に諦めていたんだ。

 

 でも、友達になれる人は、俺の席の隣に、ずっと居たじゃないか。

 竹田慎吾(たけだしんご)には、なんども話かけて貰ったのだ、でも俺は、会話を拒絶していた。

 俺はコミュ障だから、と、言い訳をして、話そうとしてこなかったのだ。

 俺はコミュ障なんかじゃなかった、

 コミュ障のフリをして、逃げてばかりの自分を、正当化していただけなんだ。

 

 今このときも、俺に出来る事が、何かあるはずなんだ。

 スキルが使えない俺にだって、出来る事が…。

 

 

 ドゴォッ!!!

 

 

 俺のすぐ隣で、大きな音がした。

 そこには誰かが、全身血まみれの身体で、倒れていた。

 どうやら、ボスの攻撃で、ここまで吹っ飛ばされてしまったらしい。

 

 俺は、そいつに駆け寄った。

 

 

 「竹田(たけだ)っ!?」

 

 そいつは、俺の友達、竹田慎吾(たけだしんご)だった。

 

 「ぁ……ぐぁ………」

 

 竹田(たけだ)は、声にならない掠れ声で、苦しそうに息を漏らす。

 お腹に大きな傷が開き、中からドロドロの血が溢れだしている。

 見ているだけで腹が痛い、思わず目を背けたくなる。

 

 (これ…ヤバいだろ、致命傷なんじゃねぇの?)

 

 俺は顔を上げて、回復役(ヒーラー)新崎(にいざき)さんを探す。

 新崎(にいざき)さんは戦場の近くで、他の負傷者の治療に追われていた。

 

 (いやっ、嘘だろ、どうすればっ?!他に回復の手段は、ないのかっ…!?)

 

 

 「あ…!」

 

 俺は、思い出した。

 戦闘前に、仮面の男から支給された、回復ポーションの存在である。

 

 だがしかし、また毒である可能性もある。

 強化ポーションが、実は「ハルハブシの猛毒」だったように…。

 

 でももし、この回復ポーションが、本物の回復薬なら、

 個人で回復できるようになり、回復役(ヒーラー)新崎(にいざき)さんの負担が、かなり減るのではないだろうか?

 そして、皆が、より戦いやすくなる筈だ。

 

 (俺が毒見するか…)

 

 今の俺に出来ることは、それくらいしか無いのではないか。

 俺が毒見をして、回復ポーションが使えるのかを確かめるのだ。

 万が一、猛毒で、俺が死んでしまったとしても、「回復ポーション」が毒であるという情報を、皆に与えられる。

 他の皆は、命がけで戦っているのだ。俺もリスクを取らなければ。

 

 (ふーーっ)

 

 俺は、心臓をバクバクとさせながら、腰に付いたバックから、回復ポーションを取り出した。

 それを口に近づけて、

 コクッ

 と、わずかに飲み込んだ。

 

 俺は急いで、ステータスウィンドウを確認する、

 毒は…増えていない。

 

 俺は、今度は普通にごくごくと飲み込んでいく。

 濃い栄養ドリンクの味がして、身体の疲労が取れていく。

 俺はもう一度、ステータスウィンドウを開いた。

 毒は…増えていなかった!!

 

 

 「竹田(たけだ)!!この回復ポーション使えるよ!!」

 

 俺は急いで、倒れている竹田(たけだ)の口の中へと、回復ポーションを注ぎ込んだ。

 

 ゴク、ゴクゴクゴク…

 

 竹田(たけだ)は、喉を鳴らしながら、ポーションを飲み込んでいく。

 血まみれのお腹が、淡い光に包まれていく…

 

 

 「こほっ!ごほっ!ごほっ!」

 

 竹田(たけだ)が、口から血を吐き出した。

 さらにポーションを飲ませていくと、大きかった傷が、少しづつ治っていく。

 そうして、竹田(たけだ)はゆっくりと立ち上がった。

 

 「良かった!!、回復ポーションが効いたよ。なあ竹田(たけだ)!!」

 

 俺は嬉しくて、声に出して喜んだ。

 戦えない俺でも、皆に貢献できたのだ。

 

 

 「そんな事みんな知ってるわ!!回復ポーションなんて、とっくに試して使ってんだよ!」

 

 竹田(たけだ)は振り返ると、俺を睨みつけながら怒鳴ってきた。

 

 「え…?」

 

 俺は、心臓を突かれたような衝撃を受けた。身体がガタガタと震えだす。

 そんなっ、俺は……、

 

 「…すまん、言い過ぎた。

 助けてくれてありがとよ。

 まあ、戦わないのはお前の勝手だが、落とした武器を拾うとか、回復ポーションを届けるとか、働いてくれると助かるわ…」

 

 竹田(たけだ)は、冷たい声でそう言い捨てて、地面に落ちた剣を握り、また戦場へと走っていった。

 

 

 胸が苦しくて、涙が溢れた。

 また、やってしまった。

 回復ポーションが使えるのかどうか、戦場で死ぬ気で戦ってる人が、試さない筈がないよな。

 俺、バカみたいじゃん。

 くそっ、いくらでもあるじゃないか。戦えなくても出来る事。

 俺は、そんなことにも気づけなかった。

 いや違う、俺はそれを本気で探そうとしていなかったのだ。

 また、言い訳して逃げていただけなんだ。

 

 

 くそっ、泣いてる場合じゃねぇだろう!

 早く皆を支えに行くんだ。

 

 俺は、俺以外の「傍観者たち」に向かって、大声で叫んだ。

 話したこともない、名前も分からないクラスメイトに向かって叫んだ。

 

 「なぁ!別に戦わなくてもいいからさ!回復ポーションを渡したり、飲ませたり。

 手放してしまった武器を届けたり!サポートとして戦わないか?このままじっとして、アイツらに全部任せていいのかよ!?」

 

 俺は叫んだ、その言葉はほとんど、自分自身に向けて叫んだ。

 何やってんだ俺は、とんだダメ人間じゃないか。

 こんな俺なんかが、新崎(にいざき)さんと付き合おうなんて、ずうずうしいにも程があるだろ。

 とにかく今は、早くあいつ等の役に立つんだ。

 

 傍観者たちの中には、

 「分かった、手伝う」という人がいた。

 何も言わない人もいた。

 泣き続ける人もいた。

 

 でも、俺のすることは変わらない。

 俺は急いで、戦場へと駆けつけた。

 

 

 そこには、毒を喰らった人、ケガを負った人、武器をロストした人が沢山いた。

 でも、皆で励ましあいながら、本気で戦っている。

 俺は、涙を流しながら、全力で戦場を駆け回った。

 

 

 

 ー岡野大吾(おかのだいご)視点―

 

 

 あれからどれだけ経ったのだろう、

 俺は、止まることなく攻撃を与え続けていた。

 何度も危険な目に遭い、何度も痛い目を見たが、その度に全員で助け合って、なんとか戦線を保ってきた。

 

 俺達の生命線は、なんといっても回復役(ヒーラー)新崎直穂(にいざきなおほ)である。

 彼女の【超回復(ハイパヒーリング)】は、回復ポーションよりも、回復量と回復速度が大きく、斬れた腕もすぐに再生できる。

 しかし、本人に負担がかかるようで、新崎(にいざき)は息を切らしながら回復を続けている。

 だがもし、彼女がいなくなれば、戦線は一瞬で崩壊するだろう。

 

 そしてもう一人、大切なアタッカーがいる。

 朝尾和奈(あさおかずな)である。

 こいつの特殊スキルは、【剛蹴(スチルキック)】と【爆走(バーンダッシュ)】である。

 まさにサッカー部というスキルであり、【剛蹴(スチルキック)】も十分強力なのだが、

 驚異的なのは、【爆走(バーンダッシュ)】の方である。

 彼女はとにかく早い、ボスの攻撃を簡単に避けて、一撃も喰らう事なく攻撃を続けられるのだ。

 このラスボスにとっても彼女は脅威のようで、かなりのリソースを彼女の足止めに使っている。

 彼女がヘイトを集めてくれるお陰で、俺達の攻撃が通りやすくなっている。

 

 俺が【予見眼(フューチャアイ)】を使っても、攻撃を防ぐことは可能でも、全て避けるなんて芸当は出来ない。

 彼女がいなければ、ボスへの攻撃量は激減してしまうだろう。

 

 

 ゴォォォォ!!

 

 俺の【予見眼(フューチャアイ)】が、未来の景色を見た。

 

 「おい!次はケーキだ!!右から来る!!」

 

 俺は、【予見眼(フューチャアイ)】で見た未来を、クラスメイトに伝達する。

 そしてそれを躱しながら、ボスの懐へと入り込む。

 

 「うりゃぁあああ!」

 

 ズバァァァァン!!!

 

 俺は、ラスボス野郎の肉体に、大きな切り傷を入れる。

 回復ポーションが疲労をとってくれるので、長時間の戦闘でも、疲れるということがない。

 

 さてと。 

 俺はふと、ボスの頭上を見上げた。

 ラストボス、【スイーツ阿修羅】のHPバーは、既に半分以下であった。

 バカみたいに多い、こいつのHPも、やっと半分まで減らしきった。

 これなら、なんとかいける!!

 

 

 ドクン、ドクン、ドクドクッ……

 

 ズキィィィッ!!

 

 「ぐふっ…痛ぇっ…!!」

 

 な、なんだ?今のはっ…

 まだ心臓が、ズキズキと痛む…

 何が起こった?胸の痛みなんて…

 まさか……毒??

 もう一時間が経ったのか??

 

 「なぁ!?朝尾(あさお)!お前は体調大丈夫か!?」

 

 俺は、隣にいた朝尾和奈(あさおかずな)に、そう訊いた。

 

 「大吾(だいご)にも来ちゃった?心臓ズキズキするやつ。

 私もだよ、たぶん毒のせいだよね。

 きっと、よく動きまわってる人から来るんだよ。血の巡りが早いとかの理由で…」

 

 朝尾和奈(あさおかずな)は、ボスの身体を蹴散らしながら、かすれた声でそう答えた。

 身体は全身汗でびっしょりで、顔が青ざめているように見える。

 

 「そんなっ…大丈夫なのか?」

 

 「安心しなよ。心臓が痛くなってからでも、しばらくは普通に動けるからさ。

 私はもう、かなりヤバい感じだけど…」

 

 

 朝尾(あさお)はそう言いつつ、息を切らしながら、衰えないスピードで駆け回っている。

 普通に動ける、って、嘘だろ…。

 朝尾(あさお)は、身体に毒が回ってきてる状態で、何でそんなに冷静なんだよ。

 どうしてそんなに動けるんだよ。

 

 

 俺の手足が、ガタガタと震え出した。

 心臓が痛いからではない、死の恐怖と絶望のせいである。

 バクン、バクン、バクン、と

 心臓の音が跳ね上がる。

 溢れる涙で視界が歪む。

 

 

 ボスのHPは、まだ半分も残っているのに!

 こんな所で、毒が回ってきた。

 これは、どうやっても、無理だろう…。

 絶対に勝てる訳がない。

 「諦めるな」、と言われても、諦めなくてもどうせ死ぬのだ。

 ああ、くそっ、クソ野郎。

 こんなの無理ゲー、クソゲーじゃねぇかよっ…

 くそっ、くそっ、くそっ………!!

 

 俺の身体は、敵の目の前で、完全に固まってしまった。

 

 

 

 ドゴッ!!!

 

 

 俺は、お腹をぶっ飛ばされた。

 何者かによって、俺の腹が、思いっきりブっ叩かれたのだ。

 腹がエグれて、内臓を吐き出しそうになる。

 

 俺は空中に投げ出されるも、なんとか【空中浮遊(エアフロー)】で空中(そこ)にとどまった。

 俺は涙目になりながら、目の前の人物を睨みつけた。

 

 

 そこには、朝尾和奈(あさおかずな)がいた。

 俺の腹をぶっ飛ばしたのは、どうやら彼女の脚だったようだ。

 

 

 朝尾(あさお)は、泣いていた。

 顔を歪めて、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 

 

 「諦めてんじゃねぇ!諦めが悪いのがお前だろ!!大吾(だいご)!」

 

 朝尾(あさお)は、ボロボロに泣きながら、俺を怒鳴りつけた。

 

 

 次の瞬間、

 

 大きなドーナツが俺の視界を覆った。

 【予見眼(フューチャアイ)】による未来視である。

 

 「おいっ、まてっ…!」

 

 俺は手を伸ばしたが、もう遅かった。

 

 バカでかいドーナツが、俺の目の前を横切って…

 

 グシャァァァ!!!

 

 最後に、苦しそうに笑った朝尾(あさお)のカラダを、ぐちゃぐちゃに叩き潰した。

 

 

 バキリと骨が折れる音が鳴り、真っ赤な血が、水風船みたいに弾ける。

 

 大きなドーナツに、朝尾(あさお)の赤い血が、イチゴジャムみたいに張り付いた。

 

 朝尾和奈(あさお)が、潰れて死んだ。

 

 俺は彼女に、庇われて生き延びた。

 

 

ーーー

 

 「う"ぅっ!あぁあ"っ!!」

 

 ちくしょう、なんで?、なんでだよ。

 

 「あ"あっ!!……ああ"っ!、ああ"っ!!」

 

 なんでお前は、俺なんかを助けたんだ?

 俺が…。ぼーっとしてたせいでっ!

 勝手に死ぬんじゃねぇよ、馬鹿野郎っ!

 「諦めてんじゃねぇ」なんてっ!ふざけた遺言を残してんじゃねぇっ!

 お前がいなけりゃ、俺達はうまく戦えねぇってのっ!

 

 

 「いやぁぁっ!うそっ!!嘘だぁあっ!!」

 「治せないの?!あれ、ヒールで…」

 「いや……あれは……」

 「嫌ぁっ、嫌だぁぁっ!!なんでっ!!かずなぁぁっ!!」

 「うわぁぁああああっ、あああぁああっ!!」

 

 

 ああ、クラス中が、騒然とする。

 攻撃の手がとまる。

 戦線が、崩壊する…。

 くそぉ…くそぉ…っ!!

 

 

 『諦めてんじゃねぇ』

 

 朝尾和奈(あさおかずな)の声が、聞こえた気がする。

 そうだ、諦めてんじゃねぇ…俺っ!

 まだ俺様は生きてる、動ける、戦える。

 諦めが悪いのが俺様だろ!!

 

 

 俺は大きく息を吸い込む。

 

 「泣いてんじゃねぇ!!まだ俺様達は死んでねぇ!まだ手も動く!歩ける!喋れる!笑える!!

 諦めるな!まだ終わってねぇ!!絶対に元の世界へ帰るんだ!朝尾(あさお)の分まで生きるんだよ!!

 戦えっ!!戦えっ!!まだだっ!まだっ!!」

 

 俺は、クラスメイトに言い聞かせながら、自分に言い聞かせながら、剣を握って攻撃を続けた。

 猛毒がなんだ。相手のHPが何だっていうんだ。

 こうなりゃ死ぬまで生きてやる。

 

 

 戦況は、大きく崩れた。

 だが、諦めるものは居なかった。

 泣き叫び、嗚咽しながらも、剣を握り、敵へと向かっていった。

 

 

 ー主人公視点ー

 

 

 浅尾和奈(あさおかずな)が死んだ。

 人が死ぬ瞬間を初めて見た。

 俺は浅尾(あさお)さんと、一度も話した事がないけれど、それでも心がエグれる程、辛かった。

 朝尾(あさお)さんが皆を先導し、指示を出し、鼓舞する姿を、下でサポートをしながら見て来たからだろうか。

 

 彼女の悲惨な死は、皆の攻撃の手を止めた。そして、計り知れない痛みと絶望を与えたのだ。

 戦意が喪失してしまう、そう思った時、岡野大吾(おかのだいご)が大声を上げた。

 「諦めるな」と、そう言った。

 俺は、大吾(だいご)があんなにカッコいい奴だったなんて、知らなかった。

 

 皆、泣きながら、なんとか武器を握りなおし、ボスに挑み続けていた。

 

 ボスのHPは、半分を切っている。

 しかし、半分というのは、今の状況においてあまりに絶望的であった。

 

 朝尾(あさお)さんの死によって、拭いきれない死への恐怖と、途切れ始める集中力。

 回復ポーションでは治せないような、心を大きく抉る傷が、俺たちの戦意を蝕んでいく。

 

 

 どうすれば良い、俺たちはどうすればコイツに勝てる?!

 俺は、どうすれば、皆の役に立てるんだ!?……

 

 あ……

 

 心当たりが一つあった。

 俺の特殊スキル、【自慰(マスター○ーション)】である。

 

 このスキルは、自慰行為のフィニッシュ後、10分間しか効果を発揮しないという、制限が厳しいスキルなのであるが、 

 制限が厳しいぶん、強力である可能性が高い。

 下手をすれば、とんでもない強さなのではないだろうか。

 

 俺は、辺りを見渡す。

 ラスボスとクラスメイトが、死に物狂いで削りあっている。

 こんな場所で、オ○ニーなんて、出来るのか??

 

 いや、やるんだ。何としても。

 

 クラスメイトにオ○ニーが見られるのと、殺されるの、どっちが良い?

 そんな事、聞かれるまでもない。

 俺は恥を捨ててでも、みんなが助かる可能性に賭けるのだ。

 

 急がないといけない。このギリギリの状況は、いつ崩壊してもおかしくない。

 

 俺は戦場の外へと駆けだした。

 そして、みんなに見えないように、ラスボスを背中に向けながら、

 ズボンの中へと手を入れた。

 

 (・・・・・)

 

 (・・・・・)

 

 あれ??

 あれ?あれっ、なんでっ?

 俺は、震える手を、必死に動かしていた。

 頭の中では、大好きな新崎(にいざき)さんの、ありとあらゆる姿を必死で考えながら…

 でも、俺の下半身はウンともスンとも言わないのだ。

 

 なんで?なんで?なんで??

 早くしなきゃいけないのに、なんで全く反応しないんだよっ!?

 

 俺の後ろでは、クラスメイトの叫び声や、悲鳴、剣のぶつかる音が絶えず響いている。

 早くしないと、皆やられる。

 俺も今、ボスに背中を向けているのだ、いつ攻撃を喰らっても、おかしくない。

 恐怖と焦りで、身体と手が震えている。

 くそっ、早く、早くっ……!!

 

 あ、そうか。

 これは、恐怖のせいだ。

 人間は、死の恐怖の真っ只中で、性的興奮なんて出来ない仕組みになっているのだ。

 人類の遺伝子は、マンモスとの戦闘中に情事をするようには、進化して来なかったと言う事だ。

 

 いや!でも、それでも俺は!!

 俺はやらなきゃいけないんだ!!

 なんとかして恐怖を排除しろ。

 皆、死ぬ気で戦っているのだ。

 俺だって、戦うんだ。これは己との戦いだ。

 絶対、絶対、俺は出すんだ!

 うぉおおぉぉおおっ!!!

 

 

 ドゴォォォォォォ!!!

 

 

 突然、目の前が真っ暗になった。

 そして、声が出ないほどの痛みが、身体中を駆け巡る…

 耳がキーンとして、身体の中の音しか聞こえない。

 ああ、背中、背中が痛い…

 だめだ、なんだこれ、どんどん痛くなる。

 あぁ…死ぬのか??俺…

 嫌だ…生きたい、俺はまだ…

 でも、どんどん、頭がぼーっとしてくる…

 

 ああ、早く…やらなきゃ…

 

 

 フワァァァァァ……

 

 突然、温かい空気に包まれる。

 天然温泉に浸かっているような、心地のよい感覚…

 痛みや恐怖が全て溶かされていくような、安心感がする。

 傷や痛みが、みるみる内に治っていく、

 そして、周囲の音や感触が、感じられるようになってくる。

 俺は、仰向けで床に転がっているようだ…

 

 

 「良かったっ…行宗(ゆきむね)くっ、ゴホッ、ゴホッ!」

 

 寝転がる俺の上から、聞き覚えのある声がした。

 

 俺は、ハッと目を開ける。

 そこには、安心した顔で、ぼろぼろと涙を流す、新崎直穂(にいざきなおほ)さんがいた。

 (ひたい)から首筋、胸元まで汗びっしょりで、

 苦しそうな顔で、はぁはぁと熱い息を漏らしながら、俺の顔を覗き込んでいる。

 

 俺の息子が、立ち上がった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七発目「俺は〇〇を失い、賢者となる」

※微エロ描写注意


 

 俺は、新崎(にいざき)さんの声を聞きつけ、はっ、と目を開けた。

 そこには、倒れた俺をのぞき込むようにしゃがみ込み、涙を溢れだしながら安堵の顔を見せる、新崎さんがいた。

 

 はぁ、はぁ、と、呼吸が荒く、額や胸元、首筋まで汗が滲み、明らかに体調が悪そうだった。

 「ハルハブシの猛毒」の効果が、切れ始めているのかもしれない。

 俺はまだ大丈夫だが、新崎(にいざき)さんの命はもう、長くないのかもしれない。

 

 しかし、そんな中でも、俺は新崎(にいざき)さんに見つめられて、安心感を覚えた。

 性的興奮を妨げていた恐怖心は、新崎(にいざき)さんの包容感に包まれて、いとも簡単に離散した。

 そして、汗の滲んだ彼女のエロスは、俺の下半身を立ち上がらせた。

 

 今なら出来る。と、思った。

 目の前にいる彼女が傍に居てくれれば、俺は何時だって、何処でだって、出来る気がした。

 だが、いいのだろうか。このまま新崎(にいざき)さんの気持ちを無視して、彼女をオ○ズとして、抱き枕として、ラブ○-ルとして、俺がつかってもよいのだろうか?

 躊躇をした。やめておこうとも思った。

 でも俺は、やってしまうのだ。

 

 

 それは、抑えきれない興奮のためだろうか、それともクラスを救うためだろうか、

 きっとその両方だったのだろう。

 

 俺は、新崎(にいざき)さんの華奢な二の腕を、両手でガッチリと掴んだ。

 そして、動揺する新崎(にいざき)さんの身体を、俺の方へと引き寄せる。

 新崎(にいざき)さんは、小さな悲鳴を上げながら、俺の胸の中へと倒れ込んだ。

 

 

 「うぅっ」

 

 新崎(にいざき)さんの体重が、俺の上へと乗りかかる。 

 互いの肉体が勢いよく重なり合い、俺と彼女は軽いうめき声をあげる。

 新崎(にいざき)さんの身体には、しっかりとした重さがあった。

 妄想の中で創られた新崎さん(にせもの)とは違う。本物の重さである。 

 次に、柔らかさがある。 

 もちろん硬い部分は硬いのだが、太ももや腹筋、胸などの柔らかい感触は、男子の身体では再現不可能であった。

 最後に、熱と蒸れた汗である。

 新崎(にいざき)さんの身体は、高熱のように熱く、息づかいが荒かった。

 明らかに体調の悪そうな様子に、心配なるのと同時に、その生々しい姿に興奮を覚えてしまう。

 

 「大丈夫?新崎(にいざき)さん?」

 

 と、心配する言葉をかけながら。

 俺は左腕を、新崎(にいざき)さんの脇の下へとくぐらせて、熱い身体をギュッと強く抱きしめる。

 

 「ハァ、ハァ。……一生、私をオ○ズにしちゃだめだって…言ったよね?」

 

 新崎(にいざき)さんが、耳元でそう囁いた。俺の心拍数がバクバクと跳ね上がる。

 新崎(にいざき)さんは脱力した様子で、俺の上で抱きしめられ続けている。

 

 「ごめん…」

 

 「クラスの皆に、君が変態だってコト、バレちゃってもいいの?」

 

 「ごめん。でも、それでもいいんだ。俺がどう思われようと、皆を、新崎(にいざき)さんを、助けたい…」

 

 「そっか………」

 

 新崎(にいざき)さんは、諦めたような、どこか投げやりな口調でそう言った。

 

 「かっこいいと思うよ、私は…」

 

 新崎(にいざき)さんは、優しい声で、そう続けた。

 

 その言葉でもう、ダメだった。

 俺は、こんなに優しい新崎(にいざき)さんを、抱きしめながら、性的な目で見て、頭の中でぐちゃぐちゃにしているのだ。

 

 俺は右手を走らせた。

 

 ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん!!

 

 俺は興奮と背徳感でおかしくなりそうになりながら、高みへと上っていった。

 

 ごめん!ごめん!ごめん!ごめん!ごめん!ごめん!ごめんっ!ごめんっ!

 

 あと少し、もう少し、ほんの少しでたどり着く。

 そんな時だった。

 

 

 「何してんだよクソ野郎!!」

 

 近くでそんな怒鳴り声がして、新崎(にいざき)さんの身体が、俺の元から剝がされた。

 次の瞬間、俺の顔面と腹が、順番に蹴飛ばされた。

 

 ドゴッ!ドゴ!!

 

 「ガ八ッ!!」

 

 俺は、あまりの痛みに吐き出した。

 動かしている手が止まる。

 

 (くそっ、あと、ちょっとだったのにっ!)

 

 いや、まだだ、まだ諦めるな。

 新崎(にいざき)さんの匂いと汗が、まだ身体に残っている。まだやれる…。

 俺は、もう一度手を強く握り直し。想像上の新崎(にいざき)さんと、行為を続けていく。

 

 「直穂ちゃんに何してんだよ!?クソ野郎!!キモ野郎!」

 

 ゴッ!!ドッ!!ゴンッ!!

 

 俺を蹴飛ばしていたのは、俺の友達、だった人である。

 竹田慎吾(たけだしんご)であった。

 まあ、そりゃあ怒るよな…

 自分の好きな人を、強引に抱きしめながら致しているやつなんて、クソ野郎でキモ野郎だ。

 

 でも、俺は、やらなきゃいけないんだ。

 俺は、必死で動かし続ける。

 でも、痛みのせいで、どんどんとしぼんでいく。

 

 「きっも…」

 「〇ねやカス」

 「最悪、きも」

 

 クラスメイトが、俺の行為を見ながら、そんな事を呟く。

 心臓が抉れる程つらい、人として恥ずかしい、涙が溢れてくる…

 でも、俺は止められない、止まられない…

 だって、あと、ちょっとなのだ。

 諦めて、たまるか。

 

 

 「危ないっ!慎吾(しんご)!!」

 

 そんな声が聞こえた。

 俺達に大きな影がかかる。

 俺を蹴り続けていた、竹田慎吾(たけだしんご)の足が止まった。

 

 「ちっ!、もういいわ。そのまま〇ねよ」

 

 竹田慎吾(たけだしんご)はそう言い捨てて、俺の側から離れていった。

 俺は一人になった。俺は一人になっても、シ〇り続けた。

 

 

 目を開けると、巨大なチュロスが、俺に向かって振り落とされていた。

 あんな硬くて太そうな棒に叩き潰されれば、俺は死んでしまうだろう。

 もし俺がギリギリで生き残っても、新崎(にいざき)さんはかなり弱っていたから、

 今の新崎(にいざき)さんに、俺を治す力なんて残っていないかもしれない。

 

 ゴォォォォ

 

 大きなチュロスがどんどんと近づいてくる。

 ああ、俺、死ぬのか…

 クラスメイトに汚物を見る目で蔑まれながら、一度も〇ケずに逝ってしまうのか。

 なんて惨めで、情けない死に方なんだ。

 

 クラスメイトには、俺を守れる人は沢山いるだろう。

 しかし、俺を助けにくる人なんて、誰もいなかった。

 そりゃあそうだ。

 朝尾(あさお)さんが死んだ直後に、戦場でオ〇ニーをしているようなキチガイを、助ける人なんていないのだ。

 

 たった一人を除いて。

 

 

 バサァァァ……

 

 俺の頭をまたぐように、マントをはためかせながら、

 スカートを履いた女性が立ちふさがった。

 俺の頭を挟んで踏みしめる華奢な両足からは、特に太ももから、ぽたぽたと汗を振りまきながら。

 その太ももの付け根には、真っ白な布地があった。

 綺麗なパンツである。

 ひらひらとはためくマントやスカートの中心で、そのパンツは、綺麗な花のめしべのように、煌々と輝いていた。

 

 俺は、信じられないものを目にしながら、右手を動かしていた。

 

 「新崎(にいざき)さん!?、なんでっ!?」

 

 俺は、腹の底から叫んだ。

 俺の顔に跨りながら、大きなチュロスと対峙したのは。新崎(にいざき)さんだったのだ。

 

 「あーもう、じれったいわっ!」

 

 新崎(にいざき)さんが、パンツの上からそう叫んだ。

 そして、

 

 「とっとと〇ケよ、〇漏野郎」

 

 最後に、そう言い捨てた。

 

 (あ………)

 

 

 俺はただ、唖然とした。

 時が止まったような感覚…

 その言葉の意味を理解するのに、少しかかった。

 

 

 その後。新崎(にいざき)さんは、俺の顔面に向かってしゃがみ込んだ。

 新崎(にいざき)さんのパンツが、俺の顔面を襲い、覆い尽くす。

 え??

 そのふかふかとした布は、言葉では言い表せない、すごい匂いがした。

 

 同時に、俺は頂上へと達した。

 

 

  

 グシャァァア!!!

 

 違った。

 新崎(にいざき)さんは、しゃがみ込んだのではなかった。

 叩き潰されたのだ、大きなチュロスによって。

 新崎(にいざき)さんから、大量の赤い血が噴き出る、骨が折れる音がする。

 

 少し遅れて、俺にも大きな衝撃がくる。

 ぺちゃんこに潰されそうな、凄まじい痛み。

 でも、骨は折れていない。俺は死んでいない。

 俺は新崎(にいざき)さんに、守られたのだ。

 

 

ー-

 

 

 俺は、絶望と快感を同時に味わった。

 

 新崎(にいざき)さんが、死んだ…

 

 俺は、何も考えられなかった……

 何も感覚がしなくなった…

 世界から、色が消え、味が消え、匂いが消えた…

 俺の身体に溢れ落ちる、新崎(にいざき)さんの血の温もりも、全く感じる事が出来ない…

 

 俺は、君を守りたかった…。君だけを守りたかったのに…。

 これじゃあ、何の為に賢者になったのか、分からないじゃないか…

 何が賢者だ、何がっ…!

 一番大切なものを、守れていないじゃないか…

 

 新崎(にいざき)さん、新崎(にいざき)さんっ……!

 俺はまだ、君と居たい。君と一緒に過ごしたい。

 話したいこと、遊びたいこと、行きたい場所、沢山あるのだ。

 

 中学以来、諦めてばかりで、本当の幸せがわからなくなっていたけど…。

 でも俺、やっぱり!新崎(にいざき)さんが大好きなんだ!!

 

 

 いや、まだだ、まだ終わってない…。

 【ウィザーストーン(願いを叶える石)】に願うんだ。

 俺は知っている。理解(わか)っている。

 あのボス、【スイーツ阿修羅】の頭の中には、三つの【ウィザーストーン(願いを叶える石)】が入っている。

 俺は、あれを手に入れて、三つの願いを叶えるのだ。

 

 一つ、「ハルハブシの猛毒」を解毒してくれ。

 一つ、浅尾和奈(あさおかずな)新崎直穂(にいざきなおほ)を生き返えらせてくれ。

 一つ、俺達を元の世界へ帰してくれ

 

 この三つの願いを、叶えてもらうのだ。

 

 

 気合いを入れろ!!戦え!!戦え!!

 俺がみんなを救うんだ!!

 

 

 身体の奥底から力が湧いてくる…!失われた五感が蘇ってくる…

 俺の上に崩れ落ちた、新崎(にいざき)さんのすべてを感じる、分かる。

 まだ温かくて、ドロドロとして、冷たい響き…

 新崎(にいざき)さんの冷たいぬくもりは、俺を優しく包み込む、

 新崎(にいざき)さんの匂いだ…優しさだ…笑顔だ…可愛さだ…

 

 全て見える、全て聞こえる、全て感じる、全て理解(わか)かる、全て知ってる…

 俺は、賢者だ。

 

 新崎(にいざき)さんを!クラスメイトを!、酷い目に合わせたアイツらを、俺は絶対に許さない!

 

 

 

--

 

 

 「なんだ?アイツ…気配が変わったねぇ」

 「あれは賢者!?しかも賢者のクセに、なんだ、あの化け物じみた魔力は!?」

 「こ、怖いよぉお!私達、殺されないよね??」

 

 ラストボス【スイーツ阿修羅】の三つの頭、エクレア、マドレーヌ、ワッフルは、そんな会話をする。

 

 

--

 

 「シルヴァ様、奴は一体、何者なのですか!?あの莫大な魔力量は…!!」

 

 赤い結界の中、仮面の男ギャベルは、

 もう一人の小柄な仮面「シルヴァ様」に、焦った様子で問いかけた。

 

 「シルヴァ様」は、少し顔を傾ける動作をしてから、幼くも大人びた声で答えた。

 

 「知らぬのかギャべル?特殊スキル【自慰(マスター○ーション)】じゃ。惜しいのぉ、二分の一を外したか。」

 「あれが【自慰(マスター○ーション)】ですか!?それならば……!」

 「いや、アレは使えぬ。しかし奴は強い。ギャベルよ、戦闘準備をしておけ。」

 「は、はっ!!」

 

 

――

 

 

 俺は、立ち上がった。

 ラストボス【スイーツ阿修羅】から、無数の攻撃が、俺に対して飛んでくる。

 でも、俺には全て見えている。

 どう動けば、効率的にアイツの側にたどり着けるのか、分かるのだ。

 

 ビュゥゥン!!

 

 俺は攻撃を掻き分けて、ボスの懐に入り込む。

 そうして、魔力で生成した、巨大な白い聖剣で、ボスの肉体を思いっきり切り裂いた。

 

 ズバァァァァン!!

 

 ボスのHPが、目に見えて減少する。

 このボスには、弱点が存在する。

 魔力の集まった部分を攻撃すれば、大きなダメージを与えられる。

 その位置は絶えず入れ替わっているが、俺には全て見えている。

 

 ズバッ!ズバッ!!ズバッ!!ズバッ!!

 

 あと57発、56発、55発当てれば倒せる。

 急がないといけない、この状態は10分しかもたない。

 もっと早く、効率的に、攻撃を避けつつ弱点を狙うんだ。

 

 俺は、もの凄い集中力で、ラスボスを一対一で圧倒していく。

 

 

ーー

 

 

 「なんだよ?あの強さ…」

 「強すぎだろ、あり得ない…」

 「ふざけんな…なんでだよ…」

 

 クラスメイトは皆、俺のあり得ない強さに、唖然としている。

 それはそうだろう。

 

 今の俺のレベルは「ハルハブシの猛毒」によって三倍、賢者タイムによって更に三倍、合わせて9倍となり。

 Lv287となっている。

 

 さらに、真理を見抜く【賢者の力】が加わる。

 俺には、この世界の全てが見えている。全て知っている。

 だから俺は知っている。

 俺は今、紛れもなく世界最強の剣士であると。

 

 

 「おい!ふざけんなよ!おっぱい野郎!!

 そんな強いなら、なんで今まで使わなかった!?なんで 朝尾(あさお)を、新崎(にいざき)を見殺しにした!?クソ野郎!!

 あいつらを元に戻せよ!!」

 

 

 俺が今まで嫌いだった人物。岡野大吾(おかのだいご)がそう叫んだ。

 泣きそうな声で、俺を非難する。

 

 「ごめん!ごめんっ!ごめんっ!!

  でも、あの二人は絶対に生き帰えらせる!!

 俺は賢者だから分かるんだ!

 あの【ネザーストーン(願いを叶える石)】は、何でも願いを叶えられる石なんだ!!」

 

 俺は全力で、謝罪の言葉を叫んだ。

 岡野(おかの)の言う通りである。

 俺が【自慰(マスター〇ーション)】スキルを最初から使っていれば、二人が死ぬことも無かったのだ。

 でも、時は戻らない。

 だから俺は前へと進む、絶対に全員を助け出すのだ。

 

 

ーー

 

 

 「そうはさせるか、【ウィザーストーン(願いを叶える石)】は一つも渡さぬ。

 ギャベル、ボスのHPが削り切れた瞬間じゃ。一つとして奴に渡すな。」

 

 赤い結界の中で、仮面の人物「シルヴァ様」が、仮面の男ギャベルに声をかけた。

 

 「で、ですが、アレは化け物です。私には勝てませぬ。」

 「やれ。絶対命令じゃ」

 

 

ーー

 

 

 ズバァァァァン!!

 

 俺は、一撃も攻撃を喰らうことなく、ボスのHPを削りきった。

 ボスの頭上のHPバーが消滅し、ボスの三つの頭部を守っていた、神の結界が消滅した。

 

 よし、あとは三つの頭を倒すだけだ。

 

 

――

 

 

 「へぇ…強いねぇ、やるじゃないか」

 「ここまでみたいだな!さあ、俺らを殺して願いを叶えるがいい」

 「えぇっ!、なんで二人とも冷静なの?嫌だよぉ、死にたくないよぉ…」

 

 ラストボス、【スイーツ阿修羅】の三人が、そんな会話をした。

 

 

ーー

 

 

 ビュン!!

 

 同時に、俺の後方から、

 仮面の男ギャベルが、凄い勢いで、こちらへと突っ込んでくる。

 やっと殻から出て来たか、クソ仮面。

 

 「さあ、ラストバトルと行こうじゃないか!」

 

 俺は賢者タイムのハイテンションから、悪役のようなセリフを叫びつつ。

 三つの頭、エクレア、マドレーヌ、ワッフルへと、向かっていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八発目「残酷なオ○ズ選択」

 

 

 

 ズバァァァァン!!!

 

 ラストボス、【スイーツ阿修羅】のHPバーが、全て削り切れた。

 後は、三つの【ネザーストーン(願いを叶える石)】を、三つの頭から奪うだけである。

 

 俺はまず、左側の顔を狙いに行った。

 モンスター名【Madeline(マドレーヌ)】、男のような女の顔をしている。

 

 「一個目!!」

 

 バシュッ!!!

 

 俺が、白い聖剣を振りぬくと、マドレーヌは一瞬で爆散した。

 「勇敢なる貴様に、アガトン神の祝福あれ」と、言い残して。

 そして、白く光る宝石だけが残った。俺はそれを手にする。

 

 よし、まずは一つ目だ。

 あと二つ。手に入れないと。

 

 

 すると、俺の背中から叫び声がした。

 

 「貴様には、一つも渡すわけにはいかんのだぁあ!!」

 

 さっきまで赤い結界の中でイキっていた仮面の男ギャベルが。俺に向かって真っすぐに突っ込んでくる。

 

 (バカがよ。お前は知らないのか?【ネザーストーン(願いを叶える石)】は、最初に手にした者にしか使えないみたいだぜ)

 

 それに、クソ遅ぇよ雑魚が。二つ目も取っちまうぞ。

 

 

 ズキィィッ!!!

 

 (いっ!、なんだ?、胸が痛い…!)

 

 突然、心臓が内側から掴まれるような、激痛が走った。

 ああ、そうか。タイムリミットだ。

 10分の制限時間ではない。。

 毒だ。短時間の超高速戦闘で、毒が回ってきたのだ。

 

 でも、だからこそ、もっと早く動かなきゃいけない。

 クラス全員の運命は、今の俺にかかっているのだ。

 

 (だからテメエに構っている暇はないんだよ。クソ仮面!!)

 

 

 俺は真ん中の顔、モンスター名【Eculair(エクレア)】の元へと飛び込み、白い刃で切り裂いた。

 

 ズバァァァァン!!!

 

 エクレアの顔が爆散した。

 「知恵のある君に、アガトン神の祝福あれ」と、言葉を残しながら。

 

 しかし、剣の威力が、明らかに落ちているのが分かる。

 毒の回りが、かなり早いのだ。

 

 

 「クソォ!それは世界を救う石なんだ!貴様に渡すわけにはいかぬのだ!!」

 

 そんな泣き言を言いながら、ギャベルが俺の背中から、剣を振ってくる。

 こいつは確かに強い。おそらく岡野大吾(おかのだいご)と同じくらいだ。

 しかし、今の俺にかかれば一撃だろう。

 ぶち殺してやるよ!!

 

 

 ズバァッ!!

 

 俺は容赦なく剣を振った。

 

 バジィィィ!!!

 

 その剣は、赤い壁に遮られた。

 赤い結界である。

 

 バリィィィ!!

 

 俺の剣の勢いで、赤い結界は破られた。

 しかしギャベルには届かなかった。結界で威力を殺され、仕留め損なったのだ。

 ギャベルがにやりと笑う。

 くそっ、手足が震えてきた。もう毒が回るまで時間がない。

 コイツを倒しておかないと、後で殺されかねないのに!!

 

 

 (!!!?)

 

 俺は戦慄した。身体中が震えた。

 俺の横を、とんでもなく強い奴が通り過ぎていった。

 もう一人の仮面の人物、シルヴァ様と呼ばれていた者である。

 

 俺は、コイツを警戒していなかった。賢者の目で確認した時。こいつは全く強くなかったからだ。

 しかし、今、こいつの力はとんでもなく強い。下手したら今の俺よりも。

 まさか、力を隠していたのだろうか?

 いや、考えてる暇はない。

 三つめが取られる!!

 

 「よくやったギャベル!!一つだ!一つだけでいいんだ!それでアイツ等は解放される!!」

 

 シルヴァ様は、必死な叫びを上げながら、最後の頭【Waffle(ワッフル)】へと向かっていく。

 

 「やめろ、それは俺達のだ!!」

 

 俺も気づけば叫んでいた。急いで背中を追いかける。

 間に合え、間に合え、と。

 

 しかし、俺の身体は、どんどんと重くなる。

 どんどんと視界が暗くなる…

 

 (だめだ…、それは…俺達のモノだ…)

 

 駄目だ、間に合わない、くそぉ、くそぉ…

 ふざけんじゃねぇ…。なんでお前らが必死な顔をしてんだよ。悪者のクセによ…。

 くそっ、それは俺達の…

 

 

 ……

 

 

 

 あ…

 もう一人…いた。

 最高に強くてカッコいい、クラスのリーダーがいたのだ。

 そいつは、シルヴァ様より先に、最後の頭へと辿り着いた。

 

 「これは、俺様のモンだぁあ!!」

 

 クラス最強の戦士、岡野大吾(おかのだいご)が、フラフラの身体で剣を振った。

 

 バシュッ!

 

 最後の頭、【Waffle(ワッフル)】が、音を立てて爆散する。

 

 「優しい貴方達に、アガトン神の…

 「いいから早く!!、早く俺達にかかった毒を消してくれ!!」

 

 岡野大吾は、被せ気味にそう叫んだ。

 白い宝石。【ネザーストーン(願いを叶える石)】が、虹色に輝きだした。

 

 『承知した…』

 

 石の中から、そんな声がした。

 

 

 (いや、まだだ!まだ終わってない!)

 

 まだ毒によるバフが残っている内に、このシルヴァ様を、倒しておかないといけない!!

 今の俺が()っておかなきゃ!俺達はこいつに絶対勝てない!!

 俺が殺す!早く、毒の効果が消える前に…!

 

 

 ◆◆◆

 

 

 「そんな…、ふざ、けるなっ…嘘だ…」

 

 仮面のシルヴァ様は、声を震わせて絶望していた。

 俺は速やかに、剣を振りかざして…

 

 「シルヴァ様!!危ないっ!!」

 

 後ろから、ギャベルが叫ぶがもう遅い。

 俺は、身体を硬直させたシルヴァ様へ、本気の剣を振りぬいた!!

 

 「このクソ仮面がぁぁあああああ!!!!」

 

 ザシュゥゥゥ!!!

 

 「ギャァァアアア!!!」

 

 

 白い剣に撃たれて、シルヴァ様が血を撒き散らしながらフッ飛ばされて、白い壁へと激突した。

 

 ドゴォォォオオ!!!

 

 次の瞬間、俺達にかかっていた、「ハルハブシの猛毒」の効果が切れた。

 そして、息をつかぬ間に、俺の賢者タイムが終了して、

 俺はとてつもない疲労感に襲われる…。

 

 そのまま俺は、空中で気を失った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 「ねぇ、起きて…起きてよ…」

 

 真っ暗な闇の中、新崎(にいざき)さんの声がした気がした。

 

 「あ…」

 

 俺は、ゆっくりと目を開けた。

 どうやら俺は仰向けで床に寝ていて、二人欠けたクラスの皆に、ぐるりと囲まれていていた。

 

 

 (ああ、斎藤(さいとう)さん、パンツ見えそうだよ…)

 

 最初に思い浮かんだことは、そんな下らない事だった。

 

 「あ、起きたか、行宗(ゆきむね)

 

 素っ気なく、そう声をかけてきたのは、竹田慎吾(たけだしんご)だった。

 俺の友達だった人。俺を無茶苦茶に蹴りつけて、「〇ね」とまで言った人である。

 

 同時に、クラスメイトの安堵のため息がした。

 

 

 「すまなかった!行宗(ゆきむね)!!、俺はお前を疑ったっ!!酷い事を言ったし、やった!!

 蹴ってくれ!!俺を好きなだけ蹴ってくれ!!」

 

 竹田慎吾(たけだしんご)は、ギュッと目を瞑りながら、俺に謝ってきた。

 ああ、やっぱりコイツ、無茶苦茶いい奴だな。

 俺の友達には勿体ないくらいの。

 

 「蹴ってくれって、ドМかよ。

 竹田(たけだ)は悪くない。悪いのは俺だよ…。

 俺のスキルはさ、【自慰(マスター〇ーション)】なんだ…

 行為をしたら、賢者になれるスキル…。だから、使えなくて、戦えなくて…」

 

 「そっか、そうだったのか、それは同情するよ」

 

 「…………」

 

 女子達が、気まずそうに目を逸らした。

 この場の空気と、俺の心が、キンキンに冷えてしまった。

 

 

 「いいから早く、死んだ二人の蘇生と元の世界への帰還を、神様に願えよ!」

 

 そんな中、岡野大吾が、イライラした声でそう言った。

 そうだな。

 あの仮面どもが俺達を、元の世界に返してくれる保証はないし…

 あれ、あいつらはどうなったんだ…?

 

 「なあ、あの仮面の奴等はどうなった??」

 

 俺は、疑問を口にした。

 

 「ああ。背の高い方が、血まみれで死にそうな小さい方を背負って、どこかへ消えて行ったよ。」

 

 「そうか、良かった。」

 

 最後の一撃が効いたのだろう。ギリギリだったが、なんとかなったな。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 さあ、二人を生き変えらせてから、元の世界へ帰ろう。

 

 俺は、二つの【ネザーストーン(願いを叶える石)】を両手にもち、二つの願いを口に出す。

 

 

 「神様どうか、新崎直穂(にいざきなおほ)さんと、朝尾和奈(あさおかずな)さんを生き返らせて下さい。

 そして俺達を、元の世界へ戻して下さい。」

 

 俺は、神に願った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 『残念ながら、それは無理だ。

 死者の復活は、世界を飛び越えるより遥かに難しい。

 新崎直穂の復活で一つ。朝尾和奈の復活で一つ。クラス全員のネラ―世界への帰還で一つ。

 これは三つの願いである。

 私が貴様に叶えてやれるのは二つまでだ。』

 

 

 「は??」

 

 俺は、混乱した…

 ええと、つまり、二人の復活は、二つの願いとして、カウントされるということだ。

 つまり、二人を復活させれば、元の世界への帰還は叶わない、という事だ。

 

 でも、だからって、二人を見捨てる選択肢なんてない。

 つまり、俺達は元の世界に帰れない??

 

 クラスの皆が唖然とする中…

 

 

 「なぁ、お前ら。どっちを選ぶ?朝尾(あさお)新崎(にいざき)か?」

 

 岡野大吾(おかのだいご)が、そう言った。

 

 

 「は、はぁ…?。今、なんつった?」

 「二人のどっちかを、見殺しにしろって事??」

 「てめぇ、大吾(だいご)!!

 元の世界に戻る方法ぐらい、他に見つかるだろ!

 どっちか見捨てるなんて選択肢ねぇよ!!」

 

 

 どちらか選べ、という、岡野大吾(おかのだいご)の残酷な提案に、クラスメイトは騒然とし、一斉に大吾(だいご)を非難する。

 

 

 「はぁ!?きっと、帰る方法が他に見つかるって!?、夢見てんじゃねぇよ!!

 こんなクソみたいな世界でまだ生きろってか!?、家族も野球もない世界でよ!

 俺はプロ野球選手になりてぇんだよ!!

 考えてみろよ、クラスメイトなんて所詮他人だろ。卒業すれば終わりの、今だけの関係なんだよ。

 大切な家族や将来の夢と、ただの高校のクラスメイト、どっちが大事だよ!?」

 

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、もの凄い剣幕で、そう主張した。

 その言葉は、驚くほど俺に刺さった。

 確かに、大切な両親や妹と、朝尾(あさお)さん、どちらか選べと言われたら、俺は絶対家族を選ぶ。

 もし、新崎(にいざき)さんとなら、すごく迷う、けど…

 

 

 「でも、それでもっ!!」

 

 「じゃあ。グダグダしない内に、多数決とるぞ。

 新崎(にいざき)を見捨てて、朝尾(あさお)を復活させたい奴、手を上げろ。」

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、冷たい声で残酷な多数決を取り始めた。

 

 「ねぇちょっと待ってよ!!」

 「考え…させてよ…」

 

 「考えたって辛くなるだけだ。どうせ心の中では最初から決まってんだろ?ほら!締め切るぞ。」

 

 「ううっ……」

 

 

 クラスメイトは、ある者は叫びなながら。ある者は泣き崩れながら、パラパラパラ、と手を上げた。

 10人くらい…

 

 「はぁっ!なんで!?あんた直穂(なおほ)の友達でしょっ!!」

 「そっ、そうだよっ!そうだけどっ!!」

 「くそっ、ヤダよっ…クソっ…」

 「ねぇっ!手、上げてよっ!!友達でしょっ!」

 

 クラスは地獄絵図であった。

 

 

 「13人か、じゃあ次。朝尾(あさお)を見捨てて、新崎(にいざき)を復活させたい奴、手を上げろ。」

 

 俺は手を上げた…。

 俺以外には、彼女の親友と…

 彼女に恋する、竹田慎吾(たけだしんご)…………は、

 手を上げていなかった。

 

 (は?なんで??)

 

 

 「おい竹田(たけだ)!お前、なんで!?」

 

 俺は思わず、竹田の肩を強く掴み、怒鳴り声で問い詰めた。

 

 「うるせぇ黙れよ!選べねぇよ。選びたくねぇ…。

 新崎(にいざき)の事は好きだけど。朝尾(あさお)は部活の友達なんだ!選べねぇよ…」

 

 「はぁっ!でも!だって…」

 

 

 クラスの中で新崎(にいざき)さんを選ぶ人は、明らかに少ない。

 知ってた、知ってたけどさ…

 新崎(にいざき)さんの友達は、あまり多くない。

 数人の親友がいるだけだ。

 対して朝尾(あさお)さんはクラスの陽キャである、人気投票で勝てる訳がない。

 

 「6人か。決まりだな。ほら、おっぱいクン、『朝尾(あさお)を復活させて、全員を元の世界に帰して下さい』、って、神様に願え。これがクラスの総意だ。」

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、俺にそう言ってくる。

 

 

 「いやっ!!ふざけんなっ!お前が〇ね大吾(だいご)!!

 ねぇ行宗(ゆきむね)君!中学の頃、なーちゃんの事が好きだったんでしょ!?なーちゃんを選んでよ!!」

 「てめぇそれ、和奈に〇ねって言ってんだぞ!!」

 「そうだよっ!そっちだって同じじゃん!!」

 「なぁ、やっぱ選べねぇよ。元の世界に帰る方法は絶対、他にあるって!だって来れたんだから…」

 

 

 新崎(にいざき)さんの親友が、俺に詰め寄ってくる。

 それにつられて、クラスの皆が、俺に詰めより。

 俺の胸倉を掴み。各々の主張をしてくる。

 

 俺は、俺はどうすればいい?…

 何を願えばいい?

 クラスメイトは、罵倒や乱闘を始める。

 くそぉ、くそぉ…

 

 俺はっ、俺は……

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ※以下、三つにルート分岐します。(※クリックで飛べます。)

 

 朝尾和奈(あさおかずな)と現世帰還

 

 新崎直穂(にいざきなおほ)と現世帰還

 

 新崎直穂(にいざきなおほ)朝尾和奈(あさおかずな)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九発目①「浅尾和奈(あさおかずな)と現世帰還」

ルート分岐①


 

 

 「分かったよ。

 神様…。浅尾和奈(あさおかずな)を生き返えらせて、俺達を現世に帰してくれ。」

 

 

 

 俺は、クラス内の揉め合いに耐えられず、多数決の結果の通りに、神様に願った。

 それは、俺が大好きな新崎(にいざき)さんを見捨てて、浅尾(あさお)さんを生き返らせて現世に帰るという選択であった。

 

 俺には、願いを叶える権利がある。

 俺個人は、もちろん新崎(にいざき)さんを選びたい。

 でも、これは俺が決めていい問題ではないのだ。

 俺が最初から【自慰(マスター〇ーション)】スキルを使わなかったせいで、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは死んでしまった。

 俺のせいだ。

 俺の勝手な願いを通すのは間違っている。

 クラス全体への償いの為にも、多数決に従うしかないのだ。

 

 

 

 「承知した」

 

 天から、神の声が聞こえた。

 

 

 

 「いやぁああ!!ざっけんな!人殺しっ!!」

 

 新崎(にいざき)さんの親友が、俺の顔を殴りながら罵声を浴びせてくる。

 

 (ごめん、ごめん…本当は、俺だって、新崎(にいざき)さんを生き返えらせたいよ…)

 

 でも、全員の納得する選択なんて、存在しないんだ…

 

 

 

 すぐに、目の前が真っ白の光に包まれていく…

 じわぁあぁ・・・と、身体が溶けて、焼かれていく感覚に包まれる。

 でも、熱くない…

 俺達は、純白の光に身を焼かれながら…

 元の世界へと、一年一組の教室へと戻っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ということで、これが、[ド・モルガンの定理]というものであります。この定理を利用すれば…

 って、皆さんどうかしましたか?」

 

 あ…

 

 俺達は、教室の中にいた。

 教壇の前では、数学の先生が、数学1Aの授業を進めていた。

 本当に、元の世界に戻って来たのか…

 

 クラス中が、唖然として、そしてザワザワしている。

 俺の隣には竹田(たけだ)がいて、前には沢渡(さわたり)さんがいて、いつもと変わらない教室だ。

 さっきまでの異世界の記憶は、全て俺の夢だったような気がした。

 

 (浅尾(あさお)さんは、生き返ったのだろうか?)

 

 

 「あれ!?なんで俺、この席に!?」

 「浅尾(あさお)ちゃん!!良かったーー!!生きてたよーー!!」

 「はぁっ、なんでよっ!!なーちゃんの席は!?」

 

 教室が、一気に騒がしくなる。

 数学のメガネ教師は、教壇の上で、ぎょっとして慌てふためく。

 

 「どっ、どうしたんですか皆さん!?何かあったんですか!?」

 

 「先生っ!!…なーちゃんのっ!!、新崎直穂(にいざきなおほ)さんの席はどこですか!?なんで無いんですか!!」

 

 新崎(にいざき)さんの親友(名前が分からない)が、先生に喚き散らす。

 よく見ると、その通りだった。

 新崎直穂(にいざきなおほ)さんの席は、まるで最初からそこ(・・)に無かったように消えており、同じ列の席が、そこ(・・)を埋めるように、一つづつズレていた。

 

 「新崎直穂(にいざきなおほ)?、とは、誰の事ですか?」

 

 「ふざけないでくだざいっ!!このクラスの学級委員長の!!可愛くて真面目な新崎直穂(にいざきなおほ)ちゃんです!!」

 

 「学級委員長?それは貴方でしょう?花園(はなぞの)カレンさん?」

 

 「え…?」

 

 先生は、そう言った。

 俺達は、息を飲みこんだ。

 この世界線の一年一組の学級委員長は、新崎直穂(にいざきなおほ)ではなく、花園(はなぞの)カレンだったのだ

 そうか、この学校には、新崎直穂(にいざきなおほ)さんはいないのだ。

 まるで最初から、この世に存在していなかったみたいに。

 彼女の存在だけが、自然とこのクラスから消されていた。

 

 

 「うわ"ぁぁあ"ああ"あ!!!!!」

 

 新崎(にいざき)さんの親友だった、花園(はなぞの)カレンさんは、大声で泣きだした。

 そして、心配する先生や友達の腕を振り払って、教室を飛び出していった。

 

 

 

 「嘘だよね…」

 「直穂(なおほ)ちゃんのロッカーもない…」

 「最初から、このクラスに、いなかったってことかよ…」

 

 クラス中が、その残酷な事実に衝撃を受け、時が止まったような静寂がおとずれた。

 

 

 

 「あの、藤田(ふじた)先生。授業を中断してもらっていいですか。クラスの皆と話し合いたいんです。」

 

 その沈黙を破ったのは、浅尾和奈(あさおかずな)さんだった。

 彼女は声を震わせながら、先生に授業中断のお願いをした。

 

 「はぁ?お前らまさか、虐めか!?花園(はなぞの)に酷いことでも…」

 

 「違います!虐めなんかじゃありません。でもっ!、クラスの皆と、今、話さなきゃいけないんです。」

 

 浅尾(あさお)さんはそう言って、深く深く頭を下げた。

 

 「分かったよ…。分かったが、この授業だけだぞ。宿題も増やすからな。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 先生は釘を刺しつつ。荷物をまとめて教室の外に出た。

 

 

 

 

 「皆、集まって。少し話そうよ。」

 

 浅尾(あさお)さんが、疲れた声でそう言った。

 

 

 

 話し合いの内容は、新崎(にいざき)さんについてである。

 皆、重い空気の中で、状況を理解していった。

 

 「新崎(にいざき)さんの存在は、この世界から消えてしまって、俺たち以外の誰も、覚えていないのだろうということである。」

 

 俺のした選択については、誰も責めないし、擁護もしなかった。

 皆、悲しみの涙を零していたけれど、俺は泣けなかった。

 

 

 

 どうして涙が出て来ないのだろう?

 俺自身が、新崎(にいざき)さんを見捨てることを、選択(・・)をしたからだろうか?

 分からない。

 ただ、俺の心の中には、ずっしりと重い何かがあった。

 それは涙よりも苦しくて、重いものだった。

 

 

 

 「行宗(ゆきむね)君、少しいいかな?」

 

 クラスでの話し合いが終わって終業のチャイムが鳴ったとき、俺は浅尾(あさお)さんに話しかけられた。

 俺がコクリと頷くと、浅尾(あさお)さんは無言で俺の手を掴み、俺を連れて屋上への階段を登っていった。

 屋上は締め切られているので、俺達は屋上の扉の前まできて、足を止める。

 

 

 

 「……なんで?、なんで新崎(にいざき)さんじゃなくて、私を選んだの??」

 

 浅尾(あさお)さんは、顔を俯かせながら、そう言った。

 俺は思っていることを、そのまま口に出した。

 

 「クラスの多数決で、決まったから…」

 

 「多数決……?」

 

 浅尾さんは愕然とした表情をしながら、助けを求めるように、俺の胸倉を掴んだ。

 

 

 「…なにそれ分かんない、分かんないよっ!!

 なんで?なんで新崎(にいざき)さんじゃなくて!私なのよっ!!

 ねぇ!教えてよっ!!

 私は新崎(にいざき)さんを見殺しにしてなんて、生きられないよっ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは泣きじゃくりながら、俺の胸倉を揺すりながら泣き叫んだ。

 その手は震えていて、かなりの力が籠っており、俺は階段から振り落とされそうになる。

 

 「なんでっ……なんでなのよっ……。こんなの嫌だよ……」

 

 浅尾(あさお)さんは、疲れた様子で呟いた。

 

 「……ごめん」

 

 俺には、そう答えることしか出来なかった。

 

 「ごめんなさい………」

 

 悪いのは、全て俺なのだから…

 

 

 

 浅尾(あさお)さんは、俺の胸に額を押し付けながら、わんわんと泣き続けた。

 そして彼女は泣き止んでから、

 「ごめんね、行宗(ゆきむね)君の方が、辛かったよね。」と、言い残し、

 涙で腫れた目を擦りながら、フラフラと階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、とぼとぼと家路についた。

 頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。

 

 そういえば、今日は俺の推しのVtuber【白菊ともか】の、三周年記念配信であった。

 全く気分ではなかったが、少しは元気が貰えるかもしれない。

 俺は家に帰って、Youtubeを開いた。

 

 しかし、【白菊ともか】の記念配信の枠は、どこにもなかった。

 消えていたのだ。

 SNSを確認すると、配信中止ということらしい。

 予期せぬトラブルでもあったのだろうか?

 

 

 

 仕方なく彼女の昔の動画を漁るも、落ち着かなくなった俺は、思い出ボックスを引きずり出した。

 そして、中学校の頃の卒業アルバムを開く。

 

 新崎(にいざき)さんの写真を探したのだが、アルバムの中に、新崎(にいざき)さんの姿は無かった。

 俺のクラスの人数は一人減っていて、新崎さんがいたはずの場所は、違う人で埋められていた。

 

 (くそぉ、中学の頃の写真すら、残っていないのかよ。これじゃあ、顔を思い出すことも出来ないじゃないか…)

 

 俺はベッドの上に、ころんと転がった。

 そして頭の中に、新崎(にいざき)さんの姿を浮かべ、記憶をたよりに創造していった………

 

 

 

 

 (ふふっ、じゃあ行宗(ゆきむね)君…。私の奴隷になってくれますか?)

 

 (君には、他の人に言えないような、私の本音をぶちまけられる、ゴミ箱みたいな存在になってほしいの。)

 

 

 (そうだ、もう一つ大事な命令!

 これから一生、私をオ○ズにしちゃダメだから。)

 

 (クラスの皆に、君が変態だってコト、バレちゃってもいいの?)

 

 (かっこいいと思うよ、私は…)

 

 (とっととイケよ、〇漏野郎)

 

 

 

 彼女の声色、吐息、笑顔やしぐさ…

 抱きついた時の、膨らみの感触、体温、汗の匂い…

 

 

 不思議なぐらい鮮明に、想像上の彼女の姿が、脳内に創り出されていく…

 新崎(にいざき)さんに、もう会えないなんて信じられない、信じたくない…

 

 「うっ…ううっ……ううっ……」

 

 ああ、よかった…

 やっと泣けたよ…

 

 「うわぁぁああああっ!!!ああああああああ!!!あああああああ!!!」

 

 せき止められていたものが一気に溢れ出した。

 悲しさ、辛さ、後悔

 後悔、後悔、後悔……

 

 

 

 あの時、ああしておけば良かった、こうしておけば良かった、と。

 大きすぎる後悔が、一気に押し寄せてくる。 

 

 (新崎(にいざき)さん!新崎(にいざき)さん!新崎(にいざき)さん!!!)

 

 俺は涙を流しながら、

 新崎(にいざき)さんのいやらしい姿を想像しつつ、致していた。

 こうしていないと、やってられない。

 こうしていないと、忘れてしまう。

 

 (ごめん、ごめん、ごめん……!!)

 

 

 ………!!

 

 

 ……………

 

 

 賢者タイムを迎えて、俺はさらに泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半年ほど、時が過ぎた。

 Vtuber【白菊ともか】は、あの日以来、一度も配信をすることなく、引退をした。

 ネットでは様々な憶測が飛び交うが、真相は分からない。

 

 

 新崎(にいざき)さんの親友だった、花園(はなぞの)カレンさんは、あれから一度も学校に来ることなく、退学をした。

 同じ新崎(にいざき)さんが大切だった者同士、話してみたいとは思ったが、きっと彼女は、俺を殺したい程恨んでいるだろう。

 

 

 

 

 「よぉ、ゆっきー。今日オフなんだ。ゲーセン行かねぇか?」

 

 「いいねっ!、私も行きたい!!行ったことないし!」

 

 サッカー部に竹田慎吾(たけだしんご)が、俺の肩を掴みながら、遊びの誘いをしてくる。

 そこに「私も」と割って入るのは、同じくサッカー部の朝尾和奈(あさおかずな)である。

 

 二人とも普段は部活のため、放課後に遊べる機会は少ないのだが、

 今日はオフらしい。

 

 「いいな、ゲーセン、久しぶりに行きたいわ。」

 

 俺は、もちろんYESと答える。

 

 そうして俺達三人は、制服のまま、ゲームセンターへと向かうのだった。

 

 





 [エンディングα]


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九発目②「新崎直穂(にいざきなおほ)と現世帰還」

ルート分岐②


 

 「新崎直穂(にいざきなおほ)を生き返らせて、現世に帰してくれ」

 

 俺は、クラス内が殴り合いの喧嘩に耐えられず、神様にそう願った。

 誰が何と言おうと、俺は新崎(にいざき)さんが好きなのだ。

 彼女を見殺しになんて出来ない。

 たとえクラス全員が反対したとしても、俺は新崎(にいざき)さんと現世に帰るのだ。

 

 「承知した」

 

 と、天から声がした。

 

 「はぁ!?」

 「なんつった!?」

 「おい!ざっけんなよ!!取りけせよ!!」

 

 「ううっ!!」

 

 ドゴォ!ドッ!!ドゴッ!!

 

 周りにいたクラスメイトが、一斉に俺を押し倒し、

 俺は首を掴まれながら、ボコボコに殴られる。

 まあ、そうなるよな…

 俺が悪い事は、よく分かってる。

 

 (ごめん、ごめん!!

 でも!俺だって!!新崎さんを生き返えらせたいんだ!!)

 

 誰に何と言われようと、この二つの【ネザーストーン(願いを叶える石)】を手に入れたのは、俺なんだ!!

 

 

 目の前が真っ白の光に包まれていく。

 じわぁあぁ・・・

 と、身体が溶けて、焼かれていく……

 でも、熱くない…

 

 俺達は、純白の光に身を焼かれながら…

 元の世界へと、一年一組の教室へと帰っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ということで、これが、[ド・モルガンの定理]というものであります。この定理を利用すれば…

 って、皆さんどうかしましたか?」

 

 あ…

 

 俺達は、教室の中にいた。

 教壇の前では、数学の先生が、数学1Aの授業を進めていた。

 本当に、戻って来たのか…

 

 クラス中が、ザワザワとし始める。

 俺の隣には竹田(たけだ)がいて、前には沢渡(さわたり)さんがいて、いつもと変わらない教室の景色…

 もしかして、さっきまでの異世界の記憶は、夢だったのだろうか??

 と、思ってしまうほど。

 

 そうだ、新崎(にいざき)さんは、生き返ったのだろうか?

 

 

 「ん?なんでお前、俺の隣にいるんだ?」

 「なーちゃん!!良かったっ!生きかえった…」

 「はぁっ、なんでよっ!!和奈(かずな)の席はどこ!?」

 

 教室が、一気に騒めきだす。

 数学のメガネ教師が、あたふたと慌てふためく。

 

 「どっ、どうしたんですか皆さん!?何かありましたか?!」

 

 「先生っ!!…和奈(かずな)のっ!!、浅尾和奈(あさおかずな)の席はどこですか!?なんで無いんですか?!」

 

 「ねぇ!?和奈(かずな)はどこよ?!」

 

 浅尾さんの友達が、泣きながら先生に叫ぶ。

 よく見ると、本当だった。

 浅尾(あさお)さんの席は、最初からそこ(・・)に無かったように消えており、同列の席が、そこ(・・)を埋めるように、一つづつズレていたのだ。

 

 「浅尾和奈(あさおかずな)?、とは、誰の事ですか?」

 

 「は?はぁ!?」

 「ふざけてんじゃねぇよ!!サッカー部の女子!!明るくてスポーツ万能の、浅尾和奈(あさおかずな)だよ!!」

 

 「何を言っているんですか?うちのサッカー部に女子部員なんていませんよ。」

 

 「え…?」

 

 先生は、そう言った。

 俺達は息を飲んだ。

 この世界線の一年一組には、浅尾和奈(あさおかずな)という生徒は居なかったのだ。

 まるで最初から、この世に存在していなかったみたいに。

 彼女の存在だけが、自然とこの世界から消えていた。

 

 

 「うわ"ぁぁあ"ああ"あ!!!!!」

 「はぁああ!?どういう事だよ!!なんで和奈(かずな)を知らないんだよ!!」

 

 クラスメイトが騒然として、慟哭を上げて泣き叫んだ。

 何人かが、俺をもの凄い顔で睨んでくる。

 下手したら殺されそうだ。

 

 「皆さん!?どうしたんですか!?急に騒ぎだすなんて!!」

 

 先生はアタフタと手を震わせている。

 

 「藤田(ふじた)先生。少し授業を中断して、クラスメイトだけで話し合いをしてもいいですか?今、話さなきゃいけない事があるんです。」

 

 俺の片想いの相手、新崎(にいざき)さんが、震え声でそう言った。

 

 「わ…分かった。そうだな…」

 

 先生は逃げるように、荷物を纏めて、教室の外へと駆け出していった。

 

 新崎(にいざき)さんは、ゆっくりと立ち上がり、顔を真っ青にしながら、率直な疑問を口にした。

 

 「ねぇ、何があったの?私は死んだと思って…気づいたらここにいたの。浅尾(あさお)さんは…あの時に死んだまま、戻ってきてないの??」

 

 新崎(にいざき)さんは、何も分からない様子だった。

 

 「おい、口を慎めよビッチ。あんたのせいで浅尾(あさお)が消えたんだよ、人殺し…」

 

 「え?どういう事…」

 

 新崎(にいざき)さんの近くの女子が、新崎さんの胸倉に掴みかかり、低い声で詰め寄った。

 

 「ここじゃ見られるからよ。放課後ちょっと付き合えよ。話し合おうぜ…」

 

 深い悲しみと、ドス黒い殺気が飛び交い、一触即発の緊張感がこの場を支配した、

 ここが教室でなかったなら、俺と新崎(にいざき)さんは、殺されていたかも知れないほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すすり泣く声の中、数学の授業が再開された。

 授業内容は、全く頭に入ってこなかった。

 俺は、俺たち二人は、クラスメイトから完全に殺意を向けられている。

 どんな目に遭わされてもおかしくないだろう。

 下手したら、いじめ、休学とか…

 

 

 放課後になって……

 

 「おい、行宗(ゆきむね)新崎(にいざき)、ついて来いよ。ちょっと話そうぜ。」

 

 帰ろうとしていた、新崎(にいざき)さんと俺は、女子8人男子5人ぐらいに囲まれた。

 特に浅尾(あさお)さんと仲の良かった人達である。

 浅尾(あさお)さんに、恋をしていた人もいる。

 

 俺と新崎(にいざき)は、その13人に、裏の廃校舎へと連れ出された。

 

 「うぉら!ざけんなよブス!!和奈(かずな)を返して○ねよ!!」

 「調子のんなよ陰キャ。ほら、和奈(かずな)に謝れよ!」

 「泣いてんじゃねぇよ豚の分際で!」

 「泣きたいのはコッチだっつーの!」

  

 「うぐっ!!ぁあ"っ!!っつ!!」

 

 ボゴッ!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 新崎(にいざき)さんは、女子達に囲まれて、制服を脱がされて、

 殴られて蹴られて、冷水をかけられるなど、さまざまな虐めを受けた。

 

 

 「なぁ、この身体でアイツに媚びたのかよビッチが!」

 「てめぇが〇ねよ!和奈(かずな)を返せや!!」

 「変態女!豚が色気使ってんじゃねぇよ!」

 

 裸に剥かれてボロボロと泣く新崎(にいざき)さんは、四方八方から罵声と暴力を受け続けている。

 

 

 

 「おいクソ野郎!和奈(かずな)ちゃん返せよ!!」

 「○ねクズ!」

 「浅尾がどれだけスゲェ奴か、お前はしらねぇだろ!!」

 

 俺も、男子と2人の女子に囲まれ、全裸に剥かれて棒で叩かれ、踏みつけにされ、蹴飛ばされている。

 

 「和奈(かずな)に〇んで詫びろっ!クズ!変態が!〇ね!〇ねよ!!」

 

 大きく膨らんだ俺の息子を、容赦なく踏みつけられていく。

 これをご褒美という奴らは馬鹿げている。

 痛い、マジで痛い。

 

 「やめろっ…新崎さんは…悪くないっ…悪いのは俺だけだっ……!!」

 

 俺は、あまりの痛みにボロボロと泣きながら、新崎(にいざき)さんを囲む奴らを睨み続けた。

 俺が痛めつけられるより、俺のせいで新崎さんが痛めつけられる方がもっと痛かった。

 こんな形で、新崎(にいざき)さんの服の中なんて見たくなかった…

 

 でも、俺の息子は正直に反応してしまう。

 

 そんな地獄が、ずっと続いた。

 

 

 

 うちの学校は、真面目な人が多い進学校である。

 虐めなんて噂にすらならないのだが、

 やはり人の死が関わると、人は変わってしまうのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの廃教室の中、クラスメイトは家に帰ってしまい、俺と新崎(にいざき)さんと二人きりになった。

 

 新崎(にいざき)さんは、投げ捨てられたタオルで身体を拭いてから、無言で制服を着始めた。

 彼女の身体中は真っ赤に腫れあがり、所々青い痣ができている。

 しかし、顔や手など、人から見える部分は驚く程綺麗だ。

 俺の身体も、同じ感じだ。

 

 うちのクラスの生徒は頭がいい。

 俺たちは、エ○動画のようなモノを撮られて、ネットにばら撒くと脅され、口止めをされた。

 更に彼らは、制服は汚れないように早めに脱がせて、外部から見えない部分を痛めつけた。

 

 彼女が着替える音が、静かに響く中で、俺も無言で、制服に着替え始めた。

 

 

 

 「ねぇ……行宗(ゆきむね)くん……

 ……なんで、浅尾(あさお)さんじゃなくて、私を選んだの?…」

 

 新崎(にいざき)さんが、ぽつり、と、そう言った。

 

 「好きだから…新崎(にいざき)さんが好きだから…」

 

 俺は答えた。

 俺は新崎(にいざき)さんに、生きていて欲しかったんだ。

 

 「そっか…」

 

 新崎(にいざき)さんは、素っ気なく答えた。

 そして、俺の元へとゆっくりと歩いてくる。

 

 「……酷い目にあったね…【超回復(ハイパヒール)】が使えたらいいのに………」

 

 「うん…」

 

 「なんで、こんな目に遭ってるんだろうね。私達、頑張ったのにね…」

 

 「いや…俺は…」

 

 「行宗(ゆきむね)くんは頑張ったよ…クラスの皆は、君が助けたんでしょ?」

 

 「でも、最初から【自慰(マスター〇ーション)】スキルを使っていれば…」

 

 「それは仕方ないよ。誰だってそんなスキル、恥ずかしくて使えないし……。

 でも君は使った。クラスの皆に見られてる中で、恥を捨てて、君は戦ったんだよ。

 凄いよ…カッコいいよ。」

 

 「………」

 

 「ねえ行宗(ゆきむね)くん、大好きです。」

 

 「え?」

 

 「ずっと前から気になってたんだけど、今日大好きになりました。

 カッコよくて、優しい君が大好きです。

 私じゃ釣り合わないかもしれませんが、私と付き合ってくれますか?」

 

 新崎(にいざき)さんは、真っすぐに俺の顔を見て、そう言ってきた。

 心臓が飛び出そうなほどの衝撃を受けた。

 好き!?新崎(にいざき)さんが、俺を!?

 思わず口元がぬるむ。

 どうする??勿論、喜んでYESなのだが!!

 ぎゅっと抱きしめる!?キスする??

 いやいや、普通に「付き合いましょう」、か??

 いや、しかし、「私の奴隷になってくれますか?」とか言ったよな…

 あの言葉のせいで、俺に恋心は無いものと思ってしまったのだが…

 えぇっと…なんて答えれば…

 

 「……奴隷っていうのは…継続ですか…?」

 

 思考を巡らせた結果、出てきた言葉がそれだった。

 

 「……奴隷プレイが好きなら、好きなだけシテあげるけど??」

 

 新崎(にいざき)さんは、少し首をかしげながら、そう言った。

 

 「じゃあ、付き合いたいです。」

 

 「……そっか」

 

 新崎(にいざき)さんは、ふっと頬を緩めて、顔を赤くして微笑んだ。

 そして、両手を広げながら、ゆっくりと、俺の身体に抱きついてきた。

 俺は、ギューーッと、新崎(にいざき)さんの身体に包み込まれる。

 新崎(にいざき)さんの身体は冷たくて、プルプルと震えていた。

 俺も、新崎(にいざき)さんの背中へと手を回し、小さな背中を優しく撫でた。

 

 「うっ…ううっ…うわぁあああっ」

 

 新崎(にいざき)さんは、糸が切れたように、くしゃくしゃに泣き始めた。

 俺も同じぐらいに泣いた…

 それは、嬉し涙だけではなかった。

 互いの体温の安心感や、虐められた苦痛、朝尾さんの死への悲しみなど、色んな感情が溢れ出して、涙が止まらなかったのだ。

 そうやって泣きながら、しばらく抱き締め合った後、

 俺はファーストキスを、彼女の唇に捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年生の間は、俺達は虐められて、クラスの中でも浮いていた。

 痛い思いばかりで、新崎さんの事を守れないばかりだったけど、

 互いに互いを支え合いながら、なんとか二人で耐えぬいていった。

 

 休日になると、新崎さんと一緒に、家でアニメを見たり、勉強を教わったり、映画館に行ったりと、

 幸せな時間を過ごした。

 

 二年生になると、クラス替えが起こり、

 俺たちへのいじめや、浅尾さんに関する話題も無くなっていった。

 竹田(たけだ)とは、友達として付き合い続けた。

 岡野(おかの)は相変わらず、野球に打ち込んでいる。

 

 二年生になって、新崎(にいざき)さんは更に可愛くなった。

 飾らなくなったというか、学校内でも、素直に思った事を話すようになったのだ。

 

 彼女の頭の中は、実はとんでもなく面白い。

 しかし今まで、彼女はそれ(・・)を、表に出すのを躊躇っていた。

 嫌われるかも知れない。真面目キャラが壊れる気がする、と思ったらしい。

 だが、そんな心配をする必要はなかったのだ。

 彼女は少しずつ、素直に会話が出来るようになり、友達も増えて、笑顔も増えた。

 

 彼女には、  

 「全部、行宗のおかげだよーー。」、とか言われたが、

 そんな訳がない。

 彼女自身が工夫して、成長したのだろう。

 俺も彼女に見限られないように、成長して行かないといけないと思う。

 

 そして、三年生になって、俺達は仲良く卒業をした。

 そして、同じ大学へと進学して、

 二人とも就職したタイミングで、俺と直穂(なおほ)は結婚した。

 





 [エンディングβ]



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九発目③「新崎直穂(にいざきなおほ)朝尾和奈(あさおかずな)

ルート分岐③


 

新崎直穂(にいざきなおほ)浅尾和奈(あさおかずな)を生き返らせてくれ」

 

 俺は、そう願った。

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、一人を見捨てて現実世界に帰りたいと言っていたが、ふざけんじゃねぇ。

 浅尾(あさお)さんも、新崎さんも、クラスの為に一生懸命戦って、犠牲になったんだ。

 岡野(おかの)だって、新崎(にいざき)さんに、何度も回復してもらって、浅尾(あさお)さんに命を助けられた癖に、何がプロ野球選手だ。

 俺は二人を生き返らせる。

 そして、全員(・・)で、元の世界に戻る方法を見つけ出す!

 

 『承知した』

 

 天から、神の声が聞こえた。

 

 

「はぁ?!何て言ったてめぇ!!ざけんな!取り消せよ!!」

 

 クラスの全員が固まる中、岡野大吾(おかのだいご)が物凄い形相で、俺に向かって突っ込んでくる。

 

(やばい、殺される)

 

 俺は、後ろを振り向き逃げようとした。

 しかし今の俺は、世界最強の賢者ではない。

 スキルが使えない、クラス最弱の運動音痴である。

 

 ドゴォォ!!!

 

 俺の背中に、鉄の拳が、腹を突き破るぐらいの勢いで、放たれる。

 

「ゴハッ!!!」

 

 視界が真っ暗になって、呼吸が止まり、激痛が遅いかかる。

 周囲の音が聞こえなくなり、心臓の音と己の呻き声だけが、やけに大きく聞こえる。

 

「あ"・・・あ"…あ"・・・」

 

(ヤベェ…死ぬ…本気で死ぬ・・・)

 

 ドゴォ!ドゴォォ!!ドゴォォ!!

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、無言のまま、俺の体を殴り続ける。

 

「おい、ヤベェだろ…」

「死んじゃうよっ!」

 

 クラスの皆が俺の事を心配する声が、ずっと遠くから聞こえてくる気がする。

 

 俺の意識は、徐々に薄れていき………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ・・・。

 あれ……?俺、殴られた後どうなった??

 痺れるけど、激痛ではない……

 目を開いたが、周囲は薄暗くて空気が冷たい。

 背中がゴツゴツとしていて、柔らかくて温かい何かに両側を挟まれながら、俺は仰向けに寝ているようだ。

 胸から下には、もこもことした布が被さっていて温かい。

 

 どこだ??ここ?

 俺はとりあえず、首を左側に傾けて、

 状況を確認しようとした。

 

 

 

「はうっ!!???」

 

 俺は、目玉が飛び出そうなほど、驚いた。

 左を向いた俺の視界に広がるのは、クラスの美人、浅尾和奈(あさおかずな)の寝顔があったのだ。

 それも、息のかかる距離で…

 

 浅尾和奈(あさおかずな)さんが、顔を伸ばせばキスが出来そうな距離で、無防備に口を半開きにしながら、俺と肩を寄せ合って、スヤスヤと眠っているのだ。

 てか!唇エッロ!!

 視線を下に下げていくと、動きやすさ重視の露出度の高い胸元から、胸の谷間がちらりと見えて、高校生離れした大きな双丘が、寝息に合わせて上下に揺れている。

 こっ!これっていわゆる、添い寝って奴だよなっ!?

 浅尾(あさお)さんと俺が添い寝!?どういう経緯で!?これはまさか夢か!??

 

 俺の脳は、一瞬の内にさまざまな思考を繰り広げた。

 その結果、俺がとった行動とは……

 逃避であった。

 

 

 

 俺は、浅尾(あさお)さんから離れようと、急いで身体を翻した。

 こんな所を見られたら、クラスの男子に殺される。

 それに、気まず過ぎるだろ。

 俺は、全力で逃げようと試みた。

 だが俺は、別の壁に阻まれた。

 

 ゴンッ!

 

「んぐっ!!」

 

 俺の後頭部が、何かと激突した。

 浅尾(あさお)さんとは反対側、俺の右側にも障害があったのだ。

 右側に逃げようとした俺は、新崎直穂(にいざきなおほ)という、別の肉の壁と激突した。

 

「んんっ……ふうっ、んんっ…」

 

 新崎(にいざき)さんは、おでこがぶつかったようで、目を瞑ったまま顔をしかめて呻き声を上げる。

 俺が身体を硬直させていると、新崎(にいざき)さんは、呼吸を落ち着かせていきながら、間抜けな表情でぐっすりと眠ったままだった。

 

(はっ!はぁああ?!)

 

 どうやら俺は、クラスの二人の美少女、新崎直穂(にいざきなおほ)と、浅尾和奈(あさおかずな)に挟まれて、添い寝していたようだ。

 

(何だよこれ!?エロ漫画かよ?!何が起こって…)

 

 心臓が激しく鳴り出した。

 二人の体温が温かい。

 俺たちは冷えた大気の中、一枚の毛布に温められて眠っている。

 というかコレって!新崎さんのコートじゃないか?!

 何という事だ、四方八方を女子達に囲まれてしまった。

 とりあえず、じっとしていないと、起こしてしまいそうだよな…

 俺は、二人の間で大人しくすることにした。  

 俺の心臓と股間は、全く大人しく出来なかったが…。

 

 

 

 とりあえず、状況を整理しよう…

 俺は鼻息を荒くしながら、周囲を見渡した。

 ここは恐らく、洞窟の中だろう。

 薄暗くて、ゴツゴツした地面で、ゴォォォオという風の音が聞こえる。

 なんで?俺たち三人は添い寝しているのだろうか?

 二人は生きていた、それは良かった。

 俺の身体も、少しは痛むものの大怪我の様子はない…

 まあ、二人が起きたら聞いてみよう…

 

 俺は、両隣の二人の肌の感触や肉付き、寝息や寝顔を見比べていく事にした。

 なかなか、ここまで女子に近づける機会なんて滅多にない。

 いけない事をしているような気分になるが、最初からこの状況だったのだ、犯罪では…ない、筈…

 しかし、もし手を出したら犯罪になるだろう…

 俺は、二人の身体やズボンの中へと伸びそうになる手を、必死で抑えつけながら、じっと二人を観察した。

 

 

 胸の膨らみは、浅尾(あさお)さんが爆乳、新崎(にいざき)さんは貧乳である。

 浅尾(あさお)さんに、おっぱいに顔を挟まれるプレイとか、クラスの男子の誰もが一度は妄想した事があるはずだ。

 それは幸せそうではあるものの、俺は新崎(にいざき)さんの方が好みである。

 この子供のようなスラッとした身体のラインに、大人っぽい色気が乗っかって、

 上質な脂ののったステーキのような、上品なエロさがあるのだ。

 ああ、無茶苦茶美味しそうである。

 この上品さを、愛でるのもイイが、汚すのもイイ。

 とにかく要約すると、新崎(にいざき)さんとエッ○がしたいという事である。

 

 そして俺は、身体全体の方へと目を向ける。

 浅尾(あさお)さんは、流石スポーツ少女というような、柔らかくて強い筋肉を持っており、肌のハリが凄い。

 お尻は大きく安産型だが、キュッと締まっていて美しい。

 きっと内側の締まりも抜群なのだろう。

 そして、新崎(にいざき)さんであるが、肉付きは少なくて身体のラインは直線に近い…

 しかし、肌はもちもちとして柔らかい、新崎さんの小さいくせに色っぽい体は、俺の支配欲を掻き立てる。

 征服したい、守ってあげたいと思うのである。

 

 そして俺は、二人の寝顔へと目を向ける。

 女子の寝顔って、最高じゃないか。

 可愛く見せていない、ありのままの表情を見る事が出来るのだ。

 正直無茶苦茶キスをしたい。

 白雪姫か何かみたいに、俺が魔法のキスで新崎(にいざき)さんを起こしてあげるのだ。

 ちなみに俺は、キス未経験である。

 愛し合う相手と、顔をゼロ距離まで近づけて、見つめ合いながら唇を重ねるなんて、どんなに幸せかという事は、考えるまでもないだろう。

 間接キスぐらいなら、良いですかね??

 

 俺は人差し指を、新崎(にいざき)さんの柔らかい唇へと、そっと当てた。

 そしてその指を、恐る恐る俺の唇へと近づけて……

 

 ちゅっ…

 

 エグっ……

 

 正直、味なんて分からなかったが、俺は凄まじい興奮と幸福感につつまれた。

 間接キスである。新崎(にいざき)さんと俺の唇が、間接的に触れ合ったのだ。

 なんてエッチなのだろう。

 童貞の俺には、これだけでお腹いっばいなのだが…

 間接でコレなら、直接のキスやディープキスは、どんなに気持ちいいのだろう。

 あぁ、キスしたい。こんなに近くに唇があるのに……

 胸を揉みたい、抱きしめたい、太ももを撫でたい。

 手を繋ぎたい、恋人繋ぎをしたい、背中からハグしたい。

 服を剥がして、肌を重ねたい…

 

 でも、それはやっちゃダメだ。

 相手の気持ちを無視したら、それはレイプになる、この場合は睡姦だ。

 それは人として、してはいけない。

 

 俺は、そんな生殺し状態の中で、じっとしたまま二人が起きるのを待った。

 俺の股間はぴょんぴょんと飛び跳ねている。 

 少し触れば、それだけで達してしまいそうだ。

 

 

 

(いや、無理だ…こんなの我慢出来ん…)

 

 もうちょっとだけ…いいよな…

 なぁに…たいしたことはしない。ちょっと胸に手を重ねるだけだ…

 それだけでいい、それだけで俺は、1週間ぐらいオ〇ネタに困らないのだ…。

 うん、新崎(にいざき)さんも寝てて気づかない訳だし、WINーWINだよな…

 俺はそう言い聞かせて、新崎さんの貧乳の上に、手汗のついた右手を重ねていった。

 

 もにゅ……

 

 おっふ!!

 厚い服越しのため、感触まではよく分からないが、流石女子の胸である、小さくても柔らかいな…

 さて、〇首はどこら辺にあるのかなー?

 

 俺は、背徳感と緊張感に胸を高鳴らせて、凄まじいほど興奮していた。

 

 

「ん……おはよ。起きたんだ…良かった…」

 

(!!!?)

 

 新崎(にいざき)さんの胸がピクリと動いたので、顔を上げると、こちらを向いた新崎(にいざき)さんと目が合った。

 寝起きでよだれを零しながら、眠そうに俺を見つめてくる。

 ああ、神様!!私めにカメラを下さい!!この可愛い顔を撮影して、額縁に入れて飾りますので!!

 じゃねぇだろっ!!そんなことより、早くこの手を引っ込めて…

 

「は?」

 

 新崎(にいざき)さんは、自身の胸へと目線を下げた。

 そこには、小さな胸に乗っかった、俺の右手があった。

 そして新崎(にいざき)さんは、真顔で俺へと目線を戻した。

 

(アカン、もう手遅れや)

 

「新崎さんごめんなさ」

 

 バチィィィ!!!

 

「最っ低!!」

 

 俺は、顔面を思いっきりビンタされた。

 容赦のない一撃に、俺の脳内は真っ白になる。

 

 ゴン!

 

「うぐっ!!」

 

 

 俺はそのまま反対側へ飛ばされて、後頭部を強くぶつけた。

 後ろから浅尾和奈(あさおかずな)さんの呻き声が聞こえた。

 どうやら、俺がぶつかったのは、浅尾(あさお)さんの頭だったらしい。

 

「痛いってばっ!!」

 

 ドゴォ!!

 

 寝起きの浅尾和奈(あさおかずな)さんにブチギレられて、俺は後頭部に正拳突きを喰らった。

 

 ドゴォォ!!

 

 今度は、浅尾(あさお)さんがキックをぶちかましてきた。

 サッカー部の鋭い蹴りが、俺の股間へと後ろからダイレクトゴールを決めた。

 

「がはぁぁ!!すみまぜん!!」

 

 俺は涙目になりながら、また反対側の、新崎(にいざき)さんの元へと吹っ飛ばされる。

 

 ぎゅむっ…

 

 そんな俺は、新崎(にいざき)さんに抱きついた。

 浅尾(にいざき)さんに蹴られた勢いで、こちらを向いた新崎さんに抱きついてしまったのだ。

 身体がぴったりと密着する。

 至近距離で見つめ合い。胸から太ももまで、ぴったりとくっついた。

 いや、身体柔らけェェ。

 あったかくて、髪がさらさらで

 やばい、寝起きの新崎(にいざき)さん可愛すぎる。

 マズイ、新崎(にいざき)さんの下に、俺の股間が当たってる。

 

「いやぁぁぁ!!」

 

 新崎(にいざき)さんの絶叫と共に、俺はすでに慢心創痍の股間を蹴り上げられた。

 なにか出してしまいそうだった。

 

「はぁ、はぁ…変態っ…」

 

 新崎(にいざき)さんがそう言い捨てて、地獄(てんごく)の反復横跳びが終わりを告げた。

 いや俺、異世界に来てから、蹴られすぎじゃないか??

 

 ほとんど自業自得なのだが…

 

 

 

「ねぇ行宗(ゆきむね)くん?他に変な事してないよね??」

 

 新崎(にいざき)さんは俺の首を掴みながら、ゴミを見る目で問い詰めてくる。

 

「ずみません…唇に、指を当てて…間接キスをしました…」

「はぁ?やっぱ変態じゃん。」

 

 新崎(にいざき)さんにそう言われて、俺は涙が出てきた。

 バレるなんて、思ってもいなかった。

 いや、だって、仕方がないじゃないか……

 女子二人に挟まれるシュチュエーションなんて、健全な高校生男子が耐えられるはずもないのだ。

 

「行宗くん、目が覚めたんだ。直穂(なおほ)ちゃん凄く心配してたんだよ。

 あと…蹴ったり殴ったりしてごめんね。

 私は寝起きか悪くてさ、無理やり起こされたら、その人を蹴り飛ばしちゃうんだ。」

 

 隣の浅尾和奈(あさおかずな)さんが、そんな事を言った。

 いや、怖すぎだろ。

 今後、浅尾(あさお)さんと寝るときは、無理に起こさないようにしよう。

 いや、そんな事あり得るのか??

 というか、なんで俺たちは、添い寝してたんだよ?

 

 

直穂(なおほ)ちゃん。行宗)(ゆきむね)くんを回復してあげて」

「はっ?何でよっ。嫌よこんな変態なんか。」

「えー?そんな事言っちゃって。昨日は泣きながら必死に回復してたのに??」

「いやっ、だってコイツ!私の胸を触ったのよ!」

「マジ??まあ、一緒にくっついて寝ようって言い出した、直穂(なおほ)ちゃんも悪いと思うけど??」

「それはっ!!…寒さを凌ぐ為だからっ。コイツの身体、暖かいし。」

「なら、胸を触られても仕方ないと思うよ?」

「どこがよっ!…

 ……もうっ!しょうがないわね。はい、【超回復(ハイパヒール)】」

 

 新崎(にいざき)さんは不貞腐れながら、俺に回復魔法をかけた。

 痛みが徐々に引いていく。

 そして俺は、新崎(にいざき)さんに心からの謝罪をした。

 

「すいませんでしたっ!!これでも我慢してたんです!ごめんなさいっ!!」

 

 身を投げ打ち、誠心誠意土下座をする。

 デジャブだな。

 なんで新崎(にいざき)さんには、こうもタイミング悪く、俺の犯行を見られてしまうのだろうか?

 俺が頑張って我慢していた間は、ずっと起きなかったのに!!

 

 「まあ行宗は、私の命の恩人だからね、見なかった事にしてあげる。

 触られても、減るものじゃないしね。

 それよりも、私達は今ね、危機的状況にいるの。」

 

「危機的状況??……それってどういう?」

 

 エロい状況ではなくて?

 

「私達、このままだと全員、死ぬわ。」

 

「え??」

 

 

ーー

 

 

 その後、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは、

 俺が気絶してから、二人と添い寝をするに至った経緯を語りだした。

 その話を聞いて、俺は凄く後悔をした。

 本当に、二人を生き返らせる選択をして良かったのだろうか、と。

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さん、どちらかを見殺しにしてでも、現世に帰るべきだったのではないか、と。

 

 それでも、どれだけ過去の選択を後悔をしても、希望を見出して先に進むしかない。

 俺も二人も、まだ生きている。

 それだけで、まだ希望はあるのだから。

 

 





 [次章へ続く]


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二膜 ドキドキ♡異世界ダンジョンハーレム編
十発目「ドキドキ♡異世界ダンジョンハーレム」


 ボス部屋にて、二人生き返らせる選択をした行宗(ゆきむね)が、岡野大吾(おかのだいご)に殴られて、気絶した直後の場面。
 
 (生き返った直後の)
 ー浅尾和奈(あさおかずな)視点ー


 

 

 

(眠い…くそ眠い…)

 私は、ぐっすりと眠っていた。

 眠っていたのに、周囲がやけに騒がしい。

 

 ドゴォォォ!!

「やめろ大吾(だいご)!!」

「良かったっ!!なーちゃん!」

「いやでも、現実世界へ帰れなくなっちまったんじゃない?」

「やめろよ!それ以上は死んじまうって!!」

「クソ野郎っ!ゆるさねぇ!」

 

(なに?クラスの皆??うるさいよ……寝られないじゃないっ!…)

 

和奈(かずな)ちゃん!!良かった!!生き返ったっ!!」

「うるせぇって言ってんだろ!!まだ眠いんだよ!」

 

 気づくと私はそう叫び、声のする方に向かって、拳を振っていた。

 

「あ、ごめん」

 

 ボゴォォン!!!

 

「うぐぅっ!!?」

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 私の一撃は、私の親友の、五十嵐真中(いがらしまなか)の顔面へとクリーンヒットしていた。

 またやってしまった……

 

「うわっ!!真中(まなか)っ!?ごめんなさいっ!!」

「イテテ……。痛いっけど…大丈夫…。和奈(かずな)の寝起きの悪さを忘れてたよ」

「ホントごめん。、無理矢理起こされると、つい手が出ちゃって…」

「それよりもっ!!生き返って良かったよぉぉーー!!かずなぁああ!!」

 

 五十嵐真中(いがらしまなか)は嬉し泣きをしながら、私にぎゅっと抱きついてくる。

 

(え??何言ってるの??真中(まなか)。生き返ったって、どういう事??

 

 私は、真中(まなか)の突然の言葉に違和感を覚え、自身の記憶を探っていった。

 ……あ……そうか、思い出した。

 …私はあの時、大吾(だいご)を庇って、お菓子のボスに殺されたんだ。

 

(!!?)

 途端に吐き気が襲ってくる。

 フラッシュバックだ。痛い!苦しい…!

 視界が暗転してから、大きなドーナツに、身体を叩き潰される痛みを思い出す。

 身体がガクガクと震えてしまう。

 怖い、怖い、怖い…

 

 あの時は、毒のせいで頭がぼんやりしていたけれど、

 よくもまあ、人を庇って自分は犠牲になるなんてマネができたな。と、不思議に思う。

 今の冷静な私には、とてもじゃないが怖くてできない。

 

 自分を犠牲にして人を助ける、って、ダサいけどカッコいいよね。

 

 それにしても、生き返ったってどういう事だ??

 ボスはどうなったのだろう?毒は無くなったのだろうか??

 私は、真中(まなか)に質問を投げかけた。

 

 

「私は生き返ったって事?、私が殺された後、何があったの?男子共は、なんであんな騒いでんの?」

 

 男子たちは、叫んだり怒鳴ったりして、もうめちゃくちゃである。

 そんな中、五十嵐真中(いがらしまなか)は、思い出すような素振りをしながら、ゆっくりと話し出した。

 

「あのね。あの後すぐ、新崎(にいざき)さんが殺されて、万浪(まんなみ)くんが強いスキルでボスを倒して、宝石の力で、和奈(かずな)新崎(にいざき)さんを生き返らせたの。

 でも、二人を生き返らせた(ぶん)で宝石を使い切ったせいで、元の世界に帰れなくなったから、岡野大吾(おかのだいご)がキレて大変な事になってるの」

 

「はぁ!!?マジで!?」

 

 新崎(にいざき)さんが死んで!?万浪(まんなみ)くんがボスを倒した??

 それで私は生き返って、大吾(だいご)がキレてて…なるほど…。

 私は、男子たちの方へと、注意を向けた。

 

 

「やめろよっ!!元の世界に帰る方法なんて探せばいいじゃねぇか!!」

「黙れモブ!!俺がどれだけの想いで、野球選手を目指してると思ってる!!」

「全員生きてるんだけでいいじゃねぇか。お前が暴れれば死人が出る!!」

「やめてっ!!みんな落ち着いて!!」

 

 男子たちは、岡野大吾(おかのだいご)を中心に、特殊スキルをぶつけ合って争っている。

 血を流す者、泣き喚く者、吹き飛ばされる者がいて、いつ誰かが死んでもおかしくないような激しい戦場だった。

(まったくっ!何やってんのよっ!!)

 

 

 

「邪魔するならブチ殺すぞ!!俺はなァ、おっぱいクソ野郎を殺さなきゃ、気が済まねぇんだよ!!」

 

 岡野大吾(おかのだいご)は、男子たちと闘いながら怒鳴り散らしている。

(ヤバいな、ブチギレモードだ…)

 

 彼の視線の先には、真っ赤な血に塗れた誰かがいた。

 身体中が血まみれで、生きているのかすら怪しく思える。

 

(あれは、まさか、万浪行宗(まんなみゆきむね)くん?)

 

 明らかに瀕死の状態で倒れていて、誰かなんて判別できないが。

 大吾(だいご)がおっぱいクンと呼ぶのは、万浪行宗(まんなみゆきむね)、彼しかいない。

 早く誰かが回復しないといけない。新崎(にいざき)さんか回復ポーションか、どっちか!!

 私の心臓の鼓動が、ドンドンと早くなる。

 あーもう、なんでよ!!

 お菓子のボスはもう倒れてるのに、なんでまだ殺し合ってるのよっ!?

 ほんとにバカ、バカ野郎!!男子ってホントにバカっ!

 

 

 

 私が焦っていると、血まみれの万浪(まんなみ)くんの元へ、一人の女の子が駆けつけた。

 褐色のマントをはためかせて黒髪をなびかせながら、激しい戦場へと突っ込んでいったのだ。

 

 

「ダメっ!ダメっ!!死なないでっ!!死なないでよ!!行宗(ゆきむね)くんっ!!【超回復(ハイパヒール)】!!【超回復(ハイパヒール)】!!【超回復(ハイパヒール)】!!!」

「なーちゃん危ないよっ!!」

 

 血まみれの万浪(まんなみ)くんに手を重ねて、ボロボロに涙を流しながら、彼を回復しているのは新崎直穂(にいざきなおほ)さんだ。

 

「ねえ行宗(ゆきむね)くん!私を助けておいて、死ぬなんて許さないからっ!!ずっと私の奴隷って言ったじゃない!!なんで??なんでよっ!?、なんで上手く回復出来ないのっ!!?」

 

 新崎(にいざき)さんは、何度も何度も回復をかける。

 緑色の回復の光が、ピカリピカリと点滅する。

 おかしい。

 新崎(にいざき)さんの超回復(ハイパヒール)は、どんな重症者でも、生きてさえいれば一瞬で回復する。

 まさか……万浪行宗(まんなみゆきむね)くんは、もう死んでいるの??

 

「おい新崎(にいざき)!!勝手な事すんじゃねぇよ!ブチ殺すぞ!!」

「ざけんな!!こっちのセリフよっ……!!行宗(ゆきむね)を返せよっ……!!」

 

 大吾(だいご)の怒鳴り声に、新崎(にいざき)さんも半狂乱で怒鳴り返した。

 もしかして、新崎(にいざき)さんは行宗(ゆきむね)くんの事が…

 いや、そんな事、今はどうだっていい。

 新崎(にいざき)さんが危ない。

 

「てめぇ、取り消せよ…」

 

 大吾(だいご)は明らかに殺気立ち、泣いている新崎(にいざき)さんを睨みつけた。

 だめだ。

 あの状態の大吾(だいご)は、何を言っても聞かない。

 

「なーちゃん危ない!」

「一旦落ち着けよ!大吾(だいご)!!」

「逃げて!なーちゃん!!」

「やべぇって、これ以上はっ」

 

 クラスの皆が、必死で止めようとするも、ブチ切れた大吾(だいご)は止まらない。

 岡野大吾は強すぎるのだ。

 

 私しかいない。

 【爆走(バーンダッシュ)】で、クラス内で最速の私なら、大吾(だいご)からでも逃げられる!!

 

 

 私は、新崎(にいざき)さんと行宗(ゆきむね)君に向かって、走り出した。

 

新崎(にいざき)さん!!捕まって!!」

 

 そして私は、新崎(にいざき)さんと行宗(ゆきむね)君を抱え上げた。

 二人を抱えた私は、部屋の隅へと全力で走り、逃げていく。

 

(あれ?、なんで?、おかしいな。全然スピードが出ない。)

 

 

 

「待てや、浅尾(あさお)っ!!そのクソ野郎を寄こせ!!」

 

 背中側から、大吾の追いかけてくる声が聞こえる。

 しつこい!

 くっそ、どこへ逃げればいんだよ。

 ここはボス部屋である、体育館よりは大きいものの、円形の空間に隠れる場所なんてない。

 どうしようかと考えていると、私は、穴を見つけた。

 

 ボス部屋の入口、大きな扉に、人が通れる程の穴が開いている。

 しめた!と思い。

 私はその穴へと飛び込んだ。

 ボス部屋の外へと逃げ出したのだ。

 

 

 寒っ!

 ボス部屋の外は洞窟になっていて、薄暗くて寒かった。

 大吾(だいご)の怒りを収める最善手は、その原因と引き離すことである。

 とにかく、どこか物陰に隠れなければ。

 私は、前方に洞窟の窪みを見つけて、その中へと入った。

 

 ドッカンドッカン、と、

 ボス部屋から、籠った戦闘音が響いてくる。

 大丈夫だろうか??

 その後

 ガシャーンという音と共に

 扉の穴が、大きな岩で塞がれた。

 このスキルは、金沢大成(かなざわたいせい)君の【石球(ストーンボール)】だ。

 ナイスプレー!!

 これによって、穴は一時的に塞がれた。

 

 

 

浅尾(あさお)さんっ!助けてくれてっ、ありがとぉっ…でも行宗くんがぁっ!!上手く治らないの!!」

 

 私の肩に、新崎(にいざき)さんが泣きついてきた。

 やはり、もう既に死んでいるだろうか??

 私は恐る恐る、行宗(ゆきむね)君の胸に、手のひらを重ねた。

 

 とく、とく、とく……。

 

 行宗(ゆきむね)君の心臓は、ちゃんと動いていた。

 

新崎(にいざき)さん!!心臓はまだ動いてるよ、まだ死んでない!」

「え……?」

 

 新崎(にいざき)さんも、恐る恐る手を重ねた。

 

「ほっ、ホントだぁ。脈が戻ってる。良かったっ……!」

「これは私の予想だけど、猛毒のステータス上昇の効果が消えた分、新崎さんの回復力が下がったんだよ。私のスキルも遅くなってたから。」

「なるほどね。…そっか。あの猛毒も解いてくれたんだね、行宗(ゆきむね)くん。」

「でも、まだ息してない」

「うん」

 

 新崎(にいざき)さんはそう言って、自身の両手を、行宗くんの首へとかけた。

 行宗(ゆきむね)くんの口に、顔を近づけてから……

 優しく唇を重ねた。

 そして、フー、フー、フーっと、自らの息を吹き込んでいく。

 

 (マジで!?)

 突然の事に驚いたが、正真正銘の人工呼吸である。

 緊急事態における正しい対応ではあるのだが、私は不謹慎にもドキドキしてしまった。

 クラスで真面目な新崎(にいざき)さんと、大人しい行宗(ゆきむね)君がキスをしているなんて、信じられない光景だった。

 そして…

 

 こほっ!

 と、行宗(ゆきむね)くんが血を吐き出した。

 そうして少しづつだが、呼吸が元に戻っていった。

 行宗(ゆきむね)くんの顔色も回復していく…

 

「はぁーー、良かったーー」

 

 新崎(にいざき)さんは、疲れた様子で、地面にグッタリと座り込んだ。

 まだ意識は戻らないが、傷も塞がり、呼吸が続いている。

 なんとか命を繋げたみたいだ。

 良かった。

 

 

 それに、真中(まなか)の話によると、行宗(ゆきむね)くんがボスを倒して、私を生き返らせてくれた人らしい。

 マジでクラスのヒーロー、私の命の恩人である。

 とにかくこれで、クラス全員無事である。

 

 

(大吾の怒りは収まっただろうか?)

 

 私はボス部屋の方へと目線を向けた。

 いつの間にか騒がしい戦闘音は鳴りやんでいた。

 洞窟の中は静寂に包まれている。

 

(良かった、落ち着いたみたいだ。)

 

 ここから、全員で元の世界に帰る。

 その方法を見つけるんだ。

 

 

 

「え…??」

 

 は??

 なんで?なんで?

 目に入った光景に、私は驚きのあまり、声を漏らした。

 

新崎(にいざき)さん、ちょっと見て…」

「なに…??えっ……」

 

 新崎(にいざき)さんも私の指さす方向へと視線を向けて、アッと絶句した。

 

「ボス部屋が、無い…」

 

 なんと、そこ(・・)にあったはずの、大きな扉が消えていたのだ。

 そこ(・・)には、ただゴツゴツとした石壁があるのみであった。

 

 

 

 私は駆け出していた。

 温度のない洞窟で、大きすぎる不安に駆られながら、走りだしたのだ。

 

「みんなっ!?どこ!?どこにいったの!!」

 

 叫んでも、叫んでも、自分の声が返ってくるだけである。

 

「ねぇっ!!置いてかないでよっ!!みんなっ!!!」

 

 涙がボロボロと出てきた。

 そして私は、神にすがるように祈った。

 

(お願いです、もう嫌です、家に帰して下さい。お腹が空きました。疲れました、辛いです。

 お母さんに会いたいです。お兄ちゃんに会いたいです。父さんに会いたいです。

 夢なら覚めて下さい。)

 

 それでも、どれだけ神に祈っても、私は一人だった。

 泣いて泣いて、泣き疲れたころ、後ろから足音が聞こえてきた。

 

 

 

「私達だけ取り残されたみたいね。」

 

 新崎(にいざき)さんが、疲れたような声でそう言った。

 

「きっと皆無事よ。きっと、どこかで生きてる。そう信じようよ。」

「……………」

「私達はまだ生きてるわ。まだ終わってない。だから一緒に生きようよ。」

 

 新崎(にいざき)さんは後ろから、私の身体を包み込んだ。

 彼女の柔らかい身体に、ぎゅっと優しく抱きしめられる。

 あたたかい……

 

「……んっ……っううっ……!!」

 

 私はまた、泣き出してしまった。

 でも、これは悲し涙じゃない、嬉しいのだ。

 

「……っぅんっ……ぁりがとっ……新崎(にいざき)さんっ…」

 

 私は新崎(にいざき)さんの胸の中で、弱々しく泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、新崎(にいざき)さんはさ、行宗(ゆきむね)くんの事が好きなの??」

 

 落ち着いた私は、新崎(にいざき)さんにそう訊いた。

 

「えー、誰にも言わないって約束するなら、教えてあげる。」

「絶対、誰にも言わないからっ!」

「……分かった…。言うね……

 

 …うん…好きだよ……行宗(ゆきむね)くんが好き…好きになった……」

 

「……そっか……」

 

(マジかよ!!?)

 平静を装ったものの、私は興奮を隠しきれなかった。

 胸の鼓動が高鳴り、口元がにやけてしまう。

 新崎(にいざき)さんも、唇をキュッと締めながら、顔を赤くしている。

 いや、ガチやんけ!!

 新崎(にいざき)さんは真面目な優等生で、男子に興味なんてなさそうに見えてたけど。

 まさか行宗(ゆきむね)くんとは!!

 いやー。恋する乙女は可愛いねぇ…

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)君のどこが好きなの??」

「ん……。話しやすくて楽しい所かなぁ。優しくて、カッコよくてっ……」

「ふーんっ、そっか…

 ……告白はしないの?」

「あー。実はね……

 ………告白されたの。今日。」

 

(は?なんつった?)

 え??告白されたの!?行宗くんに!?

 しかも今日!?嘘でしょ!?

 ……て事は、二人はもう結ばれてるってコト!?恋人同士ってコト!?

 

「な、なんて返事したの!?」

「ど…私の奴隷になって下さいって…」

「え……はぁっ!?ドっ…ドレイ!!?何言ってんの!!?もしかして、新崎(にいざき)さんってソッチ系の趣味??」

「ちっ、違くて…。その…行宗(ゆきむね)くんが致しているのを見た直後だったから、なんとなく…気まずくてさ。」

「致すって??どういう意味??」

「え?…あぁ………その……エッチなことだよっ、オ〇二ーしてる所を見たの……」

「はぁあああっ!!?」

 

 今何て言った??

 新崎(にいざき)さん!?

 真面目で優等生の新崎(にいざき)さん??

 だよね??あれぇ??

 行宗(ゆきむね)くんがオ〇二ーしてた!?

 それを新崎(にいざき)さんが見た!?

 その直後に告白!??

 

「どういう状況よ!?」

「あの……。スキルの練習の時間に、洞窟の中で彼が私でオナ二ーしてる所に出くわしちゃってさ…」

「はぁ!洞窟の中!?ド変態じゃない!!!」

「いや違うのっ!!行宗(ゆきむね)君の特殊スキルは、実はオ〇二ーをすることで発動して」

「オナ二ーをして発動!??」

 

 私は、衝撃の事実の連撃に、愕然とした。

 新崎(にいざき)さんのオ〇ニー連呼にも愕然とした。

 それから新崎(にいざき)さんが、丁寧に説明してくれるのだが、

 理解するのに一苦労した。

 

 

 

「あははははっ!!つまり、行宗(ゆきむね)くんがボスの前でオ〇ニーして、賢者モードでアイツを倒したって事か!?」

「ホントにね、バカみたい」

「いやー。変なのっ!命がけの戦いの話なのに、笑いが止まらないよ」

 

 

 私と新崎(にいざき)さんは、あっという間に打ち解けていた。

 

 新崎(にいざき)さんは、いつも休み時間まで勉強していて、真面目な人だと思っていたのだが

 まさか下ネタで盛り上がれる人だとは思っていなかった。

 私は、お兄ちゃんのエロ本を読み漁ってたから、下ネタの耐性は強いほうだが。

 なかなか女子同士で、下ネタで盛り上がるなんて初めてだった。

 サッカー部の男子は下ネタ好きだが、私は女子としての立場上、スルーしているし。

 

「ねぇ、新崎(にいざき)さんの事を、直穂(なおほ)ちゃんって呼んでいい?」

「うん、じゃあ私も和奈(かずな)って呼ぶ」

「よろしく直穂(なおほ)ちゃん!」

「うん、和奈(かずな)

 

 ということで、私達は親友になった。

 新崎(にいざき)さんは、話してみるととっても楽しい。

 絶望ばかりの異世界だが、僅かばかりの希望が出来た。

 

 それにしても、行宗(ゆきむね)くんの話は面白すぎる。

 スキル【自慰(マスター〇ーション)】って、可哀そう過ぎるでしょ。

 本人は至って真面目なのも、お笑いポイントが高い。

 早く目を覚まして欲しいな。

 新崎(にいざき)さんも私も、早く彼と話したいのだ。

 

 

 

「ふぅ……疲れた…眠くなってきたよ。」

「だねぇ…。あと、喉も乾いた…お腹も空いた…」

「そうだ!回復ポーションとか余ってないかな??あれならお腹にも溜まるし」

「なるほど!!」

 

 私達は、それぞれバックの中を漁り、余っていた二本の解毒ポーションを取り出した。

 行宗(ゆきむね)君のバックの中は…空だった。

 

「どうしよっか?」

「一本開けて、二人で飲もう」

「そだね」

 

 ゴクゴクゴク…と、解毒ポーションを飲み込んでいく。

 濃い薬草のような味で、とても苦いのだが、渇きと腹の虫は収まっていく。

 

「ねぇ、洞窟の出口とか、転移魔法陣を探したり、水と食料を見つけたりとか、すべきことは色々あるけどさ、

 疲れたから、とりあえず寝ない?」

 

 新崎(にいざき)さんがそんな提案をする。

 

「賛成…。頭回らなくなってきた…」

 

 私も同意した。

 

「にしても、どんどん寒くなって来てるね。一緒にくっついて寝よ。コレを布団にしてさ。」

 

 新崎(にいざき)さんは、温かそうなマントを脱ぎながらそう言った。

 正直ありがたい。

 洞窟内の空気はどんどんと冷え込んでいる。原因は分からないが、身体を寄せ合って寝たほうが良さそうだ。

 もし、万が一、このまま気温が永遠に下がり続けたらどうなるだろうか……

 いや、やめよう。悪い想像をしても仕方ない。しょせん私の頭が作った空想に過ぎない。そんな事起こらない、うん。

 

「そうだね。修学旅行みたいで楽しいね!」

 

 私は、楽しいイメージへと切り替える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という事で、右から、直穂(なおほ)ちゃん、真ん中に行宗(ゆきむね)くん、左に私の順で、肩を並べて、新崎さんのマントを掛け布団にして寝る事になった。

 

 

 WHY(なんで)!?

 WHY(なんで) IS YUKIMUNE(行宗くんが) CENTER(真ん中?)?   

 と、突っ込みたくなるが。ここには明確な理由が存在する。

 行宗(ゆきむね)君の身体が、カイロのように温かいのだ。

 男子はみんな暖かいのか、新崎(にいざき)さんが回復()をかけまくったせいなのか、私には分からない。

 でも、私のお兄ちゃんの身体は、暖かったのを覚えている。

 

 というか、家族以外の男と添い寝なんて、初めてなのだが!

 私の初めてが、こうもあっさり失われていいのだろうか!?

 

 まあ、生存確率をあげるためには仕方ないのだ。体温を保つためなのだ。別に変な意味はない。

 そんな事は分かっているが、私はソワソワして眠れなかった。

 一方、新崎(にいざき)さんはすぐに、ぐっすりと眠ってしまった。

 

 えー?好きな人との始めての添い寝でしょう?そんなにぐっすり出来るものなの??

 というか、せっかくの修学旅行の夜でしょう?、もっと恋バナしたかったよぉ。

 

 とか何とか、私は頭の中で、一人でぺちゃくちゃと喋っていたが、

 次第に睡魔に勝てなくなり、ぐっすりと眠ってしまった。

 

 右隣の行宗(ゆきむね)くんが、すごく暖かかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一発目「苦い○○キスの味」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは、俺が気絶していた間にあった事を話してくれた。

 

 俺は、岡野(おかの)にやられて死の間際を彷徨ったが、この二人に助けられたという話。

 ボス部屋は消滅して、外にいた俺達は、ダンジョンの中に取り残されてしまった。という話。

 眠気と寒さから、三人で添い寝をする事になった話。

 

 俺はそれを聞いて、色々な感情を抱いたけれど、

 そのほとんどが、重い後悔だった。

 

 

「………俺は選択を、間違えたのかな………??」

 

 俺は、後悔をした。

 クラスメイトは消えてしまい、俺達は洞窟の中に取り残された。

 今は生きているものの、こんな場所で、これから生きていける保証はないのだ。

 

(お腹も空いた、喉も乾いた、まだ身体が痛む……)

 

 こんな所に、レストランや自動販売機があるはずもなく、このまま俺達は、近いうちに飢え死ぬだろう。

 

「ごめん、せっかく二人を助けたのに、これじゃぁもう……」

 

 二人のどちらかを見捨ててでも、現世に帰る選択をしておけば良かったのかも知れない。

 いや、違うな…もっと前だ。

 俺が始めから、【自慰(マスター〇ーション)】スキルを使っていれば、誰も死なずに済んだのだ。

 

「ごめん……ごめんっ……俺のせいだ……俺が始めからスキルを使っていれば………」

 

 俺が後悔にさいなまれて、地面を見つめながら二人に謝罪をした。

 

 

 

「………ばっかじゃないの、悲劇のヒーロー気取りのつもり?」

 

 すると、新崎(にいざき)さんがやってきて、俺は胸倉を掴まれた。

 そうして、グイッと引き寄せられて顔を上げると、新崎(にいざき)さんと目が合った。

 

(近っ!?)

 

「あなたはボスを倒した!クラスの皆を助けた!私達の命を助けたのよ!?ほら、私の心臓!まだ動いてる!私達がまだ生きてるのは、行宗くんのおかげなんだよ!」

 

 新崎(にいざき)さんは、俺の腕を掴んだ。

 そして俺の手のひらを、自身の胸の真ん中へと強く当てた。

 

 流石に、胸に触れただけで、心臓の鼓動なんて分からないけれど。

 その想いは強く伝わってくる。

 新崎(にいざき)さんがこんなに叫ぶのなんて、初めて見た気がする。

 隠すことなく本心をぶつけてくれているのだ。

 俺は、新崎(にいざき)さんの気迫に圧倒されて、息を飲んだ。

 

「だから、私達は生きなきゃダメなの。行宗(ゆきむね)君が助けてくれた命だから!無駄になんて出来ないからっ………!ありがとう……本当にありがとうっ………す…………かっこいいよ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、俺の手を両手でギュッと握りしめながら、泣きそうな目で俺を見つめる。

 感謝をされた。助けてくれてありがとう、と。だから生きなきゃ駄目だ。と。

 ああ、新崎(にいざき)さんはなんて優しい人なのだろう。

 その通りだ、まだ誰も死んでいないのだ。

 クラスメイトは消えてしまったけど、死体を見たわけじゃない。

 まだ俺の選択は、間違っていたとは言えないのだ。

 とりあえずこの三人で、生き延びよう。

 そうすれば俺の選択は、間違いでなかった事になるから。 

 諦めたらそこで試合終了って言葉もあるじゃないか。

 俺は二人を助ける選択をしたのだ、だからその選択に最後まで責任をもたなければいけない。二人を死なせる訳にはいかないのだ。

 よし、大丈夫だ。俺はまだ前を向ける。

 

「俺の方こそ、ありがとう……。

 ……助けてくれてありがとう。新崎(にいざき)さん、浅尾(あさお)さん…」

 

 俺は、岡野大吾(おかのだいご)から俺を逃し、回復してくれた二人へと、感謝の言葉を重ねた。

 互いに助けて助けられた。これからもそうやって、絶対に生き延びるのだ。

 

 

 

「……うん。私もね、凄く感謝してるよ。生き返らせてくれてありがとう、行宗(ゆきむね)君!」

 

 今度は浅尾(あさお)さんが優しい笑顔で感謝の言葉をくれた。

 笑顔で感謝されると、無茶苦茶明るい気持ちになれる。

 嬉しい、嬉しいな……

 こんな絶望的状況だけど、俺は今、幸せを感じている。

 浅尾(あさお)さんも新崎(にいざき)さんも、すごく優しい人だ。

 話していると、心がポカポカと暖められる。

 

「ありがとう……。絶対に三人で生き延びて、クラス皆であの教室に帰ろう。俺は、二人を生き返らせる選択をしたんだから!」

 

 俺は自分自身を鼓舞するように、これからの目標を口にした。

 

「もちろん!」

「うん!」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんも力強く頷いた。

 掛け声というものは便利である。

 どんな窮地(きゅうち)に追い込まれても、自然と大丈夫な気がしてくるのだ。

 前を向きなおして、一歩を踏み出す勇気が湧いてくる。

 

 クラスの女子二人とハーレムしながら、過酷なダンジョンで生き延びるサバイバル。

 天国か地獄か分かりゃしないが、俺の中にあった後悔は、少し和らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーてっ、お腹減ってるっしょ。朝ごはんにしよ!」

 

 浅尾(あさお)さんが両手をパチンと叩いて、提案をした。

 そして、傍にあったバックの中に手を突っ込んで、ガサガサと何かを取り出した。

 朝ごはんなんて、持っているのだろうか?

 

「じゃーん!解毒ポーション!!」

「えぇ……」

 

 俺は思わずため息を漏らした。

 

「なによそのため息。コレしかないから仕方ないじゃん。ほら飲んで!」

 

 浅尾(あさお)さんは、俺の手に解毒ポーションを手渡した。

 この味、苦手なんだよなー。

 濃厚な苦味の不協和音(ディスコード)というべきか、

 まあ、仕方ない。喉が渇いているのだ。背に腹はかえられない。

 

 ごく、ごく、ごく、

 

 俺は解毒ポーションを、ゴクゴクと飲み込んでいく。

 紫色の液体が俺の食堂を通り、胃の中へと入っていく。

 不味い……

 俺は思わず顔を顰めてしまう。

 苦いっ、苦すぎる………!!

 だがしかし、悔しいが効果は本物だ。

 飲み始めた途端に、空腹感は満たされていき、喉の渇きも潤っていく。

 

「あ、そうだ。半分くらいは残しておいてね。」

 

 浅尾(あさお)さんの言葉に、俺は慌てて飲むのをやめた。

 そして、既に腹一杯であった事に気づく。

 解毒ポーションで空腹を満たせる理屈はわからないが、このポーションを現代で売れば、かなりの額になるだろう。

 

「じゃあ、次は直穂(なおほ)ちゃんね。」

 

 浅尾(あさお)さんは、そう言いながら、俺に右手を差し出してくる。

 俺は何も考える事なく、浅尾(あさお)さんが差し出した右手に、半分残った解毒ポーションを手渡した。

 

「ほら、直穂(なおほ)ちゃん、好きなだけ飲んでいーよっ。」

「えっ?」

「ほら、お腹空いてるでしょ?昨日も、行宗くんの回復を必死に頑張ってたし」

「ん……んまあ…お腹は空いてるけどさっ……」

 

(え??)

 

 新崎(にいざき)さんは浅尾(あさお)さんの手から、俺が口をつけたポーションの瓶を受け取った。

 

(え??まさか!!飲むんですか新崎(にいざき)さん?俺の飲みかけを!)

 

「え……いいんですか?間接キスじゃ……」

 

 あっ!!しまった、つい口に出してしまった。

 新崎(にいざき)さんは、ビクッと身体を硬直させ、ギョッとした顔で俺を見る。

 マズイ、これで気づかれてしまったか。

 何も言わなければ、そのまま間接キスをしてくれていたのに!!

 くそっ、言わなきゃよかった!

 

 

「だってさー、新崎(にいざき)さんはどう思う??別に間接(・・)キスくらい、気にしないよねー?」

「あ……あたりまえでしょっ、バカバカしいっ」

 

 二人がそんな会話をする。

(え?気にしないの!?)

 

 新崎(にいざき)さんは、ポーションの瓶の口に唇をあてがい、勢いよく瓶を傾けて、ゴク…ゴク…ゴク…と、解毒ポーションを飲み込んでいく。

 嘘だろ!?気にならないのか!?

 マジで間接キスじゃないか!?

 間接キスとは、すなはち二人の唇が間接的に触れ合う事象である!!

 新崎(にいざき)さんが口をつけた瓶には、俺の唾液がついている。

 つまり今、新崎さんは俺の唾液も一緒に、飲み込んでくれているという事。

 つまりコレって、実質ディープキスなんじゃないか!?

 いや、新崎(にいざき)さんの喉の動きエロ過ぎだろ!?

 

 気が付くと、俺の息子は背筋を伸ばして立ち上がっていた。

 まずい。流石にコレ(・・)を、二人に気づかれる訳にはいかない。

 くそっ、収まれ!収まれ!!

 そう思う程、パンパンに膨れ上がってしまう。

 

「どう?直穂(なおほ)ちゃん。美味しかった?」

 

 浅尾(あさお)さんは、ニコニコとした笑顔で新崎(にいざき)さんに味を訪ねた。

 

「苦いわよ…すっごく…もうお腹一杯……」

 

 新崎(にいざき)さんは小声で呟き、少し残った解毒ポーションを、浅尾さんに差し出した。

 

「ん、ありがと」

 

 浅尾(あさお)さんは、新崎(にいざき)さんから瓶を受け取ると、残った分を一気にゴクリと飲み干した。

 

「ぷはぁ…。うへぇ、マズ…」

 

 浅尾(あさお)さんは、おっさんみたいな溜息をついて、空の瓶を地面に置いた。

 浅尾(あさお)さんは、男っぽいというか、サバサバした女性だ。でも可愛いのだ。だからクラスの男子にモテる。

 根が優しくて、明るいから、自然に過ごしているだけで、男子を魅了してしまうのだ。

 

 まあ新崎(にいざき)さんも、性格の良さでは負けてないけど。

 うんホントに、俺なんかじゃ勿体ない女性だよな……

 この三人の中で、俺だけがパッとしていない。

 

 

 

「さて、これで私達は、同じ釜の飯を食べた仲間って訳だけど、私達の食料は底をつきました。何か食べ物を探さないといけません。」

 

 浅尾(あさお)さんが、そう言った。

 

「とりあえず動きましょ。洞窟の出口を見つけるにしても、動かない事には始まらないわ。」

 

 新崎(にいざき)さんがそう言って、腰を起こして立ち上がった。

 

「よいしょっと」

 

 次に、浅尾さんも立ち上がる。

 さて、最後に俺が立ち上がる時が来た。

 しかし、ここでトラブルが発生する。

 俺はこのままでは立ち上がれない。

 なぜなら股間にテントが張っているからだ。

 このまま立ち上がれば、俺の下半身が興奮している事がバレてしまう。

 

「どうしたの?行こうよ。」

 

 新崎(にいざき)さんが、俺を見下ろしながら不思議そうな顔をする。

 ごめんなさい、俺も出来る事なら立ちたいんだ。でも立てないんだ。

 息子の方は、元気に立ち上がっているけれど、それを知られる訳にはいかないのだ。

 くそっ、どうしよう……

 俺がしゃがんだままでいると、新崎(にいざき)さんが俺の前で座りこみ、優しく右手を差し伸べてくる。

 

「ほら、握って。」

 

 くそぉ、こんなの立つしかないじゃないか!

 俺は恐る恐る、新崎(にいざい)さんの右手に右手を重ねた。

 その手はひんやりと冷たかった。

 俺は、もうどうにでもなれ!と思い、正々堂々と立ち上がることにした。

 

 ここでもし恥ずかしがるしぐさをすれば。気遣いの上手い新崎(にいざき)さんは、俺の下半身に気づいてしまうだろう。

 それだけは駄目だ!

 俺は、胸を張って堂々とした態度をつくり、新崎(にいざき)さんの手に引かれながら、ゆっくりと立ち上がった。 

 新崎(にいざき)さんの手は小さくて、指も細くて綺麗だった。

 

 

行宗(ゆきむね)くんの手、思ったより大きいんだね。」

 

 すると新崎(にいざき)さんが、興味深々に俺の手を見て、俺の指や手のひらを、グリグリと弄りはじめた。

 うそっ!?、くすぐったいっ……それに手つき、エロすぎるだろっ……これ、なんてプレイですか??

 俺の手指をサワサワと撫でまわす新崎(にいざき)さんに、俺は興奮してしまった。

 もし、俺のこの手(・・・・)を、股間(・・)に置き換えたとしたら、同じように新崎(にいざき)さんは興味を持ってくれるだろうか?

 ………

 ……いやマズイ。これ以上の妄想はやめておこう。

 いよいよ下半身が暴走する。起立した息子が見つかってしまう。

 

「じゃあ、いこうか。」

「う、うん」

 

 そんな言葉を交わして、名残り惜しくも、俺は握った右手を離した。

 そして三人で、洞窟の闇の中へと出発した。

 幸運な事に、俺の股間の膨らみは気づかれる事がなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二発目「ニ○イを嗅がないで!」

 

 俺達三人は、トンネルのような穴の、坂道を登っていった。

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが前に並んで談笑している。

 俺は彼女達の後ろを付いていく。

 

 気温は高くない筈なのに、額からポロポロと汗が零れた…

 キツイ……

 運動不足の俺にとって、岩場を登っていくのはかなり疲れる。

 足腰がジンジンと痛みを上げる。

 これは、どこまで続くのだろうか…。

 

「ふー。服が汗でベトベトだよー。」

「そうね、昨日からお風呂入れてないし、気持ち悪い。」

「だねー。サッパリしたシャワーを浴びたいわ。」

 

 前の二人は、額の汗を拭いながらそんな会話をする。

 疲れているのは俺だけではなかったようだ。

 

 

「ねぇ和奈(かずな)。私の身体、匂いとか大丈夫かな?」

「え…正直、ちょっと臭うかも……」

「なっ!?嘘っ!?」

 

(!!?)

 

 俺は思わず噴き出しそうになった。

 いや、まあそりゃあ、お風呂入れてないから、ある程度匂うのは仕方ないけどさ。

 新崎(におい)さんのニオイなんて、興奮してしまうのだが。

 

 

 「ふふ、冗談だよー。うんうん大丈夫、直穂(なおほ)ちゃんはいい匂いだよ」

 「わっ!?ちょっとっ!嗅がないでよバカっ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、冗談だと言ってケラケラと笑う。

 新崎(にいざき)さんは、近づいてくる浅尾(あさお)さんを両手で遮った。

 

 新崎(にいがき)さんの汗の匂いか。

 俺も実は嗅いだことがある。

 昨日のラスボス戦で、新崎(にいざき)さんに抱きついた時である。

 さらに、フィニッシュの瞬間に、新崎(にいざき)さんの生パンツの匂いまで嗅いだ。

 それは綺麗な匂いではなくて、汗と何かが混じった変な匂いだった。

 あれが、同人誌でよく見る、メス臭いというやつだろうか。

 今思い出しても凄く興奮するのだが、同時に申し訳ない気持ちになる。

 新崎(にいざき)さんにとって、自分の匂いを嗅がれるなんて凄く嫌だったはずだ。

 なぜなら、俺だって嫌だからだ。

 俺も新崎(にいざき)さんに、自分の汗の匂いなんて嗅がれたくない。

 好きな人に「臭い」と思われるのが嫌だからだ。

 俺も昨日から汗びっしょりだから、正直汗臭いと思う。

 一刻も早くお風呂に入って、新しい服に着替えたい。

 その思いは、みんな一緒なのだ。

 

 

 そんな時だった。俺はとある匂いを感知した。

 汗の匂いではない。美味しそうな香りだ…

 洞窟の奥から漂ってくる、中華スープのような香り。

 これは、食べ物があるかもしれない!!

 前を進む二人は、まだ気づいていないようだ。

 ここで俺は、だいぶ足が遅れて、二人と距離が離れてしまっていた事に気づいた。

 俺は足を早めて、二人の(そば)へと近づいた。

 

「あの、なにかいい匂いがしませんか?美味しそうな匂いが…」

「いやあぁぁ!?近づかないで!!!」

 

 ドゴッ!!

 

「うぐっ!?」

 

 俺は、新崎(にいざき)さんに悲鳴を上げられ頬っぺたをひっぱたかれた。

 俺はバランスを崩し、地面に膝をつく。

 

「えー??行宗くん、直穂(なおほ)ちゃんの汗を嗅ぎにきたの??ヘンタイ君?」

 

 浅尾(あさお)さんは、ニヤニヤした顔で俺を見下ろしてくる。

 

「いや違うんですっ!汗の匂いじゃなくてっ!!本当に美味しい匂いがするんです!洞窟の奥から!!」

「「え??」」

 

 二人の呆気に取られた声が重なった。

 そして二人とも、洞窟の奥へと顔を向ける。

 

 

「ほんとだ…美味しそうな匂いがしてる。何だろ?…シュウマイとか??」

「ん?肉まんじゃない??」

 

 浅尾(あさお)さんと新崎(にいざき)さんも気づいたようで、それぞれ推察を巡らせる。

 確かに、中華料理の匂いと言われれば、そんな気がする。

 

「やった、食べ物があるよ!!」

「え、でも、洞窟にご飯が落ちてるなんてあり得る??」

「分かんないけど行くしかないっしょ。どのみち食料がないんだから。」

「なんか、嫌な予感がするんだけど…まあ行くしかないわね。」

 

 新崎(にいざき)さんは、不安そうに呟くが、ここは行く以外の選択はあり得ないだろう。

 俺達は、洞窟の先へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン、ドンドン、ドン…

 

 洞窟を進んでいくと、鈍い衝突音が聞こえ始めて、近づくにつれて、だんだんと大きくなっていく。

 

「これって、まさかモンスターじゃないか?」

 

 俺は、恐る恐る口に出した。

 食料探しも大切だが、ここはダンジョンである。

 しかもラスボスのいる最下層である。

 きっとかなりの強さに違いない。

 

 すると、前方が明るくなり、狭い洞窟が広い空間へと繋がった。

 俺達は恐る恐る、音と匂いのする方をのぞき込んだ。

 

 

「なにあれキモッ!!…デカすぎでしょ…」

「やっぱり肉まんじゃん!」

「気持ち悪いな…」

 

 なんだアレは!まさか食えるのだろうか?

 そこには、大量の大型モンスターがいた。

 高さ約4メートル。

 白くて柔らかい、三角錘のカタチをした、肉まん型モンスター。

 モンスター名は……【Mega Syo-ronpo-】だ…

 読み方は……【メガ、ショーロンポー】か……。

 いや!小籠包(しょうろんぽう)じゃねぇか!?紛らわしいんだよ!!

 

「あぁー小籠包だったか…」

「ていうかこの場所、あったかくない!?。湯気もすごい」

「蒸されてる、のかな??」

 

 目の前に広がる大きな空間には、白い湯気が立ち込めていて、蒸し暑かった。

 体育館程の広い空間で、平らな地面の上を、10体程の【小籠包】が歩き回っている。ドスン、ドスンと跳ねながら。

 一体、身体の仕組みはどうなっているのだろうか?

 

 

「アレ食べれるのかな??」

「試してみる価値はありそうね。」

「昨日のラスボスは、美味しそうだったけど食べられそうだった?」

「絶対無理。身体が鉄みたいに硬かったから。」

「なるほどね。でも、【小籠包(アイツら)】の身体は柔らかそうね」

 

 女性陣が、そんな議論を交わしている。

 勿論、食べれるか食べれないかは重要な疑問ではある。

 しかし、その前に、とある重要な問題がある。

 果たしてあのモンスターを、俺達の力で倒せるのかだろうか??。

 

「でも、ここはダンジョンの最下層、九十二層だよ?ボスではないけど、今の俺たちじゃ瞬殺されるはず。」

 

 俺は二人にそう言った。

 

「え?そうだっけ??」

「そうなの?」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、不思議そうに俺を振り返った。

 そっか、二人はこの情報を知らないのか。

 

「ボス戦の時は、毒の効果でレベルが上がって、ボスと何とか戦えていたけれど。重要なのは、ハルハブシの猛毒の効果は、ステータス三倍上昇だって事だ。

 その効果が無い、今俺の達の能力は、ボス戦の時の三分の一しかないんだ。」

 

「え?三分の一!?」

「マジか、なるほどね。って!なんでそんな事分かるの?」

 

 二人は驚いた顔をする。

 

「あー。これは俺のスキルの…ええと…10分限定で賢者になれるスキルのお陰で知ったので…」

 

 俺は【|自慰《マスター○ーション)】スキルについて、言葉を濁しながら話した。新崎(にいざき)さんは兎も角、浅尾(あさお)さんは俺のスキルについては知らない筈だ。

 それに、女子の前で下ネタワードなんて、恥ずかしくて言いたくない。

 

「あー別に誤魔化さなくて良いよ、知ってるから。【自慰(マスター〇ーション)】スキルでしょ?」

「知ってたんですか……」

 

 浅尾(あさお)さんに言われて、俺は恥ずかしさのあまり顔を俯かせた。

 女子に、面と向かって言われると、裸を見られたような感覚になる。

 

「へぇ!賢者ってそんな事も分かるんだ。」

 

 新崎(にいざき)さんが目を輝かせてそう言った。

 この目は、楽しく勉強をしている時の新崎さんの目だ。 

 いや、こんな事について、真剣な目で学ばれても……

 

「でも、どうしよう……。私達じゃ、あんな小籠包にすら勝てないのよね。」

 

 新崎(にいざき)さんが、難しそうな顔で呟いた。

 その通りだ。

 俺のレベルは確か27レベル。

 そんな俺達が、ラスボス手前のモンスターに勝つ方法…

 考えれば考えるほど、この方法(・・・・)しかないと、そう思えてしまう。

 俺は二人に、それ(・・)を提案した。

 

 

「たぶん、俺の【自慰(マスター〇ーション)】スキルなら、勝てるかも知れません…。10分間だけステータスが三倍になれるので…」

 

 そう、俺が戦うしかないのだ。

 俺の自慰(マスター〇ーション)スキルなら、三倍ステータスアップ出来る。

 ラスボス戦の時の俺の強さには遠く及ばないが、この三人の中では一番強い筈だ。

 

「絶対に嫌よ。私をオ〇ズにしちゃダメっていったでしょ。」

「そうね…。悪いけど、行宗(ゆきむね)くんがシてる所なんて見たくないし、却下よ」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは、辛辣な声で却下した。

 くっ、辛い!心臓が重い… 

 俺だって、俺だって、オ○ニーなんか、したくないよっ!!

 片思いの新崎(にいざき)さんと、クラスの美少女浅尾(あさお)さんの前でシ〇るなんて!恥ずかしすぎて出来る訳ないじゃないか!!

 でも、こうする以外に、俺達が小籠包(しょうろんぽう)を倒す方法はないんだ…

 

「別にさ、アイツを倒す必要はないんじゃない??ササッと身体をむしり取って、急いで持って逃げれば、倒さなくても小籠包(しょうろんぽう)が手に入るしね。」

 

 俺がうな垂れていると、浅尾(あさお)さんがそんな事を言った。

 

「そうか!なるほど!食べるだけなら、身体の一部を取るだけでいい!!」

 

 俺は小さく叫んだ。

 そうか、そういう事か。

 ゲームをやり慣れているとつい。モンスター倒す=アイテムがドロップする。という思考に囚われがちである。

 しかしこれは現実、頭を柔らかくして考えないといけない。

 だとすると、適任は一人しかいない。

 

「よしっ。私が行くよ!【爆走(バーンダッシュ)】スキルで最速の私が、パパっと盗んでくる!」

 

 浅尾(あさお)さんは、自分からそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅尾(あさお)さんは足音を立てず、小さな小籠包(しょうろんぽう)めがけて飛び出した。

 やはり浅尾(あさお)さんは、かなり早い。

 でも、ボス戦の時と比べると、明らかに速度が落ちている。

 ステータス三倍の差は、想像以上に大きいみたいだ。

 浅尾(あさお)さんが、小籠包に辿り着いた。

 そして、大きく足を振り上げて。

 

 ドゴォォォ!!!

 

 と、【剛脚(スチルキック)】スキルを叩き込んだ。

 振りぬいた足に切り裂かれ、小籠包(しょうろんぽう)の、頭の部分が切り離される。

  

(よしっ、とりあえず食べられそうな部分を切り離せた。後はアレ(・・)を持って帰るだけだ!!)

 

 浅尾(あさお)さんは華麗に着地し、遅れて落ちてきた小籠包の頭を抱えこんだ。

 そして、こちらに向かって走り出した。

 

 俺は何となく、ボスのHPを確認した。

 浅尾(あさお)さんが攻撃した【Mega Syo-ronpo-】のHPバーは、一割ほど削れていた。

 一割も削れるのか!?案外、簡単に倒せるのではないか!?

 と思ったが、そんなに甘い話では無かった。

 

 ズズッ、ズズッ、ズズッ…と、音を立てて、 HPバーが満タンへと回復していくのだ。

 それと同時に、失なわれた頭部が、グニュグニュと再生して元の状態へと戻っていく。

 

 なるほど、HPは少ないが、回復速度が無茶苦茶速いって事か。

 一撃で倒さない限り、厄介な敵だな。

 しかも、小籠包(しょうろんぽう)は一体ではない、この場に10体ほどでむれている。

 さらに、身体がもっと大きな個体もいる。

 正面から戦えば、俺が賢者になった所で、確実に勝てないだろう。

 

 

 

 

「オォォォォォぉぉォおぉおお!!!!」

 

 突然、この場にいる沢山の小籠包が、大きな奇声をあげる。

 

(なんだ?何が起こってる!?)

 

 そして俺達は、信じられない光景を目撃する。

 

 ドンドンドンドン!!!

 

 なんと、大きな小籠包が、勢いよく遥か高くへ打ち上がったのだ。

 まるでロケットが飛び立つように、打ち上げ花火が上がるみたいに。

 大きな巨体達が、洞窟の闇に包まれる天井へと、上がっていって、見えなくなった。

 

「なにあれ…」

 

 隣の新崎(にいざき)さんが呟いた。

 そして……

 沢山の小籠包が、天井の闇から姿を現し、俺達に向かって降り注いできたのだ。

 ま、まさか…小籠包(アイツら)が降ってくるのか!?

 

「浅尾さん急いで!!」

 

 俺は叫んでいた。

 

「分かってる!!二人とも洞窟の奥へ!!」

 

 浅尾さんは、全力でこちらに走りながら、そう叫んだ。

 俺達は急いで、もと来た洞窟の穴の奥へと走る。

 直後…

 

 ドンドンドンドン!!!!

 

 直後、凄まじい地響きと共に、すぐ後ろで小籠包が降り注ぎ、穴が真っ暗に塞がれた。

 

「危なっ!!二人とも!もっと奥へっ!!」

 

 後ろから浅尾(あさお)さんの叫びが響いた。

 良かった。

 浅尾(あさお)さんは、小籠包(しょうろんぽう)の雨に潰される事なく、ギリギリで穴に飛び込めたようだ。

 俺達三人はそのまま、走って、走って、走った。

 足が痛くなって、喉が渇いて、汗が噴き出て…

 そうして、たどり着いたその先で、

 俺達は極楽を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…これって……まさか!?」

「いや…こんな幸運ってあるの…??」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、信じられないという顔でそれ(・・)を見つめる。

 満面の笑顔である。その横顔には汗がきらめき、とても美しい。

 かくいう俺も、それを見つけられたことに興奮を隠せなかった。

 

「温泉ー-っ!!」

「お風呂だぁーー!!」

 

 目の前に広がる綺麗な水、立ち上る湯気……

 目の前に広がる光景は、まぎれもなく、温泉であった。

 

 洞窟の中の天然温泉だ。しかも、かなり大きい。

 円形に近くて、半径は40メートル程。深さも1メートル程である。

 中央には、三本の魚雷のような、縦長の石が並んでいる。

 

 今すぐ飛び込んで、泳ぎたい。これでやっと汗が流せる。

 小籠包(しょうろんぽう)も手に入った。

 喉の渇きも潤すことができる。

 

「よ、良かった。やっとお風呂に入れる……」

「でも、着替えるものが無いのが最悪ね。また汗びっしょりの服を着なきゃいけないし…」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、隣でそんな会話をする。

 

(ん??待てよ…)

 

 お風呂に入る……つまり服を脱ぐ………そして裸になる………

 ……てことは!新崎(にいざき)さんのハダカが見れるってコトですか!??

 

 俺は、興奮のあまり叫びそうになる。

 混浴!?まさかの混浴ってヤツですか!?

 三人仲良く、裸の付き合いが出来るんですか!?

 そんなの!、そんなの俺はっ!!興奮し過ぎてっ!!

 

行宗(ゆきむね)君、何考えてるのか知らないけど、お風呂は別々だからね。」

「うわー。一緒に入りたいとか考えてたの??流石に引くよ?ヘンタイ君。」

 

 隣の|新崎《にいざき」さんが、軽蔑した目で俺に釘をさした。

 浅尾(あさお)さんも、ニヤニヤした顔で追い打ちをかける。

 

「わわっ、わかってますよぉ……覗くわけないじゃないですかぁ……」

 

 俺は冗談まじりにそう言った。

 まあ、当然ですよねー。

 残念かな、現実とはこういうものだ。

 簡単に同級生の裸を見れるなど、都合のいい事は起こらない。

 少なくとも、新崎(にいざき)さんと同じ湯には入れるのだ。

 そう、つまり、実質的に混浴である。

 それだけで、童貞の俺には十分すぎる幸運なのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三発目「お風呂〇くの禁止!!」

 

 ー新崎直穂(にいざきなおほ)の独白ー

 

 私は中学に入って、人と話すのが苦手だった。

 空気の読めない事を言ってしまう、嫌われたり傷つくのが怖かったのだ。

 人と話すのが怖くなって、変な緊張をするようになり、雑談が出来なくなった。

 

 でも……

 

 学級委員で同じになった万波行宗(まんなみゆきむね)くんは、

 無愛想で勉強だけの私に、気さくに話しかけてくれた。

 そして、私は少しずつ本音が話せるようになっていった。

 行宗(ゆきむね)くんへの気持ちは、恋心ではなく親愛に近かったけれど。

 私は行宗(ゆきむね)くんとの会話経験のお陰で、他の人とも話せるようになった。

 

 そして、私はある人(・・・)に告白された。

 それまでの人生で、告白された事なんて始めてだった。

 その人(・・・)は、すごく私の事が好きだと言ってくれて、私も心打たれた。

 行宗(ゆきむね)くんの事が、少し頭によぎったけれど、彼への想いは恋ではなかった。

 だから私は、その人(・・・)の告白を受け入れた。

 

 でも、しばらくして、行宗くんに告白された。

 「彼氏がいる事は知ってるけど、俺は、新崎直穂(にいざきなおほ)が好きです。」、と。

 私は驚いた。行宗(ゆきむね)くんみたいな凄い人が、私を好きになるなんて信じられなかった。

 凄く嬉しかった。

 もし行宗(ゆきむね)くんに、先に告白されていたら、間違いなくOKをしていたと思う。

 でも私はその時、彼氏と上手くやっていたのだ。

 

 だから私は断った。

 そして、友達でいましょうと言った。

 これは心からの本心だった。

 行宗(ゆきむね)くんとは、ずっと話しやすい関係でいたかった。

 でも、行宗(ゆきむね)くんは、私を避けるようになった。

 当然だ。私は彼をフッた。つまり拒絶したのだ。

 都合良く、今までの関係が続くはずもない。

 

 私も行宗(ゆきむね)くんに話しかけられなかった。

 私は、行宗(ゆきむね)くんに嫌われたんだ。と、思った。

 そうしている内に、彼への想いは薄れていった。

 

 

 そして、私達は同じ高校に入り、意外な形で再会する。

 異世界に転移されたダンジョンの中で、行宗(ゆきむね)くんが私の名前を呼びながら、オ○ニーしていたのだ。

 流石に引いた。

 気持ち悪い、あり得ないと思った。

 でも、行宗くんはそんな人じゃないと思い、私は事情を聞く事にした。

 すると、彼は、【自慰(マスター○ーション)】スキルを試していたらしい。

 なるほど、そんな深い事情があったのか。

 とにかく、私は彼の弱み(・・)を握ってしまったのだ。

 

 つまり、私は彼にどんな事をしても、

 「絶対誰にも言っちゃダメ、スキル(オ○ニー)の事を話されなくなかったらね」

 と、脅す事ができるのだ。

 

 だから私は、友達にも言えないような下ネタワードを、彼にぶちまけた。

 アニメが好きな話も全部話せた。

 彼の告白を断って、「私の本音をぶちまける奴隷になって」と言った。

 これは流石に、私クズだなと思う。

 でもその時は、恋心なんてなくて、

 ただ「やっぱり行宗(ゆきむね)くんと話すと楽しい」という思いしかなかった。

 

 そして、ラスボス戦。

 毒を飲まされ、命懸けの戦いを強要され、浅尾(あさお)さんが死んだ。

 私にも毒が回って、諦めかけていた。

 そんな時、行宗(ゆきむね)くんは、クラスの皆がいる中でオ○ニーを始めたのだ。

 信じられなかった。カッコいいと思った。

 勿論、絵面だけ見ればただの変態だし、他のクラスメイトはドン引きだろうけど、私は知ってる。

 【自慰(マスター○ーション)】スキル持ちの、優しくて勇気のある行宗(ゆきむね)くんを。

 彼は、本気で戦っているのだ。

 

 ドキンと、私の胸が高鳴った。

 ああ、私は彼に、恋しているのだ。

 もう既に、どうしようもなく、行宗(ゆきむね)君の事が好きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を戻して、

 ー新崎直穂(にいざきなおほ)視点ー

 

 私達は、温泉を見つけた。

 手を入れてみると、程よい暖かさであり

 飲み込んでみても、少ししょっぱい変な味がしたが、飲めないことはない。

 私達はここで汗を流す事にした。

 でも、流石に行宗(ゆきむね)くんに、私の裸を見られる訳にはいかない。

 だって私は和奈(かずな)と違って魅力的な身体ではないし、最近太り気味だし……

 自分の貧相な身体は、あまり見られたくないのだ。

 まあ、私がもし、ナイスボディだったからと言って、見せられるという訳ではないが。

 それはそれで、恥ずかしいからね。

 

 

 という事で、以下の手順を取ることにした。

 

行宗(ゆきむね)君が脱いで、温泉の右側に入る

 ↓

②私と和奈(かずな)が脱いで、温泉の左側に入る。

 ↓

③私と和奈(かずな)が温泉から出て、服を着直す。

 ↓

④私達が行宗(ゆきむね)君に呼びかけ、行宗(ゆきむね)くんは風呂から出る。

 

 [ルール]互いの裸を絶対に見ない!見せない!視線は常に反対側!

 

 

 これは、温泉の中央にある大きな岩を利用して、男湯と女湯で分けるという作戦である。

 

 もしも、誰かがルールを破ったら??

 ……んー。今度こそ奴隷になって貰おうか。

 

 

 

 そして今、私は素っ裸で、和奈(かずな)と温泉に浸かっている。

 

「背中洗ってくれる?直穂(なおほ)ちゃん?」

 

 和奈(かずな)の頼みを受けて、私達は互いの身体を洗いっこをすることになった。

 まあもちろん、ボディソープやシャンプーなんて贅沢品はない。

 素手とお湯でゴシゴシと洗い流すだけだ。

 

「はぁー天国~っ!ずっと浸かってたいよぉーー」

 

 和奈(かずな)は、私に背中を洗われながら、グッタリとした息をついた。

 私にもグッタリとした疲れが押し寄せてくる。

 さっき走ったのもあるが、昨日からずっと気を張り詰めてばかりである。

 それに、今日の朝から、行宗(ゆきむね)君の事で頭がいっぱいで、なかなか心が落ち着かない。

 

「ふーー。直穂(なおほ)ちゃん上手いねー。よしっ!ありがと。交代しよ?」

「うん」

 

 和奈(かずな)は満足した様子で、私の背中へと回った。

 

「じゃあ、やってくよー。って、直穂(なおほ)ちゃん、いい身体してるね」

「え…」

「すっごく可愛いよ。守りたくなるというか襲いたくなるというか。行宗(ゆきむね)くんにも、自信をもって見せられるね」

「み、見せられないよっ」

 

 

 和奈(かずな)は、また私をからかってくる。

 今日は何度もからかわれた。

 間接キスから始まり、匂いの話など色々……

 たしかに、昨日は人工呼吸したし、汗びっしょりの状態で行宗(ゆきむね)君に抱きしめられて、オ〇ズにされたりしたけどさ………

 あーだめだ…思い出したくないよ…恥ずかしすぎる……

 あの時は命がけだから仕方なかったのだけど、私はトンでもない事をしてしまった。

 そのせいで今日、行宗(ゆきむね)君の顔を、まともに見られない。

 

 

「で?直穂(なおほ)ちゃん、いつ告白するの?」

「え?」

行宗(ゆきむね)くんと両想いなんでしょ?早く告っちゃいなよ」

 

 和奈(かずな)が、私の背中を流しながら、不思議そうな様子で訪ねてきた。

 行宗(ゆきむね)君に告白する…考えていない訳ではないのだ。

 私は彼をフッてしまった。

 すぐに謝って、告白すべきなのは分かってる。

 でも、今は無理なのだ…

 恥ずかしすぎて…告白なんて出来ないのだ。

 それに、今は生きるか死ぬかの瀬戸際なのだし。

 

 

「でも…こんな時に告白なんて、場違いじゃない?」

「じゃあ、いつ告白するのよ?私達はいつ死ぬかも分からないのよ?」

「そうだね」

 

 和奈(かずな)にド正論を返されて、私は口をつぐんだ。

 

 

「それに直穂(なおほ)ちゃん。行宗(ゆきむね)くんの頬っぺたをぶん殴ったのに、まだ謝ってないよね?、行宗(ゆきむね)君に嫌われてもおかしくないよ。」

「あ……」

 

 そう言えば行宗(ゆきむね)君に、殴ったことを謝るのを忘れていた。

 行宗(ゆきむね)君が、私に近づいてきて、「美味しそうな匂いがする」と言ったから、

 私は、汗の匂いを嗅がれたのかと思って、顔を叩いてしまったのだ。

 でもそれは、私の勘違いで、小籠包の匂いの話だったのだけど。

 話が移ってしまい、謝るタイミングを逃していた……

 あぁ…やってしまった……謝らなきゃ……

 

「ごめんなさい……」

「私に謝ってどうする。行宗(ゆきむね)君に謝らないと。

 それに朝からずっと、行宗(ゆきむね)君に話しかけてないじゃん。

 そういう小さなマイナスは、積もれば大きなマイナスになるんだよ。

 男が女に冷めるのは一瞬だからね。

 直穂(ゆきむね)ちゃんは行宗(ゆきむね)君に告白されて、一度、フったんでしょ?

 だったら、今度はこっちから告白するのが礼儀だよ。」

 

 和奈(かずな)は真剣な声で厳しい事をいう。

 いや、事実なのだ。 

 私がダメな女なのだ。

 自分の恋心に精一杯で、行宗(ゆきむね)君の気持ちを考えていなかった。

 私のことが好きで、私に振られた行宗(ゆきむね)君が、今どんな気持ちなのかということを、考えていなかった。

 

「ごめん、私が悪かった…。勇気だす、告白するよ。」

「まあ心配しなくても、行宗(ゆきむね)くんは優しいからきっと付き合えるよ。

 私のおススメの告白はね、今すぐ告白しにいくことだよ、

 素っ裸で大好きって言って抱きつけば、行宗(ゆきむね)くんも断れないだろうし。」

「変態じゃない!!」

 

 和奈(かずな)は楽しそうな顔で、とんでもない提案をする。

 裸で告白するなんて、痴女じゃない!、エロ漫画でしか見たことないよ。

 

「お…お風呂上がった後に、告白します、絶対…」

「うん!頑張れ!、そうすれば行宗(ゆきむね)くんも、これからオ○ズに困らなくてウィンウィンだし!」

「えぇ…、それはなんか……恥ずかしいよ……」

 

 

 和奈(かずな)は、また私をからかってくる。

 でも不思議と悪い気はしない。 

 応援されている事が分かるからだ。

 よし!私も勇気を出そう。

 人生初の告白だけど、頑張って好きだと伝えるのだ。

 

「背中、綺麗になったよ。今夜、どんな展開になっても大丈夫だね。あ、避妊具(コン〇ーム)はないから、中はダメだよ。」

「は、話が早いよっ!!

 ………ありがと和奈(かずな)…もう少しゆっくりしよ。」

 

 私達は、ゆったりと湯に浸かった。

 あまりの心地よさに、私の頭は空っぽにして、グッタリと身体と癒し……

 いや、リラックスなんてできる訳がない…

 

 私は、行宗(ゆきむね)くんへの告白の言葉で、頭が一杯であった。

 好きです、カッコいいです、優しいです……

 ずっと一緒にいたいです、付き合って下さい、愛しています……

 考えれば考えるほど、頭の中が熱くなり、ボーっとしてくる。

 

 この風呂から上がったら、私は行宗(ゆきむね)君に告白しないといけない。

 心臓のドキドキが止まらない。

 緊張しすぎて身体が震える。

 もう少し、もう少しだけ、この湯の中にいたい。

 もう少し、心の準備をしたいのだ……

 

 

 

 ヌルッ……

 

(!?)

 

 何??今、足元がヌルっとして……

 

「きゃぁぁぁあっ!!」

 

 隣から、和奈(かずな)の悲鳴が聞こえた。

 そして私の足に、白いヌメヌメとしたものが巻き付いてくる。

 え?なに??気持ち悪いっ!?

 

「いやぁあああ!!」

 

 私は絶叫した。

 私の太ももに巻き付いたのは、直径30センチほどの白い触手であった。

 私は、両手で掴んで必死に引き剥がそうとする。

 しかし白い触手はビクともしない。

 白い触手は、私の下半身から上半身へとヌルヌルと登ってくる。

 さらに地面から、一本、二本、三本と、同じような白い触手が無数に生えてくる。

 

(マズイ、マズイ、マジでマズイ!)

 

 もう手遅れだった。

 沢山の、太くて大きな触手は、私の身体中に巻き付いて離れない。

 柔らかい触手が私の身体中を這いまわり、視界が真っ暗に覆われる。

 

「んーーやめっ!……うぐぅぅぅ…!」

 

 遠くから、籠ったような、和奈(かずな)の悲鳴が聞こえる。

 

(助けて、助けて……!)

 

「助けてっ!!行宗くん!!」

 

 私は声を張って叫んだ。

 でも、声は触手の壁にかき消されて、遠くに届いている気がしない。

 四方八方を触手に囲まれて、息をするのも叶わない。

 

(このまま、ゲームオーバーなのだろうか……)

 

 やだ……いやだ……

 私はまだ生きたい…友達と一緒に遊びたい。

 行宗(ゆきむね)君と恋人になりたい。デートやキスやその先もしたい。

 せめてお母さんとお父さんに、もう一度会いたい。

 学校の先生になりたかった。

 

 沈んでいく、沈んでいく

 白い触手の中へ、沈んでいく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四発目「全裸フル〇ン賢者様」

 

 ー万浪行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 ふー。落ち着くなぁ…

 俺は温泉が大好きだ……

 昨日からの筋肉痛や、悩みや不安もどうでも良くなるくらいに気持ちいい……

 反対側では、新崎(にいざき)さん達も、ゆっくりと温泉に入っているのだろうか??

 

 しかし不思議な事に、あまり興奮はしていない。声も聞こえないし姿も見えないからかもしれないが…

 温泉の湯が気持ちよすぎて、エロい気分にならないのだ……

 

 昨日から色々な事があって、学校でずっと陰キャだった俺には、刺激の強い事が続いた…

 

 新崎(にいざき)さんには、ドキドキしてばかりだな。

 でも不思議な事に、新崎(にいざき)さんと話す時に、俺は緊張をあまりしないのだ。

 

 あり得ないと思う。片思いの相手で、オ〇ニーを見られた相手なんて、陰キャの俺なら恥ずかしすぎて、目すら合わせられない筈なのに…

 

 新崎(にいざき)さんはそれでも話しやすい。

 

 はぁーーー。このままの関係が続いて欲しいなーー

 

 俺は、それだけでいいと思う。

 別に、付き合わなくてもいい気がしてきたのだ。

 今みたいに、新崎(にいざき)さんや浅尾(あさお)さんと他愛のない話をするだけで、俺にとっては十分に楽しいのだ。

 

 今の俺なら学校の教室に戻っても、ちゃんと楽しく生活出来る気がする。

 このクラスには、いい人が沢山いるのだ。

 俺が心を閉ざしていただけで、俺はちゃんと恵まれていたのだ。

 

 俺達のクラスをぶち壊したのは、この世界にクラスメイトを連れてきた奴ら、ギャベルとシルヴァである。

 全てあいつ等のせいなのだ。

 名前は確か、マナ騎士団とか言ってたよな。

 

 あー。まあいい、考えるの疲れた…

 

 

 

 

 ヌルッ……

 

 !!??

 俺は突然、ヌルヌルとしたものに巻き付かれた。

 

 ヌリュリュリュリュ!!

 

「は??なんだよこれっ!!?」

 

 突然、温泉の床が、粘土みたいに柔らかくなったのだ。

 そして、幾つもの白くて太い柱が天に向かって伸びていく。

 

 白くて太い大蛇達が、湯を撒き散らしながら暴れ回る。

 それを表すの言葉はたった一つだ。

 

「触手??」

 

 しかしそれは、触手と言うにはあまりにも太い。

 サッカーボール程の太さがある。

 巨人用かな??

 

「きゃあぁあぁ!!」

 

 岩の向こうから、浅尾(あさお)さんの悲鳴が聞こえた。

 まずい、こいつモンスターか!?

 最下層のモンスターなんて、俺たちじゃ敵わないぞ?

 死ぬ、のか?

 

ギュルルルルルルルル!!

 

 そして、周囲の触手が勢いよく巻きついてきた。

 俺の身体はグルグルに締め付けられていく。

 

 

 しかし、俺は何とか、股間に右手を添える事ができた。

 もう、これしかない。

 【自慰(マスター〇ーベーション)】スキルしか勝機はないだろう。

 急いで済ませなければいけない。

 このままじゃ、窒息する。

 

 「助けて!行宗(ゆきむね)くん!!」

 

 新崎(にいざき)さんの叫びが聞こえた気がした。

 助けないといけない。

 

 俺は、触手に口を塞がれながら、右手を上下に振りしだいた。

 あまり乗り気では無かったが、命がけでヤルしかない。

 

 うおおおおおおおぉぉおおおおおお!!!どりゃぁああああああああああああああああ!!!!!

 

 俺は、新崎(にいざき)さんの姿を想像した。

 

 裸で触手に囲まれるプレイなんて、興奮しない訳が無い。

 

 太くてヌメった触手に、新崎(にいざき)さんのあそこがあーなって、あっちはこうなって……

 よし!大丈夫だ、イける。

 早く!!もっと早く!!急げ!!急げ!!いそげぇぇ!!!

 

 俺は感覚を高めながら、右手を振りしだき、頂点へと登っていった。

 

 どばぁぁぁ!!

 

 と、俺は全てを解き放ち。

 

 賢者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バシャァァァ!!!

 

 俺は、周囲の触手を切り裂いて、空中へと飛び立った。

 賢者の力で、俺のIQが跳ね上がる。

 全身が白い光に包まれて、力が漲ってくる。

 

 ただしフル〇ン、全裸である。

 俺は裸で空を飛ぶ、風がスースーして落ち着かない。

 しかし気にしている場合ではない。

 

 俺は高く飛び上がると、モンスターの名前をHPバーを発見した。

 

 モンスター名 【Tenpura Udon(テンプラウドン)

 

 いや、天ぷらうどん。って、ふざけてんのかよ。

 食べ物シリーズはもういいんだよ。

 

 大きな円形の温泉の中に、図太いウドンが触手のように動いている。

 

 その真ん中の大きな三つの岩が、鮮やかな薄茶色に染まっていく。

 ロケットの形で、表面がザラザラしていて……

 

 いや、エビフライじゃねぇか。

 

 

 

 さて、まずは互いの力関係を調べていこう。

 

 俺のレベルが52×3倍で、156レベル。

 「天ぷらうどん」のレベルは、203レベル。

 

 あれ?俺のレベル高くね??

 そうか、俺の基礎レベルが、27レベルから52レベルに上がっているのだ。

 

 そうか、ラスボス討伐によって得た経験値で、レベルアップをしたのだ。

 まだ、50レベル近くの差があるが、もしかしたら殺れるかもしれない。

 

 そして、空中からこのボスの攻撃判定を見る。

 レベル差のせいで上手く見えないが、うどんの集合体の中に、生き物の気配が強い場所が、五か所ある。

 

 五つの内の二つの気配は、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんだろう。

 大丈夫、まだ生きている。

 

 しかし判別が出来ない。

 ボスの急所と、新崎さん達の存在の、見分けがつかないのだ。

 

 くそ…これでは無闇に剣を振れない。

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんを巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 

 危険を伴うが、近づいて確かめるしかない。

 ボスの急所を探して……

 

 いや違う、倒さなくてもいいじゃないか。

 さっきと同じだ。二人を見つけて、助け出すだけでいいのだ。

 ボスを倒す必要なんてない。

 

 

 

 くそ、しらみ潰しに探すしかないな…

 

 俺は、一番近い「生き物の気配」へと突っ込んでいった。

 

 周囲から、触手達が俺を飲み込もうと襲ってくる。

 

 「新崎(にいざき)さん!!浅尾(あさお)さん!!」

 

 俺は彼女たちの名を叫びながら、図太いうどんを一刀両断する。

 

 ズバァアア!!

 

 しかし、それも一瞬のことだ。

 斬られたうどんは粘土のように形を変えて、本体へと合体していく。

 

 なるほど、このボスの「うどん」に、実態はないのか。

 ただ、操られているだけ。 

 幾らうどんを斬っても、すぐに繋がってしまう。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 俺は、白い聖剣で、無理やりうどんをこじ開けていく。

 俺の前には、うどんの壁が作られて、ちっとも前に進まない。

 

 マズイマズイマズイ!!

 俺は、あの二人を失う訳にはいかないのだ。絶対に。

 岡野大吾(おかのだいご)の夢を否定してまで、生き返らせた二人だから。

 

 でも、俺の剣は届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォオオオ!!!

 

 突然、大地が唸った。

 そして、

 

 ズズズズ………

 

 温泉の中に、大きなお湯の渦が出来た。

 それが、どんどんと大きくなっていく。

 

 ゴォオオオ!!!!

 

 この感じ、見覚えがある。

 お風呂の栓を抜くときと同じだ。

 

 温泉の中心に穴が空いたのだ。

 温泉の水と、天ぷらうどんの麺が、穴の中へと飲み込まれていく。

 

 同時に、5つの生き物の気配も、穴の中へと吸い込まれていくのだ。

 

 (まずい、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、穴に引きずり込まれる!!)

 

 

 

 ズバッ!!ズバッ!!ズバァァァ!!!

 

 俺は必死に剣を振った。

 

 ザバァァ!!

 

 と、水の中へと飛び込んで、視界がぐちゃぐちゃになる。

 

 水の抵抗の中で剣を振り続けて、どんどんと息が苦しくなってくる。

 

 でも、でも二人の方がもっと苦しいはずだ。

 死なせてたまるか。生きて皆で帰るって、約束したんだ!!!

 俺は涙ながらに、生き物の気配を追いかけていった。

 

 そして俺は、ようやく辿りついた。

 

 俺は、うどんに埋め尽くされた壁から飛び出した、2本の手を見つけた。

 

 良かった!!見つかった!!

 

 俺は酸素欠乏の中で、二人の腕を救出した。

 そして、頭がぼーっとする中で、二人を抱えて水面へと浮上していく。

 

 かなり息が苦しい。

 賢者と言えども、酸素がなければ死んでしまう。

 いやむしろ、エネルギーを多く消費するため、酸素の消費も早く、すぐに息が切れてしまう。

 

 ザバァァ!!!

 

 俺は何とか水面から浮上した。

 そして、温泉の外へと二人を連れ出していく。

 

 二人の服が脱いである場所にたどり着いた。

 

 同時に10分が経ち、俺の賢者スキルが切れた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 俺は2人と共に、その場にバタリと倒れ込んだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 危なかった……

 

 俺は、自分の呼吸の音しか聞こえなかった。

 周囲は異様なほど静かで、風が吹き抜ける音だけが聞こえる。

 

 

 あれ?

 水中では見る余裕が無かったけど

 今、俺の隣に倒れている二人は、どちらも素っ裸なんだよな?!

 

 まあ俺も同じく素っ裸なのだけど…これ絵面的にまずくないか?

 

 クラスの男女が裸で3人、何も起こらないはずがなく……

 

 顔を上げていいのだろうか。

 俺は今、地面に顔を突っ伏しているのだが。

 二人の裸を見てもいいのだろうか??

 

 いやダメだろ、流石に変態が過ぎる。

 

 もちろん見たいよ。見たいけれど、

 それで嫌われてしまうのは嫌だ。

 ただでさえ新崎(にいざき)さんには、俺のあらゆる変態行為を見られているのだ。

 これ以上、変な事をすれば、ほんとに幻滅されてしまう……

 

 結局俺は、目を瞑ったまま、じっと顔を突っ伏していた。

 

 ん??

 

 2人とも動く気配がない…

 それどころか、生きている気配がしない。

 まるでもう、死んでいるみたいに…

 

 あれ??

 これヤバいやつ??

 

 心配停止、心臓マッサージ、人口呼吸、AED、救急車、集中治療室……

 

 俺は飛び起きた。

 

 そして…愕然とした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、新崎(にいざき)さんも浅尾(あさお)さんもいなかった。

 

 俺の隣に倒れていたのは、知らない二人だったのだ。

 

 右隣には、裸の男が倒れていた。

 かなり体がゴツイ、スポーツ選手だろうか??

 

 左隣には、白い服を着た幼い子が倒れていた。

 金髪ツインテールの、恐らく女の子であろう。

 

 二人とも水浸しで、地面に突っ伏していた。

 

 

 

「あれ??…新崎(にいざき)さん?……浅尾(あさお)さん??」

 

 俺は、目の前の光景が信じられなくて、体をガタガタと震わせながら後ろを振り返った。

 

「え??」

 

 そこにあったはずの、温泉がなかった。

 

 そこにはただ、お椀型の大きな穴だけが残っていた。

 

 あれ??え???

 

 俺は、頭が真っ白になった…

 

 助け出したはずの二人は、全くの別人だった。

 そして、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは、おそらく穴に飲み込まれたまま…

 

 …………!!

 

「おぇ"ぇええ!!」

 

 俺は、その場で嘔吐した。

 涙がボロボロと溢れ出す。

 

 二人を助けられなかった事への後悔もある。

 でも、それよりも……

 

 「置いてかないでよ……新崎(にいざき)さんっ…浅尾(あさお)さんっ…!!」

 

 俺が一人ぼっちになった事への、寂しさの方が大きかった。

 

「ううぅうううぅ!!」

 

 居なくなった事で実感する、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが傍にいる事の心強さ。安心感。

 俺が二人にどれだけ助けられていたのかと、よく分かった。

 

「どこっ……?どこにいるの??…帰ってきてよ……直穂(なおほ)…」

 

 俺は、新崎直穂(にいざきなおほ)を名前で呼んだ…

 そうしたら、更に悲しくなってきて…

 俺は大きな声で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ううん……ふぁぁ……ママ……」

 

 俺が泣き疲れて、その場に(うずくま)っていると、

 傍で可愛い声がした。

 顔を上げて見てみると、俺がうどんの中から連れ出した白い服の女の子であった。

 

 (生きていたのか……白服の子…新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、生きていたら良かったのに……)

 

 俺はそんな非道いことを考えてしまう。

 

 歳は、小学校高学年くらいだろうか。

 金髪ツインテールの、あなどけない顔の女の子である。

 

 水に濡れた白い服が、幼いカラダの透けさせて、とてもシコリティが高い。

 別に、俺は別に、現実(リアル)ではロリコンという訳ではないのだが…ないのだが…

 二次元だけは別である。

 

 俺の推し、メスガキ系VTuber【白菊ともか】ちゃんだ。

 アニメ顔の強気な女の子は、俺の性癖にどストライクだ。

 

 目の前の金髪少女は、ともかちゃんのルックスに似たものを感じる。

 アニメ顔というか、童顔で可愛らしいのだ。

 

 まあ、新崎さんの可愛さには遠く及ばないがな……

 

 夢のような時間は…もう終わってしまった…

 もっと早く、新崎さんと仲良くなっていたかったな…

 

 

 「うん?…んん……ふぁあ……」

 

 俺が動けないでいると、目の前の女の子はゆっくりと起き上がった。

 そして座り込んだまま、ゴシゴシと濡れた目を擦る。

 その女の子の手には、黒い腕輪がついていた。

 

 「起きたか…おはよう…」

 

 俺は彼女に、掠れた声で挨拶をした。

 

 どんな時でも、挨拶は大切だ…

 挨拶とはコミュニケーションの第一歩だ。

 

 もしかしたら、この女の子は、俺の知らない事を知っているかもしれない。

 例えば、現実世界に帰る方法とか、離れ離れになったクラスメイトと再会する方法とか。

 死んだかもしれない友達を、生き返らせる方法とか…

 

 まあ、この女の子がとんでもなく悪いヤツの可能性もある。

 俺はつい昨日、仮面男ギャベルとシルヴァ様に騙されたばかりだ。

 

 でも、俺はこの女の子を頼るしかない。それだけは確かだ。

 

 

 

「んん、おはよ…」

 

 女の子は、眠そうな目で俺に挨拶を返してきた。

 返事してくれた!!

 やっぱりこの子はいい子だ!

 

「おはよう!大丈夫!?元気??」

 

 俺は嬉しくなって、大声で彼女を呼んだ。

 女の子はビクリと驚いて俺を見て、そしてさらに驚いた顔をした。

 

 そして、身体をブルブルと震わせたと思ったら……

 

 俺に向かって飛びかかってきた。

 

 「いやぁぁぁ!!変態っ!!」

 

 ドゴホォォォッ!!

 

 「ぐはぁぁぁぁ!!?」

 

 俺の股間に、容赦のない蹴りを入れた。

 玉袋がぐにゃりと歪み、全身に激痛が駆け巡る。

 

 「このド変態がっ!!毒か??魔法か!?お前の汚らわしい愚息で、寝ているあたしに何かしたのか!?あたしが誰だか知っての狼藉(ろうぜき)か!?」

 

 ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴォォ!!

 

 金髪ツインテ少女は、その童顔に似つかわしくないドスの効いた怒号で、俺の股間に蹴り続ける。

 

 ぜ、前言撤回……やっぱコイツ…悪い奴だわ……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五発目「出会って五分でご〇仕〇コキ」

 

 ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴォォ!!

 

「うぅううぅ……あぁぁああ……おぉぉおお……」

 

 金髪の女の子に(ののし)られながら、俺は男の急所を蹴られ続けた。

 

 電撃のような痛みが、身体中を駆けまわる。

 俺は涙をボロボロと流しながら、泣かされ続ける。

 

 俺は今まで、美少女に虐められるシュチュエーションは大好きだった。

 お小遣いで、マゾ向けの同人音声やビデオを買いあさり、テッシュに〇子をまき散らしていたのだ。

 

 しかし、俺は現実を知った。

 愛を含まない、女の子からの純粋な暴力というのは、トラウマレベルに心身が傷ついてしまう。

 幼い子に泣かされる自分を客観的に見つめて、とても惨めな気分になってしまうからだ。

 

 

 

「お前の目的は何だ!?あたしの身体か!?あたしの妹をどこへやった!?半殺しにしてから聞いてやる!」

 

 「ま…。まっでくれっ……!!話を聞いて……」

 

 ドゴッ!!ドゴッ!!ボゴォッ!!

 

 少女の蹴りが、俺の股間へと容赦なく叩き込まれてくる。

 

 「あたしを誘拐して何がしたい!?素っ裸で何をしていたっ!?ほら答えろ変態野郎!!」

 

 「いや……違いますっ……誘拐なんてしてませんっ……許してくださいっ……」

 

 俺はみっともなく、小さな女の子に許しを請いた。

 これ以上は、子孫存続の危機だ。

 

 「あーもうっ!、恥ずかしくないのかよ。誇りも何も無いのか!?まったく情けない男だ。おら、話だけは聞いてやるよ。

 さあ答えろ。ここはどこだ?」

 

 少女は、うつ伏せで倒れたている裸の俺へ

 そうして俺は、黒髪を掴み上げられて、頭を上へと持ち上げられる。

 

 ツインテ―ルの少女が、青い瞳で俺を真っすぐに見つめていた。

 ヤンキー座りの白いスカート。お風呂上がりのお湯で身体中びっしょりと濡れている。

 

 なんか、むっちゃ可愛いのだが……

 俺の最推しVtuber「白菊ともか」に顔つきが似ているからだろうか…むちゃくちゃ好みだ。

 

 だがそれ以上に、髪が引っ張られて痛すぎる……

 この少女が、何を考えているのか分からなくて、恐怖で身体中が震える……

 

 

 

 「ここは……ヴァルファルキア大洞窟の……深層第九十二階です……」

 

 賢者の力で知った知識を、訊かれた質問に答えた。

 

 「…………は??」

 

 少女は、口を開けて驚いた。

 そして辺りを見渡して、さらに驚いた顔をした。

 ここは見渡す限り、岩の崖に包まれた大洞窟である。

 少女は焦った表情で、首を忙しなく左右に振った。

 

 「は??はぁ!?……なんでこんな、ダンジョンの深層まで連れてきてっ………………」

 

 そして少女は、隣で倒れているもう一人の人物を見つけたようだ。

 うどんの中に居た、もう一人の人物、素っ裸の男である。

 年は40代くらいだろう。かなり筋肉がある。マッチョマンだ。

 

 「え…??」

 

 少女は、彼を見つけて、また声を上げた。

 そして、俺の髪を手放して、その男の元へと駆けて行った。

 

 俺は顔を地面に叩きつけて、痛みに震えながらぐったりとした。

 

 「…………………………死んでる…か……」

 

 少女は小さくそう言った。

 そして、俺の方へと足音が近づく。

 

 「お前、私をこんな場所まで誘拐してきて……いったい何が望みだ?」

 

 女の子が、俺に向かってそう言った。

 可愛い声だったが、その裏にとんでもなく大きな殺気を感じた。

 今、誤解を解かなければ、俺は殺される気がした。

 

 「俺はっ!! 誘拐なんてしてません!! むしろあなたを助けました!! あなたとその裸の男を、【天ぷらうどん】というモンスターの中から助けたんですっ!!」

 

 「は??」

 

 少女は俺の頭の上で、ピタッと足音を止めた。

 

 ………………

 

 しばらくの静寂がおとずれた。

 地面に突っ伏して、視界が真っ暗の状態の中。

 少女のスカートが擦れる音と、少女から零れ落ちる水滴の音だけが洞窟内にこだました。

 

 

 「……ほ……本当みたい……ですねっ……。あなたが、あたしを助けてくれたんですか………。

 あっ、ありがとうございましたっ……。」

 

 少女は、声を震わせながら、畏まった敬語を口にした。

 

 「あの、そうとも知らずにっ……あなたを蹴って、酷い暴言を吐いてしまいっ……申し訳ありませんでしたっ!!!」

 

 俺の耳元で、ドサッという音がした。

 

 目を開いて隣を見ると。

 金髪少女は土下座をしていた。

 頭を地面に擦り付けて、俺の方にうなじを向けながら、ぷるぷると背中を震わせている。

 

 あれ?もしかして、この子はいい子なのか??

 敬語も使えて、ちゃんと謝ってくれる。

 

「ごめんなさいっ!!痛いことをしてごめんなさいっ!!お礼とお詫びに、私に出来ることならなんでもしますっ!!」

 

 少女は泣きそうな声で、俺に許しを乞いてきた。

 まるで、立場逆転だな。

 

 それに、出来る事ならなんでもします、なんて、女の子が言っちゃダメだよ。

 もし俺が悪い男だったら、物凄くエッチな命令をされる所だぜ。

 

 「いや。素っ裸だった俺の方も悪かったです。

 あなたにとっては、誘拐されたと思って目が覚めると、裸の俺がいたんですよね??

 それは、俺の事を誘拐犯だと勘違いしても仕方ないです。」

 

 「いっ、いえ!それでも!!あたしが悪いですっ!!

 【天ぷらうどん】は温泉のふりをして、人を飲み込むモンスターです。

 あなたが裸というだけで、誘拐犯と決めつけてしまいました。

 助けてくださりありがとうございます!

 どうか、あたしにお詫びをさせてください!

 すみませんが、仰向けになってくれますか??」

 

 俺は少女に言われて、俺は身体を、仰向けへと寝返らせた。

 あれ、何かがおかしいぞ…?

 俺は今、全裸なのだが…!?

 

 「では、失礼しますね」

 

 少女は、仰向けになった俺の裸体の、太ももの上へとまたがった。

 ン?? あれ?? 俺は何をされるんだ??

 

 「これは、せめてものお詫びです。今から癒して差し上げますので、じっとしていて下さい」

 

 少女はそう言うと、小さな両手を、俺の股間へと伸ばしてきた……

 

 んん??これって、まずくないかっ!!?

 ま、待て待て待てっ!!!

 

 これ、まさか!! エッ〇なやつじゃないか!?。

癒していく。って……

つまり!!ご奉仕プ〇イですかっ!!?

 手〇キ!?いや、フ〇ラですかっ!!

 いや、更に進んで○おろし!??

 

 ヤバいっ!!嘘だろ!? エ○漫画もビックリの急展開だろっ!?

 こ、興奮が止まらないっ!!

 

 い……いや、流石にこれはマズイ、ダメだろっ!!

 

 「だっ!!だめだっ!やめてくれっ!! もちろん嬉しいよっ!!男として、すごく嬉しい事だけどっ!! そういう行為は好きな人同士で、大人になってからすべきであって!!

 俺は、初めての相手は、新崎(にいざき)さんとが良いんだっ!!ごめんっ!!」

 

 俺は、なんとか理性を保ちながら、大声を上げた。

 もちろん、女の子に奉仕されるシュチュエーションなんて、ずっと夢見ていた。

 しかし、この子はまだ幼いし、俺は童貞を守りたい。

 俺はこれで、童貞を捨てるチャンスをドブに捨てたのかもしれない。

 だが、俺は初めてを、好きな人に捧げたいんだ!!

 

 金髪少女は、面食らった様子で動きを止めた。

そして顔を真っ赤にしてブルブルと震え出した。

 

 「は……はぁっ!!?何考えているんですかっ!!この変態っ!!

 さっ、最低ですっ!乙女のあたしに、とんでもない恥をかかせましたねっ!

 魔法ですよっ!回復魔法っ!!

 もういいですっ!!命の恩人だとしても!やはりあなたは変態みたいですねっ!! 

 もう回復してあげません!!しばらくは股間の痛みを噛みしめてください!!」

 

 少女は、早口でまくし立てた。

 そうか、癒してあげるというのは、回復魔法をかけてくれるということか。

 てっきり、エ〇チな事かと……

 

「ごめんなさい!!。 変な勘違いをしましたっ!!回復して欲しいですっ!!まだ痛いんですっ!!」

 

 俺は彼女に謝った。彼女の言い方に語弊があったとはいえ。俺の言ったことは明らかにセクハラである。

 

「………あーもうっ!! 分かりましたよっ……でも目を瞑っていてください。恥ずかしいので……」

 

 少女は、そっぽを向きつつも、どうやら回復をしてくれるみたいだ。

 

 俺は、彼女の言う通りに目を閉じた。

 

「【回復(ヒール)】」

 

 彼女の小さな声と共に、俺の股間が温かい何かに包まれて、痛みがどんどんと引いていく

 

 気持ちいいなぁ……ちょっと興奮する……

 

「あの…なんか膨らんでませんか?? 変な事考えないで下さい、殺しますよ……」

 

「な…なんのことですか??」

 

 彼女の鋭い指摘を、俺は苦し紛れに誤魔化した。

 

「痛みはどうですか??」

 

「もう痛くないです……」

 

「良かったです。では次に、身体の水分を飛ばしますね。温かい風が当たりますが、じっとしていて下さい。【熱風(ホットエア)】」

 

 彼女が呪文を唱えると、ボボォという炎の音がして、俺の身体中に暖かい風が駆け巡った。

 温風に包み込まれて、温泉上がりの俺の肌から、水滴が弾け飛んで消えて行く。

 

 バサバサバサバサ!!!と、布が暴れまわる音が聞こえる。

 きっと少女の白いワンピースがはためく音だ。

 ワンピースと風は相性バツグンだ。もし目を開ければ、さぞかし絶景を拝めるのだろう。

 

「はい、終わりました………。目を開けていいですよ。もし服があるなら着てください。」

 

 少女は俺の上から立ち上がった。

 俺が目を開けると、少女は反対側を向いて立っていた。

 彼女の濡れていた髪やワンピースは、既に乾いていて、さらさらと風になびいていた。

 綺麗だ…

 

「ありがとうごさいます!」

 

 俺は心からの感謝をして、服を脱いだ場所へと駆けて行った。

 

 そこには、彼女たちの衣服もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、なんだこの光景は!!

 新崎さんと浅尾さんの、シャツとズボン、いや…

 パンティとブラジャーが、綺麗に畳まれて脱ぎ捨てられている。

 えっ、エロすぎるだろっ!!

 これが、女子の使用済み下着!!

 昨日から履きっぱなしの、彼女達の汗がたっぷり染み込んだ下着っ!!

 

 ゴクリ、と、唾を飲んだ。

 

 一体、どんな感触で、どんな臭いがするのだろう??

 味はどうだ??舐めてみたら……??

 

 いやいや、不味いだろう。流石にそんなことは出来ない。

 向こうには、幼い子供もいるのだ。

 小さな女の子の教育に悪いことをする訳にいかない。

 

 「煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散………」

 

 俺は、念仏を唱えながら、自分の服を手にして着ていった。

 しかし、やはり汗をかいていて気持ち悪い。

 べっとりとした冷たさで、服を着たくなくなってしまう。

 こんな事なら、温泉の中で洗って置けばよかった。

 

 ん、まてよ??

 もしかしたら、あの少女に頼めば、また魔法で服を洗濯してくれるかもしれないな。

 

 俺は服をもう一度脱いで、裸のまま両手で抱えた。

 

 そしてその上に、浅尾さんと新崎さんの服を乗せていく。

 新崎さんのコート、浅尾さんの青のショートパンツ。新崎さんの白のシャツ……

 

 肌に近いほど、汗で湿ってべちゃべちゃであった。

 汗の臭いが混ざり合い。濃くて甘い匂いを作り出している。

 決していい匂いではないが、ものすごく興奮してしまう。

 

 そして、浅尾さんのピンクの下着と、新崎さんの白い下着を手に取って、服の山の一番上に乗せる。

 やはり白というのは染みが目立ちやすく。濡れている場所もよく分かった。

 

 「煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散………」

 

 俺は必死に念仏を唱える。

 

 思わず顔を埋めて匂いを嗅ぎたくなるが、それも我慢だ。

 これは、人として越えてはいけない一線だ。

 この一線を越えれば、もう元には戻れなくなる。変態犯罪者となってしまう。

 俺は、踏みとどまらなければならない。

 

 俺はお母さんの下着を想像して、息子を鎮めながら、金髪少女の元へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天………し者よ……」

 

 少女の元へと裸で戻ると、なにやら早口で独り言を呟いていた。

 ムキムキマッチョマンの死体の前に座り込んで、両手を合わせてお辞儀をしている。

 

「…しら……もかのも……えりたまえ……」

 

 お葬式だろうか??

 この世界にも、宗教があるのかも知れない。

 まあ、流石にこの空気の中、話しかける事なくて、

 俺は遠くから彼女を見ていた。

 

 少女は、ぽろりと涙を流したように見えた。

 この死体は、もしかして親しい人なのだろうか?

 

「……よし」

 

 彼女はそれを済ませたようで、スっと立ち上がると、俺の方へと振り向いた。

 

「あ、着替えてきましたか?? ってっ!!なんでまだ裸なんですかっ!!やっ!!やはりあなたは変態なんですねっ!!」

 

 少女は、俺の方を見るなり、また変態だと叫び出した。

 すいません。死者を弔う場に裸の男がいてごめんなさい。

 

「ごめんなさいっ!服が汗でベトベトしていて、どうしても着るのが気持ち悪くてっ!…洗濯する魔法とかって、ありませんか…??」

 

「あたしを洗濯機扱いしないでくださいっ! というかそれ、女の子の服ですよねっ!!まさか女装の趣味がお有りなんですか!?」

 

「違いますっ!!これは友達の服でしてっ……。

 ………俺の大切な二人は、あのモンスター【天ぷらうどん】に、飲み込まれてしまったので……。」

 

「な……なるほど、そういう事情ですか」

 

 彼女は、申し訳なさそうな声で頷いた。

 

 そして俺は、彼女に助けを求める事にした。

 もしかしたら彼女なら、新崎さんと浅尾さんを助け出す方法を、知っているかもしれない。

 

「お願いです……。あなたは【天ぷらうどん】の中に居たみたいですが、生きていましたよね!?

 教えて下さい!俺の友達は二人とも、まだ生きてますよね??助ける方法はありますよね??」

 

 俺は泣きそうになりながら、彼女に助けを求めた。

 

「はい、生きている筈です。

 一週間程度なら大丈夫ですよ。むしろ、ここよりも安全ですから。

 あなたの仲間は、まだ助かります。

 それにきっと、あたしの妹も、まだうどんの中で生きている筈です。」

 

「え!!?」

 

 俺は大声を上げた。

 まだ生きているのか!!?助けられるのか!!?ならばっ!!

 

「どうかお願いです。

 あたしと協力して、あなたの仲間と妹を助け出すために、【天ぷらうどん】と戦ってくれませんか??

 あたしには、多少の魔法と本の知識しかないので、最下層のモンスターとは戦えませんが……

 お願いします。あたしの妹を助けて下さい…」

 

 少女はそう言って頭を下げた。

 そんなの、こっちから土下座して頼みたい事だ。

 

「本当ですか!?協力してくれるんですか!?ありがとうございまっ!!うぅぅぅ!!ありがとぉ!!君は女神様だぁぁ!!」

 

「うわぁっ!裸で泣きつかないでくださいっ!!服を置いてあっちへ行っていてください!!洗濯しますからっ!!」

 

「は…はいっ!!…ありがとぉ女神さまぁ!!」

 

「あたしの名前はリリィです!女神さまに失礼な事を言わないで下さい!」

 

「あ、はいっ……ごめんなさいリリィさん。」

 

 俺は、リリィさんに言われた通り、踵を返して距離を置いた。

 

 リリィさんは、【熱水(ホットアクア)】【熱風(ホットエア)】などの呪文を唱えて、水や風の音を立てて洗濯をしていく。

 5分間くらいそれが続いて、彼女の魔法は止まった。

 

 

「はい、洗い終わりました。今度こそ服を着て下さい。」

 

「ありがとうございましたっ!」

 

 俺はリリィさんに頭を下げて、洗濯、乾燥済みの服へと袖を通した。

 

「高価そうな服ですね。流石、最前線の冒険者です。」

 

 最前線の冒険者? 俺は冒険者になったつもりはない。

 確かに、ゲーム的な感覚でも、ダンジョン最深部にいる人物なんて、冒険者しかいないような気がするが。

 俺は違う、異世界から召喚された者である。

 

「あの、リリィさん。マナ騎士団という人達を知っていますか??」

 

「え??」

 

 俺はリリィさんに、ずっと気になっていた疑問を投げかける事にした。

 

「知ってますよ。五大英雄伝に登場する、マナ王国の軍隊ですよね。少数精鋭で奇策に富み、各国から危険視されていたそうです。

 

 リリィさんは説明をしてくれた。

 なるほど、五大英雄伝というのは、歴史書のようなものだろうか?

 危険視されていた、という事は、今は違うのか??

 まあいい、後で聞こう、それよりも……

 

「実は、俺は冒険者ではないんです。

 この世界とは別の、異世界から召喚されたばかりの、異世界人なんです。」

 

「えっ!?」

 

 リリィさんは目を丸くした。

 まあそうなるよな。

 急に異世界から来ましたなんて言われても、信じられる訳がない。

 

「マナ騎士団と呼ばれた人達によって、俺の仲間の30人ぐらいが、この世界に召喚されたんです。

 そして、マナ騎士団に騙されて、このダンジョンのラスボス、【スイーツ阿修羅】と戦う事を強制させられました。」

 

「な、なんですかそれっ!?詳しく聞かせて下さいっ!!マナ騎士団は大昔に滅んだ筈ですよ!?

 それにラスボスと戦ったなんて!!その後どうなったんですかっ!!?」

 

 リリィさんは俺の方へと身を乗り出して、鼻息を荒くしてまくし立てた。

 

 興味を持ってくれるのは嬉しいが、俺の話を、そんな簡単に信じていいのだろうか?

 少なくとも俺は、この世界を知るまでは、異世界なんて信じられてはいなかった。

 

 目覚めた時の勘違いといい、今の妄信具合といい、リリィさんは何でも信じてしまう、騙されやすいタイプなのだろう。

 俺はリリィさんを騙したりしないが、詐欺師には気を付けて貰いたい。

 

「ラスボスは倒しました。」

 

「はぁぁあああああっ!!!!??」

 

 リリィさんは、鼓膜が破れそうなほどの叫びを上げた。

 彼女の質問攻めは、まだまだ終わりそうにない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六発目「オナ〇ーを知らないリリィさん」

 

 俺は今までの経緯を、リリィさんに説明していった。

 

 この世界に召喚されて、ラスボスを倒すことになった事。

 俺が、「特殊スキル」とマルハブシの毒の力で、ラスボスを倒した事。

 新崎(にいざき)さんや浅尾(あさお)さんと共に遭難して、うどんに飲み込まれてしまった事。

 

 ただし、俺の特殊スキルについては誤魔化しておいた。

 流石に、10才ぐらいの女の子に、性知識を教えるのは教育に悪い。

 【自慰(マスター○-ション)】とは、口に出さなかった。

 

 しかしリリィさんは、その説明が不服だったようだ。

 

 

 

「なるほど、今の状況は分かりました。ですが気になる点が一つ、行宗(ゆきむね)くんのスキルは、一体何なんですか??」

 

 俺が話を終えると、リリィさんは真っ先に、俺のスキルにツッコんできた。

 不満そうな青い瞳で、俺を真っすぐに見つめてくる。

 

 説明すべきなのだろうか。

 こんな少女に、オ○ニーについて……

 

 いやいや、マズイだろう。まだ小学生ぐらいのはずだ。

 

 俺が、どうしようかと悩んでいると、

 ぐーぐーぐー、と、

 リリィさんの腹の虫が鳴った。

 お腹が空いているようだ。

 

 俺はリリィさんに、小籠包(しょうろんぽう)をご馳走することにした。

 お風呂上りに、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんと、三人で食べる予定だった昼食である。

 

 リリィさんは、小籠包(しょうろんぽう)を一目見ると、目を輝かせて飛びついた。

 よっぽどお腹が空いていたのだろう。

 

 よし、これで話題は逸れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふぅぅぅ!!美味しいですぅ!!ずっと、うどんばっかり食べていた気がするので、美味しすぎて、涙が出てきてしまいます………」

 

 金髪少女のリリィは、大きな小籠包(しょうろんぽう)を口に咥えて、涙を流していた。

 こんなに美味しそうに食べられるなら、小籠包(しょうろんぽう)も本望だろう。

 しかし、うどんを食べていたと言ったか?。まさか。

 

「リリィさん、まさか【天ぷらうどん】の中で、うどんを食べたんですか?」

 

「はい……。どちらかというと、食べさせられていた(・・・・・・・・・)という感覚ですね。

 はっきりとした記憶はないんです……ぼーっとした中で、ぬるぬると身体中をいたぶられ続けるという、まさに悪夢のような……」

 

「食べさせられていた??」

 

 どういう事だよ??

 ……ヌルヌルといたぶられ続ける??、なんかエ〇くね??

 

「これは人から聞いた知識ですが。【天ぷらうどん】というモンスターは、取り込んだ人間に、自身の肉体を食べさせて、人間の出す排泄物を食べると聞きました。

 想像するだけで食欲が減退しますね……。記憶が曖昧で良かったです。」

 

 は??

 排泄物を食べるって、バクテリアかよ。

 まさか、新崎(にいざき)さん達も今、同じ状況にいるのだろうか。

 つまり今、【天ぷらうどん】は、新崎(にいざき)さんたちの排泄物を食べ………

 いや、やめよう。

 スカ〇ロは、俺の性癖の範囲外だ……

 

「ですので、飲み込まれた人間は、【天ぷらうどん】に生かしてもらえるんです。

 しかし、やがてうどんの一部となり、人間単体での生命活動が維持できなくなってしまいます。

 先ほど倒れていた裸の男のように……

 さらに、魔法装備を着ていない全裸状態では、取り込まれる速度が早くなります。

 行宗(ゆきむね)さんの友達のタイムリミットは、あと一週間程でしょうか。」

 

「なるほど……」

 

 つまり、全裸状態の新崎(にいざき)さんや浅尾(あさお)さんは、一週間経てばモンスターの一部となってしまうという事だ。

 そうなれば、生きて外へ出る事は出来ない。

 

 果たして俺は、二人助けられるのだろうか??

 俺は一度失敗している。

 しかも、肝心の【天ぷらうどん】が、何処に逃げたのか分からない。

 

 

熱蒸気(ホットスチーム)

 

 すると、リリィさんは突然、魔法を詠唱した。

 

 リリィさんの両手から、白い湯気が立ち上った。

 それは、大きな小籠包を包み込むように、熱い蒸気が広がっていく。

 

 

 やがて蒸気が晴れると、小籠包は湯気を立てて美味しそうに蒸されていた。

 

 「どうぞ、行宗(ゆきむね)さんも食べてください。心配は大切ですが、焦りは禁物ですよ。腹が減っては(いくさ)は出来ません。」

 

 リリィさんは、小籠包(しょうろんぽう)の欠片を千切って、俺に手渡してきた。

 

 

「ああ、ありがとう。…熱っ!!」

 

 俺は、リリィさんが温めてくれた、ホカホカの小籠包(しょうろんぽう)を、フーフーと冷ましながら頬張った。

 蒸したての小籠包(しょうろんぽう)は、口の中で蕩けて、疲れた体に染み込んでいく。

 

 俺ってこんなに疲れてたんだな。

 思えば俺は、朝起きてから歩きっぱなしだった。

 ずっと極限状態のサバイバルで、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんを失って、絶望状態だった。

 

 美味い、美味すぎる……

 この味を、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんと一緒に、お風呂上りに食べたかったなぁ……

 

「う…うぅうぅ……っぅ……美味いよリリィさん……ありがとうっ……」

 

 俺は涙ながらに、小籠包(しょうろんぽう)の美味しさを噛み締めた。

 

 この世界に来てから泣いてばかりだ。死ぬほど辛い事ばかりなのだ。

 クラスメイトと離れ離れになって、ギリギリのサバイバルを強制させられて…

 

 だが俺は、同じぐらいの幸せを知った。友達や好きな人もできた。

 俺は、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さん、そしてリリィ姉妹と一緒にご飯を食べたい。

 まだ俺は、みんなと一緒に生きたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、リリィさんは、特殊スキルを(いく)つ持ってるんですか??」

 

 俺は泣き止むと、リリィさんに素朴な疑問を投げかけた。

 

 リリィさんは、魔法で何でも出来る。

 乾燥機、洗濯機、電子レンジ、扇風機、エアコンに照明だって、魔法で再現できてしまうのだ。

 一家に一人リリィさんが居れば、ほとんどの家電は必要なくなるだろう。

 もし結婚するとしたら、家事には困らないな。

 それに、無茶苦茶可愛いし。

 

 

 

「実はあたしは、特殊スキルを使えないんです。あたしが使えるのは、応用スキルだけなので……。」

 

 リリィさんは、暗い顔でそう言った。

 だが俺は、「応用スキル」というのは初耳である。

 なんだそれ??

 クソ仮面男ギャベルは、「特殊スキル」としか説明しなかったぞ?? 

 

「ご存知ないんですか??

 スキルというのは、大きく分けると三種類あるんです。

 

 一つ目に、基礎スキルです。

 これは、【火素(フレイム)】【水素(アクア)】【風素(ウィンド)】【土素(アース)

 の四つのスキルの事を指し、純粋なエネルギーの塊です。

 魔法学校では最初に修得します。

 

 次に、応用スキルです。

 これは、四つの基礎スキルを組み合わせて作られるスキルで、名前のあるものは200個程存在します。

 簡単なものから難しいものまで幅広く。魔法学校では、長い時間をかけて習得していきます。

 

 基礎スキルと応用スキルは、どんな人でも努力すれば、理論上修得可能なスキルです。

 あたしが使えるスキルは、応用スキルまでの範囲内なんです。

 

 最後に、特殊スキルです。

 これは、生まれつきの性質や遺伝の影響が強く、資質のない者が幾ら努力しても、修得不可能なスキルです。

 

 例外として、行宗(ゆきむね)さんのような、異世界からの転移者は、無条件で一つ以上の特殊スキルを持って召喚されるみたいですが。

 

 そう言えば行宗(ゆきむね)さん、あなたのスキルについて、ちゃんと聞けていませんでしたね。

 いい加減教えて下さい。」

 

 

 リリィさんのスキル解説に耳を傾けていると、リリィさんは思い出したように、俺の特殊スキルへの追及を再開した。

 金髪ツインテ少女の青い瞳は、俺の顔を正確に捉えて、絶対に逃がさないと訴えている。

 に、逃げられません。

 

「え…??いや…。リリィさんには言えないです……。大人の話題といいますか…卑猥な話といいますか……」

 

「何言ってるんですか!?今から救出作戦を立てるというのに、互いのスキルを打ち明けないでどうするんですか!?

 心配ありません。あたしは行宗(ゆきむね)さんよりも賢くて博識です。さあ白状してください。」

 

 リリィは、怒った顔で、小さな胸を張ってそう言った。

 子供扱いをすると怒るタイプのようだ。

 だが実際に、彼女は頭がよくて、語彙も豊富である。

 俺よりも賢いのは確かだろう。

 

「ま…【自慰(マスター〇ーベーション)】っていうスキルです。分かりますか??オ〇ニーというか…自〇行為というか……」

 

「なんですかそれ!?…聞いたことないです!」

 

 リリィさんは、大きな声を上げて身を乗り出してきた。

 ツインテールがふわりと揺れる。

 興味深々の様子である。

 

 どうやら博識のリリィさんでも、オ〇ニーはご存じないみたいだ。

 ……仕方ない、教えるしかないようだ。

 

「ええ…と……。【自慰(マスター○-ション)】というのは、オ〇ン〇ンを、手で〇って、上下に擦っていく行為のことです。

 そして、〇い液〇が出た後、10分間のあいだ、ステータスが3倍となり、賢者となれるのです。」

 

「え!?たったそれだけでステータスが三倍になるんですか!?有り得ないです!!行宗(ゆきむね)さん!!やって見せて下さい。」

 

「えぇ!??」

 

 リリィさんは青い瞳をキラキラと輝かせながら、俺の側へと寄って来た。

 まるで、新発見をした科学者のように、知的好奇心に溢れた眼差しを、俺の下半身へと集中させる。

 

「まっ!!待って!!勘弁してくださいっ!!恥ずかしいんですっ!!」

 

「はぁ??何を恥ずかしがってるんですか??緊急事態ですよ。協力する上で、確認しておきたいんです。」

 

「えっと、その……実はっ!!

 このスキルには、デメリットがあるんです。

 …このスキルを使えば、体力を消耗して、しばらく動けなくなるので、

 本番まで温存したいんですっ!!」

 

「な、なるほど……むぅぅ……」

 

 リリィさんは、難しそうな顔で唸り声を上げた。

 俺は、嘘は言っていない。

 実際、先程温泉で一度抜いているから、射〇しづらくなっているだろう。

 よし、何とか、オ〇ニー鑑賞会を回避した。

 性を知らないロリ少女に、見せつけながらというのは、確かに興奮するシュチュエーションだが、

 流石に恥ずかしすぎる。

 それに、大好きな新崎(にいざき)さんに対して、申し訳ない気持ちもある。

 

「……分かりました。仕方がないですね……。」

 

 リリィさんは、残念そうに引き下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが、10分間しか戦えないのは厄介ですね。

 それに、賢者状態でも【天ぷらうどん】のレベルには及ばないので、討伐は諦めるべきです。」

 

「ですね…」

 

 リリィさんは、真剣な表情で作戦会議を始めた。

 やはり、討伐というのは現実的でないようだ。

 

「必然的に、討伐ではなく救出という方針となりますが、

 行宗(ゆきむね)さんの賢者の力では、「生物の気配」が見えるものの、それが誰なのか、識別出来ないんですよね??

 加えて、水中では呼吸が出来なくなってしまいます。水中戦においては致命的です。」

 

 俺はコクンと頷いた。

 そうだった。天ぷらうどんは、水の中で戦う必要もあるのか。

 酸素のない水中で、一体どう戦えばいいというのだ。

 リリィさん、まさか解決策があるんですか??

 

「それなら、「生物の気配」を片っ端から確かめて、三人を探すしかないですね。

 非効率ですが仕方がないです。

 そして、呼吸の問題については、あたしが魔法で酸素を補給するので安心して下さい。

 その代わりに行宗(ゆきむね)さんは、レベルの低いあたしを守って下さい。」

 

「そうか!!リリィさんは酸素ボンベにもなれるのか!?」

 

 俺は、衝撃のあまり声を上げた。

 酸素を出せる魔法、そんなものまであるのか。

 リリィさんが酸素を供給してくれるなら、俺は水中でもフルパワーで戦える。

 

「人を酸素ボンベ扱いしないでください……

 ……最後に、ボスの居場所についてです。

 【天ぷらうどん】の本体は、狩りの場合を除き、洞窟内には存在しません。

 洞窟内から隔離された、満杯の水と大量の麺に埋め尽くされた、密室空間に潜んでいます。

 そこに、きっと三人は捕らえられてるはずです」

 

 「え?洞窟内にいないなら、助けに行けないじゃないですか!?」

 

「いえ、一つだけ方法があります。

 【天ぷらうどん】の狩場から侵入するルートです。

 【天ぷらうどん】は、小さな穴で繋がった洞窟内の狩場(・・・・・・)へと、自身の肉体の一部を送り出し、温泉(おんせん)のフリをして、人間を誘い込むモンスターです。

 つまりすぐそこ。温泉の跡地(・・・・・)のどこかに【天ぷらうどん】の脱出経路がある筈です。その道を辿っていきましょう。」

 

 リリィさんは、先程まで温泉があった場所、円形にあいた大きな窪みを指さした。

 新崎さんと浅尾さんと共に、入浴していた場所である。

 

 「本当ですか!? ですか、先ほど探しても、穴なんてありませんでしたよ?」

 

 俺は既に、うどんが逃げられる穴がないかと探している。

 しかし、そんな穴は見当たらなかったのだ。

 

 俺はもう一度、洞窟の跡地を確認していったり

 隈なく探してみるも、穴らしきものはない。

 

「【天ぷらうどん】もバカではありません。当然、穴は埋めておくでしょう。ですが、一度掘られた土は柔らかいものです。

 行宗(ゆきむね)さんの賢者状態でのステータスなら、水の中を泳ぐように潜れるはずです。」

 

 リリィさんはそう説明した。

 リリィさんの話は、とても説得力がある。

 土の中を泳ぐなど、可能なのかと不安になるが、リリィさんが言うならそうなのだろう。

 とても頼りになる。小さいのに凄い人だ。

 だから俺は、彼女に対して敬語を外せないのだ。

 

 

 

「ありがとうございます。リリィさん」

 

「いえいえ。お礼を貰うのはまだ早いです。

 私達は運命共同隊ですから、片方がやられれば、共倒れでみんな死にます。

 生きて無事に帰れたら、その時にお礼を言い合いましょう。」

 

 

 リリィさんは、明るい笑顔でそう言った。

 そうか、俺たちは協力関係なのだ。

 酸素供給係と、戦闘護衛係。

 どちらかが倒れれば、ゲームオーバーになる関係。

 リリィさんは俺に、命を預けてくれているのだ。

 互いに命を預けて、背負う関係。  

 そんな中でも、リリィさんは笑顔で、俺を安心させてくれる。

 

「そうですね。ありがとうリリィさん」

 

 俺はやっぱり、彼女に感謝をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お腹は膨れましたか??」

 

 リリィさんは、腰を持ち上げて立ち上がった。

 

「はい」

 

 俺も立ち上がった。お腹いっぱいで元気100倍だ。

 

「では、虫などが寄らぬように、残った小籠包(しょうろんぽう)は凍らせておきます。【冷凍(フローズン)】」

 

 リリィの魔法によって、周囲は冷気に包まれ、小籠包(しょうろんぽう)は霜に包まれて冷凍保存されていく。

 

 リリィさんは万能だ。今回は冷蔵庫になってしまった。

 

 リリィさんには、特殊スキルが使えないというコンプレックスがあるようだったが、

 俺から見れば、リリィさんの多彩なスキルが羨ましすぎる。

 

 是非、俺の特殊スキルと、交換して貰いたい。

 いや、【自慰(マスター〇ーション)】スキルなんて、リリィさんは欲しがらないか。

 

 

 

「すぐに出発しよう思いますが、心の準備はいいですか?」

 

「はい!!万端です!!」

 

 俺は、気持ちを引き締めた。

 今から、命がけの救出劇が始まるのだ。

 俺はリリィさんを守りながら、三人を助け出す。

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さん、リリィさんの妹の三人である。

 絶対に失敗できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では、作戦開始です。

 さあ、行宗(ゆきむね)さん、オ〇二ーを始めて下さい。」

 

 「あ、はい……

 ………アノ、向こうに行って、シ〇ってきますね。恥ずかしいので見ないでください。」

 

 「見てみたいのですが……我慢しますよ、残念です。」

 

 露骨に肩を落として、ガッカリとするリリィさんを置いて、俺は洞窟の隅へ駆け込んだ。

 そしてズボンを下ろす。

 

 なんだか締まらないが、これも立派な作戦段階(フェーズ)なのだ。

 心して挑まなければならない。

 

 俺は、服の山から漁ってきた、新崎(にいざき)さんの下着を手に取った。

 白いふわふわの、新崎(にいざき)さんのパン〇ィである。

 少しシミのあとがあるが、洗濯は済んでいる。新崎(にいざき)さんも許してくれるだろう。きっと。

 

 俺は、綺麗に広げると、恐る恐る顔を近づけていった。

 やがて俺の顔面は、ふかふかの布で包まれる。

 

 すーーふーー。

 

 俺は深呼吸をした。

 

 ほのかな潮騒の香りがする。

 リリィさんの洗濯では、洗剤を使っていないので、微かな匂いが残っている。

 

 息子が起き上がるまでに、たいした時間はかからなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七発目「素っ裸の〇姫様」

 

 俺は今から、大切な人を助けにいく。

 

 リリィさんと命を預け合い、うどんの中に捕らえられた新崎(にいざき)さんを、素っ裸のお姫様を助けに行くのだ。

 

 そうしたら、俺は、王子様かな。

 

 

 …………!!!!

 

 白色の閃光が火花を散らす。

 俺は虚無感の中に打ち出されて、頭がどんどんと冴えていく。

 

 俺は、賢者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体中から、白い光が満ち溢れてくる。

 力が漲ってくる。視界が開けてくる。

 

 よし、行こう。

 

 俺は、顔に付けていた、新崎(にいざき)さんの下着を離した。

 

 そして、床に畳まれた、浅尾(あさお)さんと新崎(にいざき)さんの服を、左腕で抱え込んで、。

 リリィさんの元へと駆け寄った。

 

 

「これが賢者ですか!じっくりと観察したいですが時間がありません。行宗(ゆきむね)さん。しゃがんでください。」

 

 リリィさんは、青い瞳を輝かせながら、早口で捲し立てた。

 俺は言われた通り、その場にしゃがんだ。

 

 

「失礼しますっ」

 

 リリィさんは、俺の背中へと回り込んで、勢いよく飛びついてきた。

 ぎゅっ!!と、小さな身体に抱きしめられる。

 

 リリィさんの体重が、俺の背中に乗りかかる。

 俺の首筋に、温かい吐息があたって、くすぐったい。

 

 リリィさんが、俺に抱きついてきたのだ。

 

 

「え??」

 

「では、穴を掘って道を辿りましょう。時間がありません。」

 

 リリィさんは、俺の耳元で囁いた。

 

 温かくて、生々しい吐息…

 ……意識が蕩けそうだ。

 

 リリィさんの身体は、思ったより軽くて、温かくて…

 ぷるぷると震えていた。

 

「怖いんですか??」

 

「……もちろん怖いですよ。でも、じっとしてる方が怖いんです。早く出発して下さい」

 

「すいません」

 

 

 覚悟の決まったリリィさんの声に、俺は慌てて謝り、温泉の跡地(あとち)へと飛び込んだ。

 

 見えた!!

 

 ここで、賢者の目が、力を発揮した。

 泥に埋もれているが、見える!

 【天ぷらうどん】の脱出経路だ!

 

 

 「道が見えました!飛び込みます 捕まって下さい!!」

 

 俺は、右手から賢者の力で、白い大剣を取り出した。

 白の刃は光を帯びながら、温泉の底を切り裂いた。

 

 ズバァァァ!!

 

 リリィさんの言った通りだ。

 脱出経路は、土で埋め尽くされていた。

 しかし柔らかい土である。

 今の俺なら、地中を泳ぐことだってできるだろう。

 

 しかし、俺の背中にはリリィさんがいる。

 リリィさんの安全の為に、土は掻き分けなければいけない。

 

 ズバァ!!ズバァ!!ズバァ!!

 

 俺は高速の剣技によって、穴を掘り返しながら、下へ下へと道を辿る。

 

 右手の大剣、一本のみである。

 左手には、新崎(にいざき)さん達の服があり、背中にはリリィさんがいる。

 

 さらに、無茶な動きをしてはいけない。

 背中にはリリィさんがいる、激しく動けば振り落とされてしまう。

 だから俺は、動きを最小限にとどめて、リリィさんへの負担を減らさなければいけない。

 

「あの、行宗(ゆきむね)さん。あたしに、気を遣ってるんですか?? もっと激しく、動いて貰っても構いませんっ!。強く抱きついていますのでっ!」

 

 リリィさんが、俺の背中でそう言った。

 しかし、彼女は既に、ハァハァと息を切らしてる。

 

 当然だろう。今のリリィさんは、狩りをする虎に抱きついているような状態である。

 

 リリィさんは、もっと激しく動いていいと言うが、

 彼女の震えた声に、俺はむしろスピードを落とそうかと迷ってしまう。

 

 「お願いします。気遣いは無用です。あたしは妹を助ける為、命を懸けているんです。」

 

 リリィさんは、震え声で言葉を続けた。

 

 そこまで言うなら、仕方ない。

 俺も本気で応えよう。

 

「分かりました。加速します。ちゃんと掴まっていて下さい。」

 

「はい、ありがとうございます。行宗さん」

 

 

 俺は、動きを加速させた。

 さらに早いペースで、下へ下へと潜っていく。

 

「うっ!!ぐふっ!!……あぅぅ!…んあぁっ!!?」

 

 リリィさんは、俺の激しい動きに耐えながら、苦しそうな呻き声を上げる。

 

 その声は甘くてエッチで、興奮してしまう。

 

 いやいや!!

 なにを考えているんだ俺は、命を懸ける時だろう。

 集中しろ、そろそろ到着するはずだ。

 

 バシャァァ!!!

 

 俺の剣先で、水音がした。

 

 ブシャァァァァァ!!!

 

 剣先で開けられた穴から、大量の水が飛び出した。

 

 土の中を抜けた先は、水の中であったのだ。

 

 

 「【空気球(エアボール)】!!」

 

 リリィさんが魔法を叫んだ。

 俺達は、透明な球体に包まれる。

 

 水が押し寄せるなか、透明球(バリア)は、水を寄せ付けなかった。

 水の中のシャボン玉のように、俺達の周りだけ、水が存在しない。

 

「すげぇ…」

 

 「行宗(ゆきむね)さん、急いで下さい。

 既に2分経ちました。あと5分で引き返します。全員助けましょう」

 

「あぁ。」

 

 おれは、リリィさんに空気を確保して貰いつつ、土をかき分け進んでいった。

 リリィさんの透明球は、固体の侵入は防げないようだ。

 

 理屈は分からないが、固体は俺が斬らなければいけない。

 

 

 

 そして、俺たちはたどり着いた。

 

 水と、うどんに満たされた、巨大空間。

 

 【天ぷらうどん】の巣窟である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運動場ほどの空間。真っ暗な闇の中

 

 直径40センチの、大きなうどんが動き回り、ダシの効いた水が満たされている。

 

 賢者の目で見える。幾つもの命の輝き。

 

 「生物の気配」が見える。

 

 10個……20個……

 

「うそだろ??」

 

 俺は、目の前に広がる光景に絶望した。

 信じたくなかった。

 

「どうかしましたか!!?」

 

「76個……「生き物の気配」の数です……多すぎますよ、探せません……」

 

「76って!、そんな……!!」

 

 リリィさんも、信じられないという様子だ。

 

 しかしこれは事実である。

 この空間には、俺達以外に76個の生き物がいる。見分けなんてつかない。

 

 立体的に広がった76個の「生物の気配」

 

 その中から三人を見つけ出し、救出する。

 

 あと4分以内に…

 

 無理だろ……

 

 

「【火球(ファイヤボール)】!!」

 

 俺の背中で、リリィさんが叫んだ。

 

 リリィさんの手の平の中に、熱と共に光が生みだされ、

 空気球(バリア)の中が、明るく照らされた。

 

行宗(ゆきむね)さん!明かりと空気は任せて下さい!諦めず戦いましょう!あたしは行宗さんを、信じてますから!!」

 

「勿論です!」

 

 俺は、近づいてきたうどんを、真っ二つに切った。

 

 だが、切られたうどんはぐにゃりと変形して、また別のうどんに合体していく。

 しかし、道は開けた。

 

 今回は、酸素も十分にある。

 背中には、万能のリリィさんがいる。

 

 再生を上回る速度で切り続ければ、前に進める。

 

「リリィさん!さらに激しく動きます」

 

「構いません!思いっきりお願いします!」

 

 俺はまず、目の前の「生命の気配」へと向かった。

 うどんの攻撃を防ぎ、リリィさんに向かうの攻撃も防ぎながら、最速で目的地へと向かう。

 

 ズバァズバァ!!ズバァ!

 

「うぐぅぅ……!!あっ!…はぁぁっ!!」

 

 リリィさんは、激しく暴れまわる俺にしがみつき、苦しそうに〇猥な声を上げる。

 

 どうか、変な声を出さないで貰いたい。

 賢者タイム中なのに、興奮してしまいそうなのだ。

 

 

 幸い、周辺に「生物の気配」は少ない。

 攻撃の火力を上げても、誰かを巻き込んでしまう心配がない。

 

「ハァ、ハァ……気をつけて下さいね……「生物の気配」は、見分けがつかないんですよね。

 間違えて殺してしまえば、それが大切な人かもしれません。ゴホ……」

 

「分かってますっ!」

 

 リリィさんの息は、かなり荒ぶっている。

 上下左右に振られながらの、【空気球(エアボール)】の維持。

 とても苦しそうである。

 

 しかし俺は止まらない。

 俺はリリィさんに、信じられているから。

 

 俺は、一つ目の「生物の気配」に辿りついた。

 それは女性だった。

 女性が、うどんの中から顔を出している。

 

 黒髪の、大人。

 新崎(にいざき)さんでも浅尾さんでもない。

 もちろん、リリィさんの妹でも無い筈だ。

 

「あ、あ………あ……」

 

 その女性は、まだ生きていた。

 俺を縋るような目で見つめると、声にならない悲痛な声で、助けて助けてと訴えかける。

 

「ハズレですね。次を探しましょう」

 

 リリィさんは、冷たく言い捨てた。

 

「こ、この女性はどうしますか??」

 

「モンスターに完全に取り込まれています。助けてもすぐに死にます。構っている暇はありませんよ」

 

「なんとか生かす方法はないんですか!?」

 

「あります。でも時間がかかります。さあ次ですよ、構っている時間はありません!」

 

 リリィさんは、耳元で、強い口調でそう言った。

 有無を言わせぬ物言いに、俺は身体を強張らせる。

 

 リリィさんの言っている事は、正しい。

 そんなことは、俺でも分かる、

 だが…

 人を見捨てるという選択は、俺には酷だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場に滞在出来る時間が、あと三分を切った。

 

 俺達が確認できたのは、合計三人。

 1分半の間に、たった三人である。

 

 

 このペースで探して、間に合うのだろうか??

 間に合う訳がない。

 76人探すのに、40分以上はかかるだろう。

 

 しかも「生物の気配」は、うどんの動きと共に、常に位置を変え続けている。

 

 これでは、確認済みの「生物の気配」が、ごちゃごちゃになってしまう。

 ハズレくじを、くじの箱に戻すのと同じである。

 当たりを引く難易度は、大幅に跳ね上がる。

 

 これに対する対策は、見つけた「生物の気配」を消していくことしかない。

 つまり、ハズレの人間を殺して回るという事だが、

 俺には、そんな酷い事は出来ない。

 

 …こんな宝探し、無理ゲーだろ……。

 

 いや…考えろ…

 

 何か、方法はないだろうか??

 

 あと3分で、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さん、リリィさんの妹を見つけ出す方法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ……

 

 俺は、ある方法を思いついた。

 

 いや、方法と言える程のものではないかもしれない。

 ただの希望、夢物語である。

 

 確か、リリィさんは、うどんの中にいた時、記憶が曖昧だったと言った。

 それは逆に言えば、ぼんやりとした意識はあったという事だ。

 

 ましてや新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんは、うどんに取り込まれたばかりである。

 ならば、きっと届くはずだ。

 

 俺は、肺いっぱいに、大きく息を吸い込んだ。

 そして、叫んだ。

 

 

 

 「新崎さぁーーん!!助けにきましたぁ!!どこですかぁぁ!!」

 

 俺は、喉が壊れそうな叫びで、新崎(にいざき)さんに呼びかけた。

 背中のリリィさんが、ビクゥゥゥ!!と震えあがる。

 どうやら、驚かせてしまったようだ。

 

「浅尾さぁぁん!どこですかぁ!!リリィさんの妹さんも!!返事をしてくださぃぃぃ!!」

 

 俺は、力いっぱい声を張った。

 

 そのほとんどは、水の壁で消されてしまった。

 彼女たちに、届いたのかはわからない。

 届いていて欲しい。

 

 俺は、なるべく音を立てずに、小さな音に耳を澄ませて、彼女達の返事を待った。

 

 

「わーっ!!!ユリィ!!お姉ちゃんが助けにきたよ!!聞いてるなら!大きな声で返事して!!」

 

 俺の耳元で、リリィさんが唐突に叫び声を上げた。

 俺は驚きのあまり、身体を跳ねさせて飛び上がった。

 慌てて後ろを振り向くと、

 リリィさんは青い瞳で、ジトリと俺を睨みつけていた。

 

「突然大声を出して、あたしをびっくりさせた仕返しです。

 これで、あたしの気持ちが分かったでしょう?」

 

「す、すみません…」

 

「無理ですよ。こんな水中で、声なんて届きません。

 …まさか、76人もいたとは、想定外でした。

 今回は諦めましょう。

 タイムリミットは、あと一週間あります。

 作戦を立て直しましょう、今のままでは無謀です。

 予定より少々早いですが、脱出しましょう。」

 

「そうだな…」

 

 

 俺も同意見だ。

 いったん引き返そう。

 【天ぷらうどん】の情報も得られたのだ。

 この戦いは決して無駄じゃない。

 

 俺達は、もと来た穴へと帰ろうとした。

 そんな時だった。

 

 …………!!!

 

 聞こえた気がしたのだ。

 

 新崎(にいざき)さんの声が。

 

 新崎(にいざき)さんが、俺の名を呼ぶ声が……

 

 

 

「リリィさん!聞こえました!!新崎(にいざき)さんはあそこにいます!!」

 

「え?」

 

 俺は、声がした気がする方向へ、真っ直ぐに指を刺した。

 そう、気がするだけだ。

 間違っているかもしれない。

 だがそこには、確信に近い何かがあった。

 

 右下へ、30メートル地点。

 そこには、2つの「生物の気配」が輝いている。

 きっとあの二つが、新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんだ。

 

「分かりました、助けに行きましょう。」

 

 リリィさんも後ろで頷いた。

 

 俺達は、声がした方向へと、真っすぐに向かっていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八発目「戦う女子〇衣室」

 俺は、新崎(にいざき)さんの声を目指して、うどんの中を駆けた。

 

 そしてすぐに、俺はそこ(・・)に辿りついた。

 

 俺は、一つ目の「生物の気配」に辿りついた。

 

 慎重に、うどんを斬りはらうと、

 そこから、浅尾和奈(あさおかずな)さんの、可愛い顔が現れた。

 

「い、いたっ!!」

 

 俺は、嬉しさのあまりに鳥肌が立った。

 浅尾さんがいる。

 もう会えないと思っていた、でも、手が届いた。

 

 浅尾(あさお)さんは、胸より下をうどんの壁に埋もれさせながら、眠っていた。

 悪夢を見ているのだろうか?顔色は良くない。

 素肌を出した両肩がエ〇い。

 うどんに埋もれているが、浅尾さんは今、ハダカなのだ。

 

浅尾(あさお)さん!!助けに来ましたっ!!起きて下さいっ!!」

 

 俺は、浅尾(あさお)さんの頭を、ガシガシと力強く揺さぶった。

 俺が服を着せる訳にはいかないからな。それは殺されかねない。

 是非とも、起きて自分で服をきて欲しいものだ。

 

 「んん……。おにーーちゃん??……やめてよぉ…もう少し……あと少し………」

 

 浅尾(あさお)さんは、可愛い寝言を呟いた。

 お兄ちゃん、が、いるのだろうか……

 正直、むちゃ可愛い…

 

 あ。起きた。

 浅尾(あさお)さんは、パチリと目を開けた。

 そして、俺に殺意を向ける。

 あ、ヤバい…

 

 「……もう少し……寝かせろって言ってんだろぉ!!しつこいんだよっ!!!」

 

 ドゴォォォ!!

 

 うどんの中から、浅尾(あさお)さんの裸足が飛び出してきた。

 その裸足は、真っすぐに…。俺の顔面を叩き潰した。

 

 「ブフゥゥ!!」

 

 容赦のない蹴りに、俺の意識は飛びそうになる。

 

 「えぇっ!?あぁっ!!いやぁああああ!!見っ、見るなァァ!!」

 

 続いて、浅尾(あさお)さんが絶叫した。

 どうやら、自身が裸だという事に気づいたようだ。

 そして、間髪入れずに、右足のキックが飛んでくる。

 

 俺は目を瞑りながら、浅尾(あさお)さんの蹴りを避けた。

 

浅尾(あさお)さん!!落ち着いて下さいっ!!はいっ!浅尾さんの服ですっ!!早く、着替えて下さいっ!!」

 

 俺は、浅尾(あさお)さんに左手に持った服を差し出した。 

 

「はっ、はぁぁあっ!!私のパンツっ!!なんで行宗(ゆきむね)くんが持ってんのっ!!?」

 

 浅尾(あさお)さんは、震え声で叫ぶと、サッと服を手に取った。

 

「みっ!!見ないでっ!!向こう向いてじっとしてて!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、泣きそうな声で嘆願するが、残念な事に要求は飲めない。

 俺は、浅尾(あさお)さんの側へと走りだした。

 

 ズバァァ!!

 

 今この時も、うどん達は、浅尾(あさお)さんを取り返そうと狙って来ている。

 俺は戦い続けなければいけない。

 

「いやぁぁっ!!みっ、見るなァァ変態ィィ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、服で身体を隠しながら、また蹴りを放ってきた。

 

「お、俺は何も見てないっ!!目を瞑ってるだろっ!!」

 

「嘘だっ!今見たでしょっ!見ようとしたっ!!」

 

 俺は、浅尾(あさお)さんの攻撃を躱しながら、迫りくるうどんと戦闘をする。

 かなり激しく動いており、背中のリリィさんは、左右に振られまくって苦しそうだ。

 

「あ…あなたはホントに…行宗(ゆきむね)さんのお友達なんですか??……とりあえず、姿をみられないように、明かりを消しておきますね……」

 

 リリィさんは、暴力を振るう浅尾(あさお)さんに、若干引きつつ、火球(ファイヤボール)の明かりを消してくれた。

 良かった。真っ暗の中なら、浅尾(あさお)さんも安心して着替えられるだろう……

 

「きゃぁぁあああっ!!!い、いやぁぁ!!お化けぇぇっ!!あぁ……電気つけてぇぇっ!!」

 

 逆効果だったようだ。

 浅尾(あさお)さんの絶叫が、俺の鼓膜を震わせた。

 小さな空気球(エアボール)の中で反響する。

 うるさすぎる。

 

浅尾(あさお)さんっ!!暗闇の中で着替えて下さいっ!!俺は絶対見ませんからっ!!」

 

「もういやぁあっ!!もう、下着は着おわったからっ!!明かりをつけてぇぇ!!」

 

 浅尾(あさお)さんが、俺の左腕に泣きついてきた。

 

「【火球(ファイヤボール)】」

 

 リリィさんの魔法で、この空間に光が取り戻された…

 

 明るい光の中で、下着姿の浅尾(あさお)さんが、俺の左腕にしがみついていた。

 

 「あ……っ」

 

 浅尾(あさお)さんは、みるみる内に赤面して、慌てて俺から離れると、

 隠れるように背中を向けた。

 

 「行宗(ゆきむね)くん……ありがとぅっ……助けてくれてっ……」

 

 彼女の口から出たのは、俺に対する感謝だった。

 

 「はい。無事で良かったです。」

 

 俺は、平静を装い、返事を返した。

 だが頭の中は、別の事でおっぱいだった。

 

 

 肉付きのいい肉体と大きな膨らみ、白い肌を包む二枚の布と、その食いこみ。

 浅尾(あさお)さんの下着姿……エ〇すぎる…。胸でけぇ……。

 眩しすぎて直視できない。

 

 い、いや、何を考えているんだっ!!

 次だ次!!時間がないんだよっ!! 

 新崎(にいざき)さんを助けるんだ。

 

 

 すぐ傍にある、「生命の気配」

 きっとそこ(・・)に、新崎(にいざき)さんがいる筈だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行宗(ゆきむね)……くん……??」

 

 いた、見つけた。

 新崎直穂(にいざきなおほ)さんだ。

 俺が恋する女性、ずっと一緒にいたい女性。

 

新崎(にいざき)さん、助けにきました……」

 

 俺は、精一杯、カッコよく振舞った。

 嬉し涙を、グッと堪える。

 

 新崎(にいざき)さんは、俺の顔を見るなり、顔を歪ませて涙を溢した。

 

「あ……うぅぅ……行宗(ゆきむね)くんだぁぁ……また会えたよぉぉ……

 もう…会えないと思ってたぁぁ……怖かったよぉぉっ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、顔だけを出している状態で、

 涙をぬぐう事が出来ずに、顔じゅうびしょびしょだ。

 

 俺も、ここで我慢できなくなった。

 頬を涙が伝っていく。

 もう、会えないと思った。死んでいるかと思った。

 でも、奇跡は起こったのだ。

 

新崎(にいざき)さん。では、うどんの中から救出します。

 新崎さんの全裸姿は、絶対に見ないので、すぐに服を着て下さい。」

 

 俺は新崎(にいざき)さんに、彼女の下着と上着、コートの山を見せた。

 

「あぅぅっ……。うぅ……。あ、ありがとぅ……」

 

 新崎(にいざき)さんは泣きながら、顔を真っ赤にして恥ずかしがった…

 でも、震え声で感謝をくれた。

 

「こちらこそ、生きていてくれてありがとうございますっ。」

 

 俺はそんな、カッコイイを口にした。

 俺はついでに、新崎(にいざき)さんのパンツを、オ〇ズに使ってしまった事を、謝ろうかと思ったが、やめておいた。

 世の中には、知らない方がいい事もあるだろう。

 

 俺は白い大剣を振りかぶり、ギュッと目を瞑って、慎重にうどんを切り裂いた。

 

 素っ裸の新崎さん(お姫様)が、解放される。

 

 

 新崎(にいざき)さんは、慌ててて服を受け取ると、バタバタと慌てながら下着を着ていく。

 ヤバい、衣擦れの音や、息遣いが生々しい…。

 イケナイ音を、聞いている気分になる。

 

 願わくば、是非ともこの目で確認したい。

 しかし、ダメだ。

 これ以上、新崎(にいざき)さんに、俺が変態だと思われる訳にはいかないのだ。

 でも見てぇなぁ……

 

 

 いや、冷静になれ、俺!!

 俺達は今、戦闘中だぞ!?

 集中しろ、二人を助けた、次はどうする??

 そうだ、現状の説明をするのだ。

 

浅尾(あさお)さんと新崎(にいざき)さん!着替えながら聞いて下さい!

 ここは、モンスターの巣です。

 周りで蠢く触手は、実は【天ぷらうどん】というモンスターなんです!!

 うどんなんです!!」

 

 俺は、着替え中の新崎(にいざき)さん、浅尾(あさお)さんに向けて叫んだ。

 二人は、うどんの中からの視点しか、知らない筈だ。

 つまり、【天ぷらうどん】というステータスバーは、確認出来ていないはずだ。

  

 

「うどん!?な、なるほど??」

 

「【天ぷらうどん】って…また食べ物なの??」

 

 

 浅尾(あさお)さんと新崎(にいざき)さんが、困惑したような声を上げる。

 

「俺の背中にいる女の子は、リリィさんと言います!

 彼女は、妹を探すために、俺に協力してくれた仲間です!!」

 

「リリィ…さん??」

 

「か、可愛いっ!!」

 

 二人は、やっとリリィさんの存在に気づいたようで、驚いた声を上げる。

 

「どうも、あたしの名前はリリィです。

 行宗(ゆきむね)さん、自己紹介は後にして下さい。

 もう時間がありません、すぐに脱出します。

 ですが…行宗(ゆきむね)さん、一つ約束をして下さい。

 もう一度ここにきて、あたしの妹探しを手伝うと。」

 

「当たり前です。そういう約束ですから!!」

 

 不安そうに俺をみるリリィさんに、俺は間髪入れずに答える。

 当たり前だ。

 俺が、二人を助けられたのは、リリィさんのお陰なのだ。

 俺の仲間が、全員見つかったからといって、

 リリィさんを見捨てるようなことはしない。

 

「お人よしですね…。良かったです。あたしは行宗(ゆきむね)くんを信じます。」

 

 

 リリィさんは俺を信じると言った。

 

 そして俺は、天井を見上げた。

 

 闇に包まれて、肉眼では何も見えない。

 だが俺には見える。上へと続く、長い穴。

 俺達の来た道、脱出経路だ。

 

「リリィさん!真上です!!」

 

「了解です!!お友達の二人は、じっとしていて下さい!! 【土板(アースボード)】!!」

 

 リリィさんが魔法を唱えると、

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんの足元に、土造りの足場が作られた。

 なるほど、これで二人は、俺の動きについて来れる。

 

 「ふぅ……はぁ、さぁ……いきますよ……!」

 

 リリィさんの荒い息が、俺の首筋を温める。

 背中から、リリィさんの汗が染み込んでくる。

 

 複数の魔法を同時に使うのは、負荷も大きいのだろう。

 リリィさんに無理をさせている、急がなければ…。

 

 俺は、うどんを薙ぎ払いながら、天井の穴を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 は??

 

 俺は……信じられない光景を目撃した。

 

 集まっていく、すべて集まっていく………

 

 この空間に存在する、74個の「生物の気配」が、一ヶ所に集まり出したのだ。

 

 まるで、俺達の出口を塞ぐように……

 

 

「リリィさんっ!!「生物の気配」が全て、一か所に、穴の出口に集まっていきます!!どういう事ですか??」

 

 意味が分からなかった。

 一か所に、「生物の気配」を集めるなど、モンスターの策としては悪手に思える。

 何故ならば、リリィさんの妹を見つけやすくなるからだ。

 

 

「え??集まっていくって……。まさかっ!!」

 

 リリィさんは、驚いた声を上げた。

 

「急いで下さい行宗(ゆきむね)さん!!このままじゃ逃げられなくなります!!」

 

 リリィさんは、焦った声で叫んだ。

 俺には意味が分からない。だが、言われた通りに加速した。

 

 そうして、「生物の気配」の集合地帯に辿り着いた。

 

 俺はやっと、その意味が分かった。

 

 沢山の「生物の気配」が、一斉に俺達に襲いかかってきたのだ。

 

 ゴォォォ!!

 

 裸のおっさん。装備を着た戦士。

 賢者の目で見ると分かる、彼らは洗脳状態にいる。

 全方位から襲いかかってくる。人間の集団。

 

 俺は剣を振ろうとするが、その手は途中で止まる。

 俺が斬ろうとしているのは、うどんとは違う。生きている人間だ。

 斬れる訳がない……

 

「斬って下さいっ!!行宗(ゆきむね)さん!!」

 

 リリィさんの叫びを聞いて、俺は考えるのを止めた。

 

 ズバァァァ!!!

 

 俺は、新崎(にいざき)さんや浅尾(あさお)さんを守るために。目の前の命を斬った。

 返り血がつく、生暖かい。

 切り口の断面からは、骨や内臓が……

 

 あぁ、もう見たくない……

 

「なっ!!何してるんですか馬鹿ッ!!ユリィに当たったらどうするんですかっ!!」

 

 俺の後ろで、リリィさんが泣き叫んだ。

 そして、俺の後頭部が、思い切りぶん殴られる。

 痛い……

 

「ちゃんと、前の人だけ殺して下さい!!その後ろには、あたしの妹がいるかもしれないんですよ!!?

 思いっきり剣を振るなんて!バカなんですかっ!?」

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 俺はリリィさんに怒鳴られて、反射的に謝った。

 そうか、ちゃんと確認してから、斬らないといけないのか…。

 

 リリィさんの妹である、ユリィさんを殺さないようにしなければ…

 あぁ…面倒くさいなぁ……

 

 

 

 

 

 

「オェェ!!……ゴホォォ………」

 

 俺は眩暈がして、胃の中のものを吐き出してしまった。

 

 狂ってる、こんなの……こんなのっ……

 

 俺はもう、戦いたくない。

 だが兵士たちの攻撃は、止まることがない……

 だから俺は、戦わなければいけない。

 大切な人を守るために……

 

 涙と血しぶきで、前が見えない……

 

「は、急いでくださいっ行宗さん!!もう賢者の時間が切れます!!」

 

「黙っててくださいっ!!分かってますよっ!!でも、妹さんに気遣いながらなんて、脱出よりも先に時間切れが来ますっ!!

 もう一か八か!!ユリィが通り道にいない事に懸けて、皆殺しでこじ開けるしかっ!!」

 

「ふざけないで下さい!!絶対ダメです!!

 あなたが妹を危険に晒す真似をするなら!!あたしはあなたを殺しますよ!!

 簡単です。魔法を解除するだけですから!!」

 

「はぁっ!?ふざけてんのはお前だろっ!!くそっくそっ!!くそぉっ!!」

 

 ズバァァ!!ズバァァ!!

 

 俺は、発狂しながら、ただただ人を斬り続ける。

 

 最悪だ…気持ち悪い……気持ち悪い……

 俺は、なんの為にこんな事を……

 

 

 

 「わ、私はどうすればいい??行宗(ゆきむね)くんっ」

 

 「とりあえず、前に進めばいいの??私も手伝うからっ!!」

 

 新崎(にいざき)さんと浅尾(あさお)さんが、恐怖に震えた声だった。

 二人とも、服は着替え終わっていた。

 

 しかし残念だ、せっかくの可愛い服が、血まみれに染まっている。

 

 あぁ……くそっ……新崎(にいざき)さんに、こんな顔をさせたくない…

 新崎(にいざき)さんに、怖い思いをさせたくない…

 

 ドガァァン!!

 

 浅尾(あさお)さんが、近寄ってくる男の頭を蹴り飛ばした。

 

 ああ、やめてくれ……浅尾(あさお)さんには人を殺して欲しくないのだ……

 人殺しの業を背負うのは、俺だけでいいのに……

 

 

 視界が暗くなる……身体が重くなる……

 戦え、戦えと己を鼓舞しても、

 手に力が入らない、足が固まって動かない……

 

 俺はもう、戦えない……

 

「何してるんですか!!行宗(ゆきむね)さん!!手が止まってますっ!!急いで下さいっ!!」

 

 俺はリリィさんに、耳元で怒鳴られた。

 

 うるせぇよ…クソガキ…じゃあ、テメェがやってみろよ……

 

 あぁ…もうヤダ…疲れた……

 

 もう、全てどうでもいい……

 

 あ……

 

 賢者タイムが終わった……

 

 

 

 

 「いやぁぁぁ!!」

 

 「まってっ!!」

 

 次の瞬間、俺達は人込みの中、触手の中へと飲み込まれる。

 リリィさんは、俺の背中から剥がされて、離れ離れにされてしまった。

 

 リリィさんの魔法が切れた。

 

 【空気球(エアボール)】が離散した。

 俺は水中に放り出される。

 息が出来ない、肺の中に水が飛び込み、むせ返ってしまう。

 

 【火球(ファイヤボール)】も消えた。

 視界は真っ暗になる。

 賢者の目も消えていて、何も見えない。

 

 俺はもう、賢者ではない……

 

 飲み込まれる、飲み込まれる…どこまでも飲み込まれる……

 

 苦しい…痛い……辛い……

 

 

 ああ、ゲームオーバーだ……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九発目「〇〇さんは恋をして、天使となる」

 

 賢者の時間が、切れてしまった。

 賢者の目も、リリィさんの明かりも消えて、何も見えなくなる。

 

 賢者タイムの負荷が、俺の身体に襲いかかる。

 暗闇の中で、息も出来ない……

 

 俺とリリィさんは、離れ離れになってしまった。

 沈んでいく、沈んでいく……

 うどんの中へと埋もれていく……

 

 

 あぁ、くそっ。

 やっと、新崎(にいざき)さんに再会できたのだ……

 ゆっくりと話しぐらい、させてくれよ……

 溺れる、溺れる、苦しい、苦しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…む…くぅ……」

 

 溺れたような叫び声がした。

 そして俺は、背中から、誰かにぎゅっと抱きしめられた。

 

(誰だ……??)

 

 それはリリィさんではなかった。

 リリィさんより力が強くて、でも細くて華奢な腕……

 

新崎(にいざき)さん!?)

 

 俺の背中にしがみついたのは、新崎(にいざき)さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆきむねくっ……わたしっ………き……」

 

 新崎(にいざき)さんが、俺の身体を抱きしめていた。

 なんで??新崎(にいざき)さん??

 あぁ……暖かいな……

 柔らかく包まれて、全身の細胞が喜んでいる。

 すごく幸せだ……泣いてしまいそうになる……

 

 新崎(にいざき)さんは、何かを叫んでいるが、

 水の中で、よく聞こえない…

 

新崎(にいざき)さんっ!??

 お、俺っ…新崎(にいざき)さんが大好きだよっ…ごめん、助けられなくて……!!」

 

 俺は暗闇の中、精一杯の声を張った。

 ガボッ!、と、口の中に水が流れ込んでくる。

 苦しい…

 

 しかし、水の轟音のせいで、俺の声はかき消されてしまう。

 

 新崎(にいざき)さんが、俺を抱きしめる力が強くなった。

 その身体は震えている…

 新崎(にいざき)さんの濡れ髪が、俺の耳や首筋を撫でていく。

 

 あぁ…なんて幸せなんだろう…

 なんて残酷な最後なんだ……

 溺れていく……溺れていく………

 新崎(にいざき)さんと一緒に……中へ、中へと沈んでいく……

 

(好き……好き……好きだ……)

 

 俺は、必死に声を絞り出す。

 

 お願い、どうか、最後だけ……

 キミにどうしても、伝えたい……

 

 ……俺がどれだけ、キミが好きなのかって事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【空気弾(エアブロー)】!!【空気弾(エアブロー)】!!【空気弾(エアブロー)】っ!!」

 

「ガハァ!!ゴホォ!!ォお!!」

 

 俺の周囲が、空気に包み込まれた。

 久しぶりの酸素を前にして、俺は盛大に咳き込んだ。

 

「ごほぉお!!おぉぉ……!!おぇぇえ……!!」

 

 あと少しで死ぬところだった。

 何とか息が繋がった。

 胃の中に溜まった水を、ゴホゴホと吐き出して、

 空気中の酸素を、取り込んでいく……

 

 これは、リリィさんの魔法だろうか??

 

「【空気弾(エアブロー)】!!【空気弾(エアブロー)】ッ!!

 行宗さん!!どうかもう一度賢者になってっ!!早くオ〇ニーをして下さいっ!!

 【空気弾(エアブロー)】!!」

 

 遠くから、幾つもの空気の塊が飛んでくる。

 その方向から、リリィさんの必死な叫びが届いてくる。

 

 そうか、リリィさん、まだ諦めていないのか…

 かなり苦しそうな声だ。

 でも、俺を信じて、空気を届けてくれているのだ…

 

 俺は、まだ戦える…。チャンスがある!!

 急がなければ…!!

 

 俺がもう一度、賢者になるんだ…

 そして、リリィさんも浅尾(あさお)さんも、新崎(にいざき)さんも助けられる!!

 

 呼吸が乱れて、心臓がバクバクする…

 恐怖と切迫感に支配されていく……

 とてもオ〇ニーなんて、する気分じゃない……

 

 だが幸いな事に、俺の背中には新崎(にいざき)さんがいる…

 オ〇ズには困らない。

 好きな人にバックハグされながら、シ〇るなんて、興奮するじゃないか…

 

(あれ……?何で立たない??)

 

 ほら、どうした?? 興奮しろよ……

 今ヤラなくて、いつヤルんだよ…

 

 なんで?なんで??なんでだよ……

 

 どうして、俺の息子は、ウンともスンとも言わないんだ……!!

 

(くそっ!!くそっ!!ほら立てよ!!立ち上がれよ!!!)

 

 焦れば焦るほど、空回りする…

 疲労感がすごい、心が恐怖に支配される…

 どれだけ激しくしても、何も起こらない…

 

 くそぉぉ!! 

 俺にはオ〇ニーしか取り柄がないのにっ!!

 

 死にたくないっ!! 死なせたくない!! 

 俺はまだ、皆と一緒にっ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……行宗(ゆきむね)くん…振り向かないで……

 何も言わずに………私の話を聞いて……」

 

 俺は、新崎(にいざき)さんの囁きに、ビクリと身体を跳ねさせた。

 俺たちは、リリィさんの空気に包まれているから、

 新崎(にいざき)さんの声が、俺に届いたのだ……

 

 耳元で囁かれた甘い声、湿った吐息…

 俺の脳内を、ピンク色に染め上げていく…

 

新崎(にいざき)…さん?」

 

「お願い、黙って最後まで、聞いて……

 ごめんね……昨日は告白を断って…奴隷なんて言っちゃって……

 辛い思いをさせたよね………」

 

 新崎(にいざき)さんは、申し訳なさそうにそう言った。

 いや、別に俺は、辛くはなかった気がする…

 確かに俺は、新崎(にいざき)さんに振られた。

 だけど…

 俺達はしばらく疎遠になっていたんだから、振られるのは当たり前だし…

 それに俺は、新崎(にいざき)さんと普通に話せるようになった。

 それだけで十分幸せなんだ……

 

「私はね……行宗(ゆきむね)くんが大好きです……」

 

 (え……??)

 

 耳を疑ったが、新崎(にいざき)さんは、確かにそう言った。

 

「カッコよくて、安心して、とっても優しい行宗(ゆきむね)くんが大好きです。

 ずっと一緒にいて欲しくて、結婚もしたいです………もちろん…えっ………」

 

 は??待て待て、嘘だろっ!!?

 好き??俺の事を!?新崎(にいざき)さんが!?

 本気か…??これは本気なのか??

 でも、声の震えてるこのカンジ……真剣…だよな……??

 

 

行宗(ゆきむね)くん…ごめんね……

 実は私、行宗(ゆきむね)くんに一つ、隠し事をしてたのっ……

 行宗(ゆきむね)くんには、私の本音をぶちまけたい、って言ったけど……

 こんなの…誰にも言えないからっ……」

 

 秘密って??何だろう……

 俺の脳内は、新崎(にいざき)さんの告白の事でいっぱいなのだが……

 新崎(にいざき)さんは、俺の事が好きなのだ??

 お、俺も好きだよっ……

 そう伝えようと思ったけれど、やめておいた。

 新崎(にいざき)さんは、黙って聞いていて欲しいと言った。

 今は、話を遮るべきではない……

 

 

「私ね……実は……特殊スキルを二つ持ってるんだ……

 一つはご存じ…【超回復(ハイパヒール)】だけど……。

 実はもう一つ、特殊スキルを持っているんだ………

 なんだと思う??」

 

 「え??」

 

 特殊スキルが…二つ??

 【超回復(ハイパヒール)】だけじゃなくて、もう一つ…

 そんなの、聞いていないぞ!?

 

 

「ん……恥ずかしいから……もう言っちゃうね。

 答えは、【自慰(マスター〇ーション)】だよっ……」

 

 (え??)

 

 新崎(にいざき)さんは、震えた声で、とんでもない事を言った。

 甘い吐息と言葉の響きが、俺の脳内を溶かしていく……

 

 

 特殊スキル、【自慰(マスター○ーション)

 それはッ、俺のスキルでっ………

 えぇぇ!!??

 

「ふふっ!、びっくりした?

 私もびっくりしたんだよ?

 昨日の洞窟の中でさ、私は、行宗(ゆきむね)くんが私の名前を呼びながらオ〇ニーしてる所に出くわしたの、覚えてる??

 実はね、私もあそこで、スキルを試してみようと思ってたんだよ??

 つまり、オ〇二ーしようと思ってたの……

 尋ねてみたら、行宗(ゆきむね)くんも私と同じ、【自慰(マスター〇ーション)】だったって知って……

 これは、運命なのかなって思った……恥ずかしい運命だけどねっ……」

 

 俺は、何も言えないまま、ただただ硬直していた……

 新崎(にいざき)さんのスキルが、【自慰(マスター〇ーション)】だとっ!?

 俺は、必死に昨日の事を思い出しながら……

 新崎(にいざき)さんのオ〇ニーしている姿を、想像してしまっていた……

 

 

「でも、私の【自慰(マスター〇ーション)】スキルは、行宗(ゆきむね)くんのとは、少し違うんだ。

 【自慰行為のフィニッシュ後、十分間のあいだ。ステータス上昇して、天使になれるスキル】

 ふふっ、おかしいよねっ!

 行宗(ゆきむね)くんが賢者で、私は天使なんだって。

 もしかして、男女で違ったりするかな??

 女の子には、賢者タイムなんてないからねっ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、顔を熱くしながら早口でまくし立てた。

 とても恥ずかしそうで、でもどこか嬉しそうな、スッキリとした様子であった。

 お互いに、身体が熱くなる……のぼせてしまいそうだ。

 嬉しすぎて、恥ずかしすぎて、どうしようもなくなる……

 ずっと、こんな幸せが続いてほしい……

 新崎(にいざき)さんが、天使か…いいな……

 

行宗(ゆきむね)くん……

 私を何度も助けてくれて、ありがとう。

 今度は、私が戦うよ。

 行宗(ゆきむね)くん…そのままじっとしてて……。絶対に振り向いちゃだめだから……。

 ……大好きです。……私のオ〇ズになってください……」

 

 新崎(にいざき)さんの熱い吐息が、俺の脳を焼いた……

 頭の中は、新崎(にいざき)さんの事でいっぱいだった。

 

 彼女は、俺の腰から右手を離して、ワンピースの内側へと差し込んだ。

 

 耳元で、好き、好き、好きだよ…と囁いてくる新崎(にいざき)さん。

 そんな彼女の身体は熱をもって、汗を流しながら、小刻みに動いていく………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行宗(ゆきむね)くん。かっこよかったよ…。クラスメイトのいる中で、恥ずかしさを越えて、一生懸命戦ったところ……。

 私達二人を、生き返らせてくれたことも全部……本当にありがとうっ。

 行宗(ゆきむね)君は何一つ、間違ってなんかないよ……」

 

 

 あぁ、嬉しいな……

 おれは、心の底から安心した……

 新崎(にいざき)さんは、とても優しい……

 こちらこそ、傍にいてくれてありがとう……

 本当に、幸せすぎて、涙が溢れそうだ……

 

「元の世界に帰ったらさ…一緒に映画とか行こうよ……。

 私は、友達と一緒に、映画を見に行った事がないんだ……。勉強友達しかいなかったからね……

 今週末に、【無限神話】の映画が公開するの、知ってる??

 私、ずっと楽しみにしてたんだ。

 元の世界に帰れたら、行宗くんと一緒に見に行きたい………」

 

「そうだなっ……俺も楽しみにしてたんだ、映画【無限神話】、一緒に見に行きたいな。

 ……早く帰りたい。

 ……もう、異世界なんて、こりごりだ……」

 

 俺は、現実世界を。遠い故郷を懐かしんだ。

 まあ、つい昨日まで、俺は現実世界(そこ)にいたのだが。

 ……ずいぶんと、遠い昔のような気がする。

 

 早く帰りたいな……

 新崎(にいざき)さんと一緒に、幸せに暮らしたい……

 友達も作って大切にしたい。漫画やアニメもたくさん見たい。

 大好きなVtuber、白菊(しらぎく)ともかちゃんにも、会いたい。

 

「ふふっ……。

 まぁ私としては、この世界のお陰で行宗(ゆきむね)くんと出会えて、結ばれたから、異世界も案外、悪くはないけどねっ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、嬉しそうにそう言った。

 あれ?でも、俺はまだ……

 

「あれ? 俺はまだ新崎(にいざき)さんに、告白の返事をしたつもりはないけどっ??」

 

 俺は、新崎さんを揶揄(からか)うつもりで、そう言った。

 もちろん、俺はまだまだ、新崎(にいざき)さんが好きだ。むちゃくちゃ付き合いたい。 

 しかし、俺は二度、新崎(にいざき)さんに振られているのだ。

 意地悪かもしれないが、一瞬ぐらいは、振られる人の気持ちも知って欲しい。

 

「うえぇ!?…もう心変わりしちゃったのっ!? まさか、リリィちゃんって女の子の事がっ!?」

 

 新崎(にいざき)さんは、身体を強張らせて、慌てた様子で尋ねてきた。

 可愛かった。

 

 

「そんなわけないだろっ。冗談だよ……

 ………俺も貴方が好きです。新崎直穂(にいざきなおほ)さんっ……」

 

「うぅっ!!……もうっ、びっくりさせないでよっ……。

 私も好きだよっ、万波行宗(まんなみゆきむね)くんっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以上、言葉はいらなかった。

 

 俺は後ろを、振り返らなかった。

 

 背中の彼女は、次第に激しさを増していき………

 

 ある時、大きく震えると………

 

 彼女の全身に、快感が駆け巡った……

 

 そして、新崎直穂(にいざきなおほ)は、天使となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニ十発目「ア〇メ天使と閃光(せんこう)の一撃」

 

 新崎直穂(にいざきなおほ)は、金色の光に包まれた。

 全身が、半透明の、白い衣に覆われる。

 

 頭上には、天使のわっかが浮かんでいて。

 右手には、宝玉のついた杖が握られている。

 

 暗闇を照らす、光かがやく新崎(にいざき)さんの姿は、

 まさに「天使」であった。

 

 

 

 新崎(にいざき)さんは、俺の身体を、後ろから優しくだきしめながら……

 耳元で、スーッと息を吸った。

 

「我、神の天使なりて、悪魔の使徒を祓い(たも)う!!

 【聖なる光明(セイクリッド・ライトニング)】!!!」

 

 新崎(にいざき)さんは、あらんかぎりの声で叫んだ。

 周囲が眩しい光に包まれる!!

 

 これは、TVアニメ【無限神話】のキャラクター、大天使ミカエル様の降臨魔術、【聖なる光明(セイクリッド・ライトニング)】だ。

 新崎(にいざき)さんは、俺と同じ、アニメオタクだからな。

 もちろん、この呪文は、この世界の正式名称ではないだろう。

 新崎(にいざき)さんが、勝手に名付けて言っているだけだ。

 

 新崎(にいざき)さんは、とても楽しそうだ。

 気持ちは分かる。

 俺も賢者になった時、自身から溢れ出る無敵感に酔いしれて、主人公になった気分だった。

 思い返せば、かなり恥ずかしい事を叫んでいた。

 

 新崎(にいざき)さんも、天使になった事への高揚感から、厨二病が発動しているのだろうか。

 正直、無茶苦茶可愛い。

 

 

 

 新崎(にいざき)さんから、溢れ出した光は、全方向に飛び出していき、

 【天ぷらうどん】を焼きつくし、無へと溶かす。

 

 不思議な事に、アニメの魔法とそっくりだった。

 そして、驚くべき強さだった。

 

 ジュワァァァアァ!!!!

 

 金色の光がつつみ込んで、うどんを一瞬の内に溶かしていく。

 

 俺が苦戦したのが馬鹿みたいに思えるぐらい、簡単に溶けていく……。

 俺も新崎(にいざき)さんも、同じ【自慰(マスター〇ーション)】スキルの筈なのに!?

 なんで、賢者と天使の違いで、こんなにも性能差があるんだ!?

 

 俺は一瞬悩んだ末に、一つの答えを導き出した。

 ズバリ、相性の問題である。

 

 

 

 ゲームではよく、敵との相性が重要になる。

 

 例えば、「幽霊モンスターに物理攻撃が効かない」、や、「火のモンスターには、水属性の攻撃が有効である」、等といった。

 単純な攻撃の絶対値では表せない、弱点や欠点などの関係性である。

 

 俺の使う賢者は、物理攻撃と近接攻撃に特化している。

 だから、自由自在に動き、本体の場所が特定出来ない【天ぷらうどん】には、ほとんど有効打を与えられなかった。

 

 対して新崎(にいざき)さんは、天使である。

 彼女の光に包まれた魔法は、【天ぷらうどん】を豆腐のように溶かしていく……

 

「すごい、カッコいいです、新崎(にいざき)さん…!」

 

 俺は思わず、感嘆の声をあげた。

 

「ふふっ、そうでしょう!!

 我が道を阻むものは、誰一人として容赦はしない!!

 我、神の天使なりて、謀反者を裁き賜たもう!!【裁きの剣(ジャッジメント・ソード)】!!」

 

 新崎(にいざき)さん、ノリノリじゃないか。

 完全にアニメキャラに、大天使ミカエル様になりきっている。

 俺は彼女の胸の中で、楽しそうな笑顔に見惚れていた。

 

 彼女の魔法は、溢れ出した光を収束させて、一本の線をつくる。

 それはさらに凝縮して、輝く黄金の剣となった。

 

 新崎(にいざき)さんの手で、その剣は素早く振り抜かれた。

 轟音とともに、前方のうどん達が、真っ二つに切り裂かれる。

 

 

 ズバァァァン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬り開かれた視界の先には……

 金髪ツインテ―ルをなびかせた少女、リリィさんがいた。

 

「ゆっ……行宗さんっ……【空気弾(エアブロー)】【空気弾(エアブロー)】……!!

 賢者になったん……ですねっ……流石ですっ……早く上に、逃げましょうっ……!!」

 

 

 リリィさんの声は掠れていた。

 うどんの触手に囲まれ、息を絶え絶えとさせながら、俺達の為に、酸素を送り続けていたのだ……。

 

「リリィさんっ!!大丈夫ですかっ!?うわっ!!」

 

 新崎(にいざき)さんは俺を担ぎ上げて、背中に乗せた。

 今度は逆に、俺が新崎(にいざき)さんの背中に抱きついた。

 

「ちょっと掴まってて行宗(ゆきむね)っ!」

 

 新崎(にいざき)さんの言われた通り、彼女の背中にしがみつく。

 天使の羽をはためたせ、彼女は、激しい速度で空を駆ける。

 

 ゴォォォォ!!!

 

 新崎(にいざき)さんの急加速で、俺の身体はジェットコースターのように振られてしまう。

 かなりの恐怖を感じた。

 

 先ほど振りわましていたリリィさんの気持ちを、俺は身を持って理解した。

 

 

 

 

 

 

「リリィちゃん!掴まってっ!!」

 

 新崎(にいざき)さんは片手を伸ばして、リリィさんへと手を伸ばす。

 リリィさんは、虚ろな目で顔を上げると、新崎(にいざき)さんの手を、握り返した。

 

 「新崎(にいざき)さん??………そのスキルはっ、なんですかっ……!?」

 

 リリィさんは、光かがやく新崎(にいざき)さんの姿に、驚いた顔をした。

 

「天使の力だよっ。ねぇリリィちゃん、行宗(ゆきむね)くんを支えて、私達を助けに来てくれたんだね、ありがとうっ!」

 

「い、いえっ。私が助けにきたのは、全て妹のためですから……」

 

 リリィさんは、謙遜した様子で首を左右に振った。

 

「それでも、ありがとう。

 大丈夫。リリィちゃんの妹は、私が助けるから。

 私が光の魔法で、このモンスターを倒してみせる!」

 

 新崎(にいざき)さんは、リリィさんに微笑みかけた。

 

「で、ですがっ、この空間のどこかに、私の妹がいますっ!

 浅尾(あさお)さんという人もいますよねっ!?

 大きな魔法を使えば、巻き込んでしまう危険がありますっ!」

 

 リリィさんは、焦った様子でそう言った。

 先ほども、俺が確認せずに人込みを斬った時、「妹に当たったらどうするんですか!?」と、ぶん殴られたからな、

 俺は、無茶をいうなと怒鳴ったが、すまない事をした。

 リリィさんはただの妹思いの、良い姉なのだ。

 

 是非、俺も戦いたいが、もう体力が残っていない。

 温泉での戦闘も含めて、俺は二回賢者になっている。

 恐怖心も相まって、俺の息子は萎え切ってしまった。

 俺はもう、戦えない。

 

「心配ないよ、私にはね、人の居場所が見えるの。

 それに、上手く魔法を使えば、うどんだけ(・・)に攻撃だけに攻撃を当てる事が出来るから、

 リリィちゃんの妹と浅尾(あさお)さんは、絶対に傷つけない」

 

 新崎(にいざき)さんは、さらに説明を加えた。

 うどんだけに攻撃を与える、だと?

 そんな事、どうやってするんだ?

 

「そう……なんですか??

 そんな都合の良い事がっ………??」

 

 「うん……」

 

 新崎(にいざき)さんは、人の居場所が見えると言った。

 もしかしたら新崎(にいざき)さんも、俺が賢者の時みたいに、「生き物の気配」が見えるのかもしれない。

 

 

 そして新崎(にいざき)さんは、真剣な顔に変わると、もう一度大きく息を吸った。

 

 

 

「我こそは月の天使なり!!満ち溢れる月光の下、かの物に天罰を与えよ!!

 【電撃・雷(エレクトリック・サンダー)】!!」

 

 新崎(にいざき)さんの詠唱と共に、プラズマのような光が飛び出し、うどんの中へと潜っていく、  

 うどんの中を伝播していく…

 うどんの麺が、内側から焼き尽くされていく。

 なるほど確かに、うどんだけに攻撃が当たっている。

 

 いや、天使の力、便利すぎないか?

 

 遠距離攻撃、攻撃対象の選択なんて機能は、賢者にはない。

 

 近接、物理攻撃特化の賢者とは、えらい違いだ。

 

 隣のリリィさんは、口をぽかんと開けたまま、新崎(にいざき)さんの魔法に釘付けになっている。

 その瞳は、魔法の反射光が写り込み、瑠璃色に輝く、

 

「すごぃっ………」

 

 心底感嘆したような声を上げた。

 リリィさんの見惚れた顔は、年相応に幼くて可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァァアアア!!!!??」

 

 (!!?)

 

 突然、耳を切り裂く断末魔が、響き渡る。

 俺達の頭上だ。水の中を反響して届いてくる。

 濁点が幾つも付いたような、汚い叫び声だった。

 間違いなく、浅尾(あさお)さんの声ではない、リリィさんの妹でもない筈だ。

 

 俺達三人は、唐突の叫び声に、ビクリと身体を震わせた。

 

 

 

「み、見つけたっ!!あれが本体っ!!【天ぷらうどん】の本体よ!!」

 

 新崎(にいざき)さんが、興奮した様子で叫んだ。

 彼女が指さす先は、声がした場所、俺達の真上である。

 

「【天ぷらうどん】の本体(ほんたい)を倒せば、この戦いはすべて終わる!!

 行宗(ゆきむね)!リリィちゃんっ!私にしっかり掴まっててっ!!」

 

 そうか、この叫びは、【天ぷらうどん】の正体が出した悲鳴なのか!

 凄いぞ新崎(にいざき)さん、うどんを焼き消していくだけでなく、本体の位置の特定を済ませるなんて!

 俺には、そんなこと出来なかった。

 

 

「私から逃げられると思うなっ!」

 

 

 ぎゅぅぅん!!!

 

 新崎(にいざき)さんは、一気に加速した。

 天使の羽をはためかせ、リリィさんの空気球につつまれながら、うどんの中を駆けまわる。

 俺は左右に振り回されて、重力がめちゃくちゃになり、吐き出しそうになりながら、新崎(にいざき)さんにしがみついた。

 

 

 

「ひぃぃぃぃっ!!!来るなっ!!来るなァァッ!!」

 

 進行方向から、男の汚い悲鳴が聞こえた。

 新崎(にいざき)さんに恐れおののき、逃げ回っているのだろう。

 

「うどんの中を逃げても無駄だっ、我の光は全てのうどんを焼き尽くすっ!

 【天使の断罪(エンジェル・ジャッジメント)】!!」

 

 新崎(にいざき)さんはノリノリで、聞いたことのない呪文を唱えた。

 まぶたの向こうで、ビカビカと激しい閃光がしたが、俺は目を開けられず、何が起こっているのか分からなかった。

 

 新崎(にいざき)さんのジェットコースターは、俺を予測不可能な動きで振り回し、恐怖のどん底へと突き落とす。

 怖すぎるっ。このジェットコースターは、先のコースが見えないのだ。

 

「ひぃぃいいい!!勘弁をぉぉ!!どうか勘弁をぉぉぉ!!」

 

 汚い男の叫び声が、大きく聞こえるようになった。

 確実に距離は縮まっている。

 

 早く、早く本体を倒してくれっ……!!

 もう、吐き出す寸前だっ、し、しぬぅぅぅ!!

 

 

 

「あ、あははははぁあ、ふっ、ふふっ!!フハハハハハハァ!!!

 勝ったっ!!!勝ったぞぉぉぉ!!」

 

 しわがれた男の声が、嬉しそうに嗤った。

 先ほどの、恐怖に染まった声が嘘のようだ。

 

 そして、新崎(にいざき)さんは、急停車した。

 ピタリ、と動きを止めたのだ。

 

 慣性の法則で、俺は新崎(にいざき)さんの背中に叩きつけられた。

 新崎(にいざき)さんの背中は、うどんと汗が浸みこんだ匂いがした。

 生々しかった。

 

 さらにはずみで、俺の両手が、新崎(にいざき)さんの膨らみの上に乗っかってしまった。

 服越しに伝わってくる、新崎(にいざき)さんの胸の感触。

 それを手の平で感じて、俺はさらに興奮してしまう。

 今なら、俺の息子も元気になりそうだった。

 

「そんなっ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、絶望に染まった声を漏らした。

 俺に胸を揉まれている事にも、気づかない様子だ。

 何があったんだ?

 俺は顔を上げて、新崎(にいざき)さんの背中越しに前方を確認した。

 

 そこには、浅尾(あさお)さんがいた。

 目を瞑って気絶しているようだ。

 

 浅尾(あさお)さんの後ろには、しわがれたジジイがいた。

 100才……なんてものじゃない……

 1000才と言われた方がしっくりくる、全身しわに覆われた、うす汚れたお爺さん……

 人とは思えない化け物が、そこにいた。

 コイツが、【天ぷらうどん】の本体か。

 

 そのクソジジイは、眠っている浅尾(あさお)さんを、背中から抱きしめていた。

 

 彼らの周りには、大きさの様々な触手が、うねうねと動き回り、浅尾(あさお)さんの服の中へと忍びこみ、いろんな場所をまさぐっている。

 見える範囲では、鼻の穴や口の中へと、大量の触手が忍び込み、粘液と共にぐちゅぐちゅと(うごめ)いている。

 

 まるでエロ漫画のような触手凛辱が、目の前で行われていた。

 

「動くんじゃねぇぞぉ、少しでも動いたらコイツの命はねぇぜェ、さあ手ェあげろぉ……

 三人まとめて、美味しく頂いてやるよぉ……」

 

 クソジジイが、シワだらけの顔を歪めて、そう嗤った。

 浅尾(あさお)さんは、その間も大量の触手によって、服を(めく)られていく……

 

 肉付きのいい、巨乳健康ボディの浅尾(あさお)さん、

 俺は、興奮していたのかもしれない。

 しかし、興奮を遥かに上回る絶望によって、俺の脳内は支配された。

 

「っ………!!」

 

 新崎(にいざき)さんの身体に、明らかに力が入る。

 リリィさんも、ガタガタと身体を震わせている。

 

 俺達の周りには、白い触手が近づいて来ている。

 マズイ、このままでは、皆捕まる。

 

 そんなことは分かっているが、俺達は身動きがとれなかった。

 もし動けば、浅尾(あさお)さんが殺されるのだ。

 浅尾(あさお)さんを犠牲にするなんて選択は、俺たちには、とてもじゃないが選べなかった。

 

…………

 

 新崎(にいざき)さんの胸に重なる俺の腕に、一滴の(しづく)がこぼれ落ちた。

 新崎(にいざき)さんの涙である。

 彼女は涙を流し、悔しさのあまりに身体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎやぁぁぁぁ!!!!」

 

 突然、女性の絶叫する声が響いた。

 浅尾(あさお)さんの声だった。

 しかし、俺には信じられなかった。

 こんな、この世の終わりみたいな絶叫が、浅尾(あさお)さんが出した声だとは……信じたくなかった。

 

 恐る恐る顔を上げて、浅尾(あさお)さんの様子を確認しようとするが、ぼやけて上手く見えなかった。

 涙があふれて、前が見えないのだ……

 何とか瞬きを繰り返して、溢れ出す涙を振り払いながら、浅尾(あさお)さんを確認した。

 

 浅尾(あさお)さんの身体からは、真っ赤な血が噴き出していた。

 おへその辺りに、太い触手をねじ込まれて、無理やりこじ開けられながら、胎内をかき回されている。

 こじ開けられたへその穴からは、脱水で死ぬんじゃないかと思う程の、大量の血が噴き出している。

 浅尾(あさお)さんの頭は、うどんに埋もれて見えないが、首筋は血が零れ落ちながら、死にそうなほどの金切り声が続いている。

 

 

「おらぁ!!手を上げろって言っただろぉ!!早くしねぇと、お友達が死んじゃうぜェ……」

 

 クソジジイは、いやらしい顔で(わら)った。

 

「いやぁあああぁあああ!!!」

 

 新崎(にいざき)さんは、涙をまき散らして悲鳴を上げた。

 そして、身体を震わせながら両手を上げた。

 

「う、うぅぅ……うぅぅ………」

 

 リリィさんも、顔を真っ青にして、涙や鼻水をだらだらと垂れ流しながら、恐る恐る両手を上げた。

 俺は、ごめんなさいと思った。

 リリィさんにとって、浅尾(あさお)さんは他人なのに……

 でも、リリィさんは両手を上げた。

 リリィさんは、他人の浅尾(あさお)さんの為に、自分の命と、妹の命を諦めてくれたのだ……。

 

 ありがとう……

 

 何がありがとうだよ……

 何もありがたくねぇよ……

 

 そして俺も、両手を上げた。

 

 降参だ……。

 

 死線を幾つもくぐり抜けて来たが、ようやく詰んだのだ。

 

 まぁ、新崎(にいざき)さんとは、想いを伝え会う事が出来たし、

 互いに好きと言い合って、秘密も打ち明け合って、心の底から通じ合った。

 俺は、幸せだった。

 もう、十分なのかもしれない……

 

 

 

 

 いや……

 嫌だ!

 俺はまだ、キスをしていない!

 デートもしていない、添い寝もしていない!

 セッ〇スだってしてないじゃないか!!

 

 せめて、キスだけでも、今の内に……

 あぁ、もう手遅れだった……

 

 俺はもう、触手の中にいるじゃないか……。

 

 新崎(にいざき)さんは、もう、俺の傍にはいない。

 三人とも、離れ離れにされてしまった。

 

 水の中なのに、息ができる……不思議だな……。

 

 うどんの触手に、全身をまさぐられる感覚……

 くすぐったいけど、心地いいかもしれない……

 

 はぁ……もう、どうでもいいや………

 疲れた……。

 

 だんだんと意識が薄れていく。

 頭の中がぼーっとしていく。

 全身の力が抜けていく。

 心地よさに包み込まれていく。

 深く、深くしずんでいく。

 下へ下へと落ちていく。

 もう戻れない。もう戻りたくない。

 気持ちいい。 

 ただただそこは気持ちいい。

 世界と繋がっているような、そんな感覚。

 ひとりぼっちでもさみしくない。

 つらいことも、かなしいことも、ここにはない。

 とても幸せ。

 あなたは幸せ

 ずっと一緒だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【裁きの槍(ジャッジメント・ランス)】!!!」

 

 誰かの声がした…………

 

 新崎(にいざき)さんではない、リリィさんでもない、浅尾(あさお)さんの声でもない……

 

 もっと高くて……幼い声だ…………。

 

 目の前で、バチバチと閃光(せんこう)がきらめいた。

 

「ぎやぁぁぁぁっ!!」

 

 クソジジイの、掠れたような断末魔が、空間を震撼させた。

 

 そして俺は、うどん地獄から解放される。

 

 水が消滅する、うどんが消えて行く。

 重力が戻ってくる。

 落ちる、落ちる、加速していく…………。

 そして………

 

 ドゴォォッ!!!

 

 俺はデコボコの地面に激突した。

 

 痛い、痛い痛い、痛い!!!

 何だ??

 何が起こった??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【大地回復(グランドヒール)】!!」

 

 また、同じ幼い声がした。

 

 彼女の魔法で、地面が緑色の光に包まれて、輝きはじめた。

 

 その光は、身体の痛みや疲れを癒していく……

 

 もう、なにも痛くない。

 

 俺は、ゆっくりと上半身を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さまっ!!ご無事ですかっ!?ここは、どこですかっ!?」

 

 先ほどの、幼い声が聞こえた。

 すぐそばだ。

 声のした方に顔を向けると、少女がいた。

 

 小学一年生ぐらいだろうか。

 白く透き通った長髪に、リリィさんと同じ真っ白なワンピース。

 背丈は俺の半分ぐらいしかない。手足も細くて可愛らしい、正真正銘の幼女だ。

 

 そんな少女は、俺の隣で、リリィさんへと抱きついていた。

 

 

 

「うぅぅぅっ……ユリィぃぃ……無事でよがったぁあぁぁ……助けてくれたんだねぇ……ありがとぉぉぉぉ……もうっ……ダメかと思ったよぉぉぉ……!!」

 

 リリィさんは鼻水を垂らしながら、白い髪の少女を抱きしめていた。

 彼女たちは、座り合いながら抱き合っていた。

 

 そうか、この少女こそがリリィさんの妹、ユリィなのだ。

 リリィさんは、愛する妹との再会に、安心のあまりに泣きくずれていた。

 

 俺はそんな彼女達を、ぼーっと眺めていた。

 

 

 

 

「ね、ねぇさんっ!?……泣きすぎですよっ……そんなに私の事を心配してくれたんですか??

 すいませんでしたっ……心配かけてごめんなさい……」

 

「本当よおぉ……怖かったぁぁあぁ……死ぬかと思ったよぉぉ」

 

 リリィさんは、両手をガタガタと震わせながら、妹のユリィを強く抱きしめる。

 

「大丈夫ですよ……姉さん……もう、全て終わりましたから……よしよし……怖くない、怖くない……あんしん、あんしん……」

 

 妹のユリィは、号泣する姉の頭を撫でながら、震える身体を優しく包みこんだ。

 リリィさんは、ユリィの小さな胸に頭を埋めてワンピースを涙で濡らす。

 妹の体温に包まれて……リリィさんの嗚咽は、少しづつ落ち着いていった。

 

 あぁ、いいな、こういう関係。 

 リリィさんは、妹想いのいいお姉さんだ。

 リリィさんも、こんな表情で泣くんだな、と驚いた。

 確かに彼女は大人びていて、頭も良さそうだが、それでも10才ほどの子供なのだ。

 年相応の様子を見て、俺は少し、安心した。

 

 

 

(俺は、助かったのだろうか……?)

 

 俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。

 

 薄暗い闇の中、足元には地面があって、遠くには人が転がっていたりする。

 

 この空間には、湿気に覆われていたものの、水は全てなくなっていた。。

 うどんもなかった。

 

 【天ぷらうどん】は倒されたのだ。

 恐らく、リリィさんの妹の、ユリィさんの魔法である。……。

 死角からの、閃光(せんこう)の一撃。

 

 あ……

 

 俺は、隣に座り込んだ女性と、目が合った。

 

 新崎(にいざき)さんだ。

 新崎(にいざき)さんは驚いた様子で目を見開いた。どうやら、同時に目が合ったみたいだ。

 

 彼女の瞳は赤く腫れていて、涙の痕があった。

 髪はぼさぼさに荒れていて、全身には水滴がしたたっている。

 うどんの触手にまさぐられたのだろう、彼女の服ははだけて、乱れていた。

 

 ………

 

 俺達は、じっと見つめ合う…

 お互いにとって、大切な人……はじめての俺の彼女……

 安心感、疲労感、愛する気持ちと切なさ、後悔、欲情……

 あらゆる感情が、互いの中を行き交って、一つの答えに収束していく。

 

 俺は、新崎(にいざき)さんの背中へと、両手をまわした。

 新崎(にいざき)さんも、両手を俺の脇の下にくぐらせて、背中へと手のひらを重ねてきた。

 

 俺達は、互いに腕をまわし合って、真正面から見つめ合う。

 新崎(にいざき)さんの体温や、鼓動の高鳴り、呼吸の乱れが、手に取るようによく分かる。

 

 俺達は、しばらくそうして見つめ合い。

 すぐに我慢できなくなって、

 

 俺達は、唇と唇を重ねた。

 

 

 

 ちゅ……ちゅ………ちゅぅ………

 

 俺達は、目線をぶつけ合いながら、唇を何度も重ね合わせた。

 互いを抱きしめる力が強くなる。

 想いを確かめ合うように、何度も何度も、感情の赴くままにキスをする。

 

 柔らくて、湿っている、新崎(にいざき)さんの唇……

 俺にとっては、はじめてのキスだ。

 軽く唇を触れさせるだけで、まるでセッ〇スをしている気分になる。

 これが、肌を重ねるという感覚なのか……。

 幸せだなぁ……

 俺達は今、世界で一番幸せだと思う。

 俺のファーストキスは、性的興奮よりも、幸福感の方が強く感じられた。

 

 

 新崎(にいざき)さんの瞳から、一滴の涙が(こぼ)れ落ちた。 

 やがて彼女の瞳は、大粒の涙で(あふ)れかえった。

 新崎(にいざき)さんの頬をつたって、幸せの涙が、ゆっくりと流れおちていく。

 

 俺達は、すこしだけ舌を絡めた。

 口を半開きにして重ねて、舌を突き出しながら、互いの口の中の味を確かめた。

 

 しかし、すぐにお腹いっぱいになり、俺達は顔を離した。

 

 そしてまた、互いの身体に腕を回したまま

 泣き顔を見せ合いながら、じっと二人で見つめ合う。

 彼女のぷるぷるとした唇は、唾液に濡らされて、だらしなく涎が零れていた。

 

「うふふ………」

 

 新崎(にいざき)さんは、幸せそうに笑った。

 涙が宝石のようにかがやいている、天使のような笑顔だった。

 俺はその笑顔に、釘付けになった。

 俺はこの笑顔を、一生忘れることがないだろう。

 俺は一生をかけて、彼女を幸せにしたいと、心の底から思った。

 

「ふふ…」

 

 俺もつられて、おもわず笑ってしまった。

 別に、面白いことがあったわけじゃない。

 ただ純粋に、幸せだったのだ。

 

「んっ!」

 

 新崎(にいざき)さんは、俺に寄りかかってきて、ぎゅっと抱きついてきた。

 

 互いの首と首を密着させて、俺の肩の上に頭を乗せ、両手で俺を、強く強く抱きしめる。

 

 新崎(にいざき)さんの黒髪がフワリとなびいて、俺の鼻をくすぐった。

 

 うどんの匂いがしたけれど、ちゃんと女の子の匂いもした。

 

 俺は彼女を、両手でぎゅっと抱きしめ返す。

 

「んぅぅ…………」

 

 新崎(にいざき)さんは、猫なで声で鳴いて、俺の身体にぎゅぅぅ、と、密着してくる。

 新崎(にいざき)さんのおっぱいが、俺の胸に押し当てられる。

 ふとももが絡まって、柔らかい二の腕が俺の首を包み込む。

 

 互いの熱や鼓動、強い想いが溶け合った。

 

 俺は、すごく興奮した……

 しかし興奮なんかよりも、身体を重ねることへの安心感の方が、ずっと強かった。

 

 俺達は、互いの体温を感じながら……

 

 気のすむまで、互いの身体を確かめあった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一発目「オ〇ズにしていいよ」

 

 【天ぷらうどん】が倒されて、俺は新崎(にいざき)さんと結ばれた。

 

 これにて一件落着、ハッピーエンド。

 あとは、クラスメイトと合流して、皆で現実世界に帰りたい。

 そして、新崎(にいざき)さんの恋人として、充実した高校生活を送りたいと思う。

 

 「あれっ!!そういえば和奈(かずな)はどうなったの!?」

 「あっ!!」

 

 まずいっ、完全に忘れていた。

 俺も、新崎(にいざき)さんも、互いのことに夢中になりすぎていた。

 天ぷらうどん本体(クソジジイ)に、お腹をほじくり出されていた浅尾(あさお)さん。

 無事なのだろうか??早く回復スキルをかけないと、死ぬんじゃないか!?

 

和奈(かずな)っ!!?」

 

 新崎(にいざき)さんと俺は、慌てて立ち上がった。

 薄暗い闇の中、周囲を見渡した。

 しかし、視界に移るのは、こちらを見つめる二人。

 リリィさんとユリィさんだけだ。

 

「茶髪の女性なら、私が回復しました。向こうで眠っていますよ。」

 

 そう言ったのは、白い長髪の幼女、ユリィだ。

 目を閉じたまま、座り込んだ状態で、闇の中へと指をさす。

 

「【火球(ファイヤボール)】!!」

 

 リリィさんの魔法で、周囲が明るく照らし出された。

 リリィさんの手の平の中で、神秘的に揺らめく炎。

 視界が開けて、ユリィの指さす先に、女性が倒れ込んでいた。

 

 

和奈(かずな)っ!!」

 

 俺達は、浅尾(あさお)さんの元へと駆け寄った。

 仰向けで目を瞑っていて、意識がないようだ。

 破れた服から、綺麗なおへそが覗いていた。

 

 目立った外傷はなく、ゆっくりとした呼吸とともに、彼女の横隔膜が上下していた。

 

「眠ってるだけか……良かったっ……」

 

 新崎(にいざき)さんは、ほっと息をついた。

 俺も、心から安堵をした。

 

「起こさないようにしよう。疲れてるだろうから……」

 

「そうだね……ごめんねっ、和奈(かずな)っ」

 

 新崎(にいざき)さんは、申し訳なさそうに、浅尾(あさお)さんの髪を撫でた。

 頬は赤みを帯びていて、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

「ユリィさん!!ありがとうございますっ!!助かりましたっ!!」

 

 俺は振り返り、救世主にお礼をした。

 

「うぁっ!?い、いえっ…こちらこそっ……お姉さまを支えてくれて、私を助けてくださった貴方たちに、感謝の気持ちが止まりません。

 お姉さまも、私の為に、いつもありがとうございます。大好きですっ。」

 

 ユリィさんは、目を閉じたまま、早口でまくしたてた。

 もしかして、目が見えないのだろうか?

 俺の大きめの声にも、驚いた様子だった。

 

「うへへぇ……照れますよっ、ユリィっ……。あたしもっ……行宗(ゆきむね)さんと新崎(にいざき)さんに、感謝していますっ……皆が無事でよかったですっ!!」

 

 リリィさんが、嬉しそうな笑顔だった。

 彼女のこんな顔を初めてみた。

 

 今までは、知的で真剣な印象だったが……

 ……当然か、妹を救出できて、嬉しくない筈がない。

 不安から解放された、こちらが彼女の素なのだろう。

 

「ねぇ。ユリィちゃん、だっけ? 目を閉じてるのは……もしかして目が見えないの??」

 

「……はい、生まれつきです……。ですが心配はありません。私の傍には、いつも優しい姉さまが居ます。申し訳ないと断っても、いつも側に居てくれます。

 生き物の鼓動が見える魔法も、お姉さまに教えて貰いました」

 

 新崎(にいざき)さんの問いに、ユリィさんが応える。

 それにしても、仲のいい姉妹だなぁ。

 一人っ子の俺にとって、兄弟がいるのは羨ましい。

 

 

 

「リリィさん、俺達はこれから、消えたクラスメイトと合流して、現実世界に帰ろうと思っています

 俺達が来た道は、()ですよね?

 どうやって、天井の穴まで登りますか?」

 

 俺の問いかけに、リリィさんは、ウゥムと唸る。

 

「ボス部屋ごと仲間が消えたのは、大洞窟の入口、開かずの間に繋がっていると聞きました。

 つまり、キサズ川の中流域ですから……

 ……とにかく、転移魔法陣を見つけて、大洞窟から地上に脱出しましょう。

 こんな危険な場所は、命が幾つあっても足りませんから……。

 天井までいくのは、私が土で階段を作っていけば済む話ですが……

 ……正直、もうヘトヘトなんです。行宗(ゆきむね)さん、もう一度賢者になってくれますか??」

 

 リリィさんは、トンでもない提案をした。

 もう一度、オ〇二ーをして、賢者になれという。

 確かに、賢者の力なら空も飛べるが……!!

 

「えぇっ?……もう一度ですか……俺も疲れてるんですけど……仕方ないですかね……」

 

「ねぇ、私がやろうか??」

 

 突然、新崎(にいざき)さんがそう言った。

 

「天使だって、空をとべるよ……」

 

「そうですね、行宗(ゆきむね)さんが無理そうなので、新崎(にいざき)さんお願いします」

 

 リリィさんも同意した。

 新崎(にいざき)さんが天使になる、つまり、もう一度オ〇ニーをするという事。

 

「ダメだぁああ!!……そ、そのっ!!、直穂(なおほ)がシテるところを、他の誰にも見せたくないだっ!!

 例え、リリィさんにもっ!!」

 

行宗(ゆきむね)っ、私も同じ気持ちなのっ、行宗(ゆきむね)の可愛いところは、他の誰にも見せたくないから……」

 

 俺が思わず叫び声を上げると、

 新崎(にいざき)さんが、信じられない事をいった。

 俺と同じように、新崎さんも、好きな人の行為は他人に見られたくないと言った。

 

「うん……そう言って貰えて嬉しいけど……結局どうする??

 正直、俺は、直穂(なおほ)のそんな姿を見られたくない」

 

「うーん、じゃあ、行宗(ゆきむね)がしてるところ、私にじっくりと見せてくれるのなら、権利を譲ってあげる」

 

「えぇ??」

 

 新崎(にいざき)さんは、恥ずかしそうに顔を赤らめて、にやにやしていた。

 俺の言い分を通す変わりに、ちゃんと見せてほしいということだろうか……

 いや、そんなの恥ずかしすぎるだろっ……

 それに、怖い……気持ち悪いと幻滅されてしまうかもしれない。

 確かに興奮もするが、それよりも、緊張感や不安が、脳内に渦巻いた。

 

 ぎゅっ!!

 

 新崎(にいざき)さんが、俺に抱きついてきた。

 優しく包み込んで、俺の身体を温めてくれる。

 彼女の身体は熱くて、呼吸も荒い……

 やはり胸は柔らかかった。

 

「大丈夫……安心して……私は行宗(ゆきむね)が好きだから……ずっと手放さないから……

 だから、安心してオ〇ニーしていいよ……」

 

 彼女の、耳元で投げかけられた言葉に、俺の心臓は止まりそうになった。

 緊張感や不安が、甘い匂いに溶かされて、強烈な高揚感と幸福感に支配される。

 

「私をオ〇ズにつかっていいよ……」

 

 もう、止まる事はできなかった……

 俺は、新崎(ゆきむね)さんに抱きしめられながら……

 一生懸命、右手を振りしだいた……

 

 

 

「ユリィも見ちゃダメですよ。教育に悪いですし…」

 

「隠さなくても、もともと見えませんよ」

 

「そうでしたね」

 

 後ろで、リリィ姉妹の会話が聞こえた。

 完全に忘れていた。

 聞こえるということは、逆も然り、俺達のセリフは彼女達に聞こえてしまうのだ。

 あまり、変なセリフは言えないな。

 俺を独り占めしたい新崎(にいざき)さんの為にも、声を我慢しなければ。

 

 

 

 そして俺は、賢者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―浅尾和奈(あさおかずな)視点ー

 

 ん……??

 美味しそうな匂いがする…

 これは……シュウマイ……

 

「………つまり…あたしの知る限り、ナロー世界からネラー世界への帰還方法はありません。

 少なくとも、神様の助力なしでは不可能でしょう。

 ダンジョン最下層、ラストボスの討伐報酬、【願いを叶える石(ネザーストーン)】なら、可能かもしれませんね。

 ですが……かなり貴重な石なので、国に厳重に管理されているものです……手に入れるのは難しいかと……」

 

「そんな……あの石ってそんなに………」

 

 幼い女の子と、知っている男の声がした。

 

行宗(ゆきむね)……くん……??」

 

 私は、眠っていたようだ。

 身体がだるい。起き上がれない。お腹に不思議な感覚がある。

 あれ……私……なにがあったんだっけ……

 

「あ、和奈(かずな)っ!!おはよっ!!体の具合は大丈夫??」

 

 直穂ちゃんの声がした。

 かなり、心配されているようだ。

 

「……んん……ちょっとだるいかも……お腹の中が気持ち悪い……」

 

「ホントにっ!?分かったっ、回復するねっ!!【超回復《ハイパヒール》】!!」

 

 新崎(にいざき)さんが焦った声で、私に回復魔法をかけてきた。

 お腹の中に、温かい感覚が忍び込んでくる。

 

「あの新崎(にいざき)さん、回復は不要です。

 浅尾(あさお)さんは、お腹が空いているだけですっ。ご飯を食べれば、元気になりますよ」

 

 幼い女の子の声に、新崎(にいざき)さんの手が止まった。

 確かにこの感覚は、お腹が空いている時の感覚だった。

 お腹が減りすぎて、気持ちが悪くなっていたのだ。

 

和奈(かずな)……食べられる??」

 

 直穂(なおほ)ちゃんの言葉と共に、私の鼻孔に美味しそうな匂いが近づいてくる。

 私の唇に、あつあつのふわふわがピトリと触れる。

 私は、食欲に従って、そのふわふわを口に入れた……

 

 口の中で、熱いものが蕩けだした。

 肉汁と湯気が、口の中を駆け巡り、私の味覚を刺激する。

 

「うっま……」

 

 涙が出てきた……

 死ぬほどうまい……全身が熱に包み込まれる……

 身体中に、力の入る感覚が戻って来た。

 よしっ!!立ち上がれるっ!!

 

「おはよっ直穂(なおほ)ちゃんっ!行宗くんっ!!」

 

 私は、身体を起こした。

 そして、目を開けると、目の前には焚火があった。

 その奥には大きな小籠包、私が命がけで収穫した糸欠片。

 それらを囲むように、行宗(ゆきむね)くんと直穂(なおほ)ちゃん。

 そして、金髪ツインテールの少女と、白い長髪の幼女が座り込んでいる。

 小籠包を片手に、食卓を囲みながら、皆が私を見つめていた。

 

「うぉぉ……可愛い子がいっぱい……。おかわりしていいですか??」

 

 それが、最初に私の口からでた言葉だ。。

 

 金髪の女の子は、リリィ。黒髪の女の子は、ユリィというらしい。

 二人とも、私の命の恩人だそうだ。

 敬語を使い、子供とは思えないほど賢い。

 

 

「……とにかく、私達は公国に向かいます。

 私達は貴族のお嬢様なので、使いの者に、あなた方のクラスメイトの情報や、ネラー世界に帰還する方法を調べてもらいましょう」

 

「そうか……誘拐されたのは、まさか貴族ってのが理由か??」

 

「そうでしょうね……貴族の娘を二人も誘拐など、一大事件です、あってはならない事です。

 私達は一刻も早く、公国に帰らねばなりません」

 

 リリィさんは、貴族の娘と言った。

 ふーん。この姉妹はお嬢様なのか。

 

 羨ましいとは思う。

 でも、なりたとは思わない。

 面倒くさそうだし。

 

「という事で、地上にでるための、転移魔法陣を探そうと思います」

 

 リリィさんの提案で、私達は立ち上がった。

 小籠包を、氷と土で包装して、手分けして持つ。

 

 そして私達は、大きな洞窟の中を、また歩き出した。

 女の子4人に男の子1人、いわゆるハーレム状態だ。

 

 喉が渇いたら、リリィさんが魔法で、水を作ってくれる。

 

「あの……この世界の魔法のシステムって……どうなっているんですか??

 なにもない所から水が出てくるなんて、普通に考えたらあり得ないです。

 リリィさんの体内から出ている訳では、ないんですよね?」

 

「そんな訳ないでしょう。魔法とは、世界に満ち溢れるダークエネルギーの形を変えて、目に見える形に変換する技術です。

 つまり、エネルギー資源は無限なんですよ。理論上は、どんなに大きな魔法だって唱えられます。

 しかし、人の身体を媒介とする以上、肉体的限界もあります、集中力と知識、才能も必要です」

 

 行宗くんは、リリィさんと話してばかりだ。

 新崎さんの方は、恥ずかしそうに顔を赤らめて、行宗くんをずっと見つめている。

 告白する、と言っていたが、なにも進展していないのだろうか??

 どこか、二人の雰囲気が変わった気がするが、ずっと話していない。

 

「まじでっ!!……ダークエネルギーって!本で読んだことあるわ!!俺達の世界と同じなんですかねっ!?」

 

「そちらの世界にも、同じ言葉があるのですか??」

 

 こいつら、何を話しているんだ??

 ダークエネルギーって何??アニメの話??訳わかんない。

 あれ……そういえば不思議だな……

 リリィさんもユリィさんも、日本語がペラペラだ。

 異世界の人なのに、日本語が通じている。

 

 私達をだました仮面の二人も、日本語で話していたよな。

 もしかして、この世界って……

 

「あぁ!!あったっ!!あれが転移魔法陣ですよっ!!」

 

「マジすか!!」

 

 リリィさんが大声を上げて、行宗くんがそれに続いた。

 洞窟の行き止まり、

 青い光で描かれた、複雑で規則的な紋章、それが幾つも続いている。

 

「かなり新しいですね……しかし構成が複雑です。神様ではなく、人が作っていますね。

 行先は……フェロー地区ですか……なるほど……」

 

 リリィさんは、ぶつぶつとひとり言を呟いていく。

 

「おそらくですが、私達の誘拐犯の逃走経路と思われます。

 敵国であるガロン王国領地に繋がっているので、公国の足をまくのには好都合ですね。

 しかし、私達の公国との国境付近、ここに入らない選択肢はないですね。

 一緒に行きましょう」

 

「そ……そうか、でも敵国に繋がってるって、大丈夫なんですか?」

 

「私達は表に顔を出していないので、一般市民に気づかれる心配はないですが、王族に見つかると不味いですね。

 でも、私達は急がねばなりません、私達には使命があるのです。

 さあ皆さん、魔法陣の中に入って下さい」

 

 私達は、魔法陣の範囲内に入った。

 この感覚は昨日ぶりだ。

 昨日は、仮面の男に騙されて、ダンジョンの最下層に呼び出されてしまった。

 最悪の記憶だ。 

 思い出すだけで、恐怖のあまり吐きそうになる。

 

「では、参ります」

 

 転移魔法陣が回転を始める。

 白い光が、周囲を包み込んでいく。

 

 リリィさんは、いい人だ。

 人を騙したりしそうにない、純粋で、妹想いの優しい子。

 兄弟げんかもしたことがないそうだ。兄をもつ私からすれば、信じがたい話だ。

 

 そもそも彼女がいなければ、私達は永遠に、ダンジョンを彷徨う羽目になっていた。

 彼女に頼るしかないのだ。

 もう、疑うのはやめよう。

 

「あ……伝え忘れていました。

 転移先は、高確率で水中です。

 水の中に出ても、驚かず暴れず、身体が浮き上がるのを待って下さい……」

 

 え……

 

 リリィさんの言葉が聞こえた。

 

 次の瞬間、私は一度意識を失って……

 

 目が覚めると、冷たい水の中にいた……

 

 

 

「ごはぁああ!!!おぼっぼぅぅぅ」

 

 一瞬で、鼻の穴に水が入る。

 どちらが上か下か分からない、ただただ苦しくなる。

 吐き出せば吐き出すほど、水が入ってくる。

 目が開けられない、水中ゴーグルはない。

 

「うごぉぉおぉっ……っばぁああ……たずけ……でぇえ……」

 

 私は、サッカーや陸上は得意だけど……

 泳ぐのだけは、無理なんだ……

 

(うがぁががががが……じぬぅぅぅぅ!!!)

 




 これにて、二章完結??、だと思います。

 更新遅くなり、すみません。
 五人ものキャラクターと、多くの情報をまとめるのに苦労しました。
(書き直しは、10回以上しました)
 
 ここから、第三章に突入します!!
 同時に、第一章の書き直しを行い、
 三章が完結するタイミングで、「小説家になろう」にも投稿を開始する予定です。
 この物語は、まだ序盤です。
 
 
 
 
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三膜 寝取られ撲滅(ぼくめつ)パーティー編(前編)
二十二発目「はじめての地上世界」


万浪行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 転移魔法陣の輝きに包まれて……

 俺は気づいたら、水中へと放り出されていた。

 

 水には流れがあって、俺は溺れながら、奥へ奥へと引きずり込まれる……

 苦しい、苦しい、苦しい……

 これはまさか、ゲームでよく見る。転移魔法陣を利用したトラップという奴だろうか?

 くそぉ……また水の中かよっ!!……

 リリィさん、もう一度、【空気球(エアボール)】スキルをお願いしますっ!!

 

 ごぼぼぼぼぼぼぼ!!

 

 突然、水の流れが上向きになった。

 そして、天に昇っていき……

 

 ドッバァァ!!と勢いよく、水の中を抜け出して、大空へと投げ出された。

 眩しい太陽光がギラリと差し込む。

 青色の大空に、遥か高くから見下ろしてくるような入道雲である。

 視界の端には濃い緑の木々が生い茂り、水しぶきが空中に浮いている。

 

 次の瞬間、俺の身体は重力に掴まれて、

 水面へと、尻もちを着いた。

 

 ザバァァァ!!!

 

「いやぁあああ!!」

 

 同時に周囲で、女性陣達の悲鳴が聞こえた。

 そこは、森の中の川だった。

 水深は浅く、70センチメートル程。

 水の流れが緩やかな、森に囲まれた池のような場所。

 その中央からは、ジャバジャバと音を立てて、噴水のように水が湧き出ていた。

 俺達五人はどうやら、そこの穴から噴き出してきたみたいだ。

 その噴水を囲むように、新崎(にいざき)さんや浅尾(あさお)さん、リリィさんとユリィさんが尻もちをつき、ゴホゴホと咳き込んでいた。

 

「……がはっ……なるほどっ!……驚きましたが、なるほど、合理的な仕組みですね。皆さん無事ですか?」

 

 リリィさんが、顔を拭いながら、息を整えながら声を上げた。。

 

「み、水の中に繋がってるなら、早めに伝えてほしかったなぁ。また死んだかと思ったよ」

 

 浅尾(あさお)さんが、ほっと胸を撫で降ろしながらため息をつく。

 つい、彼女の胸に目が行ってしまった。

 水浸しの透けた薄着に、大きな乳房の組み合わせは、男子高校生にとっては目の毒だ。

 

「すみません……直前で思い出したので……」

 

 リリィさんは、申し訳なさそうに謝りながら、周囲の様子を見渡した。

 しかし、周りは大きな木が覆い尽くしている。

 日本では見ない木だ。どちらかというとアマゾンの森の中に近い。

 大きな葉っぱのついた、幹の太い木々。

 しかし、現実世界と比べてどこか違和感がある。

 一見普通のジャングルだが、どこか異質な印象を受ける。

 

「……あの、お姉さま、私はとても感動しています。これが自然の世界なんですね……なんて綺麗なのでしょう。

 いままで、出会った事のない生き物の気配が、そこら中に居ます……」

 

 ユリィさんが、目を瞑ったまま、幸せそうに口角を上げていた。

 白い長髪が水の中に沈み込み、真っ白な濡れたワンピ―スを着て、まるで女神のような姿だった。

 まだ彼女は小学生だが、大人になれば、きっと美人になるのだろう。

 リリィさんは、360度に広がる大自然に、見えない目を輝かせながら言葉を続けた。

 

「……お姉さま。そして行宗(ゆきむね)さん、浅尾(あさお)さん、直穂(なおほ)さん。

 わがままを言っていいですか?

 ……わたし………この川で泳いでみたいんです」

 

「え……?」

 

 リリィさんが、呆気に取られた顔をした。

 

「そう言われても……ユリィは泳いだ事もないでしょう? 危ないですよ……」

「お願いします。少しだけで良いんです。ずっと憧れだったんです……」

 

 ユリィさんは力強くそう言った。

 リリィさんは、困ったなー、という顔で、黙り込んでしまう。

 

「……えっと。私なら泳ぎ方を教えられるよ。小学校の頃はスイミングスクールに通ってたから」

 

 そう口を挟んだのは、新崎直穂(にいざきなおほ)だった。

 俺の彼女である。

 濡れた黒髪ショートを手の平で払いながら、澄ましたような顔は、俺の好みのドストライクだ。

 そういえば直穂(なおほ)は、中学校の水泳の授業で、泳ぐのは速かった気がする。

 もう、二年前の夏になる。

 俺達が知り合ってから間もない頃だ。

 

「……分かりました。今日はもう、日が暮れそうですし、移動する時間はなさそうですね。

 新崎(にいざき)さん、ユリィを頼みます。

 ユリィ。お姉ちゃんは、先に寝床(ねどこ)の準備をしておきます。

 しばらく離れ離れになりますが、新崎(にいざき)さんをお姉ちゃんだと思って下さい」

 

 リリィさんは、ユリィと直穂(なおほ)に笑いかけた。

 「感謝します。姉さま!」、というユリィさんの声と、「任されました!」という直穂(なおほ)の声が重なった。

 

 リリィさんの表情は、出会った時と比べて和らいでいた。

 俺も、少しは安心していた。

 ここはもう、おっかないモンスターがウジャウジャいる、ダンジョンの最下層ではないのだ。

 RPGで例えるなら、ラスボス手前のエリアから、はじまりの町付近の森に転移したようなものだろう。どうしても安堵せざるを得ない。

 

 しかし、油断は禁物だ。

 ここはまだ異世界である。

 ラスボス戦で、俺達を貶めようとしたクソ仮面野郎共ギャベルとシルヴァも、この世界のどこかで生きているのだ。

 俺はもう、警戒を怠らない。

 リリィさんと共に公国へと向かい、現実世界に帰還する方法を見つけ、クラスメイトと合流して、現実世界に帰るまで、気は抜けない。

 

「なぁリリィさん、俺達、離れ離れになって大丈夫なのか?

 迷子になったり、へんなモンスターに遭遇したり……泳いでいる最中に、【天ぷらうどん】みたいなモンスターに、飲み込まれたりしないのか??」

 

 俺は不安のあまり、リリィさんに尋ねた。

 もう、危険な目には遭いたくないのだ。

 直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんを、危険な目に遭わせたくないのだ。

 

「ふふっ……心配しなくていいですよ、ここには、私達に(かな)うモンスターなど生息していませんよ。行宗(ゆきむね)さんでもワンパンできます。

 ですが、本当の脅威は、モンスターよりも人間です。

 この地域は、公国と王国の国境付近の為、ガロン王国の軍隊が駐在しています。

 私達にとっては、ガロン王国は敵国です。

 それに、この付近の獣族たちが、ガロン王国に、反乱を起こしているという噂を耳にしました」

 

「え? 獣族ってまさか! あの獣族か?」

 

 俺は、思わず突っ込んだ。

 獣族、それは獣と人間の融合体。

 ゲームの世界によく出てきた、ケモミミと尻尾のついた、むちゃくちゃ可愛い美少女。

 

「うそっ! この世界には獣族がいるの!?」

 

 食い気味にセリフを重ねたのは、俺と同じアニメオタク、俺の彼女の新崎直穂(にいざきなおほ)だ。

 直穂(なおほ)は、キラキラと目を輝かせながら、リリィさんへと距離を詰めた。

 やはりアニメオタクの血は争えないな。

 獣族の美少女。

 一度でいいから、その柔らかい毛並みを、懐にいれて撫ででみたいと思うのは、二次元オタクの性である。

 

 リリィさんは、俺の彼女の勢いに、引き気味で戸惑っている。

 

「は、はい。この近くに獣族の村があった筈です……ガロン王国の管理下で、魔石の単窟の仕事をしているそうです……」

「そーなんだっ、現実世界に帰る前に、会ってみたいなぁ!!」

 

 直穂(なおほ)は空を見上げて、嬉しそうに妄想している。

 俺も想像してしまう、直穂(なおほ)と、獣族村への初デート。

 うん、猫カフェデートみたいで悪くないな。

 

 

「……しかし、獣族達の一部は、ガロン王国の支配に反発し、反乱を起こしていると聞きます。

 なので、今は、あまり関わりたくないですね。

 それでは、私は、寝床を作りに行きます。ユリィは水泳を楽しんで下さい。

 あまり遠くへは行きませんから、何かあれば、あたしを呼んで下さい。

 行宗(ゆきむね)さんと浅尾(あさお)さんはどうしますか?」

 

 リリィさんの問いに、浅尾(あさお)さんは、うーんと頭を捻らせる。

 

「どーしよう。私は泳げないしなーー。リリィちゃんを手伝おうかな。何か出来る事はある?」

「正直、手を貸してもらえると嬉しいです、浅尾(あさお)さんのスキルは、木を切るのに向いているので」

「分かった。任せて! なんかサバイバルみたいでワクワクする!」

 

 浅尾(あさお)さんは、リリィさんを手伝うようだ。

 さて、俺はどうしようか……

 ユリィさんに水泳を教えるのは、直穂一人で十分だろう。

 合理的に言えば、俺は、リリィさんの仕事を手伝うべきだろう。

 しかし、正直に言うと、俺は……

 直穂(なおほ)と水泳デートをしたい!!

 

「わがままを言うと、俺は、直穂(なおほ)と一緒に泳ぎたいです。いいですか?」

 

 俺は、正直な気持ちを話した。

 

「……でも、リリィさんの仕事が大変なら、俺はリリィさんを手伝います。 ずっと、お世話になってばかりなので!!」

 

 俺は言葉を付け足した。

 リリィさんにばかり、面倒事を押し付ける訳には行かない。

 電子レンジ、ドライヤー、冷蔵庫、酸素ボンベとして……

 俺はリリィさんを、まるで家電製品のように使い倒してきた。

 頼りっぱななしは申し訳ない。

 

「……そうですね。では行宗(ゆきむね)君は、この川で魚を捕まえて下さい。

 新崎(にいざき)さんとイチャイチャしながらで構いません」

 

 は??

 魚を捕まえろ。だと??

 俺が!? まさか素手で? 釣竿や槍もなしで?

 

「いや、冗談ですよね?」

「大真面目ですよ。ダンジョンのラスボスを倒した勇者が、まさか川の魚が捕まえられないとでも?」

「た、たしかに……」

 

 俺は、至極真っ当な意見に、納得せざるを得なかった。

 俺は確かに、【スイーツ阿修羅】、この世界で最強の生物を倒したのだ。

 今の俺は、現実世界の俺とは違う、52レベルの召喚勇者だ。

 川の魚ぐらい、捕まえられる……のか??

 

 俺は、ふと辺りを見渡した。

 そして、浅尾和奈(あさおかずな)さんと目が合った。

 彼女は、真っ赤な顔をして、目をパチパチとさせながら、俺と直穂(なおほ)を、交互に見つめていた。

 両手をわなわなと震わせて、今にも爆発しそうなほどに、感情が高ぶっていた。

 

「ななっ!! な・お・ほぉ!??」

 

 浅尾(あさお)さんの叫び声が、森の中に響き渡った。

 

「は?? はぁぁ!? なんで呼び捨てぇっ……もしかして二人とも……いつの間に……!!」

 

 そういえば、伝え忘れていた。

 直穂(なおほ)と俺が、付き合う事になった、と。

 

「……か、和奈(かずな)っ、ごめん!…そう言えば、伝え忘れてたっ。 私はっ、行宗と、無事に付き合う事になったのっ!」

 

「うへぇぇぇぇ!!? いつの間にいぃ!!」

 

 新崎直穂(にいざきなおほ)の衝撃の紅白に、浅尾和奈(あさおかずな)は衝撃を受けた。

 

和奈(かずな)が背中を押してくれたお陰だよ。ありがとう。私、ちゃんと告白できた。」

 

 直穂(なおほ)は、リンゴみたいに赤い顔で、親友へと感謝の言葉をかけた。

 

「まじか! やったね直穂(なおほ)っ! 私も嬉しいよっ! 

 行宗(ゆきむね)くんも、おめでとう! 

 もし、直穂を泣かしたら許さないからね。ちゃんと責任もって、幸せにすること!」

「言われるまでもなく、絶対に手離しませんよ」

 

 俺は思い切って、食い気味にそう言った。

 俺のセリフに、直穂(なおほ)はさらに、顔を赤くした。

 いや、可愛い過ぎだろ。こっちまで恥ずかしくなるっ。

 

 彼女と付き合うという事は、想像以上に難しい気がする。

 「愛してる」と伝えるのも、付き合う前以上に勇気がいる。

 なぜなら、責任が伴うからだ。

 彼氏として、彼女を大切にする責任が……

 

「ひゅーっ!アツアツだねぇ。応援してるよっ。

 恋人は付き合ってからが本番だからねー。

 くれぐれも相手に幻滅されないように、末永くお幸せにしたまえっ!」

 

 浅尾(あさお)さんは、楽しそうにカラカラと笑った。

 あれ? 

 そういえば、浅尾(あさお)さんには、彼氏はいるのだろうか?

 

「あの、浅尾(あさお)さんは、好きな人っているんですか?」

 

 俺は、思わず聞いてみた。

 

「いないよ。あんまり作る気もない。

 中学の頃に、恋愛しすぎて疲れたのかもね。しばらくは部活に打ち込みたかった感じ。

 まぁ……こんな異世界にきて、大冒険を繰り広げるとは思っていなかったけど……」

「そうだな…早く帰りたいな……」

「でも、楽しいよっ。皆でハラハラドキドキしながら、ダンジョンを攻略して、地上に出て……

 リリィちゃんとユリィちゃんにも出会えたしね。 

 ……そういえば……二人とは、いずれ別れる事になるんだよね……。

 私達が現実世界に帰る時には……」

 

 浅尾(あさお)さんは、そよ風に濡れ髪をなびかせながら、空を見上げて微笑んだ。

 どこか寂しそうな顔だった。

 

「……別れは、誰にだって訪れますよ……」

 

 ぽつり、とリリィさんが呟いた。

 そうだ。

 俺達が現実世界に帰るという事は、この世界との別れ。

 リリィさん達と、別れる事を意味する。

 リリィさん達とは、今日であったばかりの仲だが、命を預け合った盟友である。

 二日前までは想像もしていなかった。陰キャの俺が、こんなに多くの仲間に囲まれている事なんて。

 別れるのは嫌だ……

 

 一瞬の静寂がおとずれる。

 全員が黙り込んでしまった。

 森の中に、水の噴き出る音だけが続いていた。。

 

「なんてね。その時までに、沢山思い出を作ろうよっ!

 人生は一期一会だよっ!

 さあユリィちゃん、泳いでみよう! リリィちゃんも、一緒に寝床を作ろう!」

 

 浅尾(あさお)さんは、パンッと手を慣らして、太陽のように笑った。

 そして浅尾(あさお)さんは、リリィさんの手を取って、川から上がり、森の中へと向かって行った。

 





 
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三発目「水泳の授業と恋愛と」

 ぱちゃぱちゃぱちゃぱちゃ……

 

 森の中に、可愛らしい水音が響いていた。

 盲目の少女ユリィが、川の中で水泳に、挑戦しているのだ。

 夕暮れ前の穏やかな空、水の澄んだ天然のプールだ。

 

 俺は、ユリィの両手を握って、彼女を支えている。

 彼女は、ゴーグルなしで、顔を地面につけながら、バタバタバタと、一生懸命足を動かしている。

 目が見えないとは思えない程、上達の速度が速い。

 

「プハァァ!!」

 

 ユリィは、苦しそうに、水面から顔を上げた。

 まだ、息継ぎは出来ない。

 両足を地面に付けて立ちあがり、ぜーぜーと息を切らしている。

 

「はぁ……はぁ……ごほっ……はぁはぁ……」

 

 当然、彼女は、水着も着ていない。

 彼女の白いワンピースは、水で半透明に透けていて、肌にべっとりと纏わりつき、中の肌色がうっすらと見えていた。

 

「大丈夫!? ユリィちゃん? いいよっ、うまく泳げてたよっ」

 

 俺の隣、新崎直穂(にいざきなおほ)が、心配そうに、ユリィに話しかけていた。

 直穂(なおほ)が泳ぎを教え、俺はユリィのサポートをする。

 直穂(なおほ)の水泳のコーチングは、無茶苦茶分かりやすかった。

 流石、学校の先生を目指しているだけはある。

 体育の先生も完璧だな、直穂(なおほ)は運動もそこそこ出来る。

 俺も直穂(なおほ)に、大人の保健体育を教えて貰いたい……

 

 彼女も薄着姿で、全身水浸しであった。

 ショートパンツと、透けたTシャツ……

 肌に張り付いたシャツは、彼女の身体のラインを、ピッタリとなぞっていた…

 

「はぁ………はぁ… 大丈夫ですっ! 次は行宗(ゆきむね)さんみたいに、魚を捕まえたいです……」

 

 ユリィには疲れが見えるが、まだまだやる気のようだ。

 息を切らしながらも、声色は明るい。

 楽しんでくれているようで、こちらも嬉しくなる。

 

 因みに俺は、13匹の魚を捕まえおわっている。

 俺は、レベル52の召喚勇者だ。

 水の中でも、かなり自由に動き回れる。

 俺の身体には、【自慰(マスター〇ーション)】スキルなしでも、素手で魚を捕まえられる程の、身体能力が備わっていた。

 

 

「それはいいね。でも、少し日陰で休もうか。泳ぎっぱなしで疲れてない?」

「分かりましたっ」

 

 直穂(なおほ)の提案で、俺達は川から上がり、大きな岩の上へと腰掛けた。

 

 座る順番は、左から直穂(なおほ)、ユリィ、そして俺だ。

 俺と直穂(なおほ)は、それぞれユリィの、左手と右手を握っていた

 目の見えないユリィは、常に誰かに触れられていないと、不安になってしまうそうなのだ。

 思い返せばリリィさんも、ずっとユリィの手を繋いでいて、傍を離れることはなかったな。

 

 大岩の上は、じんわりとした暑さがあった。

 気候は夏、熱帯雨林といったところか。

 絶好の水泳日和である。

 直穂も、この暑さには、分厚いマントを脱いでくれた。

 お陰で、直穂(なおほ)の身体のラインを、ハッキリと見る事ができるのだが。

 

「リリィちゃんと和奈(かずな)、大丈夫かなぁ……」

 

 直穂(なおほ)が、ぽつりとそう言った。

 リリィさんは、浅尾(あさお)さんと共に、今夜寝られる場所を作ってくれている。

 一方の俺達は、川で遊んでいるのだが……

 

「お姉さまに関しては、心配無用ですよ……」

「同意だな、ユリィも凄いけど、リリィさんは凄すぎる……。俺なんかより、ずっと年上な気がするよ……」

 

 リリィさんは、魔法に知識量、言葉遣いまで、まるで非の打ちどころがないのだ。

 もし、洞窟で彼女と出会っていなかったらと考えると、ゾッとする……

 俺は、洞窟から出られずに、【天ぷらうどん】から、直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんを助ける事も出来ないのだから。

 だから、彼女を心配する必要はないだろう。

 きっと、素晴らしいログハウスを作ってくれる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、お二人の顔を触ってもいいですか?」

 

 しばしの静寂のあとで、ユリィさんは遠慮がちに、そんな事を口にした。

 

「顔を触る? なんで??」

「お二人の、顔のかたちを知りたいのです。触っていいですか??」

 

 ユリィはそう言った。

 そうか、ユリィは目が見えないから、俺達の顔を知らないのだ。

 それは、可哀そうだな……

 お母さんの顔も、お姉さんの顔も知らない。

 好きなアニメだって、見られないじゃないか。

 

「もちろんいいよ、ほら、これが私っ」

 

 直穂(なおほ)は、ユリィの小さな手を、自身の頬っぺたに当てた。

 ユリィは、直穂(なおほ)の顔に、優しく手を這わせた。

 

「こ……これが俺の顔だ……少し(ひげ)が伸びてるかもしれんないが……」

 

 俺も、そう断ってから、ユリィさんの手を俺の顔へと乗せた。

 決して、自慢できる顔立ちではない……

 それに、髭剃りのない異世界では、髭が少し伸びてしまっていた。

 

「ありがとうございます」

 

 ユリィさんは微笑むと、俺と直穂(なおほ)の顔を、柔らかな手触りで確かめていく……

 互いの吐息が聞こえるほど、至近距離だ。

 

 左どなりの直穂(なおほ)の黒髪が、俺の頬っぺたをくすぐった。

 直穂(なおほ)の方をふと見ると、ちょうど彼女と目が合った。

 水の滴るいい女。黒く光るクリクリとした瞳……

 俺は、息が止まりそうだった……

 洞窟の暗がりでキスした時とは違う。

 彼女は、日光に照らされて、艶めかしく輝いていた。

 あぁ……抱きしめたい……

 

「ふふっ……二人とも、顔が熱いですよ……深く、愛し合っているのですね……」

「ふぇぇ?」

 

 ユリィさんの言葉を聞いて、直穂(なおほ)は顔を真っ赤にして、黒髪の中に顔を隠した。

 俺は、極度の興奮状態だった。

 なんだこの可愛い生き物は!!

 この人が、俺と愛し合っているだなんて、未だに信じられない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ユリィちゃんには、好きな人はいる?」

 

 そんな直穂(なおほ)の問いに、ユリィは嬉しそうにはにかみながら、

 

「はい…好きな人なら、いますよ……」

 

 と、答えた。

 俺は、ユリィの恋愛に、興味が湧いた。

 盲目の貴族のお嬢様、今まで自然と触れ合う機会がなかった箱入り娘。

 そんな女の子は、一体どんな恋をするのだろう、と。

 

「わたしは……、騎士様に恋しています。彼と一緒にいると、胸の鼓動が早くなるのです」

 

 ユリィは両手で顔を隠しながら、赤裸々に恋心を告白した。

 俺と直穂(なおほ)は、ユリィの太ももに手を添えながら、彼女の恋に耳を傾けた。

 ユリィは耳まで赤くなっていた、なんとまあ可愛らしい。

 

「へぇー。騎士様かっ!!、その人のどこが好きなの?」

 

 直穂(なおほ)がグイグイとユリィに尋ねると、ユリィは恥ずかしそうに言葉を繋いだ。

 

「……騎士様は、目の見えない私に、いつも寄り添ってくれるんです。 

 街の外に出られない私に、外の世界を語ってくれるんです。

 雪原という、柔らかな氷に包まれた世界の話……。

 海という、莫大な水溜まりの話……。

 神獣が住むという、幻の洞窟の話……。

 そして森という、植物と動物達に囲まれた、命の溢れる世界の話……。

 騎士様の話は、寝室にいる私を、想像の中で、外の世界に連れ出してくれるんです。

 彼が実際に経験した冒険譚と共に、私も彼と一緒に、世界中を冒険している気分になるのです……

 だから私は、騎士様を好きになってしまいました……。

 今日初めて、本物の森と出会って、私は感動しました。

 彼の話は嘘ではなかった……。

 森は本当にあったんです。私の想像よりも、ずっと鮮やかで壮大に………」

 

 そう語るユリィの目は、キラキラしていた。

 もちろん目は閉じられているのだが、その奥には確かな輝きがあった。

 

「へぇ……じゃあ今日が、ユリィちゃんにとっての初めての外の世界ってことだね。騎士様も一緒だったらよかったね。」

「はい……」

「彼には、告白したいと思う?」

「……それは………無理なんです。 私の恋が実ることはありませんから……。私には、貴族としての使命があります……、自由に恋愛なんて出来ません……」

 

 ユリィは、半ばあきらめたような、寂しい顔をした。

 なるほど、お嬢様故の使命……ってやつか……

 政略結婚、的な何かだろう…

 自由に結婚できない貴族の話は、ラブロマンスでは、よくある話だが……

 ユリィも、そんな境遇にいるのだろうか……

 

 

「……ユリィは、それでいいの?」

 

 直穂(なおほ)は、悲しい顔で尋ねた。

 

「いいんです……結婚だけが、人生の全てではありません。私の働きで、公国が豊かになるなら、それで良いんです。

 ……すいません、今の話は忘れて下さい。 私は大丈夫ですから。 

 さてっ、息も整いましたっ! 今度はわたし、行宗(ゆきむね)さんの補助なして泳いでみますっ!」

 

 ユリィは、暗くなったを断ち切るように、明るい声で息まいた。

 それは、現実逃避のようにも見えたし、これ以上、俺達に深掘りされたくないようにも見えた。

 俺も、言いたいことはあったが……追及するのはやめておいた。

 

 俺は、他人の心配をしている場合ではないのだ。

 俺達には、何よりも優先すべき問題がある。

 【クラス全員での、現実世界への帰還】

 それこそが、俺のすべき全てだ。

 俺は、その為に、【ネザーストーン(願いを叶える石)】で、直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんを生き返らせる選択をしたのだから。

 ユリィさんの結婚問題は、言い方は悪いが、俺が率先して解決すべき問題ではない。

 

「そうだなユリィ。せっかくの外の世界だ。国に帰るまで、おもいっきり楽しもうぜ!!」

「はいっ!」

「よしっ、ついてこいっ!!」

 

 俺は、大きく息を吸い込むと、大きな岩のてっぺんに立ち上がった。

 そうして、グッとしゃがみ込んで、固い大地を蹴り上げた。

 

 俺の身体は、勢いよく、空中へと飛び出した。

 水面まで、一メートルと少し。

 勢いづいた俺の身体が、水面へと触れて、水が切り裂かれていく……

 

 ドッバァァァン!!

 

 という爽快な水音と共に、俺は水中に飲み込まれた。

 涼しくて、冷たくて……水に、身体を撫でられる感覚が気持ちいい。

 俺は、水中から顔を上げて、ユリィさんの方を見上げた。

 ユリィも直穂(なおほ)も、目を見開いて驚いていたのが可笑(おか)しかった。

 

「ほらっ、ユリィも飛び込んで来いよっ。楽しいぞっ!!」

「え……危なくない??」

 

 心配する直穂(なおほ)の声を置いて、直穂(なおほ)の手を借りずに、ユリィは一人で立ち上がると、俺の方を向いた。

 そして、ギュッと身体を強張らせて、すーはーと深呼吸をした。

 

「私っ、行きますっ!!」

 

 思い切り叫んだユリィは、ギュッと目を瞑り……

 小さな足で、大岩を踏み切った。

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

 甲高い悲鳴と共に、ユリィは大空へと飛び立った。

 真っ白な濡れたワンピースが、青空の中、つばさのように、はためいて、

 彼女の黒い髪が、美しい糸をひきながら、放物線を描いていった……

 

 バシャーン!!

 

 次の瞬間、

 彼女は水飛沫に包まれて、水の中へと飲み込まれた。

 俺は急いで、彼女の元へと駆けつけた。

 彼女を抱きかかえて…、足のつく浅い場所へと連れていく。

 

「大丈夫か??」

「……ふふっ……うははっ……あははっ……」

 

 俺が心配して声をかけると、ユリィさんはびしゃびしゃの顔で笑っていた。

 

「……最高でしたっ!!」

 

 彼女の満面の笑みは、太陽にも負けていなかった。

 ぜひ「騎士様」に見せてやりたい。

 こんな笑顔を見せられたら、惚れない筈がないだろう。

 

「やっほーーっ!!」

 

 後ろで、直穂(なおほ)の明るい雄たけびを上げた。

 ザッパーン、という水音と共に、直穂(なおほ)も川へと飛び込んできたのだ。

 

「うはぁ、気持ちいいっ!!、やったねユリィちゃん!」

「はいっ。楽しいですっ!! もう一回やりたいですっ!!」

 

 俺の胸のなかで、ユリィは楽しそうに笑っていた。

 直穂(なおほ)が笑いながら、こちらに歩み寄ってくる。

 

 澄んだ泉のなかで、天女の衣を纏った美少女たちが、陽光に照らさせながら、笑顔を振りまいている……

 こんな天国が、あっていいのだろうか……

 まるで夢のような、幸せで尊い時間……

 これは、二次元じゃない……

 これが、三次元の幸せ……

 こんな穏やかな時間が、ずっと続いてほしいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四発目「耳舐め安眠サービス」

 俺達の川遊びが終わって、日が暮れて……

 浅尾(あさお)さんとリリィさんと合流した。

 

「【熱水(ホットアクア)】…【熱風(ホットエア)】…】

 

 水浸しの俺達を、リリィさんは魔法で洗い流し、乾燥させてくれた。

 

「ねぇ、私も汗かいたから、お願いしてもいい?」

 

 泥が纏わりついた服の、浅尾(あさお)さんも、同様に身体を洗い流した。

 

「やっぱりすごいな、リリィさんは。この家といい魔法といい、どんな事でもできる」

「そんな事ありません、大したことないです。でも、ありがとうございます」

 

 俺はリリィさんを褒めたのだが、リリィさんは困ったように笑った。

 決して謙遜(けんそん)ではなくて、本心でそう思っているようだった。

 

行宗(ゆきむね)さんの、言う通りです、お姉さまは……凄いんです…………」

 

 ユリィさんが、俺の背中に背負われながら、眠そうな声でそう言った……

 

「疲れたみたいですね……行宗(ゆきむね)さんと新崎(にいざき)さんには、感謝しています。ユリィのこんなに楽しそうな顔は、あまり見たことがありません」

「いや、俺達も遊んでただけだ。リリィさんと浅尾(あさお)さんこそ、こんな立派な家をありがとうございます」

「本当は布団まで作りたかったのですがね……ユリィも眠そうです、すぐにご飯にしましょう」

 

 そう言って、俺達は、リリィさんの作ったログハウスに入った。

 弥生時代の建物のような、簡素なものだったが、寝泊りをするには十分だ。

 昨夜の、洞窟のでこぼこ床に比べれば、100倍マシだ。

 

 そして俺達は、リリィさんと浅尾(あさお)さんの作った鍋を食べた。

 熱々の煮込み鍋は、クタクタに疲れた俺の骨身に染み渡った。

 もちろん、定期的に、直穂(なおほ)に【超回復(ハイパヒール)】をかけて貰っているのだが…

 食事でしか、得られない養分もある。

 

 

「明日、朝早くにここを出れば、明日の内には国境を越えられます。きちんとした宿にも泊まれるでしょう」

「なぁ、俺達が今いるガロン王国は、リリィさんの公国と戦争中なんだよな?」

「……停戦中ですね。国境には、互いの警備隊が配備しています」

「なるほどな……」

 

 食事も終わり、暗い蝋燭の部屋で、俺達は眠気が来るのを待っていた。

 ユリィだけが、既に眠っていた。

 リリィさんの膝の上に頭を乗せて、すやすやと可愛い寝顔を見せている。

 もっとも、起きているときも目を瞑っているから、分かりづらいが……

 

「……ふぁぁあ……あたしも眠くなりました……皆さん、おやすみなさい…」

 

 リリィさんは、眠そうなあくびをした。

 俺は、ちょっと気になった事があったので、リリィさんに聞いておく事にした。

 

「あの……リリィさん、全員が眠ってしまっていいんですか? もし、危険が迫った場合に、気づけないのでは?」

「あぁ、その心配はありませんよ。ユリィに任せておいて下さい。眠っていても彼女の危機察知能力は天才ですから……」

「なるほど……お休みなさい……」

「おやすみなさい」

 

 リリィさんは、ユリィさんを抱きかかえながら、床の上へと寝転がった。

 

「私達も、横になろっか」

「そうだね、朝も早いって言ってたし、早く寝ないと」

 

 直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんが、ぽつりぽつりとそう言った。

 部屋の真ん中の残り火は風前の灯で、今にも消えそうだ。

 うす暗い光に……直穂と浅尾さんのからだが生々しく照らされていた。

 

「ねぇ直穂(なおほ)、昨日みたいに一緒に寝ない?」

「うん……少し寒いし……怖い…」

「じゃ……じゃあさ、行宗(ゆきむね)くんを挟むカンジでいい?」

「……私はいいよ……、行宗(ゆきむね)は暖かいしね……」

「ありがと……大丈夫だよ、行宗(ゆきむね)くんを取ったりしないから……」

 

 俺は、彼女たちの会話に息を飲んだ。

 会話の内容は、信じがたいものだった。

 

「ねぇ行宗(ゆきむね)、私と和奈(かずな)で挟んで寝てもいいかな? 行宗の身体は暖かいから」

 

 直穂(なおほ)がそう言った。

 

「べっ、身体をくっ付けたりはしないから……ただ、手を握ってて欲しいの…いいかな?」

 

 浅尾(あさお)さんは、戸惑ったような、不安そうな声で俺を見た。

 彼女の弱っている顔を、初めて見た気がする。

 教室の中でも異世界でも、常に元気で前向きな子だった。

 そんなクラスのモテ美少女が、弱音を吐いて、俺の手を欲しがっている。

 俺は、彼女の冷たい手を握った。

 

「いいよ……というか頼む、俺も怖かったから」

 

 俺は浅尾(あさお)さんにそう言って、

 もう片方の手で、直穂(なおほ)の手を掴んだ。

 

「じゃあ、寝ようか……」

 

 俺達は、手を繋いで横になった。

 目の前には、薄暗い天井があった。

 頭の下には、申し訳程度の干し草があるが、新築(しんちく)の床はひんやりと冷たかった。

 ただ、二人の手のひらだけが、温かかった。

 

「……ありがとうね。二人ともっ…。わたし、二人が居なかったら、とっくに死んでたと思う……。

 ……ありがとう……」

 

 右手を繋いだ浅尾(あさお)さんが、弱々しい声でそう言った。

 俺の目には、彼女はとても小さくみえた。

 手も小刻みに震えていた、怖がっていたのだ。

 

「俺もです…。俺にとって浅尾(あさお)さんは、家族ぐらい大切だから……

 彼女とか彼氏とか関係なく、俺は二人を、すごく大切に思ってるから……。

 欲を言えば、浅尾(あさお)さんも、もっと(そば)に来て欲しい……」

 

 俺が、包み隠さず本心をいうと、

 浅尾(あさお)さんは、瞳を前髪で隠しながら、ギュッと距離を詰めてきた。

 肩とお尻の側面が密着する。体温が温かい……

 

「……仕方ないなぁ、私と直穂(なおほ)に挟まれながら寝るなんて、贅沢な奴め……」

 

 浅尾(あさお)さんは、俺に身を寄せながら、温かい吐息でそう言った。

 

 直穂(なおほ)も、無言で身体を密着させてきた。

 これで俺は、クラスの美少女二人に挟まれて寝る形なったのだが……

 

「ふーー。好きだよっ、ゆきむね……」

 

 !!?

 突然、耳元で囁かれた。

 直穂(なおほ)の声だ……

 そのあまりの甘ったるさに、俺の身体の力は、フワッと抜けてしまった。

 

直穂(なおほ)?」

「そのまま天井向いたままでいいよ、私が寝かしつけてあげる」

「………!!」

 

 直穂(なおほ)は甘く囁くと、俺の左半身にピッタリと抱きつくと……

 

「ふーー。はーーっ」

 

 と、温かい吐息を、俺の鼓膜へと吹きかけた……

 俺は、興奮せざるを得なかった。

 これが、生の吐息か……

 俺は今まで、二次元の耳舐めボイスで、十分満足していた。

 しかし……

 三次元の吐息は、二次元のそれとは比べ物にならなかった。

 

「私ね、眠れない時には、こういうASMRを聞いたりするんだ。すると、良く眠れるの……」

「そ…そうか、俺も毎日聴いてるよ、耳舐めボイスとか……えっちな奴とか……」

「ふっ、正直だねぇ。じゃあ、舐めてあげよっか……」

 

 れろ……れろりっ、じゅぶ……ちゅるるるっ、じゅるっ……

 

 俺の左耳に、直穂(なおほ)の温かい舌が侵入してくる……

 それは気持ち良すぎて……俺は天に召される感覚だった。

 こんな感覚を知ってしまったら、もう二次元では満足出来ない。

 

「どうかな?気持ちいい?」

「うん、最高だよっ、むっちゃ気持ちいい」

「そっか、良かった。じゃあ続けるね」

 

 直穂(なおほ)は嬉しそうな顔をして、また丁寧な耳舐めを再開した。

 

「ふーー」

 

 今度は、右耳にも吐息が掛かった。

 何事かと思えば、浅尾(あさお)さんだった。

 

「私もしていいかな? 行宗(ゆきむね)くんには、安心して寝てほしいの。恩返しがしたいの……」

 

 そう言って、浅尾(あさお)さんも、自身の舌を、俺の耳の中へと這わせた……

 

 じゅっ、れろっ……れろっ、ちゅるっ、ちゅうっ……

 

 浅尾(あさお)さんは、直穂(なおほ)と違って息が熱く、荒かった。

 舌を迷わせながら、戸惑いながらのぎこちない耳舐め……

 こちらまで緊張してしまい、そしてドキドキした。

 直穂(なおほ)和奈(かずな)、二人の美少女に耳を舐められて、俺の幸せの絶頂だった。

 

 

 

「ねぇ行宗(ゆきむね)、私ね…、毎日オ◯ニーしてるの」

 

 ファッ!?

 突然の、直穂(なおほ)のカミングアウトに、俺は脳の処理が追いつかなかった。

 

「しかも朝晩で最低2回、だから【自慰(マスター◯ーション)】スキルなんて授かっちゃったんだろうね。でも、行宗(ゆきむね)とお揃いで良かった」

 

 直穂(なおほ)は、くすくすと笑っていた。

 彼女が口を開くたびに、俺の鼓膜が喜んでいる。

 まるで、優しく犯されている感覚だ、それが堪らなく気持ちよかった。

 

「……最初は、カッコいい行宗(ゆきむね)に恋していたけど、今は少し違うの。

 それだけじゃなくて、行宗(ゆきむね)(そば)にいると安心するの、すっごくね……」

「俺も安心するわ、二人に耳舐めされて、まるで天国ってカンジ・・・」  

 

 直穂(なおほ)はナチュラルに、俺に好意をぶつけてきた。

 狙っていったセリフではない、彼女は本心で話してくれる。

 だからダイレクトに、俺の心は鷲掴みにされてしまう。

 

 れろ、れろれろ、ちゅるる……

 

 浅尾(あさお)さんは、無言で耳舐めを続けていた。

 浅く早かった呼吸は、大分落ち着いてきた。

 緊張も和らいだようで、浅尾(あさお)さんはリラックスした様子で、優しく耳を舐めてくれていた。

 

 俺も気づくと、眠くなっていた。

 二人の体温と吐息に包まれて、まるでお風呂に浸かっているように、のぼせてくる感覚……

 

「じゃあ、おやすみ。直穂(なおほ)っ、和奈(かずな)っ」

 

 俺は自然に、浅尾(あさお)さんを名前で呼んだ。

 

「うん、おやすみ、行宗っ」

 

 浅尾(あさお)さんも、笑顔で俺の名前を呼びすてて、俺の肩に頭を埋めて、目を瞑った。

 

 

 

「行宗っ。今日は、付き合った記念日になるね。

 ねぇ、もし現実世界に帰ったらさ、とびきりエッチなセッ◯スをしようよ。 それまでは、セッ◯スはお預けってコトでどうかな?」

 

 左耳で、直穂がとんでもない事を囁いた。

 浅尾さんには聞こえないような、小さな囁き。

 でも、俺の鼓膜は聞き漏らさなかった。

 

「うぇ、それは、どうしてっ?」

「決まってるじゃん、モチベーションの為だよっ。まあ行宗(ゆきむね)がどうしてもシたいっていうなら、いつでもどこでも、喜んで股を開くけど?」

「いや、分かった。できる限り我慢してみるよ」

「うんっ、私も我慢する。だから、頑張って現実世界に帰ろうっ」

 

 直穂(なおほ)はそう言って、俺の頭を掴んで左に倒すと、即座に唇にキスをした。

   

 ちゅ……っ。

 

 湿った甘い唇同士が、優しく重なり合う。

 直穂(なおほ)の頬っぺたは熱かった。

 瞳は欲情で潤っていて、フレンチキスなのに、物凄くエッチだった。

 

「おやすみ、行宗(ゆきむね)

「うん、おやすみ直穂(なおほ)

 

 俺達は、ゆっくりと唇を離して、寄り添いながら目を閉じた。

 幸せな余韻と、温もりに包まれながら……まどろみの中を沈んでいった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、っっ!! 大変ですっ! 沢山の人が、強力なモンスターに狙われています!!」

 

 俺達は、眠りにつく事なく、叩き起こされた。

 ユリィさんの危険察知だ。

 俺達はすぐに飛び起きた。

 

「はやく助けに行きましょう! お姉様っ! 人が死んでしまいます!」

「ユリィ、落ち着いてっ、方角はどっち?」

「向こうです、距離は1キロほどっ!」

「分かりました、様子を見に行きましょう」

 

 ユリィとリリィさんが、そんなやり取りをして、

 俺達五人は、森の中へと駆け出した。

 

「ユリィ、どんなモンスターですか?」

「今までに出会った事がありません。動きは遅いです」

「なるほど、負傷者はいますか?」

「負傷者は二人っ、死者は分かりません、モンスターは真っ直ぐに、集団へと向かっています!」

 

 夜の森の中を、リリィさんの【火球(ファイヤボール)】が照らしながら、走る、走る走る……

 すると、だんだんと地鳴りの音が響いてきた。

 ドスン、ドスン、と、巨大な生物があるくみたいな足音……

 もう、危ない目に遭うのは嫌なのだが?

 

行宗(ゆきむね)さん! 念の為に戦闘準備をしておいて下さい!!」

「!!、了解っ!!」

 

 リリィさんの掛け声に、俺は、自身の武器へと右手をかけた。

 リリィさんは、「この森には、危険なモンスターはいない】と言っていた。

 むしろ怖いのは人間だと。

 しかし、万が一のためだ。

 走りながらでは難しいが、やらないよりはマシだろう。

 

「ねぇ、戦闘準備って何?」

 

 隣を走る浅尾(あさお)さんが、不思議そうに首を傾げていた。

 

「決まってるだろ、オ◯ニーだよ!」

「んなっ!? 何してんのっ!?」

 

 浅尾(あさお)さんは、怒ったような顔で、顔を真っ赤にしていた。

 その通り、俺の右手は今、パンツの中で動いている。

 森の中を走りながら、別の運動に四苦八苦しているのだ。

 

「真面目な顔で何て事してんのっ!? 変態っ!」

「しょうがねぇだろっ、賢者になるためだ! もう危険な目に遭いたくないし、遭わせたくないんだっ!」

「そ、そうねっ。確かに……ごめんなさいっ」

 

 俺が迫真に叫ぶと、浅尾(あさお)さんは申し訳なさそうに誤った。

 

「分かった、私も準備しとくよ」

 

 直穂(なおほ)はそう言って、俺の隣を走りながら、自身のおっぱいと、股間へと両手を当てた。

 その仕草を見ただけで、俺の脳は興奮に襲われて、俺の戦闘準備は、大いに(はかど)った。

 これは、相互オ◯ニーという奴だろうか。

 直穂(なおほ)と俺は、隣り合いながら、自身の性◯体を弄っているのだ。

 こんなの、ほとんどセッ◯スじゃないか。

 

 バギバギバギ!!!

 

 森のひしめく音が強くなる。

 視界の先に、光があった。

 

「すぐそこです!」

 

 ユリィさんと叫びと共に、モンスターが視認できた。

 それは、大きな毛だるまで、白く発光していた。

 球体のシロクマというべきか、

 直径は、大樹を見下ろすほど大きい。

 

「やめろっ!!くるなぁぁぁ!! フィリァぁぁ!!」

 

 その更に奥で、男の人の泣き叫ぶ声がした。

 

 そのモンスターの足元には、倒れている子供がいた。

 そして、手前には、血に染まった死体もあった

 俺は、モンスターの巨体を見上げた。

 そこに書かれていた、HPバーの文字列は、

 【divine beast:Maruhubshi】

 モンスター名、【神獣:マルハブシ】

 聞き覚えのあるその名に、俺はあっと息を呑んだ。

 

 

 スッ!!

 突然目の前に、濃い緑の服装の男が現れた。

 !!?

 俺達は、すぐに警戒態勢をとった。

 軍服のような、ぼろぼろの隊服の男。

 右手には似つかわしくない杖がある。

 この男は、敵か?味方か?

 

 

 

「いやぁぁ!!やめろやめろっ! 来るならコッチに来い!!」

 

 白い光の向こうで、男の叫び声が続いていた。

 さらに奥から、ギャハハという笑い声もしていた。

 

「貴様ら、何のようだ? これ以上近づくな」

 

 目の前の男は、俺達を不審げに見下ろした。

 大人の屈強な男に、ここまで睨まれた事はない。

 正直、おしっこをチビりそうだ。

 

 直穂(なおほ)が、俺の手を握っていた。

 その手は冷たくて、ガタガタと震えていたり

 くそっ、何をやっているんだ俺は、直穂(なおほ)が怖がっているじゃないか、俺がビビっててどうする。

 

「俺たちなら、あのモンスターを倒せます! 助けにきました!!」

 

 俺は、胸を張ってそう言った。

 

「は? 必要ない。まさか俺たちの手柄を横取りするつもりか?

 1100万ガロンだ。公国金貨では10億円なんだよ ……邪魔するなら殺すぞ」

 

 …………!!

 殺すぞ、その言葉は本物だった。

 傷だらけの顔からは、生まれて初めて、殺気というものを感じた。

 俺は震えが止まらなかった。

 前に進むことも、後ろに引くこともできなくなり、金縛りにあった。

 

「早くっ!! 女の子が殺されてしまいます、助けないとっ!!」

 

 ユリィさんの声がした。

 

「あぁ、心配するな。アイツは獣族の罪人だ。ただの餌さ」

 

 目の前の軍服の男が、そう言った。

 

「嫌だァァァ!!」

 

 モンスターの向こうで、男の金切り声が続いていた。

 

 

「ねぇユリィ、あのモンスターを撃ち抜けますか?」

「無理ですっ、その奥にも沢山の人がいて、巻き込んでしまいますっ」

「なら近づくしかないですねっ!、浅尾(あさお)さん!」

 

 リリィさんに応えるように、浅尾(あさお)さんが男の横をすり抜けて、【爆走(バーンダッシュ)】で駆け出した。  

 目にも止まらぬ速さで、【神獣マルハブシ】へと近づいていく。

 

「貴様っ!何をする気だっ!奴は罪人だぞ」

「罪人だと? 貴様らが虐待した被害者だろ!?」

 

 リリィさんは敬語使わずに言い捨てた。

 強い言葉に、慌てふためく男に触れて、不思議な魔法で気絶させた。

 

行宗(ゆきむね)さんごめんなさい。あの女の子を、助けてもいいですか?」

 

 リリィさんは、焦った顔でそう尋ねながら、もう既に走り出していた。

 俺も走り出していた。

 どの道、もう、止まらない。

 そもそも、あのモンスターを倒せば済む話なのだ。

 

 

 

「敵集だ!!すぐに始末しろ!!魔法陣に近づけるなっ!!」

 

 俺たちの周囲には、大勢の敵がいた。

 沢山の軍服が、木の上にいて、モンスターを取り囲んでいたのだ。

 彼らはモンスターではない、俺と同じ、人間である。

 

 俺の戦闘準備は、まだ万端ではなかった。

 しかし……

 俺は腹を括った。

 もう目の前で、誰かが死ぬのを見たくない。

 

 




 ゴールデンウィークも終わりですね。
 大変ですが、一緒に頑張りましょう!
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第F膜 奪われたオレのはじめて編(外伝)
二十五発目「奪われた私のはじめて」


※話の流れが切れます。
 万波行宗(まんなみゆきむね)くんの物語を、一時中断し、
 ガロン王国に生を受けた少年ーー「誠也(せいや)
 という少年の物語を展開します。
 このタイミングで必要な過去回想です。
 本編に合流するのは、三十二発目となります。


 

 私の初体験(はつたいけん)は、早かった。

 

 私は、物心つかぬ間に、両親に捨てられたそうだ。

 そんな私を拾ってくれたのは、私の育ての母となる――美也子(みやこ)だった。

 美也子(みやこ)は私に、誠也(せいや)という名前をくれた。

 

 美也子(みやこ)の仕事は、西宮家の執事であった。

 西宮家とは、ガロン王国の辺境、ウェハー地方の貴族である。

 美也子(みやこ)は、お嬢様の世話係であったが。

 同時に私の育児もしてくれた。

 親にも、幼馴染にも恵まれた。

 人生で、最も幸せな瞬間だったかもしれない。

 

 私には幼馴染がいた。

 西宮家のお嬢様である。

 年は二つ上で、名前は西宮響香(にしみやきょうか)といった。

 栗色の透き通る髪で、母親に似て美しかった。

 いつもワガママばかりで、勉強嫌いで、

 私の事が好きな女の子だった。

 いつも私に側に来て笑顔で

 「誠也(せいや)! 遊びに行こう」

 と私の名をよび、

 本を読んでいる私を、森の中へ川の中へとひっぱっていった。

 元気に溢れて、好意がむき出しの響香(きょうか)の事を、私も好きになっていた。

 私と響香(きょうか)は、兄弟のように育った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜。

 響香(きょうか)はいつものように、私の布団の中に忍び込んできた。

 そして興奮しながら、こんな話をしてきたのだ。

 

「ねぇっ、セイヤ。知ってる? 愛し合っている二人は、ハダカで抱き合ってキスをするんだよ?」

「え?」

 

 響香(きょうか)は、一人用の豪華なベットよりも、私のいる敷布団の方が寝心地がいいらしい。

 だから私達は、いつも一緒に寝ていたのだが……

 響香(きょうか)は何の話をしているのだろう?

 

「なにそれ……恥ずかしくない……?」

 

 当時の私には、性知識はなかった。

 まだ俺は10才。

 やっと彼女への恋心を自覚したぐらいの人間だ。

 たいして響香(きょうか)は、13才。

 先日、誕生日を迎えたばかりだった。

 

「恥ずかしい所も、好き同士だから見せられるんだよ。 わたし昨日、見ちゃったの、父上と美也子(みやこ)が、裸で絡みあっているの」

「ほんとに?」

 

 響香(きょうか)の父親は、西宮謙学(にしみやけんがく)といった。

 ガロン王国、ウェハー地方の辺境伯(へんきょうはく)だった。

 彼には政治の才があり、機転の効いた改革で、領民からも慕われていた。

 しかし、極度の女好きであった。

 妻をほったらかしにして、召使いの女や執事など、たくさんの女を侍らせていた。

 私の育ての母ーー美也子(みやこ)も、彼のハーレムの一員だった。

 私と響香(きょうか)にとっては複雑だったが……美也子(みやこ)はまんざらでもないようだった。

 

 

「それでさ………私たちも愛し合っているから……やってみない? 裸でキスするの……」

 

 響香(きょうか)は、雪のように白い頬っぺたを赤く火照らせて、柔らかな指で私の頬をなぞってきた……

 

 私は、驚きのあまり身動きが取れなかった。

 怖くて、恥ずかしいけれど、嫌な気分ではなかった…

 下半身がこわばる感覚がした……

 

「好きだよ……せいや……」

 

 響香(きょうか)は優しい笑みを浮かべて、栗色の髪を近づけながら……熱い吐息でささやいた。

 ぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられて……唇を奪われて……

 私の寝間着の中に、華奢な腕を忍び込ませてきた。

 

 そして、あれよあれよという間に、服を脱がされ、

 私の童貞は奪われた。

 

 それが、私の初体験だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響香(きょうか)が妊娠した。

 

 当然の結果だった。

 俺たちはあの晩から、昼夜を問わず、性行為にあけくれていたのだ。

 あの快感がたまらなくて、なにより響香(きょうか)の淫らな顔が見たかった。

 白い肌を弾ませて、汗びっしょりで、生まれたままの姿で喘ぐ響香は、とても可愛いかった。

 それが、子供を作る行為だなんて、知らないままに……

 

 

 

 響香(きょうか)が妊娠した。

 それを知った響香(きょうか)の父――西宮謙学(にしみやけんがく)は、焦燥し激怒した。

 私は、ぼこぼこに殴られて、蹴られて、地下の収容所に投獄された。

 

 私の育ての母――美也子(みやこ)も、監督不行き届きで、同じ牢屋に投獄された。

 その時はじめて、二人でしてきた遊びが、子供を作る方法なのだと知った。

 

 牢屋の中で、美也子(みやこ)は俺を責めたてた。

 「私の人生は順風満帆だったのに、あなたのせいで台無しよっ」

 「拾わなければ良かった、親不孝者」と、

 さんざんに罵しられた。

 

 私は、獄中で泣いた。

 石に囲まれた、犯罪者だらけの不衛生な空間。

 手足を拘束されて、一日中やることがない。

 今までの幸せな生活が、嘘のように崩れ去った。

 罪人と同じように、マズイ飯を食べた。

 牢屋の中には、希望なんてなかった。

 果たしない絶望の中で、私は何度も泣き、死にたくなった。

 

 私には、牢屋の外に、唯一の希望があった。

 今も地上で息をしているのであろう、響香(きょうか)の存在である。

 響香(きょうか)が恋しかった。

 響香(きょうか)との子供を、見てみたかった。

 響香(きょうか)の、ふくらんだお腹を見てみたかった。

 

 

 

 これは、牢屋の中で美也子(みやこ)から聞いた話だが、

 響香(きょうか)には、婚約者がいたそうだ。

 そんな話も、聞いた事がなかった。

 

 お相手は、アキバハラ公国の王子らしい。

 平和維持の為の政略結婚である。なかば人質のように、公国に嫁がされるのだ。

 西宮(にしみや)家は、公国との国境に近い、辺境貴族である。

 アキバハラ公国にとっても、血のつながりを持つ利点は大きいのだろう。

 

 つまり私は、 響香(きょうか)の結婚相手にはなれない運命だった。

 そんな事、私は知らなかった。

 ただ、響香(きょうか)だけが、私の生きる意味だった。

 

 

 

 

 

 それは、晴れた日の夜だった。

 事件は起こった。

 

 日が沈んで時間が経った頃……

 無機質で、嫌な臭いに満ちた牢屋のなかで、囚人達のいびきが聞こえていた。

 日付が変わるころだろうか……

 真夜中だというのに、私は、ざわざわと胸が騒ぎだして寝つけなかった……

 

 不気味なほどに、静まりかえった夜。

 石造りの外壁の、小さな窓から外を眺めた。

 満点の星空で、月明かりが差し込んできていた。

 

 空気が張り詰めていて……今にも破れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 至近距離で、爆音と閃光がした。

 

 鼓膜を裂く爆発音が続き、地面が大きく揺れ出した。

 地響きと共に鳴り続ける、連続した爆発音。

 獣の咆哮、兵士たちの叫びがこだまする。

 カンカンカンカン!!!

 と、けたたましく鳴る警鐘の音が、異常事態を告げていた。

 

 

 静かな夜は一瞬にして過ぎ去り、想いと叫びが飛び交う、血ぬれた戦場へと姿を変えた。

 何が起きているのだろう?

 不安や心配、恐怖心が、頭の中を暴れまわった。

 しかし、手足を拘束された私には、どうすることもできなかった。

 

 この騒ぎに、眠っていた囚人たちは飛び起きて騒ぎだした。

 

「おいっ!!出せよっ!! このまま死ぬなんてまっぴらごめんだ!!」

「おれも戦う、役に立ってやるから、ここから出してくれ!!」

 

 牢屋の囚人達は、命乞いをしていたが、看守は階段を登っていってしまった。

 囚人といっても、明らかな悪事を働いた人間は、この牢屋にはいなかった。

 なぜなら、悪人はすぐに処刑されるからだ。

 ここに収容されているのは、辺境伯(へんきょうはく)様――つまり西宮謙学(にしみやけんがく)の機嫌を損ねた、比較的罪の軽い者が集まっていた。

 

 看守は戻って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、何時間たっただろうか?

 爆発音や人の叫びは少なくなっていき、争いは終わりに近づいているようだった。

 この地域は、ガロン王国のウェハー地方と呼ばれており、アキバハラ公国との国境に近い。

 したがって、この西宮家も、多重の護衛で囲まれており、攻め落とすのは容易ではないだろう。

 襲撃者達が全滅したのか、もしくは逃亡したのか、状況はつかめないが、

 とにかく騒ぎは、おさまりつつあるようだった。

 

 

 響香(きょうか)は無事なのだろうか?

 私の不安は、それだけだった。

 西宮家に攻め込むということは、つまり西宮一家を狙っているということ。

 響香(きょうか)も、狙われる立場にいるのだ。

 

 響香(きょうか)とは、もう4か月ほど会っていない。

 私は、響香(きょうか)が恋しくて、好きで好きでたまらなくて……

 孤独な牢屋生活の中、想像の中の響香(きょうか)だけが心の支えだった。

 響香(きょうか)とのエ○チが忘れられなくて、私は自慰行為を身につけた。

 しかし、それは響香(きょうか)のナカとは違っていて

 余計に寂しくなるだけだった。

 

 

 

 牢屋の中にまで、血と煙のにおいが届いていた。

 人の死を、生まれて初めて肌で感じた。

 響香(きょうか)。どうか無事でいてくれ。

 

 私の頭の中は、響香(きょうか)のことでいっぱいだった。

 他は何もいらなかった。

 私は、死ぬまで響香(きょうか)と遊んでいたいだけなのだ……

 でも世界は、いつも私達の邪魔をしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タッタッタッタッタッ!!

 

 地上の方から、階段を駆け下りる足音がした。

 私の胸は、どきりと跳ね上がった。

 その足音には、聞き覚えがあったのだ。

 軽やかに跳ねる、クルミを割ったみたいな明るい音色。

 退屈にしている俺を呼び出し、外の世界に連れ出してくれる、希望の足音。

 聞き間違えるはずがない、響香(きょうか)の足音だ。

 

 シャリンシャリンという、軽い金属音と共に、響香(きょうか)が、牢屋の入口へ飛び込んで来た。

 四か月ぶりの、響香(きょうか)の姿であった。

 

 響香(きょうか)のお腹は、ふくらんでいなかった。

 恐らく胎内の子供は、魔法で殺されたのだろう。

 予想はしていたが、私達の子供になるはずだった胎児の命が失われたのだ。

 

 

 響香(きょうか)、はじめての夜と同じ、ピンク色の寝間着姿だった。

 白い肌が血と泥で汚れていた、ハダシの足から出血もあった。

 汗と涙でぐちゃぐちゃだった。

 

 

誠也(せいや)っ!! どこにいるのっ!?」

 

 響香(きょうか)は、切羽詰まった声で私を呼んだ。

 四か月ぶりに聞いた、響香(きょうか)の声だ。

 もう会えないと思っていた。このまま牢屋で一生を終えるのかと思っていた。

 嬉しすぎて、嬉しすぎて、涙が止まらなかった。

 

響香(きょうか)っ!! ここにいるよっ!!」

 

 私の叫びに反応して、響香(きょうか)は、私の牢屋の鉄格子の前に走って来た。

 周囲の囚人たちが、俺を解放してくれと叫び出した。

 沈黙した牢屋が、一気に活気づく。

 響香(きょうか)は子供だった。囚人達も、響香(きょうか)になら逃がしてもらえると思ったのかもしれない。

 

誠也(せいや)っ!やっと会えたっ!! ごめんなさいっ……すぐに出してあげるからね。 ねえ誠也(せいや)、まだ私の事を愛してる?」

 

 騒ぎの中で、かろうじて叫びが聞こえた。

 響香(きょうか)の手には、看守が管理しているはずの、牢屋の鍵束が握られていた。

 カチャカチャと音を立てながら、

 響香(きょうか)は鍵束の中から、鉄扉の鍵穴に合うものを探していく。

 しかし、なかなか見つからないらしい。

 牢屋の部屋数は20ほど、加えて30人分の手錠の鍵がある。

 正しい鍵を引き当てるのも一苦労だ。

 

「愛してるよっ!! ずっと会いたかったっ!!」

 

 私は涙を流しながら、精一杯声をはった。

 どうやら響香(きょうか)にとどいたようで、顔を上げて、涙を流してにっこりと笑った。

 その笑顔は、私にとって、世界でいちばん美しかった。

 

「良かったっ!! 私も誠也のこと、愛してるからっ!! 二人で一緒に逃げようっ!! 私達は、誰にも邪魔されずに幸せに暮らすのっ!!」

 

 私は、突然の事に驚いた。

 二人でどこかに逃げて幸せに暮らす。そんな妄想は、牢屋の中で何度もした。

 しかし、そんな事は無理ではないのか?

 なぜなら響香(きょうか)はお嬢様で、政治に利用される存在なのだから。

 

「逃げるって、どこに逃げるの?」

「できれば田舎がいいなっ、私達は普通の人として、普通の人生を送るのっ!!」

「でも……家族はどうするの? 婚約者もいるんだよねっ?」

「みんな死んだっ!! 殺されたっ!! お父さんもお母さんも!! おじいちゃんもみんなっ!!」

 

 え……??

 彼女の叫びに、私の心の中が、ぽっかりと空いた感覚があった。

 しんだ??しんだ?? あの人たちが??

 信じられなかった。

 響香(きょうか)は、せき止められたものが溢れ出すように、ぼろぼろと涙を流した。

 

「ねぇ怖いよ誠也(せいや)っ!! みんな死んじゃったっ!! 獣族達が、みんなを殺したっ!!

 お願い誠也(せいや)っ……私のそばに居て……誠也がいないと、私はもう生きられないの……

 私の事も探されてるの……早く逃げないとっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の背中から、死ぬほどの寒気が這い上がっきた。

 息が止まって、呼吸が出来なかった。

 私の視界に、恐ろしい怪物が写り込んだ。

 獣族だ。

 牢屋の騒ぎを聞きつけたのだろう、ぞろぞろと階段を降り、こちらに近づいていた。

 血走った鋭い眼光に毛むくじゃらの体躯、二足歩行の化け物が、響香(きょうか)の背中へと近づいていく……

 

 

 世界から、音が消える感覚だった………

 

 逃げろっ!!早くっ!!逃げろ響香(きょうか)っ!!

 

 私は、無音の世界で必死に叫んだ。

 響香(きょうか)は、口角をあげて笑顔になった。

 鍵の束から一つを取り出し、鉄格子の鍵穴へと差し込んだ。

 

 しかし…その扉が開くことはなく……

 

 獣族の刀によって、響香(きょうか)の笑顔は、真っ二つに切り裂かれた……

 

 真っ赤な血が……鮮やかに弾け飛ぶ………

 首から上を失った彼女は……力を失い、屍として、だらしなく床に倒れ込んだ。

 

 私の想い人――西宮響香(にしみやきょうか)は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先は、あまり覚えていない……

 気がついたら、私は獣族の捕虜となっていた。

 あとから知った話だが、西宮家の人間は、みな惨殺されたらしい。

 この事件は西宮事件として、獣族反乱戦役へと発展していくことになる。

 だが、そんな事はどうでも良かった。

 

 私は、最愛の人ーー響香(きょうか)を殺された衝撃で、涙も出なかった……

 ただ……心臓に岩が乗っかっているような、言葉にならない苦しみが、

 私の魂を焼き続けていた。

 

 しかし……

 私は獣族達に復讐できなかった。

 怖かったのだ。

 もちろん心の中では、何度も獣どもを殺そうとした。

 しかし私は、最愛の人を殺されてもなお、死ぬのが怖かった。

 獣族達に反抗すれば、酷い目に遭う事は分かっていた。

 復讐心を押し殺したまま、獣族の保護下で、獣族に飯を食わされた。

 

 そして私達は、ガロン王国の軍隊に助けられることになる。

 私は、王国軍によって捕虜から解放されて、難民キャンプで暮らすことになった。

 

 戦争は激化した。 

 獣族達の決死の猛攻に、戦力有利なはずのガロン王国軍は苦戦した。

 

 難民キャンプにいても……満足な食べ物もなく、医者もない。  

 私は、死んだように生き延びていた。

 

 

 

 そんな生活が変わったのは、徴兵令が発令された時だった。

 開戦から二年……

 戦争が長引き、子供の中から兵士を集める法律が可決されたのだ。

 私は、それを知るなりすぐに、自ら兵士に志願した。 

 やり場のない、大きすぎる復讐心を、ついに晴らす時が来たのだ。

 

 私は12才にして、ガロン王国の軍隊に入った。

 響香(きょうか)の命を奪った忌々しい獣どもを、すべて根絶やしにすると誓ったのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六発目「(いつわ)りの告白(こくはく)

 あれから22年が経った。

 私はガロン王国軍フェロー地区駐屯部隊、中隊長となっていた。

 今年で32才の独り身である。

 

 私は王国の兵として、獣族との戦争に身を捧げてきた。

 私の原動力は、響香(きょうか)を殺された恨みであった。

 戦争は激しさを増し、昨日まで同じ釜の飯を食べた仲間が、死に絶えてゆく日常だった。

 しかし、戦争の終止符は唐突に打たれた。

 

 ガロン王国の国王ーーガルマーンが、獣族奴隷の解放を、宣言したのだ。

 それは、獣族の独立自治区を認め、互いに不可侵条約を守るというものだった。

 

 その協定は決して平等ではなく、獣族達を土地の痩せた地域に追いやるものだった。 

 だが、約束された平和と奴隷の解放宣言に満足する獣族も多く。

 獣族反乱軍は勢力を失っていき、戦争は終わりを告げた。

 

 この22年間、私は沢山のものを失った。

 仲間を失い、獣族皆殺しの夢も失い、残ったのは惰性だけ……

 今日も国境の近くで、国境を越えた獣族達を処分している。

 

 

 

 

 

 

 

誠也(せいや)さん、なんであんな可愛い子を殺しちゃったんですかぁ!! 目をつけてたのにぃ!!」

 

 悲しそうな叫びで、私の部屋に飛び込んできた若者は、私の部下のギルアだ。

 基本的に、獣族の罪人に人権はない。

 よってギルアのように、獣族の罪人を、性奴隷として欲しがる者も多いのだが……

 

「アイツは立派な女戦士だった。恥を晒すよりも死を選ぶヤツだった。ならば応えるのが礼儀だろう」

 

 私は、バカな部下にそう言った。

 私には、獣族の言葉は分からない。

 だが彼女の瞳を一目見て、信念の大きさぐらいは分かったのだ。

 

 今日つれて来られた獣族の女戦士は、勇敢な目をしていた。

 痣だらけで泥だらけ、裸に()かれてなお、彼女の目は死んでいなかった。

 ボロボロの姿で、鋭い眼光で(にらみ)みつけてきたのだ。

 

 私には、その勇敢な女戦士を、それ以上(はずかし)めることは出来なかった。

 だから、その場で殺してやったのだ。

 私も、戦士としての礼儀を持って。

 

 

「えぇぇ? 戦士といっても罪人ですよ? 殺しちゃあもったいないじゃないですかぁ! まだ若くてピチピチの女ですよ!? 一回くらい使わせて欲しかったのにぃ!!」

 

 私の部下――ギルアは、涙を浮かべた顔で、私を非難した。

 やはり彼女を、性奴隷として飼いたかったようだ。

 

 王国の法律では、女性を無理やり犯す事は、禁止されている。

 ただし、獣族の罪人にだけは人権はない。

 つまり、どんな仕打ちをしても構わないのだ。

 

 まあ罪人といっても、王国の領土に足を踏み入れた時点で罪人となる。

 「脱出者」と言った方が、正しいかもしれない。

 

 脱出者のほとんどは、テロリストだ。

 独立自治区の貧しさに不満をもち、王国にテロを目論む獣族達だ。

 獣族戦士のほとんどは男である。

 もちろん女戦士もいるにはいるが、容姿端麗な女戦士なんてなかなかいない。

 脱出者として次に多いのが、獣族の土地を追放された者だ。

 獣族の社会での、軽罪人や身体障害者、社会不適合者。

 いわゆる嫌われ者たちである。

 男をみても女をみても、ほとんどが死んだ目をしていて、魅力的とは程遠い。

 

 一方で、今日捕まえた女戦士は強く気高く、瞳には強い信念が宿っていた。

 獣族が憎い私だが、信念のある獣族に対しては、ある程度の尊敬の念を持っている。

 しかし……

 

「お前は、(けもの)なんぞに興奮するのか?」

 

 私にとっては、獣族との性○為など、考えただけで吐きそうなのだが。

 獣臭い、汚い、頭が悪い。

 気持ち悪い、言葉が通じない、すぐに引っ掻いてくる。

 お金を積まれたってお断りだ。

 

「そういう事は、愛する女性とするものだろう。

 大嫌いな獣との、殺意を向けられながらの行為なんて、どこが良いんだ?」

 

 そうだ、セ○クスとは、女の子と愛で繋がる行為である。

 響香(きょうか)としたみたいな、甘くて幸せな時間……

 

「それが良いんじゃないですか~! 屈辱感と羞恥にゆがんだ泣き顔をながめながら、好き放題にもてあそぶ、最高でしょう!

 優越感というか、支配している感じが気持ちいんです。

 俺は女の泣き顔が大好きなんすよ〜。分かりませんか~?」

「分からんな」

 

 ギルアは、ふざけた口調でケラケラと笑った。

 何がおかしいのか分からなかった。

 本気で言っているのか、冗談なのかも分からない。

 しかし、私の意見は一つである。

 女性が可愛いのは、泣き顔なんかじゃない、笑顔に決まっているだろう。

 私は響香(きょうか)の、向日葵のような笑顔が好きだ。

 

「そんなこと言って〜。誠也(せいや)さんはシタ事ないでしょう。

 獣族だってナカミは人間と同じですよ〜 しかも何をしても犯罪にならない、最高ですよね〜! あ、まさか誠也(せいや)さんって童貞なんですか? 女性の気配もないですし。良かったら俺の女を貸しますよ?」

 

 ギルアは、そう続けた。

 私はまだ結婚しておらず、彼女もいない。

 それどころか、10才の頃に響香(きょうか)が死んでから。 彼女なんていた事がない。

 もちろん、惚れかけた事はあった。告白されたこともあった。

 しかし、響香(きょうか)の代わりになる女性には出会えなかった。

 あの日以来、私の想い人は、西宮響香(にしみやきょうか)だけだった。

 今でも響香(きょうか)を愛している。

 記憶に刻まれた13才の彼女が、私のお嫁さんだった。

 

「必要ない。お前も仕事に戻れ。 この頃、反乱軍の動きが活発化している。

 今日の女戦士は口を割らなかったが、何か隠している様子だった。 

 近いうちに、大きな戦いになるかもしれない」

「了解ッス。俺も次の出会いに期待します。

 あ、でも、最初に俺が可愛い子を捕まえたら、俺のものですからね?」

 

 ギルアはニッコニコの笑顔で、部屋を出ていった。

 扉が閉められて、駐屯基地の自室に、シンとした静寂がおとずれる。

   

 ギルアは掴みどころのない男である。

 ずる賢くて戦略家であり、戦闘術も優れているのだが。

 腹の底がよめないというか、何を考えているのか分からない。

 発言の全てが冗談に聞こえるのだ。

 まあいい。

 

 私はまた、机に座りなおした。 

 そして、コーヒーを口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝。

 近くの村が、獣族の部隊に襲われたという情報が入った。

 死者46人 負傷者67人。

 ここまでの大きな被害はいつぶりだろうか。

 村の警備たちは全滅したらしい。

 

 現場に駆けつけた時には、時すでに遅し。

 獣族は去った後で、村は火で全焼して、焼け野原となった後だった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁ!! なんで守ってくれなかったのっ!? 何のためにあなた達がいるのよっ!! 娘を返せェェ!!」

 

 救助した女性に、ブン殴られた。

 半狂乱となって私に襲いかかる女性を、部下達が抑えつける。

 地獄絵図だ。

 母を失った子供に、手足を失った負傷者。

 夢や命を奪われた人たち。

 戦争の時には、日常だった景色だ。

 私にとっては見慣れたものだが、15年以上前のことだ。

 戦争を知らない若い部下は、ボロボロと涙を流していた。

 

誠也(せいや)さん、自分には我慢できないです。 どうして国王は、攻め込む許可を出してくれないんですか!?

 おかしいですよ! こっちは一方的に攻撃を受けているのに、獣族の領土に入ることは禁止されているなんて」

 

 女軍人ーー私の部下の(すず)は、悔しい涙を浮かべて、拳を震わせていた。

 気持ちはよく分かる。

 私達は不可侵協定で、獣族の領土に入ることは禁止されている。

 

「それが法律だ。

 獣族の領土には、戦いを望まずに平和に暮らす獣族もいる。

 ……戦う意志のない者を殺せば、また戦争が始まってしまう」

「ですが! こんな事が許されて良いんですか!? 私たちの仕事は民を守る事です! 何が不可侵協定ですか!? こんなの偽りの平和です!」

 

 (すず)は、幼い顔を涙で歪めて、悔しさを露わにしていた。

 軍服に似つかわしくない童顔の、優秀な軍人である。

 魔法操作も優れていて、回復術師として部隊を支えている。

 

 私の中隊は、40人余りで構成されている。

 国境付近の部隊であるため、全員が精鋭の戦士である。

 まあ、本当の戦争を知る私にとっては、ケツの青いガキばかりだが。

 

「それにっ………今日は魔力の調子が悪いんですっ……うまく回復できなくて、

 消えゆく命を、助けられなかったんです……

 自分は……何のためにここに来たのでしょうか?

 全て出遅れで、敵を追うことも出来ず、悔しさに歯を食い締めるしかできません……

 自分は無力です……」

 

 (すず)は、わぁぁぁと泣き出した。

 その場にしゃがんでうずくまり、人目もはばからずにワンワンと泣いた。

 静かな焼け野原に、(すず)嗚咽(おえつ)が響きわたる。

 

 焼け野原は森に囲まれていた。

 (すず)を、あざ笑うかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 ……魔力の調子が悪い……だと?

 

 (すず)の言葉を聞いて、何かが脳裏に引っかかった。

 同じような事が、昔にあった気がする。

 

 悪い予感がした……

 身体中の細胞が、危険信号を発していた。

 

 

 

誠也(せいや)さんっ! 後方部隊が到着しました!

 魔力探知機もあります。これで生存者を探せます!」

 

 突然の背中からの男声に、私は驚かされた。

 俺の後ろには、迷彩の軍服をまとった青年達が20人ほど、敬礼で整列していた、

 

 悪い予感が高まっていく……

 魔力の調子が悪いのは、おそらく魔力場が歪んでいるのだ……

 それは、魔力場を歪ませるほどに巨大な魔力塊が、ある事を意味する。

 

 そして、恐ろしい結論に辿り着いた。

 おそらく、原因は巨大魔法陣である。

 仕掛けたのは獣族、標的は私達ーーガロン王国軍だ。

 この場に駆けつけた部隊を、殺す為のトラップだろう。

 

 私の顔が、みるみるうちに青ざめていくのが分かる。

 忘れていた。

 平和ボケをしていた、考えが甘かった。

 獣族とは、どんな卑怯な手も使う。

 平気で人を殺しにくる奴らだ。

 早く、この場を離れなければいけない。

 私のミスだ。

 部下達を巻き込む訳にはいかない。

 

「全員退避(たいひ)!! おそらく巨大魔法陣だ!! 私達はおびき出された!!」

 

 私は叫んだ。

 だが遅かった。

 キィィィィンという音がなり、

 村全体を覆い尽くす巨大魔法陣が、大地に姿を現した。

 後方部隊が集まるタイミングを狙われたようだ。

 もう逃げられない。間に合わない。

 

「間に合わないっ!! 足元(あしもと)を固めろっ!」

 

 私は、叫んだ。

 地面に向かって【土壁(アースウォール)】スキルを連呼する。

 足元から守るように、何十もの岩石の壁が生成される。

 

 だが、規模が大きすぎる……

 魔力場の歪みのせいで、魔力が上手く発動しない。

 私は、必死に詠唱を続ける。

 私の不注意で、部下の命を奪うなど、あってはならない事だ。

 

 そして、視界を白い光が覆い、身体中が熱に包まれる。

 痛い、痛い……痛すぎる。

 身体が溶けていって、

 

 大爆発が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せ……せいやさん……せいやさんっ!!」

「……あ……」

 

 (すず)の声で、私は目を覚ました。

 身体中が痛くて、すぐに立てそうになかった。

  

「【回復(ヒール)】っ!! 【回復(ヒール)】っ!!

 誠也(せいや)さん!! 起きて下さいっ!!

 このままじゃ、皆死んじゃいますっ!!」

 

 どうやら私は、仰向けで倒れているようだった。

 目の前には、心配そうな顔の(すず)がいた。

 遥か高い青空が眩しい。

 周囲からは、戦闘音が響いていた。

 (すず)は私を起こそうと、必死で肩を揺すってくる。

 

「獣族ですっ! 獣族の襲撃ですよっ!! 

 一緒に戦いましょう! やっと復讐ができるんですっ!

 起きてください誠也(せいや)さん!!」

 

 私は(すず)に手を引かれながら、フラフラと立ち上がった。

 30人以上の、私の部下達は、ほとんどが即死したようだ。

 巨大魔法陣の爆破を喰らい、肉塊へと姿を変えていた。

 獣の咆哮が響き渡る。

 ざっと50匹以上の獣族達が、満身創痍の私達を包囲していた。

 

 また、部下達を失ってしまった。

 すべて私のせいだ。

 震えるほどの後悔が押し寄せてくる。

 

誠也(せいや)さん! 私達の敵が目の前にいます! やっと、思いっきり戦えます!! ずっとこの時を待っていました! 皆殺しにしましょう!!」

 

 私はハッと顔を上げ、(すず)を見た。

 (すず)は、目を血走らせて笑っていた。

 こちらの戦力は、ほぼ壊滅している。

 人数差では、圧倒的な不利だ。

 しかし、(すず)の目は輝いていた。

 

 (すず)は、昔の私にそっくりだ。

 愛する存在を失い、恨みと復讐心だけで生きているのだ。

 どんなに不利な戦でも、命尽きるまで戦い続けるのだ。

 ただ、獣族への殺意だけが、彼女の原動力だ。

 

 そして、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 敵は、全滅した。

 50匹以上いた獣どもは、全て死体となって、焼け野原にひれ伏している。

 すべての獣どもを殺戮し、私たちは勝利した。

 決して簡単な勝利ではなかった。

 生き残りは、私を含めてたった三人だ。

 ほかの32人の部下達が、この戦闘で殉職(じゅんしょく)したのだ。

 

「……いやー。カッコよかったですねー。誠也(せいや)さん!

 俺はまさか、生き残れるとは思ってませんでしたよー」

 

 生き残りの一人、ギルアは、能天気な声でケラケラと笑った。

 仲間が死んだというのに、どういう神経をしているのだろうか?

 

「はい! 誠也(せいや)さんの殺戮っぷりは凄かったです! 自分は一生ついていきます!」

 

 もう一人の生き残り、(すす)も、返り血に塗れた顔で、尊敬の眼差しを向けてきた。

 獣族を殺戮(さつりく)した快感に浸っているようだった。

 大嫌いな獣族を殺すことができて、満面の笑みである。

 仲間の死なんて、忘れてしまった様子だ。

 

「とりあえず顔を洗え、可愛い顔が台無しだぞ」

 

 私は、(すず)に冗談を投げた。

 血まみれの顔を見るのは、いい気分ではない。

 

 ギルアも(すず)も、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、獣族を殺す人間だ。

 だから戦いで生き残れた。

 同様に私も、獣族を殺す事に躊躇(ためら)いはない。

 (いくさ)で生き残れるのは、戦闘狂と臆病者だけである。

 

 

 

 

 

「可愛いだなんて……そんなっ……!!

 ……あの、真面目な話なんですが、誠也(せいや)さん。

 ……私と結婚してくれませんか?  正直、惚れました‥…」

 

 (すず)は、突然真剣な顔つきになり、私の手を握ってきた。

 は?

 結婚だと? 

 このタイミングで?

 何を言っているんだ?

 

(すず)? 何の冗談だ?」

「大真面目ですよっ! 私は誠也(せいや)さんに惚れたんです! 誠也(せいや)さんとなら幸せになれると、確信したんです!!」

 

 私は呆気にとられて、まじまじと(すず)の顔を見た。

 (すず)はまっすぐに私を見つめて、返り血よりも赤く(ほお)を染めていた。

 瞳の中にハートが浮かんで見える。

 鈴の私に向ける行為は、どうやら本物のようだ。

 

 正気か……この女……

 もちろん(すず)は、顔も可愛くて仕事も出来る、信頼できるパートナーだ。

 しかし、どこか頭のネジが飛んでいるのだ。

 さらに天然である。

 自分の価値観のあり方を、疑うことすらしないのだ。

 

「いや……ちょっと考えさせてくれ……

 ………なあ(すず)、私のどこに惚れたんだ??」

「どこって、全てですっ!! か弱い自分を守る男らしい姿! 悪い獣族を殺してまわる姿! あなたの全てが、私を(とりこ)にしたんです! どうですか誠也(せいや)さん!? 私の旦那さんになりませんか?」

 

 (すず)はまるで暗殺ミッションのように、私の身体に密着してきた。

 欲情の視線をぶつけられて、私は思わず目を逸らした。

 鼻息が荒い、おっぱいを露骨に当ててくる。

 私は(すず)に対して、恋愛感情は持ち合わせていないのだが、

 興奮してしまった。不可抗力だ。

 

「あちゃー。ダメっすよー。誠也(せいや)さんはカタブツですから〜 (すず)さんみたいな肉食女じゃ()とせませんって〜」

 

 頭の後ろで手を組みながら、ギルアがケラケラと笑っていた。

 ピリッと、緊張が張り詰める感覚がした。

 殺気だ。

 (すず)がギルアを睨みつけ、殺気を放っていた。

 

「お~こわいこわい。(すず)さーん!そんな顔しちゃ誠也(せいや)さんに好かれませんよ〜!

 早く帰ってご飯にしましょうよ〜! きっと報酬も破格ですよぉ。 

 なにしろ獣族部隊の全滅ですからね~! 特に誠也(せいや)さんは大活躍でしたから、大金が貰えそうです〜! 良かったですねぇ、何に使うんですか〜?」

 

 ギルアの問いに、私は首をひねる。

 今回の報酬は、かなりの大金が貰えるだろう。

 なにしろ50人規模の獣族部隊を、全滅させたのだ。

 ここまで大きな戦いは、戦後では片手で数えるほどしかなかった。

 報酬を貰ったら、なにに使うべきだろうか……

 考えてみたが、分からなかった。

 私にはもう、夢がなかった。

 やりたい事も、やるべき事もなかったのだ。

 

「分からんな……。貧しい子供に配るかもしれん……」

 

 私はそう言った。

 すると、(すず)の両手が伸びてきて、俺の顔面が両側から掴まれた。

 そして無理やり、(すず)の顔と向き合わされた。

 

「目を逸らさないでくださいっ! 私は本気です! あなたの事を、誠也(せいや)さんを愛しているです! 

 逃しませんよ! プロポーズの答えを聞くまで、手を離しませんから!!」

 

 (すず)は、怒ったような泣きそうな顔で、俺を睨めつけてきた。

 (すず)の両手がプルプルと震えているのが、頬っぺたを通じて感じられた。

 どうやら私は、逃げられないようだ。

 もしプロポーズを断れば、殺されそうなほどの迫力がある。

 (すず)は真剣だった。

 私はきちんと、返事をしなければならない。

 

(すず)……私は………」

 

 

 

 

 

 グサッ……

 

 

 

 

 私の言葉は、そこで途切れてしまった。

 お腹に、死ぬほどの痛みを感じたからだ……

 

「がはっ………!」

 

 (すず)が、真っ赤な血を吐き出した。

 

 

 

 

 

 私のお腹には、金属の棒が貫通していた。

 その金属棒は血に染まり、真っ直ぐに前方に伸びていて、

 (すず)のお腹へと突き刺さって、背中の向こうへと貫通していた。

 一本の金属棒が、向かい合う二人のはらわたを貫通して、私達の内臓を冷たく繋げていたのだ。

 

 視界の輪郭がグニャリと歪む。

 焼けるような痛みが身体中を支配する。

 

 その金属の棒を、私は知っていた。

 王国産の金属槍である。

 猛毒のついた特別製だ。

 今回の戦いでも活躍した。私の部下の得意武器だ。

 

「……どういうつもりだ? ………ギルア!?」

 

 私はかろうじて声を出した。

 既に声は掠れていた。 

 出血が酷い、毒がどんどんと体を蝕んでいく、

 

 (すず)の後ろには、ギルアが立っていた。

 ギルアが、猛毒の金属槍を握っていて

 (すず)と私の腹部を、仲良く貫通させていた。

 

 お腹が割れるように痛い。

 頭がガンガンと殴られるようだ。 

 腹部の風穴から、血がドバドバとあふれだす。

 

「いやー。すいませんねー誠也(せいや)さん。 

 俺、考えたんです。そしたら気づいちゃったんですよ〜。

 あなた達を殺したら、俺が報酬を独り占めに出来るじゃないですかぁ!

 そうなれば俺は大出世ですよ〜! 中隊長も夢じゃないッス! 念願の贅沢生活ですよ〜!! もう二度と、貧しい思いをしなくていいんっス!

 そういうことで、すいません誠也(せいや)さん! 俺の幸せの為に、(すず)さんと一緒に死んでくださいっ」

 

 ギルアは、いつもの調子でケラケラと笑っていた。

 私は正気を疑った。

 ギルアの言葉の意味が分からなかった。

 

 なぜ私達を刺したのだ?

 私と(すず)は、何の為に、死ななければならないのだ?

 

 

 

 

 

「じゃあそういう事で、俺は失礼しますよー。

 誠也(せいや)さんと(すず)さんは、王国のために立派に戦って、戦死したと報告しておきますねー。 

 今までお世話になりましたー! 天国でまた会いましょう〜!」

 

 ギルアは能天気な声で、鼻歌を歌いながら、山道を去っていく。

 待て…待てよ……

 ……言葉が出なかった。

 信じられない。

 私にはギルアという人物が、とてつもなく恐ろしい生き物に見えた。

 お前は、人の心を持ち合わせていないのか?

 一体何を考えているのか?

 

 私は立っている事が出来ずに、(ひざ)から崩れて背中に倒れ込んだ。

 私にしがみついていた(すず)も、引っ張られるように、私の胸の中へと倒れ込んでくる……

 

「……(すず)……すまない……」

誠也(せいや)さん、私は死ぬんですか……?」

 

 (すず)は汗びっしょりで、血まみれ姿で、

 私の胸の上で、浅く息をしていた。

 猛毒が身体中を侵していく。

 私も(すず)の命は、もってあと数分……

 

「死ぬのが怖いか?」

 

 私が尋ねると、(すず)は弱々しい声で、ふふふっ、と笑った。

 

「ぜんぜん、こわくないですよ…。だいすきな人と一緒に()けるなんて、しあわせじゃないですか……」

 

 (すず)は、心の底から安心したように、かすかなため息をついた。

 

(すず)はやはり、普通じゃないな……」

 

 私はそう返事した。

 (すず)の持つ価値観は、やはり(いびつ)だと思う。

 普通の人間は、死は恐怖の対象だ。

 私だって、死ぬのは恐ろしい。

 (すず)とは違って、生きる意味なんて失っているというのに、死にたくないのだ。

 

「……え? それって……私が特別ってことですか? 

 ………私のことが、すきってことですか……?

 おしえてくださいっ……へんじをきくまで……てをはなしませんから……」

 

 (すず)は弱々しく、私と手のひらを重ね合わせた。

 (すず)の声は、ほとんど消えそうだった……。

 私の意識も消えかけていた。

 このまま私達は、穏やかに死んでいくのだろう。

 私は小刻みに震える唇を、なんとか開いた。

 

「……あぁそうだ。私にとって(すず)は特別だ。

 大切な存在だ。死んで欲しくない仲間だ。

 私は、お前が好きだ……」

 

 ………大切な、仕事仲間として。

 

 そう続けようとして、やめた。

 (すず)のかすかな笑い声が聞こえたからだ。

 私は嘘をついてしまった。

 ちいさな(すず)の、幸せの音を、(にご)したくなかった。

 

「よかった……」

 

 幼くて可愛い(すず)は、弱々しく鳴った。

 それを最後に、その(すず)は鳴ることはなくて、

 愛しあう男の胸の中で、幸せにつつまれながら、静かに息をひきとった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七発目「奪われたオレのはじめて」

 ※挿絵アリです。


 

 (すず)と共に……私は地獄へと堕ちていく……

 

 外界からの感覚が、どんどんと失われていく。

 内側から焼かれるような痛みが溢れて出す。

 加速的に増えていく苦しみ……逃れようのない毒の巡り……

 私は死を受け入れた……

 

「まだ死なせないよ……誠也(せいや)は生きなきゃだめなんだ……」

 

 

 幼い声が、遠くからした。

 それは響香(きょうか)の声だった。

 響香(きょうか)? そこにいるのか?

 ここは"神の世界"だろうか?

 

「……(すず)と約束したんだ。誠也(せいや)の事は絶対に助けるって…」

 

 響香(きょうか)の声がする方へと、手を伸ばす。

 白くボヤけた視界に、うっすらと彼女の輪郭が見えた

 眠っている私の腰にまたがり、いつもみたいに私を見つめる。

 真っ白な肌の下着姿、赤く火照ったほっぺた。

 響香(きょうか)…… やっと会えた。

 

「大丈夫……任せとけ……」

 

 響香(きょうか)の声は、どんどんと鮮明になる。

 懐かしいな。

 あの頃は毎晩、響香は私の布団に潜り込んできた。

 私と見つめ合いながら、まずはキスをして、そこから愛を伝えあって、それから……

 嬉しくて安心して、死んでしまうほどいとおしかった。

 ずっと会いたかった。

 

「大丈夫……絶対助ける……ほら、目を覚まして……」

 

 彼女の声は、もうすぐそばだ。

 私が両手を伸ばしたら、響香(きょうか)のほっぺと触れ合った。

 あったかくて柔らかい、西宮響香(にしみやきょうか)の頬っぺただ。

 懐かしくって、泣きそうだ。

 

「あ……おきたか!?」

 

 響香(きょうか)は、大きな声をあげた。

 嬉しそうに身体を震わせ、私を見つめている。  

 逆光と白いモヤで、顔はよく見えないけれど。

 私はもう、幸せすぎておかしくなった。

 一秒たりとも我慢できない。

 

 私は響香(きょうか)の頭を掴み。

 

 ガバッ!!!

 

 私の身体へと抱き寄せて。

 

「………んあっ!?」

 

 強引に(くちびる)を奪った。

 

「んんんん!!? んんっ!! んーーんっ!」

 

 響香(きょうか)は身体を跳ねあげて、ビクリと驚いた。

 互いの鼻息が荒い、発育のいいおっぱいが私の胸へと押し付けられる。

 細くて柔らかい太もも。ヒマワリみたいな、夏っぽい汗の匂い。

 

 あぁ……すきだ、きょうか

 

 口の中へと、舌をねじ込む。

 中は唾液でとろとろだった。

 小さくて可愛い舌、整った歯並び。

 私は懐かしさと興奮で、最高に幸せだった。

 

「ぬぐっ……!! ンンッ!!?

 やめろぉぉぉっ!!」

 

 ん??

 私は違和感を覚えた。

 響香(きょうか)は「やめろ」なんて言わない。

 私から強引にキスをしても、しょうがないなーと受け流してくれる。

 お前は、誰だ?

 

 私は冷静さを取り戻し、閉じていた目を開いた。

 そこには赤い瞳があった。

 彼女も目を開いていた。

 ルビーのような、深くて美しい赤い瞳。

 おかしい、響香(きょうか)の目は黒色だった。

 お前は、誰だ?

 私が身動きを取れずにいると、彼女は逃げるように距離をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程よい距離感の中で、ぼやけた視界が晴れていく

 彼女の真の姿(・・・・・・)が、ハッキリと見えた。

 

 心臓が止まりそうだった。

 

 荒い毛皮で作られた安物のブラジャー、立派な二つの胸の膨らみ。

 赤茶色のクセ毛で、赤く輝くジト目の瞳。

 私の腰に馬乗りになる、ほとんどハダカの、下着姿の女の子。

 

 獣のように毛が濃くて、おへそのあたりの毛は薄い。

 そして彼女の側頭部には、特徴的な耳がついていた。

 獣の耳だ。ネコ耳だ。

 響香(きょうか)だと思ってキスした彼女は、私の大嫌いな、獣族のメスだったのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぇぇぇえぇ………!」

 

 私は吐き気に襲われて、盛大に嘔吐した。  

 生理的に耐えられなかった。

 獣族とキスをするなど、死んでも嫌だった。

 私の唇は、西宮響香(にしみやきょうか)専用だってのに!

 

「おいっ!! 大丈夫かよっ!?」

 

 ケモ耳娘が、ギョッとした目で私を見た。

 

「え……?」

 

 私は驚愕した。

 私が嘔吐したものは、真っ赤な赤色だった。

 私は、血を吐き出していた。

 は??

 どうなってる!?

 

「なっ、なぜ血がっ……!? 貴様っ……私に何をしたっ!!」

 

 私はパニック状態になった。

 回復スキルを使おうとしたが、お腹に痛みが走ってしまう。

 

 私は、ケモ耳娘を殴り飛ばそうと、拳を振り上げようとした。

 だが腕が上がらない。

 

「落ち着け誠也(せいや)っ! お腹の傷が開いちまうっ! オレはお前の敵じゃない! オレは医者だ! お前の命を助けたんだぞ!」

 

 ケモ耳娘は、私を押さえつけながら、必死に叫んでいる。

 私を助けた? 医者だと? なにを馬鹿な事を!?

 いや、それよりもだ。

 

「なっ!!? なぜお前が、私の名前を知っている!? 誰から聞いたっ!?」

 

 くそっ、身体に力が入らない。

 

「名前は(すず)から聞いた! オレは(すず)と約束したんだ! 絶対お前を助けるって!!」

 

 ケモ耳娘は、私の部下ーー(すず)の名前まで知っていた。

 私の脳裏に、(すず)の最後の記憶が駆け巡った。

 ギルアに刺されて血を吐いて、私に倒れ込む(すず)……

 記憶はそこで途絶えている、あれからどうなった?

 

「……(すず)だと!?……お前、(すず)を知っているのか? アイツは今どこにいる!? 生きているのか!?」

 

 私は周囲を見渡した。

 ボヤけていた視界と、夢の中のようだった意識が晴れてきて、

 やっと現状を把握できた。

 やはりここは、私と(すず)がギルアに刺された場所だった。

 見上げれば、雲ひとつない青空が広がっていて。

 目の前には、暗い顔したケモ耳娘だ。

 

 そして、

 私の足元に、(すず)が倒れていた。

 うつ伏せで、血まみれだった。

 (すず)は冷たい手で私の左手を握ったまま、生き絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない誠也(せいや)。薬が一人分しか作れなかったんだ。(すず)の命は助けてやれなかった…………」

 

 ケモ耳娘は俯いて、顔に影を落としながら落胆していた。

 「一人分の薬」、「鈴の死体」……

 受け取る情報量が多すぎて、脳の整理が追いつかなかった。

 

 私は薬によって助けられたのか?

 このケモ耳娘は、本当に医者なのか?

 ギルアの銀槍の猛毒の解毒薬を調合した?

 いや……ありえないだろう。

 ギルアの銀槍は、王国の科学者が知恵を集めて開発した、最新の毒と聞いているぞ。

 しかし、なぜ私は生きているということは……

 コイツはまさか、凄い医者なのだろうか?

 

 そもそもどうして、コイツは人間の言葉が話せるんだ?

 獣族は人間と異なる骨格をしていて、人間語の発音は難しいと聞いたのだが。

 私の経験でも、コイツ以外に、人間語を話せる獣族は見たことがない。

 

 しかし、確かな事が一つだけある。

 ケモ耳娘は真剣な目をしていた。

 信念をもった赤い瞳である。

 嘘をついている訳ではないと、私の直感が言っている。

 

 まあ私の直感は信用出来ないがな。

 部下のギルアに裏切られたばかりである。

 

 それでも私は、目の前の獣族の美しい瞳を、尊敬して信じようと思った。

 

 私は、ぐったりと脱力した。

 抵抗をやめて、対話を選んだのだ。

 このケモ耳娘の事を、ちゃんと理解したくなった。

 

「ケモ耳娘。詳しく聞かせろ。お前は何者だ。

 医者だというのなら、なにが目的で、人間の私を治療したのだ」

 

 私の殺意が収まったのを感じたのか、ケモ耳娘は安堵の表情を浮かべた。

 

「……ケモ耳娘って呼ぶなっ! オレはフィリアだ」

 

 ケモ耳娘は、フィリアと名乗ってから。

 ここまでのいきさつを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名はフィリア。獣族独立自治区のアルム村で育った。医者だ。

 世界一の名医、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の娘であり、一番弟子だ!」

 

 誰だよソイツ。と、ツッコミたくなるのを抑えた。 

 きっと、獣族の村の中での、凄い医者なのだらう。

 ちなみに、人間の世界(・・・・・)で一番の医者は、シャイニング・ジョーカーという。

 アキハバラ公国の博士であり、"神の病毒"の治療法を幾つも発見した。私の三才年上だった筈だ。信じられん。

 

「オレは、父ちゃんを病気から救うため、マグダーラ山脈を目指して、自治区を脱けだした。

 そこには必要な薬草が全て揃っている。父ちゃんを救うのに一番現実的な方法だ。

 でも、途中で道に迷ったんだ。

 そこで、お前のような死にかけている人間に恩を売り、道を聞こうと思ったんだが」

「そういう事か……」

 

 私はフィリアの、腹の底を知ることができた。

 要は遭難しているのだ。

 誰かに道を尋ねたいが、人間に捕まる訳にはいかない。

 死にかけている私に、恩を売って聞こうとした。

 

 マグダーラ山脈というのは、フェロー地区から遥か北。

 神獣やドラゴンの住む魔境である。

 山の中腹からは、雲を突き破り、

 雪が積もり雷が降る、過酷な自然環境である。

 そして頂上付近には、不死の薬や神剣があるとされている。

 

「オレがここに来た時。

 お前と(すず)の二人だけが、まだ生きていた。

 (すず)の意識はあったけど、お前は意識を失っていた。

 だからオレは、(すず)を助けようとしたんだ。

 最初は、すごい顔で睨まれて、暴言を吐かれたけれど。

 「オレは医者だ」って、必死に説明したら、(すず)はこう言ったんだ。

 『私は北方には詳しくないです。誠也(せいや)さんなら地図に詳しいですから、誠也(せいや)さんを助けて、彼に頼るべきです』

 ってな」

 

 フィリアはそう言った。

 フィリアは(すず)と、確かに会話をしていたようだ。

 だがおかしい。(すず)は北方の出身だった筈だ。

 マグダーラ山脈までの道のりは、私よりも(すず)の方が詳しいはずなのに。

 

 

 獣族の少女ーーフィリアの話は続く。

 

「オレはどうすればいいか分からなかった。

 手持ちの薬草では、一人しか助けられなかった。

 お前か鈴か、片方を見捨てなければいけなかったんだ。

 でも(すず)はすぐに決断した。 

 自分の命よりもお前の命を選んだんだ」

 

 は!!?

 脳天を突かれたような衝撃だった。

 あの(すず)が、そう言ったのか?

 意味がわからない。

 私には、自分よりも大切なものの存在なんて、理解できないのだ。

 たとえ響香(きょうか)でも、自分自身の可愛さには敵わない。

 それが普通の人の感覚だろう。

 (すず)が異常なのだ。

 狂ってる。とんだ馬鹿野郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィリアは、(すず)が残した言葉を、私に聞かせてくれた。

 

『私はもう十分です。今生に悔いはありません。

 獣族への復讐も叶いました。誠也(せいや)さんに想いを伝えられました。

 もしできるなら、誠也(せいや)さんの曇った笑顔を、照らしてあげたいと思ったけれど、

 魅力のない私じゃ、どうすることもできません。

 でも誠也(せいや)さんには、どうか前を向いて欲しいんです。

 どうか幸せを見つけてほしい、それが私にとっての、一番の幸せです。

 それに、好きな男の子のために身を捧げる女の子って、最高じゃないですか?』

 

 (すず)らしい、サイコパスでロマンチックな遺言だった。

 

(すず)……)

 

 私は左手で、冷たくなった(すず)の手を握りしめた。

 それはとても苦しくて重たくて

 目から涙が溢れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなっ……ふざけるなよ(すず)っ! お前は馬鹿野郎だっ!!」

 

 私の心のそこから、やり場のない怒りが沸き起こった。

 

「私は……お前が思うほど大した人間じゃない……本当の私をしれば必ず幻滅するっ!! お前が生き残るべきだった! お前には信念も未来もあるじゃないか!

 なぜいつも、私だけが生き残る! 

 希望と夢に溢れた仲間の(しかばね)を踏み台にして 何も持たない私が生きのびていく!! 

 私はどうすればいい!? 信じた部下にも裏切られて、生きる場所も意味もない!! こんな人生に何の意味があるんだっ!!」

 

 死にたいぐらい苦しかった。

 32年生きてきて、手の中には何も残っていない

 無意味。生きる価値のない人生。

 これから先も、何にも成さずに死んでゆく……

 誰にも悲しまれる事なく、一人寂しく死んでゆくのだ。

 もう、響香はいない。

 私が辛いとき、慰めてくれる人なんていないのだ。

 辛い……辛い……もう疲れた。

 何もしたくない……

 

 

 

 

 

 

「そんな悲しい事言うなよ……」

 

 フィリアの声がした。

 咽び泣く私の頭に、温かい手のひらが乗せられる。

 そして、獣族の少女フィリアが、私の頭を撫でてくれた。

 それは、とてもとても安心して。

 冷え切った心が温められた。

 

 私を慰めてくれる人は、すぐそばにいたのだ。

 私ご大嫌いな筈だった、獣族の娘フィリア。

 彼女はなんて優しいのだろうか、こんなクズな私を理解し、ともに嘆き悲しんでくれる。

 

 私はフィリアの温かさに包まれながら、安心して絶望できた。

 頭を優しく撫でられながら、どん底まで絶望した。 

 そして涙が枯れるまで、フィリアに縋りながら、声をあげて泣いた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィリアは、マグダーラ山脈に行きたいと言っていたな?」

「ああ」

 

 フィリアは私の問いに、間髪入れずに答えた。

 覚悟をもった顔だった。

 しかし私は、 彼女の覚悟を否定する。

 フィリアに恩を感じているからこそ、自分の命を大切にして欲しいのだ。

 

「絶対にダメだ。私が許さない。

 もし、王国軍に捕まったら、どんな酷い目にあうと知っているのか!?

 お前のように、独立自治区から出てきた獣族は、罪人として扱われる。人権は保障されない死ぬよりも酷い目に遭う事になる。

 ……私も、お前のよう獣族を、今まで何匹も処分してきた……」

 

 話していて辛くなったが、私はあえて、(ひき)とよんだ。

 フィリアは顔を引き攣らせた。

 残酷だが、これが現実なのだ。

 獣族は、ガロン王国では生きられない。

 必ず酷い目に遭うことになる。

 私はフィリア、残酷な目に遭ってほしくないのだ。 

 だから私は怖がらせる。

 私はフィリアに、長生きしてほしいと願う。

 独立自治区の中で、安全に……

 

 私はあおむけのまま、まだ、フィリアに馬乗りにされていた。

 ずっとお腹が痛いのだ、

 フィリアは、まだ私を警戒している。

 私が魔法を放ったり立ち上がったり出来ない程度に、あえて回復を中途半端で止めているのだ。

 仰向け状態での痛みはないが、今の私にフィリアに反抗する程の力はない。

 痛すぎて腹筋が使えないのだ。

 

 

 

「ふざけるなよ! オレは医者だ! 父さんを治せる可能性があるのに、諦めろっていうのかよ。

 マグダーラ山脈に行けば、薬草が生えてるんだぞっ!

 さあ教えろよ。ここはどこだ? 

 マグダーラ山脈まで、あと何キロある!?」

 

 フィリアは、やはり覚悟を決めた顔をしていた。

 何を言っても無駄だろう。

 私は観念した。

 

「ここは、ガロン王国の辺境………フェロー地区だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 私の答えを聞いて、フィリアは口をぽかんと開けた。

 

「はぁ? 何言ってやがる? 嘘つくんじゃねぇよ!」

「嘘じゃねえ。ここはフェロー地区だ。まだ独立地区も近いだろう、引き返すなら今のうちだぞ」

 

 フィリアはパチリ、とまばたきした。

 そして、顔を真っ青に染めて、ガタガタと震え始めた。

 信じがたい絶望が、フィリアへと襲いかかる。

 フィリアの瞳から光が消えて、彼女はゆっくりと青空を見上げた。

 

「うそ……嘘だぁ……なんで(かえ)ってきてんだよぉ………アハハ……」

 

 フィリアは、壊れたみたいに肩を震わせた。

 口元は笑いながら、天を見上げてポロポロと泣いていた。

 

 まさか……コレは。

 「遭難してたらいつの間にか、出発地に戻っていたという件」

 というやつだろうか。

 ご愁傷だな。

 私も若い頃のゲリラ戦で、同じような経験があるが。

 元に戻ってこれただけでも良かったと、安心した記憶がある。

 

 

「あーあ。何してんだよオレ……こんなことしてる間に……父さんはどんどん弱っていってるのにっ!!……バカ……バカ……バカっ……」

 

 フィリアは、空の向こうを見つめたまま、放心した様子で、ポカポカと自分の頭を殴り始めた。

 完全に自暴自棄になっている。

 

「やめろフィリア! 落ち着けってっ! きっとこれは神様のお告げだ! 『マグダーラ山脈には、行かないほうがいい、戻りなさい』って、伝えてくれているんだよっ!」

 

 私は寝転がったまま、フィリアの両手を掴んだ。

 かなり強い力で殴っていたから、フィリアの頬っぺたが赤く腫れていた。

 

「やめろよはなせぇぇ!! うわぁぁああぁあん!! ぁあぁぁあぁあぁ!!」

 

 私に手を掴まれて、自分を殴るのを諦めると、フィリアは大声をあげて泣いた。

 私はフィリアにして貰ったように、フィリアの頭を撫でたのだが、手で払いのけられてしまった。

 私の次は、フィリアが泣く番だった。

 

 

 

 

 

 ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ…………

 

 そこに、遠くから、重い金属の音が聞こえてきた。

 金属音の集団が、こちらにザクザクと歩み寄ってきている。

 

 まずい

 

 その音の正体はすぐに分かった。

 私が11才の頃から、毎日欠かさず聞いてきた音。

 我がガロン王国軍の、行進の足音だ。

 

「フィリアまずい! 王国軍がきている! すぐに逃げるんだ!!」

 

 私の上で泣き叫ぶフィリアの、両肩を揺すった。

 

「ぁぁあぁあ!! うぅううぅ……なんでだよぉぉ……!!」

 

 しかし、泣き声がうるさすぎて聞こえていない。

 身体を揺すろうとしても、力が出ない。

 

 フィリアがもし王国軍に見つかれば、確実に酷い目に遭ってしまう。

 もしフィリアが、昨日の私(・・・・)に捕まっていれば

無惨に殺されていただろう。

 ギルアに捕まれば、性奴隷として無茶苦茶にされるだろう。

 

 私は、昨日の女戦士の事を思い出した。

 私が昨日処刑した、獣族の美人戦士である。

 彼女はフィリアのように人間の言葉は話せなかった。

 でもフィリア同じ、信念の籠った目をしていた。

 少し間違えば、私がフィリアを殺す未来もあったのだ。

 

 だめだ、考えれば考えるほど辛くなる。

 この矛盾は、私が真剣に向き合わなければいけない問題だ。

 

 でも今は考えるな。

 フィリアを逃がすことに集中しろ。

 フィリアは私の命の恩人だ。泣いている私を慰めてくれた。

 今度は私が、絶対に守り抜くんだ。

 

 まずはフィリアに泣き止んで貰わないといけない。

 泣き声を出したままでは、逃げようがないしな。

 

 私は一瞬、悩んだ。

 そして、決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、上半身を起こした。

 当然、腹部からは激痛が起こる。

 お腹が張り裂けそうだった。だが私は力を振りしぼった。

 フィリアを泣き止ませるには、これ(・・)が一番の方法だから。

 

 フィリアは、手で顔を隠して泣いていた。

 

 私は上体を起こし、フィリアと向き合い

 フィリアの泣き顔を隠す両手をどかし……

 

 そのグシャグシャ泣き顔に、優しく唇を重ねて

 

 ……キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんんんっ!!?」

 

 フィリアの身体が、ビクンと震えた。

 目が開かれて、溜まっていた涙が弾け飛ぶ。

 

 私はゆっくりと唇を離した。

 

「なっ……ななっ……なにをするっ……!!」

 

 フィリアは、ピタリと泣きやめて。

 息が止まったように硬直していた。

 涙と鼻水だらけの顔で、分かりやすく赤面していく。

 とても愛くるしくて、可愛かった。

 

「もう泣くんじゃないフィリア! 私は決めたぞ。

 お前を必ず、マグダーラ山脈まで連れて行ってやる!」

「なっ……」

 

 フィリアは、信じられない、という顔をした。

 

「王国軍がこちらに来ている。早く逃げなければいけない。

 【回復(ヒール)】スキルを使ってくれ! ドクター・フィリア!」

「ほんとかっ……ほんとに来てくれるのか!?」

 

 フィリアは震え声で、また泣き始めてしまった。

 しかし、それが嬉し涙ということくらい、一目みればわかった。

 

「本当だ。私はお前についていく。お前の事をもっと知りたいのだ。お前の夢を叶えてやりたい。お前の笑顔をもっと見たいのだ」

「っっ……!?」

 

 フィリアは涙を溢しながら、ほっぺたを赤く膨らませていた。

 

「分かったっ! 信じるぞ誠也(せいや)っ! オレと一緒にきてくれっ! 【回復(ヒール)】っ!!」

 

 フィリアが、回復スキルを詠唱する。

 私の身体が、みるみるうちに完治していく。

 ほとんど全回復だ、どんな魔法でも詠唱できる。

 

 私は立ち上がり、右肩にフィリアを背負い込んだ。

 そして左肩に、(すず)の亡骸を背負い込む。

 

 もうすぐ近く、目で見える距離に軍がくる。

  

 私は急いで、遠くへに向けて【火爆(ファイヤバーン)】スキルを放った。

 

 ドゴォォォーン!!!

 

 という爆音が、遠くの方で鳴り響く。

 陽動作戦である。

 王国軍が爆発音に気を取られている隙に、遠くへ逃げる。

 

 

 私はフィリアと共に生きる事を選んだ。

 安定した生活を全て放り捨てて、フィリアの夢に人生を懸けた。

 不安もあった。

 でもそれ以上に、私は希望に満ち溢れていた。

 刺激的な冒険が始まる予感。

 命の恩人フィリアと共に行く、遠い北国への大冒険。

 敵はガロン王国、獣族以外の全人類だ。

 人類からフィリアを守りながら、山の頂上を目指す。

 最高にカッコいいじゃないか。

 

 響香(きょうか)と生き別れてから22年。

 ネコ耳娘のフィリアと出会い。

 私の止まっていた時間は、急激に加速していく。

 

 




○フィリアは14才ぐらいです! 中学2年生ですね!

○この世界の「医者」とは、
 【回復】スキルや【解毒】スキルで直せないような、猛毒や難病に対し。
 治療法を開発したり、薬を調合するという、超エリートしかできない仕事です。
 しかし最近は、【回復】【解毒】魔法使いを含んだ、"広義"の意味での医者も、使われています。

○猛毒、難病の治療法は、医者以外にも存在します。
 新崎(にいざき)さんの【超回復(ハイパヒール)】スキルのような、"上位"スキルや、
 神の力の宿った【ネザーストーン(願いを叶える石)】などでも、ゴリ押しで治療出来たりします。

○ちなみに、「マルハブシの猛毒」の治療法は、まだ確立していません。
 行宗(ゆきむね)たちは第一膜で、【ネザーストーン(願いを叶える石)】を用いて解毒しましたが、アレはかなり稀なケースです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八発目「下着姿のケモ耳娘」

 

 無我夢中で、(すず)とフィリアを背負いながら、草木の根をかき分けて走る。

 王国軍が追ってくる気配はないが、安心はできない。

 王国軍にいた私だから分かる、彼らはしつこく追いかけてくる筈だ。

 さらに森の奥へ、グチグチと不満を漏らすフィリアを背負って走る。

 若々しい五月の葉っぱが、ふくらはぎを切り刻む。

 地面のデコボコが、足首を痛めつける。

 それでも前へ、前へ、

 足跡を魔法でけしながら、必死に走っている。

 

「ちょっ……へんなトコロを触んなっ!! くすぐったいだろうがっ!!」

 

 フィリアは腰を抱えられて、前にお尻、後ろに頭の状態であった。

 すごく不満なようで、地面に降ろせ、自分で走ると言ってくるのだ。

 私は説明した。私は土魔法が得意だから、足跡を全て消して走る事が出来るのだと。

 しかしフィリアは怒ったような声で、

 

「獣族を舐めんなよ!? 木の上を走れば足跡なんかつかないだろう!」

 

 と、主張するのである。

 フィリアは下着姿でほとんど裸である。

 私が腕をまわしている腰やおへその辺りも、完全に露出している。

 その素肌には柔らかな毛がわがあって、汗でびしょびしょに濡れている。

 腕を伝わって、首や胸の中へと、フィリアの汗が流れて来た。

 逆に左肩からは、真っ赤な血が流れてくる。

 (すず)の死体からである。

 (すず)の身体は、早く埋葬しないといけないな。 

 

「分かったよフィリア。木の上を走れるというなら見せてみろ」

 

 私はとうとう観念して、フィリアの足を地面に着かせた。

 

「マジか!? ありがとう。なら見せてやるよ!」

 

 フィリアは勢いよく地面を蹴った。

 柔らかな地面には大きな足跡がついた。

 

「おいっ、足跡を残すなと言っただろう!! 戻って来いっ!」

 

 と私が言うと。

 

「嫌だねー」

 

 という声が、真上からした。

 天を見上げると、フィリアが、木の枝に掴まってぶらぶらと浮いていた。

 そして身体を前後に振ると、前の木へ、さらに前の木へと飛び移っていく。

 なるほど、これなら足跡が残らないな。

 

 フィリアは下着姿で、激しく森林を駆ける。

 その度に、膨れた乳房やハリのあるお尻が、ぶるんぶるんと上下に揺れる。

 フィリアのくせ毛がヒラヒラと風になびいて、露出されたお腹や脇からにじんだ汗が、空へと飛び出し宙を舞う。

 まさに野生、そしてエロス。

 私は下半身が膨れ上がるのを感じた。

 これは驚いた。この私が獣族に発情するなんて、あり得ないと思っていた。

 私は獣族を、人とは思っていなかったからだ。イヌやネコと(けもの)だと思っていた。

 でも、フィリアは違う。

 彼女は人間の言葉が話せるのだ。

 そして私は、フィリアを(けもの)ではなく女だと認識した。

 だから私は、フィリアの半裸姿に興奮していた。

 

 するとここで、何を思ったのだろうか、フィリアが木の上で動きを止めたのだ。

 そして太い木の枝の上に立ち、無表情でコチラを振り返ってきた。

 どうしたのだろうか?

 

 するとフィリアは、少し頬を赤らめて、胸をプルンと震わせると。

 

「もう出血も止まってるよな? そろそろオレの服を、返してもらってもいいか?」

 

 と言った。

 

「は、なんのことだ?」

 

 と返事しながら、私は自身の胴体を見下ろした。

 そこには確かにフィリアの服があった。

 フィリアの薄茶色のTシャツが、私のお腹の中心、ギルアに槍を刺された部分を覆っていた。

 そして背中を振り返ると、反対側には同じ色のズボンがあった。

 フィリアの服は、下着を含めて全て薄茶色だったようだ。

 それはおそらく、森の中で目立たないためだと考えられる。

 私が今着ている王国軍の軍服も、迷彩服という、森の色を模した彩色になっているからな。似たようなものだろう。

 そしてフィリアの服を、私の傷口に固定していたのは、同じく茶色のカバンの紐だ。

 私の腰を締めつけるように、カバンの紐がぐるりと一周していた。

 

「フィリア!? お前はまさか、自分の服を包帯がわりに使ったのか!?」

「あぁ、そうだ。感謝しろよな?」

 

 フィリアはそう言って、私の方に戻ってきて、木の上から手を伸ばしてきた。

 下着姿で、唇をかたく結び、頬を赤らめてはじらいながら、「早くしろ」と目で訴えかけてくる。

 私は慌てて腰についたカバンの紐をほどき、血まみれになったTシャツとズボンを手渡した。

 私の腹の傷は、跡は残っているものの、完全に塞がっていた。

 

「ありがとうフィリア。お前は命の恩人だ。しかし、大切な服を血まみれにしてしまってすまない」

「心配すんな、オレは医者だぞ? 手術には清潔さが命。これぐらい一瞬で綺麗にできるさ」

 

 フィリアはそう言うと、【浄化(クリーニング)】という名のスキルを唱えた。

 聞いたことのないスキルだった。

 黄色く輝く光が宙を舞い、フィリアの服から私の血が、みるみるうちに消滅していく。

 私が見惚れていると、フィリアはそれをみて、満足そうにニヤリと笑った。

 

「フィリア、お前の服がちゃんとあって良かった。てっきり私はフィリアの事を、露出が好きな変態娘か、下着以外を全て無くしたバカな娘のどちらかだと思っていた。」

 

 私がほっと息をつくと。

 フィリアはズボンにつま先を通しながら、私をギョッと見つめてきた。

 

「はぁ!!? だれが変態娘だ!!? お前の方が変態だろうがっ! オレの唇に二回もキスしやがって、はじめてだったんだぞっ!?」

 

 フィリアは顔を真っ赤にして怒った。

 大きな猫耳が、ピンと立ち上がった。

 

「それは……すまない。一回目は寝ぼけてたんだ…… 二回目は泣き止ませるためだったし…… すでに一回してるからな、一回増えても変わらないかと……」

「はぁ!? ひっでぇ! もっと大切にしてくれよっ! オレのセカンドキスだぞっ!?」

 

 フィリアは、拳をわなわなと握りしめながら、悔しそうに私を睨んでいた。

 

「本当にすまなかった。フィリアには誰か、好きな人がいるのか?」

「別にいねえよ…… そもそもオレには、スキって気持ちがよく分からねぇ…… でもだからといって、ファーストキスはいちおう大事にしてたんだからなっ!」

 

 フィリアは顔を真っ赤にしていたが、表情を隠すように私を睨んでいた。

 どうやら私がどれだけ謝っても、許してくれそうな気配はない。

 私は話題を変える事にした。

 

「なぁフィリア? 気になっていたのだが。どうして自分の事を"オレ"と呼ぶのだ? そもそもどうして人間語を話せる? 誰かに教えて貰ったのか?」

 

 私はずっと抱えていた謎について質問した。

 

「たぶん……父さんの喋り方を真似してるからだ…… じつはオレの父さんは人間なんだ。 まあ父さんには「頼むから女の子らしく、自分の事は”わたし”と呼んでくれ」って、何度も土下座されたけどな。 でもオレは、"わたし"なんて嫌だ。だって"オレ"の方がカッコいいじゃないか!!?」

 

 フィリアは、熱を込めて語り出した。

 フィリアの父親、小桑原啓介という医者は人間なのか? 

 つまりフィリアは、獣族と人間の混血ということだろうか?

 

「それに誠也! お前の方こそ、男なのに、自分の事を"私"と呼ぶじゃないか!?」

 

 フィリアは鋭い指摘を繰り出した。

  

「た……確かにその通りだな………」

「ほらぁ! 人の事を言えないじゃないかぁ」

 

 フィリアは得意げな顔になって、私に人差し指を突き付けた。

 その生意気さに私は少しイラっとしたが。今のやり取りは私の方が悪い。

 フィリアの喋り方は、父さんの真似をしているのか。本当に父さんが大好きなんだな。

 だからこそ、フィリアは父さんを、病気から助けたいのだろう。

 

 私はそんなフィリアの願いを叶える。

 必ず薬草を手に入れて、フィリアのお父さんを治療するのだ。

 

「フィリア。念のため、もう少し遠くへ行こう。 そして早い内に、(すず)を土に還してやりたい…… (すず)の葬式を簡易的に行いたい。時間がかかるけどいいか?」

 

 フィリアは私の話を聞いて、難しそうな顔でウゥンと考え込んだ。

 そして、口を開いた。

 

「そうだな。焦っても仕方ないよな…… 焦った結果が今のオレなんだからな……

 ……もちろんだ。(すず)を天国に送り出してやろう……」

 

 フィリアはそう言って、私に軽く微笑みかけた。

 それは少し悲しそうだった。

 一見元気そうだが、フィリアはまだ、先ほどの絶望から立ち直れていないようだった。

 遭難して出発地点に戻ってきてしまったフィリア。

 内心はとても焦っているのだろう。

 

「なぁフィリア、聞いていいか、父さんの余命はどれぐらいなのだ?」

 

 フィリアは私の方へ顔を上げて、ほとんど泣きそうな顔だった。

 

「あと……1か月か2か月だ……でも余命なんて当てにならねぇ……ひょっとしたらっ……もう死んでいるかも知れないっ………!!」

 

 フィリアは思い出したように泣きそうになっていた。

 一か月か二ヶ月か……

 フィリアの焦る気持ちもよく分かる。

 山脈までは、山頂までいく事を考えれば、往復二週間はかかるだろう。

 もしトラブルに巻き込まれれば、もっと時間が掛かるはずだ。

 

「フィリア、もう一つ聞いておかなければならない。

 今から薬を取りにいけば、父さんの死に間に合わない可能性も高い。

 でも幸いに、獣族独立自治区はここから近い。

 もしここで諦めて村に帰れば、父さんの命を救える可能性はなくなってしまうが、

 残された最後の時間を、共に過ごす事が出来るかもしれない………」

 

 バチィィィィィ

 

 

 

 

 私の頬が、おもいっきり引っぱたかれた。

 目の前のフィリアが、手を振り切って、涙を堪えるようにフーフーと息を荒くしながら、私を睨みつけていた。

 

「分かってる!! 分かってる!! 分かってるよっ!!

 オレは死にかけの父さんを置いて、家出をした最低な娘だ!! 遭難して何もせずに戻って来たバカ野郎だっ!! でもっ……それでもオレは……父さんを死なせたくないんだ!! オレは医者だっ!! 医者なんだっ!!」

 

 フィリアは私の胸に手を当てて、顔を埋めて泣き喚いた。

 私はどうするべきかと考えて、彼女の頭を抱きしめた。

 先ほどは王国軍の邪魔が入り、思う存分泣かせてやれなかったからな。

 気の効いた言葉が思いつかなかったから、私は無言でフィリアを抱きしめた。

 フィリアは私の胸の中で嗚咽して、咳き込み、鼻水を垂れ流していた。

 

「フィリア……お前は父さんが大好きなんだな…… 大丈夫だ……こんなに可愛い娘が頑張っているんだ。父さんはきっと、フィリアを待ってくれている。だから頑張ろう。大丈夫だ……大丈夫……全部上手くいくから…… 

 私が絶対に、お前と父さんを幸せにするから……」

 

 私の口から、自然とそんな言葉が出た。

 フィリアは、小さな肩を震わせながら

 

「う"んっ"……」

 

 小さく、されど力強く頷いた。

 

 それからフィリアは、私の胸に顔を埋めて、先ほど中途された涙を、全て流しきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、(すず)の葬式をとり行った。

 ふもとに(すず)の身体が埋められた、大きな木の前で手を合わせてる。

 そして女神様と(すず)に向けて、祈りの言葉を口に出す。

 

【大地に降り立ちて天命を全うせし者よ、"白菊ともか"の求めるままに、"神の世界"へと還り(たま)え】

 

 私達は女神様に祈った。

「どうか(すず)の魂が、無事に"神の世界"へ帰れますように」と。

 

 女神、"白菊ともか"は、この世界の創造主であり、伝説の勇者達を従え"悪神"を滅ぼしたという、神話上の存在である。

 白菊ともか教という、アキバハラ公国発祥の、長い歴史を持つ宗教の祈りである。

 1700年前の歴史書――「五大英雄伝」に基づいた信仰であるが。

 私も子供の頃、響香(きょうか)と一緒に読んだのを覚えている。

 なかなかに面白い冒険譚だった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九発目「ごめんなさいごめんなさい」

 ⚠️ 精神に負荷がかかる描写があるので、注意して下さい。
 
 


 

 

 あれ……私は何をしていたのだろうか?

 そうか、思い出したぞ。

 

 昨日の夜、私は、フィリアのはじめて(・・・・)をもらったのだ。

 いやぁ…… むちゃくちゃ良かったなぁ。 

 涙が出るほど幸せで、気持ちよかった。

 フィリアと本当の意味で、一つになれたのだ。

 いつか私たちの子供が出来るといいな。

 

 フィリアと出会ってから二週間。

 短い旅も、もうすぐ終わる。

 フィリアの故郷へと、アルム村へと到着するのだ。

 ハラハラドキドキの冒険だったけれど、人生で最も鮮やかな時間だった。

 

 フィリアと戦場で出会った日から始まった。密度の濃い特別な旅。

 私達はマグダーラ山脈を登り、薬草を手に入れた。

 

誠也(せいや)っ、あれが独立自治区への正門だ! あの壁の向こうで父さんが待ってる! 誠也(せいや)が中に入れるかどうか、門番の人に聞いてくるよっ!」

 

 フィリアは私に、ふふっと笑いかけると、正門へと走って行った。

 森の中を横切る、大きな壁についた門である。

 この壁を越えれば、そこは獣達の暮らす地域である。

 フィリアの父さんも、フィリアの薬を待っているのだ。

 

 フィリアの父さんを治療したら、私たちは彼に、結婚の報告をしなければいけないな。

 最初は認めてもらえないかもしれない。

 フィリアは14才で、私は32才だ。年の差は確かに大きい。

 だが、私はフィリアを愛している。フィリアも私を愛しているのだ。

 真剣に二人で、父さんに思いを伝えよう。きっと認めて貰えるはずだ。

 そして私はフィリアと、アルム村で暮らすのだ。

 周りは獣族ばかりだから、獣族語も覚えなければいけないな。

 そしてフィリアと子供を作って、私はフィリアの仕事の手伝いをするのだ。

 たくさんの子供が欲しいな。

 響香(きょうか)とはできなかった事も、沢山やりたい。

 あぁ、なんて幸せなんだろう。夢みたいだ。

 

 

 

 フィリアは、帰って来なかった。

 しばらく待った、しかし、門の中から出てこない。

 おかしいなと思いつつ、10分、20分と時が経つが、フィリアが戻ってくる様子もない。

 それどころか、人の気配、生き物の気配さえ感じない。

 

(おかしい……)

 

 私は不安になり、違和感と焦燥感に駆られて、大きな門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 私はあっと息をのんだ。

 

 門を潜った先には、血の匂いが充満していた。

 木造の家屋がぐちゃぐちゃに倒壊していて、

 そこら中に、獣族達の死体がゴロゴロと転がっている。

 真っ赤な血の匂い、焼けた炎の匂い。

 戦火の煙が立ち込めていて、肌寒い。

  

 そして視線の先には、

 地面に膝をついた、背中姿のフィリアがいた。

 

 フィリア……!!

 

 信じられない惨状に、

 私はフィリアに、すがるように駆け寄った。

 フィリアは呆然としていて、微動だにしない。

 なぜ、独立自治区の中で争いが起こっているのだ!?

 まさか、まさかっ……!!!

 私とフィリアが旅をしている間に、王国軍が攻め込んできたのか!?

 停戦が終わり、また戦争がはじまったのか!?

 いや、この惨状は、戦争というよりも……

 一方的な迫害だ。

 人間から獣族への……

 

「フィリアっ!!」

 

 私はフィリアを、背中から抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ!!」

 

 フィリアが、私の胸の中で血を吐いた。

 ゴホゴホと真っ赤な血を吐き出して、力を抜いてうずくまった。

 私の視界には、フィリアの腹部から、血が溢れ出しているのを見た。

 

「フィリア……!? なっ……」

 

 フィリアの腹部には、見覚えのある棒が貫通していた。

 間違いない、これはギルアの銀槍だった。

 私は身を震わせながら、その棒を目で辿った。

 

 銀槍を握っていたのは、私の右手だった。

 私の右手が、銀槍の柄を握りしめて、フィリアの腹を串刺しにしていたのだ。

 

 頭の中が真っ白になる。

 にわかには信じられなかった。

 私が刺したのか?

 私がフィリアを刺したのかっ!!?

 嘘だ、嘘だっ……そんなはずがないだろう。

 私は何をしているのだ!? 

 

誠也(せいや)……酷いよっ……オレはお前を、信じてたんだぞっ………」

 

 フィリアは、苦しそうに泣きながら、私を振り返った。

 その眼には一切の光はなく、絶望と失望に染まった瞳で、私の事を見つめてくる。

 

「フィリア……違うっ! 私ではないっ、私は何もしていないっ!!」

 

 私は必死に弁明した。

 フィリアに嫌われたくなかったのだ。

 どうして?

 どうして私はこんな事を、してしまったのだ!?

 腕が震える、視界が歪む。

 私は一体、何を…… 

 

「よくも殺したな………オレの父さんも母さんもっ……友達もっ……みんな殺されたっ!!

 信じてたんだぞ……オレはお前の事を、愛していたのにっ!!

 どうしてそんなに酷い事が出来るっ!! 酷い、酷いよあんまりだっ!!

 ……死ねっ!! はやく死ねよっ!! 

 お前は悪魔だ、化け物だっ!! 生きてちゃいけない人間だっ!!

 オレは必ずっ! お前をブッ殺してやるからなっ! 誠也(せいや)っ!!」

 

 フィリアは涙を滲ませながら歯を強く噛みしめて、私を睨みつけて発狂する。

 

(違うっ、私はっ……)

 

 言葉が出なかった。

 

 死ぬよりも辛くて苦しかった。

 フィリアは息も絶え絶えになる。

 私はただただ茫然とする。

 

 私の真後ろで、殺気がした。

 私はおそるおそる振り返った。

 そこには獣族の女がいた。

 屈強な身体、怨念に染まった憎悪の目。

 彼女には見覚えがあった。

 

 

「なぁ……わたしは貴様を許さぬぞっ!! 獣族を貧しい土地に閉じ込めて、それで平和を作ったつもりか!? 独立自治区で毎年、どれだけの獣族達が、飢餓と病で死んでいると思う!?

 人間はみんな死ねばいいっ。 あたしは、獣族が安心して生活できる世界を作ろうとした。

 よくも殺したな……あたしをこれでもかと辱め、聞く耳すらもたないとは……

 許さない……許さない……絶対に殺してやる……」

 

 思い出した。

 目の前の女の子は、私が昨日(・・)、処刑した、獣族の女戦士であった。

 彼女の目には信念があった。私に必死で想いをぶつけてきた。

 しかし私は、彼女を処刑したのだ。

 何の躊躇いも、葛藤もなく。

 

 私は……このケモノ娘を殺したのか?

 

 周囲に倒れていた筈の血まみれの死体達が、フラフラと立ち上がる。

 30人、いや遠くには100人以上

 ゾンビのように、獣族達が立ち上がってくる。

 みんな血まみれで、私を暗い目で見つめて、こちらに近づいてくる。

 見覚えのある顔も多かった。

 

 そうか…全て思い出した……

 彼らは皆……私が今までに殺してきた獣族達だった。

 全身の身の毛が逆立った。

 その数は数えきれない。

 100や200ではない、もっともっとたくさんの命。

 男も女も、大人も子供も、目に映る獣族達は、全て殺してきた。

 

 響香(きょうか)の死から始まった、私の復讐の22年。

 その間に、私は一体、どれだけの命を奪ってきたのだろうか……

 

「許さない、許さない……」

「痛いよ……死にたくないよぉ……」

「頼むっ! 悪いのは全部俺なんだよっ! だから妹だけは殺さないでくださいっ!!」

「おかぁさんっ!! たすけてぇっ、たすけてぇぇ!!」

 

 私が殺してきた獣族たちが、私を取り囲んで叫びを上げる。

 その手には、ナイフやくわ、刀や包丁を握りしめて。

 彼らの魂の叫びが聞こえる。

 私が彼らの命の摘み取った瞬間、当時は聞き取れなかった彼らの想いが、脳内に流れ込んでくる。

 

 私は殺したのだ。

 家族を持つ者を、夢を持つ者を、仲間や優しい心を持つ者も……!!

 みんな殺してきたのだ!!!

 私は、どれほどの悪魔だろうか!? 

 どれだけ謝っても、(つぐな)いきれない罪を犯してきた。

 獣族は、言葉の通じない獣なんかじゃない。 

 私と同じなんだっ……!! 人間と、変わらないじゃないかっ!!!

 あぁ……あぁ……あぁ……

 私は……私は……

 

「死んで償え」

「地獄に落ちろ」

「のうのうと生きてるんじゃねぇ」

「死ね……死ね……」

「死ぬのじゃ生ぬるい、たっぷりと、私達が満足するまで苦しめてから殺すの……」

 

 獣族達が、目の色を変えて私に迫ってくる。

 私は恐怖のあまり、身体が動かなかった。

 怖い……怖い……死にたくない……

 死ぬのは怖いっ! 怖いのだっ!!

 

 私は、震える足を起こして立ち上がった。

 逃げなければ、逃げのびなければ……

 私は、これだけ酷い罪を犯しておいて、沢山の命を奪っておいて。

 それでもまだ、死にたくなかった。生きたかった。

 なんて図々しい存在なのだろう。

 私は化け物だ。

 殺戮を繰り返し、己は平然と生き続けていく、そんな化け物なのだ。

 

 私は、その場から逃げ出した。

 土魔術を生成する。

 魔法を使えば、こんな死にぞこないの亡霊共なんて、皆殺しにできるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシッ……

 

 私は、逃げようとする手を掴まれた。

 振り払おうとしたが、ビクともしない。

 とてつもなく強い力で、私の腕が掴まれてしまった。

 でも温かくて、小さい手のひらだった。

 

「逃がさねぇぞ……誠也(せいや)……」

 

 私の腕を止めたのは、足元に座り込んでいたフィリアだった。

 

「オレとオレの母ちゃんと、友達を殺しておいて。ただで済むとは思うなよ……

 オレ達がどれだけ痛かったか、苦しかったか…… お前にたっぷり教えてやるよ。

 心配いらねぇぜ。死にそうになったら回復してやるから、好きなだけ地獄を教えてやれる。

 ほら誠也(せいや)、お勉強の時間だよ? 誠也(せいや)がどれだけ酷い事をしたのか。時間をかけてたっぷりとな………」

 

 グシャァァァ!!!

 

 フィリアに掴まれた私の腕が、血しぶきをあげた。

 直後、凄まじい激痛が私の腕を襲う。

 

「ふふふ……どうだ? 痛いよな? よかったな誠也……お前は罪を償えるんだよ。

 オレ達全員が、気の済むまで苦しみをあたえ終わった後は、晴れて天国へ行けるんだ。

 終わりがあるって幸せな事だよ? じゃあ、足も全部折っちゃおうか?」

 

 フィリアはそう言って、今度は私の太ももを掴んだ。

 やめろ……やめろ……嫌だ………

 痛いのは嫌だっ!!

 

「嫌だっ!! やめろっ!! 嫌だっ!! 痛いのは嫌だっ!!」

 

 必死に身体を暴れさせた。

 太ももは全く動かない。

 恐怖で私は発狂する。

 

「助けてくれぇ!!」

 

 と大声をはる。

 

「どのツラ下げて助けてくれだ!?」

「そう訴えた獣族達を、貴様は何人殺してきた!?」

「許さない許さない許さない……」

 

 ナイフを刺された。

 目玉をくり抜かれた。

 股間を潰された。

 腹を砕かれた。

 そして回復魔法をかけられて、内臓を焼き尽くされた。

 

 痛い……痛い……痛くてもう死にたい……

 

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…………はぁ………はぁ………」

 

 私は目を覚ました。

 真っ暗な闇の中で、天井の空気穴から、月光が差し込んでいた。

 

 夢……か……

 

 ……よかった(・・・・)

 

 

 

 身体が熱い。心臓の音がバクンバクンと鳴り響く。

 まだここが現実とは思えない。

 身体の感覚が戻ってこない。汗がびっしょりだ。

 怖い、怖い……

 

 何が現実で、何が夢だったのだ。

 死にそうなほど恐怖する。

 まだ身体が震え続けている。

 次に目を閉じれば、またあの地獄に帰ってしまうのではないかと、怖くて仕方がない……

 

 

 

「……父さん……いかないで……」

 

 左の耳元で、女の子の声がした。

 私は戦慄した。

 それは、フィリアの声だったのだ。

 私は首を、左へと傾けた。

 

「………っ……うぅ…」

 

 そこには、眉をしかめてうなされている、フィリアが眠っていた。

 私は全てを思い出した。

 

 

 私は今日(・・)、フィリアと出会ったのだ。

 そして共に(すず)の葬式を行い、マグダーラ山脈を目指して歩いた。

 夕方になり、私が捕まえたアオオオカミの肉でスープを作り、食べた。

 そして王国軍に見つかりにくいように、私の土魔法で地下室を作り、フィリアとともに、この地下室(・・・・・)で眠りについたのだった。

 

 これは、紛れもない現実の世界だ。

 私が今まで、獣族を殺してきたのも現実なのだ。

 

 この悪夢は、夢ではあったが夢ではない。

 夢の中の事は全て、現実の私が犯してきた罪なのだ。

 

 罪悪感に押しつぶされて、心臓がグシャリと潰される。

 私は極悪人だ。

 生きる権利のない殺戮者だ。

 

「フィリア!! フィリアっ!! ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!」

 

 私は、寝ているフィリアの両肩を掴み、おでこを地面に擦りつけた。

 そして気がついた。

 私がどれだけ謝ったところで、失った命が戻るわけじゃない。

 取り返しがつかない。

 私は、もう、罪を償えないのだ。

 

「どっ! どうしたんだ誠也っ! まさか、王国軍の奇襲か!? すごい汗だぞ!?」

 

 フィリアは飛び起きて、私の顔を心配そうに覗き込む。

 やめろ、そんな顔をするな。

 私の事が大嫌いなのだろう? 殺したいほど恨んでいるのだろう?  

 なぜそんな顔をする!? 

 私はお前に心配されるべき人間ではないのだ! 

 たのむフィリア、私を憎んでくれ……

 私はもう疲れた。

 私は生きる資格のない存在なんだ。

 

「フィリア…頼む。私を殺してくれないか……?」

 

 私は泣きながら、フィリアの身体にすがりついた。

 死ぬのは怖いけれど。

 フィリアに殺されるのなら、私も本望だ。

 獣族嫌いの私が、唯一心を許した存在、フィリア。

 フィリアに殺して貰えるなら、私は納得して、地獄に落ちる事ができる。

 

「はぁ!!?」

 

 フィリアは口と目を大きく開いて、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「自殺は絶対にダメです!!」


 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十発目「ゲームオーバー」

 

「フィリア…頼む。私を殺してくれないか……?」

「はぁ!!?」

 

 フィリアは、何を言っているんだと首を傾げた。

 

 

「なんだ誠也(せいや)、悪い夢でも見たのか? バカな事を言うなよ……」

「違う! あれは夢じゃないっ!! 私が犯してしまった罪! 現実なのだ!」

 

 私が語気を強めると、フィリアはビクリと身を引いた。

 怖がらせているようで申し訳なくなったが、私の言葉は止まらなかった。

 

「フィリア! お前は私を恨んでいるのだろう!! 私は獣族を大量殺戮してきた悪魔だ! 昨日も今日も、私は沢山の獣族を殺したのだ!!

 昨日殺した女戦士は、お前によく似た目をしていた!! 信念と大義を持った目だ!!

 しかし私は彼女を……… 罪悪感を持つことなく殺した!! 

 リーリアという名の女戦士だ! ……もし昨日捕まえられたのが、リーリアではなくお前だったのなら、私は確実にお前を殺していた!! 人間語が話せる理由を尋問してからなっ!!

 フフフッ!! どうだフィリア!! 私は極悪人なのだっ! 生きる資格のない化け物だ!!」

 

 私は自分に絶望して、涙を溢しながら笑った。

 もういっそ、悪役になってやろうと思った。

 

 目の前のフィリアは腰が抜けた様子で、ひきつった泣き顔で身体を震わせていた。

 それはまるで、寝込みを強姦に襲われた女の子のような、逃げられないという恐怖に見えた。

 これでいい、これでいいのだ。

 私はフィリアに憎まれるべき存在なのだ。

 

「そんな……リーリアは、死んだのか?」

 

 ゾッとした寒気が、私の背筋を冷やした。

 フィリアは明らかに動揺していた。

 まさか

 フィリアは昨日の女戦士と知り合いなのか?

 いや、ただの知り合いなはずがない。

 フィリアの絶望的な表情は、フィリアにとって、リーリアがどれだけ大切な存在だったのか物語っていた。

 私がこの手で終わらせた命である。

 

「リーリアはお前の知り合いか? ……あぁそうだ……私が殺したのだ!! 裸で拷問を与えた後、ぼろぼろの身体になってもなお口を割らず、私をまだ睨みつけてくる彼女を、私がこの手でっ……

「やめろっ、もう言うなっ! 聞きたくねぇっ!!」

 

 フィリアは苦しそうに両耳を押さえた。

 

「………リーリアは……近所に住んでる姉ちゃんだ…… 小さい頃に、嫌な奴らに虐められていたオレを守ってくれて、よく遊んでくれた。オレにとってのヒーローなんだ……」

 

 顔を両手で隠して、フィリアは肩を震わせていた。

 その悲しみは、どれほどのものだろうか? 

 私が、響香(きょうか)を失ったときのような喪失感だろうか?

 

 取り返しのつかない事をした。と後悔した。

 謝って許されることではない。

 私はもう、自分に絶望してしまった。

 気づいてしまったのだ。 自分が無自覚に積み上げてきた多くの罪に。

 私は、誰かにとっての西宮響香(にしみやきょうか)を、たくさん奪ってきたのだ。

 

「なぁフィリア……頼む、私を殺してくれ。お前は私のことが嫌いだろう? 憎いだろう? 私はフィリアに殺されるのなら本望だ。お前のお陰で私は、大切な事に気づけたのだ。お前の手で終わらせて欲しい……」

 

「…………ふざけるなよっ。お前は医者のオレに、人を殺せっていうのか? (すず)との約束はどうなる? 幸せに生きろと言われただろう? オレとの約束はどうなる? マグダーラ山脈に連れて行ってくれるんじゃなかったのか?」

 

「黙れよっ!! 幸せに生きるだと!? この私が!? そんな資格あるわけないだろっ! ……安心しろ、お前との約束は破るつもりはない…… 父さんの病気が治った後でいい、俺を処刑してくれ」

 

 私は、地面に頭をつけた。

 頭を深く下げて、誠心誠意でお願いした。

 

「そうか……だけどオレは、誠也(せいや)に、死んでほしくない……」

 

 それは懇願するような願いだった。

 私の胸の中で暖かい感覚がした。

 しかし同時に、私の理性はその感情を強く拒絶し、私はフィリアに反発した。

 

「なぜそんな目をする……? どうしてお前は、そんなに優しい目をしているのだ!? 頼むフィリア、私を裁いてくれ、憎しみをぶつけてくれっ!! 殴ってくれっ!! 私に罰を与えてくれっ!!」

「おいっ、落ち着けって……誠也(せいや)……」

 

 私はフィリアの(こぶし)を掴み、自分の頭蓋へと強くぶつけた。

 ガンガンガン!! と、フィリアの拳が、私の頭蓋へと衝突する。

 私はもう、正気ではなかった。

 罰が欲しかった。思い切り憎まれたかった。そして楽になりたかった。

 

「バカかよ………」

 

 フィリアはそう呟いて、前髪で表情を隠しながら、私の近くへと距離を詰めた。

 ようやく殴って貰えると、私は救いを求めるように身を投げ出したが。

 

 差し出されたのは(こぶし)ではなく、(くちびる)だった。

 

 

 ちゅっ……という、柔らかな水音と共に、

 フィリアの唇が、私の唇へと重なった。

 

 

 

「んっっ!!?」

 

 脳内が、甘ったるい感触で埋め尽くされる。

 自己嫌悪に陥っていた私は、一瞬の内に冷静になった。

 悪夢の続きから覚めていく……

 

 冷静に自分を客観視して、自分の心臓がドクンドクンと脈動している事に気づいた。

 それは絶望や恐怖のような、ネガティブな感情ではなかった。

 もっと温かくて、若々しくて前向きで、懐かしい気持ちだった。

 この気持ちを、なんというのだっただろう……

 

 フィリアは頬っぺたを赤く火照らせたまま、ゆっくりと唇を離した。

 そして泣きながら、こう言った。

 

 

「オレも同じだ、誠也(せいや)……今日気づいたんだ……オレも無意識のうちに、たくさんの人を殺していたんだって……」

「え……?」

 

 フィリアは震える手で、私の肩を抱きながら、そう言った。

 

「どういう意味だ? お前は医者なのだろう? 命を救っているではないか?」

 

「オレは今まで、獣族反乱軍の負傷者を、何人も治療している。……この意味が分かるか……?

 オレは医者だ……目の前の命を助けることが、正しい事だと疑わなかった…… でも今日オレは、

 自分が救った命が、人の命を奪うのを見た。

 獣族反乱軍の襲撃でボロボロになった村を見て。殺戮されていく住民たちを見て。なにが正解か分からなくなった。

 分かるか誠也(せいや)、今日死んでいったお前の部下達の話だ。オレの正義は、間接的に、誠也(せいや)の仲間を殺した。(すず)の命も奪ったんだ……」

 

 フィリアはそう言った。

 

「それは…仕方ない事だろう…フィリアは悪くない。だけど私は、直接この手で何人も………」

「同じだよ誠也(せいや)。お前は別に、獣族を殺したかった訳じゃないだろう。お前は、人間を守りたかったんだ。 違うか?」

 

 フィリアの言葉を受け止めて、私はハッと気づかされた。

 そうだ、そうだったな。

 

 王国軍に入ったのは、最初は復讐心だった。

 でも、復讐心は続かなくて。

 私はだんだんと、「誰かにとっての響香(きょうか)を守る」というモチベーションで戦うようになったのだ。

 私は最愛の人を失ってしまった。

 でも周りの仲間たちには、守るべき存在が残っているのだ。

 ガロン王国の国民の幸せを守るのために、迫り来る獣族と戦ってきたのだ。

 

「分かるか誠也(せいや)。戦争っていうのは、どちらにも正義があるんだ。オレも今日、身に染みて学んだよ…… もちろんオレには、なにが正解かなんて分からねぇ……でもさ……」

 

 目の前のフィリアは、少し笑って、顔色を明るくさせていった。

 

「オレは夢を見てるんだ。 ……人間と獣族が仲良くなって、同じ街で分け隔てなく、幸せに暮らす夢だ。これは父さんの夢でもある。

 でもオレは、独立自治区を出て絶望したんだ。そんな未来は絶対に来ないって。……だって外の世界の人間は、獣族達を忌み嫌っていた。国境を超えた獣族は、捕まれば殺されてしまう。こんな状態で、仲良くなるなんて不可能だって。

 でもオレは、誠也(せいや)に出会えた。 お前は獣族のオレに、真剣に向き合ってくれたんだ。

 ……嬉しかった。父さん以外の人間と、はじめて仲良くなれたんだ。

 だからオレは思ったんだ。この出会いは運命なんだって、これは獣族と人間が歩み寄る第一歩なんだって。

 オレとお前で、この夢を叶えられるんじゃないかって」

 

 フィリアは目を輝かせて、そんな夢を語った。

 私は感動のあまり、全身に鳥肌が立った。

「人間と獣族が共存する社会」

 現状からして、実現は不可能に近いだろう。

 だけど私は、その夢に魅了されてしまった。

 この夢の為に、命を懸けても構わないと思った。

 

「いいな……いいなソレ。私も、そうなる事を願っている。 フィリア……ありがとう。私はようやくはじめて、人生の第一歩を踏み出せる気がするよ……」

 

「ああ……元気が出て良かった。……しかしそろそろ、眠らないか? オレも途中で起こされて、だいぶ眠いんだ」

 

 フィリアは、眠たい目を擦っていた。

 私も安心して心が落ち着いて、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

「それはすまなかった。本当にありがとうフィリア、もう寝よう」

 

 私とフィリアは、隣り合って横になった。

 森の中の、地下室の中で、私たちは眠りについていく。

 

 私の手がフィリアの小さな手に包まれた。

 そしてフィリアの身体が、私の身体へと押し付けられて、密着してくる。

 フィリアの方に顔を向けると、こっちを見ていた彼女は、サッと目を逸らした。

 

「怖い夢を見た夜は、父さんはいつも、手を握ってくれたからな。誠也(せいや)にもしてやる」

 

 彼女はぶっきらぼうに呟いた。

 

「ありがとう」

 

 私は感謝して、響香(きょうか)との添い寝を思い出しながら、フィリアの身体へと身を委ねた。

 そして穏やかな眠気がせまり、私の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目。

 気持ちのよい朝がきた。

 昨日のことが恥ずかしくて、フィリアの顔が直視できなかった。

 フィリアも少し変だった。

 私に対してどこかよそよそしいのだ。

 しかし、別に私が嫌われているわけではないようだ。

 フィリアは私に対して、色々心配して尋ねてくれて、親切だった。

 

 私はふわふわとした気持ちのまま、森の中を歩んでいった。

 特に面白いことはなくても、心の中から楽しい気持ちが沸き上がってくる。

 こんな感覚は初めてだった。

 フィリアの何気ないしぐさを、目で追ってしまう。

 彼女が言葉を発するたびに、私の心は温かく包まれる。

 フィリアは不思議だ。そばに居るだけで、私の心を温めてくれるのだ。

 

 

 

 森の中を進んでいると、男の子の泣く声がしていた。

 ここは森の奥深くだぞ? 

 と、私が訝しみながら近づくと、その男の子は足を怪我していた。

 高価そうな装飾を纏った貴族の服で、年は10才ぐらいだろうか。

 整った顔つきの少年だった、

 彼の名前は、蘭馬(らんま)と言った。

 どうやら一人で森に飛び出て、足を骨折してしまったようだ。

 

 フィリアが蘭真(らんま)の前に現れると、蘭真(らんま)は泣き叫んで怯えていた。

 当然だろう、人間は小さい頃から、獣族は野蛮なケダモノであると教わっているからな。

 フィリアは悲しそうな顔をしていた。

 しかし、フィリアの治療を受けていくうちに、フィリアと蘭真(らんま)は打ち解け合っていった。

 

 やはりフィリアには、人間と仲良くなる力があるように思える。

 蘭真(らんま)はフィリアにお礼を言うと、フィリアの存在を誰にも言わない事を約束して、家へと帰って行った。

 私達はまた二人きりになり、魔獣を捕まえ料理を作り、二日目を終えた。

 

 

 

 

 

 

 フリィアと旅をはじめてから、三日目の朝が来た。

 

 

「おはようフィリア……」

「おはよう誠也(せいや)……」

 

 フィリアは眠い目をこすりながら身体を起こす。

 

「早速だが、今日は川を越えなければいけない。しかも交通量の多い都会の、大きな川だ……

 フェロー地区とギラキース地区の境界線となっているから、関所もあって監視も厳しいのだ。

 なにかいい案はあるか?」

 

 私が尋ねると、フィリアはこちらへと向き直る。

 

「父さんと行ったときは、人通りの少ない場所に回り道して、夜の間に抜けたけれど。

 お前はガロン王国軍だろう? 今も隊服を着ているし、オレを荷物に入れて隠せば、通して貰えるんじゃないか?」

 

 私は首を横に振った。

 

「それは綱渡りがすぎる。もし荷物検査が行われたならどう誤魔化すのだ? さすがに正面突破は難しい。 かといって回り道をすれば、時間がかかってしまうよな……。 とにかく、歩きながら考えよう……」

 

 話し合いはそこで区切りにして、私達は魔法で朝食を作った。

 そして美味しそうにシチューを頬張るフィリアを見て、私達は出発する。

 

 すごく楽しかった。

 フィリアとの仲も深まり、雑談をしながら足を進めた。

 

 

 

 そして、

 冒険の終わりは、突然に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「投降しろ!! 裏切り者めっ!!」

 

 私に向けられた怒号と共に、

 私とフィリアは、迷彩色の軍服に取り囲まれた。

 ガロン王国軍である。

 私達は、王国軍に見つかってしまったのだ。

 

「どうする……誠也(せいや)っ!」

 

 フィリアの声は震えていた。

 身体を後退させて、私に身を寄せながら、申し訳程度に拳を構えていた。

 

 私は絶望していた。

 私の周囲には、同僚が20名ほど。

 みんな私に敵意を持って、今にも襲いかかってきそうだった。

 さすがの私も、一人でこれだけの数は相手出来ない。

 

「いやぁぁ、驚きましたよ~誠也(せいや)さん。あなたがまさか獣族のスパイだったとはねぇ。

 獣族が嫌いって言ってたのは演技だったんですか~

 まぁ俺としては、裏切り者とかわいい子ちゃんを見つけて一石二鳥ですよぉ~」

 

 その声は、私の鼓膜をズンと震わせて、

 恐怖と怒りが爆発した。

 その声の主は、私の元部下で、私を殺そうとした男。

 ギルアだった。

 

「ギルア……貴様っ!!! 裏切り者めっ!!!」

 

 私は怒りのあまりに、けらけらと笑うギルアを怒鳴りつけた。

 

「え~ いやいやいやぁ。裏切り者はアンタでしょう誠也(せいや)さ~ん。大切な部下の(すず)さんを毒殺して、獣族の女の子と一緒に逃げるなんてねぇ~ 俺はアンタを尊敬してたのに、酷いっすよぉ!」

 

 なんだと?? 今なんと言った?

 ギルアは、ケラケラと笑っていた。

 周囲の王国軍、昔の同僚からは、殺意の籠った目が向けられる。

 

「違うっ!! 裏切り者はお前だろうギルア!! (すず)を殺したのは貴様だギルアっ!!」

 

 私は必死に訴えたが、周りの殺意は一層強くなった。

 

「許さねぇ」

「騙していたのか?」

「ぶち殺してやる」

「ふざけるんじゃねぇよ……」

 

 と、私の同僚達がみな、失望と殺意を私に向けていた。

 私の身体は、ガタガタと震え出した。

 

 だめだ……だめだ、だめだ。

 誰も、私の話を信じてくれない。

 

 魔法を使えば、逃げられるだろうか……?

 私は腰を沈めて戦闘準備をした。

 しかし、私の手は震えていた。

 身体が戦闘を拒否していたのだ。

 

 なぜなら、目の前に立ちはだかる敵は、私の同僚達なのだ。

 みな顔と名前を知っている。趣味や好きな食べもの、女の好みまでよく知っている。

 戦友だった者達だ。

 

 私はフィリアを守らなければいけない。

 しかし私は……

 人間(かれら)と戦うなんて……そんなこと…………出来な……

 

 私の中に迷いが生じてしまった。

 そのスキを突くように、

 私の周囲に煙幕に巻かれた。

 

誠也(せいや)っ! 逃げ……!!」

 

 フィリアの悲鳴がして、私は我に帰った。

 

「フィリアっ!!」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 私はフィリアを見失い。魔法を放つことなく。

 フィリアと私は、王国軍の数の暴力により、ガロン王国軍に(とら)えられてしまった。

 

 しまった。しまった!!

 私は知っていた筈なのに!!

 人間に掴まった獣族が、いったいどんな酷い目に遭うのかを。

 フィリアも……彼女達と同じように……あらん限りの辱めを受けて、拷問を受けて、そしてやがて捨てられる。

 

「おぇぇぇぇ………」

 

 馬車の中、薄暗い牢屋の中で、

 凄まじい吐き気に襲われて、喉の奥から胃液を吐き出した。

 ぼろぼろと涙があふれてくる。

 先ほどまでの幸せな時間が、すべて嘘のような、地獄……

 

 私のせいだ。

 私が躊躇ってしまった。

 フィリアを助ける為に、人間(かれら)に魔法を向ける選択を、私は出来なかった……

 私は、どうすればよかったのだ……

 後悔と絶望に押しつぶされながら、私とフィリアは、王国軍の駐屯基地へと連れられて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一発目「バッドエンド」

※拷問描写、寝取られ描写、残酷な描写が含まれます。注意して下さい。


 

 私の22年の人生の中で、最も痛く苦しい地獄の一週間が始まった。

 

 王国軍に捕えられた私は、フィリアとは別離されて。地下一階の拷問室に閉じ込められた。

 両手にはご丁寧に、魔法の威力を激減させる手錠がつけられた。

 極悪非道な拷問に、私は絶叫した。

 耐えられるはずがなかった。

 

 何度も頭を水に浸けられて。両手のひらを棍棒で砕かれて。睾丸に何十本もの針を刺された。

 人間が耐えうる苦痛を、明らかに超越した痛みが、激しい痛覚となって、私の脳を暴れまわった。

 

 私はすぐに、フィリアとの出会いや会話の内容を、漏らすことなく吐いてしまった。

 私は弱い人間だ。

 追い込まれればすぐに恐怖して、大切な人を売ってしまう。

 結局は、自分が大切だから。

 そんな自分はダメな奴だと思うと同時に、仕方がないと思った。

 これでもずっと、精一杯生きてきたのだと。

 私は悪くないはずだ。

 

 私は、「ごめんなさいごめんなさい」と必死で謝り、助けを求めた。

 しかし、王国軍の元同僚たちは、聞き入れる耳を持たなかった。

 

 

 元同僚たちは、獣族を恨んでいたはずの私が、フィリアと関わりを持っていたことに、心底失望と憤りを覚えている様子だった。

 そして強く疑ってきたのだ。

 私が、獣族反乱軍のスパイなのではないか? と。

 

 いくら正直に、反乱軍とは関わりがないと説明しても、拷問が止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になると、遠くの部屋から、フィリアの泣き叫ぶ声がしてきた。

 それは微かな声で、よく聞こえなかったのだが、

 フィリアが酷い目にあっているという事は、分かった。

 フィリアも、私と同様に拷問を受けているのだろうか?

 分からない、手足を拘束された私には、確かめる術などないのだ。

 

 私には、フィリアがどんな目に遭おうと、もうどうでもよかった。

 ただ、自分がどうやって明日の苦痛から逃れられるか、ということしか頭になかった。

 もちろん、フィリアを可哀そうだとも思ったが。

 フィリアが傷つけられたところで、私には痛くも痒くもない。

 

 ……うそだ。

 本当は少しだけ。

 いや、だいぶ痛かった、心が……

 

 でもそれは、私自身が受ける拷問の苦しみの前では、苦痛と呼ぶのすらおこがましい。

 

 私は薄情なやつだろうか?

 少なくとも私には、(すず)のように、自分の命を犠牲にして他人を助けたいという気持ちが、さっぱり理解できない。

 

 ということで私は、全身の痛みに震えながら、遠くから届くフィリアの絶叫を子守歌にして、

 明日の拷問に備えてぐっすりと眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、あの男が目の前に現れた。

 

「誠也さーん。あなたも油断なりませんねぇー。獣族に興奮しないなんて言っておきながら、こんなに可愛い子を捕まえるなんてーー。 まぁ分かりますよー。誠也さんに気持ちはー。フィリアちゃんは可愛いですからねー。

 とくに殴られた時の泣き顔が、可愛すぎてたまんないですよぉーー」

 

「……ギルア………」

 

 目の前にいたのは、ギルアだった。

 大切な部下を、(すず)を殺した男である。

 そして、私とフィリアの冒険を途絶えさせて、私達に地獄を与えた元凶であった。

 

「頼むっ!!! もう許してくれぇっ!! ギルアッ……私が悪かったっ、何でもいう事を聞くっ、だから解放してくれっ! 痛いのは嫌だァァッ!!」

 

 私は身を投げ出すように身体を乗り出し、頭を下げて泣きごとをいった。

 怒りよりも先に、恐怖が(まさ)ったのだ。

 

 頼む、もう嫌だ。

 痛いのはもう嫌だ。

 

 

 

 

「……せいや……?」

 

 そのか弱い声を聞いて、全身の身の毛が逆立つ感覚がした。

 息がゴクリと止まった。

 ギルアのすぐ隣には、白いバスローブを羽織った獣族の女の子がいたのだ。

 白い布の隙間から、こちらを覗いていたのである。

 その首には首輪を付けられて、白い歯をガタガタと震わせた目で、絶望に染まった瞳から涙を溢れさせていた。

 嘘だっ……そんな筈がない……

 目の前の怯え切った、地獄の底を見てきたような顔をしていて、今にも倒れてしまいそうな少女。

 彼女の瞳の中の光は消え失せていて……彼女の表情は、今にも消えてしまいそうなほど青白かった。

 

「フィリア……」

   

 彼女がフィリアなのだと、私の脳が認識して、受け入れるまでには、かなりの時間と絶望が必要だった。

 そんな……

 もう、手遅れだった。

 フィリアは、ギルア達によって、完全に壊されてしまっていた。

 

 

 

 

「あれぇ〜〜? もしかして裸を期待しましたかぁ? ざんねーん、裏切り者の、誠也さんには見せらせませんよ〜〜  フィリアちゃんのありのままの神聖な姿は、俺達専用だからねぇ~ ねぇ? フィリアちゃーん?」

 

 ギルアはいつものように、ケラケラと笑いながら、フィリアの小さな肩へと太い腕を乗せた。

 すると、今までは疲れ切った顔でボーっとしていたフィリアの顔が、一瞬で恐怖に染め上げられた。

 フィリアは一言も発することなく、背すじをゾッとさせて、感電したみたいに震えあがた。 

 そして黙ったまま……視線をきょろきょろと動かしながら、ぼろぼろと泣いていた。

 しばらく、フィリアの目から溢れた雫が石造りの床に落ちる音だけが聞こえた。

 

 そうしてフィリアは、ガタガタと震えた様子で、かろうじて私と目を合わせた。

 その瞳は、恐怖で真っ黒に染まっていた。 

 だけど、黒く鈍く、微かに輝いていた。

 私は、息が止まってしまいそうだった。

 これほどボロボロになってもなお、フィリアの顔は、とても気高く美しかった。

 私がボロボロと泣き始めると、フィリアは恐怖で唇を震えた唇をゆっくりと開いて、こう言った。

 

「誠也っ……ごめんな……オレのせいだっ……」

 

 フィリアはまだ、壊れていなかった。

 こんな状態になってもなお、フィリアは、私の心配をしていたのだ。

 

「オレのせいで……お前まで、酷い目にあうことになる……ごめん……ごめんっ………でもっ……」

 

 フィリアは、笑い方を忘れたみたいな泣きそうな笑顔で、この私に弱々しく微笑みかけた。

 そしてまた、震えた唇を開く。

 

「オレはっ……誠也のことがっ………

 

 

 

 フィリアの言葉はそこで途絶えた。

 かわりに、ドゴッ、という鈍い拳の音と、フィリアのうめき声が聞こえた。

 

 フィリアは、ギルアの重い拳によって殴られたのだ。

 潰されるようにグシャリと、冷たい石の床へと叩きつけられた。

 うつ伏せで倒れ込んだフィリアの、顔の辺りから、血がじわじわと広がっていた。

 

「おいおいフィリアちゃーん。自分のことは”私”って言いなさいって、昨日何度も教えたでしょう?」

 

 ギルアが不機嫌そうにフィリアを見下ろして、倒れたまま起き上がらないフィリアの頭を、何度も何度も踏みつけにした。

 

 ぐりゅ、ぐりゅぐりゅ……

 

 と、フィリアの顔面が岩ばった床に押し付けられて、すりつぶされる音がした。

 

「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ……私がわるかったです……もう、ギルアさんに逆らいません……どうか私を許してくださいっ……」

 

 と、小さく弱々しく震える、フィリアの悲痛な声が聞こえた。

 

 ギルアは、すでに慢心創意でボロボロのフィリアの頭を、ゴマをすり潰すように、汚い足裏で、ゴロゴロと床を転がす。

 

 

「やめろっ!! 今すぐやめろっ!!! ぶち殺してやるっ!! ギルアァァ!!!」

 

 私はあらん限りの声で叫んだ。

 この一晩中、溜まりに溜まって…… 溢れすぎて…… いちど絶望していた怒りが、一気に湧き上がって爆発した。

 許さない。

 地獄に堕ちろ、糞やろう。

 こいつだけは、私が私の手で、必ず殺さねばならない。

 

 

「おー怖い怖いっ。でもおかしいですよ? 誠也さーん。 俺は今までに何匹も、獣族の女を抱いてきたんですよ? どうしてフィリアちゃんのときだけ、そんなに怒ってるんですか~? この前に約束したじゃないですか~? 「次に俺が可愛い子を見つけたときは、俺の好きなようにしていいって~~」、誠也さんも容認してましたよねぇ?」

 

 そうだな。

 確かに過去の私は、ギルア達の非道を黙認してきた。

 私自身も、王国に身を捧げて、数えきれない獣族を残虐に殺してきた。

 だが気が変わった。

 獣族を辱めることは、私が許さない。

 とくにフィリアを泣かせることだけは、絶対に許せないっ。

 だってフィリアは、私の大切な………

 

「フィリアはっ…… フィリアは私の命の恩人だっ!! 人間の私を救ってくれたのだっ!! そしてっ、フィリアは夢を見ているっ…… ごみのようなクズ人間の私やお前には、到底思いつかない夢だっ!!」

 

 ギルアは、へぇ? と、バカにしたように鼻を鳴らした。

 

「フィリアは、人間と獣族が共存できる世界を願っているのだっ! 分かるか? 本当の平和だよっ!! フィリアは、お前が踏みつけにしていい存在ではない! お前が穢していい存在じゃない!! フィリアにこれ以上、指一本でも触れてみろっ!! 私はお前を、呪い殺してやるぅっ!!!」

 

 私は、涙線を崩壊させて叫んでいた。

 フィリア。

 君はなんて健気なのだろうか。

 私には、到底思いつきさえしない夢。

 人間と獣族の共存という、素晴らしくて難しい夢。

 口にして音にするだけで、泣きそうなほど感動する。

 それは、なんて素敵な夢だろうか。

 なんて素敵な世界だろうか……

 

 

「ブハッ! やはり誠也さんは面白いですねー。"殺してやる"と叫びながら"平和"を語る人なんて初めて見ましたよー。なんていうギャグですか〜?」

 

 ギルアは、決して変わらない様子でケラケラと笑う。

 フィリアは、仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かなかった。

 気絶しているのか、動く気力がないのか。

 顔からじわじわと血が流れて、薄い赤茶色の髪を、さらに赤く染めていた。

 

 ギルアは満足気な表情で、

 ドゴッ、と鈍い打突音で、フィリアのお腹を蹴り飛ばした。

 フィリアは胃液を逆流させて、ゴホゴホと黄ばんだ液を吐き出しながら、涙目を見開いて息を吹きかえした。

 あぁ……ぁ、と呻き声を上げながら、酸素を求めるようにパクパクと口を開く。

 そして、ジョロジョロジョロ……という激しい水音もした。 

 フィリアは失禁していた。

 ぐったりとした様子で、地面に横たわるフィリアに、痺れを切らしたギルアが、

「汚ねぇよ。ほら、早く立てや」と罵倒しながら、わき腹へと靴のつま先を何度も突き立てる。

 フィリアは、なんとか自力でフラフラと立ち上がると、二日酔いみたいにおぼつかない足どりで、鼻先からダラダラと血を流しながら、

 ギルアの背中に引かれて、牢屋から出て行った。

 

 私は泣きすぎて苦しくて、何も言葉が出てこなかった。

 また、何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……地獄は終わらない……

 一週間が経った頃……

 

 中隊長のギルアが、ひと際楽しそうな声で、私の牢屋へと入ってきた。

 

「誠也さーん、聞いてくださいよぉ、俺はまた精進できるかもしれないんですよぉ……」

 

 私が何も言わないでいると、ギルアは言葉を繋ぎだした。

 

「あのですねぇ、王国軍の本部から俺達に、神獣マルハブシの討伐を命じられたんですよぉ。

 神獣マルハブシっていうのは、俺もよく知らないんスけど…… 本来はマグダーラ山脈の高層にいるモンスターらしいんです。しかしどういう訳か、山を降りて、まっすぐにフェロー地区の方を目指して、近づいて来ているらしいんですよぉ。」

 

 私はもう、リアクションをとるのも忘れて、無表情で聞いていた。

 神獣マルハブシなんていうモンスターは、私も聞いたことがなかった。

 ただ一つ、気になるワードがあった。

 神獣? 

 それに、マグダーラ山脈だと?

 私とフィリアの旅の、目的地だった場所じゃないか……

 

 ギルアの説明は続く。

 

「既にたくさんの村が壊滅していて、死者は何十人にものぼります。北部の軍も、手がつけられないそうで。

 しかし驚く事に、捕獲報酬が破格なんです!

 1100万ガロンなんですよぉ!!

 信じられませんよねぇ! モンスターたった一匹に、ですよー!? 一生遊んで暮らせる金額ですよぉ」

 

 ギルアの楽しそうな笑いを、私は真っ暗な絶望の中で聞いていた。

 また出世できるのか、まぁ良かったじゃないか…

 1100万ガロンか……公国金貨では、約10億円ほどか……

 信じられんな……

 それほど破格の捕獲金なんて、聞いたことがない。

 

「マルハブシはこちらに向かっているようですし……俺達が捕まえれば億万長者です!

 そこで普通の魔法は効かないので、多重詠唱型巨大魔法陣を使おうという話になっているんですが……

 問題は、どうやって魔法陣を設置した場所まで、マルハブシを連れてくるかなんですよねぇ〜

 そこで……、いい事を思い付いたんですよぉ~」

 

 ギルアは口元を歪めていやらしく笑った。

 

 

「フィリアちゃんを餌にすればいいんですよぉ。知ってますか? 獣族の血は人間の血よりも、10倍臭いが強いんですよぉ。

 その中でも思春期のメスはとくに臭くて、人間の15倍以上なんです。」

 

 フィリアを餌、だと?

 まて、コイツは何を言っている。

 確かに、獣族の血は人間の血よりも臭いが強い。

 その特性を利用して、獣族の血は、「獣寄せ」として魔獣狩りに利用される事も多いのだが……

 

 

「そして都合のいい事に、神獣マルハブシには嗅覚しないんです。耳も目も持っていない。そして血の匂いに敏感なんです。

 つまり作戦はこうです。 巨大魔法陣を設置して、そこに血まみれのフィリアちゃんと、ついでに誠也さんを置いておきます。

 すると神獣マルハブシが、血の匂いに誘い出されて、フィリアちゃんと誠也さんを食べ始める。

 私たちはその隙に、魔法陣を起動してドカーンと、大爆発を起こすんです。

 そうやって神獣を弱らせたあとで、王国中から集まった魔法使いによって、マルハブシを封印するんです。

 誠也さんっ、本当にありがとうございます。誠也さんのお陰で、フィリアと毎晩楽しめました…… でももうフィリアの穴にも飽きたんで、最後は俺の出世の為に、死んで貰おうと思います」

 

 私はギルアの言っている事を、怒ることも悲しむこともなく受け止めた。

 私が抵抗したところで、結果はなにも変わらないのだ。

 それでも私は、一つだけ気になったので、やるせない思いでギルアに問うた。

 

「なぁギルア……お前は、他人の気持ちを想像したことがないのか? 殺されていった人間の苦しみに、思いを巡らせたことはないのか?」

 

「あるわけないっすよ。他人の気持ちなんて分かりっこないです。いくら想像しても無駄ですし、興味もありません。

 ということで、誠也さんの処刑が決まったので、拷問はもう終わりです。 あと三日、どうか余生を楽しんで下さい」

 

 ギルアは、牢屋を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日がたった。

 私は、馬車に乗せられて、目的地へと連れられる。

 奇しくもそれは、獣族独立自治区のすぐ近く。

 フィリアの故郷の近くだった。

 

 森の中に隠すように、多重詠唱型巨大魔法陣が敷かれていた。

 多重詠唱型というのは、複数人で起動する魔法の事をいう。

 周囲には隠れるように、100を超える王国軍の、優秀な魔法使いが集結していた。

 これほどの大人数での作戦は、あの戦争以来かもしれない。

 

 私は、久しぶりにフィリアの姿を見た。

 フードに覆われた後ろ姿で、ほとんど見ることはできなかったが。

 フードの被らない足元に見える、フィリアのふくらはぎが、恐ろしいほどに青白く、痩せ細っていた。

 

 私とフィリアは、10メートルほど離させて、仰向けで地面に、大の字で固定された。

 目の前には、日の傾いた午後の空が見えた。

 予測では、神獣マルハブシがここに到着するのは、日が暮れた後となるそうだ。

 

  

 私は水を飲まされながら、視界いっぱいの青空の元で、時を待たされた。

 日が暮れてしばらくして、ついに地獄が始まった。

 

 まずはフィリアが叫び声を上げた。

 何事かと心配すると、次の瞬間、腹部に激痛か起こった。

 今度は私のお腹に、銀色の槍が貫通していたのだ。

 それは間違いなく、ギルアの猛毒の銀槍だった。

 

 私は血を吐き出した。

 猛毒の槍がお腹を貫通して、腹が割れそうなほどの激痛が、絶え間なく押し寄せる。

 私は、なんとか、フィリアの方へと顔を上げた。

  

 フィリアも同じように絶叫していて、お腹には銀の槍が、深々と突き刺さっていた。

 

 傷口からは、噴水のようにピュルピュルと血が吹き出して、フィリアの身体を真っ赤に染めていた。

 

 

 

 私は許せなかった。

 フィリアをこんなに泣かせているコイツらを、絶対に許さないと思った。

 周囲の軍人どもは、私たちを見てクスクスと笑っていやがった。

 目を背けている者もいた。

 周囲にいる全員を、皆殺しにしてやりたいと思った。

 フィリアを傷つけるやつは、私が絶対に許さない。

 全員殺してやる。呪い殺してやる。

 死ねっ、死ねっ、死ねっ。

 

 私の意思とは裏腹に、身体がどんどんと感覚を失っていく。

 ギルアの銀槍の猛毒の効果である。

 頭の中にチクチクとしたモヤがかかり、見ている世界が歪んでいく。

 

 遠くの方から、ドスン、ドスン。と重々しい足音だけが聞こえてきた。

 それが何者なのか、私は察することができた。

 神獣マルハブシが来たのだ。

 ついにここまで。

 私は地獄の痛みに焼かれながら、

 何とかもう一度、顔を上げた。

 

 そこにいたのは、とても白く発光した、巨大な毛だるまだった。

 直径は大樹を見下ろすほどにおおきい。

 そいつはフィリアの方へと、ゆっくりゆっくり転がるように、歩み寄っていた。

 

「や………やめろっ!!くるなぁぁぁ!! フィリァぁぁ!!」

 

 信じられないほどの大声が出た。

 私は発狂した。

 そのモンスターの体躯に、全身が戦慄した。

 そして気づいたのだ。

 今の私にとって、私が死ぬよりもずっと辛いことがあると。

 初めて気づいたのだ。

 自分の命よりも大切な存在に。

 

「いやぁぁっ!! やめろやめろやめろっ! 来るならコッチに来いっ!!」

 

 私はマルハブシに向かって、そう叫んだ。

 しかし周囲の軍人達は、私の必死の叫びを、鼻を鳴らして一蹴した。

 それに、マルハブシはモンスターである。 

 モンスターに、人間の言葉が理解できるはずがない。

 

 だが私は願わずにはいられなかった。

 頼む。

 フィリアではなく、私を襲ってくれっ!

 フィリアにだけは、生きていてほしいのだ!

 

 そんな願いも虚しく、神獣マルハブシはゆっくりとフィリアへと近づいていく。

 フィリアは叫ぶのを忘れて、ぐったりとしたようすで倒れていた。

 

 もうだめだ。

 そう思った。

 

 フィリアがマルハブシの口の中に入る、

 その直前。

 

 救世主は現れた。

 

 

 

 

 

「【剛脚(スチルキック)】ッ!!」

 

 ドカーン!!

 

 女の叫びと轟音と共に、

 何者かが、マルハブシの身体を蹴っ飛ばしたのだ。

 マルハブシの身体がグラリと揺れて、わずかにバランスを崩して動きを止めた。

 

 そのキックをかました、ショートカットの少女は、栗色の髪を揺らしながら。

 銀槍の刺されたフィリアへと駆け寄って、両手で口を抑えた。

 かなり動揺している様子で、慌てて後ろを振り返り、何かを叫んでいた。

 私にとって世界は無音で、その言葉は聞き取れなかったが。

 フィリアを助けようとしているのだと、分かった。

 

 私とフィリアは、この日、彼らによって助けられた。

 私はこの恩を、一生忘れる事はないだろう。

 

 後で知る事になるのだが、目の前の彼女は浅尾和奈という。

 そして、新崎直穂。万波行宗。リリィちゃん。ユリィちゃん。

 

 彼ら五人が、この地獄へと駆けつけてくれたのだ。

 そして、神獣マルハブシという、絶望と死の淵から、私とフィリアを助け出すために。

 

 

 





 やっと本編に合流しました。
 次回から、行宗くんの視点に戻り、対マルハブシ戦です!
 拷問シーンと性的描写をどこまで描くか、線引きが難しいかったです。
 この第三幕も、あと二話か三話です! 
 どうかお楽しみに!

 突然の視点変更で、一部の読者を失ったかもしれませんが、
 次回はついに合流回です! 

 ちなみに、この作品には、伏線が散りばめられています。
 完結した後に読み返すと、さらに面白いはずです。
 楽しみにしていて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三膜 寝取られ撲滅(ぼくめつ)パーティ編(後編)
三十二発目「寝取られ撲滅パーティ参上!」


 今回から、万波行宗くん達の視点に変わります。
 二十四発目「耳舐め安眠サービス」
 のラストシーンから、振り返っていこうと思います。

 行宗くん、新崎直穂、浅尾和奈、リリィ、ユリィの五人が、ログハウスで寝泊まり中。
 ユリィが飛び起きるシーンから、振り返ります。

 早く本編を読みたい方は!!!!
 ○●○●マークまで、スクロールして下さい。
 








 【二十四発目、振り返りスタート】

「はぁっ、っっ!! 大変ですっ! 沢山の人が、強力なモンスターに狙われています!!」

 俺達は、眠りにつく事なく、叩き起こされた。
 ユリィさんの危険察知だ。
 俺達はすぐに飛び起きた。

「はやく助けに行きましょう! お姉様っ! 人が死んでしまいます!」
「ユリィ、落ち着いてっ、方角はどっち?」
「向こうです、距離は1キロほどっ!」
「分かりました、様子を見に行きましょう」

 ユリィとリリィさんが、そんなやり取りをして、
 俺達五人は、森の中へと駆け出した。

「ユリィ、どんなモンスターですか?」
「今までに出会った事がありません。動きは遅いです」
「なるほど、負傷者はいますか?」
「負傷者は二人っ、死者は分かりませんっ、モンスターは真っ直ぐに、集団へと向かっています!」

 夜の森の中を、リリィさんの【火球(ファイヤボール)】が照らしながら、走る、走る走る……
 すると、だんだんと地鳴りの音が響いてきた。
 ドスン、ドスン、と、巨大な生物があるくみたいな足音……
 もう、危ない目に遭うのは嫌なのだが?

行宗(ゆきむね)さん! 念の為に戦闘準備をしておいて下さい!!」
「!!、了解っ!!」

 リリィさんの掛け声に、俺は、自身の武器へと右手をかけた。
 リリィさんは、「この森には、危険なモンスターはいない】と言っていた。
 むしろ怖いのは人間だと。
 しかし、万が一のためだ。
 走りながらでは難しいが、やらないよりはマシだろう。

「ねぇ、戦闘準備って何?」

 隣を走る浅尾(あさお)さんが、不思議そうに首を傾げていた。

「決まってるだろ、オ◯ニーだよ!」
「んなっ!? 何してんのっ!?」

 浅尾(あさお)さんは、怒ったような顔で、顔を真っ赤にしていた。
 その通り、俺の右手は今、パンツの中で動いている。
 森の中を走りながら、下半身の運動にも四苦八苦しているのだ。

「真面目な顔で何て事してんのっ!? 変態っ!」
「しょうがねぇだろっ、賢者になるためだ! もう危険な目に遭いたくないし、遭わせたくないんだっ!」
「そ、そうねっ。確かに……ごめんなさいっ」

 俺が迫真に叫ぶと、浅尾(あさお)さんは申し訳なさそうに誤った。
 
「分かった、私も準備しとくよ」

 直穂(なおほ)はそう言って、俺の隣を走りながら、自身のおっぱいと、股間へと両手を当てた。
 その仕草を見ただけで、俺の脳は興奮に襲われて、俺の戦闘準備は、大いに(はかど)った。
 これは、相互オ◯ニーという奴だろうか。
 直穂(なおほ)と俺は、隣り合いながら、自身の性◯体を弄っているのだ。
 こんなの、ほとんどセッ◯スじゃないか。

 バギバギバギ!!!

 森のひしめく音が強くなる。
 視界の先に、光があった。

「すぐそこです!」

 ユリィさんと叫びと共に、モンスターが視認できた。
 それは、大きな毛だるまで、白く発光していた。
 球体のシロクマというべきか、
 直径は、大樹を見下ろすほど大きい。
 
「やめろっ!!くるなぁぁぁ!! フィリァぁぁ!!」

 その更に奥で、男の人の泣き叫ぶ声がした。

 そのモンスターの足元には、倒れている子供がいた。
 そして、手前には、血に染まった死体もあった
 俺は、モンスターの巨体を見上げた。
 そこに書かれていた、HPバーの文字列は、
 【divine beast:Maruhubshi】
 モンスター名、【神獣:マルハブシ】
 聞き覚えのあるその名に、俺はあっと息を呑んだ。


 スッ!!
 突然目の前に、濃い緑の服装の男が現れた。
 !!?
 俺達は、すぐに警戒態勢をとった。
 軍服のような、ぼろぼろの隊服の男。
 右手には似つかわしくない杖がある。
 この男は、敵か?味方か?



「いやぁぁ!!やめろやめろっ! 来るならコッチに来い!!」

 白い光の向こうで、男の叫び声が続いていた。
 さらに奥から、ギャハハという笑い声もしていた。

「貴様ら、何のようだ? これ以上近づくな」

 目の前の男は、俺達を不審げに見下ろした。
 大人の屈強な男に、ここまで睨まれた事はない。
 正直、おしっこをチビりそうだ。

 直穂(なおほ)が、俺の手を握っていた。
 その手は冷たくて、ガタガタと震えていたり
 くそっ、何をやっているんだ俺は、直穂(なおほ)が怖がっているじゃないか、俺がビビっててどうする。

「俺たちなら、あのモンスターを倒せます! 助けにきました!!」

 俺は、胸を張ってそう言った。

「は? 必要ない。まさか俺たちの手柄を横取りするつもりか?
 1100万ガロンだ。公国金貨では10億円なんだよ ……邪魔するなら殺すぞ」

 …………!!
 殺すぞ、その言葉は本物だった。
 傷だらけの顔からは、生まれて初めて、殺気というものを感じた。
 俺は震えが止まらなかった。
 前に進むことも、後ろに引くこともできなくなり、金縛りにあった。
 
「早くっ!! 女の子が殺されてしまいます、助けないとっ!!」

 ユリィさんの声がした。

「あぁ、心配するな。アイツは獣族の罪人だ。ただの餌さ」

 目の前の軍服の男が、そう言った。

「嫌だァァァ!!」

 モンスターの向こうで、男の金切り声が続いていた。


「ねぇユリィ、あのモンスターを撃ち抜けますか?」
「無理ですっ、その奥にも沢山の人がいて、巻き込んでしまいますっ」
「なら近づくしかないですねっ!、浅尾(あさお)さん!」

 リリィさんに応えるように、浅尾(あさお)さんが男の横をすり抜けて、【爆走(バーンダッシュ)】で駆け出した。  
 目にも止まらぬ速さで、【神獣マルハブシ】へと近づいていく。
 
「貴様っ!何をする気だっ!奴は罪人だぞ」
「罪人だと? 貴様らが虐待した被害者だろ!?」

 リリィさんは敬語使わずに言い捨てた。
 強い言葉に、慌てふためく男に触れて、不思議な魔法で気絶させた。
 
行宗(ゆきむね)さんごめんなさい。あの女の子を、助けてもいいですか?」

 リリィさんは、焦った顔でそう尋ねながら、もう既に走り出していた。
 俺も走り出していた。
 どの道、もう、止まらない。
 そもそも、あのモンスターを倒せば済む話なのだ。
 


「敵集だ!!すぐに始末しろ!!魔法陣に近づけるなっ!!」

 俺たちの周囲には、大勢の敵がいた。
 沢山の軍服が、木の上にいて、モンスターを取り囲んでいたのだ。
 彼らはモンスターではない、俺と同じ、人間である。

 俺の戦闘準備は、まだ万端ではなかった。
 しかし……
 俺は腹を括った。
 もう目の前で、誰かが死ぬのを見たくないのだ。
 








 ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
 本編開始
 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 

 ―浅尾和奈視点ー

 

 真っ暗な夜の森の中

 神獣マルハブシが、人間を襲っていた。

 

 神獣マルハブシは、地面にはりつけにされた白フードの少女へと、接近すると。

 カバのような口をひろげて、今にも少女を食べようとしていた。

 

 そのマルハブシを囲むように、迷彩色の軍服をきた人たちが、みんな木の上に登って、じっとその様子を眺めている。

 彼らは何をしているのだろうか?

 人がモンスターに襲われているのに、逃げないのだろうか?

 よく分からないけれど、私がすべきことは変わらない。

 自慢のキックで、神獣マルハブシをブッ飛ばす!!

 

 走る走る。

 地面を蹴り上げてジャンプする。

 大きく足を振りかぶり、私は光り輝く毛だるまに、得意のキックをお見舞いした。

 

「【剛脚(スチルキック)】!!」

 

 ガツン!!!

 

 重い衝突音がなり、私の足に鈍い痛みが走る。

 

 

(重いっ……)

 

 思わず顔をしかめた。

 ふり抜いた足ジンジンと痺れる。

 コイツの身体、硬くて重いっ。

 いちおう、私のレベルは53なんだけどな。

 全く歯が立たなかった。

 でもおかしいな。

 私は疲れているのだろうか? 身体がだるい。

 

 ただひとつ、ハッキリしたことがある。

 私では逆立ちしても、コイツを倒すのは不可能だと。

 

 どうしよう?

 逃げるしかないだろう。

 白フードの女の子を背負って、遠くへ。

 

 私は討伐を諦めて、倒れる少女へと駆けつけた。

 

「……え……?」

 

 私は絶句した。

 白フードの少女は、身体中に太い釘を刺されて、出血していた。

 血まみれで、地面にはりつけにされていたのだ。

 とても、現実とは思えない。悪夢。地獄。

 心臓が凍えるようだった。

 受け止めきれない衝撃に、私は息ができなかった。

 

 これ……? 生きてるの??

 

 私は動揺した。

 でもすぐに、震える手をグッと押さえ込んだ。

 大丈夫、大丈夫だ。

 直穂がきっと、超回復(ハイパヒール)で治してくれる。

 

 地獄なら、さんざん見て来ただろう。

 クラスメイトが血まみれで倒れていく、あのボス戦の地獄の景色を。

 でも、私達は諦めなかったから。

 今も私はここにいて、行宗くんと直穂がいる。

 今回もきっと大丈夫だ。

 

「直穂っ!! この子を回復してっ! 早く来てっ!!」

 

 私は叫んだ。

 少女の細い腕から、太い釘を抜いていく。

 釘を抜いた箇所から、真っ赤な血が、噴水のように噴き出して。

 神獣マルハブシの発光によって、キラキラを赤く輝いていた。

 

 

 チラリと、少女の白いフードの中を確認した。

 赤茶色の髪の少女は気絶していた。

 年齢は、十七才の私よりも少し下に見える。

 

 さらに少女の頭には、私にないモノがあった。

 大きなネコ耳がついていたのだ。

 まさかこの子は、リリィちゃんが話していた「獣族」だろうか?

 

 刺さった釘を全て抜き終えた私は、血まみれの少女の背中へ手を差しこんだ。

 早く逃げよう。

 そう思い、立ち上がったときには、すでに手遅れだった。

 

「危ないっ!!」

 

 声の主は、前方で血まみれで倒れている男だった。

 この少女と同様に、大きな釘を刺されている、30代くらいの男性。

 その切羽詰まった顔をみて、私は慌てて後ろを振り返った。

 

 そこには視界いっぱいに大きな口が広がっていた。

 マルハブシの口がそばにあった。

 私は、マルハブシに食べられる寸前だった。

 

 あれ? おかしいな? 音も気配もしなかったのに。

 というか、追いつくの早くない? バランス崩してたよね?

 だめだ、詰んだ。間に合わないっ。

  

 私は逃げようと焦ったが、身体がまったく動かなかった。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……

 でも、私の腰は完全に抜けていた。

 

 殺される。

 私は後悔していた。

 私の悪い癖だな。向こう見ずで突っ込む所。

 ごめんね行宗くん。

 せっかく2回も、私の命を助けてくれたのにっ。

 ほんとに、ごめんなさいっ。

 迷惑ばかりかけて、ごめんさない。

 

 たすけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ……

 

 という、小さな鈍い音がした。

 そしてモンスターの動きが止まった。

 

 何が起こったのだろうか?

 とにかく、助かった。

 私は獣族の少女を抱え上げて、急いでモンスターから距離を取った。

 

 全力で走りながら、チラリと目線を後ろにやった。

 

 そこには、行宗くんがいた。

 行宗くんが小さな拳で、マルハブシの左側面を、ぶん殴っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―万浪行宗視点ー

 

 思い切り、拳を振り抜いた。

 マルハブシの身体には、胴体を横断するほどの大きな傷があった。

 その部分にだけ、真っ白な発光する体毛が生えていなかったのだ。

 そこを殴れば、少しは効いてくれると思ったのだが。

 

 マルハブシは少し震えて、動きを止めて。

 凶暴な顔面を、俺へと向けたのだった。

 攻撃が効いた気配はなかった。

 

 賢者になれる時間はなかった。

 俺は生身の身体である。

 生身の俺の攻撃が、神獣なんていう強そうなモンスターに、効くわけがない。

 でも……

 俺の拳は、浅尾さんを助けた。

 そしてマルハブシの意識を、俺へと移すことができた。

 

 作戦は順調だ。

 あとはリリィさんとユリィが、何とかしてくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行宗さんっ! 離れてくださいっ!!」

 

 リリィさんの叫びが、マルハブシの足元から聞こえた。

 どうやら無事に、マルハブシの真下へと、潜りこめたようだ。

 

「ユリィっ!! 今ですっ!!」

「はいっ!」

 

 リリィさんに抱えられたユリィは、両手を空へ、マルハブシの巨体へと伸ばした。

 誰もいない大空へと向けることで、ユリィは人の命を巻き込むことなく、思う存分魔法を放てる。

 ユリィは、必殺の魔法を詠唱した。

 

 

 

「【裁きの雷霆(ジャッジメント・ライトニング)】!!!」

 

 

 

 

 

 刹那、世界の色は真っ白に消し飛んで。

 暗い夜は吹き飛ばされた。

 耳をつんざく雷鳴と、衝撃波が襲いかかり、天と地が曖昧になる。

 俺は、自分の鼓動の音しかしない、真っ白な世界に倒れ込んだ。

 

 ………

 

 ゆっくりと目を開いて、空を眺める……

 そこには、マルハブシの明かりは消えて、真っ暗闇の夜かあった。

 満点の星空が広がっている。

 宝石をばら撒いたような天の川が、大空を横切るように、壮大にあった。

 綺麗だ……

 昔、おじいちゃんおばあちゃんの家で見たような、田舎の澄んだ夜空。

 

 月より明るく輝いていた、神獣マルハブシは、跡形もなく消滅していた。

 大きな魔法の余韻が、いまだにビリビリと大気を震撼させている。

 なんだ、この魔法は……

 神獣マルハブシを、骨も残さず、消し去るほどの魔法なんて。

 もしかしてユリィさんは、賢者の俺や天使の直穂よりも、強いのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「【超回復(ハイパヒール)】!!」

 

 直穂の声がした。

 振り返ると直穂が、浅尾さんの抱えた白フードの少女へと駆けつけていたようで、

 血まみれの少女に回復魔法を使っていた。

 浅尾さんの安心した表情を見るに、どうやら少女は無事らしい。

 

 一方、リリィさんとユリィは、魔法を撃った姿勢のままだった。

 ぐったりとしたユリィを抱え込んだままのリリィさんは、地面に座り込んでいた。

 

「ユリィっ……流石ですよっ」

「おねぇさま……はぁ、はぁぁ……」

 

 ユリィは疲れた様子で、リリィさんにもたれかかっていた。

 あんなトンデモ魔法を放った直後である。

 疲れるのは無理もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……奴はどこにいった?」

「何がおこったんだ??」

「マルハブシが消えた??」

 

 そして周囲の軍人たちが、混乱したような声をつぎつぎとあげた。

 その声は次第に勢いを増して、

 ついには怒号が飛んできた。

 

「貴様らっ!! 神獣マルハブシをどこへやったっ!? あれの生け捕りには、1100万ガロンの価値がある!! 吐けっ! やつをどこに隠したっ!!」

 

 一際大きな声で、木の上から叫ぶ男は、小太りの中年だった。

 身に着けているのは、威厳のある軍服。この軍隊のリーダーだろうか?

 ご丁寧に、手から炎を出しているので、彼の位置や、怒った表情まで繊細にみえた。

 

 神獣マルハブシを生け捕りにするだと?

 

「大きく光っていたモンスターなら、あたしの妹が魔法で倒しましたが? なにか文句でもありますか?」

 

 リリィさんの声とは思えない、低い声だった。

 リリィさんの言葉に、周囲の軍服たちは動揺した。

 

「は? 倒したって?」

「嘘つけよ…… 神獣を一撃なんて無理だ。骨も残さず倒すなんてあり得ない……」

「いや……だがしかし、これは……」 

「どこかに転移させたのでは?」

 

 そんな中で、小太り男は、目を血走らせて俺達へと怒鳴った。

 

「貴様ら……全員、両手を上げて降伏しろ!!」

 

 あまりの迫力に、俺だけでなく直穂や浅尾さんも、ビクリと身体を硬直させた。

 ユリィも、不安そうに姉を見上げていた。

 ただ、リリィさんだけが、不安げな様子もなく、堂々とソイツを睨みつけた。

 

「それはこちらのセリフです、今なら見逃してあげますよ? 死にたくないのなら、あなた達全員、すぐにこの場から立ち去ってください」

 

 リリィさんは、怒った声でそう言った。

 

「ふふっ。ガキのくせに面白い事をいうなぁ? 今お前らを囲んでいるのは、ガロン王国軍の精鋭部隊だぞ? たった五人で戦えるとでも?

 さらに教えてやろう。お前たちの足元には、爆破魔法陣が仕掛けられている。俺の機嫌一つで、お前らは爆死するんだよ!!」

 

 

 爆破魔法陣だと!?

 俺は、自分の足元を確認した。

 だが、目立った魔法陣の模様は見つからなかった。

 

「あなた方の多重詠唱型魔法陣と、あたしの高速詠唱、どちらが早いか勝負してみますか? 10秒だけ待ってあげます。 先ほどのモンスターと一緒に、天国に行きたい者は、どうぞご自由にこの場に残って下さい」

 

「貴様っ! うっ、嘘をつくなっ!! でまかせだろうつ!!」

 

 小太り男は、嫌な汗を振りまきながら、両手をブンブンと左右に振った。

 

「10、9、8、7……」

 

 リリィさんは静かな声で、でも確実に一つづつ、10から0までの数字を数え始めた。

 リリィさんの伸ばした両手の先に、真っ白な光が集まっていく。

 

 

「……いっ……嫌だっ!! 俺はまだ死にたくねぇよっ!! 逃げるぞっ!!」

「……あいつは、きっと魔女だっ、バケモンだっ!!」

「でも、神獣は消えてるんだろ? なら、アイツらが倒したのは本当なんじゃないか?」

「おい! 俺を置いていくなっ!!」

 

 周囲の軍服たちは、動揺を隠せずに、一人、また一人と、森の中へと駆けだした。

 

「おいまて貴様らっ!! 分かりやすい嘘に騙されおってっ!! 逃げるなっ!! 王国の反逆者として処刑されたいのか!?」

 

 小太り男が激怒をするが、その口は隣にいた若者に塞がれた。

 

「大隊長…… ここは退くべきです。もし、あの少女の言葉が本当で、彼らが神獣マルハブシを一撃で倒したのなら、俺達に勝ち目はありません。強さの次元が違います」

 

「ギルア貴様っ、このまま尻尾を巻いて逃げろと言うのか!? ここで退けば、私は責任を取らされて、首を斬られてしまうっ!?」

 

「安心してください。俺がなんとかします。信じてください。

 今回は相手が悪かったんです。あの少女は得体(えたい)がしれません。 王国軍に囲まれた上で、あなたの脅迫を受けても、一切動揺する様子がない。 どう考えても普通の少女ではありません」

 

「た……確かにそうだな」

 

「逃げましょう、ヤツの機嫌を損ねないうちに」

 

 小太り男は、ギルアという青年の助言によって、背中を向けてこの場から走りだした。

 

 王国軍が、みんな逃げていく。

 

 この場に残っているのは、俺とリリィさんとユリィ。

 白いフードの少女を抱えながら、唖然としている直穂と浅尾さん。

 

 さらにもう一人、男がいたのだ。

 30代くらいのおじさんである。

 血まみれで釘を刺されたおじさんは、仰向けに倒れたまま、逃げていく王国軍を凝視していた。

 そしてついに、大声をあげた。 

 

「待てっ!! 待ちやがれえぇぇっ!! 頼むっ! 頼むっそこの金髪少女っ!! あいつらを皆殺しにしてくれっ!! ぶち殺してくれっ!! あいつらは、フィリアをっ!! あの純粋なフィリアを、ぐちゃぐちゃに汚しやがったんだっ!!!」

 

 その男は、リリィさんに懇願した。

 ボロボロと涙を流して、歯をぐっと噛み締めていた。

 

 血まみれの惨状に気づいた直穂が、焦った様子で男に駆け寄った。

 リリィさんは、男の叫びを無視した様子で、じっと王国軍を睨みながら、ただ数字を数えていた。

 

「……2、1、ゼロ。 ユリィ? 近くに潜伏している王国軍はいますか?」

 

「いませんっ…… みんな逃げました」

 

「そうですか…… はぁぁ………」

 

 そのときリリィさんは、心底安堵した様子でため息をついた。

 

「なんでっ……! なぜ逃したんだっ! アイツらはフィリアをっ、酷い目にっ!! ゴホッ!! ごほっ!!」

 

 血まみれのおじさんは涙目で、リリィさんを恨めしそうに睨んで、

 そして吐血した。

 新崎さんが、慌てた様子で男に駆け寄り。

 

「【超回復(ハイパヒール)】!!」

 

 と、彼を治療した。

 

「はぁ………はぁ、あり、ありがとう……」

 

 その男はぐったりとした様子で、新崎さんに感謝した。

 

「フィリアを、助けてくれてっ、本当にありがとうっ……彼女は無事なのか!? どうなのだっ!?」

 

「気絶してますけど、もう大丈夫ですよ。フィリアちゃんの怪我は、私が治しましたから」

 

 直穂の優しい声に、男はフッと脱力して、ボロボロと涙を溢れかえした。

 

「ぅっ、ぅううっ、うわぁあぁぁぁあ!!」

 

 大人の人が、こんなに泣いているのは初めてみた。

 でも、それは悲し涙ではない。嬉し涙だろう。

 彼にとって、フィリアという女の子は、すごく大切なのだろう。

 

 俺は、胸が暖かくなった。

 勇気を出して、マルハブシをぶん殴って良かったと思った。

 俺の勇気で、この人は救われたのだ。

 それは凄く嬉しくて、気分がいい。

 

「すいません。でも、あたしには、王国軍を皆殺しにする魔法なんて使えませんから。二人の命が無事なだけで、満足して下さい」

 

 リリィさんが、申し訳なさそうにそう言った。

 

「あぁ、そうだなっ、ありがとう金髪少女っ」

 

「リリィです」

 

「そうか、リリィ。 ありがとうっ。ありがとうっ、私の名は誠也(せいや)だっ、私の大切なフィリアを救ってくれて、ありがとうっ!!」

 

 誠也(せいや)と、男は名乗った。

 日本人っぽい名前だな、と思った。

 ん? あれ? 

 リリィさん、なんか変なことを言わなかったか?

「あたしには、王国軍を皆殺しにする魔法なんて使えません」

 って、

 

「ちょっと待って、リリィさん。皆殺しにすると言って王国軍を脅したのは、嘘をついていたのか?」

 

「そうですよ。 迫真の演技だったでしょう? 私は特殊スキルも強力な応用スキルも使えませんからね」

 

 リリィさんは、ニヤリと意地悪そうな笑みでそう言った。

 

「えっ? 嘘で騙したってコトか?? もし見破られていたらどうなってたんだ?」

 

「そりゃあ、私も行宗さんも殺されてますよ。でも安心して下さい、あたしはバレるような嘘はつきませんから。王国の貴族にとって、嘘は最大の武器ですからね」

 

「そ、そうなのか……」

 

 リリィさんが言うなら、そうなのか?

 俺は、心臓がサッと冷えた感覚に陥った。

 もしかして、実は先ほど、とんでもない大ピンチだったのか?

 

「ユリィの魔法は本物ですからね。 神獣マルハブシを一撃で倒したのも本当です。 

 それを目の当たりにした彼らなら、私の嘘も信じてしまうでしょう。

 ユリィの魔法なら、王国軍を一瞬で皆殺しに出来たかもしれません。

 まあユリィは、連続で魔法を使えないので無理でしたが。

 ユリィは、私と違って天才なんです」

 

 リリィさんは、少し辛そうな顔でそう言った。

 俺はリリィさんに抱かれたユリィへと、視線を落とした。

 いつのまにか、幼いユリィは、あどけない顔で、スヤスヤと眠りについていた。

 

「今日は、2回も魔法を使わせてしまいました。おまけに水泳までしたんです。ユリィには無理をさせました。明日のためにも、早くログハウスに戻らなければいけませんね」

 

 リリィさんは微笑みながら、ユリィのおでこをさらさら撫でた。

 そのリリィさんの表情は、寂しそうにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然。

 ガサガサガサッ、と、木々が擦れる音がした。

 何事だ、慌てて振り向くと、そこから化け物が現れた。

 

 上半身裸でムキムキの、毛むくじゃらの男達。

 顔立ちは、まるでドーベルマンのように険しく、両手には刀やら大斧やら、炎の燃え盛る松明など、各々の武器を握り締めている。

 彼らには、大きな獣の耳があった。

 まさか彼らが、獣族だろうか?

 

 俺は、今日のあまりに全身が引きつった。

 恐ろしい姿、オオカミ男のような人間の化け物。

 

「ーーー・・・ーー・・・・・・!!」

 

 20匹ほどの獣族の、戦闘部隊囲まれて。

 中央で腕を組んだ、背の高い獣男が、大声で雄叫びをあげた。

 それは、獣の雄叫びにしか聞こえなかったが、何かを話しているようにもみえた。

 

 俺は後ろを振り返ると、新崎さんと浅尾さんは怯えていた。

 誠也(せいや)というおじさんは、顔を真っ青にして、ガクガクと震えていた。

 リリィさんだけが、冷静に彼らを見つめていた。

 ユリィはぐっすりと眠っていた。

 

「ーー・・・・ーーーー・・・・・」

 

 リリィさんが、雄叫びを返すように、低い呻き声をあげた。

 俺には、ウーウーという獣の鳴き声にしか聞こえなかった。

 

「ーーー! ・・・ーーー・・・・・・・!!」

 

 獣の戦士達はどよめいて、リリィさんへと雄叫びを返した。

 俺の分からない領域で、リリィさんと獣族たちの、コミュニケーションが進んでいく。

 

「リリィ……… 獣族語が、分かるのか?? 彼らはなんと言っている?」

 

 誠也(せいや)さんが、呆気にとられた様子で、そうつぶやいた。

 

 しばらくして、どうやら話し合いの結論が出たようで、

 リリィさんは、はぁとため息をついて、俺達へと振り返ったり

 

「彼らは、獣族の娘のフィリアさんを助けてくれたことに、感謝しています。 私達を、すぐそばの獣族独立自地区に案内して、一晩、泊めてくれるそうです」

 

 感謝してる? 泊めてくれるだと?

 いやいや、あの獣族たち、怖くないか?

 

「どうですか? 行宗さん、新崎さん、誠也さん。 せっかくですので、彼らにもてなしてもらいませんか?」

 

 リリィさんは、少しハイテンションで、興奮した様子だった。

 

「あの? 大丈夫なの? また襲われたりしない?」

 

 不安そうに、浅尾さんが尋ねた。

 

「大丈夫ですよ、彼らの言葉は本当です。

 王国貴族は、嘘を見抜くのも一流ですからねっ」

 

 地震満々に胸を張るリリィだが、本当に大丈夫なのだろうか?

 その自信はどこから?

 

「私は、行ってみたいかも…… この、フィリアちゃんと、友達になりたいし……」

 

 そんな新崎さんの言葉に、

 

「王国貴族だと? お前はまさか? アキバハラ王国の貴族なのか? なぜこんな場所にっ?」

 

 と驚く誠也(せいや)さんの声が重なる。

 

 それを聞いたリリィさんは、目をまんまるに見開らいた。

 

「あ…… そ、そうでしたね。あなたもいたんですね、誠也(せいや)さん。……あのっ、私はあなたの命の恩人ですよねっ? だから今のは、聞かなかったことにしてくれませんかっ? 私は、王国貴族でも何でもありません。ただの人ですっ」

 

 リリィさんは、それまでの自信が嘘のように、目をキョロキョロ泳がせながら、肩を縮こませた。

 そういえば、このガロン王国と公国は、冷戦状態だったからな。

 リリィさんとしても、公国の貴族だと知られるのは、リスクなのだろう。

 しかし……今、アキバハラ公国と聞こえたのだが。

 聞き間違いか? たまたま名前が、アキハバラに似ているだけなのだろうか?

 

「あぁ、もちろんだ。私は何も聞かなかったと約束する」

 

「はい……感謝します」

 

 リリィさんは不安げに、冷や汗を拭っていた。

 あのリリィさんが動揺するなんて…… 

 俺は、不安を覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ーー・・・ーーー・・・・!!」

 

 ドドドドドドドドッ!! 

 

 俺達に向かって駆け寄る音がした。

 ハッと顔を上げると、小柄な獣族の少年だった。

 彼は、凄い形相で、俺達に襲いかかってきたのだ。

 

「ーー・・!? ーーー・・・!! ーーー・!?」

 

 他の獣族達も、心底驚いた様子で、彼を止めようと大声を上げる。

 彼を追いかける者もいた。

 

 俺は拳を握った。

 俺は、レベル52だ。

 きっと大丈夫、みんなを守れるっ!

 え??

 

 ちがった。

 その少年は、大粒の涙を流していた。

 くしゃくしゃに顔を歪めて、泣いていたのだ。

 嬉し涙だろうか? 悲し涙だろうか?

 彼の心の内は、分からないけど……

 俺はそんな彼を、とてもじゃないが、殴れなかった。

 

「ーー・・!!」

 

 彼は、俺を通り過ぎて、叫んだ。

 そして浅尾さんが抱えたままの、白フードの少女、獣族のフィリアに駆け寄って。

 抱きついた。

 

「ーー・・!! ーー・・!! ーー・・!!」

 

 彼は、同じ言葉を連呼した。

 曖昧な発音だけど、かすかに"フィリア"と、聞こえる気がする。

 

「ーー・・・・!! ・・・ーー!!」

 

 獣族少年は、気絶したフィリアを強く抱きしめて。

 そして、彼女の唇に、キスをした。

 

 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、と、

 唇同士が甘く重なり、

 その少年は、フィリアとの再会に喜んでいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三発目「布団に染み入る真っ赤な血」

 

 白いフードのフィリアちゃんに、キスをした獣族の少年は、フィリアちゃんの友達らしい。

 フィリアちゃんは一ヶ月前ぐらいに、獣族独立自治区という、獣族達の住む国を抜け出したらしい。

 そうして今、この少年は、フィリアちゃんとの再会を喜んでキスをしたのだとか。

 

 という内容を、リリィさんが翻訳して聞かせてくれた。

 

「可愛いですね。あの子、ファーストキスだったみたいですよ。 キスは、眠っているお姫様を起こす魔法だと信じて、勇気を出したみたいです」

 

 リリィさんは、幼い恋愛を見守る母のように、くすくすと笑っていた。

 おかしいな。

 あの少年の方がリリィさんよりも、年上に見えるのだが。

 

「さて……では王国軍の仕掛けた魔法陣を、解いておきましょうか」

 

 リリィさんはそう言って、また獣族達へと話しにいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガロン王国軍が設置した爆破魔法陣は、リリィさんの手によって解除された。 

 そして俺達は、すぐ近くにあるという。獣族たちの国。

 獣族独立自治区へと、足を運んでいた。

 

 俺の隣にいるのは、浅尾(あさお)さんと直穂(なおほ)である。

 俺達の前方では、リリィさんと、誠也(せいや)という30代くらいのダンディ男が、獣族達と話し合っていた。

 誠也(せいや)さんは獣族語を話せないようなので、リリィさんが、せわしなく翻訳している。

 

 リリィさんが居なければ、俺達は獣族とコミュニケーションがとれなかったのだ。

 言い方が悪いかもしれないが、リリィさんはやはり万能家電だ。

 訊けばなんでも答えてくれて、洗濯に料理も可能だし、翻訳機能まで搭載している。

 あの洞窟で、リリィさんに出会えたのは、奇跡かもしれない。

 

 この世界は、いい人ばかりではない。

 

 昨日、クラスメイトはみんな、騙されたのだから。

 召喚士ギャベルと、シルヴァ様というクソ野郎に、【マルハブシの猛毒】を飲まされて、洞窟最深部の鬼畜ボス【スイーツ阿修羅】と戦わされた。

 

 先ほどの、ガロン王国軍も、最低なクソ野郎だった。

 彼らは、【神獣マルハブシ】を捕まえるために、誠也(せいや)さんやフィリアという獣族の少女を、(えさ)として使っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね行宗(ゆきむね)くん。また足を引っ張っちゃった……」

 

 隣を歩いている浅尾(あさお)さんが、俯きながらそう言った。

 

和奈(かずな)? 落ち込んでるの?」

 

「ううん、違うよ直穂(なおほ)。私は、怖いんだよっ……」

 

 心配そうに顔を覗きこむ直穂(なおほ)に、浅尾(あさお)さんはさらに暗い顔をした。

 

「逆に聞くけどさ? どうして二人とも平然としてるの? 私達、何度も死にかけてるんだよ? 変な世界に連れて来られて、騙されて。クラスメイトと離れ離れになって……。怖くないの??

 私は、怖いよ……」

 

 浅尾(あさお)さんの声は、少し震えていた。

 

 どうしてだろう? と考えてみる。

 いつの間にか俺の中には、恐怖心はほとんど消えていた。

 どうしてだろう?

 すぐに答えが出た。

 

 俺の安心感の正体は、リリィさんへの絶大な信頼であった。

 俺は、洞窟の中で一人きりになった絶望的な状態から、リリィさんの協力のお陰で乗り越えたのだ。

 

 恐ろしいダンジョンから脱出できた。

 リリィさんとユリィさんという仲間が加わって。

 そして今、獣族と交流を持つことが出来たのだ。

 

 仲間が増えると、安心感も増えていく。 

 

 だが、油断は禁物だな。

 クラス転移したあの時も、クラスメイトという沢山の仲間がいた。

 あの時も、正直、油断していた。

 

「大丈夫だ。リリィさんを信じよう。俺達は明日のうちに、このガロン王国を出るんだ。

 リリィさんは、「公国に行けば、現実世界に帰るヒントも、クラスメイトの行方を捜すヒントもあるかもしれない」と言っていた」

 

 俺はそう言ったが、浅尾(あさお)さんの顔色は浮かばなかった。

 

「信じるって何?? 本当にリリィさんは信用できるの? 

 私達はリリィさんの言う通りに、ケモ耳のフィリアちゃんを助けたけれど。

 私は死にかけたんだよ? 

 行宗くんが助けてくれなかったら、私は【神獣マルハブシ】に食べられてた。

 本当に、あの子を信用していいの? 今度は騙されてないの!?」

 

 浅尾(あさお)さんは、泣きそうな顔を上げた。

 不安が溢れだしてきて、止まらないという様子で、俺の腕を震える手で握りしめた。

 

 浅尾(あさお)さんを説得する方法は分からなかった。

 

和奈(かずな)。じゃあもし、リリィちゃんが私達を騙していたとして、和奈(かずな)はどうするつもり? 私達だけで何かが出来ると思う?」

 

 直穂(なおほ)が、真剣な顔で反論した。

 

「私達は無力だよ。スキルは強いけれど、この世界のことを何も知らない。

 だから、誰かに頼るしかないの。 リリィちゃんは私達の命の恩人だよ? それに、私達が元の世界に帰れるように、協力してくれるって言ってくれたし」

 

 直穂(なおほ)の言葉に、浅尾(あさお)さんは疲れたような顔で脱力した。

 

「確かに……その通りだけどさっ。 ……ごめんね、私、いやな女で。 でも、不安で不安でどうしようもないの。早く家に帰りたい。普通に学校に行きたいだけなの……」

 

 浅尾(あさお)さんは立ち止まり、ポロリ、と涙を流した。

 そんな彼女を包み込むように、すかざず直穂が抱きしめた。

 

和奈(かずな)。気づけなくてごめん。無理して元気にしてたんだね……」

 

「うぅ……直穂(なおほ)っ、あったかいよっ……ありがとうっ……」

 

 直穂(なおほ)が、しくしくと泣く浅尾(あさお)さんの頭を撫でる。

 男の俺には、決して出来ない行為であった。

 

 俺は、抱き合う二人を見て、ふたたび強く決意した。  

 必ず二人を、現実世界に連れて帰ると…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 真後ろから、リリィさんの声がした。

 振り返ると、いつの間にか側に来ていた、ポカンとした顔のリリィさんが、

 二人と俺を、交互に見つめていた。

 

「うぅん、なんでもないよ。ありがとね、リリィちゃん。また助けてもらったね」

 

 浅尾(あさお)さんは涙を拭いて、リリィさんに笑いかけた。

 

「そうですか、ならば良いのですが。 はぁぁ……行宗(ゆきむね)さん。あたしは疲れましたよぉ。獣族反乱軍に協力してほしいと、熱心に頼まれまして…… 断るのが大変でした……」

 

 リリィさんは、ため息をついて愚痴をこぼした。

 

「苦労をかけたな、リリィさん。助かったよ。お陰で獣族戦士団と、はじめて話すことができた……」

 

 誠也(せいや)さんが、リリィさんの後ろに立っていた。

 誠也(せいや)さんは、すやすやと眠っているユリィを、背負(せお)っていた。

 

 

「いえいえ、あたしも楽しかったですよ。学んだ言語が通じるという経験は、嬉しいものでした」

 

 リリィさんは、頬を赤らめて、笑顔で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は、獣族独立自治区へと入った。

 夜は真っ暗で明かりが少なく、景色はよく分からなかった。

 石造りの道を少し歩いて、木造の大きな屋敷へと案内された。

 

 ここに泊まる事になったのは、俺と直穂(なおほ)浅尾(あさお)さん。

 そしてリリィさんとユリィ。

 最後に誠也(せいや)さんだ。

 

 フィリアという獣族の女の子は、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)という医者の元へと、送られるそうだ。

 フィリアちゃんはまだ、意識を取り戻していないのだ。

 

 フィリアちゃんの親友(・・)だという誠也(せいや)さんは、フィリアちゃんについて行きたいと獣族の人に頼んだそうだが、断られていた。

 見知らぬ人間が、獣族の一般住民が棲む地域へと立ち入るのは、流石にマズイらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな寝室には、フカフカのベッドが敷かれていた。

 久しぶりの布団である。

 現実世界では当たり前の布団が、こんなにもありがたいとは。

 初夏の蒸し暑い夜だったが、

 あまりの疲れと、布団の気持ちよさに、俺たちの意識は、どんどんと奪われていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、修学旅行みたいで楽しかった。

 中学の頃の修学旅行は、地獄のように苦しかったからな。

 

 今は仲間に、直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんとユリィちゃんとリリィがいる。

 みんな女の子で、俺の大切な親友で、みんな可愛い。

 最高のハーレムじゃないか、と思うけれど、俺が恋しているのは新崎直穂(にいざきなおほ)だけである。

 

 まぁ、今この大きな寝室には、誠也(せいや)さんという大人の男性もいるのだが。

 なんだお前は? 何者だ? 野郎は俺のハーレムから出ていけ。

 というのは冗談だ。

 

 誠也(せいや)さんは、俺たちに、何度も感謝して来た。

 「フィリアを助けてくれてありがとう」、と。

 悪い人ではないと、信じている

 

 明日は、リリィさんと共に公国を目指すのだ。

 アキハバラ公国っていってたっけ?

 

 まぁいいや、寝よう………

 大変な一日だったなぁ。

 明日は、どんな事が待っているのだろうか……

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 俺は、知らなかった。

 これが、このメンバーで過ごす、最後の夜になるなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は静かに目を覚ました。

 外から、微かに光が届いてくる。

 心地のよい、穏やかな朝だった。

 

 ふかふかの布団が気持ちよすぎて、俺はため息をついた。

 そして、俺の右隣には、温かいかたまりがあった。

 

 新崎直穂(にいざきなおほ)が、俺に寄りそうように眠っていたのだ。

 年不相応の童顔を脱力させて、白い浴衣の隙間から、乳房の谷間がちらりと見える。

 浴衣の直穂(なおほ)、エロ過ぎるだろっ!

 

 気づけば、俺の下半身は、ギンギンに屹立していた。

 直穂の身体のラインに沿っていく、浴衣の描く曲線を、舐めるように視姦していく。

 

 この浴衣を剥げば、直穂(なおほ)は生まれたままのまっ裸になるのだ。

 くそぉ、見たい、見たいなぁ。

 というか俺は、一応直穂(なおほ)の彼氏なんだよな?

 彼氏なら寝込みを襲っても許される、とかないか?

 

 せ、せめて、おっぱいくらい……

 

 俺の本能は、下半身でビクビクと暴れまくる。

 

 俺は、股間をギュッと押さえこんだ。

 耐えろ。

 まだ直穂(なおほ)の裸を見る訳にはいかないのだ。

 もし見てしまえば、俺のオ〇二ーの質が落ちてしまうのだ。

 

 

 直穂(なおほ)の裸を見てしまっては、俺はもう、ハダカを見ないと達せない身体になってしまう。

 妄想だけではきっと、満足できなくなってしまう。

 俺が賢者になろうとするたびに、直穂(なおほ)に服を脱いで貰わないとイケなくなる。

 それは……絵的にマズイ。

 

 それは、【自慰(マスター〇ーション)】スキル使いの俺にとって、致命的なのである。

 俺が妄想だけでオ〇ニー出来る相手は、新崎直穂(にいざきなおほ)だけである。

 

 俺は、賢者タイムという武器を失う訳には、いかない。

 三人で現実世界に帰る為に、俺のスキルはどうしても必要になるだろう。

 だから、あくまでオ〇ニーなのだ。

 セッ……はしない。 その快楽を知る訳にはいかないのだ。

 直穂(なおほ)と二人で決めたじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、行宗(ゆきむね)さん」

 

 振り返ると、あぐらをかいたリリィさんがいた。

 リリィさんは、ツインテールを解いた金色の長髪だった。

 髪を下ろした姿は、ユリィさんそっくりだ。

 

 リリィさんは眠そうな目で俺を見てくる。

 それは、昨日の光景と重なった。

 俺がリリィさんに出会った時である。

 あの時のリリィさんは、今と同じように女の子座りであくびして、

 そして、素っ裸だった俺を、変態誘拐犯と罵って、股間を踏みつけてきたのだった。

 

「リリィさんか…… おはよう、また股間を蹴られなくて良かったよ」

 

「なっ、あ、あの際は。本当にすみませんでした。私も混乱していまして……」

 

 リリィさんは、上目遣いで、申し訳なさそうに俺を見上げた。

 

 リリィさんは、出会った頃のクールな感じに比べて、表情が柔らかくなった気がする。

 俺に、心を許すようになったのだろうか?

 なんにせよ、リリィさんはさらに可愛くなった。

 

 リリィさんは、お人形みたいに可愛い。

 小学校高学年くらいなのに、おっばいが大きいのだ。

 おっぱいが大きいのに、体のバランスは整っている。

 本当に、最高のラブ〇ールだ。

 やはりリリィさんは万能家電である。

 きっと夜の仕事も、難なくこなせるはずだ。

 

 ……やめておこう。

 俺が変態だとバレれば、今度こそ、股間を破壊されてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、すぐに出発の準備をしましょう。今日中には、国境を越えますからね。公国の領土に入れば、あとは明日のうちに、首都アキバハラまで辿り着けます」

 

 リリィさんは、布団の上から腰を上げた。

 

「そ、そうか、首都アキバハラか……」

 

 アキバハラといえば、東京都の秋葉原しか思いつかないのだが。

 この世界の秋葉原は、一体どんな街なのだろうか?

 本家通りに、萌えと溢れたアニメ街だといいな。

 なんて思った。

 

「あ、そういえば、行宗(ゆきむね)さん。言い忘れていましたが、あなた達が、異世界から来た召喚勇者だという事は、なるべく秘密にしておくべきです」

 

 リリィさんは真剣な表情でそう言った。

 

「マナ騎士団のギャベルとシルヴァでしたっけ? 

 その二人は、まだ生きているんですよね?

 これは憶測ですが。彼らは行宗(ゆきむね)さん達の、命を狙っているかもしれません。

 現存するマナ騎士団なんて、聞いたことがありません。

 マナ騎士団はマナ王国と共に、1700年前に公国によって滅ぼされた筈なのですから。

 とにかく、あたしや行宗(ゆきむね)さんは、彼らの秘密を知ってしまった訳です」

 

「なるほど………」

 

 リリィさんの忠告に、俺は背筋を凍らせた。

 そうか。

 まだ、アイツらは生きているのだ。

 考えただけで恐ろしい。

 特にシルヴァという背の低い方は強かった。

 俺が【マルハブシの猛毒】と【自慰(マスター〇ーション)】を併用して、レベル273状態だった時も。

 完全に勝てると確信できなかったほどである。

 

 【マルハブシの猛毒】が使えない今の俺は、彼には敵わないだろう。

 現在の俺のレベルは……27から52まで上がった。

 賢者状態になれば、さらに三倍の倍率がかかり、156レベルとなるものの、ボス戦時の強さには遠く並ばない。

 

 ちなみに、新崎直穂(にいざきなおほ)のレベルは48。

 浅尾和奈(あさおかずな)のレベルは、53だそうだ。

 

「あの、そういえばリリィさんは、レベルはいくつなんですか?」

 

「レベル……? とは、何のことでしょうか?」

 

「え??」

 

 予想外の返答に困惑した。

 何を言っているんだリリィさん。

 心の中でステータスオープンと唱えるだけだぞ。

 それだけで、自分のレベルやステータス、スキルが書かれた画面が現れるだろう。

 

「あぁ! レベルですね! 思い出しました! 本で読みましたよ行宗(ゆきむね)さんっ!! 【ステータスの魔法】の事ですね! 行宗(ゆきむね)さんは召喚勇者だから、自分の強さを数字で見る事ができるんですね!」

 

 リリィさんは、興奮を抑えられない様子で俺に詰め寄った。

 

「さあ行宗(ゆきむね)さん! 見せて下さいっ!! どうやってステータスを見るんですかっ!?」

 

「まてまてっ、まさか、普通の人はステータスが見れないのかっ? というか、大きな声をだすなっ、みんな起きちゃうだろっ!」

 

 俺に詰め寄るリリィさんの、うるさい口を両手で抑えて牽制したのだが、間に合わなかったらしい。

 

「うぅぅぅ…………」

 

 という声をあげて、直穂(なおほ)が目を覚ました。

 

 

 そして……

 

 

「ゴホ、ゴホゴホッ!!」

 

 と咳き込んだ様子で、浅尾(あさお)さんが目を覚ました。

 

 俺は、浅尾(あさお)さんの方を見た。

 

 

 

  

 

 

 浅尾(あさお)さんは、口から血を吐いて、布団を赤く染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「え??」

 

 信じられなかった。

 吐血? なんで?

 浅尾(あさお)さんは、なぜ、血を吐いている?

 背筋に寒気が、ゾワゾワと登ってくるのを感じた。

 

「え……? え? え??」

 

 浅尾(あさお)さんは、自分の口からでた赤色を凝視して、動揺していた。

 

「なんで?? 私……お腹、痛いっ……ゥオェ"ッ!!」

 

 そしてまた、胃の中から血を吐き出した。

 とても苦しそうで、目を覆いたくなる真っ赤な血であった。

 

和奈(かずな)っ!?」

 

 起きたばかりの直穂(なおほ)が、目の色を変えて起き上がった。

 浅尾(あさお)さんの元に駆けつけると同時に、両手をかざして魔法を唱える。

 

「【超回復(ハイパヒール)】!!」

 

 淡い緑の光に包まれて、和奈の赤い血が蒸発していく。

 新崎直穂(にいざきなおほ)超回復(ハイパヒール)は、毒にも有効のはずだ。

 しかし……

 

「ぃ"っ!! いだいいたぃいたぃっ!! 痛いよ直穂(なおほ)っ!! 死んじゃぅっ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、身をよじらせながら、金切り声で泣き叫んだ。

 怯えた直穂(なおほ)が魔法を解くと、浅尾(あさお)さんはガクンと布団に脱力した。

 

 直穂(なおほ)は、身体を震わせながら、泣きそうな顔で俺たちの方を見てきた。

 

「どうしよう、リリィちゃん、行宗(ゆきむね)っ。超回復(ハイパヒール)が効かない……」

 

 それは絶望的で、俺はどうすれば良いのか分からなかった。

 

「怖いよっ……! 直穂(なおほ)っ!! 助けてよっ……私、死にたくないっ、帰りたいっ……! まだ行きたいよっ……!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、直穂(なおほ)の手をギュッと握りしめて。

 その顔は血と恐怖に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3.5膜 フィリアはお医者ちゃん編
三十四発目「オ○ニー救急車は空を舞う!」


 

「うがぁぁぁっ!! 痛い痛い痛いぃぃっ!!」

 

 夜明けの和室で、浅尾(あさお)さんの悲鳴が響き渡る。

 リリィさんが解毒魔法をかけた途端、浅尾(あさお)さんは痛みを訴えて暴れまわった。

 直穂(なおほ)が超回復をかけた時と同じだ。

 リリィさんは慌てて腕を引っ込めて、明らかに動揺していた。

 

「おかしいですね…… 解毒魔法も回復魔法も効かないどころか、むしろ悪化している……?」

 

 リリィさんは顔を俯けて、深刻そうに自問自答した。

 

 

「ねぇっ……直穂(なおほ)っ、行宗(ゆきむね)っ、私、死ぬのかな……? 嫌だっ……怖いよっ……」

 

 浅尾(あさお)さんは、ガタガタと身体を震わせて、直穂(なおほ)の腕にしがみついていた。

 その顔色は真っ青で、涙をぽろぽろと流して、目線を右往左往と迷わせている。

 

 

「ねぇリリィちゃん。どうすればいいの? なんで和奈がこんな目にっ?」

 

 直穂(なおほ)は、ぐったりとした浅尾(あさお)さんを抱きしめながら、リリィさんへと尋ねたのだが……

 

「分かりませんよ…… あたしは医学の専門ではありません。 解毒魔法が効かないどころか悪化するなんて症状は、聞いたことがありません。

 公国の病院に行くことが出来れば、治療が出来るかもしれませんが…… 公国には、世界一の名医、シャイニング・ジョーカーがいます。 浅尾(あさお)さんの病気は、きっと治る筈です」

 

「公国!! 着くまでどれくらいかかるんだ?」

 

 俺はリリィさんに尋ねた。

 

「まる二日(ふつか)……くらいですかね。途中で山を越える必要もあります…… この状態の浅尾(あさお)さんを連れて山を越えるのは重労働ですし。感染病の可能性もあります…… 難しいですかね……」

 

「二日……か……」

 

 あまりに遠かった。

 今の浅尾(あさお)さんが、どれほど危険な状態なのかは分からない。

 でも、こんな苦しそうな状態なのだ。

 一刻も早く、なんとかしなければいけないと肌で感じる。

 

 

 あぁもう。なんでこんな事になっているんだよっ。

 神様は俺を休ませてくれないのか?

 ただでさえ、洞窟内の絶望的な状態から、仲間を増やして立ち上がって来たのにっ。

 どうしてまた、困難が起こるのだ?

 

 考えても、考えても、答えは出なかった。

 俺には知識がない。何も知らない、無力なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だ!!」

 

 そんな時、図太い声が和室に響いた。

 

「この獣族独立自治区にも、最高の名医がいる。 フィリアの父、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)は、世界一の名医だ」

 

 驚いた俺は、声のする方へと振り返ると、

 そこでは、浴衣姿の誠也(せいや)さんがいた。

 

小桑原啓介(こくわばらけいすけ)ですか? たしか昨日の夜に、フィリアさんが連れていかれた医者の名前ですよね?」

 

 リリィさんが、驚いた様子で誠也(せいや)さんに聞き返した。

 

「あぁ。小桑原啓介(こくわばらけいすけ)はフィリアの父親であり、医者としての師匠だ。 フィリアの医者としての腕前は本物だ。 ガロン王国産の最新型の猛毒を、その場で解毒したんだからな」

 

 誠也(せいや)さんの目は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。

 

 俺は安心して、泣きそうだった。

 思わぬところから助けがきた。

 昨日、俺達が助けた、誠也(せいや)さんとフィリアちゃんが、今度は浅尾さんを助ける糸口に繋がったのだ。

 

 無駄じゃなかった。

 誠也(せいや)さんとフィリアちゃんを助けたことも、

 リリィさんを信じたことも、あのボス戦の後に、浅尾さんと直穂の二人ともを助ける選択をしたのも。

 全て、間違っていなかったと思う。

 

 とにかく浅尾(あさお)さんを、その医者の元へと連れていかなければ。

 俺は勢いよく立ち上がった。

 

「ありがとうございます、誠也(せいや)さん! 

 えっと、直穂(なおほ)。ちょっと待ってて!」

 

 俺はそう言い残して、敷布団の上から腰を上げて、

 

 和室の外へと飛び出した。

 

 

行宗(ゆきむね)っ!? っつ…… えぇっと……頑張ってっ! ちなみに私いま! ブラジャーつけてないからっ!」

 

 俺の意図を汲み取ってくれたのだろうか。

 閉めた襖の向こうから、直穂(なおほ)のノーブラ報告が聞こえた。

 

 それは、寝起きの俺の息子を元気にさせるのには十分だった。

 直穂(なおほ)は俺に、今日のオカズを提供してくれたのだ。

 

(ありがとう……)

 

 さすがに口に出すのは恥ずかしいから、心の中で感謝して、

 俺は自身の竿へと手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と年月を感じる、木造の渡り廊下。

 赤土が剝き出しの(がけ)に囲まれている、地下を掘り進めたような中庭が広がっている。

 天井からは、朝日の残滓が舞い降りてきて、夏の朝の涼しい解放感に包まれるようだ。

 

 なんて、感傷に浸っている場合ではない。

 早く、早くっ!!

 俺は、賢者にならなければイケないのだ。

 

 俺は手を動かしながら、全神経を妄想に集中させた。

 直穂(なおほ)はノーブラ。直穂(なおほ)はノーブラなのだ。

 つまりこんな風に、あのお淑やかな浴衣を、はらりはらりとめくった先には……何もない。

 いや、あるのだ。

 真っ白な二つの大福が。

 その頂点には小さなさくらんぼが!!

 

 っつ……!!

 

 興奮と運動が加速する。

 俺のオ〇二ーは、もう誰にも止められないぜ……

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

「――・・・?? ・――・・・??」

 

 俺のすぐ左隣から、猫みたいな可愛い声が聞こえた。 

 

 え? 誰?

 

 俺は慌てて、左隣を見た。

 

 そこには、獣族ロリ幼女がいた。

 毛深い毛並みに、あなどけない綺麗な瞳、

 そして白いシャツに、オムツのようなモコモコしたパンツ。

 身長は俺の腰より低い。

 幼稚園児くらいだろうか? 小学校低学年?

 

 そんなケモ耳幼女が、リリィさんみたく興味深々の目で、俺を見上げていたのだ。

 

「――・・・?? ・――・・・??」

 

 少女は真剣な目で、何かを尋ねてくる。

 獣族語を知らない俺には、何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 オ○ニーの手を止めるべきだろうか?

 俺は迷った。

 俺が今行っている行為(こうい)は、目の前の未就学児にとっては、大いに教育に悪いモノだ。 そんな事は分かっている。

 しかし俺の限界も近かった。

 

 俺は、止まる訳にはいかなかった。

 浅尾(あさお)さんの命がかかっているのだから。

 それに、見られながらの方が、興奮するじゃないかっ!

 

 俺はロリ少女に構うことなく、

 ロリ少女に見られながら、高みへと登っていく。

 

直穂(なおほ)っ! 直穂(なおほ)っ!! 直穂(なおほ)っ!!」

 

 思わず俺の口から、彼女の名前が飛び出した。

 あ、しまった、と思った。

 情けない声が、本人にも聞こえてしまった筈だ。 

 浅尾(あさお)さんにも、誠也(せいや)さんにも、リリィさんにも確実に聞かれてしまった。

 俺のすぐ後ろの襖の向こうには、彼女達がいるのだから。

 

行宗(ゆきむね)っ、行宗(ゆきむね)っ、頑張ってっ! 愛してるよっ!」

 

 俺の後ろから、直穂(なおほ)の声が返って来た。

 すこし声が震えていて、恥じらいながら、でも真剣な声だ。

 襖の向こうで直穂(なおほ)は、顔を真っ赤にしているのが、ありありと想像できた。

 可愛い。

 

 直穂(なおほ)は恥ずかしがり屋だ。 

 人の目を気にするところがあって、実はアニメオタクだということも、友達に隠してしまうほどに。

 そんな彼女が、勇気をだして、俺を励ましてくれた。

 

 俺は嬉しくて、幸せで、胸が熱くなった。

 同時に下半身も熱くなった。

 もう駄目だった……

 

 

「……うっ………」

 

 一晩で溜まったモノを、全て解放して。

 俺は、賢者になった。

 

 

 

 

 

 

 

『白いおしっこ……変なにおいする。おにーさんナニモノなの?』

 

 俺の足元で、そんな声が聞こえた。

 そこには無視していたはずの獣族幼女が、つま先立ちで背伸びをして、俺のパンツの中を覗いていたのだ。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

 俺は驚いた。

 獣族幼女は、可愛い顔で俺を見上げる。

 

『ねぇねぇ、どうして光ってるの?』

 

 ケモ耳幼女は、不思議そうに俺に尋ねた。

 光っている、というのは、"賢者の白い光"の事だと思う。

 賢者になった俺は、体が白く輝いていた。

 

 俺は、獣族語を理解していた。

 目の前の複雑な発音も聞き取れる。

 言葉の意味も、すべて知ってる。

 

 これも全て、全知全能の「賢者の力」である。

 なんて便利なのだろうか。

 賢者になれば、どんな複雑な言語だろうと、全て知っている(・・・・・)のだから。

 

 

『ねぇ、聞きたいことがあるんだけど。僕はお医者さんを探しているんだ。お医者さんがどこにいるか分かる?」

 

 俺は、賢者の力が教えてくれた獣族語で、なるべく丁寧な言葉で少女に尋ねた。

 しかし発音が難しくて、少し話しただけで頬っぺたが痛くなった。

 うまく伝わったのだろうか?

 

『まずはネルの質問に答えるの。おにーさんはナニモノなの?』

 

 ネルという幼女は、不満そうにして。

 先に私の質問に答えろ、と主張した。

 

『頼む、急いでるんだ。教えてくれないか?』

 

『嫌なの。先におにーさんが教えるの。 おにーさんはナニモノなの? ネルもおにーさんみたいに光りたいの。 教えてくれたらネルも、お医者さん教えてあげるの』

 

『なんだとぉ、じゃあ俺も教えてあげなーい。ほかの人に聞けばいいしな。

 でももし、ネルちゃんが先にお医者さんのコトを教えてくれたら、俺も本当の事を教えるよ』

 

『なっ、ずっ、ずるいのっ……』

 

 幼女は、顔を真っ赤にして怒った。

 

『ほ、ほんとに?? ネルが先に答えても、ちゃんとネルに教えてくれるの?』

 

『あぁ、俺は嘘はつかない』

 

 幼女は訝しんだ目で、俺の身体に顔を近づけて、クンクンと鼻を鳴らした。

 そして、ある方向を指差した。

 

『お医者さんは向こうなの、山を二つ超えた先の、大きな村の崖の上にあるの』

 

 幼女はそう言った。

 賢者としての俺の知識は、幼女の話が嘘ではないと、教えてくれた。

 

『そうか、ありがとう!! じゃあ俺も質問に答えてあげる。 俺が何者か? だって? 俺は人間だ。 そして今、俺がしていたコトは、"オ○ニー"だ!』

 

『"おあい"? なにそれ。意味が分からないの」

 

 俺は"オ○ニー"の部分を、あえて日本語で発音した。

 それが功を奏したのか、目の前の幼女はしきりに首をかしげている。

 

『おにーさんが嘘はついていないのは、においで分かるのっ!! でも

、"おあい"って何なの? 教えるのぉぉ!!』

 

 幼女は怒って、俺にしがみついてきた。

 だがこれ以上、幼女に構っている時間はない。

 賢者タイムは残り八分。

 早く、浅尾さんを医者の元に連れて行かないといけない。

 俺は和室のふすまを開けて、幼女を優しく振り払って、和室へと戻った。

 

 和室の中には、

 直穂(なおほ)浅尾(あさお)さん。リリィさんにユリィさん。そして誠也(せいや)さんがいた。

 

 不安そうな顔。苦しそうな顔、恥ずかしそうな顔。

 いろんな顔が俺を見ていた。

 みんなの顔を見て、俺は笑顔を作った。

 

「もう大丈夫だ、浅尾(あさお)さん。 俺が医者の元へと連れていくから」

 

 俺は直穂(なおほ)の元へと駆け寄って、

 腕の中でぐったりとした浅尾(あさお)さんを背中に背負った。

 

「気をつけてね。行宗(ゆきむね)

 

 心配そうに見上げる直穂(なおほ)の唇に、チュッと軽いキスを重ねたあと、

 俺は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『すっ、空を飛んでるのっ!!』

 

 獣族の幼女ネルちゃんは、大空へと飛び立つ行宗を見て、目をキラキラと輝かせていた。

 

 

 

「お別れを、言えませんでしたね……」

 

 行宗(ゆきむね)和奈(かずな)が飛び去った和室にて、

 金髪ツインテ美少女は、小さな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごぉぉぉぉ!!

 

 風を切り裂く轟音と共に、俺は賢者の力で、大空を舞っていた。

 眼下には、草木の少ない岩肌の多い山がある。

 自然豊かだとはいえない、砂漠のような山々であった。 

 

 きのう水浴びした森と比べても、景色が全く異なっていた。

 

行宗(ゆきむね)くん……すごいね、ジェットコースターみたいだっ……」

 

 俺の背中にしがみつきながら、浅尾(あさお)さんが掠れ声でそう言った。

 

「ごめんねっ、私はいつも迷惑かけてばっかりで。ほんとに私は、助けてもらってばっかりだよっ……」

 

 浅尾(あさお)さんは、ぐずぐずと泣いていた。

 浅尾(あさお)さんがこんなに弱っているところを、初めてみた気がする。

 だって、教室で俺が見ていた浅尾さんは、いつも元気で強かった。

 みんなを励まして前向きで、一昨日のスイーツ阿修羅との戦いだって、先陣を切って戦っていた。

 

 今の浅尾(あさお)さんは、いつも元気のかけらもなかった。

 

浅尾(あさお)さん。迷惑だなんてとんでもないよ。 俺は浅尾(あさお)さんの笑顔に何度も助けられてる。 浅尾(あさお)さんが真っ先に笑ってくれたから、俺と直穂(なおほ)はついて来れたんだよ……」

 

 俺がそう言うと、浅尾(あさお)さんはフルフルと首を振った。

 

「それは買いかぶり過ぎたよ…… 今の私を見れば分かるでしょ? 私はただ、平気なフリをしてただけだよ……」

 

 

 俺が、なんと答えようかと迷っていると、

 浅尾(あさお)さんは話題を変えた。

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)の身体、意外と小さいね……」

 

「……まぁ、俺は帰宅部の二次元オタクだからな。少食なんだよ……

 逆に浅尾(あさお)さんは、身体が膨らんでて、なんかすごい柔らかい……」

 

 俺は言い淀んだ。

 俺の背中には、浅尾さんの爆乳が押し付けられている。

 浅尾(あさお)さんは、サッカー爆乳女子である。

 直穂(なおほ)の身体とは、全く違う。 

 弾力とエネルギーに満ち溢れた張りのある筋肉である。

 

 いかんいかん、変な想像をするのはよそう。

 俺は直穂(なおほ)の彼氏なのだ。

 たとえ妄想の中であっても、浮気するのは良くないはずだ。

 

「膨らんでるって……はぁっ!?、私が太ってるって意味っ!?」

 

 急に不機嫌になった浅尾さんが、俺の両頬を軽くつねった。

 

「いや違うっ! 筋肉が膨らんでるというかっ。胸が柔らかいというかっ」

 

「え? ……胸っ?! へっ、変態っ!」

 

 今度は強くつねられた。

 

 

 

 

「いやー。まずいな」

 

 俺は呟いた。

 二つの山を越えると、獣族幼女は言っていた。

 そして今、やっと二つ目の山へと差し掛かった。

 賢者タイムは、残り2分しかない。

 

「間に合わない……」

 

 焦りながらも、俺は少しでも前へと空を飛んだ。

 浅尾さんは、苦しそうに息をしているものの、会話できる程には状態が安定していた。

 

 俺達は、賢者タイムの終わりと共に、二つ目の山の山頂付近へと降り立った。

 

 ここから先は、山道を歩いていくしかないようだ。

 

 

 

「うっ……! くっ……」

 

行宗(ゆきむね)っ、まだ着かない? うぅ…… また頭が痛くなってきた……」

 

 浅尾(あさお)さんを背負って、山道を登る。

 空から見た時は、すぐ近くに見えたはずの山頂が、なかなか見えなかった。

 あまり舗装されていない、岩肌の道路。

 浴衣は汗が染みてびしょびしょだった。

 

 夏の日差しが。ギラギラと照りつける。

 山道に、男女二人きり。

 

 浅尾(あさお)さんの体重は、だいぶ重たかった。

 賢者タイムの効果が切れたのだ。力が元の俺に戻ってしまった。

 運動不足の俺の身体は、歩き始めてすぐに悲鳴を上げた。

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)。もう一度賢者になれないの?」

 

「……浅尾(あさお)さんがおっぱいを見せてくれたら、イケるかもしれないけど……」

 

「……っつ! ……怒る元気もないわ……直穂(なおほ)が悲しむからダメだよっ」

 

「冗談に決まってるだろ? 俺のオカズは直穂(なおほ)だけだ」

 

「名言みたいに聞こえるけど、めっちゃキモいよ?」

 

 俺は浅尾(あさお)さんと、自然に話せていることに驚いていた。

 この世界に来るまでは、浅尾(あさお)さんと俺は、陽キャと陰キャ、住む世界が違う人間だった。

 この世界に来てからも、たった二人きりで話すのは初めてかもしれない。

 でも、俺達の会話は自然につながっていた。

 俺のコミュ力が上がったのかもしれないと、一瞬血迷ったが、それは違う。

 浅尾(あさお)さんが、会話を合わせるのが上手いのだ。

 

 

 見たところ浅尾(あさお)さんの容態は、ある程度落ち着いているようだ。

 しかし、呼吸は乱れていた。

 そして心臓の拍動も早い。

 

 急がないとな……

 またいつ、容態が悪化するか分からない。

 それに、こんなに強い日差しの下に、病人を晒しておく訳にはいかないからな。

 

 ……割と本気で、もう一度賢者になるべきだろうか?

 そうすれば早く病院につける。

 しかし、連続発射は苦手なのだが……

 

 どうしようかと迷っていた時。

 

 

 

 

 タッタッタッタッ……

 

 前方から、見覚えのある女の子が走ってきた。

 

 ケモ耳の少女は、ハァハァと息を切らしながら、山道を駆けおりてきていた。

 そして俺と和奈を見るなり、目の色を変えて体を震わせた。

 

「ど、どうして……人間がここに??」

 

 その女の子は、昨晩俺たちが助け出した少女。

 フィリアちゃんだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五発目「アルム村にて」

 

―フィリア視点、帰郷―

 

 

 あ……

 

 また目が覚めた。

 

 あたらしい一日がはじまる。

 

 ……気持ちいいな。

 

 背中がふかふかと柔らかい。

 まるでベットみたいだ。

 おかしいな。わたし(・・・)は牢屋の中で冷たい石の床の上に、眠っていたはずなのに……

 

 もしかしてわたし(・・・)は……死んだのか? 

 ここは天国、神の世界か??

 まったく疲れがない。

 おかしいな……

 いつも(・・・)なら、全身筋肉痛の二日酔いで、意識が曖昧なはずなのに……

 

 わたし(・・・)は両目を、ゆっくりと開いた……

 

 あれ??

 そこは、見覚えのある暗い拷問部屋ではなくて。

 見覚えのある明るい天井だった。

 いつぶりだろうか? 自分の家にいた。

 

 あれ? あれ? なんで??

 

 わたしの小さな体には、かけ布団がかかっていた。

 ふかふかの、オレのベットだ。

 静かなオレの部屋だ。

 

 木造建築で、人間語の文字に囲まれた、オレが育った場所である。

 

 ぽろ……ぽろ………ぽろ………

 

 視界が涙でぐにゃりと歪んだ。

 涙があふれて止まらない。

 

 オレは地獄から抜け出したのか?

 助かったのか?

 誰かが助けてくれたのか?

 

 必死に思い出してみる。

 オレはどうして、家に帰ってきているのだ?

 夢じゃないかと本気で疑う……。

 

 何も思い出せない。

 思い出せる記憶は、アルコールで泥酔されながらの地獄の記憶だけだ。

 

 

 

 ………誠也(せいや)

 

 ふと思い出した。

 

 ……誠也(せいや)は無事だろうか??

 

 オレはベットから起き上がり、自室の窓の外を見た。

 

 ここは、獣族独立自治区の中央に位置する村、アルム村だった。

 オレの故郷、生まれ育った村である。

 

 この家は、村はずれの崖の上の、オレの父さんの診療所である。

 オレの父さんの名前は小桑原啓介(こくわばらけいすけ)

 最高の名医である。

 

 オレは自室の窓を開けて、身を乗り出し、アラム村の景色を一望した。

 眼科には、なつかしい木造民家がぽつぽつと並んでいる。

 ため池がそこら中に作られていて、大きな畑では、小麦や夏野菜が青々と茂っている……

 東の方の山際からは、朝日がまさに昇ってきており、幻想的な田園風景だった。

 

 涙が、どんどんと溢れてきて止まらなかった。

 今まで張りつめていた緊張の糸が、一気にほどかれていくように、オレの心は浄化されていった。

 

 このまま、この美しい自然に溶け込んでしまいたいとさえ思う。

 あぁ、懐かしいなぁ、すごく安心する……

 

 しばらくオレはそのままで、窓の側から動けなかった。

 

 

 

 

 

 

『フィリア!? 起きたのかっ!?』

 

 感傷に浸っていると、不意に後ろから獣族語で話しかけられた。

 オレは涙を拭いて振り向いた。

 そこには懐かしい顔があった。

 信じられないという目でオレを見つめる男の子は、オレの幼馴染、ジルクだった。

 

 ジルクは医者を目指して、オレの父さんの弟子として、この家に住み込んでいる男の子だ。

 年齢は13才、私と同じくらいだ。

 無愛想で要領は悪いけれど、勉強熱心で一生懸命だ。

 ただ、いつもオレをライバル視して、何かにつけて文句を言ってくる。

 

『フィリアっ!! まったくっ! 心配させんじゃねぇよぉっ!!』

 

 ジルクはオレを見るなり、凄い顔で驚いて、こちらに駆け寄ると、ギュッと強く抱きしめられた。

 い……痛い……

 ジルクは力だけは強いんだよなぁ……

 

『良かったぁぁ…… 無事で良かったっ……フィリア……!!』

 

 ジルクはオレを抱きながら、わんわんと泣いていた。

 あれ……

 それは……なんだか凄く……暖かかった……

 おかしいな? ジルクって、こんなにいい人だったっけ?

 

『ごめん……心配、かけて……』

 

『本当だよぉっ! バカ野郎っ……唐突に出ていきやがってっ……!!

 お前に死なれる訳にはいかないんだよぉっ!』

 

 オレが謝ったら、バカ野郎と言われて、さらに強く抱きしめられた。

 

『なあ……ジルク……オレはどうしてここにいるんだ?』

 

『……王国軍に殺されかけていたところを……人間の人達が、間一髪で助けたんだ……』

 

 ジルクはそう言った。

 心底安心した表情で、オレを強く抱きしめながら。

 助けられた、だって?

 直前の記憶を掘り起こしてみるが、アルコールのせいか、はっきりとした記憶は残っていない。

 ただガロン王国軍にされた残酷な仕打ちが、トラウマとして深く脳裏に刻み込まれいる。

 

 

『人間ってもしかして、誠也(せいや)のことか?』

 

 オレがジルクに尋ねると、彼は泣きながら、困ったような顔をした。

 

誠也(せいや)? 誰だそれ? 名前だけじゃ分からねぇよ…… お前を助けたのは複数人だ』

 

誠也(せいや)は、30才くらいの人間の男だ! 短髪で目つきが鋭くて、ガタイもよくて……』

 

『あぁ! アイツの事か、確かにいたな。 他は若い人ばかりだったから、よく覚えている』

 

『えっ……! お前誠也(せいや)に会ったのか? 誠也(せいや)は無事なのか? 今どこにいる!?』

 

 オレは、勢いよくベッドから立ちあがろうとすると、ジルクに押し倒されてしまう。

 オレは身動きをとらせて貰えなかった。

 

『フィリア、とりあえず落ち着け。 全部話してやるからよ。安心しろよ、誠也(せいや)さんは無事だから……。今は採掘場の旅館で休んでいるはずだ……』

 

 誠也(せいや)は採掘場にいるのか?

 なるほど。歩いてすぐに着く距離ではないな。

 とにかく無事なのか……良かった……

 

『それで、なんでオレはここにいるんだ?』

 

『まあ焦んなって、一つづつ話すからよ……』

 

 そしてジルクは、事の顛末を語り出した。

 

 ジルクの話では、オレと誠也(せいや)はモンスターの餌として、殺されかけていたらしい。

 そこに間一髪で、リリィさんという人間の女の子とその仲間が来て、オレと誠也(せいや)を助けてくれたそうだ。

 オレは、息を飲んでいた。

 その人達は、オレだけでなく、誠也(せいや)の事まで助けてくれたというのだ。

 早く会って、ありがとうと言わなければいけない。

 

 それから、ジルクの話は、スラスラと進んでいった。

 そして最後に差し掛かると、急に言葉が途切れてしまった。

 そして言い淀んで、目を逸らしながら、こんなことを言った。

 

『それで……フィリア。一つ謝りたいんだが……。……俺は昨日、お前にキスをしたんだ……。すまない』

 

『は??』

 

 え……? キス??

 ジルクは俯きながら、突然変な事を言いだした。

 突然何を言い出すのかと、オレは呆気にとられた。

 

『えっと 俺はさ、最近人間語が分かるようになってきて、おととい、白雪姫って本を読んだんだよ……』

 

『う、うん……』

 

 話が読めないな。

 しかし、ジルクが人間語の本を読んだのか。

 ジルクは人間語の覚えが悪いのだが、オレが家をあけている間に成長したのだろうか?

 オレも白雪姫という話は知っている。

 アキバハラ公国に古くから伝わる物語である。

 

『そして白雪姫はさ。王子様にキスされて目を覚ますだろ……? だから俺も真似したんだ。フィリアに目を覚まして欲しかったから……』

 

 ジルクは、恥ずかしそうに唇を尖らせて、俯きながら謝ってきた。

 

『ぶっ……! ふふっ……あははははっ!! なんだよそれっ!!』

 

 それは可笑ししすぎて、オレはゲラゲラと笑ってしまった。

 

『わっ、笑うんじゃねぇっ!』

 

『そっかそっかぁ…… おかげで目が覚めたよっ、ありがとうな、王子様! あなたは命の恩人です!』

 

『てめぇフィリアっ、バカにしやがってっ!!』

 

 真っ赤に赤面して慌てるジルクを、オレは心ゆくまでからかった。

 

 

 

『それで、父さんの具合はどうなんだ?』

 

 オレのそんな問いかけに対して、ジルクははぁっと一息ついてから、暗い顔で答えた。

 

啓介(けいすけ)さんは……今日は夜中から、テラードさんの家に行っている。緊急の用事だ。子供が生まれるんだよ』

 

『そう……か』

 

 父さんや村の人の名前を聞いて、オレはまた現実に引き戻された。

 そして、ここは確かに、オレの故郷なのだと実感した。

 

『あのなフィリア。 啓介(けいすけ)さんはな……、お前の事をずっと心配してたんだぞ。……もう、バカな真似はするな。お前は啓介(けいすけ)さんの代わりになるんだよフィリア。啓介(けいすけ)さんが死んだ後。お前がこの村の医者になるんだ』

 

『…………バカな真似って、なんだよそれ……』

 

 ジルクは強い口調で、オレの家出を非難してきた。

 オレはかなりイラっとした。

 バカな真似ってなんだよ。

 オレはただ、父さんの病気を治す薬を取りに行くために、独立自治区を出ただけだ。

 

 

『頼むフィリア。お前しかいないんだ。俺も頑張ってるつもりだけどよ。悔しいけど、俺よりもお前の方が医者としては優秀だ。だから頼む。お前が啓介(けいすけ)さんの後を継いで……』

 

いやだ(・・・)っ!!』

 

 オレは大声を上げた。

 ジルクはギョッとした顔で硬直をした。

 でもオレは、これだけは譲れなかった。

 

『父さんの命を諦めろっていうのか!? ふざけんなよっ! 治す方法はあるんだぞ! マグダーラ山脈に行けば、拒魔病を治す薬なんて簡単に作れる!! ジルクお前は、治療法があるのに諦めろって言うのかよっ!! オレは医者だぞっ! 可能性がある限り、どんな手を使ってでもっ!!』

 

 バチィィッ!!

 

 頬っぺたを思い切り殴られた。

 ジルクはオレを、涙目で睨めつけてくる。

 ああもう、痛ぇよクソが……

 

『フィリアてめぇいい加減にしろ! そう息巻いて村を飛び出した結果が、今のお前だろ!!

 マグダーラ山脈にはたどり着けず、王国軍に掴まって、あと少しのところで死にかけていたんだぞ!!

 ホントにお前は自分勝手なんだよっ!! お前の父さんと母さんがっ!、そして俺がっ!、どれだけお前の事を心配してたか知ってるか!? 命はもっと大切にしろっ!! お前は医者として、将来この村を支える存在なんだ! 啓介さんや俺にとって、大切な存在なんだよっ!!』

 

『……………』

 

 何も言い返せなかった。

 目の前のジルクは泣いていた。

 その涙は、オレの為の涙だった。

 ジルクの言っていることは正論だ。

 間違っているのはオレだ。

 そんな事は分かっていた。

 

 獣族にとって、独立自治区の外の世界は、命が幾つあっても足りないという。

 出会う人間すべてが敵なのである。

 

 そして人間の棲む地域の中でも、マグダーラ山脈は、最も危険な場所の一つである。

 世界最強クラスの魔獣や神獣も生息し、一流の冒険者でも滅多に近づかない場所である。

 

 オレは父さんに、マグダーラ山脈に連れていって貰った事があるが。

 あの父さんですら、魔獣との戦闘は避けていたのだ。

 戦闘スキルのないオレには、危険すぎる地域である。

 

 でも……でも……

 

『……父さんが死ぬのは……ぜったい嫌だっ……嫌なんだよっ……!』

 

 オレは、ボロボロと泣いてしまった。

 ジルクの身体を、よわよわしくポカポカと殴る……

 ジルクなんかに、泣き顔は見せないつもりだったのに、涙が止まらないや……

 まあオレもジルクの泣き顔を見れたから、これは痛み分けだな。

 

『フィリア……辛いな……お前が一番つらいよな…… ごめんな……俺はなんにも出来なくて……』

 

 ジルクは、そんなオレを優しく抱きしめてきた。

 なんでだよっ……

 なんでこんな時に限って、優しくするんだよ。

 もっと辛くなるだろうが、泣いちゃうだろうがっ……

 いつもは捻くれた奴のくせにっ……くそっ……

 

 あぁ……やっぱり嫌だよっ……オレは父さんのことが大好きだ。死んで欲しくないんだ。

 もっと医学の事を教えて欲しい。

 オレが彼氏を連れて来て、結婚して、子供を作って育つまで……

 もっともっと、ずっと未来まで、オレは父さんに見届けてほしいんだ。

 

 ねぇ父さん。オレさ、はじめて好きな人が出来たんだ。

 誠也(せいや)っていう、優しい人なんだ。

 誠也は32才だがら、オレとは18才くらい離れてるけど……

 でも、恋心に年の差なんて関係ないよな……

 父さんは34才だから、誠也(せいや)とは二才しか変わらないんだよな。

 どうかな? オレと誠也(せいや)はお似合いだと思う?

 

 あぁ……誠也(せいや)にも早く会いたい。

 謝らなきゃいけない。

 オレが誠也(せいや)を巻き込んだせいで、誠也(せいや)は王国軍に数々の拷問を受けた。

 許してくれるだろうか?

 きっと、許してくれないだろう。憎まれているかもしれない。 

 それは本当に辛いな。

 でも、精一杯謝ろう……

 

 

 そんな中でも、ジルクはオレの身体を強く抱きしめて、頭をすりすりと撫でまわしてくる。

 

『痛いよ……』

 

 そう言って、オレはジルクの身体を、両手で押し返した。

 

『ごめん……』

 

 ジルクは申し訳なさそうに、固まったままオレを見ていた。

 オレは、ちょっと気まずくなって、ジルクから目を逸らした。

 

『ちょっと、外出てくる……』

 

 オレは涙を隠しながら、一人部屋を出て、随分と懐かしい気のする、家の庭へと出た。

 晴れた夏の朝の爽やかな冷気にあたりながら、オレはぼーっと放心していた。

 この庭には思い出が詰まっている。

 

 昔のオレは、わがままでヤンチャな女の子だった。

 まぁ、それは今も変わらないかもしれないけどな、

 オレは、家出(いえで)してたんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このアルム村は、貧しい村だ。

 乾季に入ると多くの死者が出る。

 そもそも作物が育ちにくいのだ。 

 この土地には魔石の成分が多く含まれているから、大気中の魔力濃度は他と変わらないくせに、普通の食物は育たないという特殊な土地だ。

 

 そんなオレは、村で一番裕福な家に育った。

 オレの父さんは小桑原啓介(こくわばらけいすけ)

 「生きる救世主」と、崇められている男である。

 

 だけどオレは、父さんの本当の娘ではない。

 拾われたのだ。七年前に。

 戦争孤児だったオレを、啓介(けいすけ)は助けてくれた。

  

 そんなオレは、同年代の子供たちから嫌な顔をされた。

 なぜならオレは、他の子達が生きるか死ぬかの瀬戸際で必死に働いている時に、自分の部屋でのんびりと本を読んでいたからだ。

 オレは人間語の勉強ができたけれど、他の子達には人間語を勉強する余裕なんてなかった。

 

 オレの家では、お父さんもお母さんも忙しかった。

 いつも朝から晩まで家を開けて、医者として働いていたからだ。

 オレは寂しくて、連れて行ってくれと何度も頼んだ。

 でも「危ないからダメだ」と言われた。

 

 オレはずっと、裕福な大きな家のなかで一人ぼっちだった。

 もう我慢できなくて、父さんに尋ねたのだ。

 

『どうして父さんは、仕事ばっかりするんだよっ。オレともっと遊んでよっ。オレのことが嫌いなのか? オレが本当の娘じゃないからかっ!?』

 

 オレが父さんに泣きつくと、父さんは困った顔をした。

 

『そうだな、ごめんなフィリア…… 俺はダメな父親かもしれない。でもっ、オレは医者なんだよ。目の前に苦しんでいる人がいれば助けたいんだ。少しでも、誰かの幸せを守りたいんだよ……』

 

『…………』

 

 なにも言えなかった。

 オレだって、父さんに助けられた立場の人間だ。

 ズルいよ。大人はずるい。

 そんな正論を、苦しそうな顔で言うなんて、反論できないじゃないか……。

 

『ねぇ……父さんは、どうして医者になったの?』

 

 オレの問いに、父さんは切なそうに、懐かしそうに、にっこりと笑った。

 

『小さい頃、ずっと昔にな。ある医者さんが、オレのお姉ちゃんの命を救ってくれたんだ。オレはその人に感謝して、憧れて、医者を目指して勉強していたんだ……』

 

『そうなんだ……』

 

 その時、オレの胸の中がカッと熱くなった。

 今まで父さんに抱えていた不満が、嘘のように溶けて行った。

 オレは今まで、父さんが理解できなかった。

 どうしてそんなに働くのか、なぜオレに構ってくれないのかと。

 でも……今、全部理解できた。

 

『ねぇ父さん。オレも、医者になりたい! 父さんみたいに、カッコいい医者になりたいんだっ!』

 

 気づいたときには、オレは叫んでいた。

 オレは父さんに憧れていた。

 父さんは、オレと同じく裕福な立場だけど、オレとは違って友達が沢山いる。

 多くの人に尊敬されているのだ。嫉妬する人なんて少ない。

 

 部屋の中に、逃げてばっかじゃダメだ。

 引きこもって目を背けるのはダメだ。

 

 オレは皆とは違う。

 勉強の才能もあって、環境にも恵まれている。

 

 だからオレも、父さんと一緒に働きたい。

 この獣族の村から、苦しむ人を減らすために……。

 

 それからオレは医者を目指して、父さんの手伝いをした。

 同い年の子供たちに、頑張って話しかけた。

 最初は煙たがられたけど、頑張って、頑張って、少しは仲良くなれた。

 

 10才になって、ジルクという男の子が、隣町からやってきて、この家の門を叩いた。

 ジルクは激怒していた。

 

『どうして、オレの母さんを見捨てたんだっ!』

 

 って叫んで、オレの父さんの顔をガンガンと殴りつけた。

 

 父さんは、時折みせる死んだような顔で、すまない、すまないといい続けた。

 ジルクのお母さんが死んだあの日、父さんは、他の患者の手術に追われていたのだ。

 だから、ジルクのお母さんの容態の急変に、駆けつけられなかった。

 

 その後数日が過ぎて。

 ジルクは再びこの家の門を叩くと、オレの父さんに頭を下げた。

 

「弟子にしてください」

 

 と、土下座して頼んでいた。

 オレは、「何があったのだ?」 と衝撃を受けたが、ジルクは、

 

『医者になりたい……あなたのような立派な医者に……』

 

 と、涙を流して、父さんに「医学を教えてくれ」と、頼み込んでいた。

 ジルクは、オレの家で暮らすことになった。

 オレやオレの母さんと一緒に、父さんの医者の仕事を手伝うようになった。

 

 ジルクはオレに対して、常にライバル心を燃やしていて、よくオレに嫌がらせをしてきた。

 昔はよく、殴り合いの喧嘩に発展していた。

 そしていつの間にか、喧嘩は口喧嘩になって、今では冗談で揶揄いあう間柄だ。

 長い年月を経て、少しは仲良くなれたと思う。

 

 

 

 

 そして、悲劇は訪れた。

 オレの父さんが、拒魔(ひま)病を(わずら)ったのだ。

 

 拒魔(ひま)病とは、読んで字の如く、

 

「体内に魔力をまったく吸収できなくなる難病」である。

 

 それは、水が飲めなくなるとか、ご飯が食べれなくなるとか、それほど深刻な問題なのだ。

 

 水や食料ほどの緊急性はないけれど、魔力は人間の生命活動に必須なエネルギー源である。

 拒魔(ひま)病にかかり、魔力が吸収できなくなった人間は、徐々に魔力を消耗して衰弱し、半年も経たずに死に至る。

 

 そして恐ろしいことに、魔力が取り込めないせいで、回復魔法や解毒魔法が全く効かないのだ。

 つまり、他の病気にもかかりやすくて、非常に治りにくいのだ。

 

 でも、治す方法はある。

 薬の大ダンジョン跡地、つまりマグダーラ山脈へと向かい、「ギルギリスの骨」を入手するのだ。

 それを元に、魔力の受容体を人口的に作って移植すれば、父さんの命を助けられる。

 

 オレは父さんを救うために、この村を飛び出した、はずだったのに……

 

 何も出来ず、誠也(せいや)の事を巻き込んで、両親とジルクに心配をかけて、

 ただ心と身体に、深く傷を負って、ここまで帰ってきてしまったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに帰ってきた故郷。

 

 庭の土手に腰掛けて、感傷にふけっていると、

 下の小道から足音が聞こえた。

 

 それは、数か月ぶりに見た、オレの両親の姿だった。

 

 

 

 ドクン、と、心臓が跳ね上がる。

 胸の奥が熱くなって、全身に鳥肌がたつ。

 勝手に涙がこみ上げてきて、視界がぐにゃりぐにゃりと滲んでいく。

 

「フィリア!? フィリアっ!!」

 

 父さんに名前を呼ばれた。

 もう駄目だった。

 全て決壊した。

 

「お父さんっ!! お母さんっ!!」

 

 オレは土手を滑りおちて、父さんと母さんの胸の中に飛び込んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 村じゅうに響き渡るほどの大声で、わんわんと泣いた。

 父さんと母さんの胸の中は、温かくて大きかった。

 

「フィリアっ!! よく帰ってきてくれたっ!! うぅぅぅっ!!」

 

 泣いている父さんをみて、複雑な気持ちになった。

 オレが帰ってきたということは、薬の入手に失敗したという事。

 父さんの死ぬ運命は変わらない。

 父さんはまだ元気そうだけど、あと一か月ぐらいで寝たきりになって、死んでしまうのだ。

 

「……父さんっ!! ……死んじゃ嫌だよぉぉ……!! なんでこうんなるだよぉぉっ!!」

 

 オレが泣き叫ぶと、父さんは困ったような泣き顔をした。

 

「……フィリア。すまない……。オレは言い忘れていた。お前に大事な頼みがあるんだ……」

 

 父さんは、そんな事を言った。

 

「オレの最後の頼みだ……」

 

 ………いやだ。

 何を、言っているんだ? 父さん。

 

「フィリア、お前もう一人前の医者だ。オレがお前に教えられることは、もう残っていない」

 

 ………うそだ。

 オレはまだ、父さんの足元にも及んでいない……

 

「どうか頼む、オレが居なくなった後は、お前が獣族達の医者になるんだ。……身勝手でワガママな願いだが、オレの後を継いでほしい」

 

 ……いやだ。

 いやだいやだいやだ……

 やっぱりオレは、受け入れられないよ。

 諦めるなんて無理だ。

 オレは父さんが大好きだ。

 この世で一番大切な人なんだ……。

 

「ふっ……ふざけんな父さん。遺言なんかいらねぇ。オレは……父さんの事が大好きなんだよっ!!

 父さんには命を救われた! オレに医者の生き方を教えてくれた!! 今のオレがあるのは、全部ぜんぶ全部っ!! 父さんのお陰なんだっ!!

 だからっ!! 今度はオレがお前を助けるって言ってんだろっ!! 恩返しぐらいさせろよっ!! 勝手に逃げてんじゃねぇ!!

 オレは医者だっ!! この世で一番大切なものは、死んでも助けてやるっ!!」

 

 オレは父さんと母さんを突き放して、小道を全速力で駆け下りていった。

 追いかけてくる気配はなかった。

 

 走る、走る、走る……

 とにかく走る。

 早く、もっと早く、風よりも早く。

 ずっと遠くへ、青空の上まで……

 

 

 

 

 

 

「あぁああああっ!!!」

 

 泣き叫びながら、呼吸を乱して走る。

 すぐに、身体に疲れが押し寄せてくる。

 当然だ。

 つい昨日までオレは、王国軍の駐屯地の地下に監禁されて、

 毎日毎日、朝から晩まで、男どものオモチャにされていたのだから。

 

「はぁ……はぁ……あぁ、あぁ……!!」

 

 オレは、限界がきて、近くの草むらへと寝転がった。

 全身から汗が噴きでてくる。

 喉も乾いてきた。

 お腹も空いたな……。

 

水素(アクア)

 

 ごくっ、ごくっ……

 オレは水魔法で、喉の渇きを潤した。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 家から飛び出したままの勢いで、オレはアルム村の端っこまで、走り抜けてきた。

 日の出から時間は立っていないから、起きている人は少なかったのが幸いだ。

 泣き顔なんて、見られたくないからな……

 

「ふぅ………」

 

 朝の大空を見上げる。

 鳥の音や草の音、虫の声が入り乱れて、心地のよい風がオレの身体を優しくなでて、目じりの涙を乾かしていく。

 帰ってきたんだな……オレの故郷……

 

 家に帰る気は起きなかった。

 しばらく、この草むらで寝ようかな……気持ちいい……

 なんて事も思ったけれど。

 オレは立ち上がった。

 

誠也(せいや)に会いに行こう……)

 

 オレはアルム村を出て、山道を歩きだした。

 二つの山を越えた先に、誠也(せいや)が休んでいるという採掘場の旅館がある。

 まぁ、歩いていくには骨が折れる距離だ。

 今から歩いても、着くのは正午を過ぎてからだろう。

 

 一歩一歩、オレは歩みを進めていく。

 オレの心の中は、ぐちゃぐちゃだった。

 

 誠也(せいや)に会いたい。

 誠也(せいや)なら、また笑顔で「私にまかせろ」なんて言って、オレの手を強く握って。

 オレの悩みを全部、解決してくれるかもしれない。

 

 誠也(せいや)は、オレの本当の意味での、はじめての友達だったのかもしれない。

 オレは今までずっと、貧富の差のせいで、他の子達からは距離を置かれていた。

 オレの一番の友達は、いつも医学の勉強と小説だった。 

 

 誠也(せいや)は、オレをマグダーラ山脈に連れていってくれると約束した。 

 父さんを絶対に助けるって、オレの手を握ってくれた。

 

 オレは……誠也(せいや)を愛してる。 

 年の差なんて関係ない。

 

 オレは父さんを助けたい。

 そして誠也(せいや)と結ばれたい。

 それで全部ハッピーエンドだ。

 

 はやく誠也(せいや)に抱きしめられたい。

 あの時みたいな、甘くて濃いキスをしたい。

 

 そんな妄想に(ふけ)りながら、オレは山道を登っていった。 

 

 

 

 

 




 カットシーンをここに置いておきます。
 本当は、この話の冒頭に置くつもりでしたが、残酷すぎたかもしれないので、カットしました。

 フィリアが王国軍に拷問される描写です。

 読みたい方だけどうぞ。
 
 ↓↓↓








★★

 わたし(・・・)は、地獄の中にいた。
 生まれたままの姿で身動きとれず、男どもに便器として使われた。

 首輪をつけられて、森の中を四つん這いで散歩させられた。
 朝ごはんは排泄物だった。 泥酔させられて、寝かせてもらえなかった。
 一人称は、わたし(・・・)へと強制させられた。

 男達のどす黒い欲情で、絶え間なく押しつぶされて、わたし(・・・)は何度も死にたいと思った。
 どんなに痛くても、疲れていても、苦しくても、臭くても、死にたくても。
 わたし(・・・)は必死に笑顔を作らなければいけない。 そして、心の底から誠意を込めて(・・・・・・・・・・・)、叫ぶのだ。
 だいすきです。きもちいいです。おいしいです。
 うれしいです。ありがとうございます。もっとください。
 
 ちゃんと心を込めて、何度も笑顔で伝えなければ、吐くまで殴られてしまう。
 わたし(・・・)は必死で、自分を騙す。

 これがわたし(・・・)のしあわせなのだと。これはきもちいいことなのだと。

 どんどんどんどん、わたし(・・・)が壊れていく。
 アルコールが回ってバカになる、もう何も考えられない。
 心がどんどんと死んでいく。
 ずっと寝不足、休みなんてない。
 朝早くに叩き起こされてから、夜遅くに気絶するまで。
 たとえ夢のなかさえも、わたし(・・・)は悪夢に犯された。

 
 ★★



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六発目「フィリアはお医者ちゃん」

 

 見たところ浅尾(あさお)さんの容態は、ある程度落ち着いているようだ。

 しかし、呼吸は乱れていた。

 そして心臓の拍動も早い。

 

 急がないとな……

 またいつ、容態が悪化するか分からない。

 それに、こんなに強い日差しの下に、病人を晒しておく訳にはいかないからな。

 

 ……割と本気で、もう一度賢者になるべきだろうか?

 そうすれば早く病院につける。

 しかし、連続発射は苦手なのだが……

 どうしようかと迷っていた時。

 

 

 

 タッタッタッタッ……

 

 前方から、見覚えのある女の子が走ってきた。

 ケモ耳の少女は、ハァハァと息を切らしながら、山道を駆けおりてきていた。

 そして俺と和奈(かずな)を見るなり、目の色を変えて体を震わせた。

 

「ど、どうして……人間がここに??」

 

 その女の子は、昨晩俺たちが助け出した少女。

 フィリアちゃんだった。

 

 

―――――----ー

 

 

「お前は、フィリアさん、だよな?」

 

 俺は目の前の女の子に尋ねた。

 目の前の少女は、昨日みたフィリアちゃんにそっくりだった。

 赤灰色のクセ毛に、赤いルビーのような瞳。

 ジト目童顔のケモ耳娘である。

 女の子は、俺達を見て、明らかに動揺していた。

 おびえているようにも見えた。

 

「なんで、オレの名を知ってる? まさかお前らっ、王国軍か?」

 

 あぁ分かった。

 それは、恐怖に染まった顔だった。

 フィリアちゃんは、顔を引きつらせて、全身は震えながらに硬直していた。

 

「王国軍じゃなくて、俺は万浪行宗(まんなみゆきむね)だ! 

 誠也(せいや)さんから聞いたんだ。フィリアさんは医者なんだろ?

 頼む、俺の友達を助けてくれ、急に血を吐いて、酷い腹痛なんだ。回復魔法を使っても治らないんだっ!!」

 

誠也(せいや)? 誠也(せいや)だと……! じゃあまさか、お前が背負っている女がリリィさんか? 

 お前たちが、オレと誠也(せいや)を助けてくれた人間なのか?」

 

「あぁ、そうだ。 昨日、王国軍に殺されかけていたフィリアさんと誠也(せいや)さんを、助けだしたのは俺たちだ。

 でも、俺の背中に乗っているのはリリィさんじゃない、浅尾和奈(あさおかずな)さんだ。

 俺は、浅尾(あさお)さんの病気を治してもらう為に、フィリアさんに会いにきた。

 リリィさんなら、誠也(せいや)さんと一緒に、独立自治区の入り口近くの旅館に残ってる」

 

 フィリアちゃんは、目を丸くして驚愕した。

 

「そうか……じゃあ、誠也(せいや)も無事なんだな……」

 

 フィリアは肩の力を抜いて、俯きながら、ゆっくりとオレに近づいてきた。

 

 ぽろり、ぽろりと涙を流して……

 

「任せろ。浅尾(あさお)さんだったよな? ……オレの命に代えてでも、絶対に治してみせる……」

 

 フィリアはそう言って、俺と浅尾(あさお)さんの手を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【超回復(ハイパヒール)】スキルも、【解毒(ディスポイズン)】スキルも試しましたが、効かないどころかむしろ痛みが増していくようで」

 

「……【超回復(ハイパヒール)】って、特殊スキルだよな、それも効かないのか?」

 

 フィリアは目の色を変えて、深刻な顔で、浅尾(あさお)さんの腹部に手を当てた。

 そして魔法を唱えた。

 

「【回復(ヒール)】!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ!! がはぁぁぁっ!!! 痛いぃぃ痛いよぉぉ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは、フィリアの回復魔法によって、金切り声で悶絶した。

 ごほごほと咳き込んで吐き出した痰は、血で真っ赤に染まっていた。

 フィリアは浅尾(あさお)さんのお腹の上で、探るように手を動かしながら、回復魔法を止めなかった。

 

「やめっ!! やめてぇぇぇ!! 死ぬっ!! 死んじゃうっ!!」

 

 浅尾(あさお)さんは回復魔法から逃げ出そうとして、足をジタバタと動かすが、そこに力はなかった。

 ただフィリアになされるがまま、痛みのあまりにガクガクと痙攣し、腹の底から絶叫を吐いていた。

 流石に見ていられない。

 

「おいフィリアさん、もうこれ以上は!」

 

「あと少し我慢してくれっ、すぐに見つけるからっ!」

 

 フィリアは焦った顔で、浅尾(あさお)さんの身体中に、手を這わせて探っていく。

 そして、浅尾(あさお)さんのお腹へと、頭を近づけた。

 

 フィリアは、右手で回復魔法を続けたまま、左手で、浅尾(あさお)さんの浴衣の上着を脱がせた。

 浅尾(あさお)さんの浴衣が正面からひらかれる。

 ブラジャーを付けていない浅尾(あさお)さんの上裸が、山道の真っ只中で露わになった。

 

 俺は思わず目を背けた。

 直穂(なおほ)の裸を見るより先に、浅尾(あさお)さんの裸をみるのは、罪悪感があった。

 浅尾(なおほ)さんの上半身は、恐ろしいほど汗びっしょりで、荒い呼吸に合わせて膨らみが揺れているのが少し見えてしまった。

 

「なっ! なにやってんだっ! フィリアさんっ!」    

 

「なっ……」

 

 俺が、たまらず声を上げるのと、フィリアが声を漏らして回復魔法を中止したのは、ほとんど同時だった。

 フィリアは、空を見上げた俺へと顔を近づけ、俺の耳元でこう囁いた。

 

行宗(ゆきむね)、落ち着いて聞いてくれ。浅尾(あさお)さんの身体は、強力なモンスターに寄生されてるみたいだ……」

 

「え……?」

 

 思わず俺は、フィリアの方をみた。

 彼女の動揺した目と声色から、その深刻さが嫌でも伝わってくる。

 

「だから回復魔法は逆効果なんだ。 魔法は全て、浅尾(あさお)さんの体内のモンスターに横取りされてるから。 逆に、モンスターに栄養を与えるようなもので……」

 

 フィリアさんは説明を続けた。

 なるほど、そういうことか。

 浅尾(あさお)さんにかけた魔法は全て、体内のモンスターに奪われてしまうのか。

 

「治療法は、あるんだよな?」

 

 俺はすがるように、フィリアさんの耳元で囁き返した。

 この会話の内容は、浅尾(あさお)さんに伝えるべきではない。

 自分の身体の中に、モンスターがいるなんて聞いたら、パニックになってしまうだろう。

 

「寄生したモンスターの種類次第では、何とかなる……

 でも、厳しいかもしれない。……とにかく検査が必要だ」

 

「厳しい……? って、どういう意味だ?」

 

「最悪の場合、今日中に死に至るって事だ……」

 

 フィリアさんの口から、残酷な真実を伝えられて、俺は目の前が真っ暗になった。

 死ぬ? 今日中に?

 それは到底受け入れ難い、認めたくない宣告だった。

 

 

 

「ねぇ? フィリアちゃん、どうしたの? 治してくれるん、だよね?」

 

 足元からの震え声に、俺は思わず浅尾(あさお)さんを見下ろした。

 仰向けの浅尾(あさお)さんは、上の浴衣が開かれて、乳房が丸見えだったが、

 彼女はそんな些細なことを、気にする様子もなく、わなわなと震えながら、フィリアさんの身体を引っ張るように掴んでいた。

 

 死ぬ? のか?

 こんなに美しい身体の女の子が、明日を迎える事もなく?

 俺は、悲痛そうな顔の浅尾さんに、なんて声をかけていいのか分からなかった。

 事実をそのまま伝えるのは、あまりに残酷すぎる。

 

「あぁ、治療法は見つかった。

 でも今のオレは、薬を持っていないから、オレの診療所まで行かなきゃ行けない。

 行宗(ゆきむね)! 疲れてるみたいだけど、もう一度浅尾(あさお)さんを背負ってくれ!」

 

 フィリアはそう言って、力強い目つきでオレを見つめてきた。

 焼き付けるように熱い、真っ赤な瞳は、

「絶対に助けてやる」と訴えていた。

 

「そ、そっか、良かった……良かったぁ……」

 

 浅尾(あさお)さんは、心の底から安堵の声を漏らして、涙をポロリと溢れさせた。

 フィリアさんの嘘に騙されて、心底安心した様子で、全身のぐったりとさせて目を瞑った。

 

 俺は思う。

 こんな可愛い女の子、イキイキとした人を、見殺しにする訳にはいかない。

 俺はどんな手を使ってでも、目の前の浅尾(あさお)さんを助けたいと思った。

 きっと直穂(なおほ)も、同じ風に思うだろう。

 俺達が今まで、浅尾(あさお)さんの笑顔に、何度救われた事だろう。

 浅尾(あさお)さんが一番に、新しい道に飛び込んでくれたから、俺たちはここまで来れたのだ。

 俺たちは、大切な仲間だ。

 死なせてたまるものか。

 そうだよな? 直穂(なおほ)

 

 そして俺は、決断した。

 

「フィリアさん、ちょっと待ってくれっ! 俺は空を飛べるんだっ!」

 

 俺は叫んで、パンツの中へと右手を入れた。

 そして、すでに立っていたモノを、勢いよく育てていく……

 

「なっ、何やってんだお前っ!? こんな時にっ!?」

 

 フィリアは、真っ赤な顔で発狂していた。

 

「いいかフィリア! 俺の特殊スキルは【自慰(マスター○ーション)】!! 自慰行為の発射後に賢者になれるスキルだ! 賢者になった俺は、空も飛べる!! ここから診療所まで一直線だ!!」

 

 もう俺は、恥も外聞も捨て去った。

 大切なモノを守るためなら、オレは、どんなに恥ずかしいシュチュエーションでも、死ぬ気でオ○ニーしてやるよ!!

 なんて、カッコ悪いセリフを脳内再生して、

 俺は、必死で必死で、高みへと登っていった。

 

「あーぁ、行宗(ゆきむね)っ……いけないんだぁ、病気で弱ってる同級生をオカズにするなんて…… 直穂(なおほ)ちゃんに言ってやろー」

 

 浅尾(あさと)さんが、イタズラっぽい笑みを浮かべて、楽しそうに、ケラケラと俺をからかってきた。

 上半身の肌が、すべて丸見えの状態である。

 俺は、初めて見る同級生女子の上裸を、オカズにしていた。

 他に彼女がいる身でありながら。

 

 浅尾(あさお)さんの楽しそうな笑顔が、俺には救いだった。

 やっぱり浅尾(あさお)さんは、怯えている時より笑っている時の方が可愛い。

 異論は認めない。

 

「すまない。他に、ちょうどいいオカズがないんだ」

 

「ふーん、認めたね。ちゃんと私のことオカズにしてるんだ。ヘンタイっ」

 

 浅尾(あさお)さんは、上半身が裸のままで、なぜだか上機嫌にクスクスと笑った。

 病気が治ると聞いて、安心したせいだろうか?

 俺は今、怒られても仕方ない事をしているのだが?

 

 なんて言っている間に、快楽の頂上が見えてきた。

 はじめて見る美少女の生爆乳は、破壊力抜群だった。

 

 そして、俺は、賢者になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

 賢者となった俺は、浅尾(あさお)さんを胸の前に抱えて、

 フィリアちゃんには、背中にしがみついてもらい、

 空へと舞い上がった。

 

 流石に浅尾さんの浴衣は直してから、俺達はフィリアの父さんの診療所へと、飛び立ったのだが……

 

「ひぃぃいぁあああ!! 怖いっ!! 高いぃぃ!! 落ちる落ちる落ちるっ!! もっと低い所を飛べぇぇ!!」

 

 フィリアが俺の身体に背中にしがみつきながら、恐怖のあまりに身体を痙攣させて、絶叫していた。

 

「手を離さないかぎり大丈夫だ。 しっかり俺を掴んでいればっ……」

 

「無理っ……こんなの無理だァァ…落ちるぅぅ!! 死ぬってぇ!! オレは高所恐怖症なんだぁ!!」

 

 フィリアは子供みたいに泣きながら、俺の腰をギリギリと締め付け、必死にしがみついていた。

 

 一方、浅尾(あさお)さんは、目を瞑ってぐったりとして、浅い息を繰り返していた。

 また具合が悪くなったのだろうか?

 分からない。

 

 フィリアさんの診断では、浅尾(あさお)さんの体内には、寄生したモンスターがいるらしい。

 

 浅尾(あさお)さんに、本当のことを伝えるべきだろうか?

 浅尾(あさお)さんの心は、すでに不安でいっぱいだ。

 さらに追い討ちをかける訳にはいかない。

 でも、嘘で騙してぬか喜びさせるのも、また心が痛むのだ。

 

 そんな事を悩んでいる時、俺はふと、ある事に気づいた。   

 

 賢者の力である。

 賢者の瞳によって見える、"生命の気配"を探れば、

 浅尾(あさお)さんの体内の寄生生物の"正体"を、突き止められるかもしれない。

 

 そして俺は空を飛びながら、

 浅尾(あさお)さんのお腹の内側へと意識を向けた。

 

 よく分からないかった。

 浅尾(あさお)さん自身の、生命の気配が強すぎるため、

 体内に生き物がいるかどうかなんて、よく分からない。

 さらに集中してみる。

 空を飛ぶ速度を落として、目を瞑って、

 浅尾(あさお)さんのお腹の中に、意識を研ぎ澄ました。

 

 いた。見つかった。 

 浅尾(あさお)さんの下腹部に、小さく蠢く気配があった。

 気持ち悪い。ミミズのようなものが、何匹も。

 

 気持ち悪い。

 俺は目を背けたくなったが、なんとか集中し続ける。

 なにやらヌルヌルしている。

 どこかで、感じたことのある気配だった。

 

 まるで、うどん、みたいな……!

 

 そして、俺は思い出した。

 そうか、そういえばあの時。

 温泉型モンスター【天ぷらうどん】の中身のクソジジイだ。

 あの時、クソジジイに人質にされた浅尾さんは、細い触手で腹に穴を開けられて、胎内を弄られていた。

 

 まさかあの時に、あのクソジジイに寄生された、とか、

 ありえるか? 

 

 

 そんな中、俺たちは山の山頂を越えて、ポツポツと家の集まった小さな村を、目視で確認した。

 

「フィリア、診療所はどこにある。教えてくれないか?」

 

「うぅうぅぅっ! 目ぇ開けられねぇよぉ! 東の端っこの、崖の中腹だ! 見りゃ分かるだろっ?」

 

 フィリアは震え声でそう言った。

 俺は、太陽の方向を探すと、それはすぐに見つかった。

 

 空飛ぶ俺たちが見下ろすのは、フィリアの故郷の村である。

 たしか、アルム村という名前だった。

 獣族の住民たちが、怯えた様子で、空飛ぶ俺たちを見ていた。

 俺はまっすぐに、フィリアの診療所へと降り立った。

 

「うぅぅ………あぁぁ……やだぁぁ……」

 

 地面に降り立つと、フィリアは膝を落として、地面を抱きしめるように、泣き崩れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅尾(あそお)さんの体内のモンスターの正体は、【天ぷらうどん】かもしれない」

 

 ゼーゼーと息を切らしながら、久しぶりに大地を大切そうに踏みしめるフィリアの耳元へ、

 俺は口を近づけて囁いた。

 

「【天ぷらうどん】……? なんだよそれ?」

 

「【天ぷらうどん】は、ヴァルファルキア大洞窟の最下層付近の、温泉に扮したうどん型モンスターだ。

 昨日浅尾(あさお)さんは、ソイツに捕まって、腹の中を触手で弄られたんだ」

 

「は? ヴァルファルキア大洞窟って、公国より遥かに西の大ダンジョンじゃねぇか? 移動に少なくとも一か月はかかる距離だぞ? 」

 

「え……? 俺たちは、転移魔法陣で来たんだが?」

 

「ん?……なんだそりゃ?」

 

 フィリアは、不思議そうに首を傾げた。

 あれ? フィリアさんって、

 転移魔法陣の存在を知らないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャン!!!

 

 と、診療所の玄関が、勢いよく開かれた。

 診療所の玄関から出てきたのは、武装した獣族の男の子だった。

 

 

 フィリアの父、小桑原啓介が経営するという診療所は、2階立ての洋風木造建築であった。

 崖の中腹に存在して、フィリアの故郷、アルム村を一望できる立地だ。

 

 玄関から飛び出してきた獣族の男の子は、どこかで見覚えがある顔だった。

 年は中学生ぐらいだろう。 

 鋭い目をして、両手には2本の剣を握りしめていた。

 

 そうだ思い出した。

 彼は昨日の夜、フィリアちゃんにキスをしていた男の子であった。

 

『おいお前らっ! フィリアに何してっ!? んぁ? 

 ……昨日の人間!? ……なんでここに?』

 

 彼の獣族語は、賢者の力で聞き取ることが出来た。

 もうすぐ"賢者の10分間"が切れるのだが、今だけ俺は、獣族語が理解できるのだ。

 

『ジルクっ!! 急病患者だ! すぐに父さんと母さんを呼んでくれっ!! 

 そしてお前は文献の中から、【天ぷらうどん】っていうモンスターを探すんだっ!!』

 

 フィリアが、男の子に獣族語で指示を出した。

 ジルクと呼ばれた男の子は、すぐに目の色を変えて、事情を理解したようで、

 

『分かったっ!!』

 

 と獣族語で叫び、2本の剣をもって、玄関の中へと走っていった。

 

行宗(ゆきむね)! 浅尾(あさお)さんをベッドまで運んでくれ、ついてこい』

 

 フィリアは日本語でそう言うと、玄関へと足早に向かった。

 

 俺は、少し不安そうな顔の浅尾(あさお)さんを抱きかかえて、フィリアさんに続いて、診療所へと入った。

 

 洋風な外見と異なり、内装は和風であった。

 俺は廊下を歩き、襖を開けて、大きな部屋へと案内される。

 布団の敷かれた台の上へ、浅尾(あさお)さんを横に下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ドタドタドタドタ……!!

 

 

 

 浅尾(あさお)さんの眠るこの部屋に、せわしない足跡が駆け込んできた。

 フィリアに似た雰囲気を持った、赤みがかった瞳の、獣人女性である。

 おそらく彼女は、フィリアの母親だろう。

 

『ねぇフィリア。啓介(けいすけ)さんは、たった今、寝たばかりなの。 昨晩から徹夜で助産手術だったから、疲れているの…… それでも起こした方がいい?』

 

『いや……起こさなくていい。オレがやる。母さんは、二階から検魔石と魔導石、魔吸石を持って来てくれ』

 

 母親の問いに、フィリアは即座に答えた。

 

 そのタイミングで、俺の"賢者モード"が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 絹製の手袋をつけたフィリアが、駆け足で、

 浅尾(あさお)さんに寄り添う俺へと、駆け寄ってきた。

 

行宗(ゆきむね)。お前は浅尾(あさお)さんが不安にならないように、手を握って、そばに居てやってくれ」

 

 と、フィリアに耳元で囁かれた。

 フィリアの顔は、真剣そのもので、歴戦の戦士のような迫力があった。

 

「フィリアさん、お願いします。浅尾(あさお)さんを、助けて下さい」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 フィリアは俺の目を見て、確かにそう言った。

 そしてフィリアは、ベットに寝転がった浅尾(あさお)さんの腹部へと、補聴器のような道具を当てがった。

 

 俺は、浅尾(あさお)さんの左手に、両手を重ねて、ギュッと握りしめた。

 不安にならないように、彼女の手を握る。

 

「浅尾さん、大丈夫だよ」

 

 ありきたりセリフを言った。

 こんな事で、浅尾(あさお)さんの不安が、どれだけ減るのか分からないけど。

 できる限り、不安や恐怖心が、和らいでほしいと思った。

 

 ぎゅ……

 

 浅尾(あさお)さんの手は、細くて柔らかくて、ねばついた汗でにじんでいた。

 

「……ありがとう」

 

 浅尾(あさお)さんは、笑顔を返してきた。

 それは線香花火みたいに、小さくて、(はかな)くて、

 今にも消えてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七発目「それぞれの道」

 

 シンプルな木造の部屋の中で、

 ベッドの上の浅尾(あさお)さんはフィリアに聴診されていた。

 お腹の上を聴診器の先が滑りながら、フィリアの顔がどんどんと険しくなるのが分かる。

 

 俺はもう、生きた心地がしなかった。

 まるで世界から、俺だけが消えたみたいに。

 俺は身動きがとれず、何も考えられず。

 ただ俺以外の時間が、せわしなく進んでいくのを、観測することしか出来なかった。

 

 

 

 

 ドタドタドタドタ!!

 

 そんな中で、二つの走る足音が、部屋の中へと飛び込んで来た。

 汗びっしょりで、大小二つの本を抱えて興奮地味の、獣族少年ジルクと。

 ジルクの背中に続くのは、フィリアのお母さんであった。

 彼女の名前は分からない。見た目はすごく若い人だ。

 

「―――・・・―・・・・―・――・・・―・・・・――――!! ―――・・・―・・・――!!」

 

 ジルクは、フィリアに駆け寄って、長い獣族語で何か叫んだ。

 

「あぁ、思い出した……」

 

 ジルクの言葉を聞いたフィリアは、日本語で驚愕の声を漏らす。

 そして、ジルクが運んできた資料を手に取り、血眼になって目を通した。

 そしてフィリアは、疑うような目で俺を見上げた。

 

「お前ら本当に、【天ぷらうどん】に会ったのか? ヴァルファルキア大洞窟の最下層だぞ? お前らって滅茶苦茶強い冒険者なのか??」

 

 フィリアの問いに、俺はどう答えようかと迷った。

 俺は、強いのだろうか?

 確かに賢者モードの俺や、天使となった直穂(なおほ)は強い。

 ただし、オ〇ニーが必要な上に、10分間限定というハンデがある。

 浅尾さんやリリィさんもそこそこ強いけれど、【自慰(マスター〇ーション)】スキルに比べれば火力不足だ。

 おそらく、俺達の中の最強は、ユリィだ。

 ユリィの真っ白な閃光は、【天ぷらうどん】も、【神獣マルハブシ】も、一撃で消滅されたのだから。

 ただし、連続攻撃は出来ないというデメリットがある。

 

「・・・----・・・・---!! ー・・・ーーーー・・・!!」

 

 隣にいたジルクが、フィリアに、興奮気味に何かを話していた。

 

「なるほどな」

 

 フィリアは何かを理解したようで、また古びた本へと視線を落として、本の上で目線を走らせた。

 

 俺は会話に置いてきぼりにされて、呆然としていた。

 おかしいな。賢者タイムの時は、簡単に理解できた言語なのに、

 今は、さっぱり分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダッダッダッダッダッ!!

 

 さらに再び、二つの足音が、この部屋へと飛び込んで来た。

 何事か? と俺は振り向いた。

 ジルクもフィリアの母親も、今はこの部屋にいる。

 フィリアの父小桑原啓介(こくわばらけいすけ)は、寝室で眠っているらしい。

 

 という事は、この二つの足音は誰だ?

 まさか不審者か?

 そう思って、振り返った先には。

 

 目の前に、俺の大好きな直穂(なおほ)がいた。

 直穂(なおほ)が、二つの駆け足のうちの一つだった。

 さらさらの黒髪短髪を暴れさせながら、泣きそうな顔で、俺の隣へと駆け込んできて、ベットの浅尾(あさお)さんを覗きこんだ。

 

行宗(ゆきむね)っ! 和奈(かすな)! 大丈夫なのっ!?」

 

 直穂(なおほ)は不安に染まった顔で、俺と浅尾(あさお)さんを交互に見た。

 俺は、何も言えなかった。

 浅尾(あさお)さんは、今日にでも死ぬかもしれないらしい。

 そんな事、口が裂けても言えなかった。

 

「うん……大丈夫みたいだよ、治せる薬はあるんだって……」

 

 浅尾(あさお)さんは、汗まみれの笑顔で、直穂(なおほ)の頬を撫でて笑いかけた。

 

「心配しなくていいよ、直穂(なおほ)……」

 

 それを聞いた直穂(なおほ)は、安心したようすで、ため息を漏らして浅尾(あさお)さんの手を握った。

 

「良かった……」

 

 そんな直穂(なおほ)の言葉を聞いて、心がズキンと痛んだ。

 俺だけが知ってる。

 浅尾(あさお)さんの命が危うい事を。

 

 浅尾(あさお)さんは純粋だから、フィリアのついた嘘を信じきって、安心しきっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は罪悪感から、二人を見ていられずに、フィリアの方を見た。

 

 フィリアは、ボロボロと涙を流していた。

 フィリアが見上げる先の正面には、

 ガタイの良い男。

 誠也(せいや)さんがいた。

 どうして、直穂(なおほ)誠也(せいや)さんがここに?

 

「ごめんっ!!! 誠也(せいや)ごめんっ!! オレのせいで酷い目に遭わせてごめんっ!!!」

 

 フィリアは誠也(せいや)さんの大きな胸に頭を押し込んで、嗚咽しながら謝っていた。

 そうか。

 先ほど部屋に入ってきたもう一つの足音は

 誠也(せいや)さんだったのか。

 

「フィリアすまない! お前を守ってやれなかった! マグダーラ山脈に連れていくという約束も、守る事ができなかった!!」

 

 

 誠也(せいや)さんも、フィリアの小さな肩を掴み、わんわんと泣いていた。

 感動の再会なのだろう。

 気づけば浅尾(あさお)さんと直穂(なおほ)も、会話をやめて、フィリアさんと誠也さんを見ていた。

 ジルクは一冊の本を抱えたまま、フィリアの母親は色とりどりの宝石を抱えたまま、茫然としていた。

 

「それでフィリア、浅尾(あさお)さんは治せるのか?」

 

 呼吸を整えた誠也(せいや)さんは、涙で濡れた顔のまま、フィリアに尋ねた。

 フィリアは、少し顔を引きつらせて、

 すぐに笑顔を作って、堂々と言い放った。

 

「当たり前だろ! オレは小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の弟子だ」

 

「……そうか……頑張れ……」

 

「おう……任せとけ」

 

 誠也(せいや)さんに笑顔で答え、フィリアは、くるり、とベッドの方を向いた。

 そしてフィリアの母から、宝石のようなものを受け取り、治療を再開するのであった。

 

 

 

(そういえば……リリィさんとユリィは、来ていないのだろうか?)

 

 俺はふと気になった。

 直穂(なおほ)がどうやってここまで来たのかも、聞いていなかったな。

 オ〇二ーをして天使になって、誠也(せいや)さんを乗せて空を飛んできたのだろうか?

 リリィさんとユリィは、あの旅館に残ったままなのだろうか?

 俺は、直穂(なおほ)に聞くことにした。

 

 

「なぁ直穂(なおほ)、リリィさんとユリィはどうしたんだ?」

 

「あぁ。あの二人はね、先に公国に出発しちゃったの」

 

「え……?」

 

 直穂(なおほ)の言葉は、にわかには信じられなかった。

 

「『早く公国に帰らなきゃいけないので、浅尾(あさお)さんの回復は待てません』って言われちゃった。リリィさんにね。 

 そして、『浅尾(あさお)さんの治療がすんでから来てください、公国で待っています』って言われて、

 コレ(・・)を渡されたの」

 

 

 理解がおいつかずに混乱している俺に、直穂(なおほ)は大きく膨らんだポケットから、真っ黒な装飾された腕輪を取り出した。

 黒い腕輪には、きめ細かい紋章が刻まれていて、重厚な感じがした。

 

 それは、リリィさんが付けていた腕輪だった。

 リリィさんと出会った時に見た。

 彼女の真っ白で細い腕に絡まった、真っ黒な腕輪が印象的で、よく覚えていたのだ。

 確かユリィも、お揃いの腕輪をつけていた。

 

「『この腕輪(・・・・)を持って、ここから一番近い関所に向かって、そこにいるアキバハラ公国の兵士に見せて下さい。 公国首都まで案内してくれるはずです』って言い残して、 

 獣族の人と少し話してから、私が天使になって旅館を発つのと同時に、二人は先に行っちゃった」

 

 そうか。

 確かにリリィさんは、早く帰らなければいけないと、何度も口に出していた記憶がある。

 リリィさんにも、急ぐ事情があるのだろう。 

 浅尾(あさお)さん治療を、待っている時間はないのだろう。 

 

「ごめんね……また私が、みんなに迷惑かけちゃって……」

 

 ベッドの上の浅尾(あさお)さんが、消え入りそうな声で、直穂の手をギュッと握った。

 

「迷惑だなんて思ってないよ。和奈(かずな)が無事で、ホントに良かったの。 だから焦らず、ゆっくり行こう。

 私達は絶対、みんなと元の世界に帰るの……」

 

「うん……」

 

 手を取り合う二人を見て、俺の心臓がドクンドクンと跳ねた。

 自分でもこの感情に、名前をつけられなかった。

 でも、願うことは一つだ。

 

(頼む、フィリアさん。 浅尾(あさお)さんの命を救ってください)

 

 俺は目を瞑って、祈った。

 祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―リリィさんとユリィ視点―

 

 リリィとユリィは、獣族独立自治区の外へ出て、ガロン王国領内の森を、早歩きで歩いていた。

 

「はぁ……最後までしつこく勧誘されてしまいました。 断るのは骨が折れましたよ。心も痛みました」

 

 リリィはため息をつき、愚痴を吐いた。

 

「お姉さま、少しは手を貸しても良かったのではないでしょうか? 獣族独立自治区は、乾季に多数の餓死者が出るんですよね? わたしの魔法なら、地下の川を掘り当てることだって、出来たかもしれません」

 

 ユリィは、遠慮がちにそう言った。

 

「そこまでする義理はありません。あたし達は、公国を代表する立場の人間です。 

 もしガロン王国が「公国が、獣族独立自治区を支援した」と憤慨すれば、どうなるか想像できますか? 

 王国軍が兵を上げて、独立自治区で戦争が起きるかもしれません。

 下手すれば、王国と公国の全面戦争に発展します。 

 公国貴族たる者。国全体を守るためには、時には、非情な決断をしなければいけません」

 

「でも……姉さま」

 

 ぽつり、ぽつりと歩みを進めていく姉妹。

 その姉の両腕には、何もついていなかった。

 

「ねぇユリィ。どうして独立自治区の獣族達が、反乱軍として、ガロン王国に無駄な特攻を仕掛けるのか分かりますか?」

 

「……物資を奪うため、でしょうか? まさか王国軍を倒すため、ということはないでしょうし」

 

口減(くちべら)しですよ。 一人一人がお腹いっぱい食べるために、戦死させて人口を減らすんです。 まあ最前線で戦う方々には、大義名分があるのでしょうが」

 

「なるほど……」

 

 ユリィは納得したように頷いた。

 

「戦争は国を不幸にします。ほとんどの場合、与えられた土地を豊かにしていく方が、国は良くなります。

 反乱軍を解体して、兵士たちの熱量を、農業やインフラ整備に集中させるだけで、穀物高は増えるはずです。

 そして、人間語を学び、本を読むべきです。

 確かに獣族の平均知能指数は、人間より遥かに劣りますが、

 努力すれば基礎スキルは習得できるはずです。

 国民の基礎スキル習得率が増えれば、国は発展するということは、アキバハラ公国が証明していますしね。

 なんて事を、彼らに伝えておきました」

 

「お姉さまは……やっぱり凄いです。 わたしはまだ、お姉さまの足元にも及びません」

 

 ユリィが尊敬の眼差しを向けると、リリィはポリポリと頭を掻いた。

 

「とにかく、外の敵を倒すより、国民を幸せにしたほうがいいという事です。 分かりましたか?」

 

「はいっ!」

 

 ユリィは満面の笑みで微笑んだ。

 リリィは少し寂しそうな顔で笑った。

 

「ユリィ、はじめての外の世界はどうでしたか?」

 

「楽しかったですっ! 騎士様に早く、わたしも泳げたよって伝えたいですっ!」

 

「そうですね……」

 

 二人は森の中を歩いていく。

 西へ西へ、アキバハラ公国へと向かって。

 

 

 

 

 

 




 あとがき。
 急展開?
 まさかのリリィ姉妹との別れ!
 直穂(なおほ)誠也(せいや)の合流!
 ストーリーが順調に進んでおり、充実感に溢れています!
 
 夏休み、いかがお過ごしでしょうか?
 私は祖父母の家で、海で泳いだり花火をしました。
 
 あとは、甲子園を観て楽しんでおります!
 やはり野球は、最後まで勝負が分からなくて、面白いです!
 この作品でも、かなり先の展開で、野球回を用意しているので、お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十八発目「ハッピーエンドへの唯一解」

 

 オレの名は、フィリアという。

 両親は不明だ。気づいたらオレは、あるお爺さんに育てられていた。

 オレは、戦争孤児だったそうだ。 お爺さんはそんなオレを拾って、育ててくれていた。

 でも、そのお爺さんは病気で死んじゃって、

 オレは6才くらいの時から、山の中で一人ぼっちだった。

 そしてオレも、病気にかかった。

 身体がドンドンと痛くなって、死に一歩一歩近づいている感覚が、怖くてたまらなかった。 

 病院に行くことは出来なかった。

 オレは獣族だから、人間に見つかれば、捕まってしまうのだ。

 

 もう駄目だ。と思った時。

 人間の小桑原啓介(こくわばらけいすけ)と、彼の妻が、オレを見つけてくれたのだ。

 

 オレの病気は、いとも簡単に治療されて、

 オレは、二人についていくことにした。

 久しぶりの話し相手が出来て、嬉しかったのだ。

 

 二人は、オレを、娘として受け入れてくれた。

 

 オレ達三人は、獣族独立自治区へとたどり着いた。

 独立自治区は、人間であるお父さんを歓迎しなかった。

 でも、さまざまな病気を治して、畑を開墾し、知恵を授けて、

 父さんは、貧しくて餓死者が多い独立自治区を、みるみる内に豊かにした。

 父さんは、誰からも尊敬されるようになり。

 オレは、医者としての父さんに、憧れるようになった。

 

 

 

 

 ★★

 

 

 

 さて、どうする。

 オレは、浅尾(あさお)さんの身体を前に、必死で頭を回転させていた。

 浅尾(あさお)さんの状況は、想像の何倍も深刻だった。

 

 オレの心の中は、ぐちゃぐちゃだった。

 

 調べれば調べるほど、治療不可能、という答えに近づいている絶望感があった。

 

 魔力が体内のモンスターに吸収されるため、魔法の類がいっさい使えないというのが、

 治療の選択肢を大きく減らした。

 

 俺は補聴器で、浅尾(あさお)さんの腹の中を覗いた。

 耳を覆いたくなるほどの、気持ち悪い音がした。

 浅尾(あさお)さんの腹の中で、何かが蠢いていたのだ。

 

 

 

 ジルクと母さんが、二階から駆け下りてきた。

 ジルクは二冊の本を抱えながら。

 お母さんは、魔導石と魔吸石を持って来てくれた。

 

 ジルクは、興奮気味に、獣族語で叫んだ。

 

『フィリア! 【天ぷらうどん】の記述があった! ヴァルファルキア大洞窟の最深層、八十四層で一年前に確認されたモンスターだ! "英雄バーン・ブラッド"率いる攻略隊が、壊滅した事件だ! 覚えてるか?』

 

「あぁ……思い出した」

 

 オレは思わず声を漏らした。

 ジルクが持ってきた本は二冊。

 

「~六人目の英雄~ バーン・ブラッド」

「モンスター図鑑 ヴァルファルキア大洞窟 第7巻」

 

 の、二冊である。

 どちらも、六か月ほど前に、アキバハラ公国から発売された本であった。

 内容もだいたいは覚えている。

 

 去年の9月に起きた事件。

 生きる英雄バーンブラッドの率いる、世界最強の探索隊が全滅したのだ。

 その元凶となった、強力なモンスターの名前こそ。

 【天ぷらうどん】

 であった。

 

 オレは頭が真っ白になりながら、モンスター図鑑のページをめくった。

 

 

 

―――――――――――

【天ぷらうどん】 

 

 温泉のような外見をしており、中に入った人間を引きずり込む。

 人間を体内で生かし、その排泄物を主食とする。

 

 六人目の英雄、ダンジョン攻略の鬼といわれた「バーン・ブラッド」のパーティを壊滅させている。

 討伐方法は不明。極力戦闘は避けるべし。

 

―――――――――――

 

 【天ぷらうどん】の特徴は、行宗(ゆきむね)がした説明と、一致していた。

 じゃあまさか本当に、浅尾(あさお)さんに寄生しているのはコイツなのか? 

 俺は思わず尋ねた。

 

「お前ら本当に、【天ぷらうどん】に会ったのか? ヴァルファルキア大洞窟の最下層だぞ? お前らって滅茶苦茶強い冒険者なのか??」

 

 行宗(ゆきむね)が困ったような顔で黙ると、代わりにジルクが答えてくれた。

 

「こいつらはスゲェ強いんだ!! 強そうなモンスターを一瞬で消し飛ばし。 王国軍を、言葉だけで退けたんだからな!」

 

「なるほどな……」

 

 オレは、行宗(ゆきむね)たちが強いのだ、と知ると同時に、

 ジルクに対しても感心していた。

 

 ジルクが、オレの人間語が聞き取れた事に驚いたのだ。

 ジルクは人間語の勉強に苦心していた。

 オレが知っているジルクは、文字は読めても聞き取りは出来なかった筈なのだが。

 オレが村を空けている間に、聞き取りまで身に着けたのだろう。

 

 

 なんて、想いを巡らせていると。

 玄関のほうから、二つの足音が駆け込んできた。

 最初に入ってきたのは、黒い髪のお姉さんだった。

 行宗(ゆきむね)浅尾(あさお)さんの名前を呼んで、二人の元へと駆けつけてきた。

 

 そして、もう一つの足音も入ってきた。

 

 彼は、オレの方を見て、ピタリと足を止めた。

 オレは、心臓が止まりそうだった。

 

 そこには、オレの大好きな想い人。

 誠也(せいや)がいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理だ……

 オレは、絶望していた。

 誠也(せいや)や母さんに見守られながら、必死に手を動かす。

 でも、浅尾(あさお)さんの身体を調べれば調べるほど、容態の深刻さが浮き彫りになっていった。

 

 母さんが持ってきた、魔導石と魔吸石を使って回路を作り、浅尾(あさお)さんの体内を詳しく調べてみたけど、

 結果は絶望的だった。

 

 【天ぷらうどん】の幼体、小さな触手は、浅尾(あさお)さんに妊娠に似た方法で寄生していた。

 臓器の奥の奥まで、複雑に入り込んでいたのだ。

 

 攻撃魔法を使えば、おそらく浅尾(あさお)さんの命まで奪ってしまう。

 回復魔法も効かないのが痛い。

 三年前にマグダーラ山脈から調達した薬は、ほとんど使いきってしまった。

 手持ちの薬では、とてもじゃないが太刀打ち出来ない。

 

 それに【天ぷらうどん】は、討伐方法が判明していない未知のモンスターである。

 

 オレは、ついに、手が止まってしまった。

 

 あ……あ……

 

 何も出来ない。

 全身が震える。

 絶望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや……諦めるな。

 何か方法がある筈だ。

 思い出せ。オレが憧れた父さんは、最後まで諦めなかった。

 方法は、必ず、きっと、ある。

 

 

 

 

 

 

 

「フィリア、無駄な事をするな。その娘はもう助からん」

 

 は??

 聞きなれた図太い声が、背中から聞こえて、

 オレは自分の耳を疑った。

 いつの間にか、オレの後ろには父さんがいた。

 小桑原啓介(こくわばらけいすけ)

 独立自治区を豊かにしていった男。世界一の医者。

 あごに髭を蓄えていて、目に隈があり、避魔病を患い衰弱しているものの。

 その眼光は鋭く、名医としての威厳があった。

 

「体内のモンスターが、臓器に複雑に絡みあっている。 手持ちの道具じゃ取り除けない。

 効く薬もない。魔法も逆効果。打つ手なしだ」

 

 父さんは淡々と、冷たい声でそう告げた。

 父さんは、一目見ただけで患者の症状を把握するという力がある。

 特殊スキルである。

 

 

 

「え……は?」

 

「はぁ? ど、どういうこと?」

 

 直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんが、同時に震えた声を漏らした。

 

 オレは激怒した。

 

「どういう意味だよ。クソ親父……?」

 

「そのままの意味だ。そこに寝ている女は三日で死ぬ。せいぜい体内の魔力を抜いて、延命させることだな」

 

 オレは、父さんをぶん殴った。

 

 ドゴッ!!

 

 ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!!

 

「ふざっけんなよっ!! なんだよその目は!! 避魔(ひま)病にかかって魂まで腐ったのかよ!! 

 治らないだと!? それでも諦めないのが医者だろうがっ!!」

 

 ドゴッ!! ドゴッ!!

 

 オレが父さんを殴った事は、はじめてだった。

 殴りそうになった時は、一度だけある。

 それは、一ヶ月前。

 父さんの避魔(ひま)病を治すために、マグダーラ山脈に行くと言ったら、全力で反対された時である。

 その時は本気でイライラしたが、手は出さなかった。

 

「お前なんかっ! 父さんじゃねぇ! 医者でもねぇっ!! 

 オレが憧れた小桑原啓介(こくわばらけいすけ)は、諦めの悪い男だ!!

 どんなに難しい治療でも、最後まで諦めずに苦しんで、苦しんで、苦しむ男だろうがっ!!」

 

 ガシッと、背中が掴まれて、

 オレはジルクに、背中を掴まえられた。

 

「やめろフィリア、落ち着けって!!」

 

 オレはジルクに抱え込まれて、怒りを堪えながら、

 ゆっくりと、呼吸を整えていった。

 少しづつ、冷静さを取り戻していく。

 頭が冴えていく。

 今の絶望的な状況を、俯瞰してみる事ができた

 

 ベッドの上で、浅尾(あさお)さんがパニックを起こしているのが見えた。

 行宗(ゆきむね)と黒髪のお姉さんが、恐怖に染まって泣きわめく浅尾さんを、抱きしめて、なだめていた。

 

 オレは、頬を腫らした父さんを見下ろした。

  

「なぁ? 嘘つくんじゃねぇよ。マグダーラ山脈にはあるんだろ? 浅尾(あさお)さんを治す薬が……?」

 

「お前、まだそんな事を……」

 

 オレは、たどり着いた。

 父さんの言葉が最後のピースだった。

 浅尾(あさお)さんの病を治す、唯一の方法にたどり着いた。

 

「安心しろっ! 浅尾(あさお)さんっ! 行宗(ゆきむね)っ! こんなヤブ医者の判断なんかに、耳を傾けるんじゃねぇ!

 浅尾(あさお)さんの病気を治す方法は、ある!!」

 

「なんだと??」

 

 オレのヤブ医者発言に、父さんはギロリと睨みつけてきた。

 

「ついでにお前の病気も治してやるよっ! ヤブ医者っ!! 人生諦めた顔をしてんじゃねぇ!   

 オレは小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の弟子! フィリアだっ! どんな不可能だって可能にしてやる!!」

 

 オレは、希望に満ち溢れていた。

 全てのピースが、上手く揃った。

 これで、浅尾(あさお)さんと父さんの命を助ける事ができる!

 

「本当なのか? 浅尾(あさお)さんの命が助かるって……」

 

 行宗(ゆきむね)が、泣きそうな顔で歩みよってきた。

 

「あぁ、その代わりに、お前の手も借りるぞ? 行宗(ゆきむね)!」

 

 オレは、行宗(ゆきむね)に笑顔を返した!

 

「オレ達は、浅尾(あさお)さんと父さんの病気を治すために、マグダーラ山脈を目指す!!」

 

 オレは、高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 行宗(ゆきむね)達が、【天ぷらうどん】という強力なモンスターと戦うほど強いと知った時点で、考えてはいた。

 マグダーラ山脈に向かうという選択肢。

 行宗(ゆきむね)達は強いから、マグダーラ山脈に巣食う神獣達も、倒せてしまうかも知らない。

 そうすれば、可能性は広がる。

 

 マグダーラ山脈は、薬の大ダンジョンと呼ばれている。

 そこに行けば、神が作りしあらゆる薬材が揃っているというのだ。

 

 オレは昔、父さんに連れられて二回ほど、そこに行った。

 マグダーラ山脈に行けば、浅尾(あさお)さんの病を治す方法も、あるかもしれない。

 

 そしてそこには、オレの父さんの病を治す薬の材料もあるのだ。

 

 浅尾(あさお)さんの病気を治す、おそらく唯一の方法。

 同時に、父さんの病気も治して、ハッピーエンドである。

 

 しかし、この方法には、致命的な欠陥があった。

 時間である。

 マグダーラ山脈までの往復に、少なくとも一週間は必要である。

 対して、浅尾(あさお)さんの命は、もって三日ほど。

 とてもじゃないが、間に合わない。

 

 オレの頭では、浅尾(あさお)さんを一週間以上延命させる手段が分からなかった。

 

 魔法が効かないから、薬に頼るしかないと考えたが、

 手持ちの薬では、三日の余命を一週間に伸ばすのは、不可能だった。

 三年前に収穫してきた、マグダーラ山脈で手に入れた、優秀な薬は、

 ほとんど使いきってしまっていた。

 

 そこで、父さんの言葉が手助けになった。

 

(せいぜい体内の魔力を抜いて、延命させることだな)

 

 つまりそういう事だ。 

 回復魔法を使うと、体内の【天ぷらうどん】に魔力吸収されてしまい逆効果なのだから。

 逆に、魔力を吸収すれば、体内のモンスターは弱体化するはずだ。  

 もちろん、浅尾(あさお)さんの身体にも、大きな負担をかけてしまう。

 体内の魔力濃度が大きく減れば、人はやがて死ぬ。

 ただし、一週間程度なら、命に別状はないはずだ。

  

浅尾(あさお)さんの病気の進行を遅らせて、速やかに薬を調達し、父さんと浅尾(あさお)さんを治療する」

 

 これが、オレの思いつく、ハッピーエンドへの唯一解だった。

 

 

 

「狂ってる………本当に出来るとでも?」

 

 全てを説明し終わった後で、

 父さんが、呆れたように呟いた。

 

「そうだな。 オレはなんたってお前の娘だからな。 

 お前は、誰かの大切な人と自分の大切な人を、命をかけて助ける男だ。 

 こんな所で死んだ目をして、諦めるような奴じゃねぇんだよっ!!」

 

 興奮のあまり、大声で叫んだ。

 涙がボロボロと込み上げてきた。

 

「ダメだ。行けば死ぬぞ? マグダーラ山脈は危険な場所だ! お前なんかじゃ!」

 

「心配ねぇ、確かに一ヶ月前のアレは無謀だったけど、今のオレには仲間がいる。 誠也(せいや)がいる。

 そして行宗(ゆきむね)、お前たちもついて来てくれ。ダンジョンに潜るほど強いんだろう?」

 

 オレが行宗(ゆきむね)の方を見ると、間髪入れずに彼は答えた。

 

「当たり前だろっ! 浅尾(あさお)さんを助けられるなら、俺は何だってやる!」

 

 行宗(ゆきむね)は、浅尾(あさお)さんへと、向き直った。

 

浅尾(あさお)さん。

 俺たちは、浅尾(あさお)さんの薬を手に入れてくるから、

 それまで、待っていてくれ」

 

「うんっ、待ってる……」

 

 浅尾(あさお)さんは、潤んだ目で彼を見つめながら、コクンと頷いた。

 さらに、オレの母さんの言葉が重なる。

 

啓介(けいすけ)さん。フィリアはもう一人前の医者ですよっ。だから、行かせてあげませんか?

 あなたは死ぬ間際に、フィリアの、後悔と葛藤で苦しんでいる顔を見たいんですか? 

 私は違います。 

 フィリアが頑張って薬を持ってきて、フィリァが大好きな父親と一緒に、笑顔で医者をしている未来が見たいです」

 

 お母さんが、口を開いた。

 いつもは無口で、意見を言わずにニコニコしているお母さん。

 だけど今は、オレの事を思って、父さんを説得してくれていた。

 すごく嬉しかった。

  

「『もし患者を助けられなくても、ああしておけばこうしておけばという後悔はしたくない。 だから無茶も無理もするんだよ』って、あなたの口癖だったでしょう?

 フィリアも同じなんです。 

 命を危険に晒してでも、助けたい人がいるんです……」

 

「……分かった」

 父さんが、俯きながら口を開いた。

 

「フィリア。お前に頼む。俺の病気を治してくれ」

 

 父さんは、オレが待っていた言葉を言った。

 

「俺には、まだやり残した事が、たくさんあるんだっ! 

 お前が大人になる姿を、もっと見ていたい。

 お前が好きな男を連れて、結婚して、幸せに暮らしているところをみていた

 もっとこの家族で一緒にいたい。

 死にたくないんだっ!!」

 

 父さんが、涙で顔を濡らしながら、子供みたいにみっともなく、泣き言を叫んでいた。

 お母さんもオレも、驚きすきてちょっと引いていた。

 父さんが泣いている所なんて、オレはほとんど見た事がない。

 一度だけ、手術で失敗をした時に、隠れながら泣いている所を見てしまった事はあるが。

 こんなに壊れたみたいに、号泣している父さんは、衝撃的だった。

 

 あの頑固で、一人でなんでもこなす父さんが、

 娘のオレに泣きついて、頼ってくれている。

 オレは可笑しくて、嬉しくて、ケラケラと笑ってしまった。

 目の前で嗚咽し、えずきながら涙をながす父さんの頭に、手を乗せてみた。

 

 なで、なで、なで、と、赤ちゃんをあやすように、

 父さんの頭を撫でた。

 自分の中にある、母性本能的な何かが、目覚めた気がした。

 

「任せとけ。オレは医者だ! 

 彼氏も連れてきてやるよ。実はオレ、今、気になってる人がいるんだ!」

 

 オレは、堂々と言い放った。

 父さんと母さんが、目を見開いて驚いていた。

 ジルクも驚いたようで、その手からポロリと、「~六人目の英雄~ バーン・ブラッド」が床に落ちた。

 当然だろう。

 オレは今まで、家族に、恋バナの一つも聞かせたことはない。

 好きな男なんて、今までできた事がなかったから。

 誠也(せいや)の表情は、恥ずかしくて確認できなかった。

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

「忘れものはないか?」

 

 誠也(せいや)に聞かれて、オレはもう一度、荷物の確認をした。

 防寒具にコンパス、地図。

 火魔砲に、ナイフ、魔石や魔導石。

 マグダーラ山脈まで往復するための必需品を、確認して、バッグの中へ戻していく。

 

 パーティーメンバーは、

 フィリア、誠也(せいや)万波行宗(まんなみゆきむね)新崎直穂(にいざきなおほ)

 男二人に女二人、まるでダブルデートみたいだが、そんなに呑気な旅ではない。

 全員の命がかかった。大冒険である。

 

「じゃあ、和奈。行ってくる」

 

「うん……いってらっしゃい、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)

 

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)が、浅尾(あさお)さんに別れを告げた。

 

「娘さんは私が、必ず、無事に連れて帰ります。

 お父さんは、お身体を大事に待っていてください。

 浅尾(あさお)さんを頼みます」

 

「お前に父さんと呼ばれる筋合いはない。 ふん、フィリアにはまだ、手を出すなよ」

 

「わっ、分かっています」

 

 オレは、誠也(せいや)と父さんのやりとりに、ふき出しそうになった。

 何を言っているんだ父さん。

 手を出すって、そんなっ……

「よしっ! 最終確認完了っ! さっさと行くぞっ! 時間がないんだっ!」

 

 オレは大声で声をかけると、誠也を引っ張って、玄関を出た。

 行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)も付いてきた

  

 オレ達四人は、マグダーラ山脈めがけて、歩きだした。

  

 

 

 

 

 

 

 

 





 せっかくなので、このタイミングで、キャラクター投票をしてみようと思います。
 投票してくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編
三十九発目「冒険者のトイレ事情」


 

 俺達は、浅尾(あさお)さんと、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)さんの病気を治すために、マグダーラ山脈へと向かう事になった。

 タイムリミットは一週間。

 可能な限り早く、俺達は薬の材料を手に入れて、浅尾(あさお)さんの元へと戻らなければならない。

 

 ということで、俺と直穂(なおほ)は休む間もなく、身支度をして、

 フィリアや誠也(せいや)さんと一緒に、マグダーラ山脈へと旅立った。

 そしてひたすら、地面がデコボコして草の生い茂る山の中を、歩く、歩く、歩く。

 真夏の蒸し暑い森の中。 

 服装は、虫に刺されないための、全身を覆うような長そで長ズボンである。

 フィリアの家にあった作業着を借りたのであるが、熱が籠って熱くて仕方ない。

 地面を踏みしめる度に、大きな石やぬかるみを踏んで足を酷使する。

 

 俺と直穂(なおほ)は、早々に息を上げていた。

 レベルが高いお陰で、少しは疲れにくくなっているはずなのだが、

 恐らく歩き方が下手くそなのだろう。

 足首にどんどんと疲労が溜まってきて、土踏まずがつりそうになってきた。

 

 俺達の前には、涼し気な顔で道なき道を突き進んでいく、フィリアさんと誠也(せいや)さんがいた。

 倒れた木を飛び越えて、刀で草を切り開き、人の通れる道を作っていく。

 

 キツイ、疲れた。休ませてくれ。

 

「ねぇ行宗(ゆきむね)、どうしよう、私……」

 

 隣の直穂(なおほ)が、なんとも気まずそうな表情で、俺のほうに顔を寄せて囁いてきた。

 彼女の汗で湿った黒髪が、ふわりと頬を撫でてきてくすぐったい。

 俺は直穂(なおほ)の方を向いて、次の言葉を待った。

 

「……トイレに行きたいんだけど」

 

「……マジで? ……大小どっち?」

 

「……おおきい、ほう」

 

 直穂(なおほ)は消え入りそうに、肩を縮ませながら、悲痛そうな声をあげた。

 大きい方のトイレ。

 つまりそういう事だろう。

 しかし、ここは森の中、トイレはない。

 トイレットペーパーもない。

 

「フィリアさんに相談してもいいか?」

 

 直穂(なおほ)は気まずそうに、コクンと頷いた。

 俺は歩くペースを速めて、

 黙々と前を歩いている、フィリアに声をかけた。

 

「あの、フィリアさん、ちょっと困ったことがあるんだですが……」

 

「なんだと!?」

 

 フィリアは目の色を変えて、俺の方を振り返った。

 

「……直穂(なおほ)が、トイレに行きたいみたいで……」

 

 フィリアは目を細めて、安心した様子で肩を下ろした。

 

「なんだそんな事か……」

 

 そして直穂(なおほ)に向けて、言葉を続けた。

 

「オレ達は待ってるから。直穂(なおほ)はどこかの草むらに隠れて、すませてきなよ」

 

 フィリアの声に、直穂(なおほ)誠也(せいや)さんも足を止めた。

 直穂(なおほ)は、ギョッと目を見開いて、唇をいっそう硬く結んだ。

 直穂(なおほ)は絶句していた。

 直穂(なおほ)が言いたいことは良くわかるので、俺が気持ちを代弁する。

 

「どこかですませるって…… ()くものがないんだぞ? なにか()ける紙はないのか?」

 

 そんな俺の問いに対して、フィリアは、怪訝そうな顔で返した。

 

「はぁ? まさか紙で()くつもりか? 冗談じゃねぇ、どこの貴族だよっ。

 言っとくが独立自治区では、紙はめちゃくちゃ貴重なんだからな? 

 【水素(アクア)】と【風素(ウィンド)】を使えばいいじゃないか?」

 

 【水素(アクア)】と【風素(ウィンド)

 確か、リリィさんが話していたな。

 応用スキルの基礎となる、四種類の基礎スキルの内の、二つである。

 他の二つは確か、【火素(フレイム)】と【土素(アース)】だっけ?

 

 フィリアは、口をへの字に曲げながら言葉を繋ぐ。

 

「……まさか、お前ら、基礎スキルを使えないのか?」

 

 その通りだ。

 俺達は、つい3日前に、現実世界から召喚された人間である。

 最初から身についていた【特殊スキル】は使えても、

 【基礎スキル】なんて、習っていないのである。

 

 

「ああ。俺達が使えるのは【特殊スキル】だけだ」

 

「……マジかよ。そういう人がいるのは知ってたが……」

 

 俺の答えを聞いた、フィリアと誠也(せいや)さんが、驚いた顔をする。

 

「じゃあ、オレが洗ってやるよ。行宗(ゆきむね)誠也(せいや)はここで休んでろ」

 

 フィリアはそう言って、直穂(なおほ)に歩み寄ってきて、

 直穂(なおほ)の握られた拳に、両手を重ねた。

 

「……ッ!!」

 

 直穂(なおほ)は、明らかに動揺しており、目をキョロキョロと泳がせた。

 そりゃそうだろう。

 尻拭いを他人にされるなんて、俺だって嫌だ。

 

「安心してくれ。オレは医者だから、こういうの(・・・・・)には慣れてる」

 

 フィリアはそんな言葉で、直穂(なおほ)を安心させようとする。

 違う違う。

 慣れてる慣れてないの問題じゃないんだよなぁ。

 人間としての尊厳にかかわるというか……

 なんて、俺は心の中では思うのだが。

 かといって、代替案も思いつかないので、

 俺は直穂(なおほ)の表情をうかがった。

 

「…………」

 

 直穂(なおほ)は、また自分の足元をジッと凝視しながら……

 そして、覚悟を決めたように、ハァッと息を吐くと

 顔を上げた。

 

「……フィリアちゃん……お願いしますっ……」

 

 直穂(なおほ)は、必死に平静を装いながら、答えた。

 そして、二人は手を取り合って、

 草むらの向こうへと消えて行った。

 

 俺も、めちゃくちゃ動揺していた。

 恥ずかしいがっている直穂(なおほ)は、本人に言えば怒られるかもしれないけど、すごく可愛くてエ○かった。

 しかし、森の中で野〇って、生々しすぎるだろ。

 

 いちおう、耳も塞いでおこうと思う。

 そして誠也(せいや)さんの方を見ると、彼も両手で耳を塞ぎ、顔を反対に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったぜ」

 

 フィリアの声で、俺達は目を開けて振り返った。

 

 そこにはネコ耳を立てたフィリアと、顔じゅう真っ赤にして縮こまっている直穂(なおほ)がいた。

 直穂(なおほ)は俺と目を合わせると、不安そうに、身体を小さくしながら、

 俺の方へと歩みよってきた。

 そして泣きそうな顔で、

 

「お願いっ……汚いとか、思わないでね……?」

 

 と言ってきた。

 俺はそんな彼女が可愛すぎて、思わず抱きしめてしまった。

 

「思うわけないよ。 直穂(なおほ)はいつだって、綺麗で可愛いからっ……」

 

 なで、なで、と、優しく頭を包み込んだ。

 俺の言葉を聞いた直穂(なおほ)は、安心してくれたのだろうか。

 ふっと脱力して目を瞑り、俺の胸の中へと身体を預けてきた。

 

「……お疲れ様、直穂(なおほ)……」

 

 その俺の言葉に、直穂(なおほ)はビクリと身体を固めた。

 

「っっ! やっぱりっ、早く、忘れてっ……」

 

 心労をねぎらったつもりなのだが、直穂(なおほ)は涙目で俺を睨みあげて、

 耳まで真っ赤に茹で上がりながら、両手で俺のほっぺたを、強くサンドイッチしてきた。

 

 ぎゅむっ

 

「ごめん。忘れます。 俺は何も見なかったっ!」

 

「うん、想像するのも、ダメだからっ!」

 

 そう言われると、想像してしまうのが男である。

 ……草むらに、真っ赤な顔でしゃがみこむ直穂(なおほ)

 出会ったばかりの年下の女の子、フィリアに見られながら……

 ズボンに手をかけて……おろ……!

 

 あかん、これ以上は、俺の性癖が歪んでしまう。

 俺は、露出やスカは、ギリギリ性癖範囲内だが、

 あくまで二次元に限る!

 

 

 

 

 

 

「あの、フィリアちゃん。私に今使ってくれたスキルを、教えてくれないかな?」

 

 そして直穂(なおほ)は、強い意志を持った声で、フィリアに頼み込んだ。

 

「お前ら、スキルを習った事がないのか?」

 

「うん。…… いろいろ事情があってね……」

 

 直穂(なおほ)は、誤魔化すようにそう言った。

 

 俺たちが、別世界から来た人間という事情は、

 なるべく隠そうと決めているのだ。

 俺は、リリィさんの言葉を思いだした。

 

 

『あ、そういえば、行宗(ゆきむね)さん。言い忘れていましたが、あなた達が、異世界から来た召喚勇者だという事は、なるべく秘密にしておくべきです』

『マナ騎士団のギャベルとシルヴァでしたっけ? 

 その二人は、まだ生きているんですよね?

 これは憶測ですが。彼らは行宗(ゆきむね)さん達の、命を狙っているかもしれません。

 現存するマナ騎士団なんて、聞いたことがありません。

 マナ騎士団はマナ王国と共に、1700年前に公国によって滅ぼされた筈なのですから。

 とにかく、あたしや行宗(ゆきむね)さんは、彼らの秘密を知ってしまった訳です』

 

 リリィさんの忠告には、さすがに俺もビビったので、

 フィリアの診療所にいる間に、直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんに伝えておいたのだ。

 なるべく、俺たちのややこしい事情は、隠し通すようにと。

 

 フィリアは、直穂(なおほ)の頼みを受けて、得意げにニヤリと口角を上げた

 

「いいぜ。オレは人にモノを教えるのは得意だからな。教えてやるよ」

 

 フィリアはそう言って、直穂(なおほ)の手を握った。

 直穂(なおほ)はビクリと肩を小さく跳ねて、フィリアから思わず顔を逸らして、赤面していた。

 

「俺も話を聞いていいか?」

 

「おう」

 

 俺の授業参加希望に、フィリアは快諾してくれた。

 そして、俺達は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず聞きたいんだが、お前らの【特殊スキル】って何なんだ?」

 

 フィリアはまず、そんなことを聞いてきた。

 この場の空気が、一瞬で凍りついた。

 

「フィリアさん…… 俺の持ってるスキルは、もう知ってるだろ?」

 

「え??」

 

「ほら、【自慰(マスター〇ーション)】スキルだよ。

 自慰行為のフィニッシュ後、10分間のあいだ。ステータス上昇し、賢者となる。

 浅尾(あさお)さんを運んだ時に使ったやつだ」

 

「あぁ……アレか。お前が急に、浅尾さんのおっ〇いを見ながら自〇し始めたのには、流石に驚いたぜ」

 

 フィリアさんは、空高くとんだ時のトラウマを思い出したのだろうか?

 感情の消えた目で、そんな事を言った。

 

「しかし使いづらいスキルだな。10分間限定か。 そんな特殊スキル聞いたことがねぇ」

 

 振り返りながら、渋い声でそう言ったのは、誠也(せいや)さんである。

 

「オレも知らないスキルだ。 確かに強力だけど、使いづらいな……」

 

 フィリアが真剣な目で、あごに手を当てて考え込んでいた。

 

 

 

 

 

「……和奈(かずな)の、おっ〇いって、どういう事……? 見たの? オ〇ズにしたの??」

 

  

 

 

 氷のように冷たい直穂(なおほ)の声に、俺は戦慄した。

 

「いや直穂(なおほ)っ! 違うんだっ!! あの時は緊急事態だったから、仕方なくっ!」

 

「ふーん」

 

 直穂(なおほ)は、究極の真顔で、複雑そうな顔で、一歩一歩、俺との距離を詰めてくる。

 

「ごめんっ!!」

 

「謝まらなくていいよ、怒ってないから」

 

「え……?」

 

 直穂(なおほ)は、俺の身体に抱きついてきた。

 そして、顔を近づけてきて……

 

 ちゅっ……ちゅっ……れろ……

 

 俺の唇にキスをしてきた。

 そして、すぐに顔を離して恥ずかしそうに、

 

「ちょっと嫉妬しちゃっただけ、悪いのは私、ごめんね……」

 

 と、恥ずかしそうに上目遣いで頭を下げた。

 俺の心臓が、バクンと跳ね上がった。

 なんだこの女の子、可愛すぎるだろう。

 これが、「彼女」という生きものなのか??

 そして、後ろのフィリア方を振り返ると、

 

「フィリアちゃん、私の特殊スキルは二つだよ。一つは【超回復(ハイパヒール)】。 二つ目は行宗(ゆきむね)と同じで【自慰(マスター〇ーション)】。

 あ、でも行宗(ゆきむね)とは違って、賢者じゃなくて天使になるんだけどっ!」

 

 直穂(なおほ)は、オタク特有の早口で、一息にまくし立てた。

 フィリアは目をパチクリとさせて、口をポカンと開けていた。

 

「まてよ? お前ら二人とも、【自慰(マスター〇ーション)】スキルってヤツを使うのか?」

 

「ああ」

「そう、だよ?」

 

 直穂(なおほ)と俺の声が重なった。

 

「お前らって、付き合っている恋人同士なんだよな?」

 

「ああ」

「そうだね……」

 

 フィリアは少し考えてから、また口を開いた。

 

「つまり、オ〇ニーし合うカップルっていうことだよな?」

 

「はぁぁ!!?」

「言い方っ!!」

 

 思わず二人でツッコんだが、フィリアは真剣な顔を崩さなかった。

 

「つーことは……二人とも、したことあるのか?」

 

 フィリアは、頬を赤らめて目線を泳がせながら、

 ナニを? と俺が聞く前に、

 フィリアは具体的尋ねてきた。

 

「せ……性〇為……二人はした事あるのか!?」

 

「………!!」

 

 興味や不安が混じった目で、

 フィリアは、抱き合っている俺と直穂(なおほ)を、交互にうかがってくる。

 

 慌てた様子で、直穂(なおほ)が俺の背中から、パッと両手を離して、俺から距離をとる。

 

「今はまだ、してないよ? 私はまだ処○で、行宗(ゆきむね)は童〇……だよね??」

  

 不安げに見つめてくる直穂(なおほ)に、俺は頷いて肯定した。

 しかし……

 直穂(なおほ)って、処○だったのか??

 俺は安堵のため息を吐いた。

 中学の頃は、直穂(なおほ)は彼氏持ちだったから、もう経験済みなのかと、不安だったのだ。

 真実を知るのが怖くて、訊くにも訊けずにいたのだが……

 良かった……

 

「二人で約束したの。 仲間を見つけて故郷に戻るまでは、そういう事はしないって……」

 

「「故郷……??」」

 

 フィリアと誠也(せいや)さんの声が重なった。

 

「うん、私たちは、すごく遠くからここまで来たの。

 ホントは40人くらい仲間がいたんだけど、はぐれちゃって……

 和奈(かずな)行宗(ゆきむね)と私の、三人だけになっちゃって……

 そうなっちゃったのは、私にも行宗(ゆきむね)にも、責任があって……」

 

 直穂(なおほ)は、悲しそうな顔で話し始めた。

 直穂(なおほ)が「責任」と言ったのは、きっとあのボス戦での事だ。

 あのとき直穂(なおほ)は、【自慰(マスター〇ーション)】スキルを使わなかったから。

 もしもの話。

 直穂(なおほ)と俺が、最初から全力オ〇ニーで、ラストボス【スイーツ阿修羅】に挑んでいたとしたら……

 楽勝だった筈だ。

 あのクソ仮面どもにも、負ける訳がなかった。

 そしてネザーストーンを2個使って、マルハブシの猛毒の解毒と現実世界への帰還を叶えることが、できたはずだ。

 でも、そんな未来はなかった。

 俺達は、恥ずかしさのあまり、戦えなかった。

 俺は、浅尾(あさお)さんが死んで、やっとはじめてシ〇りはじめたんだ。

 

 ……直穂(なおほ)は、言葉を繋いでいく。

 

「だから、これはケジメなの。

 (つぐな)いや懺悔(ざんげ)贖罪(しょくざい)なのかもしれない。 私と行宗(ゆきむね)は、仲間と故郷に帰るまで、セッ〇スはしないの」

 

 直穂(なおほ)の意思は固かった。

 俺としては、もう一つの理由がある。

 俺は、不安なのだ。

 もし、二人でする快楽を知ってしまった。

 一人でいけなくなるのではないか? と。

 

 そこでフィリアが口を開いた。

 

「大変なんだな、お前ら。仲間とはぐれた上に、浅尾(あさお)さんが病気ときたもんだ。 踏んだり蹴ったりだな……」

 

「まあ、ね」

 

 直穂(なおほ)自嘲(じちょう)するように、弱々しく口角を上げた。

 

「事情は理解した。

 しかし、基礎スキルは身につけた方がいいな。

 【自慰(マスター〇ーション)】スキルだけでは、急な攻撃や長期戦に、まったく対応できないだろう」

 

 誠也(せいや)さんが、真剣な顔でそう言った。

 

「そろそろ日が暮れるな。先を急ごう、川の手前までは辿り着きたい」

 

 誠也(せいや)さんに言われて、俺たちは歩くペースを速めた。

 気づけば空は茜色に染まって、上がり下りの激しかった山道は、平らな森へと変わっていった。

 

「王国軍、いねぇよな………」

 

 フィリアが、不安そうに、目を細めた。

 俺はフィリアの見つめる方を見ると、木々の向こう側に、

 ずっと遠くに洋風の塔が見えた。

 

 なるほど、そろそろ森を抜けて、人間の棲む町へと近づいているようだった。

 フィリアは、王国軍に対するトラウマが蘇ったのだろうか?

 拳をギュっと握りしめて、強張った顔でプルプルと震えていた。

 

「大丈夫だフィリア。今のお前には、三人の護衛がいる。 

 俺は昨日、強力なモンスターと戦うコイツらを見た。

 基礎スキルが無くても、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は十分に強いし、度胸もある」

 

 誠也(せいや)さんは、そんな言葉で、フィリアの心を落ち着かせていた。

 

 俺は、胸の中が熱くなる感覚があった。

 大人の人に褒められた。認めてもらえたと嬉しくなる。

 それは親に褒められたり、同級生に褒められるのとは、違った嬉しさがあった。

 忖度なしに一人前の大人として、認められたのだ。

 

「あぁ、大丈夫だフィリアさん! 俺がオ〇ニーで守ってやる! 王国軍なんてボコボコにしてやるよ!」

 

 俺は堂々と宣言した。

 フィリアと誠也(せいや)さんに、ドン引きの白い目を向けられる。

 

 コツン

 

 直穂(なおほ)に頭を、ちょっと強めに小突かれた。

  

行宗(ゆきむね)……今のは流石に気持ち悪い」

 

「……ごめんなさい」

 

 俺が本気で落ち込んで肩を落とすと、

 

 ブハッ!

 と他の三人が噴き出した。

 

「あははっ、そんなに落ち込まないでよ、冗談だよっ」

 

「あーーっ。お前面白いやつだなっ! 任せたぜ。かよわい女の子のオレを守ってくれ」

 

「……間違ってもフィリアには手を出すなよ? いやらしい想像も禁止だからな?」

 

 最後に、誠也(せいや)さんに、冷静な声で釘を刺された。

 誠也(せいや)さんは、笑顔ではあったが、俺は恐怖した。

 

「心配ないですよ。行宗(ゆきむね)は私の身体にしか興味ないもんね?」

 

 直穂(なおほ)は、ニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「当たり前だろっ、俺は、直穂(お前)が大好きだ」

 

「ふふっ、良くできましたーー!」

 

 直穂(なおほ)は上機嫌で、親が子供を褒める見たいに、俺の頭をポンポンと叩いた。

 そして不意に、頭を俺に寄せてきた。

 直穂(なおほ)の唇は、俺の唇を通り過ぎて、左側へ。

 俺の左耳に、ぱくりとかぶりついた。

 

 ほっぺた同士がぺとりと触れあい、その熱と赤が、混ざりあって、溶け落ちていく。

 

 直穂(なおほ)の舌が、耳のなかをペロリと舐め上げる。

 そして、俺にしか聞こえない声で、囁いてきた。

 

「どうしても我慢できなくなったら、遠慮なく言ってね。

 股を開く準備は、いつでもできてるから……」

 

 くすくすっと、吐息まじりにイタズラっぽく笑って、直穂(なおほ)のカラダが離れていく。

 

 彼女は俺の正面で、まるで天使のように、幻想的な夕暮れに溶け込んでいた。

 地味な長袖コートと長ズボンが、俺にはふわふわのワンピースに見えた。

 吹き抜ける風に揺られて、彼女の短い黒髪が、ふわりさらりと浮いては沈む。

 差し込んでくる夕日の光に照らされて、火照った身体を夕日のオレンジで隠しながら、

 直穂(なおほ)は静かに、優しい笑みを浮かべた……。

 

「ねぇ……行宗(ゆきむね)

 

 

 

 

 

「私も、大好きだよ………」

 

 

 まっすぐなその言葉は、俺の心臓をギュッと掴んで、どこまでも強く熱く、抱きしめてきた。

 今俺は、どんな顔をしているだろうか?

 顔が熱くて、思わず口がにやけてしまう。

 みっともない顔を晒しながらも、

 俺は彼女から、目が離せなかった。

 

「うふふっ!」

 

 直穂(なおほ)は今度こそ、太陽みたいに無邪気に笑って、

 くるりと回って背中を向けた。

 

 まるで、夕日に溶けていくように、彼女の背中が遠ざかっていく。

 俺もゆっくりと、彼女の背中を追いかけた。

 

「ラブラブじゃねぇかよっ……」

 

 フィリアは口を尖らせながら、消え入りそうな小さな声で、呟いて…… 

 俺達はまた、歩き出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十発目「フィリア先生の魔法授業」

 

 ザザ…ザザ…ザザ…と、

 生い茂った草をかき分けて、夕日の下を歩いていく。

 フィリアさんの、魔法の授業がはじまった。

 

「じゃあまず聞くぜ? お前らは【スキル】と【魔法】の違いを知っているか?」

 

 そんなフィリアの問いかけに対して、真っ先に口を開いたのは、俺でも直穂(なおほ)でもなく……

 

「え?? 魔法とスキルって、同じじゃないのか?」

 

 誠也(せいや)さんであった。

 

「まあ、さし示す現象は同じだな。だけど、言葉の意味が違う」

 

 誠也(せいや)さんの回答を受けて、フィリアが言葉を繋げていく。

 

「大昔、1800年前この世界に、はじまりのダンジョンが現れた頃。

 突如として出現した「人知を超えた摩訶不思議なエネルギー」に、人々はこう名付けた。

 【魔法】ってな。

 はじまりのダンジョンは別名。魔法の大ダンジョンと呼ばれている」

 

 フィリアさんの教科書のような説明に、誠也(せいや)さんは目を丸くしていた。

 

「そうだったのか??」

 

「あぁ、つまり【魔法】ってのは、当時の人々には説明できない。意味不明なエネルギーだったんだ」

 

 俺には、話の内容がよく分からなかった。

 つまりこの世界には、魔法が無かった時期があるということか?

 

 

 そんな中で俺は、

 とんでもない事を思いついていた。

 

 もしかして……

 

 【もしかして、この世界は、俺達のいた現実世界の先、未来の世界なんじゃないか?】

 

 なんてブッ飛んだ思いつきを、真剣に考えてしまう。

 

 だって、日本語が存在していて、文字までまったく同じなのだ。

 それに、決定的な証拠もある。

 「白菊ともか」という、この世界を創造した女神様の名前。

 それは、俺が現実世界で大好きなVtuber「白菊ともか」と、名前が一致しているのだ。

 

 俺達の世界と、この世界の共通点は多い。

 決定的な違いは、魔法があるかないかだが。

 フィリアは、この世界に、昔は魔法がなかったというのだ。

 この世界が、俺達の世界の未来の姿だとしても、辻褄は合う。

 

 

「だが人々は、未知の魔法を研究して、その正体を解明した。

 ほとんどの魔法は、四つの【基礎スキル】、【火素(フレイム)】【水素(アクア)】【土素(アース)】【風素(ウィンド)】の四つの組み合わせで出来ていると分かったんだ。

 正体が解明した以上、それはもう、未知な【魔法】ではない。

 理論に従う既知のエネルギー、【スキル】と呼ばれるようになったんだ」

  

「なんだと?? じゃあ現代の正しい呼び方は、【魔法】ではなく【スキル】なのか?」

 

 誠也(せいや)さんが、面白いぐらいに突っ込んでくれる。

 二人の会話が気になって、俺も深い思考から現実に引き戻された。

 

「厳密にはそうだけど、実際には、どっちの呼び方も使われてるよな。

 それで、話の続きだ。

 まずは、魔法の最小単位となる4つの【基礎スキル】。

 そして、それらを組み合わせた多種多様なスキルを【応用スキル】という。

 しかし知っての通り、例外(・・)も存在する。

 【基礎スキル】の組み合わせでは、再現不可能なスキルも存在するんだ」

 

 フィリアの話に、俺は思わず口を挟んだ。

 

「【特殊スキル】だよな?」

 

「そうだ。俺の父さんの【透視(クリアアイ)】や、お前たちの【自慰(マスター〇ーション)】みたいなスキルだ」

 

「【透視(クリアアイ)】って、透視のことだっけ?」

 

「あぁ、オレの父さんは一目見ただけで、患者の体内の状態まで全て見えるんだ」 

 

 なるほどな、医者にはもってこいのスキルだ。

 確か、竹田慎吾(たけだしんご)が持っていたスキルも、【透視(クリアアイ)】だったよな。

 俺の隣の席の優しいイケメン。 ボス戦で俺を蹴りつけて、仲直りをした友達だ。

 彼は、生きているのだろうか??

 

「そしてお前らには、【基礎スキル】を四種、すべて覚えてもらう

 まずは安全な【水素(アクア)】から教えるが、いったん足を止めてもいいか?」

 

「おう」

 

 俺達は、足を止めてフィリアに注目した。

 

「そうだな……直穂(なおほ)、ちょっと手を出してみろ」

 

「う、うん……」

 

 直穂(なおほ)が不安そうに差し出した手のひらを、フィリアは手の甲のほうから掴んだ。

 

「いいか? スキルとは、大気中に含まれているダークエネルギーとか魔素って呼ばれる見えない物質を、体内の受容体に取り込んで、

 目に見えるエネルギーに変換して、放出するという現象だ」

 

 同じ説明を、どこかで聞いた覚えがあった。

 あれはたしか、洞窟のなか。

 リリィさんの口から、魔法の仕組みを教えてもらった時だっけ。

 

「最初はオレが、直穂(なおほ)の手の中で、魔力の流れを作り出すから、

 直穂(なおほ)は深呼吸して力を抜いて、手の間隔に意識を向けて……」

 

 フィリアの言葉を受けて、直穂(なおほ)は目を瞑って深く息をする。

 

「そ、そんな事できるのか? 人の体内で魔力操作なんて、ふつう中で暴発してしまうぞ!?」

 

「オレは医者だからな。患者の体内で魔法を使えないと、やってけねぇよ」 

 

「す、すげぇな医者って……」

 

 誠也(せいや)さんが驚愕の声をあげた。

 フィリアさんがしようとしている事が、どれほど凄いことなのか分からないが。

 誠也(せいや)さんにとっては、不可能と思うほど難しいらしい。

 

「じゃあいくぞ……【水素(アクア)】……」

 

 フィリアが静かに詠唱をした。

 ザザザザ……と、風が木々を揺らしていた。

 

 バシャッ!!

 

 と水音がして、

 直穂(なおほ)の手のひらの先で、水飛沫が生成された。

 直穂(なおほ)の手から出た水は、そのまま空中で弾けて、地面へと自由落下した。

 マジか、できた。

 

「うわっ!?」

 

「ふふっ、どうだ直穂(なおほ)? 感覚が分かったか?」

 

「うん、なんとなく、もう出来そうな気がする」

 

 フィリアに対して、直穂(なおほ)は、納得したような笑顔で頷いた。

 俺は思わず突っ込んだ。

 

「いや、これだけで出来るようになったのか?」

 

行宗(ゆきむね)も経験すれば分かるよ。天使になるときと感覚は似てるから」

 

「そうなのか」

 

 俺も早く経験したいな。

  

「ねぇフィリアちゃん、次は自分で試してみていいかな?」

 

「いいぜ、まあ最初は上手くいかねぇと思うけど、オレが教えていけばすぐ出来るようになるさ」

 

「よしっ! やってみる!」

 

 直穂(なおほ)は、心底興奮した様子頬っぺたを赤くして、

 手のひらを夕日に向けてかざした。

 そして、大きく息を吸い。

 両足をぐっと踏ん張って、集中するように目を閉じると、

 魔法の言葉を言い放つ。

 

「【水素(アクア)】っ!!」

 

 

 

 その叫び声に、誠也(せいや)さんの

 

「おいフィリア、これはマズイんじゃないか?」

 

 という声が重なる。

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォ!!!!!

 

 轟音と共に、俺に水飛沫が降り注いだ。

 目の前が真っ白になるほどの、巨大な水飛沫!!

 オレは一瞬のうちにびしょ濡れになった。

 

「うわぁぁぁっ!!」

「うえぇぇえっ!!!」

 

 フィリアと直穂(なおほ)の、絶叫が、とてつもない水の轟音にかき消されていく。

 

 バギバギギギ………

 と、夕日の先で、木々が折れる音がする。

 

 ドッバァァァ………

 

 魔法は一瞬で終わった。

 空気をふわふわと漂う霧が、夕日にあたられてオレンジ色に輝いていた。

 あたりはお風呂場のようにびしょびしょで、大きな木が4、5本倒れていた。

 後ろを振り返ると、小さな虹の輪の中で、フィリアと直穂(なおほ)が尻もちをついて倒れていた。

 

「この威力は、とんでもないな……」

 

 誠也(せいや)さんが、愕然として、直穂(なおほ)を見つめていた。

 

直穂(なおほ)お前…… 本当に、はじめてなのか?」

 

 フィリアも、ドン引きという顔で直穂(なおほ)を見ていた。

 

 直穂(なおほ)の水魔法の威力は凄まじくて、夕日の方向10メートル先まで、草花が吹き飛ばされて木々が倒れていた。

 

 

 

 

「すっ、すっごっ!! ねぇ行宗(ゆきむね)見てた!? 私、水魔法が使えたよっ!!」

 

 当の直穂(なおほ)は、自分の手のひら、そして俺を見つめて、

 子供みたいに無邪気に喜んでいた。

 あぁ、懐かしいな。

 俺は2年前、新崎(にいざき)さんと学級委員で一緒になって、

 クールな新崎(にいざき)さんが時折見せる、こういう可愛い顔に惚れたんだ。

 

「ああ、すげえな。でもこの威力じゃ、お尻はタダじゃ済まないな」

 

「え……?」

 

 直穂(なおほ)は、俺の台詞の意味が、すぐには分からなかったようだ。

 キョトンとした顔で、真顔のまま動きを止めた。

 そして、ギョッと目を開くと、拳をわなわなと震わせながら立ち上がり。

 俺の方に歩いてきた。

 

「さっきのトイレの事は、忘れてって、言ったよね?」

 

「冗談、冗談ですって……」

 

 直穂(なおほ)が顔を真っ赤にして、俺をギロリと睨みながら、詰め寄ってきた。

 

「あの倒れた木と、同じ目に合わせてあげようか?」

 

「し、死んじゃうよぉ……」

 

 直穂(なおほ)は、水しぶきで濡れた手のひらを、俺の顔の方向へと向けてきた。

 

「なんてね」

 

 直穂(なおほ)はふっと笑って、手のひらの向きをずらした。

 

 ピュルルッ!!

 

 と音を立てて、

 直穂(なおほ)の手のひらから、ジョウロみたいに弱々しく、水が流れ出た。

  

「よしっ、威力も調整もできたっ!」

 

 直穂(なおほ)はガッツポーズをして、夕日に笑顔を照らされながら、 得意げに俺の方を見つめてきた。

 

「天才かよ」

「マジか」

 

 と、フィリアと誠也(せいや)さんが口を揃える。

 どうやら直穂(なおほ)は、この数分で水魔法を身につけてしまったらしい。

 直穂(なおほ)が何か言って欲しそうに、俺の顔をのぞいてくる。

 俺は、何を言おうかと考えて……

 

「良かったな直穂(なおほ)、もうトイレに困る事はない……」

 

 

 

 ブシャァ!!

 

 言い終わる前に、

 直穂(なおほ)は無言で、俺の顔面に、手加減された水魔法をブッ放ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一発目「二人でとけあう夜」

 

 その後、直穂(なおほ)に続いて、俺もフィリアに水魔法を教えて貰った。

 

 人生初の水魔法は、確かに、賢者になるときの感覚に似ていた。

 具体的に言うと、オ〇ニーのフィニッシュの飛び出す感覚に似ているのだが……

 ……これ以上はやめておこう。

 

 何度か練習してみたけど、俺は直穂(なおほ)のように、スムーズにはいかなくて、

 まだ、水を出すのに多くの集中力と時間がかかってしまう。

 フィリアいわく、こんな俺でも修得速度は速いほうらしい。

 直穂(なおほ)の修得速度は異常だそうだ。

 

 

 

 そして俺達は、夕ご飯の調達をした。

 野草をササッと集めて、小型のモンスターを倒した。

 俺と直穂(なおほ)誠也(せいや)さんの三人で、一匹づつモンスターを倒した。

 

 もちろん【自慰(マスター〇ーション)】スキルに頼る事なく、

 俺達はみんな、剣の一振りで、モンスター達の息の根を止めた。

 

 今までの戦闘では、苦戦が多かった俺達だが、相手が悪かっただけなのだろう。

 俺や直穂(なおほ)は賢者や天使にならなくても、そこそこ強いと思う。

 

 そして日が暮れて。

 誠也(せいや)さんの作った地下室の中で、女性陣の料理がはじまった。

 

 俺はまったく料理なんてしたことがないし。ましてや今晩は、森の中でのサバイバル料理である。

 

 しかし、任せっきりも申し訳ないなと思った俺は、

 「なにか手伝おうか?」 

 と直穂(なおほ)に申し出てみた。

 しかし、

 

「ゆっくりしてて。 私が行宗(ゆきむね)に作りたいの」  

 と、言われて、断られてしまった。

 

 いっぽう誠也(せいや)さんも、フィリアさんに、何か手伝おうかと聞いていただが。

 

「オレの料理の方が美味いだろう? おとなしく任せとけ」

 と断られていた。

 

 ということで結局、俺と誠也(せいや)さんは、二人きりでじっと座り、料理の完成を待っていた。

 

 女性陣の方を見ると、土魔法と火魔法で作った土鍋の前で、フィリアさんが直穂(なおほ)に、火の魔法を教えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ行宗(ゆきむね)くん」

 

「……はい」

 

 楽しそうに会話を弾ませる女子達をぼーっと見ていると、誠也(せいや)さんの男らしく優しい声がした。

 

「あらためて、お礼を言わせてくれ。

 私達を助けてくれて、ありがとう。

 王国軍に捕まっていたとき、私は…… こんな未来が待っているなんて夢にも思わなかった……」

 

 誠也(せいや)さんはそう言って、深く深く頭を下げた。

 大人の人に頭を下げられて、感謝を告げられた。 

 俺の心はふわっと舞い上がるように軽くなり、嬉しい気持ちになった。

 

「俺も、誠也(せいや)さんやフィリアさんと出会えて良かったです。 浅尾(あさお)さんの治療を手伝ってくれて、ありがとうございます……」

 

 そんな感謝を言いながら、ふと浅尾(あさお)さんに思いを馳せる。

 今頃どうしているだろうか? 不安な夜を過ごしていないだろうか?

 別れの時には元気な顔で、待っているねと言っていたけど、

 浅尾(あさお)さんは強がりな所があるからな……

 

「それにしても、なかなかの剣さばきだったぞ。どこかで剣を習ったのか?」

 

 誠也(せいや)さんは意外な事を口にした。

 俺の、剣技を褒められた?

 俺は今まで、剣道なんて無縁の生活を送ってきたのだが。

 

「いえ、習ってません。上手いですかね?」

 

「あぁ。特に横振りのキレがある。オレは少し前まで、王国軍で剣術指南をしていたのだが、お前は鍛えがいがありそうだ」

 

 誠也(せいや)さんはそう言って、ニッと笑った。

 俺は、心の底から嬉しかった。

 こんな風に褒められたのは、何時ぶりだろうか?

 

 俺の人生を振り返ってみても、思い出されるのは、負けたり失敗した記憶ばかりだ。

 俺もクラスの陽キャみたいになりたいと思って、必死に元気なフリをして、厳しい部活や学級委員になって、食らいつこうとしたけれど。

 やっぱり本物には敵わなくて、ずっと敗北感にさいなまれていた。

 そして、頑張ることを諦めて、二次元に逃げ込んだんだ。

 中学二年生の頃、直穂(なおほ)に失恋した事が引き金だった。

 

 

「あの誠也(せいや)さん、俺はもっと強くなれますか?」

 

 気づいたら俺の口から、そんな言葉が出ていた。

 俺は、久しぶりに頑張りたいと思い立ったのだ。

 それは昔みたいに、人から凄いと思われたいみたいな自己中心的な理由ではなくて、

 ただ、直穂(なおほ)浅尾(あさお)さん、周りの大切な人達を守り、現実世界に連れて帰る為であった。

 

「俺は無力です、リリィさんや直穂(なおほ)に助けて貰わないと、何一つ出来ない男です」

 

「それは当然だ。一人でなんでも出来る人間なんていない、人と人とが助け合う事、それが一番強いんだ。最近はそう思ってる……」

 

「そうですね。その通りだと思います。 でも……俺は少しでも強くなりたいんです……」

 

 誠也(せいや)さんは、また俺の目を見て、またニヤリと笑った。

 

「お前は強くなれる。単純な強さだけではなく、技術的にもな。

 時間がある時に鍛えてやる。ただし、妥協はしないからな? 厳しい事も言うかもしれん」

 

「そうですか! ありがとうございます!」

 

 俺はそう言って、頭を下げた。

 もう、大切な人を危険な目に遭わせないために、俺は強くなりたかった。

 強くなれるなら、大切な人を守れるなら、俺はどんな辛い修行にだって耐え抜いてみせる。

 まあ、なるべく楽な修行がいいけどな、辛いのは嫌だ。

 

 でも、大切な人を失うことの方が、もっとずっと辛いのだから。

 

 という事で、俺に剣術の先生ができた。

 

 

 

 

 そんなやりとりをしている間に、鍋のほうから、美味しそうな匂いと湯気が漂ってきた。

 

「そうだな、まずは行宗(ゆきむね)くんの長所を言っていくぞ。

 剣の振りの鋭い所が良い。手だけでなく、股関節を使って上手く振れている」

 

 誠也(せいや)さんは立ち上がり、両手を振りながら説明を始めた。

 股関節の連動か、懐かしいな。

 中学での野球部時代に、監督に口酸っぱく注意されたな。

 

「そりゃあ行宗(ゆきむね)は、中学では野球部だったからねー。

 棒を振るのは得意でしょ? 下の棒の扱いは知らないけどね」

 

 と、下ネタと共に会話に割り込んできたのは、鍋を抱えた直穂(なおほ)であった。

 

「できたよ、(なべ)。夏だけど我慢してね。味付けは自信あるから」

 

 と言って、熱湯でいっぱいの鍋を、両手で抱えていた。

 

「すまん俺が持とうか?。重いだろ?」

 

 俺は思わず口をついてそう言った。

 直穂(なおほ)は、既に鍋を持って来ているので、いまさら交代する必要はなかったのだが。

 

「ぜーんぜん平気。ここは異世界だよ。私のレベルもそこそこ高いから、腕力もあるの」

 

 直穂(なおほ)は、得意げに笑って、ドカッと音を立てて、 

 俺と誠也(せいや)さんの中間に、湯気だった大きな鍋を置いた。

 

「へぇ、こりゃあ美味そうだなぁ!」

 

 誠也(せいや)さんが目の色を変えて、歓喜の声を上げる。

 そしてフィリアが、4人分の土づくりの皿と箸をもって、鍋を囲むように座り込んだ。

 

「だろ!? さあ頂きますだ! 食べながら話し合おうぜ。「川越え会議」!」

 

 フィリアはそう言って、アツアツの鍋の中に箸を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だから、空を飛ぶんだ」

 

 フィリアはそう言った。

 

「正気か?」

 

 と、誠也(せいや)さんが眉をひそめる。

 

「まぁ、その方法(・・・・)が一番だよね。私は構わないよ」

 

 直穂(なおほ)の言葉に続き、俺も口を開いた。

 

「俺も構わない。 でも、問題なのは発光だ。 

 夜に明るいものが飛んでいれば、地上から気づかれないか? 流れ星と呼ぶには明るすぎるし」

 

「それに関しては、一か八かの案がある」

 

 フィリアはそう言って、とんでもない作戦内容を口にした。

 

「……正気か?」

 

 それ(・・)を聞いた誠也(せいや)さんは、また唖然としていた。

 俺も驚いた。

 物理的というか、ごり押しというか。

 でも理にかなった解決策だった。

 

「それで光は抑えられるだろ? 川と関所と街を一気に越えて、人の少ない場所までいくには、この方法が一番早い」

 

 フィリアは、真剣な目つきでそう言った。

 誠也(せいや)さんは、ゴクリ、と唾を飲み込んで息をつくと、

 

「……無茶苦茶な作戦だが、私も賛成だ。だが一つ心配なのは、フィリアお前、高所恐怖症じゃなかったか?」

 

 と、フィリアに尋ねた。

 

「……っ!! まぁ、そうだな……。

 でも怖がっている場合じゃないだろ?

 …………できればオレが眠っている間に、かかえて飛んでくれると助かるんだが……」 

 

 フィリアは顔をひきつらせて、半分泣きそうな顔で、直穂(なおほ)と俺へ交互に視線を泳がせた。

 

「分かったフィリアちゃん。なるべく起こさないように運んでみる」

 

「ありがとう、直穂(なおほ)ぉ……」

 

「ふふっ……」

 

 直穂(なおほ)が、上品にクスリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦が決まり。誠也(せいや)さんが土魔法で、食器や鍋を、地下室の地面に埋めた。

 そして、誠也(せいや)さんの大きなバッグから、二つの大きな寝袋を取り出した。

 作戦開始の時刻まで、オレ達四人は仮眠をとるのである。

 

「なあ行宗(ゆきむね)。お前は直穂(なおほ)と一緒に寝るよな? オレは誠也(せいや)と寝るってコトでいいか?」

 

 フィリアが少し眉をひそめて、声を上擦らせながら、全員に聞こえる声量で()いてきた。

 俺も、直穂(なおほ)の耳に入るように答える。

 

「あぁ、俺は直穂(なおほ)と一緒に寝たい。直穂(なおほ)はどうだ?」

 

「うん、一緒に寝よ」

 

 直穂(なおほ)は、はぐらかす事なく、赤く染まった頬で近づいてきて、俺の手を引いた。

 そしてフィリアの方に、チラリと目を向けた。

 

「やっぱり夜は好きな人と寝たいからね。 だよね? フィリアちゃん?」

 

「そ、そだな」

 

 フィリアは、さっと視線を泳がせて、小さな声で返事した。

 

 そして、俺と直穂(なおほ)は、タオルケットみたいな夏用の寝袋の中に入った。

 狭い寝袋の中で、互いの肌を密着させる。

 一方フィリアと誠也(せいや)さんは、俺達と少し離れた場所で、一緒に寝袋に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝袋の中は、せま苦しくて、互いの肩や太ももが密着していた。

 

「狭いな、こりゃ」

「うん、寝返りも出来ないね」

 

 並び合う俺と直穂(なおほ)は、同じタイミングで互いの方を向いて、至近距離で顔を見合わせた。

 

「うっ!」

「ふっ!?」

 

 思わず声が漏れる。

 暗闇の中でも、直穂(なおほ)の瞳はにぶく光っていて、

 彼女の控えめなおっぱいが、俺の胸へと重なっていた。

 

 俺たちは恥ずかしさと興奮に酔いしれながら、熱のこもったおでこ同士をぶつけ合った。

 そして、我慢できなくなり、唾液まみれと舌で絡み合った。

 

 ちゅっ……ちゅっ………じゅるる……

 

 れろ……れろ……

 

 湿った深いキスを交わしたら、二人の口から糸がひいた。

 

 

 

「……ふふ、これは、なかなか寝られそうにないね……」

「そうだな、気を抜いたら襲ってしまいそうだ……」

「そうなれば、私は逃げられないね。狭くて身動きとれないから、抵抗できないよ……」

 

 直穂(なおほ)の甘ったるい挑発的なセリフに、思わず下半身が固くなる。

 男性としての本能が逆撫でされて、直穂(なおほ)の事が好きで可愛くてたまらなくなって、

 理性を失ってしまいそうになる。

 でも……

 

浅尾(あさお)さんが恐怖で苦しんでる夜に、そんな事は出来ないよ。

 だが、覚悟しとけよ(・・・・・・)

 いつか全部が解決して、クラスメイトみんなで、現実世界に帰った日の夜には、

 直穂(なおほ)のこと、心も体もぐちゃぐちゃに愛してやるからな?

 いま我慢してる分とこれから我慢する分、まとめて一夜で受け止めてもらうからな??」

 

 俺の言葉に、直穂(なおほ)は幸せそうな笑顔を見せた。

 そして、目を瞑り、俺の胸板へと頭を当てる。

 

「うん……楽しみにしてる(・・・・・・・)……すっごく……」

 

 嬉しそうで、でもちょっと寂しそうに、

 直穂(なおほ)は小さく呟いた。

 

「おやすみ直穂(なおほ)

「おやすみ、行宗(ゆきむね)

 

 と、言葉を交わして、俺たちは天井へと向き直り、

 目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、起きてる?」

 

 直穂(なおほ)が、耳もとで囁いてきた。

 

「……ああ、起きてるよ」

 

 俺も、なかなか眠れなかった。

 この世界に来てから、三日目の夜。

 考えても考えても、頭の整理がつかなかった。

 クラスメイトの事とか浅尾(あさお)さんの事とか、不安な事がどんどんと溢れてきて。

 

「……中学の頃の話を、してもいいかな?」

 

 直穂(なおほ)は、ちょっと不安そうに尋ねてきた。

 

「いいよ……」

 

 と俺は答える。

 中学生の頃の俺か……

 俺が一番辛かった時代だ。

 

 あの頃の俺は、スクールカーストばっかり気にしていた。

 みんなに気に入られたくて、部活も学級委員も、全力投球していた。

 でも、頑張ったから一番になれる訳でもなく、人気者になれる訳でもなく。

 それでも頑張り続けていた時期だった。

 

「私ね、中学の頃、行宗(ゆきむね)くんに救われたんだ」

 

「え……?」

 

 救われた、って?

 直穂(なおほ)が俺に?

 

「あの頃の私、学校でも家でも辛かったんだよね。

 学校には親友はいなくて、家に帰っても両親に勉強を迫られて、何も楽しい事がなにもなかったの……

 ずっと真面目な良い子を演じ続けてて、それで皆からは嫌われなかったけれど、

 本当の私(・・・・)を好きになって貰えることもなくて……

 その本当の私(・・・・)さえ、自分でもよく分からなくなって、いつも自己嫌悪に陥ってた……

 でもね……

 行宗(ゆきむね)くんと出会えて、一緒に学級委員になれて、私は変われたんだ」

 

 直穂(なおほ)は、俺の肩に頭を寄せて、天井を見ながら言葉を繋いだ。

 

行宗(ゆきむね)くんは、本当の私(・・・・)を見つけてくれたの。 

 本当の私は、わがままな女の子で、実はアニメが好きで、そして恋する乙女だった。

 私ね、あの時

 行宗(ゆきむね)くんの事が好きだったんだ……」

 

「え……?」

 

 俺は耳を疑った。

 直穂(なおほ)が俺を、好きだった??

 そんな、訳がないだろう。

 だって直穂(なおほ)は、中二の頃に、

 違う男と、恋人になったじゃないか。

 俺は、両思いだと思ってたのに、すごく裏切られた気持ちになって……

 ダメ元で、彼氏持ちの直穂(なおほ)に告白したけれど、悲しそうな顔で「友達でいましょう」と言われて……

 

 俺は、人間不信になって、

 女性恐怖症になったんだ……

 

「じゃあ、なんでアイツと付き合って……?」

 

 俺は動揺しながら、直穂(なおほ)に尋ねた。

 

「告白されたの。凄く真剣な顔で、私の事が好きって言われて……

 私はあの頃、行宗(ゆきむね)くんの事が好きだった。

 でも同時に、行宗(ゆきむね)くんなんかと付き合える訳がないって、最初から諦めてたんだ。

 大人しくて臆病でつまらない私なんかに、カッコいい行宗(ゆきむね)くんが振り向いてくれる訳がないって、そう思ってた。

 だから私は、行宗(ゆきむね)くんの事は諦めて、

 あの人の真剣な告白を、受け入れる事にしたの」

 

 俺は何も言えなかった。

 衝撃の事実に、身動き一つとれなかった。

 つまり、その告白してきた男で妥協したという事だ。

 本当に好きだった俺の事は諦めて。

 

「あの人と付き合って、私は楽しかった。

 話もうまくて気がきいて、本当の私(・・・・)を好きになってくれた。

 でも行宗(ゆきむね)くんの事がずっと、頭の中に引っかかっていて。

 そんな時に、私は、あなたに告白された」

 

 そうだ。

 俺は、彼氏がいるにも関わらず、どうしても直穂(なおほ)の事が忘れられなくて、

 俺はダメだと分かっていながら、自分の気持ちだけは伝えようと思ったんだ。

 

「どうしていいのか分からなかった。

 行宗(ゆきむね)くんも彼氏も、同じぐらい大切で、選べなかった。悲しむ顔を見たくなかった。

 だから私は逃げたんだ。

 彼氏と付き合ったままで、行宗(ゆきむね)くんと、仲良くしたかった。 どっちが好きかなんて、選べなかったから……

 ごめんね……

 ……ほんとに私は、ひどい女だ……」

 

 直穂(なおほ)の声は、震えていた。

 泣いているのだろうか。

 でも俺は、直穂(なおほ)のほうを振り向く気にはならなかった。

 

 俺は2年前の、俺の告白に対する直穂(なおほ)の返事を思い出していた。

 

『嬉しい、凄く嬉しいよ、万波行宗(まんなみゆきむね)くん。あなたは私の大切な友達です。その想いには応えられないけれど、これからも、私と仲良しでいて欲しいです」

 

 そんな言葉で、俺はフラれた。

 一言一句思い出せる、俺のトラウマだった言葉。

 俺が人間不信、女性恐怖症になったキッカケである。

 あの時は、「直穂(なおほ)に拒絶された」と、思ったけれど。

 今の直穂(なおほ)が話してくれた、あの時の直穂の本心は、俺の認識とは全く違っていた。

 

 あの時の直穂(なおほ)は、俺の事が好きだったのだ。

 俺は、嫌われてなんていなかった。

 

「でも、あの日から行宗(ゆきむね)くんは、私にほとんど話しかけてくれなくなった。

 私たちは友達のままではいれなかった。

 あのとき、あぁ私は嫌われちゃったんだ、って思ったんだ」

 

「それは、違う…… あれは俺が、勝手に気まずくなって、

 直穂(なおほ)に嫌われたんだと思って、話しかけづらくなったんだ」

 

 俺は思わず口を挟んだ。

 そうかあの時、俺たちは互いに好きで、

 でも互いに.、嫌われたと思っていたんだ。

 

「そうだよね。今なら分かるよ……

 ごめんね行宗(ゆきむね)……私が悪かったの……

 真剣に選ぶ勇気がなかったから、行宗(ゆきむね)くんの本気の気持ちに向き合わなかった。 

 自分が傷つきたくなくて、中途半端な選択であなたを傷つけた……

 ごめん……なさい……」

 

 直穂(なおほ)は嗚咽しながら、俺の肩で泣いていた。

 

「……ごめん……ごめん行宗(ゆきむね)ぇっ……」

 

 直穂(なおほ)の泣き声が、あまりに弱々しくて、

 俺は、肩に泣きついた直穂(なおほ)の方へと顔を向けた。

 

「嬉しいよ……あの時も、俺の事を、好きでいてくれたんだな。

 ずっと、片思いだったと思ってたから、安心したよ。

 話してくれてありがとう。

 あの時の直穂(なおほ)の、本当の気持ちを教えてくれて、ありがとう……」

 

 俺はそう言って、直穂(なおほ)の背中を強めにさすって慰めた。

 直穂(なおほ)は、ビクッと身体を震わせて、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

 

「ううっ……行宗(ゆきむね)ぇぇっ……ごめんなさいっ……

 ……あのっ、私ねっ、嬉しかったんだよ??

 2日くらい前、この世界に来てすぐ、狭い洞窟の中で、行宗(ゆきむね)が、私をオ○ズにしてるのを見た時。

 行宗(ゆきむね)くんが、まだ私の事を好きだって知って、嬉しかったの……

 それから行宗(ゆきむね)くんと付き合えて、今は本当に幸せなのっ……」

 

 え??

 

「ブハッ!!」

 

 俺は思わずふき出してしまった。

 だって、可笑しすぎるだろう。

 真剣顔の直穂(なおほ)がおかしくて、思わず笑ってしまった。

 懐かしい。

 そんな事もあったな。

 俺達がまだこの世界に来てばかり、地獄のボス戦前の、異世界にワクワクして浮かれていた束の間の時間。

 俺は直穂(なおほ)に、オ◯ニーしてる所を見つかってしまったのだ。

 

「変態かよ」

「なっ! 私は、っっ……」

 

 直穂(なおほ)は怒った声色になり、涙をピタリと止めて早口で捲し立てた。

 

直穂(なおほ)は変態だよ。俺も変態だ。なんたって【自慰(マスター○ーション)】カップルなんだからな」

「な、なんかヤダよ」

「ふふふっ」

「あははっ」

 

 そして俺たちは、笑い合った。

 しばらくケラケラと笑いあって、落ち着いたところで、

 

「……気が抜けたら眠くなってきたわ、今度こそおやすみしようぜ、好きだよ直穂(なおほ)

「うん。私も好きです……おやすみなさい……」

 

 俺たちは、今度こそ目を瞑った。

 直穂(なおほ)と二人で、深く繋がっている気がして幸せで、

 この時だけは、いろんな不安を、ぜんぶ忘れることができた。

 俺たちは、あたたかい安心感の中で、ゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二発目「起きたくなかった朝」

誠也(せいや)視点ー

 

 ハッと目が覚めると、辺りは真っ暗だった。

 深夜の冷気が、夏の地下室を満たしていた。

 

 予定通りに寝て予定どうりに起きるのは得意だ。

 ずっと昔、私が王国軍として獣族と戦争をしていた頃。

 寝坊は即ち死を意味した。

 深夜にわたるの戦闘の日々。

 徹夜続きのゲリラ部隊を率いていた私は、決めた時間に起きる事が得意だった。

 どんなに疲れていても、一時間だけ仮眠をすると強く誓って眠れば、ちゃんと一時間後に目が覚めるのである。

 そんな私の特技は32才になった今でも健在である。

 私は息を吸って、辺りを確かめた。

 空気の感覚から、朝の3時くらいか。

 予定通りだ。

 

 私のすぐ隣では、愛くるしいフィリアが眠っていた。

 小さな寝袋の中で、私と肩を寄せ合いながら、

 冷えて滲んだ汗と、フィリアの暖かい体温が混じり合い、ここちの良いフィリアの匂いがした。

 すぐ隣に眠るフィリアのネコ耳が、さわさわと私の耳をくすぐってきた。

 

 私はゆっくりと、フィリアの方に寝返りをうった。

 

 フィリアの様子がおかしかった。

 

 

 

「うっ……っ………」

 

 フィリアは目を瞑ったまま、眉間にシワを寄せて涙を流していた。

 うぶ毛の生えた額から首筋に、汗のしずくを滲ませながら、悪夢にうなされているようだった。

 

「フィリア。大丈夫か?」

 

 私はフィリアの頬っぺたに両手を当てた。

 フィリアの頬は餅みたいに柔らかかった。

 私は慌てて、フィリアの額と首の汗を両手で拭き取り、

 安心させるように、右手で優しく頭を撫でた。

 

「……っや……ごめん……さいっ……ぎるあさま……わたし(・・・)を、ゆるして……くだっ……」

 

 フィリアは寝顔をぐにゃりと歪めて、寝言を吐いた。

 そして閉じられた瞳から、涙がぽろぽろと溢れだして、拭き終わった頬っぺたをまた濡らしていった。

 聞き捨てならなかった。

 私は脳を突かれたような衝撃と共に、溢れんばかりの怒りが沸き起こってきた。

 

 フィリアの口からこぼれ出た、ぎるあ、ギルアという名前。

 そいつは私の部下だった男の名前だ。

 私を殺そうとした男である。

 私の部下の(すず)を毒殺した男だ。

 フィリアを捕えて、フィリアの一人称をわたし(・・・)にするよう強制し、

 自身の事はギルア様と呼ばせて、

 獣族奴隷として、あらん限りの性的暴〇を振るった男だ。

 

 私は、独房に届いてきたフィリアの悲鳴の断片しか知らない。

 しかし、私は知っている。

 フィリアに出会うまで、私は、獣族を拷問する立場だったのだから。

 王国軍に捕まった獣族は、例外なく凄まじく酷い拷問を受ける。

 ほとんどの獣族が、人格が壊れて廃人になってしまうほどに。

 

 私は甘く見すぎていた。

 診療所で再会した時、フィリアは意外と元気そうだったから。

 私は最初に謝った時を覗いて、王国軍に拷問された時の話題は避けてきた。

 行宗(ゆきむね)くんや直穂(なおほ)さんが一緒にいたし、

 フィリアも前を向いているように見えたから。

 

 トラウマを思いださせないためにも、 

 王国軍にされた仕打ちについて、フィリアと話すのを避けていた。

 

 でも……

 

 大丈夫な訳ないじゃないか。

 悪夢に出てくるくらい、ギルアがフィリア刻みつけたトラウマは、重くて深いのだ。

 

 ギルアに対しての怒りより、もっとずっと大きかったのは、自分自身への怒りであった。

 

 ごめん、ごめん、ごめんフィリア……

 

 守ってやれなかった。

 

 私は、どうすれば良かったんだ。

 

 今泣いている君のために、何ができるのだろう?

 

「……すまない……フィリア……」

 

 私は大粒の涙で、フィリアの顔を汚しながら、

 肩を揺すってフィリアを起こした。

 

「んんっ……あぁ……」

 

 フィリアの目が弱々しく開き、溜まっていた涙が、頬をつたって流れていった。

 

「フィリア。フィリア…… 大丈夫か?」

 

「……え? せいや??」

 

 フィリアは潤んだ目で、私の顔に目の焦点を合わせた。

 

「気づかなかった…… そりゃあトラウマだよな。忘れられないよな」

 

 私は己の不甲斐なさに、唇を噛みしめる。

 フィリアに赦しを乞うように、彼女の頭を何度も撫でた。

 

「なぁ誠也(せいや)…… キスしてくれないか?」

 

「え……?」

 

 フィリアは私の方に身体を寄せて、顔を超至近距離に近づけてきた。

 真っ暗闇でもはっきりと、彼女の瞳のなかに反射する私の顔が見えた。

 

「お願いだ…… うわがき、してくれ」

 

 ちゅぷっ……

 

 私が答える前に、口の中へと、フィリアの舌が入ってきた。

 フィリアの舌は、むさぼるような激しさで、私の口内をぐちゃぐちゃにしてきた。

 私は驚いて、反射的に逃げようとしたけど、フィリアの両腕が逃がしてくれなかった。

 

 それは今までのフィリアのキスではなかった。

 初々しさや恥じらいは一辺もなく、慣れた動きで、欲望のままに吸い付いてくる。

 あの時はじめてだったフィリアは、もういない。

 この激しいキスも、ギルアのやつに教え込まれたのだろうか?

 そんな想像をすると、胸がズキンと痛んだ。

 

 私はフィリアを、守れなかった。

 

 私はフィリアみたいに慣れてはいないが。

 彼女の激しさに合わせるように、精一杯舌を動かして、絡め合った。

 

「んんっ……」

 

 フィリアは突然、キスを止めて逃げるように距離を取った。

 目を開けるとフィリアは、目の前で泣いていた。

 

「どうしたフィリア?」

 

「ごめん……ごめん誠也(せいや)っ。無理やり、襲いかかるようなコトしてっ……」

 

 フィリアは、ガタガタと震えながら、私に謝ってきた。

 

「こ……これじゃアイツらと変わらねぇよな。ごめん……誠也(せいや)を汚してごめん……」

 

 瞳を右往左往と泳がせて、壊れたように涙を流して、フィリアは自分自身に絶望しているようだった。

 

「フィリア、それは違う……」

 

「最低だよっ。オレはっ…… 大切な誠也(せいや)に、何てことをっ……」

 

「フィリア」

 

「ごめん……ごめんなさい…… でもっ……許して……」

 

「フィリアっ!!」

 

 

 

 

 

 

 私は大声を出した。

 フィリアはビクリと顔を強張らせて、泣きそうな顔で私を見た。

 

「謝らなくていい。私はまったく怒っていない。むしろお前のことが、すごく心配だ………」

 

「せい、や??」

 

 私はフィリアの震える身体を、強く優しく抱きしめた。

 

「今はなにも考えなくていい。頭をからっぽにして、ただ私の胸の中にいろ。

 ほら、深呼吸だ。 吸って……吐いて…………吸って…………」

 

 小さな背中をトントンと叩きながら、フィリアを優しく包み込む。

 

 すーーーふーーーすーーーー

 

 フィリアは、私の声に従うように、呼吸を落ち着かせていった。

 筋肉がこわばって汗まみれだったフィリアのカラダは、徐々に力が抜けて柔らかくしずんでいく。

 

「フィリアお前は、私にとって命の恩人だ。 いまの私にとって、自分の命よりも大切な存在なのだ。

 私はフィリアの力になりたい。 アイツらに刻まれたトラウマが、キスで忘れられるのなら、私は喜んで、何度だって、お前の唇に上書きしてやる……」

 

誠也(せいや)ッ……それって……」

 

 ぐちゅっ……

 

 私は照れ隠しのように、口を開いたフィリアの口内に、お返しとばかりに舌をねじ込んだ。

 そしてフィリアに負けないぐらい、激しく熱く、小さな口の中をむさぼっていく。

 私の中の本音(ほんね)を、隠さずそのままぶつけるように。

 私は、フィリアが好きだ。

 恋愛対象として、肉体的にも精神的にも大好きなのだ。

 言葉にはしない。

 舌で身体で、表現していく。

 誤魔化すように、まだこの恋が終わらないように……

 

 私とフィリアは、両思いかもしれないと、心のどこかで思っている。

 一方で、私の勘違いかもしれないと恐れている。

 そもそも私の年齢は、フィリアの二倍以上である。

 14才の少女と、32才の私。

 こんな恋が結ばれるなんて、あるのだろうか?

 

 

 混ざり合って、濡れていく。

 口の中、微かに残っている、昨日の夜の鍋のあじ。

 

 ちゅぷ……

 と、唇を離す。

 互いを複雑に思い合う瞳で、息のかかる距離で見つめ合う。

 相手のこころが見えそうで見えない、もどかしくて心地よい距離。

 

誠也(せいや)………」

 

 フィリアが口を開いた。

 すでに身体の震えは収まっていて、涙も止まり、呼吸も落ち着いているフィリアだった。

 

「…………ありがとう」

 

 フィリアは頬を赤らめて、笑顔をみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万浪行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 誠也(せいや)さんの、フィリアの名を呼ぶ大声で、俺と直穂(なおほ)は目を覚ましたのだが……

 直後、誠也(せいや)さんとフィリアが、激しいキスを始めたのだ。

 

 見てはいけないものを見た気がした。

 うすうす勘づいてはいたけれど、二人は好き同士なのだろう。

 しかしまだ。互いに思いを伝えあっていない、もどかしい状態……

 

 俺と直穂(なおほ)はアイコンタクトをとって、寝たふりをすることにした。

 寝袋のなか、二人で目を瞑ったものの。

 冴え切った耳は、二人の会話をよく聞きとった。

 

 二人は立ち上がり、俺達の方へと歩いてくる。

 俺達はフィリアに肩を揺すられ、

 

「起きろお前ら、時間だぞ?」

 

 と呼んでくる。

 

「んん……ふあぁ。おはよう」

 

「んぐぅ……よく寝た……」

 

 直穂(なおほ)と俺は、寝起きの演技をしながら、

 薄暗い地下室で、寝袋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室を片付けて地上へ出ると、空は満面の星空だった。

 雲一つない夏の夜。

 宝石をばら撒いたような、キラキラ輝く無数の星。

 

 山の夜は真っ暗で、チチチチチ……と虫がなく。

 蛍のような光が、ちらほらと空を舞い。

 俺達はその美しさに、息を飲んだ。

 

 ボッと周囲が明るくなった。

 

 フィリアが手の上で作って、【火素(フレイム)】スキルの光である。

 途端に、直穂(なおほ)の姿や誠也(せいや)の姿。みんなの姿がはっきりと見えた。

 

「ねぇ行宗(ゆきむね)

 

 直穂(なおほ)が空を見上げながら、となりで話しかけてくる。

 

「あの星空を見ると、異世界に来たんだなぁって感じするよね」

 

 直穂(なおほ)は、フィリアの手の中の炎に照らされて揺らめきながら、感傷的にそう言った。

 俺には、何を言っているのか理解出来なかった。

 

「どういう意味だ?」

 

「だってほら、私達の世界の星空と、星の配置が全然違うでしょ? 

 この世界には北極星とかあるのかな? 

 そもそも自転してるのかな?」

 

 直穂(なおほ)は首を傾げていた。

 俺も、分からん。

 星の配置が違うってことは、知っている星座が存在しないって事だよな。 

 星座に詳しいわけじゃない俺には、さっぱり分からない。

 ただ一つ、確かなことがある。

 

 俺の提唱した新説。

 

「この世界って実は、俺達の居た世界の、未来の世界なんじゃないか説」

 

 は、破綻してしまった。

 

 だって年月が過ぎたところで、星の配置なんてなかなか変わるものじゃないだろう。

 だとすると……どうなるのだ?

 

 

 

 

 

行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)。準備は出来てるか?」

 

 俺の思考を吹き飛ばすように、フィリアの声がかけられる。

 

「ああ準備万端だ」

「うん。いつでも始められるよ」

 

 俺と直穂(なおほ)の声が重なる。

 

「じゃあ、作戦開始だ」

 

 フィリアの号令と共に、

 深夜の山の中で、

 大きな川と街を越える作戦。

 通称「川越え作戦」が開始された。

 

 

 

 

 まずは【作戦第一段階】

 

 「俺と直穂(なおほ)が、同時に賢者と天使になる」

 

 ということで、

 俺と直穂(なおほ)は、森の奥へと入っていく。

 そして声の届く範囲で、プライバシーの守れる距離をとって、草むらの中へしゃがみ込む。

 互いの姿は見えない。

 

 ズボンを下ろして、右手をそえて、

 俺と直穂(なおほ)は、手を動かしはじめる。

 

 

 

 屋外で、ましてや彼女と一緒となれば、興奮せざるを得なかった。

 息遣いまでは届いてこない。

 俺は、自分の脳内の彼女に集中していく。

 

「ねぇっ……あとどれくらい?」

 

 直穂(なおほ)が向こうから、うわずった声で尋ねてきた。

 

「俺はあと、もう少し……」

 

「そっか。じゃあ、カウントダウンするねっ」

 

 直穂(なおほ)は向こうから、そんな提案をして。

 

「ろくじゅう……ごじゅうきゅう、ごじゅうはちっ……」

 

 と、声をはって数えだした。

 直穂(なおほ)の声は、ちょっと楽しそうに、息を荒げてはずんでいた。

 声がずっと、届いてくる。 

 俺は現実を意識せざるをえなかった。

 もう、妄想の世界には逃げこめなかった。

 だってすぐ(そば)には、本物の新崎直穂(にいざきなおほ)がいるのだから。

 

「ごじゅうに、ごじゅういち、ごじゅう、よんじゅきゅ……」

 

 俺も、直穂(なおほ)と声を合わせて数え始めた。

 数字が減っていくにつれて、いろんな思いが高まっていった。

 二人で呼吸を合わせて、心も通わせて。

 

「さん……にい……いち……」

 

 俺達は仲良く

 

「ぜろ………」

 

 賢者と天使となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【作戦第二段階】

 

直穂(なおほ)とフィリア、俺と誠也(せいや)さんの組み合わせで、先ほど睡眠に使った寝袋の中に入り、夜の空へと飛び上がる」

 

 ーフィリア視点ー

 

 オレは誠也(せいや)と二人で荷物をまとめて、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)を待っていた。

 作戦は完璧だ。

 

 寝袋の中に入ることで、賢者や天使の発光を隠すのである。

 どちらも【特殊スキル】であるから、魔法を下に向かって撃つ反動で空を飛ぶわけではなくて、

 摩訶不思議な力で空に浮かぶのだ。

 全身が寝袋に覆われた状態でも、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は空を飛べる。

 

 問題なのは、行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)が、頭を外に出さない事だ。

 目が見えない状態。

 賢者と天使には、生物の気配を見る力があるらしいが、

 感知可能範囲は半径100メートルほど、

 生き物のいない空の上では、互いの位置関係を知ること以外に役に立たない。

 

 だが心配ない。

 二人の代わりに誠也(せいや)が顔を出して、外の状況を行宗(ゆきむね)達に伝えれば良いのだ。

 

 空を駆ける寝袋(ねぶくろ)飛行船。

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)がプロペラとなり、

 誠也(せいや)はナビゲータとなる。

 

 フィリア(オレ)は高所恐怖症だから、ぐっすりと眠ったままで、

 気づくことなく、目的地まで運んでくれる。

 

 これがオレの考えた作戦。

 完璧だ。

「んん??」

 

 まてよ、おかしいぞ?

 なんで今、オレは起きているんだ?

 寝てるままのはずだろ?

 

「なっ! 誠也(せいや)っ!? なんでオレを起こしちゃったんだよぉぉ!!」

 

 オレは恐怖に駆られて、誠也(せいや)に泣きついて非難した。

 

「ど、どうしたフィリア?」

 

「オレのことは起こさない約束だろ!? オレは高所恐怖症だっていったよなっ!!」

 

「だっ、だってお前、悪夢で苦しんでたから」

 

「悪夢の方が100倍ましだろう!? だって夢なんだから!

 空を飛ぶのは現実だぞ!? 実際にオレの身体が空を飛ぶんだぞっ!?」

 

 誠也(せいや)はあたふた動揺しながら、オレの背中をさすってくる。

 

「すまん。そんなに高いところがこわいのか?」

 

「怖ぇよぉぉ……」

 

 泣きそうなオレを、誰も待ってくれなかった。

 森の中から、光輝く二人が飛び出してきた。

 一人は賢者となった万波行宗(まんなみゆきむね)

 一人は天使となった新崎直穂(にいざきなおほ)

 出発時刻が来てしまった。

 

 ここから10分間。

 オレにとって、地獄の十分間が始まる。

 

「フィリアちゃん、いくよっ」

 

 真剣な顔の直穂(なおほ)に手を掴まれて、オレは必死に涙を隠した。

 

「はいっ」

 

 かろうじて返事を返す。

 オレは直穂(なおほ)と共に、寝袋の中に入った。

 天使の輝きが眩しい。

 オレは直穂(なおほ)の体にしがみついて、ギュッと目をつむった。

 来る。

 

 どぉんと凄い勢いで、空へ浮かぶ感覚があった。

 心臓が悪魔に掴まれたみたいで、悲鳴すら出せなかった。

 まるで奈落に吸い込まれていくような恐怖。

 オレは直穂(なおほ)に、力一杯しがみついた。

 

「大丈夫だよ、フィリアちゃん。怖くないよ。私がそばにいる。

 一緒にお父さんの病気を治そう」

 

 直穂(なおほ)に声をかけられて、オレはかろうじて正気を取り戻した。

 そうだオレは、父さんを助けるために、進まなきゃいけない。

 オレは腹を括った。

 これくらいの恐怖、我慢しきってみせる。

 トラウマも恐怖もぜんぶ乗り越えて、オレはハッピーエンドに辿り着くんだ。

 

 オレたち四人は、夜空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 




 あとがき

 今日はオススメの本を紹介します。

「熟睡者」

 という、「良い睡眠」について、科学的に説明している本です。
 寝不足や体調不良に悩んでいる方には、ぜひ読んでほしいです!
 いろいろな生活スタイルに合わせて、豊富なアドバイスが揃っています。

 朝に活発にうごき、午前中に太陽を浴びる。
 午後には激しい運動はせず、体を落ち着けていく。
 昼と夜の差をつけることで、体内リズムが整うらしいです!

 気になった方は、ぜひ書店へ。

 自分も今朝から、実践を始めました。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十三発目「怒涛(どとう)のバードストライク」

 

 ー万浪行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 俺達の冒険の二日目は、空の旅から始まった。

 

 俺と直穂(なおほ)は、賢者と天使となり、それぞれ誠也(せいや)さんとフィリアを抱えて、

 寝袋に隠れて、空へと飛びあがった。

 

 俺は誠也(せいや)さんを両腕で抱えながら、誠也(せいや)さんの指示に従い、空中を移動していく。

 

「15度ほど右へ、真っすぐ飛んでくれ」 

 

 誠也(せいや)さんは寝袋から顔を出して、眩しくて何も見えない俺に指示を出してくれる。

 寝袋の中は、賢者の放つ光が眩しくて何も見えない。

 賢者の俺に分かるのは、およその方向感覚と、

 俺達の後ろをついて来る、直穂(なおほ)とフィリアの生命の気配だけだ。

 

「ここから森を抜けて、大きな川に差し掛かる。

 川の向こうはガロン王国ギラギース地区だ。

 さかえた町で人も多い。深夜だから人は少ないだろうが、見つからないように上昇してくれ」

 

 誠也(せいや)さんの指示で、俺は空へと上昇していく。

 どんどんと登っていく。

 周囲の気圧が下がっていき、耳がキーンと鳴った。

 

 賢者の放つ光が寝袋の中に閉じ込められて、眩しくて何も見えない。

 目が見えずに進み続けるというのは、想像以上に怖かった。

 もちろん、周囲の"生命の気配"は俺たち4人だけなので、次の瞬間に、空飛ぶモンスターに襲われる心配はないのだが……

 

 全てを見通す"賢者の目"も、対象を目で見ないと使えないからな。

 

 どういう訳か、クラスメイトと戦った【スイーツ阿修羅】戦の時は、視界に入れなくてもが全て見えたのだが。

 マルハブシの猛毒のバフがない今は、賢者の能力も弱体化しているのだろうか?

 

 

 目の見えないユリィは、これほどの恐怖の中で生活し続けているのだろうか?

 よく水泳なんかできたな。

 

 と、俺は感心していた。

 

「……まて、なにかおかしい。街が燃えている……」

 

 誠也(せいや)さんが、低く深刻な声でそう言った。

 

 

「え……燃えてるって、火事ですか……?」

 

「……町全体が火の海だ。戦争か……? 獣族反乱軍かもしれん…… 酷いありさまだ……」

 

 誠也(せいや)さんは、怒り、いや諦めのこもった。やるせない声を上げた。

 俺は下の方へ、意識を集中させていく。

 でも、なにも見えない。

 俺達が高い場所を飛んでいるから、地上と距離が離れすぎて、生命の気配が感知できないのだ。

 

「……何千人と死ぬな。こりゃ……」

 

誠也(せいや)さん。どうしますか? 引き返しますか?」

 

「いや……むしろ好都合だろう。街が混乱に陥っているから、安全に空を飛べる。

 今の私にとっては国民の命よりも、フィリアの願いの方が大切だからな……」

 

 誠也(せいや)さんは、迷いや葛藤のこもった声をしていた。

 俺には状況がよく分からないが、いま俺たちの足元では、町が火の海に包まれているのだろう。

 そこでは、沢山の命が散っているそうだ。

 誠也さんは、この状況でも、王国の国民の命を助けようと思っているのだ。

 

誠也(せいや)さん、その町の人を、助けたいんですか?」

 

 俺は尋ねた。

 俺は言葉を続ける。

 

「俺と直穂(なおほ)のスキルなら……もしかしたら、その惨状を止められるかもしれません」

 

 誠也(せいや)さんは、少し黙った。

 そして……

 

「下の街には友人がいるからな………

 まあ心配するな、王国軍は強い。

 きっと自力で、この街を守ってくれるはずだ……」

 

「……わかりました」

 

 誠也(せいや)さんは暗い声だったが、俺は納得した。

 今は人助けをしている余裕なんて、俺たちにはないのだ。

 あと6日が経つ前に、浅尾(あさお)さんの元へ、治療薬を届けるのだ。

 

「なあ行宗(ゆきむね)くん、賢者の時間は残り何分だ?」

 

「あと8分と少しです」

 

「そうか順調だ。このまま真っすぐ………  んっ!?」

 

 誠也(せいや)さんの声が、驚いた様子で裏返った。

 

「なんだアレは…… デカい…… 鳥じゃねぇ…… まさか竜か?」

 

 誠也(せいや)さんの声が、緊迫感に包まれていく。

 次の瞬間。

 

 俺は全身に鳥肌が立った。

 "生命の気配"が、凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 右下から俺の方へと真っすぐに、凄まじい勢いで。

 もうすぐ接近する。

 

誠也(せいや)さんっ! 右下から何か来ますっ!!」

 

「あれは、黒竜か!? まさか誰かが竜の逆鱗に触れて、この街まで……」

 

 誠也(せいや)さんが言い終わらない内に、すぐそばまで気配は迫っていた。

 

「とにかく()けろっ!! 絶対に殺すなっ!!」

 

「はいっ!!」

 

 俺は急いで速度を上げて、黒竜というモンスターの突進を回避しようとした。

 その時だった。

 

 キィィィィイ!!!! 

 

 と、凄まじい音が鳴って。爆風が巻き起こる。

 俺たちは風に揺られて、バランスを崩した。

 そしていつの間にか、黒竜の"生命の気配"が消えていた。

 

 見なくても状況は分かった。

 直穂(なおほ)の魔法である。

 直穂(なおほ)の天使の閃光が、近づくモンスターを一撃で消滅させたのだ。

 

「マズイことになった」

 

 と、誠也(せいや)さんが言う。

 

「すぐに群れが集まってくる。

 この街を戦火に包んだのは、黒竜の群れが原因だ。

 黒竜は別名、復讐竜という。

 仲間を殺した生き物(・・・)の匂いを追いかけて、かたき討ちをする習性があるんだ」

 

 言い終わらない内に、下の方から、10匹、いや20匹……

 凄まじい勢いで、無数の"生命の気配"が迫ってきた。

 

 そんな中、直穂(なおほ)とフィリアの生命の気配が、俺の寝袋左側へと近づいてきた。

 

誠也(せいや)さんっ!! モンスターが集まってきます!! どうすればいいですか!?」

 

 直穂(なおほ)の叫び声が、左の外から届いてくる。

 誠也(せいや)さんは、すぐに決断した。

 

「作戦変更だ。ターゲットが直穂(なおほ)さんに向いた。

 マズイ状況だが、一匹ずつはそこまで強くない。

 弱いモンスターほど、よく群れるからな。

 近づく奴らを全て蹴散らして、全速力で街を越えて、山奥へ向かう。

 ……もう寝袋に隠れる意味はないな」

 

 誠也(せいや)さんは、バッと寝袋を取り払った。

 

 俺は寝袋から解放されて、大空へと飛び出した。

 俺は賢者として、夜空の中で白く輝いた。

 

 見上げれば、満点の星と漆黒の宇宙。

 見下げれば、栄えた街を覆い尽くす、真っ赤な火の海だった。

 

 地上の方から、闇に紛れた竜が迫ってくる。

 まあ賢者の俺にとっては、"生命の気配"とHPバーの両方で、モンスターを感知できるので、位置はバレバレなのだが。

 

 

 俺の左どなりには、星のように輝く直穂(なおほ)がいた。

 その姿はまさに、夜空に浮かんだ天女のすがた。

 あまりに美しくて、一瞬、我を忘れて見惚れてしまった。

 

 直穂(なおほ)は両手で、気を失って泡をふいたフィリアを抱えていた。

 "生命の気配"は感じるので、意識はないが生きている。

 

「【流星群(メテオシャワー)】!!」

  

 直穂(なおほ)は、両手を重ねて地面へと振りかざして、アニメ仕込みの魔法を詠唱した。

 手のひらから、無数の光が飛び出して、10匹以上竜を全て撃ち抜いていく。

 一対多戦闘では、俺より直穂(なおほ)の方が強い。

 

 黒竜は直穂(なおほ)の魔法で、一撃で爆ぜて空に散る。

 黒竜には個体差があるが、だいたい50から70レベルである。

 

 

 直穂(なおほ)は純白の光で、遠距離攻撃ができるのだ。

 対して俺は、近接戦闘専門である。

 

直穂(なおほ)っ! フィリアを俺に渡してくれ、俺が二人を運ぶから、直穂(なおほ)は戦闘に集中してほしいっ!」

 

「分かった!!」

 

 直穂(なおほ)はオレに近づいて、気絶したフィリアを手渡してくる。

 俺は誠也(せいや)さんを背中に背負って、フィリアを身体の前で抱えこんだ。

 そして両手で、不要となった寝袋を握りしめる。

 

行宗(ゆきむね)くんっ! 絶対にフィリアを落とすなよ??」

 

「死んでも落としません!!」

 

 誠也(せいや)さんに返事をしてから、俺は直穂(なおほ)を見た。

 

直穂(なおほ)。まっすぐに飛びながら、迫ってくる竜を倒すんだ」

 

「了解っ! (さき)をお願い! 私は後ろからついて行くからっ!」

 

 直穂(なおほ)は俺の背中側にまわり込み、追いかけてくる黒竜を、光のビームで撃ち落としていく。

 俺は前へ、前へ突き進む。

 のこり時間はあと8分。

 王国軍どころか、地上の人達に、俺たちの存在は見つかってしまったけれど、

 だったら追い付かれないほど、遠くにいけば良いだけだ。

 

 直穂(なおほ)のレベルは48。

 これが3倍になるから、直穂(なおほ)のレベルは144である。

 これだけのレベル差があれば、流石に一撃で……

 

「んん??」

 

 と、俺はここで、違和感に気づいた。

 直穂(なおほ)のレベルがおかしい。

 

 俺の現在のレベルは、ステータスを開いて確認すると。

 52レベルを3倍して、156レベルであった。

 つまり現時点で、俺の方が直穂(なおほ)よりもレベルが高いはずだ。

 

 でも俺の"賢者の目"には、直穂(なおほ)のレベルが見えなかった(・・・・・・)

 測定不能。

 つまり直穂(なおほ)のレベルは、俺以上ということだ。

 

「なぁ直穂(なおほ)っ!? 今のお前はレベルいくつだ??」

 

「ん? ちょっと待ってね」

 

 直穂(なおほ)は、攻撃の手を緩める事なく、ステータスオープンと呟いた。

 

「192レベルだよ。 もともとのレベル48が、天使の効果で4倍になるからっ」

 

 そんな答えが返ってきた。

 

「え……4倍だと?」

 

 俺は絶句していた。

 直穂(なおほ)の【自慰(マスター○ーション)】スキル、

 天使の力は、レベルの倍率が4倍なのか!?

 

 俺の賢者の力は3倍なのにっ……

 

「なるほどな。直穂(なおほ)が強い理由が分かった。

 【自慰(マスター○ーション)】スキルは、賢者より天使の方が強いのか?

 賢者のステータス上昇は、天使と違って3倍だからっ」

 

「そうなのっ!?」

 

 直穂(なおほ)が素っ頓狂な声をあげた。

 どうして今まで気づかなかったのだろう? 

 あぁそうか。

 今まで直穂(なおほ)が天使の時は、俺は賢者じゃなかったから。

 賢者の目で直穂(なおほ)の天使を見たのは、今回がはじめてなのだ。

 

直穂(なおほ)っ! 今度は前から来るっ!」

 

「あいよっ! 【流星群(メテオシャワー)】」

 

 直穂(なおほ)は止まる事なく、前方から上昇してくる"生命の気配"に、閃光を放っていった。

 

 ドドドドド……!!

 

 と、光の雨が降り注いで、"生命の気配"が消えていく。

 のこり時間は7分を切っていた。

 地上波の着陸時間を1分とすると、移動に使える時間は残り6分程度。

 

 下を見れば、進行方向に、街の大火に照らされてうっすらと見える、小さな山の集まりが見えてきた。

 あと6分で、あそこまでいく。

 時間に余裕はなさそうだ。

 黒竜に手間取って、ペースが遅れてしまったのだ。

 スピードを上げる必要がある。

 

直穂(なおほ)っ! 加速するぞ! はやくあの山までっ……!!」

 

 俺は、違和感に気づいた。

 生命の気配が消えていなかったのだ。

 直穂(なおほ)の魔法を喰らってなお、生き残った"生命の気配"が一つあった。

 ソイツは、禍々しい威圧感を放ちながら。

 翼をバサリとはためかせ、俺たちの方へと突進してきた。

 

「あ……あいつは、まずいぞ……」

 

 誠也(せいや)さんが、俺の背中で呟いた。

 俺は目を凝らして、その馬鹿でかいドラゴンを視認した。

 

 HPバーに刻まれたモンスター名は、【black great dragon】であった。

 ブラックグレートドラゴンか。

 さっきまで倒していた小さな竜が、ブラックドラゴンという表記だったから。

 こいつはグレートだ。縮尺が7倍くらいデカい。

 羽を広げれば、学校の体育館を覆い尽くすほどに大きかった。

 

 コイツのレベルは、俺の"賢者の目"でも見えなかった。

 少なくとも俺のレベルを超えている。

 レベル156以上という事だ。

 

直穂(なおほ)っ! 気をつけろっ! あいつめちゃくちゃ強いっ!!」

 

「分かってるっ!!」

 

 直穂(なおほ)は食い気味に答えて、両手の中に光の球を作り、

 風船みたいに、光の玉を膨らませていった。

 エネルギーを(たくわ)えているのだろう。

 

 ギィィィィィ……

 

 と、前方からも耳障りな音がした。

 前を見れば、ブラックグレートドラゴンさんが、俺たちに向かって口を開き。

 口の中に真っ白な光を蓄えながら、突っ込んでくる。

 これはドラゴンお決まりの必殺技。

 口から火を吐く的な何かだろうか?

 

 とにかく、射線から逃げたほうが良さそうだ。

 俺は直穂(なおほ)から距離を取った。

 

 そして直穂(なおほ)の手のひらと、巨大な黒竜の口が、距離をとって向かい合う。

 俺は直穂(なおほ)の事が心配だったが、レベルが低くて二人を抱えた俺は、足手まといにしかならないだろう。

 信じるしかないのだ。

 目の前の強力な敵を、直穂(なおほ)が倒してくれることを……

 はずだった。

 

 しかし黒竜は、その大きな口を、ターゲットである直穂(なおほ)ではなく

 俺のほう(・・・・)へと向けてきた。

 なぜ??

 黒竜は復讐竜なんだろ?

 仲間を殺した対象、つまり直穂(なおほ)を狙って、攻撃するんじゃなかったのか!?

 

 ドォォォォォォォ!!

 

 そしてドラゴンが、炎を吹きだした。

 目の灼けるような真っ赤な炎が、誠也(せいや)とフィリアを抱えたオレに襲いかかってくる。

 オレは、両手が塞がっていた。

 二人を抱えた状態で、うまく動けない。

 

「【閃光弾(ライトニング・ブロー)】ッ!!」

 

 光輝く天使が、ギリギリのタイミングで、俺の前に飛び込んできた。

 直穂(なおほ)は、俺たちを守るように、

 迫りくる炎に立ち向かい、光輝く魔法を放った。

 

 炎と閃光が対峙して、激しく衝突……

 ……しなかった。

 

 二つの魔法は、ぶつかることなく

 互いに透過したのだ。

 

 直穂(なおほ)の閃光は、炎をすり抜けて。

 デカい竜の吐いた炎は、直穂(なおほ)の光を通り抜けた。

 光じゃ炎は止まらない。

 炎はいまだに、俺たちの方へと向かってくる。

 

「【水素(アクア)】っ!!!」

 

 直穂(なおほ)が慌てて、水魔法を詠唱した。

 本気の水魔法である。

 そうか水なら、炎に触れられる。

 

 しかし……

 

 直穂(なおほ)の手のひらから、水魔法が発動しなかった。

 次の瞬間。俺たちは灼熱に飲み込まれた。

 

「【水素(アクア)】っ!! 【水素(アクア)】っ!!」

 

 俺や誠也(せいや)、そして直穂(なおほ)は、必死に水魔法を叫んだ。

 

 誠也(せいや)さんと俺の手から出た水魔法は、微々たるもので、

 焼け石に水だった。

 

 熱い、熱い、とにかく熱い……

 

 レベルの高い俺でも、死ぬほど痛いのだ。

 誠也(せいや)さんやフィリアはもっと辛いだろう。

 守らなきゃ、守らなきゃ……

 

 永遠とも思える、灼熱地獄の中で焼かれて……

 意識が飛びそうだった。

 

 ………………

 

 …………

 

 ………

 

 気づくと、辺りは無音だった。

 耳が聞こえなくなったのか、辺りが静かになったのか、判別できなかった。

 ただ、分かる事がある。

 俺は生きている。

 フィリアの命の気配も、誠也さんの命の気配も、俺のそばにある。

 

 俺はゆっくりと目を開けた。

 目の前には……大きな黒いドラゴンがいた。

 直穂(なおほ)の魔法が効いたのだろう。

 空中で動きを止めて、身体中から血が噴き出していた。

 しかし生命の気配は、消えてはいなかった。

 まだ生きている。

 

 そんななかで、俺は恐ろしいことに気づいてしまった。

 

 直穂(なおほ)の気配が、ない……

 姿も見えない。

 

「え……直穂(なおほ)??」

 

 俺は心臓が凍りそうなほどにショックを受けて、辺りをキョロキョロと見渡した。

 そして、最後に、真下へと視線を降ろした。

 

 そこには、落ちていく一つの陰があった。

 直穂(なおほ)がいた。

 炎に包まれ火の海に吸い込まれるように、ものずごい勢いで落下していた。

 

直穂(なおほ)っ!!!」

 

 俺は、凄い勢いで急降下した。

 自由落下よりも早く。先に落ちた直穂(なおほ)に追い付くために、ぐんぐんと加速していく。

 誠也さんとフィリアを両手に抱えながら、世界最恐のジェットコースターみたいに……

 下へ下へと、落ちていく直穂に手を伸ばす。

 

 どんどんと距離が近づいていく。

 そして……

 直穂(なおほ)が、"生命の気配"の感知可能距離に入った。

 直穂(なおほ)の心臓から、"生命の気配"の輝きが見えるようになる。

 

 良かった、良かった,

 生きてる……

 俺は、泣きだしそうだった。

 とりあえず、死んではない。

 直穂(なおほ)は身体を張って、ドラゴンの炎から俺を守ってくれたのだ。

 そして炎の直撃を受けて、気絶したのだろう。

 ホントに、無茶しやがって。

 

直穂(なおほ)っ!!」

 

 俺は直穂(なおほ)に追い付いて、気絶したフィリアと誠也(せいや)さんを掴みながら、

 直穂(なおほ)の身体を抱きしめた。

 そして減速に切り替えて、直穂(なおほ)の顔を覗き込んだ。

 

 直穂(なおほ)は気絶していて、身体中が真っ赤に腫れていた。

 出血や火傷まみれだった。

 可愛い顔が痣だらけで、これが直穂(なおほ)の顔だなんて信じられなかった。

 恐ろしいほど、身体が熱い……

 

 俺の水魔法で直穂(なおほ)の顔を洗うと、ジュゥゥゥゥ、という焼けるような音がした。

 嘘だろ? どんな状態だよっ……

 早く、いますぐ、回復魔法をかけないといけない。

 

 地上は目の前だった。

 勢いをつけすぎたせいで、必死に減速しているのだが……

 このままでは、地面に激突してしまう。

 俺は火の海と化した地上の中に、降りられる場所を必死に探した。

 

 真っ赤な地上の中に、炎が広がっていない黒い線があった。

 

 街中を横断する。川である。

 あそこだ!

 あそこに飛び込んで、衝突の衝撃を殺すしかない。

 俺は、うまく川へ落ちるように、必死で位置を調節して。

 ぐんぐんと水面に吸い込まれていき……

 

 バッシャァァン!!! 

 

 と、水の轟音と共に、4人は川の水面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 ブハァ、 

 と俺は、3人を抱えて水面から顔を出した。

 "生命の気配"は4つ分ある。

 なんとか4人とも生きている。

 俺以外は意識不明の重体だが。

 

 あたりを見渡して、一番近い川の岸を探した。

 生命の気配を失った死体や家屋が崩れた瓦礫が、川に浮かんでいた。

 

 岸の上を見上げると、炎に包まれた街中は、悲鳴や絶叫がこだましていた。

 "生命の気配"があたふたとうごめき、今ひとつ、消滅した。

 

 早く3人を、岸に上げなければ。

 俺は賢者の力を振り絞って、水を泳いで移動した。

 

 

  

 

 岸に上がって、

 まず俺は誠也(せいや)さんとフィリアを、寝袋(ねぶくろ)の中へと隠した。

 

 フィリアは獣族だから、王国の人に見つかる訳にはいかない。

 誠也(せいや)さんも、一昨日まで、ガロン王国軍に捕まっていたのだから、見つかる訳にはいかないだろう。

 

 直穂(なおほ)が竜の炎の大部分を受け止めてくれたので、フィリアを誠也(せいや)さんは、目立った傷はなかった。

 スヤスヤと呼吸も落ち着いているので、寝袋の中に隠しても問題ないだろう。

 二つの寝袋は、草むらの影に隠した。

 

 心配なのは、直穂(なおほ)である。

 直穂(なおほ)は天使状態のまま、気絶していた。

 顔には大火傷を負っていて、見るに耐えない。

 

直穂(なおほ)っ……直穂(なおほ)っ……目を覚ましてくれっ!!」

 

 俺は、気を失った直穂(なおほ)の身体をゆする。

 

「なぁ直穂(なおほ)っ……現実世界に帰るんだろう? そして二人で幸せになるんだろう…………」

 

 生命の気配は、確かに残っている……

 だけど、死んでしまわないかって不安になる。

 

「目を、覚ましてよ……浅尾(あさお)さんも、待ってるから……」

 

 俺はぐったりとした彼女を抱えて、泣きながら語りかけた。

 

「………え??」

 

 俺は、直穂(なおほ)の青ざめた顔を見て、戦慄した。

 慌てて口元に手を当ててみる……

 

 直穂(なおほ)の呼吸は、止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《賢者タイムは、のこり4分》

 




 あとがき。
 タイトル通り、怒涛の展開となりました!

 今回も、オススメの作品を紹介していきます!
 それはズバリ! 現在放送中! 話題沸騰中のドラマ!!
 「VIVANT」です!!
 私はまだ4話までしか見ていませんが、凄まじい面白さです!
 こんな面白いドラマは見た事がありません。
 個人的に、ストーリーの完成度が、進撃の巨人に匹敵してます。
 衝撃展開の連続! 是非見てくださいっ!!
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四発目「漆黒(しっこく)の巨大竜」

 

 直穂(なおほ)は、息をしていなかった。

 

直穂(なおほ)っ……直穂(なおほ)っ!!?」

 

 俺は愕然として、必死で直穂(なおほ)の肩を揺すった。

 しかし直穂(なおほ)は、首をプラプラと揺すられるだけで、起きる気配がなかった。

 

 くそっ、どうする?

 人工呼吸、胸骨圧迫……

 いや、誰かに回復魔法をかけてもらうか?

 

 医者のフィリアを起こせば、治療してくれるだろうか?

 

 しかしここには人が多い。

 "生命の気配"もすぐ近くに居るじゃないか、フィリアが獣族だと知られてしまう。

 んん??

 

 俺は、今更気が付いた。

 直穂に夢中で視野狭窄(しやきょうさく)になっていたが、

 俺たちの前には、女の子が立っていた。

 灰緑色の迷彩服。

 この服には見覚えがあった。

 ガロン王国の軍服である。

 俺の前では、女軍人が少し距離を取りながら、俺と直穂(なおほ)を交互に窺っていた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 女軍人が、声をかけてきた。

 丁寧なその口調は、俺と直穂(なおほ)を不審がりながらも、心配の籠った声だった。

 まあ気持ちはわかる。発光する人間がいれば、警戒するのも無理はない。

 

「俺の彼女がっ! 息をしてないんですっ!! 助けて貰えますかっ!?」

 

 俺はもう、(わら)にもすがる思いで助けを求めた。

 俺の力じゃ、どうする事も出来ない。

 こんなことになるなら、回復魔法の一つくらい、フィリアに教わっておくべきだった。

 

「わ、わかりましたっ! とりあえず回復魔法をかけますねっ!!」

 

 軍服の女の子は慌てた様子で、直穂(なおほ)の身体に手を伸ばして、

 

「【回復(ヒール)】」

 

 と、呪文を唱えた。

 天使の白い光を放つ直穂に、緑色の回復魔法が混ざって、綺麗なエメラルドに輝いた。

 女軍人は、すぐに手を離して、また俺たちから距離を取った。

 

「ど、どうですか?」

 

 俺は直穂(なおほ)の口に手をかざした……

 

「だ、だめです……まだ息をしてません」

 

 俺は震えながら答えた。

 

「そうですか…… ちょっと待っててくださいっ!!」

 

 女軍人はそう言って、腰を上げると、慌てた様子で川の土手を上がっていった。

 何をするのか? と見ていると。

 女軍人は、別の生命の気配の元へ走って行き、 

 その生命の気配を連れてきたのだ。

 

 闇の中からうっすらと、駆け寄ってくる女軍人と、身体のスラっとした青年兵が見えてきた。

 

「……光っている二人です。空から降ってきました! 女の子が息をしてないようで、【回復(ヒール)】も効かずっ!!」

 

 女軍人が走りながら、隣を走る青年軍人に状況説明していた。

 俺も必死に、彼に向かって声を上げる。

 

「お願いしますっ!! 俺の彼女を助けてくださいっ!! 身体を張って俺の身を守ってくれたんですっ!」

 

 叫んだら、涙がどっと溢れ出した。

 青年兵は、恐ろしいほどに無表情で、直穂(なおほ)の前にしゃがみ込んだ。

 そして俺を、ギロリと睨んできた。

 

「え……?」

 

 俺が、身の毛が逆立って戦慄すると、その男は何事もなかったように、直穂(なおほ)に視線を落として、

 

「【超回復(ハイパヒール)】」

 

 とぶっきらぼうな声で、直穂(なおほ)の得意な回復魔法を放った。

 直穂(なおほ)の全身が、淡い緑に包まれる……

 

「……んんっ……ごほっ………」

 

 直穂(なおほ)の口から、赤い血が飛び出した。

 

「ごほっ……ぐふっ……あぁ……」

 

 直穂(なおほ)のやけどが感知していく……

 彼女は眉を顰めながら、ゆっくりと目を開いていった。

 

直穂(なおほ)おぉぉっ!!」

 

 俺は直穂(なおほ)を抱きしめた。

 強く強く、彼女の身体を抱きしめた。

 

「行宗っ……私はっ……どうなって……」

 

「ここは地上だっ!! 直穂(なおほ)は俺をかばってっ!! 竜の炎を直撃で受けたんだよっ!!!」

 

「そっ……かぁ……良かったっ……行宗(ゆきむね)の役に立ててっ……」

 

「よくっ……もう少しで、死にそうだったんだぞ?」

 

「そっか……行宗(ゆきむね)が助けてくれたの……?」

 

「違う…俺じゃなくて王国軍の……」

 

「王国軍?」

 

 俺は、近くにいる青年軍人と女軍人の方を見上げて、直穂(なおほ)に紹介しようとしたのだが……

 二人とも同じ格好で、茫然と空を見上げていた。

 

 俺は二人の視線を追いかけた。

 

 上空には、オレンジに染まった光の玉があった。

 見覚えがあった。

 ついさっき見た光景だ。

 

 炎で直穂(なおほ)を撃墜したモンスター。【ブラックグレートドラゴン】が、

 大きな口を開けて、真っ赤な炎を蓄えていたのだ。

 

 標的は、俺か直穂(なおほ)だろう。

 グレートな復讐竜は、俺たちの頭上から、火を吐く魔法で俺たちを狙っていた。

 

 そばにいた青年軍人が、しゃがんで見上げる俺の方を、振り返って無表情で見下ろしてきた。

 

「お前ら、アレを()められるか?」

 

 と、()いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賢者タイムは、残り一分と少し。

 俺は最後の力を振り絞って、大空へと地面を蹴った。

 俺が、倒すしかない。

 直穂(なおほ)は天使状態だが、空を飛べる状態ではなかった。

 俺が戦うしかないのだ。

 地上にいる直穂(なおほ)誠也(せいや)さんにフィリアさん。

 そしてこの国にくらす人のためにも、俺は戦うのだ。

 

 グレートドラゴンは凄まじい勢いで地上へと急降下しながら、口内の炎を蓄えていく。

 いつ発射するか分からない恐怖のなかで、俺はドラゴンを、生命の気配感知範囲に入れた。

 もう目の前だ。一瞬で勝負がつく。

 

 ブラックグレートドラゴンには、他の黒竜と違って知性がある。 

 無闇に復讐対象に突っ込んだりしないのだ。

 さきほど空中で、仲間を殺戮した直穂(なおほ)ではなく、俺の方に炎の標準を合わせた理由は、ヤツに知性があるからだろう。

 

 でもだからこそ、俺に勝機がある。

 グレートドラゴンには知性がある。

 だったら、グレートドラゴンより百倍優秀な俺の賢者の思考力で、ドラゴンの思考を誘導して、俺の思い通りに動かすことが出来る。

 

 俺はまず、ドラゴンの背中ではなく、お腹の方へと飛行軌道を逸らした。

 ドラゴンが何も考えないバカなら、俺の事は無視して、地上の直穂(なおほ)に突撃するはずだが……

 きっと奴は、首を丸めるはずだ。

 

 予想どおり。

 ドラゴンはすれ違いざまに俺の方に顔を向けて、俺を追いかけるように、空に向かって首を曲げていく。

 

 観察と読みが的中した。

 さきほど空中で、ドラゴンが魔法を放った直後。 

 炎の向こうで、ドラゴンが頭を丸めておじぎしているのが見えた。

 首を丸めるのは、きっと弱点を隠すためだろう。

 ドラゴンの弱点は首元、(のど)だ。

 そこが一番"生命の気配"が強い上に、

 ドラゴンのお腹の側には、背中を覆っている硬いウロコが、ついていないのである。

 つまり防御が薄いのだ。

 

 俺はドラゴンの巨体を追い越して、首を狙うフリをしながら、ドラゴンを追い越し天へと昇る。

 動きを止めて下を見ると、

 ドラゴンは背中を下。お腹を上にして。ひっくり返っており、ダンゴムシのように身体を丸めていた。

 

 その状態でも飛べるのかよ、と突っ込みたくなるが。

 俺は今度こそ、ひっくり返ったドラゴンの首元へと、一直線に飛び込んでいった。

 ここで決める。

 残り時間は30秒。

 もう時間に余裕はなかった。

 真下のドラゴンを目掛けて、重力にも助けられながら、加速しながら落ちていく。

 

 しかし……

 ドラゴンは、巨大な羽で大気を叩いた。

 グルリンッ!! と風圧で、身体をドリルのように半回転させて、

 フライパンの上のパンケーキのように、上下さかさまに裏返った。

 いや、元通り、背中が上になったというべきか、

 上空からの俺の攻撃は、ドラゴンの背中の硬いウロコに防御されてしまった。

 くそっ、なんて動きだ。

 デカいくせに動きが早い。

 これでは俺の攻撃は、竜の喉には届かない。

 

 だが……

 作戦通りだ。

 ドラゴンは横に避けたら間に合わないから、身体をその場で反転させるしかなかったのだ。

 反転によって、上からの俺の攻撃は防がれた。

 だが、下からの攻撃は?

 

 そう、お腹の面が弱点の、このドラゴンの倒し方は、

 天空と地上、真反対の二方向から、同時に攻撃する事だ!

 

直穂(なおほ)っ!!」

 

 俺はギリギリで、直穂(なおほ)の射程範囲から、横に回避した。

 

 入れ替わるように、地上から焼け付く太陽の光の如き直穂(なおほ)の閃光が、空へ向かって駆け上がり……

 

 光は、グレートドラゴンをお腹の側から飲み込んだ。

 すさまじい光量と威力で、ドラゴンの身体を焼き尽くしていく。

 直穂(なおほ)の魔法は、夜の大空に向かって、大きな光の柱をつくった。

 

 ビリビリと空気が震撼する。

 目の前が眩しさのあまり真っ白になる。

 

 そして……

 俺の賢者タイムが終わりを告げた。

 

 え……?

 

 空中に取り残された生身の俺は……

 

 落下、落下、落下……

 

 死の恐怖で声も出ないまま……

 

 落ちる、落ちる、おち………

 

 意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……おい……起きろ……」

 

 精悍な男の声に呼ばれて、俺は目を覚ました。

 ぼんやりと目を開くと、俺の身体はずぶ濡れで、先ほどの不愛想な青年軍人に抱えられていた。

 

「ドラゴンは……? 直穂(なおほ)はどうなりましたか?」

 

 俺はぐったりとした身体で、口を必死に開いた。

 かすれ声しか出なかった。

 

「お前の彼女は、魔法を放った途端に気絶した。まあ心配ない、外傷もないし、疲労で寝ているだけだ。巨大な黒竜も絶命(ぜつめい)した」

 

 青年軍人は、ぐったりとした俺の身体を起こしてくれた。

 俺の隣では直穂(なおほ)がぐったりとしていて、同じように女軍人に抱きかかえられていた。

 

 ここは、俺が飛び立った川のほとりであった。

 町の中は依然として燃えていて、悲鳴や救助の声が飛び交っていた。

 

「そうか……落下する俺を、あなたが助けてくれたんですね。ありがとうございます……」

 

「礼には及ばん。お前はこの街を守ってくれた。その事には感謝している」

 

 軍人さんは、俺を抱えながらそう呟いた。

 そして無表情の瞳を、俺の方へと寄こした。

 

「だがな……いくつか気になることがある。 俺の質問に答えてくれ」

 

 青年軍人は、俺を怪しむような、疑うような顔で俺を見下ろしてきた。

 

「まず一つ聞く、この黒竜の大群は、お前たちが原因か?」

 

 黒竜の大群の原因。

 とんでもない容疑をかけられて、俺は背筋を凍らせた。

 

「違いますっ! 俺達はたまたま通りかかっただけで……」

 

「たまたま? 本当か? お前達が黒竜の群れを連れてきたわけではないのだな?」

 

「もちろんですっ!!」

 

「そうか……」

 

 目の前の青年軍人は、依然として険しい表情を崩さない。

 女軍人は、気絶した直穂(なおほ)を胸に抱えたまま、不安げに俺のほうを見ていた。

 

「まあいい、では二つ目の質問だ。

 お前の彼女の直穂(なおほ)とかいう女の、【白い光の特殊スキル】は、

 一昨日(おととい)の夜。フェロー地区で起きた、捕獲対象モンスター殺害および獣族罪人逃亡事件で、 "謎の金髪少女"が使用した技と特徴が似ているようだが、心あたりはあるか?」

 

 獣族罪人の解放?

 二日前ってことは。やっぱり俺たちの事だよな?

 【神獣マルハブシ】と戦い、王国軍から誠也さんとフィリアを救出した時の話だろう。

 謎の金髪少女は、リリィさんの事か。

 魔法を使ったのは、リリィさんではなくユリィなのだが、報告に手違いが起きているらしい。

 でも確かに、直穂とユリィの白い光の魔法は、似ている気がする。

 唯一の違いは、ユリィの魔法は、一瞬で発動して一瞬で効果が切れるという点だ。

 俺は必死に、言い訳を考えた。

 

「知りません。一昨日(おととい)は友達が急病にかかって、大変だったんです。医者に見せても、薬が不足してるみたいで……」

 

 俺は平然と嘘をついた。

 青年軍人は、すこし眉をヒクつかせた。

 

「急病? その友達はどうなったんだ」

 

「まだ生きているはずです。俺は一刻も早く、マグダーラ山脈に行かなければなりません」

 

「なるほど……マグダーラ山脈に。たった二人でか?」

 

「……はい」

 

 そう、たった二人で。

 誠也(せいや)さんとフィリアの存在は、隠し通さねばならない。

 

「じゃあ、最後に質問だ……」

 

 青年軍人は、じっと俺の目を見つめて、距離を詰めてきた。

 気まずさのあまり、俺がさっと目を逸らすと、

 彼は俺のあごを掴んで、むりやりに目を合わせてきた。

 

 俺は、至近距離でイケメン軍人と見つめあう。

 少し近づけば、唇が触れ合う距離。

 ゼロ距離で視線が交差する。 

 くそっ、何をする気だ。 

 まるでキスする勢いじゃないか?

 俺は男は守備範囲外だし。

 直穂(なおほ)という恋人がいるんだぞ?

 

「……ちゃんと俺の目を見て、そして答えろ」

 

 青年が、イケメン顔に似つかわしくないドスの効いた声で、

 俺を睨みつけてきた。 

 

「ちょっと、何してるんですかっ!?」

 

 女軍人さんが、慌てた様子で口を挟んできた。

 彼女は顔を赤く染めて、両手で表情を隠していた。

 

 そして、目の前の彼は、息のかかる距離で口を開いた。

 

「……お前、岡野大吾(おかのだいご)という名に、聞き覚えはあるか……?」

 

「え……?」

 

 俺は、動揺を隠せなかった。

 岡野大吾(おかのだいご)。だと? 

 聞き間違えじゃないよな?

 なぜコイツ(・・・)が、ボス部屋ではぐれたはずの俺のクラスメイト、岡野大吾(おかのだいご)の名前を知っている?

 

 青年軍人の顔が、途端に険しくなった。

 

「何か…… 知っているのか?」

 

「知りませんよっ……」

 

 俺は向けられた殺気に恐怖して、必死に首を左右に振ったが、

 彼を誤魔化すことはできなかった。

 

「やはり貴様、指名手配中の"召喚勇者"の一味(いちみ)か?」

 

 彼は、俺の胸ぐらを掴みながら、そう言った。

 

「指名手配……?」

 

「そうだ……ヴァルファルキア大洞窟のラスボス攻略を抜け駆けし、

 神の秘宝と言われる【ネザーストーン(願いを叶える石)】を、全て浪費した大罪人どもだ」

 

 俺は、頭の中が真っ白になっていた。

 ラスボス攻略、ヴァルファルキア大洞窟、

 そして【ネザーストーン(願いを叶える石)】。

 俺も良く知ったワードだった。

 攻略を抜け駆け?

 【ネザーストーン(願いを叶える石)】を浪費?

 確かに、俺たちはスイーツ阿修羅を倒して、【ネザーストーン(願いを叶える石)】を使って願いを叶えた。

 岡野大吾は、マルハブシの猛毒の解毒を願い。

 俺は、新崎直穂(にいざきなおほ)浅尾和奈(あさおかずな)の蘇生を願った。

 

「俺の判断で……貴様を拘束させてもらう。身体が発光してない間は、強力な魔法も発揮できないようだしな」

 

 目の前の青年は、俺を睨みながら、ポケットから手錠をとりだした。

 俺は焦って、思考が空回りする中で、必死に頭を回転させた。

 

 とにかく、王国軍に捕まる訳にはいかない。

 召喚された俺のクラスメイトは、どうやら指名手配されているらしいのだが、

 どうなってるんだ!?

 

 もしかしたらリリィさんは、こうなる事を見越して、

 「俺たちが別世界から来た人間だという事は、秘密にした方がいい」

 と忠告してくれたのだろうか?

 

 俺は疲れた身体に力を込めて、必死で青年から逃げようとした。

 すぐそばの草むらには、誠也(せいや)さんとフィリアを隠しているのだ。

 浅尾(あさお)さんも、独立自治区で帰りを待っている。

 ここで捕まる訳には、いかないのだ!!

 

「くそっ! なんの話かさっぱり分からねぇよっ!! 俺は何もしていないっ!! この街をドラゴンから救ってやったのにっ! なんで疑われなくちゃいけないんだっ!!」  

 

 周囲には、人が集まっていた。

 俺は一か八か、大声をあげて、彼らの善意に訴えかけた。

 

「おい小僧……お前なにしてやがる……」

 

 すると、近くにいた中年男が反応して、こちらに近づいてきた。

 

「え……?」

 

 と、青年が後ろを振り返る。

 

「街を救った恩人に……何してくれとんじゃぁぁ!!」

 

 中年男は、青年を思い切り殴り飛ばした。

 

 青年は勢いよく空を舞い。川の中へとドボォォンと吹っ飛ばされた。

 川の方を見て驚いた。

 川の中には、川幅を全て覆い尽くすほどの黒くて大きな塊が、

 ブラックグレートドラゴンの死体が横たわっていた。

 

「きやぁぁぁ!! ザマルさん!!」

 

 女軍人は甲高い悲鳴を上げて、青年軍人を追いかけるように、水の中へと飛び込んだ。

 

 中年男は、それを見届けてから、俺の前にしゃがみこんで、両肩をがっしりと掴んできた。

 眼光は鋭く、髭はボサボサで、荒くれ者のような格好の中年男は、

 俺の目を見て、瞳をキラキラと輝かせて、酒臭い口を開いた。

 

「なぁ。街を救った英雄よ。お前の名は何という?」

 

 そんな言葉に、俺は動揺しながらも。

 

「名乗るほどの者じゃ、ありません」

 

 と、誤魔化した。

 本名を言うべきでないと思ったのだ。

 青年軍人は、岡野大吾(おかのだいご)の名前を知っていた。

 もしかしたら万波行宗(まんなみゆきむね)の名前も、広まっているかもしれない。

 

「そうか……ハハッ!! 名無しの英雄よ。ワシの大切なこの街を守ってくれてありがとう……どうかこの私に、恩返しをさせてくれ。

 ワシはこう見えても、ガロン王国軍の幹部でな。 名前は一成(カズナリ)だ。

 何か困りごとはないか? ワシに出来ることなら、何でも力になりたい」

 

 ガロン王国軍の幹部となのる。私服の一成(カズナリ)という男性は、俺の肩をポンポンと叩いて、そう言った。

 俺は、頭の中が混乱したままだったが。

 目の前の彼は、俺に感謝して、恩返しがしたいと言ってくれている。

 

「それでは……俺たちを、マグダーラ山脈の近くまで、連れていってくれませんか?」

 

 俺は、恐る恐るそう言った。

 

「あぁ、ワシに任せろ! 宇宙の彼方までだって運んでやるぜ!」

 

 一成(かずなり)さんは目を輝かせて、また俺の両方をポンと叩いた。

 

「いつ出発したい?」

 

「なるべく、早い方が良いです」

 

「分かった。ならば今すぐ行こう。 おいそこの娘、牛車をここまで持ってこい。大量の食料と水を付けてな!」

 

 そこの娘と呼ばれた女軍人さんは、気絶した青年軍人をおんぶして、水びっしょりの軍服で疲れた顔をしていた。

 

「しょ、承知しました……」

 

 女軍人さんは、嫌そうな表情を浮かべながら、

 青年軍人さんを背負ったまま、川の土手を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あとがき
★作品タイトル変更しました!
 流石に「マスター◯ーション」はまずいと思い、  
 「"賢者タイム"で無双する?」に変更しました。 
 我ながら、良いタイトル変更ができたと思っています!
 示す内容は同じですが、"賢者タイム"からは生々しさを感じない。
 上品な下ネタだったんです!!


★ X(Twitter)始めました!
 執筆状況などについてポストして(つぶやいて)いく予定なので、
 興味のある方は、私のユーザーページからリンクに飛んで、ぜひフォローを!

★昨日から作家ルーティーンとして、お気に入りの文章を、毎日1000文字模写する習慣を取り入れました!
 プロの文を模写するだけで、めちゃくちゃ文書力が上がったのを実感します!
 継続していきます!
 
 
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十五発目「牛車のなかの昔話」

 

 暗い……

 

 痛い、痛い……

 

 助けて、助けて、助けて……

 

 必死を呼ぼうにも、声がでない。

 

 身体が動かなくて、逃げられない。

 

 死にたい、楽になりたい、

 

 殺してほしい……

 

 でも私は、死になくても死なないの。

 地獄の苦痛のなかで、生き続けなければいけない存在……

 本当の限界まで、絶え間ない苦楽の奔流の中で……

 

 助けて、痛いよっ…… 

 

 もうやだ……殺してっ……

 

 お願い……行宗(ゆきむね)……

 ……私を、殺して……

 

 行宗(ゆきむね)の声が聞こえる。

 声が近づいてくる……

 私の名前を叫んでいる。

 

 あぁ、やっぱりダメだよ。

 コッチに来ちゃだめ……

 来ないで、行宗(ゆきむね)だけは……

 そんな無茶したら、行宗(ゆきむね)も酷い目に遭う。

 お願い。

 殺さないで……

 私のことは忘れて……

 

 ……私の気持ちなんて、知らない君は、

 私の「助けて」を手がかりに、

 死にかけの身体で、私の前へとたどり着く……

 

 あぁ……やっと終わった。

 やっと楽になれる……

 

 そして彼が目覚め……

 すべて、終わ……

 世界が、壊れ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ………はぁ、はぁ………

 

 悪夢から、現実へと引き戻される。

 

 どくどくどくどくどくどく……

 

 心臓の音が、ドンドンと五月蠅(うるさ)く脈打つ。

 冷たい外気にあてられて、私の背中に滲んだ汗が凍るように冷えていた。

 

 夢……悪夢か……

 よかった……

 

 

 仰向けて天を向いて倒れた()

 新崎直穂(にいざきなおほ)の頭の下には、柔らかい太もも枕があった。

 

 

 

 

 

 

 ―新崎直穂(にいざきなおほ)視点―

 

 

 

 

 

「どうした? 怖い夢か!?」

 

 目を開けると。

 私の彼氏の行宗(ゆきむね)が、心配そうに、上から私を覗きこんでいた。

 安心して、涙が出そうになる。

 男の子らしい太ももの上で私は、スー、ハーと呼吸を整えて、

 身体の力を抜いていく。

 

 行宗(ゆきむね)の右手が、私の頭へ降りてきて、

 さわ……さわ……さわ……と、優しく撫でてくれた。

 私は、ゆっくり、口を開く。

 

「うん……すごく痛くて、悲しい夢を見てた……」

 

「そっか…… 辛いな。もう大丈夫だ…… だいじょうぶ……」

 

 行宗(ゆきむね)は、私の汗ばんだ首筋に、冷たい左手を添えて、

 躊躇いながらも優しい手つきで撫でてくれた……

 私は心臓の奥が、キュンとせつなくなって、

 私は彼の(ほほ)へと右手をのばした。

 

「ねぇ、抱きしめて……」

 

 私のお願いに、行宗(ゆきむね)は一瞬驚いて、すぐに顔を赤らめると、

 私の背中に両腕を回し、寝ている私の上体を起こし、

 正面から男らしく、ギュウッと私を抱きしめてくれた。

 

 あったかい……熱い、大好き、安心する……

 

 心臓と心臓が重なる、

 胸と胸が密着して、互いの首筋が重なり合う。

 行宗(ゆきむね)の肩にあごを乗せると、すごく安心できた……

 行宗(ゆきむね)の優しさに、悪夢の恐怖が溶かされきってもなお……私の心臓はまだ、バクバクと暴れまわっていた。

 

 目を開いて、辺りを見渡すと。

 空はまだ星空だった。

 夜だけど周囲は明るかった。

 メラメラと炎が燃え盛る音がしていた。

 

 私は街中の川の河原で、行宗(ゆきむね)に抱きしめられている。

 行宗(ゆきむね)の身体は、水でじんわりと湿っていた。

 

 河原には小石が敷き詰められていて、かかとがちょっと痛かった。

 

直穂(ゆきむね)。ちょっと大事な話がある、聞いてくれ」

 

 行宗(ゆきむね)は口を私の耳元に近づけて、真剣な声色で囁いてきた。

 

「俺たちは、ガロン王国軍の一成(かずなり)さんの運転で、牛車でマグダーラ山脈まで送ってもらえることになった。

 誠也(せいや)さんとフィリアは、橋の下の草むらに寝袋の中に隠してる。

 二人とも正体がバレないままで、なんとか牛車に乗せてもらうつもりだ」

 

「え……?」 

 

 あまりの衝撃の事実に、声を漏らした。

 そうだ。

 そう言えば私達、地上に落下したんだっけ。

 王国軍って、二日前の夜に戦った人たちだよね?

 フィリアちゃんを捕まえて、酷い仕打ちをした人たちだよね?

 

「さらに深刻な事がある。 

 俺たち一年一組のクラスメイトが、”指名手配”されているらしい。

 だから本名は隠した方がいい。捕まる可能性もあるからな」

 

「えぇ!?」

 

 私は再び、落雷に当たったみたいな衝撃を受けた。

 嘘っ……なんで? 意味が分からない。

 クラスの皆が”指名手配”? なんでそんな事に……

 

「クラスの皆は、生きてるの? 今はどこに……」

 

「何も分からない……でも……

 今の俺達は、浅尾(あさお)さんの治療に集中しないといけない。

 ……クラスの皆は、きっと無事だよ……」

 

 行宗(ゆきむね)は、自分自身にも言い聞かせるみたいに言った。

 

 

 

 

「おぉ!! 起きたか!! もう一人の英雄!!」

 

 突然に、私の後ろから、陽気な男性の声がした。

 振り返ると、ガタイの良いおじさんが、ニッと歯を見せて笑っていた。

 男は私の方を見て。

 

「この街を守ってくれた英雄よ!! 心より尊敬し、感謝する!  

 さて英雄よ! 貴様の名は何という!?」

 

 この街を救ってくれた?

 ああ、黒竜を倒したことか?

 そうだ私は……

 行宗(ゆきむね)と一緒に、大きな黒竜を挟み撃ちにして、倒したのだ。

 

 あの後どうなったんだっけ?

 巨大黒竜の"生命の気配"が、消滅するのを目にしたあと……

 ……その先の記憶がない。

 もしかして、そのタイミングで気絶したのだろうか?

 

「名乗るほどの者ではありませんよ」

 

 私は行宗(ゆきむね)の忠告通り、本名を隠して返事した。

 

「ガッハッハッハ!! そうかお前も名無しの英雄か!  

 いいだろう! ワシがお前たちをマグダーラ山脈まで案内してやる!!

 ちょうど牛車も届いたところだ! 

 私の名前は一成(かずなり)だ! おじさんに見えるが王国軍の幹部! 快適な旅をお約束する……」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 やはりこの人が、行宗の言っていた一成(かずなり)さんか。

 王国軍の幹部には見えない。短パンに白シャツのラフな格好だった。

 しかしよくみると、二の腕とかふくらはぎとか、鍛え抜かれて洗練されている。

 

 私は、一成(かずなり)さんのハイテンションについて行けないまま、とりあえず感謝を口にした。

 

「礼には及ばん! 黒竜の群れの襲来で、この街は壊滅する運命にあった。

 その運命を、お前たちが変えてくれたのだ。

 ワシらはお前らに、感謝してもしきれんのだ」

 

 ガタガタガタ……と、

 川に沿った砂利道から、牛車の音が聞こえてきた。

 先頭には二頭の黒い牛が繋がれていて、どちらも体長は4メートルほど。

 その巨体には迫力があった。

 後ろには運転席と、その後ろには布に覆われた荷台があった。

 

「牛車っ!! 持ってきました!!」

 

 運転席から、女の子が息切れながら大声で叫んでいた。

 

「ご苦労! 見知らぬ女軍人よ! 次は救助のほうに手を回してくれ!!」

 

 ガロン王国軍幹部の一成(かずなり)さんが、女の子の声に大声で返事をする。

 

「はいっ!!」

 

 女の子の影は牛車から降りて、町の中へ、まだ消えない炎の方へと走っていった。

 逆光でよく見えなかったが、おそらく着ていた服は軍服だ。

 

 遠くから、子供の泣き叫ぶ声、悲鳴が聞こえてくる。

 炎と煙が立ちのぼる。

 まるで地獄絵図。

 黒竜のが消えてもなお、その被害は止まることなく、

 ギラギース地区の都市を焼き続けていた。

 

 私の水魔法なら、町を消火できるかもしれない。

 そう思い立った瞬間、行宗に強く手を握られた。

 

直穂(なおほ)…… クラスの皆は心配だけど、今は浅尾(あさお)さんの事だけ考えよう。 あと6日以内に帰れなければ、浅尾(あさお)さんは死んでしまうんだ」

 

 行宗(ゆきむね)の言葉で、私は思いとどまった。

 そうだ。優先順位を考えなければいけない。

 それに、誠也(せいや)さんとフィリアちゃんも同行しているのだ。

 最優先は、和奈(かずな)とフィリアちゃん父の病気を治すこと。

 クラスメイトの事は、その後でも遅くない、はず……

 

「すぐに出発できるか?」

 

「ちょっと待ってください、荷物があるんです」

 

 牛車に向かおうとする一成(かずなり)さんに、行宗(ゆきむね)が「待った」をかけた。

 そして行宗(ゆきむね)は、橋の下へ、そこの草むらへと走って行き。

 草むらの中に隠れていた、二つの大きな寝袋と私達のカバンを、一人で背負って戻ってきた。

 

「それは……人間か?」

 

「はい。旅の途中で死んでいった、二人の仲間の死体です。

 せめて目的地のマグダーラ山脈までは、一緒に連れて行きたいんです……」

 

 行宗(ゆきむね)は、大げさな泣き顔を装って、震え声で話していた。

 あの二つの寝袋の中にいるのは、誠也(せいや)さんとフィリアだろう。

 行宗(ゆきむね)は二人を、仲間の死体だと言い張って運ぼうとしていた。

 

「……さぞつらい旅だったんだな。持ち物はそれだけか?」

 

「はい」

 

「女英雄のお前にも聞く、出発して構わないか?」

 

「はい」

 

「よし! では出発じゃあ! 荷物は荷台に積んでくれ!」

 

 一成(かずなり)さんは、行宗(ゆきむね)の嘘を怪しむことなく、

 私達とその荷物を牛車へと乗せてくれた。

 

 まず私達の荷物は、牛車の荷台に乗せられる。

 二つの死体…… と思わせておいて、中には生きた誠也(せいや)さんとフィリアちゃんが入っている二つの寝袋も、荷台の中へと乗せられる。

 

 私と行宗は、運転手の一成(かずなり)さんの隣に並び、運転席の長椅子に座り込んだ。

 そして、ガタガタガタ……と、牛車は走り出した。 

 牛って早いのかな? と疑っていた私だったが。

 なるほどそこそこ早い。

 自転車ぐらいのスピードで、壊滅した夜の街を、牛たちに引かれて闊歩(かっぽ)していく。

 

 かなり揺れるな。

 砂利道を進んでいくたびに、牛車が激しく振動し、お尻がガンガンと叩かれてしまう。

 

 座っている私でさえ、すぐに車酔いしてしまいそうだ。

 荷台に乗ったフィリアと誠也(せいや)さんは無事だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠也(せいや)視点―

 

 ガタガタガタ……と、

 牛車の荷台が揺れるたびに、ガンガンガンと床で頭を打つ。

 

 それにしても……

 まさか一成(かずなり)さんと、ここで再会するとはな。

 一成(かずなり)さんは私にとって、命の恩人である。

 西宮家の屋敷が襲撃を受けて、獣族反乱軍の捕虜となった私を、助け出してくれた人だ。

 さらに私の王国軍として生きる道を示し、

 私に(いくさ)を教えてくれた師匠でもある。

 数年前、軍の幹部まで昇格したという噂は聞いていたが、

 まさかギラギース地区にいたとはな。

 

 私は、王国軍に22年従事した古参兵である。

 よって、ガロン王国各地に知り合いも多い。

 

 まあなんにせよ、清水流るる美しき都ギラギースが、

 黒竜の復讐を受けてもなお半壊で()んで良かった。

 

 この牛車の運転手、一成(かずなり)さんは頭が良く、戦闘技術も優れている。

 二十年ぶりに会った彼は、寝袋の中だから姿は見えなかったが、声は渋くなっていた。

 でも懐かしいな、小さな頃はこうやって、ギュウギュウに人が詰め込まれた牛車の中で、

 一成(かずなり)さんの運転で(いくさ)に出かけたものだ。

 

 

「なあ誠也(せいや)……とんでもないことになったな……」

 

 フィリアの小さな声が、寝袋がガザガザと動く音とともに聞こえてきた。

 フィリアは私のすぐ隣で、私と同様に寝袋の中らしい。

 牛車の音がうるさいので、フィリアの声は、そばにいる私だけが聞き取れる。

 

「……まっくらで何も見えないし、蒸し暑い…… 床もガタガタ揺れて、眠れない……」

 

 フィリアは、疲れた声でため息をついた。

 

「なぁ誠也(せいや)。マグダーラ山脈には、いつごろ着くんだ?」

 

「おそらく、5時間ぐらいだ」

 

「5時間?? 意外と短い……けど……」

 

 キラギース地区のすぐ先は、山地になっているのだ。

 隠れつつ徒歩で進むなら、丸一日かかるが、

 牛車で進むなら、軍が管理するトンネルを通ればよい。

 

「しかし…… この体勢のまま、身動きとらずに五時間か……しんどいな……」

 

 フィリアは出発早々、車疲れした様子だった。

 

「私としては慣れたものだ。

 王国軍での戦時は、ゲリラ部隊のリーダーだったからな。

 農作物の袋に紛れて敵のアジトに潜入した時は、まる二日米俵(こめだわら)のなかだった」

 

「へぇ、それ面白いなぁ……」

 

 フィリアは、少し声を明るくして、感心のため息をついた。

 そして会話が途切れた。

 無言の時間が続く。

 しばらくして、またフィリアが口を開いた。

 

「…………なあ誠也(せいや)。オレ今、すっげぇ暇だからさ。

 もっと聞かせてくれないか? 誠也(せいや)が王国軍にいたときの話!」

 

 子供が親に絵本の読み聞かせをねだるように、フィリアは弾んだトーンで()いてきた。

 フィリアの楽しそうな声に、私も心があたたまった。

 でも……

 

「聞かない方がいい。……私の話なんてみんな、獣族を嬉々として殺戮した物語だ……お前を傷つけてしまう……」

 

 私は自嘲するように、吐き捨てるようにそう言った。

 そうだ。

 過去(つみ)は決して消えない。

 忘れてはいけない私の過去(つみ)

 フィリアと出会うまでの私は、獣族を憎み殺戮してきた。

 本来なら私は、フィリアの傍にいる資格のない人間……

 

「構わない。お願いだ。聞かせてくれないか……?

 オレは誠也(せいや)の事、もっとちゃんと知りたいんだ。

 オレはっ…… オレにとって誠也は…… 大切な人だから……

 どんな事を聞いても、オレは傷つかないし、誠也(せいや)の事を嫌ったりしないから……

 誠也(せいや)過去(ほんとう)を、教えてくれないか?」

 

 いつになく真剣な声色のフィリアに、私も真剣に考えた。

 そして、話すことに決めた。

 目的地に着くまでの暇つぶしに、今まで誰にも話したことのない。私の人生のすべてを打ち明けることにしたのだ。

 

「恥ずかしい話になるんだが……いいか? 

 私は10才の頃の話だ。

 私は西宮家という、ガロン王国フェロー地区にあった貴族の屋敷で、使用人として働いていたんだが……

 西宮響香(にしみやきょうか)という二つ年上の”お嬢様”を、妊娠させてしまったんだ」

 

「はぁ!? ちょっとまて、その女について詳しく聞かせろ」

 

 フィリアはなにか焦った様子で、早口で口を挟んできた。

 

響香(きょうか)は私の……初恋の女の子だった。 

 外遊びが好きな女の子で。本を読んでいる私の手を掴んでは、毎日(にわ)の外に引っぱりだされたものだ……」

 

「ふ、ふーん。そういう女の子が好きなのか?」

 

「あぁ、好きだった……。でも……

 響香(きょうか)は私が11才の時、屋敷に襲撃してきた獣族反乱軍に、家族諸共(もろとも)殺されたんだ。

 私は獣族反乱軍の捕虜となって、酷い仕打ちと拷問を受けた……」

 

「なっ……そんなっ……!」

 

 フィリアは悲痛な声を上げた。

 私は昔を懐かしみながら、今の幸せを噛みしめていた。

 今まで自分の過去は隠してきた。

 軍の親しい友人にさえ、打ち明けたことはなかった。

 

 でも、今初めてフィリアに過去を語っていくと、昔の自分が救われていく気がした。

 

「その後私は、王国軍に助けられたんだ。

 助けてくれた人は、一成(かずなり)さんという名前でな。

 私の王国軍人としての先生でもある。

 そして……

 ……いま私達が乗っている、牛車の運転手でもある」

 

「え……? は、はぁ!? なんだって!?

 衝撃展開すぎるだろっ!!

 ちょっとまて! 

 女の子のところからもっかい! ゆっくり詳しく話してくれっ!」

 

 すっかり元気なフィリアの声に、

 私は寝袋の中で、クスクスと声を殺して笑った。

 あぁ、すごく楽しい。

 やはり私は、フィリアのことが大好きだ。

 彼女のためなら、私はなんだってできる。

 フィリアの笑顔が、今の私の生きる意味なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 牛車は街を抜けて山道へと入った。

 空の色が明るくなっていき、しばらくして日の出が差し込んできた。

 夜明けである。

 街を抜けるとそこは山々が連なっていた。

 

 牛車で送って貰えて良かった。

 この山を幾つも歩いて越えていくとなると、相当骨が折れそうだからな。

 

 道路の左右には鉄柵が張っていた。

 道路内へのモンスターの侵入を防いでいるのだろうか?

 

 俺の左隣の直穂(なおほ)は、また眠くなったようで、俺の左肩の頭を寄せてスヤスヤと眠り始めた。

 コトコトコト……と、牛車は結構激しめに揺れている。

 

「可愛い彼女さんだな……」

 

 一成(かずなり)さんが、牛を手綱で制御しながら、そう言った。

 

「あげませんよ?」

 

「とらねぇよ、ワシが何歳に見える? もうすぐ孫が産まれる歳だぞ?」

 

 そう言う一成(かずなり)さんは、お爺さんというには随分若々しかった。

 

一成(かずなり)さんって、何歳なんですか?」

 

「今年で38才だ」

 

 それは、かなり若くないか?

 一成さんもその子供も、20才ぐらいで子供を作っているという事だ。

 

「あの、いつ結婚されたんですか?」

 

「いつだっけか…… あぁそうだ17才の頃、

 今から、えっと……21年前か……

獣族反乱軍との戦争が始まって、すぐの頃に、命を救った女の子に言い寄られて、結婚したんだ……」

 

「17才って、俺と同い年じゃないですか!」

 

 そうか、この世界は日本じゃない。

 結婚は18才以上からなんてルールはないから、若くても結婚できるのか?

 

「へぇ! お前17歳かぁ。 懐かしいなぁ……,

 あの頃は地獄の日々だったが、ギラギラ輝いていたなぁ……

 ……そうだ名無しの英雄よ。お前はその彼女と、結婚しないのか?」

 

 一成(かずなり)さんに聞かれて、俺は考えた。

 

「故郷に帰るまでは……結婚はしません」

 

 考えた答えが、それだった。

 まあ日本に帰ったとして、俺たちはまだ17才だから、すぐに結婚なんでできないけどな。

 

「そうか…………

 故郷には、いつぐらいに帰れるんだ??」

 

 いつ、になるんだろうか?

 現実世界に帰る方法なんて、今のところ、まったく分からない。

 まずは浅尾さんの病気を治して、

 それから公国で待っている、リリィさんに会いにいって……

 

 でも、「クラスの皆が指名手配されている」って、

 あの青年軍人に言われたんだよな……

 

「まだ分からないです。今は、目の前の事に精一杯で……」

 

「………………」

 

 一成さんは黙った。

 しばらく無言の時間が続く。

 ガタガタガタと、牛車の車輪が軋みながら、景色のいい山道を登っていく。

 

「まぁ、年上のワシから、一つお前に忠告できるとすれば……」

 

 一成さんが、ポツリと口を開いた。

 真剣なその表情から、俺も身構えて姿勢を正した。

 

「……人生は、何が起こるか分からないということだ。

 大切な仲間が毎日死んでいく日常を経験した、ワシだから言えるが、

 人はいつ死ぬか分からない……」

 

 確かに、その通りだ。

 実際に今、浅尾(あさお)さんが危険な状態にある。

 直穂(なおほ)だって俺だって、いつ死んでもおかしくない……

 

「まあ分かりやすく言えば、好き同士なら、早くおせっせ(・・・・)してしまえって事だ。

 チンタラしてると、別の男に心移りしちまうぞ」

 

「……それは怖いですね、肝に命じておきます」

 

 そしてまた、会話が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの……一成(かずなり)さんっ!」

 

 俺は意を決して、訊いてみる事にした。

 

「俺たちは最近ずっと山の中で、事情を知らないのですが、

 ヴァルファルキア大洞窟が攻略されたって、本当なんですか?」

 

 俺はリスクを承知で、尋ねた。

 あくまで部外者として、俺も召喚勇者であることは隠しながら……

 

「知らないのか!? 

 あぁ、本当だ。

 ヴァルファルキア大洞窟は攻略された。

 攻略期間30年にして、あと一歩で世界に真理に迫れるって時に、

 異世界から来た召喚勇者達に先を越されて、全てが水の泡になったんだ……」

 

「っ!!」

 

 "30年"という数字に、思わず声が飛び出そうになった。

 ダンジョンの攻略って、そんなに時間がかかるのか!?

 たしかに、"92層"とか言ってたし、

 "大洞窟"っていうぐらいだから、大きいんだろうけど……

 という事は、あのラスボス【スイーツ阿修羅(あしゅら)】って、相当ヤバいモンスターだったってコトか?

 

「あの六人目の英雄"バーンブラッド"の功績も、全て無駄になった。

 本来100年以上を要する大ダンジョンの攻略期間を、70年も短縮したのは、アイツの功績が大きいからな……

 ワシは世界の真理になんか興味ねぇが、死んでいったアイツの事を想うと残念だ……」

 

 本来は、100年以上かかるのか?

 俺は唖然としていた。

 つまり、人間の寿命以上の攻略期間。

 大ダンジョンって、どれだけ規模が大きいんだよ……

 

「その…… "召喚勇者"たちが指名手配されているって事は、

 今も召喚勇者たちは、この世界のどこかに隠れてるってコトですよね?

 それは……正直、怖いです。

 なにか彼らに、特徴とはないんですか?

 その、年齢とか、服装とか……

 名前とか……」

 

 俺は一成(かずなり)さんに、探りを入れた。

 俺たちの情報がどこまでバレているか、探る必要があった。

 

「……見ろ。昨日夜に届いた、"アキバハラ新聞"の号外だ。

 "召喚勇者"全員の顔と名前、【特殊スキル】まで判明してる。

 確保済みは7人。逃亡中が30人。

 おそらく公国裁判かけられて死罪になり、

 アキバハラ公国にて、公開処刑されるはずだ」

 

 俺は、息が詰まりそうだった。

 心臓が止まりそうだった。

 

 新聞には 

 「号外! 緊急指名手配!」

 という見出しに。

 おそらくクラスメイト全員顔写真と、

 人名にスキル名がびっしりと並んでいた。 

 

 その写真は、地上の砂漠地帯のような場所で、撮影されており。

 逃げ惑う顔、悲鳴をあげた顔、涙を流した顔ばかりで、地獄絵図だった。

 クラスメイトが7人が捕まったのか?

 公開処刑って、嘘ろっ!? 

 それに、アキバハラ新聞って!

 "使命手配"を出してるのは、アキバハラ公国なのか!?

 リリィさんの祖国じゃないか!?

 

 捕まっているのは7人……

 岡野大吾(おかのだいご)五十嵐真中(いがらしまなか)後藤駿太(ごとうしゅんた)花園(はなぞの)カレン、桜井明美(さくらいあけみ)鈴木楓(すずきかえで)水島彩(みずしまさや)……

 知っている名前も多かった。

 俺と犬猿の仲の野球部、岡野大吾(おかのだいご)の写真だけは、

 他の皆より大きく貼られていて、"首謀者"と書かれていた。

 

 次に使命手配中のクラスメイトは、30人。

 俺の親友、竹田慎吾(たけだしんご)の顔もあった。

 

「ん??」

 

 俺はおかしな二つの点に気づいて、声を漏らした。

 一つ目、俺と直穂(なおほ)浅尾(あさお)さんの3人だけ、手配書に載っていなかった。

 二つ目、竹田慎吾(たけだしんご)の名前欄には、池田明太(いけだめんた)という別の名前が書かれていたのだ。

 

 よく見ると、他の人の名前や【特殊スキル】も、ところどころ間違っていた。

 顔写真だけは本人であったが、そこには偽名が載っていたのだ。

 理由は分からない。

 

「この新聞、もらってもいいですか?」

 

 俺は、手をわなわなと震わせながら、一成(かずなり)さんに聞いた。

 

「もちろんだ。

 本来は10ガロン払って貰う所だが、お前は街を救った英雄だ」

 

「ありがとうございます……」

 

 俺はその新聞を、ギュッと丸めて握りしめた。

 動揺を隠せているのか、自分でも分からなかった。

 飛び出そうになる心臓を、必死に抑えつけて呼吸を整える。

 

 大丈夫、だいじょうぶ。

 必死に頑張れば、きっと何とかなるはずだ。

 クラスメイトを信じろ、自分を信じろ。

 俺と直穂(なおほ)はまず、浅尾(あさお)さんを治療するのだ。

 

 ガタガタと、牛車は進んでいく。

 朝日に照らされて煌々と輝く山景色をみながら、俺は一息ついて、背もたれに寄りかかった。

 

「まだ道のりは長い。今のうちに寝ておけ。

 山のふもとに着いたら、マグダーラ山脈を登るのだろう?

 疲れはとっておいた方がいい」

 

 一成(かずなり)さんのアドバイスと共に、俺に眠気が襲ってきた。

 今日は朝3時に起きて、動きっぱなしだったからな。

 

「そうですね……」

 

 俺は、左肩に寄りかかって眠っている、直穂(なおほ)の顔を見た。

 安心しきった童顔で、俺に身をあずけてくれる直穂(なおほ)

 さらけだしたうなじ、柔らかそうな耳たぶ、ぷっくり膨らんだ頬っぺたとくちびる。

 美しさを際立たせる長い睫毛に、シャツのはだけた胸元から見える、なめらかな谷間の入り口。

 骨ばった鎖骨に、華奢な肩、しっかりとしたお尻と太もも……

 サラサラと美しい黒髪ショートに、前髪右半分を()めたパッチン。

 

 眠っている可愛い彼女を見ていると、俺も眼福だった。

 

 見ているだけで、疲労と心労が癒されていき……

 入れ替わるように、眠気が襲ってきた。

 

「俺も、寝ます……」

 

 俺は一成(かずなり)さんにそう言うと、

 直穂(なおほ)に少し体重をあずけて、

 直穂(なおほ)の髪の匂いに包まれながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 





 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十六発目「マグダーラ山脈」

 

 ガタガタガタガタ……

 

 コトコトコト……

 

 身体がやさしく揺すられる。

 牛車の補助席で、

 俺はゆっくりと目を覚ました。

 

「味を聞いてもいいか?」

 

「すごい、美味しいですっ」

 

 一成(かずなり)さんと直穂(なおほ)の会話が聞こえる。

 なにか食べているのだろうか。

 と、そこで、俺は身体を横に倒して、なにか柔らかいものの上に、頭をあずけていると気づいた。

 柔らかくて、あったかくて、幸せな気分になる。

 

 そうかこれは、直穂(なおほ)の膝枕。

 いや、太もも枕だ。

 

 俺は、ゆっくり目を開けた。

 やはりそうだ。直穂(なおほ)の太もも。

 そして俺の頭には、直穂(なおほ)の左手が添えられていた。

 

「おはよう、直穂(なおほ)。お陰でぐっすり眠れたよ」

 

 俺は感謝の言葉と共に身体を起こす。

 

「うわ、起きたのっ? お、おはよ……」

 

 直穂(なおほ)は驚いたようで、ちょっと俺から身を引いた。

 俺の身体にはじわっと汗が滲んでいた。

 そとの景色は山の中、太陽はそこそこ高く、日差しも強くなっていた。

 直穂(なおほ)の右手には、大きめのサンドイッチが握られていた。

 そういえば、お腹が減ったな。

 

行宗(ゆきむね)、少しじっとしてて」

 

 直穂(なおほ)はそう言って、俺の顔に左手を添えた。

 そして顔を近づけてくると、俺の口元をペロリと舐めた。

 

「……!?」

 

 突然のキスに、俺の心臓が飛び上がると。

 直穂(なおほ)は頬を染めて、はにかんだ口を開いた。

 

「よだれ、ごちそうさま」

 

 思わず抱きしめて、それからディープキスを絡めたい衝動を、何とか堪えた。

 可愛すぎるだろ俺の彼女。

 こ、こんなシュチュエーション。二次元でも見たことないぞ。

 

「ねぇ、お腹へってない? 一成(かずなり)さんから貰ったハンバーガー、食べる?」

 

 直穂(なおほ)はそう言って、先ほどのサンドイッチを差し出してきた。

 

「あぁ食べる。ありがとうございます」

 

 俺はハンバーガーに右手をのばしたが、直穂(なおほ)の左手に阻まれた。

 

「口、開けて」

 

 直穂(なおほ)は左手で俺の手を握って降ろすと、

 右手で俺の口元に、ハンバーガーを近づけてきた。

 俺は口を大きく開ける。

 

「あーん」

 

 直穂(なおほ)が嬉しそうににやけながら、食べかけハンバーガーを俺の口の中へ……

 

 ガコンッ!!

 

 と牛車が大きく揺れた。

 車輪が岩か木の根を踏んだのか、身体が浮くぐらい、車内が大きく揺れた。

 さすがにケガ人は出なかったが、問題は俺の顔面だった。

 

 べちゃあぁあ。

 

 と、食べかけハンバーガーの断面が、俺の顔に押し付けられて、

 俺の鼻や頬っぺたは、ソースや肉汁まみれになっていた。

 

「ごっ、ごめんっ……ど、どうしよ……」

 

 直穂(なおほ)が血相を変えて、慌てふためいていた。

 俺も動揺していたが、あわあわと両手を震わせる可愛い直穂(なおほ)を見て、心が癒された。

 

直穂(なおほ)落ち着いて。別に怒ってないから。むしろドジキャラ可愛いっていうか」

 

「で、でもどうすれば…… 一成(かずなり)さんっ。布きんってありますか?」

 

 そんな彼女の口を、俺は二本指で優しく塞ぐ。

 

「拭くなんてもったいないよ。さっきみたいに、舐めてとってくれない?」

 

 俺は、恥ずかしさに打ち勝ち、そんな要望を口にした。

 直穂(なおほ)の顔が、みるみるうちに赤くなる。

 

「舐める!? 私が?  私の口の中なんて、綺麗なものじゃないよ?」

 

「いやむしろ、直穂(なおほ)の唾液で汚してほしいというか」

 

「……ふーん。とんだ変態だね……」

 

「いやか?」

 

「ううん、私も変態だからいい」

 

 ぼそっと呟いて、深呼吸をして。

 

「……いただきます」

 

 直穂(なおほ)のあかい舌が、俺の鼻先へと伸びてきた。

 互いに背中に腕をまわし、胸を重ねて抱きしめ合う。

 

 

 

「若いっていいなぁ……青春かぁ……」

 

 一成(かずなり)さんのしみじみとした声が、隣の席から届いてきて。

 俺たちは急に恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ろ、あれがマグダーラ山脈だ」

 

 小さな山の頂上まで上り詰めて、

 一成(かずなり)さんが、さらに上を人差し指でさした。

 

「あれが……上が見えねぇ……」

 

「富士山よりもぜんぜん高そうだね、アレ……」

 

 それは遥か高く、雲の向こうの空へと続く山々だった。

 切り立った崖のような山脈。

 まるで巨大な壁のように、俺たちを待ち構えていた。

 

「ワシが送れるのは(ふもと)までだ。 お前たち、地図は持っているか?」

 

()ってます」

 

 一成(かずなり)さんの問いかけに、俺は首を縦に振った。

 マグダーラ山脈の地図ならある。

 地図というより分厚い図鑑だったが、フィリアのカバンに入ってたはずだ。

 

「ならいい。だが、帰り道も大変だろう……」

 

 一成(かずなり)さんはポロシャツのポケットに手を突っ込んで、何か四角形の石を取り出した。

 

「これは王国の一級通行証だ、コレを見せれば、ガロン王国内の関所を、審査なしで越えられるんだが。 

 あれを見ろ。あそこに村があるだろう?」

 

 一成さんは、今度は下向きに指さした。

 山の上からそこを見下ろすと、確かに木造の家屋がぽつぽつと並んでいた。

 

「あの村は、20年前に廃村になったんだがな。

 今でも、シーベルトって名前の男が住み着いているんだ。

 コイツを見せてワシの名を言えば、どこでも連れて行ってくれるはずだ」

 

 一成さんは、貴重な魔導具だという四角形の石を渡してきた。

 両側には剣と薔薇の彫刻があり、

 真ん中には日本語で「ガロン王国一級通行許可証」という文字が彫られていた。

 

「これって高いモノですよね? 貰っていいんですか?」

 

 俺が聞き返すと、一成さんがヘンっと鼻を鳴らした。

 

「逆だ。 こんな礼しか出来なくて申し訳ないと思っている。

 お前たちは街を守った英雄だぜ? 

 他に困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「そうですか、では、受け取っておきます」

 

 俺は一成(かずなり)さんの手から、石造りの通行許可証を受け取った。

 俺たちを乗せた牛車は、山をおりていき、マグダーラ山脈の入口へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。ワシが送れるのはここまでだ。 

 ……確かこの先に、転移魔法陣がある。好きな層まで飛べるはずだ」

 

 森に囲まれた山道を登り、石の階段の前で、牛車は止まった。

 

「なるほど、どうもありがとうございました」

 

 俺と直穂(なおほ)は牛車から降りる。

 そして荷車の荷台から、四つのバッグと二つの寝袋を、道端へと降ろした。

 

「では健闘を祈るぞ。二人の勇敢なる英雄よ。 お前たちに白菊(しらぎく)ともかの加護があらんことを」

 

 一成(かずなり)さんはそう言って、両手を合わせて深く一礼をした。

 俺と直穂(なおほ)も、応えるように慌てて頭を下げた。

 

「では失礼させてもらう。 また困ったことがあれば、遠慮なワシを頼ってくれ」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 別れの挨拶を交わして。

 一成(かずなり)さんは俺たちを置いて、元来た道を牛車で引き返していった。

 

 

 

 

 ……………

 

 …………

 

 ………

 

 

 

 

 ぐぎゅるるる……

 

 誰かのお腹が鳴る音がした。

 その音の出所を見ると、小さくくるまった寝袋があった。

 

「腹が減って死にそうだ…… 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)…… ここから出してくれ……」

 

 ぜえぜえと息を切らしたフィリアの声が、もぞもぞと動く寝袋から聞こえた。

 

「う、うん。ごめんっ!!」

 

 直穂(なおほ)と俺は慌てて二つの寝袋に駆け寄り、縛っていた紐を解いた。

 

「ぷはぁっ!!」

 

 と、直穂(なおほ)の解いた寝袋から、フィリアの顔が飛び出してくる。

 俺の解いた寝袋からは、誠也(せいや)さんの頑丈な両足が出てきた。

 

「フィリアちゃん! これ、ハンバーガー!」

 

 

 直穂(なおほ)は食べかけていた二つ目のハンバーガーを、フィリア口元へと近づける。

 フィリアは目を見開いて、口も大きく開くと、

 口元を汚しながら、ガツガツとパンを咥え込んだ。

 

 

 

「ははっ、まさか死体に扮して私たちを運ぶとは…… 

 やるな行宗(ゆきむね)くん。

 危ない橋を渡ったが、予定より早く辿り着いたぞ。マグダーラ山脈!」

 

 誠也(せいや)さんが上機嫌で、寝袋の中から姿をあらわした。

 

「あぁ、冒険は順調だ。 ここから転移魔法陣で一気に上層までいくぞ!」

 

 空腹を満たし元気を取り戻したフィリアが、ソースのついた口で意気揚々と叫んだ。

 

「そうか。私は駐屯部隊だったからな。転移魔法陣なんて噂でしか聞いたことがない。楽しみだ」

 

 誠也(せいや)さんが、ニヤリと不敵に口角を上げる。

 

 転移魔法陣とは知っての通り、一瞬で場所を移動する装置のことだ。

 俺たちがリリィさんと共に、ヴァルファルキア大洞窟から脱出した時にも使ったものだ。

 

「ん……? まてよフィリアさん。転移魔法陣の事を知ってるのか?」

 

 俺は、ある事を思い出して、思わずフィリアに質問した。

 

「? 当たり前だろ? 大ダンジョンの中を瞬間移動する装置だ」

 

「知っているなら、なんであの時………

 俺が『俺たちは、ヴァルファルキア大洞窟からフェロー地区まで、転移魔法陣で来たんだ』って、フィリアさんに説明した時に

 どうしてフィリアは、『なんだそりゃ』って首を(かし)げたんだ?」

 

 俺が尋ねると、フィリアはまた眉間にシワを寄せた。

 

「は? あの話って本当だったのか? 

 俺は『転移魔法陣は"同じダンジョン内"にしか移動できない』って勉強したけど、ダンジョンの外への転移魔法陣なんてあるのか?」

 

「え……? 普通の転移魔法陣は、"ダンジョン内"にしか移動出来ないの?」

 

「転移魔法陣は神様がダンジョン攻略の補助のために作った魔法装置だろ? その用途から外れた転移魔法陣なんて、ないはずだが……」

 

「でもリリィさんは、確か……

 人が作った転移魔法陣って、話してたぞ……」

 

「人が作った!? 転移魔法陣を作れるのか?」

 

 今度は誠也(せいや)さんが、血相を変えて尋ねてきた。

 

「それは本当なのか? 世紀の大発見じゃないか? もし本当ならば、なぜ公表されていないんだ?」

 

「俺には、分かりませんよ……」

 

 次は誠也(せいや)さんが俺に迫ってきて、思わず言葉に詰まってしまう。

 

「それは……利権を独占してるんじゃないですか?

 ガロン王国とアキバハラ公国って、敵対してるんですよね。

 リリィちゃんはアキバハラ公国。誠也(せいや)さんはガロン王国。

 公国が転移魔法陣の作り方を知ってたとして、敵国であるガロン王国に教えるわけないじゃないですか」

 

 直穂(なおほ)が、スラスラと自分の考察を口にした。

 さすが俺の彼女、頭がいい。

 学級委員長で主席入学生。

 新崎直穂(にいざきなおほ)の意見に、この場の全員が納得する。

 

「なるほどな、あり得る。

 しかし、人為的に転移魔法陣が使えるとなれば、戦争においては脅威的だな。

 アキバハラ公国は不気味な国家だ。 

 国力は高いが、争いを好まず、領地拡大を目指さない。

 『魔法の大ダンジョンの跡地』の莫大なエネルギー残滓を利用し、巨大な魔法先進国を築いているが……

 重大な情報を隠して、なにか恐ろしい事を企んでいるかもしれん……」

 

 誠也(せいや)さんが、不穏な事を口にする。

 

「不穏な事ですか?」

 

「まあいい、杞憂だろう。

 リリィさんは、私とフィリアの命の恩人だ。

 アキバハラ公国はリリィさんが貴族として胸を張れる国なのだから、きっと素晴らしい国なのだろう」

 

 誠也(せいや)さんはそう言って、一人で頷いて納得していた。

 

「急ごう。この階段の先に、転移魔法陣があるのだろう?」

 

「ああ。 この山の上層に、父さんと浅尾(あさお)さんを治す薬がある!」

 

 誠也(せいや)さんとフィリアが声を合わせて、荷物を背負って階段を登っていく。

 山の上の神社に向かうような、石造りの階段。

 俺と直穂(なおほ)は、二人の背中を追いかけた。

 

 階段を登った先には、四角く削られた洞窟。坑道があった。

 真っ暗闇のトンネルへと足を踏み入れる。

 

「【火素(フレイム)】」

 

 という魔法で、フィリアの手のひらの中に明るい火の玉が生み出された。

 それを明かりにして、俺たちは下りの道を、下へ下へと降りていった。

 そして進んだ底の底。

 空間は一気に開けていき。

 

 見覚えのある青白い光に囲まれた転移魔法の模様が、何十個も床に浮かんだ空間にたどり着いた。

 

「フィリア、どれだか分かるのか?」

 

「あぁ、父さんに教えてもらった。あの一番奥のやつだ」

 

 転移魔法陣だらけの体育館のような空間を、まっすぐ奥へと歩いていく。

 薄暗くて全体像は見えないが、床は真っ白で、塵一つ落ちていない綺麗さだった。

 

「ここだ。みんな俺の周りに集まってくれ。

 飛んだ先はマグダーラ山脈の上層。

 遥か雲の上だ。

 強力なモンスターも多い。気温は常に氷点下を下回る」

 

「氷点下!? それって大丈夫なの?」

 

 直穂(なおほ)が悲鳴のような震え声をあげた。

 

「あぁ。オレたちが着ている服は保温スーツだ。

 表面にちいさな火石が無数に埋め込まれていて、外の冷気から身を守ってくれる」

 

 フィリアの説明に、直穂(なおほ)はホッと胸を撫で下ろした。

 

「じゃあ、いくぞ……えぇっと……転移魔法陣………起動」

 

 フィリアが分厚い本をめくりながら、地面に手を当てて何か魔力操作を行なった。

 途端に魔法陣の紋様が眩しく光り。

 俺たちは、真っ白な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

《マグダーラ山脈上層》

 

 

 

 

 

 

 

「寒い……」

 

 と、俺は白い息を吐いた。

 

「すごぃ……綺麗だね……」

 

 隣の直穂(なおほ)が、俺の手を握って身を寄せてくる。

 

 辺り一面、真っ白な雪。

 雪の中から氷の木々が生えており、空は雲一つない快晴。

 手を伸ばせば届きそうな眩しい太陽の光に当てられて、白い雪原がキラキラと輝いていた。

 

 ギャァァァァァォォォ!!!

 

 という、恐ろしいモンスターの遠吠えが届いてきて、俺はハッと身を縮こませた。

 声のする方向を見れば、キリンのような真っ白な背の高いモンスターが、のしのしと背中を闊歩していた。

 

「あのモンスターは【エルヴァルード】だ。 

 父さんの採取リストにも載っているけど、超危険モンスターだから、

 討伐は後回しにしよう。

 弱いモンスターから順に狩っていく。

 【ニルマーン】や【キルギリス】、【スノーラット】からだ」

 

 フィリアはそう言って、あたりを見渡した。

 しかし一面雪景色だ。生き物の気配はしない。

 

「いる、近くに……匂いがする……」

 

 フィリアは真剣な表情で呟き、そろりそろりと忍足で雪の斜面を降りていくと……

 ガシッと、雪の中に手を突っ込んだ。

 そして満面の笑みで、コチラに振り返ってきた。

 

「まずは一匹目だっ! あと30匹! 17種類!

 さっさと集めてアルム村に帰るぞ!」

 

 フィリアは本当に嬉しそうだった。

 浅尾(あさお)さんと啓介(けいすけ)さんを救う第一歩。

 一匹目のモンスターを捕獲したのだ。

 

 俺の目には、【Snow Rat】というモンスター名が、半減したHPバーの上に映っていた。

 【雪のネズミ】

 その名の通り、真っ白な毛をしたネズミだった。

 

「やっとここまで来れたな、フィリア」

 

 誠也(せいや)さんが嬉しさを噛み締めるような声で言った

 

「ああ、ああ、やっと一匹目だ! ありがとう誠也(せいや)! 行宗(ゆきむね)! 直穂(なおほ)っ!」

 

 フィリアは、ほっぺたを赤く染めながら

 興奮冷めやらない弾んだ声で、感謝を叫んだ。

 

 

 美しい雪山の上層の雪原。

 このさき、恐ろしい遭難事件が待っているなんて夢にも思わず。

 俺たちは順調に、薬に必要なモンスターを倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 更新遅れて申し訳ありません!
 一週間ほどキャラ作りに集中してました。 
 (浅尾和奈(あさおかずな)のカラーイラストを描き。キャラ設定を21000文字ぐらい書きました)

 ついに到着したマグダーラ山脈!
 ダンジョン雪山ダブルデートがようやく始まります!
 第四膜は、あと五話くらい予定!
 楽しんで頂けると幸いです!
 
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十七発目「大雪海の底で」

 

 パチパチ、パチンと、

 静かな土のなかで、(まき)が割れる音がする。

 長い一日が終わり、

 俺たち4人は火を囲みながら、一成(かずなり)さんから貰ったご飯を食べていた。

 

「あったかいね……」

「うん、あったかい……」

 

 直穂(なおほ)は俺のほうへ身を寄せ、白い息を吐く。

 

 日が沈んでしばらく経ち。

 誠也(せいや)さんが土魔発で作った地下室の中で、

 俺たちは焚き火を囲んでいた。

 

「しかし流石だぜ、行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)っ!

 まさか一日で19匹も集まるなんてな!

 希望が見えてきた。父さんも浅尾(あさお)さんも助けられる!」

 

 ご飯を口にかき込んだあとで、フィリアは元気いっぱい叫んだ。

 俺たちは今日、日が暮れるまで、必死に薬剤を集めた。

 部屋の隅には、今日殺して捕まえたモンスター達の死体の欠片が、山積みになっている。

 

「……私への感謝はないのか? フィリア……」

 

「あ、そうだなっ! もちろん誠也(せいや)も! ありがとう!」

 

「ああ、ありがとう」

 

 誠也(せいや)さんがボソリと呟いて、フィリアは慌てたように付け加えた。

 二人とも顔が真っ赤だ。

 

「なあフィリア。集めなきゃいけないモンスターは、あと幾つだ?」

 

 俺はフィリアに尋ねた。

 

「あと7体だ」

 

「7体!?」

 

 俺は耳を疑った。

 

「今日は19匹集めたんだよな? もう楽勝じゃないか?」

 

「まあ数字だけ見れば楽勝だがな……。しかし残りの7体は、どれも厄介なモンスターばかりだ」

 

 フィリアはグビグビとお湯を飲むと、モンスター図鑑を拾って開いて、俺に見せてきた。

 

「一番問題なのはコイツだ。 背高ノッポのデカい奴、

 今朝、出くわしただろう?」

 

 フィリアの開いた図鑑のページには、

 【エルヴァルード】というモンスターが乗っていた。

 身長30メートルほどの、キリンのようなモンスター。

 俺たちが今朝、転移魔法陣でマグダーラ山脈上層に上がり、その直後に見かけたヤツだ。

 

「コイツはどんなモンスターなんだ?」

 

「とにかく戦闘において強い。

 野生勘もするどくて隙の少ないヤツだ。

 コイツの血は、強力な解毒作用があってな。浅尾(あさお)さんの治療に役立ちそうなんだが……」

 

 フィリアは言葉を切って、また図鑑のページをめくった。

 

「そしてもう一体。危険なモンスターがいる。 コイツだ」

 

 次に開いたページには、

 【サルファ・メルファ】というモンスターが載っていた。

 それは巨大な甲殻類、サソリのようなモンスターだ。

 手のハサミが四本、しっぽが四本。  

 毒の針が4本あった。

 

直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)の賢者と天使の力があれば、倒せない相手じゃないんだが、

 問題はしっぽの猛毒だ。

 今日手に入れた薬剤とオレの腕があれば、一度だけ使える解毒剤はつくれるんだが……

 二回、二か所以上を刺されたら、どんな医者でもお手上げだ。

 確実に死ぬ」

 

 フィリアの真剣な表情に、俺は背筋を凍らせた。

 二回刺されたら死ぬ。

 スズメバチみたいなものだろうか?

 

「とにかく、この2体が超危険だ。

 集めた貴重な薬材で、解毒薬やポーションも作って挑みたいけど、時間がかかるんだよな。

 明日もコイツらは後回しだ。 簡単なモンスターから狩っていく」

 

 なるほど。

 残り7体と聞いた俺は、順調すぎると浮かれたが、 

 そうでもないらしい。

 

 

 

 

「それに……まだ父さんの治療に必要な、"キルギリス"も見つかってない……」

 

 フィリアは低い声でぼそりと呟いた。

 

 "キルギリス"

 フィリアが今日一日中、一生懸命探していたモンスターである。

 フィリアの父親――小桑原啓介(こくわばらけいすけ)さんの病

 【避魔(ひま)病】の治療に、必須(・・)のモンスターである。

 

「見つからないってことはつまり、隠れるのがうまいモンスターなのか?」

 

 誠也(せいや)さんが尋ねた。

 

「いや、そういう訳じゃない……

 動きが鈍くて戦闘能力もなくて、単純に生存能力が低いから、

 周囲のモンスターの格好の獲物になり、個体数が少ないんだ……」

 

「なるほどな……

 なぁフィリア、一つだけ確認してもいいか?

 あと何日までここにいれる?

 浅尾(あさお)さんのタイムリミットまで、あと5日間。

 もしその時までに、必要なモンスターが集め切れていなかったら、

 どうする?」

 

 誠也(せいや)さんは遠慮がちに、フィリアに尋ねた。

 俺たちは5日後までに、浅尾(あさお)さんの元へ帰らなければいけない。

 もしも必要な薬が、時間内に集まりきらなかったら。

 その時は……

 

「そうだな……

 まさか2日目の朝、モンスターを半分以上集められるなんて思ってなかったからな。

 ペースは順調なんだが……

 浅尾(あさお)さんの延命期間は理論値だ。もう少し短くなる可能性もある。

 明後日(あさって)の日没までには、俺たちは山を降りる」

 

「2日後か、同意見だ」

 

 誠也(せいや)さんが頷いた。

 

 そんな時、コツンと、俺の肩に、丸い何かがぶつかった。

 隣を見れば、目を瞑って脱力した直穂(なおほ)が、俺に寄りかかっていた。

 

「んぁ……ごめん行宗(ゆきむね)。ご飯食べたら眠くって……安心して、みんなの話はちゃんと、聞いてるからぁ……」

 

 直穂(なおほ)はぐったりした猫声で、もごもごと口を動かした。

 

 俺は彼女を労るように、頭にそっと手を乗せた。

 

直穂(なおほ)……お疲れ、ありがとな。

 自慰行為なんて、女の子として凄く恥ずかしいだろうに、

 今日も頑張って戦ってくれて、ありがとう」

 

「んぇ? あ、ありがとう。褒められちゃった。

 確かに恥ずかしいけどね。幸せだよ。行宗(ゆきむね)と一緒だから……」

 

「俺もだ。俺も幸せだ……」

 

 眠気でクラクラと倒れそうな直穂(なおほ)を、両腕で支える。

 直穂(なおほ)は、寝言なのか判断がつかないふやけ声を漏らした。

 

「もう寝るか。仲良し夫婦は、二人でお幸せにしてくれ。

 オレはむさ苦しいオッサンと寝るから」

 

 フィリアがニヤニヤと、茶化(ちゃか)すように俺たちを見る。

 

「誰がむさ苦しいオッサンだ。フィリアが嫌なら、私は寝袋の外で寝るぞ?」

 

 誠也(せいや)さんが眉間の(しわ)を寄せながらそう言った。

 

「ダメだ! 風邪ひくだろうが。こういう雪山では、お互いの身体を密着させて(だん)をとるんだよ」

 

「そうか、なら仕方ないな」

 

「そうだ! 

 誠也(せいや)の大きくて暖かいから、布団にちょうど良いんだよ」

 

「それを言うならフィリアの身体も、毛皮があってぬいぐるみみたいで可愛いだろう」

 

「は、はぁ!?  ぬいぐるみ!? 可愛い!? オレをばっかにしてんのか!?」

 

「あぁそうだ。フィリアは可愛いんだ。一緒に寝ると落ち着くんだ」

 

「そうかよ! じゃあオレも言ってやるよ。誠也(せいや)はカッコいいんだよ!

 優しくて男らしくて、抱きしめられると心が落ち着くんだっ!」

 

 ……………

 

 はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ。

 

 二人の言葉が途切れた。

 誠也(せいや)さんとフィリアが荒い息を立てて、互いの目をフイと逸らす。

 こんなセリフ、もう告白同然だと思うのだが……

  二人とも顔を耳まで赤く染めて、恥じらっていた。

 

 しばしの沈黙、緊張の瞬間。

 

 俺は瞬き一つせず、固唾を飲んで見守った。

 先に口を開いたのは、フィリアだった。

 

「もう、寝ようぜ、明日も忙しいんだ」

 

「……そうだな。 いっしょに寝よう」

 

「ああ」

 

 フィリアは俺たちの方を振り返ると、焚き火の火を弱めた。

 

行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)、おやすみ」

 

 赤面したままのフィリアは、はにかんだ顔で俺たちに笑いかけた。

 

「おやすみ、フィリア」

 

 薄暗い部屋で、

 むにゃむにゃと寝ぼけた直穂(なおほ)と一緒に、寝袋に入った俺は……

 疲労感と幸福感のなかで、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごぉぉぉお!!

 

 遠くから、騒がしい音が響いてくる。

 

 ドゴゴゴゴゴ……

 

 なんだ? 何が起こっている。

 

 

 ドゴゴゴゴゴゴゴォ!!!

 

 地面がガタガタと揺れていた。

 炎揺らめく地下室。

 俺は思わず飛び起きた。

 

「な、直穂(なおほ)っ!? なんだこの音はっ!? 無事かっ!?」

 

 慌てて身体を起こし、あたりを見渡すと。

 そこには何気ない日常があった。

 フィリアと誠也(せいや)さんと直穂(なおほ)が、3人で焚火を囲んでいて。

 手作業をしながら、ギョッと驚いた顔で俺を見ていた。

 

「ブッ!! あははははっ!」

 

 直後、

 われんばかりの大爆笑が、地下室の中にこだました。

 

「おはよ、ぷふっ、行宗(ゆきむね)っ。 

 うははっ! だいじょーぶだよ。落ち着いて。

 この凄い音は、上の吹雪(ふぶき)の音だからっ!」

 

「ったく行宗(ゆきむね)。 ぷくく…… なんて慌てっぷりだよっ!」

 

 直穂(なおほ)とフィリアの笑い声が重なる。

 

吹雪(ふぶき)?」

 

 俺は聞き返した。

 確かにこのゴォォォという音は、外から絶え間なく聞こえてきていた。

 外は吹雪(ふぶき)なのか?

 

「かなり激しい雪嵐(ゆきあらし)だ。 しばらく外に出れないだろう」

 

 誠也(せいや)さんが、石を持った両手でゴリゴリと薬草を擦り潰しながら、答えてくれた。

 

「それは、薬を作ってるんですか?」

 

「ああ。行宗(ゆきむね)くんも手伝ってくれ。

 【サルファ・メルファ】討伐用の解毒薬だ」

 

「なるほど……」

 

 俺は寝袋から出て、直穂(なおほ)の隣に腰を下ろした。

 

「おはよう直穂(なおほ)

 

「おはよ、行宗(ゆきむね)

 

 直穂(なおほ)はあぐらをかきながら、硬い木の棒をナイフで削っていた。

 

「俺にも手伝えることはあるか?」

 

「勿論あるけど。お腹すいてないの? まずは何か食べなよ」

 

「確かにそうだな」

 

 俺は、一成(かずなり)さんから貰った袋の中から、パンとジャムを取り出した。

 柑橘系のジャムを、丸いパンに塗りながら、三人に尋ねてみる。

 

「凄い轟音だな…… 今日はここから出られないって事か?」

 

「うん。

 外に出たら強すぎる暴風で、身体が空へと舞いあがって……

 腕と足がバラバラに千切れちゃうらしいよ?」

 

 直穂(なおほ)が真顔でそう言った。

 

「冗談だろ!? 怖っ」

 

「うんっ冗談だよ。ぷふふっ!」

 

 俺をからかって、ふきだした直穂(なおほ)の顔に、俺のデコピンを喰らわせてやろうかと思ったが、

 くそ可愛かったのでやめた。

 

「身体が吹き飛ぶっていうのは本当らしいよ。 視界も最悪だし。おとなしく嵐が過ぎるのを待つしかないって」

 

 直穂(なおほ)が説明を付け加えた。

 

「しかしマズくないか? この吹雪はいつ止むんだ?

 浅尾(あさお)さんのタイムリミットまで、時間に余裕はないっていうのに……」

 

 吹雪が収まるまでこの地下室で、何もせず時が過ぎるのを待てというのか?

 

「俺が賢者になれば、たぶん嵐のなかでも動けるはずだ……」

 

 そうだ、俺の賢者は、"生命の気配"が見えるんだ。

 視界の悪い吹雪の中でも、俺の賢者なら、モンスターを集められるはずだ。

 

「だめだ、危険すぎる。

 この嵐のなかで、たった十分間で何ができる?」

 

 誠也(せいや)さんに冷静に否定されてしまった。

 

「気持ちはわかるが行宗(ゆきむね)。今は待つしかねぇよ。

 ゆっくり薬やポーションの調合する時間ができたから、むしろ幸運と思おうぜ。

 大丈夫、いつかきっと嵐はやむ。

 今は、いまできる事をするしかない」

 

 フィリアは、ニヤリと笑って、そう言った。

 だがその声は、少し震えていた。

 

 フィリアだって不安なんだろう。

 

 父さんの病気を治すために必要な、"キルギリスの骨"が見つからず、下山のタイムリミットが迫るなかで、この大吹雪だ。

 不安にならない訳がない。

 

「そうだな。嵐はきっとやむ。

 俺たちは絶対にみんなで、ハッピーエンドを迎えるんだ!」

 

 俺は、力強く拳を握った。

 すごく不安で、災難ばかりだけど……

 不安で怖い時だからこそ、

 そばで励ましてくれる仲間の存在が温かかった。

 

「そうだ。せっかく時間があるのだ。

 行宗(ゆきむね)くん。あとで私が、剣の振り方を教えてやろう」

 

誠也(せいや)さん…… ありがとうございます。お願いします」

 

 

 

 外の吹雪は、ごうごうと(とどろ)き、

 焚き火がぱちぱちと鳴る。

 

 地下室の中は、かまくらのようなものだ。

 なかなか暖かい。

 

 俺と直穂(なおほ)は、この世界にきて初めて、ゆるやかな時間を過ごしていた。

 今までずっと、ゆっくり腰を下ろせる状況じゃなかったからな。

 クラス転移してから、今までずっと、歩き続けていた気がする。

 

 4人で作業する。

 ときに静かで、ときに賑やかな時間。

 とても心地よくて、安心していた。

 

 フィリアの薬の調合を手伝い、誠也(せいや)さんに剣術を教えてもらう……

 時間はあっという間に過ぎていく。

 

 

「出来たぞ! これが対【サルファ・メルファ】解毒剤だ。

 飲むだけで解毒してくれる劇薬(げきやく)だ。

 ただし忠告だ。飲んでいいのは人生で一度だけだからな? 

 二度目以降は、命を落とす猛毒(もうどく)になる」

 

 まじかよフィリアさん。さらっと怖い事をいう。

 

「あとはポーションを作ってから、浅尾(あさお)さんの治療薬の調合のために、ある程度は薬剤を加工しておきたい」

 

 

 フィリアの作業が終わる頃には、吹雪の轟音が止んできて、

 急にシーンと、外が静かになった。

 

 嵐が止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは酷いな……」

 

 地上に出た俺達は、その場で四人で立ちすくんだ。

 誠也(せいや)さんが炎魔法で、地下室を覆っていた雪を溶かしてくれたまではいいのだが……

 

 地上に出た俺たちは、高雪の壁にぐるりと囲まれていた。

 すごい積雪量だ。

 身長の何倍もあるほど積もっている。

 高さは6メートルほどだろうか?

 

「どうする? 日もだいぶ傾いているが、動くか?」

 

 夕暮れ前の寒空を見上げながら、誠也(せいや)さんが口を開いた。

 

「もちろんだ。 地下室にいても、もうやることないからな」

 

「同意見だ」

 

 

 俺たちは火魔法で、雪の壁を溶かしながら、地道に地道に進みはじめた。

 

 生き物の気配は感じない。

 炎の魔法で雪を溶かしながら、寒空の下を歩いていく。

 

 ザザザザ……

 

 すると、

 突然、目の前の視界が開けた。

 掘り進めた先に、雪が積もっていない空間があった。

 

「なんだ、ここは?」

 

 厚い雪の大地を、まっすぐ横切る道があった。

 まるでモーゼが、(つえ)で大海を割ったように、

 深い雪の海が、直線上に切り裂かれていた。

 半径10メートル程の一本道である。

 

「なにかのモンスターの通った後か?」

 

 誠也(せいや)さんが呟いた。

 

「あぁそうだ! 

 それにこいつは、おそらくだが、俺たちが探してるモンスター

 【サルファ・メルファ】の通った跡だ!」

 

 フィリアは、興奮した様子で答えた。

 

 【サルファ・メルファ】

 フィリアがピックアップした、2体の超危険モンスターのうちの一つ。

 猛毒を持っているが、その解毒薬はさきほどまさに完成した。

 

「解毒薬もポーションの準備も万全だ! まだ遠くへは行ってないはず。

 もうあまり時間もないからな。

 全員腹をくくれ! 戦闘準備だ!」

 

「おうっ!」

 

 フィリアのかけ声に、みんなが呼応した。

 雪を切り裂く一本道を、俺たちはまっすぐ走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 【サルファ・メルファ】の背中を見つけるまで、そう時間はかからなかった。

 切り開かれた道の先に、ギシギシと甲殻の鎧を軋まながら、雪を掘り進める【サルファ・メルファ】の姿があった。

 

「見つけた!

 まずは行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)! 賢者と天使になってくれ!」

 

「「了解!」」

 

 フィリアの声に、二人で返事をする。

 もう慣れたものだ。

 

 俺たちは手を繋いでいた。

 

 足を止め、互いに体を向かい合い、見つめ合う。

 直穂(なおほ)の顔は、少し引き攣っていて、

 両手はプルプルと震えていた。

 

 これから、二回刺されたら確実に死ぬモンスターと戦うのだ。

 俺だってめちゃくちゃ怖い。怖くない訳がないんだ。

 

「寒すぎて、手が(こご)えるな」

 

「そうだね。こんな時は」

 

「キスしようぜ」

 

「うん」

 

 互いに抱きしめ合い、背中に手を回して、舌同士を絡め合う。

 興奮が高まって、体温が跳ね上がる。

 直穂(なおほ)の口の中はあったかい。

 ぽかぽかと温まって、あつくて火傷しそうだ。

 

 ゆっくりと、舌を離した。

 決意を持った目で見つめ合う。

 もう、手の震えはおさまっていた。

 

和奈(かずな)が待ってる。頑張るよ。行宗(ゆきむね)!」

 

 直穂(なおほ)が不敵に、屈託なく笑う。

 

「ああ! 変態カップルの力、見せてやろうぜ」

 

「そうだね。外でするなんてね。 とんだ変態がいたもんだっ」

 

 直穂(なおほ)は頬を染めて、天使のように、はにかんだ。

 

「頑張ろうぜ」

 

「うんっ!」

 

 俺たちはパンと両手でハイタッチをした。

 そしてそれぞれ距離をとり、雪の壁の中へ穴を堀り、

 別々の場所で、仲良くズボンに手を入れた。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】

・久しぶりです! 三週間ぶりです。
 更新が大変遅れて、申し訳ありません!
 執筆スランプで手こずっておりました。
 これからも頑張ります!

・執筆のイメージのために、
 YouTubeで、「吹雪と焚き火のリラックスbgm」を聞いてみましたが、 
 コレ、よく眠れます。


 
 
【挿絵表示】


 メインキャラ集合イラスト、ラフ。

 左から、
 フィリア、誠也(せいや)新崎直穂(にいざきなおほ)万波行宗(まんなみゆきむね)浅尾和奈(あさおかずな)、リリィ、ユリィ。

 ハロウィンイメージ予定のため、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)が仮装してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十八発目「刺客(しかく)は空から」

 

「それじゃ、いくぞ」

 

「うんっ」

 

 直穂(なおほ)が隣で返事した。

 

「作戦、開始ッ!」

 

 ダンッと強く地面を蹴り上げ、

 直穂(なおほ)と俺は、【サルファ・メルファ】へと突撃する。

 

 体長15メートル強のサソリ型モンスター。

 4つに分かれた硬いしっぽがそり返り、先っぽには大きな毒針がついている。

 

 モンスターは、雪の壁を掘り進めていた。

 積雪に埋もれた上半身には、四本の大きなハサミ腕がついているハズだ。

 

「【流星群(メテオシャワー)】!!」

 

 空へ飛びあがった天使――直穂(なおほ)が、先にスキルを放った。

 天使の纏う光の円環は無数の光の矢となり、

 光の豪雨が【サルファ・メルファ】へと、襲い掛かる。

 

 バキィ、ゴキィ、ジュゥゥ!!

 

 サソリの甲殻が火花を散らしながら、バキバキと破壊音を立てる。

 モンスターの周囲の豪雪が、みるみるうちに蒸発していく。

 

 激しい閃光に、俺は思わず目を細めた。

 

 雪の大地はジュワァァと溶けて、あたりは霧に包まれた温泉のようになった。

 白い霧に包まれて視界が悪い。

 

 だがしかし、俺には見えている。

 ジタバタと動きながら、濃霧のなかで、淡く光っている【サルファ・メルファ】の生命の気配が。

 頭上のHPバーが、少しばかり減っているのが見えた。

 

 っと!

 

 濃霧を切り裂くように、2本の尻尾が襲いかかってきた。

 サソリの太い尻尾が、毒針を向けて突っ込んでくる。

 

 俺は後ろに飛んで回避した。

 どうやら向こうも、濃霧の中で俺の位置を把握しているらしい。

 まあ当然か。 

 今の俺は賢者状態、全身が白く光ってるんだから。

 

行宗(ゆきむね)! 私が空から牽制(けんせい)するから、行宗(ゆきむね)は頭を狙って!」

 

「了解!!」

 

 頭上から直穂(なおほ)の声が聞こえた。

 

 湯気の霧が少しずつ晴れていく。

 あたりの雪が蒸発して、()き出しになった地面。

 体長15メートルのモンスター、【サルファ・メルファ】が姿をあらわした。

 夕日に照らされた霧は、綺麗な虹を(うつ)していた。

 

「でかいな……

 ……それに、あんまり効いてない」

 

 俺は息を漏らした。

 【サルファ・メルファ】の身体は、甲殻がボコボコと凹んでいるものの、血は流れていなかった。

 このモンスターは、遠距離の魔法に耐性があるらしいが、直穂(なおほ)の魔法が有効打になっていない。

 

行宗(ゆきむね)っ! 次だ! オレの血を喰らわせてやれ!」

 

 フィリアが後方、安全な場所から声を張り上げる。

 

「分かってる!」

 

 俺は返事して、空を飛び。

 【サルファ・メルファ】の頭を目指した。

 4本のサソリの腕をかいくぐる。

 フィリアから採血した、"獣族の血"の瓶を取り出して、

 賢者の白い大剣で、バチィィィと叩き割った。

 

 "獣族の血" 

 獣族の血は匂いが強く、多くのモンスターの大好物で、

 匂いでモンスターを呼び寄せる力を持っている。

 

 俺達とフィリアが出会った時も、ガロン王国軍はフィリアの血を使って、【神獣マルハブシ】をおびき寄せていたそうだ。

 

 しかし獣族の血は、モンスターを集める以外に、別の使い道もある。

 

 目眩(めくらま)しとしても有用なのだ。

 フィリアの濃い血を、モンスターの鼻先でぶちまけると、

 あまりに強すぎる匂いに、モンスターは泥酔(でいすい)状態になるのだ。

 

 効果は的面(てきめん)だった。

 【サルファ・メルファ】はグラリと身体のバランスを崩し、明らかに動きを鈍らせた。

 

「勝ったな」

 

 思わず口から笑みが溢れた。

 俺は間髪入れずに、サソリの頭部を白い大剣で、切って切って切り刻む。

 甲殻を貫通するたびに、面白いぐらいにHPが減っていく。

 

 脳を剣でめった刺しにされて、【サルファ・メルファ】は弱々しく痙攣(けいれん)していた。

 

行宗(ゆきむね)! 油断はするなよ! 直穂(なおほ)もっ!」

 

 フィリアが不安そうな声で叫ぶ。

 あたり前だ。油断なんかできるか。下手したら死ぬんだぞ。

 【サルファ・メルファ】は回復力、耐久力、毒の分解能力に優れているらしい。

 回復する暇を与えず、一気に倒しきる!

 

「尻尾はちゃんと見張ってるから、行宗(ゆきむね)はダメージを与えることに集中して!」

 

「助かる!」

 

 直穂(なおほ)が空から、毒の尻尾に注意を配ってくれている。

 俺はグリグリと、サソリの脳みそを大剣でかき回している。

 1分も経たずに、HPは半分を切った。

 作戦は順調だ。

 

 順調なハズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーフィリア視点ー

 

 オレは離れた岩陰から、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)の戦闘を見守っていた。

 誠也(せいや)はオレの前で、オレを守りながら不測の事態に備えている。

 

行宗(ゆきむね)! 油断はするなよ! 直穂(なおほ)もっ!」

 

 オレは、二人に向けて叫んだ。

 作戦は上手くいき、オレの血の匂いでモンスターの動きが鈍くなった。

 賢者と天使になった二人は最強だ。

 オレや誠也(せいや)では絶対に敵わない敵、【サルファ・メルファ】に対して、一方的に攻撃を与え続けている。

 

 二人に出会えてよかった。

 みんなを信じて、ここまで来て良かった。

 オレは二人をみて、胸を熱くしていた。

 

 父さんが病気になって、一人で村を飛び出して、迷ったあげくに誠也(せいや)に出会った。

 その後、ガロン王国軍に(とら)われたけど、諦めないで生きのびて、

 行宗(ゆきむね)浅尾(あさお)さん、直穂(なおほ)。リリィさんにユリィさんが助けてくれた。

 

 オレ一人じゃ辿り着けなかった場所に、いま、オレはいる。

 みんなのお陰だ。ありがとう。

 

 今のオレには共に戦う仲間がいて、

 それが嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。

 しかし、

 そんな涙は、次の瞬間に、弾け飛ぶ事になる。

 

 

「フィリア!!?」

 

 誠也(せいや)の、緊迫(きんぱく)した焦り声が、

 足元(・・)から聞こえた。

 

「え??」

 

 オレがハッと足元を見ると、すぐ足元には地面が無くて。

 オレの身体は、宙を浮いていた。

 

「ええぇ??」

 

 オレはぐんぐん、地面から離れて、

 空へと吸い上げられていたのだ。

 なんで!?

 

 

 

 

 バサッ! バサッ!!

 

 という、翼が空を叩く音を聞いて、

 オレはようやく理解した。

 オレは腰を大きな鳥に捕まえられて、空へと連れ去られていたのだ。

 

「あ……ぁあ……」

 

 大きな鳥に腰をガッチリと掴まれて、身動きが取れない。

 魔法で抵抗しようと考えても、恐怖のあまり何も出来なかった。

 

 キェェェェェ!!

 

 大きな白い羽毛の鳥は、甲高い声で鳴きながら、夕方の寒空をのぼっていった。

 ぐんぐんと高く。

 壮大な雪原に、オレンジの夕日がギラギラと照りつける。

 視界の端には、大きくて立派なくちばしが見えた。

 

 地面からどんどんと遠ざかる。

 突風がびゅうびゅうと鳴り響く。

 

 怖い、怖い……

 

 オレは、高い所は苦手なんだ。

 

 死ぬ……死ぬっ……

 

 恐怖のあまり、声が出なかった。

 は、はやく終わってくれ!

 オレを楽にしてくれ!

 夢なら、さめてくれぇ!

 

「フィリアちゃんっ……」

 

 直穂(なおほ)が遠くから、オレを名を呼んだ気がして……

 

 オレは大きな鳥に連れ去られながら、空の上で意識を手ばなした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

「まずいっ!!」

 

 叫んだ時には遅かった。

 大きな鳥が、生命の気配の索敵範囲内に、突然(とつぜん)姿をあらわすと、

 一瞬のうちに、フィリアを大空へと連れ去った。

 

 フィリアを掴んだ鳥は、ぐんぐんと空へあがっていく。

 ここはマグダーラ山脈。

 フィリアを見失えば、再び見つかる可能性は少ない。

 それにフィリアには、戦闘能力がない。

 ここでフィリアを連れ去られれば、フィリアはきっと、あの大きな鳥の胃袋のなかだ。

 

「フィリアちゃん!!」

 

 直穂(なおほ)が咄嗟に空へと両手をかざして、閃光の魔法を放とうとしたが、

 すぐに両手を下ろした。

 遠距離攻撃は、フィリアを巻き込んでしまうため使えない。

 そのため、接近戦に持ち込むのだろう。

 直穂(なおほ)は、大きな鳥を追いかけるように、上空へ飛んだ。

 俺は息を呑みながら、ただ空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だ。

 止まっていた【サルファ・メルファ】が、動き出したのだ。

 背中側から俺に向かって、毒針の尻尾が三本、凄い勢いで伸びてきた。

 うっかりしていた。

 

 フィリアに、さんざん注意されていたではないか。

「フィリアの血を嗅がせた後は、攻撃の手を止めてはいけない」

 と……

 

 【サルファ・メルファ】は、回復力も毒の分解能力も高いモンスターだから、

 攻撃の手を緩めると、フィリアの血はすぐに、分解されてしまうのだ。

 

 フィリアの誘拐に動揺し、俺の手は止まってしまった。

 その(すき)を突かれたり

 【サルファ・メルファ】は一瞬で、泥酔(でいすい)状態から回復していた。

 動きも機敏(きびん)さを取り戻し、感覚も研ぎ澄まされて、

 素早い3本の毒針が、俺の命を狙ってくる。

 

 危ねぇ!

 

 俺は咄嗟の判断で、後方に飛んで回避した。

 その判断が間違いだった。

 

 ブスッ!

 

 と、背中から、割れるような激痛が襲いかかった。

 刺されたのだ、

 もう一つの毒針に。

 

 4本目の毒針が俺の背中から回りこむように、忍び寄っていたのだ。

 俺はまんまと背中を向けて、そこに飛び込んでしまった。

 

 ドクン!!

 

 心臓が揺れ、視界が歪む。

 

 間髪入れず、前方から、3本の毒針が襲いかかってくる。

 

(まずい……毒だっ。 次に毒を喰らえば、俺は確実に死ぬ……)

 

 心臓の凍るような恐怖が、背筋を襲う。

 

 時間の進みが、スローモーションに見えた。

 走馬灯だろうか。

 心臓の音がいやにうるさい。

 外の音が聞こえない。

 

 逃げなきゃ……

 早く、毒の解毒を……

 

 気持ちばかりが焦って、身体は金縛りにあったように動かない。

 

 ポケットの中の解毒薬へ、手を伸ばさなきゃいけない……

 早く、飲まなきゃ、死ぬ……

 3本の毒針を、うまく(かわ)してっ……

 

 だめだ、だめだ、時間が止まったみたいに動けないっ。

 

 

 

 

「ゆきむねっ!?

 やめろぉぉぉ!!」

 

 直穂(なおほ)の、はち切れそうな絶叫が近づいてきて、

 次の瞬間。

 目の前が、まばゆい閃光(せんこう)に包まれた。

 

 

 キィィィィィィィィン!!!

 

 バギィ! ゴキィ!! ビキビキィ!!

 

 世界が震撼した。

 

 俺は猛毒で朦朧(もうろう)として、プツンと意識を失った。

 

 

 ………………

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆきむね……

 

 ゆきむね……ゆきむね……起きてよっ

 

(寒い……)

 

(寒い……寒い……) 

 

 直穂(なおほ)の声が聞こえる。

 目の前が真っ暗だ。

 背中には温かさを感じる。

 でも身体の中は、凍えるように寒い。

 

行宗(ゆきむね)……起きてよっ! 目を覚ましてっ!!」

 

 直穂(なおほ)??

 泣いているのか? 

 誰だよ行宗(ゆきむね)って奴は?

 可愛い直穂(ゆきむね)を泣かせやがって、許さねぇ。

 いや行宗(ゆきむね)って、俺の名前じゃないか。

 いったいどうしたってんだ。

 

「嫌だよ……死んじゃヤダ……私はあなたが居ないと、なにも出来ない……」

 

 くそ! ……なに心配かけてるんだ、俺。

 早く起きないと……

 

 なおほ……

 

 だめだ、声が出ない。

 目を開けろ。そうだ、頑張れ。

 

 視界が開けた。

 空には土の天井が見えた。

 まだぼやける視界のなか、直穂(なおほ)が俺の身体にしがみつき、

 俺の胸に顔を埋めて、肩を震わせ泣いているのが見えた。

 

 直穂(なおほ)の冷たい濡れ髪が、首元をくすぐって気持ちよかった。

 

 なおほ……起きたぞ。

 ……もう大丈夫だ。

 

 だめだ、上手く声が出ない。

 喉のなかに(ねば)ついたような不快感。

 そうか俺は、サルファ・メルファの毒を喰らって……その後……

 

 声が出ないなら、手は動かせないだろうか?

 俺は左手の指を握った。

 うん、大丈夫だ。ちゃんと握れる。

 

 俺は、重い左手をなんとか持ち上げて、俺の胸で泣いている直穂(なおほ)の頭の上に左手をのせた。

 

「えっ……?」

 

 直穂(なおほ)は、高いすっとんきょうな声を上げる。

 俺がいつもみたく、優しく頭を撫でてやると。

 

 直穂(なおほ)はハッと頭を上げて、ひどい泣き顔で、俺の顔をを(のぞ)きこんだ。

 俺は精一杯の笑顔で、震える唇を開いて、声を漏らした。

 

「おは……よう」

 

 

 

 

「うわぁぁあああっ!! 行宗(ゆきむね)ぇぇ!」

 

 直穂(なおほ)は涙腺が決壊したように、見たこともないほど大声で泣き出して、俺の身体を強く抱きしめた。

 痛いぐらいに、ギュウと抱きしめられて、ちょっと息が止まりそうになった。

 

 直穂(なおほ)が俺に、解毒剤を飲ませてくれたのだろうか?

 ありがとう……

 

「よがったぁぁ…… ごめんっ、行宗(ゆきむね)っ! 私のせいで、痛かったよね。辛かったよねぇっ! っうぅ…… ごめんなさいっ…… 私はっ、フィリアちゃんを助けられないかったっ……」

 

 そうか……

 俺は直穂(なおほ)を、抱きしめかえすことしか出来なかった。

 それに、違う……

 毒針に刺されたのは、俺のせいじゃないか。

 俺のドジのせいで、フィリアを助けに行った直穂(なおほ)は、俺のために足を止めた。

 全部……俺のせいじゃないか……

 

 俺の目尻からも、涙が出てきた。

 二人で一緒に抱き合って、わんわんと泣いていた。

 

 少しずつ、視界が鮮明になっていく。

 サルファ・メルファの毒が、抜けていくのが分かる。

 

「……誠也(せいや)さんは、どこだ? そばにいるのか?」

 

 俺はやっと口を開いて、まともな言葉を離した。

 

「うん…… そこにいるよ。でも……」

 

 直穂(なおほ)は、暗い顔で答えた。

 

 あたりを見渡すと、ここはお馴染み、誠也(せいや)さんの作った地下室だった。

 

 

 

 

 

「山場は越えたようだな。行宗(ゆきむね)くん。

 ……では私は、フィリアを探しにいってくる」

 

 誠也(せいや)さんは、聞いたことのない低い声でそう言った。

 

「ダメですっ!! こんな吹雪のなかじゃ、遭難するだけですよ! フィリアさんの連れさられた方向すら、まったく分からないんですよっ!?」

 

 直穂(なおほ)が必死の声でそう言った。

 吹雪?

 俺は不思議に思って耳を澄ますと、確かに地下室の外から、ごうごうと激しく雪が吹き荒れる音がした。

 

「フィリアを見捨てろというのか!? 私は約束通り、行宗(ゆきむね)が目を覚ますまで待ったぞ!?

 こんな猛吹雪だからこそ、早くいかねばフィリアが死んでしまう!」

 

 誠也(せいや)さんが、凄い剣幕で直穂(なおほ)に怒鳴った。

 息は荒くて、鋭い目は涙の痕で真っ赤だった。

 

「そんな分かってますよ! でも真っ暗な極寒の夜に、猛吹雪のなか、どうやって探すつもりですか?」

 

「気合いで探せばどうにかなる!

 この【ステュムパーリデス】とかいう鳥型モンスターの巣を探せばいいんだろう?」

 

 誠也(せいや)さんは激昂(げきこう)し、モンスター図鑑を地面に叩きつけた。

 

「この悪天候と視界(しかい)じゃ、どう考えても無謀(むぼう)ですっ! せめて吹雪が止んで、夜が明けるまで!」

 

「ふざけるなっ! そんなに待てるかっ!

 フィリアは今も、どこかで私たちの助けを待ってるんだぞっ! 

 なあ知ってるか!? 

 アイツは、あいつは、絶対にあきらめないんだっ!

 王国軍に捕まって、どんな酷い事をされても、アイツの目は死ななかったっ!

 ずっとっ、未来を見てたんだよっ!」

 

 誠也(せいや)さんは拳を震わせて、ボロボロと涙を溢れさせた。

 

「すまないフィリア。……いつも私のせいなんだっ。

 私がクソ鳥の接近に気づいていれば、私がフィリアを守れたハズなのにっ……!

 一番そばにいたのは私なのに、また守れなかった。

 王国軍に捕まった時と同じだっ……

 私は、お前たちのように強くない…… 

 愛する女ひとり守れないっ……!」

 

 膝をついて泣き崩れる誠也(せいや)さん。

 直穂(なおほ)は、誠也(せいや)さんの隣まで歩き、しゃがみ込んで、

 誠也(せいや)さんの丸まった背中を、優しい手つきでさすっていた。

 

 いたい、いたい。

 心が重たい。

 深刻な事態に(おちい)ってしまった。

 

 この雪山で、フィリアと(はぐ)れるという事。

 猛吹雪のなか、真っ暗な極寒の夜。

 大きな鳥に捕まえられたフィリアは、どこかに連れていかれて……

 

 死んでしまっただろうか? 

 バカか!

 そんなはずはないだろう!

 

 死んでるわけがない!

 だって、フィリアと約束したじゃないか!

 四人で薬を持ち帰って、浅尾(あさお)さんとフィリアの父親の病気を治すって!

 

 なあフィリア?

 これぐらいでくたばるお前じゃないよな?

 

誠也(せいや)さん…… 直穂(なおほ)

 俺が毒を喰らったせいで、フィリアさんを助けられなくて、本当にごめんなさい……」

 

 俺は自分の失態を後悔し、深く謝罪した。

 

「でも大丈夫です。フィリアは生きています。

 そして絶対に、また再会できます」

 

 続けて俺は、強くそう言った。

 

「なぜ……そう断言できる? もしかしたらフィリアはもう……」

 

 誠也(せいや)さんは両手で頭を抱えながら、震え声で弱音を吐いた。

 

「フィリアは絶対に生きています。

 誠也(せいや)さんも言ったじゃないですか。フィリアは諦めない奴だって。

 だから俺達も諦めません。

 誠也(せいや)さん。この猛吹雪の中で外に出るのは、どう考えても無謀(むぼう)です。玉砕(ぎょくさい)です。

 それは…… フィリアを助けにいくという恰好(かっこう)だけつけたい、ただの自己満足のオ〇ニーですよ」

 

「なんだと!?」

 

 誠也(せいや)さんがギロリと(にら)んできた。

 

「フィリアは、誠也(せいや)さんが死んだら悲しみます。

 フィリアはきっと、たとえ自分が死んだとしても、誠也(せいや)さんには生きていてほしいと思うはずです。 

 違いますか?」

 

「……っ ……ああ。 まぁ……そう……だな……」

 

 誠也(せいや)さんは、唇を噛み締めながら、なんとか納得してくれた。

 

「俺達も、自分の命は大事にいきます。 

 吹雪が止むのを待ってから、全力でフィリアを探します。

 それでいいですか?」

 

「いや……分かった。

 確かに私は、自暴自棄になっていた。

 ……すまんな」

 

 誠也(せいや)さんは、ぐったり疲れた様子で頷いた。

 

 俺は誠也(せいや)さんを、偉そうな言葉で言いくるめてしまったが、俺にも責任があるし、なにが正解かなんて分からない。

 

 なあ神様。

 この世界の神様は「白菊ともか」って言うんだっけか?

 なぜか俺の最推しVtuberと同性同名なのだか、このさいそんなことどうでもいい。

 神様どうか教えてくれ。

 俺たちの進む先に、ハッピーエンドはありますか?

 

 地下室の外で、ゴウゴウと吹雪の音が激しさを増していた。

 狭い地下室の中、

 俺たちは静かに作戦を練りながら、吹雪が弱まるのをただ待っていた。

 

 

 

 

 ちなみに、俺が気絶した後、【サルファ・メルファ】は、

 半狂乱になった直穂(なおほ)が泣き叫びながら、俺の攻撃でむきだしになったヤツ脳髄に、閃光(せんこう)の魔法を乱発して倒したそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 【あとがき】
 もしも!
 この作品が書籍化またはアニメ化されたときは、
 作品名の省略形は、
「クラ(けん)」または「クラ(てん)賢者(けんじゃ)
 にしようと思います!

 ここから第四膜もクライマックスです!
 楽しんでいきましょう!!
(そんなテンションじゃないかも)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十九発目「雪にしずんだ森のなかで」

 

―フィリア視点―

 

 

 マグダーラ山脈には、忘れられない出来事がある。

 オレが医者を目指すキッカケとなった出来事だ。

 

 オレは病で死にかけているところを、若き夫婦に助けられた。

 夫の名は小桑原啓介(こくわばらけいすけ)、妻の名はジュリア。

 二人はアキバハラ公国の方から、ガロン王国のドルキア地区の山の奥。オレが暮らしている場所へとたどり着いたらしい。

 

 なぜこんな山奥まで来たのかというと、二人は何者かに追われているらしい。

 オレが、「誰から逃げているの?」 と獣族語で尋ねても、

 「子供には秘密だ」、とはぐらかされた。

 あれから7年経って、約14才になった今もまだ、教えてもらっていないけれど。

 

 妻ジュリアは、子供が作れないそうだ。

 むかし、人間に酷い拷問を受けていて、人体実験の道具にされて、妊娠できなくなったらしい。

 

 二人は身寄りのないオレを、娘として受け入れてくれた。

 

 オレの母ジュリアは、無口な人だった。

 拷問のトラウマが残っていて、ずっと暗い顔をしていた。

 急に泣き出したり、震え出すことも多かった。

 

 オレの父さんは、元気の有り余った奴だった。

 そのくせ優しくて、トラウマを患う母にも理解があり、

 父さんは母が泣く度に、いつも抱きしめて、優しい言葉をかけていた。

 

 母さんは父と話すとき、よく笑った。

 母さんはオレにもホントに優しくて、寝る時は一緒に、オレにいろんな物語を語り聞かせてくれた。

 白雪姫、赤ずきんちゃん、赤鬼と青鬼のはなし。

 オレはいつもワクワクして、なかなか寝られなかった。

 

 オレは、二人の仲が羨ましかった。

 オレは物心ついた時から、戦争孤児のオレを拾ってくれたじいちゃんと二人暮らし。

 

 その時まで、むかし戦争孤児だったオレを育ててくれたのは、今は亡くなったじいちゃんだ。

 じいちゃんは何故か獣族語を話せていた。

 ほとんどの人間は獣族語を話せないのだと、後で知った。

 ちなみに父さん、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)は、じいちゃんよりも獣族語が上手かった。

 

 つまりオレは、じいちゃん以外の他人を知らなかった。

 当然、恋心を抱いた事はない。

 初めて見るうら若き男女。

 愛し合う二人をみて、羨ましかった。

 二人が向けあう熱い視線は、二人がオレに向ける眼差しとは違っていて。

 

 人魚姫や白雪姫の物語を聴いて、オレは強く思ったんだ。

 オレもいつか、父さんみたいな素敵な男に恋して、結婚したいって。

 

 あれから七年後。

 オレは誠也(せいや)という男に、はじめてときめくことになるのだが……

 

 

 二人の娘になった当時のオレは、二人に憧れていたけれど。

 あの時はまだ、医者になりたいなんて、本気で思ってはいなかった。

 

 その後オレ達三人の旅は、西へ動いた。

 ドルキア地区からギラギース地区へ。

 マグダーラ山脈へと足を運んだのだ。

 

 父さんは、オレと母さんに、危ないからついてくるなと忠告したけれど。

 オレはどうしても、「マグダーラ山脈の山頂から、日の出が見たい」とワガママを言ったのだ。

 

 前に父さんが母さんに話していたからな。

「あの山頂からの景色は、涙がでるほど美しい」と。

 オレはどうしても見てみたかった。

 

 あれから転移魔法陣で上層へと上がったオレ達家族。

 あたり一面真っ白の世界、氷の森に雪の雨。

 茶色の地面に緑色の草葉しか知らなかったオレは、もうそれだけで、天国の異界にきたような気持ちになった。

 オレの父さんは、めちゃちゃ強かった。

 モンスターをバタバタと倒し、大きなバックに薬剤を詰め込んでいった。

 二人はマグダーラ山脈に、薬の材料を探しにきたらしい。

 

 マグダーラ山脈は、三十年前まで、薬の大ダンジョンと呼ばれていた。

 大ダンジョンというのは、神様が作った巨大ダンジョンのことである。

 大ダンジョンが攻略されると、また世界のどこかに、新たな大ダンジョンが現れる。

 

 三十年前、「薬の大ダンジョン」が攻略されて、入れ替わるように「食の大ダンジョン」が現れた。

 「食の大ダンジョン」、別名、ヴァルファルキア大洞窟といわれる。

 

 そこには見た事のない食材や料理で溢れかえり、ここ三十年間、世界に料理の発展に貢献してきた。

 

 大ダンジョンには、人類がまだ知らぬ新しい技術や文化に満ちている。

 攻略そのものが、人類の発展につながるのだ。

 

 

 

 さて、そしてついに、オレが医者を目指しはじめたキッカケだが……

 

 オレはマグダーラ山脈で、七年前、遭難した。

 

 美しい氷でできた木々や花々、ステンドグラスのような鮮やかな森に見惚れているうちに、

 オレは父さんや母さんと離れていたのだ。

 

 震えるほど怖かった。

 遠くからギャアギャアと猛獣が鳴く度に、心臓が止まりそうになった。

 

「父さん……母さん!!」

 

 叫んでも、返ってくるものは何もない。

 オレの叫び声は届かない。

 

 もと来た足跡だけを頼りにして、ひたすらに歩いた。

 歩いて、歩いて、歩き疲れて……

 オレはついに膝をついた。

 

 お腹もペコペコだ……

 寒い……寒い……

 筋肉が痙攣(けいれん)していた。足先の感覚がなかった。

 

 もう、限界だった。

 

(あぁ、オレはここで死ぬんだ……)

 

 その時のオレは、絶望していた。

 

(日の出をみたいだなんて、言わなければよかった)

 

(こんなところ、こなければよかった)

 

 もう、歩けなかった。

 

(でも……死にたくない。 生まれてはじめて、父さんと母さんが出来たんだ。すごく幸せ、だったんだ。 まだ、終わりたくない……)

 

 そして、頑張って、頑張って。

 震える両足で立ち上がった。

 

 そんな時だ。

 森の奥で、ザザ……ザザ……という物音がしたのだ。

 

 オレは意識が朦朧とするなかで、その音の正体を知ろうと近づいた。

 理由は分からない。

 考える前に、歩き出していた。

 

 そこには、青と白の毛をした、真ん丸の生き物がいた。

 身体が淡く光っている。ふわふわと丸い、毛玉のモンスター。

 大きさは人の頭よりも小さい。可愛いモンスターだった。

 

 そのモンスターは、うぅぅ、と小さく呻きながら、身体を震わせていた。

 どうしたのだろう? とよく見てみると。

 

 そのモンスターの顔の側面に、大きなトゲトゲの氷の葉っぱが、刺さっていたのだ。

 青色の毛をよくみると、青色の血であった。

 

 その毛だるまモンスターは、もともとは白い毛であり。

 怪我のせいで、体毛の半分を真っ青な血で染めていたのだ。

 

 

 

 オレに似てるな。

 

 と、思った。

 オレもいまクタクタで、痛くて、頭がボーっとして、

 いつ死んでもおかしくないと思った。

 

 目の前のモンスターも、深々と氷の刃に刺されて、ピクピクと痙攣して死にそうになっている。

 

 死にかけの似た者同士だ。

 

 

 

 だったらせめて……

 

 とオレは思う。

 

 お前だけでも、生きのびて欲しいって……

 

 

 

 オレは、白い毛だるまに、優しく両手を出した。

 震える患者さんを安心させるように、「大丈夫だ、オレが治してやるから」って、父さんみたいに声をかけて。

 氷の刃からそっと身体を引き抜いた。

 

 傷跡からは、どんどんと血が溢れてくる。

 どうしよう、とオレは焦った。

 考えた結果、バックのなかの図鑑を見つけた。

 父さんの大事な本だけど、オレは結局死ぬんだから、好きに使っていいはずだ。

 オレはページを破り、青い血があふれる部分に、何枚も何枚も紙を重ねた。

 最後に、靴紐をほどいて、紙をモンスターに縛りつけた。

 

 夢中になって没頭していた。

 

 はじめての感覚だった。

 頭が痛いのも気にならないぐらい、モンスターを助けるために、いろんなことを考え続けた。

 

 すると、驚いたことに、

 モンスターは立ったのだ。

 

 モンスターの震えは収まり、歩けるようになった。

 まるでオレに対して、「もう大丈夫、ありがとう」と言うように。

 名残惜しくオレの手を離れて、森の奥へと歩いていった。

 

 オレは、声を上げて泣いていた。

 いろんな感情が溢れて来て、涙が止まらなかった。

 

 嬉しかった。

 はじめて父さんみたいに治療した。可愛いモンスターの命を助けた。

 それが心の底から嬉しかった。

 

 同時に悲しかった。

 まだ……死にたくない。

 もっと生きたい。

 やっと見つけたんだ。命をかけてでもやりたいこと。

 

 オレは……オレは医者になりたい……

 たくさんの人を、助けたい。

 父さんみたいに、カッコいい医者になりたい。

 

「うわぁぁあああああ……」

 

 

 

 世界中に届くぐらい、大きな声で泣き続けた。

 

 そのお陰もあって、

 父さんと母さんは、氷の森で泣くオレを見つけてくれた。

 

 父さんと母さんは、オレの方へ駆けつけて、

 オレを強く抱きしめた。

 

「良かったぁぁ。すまない……一人にさせてごめんなぁ。怖かったなぁぁ!!」

 

「ちゃんと見てなくてごめんねっ。 頑張ったねっ。もう大丈夫よ。 絶対に離さないわっ!!」

 

 両親と再会して、オレは安心して、嬉しくて、

 怖い気持ちが溶けていき、二人の大きな体が温かくて、あつくて……

 

 オレはまた、涙が止まらなくなった。

 

 

 泣き止んだオレは、二人に言った。

 

「オレは、医者になりたいっ。父さんみたいなカッコいい医者になりたい! オレに医者を教えてくれ」

 

 すると父さんは、困ったように唇を噛んで、

 でもすぐに、いつもの笑顔に戻って。

 

「ほう……いいだろう。頑張ってオレを越えてくれ」

 

 と返事した。

 

 その時はじめて、

 オレは両親二人と、本物の家族になれた気がした。

 

 

 

 そして日が暮れて、

 夜の暗闇のなかを、火魔法を頼りに山頂に登り、

 俺達は朝を待った。

 

 朝が来て。 

 手を繋いで三人で見た、日の出の景色は、今でもオレの脳裏に鮮明に焼きついている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレが貴重な薬の図鑑を破って、包帯代わりにした事を知った父さんは、ガックシと肩を落としていた。

 

 白い毛だるまモンスターの話をしたら、父さんの顔が露骨に引きつった。

 そのモンスターについては、何も教えてくれなかった。

 どんな図鑑にも載っていなかった。

 




【あとがき】
 実はこの話。
 本日朝の3時に起き、日記を書き走って、
 4時ぐらいから6時20分の間に、すべて一気に書き上げました。
 いつもより文字数が少ないのですが、
 過去編という事でキリが良いので、ここで区切ります。
 
 個人的に、今までで一番上手く書けた気がします。
 作家として覚醒しました。
 ここからストーリーも面白さが加速します!
 お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十発目「オレは医者だ」

 

 んぐ……

 

 

 まったく、ひどい悪夢を見たぜ……

 心臓の奥がまだ冷たい。

 肝を冷やした……

 

 オレは、ゆっくりと意識を取り戻した。

 先ほどまでオレは、大きな怪鳥に身体を掴まれて、大空へと連れていかれる夢を見ていた。

 くちばしの尖った真っ白の巨大な鳥。翼を広げると人が7人分ぐらいの両翼。

 

 【サルファ・メルファ】との戦闘中に、仲間とはぐれて、どうしようかと思ったけれど……

 

 よかった。

 どうやら全部、夢だったみたいだ。

 オレは心地よく眠っていた。

 

 オレの身体に密着している暖かい存在は、おそらく誠也(せいや)だろう。

 ごうごうと(こも)った、地下室の音がする。

 遠くからは、吹雪の轟音が、まだ響いていた。

 

 やはり、アレは夢だったのだ。

 吹雪が止んで、外に出て、【サルファ・メルファ】と戦ったのは、全部夢の中で……

 現実のオレは、ずっと地下室の中で眠っていただけで……

 

 でも夢にしては、いやに現実感がある夢だったな……

 

 

 

 オレは、閉じられた目を開いた。

 

 目の前には、大きな目玉があった。

 

 え? え?

 

 (こぶし)ほどに大きな、()き出しの目ん玉。

 その周りには、ぶよぶよの唇、ささくれだったウロコの表面。

 

 オレが誠也(せいや)だと思っていた温かいモノは、実は巨大な魚であった。

 

「!!??」

 

 声も出ずに息が止まった。

 え? え? え? 

 こんなモンスター。捕まえた覚えはないぞ?

 

 死んでる……魚臭い……

 

 それにこの地下室。なにかがおかしい。

 誠也(せいや)の作った地下室じゃない。

 

 誠也(せいや)の地下室は(つち)づくりだけど、

 この地下室は、石に囲まれた洞窟じゃないか。

 

 どこだよ、ここは……?

 

 危機感から、体温が一気に冷えて震え出す。

 寝ぼけた脳が一気に冴えて、聴覚視覚嗅覚、全身の神経が研ぎ澄まされていく。

 

 吹雪の音、何かが擦れる音、うめき声。

 魚の臭い、獣の臭い、とにかく野生の臭いがキツかった。

 鼻の利く獣族のオレにとっては、たまったもんじゃない。

 

 身体中がズキズキと痛んだ。

 周囲をキョロキョロと見渡すと、巨大魚だけではなく、小さな鳥、羽毛のついたモンスター。

 生き物の死体の山に囲まれていた。

 

 そして……

 

 オレの後ろに、なにかいる。

 かなり背の高い、オレを見上げるような大きさだ。

 

 オレはおそるおそる。息をひそめながら、

 振り返って後ろを見上げた。

 

 そこには、大きな鳥がいた。

 太い二本足で屹立した、夢の中でみた白い鳥。

 視界の端には、もう一体いた。

 

 この二体の鳥は、さっきの悪夢の中で、オレを空へと誘拐した鳥と同じだ。

 

 なんで……?

 

 その瞬間。

 

 ザシュ!!

 

 大きな鳥は、大きなくちばしを、オレの目の前にグサリと突き刺した。

 目にも止まらぬ速度。

 鳥はくちばしで、オレの目の前で倒れていたネコのようなモンスターを掴むと、

 それをくちばしで掴み上げて、口の中に飲み込むと……

 

 バリバリと骨が砕かれる音がした。

 

 食べられてるっ!!

 

 オレは脳内で、最悪の結論を導き出した。

 これは夢じゃない。現実だ。

 

 悪夢だと思っていた、鳥に攫われた記憶も現実だ。

 悪夢ですんだら良かったのに。

 

 今のオレは、この巣の中で

 この鳥の(えさ)らしい。

 

 オレの周りにいるモンスターの死骸のように、今食べられたネコちゃんのように。

 いずれ食べられる運命なんだ。

 

 オレは恐怖のあまり、勝手に涙が出てきた。

 小さく嗚咽して、声が漏れそうになったけど、頑張って耐えた。

 いまは死体のふりをしないといけない。

 おそらくこの鳥は、気絶していたオレを、死んだと勘違いしたのだろう。

 

 動けない。

 いま逃げようとしても自殺行為だ。

 このマグダーラ山脈でオレ一人じゃ、こんな大きな鳥に勝てっこない。

 

 このモンスターは、図鑑で読んだのを覚えている。

 モンスター名は確か、【ステュムパーリデス】。

 雪に紛れる銀翼の身体に、尖った大きな立派なくちばし。

 崖壁を、その鋭いくちばしで掘り進め、巣を作るモンスターだった気がする。

 岩を砕く鋭いくちばし。

 もし刺されたら、腹部貫通どころじゃないな。

 

 あぁそうか。

 ここはコイツの巣の中か……

 

 ズシュ!!!

 

 また、モンスターのくちばしが、今度はオレの反対側に降りてきた。

 オレが目ざめた瞬間に見つめ合った、大きな魚が咥えられて……

 

 ごくん、ごくん、バリバリバリバリ……

 

 高い音色の粉骨音と共に、大きな魚が、巨大鳥の胃袋へと飲み込まれていく。

 オレは、生きた心地がしなかった。

 

 逃げるか??

 

 でも逃げても、死ぬ未来しか見えなかった。

 

 くそっ。

 助けてくれ、父さん……

 助けてくれ、誠也(せいや)……

 オレはまだ、死にたくないんだ……

 

 そして遂に、オレの番がきた。

 オレに向かってくちばしが開かれて、

 気づいたらオレは、くちばしに挟まれていた。

 咥えられて持ち上げられる。

 お腹が挟まれて痛い。

 

 死んだフリなんて意味なかった。

 抵抗出来ないほど、強く挟まれて……

 オレは涙を流すことしか出来なかった。

 

 いやだ。殺さないでくれ…… 

 誠也(せいや)……ごめん。

 誠也(せいや)に、好きって気持ちを伝えたかった。

 こんな終わりなんて嫌だ。

 

 父さんにも、申し訳ない。

 お母さんも悲しませてしまう。

 

 なんでこんなことに……

 

 オレは奇跡が起きることを信じて、必死に声を押さえていた。

 死んだフリを続けたのだ。

 オレを食べても、おいしくないぜ……

 

 

 

 

 すると……

 

 ドサッと、

 視界がブレて、鈍い激痛が背中に走った。

 オレは地面に叩き落とされた。

 

 

 

 え? 

 なんで? (ゆる)された?

 

 モンスターの死骸(だま)りに落とされて、オレは恐る恐る天井を振り返った。

 そこには、もう一体の【ステュムパーリデス】がいた。

 許されてはいなかった。

 

 オレを咥えていた奴より、一回り小さい【ステュムパーリデス】。

 なるほど、

 状況から察するに、これは餌づけというやつか。

 

 岩に囲まれた巣の中で、親鳥が捕まえて来た(えさ)を咥えて、子供に与えているのだろう。

 

 文面だけ見れば、親鳥と子鳥の、なんとも微笑ましい光景だが、

 

 恐ろしい事に、(えさ)はオレなのである。

 

 生きた心地がしなかった。

 死んだフリをやめて、逃げるのも一つの手か?

 

「ギャオォォォォォォ!!!」

 

 親鳥が甲高く叫んだ。

 鼓膜が裂けそうになる絶叫。

 

 大きなくちばしをオレに寄せて

 ぐい、ぐいと、子供鳥の足音へと転がされる。

 オレは抵抗できず、子供鳥の太い足にゴツンと激突した。

 

 

「ギュォ……」

 

 子供鳥が、小さな声で鳴いた。

 しかしそれは、消え入りそうな声だった。

 

「ギャオォ、ギャォ……」

 

 親鳥は催促をするように、オレの身体をグイグイと子供に押し付ける。

 

 しかし……

 

 いつまで経っても、子供は微動だにせず座り込んだまま、弱々しく呻き声を上げるだけだった。

 

「ギャォォ……」

 

 親鳥の叫びは次第に弱々しくなり、吹雪の音へと消えていった。

 

 そしてしばらくして、親鳥は力なく頭を項垂れて……

 

 バサァァ!!! と大きく羽を広げて……

 

 爆風と共に宙へと浮かび、洞窟の外へ。出口へと飛び出していった。

 

 なぜだか分からないけど。オレは助かった。

 

 

 

 苦しそうに呻く子供の鳥。

 

 オレの周囲に集まった、無数のモンスターの死骸。

 

 子供の鳥は食欲がないらしい。

 怪我か病気か、身動きもろくに取れず、身体をブルブルと震わせている。

 

 オレは、食われずに済んだ。

 

 

 

 

 逃げなきゃ……

 

 親鳥が戻る前に、この場を立ち去るんだ。

 

 オレは慌てて立ち上がり、死骸の山に足を取られながら、必死で出口を目指した。

 

 大きな鳥が出ていった方、吹雪がなる方へ走って行くと、出口はすぐだった。

 

 でも……

 

 ごうごうと吹雪が鳴り響く……

 

 洞窟の出口には、まっしろな雪のスクリーンがあった。

 

 

 頑張って、一歩一歩進んでいくと。

 吹雪はどんどんと強くなり、霧の中は明るくなっていった。

 

 ふと足元を見ると

 

 つま先の先に、地面がなかった。

 

 そこは、崖の端っこだった。

 

 オレは思わず後ずさる。

 

 凄まじい吹雪の轟音。

 

 図鑑に載っていた通りだ。

 【ステュムパーリデス】は、切り立った崖をつついて、横穴の巣を作る。

 俺が立っているのは、霧で全体像が見えない大きな岩崖に開いた、横穴のなかのようだ。

 上も下も、5メートル先が吹雪で見えない。

 

 少し手を伸ばせば、引きずりこまれそうなほどの爆風である。

 

 オレは、思わず引き返した。

 

 この吹雪に、切り立つ崖の横穴の中。

 いま外に出るのは、身投げするようなものだ。

 

 この小さな洞窟の中で、吹雪が止むまで、隠れて耐えるしかない……

 

 それにしても、

 あの親鳥は、こんな吹雪のなかで、新しい餌を取りにいったのか?

 子供鳥が何も食べてくれないから? 

 必死に食べられる食糧を探しに……?

 

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 

 とりあえず心を落ち着かせよう。

 オレは、洞窟の入り口から少し離れて、横穴の端に腰を下ろして目を瞑った。

 深呼吸だ……

 

 息を吸い込んで、吐いて……

 暴れる心臓の音が落ち着いてくると……

 

 

 

「きゅぅぅ、ぎゅるる、ぎゅぅぅ……」

 

 洞窟の奥から、子供鳥の呻く声がした。

 弱々しくて、震えてて、助けを求めるような声だった。

 

 

 

『助けて、助けて、死にたくないよ……』

 

 そんな幻聴が、聞こえてきた。

 

「あぁ、死にたくないな……オレも同じだよ……」

 

 ポツリと呟いた。

 自分が苦しいとき、側で一緒に苦しんでいる存在。

 オレは仲間を見つけた気分になり、少し心が落ち着いた気がした。

 

 

 

 むかし、同じような事があった。

 はじめてマグダーラ山脈に来た時の事、

 オレは両親とはぐれて遭難した。

 

 そして、くたくたになって、生きるのを諦めた時……

 

 氷の森の中で、オレと同じように死にかけた、白い毛玉のモンスターを見つけたんだ。

 

 オレが治療して、アイツは助かった。

 包帯巻いただけの、治療とは呼べないものだったけど。

 確かにアイツは、オレのはじめての患者さんだった。

 

 白い毛玉のモンスター、

 父さんは何か知ってるみたいだったけど、何も教えてくれなかった。

 どんな図鑑にも乗っていない。

 アイツは今……生きているのだろうか……?

 

 

 

「きゅる……きゅる……」

 

 洞窟の奥で、子供鳥がないている。

 オレみたいに、死にかけて、苦しくて。

 誰かの助けを求めている……

 

 

 オレは、フラフラの身体で立ち上がった。

 

「助けなきゃ……」

 

 オレには、お前を助ける力を持ってる。

 

 お前みたいな、辛い思いをしてる存在、傷ついた存在、

 生きる事を諦めない存在を助けるために、

 オレは医者を目指したんだ。

 

 ここで助けなきゃ、あの時の(ちか)いが(うそ)になる。

 

 オレは約束したんだ。

 父さんみたいな、かっこいい医者になるって。

 人間でも、死にかけた獣族のオレや母ちゃんを助けてくれたみたいな。

 そんな立派な医者になるんだ。

 

 オレは医者だ。医者なんだ。

 あの時から何も変わっていない。

 オレはいつまでも、バカでお人よしの医者なんだ。

 

 

 

 オレは、子供鳥へと駆けつけた。

 背丈はオレの身長の4倍。体積は何十倍もある大きな鳥だ。

 ひとまずオレは、回復魔法を使う事にした。

 

「【回復(ヒール)】!!」

 

 モンスターの大きな体を、緑色の光が包み込む。

 この規模は、かなり体力を消耗する。

 

 オレは、回復魔法を身につけるのに4年かかった。

 ‟回復魔法‟

 【火素】、【水素】、【風素】、【土素】の四つの基礎スキルを、同時に発動して、同量を同時に合成させる、応用スキルの中でも難易度の高いスキルである。

 

 でも医者には必須のスキルだ。

 これで治ればいいのだが?

 

「ギャァアッ!」

 

 子供鳥は、身をよじらせて苦しんでいるようだった。

 まただ。

 回復魔法が効かない。

 

 子供鳥はおれから逃げるように、よわよわしくも暴れまわる。

 

「ちょっと、我慢してくれ…… すぐに原因を見つけてやるからっ!!」

 

 浅尾(あさお)さんのように、強力なモンスターに体内を寄生されている場合、手ぶらのオレに出来る治療はない。

 でも今回は違った。

 

 これは原始的で物理的な問題だ。

 

 身体に棘が刺さったままでは、回復魔法で棘を抜けないのと同じような、単純な理由。

 

「喉に、何か刺さってる」

 

 オレは魔力の流れを感じ取って、そう結論づけた。

 変なモノでも食べたのだろうか、喉に何かがつっかえている状態。

 なるほど、食欲が出ないのも納得だ。

 

 さて……

 どう治療するか? と考えてみるが、やはり治療法は一つしかない。

 オレが手を突っ込んで、物理的に取るしかないだろう……

 

 問題なのは、この子供鳥に、オレの腕がかみ砕かれる可能性である。

 弱っていると言っても、マグダーラ山脈上層の巨体モンスター。

 オレの細い腕なんて、豆腐を噛むより簡単だろう……

 

 オレはあたりを見渡した。

 何か硬いモノはないだろうか? と探してみると

 

 丁度良いツノの骨があった。

 サイのツノのような、太さ50センチほどの巨大な骨。

 

 オレは、見た目のわりに軽かったソレを持ち上げて引っ張ってきた。

 見かけ通りツノは硬く、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。

 

「大丈夫だ……じっとしてろよ。ちょっとコイツを咥えていてくれ……」

 

 オレは垂れ落ちた子供鳥のくちばしを、ギリギリとこじ開けて、間にツノを差し込んだ

 

 子供鳥は、あまり動かずに、素直ソレを受け入れてくれる。

 

「いい子だ…… もう少し我慢してくれ……絶対、助けるから…… 手、入れるぞ?」

 

 オレは、くちばしの根元の方から、右腕を突っ込んだ。

 口の中が真っ暗で何も見えない。

 回復魔法の明かりを使おう。

 

 オレはモンスターに触れないように、小さく手のひらのなかで回復魔法を使い、モンスターの口内を淡く照らした。

 

 見つかった。

 顔を覗き込むと、 

 モンスターの真っ赤な口内、大きく長い舌の向こうに、小さな白い骨があった。

 

「くそ……届かねぇな……」

 

 オレは仕方なく、モンスターの口の中へ、頭を突っ込んだ。

 左手でツノを支えながら、右手を必死に骨へと伸ばす。

 

 モンスターは、喉に手を挿れられた不快感からか、バタバタと長い舌を暴れさせた。

 オレの顔面を舐めまわされて、腐ったような匂いの唾液まみれになる。

 酷い臭いだ。気持ち悪い。

 前がうまく見えなかった。

 

 でも、あと少しで……

 

 届いた。

 オレの右手は、喉につっかえた小骨をしっかりと掴んだ。

 

 子供鳥は不快そうに身じろぎしつつも、大きく暴れはしなかった。

 たぶん、我慢してくれているんだ。

 そんな気がした。

 

 オレは、骨を引っ張った。

 鋭い骨で、ギリリ……と、子供鳥の口の中が引っ掻かれて、

 喉の肉が引き裂かれた。

 

「グォォォォ……!!?」

 

 子供鳥が、凄まじい咆哮をオレの顔面に浴びせて、絶叫した。

 口を大きく開けて、全身を痙攣させて、

 オレの左手とツノを吹っ飛ばした。

 

「ごめんな……痛い思いをさせてごめん。 非力でごめんな…… すぐ、楽にさせて、やるからっ!!」

 

 オレは渾身の力で、喉につっかえた小骨を引っこ抜いた。

 

「ギヤァァァァァ!!!」

 

 と、モンスターが喚く。

 口から真っ赤な血を吐き、のたうち回り、

 大きな口を開けて、オレに襲いかかってくる。

 

「【回復(ヒール)】!!!」

 

 オレは、最後の力を振り絞り、くちばしの側面に手を触れた。

 閉じていく視界のなか、モンスターが緑の光に包まれているのが分かった。

 もう……動けない。

 

 モンスターの巣の中で、オレは完全に息を切らしていた。

 何をバカな事をやってるんだろうな。

 こいつを助けても、オレは食われるだけなのに……

 

 でも、後悔はなかった。

 すごく気持ちよくて、達成感があった。

 

 これで死んでも、まあ本望かなと思えるぐらいには……

 

 ベロリ……

 

 顔じゅうをべちゃべちゃに濡らされて、酷い臭いがした。

 

 ベロリ、ベロリ……

 

 まだ舐められた。

 この鳥は、食事前に料理を舐めるらしい。

 行儀の悪いヤツめ。

 

 ベロリ、ベロリ……

 

 しかし一向に、オレは舐められ続けて、食べられる気配はなかった。

 そろそろオレの体力も回復してきたから、

 食べないなら逃げちゃうぞ?

 

 オレは、【回復(ヒール)】で自分の身体を回復させて、

 ふらふらと立ちあがった。

 

 目の前には、子供の鳥がいた。

 

 まるでオレが起きたのを確認して、安心したように、

 オレが立ちあがると見た途端、周りのモンスターにくちばしを向けて、食らいつき、

 自身の空腹を満たしていた。

 

 それにしても、顔じゅう唾液まみれの、酷い臭いだ。

 こんな状態で、誠也(せいや)には会えないな。

 

「ふふっ」

 

 オレはふと笑っていた。

 どうして死にそうなオレが笑っているのだろうか?

 

 子供鳥がオレに恩を感じて、鳥の餌から(まぬが)れたといっても、

 オレが遭難している状況には変わりない。

 

 地図も仲間も食料もない。

 子供鳥が喰らう死屍累々は、とても人の食えるものではなかった。

 洞窟の中はすでに、薄暗かった。

 日が暮れているのだ。

 

 あれ? 

 ふと気づいた。

 吹雪の音が止んでいた。

 

 

 

 食料にありつく子供鳥を見ながら、

 オレは洞窟の出口を目指した。

 さきほどは視界が悪かったが、今なら何か見えるかもしれない。

 

 そしてオレは、ふと右手をみた。

 まだ力強く、骨を握りしめていたのだ。

 

 子供鳥の喉に引っ掛かっていた、丁度いい太さの骨の棒。

 

「え……?」

 

 呆気に取られた。

 思わず二度見した。

 信じられない。

 

 オレが右手に握っていたのは、オレがずっと、探し求めていた物だった。

 

「キルギリスの、骨……」

 

 "キルギリスの骨"

 父さんの避魔(ひま)病の治療に必須の薬剤。

 外気の魔素を体内の魔力に変換する特殊な骨。

 

 ずっと探しても見つからなかった。

 弱くてモンスターに淘汰されて個体数が少ないキルギリスの、貴重な骨だ。

 

 

 

「あ……あぁ……あぁ……っつっ……!!」

 

 オレは、声を漏らして泣いていた。

 やっと、やっと見つけたよ。父さん、誠也(せいや)……

 

 右手の骨を、胸で抱えて抱きしめる。

 

 女神様が、オレに生きろと言ってくれている気がした。

 

 ありがとう……ありがとう……

 

 みんな、ありがとう……

 

 オレは、洞窟の出口、崖の縁から外を見た。

 

 空は夕暮れ……崖の底は遥か下、ずっと下の真っ白な雲海に消えていた。

 

 壁のような崖の壁面、小さな横穴のなか。

 

 オレは祈るように上を見た。

 

 

 

 オレは、「あっ!」と声を上げた。

 

 上の端は、すぐ上にあった。

 10メートル、いや、15メートルぐらいだろうか。

 登った上に、きっと地面がある。

 

 

 

 と、そんな時、 

 

「ギャォォォォ!!」

 

 と聞き覚えのある咆哮がした。

 声のする方をみれば、魚をくわえた【ステュムパーリデス】の親鳥が、オレの方へと向かってきた。

 新たな魚を捕まえて、子供鳥の元へと帰ってきたのだ。

 

 オレは洞窟の壁面に身体をへばりつかせて、どうぞお通りくださいと、入り口を開け放ったのだが……

 

 親鳥は明らかに、ギロリとオレを睨みつけた。

 

「………!!」

 

 オレは生きた心地がしなかった。

 

 次の瞬間。

 

 親鳥は勢いよくオレの横を飛びぬけて、

 子供鳥のほうへ、洞窟の奥へと飛んで行った。

 

 

 どうやら見逃されたようだ。

 

 逃げるなら今しかない。

 

 オレは覚悟を決めた。

 足元は見えない。 奈落へ続く崖である。

 オレは上を見上げる、崖の上端まで10メートルと少し。

 石魔法を使えば、この高さを登ること自体は、そんなに難しくはない。

 

 でも……オレは高所恐怖症なんだ……

 

 足が震える、心臓がバクバクと跳ねる。

 それを必死で押さえつけた。

 

 よく考えろ、ここに居続けても死ぬだけだ。

 

 こんなところで死んだら、誠也たちが悲しむだろ、父さんも助けられない。

 

 なんとしても生きるんだ。生きのびるんだ。

 

 

 オレは、一歩を踏み出した。

 土魔法で突起を作り、掴み、登っていく。

 

 強風が吹く度に、死ぬほどの恐怖を覚える。

 

「ギヤァァァァァ!!!」

 

 と、親鳥の叫び声が、下から届いてくるたびに、震えてて手が滑りそうになる。

 

 下は見なかった。

 

 上しか見えない。

 

 あと少し、あと少し……

 

 全身の力を振り絞った。

 どうしても涙が溢れてくる。おしっこをポロポロと漏らしてしまう。

 手が濡れてすべる。日が暮れて寒い。薄暗くて手元が見えない。

 

 怖い、怖い、怖い……

 

 まるで死神に、背中を追われるように、

 

 オレは必死で這い上った。

 

 崖の終点に手をかける。

 

 オレは長い道のりを登り切った。

 

 

 はぁ……はぁ……はぁ……

 

 全身がもうぼろぼろだった。

 

 

 

 登った先は、空は雲一つない満点の星空、あたり一面雪原だった。

 

 満月のひかりをキラキラと反射させて、淡く輝く幻想的な白い大地……

 

 オレは途方に暮れていた。

 

 この広大な自然のなかで、オレはみんなと再会できるのだろうか?

 

 いや、できるできないじゃない。やるんだ。

 

 歩け、歩き続けろ。

 

 きっと誠也(せいや)行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)が、オレを見つけてくれるはずだ……

 

 オレは雪の大地を、行くあてもなく歩きはじめた……

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 文字数が増えてしまいましたm(_ _)m
 久々の8000字越え。

 楽しんでもらえたなら幸いです!
 第四膜も、あと1話か2話!
 ひき続きお楽しみ下さい!

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十一発目「命の恩人」

 

 どれだけ歩いただろうか?

 

 月に照らされて淡く光る雪原。

 歩けど歩けど、見渡す限りの雪景色ばかり。

 

 ザクッ……ザク……

 

 と、踏み出した足が、雪にズボリとのみこまれる。

 たまに深い場所があり、腰まで身体がしずみこむ。

 進みづらいったらありゃしない。

 

 一歩踏み出すたび、オレの細い足がズキズキと痛む。 

 身体がだるい、頭もクラクラしてきた。

 

(なんでオレは、こんなにもバカなんだ……)

 

 今更になって後悔が、津波のように押し寄せて、

 オレの身体を重くした。

 

 見上げれば、雲ひとつない星空が、憎らしいほど幻想的に輝いていた。

 

 ぎゅるるるるる……

 静かな夜の雪原で、オレの腹がさびしく鳴った。

 

 お腹が減りすぎて、もう倒れそうだ。

 

 肉体疲労なら、回復魔法でとりのぞける。

 氷点下の冷気だって、火石を編んだ防寒着でしのげる。

 喉が乾いたら、水魔法を使えばいい。

 でも……

 空腹だけは、魔法じゃどうにもならない……

 

「オレは……なんてバカなんだ……」

 

 食糧ならあったじゃないか!

 【ステュムパーリデス】の巣には、親鳥が集めてきた沢山のモンスターがいた。

 魚の死骸やトカゲの肉とか!!

 普段のオレなら、床に落ちてグチャグチャになった食べ物なんて、病気が怖くて食べられないけど……

 

 でも、空腹で死にかけの今、あんな酷い食事でも喉から手が出るほど欲しい。

 

「……空腹で死ぬのか? オレ……?」

 

 嫌だ。

 そんな死に方あんまりだろう。

 怖い、怖い、死にたくない。

 

 足を止めてしまったら、もう再び歩けない気がした。

 足を止めることは、諦めと死を意味する気がした。

 

 だから、止まれない。

 足が痛くても、お腹が減って痛くても。

 朦朧な視界のなかで

 一歩、また一歩。

 

 

 高い方へ、高い方へ、

 オレは執念で歩き続けた。

 

 高い場所のほうが積雪量が少なくて、歩くのに疲れなくていい。

 それに、マグダーラ山脈の一番上、山頂には、転移魔法陣があるはずだ。

 ボス部屋の跡地、地上に帰るための転移魔法陣が。

 だから、なるべく高い場所へ。

 山で遭難したら、高い方を目指すのが得策だ。

 

 

…………??

 

 ん??

 

 オレはふと、足を止めた。

 匂いが変わった。

 前方に、なにかいる。

 モンスターの匂いがした。

 オレの獣族の冴えた鼻は、かすかな獣の匂いを捉えていた。

 

 薄暗い雪面に目を凝らして、様子をうかがう。

 

 そこには、熊のモンスターがいた。

 オレは一気に目を覚まして、頭を回転させる。

 

 大きくて白い熊のモンスター。

 モンスター図鑑で見た気がする。

 名前が思い出せないな。

 使い道は確か、精力剤だったっけか?

 薬剤として集める価値は低いな……

 …………

 

 体長は3メートルぐらい。

 見た目だけで分かる。オレじゃ絶対に敵わないモンスターだ。

 しかし……

 さっきから観察しているが、全く動く気配はない。

 足を縮めて、寝転んでいる?

 眠っているのか?

 

 いや・・・

 おかしいだろ。

 もし眠ってるとして、なぜこんな無防備な場所で寝ている?

 ここは見晴らしのいい、雪原のど真ん中だ。

 

 寝込みを襲われる危険があるため、マグダーラ山脈のモンスターは、ほどんどが雪の中に(もぐ)って睡眠をとるはずだが……?

 

(匂いが、冷たい…………?)

 

 もしかして、と思い。

 足を忍ばせながら、オレはモンスターに近づいていった。

 

(やはり、そうだ。 息をしてない)

 

 熊のモンスターは、白目を向いて死んでいた。

 

 

 

「なんて幸運だよ……」

 

 オレは、歓喜のあまり声を漏らした。

 目の前に、空腹を満たす食糧があるのだ。

 

 身体が熱く、口の中によだれが溢れる。

 空腹で死にそうな中、願ってもない食糧だった。

 

(さて……どう料理してやろうか……)

 

 舌舐めずりをして、調理法を考えるものの、今のオレには調味料の持ち合わせがなかった。

 

 見たところ、死んでから時間は経ってない。

 新鮮な肉だ。

 

 外傷はない。

 死因はなんだろうか?

 もしかしたら、体内に病原菌や寄生虫がいて、それが死因かもしれない。

 もし病気が原因なら、食べるのは危険すぎるな……

 

 だが、精密な検査器具もない。

 それに、オレの空腹ももう限界だった。

 

 眼の前に上質な肉を置いて、オレはもう、立ち上がる気力なんてなかった。

 

 何か食べなきゃ、すぐにオレはくたばっちまう。

 だったら、食べるしかないよな。

 せめて、十分に焼いて食べよう。

 

「【火素(フレイム)】」

 

 オレは食欲には抗えず、大熊モンスターを焼いて食べることにした。

 火の魔法で、熊のモンスターを炎で包み込んだ。

 

 ジュゥゥゥゥ!!!

 

 と、美味しそうな匂いが広がり、パチパチと火花を散らす。

 熊の丸焼きなんて、初めてだ。

 これが美味しくないはずがない!

 

 オレは火の魔法を止めて、そのまま熊の巨体にガブリとかじりついた。

 硬い肉だったが、強く噛みちぎって、咀嚼する。

 プリプリの弾力ある肉。

 ホカホカの柔肉が喉を通り、旨味が全身に行き渡る。

 うまい、うまい……

 

「こんなうまいもの、食べたことねぇよ……」

 

 美味しすぎて、涙が溢れてきた。

 止まらない。食べられる幸せ。

 オレは無我夢中で、頬張った。

 

 迫りくる危険に、気づけぬほどに………

 

 ドスン、ドスン……

 

 足音がした。

 

 ドスン、ドスン……

 

 地面が揺れる。

 

 オレはようやく違和感に気づき、真上を見上げた。

 

「え……?」

 

 そこにいたのは、見上げるほど大きなモンスター。

 日本刀のように鋭く尖った四本足は、大木のごとく遥か高く。

 その上には、はるかに長い高い首。

 

 

 そいつは間違いなく、【エルヴァルード】であった。

 黄色い身体の、巨大なキリン型モンスター。

 マグダーラ山脈の最強モンスターの一種である。

 

 集める薬剤のリストにも載っている。

 【エルヴァルード】の危険度は、【サルファ・メルファ】より数段上だ。

 最後に倒そうと思っていた。

 

 死……

 逃げろ……逃げろ……

 

 温まっていた身体に、急激な寒気が襲いかかる。

 オレは後ろによろけながら、いち目散(もくさん)に逃げ出した。

 

 その直後。

 

 ドォォォォン!!

 

 と、後ろで轟音がして、オレは前へと吹き飛ばされた。

 

 ボスッ!!

 

 頭から雪の中に突っ込んだ。

 冷てぇっ……

 慌てて足を踏ん張って、身体を起こして、後ろを振り返った。

 

 すぐ後ろに、【エルヴァルード】の大きな頭が、降りてきていた。

 鋭く先端の尖った頭部、5メートルの口がガバリと開く。

 

 ガブリ!!

 

 大きな口は、熊のモンスターにかぶりついた。

 そしてバキゴキと骨の割れる咀嚼音と共に、

 オレの焼き熊肉が、【エルヴァルード】に丸呑みにされた。

 

 

 恐怖のあまり、呼吸がままならなかった。

 死の恐怖である。

 次はオレだ。オレが食われる番だ。

 

 やだ。いやだっ。

 死にたくねぇよっ!

 

 空腹を満たした身体で、せい一杯走った。

 だけど、うまく走れない。

 積雪が深くて、雪に足を取られて、転びそうになって……

 そしてついに……

 踏み込んだ右足が、雪の中へと深く沈みこんだ。

 

「っ……!?」

 

 嘘だろ……

 オレの右足は深い穴にハマってしまった。

 腰の高さまで、雪の中に沈みこんだ。

 

 動けない……

 月明かりが消えて、急に暗くなった。

 反射的に、後ろを振り向くと、

 【エルヴァルード】が真上、オレに影を落とし、

 その太い(とが)った右足を、オレに向かって突き刺そうとしていた。

 

 あ、死んだ……

 

 目の前が真っ暗になって、オレは死を確信した。

 身動きの取れないまま、右足に身体を刺し裂かれた。

 

 かと思った。

 

 

 

 

 

……………?

 

 懐かしい感覚だった。

 オレはこの感覚を知っている。

 風を切り裂き、心臓が浮く感覚。

 

 オレは、空を飛んでいた。

 

「え………?」

 

 閉じていた目を、ぼんやりと開けると。

 

 バサッ、バサッ

 

 と、激しい羽の音がした。

 見覚えのあるくちばし、見覚えのある翼。

 オレはまた、大きな鳥に捕まえられて、大空を舞っていた。

 

【ステュムパーリデス】……?

 

 それは、見覚えのある鳥だった。

 大きなくちばし、真っ白な銀翼。

 オレを巣へと連れ去った親鳥が、またオレの身体を掴んで、空へと飛び去っていた。

 

「ギャァァァァァォォォ!!!」

 

 後ろから、おぞましい鳴き声がした。

 空の上で、後ろを振り返ると、

 【エルヴァルード】が口を開いて、俺たちの方へと向けていた。

 

 まずい……何か来る。

 

 直後……

 

 【エルヴァルード】の口から、透明な光る槍が、数えきれないほど飛び出して、オレの大鳥のほうへと襲いかかってきた。

 

 ドゴォォッ!!

 

「ギュォォォ!!」

 

 と、オレを掴んだ大鳥が叫んだ。

 透明な光る槍が、大鳥の羽に当たったのだ。

 大鳥の身体から血が噴き出て、大鳥はオレを掴んだまま、バサバサと暴れ回った。

 

 ドゴォォ!!

 

 今度はオレの目の前、大鳥の腹部に、透明な槍が突き刺さった。

 大鳥から鮮血が飛び出す。

 近くで見ると透明な槍の正体が分かった。

 鋭く尖った氷だった。

 【エルヴァルード】は、口から氷の槍を吐いていたのだ。

 

 バサリ……バサリ…と、羽ばたきが弱くなって。

 大鳥とオレは、雪の地面へと落下していった。

 

 バスン……と、激痛とともに、オレと大鳥は雪に叩きつけられて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も見えない、何も聞こえない。痛くてもう動けない。

 

『起きて……逃げて……キミは生きて……』

 

 真っ暗な闇の中で、オレを呼ぶ声がした。

 

 

 

「ギャォ……ギャォ……ギャォ……」

 

 お腹が、ツンツンと小突かれる感覚。

 身体が、ベロベロと舐められる感覚。

 聞き覚えのあるモンスターの鳴き声。

 

 オレは気絶していたのか?

 

 嗅いだ事のある、臭くて酷い匂い。

 オレの身体は、また唾液まみれだった。

 

 ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには、血まみれで傷だらけの鳥。

 【ステュムパーリデス】の親鳥がいて。

 心配そうな目で、オレの傷口を、大きな舌でベロベロと舐めていた。

 

 オレを助けようとしてくれたのか?

 

 美しい毛並みの身体は、何本もの歪な氷が突き刺さり。

 純白の立派な翼は、出血で真っ赤に染まっていた。

 

「なんで……? お前っ、オレのために……」

 

 訳がわからなかった。

 オレは、コイツに助けられた。

 

 ズブゥゥゥゥ!!!

 

 目の前に、エルヴァルードの足が落ちてきた。

 槍のように尖った足が傷だらけの大鳥に突き刺さる。

 【ステュムパーリデス】の親鳥の腹に風穴を広げて、串刺しにした。

 

 目の前で、血の花火が爆発する。

 オレの命の恩人、親鳥の腹部には、太さ2メートルもの左足が突き刺さっている。

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 オレは泣き叫んでいた。

 身体じゅうの痛みも忘れて、飛び起きた。

 オレは泣きながら、腹を串刺しにされた親鳥へと駆け寄った。

 

「やだっ! やだっ!! 死ぬなっ!! 

回復(ヒール)】!! 【回復(ヒール)】!! 【回復(ヒール)】ッ!!」

 

 バカの一つ覚えみたいに、オレは親鳥の身体を抱きしめて、回復魔法を連呼する。

 死なせるものか、死なせてたまるか。

 オレを助けてくれた、命の恩人。

 ここで死ぬなんて許さないっ!!

 絶対オレがっ、助けてやるっ!!

 

『逃げて……我が子の……命の恩人……』

 

「え……?」

 

 死にかけの大鳥から、そんな声がした。

 確かに聞こえた気がした。

 獣がヒトの言葉を話せる訳がないのに。

 分かるのだ。

 死にかけの震え声、オレに向けた声。

 子供鳥を助けた感謝と、オレの生を願う声が。

 

「あ……」

 

 上を見上げる。

 もう一つの前足が、こんどはオレを串刺しにしようと落下していた。

 もう手遅れだった。

 

(なにやってんだ、オレは……)

 

 この大鳥は、オレを助けるために命を張ってくれたのに……

 どうしてオレは、逃げなかった?

 

 オレの身体は、動かなかった。

 落ちてくる左足の槍。

 まっすぐ、まっすぐ、オレに向かって……

 死へのカウントダウンをする。

 

 ごめん。

 ごめんみんな。

 オレを信じて送り出してくれた、ジルク、母さん、父さん。

 オレを信じてついてきてくれた、行宗、直穂

 誠也(せいや)……

 迷惑かけて、約束守れなくて、悲しませてごめん……

 オレは、ここで死ぬみたいだ。

 

 あぁ、嫌だ。嫌だなぁ。

 死にたく、ないよ。

 オレ、オレはもっと、ずっと生きたい。

 父さんと一緒に、誠也と一緒に、みんなと一緒にっ……!

 

 

 

 

 

 

 ガギン!! ドゴォォォォ!!

 

 硬くて重い、金属音がした。

 すぐ近くで衝突音が轟き。

 オレはまた後ろへ吹き飛ばされた。

 

 でも、オレは雪に落ちるわけではなくて。

 暖かくて、懐かしい、胸の中へ。

 大きな腕で抱きしめられた。

 

「……誠也(せいや)……?」

 

 これは、夢だろうか?

 オレは大好きな人の胸の中にいた。

 剣を握りしめた、汗臭くて男らしい誠也(せいや)の胸のなかに。

 誠也はオレを抱きしめて、オレの顔を覗きこみ、くしゃくしゃの泣き顔で笑っていた。

 

「フィリア……良かったっ……っ……生きててくれて、ありがとうっっ……」

 

 やっと、会えた……

 また会えたよ。

 

 誠也(せいや)の太い腕で、オレは強く抱きしめられる。

 あったかくて、力強くて、

 涙がポロポロと溢れ出した。

 

「……せいやっ………せいやぁぁ………!! 怖かったよぉぉ!!」

 

 オレは、自分でもびっくりするぐらい、子供みたいに泣きじゃくった。

 誠也(せいや)がいると、すごく安心する。

 どんなに辛いことも、苦しいことも。

 誠也と一緒なら、大丈夫だって思えるんだ。

 

「あぁ、私もっ、怖かったっ……間に合って本当に良かったっ……」

 

 と、そんな時。

 誠也(せいや)の後ろ、背中の後ろから、エルヴァルードの足が迫っていた。

 

「せ、誠也(せいや)っ、危ねぇっ!!」

 

「大丈夫だ」

 

 誠也はオレの耳元で、安心させる声を出して。

 鋼の大剣を握りしめた。

 

「うぉおぉぉぉぉ!!」

 

 誠也は雄叫びをあげて、迫り来るエルヴァルードの足に、剣を構えた。

 

「無理だっ! 敵わないっ! 死んじゃうよっ!!」

 

 オレが誠也に叫んだ刹那。

 誠也の剣とモンスターの足が接触する。

 

 ガギィイイイン!!

 

 と、力強い金属音がして。

 モンスターの足の軌道がそれた。

 オレを避けるように、すぐ横を空振りしたのだ。

 

「誠也? 今のはっ……!?」

 

「舐めるなよ、フィリア。私は王国軍の古参戦士だ。

 力で(かな)わなくとも、(つちか)った技術で、攻撃の軌道を()らす事は出来る。

 私だって、好きな女のひとりぐらいは守ってみせる」

 

 振り返った誠也は、ニカッと男らしく笑った。

 あれ?

 心臓の鼓動が熱い。

 いま誠也(せいや)、なにか変なことを言ってなかったか?

 

「逃げるぞ、フィリア!」

 

 誠也(せいや)は大剣を鞘におさめて、オレの身体を抱え上げた。

 

「身体中ボロボロだなっ! 回復魔法は使えないのか? それに、変な臭いもする。どうして……?」

 

 誠也(せいや)に指摘されて、

 オレは最悪の事実に気づいてしまった。

 自分の身体がステュムパーリデスの臭い唾液まみれだと、気づいた。

 

 

「うわっ、や、やめろっ。くさいからっ、あんまり嗅ぐなっ!!

 それにオレは、あいつを助けないとっ!!

 あの鳥は、オレを救おうとしてくれたんだっ! 

 オレのために危険な目に遭って、腹を裂かれて死にそうなんだよっ!」

 

 オレは必死に叫んだ。

 逃げるべきなのは分かってる。

 俺たちじゃコイツらには勝てない。

 

 でも、オレはあの優しい鳥を、見捨てたくないんだ。

 

「きっと大丈夫だ。彼らがなんとかくれる。

 私とお前には、あと2人、心強い仲間がついているだろう」

 

 誠也(せいや)はオレをおんぶして、雪を走って逃げながら、

 空の上を指さした。

 

 星空を駆ける、2本の白い流星。

 純白を光を纏った二人は、空に2本の線を引き、【エルヴァルード】へと突撃する。

 

 賢者と天使。

 行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)が、駆けつけてくれた。

 

 

 

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

「間に合った……!」

 

 フィリアは無事に、誠也(せいや)さんの胸のなかにいた。

 

 

 あの後、雪嵐がやんだあと。

 俺たちは夜の闇のなかで、フィリアを探し歩いた。

 

 静かな夜の雪の大地、

 行くあてもなく、フィリアを探して歩き続けていると。

 近くで激しい音が聞こえたのだ。

 

 目を凝らして音のする方を見ると、

 マグダーラ山脈で最初に見た、キリン型モンスター。【エルヴァルード】が暴れ回っていたのだ。

 

 そしてその足元に、フィリアがいた。

 

 フィリアが襲われていた。

 

 誠也(せいや)さんが真っ先に走って駆けつけて、

 俺と直穂(なおほ)は背中合わせになって、座り、(いた)した。

 

 恥ずかしくて、焦って、恐怖と寒さで右手が震えたけれど。

 直穂(なおほ)と背中で通じ合って、使わないほうの手を握り合って、互いに励ましあっていた。

 俺と直穂は、【自慰(マスター○ーション)】スキルで賢者と天使となり、フィリアの元へと駆けつけた。

 

 フィリアも死なず、なんとか賢者と天使が間に合った。

 良かった。

 

 【エルヴァルード】は強い。

 さっきまでの俺と直穂じゃ、勝てないかもしれない相手だ。

 でも今俺は、負ける気がしなかった。

 

「いくよ行宗(ゆきむね)っ! まずはフィリアちゃんの命の恩人を助けないとねっ!」

 

 直穂(なおほ)が俺の隣で叫んだ。

 大丈夫だ。

 俺と直穂(なおほ)は、最強変態コンビだから。

 こんなキリンなんかには、負けないっ!

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
 次回、第四膜の最終話だと思います。
 次で、最後まで書ききれる、はず?

 今回の話は、書くのが難しかったです。
 動物の恩返しの話。
 心の声も状況説明もすべて、フィリアの視点から書かなければいけないのが大変でした。
 今回の話は、漫画やアニメなど、絵を使ったほうが、上手く表現できる気がします。
 この物語が、読者の皆様の心の琴線に触れていると嬉しいです。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十二発目「新・最強必殺技」

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

「間に合った……!」

 

 フィリアは無事に、誠也(せいや)さんの胸のなかにいた。

 

 目の前には【エルヴァルード】。マグダーラ山脈で最強格のモンスターだ。

 大ダンジョンの最強格ということは、ヴァルファルキア大巣窟の最下層で戦った【天ぷらうどん】と同等かそれ以上だろう。

 

 鮮やかな黄色い体躯(たいく)は、空高く天をつき、

 鋭い刀身のような四足が、雪の大地に深々と突き刺さり、

 その右足で、フィリアを助けてくれた優しい大鳥が、腹部を貫通させられていた。

 人間ならば、間違いなく致命傷だろう。

 直穂(なおほ)の【超回復(ハイパヒール)】も、大きな致命傷は回復できない。

 

(ただし、【スイーツ阿修羅(あしゅら)】と戦った時は例外だ。

 あの時はマルハブシの猛毒の力で、直穂(なおほ)の回復魔法は、腹部切断も瞬時に治癒できるほどの力があった。

 直穂(なおほ)が言うには、天使のステータスアップでは、【超回復(ハイパヒール)】が強化されないようで。今ではあの時ほどの治癒能力は発揮できないそうだ。)

 

 しかし図鑑で読む限り、あのフィリアを誘拐した鳥は、【ステュムパーリデス】といい、自己修復能力が高いらしい。

 人間にとっては致命傷でも、この鳥なら助かる可能性はある。

 

 

「いくよ行宗(ゆきむね)っ! まずはフィリアちゃんの命の恩人を助けないとねっ!」

 

 直穂(なおほ)が俺の隣で叫んだ。

 「おう!」と俺も声を合わせる。

 

 

 【エルヴァルード】は、俺たちに気づいたようで、口を大きく開けて何かを発射しようとしていた。

 

行宗(ゆきむね)!! 直穂(なおほ)っ!! 無数の氷の矢が飛んでくる! 気をつけろっ!」

 

 フィリアから声がかかる。

 それと同時に、直穂(なおほ)が魔法を詠唱した。

 

「【天使の涙(エンジェル・ティアズ)】!!」

 

 直穂(なおほ)が両手を前へとかざす。

 【エルヴァールド】よりも、早く放たれた無数の

光の矢は、

 進化した直穂(なおほ)の魔法は、さらに早く、鋭くなって。

 【エルヴァールド】の顔付近へと、光の雨を降らせた。

 

 それは天使の涙なんて優しいものじゃなくて、

 エルヴァルードは血を撒き散らし、口を閉じて首をそらした。

 

 俺たちは強くなった。

 直穂(なおほ)だけじゃない。俺もだ。

 油断も慢心もない。

 

 【サルファ・メルファ】戦では苦い思いをしたが、

 あの経験が、戦い方を見直すきっかけになった。

 

 【エルヴァルード】はおそらく、【サルファ・メルファ】より強い。

 さっきまでの俺と直穂(なおほ)じゃ、勝てないかもしれない相手だ。

 でも、俺たちは強くなった。

 こんなキリンなんかには、負けないっ!

 

 

 ヒントは2つあった。

 

 1つは、誠也(せいや)さんの教えだ。

 

 

 誠也さんに、剣の振り方を教えてもらった。

 「ずっと力を入れすぎだ」と注意された。

 常に強く剣を握っていると、動きが鈍く、リキみ、相手の動きに対応できないそうだ。

 

「いざという時に力を発揮するためには、剣を振る瞬間以外は脱力を保つことだ。

 緩急をつけることで、力は一点に、一瞬に集中するのだ」

 

 と言われた。

 誠也(せいや)さんが言うには、それ(・・)が戦う技術であり、単純な強さで測れないもの。

 

 誠也(せいや)さんは王国軍にいた22年間、自分より明らかに強い相手と戦う事もあったそうだ。

 しかし誠也(せいや)さんは勝ってきた。

 パワーの差は、培った技術や集中力で、意外となんとかなるらしい。

 

「フィリアが連れ去られた時、行宗(ゆきむね)くんは攻撃の手を止めた

 攻撃を続けていれば、サルファ・メルファは息を吹き返すことなく、直穂(なおほ)さんはフィリアを助けられたかもしれない。

 あれは行宗(ゆきむね)くんのミスだ」

 

 吹雪が止むのを待つなかで、誠也(せいや)さんは俺に厳しいことを言った。

 事実その通りだ。

 

 俺は、慢心していたのかもしれない。

 強力な賢者の火力に甘えて、本気で戦っていなかったのかもしれない。

 

 少しでも強くなろうと、技術や知識を高めようとしていなかった。

 その結果が、あのミスだった。

 

 俺に足りなかったものは何だろう?

 軍人のように的確な判断力?

 知識や技術だろうか?

 その全てかもしれない。

 

 とにかく誠也(せいや)さんの教えが、俺にヒントをくれた。

 

 《力を一点一瞬に集中させる技術》

 

 

 

 

 

 

 もう一つヒントがあった。

 

 マグダーラ山脈に来る前に、ギラギース地区にて【漆黒の巨大竜】と戦ったとき。

 直穂(なおほ)は水魔法を詠唱したけど、うまく水魔法が発動せず、炎の息吹に火だるまにされた事があった。

 

 おかしいと思ったんだ。

 天使状態じゃないときは、直穂(なおほ)は普通に【水素(アクア)】を使えていたから……

 

 

 吹雪が止むのを待つ地下室のなかで、俺は直穂(なおほ)に尋ねた。

「どうしてあの時、水魔法が出せなかったんだろう?」って

 

 

 直穂(なおほ)は難しい顔で、手のひらを視線を落とし

 少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「何だろう、物理的に出てこない感覚だった。 たぶん天使になってる間は、水魔法は使えないんだと思う」

 

「やはりそうか……」

 

 そうだろうと思ってた。

 この世界では、2つのスキルは、同時には使えないのだろうか?

 そうなれば厄介だ。

 もし【超回復(ハイパヒール)】まで、天使と併用できないとなると……

 戦闘の危険度は跳ね上がる。

 

「あ、【超回復(ハイパヒール)】は天使状態の時も使えるよ。私こまめに回復してるから」

 

「え、【超回復(ハイパヒール)】は使えるのか!?」

 

 なんで??

 

「たぶん、【超回復(ハイパヒール)】スキルと【天使】のスキルって、似ている気がするんだよね。

 胸がポカポカ暖かくなって、身体の外へ出ていく感覚が」

 

「つまり。 発動時の感覚が似てるから、2つ同時に使えるって理屈か。。

 じゃあ逆に、【天使】と【水魔法】は、使う感覚が違うから、同時に使えないってことか?」

 

「うん。

 あれ? でもおかしいな。

 フィリアちゃんは、【水素(アクア)】と【火素(フレイム)】を同時に使ってお湯を作ってた。 

 この2つの魔法は、明らかに使ってる感覚が違うよね……?」

 

「確かに……」

 

 フィリアは、俺と直穂(なおほ)に、4つの基礎スキルをすべて教えてもらった。

 【火素】【水素】【土素】【風素】。

 魔法が発動する感覚は、4つとも全く別物だ。

 フィリアは、基礎スキルを合成させて応用スキルを作るのは高度な技術だと話していたが。

 スキルを2つ同時に詠唱する方法は、まだ教わっていない。

 

「別の魔力穴(まりょくこう)から、魔法を出しているんだ……」

 

 そこに、ずっと黙っていた誠也(せいや)さんが、暗い顔でそういった。

 

「まりょくこう?」

 

「そうだ。人の身体の表面には、魔力穴(まりょくこう)という穴が無数にあってな。 

 そこで体内魔力に色をつけて、火素や土素や水素が生まれる。

 重要なのは、"一つの魔力穴からは、一種類の魔法しかだせない"こと。

 さらに、"細かい魔力穴一つ一つに意識を配り、細胞単位で操作するのも、理論上は可能だが人間には不可能だ"

 まあ一番簡単なのは、右手や左手といった大きな部位単位で、二種類の魔法を使うことだ」

 

 誠也(せいや)さんはそう言いながら、右手から火魔法、左手から水魔法を作ってみせた。

 

「え……どういうことですか?」

 

 俺はいまいち理解できずにいると、直穂(なおほ)が説明してくれた。

 

「つまり分かりやすく例えると、ファミレスにドリングバーの機械があるでしょ?

 アレと同じだよ」

 

「ん??」

 

 ドリンクバーの機械?

 あのボタンを押したらジュースが出てくる機械のことだよな。

 突然何を言い出すんだ?

 

 

「一つの穴からオレンジジュースを出している間、同じ穴からぶどうジュースは出せないでしょ?

 魔法も同じで、右手から水魔法を出している間は、同じ右手から火の魔法は同時にだせない。

 でも、左手と右手みたいに、別の場所から異なる2つの魔法を出すことはできる」

 

「な、なるほど。

 その方法を使えば、天使の力を使いながらでも【水素(アクア)】を使えるのか?」

 

 俺は尋ねた。

 

「たぶん無理だと思う。

 私の天使と行宗の賢者は特殊で、"身体全体"から魔力があふれてる感覚があるでしょ?

 つまり右手も左手も"身体全体"から、オレンジジュースが溢れてる状態ってこと。

 別の魔法、ブドウジュースが出てくる穴はないってことだよ」

 

「ああ!そういうことか! 納得した。

 というか、分かりやすく教えるのが上手いな。直穂(なおほ)

 

「えへへ、 嬉しいな。

 私はいちおう、中学の先生目指してるからね。

 「わかりやすい」はなによりの褒め言葉だよ」

 

「そうか。そうだったな」

 

 直穂(なおほ)は頬を赤く染めて笑った。

 

 直穂(なおほ)の将来の夢は中学の先生。

 早く、現実世界に、帰らないとな……

 正直今は、それどころじゃないけど。

 フィリアと再会して、浅尾(あさお)さんを治療して、指名手配中のクラスメイトと合流して……

 僕たちの故郷へ。現実世界に帰るんだ。

 

 直穂(なおほ)が中学校の先生になって、俺の将来の夢は……まだ決まってないけど。

 二人で結婚して、子どもを授かって、死ぬまで一緒に暮らしていく。

 それは、素敵な夢だな……

 

「ふふっ……」

 

 隣に座る可愛い直穂(なおほ)を眺めながら、俺はくすりと笑った。

 

 

 

 これら2つのヒントから、俺と直穂(なおほ)は新しい技を編み出した。

 直穂(なおほ)はこんなことを言った。

 

「ねえ行宗。"身体全体"から出る天使の魔力を、なんとか"一部分"に集めることは出来ないかな? 

そしたら"余った別の部分"で、他の魔法が使えるかもしれない」

 

「なるほど、確かにそれが出来れば、俺たちはさらに強くなれる。

 フィリアの捜索中に試してみよう」

 

 俺はそう答えた。

 

 実際に試してみた結果……

 賢者の白い光を、一箇所だけに集めることは出来なかった……

 

 しかし、頑張って意識すれば、

 賢者の白いエネルギーを、少しだけ移動させることは出来たのだ。

 

 しかし、各部位の魔力を完全には取り除けないので、別魔法を発動できる余地は作れなかったのだが……。

 おかげで俺は、新たな技を完成させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 

 集めろ……集めろ。

 なるべく多くの賢者の力を、大剣に集めるんだ。

 

 エルヴァルードに突撃しながら、俺は賢者の白い魔力を動かしていった。

 右手に握った大剣へと、魔力を集中させていく。

 大剣は白い輝きをまし、さらに大きく、硬く……

 万物を切り裂く力となる。

 

 想像以上のエネルギーだった。

 これが技術か。

 誠也(せいや)さんの言った通りだ。

 全ての力を、一点一瞬に集めること。

 その技術が、格上の相手を切り裂く力となる。

 

 この必殺技に、なんと名づけようか?

 バスターソード、ホワイトスラッシュ。

 色々考えたけど、しっくり来なかった。

 

 違う。そんなカッコいい名前じゃない。

 オレはどこまでもカッコ悪くて、変態で、賢者タイムなんだ。

 

 

「【雄凪仁(おなに)一閃(いっせん)】!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 オレの渾身のネーミングセンスで振り抜いた大剣は、

 

 エルヴァルードの右足を、真っ二つに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 ズバァァァァァン!!!

 

 エルヴァルードの細長く硬い足が、いとも簡単に切れて、俺はあっけに取られた。

 

「ギュォォォォォォ!!!!」

 

 

 耳を覆いたくなるほどの咆哮。

 【エルヴァルード】が悲痛そうに絶叫し、身体を縮ませた。

 俺は右足を切り裂いたあと、エルヴァルードの腹の下側に滑り込んだから、頭上のHPバーは確認できないが、

 かすり傷じゃ済まないだろう。

 

「もう一度だっ!! 【雄凪仁(おなに)一閃(いっせん)】!!!」

 

 俺は真上へ、大きなキリンの腹部めがけて、魔力の集中した大剣を振り抜いた。

 

 ズバァァンと血しぶきが上がり、深い切り傷がつく。

 このモンスターの皮膚は、決して柔らかいわけではない筈だが、

 俺の研ぎ澄まされた剣が、モンスターの肉体を美しく切りさばいた。

 

 

 

「【超回復(ハイパヒール)】っ!!」

 

 下の方では、直穂(なおほ)が血まみれの【ステュムパーリデス】の傍に降り、回復魔法をかけていた。

 あの鳥が助かると良いな。

 

 フィリアと誠也(せいや)さんは、距離をとって俺たちを見守っている。

 

 【ステュムパーリデス】の治療は、直穂(なおほ)にまかせる。

 【ステュムパーリデス】を助けた上で、このエルヴァルードも倒してみせる。

 あの時みたいな油断はしない。集中を切らすな。

 

 ビュン!!

 

 と、【エルヴァルード】の左後足が上がり、その尖った先端で、勢いよく俺を狙ってくる。

 当たれば即死。

 俺は今、右手の大剣に魔力を集中させているために、身体全体を守る防御を薄めている。

 だからと言って、問題はない。

 

 ビュン、と機敏な動きで左後足を(かわ)した俺は、真横を通り抜ける左足を【雄凪仁(おなに)一閃(いっせん)】で切り裂いた。

 

 ズバァァァァン!!!

 

 右前足に続いて、左後足を失った【エルヴァルード】は、身体のバランスを崩して倒れ始めた。

 まだだ、まだ油断するな。

 

「相手の次の行動を予測しろ、それを先回りして潰せ、先手必勝、相手の好きなようにさせるな、相手の嫌がることをしろ」

 

 すべて誠也(せいや)さんに言われた言葉だ。

 誠也(せいや)さんが王国軍で生き抜くために、(つちか)ってきた技術。

 格下が格上に勝つ方法。

 

 腹を斬る、斬り続ける。

 懐に入ってしまえば、近接戦闘が得意な俺は、直穂(なおほ)より戦える。

 

 エルヴァルードは死にものぐるいの抵抗で、俺目掛けて残った足で攻撃してくるが、全て避けて切り裂いた。

 腹の下に潜ったお陰で、フィリアの言っていた、口から氷の槍を放つ技は届かない。

 

 攻撃、攻撃、攻撃……!!

 

 休む暇はない。

 賢者タイムは10分しかもたない。

 殺しきれ……

 

 俺は返り血にまみれながら、ひたすら巨大な腹を斬った。

 

 

行宗(ゆきむね)……行宗(ゆきぬね)っ!! もう死んでるってばっ!」

 

 直穂(なおほ)にそう言われて始めて、

 俺は、【エルヴァルード】の生命の気配が消えていることに気づいた。

 俺は、ほとんど一人で、【エルヴァルード】を倒しきったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当に申し訳ありませんっ!
 次話こそ第四膜の最終話です! 書きおわっているので間違いありません!
 なんと本日! 昨日の夜11時から朝の5時までぶっ続けで執筆し、1万字で2話分。第四膜のラストまで書き上げました。
 次話投稿は、月曜9時頃を予定しています。

 またこの作品は、カクヨムにも同時投稿しているのですが、
 先日、初の絶賛レビューをいただきました。
 「こんな面白い小説は初めてだ」と言われて、めちゃくちゃ嬉しかったです。

 また、ギフトをくれてサポーターになってくれた方がいます。
 つまり投げ銭機能なのですが。
 もしかしたらサポーター特典として、カクヨムの有料の方に、最新話を最速配信するかもしれません。
 今のところは、ハーメルンが最速です。
 まだ悩み中なので、なにか決まり次第報告します。
 

 今回のタイトルは、「新・最強必殺技」
 久しぶりに、賢者タイムで無双しました!
 楽しんでいただけたなら幸いです!!

 もう一度言います! 次話第四膜最終話は、月曜9時頃投稿します!


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十三発目「夜明けと隣の君」

 

 俺の戦いが終わっても、

 フィリアの戦いは終わっていなかった。

 エルヴァルードが倒れて安全が確保されて、フィリアは【ステュムパーリデス】に駆け寄った。

 目の色を変えて、涙を流しながら、必死に治療を施していた。

 

 そして……

 フィリアの思いが届いたのだろう。

 【ステュムパーリデス】は息をふきかえして、自力で立ち上がった。

 その身体には、もうほとんど傷が残っていなかった。

 もともと回復力の高い鳥らしい。

 フィリアもその生命力の高さに驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―フィリア視点―

 

 

「ギャォォォォ!!」

 

 と、オレの命の恩人、【ステュムパーリデス】の親鳥は、大きな声で鳴いた。

 もう心の声は聞こえなかったけど、

 オレに感謝してくれているのはよく分かった。

 

「……ありがとうな。お前と会えてよかった。死なないでくれてよかった」

 

 白く美しい毛並みを()でながら、オレは別れを惜しんだ。

 

「お前も、頑張れよ。ちゃんと子供鳥を育てるんだ。 硬い骨とか、変なものを食べさせるんじゃねぇぞ」

 

「ギュルゥゥ」

 

 オレの言葉に答えるように、友だちは大きなクチバシをオレに添わせた。

 

「……じゃあ、さよならだ。 オレはお前が集めてくれたキルギリスの骨で、死にそうな父さんを助けにいかなきゃいけない。

 お前も、子供が心配してるだろ? 早く帰ってやらないと」

 

「きゅぉぉお……」

 

 親鳥は、寂しそうな声で、オレの身体に身を擦りつけてくる。

 あぁ……ずるいな……

 すっかり情がうつっちまった。

 別れたく、ないな……

 

「ギャォォォォ!!!」

 

 ステュムパーリデスは、一際大きな声で鳴くと、

 オレから離れて距離を取った。

 そしてゆっくりと後ろを向いて、バサリと、夜空へと舞い上がっていった。

 

「じゃあな。また会おうな。……っっ……」

 

 アイツには、最初は餌にされかけた。

 でもオレを助けてくれた。命を懸けて。

 子供のために吹雪の中でも餌を探しにいく、優しい優しい奴だった。

 

 オレは、泣いていた。

 

「っ……うぅっ………あぁっ……」

 

 

 

 ぽんっ、と大きな手が、オレの頭の上に乗っかる。

 その手は、オレの頭を優しく撫でた。

 また涙がこみ上げる。

 うまく言葉に出来ないけれど、オレの心は今、凄く洗われていた。

 

「なぁっ……誠也(せいや)っ……!!」

 

「なんだ? フィリア」

 

「動物のアイツと、獣族のオレが、友だちになれたんだぜ……

 人間と獣族が、仲良くなれないわけないよな、なぁっ……」

 

「っ……あぁ。そうだなっ。その通りだっ」

 

 誠也(せいや)に背中から暖かく抱きしめられた。

 

 ふと、王国軍に捕まったときに受けた、狂気の仕打ちを思い出して、胸がゾッとした。

 

「王国軍の奴らに捕まって、オレは……オレは……死ぬよりもつらい目に遭わされたっ……!! 人間なんてみんなクズだ、死んでしまえと思ったこともあった……」

 

 ずっと我慢してきた。辛かった思い。

 王国軍の奴らにつけられた、心と身体の傷。

 はじめて誠也(せいや)に弱音を吐いて、オレの心は少しだけ、軽くなった。

 

「そうか……そうだよなぁ、辛かったよな。

 ずっと心配してた……

 フィリアが元気そうだったから、話題に触れないでおいたんだ……

 ごめんなぁ……全部、私のせいだ……」

 

 誠也(せいや)のせいじゃないよ。

 そう言いたいけど、そうじゃない。

 誠也(せいや)はオレに出会う前、ガロン王国軍だったのだ。

 オレと同じような獣族をさんざん殺したと、正直にオレに話してくれた。

 

 

 

「でも……それでもオレは、夢を見ているんだ。

 獣族と人間が、手を取り合って仲良くできる世界。

 父さんの描いた理想を、オレは叶えたいんだ……

 オレは誠也(せいや)に会えてよかった。

 あの時、誠也を助けて良かった。

 オレはな、誠也(せいや)

 ……お前のことが、異性として、だ、大好きだ」

 

 

「え??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠也(せいや)視点―

 

 私は、フィリアの言葉に、耳を疑った。

 いやもちろん、納得はした。

 私達は両思いかもしれないと、浮かれていたこともあった。

 でも、私達には年齢差がある。

 私は32歳で、フィリアは14才程度。

 こんなおじさんが、可愛い女の子に好かれるわけがないと、どこかで思っていた。

 

「なぁ、オレは、気持ちを伝えたぞ?? 誠也(せいや)は……オレのこと、どう思ってる、んだ?」 

 

 フィリアは、不安そうに肩を震わせた。

 私に背中を抱かれたまま、前を見つめながら……

 

「もちろん好きだ。お前を愛してる、フィリア。 ずっとずっと好きだったっ」

 

 私は間髪入れずに叫んだ。

 フィリアを一刻も早く、安心させたかった。

 

 フィリアの肩をぐるりと回し、フィリアと向かい合せになった。

 振り返ったフィリアは、ネコ耳をピクリを立てて、顔を真っ赤にして、

 ポロポロと泣いていた。

 

 私も泣いていた。

 嬉しかった。

 好きだと言って貰えて、心が通じあえて、

 初恋の女の子を殺されて、復讐に燃えた22年間。

 ずっと凍っていた心が、ようやく救われた気がした。

 

「フィリア……私はお前の優しさが好きだ。

 どこまでもお人好しで、困ってる人をほっとけなくて、でも絶対に諦めない強さが好きだ。

 私はフィリアの匂いが好きだ、頑張ってる匂いがするんだ。

 私を好きになってくれて、ありがとうフィリア……」

 

 私がフィリアを褒めると、フィリアは真っ赤な顔で、キョロキョロと目を泳がせた。

 

「なっ、ズリぃぞっ! だったらオレも、誠也(せいや)の好きなところを言ってやる! 

 オレは、誠也(せいや)の全部が大好きだ。愛してるっ!

 はじめて会ったときから、運命の人だって感じてた!

 男らしくてお人好しで、獣族のオレに手を差し伸べてくれた。

 これからもずっと、オレは、誠也(せいや)と一緒じゃなきゃいやだっ!」

 

 こんなにまっすぐ、好意を向けられたのはいつ振りだろうか?

 気恥ずかしくて、照れてしまう。

 私達は、たぶん、似たもの同士だ。

 真面目で、頑固で、お人好しで努力家。

 似たもの同士で、お似合いだと思った。

 運命の相手だと思った。

 

「だから誠也、オレと結婚してくれ!

 獣族と人間が仲良く笑い会える世界。誠也(せいや)とオレなら叶えられると思うんだ。

 それだけじゃないっ、

 結婚して、子供をいっぱい作ってっ! 

 おじいちゃんおばあちゃんになって死ぬまで、オレは誠也と添い遂げたいっ!」

 

 フィリアのその言葉を聞いて、

 私はもう、我慢の限界だった。

 

 真剣な顔のフィリアに、ギュッと抱きついて、ひと思いに抱きしめた。

 そして、半開きの唇に、私の唇を重ねて、

 フィリアの口のなかに、じゅるりと舌を入れ込んだ。

 

 ぐちゅぐちゅぐちゅ……

 

「んんっ!! んんんっ……んん!!」

 

 突然の深い接吻に、フィリアは一瞬身体をビクつかせたが、

 すぐに私の舌を受け入れて、私の首へと両腕を回した。

 

 キス、キス、キス……

 絡まりあって、求め合う。

 フィリアの柔らかくて熱いからだ、もふもふとした髪の毛に立派なネコ耳。

 互いに互いを求めあい、幸せのなかで舌を絡めあった。

 可愛い、可愛い……可愛いフィリア。

 こんな女の子と、私は結婚できるのだ。

 

「あぁ、結婚しよう。絶対にフィリアを幸せにする。一緒に二人で、幸せになろう……」

 

 私はそう言って、またフィリアとのキスを再開した。

 キス、キス、キス、キス、キス……

 時間も忘れて、しばらくの間。

 

 ふと二人で我に帰ったとき、

 行宗(ゆきむね)くんと直穂(なおほ)さんが、ニヤニヤと私達を見ていたので。

 二人で顔を真っ赤にして、恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―フィリア視点―

 

 ありがたい事に、

 誠也(せいや)たち三人は、オレを探している間。集めるべき薬剤モンスターを捕まえておいてくれたらしい。

 

 そこに、今まで集めた分と、行宗(ゆきむね)が倒してくれた【ステュムパーリデス】と、

 オレの手に入れた【キルギリスの骨】を合わせると、

 

 浅尾(あさお)さんとオレの父さんの治療のための薬材は、すべて揃った。

 

 つまり、あとは帰るだけだ。

 今は出発してから4日めの早朝。夜明け前だ。

 浅尾(あさお)さんの延命のリミットは、あと3日。

 あと3日以内に、なるべく早く、アルム村へと帰還する。

 

 オレは誠也(せいや)と手を繋いで、ボス部屋跡地と転移魔法陣の存在する、マグダーラ山脈の山頂を目指した。

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)も、隣で手を繋いで歩いていた。

 

 山頂に近づくにつれて、傾斜は急になっていった。

 見下ろせば雪景色が広がっていく。

 もうすぐ山頂ということで、だんだんと、星空が明るみを帯びてきた。

 もう夜明けだ。

 

 

 

 

 ちょうど山頂についたとき、

 東の空から、ギラリと陽光が差してきた。

 

 日の出だ。

 

 その美しさのあまり、俺たち四人は、あっと息を漏らした。

 

 山頂から見える景色は、マグダーラ山脈が大きすぎる上に、

 遥か下で雲海に覆われているため、地上はほとんど見えなかった。

 

 

「綺麗だな……フィリアに負けないぐらいの美しさだ」

 

 誠也(せいや)が見惚れたような声で、ぽつりと呟いた。

 

「なんだよそれ」

 

 誠也(せいや)が変なことを言うもんだから、思わずツッコんでしまった。

 

「オレさ。7年前に家族、父さんと母さんと、ここで日の出を見たんだ。

 あの時と変わらず、凄く綺麗だ」

 

 ギラついた太陽から、オレは目が離せなかった。

 

 朝の冷気、霧の匂い、雲の香り、誠也(せいや)に握られた手の暖かさ。

 その全てが震えるほど美しくて、幸せで、

 永遠に感じていたいとさえ思った。

 

「見てるか神様、オレ、新しい家族を連れてきたぞ……」

 

 太陽に、ぽつりと話しかけてみた。

 ここは世界で一番、天に近い場所。

 女神さまも、祝ってくれるかもしれない。

 

「ふふ」

 

 隣の誠也(せいや)が笑った。

 

「私達の子供が出来たら、またここに連れて来よう」

 

 誠也(せいや)の言葉に、オレはイケナイ想像をしてみる。

 子供を作るってことは、アレをするんだよな。

 気持ちいいといいな。

 王国軍にやられたときは、辛いだけだったから……

 

 オレと誠也(せいや)の子供か……

 ふふ、一体どんな顔をして生まれてくるのやら……?

 

 

 

 

「いや、子供は連れて来れないよ。迷子になったら大変だ」

 

 オレはふと、7年前にここで迷子になった経験を思い出し、慌ててそう言った。

 

「そうだな。今回も危なかった。

 遭難して死んでておかしくなかったからな。

 死にかけた私が、フィリアと出会えて、こうして二人で生きのびて結ばれたことは、これ以上にない奇跡だ。

 女神様に感謝しないとな」

 

 間違いない。

 いくつもの危険を乗り越えて、何度も奇跡に助けられて、

 オレと誠也(せいや)は、こうして手を繋いでここにいる。

 

「なあ誠也(せいや)、ここでキス、してもいいか? 

 なかなか簡単に来れる場所じゃないからな。

 ここでのキスを、一生の思い出にしたいんだ」

 

 そんな提案をしたオレの声は、震えていた。

 自分の好意をまっすぐに伝えるのは、まだまだ慣れなくて、緊張する……。

 すごく恥ずかしくて、ドキドキして……

 心臓の鼓動がドクンドクンと脈をうつ。

 

「そうだな。私もそうしたいと思っていた」

 

 誠也(せいや)も、オレと同じように照れあいながら、

 オレに正面から向かいあって、オレの肩に手を乗せ、顔を近づけてくる。

 オレはそっと目を閉じる。

 

 チュ……

 

 誠也(せいや)は優しく、軽いキスをした。

 陽の光に照らされて、キスする二人を暖かく照らす。

 

 ふと目を開けると、

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)もオレたちと同じように、

 二人同士で抱き合って、唇を重ねていた。

 

 オレはまた目を閉じて、愛しい誠也(せいや)に集中した。

 

 

 

 雪山の山頂に、四人の男女。

 

 陽光が差し、2つのカップルは、長い影をつくりながら。

 

 大好きな君と、幸せな時間を分かち合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編 完】
【次章へ続く】

【あとがき】
 さて、必要な薬も手に入れて、あとは帰るだけ。
 しかし、家に帰るまでが冒険です。

 第五膜は、連載開始時からずっと書きたかった章です。
 第五膜を書くことを、一つの目標として頑張って連載してきました。
 ここまで積み重ねてきた伏線や布石、その半分を解放します。
 お楽しみに!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編
五十四発目「三十年前の足跡」


 

 キスを終えた俺たち四人は、しばらく手を繋いで、昇ってくる太陽を見つめていた。

 

 美しさのあまり、息がとまりそうだった。

 ただ静かに、しんしんと、雲海の向こうから昇ってくる太陽。

 この世にこんなに美しい景色があるのかと、夢じゃないかと疑うほどに。

 

和奈(かずな)にも、見せてあげたいな」

 

 隣の直穂(なおほ)がそう呟いた。

 俺の左手と直穂(なおほ)の右手が、熱をもってつながりながら、並んで同じ空を見ていた。

 

「お母さんにも、お父さんにも見せてあげたい……」

 

直穂(なおほ)……」

 

 直穂(なおほ)の声は、震えていた。

 俺はふっと横を向くと、直穂(なおほ)は太陽を見つめたまま、目尻からぽろりと涙を零した。

 

直穂(なおほ)……」

 

「おかしいな……っ、いつもは口うるさくて、勉強しなさいしか言わない両親なのに……会いたいっ……寂しいよ……行宗(ゆきむね)ぇっ……」

 

 ひくっ、ひくっと喉を詰まらせながら、直穂(なおほ)は泣き出してしまった。

 

「おいおい、大丈夫か直穂(なおほ)?」

 

 フィリアが心配そうにこちらを向く。

 

行宗(ゆきむね)くん、慰めてやれ」

 

 誠也(せいや)さんが優しい目で俺にそう言った。

 慰める、と言ったって、

 俺が慰めても、直穂(なおほ)が両親に会えるわけじゃない……

 でも……

 

 震える直穂(なおほ)の肩を抱きしめ、頭に片手をポンと乗せた。

 

「うぁあぁあああっ! あぁああぁああっ!!!」

 

 直穂(なおほ)(せき)を切ったようにわんわんと俺の胸で泣きじゃくった。

 美しい日の出を眺めて、ふと現実世界の両親のことを思い出したのだろうか?

 いつも俺より大人に見えている直穂(なおほ)が、初めて年相応の女の子に見えた。

 

 俺は何も言えなかった。かける言葉が見つからなかった。

 ただ縋りつく胸を貸してやることしか出来なかった。

 

「ありがとうっ……行宗(ゆきむね)ぇっ……ありがとっ……愛してるぅっ……!」

 

 直穂(なおほ)は絞りだすように、俺を抱きしめ返した。

 少し戸惑った。

 好意を向けられるのは嬉しいけれど、俺は無力だ。

 直穂(なおほ)のために、何も出来ないんだから……

 

 フィリアや誠也(せいや)さんも、直穂(なおほ)がこんなに取り乱すのには驚いたらしく、面食らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがと……服よごしちゃってごめん……」

 

 目を赤く腫らした直穂(なおほ)が、水魔法で涙と鼻水まみれの俺の胸元を荒い、風魔法で乾かしてくれた。

 

 

直穂(なおほ)……すごいなお前、魔力操作の精度を短期間でそこまで高めるなんてっ! そろそろ基礎スキルの合成、応用スキルを教えてもいいかもな!」

 

 フィリアは直穂(なおほ)の魔法をひと目見て、興奮する様子でそう言った。

 

「あの、フィリアさん。俺は?」

 

「お前はまだだ行宗(ゆきむね)。まずは一つの基礎スキルの火力を安定させねぇとな。合成して応用スキルなんて到底無理だ」

 

 俺はまだ、応用スキルを身につける段階にないらしい。

 

「そう落ち込むな行宗(ゆきむね)くん。行宗(ゆきむね)くんの剣戟(けんげき)は凄かった。【ステュムパーリデス】をほぼ一人で倒しきった。ありえんぞ!?」

 

 誠也(せいや)さんにそうフォローされる。

 

「そうだよ行宗(ゆきむね)っ! 私は行宗(ゆきむね)ほど速くないから、アイツは行宗(ゆきむね)にしか倒せなかった。ありがとね!」

 

 直穂(なおほ)から面と向かって例を言われると、俺も嬉しくて照れてしまった。

 

「でも一つ言わせて、行宗(ゆきむね)の技名

 "【雄凪仁(おなに)一閃(いっせん)】"、アレは無いよ、ダサすぎる。彼女として恥ずかしい」

 

 直穂(なおほ)の一言に、俺は衝撃を受けた。

 

「えぇっ!? 俺の渾身のネーミングセンスだぞ!! オ◯ニーをもじって付けたんだ」

 

「そんなこと分かってるわよ。 なんでそうしたのっ?? 恥ずかしくないのっ??」

 

「恥ずかしい訳ないだろう! 俺はオ◯ニーに誇りを持っている!

 俺たちがオ◯ニーによって、何度命を救われたと思ってる!

 俺たちが今生きているのは、すべてオ◯ニーのお陰なんだぞっ!」

 

「まあそりゃそうだけどっ。 はぁもう良いわっ。そんなにオ◯ニーが好きなら好きにしなよっ、変態彼氏っ!」

 

 ………

 

 しばらく静寂が訪れた。

 そして。

 

「ぶふっ、あははっ!!! くくっ!」

 

 俺たちは同時に笑い出す。

 まったく、何を言い争っているのか。

 ああ、平和だ。幸せだ……

 

「なあ二人とも、猥談(わいだん)で盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ出発していいか?」

 

 フィリアがドン引きした様子でそう言って、

 俺たちは日の出を後にした。

 

 

 

 

 

 

 振り返ると、そこには大きな窪みがあった。

 クレバスというべきか。

 マグダーラ山脈の山頂は、火山口のような大きな凹みがあったのだ。

 俺たちは足元を確かめながら、蟻地獄のような雪の斜面を、凹みの中心へと降りていく。

 

「凄いな……ここがラストボス

Medicine(メディシン)Asura(阿修羅)】の根城か……」

 

 誠也(せいや)さんが呟いた。

 ラストボス、【メディシン・阿修羅】??

 聞き覚えのある響きに、俺と直穂(なおほ)は顔を見合わせた。

 

「あぁ、30年前。ここで攻略連合軍が【メディシン阿修羅】を倒し、薬の大ダンジョン、マグダーラ山脈は攻略されたんだ」

 

 フィリアがそう言った。

 

「懐かしいな。私がまだ2才の頃か。絵本で読んだのを覚えている。 確かバーンブラッドもその部隊にいたんだよな」

 

 誠也(せいや)さんが懐かしそうに話す。

 

「あぁ、攻略隊二百人のうち生き残った10人。その中の一人が、当時15才、のちの"六人目の英雄"【バーン・ブラッド】だ」

 

 フィリアがそう繋ぐ。

 【バーン・ブラッド】

 どこかで聞いたことがあると思ったら、浅尾(あさお)さんをフィリアの診療所に連れて行った時か。

 確か【バーン・ブラッド】さんは、温泉型モンスター【天ぷらうどん】に殺されたと話していたな。

 

「15才か、信じられん……アイツほどの強さがあれば、フィリアをどんな敵からも守ってやれるだろうなぁ……羨ましい」

 

 誠也さんは十分強いと思うけどなぁ。賢者になれる俺が言えたことじゃないけど。

 それにしても【バーン・ブラッド】さん、どれほど強かったのだろうか?

 

 俺が今まで出会った中で一番強かった相手は、間違いなくラスボスの【スイーツ阿修羅】である。

 次に、マルハブシの毒が回って動きが鈍って来た状態の俺と、ほぼ互角の強さだった「シルヴァ様」。

 マナ騎士団と呼べれていた背の低い白い仮面である。

 三番目に来るのは【天ぷらうどん】か【スティムパーリデス】だが、水中では呼吸が使えなかったこともあり、厄介だったのは間違いなく【天ぷらうどん】だったな……

 

「さあ、ついたぜ中心部。このあたりの床に、転移魔法陣の入力装置があるはずだ。

 誠也(せいや)、雪を溶かしてくれ」

 

 フィリアの指示で、誠也(せいや)さんは火魔法で雪を溶かした。

 雪のすぐ下には床があり、円対称の複雑な魔法陣の模様が床一面に広がっていた。

 

「これは、このボス部屋ごと転移する転移魔法陣だ。 ボスを倒した勇者への報酬のある部屋、宝物庫へと転移してくれる」

 

「宝物庫!? 宝物があるの!?」

 

 フィリアの言葉に、直穂(なおほ)は目を輝かせた。

 

「何年前に攻略されたと思ってるんだ。もう全部回収済みのスッカラカンだぜ。でも、面白いことが出来るぜ」

 

 フィリアはニヤリと笑い。しゃがみこんで魔法陣の模様の中心に手を当てた。

 

「じゃあ、転移するぞ……」

 

 俺たちはフィリアに頷いた。

 転移魔法陣が青白く光る。

 ボス部屋全体。半径100メートルぐらいが光に包まれて、朝陽のオレンジと干渉して幻想的なイルミネーションを作り出している。

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)……」

 

 直穂(なおほ)が耳元で囁いてきた。

 

「洞窟の中でさ、ボス部屋と一緒にクラスメイトが消えたのって、これと同じように転移しちゃったからなのかもね」

 

「え……?」

 

 転移、転移、クラスメイトと逸れる……

 ああ、ボスを倒した後、直穂(なおほ)と俺と和奈(かずな)が、三人洞窟に取り残された理由の話か。

 

「たぶんそうだと思う。クラスメイトは実際この世界のどこかに居て、指名手配されてるらしいからな……」

 

 直穂(なおほ)の耳元にささやき返した。

 そして、視界は真っ白な光に満ちて、全身が灼かれるような感覚があった。

 でも、熱くない……

 

 俺は意識を手放した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フッと目が覚めた。

 そこは、真っ白な光に包まれた空間だった。

 四角い大きな部屋だ、床も壁も天井もすべて、柔らかい白い光で輝いていた。

 

「これが、大ダンジョン討伐の報酬、宝物庫だ。

 30年前攻略連合軍が、死闘の末に辿りついた場所……」

 

 フィリアが、俺と直穂(なおほ)に説明をしてくれた。

 

「不思議……影がない……」

 

 となりの直穂(なおほ)が、自身の足元をみながら声を漏らした。

 本当だ。確かに俺の足元を見ても、身体の影が消えていた。

 

「さぁ誠也(せいや)っ! アレ(・・)やるぞっ! 安心して立っていろ!」

 

「お、おいフィリア、本当に大丈歩なんだろうな?」

 

「安心しろ、もし怪我しても直してやる!」

 

「でも、痛いのは嫌だぞっ!?」

 

 フィリアと誠也(せいや)さんが何か言い合っている。

 何の話だろうか? と眺めていると。

 

 フィリアが、背中のバックの側面に付いた短剣を手に取った。

 その短剣の胸の前で抱えて、グッとしゃがみ込み。

 ダンッ!!! と地面を蹴って、誠也(せいや)さん目掛けて飛びかかる。

 

 フィリアはその短剣を振りかざし、誠也さんを斬りつけようと……

 

「おい、フィリア、信じてるからなっ……」

 

 恐怖に震えた声の誠也(せいや)さん。

 フィリアの握った短剣は、誠也(せいや)さんの太ももへと襲いかかって……

 

 ピタッ……

 

 ギリギリの所で、短剣が止まった。

 一時停止したと言うべきか。

 音も反動もなく、勢いよく振りおろされたフィリアの短剣がピタリと空中で静止したんだ。

 

「ほら、すげぇだろ!? この宝物庫の空間は、神様の力で(まも)られてるんだよ。

 宝物庫での報酬の奪い合いを避けるための、神様の数少ない配慮だって言われてる。

 物理攻撃も魔法攻撃も、絶対に人間同士に当たらないんだ」

 

 フィリアは興奮気味に説明した。

 つまり、なるほど。

 この空間は宝物庫、人同士が殺し合いを出来ないルールになっているという事。

 

「なんかゲームのシステムみたいだね。ねぇ、ちょっとコッチ向いて?」

 

 直穂(なおほ)がポツリと呟いた。

 俺は声のする方へ振り向いた。

 

 ゴッ!!!!

 

「あれっ!? なんでっ??」

 

 動揺する直穂(なおほ)の声と共に……

 俺は直穂(なおほ)の右手拳で、強く顔面を殴打されていた。

 見事に鼻っ面を、ぶん殴られた。

 

「ゆ、ゆきむねっ!!?」

 

「ちなみに、軽めの攻撃からは守ってくれないからな。って、手遅れだったか」

 

 フィリアの声が聞こえる。

 ジーンと鼻先に衝撃が走る。

 俺の身体は後ろに倒れ込み、地面にゴツンと激突した。

 

行宗(ゆきむね)っ!! ごめん。びっくりさせようと思ったのっ! 大丈夫??」

 

 直穂(なおほ)が、床に倒れた俺に泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

 俺は後頭部に床で殴打して、衝撃が脳内を駆け巡り……

 

「あれ?? 痛くない……?」

 

 あまりの衝撃に、俺は声を漏らした。

 

「え? 痛く、ないの?」

 

 俺の顔を覗き込む直穂(なおほ)、可愛いなぁ。

 

「この部屋にいる間は、痛覚を感じないし、もし怪我しても自動で回復魔法をかけてくれる。

 ダンジョンの宝物庫は、世界で一番安全な場所だ」

 

 フィリアが解説をしてくれた。

 なるほどここは、ゲームの世界でいう安置か。

 絶対に攻撃されず、死なない場所。

 

「もういっそココに住みたいなぁ……世界一安全なんだろう?」

 

 誠也(せいや)さんがそう言った。

 

「ばか言うなよ誠也(せいや)。食糧はどうするんだよ。この宝物庫にはボス部屋からしか入れないんだぞ?

 それに、故郷で浅尾(あさお)さんや父さんも待ってる。先を急がないと」

 

「そうだったな。それで、この白い部屋からどうやってでるんだ?」

 

 誠也(せいや)さんがフィリアに尋ねる。

 

「そりゃ当然、もう一度転移魔法陣で転移するんだ」

 

 フィリアはそう言って、床に手を当てると、呼応するように青く光る転移魔法陣の模様が浮かび上がる。

 

「次はもう地上の外だ。転移するぞ」

 

 フィリアの合図とともに、空間が真っ白な光に包まれていく。

 

 ギュッ……

 

 尻もちをついたままの俺の前で、直穂(なおほ)が申し訳なさそうな様子でしゃがみこんだ。

 

「ごめんなさい行宗(ゆきむね)、ふざけて殴っちゃって……」

 

 そういって頭を下げる直穂(なおほ)

 

「いや、びっくりしたけど、なんかスッキリしたよ。

 好きな女の子に思いっきり殴られるの、なんか新鮮で気持ちよかった」

 

「え? ど、ドM??」

 

 ドMだと誤解されてしまった。

 直穂(なおほ)は眉を顰めて首をかしげた。

 

 空間を白い光が包み込む。

 

 ギュッと目を瞑り、目を開けると。

 

 目の前にひろがるのは、地上世界だった。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 目を開けるとそこは、まだ微かに薄暗い、夜明け前の森が広がっていた。

 俺たちはゆるやかな崖の上に立っていた。

 眼下には、なんてことのない、どこにでもありふれた森景色が広がっていた。

 

「これが、大ダンジョンを制覇した戦士たちが見る、最初の地上の景色か、

 なんというか、地味だな……」

 

 誠也(せいや)さんが呆気に取られた声で呟いた。

 

「当時は大勢の人が待ち構えていたらしいぜ。ほら見ろあそこ、記念碑が残ってる」

 

 フィリアが下を指さすと、そこには縦に長い石碑があった。

 

「まあマグダーラ山脈は人里から離れてるから、ダンジョンの攻略後調査が済んだら、どんどんと人が減っていったそうだ。

 それにこの辺りは不穏な事件も多くてな。

 名のある戦士たちの原因不明の死亡事件が重なったんだ。

 マグダーラ山脈周辺は、呪いの森とか死の森とも呼ばれてるんだ」

 

 後ろを振り返ると、すぐそこには高い高い崖があった。

 高い崖は斜め後方へ、鋭い角度で天へと伸びていた。

 ゴツゴツと岩肌を見せながら、雲の向こうへと、続いていた。

 

「凄いね。私達、あの上にいたんだね」

 

 直穂(なおほ)が俺と同様に、後ろを振り向きながらそう呟いた。

 

「この崖の先に、あの親鳥の巣があるのかもな……わかんねぇけど。 元気にしてるといいな」

 

 フィリアも上を見上げながら、そう言った。

 

「あ……ねぇ見て行宗っ! 光が降りてくるっ!」

 

 直穂(なおほ)の興奮した声に、俺は再び後ろを見上げた。

 

 すると、高い高い薄暗い崖に、上から明るいペンキが塗られていくように。

 日光の当たる面が、ぐんぐんと高度を下げて下へ下へと迫ってきていた。

 

「二回目の日の出だ……」

 

 みんなで、東の空を見た。

 遠くの山際から、太陽が顔を出して、周囲を明るく包み込んだ。

 

「す、すっごっ! まさか一日で、日の出を2回見れるなんてっ!」

 

 直穂(なおほ)が興奮気味に頬を赤く染めた。

 

「そうか、高い山から降りてきたから、朝陽(あさひ)が山頂に届いてから山の(ふもと)に届くまで、時間差があるってことか!」

 

 誠也(せいや)さんも弾んだ声だ。

 

「オレも初めてみたぜ! 七年前にここに来た時は、地上の空は曇っていたからな!」

 

 フィリアがそう言った。

 それにしても、凄い経験だな。

 

「スマホがあればなぁ……写真に残しておきたいのに……」

 

 直穂(なおほ)が瞳の奥に朝陽をうつす。

 

「そうだな。目に焼きつけないとな……」

 

 そう答える俺。

 そういえば、この世界に来てからスマホを見ていない。

 毎朝スマホでオカズを探し、VTuberの配信とアニメを見るルーティンも途絶えてしまった。

 まあそのかわり、俺の隣には直穂(なおほ)という超絶美女彼女がいるので、性欲は満たされてはいるのだが。

 

 さて、早く浅尾(あさお)さんの元に帰らないとな。

 

「なあフィリアさん。ここからどうやってアルム村まで戻るんだ? 

一成(かずなり)さんが言うには、俺が貰った「ガロン王国一級通行許可証」って石版を、たしかシーベルトさんって人に見せれば、ガロン王国内どこへでも乗せていって貰えるらしいけど……」

 

「おいおい行宗(ゆきむね)っ、あんな危ない橋を2度も渡れるかよ…… 

 オレは獣族、誠也は王国軍からの脱走者、見つかったら終わりなんだぜ?」

 

 フィリアは顔を真っ青にしながらブンブンと首を振った。

 

「森の中をまっすぐ進めばいい。コンパスさえあれば私が案内できる。方向音痴のフィリアも安心してくれ」

 

「てめぇ誠也(せいや)っ! 誰が方向音痴だよっ!?」

 

「私と出会ったときの事を忘れたのかフィリア? お前はマグダーラ山脈を目指していたが、一周回って元の場所に……」

 

「うわぁぁ、言うな言うなっ! あれは仕方ないだろっ! コンパスが壊れたんだからっ!」

 

 フィリアは顔を真っ赤にして誠也さんを小突く。

 仲がいいな。この二人。

 隣を見ると、直穂(なおほ)もくすくすと笑っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十五発目「森の中の温泉旅館」

 

 

 森の中を、再び歩く、歩く……

 日は高く上り、ジリジリと6月の日差しが照りつける。

 

「暑い……」

 

 凍えるような雪山から降りてきた影響か、日差しが暑くてたまらない……

 生い茂る草木、道なき道を掻き分けながら、上へ下へ、コンパスに従って森を進む。

 流石にこんな大森林のなか、他に人なんていないだろう。

 

「ふぁぁ……ぅぅ……」

 

 フィリアが大きなあくびをした。

 正直俺も、めちゃくちゃ眠い。

 昨夜はフィリアが鳥に誘拐されたので、四人全員徹夜しているのだ。

 ぽかぽかと日差しに身体を温められて、俺たちの眠気は最高潮に達していた。

 

「フィリア……だいじょうぶか? おんぶしようか?」

 

 誠也(せいや)さんが振り向いて尋ねる。

 

「あ、あぁ、助かるぜ」

 

 寝ぼけた声でフィリアが答えると、誠也(せいや)さんはしゃがみこんで、フィリアを背中で抱いて持ち上げた。

 

「ふぅ……誠也(せいや)の背中、落ち着く……」

 

 フィリアは満足そうに、ふにゃふにゃ声で誠也さんに抱きついた。

 完全に寝ぼけている。

 フィリアは父の小桑原啓介(こくわばらけいすけ)に心から憧れており、喋り方も真似しているため一人称がオレなのだが。

 この数日間一緒に過ごしてみて、フィリアの心は、根っからの女の子なのだと感じた。

 

 寝ぼけてより一層、しおらしくなっている。

 誠也(せいや)さんは恥ずかしそうに嬉しそうに、顔を赤くしていた。

 

 

「んん……?」

 

 そんな時、

 フィリアの鼻がヒクヒクっと動いた。

 フィリアはパチリと目を開けて、右の方に向いてクンクンと匂いを探った。

 

「どうしたフィリア?」

 

「なんか、いい匂いがするぜ……温泉?」

 

 温泉?

 

「なぁ誠也(せいや)、ちょっと見に行ってみないか。もし温泉があるなら入ってみたい。

 獣族独立自治区はいつも水不足だから、温泉なんてめったに入れないんだ……」

 

「そういうことなら、二人とも、いいか?」

 

 誠也(せいや)さんが、俺と直穂(なおほ)に尋ねてきた。

 俺は直穂(なおほ)と顔を見合わせた。

 

 温泉……

 この世界の温泉に、いい思い出なんてない。

 ヴァルファルキア大洞窟の深層にて、温泉を見つけて喜んで入浴した俺と直穂(なおほ)和奈(かずな)は、

 実は温泉は【天ぷらうどん】というモンスターだったという衝撃展開によって、全滅の危機に陥ったのだ。

 

「私はいいですよ。ただ、温泉があるって事は、人がいる可能性もありますよね?」

 

 直穂(なおほ)がそう答えた。

 

「そこは勿論、慎重に確認する。行宗(ゆきむね)くんはどうだ?」

 

「はい、安全ならば問題ないです」

 

 俺も直穂(なおほ)に続いて答えた。

 

「じゃあ確かめにいくか! 昨日から徹夜続きだ。ここで一度休憩するべきかもしれない」

 

 誠也(せいや)さんはそう言った。

 俺たちはフィリアの鼻を頼りに、温泉を目指した。

 

 

 

「うぉぉ……!」

 

 思わず声が漏れる……

 見下ろした先には、すぐ下から湯気が登りたち、温泉の香りがぷぅぅんと漂ってきた。

 

「凄い……ホントに温泉だ。でも……」

 

「建物があるな……」

 

 温泉の手前には、ボロボロの長い木造建築があった。

 周囲には高い草が生い茂り、建物の壁には植物のつたが登り絡まっていた。

 

「人の住んでる気配はなさそうだが……」

 

「あぁ、人の残した匂いもしないし、足跡もない……」

 

 誠也(せいや)さんとフィリアが口々にいう。

 

蛍火(ほたるび)温泉……」

 

 直穂(なおほ)がぽっと呟いた。

 

「え?」

 

「ほら、あそこ、看板がある」

 

 直穂(なおほ)が指さした先には、植物に囲まれた建物の玄関。

 色褪せて分かりづらいが、たしかに入り口の扉の上に「蛍火(ほたるび)温泉」という漢字の看板があった。

 そうなのだ、この世界、文字まで日本語そっくりなのだ。

 お陰で困ることはないが、異世界ってカンジじゃないよな。

 

「とりあえず人の気配はねぇ、入ってみようぜ!」

 

 フィリアは眠気が吹き飛んだようで、弾んだ声でそういった。

 こうして俺たちは土手を降りて、生い茂る草むらを掻き分けて、

 人に見捨てられたホコリまみれの温泉宿の玄関を開いた。

 

 ギシギシと、扉が(きし)みつつ、玄関の扉が開いた。

 玄関の先には、薄っすらと埃のかぶった長廊下が続いていた。

 作りは和風建築。

 外観は植物に囲まれて廃墟同然だったが、内装は意外と汚れてはいない。

 

「やっぱり、長い間だれも入ってないみたいだ」

 

 フィリアが呟き、テトテトと玄関をくぐると、

 靴を脱いで右手で握り、廊下へと上がった。

 

 四人で長廊下を歩いていく。

 埃がふわふわと浮いていて、ときどきギギィと床が(きし)めく。

 ちなみに、靴は手に持ったままだ。

 不測の自体の場合、すぐに行動できるように。

 

「すげぇ……ほんとに温泉だぁぁ」

 

 フィリアが歓喜の声を上げ、廊下の出窓から外を眺める。

 

「旅は予定より順調だ。アルム村を出てから4日経たずにここまで来た。

 もう川も近いはずだ、あと1日半で帰れる距離。 少しここで羽を休めるか……」

 

 誠也(せいや)さんの言葉に、みんなが頷く。

 俺たちは半日ほど、ここで休憩をとることにした。

 

 

 ★★

 

 

「【浄化(クリーニング)】!!」

 

 フィリアのスキルで、客室の押入れから引っ張り出したホコリまみれの寝布団が、みるみるうちに綺麗になる。

 フィリアの魔法でこの通り、新品同然の綺麗な布団が敷きつめられた。

 

「ありがとう。フィリアちゃん。これが応用スキルかぁ、凄いなぁ」

 

「特殊スキルを使える直穂(なおほ)に言われてもな…… オレだって父さんや直穂(なおほ)みてぇに【透視(クリアアイ)】や【超回復(ハイパヒール)】を使いてぇよ……」

 

「そっか、そうだよね。ごめん」

 

「とにかく布団は敷いたぞ? 寝たかったんだろ?」

 

「うん、お風呂は後でいいや……ふぅんっ」

 

 直穂(なおほ)はハァッと息を吐いて脱力し、ふかふかの敷布団に、バフンと倒れ込んだ……

 

「あぁ……懐かしい……まともな布団に寝転んだのなんて久しぶりだよぉぉ……」

 

 直穂(なおほ)は布団の上で大の字になって、ふにゃぁと蕩けてくつろいでいた。

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)もきて、私の隣」

 

 直穂(なおほ)は俺を見上げると、両手を差し出すように俺を誘った。

 俺は素直に従い、直穂(なおほ)のすぐ隣へと身体を預けた。

 

 ふわっ、という雲みたいな感覚が、背中を優しく包み込んだ。

 懐かしい。この感覚、全身の力が抜けていく……

 

「はぁあぁぁ……」

 

 思わずため息が漏れた。

 

「もうしばらく起き上がれないね……」

 

 直穂(なおほ)が隣で、気の抜けた声でそう言った。

 

「あぁ……布団にのみこまれたよ。脱出不可能だ……」

 

 力を入れようと思っても入らない。異世界に来てはじめての布団は、心地が良すぎた。

 

「お前ら二人、まだ汗びっしょりだろう? しょうがねぇなぁ……

 ……【浄化(クリーニング)】」

 

 布団に捕まってしまった俺と直穂(なおほ)に、フィリアが再び浄化魔法で汗を流してくれた。

 

「フィリア、お前は寝なくていいのか?」

 

 誠也(せいや)さんがフィリアに尋ねる。

 

「当たり前だろっ! 眼の前に温泉があるんだぜ、すぐに入るしかないだろう!」

 

 さっきの眠気はどこにいったのか、元気いっぱいのフィリアは誠也(せいや)さんに駆け寄った。

 

「なぁ誠也(せいや)、一緒に入ろうぜっ!」

 

「一緒、一緒に!? いいのか?」

 

「別に良いだろ、オレ達夫婦なんだからよっ」

 

「ふ、夫婦。まぁ、そうだな……」

 

 フィリアが耳まで赤面しながら、誠也(せいや)さんをグイグイと引っ張る。

 それにつられて、誠也(せいや)さんとフィリアさんは客室の外へ、温泉に入りに行ってしまった。

 

「ねぇ、一緒に入るって、ハダカで入るのかなぁ……?」

 

 直穂(なおほ)が俺に、動揺した声色で尋ねてきた。

 直穂(なおほ)の方へ首を向けると、恥ずかしそうに赤面していた。

 

「俺たちも一緒に入るか?」

 

「別に私はいいよ、一緒でも……」

 

「つ……!」

 

 カウンターを食らってしまった。

 思わずニヤけて顔を逸らす。

 そんな潤んだ目で、そんなセリフを言われたらっ!

 直穂(なおほ)と一緒に風呂? 互いにハダカの付き合いで!?

 そんなの、どんな天国だよっ!!

 俺は、下半身が盛り上がるのを、必死で抑え込んだ。

 

「まぁ、さ。簡単に現実世界に帰れると思ったけど、なかなか先は見えないし……」

 

 直穂(なおほ)は天井を見つめていた。

 そうだな。

 和奈(かずな)が急病になって、現実世界に帰る方法どころじゃない。

 

「だから、最悪の場合。この世界で行きていく覚悟をしようよ」

 

「え??」

 

 直穂(なおほ)の言葉に、俺は耳を疑った。

 

「でも、現実世界には家族がいるんだぞ、直穂(なおほ)だって今日の朝泣いて……」

 

「もちろん、帰りたいよ。帰りたいけど…… この世界にはフィリアちゃんに、誠也(せいや)さんもいる」

 

 直穂(なおほ)がぽつりぽつりとそう話す。

 

和奈(かずな)だって一緒だよ。たぶんこの世界でも、私達は幸せになれる……」

 

「ダメだっ!」

 

 俺は強く否定した。

 

「そんなのはダメだ。俺たちはっ、現実世界に帰らなくちゃいけないっ! 俺たちのクラスメイトたちは今っ、この世界で指名手配されているんだっ! アキバハラ公国にっ、何人も捕まってるんだ! 公開処刑されるなんて話も聞いたっ!!

 こうなったのは全部ぜんぶ俺の選択の責任なんだ。俺があのボス戦でっ! 最初から【自慰(マスター◯ーション)】スキルを使っていればっ!!」

 

 ぎゅむ。

 直穂(なおほ)の両手で、俺の口が塞がれた。

 

「言わないで……」

 

 直穂(なおほ)は、震え声で……

 

「そんな事、言わないでよっ、行宗(ゆきむね)は一生懸命やってるよ……」

 

 直穂(なおほ)は泣き出しそうな声で、俺の胸に顔を埋めた。

 

「そんな事……ねぇよ……」

 

 全部、俺のせいなんだ……

 

 

 

 

 ★★

 

 

 

 

「あぁ……この一週間、【ルナアーク】8話と「みずモブ」9話、沢山アニメを見過ごしたなぁ……」

 

 しばらく時がたって、俺たちは添い寝しながらアニメの話を語り合っていた。

 

「そうだねぇ。【ルナアーク】は今週から、更に面白さが上がるからねー。アニメで見るの楽しみにしてたんだけどなぁ」

 

「えっ?」

 

 直穂(なおほ)の言葉に、俺はまた耳を疑った。

 

「まさか、直穂(なおほ)お前っ、原作勢なのか!?」

 

「そうだよ。言ってなかったけ? 漫画の単行本で、先の話まで知ってますけど」

 

 直穂(なおほ)が得意げにそういった。

 しめた! なんて幸運だ。

 ここに、先の展開まで知ってる人間がいるじゃないか!

 

「そんな直穂(なおほ)に頼みがある。 異世界転移したせいで見逃した、今週の【ルナアーク】。どんなストーリーかおしえてくれないか?」

 

「えーー、どうしよっかな~」

 

「頼むっ! 教えてください」

 

「ルナくん死ぬよ」

 

「はぁっ! じょ、冗談だろ!!? 主人公だろっ?」

 

「うん冗談だよ」

 

「……か、からかうなよぉ」

 

「いいよ。教えてあげる。でも後悔しても知らないよ?」

 

「こ、後悔? どういうことだ」

 

「先週は「ルナがマザーローゼの手品のからくりを見破った所」で終わったでしょう?」

 

 ここで説明しよう。

 【ルナアーク】というのは、今季春アニメで絶賛放送中の新作アニメである。

 ざっとこれまでのあらすじを語ってみると。

 

 月の国の貧民街で生まれた少年、ルナ。

 地球に住む富裕層のために、月に眠る莫大な地下資源を掘り出すのが、貧民街に生まれた少年ルナの仕事であった。

 ルナには幼馴染の女の子がいた。名前はスピカだ。

 スピカは病気だった。

 ルナとその仲間たちは、スピカが警官に見つからないよう。ゴミ溜めの奥に匿い養っていた。

 過酷な労働の日々のなか、ルナは毎夜薬の研究に明け暮れた。

 しかし、その努力とは裏腹に、スピカの体調は日に日に悪くなる。

 そして、ルナはついに決意する。

 ”貧民街を抜け出し、何とか宇宙船に乗り込み、地球の病院にスピカを連れて行くことを”。

 

 そしてルナは、月勢力と地球勢力の巨大な争いに巻き込まれ、「月の王の力」に目覚めて……

 だいたいこんな流れだ。

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 

「……ルナは目を瞑って戦った。マザーローゼの幻惑は光を曲げるが、足音までは誤魔化せなった。

「くそっ、そんなバカなことがあるかっ! 音だけで私の位置を捉えているだと?」焦るマザーローゼ……

 ルナは昔から耳が良かった。

 貧民街に居た頃も。警官たちが話している地球の情報や、医療関係の話に、常に聞き耳を立てていた。

 ”月の王の力”を使わずとも戦える、ルナが鍛え上げた剣の腕は一級品だった。

 ルナの剣が頬を掠める。尻もちをつくマザーローゼは恐怖に染まった顔で叫ぶ。

 「ま、待ってくれっ……! 少し話し合わないか??」……」

 

 直穂(なおほ)は緊迫感のある実況で、めちゃくちゃ手に汗握る戦いを語った。

 物語を語るのが上手い。

 これも直穂(なおほ)の教師としての才能だろうか?

 

「……ふぁぁ、もう眠いんだけど、やめていいかな……」

 

「え……?」

 

 直穂(なおほ)は疲れた声で大きなあくびをかいた。

 え……? え? ここでやめるの??

 めちゃくちゃ良いところなんだがっ!

 続きが気になって、俺が眠れないんだがっ!!

 

「頼む……もう少しっ、最後まで教えてくれっ!」

 

 俺は必死に頼み込んだ。

 

「えぇ……んーー 後悔してもしらないよ?」

 

 後悔? なんのことだ?

 

「分かった、最後まで話してあげる。

 ルナは、マザーローゼの命乞いを無視し、その首に短剣を振り下ろす。

 しかし……血を吐いたのはルナの方だった。

 唐突な攻撃に、壁までふっ飛ばされるルナ」

 

「な、なにっ!!?」

 

「霞んだ視界で目を開けると、そこにいたのは…… 黒金聖騎士団団長、ザルードンだった……

 はい、次回へ続く、おやすみ……」

 

 直穂(なおほ)はそう言って、俺たち二人の身体にタオルケットをパサッとかけると、

 目を瞑って、眠りについてしまった。

 

「は……? は?」

 

 俺は頭が真っ白になっていた。

 黒金聖騎士団。ザルードンって、味方だったろ? 手を組んでいただろ!?

 「安心しろ、誘拐されたスピカは俺が助ける! 俺に任せろ! ルナお前は、本棟に侵入し鉄扉を開けるんだ!」

 って2話ぐらい前、カッコいいセリフを吐いてたじゃねぇか。

 なんでザルードンが本棟にいるんだっ!?

 ルナを裏切ったのか!? 

 じゃあ、連れて行かれたスピカはどうなるんだ??

 

「寝れるわけねぇ……聞かきゃよかった……」

 

 俺はすごく後悔した。

 大切な事を忘れていた。

 【ルナアーク】は毎話ラストが衝撃展開。

 俺は放送が始まって1話で惹き込まれて、一週間がすぎるのを、毎週今か今かと待っていた。

 眠りについた直穂(なおほ)を起こすわけにもいかず、布団のなかで悶々とルナアークの考察をはかどらせていた。

 

 そんな俺もだんだんと眠くなる。

 昨日の朝から徹夜しているのだ。

 あたたかい6月の昼下がり。

 俺の意識は、徐々に奪われていった。

 

 …………

 

 ………

 

 ……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十六発目「闇の廊下の突撃者」

 

「ねぇ……」

 

 声が聞こえる。

 

「ねぇ……ねぇっ、起きて、行宗(ゆきむね)っ」

 

 直穂(なおほ)の声だ。

 声色は震えている。

 身体をギュッ、ギュッと揺すられる。

 

「お願い……早く……起きて……」

 

 泣きそうな震え声。

 まずい、早く起きなければ。

 直穂(なおほ)が助けを求めている!

 

「どうしたっ!!!!」

 

 俺は目をかっぴらいて叫んだ。

 何事だっ! 敵は誰だ! 無事なのか直穂(なおほ)っ!

 

「いやぁぁあぁああっ!!!!」

 

 直穂(なおほ)の恐怖に染まった悲鳴が上がる。

 

「どうした直穂(なおほ)

 

「びっくりさせんなアホぉっ!! 心臓止まりかけたわっ!」

 

 ベシッ!!

 

 直穂(なおほ)はそう叫ぶと、

 俺のほっぺたは強めに叩かれたた。

 どうやら俺が大声で飛び起きたせいで、直穂(なおほ)を驚かせてしまったらしい。

 

「ごめん驚かせて…… って、すげぇ真っ暗だな。 もう夜か」

 

 夜の和室は、真の闇に包まれていた。

 暗すぎて、直穂(なおほ)の姿がほとんど見えない。

 しかし、下腹部に質量を感じる。

 じっと目を凝らすと、

 どうやら直穂(なおほ)は、俺の腰にまたがっているようだった。

 

「そう……起きたらもう真っ暗だったの。この部屋には、私と行宗(ゆきむね)しかいないみたい……」

 

 直穂(なおほ)は、ほっと息をついてそう言った。

 俺もキョロキョロと周囲を見渡してみる。

 シーン、と静まり返った和室(わしつ)……

 直穂(なおほ)と俺と、布団の衣擦(きぬず)れ音しか聞こえない。

 

 どうしてこんなに真っ暗なのか? というと、ここが森の中であるからに他ならない。

 森の夜には街灯もない。街明かりもない。

 必然的に夜は真っ暗になり、ほとんど何も見えなくなる。

 出歩くにはめちゃくちゃ怖い。

 

「それで? 直穂(なおほ)はどうして俺を起こしたんだ?」

 

「それは……」

 

 直穂(なおほ)は気まずそうに言い淀んだ。

 

「トイレに、行きたいんだけど…… でも一人で歩くのは怖いから……」

 

 直穂(なおほ)はギュッと俺の手を握り、そう言った。

 恥ずかしそうな震え声で。

 

「分かった、一緒に行こう。俺もトイレが近いみたいだ」

 

 俺はそう言って、直穂(なおほ)の手を優しく握りかえした。

 下半身に意識を向けてみると、俺も同じく尿意が溜まっていることに気づいたのだ。

 

「ありがと……行宗(ゆきむね)

 

 直穂(なおほ)の安心した様子に、俺も安堵を感じながら。

 俺は、布団から立ち上がった。

 

 

 

 ★★

 

 

 

「【火素(フレイム)】」

 

 という直穂(なおほ)の基礎魔法で、

 直穂(なおほ)の右手のひらから熱い火の玉が生成された。

 真っ暗だった和室全体が、ぼんやりと炎のオレンジ色で照らされる。

 俺と直穂(なおほ)は安心してはぁと息をついた。

 

「たしかトイレって文字が、廊下の奥の突きあたりにあったよね?」

 

「そうだっけ?」

 

「うん……あったはず」

 

 俺たちは二人で手を絡めあい、肩で触れあいながら、ガラガラと和室の引き戸を開けた。

 和室の外には、闇に包まれた廊下があった。

 一歩を踏み出すと、足元が畳から木造へと変わり、ひんやり冷たい。

 年季の入った木造りの床がギギィと音を立てた。

 

「ひっ……」

 

 直穂(なおほ)が小さく悲鳴をあげる。

 この足音、めちゃくちゃ怖い……

 長い長い廊下は、前も後ろも闇に包まれていた。

 直穂(なおほ)の火魔法ランプの光も、遠くまでは届かない。

 

「フィリアちゃんや誠也(せいや)さんは、どこにいるのかな?」

 

 直穂(なおほ)が俺に尋ねる。

 

「分からない……」

 

 直穂(なおほ)と握り合う手に、自然とググっと力が入る。

 真っ暗な静かな廊下に、俺と直穂(なおほ)の二人きり。

 本気で怖い……

 遠くから聞こえるちょろちょろと温泉の流れる水音、ちちち……と虫の泣く声でさえ。

 俺の神経はすり減らされて、次第に恐怖に染め上げられていく。

 何も異変はない。ただ静かな夜の温泉旅館。

 でも……

 急に眼の前の死神が飛び出してくるんじゃないかなんて想像してしまい、怖くてたまらなかった。

 

「は、早くいこ……」

 

 直穂(なおほ)は震え声で、ギギィと裸足(はだし)を踏み出した。

 続いて俺も歩いていく。

 ギギィ、ギギィ、ギシ、ギシ…

 (ほこり)のかぶった廊下を、一歩づつ勇気を持って踏み進める。

 

 一歩、一歩……

 

「ねぇっ、行宗(ゆきむね)?」

 

「なっ、なに?」

 

「この廊下って、こんなに長かったけ?」

 

「え……?」

 

 心臓が止まりそうだった。

 

「そ、そんな訳ないだろう? 昼間と違って暗いから、遠く感じるだけだよぉ……」

 

 そう返事した俺の声も、自分の声じゃないぐらい上ずっていた。

 

「だよね。きっと、もう少しで行き止まり。トイレと温泉への入り口があるはず……」

 

 直穂(なおほ)は手をガタガタと震わせながら、一歩、一歩と前へと歩んだ。

 

「あ……!」

 

 同時に声が漏れた。

 行き止まりが見えたのだ。

 右上には、小さくトイレの表示があった。

 

「良かった……あったっ」

 

 直穂(なおほ)は安心したように、ほっと息を漏らした。

 自然と足が早くなる。

 10メートルぐらい先、トイレはすぐそこだった。

 

 ギシ、ギシ、ギシィ……

 ピトッ

 

 直穂(なおほ)の足が、急に止まった。

 慌てて俺も足を止める。

  

「……直穂(なおほ)? どうかした?」

 

「ねぇ、聞こえなかった? 後ろから、足音がもう一つ」

 

 え……?

 

 

 

 

 

 その次の瞬間

 

 

 

 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!!

 

 

 

 すぐ後ろから、激しい足音が迫ってきた。

 振り返っても、何も見えない。

 

「いやぁぁあああっ!!」

 

 直穂(なおほ)が泣き叫んで、直穂(なおほ)の炎魔法がぼぉぉっと乱れて、消えてしまう。

 炎の明かりが消え、あたりは完全な真っ暗になる。

 何も見えない、真っ暗、ただ足音だけが響いてくる。

 俺は恐怖で声が出なかった。

 

ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!

 

「ひぎっ!? あぁ、あああぁっ!」

 

 真っ暗のなか、直穂(なおほ)がパニック状態で叫んだ。

 暗闇の背中から、何かが凄い勢いで迫ってくる。

 この足音は、人間ではなく……まるで獣のようだった。

 

 とにかく、戦わなければっ!

 

 もう足音は目の前だった。

 俺は反狂乱になりながら、迫ってくる得体の知れない足音へ、拳を半ばヤケクソで振るった。

 

 ビュンッ!!

 

 しかし…

 足音が消えた。

 

 え……?

 

 つかの間の静寂……

 

 なにも聞こえない。

 

 

 

 

 ドゴンッ!!

 

「ぅやぁぁあああっ!!!」

 

 後ろで、(にぶ)い激突音と、直穂(なおほ)の悲鳴が上がる。

 

直穂(なおほ)っ!!?」

 

 振り返る俺。

 

 そこには、化け物がいた。

 姿やカタチや大きさは暗くて分からない。

 直穂(なおほ)はソイツに、床に仰向けに叩きつけられて、組み伏せられて襲われていた。

 

「痛い痛いっ!! 助け……助けてぇっ!!」

 

 泣き叫ぶ直穂(なおほ)

 俺は恐怖で震えながらも、直穂(なおほ)に乗りかかった化け物の影に向かって拳を振り下ろした。

 

 ビュン……

 

 しかし、俺の拳は(くう)をきった。

 

 ドゴッ!!

 

 直後、首に鋭い痛みを覚えた。

 上から首もとを殴打(おうだ)されたのだ。

 

「ぐふっ!」

 

 俺は耐えられず、前に倒れ込んだ。

 

 ドゴッ!!

 

 床に叩きつけられて、冷たい床の(ほこり)を舐める俺。

 

 そこへ、化け物が飛び乗ってきた。

 

 バキッ! ゴキッ!! 

 

 背中と後頭部を殴打(おうだ)されて、意識がぐらりと揺らぐ。

 何が起こった。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 助けてっ

 死にたくない……

 

 俺は全身に力が入らないまま、ただ目の前に倒れた、直穂(なおほ)へと弱々しく手を伸ばした。

 

 

 

 

 

「きゃぁぁあああああぁあああぁああああ!!!!」

 

 

 その時。

 甲高い女の子の悲鳴が遠くから届いてきた。

 フィリアの声ではない、もっと高い声だ。

 俺は恐怖のあまり、腰がくだけそうだった。

 

 

「・・・――――・・・!」

 

 俺の上に乗っかった化け物が、なにか小さな声で呟いた。

 俺を殴っていた手がピタリと止まる。

 

「・・・――、―――・・・!!」

 

 化け物の声も、可愛らしい女の子みたいな声だった。

 何言ってるのか、うまく聞き取れなかったけれど、

 俺の上に乗っかった体重はフッと軽くなり。

 

 

 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!!!

 

 化け物は忙しい足音とともに、トイレの方向の奥へ、温泉の方へと走り去っていった。

 どうやら、見逃されたらしい。

 

 ドクドクドクドクドクドクドク……

 

 心臓の音が地鳴りのように響き渡る。

 あれだけ叩かれても、そこまで傷をおっていないのは、俺のレベルが高いからだろうか?

 

直穂(なおほ)……っ」

 

 俺は恐怖に震えながら、膝立ちになり、直穂(なおほ)のそばへと()いずった。

 

行宗(ゆきむね)ぇぇぇ……!」

 

 直穂(なおほ)もグズグズと泣き声で、床から身体を起こし、俺の方へと近寄ってくる。

 そのまま俺たちは、強く強く抱きしめあった。

 

「うぅぅ……あぁああ……怖いぃ……怖いよぉぉ……」

 

 直穂(なおほ)の身体は冷たくて、凍えるようにガタガタと震えていた。

 俺も涙が止まらなかった。

 

「だいじょうぶか……? 直穂(なおほ)っ」

 

「だいじょうぶじゃ、ない……もうやだ……あぁああぁ」

 

 互いに互いの体温を探り合う、少しでも安心するために……

 

「キス……しよ。怖いのマシになるかもしれない……」

 

「そうだな、んんっ……」

 

 直穂(なおほ)の提案で、俺は直穂(なおほ)の口のなかへと舌を入れた。

 

 ぐちゅ、ちゅ、んん……

 

 直穂(なおほ)の口の中は、暖かった。

 湿った長い舌には、ちゃんと体温があって。俺たちの冷えた心臓をじんわりと温めてくれた。

 

 んん……ちゅぅ……

 

 じょろじょろろろろ………

 

 ふと、膝下で水音がした。

 下半身から太ももにかけて、じんわりと暖かく湿った感触がした。

 

「あ……うそ……」

 

 直穂(なおほ)の身体がピクリと震えて、()頓狂(とんきょう)な声があがった。

 少し遅れて、俺も気づいた。

 

 俺と直穂(なおほ)は、抱き合いながら、キスをしながら、

 目からは涙を()らしながら……

 下の方では、仲良くおしっこを()らしていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十七発目「混浴露天風呂ハプニング」

―フィリア視点―

 

 ギラギース地区の外れの秘湯、蛍火温泉にて、

 

 オレは誠也(せいや)と一緒に、生まれたままの姿で湯船につかり、仲良くくつろいでいた。

 日が沈み、真っ暗になった棚田温泉に、赤みががった光がチラホラと飛び交う。

 夜、熱蛍(ねつぼたる)という小さな羽虫が、温泉のまわりを赤い光を(とも)して飛び交い、

 それはもう幻想的な景色を見せていた。

 

 この熱蛍(ねつぼたる)こそが、蛍火(ほたるび)温泉の名前の由来らしい。

(脱衣所の看板に書いてあった)

 

「ふぁーー気持ちいいなぁ……」

 

 石に囲まれた温泉で、

 オレは目を瞑って湯を楽しんだ。

 棚田温泉というのは、山の傾斜にそって緩やかな階段のように並んでいる温泉のことである。

 基本的に、高い場所のほうが温度が高い。

 赤い光を燈した熱蛍(ねつぼたる)は、高い温度を好むらしく、上の段に行けばいくほど賑やかに飛び交っている。

 逆に、オレたちよりも下の段、最下層の温泉宿の近くには、ほとんど熱蛍(ねつぼたる)は居なかった。

 

 この棚田温泉は、温泉宿から上へ上へ傾斜を登るように並んでいるのだ。

 

「なぁフィリア。 このあと行宗(ゆきむね)くんや直穂(なおほ)さんを起こして、夜中のうちに出発しようと思うんだが……

 どう思う?」

 

 誠也(せいや)がオレに尋ねてきた。

 

「いいと思うぜ、オレももう十分眠れたからな。

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)には、ぜひこの湯を体験して欲しいが……」

 

「そうだな……」

 

 実はオレ達は、温泉に入るのは二回目だ。

 最初に少しだけ温泉に浸かったあと、行宗(ゆきむね)たちの眠る和室に布団をしき、

 オレ達は死んだように爆睡した……

 

 日が沈んでまもなくして、オレと誠也(せいや)は目を覚ましたのだが、

 先に寝ていたはずの直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は、まだまだ起きる気配がなかった。

 

 無理やり起こすのは気が引けたので、しばらく待ってもなかなか起きないので、

 こうしてオレ達は、二度目の湯船に浸かっているのである。

 

「今日で出発から四日目だろ?

 今夜のうちにまた川を越えて、フェロー地区には入りたいよな。

 流石に、また黒竜の群れに襲われるなんて珍事は起きないだろうし……

 明日の夜までには、アルム村に到着するはずだ」

 

 明日は、アルム村を出発してから5日目にあたる。

 浅尾(あさお)さんの延命期間の一週間には十分間に合っている。

 

「同感だ。

 朝3時に川を越えるとして、日付が変わる頃にここ(・・)を発てば十分だな」

 

 日が沈んだのが約2時間前だから、

 今は午後9時頃か。

 あと3時間後には出発するということだ。

 

 「午前3時に川を渡るのが、最も軍の警備の穴をつける」

 そう誠也(せいや)は話していた。

 つまり誠也の計算では、ここから川までは、徒歩3時間圏内なのだろう。

 温泉宿で休むというオレの提案を誠也(せいや)が受け入れてくれたのは、”夜を待つ”意味もあったのかもしれない。

 

「さぁ、そろそろ上がるか。 行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)にもこの湯を堪能して貰わねぇとな……」

 

 オレはそう言って、風呂から立ち上がった。

 そのときだった。

 

「・・・ーーー・・・、ーーー・・・ーーーー・・・・・~♪」

 

 どこからか、かすかに、少女の歌声が聞こえてきた。

 

「え……?」

 

 オレは混乱し、背筋がゾクッと凍りついた。

 どうしてこんな山奥で、歌声が聞こえるんだ。

 近くに、だれかいるのか?

 

「私が確認してくる……フィリアはここで待っていろ」

 

 誠也(せいや)は真剣は顔つきになり、水音を殺して静かに立ち上がった。

 歌声が聞こえてくるという事は、

 つまり近くに誰か人間がいるということ。

 獣族であるオレや、王国軍を裏切った誠也(せいや)にとっては、一大事である。

 

「ちゃぷ……ちゃぷ……」

 

 耳を澄ませば、歌声と共に水音が聞こえる。

 少女の歌は、棚田の下の方から聞こえてきた。

 

 誠也(せいや)がゆっくりと裸のままで棚田を降りて、

 少女の方へ忍び寄っていく。

 状況だけみたら、誠也(せいや)は少女を狙う裸の変態オヤジだな。

 

「・・・――――………」

 

 そして突然、少女の歌が止まった。

 一瞬、水音だけの静かな時が流れる。

 その直後。

 

「きゃぁぁあああああぁあああぁああああ!!!!」

 

 少女が甲高い悲鳴を上げた。

 耳がキインと痛くなる。

 少女の悲鳴は、オレの鼓膜を破るばかりの勢いだった。

 

『あぁもうっ! どうしたニーナ姉! うるせぇよっ!』

 

『に、人間っ! 人間の裸の男がっ!』

 

『はぁ、幻覚見てんじゃねぇの? こんな辺境に人がくるかよ…… え??』

 

 少年と少女らしき二人、どうやら姉弟らしい二人が、

 なんと獣族語で、そんな会話をした。

 よく目を凝らすと、二人にはオレと同じように獣耳が生えていた。

 オレと同じ、獣族の子ども達だ。

 

『にっ、逃げるぞニーナ姉!!』

 

『でも、ヨウコがっ!』

 

『ヨウコ姉ちゃんは俺が背負う! ニーナ姉は先に南の小屋へ逃げてくれ!!』

 

 獣族の子供二人が、ばしゃばしゃと水音を立てながら棚田の下へ、

 恐怖に染まりながら、誠也(せいや)から逃げていった。

 

『待ってっ!! 二人ともっ!!!』

 

 オレは獣族語で声を張り上げた。

 

『オレも獣族だっ! オレたちは敵じゃない! 逃げなくていい!! 止まってくれっ!!』

 

 オレの声に、二人は振り返ってくれた。

 

『獣族語……』

 

『止まるなニーナ姉、罠だよきっと』

 

 罠じゃない!

 

『オレは本物の獣族だ!

 この裸の男は、人間だけど優しい人間だ! オレの自慢の夫だ!

 オレたちは敵じゃない!』

 

 オレは誠也(せいや)に抱きつきながら、恥ずかしさを吹き飛ばして声を張った。

 

『オレたちは今から「獣族独立自治区」に向かう!

 知っているか!? そこには獣族が1000人以上暮らしている、ガロン王国公認の獣族の領土だっ!

 お前たちも一緒に行かないか!?』

 

 オレは二人に向かって、そう言い放った。

 

『嘘つくんじゃねぇよ! じゃあ一体どうやって、あの厳重警備された川を渡るんだっ!?』

  

『ちょっとマナト、失礼な物言いをしないの』

 

 弟の方がぶっきらぼうにオレに問いかけ、姉が言葉遣いを(とが)めた。

 弟くんの問いに、オレは答えた。

 

『簡単だ。空を飛んで渡ればいい』

 

『そらぁ?』

 

 オレの答えに、獣族二人は驚いたような、呆れたような声を漏らした。

 

 

 

 バギィィィ!!!

 

 突然。

 下のほうで、木が割れるような音がした。

 そして、

 ドドッ、ドドッ!

 と、なにかが近づいてくる。

 

『ここにも居たかクソ人間っ!!! ニーナ姉とマナトに手を出すなぁぁぁあ!!』

 

 獣族語。 

 怒気と殺気の籠もった声で、3人目の獣族の少女が、オレ達へと突進してくる。

 

『ちょっとヨウコ! 寝てなきゃダメでしょう!』

 

 お姉さんのニーナが、叫んだ。

 突進してくる三人目の獣族少女に向かって、心配するように。

 

『出ていけ人間っ、ここは私達の家だぁぁ!!』

 

 勢いよく四足歩行で走るヨウコは、ぐっと足を踏み込み、誠也(せいや)へと飛びかかろうとして……

 

 ズルッ

 

「んぁあ!!?」

 

 ヨウコは、温泉の床で足を滑らせた。

 ヨウコはそのまま身体のバランスを崩して、ドボンッと、近くの湯船に落下してしまった。

 

「なんなんだフィリア……。獣族語がわからん私には、何が起こっているのかさっぱり分からん」

 

「あとで説明する」

 

 誠也(せいや)にそう返事して、

 オレは湯船に沈んだ獣族少女ヨウコへと駆け寄った。

 ヨウコは、水面に浮かびながら気絶していた。

 

『ヨウコっ!!』

『ヨウコ姉ちゃん!』

 

 ニーナ姉と弟のマナトが、悲痛そうな心配声で駆け寄ってくる。

 

 オレは、気絶したヨウコをお湯から引き上げて、びっくりした。

 

『凄い熱だな……これは……』

 

 ヨウコの額は、火傷するほど熱かった。

 なにか大きな病気を患っている。

 そんな中、姉のニーナが口を開いた。

 

『ヨウコは、私の妹なんです。

 しばらく前から、ずっと酷い病気で……

 私とヨウコとマナトは三人姉弟で……両親はもういなくて……』

 

 なるほど、姉二人に弟一人、

 (とし)は、ニーナが12才、ヨウコが10才、マナトが8才あたりだろうか?

 

『私も弟のマナトも、魔法なんて使えないので、

 日に日にヨウコの体調は悪くなって……

 でも、ヨウコは頑張りやさんだから、寝てなきゃだめっていってるのに、いつも働くんです。

 家族思いで、一生懸命で……』

 

 そうか……

 ヨウコは気絶しているだけで、息はあった。

 

 人目見て分かった。

 ヨウコの病気は、おそらく性感染症だ。

 人間たちの仕業だろうな……

 

『独立自治区に行けば、お医者さんに治療して貰えますか?

 屋敷から私達を逃してくれた男の子、蘭馬(らんま)くんから聞いたんです。

「獣族には、すごくて優しい医者がいるんだ」って。

「僕を助けてくれたんだ」って。

 名前はたしか、フィリアさん……』

 

『え……』

 

 突然、ニーナ姉の口からオレの名前が出て、びっくりした。

 蘭馬(らんま)くん、って誰だ?

 オレには人間の知り合いなんかほとんどいないぜ……

 ん?

 あぁそうか、思い出した。

 誠也(せいや)と出会った翌日、オレたちが王国軍に捕まる前日のあの日。

 オレと誠也(せいや)は、森の中で、足を怪我して迷子の蘭馬(らんま)という少年と出会ったんだ。

 

『私達三人は、小さいころから貴族の屋敷で、隠し奴隷(・・・・)として飼われていました。

 ですが一週間ほど前、蘭馬くんという少年が牢屋(ろうや)の鍵を開けてくれて、私達を逃してくれたんです。

 彼はこう言いました。

「森の中で、フィリアという獣族の女の子に親切にされて、命を救われた。

 お前たちもここから逃げろ、川の向こうにいけば獣族独立自治区という楽園があるんだ」と。

 私達家族は、蘭馬(らんま)くんの手引(てび)きで逃げ出しました。

 でも、王国軍の警備の中で、川を越えることは出来なかった。

 母は射殺されました。

 父は食事を取ってくると言って、そのまま帰ってくることはありませんでした……』

 

 ニーナ姉は、涙を流して嗚咽(おえつ)していた。

 

『ヨウコの体調も、日に日に悪くなっていきます……

 お願いします。私達を獣族独立自治区に連れて行ってくださいっ!!』

 

 肩を震わせるニーナ姉の背中に、優しく両腕で抱きしめた。

 

『辛かったな……よく頑張ったな…… 大丈夫だ。

 安心しろ。オレがフィリアだ!

 一週間前に森で蘭馬(らんま)の足を治療した、獣族の医者はこのオレだ!

 オレに任せろ。ヨウコの病気は簡単に治してやれる。

 お前ら三人、独立自治区に連れて行ってやる』

 

 ニーナ姉とマナトは、信じられないという目でオレをみた。

 

『あ、あなたが、医者のフィリアさん……??

 あ、あぁぁ、ホントですかっ……夢、じゃないんですか……』

 

『夢じゃない。 ヨウコの病気はすぐに治る。もう大丈夫だ』

 

『うっ、あぁあぁあ、よかったぁぁあ』

 

 ニーナ姉は、(せき)を切ったように泣きじゃくった。

 弟のマナトくんも、唇を噛み締めながら、ポロポロと泣いていた。

 

 そうか、

 あの時助けた蘭馬(らんま)くんが、この子たちを逃がそうとしてくれたのか……

 因果はめぐるものだな……

 

 ふと見上げると、誠也(せいや)がオレたちを心配そうに見上げた。

 あ、そういえばオレたちハダカだった。

 

 オレの身体が見られるのはいいけど、

 誠也(せいや)がニーナ姉の身体を見るのは、なにか犯罪の匂いがする。

 

 早く風呂から上がらないとな。

 

 

 

 

 ★★

 

 

 

「つまりそういう事だ。

 あの時足を治療して道案内した蘭馬(らんま)って少年が、この三人を逃してくれたんだ」

 

「そうか……あの少年が……」

 

 風呂から上がり、浴衣を着て。

 誠也(せいや)が気絶したヨウコを抱え、

 オレたちは寝室へ続く道を歩いていた。

 

「しかし……暗いな」

 

 誠也(せいや)が呟く。

 

「そんなに暗いか? オレには気にならないが…… 

 オレは獣族だから夜目が良いってコトか……

 誠也(せいや)。暗くてよく見えてないなら、危ねぇからオレがヨウコを持つぞ?」

 

「いや、心配ない」

 

 

 

 

 

 

 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!

 

 

 

 そんな時。

 突如(とつじょ)、前方から、2つの騒がしい足音が迫ってきた。

 

 

 

 

「きゃぁぁ!!」

 

 ニーナ姉が悲鳴をあげる。

 

 前から飛び出してきた2つの人影。

 オレは恐怖で、心臓が止まりそうだった。

 

 しかし、その二人は……

 

 ぐちゃぐちゃの泣き顔の、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)だった。

 

 

 

 

「うわぁぁぁあああ!! どこいってたんだよフィリアぁぁぁ!!!」

 

 まずは行宗(ゆきむね)が、オレの右半身に、情けない泣き声で抱きついてきた。

 

「うぁぁあんっ、げほげほ……ごほぉおぉ……フィリアちゃんっ、こわがったぁぁ」

 

 直穂(なおほ)()()みながら、オレの左半身にしがみついてくる。

 涙でびしゃびしゃの二人に抱きつかれて、

 風呂上がりの清潔なオレの身体が、一瞬のうちに二人の体液で汚された。

 

「うっ……離れろ二人ともっ、苦しいっ……!」

 

 二人の下半身から、生暖かく湿った何か(・・)を感じた。

 まさかとは思うが……

 ()らしたってことはないよな……

 え? ……冗談だろ?

 

 

 

『おいっ! 誰だお前らっ! フィリアさんから離れろぉぉ!!!』

 

 弟のマナトが恐怖で声を震わせながら、勇気をだして、直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)威嚇(いかく)した。

 

「ひぃぃぃぃい!!」

 

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は、マナトの声に感電したみたいにガクガクと震え上がり、

 上も下もビショビショに濡れた身体で、強くオレに抱きしめてくる。

 二人は力が強い。かなり痛みを感じる。

 

 オレはため息をついて、まずは人間語で、

 

「落ち着いてくれ行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)

 この子達は敵じゃない。怖いものなんていないんだ……」

 

 と安心させて、

 次に獣族語で、

 

『安心しろマナト、ニーナ姉。

 この二人は恐怖で気が動転してるだけだ。オレたちの味方だ……』

 

 オレは二言語を駆使して、なんとかこの場を収めることに成功した。

 

 

 

 

『補足①』

 獣族三姉弟は、人間語の聞き取りだけなら可能です。

 生まれた時からずっと奴隷なので、何とか聞き取れます。

 

『補足②』

 蘭馬くんは、”三十発目「ゲームオーバー」”にて、中盤に軽く登場したキャラクラーです。

 テンポを保つためサラッと流したシーンでしたが、実は今回の出会いに繋がります。

 

 14年前の、王国国王ガルーマンの「奴隷解放宣言」により、以降ガロン王国では”獣族奴隷の所持”は禁止されているのですが、

 蘭馬くんの両親は金持ちの貴族で、家の奥に隠しながら獣族奴隷を飼育していたんですよね。

 蘭馬くんは、フィリアと出会いをキッカケに、家の獣族奴隷を逃がすことを決意する。

 

 ちなみに、三人が上手く逃げ延びた理由は、

 蘭馬くんの両親が、”獣族奴隷の探索”を、正規のガロン王国軍に依頼できなかったからでもあります。

 そもそも違法行為ですからね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十八発目「のぼせあがった二人」

 

 ふぁぁぁ……

 フィリアの前でみっともない真似を晒した俺と直穂(なおほ)は、

 あれから10分後、二人きりで温泉に来ていた。

 

 夜虫の鳴く夏の夜中。

 赤い光の熱蛍(ねつぼたる)が、沸き立つ温泉のまわりを飛び交い、それはもう幻想的な夜景色だった。

 

「気持ちいいねぇ……」

 

 直穂(なおほ)は濡れた黒髪からしずくを(こぼ)しながら、透き通るような白い華奢な腕をぐぐっと伸ばした。

 はだけた肩の曲線は美しく、まるで天使の水浴びのような直穂(なおほ)の所作に、俺の目は釘付けだった。

 

 棚田温泉の中腹。

 岩に囲まれた湯船に、二人で隣り合うように浸かっていた。

 寄り添う直穂(なおほ)は、服を着ていない。

 直穂が身にまとうのは、胸から下を包み隠す一枚のバスタオルだけだった。

 

 湯の流れでゆらめく水面下の白い布は、直穂(なおほ)の身体の輪郭をくっきりと映し出して……

 俺の心臓はドクンドクンと高鳴った。

 俺は温泉以上に、直穂(なおほ)にのぼせていた。

 

「まさか……高校生にもなっておもらしとはねぇ……

 ……ねぇ行宗?」

 

 直穂(なおほ)が気の抜けた表情でこちらを向いた。

 

「そうだな……クラスメイトや和奈(かずな)には言えないな」

 

「うん」

 

 チチチチ……と鈴虫がなく。

 ここには、直穂(なおほ)と俺の二人きり。

 今だけは、焦る必要もなにもなくて。

 ただ、プライベートな二人だけの時間が流れていた。

 

 フィリアにみっともなく抱きついた後。

 俺たちは、怪異事件の真相を知ることになった。

 廊下で俺たちに襲いかかってきた化け物の正体は、ヨウコちゃんという、獣族の女の子だったらしい。

 ヨウコちゃんは、この宿に隠れ住む獣族三人姉弟のうちの、次女らしい。

 人間である俺と直穂(なおほ)を敵とみなし、他の兄弟二人を守るために、暗い廊下にて、俺たちに襲いかかってきたという訳らしい。

 

 三人姉弟の名前は、長女のニーナ、次女のヨウコ、末っ子のマナト。

 三人姉弟は、いつもこの宿の裏口から中に入り、ここで隠れて暮らしていたそうだ。

 

「今からヨウコの病気を治して、三人を独立自治区に連れて行くんだ」

 と、フィリア言った。

 また続けて、

「お前ら二人、温泉に入って身体を洗ってこい」

 とも言われた。

 

 よって俺たちは、そのまま温泉へ向かい、

 こうして俺と直穂(なおほ)は混浴することになったのだが……

 

 なにせ俺にとっては、同級生女子との混浴なんて、人生初体験のイベントである。

 下半身の状態がバスタオル越しにバレないよう、俺は身をかがめるのに必死だった。

 

 

 

「ねぇ、行宗(ゆきむね)、目ぇつむって」

 

 直穂(なおほ)がふと、そう言った。

 

「ん?」

 

「目ぇ、つむって」

 

 直穂(なおほ)は俺を見て、同じ調子で繰り返した。

 

「わかった」

 

 そう答えた俺は、静かに両目をつむった。

 

「ありがと」

 

 直穂(なおほ)は、ザバァァという水音とともに立ちあがった。

 ぴちゅんぴちゃん、

 水滴が水面へ落ちる音。

 そして、ジュボンという、何かが湯に沈む音がした。

 

直穂(なおほ)?」

 

 俺が尋ねても、直穂(なおほ)の返事は返ってこない。

 じゃぶ、じゃぶと、直穂(なおほ)の足音が、ぐるりと横からまわりこみ、

 俺の正面で音を止めた。

 

「……わたしがいいっていうまで、ぜったいに目をあけちゃだめだからね」

 

 そう発した直穂(なおほ)の囁き声は、すぐ目の前だった。

 吐息がふわりと俺の鼻先をくすぐるぐらい、鼻の先で

 

「んふぅ……っ」

 

 直穂(なおほ)の吐息とともに、

 俺は、柔らかいカラダに包み込まれた。

 抱きしめられた。

 衝撃のあまり、心臓が外まで飛び出してしまいそうだった。

 

 直穂(なおほ)を包んでいたはずの、バスタオルの感触ではなくて

 やわらかい女の子の生肌(なまはだ)で、ぎゅーっと抱きしめられた。

 

 直穂(なおほ)は比較的貧乳だけど、実際に俺の胸で受け止めた感触は、おもちみたいに柔らかくて、

 あぁ、やっぱり女の子なんだな、って思った。

 先端の感覚も、ちゃんと俺の……

 

「ん……ふぅぅ……」

 

 俺の左耳の奥へと、直穂(なおほ)()れた吐息を吹き込んできた。

 背筋からゾクゾクとした感覚が昇ってきて、脳内がピリピリと痺れる。

 俺のカラダは、背中に回った直穂(なおほ)の両腕にガッチリと抱きとめられて、身動きがとれなかった。

 濡れた手のひらで、さわさわと背中を撫でられる。

 お腹どうしが湯の中で密着しあい、じんわりとあたたかくて、天国へと昇天してしまいそうだった。

 

「んれろ……じゅぷり……」

 

 直穂(なおほ)の長い唾液まみれの舌が、俺の左耳のなかをくちゅくちゅとほじくりまわす。

 肌越しに、直穂の体温とか心臓の音とか、いろんなものが伝わってくる。

 直穂(なおほ)の濡れた黒髪ショートヘアがふわりと揺れて、俺の左ほっぺをくすぐってくる。

 

「な、直穂(なおほ)っ……」

 

 俺はたまらず、情けない声をあげた。

 こんなのもう、理性がもたない。

 

「じゅぷり……んあぁ……れろぉ……」

 

 直穂(なおほ)は、俺の耳たぶをあまがみし、はーっと熱い吐息を鼓膜にぶつけて、

 幸せそうに(もだ)えるように、その天使のようにうつくしいからだを、俺のからだへとこすりつけてくる。

 

直穂(なおほ)……これ以上はっ……

 

 俺の言葉は遮られた。

 直穂(なおほ)の唇が、俺の唇を激しくふさぐ。

 直穂(なおほ)の舌が、俺の口内への入ってくる。

 舌と舌が絡まりあって、激しく交わる。

 

「ちゅぷ、ちゅる……、んぁっ、んっ、んんっ」

 

 おでことおでこが重なりあう。

 鼻と鼻も触れあって、

 互いの乱れた鼻息が、ぶつかりあって、熱くなる。

 

「れろ……れろぉ……んぷっ……」

 

 だめだ……

 もう、理性が溶ける……

 

 俺は両腕を直穂(なおほ)の背中へとまわし、抱きしめかえした。

 直穂(なおほ)の身体を抱き寄せて、その可愛らしい頭に手をのせ、さわさわと撫でまわした。

 

「………………」

 

 直穂(なおほ)の動きが、突然とまった。

 唇がふっと離れて、身体の密着が緩んだ。

 

「ごめんね……」

 

 直穂(なおほ)はせつなそうにそう言った。

 その声は、寂しそうで、泣き出しそうで、

 俺は心の奥がズキンと痛んだ。

 

 直穂(なおほ)はスッと身体を起こして、俺の腕のなかから抜け出した。

 ザバァと水音を立てて立ち上がる。

 直穂(なおほ)は再び俺の隣へと、水音と立てて歩いた。

 そして、湯船に沈めていたバスタオルを、拾い上げる音がした。

 

 ザバァァァ……

 

 ピチャピチャピチャピチャピチャピチャピチャピチャ……

 

 …………

 

「目、あけていいよ」

 

 俺は、ぼーっとしたまま目をあけた。

 そこには変わらず、薄暗い温泉があった。

 

「そろそろ上がろうか。これ以上は、のぼせちゃう……」

 

 見上げた直穂(なおほ)の身体には、びしょびしょのバスタオルが巻きついていた。

 そして彼女の表情は、暗闇でも分かるくらいに赤く火照っていた。

 

「ほら……立って」

 

 直穂(なおほ)の手のひらが、まだ湯船に浸かったままの俺へと伸びてくる。

 

「うん」

 

 俺は直穂(なおほ)の手をとって、湯船から立ちあがった。

 ポタポタポタと、水音が石の床へとしたたりおちる。

 

 直穂(なおほ)は俺を見て、とびきりいやらしい顔で笑った。

 

「んふっ、ちゃんとたってくれた……」

 

 幸せそうで、恥じらいのまじった直穂(なおほ)表情(かお)に、

 俺の心臓はバクンと飛び跳ねた。

 俺も恥ずかしくて、何も言葉を返せなくて、

 直穂(なおほ)のことが(いと)しくてたまらなかった。

 抱きしめたくてたまらなかった。

 

 手をとりあいながら、じっと見つめ合う、

 水に濡れた男女がふたり。

 互いに顔を、まっかっかにそめながら。

 

「いこうか……」

 

 直穂(なおほ)が、沈黙を破った。

 

「うん」

 

 俺もコクンと頷いた。

 俺たちは手を握りあい、指を絡め合いながら、

 寄り添うように、棚田温泉を、一段一段下へと降りていった。

 

 俺の心臓の高鳴りと、下半身の膨らみは、しばらく(しず)まりそうになかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十九発目「獣族三姉弟」

 

―フィリア視点―

 

 行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)を温泉へ送り出したオレは、

 誠也(せいや)や獣族姉弟三人、ニーナ、マナト、ヨウコを連れて、和室へと帰ってきていた。

 

 まずは気絶したヨウコを布団に寝かせ、押入れにしまっておいた薬剤バッグを引っ張り出してから、

 オレはヨウコの服を(めく)りあげて、聴診を開始した。

 

 ニーナとマナトがオレの隣で食い入るように、診察の様子を覗き込んでくる。

 

『二人とも疲れてるだろ? 眠っておいたほうがいいぜ。あと三時間後には出発するからな』

 

 オレはふたりにそう言った。

 

『マナト、あなたは寝てなさい。ヨウコの面倒は私が見ておくから』

 

 姉のニーナがそう言った。

 

『嫌だ。ニーナ姉が寝ないなら俺も起きてる』

 

 弟のマナトが意地を張る。

 

『強がらないの。ほら、横になって』

 

『いやだっ、子ども扱いするなっ!』

 

 マナトくんは一人で寝ることを頑なに嫌がった。

 

『二人とも、頼むから寝てくれ。

 明日は長旅になる。

 独立自治区に着くのは明日の夜遅くだ。

 目を瞑って横になるだけでいいから……」

 

 オレは諭すようにそう言った。

 

『でも……私がヨウコのそばに居ないと……』

 

 しかしニーナ姉は不安そうだった。

 

『心配するな。腹を切り開くとか危ない治療はしない。

 ただ薬を作って、ヨウコに飲ませるだけだ。

 でも、薬を作るのに時間がかかるんだ。

 ヨウコに薬を飲ませる時になったら、二人とも起こしてやる。 その時までは寝てろ』

 

『分かりました……ヨウコをお願いします』

 

 オレはなんとか二人の説得に成功した。

 ニーナとマナトは、ヨウコのそばに寄り添うように布団を被った。

 

「さて……」

 

 オレはヨウコの診察を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ★★

 

 

 

 

 

 ヨウコは、性感染症による免疫不全症候群だった。

 つまり、体内の免疫システムに障害が起こっているのだ。

 

 人間の体内では本来、殺菌作用をもつ細菌や微弱な回復魔法によって、病気から身体を守る機能が備わっている。

 

 しかしヨウコの身体は免疫不全。

 病気から身体を守るシステムが十分に作用せず、

 普通なら(かか)るはずのない、弱い病気に(かか)ってしまっている。

 

 現在ヨウコを苦しめている病原菌に関しては、マグダーラ山脈で手に入れた薬剤で薬を調合すれば簡単に駆逐できる。

 だが免疫不全に関しては、オレが治療法を覚えていないため、家に帰って本で調べないと取りかかれないのだが。

 

誠也(せいや)、手伝ってくれ」

 

 オレはそう言って、バックを開き、

 誠也(せいや)と協力して薬の調合を開始した。

 

 

 

 ★★

 

 

 しばらくして、行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)が和室へと戻ってきた。

 

 そして薬が完成した。

 

 ニーナは結局眠れなかったようだ。

 マナトはぐっすりと爆睡していたのだが。

 約束通り、オレはマナトを起こしてから、

 

 最後に、気絶したままのヨウコを起こそうと身体を揺すった。

 

「ん……?」

 

 ヨウコの目が、ゆっくりと開く。

 病の犯された彼女の顔は、げっそりと細っていて、

 おぼつかない目で、オレを見あげてきた。

 

『だ、誰だっ!?』

 

 カッと目を大きく見開くヨウコ。

 全身に力を入れて、首を回してあたりを見渡す。

 

『人間っ!!? なんで人間がここにっ!!?

 マナト! ニーナ姉っ、逃げてぇ!!?』

 

 誠也(せいや)行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)が視界に入ったのだろう。

 ヨウコはパニックを起こし、飛び起きようとして、身体をジタバタとさせた。

 

『ヨウコ、落ち着いてっ! この人たちは悪い人間じゃない! ヨウコの病気を治してくれるんだよっ!?」

 

 慌ててニーナ姉がヨウコの身体を押さえつける。

 

『ふ、ふざけるなっ!

 人間なんかみんなクズだろ! 

 母さんもニーナ姉も馬鹿かよっ!

 人間の優しさに、何度騙されれば気が済むんだっ!』

 

『落ち着いてヨウコ! フィリアさんの作った薬を飲んでっ!』

 

『嫌だっ! 人間の作ったものなんて飲まねぇっ!』

 

『フィリアさんは獣族だよっ!』

 

 ニーナ姉が叫んだ。

 そのあまりの剣幕に、ヨウコは身を固めて驚いていた。

 ヨウコは不安そうに、オレを振り返った。

 オレは、精一杯穏やかな声で話しかけた。

 

『ヨウコ、安心しろ。オレは獣族の医者だ。

 この薬を飲めば、お前の病気は一時的に治る。

 完治にはもう一つ治療が必要なんだが……

 とにかく怖がらなくていい。 オレは医者のフィリアだ。

 お前ら三人を、獣族独立自治区に連れて行く』

 

 オレはそう言って、コップに入った薬を差し出した。

 飲みやすいように水で薄めてある。

 

『なんでここに人間がいる!? お前は獣族なのにっ! 何を企んでやがるっ! ニーナ姉に何を吹き込んだっ!?』

 

 ヨウコはニーナに抑えられながら、キッと涙目でオレを睨みつけた。

 

『こいつらは皆、悪い人間じゃない。

 オレの仲間だ。優しい人間だ』

 

『嘘だ…… 人間はみんな、オレたち獣族をおもちゃみたいに……』

 

 ヨウコは震え声を漏らした。

 

『優しい人間もいるよ。私達を屋敷から逃してくれた蘭馬(らんま)くんみたいに……』

 

 ニーナが優しくヨウコを諭す。

 

『だってアイツは…… オレたちを王国軍の警備の中へ案内して……』

 

『わざとじゃないよ。

 蘭馬(らんま)くんは、私達を必死に逃がそうとしてくれてた。それは分かるでしょう?』

 

『…………』

 

 張り詰めた沈黙が、和室を包み込んだ。

 

『ちょっと、口にしてもいいですか?』

 

 ニーナ姉が、オレの持つ薬を指さしながら、そう言った。

 オレは頷いて、ニーナ姉に薬のコップを手渡した。

 

『え……? ニーナ姉っ! 飲んじゃだめだっ!』

 

 ヨウコはハッと顔を上げて止めにかかるが、

 ニーナ姉は素早く薬を一口飲んだ。

 

『ば、バカ姉っ! 危ないもの飲むんじゃねぇっ!?』

 

『ほら……毒じゃないよ……』

 

 ゴクリと喉を鳴らしたニーナ姉は、優しい笑顔でそう言った。

 

『ヨウコの病気、きっと良くなるから、ほら、飲んで』

 

 ニーナ姉は、ヨウコの身体を抱きしめながら、薬のコップを手渡した。

 

『……分かった、ニーナ姉が、言うなら……』

 

 ヨウコはしぶしぶ観念したようすで、

 おそるおそるコップに唇を近づけて、ごくごくごくと薬を飲み込んだ。

 

『まずい……』

 

 全て飲み干したヨウコは、そんな感想を漏らした。

 

 

 

 

 薬の効果はすぐに現れた。

 ヨウコは、身体の倦怠感が取れて、

 

『信じられない、身体が軽い』

 

 と驚いていた。

 

『やったぁぁ、ヨウコが元気になったぁぁ』

 

 ニーナ姉が、涙を浮かべながらヨウコを抱きしめた。

 弟のマナトも、ポロポロと涙を零していた。

 それが合図だったのだろう。

 

『うぇぇぇぇんっ! ニーナ姉っ! マナトぉぉっ!!』

 

 ヨウコも大声で泣き出した。

 そうして、姉弟三人で抱きしめ合って、わんわんと泣いて安堵した。

 

『フィリア(ねえ)、ありがとぉぉぉ』

 

 ヨウコがオレに感謝を叫ぶ。

 ”フィリア(ねえ)”、か……。

 オレは今までずっと、周囲には年上ばかりで、妹のように扱われることばかりだったから。

 ”姉”と呼ばれるのは新鮮で嬉しかった。

 

 その後、全員で自己紹介をした。

 

 オレ、誠也(せいや)直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)

 ニーナ、ヨウコ、マナト。

 

 ニーナやヨウコやマナトは、人間語が聞き取れるらしいが発音は出来ないそうなので、オレが獣族語を人間語に翻訳する必要があった。

 

「可愛いねー ニーナちゃんにヨウコちゃんにマナトくんかー」

 

 直穂(なおほ)がニーナ姉に膝枕をしながら、髪を撫でつつ人間語で呟いた。

 

『お母さんの手みたい……』

 

 ニーナは優しく頭を撫でられながら、気持ちよさそうに獣族語で喉を鳴らす。

 

『……………』

 

 ヨウコはマナトは唖然としながら、

 直穂(なおほ)の膝でくつろぐニーナを、羨ましそうに眺めていた。

 

直穂(なおほ)……俺も膝枕してほしいんだが……?」

 

「うん、あとでね。今はニーナちゃんの番だから」

 

 行宗(なおほ)の願いに、直穂(なおほ)が答えた。

 直穂(なおほ)の膝枕を羨ましそうに眺めるのは、行宗()だった。

 

 

 ヨウコやマナトは、人間に対してまだ警戒心が強いらしく。

 会話は弾まなかったが、

直穂(なおほ)とニーナ姉だけは、スキンシップによって仲良くなっていた)

 ある程度の信頼関係は作れたと思う。

 

 そして、時間は飛ぶように過ぎて、

 午前0時、温泉宿を旅立つ時間がやってきた。

 

 

 

―ヨウコ視点―

 

 ガラガラガラと、一週間過ごした温泉宿の裏口を開ける。

 私達三人、ニーナ姉と私とマナトは今日、しばらくお世話になったこの宿を発つのだ。

 

 フィリア姉と人間たちと一緒に、獣族独立自治区を目指すのだ。

 

 フィリア姉は、私の病気をいとも簡単に治してくれた。

 まるで魔法みたいに身体が軽くなった。

 

『荷物はそれだけでいいのか?』

 

 フィリア姉が、ふりむいて私達に尋ねてくる。

 

『はい。これは、父と母の形見なんです』

 

 ニーナ姉は、小さな風呂敷を抱えながら答えた。

 その風呂敷は、両親の形見だ。

 

 一週間前、屋敷から逃げたあの日の夜。

 父さんと母さんが私達のために盗んでくれたプレゼント。

 小さなおもちゃと、ぬいぐるみと、絵本が一冊入った風呂敷。

 

『なら誰か、この食糧を持てる余裕はあるか?』

 

 フィリア姉が続けて尋ねてきた。

 

『私が持ちます』

 

 ()ヨウコ(・・・)は、進んで申し出た。

 病気の気だるさがすっと晴れて、いま私は、身体じゅうから力が溢れ出てくる。

 こんな感覚、生まれて初めてだった。

 

 子供の頃からずっと奴隷で、常に空腹状態だったから。

 奴隷地獄だった屋敷から逃げ出して、一週間。

 マナトやニーナ姉が取ってきた美味しいご飯を食べられて、 

 今日ついに病気が治って……

 

 ずっと背中に乗っていた重りが、急に消えたみたいに、

 身体が跳ねるように軽かった。

 

『そうかヨウコ。これを頼む』

 

 私はフィリア姉から、荷物を託された。

 嬉しかった。

 私は大切な人の役に立てるのが好きだ。

 家族の笑顔の為なら、どんなに苦しい事も耐えられる。

 

『あ、ずりぃヨウコ姉ちゃん! 俺も持ちてぇっ!』

 

 すると、弟のマナトが駄々を捏ねた。

 

『嫌だ……。

 私はいま病気が治って元気ピンピンなの。

 重い荷物を持って、筋肉を動かしたい気分なの』

 

『そ……それは良いことだけど、俺だって、筋肉を鍛えてぇよ……』

 

 マナトはしょんぼりと落ち込んだ。

 可愛い。

 わが弟ながら可愛い。

 こんな可愛い子がしょんぼりしているのは、すごく胸が痛いのだが……

 私にも意地や、譲れないものはあるのだ。

 この荷物は、命の恩人のフィリア姉から託されたのだ。

 いくら可愛い弟といえども、渡すわけにはいかない。

 

『そうか、それならオレの荷物を持ってくれるか?』

 

 フィリア姉がそう言った。

 

『いいんですか!? 持たせてください!』

 

 マナトは水を得た魚のよう元気を取り戻し、フィリア姉の大きな荷物を、嬉しそうに背中に担いだ。

 

 

 

「フィリア、楽しそうだな」

 

 誠也(せいや)が、フィリア姉に人間語でそう話しかけた。

 

「あぁ! オレに妹や弟が出来たみたいだ!

 オレのまわりにはいつも年上ばっかりで、ずっと子ども扱いされてきたから。

 嬉しいんだ」

 

 フィリア姉が、楽しそうに人間語で答えた。

 

 

 

 ★★

 

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 まっ暗な深い森の中を、オレたちは出発した。

 先導するのは、火魔法で前方を照らす、誠也さんだ。

 続いて()万波行宗(まんなみゆきむね)と、新崎直穂(にいざきなおほ)が並ぶ。

 そして最後尾に、フィリアと獣族三人姉弟、ニーナとヨウコとマナトだ。

 

 夜の森は人間の目では、明かりがないと何も見えない。

(獣族は夜目が効き、夜の暗闇でも辺りが見えるらしいが)

 

 ザク……ザク……

 影を落とした雑草を掻き分けて、山道の傾斜を進んでいく。

 夜の森は、めちゃくちゃ怖い。

 すこし物音がしただけで、おしっこがちびりそうになる。

 ただ、そばには大人数が居て、直穂(なおほ)と強く手を繋いでいるので、そこそこ安心感はあった。

 

「獣族語、勉強したいなぁ……」

 

 直穂(なおほ)がポツリと口にした。

 

「発音が難しすぎるよな。発音どころか、聞き分けられる気がしない……」

 

 俺が返事する。

 

「そうねー。……でも私、ニーナちゃんやヨウコちゃん、マナトくんと、もっと仲良くなりたいなー。可愛いし」

 

「うん」

 

 俺は同意した。

 言語の壁をはっきり感じたのは、今日がはじめてかもしれない。

 フィリアを介しながらでは、十分にコミュニケーションが取れなかった。

 

「でも、直穂(なおほ)は凄いよ。ニーナちゃんとすぐ仲良くなれて……」

 

「そ……それは、ニーナちゃんが人懐っこいだけだよ。ほんと、可愛い」

 

 直穂(なおほ)がクスクスと笑った。

 その横顔は炎に照らされて、誰よりも可愛くて、

 俺は見惚れてしまっていた。

 

直穂(なおほ)、そこまでにしてやれ、ニーナが恥ずかしがってる」

 

 フィリアが冗談っぽく楽しそうに、背中から声をかけてきた。

 俺は、ニーナちゃんの恥ずかしがる顔を確認しようと、後ろを振り返って……

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 何かいた。

 白い布。赤い模様。

 獣族姉弟三人の後ろに、もう一人。

 赤と白のマントの長身がはためいていた。

 

 音も気配もなくそこに居た。

 

 その人物は長いマントの裾から、ぬうぅと両腕を伸ばして、

 後ろからマナトとヨウコの頭の上に、片手づつを優しくおいた。

 

 ポンっと二人の頭を叩いて、

 続いてその両腕は、前の列、

 ニーナとフィリアの頭上へと伸びていく。

 

 暗がりの中、突如姿をあらわしたソイツは、

 赤と白を基調としたマントに身をつつみ、顔は白い仮面で隠されて、

 悪夢の記憶が重なる。

 その仮面は、まるで俺たちをこの世界に召喚した、ギャベルとシルヴァの姿にそっくりだった。

 マナ騎士団とかいう奴ら……

 

 俺の身体の細胞全てが、危険信号を発した。

 

 仮面の人物は、ニーナの頭にポンと左手を乗せた。

 そしてフィリアの頭に、右手を乗せようとして……

 

「オット」

 

 マントは男声を漏らして、ばっと後方の暗闇へ飛んだ。

 入れ替わるように、ビュンと風切り音がなり。

 誠也(せいや)さんの剣が、さきほどまで仮面男がいた場所を、鋭く振り抜いていた。

 

「え……?」

 

 フィリアがあっと声を漏らす。

 一瞬の出来事。

 息をする間もなくて。

 

「何者だ……貴様……??」

 

 誠也(せいや)さんが、恐ろしいほど低い声で、仮面男の消えた暗闇へ問いかける。

 

「サア?、何者ダロウナァ……?」

 

 暗闇からは、楽しそうな男の声が聞こえる。

 仮面の下に声が籠もって、聞き取りづらい。

 

 

 

 

 グサァァァァ!!!

 

 眼の前で、ものすごい音がした。

 それは肉が裂ける音。

 

 真っ赤な鮮血が大量に飛び散った。

 まるで、夜空に打ち上がるドス黒い花火のように、

 真っ赤な血が飛び散った。

 

 誠也(せいや)さんが、血を吐いた。

 

 

 

 誠也(せいや)さんが刺された。

 三本のナイフに、腹を深々と刺された。

 真っ赤な血を、火花のように撒き散らしながら、

 

 誠也(せいや)さんを囲むナイフの持ち主は、

 獣族三人姉弟だった。

 

 ニーナとヨウコとマナトの三人が、一本ずつ短いナイフを握りしめて、

 誠也(せいや)さんの腹部に、三方向から突き刺していた。

 

「ガハッ!!!」

 

 誠也(せいや)さんが、もう一度、口から大きく血を吐いた。

 

「え……せいや……」

 

 フィリアの声は動転のあまり、裏返って掠れていた。

 

 俺は目の前の光景が信じられなくて、

 自分の身体が、金縛りにあったように動かなかった。

 

 マナトが振り向いて、俺を向いた。

 そして、混乱状態の俺へと、飛びかかってきた。

 

 ヨウコはフィリアへ向かって、ニーナは直穂(なおほ)へ向かって、距離を詰めていく。

 

「あ……」

 

 直穂(なおほ)、フィリア、危ない……

 そんな声を出す暇もなく。

 

 ドゴッ! ボゴォォッ!

 

 腹、続いて背中に、鈍い激痛が走る。

 

 俺はマナトに腹部を力強く蹴り飛ばされて、後方に吹っ飛び、すぐ後ろの大きな木に背中から激突していた。

 

 痛い……っ!

 吐きそうだけど吐けない……息ができない……なんて力だっ……

 

 

「いギャッ!!!!」 

 

 すぐ隣で、直穂(なおほ)の悲鳴が聞こえた。

 

 痛みのなかで、何とかうっすら目を開けると。

 暗い、何も見えない。

 ただ、マナトが凄い勢いで何か叫びながら、

 俺に殴りかかってくる声がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十発目「白い仮面と赤白マント」

更新が遅れてごめんなさい。
 期末試験や、カクヨムコンテスト用の新作執筆のため、一月中はもう更新できません。
 二月から連載再開します!!
 この話は、12月中旬に書いた最後のストックです。

 この作品は、私のもっとも大切な作品です。
 世界一面白い小説として、必ず完結させます。
 待っていてください!

 以下本編


 

―フィリア視点―

 

 突然だった。

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)に後ろから、冗談まじりに話しかけた刹那。

 

「オット」

 

 という、知らない男のくぐもった声が聞こえた。

 背筋に寒気が走った。

 身体がビクンと震えた。

 

 次の瞬間。

 誠也(せいや)が凄い形相で剣を振り、オレの左隣をビュンとかすめた。

 

「何者だ……貴様……??」

 

 誠也(せいや)はオレの後ろにいる誰か、殺気の籠もった目で睨みつけた。

 

「サア?、何者ダロウナァ……?」

 

 その男は誠也にひるむ事なく、お調子気に鼻を鳴らした。

 また、全身に悪寒が走り、吐き気がした。

 なんだ? これは……

 心臓の鼓動は早くなるのに、体温は急速に冷えていく。

 じわじわと汗がふきでる。

 手先が震える……

 まるでそれは、身体の奥深く、魂に刻みつけられた恐怖。

 オレは息が止まりそうで、何も出来なかった。

 

 グサァァァァ!!!

 

 そして刹那、誠也(せいや)が刺された。

 信じられなかった。

 ニーナとマナトとヨウコが、なぜかナイフを手に握っていて、なぜか誠也(せいや)の身体を刺していた。

 誠也(せいや)が悶えて、ガフッ! と口から血をふきだし、

 誠也(せいや)の右手の火魔法がボッと消滅し、明かりが消えた。

 

 背景の夜空が透き通るほど綺麗だった。

 真っ赤な血しぶきが、花火のように弾けた。

 

「え……?」

 

 眼の前の光景は、信じられなかった。

 寝ぼけてるんじゃないかと疑った。

 悪夢ならどれほど良かっただろう。

 

 ニーナ達三姉妹は、誠也(せいや)の身体からナイフを引き抜き、それぞれ違う方向へ。

 ニーナは直穂(なおほ)のほうへ、ヨウコがオレのほうへ、マナトが行宗(ゆきむね)のほうへと、

 距離を詰めて、襲いかかってきた。

 

 ドゴッ!! と音がして、

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)が、眼の前で殴り飛ばされた。

 オレは痛みを感じなかった。

 守られたのだ。

 

 オレを狙ったヨウコの拳は、ギリギリのところでピタリと止まり、直後地面に叩きつけられた。

 誠也(せいや)がヨウコを押さえつけたのだ。

 口から血を吐きながら、誠也(せいや)はヨウコを組み伏せて、乗りかかった。

 

「せ、誠也(せいや)っ!!!」

 

 オレは膝をつき、誠也(せいや)の肩をつかんだ。

 酷い傷だ。

 内臓までは届いてないみたいだが、速く止血しないと。

 

「【回復(ひーる)】っ!」

 

 オレの口から出た声は、裏返っていて震え声で、自分の声だとは思えなかった。

 

「貴様ら、ヨウコっ! 私たちを騙していたのか? 何が目的だっ!?」

 

 誠也(せいや)は怒り狂った声で、ヨウコの綺麗な黒髪を鷲掴みにして、ヨウコの顔を地に押しつける。

 

『ち……違う……身体が……勝手にっ……』

 

 ヨウコの口から、消え入りそうな泣き声がした。

 

「ん?」

 

 回復魔法の使用中、オレは違和感に気づいた。

 何かが引っかかる。うまく回復できない。おかしい。

 あぁ、まさか……毒か。

 

誠也(せいや)っ、これ毒だっ! ナイフに毒が塗られてたっ!」

 

「フィリアっ!! ヨウコの言葉を翻訳しろっ! 何か言っているだろう! 返答次第ではいますぐ殺すっ!」

 

 誠也(せいや)が焦ったような声で、オレを見た。

 目つきが血走っていて、殺されそうな恐怖を感じた。

 

「ヨウコは、"身体が勝手に動いた"って言ってる」

 

「はぁっ!? こいつふざけてんのか!?」

 

 誠也(せいや)はさらに激昂する。

 

「違う! ヨウコもニーナもマナトもみんな優しい奴だから。 

 おそらく操られてるっ。何かの特殊スキルだ」

 

「なに?」

 

 誠也(せいや)の手が動揺で止まった。

 止まってしまった。

 

 ドンッ!!

 

 と、お腹が潰れるような打撃を受けて、オレの身体がぶっ飛ばされる。

 ヨウコがオレを殴り飛ばしたのだ。

 痛い、痛い、痛い痛い痛い。

 背中を大きな岩にぶつけた。

 

 「フィリアっ!」

 

 誠也(せいや)が、心配する声。

 くそっ、状況はどうなっている!?

 視界がぼやける……

 暗さも相まって何も見えない。

 ニーナもヨウコもマナトも、たぶん男声のアイツに操られている。

 誠也(せいや)は毒を食らった。

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は無事だろうか?

 

 どうする? 考えろ。

 何が起こっているんだ?

 必死に頭を動かし始めた時。

 

 ボボォォォォォ!!

 

 と音がして、

 周囲が赤と黄の明かりに包まれた。

 眩しくて、熱い……

 

 

 ★★

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点―

 

 まずい、暗くて何も見えない。

 腹を蹴られた、背中をうった。

 マナトが襲いかかってくるのが分かる。

 

「いギャッ!!!!」

 

 直穂(なおほ)の悲鳴が聞こえた。

 マズイ! 直穂(なおほ)は近接戦闘が苦手だ。

 もしナイフで心臓を一突きにされれば、レベル差なんて関係ない、すぐに対処しなければ死ぬ。

 

 どうする!?

 暗いままじゃ戦えない。

 マナトはすぐ目の前だ。

 マナトたちが俺たちを襲ってきている理由(ワケ)は分からない。

 でも、今はとにかく、直穂(なおほ)を守らなければ!

 ここで死ぬわけにはいかない!

 

 あ、そうだ。

 これなら一石二鳥じゃないか。

 

直穂(なおほ)、火だ! 火魔法で戦うんだっ!」

 

 そう叫んだ俺は、とっさに手に意識を集中させて、魔力の流れを作り出した。

 間に合うか? いや間に合わせる。

 早く、早く、火素を押し出せ

 

「【火素(フレイム)】」

 

 ぼぉぉぉつ!

 と眼の前が眩しく燃えた。

 マナトの身体が、目の前にあった。

 

「うぉらぁぁぁぁ!!」

 

 俺はもう片方の腕で、思いっきりの拳を、マナトの腹に叩き込んだ。

 お返しだ。死にはしない。

 

 ドンッ!! と音がして。

 

 マナトは後ろに倒れた。

 すかさず直穂(なおほ)のほうを確認する。

 

「【水素(アクア)】!!」

 

 直穂(なおほ)は右手で火魔法を放ちながら、左手から勢いよく水魔法を吐き出して、

 ニーナの身体を後ろに吹き飛ばした。

 

 そして……え???

 直穂(なおほ)の二の腕には、ニーナのナイフが突き刺さっていた。

 

直穂(なおほ)っ!? 右腕にナイフがっ!!」

 

「大丈夫っ、うぐぅぅつ!!」

 

 直穂(なおほ)は痛そうに涙目でナイフを引き抜き、

 

「【超回復(ハイパヒール)】ッ!」

 

 と、出血を止めた。

 

 火魔法の炎がぼうぼうと辺りを照らす。

 

「とりあえず、そこらじゅう明るくするっ! 【火魔法(フレイム)】!!!」

 

 直穂(なおほ)がそう叫んだ。

 両手を斜め上に突き出して、大きな炎をぶちまけた。

 

 ボォォォォオ!!!

 

 と、その炎は、真っ暗な森を明るく包み込んでいく……

 直穂(なおほ)は向きを変えつつ、火魔法で周囲の木々を燃やしつくしていく。

 

 一瞬のうちに、あたり一面山火事になった。

 

 赤色と黄色の光に包まれて、煙の匂いが胸を焼く。

 

「凄い、山火事だ……」

 

 俺は咳込みながらそういった。

 

「ごめんやりすぎた、でも視界は確保できた」

 

 ぼうぼうと燃え盛る森のなか。

 隣合う俺と直穂(なおほ)

 涙目で俺たちに襲ってくるニーナとマナト。

 

 向こうをみれば、誠也(せいや)さんがヨウコと戦っていた。

 

 その向こうには、あの仮面男が突っ立っている。

 ギャベルやシルヴァと同じ、マナ騎士団なのか?

 

行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)っ! 助かったっ!

 ニーナ達はみんな、あの仮面に操られているんだ!

 みんな泣いてる! 身体が勝手に動くってっ!」

 

 フィリアの叫び声が聞こえる。

 

『………―――ー!!』

 

『・・ーー・・・・ーー!!』

 

 マナトやニーナも、混乱した様子で叫んだ。

 

 なるほど、そういうことか。

 さきほど仮面男が、ヨウコとマナトとニーナの頭にポンと手を置いているのを見た。

 おそらくそれが、”操りの条件”だ。

 

「みんな聞いてくれっ! 仮面男の手に触れちゃだめだっ!

 おそらく仮面男は、手で触れた相手を思い通りに操れる力を持ってる!」

 

 俺は全員に情報共有を(はか)った。

 

「なるほど理解した!!

 あの仮面男をぶっ倒せば解決だな! 私に任せろっ!!

 直穂(なおほ)行宗(ゆきむね)は賢者の準備をしてくれっ!!」

 

 誠也(せいや)さんが返事した。

 声がガラガラで掠れている。

 

行宗(ゆきむね)危ない、前見てっ!」

 

 横から直穂(なおほ)の緊迫した声。

 はっと視線を近くに戻すと、マナトが泣きながら俺にとびかかってきていた。

 

『……―――………!!?」

 

 俺には、マナトの獣族語は聞き取れない。

 ただ、その声は恐怖に染まり、二人の姉に助けを求めているのが分かった。

 

 殴りかかってくるマナトに、俺はどうしていいのか分からなかった。

 俺は、マナトを殴れない。

 だってマナトは悪くない。

 優しい男の子だ。

 操られているだけで敵じゃない。

 

 モンスターとは訳が違う。傷つけたくない。

 どうしよう。

 

 そんな一瞬の迷いによって、

 マナトの拳は、俺の顔面にクリーンヒットした。

 

 またぶっとばされる俺。

 躊躇してしまった、それにしてもマナトの動きは早かった。

 いやおかしい。 強すぎるだろ?

 おかしい。

 賢者状態ではなくても、今の俺のレベルは57だぞ?

 少なくともマナトが、俺ほど強いハズがないだろう。

 

「行宗ぇっ!? どうすればっ!?」

 

 直穂(なおほ)が叫ぶ。

 マナトが襲いかかってくる。

 

「俺か直穂(なおほ)が賢者か天使になるしかない、けどっ!!」

 

 マナトもニーナも、凄く強い。

 簡単な攻撃は避けられてしまう。

 

 俺たちは戦える人数は、俺と直穂(なおほ)誠也(せいや)さんの三人しかいない。

 (たい)して相手も、ニーナとヨウコとマナトの三人。

 いや違う、傍観している仮面を合わせると、相手は四人になる。

 

 おそらくあの仮面も、相当強いはずだ。

 だからこそ、勝てるのは賢者か天使しかいない!

 でもっ!!

 

 ”攻撃が絶え間なく続いて、オ◯ニーする暇がないっ!!”

 

 マナトかニーナか誰かを気絶させれば、裕が出来るかもしれないが……

 気絶させるほど強くマナトをなぐるなんて……

 恐怖の顔に染まったマナトの顔面をなぐるなんて……

 そんな非道いこと……俺にはできないっ……

 

 

 ヨウコ対誠也(せいや)さん。

 ニーナ対直穂(なおほ)

 マナト対俺。

 

 俺たちは、なるべく痛みを与えないように攻撃を受け止め続けた。

 しかし、このままではジリ貧だ。

 本気で戦えない。傷つけたくない。

 だって相手は、俺たちの友だち。

 優しくて仲良しの、獣族の姉弟なんだからっ。

 

 

 

「プクク、アハハ……」

 

 仮面の男が、マスクの下で笑っている声が聞こえた。

 何が楽しい? 何が目的だ?

 お前は何者だっ! マナ騎士団っ!!

 

 

誠也(せいや)視点ー

 

 

「貴様ァァ!! 獣族達を開放しろっ! 男らしく正々堂々戦えぇ!!」

 

 ()誠也(せいや)は激怒しながら、仮面男に飛びかかった。

 しかしヨウコが防いでくる。

 慌てて攻撃を弱める。

 優しい獣族を、傷つけるわけにはいかない。

 

「ブクク……ダッタラ俺ヲ殺シテミロヨ、ザコ」

 

 ヨウコの向こう、仮面の裏で、男はいやらしく笑った。

 

「あぁ、言われなくてもなぁっ!!」

 

 私はさらに怒りを高ぶらせる。

 

誠也(せいや)っ、毒を抜かないとっ! 早く治療しないと死んじゃうっ!」

 

 フィリアの泣き叫ぶ声がする。

 安心しろ。タネは分かった。

 もう殺れる。

 

 ビュンッ!!!

 

 ヨウコが体勢を崩した隙をついて、私は握っていた剣を、仮面男へと投げつけた。

 

『ウギィィッ』

 

 ヨウコが痛がりながら、無理やりな動きで剣を防ごうと超反応を見せる。

 やはり、ヨウコは常に仮面男を守るように操作されている。

 だから、動きが読みやすい。

 剣を受け止めようとしたヨウコに、私の待ち構えた左脚がクリーンヒットした。

 

『うぁぁぁっ!!』

 

 ヨウコのうめき声。

 ヨウコの涙が弾けて、私の頬に跳ねる。

 

 かなり痛いだろう。

 

「すまない」

 

 私はヨウコを力強く、遠くへと蹴り飛ばした。

 

『ナニッ!?』

 

 仮面男は動揺し、逃げるように後ずさる。

 やはり予想どおりだ。

 この仮面男は、弱い。

 

「人を弄ぶんじゃねぇっ!!」

 

 私は怒りと共に、ヨウコが受け止めて落ちた剣を拾い上げて、

 仮面男の首へと叩き込んだ。

 

 ギギッ!

 

 右足が掴まれて、引っ張られた。

 勢いが止まる。

 ヨウコは遠くまで吹き飛ばしたはずだ、戻るには早すぎる、

 一体誰がっ!?

 

 まぁいい。素早く剣を振り抜け……

 当たるっ!!

 

 バチィィ!!!

 

 何者かに足を掴まれたせいで、刀の軌道がズレた。

 仮面男がしゃがみこんだせいで、首ではなく仮面をかすめて……

 パカンと、仮面が割れた。

 

 二つに割れた仮面が、カツンと、地面に落ちる。

 

「え……?」

 

 仮面の下の素顔。

 仮面男の正体を見て。

 私は絶句した。

 

「え……??」

 

 フィリアが、喉につまったような掠れ声を漏らす。

 

「ちぃっ! てめぇっ!! くそがっ!!」

 

 歪んだ顔で私の睨む男は、私のこの世で一番憎き相手、

 ギルアだった。

 

 ギルアは一週間ほど前まで、私の王国軍の部下だった。

 しかしコイツは、私大切な部下だった鈴を毒殺した。

 私も毒殺しようとした。

 私とフィリアを捕まえた。

 私を拷問した。

 フィリアを拷問した。

 フィリアを毎日家畜以下に扱い、純粋なフィリアを汚し、傷つけ、癒えないトラウマを植え付けた。

 

 お前……お前……だったのかっ……!!

 ぶち殺してやるっ!!

 

 脳の血管が切れた。

 私は我を忘れて、二撃目をギルアに叩き込もうとした。

 

誠也(せいや)さん危ないっ!!」

 

 直穂(なおほ)さんの声。

 

 ドゴッ!!!

 

 直後私は、戻ってきたヨウコに、腹を思いっきり殴られた。

 ナイフ切り傷の後遺症もあり、内臓を吐き出しそうなほど痛かった。

 私は殴り飛ばされた。

 完全に宙に浮いて、頭と背中から地面に激突した。

 

「うぐっ……」

 

 後頭部に何か刺さった。

 おそらく何か石が、頭にぶつかったのだ。

 ダメだ……意識が飛びそうだ……

 痛い、痛い……痛い……

 身体じゅうに力が入らなかった。

 だめだ。もう戦えない。

 私のそばには、フィリアがいる。

 目の前には宿敵、ギルアがいる……

 

 守らないと、フィリアを守らないと。

 立たなければ、立たなければっ!! 

 必死に気合を入れても、血まみれの身体は、言う事を聞いてくれなかった。

 

「それにしても派手に燃やしやがってあの女っ……こんな山火事……王国軍に駆けつけられると厄介なんだがなぁ……早く全員始末しねぇとなぁ……」

 

 感情の籠らないギルアの声が、やけに鮮明に、脳の奥まで響いてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十一発目「最悪再び」

 

誠也(せいや)視点―

 

 ヨウコに腹を突かれた痛みが、全身に響いていた。

 宿敵ギルアを目の前にした私は、私の身体は地に伏したまま、微動だにと動けない。

 

 仮面の男の正体は、ギルアだった。

 

 私の元同僚であり、鈴を殺した(かたき)である。

 フィリアを無茶苦茶な目に合わせた因縁の相手である。

 

 ギルアを守るように、獣族少女のヨウコとニーナが立ちはだかっていた。

 彼女たちの顔は恐怖に歪んでいた。

 私に助けを求める表情をしていた。

 

 そうか、さきほど私の足を掴んだモノの正体は、ニーナだったのか……

 ギルアが呼びつけたのだろう。

 

 ニーナやヨウコも被害者だ。

 彼女たち二人は、ギルアに身体を操られているのだから。

 敵はたった一人……

 

 

「お前は……何者だ? ギルア……」

 

 血の味がする口を開き、私はギルアに問いかけた。

 ギルアは王国軍で出会った時からずっと、理解できない存在だった。

 それでも私は、仲間だと信じていた。

 信じていたんだ……

 

「ぶふっ、あははははぁ……久しぶりですねぇ誠也(せいや)さーん。フィリアちゃんも久しぶりだね―」

 

 ギルアは心底楽しそうに笑った。

 

「ぎ……ギルア……っさま………」

 

 フィリアは、地に膝をついて、

 青ざめた顔で、震えながら……

 

「……わた……わたしっ……わたしはっ……」

 

 絶望と恐怖に染まった目で涙を流し。

 

「だめじゃないかフィリアぁ……勝手に逃げやがってぇ……これはまたお仕置きが必要かなぁ……」

 

 そんなギルアの言葉に……

 

「いやっ、ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!! ごめんなさいギルアさまっ」

 

 フィリアは壊れたように号泣し、地に手をつき頭を下げた。

 

 私は怒った。

 怒りのあまり、憤死してしまいそうだった。

 あのフィリアが……心の強いフィリアが……ギルアを恐れて正気を失っている。

 それだけ酷い仕打ちをした。

 ギルアはフィリアの身も心も、ぐちゃぐちゃに壊した男だ。

 フィリアに癒えないトラウマを植え付けて、フィリアは毎晩のように、悪夢にさいなまれている。

 

 

「ギルア貴様ぁぁぁあああ!!」

 

 血を吐きながら、私は叫んだ。

 殺してやる殺してやる殺してやるっ!

 重い身体に、キリキリと力を込めて踏ん張る。

 許さない、許さない、許さないっ!

 

 私は全身の痛みと毒に抗いながら、必死に立ち上がろうと試みた。

 

「アハハァ、おー怖い怖い……

 惨めですねー誠也(せいや)さーん。やれるもんならやってみろよザコが」

 

 ギルアは変わらない調子で笑っている。

 フィリアは俯いたまま放心していた。

 

 そして、私の身体は動かない。 

 力を入れても、ビクともしない。

 身体が重い……

 この感覚には覚えがあった。

 毒か……?

 

 刺されていたナイフに塗られた毒が、いよいよ回ってきたのだ。

 くそっ! 立てよっ! 動けよ身体っ!

 目の前に因縁の相手がいるんだぞっ!

 そして隣には、守るべき女がいるんだ!!

 

誠也(せいや)さんっ!」

 

 そんな時、

 私にかけよる声がした。

 直穂(なおほ)さんの声がした。

 

「【超回復(ハイパヒール)】っ!!」

 

 回復魔法に包まれて、全身の傷が癒えていく。

 毒が浄化されていく。

 戦う力が湧いてくる。

 

誠也(せいや)さん、あいつがギルアなんですか?」

 

 怒気をはらんだ直穂(なおほ)さんの声が、私に尋ねる。

 

「あぁ……あいつがギルアだ……

 フィリアを酷い目にあわせたクソ野郎だ……」

 

 力を取り戻した私は、剣を握り立ちあがった。

 そして、ふぅと深呼吸する。

 そうすることで、状況を冷静に俯瞰できた。

 戦場においては、常に冷静なものが負けないのだ。

 

 私は直穂(なおほ)さんに耳打ちした。

 

直穂(なおほ)さん、作戦がある。

 ニーナとヨウコは私が引きつけておく。 

 だから、行宗(ゆきむね)くんと直穂(なおほ)さんは、どちらかが賢者か天使になってくれないか?」

 

「分かりました。時間稼ぎは頼みます。

 でも気をつけてくださいね……

 彼はおそらく、マナ騎士団という奴らの一員です。

 とても卑怯で強いですから」

 

 マナ騎士団……?

 それは、大昔に滅んだマナ王国の、騎士団の名前だが……

 ……まぁいい、今は関係ない。

 

「はは、アイツの卑怯さは、嫌というほど知っているさ……」

 

 直穂(なおほ)さんとの会話を終え、私はフィリアに向けて叫んだ。

 

「フィリアっ! 聞こえるか? 私の声がっ!

 私だっ、誠也(せいや)だっ!

 もう二度と、フィリアを怖い目になんて遭わせないっ!

 だから怖がらなくていいっ!

 お前は私が、この誠也(せいや)がっ、必ず守るからっ!!」

 

「……せいや……っ」

 

 私の言葉に、ハッと我に返ったように、フィリアが顔を上げる。

 

「あぁ! 私は誠也(せいや)だっ!

 フィリアを愛している男だっ!

 約束しただろう? 上書きしてやると……

 このギルアのクソ野郎は、私が必ず始末してやる!

 だからっ! 安心して見ていろっ! フィリアっ!!」

 

「……うっ……ふっ……ぅぁあ……」

 

 フィリアは私を見て、また泣き始めた。

 でもその涙は恐怖ではなく、安心の涙であることは、その表情を見れば分かった。

 

 もう決して怖い目に遭わせない。怯えさせない。

 フィリアの笑顔は私が守る。私がフィリアを幸せにする。

 これからも、死ぬまでずっと、

 私はフィリアと添い遂げるのだ。

 

 剣を握る手に力が籠もる。

 グッと足で地面を踏みしめ、腹に力を込める。

 集中しろ…

 私は今から、ギルアに攻撃を与え続ける。

 しかし私の攻撃は、ニーナやヨウコに簡単に防がれるだろう。

 ヨウコ一人でさえ、掻い潜って一撃与えるのに苦労したのだ。

 ニーナとヨウコ二人を相手に、ギルアに攻撃を通すのは至難の技だろう……

 

 でも、それでいい。

 私の役目は、ギルアに攻撃を与え続けて、ニーナとヨウコの二人を引きつけた状態で時間を稼ぐことだ。

 

 時間さえ稼げば、行宗(ゆきむね)くんか直穂(なおほ)さんが、きっと……

 

「ギルアぁぁぁああ!!!」

 

 私は叫びながら、ギルアへ向かって斬りかかった。

 ギルアに操られたニーナとヨウコが、私の前に立ちはだかる。

 

 

 ★★★

 

新崎直穂(にいざきなおほ)視点―

 

行宗(ゆきむね)聞いてっ!

 私が天使になるからっ! 行宗(ゆきむね)はマナトを抑えておいてっ!」

 

 ()新崎直穂(にいざきなおほ)は、万波行宗(まんなみゆきむね)にそう告げた。

 私は近接戦闘が苦手だから、マナトを抑えておくには行宗(ゆきむね)が適任だ。

 だから天使になるべきなのは私だ。

 

「わ、分かった…… 

 でも…… だ、だいじょうぶか?

 一人でできるか直穂(なおほ)っ?」

 

 行宗(ゆきむね)の明らかに動揺した声がした。

 一人でできるかって……そんなこと聞かないでよっ……

 めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたじゃないっ!

 

「ば、ばかにしないでっ!

 私にだってできるからっ! 戦えるからっ!」

 

 上ずった声でそう叫んで、私は木の陰に隠れた。

 メラメラと燃え盛る夜の森……

 木陰にしゃがんだ私の手は、ガタガタガタと震えていた……

 

 クラスメイトと戦ったあのボス戦で、私は天使になることを躊躇った。

 みんなのいる中でオ◯ニーするなんて、とてもじゃないけどできなくて……

 でも行宗(ゆきむね)は、賢者になって戦った……

 

 今度は私が戦う番だ。

 天使になってみんなを守る。

 

 でも……

 怖い………

 怖いよ……

 

 全身に寒気がして、手の指先が震えた……

 心臓を死神に掴まれたようで、地獄に引きずりこまれるような感覚。

 嫌な汗が、ぶわっと滲み出した。

 

 この戦いの命運は、私にかかっていた。

 行宗(ゆきむね)誠也(せいや)さんが、命がけで戦っているなかで……

 私は一刻も早く、天使にならないといけない。

 

 震える手を抑えながら、下半身に潜り込ませて、必死に深呼吸をする……

 

 でも、全然楽にならない……

 息苦しい……

 感覚が冷えて、何も感じなくなっていった……

 焦る……焦る……どんどんと怖くなる。

 早く、早く、戦わなくちゃいけないのに!

 じゃないと、みんな殺されちゃうのにっ!

 急がないと、急がないとっ……

 

 たった一瞬が、無限の時間に感じられた。

 呼吸が荒い、心臓が早鐘を打っていた。

 

 開始してから、どれだけたっただろうか……

 生きた心地がしなかった。

 まだ……なんで?

 なんで私は………

 

 

 

 

直穂(なおほ)っ!!!」

 

 そんなとき、私の耳に……

 愛する彼の言葉が届いてきた。

 行宗(ゆきむね)の声だ。

 

直穂(なおほ)っ! 

 俺は直穂(なおほ)のことが好きだっ!

 この世の誰よりも愛してるっ! 

 その優しい声も、屈託ない笑顔もっ、控えめなおっぱいも、エッチな身体も……

 全部ぜーんぶ大好きだっ!」

 

 っ……!!

 

 最愛の彼からの、愛の言葉を受けて……

 冷えていた私の心臓が、トクンとときめいた。

 

 好きって言ってもらえて嬉しかった。

 彼からの熱い想いが、私への愛が、

 私の心に伝わって……

 全身が熱くなって、のぼせてしまいそうだ。

 

直穂(なおほ)とキスすると、いつも胸がおどるんだっ!

 めちゃくちゃ興奮するっ!

 耳元で囁かれるのも、ぎゅっとだきしめられるのも、人生で一番幸せな瞬間なんだっ!

 だからっ……!!」

 

 キン、キンと剣のぶつかる音がする……

 今も行宗(ゆきむね)は、私のために戦ってくれているのだ。

 私に期待してくれている。私を信じてくれている。

 私に言葉を投げかけて、励ましてくれている……

 

「俺は世界で一番、新崎直穂(にいざきなおほ)が大好きだっ!

 良いところもだめなところも全部ひっくるめて、新崎直穂(にいざきなおほ)が好きなんだっ! 

 我慢されてごめんっ! 意地張ってごめんっ!

 きっと不安にさせたよなっ……

 俺と結婚してくれ直穂(なおほ)っ!

 この戦いが終わったら、二人で幸せになろうっ!

 一つになろうっ!

 約束したいんだっ!

 この先の未来、たとえどんなことがあってもっ!

 たとえ現実世界に帰れなくてもっ!!

 俺は直穂(なおほ)と添い遂げたいからっ!!」

 

 私の視界が、涙で滲んだ。

 嬉しかった。凄く嬉しかった。

 それはおそらく、私が一番欲しかった言葉だった……

 

 この世界に召喚されてから、一週間が過ぎて、

 現実世界に帰る方法どころか、和奈(かずな)もクラスメイトも大変なことになっていて……

 でも、それでも……この先にどんな運命が待っていようと……

 私は、行宗(ゆきむね)と一緒に、ずっと……

 

 それはそうとして……

 この戦いが終わったら結婚だなんて、完全に死亡フラグだけどね……

 

 

「だからっ! この戦いは勝たなきゃだめだっ! 戦おう直穂(なおほ)っ!

 そして勝って、そのあと無茶苦茶セ◯クスしようっ!!」

 

 ふふっ。

 思わず笑みが溢れた。

 最後の一言が余計なんだっての、行宗(ゆきむね)は……

 

 ううん、嘘……

 ほんとは私も期待してる。

 ずっとずっと行宗(ゆきむね)と、もっと深いところで一つになりたかったから……

 凄く興奮する……

 ……言質は取ったからな?

 男に二言はないんだよな?

 ふふ、楽しみだよ……

 

 口から甘い吐息が漏れ出した。

 幸せと興奮でおかしくなりそうだった。

 そうだ、もっともっと、おかしくなれ、

 私は新崎直穂(にいざきなおほ)だ。

 万波行宗(まんなみゆきむね)の彼女で、彼の妻になる女だ。

 そして旦那に劣らないぐらいの、頭の中まっピンクなド変態なんだからっ!

 

「私もっ……!」

 

 私も答えなければいけない。

 彼のプロポーズに対する私の返事を……

 そして夢を語るんだ。

 彼と私と、これからの人生のことを。

 

「私もっ、行宗(ゆきむね)を愛してるっ!

 優しくて、男らしくてっ、かっこよくてっ、

 そんな行宗(ゆきむね)が大好きなのっ!

 うんっ! 結婚……シよっ!!

 私も行宗(ゆきむね)と結婚してっ、もっとイチャイチャしてっ! 子供も沢山産んでっ!

 死ぬまで行宗(ゆきむね)のそばにいたいからっ!」

 

 思いのたけをぶちまけた。

 高揚感と(いと)しさで、身体じゅうが熱い……

 熱くて熱くて火傷しそうだ。

 全身が火照って熱い。

 幸せで、心臓が暴れて、

 すごく興奮する……

 

 あぁ好き、好き、

 好きだよ行宗(ゆきむね)くんっ……

 好き、好き……

 大好き、

 大好きだから………

 

 私は、戦う。

 この戦いを乗り越えた先で、私は行宗(ゆきむね)と、一つになる……

 負けるわけにはいかないんだからっ!!

 

 この階段を、一気に駆け上がろう。

 登った先で、幸せが待ってる。

 

「んんっ!」

 

 

 そして、私は、

 戦う天使となった。

 駆け巡る身体の震えとともに、

 全身が純白の光でつつまれて……

 

 私は……天使だ。

 私が、この戦いを終わらせる。

 

 邪魔な敵を、ギルアを、ぶっつぶす!!

 

 

 ★★★

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点ー

 

 直穂(なおほ)に言われた通り、俺はマナトの動きを抑え続けた。

 ギルアがマナトに投げ与えた剣と、俺の剣が交錯する。

 俺はマナトの動きを見極めながら、防御に専念していた。 

 

 マナトを傷つけるわけにはいかないからな。

 マナトは恐怖に染まった顔で、混乱の悲鳴を上げ続けている。

 ニーナやヨウコも同じだ、獣族語で何かを叫んでいるけれど、

 俺には聞き取れない……

 

 真剣と真剣の戦い。

 一歩間違えて、剣で喉を捌かれれば即死である。

 

 だが、俺は高レベルになったおかげだろうか

 それとも誠也(せいや)さんの猛攻で、ギルアに余裕がないせいだろうか?

 マナトの動きは単調だったので、防ぐのは比較的に楽だった。

 これでいい、時間を稼ぐんだ。

 

 誠也(せいや)さんは、ニーナやヨウコと戦いながら、ギルアを攻め続けていた。

 誠也(せいや)さんの攻撃は、ギルアに届く前にすべて防がれてしまっていたけれど……

 でもそれでいいのだ。

 時間さえ稼げば、直穂(なおほ)は必ずやってくれる……

 

 そんな時……

 ふとあの時のことを思い出していた。

 最初のボス戦で、俺がオ◯ニーした時のこと……

 あの時の俺は、死の恐怖のあまり、ぜんぜん立ち上がれなくて、

 怖さのあまり、ぜんぜん興奮できなかった。

 

 もしかしたら、今の直穂(なおほ)も、同じような状況なんじゃないだろうか?

 今まで、直穂(なおほ)が天使になるときは、常に俺がそばに居た。

 もしくは声を掛け合っていた。

 

 思えば最初のボス戦でも、直穂(なおほ)が俺に駆け寄ってくれて、

 抱きしめて、オカズにすることを許してくれたから……

 

 俺は賢者になれたのだ。

 

 今度は俺の番だ。

 

 きっと直穂(なおほ)は今、森の木陰で一人、不安と恐怖でいっぱいだろう。

 俺は戦闘中で、そばにいれなくても、言葉だけでも、

 俺は直穂(なおほ)を、安心させたいんだ。

 

 そして、俺は、直穂(なおほ)にプロポーズを叫んだ。

 

 

 

 

 

 そして直穂(なおほ)は……

 

 純白の光を身にまとい……

 

 天使となった。

 

 

 ★★★

 

 

「チッ! しつこい野郎がっ!」

 

 ギルアは冷や汗をかきながら、ニーナとヨウコを操り、誠也(せいや)さんの攻撃を食い止めていた。

 

「ギャッ!」

 

「うぅぅっ!」

 

 攻撃を受け止めるたび、ヨウコやニーナが悲鳴を上げる。

 

「クソ野郎が……」

 

 誠也(せいや)さんは歯噛みしながら、それでも攻撃の手を止めない……

 そしてついに、その時はやってきた。

 

 キィィィィンという閃光とともに……

 大地に天使が舞い降りた。

 

「待たせてごめんね……」

 

 そう冷たい声を吐く、天使となった新崎直穂(にいざきなおほ)は……

 ギルアを鋭く睨みつけた。

 

「チッ! クソがぁぁ!」

 

 ギルアの明らかに動揺する声。

 形勢が逆転した。

 今この場で群を抜いて強いのは、天使となった新崎直穂(にいざきなおほ)である。

 

「あまりこの手は使いたくなかったんだがなぁ……そうも言ってられねぇか……」

 

 ギルアは真剣な目つきに豹変し、ポケットに手をやり……

 

「コードMゥ!!」

 

 不可解な単語を叫んだ。

 そしてポケットの中から、三本の薬の瓶を取り出した。

 

 ギルアが後方へ飛び、誠也(せいや)さんに対して距離をとる。 

 つられてニーナやヨウコも、ギルアのそばへと引き寄せられて、

 ()万波行宗(まんなみゆきむね)と戦っていたはずのマナトも、ギルアへ向かって走り出した。

 

 獣族姉弟たちが、ギルアの元へと呼び寄せられていく……

 

「何をする気だ?」

 

 誠也(せいや)さんが警戒した様子で動きを止めた。

 

 

 違和感……

 その違和感は、すぐに嫌な予感へと変貌した。

 心臓の音が嫌にうるさい。

 

 ギルアは、三本の瓶を握りしめて……

 それぞれ、ニーナと、ヨウコと、マナトめがけて投げつけた。

 

 空を舞う、赤い液体の入った瓶……

 その瓶には見覚えがあった。

 

 あ……あぁ、だめだ……

 それを飲んじゃ……だめだっ!

 

 俺はすぐさま、マナトを追いかけて走り出した。

 

「だめぇぇぇえええ!!!!!」

 

 直穂(なおほ)が絶叫を上げて止めにかかる。

 だめだ、だめだっ!

 それを飲んじゃだめだっ!

 

 なんで警戒していなかったっ! バカなのか俺はっ!

 あれはっ! あの薬はっ!

 マルハブシの猛毒だっ!

 俺たちのクラス全員が、ボス戦前に飲まされた猛毒だっ!

 

 あのときステータス画面で見たあの文面は、今でもトラウマのように一言一句覚えている。

 

 ーーーーーーーーーー

 状態異常 マルハブシの猛毒

 約一時間の間、ステータスを限界値まで引き上げ、その後、死に至らしめる。

 治療法のない猛毒。

 ーーーーーーーーーー

 

 短時間のパワーアップと引き換えに、飲んだ者を死に至らしめる猛毒。

 俺たちの場合は、クラスの番長岡野大吾(おかのだいご)が【ネザーストーン(願いを叶える石)】に願ったお陰で、助かることができたけれど……

 文面にもあるように、基本的に”治療法のない”猛毒である。

 

 

「飲んじゃだめだァァァ!!!」

 

 

 俺は叫び、マナトを必死で追いかける。

 マナトは、投げつけられた薬の瓶を手で受け止めて、

 その瓶を、口元へと……

 

 ぐっ……

 俺は、ギリギリでマナトに追いついて、薬瓶を握る手を右手で握って食い止めた。

 そして力を込めて、薬瓶をマナトの手から引っ剥がし、地面に叩きつけてバリンと割った。

 

 その時だった……

 視界の中に、信じられないものが写っていた。

 死を噴きながら空を舞う、切り落とされた人間の腕だ。

 二の腕で切断されたその腕は、俺とマナトの間を舞った。

 

 それが俺の右腕だと気づくには、数瞬を要した。

 俺の右腕は、マナトの剣によって、完全に切り飛ばされていた。

 

 

 ★★★

 

新崎直穂(にいざきなおほ)視点―

 

 あ……あぁ…

 私は、頭の中が真っ白になっていた。

 

 ギルアは奥の手として、マルハブシの猛毒……

 つまりボス戦で私達が飲まされたものと同じ、

 一時間の超ステータスアップとひきかえに、その後死んでしまう猛毒を、ニーナとヨウコとマナトに飲ませようとした。

 

 ニーナとヨウコは、止められなかった。

 彼女たちは、マルハブシの猛毒である赤い液体の入った瓶を受け取り、それを飲み込んでしまった。

 

 でもマナトだけは、行宗(ゆきむね)が食い止めてくれた。

 行宗(ゆきむね)は死にものぐるいでマナトに飛びつき、薬瓶を地面に叩きつけて飲むのを阻止した……

 しかし……

 

 その一瞬の隙に、マナトの剣は、行宗(ゆきむね)の右腕を斬り飛ばした。

 

 そして、もう一方で……

 マルハブシの猛毒を飲んでレベルが倍増したニーナとヨウコが、凄まじい速度で誠也(せいや)さんに襲いかかり……

 誠也(せいや)さんの腹を、2本の剣で貫いた……

 

 腹を貫通されて、血を撒き散らす誠也(せいや)さん…

 右腕を失い、絶叫する行宗(ゆきむね)……

 

 それでも、ニーナとヨウコとマナトは、容赦なく二人に襲いかかった。

 

 あ……あぁ……ぁああ……

 

「だめぇぇええええ!!!」

 

 私は混乱しながら、ガタガタの恐怖に身を震わせながら……

 マナトとニーナとヨウコに、閃光の一撃を叩き込んだ。

 

「うぁあああああ!!!」

 

 そして私は絶叫しながら……

 諸悪の根源、ギルアへと、全身全霊の一撃を放った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十二発目「惨禍」

 

―ヨウコ視点―

 

 どうして……

 身体の自由が効かない。

 気づいたら、私たちは、誠也(せいや)さんにナイフを突き刺していた。

 止まらない。止められない。

 自分の身体が、自分の意志とは関係なく暴れまわる。

 どうして……

 

「ニーナ姉っ! ヨウコ姉ちゃんっ! 助けてっ!」

 

 私の大切な弟が叫んでいる。 

 私達は、まるで操り人形のように、戦わされていた。

 

 私の病気を治療してくれたフィリアさんを、私の手は傷つけてしまった。

 誠也(せいや)さんを、何度も傷つけてしまった。

 

「いやだ……なんでっ、止まってよっ!!」

 

 嘆いても、嘆いても、身体は言うことを聞かなかった。

 

 痛い、痛い、痛い……

 

「マナトっ! ヨウコっ! 落ち着いて、大丈夫だからっ!」

 

 そんななか、ニーナ姉は、私たちにそんな言葉をかけてくれた。

 

誠也(せいや)さんも直穂(なおほ)さんもみんな、私達を解放しようと戦ってくれているからっ!

 きっと大丈夫っ!

 私達を助けてくれるはずだからっ!」

 

 ニーナ姉の言葉に、私はなんとか正気を保ちながら、

 私は抗った。

 目の前には、苦しそうに顔を歪めながら、私と戦う誠也さんがいた。

 

「コードM」

 

 その号令で、私の身体はまた動いた。

 後ろにジャンプして、投げつけられた薬瓶をキャッチする。

 その手は私の意志とは関係なく、私の口元へ、

 

「だめぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 直穂(なおほ)さんと行宗さんが、血相を変えて私達の方へと走り込む。

 嫌な予感はずっとあった。

 禍々しい真紅の液体。

 

 この液状の薬を飲んでしまったら、わたしたちは、きっとろくな目に遭わない。

 怖くて、怖くて、身体が震えて、

 それでも、

 瓶の口に口づけし、赤い液体は私の口の中へ、喉の奥へと流れ込んでいった。

 飲み込んでしまった。

 

 すぅぅ……と、頭が冴え渡り、

 身体が熱をもち、

 信じられないぐらい身体が軽くなった。

 私は、強い。

 すごく強くなった。

 まるで神様になったみたいに、頭がふわふわして、気持ちよかった。

 

 そう思ったのもつかの間。

 身体がまた、勝手に動いた。

 動きが速すぎて、何が起こったか分からなった。

 

 気づいたときには、もう遅かった。

 目の前には、血を吐く誠也(せいや)さん。

 私とニーナ姉の剣が2本、誠也(せいや)さんの腹部を深々と貫いていた。

 

「あ……?」

 

 私とニーナ姉の声が重なる。

 乾いた裏返った、絶望の声。

 

「せ、いや……?」

 

 フィリア姉の、愕然とした声が、頭の中にこだました。

 そして私たちの身体は、

 無情にも、また勝手に動き始めた。

 今度こそ、誠也(せいや)さんの息の音を止めようと……

 

 だ、だめ、だめっ、

 嫌だっ!!

 私はっ、人殺しなんかしたくないっ!

 止まれっ!! 止まれっ!

 止まれ私の身体っ!

 

「だめぇぇええええ!!!」

 

 そんなとき、直穂(なおほ)さんの叫び声が聞こえて、

 空から純白の光が降ってきた。

 それは、私とニーナ姉の身体を包み込んで、

 灼いて、熱くて、溶けてしまいそうで、

 痛くて、痛くて、死にそうなほど痛くて……

 でも……

 

 ありがとう、

 私を止めてくれて……

 

 

 

 

 

―フィリア視点―

 

「せ、いや……」

 

 ニーナとヨウコによって、誠也(せいや)のお腹が刺された。

 こんどはナイフなんて甘いものじゃない、長い剣だ。

 早く治療しないと、死んでしまう。

 

 あ……あぁ……

 

 わけが分からなかった。

 なんて地獄だろうか……

 どうして、ギルアがここにいるんだ。

 また、オレで遊びにきたのか?

 酷い目にあわせにきたのか?

 怖い、怖いよ……

 

 オレはっ、ギルアに、壊された。

 王国軍に捕まっていた一週間、寝ても起きても、痛くて、辛くて、死んだほうがマシな地獄だった。

 怖い、怖い……

 助けて、せいや……

 お願いだっ。

 もう、怖いのは、嫌だよっ……

 

 

 

 

 

新崎直穂(にいざきなおほ)視点― 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 2発の閃光を放って、伸び切った右手が、ガタガタと震える。

 

「あ……あぁ……うぅ……」

 

 心臓が凍えるほど冷たいくせに、心音だけは早鐘を打っていた。

 汗がどっと噴き出る。身体がずっしりと重い。

 

 もう、取り返しがつかない……

 ない、ない、やっぱりないよ……

 

 一発目を打ち込んだ砂煙の向こう側。

 あるはずのものがなかった。

 マナトくんの生命の気配(・・・・・)が、なかった。

 

「……っうぅぅっ!!!」

 

 マナトくんが、死んだっ。

 殺した。

 殺してしまったっ!

 私の手で、私の閃光でっ!

 

 行宗(ゆきむね)がっ、右腕を犠牲にしてまで守ったマナトくんをっ!!

 私は……

 殺してしまったんだ……

 

  っつ………!

 

 あぁ……あぁ………!!!

 

 あぁああああっ!!

 

 全身が戦慄した。

 一瞬が永遠に感じた。

 まるで私だけが、世界から切り離されたみたいに、

 この世の全てから否定されて、後ろ指を刺されて拒絶されたみたいに……

 

 私、新崎直穂(にいざきなおほ)は、人殺しだ。

 私の閃光は、マナトくんの息の根を止めた。

 

「あぁあああぁあああっ!!」

 

 声にならない絶叫。

 自分の声とは思えない。

 もういっそ、消えてしまいたい、この世から、

 私は、生きていてはいけない人間なんだ。

 

『マナト……??』

 

 その時、心の声が聞こえた。

 裏返ったみたいな、信じられないみたいな、そんな声だった。

 

 そして、私は、

 飛びかかってきたニーナの拳で、殴り飛ばされた。

 

 私の身体は一瞬で地面に叩き落される。

 痛い、痛い、痛い……

 

 涙で前が、何にも見えなかった。

 

『いやだ……もう戦いたくないっ……』

 

 そう訴え続けるニーナの生命の気配が、私に追い打ちをかけようと、再び襲いかかってきた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私は……私は……

 私はどうすればいいの?

 

 何も出来ずに、今度はお腹を抉られる私。

 空高くぶっ飛ばされて、慌てて超回復を自分にかける。

 

「強いな、ニーナちゃん。

 当然か、マルハブシの猛毒を飲んだんだもんね……」

 

 私は力なく、そんなことを呟いた。

 

『それは……さっき飲まされた薬のことですかっ?』

 

 ニーナの意識が、私に問いかける。

 

「うん……そうだよ。

 強さと引き換えに、1時間後に死んでしまう薬……

 私は、誰も助けられない。

 あなたも、ヨウコも……マナトも……

 1時間後には、みんな死ぬ……」

 

 絶望……

 何の意味もない戦い。

 ニーナが私を倒しても、私がニーナを倒しても、

 ニーナの命は助からない……

 

『そんな……嘘だっ……嘘だっ!!』

 

 動転したニーナの様子を、冷たい目で眺めている自分がいた。

 そんな自分に、また自己嫌悪してしまう。

 気持ち悪い。

 戦いたくない。

 私が◯ねばいいのに……

 

 希望はもう、どこにもない……

 

 

「キャハハハハ! とんだ地獄絵図だなぁ!

 シルヴァのバカのせいで、コイツは枯渇してるんだが、背に腹は変えられねぇ!

 マルハブシの猛毒って奴だぁ、身に覚えはあるだろう?

 救いなんかねぇよ。お前を倒してしまいだァ!!」

 

 遠くから、あの男が、ギルアが……

 私を見て笑っていた。

 

 それを見て、少しだけ、

 私は冷静になった。

 

 意識を集中させる。

 

 ヨウコの生命の気配がある。

 誠也(せいや)さんの生命の気配がある。

 行宗(ゆきむね)の生命の気配がある。

 フィリアの生命の気配がある。

 

 ニーナの生命の気配がある。

 私の生命の気配がある。

 

 マナ騎士団……ギルアの生命の気配がある。

 

 今の私には、みんなの感情が、なんとなく分かった。

 

 行宗(ゆきむね)も、誠也(せいや)さんも、フィリアも、

 ニーナも、ヨウコも、

 みんな、私に救いを求めていた。

 

 ギルアを倒してほしいと、

 私に信じて託してくれた。

 私のために稼いでくれた時間。

 

 私は、戦わなきゃ……

 

 この先に、どんな地獄がまっていようとも……

 もう後戻りなんてできない。

 後悔は、あとで幾らでもすればいい。

 

 戦え、戦えっ、戦えっ!!

 

 ギルアを、アイツをっ! ぶっとばすっ!!

 

 キィィィィン!!!

 

 私は手のひらのなかに、閃光を溜めた。

 そして、驚くほど冷静に、

 ギルアに向かって、人を殺すための閃光を放った。

 

 ドォォォォォ!!!!

 

 その直線上に、私の魔法を防ぐように、飛び込む一つの生命の気配があった。

 

 ヨウコだった。

 

『ぎゃぁあああぁ!!』

 

 私の本気の閃光は、ヨウコの身体に直撃して灼いた。

 痛みと熱で、発狂するヨウコの声……

 

 私の心が、バキッと壊れる音がした。

 

 ヨウコの後ろでは、ギルアが、無傷でニヤニヤと笑っていた。

 

 私はまた、ギルアへ向かって閃光を放とうと、手を掲げたけれど……

 手が、震える……

 全身が、寒い……

 涙が溢れて、何も見えない。

 何も分からない。

 私は……

 

『もう"やだぁっ! 助けてぇっ!!』

 

 そう叫ぶニーナが、私を地面へと蹴り落とした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 だめだ……

 だめだだめだっ……

 

 こんなのってないよっ……

 私は、もう、誰も、傷つけたくない……

 でも、

 戦わなきゃ……

 誰か……

 たすけて……

 

直穂(なおほ)っ!!」

 

 そんな時、可愛らしい声がした。

 フィリアちゃんの声だった。

 

「状況はどうなってるっ!? オレは、どうすればいいっ?」

 

 声のする方へ顔を上げると、

 フィリアちゃんが叫んでいた。

 血まみれの誠也(せいや)さんを抱えながら、私に……

 私は、口を開いた。

 

「お願い……薬を作ってっ……!

 ヨウコちゃんとニーナちゃんは、マルハブシの猛毒っていう毒を飲まされて、1時間後には死んでしまうのっ!

 だからお願いっ! 治療法を見つけてっ!」

 

 私は叫んだ。

 私達は今、マグダーラ山脈で手に入れた大量の薬剤を持っている。

 マグダーラ山脈の別名は、薬の大ダンジョン。

 神様が作ったあらゆる薬剤が揃っているんだよね?

 私達は、和奈の病気とフィリアの父の病気を治すために、命がけでマグダーラ山脈に行ってきた。

 きっと、マルハブシの猛毒だって、

 フィリアちゃんの腕なら、治せるはずっ!

 

「お願いっ! みんなを助けてっ!」

 

 私は叫ぶことしかできないから、必死に叫んだ。

 ニーナが私の方へ、鋭く迫ってくる。

 振られた蹴りを、かろうじて避ける。

 

 私は……どうすればいいのだろうか……

 手が震えて、涙が溢れて……

 ニーナの攻撃を、受け続けることしか出来なかった。

 

直穂(なおほ)さんっ……直穂(なおほ)さんっ……!!』

 

 前から、心の声が聞こえる。

 

『聞こえてるんですよねっ、私の声がっ……』

 

 ニーナの心の声だ。

 ニーナはギルアに操られたまま、私への攻撃は止まらない。

 

直穂(なおほ)さんっ……お願いですっ……

 このままじゃ全員死んでしまいますっ!

 あの男のっ、ギルアの思い通りになってしまいますっ!

 だから……』

 

 そうだね。

 その通りだよ、ニーナ。

 でもっ……

 

『だから、直穂(なおほ)さん。

 私をっ、私たちを……』

 

 だめ……

 そんなことっ……!

 

『私とヨウコを、迷わず殺してくださいっ……!

 そしてっ……

 ギルアを倒して、私たちの敵をとってくださいっ!!

 まだ、今なら間に合いますっ!

 あなたたちは、助かることができるっ!!』

 

「そんなこと出来るわけないっ!!!」

 

 できないっ……

 たとえそれが、ただしいことだとしても……

 私は……

 私はっ……!!

 

 ドゴッ!!

 

 ニーナの拳が、私のみぞおちに抉りこんだ。

 痛い痛い痛い……

 

 追撃とばかりに、ニーナの手のひらから、真っ赤な炎の魔法が揺らめいた。

 あれ……?

 魔法もつかえるの?

 まずい、避けなきゃっ……

 

 ボボォォ!!

 

 私の身体は、灼熱の炎に包まれる。

 意識が飛びそうだ。

 

 地面に倒れて、うつ伏せになる。

 

「【超回復(ハイパヒール)】……」

 

 なんとか自分を回復して、また立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 この地獄は、いつまで続くのだろうか……

 

 

 

直穂(なおほ)っ! 無理だっ!

 誠也(せいや)の傷口が開いちまったっ!

 オレはっ、誠也(せいや)の治療に専念しないとっ!」

 

 フィリアちゃんの声がした。

 そうか……そうだよね。

 フィリアちゃんは、誠也さんを選んだ。

 

 私も、選ばないといけない……

 何を選んで……何を捨てるか……

 私にとって、一番大切なものを、選ばなければいけない……

 

直穂(なおほ)さんっ!

 私はもう誰も傷つけたくありませんっ!

 だから、どうかお願いですっ! その手で私を止めてくださいっ!』

 

 ニーナの声。

 

『ニーナ姉っ! ばかなことを言うなっ!

 私達は、みんなで生きるんだろっ!

 約束したじゃないかっ!』

 

 ヨウコちゃんの声。

 

直穂(なおほ)っ! もう時間が経ってるっ!

 天使になれる時間はあとわずかだろうっ!

 早く決断しないと、みんな殺されるっ!」

 

 フィリアちゃんの声が、私の脳に響いてくる。

 そうだ……残り時間。

 私がなんとかしないと、みんながっ。

 決断……

 

直穂(なおほ)さんっ!!』

 

 ニーナちゃんの顔をみて、ヨウコちゃんの顔をみて、

 その向こう側では、赤白マントのギルアが、私の天使スキルが尽きるのをまっている。

 

 キィィィ!!!

 

 私は力なく、閃光をギルアに放った。

 しかしそれは、身を挺したヨウコによって食い止められる。

 そして、ニーナが、私の方へ……

 

「できない……」

 

 私には、できない。

 誰かの息の根を止めることなんて……

 

「あ………」

 

 突然、糸が切れたみたいに、身体が重くなった。

 翼を失った私は、地面に落下した。

 痛い……

 

 天使の10分間が、終わった。

 

「っ………」

 

 もう、力は残っていない。

 ギルアの口角が、ニヤリと上がるのが見えた。

 もう、生命の気配は見えない。

 ニーナとヨウコの心の声も、聞こえない。

 

「……………!!」

 

 そして、ニーナが私の方へと、

 トドメを刺そうと飛びかかってくる。

 

 もう天使じゃないはずなのに、ニーナの動きはやけにスローモーションに見えた。

 あぁ、これが、走馬灯というやつだろうか……

 

 目尻から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 

「ごめん……なさい……」

 

 結局私は中途半端で、何も選択できなくて……

 また間違えて、最悪の結果をもたらした。

 

 ごめんね……行宗(ゆきむね)……

 私は、ヒーローにはなれなかった。

 最低の人間だ……

 

 あぁ、このまま、私は死ぬ。

 私のあとは、フィリアちゃんも、誠也(せいや)さんも、行宗(ゆきむね)も、

 順番に殺されてしまうだろう。

 最悪のバッド・エンド。

 

 あぁ、そっか、

 私達がここで死ねば、和奈(かずな)の命も、フィリアのお父さんの命も、助からない……

 

 なにも得られない。

 

 全部、私のせいだね……

 

 私は、悪い子だ……

 

 ニーナの一撃が、翼を失った私へと……

 

 

 

 

 グサァァァ……

 

 

 そして、

 私の眼の前で、血が爆ぜた。

 

 私は痛みを感じなかった。

 

 おそるおそる、目を開ける。

 

 そこには、白い光を纏った。

 賢者となった行宗(ゆきむね)がいた。

 

 行宗(ゆきむね)は、賢者の白い大剣で、

 ニーナちゃんのお腹を刺していた。

 

 

直穂(なおほ)

 ……君は人殺しじゃない……

 マナトは死んでない。しばらく心臓が止まっていただけだから……」

 

「え……?」

 

 マナトは、死んでない??

 私は、何も、理解できなかった。

 

『……………………』

 

 ニーナちゃんが、血を吐きながら、

 安心した表情で、

 獣族語でなにか呟いていた。

 

「……うん、ニーナ。

 必ず伝えておくよ……

 ごめんね。助けられなくて……

 ……おやすみ……」

 

 暗い顔でそう呟く行宗(ゆきむね)は、右腕を失っていた。

 血をボタボタと垂らしたまま。

 行宗(ゆきむね)の言葉を聞いて、ニーナは安心したように息をついた。

 

直穂(なおほ)……

 君を人殺しになんてさせない。

 辛い役目を押し付けてごめん……

 人殺しは俺だけでいいから……

 ……」

 

 行宗(ゆきむね)はそう言って、ニーナのお腹から剣を引き抜いた。

 ニーナは脱力し、目を閉じて、微笑みながら。

 

『…………』

 

 何かを言って、私の眼の前に倒れて、

 そのまま動かなくなった。

 

 

 なんで……

 

「ごめんね、直穂(なおほ)

 俺は、ギルアを倒してくるから……」

 

 なんでっ!!!

 

 また、私は、行宗(ゆきむね)に全てを任せてしまった。

 責任も、決断も、

 全て後回しにして逃げ回って、

 

 また行宗(ゆきむね)に、辛い役目を負わせてしまった。

 

 あぁ、そうだ。

 回復しないと……

 行宗(ゆきむね)の右腕を、治療してあげないと……

 

 身体がまだ震えたまま、私は行宗(ゆきむね)に手を伸ばした。

 でも……

 

「待ってて」

 

 行宗(ゆきむね)は私を置いて、行ってしまった。

 ギルアを倒しに行ったのだ。

 

「………っ……」

 

 私の前には、安心したように眠るニーナの死体があって、

 私は……

 

「………うぅ……」

 

 罪悪感と惨めさで泣いて、その場から動けなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十三発目「血祭り」

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点―

 

 俺は、賢者になった。

 命がけで、オ〇ニ―して、全知全能となった俺は、

 獣族の女の子を……ニーナを、殺した……

 

 直穂(なおほ)を、守るために……

 

 俺は口を開く……

 

直穂(なおほ)

 ……君は人殺しじゃない……

 マナトは死んでない。しばらく心臓が止まっていただけだから……」

 

 直穂(なおほ)は尻もちをついたまま、涙目で俺を見上げていた。

 

 幻滅、しただろうか?

 今の俺は、人殺しだ。

 

 直穂(なおほ)が、最後まで守ろうとした存在――ニーナを……

 俺は殺した。

 

『そうですか……マナトは無事なんですね。良かった……

 どうかマナトに、伝えてください……

 できればヨウコにも……

 「大好きだよ」……って……

 「ずっと近くで、見守っているからね……」って……』

 

 ニーナの言葉が、俺の心を締めつける。

 

「……うん、ニーナ。

 必ず伝えておくよ……

 ごめんね。助けられなくて……

 ……おやすみ……」

 

 

 ……

 

直穂(なおほ)……

 君を人殺しになんてさせない。

 辛い役目を押し付けてごめん……

 人殺しは俺だけでいいから……

 ……」

 

 俺は、そう言って。

 ニーナの腹から、剣を引き抜いた。

 抜いたそばから、血がどばどばと溢れだす。

 致命傷だ。

 俺が、殺した……

 

『マナト、ヨウコ……今まで、ありがとう……』

 

 かすれ声で呟いたニーナに、生気はほとんど残っていなくて、

 細まった瞳から、ほろりと涙をこぼして、

 そして、直穂(なおほ)の前へと倒れこんだ。

 

 ごめん……

 

「ごめんね、直穂(なおほ)

 俺は、ギルアを倒してくるから……」

 

 ……こうするしか、方法はなかったんだ。

 

 分かるのだ。

 マルハブシの猛毒には、治療法なんてない。

 一度飲んでしまったら、一時間までしか生きられない。

 いくらフィリアが優秀な医者でも、マグダーラ山脈の薬剤を用いてもどうにもならない。

 

 ”賢者の力”で、分かってしまうのだ。

 

 

 

 そして俺は、ギルアに向かって歩きはじめた。

 

 賢者の力で、”見える”。

 赤白マントを羽織ったマナ騎士団――ギルアの特殊スキルは、

 【使役(テイム)】だ。

 

―――――――――――

特殊スキル 【使役(テイム)

―――――――――――

自己のレベルの半分以下であるレベルの対象に触れることで、対象を意のままに操ることができる。

 その際、自己のレベルを半減させることで、対象のレベルを倍増させることも可能である。

―――――――――――

 

 これが賢者の眼が捉えた、ギルアのスキルである。

 あの男は、獣族三姉弟――ニーナとヨウコとマナトに触れて、意のままに操れる状態をつくった。

 自己のレベルを三度半減させることを代償にして、三人のレベルをそれぞれ2倍にして。

 さらに三人にマルハブシの猛毒を飲ませて、ステータス三倍に強化した。

 (マナトだけは、薬を飲む寸前で、なんとか俺が阻止したのだが……)

 

 ニーナとヨウコは、実質的にステータス6倍だ。

 そしてギルアが操作する二人の戦いは、近接戦闘が主体である。

 遠距離攻撃が得意な直穂(なおほ)では、分が悪かったのだろう。

 

 でも……大丈夫。

 賢者タイムはあと9分。

 ヨウコを殺して、ギルアにトドメを刺すのだ。

 

 ヨウコさえ倒せば……

 賢者タイムでレベル171の俺なら……

 ギルアなんか敵じゃない!

 

 非情になれ、悪魔になれ。

 ヨウコを助ける方法は、もう無いのだから。

 

 

 

 

『……おのれぇぇっ!!

 ニーナ姉をッ……ニーナ姉を返せぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 ヨウコが血相を変えて、俺へと襲いかかってきた。

 ギルアに操られているはずなのに、まるで自分の意志かのように……

 ヨウコの殺気のこもった目が、俺に迫りくる。

 

「くくく、あははっ!! おもしれぇじゃねぇか! お前がウワサの賢者かぁ!!」

 

 ギルアが愉しそうに笑う。

 

「さーぁ最後の戦いだァ……

 互いに残機は1対1、ひりついてきたなァ……」

 

 なにがおかしい。

 なぜ、笑っている?

 

 ギルア、お前は……

 生きてちゃいけない人間だ。

 

『うわぁああああっ!!!』

 

 ヨウコの振りかぶった剣を、賢者の大剣で受け止める。

 ヨウコは空中で身をよじり、俺の懐に蹴りを振る。

 それを俺は右手で受け止めて……

 

 あれ……右腕がない……

 あぁ、そうか……

 俺の右腕、もう無かった……

 

「ぐふぅぅぅっ!!!」

 

 俺は蹴りを腹部に食らい、背後に蹴り飛ばされた。

 

「………!!」

 

 続けざまにヨウコの手の中が赤く揺らめき、次の瞬間、炎が俺へと迫ってきた。

 火魔法だ……

 

 ブン!

 

 と大剣を薙ぎ、炎を振り払う。

 そこにヨウコが、炎を突っ切って飛びこんでくる。

 

『ニーナ姉はっ!

 苦しい時も、悲しいときもっ、ずっと笑いかけてくれたっ!!』

 

 ヨウコが叫ぶ。

 

『……私が何度も絶望するたびに、ニーナ姉は私に寄り添ってくれたっ! ……私を抱きしめてくれたんだっ……』

 

 ヨウコの言葉は、たぶん、俺に向けられていた。

 

『……なんで、こうなるんだっ! ニーナ姉も……お父さんもお母さんもっ! みんな優しい人なのにっ!

 どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだっ!!』

 

 賢者の目と、生命の気配を通して、ヨウコの感情が、過去が……

 俺の頭の中に流れ込んでくる。

 

「……ごめん……ヨウコ。

 君も、君のお姉ちゃんも、助けられなかった……

 俺のせいだ……

 君とニーナ姉が飲んだ液体は、マルハブシの猛毒だっ!

 凄まじい強さと引き換えに、1時間後には死に至る劇毒だ……

 ……分かってたはずなのに……同じ手を食らったことがあったのに……

 止められなかったっ!!!」

 

 俺は力の限り叫んだ。

 そして、ふと我に返る。

 俺の目から、涙が溢れていた。

 

 え……?

 なに、泣いてんだよ、俺……

 ふざけんじゃねぇよ……

 ニーナを殺した分際で、ヨウコをこれから殺すくせに……

 なんで泣いてんだよ、人殺しっ……

 覚悟は決めたはずだろう……

 俺は……

 

 

 

 

―フィリア視点―

 

「マルハブシの猛毒……?

 強さと引き換えに、1時間後に死……

 なんだそれ、聞いたことがねぇよ……」

 

 オレは混乱していた。

 誠也(せいや)の傷口を塞ぎながら、目だけで戦況を確認していた。

 賢者となった行宗(ゆきむね)が、ニーナを刺し殺して、

 そして今は、ヨウコと斬り合っていた。

 

「マルハブシ……どこかで聞いたことがあるぞ……」

 

 寝転んだ誠也(せいや)が、おぼろげな瞳で答えた。

 

「え? 誠也(せいや)っ、知ってるのか?」

 

「そうだ、あの時……王国軍に捕まって、モンスターの餌にされそうになった時……

 行宗(ゆきむね)くんたちに助けられる直前、フィリアに襲いかかっていたモンスターの名前が、たしかマルハブシ――神獣マルハブシと言ったはずだ……

 ギルアも言っていた……捕獲報酬が破格だとかなんとか……」

 

「は、なんだと?

 あの時の!?

 ……たしかに、ヨウコの動きは、さっきまでと全然違う……

 行宗(ゆきむね)と互角に戦ってる……

 ギルアが特殊スキルで操った上で、能力を強化しているのか……

 ……知らなかった……」

 

 まさに劇薬。

 死と引き換えに凄まじい身体強化をする薬。

 解毒薬はないのか?

 だから直穂(なおほ)があんなに必死に、オレに薬を作ってくれと言ったのか……

 行宗(ゆきむね)は、ニーナを殺し、ヨウコも殺すしかないと言っているのか……

 

 そんなことっ!!

 そんなことっ、許されることじゃない……

 ニーナとヨウコを殺すだなんて…

 だけど……

 

 薬の調合より誠也(せいや)の命を優先したオレに、行宗(ゆきむね)を批判する資格なんてない……

 むしろ、行宗(ゆきむね)に辛い役目を押し付けてしまっているのだ……

 オレは、誠也(せいや)のことだけ見て、責任から目を背けているだけだ……

 オレはニーナを見殺しにした。

 オレは、ヨウコを見殺しにしている。

 

「ぐっ……」

 

 強く、奥歯を噛み締めた。

 

「フィリア……」

 

 そんな弱々しい声に、オレはハッと誠也(せいや)を見た。

 

「可愛いな、お前は……」

 

「……っつ……!」

 

 誠也(せいや)に優しい顔を向けられて、オレは泣きそうになった。

 

「……まってろ誠也(せいや)っ……絶対に死なせるものかっ!」

 

 誠也の腹部から、血がどんどんと溢れ出してくる。

 押し当てた衣服が真っ赤に染め上げられていく。

 赤い、赤い、生々しい赤……

 手が震える……

 地獄だ……

 オレたちはまたギルアによって、地獄へと叩き落された。

 

 王国軍駐屯地にて、オレと誠也(せいや)はギルアによって、さんざんに拷問された。

 行宗たちが、オレ達を助けて出してくれたけど、

 またギルアは、オレの前へと現れた。

 

 あ……

 そして思い当たる。

 全部、オレのせいじゃないか。

 オレが、誠也(せいや)を巻き込んで、行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)を巻き込んで、

 しまいには、ニーナやヨウコ、マナトを巻き込んだ。

 

 もう、とりかえしがつかない……

 

 あぁ、神様。女神さま。

 白菊ともかさま。

 お願いです。

 これ以上、オレから、オレの周りから……

 もう何も、失いたくないんです!

 

 

 

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点―

 

 まずい……足と腹部を痛めた。

 決定打が通らない。

 ヨウコは、強い。

 早く決着をつけなければ。

 俺の賢者タイムが終わったら、完全にゲームオーバーだ。

 もう戦える人間なんて残されていない。

 

 ヨウコは強い。

 ギルアの使役の力と、ヨウコの俺への殺意が重なっていて、まったく隙がない。

 ニーナの時と違って、無理やり操られている訳じゃなく。

 ヨウコが、ヨウコ自身が、俺に復讐しようと迫ってくるのだ。

 

「……ヨウコ……」

 

 そうだ。

 伝えないといけない。

 

「……マナトだけは助かる。

 必ず助けてみせる……。

 俺が君を……ヨウコを倒したあとで、ギルアを倒して。

 アルム村に連れていってみせるから……」

 

 俺の言葉に、ヨウコの表情が歪んだ。

 

『……じゃあ、私が勝ったら、どうなりますか?』

 

 ヨウコの震え声は、弱々しくて、

 そよ風で吹き消えてしまいそうなほど、心もとなかった。

 

「ヨウコが勝ったら、ここにいる全員、みんな死ぬ。

 俺も、ヨウコも、直穂も誠也さんもフィリアもマナトも……

 みんな、ギルアに殺されてしまう……」

 

『……………』

 

 ヨウコはまた、歯を噛み締めて涙を流した。

 

「ニーナ姉が、最後に二人に伝えてほしいって、言い残してたくれた……

『大好きだよ。ずっと近くで、見守っているからね』って……

『マナト、ヨウコ……今まで、ありがとう……』って……」

 

『…………ニーナねぇっ……!』

 

 ヨウコはぎゅっと目をつむり、唇を噛んで……

 

『私もニーナ姉のことが大好きだったっ! マナトのことが大好きだったっ!!

 ……もっと、ずっと三人でっ、一緒に居たかったっ!!!』

 

 ヨウコと俺の剣がぶつかりあう。

 ヨウコの目には、もう殺気なんかなくて。

 ただただ悲しくて、虚しい目をしていた。

 

『……マナトは……いじっぱりだけど、いい子なんです……』

 

「……うん……」

 

『マナトを毒から救ってくれて、ありがとうございました……』

 

「……うん…………」

 

『…………獣族である私達に、人間として向き合ってくれて、救おうとしてくれて、ありがとうございました。

 私達を殺すために、心を痛めてくれて、涙を流してくれて、ありがとうございました……』

 

「……………っっ……!」

 

 そうだ、俺は。

 こんな可愛い子を。

 こんなにまっすぐで優しい女の子を。

 斬らなくちゃいけない。

 

『……マナトに伝えてください。

 喧嘩もいっぱいしたし、迷惑もかけたし、嫌なお姉ちゃんだったかもしれないけど……

 私はっ、マナトのこと、大好きだったからって!

 マナトが弟で良かったってっ!!』

 

「…………うん。必ず」

 

『…………お姉ちゃん二人で、マナトのことをずっと見守ってるから……

 すごく悲しいと思うけれど……どうかお願い。幸せに生きて。

 きっとこれから先、楽しいことや嬉しいことがたくさんあるから……

 素敵な出会いがたくさんあるから……』

 

 オレは、大剣を振りかぶった。

 ヨウコは、俺の前で、両手を大きく、広げて目を瞑った。

 信じられなかった。

 

「ば、バカなっ!? 使役が使えない!?」

 

 ギルアの驚く声が、ひどく遠くから聞こえる。

 

『……マナトをどうか、よろしくお願いします』

 

 俺は、剣を振り下ろして……

 無防備なヨウコの身体を。

 ヨウコのまだ小さな身体を。

 真っ二つに切り裂いた。

 

 ズバァァァァァ!!

 

 彼女の生命の気配が消えて、

 眼の前には、真っ赤な血と肌色の肉片が残った。

 

「…………っつ!!」

 

 …………

 

「…………っはぁ、はぁ、はぁっ……」

 

 剣が重い。

 身体が重い。

 涙で視界が滲む。

 

 まだ、終わっていない。

 ボスを、殺さないと……

 

 ギルアを見る。

 彼のレベルは48だ。

 ニーナとヨウコが死んだため、レベル半減3回分のうち、2回分は元に戻ったようだが、

 マナトはまだ生きているので、一回分のレベル半減は残ったままだ。

 

 つまりギルアの素のレベルは96であると推測できるが、マナトのレベルを倍増させた代償で、現在ギルアのレベルは半減しているのだ。

 

 対して俺のレベルは171だ。

 勝てない道理はない。

 

 

「そ、そんなバカなっ! 使役スキルが破られたことなど、これまで一度もっ……

 まさか、意識が途切れたのか? 神経が断裂した?

 俺のスキルは脳から信号を送るから、それを遮断して……」

 

 混乱するギルアの元へ、俺は突撃した。

 

「うわぁぁぁっ!! 来るなっ、来るなぁぁ!!」

 

 ギルアは先ほどの余裕が嘘のように、後ろに転びながら逃げ惑った。

 

「……潰すっ」

 

 全部ぜんぶ、この男が元凶だ。ギルア。

 マナ騎士団……俺達のクラスをハメた連中。

 お前もその仲間なんだろう?

 

 ………あぁ、そうか、もしかしたら。

 この男なら、俺達が元の世界に帰るための方法を、知っているかもしれない。

 なにせ、俺達をこの世界に召喚したマナ騎士団の、仲間なのだから。

 

 半殺しにしよう。

 

 そして、俺は……

 

 ギルアに追いついて、上から剣を、ギルアの腹部へ……

 

「………!!!」

 

 ドキンッ!

 

 と、心臓が跳ねて、一気に視界が薄暗くなった。

 

「………なん……だ??」

 

 そして俺は、訳の分からないまま。

 地面に倒れ込んで、泥を舐めた。

 

「……っ……ぐっ…………」

 

 い、痛い、右腕が痛い。

 頭がガンガンする。

 なんで急に?

 あぁ……そうか……賢者タイムが切れたんだ……

 

「ぷっ、くふふ、あははははぁ!!!」

 

 俺の頭上で、ギルアが高らかに笑う。

 

「形勢逆転だなぁ! いや決着というべきかぁ。

 もうお前らのなかに、まともに戦えるヤツはいなくなったなぁ!!」

 

 ぐしゃっ!

 

 ギルアに、頭を踏みつけられた。

 身体が、ぴくりとも動かない。

 出血多量で、頭がボーッとする。

 

「……いやぁーあぶねぇあぶねぇ……さすがは【スイーツ阿修羅】を倒した男。シルヴァを退けた男というべきかぁ。

 無駄な頑張りご苦労さん。

 さぁ、楽しい血祭りのはじまりだぁ。

 誠也(せいや)さんにフィリア、獣族のガキとお前、そしてお前の女かぁ!

 さきに女から殺してやるよぉ!

 自分の愛する女が泣きながら、無惨に俺に(なぶ)り殺させる。

 それを地面に這いずりながら眺めていろ! 雑魚ども!」

 

 ギルアは俺を踏み越えて、フィリアの方へ、

 直穂(なおほ)の方へと歩いていく。

 短剣をくるくると回しながら、愉しそうに……

 

「ま……まて……」

 

 伸ばした左手は、虚空を掴んだ。

 ギルアは手の先へ、俺を置いて、直穂の方へと歩いていく。

 

「……まて……まて……まて……」

 

 手を伸ばして、空気を握る。

 土を引っ掻く。

 何をしても、どう足掻いても、ギルアは止まってくれない。

 俺の身体は、動かない。

 

 地面から見上げる夜空は綺麗で、その周囲は暴力的な山火事で燃え盛っていた。

 

 

 

 ★★★

 

 

―フィリア視点―

 

「そん、な……」

 

 行宗(ゆきむね)が、倒れた。

 ギルアが勝った。

 

 誠也(せいや)の手を握る手に、ぎゅっと力が籠もる。

 

「全滅か……」

 

 もう、戦える人が残っていない。

 ギルアがこちらに歩いてくる。

 このまま俺達はみんな、ギルアに殺されるのだろうか。

 

「……げほ、ごほぉ……」

 

 誠也(せいや)がまた苦しそうに、口から血を吐いた。

 

「……だ、だいじょうぶか誠也っ!?」

 

 慌てて回復魔法を重ねようとして、ふと手が止まる。

 こんなことして、意味があるのだろうか?

 だって、もう……終わりだ。

 どうせ、みんな殺されるんだから……

 

「…………【回復(ヒール)】」

 

 いくら回復魔法をかけても、傷口を塞いでも、

 内蔵まで傷ついた身体は、なかなか治らない。

 

「……誠也(せいや)……もう、終わりみたいだな……ごめん……」

 

 俺は諦めて呟いた。

 そして、天を仰いだ。

 

「父さん……そして、浅尾(あさお)さん……

 どうやら俺達は、薬を届けられないみたいだ……

 お母さん……ジルク……

 無茶言って家を飛び出してごめん、家に帰れなくて、ごめんなさい…………」

 

 無力感、絶望。

 そしてこれから始まる拷問への恐怖……

 

「……行宗(ゆきむね)直穂(なおほ)……一緒に旅をしてくれてありがとう。楽しかったよ……」

 

 涙が頬をつたう。

 

「ニーナ、ヨウコ、マナト……

 約束守れなくてごめん。まきこんで、ごめんなぁ……」

 

 そしてオレは、目線を下へ、誠也(せいや)を見た。

 

「……なぁ、誠也(せいや)……愛してるよ。

 ずっと、これからも、幸せに暮らしたかった……」

 

 ぎゅっと両手で、誠也(せいや)の手を握る。

 

「最後にせめて、キス……しよ……?」

 

 そしてオレは、目を瞑りながら、誠也の口元へ、乾いた唇を落とし

 

「まだだ」

 

「え?」

 

「まだ……終わって……ない……」

 

 誠也(せいや)はたしかにそう言った。

 ふっと目を開けると、誠也(せいや)の力強い瞳が、

 まっすぐで綺麗な瞳が、

 オレを射抜いていた。

 

「……約束、しただろう……」

 

「……約束?」

 

「お前を必ず、父のもとまで送り届けると……」

 

 誠也(せいや)はそう言って、優しく笑った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十四発目「覚悟の剣」

 

誠也(せいや)視点―

 

「フィリア、頼む、私の剣を、取ってきてくれないか?」

 

 私は、血を吐きながら言葉を繋ぐ……

 

「剣……って……!

 まさか誠也(せいや)、戦う気か!?

 そんな、無理だっ!

 そんな身体で、立ち上がることすら出来ないくせにっ!!」

 

 あぁそうさ、フィリアの言う通りだ。

 だが……

 

「お願いだフィリア……剣を……」

 

 戦わなければいけない、私が。

 

「っ……! 分かったっ!」

 

 フィリアは立ち上がり、私の剣を探しに駆け出した。

 そうだ、そのまま遠くへ、

 もっと遠くへ行ってくれ、

 フィリアが離れているうちに、私は……

 

「……う……ぐぅぅ……」

 

 雑草を掴み、引っ張り、

 身体を手繰り寄せて、

 私は地面を這いずった。

 

 早く、早く、あの場所まで、

 ボロボロの手足を引きずりながら、まっすぐ前へ……

 フィリアに、気づかれないように……

 

 ズズ、ズズ、

 と、

 前へ、前へ……

 

「……あははぁ、惨めですねぇ誠也(せいや)さーん。

 まだ諦めないつもりですかー? きっしょ。

 ……その大怪我で、その出血で、いったい何が出来るって言うんですか~~??

 いい加減気づいてくださいよ、あなたじゃ誰も守れないんです。

 鈴ちゃんも、フィリアちゃんも、

 それからええっと……響香(きょうか)ちゃんでしたっけ―? あの女の子。

 誠也(せいや)さんの初恋の女の子。

 ぷふ、まあ良いでしょう。

 ……地獄ってモノが何なのか、とことん教えてあげますよォォ!!」

 

 そうだな。

 私は、大切な人を失ってばっかりだ。

 獣族を殺しまくり、復讐に燃え、多くの命を奪ってきた存在だ……

 でも……

 ……フィリアだけは、必ず私が……

 

 私は、誓ったんだ。

 

 フィリアだけは、必ず私が、幸せにすると。 

 

 地面の草むらの向こうに手を伸ばす。

 あぁ、駄目だ……

 掴んだガラスのなかに、液体は残っていなかった。

 

「うぐぅっ……」

 

 私は、もう一つ、前へ。

 身体を手繰り寄せた。

 

 そして、その地面の土を掘って……

 

 

 

 

 

「……せいや??」

 

 あぁ、フィリアの声がする。

 フィリアは私を許してくれるだろうか?

 

 ……きっと、一生許してくれないだろうな……

 私は、マグダーラ山脈の上で誓った約束を、半分破ってしまったのだから……

 

 両手で土を(すく)って、そのまま口元へ……

 

 

 

「は??」

 

 ギルアが声を上げた。

 

「は? はぁぁ?

 誠也(せいや)さん……ついに頭がおかしくなったのかぁ!?

 土を食ってやがるぜ! 嘘だろおいおい……!

 ぶはは、ははははぁ!! 笑わせないでくださいよぉぉお!!

 ははははははぁ……はは……」

 

 ギルアはゲラゲラと笑い転げた。

 

 そしてフィリアは……

 

「……せいや……お前……まさか……」

 

 あぁ。

 やはり私は最低な男だ。

 フィリアを、こんなにも、悲しませてしまう。

 

「せいやっ!?

 いやだいやだいやだぁぁっ!!

 やめろぉおっ!

 その土を吐けっ!! その土の中には!!」

 

 フィリアが血相を変えて、私の方へと走ってくる。

 はは、もう遅い。

 もう手遅れだ。

 この土の中には……

 

「……まさか…… その場所はっ! あの時のッ!!」

 

 ギルアも気づいたようだが、もう遅い。

 もう飲み込んだ。

 あぁそうさ。

 ここにあるのは、割れたガラス瓶と、湿った地面。

 

 ここは、行宗(ゆきむね)くんが割ったポーションの落下地点。

 

 マナトくんが、ギルアに飲まされそうになったという、【マルハブシの猛毒】。

 行宗(ゆきむね)くんが右腕を犠牲にして、それを阻止した。

 ポーション瓶を割り、地面に叩きつけた。

 それがこの場所だ。

 

《この場所の地面には、マナトくんが飲むはずだった【マルハブシの猛毒】の液体が染み込んでいる》

 

【マルハブシの猛毒】

 一時間後の死と引き換えに、戦う力を得る猛毒らしい。

 つまり、約1時間後、私は死ぬ。

 この力で、ギルアを倒した後でな。

 

 全身から、力が漲る。

 信じられない。これが力か……

 出血の痛みも、身体のだるさも、何も感じない。

 立ちあがれる……

 

「くたばれぇぇ!! 死にぞこないがぁぁ!!!」

 

 ギルアが迫ってくる。

 地面に手を突き、立ち上がる。

 そして私は、フィリアの胸に抱えられた剣を握りしめた。

 

「いやっ……!」

 

 フィリアの絶望顔が目に入る。

 心が、ズキリと痛む。

 

 …………。

 

 ギルアに剣を構える。

 もう、後ろは振り返らない。

 もう、フィリアの傍には居れないから……

 

 私の、最後の戦いだ。

 あとは、前だけ見て、進むだけ。

 

「……ギルア、お前を、ぶち殺す……!!!」

 

 さぁ走れ。

 今の私は、まるで神にでもなったかのように強い。

 負ける気がしないな。

 

「……ちっ! くそがッ! この野郎っ!!」

 

 ギルアが私から逃げるように距離を取る。

 逃さない。

 叩き潰す。

 

 

「いやぁあぁあぁあぁあぁあああああああああ!!」

 

 私の後ろで、フィリアが声を上げて泣いていた。 

 ごめん……

 ごめんなフィリア……

 つい昨日、将来を誓ったばっかりなのになぁ……

 幸せな結婚生活を送りたかったなぁ。

 子供も沢山産んで、お爺ちゃんお婆ちゃんになるまでずっと寄り添って……

 

 ……でも、そんな未来はもう無い。

 

 私は、愛するフィリアに未来を託す。

 私はここで死に……

 宿敵ギルアを、ここで倒す!!

 

「……うあぁああああああぁぁぁああああっ!!」

 

 叫べ!

 大地を蹴れ!

 剣を振れ!

 

 私は誠也(せいや)だ!

 フィリアの旦那だっ!

 フィリアを守る男の名前だっ!!

 

 バギィィィィ!!!

 

 耳障りな金属音が響く。

 目の前には半透明の赤い壁。

 赤色のバリアが、ギルアの周りを覆うように、球状に作られていた。

 硬い……

 

「うらぁあああっ!!」

 

 力を精一杯込める。

 バリリリン!! 

 と無理やり、赤色の結界が割れた。

 

「……なっ!?」

 

 目を見開くギルア。

 そこに振り下ろす、渾身の一撃!

 

 ビュッ!!!

 

 私の剣は(くう)を切った。

 ギルアに後ろ飛ばれ、(かわ)された。

 

「ぐぅぅ、舐めるんじゃねーぞ!

 俺を誰だと思ってやがるっ!!

 いいぜぇ! ぐははぁ!

 とことん付き合ってやるよぉぉ!!」

 

 ギルアは、ポケットに手を突っ込み、ポーションの瓶を掴み出した。

 その中には、赤色の液体。

 

「こちとら仕事で来てんだよぉぉ!

 テメェとは格が違うっ!

 覚悟が違うんだよぉぉ!!」

 

 ギルアはそれ(・・)を飲んだ。

 【マルハブシの猛毒】を、ごくりと飲み込んだ。

 

「……へぇ?

 やっとお前の真剣な顔が見れた気がするよ、ギルア……」

 

 ギルアがぐんぐんと強くなるのを肌で感じた。

 恐怖、寒気、そして震え。

 目の前のギルアは、一秒前とは桁違いの強さになった。

 

「さぁてぇ!

 なかなか美味いじゃねぇかコレぇ……

 これで同条件だぜ誠也(せいや)さーん! 

 こちとら命賭けてんだよぉぉ!

 女にかまけてる誠也(せいや)さんとじゃ、覚悟の重さが違うんだァァ!!

 戦闘技術!

 経験!覚悟!力!心!

 全てにおいて俺の方が上なんだよぉ!」

 

 ギルアの動きが、見違えるほど早くなる。

 今まで戦ってきた敵のなかで、間違いなく最強の敵。

 ギルアの言う事は真実だろう。

 この男は戦闘のプロだ。

 

 そして今、私とギルアの両方が【マルハブシの猛毒】を飲んだ状態。

 ハンデはない、力と力の勝負だ。

 

 そして素の実力において、私とギルアの間には、月とすっぽん以上の差が存在している。

 

 王国軍にいた時は、手を抜いていたんだな。ギルア……

 ガロン王国軍に入って、スパイ活動でもしてたのか?

 

 マナ騎士団って、何なんだよ?

 とっくの昔に滅んだ、王国の名前じゃないか……

 

 ……でも、不思議だな。

 力の差は見えるのに、勝てるビジョンなんて見えないのに、

 なぜだか負ける気がしなかった。

 

 ギィィィ!!

 

 ギルアが投げたナイフを弾き、剣を受け止める。

 

 ズブゥ!!

 

 腹部に剣を刺された。

 でも大丈夫。

 もともと穴だらけの腹だ。

 血も止まらない。

 

 しかしなぜだろう? 痛みはほとんど感じない。

 毒のお陰だろうか?

 集中力の成せる業だろうか?

 

「トドメだぁぁ!!死にぞこないがぁぁあああっ!!

 この俺はぁ!! マナ騎士団(きしだん)剣聖(けんせい)第四位(だいよんい)!!

 使役(しえき)のギルアだぁぁぁ!!

 お前みたいな雑魚とはなァ! 強さの次元が違うんだよぉぉぉ!!!」

 

 ギルアの剣が、鋭い速さで、

 私の首元めがけて振り下ろされる。

 ……今だッ!!

 私もタイミングを合わせて、剣を下から振り上げた。

 

 

「……なっ!!?」

 

 ギルアが驚愕した。

 ふふ、ようやく気付いたか? 間抜けめ。

 私は最初から、これを狙っていたんだよ!

 

 防御する(・・・・)と思っただろう?

 ざんねん大ハズレだ間抜け。

 

 死を覚悟した私には、もう、防御なんて要らないんだよ。

 

 ……いいぜ。

 望み通り、私の首は斬らせてやる(・・・・・・・・・・)

 

 ただし(・・・)お前も道連れだギルア(・・・・・・・・・・)!!!

 

 

 

「………せいやっ…!!」

 

 フィリアの言葉が、胸に届く。

 

「せいや頑張れっ!!!」

 

 臆病な私に力をくれる。

 

「せいやっ! 負けるなっ! 頑張れっ!! 頑張れぇぇっ!!!」

 

 あぁ、頑張るさ。

 負けないさ!

 負けられないんだッ!!

 

 退くな、ビビるな、前へ前へ。

 私のすぐ後ろには、守るべき存在……私の愛する女がっ!

 フィリアがいるんだぞっ!!!

 

「うらぁあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 私は、力の限りを振り絞り、

 ただまっすぐ、綺麗な直線を斬り抜いた。

 

 

 ………ザシュゥゥゥゥッッ!!!

 

 

 ★★★

 

―フィリア視点―

 

 剣は、(まじ)わらなかった。

 ぶつかることなく、上から、下から、

 互いの肉を斬り合った。

 一瞬の決着……

 

「せ……せいや……」

 

 ギルアと誠也(せいや)は、ふたりともバタリと地面に倒れ込んだ。

 

「勝った……のか??」

 

 森の中が、突然に静かになる。

 メラメラと燃える木々に囲まれながら、ただ、

 オレの乱れた呼吸音がうるさかった。

 

 終わった、のか?

 

「………はぁ……はぁっ………! っはぁ……」

 

 涙で視界がぐちゃぐちゃになって、なんにも見えないよ……

 誠也(せいや)は? まだ生きているだろうか?

 ……会いに行かなきゃ。

 死にゆく誠也(せいや)に……

 最後の言葉を聞きに行くんだ……

 

「……っつ……うあぁあ……」

 

 ……諦めるな。

 諦めるなよオレ。

 まだ助けられるかもしれないだろうが。

 もし、誠也(せいや)がまだ生きているなら、

 出血を止めて、あの猛毒の治療薬を回復して……

 

 まだだ……

 まだっ……

 

「あ……!」

 

 倒れた場所から、誰か一人、フラフラと立ち上がった。

 

「……せ、せいや……??」

 

 オレもふらふらと身体を起こす。

 まだ生きているなら、オレが……

 

 

 

「……ぐぎぃぃ、紙一重だったなァ……

 いやまさか、相討ち覚悟で踏み込んでくるとは思わなかったなァ……

 携帯用の回復魔法陣に助けれたぜぇ……ふぅぅ……」

 

 あぁ、そんなっ……!!

 立ち上がったのは、誠也(せいや)ではなくギルアだった。

 

「………っ!」

 

 ……じゃあ誠也(せいや)は??

 負けた、のか?

 

「……はぁぁ……

 まさかここまで追い詰めれれるとはなぁ……作戦が甘かったか。

 さすがですねぇ誠也(せいや)さん。

 俺はあんたのこと、すげぇヤツだったって認めますよ。

 死ぬまで覚えておきますからねぇ……

 って、もう聞いちゃいねぇか……はははッ」

 

 ギルアは一歩一歩、オレの方へと歩み寄ってくる。

 

「……えぇと……1、2、3……

 あと3人殺して終わりか。

 いやぁ、まさか俺が、マルハブシの猛毒を飲むハメになるとはなぁ……

 ほんと、信じられねえよ……

 しかし、なんとか目的は達成できそうだ……」

 

 ……目的、だと??

 オレは耳を疑った。

 そして激怒した。

 

「……目的、だと? ふざけるなよっ!!」

 

 オレは、力の限り叫んだ。

 

「こんな惨殺(ざんさつ)に目的があってたまるかっ!

 真っ当な理由があってたまるかっ!

 誠也(せいや)を返せぇぇッ!!

 死ねっ! くそ野郎がっ! 外道のクズがっ!!」

 

 オレは拳を握りしめ、泣き叫んだ。

 

 オレは、無力だ。

 戦う力がない。

 男に守られるだけの弱い存在。

 医者のくせに、誠也(せいや)の傷を満足に塞げなかった。

 誠也(せいや)の治療を優先して、ニーナやヨウコを見殺しにした……

 そして、挙げ句の果てには、誠也(せいや)さえも失った。

 はは……はは…… 

 ほんとに救いようもねぇ……

 

「……なんで、こんな事にっ……」

 

 ……もう、泣く元気もないよ。

 もう疲れた……

 

 

 

 キィィィィン……

 

 ??

 なんだろう?

 後ろの方から、不思議な音が鳴っている。

 神聖な、神々しい、美しい音。

 

 オレの後ろから、真っ白な眩しい光が射しこんでくる。

 

 

「……は? 嘘だろ??

 この短時間でっ……!!?」

 

 ギルアが目を見開き、冷や汗をかいて狼狽する。

 

「……再臨(さいりん)の”天使”ってか? ったく、勘弁してくれよ……」

 

 そうか。

 オレの後ろにいるのは、”天使”だ。

 

 天使となった、新崎直穂(にいざきなおほ)だ……

 もう一度、オ◯ニーをして、天使になったのか……

 

 ザク、ザク……

 まるで、彼女以外の時間が止まったかのように。

 直穂(なおほ)は静かな足音で、オレの方へと近づいてくる。

 

 

「許さない」

 

 一言。

 新崎直穂(にいざきなおほ)は、怒りを込めた言葉を吐き捨てると。

 地面を蹴り上げ、空へ飛び上がった。

 

 ”天使”直穂(なおほ)は、白い閃光を手のひらに溜めて、天から地へと放射する。

 

「死ね」

 

 ギィィィィィィン!!!

 

 容赦のない閃光の一撃が、眼の前で爆ぜた。

 凄まじい爆風で、オレの身体は後ろへ吹っ飛ばされた。

 昼間以上の眩しさで、視界全部が真っ白にトんだ。

 

 直穂(なおほ)……

 

 

「逃がさない」

 

 直穂(なおほ)は、そんな言葉だけを残して、

 次の瞬間には、オレの視界から消えていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十五発目「焼け野原の後で」

 

―ギルア視点―

 

 こりゃ駄目だ。

 逃げる場所がねぇ……

 

 夜空から降り注ぐ無数の閃光。

 どこへ逃げても、俺は焼かれる。

 

 しくじった、油断してばっかりだったなぁ、俺ぁ……

 早めに誠也(せいや)さんを始末しておくべきだったか?

 隙を見て、フィリアも【使役(テイム)】しておくべきだったかもしれない。

 まずそもそも正面から戦わず、寝込みを連れ去るべきだったかもしれないな……

 

 なんてな。いまさら過去を悔やんでも仕方がねぇ。

 よくやったよ。お前らは……

 俺の完敗だ…

 

 無数の閃光が、俺を焼くために、大地へと降り注いでくる。

 

「あぁ、綺麗だなぁ……羨ましい……」

 

 これが……世界最高のスキルか……

 

 白い光が身体を焼いていく。

 新崎直穂(にいざきなおほ)

 所持スキル、【自慰(マスター◯ーション)天使(エンジェル)

 

 お前は、運命から逃げることなんて出来ない。

 今日をやり過ごしても、また明日。

 マナ騎士団の手から逃れることは出来ない……

 

 それは、この世界の理であり、運命なのだから。

 

「…………せいぜい、この夜くらいは楽しむことだなァ……」

 

 俺は、そんなセリフを言い残し。

 そのまま意識を刈り取られた。

 

 

新崎直穂(にいざきなおほ)視点―

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ギルアの生命の気配が消えた。

 死んだ、殺した、私が……

 冷たくてドロドロした重い実感が、私の心を蝕んだ。

 

 そして私は、おそるおそる生命の気配を探した。

 

 生きているのは、行宗(ゆきむね)、私、フィリアちゃん、マナトくん……

 そして……

 

誠也(せいや)さんっ!!」

 

 誠也(せいや)さんの生命の気配が、まだ残っていた。

 

「フィリアちゃん! 誠也(せいや)さんがまだ生きてるっ!」

 

 声を張り裂けんばかりに叫んだ。

 そして、振り返ると。

 

「……あぁ、知ってるよ……」

 

 フィリアちゃんが、血まみれの誠也(せいや)を抱きかかえていた。

 

「……なぁ、お願いだ。誠也(せいや)…… もう一度だけ、目を開けてくれないか??」

 

 フィリアちゃんは、弱々しい声で誠也(せいや)さんに語りかける。

 回復魔法をかけながら、傷口を塞ぎながら……

 

「まだオレ……ちゃんとさよならが言えてないんだ……

 頼む。誠也(せいや)……もう一度だけ、目を開けてくれ……」

 

 っっ!

 

 私は二人に駆けつけた。

 そして、

 

「【超回復(ハイパ・ヒール)】っ!!」

 

 ありったけの回復魔法を、誠也さんに注ぎ込んだ。

 

誠也(せいや)さんッ!! 目を開けてくださいっ!

 フィリアちゃんが呼んでますよっ!! 目を開けてくださいっ!!」

 

 そんな願いが通じたのだろうか?

 

「…………」

 

 誠也(せいや)さんが、ゆっくりと目を開けたのだ。

 

「…………っ!!」

 

「せいやっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―???視点―

 

誠也(せいや)! 遊びに行こう」

 

「ねぇっ、セイヤ。知ってる? 愛し合っている二人は、ハダカで抱き合ってキスをするんだよ?」

 

「恥ずかしい所も、好き同士だから見せられるんだよ」

 

「好きだよ……せいや……」

 

誠也(せいや)っ!! どこにいるのっ!?」

 

「私も誠也(せいや)のこと、愛してるからっ!! 二人で一緒に逃げようっ!! 私達は、誰にも邪魔されずに幸せに暮らすのっ!!」

 

「お願い誠也(せいや)っ……私のそばに居て……誠也(せいや)がいないと、私はもう生きられないの……」

 

――懐かしい声がする――

 

「おい誠也(せいや)、行くぞ?」

 

誠也(せいや)さん、今日からお世話になります、(すず)と申します」

 

「昨日は獣族を10人捕まえたんだって? すげぇなお前」

 

誠也(せいや)さん、なんであんな可愛い子を殺しちゃったんですかぁ!! 目をつけてたのにぃ!!」

 

「そういうことで、すいません誠也(せいや)さん! 俺の幸せの為に、(すず)さんと一緒に死んでくださいっ」

 

誠也(せいや)さん、私は死ぬんですか……?」

 

「ぜんぜん、こわくないですよ…。だいすきな人と一緒に逝いけるなんて、しあわせじゃないですか……」

 

「……へんじをきくまで……てをはなしませんから……」

 

「よかった……」

 

――あぁ、これが走馬灯か……

 

「落ち着け誠也(せいや)っ! お腹の傷が開いちまうっ! オレはお前の敵じゃない! オレは医者だ! お前の命を助けたんだぞ!」

 

「オレの名はフィリア。獣族独立自治区のアルム村で育った。医者だ。

 世界一の名医、小桑原啓介(こくわばらけいすけ)の娘であり、一番弟子だ!」

 

「オレは夢を見てるんだ。 ……人間と獣族が仲良くなって、同じ街で分け隔てなく、幸せに暮らす夢だ」

 

――そうだな、フィリア。

――君の夢はどこまでも素敵で、私はその手伝いをしたかったんだ。

――それが私が犯してきた罪に対する、贖罪だと思ったから……

 

「……せいやっ………せいやぁぁ………!! 怖かったよぉぉ!!」

 

「動物のアイツと、獣族のオレが、友だちになれたんだぜ……

 人間と獣族が、仲良くなれないわけないよな、なぁっ……」

 

「オレは誠也(せいや)に会えてよかった。

 あの時、誠也(せいや)を助けて良かった。

 オレはな、誠也(せいや)

 ……お前のことが、異性として、だ、大好きだ」

 

――いや、違うな。そんな大層な理由じゃなくて、

――私はただ、フィリアのことが、どうしようもなく好きだったんだ。

 

「これからもずっと、オレは、誠也(せいや)と一緒じゃなきゃいやだっ!」

 

「だから誠也(せいや)、オレと結婚してくれ!

 獣族と人間が仲良く笑い会える世界。誠也せいやとオレなら叶えられると思うんだ。

 それだけじゃないっ、

 結婚して、子供をいっぱい作ってっ! 

 おじいちゃんおばあちゃんになって死ぬまで、オレは誠也と添い遂げたいっ!」

 

――あぁ、ごめん……ごめんなぁフィリア。

――約束、守れそうにないや……

 

誠也(せいや)すごい! 温泉だぜ!? でっかいなぁ!」

 

「なぁ誠也(せいや)? オレの身体……どうかな?」

 

「ごめんな誠也(せいや)……はじめてをあげられなくて……」

 

誠也(せいや)……あったかいな……気持ちいいな……」

 

「……オレ、いま、すっごく幸せだ…… 夢みたいだよ……

 ふふ、ねぇ誠也(せいや)っ。

 ……いつもありがとう。

 ……これからも、よろしくおねがいします、ね?」

 

……………

 

………

 

……

 

 

「…………ぁ……」

 

 目が、覚めた。

 

 目の前には、フィリアがいた。

 ケモ耳の可愛らしい女の子。

 私が長い間嫌っていた筈の、獣族の女の子だ。

 

「……誠也(せいや)っ!? 誠也(せいや)っ!!」

 

 フィリアがボロボロと泣きながら、私の身体を覗き込んでくる。

 

「……ギルアは……」

 

 私はかろうじて声をだした。

 

「ギルアは、直穂(なおほ)が倒してくれたよっ! もう一度天使になってくれたんだっ!

 なぁ、誠也(せいや)っ……ごめんっ……くそっ!

 オレの医学じゃ……お前の命をっ……助けられないみたいだっ……」

 

 フィリアは、薬瓶を握りながら、悲痛そうに叫んだ。

 

「そうか……」

 

 私は死ぬのか……

 

誠也(せいや)っ、今までありがとな……っっ!

 オレを、マグダーラ山脈に連れて行ってくれてありがとう……

 あとは、オレがなんとかするからっ!

 父さんと、浅尾(あさお)さんを治療して、

 獣族と人間が共存できる社会を作るからっ!

 だから……だから誠也(せいや)は……っ……うぅっ……」

 

 フィリアは嗚咽して、言葉を詰まらせた。

 

「だから、誠也(せいや)は、安心して……空から見守っていてくれよ、な……」

 

 フィリアは強がった笑顔で、それでも精一杯の笑顔で、私に笑いかけた。

 

「あぁ……約束、するっ……」

 

 私がそう答えると、フィリアは私の手を、強く握りしめた。

 

「おやすみ……誠也(せいや)。 ずっとずっと、愛してるよ……

 オレのために戦ってくれてありがとう。

 そして、お疲れ様……

 ……よく頑張ったな……」

 

 フィリアは優しい声で囁きながら、私の背中を撫でてくれた。

 よく、頑張ったな、か。

 その言葉が、私の心を優しく包みこんでくれた。

 そんな言葉をかけてもらったことなんて、生まれてから今まで一度も無かった。

 

 そうだ……私は頑張ってきた。

 愛する女の子のために、愛する国を守るために、愛する仲間を守るために……

 しかし、大切なものはどんどんと死んでいった。

 ただ戦い続けて、本当に守りたいものは何一つ守れなかった人生。

 

 でも、それでも……

 一つだけ、私が守れたものがある。

 それは、目の前にいるフィリアの命。

 

「……ふっ……」

 

 思わず、乾いた笑みがこぼれた。

 私は今までの人生、この瞬間のために生きてきたのかもしれない。

 愛する人を守るために命がけで戦い。愛する人の胸の中で静かに息絶える。

 それは、最悪で最高なエンディングじゃないか。

 戦士としての本望。最高にカッコいい人生じゃないか。

 

 軍人として若かった頃はよく、最後の瞬間を想像して、遺言を考える夜があった。

 仲間たちと話し合うこともあった。

 

 私自身、王国軍での20年間、多くの遺言を聞き届けてきた。

 その遺言のほとんどは、妻や両親、子供に向けての言葉だった。

 私には、遺言を残す家族なんて居なかったから。

 彼らを羨ましいだなんて思ったりもした。

 

 私は、精一杯口を開けた。

 

「……フィリア……愛してる……」

 

 震える唇で、言葉を……

 

「あぁ、オレもだ、誠也(せいや)を愛してる」

 

 そう言ってフィリアは、私に近づき。

 私の唇に、キスをした。

 

 ちゅっ……

 

 もう、視界は真っ暗だ。

 長くて、甘くて、どこまでも続くようなキス。

 とく、とく、とく、と、フィリアの心臓の音。

 

 そして、ゆっくりと、いつまでも……

 どこまでも一緒に……

 

 

 

 

 

 

―フィリア視点―

 

 

 

 唇を離した。

 

 そして、口まわりを軽く水魔法でゆすぐ。

 

 いちおうあらかじめ、誠也(せいや)の口まわりは洗っておいたけど、念には念をだ……

 マルハブシの猛毒が経口感染しないためにな。

 

「はぁ……」

 

 逝ったな……

 

 見下ろせば、幸せそうに眠りについた、誠也(せいや)の亡骸が横たわっている。

 

「……おやすみ、誠也(せいや)……」

 

 その頭を、優しく撫でる。

 まだ、温かいな……

 

「………っつ……ぇぐっ……」

 

 あぁ、だめだ、

 

「……うぅぅ、うぐっ……」

 

 涙が溢れてきて、止められねぇよ。

 

「うわぁああああああああっ!!! あぁああああぁああっ!!」

 

 誠也(せいや)っ、誠也(せいや)っ、誠也(せいや)っ……

 オレは、ちゃんと笑顔で送り出せただろうか?

 伝えるべきことは、きちんと伝えられただろうか??

 

「……うぐぅ……うえぇえええええぇんっ!!」

 

 誠也(せいや)が繋いでくれた命で、オレは生きている。

 誠也(せいや)の居ない世界で、オレはこれから生きていく。

 ぜんぶ、誠也(せいや)のお陰だ。

 

 でも……

 

「……嫌だよぉぉっ! 誠也(せいや)が一緒にいてくれなきゃっ、やだぁぁぁぁっ!!」

 

 オレの弱音が爆発する。

 こんな泣き言を、誠也(せいや)に聞かせなくてよかった。

 我慢できてよかった。

 こんあ言葉を聞かせても、誠也(せいや)が苦しむだけだからな……

 

「……好きなのにぃぃっ! 大好きなのにぃぃっ!!!

 なんでいなくなっちゃうんだよぉぉっ! ばかぁあぁあっ!!」

 

 悲しみと絶望が止められない。

 こんなこと、ほんとは言いたくないのに。

 最低な自分に嫌気がさす。

 

「うあぁああああっ!! なんでなんでなんでっ! なんでぇぇぇっ!!!」

 

 地面を叩き、引っかき、泥をぐちゃぐちゃにして暴れまわる。

 そんなことをしても、誠也(せいや)は帰ってこないのに、

 もう、誠也(せいや)と話すことなんて、出来ないのにっ!

 

「…………一人ぼっちに、しないでよ…… やっと、見つけたのにっ…… オレの大切な人っ……」

 

 自分の口から飛び出た言葉が、虚しく夜の森に響き渡る。

 

 もう、山火事はほとんど鎮火していた。

 直穂(なおほ)が水魔法で消火してくれたのだ……

 

 

「フィリアちゃん」

 

「………?」

 

 直穂(なおほ)の声に、オレは力なく声をあげた。

 

(こく)だけれど、早くここから離れないといけない……

 この場所に、生命の気配が迫ってきてる。

 たぶん、騒ぎに感づいた王国軍が、迫ってきてる……」

 

「そうか……」

 

 たしかに、この山火事と爆音の戦闘……

 王国軍に感づかれてもおかしくない。

 

「フィリアは、あそこの薬剤のバッグを2つ、運んでくれないか?」

 

 こんどは行宗(ゆきむね)の声がした。

 見ると行宗(ゆきむね)は、片腕を失ったままで、背中に気絶したマナトを縛り付けて背負っていた。

 

 一方直穂(なおほ)は、薬剤のバックを3つ。

 行宗(ゆきむね)のバッグと直穂(なおほ)自身のバック、そしてマナトの持っていたバッグを抱えていた。

 

「……つまり、誠也(せいや)はここに置いていけ、って言ってるのか?」

 

 オレが尋ねると、二人は息を詰まらせた。

 それはそうだ。考えなくても分かることだ。

 オレ達はずっと、四人がかりで大きな荷物を運んできたんだから……

 今は、もう三人しかいない。

 しかも一人は片腕だ……

 

「……分かったよ。でも、少し待ってくれ……」

 

 オレは、誠也(せいや)に向き直った。

 

「でも、もうすぐそこまで大人数が迫ってる。長居はできない……」

 

「うん……大丈夫、すぐ終わらせるから……」

 

 オレは、誠也(せいや)の頬を撫でるように、ゆっくり手を添えて……

 

「【火素(フレイム)】」

 

 炎魔法を詠唱する。

 誠也の身体が、一気に炎に包まれて、燃え盛る。

 あぁ……熱いな……

 

 

「大地に降り立ちて天命を全うせし者よ、"白菊ともか"の求めるままに、"神の世界"へと還り給たまえ」

 

 オレは女神様に祈った。

 

 どうか誠也(せいや)の魂が、無事に"神の世界"へ帰れますように、

 という願いだ。

 

 

白菊(しらぎく)……ともか……」

 

 行宗(ゆきむね)が後ろで、ぽつりと呟いた。

 

「さぁ……行こうぜ……」

 

 オレはくるりと後ろを向いた。

 そして、誠也(せいや)のバッグと、オレのバッグをまとめて抱えた。

 誠也(せいや)の形見である剣を、鞘に納めて、バッグの中へと押し込んだ。

 

「アルム村まで、もう少しだろ?」

 

 

 ★★★

 

 オレ達は、森の中へと歩き出した。

 背中には3人分の火煙を残して、

 前に進んでいく。

 後ろにはもう、戻れないのだから……

 

 しばらく歩いてから、足を止めた。

 

「ここまでくれば、もう大丈夫かな」と直穂(なおほ)が言った。

 

 みんな、重い荷物でくたくたに疲れていた。

 

「ここで、ひと休みしよう……」

 

 直穂(なおほ)の提案で、オレ達は荷物を置いた。

 まだ、夜明けは遠かった。

 

 森の奥で、岩陰に隠れながら寝袋を敷いて、

 オレは、極度の疲れのままに、すぐに眠りに落ちた。

 

 

 ……………

 

 ………

 

 ……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六十六発目「(こぼ)れた朝露(あさつゆ)(みつ)の残り香」

 

万波行宗(まんなみゆきむね)視点―

 

 星が綺麗な夜だった。

 俺は、右腕を失ったまま、寝袋の中で、ぼーっと星空を眺めていた。

 

「おまたせ……」

 

 そう言って、直穂(なおほ)が戻ってくる。

 星空を背景に透き通るような黒髪が、俺の頬をくすぐった。

 

「二人は?」

 

「フィリアちゃんはもう寝てるよ。マナトくんも眠ったまま……マントに包んで手足を縛っておいた。

 もし目が覚めても、私たちに攻撃してこないためにね……」

 

「そ、そうか……」

 

 直穂の口調はどこか冷たかった。

 マナトを縛っておく。たしかにそれは正解だろう。

 マナトの二人の姉、ニーナとヨウコを直接殺したのは、この俺なのだから……

 マナトはきっと俺を恨んでいる。

 復讐しにくるかもしれない……

 

「ねぇ……行宗(ゆきむね)……」

 

 直穂の声は、壊れたみたいに震えていた。

 星空の光の逆光で、直穂の表情はうまく読み取れない。

 

「私、人を殺しちゃった……」

 

 直穂の言葉に、息を飲んだ。

 そうだ。直穂は、ギルアを殺した。

 俺も同じだ。ニーナとヨウコを殺した。

 ……俺達は、紛れもない、人殺しなんだ。

 

「直穂……」

 

 俺はただ、残った左腕を、直穂に伸ばすことしかできない。

 右腕を失った俺では、直穂を抱きしめることすらできないのだ。

 

「……ねぇ行宗、約束したよね?」

 

 直穂は震え声で、すがるように、俺に跨って問いかける。

 

「……あの戦いが終わったらさ、私とセックスしてくれるって、約束したよね……」

 

「うん……」

 

 冷たい直穂のほっぺたに、左手の指先をそっと添えた。

 

「……ねぇ、こんな私でも、抱いてくれるっ……?」

 

「……え?」

 

「こんな、人殺しで、手を血で染めた私でも……行宗は愛してくれるの??」

 

 雲一つない夜空から、ぽたぽたと雨がふる。

 それは俺の顔面に降り注いで、顔中を濡らして、彼女の体温を届けてくれる。

 

「……直穂、愛してる……」

 

 俺は、まっすぐに彼女に伝える。

 

「直穂は、優しくて、思いやりがあって、頑張りやさんで、可愛くて、

 素敵な女の子だよ……

 ……直穂に、そんな悲しい顔を、させたくなかった。

 辛い思いを、させたくなかった……」

 

「ひぐぅっ………!」

 

 直穂は、静かに泣いていた。

 

「……直穂、いつも俺の(となり)にいてくれてありがとう。

 俺を信じてくれてありがとう。

 俺と同じものを見てくれてありがとう。

 俺と一緒に苦しみを背負ってくれて、ありがとう……」

 

「う……うんっ……うえぇぇぇっ!!」

 

 柔らかく頭を撫でてやると、直穂の身体は意外と小さくて、

 あぁ、女の子なんだなぁって、思った。

 

「……脱ぐっ!」

 

「え?」

 

 直穂は突然そう言うと、ばっと服の裾に手をかけて、シャツと上着をまとめて思いっきりめくり上げた。

 そして、上はブラジャーだけになって、真っ白くて汗ばんだ肌が、優しい月明かりに照らされた。

 

 そして直穂は立ち上がると、ズボンを足元までずり降ろした。

 それから間髪入れずに、パンツも、そしてブラジャーも、全てを脱ぎ捨てて、

 一糸まとわぬ姿になった。

 

 

「………行宗は、自分で脱げる??」

 

 思わず美しい裸体に見とれていると、直穂が頬を染めて尋ねてきた。

 

「……いや……片手しかないから、難しいかもしれない」

 

「分かった。脱がしてあげる」

 

 そういって直穂は息をつく暇もなく、俺のズボンへと手をかけた。

 

「………っ!」

 

 

 

 夜が、溶けていく。

 甘くて、しょっぱくて、少し苦い。

 はじめて同士。

 女の子の味。

 

 罪悪感も、後悔も、悲しみも、

 すべて二人で絡め合って、ぐちゃぐちゃになって、

 残ったのは、繋がっている幸せと、空っぽな感情。

 

 これは悪い酒、一夜の現実逃避なのかもしれない。

 互いに慰めあい、傷を舐めあい。

 泥沼の底まで堕ちていくだけなのかもしれない。

 

 でも、それでも俺達は、幸せだった。

 

 ずっとこのままでいたい。離れたくない繋がっていたい。

 

 このときだけは、心と身体の一番深いところで、直穂(なおほ)と繋がっている気がした。

 確信はない。

 気のせいや幻覚かもしれない。

 でも、俺は強く信じてたい。

 今この瞬間、俺達が、この世界の誰よりも幸せなんだって……

 

 

 

「……しちゃったね」

 

「うん」

 

「……あーあ。和奈(かずな)になんて言おうかなー」

 

「普通に言えばいいだろ?」

 

「ナマでシたなんて言ったら、きっと怒られちゃうよ」

 

「しかたないだろ。持ってないんだから。

 それに、もしできたとしても、ちゃんと一生面倒見る覚悟だからな。俺は」

 

「そうだね…… うん、楽しみだなぁ……」

 

「ん………」

 

 二人で並んで、夜空を見上げて、

 心地よい疲労感とともに、おだやかな眠気にいざなわれる。

 

「……おやすみ、行宗」

 

「……おやすみ、直穂」

 

 二人して、仲良く目を閉じた。

 今日という日が、終わっていく。

 

 明日は、どんな1日になるだろうか? 

 

 まだ見ぬ明日を約束して、

 俺は、俺達は、

 ゆっくりと意識を手放していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつ、ぽつ

 

 

 ぽつぽつぽつ……

 

 

――なんだ……これ……

 

――雨??

 

 

 

 

 

 ちゅん、ちゅん、ちちちちち……

 

 目を開けると、鳥が鳴いていた。

 眩しい日差しに思わず顔をしかめる。

 

 直穂は?

 と、隣を見たが居なかった。

 どうやら寝袋から出たあとのようだ。

 

「んん……」

 

 寝袋のなかで大きく伸びをする。

 まだ朝早く。日の出直後らしい。

 ひんやりとした冷気に包まれて、白い霧が空を散歩していた。

 

「とりあえず、服を着るか……」

 

 そして俺は、寝袋のそばに脱ぎ捨てた服へと手を伸ばした。

 

「ん?」

 

 そして気づく。

 俺の服は綺麗に畳まれていた。

 直穂が畳んでくれたのだろうか?

 

 俺はまず、一番上のパンツを手に取った。

 すると、ヒラリ、と白いかけらが宙を舞った。

 

「え?」

 

 どうやら、1枚の紙切れだった。

 パンツの下に挟んであったのか?

 

 俺はその紙へと手を伸ばし、掴み、手にとった。

 

 何かの書き置きだろうか?

 

 なんとはなしに、その紙に目を通して……

 

 俺は、呼吸が止まった。

 

 

―――――――――――

 ――万波行宗へ――

 

 私のことは忘れてください。

 私のことは探さないでください。

 あなたが大嫌いです。

 

 さようなら。

 二度と会うことはないでしょう。

 

 浅尾和奈(あさおかずな)を幸せにしてあげてください。

 

 ――新崎直穂(にいざきなおほ)より――

 

――――――――――

 

 

 は??

 

 はぁぁぁぁ??

 

 読み返す、読み返す。

 

 しかし何度読んでも意味が分からない。

 意味が分からないけれど、涙だけが、ぽたぽたと地面に溢れ出した。

 

 紙を持つ手が、ガタガタと震える。

 

「そんな……悪い冗談だよな? なぁ、ドッキリだよな!?」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、あたりを見渡した。

 ギラギラと照りつける太陽。

 野ざらしの寝袋で、すやすやと眠り続けるフィリア。

 縛られたまま眠るマナト。

 

 直穂?

 直穂??

 

 近くにはいない。

 森に入る。

 やっぱり居ない。

 足跡も見つからず。直穂のバッグは俺の寝袋のそばに残ったままだった。

 

 ただ、直穂(なおほ)直穂(なおほ)の服だけが、どこかへ消えてしまった状態。

 最後の手紙だけを残して……

 かすかな朝露と、事後の残り香だけを残して……

 

 

 

 足跡もわからない。

 探しても、森、森、森。

 日が昇り、体から汗が噴き出した。

 いつの間にか、涙も出なくなって。

 俺は屍のように、フラフラした足で、直穂の残り香(こんせき)を探し続けた。

 

 

 

直穂(なおほ)が、居ないのか?」

 

 目覚めたフィリアが、俺を探しにきたようだ。

 

「……あぁ、この手紙だけ残して、居なくなった……」

 

 俺はフィリアに手紙を見せた。

 フィリアは手紙を手に取ると、やはり目を見開いた。

 

「……フィリアなら、匂いで分からないか?

 直穂(なおほ)がどこへ消えたのかとか?」

 

「……いや……すまねぇ、俺の鼻はそんなに万能じゃねぇよ。

 もし空を飛ばれたなら見つける手はねぇ」

 

 っ!!

 俺はイライラして、思わずフィリアの襟首を掴んだ。

 

「それでもっ! 探さないといけないっ!

 誰かの仕業かもしれないっ! 直穂が危険な目に遭っているかもしれないんだぞっ!? 

 なにか策はないか!?

 直穂(なおほ)の居場所を、見つける方法!!」

 

「そんなこと、言われてもっ……!

 ……オレ達はまず、アルム村に帰らなくちゃいけないだろう。

 浅尾(あさお)さんの延命期限もあと2日だ。ここで道草くったら手遅れになる!!」

 

「道草だとっ!?」

 

 俺は声を荒げた。

 

「じゃあ何か? 直穂をおいて行くってことか!!?」

 

 俺が強くフィリアの襟を握り上げて、フィリアの首が締め上げられる。

 フィリアの目から、ぽろりと涙が溢れた。

 

「……誠也と約束したんだよっ……

 ……浅尾(あそお)さんと、父さんの病気を必ず治すって……

 だから、今は、帰らなきゃいけないっ!!」

 

 フィリアの力強いセリフに、俺も動揺した。

 そうだな。確かに、

 今まさに、アルム村では、浅尾和奈(あさおかずな)が俺達を信じて待っているんだ。

 死にかけの身体で、俺たちが薬を届けてくれることを信じて……

 

 でもっ……それでもっ!!

 

 直穂は俺の彼女だ。

 

 俺は、フィリアの手から手紙を再び受け取り、

 直穂の文面をもう一度読み返した。

 

―――――――――――

 ――万波行宗(まんなみゆきむね)へ――

 

 私のことは忘れてください。

 私のことは探さないでください。

 あなたが大嫌いです。

 

 さようなら。

 二度と会うことはないでしょう。

 

 浅尾和奈(あさおかずな)を幸せにしてあげてください。

 

 ――新崎直穂(にいざきなおほ)より――

 

――――――――――

 

 な、なんだよ? これ……

 

 どういうつもりなんだ? 直穂(なおほ)??

 

 昨日のアレは全部嘘だってか??

 

 …………

 

 ”浅尾和奈を幸せにしてあげてください”

 ……って、どういう意味だよっ……

 

 ……こんな言葉じゃ、何も分からないよっ。

 

 俺は……俺は、どうするべきだ……?

 誰かっ……教えてくれ……

 どうして、こんなことに……

 直穂……いったい君は……どこに行ったんだ??

 

 

 

「どうしても直穂(なおほ)を探したいなら、オレは止めねぇよ……

 アルム村には、マナトとオレの二人で行くから。

 浅尾(あさお)さんと父さんは、必ずオレが治療するって約束する……」

 

 フィリアは、そう言った。

 

 さぁ、俺は、どうする。

 俺はッ、俺は……

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ※以下、二つにルート分岐します。

 

①フィリアと別れて、新崎直穂(にいざきなおほ)を探す。

 

②フィリアと一緒に、浅尾和奈(あさおかずな)の待つ獣族独立自治区に帰る。

 

 

 

―――――

 

 

【第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編 完】

 

【次章へ続く】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5.5膜 帰郷──遺された者達の子守唄(ララバイ)
六十七発目②「獣族独立自治区、アルム村へ」


【まえがき】
 40日ぶりの更新です。更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした!
 小説賞のために別作品を集中連載して完結させたり、大学がはじまり課題に追われ、長らく更新できませんでした。
 大学が忙しくて、執筆時間が週一日しか取れないので、しばらく週1話連載になると思います!
【ルート分岐に関して】
 まずは、②アルム村に帰るルートを連載して、5.5膜が終わった後で、①直穂探索ルートも書く予定です!
 以上、前書き終わり! 以下本編です!

★★★★★★★


 

 身体を重ねた次の朝。

 新崎直穂(にいざきなおほ)は居なくなった。

 たった一枚、手紙だけを残して……

 

―――――――――――

 ――万波行宗へ――

 

 私のことは忘れてください。

 私のことは探さないでください。

 あなたが大嫌いです。

 

 さようなら。

 二度と会うことはないでしょう。

 

 浅尾和奈(あさおかずな)を幸せにしてあげてください。

 

 ――新崎直穂(にいざきなおほ)より――

 

――――――――――

 

 なんど読み返しても、意味が分からなかった。

 だって昨日の夜は、あんなにも甘く愛し合っていたのに……

 手紙の言葉が直穂(なおほ)の本心だなんて、俺は信じられなかった。

 

 でも、この字は、見間違えるはずもない。

 達筆だけど可愛げのある、俺の愛する女の子――新崎直穂の筆跡だ。

 

 では、この手紙が本心では無いとして……

 新崎直穂(にいざきなおほ)に何があった?

 直穂は俺に、何を伝えようとしたのだろう?

 

 ……こんな文を書かざるを得ない理由があったのだとしたら……

 ……全身から寒気がした。

 俺の全身の細胞が、考えることを拒否していた。

 ……想像してしまったら、直穂のことを考えてしまったら、

 悪い想像と嫌な予感にさいなまれ、発狂してしまいそうだったから……

 俺の身体は自己防衛本能として、「直穂の身に起こったことを想像するな」と訴えてくる。

 

「……行かなきゃ。俺は……

 直穂(なおほ)を助けに行かないと……」

 

 俺は震え声で、そう言った。

 

「……きっと直穂はいま……どこかで泣いてる……

 ……この世界のどこかで、泣いているはずなんだ……」

 

 俺は泣きながら、ふらふらと歩きだした。

 朝起きてから、何時間も歩き回ってるから、

 頭がぼーっとして痛い。

 

「……おい、行宗っ。大丈夫かよ……」

 

 フィリアが心配そうに、俺の身体を支える。

 

「……俺は……直穂を……

 

 そんな時。

 ふと、直穂の顔が、頭の中に浮かんできた。

 

『私のことは忘れてください。

 私のことは探さないでください。

 あなたが大嫌いです』

 

 そう話す直穂の声は、どこか泣きそうで、

 

 でも、俺に対して笑っていた。

 

 ……あぁ、そうか。

 

 ……この手紙は、偽りなんかじゃなかった。

 

 この手紙は紛れもない、直穂の本心なんだ。

 

『さようなら。

 二度と会うことはないでしょう』

 

 ……直穂が、とても良くない目に遭っている予感があった。

 でも同時に、

 ……もしいま俺が、直穂を探しに行ってしまったら、

 もっと良くないこと(・・・・・・・・・)が起こる予感もしたんだ……

 

 直穂(なおほ)は、たしかに言った。

 

浅尾和奈(あさおかずな)を幸せにしてあげてください』

 

 ……幻覚の新崎直穂は、天使のような微笑みで、泣きそうな顔でそう言ったのだ……

 そうか……分かったよ……

 ……手紙まで書いて、直穂が俺にどうしても伝えたかったこと……

 それは、「絶対に探しに来ないでほしい」……そういうことだろう?

 

 もし俺が直穂を助けに動けば、きっと良くない事が起こるから……

 「助けに来ないで」って、そういう意味なんだろう?

 

 だから、直穂は、わざと嫌われるような文章を書いたのだ……

 「大嫌い」だとか、「さよなら」だとか……

 

 分かってた、頭では理解していた。

 いま、新崎直穂(にいざきなおほ)を探す手がかりが何もないなかで……優先すべきは、治療に一刻を争う浅尾和奈(あさおかずな)だって……

 

「……辛いな……」

 

 つらい……苦しい、こんな決断。

 大好きな彼女(きみ)を見捨てて、友だち(かずな)を助けろと、君は言うのか……?

 分かった、分かったよ……

 

「フィリア……アルム村に帰ろう」

 

 俺は選んだ。

 浅尾さんを助けるために、アルム村に向かうという選択を、

 それはおそらくこの場における最適解であり、直穂の願いでもある。

 そうなんだろう??

 

「……行宗……本当に良いのか? 直穂のことは……?」

 

 フィリアが驚いたような声で、俺の顔を覗き込んだ。

 

「……あぁ……聞こえたんだ……直穂の声が……」

 

 俺は、震え声で彼女に答えた。

 

「……和奈(かずな)を頼むって……言われたからっ……!」

 

 言いながら、俺は泣き崩れた。

 膝をついて、嗚咽して、息のできないほど泣きじゃくった。

 

「…………」

 

 フィリアは何も言わずに、ただ俺の背中をさすってくれた。

 フィリアの胸に額を押し付けるように、俺は泣き続けた。

 

「……でもっ……これが別れだなんて認めないっ……! さよならだなんて信じないっ……!

 直穂…… 待っていてくれ……

 必ず、俺が……お前を見つけ出してやるからっ……

 待っていてくれっ……!」

 

 もう傍にはいない直穂に、涙声で語りかけた。

 そして、自分自身に誓った……

 

「……さぁ、行こう、フィリア……」

 

 俺は、涙を拭って立ち上がった。

 

「……帰ろう、アルム村に…… 君のお父さんと、和奈(かずな)が待ってる……」

 

 浅尾和奈(あさおかずな)が、俺の帰りを待っているから、

 直穂の帰りを待っていたから……

 こんな道半ばで、泣いてる場合じゃないんだ……

 

「あぁ……」

 

 フィリアは短く答えて、俺の手を握った。

 彼女の髪はボサボサで、瞳には涙の跡があった。

 そうだ、フィリアは、誠也(せいや)さんを失ったのだ。

 愛する人、大切な人。

 誠也さんは、その生命を賭して、俺達の命を繋いでくれた。

 

 フィリアは、俺なんかよりずっと辛い筈なんだ。

 ……でも、フィリアは、こんなに小さい身体で、まだ前を向いて歩いている……

 

 俺がしっかりしないといけない。

 必ず、フィリアと、そしてマナトを、獣族独立自治区まで送り届けるんだ。

 

 

 

★★★

 

 

 

 俺とフィリアは、テントの場所まで戻ってきた。

 もう夜明けからしばらく経つ。

 朝露は清々しい快晴に消えて、心地の良いそよ風が、俺達の涙を乾かしてくれた。

 

「…………」

 

 テントのそばに、縛られたマナトがいた。

 マナトは、弱々しい目つきを、俺のほうへと向けていた。

 彼と目があった瞬間、俺は呼吸が止まりそうになった。

 

 そうだ……マナトは、大切な家族を二人も失ったのだ。

 ニーナとヨウコ……

 二人とも、俺がこの手で斬り殺した……

 俺は、マナトの大切な家族を、二人とも殺した。

 

「……ごめん……ごめんなさい……」

 

 全身からめまいがして、寒気がして、俺は膝から崩れ落ちた。

 鮮明に蘇ってくる。

 ニーナを刺し殺した感触、ヨウコを斬り殺した感触……

 ありありと、この手と瞳が覚えている……

 

 ……仕方なかった……

 そんな事は分かっている。

 マルハブシの猛毒を飲んで強化した二人……もう助ける方法はなくて、殺すしか、なかったんだ……

 ……だけどっ……

 

 俺は、湿った地面におでこを擦りつけた。

 

「……ごめんなさい……マナト……俺は……なんてことを……」

 

 マナト達は、人間語を聞き取れるから、

 俺は精一杯を尽くして謝った。

 謝って済む問題じゃないけれど、

 謝るしかなかった。

 

 すると、隣で、膝をつく音がした。

 

「…………――………―――!!」

 

 フィリアだ。

 フィリアが隣で、俺と同じように土下座して、マナトに向かって謝っていた。

 

 

 

―フィリア視点―

 

 

 オレは、行宗の隣で膝をついた。

 

『……ごめんなさいマナトっ……! オレが皆を獣族独立自治区に連れていくなんて言わなければっ! こんなことにはならなかったのにっ!!』

 

 泣きながら、マナトに謝った。

 ……三人は、あの温泉宿で、仲良く隠れて暮らしていたのに、

 オレが連れ出そうだなんて言ったからっ……ニーナもヨウコも殺された……

 オレのせいなんだ……

 お父さんを助けたい、そんな願いに誠也を巻き込んで……

 誠也(せいや)とオレは王国軍に捕まって、拷問を受けさせられて……

 オレをかばって、誠也(せいや)は死んだ……

 

『……仕方ないことだから……謝らないで……フィリアさん……』

 

 マナトの声が返ってきた。

 オレはハッと顔を上げる。

 無気力で昏い瞳のマナトと目があった。

 

『……行宗さんは、俺を助けてくれたから……

 行宗さんの右腕を斬ったもの俺だし、行宗さんを殺しかけたのも俺だから……

 ……行宗さんは右腕を犠牲にしてまで、俺があの毒を飲むのを阻止してくれた。

 俺にとっては、いちおう命の恩人なんです……』

 

 マナトが虚ろな目でそう言った。

 俺は行宗のほうを向いて、再び口を開いた。

 

「……行宗(ゆきむね)は、右腕を犠牲にしてまで、マナトがマルハブシの猛毒を飲むのを食い止めたから……

 だから『行宗はマナトの命の恩人なんだ』って、

 マナトはそう言ってるよ……」

 

 俺はマナトの言葉を、人間語で反芻した。

 すると行宗が、泣きそうな顔でオレを見上げた。

 救いを求めるような表情で……

 でも……

 次の瞬間、マナトは泣き崩れた。

 

『……でもっ……どうして……

 どうして俺なんだよ……!?

 ……こんな弱虫でどうしようもない俺より、ニーナ姉やヨウコ姉ちゃんが生き残るべきだったのにっ!!

 ……なんで俺なんか助けたんですか……?

 ……俺にはもう、生きる意味なんてないのにっ……!

 ……お父さんも、お母さんも! ニーナ姉もヨウコ姉ちゃんもみんな死んだ……!

 どうして……俺なんかが、まだ生きてるんだよっ……?』

 

 マナトは悲痛そうに叫んだ。

 オレは言葉を失って、ただただ震えていた。

 

『……ニーナ姉は、辛いときも苦しいときもいつも笑顔で、俺のことをずっと可愛がってくれて……!

 ヨウコ姉ちゃんは、優しくて心強くて、病に犯されても決して弱音なんて吐かなかったっ!

 いつも俺たちのことを身を挺して庇ってくれたんだっ!

 俺は……ずっと守られてばっかりだったのにっ!

 俺はお姉ちゃん達から貰ってばっかりで、返せたものなんて一つもないのにっ!』

 

 マナトを慰める言葉なんて、オレには思いつかなかった。

 オレでさえ、誠也を失って、正気を保てていないのだから……

 でも、オレにはまだ家族が残っている……

 アルム村に帰れば、父さんに母さんにジルクもいる……

 オレにはまだ、家族も故郷も残っているけれど……

 

 ……一晩で姉を二人も失い、一人ぼっちになったマナトに、かけられる言葉なんてあるはずがない……

 

『……なぁ、行宗さん…… 俺のことも殺してくれよ……

 二人殺すのも三人殺すのも一緒だろ……?

 ……俺はもう、死にたいんだ……

 ……もう、生きる意味なんてない……

 ……早く、お姉ちゃん達やお父さんお母さんと、同じ場所に行きたんだ……

 お願いします……行宗(ゆきむね)さん……』

 

 マナトは絶望に染まった表情で、縋るようにそう言った。

 生きる希望を失った冷たい瞳。

 その瞳には見覚えがあった……

 

 誠也(せいや)と出会ったあの夜、誠也(せいや)の瞳も同じように暗かった。

 獣族を殺した贖罪を求めて、殺してくれとオレにお願いしてきたんだ……

 

 ……そして、そう、オレも……

 今、マナトと同じような目をしている気がした。

 

 分かる……よく分かるよ……

 

 もしオレがマナトの立場なら……誠也だけでなく家族も故郷もすべて失ったとしたら……

 マナトと同じように、もう死にたいと思うだろう……

 

 オレでさえそうなのだ。

 大好きだった誠也(せいや)……

 結婚して……お爺ちゃんお婆ちゃんになるまでラブラブで過ごすんだって……約束したはずの誠也は……

 もう、この世にはいないんだから……

 

 朝起きたとき、身体が鉛のように重たかった。

 昨日のことを思い出すたび、涙が溢れた。

 いくら涙を流しても、胸のなかの重りはなくなってくれなかった……

 

 もう死んでしまいたいと、何度も思った。

 でも、かろうじて布団から出られた理由は、

 まだ、故郷に家族がいるから……

 家族が待っているからだった……

 

 

「……マナトが、もう殺してほしいって……言ってる……」

 

 オレは震え声で、人間語でマナトの言葉を行宗(ゆきむね)につたえた。

 ホントはオレが、止めなくちゃいけない……

 オレは人命を助ける医者だから……死にたいと願うマナトを、なんとか止めるべきはずなのに……

 ……何も言えなかった。

 なにも言葉が……出てこなかった。

 だって……オレだって、マナトと同じ気持ちだから……

 マナトの気持ちが、痛いほど分かってしまうから……

 

「……断る……」

 

 行宗(ゆきむね)はそう言った。

 その言葉に、オレの重たかった心臓が、少し温かたくなった。

 オレは行宗(ゆきむね)の言葉を聞いて、安心していた。

 

「……俺は、絶対にマナトを殺さない……

 殺すものかっ!!」

 

 行宗(ゆきむね)は、拳を強く握りながら声を張った。

 

『……なんで……どうしてだよ……? 俺にはもう、生き続ける意味なんてないのに……』

 

 マナトは悲痛そうにそういった。

 オレも同じような気持ちだった。

 ……誠也(せいや)の居ない世界で、これから生きていく意味が……まったく分からなくなっていた……

 

「……ニーナやヨウコと、約束したからだっ!

 ……マナトのことをよろしくお願いしますって、頼まれたからだっ!!」

 

 行宗(ゆきむね)は声を荒げながらそう言った。

 

『……なんでっ……? お姉ちゃんっ……!!』

 

 マナトも、両目からボロボロと涙を溢れさせた。

 

「ニーナもヨウコも死ぬ間際に、マナトに言い残してくれた……

 ニーナは、「大好きだよ」……って、「ずっと近くで、見守っているからね……」って……

 ……今まで、ありがとう……って……」

 

『……うぅぅ……ニーナ姉っ……!!』

 

 行宗の口から、ニーナ姉の遺言を聞いたマナトは、ぐちゃぐちゃに泣き崩れた。

 

「ヨウコからは、「ニーナ姉のことが大好きだった」「マナトのことが大好きだった」って……伝えられた。

 「……もっと、ずっと三人でっ、一緒に居たかった」

「喧嘩もいっぱいしたし、迷惑もかけたし、嫌なお姉ちゃんだったかもしれないけど……マナトが弟で良かった」って……

「お姉ちゃん二人で、マナトのことをずっと見守ってるから……」

「すごく悲しいと思うけれど……どうかお願い。幸せに生きて」

「きっとこれから先、楽しいことや嬉しいことがたくさんあるから……」

「素敵な出会いがたくさんあるから……」」

 

『ううぅぅぅっ……ヨウコ……姉ちゃん……』

 

 マナトは、自分の身体を抱くように、嗚咽しながらうずくまった。

 俺も行宗(ゆきむね)も、みんな泣いていた。

 三人みんな、苦しくて辛くて痛かった。

 

「……そんな優しい女の子二人を……ニーナとヨウコを……

 俺が殺した……俺が殺したんだ……

 ……二人から頼まれたんだ……マナトのことをよろしく頼みますって……

 だから、マナトは生きなきゃだめだ……

 ニーナもヨウコも、ずっとマナトのことを見守ってくれているから。

 ……二人は、マナトが幸せに生きることを願って、そして死んでいった……」

 

 行宗(ゆきむね)は、自分の左手を見つめて、斬った感触を思い出すようにそう語った。

 

 あぁ……そうだ、思い出した。

 誠也(せいや)も……オレの幸せを願って、死んでいった……

 なんで……忘れていたんだ。

 約束したじゃないか……誠也と、二人きりで……

 ……人間と獣族が仲良く暮らせる世界を作るって……

 ……誠也は自らの命を犠牲にして、オレの命を守ってくれた。

 オレの夢を信じてくれた、オレに願いを託してくれたのに……

 

「……あぁ……オレは……バカかよ……」

 

 オレは、生きなきゃ駄目じゃないか……

 誠也が命がけで繋いでくれた命で、オレは必死に、これからを生きるんだっ……

 

『……無理だよ……ニーナ姉、ヨウコ姉ちゃん……』

 

 マナトは苦しそうに天を仰いだ。

 

『……俺は……幸せになんてなれないっ……!

 ニーナ姉やヨウコ姉ちゃんがそばに居るだけで良かったんだ! 他には何も要らなかったっ……! なのにっ……!!

 みんな、俺をのこして死んでいった……

 俺はひとりになった……

 俺はもう……無理なんだよっ……』

 

 マナトの悲しい言葉を聞いて。

 オレは、いてもたってもいられなくて、

 気づいた時には立ち上がって、歩み寄って、

 マナトの身体を抱きしめていた。

 

『……マナトっ……!

 分かるよっ……辛いよなっ……死にたいよなっ……?

 オレだってそうだっ……!』

 

 オレは、弱々しいマナトをめいいっぱい抱きしめた。

 

『……でもっ……

 オレが、マナトのお姉ちゃんになるよっ……!

 マナトはもう、ひとりぼっちじゃないっ!!

 ……ニーナ姉やヨウコ姉のかわりにはなれないけど、オレが必ず、マナトを幸せにするからっ……!

 今度こそ、約束するよ……

 マナトはオレの弟だ……

 オレがマナトのお姉ちゃんになるからっ……!

 マナトをひとりにはさせない……

 オレ達は家族だっ……』

 

 オレはそう言って、かわいい弟の頭を撫でた。

 

『…………うぅ……』

 

 マナトが弱々しく、俺の胸のなかで啜り泣いた。

 

『フィリア……姉さん………』

 

 マナトは、弱々しく、されどたしかに、オレの背中を握りかえした。

 オレは、ニーナやヨウコの代わりにはなれない。

 だけど、少しでも可哀想なマナトの心の支えになりたいと、そう思ったんだ……

 いや……それだけじゃなくて……

 オレも、心の支えが欲しかったんだ……

 誰かと抱きしめあって……誰かの胸のなかで泣きたかった……

 マナトのぬくもりに触れた瞬間、抱えていた莫大な感情が一気に決壊して、

 オレはまた泣きだしてしまった。

 

『………うぅぅぅ……うわぁぁぁぁっ……』

 

 オレとマナトは、抱き合いながら散々に泣いた。

 いろいろな感情でぐちゃぐちゃになって、心のなかが暴れていく……

 そうして、心ゆくまで泣きつくして……

 オレ達は再び、立ち上がった。

 

 ……アルム村を出発してから、6日目の午前。

 ……経過時間は、まる5日ほど。

 

 浅尾和奈(あさおかずな)さんのタイムリミットまでは、あと1日か2日であった。

 

 もうすぐ昼時となってから、ようやくオレ達は泣き止んで、このキャンプ地を(あと)にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。